呪術廻戦───黒い死神─── (キャラメル太郎)
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第一話  誕生






 

 

 黒圓無躰流(こくえんむていりゅう)。とある格闘術に於ける流派の一つであり、歴史が古く、平安時代中期から生み出されたとされている。しかしその全容は誰にも知られておらず、弟子入りを志願されても決して首を縦に振られる事は無かったのだという。

 

 一子相伝という言葉を知っているだろうか。意味としては己の子供にのみ奥義などを教えることを指すのだが、この黒圓無躰流は1から10までの全てを一子相伝として、生まれた己の子供にのみ技を教える、非常に閉鎖的な流派である。

 

 そしてこの超閉鎖的な流派の特徴として、飛び道具の一切を使わず、近接格闘術を主として戦うという特徴がある。例え相手が銃を使おうが、大砲を使おうが、矢を射ようが関係無い。全て躱して逸らして近付いて殺る。正しく脳筋の鑑。ゴリラ流派であった。

 

 

 

 そしてこの黒圓無躰流の総師範代……黒圓忠胤(こくえんただかず)は、大の銃嫌いであった。

 

 

 

「──────良いか龍已(りゅうや)。銃は駄目だ。離れた場所から敵を殺るのは腰抜けのする事だ。お前は黒圓無躰流を継承し、立派な男に育つんだぞ」

 

「はぁ……。あなたったら、生まれたばかりの子に何を言っているのです……」

 

「黒圓無躰流は生まれた瞬間から稽古が始まっているッ!生まれたばかりだからなんていう、そんな甘ったれた事はこの俺が許さんッ!!」

 

「あぁう……っ」

 

「……かわいい……ハッ!?ん゙ん゙ッ!!いかんいかんッ!!良し、龍已よッ!退院したら早速稽古に入るからな!!」

 

「はぁ……甘いのか厳しいのかどっちかにして下さいな」

 

 

 

 顔に傷がある厳つい筋骨隆々の男が、我が子を抱えて微笑んでいる女性の傍で話し掛けていた。漸く生まれた我が子は確かに可愛い。可愛いが代々受け継いできた黒圓無躰流を次世代へ引き継がせなければならない。なのでここは心を鬼にして、我が子に厳しく当たらなければならないのだ。

 

 黒圓無躰流は生まれた瞬間から稽古をし、稽古を重ねなければ技を修得しきる事が出来ない。なので、厳しいかも知れないが、本当に小さい頃からある意味超英才教育が始められる。

 

 黒圓忠胤の妻である黒圓弥生(やよい)は溜め息をついた。黒圓無躰流については嫁入りをした時点で知ってはいるが、もう既にどういう修行させようかとブツブツ言っている夫に苦笑いが漏れる。どの世界に生まれた瞬間から稽古をつける家があるのか。まだ物心すらついていないというのに、稽古なんてものを幼き頃からやらせていれば、何れフラストレーションが溜まって暴発してしまうだろう。だから私だけでも、我が子には自由をさせてあげようと心に決めた。

 

 しかし、龍已の母である弥生も忠胤も直ぐに驚く事になる。歩く事すら出来ない、ハイハイも碌に出来ない幼児の手を取って型の稽古をつけたり、端から見ていれば遊んであげているようにしか見えない絵面であろうと、忠胤は龍已に黒圓無躰流を教えていった。幼児の頃はキャッキャと楽しそうにしており、一歳二歳と歳を重ねていくごとに型は体に覚え込まれていき、5歳の時には基本の型をものにした。恐るべき吸収力であった。

 

 確かに幼児から稽古を始めるが、それにしたって覚えるのが早すぎる。例え覚えたとしても、筋肉なども未発達なのでそこまで動きは儘ならない筈が、龍已は苦もなく教えられた通りの動きをしていた。忠胤は大いに感動した。それこそ妻がドン引きするほどバカクソ泣いた。黒圓無躰流の天才が生まれたと。我が子は本物の天才で、恵まれた肉体を持っていると。

 

 龍已は並外れた吸収力を持ち、並外れた身体能力をも手にしていた。齢5つにして、抱える程の石を、素手で粉々にした。力が強い。瞬発力がある。バネが良い。持続力もある。これ程の逸材を、神は黒圓無躰流に与えた。正しく完成させよと言わんばかりの子である。しかし、忠胤はこれ幸いと稽古をつけすぎた事で、龍已があまり笑わなくなった事に気が付かなかった。

 

 母であり、嫁入りをしたことで黒圓無躰流を修めている訳では無い弥生。つまり感性が普通の弥生は、龍已が全く笑わなくなった事に気が付いた。だから稽古が終わった後、父の忠胤との組み手でボロボロになった龍已を精一杯優しくした。傷の手当ても率先してやってあげたし、優しく微笑みながら慈しんだ。しかし、龍已は笑わなかった。その顔に笑みを浮かべることが無かった。何時からこうなってしまったのだろうと嘆いた。

 

 

 

「龍已、今日は何が食べたい?」

 

「……今日は野菜の気分です」

 

「あら、じゃあサラダいっぱい食べる?」

 

「……はい。ドレッシングはいらないです」

 

「えぇ…?そのまま?」

 

「はい。そのままでいいです。今日はそんな気分なので」

 

 

 

 弥生は我が子が言う『気分』というものに着目した。その日その日によって違ってくる気分。ある日は熱いもの。ある日は冷たいもの。ある日は甘いもの。規則性は無く、本当にその日の気分によって食べたいものが決まり、稽古以外でやってみたいという事も決まった。気分でトランプをやりたいと言ったり、UNOをやりたいと言ったり。

 

 弥生は日々を稽古で彩っている龍已の為にと、その『気分』を出来るだけ叶えてあげた。するとどうだろう。龍已はその日の気分で決まった食べ物を口にしたり、行為をしたりすると、無表情ながら満足そうな雰囲気を作る事を察した。今も晩ご飯として出された味付けのされていないサラダを無表情でもっさもっさ食べているが、何となく雰囲気がご機嫌でほんわかしていた。

 

 基本無表情で、眉を顰めたり等といった簡単な表情の変化しか見られない龍已だったが、満足そうにしている事を察せられるようになった弥生は泣いた。それはもう風呂から上がって晩ご飯を食べようとやって来た忠胤がドン引きするぐらいガチ泣きした。龍已はそれでもサラダを食べていた。因みにその後、龍已が無表情で過ごすようになったのは稽古ばかりさせている忠胤の所為だと考えが至った弥生は忠胤を追いかけ回した。

 

 

 

「龍已、今日は何の気分?」

 

「……今日は麺の気分です」

 

「じゃあうどんをやりましょっか!……ねぇ、龍已?」

 

「うどん……麺……楽しみ。はい、何ですか?」

 

「んんっ、かわい……じゃなくて、小学校はどう?楽しい?友達は出来た?」

 

「友達……よくわからないですが、いつも話す子達は居ます。教室に居ると、いつも俺のところに来て、何か話します」

 

「まあ!それは龍已の友達で良いのよ?お話ししていて楽しいでしょう?」

 

「……はい。楽しいです。俺がやったこと無いゲームとか、マンガ等の話をしてくれて、新鮮で楽しいです」

 

「……ねぇ龍已?友達のお家に遊びに行った事ってあったかしら?」

 

「……?父様との稽古があるので、まっすぐ帰って来てます。父様からはまっすぐ帰って来るように言われているので」

 

「……ふぅ……ごめんね龍已。お母さんちょっとあの人をしばき……んんっ、お話ししてくるわね?龍已はお湯が溢れないか見ておいてくれる?」

 

「はい。わかりました」

 

 

 

 無表情で淡々と会話をしている龍已と、何だか雲行きが怪しくなってきたことを察知している弥生。龍已は今小学校2年生の7歳である。普通その頃の小学校といったら、学校から帰ってきたらすぐに遊びに行くだろう。しかし龍已は何処にも寄り道をせず、帰り道をも稽古として全速力で走って帰ってくる。そして帰ってきたら学校の宿題をして、さっさと道場に入って稽古となる。つまり遊んでいる時が無いのだ。

 

 それを初めて自覚した弥生は、忠胤の元へと走っていった。干している布団を叩く時に使う布団叩きを持って。

 

 

 

「……ん?弥生、そんな足音を立ててどうし……え゙っ?」

 

「龍已に稽古ばかりさせないでって言ったでしょッ!!あの子友達の家で遊んだこと無いのよ!?」

 

「いや、だが……稽古は大事痛ッ!?」

 

「──────ぶっ飛ばすわよ?」

 

「ちょっ…待っ──────い゙っだッ!?」

 

 

 

 この日以降、龍已は毎日とまではいかないが、友達と放課後遊んでも良いという事になった。別に龍已は稽古が嫌なんて事は無く、寧ろ楽しみながら率先してやっているだけなのだが、子供なのだから遊ぶことも大事と弥生に言われたので、誘われれば行くようになった。

 

 龍已は基本無表情である。それは何もかもに面白さを見出していない……という訳では無く、唯単純に表情が動いていないだけである。なので美味しいものを食べればご機嫌であるし、良いことがあれば喜ぶ。嫌なことがあれば心が沈むし、道を歩く猫に触れようとして逃げられれば落ち込む。唯それらが無表情であるだけだ。だが忘れてはいけないのは、無表情と言っても人形みたいな訳では無く、眉を顰めたり、目を細めたり、少し瞠目したりもするということだ。

 

 

 

「なーなー龍已!昼休み鬼ごっこしよーぜ!」

 

「ケンちゃん、まーた鬼ごっこぉ?そればっかりじゃん!」

 

「いいじゃん!楽しいじゃん!カンちゃんだって最後はマジでやるだろ!」

 

「たまには隠れんぼでもよくね?ケンちゃん足はえーんだもん」

 

「キョウちゃんだってスキあらば隠れんぼじゃん!」

 

「てか、ケンちゃんいっつも龍已チョウハツして5秒で捕まってるよね?」

 

「は?オレは力を残してるんだよ。今日は負けねー!な、だから鬼ごっこやろうぜ龍已!」

 

「……分かった。いいぞ」

 

「うっし、やりぃ!」

 

「うへぇ……また鬼ごっこかよマジでぇ……」

 

「まあまあ。どうせ本気で走るケンちゃんと手加減してる龍已の勝負になるんだからいいじゃん。……オレは龍已が5秒で捕まえるにうまい棒2本」

 

「じゃあオレは龍已が3秒で捕まえるにうまい棒3本!」

 

「「うわっ……勝負にならねぇ……」」

 

「何でお前らはオレが負けるゼンテイなんだよ!おかしいだろ!」

 

 

 

 龍已が自分の席に座っていると話し掛けてくる3人の男子が居た。この3人は幼稚園からの幼馴染みであり、龍已は小学校に入ってから初めて出会った。運良く3人とも1年生の時に同じクラスとなり、何時ものように喋ったり遊んだりしていると、クラスの中で誰とも話さず、自分の席で黙々と本を読んでいる龍已を見つけた。

 

 3人は一人で居る龍已が独りになってしまった訳を知っている。小学校に入って一週間が経った頃、教室の天井の隅を指差して()()()()()()()()()()()()()()()()と問うた。()()()()()()()()()()()()()指を指してそう言った龍已は、やはり感情に乏しい無表情であり、それが一層不気味に映ったのだろう。担任の先生ですら引き攣った笑みを浮かべていた。それからだ、龍已に誰も話し掛けなくなったのは。

 

 龍已も何かを思ったのだろう。それからクラス中を冷たい空気にした時のような発言はしなくなった。しかしもう誰も話し掛けなくなっていたので、3人が龍已に話し掛けるようになったのだ。最初は無表情で会話をする龍已に頬を引き攣らせていたが、別に会話が出来ないという訳では無く、ノリが悪いという訳でも無い、唯単に表情が変わらなく、他の子供と比べて異様に落ち着いているだけなんだと思った。

 

 そして3人は龍已と一緒に居る時には、あの時のような変な発言をしても大丈夫だと言った。確かに驚いたけれど、他の奴等は気にしなくていいと。それを聞いた龍已はパチパチと瞬きをすると、一度だけ頷いた。そして、龍已の奇妙な発言を良く聞くようになる。

 

 

 

「……ケンは今右肩、痛くないか」

 

「ん?おー、今日はなんか調子わりぃんだよなー。あ、もしかしてアレか?ならよろしくな!」

 

「分かった」

 

 

 

 ケンちゃんと呼ばれている活発そうな男子の右肩を見ながら問い掛けると、ケンはニッと笑いながら龍已に頼み事をした。それを了承した龍已は椅子から立ち上がってケンの右肩に手を伸ばし、虚空へデコピンをした。するとケンは右腕をグルグルと回して肩の調子を確かめると、治ったと思ったのか、また龍已にニッと笑いかけた。

 

 

 

「うーっし!治った治った!サンキューな龍已!」

 

「ケンちゃんまたかよ。これで今週何回目?5回目くらい?」

 

「呪われてんのかな?うえー……ケンちゃんちょっとはなれて」

 

「えんがちょ……」

 

「ひどくね!?……おいやめろ、ホントにえんがちょすんな」

 

 

 

「……呪い」

 

 

 

 龍已には生まれてから変なモノが見えていた。この世のものとは思えない悍ましい形をした、生物のようなナニカである。それがケンの肩にくっついていた。だからデコピンで消し飛ばした。体の内から溢れてくる不思議な力を手に纏わせて。

 

 この不思議な力の使い方は誰かに教えられた訳では無かった。唯、体の内側に()()()()()()()()()()()()()という認識だった。そして()()()()()()()悍ましいナニカが学校の帰り道で自身に襲いかかってきた時、素手で応対した。幼き頃からやってきた黒圓無躰流を使ったが、弾き飛ばすことは出来ても消滅させることが出来なかった。そこで、何となく体の内側にある不思議な力を手に纏わせて殴ったところ、悍ましいナニカは跡形も無く消し飛んだのだ。

 

 まだまだ小さい子供である龍已であるが、そこら辺に居るナニカに対する対処法を発見したのだ。それからは襲い掛かってくるナニカに対してだけ対処することを決めている。下手に刺激しなくても良いと考えたからだ。教室での発言は失敗したと直感した。反応を見る限り、見えているのは自分だけだったらしかったからだ。それからは誰にも何も言わずに過ごしていた。

 

 しかしそんなある日、龍已はある3人の男子から話し掛けられ、良く行動を共にする事となった。それに“あの時”のように、何かあったら教えてくれとも言われたのだ。表情は変わらなかったが内心驚いていた。気味が悪いとバカにされなかった。教えて欲しいとも言われた。だから龍已は3人の前だけでは隠すことはしなくなった。偶にナニカをくっ付けてくる時は消してあげた。そうすると、ありがとうと言ってくれるのだ。

 

 

 

「──────だぁあああああああああっ!また龍已にやられた!!」

 

「カンちゃん、何秒だった?」

 

「んー、2秒くらいかな」

 

「「ははっ、ケンちゃんざっこぉっ」」

 

「うるさいわ!フツー走り出したら捕まる!?ゼッテーおかしいって!」

 

「……走り出す時の初動を見ているから、走り出す瞬間が分かるから捕まえられる」

 

「イミがわからないんだが??」

 

「つぅまぁりぃ……」

 

「ケンちゃんがクソザコってこと♡」

 

「お前らケンカ売ってんな??」

 

 

 

 ギャーギャー言い合いながら別の鬼ごっこが始まったのを静かに見守る龍已。表情が変わらなくとも、楽しいと感じていた。傍目から見れば無表情で突っ立っているように見える龍已が、本当は楽しんでいることを知っている3人の男子達は、顔を見合わせて笑った。

 

 そうして数ヶ月後……日本の湿気の多さでムシムシとした暑さを出す夏の季節、龍已はある遊びに誘われる事となる。

 

 

 

 

 

 

「なーなー龍已──────肝試ししようぜ?」

 

 

 

 

 

 

 その日が……龍已が初めて“自覚する日”となった。

 

 

 

 

 

 

 

 






黒圓龍已(こくえんりゅうや)

小学2年生。とても落ち着いた性格でありながら殆ど無表情で過ごしているので、クラスではなんか変という評価を受けて孤立気味。

身体能力がズバ抜けて高く、父曰く1000年以上の歴史を持つ黒圓無躰流の中でも天才。既に4割近くの黒圓無躰流を技を修得している。

マジで身体能力高すぎるので小学校にしてゴリラ。なのに普通に勉強できる。文武両道の頑張り屋さん。




黒圓無躰流

平安時代中期あたりから生み出され、人知れず1000年以上の歴史を持つ一子相伝の超閉鎖的武術流派。

その全容は誰も掴めておらず、どれだけ武に愛された存在であろうと弟子に取ることは無い。稽古方法等は一子相伝なので門外不出。但し、その目で見て模倣したりされた場合は、技の一部分を修得する者が現れる。

銃等の飛び道具を一切使用しない、超近接型流派。ゴリラ流派ともいう。



黒圓忠胤、黒圓弥生

龍已の父親と母親。

父親の忠胤は飛び道具がクソほど嫌い。絶対使うな興味を持つなと口酸っぱく言ってくる。筋骨隆々強面父親。

母の弥生は稽古ばかりの龍已が心配なので甘やかし担当。龍已の『気分』を叶えてあげるのは主にこの人。あまり言っていないがとても龍已から好かれている。大好きです母様。筋骨隆々強面父親をしばき倒す豪胆さを持つ。




ケンちゃん、カンちゃん、キョウちゃん。

幼稚園からの幼馴染み3人組。小学校で唯一龍已に話し掛けたり、遊びに誘ったりするとても良い子達。大丈夫、ちゃんと友達認定されてるよ。



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第二話  自覚






 

 

 6月の頭。初夏と言い換えられるその季節は、ある意味で忙しくなる時期なのだという。まあ仕事をしていない子供にはあまり関係の無い話だろう。しかし夏という言葉だけで、子供は気分が舞い上がる。かき氷。花火。祭り。夏休み。そして……肝試し。

 

 日本の習俗の一つで、遊びとしての度胸試しである。人間が潜在的恐怖心を抱くような場所、即ち夜の森等の心情的恐怖の対象と成り得る場所を巡ることにより、持てる勇気のほどを確かめながら、そこで起こる事象を楽しむ行事。

 

 親の引率で子供達が気軽に出来る行事であるが、その起源は平安時代末期に遡る。平安時代の大鏡には、時の帝……花山天皇が夏の午前3時に藤原兼家の3人の息子達に鬼が出ると噂されていた屋敷に行かせ、藤原道長だけが目的をやり遂げ、証拠として刀で柱を削いで持って帰ったという記述がある。肝試しという発想が、平安時代当時からあったことが窺える。

 

 本来ならば学校の夏休み等を使用して親同伴で行うそれを、子供達だけでやろうという話になった。事の発端は龍已の友達であるケンちゃんことケンの発案である。夏と言えば肝試しという夏の風物詩を挙げ、それにカンとキョウが賛同し、無理矢理龍已を参加させた。

 

 龍已は最初反対した。小学2年生にしては成熟したようにも見える冷静な性格が、もしもの時を考えてやめておいた方が良いという判断に行き着いたのだ。それに龍已には、危ない最たる例が見えている。悍ましい生物のようなナニカ。日頃襲い掛かってくる小さなナニカは今のところ龍已の手によって消されている。だが今のところは……である。

 

 若干7歳にして龍已は、他の人には見えず、自身にしか触れず消せないナニカを、日頃独りで消しているにも拘わらず、優越感に浸る事も無く、慢心もしていない。それは単に、幼児の頃から毎日欠かさず行われている稽古によるものがある。つまり、冷静に現状を加えて訪れるであろう結果を想像することが出来るのだ。

 

 だが、それでも所詮は子供。他でも無い少ない友達からしつこくせがまれ、まあ有事の際は自分があの悍ましいナニカを消せば良いだろう。何より、目が効かない暗闇の夜ではなく、ある程度の明るさが確保出来る16時から17時に掛けてなので、良いだろうという判断をした。判断してしまった。ケンは言っていた。楽しみを増やしたいから、場所は当日教える……と。

 

 

 

「龍已、今日は何の気分?」

 

「……今日は苦いものの気分です」

 

「じゃあ晩ご飯はゴーヤチャンプルにしましょうか」

 

「はい。楽しみにしています。……行って来ます」

 

「はーい。あまり遅くならないようにね?暗くなる前には帰ってくること!」

 

「分かりました」

 

 

 

 予め友達に遊びへ誘われていた事を話しておいたので、土曜日で学校が休みな事もあって朝から濃密な稽古をしていたが、家を出る時間になると稽古を中断した。流した大量の汗を風呂に入って流し、動きやすい私服に着替え、念の為にと小さなショルダーバッグの中に200mlのお茶が入ったペットボトルと、コンパクトサイズの懐中電灯を入れて出発した。

 

 遊びに出掛ける龍已の小さな背中を、弥生は眩しそうに見ていた。日々を稽古稽古稽古で形作って彩る、夫曰く1000年以上の歴史の中で最も才能があるという龍已。そんな我が子もまだまだ小学校低学年。遊び盛りだろう。実際に龍已の口から友達と遊びたいと聞いた訳では無い。だが、遊びから帰ってきた龍已の雰囲気は煌びやかに見えるのだ。つまりは楽しんでいる。

 

 今もそうだ。龍已は足取り軽く遊びに出掛けていく。弥生は祈る。どうか龍已にもっと友達が出来ますように。もっと楽しい、嬉しいを経験出来ますようにと。しかし弥生の祈りとは別に、不吉なナニカに、龍已達は足を進めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────俺が最後か。すまない」

 

「ちょーどオレたちも着いたところだから大丈夫だって!」

 

「なあ、これほんとに行くの?」

 

「立ち入り禁止……行っちゃダメってことだろ?」

 

「ふ、ふん!オレ様はまったく怖くねーからな!」

 

「ぁの……ここはやめた方が……っ」

 

「心配すんなよ、大丈夫だからさ!あ、龍已紹介するな!この二人は光一(こういち)虎徹(こてつ)だ。オレ達が肝試しするって話してたら、光一がオレもやるーって言って、虎徹さそって合流した!」

 

「……そうか。俺は黒圓龍已だ。よろしく」

 

「ふん!お前イミわかんねーこと言うヤツだろ?知ってるし!」

 

「光一君っ。ダメだよそんなこと言ったらっ。あ、僕は天切(あまぎり)虎徹ですっ。よ、よろしくね黒圓君!」

 

「……あぁ」

 

 

 

 龍已とあまりよろしくするつもりは無いような態度をしているのは、鼻に絆創膏をつけている、いかにもガキ大将みたい男子で、もう一人はオドオドしながらも男の子にも女の子にも見える中性的な顔立ちと、日本人特有の黒髪が多い中で、唯一の金髪である。

 

 因みに、紹介していなかったが、龍已は黒髪に琥珀色の瞳を持つ、日本人然としたもので、顔立ちは静謐な凜々しさを持ち吊り目で、無表情なのがデフォルトなので威圧感があるが、顔立ちは整っている。クラスの中で密かに人気が出るタイプだ。

 

 龍已が辿り着いたのは、前日の金曜日に指定された場所。住宅街から少し離れ、木々によって閉鎖されており、今は使われていない廃トンネルがある場所。昔は山に開けられたこのトンネルを使用していたのだが、出入口の一方が欠陥工事の所為で崩れてしまい、結局直すこともせず山の側面に出来た道を使うことで放置されていた。

 

 使われておらずとも道路が伸びていたのだが、鉄製のゲートで閉じられていた。しかし経年劣化が進み、子供なら通れるくらいの隙間が出来てしまい、結果として龍已達の肝試し場所となった。

 

 夏の16時はまだまだ明るい。しかしトンネルの中は真っ暗だ。光が入り込まず、使われていないので証明も無い。それなりに長いトンネルなので、奥に行けば行くほど暗闇が広がっている。懐中電灯を持ってきてと言われていたので持ってきてはいるが、正直龍已が持っているのはコンパクトサイズの懐中電灯なので心許ない。

 

 本当に大丈夫なのだろうかと、無表情の顔の下で考えていた龍已とは別に、もし何か変なのが出て来たら如何するという話になっていた。怖いもの知らずを自負する光一はへっちゃらだと言っているが、虎徹はそうでもないようでしきりに周囲を見渡している。怖がっているのだろうと察したケンは、安心させるように背中に背負っているバッグから、あるものを取り出した。

 

 

 

「じゃじゃーん!こんな時のために拳銃持ってきたぜ!」

 

「いや拳銃って……それBB弾で撃つやつじゃん」

 

「エアガンでしょ。しかもプラスチックのオモチャの」

 

「けっ。ヤスモノかよ!」

 

「えぇ……呪霊……ナニカ出た時にそれ使うの……?」

 

「なんだよなんだよ!人数分用意してやったんだぞ!ありがたく思えよなー!」

 

 

 

 ケンは友達から文句を言われてプリプリ怒りながら、一人一人に持ってきたエアガンを渡していった。プラスチック製のオモチャでしかないエアガンだが、無いよりはマシだろうという考えだ。ケンからエアガンを渡されたカンやキョウは確り撃てるのか確認している。光一や虎徹にも渡され、さあ龍已の分と渡そうとするが、龍已は受け取らなかった。

 

 黒圓無躰流は遠距離で戦わない。距離を取らず相手の懐に入り込んで相手を的確に殺す為の、超近接型流派。そして龍已の父親である忠胤は死ぬほど飛び道具が嫌いである。願いを叶える球があったら真っ先に飛び道具をこの世から消す位には嫌いだ。それ故に、龍已は日頃からどれだけ飛び道具に頼ってはダメか。使う奴は腑抜けか口酸っぱく、耳にタコが出来るほど聞かされている。

 

 なので龍已は飛び道具であるエアガンは要らないと答えて受け取らなかった。しかしケンも引かなかった。別に使わなくてもいい。ただ念の為に持っていてほしいのだと。ケン達は龍已が超閉鎖的な一子相伝の流派である黒圓無躰流の鍛練を積んでいる事を知らない。周りの誰よりも動けて、不思議なナニカが見える普通の男友達だと思っている。つまり自衛の手段が無いと思っているのだ。要するにケンのそれは完全なる善意。龍已はそんな善意に弱く、渋々受け取った。

 

 少し眉を顰めながらエアガンを受け取った龍已に満足そうになると、ケン達は各々が持ってきた懐中電灯を使って足下を照らしながら、使われていない廃トンネルの中へと入っていった。バラバラになるのは流石にダメだ。だから固まって歩こうという事になって、龍已が一番先頭を歩こうとしたが、自称怖いもの知らずである光一が、先頭はオレ様だと言って聞かないので、仕方がないので譲った。

 

 先頭を取られた龍已は、何処を歩いても良かったので流れに任せていると、一番後ろになった。ケン達は3人で固まって光一の後を続き、虎徹は光一の背中にしがみ付きながら隠れつつ歩く、龍已はそんな5人を追い掛ける形で最後尾だ。

 

 

 

「────ッ!?何か踏んだ!!」

 

「いって!?それオレの足!!」

 

「うぇっ!?オレもなんか踏んだ!!」

 

「あだァ!?だからオレの足だっつーの!!なんなの?お前らオレの足に何かウラミでもあんの?」

 

「「ケンちゃんの足かよ……まぎらわしいからやめてくんない?」」

 

「踏んできたのお前らだろーがッ!!」

 

「お前らうっせーよ!!」

 

「こ、光一君……前向いて歩かないと危ないよ……っ!」

 

「……賑やかだな」

 

 

 

 ギャーギャー叫きながら喧嘩しているケン達に、振り向いてキレ散らかす光一。振り向きながら歩いている光一を心配して注意する虎徹。そんな賑やかな男子一同を無表情で静かに見つめる龍已。よくわからないカオスになっていた。普通なら怖がって震えているだろうに、ケンは理不尽な言われように怒りで震えていた。

 

 6つの懐中電灯の光が斑に暗闇を照らしながら奥へ奥へと進むこと数分。特に何かが起きることも無く200メートル程進んだ。後ろを振り向けば、入ってきた入り口は小さく見える。周囲は暗くて懐中電灯が無ければ何も見えない。そして何だかジメジメしてきたし、カビ臭い。嫌な空気となっていた。

 

 

 

「うぉっとと……枝踏んだ」

 

「枝……?何でこんなところにあんだよ」

 

「枝が落ちてても別にフツーじゃん」

 

「いや、だって、ここまで枝なんて無かったじゃん?なのに何でいきなり枝?ここ木生えてねーし」

 

「はー?枝は枝だろ。オレが踏んでバキッていったし、ほら、そこに……えだ…………が…………………」

 

「……?何で固まってんだよおま……………え……え?」

 

 

 

 光一が進んで行くと固い何かを踏んで枝だろうと判断した。しかしケンはその言葉に疑問を抱く。ここまでそんな枝らしきものは見ていなかったし落ちていなかった。なのにここまで歩いていきなり枝が落ちているだろうか。枝があるということは、必然的に木があるはず。しかし此処はトンネル内。コンクリートに囲まれた場所だ。木は生えてくることは無い。

 

 だが本当に枝を踏んだのだと言って光一は、先程自身が歩いた場所を懐中電灯の光で照らした。ホラ見ろ、枝じゃん。そう言いたかった。しかし無理だった。懐中電灯の黄ばんだ光によって照らされたのは枝では無い、小学生でも分かるような……理科室の人体模型で見たような……骨だった。

 

 

 

「ぁ……あぁあ………っ!」

 

「お、おちつけ!人のじゃねーよ!動物の骨だろ!」

 

「お、おどろかせるなよなー……っ!」

 

「こんな所で……人が死んでるんだったら……け、警察がいるってーの!」

 

「バカやろう!光一のヨワミソ!ノミ!単細胞生物!」

 

「おい、いきなりどうした??」

 

「いや言いすぎだろ!」

 

 

 

「ぁ……ゃ……やっ……ぱりぃ……!」

 

 

 

「……?おい、ケン、カン、キョウ、光一、天切の様子がおかしいぞ」

 

「はぁ…?どうしたんだよ虎徹?」

 

 

 

 ケンが素直に驚いてしまい、その原因を作った光一を罵倒していた。カンやキョウも、よくよく考えて動物の骨だろうと判断して落ち着きを取り戻した一行だが、後ろからの龍已の言葉で虎徹を見た。そしてそこには、前を照らして全身をガタガタと震わせている虎徹が居た。全身を震わせている所為で手も震え、握っている懐中電灯の光が小刻みに揺れている。

 

 異常だ。尋常では無い怯え方。何があったのだろうと、虎徹が照らしている前を全員で照らしてみる。するとそこにあったのは、映ったのは、照らしたのは……人の頭の骨。それに伴う全身の骨。それが恐らく4、5人分。そして真新しく、所々に幾らかの肉がついた人の死体が、腕や足が捻じ切られて地面に転がっていた。片方の眼球が無くなって暗闇が広がり、もう片方は瞼の肉ごと頬の肉が千切られ、光を宿していない眼球がケン達を捉えていた。

 

 本当に恐ろしい恐怖を味わった人間は、叫び出すことが出来ない。喉がヒクつき、顔色が真っ青になって、理解の範疇を越えた情報は脳内を白く染め上げた。ケン達には散らばった死体()()()目に映っているのだろう。しかし龍已は違う。そして……虎徹も違う。

 

 

 

「──────あぁかるうぅぅいぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙…………ッ!!」

 

 

 

 ヘドロのような色合いの芋虫に、無数の腕が生えており、腕と腕の間を埋めるように歯並びの悪い黄ばんだ歯を覗かせる口が開閉して涎を垂らしていた。頭部だろう場所には大きな目玉が一つ中央にあり、その周囲に3つの口が付いている。何かを呪うように怨念の籠もった声が撒き散らされている。

 

 たった一つだけある大きな目玉は、光を照らすケン達を捉え、気持ちの悪い動きを止める。暫し固まると、体中の口の端が吊り上がって弧を描き、涎を撒き散らしながらゲラゲラと笑った。虎徹は蒼色になった顔を真っ白にし、龍已は見た目醜悪なナニカに目を細めた。

 

 

 

「……お前達」

 

「……ぁ……な…んだ……龍已……?」

 

「……今すぐ振り返って元来た道を全速力で走り抜けろ。振り返るな」

 

「な……なにを言っ──────」

 

 

 

「──────今すぐ行けッ!!」

 

 

 

「「「────────────ッ!!!!」」」

 

 

 

 ケン、カン、キョウは、日頃大きな声を一切出さない龍已から、この場から逃げろと言われて直ぐに従った。日頃から自分達には見えないナニカを見ていた、見えていた龍已が、振り返らずに此処から逃げろという。散らばった人間の骨。どう考えても普通じゃない肉の残った死体。今すぐ逃げろというナニカが見える龍已の言葉。流石に小学校低学年といえども、人を殺すナニカがそこに居るのが分かった。

 

 カンとキョウは踵を返して走り出した。ケンは未だ固まっている光一の手を掴んでその場を駆け出した。これでどうにか自身が時間を稼げば、彼奴らは助けられる。そう思った龍已の視界には、まだその場から動いていない虎徹の姿があった。全身が震えていて懐中電灯の光が小刻みに揺れていた。そして、明らかに人を殺しているナニカは、標的を一番近くに居る虎徹へと定めた。

 

 

 

「むりだ……あれは二級呪霊……僕の術式じゃむり……勝てない……しぬ………っ」

 

「──────天切ッ!!」

 

「ぅわああぁああああああああああああッ!!」

 

 

 

 ナニカは全身から生やしている腕の何本かを虎徹へ向けて伸ばした。車よりも速い速度で伸ばされた幾本もの腕を躱せるわけが無く、ヘドロのような色をした手に腕や脚を掴ませて引き寄せられていった。そこで初めて虎徹は、悍ましい姿のナニカ……呪霊に捕まったのだと理解して、悲痛な声を上げた。

 

 強い力で引き寄せられ空中に体が投げ出されている虎徹は、後少しで呪霊の元へ辿り着く。そうなれば、全身から生えている腕によって、地面に転がっている死体のように四肢を引き千切られてしまい、最後には子供の無惨な死体が出来上がる事だろう。だがそれを龍已が許さない。コンパクトサイズの懐中電灯を口に咥え、暗闇を照らしながら腰を落とし、足腰の筋肉を軋ませた。足を踏み締めるとコンクリートの地面に罅が入り、次の瞬間には龍已が駆けていた。

 

 

 

「──────黒圓無躰流・『飛燕(ひえん)』続く『切空(せっくう)』」

 

 

 

 コンクリートに足跡をつける踏み込みから全速力で駆け出し、呪霊へ向かうのではなく、円形状のトンネルの壁に向かって行った。龍已を壁に足が掛かっても速度を緩めず、明らかに人が滑り落ちる角度になっても走り続け、壁を伝って呪霊の真上に当たる天井まで走り抜けた。そしてそのまま膝を折ってしゃがみ込み、全力の跳躍。体を丸めて縦に回転し、虎徹を傍に寄せた呪霊の腕に目掛けて降ってきた。

 

 体の中で留まっている不思議な力を脚の踵に集中させ、回転力と重力、龍已の体重と不思議な力、そして繰り出した踵落としの力を加えた渾身の一撃が、虎徹を掴んでいる腕に叩き込まれた。ヘドロ色の呪霊の腕は龍已の踵落としで切断された。傷口からは紫色の呪霊にとっての血液のようなものが流れ出した。

 

 しかし呪霊に然程痛みを感じている様子は無く、切断された腕はブクブクと気泡が湧くように肉が隆起し、再生した。龍已はその再生速度を目の端で捉えながら、地面に落ちて尻餅をついた虎徹の背中と膝裏に腕を差し込み、横抱きにした。だがそこは呪霊の傍、再生しきった腕とその他の大量の腕が龍已達に差し迫ってきた。

 

 

 

「こ、黒圓君……っ!!」

 

「暴れるなよ。そして絶対に動くな。……黒圓無躰流・『浮世(うきよ)』」

 

 

 

 虎徹を両手で抱き抱えながら、迫り来る無数の腕を全て躱し始めた。動きは最小限にして体力を温存しつつ、後方へと下がっていき距離を取る。本来己一人の身を使った身躱しの技術だが、今は腕の中に虎徹が居る。虎徹は龍已に言われたことを忠実に守り、体を丸めて震えながらもジッとしていた。

 

 己の身だけではないので被弾する範囲が広い。普段よりも大きめに躱しの動きを取らなくてはならないが、龍已からしてみればそんなものは僅差でしかない。少しずつ、無理の無い程度に距離を取っていき、ある程度の距離を取ったら呪霊からの追撃が一端止んだ。その隙に龍已は虎徹を腕の中から降ろすが、虎徹は龍已の服を掴んで必死に頭を横に振った。

 

 

 

「ご……めん…!こ、こしが……っ!」

 

「……仕方ない。此処に居ろ。俺はアレをどうにかする」

 

「む、むりだ…!あれは呪霊といって、しかも二級呪霊だ…!!小学生が勝てるやつじゃない……っ!あれは置いてにげよう!!」

 

「お前を庇いながらだと厳しく、まだ出口まで遠い。それまで『浮世』を継続し続ける事が出来るか分からない。なら、俺はアレをどうにかしてみる選択をする」

 

「むりだよ……!!勝てっこない!!」

 

「それはお前が決めることじゃない。俺がやってみて、結果で分かることだ。それに……俺は今日、苦いものを食べたい気分で──────激しく動きたい気分だ」

 

 

 

 口に咥えていた懐中電灯を虎徹に渡し、後ろから照らしてくれと言った。虎徹は懐中電灯を受け取って、前を照らすことしか出来ない。龍已は肩から掛けているショルダーバッグを外して虎徹の首に掛け、傍に落ちている来るときに光一が踏み砕いた人の骨を拾った。丁度良く真ん中から折れている骨を握り込み、重さを確かめると腰を落として構えた。

 

 黒圓無躰流……それは近接格闘は勿論のこと、自身が持つ武器、落ちている武器を変幻自在に持ち替えて敵に迫り、怒濤の攻撃を繰り出し、延々と相手の命に王手を掛けんとする格闘及び武器術を編み込んだ流派である。

 

 

 

「黒圓無躰流──────『空巡(からめぐ)り』」

 

 

 

「ひかり……まぶじぃ゙い゙ぃ゙ぃ゙……おいしいまぶじい゙……ひかりぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙……ッ!!」

 

 

 

 再び呪霊の腕が伸ばされる。目測10本以上はあるだろう。それを龍已は最小限の動きで相手の攻撃を躱す『浮世』を使いながら前へ進み、時には拾った骨を使っていなし、弾き飛ばし、切断する。折れたことで鋭くなった断面を使っているが、それでも鋭さはそこまででも無いはず。ならばどうやって切断しているのか。

 

 それは単に全身を呪力で覆い尽くして身体を強化しつつ、日々の稽古で獲得した武器術を使用して、常人では不可能である技術の果てに、唯の人骨で二級呪霊の体を斬り裂いている。龍已は一歩一歩踏み締めて前に進んで行く。呪霊は全身の腕を伸ばし、全方向からたった一人の子供を狙うが、その悉くは斬り伏せられた。

 

 やがて龍已は呪霊の傍までやって来た。全身が斬り裂いた呪霊の体液塗れになろうと、その歩みは止まらなかった。後は明らかに弱点だろう頭を落とすだけ。だが相手は呪霊の中でも高い方の二級呪霊。そう簡単にやられはしなかった。

 

 後方で控えている虎徹には見えた。全身から腕を龍已に伸ばしている一方で、芋虫のような体の末端に当たる場所を、静かに龍已に向けて伸ばしているのを。そして感じた。その先端に、巨大な呪力が集められているのを。虎徹は叫ぼうとした。そのままだと危険だと。しかしそれよりも早く、呪霊は呪力の塊を龍已へ解き放った。

 

 

 

「────ッ!?『金剛(こんごう)』──────」

 

 

 

「ぁ……黒圓君ッ!!」

 

 

 

 巨大な呪力の塊が、龍已へと叩き付けられた。龍已は呪力を叩き付けられる瞬間、咄嗟に体の中の呪力を雑ながらも全身で覆い、両腕をクロスさせて防御の姿勢に入った。そして全身の筋肉を限界まで固めて、まさしく金剛が如く身を固めた。しかし衝撃が奔ったかと思った瞬間には、コンクリートの壁に叩き付けられ、壁は大きく罅を入れて破壊され、粉塵が舞った。

 

 虎徹は顔を蒼白とさせた。叫んで教えるのが間に合わなく、龍已は確実に死んだだろうと思わせられる一撃を真面に受け、コンクリートの壁を破壊させるほど叩き付けられた。粉塵が晴れて龍已の姿が見えてくると、やはり龍已は力無く項垂れていた。頭からは血も流している。しかし目は閉じていない。必死に開けて、気絶しないように持たせている。

 

 

 

 ──────……ナニカが飛んできた。俺の中の不思議な力で全身を包んで……全力の『金剛』まで使ったのに……体が動かない……脚と左腕が持ち上がらない……右腕は……どうにか動く。

 

 

 

 下を向いている顔をゆっくりと上げる。そこには全身にある口を歪ませて嗤いながら、腕を無雑作に振り回して歓喜の感情を表現していた。如何にもざまあみろとでもいうようなその態度に、龍已の静かで静謐な心に、黒い(感情)を灯してみせた。

 

 こんな感覚は初めてだった。教えられたばかりの黒圓無躰流の型を父に無理矢理破られた時よりも、学校の掃除で一人だけ真面目にやっていた時よりも、何かの罪をクラスメイトになすり付けられて理不尽に怒られた時よりも……遙かに苛立ち、むかつき、憤慨し、憎い。

 

 今心を占めている負の感情が、体の中にある不思議な力と共に呼応した。あぁ……この不思議な力は己の負の感情(そういうもの)だったのか。無意識に使()()()()()()使()()()()()()()良く解らなかったが、今なら何となく解る。だがそれよりも、そんなことよりも優先するべき事がある。

 

 龍已は辛うじて動く腕を使って、ケンから渡されたオモチャのエアガンを取り出す。先程の一撃で罅だらけだ。最早一度引き金を引くだけで砕けるだろうと思えるその代物を、ゆっくりと呪霊に向ける。狙うは、目玉の周囲にある3つの口で嗤う頭。その一点。そして龍已は言ってやるのだ。ここまでやってくれた悍ましいナニカ……呪霊に。

 

 

 

 

 

「──────────死ね」

 

 

 

 

 

 今は誰も使わなく、使えなくなった廃トンネルから、一条の青黒い光が空に向かって放たれた。後に龍已が居たトンネルの壁の、その反対側の壁には、空が覗き見える程の穴ができ、穿たれていた。

 

 

 

「──────帰るぞ。互いの両親が心配する前にな」

 

「……──────。」

 

 

 

 穿たれた穴から、夕陽の赤い光が一条トンネル内を照らし、その光の下で自身を見下ろしながら手を差し出す黒圓龍已が、天切虎徹には神か天使のように見えた。

 

 

 

 

 

 

 伸ばされた手を受け取って立ち上がり、もう一方の手で預けられていた龍已のショルダーバッグを握り締めながら、虎徹はこの日、この時、この瞬間……運命の出逢いを信じた。

 

 

 

 

 

 

 

 






黒圓無躰流

徒手空拳とあらゆる武器術を編み込んだ、近接戦に於いて変幻自在の戦い方をする流派。


飛燕

どんな足場も全速力で駆け抜ける。忠胤は天井を逆様になりながら走ることが出来る。意味が分からん。


切空

回転力を加えた、上空からの踵落とし。人間にやったら踏んだ空き缶みたいになるか、真っ二つ。普通の踵落としではない。


浮世

相手の動きを見切って躱して躱して躱しまくる技。見聞色の覇気による回避みたいなもの。


空巡り

獲物を両手で持った二刀流の状態で『浮世』と合わせながら飛来物を弾き、斬り伏せて前進する。少しずつ近づいてくるのは普通に怖い。


金剛

全身の筋肉をクッソ固めて防御する。忠胤は飛ばされた弾丸を砕いた事があるらしい。筋肉が弾丸に勝った瞬間である。意味わからん。どこのアンチェイン?


呪力ってどうやって操っていたの?

がーっとやって、ふんって感じ。え?分からない?センスね~。



光一クン

脱出したあと、漏らしていたことに気が付く。最悪だぁ……。


天切虎徹クン

金髪男の娘。やだ…これって運命…?トゥンク

あ、呪霊見えてます☆


呪霊

二級相当の割とガチで強い奴。腕伸ばして舐めプかましたら、まさかのブチギレられ、何か撃たれた。舐めてすんません……。


トンネル

穴が空いちゃった……。

この後撤去される。当然だよね。



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第三話  銃で固定






 

 

 

 

「──────龍已ぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!!ごめんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?置いてってほんとにごめんなぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

 

「わっぷ」

 

「ひっく……ごめっ…ひっく……龍已ごめぇんっ!!うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」

 

「うっぷ」

 

「良゙がっだ生ぎでだぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙っ!!」

 

「んっぷ」

 

 

 

「あの……光一君?」

 

「……なにも言うな」

 

「でもズボン……」

 

「なにも言うなッ!!」

 

 

 

 先に避難していたケン、カン、キョウは、目の端に涙を拵えた虎徹と、全身ボロボロで頭からも血を流している龍已が出て来ると、汚れることも厭わず全力で抱き締めに掛かった。そしてワンワン泣いた。ボロクソに泣いた。

 

 今すぐ走れと言われて本気で走って、外に出たと思ったら後ろから龍已と虎徹が付いて来ていないのを察して、心臓がキュッとなった3人は、戻りたいけど戻るわけにはいかず、ずっと入り口でウロウロとしていた。光一は終始ズボンの心配だけをしていた。クズだなぁ。

 

 3人に囲まれて抱き締められ、これでもかと泣かれている龍已は、最初こそ目をパチパチと瞬きして驚いていたが、自身の心配をしてくれていたのだと分かると、軋む体に知らないふりをして3人を抱き締め返した。ハグ返しを受けた3人は更に泣いた。

 

 

 

「おい、黒圓龍已」

 

「……?何だ」

 

「……ありがとよ。お前が虎徹を助けてくれたんだろ。まあ、礼くらいは言ってやるよ」

 

「おうおうおう!天下の龍已さんにどういう口のききかたしてんだあぁん?」

 

「お前なんか龍已のアニキのクソ以下だぜ」

 

「かーッぺっ!」

 

「お前らどういう立場だ!?」

 

「あはは……」

 

 

 

 その日、全員生還して家に帰る事が出来た。龍已以外の5人は傷らしい傷は無かったので怪しまれることも無く、暗くなる前に家に着いた。しかし龍已は服が汚れて所々に穴が空いている。しかも頭からは血を流しているときた。流石に家まで送っていくと皆で言っていたのだが、見た目以上の怪我は無いので大丈夫だと言って辞退し、5人は真っ直ぐ家に帰した。

 

 龍已は帰り際、虎徹から真っ直ぐ家に帰るのではなくて、念の為に適当な場所を寄って遠回りをしてから帰った方が良い……という助言を貰い、内心首を傾げながら頷いて、適当に色々な場所へ走って回った。

 

 遠回りをしている間に立ち寄った公園の水道で頭を洗って血を流し、電話ボックスに入って110番に電話を掛け、匿名でトンネルの事を警察に告げた。電話相手は相手が子供の声だと分かると訝しんでいたが、住所を言うとメモを取り、誰の通報か知るために名前を聞かれた所で切った。人生で初めての警察への電話なので、少し達成感が出た。

 

 日が本格的に沈み始め、後少ししたら暗くなり始めるという時間まで遠回りをした龍已は、友達を助け、頑張った自分へのご褒美として、自販機で今日の気分である苦いものである『ニガニガ青汁ジュース』を買って飲んだ。本気で苦かったが、龍已はどこかご満悦で、無表情ながらムフーッとした。

 

 因みに、お金は遊んでいる時に喉が渇いたら自販機で飲み物が買えるように母の弥生から渡されている。

 

 

 

「──────ただいま帰りました」

 

「あら龍已、おかえ………え?龍已!?その格好はどうしたの!?」

 

「友達と鬼ごっこをして遊んでいたら、地面から出ていた木の根に足を取られて転倒した後、石造りの階段を転がり、着地した後に偶々居合わせたクラスメイトが乗っている自転車とぶつかりました。全部受け身を取ったので傷は大して無いです」

 

「どれだけ運が無いの!?本当に大丈夫!?消毒するからいらっしゃい!」

 

「……すみません母様。服が破れてしまいました」

 

「……はぁ。服なんてどうでもいいのよ。私は龍已が無事ならそれで良いんだから」

 

「……っ!はい。ありがとうございます」

 

「ふふ、なぁに?嬉しそうな顔……雰囲気?して。心配されたのがそんなに嬉しいの?」

 

「……嬉しいです。ありがとうございます、母様」

 

「っ……もおぉぉぉぉぉっ。かわいいんだから龍已は!ほら、早く傷を消毒してご飯食べましょう?今日は龍已の気分の、苦いゴーヤチャンプルよ!」

 

「……っ!」

 

 

 

 ハッとした龍已は汚れたり破れたりしている服を脱ぎ、体中の小さな擦り傷を弥生に消毒してもらい、晩ご飯のゴーヤチャンプルをもっさもっさ食べた。嬉しそうな雰囲気を感じ取って弥生はニコニコしていた。

 

 一方で忠胤は苦いものが苦手なので、死んだ目をしながらどうにかこうにかゴーヤチャンプルを口の中に入れた。残しはしない。チラチラ監視している弥生の目が怖かったから。本気で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────黒圓君。今日学校終わったらお話ししたい事があるんだけど……いいかな?」

 

「……俺も聞きたい事がある」

 

「良かった!じゃあ、放課後むかえに来るね!」

 

「あぁ」

 

 

 

 あの出来事から明けて日曜日が始まり、各々が精神と体をゆっくりと休め───龍已は稽古があったが───その更に次の日、学校の休み時間に龍已の居るクラスへ、あの日に出会った天切虎徹がやって来た。教室の扉を遠慮がちに開けると中を軽く見渡し、龍已を見つけると嬉しそうにやって来た。整った中性的な顔立ちに線が細い体は女子にしか見えない。だが男だ。

 

 次の時間の準備をしていた龍已の傍にやって来た虎徹は、内緒話をするように龍已の耳元に口を近づけ、放課後に話し合う約束を取り付けた。因みに、龍已の席は一番窓際の一番後ろである。何故か席替えをすると毎回その位置になる。その度にケンが親の敵を見るような目で見てくるのを、龍已が不思議そうにするのがワンセットである。

 

 

 

「なー龍已~。同じクラスの南と堀川、どっちのがかわいいと思う~?」

 

「なーんかケンちゃんが2人の内どっちが良いのか決められないみたいでさー」

 

「ばっ…!ちっげーし!誰もそんなこと言ってねーし!」

 

「はいはい。で、龍已はどっちだと思う?」

 

「……?誰だ」

 

「今同じクラスって言ったじゃん!?」

 

「もしかして名前も知らない?」

 

「いや、龍已の事だから顔も知らないって言いそう……」

 

「……俺に話し掛けてくれるのは、このクラスだとお前達だけだからな。だから他の奴等に興味ない。お前達が居てくれたら、別に良い」

 

「「「んんっ……!」」」

 

 

 

 3人が変な体勢に入ったのを無表情で首を傾げて見ている龍已。結局ケンの気になっている子達のことについての話は有耶無耶になってしまった。しかし龍已の大切な友達の気になること。龍已は同じクラスの南と堀川という女子のことを知るために聞き耳を立てたりした結果、有益な情報を手に入れる事が出来た龍已は、意気揚々とケンの元へ行った。

 

 

 

「ケン。南は一組の神崎聖也(イケメンで足速い)の事が好きで、堀川は三組の影山流星(イケメンで頭良い)の事が好きらしい」

 

「あ゙り゙がどよ゙っ!わ゙ざわ゙ざ教え゙でぐれ゙でっ!ゔれ゙じい゙よ゙っ!!」

 

「そうか、良かった」

 

「皮肉だわッ!!」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、ようこそ……僕の家へ!えへへ」

 

「……大きいな。すごく」

 

「そう……かな?」

 

 

 

 学校が終わって放課後。龍已は何処かの公園で話をするのかと思ったが、どうやら虎徹はそんなところで話をするつもりは無いらしく、是非我が家に来て欲しいと誘われて、特に拒否する理由も無いので虎徹の先導の元、虎徹の家へとやって来た。そして見えたのは広大な敷地と真っ白な洋風の大きな家……まさしく豪邸だった。

 

 龍已の家も、広い庭と道場が連なっているのでそれなりの広さだと自負していたのだが、虎徹の家はその比では無い。マジで広くて大きい、圧巻の代物である。チラリと見えた車も絶対に超高級だろうと思えるようなものだった。スーパースポーツな感じである。

 

 流石に場違い感を感じてしまい、萎縮してしまいそうだが、嬉しそうに手を繋いで先導してくれる虎徹にほんわかして直ぐに忘れた。そしてぐんぐんと異常に広い真っ白な壁の家の中を通され、虎徹の部屋に入れて貰った。そしてやはり虎徹の部屋も広かった。龍已の部屋の5倍は広い。金持ちなんだな……と思っていると、何時の間にか虎徹がお菓子とジュースを載せたお盆を持ってきていた。

 

 

 

「家にクッキーとマフィンしかなかった……ごめんね。口に合えば良いんだけど……」

 

「いや、今日は甘いものの気分だったからいい。ありがとう。……っ!?おいしい……」

 

「ほんと!?良かったぁ。口に合わなかったら使用人に買いに行かせるところだったよ」

 

「……(ある意味で)良かった。……このオレンジジュースも美味しい」

 

「それ?それはね、最高級オレンジの直搾りなんだ!美味しくなかったら違うやつを取り寄せるところだったよ!」

 

「……おいしいおいしい」

 

 

 

 内心ヒヤッとしながら、龍已は出された物を食べていく。もし友達の家に行って何か出されたら、ちゃんと食べてお礼を言いなさいと言われているので、美味い、ありがとうと言いながら食べた。但し、持ってこられた量が普通に多い。今からパーティーでもするのか?というほど持ってきているので、途中でもういいと言おうとすると、もう要らないの?もっと食べて良いよと言ってくるので、胃袋と相談しながら食べた。

 

 晩ご飯入るかなぁ……と、少し遠い気持ちになりながら出されたお菓子を食べ、ある程度時間が経ってから、虎徹と本題の話をすることになった。因みに、龍已が食べている間、虎徹は食べている龍已を見てニコニコ嬉しそうにしていた。結構食べづらい……。

 

 

 

「天切。あの時の……あのナニカについて、詳しく教えてくれ」

 

「うん、いいよ。けどその前に……その、龍已……って、呼んでも良い?それで、僕の事は……こ、虎徹って呼んで欲しいんだっ」

 

「……?構わない。虎徹」

 

「……っ!え、えへへ……龍已っ」

 

「なんだ?」

 

「えへへ……えへへぇ……嬉しいなって……ハッ!んんっ。ナニカ、呪霊のことだよね。僕が知っていることは全て教えるよ!」

 

「頼む」

 

 

 

 それから、龍已は生まれてからずっと見てきて、他の人には見えていないナニカについて虎徹から教えられた。悍ましい形をしていたのは呪霊といって、恨みや後悔、恥辱などといった、人間から流れた負の感情が具現し、意思を持ってしまった異形の存在の事だという。

 

 そして何気なく龍已が全身を覆ったり、襲ってきた呪霊に対して使っている、体の内側で溢れんばかりに存在する不思議な力を呪力といい、その呪力を使って術式を行使するのだという。そしてこの術式がとても重要で、呪力を電気として術式を家電と例え、呪力という電気を術式という家電である冷蔵庫や電子レンジに流す事によって、様々な使い方が出来る。

 

 あの日、龍已が遭遇してしまった強い呪霊を祓ったのは、その術式によるものでもあると教えられた。因みに虎徹の術式は、物に自身の思い描いた効果を付与する事が出来る、構築術式の一種であると教えてくれた。付与するものが複雑なものほど呪力を食らってしまい、多大な精神力と集中力、呪力が必要だという。龍已はまだ初心者なので今一ピンとこなかった。

 

 この世に呪力や術式を持たない、所謂非術師が居る限り、呪霊は途絶えることはなく、そういった呪霊を祓う者達の事を呪術師というらしい。一方で、非術師のことを呪って害を与える者達の事を呪詛師という。呪霊には階級が設けられていて、4級未満から始まって4級、3級、2級、1級とあり、最上位に特級というものが存在するが、特級というのは特別だから特級なのであって、滅多に出会うことは無いから今はそこまで考えなくてもいいという。

 

 呪力、術式、呪霊、呪術師、呪詛師、その他にも色々と虎徹から聞いた龍已は、術式の行使をもう一度してみたいと言った。一応そういった時間はあったのだが、何も知らない状態でやるよりも、知っている人間からある程度話を聞いて、少し知識をつけてから行っても遅くは無いと考え、今まで我慢していた。

 

 やってみたいという龍已の言葉に、もちろんと返答した虎徹は、龍已を家の地下へと案内した。そしてそこには広い空間が広がっており、如何にも実験や訓練をするとでもいうような場所だった。此処ならばミサイルが爆発しても大丈夫という虎徹に半信半疑ながら、手を前に向けて、呪力を操り、あの時の感覚を思い出した。しかし、一向にあの時の再現が出来ない。

 

 

 

「……?呪力は十分集まっているはず……何故飛ばすことが出来ないんだ……?」

 

「……ねぇ龍已。少し待っててもらってもいい?」

 

「大丈夫だが、どうした?」

 

「ちょっと、荷物を取りに行ってくるね!」

 

 

 

 パタパタと地下から出て行った虎徹に首を傾げている龍已だったが、直ぐに気を持ち直して練習を開始。あの時の、呪力を放った時の感覚をそのままにやってみようと繰り返しいるのだが、どうしても呪力を飛ばすことが出来ない。何度もやっているが何も出来ない。出来るのは呪力で体を覆うことだけだ。

 

 もしかして、あの時は死ぬ瀬戸際だったから火事場の馬鹿力的なアレで出来ただけの偶然で、実は才能が欠片も無いのでは……?と思った時だった。地下に虎徹が戻ってきた。そしてその手には黒光りする見覚えのあるものがあった。

 

 

 

「……それは」

 

「銃だよ!オモチャが無かったから“本物”になっちゃったけど、僕の予想が正しければ、弾が無くても出来るはず!はい、龍已!」

 

「……これを使うのか?」

 

「大丈夫!龍已なら出来るよ!」

 

「銃……か」

 

 

 

 あの日のあの時は、何だかテンションが可笑しな事になっていたから何の抵抗も無く手に取って使ったが、今思えば飛び道具である銃は、黒圓家では……主に忠胤からしてみれば禁忌中の禁忌である。触れることすら禁じられている為、多大な抵抗感がある。しかしあの時のアレをもう一度やってみたい。

 

 暫く虎徹の持つ拳銃に見つめ、大きく深呼吸をした後、意を決して手に取った。プラスチック製のオモチャなどでは無く、本物の拳銃は金属製でやはり重たい。それを両手で持って広く続く地下の向こう側に向けて持ち上げ、照準を合わせる。そして腹の臍の辺りから巡ってくる強大で膨大な呪力を肩を通して腕、手、拳銃へと伸ばしていき、引き金を引いた。

 

 瞬間、拳銃からは青黒く太い光線が放たれた。眩く感じる程の膨大な呪力の塊は、高速で広大な地下空間を一条の光として突き進み、あっという間に反対側の壁に激突して大きな穴を開けた。地下であり、壁の向こうは土の壁なのが幸いしたが、これが普通の部屋ならば確実に民家を何軒もぶち抜いたであろうことは、想像に難しくない。

 

 

 

「………………………ぅん?」

 

「………わぁー………すっ…ごい……すごい!すごいすごい!こんな膨大な呪力と呪力出力は初めて見た!龍已はまだ小学生なのに!龍已はやっぱりすごいよ!!」

 

「いや、だが……恐らく壁に大穴が……」

 

「そんなこと気にしなくて良いよ!それよりも、ね!どうだった!?どんな気持ち!?初めての術式行使だよ!」

 

「そう……だな、今のは……──────清々しい気持ちだった」

 

「だよねだよね!僕も見てて驚いて、すっごーい!ってなったよ!風がぶわーってなって!ふっふふ!龍已っ、もう一回撃ってみようよ!ね!?」

 

「……そうしたいのは山々なんだが、銃がな……」

 

「えっ?……あー、それだと流石にムリだよね」

 

 

 

 撃った本人よりも、傍で見守っていた虎徹の方が大興奮していた。目を潤ませ、頬を赤く染めながら龍已に躙り寄ってもう一度と叫ぶ。龍已も今のは確かに清々しく気持ちの良い一撃だった。叶うならばあと何回か撃ってみたい。しかし、肝心の虎徹から渡された銃がダメだった。膨大な呪力と呪力出力に耐えきれなかったのか、介した銃がグリップの部分以外が砕けてしまっていた。強すぎたのだろう。

 

 一発撃っただけでこの有様。流石にこれ以上は……と思った龍已だったが、虎徹がパタパタと地下空間から出て行ったのに気が付いて、あと何発か撃てるようだと察した。そして数分後、両手いっぱいに有りと有らゆる銃を抱えて虎徹が戻ってきた。

 

 

 

「これ全部壊してもいいから、もっと龍已の術式見せて!()()()参考にするから!」

 

「……?いや、でも見た限り10丁はあるが……」

 

「いいよこんなの!親戚のおばちゃんが来るとき何時もお土産でくれるんだけど、誰も使わなくて増える一方で邪魔だったから、なんだったらわざと壊して良いよ!」

 

「親戚のおばちゃんが本物の銃……?」

 

 

 

 聞きたいような気もするが、知ったらダメな気がしたので深くは突っ込まない事にして、ありがたく虎徹から銃を受け取って術式を行使した。腹から巡ってくる強大な呪力を手元まで持ってきて、握っている銃を介して呪力を撃ち放つ。青黒い呪力は光線ように形作り、地下空間の壁に大穴を開けてみせた。そして当然の如く持っていた銃は粉々に砕け散り、使い物にならなくなる。

 

 勿体ない気持ちになりながら、砕けてしまった銃の残骸を見下ろしていると、横からスッと次の銃をニッコリとした笑みを浮かべながら虎徹が差し出した。気分的に苦笑いしながら無表情で受け取り、礼を言ってからまた構える。呪力を集めてまた撃ち放とうとした瞬間、同じようなものを何度も撃つのは飽きると考えて、少しアレンジを加えた。

 

 引き金を引いて撃ち放たれた青黒い呪力の光線は、先程までの太い呪力の光線とは違い、細くしなやかな光線へと変わり、速度も上がって壁に穴を開けた。それも先程のものよりも深く穴を開けた。どうやら貫通力が上がったようだ。それを見ていた虎徹はポカンとしていたが、またしても大興奮だった。

 

 

 

「もうアレンジを加えたの!?やっぱり龍已はすごいよ!天才だよ!しかもちゃんと攻撃として使える立派なものだ……すごい……すごいすごい!!」

 

「そうか?ありがとう。だが、どうやら俺はコツを掴んだらしい」

 

「え?」

 

 

 

 一発撃って砕けた銃を捨て、虎徹が持つ銃を一丁抜き取って直ぐに引き金を引いて呪力の撃った。すると、今度は呪力が光線状になること無く、まるで一発の弾丸のような形のまま……龍已の体の周りを高速で旋回している。残像を残しながら飛び続け、衛星のように離れない。その光景に呆然としながら見ていた虎徹から、更にもう一丁の銃を受け取って一発撃つと、同じ弾丸のような形の呪力が龍已の周りを高速で廻っている。

 

 あまりの光景に開いた口が塞がらない虎徹を余所に、体の向きを変えて前方の広い空間に向けて2つの呪力の弾丸を飛ばした。自由自在に幾何学的な動きをしている呪力の弾丸は、最終的には互いに追突して弾けて消えた。驚愕して固まっている虎徹に向き直り、無表情でドヤァ……という雰囲気を出す。とても分かりづらい。

 

 

 

「龍已……」

 

「うん?」

 

「君は絶対に天才だよ。もうすごすぎて言葉が出ないや、ふふ」

 

 

 

 そんなもんだろうか……?と疑問に思っている龍已の事を、虎徹はどこか恍惚とした表情で見つめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「気を取り直して、龍已の術式を見ていた僕の予想としては、龍已の術式は本来、飛ばした呪力を遠隔で自由自在に操作する……というモノだと思う」

 

「だが銃を手放すと、飛ばせた感じがしなかったな」

 

「そう!それだよ。僕の予想は間違っていない筈だ。なら何が起きているのかっていうと──────天与呪縛だよ」

 

「天与呪縛?」

 

「うん!何かを縛られる代わりに、何かを与えられる、生まれた時から持っている縛りのことだよ!」

 

 

 

 天より与えられし呪いによる縛り。縛りというのは、何かを不利に強制することによって、能力の底上げを促したりする事が出来る。自分自身に縛りを設ける事が出来る一方で、他者とも縛りを設ける事が出来る。だが、この天与呪縛だけは違う。この天与呪縛は生まれた時から既に肉体に縛りを与えられており、どんなに不利益なものであろうと覆す事が出来ない。

 

 但しその一方で、何かを縛られているので、何かしらで強力の力を得ることが出来る。虎徹の推測であれば、龍已もこの天与呪縛による縛りを受けており、内容は……銃を介さないと術式を行使出来ないというものだ。本来ならば自由自在に呪力を飛ばして遠隔操作で好きなように出来るところを、銃を使わなければ呪力を飛ばすことが出来ず、また銃以外の場所から呪力を飛ばす事が出来ないものだという。

 

 では、その縛りによって何が与えられているのかというと、恐らくだがある程度の広大な術式範囲と呪力出力、そして呪力操作の技術力向上ではないのかと考えている。あれだけ呪力を放出したにも拘わらず、ケロッとしているのを考えると呪力総量もと言いたいところだが、時には普通に呪力が膨大な人が居るので判断がつかないとのことだ。

 

 

 

「銃を使わないと使えない術式……この天与呪縛さえなければ、黒圓無躰流の型と合わせて選択肢がかなり増えた筈なんだが……」

 

「多分……殴ったり蹴ったり、あと武器を使ったりする武術なんだよね?その変幻自在で圧倒的な手数の多さに、更に手数の多さを組み合わせられれば脅威だよ。けど、縛りでその手数の多さを潰すことによって、広大な術式範囲と高い呪力出力、操作技術が手に入ったんだと思えば、足し算と引き算で良い具合になるのかな……?あとは使い手の龍已次第なんだけど……」

 

「……とりあえず、一発撃って壊れる銃をどうにかしないとダメだな。これだと手数の以前の問題だ」

 

「あの……その事なんだけどね……?」

 

 

 

 地下空間から出て来て、虎徹の部屋に戻ってきた龍已は、モジモジと落ち着かない様子の虎徹を見ながら首を傾げ、新しく注いでもらったオレンジジュースを飲んで喉を潤した。初めての術式行使の熱から覚めた龍已は、チラッチラッと見てくる虎徹の言葉を待った。

 

 虎徹は一世一代の告白でもするかのような態度であり、二重で大きな蒼い目は水を張っており、首筋から耳に至るまで、顔を真っ赤にしながら口を開いたり閉じたりを繰り返し、大きく深呼吸をすること10回。意を決してある意味告白をした。

 

 

 

「ぼ、僕が龍已の為に呪具を何でも創るから、僕を龍已の相棒(パートナー)にして下さいっ!!」

 

「……呪具?」

 

「ぁ……えっと……僕の家、天切家は呪具師として()()有名で、僕は物に自分の好きな効果を永続的に付与する……っていうこれ以上無い程の術式を持ってて、本当は世の呪術師の為に呪具を造らないといけないんだけど、僕はあの日……龍已に命を助けてもらってから、龍已の為だけに呪具を造りたいって思ったんだ……っ!だからお願いしますっ。僕を龍已の専属呪具師……相棒(パートナー)にして下さいっ!!」

 

「──────いいぞ。むしろ、こちらこそよろしく頼む」

 

「ぇ……ぁ………っ……ぁり……ありが…っとう……ありがとう……っ!!」

 

 

 

 正直な話、虎徹の持つ術式は、呪具師としてならば喉から手が出るほど欲しがるもので、今はまだ子供なので難しいものは全く付与出来ないが、将来的には必ず呪術界に革命を起こすような呪具を創り出すだろう。そうなれば、莫大な資産だって手に入れられる筈。呪具の中でも最上位とされる特級呪具は、オークションに掛けられれば一つで何億という金が動く。

 

 虎徹は将来、必ず特級呪具を創り出すことが出来る、有名な呪具師として名を馳せるだろうに、それでも選んだのは龍已の専属呪具師、つまり、龍已の為だけに呪具を創るという道だった。まだ子供の口約束だと思うこと勿れ。呪術師はイカレた者が殆どと言われているが、呪具師とてイカレている者が多い。そして虎徹はしっかりとイカレていた。未来の莫大な富より、目の前の絶対の友人を迷い無く取ったのだ。

 

 

 

「虎徹、これから相棒(パートナー)として、改めてよろしく頼む」

 

「……っ…うんっ。うんっ!」

 

 

 

 この時、才能有り余る一子相伝黒圓無躰流継承者予定の黒圓龍已と、天切家歴代最高最適術式所持者の天切虎徹が相棒(パートナー)関係に相成ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






黒圓龍已

遠隔呪力操術

汎用性が高いが、特別珍しいものでもなく、出来ることは限られて範囲もそこまで広くないという、そのままならば普通より少し下くらいの術式

天与呪縛

銃を介さなければ術式の使用不可

銃等の飛び道具の使用を禁じている家、銃を一切使用しない流派でありながら、本来ならば無数の手数の多さを獲得出来たところを、縛りによって手数の多さを奪われた。代わりに広大な術式範囲、呪力出力、操作技術を獲得した。

元々技術力があったのに、天与呪縛によって掛け算された。恐ろしい。

何故か知らんが呪力がバカクソ多い。やったぜ。




天切虎徹

天切家は代々呪具を造る事で有名な家で、特級呪具を幾つも造っている。そして虎徹は歴代天切家の中で最も恵まれた最高最適の術式と豊富な呪力を持ち、聡明な頭脳と物作りの才能を生まれ持った。まさしく天切家歴代最高の天才にして稀少児。

命が危ないところを助けられ、更には神々しい場面を目にして最優先事項に黒圓龍已を堂々とランクインさせた、イカレた男の娘。




虎徹の親戚のおばちゃん

どこかで超凄腕のスパイをしているとかなんとか。その時に使った銃を何となくお土産にしている。この度全部ぶっ壊された。



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第四話  間一髪






 

 

 

「──────本当に送って行かせなくていいの?」

 

「あぁ、大丈夫だ。ありがとう。稽古として走り込みの要領で帰るからな」

 

「そっか……あ、じゃあこれ!一応ね!オモチャのやつをさっき買ってこさせたから受け取って?」

 

「オモチャの銃か……ありがとう。受け取っておく。じゃあまた明日」

 

「うん!」

 

 

 

 武器に予め呪力を籠めておくことによって、呪力が無い者でも呪霊を祓う事が可能になる呪具。その呪具を創る事で有名な天切家の生まれにして歴代最高の逸材である虎徹とパートナー契約を交わした龍已は、その後術式だけでなく、体に纏わせる呪力の精密な操作の練習もしようという話になり、呪力の何たるかを詳しく詳細に説明して貰って独自の特訓をしていた。

 

 小学校低学年であり、今先程細かい呪力の説明を受けたばかりの龍已には、まだまだ荒削りの、膨大な呪力にモノを言わせて無理矢理纏っているようなものなので、無駄に呪力を消費しないように抑え込む等といった練習をしていた。そうして虎徹の助言をもらいながら時間が過ぎ、帰る時間となる。

 

 まだ明るい時間帯だが、呪力があって術式もあり、更に武術を修めていてそこらの暴漢等屁でもない龍已だが、虎徹は龍已を車で送っていこうとした。稽古の一環として走って帰るつもりだった龍已は辞退した。決して、チラリとめちゃくちゃ長いリムジンが見えたからではない。決して。

 

 

 

「……呪力。術式。呪霊。知らないことばかりだ。虎徹と友達になれて良かった」

 

 

 

 黒いランドセルを背負いながら走って帰り、虎徹から手渡された黒いオモチャの銃を見下ろす。飛び道具を一切使ってはならない流派で、使うことは禁じられている。父曰く、銃は腑抜けが使うモノ。今自分は、ダメだと言われている事をやっている。天与呪縛が銃を介す必要があると縛っていなければ、恐らく一生使うことは無かった代物。

 

 使わないと術式が使えないのだから、仕方ないと言えば仕方ないのだが、龍已としてはとても複雑なものだった。走りながらオモチャの銃を手に馴染ませ、もし今の状況を両親が見たらどういう反応をされるだろうか。父は子供に見せられないような形相になってオモチャを取り上げ、叩き壊し、稽古を何時もの10倍の量にするだろう。弥生は……微笑みながら他に欲しい物は無いのか聞いてきそうだ。

 

 想像上の両親が、あまりに対極な反応を示してくるので、やはり銃の事は隠しておいた方がいいと結論付けた。そうして走ること10分程、公園を横切ろうとした時に、龍已はあるものを見た。それは公園に設置されている砂場の近くで立ち尽くす女の子と、その女の子の前で今にも襲い掛からんとしている呪霊だった。

 

 食虫植物のハエトリグサが溶けて、血走った目がそこら中についているような呪霊が、大きな口を開けている。女の子は逃げようともしない。いや、恐怖で動けないようだ。恐らく女の子は見える類の人。ならば仕方ない。龍已は目を細めて手の中の銃を呪霊へと向けた。

 

 

 

「すな……すすぅなぁ……すなぁあぁぁぁぁ……ッ!?」

 

 

 

「……ぇっ?」

 

「大丈夫か」

 

「い、いまの……」

 

「暫くは生まれないだろうが、生まれないとは言い切れない。もうこの公園は使わない方がいい」

 

「え……あ、待っ──────」

 

 

 

 手に持つ銃はプラスチックのオモチャだ。呪力を籠めすぎれば一瞬で砕け散る。それを見越して龍已はごく微量の呪力を撃った。小さな弾丸状の呪力は、吸い込まれるように呪霊の頭らしき場所へと撃ち込まれ、貫通して内部に入った瞬間に内側から爆発して弾け飛んだ。

 

 龍已の術式は呪力の遠隔操作。だから不規則な動きも出来るし、呪力を最後に弾けさせることが出来る。唯爆発させれば良いので、ぶっつけ本番だが出来てご満悦である。

 

 襲われていたところを助けられた少女は、信じられないような目を龍已に向けた。どうやら見えて、しかも呪霊を祓える存在に会ったのが初めてのようだ。だから話をしようとしたのだが、龍已は警告だけすると、その場から踵を返して走って帰ってしまった。その走りは速く、女の子は小さくなった龍已の背中を見ているだけだった。因みに、銃は壊れなかったが、あと一発撃ったら粉々になるぐらいの罅が入り、龍已は人知れず落ち込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍已っ!今回のやつはどうかな!?」

 

「……重いな」

 

「少し稀少な金属使ってるからね。ちょっと重くなっちゃった。けど、龍已の筋力なら大丈夫でしょ?」

 

「持てないことは無いな……あっ──────壊れた」

 

「うーん。今回のもダメかぁ。龍已の呪力出力に耐えられないなぁ……」

 

「すまん……」

 

「えっ!?なんで龍已が謝るの!一発で壊れる不良品造る僕が悪いんだよ!」

 

 

 

 龍已の術式が判明してから3年、龍已達は小学5年生になった。小さかった体も大きくなっていき、後少しで中学生になる。この3年で龍已は黒圓無躰流の8割程度を覚え、自分のものとした。筋肉も更について身体能力も向上し、小学校の運動会ではアンカーを走ってばかりだ。ケン達との交流も途絶えておらず、それどころか5年生になるまで全て同じクラスだった。

 

 虎徹も3年生の頃から同じクラスになり、仲の良い者達が固まっていた。光一は最初こそ普通に学校に来ていたのだが、あの日見た光景が頭の中で反芻し、小さなトラウマから大きなトラウマになってしまったようで、今では殆ど学校に来なくなってしまった。ケン、カン、キョウは人には見えないナニカが見える龍已という存在を知っていたので、ショッキングなものを見てしまったが、思い悩むほどのものではなかった。

 

 そして今、龍已は虎徹から術式を使っても壊れない銃の製作を手伝っている。呪具師の家系である天切家の呪具の作り方は門外不出なので見せられないと言われ、少し残念に思う気持ちもある。だが龍已はそれよりも、出来上がったものを試し撃ちして、壊れない銃が完成する時を密かに楽しみにしていた。

 

 念の為にと持たされている銃で、時々呪霊を祓っている龍已は、3級等の低級は何ともない。今では2級すらも余裕で祓っている程だ。残念ながら墓地近くの廃れた建物や夜の学校に行っても、1級呪霊は出て来なかったので、現段階では2級までしか祓った事が無い。因みに、威力調整を間違えて銃を壊した時は拳で祓った。

 

 

 

「それにしても……本当に龍已の呪力出力はすごいなぁ。今回のは自信作だったけど、あっという間に粉々だもん!あははっ」

 

「……何度もすまない」

 

「ふふっ。いいよ。だって龍已が壊せば壊すほど、僕は壊れない物を造ろう!って気持ちになって創造意力が沸くもの!」

 

「……それならいいが」

 

 

 

 既に虎徹は呪具師としての鍛練を積みながら、龍已の為の銃の製作に入っている。今のところは全く持ち堪える代物を造れていないが、龍已の為だけに呪具を造っているというだけで幸せなのだろう、造った銃を持ってくる時の虎徹はとても幸せそうだ。

 

 これまで数十丁の銃を造ってもらっているが、そのどれもが一発で砕け散っている。龍已の膨大な呪力と高い呪力出力に、銃が耐えきれない。先ずは呪力出力に耐えられる代物が無いと、龍已は相当な銃を持ち歩く事になってしまう。そうなれば、武術を使うときに邪魔になってしまうので死活問題だ。それが分かっているからこそ、虎徹も本気で取り組んでいた。

 

 

 

「──────龍已……宿題見せてくれ……っ!」

 

「……はぁ。またか、ケン」

 

「いやー、今回は俺もぉ……」

 

「アチキもぉ……」

 

「カンとキョウもか……」

 

「キョウ君のアチキは無視するの……?」

 

 

 

 所変わり次の日の学校で、龍已は3人に囲まれていた。深々と腰を折って頭を下げ、右手を差し出している。まるで一昔前の告白現場のようだが、言っていることは単純。やり忘れた宿題を見せてくれというものだ。

 

 龍已は基本帰ってきたら学校から出された宿題を終わらせてから稽古に励む。勉強を怠ると母が黙っていないからだ。虎徹も真面目な性格なので、龍已と同じく帰ってきたら宿題をやって、それから呪具造りを始める。2人は夏休みの宿題を直ぐに終わらせてしまうタイプである。

 

 それに反して3人は夏休み最後の日に慌ててやるタイプだ。というよりも、前々日位になって家を訪ねられ、泣きながら宿題を手伝ってくれと頭を下げに来た。流石の龍已もビックリである。まだ終わってなかったのかという意味で。その後はお察しの通り、虎徹の家に皆で泊まって宿題フィーバーである。

 

 

 

「頼むよ!な!?」

 

「何か買ってあげるからさ!」

 

「今日は何の気分!?」

 

「今日は……ザクザクの気分」

 

「駄菓子のカツ!!」

 

「金平糖!!」

 

「ガリガリ君!!」

 

「分かった分かった。ほら、国語と算数と理科」

 

「「「あれ……算数と理科も?」」」

 

「えぇ……3人とも宿題が出た教科すら覚えてなかったの……?」

 

「やっべ!?急げ!!」

 

「国語は俺が見る!!」

 

「算数は俺のだ!!」

 

「じゃあ理科は俺!!」

 

「えぇ……綺麗に別れたよ」

 

 

 

 机に座ってガリガリと懸命に宿題を写している3人に虎徹は苦笑いをし、龍已は仕方ないなぁと言わんばかりの溜め息を吐いた。しかしとても楽しい。龍已は1年生の頃の呪霊を指差した発言と、無表情が祟って全く友達が居ない。5年生になったのに友達と言えるのはケン、カン、キョウ、虎徹の4人だけである。同じクラスメイトは遠巻きに見たりするだけで話し掛けて来ないのだ。

 

 学校では片手で足りるくらいの友達しかおらず、皆が自身のことを敬遠としていると思っている。事実、呼ばれていることを教えられたり、確認するときに話し掛けられたりするものの、それ以外のことは全く話さない。だから嫌われていると思っている。

 

 だが実際は違う。龍已は確かに無表情が主で、精々眉を顰めたり等といった小さな変化しか起きないが、会話が成り立たない訳では無い。それはケン達と話しているのを見れば分かる。ならば何故こうも話し掛けられないのか。それは大体がケン達の所為である。ケン達は龍已の事を親友だと思っている。その親友を変な奴と決め付けて仲間外れにしたのは他の奴等だ。

 

 だから今更仲良くしようとしても、やんわりと邪魔をするのだ。今更何言ってんだ?とでも言うように。話し掛けようとすれば誰かが龍已に話し掛ける。遊ぼうと思って誘おうと思えば、ケン達によって既に遊びに出掛けている。放課後一緒に帰ろうとしても、既に連れ出されている。放課後に遊ぼうとしても、大体は虎徹の家に行って呪具の試し撃ちがあるし、これ見よがしに虎徹が約束を取り付ける。お前らセコムか。

 

 結果、龍已はケン達以外の友達が居ないのである。仮に龍已が裏で手を回されていたということを知っても、そうかの一言で終わる事だろう。何故ならば、実際大切なのはケン達であって、その他は所詮その他でしかないからだ。

 

 

 

「よーし席につけー。国語の宿題を確認するから開いて置いとけよー」

 

 

 

「っし!間に合ったっ!!」

 

「俺は最初にやったからヨユーヨユー」

 

「俺は2番目だったからまあオッケー」

 

「宿題くらいちゃんとやってこないとダメだからねっ」

 

「はいはい、気を付けまーす。虎徹お母さん」

 

「虎徹母ちゃんだろ」

 

「いやいや、虎徹ママだろ」

 

「「それだっ!!」」

 

「どれも嫌だよ!?」

 

「虎徹が……母様?」

 

「ふふっ。なぁに?龍已」

 

「おい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「走れ走れッ!!」

 

「走ってるわッ!!アイツが足はっえーんだよ!!なんか武器とかねーの!?」

 

「アレに武器もクソもねーんだけど!?てか見た目キッショっ!?龍已と虎徹は何時もあんなの見てたの!?」

 

「もおぉおぉぉぉっ!何度も言ったよね!?絶対後悔するって!まあ僕もこんな事になるとは思わなかったけど!!」

 

 

 

 その日、ケン、カン、キョウの3人は心底後悔した。まさかこんな目に遭うとは思わなかったのだ。

 

 

 

 事の発端は、ケンの一言から始まった。龍已と虎徹が見てるやつ、俺も見てみたい。と、いうものだ。龍已が自分達には見えないモノが見えていることは知っている。そして虎徹も実は見えているということも曝露されたので知っている。親友5人組の中で2人が見えている。それも時には危ないものが居たりするという。ならば親友が見ているものを見たいと思うし、危ないものならば回避できるように見えた方が良いと思うのも仕方ない。

 

 見たい見たいと駄々を捏ねるケンに触発され、カンとキョウも興味を持ってしまい、同じく駄々を捏ね始めた。しかも学校が終わって直ぐのことである。龍已は先生に呼ばれているので先に帰ってくれと言われている。つまり虎徹はうるさい親友3人を相手にしなければならなかったのだ。

 

 お前らが見えてるやつ見えるようになる何かねーのかよー。ないのー?ねーねー。とウザ絡みしてくる3人に虎徹は折れてしまい、駄菓子屋へ寄ると、オモチャのメガネを3つ購入し、術式を使って呪霊が見えるように細工をした。丸レンズのメガネ、四角レンズのメガネ、星形でピッカピカのメガネをかけた3人は意気揚々と駄菓子屋を出た。因みに星形ピッカピカのメガネはケンがかけている。

 

 そうしてデカいオモチャのメガネを掛けた、アホ丸出し3人を連れて虎徹は廃屋や学校を回っていった。しかし周辺の呪霊は龍已が特訓がてら全て祓ってしまっていたので中々見つけられず、唯3人がアホを周辺の人に晒していただけだった。

 

 買い物途中のマダムなどにクスクス笑われているのに気付いていないアホ3人は真剣だった。親友が見ているものを見て、共感してあげたかった。善意である。しかしメガネはオモチャだ。そうやって探し回ること1時間は経っただろうか。もう諦めて休みの日に探しに行くか……と話していたその瞬間、2メートル程の見た目醜悪な呪霊と出会った。

 

 そう……それはまるで口にパンを咥えて遅刻遅刻ー!と走っていた転校生と偶然接触したイケメンのような構図。しかし相手は醜悪な呪霊とする。ケンは白目を剥いた。カンは静かに瞼を閉じた。キョウはスクワットを開始した。虎徹は微笑みながら蒼白くなった。そして正気を取り戻した虎徹の逃げろという合図で回れ右をして逃げた。呪霊は追い掛けてきた。

 

 

 

「ねぇ待って!?あの溶けてる巨神兵にバカでかくてクソきたねぇ口つけたみたいなのナニ!?本ッ気でキメェッ!!」

 

「ゑっ!?想像してたやつの斜め上いくんだけど!?」

 

「なんであのキモイのアスリート選手みたいなフォームで追いかけてくんだよ!?バカ足はえーんだけど!!」

 

「アイツぶっ飛ばせる武器とか無いの虎徹!?」

 

「呪霊には呪力の籠もった武器じゃないとダメージ入らないし祓えないよ!!僕は戦えないし戦闘力無いよ!!」

 

「龍已は!?龍已なら倒せる!?」

 

「あれはいっても3級だから龍已なら余裕だけどっ……龍已今日先生に呼ばれて遅くなってるから近くに居ないよ!!しかもここから学校まで15分は掛かるし!!」

 

「やべぇほど終わってて草」

 

 

 

 呪霊とは元来からその場に留まるものだ。故に呪霊を見つけたのだとしても、その場を離れれば襲われる心配は殆ど無い。しかし何事にも例外は付きものだ。この呪霊が良い例で、徘徊型の呪霊だ。階級が低いので固定された負の感情ではなく、あやふやで不確かなもの。だからこうして広い範囲を移動しているのだ。

 

 ケン達は必死に逃げた。捕まれば先ず間違いなく殺されると思ったからだ。思い浮かぶのは3年前の廃トンネル内での光景。見るも無惨な死を遂げた人の死体。あんな風にされてしまうのではないか。若しかしたらもっと苦しい目に合わせられるのではないか。それが只管頭の中で回り、足を動かした。

 

 息が切れようが脹ら脛に激痛が奔ろうが、脇腹が千切れたように痛かろうが懸命に走った。そして十字路でケンが右だと言ったので全員で右に曲がると、見えたのは石の塀に囲まれた袋小路だった。素直に終わったと悟った。

 

 

 

「バカッ!ケンちゃんシンプルにバカッ!!」

 

「あっるェ??石田モーターズの方に行けるはずなんだけど……」

 

「それ左じゃなかったっけ……?」

 

「右と左も忘れたのかボケケンちゃんッ!!」

 

「マジでごめんてっ!!」

 

 

 

 まさかまさかの袋小路で逃げ場が無い。急いで引き返して違う道へ逃げようと思っても、振り返った瞬間壁に呪霊の手が掛かり、デカい口が見えたので手遅れであると直ぐに分かった。

 

 逃げ場が無くなってしまい、本気でマズいというのが共通されたのだろう、皆で身を固めて小さくなりながら震えていた。

 

 

 

「──────俺、帰ったら結婚するんだ」

 

「やめろ。マジでやめろ。つーかカンちゃん小学生だろ舐めんな。あと鏡見て現実も見ろ」

 

「フッ──────別にあれを祓ってしまっても構わんのだろう?」

 

「オメェ本気で殺すぞ??」

 

「け、ケン君がツッコミに回ってる……っ!?」

 

「俺、ここを生き延びたら3組の華ちゃんに告白するんだ……」

 

「「この前2組の城峰白亜(完璧イケメン)に体育館裏でキスされてうっとりしてたぞ」」

 

「マセガキとクソ〇ッチがッ!!人の純情弄びやがってぶっ殺してやるッ!!」

 

「ケン君いきなりふざけるのはやめてよっ!?」

 

「こっちは本気だわ舐めんなッ!!」

 

「何にっ!?」

 

 

 

 ギャーギャー叫んでいるが、事態は最悪のパターンのままである。呪霊は既に此方に気付いてゆっくりと近づいている。姿は溶けてしまった巨神兵に汚い歯が乱雑に生えた大きな口が頭と胴体に付いているような、そんな見た目の呪霊である。なのに大きさが2メートルを越えているので小学生からしてみれば本当に巨神兵にしか見えないのだ。

 

 ズルズルと後ろへ下がっていき、石の塀に背中をぶつけた。もう逃げ場なんてない。絶体絶命なのは変わらず、全員で抱き締め合って恐怖心を隠そうとしている。しかし体は正直で震えが止まらない。

 

 

 

「ちゅうぅうぅぅ……ちゅうじだいぃ゙……ちゅうじよおぉおぉ゙……」

 

 

 

「ケンちゃん呼ばれてるよ」

 

「ケンちゃんご指名だって。ハイハイハイ!ケンちゃんのちょっと良いとこ見てみたーいっ♡」

 

「いぃぃぃぃぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!?お前らマジでっ……マッッジでふざけんなよ!?普通この状況で親友売ります!?大体俺は初チューもまだだし!!それに俺は髪が長くて口元にセクシーなホクロのあって垂れ目で微笑みが似合うちょっとえっちなおっぱいの大きいお姉さんにリードされながら夕陽をバックに抱き締め合いながら初チューをするって決めてんだよッ!!」

 

「キッッッッッッッッッッッッッッッッッショッ!!」

 

「ははっ。今世紀最大のキモさだね☆」

 

「ものすごい具体的だから本気度が高いね……」

 

 

 

 ふざけている場合かと言いたくなるが、残念ながらここまでのようだった。呪霊に人間の言葉など届かない負の感情の塊なので、どれだけ命乞いをしても意味が無い。そしてこの呪霊は人間の言葉なんて欠片も分かっていない。だからもう4人の運命は決まったようなものだ。

 

 ゆっくりと歩いて近付いてきた呪霊は、もう目の前だった。大きな体を曲げて手を伸ばしてくる。ケン達は抱き締め合いながら固く目を瞑ってその時を待った。しかしその前に、上からタンッという音が聞こえ、黒い塊が呪霊の真上から降ってきた。

 

 

 

「黒圓無躰流──────『切空』」

 

 

 

「──────っ!?龍已……か……?」

 

「えっ、龍已!?」

 

「な、えっ……っ!?」

 

「龍已……っ!!」

 

 

 

 呪霊がケン達に触れるより前に、電柱の頂上から跳躍し、回転しながら落下してきた龍已は呪力を纏わせた渾身の踵落としを呪霊の脳天に叩き込んだ。呪霊は踵落としの威力に抵抗出来ず、頭を木っ端微塵に吹き飛ばされて祓われた。

 

 常人ならば落下して大怪我を負っているところだったが、龍已は音も無く軽やかに着地した。ケン達には龍已の背中が見えている。自分達の命が危ないときに颯爽と駆け付け、一撃で悪者を倒した龍已がカッコイイヒーローに見えて、ケン達は立ち上がって泣きながら龍已の背中に抱き付いた。

 

 

 

「あ゙り゙がどゔ龍゙已゙ぁ゙っ!!」

 

「ほんきで…!ほんきでしぬかとおもったぁっ!!」

 

「助かりまじだぁっ!!命の恩人龍已様ぁっ!!」

 

「…っ……ぐすっ……ぁりがとう…龍已っ」

 

「……………………。」

 

「龍已……?」

 

「ど、どうした……?」

 

「まさか怪我したのかっ!?」

 

「うそっ!?あの龍已が!?」

 

「……………………。」

 

 

 

 龍已の小学生にしては逞しい体に抱き付き、泣きながらお礼を言っているが龍已からの反応は無い。依然として背中を向けられたままだ。何の反応も示さない龍已に訝しみ、ケンがハッとしたように怪我をしたのか聞いた。助けてくれて怪我なんてしていたら一大事だと、4人でアワアワとしているが、龍已がこの程度で傷を負う訳が無い。

 

 心配されている龍已が一歩前に出る。抱き付いていたケン達の腕の中から出て来て、異様な雰囲気を纏う龍已が振り返った。表情は相も変わらず無。何を考えているのは分からない。しかし何だかヒヤッとする冷たい雰囲気であることは分かった。何も言われていないのに直立不動となる4人に対し、ゆっくりと話し始めた。

 

 

 

「見つけられたのは……偶然だった」

 

「……はい」

 

「先生から呼ばれて職員室に寄り、常に無表情だから何かあっても分からないから話して欲しいと言われ、嫌に時間を食ったからお前達はもう家に着いているのかと思っていた」

 

「……うん」

 

「ふと、先日思い付いた技の試し撃ちをしたら、お前達が呪霊に追い掛けられているのを察知した。3級程度とはいえ、お前達にとっては脅威だろう。だから形振り構わず屋根の上を全速力で駆けてきた」

 

「……うっす」

 

「後少し遅かったら……お前達は呪霊に殺されていた。惨い死体にされていた。本当に──────怖かった」

 

「「「「────────────っ!!!!」」」」

 

「大事な……っ……友達が……死んでしまうのかと……っ思った……っ!怯え方からして……呪霊が見えているし……本当に……心配してっ──────」

 

「ご、ごめんッ!!」

 

 

 

 話し始めたかと思うと、無表情のままでポロポロと涙を流した。言葉も途切れ途切れとなって、冷たい雰囲気は霧散して、本当に心から心配してくれたのだと分かった。常に無表情、冷静沈着、小学生の割に大人びた雰囲気の親友は、とても人間らしい一面も持っている。

 

 一歩離れた事で開いた距離を詰めて、また4人て龍已を抱き締めて泣いた。龍已の言う新技の試し撃ちが無ければ、今頃4人はどうなっていたのか分からない。泣きながら抱き締めている虎徹は、偶々龍已の右手を見た。そこにはグリップのところ以外砕け散ったオモチャの銃が握られていた。

 

 壊れた銃を手放す事すら忘れて、ここまで全速力で駆け付けて最速で呪霊を祓ってくれた龍已。また助けてもらったという事実に胸の奥が熱くなり、やっぱり自分には龍已が一番なのだと再認識した。

 

 

 

「……っ…ところで、ケンがつけているそのメガネは何だ。気になって仕方ないんだが」

 

「あ゙っ……俺のだけバカみたいなやつつけてるの忘れてたッ!てか、やっべ!?これかけたまんまそこら辺走り回ってたッ!!変な子だと思われるッ!!」

 

「元からじゃん」

 

「今更感あるよねぇ……」

 

「ケン君大丈夫だよ!もう下がる事なんて無いから!」

 

「ねぇ泣いていい?これから外歩ける自信無いんだけどっ!」

 

 

 

 笑い合った。もういつも通りの光景がそこにあったから。今回は危ない橋を渡ってしまったけれど、龍已のお陰で助けてもらう事が出来たのだ。助けられない命は無い。呪霊なんて悍ましい存在が居ても、これからだっていつも通りの日常を謳歌出来ると思って()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────父……様?母…様……?」

 

 

 

「──────あー?なんだ、ガキ居んじゃねーか。コイツ()殺せば依頼完了だな」

 

 

 

 1年後。2000年8月。黒圓龍已12歳、小学生6年生。

 

 

 

 

 

 

 

 

 自宅にて父・黒圓忠胤、母・黒圓弥生の両名を殺害したと思われる呪詛師と邂逅。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






ハエトリグサが溶けたみたいな呪霊

4級、強く見積もって3級ぐらいの雑魚。生まれたばかり。何故か子供が良く怪我をする公園だから、お母さん達の小さな負の感情が少しずつ凝り固まって生まれた。




デケェ口がある溶けた巨神兵みたいな呪霊

チューしようと思ったらなんか踵落としで祓われてた。もー、恥ずかしがり屋さんメッ☆



作者

呪霊を溶かす癖のある人。

気持ち悪くてSAN値チェックものの姿があまり思い浮かばない。



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第五話  報復






 

 

 雨の日だった。8月の始めであり、小学生として最後の夏休みだった。宿題を最初の3日で全て終わらせ。黒圓無躰流を全てを修めながら、上限を決めること無く稽古を繰り返していた。黒圓無躰流の歴代最高の才能は、弱冠12歳で父である忠胤をも抜き去った。後は完璧な体を作るだけ。それだけだった。

 

 毎日がとても素晴らしいものだった。有名な画家が描いた絵画よりも濃い彩りで、高所からのバンジージャンプよりもドキドキして、実家のベッドの中のような安心感があった。あぁ、このまま歳を取って、愛した女性と結婚して、子供を授かって、時々親友達と酒を飲んだり、下らない話をして盛り上がったりするのだろうと思っていた。

 

 そしてそんな鮮やかな彩りの中でも、必ず入るだろう大切な肉親。愛する両親。広い家と庭の手入れを毎日欠かさずやりながら、その日によって違う己の『気分』を、毎日毎日甲斐甲斐しく叶えてくれた。いつも稽古お疲れ様と。ご飯を用意したから一緒に食べましょうと。母としてやることが沢山で、きっと疲れている筈なのに、それをおくびにも出さないのだ。そんな母の手料理が愛しかった。笑顔が好きだった。母親そのものを愛していた。

 

 父はとても稽古に厳しい人だった。自身が歴代で最高の才能と肉体を持って生まれたと知ると、これでもかと濃厚な稽古を仕掛けた。だが、それが愛情の一環であるということを龍已は知っていた。愛している息子が、今までの誰よりも恵まれていると分かったから、息子のために厳しくしたのだ。だから厳しい稽古も苦では無く、楽しく感じた。

 

 教えられれば出来た。出来るか不安になるような技もあったが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。体が何故か自然と型を覚えるのだ。稽古をしている中で悟る。これが自分の才能なのだろうと。体を使うものは悉く何でも出来た。教えられた以上に何でも。しかし慢心はするな。鍛練を怠るなと教えてくれた父のお陰で、自身の才能に驕るような性格にはならなかった。とても感謝をした。

 

 記憶に無い頃から稽古をつけてくれた父は、己の中で最強の存在だった。型を覚えようが勝てなかった。何故勝てないかと問えば、経験の差だと言われた。悔しいと感じ、夜中に寝ずに頭の中の父の動きを見稽古していたらバレて拳骨を落とされた事もある。休むことも稽古の1つだと叱られた。

 

 そんな強い父ではあったが、とても人間らしい人だった。厳つい顔に傷があり、筋骨隆々の肉体。如何にも我が儘な性格に見えて、父は母に一切逆らえない。睨み1つでダンゴムシのように縮こまるのだ。それにズボラで、洗濯物すら畳めない。洗濯機を回そうとして爆発させ、母に土下座していたのを見た時は、その日は遊びに行けば良かったと心底後悔した。

 

 父は稽古に厳しくて、普通出来るだろう事がてんで出来やしない。料理の気分の時等に母を手伝っていた自身の方が出来ると自信を持って言える位だ。だが、そんな父に大きな傷だらけの硬い手で頭を撫でられるのが好きだった。頑張ったな。良くやった。流石は俺の息子だ。そう言って撫でてくれる時は気恥ずかしくも嬉しかった。

 

 そんな……そんな愛している父と母が、真っ赤になって床に転がっている。広いリビングの中で、粉々に壊されたテーブルや椅子。割れたテレビに散らかったキッチン。抵抗したのだろう、知らない人間がピクリとも動かず、4つほど転がっている。しかしあと一人だけは無理だったようで、一人だけ……帰ってきた龍已を見下ろしている。

 

 

 

「あ゙ー……バケモンが。非術師の癖して術式効果受けながら4人殺しやがった。こっちは呪力で防御もしてんのによォ。女は悲鳴どころか包丁持って向かって来やがるし、どうなってんだここの人間は……」

 

「……………………。」

 

「よォガキ。悪く思うなよ、こっちも依頼なんでな」

 

「……誰から、何の為だ」

 

「あー?なんだっけか、お前等が使ってる武術か何かを教えろっつってんのに、一子相伝だーとか言って教えなかったんだろ?だから御三家やらその分家から恨みでも持たれたんだろ。ま、仕方ねーわな。呪術界の御三家から恨みを買って生き残れる奴なんざいねーんだ。諦めな。あ、お前は呪術なんか教わってねーんだろ?俺の話分かんねーよな」

 

「……どうやって父様を殺した。母様は武術の心得が無いから百歩譲って解る。だが父はそこらの者達ではまず触れることすら出来ない」

 

「あぁ、それな。映画とかにあんだろ?小せェ小型爆弾。あれを郵便受けの中に入れる。時を見て起爆して突入。そこに転がってる仲間はそれぞれ視覚、聴覚、触覚を奪い、もう一人は視界内の奴を3秒間痺れさせる。っつーのに、お前の親父は感覚も何もかもねー筈なのに真っ直ぐ向かってきてあっという間に4人殺しやがった。ま、頑張ったが……俺の術式は毒だ。勿論有毒のな。全身から有毒な毒を垂れ流す事が出来る。そんでお前の親父を内側から腐らせて、手脚を撃って動きを封じ、頭をズドン!女は適当にナイフで刺して殺した。おっと術式開示しちまった。ドンマイだなガキ」

 

「……………………。」

 

 

 

 非術師。術式も呪力も持っていない一般人という括りである。呪力は持っているだけで身体能力を強化出来、術式は様々な効果を齎す事が出来る。謂わば丸腰の人間と装備を施した人間の図だ。父は強い。先の話のように、何も持っていないのに瞬く間に術式効果を受けながら4人殺してみせた。母も立ち向かった。勇ましいと思う。誇りに思う。だがそれよりも……今は憎い。

 

 目の前でニヤニヤと汚い笑みを浮かべて嗤っている男は、自身のことを非術師だと思っている。それは言動で解った。故に格下。呪力を悟らせないように隠してはいるが、所詮は子供の技術だ。解る奴には解るだろう。

 

 相手は油断している。情報は殆ど無いに等しいだろう。自身が帰ってきた事に目を丸くしていた。つまり、依頼内容は『目的の場所に居る人間を殺せ』というようなものの筈だ。ならば、当然のこと自身が呪力も術式も持っている事は知らないはず。

 

 玄関を開ける前から嫌な予感はしていた。リビングから廊下に出て散らばった家具の欠片を見た瞬間から、ポケットの中に手を入れ、オモチャの銃を握り締めた。今も尚、銃は持っている。つまり、目の前の男は……本来ならば父が負けるはずの無い三流の呪詛師は……龍已の必殺の領域内に入って油断しているのだ。ならばやることは1つだ。

 

 

 

「さぁってと、じゃあ──────」

 

「──────死ね」

 

 

 

 履いているズボンのポケットを貫通した呪力の弾丸は、真下に向けて撃たれた事で床へと着弾しようとしたが、曲線を描いて進行方向を変え、何も理解しておらず、反応すら出来ていない男の眉間を貫通した。そして……呪力の弾丸は爆発を伴って消滅する。内部から爆発した男の頭は柘榴のように弾け飛び、血と脳髄をぶちまけた。

 

 頭を失った男の体は死体と成り果て、ゆっくりと前に倒れ込んだ。龍已の前に塵芥が崩れ落ちた。それを無表情で見つめていた龍已は、興味を無くしたように視線を切り、倒れている父と母の元へと歩みを進めた。

 

 7人分の死体から流れている大量の血を、靴下が吸い込んで気持ちが悪い。一歩進むごとにぐちゃりと音を鳴らすのが不快だ。最強の父があんな塵芥如きに敗北して死んだのが憎い。優しい母が立ち向かったのに、無惨に殺されたのが憎い。そして、もっと早く家に着いていれば対処が出来た癖に、大切な人が死んでからノコノコ帰ってきた自分自身が一番憎い。

 

 

 

「──────おやすみなさいませ。父様、母様。俺も、この世に存在する呪詛師(ちりあくた)を殺してから、其方へ参ります。それまではどうか……お元気で」

 

 

 

 呪いは吐かない。呪いもしない。唯……送ってあげる。また会うその日まで待っていてもらう為に。

 

 龍已は無雑作に倒れている父と母の遺体を仰向けにし、開いている瞼をそっと降ろした。そして両手を腹の上で組ませる。一端リビングから出て洗面所に行き、タオルを濡らしてリビングに戻る。服から出ている肌で、血に汚れている部分を拭き取り、顔も丁寧に拭いた。

 

 乱れた服を整えて、そっと2人の頬を撫でる。慈しむように、愛おしむように、ゆっくり丁寧に、脆いガラス細工に触れるように。そして順番に額を合わせてから立ち上がり、両手を合わせて黙祷を捧げる。一分程捧げたところで、手を離して目を開ける。広がる光景に変わりは無く。散らかった床の上に、砕けた手鏡の破片があった。そこに映るのはいつもの自分。無の表情だった。

 

 

 

「……こんな時にも、俺は表情が変わらない。ケン達の時には涙が出たのに……何故だろうか。……分からない。本当にもう……分からない。分からなく……なってしまった」

 

 

 

 鑑に映る無表情な自身の顔が忌々しくて、硬い握り拳を叩き付けた。ばきりと粉々に粉砕された破片にはもう目もくれず、リビングから出て自身の部屋へと行った。

 

 家は広い平屋の木造住宅だ。そこそこ古い時代からあるようで、年季が入っている。傷も目立つし、廊下は踏む度にキシキシと音を奏でる。無駄に広く、3人しか住んでいないので大掃除は大変だった。父が武術以外役に立たないので、実質母と自身の2人だけだった。パタパタとあちこち忙しそうに掃除をし、終われば優しいハグとお小遣いが貰えるので、それなりに楽しみだった。整理整頓された清潔な空間は好きだったからだ。

 

 その日の気分は別として、物欲がそこまである類の子供では無かった自身の部屋は、こぢんまりとしている。布団に勉強用の机。ゴミ箱。オモチャは特に欲しいと思わなかったから無い。その代わりに棚を設置し、本を置いている。知識をつける事は苦ではないし、頭は良い方なので知識が身に付くことが実感出来てテストも案外好きだった。

 

 稽古と類い稀なる高い身体能力で勝ち取った色々なメダル。その全てが金だ。途中から貰っても金ばかりなので押し入れの段ボールの中に入れていたのだが、母が折角だから飾ろうと言って態々ショーケースを購入して置いてある。

 

 押し入れから大きめのバッグを取り出して必要な物を最小限入れていく。多くは要らない。机の横に掛かっているランドセルを掴むと、中に学校の教材や筆記用具を入れる。まだ8月。残り数ヶ月あるからだ。

 

 血で汚れた服を着替えて、荷物を持ってまたリビングへと戻った。光景は変わらない。相変わらず塵芥の死体と鉄のような血の臭い。動かない愛しの両親の遺体。目に焼き付いてしまった光景から目を背け、玄関へと行って靴を履き、扉を開ける。中から外へ境界線手前で一度立ち止まり、大きく深呼吸をしてから一歩踏み出した。

 

 玄関から庭を通って道路へ出る前に向き直り、荷物を背負いながら深々と頭を下げた。お世話になった我が家へ、そして置いて行ってしまう父と母へ、これ以上無い、深い愛を込めて感謝を。

 

 

 

「ありがとうございました──────いってきます」

 

 

 

 黒圓龍已。12歳の夏。夢見た幸せな普通との生活に決別をし、裏の世界へ入ることを決意した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────虎徹様。ご友人の黒圓龍已様がお越しになりました」

 

「え?こんな時間に?……もう夜なのにどうしたんだろう。龍已らしくないけど……とりあえず入れて僕の部屋に通してくれる?」

 

「畏まりました」

 

 

 

 自室で龍已の銃の設計を立てていた虎徹は、日が長い夏なのにもう暗くなっている時間帯で我が家へやって来た龍已に疑問を抱きながら、折角来たので会おうと即決して急いで部屋を片し始めた。いそいそと散らばった設計図を一カ所に纏めて、捲れているベッドの布団を直して、鏡で髪型が変になっていないか、服が変でないかを確認してテーブルの前に座る。

 

 来るのをまだかまだかと待ち、ソワソワとする。やっていることは完全に彼女のそれだが、男である。そうして待っていると、部屋のドアノブが回ってドアが開き、やって来た龍已が姿を現した。それだけで嬉しくて顔を綻ばせた虎徹だが、持っているランドセルと大きなバッグ、そして無表情ながらどこか感じたことの無い冷徹な雰囲気に息を呑んだ。

 

 何かあったのだろうかと声を掛けようとした時、龍已は持っていた荷物を雑に床へ放り投げ、座っていた虎徹の胸倉を荒々しく掴むと持ち上げ、勢い良く壁に叩き付けた。

 

 

 

「かは……っ!?」

 

「俺の家に呪詛師(ちりあくた)が5人やって来て父様と母様を殺した。三流以下の塵は無論俺が殺した。死ぬまでに呪術界がどうの御三家やら分家やらどうでもいいことを喋っていた」

 

「……っ……ぐ…っ……けほっ」

 

「だがそんなことはどうでもいい。塵芥だ。この世に存在する呪詛師を殺したい。一つ残らず。だがそれには手がいる。俺が術式を使うための()が」

 

「じ……ゅ…ぅ………?」

 

「そうだ。お前は俺の相棒(パートナー)だろう。だから寄越せ。お前の全てを。1級も特級も関係無い。お前が造った最高最強の呪具を……銃を俺に寄越せ。俺に塵芥共と戦える術を……力を寄越せ」

 

「……ッ……はぁ…!けほっ…けほっ……はぁ……はぁ……」

 

 

 

 足が床に付かない高さまで胸倉を掴まれて壁に叩き付けられ、頸を圧迫されて息苦しくなりながら龍已の話を聞いていた。呪詛師。一般人に害を為す呪術を使う者達。そいつらが親友の両親を殺した。それだけでも腸が煮えくりかえるような気分だが、それよりも歓喜した。

 

 最も大切な親友であり相棒(パートナー)の黒圓龍已から、求められた。何もかもを寄越せと言われた。返答は勿論決まっている。何もかもあげる。金も体も名前も呪具も銃も何もかもを。胸倉を離され、床に倒れ込んで嘔吐きながら恍惚とした表情をして、生理的に流れた涙で視界を歪ませながら見上げる。そこにはやはり無表情な龍已が自身を見下ろしていた。

 

 

 

「えへへ……けほっ……えへへぇ……も、もちろんだよっ。僕の全てを龍已、君にあげる。何もかもを君に捧げるよ。だから君は僕を利用して使って使って使い潰して♡それで一緒に要らないゴミを掃除しよう?龍已の為なら僕、何でもするからね♡」

 

「なら、まず最初に俺を暫くここに置け。あの家にはもう戻らない。そしてお前の家は呪術界でもそれなりに有名な家だろう。なら事実を多少捻じ曲げることすら出来るはず。それで俺の身はお前の家が引き取ったということにしろ。名前は変えるな。黒圓は父様と母様との繋がりだ」

 

「うんっ。うんっ。分かった!手を回してもらえるようにお父さんに話すね?家に関しては何時までも居て良いよ!部屋なんて幾らでもあるし、身の回りのことは全部使用人に任せて!」

 

「あとは呪詛師の抹殺の依頼を仲介する奴を探しておけ。少し術式の鍛練を積んだら呪詛師殺しに関する依頼を受ける」

 

「うんっ。仲介人は探させておくね!」

 

 

 

 龍已の願いは全て叶える。それが今の虎徹の行動指針。やれと言われたことを頭の中で反芻させて覚えておき、父親に相談することを決めておく。呪術界の有名な家は、総じて腐った考え方をする者が多いが、それは呪術師家系の者で、呪具師はそこまでではない。虎徹の父親は呪具師として有名ではあるが、虎徹にあれをやれこれをやれと命令はしない。精々呪具師としての技術の継承だけだ。

 

 呪具は造った者の作品。つまりは個人の力に依存する。なので結局は売れるかどうかはその者の力量次第だ。今回は少し強引に物事を進めなくてはならないので父親の力を借りるが、望まれた術式を付与して適当に名前を出して売れば満足するだろう。

 

 あとは龍已の銃だ。今までは少しずつ手探りで造ってきたが、今回の一件で急いで造る必要が出て来た。少なくとも中学校に上がる前には。大変な労力を必要とするが、龍已の為というならばそんなもの有って無いようなものだ。

 

 

 

「俺の銃を頼んだからな、虎徹。お前だけが頼りだ」

 

「……ふふっ。えへへ……任せてよ。僕の最高傑作を君に……龍已に贈るよ♡」

 

 

 

 頬を赤らめ、恍惚とした表情で見下ろす龍已を見上げる。全てを捧げようと“あの日”に誓った。その誓いを果たすときが……来たようだ。聡明で才能に満ち溢れる歴代最高という頭脳が唸りを上げ、強すぎて物が耐えきれないという龍已の専用武器を精密に組み立て始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいーっす!オマタ!」

 

「ホントにな。俺達30分待たされてんだけど?」

 

「ケンちゃん100%遅刻してくるよねー」

 

「だから好きな子全部イケメンに取られてんのよ」

 

「ソレは関係無いだろ!?」

 

「ほらほら、ケン君は遅刻したこと反省して。皆でふざけてないでご飯行こっ」

 

「………………………。」

 

 

 

 さて、龍已が書類上は虎徹の家に引き取られたということになって一週間が経った頃、龍已は虎徹の家の地下空間で、朝から晩まで術式と武術の稽古を繰り返していた。食事をして鍛練。食事をして鍛練。食事をして鍛練。そして寝る。そのサイクルだった。

 

 最優先事項である親友が、自暴自棄に思える程の濃密な鍛練を積んでいる。しかしあまりにオーバーだ。そこで、虎徹は他の親友達に連絡を取り、無理矢理地下から連れ出し、今は焼き肉屋の前に居る。

 

 

 

「ほら行くぞ龍已!ぼさっとすんなよ!」

 

「……俺は……」

 

「今日の気分が肉なのは知ってんだからな?つべこべ言わず来い!」

 

「…っケン」

 

 

 

 確かに今日の気分は肉だが、それは誰にも言っていない。何故分かった?という疑問を抱くが、長い付き合いの親友だ。何も言わずして察する事も出来るだろうと納得した。そしてそんな親友と、その事に対して別に驚いた様子が無く、当然だろとでも言いたげな表情で此方を見ている。胸が温かくなるのを感じながら、ケンに腕を引かれて焼き肉店に入った。

 

 中学生になろうかという少年と、可憐な少女にしか見えない少年がやって来て受付の女性が首を傾げたが、人数が多いので皆で食べに来たのだろうと思って案内した。全員席に着いたら早速食べ放題を5人分とドリンク飲み放題もつけて頼んだ。

 

 

 

「カルビ頼んで」

 

「焼けるの時間掛かるから鶏肉先頼んで」

 

「渦巻きウィンナー皆で食うから頼んで」

 

「お、ホタテあるじゃん!頼んでー」

 

「僕はサンチュをお願いしようかなっ」

 

「牛ホルモン」

 

「…………いや全員で頼むのお願いしたら誰が頼むんだよ!?」

 

「「ケンちゃんだろ?」」

 

「え、ケン君じゃないの?」

 

「……?」

 

「えっ、俺だったの!?俺が最初にお願いしたのに!?てか、もう誰が何頼んだのか忘れたわ!!」

 

「チッ。面倒くさいなー」

 

「ちゃんと覚えとくよねフツー」

 

「ケン君……」

 

「…………………。」

 

「なぁお前ら、自分が理不尽な事言ってるの自覚してる?ていうかしてね??」

 

 

 

 顔を顰めてぶつくさ文句言いながら店員さんを呼んで注文をしていくケン。勿論頼む品は適当だ。覚えている訳ないだろういい加減にしろ。だが龍已が言った牛ホルモンだけは一番最初に頼んでくれた。

 

 肉が運ばれてきて三つのトングを使ってケン、カン、キョウが肉を焼いていく。家族で来たりして自分でも焼いているからだろう、生の部分は無く、満遍なく焼けていた。肉焼き部隊が編成されているので、余った虎徹と龍已がみんなの分と合わせて飲み物を取りに行った。

 

 

 

「はいっ。ケン君がオレンジで、カン君がカルピス、キョウ君がジンジャーエールだよね!」

 

「うーい。肉焼けてるから適当に置いといたぜ」

 

「ありがとう!」

 

「誰かこのクソなげぇウィンナーハサミで切ってー」

 

「フッ……とうとう俺のハサミテクを披露する時が来たようだ──────」

 

「……切ったぞ」

 

「あんがと龍已」

 

「ねぇ俺の出番は??」

 

「あれ、白飯頼んだ?」

 

「あっ……」

 

「マジケンちゃんつっかえね……」

 

「俺の涙がちょちょ切れるが大丈夫か??」

 

 

 

 不満そうな顔をしながら、やはり全員分の白飯を頼むケン。何だかんだ言ってやってくれるからつい甘えてしまうし弄ってしまう。頼んだ白飯がすぐにきて皆に行き渡る。龍已は感情の読めない無表情で、焼き肉のタレが注いである取り皿に載せられる肉を箸で摘まんでタレに絡ませる。

 

 焼けた肉の茶色とタレの黒、肉の脂が混ぜ合わさり、光を浴びてとても体に悪そうだ。持ち上げて口の中に入れる。柔らかい肉が舌の上で形を変え、濃い味が味覚を刺激する。今日の気分である肉を頬張ることが出来てささくれ立った心が喜びの心を上げた。しかしそれだけでは満足する訳が無く、大盛りで運ばれた白飯の入った茶碗を手に取り、箸で掬って口の中に入れた。

 

 日本人として遺伝子レベルで刻まれている慣れ親しんだ白米。それが焼けた肉、タレと踊って素晴らしいとしか言えない感動を生み出した。決して高級では無い、一般人が良く食べる安物の肉だ。しかし美味くて夢中になって咀嚼し、嚥下した。無表情だが、雰囲気はとても満足そうだ。そこでふと、視線を感じる。周囲に目線を送れば、ケン達が意味を浮かべながら自身のことを見ていた。

 

 柔らかい表情。皆にジッと見られていた事を理解した龍已は居たたまれなさと恥ずかしさで耳を赤くしながら少し俯き、目線を下に向けて逸らした。だが肉を食べたことで胃が追加を希望し、食事を再会した。

 

 

 

「……へへっ。食べ放題だからな!じゃんじゃん頼んでじゃんじゃん焼くから食えよ!元取んねーともったいねーし!」

 

「ケンちゃんそう言うけど、最初飛ばしてあとぐったりしてるじゃん。しかもそこまで多くは食べないし」

 

「虎徹抜いてケンちゃん一番食えないの自覚してる?」

 

「この中だと龍已が一番食べるよね?武術やって体動かすからかな?大分前の食べ放題でずっと食べてたよね?」

 

「つまりケンちゃんはクソザコナメクジのヨワミソゴキブリクソ野郎ってこと」

 

「頼んだのに食べてもらえない憐れな肉達に土下座だね。ほら、あくしろよ」

 

「お前らさては俺のこと嫌いだな??」

 

 

 

 シクシク泣く真似をしながら鶏肉を頬張って、あ…トリニクおいし……とバクバク食べ始めた。最初飛ばして持続力が無いのは本当のようだ。そんなケンを呆れた表情で見ながら、焼けた肉をこれでもかとケンの皿によそう。最初にダウンさせようとしているようだ。

 

 虎徹はその光景を苦笑いしながら見て、チョレギサラダを食べている。この子は逆に肉を食べた方が良い。龍已は早速顔を青くさせ始めたケンに代わって肉を貰い、白飯と一緒に食べ進める。満遍なく色々な肉が追加され、全種類頼むとまたもう1周し始めた。そこで漸く、よそわれる肉が途切れず、ずっとノータイムで食べていた事に気が付く。

 

 皆はちゃんと食べているのだろうかと思って見てみると、無理矢理肉をロケットスタートで食べさせられたケンはダウンしているとして、カンとキョウが全く食べていない。もしかしてずっと、殆ど食べないで自分のために肉を焼いてくれていたのかと思い、ケンが使っていたトングを掴んだ。

 

 

 

「……俺だけ食べてる。お前達も食べろ」

 

「お?龍已が焼いてくれんの?」

 

「じゃあ俺達が龍已の分の肉も焼くから、龍已は俺達の焼いてくれよ。頼むな?」

 

「分かった。任せろ」

 

「うっし。いやー、龍已の焼いてくれる肉うんめー!!焼き加減最高だし、何より龍已がやってくれるのって親友特権だからクソレアなんよなー!!」

 

「本当だよね。龍已の焼いてくれたお肉をサンチュで巻いて食べるのおいしっ」

 

「鶏肉も中までしっかり火が通ってるし、ふりかける塩の量もカンペキ!!さっすがー!もっとちょーだい!」

 

「いいぞ」

 

「…ッ……お、俺も龍已が焼いた肉……っ食いたい!!」

 

「「おらよ。さっさと食ってクソして寝ろ」」

 

「なんッでお前らが焼いた肉渡すんだよッ!!」

 

 

 

 仲良くワーギャーしている間に、龍已は焼いた肉を少しだけケンの取り皿に置いた。それを見たケンは泣き真似をしながら隣に座る龍已に抱き付いた。仕方ないと頭を撫でて食事を再開していると、見えないところでケンが、龍已に抱き付いて頬擦りし、ドヤ顔を向かいに居るカンとキョウに晒す。2人は青筋を浮かべた。

 

 何かを話せば3人で喧しくじゃれあい、虎徹が仲裁に入ってママをし、それを龍已が見守る。いつもの光景だった。そして気付く。鍛練ばかりやっていて忘れていたが、父と母の他にも大切な者達は居て、今も尚生きていて、こうしてふざけることが出来ると。

 

 ふざけながらも、時々こちらに寄越す視線は温かい。恐らく虎徹から大まかなことは聞いたのだろう。だが詳しい話は聞こうとしない。何があったとも聞かない。唯、いつも通りに接してくれる。それが一番龍已には有り難くて、悲しくて、嬉しかった。

 

 

 

「──────ほら、何時までもふざけているな。それより俺にもっと肉をくれ。なんだったらケンを焼いても良い」

 

「龍已のアニキからお許しが出たぜ」

 

「おうおうお縄につけやクソガキがよォ?逃げ道はもう無ェぜ?」

 

「お前らマジで焼こうとすんじゃねぇッ!!!!」

 

「こら3人とも、食べ物で遊んじゃダメだよ?」

 

「すまない」

 

「「ごめんなさぁい虎徹ママ」」

 

「ママじゃないよっ。もうっ」

 

「おい、食べ物で遊ぶなってどういう事だ?え、俺親友とか友達以前に食料として見られてた??」

 

「ケンちゃんみたいなゲテモノ食うわけないじゃん。何言ってんの?」

 

「その冗談クソつまんないからやめた方がいいよ?」

 

「何なんだよお前らッ!?」

 

 

 

 賑やかな食事が続き、ラストオーダーもしっかりデザートを頼んで満喫した5人は焼き肉を後にしてゲームセンターに寄った。ケンがメダルゲームをしようとしたが、メダルゲームが始まると当分帰れなくなるのを知っている4人は全力で引き摺って行き、目的のプリクラ機のところまでやって来た。

 

 そこまで大きくない機械だが、もう少しで中学生という5人はまだ体が小さい方なので入りきった。そして小銭を入れて写真撮影を開始した。

 

 

 

「フレームこれでいいよね?」

 

「ポーズどうする?」

 

「あれ、なんか指定されるんじゃなかったっけ?」

 

「あ、待ってOK押したらカウントダウン始まっちゃった!!」

 

「んッ!?シャチホコのポーズってどうやんだよ!?」

 

 

 

 ケンが間違えて準備が出来ていないのにOKボタンを押してしまい、皆で慌ててポーズをとって変なことになってしまった。掠れている部分もあるし目も瞑っている。何よりカンがケンの陰に入ってしまって一人欠けてしまった。こんなものを印刷するわけにはいかないのでやり直しをし、今度はポーズをある程度決めてからOKを押した。

 

 準備をしてから写真を撮ったので今度は完璧なものが出来た。一番前の一番下で両手にピースをしたケン。その上に龍已と虎徹が2人並んでピースをし、その上にカンとキョウが肩を組みながらピースをしている……風に見せ掛けて前に居る龍已と虎徹の頭に2本の角を作った。

 

 写真をぱしゃりと撮ってから初めて頭に角を生やされている事に気が付いた虎徹が頬を膨らませてプリプリと怒り、その間に龍已がこれで良いかという問いに決定を押した。あっと思ったが、龍已からほわほわした雰囲気が出ているのを察して、全員で落書きコーナーへ移った。

 

 

 

「よっしゃ。ケンちゃんが目立ってウザイから鼻クソつけたろ」

 

「じゃあ俺はほうれい線ー」

 

「では、俺はクマを」

 

「僕はそばかすをいっぱい書こっ」

 

「仲良しとか書くべきだろ!?集中砲火のイジメかっ!!」

 

 

 

 全消しのボタンがあるのでケンの方が優位で、ドヤ顔をした。それを見て苛ついたカンとキョウが首を絞めていた。3人はどうやら参加出来なそうだと思って龍已と虎徹でペンを持って落書きをしていく。虎徹はハートやキラキラな星を絶妙に散りばめ、龍已は達筆な字で『俺たちは仲良し』『親友』と書き込んでいった。

 

 気を取り戻した3人が戻ってきて今度は真剣に落書きして、仲の良さが分かるプリクラを作っていった。但し、虎徹は自分のところに『ママ』と書かれたのが納得いかない。因みにケンが『クソ長男』、カンが『クソ次男』、キョウが『クソ末男』、龍已が『アニキ』だった。

 

 

 

「良いのが出来たんじゃない?」

 

「また撮ろうぜ!今度はケンちゃん居ない時に!あ、これ本人には内緒なッ☆」

 

「本人に向かって内緒なッ☆じゃねーんだよタコ」

 

「結局僕がママになっちゃったんだけど!」

 

「お前がママになるんだよォッ!!」

 

「どういう意味っ!?」

 

「……楽しかった」

 

「……へへっ。ったりめーだろ?俺達親友なんだから!」

 

「また来ような?」

 

「次はボーリングとかやりたい!」

 

「中学生になったらカラオケも行こっ」

 

「……あぁ」

 

 

 

 ゲームセンターから出て来た一行は少し歩いて、それぞれの家に別れるところまでやって来た。それまで龍已はプリクラで撮った写真を大事に持って眺めていた。とても楽しい、心休まる日だった。鍛練尽くしで、怒りや憎しみや恨みがとぐろを巻いていた。しかし晴れた。十分な程晴らしてもらった。大切な親友達に。

 

 じゃあまた。そう言いながら手を振って別れようとした龍已に、ケン、カン、キョウが抱き付いてきて優しく抱擁した。ピクリと体を震わせて困惑していると、優しい声色で語り掛けるように話し掛けた。

 

 

 

「お前が辛いってんなら何も聞かねーよ」

 

「けど、俺達親友だろ?時には辛いことは辛いって言えよ?」

 

「俺達が受け止めてやるよ」

 

「……っ………っ!!」

 

 

 

 優しい言葉に、一週間前に見てしまった遺体となった両親の光景を思い出した。抱き締められている体が震え始め、無表情のまま涙を流した。あの時に流せなかった涙が今になって流れ始め、その涙が辛い、悲しい、寂しいと語っていた。抱き締めてくれる3人を、龍已も抱き締めた。

 

 恵まれた天性の肉体の所為で異常な筋力を持つ龍已の抱擁は痛いが、3人は何も言わずに抱き締め続けた。そしてポツリ、ポツリと話し始める。両親がこの間殺されたこと。殺した犯人を殺したこと。自身がやろうとしているのは、呪詛師という名の人殺しだということを。寂しいこと。悲しいこと。恨み憎しみでどうにかなりそうだったことを。

 

 

 

「……ははっ。ばーか。親友の俺達がお前を一人にはしねーし、否定なんてしねーよ!」

 

「呪詛師?っていうのは悪い奴等なんだろ?ならぶっ殺しても大丈夫だって!俺達が許す!」

 

「映画みたいに銃で撃って頭パーンっ!ってやろうぜ!スカッと爽快!超エキサイティンっ!!」

 

「龍已にはスナイパーとか似合うと思うぞ!無表情で遠く狙ってズドンッ!標的を始末した……とか!?く~っ!カッケーじゃん!」

 

「あはは。君達もすごいイカレてるねっ」

 

「……ありがとう。お前達が親友で良かった」

 

 

 

「「「どういたしまして!これからも親友だぞ!」」」

 

 

 

「もちろん、僕もね!」

 

「あぁ。…っ……俺達は何があっても親友だ」

 

 

 

 

 

 

 龍已は憑きものが晴れたような清々しい気持ちで、虎徹と共に帰路につく。その手には親友達と撮った宝物がある。無表情だが嬉しそうな雰囲気の龍已を見上げて、虎徹は花が咲いたような笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






呪詛師

5人一組の呪詛師集団。どこからか依頼を受けて黒圓家を襲撃した。しかし術式を使ったにも拘わらず4人をあっという間に殺され、残った最後の一人は龍已によって殺された。最後の一人はそれなりに強い。三流だと思われたのは、単純に龍已が強すぎただけ。




黒圓忠胤。黒圓弥生

視覚、聴覚、触覚、3秒間の麻痺を受けながら、呪力で肉体を強化した4人の呪詛師を殺した化け物父さん。

夫がやられても悲鳴一つ上げず、キッチンにあった包丁を持って立ち向かったとても心が強いお母さん。




ケン、カン、キョウ

龍已が色々あって危ないからご飯に誘ったりして慰めてあげてと電話を虎徹から受け、メンタル回復させた凄腕親友達。これからもズッ友だよ♡



天切虎徹

ヤベェ程龍已を最優先事項に上げている金髪碧眼にして童顔な男の娘ママ。


今回のMVP。





しれっと名前紹介コーナー

御劔剣一(みつるぎけんいち)・ケンちゃん

皐野寛鶿(こうのかんじ)・カンちゃん

藤宮梟烙(ふじみやきょうらく)・キョウちゃん


幼稚園からの付き合い。3人と虎徹の共通特技として、龍已の今日の気分を当てることが出来る。何気にスゴい。

ケンちゃんが活発系、カンちゃんがちょっと目付き悪い系、キョウちゃんがお兄さん系……な見た目。だと思う。
モテないモテないと言っているが、密かに人気がある3人だけど、龍已居るしなぁ……みたいな。

龍已は無表情だが精悍な顔付き。沈黙な凄腕傭兵……みたいな感じの整った顔立ち。貫禄もある。イケメンじゃなくて整った顔立ち……伝わるかなぁ……。
力がバカクソ強い。足は鬼のように速い。反射神経人間やめてる。武術こわぁ。遠距離範囲広すぎぃ。技術力ヤベェ……。こんな化け物小学生居るんか??

虎徹は金髪で美しい碧眼。外人とのハーフだから日本語は問題ないよ!童顔で背が小さいし、華奢な体つきなので、告白されるときは大体男子から。見た目超絶美少女で物腰柔らかな話し方で僕っ子だからね!


ヒロインではないからホモォは申し訳ないけど帰って♡



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第六話  銃の産声






 

 

 小学校の卒業式を終え、中学校の入学式も終えた。小学校の卒業式では泣くことは無かった。近くにある中学校に殆どの学生がそのまま入学するからである。それに親友達とは離れること無く、全員で一緒に同じ学校なので泣く要素が無かった。

 

 中学校の入学式は特に何とも思わなかった。違う学校に通うようになっただけなのだから。今まではランドセルで通っていたが、今度は大きなエナメルのバッグを持って自転車に乗り登下校する。虎徹は普通の自転車を購入したが、術式を施してペダルが軽くなる効果を付与していた。龍已は買わなかった。走るからである。というか走った方が速い。

 

 中学に上がって一番変わるのは、やはり部活だろう。放課後にそれぞれが選択した部活を行い、試合や大会に出て仲間達と青春をする。だが当然のこと、龍已は部活に入らなかった。虎徹の家に帰って術式や黒圓無躰流の鍛練を積まなければならないからだ。虎徹も呪具を造らなくてはならないので部活はパスした。

 

 ケン達はサッカー部に入った。元々走るのは得意な方だし、小学校の頃にサッカーをして遊んだりもした。まあ最もたる理由は、ケンがサッカーをやってモテたいからである。モテる部活最上位にランクされているサッカーをやっていればモテるという寸法だ。だが悲しきかな、それは但し書きでイケメンに限るが入る。

 

 小学校から殆どの学生がこの中学校に入学してきた。つまりはケンが気になっていた子達を悉く掻っ攫っていったイケメン達も来るということだ。しかも御丁寧に全員サッカー部ときた。ケンは泣いた。

 

 入学してから少し経って6月。龍已に待ちに待った瞬間が訪れた。中学まで結局時間が掛かってしまったが、龍已専用の銃が出来上がったのだ。膨大な呪力と強大な呪力出力に負けて、普通の銃でも、少し特殊な金属を使っただけでは見るも無惨な姿に変えてきた龍已。だがこの日、虎徹は龍已が全力で使っても絶対に壊れない銃を造ることに成功したと言っていた。

 

 

 

「じゃじゃーん!これが僕の最高傑作『黒龍』だよ!」

 

「……これが」

 

 

 

 いつもの地下空間に来てほしいと言われてやって来た。そこには既に虎徹が居て、近くの棚にアタッシュケースが開いた状態で置いてあった。近くに行って中を覗き込むと、二丁の真っ黒な銃が入っていた。精巧で完成度が完璧。そして見るからに今までの銃とは何かが違う。存在感とでも言うべきか。普通の銃が使われるための銃ならば、これは使わせないための銃とでも言おうか。

 

 混じり気の無い真っ黒な色合いに、尋常では無い存在感を放つ異色の銃に見惚れていると、銃の違いを見破った龍已に気を良くしたのか、未だ美少女にしか見えない美しい顔に満面の笑みを浮かばせた。

 

 

「やっぱり龍已には分かるよね!これはね、宇宙から飛来した隕石の中にあった超極微量の特殊金属をふんだんに使った銃なんだ!構造は普通の銃と同じだけど、恐らくコレを扱えるのは世界広しといえど龍已くらいだと思うよ!」

 

「隕石の中に含まれていた特殊金属……?」

 

「ほら、映画のウルヴァリンに出て来たアダマンチウム(破壊不可能の特殊金属)ってあったよね?あんな感じだよっ。多分小さな部品一つすら壊せないと思うよ!」

 

「……アレか。だがあれはかなりの……まさか……」

 

「んふふー。さぁ──────持ち上げて()()()?」

 

 

 

 虎徹の言わんとしている事を理解したのだろう。龍已は何故か嫌な予感が背筋を奔り抜けた。顳顬に嫌な汗が流れる。もし、もし仮に予想通りなのだとしたら、虎徹はまたとんでもない事をして、とんでもない代物を作り上げた事になる。

 

 ごくりと喉を鳴らして、異色の存在感を露わにする黒銃に手を伸ばす。指先が触れた時の感触は、どこまでも硬い。鉄製の銃が柔らかく感じてしまう程の、そんな錯覚を起こしてしまう硬さ。小さく深呼吸をし、意を決してグリップを握り込んで持ち上げようとして……持ち上げられなかった。

 

 普通の銃を持ち上げようとした感覚でやろうとしたのがいけなかったのだろう。全くビクともしなかった。珍しく少しだけ目を瞠目させた龍已は、今度は完全に持ち上げるつもりで強く握り込んだ。瞬間、有り得ないほどの重量が手と腕に掛かった。少しずつ持ち上げていく龍已に、虎徹は狂気の混じった歓喜の笑みを浮かべた。

 

 

 

「……っ……くッ」

 

「えへへ……にへへぇ……やっっぱり龍已は最高だよっ!!流石は龍已っ!!君になら出来ると信じて造った甲斐があったよっ!!普通の、そこら辺に居るような奴等じゃ触れることすら烏滸がましい、僕の最初の初代最高傑作っ!!隕石から、それも全ての隕石ではなく、選ばれた極少数の隕石の中にある極微量の金属を使用した超貴重にして超特殊金属をふんだんに使用した超重量姉妹銃『黒龍』っ!!他の奴が手にしても使える奴なんて居る訳が無いっ!!例え使えても使()()()()()()()()()()()()()()っ!!真の意味で使い熟せるのは君しか居ないよっ!!その一丁で──────重量120㎏もある『黒龍』を使い熟せるのはっ!!ふふふっ!あははっ!!」

 

「……とんでもなく異常な最高傑作を用意したものだ。最高だぞ、虎徹」

 

「んふふっ。どういたしましてっ」

 

 

 

 龍已の専用銃『黒龍』。その特徴は普通の人類には扱えない程の超重量。見た目は黒い銃に思えるそれはしかし、100キロを越えるという化け物銃である。片手では持ち上げられない。両手でも無理だろう。こんな小さなものを持ち上げるのは。しかもこれは戦いで使用されることを前提とした代物だ。尚更無理だろう。出来るとしたら、神に愛された肉体を持つ『超人』だけだ。

 

 一丁だけでも120㎏ある化け物は、残念なことに二丁で一つ。つまりもう一つ手に持たなければならない。龍已は冷や汗を流しながら、アタッシュケースに収まっているもう一丁の『黒龍』に触れてグリップを握り込み、ゆっくりと持ち上げた。それを見れば虎徹は蕩けそうな程の笑みを晒し、顔を赤らめてニッコリ笑う。創造主として狂気を孕んだ、悍ましい笑みだ。

 

 

 

「人間の括りから脱した、まさしく『超人』にしか扱えない、龍已専用の姉妹銃。さぁ……撃ってみて。そしてこの僕に見せて、聴かせて。最高の君が撃つ、最高傑作の産声をっ!!!!」

 

 

 

「──────最高の産声(一撃)を見せてやろう」

 

 

 

 総重量240㎏ある姉妹銃を、龍已は振り上げた。床と水平になるように腕を伸ばしきる。一体それだけの動作にどれだけの荷重が掛かっているというのだろうか。最早人間ではないナニカ(ゴリラ)としか言いようのない筋肉を惜しげも無く使用して、今の状態を作っている。

 

 向かいにある空間に向けて銃口が向けられた。黒き銃はその瞬間を静かに待ち、持ち主の肉体の内部からは膨大な力の源……負の感情から生まれる呪力が唸りを上げて這い上り、肩を通って腕を通過し、手首を渡って『黒龍』へと届けられた。呪力の青黒い光が集まり、空間がキシリと悲鳴を上げ……解放された。

 

 並んだ姉妹銃から放たれたのは、これまで一発限りで実現したような()()()光線ではない。一撃必殺。当たれば即死。それを思わせる強大で巨大な、これこそ破壊光線と言わしめる光だった。高い天井いっぱいいっぱいまで使用した一撃は、遙か向こうにある地下空間の壁に到達し、爆音と地震を思わせる揺れを叩き出し、ドリル車で無理矢理開けたかのような二つの巨大な大穴を作り出した。

 

 

 

「──────見届けて聴き惚れたか?これこそお前が造り出した最高傑作の産声(一撃)だ」

 

 

 

「僕はね……こんなに感動したことが無いよ。ありがとう。本当にありがとう、僕の親友(天使様)

 

 

 

 恍惚とした表情で見つめる先には、満足そうに『黒龍』を手に馴染ませている龍已の姿があった。そしてそんな龍已の手の中にある『黒龍』には、罅や損傷の欠片も存在しなかった。龍已は自身でも扱える武器(あいぼう)を手に入れたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────お前が呪詛師抹殺の依頼を受けたいっていう奴か?」

 

「……そうだ」

 

 

 

 ある日、太陽が沈んで真っ暗な闇が広がる深夜の時間帯。唯でさえ人が少ない時間帯にも拘わらず、人が滅多に立ち入らない山奥の廃家の前にて、2人の男が邂逅していた。一人は世に蔓延る呪詛師の抹殺を請け負おうとする者。一人はそんな抹殺を依頼という形で依頼者との仲介を請け負う仲介人である。

 

 無論、仲介人と接触したのは黒圓龍已。手に入れた戦場の相棒との馴染ませが済んで直ぐに虎徹が選んだ仲介人との待ち合わせを行った。

 

 

 

「チッ……呪具師の名家の天切からの紹介だからっていうから来てみれば、まだ中坊のガキじゃねぇか」

 

「……中坊のガキだと不満か」

 

「あたりめぇだろうが。俺が仲介するのは殺しの仕事なんだぜ?それも唯の殺しじゃねぇ。呪術を扱う呪詛師の殺しだ!それだってのになんだ?名家が紹介するっつって居るのはガキだ!ふざけてんのか!?こいつは遊びじゃねぇんだよ!!」

 

「そうだな──────俺も遊ぶつもりは無い」

 

「おいおいおいっ!?あ゙ークソっ!!ここを指定したのはそういうことかよっ!!」

 

 

 

 黒いフード付きのローブを身に纏った龍已に、失望したような視線を向けていたが、中から黒い銃が出て来て顔に照準を合わせられたことで、何故こんな所を待ち合わせ場所にしたのか察した男は、顔を歪めて苦々しい言葉を吐露した。人が居ない、来ない山奥の廃家。つまり誰かが撃たれて死んでも証拠隠滅がし易いところだ。

 

 平気で銃を向けてくる龍已の、無表情で感情が読めない琥珀の瞳を初めて見て、心底ゾッとした。本当に何も感じられない。罪悪感も優越感も慢心も何もかも。だから解った。コイツは撃つ……と。依頼者は呪詛師に誰かしらを殺された者達で、呪詛師の目撃情報や身体的特徴、持っているだろう術式の情報を秘密裏に集める組織と繋がりを持っている仲介人。そしてこの仲介人こそが、依頼者が出した依頼を受けるに値するかを寝踏みする。

 

 だからこの目の前で銃口を向けている中坊のガキは、言外に言っているのだ。呪詛師を抹殺する仕事を斡旋しなければ、用は無いからこの場で殺すと。

 

 

 

「この銃は俺専用の特別製だ。重く硬く強い。普通の銃では撃てない弾を撃てる。例えば──────炸裂徹甲弾とかな」

 

「は……?ふざっけんなよ……っ!?戦車の装甲をぶち抜ける代物ってか!!そんな銃で!?だとしたら反動でお前の手や腕は吹っ飛ぶぞ!!」

 

「生憎、肉体には恵まれている。呪力にもな。これと弾を造ったのは、俺が唯一信頼している技術者だ。試してみるか?但し、的はお前の頭だ。俺やこの銃を否定し易いようにもう一つ喋る口を作ってやろう」

 

「……っ…依頼が失敗すれば俺の信用もガタ落ちだってのにクソッ……っ!わーった!わーったよ!!お前に呪詛師殺しの依頼を仲介してやる!だが一度でも失敗したら二度とお前には依頼が来ることは無いからな!!」

 

「良いだろう。元より呪詛師を逃がすつもりは無い」

 

「……ったく!厄日だぜ」

 

 

 

 男は悪態を付いて嫌そうな表情をした。しかし変な予感があった。このガキは何故かやってくれる……という、漠然とした予感が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 頭がイカレてるとしか思えない中学生のガキ……黒圓龍已と出会って3日後の土曜日。仲介した依頼の達成予定日だ。前日に依頼者からどんな手を使ってでも殺して欲しいと言われている呪詛師の情報を明け渡した。身長体重。目撃した時の似顔絵。使ったであろう術式。最後の目撃情報に、居るであろう場所。それらの全てを渡したのだ。本当に居るかは解らない。だが龍已は見つけ出して殺すと言っていた。

 

 会って数日しか経っていない青二才のガキの言うことだ。信憑性は皆無と言っても良い。しかしこの日に必ず殺すと言った。それも日が完全に沈んだ夜に殺すという。何故なのか問えば、知る必要は無いし、そこまでの情報を教えてやる義理は無いと言った。確かに自身は所詮仲介人だ。依頼を持ってきて情報を与えるのが仕事だ。だが言わせて欲しい。向き不向きを吟味するのにある程度の情報が必要だろうがと。

 

 殺し終えたら連絡すると言われたのは今朝方だ。夜までずっと待っている。しかし一向に連絡が来ない。今の時刻は夜中の10時半だ。外は人口灯が無ければ真っ暗闇の中だ。そんな中で目的の人物を捜し出して、術式を持って人を殺すような奴を殺せるというのか。たかだか10幾つのガキが?

 

 仲介人として何人にも依頼を仲介してやったが、舞台は呪術界だ。人の死が非常に多い業界だ。呪詛師を殺す依頼を受けて殺された呪術師だっている。つまり不安なのだ。あれだけ大見得切ったクセして簡単にポックリ死なれるのが。自分の信用が無くなるし、若しかしたら未来あるガキかも知れないのが、自身の出した依頼で死なれると後味が悪いのだ。

 

 本当に呪詛師を殺せるんだろうな?と、自問自答していると、仕事用の、予め龍已に渡しておいた携帯からの連絡が来た。心臓がドクリと波打ち、少し緊張しながら携帯を開いて受信ボタンを押した。

 

 

 

「で、どうした?見つけられなかったのか」

 

『……?もう殺した』

 

「──────は?」

 

『見つけ出して殺したと言った。遠くから狙ったもので、現場に着くまで少し時間が掛かった。証拠はこのあと写真で送る。本人かどうかはそっちで確認しろ』

 

「は、おいちょっ……切りやがった……。んん、メールか」

 

 

 

 あっけらかんと言われたことを理解するのに数秒掛かり、その間に電話は切られてしまった。未だ半信半疑な男を裏切るように、直ぐに手に持つ携帯へとメールが届いた。受信したメールのアイコンを押してメール履歴の一番上を見ると、件名のところに『呪詛師の抹殺を完了』と書かれており、本文を開くと写真が添付されている。

 

 携帯が添付された写真をダウンロードし、全体が映し出された。そこには、前側が完全に弾け飛び、内臓が全て無くなった状態の空となった胴体。光を写していない瞳を晒している死体の顔。その顔は似顔絵と酷似しており、完全に死んでいる事が窺える。

 

 何をどうやったら、胴体が中身ごと完全に弾け飛ぶんだと言いたいし、遠くから狙ってそれはどういう手口だと、色々言いたいことがあるが、問うたところで教えないと言われるだけだろう。何せこっちは黒圓龍已という名前をどんな理由があろうと他言しないという『縛り』を結ばされているのだ。手口を晒すのが嫌なのだろう。解っているのは、あの時見せた銃を使うだろうことと、言動からして依頼は夜に行うということだけだ。

 

 

 

「ははっ──────本当に依頼達成しやがった」

 

 

 

 与えた依頼の難易度は決して低くは無い。それを静かに遣り遂げた。これは案外レアを引き当てたんじゃないのか?と、肩にのし掛かっていた重しを幾らか軽くした仲介人は、懐から煙草を取り出して火をつけ、煙を吸い込む。肺に貯めた人体に有害な煙を口から吐き出して一息つき、写真の下の本文の所に書かれた口座を確認した。

 

 電話を掛ける。相手は仲介している組織だ。依頼の達成と証拠を確認した事を告げ、口頭で口座を教える。振り込まれるのはかなりの大金だ。依頼者が必死に掻き集めた全財産だ。総額はうん千万である。普通はここまでの報酬は出ない。初めての仕事にしては高額だ。一人殺すだけで割の良い仕事と割り切るか、結局は人殺しと場数を踏むごとに悩み始めるかは本人次第だが、あのガキは悩まねぇだろうなと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 呪術師は何かしらでイカレている奴等とは良く言ったものだ。アレは確かに……イカレてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






超重量姉妹銃『黒龍』

人間の域を越えた『超人(ゴリラ)』にのみ使用可能な専用武器。私達……それぞれ120㎏あります♡きゃっ、言っちゃった☆
どこの暗殺者一家のヨーヨーだ?

二丁合わせて40億くらい。超特殊金属に金が掛かった。絶対金は返すことを誓っている。

龍已が全力で使っても「ん?今何かした?」って感じのクソ硬銃。

何でこんなに銃を重くしたの?

ガン=カタって知ってますか??





依頼に出された呪詛師

とある弱い呪術師家系の夫婦の妻を犯してビデオに取り、夫に送りつけた後、精神的に参っていた妻を再び襲って夫の前で殺した強姦と殺人を行った呪詛師。触れた相手の意識を少しだけ混濁させる術式。

どうやってかは解らないが腹の中身をぶちまけて即死。これは普通に龍已が威力調整ミスった。本当は腹を破ってぶちまけるつもりは無かった。



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第七話  依頼






 

 

「うっわぁ……腹の中身無くなっちゃってるぅ……」

 

「なるほど……これがコロコロされたクソ野郎の死に顔か。へっ、ザマァっ!!」

 

「そこらへんのB級ホラー映画よりリアルじゃん!!」

 

「いやケンちゃん、これリアルのだから当然でしょ」

 

「コイツ女の人襲ってワザと殺したんでしょ?はいはいワロスワロス。地獄に堕ちろクソがッ!!」

 

「女の人襲うとか、もう救いようが無いな」

 

「A組に居るテニス部のイケメン君、今ケンちゃんが気になってる東雲さんにキスして泣かしたらしいよ」

 

「──────ちょっとイケメンぶっ殺してくる」

 

「もう、君達ほんとにイカレてるよ。あ、龍已ケンちゃん止めてくれる?」

 

 

 

 野郎ぶっ殺してやるっ!と、叫んでいるケンを羽交い締めにする龍已を振り解ける訳が無い。虎徹曰く『超人』の肉体を持っている龍已。そんな彼に対してサッカー部所属のケン。名前でも負けている。

 

 今やっているのは、虎徹の家での鑑賞会である。何の?初めてやった呪詛師殺しのである。写真に納めた呪詛師の死体を、虎徹の家に置いてある超大画面テレビに映している。映るのは当然モザイクもクソもない大の大人が惨い死体を晒している画像だ。

 

 普通は呪術界の、それも悪人とはいえ人殺しの仕事の証拠写真を、術式も呪力もない一般人に見せるべきではない。しかし龍已の親友はやはり親友、隠し事はしたくないし、何よりこういうことをしているのだと知ってもらいたかった。結果、こんな事になっているのだが、イカレた龍已や虎徹の近くに居たからかどうかは知らないが、ケン達もイカレていた。

 

 モザイクも掛かっていない死体の映像を眺めながら、ケン達は虎徹に出されたお菓子とジュースを嗜んで見ていた。抵抗感も何も無い。龍已が呪詛師……人殺しの仕事を始めた事にすら何とも思っていないのだ。いや、思っているといえば怪我をしないようにというものだろうか。

 

 

 

「次の依頼とかってもう決まってんのー?」

 

「そうだな……3日後に群馬の〇〇で呪詛師を始末する」

 

「群馬かぁ。お土産よろしく!」

 

「あぁ。立派なチンゲンサイを買ってくる」

 

「いや、そこは焼きまんじゅうとかだろ!?なんでそこらへんのスーパーで売ってるようなの買ってくんだ!?」

 

「龍已の銃黒くてカッコイイな!」

 

「ちょっと持ってみてもいい?」

 

「片方で120㎏あるけど良いか?」

 

「……え?銃の話だよね?」

 

「聞けよッ!!」

 

 

 

 ギャンッと吠えているケンは置いておいて、勿論龍已はちゃんとしたお土産を買ってくるつもりだ。いつものおふざけである。それはケンも解っているので本気にはしていない。今携帯に『お土産・焼きまんじゅう』と打ったメールが届いたが本気にはしていない。ほんとに。

 

 龍已専用に作られた超重量姉妹銃『黒龍』がやはり気になるのだろう。カンやキョウが興味津々で見ているが、本当に超重量なので手軽に渡すことが出来ない。仮に渡したら重さに耐えきれず床に落とすし、床に穴が空く。もしかしたら銃に手を潰されてとんでもないことになってしまうかも知れない。それが解ってカン達は潔く諦めた。

 

 

 

「話変わるんだけどさ──────龍已のレッグホルスター巻いた両脚えっちくね?」

 

「変わるなんてレベルじゃねーわ」

 

「まあ言えてる」

 

「自分でもすごいの造ったと思ってるかなぁ……」

 

「………………。」

 

「いや龍已、恥ずかしがらなくていいから。無視して良いから。ていうか隠そうとして体育座りすると余計えっちくさいから」

 

「何だかんだでケンちゃんが最も見ている件について」

 

「それは草」

 

 

 

 実は龍已の『黒龍』は剥き出しの状態にしている訳じゃない。納める場所が必要ということを失念していた虎徹は、翌日には『黒龍』を納める為のホルスターを造ってくれた。しかしそれはベルトのように上側を留め、足の部分にもあるベルトを締めることで固定する両脚装着型のレッグホルスターである。

 

 実はこのレッグホルスターは歴とした呪具で、超重量の『黒龍』が重量そのままだと擦れて皮膚を痛めたり、流石に邪魔になってくるだろうと思ったので、術式を付与した。中に銃を納めると、その銃だけの重さをかなり軽減させるというものだ。これにより、『黒龍』はレッグホルスターに入れている時だけ2㎏程度の軽さになる。

 

 黒圓無躰流で足技も使う龍已は、脚に何かを付けた事が無いので今一感覚に慣れず、納めた時の『黒龍』にも慣れる為に、何も無いときにもレッグホルスターを装着している龍已。だがそれが親友達曰く、えっちらしい。

 

 龍已は身長が高い。まだ少しずつ伸びているが今174センチある。中学一年にしては大きい。そして稽古や鍛練によってスタイルが良い。父は筋骨隆々だったが、龍已は細いままに尋常じゃない筋肉が詰まっている。なので見た目以上に重いのだが、この際は置いておこう。兎に角、スタイルが良いのだ。そんなスタイルが良い龍已は脚も筋肉質ながらしなやかで長い。そこにピッチリとしたレッグホルスターである。実にえっちでセクシーだ。

 

 本人はそんなつもりは全くないし、そもそも無表情がデフォルトなので無縁の話だと思う。しかし世の中には特殊な性癖を持つ者が居て、二丁拳銃を巧みに扱うスタイルの良い無表情美少女が好きだというものが居るのだ。特にレッグホルスターの巻かれている脚が……と。

 

 

 

「……外した方がいいか?」

 

「いや、付けといて。外さないで」

 

「無表情で長い脚にレッグホルスター……事案です」

 

「こんな親友持てて誇らしいぜ、俺ァよォ……」

 

「みんなテンションどうしたの??」

 

「……それ程このホルスターはえ、えっちなのか……?」

 

「待って耐性無いなら言わないで。今の言い方はマズい」

 

 

 

 因みに、死体の画像は龍已が使っている部屋で見ているのだが、龍已はベッドの上で壁に背をつけ、体育座りをしている。脚を曲げた事で太腿の太さが変わり、レッグホルスターが太腿に食い込んで言い肉感を醸し出している。なのに無表情でありながら耳を少し赤くしながら聞いてくるのはズルい。親友だからいいものの、女だったら絶対鼻血出してた。恐ろしい子……!

 

 気にするなと言われ、首を傾げながらそうかと言って何時もの状態に戻る。意外?かと思われるが、龍已は女子とのあれこれに耐性があまりない。というのも、小さな頃から稽古の毎日で、学校では敬遠とされていて女子とは殆ど話したことが無く、テレビも誘われない限りあまり見ないので耐性を付ける時が無かった。告白だってされたことが無い。なんなら、母親以外の女の人に触れた事すら無い。

 

 因みに龍已の今日の気分はパズルなので、座りながらルービックキューブをカチャカチャと弄っている。気分次第じゃないと触らないので昔は一面揃えるのがやっとだったりしたが、今は熟練の達人のように素早く全面を揃えることが出来る。

 

 

 

「龍已、タイム計ってやろうか?」

 

「……特にタイムは気にしていないが、いいか?」

 

「まーまー。むしろ俺が気になってるからさ。本気でやってみて!じゃあいくぞ……スタート!」

 

「……出来た」

 

「えーっと、2秒41!結構早いんじゃね?世界記録とか知らねーけど」

 

 

 

※ルービックキューブ世界記録・3秒47。

 

 

 

「なー。腹減らねー?」

 

「何か食おうぜ」

 

「使用人に何か作らせる?」

 

「俺、龍已の作ったシーフードナポリタン食いたい!」

 

「あっ、じゃあ俺も!」

 

「俺も食いたーい」

 

「あぁ、あれか。いいぞ。少し待っていろ、作ってくる」

 

「龍已は偶に料理したい気分になるからね。しかもすっごい本格的なの作るし、楽しみだなっ」

 

 

 

 最後にもう一度崩したルービックキューブを整えてからベッドから降りた。脚に巻き付いたレッグホルスターがガシャリと音を鳴らし、まだ慣れていないのか眉を顰めながら部屋を出て行った。今日は土曜日。昼時なので食べ盛りの中学生達は腹を空かした。何時もならば土曜日はケン達にサッカー部の部活練習があるのだが、この日は珍しく休みが入った。

 

 日によって違う気分だが、料理をやりたい気分になると、ガッツリした料理やらデザート等、中学生にしては凝ったものを作る龍已。その手腕には天切家お抱えの料理人が驚くレベル。多芸多才だね龍已クン。

 

 金持ちの虎徹の家には材料が山のようにあるので、作りたいなと思った料理は大体作れる。なのでアレを作ってくれとリクエストされれば、作った事の無い料理以外は作れる。余談だが、龍已が作った料理を食べた事があるのは、この世で親友達だけである。リクエストして無条件で作ってくれるのも親友特権なのだ。羨ましい。

 

 

 

「うんめっ!」

 

「さっすが龍已!クソ美味いぜ!」

 

「中学生で料理出来るのはウチの学校で龍已くらいじゃなーい?」

 

「本当に多才だよね、龍已って」

 

「……気分でやっていて出来るようになっただけだ。そこまで誇れるようなものでもないと思うが」

 

「いやいや、コレマジで金取れるレベルだから」

 

「じゃあケンちゃん金払えよ」

 

「ものの例えですぅ」

 

「うわその顔うっぜ」

 

 

 

 リクエストにあったシーフードナポリタンを作って皿に盛り、提供すると、全員が顔を綻ばせながら美味い美味いと食べ進めた。気分で作るだけなのでそこまで美味しそうに食べて貰えると嬉しい気持ちになる。

 

 美味しそうに食べる親友達を眺めながら、自分の分のシーフードナポリタンをフォークで巻いて食べる。自分で食べる分には味は普通なのだが、他人が食べるとすごく美味しいらしい。自分で作ったというフィルターを通しているからそうなのかは分からないが、取り敢えず親友達が喜んでくれているならば良いか、と考えてあっという間に完食した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 中学校が終わって放課後のこと。虎徹の家の使用人が運転してくれている車に乗って移動をすること数時間。依頼にあった群馬に辿り着いた。学校が終わってから直ぐに向かったが、辺りはもう暗い。運転手をしてくれた使用人に、近くの駐車場に車を停めて待機していてくれと言って車から降りる。

 

 人通りの少ない道を行き、建物が多く並ぶ事で建物と建物の間にある路地裏に入り込む。そして着てきたフード付きの黒いローブをしっかりと身に纏っていることを確認し、フードを深く被って顔を隠す。ローブの中でレッグホルスターである『黒山』に納められている『黒龍』に触れて確認し、しゃがみ込んで大きく跳躍した。

 

 5階建ての建物を一度の跳躍で跳び越えると、軒先に捕まって身軽に屋上へ着地した。夜の景色に建物の人工的な光が映ってとても綺麗だ。しかし今は仕事をしなくてはならないので先を急ぐ。頭の中で暗記した地図を広げて目的の場所まで走る。

 

 屋上から屋上へと飛んで移動し、さながらパルクールのように設置されている室外機やパイプを跳び越え、フェンスに掴まると一瞬で登って侵入する。軽やかな身のこなしで普通の人では目にも止まらない速度で走りながら、依頼されている呪詛師に関する資料を思い出す。

 

 

 

「……ギャンブル依存症。他人の当たりが許せず、見つけると後を追って襲い呪う、無差別殺人を繰り返す呪詛師」

 

 

 

 自分が外しているのに、何でお前みたいなのが当たるんだと自己中心的な事を考え、襲った者から金目の物を奪ってまたギャンブルに行くというサイクルを繰り返す。被害者は女性の夫。休みの日にパチンコに行ったら最後帰ってくることが無く、後日女性の夫は死体で発見された。

 

 持っているとされる術式は加速術式。掌の中に納められる程度の大きさの物を高速で飛ばすことが出来る術式で、被害者の検死結果からして使用されているのはパチンコに使用されている玉。人体を貫通していることから弾丸相当の速度で撃ち出せると思われる。

 

 顔はパチンコ屋に設置されていた防犯カメラに映っていたものを使用。身長172センチ。猫背。肥満気味。推定体重84㎏。眼鏡を掛けている。1日の大半をパチンコに費やし、時により競馬やボートレースにギャンブル先を変える。最後の目撃情報は群馬の〇〇で、拠点はまだ変えていない。

 

 頭の中で呪詛師の情報を整理しながら、もう少しで目的の場所だと分かると、左の脚側の『黒龍』を抜いて前に構え、引き金を引く。しかし呪力の弾丸が出る訳でもなく、呪力の青黒い光線が放たれた訳でも無い。しかし龍已はそれだけで『黒龍』を『黒山』に納めた。

 

 

 

「──────見つけたぞ、呪詛師」

 

 

 

 龍已は目当ての呪詛師を見つけた。どういう原理なのか。まだ屋上を飛び移りながらだというのに、依頼の抹殺対象である呪詛師を発見した。そして見つけた呪詛師の元へと進路を微妙に変えて走り抜ける。

 

 走ること5分が経っただろうか。建物の上を移動して、大きなパチンコ店の電工看板の上に登った龍已は、もう一度『黒龍』を抜いてパチンコ店に向けて引き金を引く。するとまたホルスターに戻してその場で待機する。もう中に居ることは知っている。後は出て来るのを待つだけ。

 

 一般人の車が駐車場に入ってきて、中へと入っていく。逆に店から出て来て車に乗り込み、駐車場を出て行く。暫くそうした光景を見ていた龍已は、一人の男が出て来た事で『黒龍』をホルスターから抜いた。目的の呪詛師である。それも呪詛師が出て来る前に、先に出て来た他の客の後ろをついて行っている。察するに勝った男を付けているのだろう。情報通りだ。

 

 目的の呪詛師と龍已の距離は200メートル。人によっては顔すら見えない距離で、呪詛師であると確信する。何せ隠しきれない呪力の気配と、人を殺した事がある者特有の歪んだ気配が感じ取れるからだ。

 

 帰ろうとしているのだろう。勝って機嫌が良さそうな男性がポケットに手を入れて、車の鍵を取ろうとした瞬間、呪詛師の呪力が握り込んだ手に集中したのを視て、龍已は構えた『黒龍』の引き金を引いた。バァンという重い発砲音が響き、青黒い呪力の弾丸が放たれる。

 

 呪力の弾丸の方が、発砲の音よりも速い。なので呪詛師はまだ気付いていない。呪力の弾丸は真っ直ぐ直線に飛んでいき、呪詛師の左側頭部に命中。数瞬後、小さくパンッという音と共に、撃たれた呪詛師は眼球をそれぞれ出鱈目方向に向け、目の端、耳、鼻、口から血を流して倒れ込んだ。もう呪詛師の頭の中には知っている形の脳は無い。内部で呪力の弾丸が弾け、その威力で粉々になったのだ。即死である。

 

 

 

「──────俺だ。目的の呪詛師は殺した。〇〇というパチンコ店に居た。報酬は振り込んでおけ」

 

 

 

 仲介人に仕事用の携帯で電話を掛けて報告する。電話の向こうで呆れたようにハイハイと返事を返されたのを聞いてから立ち上がる。眼下では突然倒れた呪詛師に驚き、命を狙われていた見ず知らずの男性が必死に声を掛け、騒ぎを聞き付けた人が集まって人集りを作り、警備員や店員すらもやって来て騒ぎになっていた。

 

 発砲音が聞こえたから、誰かから撃たれたのだろうと説明している男性と、それを聞いて辺りを見渡している警備員や避難誘導している店員が居る。辺りを見渡しても分かるはずが無い。そして偶然龍已が居るところを見ても、夜の闇に紛れて黒いローブを着ている龍已は見つけられない。

 

 目的を達成した以上もう此処に居る必要は無い。前回は依頼を達成したということで証拠写真を撮影したが、次回からは良いとのことだ。何せ殺せばニュースになるし、お前の事だから確認するまでも無く確実に殺すだろうとのことだ。変に信頼されたものだ。

 

 看板の上から来た道をそのまま通って、送ってくれた虎徹の使用人と待ち合わせしている駐車場を目指す。あれだけの騒ぎが起きていて騒がしかったが、龍已の足の速さによって騒ぎの声は聞こえない。屋根や屋上を跳んで進み、直ぐに目的の場所までやって来た。停まっている車のドアを開けて中に乗り込む。気配がなかったのに突然ドアが開いて驚いた表情をした女性の使用人だが、龍已がフードを取って顔を晒すとホッと溜め息をついた。

 

 

 

「龍已様、お仕事お疲れ様です」

 

「ありがとうございます。このまま直ぐに帰りたいところなのですが、友人にお土産を買って帰る約束をしているので、焼きまんじゅうが売っている店へお願いします」

 

「ふふっ。それなら待っている間に買っておきましたので大丈夫ですよ」

 

「……っ!なるほど、ありがとうございます。代金は後程お渡しします」

 

「分かりました。では出発しますね」

 

「よろしくお願いします」

 

 

 

 女性の使用人が微笑みながら車のエンジンを掛けて出発した。虎徹の家の使用人は相変わらずやり手だと、内心拍手をしていた龍已は、暇潰し用に持ってきたクロスワードパズルの本を開いた。

 

 こうしてまた一人、呪詛師が夜の闇の中で殺されたのだ。何も知らず、何が起きたのか分からないまま、意識が無くなる寸前、どこからか銃声だけが聞こえた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゙ーーーーーー。サッカー部なのに何でずっと走り込みなん?体力必要なのは知ってっけど、今日ボール一回も触ってねーんだけど!!」

 

「俺は蹴ったぜ!」

 

「エラーボールを返す時に蹴っただけだろ」

 

「みんなお疲れ様っ」

 

「昨日買ってきたお土産の焼きまんじゅうがあるぞ」

 

「やっりぃ!晩飯前だけど腹減ったから食う!」

 

「あぁ、ケンにはチンゲンサイを買っておいた」

 

「クソ要らねぇ!?」

 

「お土産の前にお風呂入ってきなよっ。部活で汗いっぱい流したでしょう?大浴場はもうお湯張ってあるよっ」

 

「「「ありがとう虎徹ママ!!」」」

 

「ふふっ、はいはい」

 

 

 

 部活が終わってから虎徹の家へやって来たケン達は、勝手知ったるように玄関を開けて入って来た。親友として何年も一緒に居るからか、部活が終わってから直ぐに家に帰らなくても、どうせ天切君の家に行ってたんでしょ?迷惑かけないでね、という会話で終わるのだ。

 

 大汗を流して土まみれになっているケン達は、そこらの銭湯よりも広い金持ち特有の大浴場へと駆け足で向かった。さっさと風呂に入って、持ってきていた着替えを着て龍已の部屋にやって来た。一人で居るには少し広すぎる部屋に何時もの5人が集まれば、慣れ親しんだ空間へと早変わりだ。

 

 

 

「昨日は仕事だったんだろ?お疲れ様ー」

 

「怪我は無ぇ?大丈夫?」

 

「どうだったか聞きたいけど、学校だと誰が聞いてるか分からないからなー」

 

「依頼は無事達成した。怪我は無いから大丈夫だ、ありがとう。ほら、お土産」

 

「うぇーい!本場の焼きまんじゅうぅ!」

 

「ケンちゃん手出すの早すぎ!」

 

「あ、それ俺が取ろうと思ってたやつ!」

 

「早いもん勝ちー!」

 

「虎徹、『黒山』も『闇夜ノ黒衣』も素晴らしい出来だった。『黒龍』は言わずもがな」

 

「ふふっ。当然!何せどれも僕の最高傑作なんだから!」

 

 

 

 ニッコリと笑って誇らしそうに笑う虎徹。自身の為に造られた武器は最高だった。漠然と思ったものを聞いて、呪具という形で叶えてくれる虎徹は、最も信頼する技術者である。とても中学生が造っているとは思えない、他の呪具と遜色ない出来である。いや、寧ろ虎徹の呪具は龍已が欲している性能をそのまま実現しているので、圧倒的に優勢だろう。

 

 お土産で買ってきた焼きまんじゅうを取り合い、しょうもない喧嘩をしている3人を虎徹が窘め、その光景を龍已が見守る。やはり何時もの光景。龍已はこの光景が大好きだ。今は何よりも愛おしい。

 

 

 

 

 

 

 

 龍已は焼きまんじゅうを巡って取っ組み合いに発展した3人を止めるために、腰掛けていたベッドから立ち上がった。やれやれと内心思いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────龍已……っ!龍已ッ!!」

 

「おいおい……マジでやめてくれよ……っ!」

 

「大丈夫かっ!?しっかりしろっ!!」

 

「まさか……違うよね……?龍已……っ!!!!」

 

 

 

「……………────────────。」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






龍已が身に纏っていたフード付き真っ黒なローブ

虎徹作、特級呪具『闇夜(やみよ)黒衣(こくい)

存在を完全に認識されない限り、呪力、気配、音、臭い、風の動きなどといったものを一切認識させない真っ黒なローブ。だがその場に残る残穢は消せない。

認識されていないならば、真後ろで大声を叫んでも気付かれない。夜だと暗闇に紛れて本気で見えない。

値段は6億円。




超重量姉妹銃専用レッグホルスター。

虎徹作、特級呪具『黒山(くろやま)

あまりにも重くて動きに支障が出ると思い、『黒龍』を納めている時だけ超軽量化させることが出来る優れ物。龍已専用に造ったので擦れないし、邪魔にならない。勿論黒色。

弾を入れる小さなポケットがあり、中は異空間となっているので弾ならばかなりの数が入れられる。後ろの腰辺りにマガジンが設置できる場所があり、空のマガジンを設置すると自動で望んだ弾を補給してくれる。

マガジンを取り替える時は、トゥームレイダーのアンジェリーナ・ジョリーみたいにかっちょよく変える。

値段は2億円。



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第八話  危機一髪






 

 

 日曜日。それは部活に入っている中学生が確実に休める日。土曜日は週毎に部活の練習を入れられることが多く、サッカー部や野球部といった、盛んな部活は土曜日は殆どの確率で部活だと思っても良い。力を入れている学校は日曜日すらも練習の日にしていることだろう。まあ、龍已達が通っている中学校は日曜日を完全休日にしているのだが。

 

 取り敢えず何が言いたいのかというと、日曜日は親友達で何の気兼ねも無く遊びに行ける日だということだ。家族と出掛ける日であったりで、中々遊びに行ける日が無かった5人は、今日こそどこかに遊びに行こうという話になっていた。

 

 だが遊びに行くという割には、何処へ行こうという話にはなっていない。適当にぶらついて、目に入ったところに行って遊ぶ。中学生にはそれで十分だ。況してや小学生の時とは違い、長距離移動出来る自転車が有るのだから余計だろう。

 

 ということで、何時もの5人衆は最初の遊び場であるボウリング場へやって来ていた。

 

 

 

「名前どうする?」

 

「何時ものでいんじゃね?」

 

「オッケー。『ケチ』『カン』『キョウ』『ママ』『アニキ』で」

 

「おっと聞き捨てなんねーよ??」

 

「チッ。気づきやがった……ッ!!」

 

「俺と目合わせながら何言ってんだオメェ」

 

「ほーらっ。早くやらないと時間もったいないよっ」

 

「優しい虎徹ママンに感謝するんだなァ……」

 

「何で仕掛けてきたお前が喧嘩腰なん??」

 

「……ボウリングは初めてだな」

 

 

 

 結局何時もの名前で登録して靴を借り、自分に合ったポンドの球を持ってきた各々は、始める前から賭けを始めた。一番点数が悪かった奴は全員にジュースを奢るというものだ。賭けの内容がショボいと思われるかもしれないが、親友とはいえ他人に負けたというのが非常に嫌なのだ。何せ負けず嫌いが多いので。

 

 賭けの内容が決まり、各々の胸に闘志を漲らせた時、レーンの準備が整った。第一投目はケンである。プレッシャーが掛かりやすい一番始めというにも拘わらず、その風格は歴戦の戦士が如く。1人だけ世界戦が違う、世紀末のようなビジュアルに早変わり。

 

 選んで持ってきた自身のボールを、備え付けられているタオルで摩擦熱で燃えるんじゃないかというほど執拗に磨き、穴に右手の指を突き入れて左手を下に添える。重さを確認して……一歩踏み出した。

 

 

 

「すぅ………………フンッ──────ぬえぁ!?」

 

 

 

 そして期待を一切裏切らないケンは、第一投目の緊張によって生まれたばかりの子鹿が如く震わせた脚を縺れさせ、体勢を崩す。ボウリングの球の穴に入れた指が何故か抜けなくなり、球の重みで体が回転し、それはそれは美しいダブルアクセルを決めた。

 

 場違いなダブルアクセルは距離感をバグらせ、球を投げていれば絶対に越える事の無い線の向こう側まで進み、そこで漸く穴から指が抜けた。油まみれのヌルッヌルの床に顔から転倒するケン。すっぽ抜けたボウリングの球。そしてここで軌跡を起こした。

 

 

 

 ケンのすっぽ抜けて空を飛んだ球は……ガーターに吸い込まれて表舞台から姿を消した。

 

 

 

「もぉおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ……っ!!いっったぁい……っ!心がすっごく……いたぁいっ」

 

 

 

「ファ───────────wwwwwwwwwwww」

 

「んぶふぁっ!?」

 

「ちょっ……ぶふッ……け、ケン君だいじょぶふッ!?」

 

「………………ッ」

 

 

 

 有り得ない程の軌跡をばら撒いたケンは、途轍もなく顔を真っ赤にして帰ってきた。あれだけのことをしておきながら、倒れたピンの数は驚異の0。何しに行って来たんだお前は状態。流石にあれだけのハプニングを誰も見ていない……何てことは無く、他のお客さんは失礼だからと善意でそっぽを向いたが、生憎一部始終をばっちり見ていたので思いだしてしまい、結果大体の人間が吹いた。

 

 笑わせて戦意を削ごうとしたのか、態となのかと思いたくなる出来事は、偶々偶然起きてしまったハプニングだ。だから笑わないであげて欲しい。だってケンは、本気で真剣に投げようとしたのだから。

 

 

 

「か、顔から行った……っ!しかもガーターだしぃ……」

 

「ブフォッ!?ねぇやめてッ……そのテラテラさせた顔でしょぼくれた顔しないでっ!!あっはははははははははっ!!」

 

「ひーッ!ひーッ!た、大変ッ…ふッ、美しいっダブルアクセルかとっ…だーっはははははははははははっ!!!!」

 

「そ、そんなにッ…わらっ……笑ったら……んふっ……ダメだよ……っ!ふふッ……!!」

 

「…っ……タオルだ。顔を拭いておけ」

 

「……死にてぇ……っ!!」

 

 

 

 賭けるものを決めて闘志を漲らせたはいいが、結局はこうなるのかと笑い合い、気を取り直してボウリングを楽しんだ。初めてボウリングをやる龍已には少し不利かと思われたが、流石の多才。一投目は3本残したが、二投目にはスペアを取り、ストライクは稀にしか出せなかったが、スペアならば高確率で出せるようになった。

 

 順番が回っては投げて、順番が回っては投げてを繰り返してゲームが終わり、最終的な得点は、龍已が一位、キョウが二位、虎徹が三位、ケンが四位、カンが五位だった。ケンが最下位になるかと思われたが、カンが何度もケンが見せたダブルアクセルを思い出してガーターを決め、点数差が開いてしまい、それで最下位になってしまった。

 

 賭けの通り、カンが全員分のジュースを奢り、釈然としない表情をしているのを皆で笑った。

 

 

 

「はーあ。まさか負けるとはなー」

 

「あんだけ笑ってれば手元狂うでしょ」

 

「俺は勝ったのに全く嬉しくねぇ……本気で恥ずかしすぎる」

 

「まあまあ。良い思い出になったでしょう?」

 

「俺はケンらしいと思ったがな」

 

「だから嬉しくねぇって!」

 

 

 

 ボウリングを楽しんだ一行は、次は何して遊ぼうかと相談しながら自転車を漕いでいた。最も、龍已は走っているのだが。自転車の出す速度で走っているのに息一つ乱さないのは流石としか言いようが無い。

 

 暫く自転車を走らせていた皆は、小さな商店街までやって来た。そんなに盛んなわけでは無い商店街だが、買い物をする家族などで人はそれなりに居るようだ。日曜日で休日ということもあるのだろう。龍已達は何かめぼしい物が売っていないか見ていくために、近くの駐輪場に自転車を停めて歩いた。

 

 

 

「龍已、今日は冷たいものの気分だろ?そこにアイスクリーム屋があるから買ってこうぜ!」

 

「そうだな」

 

「あー、ボウリングからの自転車であちーから、俺も買おー」

 

「俺もサッパリしたもん食いてー」

 

「じゃあ僕も買おうかな」

 

 

 

 糖分を求めているようで、アイスクリーム屋に寄ってアイスを購入し、適当に寛ぎながら食べていた。バニラや白桃、抹茶などといった違う味を購入し、仲良くシェアしながら食べた。1人で一つの味を食べるのではなく、皆で食べた方が美味い。

 

 暫くそうやってアイスを楽しんでいると、龍已が嬉しそうな雰囲気を突如消し、顔を上げて商店街の向こう側を見つめた。何かあったのだろうかと思い、ケン達は龍已に如何したのか問い掛けた。

 

 

 

「何かあったか?」

 

「いきなりバッて顔を上げるからビックリしたわ」

 

「龍已、どうしたの……?」

 

「……いや、気のせいだろう。少しトイレに行って来る」

 

「ん?おう」

 

 

 

 さっさとアイスを食べ終えた龍已はトイレに行ってケン達から離れた。まだアイスが食べ終わってないケン達は、龍已に首を傾げたが、気のせいと言って特に気にした様子も無かったし、気のせいだったのだろうと思い、アイスを食べることを続行した。

 

 上のアイスの部分を食べ、手に持つコーンのところまできて、バリバリと食べている時に、ふとケンは商店街の奥の方、外から大型ダンプカーが此方に向かって走っているのが見えた。一番外側の店が壊されているので、それの残骸の回収だろうと当たりを付ける。

 

 壊されている店の正面には古着屋があり、外に置いてある椅子に小さな女の子が腰かけ、ペットボトルの飲み物を飲んでいる。どうやら母親か誰かの買い物に付き合わされ、飽きたから外で待っているらしい。俺もそんなことしょっちゅうやらされてんだよなぁ、と遠い目をしたケン。

 

 だがケンは頭に嫌な光景が思い浮かぶ。トイレに行った龍已が、何かを察知したように、今こっちに向かってくるダンプカーの方を見ていた光景だ。冷たい何かが背筋を凍らせた。アイスに戻した視線をバッとダンプカーに向ける。何気に視力が良い目が捉えたのは……船を漕いでいる運転手の姿だった。

 

 

 

「や……っべェだろ流石にそれは……ッ!!」

 

「んっ!?ケンちゃんどしたん?」

 

「おおうっ……!?龍已といいケンちゃんといい何だ?アイス落とすとこだった」

 

「何かあったの?ケン君」

 

 

 

「お前ら俺の後に付いてこいっ!!──────車が突っ込んで来るぞォ──────ッ!!逃げろォ──────ッ!!」

 

 

 

「「「──────はッ!?」」」

 

 

 

 ケンが持っていたアイスを放り投げて、向かいの商店街の中道を走っていった。逃げろと叫んだ事で他の客達が何事かと振り向き、100キロを超える速度を出したダンプカーが見え、一向に速度を落とさない様子に悲鳴を上げながら逃げ出した。

 

 分かっていない者も、大人数が逃げれば自然と逃げなくてはと思って行動する。ダンプカーが突っ込むだろう場所にはまだ少し人が居るが、大人なので走ればその場を後に出来るだろう。問題は嫌な予感があった、椅子に座る小さな女の子だ。

 

 女の子は状況が理解出来ていないようで不思議そうな顔をし、次いで自身に向かってくる大きなダンプカーに気が付いた。まだ小さな子供である女の子は、理解してしまった恐怖で脚が竦み、動けなくなってしまった。親が居れば連れ出して貰えるのに、若しかして何か買ってくるからここで待っていてと言われて待っていた口か、と想像して走りながら舌打ちをした。

 

 

 

「間に合え……ッ!!そして唸れ、部活で鍛え途中の俺の神速ぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!!!!」

 

「叫んでないで走ることに専念しろよバカケンちゃん!!」

 

「クッソ間に合うかこれ!?ケンちゃんがギリ間に合うか間に合わないかくらい!?ケンちゃんはどうでもいいから女の子!!」

 

「どうでもいいってなんだよ!!」

 

「あぁあ……っ!!龍已が何か察知してたのこれ!?もっと警戒しとくんだったっ!!」

 

 

 

 ケンの後に続いて走ってきてくれるカン達は流石だとしか言えない。普通は恐怖で、突っ込んでくる車の方へは行けないだろうに。まあ何かとイカレている集団なので、こんな事も平気で出来るのだろう。途中ちょっとふざけていたが、ケンは自身が出せる最高速度で走っている。

 

 後少し、後少しで女の子の元に辿り着くと言うところで、ダンプカーとの距離を頭が自然と計算した。仮に女の子の元に辿り着いたとして、恐らくその時にはダンプカーは目の前かも知れない。大丈夫だろうか。あんな速度で走っている大型ダンプカーにぶつかったら、人って生きていられるだろうか。

 

 懸命に走る。後先を勝手に考え始めた脳を無視して、手を伸ばし、女の子に触れた。間に合った!そう安堵した時、視界の中が遅緩した。物事がゆっくりと動き、目だけ動かせば、もう目の前にダンプカーが。女の子を咄嗟に抱き締めながら直感した。コレ死んだわ。

 

 まだちょっとえっちな年上のお姉さんと夕陽をバックにした初チューもしていないのに、こんな所で死ぬのか。あーあ。終わったー。と、諦めの境地に到達した瞬間、襟首を尋常じゃない力で引っ張られ、抱き締めている女の子共々空中に投げ飛ばされた。

 

 放物線を描いて、少し離れた位置に居たカン達の元まで一直線に飛ぶ。とんでもない力だ。自分はまだ中学生とはいえ、人をこうも簡単に投げ飛ばせるものなのか。そう思った時に、身近に出来る奴が一人居た。ゾッとしながら空中で頭を動かし、先程自身が居たところを見ると、こちらに腕を伸ばし、投げ飛ばした時の格好をしている龍已の姿があった。

 

 背を向けている。ダンプカーとの距離なんてもう殆ど無いだろう。武術を修める龍已は虎徹が言うに『超人』の域だというが、本来の龍已ならば確実に避けられた。だが今回は無理だ。ケンと女の子が目の前に居て、それを避難させるのに、その場に留まってしまったからだ。ケンは抱き締めた女の子と共にカン達の胸元に飛び込むことになった。そして耳に、ドガンという恐ろしい音が聞こえた。

 

 

 

「ごばぁっ!?」

 

「ごっっぶぇっ!?」

 

「んぐふっ!?」

 

「痛って……っ!?」

 

「あぅ……っ!」

 

「やっべ……ケンちゃんのエルボーが鳩尾に入った……っ!?」

 

「ケンちゃんの踵が鼻にっ…!?クソ痛ぇ……っ!!あ、鼻血出た」

 

「いっててて……僕は後ろに跳ね飛ばされたよ……」

 

「わ、悪い悪い……てか龍已だ!!龍已は!?」

 

 

 

 どうにか飛んできたケンと女の子をキャッチした。幸い怪我人は……カンが鼻血を出しているが許容範囲だろう。それよりも位置を入れ替えた龍已だ。龍已はどうなった。キャッチしてもらった龍已は、カン達を下敷きにしながらダンプカーの方を見やる。そこには、女の子が居た店と、その隣にまで頭を突っ込んだダンプカー。そして近くには龍已の姿が無かった。

 

 若しかして避けたのか?と思った矢先、ダンプカーが突っ込んで大破している2つの店とは別に、売り物だろう物が飛び散って不自然な乱れ方をしている店が3つあった。ダンプカーが突っ込んだ、2つ目の店の、その先の3つの店である。ケンは理解した。ダンプカーが接触していない3つの店の物が散乱している理由を。

 

 ケンと女の子を放り投げた龍已は、やはりダンプカーと接触した。100キロを超える大型ダンプカーとの衝突威力は凄まじく、跳ね飛ばされた龍已は2つの店の壁を問答無用で貫通し、3つ目の店に飛び込んで壁に激突した。物が道に放り出されて散乱しているのは、店の中に龍已が飛び込んできたからだ。

 

 

 

「──────龍已っ!!」

 

「おいおい……マジか!?」

 

「うそ……だろ………?」

 

「龍已……龍已……っ!!」

 

 

 

 呆然としたが直ぐに切り替えて、龍已が居るだろう店の元へ駆け付けた。カン達もケンの後に続いて、足の踏み場も無い程物が散乱している店の中を覗き込んで、龍已を見つけた。

 

 龍已は砕けた棚の上で大の字になって仰向けで倒れていた。服は杜撰な程破けている。つい先程まで一緒に喋ってボウリングをして、アイスを食べていた龍已は何も言わない。日本人特有の琥珀の瞳は今、瞼によって固く閉ざされている。身動ぎ1つしない。信じたくない未来が濃厚になる。

 

 龍已が居る壁とは反対側を見る。そこには吹き飛ばされてきたのだろう龍已によって大穴が開けられた壁がある。それが3枚。普通は一枚目で人体が砕けても良いのだが、いや、ダンプカーとぶつかった衝撃で見るも無惨な事になっても仕方なかった。

 

 ケン達はフラフラとしながら龍已の元にやって来て、その手を掴む。武術をやっているから異様に硬い手だ。もう無くならないタコだらけで、傷だらけの、同じ男でも顔を顰めるだろう程の手だった。しかしケン達は、その手がとても綺麗に見えていた。女優やアイドルなどの女の子の手よりも、何倍も綺麗で美しい手だと思っている。

 

 この傷は全て龍已の並外れた努力の証。幼児の頃より施されていた常人には耐えられない濃密な稽古。そんなものをしていると軽く言われた時は、そうかなんて言ったが、その所為でゲームもしたことが無いと言われた時には大層驚いたものだ。

 

 傷は手だけでは無い。本人曰く、修めている武術は徒手空拳だけでなく、ありとあらゆる近接武器を扱うという。そのため、体中に切り傷だらけで、一体どこの傭兵だと言いたくなるような体をしている。だからか、龍已は学校でプール等といった服を脱ぐ必要がある授業は必ず見学していた。

 

 自分達以外の奴等は、龍已が恥ずかしがって休んでいるんだと陰で言っていたが、ケン達は休んでいる理由を知っていた。怖がらせない為だ。子供なのに全身傷だらけだと怖いだろうからと、気を利かせて休んでいたのだ。皆がプールの授業ではしゃいでいる時に、暑さで大汗を流しながら、ジッと体育座りをしてその様子を見ていただけの龍已。

 

 一人だけ参加しなかった龍已に、次の授業からは水着をワザと全部忘れて一緒に見学した。一緒に何時ものバカな会話をして、龍已がそれを静かに見守って、雰囲気が楽しそうなことを皆で笑った。

 

 

 

「龍已……ごめん……俺の代わりに……っ!!」

 

「死なないでくれよ…なぁ……っ!!」

 

「俺、まだ遊び足りねぇよぉ……っ!まだ中学一年なんだぞ……もっとバカやろうよ……!祭り、一緒に行くんだろ……!!」

 

「嫌だ……嫌だよ龍已……っ!!」

 

 

 

 龍已は本当に良い奴だ。宿題を忘れてしまった時は静かに見せてくれるし、分からない問題があったら分かりやすいように教えてくれる。困っていたらさり気なく手伝ってくれる。危ないときは危ないと止めたり、注意してくれる。

 

 プールの時のことだったり、学校で呪霊の事を話して気味悪がられても無意味に怒らなかった。別のクラスの奴等が龍已のことを陰で悪口を言っていて、怒って殴りに行こうとしたら、余計な面倒になって捲き込んでしまうからと言って宥めてくれた。そしてお礼を言ってくるのだ。ありがとう……と。だから親友になった。掛け替えのない友達になった。

 

 

 

「俺は嫌だからな、こんな所でお別れなんて……っ!!」

 

「何でこんな事に……っ!!」

 

「死んだらダメだよ……龍已っ!!」

 

「ぉ……起きてくれよ……龍已っ!!」

 

 

 

「──────……何を騒いでいる」

 

 

 

「…………………え?」

 

「龍已……?」

 

「龍已お前……っ!!」

 

「生きてたんだねっ!!」

 

「当たり前だ。俺を勝手に殺すんじゃない」

 

 

 

 龍已の元に縋り付いて泣いていたケン達とは別に、死んだと思った……若しくはかなりヤバい重傷だと思っていた龍已がムクリと起き上がった。上半身を起こし、服に付いた大量の瓦礫や砂を叩いて落としている。パンパンと叩いて埃を落としている、何時もの様子の龍已に目を丸くした。

 

 え?あの大型ダンプカーに跳ね飛ばされて、しかも店の壁何枚もぶち抜いたというのに、こんなにケロッとしていていいものだっけ。別に苦しんで欲しいという訳じゃないけれど、痛がったり悶えたりするもんじゃなかろうか。

 

 

 

「大丈夫……なのか?」

 

「見た感じ……店の壁ぶち破ってたみたいだけど……」

 

「服が派手に破れてそう見えるだけで、傷は無い。骨に異常も無い。接触する瞬間に呪力で防御し、『金剛』も使いながら衝撃を殺すのに後ろへ飛んだ。壁に激突する寸前には拳を叩き込んで破りやすくした」

 

「対処完璧かっ!?」

 

「じゃあなんで目瞑ってたの?」

 

「そうだ!それのせいで意識不明の重体とか思ったわ!」

 

「あぁ、それか。それは……俺が2つ目に突き破った店があっただろう。甘栗の店の。目を瞑っていたのはやってしまったと思ったからだ。甘栗買おうと思っていたのに……」

 

「やっちまったぁ……っ!!ってやってただけかよ!!」

 

「それだけなのに、お前達が死なないでと泣き縋ってくるから驚いたぞ。俺が時速100キロ以上の大型ダンプカーに正面から轢かれた程度で死ぬわけが無いというのに」

 

「普通死ぬからね??」

 

「傷一つ無いのは普通におかしいっ!!『超人』は万能の言葉じゃないからっ!!」

 

 

 

 無傷な龍已に不平不満をぶつけながら、ケン達は心底安堵していた。親友が目の前で死にそうになるのは、いくらイカレている彼等とはいえ心臓に悪すぎる。何だったら庇われたケンは特に心臓に悪かった。自分の所為で親友が死んだら、その後のことは目も当てられない。

 

 ズボンも適当に叩いて満足したらしい龍已は、破壊された棚のベッドから立ち上がり、念の為に体を動かして動作確認をした。問題はやはり無かったようで、何時もの無表情を向けてくる。

 

 

 

「龍已、言いそびれたけど、助けてくれてありがとな!マジで助かった」

 

「ぁの……」

 

「うん?あ、さっき助けた女の子だ」

 

「た、助けてくれて……ありがとう!お兄ちゃん!」

 

「……へへっ。どういたしまして!」

 

「投げた俺が言うのもなんだが、無事で何よりだ」

 

「今度何かあったときは、ちゃんと逃げるんだぞぅ?」

 

「うん!ほんとにありがとう!お兄ちゃん!ばいばいっ」

 

「「「バイバーイ!」」」

 

 

 

 助けた小さな女の子はお礼を言ってから、手を振って走っていった。視線の先には女の子の母親と思われる女性が泣きながらしゃがんで抱き締めている。無事に助けてあげる事が出来て良かったと、ホッとした気持ちになっていると、女の子を抱き締めている女性が顔を上げて此方を見た。女の子も興奮したように話し、母親が目を見開いている。

 

 どうやら車に轢かれそうになったところを助けてもらったんだと話したようだ。ケン達の後ろには店に突っ込んだダンプカーが。そして自分の娘が話した内容を合わせれば、ケン達が娘の命を助けてくれた恩人であることが分かる。

 

 ケン達は別に、誰かに褒められたくてやった訳では無い。そして女の子を助けることが出来て達成感はあれど、命の恩人だからと必要以上に感謝されるのも、お偉いさんから命を救ったとして賞状とか貰うのも、普通に面倒くさかった。確実に対応すれば、このことは学校に行ってしまう。つまり逃げることにした。

 

 

 

「逃げんぞっ!!」

 

「あれ!?龍已がもう居ねぇ!?」

 

「あっ……もうあんなところに!?」

 

「アイツこうなること察してあの子が背中向けたらもう走ってたな!?もうアイツの背中米粒みたいじゃん!!」

 

「チャリどこ置いたっけ!?」

 

「人が逃げた方向だよっ!!」

 

「うっわ、これ回り込まないとチャリんとこ行けねーじゃん!!クソだるッ!!」

 

「龍已走りだからって置いて行きやがって!!」

 

「ぜってー後でジュース奢らせてやるァッ!!」

 

 

 

 バタバタと忙しそうにケン達は駆け出した。女の子の母親が待ってと叫んでいたが、その奥に騒ぎを聞き付けた警察が見えたので待つわけが無い。

 

 

 

 

 

 

 別に何かをやらかした訳でも無いし、寧ろ良いことをしたのに警察に追われている。龍已やケン達は滅多に無い変な日常に、笑いながら必死に自転車を走らせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『よぉ。突然で悪いが緊急依頼だ。内容は攫われた人質の奪還。人質に一切の傷は許されない』

 

「俺が呪詛師抹殺の依頼以外受けないのを知っているだろう。他の優秀な呪術師に頼むんだな」

 

『そのご優秀な呪術師サマが出払っていて俺達の方にまで要請されたんだよ。それに、人質攫ったのは呪咀師集団だぜ。しかも生死は問わず……だ。報酬もかなり用意されてる。それだけの奴等が相手らしいぜ』

 

「──────分かった。話を聞こう」

 

『そうこなくっちゃな──────』

 

 

 

 

 

 

 ──────黒い死神サマ。

 

 

 

 

 

 

 

 






商店街に突っ込んだ運転手

眠くてうたた寝していたら商店街に突っ込み、危うく子供を轢き殺すところだった。まあ中学生轢き飛ばしたけどね!このあと解雇された。





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第九話  緊急依頼






 

 

 

「──────おい、呪術高専から連絡は」

 

「まだだ。チッ……タラタラしやがって」

 

「何を渋ってやがる。タイセツな生徒予定者だろ」

 

「しかもあの反転術式を他人に施せるっつーんだ。呪術界にとっても稀少だろ」

 

「じゃあなんで渋っていやがるっ!!」

 

「すぐに金を振り込んだら、ごめんなさい負けましたぁ、降参だから返してくださぁいって言って負けを認めた事になんだろ。それが沽券に関わって嫌なんだよ。だから時間が掛かってる」

 

「ま、時間の問題だがな!ははははははっ!!」

 

 

 

「……………………。」

 

 

 

 何処かの廃墟で、男達は笑っていた。顔がバレるのを防ぐ為のマスクを着用して顔を隠している。人数は6人。若しかしたらもっと居るかも知れない。部屋には蝋燭やランタンを置いて光を確保している。そんな状況を、縄で捕縛されている少女は見ていた。

 

 最後の記憶は、通っている中学校の帰り道だった。楽しくもつまらなくも無い学校で、無感情に授業を受けて、片手で足りる程度の友人と話して帰る。それだけだった。しかしその道すがら、映画の誘拐のワンシーンのように、歩いている自身の横に黒い車が止まり、スタンガンを押し付けられ、意識は暗闇の中へと飛ばされた。

 

 起きた時には体の後ろに両手を縛られ、両足も足首のところでキツく縛られ、自力では解けそうにない。口には喋れないようにするための布を噛ませて縛られている。その状態で床に転がされていた。目元は何もされていないので見ることが出来た。

 

 目を覚まして自身の状況を確認して……あぁ、攫われたんだなと、他人事のように思った。自身の性格は良く解っている。こんな事で一々がなり立てるようなカワイイ性格をしていない。思うのは、精々無事に帰れるのかな……程度のかわいくない思い。

 

 

 

 ──────めんどー。縄キツく縛りすぎ。痛い。

 

 

 

 少女は肝が据わっていた。というのも、少女は小さな頃、それこそ物心が着く前から見えていたナニカ……呪霊。名前は最近になって知った。小さい頃、転んで出来た傷にひゅーとやってひょいっとやると、傷を治す事が出来た。そしてそれは、他人にも使うことが出来た。小さい子供の頃は、漫画の世界の人間のようでテンションが上がったが、次第にそのテンションは下がっていった。

 

 呪霊は他人にも見えると思い込んでいた。だから同じクラスの人に話した。そしたら、他の人には見えないということを知って、変なことをいう気味の悪い子だっていって孤立した。別に何か相手に不快になるようなことを言った訳じゃ無い。変な気持ち悪いの居るよねーって同感を得ようとしただけだ。それが孤立の第一歩とは知らずに。

 

 それからは避けられるようになった。イジメ等は無かったが、自分から話し掛けてこようとする殊勝な子達は少なかった。それでも友人になってくれた良い子は居たので、今ではその子達とだけ話している。まあ、中学を卒業したら殆ど会わなくなるのだろうが。

 

 中学を卒業したら、どこの高校に入るのか。まだ一年生である少年少女には早い話だが、事自身に関しては決まっていた。東京都立呪術高等専門学校。それが中学を卒業した自身が通うようになる学校の名前だ。表向きは宗教系の学校だが、本来は違う。

 

 少女が日頃見ている呪霊。それを祓う為の呪術師を育成するための学校だ。他にももう一つ、京都にあるらしいのだが、自身が通うようになるのは東京の方だった。自身には戦う術は無いのだが、その代わりに他人を治癒する超稀少な力を使える事で通い、呪術を学ぶことになっている。

 

 呪術界には殆ど居ない貴重なヒーラー。つまり呪術界にとって価値が高い。どこから情報が漏れたのか、早速目をつけた呪詛師に、こうしていとも容易く攫われたということだ。助けが来るのは何時だろう。静かに固い床の上に放置されている少女は、早くしてくんないかなーと思いながら、起きたことを知って気絶させるために近付いてくる呪詛師から視線を切った。

 

 今の時刻21時37分。月の光すら雲に隠れて見えなくなった、真っ暗闇の時間であり、最近噂となっている存在が動く時間であり、タイミングだ。

 

 曰く、呪詛師しか狙わない。曰く、どんな凶悪な呪詛師も金次第では受ける傭兵。曰く、死んだ時に姿を現す。曰く、その姿を目にした者は誰も居ない。曰く、全身が黒に包まれている。曰く、だから仕事は暗闇となる夜にしかしない。曰く…曰く…曰く……。

 

 

 

 

 

 依頼達成率100%の呪詛師殺し……またの名も、黒い死神と呼ばれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────人手不足だから殺し屋に応援要請とは。世も末だ」

 

『まあそう言うなって。ちゃんと相手は呪詛師だろ?そこら辺ちゃんと聞いてお前に話したんだ。拗ねんなよ。人助けだと思って』

 

「調子が良いな。依頼を紹介して達成させたと評判を得るからか?俺をダシに使うとは良い度胸をしている」

 

『わーるかったって!俺とお前の仲だろう。今度なんか奢ってやっから頼んだぜ、黒い死神サマ』

 

「誰が言い始めたんだ一体。つまらん名だ。……始める。早く来い」

 

『あいよ』

 

 

 

 電話の通話終了ボタンを押して携帯を畳み、首元に巻き付いている蛇のような黒い呪霊の口元に持っていく。呪霊は口を開けて携帯を丸呑みにした。腹が膨れた様子は無い。口の中は異空間となっているのだ。

 

 携帯を呑み込んだ黒蛇型呪霊の名は『クロ』であり、クロは携帯を呑み込むと、代わりに大きな狙撃銃を吐き出した。黒く重厚なそれはアンチマテリアルライフルを元に、虎徹によって造られた最高傑作が一つ。重すぎ、硬すぎ、威力高すぎと、とても最高な三拍子がある、龍已が最近よく使用している相棒である。

 

 龍已が居るのは仲介人に行くよう指示された、呪詛師と廃墟近くの塔の上である。眼下には廃墟の中でも形を保っている方である映画館。その入り口に二人の人間が居る。暗闇で視界を確保するために松明を持っているので居る場所が分かりやすい。狙ってくれと言っているようなものだ。

 

 クロが吐き出した狙撃銃『黒曜』を構えて、下で入り口を警備している松明を持った呪詛師を狙う。先ずは左側の呪詛師から。距離は600。風向きは横風になるが、呪力の弾にそんなものは関係無い。しかし薬莢は使う。呪力を吸収して弾にする特殊な弾で、使うと1から全て創った呪力弾よりも速く飛ばすことが出来る。

 

『黒曜』に呪力を籠めれば弾が呪力を吸収して呪力による弾が完成する。後はスコープを覗き込んで照準を合わせるだけ。左側に居る呪詛師の眉間に照準を合わせ、引き金を引いて撃った。()()()()大口径の形をした呪力弾が発射され、着弾する前に遊底に手を掛けて引いた。使用された特別な薬莢が排出され、次弾が装填される。

 

 一発目がまだ向かっている途中という刹那に装填を終え、左から移って右の呪詛師の眉間に照準を合わせる。同じく引き金を引いて発砲。二発の呪力弾は正確に見張りの呪詛師の眉間に撃ち込まれ、遠隔操作し、頭部の内部で小規模に爆発させて脳を粉々にした。絶対に即死させる、龍已の常套手段である。

 

 ドサリと倒れる呪詛師を確認し、『黒曜』をクロの中へと収納させた。トレードマークの黒いフード付きローブのフードを深く被って飛び降りる。30メートルというビル十階相当から落ちても着地で音は無く、全速力で600メートルを走り抜ける。すると、中から見張りのために飯を持ってきたのか、別の呪詛師が出て来た。

 

 

 

「……──────ッ!?敵──────」

 

「──────騒ぐな。……あと5人」

 

 

 

 もの言わぬ死体と成り果てた仲間を見た瞬間、出て来た呪詛師は声を上げようとしたが、もう到着した龍已が背後から近付いて口を押さえ、クロが吐き出したナイフを受け取って首を裂いた。声を上げられず、大量の血が気道に入ってごぼごぼと溺れたような音を出し、白目を剥いて死んだ。

 

 倒れた呪詛師を入り口から見えないような位置に投げ捨て、念の為に『黒龍』を抜いて頭に一発。()()()()発射された呪力弾は頭に当たり、内部で爆発させた。無いとは思うが、反転術式を使おうとしてももう無理だ。

 

 見張りの呪詛師の為に飯を持ってきた呪詛師が長時間帰ってこないとなると訝しんでしまう。ここからは時間との戦いとなる。龍已はもう一丁の『黒龍』を抜いた状態で入り口から堂々と中へ侵入する。足音は癖で消してしまうが、このローブの特級呪具を身に纏っている時点でそんな配慮は要らない。

 

 中を走り抜けて気配のする方へと向かう。呪力の気配もする。その数はやはり6つ。その内1つは人質のもの。報告通りのようだ。龍已は映画館の動かないエスカレーターを上がって上の階から気配のする方へと向かう。扉が壊れているところから大部屋へ入ると、下に蝋燭やランタン等の光が見えた。どうやら居たようだ。

 

 普通の映画スタジオよりも大きい作りになっているそこには、光に当てられて映る5人の呪詛師と、縄で縛られて床に転がされている少女の姿があった。集まっているのは一番前の客席とスクリーンとの間の空間。そこにそこら辺から持ち込んだのだろう簡易的な机と椅子を置き、思い思いに使っていた。

 

 集まっている呪詛師達は念の為にか、外に居た呪詛師のように顔にマスクを付けている。これから殺されるのに呑気な奴等だと思いながら、『黒龍』で光の源である蝋燭とランタンを呪力弾で撃ち抜き、暗闇のステージへと変えた。

 

 

 

「──────ッ!?なん──────」

 

「敵か!?ク──────」

 

「ふざけ──────」

 

「術式展──────」

 

「──────『解除』ッ!!オラァッ!!」

 

 

 

 光が消えたことで真っ暗な暗闇となり、室内なことも相まって何も見えない。完全に視界が黒一色になった途端に騒ぎ出す呪詛師に、呪詛師達目掛けて飛び降りた龍已が襲い掛かる。頭を下にして落ちながら、頭が同じく高さになった二人の呪詛師の頭を二丁の『黒龍』で正確に撃ち抜き、頭の中を爆発させる。

 

 空中でくるりと体勢を変えて音も無く着地し、敵が来たと察知して術式を使おうとした二人の頭を同じように撃ち抜き頭の内部を爆破。最後の一人に銃口を向けて撃とうとすれば、既に術式を使ったようで天井が爆発して瓦礫が落ちてくる。

 

 呪詛師が使うのは縮小呪法といって、既存したものを小さくしてしまうことが出来る。それを使ってポケットの中にあった小さくした爆弾を上に放り投げ、ボタンを押して起爆させたのだ。小賢しいと思いながら追い掛けようとして、足下に人質が居ることを思い出して追うのをやめた。巻き付いていたクロは何時の間にか離れ、殺した呪詛師を呑み込んで戻ってきた。

 

 廃墟となって脆くなった建物である映画館。天井を爆弾で爆破すれば、尋常じゃない程瓦礫を降らせながら崩壊してくる。それらの瓦礫が落ちきる前に、人質の少女を抱き抱えて映画スタジオから脱出した。その数瞬後、瓦礫が落ちて轟音を出しながら砂埃を巻き上げる。何があるか分からないので息を止め、少女にはハンカチを口と鼻に付けて駆け出した。

 

 

 

「一先ずここに置いておくか。……この音はヘリか」

 

 

 

 映画館のホールにやって来た龍已は、抱えている気絶して眠ったままの少女を床にそっと降ろし、傷が無いことを確認する。息もしているか確認していると、外からヘリコプターがプロペラを回している音が聞こえた。どうやら逃げ出すようだ。逃がすつもりが無い龍已は、少女をその場に置いて外へと急いで出る。

 

 

 

「クソッ!!やってられるかチキショーッ!!何なんだよ、何が起きたッ!?……ハッ!まさか……黒い死神かっ!?クソッタレがっ!!」

 

 

 

 生き残った呪詛師は、唾を飛ばしながら悪態をつき、元の大きさに戻したヘリコプターを飛ばした。一気に高度を上げて廃墟から離脱する。あっという間に4人やられた。しかも入り口で警備をしていた仲間の2人もやられていたし、栄養補給として飯を持っていった仲間も殺されていた。気配が感じられない。呪力も感じられない。音も何も無かった。

 

 光が消されてすぐに仲間が殺された。咄嗟に小さくした爆弾を放り投げて元の大きさに戻し、起爆させて逃げ出した。仲間達が下敷きになってしまっただろうが、自身が生き残るためならば仲間の死体なんぞいくらでも潰す。

 

 急いで高度を上げたので機体が大きく揺れる。しかし逃げることが出来た。いけると思った今回の誘拐だが、まさか噂になっている黒い死神が来るとは思わなかった。恐ろしい奴だった。そして噂は本当だった。夜にしか仕事を受けず、暗闇の中で動き……そこでハッとする。噂はそれだけでは無い。黒い死神というのは、あまりの強さに依頼達成率が──────

 

 

 

「──────100%だ。お前も逃がさない」

 

 

 

「──────ッ!!」

 

 

 

 依頼達成率100%。つまりターゲットとなった呪詛師は必ず殺されているということだ。例え逃走を開始したとしても、何処までも追い掛けて必ず殺す。それが黒い死神と謳われ、噂になった全呪詛師の敵である。

 

 声がした。コックピットに乗っている自分の隣から。冷や汗で全身を濡らしながらゆっくりと声がした方を見ると、真っ黒な銃の銃口が眉間に向けられ、黒いローブを着たソイツが椅子に座ってこちらを見ていた。フードの所為で顔が一切見えず、黒い闇が広がる。それが恐ろしくて仕方が無い。

 

 これが、これが噂になっている黒い死神。何も分からなかった。察知できなかった。末恐ろしい。握っているコントローラーがガタガタと震える。いや、震えているのは自身の手だ。恐怖で震えているのだ。

 

 

 

「どう……やって……ここは、ここは地上から300メートルは離れているんだぞっ!?」

 

「死ぬお前に教える必要は無い」

 

「待っ──────」

 

 

 

 最後の一人、ヘリコプターを使って逃げ出した呪詛師を殺した龍已は、人質の居る映画館へと戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んん…………」

 

 

 

 固い床の感触を感じながら少女は目が覚めた。最後の記憶は呪詛師に気絶させられたところだ。まだ救出されていないならば、また気絶させられる。寝過ぎて痛む頭を押さえたところで、手足が自由になっている事に気が付いた。

 

 ゆっくりと上半身を起こして寝起きの頭でボーッとする。そして辺りを見渡すと窓ガラスが全て割れ、壁紙も剥がれて見るも無惨な姿へと変わっている、廃墟となった映画館。そういえばこんな所に連れて来られたなと思っていると、背後に光を感じる。

 

 振り返って見てみると、薄汚れたテーブルにランタンが乗っている。その前には椅子があり、その上に黒いものがあった。その全てを視界に収めて人であると完全に認識すると、人間らしい気配を感じた。全く気が付かなかった。そしてそんな黒い……フード付きローブを着ている人物の足下には、自身を誘拐した呪詛師が8人転がっていた。

 

 

 

「──────起きたか」

 

「……っ!」

 

「此処に転がっているのは単なる死体だ。もう動くことは無い」

 

「……ふーん。あんたが助けてくれたの?」

 

「結果的にそうなっただけであって、お前を助けに来た訳では無い。俺の目的は此処に転がっている塵芥だ」

 

「……そう。8人も居るのに一人で倒したんだ。強いじゃん」

 

「呪詛師殺しを生業としている。この程度に深手を負う程度ならばこの業界では生きていくことは出来ない」

 

「そうなんだ。意外と喋ってくれるんだね」

 

「…………………。」

 

 

 

 助けてくれたと思われる黒ローブの人物は、変声機を使用しているのか男性なのか女性なのか分からない機械声をしていた。しかし性別をそこまで隠したいという訳では無いのか、脚で男性だと分かった。長くしなやかで、筋肉質な脚が、椅子に座りながら組んでいる事でローブから見えている。それに俺とも言っているし。

 

 黒ローブの下も黒い服を着ていて黒づくしだ。だがそんなことより、目に付いたのは太腿のところに取り付けられた黒いレッグホルスターと、そこに納められた黒い銃だった。ローブと男性であることの他に、この助けてくれた人の特徴なので目に焼き付けた。

 

 声を変えているのは性別を偽らせるのが目的では無く、どんな声なのかを知られないためだ。今は声だけでも人を特定することが出来たりするのだから、その為だろう。

 

 そうして外見的特徴を粗方掴んだ少女だが、嬉しい誤算は見た目の怪しさに反して話し掛ければ返してくれることだった。こんな廃墟の中で怪しい格好の黒ローブの人と、自身を攫って今は死体となった者達の中でジッとしても良い気分では無い。まあ、件の黒ローブの人は、少女が死体を見て驚く様子が無いことに訝しんでいるのだが。

 

 それからは両者とも喋る事は無く、時間だけが過ぎていった。少女は我関せずという感じで、救ってもらったからといって、救ってくれた人を知りたがるような性分ではないようだ。まあ、黒ローブである龍已も少女に興味がある訳でも無いので話すことも無いのだが。しかしやることが無いのはつまらないので、クロからルービックキューブを吐き出させてやり始めた。

 

 

 

「……死体がある中でルービックキューブやるとか。ウケる」

 

「お前を受け取り、俺に依頼した呪術師へ届ける奴がもう少しすれば此処へやって来る。それまでの暇潰しだ」

 

「ふはッ。揃えるのめっちゃ早いじゃん。初めて見た」

 

「慣れただけだ」

 

 

 

 自分で色をごちゃ混ぜにして、揃える。混ぜて揃えるを繰り返している。しかも揃えるのに3秒以内を平均としているのだから手の動きも早い。少女の頭の中では世界記録は3秒だか4秒じゃなかったっけと疑問に思えど、口には出さなかった。ルービックキューブをやっている本人はそういうのに興味が無さそうだったから。

 

 少しの間黒ローブと少女の間には会話が無く、ルービックキューブを揃えるカチャカチャとした音だけが響いていたが、あまりにやることが無いので少女は立ち上がって黒ローブの方へと歩き出した。するとルービックキューブを動かしていた手が止まった。警戒しているのだろうか。何もしていないというのに。

 

 こんな中学生になって少しの小娘に警戒しているのが面白くて、少しだけ口の端を持ち上げる。自身を誘拐した呪詛師の死体を渡って、黒ローブと腕一本分の距離まで近付くと、掌を差し出した。

 

 

 

「やること無いから、ソレやらせて」

 

「……出来るのか」

 

「やったこと無いけど、何もやらないよりはマシでしょ」

 

「……まあ良いだろう」

 

 

 

 黒ローブの人が少女に弄っていたルービックキューブを渡した。少女はその場に座ってやり始めた。黒ローブも予備のルービックキューブを取り出して弄り始める。少女は頭が良いのか、一面は揃えられるようだ。しかし二面となるとそうはいかないようで、なかなか揃える事が出来ない。

 

 初心者もいいところなのでこの程度かなと思っていると、上から手が伸びてきた。黒ローブの人が手を伸ばしてきたのだ。

 

 

 

「ここにある赤をここに持ってくるならば、この列とこの列を回せば良い」

 

「……こう?」

 

「そうだ。そしてこの赤はこの列を回してからこの列を動かせば──────」

 

「こうなるんだ……ふーん。意外と面白いね。初めてやるけど」

 

「初めてやるのにこの短時間で一面揃えられるならば、良い柔軟性を持っている。後は慣れだ」

 

「家で練習してみようかな。……ここはどうやんの?」

 

「それは──────」

 

 

 

 少女は黒ローブの助言を聞きながらルービックキューブを動かしていく。両者は互いに名前を知らない。少女は黒い死神の事だけは聞いている。こんな者が最近頭角を現していて、何が起こるか分からないから夜の外出は控えておけと。しかし黒い死神は呼び名であり、情報は少ない。臆測ばかりだ。そして黒ローブも、人質を攫ったのは呪詛師集団だということしか知らない。

 

 知っていても呪詛師達の術式や特徴などといった情報だけだ。人質には何の興味も無い。故に互いのことは何も知らない。黒ローブは少女のことを、死体にも何の反応を示さない、若しくは反応が薄く、泣き叫びもしない精神力のある奴だと思っている。少女は黒ローブを複数人相手でも単独で勝てる程強い、意外と話してくれる恩人という印象だ。

 

 今の二人を繋いでいるのは、ルービックキューブだけだ。少女が揃えようとして出来なければ黒ローブが教える。教えて揃えてを繰り返していると、六面を揃えることが出来た。少女は妙な達成感に浸る。一面揃えられただけでも中々良かったが、全部揃えると気持ちが良い。折角教えてくれたし、お礼の1つぐらい言おうかなと思っていると、黒ローブが立ち上がった。

 

 

 

「うーい。人質のおじょーちゃん、どっかの誰かに乱暴されてねぇかい?」

 

「だいじょーぶですよ。遊んでもらってましたから」

 

「まったく。下らん減らず口をたたく暇があったら連れて行け。俺は帰る。呪詛師はそこらに転がっているから確認しておけ」

 

「へーへー。報酬はいつもの口座だな。……んじゃお嬢ちゃん。家に帰してやるから一緒に行こうぜ。車は外に停まってる」

 

「りょーかいです」

 

 

 

 黒ローブが立ち上がると車の音が聞こえ、外からスーツを着た男性が現れた。黒ローブと唯一情報のやり取りを許された仲介人である。仲介人は黒ローブと冗談を言い合いながら、少女の回収に来たことを告げ、先導する。黒ローブも一緒に外へ出て、車の前まで来てくれた。見送りはしてくれるようだ。

 

 ドアを仲介人が開けてくれたので乗り込もうとすると、ふと思い出したように黒ローブと向き合った。

 

 

 

「これ、ありがと」

 

「それはお前にやる。暇な時にでも使うといい」

 

「へぇ。じゃあ貰っとく。あ、あと()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ほう。『縛り』か、気が利くな」

 

「命の恩人だしね。これでも一応感謝してるから、私に出来るのこれくらいだし。じゃーね、黒い死神のおにーさん」

 

「……もう会わないことを祈るとしよう」

 

「ふはッ。そーだね」

 

 

 

 最後に小さく黒ローブに手を振って、今度こそ車の中に乗り込んだ。返そうと思ったが、暇な時にでも使えと言ってプレゼントしてくれたルービックキューブを手の中で弄んで、密かに口の端を持ち上げて笑う。結構いい人だ。見た目不審者で黒大好きだけど。と、思いながら。

 

 依頼にあった人質の少女が車に乗り込んだ事を確認した仲介人は、自身も車の運転席のドアを開けて乗り込もうとする前に、車の傍に立っている黒ローブに手を上げて会釈をした。

 

 

 

「死体の回収班がもう少しで来るからお前も帰れよ。あぁ、あと……夜道は暗くて危ないから気を付けろヨ」

 

「誰に言っている。さっさと行け」

 

「ぶははっ!んじゃ、良い依頼があったら連絡すっから、仕事用の携帯手放すなよー」

 

 

 

 じゃあな。そう言って仲介人が車の中に乗り込み、エンジンを掛けて車を走らせた。それを見送り、黒ローブ……龍已はクロにルービックキューブを呑み込ませ、踵を返して忽然と姿を消した。黒い死神は暗闇に紛れ、人の目に付くこと無く帰っていった。

 

 人質となった少女と黒い死神、二人はもう会うことは無いだろう。会うことがあっても、それは『仕事』をしているとき……つまりはもう一度人質になって依頼されるか、少女が呪詛師となって黒い死神が狩るかのどちらかだ。

 

 だがもしそれ以外で出会うことがあったのなら、それはきっと偶然なんて言葉では計れない。そして人はそれを……運命と称すのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────今回は人質の女の子が居たんだろー?どう、可愛かった?綺麗だった?」

 

「あぁ。顔は大して見ていない。だから知らん。仕事の内容的に顔を把握するのはメリットにならんと思ったからな。俺の事を他人に言わないように約束(しばり)もした」

 

「え?」

 

「え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






虎徹作、特級呪具『黒曜』

対物ライフル……アンチマテリアルライフルをモデルとして造り出された、龍已の専用狙撃銃。重量250㎏。『黒龍』同様超特殊金属を使用されており、黒い。狙撃を用いる時には基本使う。撃つときに音が出ない術式が付与されている。

構造は普通のものと同じなので実弾も撃てるが、虎徹によって魔改造されており威力は更に段違い。その代わりに撃った時の衝撃はとんでもない事になっている。常人なら一発で支えている腕が千切れる。

呪具の専用スコープが付いていて、呪力を流せば倍率を何処までも弄れる。

値段は50億。超特殊金属に金が掛かってる。



大容量の武器庫呪霊『クロ』

見た目は真っ黒な蛇型呪霊で、龍已と契約している調伏された呪霊。

階級は4級。

龍已が必ず連れて回るようになった相棒で、激しい動きをしても、首に巻き付いているので大丈夫。

仕事先で呪詛師を殺した時、偶々偶然見つけた呪霊で、マジで使えると悟って全力追いかけっこをし、全力で調伏して契約した。

額に縦に割れたような第三の目がある以外は至って普通の蛇に見える。




8人の呪詛師集団

貴重な人材を攫って身代金を払わせようとしたが、まさか呪詛師絶対殺すマンがくるとは思わなかった。

ヘリ取られちった。




攫われた少女

中学一年生。使える者があまり居ない反転術式を、他人に施せるという超稀少な存在。なので狙われた。

ルービックキューブにハマった。貰ったルービックキューブは大切に持っている。




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第十話  発見






 

 

 黒圓龍已。中学二年生14歳。日が昇っている明るい時間帯は中学生の顔を持ち、暗闇となる夜は呪詛師殺しを生業とする黒い死神の顔を持つ。中学生としての黒圓龍已は、異常な身体能力を持った、成績優秀な生徒であり、友人は4人しか居ない。

 

 本人の与り知らぬところで呼ばれるようになった、黒い死神としての黒圓龍已は、その強さと依頼を……呪詛師抹殺の達成率が100%なのを売りにしている。

 

 呪詛師は一般人に術式を使ったり、呪ったりした者達のことで、悪人と称してもいい。そういう者達には懸賞金が掛けられており、他にも呪詛師抹殺を直接依頼という形で取って、報酬を用意して呪術師に頼むというものがある。しかしここで重要なのは、頼むのは呪術師ということだ。

 

 簡潔に言って黒圓龍已は呪術師では無い。それは何故か。答えは単純で、呪術師になるための正規の手順を踏んでいないからだ。呪術師になるにはまず、東京と京都の、日本に2校しかない呪術専門の高等学校に入学し、呪霊を祓う任務を熟しながら呪術や呪術界について学ぶ。そして卒業と同時に正式な呪術師となる。

 

 呪術高専を拠点として呪術師をするか、フリーの呪術師になるかは人によって違うが、それ以外の呪術師は非公認の呪術師なので、呪詛師ではないが、呪詛師になる可能性がほかの呪術師に比べて高い者という括りとなる。つまり、龍已の黒い死神としての顔は、呪術師ではない。例え、名家が推薦した存在であろうと。

 

 ならば如何してそんな存在に、人質の救助を依頼したのか。勘違いしてはいけないのは、依頼したのは呪術界の上の連中ではない。上の連中は基本頭の中が腐っている老害しかいないので、黒い死神なんていう素性が一切明かされていない奴に恩を売りはしない。依頼したのは呪術高専の学長だ。

 

 万年人手不足と言われている呪術界で、大切な人質を指定された時間内に取り戻しに行ける者が居らず、且つ8人で構成されている呪詛師に一人で挑みに行けると思われる者も居なかった。なので仕方なく、頭角を現した呪詛師殺しを専門とする、依頼達成率100%の黒い死神に依頼した。ちゃっかり条件に人質の無傷を付け加えながら。

 

 しかし黒い死神は依頼を達成した。呪術界でも稀少な少女を連れ去った呪詛師の殲滅、そして少女が無傷であること。噂は本当だったと、現呪術高専学長は感心した。そして是非とも、その力を世のため人のため、呪霊を祓う呪術師として使って欲しかった。

 

 つまり何が言いたいのかというと、呪術師や呪術界の要とも言える呪術高専の依頼を完璧に遣り遂げた黒い死神という謎の人物を、呪術界は欲しているということだ。それは例えば、見つければ捕獲しようとする程度には。

 

 

 

「──────チッ。見られたか」

 

 

 

 その日、龍已は特に呪詛師殺しの依頼を受けた訳では無かった。かと言って親友達と一緒に居るわけでも無かった。珍しいと思われるかも知れないが、毎日毎日必ず一緒に居るというものではない。今日は何となく一人で居ようと思って行動していて、何となく釣りをしたい気分だったので、虎徹の家の使用人に車を出して貰って東京まで来ていた。

 

 何故東京なのかという話なのだが、使用人が東京で購入しておかなければならないものがあると言っていたので、東京にも釣り堀はあるからと、東京の方まで来ていたのだ。

 

 目当ての釣りは出来た。竿をレンタルして使用人が買い物をしている間楽しんだ。鮎釣りだったのだが、その場で釣ってその場で食べられるというので、自身で捌いて焼いて食べた。とても美味しかったので大満足である。

 

 食べて行きたいので時間が掛かり、待たせてしまうからと、目的の他に何かやっておきたい事があったらやってきていいと言ったのだ。後で合流しようと。使用人は申し訳なさそうにしながら、目的地まで車を飛ばした。その間に龍已は釣りを満喫したのだ。

 

 しかし問題はその帰りだ。折角の東京なのだから、少し観光しようとして、徒歩で適当にぶらついていた時に、東京の大学の前を通り掛かった。そこではサークル活動で外練習をしている人達が居て、その学生の一人の肩に、少し強い呪霊が取り憑いていた。そのまま放置すれば体調不良を来す恐れがあるものだ。

 

 残穢を残すのが少し心残りだが、少しならば大丈夫だろうし、ここは東京で今日の内には帰るので大丈夫だと、油断した。服の中の腹に巻き付いていたクロを服の袖から顔を出させ、『黒龍』を一丁だけ吐き出させた。そして一瞬で照準を合わせて呪力弾を撃ち、大学生の肩に乗っていた呪霊を祓った。

 

 そしてその瞬間、龍已は呪力の気配を感じ取った。本来動物も微量とはいえ呪力を持っている。その気配を感じ取ったのだが、それに足して嫌な気配も感じ取った。急いで顔を隠しながら振り返ると、そこには白いガードレールの上に留まっている、1羽の黒い(カラス)と目が合った。

 

 不自然に目が合った烏は、一切視線を切ること無く龍已の事をジッと見つめていた。黒い目を通して、何者かが見ている気がする。己の直感に従い、龍已は早撃ちで烏を『黒龍』を使って呪力弾が撃ち殺した。そしてその場から全力で撤退する。しかし……視線を感じる。

 

 

 

「まさか見られていたとは、間が悪い。……烏か動物を操る術式であり、視覚共有も熟せると……厄介だな。視線も感じて途切れない」

 

 

 

 中学校で計った100メートル走の記録は12秒幾つだった。勿論かなりセーブしてその記録だ。後に虎徹邸の庭で計れば、呪力を存分に使って本気で走って1秒未満で、呪力無しだと2秒だった。世界記録もクソも無いアホみたいな瞬足を叩き出した龍已だったが、ここは人の多い東京なので人を縫って移動している。動物が見ているので建物内に……と思われがちだが、袋の鼠になるので出来ない。

 

 呪力を使って本気で置き去りにしてもいいが、使えば少しだろうが残穢が残って足取りが掴まれる。なので生身の状態で千切るしかないのだ。しかし一向に視線が途切れない。偶然パーカーを着ていたのでフードを被って顔を隠しているが、見られ続けている以上何があるか分からない。

 

 練度が高いのか、走っても走っても視線が切れない。走りながらクロに手鏡を吐き出させて背後の様子を見てみれば、烏が小さく見える程の上空で追い掛けてきていた。なるほど、それならば見える訳だ。人を縫って移動しているので最高速度は出せない。上からならばいくらでも位置が分かる。何て厄介なのだろう。

 

 何が目的なのかは分からないが、こうなれば上からの視界を切る場所へ移動しなくてはならない。直立の高層の建造物が多い東京で、上からの視界を切れるのは限られている。なので龍已は携帯を取り出して自然公園の住所を調べた。

 

 

 

「……ここからだと車で25分。俺の脚なら10分か。精々ついてくるといい」

 

 

 

 真っ直ぐに進もうと思っていた道を右折し、道路の上にある青い道案内標識を見ながら疾走する。目指すは木が生えていて上空からの視界を遮ることが出来る自然公園である。但し、一直線に向かえば目的地がバレる可能性があるので、フェイクを混ぜたりしていく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────おやおや。なんて足が速いんだいあの子は。烏の視界を繋いでいかないと見失いそうだよ。中学生かな?それにしてはあの黒い銃や、調伏済みだろう武器庫呪霊の所持。あの足の速さだとフィジカルギフテッドの天与呪縛かと思えば、呪力も術式も使っていた……ふふふ。不思議な子だねぇ」

 

 

 

 車の中に居るプロポーションが抜群の女がうっそりと呟いた。この女こそが烏の視界を共有している存在で、龍已が烏の目から視線を感じているという、その視線の張本人である。名を冥冥。勿論偽名である。東京の呪術高等専門校で現一年生をしていて、任務終わりである彼女。

 

 周辺に呪霊が居ないか確認するのを目的として烏を飛ばして呪霊の有無を確認していれば、大学の前で立ち止まった子を見つけた。何となく烏で見ているとどこから出したのか黒い銃を手に取り、大学生の肩に乗っていた呪霊を祓った。それもかなりの早業。辛うじて捉えられたという速度。なのに正確に呪霊の頭部真ん中に、呪力の弾丸を叩き込んだ。

 

 呪術師に於いて銃を使う術式という者は聞いたことが無い。なので、あれはどう考えても普通のものではない。持っている銃も普通のものとは思えない何かを感じた。若しかしたら呪具なのかも知れない。もっと良く見たい。そう思って烏を近づけると顔を隠しながら振り向いた。

 

 烏を通して見ていることを察知された。烏が持つ微量な呪力を使って見ているので、殆ど普通の烏と同じなのにバレた。そしてその烏を、恐ろしく速い早撃ちで殺された。他にも烏が居たので良かったが、俄然興味が出た。それに、呪力を持つ者や、術式を使う者は須く報告せよと言われているのだから仕方ない。

 

 

 

「──────夜蛾先生、面白い子を見つけたのですが、もしかしたら私では対処が出来ないかも知れないので応援をお願いします。場所は〇〇を猛スピードで移動中です。私の烏が追っていますが、このままだと振り切られます。フェイクを混ぜていますが、恐らく〇〇の自然公園が目的地でしょう。先に辿り着かれたら烏が見失うので、急行して下さい」

 

『了解した。近くに居るからすぐに向かう。術式やそいつの身体的特徴は分かるか』

 

「術式かは分かりませんが、呪具らしき銃を使って呪力の弾丸を撃っていました。二発しか見ていませんがかなりの腕です。呪力による身体強化をせずに人混みの中で100メートルを5秒前後で走っています。身体能力が尋常ではないと思われ、遠距離も熟せる。服装はジーンズに黒のパーカー。フードを深く被って顔を隠しています」

 

『解った。見失うなよ』

 

「了解」

 

 

 

 冥冥は自分一人では相手にするのは厳しいと判断を下し、呪術高専で教鞭を取っている夜蛾という男性に電話を掛けた。一級術師である彼ならば大丈夫だろう。それに微力かも知れないが自身が援護に入れば良い。

 

 フードを被られる前の後ろ姿は、かなり若かったので、自身より小さいという判断は間違っていないはず。なので中学生だという推測は当たっているはずなのだ。ならばあの力量と呪具。術式を介して見ている事も察知してフードを瞬時に被る判断力。一般人が偶々術式を自覚したにしては対応が慣れている。任務が終わってやることが無かったので実に良い。面白い。

 

 冥冥は烏の視覚共有で猛スピードで逃げている男の背中を見ながら笑みを深くした。これで、男が持つ呪具が金になる話ならば最高だと、金のことを考えながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結局烏は振り切れなかったか。それにどうやら、操れるのは烏だけで、攻撃性は殆ど無いと考えていい。術式が些か広いのは厄介だな。撃ち落としたいが……残穢が残って足が付く。実弾だと音が響いて要らぬ騒ぎになる。面倒な術者に見つかったな」

 

 

 

 目的の場所である自然公園まで後少しというところまで来た龍已は、独り言ちていた。今日は折角の休日で釣りの気分だったから、こうして東京まで来て釣りをしていたというのに、良い気分だったというのに、どうしてこんな面倒な事になっているのかという思いだ。

 

 しかしもう終わる。自然公園に生えている木々によって上からの視線を切り、降下して来る前にクロが呑み込んでいる替えの服に着替えて素知らぬ顔で他の来客に紛れ込む。そして時を見計らって帰れば終わりだ。面倒な事に捲き込まれて道草を食う羽目になったが、今回は仕方ないことだろう。これを糧に学び、同じ過ちを繰り返さなければいいのだ。

 

 龍已は自然公園の中に入り込んで烏の視線が切れた事で、適当な場所で着替えようとした。しかしふとした違和感に気が付いた。人が多い筈の東京の自然公園内に全く人が居ないのだ。目的に気が付かれて先を越された。そう判断した時、横から呪力の気配を感じ、近付いてきた。迷わず回し蹴りを叩き込むと、触れた感触は柔らかい物だった。

 

 

 

「──────止まれ。俺は東京都立呪術高等専門学校で教師をしている夜蛾正道という。お前には聞きたいことがある」

 

「すまないね。大人しく付いてきてくれれば、私達は手荒な真似はしないよ。約束する。少し話を聞きたくてね」

 

「……………………。」

 

 

 

 回し蹴りで蹴り飛ばしたのは、ずんぐりとした体型の牛に手足を付けたような、あまり可愛いとは言えない人形だった。その人形を迎撃するのに止まってしまい、そこへ泣く子も更に泣き出す強面のゴツい男と、ボディラインがはっきり分かるタイプの制服らしきものを着ている、大きな戦斧を持った綺麗な女性の二人が現れて囲まれた。

 

 フードを深く被っているので顔は見られていないと思うが、この状況は些か拙い。相手が呪詛師ならば問答無用で殺しにいくが、この追い付いてきた二人は正規の呪術師だ。況してや片方は呪術高専で教師をしているときた。変に傷を負わせれば呪詛師認定されかねない。

 

 声を出すことは出来ず、拒否するように頭を左右へ振ってみせる。それを見た夜蛾は腰を落として拳を構え、冥冥は手に持つ戦斧を構えた。先程蹴った人形……呪骸も戦闘態勢に入って目……と思わしき部分が剣呑となった。

 

 

 

「正規の呪術師ではないお前の術式行使を目撃している。悪いがここで逃がすわけにはいかない。大人しく付いてこないというのであれば、実力行使に出る」

 

「話を聞かせて欲しいだけなんだけれどね。応じないなら少しだけ痛い目を見てもらうよ」

 

「…………………。」

 

「そうか──────では仕方ない。行くぞ冥冥」

 

「えぇ、分かりました」

 

 

 

 人の居なくなった自然公園内で戦闘をする事になってしまった。しかも明らかに手練れと思わしき男と、索敵に優れた女が居るという状況だ。それに加えて正規の呪術師なので下手に怪我はさせられないし、殺すのは以ての外。色々と戦い辛い。

 

 戦闘態勢に入っていた二人と一つ?が一斉に動き出した。初速が速かったのは夜蛾で、一歩の踏み込みで数メートルを移動して龍已の目前にやって来た。脇を締めた強力な正拳突きに、洗練された呪力が纏っている。やはり手練れだ。呪力の動きで先読みしようとしたが、流れが全身で均一で直前まで分からない。

 

 打ち込まれる右拳に左手の甲を添えて受け流し、そのままの流れで右肘を顔面へ叩き込もうとすれば、小さな体の呪骸が夜蛾の目前を通って龍已の右脇腹へ突進してくる。呪力の気配を読んで察知し、左脚を下から振り上げるように回し蹴りを放った。呪骸はそのままのぶち当たり、夜蛾は呪骸に当たったことで減速した回し蹴りを屈んで回避した。

 

 後ろから風を切る音が聞こえた。冥冥の持っていた戦斧と判断して背後を向きながら、地面と水平に向かってくる戦斧の腹に拳を当ててかち上げた。龍已の膂力に致し方ないので呪力を纏わせて弾いたのだ。近接に覚えのある冥冥といえども大きく弾かれた。隙が生まれる。絶好の機会。しかし、それを夜蛾が許さない。

 

 二対一の猛攻で体勢が崩れ掛けている膂力に足払いが飛んでくるが、敢えて跳躍して回避し、体を捻り込んで空中で高速に回転。遠心力の乗った蹴りを冥冥では無く夜蛾に向けた。咄嗟に腕を呪力で覆い、クロスさせて受ける。途端、夜蛾は目元を顰めて後方へと吹き飛んでいった。尋常ではないパワー。決して体が小さい訳でも無く、乏しい体付きをしている訳でも無い夜蛾が吹き飛ばされ、背後の木に当たってへし折ってまだ飛んでいく。

 

 筋骨隆々には見えない体付きなのに、その見た目からは有り得ないほどのパワーに、多少なりとも驚いている冥冥へ、腰の入った拳を向けた。持っている戦斧を構えて呪力も纏わせて全力で防御する体勢に入った冥冥の行動を裏切り、向けられた拳は打ち込まれる寸前で開いて柄を掴んだ。

 

 咄嗟に捻りながら引いて奪取されないようにする冥冥だったが、戦斧が全く動かない。鋼鉄の壁にめり込んだ戦斧を回そうとしているような気分となり、気が付いたときには空中に放り投げられていた。武器を掴んだまま上に持ち上げたようだ。冥冥を含めて。

 

 空中に飛ばされた勢いで手から戦斧が離れてしまった。再び隙だらけとなった冥冥に戦斧による追い打ちが来ると思いきや、戻ってきた呪骸が襲い掛かる。しかし、そこで冥冥は目にする。龍已が扱う戦斧の早業を。

 

 飛び掛かる呪骸に戦斧を構えた龍已は、目にも止まらぬ速さでそれなりの重量があるはずの戦斧を振り回し、牛を基にしたような呪骸を原形が分からなくなるほどに斬り刻んだ。冥冥は悟る。武器の扱いが確実に自身よりも数段も上。それは今の動きだけで解った。そこに加えてあの腕力に反射神経。加えて多対一の戦闘に慣れている。

 

 

 

「……ふぅ。すごいね。その武器の扱いには惚れ惚れするよ」

 

「……………………。」

 

 

 

 対峙する冥冥と龍已。持っていた武器は取られてしまったが、そのお陰で解ったことがある。右手に戦斧を持って背後に回している。攻撃的では無いし、殺す気ならば夜蛾が戻ってくる前に突っ込んで来るはずだ。それにあの黒い銃だ。烏を通して視た術式らしいものを使う様子が無い。

 

 そういうブラフの可能性もあるが、どちらかというとタイミングを見計らっている節がある。攻撃も激しくして来ないし、何と言っても殺意が無い。顔を絶対に晒さないようにしているのも見ると、ある程度の呪術に関する知識等があれど、その関係者には身バレをしたくない訳ありということになる。

 

 

 

「──────君を甘く見ていた。少し本気でいかせてもらう」

 

「………………っ!」

 

 

 

 蹴り飛ばした方向から夜蛾が静かに歩いて戻ってきた。傷らしい傷は全く無い。少し服が汚れているだけだ。本気でやったわけでは無いにしろ、それなりの力を籠めて打ち込んだ筈なのだが、流石は一級術師といった具合だろうか。そしてそんな夜蛾の呪力が膨れ上がり、自然公園の方から人と同じ位の大きさの呪骸が三つやって来た。籠められている呪力がかなり多い。本命の呪骸なのだろう。

 

 数の利は圧倒的に相手の方が優勢。下手に怪我をさせてはダメだし、身元がバレるのは避けたい。ならばどうにかして逃げ果せるしがない訳だ。それが叶う作戦は、現時点で一つしか思い付かない。龍已は駆け出した。自然公園の方へ向かって。それを追い掛けて三つの呪骸と夜蛾、冥冥が烏を連れて来る。

 

 

 

「行け……ッ!!」

 

「………………っ!!」

 

「私のことを無視しないで欲しいね」

 

 

 

 自然公園の中に入ると、呪骸が襲い掛かってくる。ゴリラとカバとサイを基にした人間大の呪骸は、見た目によらず素早い動きで肉薄にしてくる。だがこちらとて生まれてすぐに近接が命の武術を修めて来たのだ。近接戦で負ける訳にはいかない。

 

 振るわれる呪骸の拳を紙一重で躱し、背後にあった木が折れて倒れる。戦斧の刃ではなくて峰の方を向けて横凪に叩き付けた。三つ捲き込んで戦斧をぶち込んで、三方向に吹き飛ばした。その威力は進行方向の木々を薙ぎ倒していくほど。しかし人形である呪骸に痛みや恐怖は無い。動ける限り動き続け、襲い掛かってくる。

 

 人形に呪力を籠める事で自由自在に動かす傀儡操術。術者が敵に近付くこと無く距離を取って戦闘をやりくりする事が出来るが、夜蛾は自身で戦闘を熟す。夜蛾単騎でもかなり手強いのだ。それに特別な特級を除けば最も位の高い一級術師である。戦いなんてこれまで数え切れないほど行ってきた。

 

 

 

「良い反射神経──────だッ!!」

 

「………っ………」

 

「そろそろ私の戦斧を返して欲しいねっ!」

 

 

 

 3つ呪骸が吹き飛ばせど吹き飛ばせど、立ち上がって一目散に向かってくる。生物では無い呪骸には痛みも無く、骨が無いので無理な可動域が無い。つまり人形特有の柔らかさを使って衝撃をある程度の吸収する。例え叩き付けられて木々をへし折ろうとも、戦闘不能にはならない。

 

 そして呪骸にばかり気を取られる訳にもいかない。夜蛾と冥冥も龍已の差し迫ってくるのだ。出来るだけ深手を負わせないようにはしているが、相手が手練れなのでそうも言ってられなくなる。自然公園内を3人と3つで縦横無尽に駆け回り、生えている木々や公園の遊具を破壊していく。

 

 自然豊かな人気のある公園だったのだが、裏に生きる呪術師に見るも無惨な姿に変えられていく。この公園で良く遊んでいる子供達が見たら泣き叫ぶだろう。そして東京の知事が()()()()()()()()()()()()()白目を剥いてひっくり返る事だろう。

 

 ヒットアンドアウェイ戦法で常に動きながら戦っていた龍已が、周りを囲まれたと同時に、冥冥の戦斧を地面に突き刺し、掌を見せて待ったを掛けた。今までずっと戦っていたのに、突然の意思表示に固まった夜蛾達に、袖元まで這ってきたクロが手帳とペンを吐き出して受け取り、何かをサッと書いて夜蛾達に見せた。

 

 

 

『何か気付かないのか』

 

「……何?」

 

『すまないが、ここまでだ』

 

「──────ッ!!」

 

 

 

 筆談で使った紙をクロが吐き出したライターで炙って燃やし、使ったものを呑み込ませると、冥冥が目にした黒い銃の『黒龍』を一丁だけ吐き出させ、真下に向けた。そして引き金を引いて発砲。銃口から円状に放たれた呪力の衝撃波が辺りを包み込み、龍已の体を遙か上空に弾き飛ばした。

 

 逃げられる。そう思った夜蛾達は、先程筆談で交わした言葉を思い出す。何かに気が付かないか。そう言われて辺りを一瞬だけ見渡せば、気付かざるを得ない。捕まえようとする一心で激しく戦闘していた事で見るも無惨な状況になっている自然公園。木々が幾本も薙ぎ倒され、大きな木製の遊具が砕けて倒れている。

 

 夜蛾が目を少しだけ見張って上空へ弾き飛んだ龍已に急いで顔を向ける。嫌な予感は的中した。龍已は空へ逃げたのではない。空へ跳んで地面から離れ、助走を付けているのだ。袖から顔を出したクロが長い柄を吐き出し、それを掴み取って引き抜いた。姿を現したのは長い柄と、その先には大きな鎚が付いていた見る限り重量がありそうな無骨な戦鎚だ。

 

 まだ手に持っている『黒龍』を上に向かって発砲し、跳び上がった時とは逆に、目にも止まらぬ速さで地面に向かって墜ちてきた。手に持った『黒龍』を口に咥え、戦鎚を両手で持ち直して縦回転し、呪力をあらん限り解放した。瞬間、夜蛾と冥冥は感じられる呪力量に背筋を凍らせ、硬直した。

 

 

 

 ──────黒圓無躰流……『壊地(かいぢ)』ッ!!

 

 

 

 地面に全力で戦鎚を叩き付けた。震度の高い地震が発生したように感じる揺れが襲い掛かり、先までの戦闘で薙ぎ倒されていた木々が、戦鎚を叩き付けた事によって広がる衝撃波である程度の大きさに砕かれながら舞い上がり、視界は巻き上がる砂埃によって遮られた。

 

 大爆発に間違う広範囲の衝撃を受け止めきれず、夜蛾と冥冥は顔を腕で防御しながら吹き飛ばされていった。油断した。つい複数人で掛かっているのに殴打の一つも打ち込めない相手に夢中で、周囲にまで気を回していなかった。そこを突かれた。冥冥が感じたタイミングを見計らっているような様子は、薙ぎ倒された木々がある程度集まるのを待っていたのだ。

 

 してやられた。一級術師に応援を頼んで一人を追い掛けていたのに、まんまと出し抜かれてしまった。砂埃が暫くしてから晴れて、特に傷は無い夜蛾と合流した冥冥は、何を考えているのか分からない微笑みを浮かべながら戯けるように肩を竦めた。

 

 

 

「先生の呪骸はどうですか?私の烏達はあの衝撃の中、一羽も残らず撃ち殺されていますよ」

 

「俺の呪骸も3つとも核を一撃で撃ち抜かれている。残穢は上から降り注いだ木々の残骸と遊具の欠片の所為で視えない。奴の気配と呪力も一切感じられない。逃げられたな」

 

「まあ、私は面白いものが見られたし、戦斧も返してもらったので構いませんがね、ふふふ。随分と優しい武芸者でしたよ」

 

「はぁ……この有様は頭が痛い。報告書を書かねばな。冥冥は任務が終わったのだろう、このまま高専へ帰っていい。後は俺が対応しておく」

 

「えぇ。では頼みますね」

 

 

 

 悲惨な現場となってしまった元自然公園の真ん中で、夜蛾は強面な顔を歪ませて更に凶悪な顔付きになっている。耐性が無ければ通報されかねない。見慣れている冥冥は微笑みながら、地面に突き立てられている戦斧を引き抜いてその場を後にした。

 

 因みにこのあと爆発か!?と騒ぎになって、事態を沈静化させるのに苦労した夜蛾である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ………下水道に初めて入ったが……恐ろしい臭いだ」

 

 

 

 龍已は黒いローブの特級呪具を着ながら下水道を歩いていた。まさか烏を介して見られ続け、逃げ切れると思えば応援要請を受けた一級術師と合わせて戦闘になるとは思わなかった。

 

 巻き上げた砂埃の中で口に咥えていた『黒龍』を使い、呪力と空を飛ぶ気配を目印に烏を一羽残らず撃ち殺し、かなりの呪力が籠められている呪骸の、最も呪力が集中している箇所を撃ち抜いてその場を離脱し、途中でローブを身に付けて気配と呪力を消しながらマンホールの蓋を力業でこじ開けて中へと入った。

 

 残穢は木々の残骸で見えなくなっている筈なので、追っては来まい。それに帳が降りていなかったから今の衝撃で騒ぎになり、追い掛ける暇が無いだろう。どうにか撒けた事に、はぁ……と溜め息をつきながら、車で待機しているであろう使用人に電話を掛ける。

 

 

 

 

 

 

 こうして、危なく呪術高専の者達に捕らえられそうになった龍已は、逃走を成功させたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






冥冥

お金が全ての呪術高専一年生。黒鳥操術という烏を操る術式を持つ。視覚を共有する事も出来る。龍已を見つけた張本人。色々と不思議な龍已が居たので夜蛾を召喚した戦犯。ちょーめんどいことになった。

この時はまだ武器術はそこまででは無かった。これを機に思いっきり鍛練を積む。



夜蛾正道

呪術高専で教師をしている超強面な屈強な男。近接強いのにカワイイ?呪骸を使って複数対一の状況を作ってくる。

冥冥から連絡があったので、念の為強い呪骸3つを持ってきた。補助監督が。



龍已が地面に叩き付けた呪具

名前は無く、呪力を籠めると重さが増加する術式を持つ。虎徹作。




壊地(かいぢ)

上から武器を叩き付け、衝撃を辺り一面に流して広範囲の破壊を撒き散らす。今回は薙ぎ倒していった木々を上に持ち上げて飛び散らせ、残穢を埋めて隠すために使った。




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第十一話  覆水盆に返らず






 

 

 中学二年生になってから少し、その日の気分で釣りに行き、送ってくれる虎徹の家の使用人にもやることがあったので東京まで行った日、龍已は東京の呪術高専の者達と思い掛けない邂逅をし、戦闘にまでなった。どうにか撒くことが出来た龍已は、臭いの酷い下水道を移動し、頃合いを見て上に出た。

 

 電話をして迎えに来てもらった龍已は、臭いのついてしまった服を着替えて虎徹の家に戻った。家には休みを虎徹の家で謳歌していたケン達が居て、今日何があったのか聞いてきたので話した。今まで呪詛師殺しをしてきて見つかった事が無い龍已が、そんなことになっているとは知らず、聞いていたケン達は心底驚いていた。

 

 そして龍已は自身の考えを話した。車に乗っている間に考えていたことを。自身は確かに強い。少なくともこれまで呪詛師を数十人も殺せるくらいには。だがそんな自分でも捕まるときは捕まるのだ。今回ので身に染みた。若しかしたら捕まっていたかもしれないのだ。クロがいなければ確実だった。

 

 なので、自身が何の音沙汰も無く帰って来なければ死んだと思って欲しいと話した。そして絶対に尾を引き摺ってはならないと。呪詛師殺しという名前と依頼達成率100%という実績が、目の上のたん瘤扱いになっている。死ぬときは何の情報も残さず死ぬつもりだから、不自然な行動は取らないでくれと。万が一黒圓龍已が黒い死神とバレた場合、狙われるのはケン達なのだと。

 

 虎徹は表上の資料で匿っているので、言い逃れが出来ないかも知れないが、何かと理由を付けて自身が脅していたり、兎に角協力していたという事実は隠せと。ケン達は頷いてくれた。本当はそんなこと考えたくも無いが、それが龍已のケン達に対する想いなんだと思えば、頷くしかなかった。

 

 次に龍已は虎徹にあるものを作ってもらうように依頼した。それは毒。万が一の自決用の毒である。体が原形を留めなくなって確実に死ぬような強力なものだ。それを奥歯に隠して、いざという時に使う。情報は拷問されようが吐くつもりは毛頭無いが、呪術で吐かされる前に死ぬのだ。

 

 聞いていた虎徹は悲しそうだったが、仕方のないことだ。龍已がこうなれば梃子でも動かないのは知っているので、作ることにした。普通の毒だと即死は難しいので、呪具として、唯死ぬ為だけの呪具を作る。

 

 

 

 そうして龍已が心を決めてからある程度が経って夏。龍已達は、近くの祭りへとやって来ていた。

 

 

 

「いやー、何だかんだ来たこと無かったんだよなー」

 

「ケンちゃんが部活終わりにダウンしたり……」

 

「ケンちゃんが熱出したり……」

 

「ケン君がお婆ちゃんの家に行くから行けない事になったり……」

 

「ケンが食中毒になったり……」

 

「おうおう、戦犯いるなァこれェ?どう落とし前つけるンだぃ兄ちゃん?」

 

「こりゃあ今日の屋台奢りだよなァ?毎年楽しみにしてたのによォ?」

 

「いや確かに俺率たっけェけど、屋台奢りはやめよ?ね?アレ一つ一つ中学生の財布には重いじゃん??……ねぇ待って!せめて返事してっ!!え!?本当に奢らせないよね!?今日そんなに持ってない!すっごい痩せてるから俺の財布ちゃん!!!!」

 

 

 

 後ろで自転車を走らせながら騒ぎ立てるケンを置いて、カン、キョウ、虎徹は自転車を走らせ、龍已は走っていく。元よりケンの財布なんかには期待していない。今日はみんなで祭りに行って来ると親に話すと、みんなで何か買って食べなと言われてお小遣いを貰っているのだ。まあ、それでもケンが一番持っていないのだが。

 

 虎徹は大金持ちなので気にする必要無いが、龍已も黒い死神として受け取っている報酬があるので金問題は大丈夫だ。まあ、細かく言うと、8割以上を『黒龍』や『黒曜』の代金として渡しているので、報酬の全てが懐にある訳では無いのだが。

 

 取り敢えず祭りが開催されている場所に行かないことには始まらない。少し先から明るい光と人の賑わう声と音を聞きながら、4人は自転車を走らせ、一人は走った。

 

 祭り場所から少し離れたところで自転車を停めて鍵を掛け、徒歩で現地に向かう。そこにはよくある祭りが開催されていた。人も賑わい、数多くの屋台が並んでいる。何だかんだ来れなかった祭りにみんなで来れた事に5人は互いに目を輝かせ、心を躍らせた。着いただけで気分が高揚している。

 

 さあ行くぞ……と、なったところで、例の如くケンが何かを見つけたようだ。楽しみだなーと言いながら笑い合って進んでいると、中学三年だろうか、自分達よりも少しだけ年上に見える男子3人が、自分達よりも少し年下、中学一年と思わしき一人の女子に話し掛けている現場をケンが見ていた。

 

 3人の男子の内、少しだけ顔が整っている、如何にも運動部に所属してますよと言える体付きの一人が和やかに話し掛け、後の二人は話し掛けている一人の後ろで茶化すように笑っていた。話し掛けられている女子は乗り気では無く、どうでも良さそうな顔をしているが、横顔を見るとかなり整っているように思える。そうなればケンの行動は早く、速い。

 

 

 

「こんな所で一人でいるんじゃなくて、俺達と一緒に回ろうよ」

 

「興味無いんだけど」

 

「ぶはっ、フラれてやーんの!」

 

「ははっ、だっせー!」

 

「うるさいなー。ね、ちょっと一緒に回るだけでいいからさ!」

 

「──────どう見ても乗り気じゃねーじゃん。しかも祭りの入り口でつまんねーことすんのやめろよ」

 

「……何?お前。つか誰だよ」

 

「うっわ、もしかして助けに来たよ!ってやつ?」

 

「漫画読みすぎだろ!」

 

 

 

 ケンが話し掛けてやめさせようとすると、3人の男子はケンのことを見て笑った。ナンパしていた男子は顔を顰めていたが。話し掛けられて、ナンパされていた少女はケン達の方に少し顔を向け、少しだけ目を開いた。

 

 

 

「折角の祭りで気分上げてこーって思ったら、入り口でしょーもないことやってるから止めてやってんだろ。感謝しろよ」

 

「はぁ?なんだお前、何様のつもりだよゴラ」

 

「お前がどー思おうが興味ねーんだよ」

 

「舐めてんのお前?」

 

「そーいうのがしょーもねーって言ってんの分かんねーの?ハッ。頭悪すぎて草も生えねーわ。つか、何?やる気?いいぜやってやるよ。見せてやってくだせぇ龍已(アニキ)!!」

 

「うっわ、最後のでめちゃクソだせぇよケンちゃん……」

 

「だからクソザコナメクジなのよケンちゃん……」

 

「ちょっと今のは……ダサかったかなぁ……」

 

「……俺がやるのか?」

 

「チッ。マジ舐めてんなコイツ。やっちまおうぜ」

 

 

 

 まさかまさかの龍已頼りである。ケンが駆け足で行くから歩いて向かい、話を適当に聞いていたら親友から飛び火されるとは思わず、龍已は内心驚きながら見ていた。しかし邪魔された3人はケンの事しか目に映ってないのか、苛ついたような視線を送っていた。ついでに少女はケンを呆れた目で見ていた。

 

 喧嘩には自信があるのか、ケン達が5人居るというのに、3人の男達の内少女に話し掛けてナンパしていた男子がケンの胸倉に掴み掛かろうと動き、龍已が目を細めた。どんな理由があろうと、親友を傷付ける奴は誰であろうと許しはしない。そしてそれはイカレている龍已からしてみれば、絶対となる。

 

 ケンに掴み掛かろうと伸ばした右腕の手首を右手で掴み、背中へ捻り上げた。肩からびちりと嫌な音が鳴り、あまりの痛さに顔を大きく歪ませ、無理矢理解こうとするが一ミリも動きやしない。そしてそのまま龍已はその場から無理矢理腕を捻り上げた男子を人気の無い所へ連れて行った。

 

 男子の仲間の2人は、友達がやられている事に怒って顔を険しくさせ、人気の無い物陰へ入っていった龍已達を走って追い掛けた。

 

 

 

「へっ、バカな奴等だ。俺に喧嘩売るなん痛!?何で今殴った!?」

 

「ケンちゃんが喧嘩ふっかけたのに龍已にやらせたから怒ってんだけど?」

 

「龍已関係無かったでしょ?アイツ今日すっごい楽しみにしてたんだからね?アレがあったりするから行けないかもと思ってて、今日は奇跡的に無かったから、合流してからずっとソワソワした雰囲気してたのに」

 

「なんでこんな日に限ってケン君は……今のは流石に無いよ。龍已を体よく使ったんだよ?しっかり反省することっ」

 

「……そう…だよな。ごめん。龍已が帰ってきたら謝る。もうしない」

 

「てか、あの3人大丈夫か?さっき龍已が左手にメリケン付けんのチラッと見えたんだけど」

 

「大丈夫じゃねーじゃん!!」

 

 

 

 カン、キョウ、虎徹の言う通り、今日の祭りのことを龍已はとても楽しみにしていた。何だかんだ行けなかった人生初の夏祭りである。朝早く起きて武術の稽古や術式の鍛練を行いながら、夜に行く祭りを心待ちにしていた。実はソワソワしている事がバレていたのだが、だからこそカン達は微笑ましそうに見ていたのだ。

 

 なのにコレである。全く関係無かったのに、龍已がやることになってしまった。虎徹曰く起きてからずっとソワソワしていた龍已に、心から楽しんで貰おうと思っていたのに、今日は依頼のことなどを忘れて精一杯羽を伸ばして欲しかったのに、結局こうなってしまった。差し向けた訳でも無いのに心苦しかった。

 

 だからケンを叱った。まるで今のは龍已を自分のボディーガードする道具のように扱ったから。その気が無くても、強いと解っている龍已にやらせたから。それが伝わり、ケンはとても申し訳なさそうにしていた。

 

 ケン達が微妙な空気になっている中、ナンパされて結果的には助けられた少女はケン達の方に近付いて、小さくだが頭を下げた。

 

 

 

「ありがとうございました。助かりました」

 

「んん……気にしなくていいよ。俺が助けた……っていうのは違うし」

 

「……さっきの人は……?」

 

「んー、()()()()()()()()()()()()()。じゃ!俺達行くから!気を付けるんだぞ!」

 

「あれ、龍已からメール来た」

 

「なんて?」

 

「えーっと、『先の3人を叩きのめしたら、ちょー強い高校生の兄貴呼んでやるって叫んでいて興味があるから、適当に潰してから合流する。今日は肉の気分だから豚バラ串を買っておいてくれ。金は後で渡す』だってさ」

 

「あーあ、俺知ーらね。龍已の事だから骨は折らないと思うけど、動けないくらいの全身打撲だろうね、メリケン付けてたし。高校生のちょー強いお兄さんお疲れ様」

 

「ケンちゃんは豚バラ串6本買って持ってて」

 

「は!?6本!?ちゃっかり自分達の入れんなよ!?」

 

「あ?全部龍已のに決まってんだろ文句あんの?全く関係無いし悪くない今日の祭り心から楽しみにしてた龍已に喧嘩させて要らない時間食わせて一人で優越感に浸ろうとしていたクソザコナメクジのヨワミソゴキブリクソ野郎のケンちゃん??」

 

「本当にすみませんでした」

 

 

 

「──────ふーん。あの人龍已っていうんだ。……覚えとこ」

 

 

 

 喧嘩することになった龍已の事が気がかりだったのだろう、稀に見る美少女に気にしない方が良いと言って、ケン達は歩き出して出店の方へ向かっていった。ケンはカンとキョウに怒られながら、申し訳なさそうな表情のまま豚バラ串の売っている屋台を探していた。

 

 まだ始まってそこまでの経っていないので、人の数が多い。人混みに連れ去られそうになりながら豚バラ串の屋台を探し出し、6本購入したケン。一本500円だったのでかなりの痛手だが、龍已にしてしまった仕打ちを考えればいくらでも足りない位だ。

 

 そして件の龍已は、無理矢理呼ばせた高校生10人を一人でボコボコにしていた。勿論骨は折らないように気を付けながら、両の拳に装着したメリケンで急所も顔も関係無しに遠慮無くボコボコにしていた。ちょー強い高校生はこの中の誰なんだと思いながら制圧していくと、結局誰なのか解らないまま地面に全員転がっていた。最後に俺の事は忘れろと、3人の中学生達も合わせて脅すと、お金が無いというケンの為に一人一人の財布から金を奪い取った。

 

 折角の祭りなのに、結局荒事が出来てしまったと思いながら携帯を確認すると、送ったメールに対して了解と返事があり、写真と共にここに居るから!という文を見る。入り口から少し離れた所にある、屋台の外側で買ったものを囲んでみんなで食べることにしたらしい。

 

 なら自分は飲み物を買って行こうと思い、屋台の中でも名物である瓶のラムネを6本買って、その場で一本飲んだ。少し動いて喉が渇いていたのだ。飲み終わって満足すると、瓶回収の箱を見つけて捨てておき、ケン達が待っている場所へ早歩きで向かう。

 

 

 

「待たせてすまない。飲み物のラムネを買ってきた」

 

「おっ!ちょうど飲み物忘れたなーって話してたんだ!クソ助かる!」

 

「人混みの中歩ってたから喉が渇いちったぜ」

 

「ありがとう龍已。色々買ったから一緒に食べよっ」

 

「あの……龍已、俺……」

 

「……はぁ。オラ、さっさと行けやクソザコナメクジ」

 

「ぶん殴られて顎が達磨落としになれやヒーロー気取り」

 

「ごはッ!?背中二人で蹴んなよ!扱いが雑だから!俺のせいだけど!」

 

「……?」

 

 

 

 抱えているラムネを全員分渡せば、お礼を言われながら買ってきたものを見せてくれた。お好み焼きやたこ焼きがあるので美味しそうだなと思っていると、視線を落として落ち込んでいるケンが恐る恐るやって来た。それが焦れったかったのか、カンとキョウが同時にケンの背中に蹴りを入れた。

 

 どうしたのかと思っていると、ケンは手に持っていた豚バラ串を6本も手渡してきた。いや一本で良かったんだがと思いながら、合計幾ら掛かったのか聞くと、両手を振って受け取れないと叫ぶと、申し訳なさそうな顔をして頭を下げた。

 

 

 

「…っ……ごめん、龍已。楽しみにしてたのに余計なことやらせて。しかも、龍已のこと物みたいに扱った。俺、お前の親友なのに……。今回のこと本当にごめんっ!もう絶対にしない!約束するから!……許してくれないか?」

 

「……元から気にしていない。いきなり俺に振られて驚いたが、ケンに怪我があった方が、俺は悲しい。だから気にしなくて良い。ケンが無事で良かった」

 

「……っ!ご、ごめんなっ、龍…已っ!ごめんっ!う、うぅうぅぅ……っ!!」

 

「おっと……大丈夫、許す。俺はケンを許す。だからみんなで一緒に買ってきたやつを仲良く、何時もみたいに食べよう。楽しみだったんだ」

 

「ゔん……っ!ゔん゙っ!」

 

「まったく、世話が焼けるっつーの」

 

「けっ。……いつまで泣いてんだよケンちゃん!俺早く食いてーんだけど!」

 

「ほら、ハンカチあげるから涙拭いて。みんなで仲良く一緒に食べよっ」

 

「沢山買ってきたな。ケン、俺は豚バラ串をこんなに食べられないかも知れないから、一緒に食べてくれるか?」

 

「…っ……っ………。ぐすっ、おう!食えるぜ!」

 

 

 

 ケンが少しずつ目に涙を溜め始めたのを見た龍已は、白くなるほど握り締めたケンの手を取って許すと伝えた。武術の稽古で豆だらけになり、鋼鉄のように硬くなってしまった龍已の傷だらけの手は、とても優しくて温かくて、安心できた。だから自分がしたことが、親友に対する事じゃ無かったと改めて実感して泣き出した。

 

 謝罪をしながら抱き付いてきたケンに少し固まったが、優しくて抱き締め返して頭を撫でた。怒っていないし、気にしていない。それよりも親友に怪我をされる方が嫌なのだ。その為ならばいくらでも頼って良いのだが、どうやら今回のはケンがどうしても嫌らしいので、謝罪を受け取った。

 

 目を腕でゴシゴシと拭うと、龍已に促されるまま座り、屋台の人に付けてもらった割り箸を片手に持って、もう片手には龍已が買ってきたラムネを持つ。他のみんなもその姿勢になり、ケンの事を早く早くと急かすように見ていた。やっぱり親友で良かった。そう思ったケンはラムネを持ち上げて音頭をとった。

 

 

 

「んじゃ、俺達が揃って初めての祭りに……乾杯!!」

 

 

 

「「「「──────乾杯ッ!!」」」」

 

 

 

 チリンッ。と音を奏でながらラムネをぶつけ合い、強い炭酸飲料を飲んでシュワシュワを感じる。炭酸に顔を顰め、それがみんなも同じだと可笑しそうに笑った。

 

 買ってきたものを好きなように摘まんで食べて、足りなくなりそうになったらジャンケンをして買ってくる人を決めた。ロシアンルーレットのたこ焼きで、辛いのが当たったケンに爆笑しているカンとキョウ、飲み物を渡す虎徹に、見守る龍已。とても……とても楽しい祭りだと思った。

 

 表情が変わらない龍已は、やはり無表情だったが、雰囲気はとても楽しそうだった。高校生から巻き上げた、受け取りづらい8万円をケンに握らせながら、みんなでまた来たいと、切実に思った……夏の日の思い出である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あの思い出の夏祭りから一年。中学三年生、最上級生となった龍已達は今でも変わらず親友だ。しかし遊ぶ頻度は下がってしまった。虎徹の家に全員で集まりはするものの、やることはもっぱら勉強だ。そう、高校受験の勉強会である。ケンは言わずもがな、カンとキョウもそこまで成績が良いとは言えないので、常にトップの虎徹と、二番をキープする龍已に教えてもらっているのだ。

 

 日頃のおふざけを窘めて面倒を見ている虎徹は、どうやら勉学に於いても面倒を見ているようだ。しっかり虎徹ママをしている。成績優秀者のNo.1とNo.2を家庭教師にしているケン達の心情としては心強いと言わざるを得ない。

 

 虎徹は呪具師として生きていくことが決定付けられているが、最終学歴が中卒というのは字に起こすだけで恥ずかしいので高校は必ず出るつもりで、大学は特にどうするかはまだ決めていない。龍已も最終学歴が中卒だと、亡き母が大泣きするので、しっかり大学も出ようと考えている。

 

 つまり高校は必ず行くのだ。ならば5人で一緒の高校に行こうという話になり、ケン達に会わせるのでは無く、ある程度頭の良い高校に入ろう!という事になったのだ。自分達に合わせて、頭の良い虎徹と龍已を偏差値の低い学校へ入れたく無いのだ。

 

 中学生の部活動が終わり、学校が終わればすぐに帰れるようになってからは、虎徹の家に行って勉強をし、時には解らないところを教えてもらい、いい時間になったら帰るというサイクルを繰り返していた。親友達となら、嫌いな勉強も悪くない。学校の定期テストでも、3人共成績が上位に入るようになった。

 

 偶には息抜きとして遊びにも出掛け、遊び足りないがみんなで同じ学校に通う為に勉強を頑張り、10月中旬。寒くなり始めようとする季節。学校が終わってみんなで勉強を少ししてから、龍已は一人抜けて仕事に出掛けた。依頼が出された呪詛師殺しである。

 

 山梨から東京まで逃げてきたという、呪術師が捕り逃がした呪詛師の始末である。東京はあまり良い思い出が無いので近付きたくないというのが本音だが、そんなことで維持している依頼達成率100%と信用を落とす事なんて出来やしない。

 

 この日も何時ものように黒いローブを身に纏ってフードを被り、黒いレッグホルスターに『黒龍』を納め、首にクロを巻き付けながら、夜の暗闇に紛れていた。真っ暗闇ではなく、美しい満月の日だった。少し明るくて見えやすい日だが、そんなものはこれまでも腐るほどあった。故に無意識に慢心していた。

 

 

 

「──────お前が黒い死神か。例の件では世話になった。だがそれとこれは話が別だ。率直に言って話を聞きたい。我々に同行してもらおう」

 

「……………………。」

 

 

 

 追っていたのは瞬間移動をする呪詛師だった。本来はそこまで遠くの方まで移動は出来ないのだが、この呪詛師は天与呪縛として左眼が無く、左腕も生まれついて無い。左脚は麻痺して碌に動かせない。その代わりに広い術式範囲とそれなりに多い呪力を持っていた。

 

 瞬間移動にはインターバルが必要で、跳んですぐに跳ぶということは出来ない。しかし範囲が広いので追い掛けられても逃げ切れた。しかし龍已は、黒い死神は呪詛師を絶対に逃がさない。何処までも追い掛ける。偶然目が合って存在がバレてしまい逃げられているが、追い付けないほどでは無い。だから追い掛けているのだが、呪詛師が逃げている方向から人の気配がした。

 

 今は使われていなさそうな病院の前に車が二台止まっている。その内の一台の前には少女が背中を預けている。呪詛師はその少女を人質にしようとしているのか、明らかにその少女に向かって瞬間移動していた。させはしない。少しやり辛いが、クロから『黒曜』を引き抜いて撃ち込もうとして、少女に近付いた呪詛師は横合いから攻撃を受け、壁に叩き付けられて気絶した。

 

 呪詛師を気絶させたのは人形だった。大きな呪いの籠もった人形……呪骸。人間大のサイを基に造られたかわいい?呪骸。そして車からもう2つ、ゴリラとカバに似た呪骸が出て来る。忘れもしない、危なく捕まりかけた日に見た呪骸だった。そしてあれを操るのは1人だけ……呪術高専の夜蛾正道だ。

 

 もっと早く呪詛師を殺していれば、『黒龍』や『黒曜』を最初から使っておけば、少女の気配ではなく夜蛾の気配を察知していれば、満月で月明かりのある日じゃなければ、呪詛師が逃げた先に夜蛾が居なければ、色々な不運が重なって邂逅してしまった。

 

 フードの中で静かに溜め息を吐き、誰でも入れる代わりに誰も出られない効果の帳が降ろされたのを感じながら、龍已は面倒なことになったと心の中でぼやいた。呪詛師を始末出来ていないのに夜蛾にも見つかり、逃げられず、相手は捕まえる気マンマン。本当に嫌になる。

 

 

 

 

 

 

 

 龍已は前から来る夜蛾と3つの呪骸を見ながら、今回はどのように逃げようかと算段を立て始めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






何で帳が降りきる前に逃げなかったの?

視覚情報よりも効果が~みたいなやつ。ヤクザ……じゃなくて夜蛾さんがやりました。一級だからね、出来るでしょう。多分。




何で逃げる呪詛師撃たなかったの?

なんか、追い掛けて首の骨を映画みたいにへし折りたい気分だったから鬼ごっこしてた。それなりに呪力使うみたいだから、すぐガス欠になると思ったら、その前に邂逅しちまったぜ。

因みに、今日の運勢は最下位。自身にとって嫌なことが起きるでしょう。ラッキーカラーは白☆




祭りでボコッた3人。

普通に女子が可愛かったのでナンパしたら、ヒーロー気取りが来て苛ついて、その連れにボコられて他の奴等に俺の事喋ったら見つけ出して指の骨全部へし折ると脅された。メリケンで容赦なくやられたので本気だと思った。

ボクシングやってる高校3年の兄ちゃん呼んだら、3日は目覚めないくらいボコボコにされていた。実は兄弟揃ってタバコも酒も夜遊びも繰り返すクソガキ。ザマァ。

起きたら金が一銭も無かった。クソッ、アイツ殺……されちゃうからいいや、うん。





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第十二話  漏洩






 

 

 龍已は歯噛みした。あの時核を撃ち抜いた3つ呪骸、めっちゃパワーアップしてやがる……と。

 

 

 

 何者か解らない者に邂逅して、自然公園でまんまと逃げられた時から、夜蛾は核が潰された事以外は殆ど無傷の3つの呪骸をパワーアップさせた。毎日呪力を流し込んで呪物に近い存在にし、弱点が丸わかりになってしまっていた核をブラフとして幾つも用意した。その数10。合計核が11個あるように思える呪骸の完成だ。

 

 攻撃力も防御力も格段に上がり、最近教師として黒板の前に立つことが多かったので鈍り気味だった近接格闘を鍛練し直し、呪骸の操作技術を上げ、マニュアルでやっていた操作をオートでも出来るようにした。また一級として強くなった夜蛾は、次同じような事があっても、絶対に相手を逃がさないように気を付けようと心に決めていた。

 

 結果として、夜蛾を戦闘不能にすれば帳は晴れるものの、呪骸が邪魔で仕方ない。しかもブラフの核が壊れると、他が補い合って壊した核が復活する。本当に怠い。

 

 話を聞きたいと言われて、ハイそーですかという訳にもいかない。というか身分がバレたら洩れなく飼い殺しが決まる。親友達が殺されるかも知れない。危害を与えられるかも知れない。それだけは絶対に阻止する。だから今は兎に角この場から逃避しなければならない。

 

 病院の前の、コンクリートを突き破った強かな雑草が所々で生えている駐車場で、龍已と夜蛾及び呪骸は凌ぎを削っていた。普通の弾よりも速度が上な呪力弾を躱す夜蛾には、何故躱せるんだと内心愚痴り、一方夜蛾は肌スレスレを通過していく呪力弾に肝を冷やしていた。

 

 この病院の中には任務で派遣された負傷している呪術師が居て、まだ呪霊が居ながら自分達は怪我で動けないということで、戦闘員として夜蛾と、傷を治す為に現中学二年生の家入という少女を連れていた。夜蛾が中に居る呪霊を祓い、見つけた負傷者2人を連れて戻って家入がある程度治療し、車を走らせて少ししたら、黒い格好をした者に追われている奴を見つけた。

 

 明らかに車の前で待機させていた家入に向かっていった者を呪詛師と判断して横から息を潜めて呪骸を放って気絶させた。獲物を取られた事で立ち止まった黒い格好の者を、一瞬で黒い死神と断定した。全身を薄く覆っている呪力は全て完璧に均一で、存在感が大きい。立ち姿に隙が無さ過ぎる。

 

 少し手の込んだ帳を降ろしたのは殆ど無意識だった。“上”からも黒い死神を見つけたら捕らえよと言われているので丁度良かった。今ここで捕まえる。そう心に決めて始めた戦闘を、夜蛾はここ最近久しく感じていない焦燥感を心底感じていた。

 

 

 

 ──────射撃の腕が良い。回避が間に合わなければ眉間に当たっていた。その他の狙いも急所。それを3つの呪骸と俺の戦闘を行いながら放ってくる。近接も強い。一撃を掠らせることすらも出来ない。だが解らん。持っているであろう膨大な呪力と弾に籠められた呪力が比例していない。まさか……“呪術師”である俺を殺さないようにしているのか。だとするならば、呪術師に危害を加えて呪詛師認定されることを警戒しているな。だが何の為だ?……訳ありのようだな。

 

 

 

 ──────……前回やりあった時と同じ呪骸だが、明らかに攻撃力も防御力も速度も、内包する呪力も桁外れだ。更には11個の核と思われし呪力の集中箇所。ブラフをここまで用意出来るものなのか?操作していると思い、呪骸3つを違う角度でほぼノータイムで狙ったにも拘わらず、それぞれ別々の動きで完璧な対処をした。つまりこの呪骸をオートで動かしているという事になる。やり辛い。そして一番やり辛いのがこの夜蛾という男だ……俺の弾を避ける。まあ、()()直線状に飛ばしているから避けやすいだろうが、前回よりも格段に強くなっている。

 

 

 

 ──────この黒い死神という男は俺が帳を降ろした事に、既に気が付いている。つまり俺が気絶でもすれば帳が晴れて逃がす事になる。帳の中に入れざるを得なかった硝子を狙う様子は見当たらない。やはり呪詛師と断定されることを避けている。俺に対する攻撃も言っては何だが温い。結果として、この戦いは俺が有利。しかし戦況は俺が不利だ。この男が来る前の呪霊との戦いに、今の戦闘による呪骸への呪力供給。無視は出来ない消費量。戦いを長引かせれば俺が先に尽きる。何か切っ掛けがあれば……。

 

 

 

 ──────夜蛾という男から感じる呪力の気配がかなり小さくなっている。去年の時に感じた呪力量からして、今は七分の一といったところか。察するに、俺と会う前に此処で呪霊か何かと戦闘して呪骸を使い、それ程時間が経っていないと見える。それに加えてこの視覚情報よりも速度が速い効果を付与した帳を降ろした。消費呪力量は圧倒的にあちらが不利。代わりに俺はこの戦いが目的からして不利。相手は俺が容易に傷付けられないことを悟っている。故にある程度安心して心の余裕がある。だが戦況は俺が有利。時間さえ稼げれば、帳が降りて俺の勝ちとなる。

 

 

 

 腹を探り合う。有利不利を見分けて戦況を正しく認識する。見せる行動一つ一つにブラフを織り交ぜて、相手が不利になるような情報を刷り込ませる。龍已は何があろうと此処で捕まる訳にはいかない。捕まれば、喋るつもりが無くても何らかの呪術を使われて喋らされてしまうかもしれない。それが一番怖い。

 

 最後の手段として自決用呪具が仕込まれているが、好き好んで死にたいとは思わない。死ねば親友とも会えなくなるし、幸せだった家族との思い出も思い出せなくなる。そんなのは誰だって嫌だ。だったらこの夜蛾という男と車の所に居る少女を殺せば良いのだろうが、そんなことをしたら確率が低かろうが呪詛師と認定され、本格的に呪術界から狙われる。

 

 黒い死神は全ての呪詛師に嫌われている。自分達を専門に必ず殺す目の上のたん瘤。それを殺せる手段が呪術界から得た情報を基に、実現出来るものだと判断したら?当然やる。況してや龍已の大切な者達は非術師だ。仕留めるのは容易い。

 

 いくら情報を隠そうとしても、この世に絶対は無い。何時かは黒い死神の情報が少しずつ漏れていく筈だ。とても生き辛い。満足に親友達と語り合えなくなる。会うにも姿を隠さなくてはならなくなるだろう。だがそれでも良かった。自身が苦労するだけで、今感じている幸せをこれからも享受出来るなら。

 

 自分はどうなっても良い。だけど親友達は、呪術も何も無い、命の奪い合いを知らない非術師の親友達だけは、将来を幸せに過ごして欲しい。愛する誰かと会って、交際し、結婚し、子供に恵まれ、皺くちゃな年寄りになって老衰で死んで欲しい。その為ならば、俺はなんだってしてやる。それが、大切なものが少ない自身に出来る、最大の唯一なのだから。

 

 だから捕まらない。絶対にこの戦いに勝つ。必ず逃げ果せてみせる。逃げて、虎徹の家に帰って、また親友達の笑顔をこの眼で見るのだ。龍已は固い決意を胸に、頭では冷静に、二丁の『黒龍』を強く握り締める。

 

 

 

 しかし……神は黒圓龍已に微笑みはしなかった。

 

 

 

 凌ぎを削っている夜蛾と3つの呪骸達の戦闘中、ふと湧いたような気配に最初に気が付く。場所は少女のいる車の方角。距離は少女の更に奥。この帳内に誰かが入り込んだ?いや、少女が居るのは帳の中央と言っても過言ではない。応援か?だとしたら突然姿を現した事になる。不自然だ。術式によるものという可能性は?呪力の気配がしなかった。術式は使用されていない。

 

 脳内で不確かな情報を繋ぎ合わせて正解を導き出す。此処へ来る時に何をしていたか。呪詛師殺しとして呪詛師を追っていた。その時呪詛師はどうなったか。夜蛾の呪骸によって殴打されて壁に激突し、()()()()。その位置は。今気配を感じた場所と正確に重なる。結論は。気絶した呪詛師が目を覚ました。これからどうなる。最も近くに居て最も戦闘力の無いだろう少女を狙う。

 

 龍已が追っていた呪詛師は、少女を主に狙う下衆。標的と決めると瞬間移動の術式で連れ去る。触れた相手も共に連れて行ける呪詛師は、人気の無いところへ連れて行き、犯し、辱め、蹂躙し、己の快楽のために殺すのだ。それが今、起きて少女を目にした。この状況を安全に逃げられるように人質に取る可能性がある。だから、龍已は少女の居る方とは反対側に『黒龍』を二丁構えた。

 

 

 

「──────きひひッ!!俺の勝ちだァぁぁァッ!!」

 

 

 

「──────死ね」

 

 

 

 ほらな、やはり狙った。コイツらは呪詛師で塵芥だから。

 

 

 

『黒龍』から放たれたのは、膨大な呪力を波動状に拡散させたもの。これにより何も無いところで呪力の壁が生み出され、撃ち放った膨大な呪力で爆発的推進力を得る。結果として『黒龍』で撃った方とは反対方向に向かって、驚異的な速度で突き進む事が出来る。

 

 呪詛師なんぞに誰も殺させやしない。あの日、愛する父親と母親を殺した呪詛師を、小さかったこの手で殺した時に誓ったのだ。この世に居る呪詛師を全て殺して殲滅し、呪詛師の手で殺される人を救うのだと。己と同じ目には、気持ちにはさせないと。その為に今まで呪詛師を皆殺しにしていたのだ。

 

 目の前で狙われていると解っているのに、無視は出来なかった。例え狙われている身だと解っていても、戦闘中でも無視出来なかった。視界の端が自身の動体視力でも捉えられないような速度の中で、まだまだ未熟だと感じた。捕まる訳にはいかないのに、知りもしない少女が呪詛師に狙われているというだけで、圧倒的不利の一手に出てしまうのだから。

 

 だが、その代わりに少女よ、安心するが良い。お前を狙ったそこの塵芥の害虫は……この手で確実に殺してやるから。黒い死神として、呪詛師に最愛の両親を殺された呪詛師殺しの黒圓龍已として。

 

 座り込んでいる状態から瞬間移動の術式を発動させ、少女の前に現れて飛び掛かる。少女はまさか突然目の前に呪詛師が現れると思わなかったのか、目を見開き固まる。魔の手が伸びて触れようとした瞬間、恐るべき超速度で飛んできた龍已が呪詛師に飛び付いて石の塀に頭を叩き付けた。

 

 ばきゃりと骨が砕けた音が鳴り、呪詛師が白目を剥いても龍已は止まらなかった。呪詛師の肩に指をめり込んで貫通するほど力を籠めて押さえ付けると、『黒龍』の銃口を呪詛師の顎下に突き付け、引き金を引いた。瞬間、尋常じゃ無い爆発音が響いた。撃ったのは呪力を纏った実弾である。

 

 製作者の虎徹によって魔改造された『黒龍』は、戦車の厚く硬い装甲をぶち抜いて中の人間を殺す事が出来る炸裂徹甲弾を撃てるようにしてある。それを人間の顎下から脳を狙って撃ち込んだ。弾の威力によって頭頂部は爆発して吹き飛び、脳髄が飛び散った。しかし龍已は止まらず、爆発音が鳴る炸裂徹甲弾を全弾十二発撃ち込んで顎から上を消し飛ばした。

 

 そして今度は呪力弾に変えてそのまま死体となった呪詛師の心臓に5発撃ち込み、内部で爆発させた。心臓だけでなく肺、胃、背骨、その他諸々を粉々にした。反転術式を持っていようが確実な死をくれてやった。

 

 襲われた少女は何時の間にか黒い死神が呪詛師を捕らえ、これでもかと初めて聞くような高威力の弾丸を撃ち込むのを呆然と見ていた。どう見ても異常な行動を取っている彼。“あの時”の冷静沈着な様子とは違って別人に思える黒い死神に、少女は一抹の不安を覚えた。そして、呪詛師を殺した黒い死神に、3つの呪骸と夜蛾が飛び付いた。

 

 

 

「くッ…ぐゥ゙……ぁ゙あ゙……ッ!!!!!!!」

 

「すまないッ……本当にすまない……ッ!!!!!」

 

 

 

「フゥ゙……っ!!フゥ゙…………っ……………ぅ゙…………────────────」

 

 

 

「……夜蛾先生。黒い死神のおにーさん……もう落ちてます。やめて下さい。その人、私の命の恩人なんで」

 

「……あぁ。……お前の命を二度も救った命の恩人だ。悪いようにはしない」

 

「……説得力、無いですけどね」

 

「………………すまない」

 

 

 

 夜蛾は黒い死神の龍已の背中に飛び付き、首に腕を回して絞めた。脚は龍已の腕を捲き込み、3つの呪骸は夜蛾と龍已を包み込んで全力で固めた。常人では考えられない剛力の龍已は、巻き込まれて封じられた腕を、呪力で強化して無理矢理剥がそうとするも、対抗して夜蛾も残り少ない呪力を全て使って体を強化し、呪骸にも全力で2人を固まらせた。

 

 首が絞まって呼吸が出来なくなり、意識が朦朧としてきた。やはりこうなった。己がまだ未熟だから。弱いから。それなのに……親友達の将来を幸せに彩らせるなんて……本当に笑い話にもならない。身の程を弁えない弱者、それが黒圓龍已の正体だ。決して、全呪詛師の敵である黒い死神なんて、御大層なものでは無いのだ。

 

 これからどうなるのだろうか。生まれてから今までの事を喋らされるのだろうか。正体は確実だとして、交友関係もだろうか。拷問はされるのだろうか。他者よりも優れたこの体を隅々まで調べて解剖でもするだろうか。まあこの体がどうなろうがどうでもいい。どうせ自決して全ては無に還るのだから。

 

 こうなるんだったら、ケン、カン、キョウ、虎徹達と最後の会話を楽しんでおくんだった。心底悔やみ、心残りを残しながら、龍已は夜蛾の手によって意識を奪われた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────……っ…………………。」

 

「夜蛾さん。彼が起きましたよ」

 

「……おはよう。手荒な真似を取ってすまない。俺は此処、東京都立呪術高等専門学校で教師をしている一級呪術師の夜蛾正道という」

 

「………………………。」

 

 

 

 ぼんやりと意識を取り戻した龍已は、椅子に座らされ、後ろ手に縄で厳重に縛られていた。脚も膝の辺りまで縄で厳重に縛られていて、少し力を入れても抜け出せる気がしない。というのも、体を動かそうとした時に筋肉が上手く動かせなかった。どうやらこれ程頑丈に縛って起きながら、筋肉弛緩剤の類の薬を打ち込んだようだ。動きの一切を許さないらしい。

 

 居るのは呪符が壁一面に貼られた、蝋燭の光が頼りの部屋。前には夜蛾と顔を隠した細身の男性。背後に何者かが居る。つまり自身を入れて4人だ。

 

 自身の現状を確認すると、椅子に座らされて、手脚は一切動かないほどキツく……恐らく呪力を無理矢理抑えさせる効果のある縄で縛られている。筋肉の動かし辛さから筋肉弛緩剤を打たれている。特級呪具の黒いローブが取られている。素顔は完全に晒された。武器庫呪霊のクロは取られている。持っていた『黒龍』は当然取られていて、レッグホルスターすらも取られている。つまり何も持っていない。

 

 口も重ねて厚みを増した布を噛まされて舌を噛めないようにされている。さぁ、これからどうなるのだろうか、暴力を伴った尋問でも始めるのだろうか。高等専門学校と言ってはいるが、所詮は表向きの名前だ。その本性は頭のネジが外れたイカレの多い呪術師が生み出される機関だ。この世の“普通”が有るわけが無い。

 

 

 

「まず、君の事を教えて欲しい。そして出来れば、呪詛師殺しの黒い死神ではなく、正規の呪術師として、我々と共に呪霊を祓ってはもらえないだろうか」

 

「……………………。」

 

「君はその歳にしてはあまりにも実力があり過ぎる。まだ中学生だろう。これからもまだ伸び代は十二分にある。非公認の呪詛師殺しとするには勿体ない。歳も丁度良い。俺としては君には此処で呪術とは何たるかを全て理解し、学んでもらい、呪術師となってもらいたい」

 

「……………………。」

 

「呪術界は万年人手不足。是非とも検討してくれ。そしてすまないが、君の事を教えてくれ、頼む。手荒な真似はこちらとしてもしたくない」

 

「……………………。」

 

「……口の布を外す。他人の傷を癒す事が出来る者が控えているから、舌を噛む等の抵抗は無駄だと頭に入れておいてくれ」

 

 

 

 出来るだけ説得するような声色で夜蛾は話し掛け、龍已は無表情のまま目だけは合わせるが返事も身動ぎもしない。まるで人形のようにそこに在るだけ。肯定も否定もしない龍已にやり辛さを感じながら、夜蛾は龍已に一歩近づいた。

 

 手を伸ばして龍已の頭の後ろで縛られている、口を縛っている布を外した。口が自由になり、長時間咥えさせられていたのだろう、布と口を銀色の唾液が繋がった。

 

 顎を少しだけ動かして固まっていた顎の筋肉を解し、鈍い痛みを感じながら……舌を奥歯に這わせて自決用の呪具を取り出し、発動させようとした。カプセル状のそれは噛み砕くことで発動する。しかし……龍已の思惑とは別に、呪具が入っている筈の奥歯は、そこには無かった。気絶させられている間に、どうやら抜き取られたようだ。

 

 情報を得られてしまう前に、自決しようとした龍已の決意は踏み躙られ、心の中に巣くうのは絶望だった。この時の為に造って貰った呪具は、目の前の者達に取られた。舌を噛んで自決しようと、傷を癒す者が居る限り徒労に終わる。息を止めて酸欠になろうと、心肺蘇生をされるだろう。つまり、詰みを意味する。

 

 

 

「……自決用と思わしき呪具は回収させてもらっている。俺は話がしたい。そしてお前を知りたいだけだ」

 

「殺せ」

 

「あくまで、俺はお前を呪術師として──────」

 

「──────殺せ」

 

「………………はぁ。仕方ない。……やってくれ」

 

「……分かりました」

 

 

 

 夜蛾の言葉に、彼の傍に控えていた顔を隠した細身の男性が、カプセルのようなものを呑み込んだ。気配からして呪力が流れたので術式を使った。何をするつもりだろうか。そんな龍已の静かな思いは瞬く間に霧散した。

 

 体に何か変なことが起きている。他人に乗っ取られたような、無理矢理『黒圓龍已』そのものに作用しようとしているようで、心底不快な気分だった。全身から一瞬で嫌な脂汗が噴き出て、意図していないのに記憶の中にある龍已の記録が掻き乱されていく。まさか……まさかまさかまさかまさか……己の記憶を吐き出させようとしている?

 

 男が飲んだのは、龍已の体の一部。今回は髪の毛をカプセルに入れて飲み込み、術式を発動させた。対象とする者の体の一部を取り込み、対象者から半径2メートル以内に居る事を条件として、口頭で問われた質問に嘘偽り無く答えさせる、尋問の術式だ。

 

 口が勝手に開こうとしている。何も言うつもりは無いのに、何かを話したくて仕方ないという気持ちを強制されていた。呪力で抗いたいが、呪力は縄の所為で使えない。封じ込まれているから。ならばもう……無理矢理口を閉じるしか無い。筋肉弛緩剤なんて知ったことかと、全力以上に口を無理矢理閉じ、全身の全ての筋肉を稼働させて抗う。

 

 

 

「問い。君は一体何処の誰?」

 

「ぐゔぅ゙……ぅ゙ゔゔゔゔゔゔゔゔゔッ!!」

 

「…ッ……君は、一体、何処の、誰?」

 

「ぃ゙ぎ……お゙……れ゙ッ゙………じィ゙……ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙………ッ!!!!!!!」

 

「君は一体ッ!!何処のッ!!誰ッ!!」

 

「ぉ゙お゙……れ゙…ェ゙………ぐぅ゙ゔ……オ゙ぅ゙……レ゙ぃ゙ぃ゙ぃ゙……ん゙ぐぅ゙ゔゔゔゔゔ………ッ!!!!」

 

「はぁ……ッ!!はぁ……ッ!!夜蛾…さんッ!!この子は一体何者何ですかッ!!黒い死神!?それ以前に本当に人間なのか!!なんで呪力も何も無い状態で、こんなに……っこんなに術式に抗えるんですか!?()()ここまで彼を塞き止めているんですかっ!!本当にこんな事をしていい子なんですか!?」

 

「……ッ」

 

 

 

 鼻血を両方の鼻から大量に流し、全力で食い縛る口からは止め処なく血が溢れ出ている。全身の筋肉を稼働させていることで顔は真っ赤に、眼球も赤く充血し、目からも血が流れ始めた。食い縛る口からは歯がぎしりと音を鳴らして、まるで悲鳴のようだ。

 

 言ってしまいそうになる。単語を言おうとして無理矢理口を閉じて何も言わせない。舌を押さえ付ける。何も言わせない。何の情報をくれてやらない。親友達を絶対に、絶対に知られやしない。頭が沸騰したように熱く、体の何カ所もつってしまい激痛が走り、無理に稼働させ続けていることで、筋肉が断裂している所もある。

 

 体内で夥しい量の内出血を起こしている体を余所に、抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って抗って……ひたすら……親友達の…………笑顔を…………………………………。

 

 

 

「夜蛾さんッ!!まだ続けるんですか!?絶対に何か可笑しいですって!!この子もしかして、絶対に、それこそ自分の命に代えても話せない理由が有るんじゃないですか!?こういう場合、決まってその人が大切なものの事ですよッ!!!!!」

 

「……ッ!!分かった、術式を解──────」

 

 

 

「ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙ん゙………ぉ゙……れ゙……は………こ、こぐ……ッこぐえ………ぎ…ィ゙……黒圓ん゙ん゙ん゙……龍已……ッ!!〇〇中がッ……中学ゥ゙……ざん゙年……ご、こ……黒圓無躰流ッ……継承者……ッ!!小学6年の時に゙……ッ!!呪術界御三家ど……その分家の策略で………両親を雇われの呪詛師に……殺され゙……ぁ……ぁ゙…ぁ゙あ゙……天切虎徹……の゙家に……居候……じで……中学一年……の゙時に゙……呪詛師殺しを……始めた…………黒い…死神と呼ばれて………いる……ッ!!夜蛾正道……には……去年……会った……冥冥……という……女にも゙…ォ゙……あの時の……男が………お゙れ゙……だ……ッ!!」

 

 

 

「──────ッ!!アレがお前だったのか……ッ!!」

 

「ごめん……ごめんね……っ!!無理矢理話させて、本当にごめんね……っ!!」

 

「この人があの時の……そーいうことか。やっと繋がった」

 

 

 

 血を吐き散らしながら、龍已は全てを話してしまった。一度言葉が出てしまうと湯水のように出て来てしまい、話さないようにしていた親友達の細かな情報すらも吐いてしまった。絶望した。術式によるものとはいえ、親友達の情報をペラペラと喋ってしまったのだ。これでもう、黒圓龍已=黒い死神となり、ケン達は人質に取られ、自身は一生傀儡となる。

 

 何処でどんなことをしたのか。呪力や術式にはどうやって気付いたのか。どんな術式を持っているのか。どんな天与呪縛を持っているのか。その全てを吐き出した。龍已は辛そうに、目から血と涙を流しながら話し続けた。黒圓龍已を構成する全ての事を、包み隠さず。

 

 暫く話し続けた龍已は、話すことが無くなると糸が切れたように頭を俯かせて何も言わなくなった。異様な空気が漂う。そしてゆっくりと頭を上げる龍已には、元の無表情が張り付けられており、しかしそれはあまりにも……悍ましい表情だった。

 

 

 

「──────満足か」

 

「……………………。」

 

「お前達は俺の全てを知った。そしてこの情報は報告され、何時かは必ず明るみに出る。そうなれば狙われるのは俺の友人達だ。俺を目の仇にしている呪詛師が俺を殺すために彼奴らを狙う。そうじゃなくとも、体良く駒を手に入れた呪術界上層部は俺を脅しに掛けて不詳事を揉み消させる為に使うだろう。今この瞬間、俺は全てを失った」

 

「すまない……それ程の事がお前にあるとは思わ──────」

 

「──────誓おう。俺はお前達を、呪術界を……その全てを呪詛師として認識し、一匹たりとも逃がしはしない。何処まで逃げようと必ず見つけ出し、追い掛け、追い詰め、必ず殺す。今ある現状を享受するがいい。俺はどんな手を使おうと、この世から呪術そのものを消す」

 

「待てッ!!俺はお前の事を話しはしない。此処に居て、お前の事を知った者の俺を含めた3人はお前の事を口外しない。約束する。『縛り』を結んでも構わない。当然、“上”にも報告しない。……お前は報告されていい存在じゃ……ない。本当に……すまなかった」

 

「………………………。」

 

 

 

 夜蛾は龍已に対して深々と頭を下げた。無理矢理聞き出しておいて何を今更と思われようと、兎に角今は謝罪がしたかった。まさか、この子が嘗て近接戦最強の一族と謳われた黒圓の生き残りだとは思わなかったのだ。そして、まだ高校生ですら無いというのに、裏の世界で生きていくことを決意して、今まで生きてきたということも。

 

 簡単に言ってしまえば、夜蛾は龍已の事をまだまだ子供だと舐めていた。呪術界の事や術式の事を聞いて、呪詛師殺しをただやっていると思っていたのだ。それがどうだ。龍已は、両親を殺した、非術師を殺す呪詛師をこの世から消すため、友人の将来を守るために、身を粉にしてこれまでやって来たのだ。

 

 あの時、一年前のあの時の男も彼。顔を絶対に見せなかったのは、身バレを防ぐため。そして防ぐのは、黒い死神であるとバレて上に報告され、大切な友人に危害が及ぶのを恐れた為だ。確固たる理由があって正体を明かさなかった。呪力も無しに術式を、血反吐を吐いてまで耐えたのは友人達の為だった。

 

 そして龍已は宣言した。目の前に自身をどうこうできる、正規の呪術師が居る状況で、友人達を守るために、例え呪詛師と断定されようと、障害は取り除くと。こんな相手に自身は一体何をしたのか。本当に舐めていた。だから反省も兼ねて頭を下げた。

 

 

 

「俺にチャンスをくれないか。今度はしっかりと話し合おう。君のこれからについて」

 

 

 

「…………………。」

 

 

 

 こんな子を呪詛師なんかにはさせられない。腐った上層部にも好き勝手させない。その為にはまず、正規の呪術師としての黒圓龍已を手に入れて貰う。

 

 

 

 

 

 

 そんな決意をしている夜蛾に対して、龍已は全く変わらない無表情を貫き、何を考えているのか解らない琥珀の瞳で、夜蛾の目を見続けていた。

 

 

 

 

 

 

 






夜蛾

何処の誰かを知りたかったのに、何故かとんでもない闇を抱えたこの過去を聞かされた。両親が御三家とその分家から目の仇にされ、既に殺されているのはどういう事かと思ったし、最後の生き残りだと思わなかった。

噂では黒い死神の事は聞いていたが、当時まだ中学一年だとは思わなかった。友人達のためにあそこまで術式に対抗するとは……なんて友達思いなんだ。


狂っているほどの友愛?失礼だな……純愛だよ。




情報を吐かせた呪術師

SAN値がピンチ。とっても心が善良な人。だから心へのダメージが大きい。

え……一般の出だけど……ほんと呪術界ってクソ。




龍已の背後に居た他人の傷を癒やせる人

あ、ふーん?全て繋がりましたわ。

ルービックキューブは6面揃えられるようになりました。ピースピース。




龍已

バレた……まじむり……呪術界の滅ぼそ。


全員殺したるから待ってろや。


早くメンタルケアしないと呪詛師ルート突っ走る凶人ゴリラ。






クロ

えっ……ご主人様は……?檻から出して……。



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第十三話  呪術高専



調整平均評価が一定以上上に行かないように、定期的に低評価が入ってきて笑いました。そういう調整する人達が居るんですかね?つまりこの作品は、お前にそんな評価なんざ要らねーんだよ!ってことですかそうですか……。


まあ、これは息抜きなので別に構いませんが(ニチャァ)


仮に、作品を評価するのではなく、気に入らないからという私情で評価するのはやめて下さい。私はともかく、面白いと言って楽しんで下さっている方々に迷惑ですので。




 

 

 

「本当にすまなかった。呪具等に関しては、話が終わったら返す。もう少し待ってくれ」

 

「…………………。」

 

 

 

 龍已は腕と脚に巻き付いていた縄を解かれ、呪符が貼られていた部屋から出された。筋肉断裂を起こしていた体は後ろの少女に治して貰った。話をしたいとだけ言われ、『縛り』を結んでも良いという夜蛾に着いていく。しかしその間は全く喋っていない。視線も冷たい。

 

 談話室へ向かっているのだが、先導しているので必然的に龍已が後ろに居るのだが、あそこまではっきりと誓いを口にした龍已が背後に居るとなると、少し冷たいものが背筋を通る。だが激情に従ってすぐに行動するのでは無く、冷静に物事を受け止め、話も通じるようで大人しい。まあ、言葉1つ間違えれば殺しに掛かるが。

 

 目的の部屋のドアを開けて中に入る。本当は飲み物でも出したい所なのだが、今の龍已を待たせても逆効果と思われるので話を進める事にした。内容は当然、呪術師にならないかというもの。ここまでのことをしてやらせたいものなのかと思うが、夜蛾は龍已に2つの顔を使い分けることを進めた。

 

 中学校は一般のものだったが、龍已は高校を呪術高専にして呪術を学んでいく歴とした正規の呪術師の傍ら、これまで通り呪詛師殺しをしていくというものだ。仮にも教師という立場なので人を殺す道を歩ませるのはどうかと思うが、何年もやってきて、その道では知らぬ者は居ない程名前が大きくなった存在に言っても今更だろうと判断した。

 

 使い分けるということは、一人二役するということで、若しかしたら疲れが溜まってしまう可能性もあるが、正規の呪術師にも呪詛師捕縛等の依頼が来ることは教えているし、そもそも邂逅したら捕まえても良いという。それに仕事の斡旋もする事が出来るし、何かとフォローはすると言った。

 

 

 

「つまり、呪術師になるならば黒い死神の顔は黙認するということか」

 

「黙認というよりも、別々のものとして考えるということだ。あくまでお前の話だが、お前の友人であり非術師の人間を巻き込む訳にはいかない。それに大きな声では言えないが、上層部は確かに腐っているところがある。それならば、見つからないようにやれという話だ。呪詛師が消えて困ることは無いからな」

 

「……お前達のメリットは何だ。俺には確固たる呪術師としての身分が約束され、それなりのパイプが繋がる。しかしお前達は何を得る。何を得ようとしている」

 

「単純なことだ。人手不足に新たな呪術師の誕生。呪術界の人手不足によって、救えない非術師の命もある。正直、強い呪術師はいくら居ても足りない。お前のポテンシャルは十分だ。必ず学生の内に俺と同じ一級術師になるだろう。そして、将来的には他の呪術師達を牽引して欲しい。それだけだ。それだけで、小さかろうが未来は変わる」

 

「……………………。」

 

 

 

 何度も聞かされている人手不足問題。見える人すらも稀少となるこの界隈は、こと戦える人間に関して、とてもではないが人員が足りているとは言えない。なのに上層部が邪魔な奴等を消していくのだから話にすらならない。

 

 しかし疑問が残る。確かに人手不足かも知れないが、一級術師ともあろう者が、未だ中学生のガキに頭を下げてまで謝罪し、こうして拘束を取って別室で話をするまでのことだろうか。確かにそこらの呪詛師なんかには死んでも負けるつもりは無いが、それでも全体で見れば自身の力なんて、行っても中の上だろう。必死に説得するほどの人材とは思えない。

 

 しかしふと気が付く。自身を黒圓の生き残りと言っていた。呪術界を代表する御三家や、その分家が手を出してくる程の家だ。ならばその生き残りである黒圓無躰流を継承した自身ならば、説得してまで欲しがるのではないか。あくまで表向きは人員確保。裏は黒圓無躰流の技術確保。そうなれば考えられなくも無い。

 

 暫し考えて、何故そこまでするのかという結論に自身なりの答えを出した龍已は、取り敢えずこの件には頷く事にした。正規の呪術師の名前は欲しい。それに仕事の斡旋をするのもいい。まあ、どちらにせよ、ここで厄介になる……それ以外の道なんて残されていないのだが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そっか。東京の学校か」

 

「しかも呪術に関する学校」

 

「なんか、任務?とかやらされたり、黒い死神ってバレたらヤバいんだろ?なのに、クソ野郎の近くに居て大丈夫なのか?」

 

「呪術界の腐った連中が居るのは、本場の京都だから大丈夫……とは言い切れないけど、高専の教師も何かフォローしてくれるんでしょ?しかも、何か有った時の為にフォローする縛りと、黒い死神の情報を外部に漏らさない縛りも結んだ」

 

「……黒い死神の情報がこれから先、絶対に漏れないとは言えない。そして万が一情報が漏れた場合、狙われるのはお前達だ。だから何か可笑しいと感じたり、嫌な予感があった時は必ず虎徹の家に行ってくれ。そして虎徹は……」

 

「僕が造った、転移が出来る呪具を使って龍已を呼ぶ。大丈夫、把握しているよ」

 

 

 

 呪術高専から戻ってきた龍已は、事の経緯をケン達に話していた。連絡が取れなくなった事を心底心配しており、帰ると涙を浮かべながら抱き締めて帰ってきて良かったと喜んでくれた。

 

 そして、龍已は虎徹にまた新たな呪具の作製を依頼した。それは万が一情報が漏れてケン達が狙われた場合、その対処が出来るように、龍已を呼ぶためのものだ。少し離れるのですぐに駆け付けるのは難しい。そこで龍已を跳ばす事にした。

 

 呪詛師絶対殺すマンの龍已を呼べば、大体解決するという寸法だ。実に脳筋戦法である。但し、龍已は本気であるとする。高専からも呪詛師殺しをするつもりだが、勿論正体は隠す。必要に迫られれば明かすかも知れないが、基本絶対隠蔽である。

 

 

 

「あーあ……一緒の高校行きたかったなぁ……」

 

「仕方ねーよ。これは別に龍已悪くねーもん」

 

「女の子狙う呪詛師ぶっ殺したら飛び付かれて絞められるとか、普通に容赦なさ過ぎて草も生えねーわ」

 

「しかも結局めちゃくちゃ呪術師?を薦めてくるって……どんだけ人手不足なん?必死すぎ」

 

「まあ、正直黒い死神に怯えて呪詛師の活動も抑えられているし、抑止力になる位の龍已を放って置くわけ無いもん」

 

「俺も同じ高校に行きたかった。……本当にすまない」

 

「まあま!絶対に会えないって訳じゃないんだから、それに気にするなよ!メールだって電話だってあるんだから!」

 

「……あぁ」

 

 

 

 元気付けるように肩を叩くケン達に励まされながら、龍已は高専でやっていく自分を想像した。小学校から今まで、学校には必ず親友達が居た。これからはそんな親友達は居ない。励まされたり、元気づけられたり、勇気づけられたり、バカをやったりする事が出来ないのだ。

 

 あと数ヶ月。それでもう気軽には会えなくなる。これからもずっと、今までのような日常を謳歌出来ると思っていただけ、肩が何だか重く感じてしまう。人はそれを不安というのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 

 数ヶ月後。2004年。龍已は無表情で溜め息を吐きながら、広い敷地を持つ東京都立呪術高等専門学校の前にやって来た。普通の学校とは違う、広大な敷地に、所狭しと並ぶ木造の建築物。緑も多く、ぱっと見では何をやる学校なのかは解らない。

 

 あの日から少しずつ荷物の整理をし、虎徹の家から出て行く準備を進めていた。結局、龍已の荷物は一つの大きめなキャリーバッグに全て入ってしまう程度しか無かったのだが。それでも、少しずつ準備をした。まるで心から行きたくないと駄々を捏ねているようだった。

 

 無自覚に子供のような心境になっていた龍已だったが、いざ出て行くとなると、親友達が全員総出で見送りに来てくれた。最寄り駅から特急電車に乗って行く事になった龍已に、乗り込んで窓を隔てて手を振る親友達。視界が歪もうとしたが、気合いで納めて、手を振った。大丈夫。一生会えなくなる訳じゃ無い。必ずすぐ会えるし、会いに行けば良い。そう強く念じて、東京を目指して、こうして此処へ来た。

 

 初めての東京駅で、あるあるの乗り換え迷子を経験しながら、どうにかここまでやって来た。左手でキャリーバッグを引きながら、学校のパンフレットにあった地図を見て学長室を目指す。地図を見ながらなので普通に迷子にならずに着き、学長と少し話して寮の部屋を案内して貰った。

 

 寮の部屋は一人暮らしするにはとても十分な広さを持っていて、中にはエアコン、机、ベッド、流し台や冷蔵庫、風呂場やトイレまで完備されている。至れり尽くせりというもので、食堂もあるらしい。任務があって使えるかは解らないので飯を作ってくれる人はおらず、食べたい物があったら自分で作るのが暗黙の了解だという。まあ、料理は人並みには出来るので気にはしない。

 

 部屋に入って軽く荷下ろしをし、届けられた制服に着替える。あまり見ないタイプのものだな……と思っていれば、何故かパーカーのようにフードがあったのには疑問符を浮かべた。普通制服にフードついているか?と思ったが、改造がOKな学校なので、勝手に弄られたのかと思うことにした。

 

 さっさと着替えて、トレードマークのレッグホルスターと『黒龍』を身に付け、高専に張られている結界に敵と認識されないように登録されているクロを首に巻き付かせる。クロの頭を軽く撫でながら部屋を出た。12時にガイダンスをするのだ。今は11時半。少し早いが行ってしまおうと、部屋を出て鍵を閉め、一年間お世話になる教室へ向かった。

 

 

 

「……同級生は俺を含め3人か。人手不足になる訳だ」

 

 

 

 一年の教室に着くと、目に入ったのは机と椅子がセットになった席3つだった。人手不足というのは本当のようで、一学年が合計で3人しか居ない。先輩はどうか知らないが、どうせ同じような人数なのだろう。まあ、先輩の内、冥冥という女生徒が居ることは知っているのだが。説明が面倒だなと思いながら、特に座る場所は決まっていないようなので一番窓際に座った。

 

 何もせずに足を組み、腕を組んでボーッとしていると、クロが頬に頭を擦り付けてきた。どうやら構って欲しいらしい。人差し指で鼻先をくすぐり、組んでいる腕を解いて掌を肩に近付けると、首から離れて掌の上に乗った。

 

 机の上に置いて指で突いたり、頭を撫でたり、尻尾を掴んで机の上を引き摺り回したりして遊んであげていると、教室に向かってくる気配が一つ。移動速度からして歩幅が大きい。足音が聞こえてくるが体重はそこまででも無い。

 

 教室のドアの前で一端止まり、ドアを勢い良く開いて中へと入ってきた。現れたのは男子で、染めたとはっきり解る茶髪に、耳に何個も付けられたピアス。首元にはヘッドホンを付けている、如何にもチャラそうな奴が入ってきた。

 

 

 

「暇だから来てみたらもう居んじゃん!何々?もしかして楽しみで来ちゃった感じ!?」

 

「……………………。」

 

「えー無反応は無くない?ま!これから数少ない同級生としてヨロシク!音無慧汰(おとなしけいた)デッス!気軽に慧汰でいいよん!」

 

「……黒圓龍已だ」

 

「簡潔!!」

 

 

 

 何ともまあ騒がしい奴が来たものだ。いきなり下の名前を呼んでも良いという割には、席はしっかり一つ空けて座った。初めて会う同級生に慣れないのか、そういうものなのかと思って視線を外に向けた。二人居る空間なのに静寂が続く。そもそも龍已はお喋りでは無いので自分からは話し掛けず、慧汰もどうやら喋るのが苦手なような龍已に、無理矢理話かけるのもなーと思いながら黙った。

 

 壁に取り付けられた時計の針がカチカチと音を立て、それがこの空間の唯一の音だった。龍已はジッとして動かなく、慧汰は何処か落ち着きが無く耳のピアスを弄ったり髪先を弄ったりしていた。そのまま5分、10分と経ち、11時55分に最後の一人がやって来た。

 

 入ってきたのは肩まである金髪の髪を揺らす、背が高くプロポーションが抜群の女子だった。肌は少し焼けて褐色で、釣り目が似合う番長気質な女子だった。この一学年で紅一点である彼女は、空いている席が真ん中だと解ると顔を顰めつつ、めんどくさそうに席に座った。そして見た目通り女の子に目が無さそうな慧汰が早速声を掛けた。

 

 

 

「最後の一人は女の子だったか!いやー、しかもとびきり美人さんじゃん!俺ってついてるぅ!俺、音無慧汰!慧汰って呼んで!君の名前は?」

 

「……巌斎妃伽(がんざいひめか)

 

「じゃあ妃ちゃんって呼んでいい!?いやー、男だけでむさ苦しい空間になると思ってたけど、そうならなくて感激!ねね、今度一緒にご飯食べに行かない?俺が作ってもいいよ!マジ感動させてあげっから!」

 

「……おい」

 

「んー?何々?妃ちゃん!」

 

「呼び方は好きにしろよ。興味ねぇ。だけどお前、さっきから私の胸見過ぎなんだよ。キメーな」

 

「えっ!?」

 

「バレバレなんだよ。ナンパなら余所でやってろ」

 

「い、いやいや別にそんなつもりじゃ……!!」

 

「──────全員揃っているか」

 

 

 

 見抜かれて焦り、必死に違うと言おうとしている慧汰に対して、妃伽の視線は冷たく、慧汰より身長がある妃伽に見下ろされて腰が引けている。入って早々始まった二人のやり取りに対して、龍已は見てすらいない。心底興味が無かった。妃伽が入ってきて姿を確認したら、また外に視線を送った。

 

 慧汰が言い訳を並べようとすると、ドアが開いてあの時以来となる夜蛾が入ってきた。どうやら担任をするようだ。今の2年と3年、4年と5年は違う人がそれぞれを担当をしているらしく、夜蛾は今年の一年と来年の一年を担任に持つという。

 

 一週間分の時間割を配られるが、普通の学校じゃ無いので午前中が近接戦の授業だったり、一般教養の時間だったりとバラバラだった。まあそんなことはどうでもいい。普通に受けていれば良いのだから。問題は、今日はガイダンスだけだと言われていたのに、行くぞと言われた事だ。一体何処へ?と同じく思ったらしい慧汰が質問をすると、実地訓練だと返された。

 

 

 

「えっ……今日はガイダンスだけで解散じゃあ……」

 

「呪術師に規則正しい生活と日常サイクルは無い。いつ任務が入るか分からないからだ。これはその第一歩。これから3級程度の呪霊が出ている廃ビルへ向かう。そこでお前達の実力を示せ」

 

「お、俺……女の子と遊びに行く約束してたのに……」

 

「ハッ。くっだらね。だったら遊びに行って来いよ。やる気がねー奴が居ても私の邪魔だし。……お前はどうすんだよ」

 

「……今日は特に用事は無い。それに体を動かしたい気分だったから丁度良い」

 

「んじゃ、行くのは2人っつーことで」

 

「えっ!?ま、待って待って!俺も行く!!」

 

 

 

 危なく置いて行かれそうになった慧汰を連れて、夜蛾は高専の前に車を止め、3人に乗るよう促した。龍已は真っ先に助手席に乗り込み、妃伽と慧汰が後部座席に乗り込んだ。そして妃伽は後悔した。そして何故龍已が真っ先に助手席に乗ったのかを。その理由は、隣に座る慧汰からのお喋りがうるさいからだ。

 

 適当な返事しかしていないというのに、一方的に話し掛けてくるのだ。しかも時々慧汰から胸に視線を送られている。それが益々妃伽の苛々を加速させているとは知らず、つい見てしまう慧汰。そろそろ拳が飛んで行きそうだなと、バックミラーを見ている夜蛾は溜め息を吐き、一方で龍已は何もせずに外の景色を見ていた。

 

 表は普通の呪術師を目指す学生。裏は呪詛師殺しを専門とする黒い死神。一人だけ異例の経歴を持っている龍已がどうなるか少し不安だったが、問題行動も無いし大人しい。同級生との交流に難はあるが、それだけだ。これから改善されていくのだろう。そう思いながら運転し、目的の場所に辿り着いた。

 

 

 

「この廃ビルは6階建てだ。それぞれが2階分対処をすれば直ぐに終わる。『窓』の報告では、主に4級から3級程度の呪霊しか出て来ない。それでも何かあったり、不測の事態が起きたら俺を呼べ」

 

「ハッ、ンなもん必要ねぇ。私は呪霊なんぞに負けやしねーんだよ。さっさと呪霊祓って終いだ」

 

「けど、やっぱり女の子を一人には出来ないしさ!危ないときは俺が守るから、妃ちゃん一緒に行かない?俺ってちょー頼りになるよ!」

 

「あ?舐めてんのかテメェ。雑魚に守られる程私は弱かねーんだよ!」

 

「……俺は一番上から下に降りてくる。お前達はその他の階をやれ」

 

「私に命令すんじゃ……は!?」

 

 

 

 二人で勝手に盛り上がっているのをどうでも良さそうに無視した龍已は、二人を置いて先にビルへ向かって行った。一番上に行って適当に下へ降りてこようと思っていた龍已は、その事を妃伽達に言えば、命令されるのが嫌いなのか、妃伽が早速反論した。しかし、その頃にはもう龍已は2階の部分に居た。

 

 階段を使わず、窓に掴まって外壁をロッククライミングのように登っていく龍已に、妃伽は唖然とした。妃伽も同じ事は出来る。しかし龍已のそれはあまりに早すぎた。10秒も掛からず6階部分の窓に手を掛けた龍已は、罅割れた窓ガラスをかち割って中へ易々と侵入した。

 

 その姿を見ていた妃伽は対抗意識を燃やしたのか、一緒に行こうと行っていた慧汰を置き去りにして中へと入っていった。取り残された慧汰は足の速い妃伽に追い付けず、出遅れて中に入っていった。バラバラな3人に、夜蛾は溜め息を吐き出しながら帳を降ろした。

 

 

 

「……この階に居るのは3体か」

 

 

 

 夜蛾が降ろした帳の効果で、隠れていた呪霊が姿を現して襲い掛からんとしている。呪力からして全て4級。行っても3級だろう。先ほど夜蛾が言っていた通りの呪霊だった。今やっている実地訓練は前から決めていたのだろう。態々3人で祓わせるくらい低級とはいえ呪霊が居るのだ。

 

 某ゾンビ映画に出て来る犬のような呪霊に、蝶と芋虫と螳螂を混ぜたような呪霊、巨大な目玉に手脚が生えただけの呪霊がやって来て、同時に襲い掛かって来たが、焦りもせず、然りとて『黒龍』も抜かず、右足を持ち上げて右から左へ薙ぎ払うように蹴りを入れた。長い脚が呪霊右端の呪霊に当たり、抵抗無く引き千切れて3体共上下に分断した。

 

 まさしく一蹴。『黒龍』を抜く価値すらも無かった。最上階の呪霊を祓い終えた龍已は階段を使って降り、5階に到着……すると同時に襲い掛かる熊のような呪霊の頭を掴んで柘榴のように破裂させながら握り潰し、人の頭程の大きさの虫のような呪霊が、口から伸ばした針を使って突進してくるが、敢えてその針に向けて殴打した。

 

 針の先端部分と同じだけの範囲の呪力を厚くし、呪力を纏った拳が衝突した。すると呪霊の針は拉げて砕け散り、そのまま龍已の拳を受けて粉々に消し飛んだ。無傷の手を下ろして呪いの気配を探り、全て祓ったのを確信して4階へ。しかし呪いの気配が無かったので続いて3階へ。するとそこでは、丁度妃伽が戦闘をしていた。

 

 

 

「ハハッ!雑魚が調子こいてンじゃねーよッ!!」

 

 

 

「……身体能力を上昇させる類の術式か」

 

 

 

 黒い辛うじて人の形をしている大きな呪霊と殴り合っている妃伽。最初は呪力で全身を覆っていただけだったようだが、呪力が漲り、勢いを付けて腰を入れた殴打を呪霊に撃ち込むと、先までの拳の威力とは桁外れのパワーを見せ、呪霊の体に円形の大穴を開けた。握り込んだ手を反対の掌で覆ってばきりと関節を鳴らしながら、消えながら倒れる呪霊をつまらなそうに見ていた。

 

 完全に近接タイプで好戦的に思える妃伽は、最後だったのだろう呪霊を祓い終えると踵を返してこちらへ向き直る。そこで初めて龍已の存在に気が付いたようで、少し驚いた表情をしていた。まあ気配を消していたので分からなくても仕方ないのだが。

 

 

 

「ンだよ、見てたのかよ」

 

「上から降りて来て丁度だったから、少し観戦させてもらった。気に障ったならば謝罪をするが」

 

「……別にそのくらいで目くじら立てねーよ。お前はもう終わったんだな、何体居た?」

 

「5体だ。1体だけ3級が居たが、それ以外は全て4級程度だった」

 

「私の所は3体だった。さっきのが多分3級。……お前、強いんだな。立ってるだけでも解る。教室に入って座ってるお前を見た瞬間私の背筋が凍った。……お前何級だ?」

 

「階級が強さの指針となるとは思えないが、2級だ」

 

「……ケッ。入学して早々2級か──────よッ!!」

 

 

 

 普通に話していたというのに、腰を落として呪力を漲らせ、更には術式を使って猛スピードで突っ込んで来る妃伽。拳を固く握り込み、手加減していたのか、先の呪霊に対して以上の一撃を龍已の顔面に向けて放ってきた。

 

 接近中、しっかりと琥珀の瞳が自身の動きを追い掛けていたのを見て舌舐めずりをし、威力は6割、速度は8割の殴打を顔面目掛けてくれてやった。しかしやはりというべきか、妃伽の拳は龍已の右手によって受け止められ、バシッと音が出たと同時に衝撃が二人の周囲に捲き起こる。

 

 埃が巻き上がって威力を物語るが、龍已は相変わらずの無表情。それに対して妃伽は、赤く艶やかな舌でもう一度舌舐めずりをした。拳を受け止められて感じたのは山。見上げるほどの……黄金でできた巨大な山だ。それだけ大きく、固く、険しい、見上げるほどの相手(ごちそう)だった。実力差は未知数。だからイイッ!もう一人は胸ばっか見てクソほど腹立つが、こっちはとても興味を惹かれた。

 

 

 

「お前、面白ェな。今度近接格闘の時間、ツラ貸せ」

 

「……満足したならば行くぞ。もう一人の様子を見る。明らかに戦闘向きの体付きじゃ無かったからな」

 

「あー、あの雑魚臭するやつね。てか、お前の名前私聞いてねーぞ。早く教えろ」

 

「黒圓。黒圓龍已だ」

 

「ふーん。じゃあ龍已。一緒に行こうぜ!」

 

「……構わんが」

 

 

 

 鼻歌を歌いながらご機嫌で龍已の隣を歩く妃伽に、内心で首を傾げている龍已。何かしたのだろうかと思う一方で、特に興味は無いので放置した。二人で階段を降りていくと、2階には何も居なかった。どうやら祓い終えているようだ。そうなると1階に居るという事になる。

 

 階段を降りて行けば、やはり聞こえてくる戦闘音。教室で初めて慧汰を見た時、龍已は慧汰が弱い事を看破した。ブレている重心に見た限り余り付いていない筋肉。薄い体にそこまで多くは無い呪力。注意力も散漫で女を優先しがち。守ると発言していたことが大いにそれを煽る。結果、一人にすれば2級程度に殺されるだろう同級生というのが、龍已が慧汰に抱いた印象だった。

 

 

 

「あーもう!!階級は3級程度なのに硬すぎ!!」

 

 

 

「……アイツ、あんなのにも勝てねーのかよ」

 

「だがよく見てみろ。攻撃は全て躱している。来ると解っているような身の熟しだ。術式は『聴く』に特化したものなのだろう。首に掛けたヘッドホンは人混みの中で物音が聴こえすぎるのを抑えるもの……と推測するが」

 

「ンじゃあ、戦闘力皆無じゃねーか。それで私を守るとかほざいてたのかよ」

 

「お前が心配だっただけだろうがな」

 

「それを要らぬ心配っつーんだろ」

 

「お前の場合は……違いない」

 

 

 

 毛むくじゃらで人型の呪霊と戦闘している慧汰だったが、決定打に欠けているようで四苦八苦していた。見た目に寄らず硬いようで、呪力を纏わせた殴打や蹴りを繰り出しても呪霊は何ともないようにしている。しかし呪霊の攻撃は全て躱している。来ると解っているように。

 

 慧汰の術式は龍已の推測通り、聴くことに特化した術式だ。それを使って呪霊の動きを先読みしているのだ。しかし術式はそれだけで、先も言ったように決定打に欠ける。これ以上は今の慧汰がやっていても勝てないだろう。

 

 龍已はしゃがみ、砕けた壁の破片を手にした。妃伽はそれを傍で見ていて疑問符を抱いていたが、龍已が壁の欠片を持って振りかぶったのを見てそういうことかと察した。野球の投球フォームで投擲された欠片は、寸分の狂いも無く慧汰が相手をしていた呪霊の眉間に当たり、頭が弾け飛んだ。

 

 バッと振り返った慧汰が目にしたのは、腕を組んでこちらを見ている妃伽……だけだった。戦闘に集中していて居ることに気が付かなかったが、妃伽は自身のことを心配そうに見守り、助けてくれたのだ!……と思い込んだ。

 

 

 

「ひ、妃ちゃんっ!!俺のために助けてくれたんだね!?ありがとう!ありがとうっ!今度お礼にご飯を奢るよ!だからメアド交換しよ!?」

 

「あ゙?……あ、龍已のヤロウ私に押し付けやがった!」

 

「ねぇ妃ちゃん妃ちゃん!!行くなら何処がイイ!?俺何処へでも連れて行ってあげるし、何でも奢ってあげるよ!」

 

「鬱陶しいんだよ雑魚!私は何もしてねーよ!龍已が……」

 

「え!?なんで黒圓の事を名前で呼んでるの!?じゃあ俺のことも慧汰って呼んで妃ちゃん!慧汰だよ!け・い・た!ほら、呼んでみて!?」

 

「ぶん殴ってやろうかコイツ??」

 

 

 

 尻尾があればブンブン振り回しているであろう慧汰に苛ついて、そろそろぶん殴ってやろうかと考え始めている妃伽と、助けてくれた……ように見えた妃伽に必死にアピールしている慧汰を置いて廃ビルからさっさと出て来た龍已。確信犯である。

 

 一方的に話し掛けている慧汰は確実にお喋りなので、関わっていると面倒だと思って、妃伽に行くよう仕組んだ。結果は大成功で、廃ビルから出て来るときもべったりだった。

 

 

 

 

 

 

 呪術高専での生活はどうなるかと思っていたが、あの二人が相手ならば扱いやすいと密かに思った龍已だった。

 

 

 

 

 

 

 

 






東京駅

えっ……〇番線……どこぉ………。

作者も普通に迷子になって半べそかきながら駅員さんに聞きました。

あれは駅じゃ無くて迷路って言うんですよ。えぇ。




音無慧汰(おとなしけいた)

髪を茶髪に染めたチャラい系男子。

教室に入った時に、龍已の組んでいた脚にドキリとした人。そうだよね、そうなるよね。長い脚が組まれてレッグホルスターが付いてるんだもんね。色気的にさ?ね?

周囲の音を広範囲で聴く事ができる術式。索敵役かな。




巌斎妃伽(がんざいひめか)

タッパもケツもデカくて胸もダイナマイトな女番長系女子。

名前がゴツいことと、胸や尻に他人の視線が集まるのが嫌い。

龍已の脚にドキリとした人。その2。

強い気配がビンビンで、しかも胸も尻も見ないで目を見て会話するから気に入った。今度やる近接格闘の授業は絶対楽しいと確信してる好戦的ゴリラ。

呪力量で身体能力を爆発的に上げる術式。シンプルな強さ。




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第十四話  先輩



最高評価をして下さった、いむら Takumi. ジョジョ大好きハーミットパープル ムー173 狂った卵 提灯アナゴ 通りすがりの食いしん坊 雪音 切歌 グルタミン酸素 ナハァト レーザー投げナイフ 叫ぶビーバー の、皆さん。

好評価をして下さった、ryo777 huraurosu takeFD バカきゅー 戦う弟子 とりにく@胸ササミ 高崎 チャーチルダウンズ PorkMan【ポークマン】 アローレイン ハル116 じるむ? 暁棗 蓋が開かない缶 風呂場の猫 チカゲサァン Rellik ゲートルーラーの絶傑 阿部大晟 

の、皆さん。ありがとうございます。とても嬉しく思います。

私の息抜き作品で楽しんで貰えたようで本当に感激しています。




 

 

 

 

「妃ちゃん!今日の放課後ってヒマ?だったら俺とデートしよっ?昨日のお礼にご飯食ーべよっ!」

 

「おい龍已、コイツ私から離せ。じゃねーと同級生は私とお前の2人きりになるぞ」

 

「えっ!?妃ちゃん黒圓と2人っきりになるの!?ダメだよ!!男はオオカミなんだから、妃ちゃんみたいな美人と2人っきりになったら襲われちゃうよ!」

 

「私がそこら辺のカスに襲われると思ってンのか?3級にも勝てねークソザコが。龍已見習えよ。お前が手こずってた雑魚を……」

 

「巌斎は先程、放課後何しようかとぼやいていたな」

 

「ホント!?やったぁ!妃ちゃん放課後は俺とデートだねっ!何処に行こうか!?」

 

「おい龍已!私を使うンじゃねぇッ!!」

 

 

 

 廃ビルに居る低級の呪霊を祓った後は、夜蛾が報告書を書くということで解散となった。慧汰は助けてもらった(と思い込んでいる)妃伽に引っ付いて離れず、妃伽はそれに苛つき、龍已は早々に退散した。矛先を向けられても面倒だと思ったからだ。そしてターゲットを妃伽に絞らせた龍已は寮の自室に戻って黒圓無躰流の型の稽古をした。

 

 1人には広すぎる部屋を与えられているので、室内で稽古が出来るのは嬉しいものだ。激しめのものや、武器を使った型までは出来ないが、徒手空拳部分のものなら出来る。それに風呂が備え付けられているので、汗をかいたら流すことが出来る。ただ、もの寂しい。何時もの気配が無いのが気になる。

 

 チラリと、型の途中でベッドの上に放り投げられた携帯を見て、手を伸ばしたが、触れる寸前で手を引っ込めた。今連絡したら、これから先自分一人でやっていく時にすぐ心の拠り所を求めてしまう、弱い自分が形成されてしまう。これから送るのは険しい未来という道だ。そこに心の弱さが有ったら、漬け込まれる。

 

 一人は寂しい。無表情で、呪詛師殺しをしている依頼達成率100%の男が何を……と思うだろうか。だが忘れてはいないだろうか。黒圓龍已とて歴とした人間だ。普通の中学校に通って、仲の良い友達と遊ぶ。仕事は夜にだけ。それだけの生活を送っていたのだ。その仲の良い者達との交流を断たれた。心の拠り所が消失した。だから……寂しい。

 

 龍已は生まれてから毎日必ずやっていた稽古を一応全てやり終え、風呂に入って着替え、何もする気が起きなくてベッドに体を倒す。倒れ込んだ事で携帯が少し宙を舞い、ぼふりと落ちる。寝るには早すぎる。だが、今は何もしたくなくて、龍已はそのまま眠りについた。そんな彼を、武器庫呪霊のクロがジッと見ていた。

 

 翌朝は早く寝たことで早く起き、型の稽古をさっとやって制服に着替え、レッグホルスターと『黒龍』を身に付け部屋を出る。鍵を掛けて食堂に行き、パンの気分なので適当にパンで朝食を作り、黙々と食べて教室に向かった。誰も居らず、パズルをやりたい気分だったのでお馴染みのルービックキューブを弄っていた。

 

 そして同級生がそれぞれやって来て、すぐに先の会話をしていた。人知れずはぁ……と、溜め息を吐く。片方は女に目がなさ過ぎ。もう片方は興味なさすぎ。自身とは似ても似つかない故に、全く系統の違う2人。まだ出会って2日目だが、これから仲良くやっていけるかは分からない。まあ、無理矢理仲良くなるつもりは毛頭無いのだが。

 

 

 

「全員揃っているな、おはよう。今日は早速だが3年との合同訓練だ」

 

「センセー!その3年って女の人居ますかー?」

 

「二人居るが、どちらも女子生徒だ」

 

「マジ!?うっわ超楽しみ!!」

 

「コイツ任務先で死なねーかな」

 

「まあ?俺の本命は妃ちゃんだけだけど!!」

 

「コイツ任務先でマジで死なねーかな」

 

「はぁ……グラウンドに行けば良いんですよね。俺は先に行きます」

 

「はぁ……あぁ。3年もすぐに合流するだろうから、準備体操でもして待っていろ」

 

「分かりました」

 

 

 

 じゃれ合っている?妃伽と慧汰を置いて先に教室を出る龍已。その背中を見て手が掛からないな……と思っている夜蛾。出会いがどう考えても最悪だが、教師と生徒という立場上、龍已はしっかりと敬語を使う。意外?失礼だな。

 

 朝から激しく体を動かす事になりそうだと思いつつ、ジャージに着替えて外へ出る。広大なグラウンドにはまだ誰も居らず、屈伸や腕を曲げたりと準備体操をしていれば、慧汰を引っ付けた妃伽がやって来た。教室に居ても慧汰が面倒だから着替えて外に出ようと思えば、また引っ付いてきたといった感じだろう。

 

 最早何も言葉を返さなくなった妃伽に、ずっと笑顔で話し掛けている慧汰。二人を見ているとゲンナリする。無論無表情でだが。どれだけアレに恩を感じているんだと思う一方で、あそこで先に外へ出て来て妃伽に擦り付けてなければ、あそこに居たのは自分かも知れないと考えると、あの時のは実に英断だった。

 

 

 

「あら、もう来てたの。早いのね!良い心がけだと思うわよ?」

 

「ふふ。面白い子が少なくとも一人居るからね。ガラにも無く楽しみにしていたよ」

 

「わー!先輩めっちゃ美人!?ねー先輩!良かったら今度俺とご飯にでも行きません!?俺奢りますよ!」

 

 

 

「あ゙ー。やっとマジで邪魔なひっつき虫が離れた。つーか分かってンだから助けろよ龍已」

 

「お前と話したくて付いていたんだろう。邪険にするのは酷だと思うが」

 

「何とも思ってねーこと言うンじゃねーよ」

 

 

 

 妃伽と慧汰の後からやって来たのは、巫女服のようなものを着ている女子生徒と、ジャージを着て長ものの棒を持っている女子生徒だった。どちらも顔立ちが整っているので、早速慧汰が食いついて擦り寄っていった。妃伽は解放された事で溜め息を吐きながら、助けに入らなかった龍已に文句を言いながら腕を小突いた。

 

 巫女服の女子生徒には断られ、もう一人の棒を持った女子生徒には奢りならば行かせてもらうよと言われて嬉しがっている慧汰を尻目に、龍已は棒を持っている女子生徒のことを少し目を向けた。記憶の中にある髪色。顔立ち。立ち姿。呪力。気配。やはりあの生徒は冥冥だ。烏を操って龍已の移動速度にも離されず監視の目を光らせていた、戦斧を武器に使う女。

 

 ふと見られていたのを感じ取ったのだろう。冥冥は慧汰に言い寄られながら龍已に向けて目線を送った。何を考えているか分からない微笑みを更に深くして、龍已を見ていた。確実に、あの時に撒いた男だと気付いているようだ。そして目線は龍已の目から下に降ろし、脚に向けられた。やはり狙いはこの『黒龍』かと察する。どうやらこれの価値が分かるようだ。

 

 

 

「待たせたな。今回の目的はあくまで訓練。お前達の先輩である3年から助言を貰いながらやってみろ」

 

 

 

「私は庵歌姫よ、よろしくね。名前は夜蛾先生から聞いているから大丈夫よ」

 

「私は冥冥。程々に頼むよ」

 

「こんな美人な先輩に手取り足取り教えてもらえるのは感激デッス!よろしくお願いしまーすっ!!」

 

「ケッ。つまんねーと思ったらもうやらねーからな」

 

「よろしくお願いします」

 

「じゃあ、冥冥さん。相手はどうしましょうか?」

 

「そうだね。歌姫は巌斎君と黒圓君の相手をお願いしようかね。音無君は私とだよ」

 

「……すみません。お願いします」

 

「いいさ。やり辛そうだったからね。その代わりに二対一だからね。黒圓君とやってみてもいいが……今は少し様子見かな」

 

「……?分かりました」

 

 

 

 とても言い寄ってきてやり辛そうにしている歌姫に冥冥がフォローを入れた。どうやら人間的に慧汰は警戒されているようだ。まあそれは仕方ない。自業自得だと思うことにしよう。冥冥が歌姫の嫌がる相手との訓練をやるから、その代わりに二人を頼まれた歌姫はホッと息を吐いていた。

 

 訓練内容は単純な近接格闘の訓練。術式は無しで呪力による強化はあり。相手が降参するか、戦闘不能になったら終了である。最初のペアは冥冥と慧汰だが、そんなものは直ぐに終わる。一応長い棒を持っている冥冥が武器は必要か問えば、慧汰は要らないと答えた。少しは自信があるのかなと思う歌姫だが、逆だ。持っても意味ないのだ。

 

 夜蛾の始めという合図と共に冥冥が駆け出した。長い棒を体の周りで振り回して何処から出すか分からないようにフェイントを入れ、腰を落として構えている慧汰に突きを入れた。ほんの牽制を籠めた一撃は……見事に慧汰の額を打ち抜いた。スローモーションのように背中から倒れる慧汰に、流石の冥冥も目を丸くし、妃伽は指を指して大爆笑している。

 

 歌姫も、まさかここまでとは思わず信じられないような顔をして背中から倒れた慧汰を見て、龍已はやっぱりなと心の中で思った。恐らく慧汰は一般家庭で生まれ、最近まで普通に生きていたのだろう。そんな人間に何年も鍛練を積んでいる人間の一撃は速く重すぎた。妃伽?殴って祓ってるの見つかったんじゃね。

 

 目を回して倒れていた慧汰はハッとして気が付いて起き上がり、土が付いたジャージを叩いて冥冥に向き直った。その顔はとても決まっていて、頭がキマっていた。

 

 

 

「──────どうですか、俺」

 

「……実に、何とも言えないね」

 

「フッ……俺は女性には絶対手を上げないと決めているんですよ」

 

「見えてなかったろ。調子乗ンじゃねーよドカス」

 

「あれはね、やられたように見せ掛けて死んだふりをしていただけだよ!それで隙を見せたらカウンターを叩き込む!」

 

「これ以上ねぇ程気絶してたし、一回やられてンだからカウンターもクソもあるかよ、バカだろお前」

 

「もぉ!妃ちゃんはどっちの味方なの!?」

 

「少なくともテメェじゃねぇっつーのは自覚しろよボケ」

 

 

 

「えーっと、とりあえず次は私と巌斎さんね」

 

「あいよー」

 

「ちょっ…!私先輩なんだけど!口の利き方!」

 

「めんっどクセーな。だったら──────拳で改めさせろよ」

 

 

 

 どうしても圧倒的に負けて気絶したことを、手加減して負けたという方向に持っていきたい慧汰と、クソほども興味が無い妃伽。というか、どちらにせよダサいという認識は無いのだろうか。

 

 さて、次は歌姫と妃伽の番になったが、先輩相手に適当な返事をしている事に咎める歌姫だが、妃伽はつまらなそうに歌姫を見た。そして口調を改めさせたいというのであれば、力尽くでやってみろと挑発する。入学してきたばかりの1年に舐められると分かった歌姫は、望み通りにしてやると息巻いた。

 

 普通ならば入学し立ての妃伽が3年の鍛練を積んできた歌姫に勝つのはかなり難しいと思うが、龍已はそう思わなかった。校舎から向かってくる時に歌姫の歩く姿を見たが、確かに出来る方ではあるがそこまで特出して強いという訳では無いことは分かっている。それに対して妃伽は武術を納めている訳では無いが、素の身体能力が高く、そこに呪力を上乗せする、シンプルな強さがある。

 

 

 

「やあ、黒圓君。()()()()()()

 

「……やはり気付いていたんですね、冥冥先輩」

 

「そう固くならなくても、私のことは冥冥でいいよ。初めましてでは無いし、あんなに熱い時を送った仲じゃないか」

 

「では冥冥さん……と。それに俺は、放って置いて欲しかったんですよ。あなたの烏を撒くのに苦労しました。結局切れなかったですがね」

 

「だけど、実に良い射撃の腕の持ち主だよ、君は。ところで、後で私と二人っきりで話さないかい?何か飲み物でも奢るよ」

 

「それが本題でしょう。それに結構。冥冥さんは『黒龍』やレッグホルスター、あの時の戦鎚等の呪具に興味があるようですが、生憎と教えるつもりはありません」

 

「おやおや、つれない子だねぇ。それに私は君の呪具にも興味があるが……君にも興味があるんだよ」

 

「……なるほど──────冥冥さんは呪術師の家系のようですね」

 

「ふふ。物わかりが良い子は好きだよ」

 

 

 

 隣にやって来た冥冥に、内心面倒だなと思いながら対応する。冥冥が興味あるのは呪具についてだろうと当たりを付けてみれば正解だった。明らかに高性能の呪具。それを手に入れたラインに探りを入れようとしているのだ。だがそれは許さない。行き着くのは虎徹。天切家の天才児だ。何処でボロが出るか分からないし、冥冥には情報を渡してはいけないと勘が言っていた。

 

 そして龍已自身にも興味が有ると言っているが、正確には黒圓に興味があるのだろう。黒圓無躰流を修める最後の生き残り。一般人からしてみれば、単なる武術だと思うだろうが、呪術界からしてみれば、呪術全盛の時代から絶えること無く残っている近接最強と謳われた武術だ。中身を知りたいと思うものは決して少なくはないのだ。

 

 冥冥は黒圓無躰流の中身を知りたがっている。つまりは黒圓をよく知る呪術家系の生まれということだ。だが、どちらにせよ喋るつもりは無い。何故なら、黒圓無躰流は全てが一子相伝の超閉鎖的武術。教えることは禁忌である。それに、龍已はもう……()()()教えるつもりは無い。黒圓無躰流は、自身の代で終わりにする。

 

 

 

「──────オラオラッ!!改めさせるンじゃなかったのかよオイッ!!こんなんじゃ準備運動にすらなんねーンだよッ!!」

 

「ぐっ……くッ……っ!!」

 

 

 

「巌斎君は随分と激しいアタッカーのようだね」

 

「術式が身体能力を増大させる類のものなので、必然的にそうなったのだと思います」

 

「呪力も申し分ないし、元の身体能力も高い。中々強いね。歌姫が負けてしまいそうだよ」

 

 

 

 既に始まっている歌姫と妃伽の対戦を見守る。見るからに近接タイプである妃伽は、冥冥と歌姫の予想通り殴って蹴ってがメインの戦い方をする。そこには武術の技術は無く、近付いて休ませる暇を与えない猛攻を叩き込む。

 

 素の高い身体能力に合わせて籠められる呪力は、実に近接戦に於いて厄介だ。一撃一撃が異様に重く、真面に食らえば簡単に吹き飛ばされて終わるだろう。それが常に息づく暇も無く浴びせてくるのだ。近接戦にそこまでの自信があるわけではない歌姫は、顔の横を通り過ぎる殴打に冷や汗を流しながら対抗している。

 

 しかし3年の先輩は伊達ではない。隙を生み出して妃伽に一撃を叩き込む事に成功した。掌底が妃伽の頬に打ち込まれた。音もいい音がした。それなりの呪力も籠めた。これならばどうだと思った歌姫を裏切り、掌底を打ち込まれて頬が歪んでいる妃伽は、掌底が頬に食い込んだまま目は一切逸らさず、口の端から一条の血を流しながら口の端を持ち上げて獰猛な笑みを浮かべた。

 

 

 

「フハッ……──────次は私だぜェッ!!!!」

 

「えっ──────ぐぶッ……!?」

 

 

 

 掌底を打ち込んだ歌姫の腕を首の筋肉だけで押し返し、無理矢理距離を詰めた妃伽の固く握り込んだ、人や呪霊を殴り慣れた拳が、歌姫のガラ空きとなった鳩尾に抉り込むように叩き込まれた。先の戦闘で当たれば終わりとヒヤヒヤしていた一撃が、よりにもよって鳩尾に打ち込まれた。

 

 喉奥まで何かが迫り上がってくるのをどうにか堪えると、歌姫は後ろへ跳んで距離を取る。しかし背中に何かがぶつかった。こんな近くで観戦しているのは誰だと文句を言いたくなった歌姫だったが、前に居た筈の妃伽が見えない。まさかと思いながら振り返ろうとする前に、背中へ重い衝撃が訪れた。

 

 

 

「が……ぁっ!?」

 

「吐きそうか!?だがまだ終わってねーんだよコッチはよォッ!!」

 

 

 

 強化された身体能力で背後へ回っていた妃伽に、背中へ問答無用の蹴りを入れられた。本当に人間が蹴ったのかと思いたくなる衝撃が突き抜け、歌姫は逆くの字になりながら吹き飛ばされそうになるが、その前に腕を掴まれ、地面に叩き付けられた。

 

 吹き飛ぶ前に腕を掴むとか、一体どんだけの反射速度なのよ……と、遠くなりそうな意識で考えながら、仰向けに倒された歌姫は、妃伽に馬乗りに乗られた。左手で首を絞められ、右手は腕ごと大きく振りかぶっている。姿を現している眩しい太陽の所為で見えづらいが、妃伽は舌舐めずりをしながら笑っていた。

 

 先輩としての威厳もクソも無いと思いながら、歌姫は最後の一撃を受け入れようとして瞼を閉じる。しかし衝撃は一向にやって来ず、片目の瞼を開けて見てみると、振り下ろされる筈だった妃伽の腕は、此処へ来た時からずっと無表情の一年生である龍已に掴まれていた。二人が何かを話している。それだけは分かったが、後は意識が持たず暗闇へと落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おいおい、何で止めンだよ。良いとこだったろ」

 

「それ以上は訓練では無くなる。庵先輩は既に意識を手放している以上殴打する必要は無い筈だ。結果はお前の勝ち。十分だろう」

 

「ハッ。夜蛾が合図もしてねーし、降参っつー声も聞いてねぇ。なら続行だろうがよ。それとも……お前が私のこの火照りを鎮めてくれンのかよ?あ?」

 

「そうしなければ鎮まらないというのであれば、致し方ない」

 

「──────上等だ」

 

 

 

 振り下ろさんとしている妃伽の腕の手首を掴んで止めている龍已は、それ以上は必要無いと判断している。もう歌姫は気絶した。そこに一撃を入れるのは違うし、これはあくまで訓練だ。殺し合いなんかでは無い。歌姫に一撃入れられて昂ぶっている妃伽は、手懐けられていない猛獣と同じだ。

 

 腕を無理矢理引き剥がして立ち上がり、180センチある龍已と殆ど同じ目線の妃伽が睨み合う。一応この戦いは妃伽の勝ちである。夜蛾からも改めて言われた。そして龍已は歌姫の元まで行くと、背中と膝裏に腕を入れて横抱きに持ち上げた。

 

 妃伽はこれから直ぐにやろうとしていたのに、如何にも気絶した歌姫を医務室に連れて行こうとしている龍已に青筋を浮かべた。怒鳴りつけてやろうと一歩踏み出すと、全く関係無かった慧汰が歌姫を抱き抱える龍已に詰め寄った。

 

 

 

「なんで黒圓が歌姫ちゃんのことお姫様抱っこしてんの!?俺がするから貸して!!」

 

「お前が持てる訳が無いだろう。大人しく俺が戻るまで巌斎の相手をしていろ」

 

「ズルいズルい!俺も歌姫ちゃんをお姫様抱っこしたい!女の子に触りたい!」

 

「……今巌斎は体が火照って仕方ないらしい。発散させてやったらどうだ」

 

「えっ!?ほんと!?妃ちゃーん!俺と熱い日を過ごそっ?忘れられない日にしてあ・げ・る♡」

 

「本気でぶち殺されてェみてェだなクソザコが……ッ!!」

 

 

 

 後ろでギャーッ!という悲鳴を聞きながら、龍已は歌姫を抱き抱えたまま医務室へと向かっていった。連れて行くのは冥冥でも良かったのだが、さっさと連れて行きたかったので足が速い自身の方が良いだろうと判断した。慧汰?セクハラかましそうだから任せるわけが無い。

 

 震動を与えないように最小限の揺れで済むように走りながら医務室へ向かう。足で器用にドアを開けて、医務室の先生が居ないようなので適当なベッドの上に歌姫を寝かせ、布団を被せておいた。倒された時に付いた土以外は汚れが無いようなので放っておき、顔に付いた土は濡れたタオルを持ってきて優しく拭いた。

 

 呼吸も安定しているし、骨が折れている訳でも無さそうだと確認し終えた龍已は、ベッドのカーテンを絞めて医務室から出て行った。走ってグラウンドに戻ると、顔がボコボコになっている慧汰と、腕を組み、爪先で地面を何度も叩いて苛つきを抑えていない妃伽が居た。冥冥その光景を面白そうに眺めているだけで、夜蛾は頭が痛そうに額を抑えながら溜め息を吐いていた。

 

 

 

「おっせーンだよ。つーかこのクソザコ私に嗾けさせるンじゃねーよ。準備運動以下だわ」

 

「……まだ気は鎮まらないのか」

 

「──────さっさとヤろうぜェ?」

 

「──────多少の負傷は覚悟するんだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んん……ここは……」

 

「起きましたか。庵先輩」

 

「あんたは……」

 

 

 

 歌姫が目を覚ました。殴られた腹部がズキズキと痛み、咄嗟に手で押さえてしまった。痛みがあることを自覚したら、なんだか叩き付けられたときの背中も痛いような気がした。そこで声を掛けられた。横を見ると丸椅子に座って足を組んでいる龍已が居た。一年生の中に居た、常に無表情の男子だ。

 

 制服にレッグホルスターと真っ黒な銃を納めているという不思議な格好をしている龍已。そして全く動かない表情筋。愛想が悪い子だなと、ひっそりと思っていると、龍已が背後から細くて小さいナイフを取り出した。あれ、考えている事がバレて殺される?と思った歌姫が少し顔色を悪くしていると、左手には林檎が握られていた。

 

 

 

「動物と言われて何を思い浮かべますか?」

 

「え?……そうね、今は猫……かしら」

 

「分かりました」

 

「……?えっと……授業はどうなったの?私、巌斎さんにやられちゃって……」

 

「巌斎ならば()()()()()()()()()()寝ていますよ」

 

「え、えぇ!?どうしたのよ!?何かあったの!?」

 

「……巌斎が暴走したので()()止めただけです。それで疲れて眠っています。音無は実力が伴わないのに巌斎に突っ込んで気絶し、巌斎の隣のベッドに。冥冥さんは任務へ行きました」

 

「……そう」

 

 

 

 ナイフを使って林檎を切り始めたのを視界に収めながら、歌姫は気まずかった。先輩だから敬えと言って、意気揚々と向かっていったら年下の後輩にコテンパンにやられたのだ。先輩なのに。後輩に見せる顔が無くて恥ずかしくて、不甲斐なくて仕方ない。

 

 しかし龍已は何も言わなかった。弱いですねとも、ご愁傷様ですとも、何も言わず林檎を切っていた。話し掛ければ答えは返ってくる。喋る事が出来ないという訳でも無いし、冷たいという訳でも無い。

 

 ショリショリという林檎を切っている音だけが響く。何となく居心地が悪いと思った歌姫は、布団を鼻の位置まで持ち上げて言いにくそうに龍已へ問い掛けた。

 

 

 

「私、格好悪かったわよね。あんな事言っておきながら、巌斎さんには手も足も出なくて……ほんと、私って弱い」

 

「アレは巌斎が悪いと思いますが。それに人には向き不向きがあります。確かに庵先輩は特出して近接戦が出来るという印象はありませんが、冷静な判断力があると思います。怒りで優先順位が狂うのは、良くは無いと思いますが」

 

「うぐっ……でも、冷静な判断力っていうのはどこを見て言ったの?私はあなたとさっき会ったばかりなのよ?」

 

「巌斎との戦闘中のやり取りですよ。庵先輩からすれば一撃必殺の殴打や蹴りの応酬の中で、少し隙があっても飛び込まず、明らかな隙が生まれるまで粘っていましたよね。やろうと思っても意外と先を急ぐものです。なので、俺は現時点で庵先輩のことを冷静な判断力を持つ先輩と認識しています」

 

「だけど……私、入学し立ての巌斎さんに負けたわよ?」

 

「純粋な『強さ』が生かされる業界では無いと思いますが。その時その時の状況によって幾らでも戦況は変わります。それに負けることは決して悪いことでは無いですよ。事実を受け止め次に活かす。それが人間がこれまで重ねてきた『生きる』という行為です。悔しい気持ちが有るのは仕方ないですが、それを活かし、次に同じ失敗が無いようにすればいいんじゃないでしょうか。俺は父以外の人に近接戦で負けた事はありませんが、人並みには失敗を重ねています。1つのことを気にしすぎると……これから先やっていけませんよ、庵先輩」

 

「……………………。」

 

 

 

 何だか、異様に説得力のある言葉だと思った。年下で、まだ会って数時間しか経っていないというのに、まるで見てきたかのような物言い。なのに、そんな言葉を無表情で淡々と話しているのだから可笑しくなってしまう。

 

 最近依頼が何度も入ったりしていてナーバスになっていたのかも知れない。ウジウジ悩むのは性に合っていない。バチンッと頬を両手で叩いて気合いを入れ直すと、何時もの庵歌姫が目を覚ました。

 

 後輩に元気付けられるのは、先輩として思うことがあるけれど、それよりもこの言葉遣いもちゃんと出来ている後輩は良い子だという事が分かった。一人は女の子に目が無い、少し苦手なタイプで、もう一人は敬う?なにそれ殴れる?という感じの子。つまり、あの中でも一番良い子なのだ。こうして見舞にも来てくれているし。

 

 

 

「では、庵先輩が起きたので、俺は教室に戻ります。巌斎が失礼しました。良かったら林檎、切ったので食べて下さい」

 

「えぇ。ありがたくいただ……え?ナニコレ??」

 

「……?庵先輩が猫を思い浮かべると言われたので、切りました」

 

「どこの芸術作品なのよこれ?」

 

 

 

 皿の上に8等分された林檎の皮の部分には、本物か?と思えるくらいには精巧に掘られた猫の姿があった。なんかさっきからずっと切ってるなとは思っていたが、話している傍ら、とんでもない作品生み出していたと思うと唖然とした。だから動物のことなんか聞いてきたのか。

 

 というか、聞いてリクエストを求めるってことは、他の動物のも出来るの?林檎の皮で?どうしよう、普通に見たい。マジマジと見つめていた歌姫を尻目に、龍已は立ち上がってカーテンに手を掛けていた。歌姫は、龍已にまだお礼を言ってないので急いで待ったを掛けた。

 

 

 

「それではお大事に、庵先輩」

 

「待って!……ありがとう黒圓。元気が出たわ。それと林檎も。とても凄いわね。あと、私のことは歌姫でいいわよ。私もあなたのことは龍已と呼ばせてもらうわ。これからよろしくね」

 

「……えぇ。よろしくお願いします。林檎、機会があればまた掘りますよ。その位は簡単に出来ますから」

 

「本当っ!?なら楽しみにしているわ!」

 

 

 

 今度こそ出て行った龍已は、しっかり最後はカーテンを閉めて医務室から出て行った。歌姫は手元にある皿の上に乗った芸術作品のような彫刻をされた林檎見下ろす。これを簡単に。スゴい器用だなと思いながら、ウィンクしている猫の皮が付いた林檎を手に取って一口齧った。

 

 

 

 

 

 

 もったいないと思いながら食べた林檎は、何だか前に食べ時よりも甘く、美味しく感じた。

 

 

 

 

 

 

 

 






冥冥。

嘗て会った事のある戦斧を振り回していた女性。龍已が歌姫を抱き抱えた時、おぉ……やるねぇと思いつつ見てただけの人。その場の空気を存分に楽しんで任務行った。

龍已の呪具の出所を虎視眈々と狙いつつ、黒圓無躰流に目を光らせている超守銭奴。




庵歌姫。

先輩。五条達の3つ上らしいので、龍已の2つ上。

近接戦そこまでだと勝手に思い、一年生のメスゴリラに殴られてもらった。直ぐにメンタル回復するくらいにはメンタル強い。

ここだと冥冥と同い年にしたけど、若しかしたら設定だと違うかもしれない。冥冥とは別に仲悪くないけど、特別良くも無く、ビジネスライクみないな?雰囲気的に敬語使ってる……みたいな?何かそう言う関係。伝わらない……かなぁ。


林檎……全部食べちゃった……もっかいやって……。




巌斎妃伽。

2つ上の先輩ボコった。

なんで医務室に居たの?まあ……()()ボコったらしい……ですよ?

なんて凶暴で獰猛なメスゴリラなんだ……。




音無慧汰

ナンパしてボコられただけの子。

冥冥とはデート出来たけど、クソほど金使わされた。

冥冥先輩……(他人の金だと)容赦なさ過ぎ……もう誘わない……。

それが正しいと思う。




龍已

先輩のお見舞い行けるの俺しか居ない……行くか。

あ、林檎剥こう……リクエストは……猫か。ヨユーヨユー。

え?どうやったらそんなに上手く剥けるのか?

スッとやってサクッ……かな。え?分からない?センスね~。



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第十五話  感謝



最高評価をして下さった、神斗ad 夜光02 ∞noise 笛吹 秋の夜 さん。

好評価をして下さった、ユーた Hiko293 クリストミス 川徳 当麻 時泥棒 世界の神様 百獣のライコウ nekomamu 霧雨佑夜 おがとん

さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 

「テメェ龍已ッ!!あんだけ強ェのなんで黙っていやがったッ!!表出ろもう一回やんぞッ!!」

 

「今日の午前中に近接の授業は無いわ馬鹿者ッ!」

 

「いっだ!?」

 

「夜蛾先生っ!?なんで妃ちゃんの頭を殴るのです!?最強に強くて美人の妃伽ちゃんを殴るくらいなら……俺を存分に殴って下さいッ!!」

 

「私が最強だァッ!?嫌味言ってンじゃねぇぞぶっ殺すぞクソザコがッ!!死ねッ!!」

 

「殺意が強いっ!?」

 

「はぁ……」

 

 

 

 次の日の朝、妃伽は龍已に突っ掛かり、龍已に突っ掛かる妃伽に慧汰が突っ掛かった。朝から面倒くさい……と、思いながら二人を見ている。最早問題児に片脚突っ込んでいる妃伽に夜蛾の拳骨が落ちた。なまじ肉体が強靭なので少しの呪力混じりである。

 

 何故龍已がそこまでして妃伽に狙われているのか。それは昨日の歌姫を医務室に送って行った後、グラウンドに戻ってきてからの出来事に関係がある。

 

 医務室へ行って戻ってくると、妃伽は全く気が鎮まった様子は無く、寧ろ待たされて苛ついてボルテージが上がりに上がっていた。このままだとずっと苛ついて何を仕出かすか分からないということで、夜蛾の許可を得て、冥冥と夜蛾が監督の下、妃伽対龍已の近接格闘訓練呪力ありでやり合った。

 

 結果は当然、妃伽の医務室送り。しかも龍已は一撃も貰うことは無かった。圧倒的力と技術でボコボコにされた妃伽は、最後まで獰猛な笑みを消すこと無く気絶した。因みにであるが、女だからといって手加減はせず、顔も何も関係無く急所を狙ったし関節も外してやった。それでも妃伽は嬉しそうにしていた。どこかの戦闘民族なのかも知れない。

 

 午前中は普通に一般教養と呪術についての授業だったのだが、隣に居る妃伽からの視線がしつこかったし、なんならシャーペンの尖っている方を顔向けられて投げられた。それを人差し指と中指で挟んで受け止めれば、空腹なライオンの前にステーキ肉を置いた時のような顔をした。勿論、その後夜蛾に拳骨されていた。

 

 昼は食堂へ向かい、米の気分だったので炊けている米をそのまま茶碗によそって食べた。味付けも何も無いが、満足そうな龍已だった。

 

 昼を食べ終えて満足していた龍已だが、如何せん次の午後の授業は武器を使った場合の近接格闘である。妃伽は100%確実に龍已の元に来てやるぞと言って聞かないだろう。こればかりは慧汰には頼めない。擦り付……頼めば5秒で医務室送りにされてしまう。そうなれば授業も何も無くなってしまう。

 

 

 

「──────おっしゃッ!!()んぞ龍已ッ!!構えろッ!!」

 

「ヤるッ!?ダメだよ妃ちゃん!その役は俺が買って出るから他の人に頼んじゃダメっ!」

 

「黙れ失せろ死ねクソザコクソカス野郎が」

 

「辛辣過ぎない!?」

 

「……やるなら早くしろ。お前の得物はどうする」

 

「私の獲物は最初からお前だ」

 

「そっちじゃない」

 

 

 

 武器を使った近接戦闘なので、勿論対戦する者は武器を扱うのだが、龍已は武器なら何でも使えるので、取り敢えず木刀をクロに吐き出してもらって握る。普通の木刀と何ら変わりないものだが、訓練なのだから呪具である必要は無い。問題の妃伽は武器を使うのかと見てみれば、指に何かを嵌めていた。

 

 良く見れば分かるそれは、メリケンサックだった。金に輝くそれは、武器を使った近接戦闘という面に於いてグレーに近い代物だ。普通槍やら剣やら持ってくるだろうに、何故にそれを選んだのか。まあらしいと言えばらしいのだが。

 

 あれはアリなのかと思いつつも、まあ妃伽が槍なんて持った暁には、原始人のように開幕と同時に投擲して、後は只管距離を詰めて殴りにかかってくる構図しか見えてこない。何故だろう。不自然なほどしっくりくる。

 

 武器選びにちょっとあったが、龍已が木刀で妃伽がメリケンで決まった。拳を構える妃伽は殺る気十分なようで、龍已は何だか疲れてきた。どうしてそこまで戦闘意欲に満ち溢れているのか。やられて、特に殴られて嬉しそうな顔をするのは地味にやめて欲しかった。

 

 

 

「行くぜオラァッ!!」

 

「待て。合図が無──────」

 

「先手必勝だぶっ殺すッ!!」

 

「おい」

 

 

 

 訓練だって言ってるだろ。なのに殺すとはどういう了見か。そうツッコミたいが、向かってくる妃伽の顔がマジなので訓練……だよな?と内心首を傾げる龍已だが、その手に握られた木刀から生み出されるのは絶技である。

 

 妃伽が龍已に接近し、メリケンを嵌めた右拳を突き出す。それに対するは木刀による迎撃か回避、若しくは敢えての攻めかと思われたが、右半身を前に出して殴打を回避し、突っ込んできた妃伽の鼻っ面に肩から体当たりした。向かってきた妃伽の速度に、体重があって筋肉もある男の龍已のタックルが入って鼻血が出ながら頭が後ろへ下がる。

 

 しかし獰猛な目は絶対に離されず、口元に描かれるは三日月のような笑み。一歩後ろに下がってしまう妃伽に、龍已は悟らせない動きで足を引っ掛けて転倒させる。……つもりだったのだが、態と後ろへ体を仰け反らせて地面に手を付き、脚を振り上げて来た。

 

 そんなアクロバットな動きも出来るのかと思いつつ一歩下がって回避すると、体勢を立て直した妃伽が両拳による怒濤のラッシュを仕掛けてきた。メリケンの一撃なんか顎に食らえば失神。その他だと激痛だろう。しかし当たらない。避けてそらして、木刀を妃伽の右肩に振り下ろして関節を外した。

 

 

 

「……っず……ッ!!」

 

「これに名は無い。お前が突き出す腕に角度を読んで叩き付け、関節を外すだけの技だからだ」

 

「……ハハッ──────関節外したくれェでいい気になんなよ?」

 

 

 

 一端距離を取った妃伽は右肩周辺の筋肉を力ませ、パキッと音を立てながら関節を戻した。腕をグルグルと回して感触を確かめている妃伽に、龍已は無表情ながら唖然とした。普通そんな事は出来ない。やろうとしても割と痛くて断念する。というより外れている時点で痛い筈なのに、まさか肩周辺の筋肉で無理矢理入れるとか?

 

 強かにも程がある。そこらの男だったら泣き叫んでいるというのに、これでいいだろう?とでも言うような笑みを向けてくるのだから困ったものだ。そこまでしてやりたいものだろうか。何が彼女をそこまでそうさせるのか。いや、唯単に戦いが楽しいだけだろうなと即答した。

 

 

 

「次はテメェの肩の骨へし折ってやる」

 

「折っていない。外しただけだ」

 

「どっちも同じだからテメェの肩よこせやァッ!!」

 

「アドレナリンでも分泌されているのか?」

 

 

 

 姿勢を低くして突進してくる妃伽に、龍已は下から掬い上げる一撃を加えようとした。それを身を捩って寸前で躱し、速度と体重と腕力を載せた本気の一撃を顔面目掛けて放ってきた。低姿勢からの顔面への殴打は引くほど威力が高い。それを訓練でやるか。絶対にアドレナリン出ているだろうと思い、少し卑怯だと思いながら木刀を口に咥えた。

 

 両手で持っていた木刀を咥える事で両手が空いた。飛び込んでくる拳を紙一重で避け、腕を取って捻りながら背負い投げをして地面に叩き付ける。その時には手首、肘、肩の関節をそれぞれ外し、叩き付けた後は残った腕を十字固めをして伸ばしきり、また手首から肩に掛けて関節を外す。足を持って股関節に掌底を叩き込み、一本だけ関節を外して腕を巻き込んで馬乗りになる。咥えていた木刀を妃伽の顔の横に突き刺してやっと止まった。

 

 

 

「ここまでされれば諦めが付くか?」

 

「…………………………チッ」

 

「……はぁ。関節を戻してやるから動くなよ」

 

「妃ちゃん大丈夫!?黒圓、俺が妃ちゃんの関節戻すから早く上から退いて!」

 

「神経を傷付けるつもりか。知識の無い者がやるものじゃ無い」

 

「でも、それだと黒圓は妃ちゃんの体に触り放題じゃん!羨ましい!!」

 

「あの変態は放っておいて早く戻してくれ。力が入らねぇ」

 

「待っていろ」

 

 

 

 倒れている妃伽の上から退いた龍已は、寝転んでいる状態で腕の関節達を嵌め込んでいく。脚に触れた時には慧汰がうるさかったが無視をし、全て元に戻すと妃伽が起き上がった。立って腕を回したり脚を動かして歩いたり確認をすると、どうやいつも通りの動きが出来るようだ。まあ綺麗に外したから何の問題も無いのは知っているが、念の為だ。

 

 そして次は慧汰だ。元々一般の家庭からスカウトされて入ってきた慧汰は、鍛練なんてものをしたことが無く、術式も『聴く』ことに特化しているので戦闘能力は無い。強いて言うならば、相手が動く時に出る音を聴いて動きを予測して避けることだけだ。つまり攻撃がそこら辺の高校生レベル。

 

 

 

「音無は最初ナイフのような小さいものから始めた方が良い。慣れていないのに長いものを使っても扱いが難しいだろう」

 

「じゃあ俺も妃ちゃんと同じのがいい!」

 

「テメェなんぞに貸す訳ねーだろ。メリケンが穢れる」

 

「そこまで言う!?」

 

「巌斎は戦闘スタイルに合ったものを選んで使っている……と思う。しかしお前の場合は得手不得手が分からない以上、試してみるしか方法が無い。だから先ずはナイフだ。これを使え」

 

「……いや、これ本物じゃない?」

 

「大丈夫だ。お前の攻撃はどんな奇跡が起きようと当たらない」

 

「むっ……じゃあ、怪我しても知らないよ!」

 

 

 

 流石に言外に絶対無理と言われれば、高校生になったばかりの慧汰もムカつくだろう。だから本気でやったが、勿論当たらない。木刀は痛いだろうから竹刀に変えてやってみたが、短剣だというのに上から振り下ろしたりするので、どうぞ避けて懐に入ってどうとでもして下さいと言っているようなものだ。使っている物が本物の所為か腰が引けているし、踏み込みもなっていない。

 

 まあ一般人で戦いを経験している訳でも無いのだから、それが普通なのだが。日頃ストレスを貯めさせられている妃伽は、これ見よがしに指を指して爆笑していた。慧汰は他人に、それも紅一点に笑われていると分かれば恥ずかしそうにしていたが、龍已は笑うこと無く真剣にやっていた。まあ、笑みを作ったことなんて一度も無いが。

 

 こんなにへっぴり腰の自分に真剣に取り合って教えてくれる。笑うこと無く、呆れることも無く。龍已はずっと付きっきりで教えてくれた。それこそ妃伽が仲間外れにされていると思って苛つく位には。だから龍已は嫌な予感がした。慧汰から向けられる視線が、どこかキラキラし始めたからだ。なので直感に従って休憩を挟み、水分補給のために設置された自販機の元まで行った。

 

 一端慧汰の好感度をリセットさせ。15分後に休憩を終わらせてグラウンドに戻り、今度は妃伽の近接戦闘をやり、その次に慧汰の近接戦闘をと、交互にやっていき、この日の授業は終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 授業が全て終わって放課後。時刻は18時を少し過ぎた頃の事だった。特に任務も黒い死神の仕事も無い龍已は、グラウンドで武器を使った型の稽古をし、部屋で無手の稽古をした。終わってからは風呂に入って汗を流し、備え付けの冷蔵庫からお茶を飲んでいた。

 

 すると、龍已の部屋のドアがノックされる。気配で誰かが近づいているのは解っていたが、ここに来るのは2人しか居ない。夜蛾か慧汰である。夜蛾は滅多なことでしか来ないので、必然的に慧汰だ。服を着てからドアの方へ向かい、鍵を開けて待ち人を見ると、やはりのこと慧汰だった。

 

 何か用だろうかと思って目線で尋ねると、青いパジャマを着た慧汰が、何だか言いにくそうにしている。それでも龍已は慧汰が何か用件を話すのを待っていると、意を決したように声を張り上げた。

 

 

 

「俺がご飯をご馳走するから食堂へ来てほしいッ!!」

 

「……?お前が作るのか?何故だ」

 

「えっと……日頃の感謝を込めて……かな。もしかして、もう飯食い終わってたりする?」

 

「いや、まだだが……」

 

「良かった!じゃあ妃ちゃんのことを呼んで食堂に来て!準備してるから!」

 

「……ん?俺が呼んで……こなくてはならないようだな」

 

 

 

 やって来た慧汰は食事のお誘いに来たようだ。それもナンパしたりする時に使う、軽い誘いでは無く、感謝の意を示したいという気持ちの食事のお誘いだった。ならばまあ行ってもいいかと思ったが、どうやら妃伽はまだ誘っていないらしい。慧汰はさっさと食堂の方へ行ってしまったので、自身が呼んで来なくてはならないことに複雑な心境だった。

 

 妃伽は気性が荒いメスゴリラみたいなものだが、歴とした生物学上女子である。ならば居るのは当然女子寮に決まっている。しかし女子寮は男子禁制なのだ。まあ当然なのだが。そこに行って、あの巌斎妃伽を呼んで来なくてはならないのだ。食事をしようと。まだ一級任務の方が楽だと思う。

 

 

 

「……巌斎。居るか」

 

『──────あ?龍已かぁ?』

 

「そうだ。少し話がある。出て来てくれるか」

 

『ンだよ。ちっと待ってろ』

 

「分かった」

 

 

 

 何か言われないか警戒しながら、妃伽の気配がある部屋まで行った。何処の部屋に居るのかなんて知らないので、慧汰だったら解らず、片っ端から尋ねていった事だろう。若しかしたら歌姫や冥冥の部屋まで行っていたかも知れない。そこでふと察した。妃伽の部屋が解らないから俺にやらせたな……と。大正解である。

 

 妃伽が居るだろう気配のする部屋に着くとドアのノックした。すると何処にも行っていなかったようで返事が返ってきて、待っているよう言われたのでドアの前で待機していた。暫くすると、ドアが開いて中から妃伽が出て来た。プージャーを着て、髪が濡れた状態で。

 

 

 

「うーい。ンで、何の用だよ。態々女子寮まで来て」

 

「……音無が日頃の感謝を込めて食事を馳走したいとのことだ。場所は食堂。お前を呼んできてくれと言われて来た」

 

「何だ日頃の感謝って。胸見せてくれてありがとうってか。ぶち殺したろうかあのクソザコ」

 

「流石に違うと思うが……それでどうする。俺はまだ飯を食べていないから行こうと思うが」

 

「……ふーん。なら私も行く。おら、行こうぜ」

 

「待て。髪を乾かしてからでも遅くは無い。まだ準備がどうとか言っていたからな」

 

「めんどくせーからいいよ、別に」

 

「風邪を引くだろう。拭いていけ」

 

「チッ。あ゙ー、だったらお前が私の髪を拭け。私はもうめんどくせーから。ほら早く入れ」

 

「……は?ちょっと待──────」

 

 

 

 最早心が完全に行くことを決めたのだろう。龍已が髪を拭けと言っても面倒くさいからいいと言って聞かず、それでも拭けと言えば、妃伽は龍已の腕を取って無理矢理部屋の中に引き摺り込んだ。何でこんな事になったんだと困惑しながら中に入れられ、初めての女子の部屋へと入ってしまった。

 

 中は意外と片付いていた。メイク用の化粧机や勉強用の机。備え付けのベッド。だが、ギャップがスゴいのだが、妃伽のベッドの布団の色はピンク色だった。てっきり白やら黒など、頓着しないのだと思っていたので、女子の部屋だという意識が向いて、顔には出していないが心臓がうるさい。

 

 

 

「おらよタオル。さっさと拭けよ」

 

「……分かった」

 

 

 

 平常心を偽って何も見ていないフリをし、龍已は渡された真っ白なタオルを使って妃伽の髪を拭き始めた。親友達の髪を乱暴に拭いたことはあれど、女子の頭を拭くなんてしたことがないのでおっかなびっくりやっている。日頃近接戦闘でボコボコにしているので、逆に優しくするのが解らないのだ。

 

 頭にタオルを掛けて痛くないように優しく拭いていく。すると、タオルの下からくふくふ笑う声が聞こえてきて、妃伽は右手を龍已の胸元に置いた。戦闘以外では触れない女子の手に、服越しとはいえ手を置かれた部分から熱くなっていく錯覚が襲う。

 

 

 

「お前、私のこと数十メートルぶっ飛ばせるくらいの馬鹿力のクセに、こういう時の手はめっちゃ優しいンだな」

 

「……っ……」

 

「それにお前──────ドキドキしてんな?」

 

「……し…ていない」

 

「ぶはッ。嘘下手かよ。……やめろよな。お前がそういう反応するとキュンキュンしちまうだろ?」

 

「…っ……動くな。もう終わる」

 

「へーへー。その優しい手でいっぱい()()()よ」

 

 

 

 拭いているタオルの隙間から、日本人特有の琥珀の瞳が真っ直ぐと龍已の瞳を見つめ、面白そうにニンマリと笑みを浮かべている。胸に置かれた手は退かされず、心臓の音がバレていると思うと羞恥心が込み上げてくる。龍已とて年頃の男のだ。風呂上がりなのか、頬を赤く染めた女性が目の前に居れば心臓くらい少し早く動く。況してや耐性ゼロなのだ。切実にやめて欲しい。

 

 乾いてきた髪に少しホッとして、毛先も十分な程乾いたのを見越してタオルを退ける。中から頬をほんのり赤く染めた妃伽が出て来て、真っ直ぐと目を合わせて面白そうに見てくるので踵を返して部屋を出ようとした。しかし向きを変えた時に手首を掴まれ、掌に固い何かを握らされた。視線を落とした先にはドライヤー。

 

 

 

「ほらほらぁ。まだ乾ききってないンだから、次は〆のドライヤーだろ?」

 

「……それくらいは」

 

「乾くまでやってくれるンだろ?それとも吐いたツバ飲み込むか?」

 

「……分かった」

 

「よしよし。ンじゃ、ベッド……行くか」

 

「………………………………。」

 

 

 

 やましいことは何もしていない。ベッドに腰かけて妃伽の髪にドライヤーを当てているだけである。殆ど乾いているようなものなので、ドライヤーで温風を当てればすぐに乾く。しかし妃伽の髪は触れると細く、軽くて触り心地が良かった。座って体をやや横に向けてもらっているのだが、同じく座った龍已の太腿に手を置くのは何なのだろうか。熱くなるから切実にやめて欲しい。

 

 ドライヤーで乾かしていると、時々頭を動かしてチラリとこちらを面白そうに見てくる。その表情が何時も見ている腹ペコライオンと凶暴メスゴリラを足して2で掛けたような表情とは似ても似つかなくて心臓がうるさくて仕方ないし、耳が熱くて集中出来なくて気持ち悪いし、今更なんか良い匂いがしてきて悔しい。

 

 

 

「……出来たぞ」

 

「うっし。ごくろーさん。……私一人っ子でよ、親も殆ど放置気味だったもんで頭拭いてもらったこと殆どねーんだわ。だから、お前の手が優しくてびっくりだったし、気持ち良くて眠くなっちまったよ。あと純粋に嬉しかった」

 

「……そういうのは態々口に出さなくていい」

 

「おいおーい。照れんなよ、カワイイなァ♡」

 

「さっさと行くぞ。時間の無駄だ」

 

「はいはい。……んふふッ」

 

 

 

 妃伽の要望を答えた龍已はさっさと、この何故か良い匂いがする部屋から出るためにドアへと向かった。ドアノブを捻って廊下に出る。妃伽も大人しく付いてきたので鍵を閉めるのを待ち、準備が出来たのを見計らって歩き出した。

 

 しかし龍已の両肩に手が置かれ、膝裏に膝を当てて体勢を崩された。何をするのかと思って後ろに少し仰け反っていると、耳元に艶やかに感じる吐息が掛かった。

 

 

 

「──────また私のこと撫でてね」

 

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 

 優しく、擦り寄るような甘える声色に、今までの妃伽の表情が頭の中でフラッシュバックし、その全てに当て嵌まらない声に背筋がゾクリとした。珍しく目を少し瞠目させ、手を離されたので振り向きながら背後を振り向く。だが妃伽は入れ違いで龍已の横を通り過ぎ、食堂に向かって歩いていた。

 

 背後からではその表情を確認する事が出来ない。プロポーションの良い妃伽がご機嫌そうに歩き、部屋の鍵を指で回しながらチラリとこちらを振り向き、ニヒルな笑みを浮かべた。

 

 

 

「そう簡単には見せねーよ。ばーか♡」

 

 

 

 この日だけは、何故か妃伽に負けたような気分だった。そしてこの首から顔全体に掛けて熱い現象を、誰かに一刻も早く止めて欲しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……アイツ何作ってンだ?」

 

「……全く見当がつかない」

 

 

 

 色々ありながらも、妃伽と龍已は食堂へ辿り着いた。しかしそこで見たのは、料理をしていれば見ることは無い黒い煙と、その向こう側でゲホゲホ言いながら料理?をしている慧汰だった。何をしているんだと思うのは仕方ない。本当に何をしているのか解らなかったからだ。

 

 最早火事でも起こすつもりだったのかと疑問に思いながら、妃伽は取り敢えず座らせて、龍已は食堂のキッチンのところへ向かった。そして中を覗き込むと、フライパンでナニカを作って……格闘している慧汰の姿だった。

 

 

 

「お前は何を……ナニを作ろうとしているんだ?」

 

「何で言い直したの!?……えっと……オムライスを……」

 

「……ソレは世間一般的に炭と言う。察するにお前は料理をしたことが無いな。もうソレは捨てろ。俺が作る」

 

「えっ……でも感謝を込めて……」

 

「腹を空かせた巌斎に殺されたいのか?」

 

「……………………お願いします」

 

 

 

 チラリと慧汰は妃伽の方を見て、すぐに視線を切った。そこには飯を食べていないので腹を空かせた凶暴なライオンと獰猛なメスゴリラのハーフが人を嬲り殺しそうな眼で見ていた。すぐにこの場を龍已に任せることにした慧汰は、急いで妃伽の元へ行って土下座していた。勿論妃伽は慧汰の頭を踏ん付けていた。

 

 幸いやらかした器具はフライパンだけだったので大惨事にはなっていないが、何でフライパンの中に炭が転がっているのだろうと疑問を抱く。まあ……深くは考えないでおこうと、フライパンの中の存在Xはゴミ箱に捨てて、本格的な料理をするときに使う、自前の黒いエプロンを取って身につけて、料理開始である。

 

 備え付けられた自由に使って良い器具の中には中華鍋などもあるので、とても助かっている。今日は中華な気分なので、幾つか中華料理を作ろうと思っている。飯は炊けているようなので中華鍋で炒飯を作り、他にも春巻き、エビチリを作った。他にはサラダの盛り合わせを作って、他には何を作ろうかと考えていると、背中に視線を一つ。

 

 

 

「巌斎か。どうした。何かリクエストでもあるのか?」

 

「……いや、料理してるお前のケツと脚のラインが美味そうだと思った。あと逞しい背中はしゃぶりつきたくなる」

 

「そうか……………………は?」

 

「アスパラのベーコン巻きが食いてぇからよろしく」

 

「あ、あぁ。分かった……?」

 

 

 

 今不穏な言葉が聞こえていたのだが、料理名が聞こえてくると思って油断した。あまり聞き取れていなかった。何か聞いたら背筋を凍らせるような言葉を言われたのだが、取り敢えず冷蔵庫からアスパラとベーコンを取り出した。

 

 リクエストがあったが、あと何か一つ作ろうと思って、何となく頭の中に思い浮かんだので海老とイカとマッシュルームのアヒージョを作ることにした。そうして料理が出来上がり、慧汰と妃伽が目を輝かせているのを見て満足そうにすると、コップに飲み物を注いで妃伽と共に慧汰を見やる。何となく恥ずかしそうにしながらコホンと咳払いをし、コップを掲げた。

 

 

 

「えっと、日頃の感謝を込めて……と言いたいけど、同級生となって初めて全員揃ってのご飯なんで、これからよろしくってことで……乾杯!」

 

「かんぱーい」

 

「乾杯」

 

 

 

 感謝の意を示したかったのだが、肝心の料理がてんでダメで、結局龍已が全て作ってしまった。しかも完成度が高すぎて高級レストランで出て来るようなもの。なので今回は同級生となれたことを祝した乾杯にした。

 

 コップに注いだジンジャーエールの炭酸が喉を刺激し、顔を顰めながら余韻に浸っている慧汰に、龍已がサラダを皿に盛り付けて渡してくれた。妃伽はもう受け取ったようで、意外にもサラダから先に食べている。自分もサラダから食べて口の中をサッパリさせて、メインの料理の方へ箸を伸ばした。

 

 

 

「……ッ!?うまっ!?」

 

「ンだこれ!?めっちゃうめェッ!!」

 

「……いや、いつも通りの味だな」

 

「マジで!?この炒飯パラッパラ!こっちの春巻き、皮がパリッとしてて美味い!!」

 

「このエビチリ、身がぶりっぶりでやべぇ!!箸止まんねぇ!!いくらでもいけちまう!!」

 

「これなんだっけ、アヒー……なんたらってやつもうんまい!」

 

「私が言ったアスパラのベーコン巻き……ヤバすぎ。こんなうめーの初めて食った。感動したわコレ」

 

「大袈裟な奴等だな」

 

「大袈裟じゃないよ!?コレほんと美味しいから!!」

 

「……ふぅ。私のために味噌汁とアスパラのベーコン巻きを毎日作ってくれ」

 

「好物だったのか。どうりで一つしかリクエストをしないわけだ」

 

「俺黒圓と結婚したら勝ち組?」

 

「日本に於いて同性婚は認められていない」

 

「つまり私は勝ち組と。結婚指輪は少し待ってろ。お前に似合うの探してきてやっから」

 

「話を進めるな」

 

 

 

 無表情で呆れたような視線を送る龍已に気付いていない妃伽と慧汰は、龍已の作った料理を一心不乱にモリモリと食べていく。女子が混じった3人で食うには些か多いと思う量を出したにも拘わらず、料理はみるみるうちに無くなっていく。そんなに感動するほどのものか?と思いながらジンジャーエールで口を潤し、春巻きを一本箸で摘まむ。

 

 口の中に入れて噛むと、外側の皮がパリッとして、中から春雨を多めに入れたドロリとした中身が出て来る。それを咀嚼して嚥下する。いつも通りの味。代わり映えのしない、変化無しの味。それを美味い美味いと言って、2人で取り合いすらも起こしながら食べているのを見ていると達成感が湧くものだ。

 

 おかずが無くなる速度が非常に早いので、龍已は1人一つずつに盛った美しいドーム型の炒飯をもっさもっさ食べていた。これもいつも通りの味。余るかもと思っていた料理は殆どを妃伽と慧汰が食べてしまい、龍已が食べたのは炒飯と春巻き一つとエビチリ二つだけ。アスパラのベーコン巻きは9割妃伽が平らげた。本当に好きだな。

 

 満足したのか、椅子の背もたれに背中を預けて余韻に浸っている2人だが、一心不乱に食べていて龍已のことを全く考えていなかったことに気が付いた2人は、同時にハッとした表情で龍已を見た。その龍已は皿を重ねて持ち上げ、キッチンに皿洗いをしに向かっている。

 

 

 

「ご、ごめん黒圓……いや、龍已!俺龍已の飯が美味くて夢中で……っ!!」

 

「さ、流石に私も悪かった……。アスパラのベーコン巻き美味くて、殆ど食っちまった……っ!お前殆ど食ってねぇよな!?」

 

「それに皿洗いまでさせて……っ!!」

 

「……?あぁ。気にしなくて良い。このあと適当に辛いラーメンでも作って、残った汁で卵を落としながら雑炊を作って食べる」

 

「ねぇ待って?それは今言うのはズルいじゃん!絶対美味しいやつじゃん!?」

 

「あ゙ークッソ……食いてェ…………っ!」

 

「お前達、まだ食べるのか……」

 

 

 

 皿洗いをサラッと終わらせて、インスタントの辛いラーメンの袋を開けて小さな鍋で作っていると、キッチンまでやって来た慧汰と妃伽が子供のように龍已の服の裾を摘まんで来たので、仕方ないと思いながらもう二つ作ることにした。それを見ていた2人はキラキラした目を向けて来るので、単純だなと呆れた。

 

 炒飯を作ってしまったので、残りの白米が少なく、まあ朝にも使うと思うので何合か早炊きで炊いた。そしてすぐに白飯が炊けるので、その間に辛いラーメンを食べておく。下に引くマットを持ちながら2人の元に小さな鍋を持っていくと、先まで食べていたクセに同じ速度で食べ始めた。

 

 

 

「はふはふっ……あちッ……かっら……っ!」

 

「あー、かっれ……っ!けど美味ぇ……」

 

「ずずずっ……ほら、お茶があるぞ」

 

「ふひー……いただきますっ!」

 

「さんきゅー」

 

 

 

 インスタントのラーメンなので麺の量はそこまで多くは無い。だが熱さと辛さのダブルパンチではふはふしながら食べていると、意外と時間が掛かった。龍已は熱いのも辛いのも大丈夫なので早く食べ終わり、妃伽と慧汰が麺を食べ終わった頃に炊飯器がメロディーを流して炊き終わりを報せた。

 

 それぞれの小さな鍋を持ってくるように言うと、カルガモの子供みたいに後ろを着いてくるので微笑ましくなり、早速雑炊を作る。卵を3つ用意しておき、割って違う小さな皿に出しておく。炊きたての白飯を残った激辛汁の中に入れて焦げないように掻き回しながら具合を見て卵を落とす。割れないように慎重に掻き混ぜて、頃合いを見て火を止めた。

 

 出来上がったぞと言えば急いで取りに来る妃伽と慧汰にそれぞれ小さな鍋を渡し、スプーンも持っていかせる。席に着いたところで、第二ラウンドである。実際には第三ラウンドなのだが。

 

 

 

「はふっ……あ゙っち……っ!?フーッフーッ……あー美味い。これは悪い食べ方……」

 

「これで〆は最高すぎ……はぁ……うまぁ……」

 

「……ふむ、久しぶりに食べた」

 

「この最後の方で残しておいた卵を潰す……っ!」

 

「半熟の卵の具合が完璧すぎ……私は猛烈に感動してる」

 

「毎回同じタイミングだからな、慣れた」

 

「はぁ……龍已、俺と結婚しよう」

 

「いいや、龍已と結婚するのはこの私だ」

 

「さっさと食え」

 

 

 

 真顔で何か言っている妃伽と慧汰に呆れながら、今回も完璧な半熟具合の卵を潰して最後の3口を頬張った。とっても悪い食べ方だが、誰も後悔しない至高。辛みが卵によって少し中和されてマイルドになり、無意識に溜め息が漏れてしまう逸品だ。

 

 最後に冷たいお茶を飲んで口の中を落ち着かせていれば、又もや空になった小さな鍋を重ね合わせて持っていき、キッチンで洗ってしまう龍已。雑巾を絞って汚れた机を拭きに来た時には、龍已は絶対に嫁に出さないと誓った。寧ろ自分が結婚すると心に決めた。チョロすぎる。

 

 

 

「もぉ……お腹が幸せでいっぱいだぁ……」

 

「こんなウメーもんひっさびさに食った……」

 

「もう龍已の料理無しじゃ生きていけない……」

 

「こんな良い嫁を持てて私は幸せ者だぜ……」

 

「阿呆な事ほざいていないで自室に戻れ」

 

「龍已一緒に寝よう?」

 

「抱き枕にさせてくれ」

 

「面倒くさいなお前達」

 

 

 

 無理矢理立たせて食堂を後にする龍已達だったが、部屋まで送ってと甘えてくるので無視していると、服の裾を割とガチで掴んでくるので大きな溜め息を吐きながら送っていった。先ずは慧汰を送り、次に妃伽だった。

 

 部屋に入る前に、慧汰も妃伽も抱き締めてきたので困惑した。妃伽は巨大な二つの山が形を変えて押し付けられたので切実にやめて欲しい。二人していきなり距離を詰めてくるので、彼奴らは美味い飯を出す人間には無防備に殺されるんじゃないか?と思った。

 

 

 

 

 

 

 まあ、それでも悪くは無いと思った夜だったので、今日の睡眠はとても良いものだろうと直感した。

 

 

 

 

 

 

 






慧汰

自分のために一生懸命に教えてくれる龍已にキュンときた。その後の手料理に胃袋掴まれた。

密かに同じ男の同級生強すぎぃ……ってなってた人。けど普通に教えてくれるし手加減してくれる、いい人じゃん!ともなってた。

卵を焼くだけで炭を錬成する料理下手。いやもう料理じゃなくて錬成でいいな。




妃伽

全然全くガチで勝てない龍已に獲物としてロックオンした、凶暴な腹ペコライオンと獰猛なメスゴリラのハーフ。

料理中の龍已のケツと脚がえっち過ぎて理性崩壊しかけ、逞しい背中で舌舐めずりしていた人。危ない奴だな。

バカクソ美味い手料理にお腹を見せて服従のポーズ。尻尾ブンブンしちゃう♡

意外とピンク色の私物とか持ってるし、カワイイ物が好き。

好物はアスパラのベーコン巻き。これを美味く作れる奴なら結婚しても良い。基準低くね??





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第十六話  開示



最高評価をして下さった、大生 りょうはや 月日火 リヴァイアサン のこたけ ハンターXタイプ Rim. 無理 無駄 無力 カカシ 埼玉県のTさん さん。


高評価をして下さった、赤点王 トマト0527@ Aichi うぉるぴす ドン吉 ルリア03 モモンガル 豚骨味 ニト9981 OwO アダムス まつだいら18 石鏡 兎川 寝てはいけない はのい 黒神九十九 

さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 

 

「クソッ!クソクソクソッ!!やっぱり来やがった黒い死神がッ!!だから嫌だって言っ──────」

 

「──────死ね」

 

 

 

 人が眠る暗闇の夜。仕事を請け負った黒い死神は、3人一組の呪詛師の内、仲間を置いて逃げ出した最後の一人を始末した。首元からしゅるりと出て来たクロに死体を呑み込ませ、残る二つの死体の所まで戻る。ビジネスライクの相棒へ電話を掛けて報告をし、回収場所を伝えると電話を切って歩き出す。

 

 マンションの上やビルの上、電柱の上を利用して夜の闇の中を黒い装いで包まれた黒い死神……龍已が走り抜ける。呪術高専からそう離れた場所でも無かったので、車は使わずに走ってやって来た。いつも通り誰の目にも止まる事は無く、呪詛師殺しを終えた。だが、龍已は最近の呪詛師について思うことがあった。

 

 一般人を狙って呪う呪詛師が、年々その動きを見せなくなってきているのだ。確かに黒い死神が現れてから呪詛師の活発だった動きはいくらか抑制されたが、それよりも格段に動きを抑制されている。いや、理由は知っているのだ。

 

 呪術界の御三家が一つ……五条家。その相伝である呪力を視認し、視界内の相手の術式を問答無用で解き明かす事が出来る六眼。ありとあらゆる無限を現実に持ってくる無下限術式。幾百年生まれなかったその抱き合わせが生まれ、来年になったら東京の呪術高専へ入学してくる。それも、尋常じゃない程の才能をも持った、最強たり得る程の。

 

 要は怖いのだ、無下限術式と六眼の抱き合わせである五条家の天才が。下手に動いて目をつけられれば殺されると思っている。それに、まことしやかに呟かれているが、五条家の天才……五条悟が生まれた事によって呪術界の均衡が容易く崩れたとされている。活発になる呪霊。動きの止まった呪詛師。だから龍已の黒い死神としての仕事が少しずつ減っている。

 

 今では一週間に一件有るかどうかという頻度。唯でさえ黒い死神の名前があって呪詛師が夜に姿を現す事が無かったのに、五条悟の名前が出てからめっきり減っている。それは良いことなのだが、存在している以上この世から消したいと思うのが龍已なので、隠れられては困るのだ。

 

 

 

「──────もう少し呪詛師を殺したかったが……無いもの強請りか」

 

 

 

 中学一年生の頃からやっている呪詛師殺しだが。まだ足りないようだ。そもそもこの世から呪詛師を残らず殲滅するという夢があるので、生きている呪詛師は全て例外なく抹殺対象なのだが、何時になったら達成できるのやらという話だ。極論を言えば、この世から呪術師全てを殺し、呪術を無くせば居なくなるのだが。

 

 呪術師がこの世には邪魔だと思いながら走り続けて数十分。龍已は灯りの点いていない真っ暗な呪術高専へと戻ってきた。開けておいた窓から部屋に入り、ローブのレッグホルスターを脱いでクロに呑み込ませる。服を脱いで風呂に入って汗を流し、着替えてベッドに倒れ込む。時刻は1時26分。夜更かしのレベル。

 

 明日……というよりも最早今日なのだが、普通に学校があるので朝は起きなくてはならない。慧汰と妃伽は任務があるが自身には無いので普通の学校だが、眠気で授業中居眠りするのは避けたい。一人しか居ないだろうからバレるのだ。そうして、龍已は丁度良い眠気が来て身を委ねた。気持ちの良い眠りの入り方で、体の疲労を回復するのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「それで、お前達は何をしているんだ」

 

「おっはよー龍已!」

 

「よー。腹減ったから朝飯作ってくれ」

 

「なるほど、集りに来たと」

 

 

 

 朝起きて朝食を作りに食堂へ行くと、既に同級生の2人が居た。如何にも待ってましたとでも言うような待ち態勢に、龍已はなるほどなと察した。飯を作ってやったはいいが、それに文字通り味を占めたのだろう。二人して両手を合わせて拝む姿勢なのがなんだか腹が立つ。

 

 しかし、制服にも着替えて後は教室に向かうだけ……となっている2人が期待して待っていたというのに、1人だけ作って食べて向かうなんてことは出来ない。それを分かっているのか否かは分からないが、期待したキラキラした目でこちらを見ていた。朝だから凝ったものは作らないぞと溜め息を溢しながら警告すると、それでも良いと首を縦にブンブン振りながら肯定したので作り始めた。

 

 と言っても、本当に大したものは作らない。トースターの中にパンを入れて時間をセットして焼き始め、冷蔵庫から卵とベーコン、ケチャップとマヨネーズ、レタスを取り出す。器具類の中からフライパンを出してオリーブオイルを垂らして温める。掌を翳して熱を確かめ、ベーコンを置いてから卵を割って上に落とす。蓋を置いて熱を調節する。

 

 チンッという音が聞こえたので焼けた食パンを取り出して、二枚一組にする。出しておいたケチャップとマヨネーズを上に掛けてバターナイフを使って混ぜ合わせオーロラソースを作り、その上にシャキシャキのレタスを敷く。頃合いだろうと思ってフライパンの蓋を開けると、ベーコンも卵もいい感じになっているのを確認する。

 

 2人分に卵とベーコンを切り分けて用意したパンの上に置き、もう一枚のパンを上から載せ、パンを切る為の包丁を使って斜めにカットする。皿の上にいい感じに乗せてみれば、ホットサンドの出来上がり。本当は中身とパンを一緒に焼くのだが、その機材が流石に無いのでトースターを普通に使った。

 

 因みに龍已は今日汁物の気分なので、朝はお茶漬けである。密かにポットを使って沸かしておいたお湯をお茶漬けの粉末が乗る白飯に注げば完成である。とてもスピーディーでご飯を満足に食べられる一品である。

 

 

 

「ほら、お前達の朝飯だ。パンだが文句を言うなよ」

 

「うっまそ!?」

 

「ジブリのハウルの動く城に出て来るベーコンと卵みてぇだ!?」

 

「あっ……パンがサクッといってレタスシャキシャキ……っ」

 

「あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙……半熟の目玉焼き最高かよチキショウ……ベーコンがゲロウマぁ……」

 

「時間が押してるぞ。さっさと食べろ」

 

「龍已のご飯だよ!?遅刻なんていいからもっと味わわせてよ!?」

 

「お前の飯の為ならいくらでも遅刻してやるよ」

 

「阿呆かお前達は」

 

 

 

 いいから早く食え、遅刻するならば作らないぞ。そう言うと急いで食べ始めた慧汰と妃伽に、飯さえ与えておけば一日中黙らせるのも可能なのでは?と思い始めている龍已。正直誰でも作れるのでやろうと思えばお前達でも出来る……と言おうとして、若干一名卵すら焼けない猛者が居るので言わなかった。

 

 食べ終わって食器を洗い終わった一行は自分達の教室へ向かう。ドアを開けて中に入り、それぞれの席に座って少し経つと、夜蛾が入ってきたので挨拶をして、今日が始まった。と言っても今日は慧汰と妃伽に合同の任務が与えられているので、最初の一般教養をやったら龍已しか残らないのだが。

 

 因みにだが、呪術師の階級の内、単独で任務を受けられるようになるのは2級からなので、一年生の中で一人で任務に行けるのは龍已だけだ。普通は入学と同時に4級呪術師としてスタートを切るのだが、龍已は色々あるので特別に2級からスタートだ。妃伽はスカウトされるまで一人で呪霊を祓っていたし、見つけたときは2級を祓っていたので3級から。慧汰は4級である。

 

 

 

「うーっしッ!!任務だ任務ー。行くぞ龍已」

 

「3日振りだよね!じゃあ頑張ろっか龍已!」

 

「……?俺は行かんぞ。お前達の合同任務だ」

 

「まあケチケチすんなよ!どうせ一人で授業やってもつまんねーんだから、な?良いよな夜蛾センセー」

 

「……はぁ。ダメだと言ったところで無理矢理連れて行くんだろう。龍已、そいつらの面倒を見ておいてくれ」

 

「……分かりました」

 

「おーっしゃッ!ンじゃあデートしようぜ♡」

 

「任務だと言ったろう」

 

「えっ、俺もデートしたい!」

 

「任務終わりに2人で勝手にしてくれば良いではないか……」

 

「え?俺も龍已とって意味!!」

 

「女好きはどうしたんだお前は?」

 

 

 

 何だか、好感度が一気に上がっていて困惑する。慧汰に至っては女好きの性格はどうした?何故男の俺をデートに誘う?と本気で訳が解らない。まあおふざけで言っているのは分かっているのだが、おふざけでも、そんなことを軽々しく言い合うような仲では無かった筈だ。手料理効果か?それだけで人の好感度が上がるなら、この世に婚活なんてものは消滅する。

 

 夜蛾の溜め息が背後で吐かれているのを聞きながら、龍已は慧汰と妃伽の後を付いていく。本来この任務には行く事は無かったので、何処に何級の呪霊を祓いに行くのか分かっていない。まあ補助監督が資料を持っている筈なので大丈夫だと思うのだが。

 

 高専を出て補助監督が乗っている車があるので乗り込み、龍已はついでに資料を受け取った。内容は墓地に居る3級呪霊2体、4級一体を祓うこと。車では細くて入り口を通れず、周辺の木が伸びきって陽の光があまり入って来ず、薄暗い場所に立地されていて、更には殆どの墓が手入れをされていないので薄汚れている。

 

 衛生的では無いのと、薄暗くて外観の気味が悪いということで人の負の感情が長年に渡って凝り固まり、呪霊を生み出したのだろうと推測される。人死には出ていないものの、何か気持ち悪い者を見たという人が何人か居るので『窓』が調べに向かったところ、呪霊を確認したとのこと。まあ墓地は良い意味で取られることは無いので、負の感情が溜まりやすい。らしいっちゃらしいものだ。

 

 

 

「では、車がここまでしか通せませんので、私はここで待機します。帳も降ろしておきますので、どうかお気を付けて。『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」

 

 

 

「パパッと片付けちまおーぜぇ」

 

「近接戦闘の練習の成果を見せる時だ!」

 

「一体ずつで良いだろう。音無が4級を祓え。何かあったら呼ぶんだぞ。特に音無だからな」

 

「信用されてない!?」

 

「念には念をということだ。東京の呪霊は他と比べて狡猾さが高いらしいからな」

 

「そうなんだ……分かった!」

 

 

 

 妃伽は問題ないだろう。あれだけの戦闘力と戦闘意欲を持ちながら3級呪霊に負けたとなったら、一体全体どうなってそうなったんだという話になる。だが戦闘力があまり無い慧汰が最も心配だ。これでも一応龍已が武器術を教えてきたが、今回が初めての実戦なので、図に乗らないと良いのだが。

 

 徒歩で墓地へ3人で向かって行く。上空で黒い靄が生まれ、ドーム型に膜が落ちてくる。一般人が中で何が起きているのか分からないようにさせるものであり、内部への侵入をしないためのものである。これにより、どれだけの破壊音を撒き散らそうと、外部に居る一般人が気付くことが無いのだ。

 

 呪いの気配が感じると、妃伽は呪力を漲らせながら術式を発動させ、身体能力を爆発的に増大させた。妃伽の術式はとても簡単なものだ。呪力にものをいわせて術式を発動させると、その呪力分だけ身体能力を上昇させることが出来るのだ。それなのに妃伽は呪力が中々に多く、素の身体能力も高い。思考も戦闘を求める傾向にある。つまり妃伽に一番合った術式なのだ。

 

 

 

「み……みず……に゙ぎり゙ぃ゙ぃ゙──────」

 

「──────うっせェ死ねッ!!!!!」

 

 

 

「えぇ……一発ぅ……?」

 

 

 

 先ず出て来た3級呪霊だったが、足下の地面を踏み砕きながらロケットスタートをかまし、目前に躍り出ると引き絞った腕を解放して殴り抜いた。顔面を真っ正面から殴られた呪霊は、頭部を丸々消し飛ばされ、塵となって消えた。祓い終えた妃伽は殴った拳を見つめ、とてもつまらなそうな顔をしていた。予想の範疇を出ない反応だ。

 

 次に出て来たのはムカデのような体に、脚があるところに腕が生えており、頭部に四つの目玉が付いている呪霊だ。大きさはそこまででも無く、腰の高さ程度だ。見た目はともかく所詮は4級呪霊なので冷静に戦えば大した傷を負うこと無く勝つことが出来る。慧汰は懐からナイフを取り出す。しかし普通のナイフではない。攻撃方法が殴打や蹴りしか無い事を夜蛾に話し、高専が所持している呪具を貸し出されているのだ。

 

 慧汰は呪霊が向かって行くよりも早く駆け出した。迎え撃つのは勿論ムカデのような呪霊。ナイフを構える慧汰に突進して足と腕を取ろうとするのを跳躍して回避し、ナイフを背中部分に突き立てた。呪霊の体液が噴き出す中、ナイフを突き立てたまま頭に向けて斬り裂いた。

 

 呪霊の悲鳴が上がり、尻尾を使って慧汰を狙う。先端には長く鋭い針。突き刺されば重傷だろうが、術式を使って『聴いた』慧汰には当たらない。危なげなく避けて、四つある目玉の中央にナイフを刺し込んだ。更に内部の頭の部分に蹴りを入れて奥にぶち込む。それで漸く、呪霊は消滅した。

 

 

 

「や……ったっ!!危なげなく勝てた!やったぁっ!」

 

「ナイフも使えていた。今度は少し長さを変えて短剣にしてみるか」

 

「俺も筋肉がついてもう少し重いのがいいなって思ってたんだ!あ、それと少し気になったんだけど、龍已ってどういう術式なの?」

 

「あー、それ私も気になってたんだよな。その脚に付けてる銃と関係あるのか?私達のは知ってンだろー?1人だけ秘密なのはズリーぞ!」

 

「……そうだな。何だかんだ教えていなかったし、見せていなかったな。この際だ、教えておこう。丁度良く最後の呪霊が出て来たからな」

 

 

 

「おかしぃ……おおおかおかしぃいいぃぃぃ……っ!!」

 

 

 

 妃伽が3級呪霊を祓い、慧汰が4級呪霊を祓った。ならば残りは3級呪霊一体。この場の3体の内2体が祓われた事と帳の効果で姿を現した呪霊は人型で、全身が所狭しに目、鼻、口、耳が付いている姿。それに対して龍已は、右足のホルスターに納められた『黒龍』を引き抜いた。

 

 妃伽、慧汰、龍已が固まっている場所から前方50メートル先に現れた呪霊に、銃口を向けた。軽く持っている『黒龍』は、その見た目以上の超重量を誇る。それを知る者は少なく、妃伽と慧汰もそれを知らない。そんな銃を腕を伸ばした状態で構え、呪力を籠めていく。但し……その呪力は膨大だ。慧汰はその呪力量に、知らず知らずの内に一歩二歩と後ろへ下がっていた。手が震えている。それは未知への恐怖だろうか。それとも……龍已への恐怖だろうか。

 

 一方妃伽は、歯を剥き出しにして獰猛な笑みを浮かべて龍已の一挙手一投足を見て、観察している。こんな膨大な呪力量ははじめてだ。しかもそれを、たった一発の弾丸に形成していく。構築術式のような、0から物質を生み出すようなものではない。呪力を弾丸の形にしているだけだ。だが、その呪力量が破滅的なだけだ。

 

 

 

「──────俺の術式は『遠隔呪力操術』といって、体内にある呪力を体外へ飛ばして範囲内ならば可能な限り操作が出来る術式だ。使い勝手が良いように思えるが、本来の術式は範囲も狭く、操作内容もかなり限られる。そこに俺は天与呪縛を設けられ、飛ばすには銃を介さなければいけない。そうしなければ、俺は術式を使うことすら出来ない。だがその代わりに、広大な術式範囲と操作技術を与えられた。操れる範囲は俺を中心とした4.2195㎞。この範囲内ならば──────俺の領域だ」

 

 

 

 引き金が引かれ、青黒い呪力によって形成された呪力弾は、呪霊の反応出来る速度を大きく超えて向かう。だがこの呪力弾はあくまで呪力によるもの。術式範囲内ならば、どのようにも操ることが出来る。

 

 呪霊の眉間に着弾する寸前、呪力弾は進行方向を変えて呪霊の体の周りを旋回し、青黒い線が幾本にも見える。そして呪霊は訳の解らない状況に困惑し、呪力弾が呪霊の脚を貫いた。痛みで叫ぶ呪霊を尻目に、脹ら脛、太腿、腰、腕と貫いて飛び交い、頭を背後から突き破って眉間から出て来て、最後に鳩尾部分に貫いて内部で爆発した。

 

 大爆発を引き起こし、周囲にも被害を及ぼすと思いきや、爆発した時の呪力がまだ生きていて、竜巻状にとぐろを巻いて上空へと威力を分散させた。呪霊が居た所には何も残らず、抉れた地面が螺旋を描いているだけ。これを操作の一つで済ませられない事くらいは分かっている。同じ事を同じ力でやってみろと言われても、絶対に出来ないと断言出来る。

 

 

 

「ぅわあ……スゴい威力……」

 

「ははッ……お前やっぱり最高だぜッ!!」

 

「……と、まあ……俺の術式開示は以上だ。弾を曲げられるのはあまり他人に言うな。殆ど見せていない技術だからな。真っ直ぐにしか飛ばせないというだけでブラフになる」

 

「確かに……普通の弾って真っ直ぐだもんね。めっちゃ良いと思う!」

 

「……術式は分かるが、じゃあ何であんなに近接つえーんだよ。銃で遠距離だからうぜーと思って近寄ったら近接でボコボコじゃねーか」

 

「俺は黒圓無躰流という一子相伝の武術を修めている。その真髄は相手の懐に潜り込んで使える手を全て使い、相手を殺す。超近接特化戦闘術だ。だから近接では父以外に負けた事が無い」

 

「へぇ──────燃えるねェッ!!」

 

 

 

 戦いたくて仕方ないとでも言うような笑みを浮かべて見てくる妃伽に、やはりかと思いながら『黒龍』を仕舞う。早く帰ろうと言って、龍已は帳が上がったのを確認しながら補助監督の元まで歩いて行った。その後ろを慧汰と妃伽が追い掛け、学校に戻る。

 

 呪霊は報告通りだったという事を補助監督に報告し、車に乗り込んだ龍已は、学校に戻ったら確実に近接格闘の手合わせを妃伽から申し込まれるだろうと確信した。何故なら、助手席に座っている龍已の後頭部に、後部座席に座っている妃伽が熱い視線をぶつけているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2004年8月。この日は朝から近接格闘及び武器術の訓練だった。

 

 

 

 夏の暑さの中、動きやすいジャージの格好で鍛練を積んでいた一年生達。と言っても、慧汰が龍已に動きのレクチャーをしてもらい、妃伽が我慢出来なくなったら龍已と呪力無しで全力でやる……というのを繰り返しているだけなのだが、どうやってもやはり勝てない龍已に、妃伽は只管ボルテージを上げていく。

 

 その内呪力や術式まで使い始めるんじゃないだろうなと、少し警戒していた龍已の元へ、歌姫と冥冥がやって来た。合同での訓練とは聞いていなかったので、何か用でも有るのだろうと思って、全くやめる気が無い妃伽を後ろから羽交い締めにして大人しくさせる。

 

 

 

「オイゴラ龍已ッ!今回は絞め技無しだろォがッ!!正々堂々殴りあえやテメェッ!!」

 

「暴れるな。歌姫先輩が何か用のようだ。少し大人しくしろ、後でまた再開してやるから」

 

「クッソがァッ!!調子上がってきてハイだったってのによォッ!!歌姫ェッ!!何の用ださっさと吐けゴラ殺すぞッ!!」

 

「あ、相変わらずね妃伽は……」

 

「ふふふ……日を追うごとに凶暴性が増している気がするよ」

 

「歌姫ちゃんに冥冥ちゃん!どうしたの?どんな用事?」

 

「ちょっとあなた達に頼みたいことがあってね」

 

 

 

 ギャウギャウ吠えている相変わらずの妃伽に苦笑いの歌姫に、狂犬のようなメスゴリラ具合に何時もの微笑みを浮かべる。用事があるという歌姫と冥冥の為に、あとでまた相手をすると言っているのに暴れる妃伽を抑えるのに龍已が出ているので、代わりに話を聞こうとしている慧汰。

 

 最近は女好きの性格が丸くなってきている慧汰に警戒しなくなった歌姫は、早速用件を話す事にした。内容は、ある行事に一年生3人で参加して欲しいというものだ。それも伝統もあり、とても盛り上がるものだった。

 

 

 

「あなた達に京都姉妹校交流会に出て欲しいのよ」

 

「京都姉妹……?何ですかそれ?」

 

「交流会はね、毎年開催されている催し物で、姉妹校である京都の高専と呪術で競い合うのよ。1日目は団体戦で2日目が個人戦って決まっててね、3年と2年がメインでやるイベントなのよ」

 

「……?じゃあ何で俺達が出る事になるんですか?正直、俺戦えないですよ!」

 

「……2年生が元々3人居たんだけど、あなた達が入学して少しして2人が任務先で亡くなって、残された1人が続けられないって病んじゃって辞めたのよ。だから空きがあるの。どう?出てくれるかしら?あなた達が出てくれるなら頼もしいわ」

 

「……呪術でやり合っていいンだよな?」

 

「え、えぇ。殺すこと以外なら何しても……あっ」

 

「──────出る。いやー、ハッハッハ……クソ楽しみだぜ」

 

「……余計なことを言っちゃったぁ……っ!」

 

 

 

 その言葉を待ってましたと言わんばかりにニヤける妃伽に、歌姫は言わなくて良いことを言ったのを自覚した。殺さないならば何しても良い。何しても良い!最早妃伽に許された独壇場。妃伽の為に用意された席。仕方ないから出てやろうみたいな感じの顔をしているが、目の奥から滲み出る狂気と歓喜が混ぜ合わさった炎が顔を出しているのが、全員に伝わった。もうこれ以上ないくらい伝わった。

 

 頭を抱える歌姫だが、冥冥は勝っても負けてもどちらでもいいので、ただ微笑みを浮かべているだけだ。いや、冥冥は今回楽しみなのだ。妃伽が出るということは、必然的に慧汰も、そして龍已も出るという事なのだから。一子相伝の超閉鎖的武術。千年以上の歴史を持つ独立した家系。その唯一の生き残りの戦いが見れるのだから。

 

 微笑みはいつも通り。しかし目は一切笑っておらず、標的は龍已ただ1人。面白いものが見れれば良くて、あわよくば……と考えている獲物を狙うかのような視線に龍已は勘付き、冥冥の方へ振り返る。目がばちりと合えば、冥冥は何でも無いかのように手を振って笑みを送る。世の男はこれで勘違いを起こすのだが、やはり龍已には効かないようだ。

 

 顔を背けて無視をする龍已に、冥冥は笑みを深くして面白そうに笑った。黒圓……欲しいなあ……と。瞬間、龍已の背筋にゾクリとしたものが奔った。何となく嫌な予感がするので冥冥から一歩離れる。二歩詰める。一歩離れる。二歩詰める。何故か分からないが隣に腕が触れる程近く寄ってくる冥冥に内心ゲンナリとする。

 

 

 

()()君は出るのかな?私は少し気になるんだけれど」

 

「……折角なので出ようと思っていますが、それが何でしょうか」

 

「いいや?それはさぞや……見応えが有るんだろうなぁと思ってね。龍已君が居れば百人力なんじゃないかな?」

 

「過大評価も程々にしていただけますか。俺はやれることをやるだけです。冥冥さんが期待されるような事は起きないと思われますが」

 

「さぁ……それはどうだろうねぇ?未来のことなんて、誰にも分かりはしないさ。だから楽しみに繋がるんだろう?違うかい?」

 

「分からないから楽しみに繋がると、確実性が有りませんよ。苦しみかも知れませんし、辛いだけかも知れません。この業界なら尚更。なので冥冥さんも期待しすぎて()()()()()()()()()()()()ならないようにして下さい」

 

「……ふふふ。良いね。とてもイイと思うよ。じゃあ、程々に期待させてもらうよ」

 

「えぇ、程々に」

 

 

 

 一方は微笑みながら、一方は無表情で会話をしている2人は温度差が激しく、何だか不穏な気配を感じさせる。龍已は何を考えているのか分からない冥冥を少し警戒している。特にこういった龍已が出て来て戦うような時に、矢鱈と獲物を狙う肉食獣のような雰囲気が感じられるのだ。まあ黒圓無躰流関連だろうが。

 

 冥冥が離れていくと肩の荷が下りる。彼女と会話をしていると疲れるのだ。何か不用意な発言を一つすると、死体になっても突っついてきそうで。虎視眈々と狙っているような、烏のような執拗さがありそうで油断ならない。

 

 来月辺りに開催される予定である京都姉妹校交流会。未だ見ぬ対戦相手に万感の思いを馳せながらニヤニヤ嗤っている妃伽に、自分が出るまでも無く妃伽一人居れば気絶しても相手に襲い掛かって勝てるんじゃないかと密かに思った。

 

 

 

「じゃあ、一年生は全員参加で良いのよね?」

 

「任せな。死なねェ程度に血祭りにあげてやるよ。あは♡楽しみだなァえェおい?……くくくッ」

 

「妃伽ちゃん何か薬物キまってる人みたいな顔してるよ!?その顔外でしたら捕まるよ!?」

 

「……まあ、力になれるよう頑張ります」

 

「あっ!因みに何処で開催されるんですか?」

 

「……京都校よ」

 

「えっ!?態々京都まで行くんですか!?あ、もしかして代わる代わる開催地変える感じですか?」

 

「ふふふ。開催地はその前の年で勝った校で開かれるんだよ」

 

「……え?じゃあ去年負けたんですか?」

 

「……そうよ!!私がドジ踏んで負けたのよ!!悪い!?」

 

「えぇ!?なんで俺が歌姫ちゃんに怒られるの!?」

 

 

 

 その時のことを思い出したのだろう。顔を膨れさせて慧汰に怒鳴っていた。相手も呪術師な以上、下手に隙を見せればそこを突いてくる。去年は冥冥が活躍していたようで、そのお陰で今こうして準一級呪術師をやっているのだそう。

 

 まだ何をするのか決まった訳では無いが、恐らく舞台となった京都校に放たれた呪霊をどちらが多く祓えたかという早い者勝ち競争と、個人戦なのだろうから、これからはビシバシ鍛練を積むわよ!という歌姫の号令に、妃伽と慧汰が元気よく腕を突き上げた。

 

 

 

 

 

 

 2年不在によるため、一年生ながら京都姉妹校交流会に出場する事になった龍已達である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虎徹か。……あぁ、お前の予想通り、少し思い付いた事があってな──────こんな物は造れるか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






冥冥

現時点で準一級。烏による索敵と体術が評価されて推薦された。

龍已君も出るんだよね?ふーん、見させてもらうよ♡




歌姫

軽く出てってお願いしちゃったけど、妃伽大丈夫?相手殺さない?

龍已や慧汰が居るし大丈夫だろうと、楽観視している人。バーサークメスゴリラが自重なんて言葉知るわけ無いでしょ。




慧汰

最近、体力向上の走り込みや近接格闘を真面目にやって強くなってきた努力家。そのため女好きの性格が丸くなった。なので妃伽のイライラが消えゆく傾向にある。




妃伽

龍已の術式を見せてもらって、やっぱり全力で殺り合いたいと思ったイカレメスゴリラ。それだけでも嬉しいのに、交流会の事を知る。

え?死ななきゃ何でもオッケー?……ひひっ……おぅけぃ♡





龍已

術式の練習?勿論毎日やっているとも、当然だろう?だから練度が上がってます。

術式範囲は4.2195㎞デス!ん?何か見たことある?気のせいでは?



最近黒い死神の出番が少なくてつまらない。





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第十七話  実験



最高評価をして下さった、鼻からエメラルドスプラッシュ クレイン070 アイス好き JUMP大好き芸人 ZACKEY 888 tanker ヨッシーマタタビ touyu nakan 五月雨@ノン さん。

高評価をして下さった、でーさん ヌーピー(ΦωΦ) AwaKa_KS VZ 2020 セリヌんティウス 自販機裏のタカ nakan

さんの皆さん。ありがとうございます!





 

 

 京都姉妹校交流会。毎年開催される、生徒の呪術師による戦闘系の催し物。日本にたったの2校しかない呪術高専が、バッチバチにやり合うこのイベントは人気が高く、ここでの成績が呪術師への評価に大きく影響されると言っても過言ではない。

 

 優秀な成績を収める事が出来れば、活動している呪術師からの推薦で階級を上げられる事も有る。冥冥がその良い例で、索敵と情報収集が主な使い道である黒鳥操術を存分に使って相手の位置を把握し、本人の高い戦闘力で狙われたとしても落ちない。結果として相手校の生徒を何人も無力化し、貢献していた。

 

 色々と諸事情があって最終的には負けてしまったのだが、活躍を聞いた呪術師が冥冥の階級上昇を推薦し、晴れて準一級呪術師となることが出来た。言うなれば、危険度が果てしなく高い体育祭みたいなものだと思えばいい。少し死ぬ危険がある程度のものだ、問題ない。

 

 現在は8月だが、交流会が開かれるであろう日は来月。それまでは各々で鍛練を積んで備える。相手も呪術師であり、主に3年と2年が出張るので、入学して四ヶ月程度しか経っていない龍已達よりも、相手の方が経験は上だ。と言っても、龍已と妃伽に関しては対人戦は慣れているので問題ないが、慧汰はもう少し実力を付けた方がいい。

 

 龍已は言わずもがな、妃伽は高専に入る前から喧嘩に明け暮れ、度々見掛けた呪霊を拳で祓ったりしていたので戦闘には慣れている。寧ろ戦うことが大好きだ。そんな2人を見ていればどうしても戦闘面では霞んでしまう慧汰を強化するため、対人戦闘を鍛えることにしている。

 

 

 

「ほら攻撃されたからって立ち止まらない!格好の的よ!相手を翻弄する術を身に付けなさい!」

 

「了解です!」

 

「歌姫の次は私とだね。戦斧は使わない代わりに棒を使わせてもらうよ」

 

「ばっちこーい!!」

 

 

 

「扱かれてンなーアイツ。まあまだまだクソザコだから仕方ねーンだけど」

 

「お前も相手をしてもらえばいい」

 

「くはッ……目の前のご馳走しか見ないタチなんでね私はッ!!」

 

「だから術式を使うな」

 

「どうせ効かねぇンだからイイだろケチケチすンなオラァッ!!」

 

「おいその呪力量は拙──────」

 

 

 

 グラウンドに大穴が開いた。校舎の方から夜蛾がすっ飛んで来て妃伽の頭に拳骨を落とした。焼いた餅みたいに膨れたたんこぶを摩りながら、それでも目をギラギラさせている妃伽に、本当に戦闘民族なんじゃないかと思う龍已。因みに龍已はケン達から薦められてドラゴンボールは知っている。だだだ連打多過ぎでは?と口にしたら説教された。

 

 拳一つでクレーターみたいなことになっているのを見て、歌姫が顔を青くしていた。まあそうなるだろう。何せ一番最初の頃に拳で殴り合っていたのだから。少し本気で術式使ったら、歌姫の体は木っ端微塵だっただろうから。

 

 冥冥は相変わらず微笑みを浮かべて、ものの成り行きを見守っている。いや、見て楽しんでいると言った方が良いのかも知れない。関与しないので傍観者で中立的立場だが。慧汰は最早妃伽のゴリラ具合に慣れたのか、またやっちゃったねー、と軽い。イカレ始めている。感覚が。

 

 反省する気のない妃伽に気を取られているが、そんなクレーター作りの殴打を受けて無傷の龍已は意味が分からない。一応躱したので無傷なのだが、これに近い威力の殴打を受け止めたりしているのだ。はっきり言ってどちらもゴリラである。

 

 受け身の練習だったり攻めの練習だったり、隠密の方法など先輩である歌姫と冥冥からレクチャーされて鍛練を積んでいった。1日の殆どを動いて過ごしている龍已達は消費カロリーが尋常じゃなく、最早食べる事すら鍛練の一つに組み込まれる。そう……食べる。

 

 ここで明かすが、慧汰は料理が死ぬほど出来ない。寧ろ料理をしたら人が死ぬ。ついでに妃伽も料理が出来ない。やろうとすればフライパンがへし曲がり、最終的にはお湯を入れて3分のアレに行き着く。つまり生活力は皆無なのだ。部屋の掃除は出来る癖になんで簡単な料理すら出来ないというのか。龍已には理解が出来なかった。

 

 なので、結局何が言いたいかと言うと、1日の疲れを癒す、魂の補充とも言うべき食事を龍已頼みにするということだ。あれだけ動いて食べるのがカップラーメン?殺す気かと言って、龍已に泣き付いてきた2人。龍已が1人で自分の分だけ晩飯を作って食っていた時は、任務帰りとはいえ本気で泣いて縋り付いてきた。龍已は無表情でドン引きした。

 

 

 

「お願い龍已行かないでッ!!龍已が居てくれないと俺死んじゃう!!本当に死んじゃう!!ムリムリムリムリムリッ!!後生だからッ。後生だから行かないでッ!!うわあああああああああんっ!!」

 

「なぁ龍已……悪いとこ直すから……近接格闘で勝手に術式使ったりしないから……だから行かないで……」

 

「これから任務なんだが」

 

 

 

 これから任務なので現場の資料を片手に行こうとしている龍已の腰に慧汰がひっしりと抱き付いて、服の裾を妃伽が掴む。何がしたいんだ、というか何があったんだと問われれば、放課後に近場の任務なので晩飯は帰ってきてからでいいかと思って出掛けようとすると、腹を空かせた慧汰と妃伽と鉢合わせし、こうなっている。

 

 何か適当に作って食べれば良いと思うことなかれ。2人は料理が出来ない。じゃあ外食でもしてくれば良い。任務を受けていて報酬が出ているのだから。金はあるだろう、外で食べてこいと言えば、お前の料理じゃないと満足出来ないという。じゃあ昼を挟んだ任務はどうしているんだ。

 

 取り敢えず龍已は任務へ行かなくてはならない。なのに2人が放してくれない。理由は腹が減って死にそうだから。引き留める理由が本当にショボい。こっちは確認された呪霊を祓わないといけないというのに。はぁ……と溜め息をつきながら腰に隙間無く抱き付いた慧汰と、掴んだ服の裾を離さない妃伽を見る。2人は必死で、龍已の瞳を見返した。

 

 

 

「……はぁ。分かった、晩飯だな。作ってから任務に行くから、音無と巌斎は補助監督の方に謝罪と少し遅くなるという旨を伝えてこい。俺はキッチンに行く」

 

「……っ!!ありがとう龍已!!」

 

「やったぜ!!マジでサンキュー龍已ッ!!」

 

「まったく……俺まで補助監督の方に謝罪せねばならん」

 

 

 

 先までの落ち込みようと縋り付きようはどうしたと言わんばかりに駆け出した慧汰と妃伽に呆れる。もう我慢して外食すればいいのに。しかし必死に求められて嬉しくないという訳では無いので、やれやれと言いながら言うことを聞いてくれるので、2人もつい甘えてしまうのだ。なんだかお兄さんみたいで。歴とした同級生なのに。

 

 仕方ないので来た道を戻って食堂のキッチンへ向かう。流石に凝ったものを作っている暇は無いので、パパッと作れて、あの2人が満足するものと言えば……丼ものだろうか。だが色々なものが存在する中でどれにしようかと悩んだ時に、そういえばスーパーで買い物している時に、厚いロース肉が半額セールしていたので買ったな……と思い出した。

 

 買うものリストを作って買い物カゴ片手にスーパーで買い物をしている龍已の図は、何故かしっくりきてしまう。主婦だろうか。嫁でも良い。まあ兎に角、龍已は今日の2人の晩飯のレシピを思い付いたので用意するものを頭の中に思い浮かべる。

 

 キッチンに着いたらお馴染みの黒いエプロンを装着し、冷蔵庫からロース肉二枚と玉ねぎ、卵と醤油にみりん、料理酒や砂糖などを取り出して並べていく。パン粉も必要なので棚から出して、浅い鍋をコンロにセットしておく。玉ねぎを細く切って調味料と一緒に入れておく。

 

 油の入った鍋に火を付けて熱し、ロース肉をパックから取り出して小麦粉をまぶして余分なものを落とし、溶き卵が入った容器の中に入れて絡め、パン粉の中に放り込んで衣の部分を作る。それを二枚分やり、油が熱せられたのを確認して投入。じゅわっといい音を立てる。

 

 今日の龍已の補助監督を務める人に訳を話してきた慧汰と妃伽は既に食堂にやって来ていて、油でカツを作っている音を聴いて目を輝かせた。相当楽しみらしい。菜箸で揚げ加減を確認していい感じになったのを確認してまな板の上に移動させ、包丁を入れる。ザクッと音が鳴り、中を見ればしっかり火が通っているようだ。そこで浅い鍋の方に火を付けて中の調味料と玉ねぎに火を通し、溶き卵を作っておく。カツを鍋の中に入れたら卵を入れて蓋をする。

 

 少しの待ち時間の間にサラダと、盛り付けるためのどんぶりに白飯を入れて準備は完了。グツグツと煮立った鍋の蓋を開ければ、もわっと良い匂いが顔に掛かる。火加減もタイミングも完璧だった。二つの鍋を持ってどんぶりに入った白飯の上に滑り入れれば、カツ丼の出来上がり。それとサラダである。持っていこうとして、最後の仕上げにカツ丼の上にアクセントの三つ葉を乗せて本当の出来上がり。

 

 因みにだが、自身の分は作っていない。帰ってきてから食べるし、そもそも今日の気分は麺なので、帰ってきたらパスタを作って食べる気である。

 

 

 

「ほら出来たぞ。カツ丼とサラダだ」

 

「うおーっ!?金色に輝いてる!!カツでっか!?」

 

「腹減ってもう我慢出来ねぇ!いただきます!!……うんめェッ!!」

 

「タレが優しい味で泣きそう!!」

 

「カツ丼うめぇ……カツ専門店のやつより私はこっちがいい……」

 

「龍已……俺と結婚しよ……お嫁さんになって……」

 

「私と結婚しようぜ……一生養ってやるから……龍已は私の嫁……」

 

「では、俺は任務に行ってくる。洗い物くらいはしておけよ」

 

「「はーい!!」」

 

 

 

 やることは終えて、2人も満足そうにカツ丼をむしゃむしゃ食べているので任務へ向かう。何かと自身を嫁にしたがる慧汰と妃伽には首を傾げる。何故男の俺が嫁なのだろうかと。いいや、合っていると思う。掃除も洗濯も、そして料理も出来るのだから嫁に欲しくなる。スーパーで買い物をしている姿を見たら駆け寄ってしまうかも知れない。

 

 まったく、変な懐かれ方をしたものだと思いながら外へ出て、待っていてくれた補助監督に謝罪した。事の経緯を知っている補助監督は苦笑いだった。苦労していますねと言われているようで微妙な気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月が終わって9月の上旬の頃、男は逃げていた。後ろから追い掛けてくる得体の知れない何者かとナニカから。

 

 

 

 男は呪詛師だった。持っている術式は戦闘に於いて役に立つが、戦闘には使えない。つまり攻撃性が無い。だがとても気に入っているものだ。そのお陰でこうして呪詛師としてやってこれて、捕まることもなく、やられることも無く生きていたのだ。しかし、それは今日までの話。

 

 手持ちの金が無くなったので適当に一般人を襲って金を巻き上げて殺そうと思った。しかしそれよりも先に呪力の弾丸が目の前を通過した。音は無く、呪力を察知するよりも先に目の前を通っていた。危なかった。後少しで頭を撃ち抜かれるところだった。

 

 実弾ではなく、呪力によって形成された弾丸なのだから、一般人には見えない。音が無かったから何も無いものと同じ。だからこそ恐ろしいと思った。この手段ならば、何が起きたかも分からず自身を殺すことが出来る。

 

 飛んできた方向を振り返る。心臓が嫌な鼓動を刻みながらの振り返り。そして視線の先に見付けたのは、黒いローブを着て、黒い銃を此方に向けている何者かだった。すぐに察した。今は夜。雲に隠れて月の光りも無い、人工の光だけが当たりを照らす暗闇時だ。つまり、アレが……黒い死神が動き出す時間。

 

 全身から脂汗が噴き出て、過去最高だろう速度で駆け出した。目的の場所は無く、兎に角逃げることを最優先にした。術式も迷い無く使った。だから飛ばされる呪力弾を避けることが出来た。所詮は真っ直ぐにしか飛ばせない呪力弾。解りさえすれば避けるのは容易い。

 

 後はどうやって逃げ切るかだ。3発の呪力弾が飛んできたので、右の道に入る。少し先を行けば工場地帯で、倉庫などが多く並ぶ場所だ。そこで黒い死神を撒く。依頼達成率が100%。狙われた呪詛師は必ず始末されてきた。だがそれも今日までの話だ!

 

 自身には逃げ切るための算段がある。そして、それを行うだけの術式がある。俺が、俺こそが黒い死神から逃げ切った第一号となる!そう息巻いて己を鼓舞し、逃げるために鍛えた脚を全力で動かした。そして、男は術式によって導き出されたものにより、ある倉庫の中へと侵入した。

 

 薄暗いが、電気なんてものを点ければ居ると言っているようなものなので、壁に背中を預けて座り込み、息を潜めてその場で待機する。10秒、30秒、1分が経過した頃、男は確信した。あの、あの呪詛師殺しである黒い死神の魔の手から逃げ延びたのだと。男は()()()()()()()()、暗さの増した倉庫の中で歓喜のガッツポーズをした。

 

 

 

『──────勘が鋭くなる術式』

 

「──────ッ!?」

 

『だからこれまで、呪術師の手から勘を頼りに逃げ延び、俺の呪力弾を避けることが出来た』

 

「……っ!!まさか……なんで……俺の術式は告げていた!お前はこの倉庫を興味を示さないと!」

 

『倉庫には興味を示していない。最初からお前だけを狙っていたのだからな』

 

「……クソッ!こんなところで殺されて堪るか!出て来い真っ黒野郎!!ぶっ殺してやるッ!!」

 

『奇遇だな。俺も呪詛師(おまえ)を殺したい。だが、お前の術式はとても良いものだ。故にこの際、お前で実験させてもらおう』

 

「……あ?テメェ何言って………………まさか」

 

 

 

『実験の始まりだ──────精々避けろよ』

 

 

 

 呪詛師である男の術式は、勘を鋭くさせることが出来るというシンプルなもの。攻撃性は無い。だがとても素晴らしいものだと思っている。使用すれば、どんなことに対しても勘が働く。盗みを働こうと思えど、術式によって鋭くなった勘がやめた方が良いと出てやめておけば、近くを警察が通り過ぎる。

 

 勘がやっていいと判断したので人を殺せば、殺し終えて金品を盗んでその場を去るまで、人は一切通らなかった。呪術師に追われても、勘に従って動くと撒く事が出来る。発動させるのに条件は必要無い。使いたいときに使うことが出来る。だから今回も逃げ切れると思ったのに……こうもあっさりと破られるなんて。

 

 しかも今気付いたが、倉庫を囲んで帳が降りている。つまりもう逃げられないし、一般人が気付き、騒ぎが起きて戦況をどうのこうのという展開にもならないのだ。ならばもう、どんなに無謀でも黒い死神と戦うしか無い。なのに、黒い死神の姿が全く見えない。何処に居るのかも、気配も呪力の気配も分からなくなっていた。

 

 そして不穏な言葉を吐いた、黒い死神。何が目的なんだと頭に血が上ったところで、術式を使って鋭くなった勘が避けろと叫んだ。それに従って頭を横に動かしてみると、すぐ横を青黒い光線が通り抜けた。触れるか触れないかの横を通った呪力の光線からは、身の毛もよだつ呪力量を感じた。食らえば一撃で死ぬ。それを悟らせるものだった。

 

 

 

「今……どうやって……気配が無かったッ!!お前何をした!!」

 

『死ぬお前がそれを知る必要は無い。さて、此処に誘い込まれたお前の選択肢は2つ。先のもので今すぐ撃ち抜かれて死ぬか、逃げ続けた挙げ句最後に死ぬか。どちらかだ』

 

「だったらテメェを見つけ出してぶち殺してやる!!」

 

『そうか。ならば先ず俺を見つける事だ。でなければ話にすらならんからな』

 

「ハッ。俺の術式なら余ゆ……っぶねッ!!」

 

 

 

 勘で見つけ出そうとして、飛んできた右太腿を狙ってきた光線()、左肩を狙ってきた光線を身を捻る事で避けた。冷や汗が流れる。今飛んできたのは全くの逆位置からだった。右太腿を狙った光線は前から。左肩を狙った光線は後ろから飛んできた。1人でやるには不可能の芸当。まさか黒い死神は2人居るのか?

 

 だが気配はしない。呪力の光線も飛んでくるまで分からなかった。しかし今避けられているのは、勘が鋭くなっているからだ。放たれている光線は速度が速すぎて気付いた時にはもう貫いているだろう。だからこその勘。

 

 黒い死神の術式は判明していない。判明させられる者が居らず。対峙したり狙われた者は必ず始末されるからだ。死人に口なしとは良く言ったものだ。全員始末されるから、例え見て解ったとしても伝えられないのだ。

 

 

 

 ──────クソッ!2人で行動してんのか!?それとも術式によるものか!?気配もしねーし、あの攻撃も放たれるまで解らねぇ!どういうカラクリなんだよ!!

 

 

 

 一本は頭を、もう一本は左前腕を。()()()()()右脚を狙って光線を放つ。速度はやはり速すぎる。鋭い勘で避けなければ、あっと思った時には穴だらけだ。しかし、それよりも意味が分からないのは、光線の本数が増えている事だ。2本から3本へ増えている。撃ち出す瞬間も全く同じだったと思う。2人だと思っていたものが3人だったりするのだろうか。

 

 いや、もう人数はここまで来ると1人と思って良いだろう。実験とはいえ、こんな中距離の攻撃があるのなら、1人くらい攻め込んできてもいいはず。なのに誰1人も来ないどころか、1人も姿が見えないのは不自然だ。つまり黒い死神は1人。この攻撃は何らかの術式を使っているとみていい。

 

 男は確信する。これだけ何度も高威力の呪力光線を放っているのだ。ガス欠になるのはすぐだと。況してや三箇所から撃っているのだ、尚更ガス欠になるのは必然だ。しかし男の確信は脆く崩れる事になった。3本の光線が、4……5……と増えていき、最終的には6つの光線が放たれるようになってしまった。

 

 6つからはもう流石に増えてはいないものの、避けている男は必死だった。当たれば確実に死ぬ程の呪力量の光線。それが同時に6方向から飛んでくるのだ。一体何の悪夢なのかと問い掛けたくなる。しかも一向に呪力のガス欠が起きない。かれこれ30分は避け続けている筈なのだ。

 

 

 

「なんなんだよテメェッ!!どういう術式だ!!なんであれだけの呪力を籠めてッ……これだけ撃ち続けていられる!!どんな手を使ってやがる!!」

 

『死ぬお前が知る必要は無いと言った筈だ。それよりも、俺を殺すのではなかったか?お得意の勘で探し出せたのか?』

 

「こンのッ……知ってて言いやがってェ……ッ!!」

 

 

 

 奥歯をギリリと噛んで歯ぎしりを立てる男の顔は真っ赤だ。虚仮にされていると分かっているのだ。男の勘は一つにしか働かない。物事に関するものか、自身に関するものか。何かが起きると勘付く、それか自身に関することで勘付く。どちらかにしか作用せず、片方への勘を強めている時はもう片方は勘付けない。

 

 男は今、バラバラで飛んでくる光線を避け続けている。つまり、自身に関する勘を発動中だ。そこで物事に含まれる黒い死神の居場所を知るために術式を使用すれば最後、男の全身は穴だらけとなって死ぬ。それが確実の道だ。何せ、これだけ撃たれれば慣れると思いきや、全く慣れないし感じ取れない。光線の速度が速過ぎるのだ。

 

 だからもう黒い死神の呪力の枯渇を狙っているのに、一向に攻撃が止まない。こちらはもう呪力が尽きそうだというのにも拘わらずだ。一体どれだけの呪力総量を持っているというのだ。

 

 ここまで来ると焦りが沸いてくる。何時まで続く。何時まで撃たれる。何時()()()撃ってくる。黒い死神は情報を開示していない。だから何をしているのか分からない。だから怖い。何時死ぬのか分からない恐怖。黒い死神の呪力が尽きるのはまだなのかという焦燥。帳が降りているので自分でこの状況をどうにかしなければならない絶望。

 

 それら全ての負の感情を余すこと無く呪力に変えて、術式に回す。だが呪力の限界よりも肉体の限界が近い。もう足の裏が痛過ぎる。横っ腹に千切れるような痛みが奔り、息がもう絶え絶えだ。勘に従って動いているから頭も痛くなってきた。

 

 早く楽になりたい。でも死にたくない。何時まで続くんだ。まるで見せしめのような有様。黒い死神が見ている。何が撃ってきているのか分からない。呪力が尽きそう。何故あっちは尽きない。俺は一体何をしている。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「──────ゆるしてくれッ!!俺がッ……俺が悪かったからッ!!もう人は殺さない!心を改める!だからもう……ゆるしてください…………」

 

 

 

 光線が止まった。何処に居るのかも解らない黒い死神に向かって土下座をする。誠心誠意心を込めた土下座だ。男は固いコンクリートの床に向け叫ぶ。もう殺しもしないし、悪いことを一切しない。心を入れ替える。金が無いからって人を襲わないし、賭け事もやめる。ちゃんと就職して地道にお金を貯めて、細々としていようと1人の一般人として生きていく。だからもうやめてくれ。

 

 恐怖を孕んだ男の声は倉庫の内側で良く響いた。黒い死神が何処に居ても絶対に聞こえる声量で謝罪した。改めたのだ。心の底から。まるで善人から見た悪人のように、過去の己がどれだけクズだったか思い知った。あれだけのことをしたのだ、普通というのが無理でも、自首して牢屋にでも喜んで入る。悔い改める。だから殺さないで欲しい。

 

 土下座をして謝罪をしてからどれだけ経っただろうか。一分か?十分か?一時間か?そんなことすらも解らなくなるほどの押し潰されそうな暗い空間の中で、全身から噴き出た汗が滴り落ち、コンクリートに落ちて水滴の跡を作る。そして、何処に居るのか特定出来ない、倉庫内部で反響する声が鼓膜を揺らした。

 

 

 

『──────青森県〇〇に住んでいた小門信二。聞き覚えは?』

 

「……?無い……です……」

 

『お前が8ヶ月前に公園に隣接する林の中で殺し、金品を奪った5歳の娘が居る一児の父親だ』

 

「──────────ッ!!」

 

『山形県〇〇に住んでいた斉藤善樹。実家暮らしで独身。父親が4年前に他界。7ヶ月前にお前が殺すまで、足腰が悪く息子の手を借りなければ生活が儘ならない母親と2人暮らしだった。斉藤善樹が殺されて間もなく、自宅で衰弱死している母親を警察が発見』

 

「ぁ……ぁあ………」

 

『福島県〇〇に住んでいた西尾佳奈。6ヶ月前にお前が殺した中学三年生14歳。高校生となるので学校生活で必要な文房具を購入していたその日の帰り道、公園のトイレ内で強姦された後、首を絞められたことによる窒息死。財布の中身は空。両親の内母親は一人娘を殺されたことによって幻覚を見るようになり首吊り自殺。父親は娘と妻の写真を飾って現在も一人暮らし』

 

「ま……まって……くれ………待って……それは……」

 

『群馬県〇〇に住んでいた夏宮智子。お前が3ヶ月前に殺した高齢の女性。夫は5年前に他界。その日は4ヶ月ぶりに息子夫婦と孫が遊びに来るということで家に居る所を窓から侵入したお前に包丁で滅多刺しにされたことにより死亡。家中を荒らされた形跡があり、通帳や現金が全て奪われており、家族写真が斬り刻まれて遺体の上に鏤められている所を息子夫婦が発見』

 

「ちがッ……俺は……俺はただ………っ!!」

 

『そして東京の〇〇に住んでいた服部雄介。一昨日お前に殺された長女15歳、次女10歳、長男3歳の三児の父親。一般企業に務め、帰り道に長男の誕生日ケーキを購入し、帰宅途中で襲われ、身に付けていた身包みを全て剥がされ、公衆トイレに放置されていた。遺体の腐敗が進み、発見された時には無惨な姿になっていた。妻は専業主婦だったので職探しのサイトに登録している』

 

「ゔぅ゙ゔぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ゙ぅ……………っ!!」

 

『お前のような呪詛師が、何の罪も無く、その日を愛する者と生きている無辜なる者達を殺すから、俺のような者(呪詛師殺しの黒い死神)を生み出した。因果応報。自業自得だ。これだけの人を殺しながら、金が無くなったからという理由で犯し殺そうとするお前を『もう悪いことはしない』『改心する』『普通に生きる』と宣言したからといって逃すと思うか?良いことを教えてやろう。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「いやだぁ……っ……死にたくないッ……死にたくないぃ……っ!まだ……まだ生きたぃ……おねが…ッ……お願いします……お願いします……っ!」

 

 

 

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、もう何もしないからと、これからは全うに生きるからと、そう震え声で宣言して縛りを結ぶ呪詛師の男を、ここまで追い詰める要因となった6つのナニカと、目の前に立つ黒い死神が持つ二丁の銃が狙いを定めていた。

 

 

 

 

 

塵芥(おまえたち)()()()()は必要無い──────死して悔い改めろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「虎徹か。性能は上々だ。実に素晴らしい。やはりお前の造る呪具は俺の手にも呪力にも良く馴染む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






慧汰

大分良い動きが出来るようになってきたし、先輩達に教えてもらっているから強くなってるよ!

先輩達は可愛いし綺麗だしやる気が倍増!夜には龍已のご飯を食べて元気モリモリです!

龍已は良いお嫁さんになるよ……。





妃伽

拳一つでグラウンドにクレーター作って夜蛾の拳骨落とされた人。マジでメスゴリラだろ。術式は身体能力強化だよね?何が起きた??

龍已は私の嫁。一生私の為にアスパラのベーコン巻きを作ってくれ。それと戦いだけで私は生きていける。

カツ丼おいしかったれす……。





龍已

は?許しを請われたからってなんで見逃さなアカンの?

勿論追い詰めてブッコロス。ざまぁ。

勘が鋭い呪詛師……回避率高……新呪具……閃いた!




虎徹

え?龍已が呪具のリクエスト?……ふんふん。ほうほう……へぇ。ふふふっ──────オモシロそう♡

どう?上手く動いた?上々?えっへん!そりゃ勿論そうだよ!




──────僕の最高傑作だからね♡







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第十八話  京都姉妹校交流会




最高評価をして下さった、御門翡翠 アジスアババババ ひびき810 グラシエル 月桂樹@ 鈴有希 koかなたるはり 白絵 赤色水玉 元凶の現況の幻響 もじやろ c.h226 (Shizuku) さん。

高評価をして下さった、onikonbo きぐるみ 鎌田晴義 穹鳥の傭兵 くろーろ エメシア 騰玖ノ劬 牛乳ヨッシー


さんの皆さん。ありがとうございます!




 

 

 

 9月。遂にやって来た京都姉妹校交流会。本来3年と2年がメインで行う呪術高専きっての名イベント。しかし今年度は2年生が居なくなってしまったというハプニングに見舞われたということで、急遽入学したばかりの一年生である龍已達が出張る事となった。

 

 そして当日、京都に行った事が無い慧汰はワクワクし、龍已は黒い死神の依頼で一度行ったことあるのでいつも通りの無表情。今から強い奴と殺り合えると、メリケンをピッカピカに磨き上げてニヤけている妃伽。一人だけバーサーカーが混じっているものの、終われば京都観光も出来るので一年生は楽しそうだった。

 

 しかし、前回出場した歌姫は、交流会がウキウキしながら楽しめるようなものでは無いことを知っているので微妙な顔をしているし、自身の所為で交流会が負けてしまい、態々去年勝った京都の学校に行くはめになっていることに負い目を感じている。まあ、交流会にウキウキしているのではなく、その後の観光にウキウキしているのだが。妃伽?あれは交流会目当て。

 

 新幹線に乗って移動していたのだが、電車の中は大変だった。学長と夜蛾は先に行っているので、一度行った事のある冥冥と歌姫が引率して一年生達を連れて来る事になった。しかし問題児である妃伽が段々と我慢が出来なくなって、新幹線の中で模擬戦しようぜと言い始めた時の歌姫は、まさしく彼の有名なムンクの叫びだった。

 

 

 

「……メリケン磨き飽きた。おーい龍已、暇だから模擬戦しようぜ」

 

「出来るか。それにお前が下手に殴れば新幹線が短くなる」

 

「ちょっと妃伽!あんたはホントに大人しくしてて!呪力なんて使われたら龍已が言う通り、新幹線が前半と後半で別れちゃうでしょ!」

 

「じゃあ前半の方に移動しとけよ。だーい丈夫だって。横転はさせねーから」

 

「そういう問題じゃ無いっ!!」

 

 

 

 いや普通にアウトオブアウトのことをしてようとしている妃伽。何なのだろうか、新幹線の前半と後半とは。まず拳一つで新幹線が千切れる前提で話を進めている時点で可笑しいし、新幹線の中で模擬戦をしようとするのもイカレている。しかも顔が本気である。立ち上がった妃伽を見て、歌姫が必死に説得した。流石に新幹線壊されては溜まったもんじゃ無い。

 

 妃伽が頓珍漢な事を言って歌姫が止めるのを冥冥が我関せずという感じで珈琲を飲みながら微笑んでいる。慧汰は任務先で知り合った女の子とメールに夢中で、龍已は歌姫が妃伽を止めてくれているのでゆっくりと外の眺めを見ていた。

 

 そうして騒がしい行きの道のりだったが、東京校の姉妹校である京都校にやって来た。流石は広大な敷地を持つ東京校の姉妹校なだけあって広い。ここで呪術師が呪術ありでやり合ったとしても十分フィールドたり得る場所だ。流石に妃伽が全力全開でいったらどうなるかは解らないが。

 

 ほぉ……と、京都校の外観などを眺めて見ていると、冥冥が集団から外れて校舎の方へと向かっていった。何処へ行くのだろう、自分達のスタート位置はそっちではないのに。そう思って歌姫が何処へ行くのか尋ねると、予想外の言葉が返ってきた。

 

 

 

「あぁ、そうそう──────私は不参加なんだ」

 

「…………………………………………………へ?」

 

「私の黒鳥術式を使って場面の様子を見せて欲しいという要請があってね。この要請を受けて、全うしてくれたら1級に推薦してくれるという破格の話でね。二つ返事で受けてしまったよ」

 

「な、ななななななァっ!?なんで今になって言うんですか!?」

 

「ふふふ……すまないね。すっかり言い忘れていたよ」

 

「じゃ、じゃあ……私含めて4人だけで戦えと……?え、4人なんて……相手は──────」

 

 

 

「──────あぁら。歌姫じゃないの」

 

 

 

「ゲッ……(かなで)

 

 

 

 なんと今回……それも最後の交流会だというのに不参加であることを今明かす冥冥に、開いた口が塞がらない様子の歌姫。唯でさえ人数が少ないというのに、一人抜ける……それも現状最も階級が高く、広範囲の索敵を行える冥冥が抜けるとなると厳しいものがある。3年は二人しか居ないので、歌姫と、一年生のみの交流会となる。

 

 どうしようと焦る気持ちが燻る歌姫に、聞きたくない声が聞こえてきた。振り向くと8人の男女が居て、1人の女子生徒がニヤニヤした笑みを浮かべながら先頭に立ち、歌姫を見ていた。

 

 さっさと準備をしなくてはならない冥冥は既にこの場には居らず、歌姫は龍已達を守るように前に出てきて、ニヤついた笑みを浮かべている女子生徒と対峙した。顔立ちがそれなりに整っていて、髪は両サイドでお団子で、チャイナ服に似た特徴的な制服を着た女子生徒……奏は、対峙する歌姫を見て鼻で笑って侮辱したような笑みに変える。

 

 

 

「微弱な呪力を感じると思ったら、弱々呪術師の歌姫じゃないの。着いたなら私の所に来なさいよ。お出迎えしてあげたのに。去年の交流会で足を引っ張ってチームを敗北に導いた庵歌姫が来たわよーって。ふふふっ」

 

「……あんたも相変わらず、実力の伴っていない傲慢な態度ね。口でしか相手を陥れることが出来ないからってここぞと狙う。まるで死体に群がってばかりのハイエナね。見ていて憐れみを抱くわ」

 

「は?九重家の生まれである私が憐れ?実力が伴っていない?ハンッ。だったらそんな私にコテンパンにされて負けの要因作ったあなたの事は何て言えば良いのかしら?足枷?貧乏神?弱いあなたに似合う言葉が多くって困っちゃうわ♡」

 

「……っ……っ!」

 

 

 

「歌姫ちゃん……」

 

「なんだアイツ」

 

「……見た限り因縁が有るらしいな。九重家というと、五条家の分家か」

 

 

 

 

 九重家の奏という女子生徒は、これでもかと歌姫に心無い言葉をぶつける。去年の交流会で歌姫と戦ったらしい奏は、見事歌姫を下し、それによってバランスを崩した東京校の生徒達を罠に嵌めて見事勝利を収めたと。それが事実なので黙ってしまうと、嬉々として言葉をぶつけてくる。

 

 後ろに大事な後輩が居るというのに、恥ずかしい所を見られてしまい、不甲斐ない気持ちが湧いてくる。これ以上は居ても奏の口撃に見舞われるだけ。ならばもう一刻も早くスタート位置に移動してしまった方が良い。そう思って後ろの妃伽達に声を掛けて移動することを促そうとすると、奏は歌姫の背後に居る龍已を見つけた。

 

 ニンマリとした厭らしい笑みを浮かべる。碌でもない事を考えているのは明らか。だから何か言われる前に移動しよう……とする前に、奏が口を開いた。

 

 

 

「噂で聞いてるわよ、黒圓龍已君。1000年以上の歴史がある由緒正しい歴史のある黒圓家。その最後の()()()()がまだ生きているって。呪詛師に両親を殺されたんでしょう?悲しかった?でも誰かが言っていたわよ?我が子にしか技を修得させない閉鎖的家系だからか、呪術師家系から技術提供を促されても全て断り、その腹いせに殺されたんだって」

 

「な……っ!!奏ッ!!」

 

「うるさいわね。雑魚な歌姫は黙ってなさい。……ねぇ黒圓君。あなたの修めた黒圓無躰流のその全て、私の九重家に提供してくれないかしら。お礼は十分するわよ?それなりのお金は弾むし、何と言っても()()()()()()()()()()死に方はしないと思うわ」

 

「──────ッ!!黙りなさい奏ッ!!言って良いことの区別が──────」

 

「──────構いません、歌姫先輩」

 

「え、ちょっと龍已っ」

 

 

 

 奏が言っているのは根も葉もない噂だ。あれだけの黒圓家が生き残りを出している。つまりは呪詛師に狙われた。何故か。力ある家に盾突いたからだと。よくもまあ残念な頭で考えた筋書きだ。まあ確かに呪詛師に愛する両親は殺され、呪詛師は呪術師の家系から依頼されて襲ったと言っていたので、その噂が間違っているとは言わない。

 

 だが、両親を侮辱することは許さない。しかし龍已は有象無象が何を言おうが興味が無い。これはそう、真面目で人当たりも良く、面倒見の良い歌姫を、先輩を侮辱したことに対する報復だ。五条家の分家である九重家だろうが何だろうが関係無い。やられたならばそれ相応の報いを受けさせる。

 

 人の過去を掘り返して侮辱する奏に掴み掛かろうとする歌姫の肩に優しく手を置いて引き留める。振り返ると、見えるのは何時もの無表情。何を考えているのか読めないその表情は、相手からしてみれば尚更だろう。歌姫の背後から出て来て前へ出る。それに続いて妃伽と慧汰も出て来て、歌姫を守る壁のように立った。

 

 

 

「九重家だろうが何だろうが、俺達の先輩を侮辱した発言は到底聞き捨てならん。俺の家は確かに呪詛師によって両親を殺された」

 

「っ……!龍已……」

 

「だから俺は誓った。黒圓家が生み出した黒圓無躰流は俺の代で終わらせる。誰にも継がせない。教えない」

 

「……はっ!?あなた、それがどういう意味か分かって言っているの!?1000年以上ある歴史を途絶えさせるつもり!?信じられない!!」

 

「だからなんだ。父様が亡くなられた以上、黒圓家当主はこの俺だ。つまり俺の言葉は黒圓家の言葉に他ならない。故に、お前のような有象無象に渡す技術は無い。そして宣言しよう。俺達は4人の内誰一人欠けること無く、お前達8人を殲滅する」

 

「……はぁ?あなた達が私達を、それも全員を相手に戦って一人も欠けずに勝つ?……生意気言ってんじゃないわよガキ」

 

「生意気なのはテメェ等だろうがクソザコ。目の前に居んのに実力差が解らねぇなんて、本格的なクソザコだろーが。こっちは楽しみにしてたっつーのによォ。クソザコ相手じゃ盛り上がらねぇンだよ」

 

「俺は基本女の子が好きだけど、あんたみたいなのは願い下げだね。況してや龍已を、歌姫ちゃんを侮辱したのは許せない」

 

「ちょ、ちょっとあんた達……っ!」

 

 

 

 焦ったように声を掛けて龍已達の前へ行こうとしても、妃伽の尋常じゃない力が歌姫の腕を捉え、背後から出そうとしない。このままでは何か良からぬ事をしそうな気がする。チラリと上を見れば、丁度妃伽と偶然目が合った。

 

 止めて……と、視線で訴える歌姫に、少し首を捻った妃伽だったのが、心得たと言わんばかりに神妙な表情で小さく頷いた。パァッと心に花が咲いたような気持ちになる歌姫。何かと暴力的で粗暴で野蛮で戦闘民族みたいな彼女だが、ちゃんと心は綺麗なのだ。今まで凶暴な一年生だと思っていた歌姫は、妃伽の事を心から見直し、妃伽は歌姫の事を絶望のどん底へ叩き落とした。

 

 腕を上げてサムズアップする妃伽。しかしその目はこれ以上無いほど血走っていて、殺気を孕んでギラギラとしていた。口は弧を描いて三日月のような曲線を描き、ケタケタと恐怖を煽る笑みを浮かべて嗤う。歌姫はその目を見て思った。終わった……と。

 

 

 

「縛りを結んでやるよ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──────ッ!?妃伽さんっぷ!?」

 

「……はぁ?あなた頭がおかしくなったわけ?」

 

「んで、お前達が負けたら、全員雁首揃えて歌姫の前で土下座しろ」

 

「……ッ!!そんなこと──────」

 

「えー?あれだけ大口叩いてこんな簡単な縛りも結べねぇのォ?況してや勝てば黒圓無躰流が手に入って3つの奴隷まで手に入るのに~?えー。もしかしてぇ、五条家の分家であらせられる九重家の奏サマともあろう御方がぁ……私達が怖いのぉ?じゃあしょうがないでちゅねぇ~。縛りもやめまちょうねぇ~?」

 

「……歌姫ちゃんを弱いって言って、人数は倍も居るのに勝てないんだ……九重家ってそんなに弱い血筋なのかな……」

 

「仕方ないだろう。九重家の人間があれなんだ、察してやれ」

 

「……………………~~~~~~~~ッ!!!!良いわよ!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!いいこと!?精々身を震わせながら負ける瞬間を待ってなさいッ!!」

 

 

 

 真っ赤になりながら怒りに顔を歪め、縛りを設けて去って行った。連れていたのだろう後ろの7人の男女は少し微妙な顔をしていたが。だがそれもその筈。リーダーである奏が勝手に、負けたら歌姫に土下座すると言ってしまったのだから。よく知りもしない相手に頭を下げるどころか、土下座は嫌だろう。

 

 奏はどうやら一分の隙も無く勝利を収めると確信しているようだった。その果てに、奴隷の身分となった龍已達をどうしてくれようかと考えているに違いない。

 

 去って行った京都校の者達が視界から消えると、黙っていた……というよりも妃伽に口を押さえられていた歌姫が拘束を逃れ、焦っているような怒っているような表情をして、今回のとんでもない狂ったレートの縛りを結んだ龍已達に詰め寄った。

 

 

 

「あんた達は一体何をしているの!?縛りまで結んで!!負けたら終わりなのよ!?」

 

()()()()()。寧ろ、あんなクソザコ共にどーやって負けろってンだ。負けたくても負けられねぇわ」

 

「大丈夫だよ歌姫ちゃん!俺達は負けないから!」

 

「負けないから、あの縛りを結ばせるために対価を大きくしたんですよ。少し待っていて下さい。京都校を全員歌姫先輩の前に引き摺り出して土下座させますから」

 

「龍已って実は結構怒っているの?」

 

 

 

 本当は今すぐ京都校の奏達の所へ行き、利害による縛りの破棄をして欲しいのだが、3人で計画を練り始めているのを見ていると、とっくの昔に手遅れとなってしまっている事を理解した。もうここまで来てしまった以上、後輩達の為に誰一人欠けること無く勝つしかない。その為には、経験のある自身が引っ張って行かなくてはならない。年上だし。先輩だし。

 

 東京校のスタート地点に移動し、腕を回したり屈伸したり、武器の確認をしている各々を見ていると、歌姫は何故だか心強く感じてしまう。まだ一年生で、2つも先輩で年上の自身が中心となっていかないとダメなのに、この子達ならやってくれるだろうという、根拠の無い信頼を抱く。

 

 京都校に設置されているスピーカーから、学長の声が聞こえてきた。一応これは団体戦であり、ルールがある。舞台は京都校の内部だけで、放たれている4級から3級までの呪霊を見つけ出して祓う。数は13体。最終的に多く祓えた方の勝ちだが、相手校が全滅した場合も勝利となる。なので、呪霊は最早おまけルールに過ぎない。何せ、先程の縛りで人間を9割方狙うからだ。

 

 負けてしまったらどうしようと、一抹の不安を抱く歌姫の手首を大きい手が取る。振り返ると龍已が居て、その後ろに慧汰と妃伽が控えていて歌姫を見ている。如何したのだろうと思えば腕を引かれて手を出され、その上に龍已の手が、次に妃伽、最後に慧汰が手を重ねた。心を一つにする円陣である。

 

 

 

「歌姫先輩、掛け声をお願いします」

 

「え……わ、私がするの!?」

 

「ったりめーだろォが。さっさとしろよ」

 

「やっぱりここは歌姫ちゃんが言うべきだと思って!」

 

「あんた達……」

 

「スタートが掛かってしまうので、早めにお願いします」

 

「わ、分かってるわよ……」

 

 

 

 急かされて何を言おうかアタフタする歌姫だが、そんな長いセリフを話す必要は無いだろうと思う。きっと自信に満ち溢れている龍已達には、背中を押す必要なんかは要らぬ世話となるだろう。特に妃伽に関してはそんなものは要らねーとか言うだろう。容易に想像が出来てしまってクスリと笑みが溢れる。

 

 大丈夫。不安になることなんか無い。私はこの子達を信じて一緒に戦えば良い。それだけで十分なのだ。歌姫は自身の掛け声を待っている龍已、妃伽、慧汰の目をそれぞれしっかり見つめてから頷き、手を少し下に下げて上へと持ち上げ、腕を突き上げた。

 

 

 

「──────勝つわよッ!!」

 

 

 

「「「───────おうッ!!!!」」」

 

 

 

 全員で腕を突き上げて気合いを入れる。なんかこういうの……スポーツ大会の選手達みたいでイイな。なんて考えながらニヤニヤしていると、スピーカーから聞こえてくるルールの再確認と、悔いの残らない戦いをして欲しいという声が聞こえてきて、もう始まることが分かった。

 

 もう一度軽く準備運動をした龍已達は戦闘態勢に入った。ガラリと変わる雰囲気と空間に、自身を真っ向から打ち負かした妃伽然り、龍已も静かに呪力を全身に漲らせて包み込み、覆う。慧汰はまだまだ二人に比べて荒削りの部分があるが、それでも最初に会った時と比べれば格段にレベルが上がっている。

 

 東京校のスタート地点である所には小さな門が設けられている。妃伽はその前に立って指紋一つ無いくらいに磨き上げられたメリケンを両手に嵌め込み、しゃがみ込んでクラウチングスタートの構えを取った。その背後に居るのは龍已。湧き上がり、唸りを上げる膨大な呪力を両手に持つ黒い銃の『黒龍』に集中させていく。歌姫が冷や汗を掻く程の膨大な呪力。それを放てばどの位の破壊力が有るのだろうか。

 

 歌姫は走り出す構えを取り、その斜め後ろに慧汰が控える。団体戦が始まったら歌姫のする事は一つ。慧汰を連れてフィールド内に居る解き放たれた呪霊を祓っていくこと。戦闘面に於いては、龍已達に任せる。二人と二人に別れたパーティー編成。本当は一年生に任せるべきでは無いだろう。だがもう心配とは言わない。()()()()()()()()()()()()()()。そう決めたから。

 

 

 

『姉妹校交流会団体戦の部──────スタートッ!!』

 

 

 

「──────行け、遊撃手」

 

 

 

「──────任せなァッ!!!!」

 

 

 

『黒龍』に集められた膨大な呪力が銃口に集まった。引き金が引かれて解放されたのは、立ち上がって走り始めた妃伽の背中と同じ範囲の波状呪力。撃ち貫く光線のような攻撃では無く、弾き飛ばすことに特化した一手。それが全身を呪力で覆って肉体を強化し、術式を使って身体能力を底上げさせた妃伽に直撃し、押し出す。

 

 超常的な爆音と間違える程の轟音が響き渡り、ミサイルが落ちたような砂煙が上がる。そこから弾丸では目では無い速度で妃伽が一直線に突き抜けていく。目の前にある木々を体当たりで粉々に粉砕していきながら、駆けて駆けてか……一条の破壊の弾丸と成り果てた。そしてものの数秒で目的の場所へ到達する。

 

 妃伽が真っ直ぐ直線状に進んで行った先にあるのは、いいや……居るのは、移動すらも開始する前の京都校の対戦相手達。爆発音に驚いたのか、各々が吃驚した表情のまま、破壊を撒き散らしながらやって来た妃伽に、また驚きの表情を作った。

 

 

 

「あーそーぼっ──────私とよォオラァッ!!!!」

 

 

 

「──────ッ!!全員散開ッ!!コイツは俺ぶぁッ!?」

 

「判断も行動も術式展開もおっせぇンだよクソザコッ!!さァ次ィッ!!次次次次次ィッ!!暇暇の暇子ちゃんになっちまうだろうがッ!!」

 

 

 

「チッ……全員散けて一度態勢を立て直しなさい!!」

 

 

 

 京都校の対戦相手達が潜る筈だった門を木っ端微塵に吹き飛ばし、現れた妃伽の相手をしようと、皆の前に躍り出た長身で筋肉の鎧を身に纏った男子生徒が居たが、妃伽が目にも止まらぬ速度で目前までやって来て現れ、硬い腹筋に包まれた腹の鳩尾にメリケンを嵌めた拳が深々と突き刺さり、錐揉み回転させながら視界の遙か向こうまで殴り飛ばした。

 

 こうなることを想定してそれぞれのスタート位置は直前に知らされるようになっている。ならば、どうやってここまで一直線にやって来れたというのか。何故こんな異常な速度を出せるのか。自分達の目の前で、血に塗れて赤黒く光るメリケンを嵌めた拳を構えながらケタケタと嗤う悍ましい女が、一体どういう手を使ったのか解らなかった。

 

 京都校3年で、この交流会団体戦メンバーのリーダーである奏は、一人欠けて6人となった自身以外の仲間達が、突然の妃伽の強襲に混乱して陣形を保てて居ないことを悟り、一端この場から離れて態勢を立て直す計画に出る。

 

 7人がバラバラにその場から離れると、妃伽が獰猛な笑みを浮かべながら追い掛けてきた。その内、計画を伝えていた2人は目的の方向へと向かっていく。去年と同じならば、歌姫は左側から攻めてくるはず。読みが外れたとしても、妃伽から離れられるなら御の字だ。

 

 

 

「オイ。何逃げてンだ遊べや私様とよォッ!!」

 

「ひっ……術式展か──────」

 

「だから遅ェってンだよクソザコがァッ!!!!」

 

「ごぶぇっ!?」

 

 

 

 京都校2年が脱落した。京都校の中でも一番足が遅いのが仇となり、肩の骨が砕けるんじゃないかと思う力で捕まえた妃伽が、術式を使われる前に顔面を殴った。術式も呪力も使い、そこに加えてメリケンを装着している妃伽の殴打は破壊力が凄まじく、殴られた2年は呪力で防御したにも拘わらず白目を剥いて気を失い、飛んでいった先にある木を5本へし折って漸く止まった。

 

 まるで線路を必要としない暴走機関車。止まること無く、止まるつもりが無い傍迷惑な存在は、交流会団体戦を開始してから3分も掛からず2人もやられてしまった。残りの6人の内2人は歌姫を狙って行動しているので実質4人だ。4人でこの女をどうにかしなければならない。

 

 だが大丈夫だ。自身の術式があればこんな女にも勝つことが出来る。黒圓無躰流の、あの生意気なガキにも勝てるし、弱い歌姫にもヘッドホンを付けた奴にも負けない。一人も欠けさせない?だったら全員八つ裂きにして泣かせてやる。喧嘩を売ったことを後悔させてやる。そう考えながら術式を発動させようとして、隣にいた3年が吹き飛ばされ、その後に爆発音のような銃声が……鳴り響いた。

 

 

 

「なッ……何なの!?」

 

「へへッ。さっすが龍已。正確無比な()()だぜ」

 

「そ、狙撃!?一体何処から……っ!!」

 

 

 

 奏は同級生が吹き飛ばされた方向とは反対の方向を見やる。しかしそれらしき姿は見えない。何処にも、本当に何処にも見えない。見えるのは妃伽が一直線に向かってきて破壊した木々の薙ぎ倒された道だけ。そこで気が付く。妃伽はきっと自分達の陣地からここまでやって来たのだ。そして倒壊されたことで見晴らしが良くなった直線の道。

 

 龍已はクロが吐き出した『黒曜』を地面に置いてうつ伏せに寝転びながらスコープを覗き込んでいる。大口径アンチマテリアルライフル。撃ち出すのは虎徹に特注で作ってもらったゴム弾。しかし戦車の装甲にいとも容易く風穴を開けるこの『黒曜』が撃ち出したゴム弾だ。真面に当たれば死にはしなくとも粉砕骨折は免れない。

 

 スコープ越しに妃伽達のことを見ていて、術式を行使しようとした3年を狙撃した。数百メートルも離れているスタート地点から。狙ったら最後、絶対に逃がさないし外さない。妃伽が最前線に立って人数を減らしながら撹乱させ、ふと意識が余所に向いたり余計な動きをしようとしたものを優先的に狙う。

 

 妃伽が頼もしいと感じ、他に気を割かずに動くことが出来る事に感謝した。全幅の信頼を抱き、背中を安心して任せられる援護射撃をしている龍已は、スコープを覗き込みながら深く息を吐き出し、指を掛けた引き金を引いた。また一発分の爆発音のような銃声が鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────くッ……っ!」

 

「邪魔だなさっきから!」

 

 

 

「すごい……戦いやすい……っ!」

 

「歌姫ちゃん!右の奴が武器投げようとしてるよ!」

 

「了解!ありがとね!」

 

 

 

 歌姫は2人の京都校を相手にしながら優勢を取っていた。自分で言うと悲しくなってくるが、近接が並外れて出来る訳じゃ無い。術式にだって発動まで時間が掛かってしまう。だからその間に戦える手段を……と考えて近接に力を入れているのだが、そんなに早く上達はしない。

 

 少しずつ、少しずつ地道に強くなっていく。天才ならば余裕で追い抜けるであろう速度の強化。それが歌姫の限界だった。なので同レベルの近接の強さを持つ者が2人居たら、やられずとも攻撃に転ずる事が出来ない。しかし、今は余力を残して攻撃側に立っている。

 

 そう言えるのも、この2人と近接戦をしていて攻撃されそうになる度に飛んで援護してくる呪力の光線のお蔭だ。これが歌姫の事をずっと助けてくれている。しかし何も無いところから突然放たれる。それらしい姿も形も無く、気配も呪力の気配も無い。本当に虚空から現れる、そう錯覚してしまう攻撃だった。

 

 そしてそれを初めて見て、歌姫はこの団体戦が始まる寸前、傍に来た龍已に言われたことをぼんやりと思い出した。

 

 

 

『歌姫先輩』

 

『ん?どうしたの?』

 

『京都校の相手は俺と巌斎がしますが、散開して歌姫先輩の方へ何人か行ってしまった場合、()()()()()()()()()()()()()()()。ただ攻めることだけを念頭に置いて戦って下さい。相手が近づいてくれば、音無が聴いているので教えてくれます』

 

『ちょ、ちょっと待って!?防御も回避も考えなくていいってどういう事なの!?』

 

『その時になれば分かりますよ』

 

 

 

 これがそれか、と直感的に理解した。目まぐるしくありとあらゆる方向から呪力の光線が放たれるので、確信を持って言えないが、恐らく5つか6つのナニカが撃っていると思う。同時に撃ったりしているので、1つのものが複数回撃っているというのは違うだろう。

 

 やって来た京都校の2人のことは、術式を使って聴いていた慧汰が教えてくれたので、奇襲される形になることは無かった。広い術式範囲を慧汰が持っているので、索敵をやってもらえてかなり助かっている。心的負担が少ないのだ。そしてこの援護。本当に防御も回避も考えなくて良いから戦闘が楽で仕方ない。

 

 京都校が固まっている所に一人で突っ込んで行く遊撃手として、破壊を撒き散らしながら駆けていった妃伽はきっと嬉々として戦い、戦力を分散させながら削っていることだろう。そして先から聞こえる爆音の銃声は龍已が援護射撃していて、妃伽のサポートをしている筈だ。

 

 自身に着いてきた慧汰は広い範囲を索敵するのと同時に、放たれている呪霊をいとも容易く見つけ出して場所を教えてくれる。見えないナニカは只管援護に徹して自身の動きやすいように導いてくれる。それぞれが己の役を全うしていてとても気軽だ。呪術合戦とまで言われている交流会団体戦が、こんなに楽しくて良いのだろうかとすら思えてくる。

 

 

 

 

 

 

 

 肩の荷が下りて、自然体になりながら京都校二人を相手にする歌姫は、それはそれは楽しそうに笑っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 






九重奏

京都校3年の女子生徒

去年の交流会で歌姫を撃破して罠に嵌め、東京校の連携を崩して敗北させた張本人。性根が腐ってる。

付き従っている人達はそこまで奏ことが好きでは無い。五条家の分家である九重家の生まれなので逆らえないだけ。逆らったら何されるか分からないし。




妃伽

スタートダッシュかまして獣道作った人。

木に当たって痛くなかったの?呪力で守ってたから痛くねーよ。彼奴らの驚いた顔は傑作だったぜ。




慧汰

敵の足音を聴いて索敵をする他、フィールド内に放たれた呪霊を見つけることも出来るレーダー君。とっても活躍してますよ!

スタートダッシュ妃伽を見て、速いなぁ……と思っただけの慣れた人。因みにスタートダッシュ案を考えたのはこの子。




歌姫

なんか防御も回避も気にしなくていいって言われたら、本当に気にする必要がなくて戦闘が楽々!超気持ちいいし交流会が楽しい!

有用な後輩が居てニコニコしながら近接してる人。



冥冥

当日に抜けることを言ってくる戦犯。

元々一級の実力あるけど、この際だから交流会を細かく見たいということで依頼され、今戦況をモニターしている。

おやおや、巌斎君スゴいね。烏が置いて行かれたよ。うん?歌姫……あれは何だろうね?




開始早々やられた3人

え……これで出番終わり??




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第十九話  勝敗



最高評価をして下さった、羅叉 斑鳩になりたいアヒルの子 565656chan あき!! 毛沢東 鳩の餌やり係 ハル吉★ へーわー 子猫猫猫 ビブリア づま ジルベスター すだまる ノボットMK-42 アルジェントルゥー れみにゃん もさ ヤイチ 白海 銀 さん。 

好評価をして下さった、狼皇 マッチ一本 バルディッシュ2795 名無しの古代魚 聖徒 みーさる L&M くらーく カナハナ 缶詰伽哩 おくしん 冥想塵製 ももたんとん slei 山羊になりたい羊 影政 ささがも Reiku シルクワーム me-00 AwaKa_KS VZ 2020 ウルブラ


さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 特級呪具を幾つも世に出している、呪具師の家系で名家中の名家、天切家。その天切家に一人息子として、天切家の歴代で最高の頭脳、最高の才能。そして呪具師として最強の術式を持って生まれた、最年少特級呪具作製者……天切虎徹は語る。

 

 

 

「──────僕が造った呪具の中で本当の最高傑作は何か?そうだね、取り敢えずその唯一の最高傑作は『黒龍』『闇夜ノ黒衣』『黒山』『黒曜』のどれでも無いよ」

 

 

 

 真っ白で一目で高価だと、素人目からでも分かる椅子に座る虎徹は、皿の上に置かれたカップを持ち上げて中身の紅茶で唇を潤す。事前に男であると把握していなければ、絶世の美少女にしか見えないその見た目は、値段の付けられない絵画のように美しい。

 

 ニコリと優しげに微笑む。だが虎徹の瞳は、執着の炎に塗れていた。特級を個人に無償で与えてしまうという、聞く人が聞けば失神するだろう事案。だがそこに躊躇いは無く、葛藤も無い。与えて当然としか捉えていない。何よりイカレているのが、それを異常だと自身で理解している部分だろう。

 

 質問をしている者がゴクリと喉を鳴らす。良すぎる見た目に目が眩む暇なんて無い。異常だと理解しながら異常の道を進む彼に、理解という概念が懸命に首を横に振って拒んでいる。

 

 

 

「製作者である僕が、敢えて最高傑作と名付けてあげるとすれば──────『(くろ)(かみ)』……この子以外に最高傑作は有り得ないね」

 

 

 

 初めて聞く銘だった。先までの話の中で、一度も出て来ていないものだ。まあ造った特級呪具のどれでもないと言っていたのだから、違う名前が出て来たとしても不思議では無いのだが、どんなものなのか一切情報が無いので、正直に言えば何だそれはというものだ。

 

 答えた虎徹は詳細を話す前に、ティーポットの中にある紅茶をカップに注ぎ、また一口飲んで唇と喉を潤した。そして虎徹は、その最高傑作を造った時のことを思い出しているのか、とても複雑そうな表情をしていた。

 

 

 

「あの子は僕が間違いなく最高傑作と評せるものさ。けど同時に、最も手を焼かされた子だよ。まあ、使い手になる龍已の認識を改めさせるのと、使った時の訓練……そして有り得ない程高度な術式の付与に手を焼かされたってだけなんだけど……ん?どんな力を持っているのか?あぁ、付与した術式を知りたいんだね。まあ知られたところで()()()()()()()()()()()ものだから教えてあげる。あのね、『黑ノ神』の術式はね──────」

 

 

 

 ──────存在を存在させない術式だよ。

 

 

 

 え?と思った。一体何を言っているのかと。しかしそんな困惑を余所に、虎徹の語りは終わらない。

 

 造るのには本当に苦労したよ。素材は何時もの超特殊金属。だけど今度は重くさせる訳にはいかないから、軽く出来るように改良したよ。そしたら、僕呪具を造る事に関しては世界の誰よりも天才だから、()()10㎏にまで抑える事が出来たよ。これが一番苦労したかな。あとは全く同じものを()()造るのにも苦労した。

 

 呪具はね、そもそも造るのが難しいんだ。だから同じものはこの世に2つと存在しないと言われているんだよ。特級ともなれば尚のことだよ。だけどさ、考えてみてよ。他の人には出来ないことを、僕が出来ないと思う?まさかだよ。況してや提案したのは僕の親友なんだから。日本列島吹っ飛ばす結果になっても造ったよ。で、完成した。

 

 

 

「6つで一つの特級呪具。一つ一つが宙を変幻自在に飛び回り、呪力を放出する独立ユニット。ほら、偶にアニメとかで使用者の回りを飛んで攻撃する変なのあるでしょ?アレみたいなやつ。つまり、龍已が遠隔操作で操れる銃のユニットを6つ造ったの。6つで一つと言えるくらい完璧に同じものをね。そして術式は存在を存在させない術式。つまり、誰にも認識出来ないんだよ、そこにあるって。だから風の乱れも分からないし、気配も分からないし、呪力だって読めない。呪力を撃ち出すまで攻撃されると分からなくさせてあるんだよ。だから誰も『黑ノ神』が何処にあるかなんて分からないし、存在しないから見えない。『()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「本当にこの呪力の砲撃邪魔ッ!!」

 

「呪具弾き飛ばされるし最悪だ!!」

 

 

 

「何だろう……交流会楽しい……」

 

「歌姫ちゃん!左の奴、懐に三本の飛び道具持ってる!」

 

「ふふ、ありがとう」

 

「何でバレた!?」

 

 

 

 歌姫は楽しかった。相手は2人居て、後輩は後ろから術式を使ってサポートしてくれる。本当だったら二人を相手にするなんて厳しいものがあるが、何処からともなく撃ち出される呪力の光線が、相手が拳を打ち込もうとする腕を弾き、逃げようとすれば背中から撃って強制的に元の位置に戻させ、飛び道具を投げても投げた瞬間に撃ち砕かれる。

 

 言われた通り、防御も回避も考えなくていい。只管相手の事を攻撃し続ければいいのだ。聴いて報せてくれる後輩。攻撃を許さない謎のナニカ。そのサポートあってこその戦いだが、歌姫はここまで楽で楽しい戦いを、交流会を知らない。

 

 術式を使おうとすれば衝撃を与えて強制解除させ、歌姫から距離を取らせない。歌姫は超絶優位な状況をこれでもかと利用し、相手している二人の顎を掌底を打ち込んで気絶させた。軽く決まった攻撃に、口の端が知らず知らずに持ち上がる。そして気分が乗ったので、サポートしてくれたナニカに頭を下げてお礼をした。そこにあるかは分からないが。

 

 2人を倒し終えた歌姫と慧汰は引き続き、京都校に放たれた呪霊を探して、見つけ次第祓っていく。見つけて祓った数は既に6体。居るのは13体なので、あと一体倒せば勝ちが確定する。全滅しない限りだが。まあ、歌姫の頭の中に全滅の文字は無い。これは最早虐めのレベルの戦いへと発展しているのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────何なのよこのガキ共ッ!あの女は人を石ころ見たいに殴り飛ばすし、黒圓は後ろからの援護射撃が邪魔ッ!!また一人やられて私ともう一人しか居ないじゃない!……もう良いわ。認める。このガキ共は強い。だがその要を担っているのは、確実にあの黒圓ッ!全てアイツの仕業だッ!!

 

 

 

「あなたは後ろから狙撃してくる黒圓を狙いなさい!私はあの女をやるわ!」

 

「了解です!」

 

 

 

 奏が叫んで、残る一人となった仲間に指示を出した。先までは3人居たというのに、龍已の狙撃によって鳩尾をゴム弾を撃ち込まれ、血反吐を吐きながらダウンした。アンチマテリアルライフルの衝撃は尋常じゃない。呪力で防御していたのに、たったの一撃で気絶させられてしまったのだから。

 

 目の前で怪力無双をしている妃伽は奏が抑える。だから後からあまりに一撃が重い正確無比な狙撃をしてくる龍已を狙うように言ったのだ。指示に従って走り出した3年に、奏は妃伽が作った獣道の奥に居ると教えた。スタート地点から動かずに狙撃体制に入った龍已は、確かにそこに居る。だが、勝てるかどうかは別問題だ。

 

 狙撃を警戒して京都校の3年は、倒壊されていない木の隙間を縫って龍已に近付いていく。それをスコープで見ていた龍已は、『黒曜』をそのままにして立ち上がり、レッグホルスターから『黒龍』を二丁抜いて近接の構えを取る。

 

 向かってくる男子生徒の3年は、懐から拳銃を二丁取り出した。奇しくも戦闘スタイルが同じだった。そして近接格闘が最も強いのも、この京都校3年の男だった。

 

 

 

「お前をここで潰す」

 

「出来ないことを口にするな」

 

 

 

 二人は銃を二丁相手に向けて発砲した。殺さない為に弾は全てゴム弾ではあるが、撃てるように改良されているので当たれば骨折するだろう。それが二丁から飛び交い、銃弾が弾き合う。ぱきんという音を出しながら目には見えない速度で出鱈目方向へ飛んでいく両者のゴム弾。しかし3年生は冷や汗を流した。

 

 撃ったゴム弾が弾きあうようには撃っていない。何故なら龍已よりも先に撃ち始めたからだ。つまり、ゴム弾が衝突して弾きあっているのは……龍已が後から撃って3年生のゴム弾を撃っているからだ。弾を目視しているというのか。例え目視しているとして、それを正確に撃ち落とすなんぞ、どういう射撃技術なんだ。

 

 そう叫びたいが、弾切れだ。スライドが引かれたままなので弾が無くなったのだ。二丁持っていると両手が塞がり、リロードが上手く出来ない。3年生は仕方ないので一丁を口に咥え、手に持っている銃のマガジンを外して、腰から付けているマガジンを取ろうとした。そこで3年生は目を剥く。

 

 龍已はマガジンを外しながら駆け出し、『黒龍』を上へと放り投げた。そして両手を後の腰へ持っていき、取り付けられている『黒龍』専用のマガジンを外して手に持って、放り投げた『黒龍』が落ちてきて手の中に納まる寸前でマガジンを上に投げ、カチャンとマガジンを装填して『黒龍』を手にする。映画でしか見たこと無い絶技に唖然とし、接近を許してしまった。

 

 ほぼ零距離で向けられる『黒龍』の銃口。受けるわけにはいかず、手の甲を使って龍已の手を弾いて射線を外させる。リロードが出来ない銃は最早邪魔なので龍已の顔目掛けて投げると、下からゴム弾を撃って上へと弾き飛ばした。

 

 片方だけとはいえ、弾くのに下から上へ撃った。つまりもう片方をどうにかすれば隙が出来る。龍已が使ったのは左。なので右を抑え込もうと手首に手を掛けると、腕を回されて手首が捻られ、無理矢理外させる。そのまま銃口が眉間に向けられ、咄嗟に顔を横に逸らすとゴム弾が頬を擦った。危なく撃たれるところだったと思ったが、顔をずらした所為で死角が生まれ、腹に膝がめり込んだ。

 

 まるで小さなトラックが突っ込んできたことをイメージしてしまう程の重い一撃だが、叩き込んできた脚を両手で抱き抱えた。取った。このまま無理矢理持ち上げて寝技に持ち込む。そう思った時、3年生は空を見上げていた。あれ、何で上を向いているんだろう。そんな素朴な疑問が頭を過ぎ去り、遅れて理解する。

 

 脚を抱き抱えられた龍已は、抱えられた脚を固定されているものとして、もう片方の脚を使って跳び上がりながら膝で今度は自身の顎を打ち抜いたのだ。だから何時の間にか上を向いていた。状況を整理して納得した3年生だが、龍已はまだ止まっていない。脚を解放されて地面に着地すると、両手の『黒龍』でそれぞれ左右の脚の太股へ発砲した。

 

 ばきりと大腿骨が折れただろう音が響き、激痛が奔る。反射的に折れた脚を押さえようとした腕の、上腕部分を今度は撃たれて同じように骨折。四肢を封じられて地面に落ちていこうとする体を、龍已が前から後ろの襟首を掴む事で阻止される。左手で襟首を掴んでいるので、当然左手に『黒龍』は握られておらず、その『黒龍』は3年生の背後の虚空を飛んでいた。

 

 後に引き摺られながら、右手に持っている『黒龍』の銃口が3年生の胴に向けられ、抵抗も出来ずに計8発撃ち込まれた。連続で間も開かず撃ち込まれたゴム弾に、肋骨が砕かれる。痛みと衝撃で呼吸が儘ならなくなっていると後ろへ放り投げられて地面に背中から倒れ込む。その3年生の腹に、体重を乗せないようにしながら馬乗りをし、虚空を飛んでいた『黒龍』を頭上に来たタイミングで、左手で捉えて3年生の眉間へ銃口を押し付けた。

 

 

 

「降参しなければ撃つ。頭蓋骨がどうなっても知らんぞ」

 

「か……ひ…ゅ……っ……ま…ぃっ……た………」

 

 

 

 こうしてまた一人、京都校の生徒が脱落した。残るは、京都校交流会メンバーのリーダーをしている奏だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────それがお前の術式か?」

 

「そうよッ!!私の植物操術は呪力でマーキングした植物を意のままに操る事が出来るのよ!」

 

「だーから私が薙ぎ倒してない森の中に引き込んだ訳だ」

 

 

 

 木々が生えている中、妃伽は奏から向けられる太い木の枝の攻撃を避けていた。伸ばされるのは、地面を割って出て来た木の根。それが向かってくると同時に太さを変えて、意志を持つようにうねりながら向かってくるのだ。しかし太くして範囲を広げる為に速度が落ちている。身体能力を増大させている妃伽を捉えるのは難しいだろう。

 

 だが奏の植物操術は呪力でマーキングさえしていれば、呪力が尽きない限り幾つでもストックしておく事が出来る。つまり、妃伽は早く奏を倒さなければみるみるうちに逃げ場を無くしていくことになる。奏は走って呪力を纏った手で木々に触れている。その瞬間から奏の植物操術の範囲内になる。

 

 驚異的な速度で伸びてくるこの根を避けて凌ぐ妃伽は、次第に避けることが面倒になり、その場に留まって木の根を殴り壊すことに変更した。だが悪手だった。止まってしまったことで妃伽は操られた木々に囲まれ、逃げ場を失った。

 

 伸ばされた木の枝と根が円を描いてリングを作る。唯一の逃げ場だった空も枝が蓋をしてしまい、囲まれた。小さな隙間から入ってくる太陽の光だけが頼りの薄暗い木の檻の中、妃伽は全方向からやって来る木の枝や、飛んでくる木の礫を殴り蹴り、打ち壊す。しかし少しずつ対応が間に合わずに被弾し、小さな切り傷を全身に負っていく。だが浮かべた笑みだけは何時まで経っても消えないのだ。

 

 人の顔程度の隙間を開けて中を覗き込む奏。そしてその表情は苦々しいものだ。これだけのことをやって、追い詰めている筈なのに妃伽の楽しそうな、余裕の表情が崩れないのだ。恐怖し、恐れ慄く顔を見たいというのに……!

 

 だが悠長に妃伽だけを相手にする訳にはいかない。ここへ現れない歌姫と慧汰だ。あの二人が此処に助けにも来ないということは、呪霊を今も尚探して祓っているのだろう。戦闘は妃伽と龍已の二人だけに任せて。奏が胸に抱くのは失望だ。元々自身の実力よりも格下の相手である歌姫に期待なんかはしていない。だがまさか、1年に戦わせて自身は楽な呪霊狩りとは。

 

 つまらない、実に。だから、妃伽を瀕死に追い込んで、それを見たときの歌姫の顔を拝むとしよう。奏は妃伽をさっさと始末するために、囲わせている木を一気に使って物量で押し潰そうとした。その時だった。木の檻の一部に6つの穴が開けられた。膨大な呪力による光線によるものだ。

 

 

 

「──────ッ!?一体何!?」

 

「……へへっ。やっぱアイツは最高だな!そして()()()()ッ!!」

 

 

 

 開けられた6つの穴を塞ぐ前に、新たな呪力の光線が木の檻を撃ち貫き、妃伽は手薄となった部分に突進して無理矢理脱した。奏は舌打ちをした。一体何処から飛んできた呪力の光線なのかは検討もつかない。突然何も無い所から発せられたのだから。撃ち出されて初めて知り、対応しようとするときには既に、木の檻に穴が開けられていた。

 

 妃伽は木の檻から脱出した。折角人間離れした動きをする妃伽を捕らえられ、掌の上だったというのに。だがもう脱出されてしまった以上は今何を言っても仕方ない。なので今度こそは逃がさず、確実に仕留める。その為にはまず、妃伽の驚異的な速度を出す要因となる脚を奪うことから始めなくてはならない。

 

 そこで気が付く。脱出したはずの妃伽が何処にも居ない。奏は周りを警戒しながら見渡しはすれど、目的の妃伽は居ない。気配を探ってみても居ない。呪力で探してみても居ない。一体何処へ消えたというのか。苛立ちが表情に浮かび上がり、舌打ちをしようとしたその時、背後から何者かに腰を両腕で抱き締められた。思わず息を呑む。小さな傷が刻まれた腕。妃伽の腕であった。

 

 

 

「……ッ!!一体何処に……ッ!!」

 

「龍已に隠密行動を覚えろって仕込まれてンだよ。そんじゃ、空の旅を楽しんで来いやァッ!!」

 

「──────ッ!?きゃぁああああああああッ!!」

 

 

 

 あれだけ荒々しい気配と呪力を撒き散らしておきながら、全てを悟らせない程の隠密行動を出来るとは思わなかった。その所為で、妃伽の何かがキマってしまっているかのような存在感と、隠密行動時の存在感の差が激しくて上手く索敵が出来なかった。

 

 びゅうびゅうと鼓膜を刺激する風の流れる音。凄まじい速度で上空に打ち上げられたのだと理解させられる。女とはいえ人一人を上空へぶん投げるなんて、どれだけの腕力なのだと愚痴りながら、京都校の全体を見渡せられるほどの高さまでやって来て、勢いが弱まった。

 

 人間とは思えない腕力に驚きはした奏だが、目的が解らなかった。落ちて地面に激突するとでも思っているのだろうか。術式で木を操って降りる事も出来るし、呪力で肉体を強化するだけでも着地可能だ。甚だ理解に苦しむ。困惑した表情をする奏。だが下を見て、ある場所を見て固まる。東京校のスタート地点。そこに立って黒い狙撃銃の『黒曜』を持ち、こちらへ銃口を向けている龍已。

 

 そういうことかと察した。先程奏が居たのは木々が周囲に生えていた、謂わば狙撃不可能の場所。だから援護射撃を気にすること無く、妃伽だけを相手にすることが出来た。だが今は遮蔽物の無い上空。奏はまさしく、狙撃手にとっての格好の的だった。

 

 

 

「こンの……ガキ共がぁあああああああああああッ!!」

 

 

 

「──────俺の狙撃は一撃必殺。チェックメイトだ、九重奏」

 

 

 

 呪力の弾丸なんて生易しいものではなかった。放たれたのは青黒い極太の光線。それが上空に居る奏一人に向けられた。光線は奏よりも高い所で漂っていた白い雲を穿ち、大気圏をも突き抜けていった。

 

 そしてそれが放たれたと同時に、歌姫と慧汰の二人が、13体目の呪霊を祓った。完全無欠。一人の欠けも出させなかった、ワンサイドゲームの終了である。

 

 

 

『呪霊13体を東京校が祓い、京都校が全滅したことにより──────団体戦勝者は東京校とする』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハイッ土・下・座!ハイッ土・下・座!あれだけバカにしてた東京校を一人もやれずに負けたクソザコ筆頭九重奏サマの土下座だよォッ!!ほら見ていった見ていったァッ!!録画?オッケーッ!!」

 

「殆どの骨折られちゃってる人も居てカワイソウだけど仕方ないよね?その人が縛りを結んじゃったんだもん、全員で……って」

 

「正直話にならなかった。咄嗟の判断をしたのは良いが、内容が雑だ。俺を取りに来たのは一人だけ。巌斎に殴り飛ばされた者に関しては開始20秒も経っていないし一撃だ。耐えることすら出来ない。歌姫先輩の方へ向かわせたのは大した実力の無い二人だけ。呪霊を祓うつもりは毛頭無く、それ故に作戦は丸わかり。だから巌斎の奇襲に驚いて動きが止まった。……本当にこの日の為に特訓を積んだのか?疑問点だらけだ」

 

「奏……あんた……っ」

 

「ぐ…っ……笑うなら笑えばいいじゃない!!歌姫のクセに生意気よっ!!」

 

 

 

 妃伽にこれでもかとクソムカつく顔でバカにされながら、女の子が好きで大体の子には優しい慧汰からは冷たい目で見られ、龍已からは冷静に問題点を指摘される。そして極め付けが歌姫が懸命に笑うのを我慢している事だ。

 

 龍已の呪力による光線の一撃。確実に人が無に還ると思われる一撃に見えたが、奏が死ぬことは無かった。だが死ぬほど恥ずかしい目に遭っている。

 

 チャイナドレスのような改造された服は見るも無惨な事になり、服の機能を放棄してしまって中の下着が見えている。真っ赤な大人のブラとパンティーを身に付けている奏を見た時、歌姫は思わずおぉ……と感動した。これが勝負下着か……と。そしてもう一つは、まるで実験の爆発に巻き込まれた後のように黒く煤汚れたようになり、頭がボンバーになっていることだ。

 

 いくら口が悪くて性格が終わっている女といえども、顔立ちはそれなりに整っているし、華の18歳で乙女である。こんな格好は恥ずかしすぎる。だが縛りがあるので、全員でしている正座をやめられない。体を……というか下着を隠したいのに手は膝の上だ。土下座なのだから当然だろうと言われてしまった。

 

 そして奏は恥ずかしさと同じように憤りを感じているのが、黒く薄汚れているとはいえ、自身の下着姿を見て白けた顔(その内の一人はずっと無表情)をしている東京校の男子2人だ。少しくらい見ろ!何故チラリとも見ない!逆にムカつく!!

 

 

 

「はー、おもしろ。うし、テメェ等のその姿見飽きたからさっさと頭下げて地面にデコ擦り付けろよ。ほらほら、センコーが来て止めさせられるぞー?縛ってンだぞー?やらなかったら何が起きても知らねーからなー?」

 

「「「──────誠に申し訳ありませんでした」」」

 

「……っ……ひっく……た、偶々だもん……今回は偶然負けただけだもん……」

 

「うっわ泣いた」

 

「正直あれだけ悪く言われたんだ。何とも思わん。寧ろ惨めだな」

 

「……っ……ゔぅ゙ぅ゙ぅ゙……すみません……でした」

 

「あー……うん。許してあげるわよ。ただし!また侮辱するような事を言ったら本当に許さないし、あんたがこの子達にどんな目に遭わされても助けないから!いい!?」

 

「…っ……わ、わかったわよ……」

 

「……はぁ。取り敢えず写真は撮らせてもらったから顔を上げて、龍已に骨を折られてる子は早く医務室に行きなさい」

 

「写真撮ったの!?ねぇちょっと!!」

 

 

 

 京都校の教員だろう人に担架で運ばれていく重傷者を眺めてから、勝負下着丸見えの奏が土下座をしている写真を見てクスリと笑う歌姫。あれだけ侮辱してきた相手が泣きながら頭を下げている姿は、少し可哀想だと思ったけれど、自業自得だろうと考えてもう気にしない。

 

 後ろでワーワー言っている奏を無視し、龍已達を連れて東京校生徒の控え室に向かう途中、歌姫が肩を突かれた。何か用だろうかと振り返れば龍已が後ろに立っていた。何か用事かと問えば、龍已は何も言わずに右手を挙げた。そしてその後に居る妃伽と慧汰もやって来て同じように右手を挙げる。

 

 何がしたいのか意図を察した歌姫は、仕方ないなぁとでも言うような表情をしているが、心はとても温かかった。最後にはニッコリと笑って同じく右手を挙げ、全員とハイタッチをした。

 

 

 

「──────団体戦、私達の勝利よ!」

 

 

 

「「「「──────いえーい!」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、重傷者を除いた個人戦を行ったが、東京校は全員対戦相手に勝利を収める事が出来た。慧汰も近接戦がそこまで得意ではない相手と偶然当たって勝ちをもぎ取り、個人戦には参加することになっていた冥冥も危なげなく相手に勝利した。

 

 妃伽は開始と同時に相手を殴り飛ばして気絶させて勝利。龍已は『黑ノ神』を使って開始と同時に頭に呪力の波動を叩き込んで脳を揺らして気絶させた。背後からの一撃だったが、機体が存在を消しているので解るわけが無い。

 

 それぞれがしっかりとした動きを見せ、強さを知らしめた。それにより、呪術師階級を上げてもらえる事が出来たのだ。歌姫は2級が準1級へ。慧汰は4級から3級へ。妃伽は3級から2級へ。龍已は2級から1級へと上げられた。龍已の場合は査定期間が設けられたが、難なくクリアして晴れて1級となった。歌姫は抜かされてしまったと言っていたが、笑顔で祝福してくれた。

 

 冥冥は元から1級にするという話だったので、龍已と同じく査定期間を設けられた後に1級となった。そして、烏を通して見ていたこともあり、龍已が個人で持っている特級呪具に興味を示していたし、見えない『黑ノ神』について探りを入れてきたが躱した。

 

 個人戦が終わってから京都姉妹校交流会が終わり、自由な時間が出来たので、歌姫と冥冥も加わった京都観光をした龍已、妃伽、慧汰達。精一杯観光を楽しんで東京に帰り、また呪術について学びながら任務を熟す日々が始まる……筈だった。

 

 

 

 龍已はあまりにも無謀過ぎたのだ。興味本位から手を出すべきでは無かった。だから……もう引き返せない所まで来てしまったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぁ龍已、流石にやめね?」

 

「普通のどんぶりだよね?なんでボコボコ言ってんの?魔女の錬金に使われてる大釜か何か?」

 

「待って湯気だけで目が死ぬ程痛い」

 

「大丈夫?ここら辺で一番辛いラーメンだよ?食べれる?お水いっぱい置いておくね?」

 

「安心しろ。今日は激辛ラーメンを食べたい気分だったんだ。……よし、いただき水をくれ早くくれ大量に」

 

「ほらぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 龍已は、久しぶりの親友達と……バカクソ辛いラーメンを食べに来ています!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






虎徹作、『黑ノ神』・特級呪具

予め呪力が籠めてある呪具だが、その時に龍已の呪力を籠めて完成させた、龍已専用の特級呪具。

これは銃である……と無理矢理認識させる特訓をしたことで可能となった、唯一の遠隔操作出来る6つの独立ユニット。操作は全て龍已が行っており、活動範囲は術式範囲である4.2195キロメートル。

存在を存在させない術式を付与しているので、そこにあるのが誰にも解らない。但し解除すれば普通に見える。色は黒。

飛ばすにも方向転換にも攻撃するにも付与された術式を使うにも呪力を使うので、莫大な呪力を持っている龍已でなければすぐにガス欠になる。というか龍已以外に使えないようになっている。

歌姫の周囲に居たのはコレ。妃伽が木の檻から脱出する手助けをしたのもコレ。

値段は一つ5億なので、合計30億。




歌姫

サポートしてくれた物は一体何なのか気になったので龍已に聞いたら『黑ノ神』を見せてもらった人。滅多に居ないからレアだね!

当分は土下座している奏の画像を見てニヤニヤする。

準一級になれました!ありがとう一年生達!




妃伽

うっわ、相手マジでクソザコしか居ねー。ゲロおもんな……。

あ、木の檻はやろうと思えば出れた。やらなかっただけ。

奏の勝負下着を見て、……黒いの買おうかな。って考えてしれっと京都で買った。後のお気に入り。

交流会個人戦の相手は奏。




慧汰

歌姫ちゃんのサポートしました!呪霊6体祓わせてもらったよ!しかも階級上がった!やった!

周りが強すぎて霞むが、入学してもう階級を上げた、やれば出来る子。




龍已

結構頭を使う特級呪具を作ってもらった。銃であると認識しないと使えなかったから、それらしいのが出る映画や漫画やアニメをしこたま見て解釈を無理矢理広げた人。何やっとるん……。

勘が鋭い呪詛師で練習してたのは『黑ノ神』でした!

1級に上がったし、よく任務に駆り出されることになった。いや、やりたいのは呪詛師殺し……。

ぶっちゃけ、妃伽ロケットスタートは出力ミスった。やっべ、強すぎた……?あ、生きてるな。よし、薙ぎ払え……ッ!!




九重奏

赤い大人の勝負下着を晒したのに誰も反応しないどころか土下座させられて、ギャグで爆発が起きて巻き込まれた後みたいにされた人。自業自得だわ!かーっぺ!




冥冥

戦況をモニターしていながら龍已の事を見ていた人。

黒圓無躰流は見れなかったけど、代わりに狙撃銃と不思議な呪具らしきものが見れたので良しとしよう。

あ、1級になったよ。






問題。

龍已は『黑ノ神』を使用中、どうやって見えない人の攻撃を的確に弾いたのでしょうか?

解る人は居るかな?



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第二十話  新たな親友達



最高評価をして下さった、シロ/shiro ピンポン メライ↔ 呪天 さん。


高評価をして下さった、karna0208 Balun solubliker4689 ドンキー BDTKファルコン 善魔位座無頼 えーしん V3P はちはちさん hend 者釜1214


さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 

「──────龍已久しぶりだなっ!!」

 

「会いたかったぜ親友!!」

 

「おぉー、その変わらない無表情!落ち着くわぁ……」

 

「僕はこの前会ったけど、訓練で忙しかったもんね。だからここは敢えて久しぶり龍已!」

 

 

 

「あぁ……久しぶりだな、皆。会えて嬉しい」

 

 

 

「……へへっ。俺達もだっつーの!」

 

 

 

 京都姉妹校交流会が終わってから一ヶ月が過ぎたある日。龍已はメールで久しぶりに遊ぼうと誘われて、久しぶりとなるケン達に会いにやって来た。電車やバスを使って長い道のりを進む。少し暇な時間だったが、久しぶりの親友達と遊べると考えると暇な時間すらも楽しく感じてしまう。

 

 特級呪具『黑ノ神』を虎徹に造ってもらい、受け取りに行くのと試運転をするのに一度来ているが、そこまで長居が出来ていた訳でも無く、呪詛師殺しの仕事も受けたりと忙しかったので、結局帰ってきてもケン達に会う事は無かった。実に半年ぶりの再会である。

 

 日帰りは流石に嫌なので二日間の休日届を提出してから来た龍已に死角は無い。緊急の任務で呼び出しが掛からない限り、龍已は久しぶりの親友達と遊ぶ気満々である。

 

 泊まり用の着替えや歯ブラシ、寝間着などをキャリーケースに入れて帰ってきた龍已を見たケン達は我先へと駆け出し、龍已を抱き締めてくれた。3人で一気に飛び付けば倒れるかと思ったが、龍已はものともしなかったので、流石だなと言われつつ、笑い合った。龍已は雰囲気がとても楽しそうだった。

 

 肩を叩き合ったり頭を撫で繰り回されたりしながら半年ぶりの再会を喜んでいると、虎徹が早く家に入ろうと提案し、虎徹の豪邸の、変わらない龍已の部屋へと皆が上がって行った。それからは龍已が呪術高専で何があったのか、という話をした。同級生の話や任務、先輩に京都姉妹校交流会。話している龍已とは別に、話を聞いているケン達はとても楽しそうに聞いてくれた。

 

 

 

「巌斎だっけ?そいつは脳筋ゴリラと見た」

 

「いや聞いていてそう思わない人居ないでしょ……」

 

「拳でクレーター作るってホントに人間?ゴジラかなんか?」

 

「音無って奴はケンちゃんと気が合いそう。主に女の子好きだけど全く振り向いてもらえないって意味で」

 

「どういう意味だコラァっ!!」

 

「ケンちゃんが今狙ってるアイドルにスカウトされてるっていう他校の白羽さん、A組の月島栄一(イケメンヤリチン)とヤったって、つるんでる女子グループと話してるの一昨日聞いたよ」

 

「女ってクソ。はっきり分かんだね。……ダメだ。あのクソヤリチンゴミ野郎縊り殺してくる」

 

「はーい虎徹ストップですっ。龍已お願いね」

 

「あぁ」

 

「離せぇっ!!離してくれェっ!!大体なんで高校一年でヤってんだよ!!頭沸いてんのか!代われッ!!」

 

「キッショッ!!本音がポロッと出て来やがった」

 

 

 

 暴走したケンが立ち上がり、何処かへ向かおうとするのに虎徹ストップが入り、龍已による羽交い締めが入った。暫くは暴れていたが、落ち着きを取り戻したようで大人しくなったケン。何時ものやり取りに胸を温かくしている龍已だったが、ある事に気が付いた。

 

 ケンを羽交い締めにしていた時、半年前と殆ど代わらない力に疑問符を抱いた。3人が中学でサッカー部に入っているのは当然のこと知っている。なので高校でも続けていて筋肉が更に付いたと思っていたのだが、そうでも無かったので疑問を感じたのだ。

 

 その事を龍已が聞くと、ケン達は少し笑いながら教えてくれた。どうやら3人は高校で部活に入っているのではなく、バイトをしているのだそうだ。部活をやってしまえば放課後は遅くまで練習。バイトをする時間が無くなってしまう。しかし遊んだり何かを買うお金が欲しいということで、サッカーは中学で辞めてバイトをする事にしたという。

 

 虎徹は龍已のために造る呪具以外は適当に思い付いたものを造って売りに出し、莫大な金を得ているので財布は最も厚い。龍已も高専に出される任務に報酬が設けられていて稼ぐ事が出来、夜に黒い死神として呪詛師殺しをしているのでかなりの金が入っている。実は長年使っている口座がとんでもないことになってきているのだとか。

 

 そんな2人に対してケン達は一般家庭の子なので、財布事情はそこまで潤っているわけでは無い。お小遣いやお年玉などをもらって遣り繰りしていたのだ。しかし高校生になればバイトが出来る。つまり収入を得られるのだ。それを自覚してからはケン達はサッカーを捨てた。何の躊躇いも無かった。

 

 

 

「そうだ!ちょうど昼頃だし、何か食いに行こうぜ!」

 

「折角会えたんだから、龍已に何か奢ってやるよ!」

 

「今日の龍已の気分は……辛いものだな。何処が良い?」

 

「遠かったら車を出すから何処でも良いよ!」

 

「そう……だな。では『赤鬼』に行きたい」

 

「おっと??」

 

 

 

 龍已が言う赤鬼というのは、龍已達の地元で超激辛ラーメン専門店で有名なラーメン屋である。辛さを自由に選べることが出来るのだが、最上級の赤鬼を完食した者は未だ居らず、テレビでも取り上げられた事があり、辛さに自信のある芸能人が挑みに掛かって返り討ちにしたという伝説すらもある。

 

 辛さの階級を一番下に下げれば、一般人でも美味辛として食べられるので人気なのだ。それに普通に美味しい。なので辛い気分でそこへ行きたいという龍已の気持ちは分かる。普通ならばすぐに行こうぜというが、ケン達は違う。龍已の親友であり、雰囲気で気分を当てられるケン達は、龍已が激辛を求めていることを察している。そう、龍已の目的は最上級の赤鬼。なので困惑した。死ぬ気か?……と。

 

 まあ何処へでも連れて行ってあげると言った手前、拒否はしないので取り敢えず『赤鬼』まで行って入店する龍已達。店内は少しスパイシーな臭いがあるが、美味しそうな香りが鼻腔をくすぐり、途端に空腹感を刺激した。案内されるままにテーブル席に座ったケン達は、各々メニュー表からラーメンを選び、決まったら店員さんを呼んで注文をしていく。

 

 

 

「俺ニンニク味噌で、辛さ1で」

 

「ネギ豚骨。辛さは2で」

 

「醤油のチャーシュー麺で、辛さは1で」

 

「僕は特製付け麺の辛さを1でお願いしますっ」

 

「──────『赤鬼』」

 

 

 

「「「「──────ッ!!」」」」

 

 

 

「……なるほど。『赤鬼』のお客様は時間が掛かりますので少々お待ち下さい」

 

 

 

 どよめく店内。辛いものが好きでやって来る客は数知れず、中には度胸試しであったり悪ふざけで頼んだりする人が極稀に居るが、龍已にそんなつもりはない。至って本気で食べようと頼んでいるのだ。注文を聞きに来た店員さんはスッと目を細めてから営業スマイルを浮かべ、注文を確認してから厨房へと下がっていった。

 

 どよどよとした話し声の中には、あの『赤鬼』を頼むとは、一体どれだけの猛者なんだ?やら、命知らずとも言う他の客も居た。そこまで辛いものに対して耐性が無いケン達は、ピリ辛程度の辛さしかない1や2を選んだが、龍已のそれは度を超えている。

 

 作るのにも時間が掛かってしまう赤鬼を頼んだ龍已は、ラーメンが来るのが遅い。その間にケン達のラーメンが先に届き、龍已のラーメンが来るのを待っていても麺が伸びてしまうので先に食べた。辛さ1は少しのピリ辛程度の辛さなので食べていて美味い。

 

 

 

「初めて来たけど、このラーメン普通に美味いな!」

 

「辛いのオンリーっていうから来なかったけど、これなら何回来ても良いかも」

 

「醤油味に辛さは要らないと思ったけど、合うわこれ」

 

「付け麺も美味しいなぁ」

 

「キョウそれ少し頂戴」

 

「うんダメ」

 

「お、サンキュ……ダメなのかよ!ならなんで最初うんって言った!?」

 

「俺はあげても良いけど、ラーメンが嫌だって」

 

「俺ラーメンに嫌だって言われてんの!?」

 

 

 

 ふざけながらもラーメンを交換し合って違う味を食べるケン達を、龍已は楽しそうな雰囲気で見ていた。高専の同級生である妃伽と慧汰とも数え切れないくらい同じ飯を食べているが、やはり長年一緒に居た親友達と食べると無条件で楽しい気持ちになる。決して妃伽達では楽しく感じない、なんて訳では無く、収まりが良いという話だ。

 

 ラーメンを美味しそうに食べているケン達を見ていると、何だか妃伽達の事が気になってきた。3日はこっちに居るつもりだったので忘れていたが、妃伽達は龍已が作った料理を基本口にしており、外食などは殆ど行かなくなった。つまり味を占めてしまった。その龍已が居ないとなると……餓死しないだろうな、まさか。という考えになってくる。

 

 気が付くと、とても気になってきた。何だかんだ、妃伽達は龍已の中で大きな存在になっていた。呪霊が見えて、戦える同級生は初めてである。虎徹を除いた、見える側の人間。歳も同じで基本無表情の自身にも気軽に接してくれる、数少ない友達。片手で数えられる友人が、両手で数えなければならないくらいになった。

 

 一緒に居て楽しいと感じていたし、戦いの連携も抜群に良くなった。それぞれを信頼しあって言葉無しでも求める動きが出来るようになった。お互いにお互いを励ましたり、時には喧嘩したりもする。それでも、毎日賑やかに過ごしていた。料理をしていると必ずやって来て、最初から3人分作った飯を食べて他愛ない話をする。

 

 なんだ、自身には新たな親友が2人も増えているじゃないか。気付いたら胸が温かくなって、帰ったらうんと飯を作ってやろう。そんな気持ちになった。

 

 

 

「はいお待ちどおさまです──────赤鬼ですよ」

 

 

 

「……器、俺達と同じだよな?」

 

「……なんか、グツグツ言ってねぇ?」

 

「……出てる湯気が目に沁みるんだけど気のせい?」

 

「……僕が食べたらし確実に死ぬと思う」

 

「……表紙より辛そうだな」

 

 

 

 胸が温かくなっている感覚を味わっていたら、喉の奥が焼けてしまいそうな物体がやって来た。ガスマスクを装着してシュコーシュコー言いながら来た店員さんが、龍已の前にこの店最強の激辛ラーメンを置く。いや、絶対に人の食べ物では無いと直感したケン達は、知らず知らずの内に、口内に大量の唾液が分泌されていた。

 

 食べなくても分かる、辛いやつやん。その位置フレーズが頭を過ぎ去り、見た目から伝わってくる辛さの濃密さに口が唾液の分泌を止めない。食べれば最後、死が待ち受けているだろう。そう思わせる、絶大な赤だった。その赤はまさしく鬼の如し。なるほど、確かに赤鬼だ。

 

 店内に居る他の客すらも、遠目から見てゴクリと喉を鳴らす。そんな視線の暴力の中、龍已は割り箸を手に取って2つに割り、右手に持った。左手にはレンゲ。上に添えられた白ネギだけが唯一の異色とも言える圧倒的赤の中にレンゲを沈ませ、マグマのようなスープを持ち上げる。顔に近付けるだけで汗が噴き出た。これはガスマスクが必要な訳だ。

 

 

 

「ムリムリムリムリムリムリムリムリ。死ぬって。マジ絶対確実オフコースに死ぬって」

 

「えぇ……これラーメン?マグマ専門店じゃない?」

 

「湯気いって!?マジで目がクソ痛ェッ!!」

 

「龍已大丈夫?念の為に水いっぱい置いておくね?」

 

「あぁ、ありがとう。……良し、いただき水をくれ大量に今すぐ」

 

「ほらぁ……」

 

 

 

 レンゲに掬われた赤き煉獄のスープに口を付けて、ほんの少し口にの中に含んだ瞬間、辛味の神が口内で核爆発を引き起こした。龍已は見たのだ。一瞬とはいえ……白い雲の上でこっちにおいでと手招きする。一番行ったらダメなやつ。

 

 優しい表情でこちらを見る母の弥生を見たら泣きそうになった。しかし父の忠胤に静かに首を横に振られ、ハッと意識を取り戻す。そうだ、自身にはまだやることがある。呪詛師を一匹残らず殺してこの世から消すことと、赤鬼退治である。そして気が付いた。泣きそうなのは辛い所為だった。

 

 

 

「はッ…はッ…はッ……んぶふッ……!?」

 

「うげぇ……マジかよ食うのかい」

 

「無理しなくて良いんだぞ……?」

 

「ぉ……おいしい……げほッ」

 

「いや味分かんねーだろ絶対」

 

 

 

 皆が見守る中で龍已は食べ始めた。本気で舌というか口の中全体が異常な熱を持ちながら激痛が奔るがそれでも食べた。手が震える。本気で震える、マグマのようなスープを落とす為に麺を振っているのではない。辛さで手が純粋に震えていて、結果的に麺が震えているだけだ。

 

 しかし食べる手は止まりはしなかった。固唾を呑んで見守られる中で食べ進めていく龍已は、実のところ既に凄いのだ。殆どの者達が一口二口、いっても十口だったのに対し、龍已はもう麺を殆ど食べてしまった。胃の中がグルグルしている。燃えるように食道が熱い。しかし止まらない。

 

 真夏でもないのに大汗を垂らし、差し出される水を時折口に含んで休ませながら食べ進めていくこと20分。龍已は麺を食べ終える事が出来た。それで終わった。そう普通は思うだろう。しかしそこで終わる事は無く、龍已はどんぶりに手を掛けた。まさかと戦慄した。

 

 龍已は飲み始めたのだ。塩分過多や高カロリー摂取等の言葉を二の次にし、辛さの塊であるスープをどんぶりに口を付けて飲む。龍已の喉がゴクリ、ゴクリと音を鳴らしながら嚥下運動を繰り返し、空となったどんぶりをテーブルに置いた。完食したのだ。未だ誰も完食した事の無い、超絶激辛ラーメンを、スープすらも残さず。

 

 

 

「すげぇ!!すげぇよ龍已ッ!!正直無理だって思ってたけど、食いやがった!!」

 

「見てるだけで口の中痛ぇけど、マジでヤバいぞ龍已ッ!!」

 

「湯気で沁みた目がまだ痛ェッ!!」

 

「よく頑張ったね、龍已。はい、最後の水だよ。……龍已?」

 

「─────────────。」

 

「………………ケン君」

 

「はー、マジスゲェ……ん?何?」

 

 

 

「龍已ね──────気絶してる」

 

 

 

「目開けながら!?」

 

 

 

 正面を見ているのだと思ったら、まさかの気絶をしていた龍已。なんと龍已、人生初めての気絶である。どんなに厳しい稽古でも気絶はしなかった龍已は、伝説の激辛ラーメン『赤鬼』の完食と共に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ……腹が歪んでいる気がする」

 

「いや当たり前だから」

 

「完食は本気でスゴいけどね」

 

「俺は無理。逆立ちしても無理。金くれるならやる」

 

「やるのかよ」

 

「はい、アイス」

 

「ありがとう、虎徹」

 

 

 

 ラーメン屋から帰ってきた龍已は、ベッドに腰かけながら虎徹に手渡されたバニラアイスを食べている。熱を持っている舌が何時まで経っても冷めない状態が続いているのだ。バニラやヨーグルトが辛いものを食べた後に良いと聞いたのに、一向に効いている気がしない。

 

 心なしか涙目で棒アイスを頬張っている龍已は、今日の気分である激辛を制覇出来たので満足である。当分は辛いものの気分は来ないだろうが。

 

 舌の上に広がるじんわりとしたバニラの優しい味と、バニラの冷たさを噛み締めていると、ふとあの地獄のマグマのような激辛ラーメンを食べる前、思い出した妃伽達の事。高専でできるとは思わなかった親友達の事だ。そんなことはないと信じたいが、大した飯も食べずに自身の帰りを待っていたりするのだろうか。

 

 心配のし過ぎだろう。しかし気になる。そんな気持ちを抱えていると、ケン達が全員自身を見ていることに気が付いた。如何したと聞けば、とても優しい口調で話し掛けられた。

 

 

 

「高専の友達が気になるんだろ?」

 

「音無と巌斎だったよな」

 

「いいんだぞ、帰っても。俺達は何処か消えるわけでもねーし」

 

「僕達は付き合いそのものが長いからね。少し離れていても大丈夫!それにメールも電話もあるからね!」

 

「だが、折角こっちに来れたというのに、初日に帰るのは……」

 

「友達は大事にするべきだぞ、龍已。いいか?俺達はお前が音無と巌斎を大切に思ってる事くらい知ってるんだよ。俺達を誰だと思ってんだ?お前の親友だぞバカタレ。こっちに帰ってきてあっちが気になるのもお見通しなんだよ。帰ってくるのはまた休みがまとまった時で良いから、今日は大人しく帰って、残りの休みを一緒に遊んだりして過ごせよ」

 

「ホントになー。バレて無いとでも思ってたの?全部お見通しだからな?ケンちゃんですらお見通しなんだから俺達は余裕だっつーの」

 

「俺ですらってどういう意味だ!!」

 

「ケンちゃんうっさい。……大丈夫だよ。今日だっていっぱい話したし、一緒に飯食ったろ?それでも後ろ髪引かれるなら、次帰ってきた時は飯奢れよ。それでチャラにしてやっから」

 

「ほらほら、早くしないとあっちに着くまでの電車が途中で無くなっちゃうよ?」

 

「お前達……」

 

 

 

 実のところ、ラーメン屋で龍已が違うことを考えている事に気が付いていた。長年親友をやってきたケン達にとって、龍已の考えている事などお見通しだ。況してや悩んでいることなんて。だから帰りたいと思うならば帰ってもいいと言ったのだ。

 

 半年ぶりの再会なので、本音はもっと遊びたいし語り合いたいが、龍已の高専で出来た友人も大切だろう。それに龍已が別の誰かをここまで気にするほどの相手だ。きっと親友という括りになっているに違いない。

 

 龍已も成長しているんだな、と。友達は親友である自分達しか居らず、ケン達が居てくれれば、それで良いと口にしていた龍已。このまま片手で足りる程度の友人で完結してしまうと、密かに心配していた。しかし、もう杞憂のようだ。龍已も自分達の知らないところで友達を作れるようになった。良い先輩にも巡り会えている。

 

 長く親友をしているから、少しずつ羽ばたいて行く龍已に寂しい気持ちもあるけれど、永遠の別れが有るわけでも無い。遊ぼうと思えば今回のように遊べるし、こちらから会いに行ってもいい。だから今は、出来たばかりの親友と友情を育んで欲しいのだ。ケン達は龍已の持ってきた止まりグッズを纏めて、龍已に手渡した。

 

 

 

「ケン、カン、キョウ、虎徹……本当にすまない。この埋め合わせは次回、必ずさせて欲しい」

 

「ふはッ、わかったよ。……行って来い」

 

「気を付けてな!」

 

「乗り換えミスんなよ!」

 

「待ってるからね、龍已」

 

「あぁ、またな。……行って来る」

 

 

 

 龍已は見送られながら虎徹の家を出て行った。キャリーケースを引きながら駅へ向かう龍已の背中を見て、寂しい気持ちを胸に抱えながら、笑顔で手を振ってあげた。大好きな親友の門出を祝して。そしてまた遊ぶ日を思って。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり、遅くなってしまったな……」

 

 

 

 出た時間も出た時間なので、高専に着いた時には辺りは真っ暗になっていた。殆どの灯りを消している高専を見て、妃伽と慧汰に会いに行くのは明日にして、今日はもう部屋に戻って寝ようと考えた。しかし、昼に食べた激辛ラーメンが記憶に新しいので、何か適当に作って食べようと考え直し、龍已は荷物を寮の自分の部屋に置いてから食堂へ向かった。

 

 そうして向かっていく途中、龍已はある事に気が付いた。食堂の電気が点いていて明るいのだ。他の電気は消えているのに、唯一と言って良い明るい食堂。まさかとは思いつつ、足を少し早めて中を覗き込んでみると、テーブルに突っ伏しているのが2つ。そしてその2人の間のテーブルの上に置かれた皿が2つ。

 

 1つは完全に炭の塊と評すべき物体X。もう1つは辛うじて肉と野菜の炒めものと思えるもの。しかし殆どが焦げていて、食べたら苦味が襲ってきそうな代物だ。そしてテーブルに力無く倒れかかっているのが、妃伽と慧汰だった。

 

 外食すればいいものを、態々出来ないと分かっていながら料理をしていたらしい。結果1人は食い物とは言えない物体Xを錬成し、もう1人は慣れない料理で存分に焦がしたようだった。

 

 はぁ……と、恐れていた事態に片脚突っ込んだ状態に溜め息が出ると同時に、いつも通りの2人に心温まる感覚。やはりこの2人も、自身にとっては大切な友達で親友なのだと、そう思った。さて、何を作ってやろうかなと思いながら、食堂の中へ入ると、妃伽と慧汰は見知った気配を感じ取ってガバッと顔を上げて振り向いた。

 

 

 

「え、ぇえ!?なんで龍已が!?3日は帰らないんじゃ……」

 

「なんだ!?任務でも入れられたのか!?」

 

「……お前達の事が心配になって帰ってきた。予想は……当たっているようだが」

 

「あ、はは……いやぁ、店のものじゃない手料理の味を忘れられなくて……それで2人して作ってみたらこの有様です……」

 

「折角地元に帰ってたのに……悪ぃ」

 

「気にするな。大切な親友達の腹事情なのだからこの位は安いものだ。何が食べたい、今から作ってやる」

 

「ホント!?俺オムライス!オムライスが食べたい!!…………んん?」

 

「私はやっぱりアスパラのベーコン巻きだろ!?あと豚バラの塩ネギ炒めのやつ!………………んぁ?」

 

「その位ならすぐに作れるから待っていろ」

 

 

 

 さっさとキッチンの方へ行って黒いエプロンを付けて冷蔵庫から必要なものを取り出す。リクエストされた料理の材料は揃っていたので安心し、料理の難易度からしてそこまで時間は掛からないだろうと判断して、フライパンを取り出して油を引き、熱する。

 

 すぐに料理の準備を整えて料理を開始した龍已とは別に、慧汰と妃伽は顔を見合わせてコソコソと何かを話していた。どちらかが聞いて答えて。またどちらかが聞いて答えてを繰り返した後、妃伽と慧汰は椅子から勢い良く立ち上がり、真っ直ぐキッチンへ駆け出した。

 

 大きい豚肉を手頃な大きさに切っていた龍已は、突然すっ飛んできた妃伽と慧汰の2人に無表情で驚きながら、嫌な予感がしたので包丁を持った右手と、肉を掴んでいた左手を上げた。すると、2人はがら空きになった龍已の体に突進するように抱き付いてきた。ギュウッと抱き締められて、2人の体と龍已の体の間に隙間は無かった。

 

 

 

「龍已!ねぇさっき親友って言った!?言ったよね!?」

 

「聞き逃さねーぞ!?絶対言ったろお前!!」

 

「危……ないなお前達。……ダメだったか?少なくとも俺はそう思っているのだが」

 

「ダメなわけ無いよ!やったー!龍已の親友になれた!」

 

「お前……っ!おっせーンだよバカが!こんだけ一緒に居て親友にならねー訳ねーだろうがアホ!!」

 

「分かった分かった。お前達にも親友だと思ってもらえて嬉しいが、今は料理中だ。少し待て」

 

「「──────嫌だッ!!」」

 

「我が儘か」

 

 

 

 コアラみたいに抱き付いて離れないように全力で抱き締めてくる2人に溜め息を吐きながら、心臓が早鐘を打っていた。親友では無いと言われたらどうしようかと思ったのだ。少し不安になっていたが、熱くキツい抱擁を受けたので同じ気持ちだったのだと知って安心した。

 

 暫く龍已は2人の抱擁を受けていた。感極まったのだろう。5分はそのままだったが、流石にこの状態がずっと続くのも仕方ないので離れてもらい、今度こそ料理をし始めた。その間、妃伽と慧汰はテーブルに戻り、料理をする龍已の姿を見て嬉しそうに笑っていた。

 

 ずっと感じる視線に気恥ずかしい気持ちになりながら、龍已はさっさと料理を終わらせて、完成した料理を妃伽達に提供した。それを食べた妃伽と慧汰は美味い美味いと言いながら食べた。龍已も一緒に食べて何時ものように他愛ない話をした。

 

 

 

「龍已、親友だって言ってくれてありがとう。すごい嬉しいよ!」

 

「しょうがねーから親友になってやるよ、龍已」

 

「妃ちゃんだって嬉しいクセにー」

 

「マジで嬉しいけどなんだよ?」

 

「え、すっごい潔い……」

 

 

 

「……これからもよろしく頼む──────親友」

 

 

 

「「──────こちらこそよろしく」」

 

 

 

 親友となった事を祝して、冷蔵庫にあったコーラをカップに注いで頭上に持ち上げて乾杯をした。それから暫くの間、3人で適当なお喋りをし、仲良く食堂で寝落ちして次の朝までぐっすり眠っていた。

 

 

 

 

 

 

 龍已は新たに手に入れた親友達と、楽しくて心温まる時間をこれでもかと享受したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2004年12月。東京██廃病院内にて2級呪霊1体を『窓』が確認。後に巌斎妃伽2級術師、音無慧汰3級術師を派遣。以降5時間以上の音信が途切れ、帰還が無いものを緊急事態と判断。

 

 出張から帰還した黒圓龍已1級術師に応援を要請。その2時間後、両面宿儺の指(副右腕薬指)を取り込んだ特級呪霊と『窓』が見落としたとされる双子型特級呪霊二体を発見。

 

 

 

 黒圓龍已1級術師により全て祓われる。

 

 

 

 生存者・黒圓龍已1級術師

 

 

 

 死亡者・巌斎妃伽2級術師及び音無慧汰3級術師。

 

 

 

 

 

 

 






黒圓龍已


俺は何時も、大切なものが失ってから辿り着く。









すこし………………つかれてしまった……。










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第二十一話  疲労困憊



最高評価をして下さった、紅王 ネチョネチョ ユーサク さん。


高評価をして下さった、スクイッド うひょおおおおおお 柊 奏 夜の荒鷲 


さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 12月。気温がかなり低く、今年の冬は例年にも比べて寒いとニュース番組が言う程の気温となる月だ。そんなある日、龍已は海外への出張が決められた。どうやら海外で呪霊が発生しているのだが、階級が高い上に、祓える者が居ないというのだ。流石は人手不足の呪術界。海外である筈の日本にまで要請するとは。

 

 夜蛾から出張の話を聞かされた龍已は、一週間程度であるということを考慮して、慧汰と妃伽の2人でも作れる、簡単な料理を作り置きしておいた。味噌玉を冷凍してお湯をかければ出来上がり……みたいな感じのものをいくつも作っておき、変に体調を崩させないように配慮した。

 

 手を握って感謝を伝えてくる妃伽と慧汰に、独り立ちして立派な呪術師としてやっていく事になったら如何するんだと思う。その事を伝えれば同棲しようと即答する。バカを言っていないで早く教室に行けと叱る。何時もの光景。眩しい朝のやり取りだ。

 

 

 

「帰ったら3人で買い物行こうね龍已!」

 

「それよりも肉料理だろ!絶対作れよ!!」

 

「分かった分かった。では、行って来る」

 

 

 

 いってらっしゃい。その言葉を聞いてから出張用の荷物を持って、補助監督が乗る車に乗り込んで空港を目指した。帰ってくるときには何かお土産を買ってきてやろう。そう思いながら、車内から流れる外の景色を見ていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『龍已、お前に緊急要請だ。出張から帰ってきて早々すまんが直ちに現場へ向かえッ!任務へ行ったっきり、妃伽と慧汰から一切連絡が無いまま5時間が経過しているッ!!』

 

「場所は」

 

『〇〇にある██廃病院だッ!!』

 

「鶴川さん。██廃病院へ向かって下さい。急いで」

 

「は、はい!ここからだと3時間は掛かりますが……2時間で着いてみせますっ」

 

「お願いします」

 

 

 

 海外での仕事が終わり、数時間飛行機の中で過ごし、迎えに来た補助監督の運転する車で更に1時間程経った時、龍已の携帯に夜蛾からの連絡が入った。また何かの任務なのか、妃伽が何かやらかしたのか、まあ取り敢えず出ようと思って通話ボタンを押した瞬間、夜蛾から切羽詰まった声が聞こえてきた。

 

 内容は……絶望的なものだった。運転している、龍已の送り迎えや帳を降ろす仕事の大体を受け持ってくれている補助監督の鶴川に聞けば、妃伽と慧汰は今日2級呪霊を祓う依頼が入っていたと聞いた。妃伽は2級呪術師となっているが、実力は1級でも通じる。慧汰もかなり実力を付けているので2級に上げても十分だろうという話さえ出ていた。

 

 今は1人だけ1級呪術師として活動しているが、3人で1級呪術師として活動出来る日も近いとさえ思っていた。そんな2人が、たかだか2級呪霊程度に遅れを取るわけが無い。慧汰が手こずったとしても、妃伽の拳一つで祓える筈なのだ。

 

 だからこそ、そんな2人が5時間も音沙汰が無いというのは信じられない。何らかの異常で準1級以上の呪霊が出現して術式を使い、連絡をする手段を無くしているのか、術式の付与されていない領域である生得領域に引き摺り込まれて現実との時間がズレているか。それか最悪は……。

 

 龍已は静かに首を振る。そんなわけが無い。あの2人がやられる筈が無いのだ。必ずや生きている。助けに行けば、何食わぬ顔で居るに違いない。それでやって来た自身に、おかえりと言って、買ってきたお土産を強請るに違いない。そう考えれば、いくらか肩が軽くなったように感じる。だが人はそれを、現実逃避と言うのだ。

 

 

 

「……っ!お待ちしておりました、黒圓1級呪術師!」

 

「すぐに入ります。帳を」

 

「わ、分かりました!」

 

「クロ、『黑ノ神』を出せ」

 

「……けぷッ」

 

 

 

 目的の廃病院に到着すると、妃伽と慧汰を連れて来た補助監督が青い顔で立っていた。事情は聞いているので会話を直ぐに終わらせ、降ろされた帳の中を歩きながら首に巻き付いているクロに、『黑ノ神』を吐き出させて起動した。存在を存在させない術式が発動し、龍已以外の存在からは何も無いようにしか思えない、黒い6つのユニットが背後に控える。

 

 脚に巻いたレッグホルスターから『黒龍』も抜いて戦闘準備を整える。廃病院の玄関までやって来て、両開きのドアを開けて中に入ると、中は異空間になっていた。生肉を捏ねて作ったような床や壁、天井。そして所々からは手や足が生えて揺れている。醜悪な趣味の悪い術式の付与されていない生得領域。つまりは特級呪霊相当が居るという事になる。

 

 それに入って直ぐ感じ取れた濃密な呪力の気配。特級相当の呪霊は一体では無い、少なくとも二体、若しかしたら三体居る。鉢合わせたら勝てるかどうかは分からない。だがもう入ってしまった以上出ることは出来ない。ならばもう進むしか無いだろう。

 

 きっと生きている。そう思いながら醜悪な道を進んでいくと、呪力の気配が強くなっていく。この先に呪霊が居る。気配で察知しながらその方向へと進み、部屋のような空間に辿り着く、気配を消しながら中を覗き込むと……見たくは無い光景が広がる。

 

 広い空間に居たのは三体の呪霊。一体は人の形をした呪霊。もう一方はダニを無理矢理人型にしたような姿をした呪霊が、瓜二つで二体。そして、その呪霊の奥に、肉のような壁に背中を預けて居る妃伽と慧汰。その遺体。

 

 慧汰は左肩から右腰までを斜めに両断されていて、妃伽は右腕と左脚がそれぞれ根元から無く、腹に大穴が開けられていた。2人の瞳に光りは無く、血塗れになって倒れている。見間違うはずの無い、2人の容姿。だからこそ、体の内側が爆発したように荒々しく、液体窒素のように冷たく、風の無い海のように凪いでいた。

 

 ゲラゲラと嗤って強大な呪力を掌に溜めて撃ち放とうとしている人型の特級呪霊は、背後から感じた恐ろしい程の呪力の塊に驚き、急遽振り返った。それは双子型特級呪霊も同じだ。そして視線の先に、ゆっくりと歩いて此方へ向かってくる龍已を見た。無表情で向かってくる龍已は、手にしていた『黒龍』をレッグホルスターに納め、手ぶらでやって来る。

 

 特級呪霊三体は得体の知れない気配と、尋常では無い……底が見えないし感じられない莫大な呪力を放出する龍已に一歩後退り、しかし呪力を漲らせて龍已に差し向ける。

 

 

 

 しかし、龍已はもう特級呪霊達の後ろを歩いていた。

 

 

 

 かたり……と、靴底が肉の床を踏み締める音が聞こえた。前に居た筈の人間が、忽然と姿を消して背後に居た事に、呪霊は静かに己の動きを停止させた。計り知れない、化け物と評せるナニカにしか思えない存在が後ろに居る。それだけで動きを止めるには十分だった。

 

 背後へと抜けている龍已は、隣り合って背中を預け、息を引き取った慧汰と妃伽の瞼に掌を被せ、光を宿さぬ瞳を閉じさせる。もう自力で開けることは決して無い瞳を。

 

 

 

()()、お前は他人を守りながら戦ったんだな。腕が千切れようと脚をもがれようと。()()、お前は妃伽の為に自分に出来る精一杯をやったんだな、濃い残穢が残っているぞ。お前達は良くやった、俺はお前達を誇りに思う。だから、な──────あとは任せろ」

 

 

 

 妃伽と慧汰の頬を優しく撫でてから立ち上がった。底知れない呪力が全身から立ち上っている。ここまでの怒りや憎しみや恨みが心を占領するのは、実の父母を殺された時以来だ。しかし頭はこれ以上無いほど冷静で、凪いでいるのだ。

 

 龍已は静かに振り返る。最強クラスの特級呪霊は、その場から大きく距離を取った。今近くに居たら殺される。祓われる。そう直感させた。そんな呪霊をただ、いつもの無表情で見つめる龍已は、右腕を持ち上げ、莫大な呪力を拳一点に集束して肉のような壁を殴った。その瞬間、黒い雷が迸った。

 

 拳を叩き付けた壁は轟音を立てて粉々に消し飛ぶ。生得領域内全体が大きく揺れたと錯覚するほどの一撃だ。青黒い呪力が黒い雷となって弾けて迸り、粉砕した壁の一部が降り注ぐ。しかしその時も、龍已は決して呪霊から目を離さなかった。何を考えているのか分からない、琥珀の瞳が呪霊を貫く。

 

 黒閃。そう呼ばれる現象が存在する。黒閃とは、打撃との誤差0.000001秒以内に呪力が衝突した際に生じる空間の歪みのことを指す。 衝突の際はその名の通り、黒く光った呪力が稲妻の如く迸り、平均で通常時の2.5乗の威力という、実に驚異的な一撃を叩き込む。 黒閃を経験した者とそうでない者とでは、呪力の核心との距離に天と地ほどの差があるともされる。龍已はそれを今、打ち放った。

 

 

 

「──────死ね。お前達にくれてやる言葉はそれだけだ」

 

 

 

 最も人型に近い呪霊は、特級呪物『両面宿儺の指』を取り込んでいる。もう2つは双子型の呪霊で、同時に同じ場所から生まれた瓜二つの呪霊。片方が捕食の術式を持っており、食べた分だけ強さに還元するという脅威的な術式を持ち、もう片方が共有という術式を持ち、相方が成長すれば成長するだけ同じ分だけ強くなる術式を持つ。

 

 一方の龍已は、特級呪霊との戦闘経験が無く、特級を相手にするには数も不利だった。だから黒閃を打ち。今呪力への核心を掴み、次のステージへと一気に駆け上がった。そして今の龍已はゾーンに入ったのと同義。それ故に……“出来る”と確信した。

 

 

 

 

 

 

 

「領域展開────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 補助監督は、心の底から黒圓龍已に恐怖した。廃病院に入ってから30分も経っていないのに帳が晴れ、中から血塗れの妃伽と慧汰の遺体を担いでやって来る龍已を見て、体が硬直した。

 

 気配があまりにも違いすぎた。違う人物なんじゃないのかと思うほどの気配。そして周囲に撒き散らされる強大なプレッシャー。何もしていない筈なのに、息をしているだけで殺されそうな気分だった。だが声を発せば龍已はいつも通りだった。そう、そのいつも通りが背筋を凍らせた。

 

 明らかに気配と口調が合っていない。なのに遺体となった妃伽と慧汰を連れて行くように指示を出され、慌てて電話を掛けて遺体の回収の手配をする。そうしている間、龍已はクロから『黒曜』を吐き出させ、莫大な呪力を一発の弾丸に形を変える。

 

 補助監督は龍已が何をしようとしているのか分からなかったが、何かをしでかそうとしているのは解った。だから急いで止めるために声を掛けようとしたが、龍已の呪力濃度に恐れを抱いてしまい、そうこうしている間に呪力の弾丸は上に向かって放たれた。

 

『黒曜』の持つ術式効果で爆発のような発砲音は無く、青黒い弾丸が目には見えない速度で龍已の術式範囲限界まで空へと上り、莫大な呪力を籠められた弾丸が弾け、籠められた呪力が全て解放されて落ちてきた。天より落ちて一条の光の柱を聳え立たせ、廃病院を易々と包み込んだ。

 

 

 

「──────『(あま)(ひかり)』……再び呪霊が発生するくらいならば跡形も無く消えろ」

 

 

 

 次の日、廃病院が在った筈の場所には、底が見えない程の大穴が開けられており、地下にあるガスが爆発しただとか、地球外生命体の仕業だと噂され、暫くの間ニュース番組が引っ切り無しに取り上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍已はその日、スーツを着ていた。仕立てられた上等なスーツに身を包み、何処か疲れた表情をしていた。妃伽達が死んだ依頼から3日が過ぎた。そしてこの3日間、龍已は一睡もしていない。いや、出来ていないのだ。

 

 夜蛾が気を利かせて休みを設けてくれたが、何も身に入らず、やった事といえば1日も欠かせた事の無い稽古だけ。休憩しても落ち着かなく、眠ろうとしても夢の世界へ行けない。食事は喉を通ってくれない。

 

 3日で衰弱するほど柔な肉体を持っていない。だが心まではそうはいかない。高専内を歩く度に聞こえてくるのだ、妃伽と慧汰の話し声が、自身を呼ぶ声が。幻聴のように聞こえてくるのだ。今すぐにでも笑いながら肩を叩いてきそうなのに、そうしてくれればどれだけ良いか。しかし何も無い。

 

 何かをやっていないと心が潰れそうだから、龍已は妃伽と慧汰の寮の部屋を片付けた。捨てなくてはならないものや、取っておいて2人の実家に持っていくものとで分けていく。そうして準備が出来ると、2人の両親へ報告と荷物の受け渡しをしに行くのだ。本来は担任の教師である夜蛾と学長が行くのだが、どうしても行かせて欲しいと龍已が行ったのだ。

 

 それ故のスーツ。態々着ていくために購入した。皺一つ無いスーツを着て最初に向かったのは妃伽の実家だった。高専に登録されている妃伽の情報に記載されていた実家の住所を元に向かい、補助監督が運転する車から降りると、渡すための荷物を詰めた段ボールを抱えて巌斎の札が掛かったアパートの呼び出しボタンを押した。

 

 少し後に鍵が解かれる音が聞こえ、ドアノブが回ってドアが開いた。中から現れたのは、金髪の髪をボロボロにし、寝癖が酷い女性だった。30代後半から40代前半の歳の女性は、容姿が整っていた妃伽の母親と言える位整っている顔立ちだが、頬が少し窶れていた。気怠そうな表情のまま、スーツを着て無表情で立っている龍已を訝しんだ目で見た。

 

 

 

「……初めまして。巌斎妃伽さんの同級生をしていた黒圓龍已と申します。突然お伺いして申し訳ありません」

 

「あー、あの子のね。はいはい、で?何の用?」

 

「この度、妃伽さんが事故で亡くなられた事を報告するのと、妃伽さんが持っていた物をお渡しする為に……」

 

「ふーん。あの子死んだの。そこら辺の男ボコボコにしてたから事故程度じゃ死なないと思ってたけど、まあいいわ。あと荷物だっけ?要らないから適当に捨てちゃって。色々工面してくれるって話だったわよね?なら火葬とかもやっておいて、私お金持ってないから。あ、あの子が持ってたお金ってどうなるの?私の所に来るわけ?」

 

「……火葬や埋葬はお任せいただけるのであれば、こちらで行います。妃伽さんの口座にあった所持金につきましては、母親である貴方様に相続が……」

 

「あらそう。幾らかしら?なんか学校行きながら稼げるって話だし、結構な額よね?ならこの口座に振り込んでおいて。後は全部好きにして良いわよ。じゃあね」

 

「………………………。」

 

 

 

 腹を痛めて生んだ筈の一人娘が亡くなったというのに、顔色一つ変えないどころか、声のトーンすらも変えなかった。心底どうでもいいという反応をされ、聞かれたのが妃伽が所持していた全財産がどうなるのかということ。父親とは離婚していて、権利は母親が持っている。だから金は母親に入るのだと言うと、母親は目を輝かせた。娘より金か。それ程金なんかが大事か。優先順位が高いか。

 

 歳と窶れ具合の割に小綺麗な顔を、原形が無くなるまで殴ってやりたい気持ちを抱くが、抱えている段ボールをぐしゃりと握る事で気を紛らわす。これなら責められた方が億倍も良かった。こんな後味の悪い報告が有るだろうか。

 

 優れた聴力が、母が電話越しに男だと思われる相手に金が出来たから遊びに行こうと話しているのが、立て付けの悪い錆びたドアの向こうから聞こえ、金はホストや男に貢いで消しているのだろうなと思った。そんな女に妃伽の力で稼いだ金が使われるのは心底不愉快なので、龍已のポケットマネーから同じ額を振り込み、妃伽の金は火葬や墓石の購入に使ってあげようと決意した。

 

 次に向かったのは慧汰の実家だ。戸建て住宅だという情報があったので音無という札が掛かった家を探してみると、普通の一軒家に辿り着いた。一度深呼吸をして呼び出しボタンを押し、チャイムが鳴る。中からドタドタ音がすると思えば、出て来たのは小さな女の子だった。

 

 龍已は心が締め付けられる。無垢な瞳で不思議そうに見上げる少女は善人の雰囲気を放ち、慌てて出て来た母親も優しそうな印象を与えてくる。察するに本当に普通の家から呪術界に入った慧汰。死亡報告をするのが、心に鈍痛を響かせる。出来ればご両親と話したいと言えば、雰囲気から察してくれた母親が少女を家の中に入れた。

 

 言わなければいけない事なので、意を決して慧汰の母親に、慧汰が事故で亡くなられたのだと伝える。すると、やはりというべきか、息子が死んでしまったことに少しずつ涙を流し、最後はしゃがみ込んでしまった。

 

 

 

「お兄ちゃん……帰ってこないの?」

 

「……っ!!結衣!なんで……っ!」

 

「もう……お家に帰ってこない?」

 

「…っ……お兄ちゃんね。いっぱい行きたいっ……ところがあるから、帰ってこれ……これないんだって……っ」

 

「……やだ。わたしお兄ちゃんに会いたい!!お兄ちゃん帰ってきたら遊んでくれるっていったもん!うわぁあああああああああああああああん!!!!」

 

「ごめんね……ごめんねっ……」

 

「……これは、慧汰さんの所持していた物です。……誠に、申し訳ありませんでした」

 

 

 

 泣き叫ぶ慧汰の妹の結衣を、母親は強く抱き締めながら嗚咽を漏らした。大切な家族が突然亡くなられたと言われれば、こうなるのは仕方ない。今話そうにも話せる精神状態に無いと判断し、呪術高専の電話番号が載った紙を段ボールの中に入れておき、最後に深々と頭を下げて謝罪した。

 

 帰り道は体が重かった。どうしていいのか分からず、一端高専へ戻ることにする。力無く座っていたのでスーツに皺が出来てしまい、後でクリーニングに出しておこうとぼんやりと考えていた。大した動きもしていないのに、何故か感じる肉体的疲労感を抱えながら寮の部屋を目指すと、途中で夜蛾に会った。

 

 片手を上げたので何か用だろうかと問えば、夜蛾は静かに小さな箱と紙を2枚差し出した。何だろうかと思いながら受け取ると、明日も休みでいいと言って去って行った。何だったのだろうかと思いながら、取り敢えず目的の部屋まで行き、スーツを脱いでラフな格好へ着替える。

 

 何もする気が起きなくてベッドに倒れ込む。5分位はそうしていただろうか。そこでふと、着替える前に机の上に置いた、夜蛾から渡された物が目に入った。結局何だったのだろうと思って椅子を引き、座って一番存在感がある小さな箱を開ける。そこには……見るからに高そうな指環が入っていた。

 

 何故指環が?そう思って箱とセットになっている手紙を手に取って開き、中身を読んでいく。そして、龍已は少し目を見開いた。この手紙を書いたのは、他でも無い妃伽だった。

 

 

 

『龍已へ。お前が1週間ぐらいの出張へ出ると聞いた時から買いに行くことを決めてた結婚指輪だ。言うの照れ臭いから手紙にするわ。

 

 勿論、渡すのは今日で今……つまり12月25日のクリスマスだ!プレゼントに私の嫁になる権利をくれてやるぜ!泣くほど嬉しいだろ?だけどまだだ!前を見るな?多分私の顔は今見せられない事になってっから!後少し読んでから見て、OKの印に愛情込めてキスしろ!腰が抜けるやつかましてやっからよ♡

 

 ……真面目な話、私は料理が出来る奴と結婚するって決めてた。あと強かったら完璧。そこに現れたお前!はい私勝ち組って寸法よ。だから嫁になれ。なんなかったらぶっ殺す。キスしてくれたら、一生幸せにして殺してやるよ。

 

 いつもふざけて嫁になれって言ってたと思うか?私は最後の方ガチだぞ。お前冗談だと思って流しやがって!だが許す!これからは私に愛を囁いて私に愛されるお前が居るからな!

 

 

 

 私と結婚して幸せになって、幸せにして下さい。  妃伽』

 

 

 

 龍已は読み終えると固まり、急いでもう一つの紙を開けた。すると中から編み込まれた黒と琥珀色の糸で結ばれたミサンガが出て来た。手に取りながら手紙の内容を読んでいく。

 

 

 

『龍已へ。妃伽ちゃんがすっごいソワソワしながら買い物に出掛けて、気持ち悪いくらいニヤニヤして、手紙を書くから紙をくれって俺に言ってきたので大体を察し、俺もプレゼントと手紙を書くことにしたよ!

 

 多分妃伽ちゃんはクリスマスに、なんだろ……婚約指輪か何かを渡すと思うから、俺はミサンガを作って龍已にあげる!自然に使って切れたら願いが叶うらしいよ!呪わないように気をつけながら作ったから付けてよね!

 

 ……龍已、気付いてないと思うけど、料理してたり、俺と訓練したり、色々な見てないところで妃伽ちゃんは龍已の事を肉食獣のような目で見てロックオンしてたからね?気付いてないの龍已だけだよ?近接格闘をやろうとしてる目だと思ってたでしょ。変なところで鈍いなぁ。

 

 前はね、妃伽ちゃんが好きだったんだ。けど龍已がどう見ても好きだって解ったから諦めて応援する事にしたんだよ。京都姉妹校交流会の時にメールしてたのは、いい感じの子といい感じだったわけ!まあ直ぐに別れちゃったけど。まあつまり何が言いたいかって言うと、妃伽ちゃんをお願いね、親友!  慧汰』

 

 

 

「…………………………。」

 

 

 

 龍已はもう何と口にすれば良いのか分からなかった。何という日本語を口に出せば、今胸の中で暴れ回るナニカを吐き出すことが出来るのは、全く分からなかった。

 

 かさりと音を立てて手紙が机の上に落ちる。手紙を持つ気力さえ持っていられなかった。上を向いて何かに耐える。これ以上はもう勘弁して欲しかった。ここ数日でどれだけ人様の心に罅を入れれば気が済むのか。本当にやめて欲しかった。

 

 

 

「妃伽……結婚はな……男は18にならないと……っ出来ないんだぞ……。それに、あれだけ毎日言えば……冗談だと思うに決まっているだろう……。指輪のサイズも……驚くほどぴったりじゃないか……何処で俺の指のサイズを知ったんだ……?…っ…く……それに……結婚指輪なら……お前も付けなくてならないだろう……OKの返事に……キスをせねばならんのだろう……っ……指も唇も無いお前に……どう返事をしろというのだ……ばかもの」

 

 

 

 試しに妃伽からのプレゼントである結婚指輪を左手の薬指に付けてみると、サイズが完璧だった。どうやって知ったと問いたくもなるが、それはもう永遠に知ることは出来ない。

 

 

 

「慧汰……不器用だというのに……これ程素晴らしいミサンガを……一体どれだけ時間を掛けて作った……。況してや呪いを籠めないようになど……大変だったろうに……せめて、お前が直接渡せ……。折角綺麗に出来たというのに……勿体ないではないか。それに……妃伽が俺を好きだと知っていて……諦めるとは……一途なのでは無かったのか……俺の為に……諦めたとでも言うつもりか……全く……ばかものめ」

 

 

 

 龍已はもう耐えきれなかった。無表情ながら止め処なく涙を流し、指輪とミサンガ、それぞれの書いた手紙を抱き締め、背中を丸めながらずっと涙を流した。

 

 涙が止まらない。止めてくれる人が居ない。止める方法を知らない。だから泣く。枯れるまでずっと。そうして泣き続けてどれくらい経ったのだろう。もう分からないくらい泣き続け、部屋に置いてある鏡を見る。そこには涙を流して眼を赤くしながらも、変わらずの無表情があった。

 

 この顔が心底憎いと思った。大切な親友が死んでしまって泣いているのに、苦しげになることも、悲しげになることもなく、只管表すのは無。何も感じていないように見える、仮面のような顔だ。心はこれだけ罅が入っているのに、砕けそうなのに、それでも変わらない無表情。一度も笑ったことが無く、歪めた事も無い、無感情な仮面。

 

 何故こんなにも表情が変わらないのだろうと考えて、妃伽達にお前はそのままでいいと言われたのを思い出す。こんな無表情なのに?と返すと、何を考えているのか解るようになれば、私達だけの特権になって特別って感じがするだろ。そう言われた。思い出してくれば、この無表情の顔でも良いかと思えてくる。流石だ、死して尚、元気づけてくれるとは。本当に素晴らしい親友だ。

 

 

 

「妃伽、生きていたら婚約指輪として受け取っていた。慧汰、お前のミサンガは大切に使わせてもらう」

 

 

 

 龍已は妃伽からのプレゼントである指輪に、チェーンを通して首に掛けた。首元で光るダイヤがあしらわれた高価だろう指輪は、自己主張するように輝いている。まるで龍已を私の物だと主張する有様は、妃伽が指輪に乗り移ったみたいで安心する。

 

 形は綺麗なのに長さが異常に長いミサンガを、左手首に四重で巻き付ける。どうしてこの長さになったと言いたいが、切れても結び直して付けられそうなので良しとする。寧ろ良くやったと言いたい。

 

 書いてくれた手紙は丁寧に折り畳んでクロに呑み込ませた。何が起ころうと、劣化しない異空間に仕舞い込み、大切に取っておく。身に付けた指輪とミサンガが、もう死んで居なくなった2人を感じられるような気がして、幾分か胸が温かくなるのだった。

 

 こうして一年生はたったの1人になってしまったし、その事で歌姫が泣きながら抱き締めてきたりと色々な事があったが、龍已はしっかりと2人の死を受け止めて前を向けた。それも全て2人のお陰だ。

 

 それから月日が流れて2005年4月。龍已は一つ学年が上がり、二年生になった。そうなれば当然やって来る新一年生だが、呪術界で持ちきりの話がある。今年の東京校新一年生は傑物揃いだと。

 

 数百年ぶりとなる、五条家の六眼と無下限術式の抱き合わせの天才。取り込んだ呪霊を幾らでも使役することが出来る呪霊操術の術式持ち。唯でさえ使える者が殆ど居ない反転術式を他人に施す事が出来る少女。まさしくこれからの呪術界を変えられる黄金の世代。そんな3人が入学した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ?二年3人じゃなかったっけ?今はオマエ1人なの?つまり他の奴等ザコくて死んだんだ。うっわツマンネ。オマエも術式ザコ中のザコだし高専辞めれば?居ても死ぬだけでしょ」

 

「こら悟。言い方ってものがあるだろう?先輩もそれを自覚しながら日々を過ごしているんだから、ちゃんと敬わないとダメだ」

 

「……お前らホントにクズだな。先輩、私をこのクズ共と一緒にしないで下さいね。これからよろしくお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 五条家の奇跡の抱き合わせ五条悟。一般家庭から入学した珍しい術式である呪霊操術を持つ夏油傑。反転術式の使い手の家入硝子。その3人が、黒圓無躰流最後の生き残りにして黒い死神の黒圓龍已と邂逅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






(あま)(ひかり)

弾丸の形に生成した呪力を遙か上空で解放し、大質量そのままに落とす、落下する光線。威力は籠められた呪力に比例する。




巌斎妃伽

龍已を好きになっていて、クリスマスの日に告白&プロポーズをするんだと息巻いて100万越えのクソ高指輪を買って手紙もしたためていた人。

サイズは近接格闘で手を合わせて力比べをするときに計っていた。

実はロマンチストで乙女思考。お嫁さんになるのが夢だった。




音無慧汰

上手い感じにミサンガを作ることが出来たけど、止め時が分からなくて4周するくらいのクソ長ミサンガ作った人。色は龍已のイメージの黒と瞳の色の琥珀色。

妃伽が好きだったけど、妃伽のガチ恋の強さに諦めて応援していたとっても良い子。生きていれば将来モテモテだった。




歌姫

一年生二人が死んでしまったことを聞いた時、真っ先に龍已の元まで駆け付けて抱き締めてくれた人。

本当に良い先輩だと認識し、尊敬する先輩は居る?と聞かれたら真っ先に庵歌姫と言うくらい尊敬しているし信頼している。

冥冥?知らない人ですね。




黒圓龍已

同期が死んでしまい、唯一の二年生になってしまった。

壁をぶん殴って黒閃決めて呪力の核心をついて、流れるように領域展開を修得した。特級呪霊は跡形も無く消した。当然だね。

慧汰の墓はご家族が建てたので、妃伽の墓は龍已が近くに建てた。毎年必ず墓参りに行くし、綺麗に掃除する。偶に綺麗になって花があげられていて線香があるのに、慧汰の家族は首を捻っている。




五条悟

五条家の奇跡の申し子。最強になるのが約束されている。

は?二年2人死んでんの?ザッコ笑




夏油傑

取り込んだ呪霊を意のままに操ることが出来る呪霊操術の術式を持ったチート。

ザコなの分かってて今もこうして学校に居るんだから、先輩の顔を立てないとダメだよ?




家入硝子

やっと会えると思って密かに心臓バクバクだった。めっちゃ楽しみにしてた。一年待ったからな一年!

同級生クズだし、あの人悪く言うから道端の犬の糞を見る目で見てた。

は?あの人ザコとか正気か?……あぁ、正体知らねーからか。お前らの方がザコだわ。

悪い印象は絶対に抱かせない所存。





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第二十二話  新一年生



最高評価をして下さった、雷雷光雷 monato KG社長 空鶴の海底 (´・ω・`)(;・∀・ (;・ω・) ライズ伍長 アサリの脱け殻 世界史 高崎 検索比 k_y1209 KOU ueyuu 鯖イバー ケータロー たまこ、 式部 ムーサン セイト@葛餅 RIsa_0421 さん。


高評価をして下さった、ペンペン 神風特攻隊 HANEKAWA-sa カエルにカエル015 グングン みみんと you(*^ー^)ノ♪ 玉那覇 人生ツライム cheetah  いのり 流され杉 みみんと kak コセイ 三代 Peaceke 固唾をがぶ飲み sst SoBoYoShi trigger1116 暗月 zi__zi 夢憑き すき焼き 天ノ狐 あき1243 リャー



さんの皆さん、ありがとうございます!





 

 

 2005年に於ける東京都立呪術高等専門学校の新一年生は、3人だった。それもこの3人、一人一人が只者では無い。

 

 先ず一人。五条家の奇跡の申し子、五条悟。受け継がれる、初見の術式の完全看破と、呪力を視ることが出来るという特異の眼、六眼。そして五条家相伝の術式である無下限術式。数百年ぶりという完璧な抱き合わせに加え、本人の才能が計り知れないものであるという。五条家が生み出した最強の怪物。

 

 次に一般家庭出身という身で在りながら、入学と同時に単独での任務遂行を行える2級呪術師の名を与えられた男、夏油傑。彼は世にも珍しい呪霊を操る術式である呪霊操術を持ち、取り込めば階級の制限無く自由に呪霊を扱うことが出来るのだという。

 

 そして最後が、唯一の女で紅一点の家入硝子。世界的に見ても扱える者が殆ど居ない反転術式の使い手で、更にはその反転術式を他人に施せるという呪術界きっての超稀少なヒーラーである。反転術式はあの五条悟にでさえ出来ないと言わしめた高等技術だ。

 

 正真正銘の傑物揃い。これ程の存在が一度に入学したのは初であるとされている。故に呪術界はこの話題に盛り上がっていた。上層部は兎も角として、これで呪術界も大きく変わる。その第一歩だとも称された。

 

 だが、そんな3人の内、問題があったのは2人。五条悟と夏油傑の2名である。担任となった夜蛾は、まさか初日にグラウンドを崩壊させるとは思わなかった。理由は一つ。五条悟と夏油傑の喧嘩である。どちらも相手を尊重せず、言いたいことを唯口から垂れ流した。それにより堪忍袋の緒が切れて大喧嘩。夜蛾が鉄拳制裁するまで止まらなかった。

 

 しかしその後に言いたいことを言い合える仲となり、結果早くも親友となった。悟に傑。そう名前で呼び合い、ついでに同じクラスメイトになった家入のことも硝子と呼び合って仲良くなった。所謂さしす組と呼ばれている3人は、かなり早い段階から一つになっていた。

 

 仲良く肩を組みながら楽しそうに話している五条と夏油を横目に頬杖をついて興味なさげにチラリと見た家入は、小さく溜め息を吐いた。大喧嘩をしたり仲良くなったりと忙しい2人だが、家入は一番理解している。この2人がガチで根っからのクズだということを。体は高校生なのに頭は小学生以下の五条悟と、無自覚に相手を蔑む天才の夏油傑だ。

 

 家入はこんなクズ共なんかに時間を割くつもりは毛頭無い。それこそ大喧嘩して夜蛾に拳骨されてたんこぶを作った2人を写真撮りながら指さして大爆笑してやったが、そんなことをしている場合じゃない。やらなくてはならないことと、確認しなくてはならないことがあるのだ。

 

 

 

「……ん?硝子、何処へ行くんだい?次は体術の授業だよ」

 

「なんだ便所?デケェ方なら早くしてこいよー」

 

「黙れクズ共。二年の先輩に挨拶してくるんだよ」

 

「ふーん?硝子らしくないね。そういうのあまり興味が無いと思っていたんだけどな」

 

「二年は3人なんだっけ?誰が言ってたか忘れたけど、硝子が行くなら俺達も行くぞ傑。どんなザコか顔合わせといこうぜ!」

 

「名前すら知らない人を馬鹿にするのは感心しないよ。本当に弱かったらどうするんだい?」

 

「……お前等はグラウンドに行ってろクズ共が」

 

 

 

 コイツ等絶対碌な事しない。確信している家入は100%の気持ちで置いて行くつもりだった。一年も会うことどころか此処へ来ることすら出来なかった。だから、まあ無いと思うが大きな怪我が無いかどうかの確認と、いい感じの相手が居ないかのチェックである。いい感じの相手とは何か?察しろよ。

 

 振り返りもせず一年生の教室から出て行った家入なのだが、既に身長が180以上あって脚がクソ長い二人が直ぐに追い付いてきた。こうなれば引き剥がすのは不可能。人知れず大きい溜め息を吐きながら歩みを進めて二年生の教室を目指す。

 

 少し進めば目的の教室に着き、五条と夏油にバレないように小さく深呼吸をしてから扉を開ける。中から自分達の教室と同じ木の匂いがする。しかしその中にふんわりと懐かしい匂いが混じり、目当ての人物はそこに居た。

 

 一年前に、呪符がそこら中に貼られた部屋で会った時と何一つ変わらない姿だった。短めの黒い髪。日本人特有の琥珀色の瞳。約180センチの身長に鍛え抜かれた事が服の上からでも解る体躯。組まれた長い脚。トレードマークの巻かれたレッグホルスターに黒い二丁の姉妹銃。そして、相も変わらずの無表情。

 

 椅子に座って背を背もたれに預け、手の中でルービックキューブを弄り、驚異的な速度で完成させている光景を見ると、ガラでもないというのに鼻の奥がツンとした。しかし家入は、はたと気付く。生徒用の机と椅子が、教室に居る黒圓龍已の1人分しか無いのだ。悟が言っていた事が正しいならば、龍已の同級生はもう2人居るはず。だが無い。つまり、龍已の同級生は既に殉職してしまっているのだ。

 

 

 

「はぁ?二年3人じゃなかったっけ?今はオマエ1人なの?つまり他の奴等ザコくて死んだんだ。うっわツマンネ。オマエも術式ザコ中のザコだし高専辞めれば?居ても死ぬだけでしょ」

 

「こら悟。言い方ってものがあるだろう?先輩もそれを自覚しながら日々を過ごしているんだから、ちゃんと敬わないとダメだ」

 

「……お前らホントにクズだな。先輩、私をこのクズ共と一緒にしないで下さいね。これからよろしくお願いします」

 

 

 

「………………………。」

 

 

 

 ──────このクズ共……ッ!これで先輩が私に悪い印象抱いたら解体(バラ)して殺してやるっ!

 

 

 

 初めましても、こんにちはも無しに、五条と夏油の口から出て来たのは侮辱だった。龍已は何もしていない。新一年生が入ってきて2週間が経つが、最近まで任務に行っていたので挨拶をする事が出来なかったのだ。その内、自身の時のように近接格闘の訓練で会うだろうから、その時に自己紹介でもしようと考え、今は暇潰しに今日の気分であったパズルでルービックキューブをしていただけだ。

 

 気配が3つ、近付いてくるのは解っていた。だからルービックキューブをしながら教室で待機していたのだ。つまり善意で待っていた。そんな龍已に掛けられたのは、去年己の与り知らぬ場所で死んでしまった親友の同級生に対するザコという侮辱と、自身への侮辱だった。普通ならば殴り掛かるものだろうが、龍已はルービックキューブを動かす手を止めただけだった。

 

 つまらなそうにサングラス越しから見下ろす五条と、胡散臭い笑みを浮かべている夏油。やっと会えたのにクズ共の所為で変な印象与えていないか心臓がうるさい家入。その3人を静かに見る。姿勢を変えること無く、眼だけを動かして。

 

 

 

「……噂は兼々聴いている。五条悟。夏油傑。家入硝子。俺は()()()二年、黒圓龍已だ。お前達の次の授業は体術であり、俺と合同だ。早く行くと良い。時間に遅れると夜蛾先生に叱られる事になる」

 

「あ?オマエみたいな奴と合同?ザコと仲良くやるつもりねーんだけど?つか命令すんじゃねーよザコ」

 

「悟。先輩は私達の為に言ってくれているんだよ。気持ちは解るがここは素直に従って早くグラウンドに向かおうか」

 

……チッ。このクズ共死ねば良いのに。……先輩、後でまた。先に行って待ってます」

 

「……あぁ」

 

 

 

 小さく手を振ってみると、無表情だが同じく手を振り返してくれた龍已にキュンとしながら、これ以上クズ2人組を置いておくと自分が2人を殺しに掛かりそうなので、無理矢理ドアを閉めた。五条も夏油も此処ではこれ以上の会話をしようとは思っていなかったのか、すんなりとグラウンドに向かった。

 

 家入は体術の時間だということで、自身には殆ど必要ないと思うものの、先の合同という言葉を聞いてやる気を出した。もし合同じゃなかったら適当にやってサボっていたが、龍已が見てくれるというのなら話は別だ。ちゃんとジャージに着替える。

 

 女子専用の更衣室に行ってまだ新しいジャージに袖を通す。新品特有の匂いが鼻腔を抜けていくのを感じながら、さっさとグラウンドへ出る。龍已はまだ来て居らず、先に着いたのは解った。しかしそれよりも、2人でポケットに手を突っ込みながら制服で先に着いていた五条と夏油に呆れた。

 

 

 

「何だよ硝子、オッセーと思ったらジャージに着替えてたのかよ。つか、なんでそんなやる気出してんの?」

 

「今日は硝子の意外な部分が見れる日だね。いつもならサボって来ないか、私達みたいに制服なのに」

 

「……お前等こそなんで制服なんだよ。先輩と合同で体術だって言ってただろ」

 

「あー?ぶはッ。俺があんなザコにやられると思ってんの?まず触れもしねーよ。俺と傑は最強だから」

 

「そうだね。流石に私も負けるつもりは無いかな」

 

「……あっそ。勝手にしろよ」

 

 

 

 ──────どうなっても知らねーからな。

 

 

 

 家入は1人、心の中で愚痴た。五条と夏油がザコだの負ける気がしないだの言っている相手は、呪術界きっての超大物である黒い死神だということを彼女は知っているのだ。

 

 龍已が無理矢理情報を吐き出させられている時、後ろに立っていたのは家入だった。この人があの時……呪詛師集団に連れ攫われてしまった当時中学一年生の硝子を助けてくれた、黒い死神なのだと知れて純粋に嬉しかった。この人が……と。()()()助けてくれた人が、また助けてくれた。

 

 他人に対して冷たいと自覚する家入が、初めて心の底から欲しいと思ったものだった。だから先ず第一歩となる今日という日を楽しみにしていたのに、クズ共の所為でめちゃくちゃだ。精々ボコボコにされるがいい。いや、されろ。そう思って冷めた目で見ていると、校舎の方から黒いジャージを着て現れた龍已を見つけた。

 

 制服の時と同じように、脚にはレッグホルスターと黒い銃を付けている。歩く姿も背筋が伸びて綺麗で、一歩一歩を踏み締めていて力強い。そしてレッグホルスターを巻いている脚は変わらずえっちだなぁ……と思った。セクハラである。

 

 

 

「……?何故制服なんだ。夜蛾先生に用事が出来、俺がお前達の授業を見るよう頼まれたとはいえ、体術の訓練だ。家入のように動きやすく、汚れても構わない服装で来るべきだろう」

 

「オマエ馬鹿だろ。最強の俺達が、1年先に生まれただけのザコなんかにやられる訳ねーだろ。少しは考えてからもの言えよ」

 

「私も趣味で格闘技を嗜むので、先輩に後れを取るつもりは無いですよ。なので私と悟はこの格好で十分です」

 

「……はぁ。お前達が良いなら構わない。では始めよう。どこからでも良いぞ」

 

「…………あ゙?」

 

 

 

 静かに拳を握って構える龍已に、五条は青筋を浮かべて睨み付けた。夏油も同じ気持ちのようで、笑みを浮かべながら目を細くした。家入は何か察したのか、五条と夏油の傍から三歩横へ移動して距離を取る。

 

 舐められたと直感したのだ。言動からして、3対1でかかってこいと言っている龍已に、2人で最強を豪語する五条の怒りに触れた。五条悟は人生でたった1度も舐められた態度をとられた事が無い。夏油の喧嘩は相手を舐めているのではなく、牽制しあって起こった出来事だ。だが、純粋に下に見られるのは初めてで、この上なく不愉快だった。

 

 夏油とてそうだった。趣味で格闘技をするくらい体を動かすのが好きで、中学の頃は舐めた態度を取ってきた相手を全員叩きのめしてやった。それもたった一人でだ。そんな自分に、知りもしない癖に舐めた態度を取る龍已がこの上無く気に入らないと感じた。

 

 そんな2人が取る行動は唯一つ。ぶん殴って力の差を見せ付ける。五条が右から、夏油が左から回り込んで、右腕と左腕で殴打をそれぞれ放った。身体能力が元から飛び抜けて高い2人の動きは、常人ならどうにか捉えられるかという域だろう。故に入ったと確信し、2人は地面に大の字で倒れていた。

 

 

 

「ぁ………あ゙?」

 

「…っ……何だ、何が起きた……?」

 

「お前達は互いに顔を殴り合っただけだ。そう仕向けたのは俺だが、取り敢えず挟み撃ちすれば良いと考えるのは早計と言わざるを得ないな」

 

「おぉー」

 

 

 

 左右から突っ込んでくる2人の手首を取って、勢いを更に付けさせて顔に誘導させた。それだけで2人はそれぞれの顔を全力で殴り抜き、次の瞬間には倒れていたと錯覚するほどの衝撃が頭に伝わっていた。珍しいことはしていない。単なる誘導だ。やろうと思えば誰にだって出来る。但し、龍已のそれは完璧過ぎただけだ。

 

 綺麗に決まったのを見ていた家入は感嘆とした声を上げながらパチパチと拍手した。見ていて気持ちの良い受け流しだった。クズ共がぶっ倒れているのもポイントが高いし、何が起きたのか解っておらず、困惑しているのも最高だ。

 

 自分達を見下ろしている龍已を見上げながら、段々と頭に血が上っていく。ここまで虚仮にされたのは初めてだ。しかも龍已は全くの余裕とみた。端的に言ってクソほど腹が立つ。だから五条と夏油は目を合わせてアイコンタクトをした。

 

 倒れ込んでいる状態から、五条が龍已の右脚に蹴りを放ち、夏油が左脚に蹴りを放つ。全くの同時による蹴りは上への跳躍による回避しかない。案の定龍已は上への大きく跳躍した。馬鹿がとほくそ笑みながら一瞬で立ち上がって、避けようのない空中の龍已の顔面に2人で拳を向けた。

 

 龍已は焦りもしなかった。焦りもせず、冷静なまま空中で体を捻って向きを変えた。両手で五条の腕を取り、夏油の腕に両足を絡ませて固定する。そのまま全身の筋肉を使って空中で回転し、2人を無理矢理回転させた。ぐるりと視界が回り、龍已が音も無く着地するのに対し、2人は回転させられたまま地面に叩き付けられた。

 

 アクション映画でしかやらないような動きに、家入はまたしても拍手を贈った。純粋にすげーと思った。それを尻目に、やられた2人は目が回っていたり、背中や腰を叩き付けられて痛みに顔を歪ませていた。赤子の手を捻るようにやられた。だがそれよりもムカつくのが、龍已が全く本気じゃ無いことだ。それが一番苛つく。

 

 

 

「テ…メェ……っ!手抜いてんじゃねーよ!!クッソ腹立つ!!」

 

「げほっ……流石に、私も腹が立ってくるね」

 

 

 

「──────腹が立つ?」

 

 

 

 2人の一言に、龍已のナニカに触れた。腹が立つ。そう言った。そしてその言葉が、今の2人が龍已に向けて放ってはならない言葉だった。

 

 ゾワリ。背筋に何かが駆け抜けた。とても嫌なものだ。経験したことの無い、経験したくないものだ。それが今奔った。決定的な嫌な予感に、2人は直ぐさま立ち上がって大きく龍已から距離を取る。何だコイツ。気配が変わりやがった。見た目は何も変わっていないのに、別人になったようだ。

 

 これは、殺気だ。殺そうとする意思の元発せられる気配。それが濃密に、荒々しく、攻撃的に全身に叩き付けられる。皆は勘違いしているかも知れないが、龍已は顔が無表情から殆ど変わらないだけで、心はイカレた部分を除いて普通の人間だ。そんな人間の、大切な親友を侮辱しておきながら、龍已が腹を立てていないとでも思ったか。

 

 

 

「……腹が立つ。腹が立つだと?その言葉、全てお前達に返してやろう。今も生きていれば共に二年になっていたあの2人は、俺の大切な親友だった。それをお前達は碌に知りもせず真っ向から侮辱した。俺が何も言わないから何を言っても許されると勘違いしたのか?生憎だが、内心はお前達をどう殺してやろうかと考えていた。だが、俺はお前達よりも年上で先輩だ。導く立場にある。私情で暴力を振るうのは、先輩にあるまじき行為だと思い、何も言わなかった」

 

「……っ………だったら何だよ」

 

「……つまり、今からは違うと?」

 

「──────術式の使用を許可する。全力で来い。次目覚めた時は医務室のベッドの上だ」

 

 

 

 呪術高専に張られている結界は、未登録の呪霊が入るとアラームが鳴るようになっている。なので夏油は軽々しく術式を使うことが出来ない。だが、今は苛つきが頭を支配していた。まだ中学の頃の感覚が抜け切れていない夏油は、売られた喧嘩は安く買うスタイルだ。

 

 対して五条も、ここまで虚仮にされた挙げ句、無下限術式を持つ自身に術式の使用を許可するほど舐め腐っていると考えると、腸が煮えくりかえる程の激情が襲い掛かってくる。そこまで言うなら、お望み通りにしてやる。その気持ちが先行し、龍已の言い分を殆ど聞いていなかった。

 

 

 

「術式順転──────」

 

「術式展開──────」

 

 

 

「──────ここまでだ」

 

 

 

 無下限術式が、呪霊操術が使用されるよりも、龍已の一手の方が速かった。

 

 五条は呪力を鮮明に視る六眼で、龍已の呪力を視た。そして気付いた。初めて気付いたのだ。呪術界で最も多い呪力を持っていると思っていた自身よりも、遙かに莫大な呪力の権化を。

 

 無限にも思える呪力の塊が、無理矢理人の形を取っていると錯覚するほどの圧倒的呪力量。それが形を為し、両手で為された掌印によって広がった。まさかコイツ……もう辿り着いているのか。呪術の頂点に。それに気付いた時には本当に手遅れで、2人は囲い込まれた。一寸先すら見えない純黒に。

 

 

 

「領域展開──────『殲葬廻怨黒域(せんそうかいおんこくいき)』」

 

 

 

「マジかよ……」

 

「これが……領域展開……」

 

 

 

 辺りは一面黒だ。黒、黒、黒、黒。黒以外何も見えない。光りも無く、希望も無く、有るのは黒と絶望だけ。入れば最後、タダでは返さない。敵であれば、もう2人は死んでいた。今も生きているのは、龍已が冷静であり、命までは取ろうと考えていないからである。

 

 五条と夏油は、何も見えていないような、まるで盲目になったように純黒の世界に居る。しかし互いの姿は見えるのだ。光が無ければ網膜が光景を映せない……何てことは無い。此処は領域の内部。物理も体積も距離も関係無いのだ。だから、黒の世界でそれぞれの姿が確認出来る。

 

 ザコだザコだと言っていた男が、無意識に下に見ていた男が、呪術の極致である領域展開を修得していた事実に驚愕するしか無い。見せ掛け何てものではなく、正真正銘の領域展開だ。それ故に全身に感じる呪力の濃度が桁違いだ。気を抜けば押し潰されそうな錯覚に陥る。

 

 

 

「五条。術式を見破るお前なら解っていると思うが、俺の術式は呪力を飛ばして自由自在に操作する術式だ。しかし本来は範囲が狭く、自由度も低い。だが俺には天与呪縛がある。縛り内容は銃を介さなければ術式を使用できない。その代わりに約4キロに渡る術式範囲と操作技術を与えられた。つまり、この領域内では、銃で放った呪力は必中を得る」

 

「……それだけだろ。だったら弾が届く前にテメェをぶちのめす」

 

「当てる場所を限定させれば、動けないことも無いですよ」

 

「──────本当にそうか?」

 

「あ?何……がッ!?」

 

「い゙……ッ!?」

 

 

 

 脚のレッグホルスターから『黒龍』を抜いた龍已を見て、一気に駆け出そうとした五条の左右の太腿から()()()()()()()()()()()。夏油は右腕の上腕と前腕の()()()呪力弾が突き抜けた。撃たれた弾が飛んでくる所を見ていない。突然体から出て来たように思える。

 

 しかも、2人の体から突き抜けた4発の呪力弾は、龍已の周囲を高速で旋回している。まるで守護しているかのようなその光景に異様さが現れ、何とも思っていないような龍已の無表情に不気味さが滲んできた。

 

 撃たれた訳でも無いのに撃たれていた。訳の解らない状況に、天才と謳われる悟の脳が回転する。そしてまさかと答えを導き出した時、解っていない傑に教えるように語り出した。

 

 

 

「銃を介して放った呪力は必中と為る。つまり、必ず当たる。だが俺の領域内では天与呪縛の所為なのか、少しズレが生じて解釈が捻じ曲がる。そう、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という風に。簡単に言えば、()()()()()()()()()()撃つことが出来る」

 

「……訳分かんねぇ……」

 

「……つまり、引き摺り込まれれば最後、頭の中から頭の中を撃ち抜かれる……ということですか」

 

「全身だから、頭とは限らない──────そんな風に」

 

「──────ッ!!」

 

「──────ぐッ!?」

 

 

 

 手の中から手の甲へ。足の中から足裏へ。肩の中から背中側へ。上腕の中から前側へ。呪力弾が当たりに向かって来るのではなく、当たりに向かえば必ず当たるのだから、当たる場所から当てる事が出来るという風に捻じ曲がる。だからこの領域内に入れば、内側から撃たれるのだ。

 

 更に恐ろしいのは、体内から撃ち込まれるのは、小さな弾丸状のものだけではなく、嘗て廃病院を文字通り根刮ぎ消し飛ばした超極太大質量光線すらも放てるということだ。それを、あの時の特級呪霊3体に問答無用でぶち込んでやった。結果、特級呪霊は跡形も無く消し飛んだのだ。

 

 5発。10発。30発。体内から撃ち込まれる呪力弾により、体中に穴を開けられていく2人。制服も当然穴だらけで、赤黒い大量の血を吸い込んで重く、フラつけばぐしゃりと不快な音を出す。濃密な呪力によって無下限術式の無限の減速を与えるバリアは機能せず、夏油と共に抵抗虚しく撃ち抜かれる。

 

 呪霊操術で呪霊を出そうとも意味は無い。出した途端、頭に極太の光線が撃ち込まれて消し飛ばされる。攻撃も防御も一切許さない。まさしく龍已の領域だった。そうして撃たれ続けた2人は出血多量によって意識が朦朧となり、最後は力無く倒れ込んだ。

 

 気絶して動かない血塗れの後輩を見つめ、溜め息を吐いた。やり過ぎたと。ここまでやるつもりは無かったと。死の危険が迫るような場所は全て避けて撃った。これは穴が開けられすぎて血が多く出ただけだ。だから領域外に居る家入に少し反転術式を掛けてもらおう。そう思って領域を解こうとすると、純黒の世界に亀裂が入った。

 

 びしりと音を立てて亀裂が入り、太陽の光が漏れ出てくる。最後はガラスのように砕け、外から細い腕が伸ばされた。少しずつ領域の壁を破壊して中に入ってきたのは、家入だった。中に入り込んで見渡し、黒一色の世界と、初めての展開された領域内に目を丸くしている。そして倒れている同期2人を見つけ、呆れた目と溜め息を吐いた。

 

 傍に寄って血が出ない程度に反転術式を掛けている家入を見て、龍已はなるほどと納得する。内側から出られないように領域を強固にすればするほど、外からの侵入は簡単になるのだ。何せ、入って得することは無いのだから。

 

 

 

「先輩、やっぱりスゴいですね。これ領域展開?ですよね。しかもクズ共とはいえ、あの2人を一方的ですし」

 

「……俺も少し、頭に血が上っていた。ここまでするつもりは無かった。態々手間を掛けさせてすまなかったな、家入」

 

「イイですよ。元々私はヒーラーなんで」

 

「ヒーラーか……頼もしい限りだ。だが何が起きているか解らない領域内に突然入り込むのは感心しないぞ」

 

「はーい」

 

 

 

 反省しているのかは少し解らないが、返事をする家入に頷くと領域を解除した。黒い世界の全体に罅が広がり砕け散った。見えるのは変わらずのグラウンド。無傷の龍已と硝子に、血が流れない程度に回復されながら気絶している五条と夏油。やはりやり過ぎたと思って龍已が反省していると、前から拳が飛んできた。

 

 掌で受け止めてパシリと音を響かせる。気絶している2人に向けていた視線を前に戻せば、家入が右拳を出して殴り掛かっていた。心の中で訝しんでいると、続いて左拳、再度の右拳。最後に蹴りが飛んできた。それらを受け止めると、彼女は一歩下がって拳を構える。

 

 

 

「体術の授業ですよね。私だけ教えてもらってないですよ、先輩」

 

「……だが、五条と夏油を医務室に……」

 

「伸びてるクズ共は自業自得なんで放って置いていいですよ。それに少し治してあるんで死にませんよ。死んでもいいけど」

 

「……まあ、家入が折角やる気を出しているからな。このまま続けるか。五条達は少し寝ていてもらおう」

 

「はい。じゃ、よろしくお願いします。……あ、優しく教えて下さい。私ヒーラーですから前に出て戦ったこと無いんで」

 

「勿論だ。そう急かしはしない。下手な怪我の無いようゆっくりとやっていこう」

 

 

 

 血塗れで倒れている五条と夏油から離れ、体術の授業をしている龍已と家入の図は異様だろう。本来ならば2人を医務室に連れて行くのだが、死んだ親友達を侮辱された事による静かな憤りと、家入がある程度治療して死ぬ危険は無いということでそのまま続行となる。

 

 パシリといい音が時々聞こえて、新しく入った一年生の中でも真面で、自身の話を良く聞いて授業に取り組む家入の評価が龍已の中で上昇する。それを何となく察して、彼女は少し口の端で笑みを浮かべながら、2人だけの時間を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 高専の新一年生との初対面は非常にドタバタしたものではあったが、こうして恙無く終わったのだった。

 

 

 

 

 

 

 






五条悟

体術でも術式ありでも触れられる事すら無いと思って舐めプしたら体中穴だらけにされた人。『蒼』発動したら馬鹿みたいな威力の光線に呑み込まれて、は?ってなった。

無事医務室で目が覚めた。




夏油傑

趣味で格闘術をやっているので負けないと思ったら、少林寺のアクション映画みたいに空中で大回転させられ、脳味噌をシェイクされた人。

取り込んだ呪霊30体消された。ムカついて1級呪霊出したのに……。

悟と一緒に医務室で目が覚めた。




家入硝子

あんのクズ共マジで死ねば良いのに。けど死ぬぐらいボコボコにされてて満足した。ザマァ。勿論写真撮った。

気絶してるクズ共の横で龍已からマンツーマンで体術教えてもらった。優しくと言ったら本当に優しく教えてくれたし、めっちゃ丁寧で解りやすかったから授業が楽しかった。

あ、先輩のホルスター巻いた脚えっちですね。お尻も。まあ上半身も鎖骨とかえっちですけど。()()言わない。

お昼休みとかにお話ししましょって言ったら良いよって言われたので、その日1日ご機嫌だった。




龍已

気配が近付いて来たから自己紹介しようと思ったら、ボロクソ言われた。確かに術式はザコだが、死んだ親友達を侮辱するのは許さん。穴だらけにしてやる(やった)



領域展開・『殲葬廻怨黒域(せんそうかいおんこくいき)

撃った呪力が必中効果を持つが、天与呪縛が作用してくるからなのかどうかは解らないが、解釈が捻じ曲がり、必中効果が作用した場合に限り、敵の体内から撃つ事が出来る。

体内から撃ち込む呪力弾に制限は無く、廃病院を消し飛ばした時のような大質量も放てる。故に相手は初撃で消し飛ぶ。よくある閉じ込めれば勝確の領域展開。

硝子は話をちゃんと聞くし、体術の授業も最後まで真剣にやってたし、侮辱もしてこなかったので印象は良い。

授業終わったら悟と傑を医務室に送り、硝子にはジュースを買ってあげた。

昼休みとかに教室へ行くからお喋りしましょうと、年下にカワイイ事言われたのでOKしたらニッコリ笑ってありがとうございますと言われたので、良い後輩も入ったなぁとほんわかとした。




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第二十三話  改めて



最高評価をして下さった、鷹鬼蛍介 BONTANAERO パックバック 流され杉 問井問 pu1una みっちゃん88 レムアイス バナナはおやつ 珈琲愛飲家 ウルブラ サバ缶わ xcemple487 せっしゃ あならさなまかなやたなは kuromameko 篆牌 はぐろ Pedo 糖尿病予備軍 西富士 将吾 orukusu 月夜柳 S,U 若王子いちご Ike11757 さん。

高評価をして下さった、べーさ 雄大な笑顔 Mosy ibodi 焼たらこ 狼ルプス 神代 リャー ヤマハ 桜餅の化身 だんず アヤカシ Saya3155 みょうじなまえ キャンパー アンティーク 心葉詩 ルーズなベルト 最強勇者ロボ軍団 森田雅也 くりとし うぉるぴす サッカーボーノレ sukiyaki アザトホース 有機ELディスプレイ setu23 黒羽. くろきし 焼きすぎトースト KOBASI ばん0628 KYOUJI Gain blank s 銀世界 太郎丸8 読む犬


さんの皆さん、ありがとうございます!


お知らせ。

御指摘が有りました、外道傑……夏油傑が入学時、てっきり最初から特級なのかと思いましたが、1級以下だったらしいです。ニワカかましました笑笑




 

 

 

 

「あ゙ー……クッソ。マジで痛ェ……」

 

「太い血管や神経は綺麗に避けてあるからね……痛みだけだ……」

 

「なー硝子、反転術式で治してくれよ。治せんだろ?」

 

「私も是非頼むよ」

 

「……はッ。自業自得だクズ共。ザマァ」

 

「「ひっど……」」

 

 

 

 五条悟と夏油傑が服の下に大量の包帯を巻いていて、一つの動作をする度に痛がっていた。椅子を座るのにも、足を組むのにも痛そうにしており、日常を送るのに四苦八苦している2人を尻目に、家入は至極興味なさそうに横目で見ていた。

 

 五条と夏油が龍已に体術の授業で完膚無きまでに負かされたのは二日前のこと。昨日は龍已が朝から任務だったので会えなかったが、今日は任務も無いということで会うことが出来る。しかし五条と夏油が会いに行くことは無い。なんだったら謝罪にすら行かない。

 

 まあそこら辺についてはクズらしい2人なので言うことは無いが、家入は昨日会いに行くことが出来なかったので、今日行こうと決めていたのだ。授業と授業の合間の休み時間ではたかが知れているので、行くのは昼休みなのだ。そして今は四時間目の自習の時間。時間のロスが無いように、予め昼飯は購入しておいたので抜かりは無い。

 

 表面上は何時ものクールで冷たいと言われる家入硝子を。内側では早く昼休みになれと怨念を撒き散らしている龍已の唯一真面目な後輩として、早く会いに行きたいという感情を隠している。全身の痛みが気になって硝子の感情に気付いていない2人は、頼んでも反転術式を使ってくれない家入なかぶつくさと文句を言っている。

 

 あー、早く終われー……と、内心でぼやいている家入の願いが叶ったように、四時間目の授業の終了を報せるチャイムが鳴った。五条と夏油は昼飯に何か食べに行こうと席を立ち上がり、家入も買っておいた昼飯の入っている袋を手に立ち上がった。何処へ行って食べに行くんだと問われる前に、先輩のところに行ってくると言えば微妙な顔をした。あの2人でも気まずいという感覚があったらしい。興味ないが。

 

 アイツのとこに行くのかよー、と文句を言っている五条を置いて2年の教室へ向かう。今度はクズ2人が居ないので、存分に話せる。それを考慮すれば、足取りは当然軽くなる。手に提げたコンビニ袋を小さく揺らしながら、龍已の居る教室のドアを開けた。するとそこには、教室内をギリギリまで敷き詰めている黒い球体があった。

 

 向かっている最中に感じた呪力の気配で解っていたが、やはりこれは龍已の領域展開だ。敵によるものではない。日々稽古を必ずやっている龍已だからこそ、領域展開を修得してから毎日欠かさず、()()()()()()()()()の領域展開の稽古をしている。出来て終わりにしない辺りが龍已らしいと言えばらしいが、何も無いのに領域展開しているのは龍已くらいのものだろう。

 

 必殺の術式を必中必殺へと昇華させる、特大のバフを得るための空間。それは内側から外側へは逃げ出すことが出来ないようにすればするほど、外側から内側への侵入は容易となる。つまり囲い込めば勝ちの筆頭である龍已の領域展開は、家入でも侵入することが出来る。呪力で体を少し強化して叩けば罅が入り、中が見える。すると、家入が来たことに気が付いた龍已が領域を解いた。

 

 罅が広がって全体を脆くし、粉々に砕け散ってガラスの割れたような音を響かせるが、物体として飛び散ることは無く、中から椅子に座ってクロスワードをしている龍已が現れた。クロスワードの本を閉じて顔を上げ、入口に立っている家入を見る。

 

 

 

「良く来たな。喋りに来ると言っていたが、もう来るとは思わなかった」

 

「迷惑でした?」

 

「まさか。俺にとって初めて出来た親しい後輩だ。念の為に持ってきておいた椅子を使っていいから座るといい。昼飯を一緒に食べよう」

 

「じゃあ、お邪魔しまーす」

 

 

 

 初めての親しい後輩という部分で内心ガッツポーズをし、何気に椅子を用意してくれていることから、それなりに楽しみにしてくれていたことにキュンとしながら、龍已と対面するように椅子を持ってきて机の上に袋を置いた。

 

 龍已はどうするのだろうと思って見ていると、首に巻き付いている黒い蛇が口を開け、弁当が入った包みを吐き出した。それを当たり前のように受け取り、家入と同じく机の上に弁当を置いた。一昨日の体術の時にも龍已の首に巻き付いていた黒い蛇……のような呪霊。少し気になりながらコンビニ袋から昆布のおにぎりを取り出した。

 

 

 

「家入は弁当を作ったりはしないのか?」

 

「料理はまあ出来るんですけど、医療の勉強とかしてたらやる気が起きなくて結局買っちゃうんですよねー。先輩は自分で作ってるんですね」

 

「今日は手作り弁当の気分だったからな。何時もは食堂で適当に作って食べている」

 

「へぇー。……え、キャラ弁ですか?モデルはピカチュウですね。しかも完成度ちょー高い」

 

「昨日の任務場所が本屋の隣だったもので、試しに何か無いか探していたらキャラ弁特集があってな。気になって作ってみた。如何だろうか」

 

「普通に雑誌に載ってるやつみたいですよ。スゴいです。それに美味しそう」

 

「初めての挑戦だったんだが、そう言ってもらえると作った甲斐があるな。折角だ、食べて良いぞ」

 

「え?」

 

 

 

 ほら、と言われて差し出される黒い箸。まだ一口も食べていない龍已が長方形の大きめな弁当箱を硝子の前に置いて食べるように促す。弁当箱の中身はウィンクをしているピカチュウ。カワイイしキュートで美味しそう。小さいプチトマトや白身魚のフライ。竹輪にキュウリを刺して斜めに切ったものなど、色々と入っている。

 

 男が作ったら確実に茶色一色弁当になる筈なのに、龍已が作るとキャラ弁に命を賭けているような主婦真っ青な芸術が生み出されている。これをファーストアタックで崩さないといけないのか?勿体ない。普通に持って帰りたいと思っている心とは別に、黒い蛇型呪霊の内部で保存が効いているのかほんわか温かい良い匂いの弁当に箸が伸びる。

 

 勿体ない気持ちが有れど、ピカチュウの耳に箸を入れて下に敷いた白米と一緒に持ち上げる。黄色は薄い卵で、背景の黒が海苔。白米は醤油が掛かっていて海苔弁になっていた。卵で模っているピカチュウの耳の部分と海苔弁を口の中に入れ、おかずも食べて良いと言われたので白身魚のフライを半分切って口の中に入れた。

 

 ほんわかとした出来たてのご飯と、優しい海苔弁の味。濃すぎず薄すぎない白身魚のフライの味が口の中に広がって、端的に言ってめっちゃ美味い。自分のではなくて龍已の弁当であると認識していないと箸が止まらなくなりそうだった。引き続いて食べる前に、龍已へ弁当と箸を返す家入は、口の中が幸せだった。

 

 

 

「ホントに、冗談とかお世辞抜きで美味しかったです。先輩料理上手ですね」

 

「そうか。それなら良かった。……さて、では食べてしまおうか」

 

「あっ……」

 

 

 

 龍已も返された弁当に箸を入れて持ち上げ、口の中に入れて咀嚼し、呑み込んだ。小さく頷いて普通だなと言っているが、その美味しさで普通なのかというツッコミは、残念ながら入れられなかった。家入は気付いた。私が使った箸、洗ってない。

 

 何の躊躇いも無く、家入が使った箸を使用して弁当を食べている龍已。元々彼が弁当箱とセットで持ってきた物なのだから使って当然なのだが、仮にも目の前で女子が使っていた箸だ。何か思うことは有って然るべきだろう。それとも、そんなことは気にする必要は無いと思われるくらい興味が無く、本当に唯の後輩としてしか見られていないか。

 

 うーん、と思いながら袋から出していた昆布のおにぎりの袋を破って海苔を巻き、パリッとさせながら一口齧る。良い後輩としか見られてないっぽいなーと再確認していると、弁当を食べていた龍已の手が止まっていた。喉に詰まらせたのだろうかと思っていると、龍已が少しだけ耳を赤くしていた。

 

 家入はおにぎりの二口目に入ろうとして小さく口を開けた状態で止まり、目を少しだけ瞠目させてパチパチと瞬きした。そしてどういう事なのか察すると、口をニンマリと持ち上げて龍已に笑いかける。

 

 

 

「どうしたんですか先輩?」

 

「……いや、何でもない」

 

「でも手が止まってますよ。何かありました?それとも何かあった事を今気づきました?」

 

「……家入は意地悪だな」

 

「ふふ。先輩も照れるんですね──────かーわいい」

 

「…っ……早く食べてしまえ。時間が無くなるぞ」

 

「はーい」

 

 

 

 どうしても持ち上がってしまう口角を隠そうともせず、龍已の事を時々見ながら買ってきた昼飯を食べ進める家入。偶に視線を感じ、その瞬間を見計らって唇についた海苔を取る体で舌舐めずりをしてみると、視線が切れた。どうやら無表情で女に一切の興味が無いように見えて、龍已も男子高校生らしい部分があるようだ。

 

 間接キスで耳をほんのりと赤くしている龍已を見れたので良しとし、気分が一気に良くなった。何だか食べ慣れたコンビニのおにぎりがとても美味しく感じるし、食事そのものが楽しいと思える。

 

 この時間、めっちゃ良いじゃん……と、癖になりそうになりながら、髪に隠れて見えない耳が熱いことを無視して、昼飯を食べていった家入であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そういえば先輩」

 

「何だ」

 

「首に巻き付いている小さい蛇型の呪霊は何ですか?さっき弁当箱を吐き出したり呑み込んだりしてましたけど」

 

「あぁ、まだ知らないのか。これは所謂、武器庫呪霊と呼ばれているものだ。体内が異空間となっていて、見た目に反した貯蔵量を持つ珍しい呪霊だ。俺は何かと武器が多いから、このクロが居なければ持ち運びが面倒になる」

 

「へぇ……クロっていうんだ」

 

 

 

 飯を食べ終えて飲み物を飲み、一服していると家入から疑問を一つ投げられた。隠すことでもないし、なんなら見せているので簡単に説明する。武器庫呪霊は稀少で、見つけようと思って簡単に見つけることは出来ない。仮に見つけていても、仕舞い込めるという部分を見落として低級呪霊として祓っている可能性すらもある。

 

 龍已がクロを見つけたのは偶然で、任務先で呪霊によって襲われ、無惨にも死体となった非術師がクロに呑み込まれそうになっているのを発見した。見た瞬間に食っているのではなく、呑み込んでいると解った龍已は、見つかって逃げ出したクロを追い掛けて捕まえた。そしてこれ幸いと調伏をして契約を交わしたのだ。

 

 親友の虎徹に呪具を造ってもらっている龍已は、単純に武器が多い。その全てを持っていくのは無理だし、人目につく。しかしクロが居ればそんな心配は無く、何処へでも全ての呪具を持っていく事が出来るのだ。居なくてはならない相棒。それが龍已のクロである。

 

 

 

「おいでー」

 

「クロは俺と契約している呪霊だ。他人には従わず馴れ合わない。だから呼んでも……」

 

「おぉ……蛇触ったこと無いけど蛇みたい」

 

「……何?」

 

 

 

 基本巻き付いている首から龍已の手元まで降りてきて撫でられていたクロを家入が呼んだ。掌を差し出しながら呼んでも、契約した呪霊は契約者以外の者とは勝手に接触することは無い。契約を上書きする事も当然出来ない。なので懐くなんて以ての外なのだ。

 

 しかしクロは呼ばれるがままに家入の方へ行った。これまでも興味本位で呼ばれても全く動かなかったクロが、易々と離れていくのに驚愕を禁じ得ない。表情こそ何時ものものだが、内心はかなり驚いているのだ。

 

 差し出した家入の掌に頭を擦り付けるクロ。それを少し笑いながら撫でて、胴体を人差し指で擦って感触を確かめている。その光景は普通有り得ない筈なのだが、どうしてクロは家入の呼び声に従ったのだろう。人知れず、他人が結んでいる契約を強制的に破棄させて自身と契約を結ばせる術式を持っているのでは?と思っていた。

 

 

 

「クロの中にはどの位呪具とか入ってるんですか?」

 

「そうだな……100は超えていると思う。試しに造ったと言っていたものも取り敢えず受け取っているからな。正確に数えたことは無いな」

 

「それ全部買ってるとなると、かなり額がヤバいですね」

 

「特級は凄まじい金額だが、それ以外は特に払ってはいない。試作品も多いから使ってデータを取ったりするのに貢献しているので、金はいいと言われている」

 

「特級呪具を個人で持ってるとか、ウケる」

 

 

 

 一般の出である硝子でも授業で教えられたので特級呪具の価値はある程度把握している。まあ、一級や二級がある中で最上位の特級なのだから価値が高いということは誰でも思い至るだろう。ただし解らないのは特級呪具一つに掛かる値段である。

 

 普通に億はいく特級呪具だが、龍已のそれは普通の特級呪具よりも比較にならないほど高額だ。理由としては龍已の莫大な呪力と強力な呪力出力に耐えられるように、超稀少な金属をふんだんに使用しているという部分があるが、付与された術式も高度であるからだ。『黑ノ神』が良い例である。

 

 一つ手に入れるだけでも莫大な金を用意しなくてはならないというのに、虎徹はポンと渡してくる。金を要求してこないのだ。造るのにも尋常じゃない金が掛かっているだろうに。親友というだけで無料で提供してくる虎徹に、流石の龍已も、いやおかしいだろと思った。

 

 なので今も高専に持ってこられる任務の報酬や、黒い死神として活動している時の仕事の報酬の大部分を虎徹宛てに振り込んでいる。要らないと言って固持する虎徹だが、龍已が無理矢理払っているという状況だ。まあ虎徹はその金を違う口座に入れて、龍已の為に貯金してあげているので、結局受け取ってもらえてないのだが。

 

 家入は特級呪具の話をしている龍已の雰囲気が、どこか楽しそうというか、誇らしげな感じになっていることに気が付き、恐らく呪具を造って龍已に提供している人とは親しい人なんだなと思った。そしてその事を口にしないということは、誰にも明かすつもりが無いということ。それを不躾に聞けばどんな印象を持たれるか解らないので、聞かなかった。

 

 

 

「先輩」

 

「どうした」

 

「先輩って他人に言えない秘密って持ってますか?」

 

「……他人に言えない……」

 

「そうです。誰にも言えないような、心の内に秘めているモノです」

 

 

 

 クロの顎の下を擽って遊んでいた家入が、机の上に居るクロに上から視線を落としながら突然投げた問い。それにどういう意味だ、なんて言葉は掛けない。文字通りの意味だからだ。誰にも言えない秘密。それは誰にだって持っていて、色々な理由によって隠されていること。知られたくない、知って欲しくない、若しくは知られる訳にはいかない。

 

 龍已には隠し事が多い。呪具の出所。誰に造って貰ったのか。何処に住んでいたのか。実家は何処に有るのか。何故呪術師をやっているのか。何故呪詛師に並々ならぬ怨念を抱いているのか。黒い死神の正体。掛け替えのない親友達の名前。上げれば切りが無い。中には調べれば出てしまう事も有るが、自分の口からは言わないのだ。

 

 つまり、答えは是。隠し事があるかと問われれば、有ると言わざるを得ない問い。ここで無いと言うのは非常に簡単だ。無い。その二文字を口に出せば終わりなのだから。しかし龍已は何故か口ごもった。真実を言うように強制された訳でも無いのに。クロに視線を向けて俯いている家入の気配が、龍已をそうさせたのだろうか。龍已は今一解り倦ねていた。

 

 

 

「私にも有りますよ。例えば──────昔呪詛師に攫われた事がある……とか」

 

「……………っ!」

 

「その時に呪術界きっての大物……“黒い死神”に助け出されたとか。最後に『誰にも黒い死神の情報を話さない』と縛りを結んだ事とか」

 

「…………………。」

 

「ねぇ先輩。他人に話さないということは()()()()()()()()()()()()()という意味ですよね。()()()()()()()()()()()()黒い死神のことを」

 

「…………………。」

 

「久しぶりですね──────黒い死神のおにーさん」

 

「………………はぁ。縛りをそんな使い方する奴は初めてだ。一歩間違えれば罰を受けていただろうに」

 

「確信してましたから。ていうか、知っていましたから」

 

 

 

 クロを持ち上げて龍已の首元に持っていき、巻き付かせて返した家入は今度こそ顔を上げた。小さく笑みを浮かべる彼女は、真っ直ぐ龍已の瞳を見ていて、決して逸らさない。疑いの余地が無く、龍已が黒い死神と知っているという発言も撤回しないようだ。そもそも縛りの罰が作用していないのだから、本人と証明されてしまっている。

 

 はぁ、と小さく溜め息を吐く。ここが高専で、教室の周囲には誰も居ないことは解りきっているので盗聴されていることは無いが、それでもここでは軽々しく話して欲しくは無かった。まあ、これだけの話をする場所もかなり限られている訳なのだが。

 

 家入は正体を知っていた理由を話し始めた。曰く、黒い死神として活動していた時に夜蛾に捕まり、情報を無理矢理吐かされた時、舌を噛み切っても治せるように背後に控えていたのは自身だったということ。呪詛師に攫われて助け出してくれた黒い死神の特徴である、黒いレッグホルスターと姉妹銃の『黒龍』を目に焼き付けていたことを。

 

 

 

「当時はこうなる(呪術師になる)とは思っていなかったし、そんなことを注視する精神状態にあるとも思わなかった。まさか『黒龍』を覚えられていたとは」

 

「それだけじゃ無いですよ」

 

「……他にも有るのか」

 

「勿論。寧ろこれが一番ですね」

 

 

 

 家入は机の上に置いていた龍已の手を取って優しく握った。ピクリと反応した龍已にクスリと笑いながら、男の特有の硬さ以上に硬く、傷だらけで豆だらけの龍已の手を撫でる。あの時と同じ手だ。持っていたルービックキューブを渡してくれた時に見た手。色を揃えられない自身に指を指して教えてくれた手。あの時見た、目に焼き付けた手と全く同じだった。

 

 硬くてゴツゴツしていて、普通の人じゃまず有り得ない、長年の厳しい稽古に耐え、普通の女性では手を握ったとしても良い気分にはさせないだろう、大小様々な傷。数々の呪霊を祓い、数多の呪詛師を殺した、謂わば人殺しの手。そんな手が、硝子はとても良いと思う。好きだなぁと感じる。だってそれ程、龍已が頑張って生きてきたという証なのだから。

 

 あまり女の人と触れあった事が無いのだろう、優しく手を撫でられて固まっている龍已を良いことに、存分に手の感触を堪能した家入は、龍已の大きくて硬い両手を、自身の小さな柔い手ではみ出しながらも包み込む。胸中にある感謝の気持ちが伝われば良いと考えながら。

 

 

 

「これでも感謝してるんですよ。助けてもらえなかったらどうなってたか解らないし、どうされていたかも解りませんでしたから。だからあの時はありがとうございました。そして改めて、これからよろしくお願いします、先輩」

 

「……あぁ。あの時は再会しないことを祈ると言ったが、こうして折角再会したんだ、よろしく頼む」

 

「勿論、誰にも知られていませんし、話してないんで大丈夫ですよ。あれは2人だけの秘密なんで」

 

「是非ともそうしてくれ。色々あって正体をバレる訳にはいかなくてな」

 

「勿論です」

 

 

 

 家入は頷いて肯定した。話す気なんて最初から無い。例え縛りが無くたって言わないつもりだ。あの時のことは自身と龍已だけの秘密だ。一応黒い死神との仲介役をしている男も居るのだが、もう会うことは無いのでカウントしなくて良いだろう。

 

 突然のカミングアウトで、まだ会って2日目だというのに、昔からの知り合いのような空気になった。つまりはかなり親しい間柄になることが出来た。もう知らない仲ではないし、聞き分けの良い後輩で、黒い死神の時にも会った事がある。しかも命を助けた相手でもある。龍已の中に家入硝子という人間が強く根付いたことだろう。

 

 家入は龍已に微笑みながら内心でほくそ笑む。大事な先輩を散々に侮辱してくれた同級生のクズ共には殺意が湧いたが、そのお陰で自身の事が良く出来た後輩として映りやすくなっている。その部分にだけは感謝してやっても良い。言わないけど。

 

 秘密を共有した事による特別性。それが龍已と家入との間に見えない糸を繋いでいる。誰にも見えなくて、触れない、故意に断てない細くて透明で強靭な糸。それがある限り、龍已と家入は切っても切れない関係となっている。もう少し踏み込みたい気もするが、焦ってはいけない。恐らくだが、まだ龍已は同級生である親友達を失ってそう長く経っていない。

 

 あの体術の時の言動から察するに、亡くなってから半年経つか経たないかという位。ならばまだ心の中に印象強く居座っている筈だ。そこで畳み掛けても逆効果だろうと解っているのだ。だからまだ良い後輩で居てあげる。ただし、まだ……だ。

 

()()()()人のことを助けておきながら、普通の先輩後輩の間柄で満足するとは思わないで欲しい。こっちはそんなつもりはさらさら無いのだから。龍已が今どう思っていようと、結局手に入れてしまいさえすれば勝ちなのだから良い。人が少ない呪術界というのも大きな点だろう。殉職によって入れ替えが激しいとしても。

 

 家入は、まあ龍已ならその点に於いては大丈夫だと思っている。クズとはいえ五条と夏油を真っ正面から打ち倒すほどの実力者で、黒い死神としてこれまでの膨大な経験があるのだから。だからそう簡単にはやられないと思っている。自身もヒーラーなので現場に行くことは滅多に無い。何時ぞやの時のような例外があるが、それも滅多には起きないだろう。

 

 

 

「先輩。傷を負ったらすぐに私の所に来て下さいね。反転術式で治してあげますよ」

 

「頼もしいな。その時は頼もう」

 

「りょーかいです」

 

 

 

 傷を負っても治してあげる。古傷や火傷痕は治せないが、それ以外ならば治せるようになるから。だから即死するような傷だけは絶対に負って欲しくない。死ねば終わり。終了なのだから。

 

 置いて行かれる気持ちを、龍已はこれ以上無いほど知っている。それも自身が知らないところで失われていた、自身が居ればどうにかなっていたという、悔しさが心を巣くうような、虚しい気持ちを。だから、信用するし信頼する。龍已はそんなことが起きないと。

 

 呪術界はクソみたいな事が山とある。目を背けたくなるようなことも幾らだって起きるだろうし、起こされるだろう。それでも、家入は切実に死んで欲しくないと思った。

 

 どんな傷だって治せるようになる。そう心の中で決めている家入とは別に、龍已の携帯に電話が掛かった。家入に断りを入れてから電話に出て少し会話すると、終わったのか携帯を畳んで仕舞いながら家入に向き直った。

 

 

 

「家入はまだ現場で呪霊を間近で見ていないらしいな」

 

「まあ、ヒーラーですからね。戦う術が呪力しかないですし」

 

「流石に現場の呪霊を見ていないというのもアレだということで、俺と合同で低級の3級呪霊を祓う任務が出た。どうする、行くか?行かないと言っても問題は無い」

 

「いいえ、行きますよ。危なくなったら先輩が守ってくれますよね?」

 

「あぁ、当然だ。大切な後輩だからな」

 

「帰りに何処か行ってお茶でもしません?折角ですから」

 

「祓い終わった後なら構わない」

 

 

 

 普通にデートじゃん……と、嬉々とした感情を抱えながら椅子から立ち上がって伸びをする。現場の近くで待機はあっても、中に入って呪霊を直接見るなんてことは無かった。何せ大切なヒーラーだから、危険な場所へ放り込むなんてことは出来ないのだ。しかし今回は龍已が居る。

 

 単独での特級呪霊3体の即時殲滅という実績を持ちながら、斜め上に位置付けにある特級を除いた、最高位階級である1級呪術師。そんな人が常に護衛をしてくれながら、相手は低級の3級なのならば心配は無いだろうという判断だったのだ。

 

 五条と夏油は強いし、既に任務へ行った事があるので今回は同行しない。したとしても特に意味は無いだろうということだ。それを聞いてグッジョブクズ共と、褒めているのか貶しているのか解らない言葉を心の中で贈る家入だった。

 

 

 

 

 

 

 

 後に昼休みになったら龍已の元へやって来て、一緒にご飯を食べるようになる切っ掛けの1日の流れであった。

 

 

 

 

 

 

 

 






クロ

あれ、前ご主人様が助けてた子だよね?久しぶり!

家入にだけは甘えるクロに、龍已さんも困惑した。





家入硝子

お昼食べに行ったら領域展開されてて、練習してる……すげーと思った人。ていうか先輩のお弁当本当に美味しいんだけど。

これからもお昼にお邪魔する。1人で食べるのも寂しいから、家入が一緒に食べてくれると嬉しいって言ってくれた龍已にキュンとした。

なんだこの先輩、私をキュンとさせるの好きだな?

あの後呪霊を龍已がパパッと祓って最後にお茶した。カフェに連れて行ってくれて奢ってくれたし、たくさんお喋りしました。至福です。

任務出してくれた夜蛾センセーマジグッジョブ。

その日は良い夢見れた。

あの日見た手の傷だけで正体を見破れる人。




傷だらけの最強のクズ達。

登場したのは最初だけ。

2年の教室の方から領域展開した時の呪力の気配がしてマジかよってなってた。




夜蛾

信頼しているし信用している龍已に、家入に呪霊を見せてやる為の任務を出したら、後日家入にお礼を言われた。

いや、なんでお礼を言った。




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第二十四話  謝罪



最高評価をして下さった、不知火さぁん スティッチ乙 野球少年K さん。

高評価をして下さった、まりも7007 三水右人 えくよんよん 磐音 POSPOS zwart ミャーツム しらたキング ネーム 焼き鍋うどん なつ72 ホワホワ


さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 男は逃げる。一生を共に過ごすと決めた自身の妻と共に。2人は呪詛師だった。そう、呪詛師をしていたのは3年も前の話だ。非術師だろうが呪術師だろうが、殺せと言われたら金次第で幾らでも殺してきた極悪人の人殺しだ。そんな2人が偶然出会って、意気投合して結婚もした。

 

 何時かは子供が産まれ、和気藹々とした家庭を築くのだと、いい歳した大人が2人で盛り上がったものだ。だからこそ、人を殺して生計を立てるのはよそう。2人の子供に危険にあって欲しくない。産まれてもおらず、出来てすらいない子供のことを考えて、2人で一緒に呪詛師の道を辞めた。

 

 それからは真面目に働いた。稼いだ金があるが、手に職が無いのは問題なので、特別な資格が最初は無くても就ける建設の解体業に入社し、仕事も覚えて少ないながらも後輩が出来た。妻もスーパーでパートの仕事をしている。真っ当に生きることで、近所でも仲の良く真面目な夫婦と言われるようになった。

 

 そんなある日、2人は夜の町へ酒を飲みに行った。職も安定してきて近所からの評判も良い。そろそろ子供を作っても良いんじゃないかという話になり、2人だけの最後の夜にしようと、酒を飲んで祝杯を挙げることにした。これからは3人、もしかしたら4人で生きていくかも知れない未来に、酒を飲み交わしながら楽しそうに話した。

 

 そしてその帰り道。酒に強い2人がほろ酔い位になって帰ろうとなり、暗い夜の暗闇に包まれた道を進んでいると、全身を黒い格好で身を包んだ存在に会った。それも、右手に持った黒い銃を此方に向けて。瞬間、2人は踵を返して走り出した。呪力を使って身体能力を極限まで高めて。酔いはとっくに冷めた。そして直感した。黒い死神が来たと。

 

 

 

「くっ……まさか黒い死神に会うとは……ッ!!」

 

「何処へ逃げるの……っ!?何処まで逃げればいいの!?」

 

「解らない……っ!!とりあえずは姿を隠せる場所へ……っ!!」

 

 

 

 2人は離れること無く、夜の暗い世界を疾走する。後ろから追い掛けているであろう黒い死神が逃げ果せる為に。これ以上の速度は出せないという速度で走り、道では無い場所を進む。道なりに行けば見えやすいからだ。そして目指すは木の生えた場所。撒くならそこだろう。それが誰もが考えることだと知らずに。

 

 黒い死神に見つかった呪詛師がする事は2つ。1つ目はその場から逃亡する。2つ目は姿を眩ませる場所へ向かう。その2つだけ。誰も戦おうとはしない。戦う決意が決まるのは逃げた先で追い詰められた時のみ。つまり、皆が同じ考えの基動いてしまう。だから逃げられない。

 

 2人は走った。何処までも何処までも。殺されるわけにはいかなかったから。これまでの努力を無駄にはしたくなかったから。だからコンマ1%の確率でも良いから、逃げることに専念した。だが逃げられないのだ。黒い死神からは。逃げられた者は……誰も居ないのだ。

 

 息が切れる。休憩も取らず、速度も緩めず走り続けること数十分。目的だった林の中へ入り込み、気配も消して呪力も抑えて息を潜めた。それから5分が経過しただろうかというタイミングで、2人は安堵の溜め息を同時に吐き出して抱き締め合った。黒い死神の前で。

 

 

 

「最後の抱擁は済んだか」

 

「な……なんで……ッ!!」

 

「これだけ逃げて……どうして……」

 

「教える必要は無いだろう。これから死にゆく者に。その情報はお前達(呪詛師)には過ぎたものだ」

 

「ま、待ってくれ!!俺達は呪詛師だったが、もう殺しなんてしていない!!一般社会で真っ当に生きてる!!」

 

「私も……賃金が少し安くてもパートしてるし、近所付き合いもちゃんとしてる!非術師の人達とだって仲も良い!!」

 

「だからあんたが俺達を狙ったって仕方ないだろう!?俺達はもう呪詛師じゃない!!一般人になったんだ!!」

 

「一般人になったと思い込むのも勝手だが──────それで殺してきた者達の無念や怨念が晴れるとでも思っているのか」

 

「そ……それは……」

 

 

 

 叫んでいた男と女は言い淀んだ。何せ、殺してしまったのだから。死んだ者は生き返す事は出来ない。戻って来ない。取り戻せない。だから大罪として世の常識に組み込まれているのだ。それを快楽を見出す為にも行ったし、金のためにやった。だから過去とはいえ自分達は真っ当な呪詛師だった。

 

 口が裂けても殺した人達が自分達を呪っていないとは言えない。最後の断末魔を楽しんでいた自分達が居るのだから。無念や恨みは幾らでものし掛かっているだろう。だから一般人になったというのは所詮遊びだ。そういう設定を楽しんでいるだけの呪詛師。それが自分達の正体だ。

 

 だが、例えそうでも気持ちは本物だ。殺しはしていないし、給料が安くても働いている。非術師の人達と仲良くしている。だからという訳では無いが、呪詛師を専門として殺している呪詛師殺しの黒い死神が、呪詛師活動をしていない自分達の元に来るのは違うはずだ。そう強く、暗示を掛けた。そうしないと、見下ろす黒い死神の覇気に押し潰されそうだから。

 

 

 

「お前達が殺した非術師にも家族が居た。活動をしなくなって3年も経つらしいが、家族を殺された者達の中には、今でも立ち直れず、心が病んでしまっている者も居る。その者達の前で、先の言葉を一語一句違わずに言えるか。認めて貰えるか。散々快楽のため、金のために人を殺してきた己等は一般人になったからこれからは仲良くしようと」

 

「それは……それは……っ」

 

「で、でも……っ」

 

「──────手遅れだ。お前達が殺してきた者達の家族は、全員で金を出し合ってお前達を殺すよう依頼した。提示された報酬額が、お前達への殺意を物語っている。つまり、お前達は殺してきた者達の家族の手によって殺される。俺は執行代役者。手を下せない者達の為に代わって裁き下す呪詛師殺し。お前達が呪詛師を辞めたと宣おうと関係無い。消せない過去によって縛られ、死ぬのだ。死を見るがいい。そして思い知り後悔し、潔く死ね。死して悔い改めろ」

 

 

 

 黒い銃の銃口を2人に向ける黒い死神。相手がどんな状況にいようと関係無い。過去に非術師を呪い、殺して呪詛師となった者達は、何処まで行こうと所詮は人殺しの呪詛師だ。況してや一般人になったなんてとんでもない。1度犯した過ちは消せないのだ。

 

 だからこそ、こうして依頼を出して黒い死神の元に渡った。殺してくれと。捕まえるのでも無く、地獄を見せるのでも無く、唯殺してくれと依頼するのだ。これから生きていく為の金も、貯金も財産も物も家も、借金して信用すらも無くそうと、全てを擲っても消えることの無い殺意。憎しみ、恨み辛み。その一心を受けて引き金を引くのが、黒い死神だ。

 

 どれだけ綺麗な言葉を並べても、言い訳をしても、命乞いをしても意味は無い。何故ならば、黒い死神が現れるのは、何時だって救いようの無い呪詛師の前だと決まっているのだから。逃げられる、られないの話でも無く、倒せる倒せないの話でも無い。受け入れる。それが正しい行いであり、死が全てなのだ。

 

 

 

「お願い……します……見逃して下さい。殺してしまった人達のご家族には誠心誠意謝罪します。悪いことはしません。縛りも結びます」

 

「呪力も術式も使いません。これからは普通に生きていきます。だからどうか……お願いします……子供の顔も見たいし、親になりたいのです……」

 

 

 

「そうか。命乞いは終わったな。それに親になるだと?それはそれは──────生まれる子供が可哀想だ。益々お前達は死んで当然の存在のようだ。では疾く死ね。一般人になりたいなら来世で非術師に生まれるが良い」

 

 

 

「待っ──────」

 

「いや──────」

 

 

 

 夜の暗闇が何処までも広がる暗闇の世界で、二発の弾が放たれる。それは人間の命を容易く奪い取る。呪詛師が2人分、この世から消えたことの証明でもあった。

 

 例外は無い。子供が欲しかろうと子供が居ようと、愛し合っていようと。それらは呪詛師には過ぎたものだ。奪ってきたのだから奪われて当然のもの。黒い死神は冷酷でも非道でもない。当然のことを殺しというものに置き換えて実行しているだけに過ぎないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────いっで……ッ!?」

 

「くッ……っ!?」

 

「怒りに任せて向かってくるな。小学生の喧嘩では無いんだぞ。夏油も五条の感情に流されるな。最初は冷静だったのに何故動きが雑になった。五条がやられたからか?それは立派だが今のは悪手だ」

 

「……解りました」

 

「チッ……術式ザコのクセにうぜぇ」

 

「そのザコにボコボコにされてるお前等は何ザコって呼べば良いの?クソザコ?ははッ、ざまぁ」

 

「うっせーよ硝子!!つーかお前も動画撮ってないで、コイツとやってボコされろ!!」

 

「先輩は私には優しいから。何せ可愛い後輩だし」

 

「なら俺等もそうだろ!!」

 

「どの口が言ってんだよクズ」

 

 

 

 ある日の体術の時間。悟と傑は当然のように龍已の手によってボロボロのボコボコにされていた。最初は普通に夜蛾が教えようとしていたのだが、悟と傑が異を唱えたのだ。曰く、あの2年相手じゃないとやる気が起きない……と。やっとやる気が起きたのかと思うこと勿れ。2人は龍已を前回の腹いせにボコりたいだけだ。まあ結果を言えば指先1つ触れることすら出来ていないのだが。

 

 龍已が来ないならやらないと言って聞かない2人夜蛾は溜め息を溢し、急遽自習をしていた龍已を呼んで合同練習してくれるように頼んだ。理由を知った龍已は、手を振っている硝子に小さく手を振り返し、2人で来て良いと言って拳を構えた。勿論2人はキレた。悟は見て解るようにキレて、傑は目を薄く開けて静かにキレた。

 

 あらゆる手を使って、龍已に向かっていく2人だが、次の瞬間には青空を見ていた。早業で解らないわ、誘導されて悟と傑で顔を互いに殴り抜くわ、数の利を活かそうとしてもものともしないわ、何なんだよコイツ!と吠える悟に硝子は爆笑した。

 

 

 

「ぜぇッ……ぜぇッ……マッジでコイツ……舐めて……やがるッ!!」

 

「はぁッ……はぁッ……触れることも……出来てないね……私達……」

 

「術式に頼る戦い方をしてきたからだろう。夏油は趣味が格闘術というだけはあって良い動きをしている。しかし五条はもう少し鍛練を積んだ方が良い。自身には術式があって近付けないのだから良いという考えは捨てろ」

 

「普通は無理だっつーの!!俺に触れる奴とか居ねーから!!」

 

「なら無下限術式を発動しているお前に触れてみせるとしようか。……領域展開──────」

 

「やめろマジで。本気で領域展開したら『蒼』で殺すから」

 

「あんなものに今更当たる訳ないだろう。素の脚でも逃げ切れる」

 

「……………………へぇ。そうかそうか。ぜってー当たんねーんだな──────術式順転『蒼』」

 

 

 

 軽い挑発に乗った悟が、ブチギレたまま無下限術式の収束の力を持った『蒼』を発動した。地面が大きく抉れて空中に凝り固まっていくのに、龍已はその近くに居ない。目の前で展開してやった筈なのに、もう居ないのだ。最後に見たのは、その場で姿勢を極限まで低くした姿。その後は爆発音と共に消えた。

 

 足跡が残って地面を大きく蹴散らす程の踏み込みをして走り回る龍已に気付き、悟は捉えようと『蒼』を動かして追い掛ける。しかし範囲内には入れることが出来ず、最大出力に近い『蒼』を使っても捉えられなかった。

 

 止まって別の方向へ進行方向を極端に変えることにより、硝子から見るとありとあらゆる場所に転々と姿を現しては消える龍已が居る。それだけの超速度を、呪力による肉体強化をせずにやっているというのだから、化け物かよと舌打ちを放つ悟。そんな彼に、後ろから肩に手を置く存在が1人。

 

 

 

「それまでだ。これ以上やるとグラウンドが無くなる」

 

「……なんで素の脚で俺の『蒼』を千切れんだよ。最後はほとんど最大出力だぞ。オマエ本当に人間かよ。宇宙人なんじゃねーの?キモチワル!!」

 

「悟の『蒼』から逃げられるなんてスゴいですね。見ていて人間か疑いましたよ」

 

「お前等みたいなドクズ共に先輩が負けるわけねーだろ。調子に乗んなよ」

 

「硝子はどっちの味方なんだい?」

 

「先輩に決まってんじゃん」

 

「お前俺らの同級生だろうが!ソイツに味方すんのは絶対ちげーだろ!」

 

「……はんッ」

 

「鼻で笑うんじゃねぇ!!」

 

 

 

 もう全く味方をしてくれない硝子に拗ねている悟。だが疲れたのか地面だというのに傑と一緒に大の字で寝転んだ。今回はしっかりとジャージを着て動きやすい服装をしている。絶対に叩きのめして泣かしてやると息巻いていたのに、着ているジャージは土塗れで、龍已は砂1つも付いていない。一目瞭然で腹立つ。

 

 そして一番腹立つのが、龍已がまだまだ全然本気では無いことだ。これでも御三家の五条家に生まれてきた悟は、稽古だと言われて体術も習っていた。これでも教えてきた奴をすぐにボコボコにしたし、才能だってあって天才だっていうのも自覚してる。なのに全く勝てない。こんな存在今まで居なかった。

 

 領域展開も初めて見たし体験した。まさしくチートのそれ。無下限術式によって自身の周りに張られる無限の減速を与えるバリア。それを中和して必中の術式を叩き込んでくる。しかもそれは必中で当たるのは確実なのだから、当たる場所には何処からでも当てられるという謎理論まで展開してくる。どう対処しろと。最大出力の『蒼』も呪力の光線で無理矢理掻き消された。手詰まりだった。

 

 解らないだろう、この気持ちを。数百年振りとなる六眼と無下限術式の抱き合わせに類い稀なる才能。それ故の最強という呼び名。高専に入学してからは、傑という親友が出来て、2人揃えば敵無しの最強だと思っていたのに、2人揃って地面に転がされる。術式を使っても完膚無きまでにやられた。

 

 どうやったら勝てると寮の自室で悩み、傑とも作戦会議をした。その作戦を今日は実行したのに破られた。だから?と言わんばかりに。クソほど苛ついた。

 

 呪力をより鮮明に視る事が出来る六眼で、呪力を本気で纏う龍已を見た悟は、コイツはバケモンだと直感した。だってそう思うだろう。呪力を纏っているだけなのに、まるで恒星のように幻視してしまったのだから。無限に思える莫大な呪力を纏って相手の攻撃はほぼゼロに。自身の攻撃は必殺に。なんだそれは。巫山戯てるのか。

 

 垂れ流しで雑ならまだ解る。しかしその後に、その恒星を幻視する呪力の塊を薄く体の周りに覆わせる操作技術はなんなんだ。呪力の濃度はそのままに薄く纏っているから、まるで殆ど呪力を纏っていないように錯覚する。とんでもない詐欺だ。向かってデコピンでも受けたら頭が飛ぶ。最低でも首の骨が砕ける。そんな操作技術を天与呪縛だけで持ち得るか?いや有り得ないだろう。

 

 ならば、この男は……これまで一体どれだけの、それこそ妄執と言えるレベルの鍛練を積んできたというのだ。想像するのも億劫になるだろう鍛練量。しかも暇なときは領域展開をして練度を日々上げているのも知っている。クソほど訳が解らない。本当に人間か。

 

 

 

「……術式順転──────……ッ!?」

 

「取り敢えず五条は休憩だな。次は夏油だが、お前の術式は使うと高専のアラームが鳴るから引き続き体術だ。構えろ」

 

「……よろしく、お願いします」

 

「流れるように五条がやられててウケる」

 

 

 

 考えれば考えるほど腹が立つ先輩の男に向かって、背中から『蒼』をぶち込んでやろうと構えた時、視界から龍已が消えて顎を軽く打たれた。痛みなんて無いのに、体が勝手に倒れ込んで動けない。脳震盪を起こされて倒れたのだ。また負けた。不意を突こうとして呪力の流れも最小限に、気配は消して行ったのに、察知された。

 

 こっちは術式を使っているのに、龍已はまだ『黒龍』に触れてすらいない。術式を使わず、必要最低限の呪力で無力化されるのは、ムカつく程悔しいと感じた。

 

 夏油も龍已の強さには舌を巻かされている。趣味が格闘術なので近接格闘では負けたことが無かったが、龍已には一切通じない。手首を取ろうとすると取られていて、捻って外そうとすると捻られる。打撃を打ち込もうにも距離を取るどころか詰めてきて逆に打ち込めない。

 

 夏油は感じていた。龍已の近接格闘での戦い方の違和感に。それは距離の取り方。普通は後ろへ距離を取るところでも、詰めてくる。只管こちらの懐に入り込んで来る。逃げるという選択肢が無く、前へ進んでくる。前へ前へ前へ前へ。どんな状況でも攻撃の手を弛めない。今は教える立場だからこそ対処をしたりしているが、これが殺し合いならば攻撃させる暇も無く怒濤の攻撃に出るのだろう。

 

 しかも傑と悟は知っている。龍已が異常なほど力が強く、人間の域を越えた膂力を持っていることを。近接戦で触れた時に感じる、見上げるような山に打ち込んでいるような感触。筋肉の付き方が先ず違うのだろう。だから見た目以上の尋常じゃない力を持っているのだ。しかも、自分達を相手にするときは、それをセーブしている。

 

 やろうと思えば、受け止めた拳を容易に握り潰せるだろうに。人知を超えた超人の肉体。それを更にブーストさせる莫大な呪力。それを悟らせない呪力操作技術に隠蔽力。逃げ切れるとは思えない術式範囲に呪力出力。呪術の頂点である領域展開の修得に最高レベルの練度。それだけのものを持ち合わせておきながら、本命は零距離で行われる近接格闘術。そして相手のペースに呑まれない冷静な頭に的確な判断力と、非情さを兼ね備えた思考回路。

 

 

 

「…ッ……本当に、化け物ですかあなたは……ッ!!」

 

「失礼だな──────歴とした人間だぞ」

 

 

 

 指先1つで肩を突かれる。それだけ、たったそれだけで肩の関節が外された。何かの魔法かと問いたくなる絶技に驚く暇も無く、振り上げた足先が最短で顎を掠めていって脳を揺らされた。悟と仲良く地面に寝転んでしまった傑に近付き、簡単に肩を元に戻していく龍已に、まるで未知を見る目を向ける傑だった。

 

 教えながらやっているのだから、本気では無いのは当然知っている。ならばこれが殺し合いだったならば?あれだけ2人で最強と宣っていた五条悟と夏油傑は今頃、この世に居ないことだろう。それも細胞一つ残さず。何故一つしか歳が違わないのに、ここまで力の差が生まれているのか。2人には訳が解らなかった。

 

 次は家入の番だという龍已の言葉に、素直に従って体術に取り組んでいる硝子に何とも言えない表情をしてから、悟と傑は互いに見やってアイコンタクトをとった。今は勝てないが、勝てるときが来たら思う存分やってやろうと。それまではお預けだと、2人で決めたのだ。

 

 体に力が入るようになって立ち上がって屈伸をし、傑は戻された肩の調子を確かめるように肩を回している。またチラリと視線を合わせた2人は、同時に駆け出して硝子に体術を教えている龍已に殴り掛かった。当然その後はボコボコにされて地面と熱い抱擁をすることになったが、負けることで近接戦が身に付いていることを感じている2人だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい」

 

「次の任務は明後日……階級は2級。だが2体か。む、近くに家入が食べたいと言っていたパンが売ってるパン屋があるな……土産に買っていくか」

 

「聞けよ!俺が話し掛けてやってんだから無視すんな!」

 

「……?五条か。お前が俺に話し掛けてくるとは珍しい。いや、初めてではないか?どうした、何か用か」

 

「……チッ。来い!」

 

「おっと……」

 

 

 

 高専の日中の授業も終わり、龍已は満天の星空を見ながら外で稽古をし、終わったら中へと入って自分の部屋を目指していた。すると、自身の部屋の前で誰かが居た。携帯のメールに入っている任務の情報を整理していたので気が付かず、誰なのかと思えば五条だった。

 

 1度間違えて無視してしまった事に腹を立てたのか、通せんぼするのに長い脚を使った。壁に足の跡が付くくらい強く脚を使った壁ドンをして龍已を引き留める。そこで漸く気が付いた龍已が立ち止まり、180センチある龍已が少し見上げて悟の目を見た。

 

 別に睨んでいる訳でも無いのに、自身が見上げて目を合わせると、丸いレンズのサングラス越しにある澄み渡る青空のような綺麗な瞳が小さく揺れた。そんなに無表情の自身が怖いのかと疑問を抱いていると、何の用なのか用件を言わずに龍已の手首を掴み、ズンズンと前を進んで行ってしまった。

 

 身長もかなり高い悟は手も大きく、手首を余裕で1周させてガッチリと握り込み、逃がさないと言わんばかりに力を籠めていた。普通の人なら骨が軋むくらいの力強さなのだが、龍已はものともしていなかった。そうして連れて行かれていると、ソファーが置いてある談話スペースにやって来た。そこには傑が既に居て、悟に無理矢理対面するようにソファーへ投げられた。

 

 

 

「乱暴だな。別に逃げたりしないというのに」

 

「どうせオマエはバランス崩す程の体幹の弱さしてねーんだからいいだろ」

 

「悟。折角来てもらったんだから喧嘩腰はダメだ。硝子にまたクズと言われるよ」

 

「傑も言われてたろ!俺だけみたいに言うな」

 

「……それで、用件は何だ」

 

「……オマエの同級生が死んだ時の任務内容と、日頃のことを夜蛾から聞いた」

 

「……そうか」

 

 

 

 悟が口にした用件は、思っていたものよりも重い話のようだった。だがそこに侮辱しているような視線は無く、2人とも真剣な表情であった。何かあったのだろうなと思いながら話が進むまで黙っていると、言い辛そうに悟が話を続けた。

 

 どうやら、硝子が四年生になった歌姫と会って仲良くなっていると、初めて龍已が悟と傑に邂逅した時の話をしたらしく、人を殺そうとする殺人犯みたいな形相で一年生の教室に現れ、龍已の死んだ同級生と龍已がどれだけ仲が良くて良い子達なのか叫んだ後、思い当たる罵詈雑言を吐き散らして殴り掛かったらしい。

 

 結局それは夜蛾に止められたそうだが、あまりにも悟達のやった行いが非道ということで、当時の龍已が応援に行った任務の内容と、日頃どんな風に龍已と過ごしてきたのか、見てきた範囲で夜蛾から説明され、最後に本気で拳骨を落とされた。だから2人の頭にたんこぶがあるのか……と納得する龍已だった。

 

 

 

「『同じ状況を精々思い浮かべろ』……それが夜蛾先生から言われた言葉です」

 

「……傑が俺の知らないところで死んで、そんな傑のことを侮辱する奴が居たら……多分殺してる」

 

「私も悟と同じ気持ちです。なのに私達は先輩にそれを言いました。なので時間が経ってしまいましたが……すみませんでした」

 

「……悪かった」

 

「……悟」

 

「…っ……ごめん……なさい」

 

「……………………。」

 

 

 

 揃って深々と頭を下げる悟と傑の、標高の低い頭を見て理解した。連鎖的に夜蛾の元にまで侮辱していた事が渡り、叱られたのだ。そして気付きを与えられ、気付いた。自分達がどれ程最低な言葉を吐いたのか。言われた側がどんな気持ちになるのか。

 

 親友だと言い合っていた3人の内、2人が任務先で死亡。出て来たのは記載されていた呪霊ではなく、3体の特級呪霊。それらをたった一人で瞬く間に祓い、親友達の亡骸を自身で回収し、呪霊が発生した病院を根刮ぎ消し去った。

 

 冷静なところしか見たことが無い龍已が、その時の感情に任せて行った初めての破壊行動。大きかった廃病院を跡形も無く消し飛ばし、底が見えない程の大穴を開けた。つまり、それをするくらいの激情を抱いていたことになる。そしてそれを大いに刺激する言葉を、軽くぶつけた。

 

 殺意を抱いただろうに、冷静な頭で引き留めて、2人を殺せる力がありながらそれをしなかった。自分達には無理だ。何も言わずに殺す自信しかない。だから、こうして龍已に謝罪するために場を設けたのだ。

 

 

 

「……お前達の謝罪は分かった。しかしそれは親友達を亡くした俺への同情か。それとも亡くしてしまった事への憐れみか。または言われたから謝罪に来た。どれだ」

 

「そんなことは考えていません。……本当に悪辣なことを言ったと……」

 

「気付きを与えられて気が付き、謝りに来ることは評価すべきだろう。しかし本質はそこではない。お前達は所詮、他人から言われて謝らないといけないと思ってやって来た。つまり言われたから謝っているという状況だ。お前達の親友は生きていて、隣に居てくれる。俺には当てつけられているように感じ、同情と憐れみを抱かれているようにしか感じない」

 

「そんなことは……」

 

「謝罪してどう感じるかは相手次第だ。俺にはそう感じる。何故ならば、お前達は唯馬鹿にするでもなく、貶すでもなく、死んでいると確信しながら侮辱したからだ。そんなお前達の言葉を鵜呑みにして謝罪を受け入れるような考え方を、俺は持っていない」

 

「じゃあ……どうしろってんだよ。謝ってんのに許されねーなら、もうどうしようもねーじゃん」

 

「だからこそ、俺が提示するのは謝罪を受け入れた許しではなく、誓いだ」

 

 

 

 龍已は服の中から右手でチェーンに繋がっている豪華な指輪を取り出し、左手の手首に巻かれている4周した長い黒と琥珀のミサンガを見せた。それは何なのかと問う傑に、死んだ親友達が、自身のために遺していった気持ちの結晶だと答えた。

 

 目を見開いている2人に見せ付けるように晒す龍已は、何時もの無表情のままでありながら、逆らうという意思を剥奪させる気配を発していた。空間の温度が下がり、悲鳴が上がっているような感覚になりながら、指輪とミサンガから目が離せない。離してはいけない。

 

 

 

「お前達が反省したというのならば、俺もこの2つ形見に誓おう。もし仮に、お前達が再び俺の親友達を侮辱した場合は、お前達が抱いた謝罪をしようという思いをお前達自身が踏み躙ったと判断し、お前達を殺す。同じ過ちを犯してくれるなよ。そして、俺に後輩を殺させるな。それがお前達に出来る()()への償いだ」

 

「……分かりました。謝罪はもうしません。その代わりに肝に銘じておきます」

 

「……俺も」

 

 

 

 2つを見せ付ける龍已の眼には、琥珀の色とは別の、真っ黒な炎が灯って朦々と燃え盛り、その誓いが強固であるということを物語る。そして、指輪とミサンガからは底知れないナニカが感じ取れ、龍已の後ろに女と男がうっすらと見えた。

 

 一瞬だったが、まるで龍已を守る霊のように張り付き、龍已を侮辱した悟と傑を呪い殺さんとしているような、凄まじい形相を目にした。愛されていて、愛していたんだなと直感し、心の中で謝罪した。会う前に亡くなった先輩達を、大切な人を侮辱して申し訳ありませんでしたと。

 

 

 

「……俺からは以上だ。では行くぞ」

 

「えっと……?」

 

「……どこに行くんだよ」

 

「今夜は少し冷える。温かい飲み物を入れてやるから食堂へ行こう。そこでお前達の話を聞かせてくれ。これまでのことや、これからのことを。折角問題が解決したんだ、仲良くなるための一歩として一緒に話をしよう。先輩からの頼みだ、聞いてくれるか?」

 

「……勿論です。美味しい飲み物、期待してます」

 

「……仕方ねーから行ってやる。センパイの頼みだし」

 

「あぁ、ありがとう」

 

 

 

 龍已が先を歩いて悟と傑が後をついて行く。終始無表情だったが、今は何だか笑っているような雰囲気がしていて、先までの重い空気はもう既に霧散していて、2人も笑った。

 

 

 

 

 

 

 気付きを与えられ、己の言葉を反省し、龍已は決意を示した。2人はもう同じ過ちは起こさない。先輩に後輩を殺させない為にも。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2005年8月。海に面した崖上の廃家にて『窓』が1級呪霊を確認し、任務として黒圓1級呪術師に要請。

 

 その後、巨大な爆発により廃家が吹き飛ぶところを同伴していた鶴川補助監督が目撃。後に五条特級呪術師及び夏油2級呪術師に応援を要請。しかし黒圓1級呪術師の遺体発見には至らず、その場に残された大量の血痕のみを発見。

 

 残穢から判断して特級相当の呪霊2体が発生していたものと判断される。それには五条特級呪術師が証明しており、当時の状況が確実であることを示す。

 

 後に48時間が経過し、音信不通。周辺に姿を発見する事が無かったことを考慮し、死亡と断定。

 

 

 

 

 

 

 死亡・黒圓1級呪術師。

 

 

 

 

 

 

 

 

 







五条悟

親友が死んで侮辱されたら、迷わず殺してる。

傑が反省してたから、これは拙い事だったんだと判断して反省した。一応。



食堂で出されたココアは温かくて、優しい味だった。




夏油傑

親友が死んでいるのに侮辱?殺す。

夜蛾に悟と一緒にしこたま怒られて、気付きを与えられて反省した。流石に言い過ぎだったのを自覚する。



甘いのがダメな自分に出してくれたコーヒーは、優しい味で温かいものだった。




家入硝子

歌姫にチクった。そもそも隠す気無かったし、これでクズ共が反省すればそれで良いし、しないなら変わらずクズ共。まあ謝ってもクズ共だけど。

後日龍已に肩を組んで話し掛ける悟と、普通に話し掛ける傑を見てメスぶん投げた。先輩に触るな話し掛けんな、クズが移る。




クズ2人が幻視した男と女


何時までも優しく見守っている。



だから、まだこっちに来るなよ。親友。







黒圓龍已


会いたいなぁ……。




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第二十五話  覚醒



最高評価をして下さった、七哥 みやけんぴ 三毛猫ヤマト ニムバス ハムれっと 半ライス大盛り Kamui86 メイビー 暗い穴 たまざらし さん。

高評価をして下さった、ブルーノ カフェオレ01 立川涙子 枳殻稲荷 コードネーム


さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 

「ん、んん……少し、目眩が……」

 

 

 

 龍已はその日、体調が頗る悪かった。体調管理は完璧にしているし、食事の栄養バランスも考えている。日々稽古をしているので体を動かしていない運動不足によるものも考えにくい。ならば単純に体調を崩しただけのようだ。

 

 風邪や熱は過去に一度しか引いたことが無い。しかもそれは雨の日に外で稽古を父にやらされ、10時間は経過したからだ。その後母にしこたま怒られて雨の日に外で稽古をすることは無くなった。だが熱が出たのはその時だけだ。それ以来は体調には気を付けていて、何時でも完璧なパフォーマンスを行えるようにしていた。

 

 まあこんな日もあるかと、熱っぽい頭でぼんやりと考えた。そして思い出す。今日は任務が入っていたということを。案件の階級は1級。そこらの呪術師には行けないものだ。だが流石に、今の体調では問題があると判断して、龍已の任務の補助監督をやってもらっている鶴川に電話を掛けた。

 

 朝の早い電話だったが、補助監督の仕事があるのか既に起きていて、電話を掛けてきた龍已に珍しそうに如何したのかと問い掛けてきた。そこで体調が悪いとは言わず、手の空いている1級呪術師は居るかと問えば、今は居ないと答えられてしまった。特級呪術師である悟と2級呪術師である傑は今日は朝から任務で、夜蛾が同伴している。

 

 体調が悪いのを硝子に診てもらいたかったが、運が悪く硝子も傷の手当てを要請されて出掛けている。つまり高専には龍已しか居ないのだ。他に手が空いていない以上任務を変わってもらうことも出来ない。はぁ……と溜め息を吐きながらベッドから立ち上がって着替えた。

 

 

 

「……体も動かし辛いな。まったく……面倒な日だ」

 

 

 

 念の為体温計を使って体温を測ってみると、39.8度あった。完全に高温の熱である。普通ならば寝込んでいなければならない状況なのだが、任務に行かなければならない。頭がちゃんと回っていれば、今日はやめて後日に行ったりだとか、今日帰ってくる悟達に頼むとか他にも選択肢があるのだが、ぼんやりとした頭では考えが至らなかった。

 

 もぞもぞと着替えを終えて脚にレッグホルスターを巻いて『黒龍』を納める。だが重い。実際にもめちゃくちゃ重いのだが、今日に限っては龍已が重いと感じてしまう状況だった。これでは少し心許ないと思って『黒龍』を抜いてクロに呑み込ませる。レッグホルスターは任務であると気を引き締めさせるために巻いておく。

 

 術式を使わなくても、呪力で殴り殺しても祓える。今日はそれで良いかと適当に考えてクロを首に巻き付かせ、部屋を出た。巻き付いたクロが心配そうな目を向けてくるが、大丈夫だと言って頭を撫でた。

 

 そうして高専を出て鶴川が待っている車に乗り込んで任務へ向かった。車に乗り込むのに少し手こずってしまい、鶴川には訝しげな表情をされたが、脚が痺れていたと適当な嘘をついた。それから車の中で揺れること5時間。海のさざ波の音が聞こえてくる、崖上の豪邸の元に辿り着いた。

 

 持ち主が思い出の家だからと取り壊すことを渋っていて、長年時間が経って劣化していき、お化け屋敷のように風変わりしてしまった。そこに面白がって肝試しに来たりとしている内に負の感情が蓄積していき、死人も出るようになってしまった。確認のために『窓』がやって来ると呪霊を見つけたという訳だ。

 

 

 

「あそ……あそおあそあそあそあそ……あそぼぉ……」

 

「し…し、ししししししし死死死死死死死死死死ぃ……」

 

 

 

「……1級呪霊ではなく、特級相当が2体……ではないか」

 

 

 

 劣化した豪邸の中に入った龍已が少し歩いて探し、見つけたのは痩せ細った骨と皮だけになったような人型の呪霊と、大きな球型の体の中央に巨大な目玉が一つあるだけの呪霊であった。しかし感じ取れる呪力量は、一度戦ったことのある特級のそれ。明らかに1級とは言えない存在だった。

 

 それも1級を1体という話なのに、特級が2体。加えて龍已は今、体調が頗る悪くてしんどく、今は更に悪化して立っているのも辛い。そんな状況でこの戦況。端的に言ってクソである。

 

 球型の呪霊が巨大な呪力を溜め始めた。少し遅れて気が付いた龍已がさせるかと足を踏み出すと、目眩が起きてフラついてしまい、呪力の塊が放たれる。避けるのは無理だと悟って顔を両腕で防御し、取り敢えず呪力で体を覆った。爆発するように衝撃が奔り、空間が響く。室内がめちゃくちゃになっており、蓄積した埃が舞う。

 

 爆発によって壁に穴が開き、風通しが良くなった。舞い上がった大量の埃と煙が外へ流れ、龍已の姿が見えてくる。両腕で防御しているのは変わらない。しかし左胸から右脇腹へ袈裟に大きな切り傷が奔っていて、大量の赤黒い血を噴き出して床を汚していた。

 

 薄らぼんやりとした頭に、遅れてやって来る痛み。そして気が付いて己の体を見てみれば、大きな裂傷。確かに呪力は防御した筈と思えば、人型呪霊が右腕を振り下ろした後だった。そして悟る。なるほど、この傷は人型呪霊が持つ術式だったのかと。納得しながら、龍已は口からも大量の血を吐き出した。

 

 

 

「ぐぷッ……斬撃を飛ばす術式か……俺が纏った呪力をものともしないと見ると……呪力による防御不可の斬撃か……面倒な……丸いのは……どういう術式だ……?まあ、祓えば関係無いか」

 

 

 

 痛みが龍已の気付けになった。視界が逆にクリアになり、拳を構える。有効打であると解った人型呪霊がもう一度術式を発動して斬撃を飛ばそうと腕を上げると、その腕は肘から先が毟り取られていた。背後から聞こえてくる靴が床を踏む音。身の毛も弥立つような莫大な呪力と、覇気を纏う強大な気配。

 

 急いで振り返る。見えたのは眼と鼻の先にある龍已の顔。無表情の顔に嵌め込まれた琥珀の瞳が人型呪霊の瞳を覗き込み、黒い炎を灯す。仲間だろう球型の呪霊の呪力攻撃に紛れて斬撃を飛ばし、傷を負わせた事への不快感。それが黒い感情となって炎を灯す。黒い黒い、何者にも染められない憎悪の炎だ。

 

 

 

「一撃目で頭を千切るつもりが狙いが外れた。しかし零距離で手を伸ばせば、流石に外さんだろう……故に死ね」

 

「ぎゅぷぇ……っ!?」

 

 

 

 驚いて固まっている人型呪霊の頭に手を置いて、力任せに引き千切った。相手は特級だというのに、まるで虫けらを相手にするような手軽さ。手に持っている人型呪霊の頭を握力だけで握り潰して破裂させ、球型呪霊に向き直った。

 

 先程放たれた呪霊の巨大な呪力の塊が飛来する。それを呪力の纏った左腕一本で掻き消した。無雑作に弾くが如く右から左へ振るだけで、特級呪霊が放った呪力の塊を消したのだ。体調が悪くてもこれぐらいは出来る。それを見ていた球型呪霊は動きが止まった。動揺しているのかは知らないが、絶好の隙だ。

 

 足を踏み込んで目にも止まらぬ速度で接近して肉薄にし、膨大な呪力を纏わせた貫手で球型呪霊の体を刺し貫いた。これで任務は完了。そう思った時、呪霊は消えず、刺し貫いた腕が抜けなかった。まさかと思っていると、中心を貫かれた巨大な目玉が大きく弧を描いて嗤った。嵌められたのだ。

 

 球型呪霊の体の中から膨大な呪力の気配がする。今にも爆発しそうなそれは、まさしく暴れ回る馬の如く。何時爆発しても可笑しくは無い。そんなことをすれば自身だってタダでは済まないというのに。いや、そこで思い至る。それが狙いだったのだ。この呪霊の術式は自爆。そして自死を糧に、爆発の威力は底上げされる。立て替えの効かない命そのものを賭けた、諸共攻撃。

 

 

 

「──────油断したな」

 

 

 

「……────────────────ッ!!!!」

 

 

 

 想像を絶する大爆発が、任務地である豪邸を粉々に吹き飛ばし、補助監督の鶴川が呆然として見ていた。家の破片が宙を舞い、隣接していた海へと、崖を落ちて呑み込まれていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今何て言った?」

 

「……センパイの死体は無かった。残穢は特級相当の呪霊のが2つ。俺の六眼で視たから間違いねぇ」

 

「呪霊を使って数キロ圏内を隈無く探させたけど、現場の大量の血痕以外見付からなかった」

 

「……じゃあ何だ、先輩が……お前らクズ共を2人相手にしてボコすあの先輩が、死んだって言いたいのか?」

 

「……俺達は夜蛾に報告に行って来る」

 

「……少ししてから顔を出せばいいよ、硝子」

 

 

 

 バタンと医務室の扉が閉められ、やって来た同期2人が視界から消えた。龍已の補助監督である鶴川が緊急事態として高専に連絡をした時には、悟達はもう帰ってきていた。そして事のあらましを電話で聞いた夜蛾が、悟と傑に現場へ行って来るように言い付けた。

 

 急いで向かった2人に、硝子も行こうとしたが、もしもの時があるから高専からは出るなと言われ、夜蛾は捜索隊の派遣やその他諸々の連絡をしていた。数時間後に悟と傑が帰ってきて、大怪我をしていたら大変だからと、医務室の準備を完璧にしていた硝子の耳に入ったのは、龍已が見付からなかったという話だった。

 

 嘘だと思った。このクズ共がお遊びで嘘をついて、生き死にの嘘をつくなと扉の向こうから何時もの無表情で龍已が入ってくると、ただいまと言ってくれると思っていた。しかし龍已は来ない。死んだ。死んだ死んだ死んだ死んだ。もう会えない。喋れない。死体が無いから最後に顔を見れない。

 

 自分が居ない時に、龍已が1人で何時ものように任務へ出掛け、実力だけはあるあの2人でも見つけることが出来なかった。つまり、もう龍已は帰ってこない。

 

 

 

「……今日は厄日だ。本当に気分が悪いよ……先輩」

 

 

 

 硝子は1人、整えられた医務室の中で静かに涙を流し、今まで龍已と話していた話の内容を思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っ………げほッ……ぁ……?」

 

 

 

 任務先の特級呪霊が引き起こした自爆の大爆発に巻き込まれた龍已は、意識を手放してから52時間後に目を覚ました。薄暗く、ジメジメした場所で、仰向けに寝転んで預けている背中が痛い。下半身が水に浸かっているようで、じゃばじゃばと音がする。目先に見えるのは天井。高さは目測2メートル位か。

 

 次第に目が慣れてきた龍已は首に力を入れて頭を上げると、自身は洞穴の中に居た。それも海と繋がっているもので、上に上れるように傾斜がある。故に満潮でも空気のある空間が出来上がって溺れ死ななかったのだろう。不幸中の幸いだった。

 

 しかし龍已の体は全身が血塗れだった。水に浸かっていた所為で傷口の血が固まらず、海水の事もあって自覚すると異常に痛い。まさしく傷口に塩だ。こんなに痛いとは思わなかった。龍已は芋虫のように体を動かして上へ這いずり、自ら上がった。だがそこで体力が尽きた。

 

 体が熱い。痛い。寒い。痛い。熱い。怠い。力が入らない。寒い。目が霞んできた。体に起きている数々の異常。肋も恐らく折れている。いや、全身の骨に罅が入っているのだ。だから先程動いた時、悲鳴を上げそうになるほど痛かった。そして水に浸かりすぎて体温が奪われている筈なのに、熱いと感じてしまう。熱があるのか頭がぼうっとする。いや、これは血が足りないからか?

 

 体の中にある心臓が鼓動を小さくしていくのを感じる。体が言うことを聞いてくれない。頭が働かない。怠くて動けない。全身が痛くて感覚が鈍く感じる。そんな異常事態の龍已でも確実に解ることはある。たった一つ。たった一つだが解るのだ。自身は死ぬ。このままなら、あと3分も保たずに死体と成り果てる。

 

 

 

「……ひゅぅ…と……や…っ……て……ひょ……ぃ」

 

 

 

 まさかこんな事になるとは思わなかった。体調が悪いと解った時点で任務は行くべきではなかった。誰かに頼むなり、後日に回すなりすれば良かったのだ。無理して行く必要は無かった。危険だから近付くなと、近くに居る『窓』に近付くの禁止の立て札でも立ててもらえば良かった。それだけで時間は引き延ばせた。もう、後の祭りだが。

 

 視界がぼやけて琥珀色の瞳から光が失われつつある。呼吸が浅くなり、唇が青紫色に変色している。肌も青白く死人のようだ。いや、もう少しで死人そのものに成り果てるのだ。違いなんて殆ど無いだろう。

 

 浅くなる呼吸を意識を保ちながら、大きく吸うことを心懸ける。頭に無理矢理酸素を運び、思考を途切れさせない。呪力を回せ。張り巡らせろ。あの五条悟に、まるで恒星だと言わしめた余りある莫大な呪力を稼働させろ。

 

 

 

「ひ…ゅ……と……やっ……………て……ひょ………い」

 

 

 

 解らない。解らない解らない解らない。マイナスのエネルギーである呪力を掛け合わせる事で生み出されるプラスの正のエネルギー。それさえあれば時間を稼げるし、若しかしたら完治出来るかも知れない。何時ぞやに聞いた可愛い後輩の説明を口にしながら試行錯誤する。なのにあぁああああ……頭が回らない。呪力が解けて霧散する。

 

 拙い。考えていると呼吸が浅くなる。酸素を取り込んで脳に送らないと思考が出来ない。もう体は動かせない。動かせるのは思考回路と呪力だけだ。この二つでどうにかしなければ自身は死ぬ。誰も居らず、誰も見ていないこんな場所で独りで寂しく死ぬ。親友達を置いて孤独に。そんなのは嫌だ。想像したくない。まだ死ねない。死にたくない。

 

 死ぬなら、親友達の顔を見て死にたい。幸せそうに笑う親友達を、遠くからでも良いから見たい。決して自分は幸せでなくてもいいから。辛くて苦しくて虚しくて、空虚な人生でもいいから、せめて自身の大切な人達の人生の、ほんの一部だけでも見せて欲しい。そしてそれを失わせてはならないんだと刻ませて欲しい。

 

 呪力を稼働させ、回せ。纏わせて覆い尽くし、掛け合わせろ。今ここで出来なければ、望むものは見れない。見守れない。守れない。それは嫌だ。こんな自分に優しくして、優しく見守ってくれて、手を差し伸べてくれた大切な、何物にも代えられない親友達なのに。

 

 

 

「……ひ………………ゅ………と………………」

 

 

 

 拙い拙い拙い。思考も儘ならなくなってきた。見えない瞳に映るのは、これまでの楽しかった光景。その全て。死んでしまった愛している父様と母様。特級呪霊3体に果敢にも挑んだ勇ましい2人の亡くなった親友。故郷で自身を笑顔で送り出し、帰ってくると抱き締めてくれる最初の親友達。

 

 最初は生意気で侮辱してきたが、最近はよく話し掛けて、解らないことは素直に質問するようになった五条と夏油。最初から話を真面目に聞いて、一緒に飯を食べたり、冗談を言い合ったりしてくれた可愛い後輩の家入。何か有ると心配してくれて手を握ってくれたり、抱き締めてくれる姉のような歌姫先輩。呪術界の事を細かく教えてくれた夜蛾。長い道のりも笑顔で送ってくれる補助監督の鶴川さん。

 

 これは見てはいけないもの、走馬灯だ。死ぬ間際に見ると言われている自身の記憶。それらが洪水のように押し寄せてくる。海水では無いのに塩辛い水が頬を濡らしていく。もう殆どぼやけて一寸先が見えないような視界が歪んでいるような気がして、脳が活動をやめようとしている。

 

 

 

「…………ひ………ゅ………………と……………や……」

 

 

 

 諦めたくない。諦めたくないのに、諦めざるを得ない状況というのがある。若しかしたら、今がそうなのかもしれない。しかし龍已は死の間際、何時も感じている呪力が少し違うものに変化したのを感じ取り、それを最後に心臓は止まった。鼓動を停止させ、頭に酸素が行き渡らなくなって思考が止まる。視界がブラックアウトを起こし、これが死かと感じたのが最後だった。

 

 薄暗い洞穴の中に海の小さな波の音以外聞こえなくなる。傍に居たクロが龍已の頬を突くが反応は無く、寂しそうだ。契約者が死んだことによって契約が途切れる。そうなれば自由の身かも知れないが、クロは龍已から離れない。そして頭を跳ね起きさせた。契約が途切れていない。破棄されていない。つまり死んでいない。

 

 急いで龍已の体の上に登って顔を覗き込む。光を失った薄黒い琥珀色の瞳。完全に活動を停止させた心臓。氷のように冷たい体。ピクリとも動かない四肢。だが契約は生きている。生きている生きている生きている!死んでなんかいない。ご主人様は生きている!

 

 瞬間、龍已の体内から莫大な呪力がうねりをあげて弾けるように体を覆い、バクンと大きな音を立てて体を跳ねさせた。二度三度繰り返され、強制的に心臓を稼働させる。動きの止まった心臓に渇を入れて自律稼働を促し、肺を動かして酸素を取り入れ、脳を生き返らせる。

 

 ピクリと指先を動かし、のそりと上半身を起こした。しかしクロは警戒したように龍已から離れた。何かが違う。コイツはご主人様なんかでは無い。何か別の……ナニカだ。

 

 

 

「──────そう警戒するな、クロとやら。儂はお前さんをどうこうしようとは思っておらぬよ」

 

 

 

 起き上がって周囲を見渡し、警戒するクロに声を掛ける龍已?は()()()()()()()()()。クロは何が起きているのか解らない。自身は唯、武器を格納する事が出来るだけの4級呪霊だ。難しいことは解らない。だがこれだけは解る。契約が続行されているこの龍已と思われる奴は、違うということを。

 

 近付こうともしないクロに肩を竦めてやれやれとジェスチャーをする。それから自身の体を見下ろし、傷だらけの体に指を這わせた。昔に出来た夥しい稽古による傷。()()()()()()()()()()。稽古の厳しさを物語る逞しい肉体。それも()()()歴代で最強最高の肉体と才能を持つ。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 術式がこんなものになるとは思わなかったが、天与呪縛によって中々に素晴らしいものとなった。領域展開も修得し、今際の際ではあの反転術式すらも使用した。やはり最強の肉体。最高の力。類い稀なる才能。今代が()()()()()()()()()()

 

 

 

「故にこんな所で死ぬことは赦さぬぞ、最後の黒圓。全てを受け継ぎし最強の黒圓継承者、黒圓龍已。儂等はお主に全てを託した。叶えよとは云わぬ。しかし心せよ。お主にはその力があるということを──────」

 

 

 

 呪力が全身を優しく包み込み、新しく出来た傷が瞬く間に塞がっていく。全身の罅の入った骨も元に戻り、古傷を除いて傷一つ無い肉体がそこにあった。そして龍已?はゆっくりと体を倒していき、元の仰向けの状態に戻り目を閉じる。全身を包んでいた呪力は霧散し、静かな吐息を漏らしている。

 

 眠ったのだろうか。クロは警戒を解かないまま龍已に近付いていく。すると再び目を覚ました。クロは確信する。ご主人様だ。何時ものご主人様だ。嬉しさで急いで体を駆け上り、首に巻き付いて頬に擦り寄った。いきなりやって来たクロに驚いたが、心配させたのだと理解した龍已は、無表情のまま頭を撫でた。

 

 右手でクロの小さな頭を撫でながら、左手を開いて閉じてと繰り返して動作確認をする。何時もの調子だ。そこで左手の掌を近くにあった尖った岩に擦り付けて傷をつける。血が流れるが、あの時の感覚を思い出して呪力を掛け合わせると、傷が瞬く間に塞がった。

 

 

 

「反転術式──────修得完了だ」

 

 

 

 治った手を握り締めて実感し、立ち上がった。もう体調は頗る良い。今なら何でも出来そうだ。何か、自身の中の歯車が噛み合ったかのような気がして、調子が良い肉体に首を傾げながら、クロが吐き出した『黒龍』を上に向けて引き金を引いた。

 

 閉じ込められていた洞穴の天井に大穴を開け、跳躍して中から出て来る。何処かの浜にある岩山のようだが、任務先の近くでは無い。どうやら崖から落ちて海に投げ出され、流れてしまったらしい。濡れている服はそこらが破けている。岩に引っ掛かってしまったからだろう。

 

 後ろのポケットに手を這わせるが財布が無い。右前のポケットには携帯が入っていたが、当然に水没して使えない。これなら水に強い奴を買えば良かったと思うが、開いてみると画面が砕けていた。これではもう仕方ないだろう。

 

 はぁ……と溜め息を吐いて辺りを見渡し、ジョギングをしている人を見つけた。今は太陽の位置から考えて昼頃だろうか。どれだけの時間が過ぎたのか解らないが、取り敢えず話し掛けて携帯を借りよう。無事であることを先ず報せなくては拙い。そう思って岩場から飛び降りて駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 東京都立呪術高等専門学校。その男子寮のある部屋。黒圓龍已が生活していた部屋にて、家入硝子は居た。物は少なく、見渡して有ると解るのは机とベッドだけ。あとはクローゼットの中に入っている黒をメインとした服だけ。その中でも黒いティーシャツを手にして試着した。備え付けの鏡の前に立ってみると、サイズが合わずブカブカだ。

 

 裾がスカートみたいになっているし、肩も見えそうだし鎖骨なんかもう見えている。それでも、龍已の匂いが強くて、包まれているようだった。もう帰ってくることが無い龍已に抱き締められているようで、鼻の奥がツンとする。それを、誰も見ていないのに表に出さないよう気を付けながら、ベッドの方へと向かう。

 

 夏の季節なので薄い大きめのタオルのような掛け布団を捲ってベッドに横になる。枕に頭を乗せて横を向き、呼吸をすると龍已の濃い匂いがする。汗臭くもなく、男臭いという訳でも無い。寝ている間に汗を掻いているはずなのに良い匂いがする。

 

 高級なマットレスなのか、低反発で眠りへ誘う。これはいいマットレスだ。これはこのまま自分のにしてしまおうかなと、横取り感情丸出しで物欲を示し、なんだったらこの枕も貰っていこうかなとも思う。大切な先輩。黒圓龍已。その人に包まれているように感じるこのベッドをそのまま。

 

 あーあ。こうなるならもっといっぱい話しておくんだったな。そんな後悔が湯水のように湧き出てきて、何故か解らないけど視界がぼやけていく。横を向いているので、目から溢れる液体は枕へと落ちていって、染みを作る。呪術界ではよくあること。当たり前のこと。だから人手不足なのだ。だが誰が思うだろうか。

 

 長年黒い死神として活動してきて、特級を除いた最高階級の1級呪術師で、あの五条悟と夏油傑を同時に相手して余力を残しながらボコボコにするような人が、任務先でやられるなんて。過去には特級呪霊3体を同時に相手して瞬殺した人が、特級呪霊相当2体に負けるのか。そんな疑問が尽きないが、もう意味の無い話だ。だってもう、先輩は帰ってこないのだから。

 

 

 

「……せっかく、帰ってきたら……映画誘おうと思ったのに……無駄じゃん。あのクズ共と行くの嫌だし……先輩のバカ」

 

 

 

 ポケットから出した2枚の映画のチケットを握り締める。硝子に与えられる任務は、反転術式による傷の手当てが主だった。だから必ず行かなくてはならない。呪力がそう多い訳でも無い硝子が、出来るだけのことをして頑張っているのを知っている夜蛾は、息抜きとして映画のチケットをくれた。それが2枚。

 

 龍已と見てこいと言いたいのか、やはり大人には筒抜けかと思いながら受け取ったのは記憶に新しい。だがそれも二日前のことだ。龍已が死んだとされて二日。硝子は何もかもにやる気が起きない。何をやってもつまらないし、昼の時は2年の教室に行って龍已の椅子に座って食べた。味のしない段ボールを食べているみたいだった。

 

 つまらない。世界が一気に色を失った。退屈だ。授業もつまらないし、昼ご飯も要らないと感じる。クズ共の会話が聞こえてこない。つい高専の入り口を見てしまう。龍已が親友達の贈り物を身に付けているのは知っている。自分もそれと同じように、ボタン一つでも良いから欲しかった。

 

 

 

「一緒に映画……デートしたかったな……」

 

 

 

「──────何処の映画館だ」

 

 

 

「──────え?」

 

 

 

 声が……聞こえた。真上から。顔の前で両手を使って握っていた2枚の映画のチケットの内、1枚を抜き取られた。強く握ってしまっていた所為で皺が付いてしまっているチケットを、ゆっくりと抜き取られた。声を聞いて呆然として、手の力が抜けて簡単に取られた。

 

 そういえば、何時の間にか薄暗い部屋がもっと暗い。前にはヒラヒラとしたローブが見える。認識すると気配が伝わってきて、匂いも漂ってくる。海水のような潮の香りだ。目だけを動かして上を見ると、ローブと一体になっているフードが見えて、中は何も見えない暗闇だ。

 

 何も握っていない手と、映画のチケットが握られた手がフードに掛かり、後ろへとずらす。すると中からは、何時ものあの無表情の顔が出て来た。傷らしいものは無く、最後に見た時と全く同じ顔だ。記憶の通りの黒圓龍已だ。そんな彼がチケットを握っていない方の手を硝子の顔に伸ばし、目元の涙を優しく拭った。傷だらけで硬くて男らしい、超人の力を持つ大きな手が、割れ物を扱うように優しく触れてくれる。

 

 

 

「泣かせてしまったようだな、すまない。帰るのが遅くなってしまった」

 

「せん……ぱ……──────っ!!!!」

 

「ぅおっ……と」

 

 

 

 段々と、この光景が夢では無いということが解ったのだろう。硝子は寝転んでいたベッドから勢い良く起き上がって、立って見下ろしている龍已に抱き付いた。絶対に逃がさない、離さないと語るように強く抱き締めた。

 

 龍已は震えている硝子に気が付いて、背中を擦りながら頭も撫でた。撫でられている頭が腹部に擦り付けられる。女子特有のサラサラな細い細やかな髪がふるりと揺れて、撫でていると触り心地が良い。

 

 心配させてしまったというのをこれでもかと自覚しているので、龍已はされるがままに抱き締められ続けた。時折鼻を啜る音が聞こえたりしたが、頭を撫でる手は止めなかった。そうして何分か経った頃、硝子はゆっくり龍已から離れた。背中や頭を撫でていた手を両手で取って、手首に触れて脈や体温がある事を確認しながら握り締めた。

 

 顔を上げて龍已の目を見る。もうそこには涙は無く、悲しそうな色の目も無かった。あったのは安堵した目と、再会を喜んでくれている緩められた口元だけ。

 

 

 

「女の子の大切な後輩泣かすなんて、先輩サイテーですね」

 

「……すまない」

 

「まあ、許してあげますよ。私は良い後輩なので。その代わりに私と2人でデートしてくれるなら……ですがね」

 

「あぁ、勿論付き合わせてもらおう。本当に心配を掛けたな、家入」

 

「大丈夫です。こうして帰ってきてくれただけで。……おかえりなさい、先輩」

 

「……ただいま」

 

 

 

 生きている。夢では無い。呪骸でもない。歴とした人間の、黒圓龍已だ。それが嬉しくて堪らなく、生きていてくれたことが本当に嬉しくて、硝子は笑みを浮かべながらもう一度龍已に抱き付き、龍已は優しく受け止めた。

 

 

 

 

 

 

 このあと、生きていることを夜蛾から聞いた悟と傑に押し掛けられ、歌姫には泣きながら抱き締められ、冥冥には生きていると思ったよと言われながら微笑まれたのだった。

 

 

 

 

 

 

 






特級呪霊

片や呪力による防御不可の斬撃。片や自爆。

体調が悪かったからギリギリだけど、何時もなら2秒あれば十分だった。





五条悟

六眼とかを使って残穢から何から探したけど見付からなかった。

意気消沈した硝子が心配だった。





夏油傑

呪霊を使ってそこら中探したけど何も見つけられなかった。まあ、流されて数キロ離れてたからね。

元気が全く無い硝子が心配だった。





家入硝子

帰ってきたら慌ただしくて、龍已の補助監督が大爆発に捲き込まれてから見付からないと言われては?ってなり、現場へ行った悟達が死んだだろうと言っては?ってなった。

ベッドも枕も使って哀しんでいたら、先輩帰ってきた。本気で嬉しい。

あ、このTシャツ貰いますね。良い匂いなんで。




夜蛾

なんかいきなり知らない番号から電話掛かってきて、ん?ってなりながら出たら龍已だった。生きとったんかワレェ!?





龍已

洞穴で死にかけたけど、反転術式を覚えて完治してた。本当に死ぬかと思ったので体調悪かったらもう任務行かないことに決めた。

夜蛾に部屋に行けと言われて行ったら硝子が寝てた。普通に驚いて恥ずかしかったけど、泣いてるし映画誘おうとしてくれてたみたいなのでそっと受け取った。




????

こんな所で死ぬことは赦さん。




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第二十六話  術式反転



最高評価をして下さった、suica_1341 まつもっこり 磁石先生 社畜怖い 赫棘 銀羽鴉 歌姫と硝子が好き Srom フェナントロリン とっとこハム四郎 わさびさん ガゼロク ぜっとあるふぁ たけたけさん 足首が痛いオタク じいじ 伊緒里 Tomthecatlover ナマケ笊 ghost さん。

高評価をして下さった、sakai1329 慧斗 ワユリン Maccyan うぉるぴす ソロランナー カルフォナ あべみちお 夜帳 可愛い=世界 ロット 煮物 アキノリだー 砂鯨 Exist


さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 

「──────本気でやっていんだよな?センパイ」

 

「本気で投げますからね?」

 

「無理そうなら言って下さい」

 

「大丈夫だ、頼む」

 

 

 

 高専のグラウンドにて、悟、傑、硝子の3人から10メートル程距離を取っている龍已が自然体に立っている。3人はそれぞれ物を構えている。傑は先端が三つに分かれている三つ叉槍を。硝子は拳銃を。悟は何も持っていないが、その代わりに『蒼』を撃ち込もうとしている。しかも最大出力で。

 

 やろうとしているのは当然、それぞれの物を龍已に向かって投げるのだ。悟に至っては投げるというよりも炸裂させるというレベルなのだが、これは他でも無い龍已からの頼みによって実現している。

 

 龍已が体調不良のまま1級案件の任務に出掛け、報告とは違う2体の特級呪霊と戦闘になり、1体はその手で祓う事が出来たが、もう1体の特級呪霊の自爆をする術式によって深傷を負い、更には任務地に隣接している海に落ちて流され洞穴に辿り着いた。2日以上気絶していた龍已は、死の間際で反転術式を修得し、傷を全快させた。

 

 それから自力で高専まで帰ってきてから、心配してくれていた者達にこっぴどく叱られ、反省してから翌日。3人は朝から龍已の頼みで実験に付き合ってくれというので、何だろうと興味を示して二の句無しについてきた。そして今のような状況になっている。

 

 龍已が死の間際で、本当にギリギリで修得した反転術式というのは、本来マイナスのエネルギーである呪力を掛け合わせる事によってプラスのエネルギーを生み出し、肉体の強化しか出来なかった呪力を、回復方面に使うというものだ。そこでもう一つの恩恵があるのが、術式反転という技術だ。

 

 本来の術式にプラスのエネルギーとなった呪力を流すことによって術式効果を反転させ、新たな力を発動させる。反転術式を扱える者にしか使えない技術である。

 

 

 

「術式順転──────『蒼』」

 

「──────シッ!!」

 

「うおっ……反動結構強……っ」

 

 

 

 悟からは最大出力の収束の膨大なエネルギーが撃ち込まれ、傑からは三つ叉槍が真っ直ぐに投擲され、硝子からは拳銃から撃たれた弾丸が向かってくる。それに対するは避ける予備動作すらもせず、突っ立っている龍已。このままでは弾丸が体に撃ち込まれ、三つ叉槍が貫き、収束のエネルギーが龍已の肉体を挽肉にするだろう。

 

 3つの恐るべき攻撃が龍已の命を奪わんとしている。だが龍已に焦りは無い。それらが届かない事を解っているし、確信している。夜通しで練習したことによって手に入れた、己の最も得意な領域に引き込む為の一手。これには銃は要らない。何故なら呪力を飛ばすのではなく、展開するのだから。

 

 

 

「術式反転──────『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』」

 

 

 

 龍已に向かってきていた弾丸と三つ叉槍は空中でピタリと止まり、悟の放った最大出力の『蒼』は突然消失した。3人は目を見開く。特に六眼を持つ悟は、自身の放った『蒼』が、完全に消え去った事に酷く動揺した。

 

 3人は内容を知らされていない。唯、攻撃をしてくれと言ってきたので、大丈夫なんだろうなと散々確認を取って今放ったのだ。そして見せられたのは、飛んでいった物体の停止と、悟の無下限術式の消失である。

 

 空中で動きを停止させた三つ叉槍と弾丸が地面に落ち、カランと音を立てた。一体何が起きたのか、いや、龍已は一体何をしたというのか。傑が訳が解らなそうにして、硝子はスゲーと感心し、悟は何かを考え込んでいる。そんな3人に対して、無表情ながら満足そうな雰囲気をしている龍已が訳を説明し始めた。

 

 

 

「反転術式で生み出した正のエネルギーを俺の術式に流し、術式を反転させる術式反転。この場合天与呪縛は抜きにしておくとして、俺の術式は呪力を飛ばして自由自在に操る。それを反転させると、()()()()()()飛ばされたものの自由を剥奪する。つまり俺に向けられた遠距離攻撃は俺を中心とした半径4.2195メートル以内に入り込ませない。そして自由を剥奪した相手の物体を持たない術式は、一度術者の制御を離れたものとし、強制的に無効化する。結果的に言うと……」

 

「センパイには遠距離そのものが一切効かないバリアが張られてるってことか」

 

「チートじゃん。ウケる」

 

「それってずっとですか?だとしたら、常に張ってて脳が疲弊を起こすのでは……」

 

「反転術式を全身に掛けている。本来は脳だけで良いのだが、まだ細かい調整が出来ない。無論、反転術式を使っていても、『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』を発動していても本来の術式は使用出来る。というより使用出来るようにした。今朝方にだが」

 

「っつーことはさ、センパイを殺すには、センパイに近接で挑んで頭潰さないと無理って事か。しかも銃を介したバカみてぇな威力の呪力の弾やら光線も飛んでくる中で」

 

「先輩が近接戦で、そもそも誰かに触れられてるところ見たこと無いですし、呪力弾って最高何発まで同時に操作出来るんですか?」

 

「前までは4000発位だったが、今は反転術式で脳の負担をゼロにしているから20000発位までなら操れる。まあそこまでしたら此処から一歩も動けないが」

 

「動く必要無くないですか??」

 

 

 

 おいおい、クソほど威力が高い呪力弾を全て躱しながら、近接戦最強と謳われながら、歴代最強の肉体と最高の才能を持って一子相伝の技術を全て修めた黒圓龍已に近接戦を挑み、一番防御が厚いだろう頭を捻り潰すなんて誰が出来るというのだ。ホントにクソゲーと化した龍已攻略。

 

 今持ってる呪霊達じゃ太刀打ち出来ないな。というか、呪霊とはいえ術式で取り込んだ呪霊だから術式という括りになっていて、先輩に近付かせたら階級も関係無く勝手に無効化されて消滅するんじゃ?と、傑は自身と龍已との相性がゴミほど最悪なのを直感した。そして同時にある事を思い出した。

 

 

 

「あれ、先輩……領域展開出来ますよね?諦めて近接戦持ち込んだら……」

 

「「あっ……」」

 

「まあ、()()()()()引き摺り込むだろう。呪力には自信があるからな」

 

「おい無理だろセンパイ殺すの!?俺でも無理なんだけど!!無下限術式で無限張ってても領域展開で詰みじゃん!」

 

「私の呪霊なんて一度術式で取り込んでいるから、特級でも無条件で消されるんだよ?しかも私は領域対策で呪霊出しても、絶対競り負けるよ。先輩暇があると領域展開の練度上げてるし」

 

「私は元から戦えないしな」

 

「うっわ、センパイ攻略マジクソゲーだろ」

 

 

 

 近付くしかないから近付いたら領域展開される。しかも練度はクソほど高い。何せ暇があれば毎日展開しているのだから。龍已を尋ねに2年の教室に着いたら、中に黒い球体が在るのは珍しい光景じゃない。寧ろ夜蛾も慣れてしまっている。勿論、領域自体が抜け出せない強固なものなので、外から中へは簡単に行けるので問題ない。敵の場合は単なる自殺行為だ。

 

 仮に領域展開を警戒して距離を取れば、呪力弾が遠くから延々と襲い掛かってくるし、領域対策をして引っ張り合いに持ち込んでも、待っているのは龍已の本分である近接戦である。どうやって勝てと。まあ、龍已の領域展開に拮抗しながら、近接戦が頭を飛ばせる者が居れば、その限りでは無いのだが、今の悟達には思い浮かばなかった。

 

 話を聞けば本気で死にかけていた龍已だったが、1人で帰ってきたと思えば手が付けられない位に強くなっていた。元から強いのに何だそれは。笑い話にもならない。心配していた悟達にとっては複雑な思いだった。

 

 

 

「実験に付き合ってもらって悪かった。後で礼をさせてくれ」

 

「ん?何、センパイどっか行く感じ?これから授業なんじゃねーの?」

 

「あぁ──────これから任務だ」

 

「ちっと待てやセンパイよォ?」

 

「それは聞き捨てなりませんよ先輩」

 

「こっちに来て下さい、先輩」

 

「待て、何処へ連れて行くつもりだ。それに任務だと言っているだろう」

 

「いいから、センパイは黙って俺達についてこい」

 

 

 

 傑が龍已の左手首を握り、硝子は右手を取ってギュッと手を繋いだ。悟は両側を確保されたのを見てから頷き、歩き出した。連行される形で連れて行かれる龍已は何なのか解っていない。一応確保されている腕は外そうと思えば外せるのだが、左に居る傑は龍已の視線に気が付いてニッコリ笑い、右に居る硝子は少し俯いているが、髪の間から見える耳が少し赤かった。

 

 3人の後輩に連行されて連れて来られたのは談話室だった。まあ談話室と言っても、テレビとソファが置いてあるだけの皆が利用できる空間なのだが、そこへやって来ると傑と硝子が龍已を解放し、悟が突然前から押してきた。呪力まで使って押されて後ろへ蹈鞴を踏み、ソファへぼふりと座る。

 

 何なのだろうと思いながら立ち上がろうとすると、右太腿に重みが掛かった。視線を下に向ければ、自身の太腿に顔が腹の方を向くように頭を乗せている硝子が居た。チラリと視線が合ったがすぐに逸らされ、背中に腕を回して抱き付かれて腹に頭をグリグリと押し付けられる。

 

 何だか戯れてくる猫みたいだと思っていると、肩が触れるほどの近くに傑が座り込み、前には悟が立っていた。長い脚が前にあり、上を向くと悟が腰を折って上から覗き込む。丸い黒レンズのサングラスが少しズレて、奥の青空のような色をした六眼が目の前に広がった。

 

 

 

「あのさァ……センパイ死にかけたの昨日だよね?」

 

「まあ、そうだな」

 

「んで、夜は殆ど寝ないで反転術式と術式反転を練習してェ?まァた懲りずに1人で任務?なに、俺達のこと馬鹿にしてんの?」

 

「いや何故お前達を馬鹿にしているという話になる。任務が出されたから、今から行って来るという話だろう」

 

「1人で行って死にかけたのに、同じ事を繰り返すつもりか……と、悟は言いたいんですよ先輩。確かに反転術式を会得して遠距離が効かなくなったかも知れませんが、治ったとしても病み上がりでしょう」

 

「私達は先輩のこと心配してるんですよ。また報告と違う階級の呪霊が出て来て、万が一が起きたら怖いですから」

 

 

 

 確かに夜通し術式反転の鍛練を積んでいたので寝不足かも知れないが、反転術式を全身に掛けているので眠気は無く、寧ろ快調である。昨日死にかけてから自分で傷を治して帰ってきたというのに、もう次の日には任務かと呆れてしまう。しかし仕方ないのだ。呪術界は万年人手不足。そして任務を与えられた以上、行かなくてはならない。

 

 勿論拒否出来るし、他の人に任せることも可能だが、今の龍已は自分で行きたかった。早く呪霊に対して術式反転を試してみたいというのも本音だった。だがそれは悟達が許してくれない。流石に一日と経たず1人での任務は危険だと思われているようで、こうして囲まれてしまっているのだ。

 

 どうしたものかと思い悩んでいれば、服の裾を引かれた。視線を落とせば膝枕を存分に堪能している硝子が見上げていた。細く長い指が服を摘まんでいて、何かを視線で訴えている。そこまで鈍感であるつもりは無いので、すぐに何が言いたいのか察した。はぁ、と溜め息を吐きながら硝子の黒い髪に手を置いて撫でる。

 

 

 

「やっば、キュンキュンするんだけど。………ウケる」

 

「先輩。硝子は行くなら私達も連れて行けと目線で訴えていたんですよ。撫でてではなく」

 

「このタイミングで撫でろって言うわけねーじゃん」

 

「はぁ?どっちにしろ撫でてもらう予定だったから良いんだよ」

 

「良いのかよ!!」

 

「なんだ、そうだったのか。付いてくるというのならば俺は構わんが……お前達は今日任務は無く、普通の授業だっただろう」

 

「ここに向かう途中で私が夜蛾先生に連絡しておいたので大丈夫ですよ。なので私と悟と硝子で同行します」

 

「先輩、撫でる手止めないで下さい」

 

「硝子はマイペース過ぎだろ!!」

 

「私の至福のひとときを邪魔するな五条クズ。六眼抉り取るぞ」

 

「呪術界の大損害だぞ!?……今さり気なく名前クズに変えたよな??」

 

 

 

 立った状態で腰を折り、硝子を真上から見下ろす悟と、先輩の膝枕は私だけのもんだと訴えるように、龍已の腰に腕を回して抱き締めながら悟を睨み上げる硝子。因みにその間龍已は硝子の頭を撫でさせられていた。そもそも、硝子が目線で訴えていた内容が軽く迷子になっていたのはどういう事だろうか。いや、普通に鈍感ということだろう。

 

 硝子と悟が睨み合っている間に、龍已は傑が既に任務へ同行するための手を打っていた事を説明され、もう連れて行くしかないということにやれやれという気持ちだ。危ない橋を渡ってきたが、これでは介護されているようではないか。まあ、それだけのことをしたとして反省し、ここは素直に言うことを聞いておこう。そう思い、睨み合っている悟と硝子の2人に声を掛けて任務へと向かうことにした。

 

 因みになんだが、今回龍已に出されている任務は、夜蛾が病み上がりも良いところなのだから軽めのものにしておけという事で、発生した呪霊の階級は3級である。龍已ならばデコピンでも祓える程度のものだ。なので、悟がつまらないと癇癪を起こすのは必然である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────お待たせしました、先輩」

 

「いや、俺も来たところだから気にしなくて良い」

 

「……先輩とこの会話するのイイですね」

 

「……?」

 

 

 

 ある日のことである。龍已と硝子は待ち合わせをしていた。ベンチに腰掛けて、知恵の輪をやっていた龍已の元へ、大人っぽさが出ているカジュアル系な服を着た硝子がやって来る。気配で解っていたので着く少し前に知恵の輪をクロに呑み込ませ、立ち上がる。

 

 集合時間よりも10分早いのに、龍已は既に居た。なのに来たところと言っている。いや知恵の輪をやってただろと言いたい。本当は初めて女の子と2人きりでデートをするので、緊張して40分前から来ていた。

 

 うっすらと化粧をしている硝子は、元から顔立ちも整っているのも相まって美人だ。中学を卒業して少しなので、少し子供っぽさが残るが、着ている服が背伸びをさせていると感じさせない大人のような雰囲気を醸し出していた。そして途端に不安になる龍已。ぼんやりと、自身の服装を思い出す。

 

 ジーパンに黒い服。それだけだ。変にコーディネートをするのは性に合わず、かといって変な格好は出来ないので大人しめのものにしたら、完全に硝子に対して見劣りする黒圓龍已が完成した。これ、隣に立っても大丈夫なのか?というかここまでお洒落してくれているのに、軽めの服装で来た俺は失礼なのでは?そこの服屋で何か買って着替えようかなと悩み始める。

 

 無表情で色々と考え込んでいる龍已だが、硝子は飾らない服装に大満足である。ジャラジャラしたものを付けるタイプではないのは知っているので、大人しめのコーディネートは龍已らしさが出て大変イイ。そして雰囲気的に服装に悩んでいるのもポイントが高い。人知れずクスリと笑った硝子は、龍已の手を握って歩き出した。

 

 

 

「ほら先輩。上映時間もあるんですから行きましょうよ」

 

「……そうだな。行こう。……この服装は大丈夫……だろうか。家入は綺麗なのに、俺は飾らなすぎた。気にならないか?なんだったらそこの服屋で何か買ってくるが……」

 

「……ふふ。気にしませんよ。それに、先輩らしいので安心するんで、その服装で十分です」

 

「そう……か。分かった。ありがとう家入」

 

「いいですよー」

 

 

 

 手を繋いで引っ張られる形で歩いて龍已は、少し歩みを進めて硝子の隣に行く。手はそのままにしていた。プライベートで女の子と手を繋いだ事が無い龍已は、その手の柔らかさに心底驚いていた。こんな柔らかいのかと。肌の感触がきめ細かいし、すべすべしている。自身の傷だらけで異様に硬くて、タコだらけの……血塗れな汚い手とは大違いだ。

 

 そう考えると硝子と手を繋いでいるのが罰当たりな気がしてきて、ゆっくり離そうかと思った時、硝子はそれを解っていて察知したように指を絡ませて恋人繋ぎへ移行した。ビクリと肩が跳ねた。柔い感触が手全体に広がる。

 

 黒圓無躰流は近接格闘とあらゆる近接武器の混合型武術。なので手にするものは全て硬い感触のもの。呪具もそう。人の温かい体温と、その柔らかさを龍已はほとんど知らない。なので、超人の力を持つ龍已が少し力を入れるだけで折れそうな手を、振り払うなんてことは出来なかった。

 

 

 

「家入……」

 

「大丈夫ですよ。先輩の手は変じゃないです。とっても綺麗な手です。なので気にしないで下さい。私は先輩と手を繋ぎたくてこうしてるんですから」

 

「……そうか」

 

「そーですよ」

 

 

 

 なら、良いか。そう心の中で溢しながら、龍已は硝子との恋人繋ぎを甘んじて受け入れた。離そうともせず、ほんの少し……集中しないと気付かない程度に力を籠めて柔らかい手を握った。とても安心する。こんな人を殺し続けてきた汚い傷だらけの手を綺麗だと、そう言ってくれるのは親友達を除いて初めてだった。

 

 心をほわほわとさせながら歩く。高身長で更に脚の長い龍已は硝子と歩幅が合わないが、同じ速度になるように調節している。それを当然解っていて、硝子もほわほわした。

 

 歩きながら学校での出来事だとか、悟と傑の喧嘩の話や夜蛾に怒られた時の話などをして会話を楽しみ、歩いて10分位の所にある映画館を目指し、上映時間の15分前に着くことが出来た。丁度土曜日なのでそれなりに人が居る。親子や恋人と来ている人が多い中で、龍已と硝子が混じっても違和感が無い。まるで恋人のようだ。手も繋いだままだし。

 

 

 

「俺は飲み物等を買ってくるが、家入はポップコーンを食べるか?俺は今日塩味の気分だから買ってくる」

 

「んー、じゃあ私も塩味で良いですよ。私も一緒に行きましょうか?」

 

「いや、待っていてくれ。すぐに戻る。家入はそこで売っているグッズ等を見ていていいぞ。他にやっている映画の詳細を載せたパンフレットを見ていてもいい」

 

「……わかりました。待ってますね」

 

 

 

 繋いでいた手を離してササッと受付のところの列に並ぶ龍已。一緒に列に並べば良いのにと思ったが、人がすぐに並んで人混みの中という状況になっている龍已を見て、硝子をそんな場所に行かせないようにしてくれていたのが解った。しかもグッズ等を売っている所は、あまり人が居らず、待つのに最適だろう。

 

 人の動きを読んで人が多くない所に誘導しようとしてくれている龍已にキュンとさせながら、大人しく人があまり居ない所で待つ。硝子は美人なので一人で居るとナンパをされるが、親子であったり恋人と来る映画館でナンパするアホは居なかった。そもそもナンパしたところで同じ映画を見るとは限らないし、席が近い訳が無い。

 

 5分程度だろうか。待っていると龍已がポップコーンと飲み物が入ったカゴを2つ持って帰ってきた。自身の分を受け取ろうとすると、持っていくから大丈夫と言われ、1つは左腕で支え、もう一つは左手に持つ。残った右手でポケットからチケットを取り出し、係員に見せて中へとスタジオの中へと入っていく。

 

 丁度真ん中の席なので映画は存分に楽しめるだろう。硝子が座ったのを確認してからカゴを渡し、自身も席に座った。硝子は少しだけ飲み物を飲もうとストローに口を付ける。甘いものが苦手な硝子は、コーラかなと思っていると、口の中に入ってきたのはアイスコーヒーだった。映画の飲み物を、しかも女の子である硝子に普通はコーヒーは出さない。オレンジやジンジャーエールとかだろう。つまり、龍已は硝子が甘いものが苦手なのを解っていて買った事になる。

 

 

 

「先輩、これ……」

 

「ん……?あぁ、家入のはコーヒーにしておいた。俺が飲み物を奢ると言うと大体コーヒーで、甘いものを食べている所を見ないから苦手なのだと思ってな。……違ったか?それなら俺のはお茶だから交換してもいいが」

 

「……いいえ、甘いのそんなに好きじゃないの先輩が知ってるみたいで驚いただけです。ありがとうございます」

 

「合っているなら良かった。……暗くなった。始まるな」

 

「……先輩最高過ぎてヤバい。ウケる」

 

 

 

 合っているのは先輩との相性だよ!とは言えない。しかし言いたい。え?この人普通に優良物件じゃない?1級呪術師だから金はかなり持っているらしいし、真面目だし、話はちゃんと出来るし、気遣い完璧だし、優しいし、人望あるし、バチクソ強いから死ぬ危険はもう無いし、女遊びしないし、プロレベルの料理出来るし、炊事洗濯も出来るし、硬派だし、性格良いし……超優良じゃない?

 

 まあ、絶対堕とすけどね。と、心の中で完結させながら、映画泥棒云々の話を見ている。映画の宣伝等が終わって本格的に暗くなって本命の映画が始まる。内容は、普通の生活を送っていた主人公がある日両親を殺されて復讐の鬼となり、報復を繰り返して心に罅を入れていく毎日の中で、偶然出会った女性と話すようになり、少しずつ普通の心を取り戻していくという感じの話だ。

 

 暗い感じの話に思えるが、感動もので今人気の映画だ。硝子は見ながら、ふーん……こんな感じなんだ。確かに人気出そうと冷静に分析していた。そこまで感情移入させるタイプではない硝子は、暗い中でチラリと龍已を見る。丁度戦闘シーンで、アクロバティックな近接戦をしている主人公に、この程度の動きしか出来ないのか……とぼそりと呟いていた。

 

 近接戦の素人目から見ても、普通に人には出来ないと思われる動きだが、先輩ならもっと凄いの出来そう。ていうかしてた、と思った硝子。そこで、視線に気が付いた龍已がこちらに顔を向けて首を傾げ、顔をグッと近付けてきた。え?と思うよりも先に、硝子の耳元で声を掛ける。

 

 

 

「どうした。何かあったか」

 

「…っ……ん……何でもないです。先輩と来れて良かったと思ってたら見ていただけです。映画見てたのにすみません」

 

「大丈夫だ。それに俺も家入と来れて良かった。とても楽しい」

 

「……………………………………………耳が孕みそう」

 

 

 

 暗くて良かった。今絶対耳も顔も赤いだろうから。耳元で囁かれる、男らしい低音の、優しげな声色を出している龍已の声に、心臓が鷲掴みされたようになる。最早キュンではなくギュンである。ナニコレ耳が幸せ。っていうかもう現時点が幸せ。先輩の声が録音されたモーニングコール付き目覚ましとかあったら買う。即決。……ナニソレ本気で欲しい……。

 

 映画そっちのけでギュンギュンしている硝子に首を傾げ、ポップコーンを食べながら映画を再び見始めた龍已。何だこの温度差は、甘酸っぱくて死にそう。人気の映画なのに内容が頭に入ってこない硝子は仕方ない。それは全て龍已の所為だから。

 

 どこかボーッとしている硝子と、おぉ……と最後に伏線を回収した内容に小さく感嘆の声を上げている龍已は、見事映画を見終わった。場内の灯りが点いて明るくなったのに、硝子はハッとした。余韻に浸っていたら映画終わってた。どこのキンクリだと言いたい。

 

 

 

「最初の方に出ていた伏線を、あそこで回収するとは……監督はいい仕事をしているな」

 

「……私もそう思います。他にも幾つか映画作っているんで、それを見ても楽しめるかもしれないですね」

 

「近接戦は少し物足りなかったが、それ以外はとても楽しめた。良い映画だった」

 

「来て良かったですね」

 

「あぁ」

 

 

 

 当たり障り無い返事で誤魔化している硝子に対して、純粋に楽しかったと言っている龍已。すみません、先輩に夢中で右から左でしたとは言えない。少し悪いと思いながら、嘘をつくしか無いのだった。

 

 たっぷり2時間楽しんだ2人は、その後近くの店をウィンドウショッピングをして回った。映画館へ向かうときのように恋人繋ぎをしながら歩き、少し良いなと思った物があったら購入する。荷物はクロが人知れず呑み込んでくれているので嵩張る事は無い。

 

 内心冷や汗を掻きながら映画の話をしたり、服を見ながら似合うかどうか吟味したり、カフェに寄って一息着いたりしていると幸せで、すぐに時間が経ってしまった。辺りも暗くなり始めてしまい、帰らないといけない時間になる。

 

 惜しい気持ちがあるが、また行けば良いだけの話だと受け止めて、帰ろうと提案する硝子に、確かにもう帰った方が良いなと言って賛同する龍已はまっすぐ帰路に着く。

 

 高専までの道のりはそれなりに遠いはずなのにすぐに着いてしまった。幸せな時間ほど経つのが早いというのは本当だったと実感しながら、寮の入り口で繋いでいた手を離す。クロから荷物を吐き出させた龍已が手渡してくれて受け取る。ずっと手を繋いでいたので、離すと物足りなくなる感覚になってしまった。

 

 

 

「じゃあ先輩、今日はありがとうございました。楽しかったですよ」

 

「俺も楽しかった。……それと」

 

「……っ!?」

 

 

 

 龍已が右手を伸ばし、人差し指で硝子の額を軽く押した。コツンと押されて頭が少しだけ後ろへいく。突然の行動に硝子が驚いていると、龍已は何時もの無表情で、雰囲気は呆れたようなものを醸し出していた。

 

 何かしてしまったか?とこれまでの己の行動を振り返っても、それらしきものが分からない硝子は、荷物を持っていない方の手で突かれた額を押さえている。何に呆れているのだろう。どうすればいい。そう思っていれば、答えを龍已が教えた。

 

 

 

「映画を見ていた時、見ていなかっただろう。気が散っているのは気配で解っていたぞ。感想も俺に賛同するばかりで内容は話していなかった」

 

「……すみません」

 

「だから──────次はしっかりと見るように」

 

「……え?」

 

「楽しみにしているぞ。今日はそれなりに歩いたからゆっくり湯船に浸かるといい。おやすみ、家入。また月曜に」

 

 

 

 そう言って男子寮の方へ歩いて行き、消えてしまった龍已。額を押さえたままの硝子はその場から動かず、少ししたらしゃがみ込んでしまった。髪に隠れている耳が出ていて、赤くなっている。下を向いているので顔は分からないが、恐らく同じように赤くなっている事だろう。

 

 怒られた。しかも普通の怒り方じゃなくて、メッて感じの怒り方だった。声色は優しく、そして何と言っても次はと言っていた。つまりまた行ってくれるということ。デートは乗り気だということ。最後に可愛いを受けた硝子は、流石にウケるとは言えなかった。

 

 

 

「はぁああああああああああああああもう……最高かよ」

 

 

 

 任務も邪魔も無いプライベートな休日、硝子はこれ以上無いほど満たされ、任務等で疲れていた体が全回復した。とんでもない反転術式使いじゃないか。これは完敗ですわ。と思う硝子。言わずもがな、今日はとってもぐっすり気持ち良く眠れた。

 

 

 

 

 

 

 龍已は初めての女の子との2人きりデートを楽しみ、楽しませる事が出来た。なので彼も大変満足なのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 








は?遠距離無効化とかクソかよ。チートじゃん。最大出力の『蒼』消えたんだけど??

俺のセンパイ強すぎぃ……と最近になって解ってきた人。いや最初に気付け。

最近『悟』と書かないで『五条』と書こうと思ってる。理由は悟ると読み間違えそうになるから。






えぇ……呪霊嗾けさせるの無理じゃん……とすぐに気付いた。

解ってる?君の極ノ番とか無意味筆頭だからね??

傑と書かないで夏油と書こうか迷ってる。理由は1文字で読み辛いから。あと五条とセットにしたい。




硝子

ソファに座った龍已にノータイムで膝枕させた人。あれ……固くない。寧ろ柔らかい……なるほど、イイ筋肉してますね。あと腹に頭をグリグリやってちゃっかり匂い嗅いでた。椿の匂いがした。

デートしてもらった。やったぜ。めっちゃ色んな事やってくれて楽しくて仕方ない。あまり顔には出さないようにしてたけど、心臓バクバクだった。変な匂いしない?服変じゃない?

またデート行こうっと。

音声を録音できる目覚ましがあることを知って、一番高級で高品質なのを購入したのは何故だろうか。考えるな、察しろ。




任務先の3級呪霊

マジでデコピンで祓われた……。ゴリラかよ。




龍已

遠距離無効化の術式反転を編み出した。書いてて思う。ズルいやつやん!

遠距離合戦だと絶対負けない。クソ程呪力籠めてぶち込むから。勝てるならやってみ?ただしその時は、あんたは穴だらけになっているだろうけどな。

いや、籠めた呪力量的に1発で消し飛ぶわ。





術式反転『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)

自身は呪力を飛ばして自由自在に操るので、自身から半径4.2195メートル内の、相手から飛ばされたものの自由を剥奪し、無効化する。謂わば絶対に入らせない領域。なので慣性の法則を使って飛ばそうとしても、入らせないので止まる。自分ではなく、相手に作用するようになったのは、天与呪縛の存在で領域展開同様、なんかバグった。結果オーライ。

遠距離なら全てが龍已の所まで来れないので、風圧も術式も毒も侵入させない。遠距離無効化絶対領域。条件は無く、文字通り全ての遠距離攻撃が対象。

これで龍已を殺すには、触れる事を条件とした術式を使用するか、殴り殺すかしかない。ただし、領域展開の綱引きしたら絶対悪手。やめた方が良い。地獄よりも先に黒い世界を見ることになる。

俺に遠距離は一切効かん。拳で来い。……って言わせたいなぁ……。




初めて女の子とデートした。楽しかった。

何処かの龍已を嫁にしようとしたメスゴリラが悔しがっていたとか何とか。




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第二十七話  尾行



最高評価をして下さった、しろくま飴 固唾をがぶ飲み 雪乃原 村井ハンド ペンペン でーさん ペンシルゴン さん。

高評価をして下さった、しらみず 齋森人 APORO18 野良犬 オルグ うたたねの里 バーサーカーグーノ ボンボン nonoto びだるさすーん


さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 

「──────よし、ここまでにしよう」

 

「だあぁあああああああああああっ!!マジで!マッジでセンパイから1本も取れないんだけど!!なんなん!?」

 

「終始転がされていただけだね、私と悟は」

 

「硝子もやれよ!俺達みたいに泥だらけでボコボコにされろよ!」

 

「私は非戦闘員だし」

 

「才能もあって伸び代もあるんだ。今すぐに俺を倒せるようにならなくても良いんだぞ。ゆっくり着実にだ」

 

「1本も取れてないってか、触れることすら出来てないっていうことへの心の問題!!」

 

 

 

 ギャンッ!と吠えている五条は地面に仰向けで寝転んでいる。着ているジャージは穴が空いていたり破れていたり擦れていたりでボロボロ。そして五条自身もボロボロである。息も絶え絶えである。それは夏油も同じ事で、2人で仲良く地面に倒れ込んでいた。

 

 先までは体術の時間だった。今度こそぶちのめしてやると息巻いていた2人だったが、そんな大きな口は直ぐに黙らせられた。同時に襲い掛かっているのに完璧に対処され、受け流されたり逸らされたり、それで隙が出来たら加減の入った殴打や蹴りが入れられる。

 

 しかしこの攻撃、力をセーブして手加減している筈なのに、ものすごく痛いのだ。無茶苦茶痛い。だから受けたくない。故に全力で避け始めて、何時しか攻守交代している。二対一の図で。勿論攻め手は一の方である。奇妙な図なものだ。

 

 2人して捌けなくなった攻撃の手にボコボコにされる様を、何時も通りで進歩しねーなと思いながら我関せずと見守って……笑っていた家入は、どこか痛むならば家入に治してもらうように、と言ってその場を去って校舎へ向かった龍已の背中を見る。何時もならばどこが悪いやら、ここは直しておいた方が良いというアドバイスがあるのだが、今回は無かった。それどころか少し急いでいた。

 

 

 

「てか、センパイマジで強くね?遠距離効かねーし呪力俺より余裕で有るし、領域展開出来るし、近接戦やべーし」

 

「強いね。私は勝てるビジョンが見えないよ。俺達は最強とは良く言ったものだと自分でも思うよ」

 

「センパイを除くって付けるか?」

 

「ダサいね。もうその時点で最強ではないし」

 

「なぁ、クズ共。先輩なんか急いでなかった?」

 

「んー?まぁ、確かに。うんこでも出そうだったんじゃね?」

 

「それは一大事だね。私も急ぐと思うよ」

 

「お前らに聞いた私がバカだった」

 

 

 

 所詮クズ共はクズ共かと吐き捨てて、騒いでいる五条を無視して校舎へと向かって行った。龍已が何に急いでいるのか気になったのだ。基本時間前行動をしている龍已は、遅れそうだからという理由が焦っていたり急いでいる場面は無い。だからこそ、後を追い掛けた。

 

 それに、根拠は無いが行った方が良い気がする。本当に根拠は無い。唯何となく、そうした方が良いんじゃないか?と思い浮かんだのだ。これが他の人間だったならば、まあいっかと思って終わりだが、こと龍已の場合に於いては気になって仕方ない。

 

 慣れ親しんだ校舎へ入って適当に歩く。既に龍已を見失っているのだ。流石に非戦闘員に気配を読む技術は無いので虱潰しにやっていくしか無い。木製の廊下を歩いて龍已を探していると、2年の教室から話し声が聞こえた。声の主は龍已。自身の教室に居たのかと思って向かい、扉を開ける前に壁に張り付いて聞き耳を立てた。

 

 

 

「……そうか……あれから1年か」

 

「えぇ。なので明日は……任務を入れないで欲しいんです。俺にとっては大切な日ですから」

 

「……解った。出来るだけやってみよう」

 

「……ありがとうございます」

 

「出発は何時だ?」

 

「明日の朝9時には出ようかと」

 

「明後日は休みを入れなくて良いのか」

 

「大丈夫です。……1日もあれば、十分ですから」

 

「……そうか」

 

 

 

 出発……?何処かへ行くのか。しかし泊まり掛けのものではない。一日で行って帰ってこれる距離か。なら目的はなんだ?先輩にとって大切な日。……ダメだ、私には解らない。

 

 聞き耳を立てて話を聞いていた家入は、音を立てずに静かにその場を後にした。恐らく夜蛾に報告するのが目的だったのだろう。夜蛾は明日に出張で出掛けると朝に言っていた。電話では無く、直接言っておきたい事だったのだろう。今日はもうこれでお終いだから。

 

 あの2人なら大丈夫だろと決め付けて、反転術式を使うかどうかも聞かず女子寮へと帰る家入。ドアを開けて中に入り、飾り気のない、花の女子高生としては味気ない部屋のベッドにダイブした。もふりと着地し、ぼんやりと先程の会話を思い出す。先輩にとって大切な日。任務を入れないでくれと頼むほど。どんな日なのだろう。

 

 一度気になり出すと止まらない。龍已のことになるとすぐこれだ。仕方ない奴だと自身のことに呆れながら、家入は決意する。丁度任務も無い休みの日だし、こっそりついて行こう……と。朝の9時には出るのは聞いたので、念の為に7時にアラームを設定しておく。これが正しい判断なのかは、この時は解らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……電車に乗った。東京から出るのか?」

 

 

 

 家入硝子は今、人生初の尾行をしていた。昨日龍已が夜蛾と話していた通り、高専を出たのは8時56分。格好は何時もの黒をメインとした服であったりマフラーを巻いて、寒いこの時期に備えている。かく言う家入も防寒対策にマフラーや手袋を付け、帽子も被っている。良く見ないと解らないだろう。

 

 手ぶらで現れて高専を出た龍已は、まっすぐに駅を目指していた。どうやら長距離を移動するらしい。朝早めに起きて適当に朝飯を食べておいて良かったと思った。食べてなかったら買っている間に見失う何てこともあったかも知れない。

 

 身長が高く、脚が長い龍已と家入とでは、歩幅が違う。隣を歩くならば合わせてくれるので気にしなくても良いが、尾行となると早歩きをするしかない。移動が早くて脚が痛くなっても、反転術式があるので問題は無いが、問題らしい問題は駅の中と電車の中だ。駅に入って人混みで見失わないか。同じ車両に乗って気付かれないかが問題だ。

 

 

 

「……よし、人あんま居ないな。後は同じ車両に乗るだけ」

 

 

 

 運が良いことに、土曜日で人があまり駅に居なかった。なので人混みで龍已を見失うということは無いが、少し緊張する同じ車両。乗る電車。少し待って、ホームに着くと電車の扉が開く。中から降りる人が出て来て、降りきると並んでいた人達が列をそのままに乗り込んでいく。

 

 龍已は車両の先の方に居た。家入は後ろの方に椅子に座っている。対角上に龍已の姿が見える位置に座れたのは良かった。今は9時36分。どの位掛かるのだろうと思いながら、立って吊革を掴んでいる龍已を盗み見る。相変わらず綺麗な立ち姿だなと思っていると、視線に気が付いたのか振り向こうとした。

 

 急いで視線を切って少し俯き気味にしてマフラーに鼻まで付ける。帽子も被っているから、今の状態で外からでは見えないはず。30秒くらいそうしてジッとして、少しだけ顔を上げてチラリと見る。龍已はもう家入の方を向いておらず、窓から見える外の景色を眺めていた。

 

 人知れずホッと一息着いている。車掌の次の駅に着くというアナウンスが流れ、降りる人が椅子から立ち上がる。龍已は立っている所から動いていない。流石に一駅隣ではないかと思いながら、自身もぼんやりと窓の外の流れゆく景色を眺めていた。

 

 

 

「────────────ハッ……!」

 

 

 

 家入はガバリと頭を上げた。やってしまったと思った。どうやら眠ってしまっていたらしい。外は寒いが、電車の中は暖房がついていて暖かく、防寒対策で着ている服の暖かさと相まってぬくぬくで、眠気を誘われて飛び込んでいたらしい。タイミング良く次に停車する駅名をアナウンスされているが、聞いたこと無い駅名で、相当眠っていた事が解った。

 

 流石にもう降りてるか、と思って視線を動かすと、龍已はまだ降りてはいなかった。しかし降りる準備をしていた。掴んでいた吊革から手を離し、扉の前に立っている。危ないところだったと、一人冷や汗を流しながら自身も降りる準備を始めた。特に何も持ってきていないので、立ち上がれば準備は完了だ。

 

 眠っていたので頭が働かず、少しボーッとするが、尾行を忘れるほどボケてはいない。なので駅に着いて龍已が降りた事を確認して急いで電車を降りた。改札を出ると、龍已は歩いている。どうやら乗り換え等はしないらしい。それ程遠くは無かったなと思っているが、既に2時間は経過している。

 

 今は11時半。これからどの位歩くのだろうと思いつつ、ついて行けば止まる様子が無い。バス停が有っても無視をして、脚を動かすだけ。もしかしてバスで行けるところを歩いていこうとしている?超人の身体能力がある龍已なら有り得る。前に興味本位でフルマラソンを呪力無しで本気で走ったらどの位で完走するかと聞いたことがある。

 

 20分。それだけあれば十分と言っていた。全力疾走を延々と続けて止まらずいけば、その位で行けるはずだと。いやレーシングカーかと言わせて欲しい。そんな超人の身体能力を持つ龍已が歩き続けるとなると、どれだけの距離になるのだろうか。考えるとゾッとする。しかし大丈夫とも思う。今日中には帰る手筈なのだから、2時間の電車を合わせれば、そこまでの距離では無いはずだ。

 

 

 

「──────とか思ってたのに、もう1時間半は歩いてるんだけど。ウケる」

 

 

 

 駅から歩いて1時間半。止まらずに歩き続ける龍已と、その後ろから早歩きで追い掛ける家入。普通ならば脚が限界だが、反転術式を使いながら歩いているので脚は問題ない。だが体力が保たない。削れる体力までは治せない。あくまで反転術式は肉体の回復なので、今はかなりキツい。

 

 ここまでの長距離を滅多に歩かないので油断した。龍已は当然余裕だろう。このままでは体力が尽きて置いて行かれてしまう。それはかなり拙い。ここまで来て見失いましたでは話にならない。家入は心の中で己自身を鼓舞する。頑張れ、先輩が何をする気なのか気になるのだろう。止まるなよ。そう鼓舞して自身を励ましていると、女神が微笑んでくれたのか、その少し後に目的地へ着いた。

 

 だが、その場所というのは……墓地だった。ここまで来て察せられない程バカではない。まさか墓参りだとは思っていなかった。服装が何時ものもので、喪服でもなかった。だから油断した。とんでもない事に尾行していたと気付かされた。しかし、漸く辿り着いたのに、ここで帰るのも嫌だと感じ、隠れて誰の墓参りなのかを覗いていくことにした。

 

 龍已はまだ新しい2つの墓の前に立って、クロに吐き出させた線香に火を付け、2つの墓に供える。手を合わせて黙祷をし、終えると静かに語り出した。その声は寂しそうで、泣きそうで、慈愛に満ちていた。助けてくれと叫んでいるような、それでも慈しんでいるのだと解る、愛が籠もった声色だった

 

 

 

「……早いものだな。もう()()()だ。お前達が死んで1年が経過した。あれから、俺には後輩ができたぞ。呪術界御三家の一つである五条家から六眼と無下限呪術の抱き合わせの天才。一般家庭からの出なのに、もう1級の打診が来ている珍しい呪霊操術の使い手。使用者が少ない反転術式を他人にも施せる紅一点。俺達の術式では見劣りするな?……それぞれが素晴らしい才能を持ち、自信に溢れている。まるでお前達みたいだ」

 

 

 

「……1年。先輩の同級生の人達。私達が入学する前に殉職して、先輩が領域展開を会得する切っ掛けになったっていう……」

 

 

 

 五条がどうやって領域展開を会得したのかと聞いたとき、寂しそうな雰囲気をして、失ったから得ることが出来た代物だ。これを失って取り戻せるなら喜んで差し出す。そう言っていた。

 

 あれは同級生達のことだった。大切な者達が音信不通になってしまい、現場に急行するも、大切な人達は既に死んでいて、黒閃を打って呪力の核心を掴み、領域展開を行った。それでその場に居た特級呪霊3体を祓う。そう報告書に書いてあった。

 

 秘密だと言われて、龍已にボコボコにされた五条と夏油を連れて、夜蛾に見せられたのはそれだった。壮絶だろう。出張から帰ってきたと思えば、同級生が揃って死んでいるのだから。しかも相手は特級を3体。当時2級と3級だったらしい人達にはまだ無理だろう。

 

 

 

「最初、五条と夏油は俺とお前達のことを侮辱した。それに憤りつつも聞き流した。しかし結局、俺はあの2人を痛め付けた。今では人の話も聞き、授業も真面目に取り組むようになった。3人は仲が良くてな、系統は違えど、嘗ての俺達を見ているようだ。慧汰、お前が羨むような美人の後輩が居るぞ。妃伽、お前が考えるよりも先に手が出るだろう強さを持つ後輩が居るぞ。……お前達が生きていれば、今以上に騒がしくて、喧しくて、賑やかで……楽しい日々を送れただろう──────」

 

 

 

 ──────何故、俺を置いて死んだ。

 

 

 

「──────っ」

 

 

 

「お前達が死んだ時、俺は領域展開を会得した。呪術の最高難度、窮極の呪術。だが、もしこれを捨ててお前達が帰ってくるなら……喜んで捨ててやる。それ程……お前達は大切な親友だった。……知っているか、俺はこの間死にかけた。本当に死ぬ手前までいった。そこで思った。ここで死んだらお前達にも会えると。しかし残してしまう親友達も居る。その事に死の間際で気が付いた俺に、お前達は背中を押したり、蹴っ飛ばしたりしたな。夢や幻、幻覚であろうと、こっちに来たら赦さないと叱責したな。あの時、お前達が居なければ死んでいた。……ありがとう。俺を生かしてくれて。ありがとう。俺の親友になってくれて。ありがとう。俺と……出逢ってくれて。お前達は……いつまでも俺の大切な親友だ。……また、来年来るから、化けて出るなよ妃伽。騒がしくするなよ、慧汰」

 

 

 

 龍已の心の底からの言葉だった。聞いている内に、本当に大切だったのだろう。親友だったのだろうと察せられるほどの、魂の叫びだった。死んで欲しくないと思うのは当然だろう。帰ってきて欲しいと願うのは当たり前だろう。哀しくて寂しいと感じるのは仕方ないのだろう。それを誰にも言わず、ここで……墓地の親友達が埋められた墓の前で吐き出す龍已は、小さな存在に見えた。

 

 無表情でも、両目から涙を流している。静かに、1人で。親友達に思いを馳せながら。見てはいけないものを見てしまった家入は、罪悪感に駆られながらその場を後にしようと踵を返した。このことは誰にも言わないようにしよう。何も見なかった事にしよう。でも、本当に大切な人達だったのだと覚えておこう。

 

 来てはいけなかったけれど、来れて良かった。まだまだ知らない先輩の事を知れた。誰にも言わなかった事を盗み見て、盗み聞きするのは人としてどうかと思われるがそれでも、家入は付いてきて良かったのだと思った。

 

 

 

「──────先に帰るのか?」

 

「──────っ!?」

 

「居るのは知っているぞ、家入。お前も折角来たのなら、慧汰と妃伽に線香をあげてくれないか。特に妃伽は、俺以外に線香をあげる人が居ないから寂しいだろう」

 

「……すみません、先輩。ついてきてしまって」

 

「大丈夫だ。俺は解っていて見逃していたんだからな。それよりもほら、おいで」

 

「……はい」

 

 

 

 手招きをして呼ぶ龍已に従って、物陰から出て傍による。まさか気付いていたとは……と思ったが、龍已ならば……先輩ならば気がついていても不思議ではないと納得した。日頃呪詛師を相手にする人が、気配を読むことなど造作もないだろうから。

 

 近付いてくる家入に頷き、クロから4本の線香を受け取って火を付ける。2本ずつでいいからあげてくれと言われて、言う通りに2本ずつ供えてから手を合わせて黙祷を捧げる。終わって手を解くと龍已の隣に立って、一緒に2つの墓石を眺めた。まだ新しい。造られて1年のもの。名前も音無慧汰。巌斎妃伽。と、彫られている。

 

 やはり申し訳ないなという気持ちになって、無意識に顔を俯かせていると、帽子越しにふんわりと頭を撫でられた。その優しい、気を遣うような触れ方に鼻の奥がツンとする。泣きたいのは先輩だろうに。もう流していた涙は無く。何時もの無表情で、家入を見ている。

 

 頭を撫でられながら顔を上げると、撫でていた手は止まり、両手を顔に向けて伸ばされた。なんだろうと思えば、この寒さに反して温かい龍已の両手が、家入の両方の頬に触れて親指で擦られる。優しくて気持ちの良い触れ方にうっとりとしてしまう。そして頬を擦っていた親指は、家入の目尻を少し拭った。

 

 

 

「泣くと綺麗に出来ている化粧が落ちてしまうぞ。勿体ないから、今だけは我慢してくれるか」

 

「……先輩がめっちゃ優しく触るからですよ。でも、泣いて欲しくないなら、もっと触って下さい。いっぱい触ってくれたら、泣かないでいてあげます」

 

「まったく……仕方の無い後輩だ」

 

「でも、親友の人が羨むくらい美人で良い後輩でもあるでしょう?」

 

「解った解った。だからそれを掘り返すな。まったく……」

 

「ふふ……はーい」

 

 

 

 ニッコリ笑っている家入に肩を竦めて仕方ないなと、お馴染みの溜め息を吐いた龍已は、お望み通りに家入に触れた。頬に触れて撫でたり、鼻の筋にそって擽るように擦っていったり、寒さで赤くなってしまったと思われる耳に触れて覆い、温めてやったり、吹き出物も何も無いまっさらな額に触れたりした。

 

 お願いした通り沢山触ってくれる龍已にキュンとしながら、今頬を撫でている手をそれぞれの手で取った。長く硬い指に触れて、指と指の間に自身の指を滑り込ませて恋人繋ぎをしてニギニギとする。合わさった掌が温かい。じんわりと龍已の体温を貰った家入は手を解いて、龍已の手の甲に触れて頬に導く。

 

 固い掌が頬に触れられて、その上から自身の手で覆う。大きさ的に覆いきれないし、力は断然相手の方が上だけれど、こんな簡単に導かれてくれることに胸が温かい。

 

 ふと、家入はイタズラを考えた。ピコーンと豆電球が発生し、クスリと笑う。何が可笑しいんだと不思議そうにしている龍已に意識させる為に、大きな手を移動させて口元を覆い隠した。そして乾燥しないようにリップを塗っているぷるりとした唇で、龍已の掌の真ん中にチュッとキスをした。

 

 

 

「──────ッ!?な……にをしている」

 

「先輩が無防備だからですよ。どうですか、私の唇の感触。柔らかいですか?」

 

「……はぁ。そろそろ行くぞ。墓地に長居は無用だろう」

 

「答えてくれても良いじゃないですか……わっぷ」

 

「人で遊ぶ悪い後輩には仕置きだ」

 

「……これじゃ前が見えませんよ。なので、はい。手を繋ぎましょう。今度は何もしませんよ」

 

「……仕方ないな」

 

「ふふ。そうそう、仕方ないんですよ。私、先輩の事が大好きな良い後輩なんで」

 

 

 

 お仕置きとして首に巻いていたマフラーを顔に巻かれてしまった家入は、それでも中でクスリと笑って手を差し出す。前が見えなくても手を繋いで引いてくれれば歩くからと。もうマフラーを戻しても良いのに、その代わりに手を繋ぐことを求めてくる家入に、また仕方ないなと溜め息を溢すと、優しげな雰囲気のまま手を繋いだ。

 

 龍已と家入は駅までの1時間半の道のりをずっと手を繋いで歩いていた。墓参りの帰りなので、普通は暗い雰囲気になってしまうと思われるが、2人は会話に花を咲かせた。家入が話せば返し、龍已が話せば返すの繰り返し。当然の言葉のキャッチボール。それが今の龍已にはありがたかった。

 

 

 

「家入、腹は空いているか?昼だし何か食べていこう」

 

「良いですね。お腹へってたんで丁度良いですし。どこにします?」

 

「どこが良いとかはあるか?」

 

「私は特に無いですね。先輩の今日の気分は何ですか?」

 

「今日は麺の気分だ」

 

「ならラーメンでも食べましょう。看板も見えますし」

 

「了解した」

 

 

 

 お洒落な所に行くのではなく、普通にラーメン屋でもいいと言ってくれる家入は流石としか言えない。龍已としては今日の気分である麺が食べられるので良いが、もっと違うものが食べたいと言うのかと思っていた。本当にラーメン屋で良いのかと思いつつ、家入を見てみると、同じように見ていたので視線が合い、微笑みを浮かべられた。

 

 まるで良いんですよとでも言っているような家入に、大丈夫そうだと思った。あまり考えすぎるのもダメかと思い直して、龍已は話に出たラーメン屋へ向かって歩きを進めるのだった。まったく、良い後輩を持ったものだと、誇らしい気持ちになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────先輩、起きてますか?」

 

「……?家入か……?」

 

 

 

 親友達の墓参りから数日が経過して23日。世間が明日に控えるクリスマスイブに心を躍らせている頃、龍已は高専の寮の自室で1人本を読んでいた。任務が入っていたが今朝に出掛けて昼前には帰ってきた。教室の机の上に、作っておいた弁当を置いて少し待つと家入がやって来て一緒に昼を食べた。

 

 午後からは普通に授業を受け、その日の授業を全て終わらせると放課後になり、外で黒圓無躰流の稽古をして、自室に帰ったら風呂に入って晩飯を食べ、今の状況に入った。時刻は夜の8時。まだ寝るには早いので時間を潰していると、部屋のドアがノックされて声を掛けられる。

 

 声の主は家入だった。まさか男子寮に家入がやって来るとは思わず固まった。気配を感じられないくらい本に集中していたのだ。女子寮には男子が行ってはいけないという暗黙の了解があるように、女子も男子寮には来るべきではない。高校生の男子は性に多大な興味を持っている時期なので、何が起こるか解らないからだ。

 

 えぇ……と思う気持ちがありながら腰掛けていたベッドから立ち上がり、ドアの方へ向かって掛かっている鍵を開けてドアを開ける。そこには黒いパジャマ姿の家入が居て、いや普通にアウトだろと即座に判断した。

 

 

 

「……家入、何か用か」

 

「中に入れて下さい。お話ししましょう」

 

「いや……流石にこんな時間に部屋に入れるのは……」

 

「あの時は入れてくれたじゃないですか」

 

「待て、俺が死にかけた時の話だろう。家入が俺の部屋に入った時に、俺は全力で走って帰って来ていたんだぞ。入れたではなく入った……だ」

 

「まあ兎に角入れてもらいますね。飲み物も持ってきたのでどうぞ。お邪魔しまーす」

 

「……おいおい……」

 

 

 

 ドアを無理矢理開いて龍已の横を通り過ぎて中へ入ってしまった。再びのえぇ……が頭の中に浮かんだが、頭を振って正気を取り戻して流石に拙いから違うところで話そうと提案しようとしたが、もう完全に居座るつもりでいる家入は、龍已のベッドに腰掛けてペットボトルの飲み物を開けている。

 

 はぁ……と大きめな溜め息を溢す龍已に、家入が隣を手で叩いて座るように促し、もう1本持っているペットボトルをゆらゆらと揺らしている。まあ、自身が誤って手を出すなんてことは有り得ないので、満足したら帰ってもらおうと考えてドアを閉めた。

 

 家入の隣に腰掛けてペットボトルを受け取り、蓋を開ける。ばきりと音が鳴って中身は何かと匂いを嗅ぐと、オレンジジュースのようだ。口を付けて飲むと、どうやら100%果汁のオレンジジュースのようで、程よい濃さのオレンジが口の中に広がった。

 

 

 

「それで、どんな話をするんだ」

 

「そうですね……先輩って昔からアレやってるじゃないですか。それ以前にちょっとした事で助けたりした人の事とか覚えてます?」

 

「ちょっとした事……?」

 

「例えば、低級の呪霊が取り憑いていて、バレないように祓った……とか」

 

「あぁ、そういうことか。確かに憑いていた呪霊を祓ったことはあるが、祓ってやった人までは覚えていないな。擦れ違い様というのが殆どだった」

 

「1人も……覚えてませんか?」

 

「そうだな……気にしたことが無かった」

 

 

 

 実際、呪霊に取り憑かれているという人はそう多くない。そもそも呪霊は非術師達の抱えた負の感情が凝り固まって形を為した存在なので、負の感情が溜まりやすい学校や病院や墓地近くの廃屋等に主に発生する。しかし発生して時には害を与えることはあっても、取り憑いているということは少し珍しい。基本発生した場から移動しないからだ。

 

 非術師は呪霊が見えないし、触れたとしても認識出来ないので取り憑かれても解らない。ただ、体が怠くなったりだとか、目眩がするとか、悪夢に魘されるという声を上げることもある。結局何が言いたいかと言うと、過去に数度だけならば取り憑かれている人に会った。

 

 その時は取り憑いているので適当に祓った。背後から呪霊のみを撃ったり、非術師には見えない速度で殴って祓ったりと。しかし祓った後、その人に声を掛けることはしなかった。言ったところで理解出来ないし、変な人だと思われて警察を呼ばれたら面倒だからだ。

 

 

 

「実は私、小さな頃に呪霊に襲われてるのを助けてもらった事があるんですよ」

 

「……んん……そうなのか」

 

「小さな公園で砂遊びをしていたら呪霊に飛び付かれて、食べられそうになったところを()()()()()()()使()()()撃って祓ってくれた男の子が居たんです」

 

「……それ……は……良かっ……た……な……?」

 

「思えばあれが初恋でした。颯爽と助けてくれて、名前も何も言わず、危ないからこの公園は使わない方がいいとだけ言って帰っちゃった男の子。同じくらいだったと思って()()()()()使()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。そんな男の子が居たんですよ。それも──────かなり近くに」

 

「……んん……家入……」

 

 

 何だろう。家入の声にエコーが掛かったように聞こえる。耳が可笑しくなったのだろうか。心なしか瞼も重くなってきた気がする。体に力が入らなくもなってきたし、半分以上飲んでいたペットボトルのオレンジジュースが手から滑り落ちて床に転がった。

 

 中身が落ちた衝撃で出て来てカーペットを汚した。しかしそんなことを今気にしている余裕が無い。思考も儘ならなくなってしまった。一体どうしてしまったのだろう。ふわふわした気分になってきた。

 

 何時の間にか正面に立っていた家入に肩を押され、抵抗も出来ずに後ろへ倒れた。ぼふりと倒れ込み、ボーッとしている自身の腰辺りに家入が膝達で座り、体を前に倒す。顔の横に手を付いて自身のことを上から覗き込む。サラサラな黒髪が垂れていて少し動けば揺れる。それを目で追いながら、家入の話を聞いていた。

 

 

 

「その人はですね、夜に特別な仕事をしているんです。呪詛師殺しという、特別で大変なお仕事です。私の同級生は呪術界でトップレベルの力を持っているんですけどね、その人はそんな2人を同時にボコす位強いんです。強くて強くて……隙が無い。そして中々、私の好意に気がついてくれない。尊敬してくれている後輩としか見ていないんですよ。あれだけ手を繋いだり、触ったりしてるのに。無理矢理は良くないと、確かに思いますよ。けどそれは()()()()()()()()()()()?」

 

「んん……家入……?」

 

「気付いてくれたなら、好きです付き合いましょう、はい。で、終わったんです。でも気付いてくれないままここまでくると……流石にムカつきますよ。私でも。ねぇ、公園で呪霊から助けてくれて、夏の祭りの時は絡んできた2人組を連れて消えて、呪詛師に攫われた私を救い出してくれて、瞬間移動して襲い掛かってきた呪詛師を撃ち殺して未然に防いでくれて、何度も助けてくれた黒い死神のおにーさん。私はあなたの事が好きなんですよ。大好きなんですよ……離したくないくらい。出来るなら私の傍に四六時中ずっと居て欲しい。でも出来ない。あなたを縛りたくないから。だから妥協して──────あなたは私のモノにします」

 

「家……入………のみ……もの……に………」

 

「睡眠薬を少し混ぜておきました。知ってますか?反転術式って肉体を治せるけど、体に回った毒素は抽出出来ないんですよ。だって体内にあるんですもの。治しても原因は中にある。イタチごっこもいいところ。あと、私のことは硝子ですよ、しょ・う・こ。これからは名前で呼んで下さいね」

 

「しょ………う……こ…………」

 

「ふふ……はははッ……はい、良く出来ました。じゃあご褒美に要らないモノは私が取ってあげますね」

 

 

 

 うっとりと、艶やかな笑みを浮かべた家入が……いや、硝子が龍已の着ている服に手を掛ける。前で留まっているボタンに指を掛けてぷつり……ぷつりと外していく。抵抗も出来ず、身動きも出来ない龍已は、襲い掛かる睡眠薬による眠気と格闘していた。

 

 上から下までの全てのボタンひとつ外され、前を広げられて体が露わになる。小さな頃からの稽古の所為で所狭しと刻まれた夥しい量の傷。切り傷刺し傷。それらを見ても眉を顰めることもせず、愛おしそうに指でなぞる。頭を下げて胸の中央から鎖骨まで舌を出して舐め上げる。ベロリと生温かい感触を感じ、鎖骨から首筋に移動する。

 

 瞬間、ずきりとした痛みが首筋に奔った。くぐもった声が出て、硝子はそれに気を良くしたように笑っている。そして、噛み付いている口に更に力を入れて、皮膚を歯が突き破った。赤い血が首筋を伝って流れ、硝子の唇は龍已の血で赤く染まる。それを指でなぞり、口紅のように塗り込んだ。赤い唇が弧を描き、狩り人のような目が琥珀の瞳を覗き込む。

 

 

 

「ん、おいし……すみません、いきなり噛み付いちゃって。でももう食べませんよ。今からは別の意味で食べちゃいますから」

 

「や……め…………」

 

「大丈夫。寝ている間に終わりますよ。私も初めてですけど、上手くやりますから。()()()()()()()()すみません。その時は一緒に育てましょうね?」

 

「ぁ………………ぁ…………」

 

 

 

 たった一枚しか着ていなかったパジャマをすぐに脱ぎ捨て、一切隠されていない、綺麗な裸体が映し出される。そして硝子の顔が一気に近付いてきて、自身の口に噛み付くようなキスをしてきたのを最後に、龍已は意識を手放した。

 

 男子寮には今日、龍已しか居ない。五条と夏油は、硝子に金を渡されて外のホテルに泊まらせられている。内容は聞くなとだけ言われて気になったが、硝子に逆らうと何されるか解らないので大人しく従っていた。助けは来ない。助けられる者も居ない。この日は元々、龍已にとっての運命の日でもあった。

 

 

 

「ふ……っ……んん………はぁ……っはぁぁ……ふふ……ははははははッ……んぁ……ぁあ…っ……気持ちいいですよ……先輩。これからはしっかり愛してあげますから──────私を愛して下さいね?」

 

 

 

 男子寮のとある一角からは、少女の熱を孕む艶やかな声が聞こえてきて、ベッドの軋む音が響いていたという。しかしそれを聞いた者は居ない。

 

 

 

 

 

 

 龍已は身を以て、女の怖さというものを知り、硝子は大きくなりすぎた愛を龍已1人に注ぎ込み、その代わりに生命の素を注ぎ込ませた。夜はまだまだ……終わらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






家入硝子

尾行していたら最初からバレていたらしい。どこからバレてたのか分かんない。

墓の前で触ってと言ったのは、墓で眠る先輩の親友達に見守ってて下さいねと、貰いますからということを見せ付けるため。

いっぱい触ってくれたことを思い出して、部屋でニヨニヨしていた。



「──────いただきます」




黒圓龍已

教室で夜蛾と話していた時から、家入が聞いていることを気配で察知していた人。

家入なら話してもいいか……と思った。正体が黒い死神であることを知っている数少ない人物であるし、誰にも言わないと解っているから。信頼されてるねぇ……。

女子の肌がすべっすべでビックリした。肌って男女でここまで違うのか……?

いっぱい触って、と上目遣いで言われて少し動揺した人。




「──────うそだろ……」






????

「あのガキ見せ付けてきやがった!!私の嫁なのに!!良いぜその喧嘩買ってやるよぶっ殺すッ!!」

「うん、やめようね██ちゃん。なんか起きて呪霊になったら祓われるのは██ちゃんだからね?」

「私だって……私だっていっぱい触って欲しかったよぉ……結婚したかったよぉ……あの特級ゆるさない……」

「祓われてるから居ないよ。ほら、鼻かんで」

「ヂーーンっ!」

「まあ、気長に待とうよ。必ずまた会えるからさ」

「ぐすっ……そうだな」



──────アイツは親友なんだから。







「んで、あのクソガキの前で寝取って孕む」

「うん。本当に最低だね」





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第二十八話  前日聖夜



最高評価をして下さった、さすらいウサギ ササマル Rusalka1118 晏樹 チーフなっちゃん Fabula カルマ Named-118 アントル ツムユウ まちまちmk3 XANCHLLO uncertain 西の巫女 さん。

高評価をして下さった、HC-ちくわ 新城真宵 さっとん syamaku mochamoro うぉるぴす 蒼。 明日のやたからす コセイ BREAKE 飛鳥 バーサーカーグーノ みろくまる 露場 ペンタゴン ルポット サマーカット 


さんの皆さん、ありがとうございます!





 

 

 

 

「ん、んん………………っ」

 

 

 

 小鳥が囀る朝、黒圓龍已は目を覚ました。半目に目を開いてパチパチと瞬きをし、ムクリと上半身を起こした。頭がボーッとする。思考が儘ならない。起きたばかりで寝惚けているのだろう。そう思って両腕を上に伸ばして欠神をする。体からバキバキと関節が鳴り、伸びきった体は早くも何時もの状態になった。

 

 今日は12月24日。クリスマスイブ。今日の夜に、無垢な子供達はサンタさんが来てくれることに夢を抱く。そんなソワソワしている我が子を優しく見守る両親。他にも交際している女性や男性と蜜月を楽しんだりもする、そんな日。クリスマスイブか……と特に何かを思うでも無い龍已は、首に奔った痛みに気付いた。

 

 そっと手を首に這わせる。何の痛みだろうか。触れてみれば、凸凹となっていて、皮膚に何かを突き立てられたような痕になっていた。手触りで何なのだろうと、寝惚けた頭で思案し……歯形だと答えを導き出した。その瞬間、龍已は眠る寸前までの記憶をフラッシュバックさせる。

 

 優秀な頭脳はその時見た光景を鮮明に記憶していた。半分以上飲まれたペットボトルのジュース。押し倒されて上を向き、綺麗な顔が覗き込む。情欲に塗れた、空腹の獣のような瞳。荒い息遣い。体を舐め上げる赤い舌。そして、噛み付き貪るが如く食む血を塗った唇。染み一つ無い美しい肢体。

 

 

 

「んん……あぁ、せんぱい。……おはようございます」

 

「………………………………………スゥ──────ッ」

 

 

 

 龍已は上を向いて大きく息を吸った。全てを思い出した。何を盛られたのか。何を言われたのか。何をされそうになり、結局何をされたのか。直接的な部分は意識が無いので把握していないが、ナニカの体液等でぐちゃぐちゃになったシーツと、少量の赤いシミを見れば、もう取り返しがつかない事になっているのは理解させられる。

 

 声が掛けられ、傍を見たら、何も身に纏っていない生まれたままの姿をした家入硝子が、とろりとした目で龍已を見上げ、ニコリと笑みを浮かべた。その目には愛おしい者を見る、見られていて恥ずかしくなってしまうくらい深い愛を孕んだものが宿っている。

 

 寝惚けていた頭が覚醒し、普段通りの頭が戻ってきた。だから気付いた。この部屋に籠もっている、息がつまるくらい濃い匂い。頭がクラクラするくらい濃い匂いが鼻腔を突き抜けて、脳を直接刺激する。そして、朝起きてすぐは男には基本的にある生理現象が起きている。そこにこの匂い。龍已の息子は暴走していた。

 

 

 

「んぐッ……!?」

 

「おはようございます、せ・ん・ぱ・い?」

 

「ぉ……はよう。いえい……っ!?」

 

「いえい……何ですか?違いますよね?」

 

「しょ……うこ……っ!」

 

「はい、そうですよ。あなたの硝子です」

 

 

 

 暴走して天高く伸びる息子に、家入は何の躊躇いも無く手を伸ばして上から下へと交互に動かした。既に手慣れた動きに、龍已は肩をビクリと跳ねさせ、上半身が前に傾いて体が震える。どうしたらいいのか訳も解らず、自由な筈の手は不自由なようにベッドのシーツがギリギリと握っていた。

 

 反応が良いと、舌舐めずりをしながら目を細めて笑った家入は、一度膝立ちになって場所を移動し、上半身を起こしているだけの龍已の背後へ回る。未だ龍已のモノを握り続けている右手はそのままに、左手は龍已の腹や胸板を擦り、夥しい傷に指でなぞる。背中に押し付けられた発育の良い乳房が柔らかくて温かくて、容易に形を変える。

 

 肩には顎が乗せられていて、耳に熱い吐息を吹き掛けられて再び肩を跳ねさせると、長い舌を伸ばしてベロリと舐めた。ぐちぐちと耳からも下からも聞こえて、龍已の目はグルグルと回っているようだ。どうなっていてどうすればいいのか理解が出来ず、経験した事の無い快楽が襲い掛かる。体が全く自由に動かない。まさしく今は、家入の掌の上だった。

 

 

 

「いえい……硝子……っ話を──────」

 

「その前にスッキリしちゃいましょ。はい、思いっきりイって下さいね」

 

「……っ……────────────ッ!!!!」

 

 

 

 ぶるりと体が震えて、手の中に熱いモノが出されたことに深い笑みを浮かべる。寝ている間に散々弄って覚えさせた体は、簡単に果てさせる事が出来る。医師免許を取るために人体について勉強していたことが、こんな所で大いに役立つとは思いもしなかったが、愛する人がそれで快楽を味わえるならもっと色々と、知っておいても良いかも知れない。

 

 熱いものを吐き出された右手を閉じるとぐちゅりと鳴り、これが龍已の新たな命の元だと考えると興奮する。そして自身の手で果てさせたという実感は、この身を滾らせるのだ。経験が無いことは知っている。だから、自身が初めての相手で、自身も初めてだった。この事実に胸が高鳴って仕方ない。

 

 フルマラソンの距離を全力疾走し続けられる驚異的な体力を持っているのに、肩で息をしている龍已の背に頬を擦り寄せて目を瞑る。体の前面には夥しい傷が有るのに、背中には一切の傷が無い。このアンバランスさは、相手に背を向けない、逃げないということを物語っている。

 

 敵を前にしたら前進しかしないのだろう。攻めて攻めて攻めて、相手が死ぬまで攻撃をやめない、殺しを前提とした超攻撃型武術。それ故の無傷。スベスベで柔らかい筋肉に覆われた、脂肪が一切無い綺麗な背中。左手で抱き付き、右手に掛かった白濁としたモノをぐちぐちと弄びながら、肩で息をしている龍已に話し掛ける。

 

 

 

「ねぇ先輩。私の気持ち、解りましたか?」

 

「はぁ……はぁ……あぁ、解っ……た」

 

「これだけの事をしておきながらですけど、先輩が好きで仕方ないんですよ。付き合ってくれます?」

 

「……だが、俺は……」

 

「アレがあるから親しくなりすぎるのは危険だって言いたいんですよね。大丈夫ですよ。その為の覚悟だって決めてますから。どうですか、お返事は」

 

「硝子は……俺を置いて死なないでくれるか……?」

 

「必ずとは言えませんよ。この業界ですから。でも、戦いの最前線に立つ先輩よりは、確実に死に辛いですよ私は。だってヒーラーですから」

 

「……そうか……そうだな。……俺なんかで良いならば……よろしく頼む。硝子」

 

「ありがとうございます。とっても嬉しいですよ、先輩」

 

 

 

 傍に置いてあったティッシュ箱からティッシュを取って右手を拭った家入は、龍已の正面に回って首に腕を回し抱き付く。肌と肌が触れ合って温くて気持ちが良い。女の人と抱き締め合った事が無い龍已は手を所無さげにしていたが、潰さないように恐る恐る家入の背中に腕を回して抱き締めた。

 

 やはりこういう時の力加減もとても優しい。大きな体に包まれていると、ついうっとりしてしまう。顔の横にある龍已の頬に擦り寄って頬を擦り付け、龍已に頭を撫でられたことにはぁ……と幸せそうな溜め息を溢した。

 

 手に入れた。龍已からもよろしくという言葉を聞いた。あれ程望んでいた、初恋の人をこの手に収めた。達成感と幸福感が尋常では無い。夢では無いのに夢のように感じる。まさか自身がここまで物事に熱くなれるとは思いもしなかった。実感が湧いてくると本当に最高の気分だ。抱き締めているこの人が最初で最後の彼氏と思うと、口の端が持ち上がって笑みを浮かべてしまう。

 

 ニヤニヤと見えない所で笑っていると、背中に回っている太くて逞しい腕が離れ、肩に何か掛けられた。何だろうと思って一度龍已から離れると、肩には白い布が掛けられている。肌触りからして、最初の方で邪魔だからと投げ捨ててしまった布団のようだ。ふんわりとして、この部屋に充満した情欲の香りではなく、柔軟剤と龍已の匂いがする。

 

 

 

「裸だと寒いだろう。着れるものを持ってくるから、これを羽織っててくれ」

 

「……はぁ。先輩」

 

「何だ?」

 

「そういうとこですよ。大好きです」

 

「…っ……俺も、好きだ」

 

「……ははッ。幸せすぎてヤバい。ウケる」

 

 

 

 脱がされてベッドの下に落ちている自身の服を適当に羽織った龍已は、クローゼットから家入が着ても良さそうな服を見繕っている。初めての性交だったので腰が少し痛くて、脚を動かすと違和感を感じてしまう今としてはとても助かる。

 

 ガサゴソと服を探して、黒に白いラインが縦に入った長袖のTシャツやズボンを持ってきた龍已は、家入の事を見た後、少し目線を逸らした。何で視線を逸らすんだろうと思ったが、簡単なことだった。

 

 家入は全裸で、今は布団を肩に掛けているだけだ。手はベッドに付けていて、大事な所は隠れて見えていない。歳の割に発育が良いと自身でも思う大きな胸は、布団で大事な部分が隠れているが、体の前側を殆ど晒してしまっていた。胸元と腹部を見て、目線を逸らした。ナニソレ、可愛い。一緒に居れば居るほど可愛くて仕方なくてキュンとする家入だった。

 

 

 

「風呂に入ったらこれを着ると良い。シーツは家……硝子が入っている間に変えておく……何だ?」

 

「目を逸らさなくても、いっぱい見ていいんですよ。寧ろいっぱい見ていっぱい触って下さい。遠慮しなくていいですから」

 

「…っ……今は、風呂に入ってこい。汚れているだろう。」

 

「ふふ。はーい」

 

 

 

 何だったら一緒に入ります?なんて言っても良かったが、流石にシーツは変えないと拙いぐらいぐちゃぐちゃにしてしまったので、後片付けをさせて悪いなぁと思いながら、少し歩きづらくてひょこひょことさせながら、部屋に供えづけてある風呂場へと向かっていった。

 

 シャワーを出してお湯を浴びている音が聞こえてくる。まさかこんな事になるとはと思いながら、エアコンの暖房を付けた。着替えの服は家入が持っていったので大丈夫。自身はすごい事になっているベッドのシーツの交換に入った。完全に事後であると解るシーツは匂いも凄く、洗って落ちるのかと困惑する位だ。

 

 ササッと変えてベッドメーキングを終えた龍已は、首に掛かっている指輪と左腕に巻かれているミサンガに触れて擦った。まるで親友達に報告するように、目を瞑って何かを考えている。数秒が経って目を開けると、首に感じる噛み付かれた痕を反転術式で治した。一瞬で傷は治り、痛みが無くなる。

 

 

 

「……朝食でも用意するか」

 

 

 

 今の時間は9時頃。高専が休みとはいえ眠りすぎた。夜には任務もあるのでしっかりしなくてはならない。本来は6時には起きているのだが、やはり睡眠薬の所為で何をされても起きず、こんな時間まで眠りこけていた。薬は流石に耐性など付けていないので、もし薬を盛ってくる呪詛師が居たら案外簡単にやられるかも知れない。

 

 少し拙いと思い、薬の耐性でも上げる訓練でも始めようとぼんやり思いながら、部屋に付いている小さなコンロに火を付けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だァはははははははははははははっ!!せ、センパイ!硝子に薬盛られて犯されたってマジかよっ!!あの俺と傑を同時にボコすセンパイが……っ!!睡眠薬で寝てる間に……っ!!食われ……ぶははははははははははははははっ!!」

 

「いや悟。流石に先輩が可哀想だろう。抵抗も何も出来ない状態だったんだからね」

 

「うるさいぞクズ共。ていうか私の許可無く先輩に触んなよ?クズが移る」

 

「はーッ……はーッ……はー、おもしれ。これはいいクリスマスプレゼントだわ」

 

「流石に硝子をお姫様だっこしながら教室に来た時は驚きましたよ」

 

 

 

 24日の18時頃。龍已は五条と夏油に笑われていた。というのも、晩飯を食べる為に食堂へ向かったのだが、まだ歩きづらいという家入にお姫様だっこしながら向かってくれと言われ、それ以外は受け付けないとまで宣言されてしまった。そうくれば、もう抱いて行くしか無く、そんな場面を五条と夏油に見付かってしまったということだ。

 

 まず龍已が家入をお姫様抱っこで現れた事にポカンとしてから大爆笑し、なんでそうなっているのか聞かれて、絶対に答えないようにしていたのに家入が簡単に言った。睡眠薬で眠らせて食った……と。流石に龍已もギョッとしたが、もう後の祭りだ。五条と夏油は再びポカンとした後にやはり爆笑した。

 

 因みに今は龍已が椅子に座り、その上に横向きになって家入が膝の上に座り携帯を弄っている。飯を食いに来たのに上から退いてくれないので動けない。しかも五条と夏油が質問攻めにしてくるのは家入の所為なのに、話に入ろうとしない。なので仕方なくて龍已が答えているという訳だ。

 

 眠らされて童貞を奪われた話をするなんて、誰がやっても恥ずかしいだろう。龍已もそう思うので早く飯を作りに行きたかった。早く、一刻も早くこの場から離れたかった。

 

 

 

「硝子、上から退いてく──────」

 

「はい、先輩。こっち向いてー」

 

「……いや、なんで写真を撮った」

 

「待ち受けにしようと思って」

 

「硝子、センパイ好きすぎだろ」

 

「意外だね。硝子は付き合っててもベッタリしないタイプだと思ったよ」

 

「先輩は別」

 

「ぶはッ!センパイ耳あっけー!!」

 

「はーッ。先輩が可愛くて仕方ない」

 

 

 

 無表情だが、耳が赤いので照れているのは丸わかり。そんな龍已を見て家入が可愛くて仕方ないと言ってまた写真を撮った。撮られる前に手で顔を隠そうとしたら、見事にそれぞれの腕を五条と夏油に取られて防がれた。耳が赤い状態をバッチリと写真に収め、家入は無言で2人にサムズアップをし、2人はウィンクをしながらサムズアップを返した。

 

 何だかんだ仲が良いなと思いつつ、変なところで連携を取ってくるなと言いたい龍已は、はぁ……と溜め息を溢して家入の背中と膝裏に腕を通した。ゆっくりと持ち上げて立ち上がり、椅子に戻す。その後は当然キッチンに向かう。これ以上あの場に居ると何されるか解らないからだ。

 

 黒いエプロンを付けて鶏のモモ肉を取り出す。どうせ五条と夏油も食べるだろうから、クリスマスイブなので唐揚げの山でも作ってやろうと思った。少し大きめに切って醤油やみりんを使ったタレを入れた袋の中に次々と入れていき、揉み込む。油を注いだ鍋に火を付けて温度を上げ、手を翳して適温になったらモモ肉の入った袋の中に片栗粉を振り掛けた。

 

 更に揉み込んで後は揚げるだけの状態にしたモモ肉を菜箸で持ち上げて、熱せられた油の中に入れようとして人の気配を感知した。振り向いてキッチンの入り口を見ると、そこには顔だけをひょっこりと出して見つめている家入が居た。

 

 

 

「今から揚げる所だからまだ出来んぞ」

 

「いや、料理してる先輩が美味しそうだと思って」

 

「そうか………………………………は?」

 

「家庭的な先輩は良い嫁になれますよ。あ、そしたら私の嫁ですね。ちゃんと養いますから安心して下さいね」

 

「話を進めるのか……」

 

「あとその長い脚とかお尻のラインとか、腕捲りしてる腕とか首筋とか鎖骨とかえっちですね。その気になっちゃうので気をつけて下さいね」

 

「……えっちだと良く言われるんだが、そんなにか?」

 

「襲って良いですか?」

 

「……まだダメ」

 

「ゔ……っ!!」

 

 

 

 耳と頬を少し赤くしながら目を伏せてダメだと言って、唐揚げ作りに戻ってしまった龍已の背後で胸を押さえながら膝を付く家入。今の言い方はズルい!と心の中で叫んだ。本来はそんな言い方しない癖に、なんでこういう時にだけちょっと口調を崩すのだ。こちらの心臓に多大なダメージが入るでは無いか。

 

 天然のやり手か……?と呆然としたが、よろよろと立ち上がって最後に龍已の背中を見た。その時、家入は目撃した。萌えて倒れた家入が立ち上がり、龍已を見ることを想定していたかのように顔だけを少しだけ振り向かせて、流し目を送っていた。表情は変わらない無表情だが、雰囲気が楽しそうだった。まるで反応を楽しんでいるような……。

 

 今のは分かってやっていたのだ、間違いない。目を瞠目させて固まる家入に満足そうにして、再び唐揚げ作りに入る龍已を見て確信した。そして決心した。今夜抱き潰そうと。なるほど、これが誘い受けか!!(違う)

 

 獣のような瞳を向けて襲い掛かりそうな家入を五条と夏油が回収してテーブルに着いた。今は我慢しろ。後で幾らでも襲って良いから。そんな何の助けにもなっていない言葉を投げ掛けて落ち着かせた。そうだよな、ここじゃ無くて先輩の部屋か私の部屋でヤれば良いんだよな。と、ダメなところで納得している家入と、面白そうに笑っているクズ2人を尻目に、山盛りになった唐揚げを皿に載せて龍已が持ってきた。

 

 美味しそうな匂いが食堂に充満し、育ち盛りの五条と夏油は目を輝かせた。テーブルの真ん中に置いてキッチンに戻り、人数分の白米とサラダ、箸を持って来た。お好み用のマヨネーズやレモンも置いて準備は完了。龍已が席に座ると、いただきますをして唐揚げを摘まみ、齧り付いた。

 

 

 

「──────ッ!?うんめェッ!?」

 

「……っ!味が濃くて白米が進むね。とても美味しいですよ、先輩」

 

「……やっぱ先輩のご飯美味しいです。流石ですね」

 

「まだまだあるから急がず食べるんだぞ」

 

 

 

 バクバク食べる五条と、静かに尋常じゃ無い量を掃除機のように食べる夏油。全部食べられる前に別の皿に幾つか唐揚げを取り分けて、そこからゆっくり食べている家入。美味い美味いと言われてそんなに美味く出来たのかと思って唐揚げを齧ると、ジュワッと肉汁が溢れて濃い唐揚げの味が広がる。だがいつも通りだった。変わらない味。騒がれる程のものではないと判断する。

 

 普通だなと思いながら食べているが、後輩の3人が美味しそうに食べているのでまあ良いかと思えてくる。態々美味しいと言っている人に普通だと言って気分を下げさせる必要は無いだろう。しこたま揚げたのにもう半分しか無い唐揚げに箸を伸ばし、全部食べられる前に自身の分も確保した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……?誰か見──────」

 

 

 

「……帰るとするか」

 

 

 

 紅白鉄塔の上で『黒曜』を構え、スコープ越しに呪詛師を見ていた龍已は、何か死の気配でも感じ取ったのか、振り向いた瞬間に引き金を引いた。付与された術式により爆発のような発砲音は無く、無音で大口径の実弾を発射した。狙うは2.4キロ先の呪詛師の頭。何となく呪力を使う気分にならなかったので、実弾勝負で狙った。

 

 戦車の装甲に容易に風穴を開け、中に居る人間を柘榴のように吹き飛ばす弾丸が2キロ以上に渡って突き進み、振り向いた呪詛師の眉間に着弾した。そしてその後、大口径の弾丸は前から入って後頭部を突き破り、衝撃で脳髄を後頭部を破裂させながらぶちまけた。近くには誰も居ない。今の時刻は20時。暗闇の中だ。つまり黒い死神の動く時間。

 

 呪詛師の頭が破裂して死んだのをスコープ越しに確認した龍已は、一番上に近い高さから飛び降りた。空中でクロに『黒曜』を呑み込ませ、音も無く地面に着地した。そして何事も無かったようにその場を後にする。

 

 近くの建物の屋上に現れた龍已は、鍵の閉まったドアを剛力で無理矢理捻ってドアノブを破壊し、中へと入る。非常階段を降りていって『闇夜ノ黒衣』を脱いでクロに呑み込ませる。一般人の服装となり、建物から出ると、予め場所を教えておいたので迎えの車が駐まっている。中からずっと龍已の補助監督をしている鶴川という男性が出て来て、仕事が終わった龍已にホッとしている。

 

 補助監督の中で唯一、龍已が黒い死神であることを知っている鶴川は、龍已が仕事に行くときの脚としても動いてもらっている。他言しないように縛りも結んでおり、毎回龍已が帰ってくるとホッと安堵して心配してくれている優しい人だ。

 

 

 

「良かった……お疲れ様です、黒圓1級呪術師」

 

「鶴川さん。あなたの方が俺より年上なのですから、もっと砕けた話し方をしても良いですと何度も言っているでしょう」

 

「あ、はは……。帳を降ろして報告書を纏めたりするだけの中間管理職の事務員が、命を賭して日夜戦ってくれている方に軽い口調で話し掛けるのもな……と思っていまして……」

 

「ならばせめて、黒圓1級呪術師ではなく龍已と呼んで下さい。言い辛いでしょう」

 

「えっと……では、龍已君と」

 

「えぇ。ありがとうございます」

 

「い、いえいえ!とんでもない!ささ、高専に戻りますから乗って下さい。龍已君は強いので大丈夫だと思っても見えないところで体は疲労しているものですから、運転中は休んでいて下さいね」

 

 

 

 態々回り込んで後部座席のドアを開けてくれる鶴川にお礼を言いながら乗り込み、持ってきていたバッグの中からあるものを取り出して手の中で弄り始めた。その光景をバックミラーで見ていた鶴川は優しく微笑んで運転に集中した。

 

 今日は24日。クリスマスイブ。なのに呪術師には聖夜などは関係無く、出された任務の為に駆り出される事は当然のもの。龍已の場合は任務ではなく仕事ではあるが、それでもやはり聖夜であろうとなかろうと関係無い。今は夜の9時。此処から高専まで車で2時間といったところ。急げば渋滞に遭っても日を跨ぐ前に到着する。

 

 ここからは日頃送り迎えをしている補助監督の腕の見せ所。ナビには出て来ない、秘密の近道を使って30分は早く着いてみせる。後ろで作業をしている龍已を見ながらそう決心していた。その決心が効いたのか、高専には本当に30分早く辿り着き、安堵の溜め息を溢した。

 

 

 

「はい、着きました。龍已君、ゆっくり疲れを取って下さいね!今日はクリスマスイブで、明日はクリスマスですから!」

 

「ありがとうございます。では、これは鶴川さんへ俺からのプレゼントです」

 

「えっ……」

 

 

 

 バッグからゴソゴソとさせて取り出したのは小さな箱だった。白い包みに黒いリボンで包装されたその箱を渡さる。重さはそこまでではない。中に何が入っているのか解らないので開けても?と断りを入れると、差し上げたんですから良いですよと言われて破かないようにしながらゆっくりと丁寧に包装を解いた。

 

 中から出て来たのは高級そうな黒い箱。開けてみれば中の機構が透けて見えるタイプの、鶴川が一目見て超カッコイイ……と思った腕時計だった。しかし絶対に値段が張るだろう。そんなものを年下の、まだ高校生の子から受け取るのは……と少し渋る。龍已はそれを見越してか、箱の中に納められた時計をひょいっと盗り、鶴川の左手首に一瞬で付けた。

 

 無理矢理受け取らせた龍已は、腕に巻かれた時計を見て何処か興奮している鶴川に満足そうな雰囲気にすると、踵を返して高専の男子寮の方へと向かってしまう。ハッとして気がついた鶴川は、帰る龍已の背中にお礼の言葉を贈るのだった。

 

 

 

「龍已君!あ、ありがとう!こんな素敵な物を貰えて、すごく嬉しいです!」

 

「……日頃お世話になっているので、今回は龍已サンタからのクリスマスプレゼントです。大切にして下さい。俺の感謝の印ですから」

 

「……っ!龍已……君。本当に、ありがとう……っ!」

 

 

 

 補助監督というのは、あまり呪術師に感謝される事は無い。中には真面目な人が居て、感謝の意を示されるが、それだけだ。こんな風に何かを贈ってもらうなんてことは滅多に無いのだ。任務の場所へ送って帳を降ろして、任務が終われば送り届ける。しかしこの業界だから、担当した呪術師が帰ってこない……何てこともある。

 

 かく言う龍已も、一度死にかけている。その時は手に怪我を負っても気にせず、死に物狂いで吹き飛んだ廃屋の残骸を掻き分けて龍已の事を探した。結局、龍已は海に落ちて数キロ先まで流されていたので、見つけようとしても見つけられない訳なのだが、それでも、あの時ほど自分に索敵の類の術式があったらと思った事は無い。

 

 龍已は何時も、ありがとうと言ってくれる。お疲れ様とも言ってくれる。やっているのは運転と帳しか無いのに。龍已は呪霊に呪詛師と、一歩間違えれば死んでしまう場所に立っているのに、こちらを労ってくれる。それが泣きそうなほど嬉しくて、胸が締め付けられる。こんな子供に最前線へ送っているのは自分なのに。助けを求められても、何も出来ないのに。

 

 鶴川は頭を下げた。深く深く頭を下げた。背を向けて帰っていく龍已に向けて。ありがとうと、これからもよろしくお願いします。そんな言葉が伝わってくれるように。頭を上げて小さくなった龍已の背を見ると、右手を上げているのが見えた。流石は黒圓龍已だ。敵わないなぁ……なんて思いながら、頬に伝わる涙をそっと拭った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、おかえりなさい先輩。怪我は無いですか?まあ、先輩は反転術式使えるので必要無いと思いますけど」

 

「……やはり居たか」

 

「勿論居ますよ。クリスマスで彼女ですから」

 

 

 

 晩飯の唐揚げを食べて少ししたら仕事へ向かったので、数時間ぶりの家入。気配で龍已の部屋に居ることは解っていたので苦笑い……の雰囲気になる。まあ、居るのはこの際別に良いのだが、居て当たり前みたいな感じでベッドに横になりながら本を読んでいるのは、少しくつろぎ過ぎではなかろうか。

 

 エアコンの暖房をつけてくれていたので部屋の中は外よりも温かく、来ているコートやマフラーを外してハンガーに掛け、ラフな格好になる。その姿を家入はジッと見ていて、その目はまるでストリップショーでも見ているような目付きだった。

 

 何となく考えていることを察した龍已は、小さく溜め息を溢しながらベッドに横になっている家入の元まで向かう。ベッドに腰掛けてこちらを見る家入の頬に手を伸ばして撫でる。擽るくらいの力加減にすれば、目を細めた家入が手の方へ寄ってくる。目の下や頬を撫でて少し経つと手を離した。

 

 視線でもっと触ってと言っている家入に、渡したいものがあると言って仕事に持って行っていたバッグの中に手を入れる。目的の物を掴むと取り出し、何が出るのかと楽しみにしている、上半身を起き上がらせた家入の前に出した。それは、黒いマフラーだった。

 

 

 

「プレゼントだ。クリスマスにしては味気ないかもしれん。だから明日、何処かへ一緒に出掛けよう。女性に贈るものは何が良いか解らない。……一緒に見て、欲しいと思ったものを言って欲しい。それを改めて贈りたい」

 

「……私の名前が入ってる……。もしかしてこれ、手編みですか?」

 

「現場へ向かう途中と帰る途中で編んだ。急いで作ったが、ミスが無ければ解けない筈だ……ミスが無ければ」

 

「……すげー。ありがとうございます先輩。嬉しいですよ。それに、私別に物欲がある方じゃないので、一緒にデートしてくれるだけでも幸せです。……でも強いて言うならば──────」

 

「あ、おい……っ」

 

 

 

「──────先輩をちょーだい」

 

 

 

 筆記体で硝子と入っている受け取った黒いマフラーを巻いてみて、その完成度に感嘆とした声を上げた。付き合い始めたその日なのでプレゼントなんて用意している筈も無く、何か無いかと考えて出した結論は、手編みのマフラーだった。まだまだ厚めの服が手放せない時期。それに家入はこの間新しいマフラーを買おうかなとぼやいていたのを思い出したのだ。

 

 それならばと即実行に移した。バレないように鶴川にメールを送り、黒い毛糸と編み込むのに必要な棒を買ってきてもらったのだ。幸い移動に時間が掛かる現場だったので、ミスしないように細心の注意を払いながら急いで編んだ。その日の気分で編み物はやったことがあるので経験に於いては大丈夫だった。

 

 ふわふわとして温かく、しっかりと丈夫に出来ているので問題なく使えそうだと考えた家入は、明日早速これを巻いてデートに行こうと心に決めた。そしてマフラーを丁寧に解いて、畳んだ後テーブルの上に置いて避難させ、戻ってくる時に龍已にのし掛かりながら押し倒した。

 

 整った綺麗な顔が上から降りてきて、熱いキスを交わしてくる。隙間なんて無く、逃がさないとでも言うように首に腕を回され、家入が満足するまで口の中を貪られた。いやらしい水音が部屋に響き、2人の顔が離れると唾液の橋が口から引かれた。それを舌で舐め取り、艶やかな表情で笑みを浮かべる。

 

 

 

「……ちゅ………んはぁ……覚悟して下さいね先輩。明日は2人揃って寝不足のデートですよ」

 

「……っ……お手柔らかに頼む。俺は意識が無かったんだ」

 

 

 

「んー……──────ダメです。先輩を今日抱き潰すって決めてたんで」

 

 

 

「本当に……寝不足になりそうだ」

 

 

 

 自身の胸板に手を置いて、ニッコリと笑みを浮かべる裸の家入に、本当に寝かせてくれそうに無いなと、情欲に塗れた瞳を見ながら思う龍已であった。

 

 

 

 

 

 家族や恋人と過ごすクリスマスの日。世間では聖夜と言われているが、一部からは性夜なんて言われ方もしている。それを龍已は身を以て体験した。

 

 

 

 

 

 

 






五条

食堂で夏油と話していたら、家入をお姫様抱っこする龍已が現れてえ?ってなったけど、内容が面白すぎて大爆笑した。

唐揚げうんま!?専属料理人にならない?




夏油

五条と喋っていたら家入と龍已が来てすぐに何があったか察した。何時かはこうなるのかな……と思ってた。正解です。

唐揚げ美味しいね。今度から集ろうかな。




家入

やはり初めての時は少し痛かったけど、慣れると止まらなかった。なのに龍已が枯れないからニンマリした。人体理解からのテクニシャン。龍已に対してだけ性欲過多。すぐ襲おうとする。

先輩絶倫ですね。もう腰が痛いですけど……夜はまだまだこれからですよ。



楽しみましょ──────せーんぱい?



デートは超楽しかった。ていうか幸せ。マフラーは大事にしている。五条と夏油に触れられそうになったのを医療用メスで威嚇した。




龍已

起きたら食われたことを思い出した。普通に薬盛られて、えぇ……となった。

シーツすご……これどれだけ長時間やっていたんだ……俺が起きる1時間前まで?……………………………え?


精力絶倫の癖に食われてる人。久しぶりに筋肉痛になった(腰が)


何で男の俺が食われる側なんだ……これは絶対可笑しいということは当然解ってる。


デートの時、本当に何も要らないと言われたので、どうにか服やバッグを受け取ってもらった。値段は全部で600万くらい。ちょっと金銭感覚が可笑しくなってるかも知れない。けど、初めての彼女だし良いよネ!!





鶴川

一番最初の頃から龍已の補助監督をしていて、補助監督の中で唯一龍已の正体をしっている。顔も優しげで性格も優しい。今年で22歳。

彼女は居ない。この業界だから作ると哀しませることになるかも知れないから独身でいようかなと思っている。

補助監督仲間からは、自分達は五条や夏油のような問題児の相手をしなくてはならないのに、鶴川だけが一番真面で、偶に補助監督全員に差し入れをしてくれる龍已の専属補助監督であることを死ぬほど羨まれている。

黒圓1級呪術師の補助監督代わって!!と言われてもダメですと即答する。流石にあの子達の相手はちょっと……。やっぱり龍已君がいいです!


龍已君はとっても良い子。貰った腕時計は毎日付けているし、補助監督仲間にも自慢した。めっちゃ羨まれた。ふふん。




鶴川は知らないけど、貰った腕時計は100万はする。






作者

違う作品にこの話を間違えて投稿してしまってクソほど焦ってゲロ吐くかと思った。



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第二十九話  新入生



最高評価をして下さった、男のマツタケ 01250 ハスノハ ハッピー( ´∀`) リムル biohazaーd あめ雨飴 クリーム 深緒 kasumi いも芋イモ マンゴー メイス さん。

高評価をして下さった、詩片 東條雲小太郎 アベシ!! うぉるぴす 恋香 バーサーカーグーノ apple1000 KK球 白愛


さんの皆さん、ありがとうございます!





 

 

 

 

 2006年。4月。龍已は高専の3年に上がり、五条、夏油、家入は2年生に上がった。そして高専には新たに新入生がやって来た。今年度の新たな生徒は2人。名前は七海建人。灰原雄。どちらも一般家庭からの出身である。

 

 そしてそんな新一年生との顔合わせだが、五条達は既に済ませている。何でも2年生の教室に来て挨拶に来たらしい。随分と行儀の良い子達だなというのが龍已の聞いたときの感想だ。

 

 ん?こう聞くとまるで龍已は会っていないように聞こえる?正解である。龍已は何故か何時も間が悪く、今回も長期の任務に行っていて顔合わせを済んでいない。五条達の時もそうだった。今回は2週間の出張であった。しかも、明日新入生が入ってくるという時に出発してしまった。

 

 どんな子達であるのかは、毎日電話を掛けてくる家入から聞いていた。今日はどんなことがあった、こんな事が起きた、あんな事してクズ共が夜蛾に怒られていた。そんな1日の出来事を電話越しに教えてくれる。その中に新入生の話も出て来るのだ。

 

 長期の任務で海外に居るので、時差が生まれてこちらが朝でもあちらが夜という事もある。だが、龍已は家入が眠くて寝落ちするまで話を聞いて、最後におやすみと言うまでがテンプレだ。そして今日、龍已は帰ってくる。大きなキャリーバッグを引いてカラコロと正面から歩いてくる。そこへやって来る陰が一つ。

 

 

 

「先輩、首を長くして待ってましたよ。怪我は無かったですか?」

 

「怪我は無い。最初から最後まで無傷だ。待たせてすまない、硝子。……ただいま」

 

「はい……おかえりなさい」

 

 

 

 前から抱き締めてくる家入に、キャリーバッグの取っ手を離して抱き締め返しながら頭を撫でる。触れれば触れるほど強く抱き締めてくる家入に苦笑いの雰囲気になりながら撫で続けた。そして一分位の時間が経った頃になって、龍已と家入は離れた。

 

 キャリーバッグを持っている方とは別の腕に手を回して腕を組み、高専の中に入っていく。2週間の間、毎日電話をしていたので2週間ぶりという気がしない2人は、龍已の自室へと向かった。家入がドアを開けてくれて中に入り、キャリーバッグの中身を整理する。その間も家入は龍已の隣を陣取っていた。

 

 そんなに寂しい思いをさせてしまったのだろうかと思いつつ、取り敢えず今は持ち帰ったものの整理をしてしまわないといけない。持って行っていた服や、洗濯しないといけないもの、歯ブラシや貴重品の取り出しをして、全て終わるとベッドに腰掛ける。すると、家入がぽすりと膝の上に頭を置いた。黒いさらりとした髪を梳いたり、撫でたりする。

 

 

 

「……やっぱり声だけじゃ我慢出来ませんよ」

 

「任務だったのだから仕方ないだろう。……どうすれば良い?」

 

「次の休みデートしましょう。ウィンドウショッピングでもいいので、先輩と一緒に居たいです」

 

「予定を空けておくから、一緒に過ごそう。2週間の埋め合わせをさせてくれるか?」

 

「……ふふ。もちろんですよ。約束するだけで私は元気いっぱいです」

 

「それなら良かった。さて、夜蛾先生の所に帰還の報告をしてくるが、硝子はどうする。このまま俺の部屋に居るか」

 

「んー……食堂に行ってるんで、一緒にご飯食べましょ。6時で少し早いですけど、晩ご飯です」

 

「解った。何が食べたいか考えておいてくれ」

 

「はーい」

 

 

 

 一緒に部屋を出た龍已と家入は、それぞれの場所へ向かった。龍已は帰ってきたことを報告するために夜蛾の元へ。家入は食事をするために食堂へ行った。後に、家入と龍已は2人で晩ご飯を食べて、今日あった事を話したりして、2人の時間を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────すまない。待たせたか」

 

「いえ、それ程待ってませんのでお気になさらず」

 

「今日はよろしくお願いします!」

 

 

 

 出張から帰ってきて翌日、龍已は新入生の七海と灰原と任務にやって来ていた。元々龍已には、早速と言わんばかりに違う任務が入っていて、それを終わらせてから合流という形で2人と会っている現状であり、七海と灰原とはこれが初対面だ。

 

 見慣れた高専の車の前に居るということもあるが、ある程度の外見的特徴を聞いていたので、新入生の2人のことはすぐに解った。そしてそれは2人も同じなようで、龍已がやって来ると2人とも頭を下げた。

 

 

 

「2人の事は聞いている。七海建人、灰原雄。俺は黒圓龍已、3年で1級呪術師をしている。今日は俺が呪霊を祓うところを見学するという話だが、それで合っているか」

 

「はい。五条さんや夏油さん、家入さんから良く黒圓さんのことは聞いています。七海です。よろしくお願いします」

 

「夏油さんからスゴイ強い先輩が居るって聞いて今日楽しみにしてました!灰原雄です!よろしくお願いします!」

 

「よろしく頼む。では自己紹介はこの辺にして、早速だが呪霊を祓いに行く。2人は俺の後ろから来てくれるか」

 

「分かりました」

 

「了解です!」

 

 

 

 今回の任務地は使われなくなってからそれなりの年月が経ってしまい、それでも取り壊しもされず残っている廃老人ホームである。しかも幾つかの曰く付きで、ここに入った老人は突然体調が悪くなってしまい、病院に搬送されやすくなったり、酷いときには倒れてそのまま亡くなってしまうというケースがあった。

 

 呪霊とは単純な負のエネルギーではなく、人の負の感情が凝り固まって形を為した存在である。それを既に教えられて知っているかも知れないが、念の為に後ろから着いてくる2人に話している。七海ははいと返事をして声での相槌をし、灰原は夏油さんに教えてもらいました!と元気良く返事をした。

 

 もう2年生組とは仲良くなっているようで、灰原は夏油と馬が合うようだ。言葉も元気溌剌という感じで、七海は真面目というのが印象だ。一度教えられている内容も、龍已が話していても確認するように聞いている。性格は正反対みたいだと感じる。

 

 

 

「七海、灰原。呪霊がどこに居るか解るか」

 

「全然解らないです!」

 

「……いえ、解りません。黒圓さんは解るんですか」

 

「2つ奥の部屋に3級が1体居る」

 

「……何で解ったか聞いても良いですか?」

 

「気配を読んだのだが、所詮は経験だ。今お前達に足りないもので、その内身に付くものでもある。こればかりは今すぐに出来るようになれとは言えんが、出来るようにならなければ呪霊に一歩出遅れる。呪霊には気による気配というよりも、呪力による気配を感じ取ろうとすれば上手くいくだろう。……まあ色々言ったが、今はまだいいから出来るようになった方が良いという話だ」

 

「了解です!」

 

「分かりました」

 

 

 

 経年劣化が進んだ老人ホーム内を散策していて、龍已からのアドバイスが飛んできた。まだ呪術師になって日が浅い2人には、まだ少し呪霊の気配を読み取るのは難しい。それはその内勝手に出来るようになるが、どうせなら早く解るようになった方が良い。相手は解っていてこちらが気付いていない……なんて事はよくある話だからだ。

 

 この老人ホームには3級が2体居るという話なので、龍已が察知したという呪霊を祓えば残りは1体だ。1年生の七海は3年の先輩である龍已の事を信じていない訳では無いが、本当に2つ奥の部屋に呪霊が居るのか半信半疑だった。実際にその目で確認したいタイプなのだ。

 

 龍已が先頭で2つ奥の部屋に向かい、立て付けの悪いドアを開けようとしたが、上手く開かず、仕方ないと溜め息を吐いた龍已はドアノブを持ったまま後ろへ()()強く引いた。すると、ドアそのものが金具を壊して外れた。ドアノブだけを握ってドアを持ち上げている龍已は、廊下の壁にそれを立て掛ける。

 

 灰原は気付いていないようだが、七海には解った。龍已が外したドアにはガラスが嵌め込まれていて、見た目よりもずっと重量がある。恐らく50キロ以上はある代物を、あんな軽々と持っていたのだ。しかも呪力を一切使わず。どんな腕力をしているのだろうか。

 

 

 

「……本当に居た」

 

「何だ、嘘だと思っていたのか」

 

「いえ、そういう訳では……」

 

「いや、それで良い。()()()()()。本当にその情報は合っているのか。信じて良いものなのか。他に情報は追加されないのか。一度に全てを手に入れられる事は無い。ブラフであるという事も考え得る。ならば、鵜呑みにするよりも疑っていた方が賢明だ。七海、信じ切らないことは時に仲間との連携に亀裂を持ち込むが、何時だって生き残るのは臆病な者だ。だから気にするな。今の俺を3年の先輩として見るのでは無く、それ相応の経験を積んだ1級呪術師として見ろ」

 

「はい。分かりました。助言ありがとうございます」

 

 

 

 部屋の入口から中を覗き込むと、蛾のような呪霊がこちらを見ていた。恐らくドアを取り外すときの音に気がついたのだろう。今にも襲い掛かって来そうなのでつい臨戦態勢に入るが、龍已が手を上げて待ての合図をする。その場にしゃがんだ龍已に首を傾げるが、次の行動に瞠目する。

 

 しゃがんで手に取ったのは、経年劣化で崩れた壁の破片。それを手に取って親指で弾くと、呪力を伴ったそれは、七海と灰原の目にも辛うじて捉えられるという速度で呪霊に向かい、頭を正確に撃ち抜いて祓ってしまった。まさか落ちているもので、そんな簡単に祓うとは思わず固まる。しかも飛ばす速度が親指だけで飛ばしたとは思えなかった。

 

 固まる2人に次の場所へ行こうと声を掛けて歩き出す龍已の背中を見て、七海と灰原はここ2週間の間に言われたことを思い出した。五条と夏油は2人で最強と言っていたが、1人だけ例外が存在すると本人達が言っていた。曰く、戦えば理不尽さが解る。初見殺しの権化。呪力の怪物。近接最強。そんな言葉が並べられる、超強い先輩が居ると。

 

 今は出張の任務で居ないけれど、会ったら挨拶をしておけよ。そしてその強さをその眼に焼き付けろとまで言われた。名前は黒圓龍已。知りうる中で最も1級呪術師らしく無い1級呪術師だと。しかしその一方で面倒見が良く、解らないところは親切に教えてくれるから本当に頼りになる。そうも言っていた。

 

 最初聞いていた時は表情が訝しげなものになった。五条と夏油を以てしてそこまで言わせる人が本当に居るのかと。だが今なら解る。どうして今まで気が付かなかったのだと言いたい、超精密な呪力操作を常にしていた。薄皮一枚程度の呪力を全身に覆っているそれは、集中すれば自身達では到底考えられないような呪力量だ。

 

 見た目は心許ない。だが実際は超凝縮しているだけで、解放すれば恒星のようにその身を覆い隠すだろう。それを知った今、この人には例え、自身の術式を真面に叩き込んでも全く一切のダメージが入らないだろう。強制的に弱点を作り出す術式とは言うが、ここまでの呪力差があったら効くものも効かなくなる筈だ。五条の無下限のバリアのように。

 

 

 

「──────気付いたか。俺が全身を覆わせている呪力に」

 

「……えぇ。恐らくですが……私達に会った時からですよね」

 

「……僕も今気づきました!」

 

「少し時間が掛かったが、自身で気付けたのは良いことだ。戦いとは情報戦だ。如何に相手の情報を掴むか。如何に相手に偽の情報を掴ませるか。小さな事でも勝敗を分ける。それもこの業界に於いて、負けは死を意味する。気が滅入るかも知れないが、死ぬことに比べれば易いだろう。その調子だ、七海に灰原」

 

「分かり……ました」

 

「……はい!」

 

 

 

 言葉が深い。一般人が言うこととは訳が違う。実際に経験しているからこその経験談。だからこそ、言葉の一つ一つの重みが全く違う。そしてその内容は知っておいて損はしないどころか、教えられていなければ取り返しがつかなくなったりしてしまうこともあるだろう。これまで五条達とも任務に行ったが、それらしいことは教えられていない。てか祓ってる所を見て、はい解散が全てだ。

 

 立ち止まって2人に教え、また歩き出した時、龍已の全身を覆った呪力の質が変わった。薄皮一枚程度に覆われているのは変わらないが、今度は超密度ではなく、本当に弱々しい呪力に感じるのだ。恐ろしいと思った。恐らく、相手に悟らせないように感じ取れるのは弱い呪力。だが実際は先程から一切変わらない、超密度の呪力だ。有り得ない程の呪力操作。自身では到底真似できない。

 

 そしてこれこそが、先程の説明にあった、相手に偽の情報を掴ませるという実践。これでは相手からしてみれば格下に思えて嬉々として突っ込むだろう。だが本来は超密度に凝縮された莫大な呪力。斬り付けてもダメージは無く、その拳には必殺の力が籠められる。なるほど確かに、理不尽で初見殺しな訳だ。

 

 この数分で、この2つ年上の先輩が遙か高みに居ることを実感させられる。挑めば死。それだけしか湧かない。なのに、その力の秘訣を何の躊躇いも無く後輩の自分達に教えてくれる。導いてくれる。スゴい。とてもスゴい。1つ年上の先輩達を見た後だから尚更実感する。この人は尊敬に値する先輩だと。

 

 

 

「最後の3級が最深の部屋……恐らくはキッチンだろう部屋に居る。だが……まあいい。取り敢えず向かおう」

 

「……?はい」

 

「了解です!」

 

 

 

 老人ホームのキッチンに向かう3人。お年寄りのために階段を設けないバリアフリー仕様の平屋建てになっており、その代わりに金を掛けたようで中は広い。なので少し歩いて一番奥にあるキッチンスペースを目指した。

 

 立て付けが悪く、錆びた鉄が擦り合う不快な音を出しながらドアが開けられ、中に居る呪霊を見つけた。七海と灰原は、やはり龍已の言う通り3級だろう人と同じ位の大きさをした犬のような呪霊を見て、気配を読めるようになると便利だなと思った。しかし2人はすぐに臨戦態勢に入った。

 

 反射的だった。戦いの世界に足を踏み入れたばかりの自身達にも解る巨大な悪意と殺意。それが気配となって叩き付けられた。3級なんて気にしている暇が無いくらいのソレに、部屋に入って左を振り返った。そこには年老いて骨と皮だけになって皺だらけとなった老婆の妖怪のような呪霊が居て、眼球の無い、空虚な穴をこちらに向けていた。

 

 はっきりと解る。これは3級なんかじゃ無い。2級……いや、1級相当だ。何がどうなってこんなものが居るのかと叫びたい気持ちになり、七海は念の為に任務には持って行っている背負ったケースに手を掛けて、入っている鉈を取り出そうとした。灰原も術式を使おうと呪力を解放したところで、2人の肩に手が置かれる。

 

 

 

「解ったか。あれは1級の呪霊だ。『窓』を信用するな……と言いたい訳では無いが、『窓』の報告は鵜呑みにするな。2級呪霊2体を発見したという報告が、特級呪霊3体だった……何てことも有り得る。そうなった場合、今のお前達が取ろうとした戦闘ではなく、一旦その場を引いて態勢を立て直して気持ちを入れ替え、情報の修正をするなり、応援を求むなりしろ。お前達は入って間もなく故に階級は4級。実力も1級とは言えない。つまりここでの正しい判断は退くことだった。()()()()()()()()()()()()()()()()()()。人間は間違え、正しい道を模索する生き物だ。そうやって生きてきた。おめでとう──────お前達は間違え、小さくも一つ先へと成長した。違える事を恥じるな。恥を認めず間違え、死ぬことが最たる恥だと思え。解ったな」

 

「は……い。すみません……」

 

「……冷静になれてなかったです……」

 

 

 

 肩に手を置かれた事によって冷静さを取り戻した。そして龍已からの助言を聞いた。()()()呪霊がその場で止まり、攻撃を仕掛けて来ないが、その間に気分を落ち着かせる。言われてみれば納得する。強い呪霊が出たからといって、その場ですぐに対応しなくてはならない訳では無い。特に自分達は実力がそう特出している訳では無い。知らないことも沢山ある。それを学ぶために今があるのだ。

 

 言われたとおり、ここは退くべきだった。戦ってもまず勝てない。仮に勝てたとしてもどちらかが死んでいただろう。そしてそれだけの相手が報告に無い。人間は間違える生き物。『窓』とて呪霊を発見して報告しただけの人間だ。見間違いや勘違いも起こすだろう。それを含みで対処するのが、呪術師なのだと、2人は理解した。

 

 2人の間を抜けて1級呪霊の元へ向かう龍已。あれ、残っている3級はどうするのだろうかと思い、3級呪霊が居たところを見ると……その呪霊の頭は無くなっていた。まるで抉られたように半円を描いて消滅していて、今まさに消えようとしているところだった。一体何時の間に祓ったというのか。

 

 2人が目を白黒している間に、1級呪霊と龍已の戦いは始まった。いや、戦いと言うにはあまりにも一瞬で、圧倒的で、そして何よりも鮮やかで流麗過ぎた。老婆のような呪霊が術式を発動させようとして両手を合わせんとする前に、目前へ移動していた龍已が右足を振り抜いた。

 

 

 

「黒圓無躰流──────『刈剃(かいそ)』」

 

 

 

「灰原、今の見えましたか」

 

「ごめん、見えなかった。けど多分、蹴ったんだと思う!」

 

「蹴って()()とは、理屈が解りません」

 

「僕も解らないかな!」

 

 

 

 呪霊の頭に向けて放たれた蹴りは、長い脚を存分に使ったもので、放つ瞬間は解っても蹴った後まで場面が跳んだように見え、2人には蹴りの課程が見えなかった。蹴りを放ったと思った次の瞬間には蹴り終えており、呪霊の頭と体は両断されていた。ピッと線が入り、遅れて頭が飛んでいった。断面は斬ったかのよう。

 

 刃物の中でも最強の切れ味を持つ刀。それを全力で振りかぶって斬り付けたような、美しい断面。蹴ってついた跡とは思えないそれに、2人は知らない内に自身の首を手で擦っていた。あんなの受けたら痛みが無いのに次の瞬間には死んでいる。なるほど、これがあの五条と夏油に近接最強と言わしめた理由かと、直感した。

 

 頭だけとなった呪霊は、醜いその顔を困惑に彩りそのまま虚空に消えるように消滅した。龍已はそんな呪霊に一瞥すらもせず、此方に向かって歩いて戻ってくる。堂々たるその姿は逞しく、強く、頑強で、とても頼りになるものだった。

 

 

 

「これで任務は終了だ。俺は補助監督の鶴川さんと情報の違いについて報告してくる。報告書も俺が書いておく。お前達はこのまま高専へ帰ってもらって構わない」

 

「……いえ、黒圓さん。すみませんがやることが終わってからで良いので私達に時間を下さいませんか」

 

「もっと色々教えて欲しいです!お願いします!」

 

「……?俺が居ない間に五条や夏油に教えてもらったのではないのか」

 

「あの人達は……適当ですから」

 

「夏油さんには少し教えてもらいましたけど、大体五条さんとすぐにどっか行っちゃいます!」

 

「……はぁ。そうだな……今は11時……報告して情報を正し……報告書を書いて12時……ならば話は何処かの飯でも食べながらするとしよう。突然1級呪霊に当ててしまったからな、飯は奢ってやる。1時間後になるがそれで良いか」

 

「はい、ありがとうございます。ご馳走になります」

 

「奢ってもらうのは悪いです!けどご馳走になります!ありがとうございます!」

 

 

 

 本当に性格は対照的だなと思いながら、あの2人は折角の後輩に殆ど何も教えていないのかと溜め息が出て来る。既に2週間が経ち、任務にも同行させているというのに、2つ年上の先輩に態々頼むくらいのことだ、本当に教えてもらっていることは授業で教わっていることと大差ないのだろうと当たりをつけた。殆ど正解である。

 

 間違っているのは、あの最強コンビが適当で教えてくれないから龍已を頼っているのではなく、単純に龍已を頼りにしているだけだ。まだ会って1時間も経っていないので信頼も何も無いだろうと判断している龍已だが、他の2人がどれだけ適当で、頼りになるのは強さだけしか無いことを知らない。

 

 先輩らしい先輩は今のところ龍已だけ。何せ教えてくれるし強いし、警告してくれるし強いし、頼りになるし強いし、為になる話をしてくれるし強いからだ。知れば溜め息を溢すだろう内容は、知らない方が良い。

 

 龍已は素直に後をついてくる2人を同行させ、表に駐めてある高専の車の中に居る鶴川の元まで向かった。そして情報が違った旨を話して鶴川を蒼くさせ、報告書に詳細を書いて直ぐに終わらせて飯屋に向かい、鶴川も混ぜて4人で昼を食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 静岡県浜松市。そこで龍已は任務を遂行していた。内容は1級呪霊の祓除。東京からかなり離れた場所での任務となってしまうが、呪術師には文句は言えない。何時ものように補助監督の鶴川と一緒に現場へ向かった龍已は、今日の気分であるクイズをするために、2人でクイズを出し合って道中の暇な時間を過ごした。

 

 学校での呪霊の祓除だったので面倒な説明をして、一旦学校の職員を納得させた。現在も使われている学校の中へ入っていき、屋上を目指す。教室には居ない。体育館にも居ない。居るのは屋上だ。まるで蛸のような巨大な呪霊が陣取っている。

 

 屋上へ出る為の扉を開けようとしたが、全く開かない。まあ十中八九呪霊の体が大きすぎてつっかえているのだろう。なので、龍已の腕力で無理矢理少し開けて隙間を作り、その間に『黒龍』を差し込んで引き金を引いた。莫大な呪力を籠めた弾丸が呪霊の体に入り込み、体中を駆け回らさせ、最後に頭の部分で爆発させた。頭が無くなった呪霊は体を崩壊させ、祓い終えた。

 

 

 

「……?電話……夜蛾先生か」

 

『龍已か。任務は終わったのか?』

 

「今祓い終えたところです。何かありましたか」

 

『2日前に任務へ行った歌姫と冥冥が帰ってこない。連絡も繋がらない。今から至急向かってくれるか。五条達にも声を掛けているが、お前が一番近い。浜松市の〇〇だ』

 

「……此処から10分くらいですね。今から向かいます」

 

『頼んだぞ』

 

 

 

 了解。そう言って電話を切って畳んだ。ポケットの中に入れて扉を今度こそ開いた。消滅して殆ど消えかけている呪霊に一瞥してスキップするようにフェンスの上に跳躍して乗り、そのまま一歩踏み出して下へ落下した。普通ならば飛び降り自殺として処理されるが、龍已は一切の音無く着地した。

 

 そのまま何も無かったように走り出し、学校の門から出てすぐの所に駐めている車の中に入り込む。中では補助監督の鶴川が待っていて、お疲れ様ですという言葉と共に珈琲を渡された。受け取って夜蛾から話された内容を伝え、車を出してもらった。

 

 向こうは大きな屋敷。そこには準1級呪霊が棲み着いている。それを祓いに歌姫と冥冥が派遣されたが、2日経っていて、音沙汰も無く、そして電話も繋がらない。龍已の記憶の中に嫌なものが流れ込む。2日以上の音信不通。考えられる情報とは違う呪霊の階級。そして親しい者の死。ぎちり。何かが軋む。みちり。何かが千切れそうだ。ぐちり。呪力が呼応する。

 

 龍已から放たれる気配が強大で巨大なものになっていき、底無しに感じる莫大な呪力が唸りを上げていくのを、運転席で車を動かしている鶴川は冷や汗をダラダラと流しながら身を以て体験していた。恐ろしい黒いナニカが背後に居るのは恐ろしく怖い。だから懸命に後ろに居るのは龍已だと念じ、自己暗示を掛ける。そうしないと、恐ろしさで黒に呑み込まれそうだから。

 

 車が駐まる。豪邸と言える屋敷の門の前に。他に車は無い。五条達はまだ来ていない。到着していない。だが待たない。待てない。待てるほどの余裕が今は無い。心は黒に満ち満ちていて、頭はこれでもかと冷静だ。全身から放たれる呪力の一端。それだけで閉ざされた門が拉げて破壊される。

 

 真っ正面の玄関から入るつもりなのか、真っ直ぐ進む。その足取りは軽く、気配は悍ましい。親しい先輩である歌姫は、龍已が尊敬する人だ。そんな人が死んでいるかも知れないともなると、あの龍已でも呪力に異常が出て来る。扉の取っ手に手を掛けて、扉を腕力のみで引っ張り引き抜いた。ばきりと音が鳴って扉を放り投げて捨てて、中へ入る。瞬間、不快な呪力と気配が体を包み込んだ。

 

 

 

「……この気配……呪霊の結界か。つまり、俺と結界の引っ張り合いをご所望か──────呪霊風情が」

 

 

 

 呪霊の結界によって部屋が継ぎ接ぎにされている。だからどれだけ動いても同じような廊下が延々と続いていく。走るだけ無駄だということだ。しかし所詮は結界術。術式によるものではない。となれば死ぬ危険は無く、未だ結界術を使っているということは、中に居る人間が生きていて戦闘中だということだ。

 

 ここで一つ確認しておくのは、領域展開についてだ。領域展開とは、必殺の術式を必中必殺へと昇華させる呪術の最高難度の御業。しかしそれは結局のところ、領域という空間を創り出す結界術の一種だ。つまり、今屋敷の中を全て覆っている呪霊の結界術とは同じものとなる。そうなればやることは一つ。結界術の引っ張り合いだ。

 

 

 

「領域展開──────『殲葬廻怨黒域(せんそうかいおんこくいき)』」

 

 

 

 掌印を組んで膨大な呪力を注ぎ込む。展開されるは黒よりも黒い純黒の世界。それは呪霊の発動させている結界術を呑み込んで上書きする。引き摺り込まれた結界術は掻き消え、龍已の領域展開がその場を支配した。しかしすぐに領域は閉じられ、中から『黒龍』を構えた龍已が出て来た。

 

 呪力を籠めた『黒龍』の引き金を引く。撃ち出されるのは、五条程の気配察知能力と、六眼を持っていなければ気が付けない程の微弱な呪力。しかしそれは無機物を透り抜け、音波のように広範囲に行き渡る。そして透り抜けた無機物の形。触れた人間。その人間が呪力を持っているか否か。呪霊。その全てが龍已に把握される。イルカ等が使う反響定位、エコーロケーションの呪力によるものだ。

 

 

 

「──────『呪心定位(じゅしんていい)』……お前の位置は、俺の掌の上だ」

 

 

 

 範囲は術式範囲である約4キロメートル。その全ての形や呪力の有無を感知する超広範囲索敵技。これにより昔から呪詛師の居場所を特定していた。形は鮮明に龍已の頭の中に映し出され、見た写真の呪詛師の骨格を照合し、呪力の有無も照らし合わせて標的を絞る。龍已を中心とした半径4.2195キロメートル内に呪詛師が居た場合、その時点で掌の上だ。身を隠そうと意味は無い。

 

 その技を今撃ち放ち、無機物を全て透り抜けて呪霊をいち早く発見した。そしてその近くには歌姫と冥冥の体のシルエットが浮かび上がる。結界術を無理矢理解かれたことに怒って一番近くに居る歌姫達を狙ったのだ。そんなことはさせない。龍已は呪霊の居る方向へと『黒龍』の銃口を向け、引き金を引いた。その瞬間、膨大な呪力を籠められた蒼黒い光線が呪霊の頭を消滅させ、同時に屋敷の天井が崩壊を始めた。

 

 全く関係無く天井が崩壊したことに不可解さを感じるが、よく知った呪力の気配なので自身に対する攻撃では無いと判断する。しかし範囲が広いので屋敷は粉々に砕け散るだろう。なので龍已はその場で強く踏み込み、崩れかけの壁を無視して歌姫の元まで一直線に突き進んだ。何枚もの壁を貫通して歌姫と冥冥の元へやって来た龍已は、2人を抱き寄せて呪力を解放した。

 

 

 

「おっと……おやおや」

 

「わっ……え、龍已──────」

 

「術式反転──────『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』」

 

 

 

 身近に、自身を中心として半径約4メートル内に歌姫と冥冥を入れた龍已は、術式反転を使用した。自身に向けられた害有るものの侵入を一切赦さない遠距離殺しの空間。それは無機物にも有効であり、上から振ってくる瓦礫の山を塞き止めて3人を護り通した。そして崩壊が止み、球状に止まった瓦礫に向けて『黒龍』の銃口を向け、引き金を引いた。

 

 強力な呪力が放射状に放たれ、上に乗っていた瓦礫を粉微塵に粉砕した。吸えば害となるので粉となった瓦礫も阻まれて龍已達を避けて降り注ぐ。視界が確保されたので辺りを見渡せば、屋敷があった場所は地面を大きく抉られ、屋敷そのものは瓦礫の山と化していた。そしてその中心に居る3人を見下ろすように、よく知った顔がこちらを見ていた。

 

 

 

「──────助けに来たよー歌姫。泣いてんの?つか、センパイそこに居たんだ」

 

「泣いてねーよ!!そして敬語!!そもそも龍已が来てくれたからお前はいらない!!」

 

「ふふ。怖い怖い。君が来てくれなかったら危なく五条君の『蒼』の巻き添えになっていたよ。慰めてくれないかい?龍已君」

 

「術式反転の範囲内に来てもらう為に寄せただけで他意はありません。だからどさくさに紛れて抱き付かないで下さい」

 

「少しくらい慰めて欲しいね。おぉ、とても柔らかくて良い筋肉をしているね。それにとても良い香りがする……椿かな、これは」

 

「やめて下さい」

 

 

 

 歌姫は先輩の歌姫を敬わない態度を貫く五条に不満を叫び、冥冥は好機と言わんばかりに龍已の首に両腕を回して抱き付いた。さり気なく豊満な体を押し付けてきて、龍已の体の感触の感想を口にする。首筋に顔を寄せて匂いも嗅いでくるのでセクハラだと言っても勝てるだろう。

 

 歌姫は五条の物言いにキレて、そもそも別に助けだって要らないと叫ぼうとして、固まっている龍已達3人の背後に大きな呪霊が地面を突き破って出て来た。結界術を張っていた呪霊の他に居たもう一体の呪霊だった。龍已が『黒龍』の銃口を向けようとしたが、更に下から別の呪霊の気配がしたのでやめた。そして呪霊は、違う呪霊によって飲み込まれようとしていた。

 

 

 

「──────飲み込むなよ。後で取り込む。それと悟、弱い者イジメは良くないよ」

 

「強い奴イジメる奴がどこにいんだよ」

 

「君の方がナチュラルに煽っているよ、夏油君」

 

「あ゙……」

 

「夏油ォ……ッ!!」

 

「──────歌姫センパーイ。無事ですかー?」

 

「あ、硝子……っ!」

 

「心配したんですよ。2日も連絡が無かったから。あと冥冥先輩は先輩を取らないで下さいね。私の先輩ですから」

 

「ふふ……悪かったね」

 

 

 

 五条の隣から夏油と家入もやって来た。夏油は呪霊に動きを封じさせた呪霊を丸く丸め込んで、飲み込むことで取り込み、家入は歌姫に手を振って心配していた旨を伝え、冥冥には目を細めて忠告した。冥冥は家入の視線を受けて龍已の首に回していた腕を解放して離れた。特に懲りた様子は無い。

 

 無事である龍已達の元へ五条達もやって来る。家入が龍已の隣までやって来ると、歌姫は龍已と家入を抱き締めた。何故か涙目で。どうやら心配してやって来た龍已と、心配してたと安否を確認してくれた家入に感極まったようだ。

 

 

 

「硝子!龍已!あんな奴等みたいになっちゃダメよ!!」

 

「あはは。なりませんよあんなクズ共」

 

「……まあ、東京から静岡まで態々来たのですから、歌姫先輩を心配してくれたんですよ。口は悪くても気持ちは受け取ってあげてもいいかと」

 

「そーそー!やっぱセンパイはわかってるー!って事でセンパイはこっちね。歌姫に抱かれてるとヒステリックが移るから」

 

「先輩は私達と一緒に仲良くしましょう」

 

「おいクズ共、私の先輩に触んな。クズが移るだろ」

 

「そうよ!龍已があんた達みたいになったらどう責任取るのよ!てかヒステリックってなんだよ!!」

 

 

 

 五条と夏油が歌姫に抱き締められている龍已の腕を引いて連れ出し、龍已の肩にそれぞれの腕を組んで仲良しをアピールする。その光景を見せられれば当然、家入がキレる。額に青筋を浮かべて医療用のメスを構えて切り掛かろうとし、歌姫もキレた。主にヒステリックの部分で。

 

 五条と夏油がニヤニヤして龍已を独占し、家入がメスを振り下ろすが五条の無下限に阻まれて刺さらない。歌姫は2人を罵倒していた。そんな光景を冥冥は面白そうに観戦していたが、ある事を思い出したようで、巫山戯合っている5人に声を掛けた。

 

 

 

「それにしても──────帳は?」

 

 

 

「「──────あ゙」」

 

 

 

 龍已も帳のことをすっかり忘れていた。というよりも鶴川が居るので帳は降ろしてくれているのだと思い込んでいたのだった。

 

 

 

 

 

 

 これは夜蛾先生に怒られるし、跡形も無く消えた屋敷にメディアが殺到するだろうな……と、溜め息を溢す龍已だった。

 

 

 

 

 

 

 

 






黒圓無躰流・『刈剃(かいそ)

最短最速で放つ蹴りで、速度によっては蹴ったのに刃物で斬ったような断面を作り出す。謂わば斬撃の蹴り。龍已のこの技は、刃物というより刀で両断したような威力となる。防御の上からでも斬る。歴代でもトップの威力。




──────『呪心定位(じゅしんていい)

イルカ等が行うエコーロケーションの呪力バージョン。しかし呪力の場合は反響するのではなく、透り抜けていき、その際の形を感じ取る。その際に呪力をどれだけ持っているかも解る。範囲は術式範囲と同じで4.2195キロ。何処かに居る呪詛師を簡単に見つけたのはこれを使っていたから。

飛ばすのは微弱な音波状の呪力なので、普通は気付かないし、察知能力が高くても気付かせない。今までに五条にしか察知されたことが無い。まあ察知したところで、もう当たっているのだから場所はバレている。超広範囲索敵技。隠蔽殺しの技とも言う。




五条

2日も音信不通の歌姫達の為に静岡まで行った人。けど煽る。なので感謝の気持ちは一切持たれていない。だから歌姫にマジで嫌われてんのよ。反省しろ?




夏油

歌姫の背後の地面から出て来て食おうとした呪霊を捕獲した人。龍已が『黒龍』を向けようとしたのにマジで焦った。あと1秒遅かったら消し飛んでた。吐瀉物を処理した雑巾の味ぃ……。



家入

2日も音信不通だった歌姫が心配だったけど、目的地に着く少し前に龍已が向かったと夜蛾から聞いて、生きてるなら絶対大丈夫だな、特級来ても。と、冷静に考えていた人。

冥冥先輩、私の先輩に抱き付くのやめて下さい。マジで。




歌姫

継ぎ接ぎで部屋の位置を変えられる空間に少し閉じ込められただけで2日も閉じ込められてた人。空間が元に戻り、蒼黒い光線が飛んできてビックリしたら天井が崩壊して更にビックリした。

龍已が来て腰を強く抱かれた事に少しキュンときた。護ってくれたし。けどダメ!龍已は硝子のものなんだから!

良い子と良い子が付き合って超嬉しい。全力で祝福する。3人で買い物は本当に天国で仕方ない。また行こうね!を全力で言う人。




冥冥

どさくさに紛れて龍已に抱き付いた人。おや?女の子みたいに柔らかい筋肉だね。それに良い匂いだ。あ、腰を強く抱かれたのはとてもキュンとしたよ。強引なのもいいね。

めっちゃナイスバディで顔も良いのに全く相手にされない。けど逆にそれが良い。もう救いようがねぇな。だから走馬灯にも出て来ないのよ。




七海

あの若かりし頃の七三君。五条と夏油が適当なのに、この先輩は普通に良い先輩だな……尊敬出来る。という感じで信頼もしているし信用もしている。更に尊敬もしている先輩が出来た。

武器を使った格闘戦を教えてもらう。五条に夏油?知らない人ですね。




灰原

一番尊敬しているのは夏油だけど、その次には龍已を尊敬している元気いっぱいの人。龍已が家入と付き合ってると知った時はデカい声でおめでとうございます!!と祝福した。

ごめんね……君の術式分かんないし、思い付かないよ……。




龍已

2日も音信不通……大切な人……おし殺す。

領域展開を軽くやったけど、呪力はクソほど余ってる。

呪力による探知は動物の可愛い所を映しているテレビで、イルカが出て来てエコーロケーションの話をされたときにピンときて修得した。通り抜けるのをやるのに3日掛かった。ムズいのよ?あれ。

今回の後輩は随分と対照的だな……。けど真面目だ。大丈夫、教えてあげるから。をやってたら先生みたいだと言われて学生なんだけど……となった人。

知ってる?君色んな人達に(感想の方々に)先生向いてるとか、先生してるとめっちゃ言われてるからね。

後輩とのファーストコンタクトに絶対遅れる呪いが掛かってる




鶴川

龍已の恐ろしい気配にめちゃクソびびっている間に五条達が到着し、帳は降ろすから下がってろと言われた人。

あれ……スゴい音がしたのに帳降りてない……ヒェ。

帰ってきた龍已に全力で頭を下げて謝った。普通に許してくれたけどめっちゃ罪悪感がある。普通に自分の仕事なのに……。




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第三十話  星漿体



最高評価をして下さった、斧さん かじぬん ネーム さん。

高評価をして下さった、影崎


さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 

『続いて昨日、静岡県浜松市で起きた爆発事故。原因はガス管の経年劣化!?現場の節アナウンサー!?』

 

 

 

「この中に帳は自分で降ろすからと、降ろそうとした補助監督の鶴川の仕事を取り、補助監督そのものを置きざりにした奴が居るな。そして見事に帳を忘れた。名乗り出ろ」

 

「それは俺の失態です。歌姫先輩達が危険だということで冷静さを失い、鶴川さんを怯えさせてしまって帳を降ろせる精神状態では無くならせてしまいました。帳が降りてから行けば良いものを、我先にと突入し、建物内の結界術を上書きするのに領域展開もしたので、鶴川さんは更に怯えたと思います。そもそも、現場に到着した時点で向かっている五条達に一報入れるべきでした。申し訳ありませんでした」

 

「そーそー!今回はセンパイが──────いで!?」

 

「擦り付けようとするな悟。最初からお前のことを言ってるんだ。それと龍已。自身で把握しているならば良い。違う任務が有ったのに急行してくれて助かった」

 

「俺と扱い違くね!?」

 

「お前と先輩を一緒にすんなよクズ」

 

 

 

 普通に帳を降ろすから下がってろと言って鶴川を下がらせ、自身達を送り届けた補助監督も置いていき、更には数秒前に帳は自身で降ろすと言った事を完全に忘れて『蒼』を屋敷にぶち込んだ五条がどこからどう見ても悪い。夜蛾も最初から解っていたので、責任を名乗り出た龍已に擦り付けようとしていることを含めて鉄拳指導に入る。

 

 一旦その場は解散となり、五条達は2年の教室へと向かって行った。そこでは五条が帳とは本当に降ろさなくてはいけないものなのか?という話を出し、夏油は目に見えない脅威を極力秘匿するための処置だと言う。弱者生存。それが夏油の思うあるべき社会の姿だ。弱きを助け、強きを挫く。呪術は人を守るためにある。そう自信ありげに言うのだ。

 

 しかしそれに対抗するは五条。対抗というよりも唯単に正論が嫌いだというだけなのだが、大いなる力……呪術に理由や責任を乗せるのは、それこそ弱者のやること。そしてそれが五条が思うこと。この時点で話に亀裂が入り、煽りを受けた夏油は座っている椅子から立ち上がり、背後から取り込んだ呪霊が姿を現そうとする。五条は全く取り合わないつもりらしい。

 

 家入はすぐにその場から逃げたので教室には夏油と五条しか居ない。また校舎が吹き飛ぶ大惨事になるかと思われたが、丁度良く夜蛾が来たことによって2人は何食わぬ顔で席に着いた。家入が居ない事に訝しむ夜蛾だが、持ってきた案件が2人を指名しているものなので丁度良いと、用件を話し始めた。

 

 用件は天元様との適合者である“星漿体”。その少女の護衛と()()である。

 

 この天元というのは、不死の術式を持った人間である。しかし不死であっても不老では無いため時が経てば老いてしまう。だが問題なのはそこでは無く、一定以上の老化を終えると術式が自動的に肉体を創り変えようとする。それを“進化”と呼び、人の枠組みから解放され、より高次の存在へとなってしまう。

 

 天元曰く、そうなれば意志というものが無いとのこと。天元が天元で無くなる。東京と京都の各校。呪術界の拠点となる結界。多くの補助監督の結界術。それの全ては天元1人で強度を底上げしている。天元の力添えが無ければ、防護(セキュリティー)や任務の消化すらも儘ならなくなってしまう。それ程重要な人物だ。

 

 なので500年に一度、星漿体という天元と適合する人間と同化し、肉体の情報を書き換える必要がある。より高次の存在へと昇華するのを、500年前の状態に戻してリセットするということだ。そうすればいつも通りの天元で居る事が出来る。その護衛と抹消を、天元の指名で五条と夏油に与えられた。期間は2日後の満月まで。それまで護衛し、天元の元まで送り届ける。それが内容の全てだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍已、居るな」

 

「えぇ。何かありましたか。今は自習の筈ですが」

 

 

 

 黒板に自習と大きく書かれた3年の教室に、担任をしている夜蛾が入ってくる。自習と言われているので大学レベルの物理をやっていた龍已は、シャーペンを置いて前に立つ夜蛾に目を向ける。夜蛾も龍已に用件があって来たのだ。

 

 用件は五条達が受けた星漿体の護衛と抹消について。実際に受けるのはあの2人だが、龍已には少し違うものを受けてもらいたくて来た。それは星漿体を狙う一派の殲滅である。

 

 

 

「天元様と星漿体の事は知っているな?」

 

「知っていますよ。500年に一度行われる肉体の回帰。それが今年の、それも2日後であることも」

 

「ならば話は早い。その星漿体の少女は、天元様の暴走によって呪術界の転覆を目論む呪詛師集団『Q』に狙われている。所在が露呈してしまった事でだ」

 

「──────生死は?」

 

「──────問わない。故の殲滅だ」

 

「良いでしょう。その任務受けます。『Q』とやらの構成人数。外見的特徴。持ちうる術式。行動パターン。現代兵器の有無。組織構成等の情報は」

 

「こちらは殆どの情報が無い。星漿体を狙っているという事だけだ」

 

「……解りました。俺独自で調べます。夜ではないので黒圓龍已として任務に行きます」

 

「解った。頼んだぞ」

 

 

 

 席から立ち上がった龍已はすぐに教室から出て行った。そして携帯を取り出して補助監督の鶴川に掛けると、今すぐに車を出すように頼み込む。携帯の向こうから焦ったように動き出す鶴川の音が聞こえてきて、事務の仕事でもしていたらしい。間が悪かったようだと思い、階段を使って1階に降りると自販機で珈琲を購入した。鶴川に渡す用である。

 

 いそいそと用意された高専の車に乗り込み、鶴川に珈琲を渡しながら行き先を告げる。車に付いているナビを起動させて目的地を設定している鶴川を尻目に、龍已は別の場所へと電話を掛けた。それは長年お世話になっている、呪詛師の情報を掻き集め仕事の斡旋をする組織だ。

 

 それで龍已の黒い死神の姿を担当としている男に繋げ、呪詛師集団『Q』についての情報を全て開示させた。組織構成や構成人数。見た目に持ちうる術式。それらを全て頭の中に入れて戦闘方法を確立させる。第1の弾丸で仕留めきれなかった時を考えていた第2第3の弾丸も考え、『Q』の殲滅を思い描く。そしてそれは完璧で問題は無し。

 

 目的地を目指して車を走らせること数時間。龍已は星漿体が居るという場所へやって来た。見上げる高さの高い建物。その中に居るという。だが、別に膨大な呪力を持っている訳では無いので殆ど非術師と変わらない。判別は難しい。だが良い手がある。

 

 

 

「少し手荒だが……戦闘が起きれば同じだ。今は呪詛師の殲滅及び星漿体の身柄の安全確保──────『呪心定位』」

 

 

 

 表の道を歩いているのでオモチャの銃を使って呪力のソナーを放つ。微弱な呪力なのでオモチャは壊れなかったが、次の一撃で破壊されることになる。高層ビルの中に居る全ての人間の位置や外見的特徴を捉えた龍已は、数多く居る中で使用人のような格好をしている人間を1人見つける。だが確証は無いので一発の呪力弾を撃ち放った。

 

 オモチャが木っ端微塵となって破壊されるが、放たれた呪力弾はビルを出入りする人の間を縫って突き進み、ビルの中に設置された非常用ベルを鳴らす為のボタンを撃ち抜いた。瞬間、けたたましいベルの音が鳴り響く。ビル内の人間が伏せたり慌てたりする中で、先程感知した使用人のような女性が、隣に居た少女の前に立って周囲を警戒し始めた。これで星漿体とその付き人が解った。

 

 最上階の端の部屋に居る。それが解った以上問題は無かったが、すぐ近くの男子トイレから変な格好をしている男が出て来て星漿体の方へと一直線に向かっている。直感する。呪詛師集団『Q』の戦闘員だと。そうなればこのままという訳にはいかない。龍已はクロからナイフを一本吐き出させ、口に咥える。そしてビルに向かって走り、()()()()()()()()()()()()

 

 類い稀なる超人の肉体を持つ龍已は、指先の力も尋常ではない。故に壁に指先をめり込ませて駆け登っているのだ。靴を履いている足も壁を破壊しながらめり込ませて、垂直であろうと関係無い。龍已の足場とさせる。非術師達に見られるのは頂けないが、形振り構ってはいられない。星漿体のすぐ傍に居るのだから。

 

 ものの数秒で最上階の位置までやって来た龍已は窓に向かって拳を振り上げる。中では星漿体の前に立って守る使用人の人と、その人に向かって刃物を振り下ろそうとしている呪詛師が居た。しかし龍已が拳で強化ガラスを破壊し、中に入り込む方が呪詛師の手よりも早かった。

 

 

 

「──────ッ!?何だおま──────」

 

「──────先ず1人」

 

 

 

 ガラスを突き破って入ってきた龍已に驚いたのだろう。呪詛師は目の前の使用人では無く、龍已の方へと標的を変えて右手に持つナイフを突き出してきた。右手で呪詛師の右手首を取って体を近づけ、自由の左手で噛んでいるナイフを取って腕を交差させ、呪詛師の首を深々と斬り裂いた。

 

 斬られて血が噴き出すよりも早く、手首を掴んでいた右手を離して顎に右肘を叩き込んで脳を揺らす。そして左手に持つナイフに呪力で流して頭に突き刺し、頭の中で呪力を暴発させて脳を破壊する。一瞬で刺して抜いた動きは誰にも見えず、肘を食らわせただけで終わったように見えるだろう。反転術式を覚えられたとしても、呪力によって脳を粉々にしたのでもう死んだ。即死である。

 

 血に塗れたナイフを持って無傷どころが返り血すらも浴びていない龍已は、突如現れた凄腕の暗殺者のようにしか見えないだろう。だからだろうか。助けたはずの使用人は星漿体を庇って距離を取っていた。振り向く龍已にビクリとしている2人に、まあ普通はその反応だろうなと思った。

 

 

 

「ち、近付かないで!!」

 

「黒井と妾を殺すつもりなら、まずはお前が死んでみせよ!!」

 

「……お初にお目に掛かります。私は東京都立呪術高等専門学校3年の黒圓龍已。1級呪術師をしております」

 

「……え?」

 

 

 

 龍已は怖がらせないように血塗れのナイフを後ろに隠しながら、その場で片膝を付いて頭を下げた。何もしてこないどころか仰々しく挨拶をしてきた龍已に困惑し、護衛をしてくれる2人の通う呪術を学ぶための学校と名前が同じ事に声を上げた。

 

 呪詛師を殲滅するのが出された任務であれど、それは星漿体を護るために周囲で動く事を意味する。それならば勝手に動いて鉢合わせになり、面倒な説明をするよりも最初から姿を現して説明しておいた方が楽だ。だから呪力弾を飛ばして呪詛師を殺さず、態々壁を駆け登って此処まで来た。

 

 龍已は懐から高専で発行される学生の身分証明書を取り出して、2人に向かって放った。証明書は一番近くに居る使用人のような格好をしている黒井と呼ばれた女性の足下に落ちた。それを拾い上げて見てみると、顔写真と名前。そして1級呪術師であることを示すと書かれていた。

 

 

 

「お嬢様、この方は本物の呪術師ですよ。安心して大丈夫です」

 

「ほ、本当か……?」

 

「呪術高専で私の担任をしている夜蛾正道という先生の電話番号をお教えしますので、確認を取って下さっても構いません」

 

「いえ、これを見せていただければもう大丈夫ですよ。現に襲い掛かって来てませんし。あの動きならば、今頃私達は死体になっている筈です。……それよりも、護衛は2人とお聞きしましたが……」

 

「私は護衛を担当する者ではありません。星漿体である天内理子様を狙う呪詛師集団『Q』を殲滅する為に派遣されました。つきましては天内様の近くで動くことも有り得るということで、こうして馳せ参じて挨拶に参りました。お騒がせして申し訳ありません。近くにこの呪詛師が潜伏しており、向かって行ったことにより、少し手荒な真似を取ってしまいました。非常用ベルも私によるものなので、ご心配には及びません」

 

「い、いえいえそんな!私達は助けてもらった側ですから、どうぞ顔を上げて下さい。失礼な態度を取ってしまってすみません……。お嬢様、黒圓さんにお礼を言いませんと」

 

「そ、そうだよね……んんっ。褒めてやるぞ黒圓とやら!よくぞ妾と黒井の危機を救った!お前はこのまま任務に戻って妾達を狙う呪詛師を打ち倒してくるのじゃ!」

 

「は。では私はこれにて失礼致します。後程、私の後輩で今回の護衛の任につくものが到着しますのでよろしくお願い致します」

 

「はい。本当にありがとうございました。どうかお気をつけて」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 龍已は立ち上がって死体となった呪詛師をクロに呑み込ませ、その場から消えた。星漿体世話係の黒井美里と天内理子は龍已が去って行った後、ホッと一息着いて近くのソファに腰を掛けた。突然変な格好をしている奴に狙われてどうなるかと思ったが、掴まる所なんて無い外から窓を突き破って入ってきた龍已には驚いたものだ。

 

 ほんの一瞬の攻防で呪詛師を殺した龍已の動きは、洗練されたもので強さがはっきりと解った。お世話係でありボディーガードもする黒井はある程度の近接も熟すことが出来る。そこらに居る呪詛師相手ならば負けるつもりは毛頭無いが、アレはダメだ。無理にも程がある。何よりも殺すという行為に慣れている。躊躇いも容赦も無かった。

 

 勝てるビジョンが全く見えない。あんな化け物は初めて見た。振り返った時の琥珀の瞳を見たときは、年甲斐も無く失禁するところだった。恐怖しか抱けなかった。だが、龍已の態度は仰々しく、こちらを気遣うものだった。血に塗れたナイフも隠したし、頭も下げた。敵意が無いと示したのだ。こんなに強くて素晴らしい人が居るならば、きっと護衛の人も良い人なのだろう。

 

 黒井はそう思って天内の身の回りの安全が確保されることに安堵した。その約10分後。やって来た護衛をしてくれるという2人に会うことで驚くことになる。失礼なことをいきなり言った事は天内が悪いが、まさか両手と両足をそれぞれ持って千切ろうとするとは思わなかった。普通やらねーからそれ。

 

 

 

「も゙……も゙ゔやべで……だじゅげで……」

 

「なら疾く仲間の情報を吐け。人数は知っている。配置は。拠点は。此処へは何人で来た」

 

「ひがしの……に、2ぎろさぎに……きょてんが……あっで……ほがのが……いまず……こごには……2人だげ……でず」

 

「そうか──────死ね」

 

「ま──────」

 

 

 

 天内が居たビルの中から出て来た龍已は、外で天内を狙っていたバイエルという呪詛師集団『Q』の最高戦力の1人を見つけて背後から襲い、腕や脚の骨を全てへし折って拉致した。誰も居ない林の中に連れ込んで顔を殴りまくり、痛みによる恐怖で情報を吐かせた。大凡の場所が解ればもう用は無い。

 

『黒龍』で呪力弾を撃って頭の中を粉々にした龍已は、死体となったバイエルの肉体をクロに呑み込ませ今度は東に向けて銃口を向けた。引き金を引いて飛ばされるのは『呪心定位』。微弱な呪力の音波が飛び交い、2キロ地点に差し掛かった時、呪力を持つ集団が一カ所に集まっていた。

 

 目を細めて呪詛師集団『Q』だと確信した龍已は、鶴川に電話を掛けて車を出して貰おうと思ったが、2キロ程度走って行けば十分だと判断して体勢を低くし、呪力を纏って一歩踏み込んだ。瞬間、龍已の姿は掻き消え、非術師の目には一切映らない速度で駆け抜けた。

 

 100メートル走を素の身体能力で3秒も掛からず駆け抜ける龍已は、呪力を使えば1秒を切る。つまり1キロ先に走って移動するには10秒あれば十分だということ。よって2キロ先には20秒で到着した。呪詛師集団が集まっていたのは何でも無い一軒家。どうやらカモフラージュのつもりらしい。

 

 

 

「『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』……そして死ぬと良い──────『地ノ晄』」

 

 

 

 周囲一帯に帳を降ろして非術師達に悟らせないようにし、莫大な呪力を籠めた呪力弾を地面に向けて放った。普通の弾とは違って地面の中すらも突き進む呪力の弾丸は、『Q』が居る一軒家の真下まで辿り着くと、籠められた莫大な呪力を全て解放した。放たれるのは蒼黒い呪力の光線。それが下から現れる。

 

『天ノ晄』とは違って下からやって来るこの光線は、地面によって気配を悟らせない。そして完全な死角からやって来るので咄嗟の回避は広範囲なことも加味して不可能。況してや呪詛師集団『Q』はそこまでの強さを持っていない。

 

 所詮は最近になって呪詛師となった『Q』の一味は、高い報酬を設定されていない。別に金が欲しい訳でも無い龍已は、既に殺してクロに呑み込ませた2つの死体を受け取り、天に向かって伸びる蒼黒い光線の中へと投げ入れて消し飛ばした。これで、龍已の任務は完了した。構成員全9名。始末を終えた。細胞一つすら残さず。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……?んんっ……何だ、五条」

 

『あ、センパイ?今ドコいんのー?』

 

「〇〇だな。1時過ぎたが腹が減ったから遅めの昼でホットドッグを食べていた」

 

『ぶはッ。マイペースなんだけど!てかその位置だと廉直女学院と高専の直線上でしょ。ちょーっと呪詛師に狙われててさー。俺ガキのお守りしてるから手伝ってー。あと、俺の分のホットドッグも買ってきてくれる?』

 

「場所は……いやいい。見つける。少し待っていろ」

 

 

 

 目の前の店員に5個のホットドッグを頼み、左手にホットドッグが入った紙袋を、右手に『黒龍』を握って廉直女学院の方向へと『呪心定位』を放った。すると五条と天内の姿が浮かび上がり、その近くに紙袋を被った大男が居た。しかも全く同じ姿形のが4人。透り抜けてもそれぞれが本人のようで式神では無い。

 

 その場から大きく跳躍して周囲の人を驚かせながら屋根の上を疾走する。距離はそう大したものでもないのですぐに五条達の元へ辿り着いた。五条は龍已の姿を見るとお気楽に手を振ってくるので返し、天内も大きく手を振ってくるので振り替えした。だが天内はすぐに固まった。何故なら、龍已がホットドッグを齧っていたからだ。

 

 最後に大きく跳躍して五条達の傍に降り立った龍已は、左手に持っていたホットドッグの入った紙袋を五条に渡した。護衛をしていて呪詛師に襲われているというのに紙袋の中に手を突っ込んでホットドッグを取り出し、龍已と一緒にもぐもぐと食べ始める。

 

 

 

「あ、これうめーじゃん。ソーセージ太ェし。センパイ良い買い物すんね」

 

「…っ…ごくッ。美味いだろう。頼むとその場で作ってくれるんだ。その5つは俺が食べようと思って頼んでおいたものだが、皆で食べると良い」

 

「センパイ今何個食った?」

 

「これで7個目だな」

 

「はは!センパイ食べすぎー」

 

「お前達言ってる場合か!?変な奴そこに居るんじゃぞ!?しかも4人から5人に増えてるし!!」

 

 

 

「まあ慌てんなよガキ。これでも食って黙って見てろ。センパイがあんなのに負ける訳ねーだろ──────俺達のセンパイだぜ?」

 

 

 

 天内の口の中にホットドッグを詰め込んで黙らせると、天内はゲッホゲッホと嘔吐きながら涙目で龍已を見た。ホットドッグの最後の一欠片を口の中に放り込んで咀嚼し、呑み込んだ龍已は『黒龍』を構えて4発分発砲した。呪力弾は真っ直ぐ分身した呪詛師へと飛んでいき、避ける間もなく頭を粉微塵に吹き飛ばした。

 

 しかし本体は外れだったようで、紙袋を被った4人の分身体呪詛師は液体のように姿を変えてしまい、最後の1人は体中から汗を流していた。普通の弾丸ならば避けられた。しかし龍已の『黒龍』から放たれた呪力弾は普通の弾丸よりも遙かに早かった。

 

 避ける間もない攻撃に分身体が避けられる筈も無く、術式によるどれも正真正銘の本体の分身は砕けた。時間が経たないと再び分身を作り出せない呪詛師は、もう逃げるしか選択が無い。だから後ろへ一歩下がったのだが、自身の回りに4発の呪力弾が廻り続けているので動けなくなった。少しでも動けば体を突き抜ける。だから硬直するしか無い。

 

 

 

「さて、何故天内様を狙った。何の目的があった」

 

「そ、それは……」

 

「センパイ。ソイツ呪詛師御用達の掲示板にこのガキが懸賞金懸かってんの見て狙ったみたいよ。3000万だし」

 

「成る程。理由が知れた以上、お前にはもう用は無いな。疾く死ね」

 

「嫌──────」

 

「──────呪詛師の時点で逃がすつもりは無い。死して悔い改めろ」

 

 

 

 天内はゴクリと喉を鳴らした。やはり躊躇いも何も無かった。頭を飛んでいる呪力弾で撃ち抜いて殺した。もの言わぬ死体と成り果てた呪詛師の肉体は、龍已の首に巻き付いていた黒い蛇型の呪霊が呑み込んでいく。テレビで見た捕食シーンのようで生々しかった。

 

 傍で立っている五条も、人が死んだのにホットドッグを食べている。2人は完全にイカレていると思った。だが実力は確かであることはもう確信した。こうなれば、身柄は守ってもらえる。星漿体である自身と、大好きな黒井の2人を。

 

 しかしそこで、天内の携帯に連絡が入った。内容は写真が一枚だけ。だがそれは、手脚を縛られている黒井の写真だった。五条はそれを見て夏油に電話を掛ける。黒井とは夏油が一緒だったからだ。そして電話には夏油が出たが、天内の身の安全を優先して欲しいと言われて離れた隙に連れ攫われたらしい。

 

 天内にとって黒井は大切な家族だ。そんな人が殺されるかも知れないというのにジッとはしてられない。五条と夏油、そして龍已がこのまま天内を高専に送り届け、家入に影武者をやらせて黒井を連れ戻そうと考えるが、天内は拒否した。行くなら連れて行けと。龍已は即反対だ。天内は星漿体。替えがいるのかも解らないのに、危険に晒す訳にはいかない。

 

 天内はお別れも言っていないのに高専に行けば、別れの時になっても黒井が来なかった時の事が考えに浮かぶ。それが嫌だ。だから行く。そう言って聞かなく、龍已が少し眠っていてもらおうと一歩踏み出した時、五条に腕を掴まれた。

 

 

 

「待ってセンパイ。天内は連れて行く事にした」

 

「……星漿体である天内様をむざむざ危険地帯に連れて行くのか。合理的では無い。この場合、護衛である五条と夏油は天内様を高専へ連れて行き、硝子に影武者をしてもらって俺が取引現場に行くのがベストだ」

 

「だーい丈夫だって。俺と傑は最強だし、センパイも居る。万が一はありえねーって」

 

「最強だから大丈夫は根拠になっていない。あくまで狙いは天内様だ。お前達ではなく、俺でもない。この世に絶対は有り得ないのだぞ──────お前達ならば解るだろう」

 

 

 

 2人居れば最強。それを豪語する五条だが、龍已に限ってはそうも言ってられないことは重々承知している。つまり最強でも負けるときは負ける。龍已とて、五条達を相手にしても勝てるが、任務先で死にかけた事がある。この世に絶対は無い。だから安全を考慮して天内は高専へ連れて行く。

 

 龍已に少女の涙は通用しない。別れすらも言えない事に憐憫に思う感情はあれと、目的のためならば仕方ないと切り捨てる。万が一が起きて天元と天内が同化出来なかった場合、呪術界はかなりの痛手を負うことになってしまう。大を取って小を捨てる。その覚悟がある。冷静な頭で冷酷に考え、導き出した答え。故に龍已と五条は対立する。

 

 目を細めて睨み合う龍已と五条。五条の腕を掴む手に力が入り、龍已からは莫大な呪力が放出される。膨れ上がっていく気配と呪力が衝突しあって軋む。六眼と無下限術式の抱き合わせと黒圓無躰流継承者の2人がぶつかり合おうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────めんそーれっ!!!!」

 

「……はぁ」

 

「まあまあ、先輩。黒井さんも助け出せた訳ですし」

 

「すみません……まさか盤星教信者の非術師にやられるとは……ご迷惑をお掛けします……情け無い」

 

「不意打ちなら仕方ありませんよ。私の責任でもある」

 

 

 

 こうして、一行は沖縄へとやって来ていた。結局あの場では龍已が折れてしまい、全員で沖縄に行くことなった。黒井を連れ去った者達は、交換の場所を沖縄に設定した為だ。

 

 一応空港を抑えられないように、1年である七海と灰原にも来てもらい、今は空港の守備を任せている。本当に連れて来るつもりが無かった龍已なので、1人溜め息を溢していた。原因となった五条は天内と海水浴をしながらナマコを突いて2人で大爆笑している。頭が可笑しいのか。

 

 だがその原因を知っている。五条が無下限のバリアを張り続けているからだ。天内を守るために飛行機の中でも警戒していた。夏油が呪霊を使っているにも拘わらずだ。龍已も飛行機では天内の隣に座り、窓側に居た。天内を狙うならば自身をどうにかするしか無く、術式反転で遠距離を無効化するためだ。

 

 反転術式が使える龍已は体調を崩していないが、五条は違う。反転術式が使える訳でも無いのに、脳に多大な負担の掛かる無下限呪術を使用し続けているので疲労もしているだろう。夏油がそろそろ帰ろうと言って天内が落ち込み、1日滞在を延長した五条を見て、また溜め息を溢した。

 

 そうして皆で遊んで観光をし、次の日の同化の日に飛行機に乗って高専へと帰って来た。現在の時刻は15時。天内の懸賞金が取り下げられてから4時間が経過したときだった。全員が高専の結界内に入った

 

 

 

「これで一安心じゃな!」

 

「……そう……ですね」

 

「悟、本当にお疲れさま。先輩もありがとうございました。もう術式反転解いてもいいですよ」

 

「……ここまで長時間展開したの初めてだった」

 

「二度とごめんだ、ガキのお守りは」

 

「お?やんのか??」

 

 

 

 気が抜けたように龍已が『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』を解いて、五条もぶつくさ文句を言いながら無下限を解いた時だった。音も無く五条の身体を背後から刺した男が居た。

 

 龍已は五条が刺される寸前で気が付き、もう間に合わないと判断して天内の前に即座に移動した。五条ならばその程度では死なないと信頼していたが故の行動。そして五条の無下限が解けた瞬間を狙って襲ってきた口元に傷のある男は薄く笑っていた。

 

 

 

「…っ……アンタ。どっかで会ったか?」

 

「──────気にすんな。俺も苦手なんだ、男の名前覚えんのは」

 

 

 

 誰かにその瞬間まで気付かれる事も無く、高専に張ってある結界の中を自由に移動してきたこの男に、夏油も警戒する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 襲撃者の男の名前は伏黒甚爾。()()()呪力を持たない代わりに人間離れした身体能力を得たフィジカルギフテッドの持ち主。龍已と同じ超人である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






天内理子

天元様の星漿体である少女。龍已の態度が良かったので天狗になり、調子に乗って後から合流した五条達に失礼なことを初っ端吐いたら千切られそうになった。それは自業自得。

貰ったホットドッグが美味しくて悔しいぃ(ムシャァ)




黒井美里

天内理子のお世話係をしている女性で、近接戦がある程度出来る。だが龍已の動きを少し見ただけで力の差を悟った。向かえば絶対殺されると思ったし、後少しで漏らすとこだった。

君、拉致られたからホットドッグねーよ(五条が食った)




『地ノ晄』

天ノ晄の下バージョン。上から降ってきて目視可能なものと違い、地面によって呪力の気配を消され、突然足下を崩壊させて放射される呪力の光線。あっと思った時には消滅してる。




五条

天内に性格が悪そうな顔してると言われてブチッときた人。足を持っていた。

ホットドッグ美味ぇ……となりながら呪詛師と龍已の戦いを観戦してた人。あのぐにゃぐにゃした軌跡を描く呪力弾はホントにウザイと思う。

黒井が拉致られたと解った途端にもう1個ホットドッグ食った奴。





夏油

天内に自己紹介したら嘘つきの顔だと言ったらしブチッときた人。手を持っていた。

結構近くに龍已が居て大丈夫だろうけど、一応黒井に言われて五条を追い掛けた……隙に黒井拉致られた。普通に失態だと思った。

ホットドッグかい?1個じゃ全く足りないよ。




龍已

天内は気絶させて高専に連れて行って、自分と家入でトレード場所へ行き、黒井を救出しようと思ったが、五条が全員で行くと言っては?となった。いや、護衛対象危険に晒してどうする。

止めなかったら首トンしてた人。あくまで同化が目的だからね。仲良しこよしが目的じゃ無い。

呪詛師ブッコロしてすぐに何か食えるもの売ってないか彷徨ってた。亡霊かゾンビかなんかか。










問・どうやって沖縄に連れて行くことを決めたの?


通りすがりの人に審判をしてもらってジャンケンした。どっちも目を瞑って。

目を開けてやると龍已が動体視力にモノを言わせて出すもの変えてきてジャンケンにならないから。五条も瞑ったのは公平さを出すため。


「ジャンケンポン!」

「えっと……サングラス掛けてる人が勝ちです」

「はーい俺の勝ちー。じゃ空港行こうぜ」

「良し!お主良くやった!さあ、黒井を助けに行くのじゃ!」

「……………………。」

「まあまあ先輩」

「……はぁ」





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第三十一話  術師殺し VS 呪詛師殺し



最高評価をして下さった、みっさーか loup そらちょ コウ… ひざグリ 肉じゃが たくみっち マサカの盾 さん。

高評価をして下さった、蒼柳Blue  鬱せんせい 青髪のカリン nekomamu カフェオレ01 ベラドンナ 黒狼@紅蓮団


さんの皆さん、ありがとうございます!





 

 

 

 

「…っ……アンタ。どっかで会ったか?」

 

「──────気にすんな。俺も苦手なんだ、男の名前覚えんのは」

 

 

 

 突如現れた男に五条が刺された。長い剣は背中から刺されて腹まで貫通している。龍已は五条がこの程度では死なないと信頼して助けには入らず、恐らく目的だろう天内の前へと出て『黒龍』二丁を引き抜いて手に持ち、何時でも呪力弾を撃ち出せるように構えた。

 

 夏油は術式の呪霊操術で巨大なワームのような呪霊を取り出して男……伏黒甚爾に向かわせ、五条は『蒼』の要領で伏黒を飛ばした。足場の無い空中。そこで夏油が呼び出したワームのような呪霊が伏黒に大きな口を開いて丸呑みにした。普通ならば死んでいるだろう。

 

 だが龍已は呑み込まれる瞬間、伏黒は笑っていた。死ぬ間際の人間が浮かべる表情ではない。あれはあの程度では死なない。呪霊が伏黒の身体を粉々に噛み砕いたならば死んだと解るが、丸呑みだと中で何をしているか解らないのだ。

 

 右目は伏黒を丸呑みにした呪霊に向け、左目は血を流して膝を付いた五条と、彼に駆け寄る夏油に向けた。別々に動く瞳が向けられた瞳で五条の出血量と刺された時の角度を頭の中で計算し、内臓が綺麗に外されている事に気が付いて安堵の溜め息を溢す。やはり信頼していただけのことはある。五条曰く、内臓は避け、呪力で強化して何処にも刃を引かせなかったらしい。ニットのセーターに安全ピンを刺したようなものだと。

 

 

 

「天内優先。アイツの相手は俺がする。傑達は先に天元様の所へ行ってくれ。センパイも頼んだ」

 

「夏油が居れば十分だろう。俺も残ってあの不可解な男を仕留めた方が良い。それならば確実だ。俺が援護射撃しよう」

 

「おいおい誰に言ってんだよ。俺だぞ。1人でじゅーぶんだっての!センパイもほら、行った行った」

 

「……油断するなよ悟」

 

「だから誰に言ってんだって」

 

 

 

 いつも通りの五条に少し渋っていた龍已だったのだが、夏油が腕を引いて行きましょうと声を掛けてきたので此処は五条に任せようと考え、その場を後にした。背後から呪霊が斬り裂かれる音がする。武器を使い熟す龍已だからこそ、音で判別できるが……尋常では無い切れ味の刀剣だ。恐らく刀。そんなものは持っていなかった筈と頭の中で考えた。

 

 首に巻き付いているクロが龍已の背後に顔を向けて何かを見たらしい。走って移動している龍已の顔の横で何かを示すように動いている。必死なその姿に、察した。武器庫呪霊だ。クロと同じ武器庫呪霊を飼っているのだあの男は。

 

 ならば何処にその呪霊を隠していた?呪霊な以上、龍已ならば例え4級以下の雑魚中の雑魚呪霊の気配だって見逃さない。だからあの場には居なかった。そこでふと思い出す。あの男からは呪力が一切感じられなかった。非術師でもほんの少しであろうと持っている呪力が0。天与呪縛か何かのようだ。ならば何を得たのか。

 

 対人経験が圧倒的に多い龍已の脳は答えを導き出した。呪力が無かろうと五条の背後で気配を気取られる事も無く近付き、一瞬で距離を詰めた。刹那的な時間で目にした動きは超人的な速度。龍已と同じくらいの速度だった。つまり、呪力の一切を捨てる事を強制されたことにより、超人的な肉体を手に入れたフィジカルギフテッド。だから高専の結界内を自由に移動できた。

 

 

 

「──────先輩!!」

 

「……っ!何だ、夏油」

 

「いえ、エレベーターが着いたのに降りてこないのでどうしたのかと……何かありましたか?悟の事ですか?」

 

「……いや、何でも無い。大丈夫だ、すまなかった」

 

 

 

 高専最下層。薨星宮、参道。入口からエレベーターに乗って降りた所にあるこの場所が、黒井と天内が一緒に居られる場所だ。これより先は余所者の存在を許さない。だから黒井はここから先には行けないのだ。つまり、お別れの時だ。

 

 あの伏黒について色々なことを考えている間に乗っていたエレベーターが目的の最下層に着いていたことを夏油に教えられた龍已はさっさと降りた。一緒に付いてきていた黒井はすぐに立ち止まり、涙を浮かべている。今まで一緒に過ごしてきた家族のような子が、これから同化して消える訳では無いとはいえ、もう会えなくなることが哀しいのだろう。

 

 人として当たり前のことで、呪術界に関わり、星漿体として生まれた事により、将来の成長……老衰というものを奪われた少女は、これまでも不幸な人生を送ってきた。その寂しさや哀しさを埋めてくれたのが黒井だった。

 

 

 

「理子様……私はここまでです。理子様……どうか……」

 

「黒井……黒井、大好きだよ……っ。ずっと……これからもずっと……っ」

 

「私も……っ!!大好きです……っ」

 

 

 

 泣いて抱き締め合って、別れを哀しんでいる。その光景に龍已は憐憫の感情を抱くが、天元との同化は必要不可欠。仕方ないこと。だから悪いがここで、やはり同化はしなくて良い。君は自由だとは言えない。それが夜蛾から新たに与えられたは任務だからだ。

 

 本来2人に与えられた指名式の任務。それに念の為に同行してくれと、呪詛師集団『Q』を皆殺しにした事を連絡した後に言われた。独断の任務斡旋に責任は取ると言われ、こうして一緒に居る訳なのだが、龍已、任務に忠実だ。与えられた仕事は完遂する。だから天内には天元と同化してもらう。

 

 涙を流しながら付いてくる天内を連れて、黒井から離れていった。時々後ろを振り返っている天内を見ると、流石に心苦しいが仕方ないのだ。そうしてトンネルの中を歩き続けて少し、到着した。古い建物が円状に連なり、中央に巨大な縄に巻かれた大樹が立っている空間。天元の膝下。国内主要結界の基底。薨星宮、本殿。

 

 ここまで来れば後は簡単だ。階段を降りて門を潜り、大樹の根元まで行けばいい。そこは高専を囲う結界とは別の特別な結界の内側となっており、招かれた者のみが入ることを許される。そして同化まで天元が守ってくれるのだ。そう夏油が説明した。しかし、その次の言葉に天内と龍已は驚いた。

 

 

 

「──────それか引き返して、黒井さんと一緒に家に帰ろう」

 

「………………え?」

 

「……は?夏油……お前は何を言っている」

 

「夜蛾先生から話を聞いた時、あの人は同化を抹消と言った。つまりそれだけの罪の意識を持て……という意味ですよね。脳筋のくせに回りくどい……だから理子ちゃんと会う前に話したんです。悟と2人で。星漿体が同化を拒んだ時はどうするか……と。悟はその時同化は無しと答えました。例え天元様と戦うことになったとしても……と。だから、私達は理子ちゃんがどんな選択をしようと君の未来は私達が保障するよ。私と悟は最強なんだ」

 

 

 

 龍已は目を細めたのを尻目に、天内は語り出す。星漿体として生まれた自身は周りとは違う存在で、そう言われ続けて、自身にとっては星漿体(とくべつ)が普通だった。危ないことは避けられてこの日まで生きてきた。小さな頃に両親が死んで、今では悲しくも無く、寂しくも無い。だから同化は……離れ離れになることは大丈夫だと思っていた。

 

 どれ程辛くとも、いつかそんなものは消えてしまうと。だがやはり、皆とまだまだこれからも一緒に居たい。色々な場所へ行って、色々なものを見て、色々なことを経験したい。そう泣きながら話すと、夏油は優しく手を伸ばした。

 

 

 

「帰ろう、理子ちゃん」

 

「……っ……うんっ!」

 

「……そういう訳で、見逃してくれませんか、先輩」

 

「お前達が最も恐れるのは天元様との敵対では無く、俺との交渉決裂だろう。今もそうして術式を発動させようとしているのを察知すれば嫌でも解る」

 

「……正直、先輩の理性は固く、任務に忠実なのは解っています。そして私が全力で相手をしても勝てる要素が皆無なことも。だから……お願いします。見逃して下さい」

 

「………………………はぁ」

 

 

 

 泣きながら笑って夏油の手を取った天内を背後に隠し、夏油は龍已と対峙する。問題は龍已だ。この人物ほど敵対して最悪だと思う日は無かったが、こうして敵対することになるとは夢にも思うまい。改めて夜蛾から任務を言い渡された事は知っている。だから天内が同化を拒否して、2人でそれを助けるとした場合、一番の障害は龍已だ。

 

 戦えば先ず間違いなく龍已には勝てない。相性が最悪なのだ。取り込んだ呪霊は術式による遠距離攻撃と判定されてしまい、龍已の術式反転で無効化されて問答無用で消される。階級も関係無い。領域を展開する呪霊を出したところで、龍已の領域を押し合いで制するのは無理だ。だから……夏油は深々と頭を下げた。もう頼み込むしか手段が無いからだ。

 

 腰を折って深々と頭を下げる夏油に習って、天内までも頭を下げ始めた。どう考えても悪者の構図になっていることに微妙な感覚になりながら溜め息を吐き……駆け出した。目にも止まらぬ速度で夏油達の方へ向かい、驚いて交渉決裂かと思っている夏油の背後へ周り、脚を蹴り上げた。

 

 

 

「──────シッ!!」

 

「……生身で弾丸蹴り飛ばすとか。お前もフィジカルギフテッド持ってるって言われなきゃ信憑性無いぞ」

 

 

 

 龍已が夏油達の背後に回って蹴り飛ばしたのは、拳銃から放たれた銃弾だった。夏油達は背を向けていたから解らなかったが、反対に龍已からは見えていた。気配も無く現れた伏黒は拳銃を構え、明らかに天内を狙っていた。だから射線上に躍り出て、飛んでくる弾丸を蹴り上げた。

 

 蹴られた弾丸は下からの衝撃に負けて真上へと飛んでいき、勢いが死んでいって落ちてきた。それを右手で受け止め、親指で伏黒に向けて放った。親指で弾いた筈なのに拳銃で撃ったのと同じ速度のそれは、伏黒のもう1発の弾丸によって撃たれて弾かれた。弾丸を視認する動体視力がある事と、武器の扱いに慣れていること。警戒心があり、反応速度も脅威的であることが知れた。

 

 

 

「──────ッ!?お前……悟はどうした」

 

「あ?……殺した」

 

「そうか──────死ね」

 

「待て、夏油」

 

「……何で止めるんですか」

 

「冷静になれ。お前ではあの男には勝てない。五条がやられたということは何かしらの絡繰りがあるはずだ。その点俺は対人にも慣れているし肉弾戦にも自信がある。お前は天内様を連れて地上に出ろ。同化をさせないことは仕方ないが見逃してやる。その代わりに死ぬ気で守れ。そして地上に居る五条の容態を見てこい。硝子も連れてだ。その後夜蛾先生の元で複数人で固まっていろ。俺が此処から出て来なくても気にするな。良いな」

 

「ですが……っ!!」

 

「──────行け。保障すると言ったのはお前だ。忘れたとは言うまいな」

 

「……解りました」

 

 

 

 伏黒を警戒しながら天内を連れて出口を目指す夏油。当然それを見逃すつもりも無い伏黒は拳銃を向けるが、その拳銃を横から呪力弾が撃ち抜き、伏黒の事をも狙うが身を躱された。ひらりと余裕を持って躱されたことに目を細める。視線を向けること無く避けられた。直感か何かだろうか。

 

 伏黒は『黒龍』を向けている龍已に面倒くさそうな表情をして、夏油達を狙うことをやめた。まずは龍已をどうにかしなければならないと判断したらしい。体に巻き付いている芋虫のような呪霊から、吐き出された刀を受け取ってくるりと回してゆっくりと近づいてくる伏黒に、龍已も『黒龍』を両手に持ちながら構えた。

 

 

 

「お前に問う。本当に五条を殺したのか」

 

「あー?あれは嘘だ。あぁ言っときゃ呪霊操術のガキが冷静さを欠いて突っ込んでくると思ったんだが、やっぱりお前が気付けしやがったな。五条のガキは死ぬほどの傷を負わせたが、死んじゃいねぇよ。時間が経ったら死ぬかもしれねーけど」

 

「……お前の目的は何だ。何故天内様の()()狙った。盤星教辺りに雇われて殺害を依頼されたのではないのか」

 

「殺せとは最初言われたが、殺すなら断るっつったら拉致でいいって言われたから受ける事にした。まあ、拉致って引き渡せばどうせ殺されんだし、大して変わんねーがな。脚狙ったのは動き回られちゃ困るからだ。失敗した訳だが」

 

「……殺すことが目的では無い……?」

 

「もういいか?──────少し寝てろ」

 

 

 

 律儀に投げ掛ける問いに答えた伏黒は、ゆっくりと歩いていた歩みから一転し、豪速で突っ込んできた。その速度たるや、龍已が今まで相手してきたもの達の動きの中で圧倒的に速い。踏み締めた一歩目からの最高速度を叩き出し、持っている刀を振り上げて袈裟に斬り込んできた。

 

 動きが異常に速い。だが見えるし対応出来る。両手に持つ『黒龍』の内、左手に持つ方だけを構えて受け止める。がきりと嫌な金属音を奏でて刀は止まった。それに少し驚きながら笑みを浮かべる伏黒と、目を細める龍已。刀は特級呪具で、恐ろしい程の切れ味を持つ。なのにこの黒い銃は斬れもしないし傷も付いているようには見えない。対して龍已は、片手とはいえ受け止めた時の重さに驚く。

 

 呪力による肉体の強化無しにこの重さ。骨に衝撃が響いてきた。突き抜ける衝撃は地面へ受け流したから問題は無いが、どういう膂力をしているというのか。触れて受け止められ、受け止めた瞬間に一瞬だけ思考した龍已と伏黒は更に動く。右手の『黒龍』を向けて引き金を引き、頭を狙った。それを顔を逸らすことで回避。続いて第2第3の弾丸も撃つ前から避けた。

 

 撃ち込んだのは呪力で形成した弾丸。つまり非術師にも見えない弾丸だ。それを軽々と避けた。しかも普通の弾丸の3倍近い速度で操って飛ばしているのに。恐るべき反射神経に反応速度。そしてそれに付いていく肉体。

 

 

 

「俺は生まれつき呪力が全く無い。その代わりに人間離れした身体能力と、常人より遙かに鋭い五感を手に入れた。高専の結界を通り抜けられたのは呪力を持っていない透明人間だからだ。臓物も透明な俺は体に巻き付いた武器庫呪霊をコンパクトにして飲み込んでる。そうすれば武器を携帯したまま結界の中を通ってあのガキのところまで行けるってことだ」

 

「天与呪縛によるフィジカルギフテッドは予想がついていた。情報の開示によるブースト。だがそれだけで俺に勝てると思っているのか。舐めるなよ術師殺し」

 

「なんだ、知ってたのか──────よッ!!」

 

 

 

 左手の『黒龍』に叩き付けていた刀を引いて、連撃を叩き込んでくる。一つでも当たれば致命傷に成り得る斬撃の嵐の中で、龍已は前に一歩踏み出した。両手の『黒龍』を使って受け止めて、逸らしてを繰り返しながらほぼ零距離で呪力弾を撃ち放つ。近接戦を織り交ぜた銃撃。ガンカタと呼ばれるそれは、弾が無くなれば補充する必要があるのだが、呪力による弾丸を使う龍已には必要ない。

 

 伏黒は刀で一撃一撃を全力で振っているのに、それらを完璧に受けられて、その中で呪力弾を撃ち込んでくる龍已に笑みを深くした。化け物かと心の中で愚痴る。この動きは五条の坊にすら捉えられなかったのに。しかもコイツ……どんどん近づいて来やがる。

 

 龍已の本来の近接戦の戦い方は、距離を取らない。大袈裟に回避もしない。手や脚を使って逸らしたり受け止めたりはすれど、結局行うのは只管前進と怒濤の攻撃だ。止まない攻撃で相手を追い詰め、隙が出来れば徹底的に追い込み、弱点を見つければ執拗に突く。相手が完全に死ぬまで止まらない超攻撃特化の戦闘スタイルだ。

 

 刀を振っている伏黒は拙いと直感した。強化された超人的な聴力が空気を裂きながら飛んでくるものに気が付いた。その数背後から30弱。すぐに龍已から距離を取って振り向き様に飛んでくるものに刀を振った。斬ったのは呪力弾。背後から?と一瞬考えたが、すぐに結論を出す。この呪力弾は遠隔操作が可能なのかと。

 

 幾何学的軌跡を描きながら飛来する呪力弾を弾きながら、突っ込んで来る本体。手数が多すぎる。近接戦をしながら呪力弾を撃ち、避ければ飛び回って面倒な位置から飛んでくる。一振りで7つの呪力弾を斬り裂いた伏黒は、こちらに銃口を向ける龍已に嫌な予感を感じ、すぐにその場から跳び引いた。瞬間、『黒龍』の銃口から蒼黒い光線が放たれ、壁に綺麗な孔を開けた。受ければ呪具ごと孔が出来ていた事にヒヤリとしたものを感じながら、問題ないと判断する。

 

 

 

「──────『黑ノ神』起動」

 

「──────ッ!?ッぶね……ッ!!」

 

 

 

 だが、問題なかったのはここまでだ。龍已の首に巻き付いた武器庫呪霊のクロが、何かを吐き出した。しかし目には見えない。何を吐き出した?と少し考えた時、伏黒は顔を横に逸らした。顔の真横を蒼黒い光線が通り過ぎていく。完全に回避することは叶わず、横側の髪が少しが消滅し、頬に一条の傷を作った。赤い血が流れて負傷した事を気付かせる。

 

 何も無いところから呪力の光線が飛んできた。匂いも無いし音も無い。風の乱れも感じない。本当に何も無い虚空から放たれた呪力。どんな絡繰りだというのか。しかし考えている暇は無い。その一撃貰うだけでも簡単に死ぬ光線が同時6カ所から放たれるのだ。少々無理がある体勢で避けたのは良いが、やはりというべきか、龍已本人も突っ込んできた。

 

 見えない感じられないモノから飛んでくる絶死の光線6つと、零距離を敢えて作り出して近接戦を仕掛けてくる龍已。そして両手の『黒龍』から放たれる呪力弾は遠隔操作で空間を自由自在に飛び交い、死角から向かってくる。怒濤の攻撃が目まぐるしくやって来る。これでは何時か必ずボロが出て被弾して死ぬ。()()()無かった手札。まだまだありそうだと思う中で、一か八か形勢逆転のための一手を取る。

 

 一度その場から距離を取り、体に巻き付いた武器庫呪霊から杭のようなものを吐き出させ、光線やら呪力弾を避けながら地面に突き刺した。その瞬間、伏黒へ向けられた光線や呪力弾が消滅した。目を細める龍已に、伏黒は肩を回して体の調子を確かめ、武器庫呪霊から短剣と鎖を吐き出させた。

 

 

 

「使い切りタイプだが、一定時間遠距離の攻撃を無効化する結界だ。俺からはお前に飛ばせるが──────なッ!!」

 

 

 

 ──────短剣に鎖を取り付けて振り回し、遠心力による加速を与える。避けられない程のものではないが、術式反転で止めるか。それで俺には遠距離が効かないという情報を敢えて開示し、思考的に追い込む。直前で発動してあの男が驚いたとしても、パフォーマンスに変わりは無い。ならばここで晒してしまおう。俺が無駄に考える事も減る。

 

 

 

 龍已は術式反転を使用して、鎖に繋がれた短剣を受け止めることにした。伏黒が近くから暗器などを飛ばしてくる可能性があり、それを直前で止めたとしても、驚きで硬直することは有り得ないと判断した。恐らく対人戦が殆どだと推測される伏黒にとって、遠距離が効かないという相手はこれまでにも居たはずだ。

 

 そして一方で面倒な遠距離攻撃を仕掛けてくる奴が居たから、今のように対策を取れる呪具を持っているのだろう。遠距離攻撃を無効化する結界を張る呪具はその性能から長時間の使用が出来ないという事は解っている。それもあくまで遠距離なので、近づいてしまえば作用しない。自身の術式反転と同じようなものだ。

 

 大凡人に飛ばされたとは思えない速度で飛んでくる短剣に、体の力を抜く。止まると解っている以上、全力で構える必要なんて無いのだから。

 

 

 

「──────本当にそうなのかな?」

 

「──────ッ!?お、お前……虎徹か……?」

 

 

 

 何時の間にか、親友の一人である天切虎徹が龍已の前に居た。最近会えていない親友だが、相も変わらず女にしか見えないその容姿は時価数億はいく絵画の女性像よりも美しい。そんな虎徹は、見慣れた天切家の龍已の部屋で、ベッドに腰掛けながら脚を組んでこちらを見ていた。

 

 ラフな格好は目に毒だろう。しかし見慣れているし男だと解っている龍已にとっては何時もの光景。だが可笑しい。先程までフィジカルギフテッドを持つ伏黒と凌ぎを削っていた筈だ。なのに何故こんなところに居るのか。訳も解らず困惑している龍已に、虎徹は手に持つティーカップに口をつけて紅茶を嗜み、ゆっくりと語り掛ける。

 

 

 

「龍已の術式反転は脅威だよね。君は恐ろしい威力の遠距離攻撃を可能とするのに、君には遠距離攻撃が効かないんだもん。けどさ──────ちょっと天狗になっていないかな?」

 

「──────ッ!!」

 

()()()()()()()()()って思ってたよね?本当に?絶対?君がこの世に絶対は無いって言ったんだよね?2人で最強の五条君とか夏油君が龍已に負けたように、最強に思える龍已も死にかけたよね?相手は恐らくその道のプロだよ?君の情報くらい集めてると思うけどなぁ」

 

「だが……もう術式反転は発動している。あの呪具が俺に届くとは……」

 

「僕は呪具を造り出す呪具師。それもこの世で一番の腕を持つ……ね。そんな僕は君よりも呪具について詳しい。だから教えてあげる。呪具の中には、相手の術式を解除するっていう呪具が在るんだよ。確か昔君には教えたね?名前は何だったかな?」

 

 

 

 

 

「──────────天逆鉾(あまのさかほこ)

 

 

 

 

 

※この間0.001秒

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────黒圓無躰流・『刈剃(かいそ)』」

 

「……チッ」

 

 

 

 飛来する短剣は、確かに発動している筈の術式反転『虚儚斯譃淵』の領域をものともせずに貫通した。そして短剣が触れた瞬間に約4メートルの不可侵領域そのものが解除された。恐らく飛来した短剣は天逆鉾で間違いないだろう。発動中の術式を強制解除するという世にも珍しい術式を持った特級呪具。迎撃態勢を整えていなければ体に突き刺さっていた。

 

 右脚を使って右下から左上への最短最速の蹴りが放たれ、天逆鉾が龍已に辿り着く前に上へと弾いた。伏黒は舌打ちをする。高確率で獲れる一手だと思ったのだ。調べ尽くした情報の中に、龍已は反転術式を使えて術式反転も会得したと書かれていた。しかもそれは遠距離からの害有るもの全てを阻む不可侵領域の展開だということも。だから遠距離は効かない状態に慣れている今ならば、やれると思ったのだ。

 

 どういう訳か体の力を抜いて待ちの姿勢に入っていた筈なのに、突然迎撃態勢を整えた。今の一瞬に何があったのかは解らないが、防がれたものは仕方ない。弾かれた天逆鉾は鎖ごと寄せて振り回す。先端が捉えられない速度に達して空気を切り裂いている音が鳴る。そして、龍已は伏黒に向けて駆け出した。

 

 鎖を巧みに操って天逆鉾を嗾ける。当たれば腕は確実に持っていく力を持ったそれは、最小限の動きで躱され、避けられた天逆鉾は地面を大きく抉って砂煙を上げた。拙いと直感する。巻き上がってしまった砂煙を使って姿を眩ませられた。ならば気配でと意識を集中するが、何も感じない。呪力すらも断ち切って紛れやがった。何処へ行ったか探すフリをして、手の中に戻した天逆鉾を背後に突き刺した。

 

 来るならば背後。音もした。それ故の振り向き様の一撃。しかしそれは空振りに終わった。少し変な足音だと思ったその正体は、脱ぎ捨てられた靴が一足置いてあっただけだ。本体は……真っ正面からやって来ていた。急いで振り返った伏黒は驚異的な肉体の動きで間に合いはしたが、龍已は別に斬り付けた訳でも何でも無い。一つの『黒龍』はホルスターに納め、もう一つは口に咥えている。空いた両手は……掌印を結んでいた。

 

 

 

「領域展開──────『殲葬廻怨黑域(せんそうかいおんこくいき)』」

 

「バカが──────領域も術式だッ!!」

 

 

 

 世界を純黒に染め上げて呑み込む領域が展開される。最高練度のそれは、術式も呪力も持たない人間である伏黒にとって最悪の事態。抵抗も何も出来ずに、殺される瞬間を待つしかない地獄の空間。内側からは出ることが不可能の理不尽。しかし、手に持つ天逆鉾が伏黒を救い出す。

 

 呑み込まれようとする瞬間、異質な呪力を帯びる天逆鉾が龍已の領域すらも強制解除してみせた。発動している術式ならば問答無用で解除する天逆鉾には、あの領域でさえ抗えなかった。そして罅が入って瞬く間に破壊される領域。純黒の世界から彩りを取り戻した世界に解き放たれた超人の肉体は、正確に龍已の体を刺し貫く()()()()

 

 足下の地面が砕けて足の裏から甲まで何かが貫通してきた。痛みに我に返りながら思うのは、飛び交う呪力の弾丸。だがおかしい。そんなことは有り得ない筈だ。

 

 脚を突き抜けてきた呪力弾は意志を持つように伏黒の両脚を出たり入ったりを繰り返して貫通を何度も行い、幾つもの風穴を開けた。如何に超人と言えども動くための筋肉を断たれれば跳躍すらも出来ない。その場から動くことが出来なくなった伏黒の、天逆鉾を持つ腕は速度を落とさざるを得ず、天逆鉾を持つ手の手首を取られ、捻られ、空中へと投げられた。

 

 

 

「黒圓無躰流──────『飜礙(はんがい)』」

 

 

 

 手首を取られ、捻られたことで天逆鉾を取り溢した。ずきりとした痛みが奔って顔を顰める間に、今度は腕を取られて関節を極められながら空中へと投げられた。その際に腕からはばきごきと鈍い音が何度も鳴り、数箇所に於いて骨を折られたことを悟らされた。痛みが尋常ではなかったが、空中に投げられた伏黒は体を捻って体勢を整える。

 

 しかしそれは悪手だった。大凡の落下地点に移動し終えている龍已が脚を大きく開き、右拳を引いて構えていた。狙った通りの場所へ落ちてくる伏黒。折られたのは右腕だ。脚は使い物にならないが、まだ左腕がある。武器庫呪霊の口から伸びている、もう一方を観測されない限り際限なく伸び続ける特級呪具の鎖を握り、操って天逆鉾を龍已の背後へ向けた。

 

 落ちて最適の落下地点に到達するよりも先に、天逆鉾が到達した。背中から不思議な形をした刃が肉を突き破り、胸から貫通した刃が出て来た。大量の血が噴き出るも、龍已の顔に苦渋の色は見えず。肉を斬らせて骨を断つ。どんな攻撃をされても受け止める覚悟は決めていた。

 

 

 

「黒圓無躰流──────『鏖砲(おうほう)』」

 

 

 

 晒された左脇腹に拳が突き刺さった。触れられた瞬間に解る、解ってしまうこの殴打の強力さ。手加減した一撃にも拘わらず、伏黒の脇腹は大きく抉れ飛んだ。そして訪れる第二撃目が体の中に衝撃を張り巡らせていく。全身の内側からやってくる痛みそのものに意識が飛びかける。

 

 殴打の威力で後方へと吹き飛ばされていき、壁に激突して止まった。砕けた壁の一部が、叩き付けられた後に床に落ちて背を預けている血塗れの伏黒に降り注ぐ。ぱらぱらと壁の破片が鏤められているのを、他人のような感覚で味わっている。切れた額から流れる血が目に入ってレッドアウトした視界の中で、龍已が此方に向かって歩いてくる。

 

 背中に突き刺さった天逆鉾を無理矢理引き抜き、血が噴き出るも掛けられた反転術式によって瞬く間に完治。傷一つ無い状態となった。体の前面は今更どうこう言う程の綺麗さは無く、古傷だらけなのだが、背中の傷は一つも無かった。

 

 

 

「…っ……げほ」

 

「反転術式がある以上首を斬り落とすか、この天逆鉾で頭を刺すかしか俺を止めることは出来ない。つまりお前は、最初から俺を気絶させるのが目的だったのだな。名は何だ」

 

「は、はは……げほッげほッ……殺すとは……考えなかったのかよ。……伏黒、甚爾だ」

 

「伏黒甚爾……。お前の攻撃に殺意が無かった。……どうしても解らん。教えろ。お前は最初、天内様のことを拉致するつもりだと言ったな。殺せと言われたものを拒否する程、殺すことに抵抗した。殺した方が格段に楽な筈なのにも拘わらずだ。それだけの強さがあって殺しはしない。ならば何故こんな事をしている」

 

「……金が……いる。嫁が目を覚まさねぇ……その治療にクソみてぇな金が掛かる。だからこの仕事をしてた。そもそもこの仕事は報酬が3000万だ。最先端技術を使って集中治療室にも入れてる。だから金がいる……それにガキも2人居る。こんな仕事してっから殆ど会ってねぇが……な。本来……嫁はもう死んでてもおかしくねぇ」

 

「……病気か。持ち直したのか」

 

「いいや……知らねぇガキが一度術式か何か使って嫁を治した。……が、再発した」

 

「人を殺さないのはお前の妻への後ろめたさか」

 

「……違ェ。俺の仕事のことは知ってる……だから殺す必要が無ければ殺すなと言われた。それを……俺は律儀に呪いとして守ってんだ。笑うぜ」

 

「……俺は笑わん。良い妻だろう。お前のことを思い呪いを掛けている。結局、お前は人を殺した事が無いのだな」

 

「昔は殺したが……嫁に会ってからは……殺してねぇ……これからも……無闇には……殺……さ………ねぇ……………」

 

 

 

「──────その言葉、違えるなよ」

 

 

 

 出血多量で意識が朦朧としていく中、伏黒が見たのはこちらへ手を伸ばす龍已の姿だった。あぁ、これでお終いか。この仕事をやれば大金が手に入り、嫁の治療に当てる事が出来ると思ったが、ここで自身は死ぬ。

 

 五条の坊の対策は立てて、実際に戦闘不能にしてやった。呪霊操術のガキの対策は攻めるだけのゴリ押しで十分だった。だがコイツの対策は面倒だった。金が掛かる呪具を買い取って遠距離を無効にしながら天逆鉾を使って術式を強制解除し、腕や脚を刺して動きを一時的に封じた後に気絶させて終わりにするつもりだった。だが無理だった。

 

 情報に無かった呪力弾の遠隔操作。見えないナニカ。黒圓無躰流という格闘術。遠距離攻撃の多さに加えて本人が突っ込んでくる厄介性。しかもフィジカルギフテッドを持っている自身と同等以上の肉体。そして領域展開の修得に反転術式。無理だと解った仕事は引き受けないし、逃げるべきだと思った場面では即逃げる自身が、何故ここまで立ち向かったのか。

 

 解らないが、コイツとは戦って勝ちたいと……勝たないといけないと思った。思わされた。まあその結果がこれなのだが、仕方ないのだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 伏黒甚爾。呪力から解放された新たな肉体を持つ超人。その意識は黒い黒い暗闇の中へと引き摺り込まれていったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






黒圓無躰流・『飜礙(はんがい)

背負い投げをしながら関節を決めた腕の骨を上腕から前腕に掛けて砕く技。空中へ投げるか、地面に叩き付けるかは投げた側次第。



黒圓無躰流・『鏖砲(おうほう)

超一点集中で打ち込んだ衝撃を突き抜けさせる、鎧通しの技。防御は不可能。防御すれば腕を千切り、突き抜けた衝撃が離れた体をも貫く。その後、通り抜けた衝撃の余波が訪れて第二撃目が打ち込まれる。馬鹿みたいに威力が高い呪力無し逕庭拳みたいなもの。ただし、一撃目の時点で体に大穴が空いて、二撃目で体は消し飛ぶ。

会得して使い熟した者は、初代と龍已しかいない。




五条

自信満々に行かせたのに、伏黒甚爾にボコられた。腕と脚を滅多刺しにされ、腹も何度も刺されて死にかけている。おっと、プラスのエネルギーの気配が……。




夏油

天内を逃がすことを決めるが、一番デカい壁が龍已であることを解っていて、いやこれクソゲー……と普通に絶望してた。まあ許してくれたけど!

家入に事情を説明して来てもらったら、龍已置いて行った事にキレられた。




家入

寮に居たら焦った夏油から電話が掛かってきて現場へ急行。血塗れの五条を見つけるも……あれ?となる。

先輩置いて行った?……どんな事情があれ夏油、お前のその前髪後でちょん切るからな。

この子が天元様と同化する子?え、同化は無し?へぇ、ウケる。




黒井&天内

同化が無くなったことによって抱き締め合って再開を喜んだが、置いてきてしまった龍已が心配している。と、思ったら血塗れの五条を発見。普通にヤベェ……。




龍已

天内様の同化は無し?は??????????????

呪力が無いのにバカみたいな速度で走る伏黒甚爾に普通に驚いた。

解ると思うけど本気では無い。本気だったら視界いっぱいの呪力弾をぶち込むし、武器庫呪霊最初に狙う。んで領域展開で終わり。


昔は殺しても、嫁が出来てからは殺してないと……ふーん?




伏黒甚爾

呪力から解放された、謂わば新たなステージに入り込んだ唯一の人間。フィジカルギフテッドのフィジカルゴリラ。なのに同等以上の肉体持つ龍已が居て、は?ってなった。

まさかここまでとは思わなかった。嫁は今のところ生きてるし、子供が居るのは覚えている。名前は偶に忘れる。

稼いだ金を増やそうと、お馬さんを見に行って泣きたくなったのは記憶に新しい。だからクズなんだっつーの!




領域展開後に術式使用

公式曰く、領域展開をした後は肉体に刻まれた術式が焼き切れて、術式の使用が困難になるとのこと。困難。困難ですってよ奥さん!無理じゃ無いんですって!まーお買い得っ。



明らかな弱点、龍已パイセンがそのまんまにすると思ってんの?(煽り)



毎日領域展開してる人が耐性とか……焼き切れない加減とか……身に付けないとでも??(煽り×2)




作者

え、戦闘これでいい?大丈夫?幻滅しない?してもいいけど。

あ、誤字報告ありがとうございます!

昨日ゴールデンカムイの2期見てて、尾形テメェ!!良いのは声と射撃センスだけだなマジで!!ってなってた人。







????

ん?ちょっと練習がてらやってみっか……ん?お姉さん伏黒?は?



…………………ふぅ……知ーらね。





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第三十二話  改道



最高評価をして下さった、オミ サトル285 chi-kun 芯金 サーモンの稚魚 バルラ ナタキ さん。

高評価をして下さった、ガンマニア 我蛙 nekomamu コセイ とりーむ


さんの皆さん、ありがとうございます!





 

 

 

 

「──────……っ………あ?」

 

 

 

 伏黒甚爾は目を覚ました。瞼を開けて視界に広がるのは満開のお花畑……ではなく、真っ赤な血の池……という訳でも無く、知らない天井が広がっていた。人間離れした嗅覚が薬品の匂いを嗅ぎ分け、聴覚が人の動いた時に出る布擦れの音が聞こえてくる。

 

 隠れるつもりが無いようで、カーテンに仕切られたこの場所の外側に誰か居るのが気配でも解る。その気配には覚えがある。アイツだ。天与呪縛でフィジカルギフテッドを獲得した自身を良いようにボコボコにしたあの終始無表情のガキ。あれがすぐそこに居る。いや、そもそも何故自身は生きている。

 

 上半身を起き上がらせ、右手で何気なく頭を掻いた伏黒はハッとした。確か右腕の骨は何カ所も砕かれた筈。本来は動かせば激痛が奔る。腕を持ち上げて振ってみても痛みは無い。形も変形している訳でも無い。折られる前のものそのものだ。

 

 脚も痛みが無い。呪力弾が入っては抜けてを繰り返して穴だらけになって動かせなくなった自身の脚。体に被せてあったシーツを取って見てみると、脚も無傷だ。左脇腹は殴打で穴を開けられた。だが穴なんてものはどこにも開いていない。どうなっているのか。そう思案した時にカーテンが開かれ、無表情の男が入ってくる。龍已だ。

 

 

 

「目が覚めたか。体に違和感はあるか」

 

「ねぇよ。……なんで殺さなかった」

 

()()だ。殺される心配が無い等と自惚れるなよ。お前の命は俺の掌の上だ。不用意に動けば即殺す。それでも今生かしているのは、お前にやってもらいたい事があるのと、お前を深く知らないからだ」

 

「……とりあえず、何をやらせるつもりだ?」

 

「盤星教が邪魔だ。天内様を見つけ出し、引き渡された後に殺すだろうというのはお前の言葉だった。だから影武者を殺したように見せ掛けて依頼者に渡せ。その現場を映像に残すなりして押さえる」

 

「星漿体の顔は割れてんだぞ。どうするつもりだ」

 

「呪具を使って変装する。俺が」

 

「……彼奴らもカワイソウなもんだなァ。興味ねぇけど」

 

 

 

 医務室だろうベッドから立ち上がった伏黒に警戒することも無く背を向けて部屋を出ようとする龍已。その背中を見て、隙がねぇなと思う。真後ろに立っているのに動きの一つ一つが勘付かれている。まるで全身を全方位から監視されているかのようだ。まあ、それでも生きているだけ御の字だろう。どんな理由があろうとも。

 

 先に出ていった龍已に続いて、何の縛りも無しに自由にするとは、流石に無用心じゃねーか?と、気配で監視されている状況でも思うところがある。ここで裏切ったらどうするつもりなんだと、龍已の手の甘さに微妙な感情を抱きながら首の後ろを掻いた。そして手に何かが触れた。

 

 固い感触だ。金属のような何かが首を一周して付けられている。繋ぎ目は無い。一通り触れてみたが外せそうにないそれは、首輪のように感じた。寝ている間に襲撃してきた奴の首に巻かれた怪しいもの。十中八九普通のものではないだろう。察するに、何かしらの裏切るような動きをしたりすれば、即殺す為の呪具だ。甘い監視なんかじゃ無い。言葉通り、伏黒甚爾の命は龍已の掌の上だ。

 

 可愛げがねぇガキだと溜め息を溢しながら、医務室から出て行く。すると扉を開けてすぐに見たことある顔があった。天内理子だ。星漿体のガキがなんの護衛も無くこんな所に居やがる。……と、思ったが、よくよく気配を探れば龍已のものだった。全く気が付かなかった。

 

 

 

「変装をすると言った筈だぞ。お前は俺の話を聞いていたのか」

 

「……フツーは驚くだろ。どうなってんだそれ」

 

「信用なんぞしていないお前に教える必要は無い。その首に付けられた呪具が良い証拠だ。仮に俺の言葉に沿う行動をしなかったり、逃げだそうとする行動や考えを俺が察知したら起動させる。どうなるかは……言わんでも解るだろう」

 

「……俺はお前を依頼人の所に連れてきゃいいんだろ。あれからどんくらい経った」

 

「1時間程度だ。それと、言っておくが俺の心臓が止まってもその首輪は発動する。お前は、お前が死んだ()()()()()良く考えて行動しろ。良いな」

 

「……鎖に繋がれた野良の狂犬か何かか」

 

「全く以てその通りだな」

 

「……ケッ。わーったよ。時間が惜しいんだろ、さっさと行こうぜ」

 

 

 

 無表情の天内が淡々と話すのは不気味だ。あれだけ元気が溌剌としている少女が一変して無表情で妻や子供の事を盾に脅しているともなれば驚くだろうし、天内のことを知っている五条達が見ても爆笑するだけだろう。

 

 龍已は腕を回して元の姿との差異を確かめながら歩き出す。伏黒もその後を付いていく。此処は高専の結界内。伏黒は呪力が0の透明人間なのでアラームは鳴らない。そして歩いていくと、伏黒と五条が戦っていた所にやって来る。『蒼』で抉れた地面に破壊された建物。殺してはいなかったが、放っておけば死ぬほどの傷なのは確かだ。

 

 しかしその事に触れないということは生きているのだろう。自身の傷を跡形も無く消した手を使ったりしたのだろう。取り敢えず考えることはやめて、伏黒は天内の姿をした龍已から自身の携帯を受け取って電話を掛ける。勢い余って殺したが、天内理子を手に入れた……と。

 

 落ち合う場所は決めている。龍已もどこかへメールを送っているようで、伏黒から聞いた依頼人との合流場所を聞いて、その場所をメールに書いて送った。嘘を吐けば死ぬので真実しか話していない。そしてこのまま天内理子……の姿をした龍已を渡せば怪しまれるなと思っていれば、龍已は首に巻き付いたクロからナイフを受け取って頭を斬った。

 

 血が流れていく。傷自体は軽傷だが、見た目は重傷者みたいだ。まさか自分で傷を負うとは……と見ていたが、コイツなら普通にやるだろうなとも納得した。予め傷を作って血を流しておく事で、それっぽく見せるのだ。

 

 高専の敷地から出てタクシーを拾って向かう。最初血塗れの少女と堅気には見えない男が乗ってきてギョッとしていて警察に電話をしようとした運転手だが、他でも無い血塗れの少女の姿をした龍已に脅されて走り出した。向かうのは盤星教、星の子の家だ。場所に着けば龍已が金を払って伏黒と降り、建物の陰に隠れる。

 

 そこで龍已はクロから、伏黒が使っていた武器庫呪霊を吐き出させた。龍已が捕まえて無理矢理呑み込ませたのだ。勿論天逆鉾は没収しているので首輪は外れない。伏黒の武器庫呪霊に態と呑み込まれ、伏黒は落ち合う場所へ武器庫呪霊を体に巻き付けながら向かった。多分息できないだろうから、少し早足で。

 

 

 

「──────おらよ。星漿体、天内理子の五体フルセットだ。殺しちまってから少ししか経ってねーからホカホカだぜ」

 

「フム……確かに。金の受け渡しは手筈通りに。多少色も付けよう」

 

 

 

 死んでいないとも知らず、袋に天内の姿をした龍已を詰めていく盤星教の代表役員、園田茂に伏黒はあーあと思う。どうせこの現場も録画されてるか録音されてるんだろうなと察する。どうせ自身にはどうすることも出来ないが、解体が確定した盤星教に心の中でご愁傷様と言っておく。

 

 園田は駄目元で依頼した天内の奪還が殺されて持ってこられた事に気を良くしたのか、要らない情報をベラベラと喋る。曰く、盤星教は奈良時代に天元が日本仏教の広がりと共に術師というマイノリティに対する道徳基盤を説いたのが始まりだとされているらしい。そして星漿体は穢れであると認識しており、500年に一度の同化は禁忌とされているらしい。

 

 同化を阻止して天元が暴走してしまい、人間社会がめちゃくちゃになったのだとしても、星と共に堕ちるというのならば已む無しとまで言い切った。頭が可笑しいんだろうなと察してやって、自分はこのあとどうするか適当に考える。取り敢えず表通りに出るかと考えて、受け渡しをした地下から出て行った。

 

 伏黒が出て行って少しした頃、現場には五条と夏油がやって来ていた。伏黒の事は自身に任せろと言われたので、五条は少しごねたが任せ、その代わりに助けに来てくれと言われた。来る前に龍已がメールをしていたのは五条と夏油で、場所を報せていたのだ。

 

 表から堂々と入っていき、下への階段を降りて扉を開けると、血塗れの天内の姿をした龍已が床に寝かされ、それを盤星教の信者達が満面の笑みで拍手をし、喜びを噛み締めている。これがもし、本当に天内の死体だったらと考えると、同じ光景だったらと思うと、五条と夏油はこの場に居る全員を殺してしまいたくなった。

 

 五条は反転術式を会得していた。殺されてはいないが、死にかけた事により龍已と同様呪力の核心を掴み、反転術式を覚えて自力で傷を治した。それからは何故か頭がハイになっていて、全てが自分を中心に回っているのだと錯覚している。

 

 

 

「傑。コイツらこの場で殺すか?今なら、多分何も感じない」

 

「……気持ちは解るが先輩の前だ、やめておいた方が良い。それにそもそも意味が無い。此処に居るのは一般教徒しかいない。呪術界(こちら)を知る主犯はすぐに逃げただろう。まあ依頼人はもう逃げられないが。それにもう言い逃れは出来ない。元々問題のあった団体に最後のトドメを刺したんだ。すぐに解体される。先輩のお陰だ。……もう帰ろう」

 

「……そうだな」

 

 

 

 五条が寝そべっている龍已を抱いてその場を後にし、夏油もその後に続く。意味は無いとは言ったが、意味が無くてもアレは殺しても良いと思った。殺してしまいたいとも思った。だが非術師だ。術師は非術師を守るために居る。そう心の中で唱え続けて心を落ち着かせている夏油に、五条と龍已は気が付かなかった。

 

 星の子の家から出て来た五条達は、高専の車の中に乗り込んだ。3人が乗ってドアを閉めると、五条の腕の中でぐったりとしていた天内の姿をした龍已がパチリと目を開けて体を起こした。死体の真似はもう終わりだ。必要が無くなったので演技はやめて普通に椅子に座る。無表情で大人しい天内が気味が悪いと思ったのは仕方ないだろう。

 

 

 

「その姿のセンパイについて笑いたいところだけど、それよりもアイツはどうした?」

 

「先輩の話だと此処に来るということですが、本当ですか?襲撃して悟を殺しかけた奴ですよ」

 

「車の特徴は伝えてある。来なければ死ぬだけだ。必ず来るだろう……噂をすれば」

 

「──────よォ。五条の坊と呪霊操術のガキにご主人サマ。ちゃんと来たから首輪発動させんなよ」

 

「……変な動きをしたら、私がお前を殺してやる」

 

「へーへー」

 

「オッサン。俺と後でやり合おうぜ。今ならオマエを簡単にぶちのめせる」

 

「俺みたいな猿に負けた奴が吠えるじゃねーか」

 

「あ゙?」

 

「……喧しい。今は高専に戻ることを考えろ。五条も夏油も、全て抑えろとは言わんが、まだ他にやることがあるだろう」

 

 

 

 天内の少女漫画らしい声で叱った龍已に威厳はあまり見られないが、無表情と記憶にある本来の龍已の姿を思い浮かべて大人しくなった3人。普通に今の状況は面倒くさい事になっている。天内は同化をしないということになっているし、襲撃してきた伏黒は生きていてこうして一緒に居る。

 

 これで怒られるのは、伏黒を除いてこの中で一番年上な龍已である。こんな事が無いように同じに任務を与えられたというのに、結局龍已は五条達を止めることが出来ず、襲撃者も保険は掛けているとはいえ野放しにしている。はぁ……と溜め息を吐きながら、服の中に隠れていたクロに伏黒の武器庫呪霊を呑み込ませるのだった。

 

 そうしてその後、高専に戻った龍已はまず、伏黒を呪符の貼られた部屋に連れて行って手脚を縛って拘束し、少しの間待っているように伝えた。怠そうにしながらはいはいと返事をする伏黒を確認し、今度は天内と黒井を国外へ逃がす算段を立てる。

 

 天内は星漿体であり、同化は今日の満月に行われる。だが天内はこの日本から脱出させ、同化させようにも、どうしようも無くさせる。それ以外にも天内を狙おうとしている輩が居た場合も考えて逃げさせる。この世に絶対は無い。どこかで天内が生きているということを知られる事もあるだろう。なのでほとぼりが冷めるまで、天内と黒井には国外でバカンスでもしてもらわなくてはならない。

 

 生きていたことを知られれば、恐らく殺される。例え同化する意志が無いとしても、星漿体であるというだけで狙おうとする者は出て来るだろう。それ故に龍已は、携帯で国外行きの飛行機を頼む。行くならすぐの方が良い。結局夏油は夜蛾の所へ行っていないので、まだ天内が天元の所へ行っていないという情報は渡っていない。

 

 伏黒が五条との戦闘で気を引くために蠅頭をばら撒いた事によると処理で、その時の高専はてんやわんやだったが、伏黒が目を覚ますときにはもう処理は終わっていた。だがその後の報告だったりで夜蛾は忙しいので今のところは大丈夫だ。後で、実は天内を海外へ送っちゃいましたーと言ってネタばらしするのだ。知っても後の祭り状態にする。

 

 

 

「本当に……何もかもありがとうございました。このご恩は忘れません」

 

「……ありがとう、五条。夏油。黒圓。家入。お前達のことは忘れないから。また、日本に帰ってきた時には皆で遊ぼう!」

 

「私は理子ちゃん達を送り届けるから、まださよならではないけどね」

 

「はは。本当に逃がすんだ、ウケる。んじゃ、ばいばーい。怪我すんなよー」

 

「じゃーな天内、黒井さん。金使い果たすなよ」

 

「天内様。黒井さん。御達者で。また会える日を楽しみにしています。それと後輩の七海と灰原もお二人の為に動いてくれていたので、覚えておいてあげて下さい」

 

「解りました。ご挨拶が出来なくて残念ですが、その時になったら訪ねるとお伝え下さい」

 

「1回話したから大丈夫!……ばいばい、皆!!」

 

 

 

 元気に話した天内と黒井は目の端に涙を貯めながら手を振って高専の車に乗り込んだ。もうさっさと行かなければならないので、別れの挨拶は短くなってしまう。だが今生の別れという訳では無い。今の日本は天内達にとって危険地帯だから、安全になるまで海外に逃げていてもらうだけだ。

 

 金については問題ない。逃がすという手を取らせた五条と夏油が責任を持って工面する。勿論、龍已も乗っているので出すが、9割は2人が払う。飛行機代と海外で生活するための生活費、その全てを。まあ特級でありながら次期五条家の当主となる五条にはそんな金はポンと出せるし、特に金の使い道が無かった夏油も貯金があるので軽く出した。

 

 普通に総額が億に達しているのに天内と黒井がビックリしていて受け取れないと辞退していたが、受け取らないなら金は出さないとまで言われて逆に脅されたので、渋々受け取っていた。因みに、龍已は行き先をハワイに設定していた。色々と苦労があっただろうから、楽しんで来いという意味でだ。

 

 それと、龍已の携帯には天内と黒井の電話番号とメールアドレスが追加されている。全員交換していたのだが、龍已だけまだ交換していなかったので、自身のものなんて別に必要ないのでは?と口にした瞬間毟り取られて入れられた。この一言で定期的にメールや電話が2人から来ることを今はまだ知らない。どんだけ感謝されてると思ってんだ。

 

 普通の女の子らしい喋り方に戻って別れの挨拶をして、車に乗り込み、夏油も一緒になって付いていった。最初は五条が行こうとしたのだが、黒井を拉致られたことを思い出して、今度はしっかり守るからと手を上げたのが夏油だった。なので護衛は夏油に任せた。

 

 さて、と龍已は気持ちを入れ替える。残る問題を片付けなくてはならないが、返答次第によっては死体が生まれることになる。ある伝手で手に入れた情報を携帯で見ながら、伏黒の居る部屋へと向かった。

 

 

 

「──────さて、旧名禪院(ぜんいん)甚爾。改め伏黒甚爾。お前にはもう少し聞きたいことがある。その答えによって未来が変わる。心して答えろ。ただし嘘偽りの答えはやめておいた方が良い」

 

「……分かった。そもそもお前相手に嘘なんざつかねーよ。まだ命は惜しいんでな」

 

 

 

 旧名禪院甚爾。婿入りをしたことによって伏黒と名前を変えたこの男は、元々呪術家系からの出だった。しかも禪院家というのは呪術界に於いて御三家に名を連ねる名家である。しかしこの御三家の中でも血筋を最も重要視していて、相伝の術式を持っていて当たり前。持っていなければ軽蔑され、術式そのものを持っていなかったり、呪力量が少ないと人間とすら見てもらえない。

 

 禪院家に非ずんば呪術師に非ず、呪術師に非ずんば人に非ず。相応しい人間以外は人として見ない。そんな厳しい言葉を掲げる禪院家に生まれた伏黒への扱いは、相当酷いものであった。

 

 今でこそあの五条を戦闘不能にさせる程の力を持つ伏黒は、フィジカルギフテッドを与えられても、術式はおろか呪力が全く無く、その身一つでは4級以下の呪霊である蠅頭すらも祓うことは出来ない。そうくれば禪院家で虐めが起きるのは当然のことで、意味も無く暴力を振るわれ、無視され、本人に聞こえるような陰口を言われる。やることも掃除や洗濯と雑用も良いところ。だから自分の意志で禪院家を出た。

 

 行く宛ての無い伏黒はまだ仕事も見つけていなかったので、町などで知り合った女性と肉体関係を作り、家に居座ったりして金を貰い、パチンコや競馬などに行って貰った金を擦り、偶に知り合った仕事を仲介する人間から仕事を貰い、人殺しをして稼いだりしていた。

 

 周りから猿だ猿だと言われていた伏黒は、特に目的も無いままその日その日を生き続けた。だがある日、今の妻である、暁美(あけみ)と出会い、猿と言われ続けた自身を肯定してもらい、恋愛関係になって結婚までした。子供も生まれて家族らしい構図となった時、体がそこまで強くない暁美が病床に倒れて死の淵を彷徨った。

 

 一時は死ぬ寸前まで行ったものの、何処の誰かも解らない子供が何かしらの術式を行使して一命を取り留め、元の元気な姿を見せてくれた。しかし少し経ったらまた病気が再発し、病院のベッドに戻る結果となった。今度は術式を使った子供が居ないので、死なせるわけにはいかないと集中治療室に入れていた。

 

 だが金が掛かる。集中治療室で最先端技術による治療ともなれば、毎日毎日金が掛かってくる。諸事情で(お馬さんを見て)金が無くなった甚爾は暁美を死なせないために仕事を受け続けた。そこまで高い報酬が有るわけでもないのでギリギリで……だから自身の子供にすら殆ど会っていない。

 

 しかも昔に肉体関係にあった女が病んでしまい、甚爾の元へ自身の子供を置いて消えてしまった。謀らずも出来てしまった血の繋がらない子供。養育費が2倍である。忙しいのに何なんだよと舌打ちしたのは良い思い出である。

 

 妻の暁美からは必要ないのに殺しはしないでと言われたのを呪いとして受け取り、殺せと言われた仕事は受けていない。非術師も殺したことが無い。術師を専門とした仕事をしており、殺しはしない。だが捕まえて引き渡した後は恐らく殺されているだろうことで、別に殺していないのに術師殺しと呼ばれるようになった。

 

 

 

「こちらでも色々と手を回して調べはしたが、直接お前の口から訊いておきたい」

 

「……好きに質問でもなんでもしろよ」

 

「──────非術師を無意味に殺した事はあるか」

 

「……ぁあ?」

 

 

 

 先ず最初に龍已が聞いてきたのは、甚爾が今までの人生で非術師を殺した事はあるかということだ。椅子に座らされて手脚を縛られている甚爾は前に立つ龍已の事を見上げながら考える。嘘をつく為に捏造する話を思い浮かべているのではなく、過去を思い出しているのだ。

 

 自身は禪院家で人間では無く、猿として扱われた。だからあの猿は、この猿は、そう言われて過ごしてきた。だからか、術式を持って恵まれた奴等を殺したりボコボコにしたりして術式を持たずとも、人間として扱われている奴よりも強いのだと、勝手に自身を肯定するために術師を狙っていた。

 

 恵まれたオマエは、呪術も使えねぇ俺みたいな猿に負けたんだ。そう言って殺した術師に吐き捨ててやったこともあった。俺は猿じゃねぇ。そう言い聞かせるために仕事を受けた。だから何の力も無い非術師なんざ狙った事は無い。狙う必要も無い。絡まれたら喧嘩してボコボコにしたことはあるが、それだけだ。

 

 

 

「──────ねーよ。殺したのは嫁に会う前だし、その時も相手は術師だ」

 

「……成る程。嘘では無いか。ならばもう一つ。お前が殺してきた術師の中には善人も居た。今は殺していなくとも殺した事は変わらん。人によってはお前を呪詛師と同じ括りと扱うだろう。だがその話を限りなく無しに出来るとしたら、お前はどうする」

 

「どーもしねぇ。嫁を治すのには金が要る。そう言われたところでやることは変わらねぇ」

 

「ならばそのお前の妻が治るとしたら……お前はこれからどうする。何をしたい。何を為せる」

 

「治せる……治せるなら……何だってしてやる。術師をとっ捕まえるのも、呪霊を祓うのだってやってやる。命令されるがままに従ってやる」

 

「──────その言葉、違えるなよ」

 

 

 

 龍已は甚爾の目を真っ正面から見つめる。琥珀の瞳に黒いナニカが灯り、嘘偽りは赦さないと語る。そしてそんな瞳を見て甚爾が悟った。龍已が非術師を無意味に殺してきたかどうかを聞いてきたのは、呪詛師に類する行動をとってきたかどうかを確認してきたのだろう。

 

 そういう場合、大体は呪詛師に大切なものを奪われた時の奴の反応だ。龍已もそうなのだろう。しかも、人を殺してきたからこそ解るものがある。コイツは、黒圓龍已は人を殺した事がある。いや、それだと語弊が生まれるだろう。殺した事があるではなく、今も尚殺し続けているのだ。

 

 この業界では何時か必ず人を殺す時が来る。だがそれは所詮、必要に迫られて殺すのだ。嬉々として己の意志で殺したりはしないだろう。相当イカレていない限りは、人を殺したいと思わないはず。どちらかというとそういう思考は呪詛師寄りだ。つまり龍已は後者の呪詛師寄りの思考回路で、呪詛師のみを狙って殺している。

 

 龍已が本来相手にしている相手のことを看破していると、件の龍已は部屋を出て行った。自身以外誰も居ない、呪符が所狭しと貼られた部屋。灯りは蝋燭に点けられた小さな炎のみ。時計すらも無く、唯椅子に縛られて戻ってくるのを待つ。どの位待っただろうか。体内時計で一分少しだろうと当たりをつけた時、ドアが開いて龍已が戻ってきた。そして開口一番、甚爾の思考を停止させた。

 

 

 

「お前の妻、伏黒暁美だが──────今完治させた」

 

「…………………あ?」

 

「そして経歴についてだが、五条が手を回して不問にさせる。無罪放免という訳では無いが、実質無罪と変わらん。それからお前の今後の身の振り方だが──────」

 

「まて……待てッ!!今なんつった!?軽く流してんじゃねぇ!完治……?完治っつったのか!?暁美は()()()()だぞ!?そう簡単に治る訳がねぇ!!手術を始めたなら解るが完治は有り得ねぇだろ!!」

 

()()()()()()()()()()。こちらは何でも有りの術式が蔓延る業界だ。末期の癌を完治させるなんぞ訳ない。安心しろ。再発はしない。俺が世界で最も尊敬し、信頼し、信用する呪具師が伏黒暁美を呪具で治した。再発の万が一は有り得ない」

 

「は、はは……マジかよお前……ッ」

 

 

 

 手脚を縛られながら、甚爾は体を前に倒す。嘘では無いだろう。嘘をついた時の声色や匂いで解るが、龍已からはそんなものを感じない。それに確かに、呪術ならばそういうことも出来るのだろうが、本来呪力には体を治す力は無い。強化は出来るが治せないのだ。反転術式を除いて。

 

 つまり龍已の言う通り、呪具師がやったのだろう。だがそんな都合の良い呪具が有っただろうか。いや、そんなものは聞いたことが無い。そうしてふと思った。このガキが持っている呪具だろう代物は途轍もない硬度を持っていた。特級呪具である刀が傷一つ付かない硬さを持つ呪具は並の呪具ではない。恐らくそれを造った呪具師。コイツにここまで言わしめる存在。

 

 これは勘に過ぎないが、呪具師は龍已から要望を受けてその日の内に造った事になる。半日すら経たずにそんな代物を造り出すのはよっぽどの腕なのだろう。甚爾は舌を巻く思いだが、それよりも暁美が生きている事にホッとしていた。しかしそんな喜びの感情を持っている甚爾の頭に手を置き、無理矢理上を向かせた龍已は、至近距離で甚爾の目を覗き込んだ。

 

 

 

「何を勝手に喜んでいる。完治させたのは今だけだ。無論タダではなく、条件を呑んでもらう。お前はこれから俺の監視下で呪術師として働いてもらう。まずはこの高専で体術の授業を受け持ってもらおう。非常勤講師としてな。他にも斡旋された呪霊の祓除。そして呪詛師の始末だ。いいか、始末だぞ。生け捕りとは考えなくて良い。見つけ次第殺せると判断した者は殺せ。妻の呪い(頼み)なんぞ俺には知ったことでは無い。これが俺のお前に出す条件だ。術師殺しとしてのお前は死んだ。これからは呪術師として生きていけ。勝手な行動や裏切りは赦さん。その時は……お前の妻諸共殺す。良いな」

 

「……それだけで良いのか……ぐっ」

 

「余計なことは喋るな。呑むのか呑まないのか、それだけを答えれば良い」

 

「……その程度で良いなら願ったり叶ったりだ……その話呑ませてもらう。これからよろしく頼むぜ、ご主人サマ」

 

「お前が妙な事をしない限りだがな」

 

 

 

 実質話を呑む以外の選択肢は無かった。呑まなければ、恐らく殺されていたのだろう。龍已にとって甚爾はそこまで欲しいという人材では無い。人手不足の呪術界で使える手札が有った方が良いだろうというだけだ。それも非術師を殺していない存在。まあ術師を殺していたので呪詛師よりではあるが、確認すると呪詛師という扱いにはなっていなかった。

 

 殺さないで生け捕りにしていたのが効いていたのだろう。それに、甚爾は龍已が知る限り呪力が全くの0という特殊な存在だ。聞いたことも無い類の存在なので、少しだけこの場で殺すのは惜しいと思ったのだ。

 

 別に同情するつもりは無いが、病床に伏せている暁美を治すのに大金を稼ぐため動いている甚爾を見て条件を出してみた。伸るか反るかは任せていたので、話に乗れば呪術師として動いてもらい、呪術師にとって透明人間になる甚爾に呪詛師殺しをやってもらう。拒否すればそれまで。唯それだけだった。まあ、甚爾が生きていられるのは裏切らない限りだが、この様子ならば裏切ることはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 龍已は甚爾の手脚を縛っている縄を解いてやって自由にする。手首を擦っていた甚爾は龍已よりも高い身長で上からニヒルな笑みを浮かべながら見てくる。首に巻かれた黒い首輪型のチョーカーが光り、フィジカルギフテッドの怪物が呪術師の仲間入りを果たしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 






虎徹お手製お試し呪具・『姿映しの玩具』

指輪型の呪具で、姿を真似たい者の肉体情報を取り込むことで一時的にその者の姿になれる。龍已の場合は血を飲んだ。医務室の外で。

本当は現場近くが良いが、感覚を慣らせる必要があったので早めに使った。勿論術式は使えなくなる。呪力も使えないし、体が切り替わると筋力も同じになるので、この時だけは龍已は非力な少女と同レベルだった。

……………………オ゙ッエー!!血は飲むものじゃ無い。




同化について

態々2日後の満月とまで指定してくるので、同化する日は決まっていて、それ以降は進化が始まり同化出来ない……としたいけど、11年後に他の奴とも出来なくは無い……とかなんとか言っているのであやふや……ちょっとどうすればいいの……。

同化の日を過ぎても星漿体との同化は出来るの……?ちょっと情報なくて解らないですぅ……。





天内&黒井

取り敢えず君達このまま日本に居ても危険だから海外に逃げてくんね?お金あげるからさ!

てか、そのまま居たら無理矢理同化させられてたから。

その日の内に飛行機取ってた龍已だけど、ちょっとズルしたので問題は無い(大有り)




夏油

今回はちゃんと護衛するよ。黒井さんの時は失敗したから挽回のチャンスを下さいな!って感じで海外まで一緒に行って来た。




五条

反転術式を会得して最強に片脚突っ込んだ。意気揚々と甚爾ぶっ殺そうと思ったけど状況が訳ワカメ。殺さないの?えぇ……。

ハイになってしまった分のフラストレーションは龍已にぶつけた。なので、甚爾が寝てる1時間の中には『赫』と『茈』を龍已にぶっ込む五条の図があった。

五条家の謎パワーで甚爾を実質無罪まで持って行き、伏黒家は五条の預かりとなったので他の家には手出しさせない。因みにそのクズの息子さんの術師はねぇ……。ま、禪院家ドンマイ!




家入

電話があって急遽向かったら死にかけた五条居たけど、自力で傷を治してて驚いた。ウケる。

天内と黒井とは話をした。同性ということもあって色々と話してあげたし、天内からは年上のお姉さんみたいなポジション故か懐かれた。ウケる。

甚爾が起きた後は何を仕出かすのか解らないから龍已に言われて隠れてた。大事なヒーラーだからね。




龍已

まあ確実に怒られるだろう先輩。言いだしたのは自分じゃないし、渋っていたところを襲撃されて有耶無耶になってしまい、ヤケクソで同化中止に乗っただけだけど、責任を取ろうとする。

甚爾を医務室に運んで家入さんに手当を頼んでいたら、五条とバトルさせられた。というか『赫』と『茈』をぶっ放された。は?その『茈』威力高すぎだし速すぎ。術式反転間に合わなかったら死んでたし、少し押されたから呪力にモノを言わせて防いだ。少し冷や汗を掻いたのはナイショ。




甚爾

フィジカルギフテッドのフィジカルゴリラで、野良の狂犬。この件で首輪を付けられました。

因みにその首輪発動したら、龍已が全力の呪力で強化した肉体でも耐えられない爆発が起きて首が体と離れるから。籠められているのは龍已の莫大な呪力。防げないからね?

妻が一瞬で完治して驚いたし感謝してる。出された条件もゆるゆるだから、願ったり叶ったり。つまり、職をくれるってことだろ?いいやん。

でも呪詛師は絶対ぶっ殺してもらうから。

ほら呪詛師さん達。黒い死神と術師殺しが向かいましたよ。さっさと死んで下さいね♡





どこかの呪具師

電話が来て造って欲しいものがあるし、ある人のところに行って欲しいと言われたので移動中の車の中で呪具造ってた人。

ん?癌を治す為の呪具?随分具体的だけど、30分もあれば出来るよ。使い切りタイプになるけどね!

いやそんな簡単に造れるのかよスゲーな。




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第三十三話  疲れ?



最高評価をして下さった、け〜ん せいこうくん しょーZ とらねこ ほんにゃく アイソレーション inanji2014@gmail.com いくらのおみそしる さん。

高評価をして下さった、水銀ニート 赤牛 ぺすと クロっくあっぷ ムジーナ たべぞう アブゾーブ Altene


さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 天内理子の護衛について、黒圓龍已はクソ程怒られた。

 

 

 

 そうならない為に同行させたのに、何故に海外へ逃がすための飛行機の手配をお前がしている?と夜蛾に事情聴取された時には、バレるの早いなと思った。違う、思うところはそこじゃ無い。

 

 天元を高位の存在にしない為には同化が必要なのは散々説明されていたし、そもそも虎徹から教わって知っていたので重要度が高いのは把握している。でも、もう海外へ飛ばしてしまったのでどうしようも無い。まあ最初からそれが狙いだったのだが、それも込みで怒られた。

 

 勿論、こうなる切っ掛けは五条と夏油なのだが、正座して怒られている龍已を見て五条がゲラゲラ笑い、夏油が笑っている五条を窘めているようで面白がっていたので、龍已の後龍已以上に怒られて3段のたんこぶを作っていた。自業自得もいいところである。

 

 そうして天内理子の護衛からの海外への逃避行手助け事件から一ヶ月が経った頃。事件のほとぼりも冷めて何時もの日常が戻ってきた。更にその中には伏黒甚爾が含まれるようになった。五条の五条家不思議パワーで甚爾の事を無罪と同じ程度まで持ってきて、高専の非常勤講師として雇ったのだ。内容は体術。つまり、近距離ゴリラが2人となった。

 

 

 

「クッソ!!おっさん動き速すぎだろ!!本当に呪力無いんだろーな!?」

 

「先輩に任せないで私がやっていたら、恐らく瞬殺だったね。今思うと恐ろしいよ」

 

「呪術やら呪力に頼り切ってるから俺みたいな猿に負けんだよ、坊」

 

「教えるつもりならそのニヤけたツラ隠せよ。楽しんでんの丸わかりなんだよ!!」

 

「あー?隠すつもりなんざさらさらねぇな。『2人で最強』が呪力のねぇ俺にボコられてノビてんの見てると面白くて仕方ねぇ」

 

「傑。やっぱアイツ殺そうぜ」

 

「乗った」

 

「はッ。やってみろよクソガキ共」

 

 

 

「……何をやってるんだあの3人は……」

 

「あのクズ共と+αは放って置いて、私達はおしゃべりしましょ。先輩?」

 

「今体術の時間なんだが……」

 

 

 

 物騒にドンパチかましてる五条達を木下の木陰に居ながら見学していた。龍已は今更教えてもらう必要が無いので自主的にやっているのだが、家入がやる気無くて木陰に引き摺り込んでしまった。腕に抱き付いて肩に寄り掛かり、甘える声で誘惑してくる。五条と夏油が聞いたら、え?誰?と言いそうな甘い声だった。

 

 最強2人組とフィジカルギフテッドが戦い始めて早々グラウンドを破壊し始めたのを尻目に、無表情ではぁ……と溜め息を吐いた。それが折れた時の証拠であることを知っている家入はニンマリと笑みを浮かべた。何だかんだ甘い龍已が大好きだ。それ抜きにしても大好きだ。

 

 抱き込んでいた腕を離して横になり、龍已の膝を枕にした。甘えて腰に腕を回して抱き付けば、優しく頭を撫でてくれた。椿の匂いと頭に感じる撫での感触が至福で、腹に顔を埋めながら嬉しそうに笑う。

 

 

 

「あ゙ー……幸せ過ぎて溶けちゃいそう。先輩好きすぎてヤバい。ウケる」

 

「俺も硝子のこと好きだぞ」

 

「……ふぅ……先輩、そういうところですよ」

 

 

 

 頭をグリグリ押し付けてくる家入だが、龍已からは髪に隠れていた耳が頭を動かした拍子に見えて、赤く染まっているので照れているというのは解っている。というより、態と照れるように言っているだけだ。好きだと言う割には、言ってあげると照れる家入が可愛いのは認める。無表情で解らないと思うが、大切に思っている。

 

 抱き付いて離れない家入に、仕方ないなと思いながら頭を撫でていれば抱き付く腕が強くなる。何だか深呼吸しているようで、腹に顔を押し付けられたままそれをやられると流石に恥ずかしいので、肩を軽く叩いて顔を上げてくれと伝えるのだが、頭を左右に振ってイヤイヤとするので、短時間で2度目の溜め息を吐いた。

 

 顔を押し付けられて見えないが、やはりニンマリと笑っている家入の頭を撫でていれば、校舎の方から夜蛾が飛んできた。まあグラウンドが消滅しようとしていれば飛んでくるのも頷けるだろう。例の如くゲンコツを落とされている最強2人組と甚爾である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オイ、ご主人サマ。今日家に寄ってけよ。暁美達がお前連れて来いってウッセーんだよ」

 

「……何で放課後になってから言うんだ。前もって言えば菓子でも用意出来たというのに。事前に教えるということは出来ないのか?成人しているのにそんなことも解らんのか」

 

「あーあー聞こえねェ。いいから行くぞ」

 

「おい、邪魔くさいから肩に腕を回すな」

 

「いいじゃねーか。ケチケチすんなよ」

 

 

 

 一日のカリキュラムを終えて放課後。龍已は今日特に何か用が有るわけでも無いので真っ直ぐ寮へ帰ろうとしたのだが、教室から出たところを甚爾に捕まった。龍已の雰囲気が、うわ絶対面倒くさいと語っているのを解っていてニヤついている甚爾に、内心ゲンナリしていた。

 

 態々3年の教室までやって来る程の用事は何なのかと思えば、飯の誘いだった。実はこの一ヶ月で、龍已は伏黒家に無理矢理連行されることも少なくはない。というのも、伏黒家は五条の預かりとなっていて禪院家からの圧力等は無いのだが、その手を五条にさせたのは龍已で、甚爾が術師殺しをやめて非常勤講師として働き、甚爾の妻の伏黒暁美を治す手立てを用意したことがバレた。

 

 まあバレたと言っても甚爾がベラベラ喋ったのが原因なのだが。勿論その後は甚爾をボコボコにした。体術で甚爾を真っ正面からボコれるのは龍已しかいない。ついでにグラウンドもボコボコになった。それは仕方ない。ゴリラとゴリラが殴り合っているのだから。

 

 もう術師殺しの仕事はしなくて良いのかと言われて、呪詛師の始末をする事は約束されているが、それ以外ならばもうやらなくて良いし、暁美の末期癌が治ったのも龍已による手引きだと知ると、暁美が是非直接会ってお礼をしたいのと、息子と娘が母親を助けてくれた事にお礼を言いたいとの事だったので家へ来て下さいと誘われた。

 

 勿論龍已は断った。え?断るのか?と思われるかも知れないが、打算が有っての行動だし、何より甚爾が裏切れば暁美諸共殺す算段なので、その相手からお礼を言われる筋合いは無いと判断したのだ。だから行かない。お礼も必要ないと拒否したのだが……まさか高専へ伏黒一家が迎えに来るとは思わなかった。いや、そこまでする?と思っても当然だ。

 

 来る気が無い。一切。全く。これっぽっちも無いということで、来てもらうのは諦めて皆で行こっか!って話になった。そもそもお礼をしなくちゃいけない相手に、来いというのは間違っているわよね、とは暁美の言葉。良くそんな良い女性に拾ってもらったなと甚爾に吐き捨てたのは記憶に新しい。

 

 

 

「スーパーに寄るぞ」

 

「あ?別に寄んなくていいだろ、めんどくせー」

 

「手ぶらで行かせる気か。知っている仲とはいえ、家に呼ばれている以上何かを持っていくのが普通だろう。それに帰り、何か必要なものを買ってきてくれと頼まれているんじゃないのか?」

 

「あー、何か言ってたなそんなこと。忘れたわ」

 

「砂糖。醤油。豚バラ肉。特売日の卵を2つだ」

 

「何でンなこと知ってんだよ」

 

「お前が頼り無いから俺に暁美さんからメールで送られてくるんだ。何故俺が他人の家のお遣いをせねばならん。まあ、暁美さんに信用されてないお前の所為だがな」

 

「忘れてただけだ。俺は信用されてない訳じゃねぇ」

 

「ほざくな。金使いに関してお前は底辺だ。給料日に生活費からも金を取って、パチンコで7万スったのを知っているんだぞ愚か者め」

 

「……チッ」

 

 

 

 何でこんなのと結婚しているのか本当に解らない龍已は、後で離婚でも勧めておくか?と思案した。実際そっちの方が良いかも知れない。この男の所為で息子と娘がグレたらどうするつもりで、どう責任を取るつもりなのだろうか。いや、2人とも真面目だから反面教師になって立派に育つ筈だと信じる。グレたらこの元ヒモは殺す。

 

 さっさと家に帰ろうとする甚爾を無理矢理引き摺り込んでスーパーの中へと入っていく。片手にカゴを持って携帯に書かれた買い物リストを見て何が必要なのか把握し、売っている棚に向かう。伏黒家が使っている醤油のボトルを手に取ってカゴに入れ、すぐそこにあった砂糖も入れた。

 

 今度は豚バラ肉なので、途中にある卵を取りつつ肉コーナーに行ってどれが良いか悩んでいると、手に持っているカゴが突然重くなった。かなりずっしり重量が変わったので、大方の予想がつきながらも念の為カゴの中に目を見やるら、するとそこには、これでもかと酒が入っていた。入れたのなんて一人しか居ない。振り向いて睨み付けると、何でも無いような顔して立っている甚爾が居た。

 

 

 

「酒を買いに来たのではない。全部戻せ。そもそもお前は天与呪縛による肉体の強化で酔えないだろう。金の無駄だ。買うなら自分の金で買え」

 

「お前待ってる間にパチンコでスった。300円しかねぇ」

 

「自業自得だ。さっさと戻さないと頭撃ち抜くぞ」

 

「おいおい。こんなところで銃抜くのか?大騒ぎになるぜ」

 

「──────『黑ノ神』起動」

 

「わーったって。戻してくっから狙い定めんな。おっかねーなオマエ」

 

 

 

 本気でやろうとしているのか、首に巻き付いているクロが何かを吐き出したのでカゴに入れた選り取り見取りの酒を手に戻っていった。そもそも暁美が酔えない癖に飲む甚爾の為に酒を買って冷蔵庫に冷やしてあるのを知らないのか。というより、何故他人の家の冷蔵庫事情を把握しなければならないのか。

 

 はぁ……と、主に駄目な元ヒモゴリラが悪いのだが、溜め息が溢れる。これ以上買い物をしていると甚爾が余計な物をカゴに突っ込んでくるので、さっさと目当ての物をカゴに入れて会計のレジに向かう。制服姿でメモを見ながら買い物をしている龍已を、暖かい目で見ていたお母さん達が居たことを知らない。

 

 今度は酒の肴になりそうなものを見ている甚爾の尻に蹴りを入れてスーパーを出て行く。それなりに力を入れたので痛そうにしている甚爾を無視してレジ袋を持って伏黒家へ今度こそ向かう。1週間に1度は必ず呼ばれているような感じがする伏黒家の道は覚えてしまった。

 

 道を歩いていると、目指していた伏黒家が見えてきた。元々はボロボロのアパートに住んでいたのだが、五条がこんなところに4人は無理でしょと最もなことを言って、売られていた一軒家をそのまま購入して譲った。受け取れないと言っている暁美とは反対に貰える物は貰える主義の甚爾は普通に貰った。五条も金銭感覚が可笑しくなっている。

 

 新築という訳では無いが、立派な一軒家に着くと甚爾が持っていた鍵で玄関のドアロックを開けて中に入る。続いて龍已も入れば、音で気が付いた暁美達がパタパタと玄関にやって来て出迎えてくれた。

 

 

 

「いらっしゃい、龍已君。買い物を頼んでごめんなさい」

 

「大丈夫です。頼んでも忘れて買ってこない役立たずが居るのは解っていますから」

 

「おい」

 

「龍已さん……おかえりなさい」

 

「わーい!龍已さんおかえりなさーい!龍已さんが来るの楽しみにしてたんですよ!恵も!」

 

「……っ!津美紀!それは言わなくていい!」

 

「むふふー。照れないの!」

 

「…………お邪魔します」

 

 

 

 まだ知り合って一ヶ月だというのに、何故来るとおかえりなさいと言われるのか、龍已の中では甚だ疑問である。少し警戒心が足りないのでは?と思うが、口にはしない。言ったところで善人のこの家族は総じて助けてくれた良い人だからと答えるに違いないから。因みに家入も誘いはするが、他人の家族と一緒に居るのは窮屈に感じるということで来ない。

 

 それと、お気づきだろうか。他人の龍已にはおかえりなさいがあるというのに、幼稚園年長の息子の伏黒恵と、恵より1つ年上で義理の娘の伏黒津美紀が一家の大黒柱の甚爾にはおかえりなさいと無いということに。恵は態とだが、津美紀は龍已に気を取られて忘れているだけである。何時もならちゃんと言う。

 

 それに気づいて微妙な顔をしている甚爾に、暁美がクスクス笑っていた。温かい家族だと思う。龍已が助けなければこんな構図は無かっただろう、表面張力のようにギリギリの場所に居た伏黒家。恩義を感じているのか龍已を引き込み、その温かさを分けてくれる。だが、呪詛師に殺された両親を思い出すので、龍已は温かいと感じても、浸っていたいとは到底思えなかった。

 

 靴を脱ごうとすると買い物袋を暁美が受け取ってくれたので、座って靴を脱ぐと背中に津美紀が覆い被さってくる。まだ小学生の津美紀は元気いっぱいだ。恵は大人しく、静かに近くで本を読んでいたりする事が多い。龍已は靴を脱ぎ終えると、腕を首に回した津美紀を背中に乗せたまま立ち上がった。そして近くに居る恵の手を取ってリビングに向かう。

 

 

 

「きゃー!龍已さんすごーい!あははははははっ。たかーい!」

 

「恵は良いのか?」

 

「……大丈夫です」

 

「あ、龍已君。今日は生姜焼きにしようと思ったんだけど、恵が龍已君の生姜焼きが食べたいって言って聞かないから、まだお肉焼いてないの。買い物までしてもらって悪いのだけれど、お願いしてもいい?」

 

「何だ、恵は俺の作ったやつが食べたかったのか」

 

「……龍已さんの料理、美味しいから。ダメ……ですか?」

 

「いいや。少し待っていろ、すぐに作ってくる。暁美さんには細かい分量を調べて今度教えます。いつも目測なので」

 

「あら、ごめんなさいね。とても助かるわ」

 

「……俺、龍已さんの飯が食いたい。同じ味でもヤだ」

 

「こーらー恵ー?龍已さん困っちゃうでしょ!」

 

「……そこまで求める程美味いか……?何時もの味で変わり映えが無いが……恵がそこまで言うなら、また作ってやろう。それで良いか?」

 

「……っ!ありがとう、ございます」

 

 

 

 そんなに絶讃される程のものではないと思っている龍已は不思議そうだが、伏黒家は龍已の作るご飯が絶品だと思っている。気分で飯を作ったり、体調管理のために料理をする龍已の料理スキルは、手先が器用なのも相まってレベルが上がり続けている。なので無自覚だが料理上手というスキルを手にしているのだ。

 

 背中に張り付いた津美紀を降ろして、恵の頭を一撫でしてからキッチンへ向かう。何故か置いてある黒いエプロンを身につけて、出来上がっていない生姜焼きだけを作っていく。サラダとして刻んだキャベツと味噌汁があるので、本当に生姜焼きの肉だけをやれば良いだけのようだ。

 

 基本初めての料理以外は目測で材料を入れる龍已は、生姜を手でおろして、醤油、砂糖、料理酒をボウルに入れて混ぜ合わせ、タレを作っていく。フライパンにはごま油を敷いて熱しておき、手を翳して温度を確認したら、用意されている豚ロースに薄力粉をまぶしてフライパンに投入。

 

 裏表がしっかり焼けたら、作っておいたタレを掛けて焼き上げていく。色などを見て、全体に味が馴染んだと思ったらフライパンから取り出し、まな板の上へ一度置く。包丁で一口大に切ったら、刻んだキャベツが載った皿の上に置いていく。最後に余ったタレを上から掛けてあげれば、出来上がりだ。

 

 

 

「美味しそー!」

 

「……良い匂い」

 

「龍已君は本当に料理上手ねぇ」

 

「器用なもんだな」

 

「肉を焼いただけですが……。まあ、冷めないうちに食べましょう」

 

「そうね!せっかく出来たてなんだから食べましょっか!」

 

「いただきまーす!」

 

「いただきます」

 

「おー。うめーじゃん」

 

 

 

 行儀良く手を合わせていただきますとしている横では、既にもう食べ始めている甚爾が居た。そんなんでいいのかと思うが、暁美がしっかり教えているようで問題は無さそうだ。龍已も自分の生姜焼きを摘まんで口に運び、咀嚼すれば生姜の味が広がって白飯が進む。だが何時もの味だ。

 

 いつも通りだなと感じている一方で、伏黒家は大層美味しそうに食べていた。特に生姜味の料理が好きな恵は黙々と食べていた。目を輝かせているのは、幼稚園生で物静かでクールな何時もの恵とは違っていて、年相応と言えるだろう。津美紀もニコニコしながら食べているので、龍已は自分の生姜焼きを少し恵と津美紀に分けてあげた。

 

 

 

「えっ、龍已さん食べないの?」

 

「……龍已さんの分が少なくなっちゃう」

 

「甚爾が事前に伝えに来なかったから、少し先に食べてしまっていた。だからもう腹がいっぱいでな。俺の肉は恵と津美紀にやるから、代わりに食べてくれるか?」

 

「そうなんだ……じゃあ貰う!ありがとう!」

 

「ありがとうございます」

 

「サラッと俺の所為にすんなよ」

 

「事実、伝えるのが遅い」

 

「甚爾?また言うの遅かったの?」

 

「……ケッ」

 

 

 

 暁美が相手に回るとまず勝てないので、話から離れて食事に戻った。もー、と言いながら甚爾に笑いかける暁美はやはり善人だ。とても悪い印象というものが無い。人殺しをしていた甚爾に、殺す必要の無い人は殺さないで、と呪いを掛けただけのことはある。

 

 龍已から3分の1ずつ肉を貰って嬉しそうにしている津美紀と恵を見ていると、弟と妹を持った気持ちになる。保護欲を刺激させる子供はやはりすごい。子供を持ったらこういう日常を送っていくのだろうかと、漠然と考える。だが龍已は自身には無理だと即答した。

 

 身を置いている状況が状況なだけに、正体がバレた時に狙われるのは家族だ。2人で最強と言っている五条と夏油にも負けない、呪詛師殺しの黒い死神。本当だったら彼女すらも生涯作れないし、作らないと思っていた。まあ、今は少々色々とあったので家入と交際しているが、家入と出会わなかったら一生独り身だった。

 

 黒い死神は呪詛師には倒せない。呪詛師の命を平等に、無慈悲に刈り取る死神そのもの。だが倒せない存在に大切な存在が居たならば、狙うのが当然だろう。もし、正体がバレれば、家入と親友達が狙われる。仮に誰かが自分の所為で死んでしまったりすれば、恐らく、龍已は自分で自分を抑えきれなくなるだろう。呪詛師に対する黒い死神ではなく、単なる黒い死神と成り果てる。そんな意味の分からない自信があった。

 

 

 

「龍已さん!」

 

「──────ッ!!……どうした?」

 

「あのね、学校で宿題だされたんだ。龍已さん教えて!」

 

「……俺は読めない本があったから、教えてほしいです」

 

「そうだな……では宿題を先に終わらせてしまおう。恵はその後でも良いか?」

 

「はい。大丈夫です」

 

「龍已君、面倒を見てくれてありがとね。助かっちゃうなぁ」

 

「この位ならば大丈夫です」

 

 

 

 津美紀に手を引かれて小さなテーブルの元まで行く。繋いだ手は小さくて柔らかい。向けてくる笑顔は信頼を抱いていて無警戒の、子供の眩しい笑顔。呪詛師はこの太陽のような笑顔に雨雲を掛けてくる存在だ。笑顔を曇らせない為に、自身は呪詛師をこの世から一匹残らず殺し尽くさなければならない。例外はなく、徹底的に。

 

 温かさを感じれば感じるほど、心に黒い炎が灯り、燃え上がり、巣くう。生かしてなるものかと、この世に居て良い者達では無いと。そこでふと思った。自身は、日頃からここまで憎しみや恨みを抱いているような奴だったか?と。

 

 少し考えすぎか。天内理子の話から少し事後処理等で忙しかったから、解らないところで疲れているのだろうと判断した。そもそも龍已の目的は変わらない。呪霊を祓う事では無く、呪詛師を皆殺しにする事なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁッ……はぁッ……はぁッ……うぅうううっ!」

 

 

 

 男は泣きながら走っていた。目的の場所も無く、只管追い掛けてくる奴から逃げていた。夜の暗闇からは逃げられないが、追い掛けてくる奴からは逃げられる筈だ。脚を右左と交互に出せば逃げられる。横腹が千切れるように痛くても、走り続ければ希望がある。そう信じている。

 

 男は呪詛師だ。何となく非術師を殺すのではなく、狙って嬉々として殺している。狙うのは女だ。若いのが良い。触れた相手の音を5分間消す術式で、路地裏でも連れ込めば、声を上げようが手を叩こうが音は出ない。助けは呼べないのだ。

 

 そういう若い女を攫って、人気のないところで飽きるまで犯す。避妊なんかしない。欲望のまま犯し尽くして、勢い余って殺したり、飽きるまでは止めない。それで飽きたら殺す。苦痛に顔を歪ませるのを見るのが好きだ。助けを必死に求めるのを無駄だと悟らせるのが好きだ。絶望して諦めながら、少しだけ希望を持っている目を覗き込むのが堪らない。

 

 今日もそうやって若い女を攫って犯して殺して、財布からお小遣いを頂戴する予定だった。だが何時の間にか正面に居た、黒いローブの奴に銃を突き付けられて咄嗟に逃げた。暗闇に包まれる夜。音も無く現れた全身黒に身を覆った存在。こんな奴は聞いたことが無い。だから解った。黒い死神だと。

 

 

 

「クソッ……殺されてたまるか!殺されてたまるかよ!俺はもっともっと女を甚振りたいし犯したいし殺したいんだ!こんなところで死んだら犯せないだろうが!!」

 

 

 

 呪詛師になったのは高校生の頃だった。術式で道で擦れ違った女の音を消して誰も来ない廃屋で犯したのが始まりだった。常に触れていれば5分経っても音を消していられる。だから誰かに見付かることは無い。殺した奴は火を点けて焼死体にしてやる。そうしないとこびり付いた体液でバレるから。

 

 火を点けるときも好きだ。死体に点けるのが大体だが、時々は生きているまま火を点ける。すると音が出せないのに助けを求めるのだ。それをゆっくり観賞してやる。肉が焦げていく匂いなんて、嗅いでいるだけで幸せな気持ちになる。だからやめられない。

 

 黒い死神はターゲットを逃がした事は無い。だが自身は逃げる。逃げて自身を待っている女達の元へ行くのだ。殴って蹴って踏み付けて、大事に大事に犯すのだ。そんな妄想を広げて涎を垂らして恍惚とした表情をし、逃げ続けていると、左脚に弾丸が当たって千切れ飛んだ。体勢が崩れて地面に倒れ込み、千切れた脚が目の前に落ちてくる。血を吹き出して、痛みが襲ってきた。激痛だ。

 

 

 

「あし……俺の……俺の俺の俺の俺の脚ぃ!!痛いぃ……!!痛い痛い痛い痛い痛いぃ!!」

 

 

 

 弾丸が脚を突き抜けて余波だけで太腿から脚を千切っていった。対物ライフルによる狙撃だ。発砲音は聞こえなかった。弾だけが突然飛んできた。暗闇でどこに居るのか解らない。弾がどこから飛んできたかも解らない。怖い。痛い。憎い。怖い。痛い。痛い。

 

 何でこんな目に遭っているのか解らない。自分は呪詛師で、女を攫って犯して殺しているだけなのに、なんで狙撃なんて酷いことをされているのか全く解らない。けど逃げないと死ぬのは解る。だから片脚だけでも無理矢理立ち上がって逃げようとした。そしてその脚すらも狙撃によって太腿から千切れ飛んだ。

 

 走るための脚が無くなった。無理矢理千切られたから痛くて仕方ない。涙と鼻水、涎で顔中をぐちゃぐちゃにしながら、どこかに居る黒い死神にやめてくれと手を振って訴える。そしてその振っている腕を上腕から撃ち抜かれて千切れた。脚が無く腕も無い。何も出来ない達磨だ。

 

 逃げることすら出来なくなって、痛みに叫んで泣いた。年齢は48だが、それでも泣き叫んだ。誰かがやって来てくれれば良いと思って大声を上げた。そこら一帯に帳が降ろされているとも知らずに。傷口から血が流れ続けて、意識が朦朧としていると、黒いフード付きローブで身を覆った奴が上から見ていた。助けてくれ。そう言う前に、眉間に炸裂徹甲弾が撃ち込まれた。

 

 

 

「──────助ける奴なんぞ居るか塵芥風情が。死して悔い改めろ。地獄の底で悔い続けるが良い」

 

 

 

『黒龍』から放たれる炸裂徹甲弾が呪詛師の男の頭を粉々に破裂させた。しかし、龍已はそれでも撃つのを止めなかった。辛うじて残った頭に何度も弾を撃ち込んで首から上を完全に吹き飛ばし、心臓にも弾を撃ち込んだ。

 

 腕と脚を無くした死体に弾を撃ち続ける。死んだ呪詛師を殺し続けた。やがて弾が無くなってカチリと鳴り、弾切れを起こすと大きく息を吸って、吐いてを繰り返して深呼吸をした。何時もならば一発で終わらせて帰るのだが、どうも衝動的に撃ってしまった。まあ、偶には良いかと思って帰路につく。

 

 殺したことを仲介人に電話で伝えて、歩きながら人の目が無いところでローブを脱いでクロに呑み込ませる。何だか気分が良くない。体調はいつもの通り完璧だが、思考回路が纏まらない。今も呪詛師を殺したくて殺したくて仕方ない。なんなら、夜遅くで擦れ違う人が呪詛師に見えてくる。

 

 どうしたのだろうか。何時もの自分らしくない。客観的に考えて何か可笑しい。このままだと非術師を撃ち殺してしまいそうだ。だから龍已は走った。全速力で風となり、高専まで帰ってきて女子寮の方へ向かい、家入の部屋のドアをノックした。今は深夜1時。起きているかは解らないが、起きていたら会いたかった。だが、家入の返事は無い。眠っているようだ。

 

 

 

「──────先輩?」

 

「──────ッ!!硝子……?」

 

「そうですけど、どうしました?こんな夜中に……!?」

 

 

 

 家入は少し目が冷めてしまったので、食堂に行って水を飲んで戻ってきたところだった。そしたら何故か龍已が自身の部屋の前に居て、踵を返して帰ろうとしているので声を掛けた。ビクリと肩を震わせて振り向いた龍已に違和感を覚える。気配に敏感な龍已が、気配を消している訳でも無い自身の存在に気が付かなかった?と。

 

 そして振り向いた龍已はいつも通りの無表情。だが雰囲気が何だか暗い。沈んでいるというより、黒いと言えば良いのだろうか。言葉では上手く表せない龍已の状態に、目を細めて何かがおかしいと判断した家入は、急いで自室のドアを開けて龍已の手を取って入っていった。

 

 手を引かれるがままの龍已をベッドに押し倒して無理矢理横にさせ、頭を胸元に抱き締める。片手で頭を撫でながら、もう片方の手で背中を撫でた。落ち着かせるように丁寧に優しく。すると龍已が腕を背中に回して抱き締めてきた。少し強くて息が苦しいが、そんなことはおくびにも出さず抱き締め続け、出来るだけ柔らかな声で話し掛けた。

 

 

 

「どうしました先輩。大丈夫ですか?」

 

「……解らない。呪詛師を殺して帰っていたら、擦れ違う非術師が呪詛師に見えた。呪詛師を殺したくて仕方ない心境になって、異常を来していると判断して……落ち着ける場所に来たかった。夜遅くにすまない……」

 

「いーですよ。私は先輩の彼女なんですから。甘えたいときは甘えて下さい。多分、先輩は積極的にやり過ぎたんですよ。少しは休憩した方がいいです」

 

「そう……か……そうだな……」

 

「休みの日にデート行きましょ。電車使って少し遠出して、美味しいものとか食べて来ましょうか」

 

「……あぁ……硝子となら………楽…し…………」

 

「先輩?……寝たか。……こんな先輩初めて見た。雰囲気もなんかおかしかったし……少し様子見ておくか」

 

 

 

 何時もならば淡々と呪詛師を始末して何でも無いように帰ってくるのに、今日は何だかおかしい。ましてや非術師が呪詛師に見えるとなると異常にも程がある。龍已は分別が出来る人だ。時には冷酷だとか冷たいだとか思われるが、しっかりとした天秤を持っているだけだ。

 

 非術師には自分と同じ目に遭って欲しくないという理由で呪詛師殺しをしていて、副次的に両親を殺した呪詛師を赦さないという感情を持っているが、今は後者の感情に引っ張られているように思える。

 

 

 

 

 

 家入は強く龍已を抱き締めた。朝になったら何時もの龍已に戻っているようにと思いながら。今の龍已はとてもではないが正常とは思えなかったから。

 

 

 

 

 

 






五条

体術を教えてくれるようになった甚爾にボコられている。無限バリア張ったら負けを認める事になるし、甚爾がクソほど煽ってくるので使わない。使わないでボコすと決めている。今は全敗。




夏油

五条と同じく甚爾にボコられている。格闘術が趣味とは言ったが、こんなゴリラに勝てる訳なくない??動き見えないんだけど!

大丈夫。大体の人がそうだから。




伏黒暁美

甚爾が生きていて、仕事も見つけてくれて、何と言っても末期癌を治してくれた龍已にめちゃくちゃ恩を感じている。治したのは知り合いだと言っても、手配してくれたのだから変わらないと言って譲らない。

料理が出来て恵と津美紀に懐かれている龍已のことを、良いお嫁さんになるなぁ……とホッコリしてる。いや奥さん、その子男ですから。




甚爾

酒をカゴに入れたら撃ち殺されそうになった人。そもそも肝臓が強すぎて酔えないから酒嫌いとかほざいてる癖に飲むな。

呪力にも術式にも恵まれた五条と夏油をボコボコにするのが楽しすぎる。それだけで非常勤講師になって良かっと思っている。体術の時間は全く本気じゃない。




津美紀

龍已のことを優しいお兄さんだと思ってる。とても善人思考のお姉ちゃん。子供には無表情で怖がられる事がしばしばある龍已だが、何故か最初から津美紀に懐かれた。

津美紀曰く、とっても優しい雰囲気だったからとのこと。津美紀ちゃん。その人……黒い死神よ??






伏黒家を保護すると言ってやって来た五条がデリカシー無かったので龍已のことも警戒したが、お土産くれるし料理上手いしちょっかい掛けてこないし優しいので尊敬してる。でも五条、テメェはダメだ。

五条は恵から五条さんと言われているのに、龍已は龍已さんと下の名前で呼ばれている事に不満を抱いている。何で??気付かない時点でアウト。

ちゃっかりヒモの血を出してきた。んもー、カワイイなぁ……だから原作でヒロインって言われてるんだよ??




家入硝子

なんか龍已が可笑しかったので抱き締めてあげた。胸にかかる息がこそばゆいが、抱き締め合いながら眠るのヤバすぎ。龍已が可笑しいけど、もっと堪能していたい。

落ち着ける場所として龍已に心を完全に許されている勝ち組。良かったね、君が誰かに殺されたら龍已が壊れるよ!




龍已

最近忙しくて呪霊を祓うのと呪詛師殺しを立て続けに受けており、大切な非術師と呪詛師の境界線が壊れかけた。何でだろうか。

家入さんが居てくれなかったら、内心ではとんでもないことを考えている黒圓龍已ver2.0とかになってたかも知れない。


龍已くーん?非術師が呪詛師に見えるんじゃなくて███が居ないから非術師まで呪詛師に見えてるだけだから!!



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第三十四話  警告



最高評価をして下さった、Don★ 大学芋 HC-ちくわ 作者早く続き書いてくれ、楽しみだから さん。

高評価をして下さった、シュウ@リン 暴食の王 ☆ヒロピー☆ ミカヤ 黒猫アルバ クゥリきゅん救い隊 マクロ Afaca


さんの皆さん、ありがとうございます!




※内容を修正致しました。

先ず謝罪を。

少し構想がと言いますか、書いている内に調子に乗りすぎたので主人公周りがゴタついてました。ヒロインに関しましては、歌姫も入れようと思いましたが、やはり家入さんだけにしました。複数の女性を呪術廻戦では難しいと考えました。

休載にしていましたが、解除してゆっくりではありますが投稿していこうと思います。

なんだかなー……と、思いましたら低評価にしてお気に入りを外して下さって構いませんので、続く限りよろしくお願いします。





 

 

 龍已はかなり困惑していた。どれくらいかと言われれば、親友が年上の綺麗でえっちなお姉さんで初キスを済ませようとしていることを知ってしまった時のようだ。お前のことだぞケン。

 

 

 

 長年呪詛師を殺し続け、ここ数年では呪霊を祓っている。そして癒えることの無い親友の死。それらが冷酷で冷静で、そう簡単に精神的負担を受けないと思われる龍已の心を、少しずつ、少しずつ蝕んでいた。蓄積していく負の感情。疲れた。眠い。殺意。怒り。小さなものから大きなものまで、強靭な龍已の心に棘を刺していた。

 

 黒い、負の感情によって生み出された針。一つ一つは大した事が無くとも、数が増えれば増えるほど龍已が背負う黒いものは重くのし掛かっている。だからか、擦れ違う非術師が呪詛師に見えたのだ。有り得ないだろう。これまでの龍已ならば絶対に有り得ない。

 

 完全に異常事態。それ故か、龍已の事が頭の中で9割を占める家入がすぐに察知し、基本的には頼らないクズ共改め、五条と夏油にSOSを出した。結果、2人は飛んできたし、ついでに歌姫まで飛んできた。メールって便利だよね。

 

 

 

「……これはどういう状況だ。俺の秘匿死刑でも決まったのか」

 

「大丈夫ですよ先輩。殺しても死ななそうな先輩を殺すんだったら、起きるまで待たないで悟が手を下しますから」

 

「俺にやらせんなよ。てか、センパ~イ。状況解ってる?俺達硝子からセンパイの事情を聞いてこうしてるんだからな?」

 

「龍已、あんたねぇ……疲れてるならそう言いなさい!黙ってたら解らないでしょう!」

 

「流石に先輩の様子がおかしかったんで、勝手に招集しました。すいません、先輩」

 

「……ふーッ。それは解った。確かに今の俺は異常を来している。だがな──────縛る必要は無いだろう?」

 

 

 

 仕事が終わった後、家入の部屋に直接行ってすぐに眠った龍已は、目を覚ますと五条達の2年の教室、その真ん中に座らせられていた。それも腕を巻き込んで椅子ごと呪符の張られた縄で巻き付けられ、更に手首には文字が書かれた布でグルグル巻きにされていた。脚は自由だが、それだけだ。目が覚めたらこの状態だったので、普通に驚いた。無表情だが。

 

 寝惚けた頭でボーッとし、脳が覚醒すると五条達と歌姫が前に勢揃いしており、自身の事を見ていた。この場に居ない新たな後輩の七海と灰原は、龍已の異常が戦いに発展してしまった場合、実力的に危険ということで自分達の教室で待機している。甚爾は単純に今日は非番である。

 

 身動きが取れない。腕を動かそうとすればぎちりと縄が軋み、隙間が無いように割とキツく縛られているので皮膚が擦れて痛い。何時もは首に巻き付いているクロは、今や家入の首に巻き付いて、こちらを不安そうに見ている。安心させるように家入が頭を撫でてやれば、気持ち良さそうに擦り寄っているのを見ると、呼んでも来なそうだ。

 

 ナイフ一本有れば1秒以内に抜け出せるのだが、これでは手詰まりだ。『黒龍』も無いので術式は使えない。術式反転は使えるが、遠距離なんて使う必要が無い状況なので意味は為さないだろう。掌印も組めないので領域展開は出来ない。呪力にモノを言わせて千切りたいが、呪符で散らされてそもそも使えそうに無い。

 

 これでは一方的に嬲られる。それでふと違和感。何故大切な後輩や恋人、尊敬する先輩が自身に害を与えると考えた?そんなことはしないだろう。本当に?絶対にしない。呪術師なのに?何故呪術師ならば害を与えると思った?俺が黒圓だから。……何故?

 

 落ち着いて、深呼吸。頭を冷やせ。悟られないように、薄く小さく深呼吸をする。邪念を消せ。目の前の人達は敵なんかでは無い。そうしっかりと再認識していると、美しい青空のような瞳と目が合った。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「──────待てよ」

 

「……ッ!!ぐッ……」

 

「悟……ッ!何をやっているんだ!」

 

「ちょっと五条!あんたいきなり……っ!!」

 

「歌姫先輩。少し待って下さい」

 

「硝子……でも……」

 

「五条が何か気付いたみたいなので、様子を見ましょう」

 

 

 

 深呼吸を静かに行っていた龍已へ、長い脚を使って一歩で近くまでやって来た五条は髪を無雑作に掴んで、サングラスを下にずらして晒した六眼で、龍已の琥珀の瞳をほぼ零距離で覗き込んだ。五条家の歴史の中でも最強にして天才の五条悟の六眼は逃がさなかった。

 

 深呼吸をしていた呼吸音は聞こえていた。そしてその時に、呪力とは違う黒いナニカが龍已の体から漏れ出た。息を吸って吐くという短い工程の中で一瞬だけ出たそれを、龍已が深呼吸をして精神を落ち着かせることで栓をし、中へ戻したようにも視えるそれを、五条はこれまでに視たことが無い。故に今の龍已の異常を出している原因の一つと直感した。

 

 

 

「何だ今の。センパイ。今何を()()()?」

 

「何の話だ……?」

 

「俺が視たことないモノが、センパイの体から一瞬だけ噴き出てきた。呪力でも何でもねぇ。今のは何だ?それがセンパイがおかしい事になってる原因だろ。呪いでもねぇ。縛り……でもねぇと思う。俺の六眼でも解らねぇもんを、勝手に戻すな」

 

「……俺は気を落ち着かせるために深呼吸しただけだ。何もしていない」

 

「……ダメだ。もう完全に視えねぇ」

 

「……?」

 

 

 

 五条が一体何を言っているのか解らない。本当に解らないのだと伝えると、はぁ……と溜め息を吐いた五条が下にずらしたサングラスを掛け直して龍已から離れていった。突然の五条の問い詰めに、普通に混乱していた龍已もまた溜め息を吐いた。

 

 夏油や家入、歌姫が何を視たのかという説明を五条に求める。別に隠すつもりも無いし、自身も殆ど何も解っていないので簡単に説明した。まあ、説明しろと言って説明されても、黒いナニカが出て来て戻っていったという事しか起きていないので、結論を出すには情報が少なすぎた。

 

 何も解らないが、原因だろう事は一つ解った。ならばこれからどうするかという議題が上がる。詳しくは解らないが、非術師が呪詛師に見えるという龍已。日頃から呪詛師と邂逅すると捕獲ではなく、()()殺す。それはつまり、完全に非術師を呪詛師と認識した瞬間に、周囲の半径約4キロに渡る非術師は皆殺しになる。ということだ。

 

 だが、それはあくまで可能性の一つ。龍已は強靭な精神力で非術師は呪詛師ではないと、自身に暗示を掛けて真っ直ぐ高専へ戻ってきた。例え、眠っている龍已に近付いて、触れて、2年の教室まで抱えて連れて来ても目を覚まさない程異常だとしても、龍已は異常の中に正常を埋め込んでいる。自身で無理矢理。

 

 さてどうすると、4人が中腰で固まってコソコソと話している。耳の良い龍已でも聞こえない声だ。時折五条が顔を上げてこちらを見ながらニヤリと笑って話にまた戻ったりするのを見ていると、普通に嫌な予感しか感じない。やがて話が終わったのか、4人が此方に向かってくる。その表情の内半分は悪戯っ子のようで、1人は嬉しそう、もう一人は同情するような表情だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほら龍已、口を開けなさい。はい、あーん」

 

「歌姫先輩。1人で食べられます」

 

「先輩。喉渇いてないですか?はい、お茶です。……あ、口移しの方が良いですか?」

 

「すまない、硝子。普通に飲ませてくれ」

 

 

 

 龍已は両手に花だった。左には家入が。右には歌姫が居て、朝飯を食べさせようとしてくる。何故こんな事になったのかというと、解らない事尽くしでお手上げなので、疲れていて精神的に問題があるんだろ!溜め息も多かったし!となり、龍已を癒すために女2人で甲斐甲斐しく世話をしていた。溜め息が多いのは問題行動が多いからだぞ、クズ共。とは、家入の言葉。

 

 取り敢えず任務は禁止な。と、五条に言い笑顔とサムズアップを受けて、夏油からは先輩モテモテで羨ましいですね。私は先輩の立場になりたいとは思いませんが。という言葉をいただいた。貶してるな?外道……じゃなくて夏油。

 

 椅子に縛られていたが、解放された。しかし次に待っていたのは、家入と歌姫によるお世話尽くしだった。何をやるにも代わりにやろうとするので、自分でやると言うと叱られるのだ。休みがここ最近無かったのも知っているので、今日はとことん休めと厳しく言われている。

 

 

 

「あ、ご飯粒ついちゃった。動かないでね……はい、取れたわよ。じゃあ次はどれを食べたい?」

 

「……自ぶ──────」

 

「ん?」

 

「……鮭を下さい」

 

「分かったわ。はい、あーん……うん、良く出来ました」

 

 

 

「先輩、歌姫先輩に食べさせてもらってる間にマッサージしてあげますね。……わ、肩凝ってますね」

 

「……筋肉が殆どだから別にやらなくて──────」

 

「はい?」

 

「……頼む」

 

「任せて下さい。ん……ふっ……んん……はぁ……んっ……ふ…っ……んん……はぁ……どうですか、先輩。私の気持ちいいですか?良いんですよ、いっぱい気持ち良くなって」

 

 

 

 もー、本当に早く今日という日が終わって欲しい。恥ずかしすぎてどうにかなってしまいそうだ。なんで18にもなって先輩から、飯を食べただけで良く出来ましたと頭を撫でられなくてはならないのか。そもそも全て食べさせてもらっていて、それも恋人の前だ。本当に居たたまれない。

 

 そして家入だ。筋肉だらけで脂肪が無い強靭な肉体なので、肩を指で押しても凝っているように思えるだけで、実際はそこまで凝っていない。なのにマッサージをしてくる。それも力を入れるときは前屈みになって口が耳元に来るので、何だか艶やかな声が囁くように聞こえてくる。年頃の男子にはキツいモノがあるということを今すぐに思い出して欲しい。

 

 一体何のプレイなんだと言いたくなる状況だが、どうにか朝飯は凌いだ。羞恥心を大いに煽るものだったので変に精神的ダメージが刻まれたが、善意だと思えば悪い気はしない。やり方を少し考えて欲しいが。

 

 

 

「先輩」

 

「……なん──────」

 

「はい、ギューッ」

 

「…………………………………。」

 

 

 

 夜蛾には説明をして、今日の高専のカリキュラムは無しになっているということで、家入は龍已の部屋へと向かった。部屋の主である龍已は難色示したが、家入がぐいぐい手を引っ張って行くのでついていくしかなかった。歌姫とは既に別れているので、此処には2人しか居ない。

 

 部屋について中へ入り、適当に座ろうと思っていると、後ろに居た家入から声が掛かった。体ごと振り向きながら何だ?と聞こうとすれば、龍已よりも小さな体をこれでもかと真っ正面からくっ付けて抱き付いてきた。腕は背中まで回されてしっかりとホールドされている。顔を胸元にグリグリと押し付けられ、擽ったい。

 

 何でいきなり?と疑問に思うが、別に拒む理由が無いので甘んじて受け入れる。棒立ちでいる訳にもいかないので両腕を家入の背中に回して抱き締めると、ピクリと反応した。しかし抱擁をやめる気は無いようで離れる気配がない。

 

 部屋の中に入ってから立ちっぱなして抱擁しあったまま、5分が経過した頃、家入が前に進み出して押してくる。チラリと背後を確認するとベッドがあるので大丈夫だと判断し、押されるがままにベッドに近づいていった。

 

 少し勢いを付けてベッドに倒れ込むと、一緒に家入も倒れ込んできた。寝転ぶ自身の上に乗って抱き付いている。どれだけ離す気が無いのだと苦笑いの雰囲気になりながら頭を撫でた。

 

 

 

「先輩」

 

「何だ?」

 

「知ってましたか?近々先輩を特級呪術師にするっていう話」

 

「……そうだったのか。まあ、広範囲の殲滅力を持つ俺を危険視して手元に置いておきたいというのが上の本音だろうな」

 

「それもあると思いますけど、実際先輩は強いですからね」

 

「強いだけでは特級にならんだろう。斜め上の位置付けらしいからな。五条と夏油もその内に特級となることだろう。五条は六眼と無下限呪術。夏油は呪霊操術。俺は黒圓無躰流と呪力量」

 

「斜め上の位置付けだったんだ。へー」

 

「稀少性ならば、硝子も相当なものだがな」

 

「先輩に褒められた」

 

 

 

 緩い会話をしながらでも、家入は龍已の上から退かなかった。上に乗られて抱き締められ、代わりに頭を撫でるだけの状態が続く。龍已は家入が自身のことを気を遣ってリラックスさせようとしている事に気が付いている。一人で居ることでもリラックス出来るのだが、自身でも把握できる異常を抱えた状態で一人になるのは拙いだろう。

 

 謂わば龍已の心を落ち着かせる事が出来る監視役が必要だった。そこで上げられるのが家入だけだろう。交際関係にあって、龍已が全幅の信頼を寄せている人物。近くに居て心からリラックスさせられるだけの存在。

 

 そして誰も知らないかも知れないが、龍已は最早家入を傷付ける事は出来ない。故郷に居る親友達のことも、どんなことが有ろうと、どんな理由が有ろうと、傷付ける事は出来ない。彼の心は今、5本の支柱によって支えられている。普通はもっと多くの支柱により支えられているところを、彼はたったの5本だけ。

 

 それも、その5本は連動していて、どれか1本でも欠けてしまえば、残りの4本も同じく崩れてしまう。そうなれば待っているのは、龍已の心の崩壊だ。心が強いと思われているようだが、決してそんなことはない。脆く壊れやすいからこそ、壊されないように行動しているだけだ。

 

 

 

「先輩の夢って何ですか?」

 

「突然どうした?」

 

「いえ、改めて聞いたこと無いなと思いまして」

 

「ふむ……硝子は俺の正体を知っているから話すが、呪詛師の殲滅だな。それ無くして平穏は無いと考えている」

 

 

 

 両親を呪詛師の手によって殺され、何の関係も無い一般人を気分によって殺す呪詛師を見てきたからこそ言える言葉。一般人である親友達は呪詛師に対抗する術を持っていない。呪具を渡されて携帯していたとしても、呪術ありきの呪詛師相手だと数段劣ってしまう事だろう。ましてや彼等は戦う戦闘能力が無いのだ。

 

 それ故の発言だったのだが、家入はその答えに満足していないようだった。胸板に擦り付けていた額を上げて顔を覗き込んでいる。気配からして納得していないのだろうなと察した。

 

 

 

「それは野望とか目的、目標ですよね。私が聞いているのは夢ですよ。もっとプラスになる答えを下さい」

 

「プラスに……?」

 

「誰かを殺さないと得られない達成感ではなく、こういう事をしてみたいとか、こんな光景を見たいと思うものです。いくら先輩でもそのくらいはあるでしょう?」

 

「俺の……夢」

 

 

 

 言われて初めて考える……というのは言い過ぎかも知れないが、ここ最近で自身の夢なんて考えることは無かった。そんなことを考える暇が無いとも言えるだろう。龍已の担任である夜蛾の言葉だが、呪術師に後悔のない死は無い。その通りに、呪術界では1つのミスで命を落とす。

 

 あの龍已であっても死にかけたことがあり、そこへ更に親友達のことを誰にもバレてはならず、黒い死神であるということもバレてはならないという、神経を使う日々を送っている。そんな彼にじっくりと自身の夢を思い描く時間なんてあるだろうか。

 

 家入の頭を撫でながら、目を閉じて昔のことを思い出す。まだ龍已が小学生だった頃。道徳か何かの授業で自身の夢について考え、発表するという授業があった。周りは友達同士でどんな夢にした?やら、オレならこんな夢だ!と自信満々に子供らしく話している中で、彼はポツリと一人で夢について考えていた。

 

 親友達は席が近いのに、何故かその時は自身だけが親友達から離れたところに席があった。偶然の席順であったので文句は別に無いが、皆で楽しくしている中で誰にも話し掛けられず自身の夢を考えるのは虚しかった。

 

 

 

『オレのしょーらいの夢は宇宙飛行士!』

 

『〇〇はケーキ屋さん!』

 

『ぼくは本屋さん!』

 

『オレなんてサッカー選手だもんね!』

 

(それがし)は剣の道を歩みとうございます』

 

『お前は生まれてくる時代間違えてない?』

 

 

 

『将来の夢……』

 

 

 

 小学生の頃の龍已は困惑して見ていた。周囲の同級生達が、これが夢だと自信満々に語っている姿が。自身は何があるだろうか。自分で言っては何だが、親友の虎徹には勝てないが頭は良い。運動神経だってそこらのスポーツ選手にすら負けないと思っている。だが頭が良い人が就く仕事かと言われれば違う。スポーツ選手かと言われても違う。

 

 代々受け継がれてきた黒圓無躰流の正式な継承者となった後は、何をすれば良いのか。その内女の子とお見合いをして嫁に貰い、子供を授かって自身が修めた黒圓無躰流を教えて引き継がせる。それは決まっている。ならばそれまでは何をすれば良いのか。それが今一解らない。

 

 無表情で悩みながら、チラリと親友達を見る。どんな夢が良いか考えていて楽しそうだ。他の子達に負けず劣らず、授業を楽しんで笑っている。その時、その光景を見ていた龍已は胸の内にとても熱いものを感じた。瞬間、これだと感じた。

 

 

 

『俺の夢は──────“今”です』

 

 

 

 楽しんでいた同級生達は何を言っているんだコイツという目を向けてきて、親友達ですらどういう意味だと少し考え、担任の先生からは困惑した表情と詳細を求められながら、龍已は満足そうな雰囲気をしていた。

 

 言葉足らずの“今”。それには彼の全てを籠めた一言だった。気味悪がって誰も話し掛けてこない自分に話し掛けて、大きな声で親友だと言ってくれて、笑顔を向けてくれる親友達。手が掛からなすぎておかしい子供だろうに、愛情を注いでくれる両親。

 

 龍已にはこれだけの人が居れば、もう十分だと感じていた。これだけ大切な人達が居れば、自身はこれからの日々も充実したものにしていくことが出来ると確信した。だから、“今”をこれからも続けていく。それだけを思っての言葉だった。

 

 昔のことを思い出した龍已は目を開けた。視線を落とせば、小首を傾げる家入が居る。頭を撫でていた手を頬に持っていき、親指の腹で目の下辺りを軽く擦る。くすぐったそうにクスリと笑う家入を見て、ほんわかとした気持ちになる。

 

 

 

「俺は手に入れて、失ったものがある。とてもあの時の“今”とは思えない今を過ごしているが、本質は変わらない。……俺の夢は大切な者達が平和を享受しているところを見て安心していたい。それだけだ」

 

「……そうですか。それは平和で良い夢ですね」

 

 

 

 ──────平和を享受している大切な人を見るためならば、自身はどうなっても良い……という事ですか。……まあ良いですよ。私も先輩の大切な人の内に入っているだろうけど、先輩が傷付くなら私も一緒に傷付けば良いだけの話だし。先輩が地獄に行くなら、私も地獄に行く。先輩が居てこその私だし。……うわ、こう考えると私、先輩のこと好き過ぎじゃん。ウケる。

 

 

 

 少し家入には把握しきれない言葉も聞いたが、概ねは理解出来た。つまりは大切な者達を護りたいということだろう。その為には、両親を殺したような、非術師に手を掛ける呪詛師を皆殺しにしたいと口にしている。五条が居るだけで呪詛師の活動がかなり減少しているのだが、黒い死神という存在もあって、五条の存在以上に呪詛師の活動を減らしている。

 

 目をつけられれば殺されるという五条よりも、呪詛師は絶対に殺す実績ありの黒い死神の方が恐怖を煽る存在となるだろう。彼ならいつか、本当に呪詛師を皆殺しにしそうだなと思いつつ、彼の戦いは死ぬまで終わらないのだろうなとも思う。

 

 傷だらけで、それでも歩みを止めない愛しの彼。そんな彼が進んで地獄に行くのならば、自身も喜んで地獄へ身を投じよう。それが異常だと理解していながら、やはりこれが自分らしいと納得した。離したくないし、離してあげられないことを実感しながら、家入は龍已を抱き締め続ける。

 

 だが、こんな考えも頭の端でチラつく。龍已は呪術界に進んで入り込むつもりは無かった。少し色々とあったが、呪詛師を殺せればそれで良くて、上手いことやっていた。そんな彼が呪術界に足を踏み入れた時点で、上の連中に目をつけられているということ。彼が仮に自由を求めたとしても、周りは彼の自由を認めないだろう。

 

 

 

「はぁ……呪術界って面倒くさい」

 

 

 

「──────呪術界が面倒で下衆の集まりであることは、何時の時代も変わらん」

 

 

 

「──────っ!!」

 

 

 

 家入は抱き締めていた龍已の体を離して背後に跳び引いた。非戦闘員ではあるが、今の龍已の気配がおかしいことくらいは解るつもりだ。声のトーンが変わり、気配も変わった。そして今までで一度も見たことがない()()()浮かべている。

 

 率直に言って悍ましいと思った。彼はこんな風に笑わない。龍已ではないナニカが龍已の皮を被って笑みを浮かべるのが、ここまで不快で気持ち悪いものだとは思わなかった。そんな龍已とは言えない龍已が、警戒している家入を眺めながら上半身も起こし、両の手の平を見せて敵意が無い事を示した。

 

 

 

「あんたは誰。先輩に何をしたの?」

 

「儂が何者であるか……それを知る必要は無い。例え知るとしても、それは知るべき時に知れる事だろう。故に儂は儂()を明かすつもりは無い。そも、儂は今の黒圓龍已に起きている異常について話しに出て来ただけだ」

 

「つまり、昨日先輩がおかしかったのはあんたの仕業ってこと?」

 

「そうであるし、そうでないとも言える。この肉体に疲労が溜まっているから、怨念と少し共鳴しただけよ。休めば元に戻る。()()()()()少し過激な奴が居おってな。其奴の気持ちの強さが有ったのも否めぬが」

 

「……あんまり要領を得ないんだけど、何を言ってんの?」

 

「疲労を回復させれば良いだけの話よ。良いか、儂が出て来た事を他者に話すな。特に黒圓龍已には絶対にだ。話した時、()()()()()()()()()。そしてこれだけは覚えておくが良い。お主を含めた()()はとても強固な楔だ。それが千切れた時、()()()()()()()()()()()()()()()()。そうなれば、呪術師(お主等)に未来は無い。もう儂の意思で出て来ることはないが、儂が言ったことを努忘れるな──────」

 

「……今のは何?二重人格……とは違うみたいだし……。まるで、中に全く違う存在が居るみたいな……。五条が言ってた良く解らないものの正体?」

 

 

 

 言うだけ言って、龍已の体に乗り移っていた謎の存在は引っ込んでしまい、龍已は糸の切れたマリオネットのように起こした上半身を倒してベッドに横になり、静かに寝息を立てている。

 

 突然のことだった。何の脈絡もなく龍已が不思議な現象に陥っていた。だが得られたこともある。龍已がおかしい事になっていたのは、疲れが原因であったことと、彼の内側に居るナニカが干渉してしまったからということ。そしてもうこれから、話していた存在が表に出て来ることは無いということだ。

 

 未完成が完成する。怨念。5人という楔。少し解らないものもあったが、そんな訳の解らないものを無理に知ろうとして龍已を危険に晒すことは出来ない。ここは一先ず、あのナニカが言っていた通り、誰にも今起きたことは話さないと、家入は心に誓った。知れるときは必ず来る。その時を静かに待とうと思いながら。

 

 

 

 

 

 眠りについてしまった龍已がその後、揺らそうが突こうが起きることはなく、目を覚ましたのは次の日の朝だった。

 

 

 

 

 






五条

六眼で偶然黒いナニカに気が付いた。だけど何なのかは全く解らなかった。呪いでも無いし、誰かの術式によるものでもない。何なんだ??





歌姫

龍已にあーんをしているときは、こんな弟が居たら可愛いのになーと思っていた。気分は雛鳥にご飯をあげる親鳥。いや、それ弟じゃないじゃん。




家入

龍已をリラックスさせる為に体を張った(本望)

おかしな事になっていることを気にしていて、その原因が龍已の内側に居る者の所為であるのと疲れであるということが知れてホッとしている。是非とも内側の奴は表に出て来ないで欲しい。

5つの楔というのが気になっている。言動からして龍已が本当におかしくなるのは、この楔に数えられている5人の身に何かあった時だと推測していて、自身は非戦闘員なので大丈夫だとは思っているが、残りの4人をどうしようかと悩む。




龍已

何か途中で記憶が無くなっていて、目が覚めたら朝日が昇っていた人。どういうことだ?と首を傾げる。

隣に裸の家入が居て、自身の着ていた服が全て脱がされて全裸となり、部屋の中がとんでもない匂いになっているので大体察した。けど察しただけで、えぇ……嘘だろ……?と思ってる。




????

警告するために表へ出て来た。現在5つの楔があるが、これが壊れたら完成することを確信している。警告はしても助けはしない。





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第三十五話  選択の果て



最高評価をして下さった、あんびー はるとあき カマクラ_ダリア マナ・ルナ 航太 カルマ komabob 刹那零 夢無き庭園の管理人 となりのあおペン 能力 紙屋空屋 フィルマ 61 Red John 志願兵X 枕カーテン布団 caster07 イウ ムー173 豚カツ エルシヲン LIME1227 御門翡翠 時雨1341398 さん。


高評価をして下さった、アヲ。 草臥済 ラヴェン まりも7007 yutayuta レイ・ブラドル・ドラニス 熊野郎 皐月病 あめかさ 蟹チャーハン


さんの皆さん、ありがとうございます。





 

 

 

 黒圓龍已の異変から1年という年月が経った。今年は西暦2007年の8月である。

 

 

 

 家入は監視も兼ねて龍已の様子を出来るだけ見ている事にしていた。結果を言えば、彼がそれから異変を起こすことは一切無く、異変のいの字もなかった。五条にも時々で良いから六眼で確認しておいてくれと言っておいたが、謎の靄は欠片も視ていないそうだ。

 

 取り敢えず、1年も時間が空いて変わった事が無いのならば、あの謎の人格が言っていた通り、出てくることはないのだろうと、一先ずではあるが納得しておくことにした家入。ただし、絶対とは言い切れず、縛りを結んだわけでもないので少しの警戒はしている。誰かにうっかりと秘密を言わないように、自分自身にすら警戒している。

 

 まあ黒圓龍已の事は今は無事であることは確認出来たとして、1年が経過するということは、呪術高専に在籍する生徒は1学年上に上がるということになる。つまり新1年生が入ってくるということだ。呪術界はマイナーなので、今年度の入学生は1人だけだ。名は伊地知潔高といい、一般からの出である。

 

 先輩達にクセが強くて戦闘力的な意味でも強い者達に囲まれている伊地知は肩身が狭く、戦う術を持たないので色々と困惑していた。困らせられたり、イタズラをされたり、戦闘訓練ではボコボコにされるが、虐めている訳ではなく、先輩として後輩である自身の面倒を見てくれていると実感して、それなりに高専生活は上手くいっていた。

 

 だが一方で、ある事態は進行している。呪術師とて人間。非術師の為にと日夜犠牲を払いながら呪霊を祓っているものの、どこからか綻びが出て、心のダムが決壊しても何らおかしなことはない。呪術師が呪詛師に身を堕とす事例だってあるのだ。

 

 

 

「──────うん。イケるね」

 

「げっ……何今の?」

 

「……術式対象の自動選択か?」

 

「そっ」

 

 

 

 五条家の天才、五条悟。彼は伏黒甚爾との戦闘で呪力の核心を掴み、反転術式を会得したことにより、1年前と比べても明らかに強くなった。無限のバリアをマニュアルでやっていたものをオート化し、呪力の強弱だけでなく、質量、速度、形状から危険度を選別出来るようになった。

 

 無限のバリアをほぼ一日中展開する。普通ならば脳が焼き切れるところを自己補完の範疇で反転術式を回し続けることによりクリア。術式を使用する際に行う掌印の省略。術式順転『蒼』と術式反転『赫』のそれぞれの同時発動も行えるようになり、残るは領域展開と長距離間の瞬間移動だけだった。

 

 

 

 ──────先輩は特級術師になり、悟は更に力をつけて最強と謳われるようになった。

 

 

 

「傑。オマエちょっと痩せた?大丈夫かよ」

 

「はは、単なる夏バテだよ。大丈夫」

 

「なんだよ、ソーメン食い過ぎたのか?」

 

「それは違うかな」

 

 

 

 ──────任務を全て1人で熟すようになった。硝子は元々危険な任務に赴くことはない。先輩は当然1人で任務に行き、七海と灰原は2人で任務。必然的に私も任務は1人で行うようになった。

 

 

 

 今年の夏は忙しいものである。昨年頻発した事故や災害の影響もあったのだろう、呪霊が大繁殖していた。お陰で手の空いている呪術師だけでなく、手の空いていない呪術師にまで任務が斡旋され、時間感覚が狂うような毎日を送っていた。

 

 だからだろう、夏油傑が少しだけ窶れてしまい、元気が無くなっていたのは。その原因は術式に原因がある。呪霊操術という術式は珍しい事に、呪符などといった物を媒体にする必要も無く、取り込んだ呪霊を操り使役することが出来る。ただし取り込む為には、呪霊を戦闘不能にし、丸く黒い球体にして飲み込む必要がある。

 

 そして負の感情から生まれた呪霊の味が美味であるわけもなく、例えるならば吐瀉物を処理した雑巾を丸めて、丸飲みにしたような味がする。これは誰も知らない。夏油傑だけが知っている、知りたくもない味。祓って飲んで、祓って飲んで、祓って飲んでを延々と繰り返す。

 

 何時しか彼は、何の為にこんな行為を繰り返しているのか、分からなくなってしまった。解決した天内理子の護衛任務。その最後に見た、偽装された天内の死体を見て、笑顔で拍手喝采する盤星教の信者達。周知の醜悪さだった。彼女は今や海外で付き人の黒井と生きているのに、まるで盤星教に殺されたかのような錯覚を起こす程の思い出したくない思い出。

 

 

 

「──────猿共め」

 

 

 

 彼は力ある者は力無き者を救うべきであると考えている。だから自身が非術師を護るのは当然だと、そう言い聞かせてきた。しかしそれは最早綻びが生じていた。何故こんなに苦しまなくてはならない?何故あんな猿共の為に命を賭して戦わなければならない?そんな思いが胸の内で渦巻いていた。

 

 そんな発散も出来ない、行き場を失うどころか行き場を与えられない感情を抱えたまま、夏油はとある女性に声を掛けられた。日本に居る数少ない、黒圓龍已と同じ特級術師である九十九由基。任務を受けずに海外を渡り歩いている女性である。

 

 

 

「君が夏油君?──────どんな女が好み(タイプ)かな?」

 

 

 

 初対面の相手に好みを聞くという特徴的な挨拶から入る九十九に、夏油は訝しげな表情を浮かべた。丁度居合わせた灰原と話していたのだが、灰原が気を利かせてその場から立ち去って、九十九は夏油にある話をした。自身は高専が行う対症療法ではなく、原因療法を探していると。

 

 つまり、呪霊を狩り続けるのではなく、呪霊が生まれない世界を作りたいのだ。人から漏出する呪力が積み重なって形を為した存在が呪霊。となると呪霊が生まれない世界の作り方は主に2つ。全人類から呪力を無くすか、全人類に呪力のコントロールを可能にさせるかである。

 

 ただ、九十九は前者が最も手が届きやすいと考えている。というのも、モデルケースが居たからだ。呪力を一切持たない唯一の人物、伏黒甚爾である。天与呪縛によって呪力が一般人並みは居ても、全く無いのは世界彼1人だけだ。

 

 天与呪縛のフィジカルギフテッドにより、呪力が無くても強化された五感で呪霊を認識する。呪霊を完全に捨て去ることで肉体は一線を画して、逆に呪いに対する耐性を獲得した。呪霊を飲み込む事が出来るのも彼の肉体があってこそである。つまり彼は新たなステージに立つ唯一の人類であり超人。新人類とも言えるのだ。

 

 勿論、そんな彼が生きているのだからコンタクトを取って、肉体を調べさせて欲しいと願った。これは呪術界……いや、世界のためであると説明して。そんな説明を聞いた甚爾の返答は……否だった。

 

 

 

『あ?……メンドクセーからパス』

 

『君のような存在は他に居ない。謝礼は弾むよ?』

 

『なんで体を弄くり回されねーといけねェンだよ。イヤなこった』

 

 

 

 清々しい程の断りを入れられてしまっている。当然それだけで諦めるつもりは無いので掛け合っている最中だが、念の為にその他の方法も考えている。

 

 術師からは呪霊は生まれない。術師が死後に呪いへ転ずる事を除いて。それはどういう意味なのかというと、術師は非術師に比べて呪力の漏出が極端に少ない。術式を使用することでの呪力の消費量や容量に差もあるが、一番の理由は流れだ。

 

 術師の呪力は本人の中を良く廻る。無駄が無いから呪霊は生まれない。つまり、大雑把に言ってしまえば、全人類が術師になってしまえば、呪いは……呪霊は発生しないのだ。だがそれは逆の考えが出来てしまう。

 

 

 

「じゃあ──────()()()()皆殺しにすればいいじゃないですか」

 

「……夏油君」

 

「……ッ!!あ、いや……今のは……」

 

「──────それは“アリ”だ」

 

「え……?」

 

「というか、それが一番簡単な道だろうね。非術師を間引き続けて生存戦略として術師に適応してもらう」

 

 

 

 要は進化を促す。鳥が翼を得たように、恐怖や危機感を使って。しかし九十九は、それを実行するほど自身はイカレていないと断言した。夏油がその考えをどう思っているかは別としてだ。だから、九十九に非術師は嫌いかと問われて“分からない”と答えてしまえるのだ。

 

 その後、夏油は九十九ともう少しだけ話した。非術師を見下す自身と、それを否定する自身。どちらを本音とするか、それはこれから選択するんだと言われた時は、以前ならば否定する自身が本音だと即行で答えただろう。でも即答出来ないということは、揺れに揺れているということになる。

 

 そして最後に、天元様と天内が同化しなかった件については、問題ないと言われた。替えでも居たのか、天元様は安定しているとのこと。だが、今そんな話をされても何とも返事を返すことは出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……特級になって1年経つが、任務の量が尋常じゃないな」

 

「──────お疲れ様です、先輩」

 

「あぁ、夏油もお疲れ様だな」

 

 

 

 今年の夏の任務量は呪術師を殺しにかかっていた。特に特級術師である五条、夏油、龍已の3人は休む暇が無いと言っても過言ではなかった。そしてそんな龍已は、真夜中の1時に高専へ帰ってきた。補助監督の鶴川と別れて敷地内に入ったはいいが、何となく自身の部屋に帰る気持ちになれず、高専のグラウンドの方へと歩みを進めていた。

 

 グラウンドへ入るための、コンクリートの階段に座り、今日の気分である甘いものの摂取として、チュッパチャプスをポケットから取り出して口に入れる。カラコロと飴の部分を歯に当てて、舌で舐めながらほんのりとした甘さを感じていた時だった。気配で察知していた夏油が背後からやって来た。

 

 気配と声色から、少し疲れている印象を抱く龍已は、真ん中に座っていたのを横にズレてスペースを開けた。夏油はそれを横に座って良いのだと捉えて、ありがとうございますと言って隣に腰掛けた。お疲れ様と言い合ってからは両者共に何も言わなかった。

 

 真夜中に吹く、湿気のある少しだけ冷たい風。日本の夏風は肌に触れるとジメジメした印象を与えてくる。Yシャツだけとはいえ、制服でいると少しだけ気持ちが悪い。昼間に呪霊を祓ってきたので大量の汗を掻いている所為もあるのだろうか。

 

 

 

「……先輩」

 

「何だ」

 

「先輩は非術師についてどう思いますか」

 

「随分と漠然とした問いだな」

 

「……最近、疲れているからなのか色々と考えてしまうんです。非術師のこともそうです。盤星教で見た光景が頭から離れません。時々、何の為に戦っているのか分からなくなってしまうんです」

 

「……なるほどな」

 

 

 

 語る言葉は少ないが、それだけで察してくれと言わんばかりの気配。龍已はそれをしっかりと受け取った。つまり、何で非術師の為に戦っているのか解らなくなってしまったということなのだろうと。前に彼が何の為に戦っているのかを聞いた。力あるものが、力無き者の為に戦うのは当然という言葉を。

 

 今ではそれが揺らいでいるのだろう。守っている……いや、()()()()()()()存在が、何故我々に牙を向けてくるのか。何故そんな奴等を命を賭してまで守ってやらなくてはいけないのか。単純に意味が解らない。それが心の中に入り込んでしまったから、悩む羽目になってしまった。

 

 さて、これはどう答えたものかと考える。非術師には確かに醜い部分を誰彼構わず向ける奴も居る。だがその逆で根っからの善人も存在する。身近で例えるならば龍已の親友達や、甚爾の妻である暁美や娘の津美紀だ。まだ子供であるということを考慮しても、津美紀は善人だ。

 

 今は繁忙期でとても忙しい毎日を送っていて、全国を回りに回っている。すると龍已でも疲れが溜まっていくのだが、それを目敏く見つけて心配してくれる非術師も居る。全く知らない人である自身に声を掛けて、心配してくれるのだ。気配からも心配の年がありありと発せられてくる。そんな人を善人と言わずして何と言えばいいのか。

 

 今の夏油はかなり危ない状況にあるということは火を見るより明らかだ。自信ありげに当然だろう?と言わんばかりに非術師は守るべき者達と言っていたのに、今では何で守らなくてはいけないのかと思い始めているのだから。もしかしたら、もしかしてしまうかも知れない。故に言葉を選びながら話し始めた。

 

 

 

「呪霊は非術師には見ることも感じることも出来ない」

 

「……はい」

 

「だが見える者を、見えるのだと察する事は出来る」

 

「……?」

 

「俺は昔、呪霊は他人にも見えて当然のものだと思って発言したことがある。結果は当然の除け者。意味の解らない事を言い出す変な奴と刷り込んでしまった。常に無表情のことも疑いに滑車を掛けていると思うが……兎も角、俺に友達は居なかった。いつも1人で学校に行き、授業を受け、家に帰った。だがな、そんな俺に……他の者には見えないナニカを見ていると解っていて話し掛け、友達だと言ってくれる非術師が居た」

 

「それは……良い人ですね」

 

「あぁ、良い奴だ。得体の知れない存在というのは、善悪の区別がいまいち把握し切れていない子供にとっては邪悪に映り、より顕著な反応をするようになる。明らかに態と無視をされている俺に寄り添って、同じく無視をされるようになっても、構わないとまで言ってくれた。その時に俺の中で、友人達は掛け替えのないものとなった。今でこそ本当にどうしようもない人間を時折見掛けるが、その時は友人達を思い出すようにする。こんなに良い人が居るのだから、これだけ醜い奴もそれは居るだろう……と。物事には天秤があると思えばいい」

 

「天秤……ですか」

 

「善人が居るならば、それに釣り合う悪人が居る。強い者が居るならば、それに釣り合う弱い者が居る。要は、それだけ(醜い人間達)を見続けるなということだ。自身の長所より短所が見つかりやすいように、自身が善に傾いていればより悪が目につくだけだ。安心しろ夏油。疑問に思ったということは、少なくともお前の心は善だ」

 

 

 

 前を向いて、口からチュッパチャプスを取り出しながら語る龍已の横顔はいつものものだ。完全に無表情で眉の端すらピクリとも動かない。でも発する声は優しかった。相談してくれたから、しっかりと相談に乗ると言ってくれてるようであった。

 

 歳はたった1つしか変わらないのに、言葉の重みが違うなと思った。龍已は小学校、中学校と親友達以外に友達が居なかった。それで良いと自己完結していた部分もあるが、無視されたり、元から居ない者として扱われた。でも、それを補ってくれる最高の友人達が居たから、こうして精神的に参りやすい呪霊や呪詛師との戦いに明け暮れることが出来るのだ。

 

 非術師で善人であった両親も殺された龍已には、仲良くしてくれる親友達が全てだった。そんな龍已に対して、非術師な夏油の両親はまだ生きている。友達だって呪霊が見えることを隠していたからそれなりに居た。だから言葉に重みが伝わってくるのだ。龍已は最後に、非術師で一番お前の身を案じてくれるだろう、両親のことを考えてみろ。本当に参っているなら、両親と話し合え。そう言って飴を噛み砕きながら寮の方に戻っていった。

 

 いい話をして終わらせたように見える龍已だが、これは警告でもあった。非術師を守ることに疑問を覚えて、最終的に非術師はこの世に要らないと判断をした場合、非術師に大切な者が居る自身を……黒圓龍已を敵にする事になるのだぞと、暗に伝える警告だった。後は、夏油の心の持ちように賭けるしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────大丈夫か?七海、灰原」

 

「……ッ!!黒圓先輩ッ!!灰原が重傷を……ッ!!」

 

「ぅ……こく……え……せんぱ……ぃ?」

 

「夜蛾先生からお前達が緊急応援を出したと聞いて、比較的近くに居る俺に任務の引き継ぎが為された。どういう状況だ?」

 

 

 

 特級術師らしく忙しく県を跨いで任務を消化していたところ、近くで緊急応援を発したとのことで駆り出された。現場に着くまでにある程度の情報を知っておこうとしたら、その現場で任務を受けているのが七海と灰原であると判明した。

 

 後輩を亡くす訳にはいかないと、無理を承知で急ぐように補助監督の鶴川へ頼み、どうにか2人がまだ生きている内に現場に到着することが出来た。術式を付与されていない領域内に侵入すると、鳥居が所々に建っている岩壁に囲まれた水辺という、不思議な光景の広がる空間に入った。

 

 そこには、学校の体育館程の大きさをしたナマズのような体に、顔の部分には3つの目と、人間と同じ歯並びをした口が付いた存在が居た。そしてそれに対して七海が座り込みながら鉈を向けており、その膝の上には両脚が太腿の半ばから無くなって、右腕も上腕辺りから千切れている傷だらけの灰原の姿があった。

 

 

 

「あれは産土神信仰の土地神です……ッ!それも特級に近い1級です……ッ!!灰原は私を庇ってこんな重傷を……ッ!!」

 

「……なるほど。2級案件ではなかったか。階級の違いは俺が報告しておく。気を休めて灰原の応急処置に集中しろ。後は俺がやる」

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■■ッ!!!!」

 

「荒ぶるのはやめていただきたい、土地神よ。私達はこの場を荒らすつもりはなかった。故にこれ以上の戦いは不毛。見逃してくれるのならば早急に消えることを約束します。どうか、賢明なご判断の程を──────」

 

「■■■■■■■■■■■■■■ッ!!」

 

「……攻撃意思を解除して下さい。そうしなければ、私は武力によってこの場を鎮める手を取らねばならなくなります」

 

「──────ッ!!」

 

 

 

「警告はしたぞ──────『天ノ晄』」

 

 

 

 土地神は天から降り注ぐ青黒い呪力の光線によって呑み込まれた。確実に消し飛んだかと思われたが、土地神が消滅しない程度の絶妙な威力だったようで、瀕死となった事で術式の付与されていない領域は閉じられ、3人は出てくることが出来た。

 

 灰原は意識を朦朧とさせる程の重傷であり、複数の部位欠損ということもあって完全に治しきれるかは解らない状況だった。七海も全身傷だらけなので手当を受けなくてはならない。2人は高専に帰って家入の治療を受けることとなり、残りの任務は龍已が請け負った。

 

 緊急で運び込まれた七海と灰原を、偶然居合わせた夏油が目撃した。今突然死んだとしてもおかしくない傷を負った灰原と、安静にしなければならない傷を負っている七海を。2人の状態を見て思い浮かべるのは、終わりの無い戦いの果て、積み上がっていく仲間(術師)の屍の山だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 2007年9月██県██市(旧██村)

 

 

 

 任務概要・村落内での神隠し、変死。その原因と思われる呪霊の祓除(ばつじょ)

 

 

 

「はぁ……──────これはなんですか?」

 

 

 

 そして夏油は、とある任務先にて木製の牢の中に閉じ込められた2人の年端もいかない、暴行の後がある少女2人と、呪いの何たるかも理解していない無知蒙昧な村人()と出会った。

 

 

 

■■(なにとは)■■■■■■■■■■■(この2人が一連の事件の原因でしょう)?」

 

「……違います」

 

■■■■■■■(この2人は頭がおかしい)■■■■■■■■■(不思議な力で村人を度々襲うのです)!」

 

「事件の原因は、もう私が取り除きました」

 

■■■■■(私の孫もこの2人に)■■■■■■(殺されかけたことがあります)!」

 

「……っ!それはあっちが──────」

 

■■■■■(黙りなさい化け物め)ッ!!」

 

■■■■■■(あなた達の親もそうだった)ッ!!■■■■(やはり赤子の内に)■■■■■(殺しておくべきだった)ッ!!」

 

 

 

「──────皆さん。一旦外に出ましょうか」

 

 

 

 非術師を見下す自分。それを否定する自分。どちらを本音にするかは、君がこれから選択するんだ

 

 

 

 その言葉が頭に流れてきた時には、夏油傑は術式を展開し、今まで守ってきた者達へと向けていた。

 

 

 

『──────お前の心は善だ』

 

 

 

「……すみません先輩──────私は違ったようです」

 

 

 

 

 

 

 担当者である高専3年の夏油傑を派遣から5日後、旧██村の住民112名の死亡が確認される。

 

 

 

 全て呪霊による被害と思われたが、残穢から夏油傑の呪霊操術と断定。

 

 

 

 夏油傑は逃走。

 

 

 

 呪術規定9条に基づき、呪詛師として処刑対象となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

「……………………。」

 

「……何度も言わせるな。傑が集落の人間を皆殺しにし、行方をくらませた」

 

「聞こえてますよ、ちゃんと。センパイも俺も。だから、は?つったんだ」

 

「……傑の実家は既にもぬけの殻だった。ただ、血痕と残穢から恐らく()()()手にかけている」

 

()()()()両親を……」

 

「……ッ!!ンなわけねぇだろッ!!傑がそんなことをするわけが──────」

 

「──────悟。俺も……何が何だか分からんのだ……」

 

「──────ッ!!!!」

 

 

 

 夜蛾から夏油の呪詛師堕ちのことを報告された五条と龍已は、各々色んな思いを抱いていた。大切な親友がそんなことをする訳が無い。あの時語り合った後輩がそんなことをするとは……と。

 

 そうして明くる日、家入が高専から出て買い物をしているところを夏油と邂逅した。連絡は五条と龍已に発信された。場所は新宿である。すぐに逃げるかと思われるだろうが、夏油はその近くから動くことはなく、まるで来るのを待っているようなものだった。

 

 そうして夏油が居ると言われた場所に五条が到着した。何故非術師を殺したのか、何故あんな事をしたのか説明を求めながら怒気を露わにする五条に対して、術師だけが生きる世界を作りたいのだと語った。待っている間に家入に話したことと同じだ。

 

 そしてふざけた世界を作るためなら親すらも殺すのかと問い、家族だけは特別という訳にもいかないから殺したと、認めた。意味はあり、意義があり、大義ですらあるという夏油の顔は至極真面目なものだった。

 

 

 

「非術師殺して術師だけの世界を作る!?無理に決まってんだろ!出来ねぇことをセコセコやんのを意味ねぇっつーんだよ!」

 

「……傲慢だな」

 

「あ゙?」

 

「先輩なら出来るだろう。そして君もだ、悟。自分に出来ることを、他人には()()()()()()と言い聞かせるのか?」

 

「──────ッ!!」

 

「先輩の強さを見誤ってる呪術界は君を最強と呼ぶ。ならばそんな最強である君に問う。君は五条悟だから最強なのか?最強だから五条悟なのか?」

 

「何が……言いてぇんだよ」

 

「もし私が君や先輩になれるなら、この馬鹿げた理想も地に足が着くとは思わないか?──────生き方は決めた。後は自分に出来ることを精一杯やるさ」

 

「──────ッ!!」

 

 

 

 五条は掌印を構えた。省略を可能とした彼でも、掌印が必要となれば繰り出そうとする術式は限られる。仮想質量を押し出す『茈』。それを夏油に……親友である男に向ける。しかしそんな五条に対して、夏油は悠々と背を向けた。

 

 周りに巻き込みかねない非術師が居るから……ではなく、彼が自身を殺せないということを解っているからだ。しかし、そんな夏油も非術師に紛れ込んで駆け出した。五条には出来なくても、彼なら出来ると確信しているからだ。

 

 呪力による弾丸が、発砲音を消した大口径対物狙撃銃から放たれた弾が夏油に向かって飛来する。狙うは頭。弾丸が飛ぶ直線上から逃れても、呪力により形成された弾丸は曲線を描き、紛れる非術師の間を抜けて殺そうと迫る。

 

 

 

「──────ごめんセンパイ。虚式『茈』」

 

 

 

「──────ッ!?術式反転……『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』」

 

 

 

 4キロ離れたところに居る、ビルの屋上で『黒曜』をうつ伏せで構えていた龍已の元へ、『茈』が飛来した。咄嗟に防御をしたが、その所為で呪力弾の操作が狂い、店の看板を撃ち抜いた。そして夏油の気配は龍已の術式範囲である4.2195キロメートルから出てしまった。

 

 龍已のことを殺すつもりはないというのは解っている。本気でやれば巨大な仮想質量になって襲い掛かってくるからだ。だが飛んできたのは野球ボール程度のものだった。『黒曜』に付いているスコープに呪力を流して倍率を変え、五条を見る。顔を俯かせていて表情が解らないが、決して晴れやかなものではない。

 

 その後五条は高専へと戻り、龍已は他に与えられている任務へと戻っていった。五条は夜蛾と階段の部分で話し合っている。何故後を追わなかったと言われたが、今更それを聞くのかと問えば、謝罪が返ってきた。

 

 

 

「だが、龍已も逃がしてしまうとはな」

 

「センパイは何て言ってました?」

 

「『撃てませんでした。申し訳ありません』だ。まあ仕方ないのだろうがな」

 

「……そっか。後で話に(謝りに)行かないとな。……俺だけで強くても駄目。センパイが強くても駄目。俺達が救えるのは、他人に救われる準備がある奴だけか……」

 

「………………………。」

 

 

 

 五条と夜蛾はその後互いに話すことはなく、居心地の悪い静寂が訪れた。

 

 

 

 この一件以来、五条は口調を高圧的なものから柔らかなものへ変えて、一人称を『俺』から『僕』へと変えた。何時ぞやに親友から言われた、口調へと変えたのだ。

 

 対して夏油は解体された筈の盤星教……とは別の、根は変わらない別の団体の拠点へ赴き、圧倒的力の差で心をへし折り、恐怖と暴力で非術師達を屈服させた。

 

 

 

 

 

 

 彼が最終的に選択した答えは……猿は嫌い。心の底から出した本音であった。

 

 

 

 

 

 

 






夏油傑

九十九由基の発言から、2007年になって特級術師に昇格したと思われるので、特級術師。流石に違うことはないと思う。

天内は死んでおらず、海外にて身を潜めている。なので盤星教に居た天内は姿を変えた龍已でしっかり生きていた。でも、仮に死んでいたとしても、盤星教の信者達があそこまで醜いのは変わらないということで、あたかも天内が殺されて醜さを見ていたかのような錯覚を起こしている。

呪霊操術に必要な取り込む工程の嚥下は、ゲロを吸った雑巾の味がする。それを何の、誰のためにやっているんだと疑問に思い、歪んでしまい、最終的には呪詛師となってしまった。特級術師だったことから、特級呪詛師へと変貌した。




五条悟

親友が悪堕ちしてしまったことにショックを隠せない、表の最強。

夏油を殺そうとしていた龍已を止めたのは、感情がぐちゃぐちゃになっていたから。龍已に会った時に、あの時攻撃してごめんと謝った。あれは流石に仕方ないということで許してもらった。

口調を改めたら家入に気味悪がられ、夜蛾からはどうした?と心配され、甚爾と恵からは気色悪いものを見る目で見られた。誠に遺憾である。




七海&灰原

七海は部位欠損するほどの怪我を負った訳ではないから大丈夫なものの、灰原はかなりの重傷だった。1時は生死の境を彷徨う程だったが、家入の懸命な処置により死ぬことはなかった。だが脚は戻っても後遺症がある。

このまま呪術師を続けるにしても、動きに制限が出てしまうのでどうしようかと七海と話し合っている。必ずしも呪術師の道を歩まなければいけないということでもないので悩み、同時に七海も友人が死にそうになっているのを見て、呪術師はクソだという考えが出始めている。




龍已

五条が攻撃してこなければ、恐らく夏油の頭は消し飛んでいたが、邪魔をする気持ちは分かるので今回は仕方ないと考えている。だが、呪詛師になった以上は次から容赦しない。

階級が1級術師から特級術師になった。任務1つで貰える報酬が跳ね上がったけど、質と量が大分増えた。疲れて異常が出たというのに忙しくなったからか、家入さんに徹底的な栄養管理をされている。

最近で一番驚いたことは、任務と仕事の掛け持ちで7徹し、黒い死神の仕事中完全に居眠りしながら呪詛師殺してたこと。気付いたら頭だけ転がってた。体は何処にやった??




家入硝子

龍已が特級術師になった時に、まあ当然だなと思ったが、任務がとんでもない量となり、龍已の手帳見たときに任務だらけでドン引きした。これに合わせて黒い死神の仕事もしてんの……?私が栄養管理しなくちゃ(使命)となった。

医師免許を手に入れるために大学受験の勉強をしている傍ら、龍已の為に栄養士の資格の勉強もしている。

最近のマイブームは女子寮の自身の部屋ではなく、龍已の部屋に直行して寛ぐこと。ベッドに入り込んでいると布団の上から帰ってきた龍已が抱き締めてくれるのでバカほどハマってる。

高専卒業したら龍已が一人暮らしするだろうから転がり込んで同棲する気しかない。

夏油が呪詛師に堕ちたことを教えられた時は、アイツ犯罪者じゃんウケる(笑)と思った。それだけ。




九十九由基

謎多き呪術師であり、数少ない特級術師。海外を転々としていて真面に任務を受けない。特級術師になっているだけの女性。

初対面の男性に好きなタイプを聞く癖……癖?がある。

どう考えても夏油傑がダークサイド堕ちする後押しした人。タイミングもかなり悪かった。何でそのタイミングで非術師皆殺し“アリ”って言うかなぁ……。



「黒圓龍已君だよね?どんな女が好み(タイプ)かな?」

「家入硝子です」

「清々しいほどはっきり言うね!」




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第三十六話  大事な頼み



最高評価をして下さった、大蓑蛾 幽暗紫闇 大戌座 コメリ Hydend みかぐろ まちまちmk3 古明地みそしる 日本スピッツ 狸王 rax タッチ177 S,U nomin さん。

高評価をして下さった、アスペルギルス・オリゼ (・ω・) 博雨零 タコハチ カナハナ ryuki03


さんの皆さん、ありがとうございます!




 

 

 

 

「──────なんだあの人!?」

 

「あれ、ランボルギーニ……?」

 

「生ランボルギーニ初めて見た……ッ!!」

 

「ここで待ってるってことは、誰かの彼氏とかお兄さんだったり!?」

 

「ウソっ!?誰の!?」

 

 

 

「ふはッ。迎えの車すごいですね、先輩?」

 

「……友人から(無理矢理)譲り受けただけだ。買っていない」

 

 

 

 黒圓龍已は後悔した。何で彼女の大学の迎えにランボルギーニのアヴェンタドールを乗って行かなくてはならないのかと。

 

 

 

 目立つのがそこまで好きではない龍已が、こんなクソほど目立つ車を乗ってきたのは数時間前に遡る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よっす龍已!久しぶりー!」

 

「最後に会ったの半年くらい前だっけ?」

 

「年始に帰って来たんだから約4ヶ月前でしょ。バカケンちゃん」

 

「飲み物とお菓子用意してあるから早くおいで!」

 

「あぁ。数ヶ月振りに会えて嬉しい。お前達も元気そうで何よりだ」

 

 

 

 龍已は天切虎徹の屋敷にやって来ていた。任務で近くに居るということで、ついでに寄っていったのだ。数ヶ月振りとなる親友達と会えて、龍已も嬉しそうだ。

 

 ケン達はそれぞれ高校を卒業してから大学に入った。分野が異なるので違う大学であるのだが、地元からはそう離れていないので集まろうと思えばいつでも集まれた。皆がすっかりと成人を迎えており、もう21だ。酒も飲めるので、時々皆で集まって親友達だけの飲み会を開いている。

 

 子供っぽさが抜けて大人な感じが出て来た親友達に手招きされて虎徹の家に上がり、変わらず取っておいてある龍已の部屋に集まった。お菓子とお茶が用意され、寛ぎながら食べて適当な話をしていた。

 

 

 

「いやー、大学入って3年だけどさー。ヤリサーって本当にあるんだな」

 

「わーかーるぅ」

 

「入学初日は清楚なお嬢様みたいな美人さんがさー、日を追うごとにおかしくなるんだよね。黒髪が金髪だわピアスだわギラギラのアクセサリーだわ~じゃね?口調だわ。チャラい男4人連れて歩いてるの見て確信したね」

 

「まあ、女性にも色々あるんじゃないかな?僕は何となく大学に行ってるだけだから何とも思わないけど」

 

「虎徹興味なさ過ぎて草」

 

「大学は大学で大変なんだな」

 

 

 

 大学には行かず、呪術師と呪詛師殺しとして活動している龍已は、大学に通う親友達に大学デビューしてチャラチャラしてる奴等が目に入ってウザいと教えられる。そういった者達が苦手な身からすれば、なるほど……と納得してしまう。

 

 口々に不満を吐くケン達なのだが、もうこの話はつまらねーからやめようぜという声で止まった。次に出された話題は車についてだった。龍已が近くに居るから寄っていくと聞いたケン達は、予定が無いからという理由で態々集まってくれたのだ。それぞれが車を運転して。

 

 

 

「やっぱプリウス良いわ。静かだし燃費もいいし」

 

「俺は奮発してジムニーだなぁ」

 

「バイト始めたときからアクア買おうって決めてた」

 

「僕は家に置いてあるのを適当に乗ってるかな。あ、それで思い出したんだけど、誰かもう一台車要らない?誰も乗らないのがあるんだけど」

 

「何てやつ?」

 

「ランボルギーニのアヴェンタドール」

 

「いや要らねぇ……」

 

 

 

 ゲンナリした感じでケンが要らないと口にした。続いてカンもキョウも要らないと口にしている。大体5000万はする高級車をタダで貰えるというのに、口を揃えて要らないと口にする彼等は絶妙にイカレていた。

 

 因みに、虎徹の家の広い車庫には超高級車しか置いていない。中には数億円もするものも存在している。ただし買っているのは乗るためでもなく、一目見て欲しいと思ったから買っているだけだ。虎徹の父親が。

 

 自身で買った車があるから要らないと言って断られた虎徹は、何故かニコニコと笑っていた。その時価数億円の価値がある美しい女性が描かれた絵画よりも美しい美貌を持つ虎徹に、龍已は何となく嫌な予感がした。その笑顔は絶対何か企んでいる時に浮かべるものだと。

 

 

 

「じゃあ龍已はどう?」

 

「……別に必要だとは感じていない」

 

「けど高級マンションの最上階に引っ越したんだよね?駐車場あるでしょ?」

 

「……移動は補助監督の鶴川さんにやってもらっているから大丈夫だ」

 

「プライベートには必要でしょ?彼女の家入さんを乗せてドライブとかできるよ?」

 

「それは……」

 

「まあ、もう龍已の名前で保険に入れてあるから龍已の車なんだけどね?」

 

「今までの話は一切意味なかったな」

 

「それは草」

 

「あっはははは!!勝手に保険入れられてるし!!」

 

「まあまあ、免許無い訳じゃないんだから貰っとけって!」

 

 

 

 最初から問答の意味がなかった。既に、どういう手を使ってかは分からないが保険に入れられていて、もう龍已の車ということになっていた。無表情で遠い目をしたのは仕方ない。もちろん、車の免許はマニュアルを取っているのでしっかりと乗れる。少しペーパー気味なところがあるが、彼の身体能力の吸収力ならば問題ない(適当)。

 

 ただでさえ呪具で何十億と払ったのに、今度はランボルギーニの金を返済しないといけないのか……と少し落ち込んでいると、雰囲気で察した虎徹は、これは日頃から頑張っている龍已へのご褒美としてプレゼントするから、お金は要らないと言っていた。プレゼントであげる代物ではない。

 

 

 

「……ありがとう。大切に使わせてもらう」

 

「オイル交換もタイヤ交換も何もかもやってあるから長持ちするよ!ついでにガソリンを満タンにし続ける呪具を設置してあるから!」

 

「俺達のもやってもらったんだぜ!」

 

「呪具マジ便利」

 

「虎徹ママ最強」

 

「……車好きならば喉から手が出るほど欲しい呪具だろうな」

 

「えへへ」

 

 

 

 こうして龍已は、新品でガソリンが半永久的に減らないランボルギーニを手に入れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へー。天切さんハンパねー」

 

「世界最高の呪具師だからな。基本何でも造れる」

 

「いつか先輩の親友さん達に会ってみたいです」

 

「あぁ。必ず紹介しよう。俺も親友達に硝子のことをしっかりと紹介したい」

 

「なんて紹介するんです?」

 

「俺が初めて心の底から愛した女性だと」

 

「ふはッ。なにそれ照れる。ま、私の先輩に対する愛情には負けますけどね」

 

 

 

 ランボルギーニを手に入れた事情を、運転しながら家入に話すと、面白そうに笑っていた。普通こんな高級車プレゼントするかね。金持ちの金銭感覚ウケる……と。それには同意している龍已だが、彼も金銭感覚がおかしくなっていることに気が付いていない。

 

 前にテレビを見て、高級のコーヒーメーカーが映り、欲しいなとぼそっと呟くと、耳の良い龍已はしっかりと捉えて買うか?と聞いてきた事がある。因みに値段は10万を超えていた。高級のやつで作ったコーヒーがどんなものなのか気になっただけだから大丈夫ですよと断った家入だが、翌日同じ物をプレゼントされた時は目を丸くした。

 

 別にそこまで欲しいと思った訳ではなく、何となく気になっただけなのだが、態々購入して次の日には届けさせたらしい。めっちゃ愛されてんじゃん私。ウケる。と呟いたが、こりゃ不用意に欲しいって口にできないなと思った。正解である。

 

 

 

「先輩」

 

「何だ?」

 

「折角プライベートに使える車が手に入ったんですから、今度2人でドライブデートしましょ」

 

「あぁ。行きたいところがあったら教えてくれ」

 

「私は先輩と一緒ならどこでもいーですよ」

 

「それは……困ったな。なら温泉旅館でもいいか?」

 

「おっ、イイですね。部屋に備え付けられてる温泉に先輩と一緒に入りたいです」

 

「……逆上せそうだな」

 

「ふふっ」

 

 

 

 運転している龍已の腕に、邪魔にならない程度に軽く頭を寄せて寄り掛かる家入に、彼はとても幸せそうな雰囲気をしていた。旅行に行くとしたら電車などを使っていた2人なのだが、プライベート用の車を手に入れた事で行動の幅が広がった。

 

 心の中でそっと、プレゼントありがとうと親友に送ると、頭の中でニッコリとした美しい笑みを浮かべる親友を想像した。車の免許も取って、車も貰って良かったと、そう思う龍已であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────やぁ、硝子。元気してるー?」

 

「お前の顔を見るまでは元気だった」

 

「えーなにそれ。僕みたいなGLG滅多に居ないよー?目の保養くらいにはなるでしょ?」

 

「ならねーよ」

 

「ま、実際のところ、僕先輩よりも顔良いし」

 

「は?死ねよ」

 

「うわ、ガチトーンだ」

 

 

 

 無言で医療用メスを手に取って刺しにくる家入に、無限を張りながら和やかに会話をしている五条。全部目を狙っているので六眼の価値分かってんのかー?と問いたい五条であった。

 

 家入は大学が休みの日であり、珍しく傷の手当て要請もない完全な休日だった。なので転がり込んだ高層マンション最上階にある龍已の部屋に居た。昨日の夜は恋人らしい夜の営みに耽って、少し怠い最高の朝を迎え、愛しの龍已に軽い朝食を作ってもらってあーんして食べさせてもらい、任務に行く彼からいってきますのちゅーを与えられ、淹れてもらったコーヒーをゆったりとしながら飲んでいたのだ。

 

 なのにチャイムが鳴らされ、壁に取り付けられたモニターを見て誰が来たのか見て確認してみると、同期の五条だった。出るとメンドいからいいやと放っておこうとしたら、居るのは知ってると勝手に喋り始め、なら開けてやらなければいいやと思えば、早く開けないと玄関扉壊すと言いだした。

 

 流石に玄関扉を壊される訳にはいかないと、盛大な溜め息を吐きながら渋々開けた。五条は壊すと言ったら本当に壊すし、言わなくても壊す。ちゃんと弁償すればいいでしょー?と平気で言ってくる男だ。でなければ居留守で終わらせてた。

 

 

 

「それで、何の用だ五条。私は先輩との愛の巣にお前を入れたくなかったのに」

 

「そう邪険にしなくてもいーじゃーん。割と真面目な話だからさー?」

 

「はぁ……それで?」

 

「あ、その前にお土産~♡今話題のスイートポテト!お土産の他に1つ試しに買って食べたら丁度良い甘さでさ!やみつきになっちゃったんだよねー!」

 

「私が甘いの好きじゃないって分かってて買ってきたのか?」

 

「んー?これは僕が食べるために買ってきたやつだよ?」

 

「最初に土産っつったの忘れたのかよクズ」

 

「も~。そんなに怒らなくてもいーじゃーん。これとは別に高級のコーヒー豆と50万以上はするお酒買ってきたから許してよ」

 

「さっさと寄越せ」

 

 

 

 後ろ手に隠していた箱と酒の瓶をぶんどっていく家入に、五条はずっと口元で笑みを浮かべているだけだった。コーヒーメーカーのところに貰った高級のコーヒー豆の入った箱を置き、酒は冷蔵庫に入れて、飲む時用のグラスも2つ一緒に入れた。先輩帰ってきたら一緒に飲もうっと……と、考えてリビングのソファに腰掛ける。

 

 五条も適当なところに腰掛けて、テーブルの上に買ってきたというスイートポテトの箱を置き、開けて中身を摘まんで食べ始めた。連絡も無しに来て早々上がり込み、自分で買ってきたものをむしゃむしゃ食べ始める五条に溜め息だけ溢すと、コーヒーの入ったカップを持ちながら目線で何の用だと訴える。

 

 その目線を受けて、もう既に残り少ないスイートポテトを早くも食べ終えると、胡座をかいた膝の上に腕を置いて指を組んだ。雰囲気から確かに少し真面目な話だなと察した家入が、聞く姿勢を整える。

 

 

 

「呪術界の上層部共は根っこから腐ってる。腐ってるのに厭らしくずっとトップに君臨するもんだから、生る芽も腐っていってしまう。腐った蜜柑なんて誰も食べないのにねー?」

 

「……上層部が腐ってるのは今に始まったことじゃないだろ」

 

「そっ。だから僕も対抗して、強く聡い呪術師を育てて今の呪術界を根刮ぎ変えよーと思ってさ。その手始めに、僕が高専の先生をすることにした」

 

「……は?高専の先生?無理だろう。お前はものを教える立場に向いてない」

 

「まあ、僕も自分でガラじゃないってのは重々承知してんだけどねー。腐った蜜柑共を見てるとそうも言ってられないのよ、これが」

 

「で、私に何をしろと?言っておくが私は治すのが専門で教える立場に立つ気は無いからな」

 

「違う違う。用が有るのはセ・ン・パ・イ♡」

 

「先輩に?」

 

 

 

 家入が疑問を抱いていると、何となく言いたいことが分かった。五条が言う立ち向かっていく為の仲間作りに、龍已も噛ませようと言うのだ。確かに、五条は適当なところがあるので教師には向いていないのだろう。実際自分でもそれを感じているようだし。その内領域展開見せてコレが領域展開だよ……で終わらせそう(正解)

 

 だがしかし、それは少しどうしたもんかとも思う。龍已の裏の事情を知らない五条は、日本に3人しか居ない特級術師を、それこそ五条すらも認めるほどの強さを誇る龍已を教える側に持っていければ、どんな生徒が育っていくのか楽しみだろう。

 

 確かに龍已が居れば大分いい感じになりそうなのは想像がつく。しかし家入からしてみれば、龍已の疲労が貯まっていく原因をむざむざ作りにいく無駄な行為にすら思えてくる。特級術師として毎日大仕事だというのに、夜は黒い死神として動いている。そこに教師という役職を与えれば、また()()()()()()()疲労から異変が生まれかねない。

 

 つまるところ、家入は龍已の教師という道を賛成しかねている。異変については誰にも言うことができない秘密。黒い死神はトップシークレット中のトップシークレットだろう。それに他者に漏らさないという縛りをしているので、いくら同期の五条といえども話せない。

 

 というより、何故五条は態々先輩が住んでるこの場所に来たんだ?と今更になって気が付いた。普通に見つけて話すなりすれば良いのにと。

 

 

 

「メールでも電話でもすればいいだろ」

 

「それがさー、センパイヒドいんだよー?なんか僕のメールアドレスと電話番号を着信拒否してるみたいでさ。伊地知脅し……頼んでも携帯貸してくれないし、灰原と七海すらも貸してくれないしさー。公衆電話使うのはなんか嫌だし、こうなったら直接行ってやろーって思って来たワケ」

 

「……あ、先輩の携帯でお前を着信拒否にしたの私だった」

 

「何で??」

 

「碌でもない内容送りつけそうだったし、先輩の優しさに甘えて振り回しそうだったし。あと伊地知とか灰原達に携帯貸さないように言ったのも私だった」

 

「だから何で??」

 

「自分の仕事を先輩に丸投げしそうだから」

 

「しないよ!!」

 

 

 

 いや絶対やるだろ。同じ特級術師で強いって分かっててそこらの呪霊に負けないの知ってるんだから。と、心の中でツッコミを入れた。結構正解。

 

 あれ全部硝子が手を回してたのかよ!と騒いでいる五条を無感情に眺めながら、カップに入ったコーヒーを啜った。けど、まだ話は終わっていない。龍已を教師の道に引き入れたい五条と、これ以上疲れる理由を作って欲しくない家入が反発している。

 

 任務に出ている龍已を捕まえようとしないのは、恐らく特級術師として忙しくて全国を飛んでいるので入れ違いになるのを面倒くさがっているのだろう。最終的に折れて諦めてくれれば御の字なのだが、呪術界の変革という大きな目的が控えているならば諦めないことは分かりきっている。

 

 

 

「はぁ……どうしようかな」

 

「どしたの?」

 

「何でもない。取り敢えず直接話してこい。めんどくさいからって任務先へ行かないとなると、どれだけ先に持ち越されるかわからないぞ。先輩も特級だから忙しいし」

 

「だっよねー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────というわけで来ちゃった♡」

 

「1級呪霊の前でよくその台詞が言えたな」

 

 

 

 山の中にポツンと建てられている廃屋の前で、風船のように膨らんだ体に腕だけが生えている1級呪霊が居て、今から祓おうという時に空から隣に降り立った五条に呆れた雰囲気になる。

 

 家入から着信拒否にしたのは自分だとカミングアウトされながら、直接会ってこいとアドバイスを受けた五条は早速龍已の今日の任務を調べ上げ、次の任務先へとやって来た。五条程の呪術師ともなれば、相当遠くに居ても龍已の気配と呪力を察知できる。後はその場まで飛んでいけば良いだけなのだ。

 

 同じ特級として忙しいはずの五条が、態々何の用でやって来たのかいまいち解っていない龍已は、1級呪霊に向けて『黒龍』の銃口を向けながら顔を彼の方へ向けた。

 

 

 

「一体何の用だ?五条」

 

「それよりもアレ祓っちゃいなよ。んで、祓い終わったら一緒にお茶しよ!」

 

「……終わった。それで、どこにお茶をしに行くんだ?」

 

「んふふ。素直についてきてくれるのセンパイだけだから嬉しいよ。なーんか皆、僕が誘うと断るんだよねー。こんなGLGとお茶できるなら役得だと思うんだけどなぁ。あ、跳ぶよ」

 

「……ん?おい待て。鶴川さんを置い──────」

 

 

 

 いやもう普通に間に合わなかった。

 

 

 

 肩にポンと置かれた手と、シレッと言った瞬間移動発言に驚いて止めようとするも、術式の行使が最速なだけあって気が付いたときには喫茶店が下に見える場所だった。つまりは建物の屋根上。眼下に広がる光景に、龍已は静かに補助監督として一緒に来ていた鶴川へ電話を掛けた。

 

 位置情報で得た住所が車で30分以上掛かる場所だと発覚すると、はぁ……と溜め息を溢す。五条に跳ばされて今の場所に居ると説明し、電話越しだが謝罪すると、鶴川は苦笑いをしながら大丈夫ですよと言ってくれた。何か甘い物を買っていこうと決めながら、さっさと下に降りていく五条に続いて飛び降りた。

 

 無限を使ってふんわりと着地した五条と、何の力も使っていないのに音も無く猫のように着地した龍已を偶然見掛けた非術師が、これでもかと目を瞠目させて驚いていたが、まあコレは仕方ないということにしよう。

 

 190以上の長身で脚の長い顔立ちが非常に整った丸いサングラスを掛けた五条と、180以上の身長にピクリとも動かない表情ながら寡黙でそれなりに整った精悍な顔立ちをしている龍已が喫茶店に入ると、店員である女性はギクシャクしながら席に案内してくれた。女性客の視線を集めていることを自覚しながら、2人はメニュー表を覗き込んだ。

 

 

 

「この喫茶店のね、モンブランがチョー美味しいからセンパイも食べてみて!」

 

「では、そのモンブランと珈琲でいい」

 

「じゃあ僕はモンブランとアップルパイを2つずつで、飲み物はクリームソーダかな!」

 

「全部甘いな。甘党の五条らしいが」

 

「甘いの好きだからね」

 

 

 

 呼び鈴を鳴らして店員さんを呼ぶと、偶然席に案内してくれた女の子だった。まだ若いのでバイトの子だろう。明らかなイケメンと寡黙な整った顔立ちの男の2人を相手にして、バイトの女の子は顔を赤くしながら噛み噛みでオーダーを取ってくれた。

 

 ギクシャクしてロボットみたいな動きしながら注文を伝え、すぐに頼んだものが来た。直角にお辞儀をして下がろうとしたバイトの子に、お持ち帰りでモンブランを1つ龍已が頼むと、かわいそうなくらい慌てて注文を取ってくれた。

 

 五条は龍已がテイクアウトをしている間にモンブランを食べ始めていた。アップルパイと合わせて4つもあるので、見ているだけでも喉の奥が甘い。硝子が居たらゲンナリしてそうだな……と思いながら、フォークで自分の分のモンブランを取って食べると、確かに美味かった。

 

 

 

「それで、態々任務先まで来てどうした?」

 

「んんっ……そうそう。センパイにちょっとお願いがあってさー?」

 

「何だ?」

 

「センパイ大学に行って教員免許取ってきてくんない?」

 

「……………………………は?」

 

「僕と一緒に高専で呪術を教えて、将来の呪術界を背負って担う優秀な子を育てる教師をして欲しいの♡」

 

「……俺が教師?」

 

「そっ」

 

 

 

 刺したモンブランを食べて、口から抜き取ったフォークで龍已のことを指して肯定した。教師になってもらいたいと。てっきり海外に任務で行くから今残っている任務を全部引き継いで欲しいと言ってくるのかと思った(普通に最悪)。

 

 モンブランを食べてアップルパイに移行し、バクバク食べている五条の言葉を飲み込んでよく噛み砕く。どういう意図があって教員の免許を取って教師になれと言っているのかはイマイチ不明ではあるが、何も意味がなくそんなことを言ってきたりはしないだろう。ましてや任務先に。

 

 しかし教師か……と思う。呪術師である自身に頼んでくるということは、確実に就く場所は高専だろう。それはまあ良いとして、自身には呪術師の他にやらなくてはならないことがある。それが黒い死神としての呪詛師殺しだ。

 

 ある日を境に、家入から疲れが溜まったなと思ったらどんな理由があろうと休むことと言い付けられている。絶対に守るように。健康のためだからと力説された。医療について勉強している家入の言葉なのだからそうなのだろうと納得して、疲れたなと思うときは休むようにしている。

 

 だが、昼間は呪術師と教師。夜は呪詛師殺しをして、果たして身が持つのだろうか。体力には自信があるが、いつまでも続くともなれば絶対に疲労が蓄積していく自信がある。つまり家入の言いつけを破ることとなる。五条か家入かと問われれば、残念ながら家入を取る龍已は、これは流石に仕方ないと思い断ることにした。

 

 

 

「すまないが五条、俺は教師になれない」

 

「良かったー。じゃあ東京内でいい感じの大学こっちで探しておく……え?」

 

「教師にはなれない」

 

「……何で?僕はてっきりオッケーしてくれると思ってたんだけど。……あ、目的を言ってなかったね。僕は教師になってこれからの呪術界を担っていく呪術師を育てたいんだよね。それにセンパイも噛んで欲しいワケ」

 

「なるほど。だがそれでも、俺は教師になれない」

 

「あれー??」

 

 

 

 五条は首を大きく捻った。てっきりすぐにオッケーが出ると思っていたのに。しかし現実はきっぱりとしたノーだった。未来の呪術界を担っていく呪術師の卵を育てるという、結構大事な役目だと思うのだが、それでも首を縦に振らなかった。

 

 アップルパイが刺さっているフォークをプラプラと揺らしやがら、顎を引いて丸縁のサングラスの上から龍已の事を見る。別に他人に何かを教えることが向いていないと、彼の口から訊いたことはない。灰原や七海も教えるのが上手かったと言っていた。だから教えることには向いているのだろう。

 

 ならば何故断るのか。目的を言っても断るほどの理由。そんなものあったか?と思い返してみても、特に思い至ることはない。そんなに重要な事ならばすぐに耳に入ってくるだろうから。つまり、自信の耳にも入っていない何かしらの大きな理由があるはずだ。それを先ず知らなくてはいけない。

 

 

 

「何でダメなのー?ちょっと僕に教えてくれない?」

 

「あまり疲労を溜めるなと硝子に言われている。だから無理だ」

 

「……硝子かよッ!!」

 

「それに先程、メールで硝子に『五条に何か頼まれても全て断ってくださいね』ときた」

 

「硝子ッ!!」

 

 

 

 大きな理由……確かに大きな理由だなセンパイにとっては!と、頭を抱えながらつい声を大きくしてしまった。喫茶店の中で大きな声を上げれば他の客の目を引いてしまうが、サングラスを少し下げて和やかに笑えば、多くの女性客が顔を真っ赤にして頭を下げてしまった。顔面宝具か。

 

 五条は素知らぬ顔をしながらやる気のないピースをしている家入を幻視した。何てところで手を打ってくるんだ俺の同期はと心の中で愚痴りながら、そもそも重要なことだってさっき話したじゃん!とも心の中で叫んだ。

 

 どうやら龍已を教師の道に引き摺り込むには、まず彼の中でかなりの優先順位を獲得している家入をどうにか説得しないといけないらしい。まだ振り出しじゃん……とぶつくさ言いながら、最後の一口であるアップルパイを口の中に入れた。

 

 

 

 

 

 

 五条の敗北の味は林檎の酸味だった。家入は龍已のマンションの一室で、携帯を開きながら静かにほくそ笑んでいた。

 

 

 

 

 

 

 






家入硝子

あの時のようにさせないために、龍已に適度な休息を入れることを約束させている。自分が愛されているから、言った事を律儀に守ることを確信しているので五条が説得に失敗することは大体予想がついていた。けど、ダメ押しでメールしておく。

冷蔵庫に入れた高級な酒を早く飲みたくてウズウズしている。だから早く先輩帰ってきてーと思ってる。勿論酒豪。龍已と2人で飲み比べした龍已がぶっ倒れたのに、彼女は余裕だった。

龍已に何か大事な頼みをする場合に壁としてそそり立つのが彼女なので、まずは彼女を説得しないとダメ。




黒圓龍已

1級呪霊を祓おうとしているところに突然五条が来て何かと思ったが、まさかの教師をしてくれという話だとは思わなかった。けど、引き受けたら確実に疲労が増えると思ったので断った。

喫茶店に入って五条が殆どの女性の視線を集めていたが、彼も少しは視線を受けていた。寡黙で整った顔立ちをしているタイプが好きな女性にはドストライクだろう。

余談だが、喫茶店を出たらしナンパされたが、交際している女性が居るから無理だとしっかり断った。




五条悟

まさかまさかの教師の話を断られるというのを経験した。しかもまずは家入を説得しないといけないという状況になってしまったので、また高い酒を買おうとしている。物で釣れるとは思わないけど持っていかないと多分キレられると悟っている。同期なだけある。

この時はまだ包帯を巻いていない……ということにした。サングラスだけじゃ顔が良いのを隠せていないので道行く女性の心をキャッチする。




ランボルギーニ『アヴェンタドール』

数千万する高級車。色は黒に塗られている。虎徹からタダでプレゼントされた。それにちょっと特殊な呪具を設置されており、ガソリンが無くならない。ランクとしては4級呪具。

虎徹の家に置いてあった理由は、海外に居る虎徹のお婆ちゃんからの贈り物。持ってこられた時は血塗れで、弾痕もあった。それを説明された龍已だが、お婆ちゃんの職業についてなんか聞いたらダメな気がしてスルーした。




天切虎徹

龍已が頑張っているから何かプレゼントしよう。何が良いかな……ランボルギーニにしよう!ってなった大金持ち。ガソリンが無くならない呪具を造るなんて朝飯前。寧ろ朝飯食べながら造った。

龍已から返済されている呪具の代金の何十億という金は、全て虎徹が個人で作った龍已用の口座に貯めている。だから実際は金を一切受け取っていない。いざという時の為に貯めて、全部返してあげようとしている。何十億というか、何百億。



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第三十七話  五条の頼み



最高評価をして下さった、はしびろ 狂胡椒 ボーパル アミジャガ5 akitakax ワラリヲ 黒鉄 零 犬夜叉 蘭童 泰 時雨 ☆MOYASI☆ 大生 Gemini &cancer 海海海海海海海海海海 ryuki03 ガリーラ まつもっこり さん。

高評価をして下さった、夢幻聖眼 k´ コメを食え 戦闘員18号 紅月 雪 水冷山賊1250F  


さんの皆さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

「──────センパ~イ。ねっ、僕からのお願い♡」

 

「何度も言っているだろう?五条。硝子に言われていてこれ以上疲労を溜め込むようなことはできん。ましてや特級になってから任務の量が俺の心を折りに来ている。教師なんてものをやっている暇は無い」

 

「じゃあ僕と任務の量を分担しようよ!それにさぁ、どうせセンパイに出されてる任務の半分くらいは上の腐ったミカン共が出した嫌がらせでしょ?黒圓無躰流を教えないから~って。特級が出るべきじゃない2級や1級程度の任務もあるから、そこら辺は僕が調整してあげる。だから、ねっ?」

 

「硝子に言ってくれ。俺が話に乗ったと知られれば、怒られるのは俺だ。好きな女性にむざむざ怒られるようなことはしたくない」

 

「健気だねぇ。けどホンット……硝子が壁になるなぁ。我が同期にして恐ろしいよ。あのセンパイを無条件で動かせる存在だからね」

 

 

 

 2級呪霊祓除の任務にマンションから2時間の場所へやって来ていた龍已の隣には、ポケットに手を入れたまま廃病院の中を一緒に歩く五条の姿があった。メインの2級呪霊の他に、4級3級が複数確認できる中でしていていい会話ではない。

 

 しかし五条が無下限呪術で手を下さなくても、龍已の周りを飛んでいる3発の呪力弾が勝手に撃ち抜いて祓ってくれる。彼はただ隣を歩いて会話しているだけだった。任務は無いのかと問いたいが、自分以外の術師でも出来る仕事だったので他の者達に横流ししたらしい。特級が出張るものではないと。

 

 そうして今も高専の教師に勧誘している訳なのだが、これがまた頷いてくれない。しつこいと自覚しながらこれで4日目の張り付きだ。他の者ならば絶対にキレているか無視するだろうくらいにはずっと勧誘しているのだが、龍已は律儀にも一つ一つに断りを入れていた。その理由が家入との約束なのだが。

 

 薄い笑みを浮かべる五条は内心舌打ちしていた。目を覆っている白い布を少し下げて隣の龍已を見る。見られていることは視線で気がついているだろう事なので遠慮なく見させてもらった。

 

 呪力を細かく確認できる六眼で視れば、龍已の体を薄皮1枚分の呪力が覆っている。頼り無く弱々しい呪力に思えるそれは、実際のところ超高密度ながらに薄く張られたものだ。それも弱く見えるようにフェイクも混ぜている。最早癖だろうなと看破しながら、自身にも迫る呪力操作だと感心もする。

 

 誰にも教えられず、たった1人の力でここまでの練度にしたということを本人から確認している。この薄くしながら超高密度にした呪力は、自身の術式を視て考えついたと言っていた。無下限呪術は六眼が無ければ行使できない程、並外れた操作性を要する。それこそ原子レベルのものを操作する技術力を。

 

 その非常に細かくて繊細な無下限呪術を視て、やり方を覚えて今の呪力操作を会得したという。それもたったの2日で。怪物だと思う。素直に彼が誰かに殺されるところを想像できない。それくらい認めている。呪力も自身より多く、体術は誰かに負けたところを見たことも無い。伏黒甚爾でも手に負えないと言っていた。

 

 

 

 ──────だからこそ、そんなセンパイには高専に来て欲しい。そして僕と一緒にこれからの呪術界を背負っていく聡明な呪術師の仲間を育ててもらいたい。僕はちょっとだけ適当なところがあるから、センパイにカバーしてもらって、その強さを少しでも次世代の糧にしたい。だから硝子。悪いけどセンパイは貰っていくよ。センパイだけはどうしても外せないんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「という訳でぇ──────センパイをちょーだい♡」

 

「誰がやるかクズ。寝言は寝て言え」

 

 

 

 23時。龍已と家入が住んでいるマンションの最上階へ、五条が家入の説得の為にやって来ていた。今現在龍已はここに居ない。任務で福岡に行っているからだ。五条も任務があったが秒で終わらせて此処へ来た。

 

 優雅に日本酒をかっ食らっていた家入は、やぁ……と言って尋ねてきた五条を見て絶対出ないようにしようと居留守を使ったが(2回目)、開けてくれないと無理矢理入るよ?と静かに脅してくるので聞こえるように舌打ちしながら開けてやった。

 

 下戸な五条は酒を飲めないと知っているので、どう考えても常人ではついていけないペースで酒を飲む。家入が酒豪で酒が好きだということで、龍已がとんでもない量の酒を買って貯蔵しているのだ。因みに、龍已も飲むが家入程は飲めない。酒の席で付き合う時に飲む程度。普段は珈琲かお茶を飲んでいる。

 

 

 

「けどさ、割と真剣にセンパイを高専の教師にさせてくれない?あの強さを少しでも他者に教えられれば、優秀な呪術師が生まれるでしょ?」

 

「お前でも十分だろ」

 

「いやー、僕も外せない用事とかあるしさ」

 

「なら取り込もうとしている先輩の分もお前が気張れよ」

 

「無下にするねぇ。ぶっちゃけ何でそんなに頑ななの?何かそうさせない理由でもあるわけ?流石に怪しいよねぇ?」

 

「……………………。」

 

 

 

 目元を覆う包帯を指で引っ掛けて下に下げて六眼で見てくる。本当に真剣な話しであり、本気であるということは家入にだって分かっている。分かっているが、それとこれとは話が別だ。意地悪で許可を出していないのではなく、そう易々と許可する訳にはいかないのだ。

 

 数年前に龍已が倒れてから体や精神の不調を訴え、表に出て来た謎の人格。そんな、自身よりも龍已の事を知っているかも知れない奴から言われたのだ。多大な疲労やストレスを掛けるなと。掛けても解消してやれば元に戻るのだろうが、未完成やら何やらと不穏な言葉を聞いたら、おいそれと疲労を重ねさせたくない。

 

 家入は自身が本当に心から愛されている事を把握している。それを利用して疲労を溜めないことと約束させ、任務が重なると夜の散歩に連れ出したり、普段やってもらっている家事を代わりにやったりとケアしているのだ。そんな小さな事の積み重ねを繰り返し、今の安定した龍已が居る。

 

 はっきり言ってしまえば、家入は龍已のことを爆発すると何が起きてどれだけの被害を被るか分からない未知の爆弾と認識している。未完成が完成すると何が起きるのかは分からないし、何が起こされるのか考えたくもない。だがこの業界だ。碌でもないことは確実だろう。

 

 しかしその事を他者に話せない。家入だけが知り、家入だけが気をつけつつ管理をしなければならない。だというのに、五条は疲れる原因の労働を1つ増やそうとしている。医師免許さえ取れば自身も高専の専属医師として常駐できるので比較的目の届く近くに居やすいが、それでも疲労の原因は確実に増えるわけだ。

 

 

 

「僕だって結構譲歩していると思うんだけどなぁ。今嫌がらせで受けている任務を他の呪術師達に分けさせて、更には普通に受ける任務も僕がいくらか代わりに受けるっていうんだから。確かに教える教科や課外授業とかはやってもらうけど、任務出してる奴等には僕から言っておくよ。むしろ少しだけ総合的な労働量は減るんじゃないかな?」

 

「肉体的なことは別に気にしてないんだよ。問題は精神的な面だ」

 

「精神的な?センパイだよ?あのセンパイがそんな柔な精神構造してるわけないじゃん」

 

「教え子が自分の見ていないところで死ぬんだぞ。多少なりとも響いてくるだろ。お前は知らないだろうが、先輩はそういうところ結構気にしてるんだぞ。殉職した同期2人の墓参りは1度も欠かせたことはないくらいだ」

 

「呪詛師を狙った任務は絶対殺してくるのにねぇ。けどさ、それを言うんだったら普通の任務も結構同じじゃない?『窓』が事前に見つけるっていうのはあまりないよね。大体は犠牲者が出てから噂を聞き付けて現場に向かって呪霊でしたー☆って感じじゃん?『もう少し早く来ていれば』『後少しだったのに間に合わなかった』『『窓』の報告がもっと迅速だったら』……そんな言葉は何度も聞いてきた。けど、この業界はそんなこと言ってる暇は無いんだよ。後悔が無いことは無い。硝子が言っているソレはセンパイを教師にさせないための後付けだよね?腐ったミカン共は止まらないよ。だから僕達や次の世代の子達が止めるしかないんだ。その為の教師だ。その為の育成だ」

 

「…………………。」

 

「悪いけど硝子。()はセンパイの教師の件、諦めねぇからな」

 

「……そうか」

 

「……じゃっ!僕はこの辺で失礼させてもらうね!明日も任務で早いからさー。しかも1級ごときの。ほーんと特級の肩書きは安くないっつーの!困っちゃうよねー!」

 

 

 

 言いたいだけ言って、五条は両手を合わせる掌印を組んで瞬間移動をして消えた。部屋に居るのは家入のみ。腰掛けているソファに背中を預けて上を眺める。グラスに注いだ酒と氷が動いて、カランと音を立てた。それ以外には聞こえない。

 

 暫くそうやって上を眺めていただけの家入は目を瞑った。ほんの5秒程の短い時間だ。頭の中で葛藤と決断を浮かべて裁定を下した。もうこうなれば仕方ないかと小さく呟く。五条は1度言ったら頑固さで攻めて提案を通してくる奴だ。その強さ故に上の連中と交渉を持ち掛ける事だって出来る。

 

 あーあ、面倒なことになったな。そう心の中で愚痴ると、玄関からガチャリと鍵が外れる音がした。龍已が帰ってきたのだ。時計を見てみると、少しボーッとしていて20分くらい経っている。グラスに入った氷も溶けて小さくなり、酒が薄くなりながら分量を増やしている。それをグッと一口で飲みきり、前のテーブルに置いた。

 

 

 

「──────ただいま」

 

「おかえりなさい、先輩」

 

「……?五条が来ていたのか。残穢がある」

 

「正解です。流石ですね」

 

「まあ、この程度はな。……風呂は入ったのか?」

 

「入りましたよ」

 

「ならば、もう今日は歯を磨いて寝たらどうだ?」

 

「何でですか?」

 

「疲れている気配がする。もう寝て、ゆっくり休むといい。明日は任務が昼からだから、朝は俺が起こそう」

 

 

 

 黒を基調とした服を着た無表情のいつも通りの龍已が、テーブルに置いてある酒を持って片し始め、洗面所に行って家入用の歯ブラシに歯磨き粉をつけて持ってきた。手渡されたそれを握って黙って歯を磨くのを見届けた龍已は、キッチンの方へ行った。遅めの軽い食事である。

 

 レタスを水に晒して洗ってから皿に盛り付け、切ったトマトとキュウリ。最後にドレッシングを掛けてモッサモッサと食べ始めた。今日は野菜の気分のようだ。基本風呂は全てやることが終わって眠る前になってから入る。

 

 サラダを食べている龍已を尻目に、歯磨きを終えた家入が洗面所で口をゆすいでリビングに戻ってソファに座り、リモコンを持ってテレビをつけた。まだ寝る気は無いということか?と無表情で首を傾げた龍已は、サラダを食べ終えて食器を洗って乾燥機に入れてから、風呂へと入りに行った。

 

 風呂が早い龍已は10分程で出て来た。髪の毛も乾かして、家入に選んでもらった黒いパジャマを着て家入の隣へやって来る。が、ソファに座る前に家入が立ち上がって龍已の事をソファの前のカーペットを敷いた床に胡座をかいて座らせ、更にその上から座った。

 

 三角座りをしていると、腹部に逞しい腕が這わされ、軽く抱き締められる。背中に筋肉の胸板と割れた腹筋が当たり、風呂上がり故の高い体温が服越しに伝わってくる。自身と同じシャンプーの優しい香りが漂ってきて、ついうっとりとしてしまう。

 

 

 

「どうかしたのか?眠くなかったか?」

 

「いえ、ちょっと話があったので」

 

「どんな話だ?」

 

「……五条から誘われてる教師の話ですよ」

 

「あぁ。最近は非常勤でもいいと言われている。まるで甚爾(元ヒモ)のようで嫌だからと断っているが、硝子との約束があるから普通にその場で断っているぞ」

 

「はは、先輩は本当に私のこと好きですね。普通の彼氏はそこまできっちり守りませんよ」

 

「……そうなのか?」

 

「えぇ。けど、先輩のそういうところ、私は大好きですよ」

 

「俺も硝子の事が好きだ」

 

 

 

 酒が入っていて耳元でそんなことを言われると、ついつい体が熱くなって下腹部が反応を示してくる。今すぐ体の向きを変えて押し倒したい。が、今はそんなことをしている場合ではない。それは話が終わった後にしよう。

 

 頭を後へやって、龍已の肩に擦り付ける。そして頬に頬擦りをしてから、首筋にキスをして、教師の件は承諾して良いですよと耳に向かって囁いた。まさか家入の方から許可が出るとは思わなかった龍已が顔を向けると、ちょうど目を向けられていて視線が合った。

 

 至近距離で視線が合い、家入がグッと近付いて唇を合わせてくる。その時は目を閉じて、離れると目を開けた。いつも通りの家入の表情があるが、読み取れる気配は少し否定的なものだった。言うならば、本当は嫌だけど仕方ないといった具合だろうか。

 

 

 

「ちょっと色々あって考えたんですけど、五条が言う呪術界を変えていくには聡明で強い呪術師を育てる必要がある。その教師枠に先輩が居れば、大分心強いんじゃないかと思い直しまして」

 

「だが任務が……」

 

「そこら辺は五条がどうにかするって言ってたんで、全部やらせましょう。言い出しっぺなんですし」

 

「んん……まあ、良いのか……?」

 

「良いんですよ。適当な仕事したら私が言いますから」

 

「それは心強いな」

 

 

 

 任せて下さい。そういって家入は胡座をかいた龍已の上で体の向きを変えて横向きになり、膝裏と背中を支えてもらった。両腕を彼の首に回して抱き付いた。首筋に顔を埋めてすぅっと深く息を吸い込む。

 

 大丈夫。先輩ならば大丈夫だ。体調管理は自身が徹底的にするし、適度な休みも与える。五条に縛りをさせてでも、先輩に頼りすぎないように徹底させる。何が起きるか分からないから何も起こさせないようにしないといけない。

 

 では五条に連絡しておかないとな。そう呟いて抱き締めてくれている龍已の肩に顎を乗せながら、真剣な表情をする。本当は龍已の体に何が入っているのか調べたい。そして除去したい。本人には一切知らせてはならないと言われていることから、確実に何か居ることは知らない。

 

 この業界のことだ、知らず知らずの内に呪われていた……なんて事もありうる。しかし龍已はそういったものを気配で感知する察知能力が長けている。まず不意打ちは難しく、そして自身に掛かったものも察せられるだろう。それが機能していないということは、最早彼の一部となって組み込まれていると言っても過言無いかも知れない。

 

 

 

「もしもし。五条か?実はな──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほどねぇ。そんなことがあったんか」

 

「大学つまんねーよ?思い入れなんも無いし」

 

「ケンちゃんもカンちゃんもあーいうの、本当に嫌いだもんね」

 

「僕はぁ……男からよく声を掛けられたなぁ……」

 

「虎徹は見た目絶世の美人だからな。仕方あるまい」

 

 

 

 夜の居酒屋。個室で5人の男達が酒を飲んで話をしていた。言わずとも知れた龍已と親友達である。偶然地元の近くで任務があり、その後に任務も仕事も無いということで帰りに会えるかどうか親友のケン達に聞いてみたところ、それなら折角だし飲みに行こうということになった。

 

 飲み始めてから1時間は経った頃、皆がいい感じに酒が入り、話も盛り上がっていた。龍已は既にメールでのやりとりで話したが、直接の報告として、今色々とあって呪術高専で教師としてものを教える立場になった事を教えた。

 

 最初こそ教員免許を取ってもらうために大学へ行ってもらおうとしていた五条だが、高専で教員免許は別に要らないと夜蛾に忠告されたので、ならいいや。それならそれですぐに教師として教鞭を執ってもらえるから万々歳だねと軽かった。危なく特に意味も無い大学に行かせられるところだった。

 

 五条は変に適当なところがあるので、今度から確認しようと思ったのは記憶に新しい。そして彼は間違えたとしても軽いノリで済ませてしまうので余計に質が悪い。家入は医師免許が欲しいので通っている。ズルをして早く取ると言っていたが、どう取るのだろうか。

 

 

 

「んー……龍已ぁ……膝枕してぇ?」

 

「うん?酔いが回ったのか?いいぞ。ほら、おいで」

 

「ふふっ。わーい」

 

「あちゃー。最初に潰れたのは虎徹だったか」

 

「まあ、そこまで強くないしねぇ……」

 

「ごめんな龍已。ちょっとそのままにしてあげてくんね?」

 

「このくらいのことは気にしなくていい」

 

「えへへ……龍已の膝枕安心するぅ……」

 

 

 

 梅酒が入ったグラスを傾けていると、ぽすりと膝に重みが掛かった。隣に座っていた虎徹が体を揺らした後に傾いていき、膝に頭を乗せてきたのだ。5人の中でも1番酒が弱い虎徹が限界に来てしまったようで、顔をトロトロにふやかしている。

 

 膝の上に頭を置いて丸くなってしまった虎徹の頭を優しく撫でてやりながら、手に持ったグラスを再び傾ける。いつもはそんなにはならないんだけどな。と、ケンが言うが、4人は虎徹がこんな風になっているのは、久し振りに龍已と会えたからだと分かっているのだ。だから横になっている虎徹を優しい目で見ていた。

 

 龍已は各々好きな酒を飲んで、唐揚げを食べたり枝豆を店員に頼んでいる親友達を見て感慨深そうにしている。小学校からの付き合いだが、もう皆酒を飲んでいてもおかしくない歳になっている。時が経つのは早いものだ。

 

 本当は此処にもう3人追加したいところだ。交際している家入。そして今は亡き2人の親友達。その8人で飲んでみたいものだが、できても6人が精一杯だ。酒が入ったからだろうか、少しマイナス方面に考えがいってしまう。それを誤魔化すように、一緒に入って溶けた氷の所為で少し薄くなった梅酒を全て呷った。

 

 

 

「ケンは交際している女性は居るのか?」

 

「お?いきなりぶっ込んできたねぇ?しかも大体予想ついてんじゃねーの?」

 

「ぷふっ。ねぇ聞いてよ龍已。ケンちゃんがお気に入りの女優一ヶ月くらい前に熱愛スクープが上がってさぁ」

 

「しかも、最近になって結婚報告したんだよね!」

 

「その後のケンちゃんバカみたいに泣きながら『結婚相手羨ましいよぉ!何で俺は良い出逢いが無いんだよぉ!』ってクソガチ泣きしてんの!ぶっはははははははは!!」

 

「お前ら俺の不幸話ほんと好きよね?なんなの?喧嘩売ってる?買ってやろうかあ゙ぁ゙ん゙!?」

 

「あの、お客様……喧嘩をするなら外でお願いします……」

 

「あ、はい。すみません。喧嘩してないっす。……うっす」

 

「ブフォっ!?なんでそんなっ……萎れてんのあははははははははははははははっ!!」

 

「店員さんナイスすぎるぅっ!!あっははははははははははははははっ!!」

 

「お前らなァ……っ!!」

 

 

 

 相も変わらずケンが弄られ役になり、カン、キョウが大爆笑していた。いつもならば窘める役の虎徹は龍已の膝の上でダウンしているので、静かに見守っている彼しか居ない。だがその騒がしさが、龍已の心を落ち着かせてくれるのだ。久し振りの賑やかさを体験できて満足である。

 

 最近は地元に帰って来れていなかった。基本、仲の良い非術師である親友達を知られないためにフードなどで顔を隠して残穢が出ないようにもしている。それらを徹底した上で会いに来ているのだが、そもそも忙しくて会いに来ることができない。来れたとしても長居もできないのだ。

 

 呪術界にも慣れたものだなと、脈絡もなく思う。最初は黒い死神として活動していて、夜蛾に捕まってほぼ強制的に呪術高専に入れられた。同級生ができて親友になって、後輩もできて恋人ができて……。元担任現学長の夜蛾から、呪術師に後悔の無い死は無いと言われたが、自身の死は何時なのだろうかと考える。

 

 1年後か。10年後か。はたまたもっと先か。未来を視る術式を持たない限り分からない先の将来。自身やその周りがどうなっているのか分からない。そして自身の進んでいる道は酷く脆い。何か1つのきっかけで瓦解してしまう。しかしそれは他の者達には無いと言われると首を傾げる。

 

 大なり小なり訪れる苦しみや哀しみは違えど、皆同じ人生。その未来をより良くするために今出来ることを精一杯やるのだ。ならば、龍已にもそれは言えることだろう。

 

 

 

「はーっ。笑った笑った。お、やベぇ店が閉まる頃だ」

 

「会計しちまおうぜ」

 

「1人いくらか計算してー」

 

「ケン達は出さなくていい。ここは俺が払っておく」

 

「え?いやいやいいよ。一緒に払おうぜ?」

 

「俺は呪霊を祓うだけで報酬が入り、特級呪術師というだけでもかなりの手当てがついてくる。加えて仕事もしているから金は有るんだ。それに久し振りに会って楽しかったから、払わせてくれ。頼む」

 

「……んー……分かった!じゃあここは頼むな?」

 

「今度ラーメン食いに行こうぜ皆で!」

 

「その時は俺達が奢るよ!」

 

「……ありがとう。楽しみにしている」

 

 

 

 この場では龍已が奢る事になった。まだ大学を卒業して就職したばかりで、あまり金の面で裕福とは言えないだろうと思ったのと、親友達と昔ながらの会話が出来て癒された事への感謝として金を出したいと言った。まあ、任務と仕事と特級ということでの金でかなりの金額が振り込まれているので、使わないと勿体ないと感じているのだが。

 

 家だと家入の酒代とかにしか使わないので、偶には違うことにも使いたいところだった。ケン、カン、キョウの3人は最初に否定していたが、これは頑なだろうなと察して、次の時はラーメンを奢るという約束を取り付けて、この場は奢ってもらう事にした。

 

 会計を終わらせて店の外に出ると、冷たい風が肌を突き刺す。もう3月になる。学校ならば卒業するシーズンであり、来月には学校に入学又は学年を上げる月である。いよいよ教師をやることになると感慨深そうにして、親友達とその場で別れる。虎徹のことは龍已が送り届けると言って背中に背負っていた。

 

 今回はそこまでゆっくりできなかったが、今度来るときは休みでも取って、家入を混ぜて酒を飲み交わしたいものだ。龍已は背中に乗せている虎徹が腕を首に巻き付けて後頭部に額をぐりぐりと押し付けてくる感覚を味わいながら、庭のように熟知している道を歩く。同じように酔っている男達とすれ違い、虎徹だけで帰らせるのは危険だなと察した。

 

 本来なるば迎えの車でも来るところだが、今日は龍已が歩いて送っていこうと思う。同僚と飲みに来たサラリーマンや、飲んだ帰りの者達も少しずつ居なくなり、静かな夜の暗闇に居るのは2人だけになった。夜の暗闇は龍已の領域。その彼に全てを任せて背負われた虎徹。歩きながら夜空を見上げて、口を開く。

 

 

 

「……虎徹」

 

「んー?なぁに?」

 

「お前には数々の呪具を造ってもらったな。『黒龍』然り『黒曜』然り……1つ世に出すだけでも名を知らしめる事が出来るようなものを俺個人に出してくれている。本当にいくら感謝してもしきれない」

 

「…………………。」

 

「お前が親友で良かった。お前達が親友になってくれたのが、俺の最初の幸福だ」

 

「……()()()()()()()()()?」

 

「親友であり相棒のお前に頼む。俺の──────」

 

 

 

 冷たい風が強く吹いた。髪を靡かせ、着ている厚手の服を煽るような風。龍已が何かを口にし、虎徹はそれを酒が入って酔っていたとは思えない真剣な表情で聞き届けた。

 

 

 

「──────君はヒドい親友だよ。でも造ってあげる。だって僕は君の親友であり、相棒であり……世界最高の呪具師だから」

 

「……ありがとう」

 

「ホント……()()()親友だよ。でも大好きな親友から、そんな雰囲気をしながら頼まれたら断れないよ。僕が出来るのは、使われないことを祈ることだけだね」

 

「……重ねて、ありがとう」

 

「いいよ。……はぁ。明日から忙しくなりそうだなぁ」

 

 

 

 後から虎徹がキツく抱き締めてくる。少し震えているのは冷たい寒さ故だろうか。それ以外の理由だろうか。人一人背負いながら歩く龍已の、手首に巻き付けられた長いミサンガと、首に掛けられた高価な指輪が悲しそうに揺れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 長い木製の廊下を歩く。嗅ぎ慣れた匂いに懐かしさを覚え、任された場所へ向かって進んで行く。目的の場所に着いてドアを開ける。中から聞こえてきた声がピタリと止み、数人分の視線が自身に集中する。

 

 視線が集まっていることに気がつきながら、部屋の中に入って後ろ手にドアを閉める。歩き出して中央に立つと、手に持っていた物を置いて、口を開く。

 

 

 

「今日からこのクラスの担任となった東京都立呪術高等専門学校教師、黒圓龍已だ。俺も新米の教師であるが、呪術師としてはお前達より先輩にあたる。敬えとは言わないが、それ相応の弁えを持つように」

 

 

 

「はー?新米教師かよ。見た目若ェし、お前いくつだよ。ちょっと年上だからってあんま調子乗んなよ?俺舐めてっとぶっ殺すからな」

 

「なんか弱そー。お前から教わることはありませーん。職員室で煎餅でも齧っててくださーい。俺は適当になんかやっとくんでぇ」

 

「僕を新道家次期当主と知っててアンタが担任するつもり?分を弁えて消え失せて、代わりに五条悟を担任させろ。じゃないとアンタ、呪術界から消えることになるよ?」

 

 

 

「ふむ、()()()……か。俺は呪術師として先輩だと言った筈だが……お前達には無知の知という言葉を知った方がいい。だが、俺のことを知らんというのに教師として接しろとは言えんか。ならば、全員グラウンドに出ろ。是非とも大口叩くお前達の実力を見せてもらおうか。当然──────3対1で構わんとも」

 

 

 

 完璧な無表情で出席簿を開いて名前を読み上げ、それぞれの席に着く男子生徒3人に、汚れても良い服装になってグラウンドに来るようにと言いつけて担当するクラスから出て行った。

 

 

 

 

 

 黒圓龍已。4月から高専の教師を兼任することとなった特級呪術師であり、又の名も──────黒い死神である。

 

 

 

 

 

 







五条

この度、龍已を高専の教師の道へ引き摺り込むことに成功した。強いので絶対やってもらおうとは思っていた。黒い死神が呪術界に居ることは知っているが、それが龍已だと知らないので、任務を減らせば大丈夫でしょ?と思っている。彼に非は無い。

断られても延々と誘い続けて、家入が折れるのを淡々と待っているタイプだったので、許可して正解だと思う。それと、龍已に出された嫌がらせの任務は止めさせた。そしてやらなくてはならない任務も手分けしてやるようにする。




家入

龍已に負担を掛けたくないから断っていたが、五条が折れそうにないのと、あの事を言う訳にはいかないという事から逃げ道を無くし、条件を付けて許可した。もうそろそろズルをして医師免許を取り終わる。

彼女が龍已の体調管理をする。偶にオーバーワークのままで仕事をする時があるので、休むことも大切だと説く。




龍已

五条に言われるがまま大学に行こうとしたが、いかなくていいと知ってそうなのかと驚いた。やはり教師なので教員免許が無いとダメなのだと思っていたので、夜蛾は良い仕事をしている。

家入には相当心配されていると自覚しているので、疲れを溜めすぎないように気をつけている。最近の悩みは、活動すると殺されると分かっている呪詛師が増えて仕事が少なくなっていること。




親友達

龍已が地元に来たときは飲みに行くようにしている。結構疲れているだろうから癒されるようにと、昔と同じ会話をするように心掛けているが、いつの間にかそんなつもりはなくても昔のような会話に発展する。

自分達には彼女が居ないのに、龍已にはできていることには何とも思っていない。それどころか祝福している。もしかしたら一生独り身かも知れないと心配していたから。早く彼女の家入に会ってみたいと思っている。




高専に入学した男子生徒3人

2人は一般人上がりであり、1人に関しては暴走族副隊長だった。もう1人は天才肌で、何となく呪術を使っていた。最後の1人は呪術界の家系で次期当主。

全員龍已を舐めて掛かり、グラウンドに出ろと言われ、剰え3対1で来いと言われたので半殺しにしてやろうと息巻いて向かったが、呪力すら使われずにボコボコにされて医務室送りにされた。

その後、体術を教える非常勤講師の甚爾にもっとボコボコにされた挙げ句、話にならない雑魚の猿以下だと馬鹿にされて嗤われた。



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第三十八話  新たな高専生




高評価をしてくださった、鳩になりたい 麦入り炭酸水 三歩進んで二歩下がる 小畑屋 _ryo さん。ありがとうございます。


『警告』この話から少し変わったオリジナルが入ってきますので、そういうのが苦手な方は読むことをおすすめしません。

警告はしましたので、読んだ後での文句は受け付けませんのでご了承ください。




 

 

 

 

 

「──────ぃ、いやだ……誰か助けてくれェっ!!誰かぁっ!!」

 

「お前を助ける者なんぞ居ると思うか?呪詛師。先週呪った安東家は財産全てを差し出してお前の始末を俺に依頼した。ならばお前にできるのは後悔し、死ぬことだけだ」

 

「ぅ……ぅうぅうゔゔゔゔゔゔゔっ!!!!あの子がイケないんだっ!!俺が愛してあげるって……っ!!結婚して幸せにして、いっぱい気持ち良くするって指輪に誓って!生涯彼女だけを愛する縛りもしようとしたのに、ストーカーとか訳分かんないこと叫んで拒絶するから!それで頭にきて、ついセックスしながら呪っちゃって死んじゃったんだ!俺は悪くない!」

 

「そうか──────死して悔い改めろ」

 

「──────っ!!いや──────」

 

 

 

 小太りの男は、涙や鼻水をこれでもかと流しながら細切れになって死んだ。生々しい音と共に肉の塊がコンクリートの地面に落ちる。鉄臭く、鼻を刺激する臭いが充満していき、赤黒い池が広がっていく。もの言わぬ肉塊。それが元人間だった男の末路である。

 

 肉塊と為れ果てた死体を見下すように、夜の暗闇から黒い死神……龍已が姿を現した。報告にあった術式とは別に、何らかの復活を遂げる何て事が無いか少し眺め、完全に死んだと判断すると携帯を取り出した。掛ける先は依頼を斡旋するお馴染みの男。長い付き合いになっている男は、電話が掛かってきただけで依頼完遂を確信する。

 

 依頼達成率は驚異の100%……呪詛師は1度も逃がした事が無い。それ故の信頼だった。黒い死神に電話1本で話をすることが出来る、数少ない事情を知る者の1人。男は軽口を叩きながら殺した場所を聞いて、清掃員の派遣の依頼と報酬の振込を始めた。

 

 電話を切って懐に入れると、背後からの気配を察する。だがトレードマークの1つである『黒龍』は抜かなかった。知っている気配だからだ。現れたのは黒いTシャツとニッカボッカのような余裕のあるズボンを履き、上半身に調伏した武器庫呪霊を巻き付けた伏黒甚爾だった。

 

 何時ぞやの襲撃時を彷彿とさせる姿でやって来た甚爾は、傷のある口元を持ち上げて薄く笑みを浮かべている。筋骨隆々な体のどこにも汚れた形跡は無いのに、手に持っているナイフだけが血塗れなのは違和感を拭えない。彼は近づきながら、ナイフを持っていない方の手を持ち上げて、こっちも終わったと報告した。

 

 

 

「3人居たが、張り合いがなかったな。隙だらけだったからすぐに殺した」

 

「目撃者は」

 

「居ねーよ。元々その道でやってたんだ、ンなアホな失敗はしねぇ」

 

「死体は」

 

「コイツに呑み込ませて持ってきた」

 

 

 

 体に巻き付いた、人の顔がついた芋虫のような呪霊を指で示した甚爾は、殺して呑み込ませた死体を吐き出させた。首を深く斬られて出血多量に加え、頭を一刺しされている。瞳に光は無く、完全に事切れている3つの死体だった。

 

 甚爾は黒い死神の正体が龍已であることを明かされた。彼の耳にも当然入ってきている、呪術界最強の呪詛師殺し。依頼という形で呪詛師の始末を請け負い、達成率は100%。その姿を見た者は居らず、男か女かすらも判明していないという。それが自身よりも年下で、特級呪術師だとは思わなかった。

 

 裏切れば首に付けた黒いチョーカーが発動されて即座に死ぬ。その相手が黒い死神ともなってくれば逃げられる者なんぞ居ないだろう。そして甚爾は今、龍已の命令で呪詛師殺しの仕事を受けていた。昼は高専の非常勤講師として。夜は呪詛師殺しをするという生活をしている。元より人殺しの仕事をしていたこともあって、始末する手際は良い。

 

 見た目からは想像しにくいが、緻密な計画を立てた上で実行に移す頭脳派の甚爾にとって、そこらに居るような呪詛師を殺すのは簡単だった。これでかなりの大金が入るのだから、どうしても辞められない博打のお小遣い稼ぎとして楽しんでいる。その場から跳躍して建物の屋根の上等を使い、素早く移動していく龍已に続いて移動した甚爾は、用意されていた車に2人で乗り込んだ。

 

 

 

「お疲れ様です。龍已君、伏黒さん」

 

「おー」

 

「ありがとうございます鶴川さん。運転お願いします」

 

「はい。お任せください」

 

「……なぁ龍已。居酒屋行こうぜ。酒が飲みてぇ」

 

「お前の体は酔わないだろう。水と同じならばミネラルウォーターでも飲んでおけ」

 

「いいじゃねぇか偶には。仕事終わりには違いねぇンだから。補助監督のお前もそう思うだろ?」

 

「えっ、わ、私は運転するだけですから……」

 

「じゃあ決まりだな。やってる居酒屋に向かってくれ」

 

「おい」

 

 

 

 行き先を勝手に決めた甚爾に、龍已が反応するがニヤついた笑みを浮かべるだけだ。バックミラーから龍已専属の補助監督である鶴川がどうするのかという意味を込めた視線を向けてくる。仕事を終えたのだから帰ろうと思っていたのだが、どうするかと思案する。

 

 頭の中で家入の今日の予定を思い返し、遅くなるということは知っている。更に携帯へ徹夜になるかも知れないという連絡が来ていた。なので家に帰っても家入は居ない。やるべき事といったら日課になっている黒圓無躰流の型の稽古くらいのものだ。

 

 はぁ……と溜め息を吐く。その時は大抵OKが出たサインだと分かっている甚爾はニヤついた笑みを深くした。車のハンドルを握る鶴川に、この時間でもやっている居酒屋に寄るように頼んだ。お疲れ様ですと言っているのが分かる控えめな笑みを浮かべられて、龍已は腕を組んで背もたれに背を預けると目を閉じた。

 

 車が発進して道路に入る。ナビによるとここから十数分で行けるらしい。それまで適当に休もうとしているのだが、隣に座る甚爾から話し掛けられたり、無視したらちょっかいを掛けてきて鬱陶しいのですぐに目を開けた。それからナビ通り十数分後、夜遅くでもやっている居酒屋に入って行った。

 

 

 

「わ、私もご一緒してよろしいのですか?一応補助監督なのですが……」

 

「3人居て鶴川さんだけ除け者にはしませんので、一緒に食べましょう。運転はしてもらうので酒は控えてもらわないといけませんが」

 

「ンなもんバレなきゃ問題ねぇよ」

 

「その考え方が問題大ありだ」

 

「あはは……では、酒は抜きにして私もご一緒させていただきますね」

 

「どうぞ。好きなものを頼んでください。ここは俺が払いますから」

 

「えっ!?それは大丈夫ですよ!しっかり割り勘にでも……」

 

「コイツは俺に払わせる気で財布なんて持ってきていないので、鶴川さんの分も払いますよ。特級呪術師の高給は伊達ではありませんから」

 

「一昨日馬でスったから助かるぜ」

 

「あ、あはは……」

 

 

 

 やっぱりバレてたかと、大して何とも思っていないようで笑う甚爾に2度目の溜め息。最初から一銭も出すつもりがない癖に居酒屋に行こうと言い出すのだから、今月の小遣いを全部消したというのは誰でも分かる。

 

 呆れているというのが雰囲気から甚爾は解っていたが、気にせず数人前の料理と大量の酒を店員に頼み込んでいく。鶴川は車の運転をしなければならないので酒は飲めず、烏龍茶を頼んだ。料理は甚爾が殆ど頼んでいるので、それを少しずつ貰って食べていった。

 

 基本的に酒の席でしか飲まない龍已は、適当な酒を頼んで飲んでいた。今日は固い物の気分なので、軟骨の唐揚げ等といったものを集中的に食べていた。食べながら話す内容は、最近の甚爾の息子と義理の娘である恵と津美紀や、妻の話。鶴川は恋人を作らないのかというものだった。

 

 

 

「そういや、龍已。オマエ担任してるガキ共とはどーなったんだ。俺とオマエでボコボコにして医務室送りにしただろ」

 

「あぁ……翌日から話を聞くようになったはなったが、まだ生意気さは取れないな。取るつもりはないが」

 

「いちいち反発してめんどくせーだろ」

 

「反骨精神を持たれていた方が煽ってその気にさせるのが容易だ。呪術界は死と隣り合わせ。できるだけ生き延びられる力をつけさせておきたい」

 

「へっ。担任の教師はご立派だな。その点俺は体術の時間にガキ共ボコるだけで金が入るんだから楽だな」

 

「それに関してだが、やり過ぎるなよ。硝子の負担が増える」

 

「俺みたいな猿にちと小突かれて叫く奴等の所為だろ。俺は悪くねェ」

 

「ははは……。それにしても、龍已さんまで教師になるとは思いませんでしたよ。呪術界で稀少な特級呪術師3人の内2人が教師になるとは……心強いです」

 

「鶴川さん。呪いを甘く見てはいけません。例え俺と五条が教えたとしても、死ぬときは死にます。特級呪術師と言われても、過去に死にかけたことだってあるんですから。それ以外ともなれば尚のことの話。教師として呪術を教えていても、悪く言ってしまえば単なる延命処置に過ぎません。呪いは例年と比べても強まっている傾向にある。なので、心強くなんてありません」

 

「……若い子に呪いと戦ってもらうしかない。本当に、呪術界が嫌になってしまいます。出過ぎたこと言ってすみません。すこし軽く見ていたようです。言い訳になってしまいますが、長くこの業界に身を浸からせていると感覚がおかしくなってしまって……」

 

「……気をしっかり持ってください。俺達が折れると支えている若い者達が一緒に折れてしまう。呪術界の先輩として、これからも支えていかなければなりません」

 

「……そうですよね。弱気になってしまってすみません」

 

 

 

 頭を下げる鶴川に、気にしないで下さいと言う。呪術界は万年人手不足。それは呪いが見えて尚且つ術式を持っている者が少ないということもあるが、単純に呪いによって殺されてその数を減らしているということもある。

 

 斜め上の位置付けとなっている特級呪術師だが、実力は折り紙付きだ。呪術界最強と謳われる六眼を継承した無限呪術の使い手の五条悟に、領域展開まで修得した呪力総量の怪物、黒圓無躰流継承者黒圓龍已。後は謎の多い女の九十九由基。今は特級呪詛師となってしまっているが、夏油傑。どれも術師として凄まじい能力を秘めた者達だ。

 

 だがそれでも、死ぬときは死ぬ。五条悟も過去に、呪力を持たない甚爾に殺されかけた。龍已は体調不良もあったが特級呪霊2体を相手に死にかけた。夏油も甚爾と戦っていれば危なかっただろう。強いから死なない……何てことはありえない。死ぬときは死ぬ。だからできるだけ死なないようにする。それが龍已の教師として教鞭を取る理由だ。

 

 まだ教師として経験が浅いので上手くできているとは思わない。そもそも入学してくる者達すらも数人で当然の業界だ。必ず担任をするという事はないだろう。それでも、教師となったからには生徒に呪術をしっかりと教えていくつもりだ。できるだけ長く生きられるように。

 

 

 

「ンなつまんねェ話はそこまでにしよーぜ。酒が不味くなる」

 

「お前は何とも思っていないだろう。そもそも、酒を水みたいに飲む癖に味を語るな」

 

「オマエも酔わねーだろ?」

 

「酔うに決まってるだろう……俺の肝臓は一般人となんら変わらん。お前のような人間をやめた内臓と一緒にされても困る」

 

「だったら素の身体能力で俺とタメ張るのは何だよ。十分オマエも人間やめてんだろ」

 

「日々の積み重ねだ」

 

「どんな積み重ねだ。俺から言わせれば怪物だぞ。呪力は五条の坊より圧倒的に多いんだろ?領域展開もやりやがる。どーなってんだか」

 

「……領域展開なんぞ欲しくはなかった」

 

「……?龍已さん、今なんて?」

 

「いえ、何でもないですよ。今店員が俺達の頼んだ料理を持ってくるようなので次に頼む飲み物でも決めましょうか」

 

「は、はぁ……?」

 

 

 

 ──────呪術師にとっての最高到達点である領域展開。それを欲しくなかった……ねぇ。呪詛師を徹底的に殺す『黒い死神』に呪術界で数少ない特級呪術師。過去に何があったか分からねーが、呪詛師殺してる時に時々漏れる()()()()殺気が尋常じゃねぇ。まだ20幾つだろ。どうなりゃこんなのが生まれるんだ?俺よりよっぽど怪物だと思うがな。

 

 

 

 五感が人間の域を越えた甚爾には聞こえた龍已の言葉。あることが切っ掛けで調べた彼の素性の中に、彼を残して同級生が2人死亡したというものがあった。つまり、その時に突発的な領域展開の修得をしたのだろうことは何となく分かる。

 

 夜遅くに大人達3人による飲み会は更に遅くまで続いていった。酒を飲んで頼んだ物を食べて、話をして盛り上がる。最後の会計は殆ど酒代のようなもので、合計が10万を越えたのは恐らく甚爾が遠慮なく飲んだからだろう。取り敢えず、彼等のその日はこのように過ぎていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────数年後。

 

 

 

「──────黒圓先輩!お疲れ様です!」

 

「あぁ、()()か。お疲れ様。お前もこのあと2年の任務の補助監督をするのだろう。何か飲むか?」

 

「えっ、悪いですよー……コーラで!」

 

「分かった」

 

 

 

 高専にて自動販売機の前で珈琲を飲んでいた龍已のところへ、後輩の灰原がやって来た。ある事件を切っ掛けに脚に障害を負ってあまり走れなくなってしまった彼は、呪術師としての道を辞めて補助監督としての道を進んだのだ。残念ながら灰原の同期の七海は呪術界から足を洗ってしまったが、つい最近また呪術師に復帰していた。

 

 話が逸れてしまったが、灰原は過去の任務で死にかけたところを龍已に助けられて今も生きている。呪術師よりも危険は少ないが、危ないことに変わりはない。しかしそれでも、自身に出来ることを考えて今の生き方をしている。

 

 もう少ししたら補助監督として任務に同行しなければならないので時間が無いが、その間に久し振りに会う龍已との会話に花を咲かせていた。呪霊が出ない日は殆ど無い。ましてや龍已は特級呪術師なので現場に向かうことが多い。補助監督も鶴川が専属をしているので、タイミングが合わなければ中々に会えないのだ。

 

 

 

「そういえば今日、新入生が2人やって来るんですよね!」

 

「そうだ」

 

「黒圓先輩が担任するんですか?」

 

「いや、今回の新入生の担任は五条がやる。何やら良い人材が入ってくれたと言っていたな。新入生達は五条が見つけたらしい」

 

「名前聞いてますよ!秤金次(はかりきんじ)君と反承司零奈(はんしょうじれいな)ちゃんですよね!」

 

「どちらも癖が強いとも言っていたな。……そういえば、反承司に関しては俺に任せた方が良いかも知れないとも言っていたが……」

 

「……?担任は五条先輩がするって自推したんですよね?なのに任せた方が良いかもって矛盾してませんか!」

 

「俺にも分からん。矢鱈と張り切っていたのが印象だったな。しかし、新入生達とは必ず顔を合わせるときが──────」

 

 

 

「──────見つけた!やべぇ生黒圓龍已だ!生の黒圓龍已が目の前に居るッ!超テンション上がるっ!ツーショット……の前に抱き付かせてーっ!」

 

 

 

「……っ?」

 

「見たことない子ですね!もしかして新入生なのかな!」

 

 

 

 灰原と飲み物を片手に話していると、背後から叫び声が聞こえてきた。気配で何かが走り回っているのは知っていたが、まさかその目的が自分だとは思っていなかった龍已。そして目当ての彼を見つけた、高専の女子の制服に身を包んだ少女が走り寄ってくる。

 

 止まる気配はなかった。肩まであるくらいの黒髪に、日本人らしい龍已と同じ琥珀色の瞳。同年代よりは発育が良いだろう膨らんだ胸部にスラリとした四肢。そして本来青黒い色をした制服は、注文したのか真っ黒であり、首の後ろにはフードが付いていた。

 

 少女はまっすぐ龍已の方へ向かって走り寄っては両腕を広げて抱き付いた。速度そのままだったが、体幹が良い龍已は受け止めることができた。手に持っている珈琲の缶の中身がぶつかって溢れないように上に上げて。しっかり背中に腕を回されて抱き締められているが、引き剥がそうとして肩に手を当てるも、全力で抱き締められていて固かった。

 

 強めに剥がそうとしても絶対に離れるつもりがないと言いたいのか、尋常ではない力で……それこそ呪力で肉体を強化しながら離れる様子がない少女。仕方ないので珈琲を灰原に渡し、気づけという意味を込めて両手でそれぞれの肩を軽く叩いた。

 

 

 

「あーやっべ。めっちゃ良い匂い。これはキマりますわぁ……。何の柔軟剤だろ。同じの買って同じ匂いになりたい。てか腹筋やばぁ。服の上からマジバッキバキなんだけど。体温もあったかぁい。フヒヒッ。しちめんどくさい高専に入って良かった!これだけで生きていける!」

 

「……そろそろ離れてくれないか」

 

「ハッ!へへへっ、スイマセン。私、反承司零奈っていいます!今年の新入生です!好きな食べ物はエビチリ!推しは黒圓龍已!この制服は黒圓龍已の色とかを真似してやってもらいました!担任が五条悟なのが今1番の不満で黒圓龍已に変わって欲しいです!よろしくお願いします!それと黒圓龍已グッズってどこに売ってますか!?貢いで良いですか!?」

 

「貢がなくていい。グッズはない。……知っているようだが黒圓龍已だ。高専の教師をしている呪術師だ。それといい加減に離れろ」

 

「あはは!個性強い子ですね!」

 

 

 

 溌剌と笑う灰原に、個性が強いで済ませるのか?という意味を込めて目を向けるが、灰原は見られても笑みを浮かべながら首を傾げるだけだった。はぁ……と、溜め息を吐きながら、今度こそ反承司を体から無理矢理剥がした。普通の成人男性とは比べられない腕力に、呪力を使っても抱擁を解かれてしまった。

 

 頬をぷくっと膨らませて不満を露わにする反承司に、胸の前で腕を組んで対峙する。不満そうな顔をしてもダメなものはダメだ。その意思が伝わったのか、膨らんでいた頬はぷしゅっと萎んで不満さなんて感じさせない笑みを浮かべ、右手を差し出した。握手を求めているのは分かるので、軽く息を吐いてから同じく右手を差し出して握った。

 

 

 

「改めまして、私は反承司零奈です!これからよろしくお願いします!黒圓龍已……いや、龍已先生は今何歳ですか?」

 

「……26だ」

 

「つまり3年前か……あの子達の先輩になっちゃってる訳だ。まあ何となく分かってたけど」

 

「……?」

 

「……ふふっ。何でもないですよーっ!私の話です!それよりもぉ……やっぱり龍已先生の手めちゃくちゃ傷だらけで硬いですねぇ……まさか本物に触れるなんてっ!頑張って生きてきた甲斐があったなぁやっぱりっ!」

 

「元気な不思議ちゃんですね!……あ、すいません黒圓先輩!俺はもう行かないといけないんでここで!コーラありがとうございましたー!」

 

「……この状態で放って置くのか」

 

 

 

 腕時計で時間を確認していた灰原は、任務の時間になったことを悟って駆け出した。補助監督なので目的地まで運転しなくてはいけないのだ。元々そこまで時間が無かったので、ここで別れても仕方ない。しかし、龍已からしてみればこの状態で去られると1対1になってしまう。

 

 戦いの後遺症に響かない程度に走っていってしまった灰原の背中を見送ると、顔を下に向ける。バチリと視線が合う。これでもかと爛々と輝いた目が向けられていて、何だか解らないが圧がスゴい。1歩後ろに下がると2歩詰める。2歩下がると4歩詰めてきてまた抱き付いてきた。

 

 どれだけ抱き付いてくるのかと思いながら肩に手を置いて引き剥がそうとすると、灰原が去っていった方向から2人の男がやって来た。片方は制服を着崩しており、もう片方は長身に目元に包帯のような物を巻いている男。この業界で知らぬ者は居ない五条悟である。

 

 

 

「もー。僕が引率して課外授業するって言ってるのに勝手に行動したらダメじゃない。GLGの言うことは聞いてねー。……あれ、センパイじゃん。抱き付かれてどうしたの?」

 

「……分かっていて言っているな」

 

「あはは!勝手にどっか行くから何処かなー?って思ったけど、よくよく考えたら何かとセンパイにご執心だからね。センパイのところに行けば普通に居ると思ったよ。てか、何でそんなに懐かれてんの?会ったことあるカンジ?」

 

「無い。初対面だ。……おい、離れろ」

 

「あんっ。もぅ……龍已先生のい・け・ず♡」

 

「……あれ??この子そんな性格だっけ?」

 

「性格変わりすぎだろ」

 

「……五条。その生徒が秤金次か」

 

「ん?うん、そうだよ。良いセンス持ってるんだよねー。将来大物になることは間違いないと思うよ。その子……反承司零奈もね」

 

「五条悟に褒められても嬉しくないんだけど。私の推しは黒圓龍已だから邪魔しないで」

 

「本当に性格が変わるんだな」

 

「ていうか推しってなに?センパイいつからファンの子ができたの?まあ僕の方がモテるけど」

 

 

 

 五条の言葉は無視するとして、龍已は反承司の他に高専に今年度入った秤金次のことを見る。感じられる呪力の質も良く、強い気配を醸し出している。1年生にしては断然強い部類だろう。そして何かとボディタッチをしてくる反承司も、1年生にしてはかなり強いことが解る。

 

 何せ気配が強く、体の奥底にある呪力が多いのだ。筋力を15歳の少女と同等として考えると、呪力で強化した場合の力もかなり強かった。呪力の扱いに関しても上手いのだろう。呪術界最強と謳われる五条が目をつけているだけはあるというものだ。

 

 何故か推しという言葉を使い、龍已とその他で性格が全く違う反承司に首を傾げつつ引き剥がす。このあとは課外授業を入れているそうなので此処で別れる。五条がそろそろ行こうかと声を掛けて背を向けて秤と一緒に歩き出す。龍已もこのあとは任務が入っているので踵を返した。がしかし。強い力で袖を掴まれて引かれる。犯人は容易に解る。反承司である。

 

 

 

「ちょーっと待ってくださいよ龍已先生。課外授業、五条悟の代わりにやってくれません?それか一緒に来てください」

 

「担任は五条だ。一緒に行くにも、俺には別の任務がある。そもそも新入生の初授業だとしても特級呪術師2人は過剰戦力だ」

 

「いや、推しの戦闘シーン生で見たいんでホント」

 

「すまんが、五条に見てもらってくれ。ということで、頼んだぞ」

 

「はいはーい!まっかせなさーい!ささ、時間は有限なんだから行くよ!」

 

「ちょっ……っ!離してっ!って、無限バリア邪魔すぎっ!龍已先生……っ!龍已先生ぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……ッ!!!!」

 

「……何なんだあの生徒は」

 

 

 

 襟を掴まれて引き摺られていく反承司は、どうにかこうにか襟を掴む五条を振り解こうと藻掻くが、無限のバリアに阻まれて触れないし、力でも全く敵わない。藻掻いている内に龍已とどんどん離れて行ってしまい、悲痛な声を上げている。仕方がないから手を振ってやると、現金なのかパッと表情を明るくした。

 

 全力で手を振り返してくる反承司に苦笑い……の雰囲気をした後、ポケットの中で震えている携帯に手を伸ばす。開いて着ていたメールを見ると、行くはずだった2級呪霊の討伐は、近くに居た別の呪術師が祓ったとのことだった。途端に暇になった龍已は無理矢理車に詰められている反承司を見てから、何の躊躇いもなく高専の校舎に向かった。

 

 慣れ親しんだ廊下を進んで行くと、見えてくるのは医務室だった。訓練などで深傷の傷を負った場合に生徒達が訪れる医務室には、大体ある人物が居る。龍已と長年交際をしていて、同棲をしている唯一の人物。家入硝子である。彼女は机で書き物をしているようで、ゆっくりとドアを開けた龍已に気がついていない。

 

 極限まで気配を消しながら足音も消し、近づいていく。目と鼻の先まで接近して覗き込むと、利用しに来た者達の怪我の診断書を見ていたようだ。仕事中だったので傍に置いてある空のカップを手に取って珈琲を淹れに行った。常備してある自分用のカップも取り出して同じ珈琲を淹れ、家入の元に戻ってそっとカップを元の位置に戻す。

 

 空いている椅子が有ったのでそこに座って、仕事をしている家入の様子をぼんやりと眺めながら珈琲を飲んでいると、匂いで気がついたらしい。湯気を上らせるカップに目を丸くしてから手に取り、薄く笑いながら椅子を回して龍已の方を向いた。

 

 

 

「来ているなら声を掛ければ良かったじゃないか。お陰で無視してしまった」

 

「態と気配を消していたんだ。仕事を邪魔するのは気が引けたからな」

 

「それなら医務室から出て行く筈だが……もしかして気配を消してまで私と一緒に居たかったのか?」

 

「解っていて言うのは意地が悪いぞ」

 

「……ふふ。珈琲ありがとう」

 

「どういたしまして」

 

 

 

 医務室のアルコールの匂いが珈琲の匂いに変わっていく。互いにお揃いのカップに口をつけて喉を潤す。普通の店に売っていたコーヒーメーカーだったので家のものよりも味が落ちるな……と考えていると、椅子から立ち上がった家入が向かってくる。何となくしようとしていることを察した。

 

 椅子に座る龍已の太腿に腰を下ろし、横向きで座る。右手に珈琲の入ったカップを、左腕は横向きに座った家入の背中を支えた。彼の上にやって来た家入は、カップを両手で持ちながら胸に寄り掛かり、笑みを深めた。どうやら仕事は中断するようだ。

 

 家入は龍已の後輩である。なので敬語が常だったが、長らく交際して敬語というのも壁を感じるということで、龍已からタメ口で話してくれと頼んだのだ。最初はついつい敬語になっていたりしたが、今ではタメ口も慣れたものだ。それには龍已も満足そうにしていた。

 

 

 

「新入生はどうだった?」

 

「将来が楽しみだ……と言っておこう。難……というか、2人の内1人とは殆ど話していないが、もう1人は矢鱈と俺に懐いていた。初対面の筈だが……推しとか言っていたな」

 

「推し……?気に入ってるアイドルとかに言うアレか?」

 

「恐らくな。推しと言って触れるスキンシップが激しい女子生徒だ」

 

「へぇ……。それは、私もうかうかしてられないな」

 

「……医務室だぞ。誰か来たらどうする」

 

「もう昼時だから来ないよ。来るとしたら大怪我した奴だけだから来るのは足音で解る」

 

「まったく……」

 

 

 

 珈琲で潤された唇が首筋に寄せられ、小さなリップ音を奏でた。()()()()()()()快感にゾクリと背筋を上るものがある。だが此処は高専だ。つまり生徒のための学び舎である。教員免許を持っていないとしても、教師が医務室で淫行はマズいだろう。

 

 真面目な龍已は家入の行おうとしている事を止めようと、珈琲のカップを持っていない、彼女の背中を支える左手を移動させて肩を押さえようとするが、手の中に珈琲入りのカップを握らされた。両手に液体が入った容器が1つずつ。止めるに止められなくなってしまった。

 

 

 

「安心しなよ。何も最後までするつもりはないから。午後からの仕事のためにすこし、元気をもらうだけ……」

 

「……っ」

 

「ふふ……誰かに聞かれたくなかったら、しっかり口を噤んでおけよ」

 

「……今日は忙しい日だ」

 

 

 

 舌舐めずりをする家入を眺め、首に噛み付かれながらぼやくように言葉を吐き出した。どうやら午前中の仕事だけでも疲れはあるらしい。ならば休めと言いたいが、触れ合いで気を回復させているなら仕方ないかという気持ちも芽生えてくる。何だかんだ龍已は家入に甘いのだ。

 

 

 

 

 

 忙しい日……と称した龍已は、これからもっと忙しくなるということを知らない。だが忙しくなる……それはどのような忙しさになっていくのだろうか。それはまだ、解らない。

 

 

 

 

 

 







試作版特級呪具『黒糸(くろいと)

完成版に備えた試作品。極細の黒い糸が黒い手袋の指先部分から伸びる。長さは込めた呪力によって変えられる。ただし、試作品なので距離を伸ばせば伸ばすほど呪力を大きく使っていくことになっている。今はそれを改良中。

糸そのものが黒く、浴びた光を反射しないので夜で使うと一切見えなくなる。肌に触れても殆ど感触がせず、引っ掛かったまま歩くだけで体が切断される。扱いには要注意。

試作品なので値段は無いが、付けるとすれば6億。




反承司零奈(はんしょうじれいな)

五条が将来大物の呪術師になると太鼓判を押す秤金次の同級生である女子。勿論、彼女の事も高評価をしている。

肩まであるくらいのサラサラな黒髪に日本人らしい琥珀色の瞳。発育は良く胸部は同年代の子に比べて豊か。手脚もスラリとしている。制服は濃い青のものではなく真っ黒であり、フードがつけられて改造してある。本人曰く黒圓龍已の真似。

黒圓龍已のことを推しと称して過剰なスキンシップを謀る。名前が書いてある団扇を振る勢い。

運動神経はかなり良く、頭も良い。だが残念な部分であり割と致命的なことがある。呪術師である以上イカレているのは当然であるので普通かも知れないが、それでもイカレている。

術式については不明。五条悟の呪力量が上の上だとしたら、既に上の下ほどある。本人曰くこれでも足りないとのこと。



「てか、黒圓龍已とツーショット撮ってないんだけど!!」




灰原雄

過去に大きな怪我を負ってしまい、反転術式を施してもらったものの脚に障害が残った。その所為で激しい走りができない。現場で戦うことができないので、悩んだ結果補助監督として働くことにした。

元気で溌剌とした性格で、初めて担当する呪術師の生徒ともすぐに打ち解けられる。他の補助監督達とも仲が良い。




家入硝子

医務室にいつの間にか居た龍已には驚いたが、彼が本気で気配を消したら毛ほどもどこに居るのか解らないので当然かと思っている。

医務室で存分にイチャイチャさせてもらい、午後の忙しい仕事はやりきった。帰りは龍已と一緒に帰って夕食を楽しみ、珈琲を飲みながら映画鑑賞をした。癒されたのでその日はぐっすりと眠る。

反承司の事は別に気にしていない。そんなに心が狭い女でもないし、長年交際しているからこその絶対的な自信を持っているから。




黒圓龍已

反承司が自身に懐いている理由がよく解らない。初めて会った筈なので好かれる理由が無い。推しと言われたのは初めて。この事を親友達に話すと大爆笑された。

実は『黒糸』で呪詛師を細切れにしたとき、流石に初めて扱うタイプの武器だったので狙いが少しだけズレて、近くのゴミ箱も細切れにした。久しぶりにミスをしたのでその後の酒はいつもより多めに飲んだ。




伏黒甚爾

龍已と共に呪詛師殺しをしている。黒い死神の正体を知っている数少ない者達の1人。正体を明かされた時はそのくらいのことをしていそうだから驚きはなかった。あーはいはいみたいな感じ。

昔にやっていた殺しだが、これからは呪詛師を専門とした殺しをする。依頼斡旋は龍已と組んでいる男からされている。報酬も良いので悪感情はない。




秤金次

本編でもそこまで出て来ていない生徒。五条悟曰く、将来自分に並ぶ程の呪術師になるとのこと。呪術はまだ使われていないので解りません。



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第三十九話  初の合同任務




最高評価をしてくださった、Riku20 だんず ジョージⅩ ヘルン ディアブロ〜 りょうはや さん。

高評価をしてくださった、Joan 忍者にんにく Lea117 多摩川海豹 CHRONOS さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

「──────今日はお願いします!龍已せんせ♡」

 

「はぁ……」

 

 

 

 新入生が高専に入学してから1週間程が過ぎた。その間、龍已は特級呪術師として高難易度の任務に出たり、夜に仕事をしていた。教師としても一般教養を教えたりと忙しい日々。それ故に、新入生である秤金次と反承司零奈とは会っていなかった。担当が五条なので、彼等の居る教室に訪れる機会が無いのだ。

 

 世にも3人しか居ない稀少な特級呪術師。その内の1人である龍已が忙しくないわけが無い。本当ならば教師として教壇に立つことすら許可されないところを、五条が無理を言って捻じ込んでいるに過ぎない。だがそんなことは知ったことかと駄々を捏ねたのが反承司である。

 

 入学してから全く会えない龍已。任務を受けては帰ってきて、任務が無ければ勉強して訓練して……学生としてやらねばならないことが重なって本当に会えない。だから学長である夜蛾に直談判したのだ。推しの黒圓龍已と任務に行けないなら校舎を吹き飛ばすと。普通はそんなこと良心が邪魔をしてやらないのだが、マジでやろうとした。ので、夜蛾は頭が痛そうに眉間を揉みながら日程を調整したのだ。

 

 つまり、龍已の前できっちりとクリーニング済みの制服を着こなし、やり過ぎない程度の化粧を施してニコニコ心底嬉しそうに笑みを浮かべる反承司は、超無理矢理……龍已の任務にくっついてきたという訳だ。任務先の調査書の中に、すまん……とだけ書いてあるメモ用紙を見た時は何かと思ったが、こういう事かと理解した。

 

 

 

「うぇへへ……生黒圓龍已マジかっけぇ……惚れ惚れするぅ……風に乗って良い匂いするのヤバすぎでしょ。はーっ、ツラっ。胸が張り裂けそうっ!あ、クロちゃーん!私は反承司零奈だよ!覚えてね?」

 

「……っ!?」

 

「うはーっ!クロちゃんマジ可愛い!手を振られて困惑するところとか飼い主とクリソツなんですけどー!きゃー!♡」

 

「……それぐらいにしておけ。任務へ向かうぞ。今回の任務内容は──────」

 

「──────此処から車で1時間半の位置にある少年用更生施設『見畑学院』。数ヶ月前から院内での異常を度々確認していた。最近はポルターガイストにも似た現象に加えて悪夢に魘されて眠れないという声を多く聞き、住職のお祓いを受けるが効果は無し。話を聞きつけた『窓』が調べに向かったところ3級呪霊2体と2級呪霊1体が発生。2級呪術師が現場に向かうも行方不明となって26時間が経過し、後に1級呪霊の新たな発生を確認。院内に居た者達は既に退去済み。問題が無くなれば再び建物は使用したい為大きな損害は控えること。やむを得ない場合はその限りではなく、あくまで人命優先。祓い終えた場合は担当した呪術師及び補助監督が関係者に報告を行う。……ですよね!」

 

「……あぁ。調査書にはしっかりと目を通しているようだな」

 

「私、これでもチョー勤勉なんですよー。頭に詰め込んでおかないと()()()()んで」

 

「……そうか。良い事だ。それでは説明は要らないようだから現場へ向かう。鶴川さん、お願いします」

 

「はい!お任せください!」

 

「お願いしまーす。あ、龍已先生後部座席に座ってください。私と一緒にお喋りしましょ♡」

 

「分かったからくっつくな」

 

 

 

 龍已専属の補助監督である鶴川の運転で現場へ向かう。いつもなら助手席に座るところだが、話したいという反承司のお願いを聞いて後ろに乗った。お願いを聞いてくれて隣に座ってくれた事にニコニコしている彼女は、見た目は顔立ちの整った女子高生にしか見えない。しかし、龍已は彼女の内に相当な呪力が内包されていることを知っている。

 

 そこらの2級呪術師よりも多いだろう呪力に、体から発せられる強者特有の気配。細かいところまでは知らないので術式は不明である。だが恐らくは相当な使い手だろう。長年の経験から反承司は強いということは看破していた。到底そうは見えないが、人は見かけによらないものだ。

 

 そんなことを考えていることを知らない反承司は、嬉しそうにお喋りをしていた。内容は女子高生っぽいものだった。この前にとても可愛い服を見つけたとか、欲しい化粧品があったが丁度売り切れていて残念な思いをしたとか、どこどこの店にあるスイーツが自分の舌に合っていてとても美味しかったとか。

 

 楽しそうに話している反承司は生き生きとしていた。一緒に話すと言うよりも、自分の話を龍已に聞いてもらいたいようだ。興奮しながら話す反承司に、子供らしいなという感想を抱きながら相槌を打つ。彼女はそれだけでも大変嬉しそうだ。そして、そうこうしている内に時間はあっという間に経ち、現場の少年院に着いた。車を降りた各々は、入口で警備をしている2人の『窓』の元へと歩み寄った。

 

 

 

「お疲れ様です。私……補助監督の鶴川と黒圓特級呪術師、及び反承司()()()()()、今到着しました」

 

「お疲れ様です。院内には誰も居りませんので祓除の方よろしくお願い致します」

 

「1級呪霊は閉鎖された屋上にて沈黙しています。近づいたら行動に出ると思いますのでお気をつけください」

 

「それはどーも。けど心配とか無駄に要らないから。()()()()。……さっ、龍已先生一緒に行きましょ!」

 

「……俺が傍に居るが、油断はするなよ」

 

「え?お前のことは俺が守ってやる?きゃっ♡流石は私の推しっ」

 

「……………………。」

 

「あーんっ、無視しないでくださーい!」

 

「……お気をつけて」

 

「ご、ご武運を……」

 

「すぅ……『闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え』」

 

 

 

 自分達と龍已との扱いの差とテンションの高さに少し引いている『窓』の男2人。しかしこれでこの現場は大丈夫だとホッとする。反承司のことは殆ど知らないが、特級呪術師である龍已のことはよく知っている。いや、知らない呪術師はそんなに居ないのでは無いだろうか。特級呪術師というのは、それだけ大きな肩書なのだ。

 

 脚にレッグホルスターを巻いて『黒龍』を差している龍已の後ろを反承司がついていく。視線は前に……と思いきや、前を歩く彼の尻を眺めている。視線で気がついた龍已は振り返って額にデコピンを入れた。バチンと痛そうな音がなったが、何故か反承司は嬉しそうにデレデレと笑いながら額を擦っていた。

 

 背後で鶴川が『帳』を降ろした。少年院を完全に囲い込み、景色が少し暗くなる。院内に居る呪霊の位置は既に掴んでいるので、正面玄関から堂々と入っていった。チラリと確認したが、屋上に居るという1級呪霊は今も依然として動いた様子は無い。近くまで近づいた場合にのみ動くようだ。

 

 スリッパには履き替えず、今履いている靴のまま上がらせてもらう。少年院に所属している生徒用の靴箱を抜けると長い廊下に出る。左右に伸びていて、一番近い呪霊は左から感じる。気配からして3級呪霊の内の1匹だろう。廊下を進んでいくと、開けられている扉から人型の体に頭が2つあり、口が胴体で大きく開かれている呪霊が出て来た。

 

 

 

「いっしょ……いっしょにぃ……ねましょおぉおおおぉおおおぉおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

 

「3級呪霊だな。反承司、やってみるか?」

 

「龍已先生の戦闘シーン見たい気もあるけど、あの程度の呪霊を相手させるのは忍びないんで私やりますね!ちゃちゃっと()()ちゃいます!」

 

「……では頼んだ」

 

「はーい!」

 

 

 

「いっしょにぃ……ごはんにぃ………しよぉよおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!」

 

 

 

 やってみるかと問われ、やる気を見せる反承司。龍已の横を通って前に出る。ゆったりとした歩み。散歩しているようにすら感じる軽やかな歩みはしかし、それとは反比例して青黒い呪力が彼女の周りを包み込み始めた。本人としては少し高めただけだが、その呪力量は相当なものだ。

 

 総呪力量。それを五条悟が上の上と評すならば、反承司零奈の総呪力量は驚異の上の下。15歳で持つには多すぎる呪力量だ。その一端が出て来るとするならば、本人の認識が少しだと思っていても、他からすれば膨大でも不思議ではない。

 

 ゆっくりと近づいていく呪力を纏う反承司に、3級呪霊が後退った。後退るだけのナニカを感じ取ったようだ。しかし呪霊は叫び声を上げながらけたたましい足音を響かせて突っ込んできた。両腕を振り回して気色の悪い走り方をしている。だが速度は中々速い。互いに向かっていくことで間にある距離はあっという間に縮まった。

 

 鋭く長く伸びた爪を振り上げて反承司を狙う。振り下ろされた爪の先が切り裂こうと迫るのを、ずっと眺めていた。何もする様子は無い。反応出来ていないのかとすら思えてしまう無防備さ。だが、龍已は助けに入るつもりはなかった。何故なら、気配が一瞬にして攻撃的なものへと変貌したからである。

 

 爪の先が反承司にふれる寸前、大きく弾かれた。長い爪は粉々に砕け散り、腕が後ろへと弾かれる。それどころか体すらも後ろに仰け反ってしまった。困惑の念を抱く3級呪霊に、1歩だけ……いや、最後の1歩を踏み出して近づき、懐に入り込んだ反承司は、右手の人差し指を呪霊に向け、胴体に開かれた口の上、胸の中央に置いた。瞬間、呪霊は跡形も無く消し飛んだ。

 

 

 

「ギャーギャーうるさい。叫くだけ無駄だっての。お前程度の攻撃じゃ私は傷付かないし、届かない」

 

 

 

「ふむ……」

 

「……龍已先生見た!?どうでした私!ちゃんと戦えるでしょう!?褒めて褒めてーっ!」

 

「3級呪霊とはいえ良かったと思う。呪力の練り上げも相当な練度だ。一瞬の決着だから深くは評せないが、鍛えているならばその成果は出ているだろう」

 

「わーい!」

 

 

 

 両手を挙げて喜びを表現する反承司に、龍已も苦笑いの雰囲気だ。しかし、褒めた言葉は嘘ではない。ポケットの中に入っていた携帯を使って反承司の術式を調べたが、中々に難易度の高いものだった。それを息をするように扱って見せた。呪力量もかなり良い。15歳で2級呪術師の肩書を持っているだけはあるということだ。

 

 それ何と言っても、呪力による肉体の強化がかなり上手い。先日抱き付かれた時、剥がそうとして相当な力だったのは呪力による強化があったからだ。恐らく元の身体能力も極めて高い。柔軟性もあり、瞬発力もあるはずだ。それは歩く姿と重心の位置、姿勢から視えてくる骨格から解る。これなら、少しの強化で成人男性の中でも筋肉質な者の力を遙かに上回るだろう。

 

 あの五条に将来優秀な呪術師になると言われるだけはある才能。そして滲み出る戦闘経験。これは龍已も将来の姿が楽しみだと言わざるを得ない。だが疑問なのは、反承司の調査書には一般の家に生まれたと書いてあったこと。親戚の内にも呪術師は居らず、呪術家系の分家ですらない。なのに突然、反承司のような傑物が生まれるだろうか。生まれたとして、高専に入る前にここまで呪術の練度を独学で上げられるだろうか。それが今抱く疑問だった。

 

 しかし、そんなことはいい。考えるのは後だ。今は現場で任務の最中なのだから、そちらに集中するべきだ。例え相手が3級や2級の呪霊だとしても、この業界に絶対大丈夫ということはありえないのだから。頭を切り替えて、気配を感じ取る。この先に進んで階段を上がり、2階に行けば2級呪霊が居ると反承司に教えながら、武器庫呪霊である首に巻き付いたクロの口から出された、長い針を1本手に取って背後へ投擲した。

 

 

 

「ちりちり……ちりちりりりりりりぃぎぃ……っ!?」

 

 

 

「針1本で祓除!流石黒圓龍已!カッコイイ!!はーっ、痺れるわぁ……」

 

「これで3級呪霊は祓い終えた。あとは2級呪霊と1級呪霊だ」

 

「はーい!」

 

 

 

 背後から気配を消して近づいていた3級呪霊。しかし消したつもりでも龍已には完璧に察知されていた。背後から襲い掛かるつもりが、豪速で飛ばされた呪力を纏った針に顔の部分の眉間を貫かれた事によって祓われた。

 

 1階に居るのは3級呪霊2体のみ。次は2階に居る2級呪霊だ。廊下を進んでいって設けられている階段を使って上に上がる。部屋が幾つかあるようで扉が設けられているが、そのどれもにも居ない。居るのは廊下の先だ。隠れずに廊下で待ち構えている。歩いて近づくと、ジッとしていた2級呪霊がマリオネット人形のような動きをして反応した。

 

 糸で吊されるように肘や膝を持ち上げてカタカタと動く、何の施しもされていない人形のような姿をした呪霊。この呪霊がポルターガイストのように物を動かし、恐怖を煽って悪夢を見せる。眠りながら苦しむ人間のその姿を眺めて悦に浸るのが、この2級呪霊だった。抱いた恐怖の大きさによって強い悪夢を見せる術式を持つ呪霊。龍已が祓おうと前に出るより先に反承司が前に出た。

 

 

 

「2級呪霊ですよね。私にやらせてください」

 

「……危険だと思ったら俺が祓うぞ」

 

「大丈夫です!あの程度じゃあ負けません!」

 

「分かった。では、あの呪霊は任せよう」

 

「おっ任せあれー!」

 

 

 

 ビシッと敬礼した後、先程とは違いゆっくりと歩み寄るではなく駆け出した。身体能力が高いと思っていた通り、反承司の脚は速かった。恐らく100メートルを10秒以内には余裕で走れる速度だろう。そんな速度で2級呪霊に向かっていく。距離はすぐに詰められ、2級呪霊はカタカタと小刻みに揺れるように動きながら突然跳び上がった。

 

 人形に似た身体の造りをしているからか、普通の関節の可動域を越えた無茶苦茶な挙動を空中で行い、腕や脚を乱雑に振り回しながら回転して上から攻撃してきた。規則性の欠片も無い動きに反承司は目を細める。彼女の目には呪霊の動きが見えていた。捉えられていたのだ。その目で見て、タイミングを見計らい、一瞬……ほんの一瞬の胴体への隙間に腕を突き入れた。

 

 右半身を前に出しながら脚を止めてブレーキを掛け、呪霊の胴体に右の掌底を打ち込んだ。びしりと全身に大きな亀裂が入り、顔の部分に口が現れて絶叫する。だが攻撃は終わっておらず、腕全体を内側に捻って掌底を捻じ込む。青黒い呪力が刹那の内に膨れ上がり、絶死の一撃を生み出した。

 

 

 

「──────『月輪(がちりん)』」

 

 

 

「──────ッ!!!!」

 

 

 

 叩き込んだ衝撃と、突き抜けた呪力が2級呪霊の背後で月輪を描いた。打ち込まれた胴の部分は完全に消し飛び、残った頭や腕、脚は粉々になって消えていった。恐るべき一撃。2級呪霊というのは決して弱い部類ではない。ましてやその相手はまだまだ子供である。そんな子供が打ち込んだ二段構えの掌底は、龍已から見ても鋭く重く、完璧だった。

 

 掌底を打ち込んだ構えを解いて、大きく息を吐き出す反承司。誰がどう見ても2級呪霊が祓われたのを最後に確認してから振り返り、パッと明るくなりながら龍已の元へ駆け寄ってきた。その表情は喜色を描き、思ったよりも完璧に決まって褒めてもらいたくてウズウズしていると感じるものだった。てか、実際そんな内心である。

 

 

 

「どうでした!?これめっちゃ練習したんですよ!練習し過ぎて手首腱鞘炎になるんじゃないかぐらいまでいきましたから!」

 

「練習は程々にな。あの掌底は実に見事だった。他にも何か出来るのか?」

 

「あ、すいません。めっちゃムズくてアレ修得するのに精一杯で他は無いです。ていうかこれから編み出していく感じですハイ」

 

「そうか……だが本当に見事だった。お前の高い身体能力ならば思い付いたものは自身の手の内に出来るだろう。行き詰まったら相談するといい。力になろう」

 

「マジかよやっべ。ってことはマンツーマン?出血多量で死ななきゃいいけど」

 

「…………………。取り敢えず、最後の1級呪霊の元へ向かうぞ」

 

「はーい!」

 

 

 

 見せてもらった掌底に心からの賛辞を贈った。見事としか言えないものだったからだ。しかしその代わり、そればかり練習していたので他の技はまだ修得していないようだ。少し勿体ない気持ちもあるが、あの完成度を修得するのだから、これからもっと良い技を編み出していくことだろうと期待する。

 

()()()()()黒圓無躰流が存在するが、自力でそこに辿り着くのは素晴らしい。残念ながら黒圓無躰流はかなり特殊な流派なので常人には真似できないものだが、彼女のものならば使っていても体を壊すということは無いだろう。やり過ぎて腱鞘炎になりかけることを除いては。

 

 兎に角、良いものを見れた龍已は反承司に期待を寄せながら歩き出す。最後の1体である1級呪霊は閉鎖された屋上に居る。問題がある少年達が入る少年院で屋上を開放しておくと、何をされるか解らないので普段は厳重に閉められているのだ。しかし今回はその厳重さは無意味と化している。

 

 鎖で閉められていた鋼鉄製の両開きな扉は鋭い何かで斬り裂かれたらしく、鎖は両断されて扉の表面にも切り傷がある。立て付けが悪くなっていて通れるか通れないかくらいの隙間までしか開けられなかったので、仕方ないという事で蹴り壊した。どちらにせよ買い換えなのだから大丈夫だろうという判断である。

 

 屋上は広く、その中心に体長5メートル程で人型。全身を腐った包帯のようなものを巻いただけの、異様に細身の呪霊が居た。右手は小刀と一体化している手があり、足元には血溜まりに沈んだ肉の塊が落ちていた。先に派遣されていた呪術師の成れの果てだろう。呪霊にやられて何度も斬り刻まれていたらしい。

 

 生々しい肉の塊が痙攣していたりするし、何と言っても時間が経過しているので肉が腐っている。漂ってくる臭いも悪臭だ。それなりにショッキングな光景なので大丈夫だろうかと反承司の方を見れば、どうしたのだろうかと首を傾げていた。死体に関して思うものは無いらしい。

 

 

 

「龍已先生、お願いがあるんですけどぉ……」

 

「どうした?」

 

「後学の為にぃ、龍已先生の領域展開見せて体験させてもらえないかなぁって!」

 

「領域展開か……」

 

「はい!まだ見たこと無いですし、何より体験するしないだと違うと思うんですよ!ねっ?カワイイ学生の為だと思って……っ!」

 

「ふむ……確かに体験してみるのも良い経験になるだろうからな。良いだろう、領域展開を見せよう」

 

「っしッ!!うーっしッ!!フヒヒ……黒圓龍已の領域展開の中に入れるとかヤバくね?生で見れるとか果報者じゃね?大丈夫?明日死なない?あーもう今日は最高の日……お祝いに帰りシュークリーム買って食べよう……」

 

「今日は初めて共に任務に当たったから、帰りは何か奢ろう。好きなものを買うといい」

 

「龍已先生大好き!」

 

「意外と現金だな」

 

 

 

 1級呪霊の前でする会話ではない。緊張感に欠ける状況だが、彼等の実力からしてみれば仕方ないのかも知れない。少し前まで現場だから集中するべきという考えをしていたのが嘘のようだ。今回は普通に祓うつもりだったが、反承司が後学の為に見て体験してみたいという事なので、豪勢だが領域展開を使うことにした。

 

 領域展開の射程内に入るために、呪霊に近づく龍已の後を反承司も追う。胸の前で両手を合わせ、興奮で早鐘を打つ心臓を自覚する。推しの領域展開の中に入ることなんて、滅多なことでは出来ない。故に楽しみで楽しみで仕方ないのだ。

 

 両手の掌を自分の方へ向け、小指同士、薬指同士、中指同士をそれぞれ組んでいき、人差し指は伸ばして指先だけを付ける。親指は人差し指の横に付ければ、黒圓龍已が領域展開をする場合に組む掌印の完成である。膨大な呪力を消費して、近づいたことで反応して襲い掛かってきた呪霊共々、反承司を純黒の異空間へと呑み込んだ。

 

 

 

「領域展開──────『殲葬廻怨黒域(せんそうかいおんこくいき)』」

 

 

 

「──────ッ!?」

 

「わはーっ!やっぱりすごい!マジで黒い!黒一色コワっ!でもカッコイイ!流石は必中必殺の代表領域!死の気配がバンバンくる!興奮する!きゃーーーーーーっ!♡」

 

 

 

 黒のみが存在する空間。呪術師が身につける技の中で頂点の御業、領域展開。己の生得領域を呪力によって現実に持ってきて具現化する超高難度の技であり、この中では付与された術式は必中となり、必殺にも成り得る。

 

 龍已の領域展開は術式が必中となるが、天与呪縛によるものなのか解釈が捻じ曲がり、必中故に当たるならば当てられるところから当てられるということになっている。つまり、術式を使った呪力弾を撃ち、体内を通って触れるならば、体内からの銃撃が可能になるという事だ。要するに、入れば最後、避けられない絶死の一撃が体内からでも0距離からでも放てるということだ。

 

 脚に巻いたレッグホルスターから、長年使い続ける相棒の『黒龍』を引き抜く。正面に居る1級呪霊に構えるが、本来銃口を向ける必要は無い。必中必殺の領域内故に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。脅威的な領域の効果。結果、1級呪霊は体内から直径100メートルはあろうかという呪力の光線に呑み込まれて消し飛んだ。

 

 純黒のみが存在する領域に罅が入り、解かれていく。解放されて外に出ると、呪霊だけが消えた屋上の景色が広がる。『帳』内に居た呪霊が全て祓われたことにより、補助監督の鶴川が張った『帳』も解けていった。元の色合いが戻り、任務は達成される。あとは呪術師だった肉塊の事を報告し、関係者に説明をすれば終わりである。

 

 

 

「今のが領域展開だ。己の生得領域の具現化を行うことで状況を有利に進めることが出来る。その代わりに膨大な呪力消費を強いられ、領域展開後は少しの間術式が使えなくなる。本当の危機が迫った時に使う奥の手だ」

 

「けど、龍已先生は1日に何回も領域展開出来るし長時間維持も可能……それに領域展開後の術式のオーバーヒートは無いんですよね?それってどうやってやってるんですか?複数回の展開は純粋な呪力量だとして、オーバーヒートしないの気になってたんですよねー」

 

「最初の頃は俺も同じく術式を使うことが出来なかった。だが、明らかな弱点故に暇があれば領域展開をし、オーバーヒートそのものを体に慣らせた。結果、領域展開後の術式使用不可が無くなった。……のだが、何故俺が領域展開後の術式使用不可を克服していることを知っている。それを知っているのは限られた者達だけだ。それに、一般家庭の出でよく領域展開そのものを知っていたな」

 

「えっ……あ、ははは……それはですねぇ……この1週間で五条先生に領域展開の事を頼んでみたんですけど、後で後でと先延ばしされてたんです。けど、領域展開後は術式が使用不可能になるという話は教えてもらっていて、ポロッと龍已先生は克服しているから、アドバイスとか貰うと良いって言っていたんです!」

 

「……そうか。五条が喋っていたのか。まあ五条なら知っているか。何度か領域展開を見せているし領域の修得に付き合っていたからな」

 

「五条悟の領域展開修得に関わってたんですか!?すげー!」

 

「そんなに持て囃すものでもない。それより任務は終わりだ。先に車に居ていいぞ。説明は俺がしてくる」

 

「かしこまり!でっす☆」

 

 

 

 冷や汗をたらりと1つ掻いている反承司は、舌を出してウィンクをしながら可愛らしく敬礼した。困惑の気配が感じられるが、まあ別に良いかと考えて踵を返す。任務を終えたので、その報告をするべく補助監督の鶴川の居るところへ戻るのだ。そのついでに、中に死体を含めた人が居ないかの確認をしていく。まあ、気配で人が居ないのは知っているが。

 

 その後、反承司は車の中で報告書を書いていた。これからも書くことは多いので練習をさせるためである。その間に龍已は鶴川へ口頭による説明を行い、呪術師の死体を回収する手配を頼む。最後に、少年院の関係者に真実を隠した説明を行って解散となった。

 

 今日は初めて反承司と同じ任務に出たので、お疲れ様会のようなものをやるためにオシャレな喫茶店に来ていた。反承司が携帯や雑誌で調べて、行きたいと思っていた場所である。値段もそれなりに高く、1人で来るにはハードルが高いらしい。どこでも良いと言っておいたので、思いきって来たという訳だ。

 

 

 

「んふふ……んーっ!このハニートースト、本当に美味しい!温かいパンの上に冷たいアイス……ふふ、んんーっ!罪深い美味しさ♡」

 

「甘いものが好きなんだな」

 

「えへへ。やはり甘いものは別腹ということわざがあるくらいですからね!まあ、本当は好きなものはお腹いっぱいでも食べられる~みたいな意味なんですけど、この際は何でも良いです!はぁあぁ……おいしい……♡」

 

「美味いなら良かった。好きなものを頼むといい。持ち帰りたいものがあるならそれも構わない」

 

「わー!龍已先生太っ腹っ!それはポイント高いですよ!もう鰻登りで天元突破です!元々好感度カンストですけど!」

 

「そうか」

 

 

 

 対面に座る反承司は、幸せそうに頬を緩ませながら甘いものを満喫している。対して龍已は珈琲を飲んで、彼女を眺めていた。女子高生らしい表情を見せるので、何とも穏やかな雰囲気になる。若いな……と思ってしまうのは歳を重ねた証拠だろうか?まだ20代なので歳を取ったと思いたくはないが、時が経つのは早いものだ。

 

 遠慮しないで頼めと言っていたので、幾つかお持ち帰りするためのものを店員に頼んでいる反承司。本当に甘いものが好きなようで、店内で食べるものもお持ち帰りするものも、大体がその甘いもので構成されていた。苦手ではないが、そこまで甘いもの尽くしだと胃もたれしそうだと内心で思った。

 

 何だか胸元がムカムカしてきたような感覚になってきたので、誤魔化すためにブラックの珈琲を啜る。すると、そんな龍已を見ていた反承司がハニートーストの最後の一口、パンとアイスの乗った部分をフォークで刺して彼に向けて差し出した。数度瞬きをすると、ニッと笑ってどうぞと言う。

 

 

 

「私だけ食べているのもアレかなーって。甘いもの苦手じゃないですよね?龍已先生も食べてください!」

 

「しかし、最後の一口だろう?」

 

「良いんですよ!その他は食べちゃいましたし、他にもケーキとかありますから!ほらほら、アイスが溶けて滴っちゃいますよ!口を開けて!はい、あーん」

 

「……では、貰うとしよう」

 

 

 

 身を乗り出して口を開いて食べる。少しパンが冷めてしまっていたが、それでも美味しさが損なわれてはいなかった。食べさせてもらった時、龍已の首元に掛かっているチェーンが動いて付けられた豪華な指輪が服の外へ出て来た。カチャリと音を出し、反承司の目にも留まった。

 

 一口貰うと椅子に座り直して、出て来たチェーンに繋がった指輪を服の中に戻す。大切なものを扱うように、慎重に。見ているだけで大切なものと解る動きに、反承司はフォークでケーキを切り取りながら眺めていた。何口かケーキを食べると、口を開く。今見た指輪の事を質問するためだ。

 

 

 

「さっきのって指輪ですよね。しかも高そうな。婚約指輪とかですか?」

 

「これは……そうだな。婚約指輪……にもなれなかった大切な指輪だ。世界に1つだけの……俺の宝物だ。このミサンガもな。昔に色々あって、俺の手元に来た贈り物なんだ。いつも肌身離さず持って、忘れないようにしている。手放すと……頭から記憶が薄れているように思えてしまうからな」

 

「……本当に大切なんですね。贈ってくれた人達も、ずっと持ってくれていたなら喜んでくれていると思いますよ」

 

「……そうだといいな。俺は所詮、何かに縋っていなければ生きていけないようなものだ。これらはその象徴。綺麗な意味で持っている訳じゃなく、単なる執着だ。……反承司。仲間は大切なものだ。しかし、出会いがあれば別れもある。ましてやこの業界ではより別れが顕著になる。それを忘れるな。何かを守りたいならば、まずは力をつけろ。そうすれば、絶対ではないが守りたいものを守れるようになるだろう。掬った手の中から溢れさせると、何もかもを呪いたくなるぞ。()()()()()。それだけは覚えておけ」

 

「……はい!」

 

 

 

 腕に巻かれた、黒と琥珀色のミサンガと、首からチェーンで繋いで下げている指輪を擦って何処かを眺める龍已は、酷く儚く哀しそうだった。話し掛けなければ薄くなって消えてしまいそうだ。なのに、異様な存在感を醸し出すのだ。そのアンバランスさが不気味なものを感じさせた。

 

 しかし、反承司は龍已からの言葉に元気良く返事をして笑みを浮かべた。彼を包み込もうとしていた黒い負のものを振り払うが如く、綺麗で温かい笑みだった。勇気づけられたなと、内心で愚痴りながら残った珈琲を飲み干し、お持ち帰りの分が持ってこられ、食べていたケーキも食べ終えたので喫茶店を出た。

 

 ひっそりと鶴川の分も買っていた龍已は、それを渡して車に乗り込む。帰り道の途中はウィンドウショッピング等に付き合ったりして時間を使い、高専に着くのは陽が落ちてからだった。荷物を代わりに持って女子寮の前まで送っていた龍已は、次の日遅刻しないようにとだけ行って反承司に背を向けた。そんな彼へ、言葉を贈る。

 

 

 

「龍已先生」

 

「……?どうした」

 

「先生は執着って言ってましたけど、私はそうは思いません。ミサンガと指輪を撫でる時の龍已先生は哀しそうで消えそうだったけど、愛おしそうでもありましたから。だから、それは執着じゃなくて……もっと別の美しいものだと思います。一概に全てがとは言えないけど、愛とか恋ってそういうものでしょう?」

 

「……………………。」

 

「龍已先生はその人達のことを愛しているのと同じように、その人達も龍已先生のこと愛していたと思います。きっと。じゃなきゃ、そんな素敵なもの贈りませんよ!」

 

「……確かにそうだな」

 

「ふふっ。龍已先生はですね、龍已先生が思っている以上に皆から好かれているんですから、自信持ってください。それは、私が全身全霊を以て保証させてもらいます!あ、もちろん私も龍已先生大好きですよ!推しの推しの大推しなので!えへへ。おやすみなさーい!龍已せんせーっ!」

 

「……おやすみ」

 

 

 

 龍已から渡されたスイーツが入った袋を片手に持ち、もう片方の手をブンブン振って挨拶をする反承司。良い子だな……と感じながら、手を振り返した。執着ではなく、もっと綺麗なもの。自分にはそれを何て言うのか少し解らないが、少しずつ考えていこうと思う。

 

 それに、別に無理して言葉を思い付く必要なんてないのだ。感じていて、大切だと思えるならばそれで良い。他の者達では解らない、龍已だけのもの。それが、あの2人との繋がれない繋がりなのだから。何だか肩が軽くなった気がして、上を見上げる。夜空に光る星々の天上。

 

 

 

 

 

 暫く星空を眺めた龍已は、クロから渡された黒いローブを身に纏って暗闇に消えた。ありがとう。そんな言葉がその場で呟かれたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、センパイ?今日秤が呪術師の素質がある子見つけてさー。近々入学させるから。名前は星綺羅羅(ほしきらら)ってーの。覚えておいてねー。……ん?領域展開のこと秤と反承司に教えたか?()()()()?今は術式反転のことを詳しく教えてるからね!質問はそれだけ?そんじゃまた明日ねー!お疲れサマンサー!」

 

 

 

 

 

 







反承司零奈

推しの龍已との合同任務をこぎつける為に、学長を脅した。これでダメなら本当に校舎を粉々にして本気度を示すつもりだった。

呪術師としての階級は2級。昔、龍已が入学するときと同じ。高い身体能力と状況の判断力。持ちうる呪力量と術式から、入学時から2級呪術師の天才。

見た目も強さも良いのだが、龍已とその他で分けている節があり、その他はどうでも良いと考える思考がある。故に龍已と話す際は元気だが、他の者と話すと途端に冷たくなる。

甘いものが好き。ハニートーストを龍已に食べさせて、その後ケーキを食べている途中で「これ関節キスじゃね!?畏れ多いぃ……」と呟いていた。




黒圓龍已

学長である夜蛾に校舎と天秤に掛けられ、呆気なく売られた。まあ任務に同行するだけなので構わないとは思っている。しかし突然決めるのはやめて欲しい。

領域展開後の術式使用不可を、何度も何度も領域展開をする事で体に慣れさせるというクソゴリ押し戦法で克服した。流石に克服までは2ヶ月掛かった。

反承司は良い生徒だと思っている反面、何だか解らないが、不思議なものを感じている。それが何かは解らないが、喉に引っ掛かっている。




星綺羅羅(ほしきらら)

少し遅れて秤金次と反承司零奈の同級生となる生徒。

そして申し訳ありません。星綺羅羅が秤金次と同級生というか、同じ高専の生徒だというのを見逃していました。遅れての名前だけ登場になってしまいましたが、お許しください。

本当に分からなかったんです。いや、見逃しですけど……。



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第四十話  0へ至る



最高評価をして下さった、ジョン・アンフィリー 青い蝉 ポロロッカ船長 紅識 Namu君 混ぜるな危険 GUMI751 さん。

高評価をして下さった、feruzen じゃがいも  カキた 田人村民 さんの皆さん。ありがとうございます。




 

 

 

 

 

「夜蛾学長。用とは何ですか」

 

「突然すまない。だが龍已、コレを見てくれ。お前にはどう見える」

 

 

 

「……すごく……パンダです」

 

 

 

「よぉ。俺はパンダ。よろしく頼む」

 

「喋っ……た………?呪いの気配は呪骸そのもの。しかしコミュニケーションを可能とし、自意識が存在する……?そんなことが可能なのか……?」

 

「俺の最高傑作、突然変異呪骸だ」

 

 

 

 朝早くについてくるように言われ、素直に夜蛾の後を追う龍已が見たもの。それは……パンダだった。背丈は高く、図体も大きい。身長が180センチはある龍已が上から見られる程の大きさをしている。それに何より、喋るのだ。

 

 呪骸。人形に呪いを込めて動かす、動く人形。しかしパンダは呪術高専東京校の学長であり、傀儡呪術学の第一人者である夜蛾正道の最高傑作の突然変異呪骸である。故に意識も存在していて意思疎通も熟せる。呪骸であるから戦闘すらも行うことが出来るのだ。

 

 朝から何てものを見せられているんだと思うのも仕方ない。パンダにしか見えないのに、実際にパンダなのだ。それも、夜蛾はこのパンダを高専に正式に入学させるつもりらしい。では秤や反承司、最近転入した星綺羅羅と同級生にさせるのかと思ったが、そうではなく来年に入学させるようだ。

 

 

 

「なるほど……しかし来年の新入生は日下部さんが担当することになっているとのことですが、何故俺にパンダを見せたんですか」

 

「知っておいてもらおうと思ってな」

 

「……それだけですか?」

 

「あぁ」

 

「……………………。」

 

「おいおい。そんな目で俺を見んなよ。コエーよ」

 

 

 

 てっきり体術でも教えてくれと言われるのかと思われたが、どうやら違うらしい。というか、体術は夜蛾が教えているとのこと。つまり、本当にお披露目をしただけのようだ。確かに驚いたが、もう少し何かあってもいいと思う。まあ、授業が控えているので今何かするのは無理だが。

 

 取り敢えず龍已はこの日、世界には喋るパンダが居ることを知った。もちろん、突然変異呪骸であることは承知しているものとする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おーし、ボコボコにしてやるから適当に掛かってこい。サボりたいならサボってろ。俺もサボる」

 

「……伏黒甚爾生きてるし」

 

「あ?俺がいつ死んだンだよ」

 

「別に。こっちの話。てか、勝手に私の独り言を拾わないでくれない?」

 

「何だコイツ」

 

 

 

 任務やらの重なりで体術の時間は意外にも今日が初めての反承司は、何となく居るのではと思っていた人物が居ることに微妙な顔をした。残念ながら、秤金次と星綺羅羅は任務で抜けている。今日は珍しく任務が無い日なので1日高専の反承司。今の時間は体術の時間であり、担当は非常勤講師の伏黒甚爾だった。

 

 体に張り付くくらいのインナーに適当なズボンを履いて、面倒くさそうに立っている甚爾は、新入生であり初めて体術の授業に出た反承司の事を観察していた。長年対人をしていた経験から対峙する者の力量は把握できる。それに、甚爾はその見た目からは想像出来ない緻密な計画を組み立てる。満を持して行動に移すタイプだ。

 

 非常勤講師と言えども、相手をするならば情報を揃えるのは最早癖だ。その結果、甚爾は反承司の強さをガキに毛が生えた程度というランクに設定した。普通に最低である。なまじ最上位のフィジカルギフテッドを持っているだけあって、体術に関してはどこまで上からであるし、煽る。猿にも負けるのかと。弱っ……と。普通に腹立つ。

 

 生きていることに驚いている反承司には首を傾げるが、まあそんなことはどうでもいい。適当に転がして泥だらけにすれば金が手に入るのだ。楽勝な仕事である。反承司がサボるならば、当然サボる。高専から帰ってパチンコに洒落込むつもりだ。つもり……だったのだが、構えを取る反承司に溜め息をした。やる気らしかった。

 

 

 

「フィジカルゴリラを叩きのめして龍已先生に褒めてもらう……ッ!!」

 

「あぁ?なんでアイツなんだよ。……まァ興味ねーが。やるっつーならボコボコにしてやるよ」

 

 

 

 やる目的は唯一つ。フィジカルに於いての最上位天与呪縛を持った伏黒甚爾を負かして龍已に褒めてもらうことだった。その為ならば禪院家に生まれて猿と蔑まれた怪物をも相手にする。体術の授業なので呪力による肉体強化は無しであり、当然術式の使用も禁じられている。

 

 身体能力の技術を使った勝負。反承司は対峙する完全にやる気のない立ち姿をした甚爾にごくりと生唾を飲んだ。猿と蔑まれようが、実力は呪力を持たない多くの存在の中で間違いなく最強。やる気がなさそうに見えても、内にあるのは単純な暴力だ。しかも子供だからと容赦はしない。

 

 戦う動機は完全に不純だが、勝つつもりでやる腹積もりだ。例えそれが伏黒甚爾との戦闘であっても。反承司は冷や汗を1つ流しながら強く足を踏み込み、駆け出そうとした瞬間、顔の横を咄嗟に腕で防御した。しかし防御した腕は意味を為さず、ボールのように弾き飛ばされて土の上を転がっていった。2転、3転とバウンドをして地面に手を付いて跳ね上がり、足から着地する。

 

 俯いた顔を上げると、防御した腕が当たって顔に打撃を受けたような跡があり、口の端から血を流していた。弾き飛ばされる前に自身が居た場所を睨み付けるように見れば、片脚を持ち上げて静止している甚爾が居た。片眉を上げて、へぇ……と傷がある口元を歪ませる。

 

 

 

「まだ意識あんのか。大体のガキはこれで医務室送りなんだがなァ」

 

「……っ。本気で蹴ってないだろ。舐めるなよ」

 

「舐めてンのはオマエだろ。俺が本気で蹴っ飛ばしたら今頃オマエの頭はただのボールだぞ。それくらい自分でも解ってンだろ」

 

「……チッ」

 

「まァいいか。おら来いよ。次はオマエが当ててみろ。当てられンならな」

 

「舐めやがってフィジカルゴリラめ……ッ!!」

 

 

 

 口の端から流れる血を乱雑に拭い、次こそはと駆け出した。甚爾はあくまでも待ちの姿勢を崩さない。どこまでも余裕の表情であり態度だ。しかしそれが赦されるだけの力を持っているのは事実だ。現に、怒濤の攻撃の連打の中、甚爾は胸の前で腕を組んだ状態のまま避け続けている。

 

 攻撃が当たらない。殴打も手刀も掌底も蹴りも何もかもが当たらない。掠りすらしないのだ。攻撃を繰り出す反承司の事は見ている。類い稀なる動体視力で攻撃をする瞬間に何を出してくるのか、どこを狙ってくるのかを確認し、恐ろしい反射神経と瞬発力を使って避けていくのだ。つまり、彼は見てから避けている。それも余裕を持って。

 

 気持ちで負けないために強気でいたが、正直な気持ちを言うならば勝てるわけがない。呪力を使えばまた違ってくるのだろうが、使えば完全に負けを認める事になる。それは嫌だ。どうにかこの男に土を付けてやりたい。そんな思いが胸を燻り、歯をぎしりと鳴らす。絶対に一矢報いてやる。そう決意したのに、現実はそう簡単にはいかない。

 

 3分は避けに徹していた甚爾が反撃をしてきた。顔面を狙った拳を大きく跳躍しながら避けた。それも反承司の上を通って背後に着地する形で。振り向き様に回し蹴りを叩き込んでやろうと思ったが、それよりも甚爾の中段蹴りの方が遙かに速い。両腕で防御をしたのは良かったが、後方へ足が滑って獣道を作った。

 

 防御した腕が痺れて感覚が無い。無理に受け止めた所為なのか腕が持ち上がらず肩から垂れ下がるだけ。3分全力攻撃をしていた事もあって息は絶え絶えだ。肩で息して脇腹が痛くなってきた。つい体に力が入らなくなってずさりと膝を付いてしまう。ここまでくると立ち上がるのは非常に困難だ。意思とは逆に体が言うことを聞いてくれない。

 

 

 

「打たれ弱いなオマエ。2発しか入れてねーのに。なまじ身体能力が高ェから今まではどうにかなってたンだろ。呪力で強化すれば今より派手に長時間動けるからな。龍已から聞いてるぜ。呪力での肉体強化はかなり上手いンだってな。それが逆に仇になった訳だ。生身だと弱いぞ、オマエ」

 

「……っ」

 

「センスはあるが、それだけに勿体ねェな。呪術師で呪力も術式もあるから素の肉体はある程度の強さで満足してンだろ。その程度の認識なら卒業までに死ぬぞ。秒読みだ」

 

「……うっさい。まだ終わりじゃない……ッ!!持久力が無くて、呪力による強化に頼ってたのは認める。けど、だからって弱いとは言わせない……ッ!!私は強い……ッ!!強くないといけないんだ……ッ!!」

 

「あぁ?訳が分かんねーが、取り敢えず呪力に頼らず肉体の強化でもするこったな。今のオマエじゃ話にならねェ。授業は終わりだ。家入の奴のとこ行って来い。それじゃ体術もクソもねぇだろ。その間に俺はパチ──────」

 

 

 

「──────非常勤講師の伏黒甚爾先生?授業を放って何処へ行くと?」

 

 

 

「ゲッ……」

 

「龍已先生……」

 

 

 

 甚爾の背後から不穏な声色で声を掛けてきたのは龍已だった。今日は任務が立て続けに入っていたので朝から不在だった。しかしそこは流石は特級呪術師だろう。午前中に全ての任務を終わらせて高専に帰ってきた。午後から一般教養の授業があるからという理由で。自習が消えた瞬間である。

 

 だがそんなことよりも、甚爾は苦々しい表情を浮かべる。聞かれたら普通にマズいことを言って、聞かれたら絶対面倒くさい龍已の耳に入ったのだから。早足で近づいてきた彼は、甚爾の肩に手を置いた。万力が逃げ出す力でギリギリと肩を掴む。肉を引き千切るつもりかとぼやきながら、柔軟性を活かしてスルリと抜け出した。

 

 少し距離を取る為に跳躍した甚爾は、掴まれた肩をぐるりと回した。本気で肉を引き千切られるくらいの握力で掴まれたので、異常がないか確認しているのだ。対して龍已は、膝を付いている反承司をチラリと見た後、溜め息を溢した。やり過ぎには注意しろと日頃言っているのに、毎回同じ光景を見せられているのだ。溜め息ぐらいつく。

 

 

 

「加減を知らんのか」

 

「加減してるだろ。普通に生きてるじゃねーか」

 

「どこの世界に体術で生徒を殺す講師が居るんだ」

 

「だから手加減してるっての」

 

「痛めつけ過ぎるなと言っている」

 

「メンドクセー。弱いのが悪ィンだからいいだろ。ケチくせーこと言うなよ。良い台教えてやっから」

 

「賭け事万年敗北者が何を言うかと思えば……」

 

「あ゙?」

 

「なんだ?違うとでも?」

 

 

 

 なんだか雲行きが怪しくなってきた。額が当たるのではないかというくらい近づいて(龍已は無表情だが)睨み合っている両者。片や授業をほっぽってパチンコに行こうとしたことを責めており、片や万年ギャンブルで負け続けている事実を指摘されて怒りを露わにしている。

 

 辺りの風景が火山の噴火口にも見える。バチバチと怒気がぶつかり合っている。両者の放つ気配が尋常じゃない。まるで重力の倍率を上昇させているかのように体が重くなる。自身に向けられている訳でもないのに、反承司は感じ取る気配だけで息が苦しくなってきた。決して息切れなんてものではない。単純な恐怖だ。

 

 彼等は本気で怒っている訳ではない。彼等からしてみればお遊びも良いところ。しかし、他の者にとっては怪物同士の殺し合い1秒前にしか感じられないのだ。生物としての次元が明らかに違う。逸脱している。人間の域を越えている。どちらかが手を出せば、東京が掻き消えるのではと思えてしまう恐怖の領域は、はぁ……という両者の溜め息で霧散した。

 

 膝を付きながらポカンとしている反承司を置いて、睨み合っていた甚爾と龍已は離れた。仕方ない奴だと言わんばかりの溜め息に、考えていることは同じなのか?と思う。そしてやはり2人が戦うと被害が発生することを自覚しているからやめたのかは解らないが、彼等の戦闘は無いらしい。無いなら無いに越したことはない。

 

 

 

「──────パチンコぐらいさせろケチくせェ」

 

「──────何故お前はすぐサボろうとする」

 

 

 

「キャ────────────ッ!?」

 

 

 

 不穏な雰囲気が霧散したと思いきや、目にも留まらぬ速度で動いた2人が脚を振り上げた。回し蹴りが交差し、衝撃を撒き散らしながら地面の広範囲に罅を入れた。単なる蹴りとは到底言えない一撃に、反承司は顔を腕で守って悲鳴を上げた。怪物同士の一手は周りにも影響を及ぼすようだ。

 

 どちらも呪力を使っていない。甚爾は天与呪縛により使えないのは解っているが、呪力が無い変わりに超人の肉体を得た甚爾と正面から、それも呪力無しで渡り合っているのが龍已だった。振り上げられて交差した脚がギリギリと拮抗している。体を支える足から更に地面が砕けていき、瞬きをした瞬間には2人の姿は掻き消えていた。

 

 残像を生み出しながら、拳を交えている。反承司からしてみれば瞬間移動しながら肉弾戦をしているようにしか見えない。現れては一方が攻撃して一方が防ぐ。また消えて現れて……それを何度も繰り返してグラウンドを罅だらけにしていた。人が出せるのかと疑問に思う速度。その中で殴り合いをしていた。

 

 しかし怪物同士の戦いは長くは続かなかった。何度目かの衝突を続けた後、一際大きな衝突音と地面の罅が生まれた。音がしたのは反承司の背後。疲れた体を反転させて音がした方に目を向けると、龍已と甚爾の姿を確認した。甚爾が龍已にコブラツイストを決められているという状態で。

 

 

 

「バッカ……オマエッ!!痛ェだろうが……ッ!!」

 

「完璧に決めたからな。そもそもこれは非常勤とはいえ講師の仕事を放ってパチンコに行こうとしたアホへの罰だ」

 

「クッソ……マジで外れねェッ!!」

 

「誰が逃がすか。本気でパチンコに行こうとしていたからな。このまま肋を3本へし折ってやる」

 

「は?おま……っ!!──────ッ!?わかった……ッ!行かねぇから本気で折ろうとすンじゃねぇッ!!」

 

「行かないんだな?」

 

「行かねェよッ!!」

 

「……よし」

 

「ッ……あ゙ー……痛ェな」

 

 

 

 甚爾は本気で焦った。冗談で言っているのかと思ったら、声のトーンと気配から本気だと察した。というか力を尚更込められたので肋骨が悲鳴を上げ、これ以上は真っ二つに折れると思い降参したのだ。龍已はやると言ったら割とマジでやる男である。言っても聞かない奴ならば尚のことだ。

 

 肋骨を実際にへし折って残りの体術の授業に支障が出るかも知れないが、安心して良い。龍已のガールフレンドは呪術界で珍しいヒーラーなのだ。すぐに治してくれる。ただし折れるときの痛みは全く変わらない。ちなみに、罰なので肋骨が折れた後もコブラツイストは継続するつもりだった。

 

 折れる寸前までいった骨を労るように軽いストレッチをする甚爾と、最初からパチンコに行こうとするんじゃない、と小言を言いながら溜め息を吐く龍已。その2人のことを、反承司は何とも言えない顔で眺めていた。いや、動きが全く見えなかったんだが?てか、呪力無しで伏黒甚爾と殴り合って最後はコブラツイスト掛けるのヤバくね?という思いだった。

 

 

 

「立てるか、反承司」

 

「あ……龍已先生……。すみません、ちょっと疲れて……」

 

「ふむ……ほら、乗るといい」

 

「……えっ」

 

「午後にも体術が入っていただろう。不調に成り得る怪我は硝子に治してもらえ」

 

 

 

 膝を付いてその場で待機していた反承司は、自身の前に同じく膝を付いて背を向ける龍已に瞠目した。グラウンドの土で服が汚れてしまうからとか、帰ってきたばかりなのにそんなことさせられないからとか、女の子として体重を何となく知られるのは……みたいなお考えが過るのだが、それよりも前に全力疾走して出て来たのは──────推しのおんぶだった。

 

 心臓がヤバイ。どの世界に推しにおんぶしてもらえる女が居るのか。テレビの向こうにしか居ないアイドルグループの推しが目の前に居て、言葉を交わして握手をする事が奇跡に等しいというのに、事もあろうにおんぶだと?ふざけないで欲しい。私の心臓を破裂させるつもりか?それに畏れ多くて脚が動かんわ!

 

 

 

「オイ龍已。ソイツほっときゃすぐに動けンぞ。脚には攻撃なんざ入れてねーからな。今は単純な体力切れだろ。傷も擦り傷だ」

 

「あぁ、そうか。なら俺が運ぶまでも──────」

 

「ゴホッゴホッ!!あれッ!?なんか、なんか苦しいなぁッ!?もしかしたらフィジカルゴリラの所為で内臓にダメージあるかも!?なので龍已先生失礼ですけど私のこと連れて行ってくださいね優しくゆっくり重さは量らないでお願いします!」

 

「……?まあ、校舎の方へどちらにせよ向かうから構わないが。それと甚爾。俺と反承司が居なくなったからといってパチンコに行くなよ。もし居なかったら両脚の骨をへし折るぞ」

 

「へーへー。分かったからさっさと行けよ」

 

「あわわわわわわわわわわ……推しにおんぶしてもらってる……ッ!!」

 

 

 

 本当はパチンコに行きたかったが、行くと本当に脚の骨を折られるのでつまらなそうにベンチに横になる。次に体術の授業がある生徒が来るまで昼寝をするようだ。頭の下に手を差し込んで仰向けに寝そべりながら脚を組む体勢は、まさしく寝の体勢である。そんな傍ら、反承司は龍已の背中に乗った。

 

 危なく自力で医務室まで行けと言われてしまうところだった。そんなことをされるくらいならば飛び付く。親にされて以来のおんぶは少し恥ずかしい。だが、鍛え抜かれた肉体から発せられる温かい体温は安心感を齎す。心臓がバクバク鳴っていてバレてないか怖いが、安心感を求めるように首に両腕を回してしっかりと抱き付いた。

 

 傍に寄れば、良い匂いがする。温かさと匂いで眠ってしまいそうだ。尚更体から力が抜けて寄り掛かる。その際、歳の割には発達した反承司の大きな胸が背中に当てられて形を変えるが、龍已はそんなことを気にする様子は無かった。もういい大人なのでその程度では狼狽えたりしない。

 

 人一人を抱えながら階段を苦もなく上り、傾斜も関係無く、医務室に向かって歩いていく。昔自身もお世話になった校舎なだけあって医務室までの道なんて目を瞑ってもなぞれる。脚が長く歩幅が大きいので、何か無ければ大抵家入が居る医務室に到着した。器用にドアを開けて中に入ると、薬品のアルコールで独特な匂いを感じる。

 

 医務室の主である家入は椅子に座って資料を読んでいた。ドアが開いたので顔を向け、龍已と背負われている反承司を見ると資料を机に置いて立ち上がった。カーテンが付いている医務室のベッドの方へ行くので、言葉を掛け合わずに同じ場所へ向かう。背中に背負った反承司を整えられた清潔なベッドの上に降ろせば、眠っていた。寝息が聞こえていたのは背負っていて知っていたが、良くこの短時間で眠れたなと、色々な意味で感心した。

 

 

 

「んー、打撲と擦り傷かな。この時間だと伏黒さんの体術の時間か?」

 

「あぁ。少しは粘れたようだが、体力が持たずに立ち上がれなくなっていたところを背負ってきた。甚爾は手加減をしているとのことだったから内臓にダメージは無いと思うが、一応診ておいてくれないか」

 

「いいよ。大した手間じゃないし」

 

「ありがとう」

 

「いーえ」

 

 

 

 机から聴診器を手に取って耳に付け、体内の音を聞いていく。心臓に異常は無く、聴診器を首に掛けて今度は触診していった。触った限り何もなっていない。まあ大丈夫だろうなと判断して消毒用の傷薬と絆創膏や包帯などを取りに行って、手慣れた様子で治療した。結び目も完璧で、手早い。流石は高専のヒーラーである。

 

 大した傷は無さそうだと察すると、龍已はその場を後にしてマグカップを2つ棚から出した。家入の為にと先日購入したコーヒーメーカー(約10万円)を使って2人分の珈琲を淹れた。出来上がったのを持ってくる頃には、家入は反承司が医務室を利用したという報告書を作っている。

 

 机にカップを置くと、ありがとうと言われるので、どういたしましてと静かに返した。この前のように適当な椅子を持ってきて座る。少し静かな医務室に時計の針が進む音と、報告書にペンを走らせる音だけが存在する。暫く龍已はジッとして、書き込みが終わったようで椅子の背もたれに体を預けて伸びをする家入を見て、珈琲を啜った。

 

 

 

「んーッ……はぁ。そういえば、今日()()は?」

 

「……特に無いな」

 

「なら帰りは早めか……私も急患が無ければ早く帰れるから、夕飯は一緒に作るか?」

 

「いいぞ。何が食べたい?材料が冷蔵庫に無さそうだったら帰りに買っていく」

 

「そうだな……この前作ってくれた鶏肉のトマトソース煮が美味かったから、あれをまた食べたいな」

 

「肉はモモでいいか?」

 

「いいよ。今日はジューシーなのが食べたい気分だしな、私も龍已も」

 

「良く解ったな」

 

「長年一緒に居るから、このくらいはな」

 

「それは嬉しいな。……トマトが1つくらいしか余ってなかった筈だ。帰りに買って行くから硝子は先に帰っていいぞ」

 

「そうだな……それならやっぱり、私も一緒に買いに行くから待っていてくれないか?」

 

「わかった」

 

 

 

 ──────やっべぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!?目を覚ましたら平和でほわほわな会話がカーテンの向こうから聞こえてくるぅッ!?えっ、どうしよう心臓が痛い。あれっ……コレが……尊い?(正解)。あ゙ぁ゙……この2人可愛い。匂いからして珈琲飲みながら晩ご飯のこと決めて、しかも買い物一緒に行く姿想像したらTDLできちゃうぅ(?)。まったく……推しは最高だぜ……。縛ってでも一生推します。

 

 

 

 起きていた。既に反承司は起きていた。そして聞いていた。クソと万年言われる呪術界で広げられる平和な会話を。龍已の体温に当てられてちょっとウトウトしてしまい、眠ってしまっただけなので直ぐに目を覚ました。それ故に聞こえてくる会話は、反承司の心臓にダメージを与えた。瀕死である。

 

 息を潜めて気配を限界まで消す。この他にも平和な会話をするならば、是非とも聞きたい。どちらも20代の中盤で、青春という言葉はもう過ぎた歳なのだが、もう聞いているだけでニヤニヤしてしまう。必死に気配を消している反承司は、ニヤニヤする表情を引き締めることできず、そのまま耳を澄ましていた。

 

 だが、まだ未熟な反承司の気配の断ち切りなんぞ龍已に通用する訳もなく、閉じられていたカーテンがシャッとスライドされて開かれた。急いで目を閉じるが、遅かった。バッチリ龍已の琥珀色の瞳と視線が合った。狸寝入りしても意味は無いだろう。

 

 

 

「起きたか、反承司」

 

「なんだ起きてたのか。どうだ?調子は。と言っても反転術式じゃなくて消毒して絆創膏やらガーゼを貼っただけだが」

 

「え、えへへ……バレてましたか。傷は大丈夫です。ありがとうございます!」

 

「いいよ。何かあったら来な。私がいつでも診てやるから」

 

「……おっぱいのついたイケメン……」

 

「はは。なんだそれ」

 

 

 

 薄く微笑みながらサラッと言われたので、反承司はおぉ……と感動しながら良く解らないことを口走った。言われた側の家入は面白そうに笑う。ベッドから体を起こして2人を眺めると、同時に首を傾げた。そのシンクロが面白くて、微笑ましくて笑みを浮かべる。見れば見るほどお似合いだと感じるし、普通に尊い。

 

 起きた反承司の為に、龍已は椅子から立ち上がって珈琲を淹れに行った。その間に彼女は家入と2人になる。何だかんだ傷を負うことがなかったので、今日初めて医務室を使った。勉強や任務で忙しく廊下で家入とばったり会うこともない。なのでこれが初対面と言っても過言ではなかった。

 

 話題でも振ろうとして、起き抜けの頭を回しているからか目が泳いでいる反承司をクスリと笑い、家入は脚を組み直して口を開いた。

 

 

 

「反承司は龍已のことを推しって言って慕ってるんだろ?何がきっかけなんだ?気になってたんだ」

 

「えっ、あっ……その、龍已先生って強いしカッコイイし、優しいんです。でも、優しいだけじゃなくて()()()部分もあって……えーっと、何て言えば良いんだろ……推しすぎて推し以外に言葉が見つからない……」

 

「ふはっ、そこまでか。まぁ要するに、反承司は龍已のことが好きなんだろ?」

 

「もちろん大好きです!推しですもん!けど、家入さんは良いんですか?彼女なのに彼氏のことが好きだーって言う人が居て。不安になりません?」

 

「うん?ならないな。龍已が好かれているなら私も鼻が高いよ。それに取られるとも思わないな。今更、外野からどーのこーの言われて崩れる脆い関係じゃないし。互いに想っていることは同じだから尚更な。だから別に私のことは気にしなくていいぞ」

 

「……大人ぁ……でも、大丈夫ですよ。私は確かに龍已先生マジで大好きですけど、恋愛関係になりたいとかじゃないんで。ほら、アイドルのファンみたいな。私はあんな連中程度の浅い想いじゃないですけど!」

 

「ふーん?そうなんだ。まぁ、なんとなく解ってたけど」

 

 

 

 反承司の言葉に納得する家入。何となくだが、そうなんじゃないかという思いはあったのだ。今回はそれを確かめてみようかなと思っただけだ。仮に恋愛的な意味で龍已を好きなんだとしても、牽制等するつもりはなかった。その程度で壊れる関係ではないし、龍已が自身から相手の方へ傾くような性格でもないと知っているからだ。

 

 互いに絶大な信頼を置いて想い合っているからこその関係。彼氏と彼女というよりも長年寄り添い続けた熟年夫婦のようだ。反承司はそんな彼等の関係も好きなのだ。壊したくないし、壊れてほしくない。眺めているだけで幸せな気持ちになれるのだ。そんな彼女が、2人の関係を態々壊すようなことをしようとする訳がなかった。

 

 

 

「話が弾んでいるようだな」

 

「家入さんが良い人だから、ついつい楽しくなっちゃって!」

 

「そうか?まぁ悪い気はしないな」

 

「楽しそうで何よりだ」

 

「龍已先生も一緒にお喋りしましょ!あと、珈琲ありがとうございます!」

 

「ふむ……少しだけだぞ。授業があるんだ」

 

「はーい!」

 

 

 

 淹れてきた珈琲の入ったカップを手渡し、椅子に座る龍已。反承司は時間の許すだけ2人と話をした。女の子なのでオシャレをするのが好きだったり、家入に化粧の仕方を教えてもらったり、龍已が好きな食べ物を聞いたりと、待ったりとしたお喋りを3人で興じた。授業があるのでそこまで多くは語れなかったが、反承司はとてもたのしそうだった。

 

 元気だなぁ……と、よく話す反承司を眺めて龍已と家入は微笑ましそうにしていた。呪いが渦巻く業界に身を浸しているとは思えない、何て事のないお昼頃の話だ。3人が珈琲を飲み終わると、ちょうど良く時間がきたので医務室で解散した。午後からも体術の授業がある反承司は、今なら甚爾に1発当てられる気がするほど、リラックスできたのだった。

 

 

 

 

 

 ちなみに、体術の授業では結局拳1発を当てるどころか、転がされて泥だらけにされた反承司だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────翌年。

 

 

 

「なぁ……?俺がどんな気持ちだったか分かるか?俺はオマエが登校してくるのを心待ちにしてたんだよぉ……。だからさぁ……なぁ?めちゃくちゃに殴らせてくれよぉ……ッ!!もう我慢できねぇよぉッ!!」

 

「──────ッ!!だ、ダメだ……出て来ちゃダメだ()()()()()ッ!!」

 

「リカぁ?」

 

 

 

 

 

 ゆ゙うだを゙ぉ……いじめるな゙あ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ぁ゙ッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記録──────2016年11月。同級生による執拗な嫌がらせが誘因となり、首謀者含む4名の男子生徒が重傷を負う。

 

 

 

 呪術規定に則り、特級被呪者乙骨憂太(おっこつゆうた)を完全秘匿での死刑に処するものとする。しかし、特級呪術師である五条悟の言により、身柄を東京都立呪術高等専門学校で預かるものとする。

 

 

 

 

 

 秘匿死刑は“保留”。ただし、乙骨憂太及び、特級過呪怨霊“祈本里香(おりもとりか)”が一般人を呪った場合、秘匿死刑は速やかに行われるものとし、秘匿死刑の“保留”を申し出た五条悟にも相応の罪を与え、後に罰を与えるものとする。

 

 

 

 

 

 







パンダ

パンダ。




反承司零奈

ピチピチの女子高生なので体重だって気にします。推しにはあんまり知られたくない。重いって言われたり思われてるだけで自殺する。大丈夫。その胸の大きさなら体重は気にならない(セクハラ)。

伏黒甚爾の身体能力のお化け具合に苦虫を潰し、龍已との()()喧嘩の風景を目撃して嘘だろ……ってなった。どんだけフィジカルお化けやねん。推し最高。

龍已と恋愛関係になりたいのではなく、死ぬほど推しなだけ。大好きなのは黒圓龍已。好きなのは家入硝子。それ以外はその他という括り。




伏黒甚爾

隙あらばサボろうとする。んでお馬さん見に行ったり、金属の球カラカラしに行きボコカスに負けてくる。夜の仕事も追加されてお小遣いは多いはずなのに次の日には吹っ飛ばす。アホなんか。

体術の授業は基本的に彼がやっており、初見の生徒は99.8%の確率で医務室送りにする。2度目、3度目からは少しずつ改善点を挙げていき、ボコる。ちゃんと教えないと黒い死神がプロレス技をやりに来るため。

最近息子が(元からだけど)超反抗的で、体術教えて(ボコボコにして)やってんのに殺意に満ちた目を向けてくる。だが1本も取られた事は無い。




黒圓(こくえん) 龍已(りゅうや)

最近になって名前を間違えて覚えられていることが判明。念の為にルビを振っておくので覚えてあげて下さい。覚えなかったら領域展開です。

反承司のあることを胸の内に秘めて観察している。

伏黒甚爾が授業をサボるのは知っていたので、お灸を据えてやろうと思って骨をへし折ろうとする特級呪術師。反省の色が無いなら取り敢えず取っ捕まえて骨を何本かへし折るつもり。




家入硝子

なに、お前龍已が好きなの?へー、好きにすれば?振り向いてもらえるといいね。

……を素で言う。ポッと出の奴なんかに取られるとは微塵も考えていない。それだけの関係を築いている。なのでどこまでも余裕。けど事情は聞く。

最近でキュンとしたのは、徹夜するくらいの仕事が舞い込んで参っていた時、龍已の武器庫呪霊のクロがやって来て、手紙を渡してくれたこと。内容は『一緒にやるからもう少し頑張ろう』というもの。その後控えていた龍已が現れて手伝ってくれた。

帰ったらマッサージをしてもらい、ご飯を用意され、眠るまで抱き締めてくれたので隈が秒で消えた。



ところで、教師の龍已はいつ()()()ところを生徒に見せたんだ?




乙骨憂太(おっこつゆうた)

特級被呪者。ある事件により特級過呪怨霊“祈本里香”に憑かれている。自分の意思とは関係無く相手を呪おうとするため、常に他人を傷つけないか怯えている。




特級過呪怨霊“祈本里香(おりもとりか)

ある事件から乙骨憂太に憑いている特級相当の呪霊。非常に強力な力を持っており、憑いている乙骨に何かがあると勝手に顕現して暴れる。





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第四十一話  身を潜める死神



最高評価をしてくださった、アラマキさん 

高評価をしてくださった、Joan ラムネ123 さん、ありがとうございます。


連休だったので、あげられる時にあげてしまおうと思いまして。

内容うっす!?と思われたら申し訳ありません。エピソード0の大まかな説明などを入れていたら長くなってしまいました。





 

 

 

 

 

「──────これは何かな?乙骨憂太君」

 

「ナイフ……だったものです……。死のうとしました……でも里香ちゃんに邪魔されました」

 

「暗いねー!今日から新しい学校だよ?もっとテンション上げていこうぜー!」

 

「……行きません。もう誰も傷つけたくありません。なのでもう……外には出ません」

 

「でも──────1人は寂しいよ?」

 

「……っ」

 

 

 

 札が所狭しと貼られた部屋にて、椅子に膝を抱えながら座っている少年と五条が居た。彼の名前は乙骨憂太。ある事情から呪霊に憑かれている一般人だった少年である。危険視した上層部が秘匿死刑に処そうとしたが、五条の言葉により秘匿死刑を“保留”にし、東京の高専で身柄を預かっているのだ。

 

 そして今日は、乙骨が呪いというものを学んでいくために高専に通う、第一日目である。しかし彼は行きたくなかった。気弱な性格が災いしたのか、元の学校で執拗な虐めを受けていた。しかしそれに反応した彼に憑いている特級過呪怨霊“祈本里香”が、虐めてきた男子生徒4名を()()()()()()()()()()

 

 自分の意思とは関係無かった。確かに虐めは悲しくて嫌だったが、ロッカーに詰めようとは考えていない。反撃すらできない臆病さが、降り掛かる虐めに拍車を掛けた。虐めてきた相手にざまぁみろとは言えない。罪悪感しか感じないのだ。人を殴ったことすら無い彼にとって、自分の所為で他者が傷つくのは酷く嫌なのだ。

 

 だから自殺しようとした。ナイフを自身に突き刺そうとした。しかし祈本里香がそれを阻んだ。ナイフの先は捻られていた。切ることすら出来ないくらい徹底的に。故に乙骨は自殺を諦めて何もしなかった。死を受け入れるつもりだった。でも五条に説得された。その力は他者を助けるために使うことが出来ると。その為に使い方を学ぶのだと。

 

 高専とはそういう場所だ。普通の日常の中に潜む“呪い”の何たるかを学んできいく場所。今の乙骨に必要不可欠な居場所だ。全てを投げ出すのは、何もかもをやってからでも遅くはないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ってことで転校生を紹介しやす!テンション上げてみんなっ!!」

 

「「「……………………。」」」

 

「いや上げてよ」

 

 

 

 高専の1年の教室で、五条は大声で叫んだ。しかし1年の3名……2名と1体?は、めちゃくちゃ白けていた。事前に転校生がやって来るということは聞いている。同級生4名をロッカーに詰めたという話も。逆を言えば転校生とロッカー詰め事件しか聞いていないので、どんな奴なのか一切知らないのだが。

 

 1年生の中で唯一の女子は気が強く、起こした事件から尖った奴であると判断し、そんな奴の為に空気を作ってやろうという気持ちは無かった。五条が廊下で待たせている乙骨に声を掛けて中に入るよう促す。気が強い女子はそっぽを向いて無視を決め込んでやろうとしていた。乙骨は五条の言葉に従い、ドアの向こうの冷めた空気をひしひしと感じながら、意を決して中に入った。

 

 1歩足を踏み入れる。緊張や少しの後悔を滲ませたその1歩は何てことはない。事情がある転校生ならまあありえるからだ。しかし、1年生の者達が感じたのは、身の毛もよだつ恐ろしい気配だった。そっぽを向けていた顔を前に戻す。教卓に向かう乙骨が居るが、その背後に……呪い云々を加味しても尋常ならざる“ナニカ”がそこに居た。

 

 それぞれが装備を手に取り、動き出す。乙骨はそれに気がつかず教卓の前まで歩いて向かい、正面に向き直って自己紹介と挨拶をした。

 

 

 

「お、乙骨憂太です。よろしくお願いしま──────えっ、これ……何かの試験……?」

 

「おい。オマエ呪われてるぞ。ここ(高専)は呪いを学ぶ場所だ。呪われてる奴が来るところじゃねーよ」

 

「日本での行方不明者や怪死者は年平均1万人。その殆どが人の肉体から抜け出した負の感情……“呪い”の被害なんだ。呪詛師とかもあるけど、まあ呪いに対抗できるのは呪いだけ。ここは呪いを祓うために呪いを学ぶ、東京都立呪術高等専門学校だよ」

 

 

 

 ──────先に教えてよ……ッ!!

 

 

 

 ──────今教えたのッ!?×3

 

 

 

 ──────メンゴ!!(適当者)

 

 

 

 ちなみにだが、五条はマジで今高専について教えた。乙骨は殆ど知識が無いと言って良い。なので、自己紹介しただけなのに刃物を向けられたりしている意味が分からなかったのだ。薙刀を顔のスレスレを突かれ、拳を向けられている。何が何だか分かっていなかったが理解した。彼、彼女達は祈本里香に反応しているのだと。

 

 攻撃の姿勢を見せる生徒達を眺めていた五条は、今気づいたと言わんばかりに警告した。乙骨に手を出そうとすると危ないから、離れた方が良いと。だが警告は遅く、黒板を突き刺した薙刀の刃を大きな手が掴む。黒板から透過するように現れたのは乙骨の身の危険を感じ取って勝手に出て来た祈本里香だ。

 

 また誰かが傷つくと思って焦る乙骨を守るために、特級過呪怨霊の祈本里香が1年生に手を伸ばす。しかし彼等は殺されることなく、弾き飛ばされて頭にたんこぶを作るくらいで済んだ。警告も早ければこんな事にはならなかったが、まあ相手が五条なら仕方ないのかも知れない。

 

 乙骨憂太に取り憑く祈本里香とは、同級生で友達で親しい仲だった。元は歴とした人間の女の子だったのだ。今から6年前。乙骨の誕生日に婚約指輪として指輪を贈った祈本はしかし、それから数日後に不慮の事故に遭う。信号無視をした車に轢かれたのだ。轢かれただけならば、もしかしたら生き残れる可能性も残っていたが、残念なことに頭を轢き潰されていた。即死である。

 

 それを目の前で目撃してしまった乙骨に、特級過呪怨霊と化した祈本里香が憑いた。強力な呪いとなってしまったのだ。その力は……憑かれているだけで乙骨憂太を特級呪術師にしてしまうほどのものだ。凄まじい力を持つが故に、被害を恐れて秘匿死刑にしようとしていた。今は“保留”になっているが。

 

 

 

「──────ってな訳で、彼のことがだーい好きな里香ちゃんに呪われている乙骨憂太君でーす!皆よろしくー!憂太に攻撃すると里香ちゃんの呪いが発動したりしなかったり?なんにせよ、皆気をつけてねー!」

 

「……それを早く言えや」

 

「じゃ、コイツら反抗期だから僕がちゃちゃっと紹介しちゃうね!彼女は呪いを祓える武具を使う呪具使い、禪院真希(ぜんいんまき)!」

 

「……ふん」

 

「呪言師の狗巻棘(いぬまきとげ)!おにぎりの具しか語彙が無いから会話は頑張ってね!」

 

「……こんぶ」

 

「パンダだよ!」

 

「パンダだ。よろしく頼む」

 

「まぁ、こんな感じ」

 

 

 

 ──────い、1番欲しい説明が無かった……ッ!!

 

 

 

 簡単な自己紹介は終わった。唯一の女子である真希は、呪術界の御三家と呼ばれる禪院家の出である。色々な事情があって高専に呪いを学びに来たのだ。狗巻は呪言師と呼ばれる呪術師であり、言葉に呪いを込めるのだ。なので意味のある言葉は軽い気持ちでは使えず、会話はおにぎりの具のみである。パンダはパンダだ。以上が、今の高専の1年生3名……2名と1体?1匹?である。

 

 同級生となる生徒の説明はしてもらったが、乙骨は取り敢えずパンダの細かい説明が欲しかった。なんで居るのか、そもそもどうやって喋っているのかと色々。しかしまあ、ここで質問する空気ではなかったので、後でこっそり聞いてみようと思った。

 

 

 

「あ、あと僕がどーしても!忙しいときに代わりに面倒を見てくれる頼れる僕のセンパイであり、この高専の教師が居るんだ。今日は早朝からすんごい任務入れられてイライラしてるかも知れないから、殴り殺されないように気をつけてねー」

 

「殴……っ!?」

 

「オマエがこの転校生を連れてくるのに、自分の任務を龍已さんに全部押し付けたからだろ。知ってるからな」

 

「しゃけ」

 

「普通にひでーな」

 

「しょーがないじゃーん。憂太のことは基本的に僕が面倒見るんだから。それなのにめちゃくちゃ任務入れてくる腐ったミカン共が悪くない?」

 

「だからって龍已さんに押し付けんな。つか、別にイライラしても他人にぶつけたりしねーだろ」

 

「あの……その人って……?」

 

「センパイ?名前はねぇ……あ、ちょうど来たみたいだから本人に自己紹介してもらおっか!」

 

「オマエ……忙しいって言ってたのに呼び出したのかよ……」

 

 

 

 実は携帯で連絡して少し来てくれるように頼んでいた。いざという時に抑える役目は五条の他にももう一人居る。本人はそんな役目なんて知りもしないが、五条がいざという時は~と上層部に話していた。それが後押しとして高専で預かれるようになっている。まあ、五条だけでも十分であるのだが、戦力は多いに越したことはない。

 

 気配でもうやって来ている事に気がついている五条は、今説明するのではなく、本人に自己紹介してもらうことにした。態々呼び寄せた事を非難されているがどこ吹く風。廊下から足音が聞こえてきて、ドアの取っ手に手が掛けられる。横にスライドされて見えたのは、身長が180を越えている大人の男性だった。

 

 どこまでも無を表す表情と精悍な顔立ちに、長い脚に巻かれたレッグホルスターと、そこへ納められた黒い銃。黒髪に琥珀色の瞳は日本人として親しみやすさを感じるが、それとは別に何か別のものを感じさせる。何と言えば良いのか……そう、雰囲気が他者とは違うのだ。五条も違うが、彼もまた違った。

 

 黒を基調とした服装をしている男性に、この人が五条先生の言っていたセンパイであり、教師の人か……と思っている乙骨の傍らで、祈本里香は大いに反応した。彼女の目線からだと、今入ってこようとしている人間が悍ましいくらいの“純黒”を纏っていた。後ろが全く見えない暗闇で、完全に危険なものであると認識した。

 

 向けられる目は鋭く、今にも大好きで愛してる乙骨憂太を殺そうと考えているように見える。いや、そうとしか思えないし見えない。故に、真希達の攻撃意思に反応して出て来たよりも速く顕現し、五条と黒い危険人物にしか反応出来ない速度で拳を振るった。

 

 突然の事に、教室に入るために1歩踏み出そうとした男性は、正面から全力で祈本里香に殴られた。真希や乙骨の知覚外の速度で殴り、後方へ吹き飛ばして壁全てに穴を開けた。事の以上にハッと気がついた乙骨が顔を青くし、真希達はこれでもかと瞠目した。五条は壁に背を預けながらうっすらと笑みを浮かべる。

 

 

 

「乙骨オマエ何してやがるッ!!龍已さんは何もしてねーだろッ!!」

 

「ち、ちが……っ!僕は何も……っ!」

 

「マズいなこれ」

 

「……しゃけ。ツナマヨ……明太子」

 

「チッ……どーすんだよこれ!」

 

「ど、どうしよう……っ!また誰かを傷つけちゃった……っ!!」

 

「……うん?憂太。別に()()()()()()()()大丈夫だよ」

 

「……え?」

 

「だって──────センパイはマジで強いもん」

 

 

 

「──────聞きかじった程度だが、強いと聞いていたからどれ程かと思えば、膂力は()()()()()()()()()()()()()。完全顕現ではないからか呪力も()()()()()()()。俺か五条のどちらかが居れば抑えるのは容易だろう。……初めまして乙骨憂太。並びに特級過呪怨霊“祈本里香”。俺は黒圓龍已(こくえんりゅうや)。まあ、高専で教師を兼任する呪術師だ。よろしく頼む。だが今の挨拶は感心しない。校舎はできるだけ壊さないように心掛けろ。今のは見逃すが、本来ならば反省文の提出だ」

 

 

 

 大穴の開いた壁から何のダメージも怪我もなく歩いてやって来た龍已は、軽い口調で自己紹介をした。しかし乙骨は何で龍已が無事なのか分からなかった。いつも自身を守ろうとして反応する里香とは違い、今回は本気で殴っていた。見た事は無いが、ロッカーの件から察するに相当な威力だった筈だ。現に数枚の壁をぶち破っている。

 

 なのに、龍已は何も起きていないと言わんばかりの対応だ。どういう事なのだろうと思うが、そんなことはどうでもいい。そんなことよりも、本当に怪我をしていないかが気になっていた。流石にこれだけ攻撃を真面に、正面から受けたのだから、大丈夫な訳がないのだ。

 

 心配しながら本当に大丈夫なのか聞こうと思って口を開くと同時に、未だ姿を現している里香が豪速で龍已に突っ込んでいった。今度は本気で殺すつもりなのだろう。鋭い爪を持つ手を振り上げている。殴ってダメなら引き裂こうというのだ。悲痛に近い叫び声で静止を求めるが、里香は乙骨の為に無視をした。そして、大きな手が龍已に振り下ろされた。

 

 

 

「……えッ!?」

 

「あー……絶対にそうなると思った」

 

「しゃけしゃけ」

 

「特級過呪怨霊だろうが何だろうが、龍已さんをそう簡単には斃せねーよ」

 

「はぁ……だから攻撃するなと言っているんだ。祈本里香は一体何に反応して俺を狙っているんだ」

 

「さー?てか、何でセンパイ避けなかったの?」

 

「どの程度の力があるのか体験しておこうと思ってな」

 

「普通それでも正面からは受けないよねー」

 

 

 

 軽く会話をしているが、向けられた大きな手は、対抗するように向けられた右手の人差し指1本で止められている。龍已の体を非常に薄い呪力が覆っているだけなのだが、その呪力量は今の祈本里香の呪力量の数倍。薄く脆そうに見えるだけで、実際は計り知れない呪力を凝縮して鎧のように身に纏い、肉体を超強化しているのだ。

 

 なので、例え全力で振り抜かれた攻撃だろうが、何の苦もなく指先だけで止めることが出来るのだ。端から見れば恐ろしいほど違和感がある光景だが、彼の規格外さを知っている真希、狗巻、パンダはやっぱりなと思っていた。そうなるとは思っていた。

 

 では、何故祈本里香が攻撃したことに反応していたのかと言うと、正確には攻撃された龍已のことを思ってではなく、龍已を攻撃したことでどうなるかに反応したのだ。まあよくよく考えれば、短気でもなければキレ散らかすタイプでもないので大丈夫だと自分達で納得したが。

 

 真希達は完全に傍観の姿勢に入っていることに、人知れず驚いている乙骨。止めなくて大丈夫なの?まあ実際受け止めているし……と困惑も入ってくるが。対して里香は手を受け止められたことに苛つきを見せる。顕現している体から醸し出す呪力は膨大で、殺しに掛かろうとしている。その里香に対し、散歩するような気軽さであっという間に接近し、肩に手を置いた。

 

 

 

「あまり聞き分けの悪いことはしてくれるな。こう見えて何度も同じ事を言うのは好きではないんだ。いい加減に大人しくしないと──────跡形も残さず祓うぞ

 

 

 

「──────ッ!!!!」

 

「無闇矢鱈に出て来て人を傷つけなければお前にも乙骨にも何もしない。だから大人しくしていろ祈本里香。良いな?」

 

「………………………。」

 

「り、里香ちゃんが誰かの言うことを聞くところ初めて見た……」

 

「やっていることは脅しだがな」

 

「いや、普通は無理だから」

 

 

 

 無言で乙骨の影に隠れていった里香を見て、龍已ははぁ……と溜め息を溢した。まだ何もやっていない自身に攻撃をしてくるとは何事かと思ったのだ。それも自分にとってはそんなに強くない攻撃だが、一般人からしてみれば即死だ。それを何の躊躇いも無く振るうのだから危険極まりない。

 

 実際は、里香が反応したのは龍已にではなく、存在そのものなのだが、彼が知ることはないだろう。壁は大破してしまったが、龍已は無事なので問題ないだろう。五条と龍已は大きな破壊音に気がついてこっちに向かってくる夜蛾に感づき、説明はどっちがするかのジャンケンをしている。

 

 反射神経と動体視力で龍已が見事勝利をもぎ取り、つまんなそうに五条が怒りマークを額に浮かべた夜蛾に説明した。穴を開けたのは里香で、ぶち破ったのは殴られた龍已だが、五条が説明するのは中々に面白い。しっかり見ていろと叱られている五条の背後で、真希がザマァと笑っていた。

 

 その後、全員で4名となった1年生を2・2にペアを組ませて別れさせ、それぞれに呪術実習をしてもらうことになった。軽めの任務をしてもらうことになり、念の為に別の呪術師が付いている。五条は乙骨のことを監視しなければならないので必然的に乙骨の居るペアの方へ行くことになる。ちなみに、乙骨は真希と、残るパンダと狗巻がペアだ。

 

 車で向かうから先に行っててと言われ、乙骨達は穴の開いた教室から出て行った。龍已も祈本里香を実際に目にし、乙骨との自己紹介を終わらせたのでまた残る任務へ行こうとした。そんな彼の背中へ、五条が待ったの言葉を掛ける。どうやら話があるようだった。

 

 

 

「センパイ、これ憂太の詳細情報が載った資料ね。過去の話とか殆ど知らないでしょ?だから持ってきたよ」

 

「お前が後で渡すと言っていたから待っていたんだがな」

 

「あれ、そうだっけ?」

 

「そうだ」

 

「……うーん、それはごめんね。てかさ、センパイに聞きたいんだけど、祈本里香……どうだった?正直な話ね」

 

「……完全顕現ではないのにあの力は凄まじいものだ。呪力量も恐らく埒外のものを内包していることだろう。それに触れた感じでは、恐らく祈本里香の特徴は莫大な呪力量だけではない。他にも何かあるはずだ」

 

「まだ深くは分かんないか。まっ、僕も同じ考えかなぁ。あ、それとさ、センパイ“上”に祈本里香を祓えって言われてない?」

 

「言われたが断った。複雑に絡んだ呪いを外部要因で突然祓った場合、どうなるか予想がつかないと適当に言ってな」

 

「……やっぱりか。けど、何で断ったの?センパイなら問答無用で消し飛ばしに掛かると思ったんだけどなー。祈本里香より()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 数枚の束になっている紙を手渡しする五条と、それを受け取る龍已。乙骨について詳しい情報が載っている調査書なのだが、五条が後で渡すと言って終わっていたので龍已はほとんど知らなかったのだ。噂で耳にした程度だろう。なので祈本里香の強さを測る為に1度攻撃を受けた。

 

 紙を手に取って中に目を通していく。読み終わると次の紙へ捲って目を通す。それと同時に五条との会話をしていた。五条は少し不思議に思っていたのだ。祈本里香の呪いは非常に強力であり複雑に絡み合っている。六眼で視ているのだから間違いない。つまり下手には祓えないのだ。呪力量ならば、恐らく自身よりも多いこともある。

 

 しかし、こと龍已に関しては違う。昔から五条よりも呪力量が圧倒的に多かった。呪術界で最強と謳われているだけで龍已が居なければ最も呪力量の多い呪術師だっただろう。そんな彼よりも祈本里香は呪力量が多い。だが、五条よりも呪力量が多い祈本里香よりも更に、龍已の方が呪力量が多いのだ。

 

 完全顕現を目にしていないのでどのくらい多いのかという詳しい話は出来ないが、兎に角呪力量だけで見る力の関係は龍已の方が上だ。そこに一撃で消し飛ばせるだけの呪力出力が備わっている。やろうと思えば『黒龍』を向けて呪力を放てば終わる筈なのだ。それは“上”も予想がついていた筈。だから龍已を呼び寄せて祓うように命令してきた。

 

 それを断ってきたのだ。適当な理由を付けて。それが五条には分からない。龍已ならば呪霊なのだからという理由で問答無用で祓ってもおかしくない。まあそうなりそうなら説得して止めるつもりだったが、何も言わずに話を断るのは首を傾げる。疑問をぶつけられた龍已は少し黙った。紙を捲るだけの音が鳴り、全部を読み終えた龍已が調査書を五条に返した。

 

 

 

「噂だったが、憑いている特級過呪怨霊“祈本里香”は乙骨憂太と密接な関係があると聞いていた。それに加えて五条が庇って高専で保護していると、事が運んだ。ならば、お前が何か考えがあっての行動と考えるのが普通だろう。お前の事だ。若人から青春を取り上げることは何人も赦されないとでも言うのだろう?だから、今は取り敢えず様子見だ」

 

「わーお!正解!あれ、センパイって僕のこと好きなの?そこまで解るなんて悟君困っちゃう!」

 

「……?だがあくまで様子見だ。一般人を呪い、殺して呪詛師となった場合、五条が何と言おうが乙骨憂太及び祈本里香は殺し、祓う。それは忘れるな。“上”の味方ではないが、完全にお前達の味方とも言えない。いきすぎた助力はできんぞ。それだけ祈本里香は強力で制御が難しく、危険だ」

 

「もちろん分かってるよ!なんせ祈本里香が無闇に暴れたら憂太と僕が殺されるからね!センパイがこっち寄りなだけまだ良い報せだよ。ありがとね!」

 

「あぁ。では、俺はこれで失礼させてもらう。まだ任務が残っている」

 

「あー、任務全部渡してごめんね。明日美味しいものいっぱいあげるから許して?」

 

「構わないが、硝子が食べられる甘くないやつも頼む」

 

「りょーかい!酒も何本か買っておくね!」

 

 

 

 ──────センパイにめちゃくちゃ仕事押し付けたの知ってて絶対にキレてるだろうし、今回はかなり高めの酒多く買わないとマズいよなー。じゃないと硝子に六眼抉られちゃう。

 

 

 

 龍已を高専の教師に引き入れる際に、多くの任務を与えないことと約束していたが、今回は仕方なかったとはいえ非常に多くの任務をやらせてしまっている。それは龍已の体調管理や摂取する栄養バランス、疲労度などを裏で管理している家入ならば確実に耳に入るだろう事だ。つまり、絶対ブチギレてる。

 

 サバサバした性格の癖に、龍已が絡むとメスで六眼抉ってこようとする割とイカレた彼女なのだ。気を静めてもらうためにも高額な酒を何本が献上する必要がある。そうしないと何言われるか分からないし、何されるか分からないのだ。怒った硝子は怖い……と、長い付き合いだからこそ解る怖さがある。

 

 おー考えるだけで怖い怖いと言いながら、腕を擦って高専を出て行き、乙骨と真希が乗っている車に乗り込んだ。目指す先は小学校。何の変哲もない小学校だが、児童2名が行方不明になってしまっているので、その児童を保護。死んでいるなら回収。呪霊は見つけて祓除という任務だった。

 

 だが、小学校に出て来た低級の呪霊は図体が巨大であり、乙骨と真希は呑み込まれた。胃袋の中には行方不明だった児童2名が居り、乙骨以外の3名は呪いに侵された。このままでは全滅というところで、真希が乙骨を叱責し、覚悟を決めた乙骨が一時的に祈本里香を解き放ち、彼等を呑み込んだ呪霊を力尽くで祓除。

 

 自分の意思で特級過呪怨霊を呼び出し、完全顕現を実行した。呪霊に気を取られて一般人にもその周辺にも被害は無かったものの、祈本里香の恐ろしい力の全容が422秒の間、完全に野放しになっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────何故呼び出されたか理解しているな?黒圓龍已」

 

 

 

「理解しています」

 

「特級過呪怨霊“祈本里香”の422秒完全顕現だぞ!下手をすれば町一つが消えていたかも知れん!」

 

「それを防ぐために黒圓、貴様に祈本里香の祓除を命じたのだ」

 

「しかし貴様はそれを断ったッ!今回は運良く被害が出ずに済んだが、そのまま周辺に被害が出たらどうするつもりだッ!」

 

「現場には呪術界最強の五条悟が居り、彼等を常に監視していた筈です。いざという時には彼が止めていた事でしょう」

 

「儂等は祓えるものを祓わず野放しにし、その所為で甚大な被害が出たら如何するのかと問うているのだッ!」

 

 

 

 ある場所で、龍已は呼び出しを受けて怒声を浴びせられていた。襖の奥に居る“上”の者達。誰も彼も老人ばかり。昔の考えで思考が固められ、己の保身と立場の死守に心血を注いでいる。今も周辺の人々を心配しているのではない。心配しているのは、周辺に被害が出て秘匿死刑を“保留”にした彼等の判断力の欠如を問われ、上層部の立ち位置を追い出されまいかということだ。

 

 なので、龍已という祈本里香を高確率で祓える存在が居るということを使い、祓える内に祓おうというのだ。もし仮に祓えず何かしらの被害が出てしまった場合、祓えなかった龍已に責任を押し付ければ自分達にダメージは無い。五条の場合だと御三家の五条家という事もあって下手に命令は出来ないが、龍已ならば違う。使い潰そうが何しようが関係はあるまいという考えなのだ。

 

 元々一般の市民だった祈本里香。しかし死後呪いに転ずる事例はあれど、五条悟を以てしても()()()()と評す程の呪いに転じた例はない。つまり、祈本里香という存在は『出自不明(分からない)』。年端もいかぬ女児がどうしてこれ程の存在になったか解らないのだ。解らないから怖い。“上”はいつ爆発するか解らない爆弾を早く処理したいのだ。

 

 

 

「確かに私なら祓えるやも知れません。完全顕現を果たした祈本里香がどの程度の呪力量を内包しているのかは直接感じていないので何とも言えませんが、五条からは完全顕現した場合でも、私の方が呪力量が多いと言われました。ならば呪力量に任せた一撃で事足りるでしょう」

 

「それは儂等も把握しているッ!だから今の内に祓えと言っているのだッ!!」

 

「──────しかし、特級過呪怨霊“祈本里香”の生前と乙骨憂太が深く関わり合っていた事を考慮すると、力尽くでの祓除はリスクが大きいと推測します。五条の眼で視て複雑に絡み合っている事が判明している呪い。それを外的要因で無理矢理引き剥がした場合、莫大な呪いが何を起こすか予想がつきません。それこそ、完全顕現時に暴れるよりも遙かに上回る被害が出ないとも言えない。私はそれを警戒して祓除はしないのです」

 

「……チッ。ではなんだ。五条悟のように何時暴発するかも解らん呪いの塊を放置しろとでも言うのか」

 

()()という話です。もし仮に乙骨憂太、もしくは祈本里香が一般人を呪い、呪詛師という判定になった場合──────俺が両名を直ちに殺します。この世から細胞一つ残さず消して御覧に入れましょう

 

「……ッ」

 

「それで、ここは一つ納得をしてもらえないでしょうか。今は暴発の恐れのある呪いでも、これから次第で歴とした呪術師となるやも知れません。五条も私も、その道を望んでいます」

 

「……もう良い。今は様子を見てやる。ただし、一般人を呪った場合、黒圓龍已……貴様が責任を持って処理しろ」

 

「畏まりました。失礼致します」

 

 

 

 踵を返してその場を後にする。空間には上層部の者達が居るが、またしても祓除の見送りに苛立ちを隠せない様子。貧乏揺すりをしたり、舌打ちをしている。だがやっぱり祓除をしてこいとは言えないのだ。五条のように呪術界で猛威を振るえる家の出ではない。しかし、黒圓一族の歴史は御三家と同等かそれ以上のものを積み重ねている。

 

 黒圓無躰流を代々己の子にのみ継承させていくという超閉鎖的相伝の体術。呪術界はそれに目をつけて何度も交渉をしたが、ただの1度も首を縦に振ることはなかった。どれだけ()()()()だ。決してその技術。秘密を教えようとはしなかった。だから──────

 

 

 

「……何故黒圓一族の生き残りがあれ程の力を手にしたのだ」

 

「儂には皆目見当がつかん」

 

「あの一瞬漏れ出た呪力。儂には特級過呪怨霊よりも余程不気味で悍ましいわい」

 

「さっさと女を孕ませ、黒圓無躰流を継承すれば良いものを……何時まで子を孕ませんつもりだ。胎の女を与えようとも返してきおる。継承さえすれば用済みだというのに」

 

「無下限と六眼の抱き合わせの五条といい、黒圓一族の生き残りといい、何故こうも儂等に反抗するのか。理解に苦しむな」

 

「まあ待て。いつかは必ず綻びが出るはずだ。そこを突けば良いだけのこと。それまで座して待とうではないか。揺らす材料は探せば幾らでもある」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────等と言っているのだろう。呪術界にのさばる塵芥共め」

 

 

 

 建物から出て来た龍已は憎らしそうに呟いた。表情は無から動かないが、気配は憎々しい者を見た後のようにドロリとした黒いものだった。何を上から目線で語っているのかと。よくも俺に命令をしてくれるなと。いつか綻びが出て突くのは上層部ではない。自分だ。

 

 知らないとでも思っているのか。黒圓一族から技術を奪おうとして失敗を繰り返したことで、存在を疎ましく思い根絶やしにしようとしたことを。御三家が黒圓一族に良い思いをしていないことを隠れ蓑に、“上”が黒圓一族の抹殺を手配したことを。何も知らずにジッとしていると思っているのか。

 

 あれは仕方ないのだと諦めると思うか。過去を受け入れるとでも思うのか。憎しみ怨念を抱かないような奴に見えるか。逆だ。やられたことは決して忘れない。何年何十年、何世代掛かろうがこの想いは晴らしてみせる。誰も逃がしはしない。やっていることは呪詛師と変わらないのだ。ならば、黒い死神が然るべき罰を与えるのは当然のこと。

 

 今は牙を研いで時期を待っているだけに過ぎない。常に呪術界を内側から観測し、監視している。赦す事は無い。然るべき報いは必ず受けさせる。どんなことになろうとも。

 

 

 

 

 

 

 身を潜めて時が来るのを待つ。なので今は乙骨憂太と祈本里香の事をどうにかしなければならない。五条が目を掛けている生徒を、殺したいとは思わないからだ。

 

 

 

 

 

 







乙骨憂太

転校初日に挨拶をしようとしたら武器を向けられた少年。それに反応してボディーガードが顔を出す(危険)

五条が強いのは何となく分かる。雰囲気とかで。それに龍已が強いことは良く分かった。しかし、里香が何故突然攻撃したのか今でも分かっていない。




祈本里香

龍已から得体の知れないものを感じ取って即刻殺すべき危険生物と判断した。が、正面から抑え込まれてしまう。その後脅され、乙骨と離れ離れは嫌だから大人しく引っ込んだ。




禪院真希

呪術界の御三家と謳われる禪院家に生まれ、おちこぼれと蔑まれていた。呪力量が一般人レベルな代わりに身体能力が高いフィジカルギフテッド。伏黒甚爾の下位互換。

一般人レベルなので呪いが見えず、呪いが見える眼鏡を掛けている。気が強く、口調も少し荒い。相手を理解した気になる節があるのでキツい事を言われたりする。

1級呪術師を目指しており、その理由は今まで蔑んでいた相手が大物呪術師になって帰ってきたら、禪院家の奴等はどんな顔をするのか見たいから。それと、自身が禪院家の当主となって腐った禪院家を内側から良くするため。

乙骨のヒロインと噂されている(重要)




狗巻棘

言葉に呪いを込めて、言葉に沿った現象を起こす事が出来る、狗巻家相伝の術式を持った少年。言葉を発するだけで呪いが込められるので、語彙を絞る為におにぎりの具で会話をする。




パンダ

今年から高専に入った。手続きは夜蛾学長がやった。




黒圓龍已

何も知らないとでも思っているのか。黒圓一族をこの世から抹消しようとした者の事なんぞ把握している。時が来れば必ず報いを受けさせる。

絶対に忘れはしない。想いが薄れることもない。そして誰も、逃がしはしない。




家入硝子

龍已に押し付けられた任務の量を把握している。なので五条の六眼抉り取ってやろうと考えている。のだが、翌日超高級の酒が何本も贈られたので、取り敢えずは許してやるが、次やったら酒のプールに沈めてやる。




五条悟

酒をたらふく贈ったので許してくれたやったーと思ったらメスぶん投げられた。六眼に向かって。ちょーコワ。

下戸なので酒のプールに沈められたら多分死ぬ。





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第四十二話  百鬼夜行に向けて



最高評価をしてくださった、ぺぺよい さん。

高評価してくださった、ぷらってぃな gn01318449 さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

 

「──────来たる12月24日ッ!!日没と同時に我々は百鬼夜行を行うッ!!場所は呪いの坩堝(るつぼ)東京新宿ッ!!呪術の聖地京都ッ!!各地に()()の呪い、そして呪詛師を送り込むッ!!下すのは鏖殺だッ!!地獄絵図を描きたくなければ死力を尽くして止めに来いッ!!思う存分──────呪い合おうじゃないか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そう言って呪霊を放って逃げてったよ、傑はさ」

 

「……そうか」

 

「センパイが居ない時を狙って来たんだろうね。センパイには約4キロの術式範囲があるから。いくら後輩でも、センパイなら呪詛師な時点でその場で殺すでしょ?それに殲滅力ならピカイチだ。狡猾(汚い)よねー。……ホント」

 

「……五条」

 

「いいよ。分かってる。僕は大丈夫。……ありがとね」

 

「……あぁ」

 

 

 

 ある日。特級呪詛師の夏油傑が高専にやって来た。乙骨に自己紹介をして呪術師のみの楽園を一緒に創らないか?と勧誘に来たのだ。だが、夏油にとって一般人は猿。同じ程度しか呪力が無く、呪いすら目視出来ない真希のことすらも猿と断じた。そこで乙骨は、友人を貶されたことに怒り突っ返した。

 

 何を言っているのか解らないが、友人を貶す奴とは一緒に居たくないと。夏油は残念だと言いながら、先の言葉を吐いた。呪術師に向けての宣戦布告。東京と京都。そのどちらにも膨大な呪霊を放ち、呪詛師すらも仕向けるという。

 

 宗教団体の教祖という立場になり、呪霊に困っている一般人の悩みを解消するという体を使い、呪霊を集めて取り込み、力を蓄える。そして金すらも集めさせて組織を拡大していた。五条悟の元同級生であり親友。龍已の後輩。世界に5人しか居ない特級の名を冠する存在。それだけの者が宣戦布告したのだ。ハイそーですかでは終われない。

 

 

 

「設立していた宗教団体を呼び水に、信者から呪いを集めていたようです。元々所持していた呪いもあるハズですし、東京と京都を合わせて4000という数はハッタリではないかと思われます」

 

「だとしも、その殆どが2級以下の雑魚。術師もどんなに多く見積もっても50やそこらだろう」

 

「そこが逆に怖いところですね。アイツが素直に負け戦を仕掛けてくるとは思えない。僕やセンパイが居るんですから」

 

「ガッデム!!……OBにOG、それから御三家。アイヌの呪術連にも協力を要請しろ。総力戦だ。今度こそ夏油という呪いを、完全に祓うッ!!」

 

「「「──────はいッ!!」」」

 

 

 

 夜蛾学長と補助監督を含めた呪術師達で話し合いが行われた。内容は、訪れる12月24日の作戦である。放たれる呪霊の数は膨大だ。協力を要請して集まったとしても呪術師というのはそこまで数は多くない。そもそもがマイナーだからだ。それに全ての呪術師が必ず集まるということもない。

 

 命惜しさに参加しない者も居るし、呪術師になって日が浅く、力不足を悟って行かない者も居る。なので2000という数を数少ない呪術師達で対応しなければならない。つまり人の分配が鍵になってくるのだ。

 

 補助監督達は他の呪術師達に救援を要請するために部屋を出て行った。少なくなった部屋の中には実力者達が揃っている。これから誰がどこを守りに向かうのかを決めていく。最初に決めるのは、五条と龍已だ。特級呪術師を一カ所に集中させておくことはしない。片方ずつ派遣するのだ。

 

 

 

「さて、じゃあ僕とセンパイはどうしようか?」

 

「俺はどちらでも構わない」

 

「んー、じゃあ僕が東京に付くから、センパイは京都の方をお願いしてもいい?あっちに居る高専の学生3年に2年、歌姫達と連携してよ」

 

「あぁ。では東京は任せたぞ。此方の方に夏油が来たとしたら、すまないが即座に殺す。……死体はどうする。その場で火葬しても構わないが」

 

「……出来るなら持って帰ってきて欲しいな。ごめんね」

 

「……そうだな。すまない。配慮に欠けていた」

 

「いいよいいよ。僕の我が儘だからね!」

 

「……では、悟は東京で。龍已は京都で対応を頼んだぞ。指揮の権利はお前達に一任する」

 

「りょーかい!」

 

「了解しました」

 

「では他の者達の配置についてだが──────」

 

 

 

 話し合いは行われていく。まだ決行日まで日数はあるが、今の内に決めておいて準備を整えておきたい。龍已は長らく会っていない夏油をこの手で殺すかも知れないと考えて目を瞑る。思い起こされる学生だった頃の記憶。懐かしい過去の日々。思い出を掘り起こして、目を開ける。これでもう躊躇はしない。見つけ次第殺す。呪詛師に例外は要らない。

 

 五条は夜蛾の話を聞きながら、何とも言えない思いを抱いていた。唯一無二の親友が宣戦布告。100名以上の一般人を殺して消えた仲間。いや、元仲間。どちらに来るのか解らないが、出来るならば自分のところに来て欲しいと思う。親友だからこそ、この手で終わらせてやりたいのだ。

 

 思うことはあれど、五条も龍已も大人だ。私情は挟まない。敵ならば呪術師として対応して祓うのみ。どんなに胸が痛んでも、やらなくてはならないのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍已先生……」

 

「反承司か。どうした」

 

「ちょっとお話しがありまして」

 

「構わないが、この場で良いか?」

 

「いえ、人があまり居ないところに」

 

「分かった」

 

 

 

 話し合いが終わって翌日。呪術師の配置や、京都へ行くのは何日前にするか。何で行くか等を頭の中で組み立てながら廊下を歩いている龍已の後ろから、反承司が声を掛けた。何用かと思えば、話があるよう。この場で出来る話ならそれで良いのだが、どうやらあまり聞かれたくないのか、あまり人が居ないところを指定してきた。

 

 頷いて了承した龍已は、廊下を進んでいく。反承司も彼の後に付いていった。辿り着いたのは、体術の訓練などをするグラウンドの、下に下がる階段部分だ。そこに座って話し合いをすることにする。これなら誰かが近くに居てもすぐに分かるし、壁も無いので壁越しに盗み聞きされることもないだろう。

 

 一番下の階段部分に腰を下ろした龍已の隣に、同じく腰を下ろす反承司。すぐに内容を話すのかと思えば、彼女は中々話し出さない。取り敢えず話したくなるまで待とうと思い、隣でジッと口が開かれるのを待っていた。そうして1分程が経った頃。反承司は漸く話すために口を開いた。

 

 

 

「百鬼夜行が行われる日、龍已先生って東京ですか?京都ですか?」

 

「俺は京都を担当する」

 

「……そう、ですよね」

 

「……?どうした」

 

「……あの、五条悟と龍已先生の担当って反対に出来ませんか?」

 

「担当を反対に?特級呪術師である俺達をそれぞれに分けるのは当然だが、夏油がどちらに来ようと対応は出来るはずだ。だからという訳でもないが、担当を変える必要があるのか?」

 

「それは……それ…は……」

 

 

 

 反承司は言葉に詰まってしまった。何が言いたいのかは解らない。何せ五条と龍已の担当地域を反対にするというだけなのだ。龍已が弱くて京都に強い呪霊が放たれるというのなら、五条と交換しても良いが、五条と龍已はどちらも果てしない強さを持っている。少し多いくらいの呪霊に遅れは取らないし、夏油にやられるつもりはない。

 

 なので解らない。どうして担当を交換しようとしているのかを。だからそれは如何してかと聞いているのだが、反承司は上手く言えない様子。いや、気配から読み取るに言いたくても言えない、もしくは言って良いのか考え倦ねているといった感じだろうか。要するにそう簡単に理由が明かせないのだ。

 

 階段に座る反承司は顔を俯かせ、スカートを手で握り締めている。どういう気持ちでこの事を話そうとしたのかは解らないし、意図も言葉足らずで伝わってこない。でも伝えようとする気概は伝わってくる。龍已は反承司の頭に手を置いて、優しく撫でた。無理をするなという意味を込めて。

 

 頭に大きな硬い手の感触を感じて、瞠目して驚きながら勢い良く顔を上げた。隣を見上げれば、無表情なのに労るような雰囲気をした龍已が自身のことを見ていて、何でかは知らないが視界がぼやけて滲んだ。目に涙を張った反承司は、そのまま龍已に頭を撫でられた。

 

 

 

「話したいが話せないのだろう。話そうとしてくれるのは伝わっている。だから無理をするな。お前が何に怯えているのかは知らないが、心配することはない」

 

「龍已先生……」

 

「話したくても話せないのに、どうしても話したいときが来たら、その時に教えてくれ。気持ちの整理も必要なことだろう」

 

「……っ。ズルいですよ……そんな言葉を推しに言われたら……もっと言えなくなっちゃうじゃないですか……。はぁ……もう……いいです。私が大事なのは推しともう1人だけ……後はどうでもいい。うん。それが私なんだ。無理に変える必要はない。だから……龍已先生。少しだけ膝を貸して下さい」

 

「……構わないとも」

 

「……えへへ。ありがとうございます」

 

 

 

 座っている姿勢から体を倒して龍已の膝に体を預け、自身の腕を枕にして寝そべる。感じる体温が彼を人間たらしめる。生きている。彼はこの世界で確かに生きている。死んでいる者が持つ冷たさではなく、生きているからこそ内包し、発せられる温もりだ。それのためなら、反承司零奈は戦える。

 

 これからの多少の道なりには目を瞑ろう。その代わりに、アレだけは絶対にさせない。そう心に誓う。聞いている者はない。心の中で、自分自身に立てる誓いだ。その為にこれまで頑張ってきたのだ。弱点を教えられ、克服し、長所を伸ばしてきた。自分にならやれる。やらなくてはならない。

 

 頭の上に手が置かれる。また撫でてくれている。どの格闘家よりも硬く、どんなに傷だらけな人よりも傷が多く、誰よりも温かくて優しい大きな手。不思議なものだ。呪詛師を絶対に逃がさないのに、この優しさを知った者達も逃がしてくれないのだから。ある種の呪いに匹敵する。

 

 少しの間頭を撫でてもらった反承司は、ありがとうございましたとお礼の言葉を言ってから体を起こした。先と同じように隣に座る。そして、別の話をするのだ。京都に行く龍已に付いていっても良いかと。東京ではなくて、京都の対応をさせて欲しいと。貴方の戦う姿を、近くで見せて欲しいのだと。

 

 推しだからとか、観察したいからとか、そういう理由ではなかった。ふざけた様子も無い、真剣な眼差し。龍已はその目と正面から向き合い、頷いた。学長に掛け合ってみようと。許可が出れば、一緒に来ても構わないと言い、反承司は嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────で、何故お前が一緒に来るんだ、甚爾」

 

「あー?」

 

「私と龍已先生だけで行くと思ったのに、何でこのフィジカルゴリラが……」

 

「イイじゃねーかよ。あっちには五条の坊も居んだ。俺が京都の方行っても問題ねーだろ」

 

「目的は?」

 

「暁美と津美紀が本場の八ツ橋食いてーんだと」

 

「百鬼夜行の対応だぞ。旅行ではない」

 

「わーってるよ。だから帰りに土産として買ってくんだよ」

 

「はぁ……」

 

 

 

 時が経ち、百鬼夜行が近くなった。そこで龍已と、夜蛾から同行の許可を得た反承司が新幹線に乗って京都へ移動している。だがその2人についていく人物が、伏黒甚爾だった。事前に甚爾がついていくという話を聞いているなら、龍已は何も言わなかった。つまり、許可は得ていない。

 

 勝手についてきたのだ。今頃夜蛾は甚爾が居ないことに気が付いた頃だろう。来てしまっているものは仕方ないし、帰れと行っても絶対に帰らないだろう。龍已は溜め息を吐きながら、新幹線の中だが夜蛾に電話を掛けた。普通に出た夜蛾だが、甚爾がついてきたことを報告すると、呆れたような溜め息を吐いていた。

 

 もういいから、甚爾も京都の対応をさせろという指令を受けたので了解とだけ言って通話を切った。強化された聴覚で会話の内容を聞いていた甚爾は、許可が出たことにニヤリと笑った。

 

 

 

「まったく、自由だなお前は」

 

「仕方ねーだろ。百鬼夜行が東京と京都で起こるから近づくなっつったら八ツ橋買ってこいって言いやがるんだから」

 

「金は持ってきたんだろうな?」

 

「昨日パチでスった」

 

「このマダオほんとサイテー」

 

「パチンコが目の前にあんのが悪ィんだよ」

 

「山があるからみたいに言うな」

 

「つか、マダオってなんだよ」

 

「マジでダメなオッサン」

 

「言いたい放題かよ」

 

 

 

 なんと渡されたお土産用のお金は既に使い切っているという甚爾。いや、流石に新幹線に乗るための金は残しておいたようだが、それ以外はすっからかんのようだ。後ろのポケットに入っていた財布を取り出して逆さにしてもゴミしか落ちてこないところを見ると小銭すら入っていないらしい。

 

 お土産を買う金はどうするんだと聞くと、まあどうにかなるだろという楽観的な言葉が出て来た。いや本当に自由だなコイツと思わないでもない。椅子の背もたれを限界まで下げて寝の体勢に入った甚爾を見てはぁ……とまた溜め息を溢す。椅子は3列になっているので、龍已を挟んで反対側に居る反承司はゴミを見る目を向けた。

 

 気配と感じる視線でそれを察知している甚爾だが、慣れているのか何も言ってこなかった。いや、慣れてしまっている時点で大分最悪なのだが、もう良いかと放っておくことにした。

 

 駅に着くまでまだまだ時間があるので、龍已も一眠りしようかと椅子を倒すレバーに手を掛けると裾を引かれた。引っ張ったであろう反承司の方へ目を向けると、トランプが入ったケースを見せながらニコニコとしていた。どうやら遊んで欲しいようだ。別に眠いわけでもないので、快く付き合うことにした。

 

 

 

「むむっ……ババは……えーっと……右だろうから左!……うわーん!」

 

「外れ。次は俺だな」

 

「ふふん。私のポーカーフェイスを破れ……あっ」

 

「これで俺の3連勝だ」

 

「うぅぅっ……龍已先生ポーカーフェイス強すぎ……」

 

「元からだ」

 

 

 

 トランプでババ抜きをしていると、ポーカーフェイスが石像のようにカチコチの龍已は連勝を重ねていた。というよりも、反承司が分かりやすいだけなのだが。必死にバレないようにしているから逆に分かりやすいという悪循環を繰り返し、勝負に負けていた。でも楽しそうである。

 

 そろそろ同じものばかりやっているので飽きがくる頃だ。なので今度は七並べでもしようとしていた。トランプを切って設置できるテーブルの上に並べようとして、後ろの方からざわりとした声を聞いた。その声は段々と大きくなっていき、最後は悲鳴に変わった。何事かと椅子と椅子の間から後ろを盗み見てみると、どうやら事件のようだ。

 

 無情髭が伸びて焦点が合っていない40代後半辺りの男性が右腕に子供の後ろ襟を掴み、右手には包丁を持っていた。人質として捕らえているようだ。目的は何か知らないが、異常者であることに変わりはない。犯人を刺激しないように、男に近い他の客は離れていく。だが、その中でも1人の女性は泣きながら誰かの名前を叫んでいた。人質の女の子の母親だろう。

 

 

 

「へへ……もう何もかもどうでもいい……最後くらい誰かぶっ殺してやる……へへへ」

 

「えぐっ……ひっく……ママぁ……っ」

 

 

 

「花菜……っ!花菜ぁ……っ!!」

 

「待て!近づいたら危ない!」

 

「嫌よ!わ、私の娘が捕まっているのよ!?花菜!花菜ーーっ!!」

 

 

 

「ふわぁ……ンだようっせーな。気持ち良く寝てんのによ……ぁあ?」

 

「人質を取って乱心している奴が居るだけだ」

 

「はぁ?チッ。新幹線止まるじゃねーか。メンドクセー」

 

「何で態々この新幹線なんでしょうね。龍已先生、どうします?」

 

「ふむ……」

 

 

 

「おい近づくな!止めようとしたらオマエらも殺すからな!!」

 

「うぅっ……ひっく……たすけて、ママぁ……」

 

 

 

 日夜人ならざるものとばかり殺し合いをしている龍已達は感覚がおかしくなっていて、人が殺されそうになっている危険な状況でも酷く冷静だった。龍已は呪詛師に一般人が殺されるのは我慢ならないが、常日頃何処かで起きている一般人が起こす殺人事件等は興味が無い。あくまで呪詛師が絡んでいることだけだ。興味があるのは。

 

 甚爾は元から他人なんて別にどうでもいいという考えをしている。妻の暁美や娘の津美紀、息子の恵などが危険に迫っていたら動いていたかも知れないが、他の者達がどうしようが興味が無いのでまた寝の体勢に入ろうとして、備え付けのアイマスクを目に掛けた。

 

 そして反承司は、龍已と家入以外がどうなろうと全く興味が無いので、目の前で死んでも何とも思わない。犯人が人質にしている小さい女の子をズタズタに裂いて殺そうが、そんな女の子と目が合おうが助けてあげたいなどとは考えない。龍已にどうするか聞いたのは、自分達にも面倒の粉が降り掛かる前に鎮圧するか、勝手に鎮圧されるまで放っておくかを聞いたのだ。

 

 呪術師は人々を守るヒーローではない。人が知らない場所で知らない化け物を人知れず祓うだけの存在だ。困っている人が居れば必ず助けるのは彼等のやることではない。警察などが居るのだから、彼等に任せておけば良いのだ。視た限り呪詛師でもなく本当に単なる気が狂った一般人である。

 

 さてどうするかと考えている間に、乱心の犯人は少しずつ前に移動していた。捕まえている女の子を無理矢理歩かせながら、1歩ずつ龍已達の方へ来ていた。このままだと唯一何の反応も見せず座ったままの自分達に何かしらの行動を取ってくるだろう。なので仕方ないと、龍已は隣の甚爾を揺すった。

 

 

 

「んぁ?なんだよ」

 

「あの犯人の手脚の健を斬ってこい。()()()()()()()()()()な」

 

「はぁ?メンドクセーからパス」

 

「できたら京都の土産を好きなだけ買ってやるし、遊ぶ金も少し出してやるが」

 

「……幾らだよ」

 

「お前の小遣い分だ」

 

「2倍」

 

「……まあ良いか。その代わりに百鬼夜行はしっかりと働けよ」

 

「ククッ……了解しましたご主人サマ。あとナイフくれ」

 

「クロ。普通のナイフを出してやれ」

 

「……っ……けぷッ」

 

「ンじゃぁ……──────サクッと終わらせてやるか」

 

「年下から金をもらう年上って……」

 

 

 

 首に巻き付いていた蛇型の武器庫呪霊クロが、龍已の言葉に頷いて口を開き、中から普通のサバイバルナイフを吐き出した。それを手に取って弄びながら感触を確認すると、シートベルトを外して首を傾け、関節をごきりと鳴らした。金が無くてどうするかと思っていたところに渡り船だ。さっさと終わらせてしまおうとニヤついた笑みを浮かべる。

 

 反承司は年下の人に金を貰おうとしていることに普通にドン引きしていた。でも、この場は甚爾に任せることにして興味なさそうにトランプを切り始める。甚爾はフィジカルギフテッドで強化された聴覚で辺りの音を拾ってタイミングを見計らっていた。

 

 周囲の人間の意識が割かれ、動き出しても構わないタイミングを。誰かに見られないように体の陰にナイフを隠しながら上半身を起こして前のめりになる。脚の発達した強靭な筋肉を力ませて、何時でも動き出せるように準備を整えておく。そして、待つこと数秒で絶好のタイミングが訪れた。

 

 女の子を人質にしていた犯人は、勇気か蛮勇か接近した一般人の男性に驚いて蹴りを入れて距離を取らせた後、女の子に向かって包丁を振り上げて刺し殺そうとした。人が刺されるという場面。人はその瞬間を無意識の内に見ないよう顔を背けて目を瞑る。そこを超人の肉体を持つ甚爾は狙った。

 

 出せる最高速度を、天井や壁を足場に跳ね回りながら接近して擦れ違い様に手脚の健をナイフで断ち切った。五条悟でも速過ぎて目で追えないと言わしめた速度は、一般人の……それも顔を背けてしまった者達の視界には到底映り込むことはなく、知覚されなかった。1秒にも満たない神速で行われた行為を終えて、甚爾はいつの間にか先程の変わらない姿勢で椅子に座っていた。

 

 使ったナイフは、甚爾の速度が速過ぎて血すらも付いていない。血払いをすることもなく、クロの口の中にナイフを押し込んでアイマスクを降ろし、寝の体勢に入った。仕事は終わったから降ろされる駅まで寝かしとけと言っているようだった。

 

 

 

「死ねぇぇぇぇぇぇッ!!!!…………あ、あれ……俺の腕……脚……ぃ、いでぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!いでぇよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉッ!!!!」

 

「ママ……っ!ママぁ……っ!!」

 

「良かった……っ!花菜、無事で本当に良かった……っ!」

 

「な、なんだ?犯人がいきなり血を出して倒れた……?」

 

「そ、そんなことよりも拘束しろっ!暴れられる前に!」

 

「そう……だな……よし、皆手伝ってくれ!」

 

 

 

 後ろからバタバタと忙しない音が聞こえる。一般人からして見れば、犯人が人質の女の子を包丁で刺して殺そうとしたところ、突然血を出して倒れただけだ。それも立ち上がろうとしても立ち上がれない。痛みで藻掻き苦しみながら泣き叫ぶだけなのだ。

 

 周囲を少し見渡して、何が起きているのか困惑しながら犯人を取り押さえている一般人達を確認し、椅子に座り直す龍已。依頼通り誰にも知覚されずに一連の行動を終わらせた。後で金を渡しておこうと考えながら新幹線に流れる車内放送を聞いていた。

 

 

 

「ちょうど良い切れ味のナイフだったぞ、クロ。お前も良くやった」

 

「……♪」

 

「……………………。」

 

 

 

 ──────伏黒甚爾の動き……全く見えなかった。体術の授業でやる動きなんかじゃない。本気の速度……本当に……見えなかった。けど、龍已先生は完全に見えていたようだし、それだけの動きが出来るって信頼してた。だから自分でやらずに任せたんだ。呪力が0だから万が一も無い。……私もまだまだ足りてない。

 

 

 

 クロを撫でている龍已と、次の駅で止まるまでの間寝る甚爾を尻目に、反承司は内心穏やかではなかった。2年生に上がったことの他にもしっかりと実力は付けている。入学当初には持久力が無いという問題も、走り込みや長時間の鍛錬を行って解決した。術式の使い方も、自分で言うのも何だが上達している。

 

 武器術も多くの武器で試して近接戦が出来るようになった。でも、それでも伏黒甚爾には勝てず、時々時間の空いた龍已にも稽古をつけてもらったが、力の差、果てしない壁、越えるのが困難を極める別次元の強さを目の当たりにするだけだった。もっと強くなりたい。強くならなくてはいけない。なのに無力感を実感するだけ。

 

 変な事件が起きるまで遊んでいたトランプのカードが、手の中でぐしゃりと潰される。それで心が晴れるわけがない。でも何かしないと口に出してしまいそうで嫌なのだ。強くなりたいなら強い人から技術を盗み、己の力としていくのが1番良い。教えてもらえたら最高だ。つまり、今の自身はとても恵まれている。超人の肉体を持つ伏黒甚爾。五条悟にも匹敵する特級呪術師の黒圓龍已。この2人から1番良く指導を受けているのは自分だ。

 

 でも、強くなっていても強くなっていると思えない。並び立てるとは思えない。刻まれた術式は強力だ。甚爾は呪力すら存在せず、龍已の術式は言ってしまえば呪力を飛ばすだけ。やろうと思えば誰でも出来るのだ。少し細かな操作が可能なだけ。なのに、天与呪縛で銃を介さないと使えない。言葉にすれば簡単なのに、この2人は明らかに別次元の遙か高みに君臨する。

 

 惨め……とはいかなくとも、焦りがやってくる。このままではこの業界、この世界を生き抜くなんて無理だ。人は簡単に死ぬ。少しの衝撃。小さな病気。ふとしたきっかけ。それだけで人間は容易く死ぬ。呪いという負のエネルギーが渦巻く世界で身を置く自分は、何があろうと強くならなければならない。でないと、生き残れず死ぬだけだ。

 

 

 

『車内で事件が起きたため、当新幹線は緊急停止いたします。ご乗車の皆様、ご迷惑をお掛けして誠に申し訳ありません』

 

 

 

「おい甚爾、起きろ」

 

「んぁ……着いたのか」

 

「降ろされる駅にな」

 

「ふわぁぁ……あ゙ー……寝たりねェ」

 

「目を閉じて数秒で寝てたぞ。どれだけ寝付きが良いんだ。……?どうした反承司。気配が揺らいでいるぞ」

 

「……ふぅ……大丈夫ですよ!何でもないです!ちょっと新幹線酔いしたかな?って感じなので」

 

「そうか?気分が本当に悪くなったら俺か甚爾に言うんだぞ。必ず今日中に着かなくてはならない……ということはないからな」

 

「はーい!」

 

 

 

 元気よく返事をして言葉を返す反承司は、上げた手とは反対の手を強く握り締める。駅に着いたので駅員が車内に入って現場を確認し、乗っている乗客に声を掛けて外に出てもらうよう指示を始めた。それぞれの荷物を持って出口に向かう人の列に3人も紛れ込んでいく。

 

 背丈が188センチの甚爾と182センチの龍已は周りよりも大きく、結構目立つ。なので見失うことはない。2人の背中を見ていると、後ろに居ることもあってか自分達の立場を想起させる。彼等は前に、そして高みで、自身は後ろの遥か下。置いて行かれるというよりも、追い付けず、並び立てない。

 

 詰んできた経験も鍛錬の量も全く違うのだから当然と言えば当然なのだが、あそこへ辿り着く自分の姿すらイメージ出来ない。あそこへ行きたいのに、行けない。それがやはり嫌で手を伸ばしていた。人混みの中、置いて行かれるのを怖がる子供のようだ。そんな反承司の手を、龍已が掴んだ。彼と甚爾が止まって振り返る。2人とも手を伸ばしていた事に首を傾げていた。そんなに見失いそうになる人の多さか?と思っていることだろう。

 

 こんな風に立ち止まって、手を取って引き上げてくれようとはしてくれる。優しいなとも思う。でも、2人が居るところは遠すぎて、引き上げてもらうくらいじゃ上がれないのだ。手から感じる温かさが冷たく感じるが、努めて笑みを浮かべてお礼の言葉を言った。念の為に繋いでおくかと言う龍已と手を繋ぎながら駅を出て、適当な建物の立ち入り禁止な屋上へと出た。

 

 

 

「ンで?どーすんだよ。確認やら何やらで数時間は動かねーぞ」

 

「車で行くのもな……甚爾と反承司は高所恐怖症か?」

 

「高いところは大丈夫ですよ!上から見る景色とか好きですし!」

 

「俺も別に何ともねーな」

 

「そうか。それなら使えるな。──────『黑ノ神』起動」

 

「おいおいマジかよ。それ使うのかよ」

 

 

 

 首に巻き付いたクロが吐き出したのは、龍已の持つ呪具の中でも特別別格な性能を持つ『黑ノ神』であった。全く同じ形のユニットが6つで1つの異例特級呪具。存在を存在させない術式により、何者にもその場にあることが解らず、姿すら観測することは出来ない代物。それを全て出して、龍已にだけは見えるユニットの2つの上に乗った。

 

 まだ半分も進んでいないのに、此処から車で行ったらかなりの時間が掛かる。それなら空から直線距離で行ってしまおうと考えたのだ。3人は体幹もバランス感覚も優れているので、かなりの速度を出しても大丈夫だろう。

 

『黑ノ神』の術式を解くと、黒のユニットが姿を現す。甚爾も何気に目にするのは初めてなので興味深そうに見ている。叩いてみても、『黒龍』と同じ特殊金属を使用しているので壊れない。例えビルの上から落とそうと傷一つつかない硬度を持っている。龍已はそれぞれ2つ使って上に乗れという。意図を察してすぐに乗ると、彼から試験管の中に入った透明の液体を渡された。

 

 

 

「これは数時間だけ他者の認識を誤魔化す呪具だ。全部飲んでおけ。人が空を飛んでいるところを見られれば騒ぎになる」

 

「味って……」

 

「製作者はイチゴ味にしたと言っていた」

 

「えっ……あ、美味しい」

 

「味まで再現出来んのかよ。どんな呪具師だ」

 

「──────世界最高の呪具師だ」

 

 

 

『黑ノ神』の上に乗って移動していると、人が飛んでいる光景が映る。そうなれば大きな騒ぎになるだろうから、他者の認識を誤魔化す呪具を渡したのだ。飲んでしまうので使い切りだが、こういう時に使わずして何時使うのか。まあ、甚爾に渡すと何しでかすか解らないのは確実だが。

 

 試験官の中身を飲んで効力を発揮したのを実感すると、乗っている『黑ノ神』から呪力が放出されて宙に浮かび上がった。最初は落ちそうになった反承司だったが、すぐにコツを掴んで揺れることもなかった。対して甚爾と言えば、『黑ノ神』の上で寝転んで新幹線からパクったアイマスクをつけて寝ようとしていた。

 

 龍已は普通に座っており、反承司も立った状態だと疲れてしまうのでゆっくりと座った。準備が出来たと判断したら、高度を上げて前へと進んでいった。空から見る景色は良いものだ。風も気持ちが良くて清々しい。快晴な空な事もあって晴れやかな気持ちになれる。

 

 先程まで抱いていたモヤモヤとした気持ちに光が差すようだ。もしかして、それを感じ取ってこんな風に空から行く方法をとってくれたのだろうか。下の景色を眺めていた顔をチラリと龍已の方へ向ける。彼は携帯で道を検索して、睨めっこをしていた。私のためなのかな、違うかなと、彼の中にある真実を想像しながら、反承司は笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 ナビの地図と睨み合う龍已と、空の上でも寝ている甚爾と、ニコニコしている反承司は長い空の旅を終えて京都に辿り着く。起こるのは呪詛師夏油による百鬼夜行。果たして夏油はどちらに現れるのだろうか。

 

 

 

 

 







反承司零奈

何かに囚われていて、強くなることに焦りを抱いている。比べる相手が悪すぎるのは自覚しているけれど、どうしても彼等と比べてしまって酷い負の感情が胸の中を巣くう。

自分は呪力を使っているのに、呪力の無い伏黒甚爾に負け、術式の技術は龍已に全く追い付けない。まだ子供で学生なのだから無理しなくていいのに、何故か強くなろうと急いでいる。




伏黒甚爾

お土産を買ってくるのと、移動するための金を殆どパチンコでスった人。あー、どうすっかなーと適当に考えていたら、龍已から手頃なバイトをやらせてもらったのでこれで一安心。

ずっと寝ようとしているのは、京都にはこんなに色んなものがあると暁美と津美紀からずっと話を聞かされ、寝るのが遅くなって寝不足だから。恵はさっさと寝た。

毎月のお小遣いは5万円。大体2日で無くなる。




黒圓龍已

流石に京都までの道のりをナビ無しでは無理。携帯の電波が途切れないくらいの高度を維持しながら京都の高専を目指している。

空から行くようにしたのは、気配で何となく反承司が落ち込んでいたから。何に落ち込んでいるのかは解らないが、気晴らし程度の気持ちでやった。

『黑ノ神』の上で寝転び、寝ている甚爾にどんだけ神経図太いんだと呆れている。




庵歌姫

今日やって来る龍已ともう一人の東京校の生徒を待っていたら、なんか空から来て普通に驚いた。あと何で伏黒さんが居るの?





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第四十三話  百鬼夜行開戦



最高評価をしてくださった、彰村紫 おとど S,U トムハチ Joan 鷹箸 KG社長 唯の鮫 さん、ありがとうございます。




 

 

 

 12月24日。呪詛師夏油の宣言した百鬼夜行当日。集められた呪術師達は各々自分の持ち場についていた。龍已に指示をされ、基本2人一組体制をとっている。片方が苦戦しているなら手助けをするようにと。そしてそれが出来るようにと。

 

 差し向けられる呪霊の殆どが2級以下の雑魚であるとしても、油断していると途端に死んでしまう。念には念をという方が良いだろう。特級呪術師である龍已の言葉に反対する者は居らず、今も戦いの準備を整えている。

 

 そうして指揮権を持つ龍已と言えば、何処へでも最短で駆け付けられる京都の中央に居た。彼の周りに呪術師は控えていない。離れた場所にこそ居るが、それでも少人数だ。それは何故か?彼の周りに人は要らないからである。龍已が死ぬような相手が居るなら、誰が傍に居ても同じだ。

 

 故に彼は、自身の広大な術式範囲を使って京都の中央から円形に4.2195キロの範囲を1人で担当する。その範囲内に入っている呪術師は念の為に居るだけに過ぎない。そうして呪霊や呪詛師が現れるのを待っていると、それらは空からやって来た。呪霊や呪詛師を呑み込んだ巨大な呪霊が空から落としてきたのだ。

 

 約2000という膨大な呪霊と、何人もの呪詛師の集団。百鬼夜行が始まったと、担当している地区に現れた呪霊達を祓い始める呪術師達。龍已は静かに両手の『黒龍』を左右に構え、他者には見えない『黑ノ神』を前方後方に3つずつ配置した。8つの銃口は膨大な超音波状の呪力を撃ち放った。

 

 

 

「──────『呪心定位(じゅしんていい)』」

 

 

 

 自身を中心とした半径4.2195キロを丸裸にする。存在する建物の形から範囲内に居る呪霊とそれが内包する呪力。それに伴う等級。呪詛師の数。それらが全て龍已の頭の中にある。だが調べられた者達はそれに気が付くことはない。超微小な呪力の音波故に、感じ取ることができないのだ。

 

 察せられるのは六眼を持つ五条悟だけ。しかしこの呪力の音波を散らせば、その近くに居るということが解る。つまり放たれれば居場所は必ずバレるのだ。そして居場所がバレれば、龍已はその場から動くことなく攻撃に移る。

 

 スキャンしたことで感知した呪霊548体。呪詛師26()。合わせた数574。しかし龍已はその数の2倍の呪力弾を用意した。その数は1148発。それはたった2発の弾丸から生み出された。真上に撃ち放たれた莫大な呪力を込められた弾丸は、遙か上空で残る1146発に分裂した。そして感知した呪霊と呪詛師の真上に2発ずつ配置される。

 

 例え分裂しようと1発の呪力弾に込められた呪力は膨大。それを質量そのまま使うのではなく、範囲を狭めて極細にし、1センチ程の極細な光線に変えて、墜とした。命を容易く奪う光線が、夜空に煌めく流星の如く降り注ぐ。敵を逃がさない、逃がしてくれない光である。

 

 

 

「墜ちて来い──────『碧落(へきらく)墜祓(ついばつ)』」

 

 

 

 内包した呪力を細く窄めることで速度を加速させ、貫通力を底上げする。結果、真下に居た呪霊は(心臓)を正確に撃ち抜かれた後、内部から大爆発して祓除された。呪詛師は頭を撃ち抜かれた。呪力で頭を貫かれたので万が一の反転術式も効かない。なのにそれがもう1発撃ち込まれるのだ。

 

 4.2195キロの範囲内に居た574という数字は、ほんの数秒で0となった。呪心定位を使っても、範囲内に生存は無し。しっかりと確かめると、今度は呪術師と戦っていた呪霊が範囲内に入り込んだ。常に『黑ノ神』6機を使って呪心定位で距離と数を把握しながら、『黒龍』をレッグホルスターに納め、首に巻き付くクロから『黒曜』を受け取った。

 

 重量250キロを一切感じさせない軽さで地面と平行に構え、頭の中に入ってくる呪霊の位置と『黒曜』の銃口を合わせる。遮蔽物が多くてスコープを覗く意味は無いので、ただ構えて引き金に指を置いた。すぅ……と息を吸って引き金を引く。『黒曜』の術式により大きな発砲音は無く、アンチマテリアルライフルの長い銃身を通って呪力弾が発射された。そして、建物の壁などを()()()()()

 

 音速を超えた速度で飛んでいく呪力弾は、多くの障害物である建物を完全に透過していき、目標である呪霊の頭を正確無比に撃ち抜いて爆散させた。約4キロ先の目標を撃ち抜くという神業を何の苦もなく成功させた龍已は吸った息を静かに吐き出し、『黒曜』のボルトに手を掛けて引いた。

 

 ボルトアクション式なので、薬莢を使った場合はボルトを手動で引くことで排出され、戻すと次の弾が装填される。排出された薬莢は煙を出しながら弾き出されて宙を舞い、アスファルトの地面に落ちて高い音を奏でた。これは使い捨ての呪具である。呪力を込めると、その呪力が無機物を透過するようになる。透過の薬莢だ。

 

 

 

「……次は南西か。……すぅ……──────」

 

 

 

 引き金を引く。音も無く膨大な呪力が込められた呪力弾が発射され、約4キロの旅路を終えて呪霊の頭を吹き飛ばす。ボルトを引いて薬莢を排出し、次の弾を装填する。敵の位置を常に把握し、範囲内に入った者を1発で排除していった。4キロ先の間とを撃ち抜くなんぞ、龍已からしてみれば造作もない。

 

 呪力弾なので風も重力も、そして透過の薬莢を使っているので障害物も関係無いと言えば簡単に思えるが、龍已は撃った呪力弾の進行方向を途中で変えていない。真っ直ぐ直線に撃ったままにして、動いている呪霊の頭を撃ち抜いているのだ。恐ろしいほどの神業である。1ミリでもズレがあれば何メートルと着弾点がズレるだろうから。

 

 そうして撃ち続けていると、マガジンの中にある弾が無くなる。『黒曜』から空のマガジンを外してレッグホルスターの『黒山』の後ろ部分にカチリと嵌める。代わりに取り付けておいた別のマガジンを外して手に取り、『黒曜』に取り付けた。頭で考える弾を勝手に装填するのが、この『黒山』の術式であり、弾は異空間になっている付属の小さなポケットから自動的に取り出される。つまり、龍已は撃ち続けて居れば良いのだ。

 

 音がない狙撃が何分か続いた。『呪心定位』で位置を探りながら、頭に思い浮かべるのは夏油が来ないことだった。半径4キロの範囲内に入れば解るし、夏油を見つけ次第龍已に報告が来るようになっている。しかし一向に連絡が来ないのだ。何時でも瞬時に掛けられるよう、自分の任務用携帯の番号は打ち込まれた状態にしてもらっている。なのでコールさえ来れば来たことになる。

 

 狙撃で撃ち祓った呪霊の数が100になりそうになった頃、龍已の任務用携帯に着信が入った。構えていた『黒曜』を肩に担いでポケットの中から携帯を取り出す。非通知ではなく反承司零奈と書かれていたので、まさか彼女の方に現れたのかと思い、通話ボタンを押して耳に当てた。

 

 

 

「反承司か。夏油が来たのか?」

 

『あ、ごめんなさい。違うんです。私の所の呪霊は全部祓ったので場所移動をしてもいいか聞きたくて』

 

「構わない。動く際は他の呪術師を最低1人連れて行くように。それと怪我はないか?」

 

『大丈夫ですよ!1級呪霊が何体か出て来ましたけど、術式使われる前に祓いましたから』

 

「……そうか。では、引き続き頼む」

 

『はーい!』

 

 

 

 元気が良い返事を聞いて通話を切った。明るい声とは裏腹に、龍已は反承司が祓っただろう呪霊について考える。1級呪霊は決して弱くはない。むしろ特級を抜いた最上位の強さを持つ呪霊だ。現在2級呪術師をしている反承司だと、数値上は準1級の呪霊を相手にするだけで精一杯のはず。しかし彼女はその1級呪霊を数体祓いつつ、無傷だと言う。

 

 とっくに1級としての強さを持っている。これなら昇級をしても問題ないだろう。担任は五条なので、後で1級に推薦しておくか?と考えていると、またしても携帯に連絡が入った。次は誰なのかと画面を見れば、伏黒甚爾と書かれていた。アイツが見つけたのか?と思ったが、何となく反承司と同じ感じがする。取り敢えず出てみれば、戦闘音が聞こえてくる。

 

 

 

『おーい聞こえてるか?』

 

「後ろの音がうるさいが、何の用だ?」

 

『あー、俺が居るとこはもう祓い終わるから、適当に動いて祓っとくぜ』

 

「了解。呪詛師はどうしている?」

 

『顔が判るように頭に呪具のナイフ突っ込んでる』

 

「なるほど。では引き続き頼む」

 

『おー。あぁ、特級の呪霊も祓ったからボーナス頼むぜ』

 

「……なんの呪具で祓っているんだ」

 

『特級呪具の游雲でボコ殴りにしてる』

 

「……そうか」

 

 

 

 まあ、アイツは普通の特級呪霊では死なないだろうなと思いながら通話を切った。呪力が0になることと引き換えに超人の肉体と五感を手にした甚爾は、呪具も無しだと4級呪霊すら祓えない。しかし逆を言えば呪具さえあれば1級呪霊も祓えるということだ。

 

 現に所持している特級呪具の『游雲』を使って特級呪霊を祓ったという。周りにも呪術師が居て、祓う場面を見ていただろうから祓ったと嘘を言う意味は無いだろう。まあ、甚爾の強さは認めているので、彼が特級呪霊を祓ったと言われても別に驚かない。やっぱりかという思いだけだ。

 

 通話を終えた龍已は、肩に担いだ『黒曜』を両手に持って構える。話している間に範囲内に40体程の呪霊が入り込んでいた。1発で仕留めていくのもいいが、その近くに呪術師が居て苦戦しているようなので、さっさと片づける事にした。

 

 一番近くに居る呪霊に向けて銃口を向け、引き金を引く。発射された呪力弾は直線に飛んでいって呪霊の頭を吹き飛ばした後、進行方向を変えてその場から一番近い呪霊に向かっていった。核を破壊して突き抜け、それを何度も繰り返す。飛び回る弾丸は範囲内に居る呪霊を全て一掃したのだ。

 

 

 

 ──────しかし、夏油は中々現れないな。それらしき人物の報告も無い。俺の術式範囲内に入れば必ず判る。百鬼夜行が始まってからそれなりの時間が経過している筈なのだが……。

 

 

 

 一向に姿を現さない夏油に疑問を抱く。もしかしたら京都ではなく、東京(あっち)に居るのでは?とさえ思う。殺した呪詛師も大した呪力も持っておらず、飛んでくる呪力弾に反応すら出来ていない。1発で死ぬ。夏油ならば精鋭のような者を集めていてもおかしくはない。なのにそれらしき者は居ないのだ。

 

 夏油が居るのは五条の居る東京か?と思いながら、『黒曜』で呪力弾を撃って数多くの呪霊、呪詛師を排除していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これで、この区画はラスト……ッ!!」

 

 

 

「凄まじいな……あの女の子は」

 

「東京の高専の子なんだろ?確か2年生だって言ってたな」

 

「1級に続いて特級呪霊も祓ってただろ。しかも素手の一撃でだ」

 

「俺、この百鬼夜行終わったらあの子を1級呪術師に推薦するわ」

 

「あれを見て文句言う奴は居ねぇよ」

 

「あんな可愛い子があんな強いのは反則だろ」

 

 

 

 ──────はーうっざ。見てないで戦えよ。何で2級呪術師の私が1級呪霊に特級呪霊まで祓わないといけないわけ?しかもアイツら熱心に見てるの私の胸とお尻ばっかだし。マジでキモい。呪われて死ね。推しに見られるならまだしも、お前らに見られてると鳥肌が立つんだよ。

 

 

 

 別の場所。担当していた地区に現れた呪霊を全て祓った反承司は、知らない呪術師を連れて違う地区にやって来て祓除を開始した。2級呪術師である彼女の戦いぶりは凄まじいもので、走りながら擦れ違い様に呪霊を爆発四散させていた。特級呪霊と鉢合わせた時も、拳の1つで割った風船のようにしてやった。

 

 呪力はまだまだある。精神的疲れも無い。戦いは続行可能だ。だから、後で龍已に褒めてもらえるようにめたくそに呪霊を祓い続けていた。そんな姿を、応援にやって来た呪術師達が呆気にとられながら眺めている。呪具で祓っているので時間が掛かる者も居れば、時間を要する術式により手こずっている者も居る。それを尻目に擦れ違い様の祓除だ。

 

 そして何と言っても、反承司は美人だった。それなりに高い身長に、制服の上からでも解る大きな胸。動いているときにチラリと見えるYシャツ越しの括れた腰。日本人らしい黒髪に琥珀色の瞳。整った顔立ち。なのに異様に強い。現在までかなりの呪霊を祓っている筈なのに、息一つ乱れず傷も無い。

 

 注目してしまうのも仕方ないだろう。今居る地区の最後の呪霊……10メートルはある巨大な呪霊に向けて、アスファルトの欠片を手に取り、呪力を込めて全力で投擲した。少女の肉体は呪力で強化されている。それで物を投げればそれなりの速度にはなるだろう。しかし、反承司が投擲したアスファルトの欠片は他の呪術師が捉えられる速度を余裕でぶっち切った。

 

 音よりも速い雷。雷速。それに迫る速度を叩き出して巨大な呪霊の胴体に大きな風穴を開けて祓った。後からソニックブームのような大気を叩く衝撃波がやって来て、反承司の黒髪がふんわりと持ち上がって揺れた。投擲した後の体勢を元に戻し、手で髪を後ろに払う。崩れ去る呪霊を最後に睨み付けると、鼻を鳴らしながらそっぽを向いて別の地区へ向かった。

 

 

 

「呪霊のクセに私を上から見下すな。(まと)がデカいんだよ雑魚が」

 

 

 

「つ、強ぇ……」

 

「あ、やべ。あの子についていかないと……っ!」

 

「祓った呪霊カウントしてあげろよー」

 

「解ってるわ!」

 

 

 

 見ていただけになってしまった呪術師の中から、反承司に付いてきてくれと頼まれている男が慌てたように走り出した。龍已や動きが速過ぎてそもそも置いて行かれる甚爾のような者達を除き、基本的に2人一組なので一緒に居なくてはならない。なので反承司が移動したら男も移動しないといけないのだ。あと、全然戦えていないので祓った呪霊のカウントをやっている。

 

 走って移動中。呪術師の男は全力で走っていた。にも拘わらず、反承司には一向に追い付けない。それどころか()()()()()()()()()。数メートルの開いた距離は数十メートルにもなり、次の地区に辿り着く頃には米粒くらいの差が開いていた。しかも反承司は呪霊狩りを始めている。

 

 これでは正確な数が計れていないと、確実に自分の方が長く呪術師をしているのに、学生の女の子に負けていると考えると不甲斐ない。だからせめてもと祓った呪霊のカウントをしているのに、それすら出来ていないのだから、内心で謝ることしか出来なかった。そんなこと、反承司は一切気にしていないし、男の事なんて何とも思っていないが。

 

 群を為して迫ってくる3級呪霊達を、跳躍して踵落としの要領で地面に叩き付けた。呪力の衝撃波が発生して地面に波を作り、広範囲に亀裂を入れて呪力を纏う鋭い土の破片を下から叩き付けて穴だらけにした。一掃するとその攻撃を凌いだアルマジロのように丸くなり転がってくる呪霊が目に入り、正面から向かって掌底を叩き込んだ。

 

 

 

「──────『月輪』ッ!!ラッキーで攻撃凌いだからって調子乗んな」

 

 

 

 アルマジロに似た姿をしていた呪霊は、トップスピードに乗って突進したのに掌底から生み出される衝撃と呪力に月輪を描いて消滅した。多少硬いからといって防げる攻撃ではなし。直接攻撃を叩き込めば御覧の通りである。

 

 掌底を叩き込んだ掌を開閉して感触を確かめ、問題ないと判断して顔を上げる。他の呪術師が対応している3級呪霊と少しばかりの2級呪霊。街灯の上で高みの見物をしている1級呪霊が1体居る。チマチマ1体1体祓うのが面倒くさくなった反承司は、大声で戦闘中の呪術師に上へ跳べと叫んだ。

 

 突然の大声につい咄嗟に上へ跳んだ呪術師達。反承司は前方に強く踏み出して跳躍し、体を1回転、2回転目で右脚を横凪に振り抜いた。呪霊の群れとの間にはまだ距離がある。そんなところで蹴りの真似をしても意味は無いと、咄嗟に跳んだ呪術師達が思い浮かべたが、その考えは次の瞬間霧散した。

 

 

 

「面倒くさいから、()()()()全部使ってやる。訳も解らず死ね──────『風薙(かぜな)ぎ』ッ!!」

 

 

 

 目には見えない何かが死神の鎌のように下を通過していったことは解った。呪力を帯びたそれは、呪霊の群れを端から端まで捉える。跳躍が終わった呪術師達が着地し、念の為に各々戦闘態勢にもう一度入った。だが、その必要は無い。先程まで相手にしていた呪霊達の動きが止まり、ゆっくりと上と下に両断されて崩れ落ちた。

 

 反承司の正面に居た呪霊は全部祓われた。たった一撃でだ。加えてその攻撃がどういう攻撃だったのか解らないのだ。えぇ……みたいな視線が反承司に注がれる。まあ態々知らない者に自分の術式の解説をする呪術師は居ないので、努めて無視した。

 

 残るは街灯の上で高みの見物を決め込んでいた1級呪霊のみ。一瞬で眼下の呪霊がやられたことに動きを止めている。睨み付けるは他とは違う気配を醸し出す反承司零奈ただ1人。彼女は呪力を放出して威嚇してくる1級呪霊に中指を立てた。

 

 

 

「捻り殺してやるからさっさと降りてかかってこい。お前を祓わないと次に行けないだろうが」

 

「ぞ、ぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞぞんッ!!!!」

 

「はッ!──────何言ってるか訳解んないから死ねよ」

 

 

 

 街灯を踏み潰し、体を大きくして筋肉のようなものを隆起させる呪霊。膨れ上がる呪力塊を前に、反承司は緩やかで美しい舞のような動きで構え……疾走した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────だから捻り殺すっつったろうが」

 

 

 

 全身を強く絞られた雑巾のように捻じ曲げられ、最後は側頭部に蹴りを入れられて頭を消し飛ばされた。頭を失った体が力無く倒れていき、倒れきる前に砕けて消えて祓われた。

 

 ぐちゃぐちゃにされて祓われた1級呪霊に興味も無さそうに後ろの髪を鬱陶しそうに手で払って鼻を鳴らしてそっぽを向く。強かにして強い少女。呪術師は彼女に釘付けだった。一体何者なのかと思案するが、着ている服が高専の服であると解ると瞠目する。高専はこれ程の生徒を育てているのかと。

 

 その思いが伝わってきて、反承司は内心で龍已先生に鍛えられているんだから強くて当たり前だろと、誰に言っているのか解らないが得意気になった。ある程度の()()は終えたので次の場所へ移ろうとする反承司。するとそんな彼女の元へ、巫女服に似た服を着た女性が駆け寄った。

 

 

 

「反承司じゃない!アンタこんなところまで来てたの!?自分の持ち場はどうしたのよ?」

 

「……京都校の庵先生ですか。別に、持ち場の呪霊全部祓ったんで、移動しながら他のとこのクソみたいに雑魚な呪霊を祓っているだけです」

 

「クソみたいって……っていうか全部祓ったの!?殆ど2級以下とはいえ1級呪霊とか紛れてたでしょ?」

 

「1級はもう何体も祓いましたよ。特級は1体ですかね。向かって来る奴ら取り敢えず全部祓ってるんで他の細かい数なんて知らないですけど」

 

「とっ……!?」

 

「もういいですか。龍已先生に褒めてもらうためにもっと呪霊共をぶち殺しておきたいんで、貴女とずっとお喋りしてる暇なんて無いんですよ」

 

 

 

 駆け寄ってきたのは庵歌姫。龍已の先輩であり、京都の高専で教師をしている女性である。準1級呪術師である彼女も百鬼夜行に対抗するために参加している。指揮権を任せられている龍已の指示で持ち場に居たが、周りと協力して呪霊の数を減らしたので他の応援のために動いていた。

 

 反承司を見つけたのは偶然だった。捻り殺した1級呪霊のところは見ていないが、強い呪力の気配を感じたので急いで向かったのだ。誰なのかと思ってみてみれば、数ヶ月前に行った姉妹校交流会で会った反承司だったのだ。龍已の傍に居て、他の生徒とは何処か一線引いているイメージを持つ彼女だが、話してみれば確かに。他の生徒というよりも、他者と一線引いているようだ。

 

 声色から実に興味が無さそうな冷たさを感じる。庵歌姫という人物は知っているが、だからなんだと言わんばかりの興味なさそうな声と目線。その態度で確信を抱けるくらい、話して早々その場を後にしようとする。確かに今は戦いの最中なので呑気に話をして良い状況ではないが、もう少し話をしてくれても良いと思う。

 

 年甲斐も無くムッとしてちょっと小言を言おうとした歌姫だったが、建物に手を掛けてこちらを上から覗き込む巨大な呪霊に気がついた。気配は準1級だろう。反承司がアスファルトの破片を投擲して祓った呪霊よりも大きい。全身から長く鋭い棘を生やし、傍にある建物を傷つけて移動している。

 

 また図体だけデカい雑魚が湧いたよと呆れている反承司と、強い呪力の気配に警戒を抱きながら構えて臨戦態勢を取る歌姫。力を合わせて一緒に祓うわよ!と声を掛けるが、はぁ……と溜め息だけ吐く反承司。この程度力を合わせる必要も無い。またアスファルトの破片で消し飛ばしてやろうと思った時、遠方より呪力の光線が呪霊を呑み込んだ。

 

 頭、腕、脚を残して胴体を極太の呪力の光線が跡形も無く消し飛ばした。呆気ない祓除と、光線に込められた計り知れない呪力量に唖然とする歌姫と、目をキラキラと輝かせて笑みを浮かべる反承司。歌姫は最初こそ何事かと思っていたが、よくよく考えればこんな事出来るのは2人しか知らない。その内の1人は東京に居るのだから、自ずと答えは出てくる。

 

 

 

「──────歌姫先輩も移動していましたか。怪我は……無いようですね。何よりです」

 

「龍已……っ!ふふっ、相変わらずスゴい呪力量と呪力出力ね!」

 

「ありがとうございます。……反承司も怪我は無いようだな。元の配置と残穢から察するに、相当な呪霊を祓っているだろう。偉いぞ」

 

「うぇへへ……うへへ……龍已先生に褒められちった……褒められちった……うひひ……」

 

「性格変わりすぎでしょ!?」

 

 

 

 だらしない顔でニヘラと笑う反承司を見て叫ぶのも無理はない。彼女は龍已が絡むとこうなるのだから。また変わった子が居るなぁ……と思いつつ、空からゆっくりと滑空して降りてきた龍已に笑みを浮かべる。京都の中央で半径約4キロの範囲をほぼ1人でカバーしていた龍已が何故此処に居るのかは解らないが、お気に入りの後輩に会えれば自然と顔がほころぶものだ。

 

 此処に硝子も居ればなぁ……と無いもの強請りをしてしまう歌姫は、顔を振って頬をパチンと叩いて意識を入れ替える。まだ戦いの最中なのだ。楽しいお喋りはこの戦いが終わってからでも十分だ。

 

 歌姫の気付けを見て首を傾げていた龍已は、歌姫から戦況を聞いた。彼女が受け持っていた呪霊の殆どは祓い終えている。あと少し残っているが、どれも低級なので他の呪術師達に任せて、自分は他の場所に居る呪霊を祓いに動いていること。反承司からも、この場所が移動して2つ目の地区であり、龍已が祓った大きな呪霊が最後だということを聞いた。

 

 反承司が実は本当に凄まじい量の呪霊を祓っている事を横で聞いて驚いている歌姫。嘘をつく必要も無いだろうから、本当のことの筈だ。後ろで男性の呪術師が反承司の祓った呪霊の大まかな数を報告してくるが、2級呪術師とは思えない戦果であった。

 

 

 

「なるほど。反承司、呪力はまだ残っているか?」

 

「長期戦になると思って温存しながらやってるんで、半分以上はありますよ!」

 

「ならお前は、引き続き移動をしながら呪霊の祓除を頼む。呪力が少なくなったら無理をせず休憩を取れ。お前のお陰でかなりの呪霊が祓われて皆が助かっている。本当に良くやっている。ありがとう。だからお前が休んでも、他の温存できている呪術師が代わりを務める」

 

「お、推しの頭ナデナデ……っ!あぁ……しあわふぇ……♡」

 

「歌姫先輩は彼から反承司との組を引き継ぎ、付いていてあげてください。呪霊を祓う速度は歌姫先輩の術式との関係上、反承司の方が早いので申し訳ありませんが彼女のサポートをお願いします」

 

「まあ、私の術式って時間掛かるものね。了解したわ。私に任せて」

 

「お願いします。俺は術式範囲内で『黑ノ神』を飛ばして呪霊を祓いながら、他の呪術師へ指示をするために動きます。何かあれば俺の携帯へ連絡を」

 

「うん。龍已もお疲れ様。後もう少しだろうからお互いに頑張りましょ。戦いが終わったら硝子も呼んで私の家で飲みましょうね」

 

「分かりました。楽しみにしておきます。では、また後程」

 

「えぇ。さっきはありがとね!」

 

 

 

 一機だけ傍に控えさせている『黑ノ神』に乗り、返事の代わりに手を振って答える龍已は、瞬く間に遙か上空へ行って別の方角へ飛んで行ってしまった。指揮権があるので、他の呪術師達へ指示をしなければならない。呪霊の数もかなり減っているのでここが正念場だ。

 

 

 

 

 

 百鬼夜行の京都方面は今のところ問題は無い。だが龍已は、東京が今どうなっているのかが気がかりであった。夏油は何をしたいのか。それを思案しつつ、他の場所を回りながら呪霊を祓っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────この禪院家に生まれた面汚しの猿が……ッ!!」

 

「あ?誰だオマエ。あぁ、あの家の……何だっけな。あー、ダメだ名前忘れたわ。誰だっけ」

 

「龍已君やん。久し振りやなぁ。折角やし俺とちょっと遊ばへん?そんなダッサいモン()は捨てて、男らしく拳を使って遊ぼうや」

 

「指示に従う気がないならば、指揮者として見過ごせん。素直に去るならば良し。でなければ──────禪院家といえど覚悟しろ」

 

 

 

 

 

 







碧落(へきらく)墜祓(ついばつ)

上空に散布した呪力弾の呪力を解放し、超広範囲に全滅の光線の雨を降らせる。『天の晄』の広範囲バージョン。光線を細くして範囲を狭めるという縛りで貫通力が底上げされている。




風薙(かぜな)ぎ』

反承司零奈が新たに編み出した技であり、前方に居る呪霊の群れを両断した。地上に居れば1級呪霊も真っ二つだった。




反承司零奈

褒めてもらう為だけに目につく呪霊を片っ端からぶっ殺し回っていた。他の呪術師を置いて高位の呪霊を数多く祓っているので、昇級の話は確実。むしろこの実力の子を2級にしておくのは勿体ないと話されている。

今現在一切の傷無し。受けた攻撃は0。大振りな攻撃に見えて、必要最低限の呪力消費に抑えているのでまだ戦闘は続行可能。歌姫を知っていたのは、今年の姉妹校交流会で会ったから。




庵歌姫

自分の持ち場の呪霊をあらかた祓ったので場所を移っていた。その時に偶然反承司の事を見つけた。自分の術式では反承司のように一瞬で呪霊を祓うことはできないので、龍已に言われた通りサポートに徹している。

龍已に頼まれたから普通にやっているが、これが五条だったら確実にキレ散らかしてた。百鬼夜行が終わったら家入と龍已を自分の家に招待して酒を飲んで語り合いたいと思っている。想像するだけで楽しみ。龍已が居る時点で死亡フラグはへし折れる。なので普通に楽しみにしてていい。




黒圓龍已

人知れず、約4キロ先にある呪霊の頭を正確に打ち抜いて祓っていた。最初の広範囲祓除は作戦であらかじめ決めていたので思いきりやったが、他の呪術師が核の差を思い知っていることを知らない。

何故狙撃をやめて指示を出し始めたかというと、狙撃ばかりで飽きてきたから。そもそも……



「俺は近接戦が得意で、遠距離は()()なんだ」



ちょっと距離感間違えちゃってるのに、神業連発させておきつつ、領域展開まで修得して言う言葉が遠距離が苦手というクソゲー先輩(黒い死神)はどうですか?




伏黒甚爾

呪力が0なので呪霊を自力で祓えない。けど、武器さえあれば特級呪霊を撲殺する事が出来る頭脳派ゴリラ。祓う方法は簡単。知覚できない速度で駆け抜けて、3節棍で全力打撃。これで大抵どうにかなる。てかなってる。

周囲に居る呪術師はなんかが通り過ぎたと思ったら呪霊が祓われているという状況。呪力が無いので呪力の気配は感じられず、残穢も出ていないので何が何だか解らない。まあ、呪具を除く残穢が無いのに祓われている時点で甚爾の仕業。




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第四十四話  悩み留まり



最高評価をしてくださった、叶翔 ひざグリ さん、ありがとうございます。




 

 

 

 特級呪詛師、夏油傑。彼が始めた百鬼夜行には数々の呪術師を投入している。呪術連やOGにOB、そして御三家。呪術界を語る上で外せない三つの大きな権力を持つ御家。五条家。加茂家。禪院家。今回の戦いには勿論参加している。

 

 参加しなければ、大きな権力と力を持っている筈の御三家が逃げたと思われ、何を言われるか分からない。沽券に関わってくるので参加は確実だろう。そんな禪院家の中で、実際に戦いへ参加する者を選んだ。誰か居ないかと禪院家26代目当主、禪院直毘人(なおびと)に問われた時、ポツポツと挙手された。

 

 参加する者が決まり、いざ百鬼夜行が開戦した時、それぞれは呪霊を祓っていた。御三家と呼ぶに相応しい戦果だろうことは間違いない。しかしそこへ、目にも止まらぬ速度で疾走し、擦れ違い様に呪霊を祓っていく者を発見した。呪力を全く感じられず、肉体の強みだけを活かした超人。伏黒甚爾である。

 

 目にした男は、腰に下げた刀の柄を強く握り締めた。思い起こすのは生物として備える純粋な恐怖。自分は奴にとって其処いらにのさばる有象無象に過ぎないのだと、自身で自身を断じてしまう程の圧倒的力の差。呪力も術式も持たない存在に対して抱く気持ちではないのは理解している。しかし、到底納得が出来ないのだ。

 

 

 

「禪院甚爾ィ────────────ッ!!!!」

 

「あぁ?俺は婿入りして今は伏黒だ。つか、なんか見覚えあんなオマエ。……誰だっけか。思い出せねェな」

 

 

 

 鞘に納まった刀を抜刀し、刀身の先を止まった甚爾に向ける。その男は禪院家の者であり、名を(おうぎ)と言った。禪院家当主である禪院直毘人の弟であり、東京の呪術高専に在籍している禪院真希と、京都校に在籍している禪院真衣の父である。それなりに禪院家でも発言権がある彼のことを、甚爾は覚えていない。

 

 術式を持たないどころか、呪力すら持たず生まれた甚爾のことを、禪院家は猿と断じて長年迫害していた。真面な育て方はされておらず、呪霊が居る森の中に放置されて襲われた事もある。そんな家に嫌気が然し、禪院家を出たのだ。それから何十年も経っており、当主の禪院直毘人以外の顔も名前も殆ど覚えていない。禪院扇もその1人であった。

 

 生物としての恐怖。心が負けを認めそうになるのを叩き起こして対峙しているのに、相手は何とも思っていないどころか自身のことを忘れたと言う。屈辱であった。猿風情に侮辱されたに等しい。禪院扇は内に抱く恐怖を拭い去る為にも、刀を甚爾に向けて殺意を滲ませる。

 

 

 

「──────駄目やろ扇のオジさん。アンタじゃ甚爾君には勝てへんよ。そんなモン自分で解ってるやろ?」

 

「黙れ直哉……ッ!!私は猿に遅れなぞとらんッ!!」

 

「馬鹿やなぁ。だから術式も戦い方もパッとせんねん。無駄なだけやから下がっとき。あ、甚爾君は久し振りやな。元気しとった?最近会わへんからどうしてるか考えとったんや」

 

「あー、ジジイの倅の直哉……だっけか」

 

「覚えててくれたん?それは嬉しいなぁ。ところで、京都を任されてる龍已君は何処に居るん?高専の姉妹校交流会以来会ってないねん」

 

「龍已ァ?アイツなら──────もう来るぜ」

 

 

 

 気配で察していた甚爾は、上を見上げた。つられて禪院扇と禪院直哉も上を見る。空から人がゆっくりと落ちてくる。地面の上に立っているかのような姿で、高度を下げているのだ。原理は解らないが、奴の術式は空を飛べるようなものではなかったはず。そう思っている扇を置いて、空からやって来た龍已は地面に降り立った。

 

 足が地面に付いた時も、彼には何ら変わりは無い。表情も噂通り無を表す。仕草一つ取っても、こちらの命を脅かすものではない。だが明らかに、向けられる怒気は無条件で臨戦態勢を取らせた。彼等の一連の動きは全て知っている。認識出来なかっただろうが、呪力の音波が届いていたのだ。

 

 

 

「百鬼夜行中に何をしている。そちらは禪院家の者ですね。何故鋒を甚爾に向けているのです。向けるべきは呪霊及び呪詛師の筈。甚爾が至らぬ事を仕出かしたならば俺が代わりに謝罪しますが」

 

「俺ァ何もやってねェ。呪霊祓ってたら怒鳴り散らされただけだ」

 

「実際のところ、『呪心定位』で事の詳細は把握している。だから解せない。何故攻撃的意志を向けるのかを。説明してもらえますか」

 

「あー、龍已君。扇のオジさんはちょっとココがやられてしまってんねん。無視してええよ。それよか、龍已君俺とちょっと遊んでくれへん?此処でばったり会ったのも何かの縁と考えて」

 

「……何?俺が何を言っているのか理解していないのか?こんな時に揉め事を起こしているから説明を求めているんだ。お前の遊びに付き合っている暇は無い」

 

「そうツレないこと言わんで──────やッ!!」

 

 

 

 駆け出した禪院直哉が途中で加速した。ほんの1秒程経っただけなのに、疾走の速度を軽く上回ったのだ。そして掌を向けて触れようとしてくる。龍已は突然攻撃的な行動に奔った直哉に苛立ちを感じながら、掌に触れない余裕を持って横にズレて回避した。脇を抜けていった直哉は更に速度を加速させ、後ろから回り込んできた。

 

 時間が経つにつれて速度を加速させていく直哉に龍已は翻弄され、追い詰められていく。……なんて事が起きれば話は早く終わったのだろうが、龍已はどれだけ加速されて迫られようと、一切触れられること無く、向けられた掌を悉く回避した。視界の中の、周りの光景が背後に恐ろしい速度で流れていく加速中の中、直哉は舌打ちを打った。

 

 何度も術式を使って加速しているのに、()()()()()()()()()。速度に追いついているのだ。目視して、伸ばされる手を見てから避けている。つまり余力は十分と言いたいのだろう。手を伸ばしても届いていない現状に、直哉は口元を歪ませて歯軋りをした。

 

 直哉と龍已が戦っている一方。禪院扇と甚爾も話が進んでいた。何故攻撃的なのか理由を知ろうとしていたのに、直哉に邪魔されているのだ。甚爾は面倒くさそうに頭の後ろを掻いている。扇は自身を前に敵とすら思っていない行動と馬鹿にしたような表情に青筋を浮かべつつ、何かで震える手を意図的に無視した。

 

 

 

「ンで、扇っつったか?名前聞いて思い出したわ。オマエあれだろ、真希のオヤジだろ」

 

「アレ等は私の子ではない。単なる出来損ないの胎でしかない。奴等の所為で私は当主に選ばれず、歴史の浅い術式を持つだけの兄が当主となった。全ては奴等が出来損ないだったからだ。娘だと思ったこともない」

 

「へー。相変わらずの家で安心したわ。やっぱり禪院(クソ)はクソじゃねーとな」

 

「呪いが見えず、私らが通る純粋な肉体強化の途中過程程度の肉体。相伝は持たず、小さなものを日に1つ創るのがやっとの呪力量と練度。それに加え、双子という凶兆。奴等は生まれてから何の役にも立っていない」

 

「そうかよ。俺には関係ねーことだ。だけどなァ?いつまで俺に武器向けてるつもりだ?やりあうってンなら、やってやってもいいぜ。ご主人サマからお許しが出たみたいだからな」

 

 

 

 チラリと目線を変えると、龍已が手話を使っていた。何かあった時のために共通して覚えていた暗号。それを読み取って、襲い掛かってきた場合は不可抗力ということで不問にするから、戦闘不能に追いやってしまえと言っていることを察した。

 

 昔に散々痛めつけられたクソ筆頭の禪院の奴を合法的にボコせるならこんな上手い話は無いと、甚爾はニヤついた笑みを浮かべながら舌舐めずりをした。戦う気になった甚爾から発せられる気配は、恐ろしく強烈であり、毛穴に針を刺し込まれている錯覚に陥る。

 

 目を限界まで見開き、体中から大量の汗を分泌する。刀の柄を握る手が震えを大きくさせ、刀がガタガタと音を鳴らした。何という事だろう。呪力も術式も持っている特別1級呪術師が、呪力も持たず術式すら持たない存在に対して怯え、心の底から恐怖している。武者震いなんぞとんでもない。正真正銘恐怖からくる震えだ。

 

 だが扇とて特別1級呪術師だ。恐怖で怖じ気づき、この場を引く……ことはない。ここで逃げれば一時的な心の安寧が訪れるが、結局のところ逃げたという事になる。禪院に生まれた猿に対してだ。それは到底受け入れられるものではない。

 

 

 

「術式解放ッ!!来いッ……禪院に生まれた猿がァッ!!──────『焦眉之赳(しょうびのきゅう)』ッ!!」

 

「クッ……ははッ!!」

 

 

 

 構えた刀に炎が宿る。炎を纏って唸りを上げ、周囲に高温の熱を放出している。扇の持つ術式の完全解放である。これで甚爾を斬り伏せるつもりだった。しかし、人間の域を超えた超人の肉体は、鮮やかで力強い躍動を見せながら神速の速度を叩き出し、手に持つ3節棍を振りかぶった。

 

 姿勢を低くしながら走っている甚爾に、扇は対応出来ていない。その凄まじい速度から完全に見失い、速度に対応出来ていないのだ。御三家に伝わる技を使えば、あるいは対応出来たのかも知れないが、今行っているのは自身の術式である。対応は自分でやるしかなかった。故に……扇は甚爾を認識する前に攻撃を受けていた。

 

 振りかぶられ、伸ばされた3節棍である特級呪具『游雲』は、唯一術式効果を持たない特級呪具だ。だがその代わり、持ち主の膂力によって与えられる一撃の重さは変わってくる。つまるところ、超人の肉体、最強のフィジカルギフテッドを持つ甚爾が『游雲』を扱えば、特級呪霊を一撃で撲殺できる破壊力を秘める。

 

 炎を纏う刀に叩き付けられた『游雲』は、抵抗も無しに刀を粉々に破壊して半ばからへし折った。そして速度を止めることなく扇の腹部に直撃する。くの字に曲がって大量の血を吐き出し、何が起きているのか理解出来ておらず限界まで目を瞠目させる。絶妙な武器術で扇の体は吹き飛ばされず、その場に蹈鞴(たたら)を踏んで体を蹌踉(よろ)めかせた。

 

 ふらりと、脚が後退りし、激痛を訴える腹部を両手で押さえながら視線を上げる。甚爾の事を睨み付けたのも束の間、ニヤついた笑みを浮かべて硬く握り込んだ右拳を振りかぶっている姿を見た。回避は無理だ。『游雲』の一撃で既に瀕死と言っても良い。それに甚爾の動きは、呪力で肉体を強化しようが見えず反応も出来ない。反射的な回避も間に合わない。結果。扇は甚爾の拳を顔面で受けた。

 

 強靭な筋力から来る衝撃は想像を遙かに超え、顔に暴走車が突っ込んできたと錯覚させた。それでも甚爾は、殺さないように加減をしている。本気でやれば頭が弾け飛ぶことを知っていたからだ。だから手加減したのだが、扇の体は十数メートル吹き飛ばされて店のガラスを突き破って壁にめり込んだ。

 

 

 

「が……ぁ゙………」

 

「猿、猿って言うのもイイが、その猿に()けるオマエは何て言えばイイんだ?ま、興味ねーけどな」

 

 

 

 拳を振り抜いた姿を最後に、扇の意識は完全に失われた。網膜に焼き付く程、甚爾の姿に恐怖を覚えた。これから先、扇が甚爾の事を忘れることはなく、忘れられる事もないのだろう。体の芯に深く刻み込まれてしまったのだから。

 

 呪術界の御三家と評される禪院家。そこでは相伝の術式を持っているかが重要視され、術式を持たない者は迫害される。ましてや呪力が無いとくれば壮絶な迫害を受ける。故に甚爾は家の者達から猿と呼ばれて蔑まれていた。しかし一方で、今の禪院家が在るのは甚爾の気紛れによるものだという認識が存在する。

 

 人間ですらないと蔑んでいた存在が、1度何かの拍子に禪院家に乗り込んで来れば、禪院家はその瞬間から全滅が確定する。それだけの力を、甚爾は持っていた。猿は猿でも、人間を超越している猿である。人間の呪術師では勝てないのもまた、仕方ないのかも知れない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────クソッ!クソッ!何でやッ!何でこんな届かへんねんッ!!こっちはほぼ最高速度やでッ!?何で()()()()()()んッ!!おかしいやろうがッ!!

 

 

 

 禪院家26代目当主、禪院直毘人の実の息子であり、相伝の術式を継いだ直哉は才能があった。現に特別1級呪術師をやっており、性格は兎も角として禪院家の中でも最高クラスの地位と実力を兼ね備えていた。禪院家の精鋭部隊で構成された『丙』の筆頭であり、次期当主の最有力候補である彼は、血を流すほど口を噛み締めていた。

 

 複雑で扱いが難しい術式をフルに使い、最高速度に達した。その速度は亜音速にもなり、飛行機と同じくらいの速度である。その速度の中、直哉は龍已に掌で触れようとしていた。しかし躱される一方であり、掌で触れることが出来ない。蹴りを入れようとしても、殴打を繰り出しても全く入らないのだ。しかも、必ず目が合う。龍已は速度についてきているのだ。

 

 術式を使い始めて速度が乗り始めた時に目視しているなら解るが、もう最高速度に達している。これ以上は視界を()()()()()使えなくなってしまい、1秒フリーズしてしまう。龍已にとって、1秒あれば殴打の10は叩き込める最高の隙だ。だから直哉はこれ以上速度を上げられない。

 

 

 

「まだ続けるか。これ以上聞き分けが無いならば禪院家といえど容赦せんぞ。これは()()()警告だ」

 

「……ッ!!ははッ!!何を言ってるんや龍已君。これは単なる遊びやん。まァ──────本気になってくれるならそれでもええけどなッ!!」

 

 

 

 龍已の周囲を常人には一切見えない超速度で駆け回り、攪乱させながら隙を見ている。フェイントを混ぜ込んで術式もフルに活用する。掌で触れれば()()確実に1秒のフリー時間を得ることができる。しかしすぐ龍已の懐に入り込もうとするのはもう無理だろう。何故なら、彼が最後の警告に反発した瞬間、拳を構えたからだ。

 

 途端に変わる気配。出方を窺っているようなものから、戦闘用のものへと変わったのだ。100在る内の10程度……要は前回の1割程度のものなのだが、直哉にとっては凄まじい気配ではあった。本気の殺す気でやらねばならないと思うくらいには。

 

 直哉の父である禪院家26代目当主、禪院直毘人は五条悟を除いた最速の呪術師と謳われている。それは、直哉も継いだ相伝の術式に関係する。最近になって出て来た術式であり、複雑なものだ。しかししっかりと術式を使い熟せば、最速とまで呼ばれるようになるのだ。

 

 直哉が使う術式。それは禪院家相伝の『投射(とうしゃ)呪法』という。自らの視界を画角とし、1秒間の動きを24の瞬間に分割したイメージを予め頭の中で作り、それを実際に自身の体でトレースする呪術である。 動きを作ることに成功すればトレースは自動で行われる。

 

 ただし、頭の中で描いたイメージの動きを作るのに失敗するか、成功してもそれが過度に物理法則や軌道を無視した動きがあれば、その場でフリーズして1秒間全く動けなくなってしまう。それはどんな状況でも絶対である。しかし、後者に関しては裏返せば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ということである。これがこの術式の醍醐味だ。失敗しない範疇であれば、その動きが術者の身体能力的に不可能な場合でも、問題なく全自動でトレースされるのだ。

 

 制約に反しない範囲での加速度で絶えず術式を繋げていけば、制限は青天井に拡大されていくことになる。仮に1秒で時速100kmまで加速できるとし、術式効果終了直後の時速100kmで動いている状態で間を置かず、術式を再び発動すれば更に時速100km加速できてしまい、結果合計で時速200kmになる。それが、1秒毎に直哉の移動速度が跳ね上がっていた理由だ。今現在、直哉の速度は飛行機にも匹敵する。

 

 また、術式発動中の術者の掌に触れられた者にも、同じ効果が適用される。これを聞けば、一見敵もこの術を利用できるように思えるかも知れないが、実際には触れられてから1/24秒という極短い時間で動きを作ることを強制されることとなり、術式の情報や特別な才能、訓練も無しで即座に24コマ分の動きを正しく作るのはまず不可能。認識としては、触れた相手を強制的に1秒間フリーズさせる技として考えている。このフリーズは術をかけられた者には自覚が無く、相手からするとまるで時間が1秒飛んだかのように感じるのだ。これが、龍已に掌で触れようとしていた理由である。

 

 少し複雑であり、使い熟すにもかなりの時間を有する。直哉は父から受け継いだ才能があり、日々鍛錬を行っているので術式を使い熟していたのだ。それで禪院家の精鋭で筆頭に身を置いているのだ。普通ならば既に戦闘不能に追いやられているだろう。だが相手が()()悪かった。

 

 

 

「俺の最高速度でぶち抜いたるッ!!」

 

 

 

 ──────俺も()()()()()辿り着くんやッ!甚爾君や悟君、そして龍已君の居る()()()()()ッ!!その為に、クソみたいに鍛錬積んだんやッ!!

 

 

 

「……はぁ……仕方ない。少し()()か」

 

 

 

 納められた『黒龍』をレッグホルスターから抜こうと思っていた手を、上から這わせるだけに留める。解いた構えをもう一度取り、拳を向ける。風向きが変わる。百鬼夜行中に吹くには爽やかなそよ風だったというのに、龍已に向かって風が吹いてとぐろを巻いているように思える。

 

 吹いている風に服が靡く。短めの髪もふわりと浮く。そこだけ何かが違っていた。呪力ではない。龍已の総呪力量は五条悟よりも多く、最近になって現れた呪力の塊、特級過呪怨霊『祈本里香』よりも更に多い。特級過呪怨霊『祈本里香』の事をまだ知らない呪術師は居るが、五条悟を知らない者は居ない。

 

 要するに、黒圓龍已の呪力量は人知を超えているということを、呪術師ならば把握していて当たり前。彼は自身の等級のことを言わないが、彼とて特級呪術師である。人知を超えた呪力量に広大な術式範囲。修得した領域展開に反転術式。そして唯一の黒圓無躰流後継者、黒圓一族の生き残りということもある。

 

 直哉は自身が出せる最高速度で動き回り、龍已に近づいていった。すぐに懐に入り込むのは自殺行為。しかし投射呪法はその性質上、接近戦に持ち込む必要がある。呪力も無限ではない。龍已に動きのパターンを晒し続けるのだって避けたい。故に直哉は、龍已に向かって突貫した。

 

 

 

「──────ぁ……ぁ゙……ッ?」

 

 

 

「──────シィィィィィィィ…………これに懲りたら無駄な戦闘は慎め。今回のことは今の一撃で軽く済ませてやるが、今後同じような事があれば、それ相応の処罰が下ると思え」

 

「な……ごぼッ……!?な……にが……」

 

 

 

 ──────何が起きたんや……何をされたんや……全く解らん……いつの間にか上向いて伸びとった。龍已君に触れようと接近して……接近して……どうなってんねん。殴られたんか?蹴られたんか?ホント……解らへん。

 

 

 

 加速した視界が止まり、青空を見上げていた。地面に五体投地しており、腹部が熱いような冷たいような、痛いような痒いような状態になっている。何が起きたのか全く解らない。直哉は、深く息を吐きながら自身のことを上から見下ろす龍已を視界に捉え、呆然としながら血を吐き出すことしか出来なかった。

 

 起き上がろうとしても無理だ。指先すら動かない。瞼も重くなって抗えない。目標であり、憧れでもあったあっち側。五条悟。伏黒甚爾。黒圓龍已の居るあっち側へ行くつもりで、これまで鍛錬を積んできたというのに、こんな……何をされたのかすらも解らないまま終わるのかと。嫌だと思っても、落ちていく意識を繋ぎ止める術を、彼は持っていなかった。

 

 完全に気絶した直哉を見下ろしていた龍已は、はぁ……と溜め息を溢した。まだ学生だった頃以来となる禪院直哉が何をするかと思えば、何故百鬼夜行中だというのに呪術師同士で戦わなければならないのか。彼は振り返って、また1つ溜め息を溢した。

 

 直径20メートルの範囲にあるアスファルトの道路が粉々になり、陥没している。中央に足形を残して。()()()使()()()()踏み込んだのにこんな事になってしまったことを、今更ながら少し後悔した。止めるべき立場の者が止めるのはいいが、無闇矢鱈と破壊行為をするのはいただけないなと思ったのだ。

 

 溜め息をついていた龍已は振り返り、既に戦いが終わっていた扇と甚爾の方を見る。殺してはいないことに安堵しつつ、禪院家の者が意味の無い戦いを強いたという報告をするべく、ポケットから携帯を取り出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────傑の死体は僕が処理しておいたよ。アイツの狙いは最初から憂太だったみたいでさ。パンダと棘には悪いことしたけど、結果は憂太の勝ち。逃げようとしているところを僕がトドメを刺した」

 

「夏油は最後に何か……いや、それはお前だけが知っていれば良い話か。俺が担当した京都では犠牲者は出なかった。送られた呪詛師も大した者達でもない。夏油の仲間は恐らく、東京(そっち)に集中させていたのだろう」

 

「それについては、アイツが賭けだったって言ってたよ。ボビー・オロゴンみたいな喋り方する呪詛師が持ってたモノが特殊な術式を持っててさ、僕の術式すら散らすの。けど、センパイが相手だったら術式範囲が広すぎて対処できなかっただろうね。2分の1の確率でセンパイと当たって即全滅していたかも知れないから、ヒヤヒヤしてたってさ。呪詛師の家族が居るんだと」

 

「……そうか」

 

 

 

 呪詛師、夏油傑が招いた百鬼夜行。それは既に終戦した。龍已が担当した京都の呪霊は全て祓い、呪詛師も始末した。呪術師の犠牲者や避難させておいた一般人の犠牲者も出ることは無く、京都の戦いは終わった。後始末や報告、生存確認等を終わらせてから東京に帰った龍已は、東京側で起きた事の顛末を五条から聞いた。

 

 夏油は自身の仲間、家族と一塊になって東京に現れた。広大な術式範囲を持つ龍已が東京を任せられていれば即に詰み。ある呪詛師が持っていた特殊な呪具のお陰で、五条悟を止めることはできたが、龍已の場合だとそうはいかないだろうとは五条の談。

 

 百鬼夜行を行った夏油の狙いは、最初から乙骨だった。彼を殺すために攪乱も兼ねて呪霊や呪詛師を放ったのだろう。東京だけを舞台にすると、五条と龍已の2人を相手にしなければならないので勝ちは確実に失う。そこで、東京と京都の2箇所を戦場に変えることで、2人を分散させて配置させた。

 

 激闘の末、乙骨との戦いに敗れた夏油は逃げようとしていた。しかしそこに五条が現れて逃げることを諦めた。最後は何と言ったのかは五条しか知らない。夏油の死体は五条が処理したという事に口を挟むようなことも、龍已はしなかった。彼等は親友だったのだ。他の者に触れて良い部分ではないだろうという考えだ。

 

 そして夏油に関するものの他に、乙骨と特級過呪怨霊『祈本里香』の事がある。激闘の際に命を賭けた縛りを用いて祈本里香の居る場所……あの世へ至ろうとする乙骨に、本来の少女の姿を取り戻した祈本里香が来ることを拒否した。祈本里香に憑かれていたと思われていた呪いは、死んで欲しくないという乙骨の強い想いの元、乙骨が祈本里香に呪いを掛けていた。

 

 結局、何故あれ程の力を持っていたのかは判明していないが、乙骨の呪いは解かれたのだ。東京側であった事を夜蛾や五条から全て聞いた龍已は、数年間一緒に学生をしていた夏油の事を、目を閉じて思い返した。怨敵の呪詛師に堕ちた夏油だが、後輩であった過去は消えない。涙は流さないが、次があるならこの業界に触れないような、表側の人間になって欲しいと思った。

 

 

 

「ほんと、この業界は嫌になるよね。すーぐ人が死ぬんだから。特級とか言われてた奴が呪詛師になるわ。ただの少女が莫大な呪いの塊となるわ。将来ストレスでハゲないか心配だよ、僕は」

 

「……………………。」

 

「ねぇ、センパイ。センパイは簡単に死なないでよ。センパイが死ぬと硝子が悲しむし、僕も悲しいからさ。その力はこれからの呪術界に必要なんだ。知識も経験も」

 

「約束はできない。昔にあったように、俺とて死ぬときは死ぬ。だが、善処しよう。できうる限りは死なないと」

 

「うん。それでいいよ。……じゃっ、僕は上の腐ったミカン共に呼ばれてるからこの辺で!また何処かお茶でもしに行こーねー!」

 

「あぁ」

 

 

 

 手を振ってその場を後にした五条を見送り、龍已は高専に設置されている自動販売機から缶珈琲を1つ買い、適当な段差のあるところに腰掛けた。小気味よい音を立ててプルタブを開けて口を付ける。安っぽい味を喉に流し込んでから上を見上げた。

 

 嘗ての後輩が死んだという暗くつまらない話をしていたのに、頭上に広がるのは雲1つ無い快晴の空。布団を干すにはもってこいの日だろう。風が吹いて頬を撫でる。着ている服の裾や髪を揺らして脇を抜けていく。身を置いていて楽しい業界ではない。心からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────東京に行く予定があったのにすまなかった。楽しみにしていただろう」

 

「いいっていいって!秋葉原は行こうと思えば他の日にも行けるからさ!」

 

「いやー、龍已に東京には絶対来るなって言われた時には何事かと思ったけど、大変だったんだろ?お疲れさま!」

 

「怪我が無いようで何よりだよ、親友!」

 

「僕の呪具達は役に立ったかな?京都の犠牲者は0だって聞いたから大丈夫だと思うけど」

 

「あぁ。『黑ノ神』『黒龍』『黒曜』を主に使っていたが、相変わらずの性能だ」

 

「良かった。あ、それとこの前の試作品で渡した『黒糸』だけど、完成したからあげるね。はい、クロちゃん。あーん」

 

「……っ!♪」

 

 

 

 百鬼夜行が終わり、五条や夜蛾との情報交換などを終わらせた後日。龍已は地元の方へ帰ってきていた。会っていたのは親友達。飲み屋で合流すると仲睦まじく会話を交わした。

 

 小学校から親友をやって今年で28にもなる各々は落ち着いた雰囲気をしている。もう立派な大人であり、それぞれ会社に勤めて働き、社会人をしていた。働いているので中々時間が取れなくなってしまったが、暇があればこうして集まって飲み会をしている。

 

 そして何と言っても、彼等の左手の薬指には光を浴びて輝く指輪が嵌められていた。そう、龍已の親友達は結婚しているのだ。残念ながら虎徹はまだ結婚していないが、その他のケン、カン、キョウは彼女を作り、そして結婚した。

 

 

 

「いやー、それにしてもケンちゃんが本当に美人な人を嫁にするとは思わなかったよねー」

 

「小学生の頃なんておっぱいの大きいちょっとえっちなお姉さんと夕陽をバックに初チューするとか舐め腐ったこと言ってたけど、お姉さんみたいな感じのおっとりした人で良かったじゃん」

 

「しかも逆ナンされて徹底的に甘やかされて即落ちというね」

 

「男の即落ち2コマとかいらねーから」

 

「ケンちゃんの場合は特にね。子供に悪影響だからやめてくんない?」

 

「お前ら言いたい放題過ぎだろッ!!」

 

「ふふっ。まあまあ。カン君とキョウ君も結婚式で泣きながら祝ってくれてたんだからいいじゃん。あ、ケン君その時の動画見る?」

 

「「やめてください虎徹ママッ!!」」

 

「ぶはっ!何だかんだ言ってお前ら俺のこと好きすぎだろ!」

 

「は?何でそんな事になんの?クソほど自意識過剰すぎでしょ。頭大丈夫?取り敢えず死んでね」

 

「舐めたこと言ってるとフォーク眼球にぶち刺すからね」

 

「いやそこまで言う!?ってか、本当に刺そうとすんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 

 

 カンがケンの事を羽交い締めにし、キョウがサラダを食べている時に使っていたフォークを目に刺そうとしている光景が広がる。まあいつも通りじゃれ合ってるだけだから放っておこうかと虎徹は言って、こっそりと結婚式で密かに撮っておいたケンの結婚式の動画を龍已と見始めた。

 

 親友である皆のことをケンは当然のように招待した。まあその前にカンとキョウの結婚式の時も呼ばれたので呼ばない理由が無いのだが。取り敢えず、結婚式は恙無く行われていき、新郎新婦の誓いのキスも終わった。幸せそうに微笑み合っている正装のケンに、口笛とヤジが飛んだ。幸せになれ。嫁さん泣かせたらぶちのめす。口が悪くても皆が祝福していた。

 

 

 

『良かったなぁ……ぐすッ……ケンちゃん結婚できて良かったなぁ……一生独り身で童貞で寂しく死んでいくだけのつまらない可哀想な親友だと思ってたよぉ……』

 

『うっ……うぅっ……俺達が結婚してからいつも羨ましそうにして陰で泣いてたケンちゃんが結婚なんて……きっと明日で世界が終わるんだな……この瞬間をしっかり噛み締めような、親友!』

 

『おまっ……お前らっ……こういう時も……ぇぐっ……ひでーこと……ずずずっ……言うんじゃねーよバカッ!……ははっ』

 

『はーっ。幸せになれよケンちゃん!』

 

『困った事があったらちゃんと親友の俺達を頼るんだぞ!虎徹ママも居るんだから!』

 

『なんか僕変な参加の仕方したね!?しかもケン君の結婚式で虎徹ママはやめてよっ!』

 

 

 

 会場が彼等の長年続けてきた漫才によって笑いを届けられる。勝手知ったる仲だからこそ、何でも言い合えてふざけることができる。微笑ましい光景だ。カメラを回している虎徹からも、時々ずずっ……という鼻を鳴らす音が聞こえてくるので、幸せな光景を見て泣いているのだろう。

 

 肩を叩き合って泣きながら笑っているケン、カン、キョウ。会場に居る招待者達や親族に見守られていると、場が暗くなる。何事かとどよめき、出入口にスポットライトが当てられた。扉が開き、現れたのは正装をした龍已だった。海外に任務を出されていると言っていて参加できないと思われていた龍已が来たことで、3人は驚きの表情をし、虎徹はクスクスと笑っていた。

 

 ゆっくりと入ってくる龍已は、周りの人達に礼をした。そしてケンと新婦の居る壇上までやって来ると、両手に抱えた大きな花束を差し出す。目立つことを好まない龍已が、多くの人の視線を受けながら来てくれたことに感動しているケンは、震える手で新婦と共に差し出された花束を受け取った。

 

 

 

『──────遅れてしまったが、結婚おめでとう。友人の出来づらかった俺に話し掛け、今日まで親友でいてくれた御劔剣一(みつるぎけんいち)に感謝の意を込めて、花を贈りたい。これから新婦さんと共に、二人三脚で頑張って欲しい。何があれば相談に乗るから、遠慮なく言ってくれ。俺はケンと出会えて、そして親友でいられて誇らしく、幸せだった。大人になってお互い仕事があり、皆が集まるのは難しくなってしまったが、離れていても俺達は変わらず親友だ。今までありがとう。そしてこれからもよろしく頼む。重ねて、結婚おめでとう。お幸せに』

 

『ばっか……お前ぇ……忙しくて……来れないって言ってたのにっ……どんだけ急いで来たんだよバカヤロぉ……へへっ。でも、ありがとな!俺の親友!!』

 

 

 

「ふふっ。まだ最近の話なのに、これ見てると懐かしく感じちゃうのは僕だけかな?」

 

「……いや、とても良い結婚式だったことを懐かしく思うのは俺も同じだ。だが瞼を閉じれば鮮明に思い出す。……──────ケンの結婚式なのにドレスを着た虎徹の容姿に釣られて男性陣が声を掛けようと必死になり、アイドルの握手会のような状態になっていた光景を……」

 

「も、もぅ!そんなこと思い出さなくていいからっ。今日の龍已はイジワルなんだからぁ。罰として膝貸してっ!」

 

「構わない。おいで」

 

「ふふっ。じゃあお邪魔しまーすっ」

 

 

 

 まだじゃれ合ってるケン達を放って置いて、虎徹は隣に座る龍已の太腿に頭を置いた。寝やすい位置を見つけてゆっくりとする。そんな彼の頭を、龍已は酒を片手に撫でていた。28になっても美しいままの虎徹は、美しさを損なうどころか色気すら身につけて大変なことになっている。街を歩けば振り返らない男は居ないくらいだ。だが男だ。

 

 懐きまくった猫のようにゴロゴロしている虎徹の頭を撫でながら、ケン達のことを眺める龍已。親友達はもう結婚生活した。まあ結婚してもおかしくない歳なのだから問題ない。虎徹は家系が家系なので結婚しづらいだろうし、彼がそういった願望を持っておらず、親は強制をしていないので自由にしていた。

 

 グラスに口を付けながら龍已は今この場に居ない人物のことを考える。残念ながら急患で来られなくなってしまった家入硝子。長年龍已と交際をしている女性。もう結婚を考えても良いだろうに、そこへ龍已が踏め込めないのが現状だった。

 

 呪術界でも特異の立ち位置に居る龍已。黒圓無躰流を狙って何時、呪術界が強行的な行動に出るか分からない。それに裏の顔のこともある。もし情報が漏洩すれば家入が狙われてしまう。長年交際している時点で何を言うかと思われるが、どうしても呪詛師に殺されてしまった両親のことが頭から離れないのだ。

 

 結婚しよう。そう言えば家入は当然と言うだろう。むしろ家入は龍已が心を決めるまでずっと待ってくれている。何も言わず。催促もせず。数少ない、彼の裏の顔を知っているからこそ、こういった事も含めて理解して、交際してきたのだ。待つ事を苦に思わない覚悟を既に抱いているのだ。

 

 グラスをテーブルに置く。首に巻き付くクロから、小さな箱を受け取った。片手で器用に開ければ、中に入っているのは結婚指輪だった。そんなに派手なものは好きではない家入の為に、できるだけシンプルで良いものを買っていた。サイズも完璧だ。寝ているときにこっそりと調べたから。これを渡しながら一言言うだけなのに、背負っているものが多すぎて言い出せない。

 

 

 

「あ、龍已見てくれよー。2歳になった娘。可愛いくない!?」

 

「俺の息子も大きくなってさー。1歳になったばっかりで可愛くて仕方ねーのなんのって!」

 

「いいよなー。その内俺も子供欲しいわ。帰ったら頑張ってみようかな……」

 

「いんじゃない?俺達の歳考えれば子供居てもおかしくないんだから。きっとケンちゃんの奥さんも欲しいと思ってるでしょ」

 

「数撃ちゃ当たるって!」

 

「射的かよッ!」

 

「……カンとキョウの子供に、将来オジさんと呼ばれるのか。楽しみだな」

 

「若い子からしてみれば、もうオジさんかもしんないけどねー」

 

「オジさんって呼ばれたら凹むわー。せめてまだお兄さんでいたい!」

 

「あー分かる!オジさんって言われると、えっ……俺もうオジさんなの?ってなる」

 

「虎徹はお姉さんって言われるよね。ずっと」

 

「ずっとなの!?」

 

「「「「──────確かに」」」」

 

「もぅっ!」

 

 

 

 龍已の膝枕からガバッと起き上がって頬を膨らませている虎徹に、そんな表情をしてるから可愛いままなんだよとツッコまれ、笑いが起きた。龍已はやはり無表情だが、雰囲気はとても楽しそうだ。虎徹も膨らませた頬を萎めて、クスクスと笑った。

 

 大人の飲み会は長く、今飲んでいる店を終えたら次の店。そしてまた次の店とハシゴしていった。騒ぎに騒いで楽しそうにしている親友達を眺めて、龍已は心から楽しいと思えた。大切な親友に愛する人ができた。子供も産まれた。こんな善人に危険が及ばないように、呪詛師はより殺していこうと決心する。

 

 

 

 

 

 飲み会は次の日になるくらいの時間まで続き、酔いすぎて動けなくなったところを奥さんに迎えに来てもらう親友に、メイドに引き取られる虎徹。龍已は暗闇広がる夜空の下、溶けて消えるように帰っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────黒圓龍已さーん。はい、お待たせしました。検査の結果ですね、お相手さんにも黒圓さんにも異常は見られませんでした。()()()()()()()ということでしたが、お2人とも至って健康体ですね。もしかしたら運が悪かっただけかも知れないので頑張りましょう。また何かありましたら是非ともいらして下さいね。しかし不思議ですね。聞いた情報だと妊娠されてもおかしくないと思うんですよ。子供ができない()()()()()()()()あったりして……あはは!冗談ですよ?昨日やっていた怖い話に考えが傾いてるだけですので。では、お大事に」

 

 

 

「……ありがとう……ございました」

 

 

 

 

 

 

 

 

 







ケン&カン&キョウ

3人は結婚している。ケンは最近になって結婚しており、まだ子供はいない。カンとキョウにはそれぞれ1歳の息子と2歳の娘が居て、とても可愛がっている。

龍已に会わせて抱っこさせてあげようとしたら、笑っていたところから一転して泣き叫んだのを見てビックリし、それで落ち込んだ雰囲気を出す龍已に笑った。




天切虎徹

まだ結婚していない。普通の家なら胎として女が宛がわれるが、天切家はそんなことはしない。実は天切家の当主になっている。彼の言葉1つで天切家が動く。

結婚は別にしたいと思っていない。子供は可愛いし良いと思うけど、欲しいかと言われたらちょっと別。

美しさに磨きが掛かり、色気も兼ね備えて無敵になっている。ナンパの数はあの五条悟をもぶっちぎりで超えている。ちなみに男からの。ぶっちゃけると女からのナンパも相当多い。




禪院扇

禪院真希と禪院真衣の実の父。原作ではマジクソ外道。甚爾に心の底から恐怖している。




禪院直哉

禪院家現当主の息子。相伝の術式を継いでいる。五条悟や伏黒甚爾、黒圓龍已の居る高みに羨望しており、必ず彼等と同じ場所へ至ることを目標としている。

顔はまあまあいい感じだが、性格がドブカス。龍已に訳も分からないままぶん殴られて終わった。




黒圓龍已

家入に渡そうと思っている結婚指輪は買ってある。だが、自身が背負っているものと、それが他者に……特に呪詛師に露呈した場合のことを考えて踏み込めない。どうしても呪詛師に殺された両親の死体がチラつく。

ある病院に行って、こっそり行為の最中に採取していた家入のあるものと、自身のものを渡して検査してもらっていた。

領域展開は呪術師としての奥の手。けど、まだ黒圓一族としての奥の手は出していない。本当に滅多なことでは使わない力を、直哉は経験できた。見えなかったけど。




家入硝子



「あー、龍已と結婚して黒圓名乗りてー。法的に一生縛りてー。ま、私はいつまでも待つけどな」



本当は結婚しようと言ってしまいたいが、龍已の事情を知っているので自分からは言わないで待っていることにしている。

ケン、カン、キョウとは顔を合わせている。水のように酒を飲んで彼等を驚かせたが、良い飲みっぷりだねぇ!と言って笑って盛り上げてくれる彼等は、確かにとてもいい人達だと思っている。流石は龍已の親友。

結婚はいつまでも待つが、子供はいつまでも待つとは言っていない。長期任務で疲れて帰ってきた龍已を襲った。ゴム?知らない子ですね。

別に子供嫌いじゃないし、龍已と私の子供なら可愛いだろうし健やかに生きてくれるだろうと思っている。



検査のことは知らない。




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第四十五話  特級呪物



最高評価をしてくださった、会会 Billy Artemis どーぱみん 猫くろ さん。

高評価をしてくださった、ナギンヌ オルガ ロイク さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

 

 ──────2018年6月。

 

 

 

 仙台にある、とある高校でそれは起こった。特級呪術師の五条悟監督の下、特級呪物である『両面宿儺の指』の回収に、新しく東京都立呪術高等専門学校に入った1年生、伏黒甚爾の息子……伏黒恵が当てられた。

 

 ちょっとした諸事情で五条と恵の二手に別れたあと、とある高校の百葉箱に入れられていた筈の『両面宿儺の指』を回収しようとした恵は、中がもぬけの殻となり、何も入っていないことを確認して焦る。急いで五条に連絡したが、見つかるまで頑張ってと言われたので殴ることを決意。その後、高校の周辺などを中心に捜索した。

 

 結果を言ってしまえば、『両面宿儺の指』は見つかった。特級呪物である指は、その呪いの強さから他の呪霊を誘き寄せる。そのため、恵はその場に居合わせた同い年の男子高校生と共に呪霊と戦うことになってしまった。しかも、同い年の男子高校生が『両面宿儺の指』を意図的に飲み込み、呪力を得てしまう。

 

 呪物とは、名前の通り……呪いが宿った物のことを指す。そのため呪霊とは違って物質として現存しており、呪力を持たない一般人でも視認できてしまう。生物に受肉して呪いとして復活できるというのも、特徴と言えるだろう。故に、猛毒である筈の特級呪物を飲み込み、呪いを宿して呪霊と戦う力を得たが、男子高校生は『両面宿儺』を内に宿す存在となってしまった。

 

 

 

「──────ケヒッ。ケヒヒッ。この時代には人間が蛆のように湧いているではないかッ!素晴らしい……鏖殺だッ!!」

 

 

 

 両面宿儺(りょうめんすくな)。呪いの王と称されし、ある意味伝説の存在。宿儺は4本の腕と4つの目を持つ異形の姿をした仮想の鬼神。だが実際は人間であり、1000年以上昔の呪術全盛期に実在した呪詛師である。

 

 当時の呪術師達が総力を挙げ、挑んだが……終ぞ勝つことはできなかった。その存在は最早天災のそれとされていて、周囲の人々に恐怖を植え付けていた。宿儺が持つ力の強大さに、死してなお遺骸である20本の指……死蝋(しろう)は呪物と化し、1000年以上が経っても、誰も消し去ることができず、一部は呪術高専の保管庫で保管されている。

 

 死蝋『両面宿儺の指』を飲み込んでしまった男子高校生……虎杖悠仁(いたどりゆうじ)は宿儺に体を奪われた。しかし奪われたのは少しの時間だけで、体を奪われながらも意識は持っており、両面宿儺から体の自由権を奪い返してしまった。体を奪われた際に体に浮かんだ紋様などは消え、目の下に現れたもう一対の目も閉じられる。

 

 恵は呪術規定に則り、虎杖悠仁を殺そうとするが、普通に戦っても勝てないことを気配で悟る。そんな土壇場で、別れていた五条が合流した。呪術界最強と謳われる五条は、虎杖に10秒間宿儺に体を貸すことを言いつけ、10秒間とはいえ自由になった宿儺を抑え込んで完封。恵の頼みである、虎杖を殺さないでどうにかして欲しいという願いを聞き届け、上層部と掛け合った。

 

 

 

『──────という事があってさー。虎杖悠仁は執行猶予付きの秘匿死刑という事になったから、僕が居ない時はセンパイ見てあげてくれない?』

 

「……五条、お前は俺の任務中を見計らって態と電話を掛けているのか?」

 

『あれ、戦闘中だった?何級?』

 

「1級3体だ」

 

『なーんだ。てか、センパイには特級だってザコじゃん。今の指2本分の宿儺にも絶対負けないよ。だからお願いネ!僕は今から恵と悠仁の同級生迎えに行かないとだから!じゃあお疲れサマンサーっ!』

 

「おい、俺だって忙し……はぁ……」

 

 

 

 電話を一方的に切られた龍已は溜め息を溢した。任務をしている最中に、よく五条から電話がくるのだ。しかも大体そういう場合は良いことがない。今回も、あの『両面宿儺の指』を食べてしまった高校生を保護して面倒を見るという。自分にとっては暴れた瞬間殺せば済む話だが、他にとってはそうもいかない、謂わば火の付いた爆弾だろう。

 

 きっと他方面から殺すよう催促する言葉が飛んでくることだろう。五条が保護したともなれば、文句を表立って言えるものは上層部を除いて居ない。だからこそ、その上層部が確実に何か言ってくるのだ。それも殆ど何も知らなかった自身にも。

 

 はっきり言って、龍已は上層部が好きではない。嫌いという訳でもない。()()()()()()()()()()()()だけだ。それ以外にそんな特別なことは思っていない。ホント、それだけだ。龍已だって人間だ。毛嫌いすることの1つや2つあるだろう。上層部とか呪詛師とか呪詛師とか呪詛師とか。ついでに呪詛師。

 

 呪術界に身を置いている者ならば基本的に知っている人物、呪いの王……両面宿儺。その死蝋を飲み込んで受肉してしまっているのだから、早くの内から消そうとして手段を選ばないことだろう。それこそ、その受肉している少年、虎杖悠仁がどんなに辛い目に遭っても構わないと考える筈だ。

 

 

 

「両面宿儺の受肉……か。呪いの王と呼ばれた昔の存在が、何故今になって再びこの時代に現れた。まったく、面倒なことを……」

 

 

 

 任務にあった1体の1級呪霊に、追加で2体の1級呪霊。『窓』に責任は無い。今生まれてしまったからだ。その戦闘中、部屋の中を跳躍で跳ね回りながら攻撃を避けつつ、携帯をポケットに仕舞う。そして天井に両脚を付けて直下で落ちて着地した後、固まっていた1級呪霊の頭3つを……横薙ぎの蹴りで消し飛ばした。

 

 体の崩壊が始まって崩れていく呪霊達に一瞥すらも無く、部屋を後にする龍已。何事も無かったように建物を出て、入り口に停めてある車に乗り込む。運転席には早々に終わった任務に苦笑いしている補助監督の鶴川が居て、エンジンを掛けて車は発進した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────紹介しやすっ!この人は黒圓龍已(こくえんりゅうや)先生!僕の学生時代の1つ上のセンパイだよ!担当教科は全般!何でも出来るし何でも教えられるから、何でも教えてもらいな!今日はちょっと外せない任務が僕に来ててね、代わりにセンパイに君達の監督をしてもらうよ!」

 

「五条に紹介された黒圓龍已だ。今日は俺が監督をする。よろしく頼む」

 

「俺は虎杖悠仁!仙台出身!好きなタイプはジェニファー・ローレンス!よろしくお願いしゃす!」

 

「釘崎野薔薇。紅一点よ。よろしく」

 

「お久しぶりです。龍……黒圓先生」

 

 

 

 この日、龍已は初めて新しい1年生に会った。3人の内1人とは長い付き合いである恵なので知っているが、残りの2人は初顔合わせだ。『両面宿儺の指』を食べて受肉した虎杖悠仁。自分の口から言っていた紅一点、釘崎野薔薇。彼等を一目見た時、龍已はそれぞれを分析した。

 

 釘崎野薔薇。事前に読んだ情報では、地方の田舎からやって来たという。東北を護ってきた呪術師の家系であり、呪術師としての特訓などを重ねて実力をつけつつ、田舎で呪霊を祓っていた。高専には祖母からの推薦で入ることができたという。しかしその際、かなり揉めたらしい。

 

 そして虎杖悠仁。体から発せられる気配は強い。服の上からでも判るが、運動神経が良いということは解った。そして呪力の気配。これは龍已からしてみれば禍々しいものだった。考えられるのは両面宿儺の呪力の気配。それを感じ取っているのは自覚している。溌剌とした性格なので、こんな子が……と思うのは仕方ないだろう。

 

 五条は飛行機の時間が押しているということで、紹介を済ませると早々に居なくなった。補助監督は龍已がやるので今回は4人以外に誰も居ない。借りてきた移動用の車に乗り込み、運転席に座ると、助手席に恵が乗った。乗り込むのが早かったので、微笑ましい気持ちになる。

 

 

 

「今回は〇〇病院に発生した3級呪霊1体。4級呪霊2体の祓除だ。見つけ次第戦闘に入っても良いが、任務先の病院は現在も使われている。よって損傷は最低限に留めるように。戦いが厳しくなった場合は無理に戦わず、一旦引け。勝てないと思ったならば俺に言えば代わりに祓う」

 

「でも、俺結構動けるよ?だから大丈夫だって!」

 

「呪霊は低級でも知恵と知性を獲得している場合がある。その場合、呪いらしく狡猾に動く。勝てて祓えているから大丈夫なのではなく、勝てて祓えているからより注意するんだ。それを勘違いするとつまらん死に方をするぞ、虎杖」

 

「……うっす」

 

「バカねアンタは。最近までパンピーだった奴が得意気になってんじゃないわよ。そーいう余裕はね、私くらいのベテランになってから初めて言うものなのよ!フフン♪」

 

「前回の任務にて、4級呪霊に子供を人質に取られて危機的状況に陥ったと報告書で読んだ。別の呪霊を祓って気を抜いた後のことらしいな。油断すると同じ目に遭うぞ。今度は虎杖や恵……伏黒が近くに居るとは限らない。お前も注意しておけ、釘崎」

 

「虎杖お前ェっ!あれは報告書に書くなっつったろーがっ!」

 

「えぇ!?だって伏黒が、報告書は真実を書くことが義務って言うからさー」

 

「伏黒、アンタ後で覚えてなさいよ」

 

「何でだよ」

 

 

 

 まだ会って日が浅いのに、既に仲が良い3人。龍已に注意されたことはしっかりと受け止めている辺り真面目なのだろう。呪術界について殆ど知らないだろう虎杖も、言われたことを首を捻りながらも理解しようとしていた。釘崎は術式を使い熟して戦えている分、油断しやすい傾向にあることを見抜く。今回のことで解消されればまた違う強さを得るだろう。

 

 後部座席に乗っている虎杖と釘崎が喧嘩のようなじゃれ合いをして、飛び火しないように黙っている伏黒にカーブの球で突き刺さる。一回りは歳が離れていることもあり、3人は和気藹々として賑やかだ。仲が良いことは良いことだ。それが戦いの連携にも繋がるならば尚良し。

 

 報告書等の記録は読んだが、実際の動きは見ていないので何とも言えない。なので今日で初顔合わせの2人の動きの傾向を把握するつもりだった。恵のことは知っているので、今更知ろうとする必要はない。戦い方も考え方も把握しているから。

 

 殆ど喋らないまま、虎杖と釘崎、恵が話しているとあっという間に現地へ着いた。車を路肩に停めて降車する。準備運動をする虎杖は、腰に五条から借りた呪具を差している。釘崎は愛用の金鎚を手に持ち、釘の入った腰に巻いている。恵は道具を必要としない術式であるので持ち物はない。

 

 

 

「……『闇より出でて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え』。内容は先程言った通りだ。油断せず、確実に祓えるまで気を抜かないように。無理ならば無理と言って俺の元まで戻ってこい」

 

「はい」

 

「りょーかい!」

 

「分かったわよ」

 

 

 

「……──────『呪心定位』」

 

 

 

 車に背中を預けて、病院の中に入っていく3人の背中を見守る。彼等の監督兼、虎杖の監視役として一緒に居ないといけないのだろうが、龍已には離れていようと事細かに動きを知る事ができるものがあった。脚に巻いたレッグホルスターから『黒龍』を引き抜いて呪力の音波を常に発する。

 

 すると今何処に居て何をしているのかが全て解る。病院内に居る呪霊の数と居る場所も全てが視える。念の為に『黑ノ神』も1人1つずつ付けておこうかと思ったが、そこまでやると過保護とも言えるのでやめておいた。そもそも恵が居るので早々低級な呪霊に負けないだろうという考えもあったが。

 

 結局、呪霊は何の危なげも無く祓われた。影を媒体とした恵の十種影法術(とくさのかげほうじゅつ)。対象から切り放した体の一部に、藁人形と共に呪力を流した五寸釘を打ち込むことで、直接ダメージを与える釘崎の芻霊呪法(すうれいじゅほう)。高い身体能力を使って呪物のナイフを片手に相手を翻弄しながら戦う虎杖。連携もしっかりできていて、龍已の注意した油断や気の緩みは無かった。それに病院への損害も無い。

 

 龍已が張った『帳』が呪霊を祓われたことによって上がる。全部祓われたという証明だ。3人は話しながら病院から出て来た。優れた聴力が会話を拾う。どうやら反省点を話し合っているようだ。相手は低級であるのに、それでも動きに反省する点があったら話し合う。良い姿勢だと感心した。

 

 

 

「お疲れさま、伏黒、虎杖、釘崎。良い動きだった」

 

「あれ、黒圓先生見てたの?」

 

「あぁ、()させてもらった。低級が相手でも油断せず、祓い終えるまで気を抜かなかった。実に良い戦いだった。指示は伏黒が出していたのだろう。虎杖も釘崎も、指示に従い動いていたのも知っている。病院の損傷も無い。良くやった」

 

「おーっ!ベタ褒めじゃん!やったな伏黒!」

 

「んまっ、私にとってはこのくらいどーってことないわよ」

 

「お前ら……」

 

「褒めたは褒めたが、それで調子には乗らないように。……車に乗れ。行くとしよう」

 

 

 

 言われて迅速に車の中に乗り込む3人を見届けて、携帯で電話を掛けて任務が終了したことを報せる。このまま高専に戻ると言おうと思ったが、高専の方に居る教師も任務が入り、他の生徒もそれに付いていったそうだ。つまり帰っても自分達しか居ない。何だったら残りの時間は龍已の好きに使って良いとのこと。

 

 突然そんなことを言われても、高専に帰るつもりだった龍已からしてみれば悩みどころだった。まあ、別に高専に戻って自分が何かの教科を教えて、体術を見ても良いが、任務が終わってすぐに勉強をすると言われてもやる気が起きないだろう。それくらいは分かる。

 

 まあ、3人に何がしたいか聞けば、自ずと何をするかは決まってくるだろう。携帯を仕舞って車の中に乗り込めば、虎杖と釘崎が恵に何やら質問を投げていた。話しているところに申し訳ないが、これからのことを聞こうと思って口を開いた。

 

 

 

「これからの事なんだが──────」

 

「先生って伏黒と知り合いだったの!?」

 

「最初自己紹介した時、伏黒が名前で呼ぼうとして言い直してたわよね。先生もそうだったでしょ」

 

「……色々事情があるんだよ。主にクソ親父関連だけどな」

 

「へー……?」

 

「別に名前で呼び合えばいいじゃない。五条先生だって私達のこと名前で呼んでるし、私は気にしないわよ。呼びたいなら好きに呼べばいいわ」

 

「釘崎漢かよ」

 

「あ゙ぁ゙ん゙!?こんな美人に漢とはどういうつもりだ虎杖コラァッ!」

 

「おわっ!?ちょっ、この距離のこの空間でトンカチで殴ろうとすんなよ!?」

 

 

 

 若いのは元気だな……と、年寄りみたいなことを考えてしまう。まあ龍已もあと少しで30代になるので、若い者からしてみればオジさんと呼ばれるようになるのだろう。ちなみに、他の人から見ても龍已は全然若い。そこに大人特有の雰囲気を持っているので、寡黙な感じと合わせて、そういう系統が好きな女性からは熱い視線で見られる事が多い。

 

 話が脱線してしまったが、龍已は教師として生徒との線引きをするために、1人だけ特別な呼び方はせずに伏黒と呼んでいると説明した。だから教師の時は伏黒呼びで、プライベートならば恵と呼ぶ。虎杖や釘崎のことも普通に苗字で呼ぶという。ちょっと残念そうにしている虎杖と、ふーんと言うだけの釘崎。

 

 名前呼びと知り合いだったという話は終わったので、龍已は今度こそこのあとは何がしたい?と問い掛けた。すると元気が良かった2人は固まり目を輝かせるが、次の瞬間には苦々しい表情になった。落差が激しいのでどうしたのかと思ったら、前回五条に東京観光で六本木に行くと言われたのに、結局六本木どころか霊園近くの汚い廃ビルに連れて行かれたそう。

 

 なので、龍已もそれと同じ感じで行きたいところを聞かれて答えたら、違う場所に案内されると思ったのだろう。だからキラキラした目から苦々しいものへと変貌したらしい。隣の恵から説明されて、そういうことかと納得した龍已は、内心で何故態々評価を下げるような事をするのかと、その時の五条に疑問を抱いた。

 

 

 

「つまるところ、行き先は六本木で良いのか?」

 

「……え?」

 

「え、マジで!?」

 

「龍已さ……黒圓先生は五条先生みたいなことは絶対にしないから、安心しろ。多分、このあとの俺達の予定が潰れたから、何処か行きたいところ無いか聞いてくれたんだと思う」

 

「察しが良いな。任務が終わって即帰り、勉強をすると言われても身に入らないだろう。それなら、こういう時間が余った時に適度な羽休めをした方が良い。それで、行き先は六本木で良いのか?」

 

「「──────っ!!!!」」

 

 

 

 勢い良く顔をブンブン縦に振るので、では行き先は六本木ということで……と、エンジンを掛けて発進した。車でも少し時間が掛かってしまう旨を伝えるが、行ってくれるだけでもありがたいから構わないと、虎杖と釘崎は声を揃えて返答した。

 

 道路の混み具合と、車を停められる場所を探すこと。そして買い物を考えると、着いて少し買い物をしたら昼食の時間になるなと、大雑把な計画を立てて運転を続ける。

 

 助手席に座る恵は、視線で本当に良いんですか?と聞いてくる。その問いは高専に戻らなくて……という意味よりも、いつ暴発するか分からない虎杖の事を指しているのだろう。両面宿儺が表に出た場合、周りに居る一般人を捲き込むことになる。そうなれば、責任を取るのは監督者である龍已だ。

 

 視線だけで、やめておいた方が良いのではと言っている恵に、大丈夫だと小声で教える。その声は、ふざけ合っている虎杖と釘崎には聞こえていなかった。元々一般の家の出故に、呪術界では珍しい根明の虎杖を簡単に死刑にはさせない。そのためにも、両面宿儺が出て来た場合は自身が抑え込む。

 

 特級呪物『両面宿儺の指』は全部で20本。今現在虎杖の中には2本入っている。最初の1本と、五条がその後に飲ませた1本で合わせて2本だ。宿儺の本来の力の十分の一だ。並の呪術師では既に手がつけられない強さだが、五条と龍已に関してはまだまだ対処は可能だ。だから目を離すつもりは毛頭無いのだ。

 

 

 

「──────すまないな、予想よりも道が混んで昼飯の時間になってしまった」

 

「いいっていいって!黒圓先生ホントに連れて来てくれたし!な、伏黒と釘崎!」

 

「あぁ。まあな」

 

「これが……東京……六本木……ッ!いいじゃないッ!可愛い服が私を呼んでるわッ!」

 

「どんだけ買い物したかったんだよ……つか、最初飯って言ってんじゃねーか」

 

「あ、私この前シースー(寿司)食べたからお肉食べたーい」

 

「おっしゃビフテキか!?」

 

「俺は焼肉でいい」

 

「ふむ……皆肉の気分か。今日は白米の気分だから……俺がよく行く焼肉の店にするか」

 

「黒圓先生のオススメ?行ってみたい!」

 

 

 

 というわけで、龍已一行は焼肉が昼飯になった。この時点で恵は何となく嫌な予感がした。虎杖と釘崎はまだ気がついていない。龍已が特級呪術師であるということを。自己紹介の際には無難な挨拶をして等級を語っていないのだ。

 

 何が言いたいのかと言うと、龍已が呪術師をして報酬として貰う金額は一線を画すということ。ましてや彼の口から忙しいという言葉が出てくるほど任務を当てられている。特級呪術師というだけでも報酬額が高いというのに、殆どの任務が1級と特級相当のものばかりなので、彼は金を有り余らせている。

 

 物欲は無く、虎徹より与えられた呪具の殆どが試作品なので金は取られない。今ある特級呪具の金は返済しているので、使わない限り増える一方なのだ。それなら家入に使えば良いのだが、使うとしてもコーヒーやデート代くらいなものだ。彼女も物欲が無かった。

 

 恵は近くに金銭感覚が狂っている五条が居た。シャツ1枚にしても数十万という金を使うような男で、外食をすると溜め息をつきたくなるくらいの金額はする場所を好んでいた。高ければ高いほど良い物を使っていて美味いのだろうが、限度があると言いたい。なので、恵は龍已がオススメという店に嫌な予感を感じたのだ。

 

 

 

「──────大将、今日も頼む」

 

「黒圓さん!ようこそいらっしゃいました!どうぞどうぞ!荷物などはありませんか?お持ちしますよ!」

 

 

 

「なんかあの先生、やたらと良い対応されてない?」

 

「俺も思った。大将ってことは店長だよな?店長が態々裏方から出て接客する?店の外観とか見ても高い店っぽいし。なのに待ち時間すら0だったじゃん」

 

「……そういえば昔、店を開いてる人の息子か娘が車に轢かれそうになっているのを助けたら、お礼にって永続的に優先する券と最上級のもてなしを約束されたとか言ってた」

 

「絶対ここじゃない」

 

 

 

 やはり高級店だった焼肉の店。中はちょうど満席に見えたので待つのかなと思いきや、裏方から出て来た大将と呼ばれる男性が直々に接客をしてテーブルまで案内してくれた。しかも満席かと思えば、綺麗な丁度良い広さの個室に連れて来てもらえた。テーブルの上には専用と書かれた札があり、恐らく龍已のためのものなのだろう。

 

 ここまでくれば龍已が他の客よりも優先されている事が分かる。と、虎杖と釘崎が話していたところ、恵が昔に人助けをして優先して店に入れる券と最上級のもてなしを受けられる券を貰ったと話す彼のことを思いだした。いや絶対ここじゃんと、2人の声は揃う。

 

 席に座ると、店長が皿を出して焼肉のタレまで用意してくれた。1人1人に箸を配り、予め他の店員に持ってこさせた霜降りの肉を焼き始める。熱せられた網の上で焼かれる肉は、肉のことを知り尽くしている店長だからこそ、完璧な焼き加減を作ることができる。ブロック状の肉をナイフで切り分けられ、3人の皿に乗せられる。

 

 箸で掴めばふるりと揺れる。掴んだだけで柔らかいことが分かり、意を決して口の中に入れた。その瞬間、3人の口に肉の旨みが爆発した。蕩ける肉。濃厚な味。肉を抑え込まない程良いタレ。全てが完璧で美味しかった。

 

 

 

「んーーーーーっ。ナニコレ美味しっ!?」

 

「こんな肉食ったことねーよっ!?」

 

「……美味い」

 

「そうか、それは良かった。大将、では後はこの子達を頼む」

 

「はい、任されました」

 

「……あれ、黒圓先生どこ行くの?そういえば、先生の皿だけ用意されてないし、肉も出されなかったけど……」

 

 

 

 疑問を口にする虎杖。実のところ、龍已だけ肉を食べていなかった。皿すらも用意していない。食べて、肉の美味しさに感動する3人を眺めていただけだ。つい目の前の肉に思考を割いてしまっていたが、4人で来て1人だけ食べないで見ているだけというのはハードな虐めだろう。

 

 なので虎杖が皿を貰おうと店長に話し掛けるよりも先に、龍已が席を立った。そして違う席に移動したのだ。1つ分の席を挟んだ2つ隣の席へ。彼は最初から虎杖達と食べるつもりはなかった。一緒に居て眺めていたのは、口に合うかどうかの確認だ。ダメならば別の所にしようと考えていた。

 

 席を別々にすることは店長に言ってある。だから皿が用意されていなかった。何故、と思われるかも知れないが、虎杖達は10代であり若い。龍已も若い方ではあるが、来年には30代になる。それに教師でもあるのだ。自身が居ると喋りづらいだろうと思って、離れつつも虎杖の事ですぐに対応できる距離に居た。

 

 3人で楽しんでくれ。食べ終わったら言えば会計を済ませる。そう言って前を向き直す龍已。複数人が掛けられるテーブル席に1人で座るのは少し気が引けたが、近くて今空いた席ともなればここしか無く、仕方がないと割りきった。店員が持ってきてくれた肉を受け取り、トングで焼き始めようとする。しかしその右腕を、横から掴まれた。

 

 

 

「……?」

 

「黒圓先……()()()()。俺達は気にしないので、一緒に食べましょう」

 

「そうだよな!やっぱ皆で食った方が美味いって!」

 

「早く来なさいよ。私がタレの皿とか持っていってあげるから。伏黒は先生……って言うとあれか、なら龍已さん連れて来て。虎杖は肉の皿よ」

 

「分かった」

 

「おう!任せろ!」

 

「あ……おいお前達……」

 

 

 

 恵に強い力で立ち上がらせられ、釘崎がタレの敷かれた皿を持ち、虎杖が肉の載った皿などを手に取って移動を開始した。腕を引かれて2つ隣の席へと歩いていき、先に座らされた。そのまま恵が隣に座るので、やっぱり……と言って勝手にテーブルから離れることはできなさそうだ。

 

 対面には虎杖と釘崎が座り、龍已の箸やら取り皿を出してくれる。店員が持ってきたサラダを取り分けてくれて、店長が焼いてくれた新たな肉を龍已の皿に置いてくれた。店長は一連のことを微笑ましそうに見守り、今日は少し忙しいようなので……と言って場の空気を読んで離席した。

 

 あっという間に一緒に食べる陣形が出来上がってしまった。若い者は若い者で食べさせて、離れたところから監視しつつ食べようと思っていただけに、龍已は無表情ながら少し驚いていた。

 

 

 

「はい。私がサラダ取り分けたから食べて。美人にやってもらうと美味しさ3倍なんだから」

 

「釘崎ー。俺らの分もやってくれんのはありがてーけど、全部分量バラバラじゃね?」

 

「慣れてないのが丸分かりだな」

 

「うぐっ……うっさいわね!やってもらえただけありがたく思え!」

 

「へいへい……。あ、黒圓先生!……じゃなくて龍已さん!俺肉焼いてくから食べてってよ!」

 

「何か他に食べたいのありますか?俺頼んどきますよ」

 

「待て待て、そこまでしてくれなくても自分でできる。それに俺が焼くからお前達が食べておけ」

 

「えー。じゃあ代わりばんこにやってこーよ龍已さん!」

 

「気が向いたらな」

 

 

 

 至れり尽くせり……とはまたちょっと違うが、テーブルに誘い出した龍已をもてなす3人に押される。若い子の元気が……と思いつつ、流石に肉まで焼かせるわけにはいかない。年長者として。なので虎杖からトングを受け取り、用意されていく肉を焼いていった。何度も来ているので焼き加減はもう覚えている。

 

 それにしても……と、龍已は3人を見る。普通は年上が居たら遠慮してしまうだろうに、態々同じ席で食事をしようとするとは思わなかった。自分としては離れて食べていても何とも思わないのに。恐らく、そういうことを考えていない、純粋で良い子達なのだろう。優しさの気配が伝わってくる。

 

 出会ってまだ日が浅いだろうに、戦いの連携も取れていたし、何と言っても普通に仲が良さそうだ。じゃれ合っているのを見ていると面白いと思ってしまう。長く眺めていたら両面宿儺の受肉体と呪術師の卵という側面を忘れてしまい、単なる仲の良い普通の学生に見えるのだ。

 

 

 

「ほら、焼けたぞ。折角だから今の内に食えるだけ食っていけ」

 

「おーっ!龍已さん焼くの上手いね!めっちゃ良い色っ!」

 

「ありがとうございます。いただきます」

 

「うわっ!これ本当に美味しいっ。あのクソ田舎じゃ何があろうと食べられないわ……」

 

「寿司のチェーン店にすら行った事が無いってくらいド田舎だもんなぁ……」

 

「あぁ、あそこには確かに店そのものが無かったな」

 

「龍已さん、釘崎の出身地に行った事があるんですか?」

 

「任務でな。トンネル工事が途中で終わってしまった跡地に出た呪霊を祓いに行ったが、何も無かった。そう言えば東京から来たと言ったらやたらと鋭い反応をされたな」

 

「うわ最悪。あのクソ共、任務で来た人にもあんなことしてるんだ。呪ってやろうかしら」

 

「それはやめておけ」

 

 

 

 都会から来たァ?ケッ。用が終わったらさっさと帰れ!だの、私達のことバカにしてんでしょ!と、いきなり何のことか分からないことを言われたことを思い出す龍已。変に刺激するのも危険だと判断して、必要最低限の説明をしたら任務先へ行き、祓除をして即行で帰った記憶がある。

 

 釘崎からしてみれば、都会から引っ越してきたというだけで住民皆が一丸となって嫌がらせをするくらいの都会嫌いだったそうだ。それならあれだけ攻撃的だったもの頷けるというもの。話を聞きながら、彼は肉を焼いて彼等に振る舞った。

 

 自分の分をよそわないと、隣で配分を計算している恵が口を挟んでくるので、適度に自分のところにも入れる。表情が変われば、きっと今は苦笑いしていることだろう。でも、虎杖達は楽しそうに話をしてくれているので、邪魔をしてしまっているという考えすら湧かなかった。気を遣っているという感じでもないし、これはある意味才能だと感じた。

 

 お喋りに興じながら、3人のことを知りつつ焼肉を食べていく龍已。食べ盛りの高校生だからか、見ていて気持ちが良いくらい食べてくれる。釘崎は女子だが肉の質が良いからか取り合うように食べていた。そして、満足して店を出るのに会計をするのだが、龍已の奢りである。高級店だろうと漠然と思っていた虎杖と釘崎は、請求額を聞いて固まる。

 

 

 

「今回もありがとうございました!お会計──────34万8000円です!」

 

 

 

「「…………………………………………え?」」

 

 

 

「……やっぱりか」

 

「カードで頼む」

 

 

 

 確かにかなり食べた。美味しくていつも以上に食べられたという自覚はある。でも、まさか十万単位までいくとは思うまい。そういえば、メニュー表に値段が書いてなかったという事を思い出した。飲み物にすら値段が書いてなかったのである意味気がつかなかった。普通なら明記されている筈なのにだ。

 

 値段を聞いても何とも思っていない様子の龍已。背後に居る虎杖と釘崎は面白いくらいに狼狽えており、これでもかと驚いている。恵は何となくそんな感じがしていたので驚きはまだ少ない方ではあるが、やはり値段が値段なので驚き自体はある。

 

 そして釘崎が1番驚いたのは、確実に最高級だと判る黒い財布から取り出された真っ黒なカードだった。所謂、BLACKカードというものだ。簡単に言ってしまえば、金持ちが持つような物だ。釘崎は今カードの申請中なので、そのカードのランクがどれ程のものか知っている。つまり、龍已が遙か高みに居る存在であると理解したのだ。

 

 

 

※この場の誰よりも全てに於いて遙か高みに居る。

 

 

 

「龍已さんマジご馳走さんですッ!」

 

「私も今カード申請中で通るか不安なんですけど何買ってくれます??」

 

「釘崎……日本語がよく解らない上にそれはアウトだろ」

 

「……?高級な焼き肉店だと言わなかったか?……言ってなかったな。だが、美味そうに食べてもらえただけ、連れて来た甲斐があったというもの。またの機会に別の店に連れて行くが、それまで任務や勉学を頑張るんだぞ」

 

「オッスッ!」

 

「はいっ!」

 

「分かりました。……釘崎がBLACKカード見てから畏まってる」

 

 

 

 会計を終えて店の外に出た龍已に、3人が頭を下げた。奢ってもらったので当たり前……と言いたいが、五条が寿司を奢った時は頭を下げてはいない。ご馳走さまで終わりだった。まあ、流石に寿司のチェーン店と高級店だとランク差が生まれているのだろう。

 

 その後、4人は六本木を好きに見て回った。田舎から来た釘崎と仙台出身の虎杖は、如何にも東京という風景を見ているだけでも楽しそうだった。いや、釘崎はここぞとばかりに可愛い服を買ったり化粧品を買ったりと大忙しで、もれなく男3人が荷物持ちをさせられたのだが。※その後クロが呑み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 何だかんだ、4人は仲良くなれたと言ってもいいだろう。呪いの事を考えなければ普通の高校生で、龍已は虎杖をやはり簡単に死なせてはならないと感じたのだった。

 

 

 

 

 

 

 







虎杖悠仁

呪術廻戦の主人公。ある理由で特級呪物『両面宿儺の指』を食べてしまい、受肉した。内にその両面宿儺が居る。制御は完璧で、基本的に乗っ取られて体を奪われることはない。

龍已のことを一目見た時から喧嘩が絶対強いと思った。まだ呪力が練れないので呪具を使って戦っている。




釘崎野薔薇

1年生の紅一点。トンカチと釘を使った芻霊呪法という術式を使用する。カードの申請をしているが、学生なのでどうなるかは分からない。龍已のBLACKカードを見て遙か高みに居る存在だと思い知った。

龍已を初めて見た時、虐めてきたら徹底的に相手を追い詰めて肉体的にも精神的にも殺してそうと思った(相手が呪詛師なら正解)




伏黒恵

大きくなって高校生になった。今でも龍已とは絡みがあり、甚爾が偶に家に連れて来て晩飯を食べさせたりする。基本的に龍已さんと呼んでいたので、つい癖でそう呼んでしまいそうになる。

龍已が実は、世界で数人しか居ない特級呪術師の1人であることを虎杖と釘崎に言うか言うまいか悩んでいる。




黒圓龍已

今年の1年生はやけに良い子達だな……と感嘆としている。まさか同じ席で食べるように、強引に誘ってくるとは思わなかった。でも、彼等との飯は楽しかったので良かったと思っている。

虎杖の内側から感じる、両面宿儺の禍々しい気配を感じ取ってはいるが、今の程度ならば抑え込むのは簡単というのが現状。暴れても問題ない。




両面宿儺(りょうめんすくな)

昔に天災として恐れられた最凶の呪詛師。呪いの王と謳われている。腕が4本ある仮想の鬼神とされているが、実際は歴とした人間。特級呪物の指20本は全て手の指。

今虎杖に取り込ませている指の数は2本。現時点では五条にも龍已にも勝てない。だが、本来の力を取り戻した宿儺が相手だと、あの五条悟でさえしんどいと言わしめる。龍已は判らない。




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第四十六話  裏の最強



最高評価をしてくださった、メイギン ハル吉★ 魁人 おっぺー マサカの盾 まんが さん。

高評価をしてくださった、鳳飛鳥 kkkkkkk Yoto 登竜 デューマン レストラン 悠久7723 クランチ555 さんの皆さん、ありがとうございます。



もうそろそろで年が明けようとしています。まさか息抜きに書いたこの小説がこんなに長く続くとは思ってもみませんでした。それに多くのお気に入りなど、本当にありがとうございます。

失望されないように展開を考えるのは大変ですが、やりがいはあって楽しいです。感想もありがとうございます。モチベーションが上がる切っ掛けになってます。

誤字報告など、一体どれだけしてもらい助かっていることやら……誤字る私が悪いんですけれども笑笑

兎に角、もう少しお付き合いください。そして、本当の呪術廻戦もよろしくお願いします!


※私はまだエピソード0見れてません(白目)




 

 

 

 

 

「──────龍已先生と同じ任務5日ぶりー♡任務終わったらデートしましょ♡」

 

「構わないが、浮かれて怪我をするんじゃないぞ、反承司」

 

「はーい!」

 

 

 

 同年7月。龍已は反承司と共に任務へやって来ていた。高専から数時間も離れているところに発生した呪霊を祓って欲しいということだった。客がまだ入っている店が建ち並ぶ商店街での祓除なので、最近多い建物への損害を少なくという要望付きだ。

 

 本当は龍已1人の任務だったのだが、予定が空いていて龍已の任務事情を聞きつけた反承司が捻じ込んできたのだ。後学のための見学というのが建前で、実際は一緒に居たかっただけだ。今も隙を見て車の後部座席で膝枕をしてもらっている。バックミラーで見た補助監督の鶴川も苦笑いだ。

 

 基本的に龍已に付いてくるのは反承司だ。その他の学生は五条であったりもう1人の1級呪術師などが請け負っている。五条は学生を育てたいという目的があるので外せない任務以外は大体面倒を見ている。その代わり、等級の高い任務を受けている龍已は1人だ。まだ学生達にはついていけないのだ。2人を除いて。1人は乙骨。もう1人が反承司である。

 

 

 

「さて、着きましたので帳を降ろしますね。『闇より出でて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え』」

 

「ありがとうございます。ではすぐに戻ってきますので待機をお願いします」

 

「行ってくるー」

 

「はい。お気を付けて」

 

 

 

 任務先の商店街に着いた龍已と反承司は、車を降りて帳が降りた後に中へ入っていった。現れるのは1級呪霊1体と2級呪霊1体である。共に行動するタイプの呪霊らしいので、1体を見つけたら近くに居ると考えて良いだろう。

 

 昔、新しく店の建物を建てようとしたところ、建築中の事故で5人が大怪我を負ったことがあり、ニュースにもなった。それから少しずつ負の感情が集まっていき、今回凝り固まって呪霊になったらしい。特級を除けば最高等級の1級呪霊が出るが、2人は問題ないだろう。片やそれより上の特級。そして()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「居たな」

 

「ムカデを人型にしようとして失敗した……みたいなのが1級で、カエル擬きが2級ですね!」

 

「どちらを相手したい、反承司零奈1級呪術師」

 

「そうですねぇ……じゃあ私が1級呪霊ぶち殺してきますね!黒圓龍已特級呪術師♡」

 

「了解した」

 

 

 

 2メートル近い人型に、腕が左右で20ずつは生えている見た目をしたムカデの出来損ないのような呪霊が1級呪霊で、反承司が相手をすることになった。龍已はカエルに人の口が無数に付いたような2級呪霊が相手であり、当該呪霊は舌を伸ばして即行で反承司を狙った。担当ではない呪霊からの攻撃。しかし彼女は動かない。

 

 反承司に紫色の長い舌が触れる前に、横から手が伸びて舌を鷲掴んだ。龍已である。そして掴んだ舌を剛力で引いて2級呪霊の体を強く引き寄せる。体が浮き上がって龍已の元へ一直線に飛んでくる。受け止めるのは舌を掴んでいない右手。呪力を()()纏った右手が、2級呪霊の頭を捉えてぶちりと引き千切った。

 

 早々の祓除に、反承司は横目でうっとりと眺めた。仲間意識があるのかは知らないが、2級呪霊がやられて激昂しながら駆け出して向かってくる。うっとりとした表情から一転し、冷たい表情になった反承司へ右側の20本の手を拳にして叩き付けた。だが、叩き付けた筈の拳は反承司に()()()()()止まってしまい、届かなかった。

 

 

 

「──────お前みたいな雑魚の攻撃が効くわけねーだろ。いくらやっても同じだし、試してみればァ?」

 

「──────ッ!!あしたの……ああああしたののの……かいもの……し……しなくちゃねえぇえええええええええええええッ!!!!」

 

「はいはい弱い弱い。そして()()()()

 

 

 

 左右合わせて40の拳を使った怒濤の連打。連打連打連打連打。当たれば挽肉にもなる拳の嵐に、反承司は瞬き1つしない。何せ届いていないのだから。繰り出される拳の数は百を超えて千にも届こうとしている。にも拘わらず一切届かない。1つとしてだ。その異常に1級呪霊は何か薄ら寒いものを感じ取り、殴打をやめて1歩下がった。

 

 攻撃が全く通じない。届かない。何も分からない。だから怖いと感じる。負のエネルギーで生まれた呪霊が怖いと感じる反承司の異常性。それを察してか、反承司は整った綺麗な顔を歪ませて嗤う。ケタケタと1級呪霊に嘲笑の笑みを送り、どこまでも下に見て侮辱するような目を向けた。

 

 右手を顔の高さまで持ち上げる。人差し指を立てれば、指の先に小さな黒い球体が生み出された。何なのか解らない。解らないから逃げよう。そう思い、1級呪霊は踵を返して反承司に背を向ける。背を向けて逃げた先に、反承司が何故か居た。そして、形成した黒い球体を1級呪霊の胸に軽く押し当てる。

 

 

 

「それ全部()()()だから。私はこのあと龍已先生とデートなんだよ。さっさと死ね、雑魚が」

 

「────────────ッ!!!!」

 

 

 

 1級呪霊の腰から上が消し飛ばされた。塵も残さず、完全な消滅。腰は半円を描いて残っているだけで、あっという間に祓除は完了された。残っていた腰から下も崩れ落ちて塵となって消えていく。完全に消滅して、帳が上がったのを見てから反承司は満面の笑みで振り返った。

 

 相変わらず呪霊に容赦の無い攻撃。それに自身とは比べられないくらい優れた術式に、龍已はおぉ……と声を出した。何度も見ているが、実に素晴らしい術式の技術力だ。やはり東京校の生徒の中でも1番戦いに慣れていて、力を持ち、呪力が豊富で、才能があるだろう。3年生で既に1級呪術師になっているだけあるというもの。

 

 これだけの強さがあれば、9月頃に予定されている京都姉妹校交流会でも、また注目を集めることだろう。去年は乙骨が一瞬で終わらせてしまったので出番が無かったようだが、1年の時に人数合わせで参加し、()()()京都側の生徒を全員医務室送りにしたのは今でも鮮明に思い出せる。あれは理不尽な殲滅だった。

 

 

 

「ふふっ。龍已セーンセ♡」

 

「おっと……」

 

「にへへ……すーっ……はぁぁ……やっべ、これはキマる。マジ良い匂いが鼻腔突き抜けてアドレナリンがナイアガラ。硝子さんと一緒の匂いしてるのなんかクソ萌えてキュン死する♡」

 

「……いつまでも抱き付いていないで戻るぞ。鶴川さんが待っている」

 

「うひひ……このままつれてってくださぁい♡」

 

「まったく……」

 

「えへへ」

 

 

 

 抱き付いたまま離れないので、仕方なくそのまま歩き出した龍已。ズリズリと引き摺られているのに、何とも言えない幸せそうな表情でデレデレしている反承司。確かに人には見せられないデレデレ顔なので、そのまま抱き付いていた方が良いかも知れない。

 

 くっつき虫と化した反承司を引き摺りながら戻ってきた龍已に、鶴川も慣れた光景に内心ホッコリしつつ苦笑い。彼等のために後部座席を開けてあげるとお礼を言われるので、いえいえと返して笑みを浮かべる。此処へ向かう途中で反承司がデートをしたいと言っていたので、調べておいた近場のデートスポットに向けて車を走らせる。

 

 車の中で行きと同じく膝枕をされて甘えている反承司と、そんな彼女の頭を撫でて呆れの雰囲気を出している龍已。2人の姿を見ていると、父親が大好きで甘えている娘という図に見えて、ついクスリと笑ってしまった。暗く淀んだ界隈なのに、何とも平和な光景に微笑みを漏らしてしまう鶴川。

 

 その後、龍已と反承司はウィンドウショッピングなどをモールでして、帰りは3人でクレープを買って一緒に仲良く食べた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────黒圓さんッ!この度は本当に申し訳ありませんでしたッ!全ては私の責任ですッ!釘崎さんは病院に、伏黒君は重傷を負い、虎杖君にいたっては……」

 

「……伊地知の責任ではない。上層部が仕組んだものだろう。でなければ特級呪霊及び生死不明の一般人5名の救助に1年生を当てる訳が無い。五条も同じ意見の筈だ。だから伊地知、己を責めるな。()()()()()()()()お前の監督不行届きではない」

 

「……っ。派遣が決まった時点では……本当に特級になるとは……っ!」

 

「──────まぁ、結局は上層部の僕に対する嫌がらせだよ。悠仁は将来、憂太や秤と同じく僕と並ぶくらいの呪術師になる筈だったんだ。それを……」

 

「ご、五条さん……」

 

「いっそのこと……──────上の連中全員殺してしまおうか」

 

 

 

 死体などを解体するための場所に龍已は、連絡を受けてやって来ていた。内容は任務先で特級呪霊と戦闘になり、虎杖悠仁が死亡したという話だった。独自の作戦で特級呪霊に両面宿儺を当てて倒させようとしたのは成功したが、その後虎杖は戦闘により気絶してしまい、宿儺が表に出たまま暴れてしまった。その際に、恵が重傷を負ったという。

 

 その任務の日付は、龍已が反承司と共に遠出をして任務をしていた日と同じだ。五条も外せない任務を与えられて留守だった。つまり、宿儺の対応が可能且つ、特級呪霊を祓除できる存在2人を態と留守にさせて、虎杖、伏黒、釘崎に任務として行かせたということになる。

 

 明らかに態と仕組んだ任務内容。特級呪霊になったのは偶然なのか、それとも故意なのか。特級呪霊から宿儺の指が見つかり、表に出た宿儺が食べて取り込んだことを考えると犯人がいるのやも知れない。報告書を読んでいた五条は、苛立たしげに殺気を振り撒き、伊地知は顔を蒼白くさせて怯えた。そこへ、部屋の扉を開けて家入が入ってくる。

 

 

 

「珍しく感情的なんだな。そんなにお気に入りだったんだな、彼のこと」

 

「い、家入さんっ!お疲れさまですっ!」

 

「……僕はいつだって生徒思いのナイスガイさ」

 

「あまり伊地知をイジメてやるなよ。……ん?龍已も来てたんだな。お前も虎杖のことを気に入ってたのか?」

 

「一般の出とはいえ、呪術界に珍しい根明。それに、望んで秘匿死刑という立場に収まっていた訳でもない。……良い子だった。最後に顔くらいは見ておきたいと思うのは不自然か?」

 

「いいや。今のは私の聞き方が悪かったな」

 

「構わないとも。……だが頭は撫でなくていい」

 

「あぁ……これは私が撫でたかっただけだ」

 

「おーい。悠仁の遺体の前でイチャつかないでくれるー?」

 

 

 

 入ってきた家入は、龍已が居たことに目を丸くしていた。確か今日は任務が幾つかあると知っていたからだ。早々に片付けてきたんだなと理解すると、虎杖のことを気に入っていたのか聞いてみる。まあ、良い子だった生徒の最後を見に来ないわけがないのは知っていたので、聞き方が悪かったと謝罪した。

 

 椅子に座っていた龍已の前に来ると、謝罪と共に頭を撫でる。別に撫でる必要は無いと言ったが、これは単に家入が撫でたかっただけのようだ。五条は安置された虎杖の遺体がすぐそこにあるのに、熟年夫婦の雰囲気醸し出してイチャつく2人にもの申した。やることはそれじゃないだろと。

 

 愛しい彼氏が居ると、つい構いたくなってしまうと五条に態と見せつけながら言ってその場を離れた家入は、虎杖の遺体に被せられた白い布を取った。宿儺が体の自由を奪い返されないように心臓を抜き取った。その時にできた胸の傷が痛々しい。家入は、遺体を見ても表情を変えず、好きに解体(バラ)していいよねと聞いた。家入がこの場に来たのは、虎杖の体を解体して宿儺の器として何かが無いか探るためだった。

 

 

 

「しっかり役立てろよ」

 

「役立てるよ。──────誰に言ってんの」

 

 

 

 いずれ来るかも知れない次のことに備えて、虎杖の遺体は有効的に使わなくてはいけない。五条は念の為の言葉を添え、家入はそんなこと当然だろと言わんばかりに返し、解体するときに使うゴム手袋を嵌めて、虎杖の遺体と向き合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────つまり、君達のボスは今の人間の立場と呪いの立場を逆転させたいと……そういうわけだね?」

 

「……少し違う。人間は嘘でできている。表に出る正の感情や行動には必ず裏がある。だが負の感情……憎悪や殺意などは偽りのない真実だ。そこから生まれ落ちた我々呪いこそ、真に純粋な本物の人間なのだッ!偽物は消えて然るべきッ!」

 

 

 

 とあるファミレスで、一般人からしてみれば頭に縫い目のある袈裟を着た男が1人で何かを話している。だが呪術界に身を置く者からすれば、火山のような頭をした一つ目の人型呪霊と、目から枝が生えた人型呪霊、白い布を被った蛸のような見た目をした呪霊、黒山羊の頭と獅子の頭と馬の頭を持つ人型の呪霊が1ヵ所に集まっているのを目撃しただろう。

 

 話し合いをしている彼等は、物騒な話題を出している。人間と呪いの立場を逆転する。というより、呪霊からしてみれば真に純粋な人間は自分達なのだから、元の相応しい形に戻そうという狙いがあるようだ。だがその計画には袈裟の男が待ったを掛けた。普通にやれば、そんなの一瞬で破綻する。何せ、人間側に厄介なのが居るからだ。

 

 しかし袈裟の男からすれば、たった3つのことを達成するだけで人間との戦争に勝てるという。火山頭の呪霊は身を乗り出して、その3つのことを問う。何をすれば、戦争に勝てるというのか……と。

 

 

 

「呪術界最強の五条悟を戦闘不能にし、両面宿儺……虎杖悠仁を仲間に引き入れる。そして特級呪術師の黒圓龍已を()こすこと」

 

「ちょっと待て……死んだのであろう?その虎杖悠仁とは?」

 

「さぁ?()()()()()()()()()

 

「ふむ……?それにしても、五条悟……やはり我々が束になっても殺せんか」

 

「ヒラヒラ逃げられるか、最悪君達全員祓われる。『殺す』より『封印』に心血を注いだ方がいい」

 

「封印……?その手立てはあるのか?」

 

「──────特級呪物『獄門疆(ごくもんきょう)』を使う」

 

「獄門疆……?──────ッ!持っているのかッ!?あの忌み物をッ!!」

 

 

 

 火山頭の呪霊……漏瑚(じょうご)は興奮した様子で袈裟の男に詰め寄った。その際、頭の火山部分が噴火してファミレスの室内温度が急激に上げられる。エアコンの冷房も意味を為さないくらいの高温に、他の客達が暑そうにしている。そこへ、店員が向かってきた。入ってきてから何も注文していないからだ。

 

 何か注文が無いのか、無いならばお引き取り願おうと思ったのだ。しかし、漏瑚が指を振ることでやって来た店員を火達磨にして焼き、殺した。悲鳴が上がる。人体発火事件を目の当たりにして逃げようとした店員も客も、全て漏瑚に焼かれて殺されてしまったのだった。袈裟の男は鼻を覆い、人が焼けた臭いから鼻を守りつつ、ファミレスにして良かったと呟いた。

 

 

 

「──────()()。儂は宿儺の指何本分の強さだ?」

 

「甘く見積もって……8、9本分の強さってところかな」

 

「充分ッ!!獄門疆を儂にくれ、蒐集に加える。その代わり──────五条悟は儂が殺す」

 

「いいけど……死ぬよ?漏瑚」

 

「ふんッ」

 

 

 

 獄門疆と呼ばれる特級呪物を手に入れるために、漏瑚は五条を自分だけで殺すと言ってのけた。袈裟の男……夏油は五条の強さを知っているため、挑めば死ぬことは分かりきっていた。なので軽い言葉だが警告はした。向かっていけば何も出来ずに死ぬことになる……と。

 

 しかし漏瑚は鼻を鳴らすだけでその警告を無視した。これは後程五条のところへ行って殺しに行くだろうことは窺えた。脚を組んで椅子の背もたれに寄り掛かる漏瑚は、頭の中でどうやって五条を殺そうか考えているよう。そして五条を殺した後、手に入れることができた獄門疆を蒐集に加えた時のことを思い浮かべて笑みを浮かべた。

 

 夏油は漏瑚を横目で見て口角を上げると、黒山羊の頭と獅子の頭と馬の頭を持つ呪霊に顔を向けた。特殊な喋り方をする目から枝が生えた呪霊と、蛸のような呪霊は喋るのに向いていない。ならば漏瑚を抜けば3つ頭の呪霊との会話に移行される。3つ頭の呪霊は、黒山羊の方の頭で喋り始めた。

 

 

 

「それで、両面宿儺の件は今は置いておくとして、黒圓龍已とは何者なんです?」

 

「彼は五条悟と同じ特級呪術師だ。実力も相当なものだよ。五条悟を正面から堂々と殺せるのは彼くらいじゃないかな」

 

「……なんですって?それなら、両面宿儺を仲間に引き入れるより、その黒圓龍已を仲間に引き入れた方が戦争の決着は簡単なのでは?」

 

「無理だね。呪霊の言葉には一切耳を傾けない。交渉なんて無駄だよ。呪霊というだけで必ず祓いに来る。五条悟のようにヒラヒラ逃げないんだ。そもそも『逃げる』という選択肢が無い。だからその場で祓うことをメインにする。もちろん、私が出ても意味は無いよ。彼と()()()()相性が悪い上に既知でね」

 

「ふむ……呪術界最強と謳われているのでしょう?五条悟は。ならば獄門疆はその五条悟すら殺しうる黒圓龍已に使えば良いと思うのですが」

 

「いや、六眼と無下限呪術の抱き合わせは封印しておきたい。野放しにしていたくないんだ。それに、黒圓龍已は()こすだけでいい」

 

「……気になったのですが、その()こすというのは?眠っているのですか?」

 

「本人は起きてるよ。けど、黒圓龍已の()()()()化け物共が表に出て来ないんだ。それを無理矢理表に出す。そうすれば、少なくとも呪術師側は()()()()()()()()()()()

 

 

 

 頭を3つ持つ呪霊……獸崇(しゅうすう)。彼は夏油に疑問を口にする。現代で最強と謳われる呪術師、五条悟のことは聞いている。ただ、黒圓龍已という人間については深く知らないのだ。その空いた部分を埋めるように情報を与えていく。あの五条悟をも正面から殺せる存在であると。ならば彼こそ封印するべきでは?と思うのが普通の反応だ。

 

 しかし夏油は違うらしい。確かに敵に回せば確実にその場で祓おうとしてくるので厄介だろう。だが五条悟とは勝利条件が違ってくる。五条のことは封印……必ず戦わなければならないが、龍已とは別に戦う必要が無いのだ。戦わずして引き金を引くことができる。ただ()こすだけで、呪術師を圧倒的不利に持ち込ませる事が可能なのだ。

 

 もちろん、簡単とは言えない。龍已の場合も色々と準備をしないといけないのだ。それでも、五条を相手にするよりかは簡単だという話である。獸崇は黙って夏油の話を聞いて、解らなければ問い、そして教えられたことを噛み砕いて理解していった。理解していったが、納得できないところもあるらしい。

 

 

 

「──────なーんで俺様が手を下さないで、その黒圓龍已っつー奴に任せなきゃなんねーんだよ!全員ぶち殺してやれば終わりだろーがッ!」

 

「聞いていなかったんですか、私。呪術師最強をも殺せるという存在ですよ。簡単には手が出せないのですよ。私も何か言って下さい」

 

「──────興味ない。だが、殺し合うというのならば殺そう。俺ならば可能やも死れんぞ、俺」

 

「はぁ……私は慎重に事を運びたいんですがね。ですが私が納得していないようですし……」

 

「ハッ!俺様ならぶっ殺せるんだッ!五条悟は漏瑚に殺らせて、俺様は黒圓龍已をさっさと殺し、残りの人間モドキ共を食い散らかしちまおうぜッ!」

 

「……ややこしい頭と一人称だね、獸崇」

 

「仕方ないでしょう?私は私で、私は俺様で、私は俺なんですから」

 

 

 

 頭を3つ持っている獸崇。敬語を使って話すのは黒山羊の頭。言葉が乱暴で自分のことを俺様と言っているのが獅子の頭。淡々としているのが馬の頭であり、それぞれが勝手に話していた。だがそれぞれには意思が在り、その意思は一つであった。だから夏油は1体を相手にしているのに3体を相手にしていて、1体と話し合っているのだ。

 

 話の流れ的にも、漏瑚が五条を殺しに向かい、獸崇が龍已を殺しに行くようだった。だが黒山羊の獸崇が夏油に訊ねる。最強の五条悟を殺せるということは、持っている術式も相当なものなのではないのか?と。普通ならばそうだ。そう考える。強力な術式を持って才能があれば、呪術師最強をも殺せると。しかし現実は違う。

 

 

 

「黒圓龍已の術式は五条悟と比べれば、あまりに弱い代物だよ。本来ならば呪術師すら続けていられないようなものだ」

 

「……その程度の術式で、一体どうやって五条悟を殺すというのです?」

 

「それがね、上手い具合に術式と天与呪縛が嵌まって、更に呪力量が埒外なんだ」

 

「呪力量がですか……両面宿儺と比べてもですか?」

 

「そうだよ。五条悟よりも、20本の指全て取り込んだ両面宿儺よりも、黒圓龍已の呪力量は遥か上をいく。あれこそ無限の呪力と言っても過言ではないね。だって()()()()()()()()()()()()()()呪力量なんだから」

 

「……人間ですよね?それほどの呪力を身に宿すなど、想像ができません。何故黒圓龍已はそれだけの呪いを?」

 

「さてね。けど、()()()()()()()ないだろうね」

 

 

 

 五条の呪力量は乙骨が現れるまで最も多いとされていた。乙骨も、変幻自在にして無限にすら感じる呪力を、彼に取り憑いた『祈本里香』が保有していた。呪術界は、その2人が最も呪力を内包する存在であると疑わなかった。しかし、他にも居たのだ。彼等の呪力を更に越えていく存在が。

 

 無限にすら感じる特級過呪怨霊『祈本里香』を遥かに超える呪力量。その量は、内包している黒圓龍已を以てしても上限が判らなかった。どれだけ使えば無くなるのか検討もつかない。他者からしてみればありえない程の呪力を瞬間的に消費しようとも、減った感じがしないのだ。まさに呪力の怪物。故に、彼は1日に二桁にも及ぶ領域展開を行い、その日だけで数時間展開を維持している。

 

 領域展開は自他共に認める、非常に激しい呪力消費を強いられる。なので五条であっても1日数度が限界だ。でも、龍已だけは十数度領域展開してもまだ余りあるのだ。となれば、持久戦に持ち込めば圧倒的不利になるのは目に見えている。どれだけ数を集めようが、彼の一撃に込められる呪力量は常軌を逸しており、持久戦のじの字も無く殺しにくる。

 

 獸崇に夏油は警告をする。普通に挑めば必ず祓われるよ?と。そんなことは誰が見ても聞いても明らかだ。特級呪霊といえど、龍已の呪力出力と術式範囲、最大量の呪力には勝てないのだ。むしろ、五条ですら龍已を殺すにはどうするかと頭を捻らせるほど。そんな相手を、少し説明を聞いて初見で破れるならば苦労しないだろう。

 

 

 

「まあいいでしょう。やれることはやりますよ。そうしないと私が納得してくれませんから」

 

「ッたりめェだろうが!やらねーで負けは認めねーぞ!ぜってぇぶっ殺してやるッ!だからしっかりしろよな、俺様ッ!」

 

「興奮しすぎてもダメだ。いつも通り淡々と蹂躙して殺そう、俺」

 

「2対1では私が不利ではないですか、私。ということなので、黒圓龍已は私に任せて下さい」

 

「そうかい?なら、是非とも頑張ってみてよ。私は警告したからね」

 

 

 

 胡散臭い笑みを浮かべた夏油は、パトカーが鳴らすサイレンの音を聞いて立ち上がった。呪霊とは違って誰の目にも写ってしまう自身は、集団人体発火事件の現場に居る訳にもいかないのだ。それに、逃げるにしても術式を使うこともできない。その場に夏油の残穢が出てしまうから。

 

 さっさとその場を後にした夏油の背を見送ってから、漏瑚や獸崇、目から枝を生やしたような人型呪霊と蛸のような呪霊もその場を後にした。漏瑚は五条をどうやって殺してやろうか考えてニヤつき、獸崇は龍已を襲撃する際に必要な準備を進めようと、それぞれの頭と話し合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーんとね、近接格闘に関して()()は頭一つ抜けてると思うよ。となると今教えるべきは……呪力の制御(コントロール)。そして呪術に関する最低限の知識だね……って、どうしたの?」

 

「いやー、やっぱ修行つけてもらうなら五条先生がいいと思ってたから嬉しくてさ!……俺は弱くて誰も助けられなかった。それどころか伏黒を殺しかけた。今のままじゃアイツ等に顔向けできねぇよ。……強くなりたい。五条先生の『最強』を教えてくれ」

 

 

 

 高専の地下のとある一室にて、虎杖と五条が話し合っていた。そう、死んだ筈の虎杖悠仁である。何故生きているのかというと、内に宿る両面宿儺が反転術式を使って虎杖の傷を全て治し、蘇生させたからである。その際に生得領域で一悶着あったが、宿儺の提示する縛りを受けて生き返った。

 

 だが、虎杖はその条件について覚えていない。忘れることを縛りとしてしまったからだ。もう一つが、『契闊』と唱えたら一分間体を明け渡さなければならないというもの。それでも、体を奪われようと他人を傷つけられないし殺さないという縛りがあるので、誰かが死ぬことは無いだろう。

 

 取り敢えず、虎杖悠仁は生きていた。しかし五条はすぐにそれを表明するのではなく、再来月に控える京都姉妹校交流会まで隠すことにした。理由は、交流会までに虎杖に力をつけさせ、自衛できるだけのものを備えてもらうためだ。そのために、今はこうして五条が呪術とは?というところから教えている。

 

 虎杖は高校で『両面宿儺の指』を食べてしまった時、伏黒と合流した五条が宿儺を完封したところを見ていた。明らかに強いということが解るので、呪術を教えてもらうのは、最強と謳われている五条がいいと思ったのだ。しかしその当人は、最強については少し補足が要ると言うのだ。首を傾げる虎杖に、五条は割と真剣な表情で語った。

 

 

 

「確かに僕は呪術界で最強と呼ばれてる。でもね、最強だからと言って無敵な訳じゃない。それに僕は()()最強なんだ」

 

「表の?じゃあ裏の最強が居るの?」

 

「居るよー。ていうか、悠仁はもう知ってる人だよ」

 

「……?え、誰?」

 

「ほらほら居たでしょ?一目見て『あ、この人絶対強いわ』とか思っちゃった人」

 

「……もしかして、黒圓先生?」

 

「せいかーいっ!裏の最強はセンパイでしたーっ!」

 

「えぇっ!?あの人そんなに強いの!?確かに絶対喧嘩強いと思ったけど……五条先生と同じくらい?」

 

「まあ、殺し合えば決着は一瞬だろうし、どちらかが絶対死ぬよね。やらないから何とも言えないけど……僕としては悠仁の中の両面宿儺よりも、センパイの方が嫌だなー。超絶無理ゲーの攻略だからね」

 

「マジ……?そんなに?」

 

 

 

 目を丸くする。恵から五条先生が()()()()最強と呼ばれてると聞いた。実際に宿儺を完封したところも見た。だから虎杖は五条が最強の存在なのだと信じて疑わなかった。だが蓋を開ければ、五条は表の最強で、裏には別の最強が居るという。その裏の最強が、先日会った龍已だった。

 

 別に、龍已は裏の最強という話を知らない。何せ五条が勝手に思っている事だからだ。相当に限られた者だけが、龍已が五条を何度も戦闘不能にしてボコボコにしていることを知っている。知っている人からすれば、今更かよと思うが、呪術界最強の五条悟が頭に根付いている人からすると信じられない話になってくるのだ。

 

 確かに一目見たとき、絶対喧嘩強いし勝てないと思った。でもそれはあくまで喧嘩の話。呪術のじの字も知らない虎杖からすれば、それがイコール呪術師として強いとは繋がらなかった。いや、呪術を知っていても、体術ができるから呪術師として強いとも結び付かないだろう。要するに、呪術師としてそんなに強いと思わなかったという話だ。

 

 

 

「センパイはね、僕と同じ特級呪術師だよ」

 

「先生と同じッ!?マジでッ!?一言もそんなこと言ってなかったのにっ!」

 

「そりゃあ、センパイそういうの自分から言うタイプじゃないし、何だったらずっと教えないからね。教えて何かあるわけじゃないんだから、態々教える必要なんてないだろう?とか言うから」

 

「えぇ……。あ、てことはさ!黒圓先生もめっちゃ強いチョベリグな術式持ってんの!?」

 

「いや、センパイには悪いけど、術式はものすごく弱いよ。弱い上に、同じ術式を持っている人なんて幾らでも居るから」

 

「え?だって五条先生と同じくらい……?強いんでしょ?術式弱くて特級呪術師になれるもん?」

 

「それがセンパイの恐いところの1つ。刻まれた術式そのものはものすごく弱いのに、ちょっとした天与呪縛と呪力量、それに体術だけで特級呪術師になったんだ。正直、術式が弱かろうと、僕はセンパイが誰かに負けるところを想像できないね。だって無理ゲーのラスボス瞬殺して裏ボスも捻り殺して、代わりにそこで待ち構えているバグみたいなもんだからね」

 

「黒圓先生そんなにスゴい人だったんだ……」

 

 

 

 知らないし、解らなかった……と、虎杖が驚く。だが知らなくても仕方ない。龍已は自分から等級を明かすようなことはしないし、自分のことを強いとは言わない。相手がそれを知るのは、彼の強さを実体験した者から聞いた時だ。もしくは、直接彼に問い掛ければ普通に教えてくれる。

 

 兎も角として五条の他にも、これだけ強い人物が虎杖の側に居るのだ。紹介されていないが、呪力を用いない体術戦に於いてはエキスパートの甚爾も居るし、当然龍已だって近接格闘は教えられる。とても恵まれた環境に居た。

 

 復学するのは京都姉妹校交流会直前。それまでには呪術に関する少なくとも必要最低限の知識を覚えることと、戦いではどうあっても必要になる呪力の制御を身につけるために、虎杖は五条から出されたキツいお題……夜蛾学長お手製呪骸を抱きながら映画鑑賞を実行した。

 

 

 

「ねえ五条先生」

 

「んー?どうしたの悠仁」

 

「もしさ、もうマジでめちゃくちゃ強い呪霊と黒圓先生が……それこそ黒圓先生でもキツいって思うくらいのと戦ったら、どんな風に戦って勝つと思う?」

 

「んー、そうだねぇ。呪力にモノを言わせて領域展開(奥の手)使うか、頭おかしいくらいの呪力を込めた一撃で消し飛ばすか、もしくは──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────あなたが黒圓龍已ですね。その命、何も言わずに私へ差し出してはくれませんか?」

 

「さっさと死んで消え失せろ人間モドキッ!テメェが居るからこっちはめんどくせーことになってんだよッ!ま、俺様はテメェを殺したいだけだがなッ!」

 

「時間を掛ける必要は無い。俺がさっさと殺して終わらせよう」

 

 

 

「……この呪力量は未登録の特級呪霊か。それに、これ程流暢に人語を話す呪霊は初めてだ。やって来た狙いは……俺か。察するに俺を殺すと何かが有利になるようだな。人間モドキ……──────呪霊風情が上からもの言うとは、笑えないな」

 

 

 

 

 

 

 

 もしくは──────嬲り殺して無理矢理祓うだろうね。

 

 

 

 

 

 

 

 







反承司零奈

龍已に会えていない日を数えている。何だったら時間すらも数えているが、言って引かれるのは嫌なのでそこだけは言わない。

龍已の他に愛想良く話せるのは家入硝子だけ。何故か2人で話しているところを眺めて体をクネクネさせている場面を度々目撃する。授業をやっていると、勉強そっちのけでうっとりと眺めてくるのでRさんはとてもやりづらいと言っていた。補修にするとマンツーマン!?と喜ぶのでやらない。

百鬼夜行を経て、多数の呪術師達から推薦を貰い、1級呪術師に昇級した。同じ1級呪霊ではまず勝てない。




五条悟

呪術界、表の最強。自分がそう思っているだけで、他はどう思っているかは別に知らない。家柄、名前の浸透性、術式、六眼などを加味して、色んな観点から最強と言わしめる存在。

解剖しようとした虎杖が、突然起き上がったのは純粋に驚いたが、これで将来有望な子を失わずに済んだとホッとした。この度、虎杖に修行をつける。




黒圓龍已

裏の最強。後ろ盾は無く、術式も弱い。だが総合的な強さは五条と同等かそれ以上とされている。ザ・無理ゲー先生。彼を殺すにはどうすればいいのか、割と頭を抱えるくらいの性能をしている。ちなみに不意打ちは無理。

なんだか最近、反承司と一緒に任務やら何やらやっている所為で、ブラコンの妹かファザコンの娘のように思えてきた。相手生徒なのにその考えはおかしい……と思っているが、つい構ってしまう。

実は自身が内包する呪力量を把握できていない。使っても使っても減っている感じがしないので、あれ?と思っていたが、もう20年以上そんなことしているので考えるのをやめた。暇なときの領域展開は今でも毎日やっている。領域展開熟練度SSS。何だコレは……たまげたなぁ……。

誰かこの無理ゲー先生斃す方法教えて(白目)




家入硝子

虎杖の解剖をしようとしたら生き返って驚いた。ちょっと残念……という気持ちもある。

龍已の頭を撫でたのは、撫でたかったから。何年付き合っていようがカワイイものはカワイイし、好きなものは好き。隙あらばイチャつく。バカップルみたいなイチャつきではなく、愛し合ってる熟年夫婦のイチャつき。なので非リアにはダメージが計り知れない。




夏油傑

最期は五条の手によって死んだ。しかし何故か存在しており、話し考え呪霊と会談をしている。



理由知ってても絶対言っちゃダメだよ?



あ、私パンの中でもメロンパンが好きれすぅ←




獸崇(しゅうすう)

人語を流暢に話す特級呪霊。黒山羊の頭、獅子の頭、馬の頭を持つ人型。それぞれの頭が別々のことを考えているが、結局それは1つの考え。ややこしい一人称になる。

甘く見積もって宿儺の指12本分の強さ。()()()()()()()4本分の強さ。




漏瑚(じょうご)

火山頭で一つ目の呪霊。甘く見積もって宿儺の指8、9本分の強さを持っている。五条を殺して特級呪物を蒐集に加えようとしている。人間を殺す過激派(呪霊全部そう)




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第四十七話  急襲



最高評価をしてくださった、キヨシ さん。

高評価をしてくださった、よくゑたる人 ベルハーゲン norio さんの皆さん、ありがとうございます。



明けましておめでとうございます!

まさか年を明かしても書いているとは思いませんでした笑笑

ここまで読んでくださる方に感謝を!

完結までお付き合いください!(作者が嫌にならなければ)




 

 

 

 

 

「──────任務の所為で遅くなってしまったな。硝子を待たせる訳にはいかん。鶴川さん、少し飛ばしてください」

 

「はい、分かりました」

 

 

 

 夜の道、山の側面に設けられた他の車の気配も無い道路を、補助監督の鶴川の運転で進んでいた。元々今日は龍已と家入のデートの日だった。朝からではなく、高専での勤務が終わってから夜食事をしようという約束になっていた。

 

 楽しみだった龍已は、入れられている任務を即行で終わらせた。即行で終わらせたのだが……追加で遠出の場所に任務を出された。面倒だから誰かに横流ししたかった。家入との夜デートを優先したかったのだ。しかしそんな私情に他の呪術師を巻き込めないからと、かなり急いで向かって今帰っているのだ。

 

 後部座席で荷物を広げ、今日回ったところの報告書を書いている。さっさと書いてしまおうとペンを走らせること数分、最後の報告書を書き終えると同時に顔を上げる。バインダーに挟んだ報告書を隣の椅子に置いて窓の外を見る。そして、運転している鶴川に声を掛けた。此処で停めてくれと。

 

 突然の言葉に困惑する。デートがあるから急いで欲しいと言われた後に、停めてくれと言われたのだ。しかしバックミラーで見た龍已に喉を鳴らして、急いでブレーキを踏んだ。表情が変わらない筈なのに、何処かを睨み付けるような視線で窓の外を見ていたからだ。

 

 止まった車から降りる龍已。ドアを閉める前に、此処から数キロ離れたところで待っていてくれと頼まれた。何となく嫌な予感を感じた鶴川は、お気をつけてとだけ言って車を発進させた。何故手が震えているのかは解らないが、今はそんなことを考えないようにした。今思うのは、龍已の無事だけだ。

 

 

 

「……さて──────」

 

 

 

「──────隙だらけですよッ!!」

 

 

 

「──────呪霊に見せてやる隙など無い」

 

 

 

 後方へ跳躍する。真上からやって来た影が拳を振るい、コンクリートを崩壊させた。亀裂が大きく入り、砂塵を巻き上げた。視界を確保するのに腕を振るう。その動作だけで広範囲に渡る舞い上がった砂塵が霧散して払われた。見えてくるのは呪霊の姿。頭が3つ、毛皮で覆われながら強靱そうな筋肉質の体。身につけるのは腰を隠すズボンだけだ。

 

 コンクリートを粉々に破壊してめり込んだ拳を引き抜き、体勢を戻しながら鋭い6つの瞳を龍已に向けた。迸り、覆い隠そうとするような強い殺気が飛ばされる。赤黒い殺意の波動が見えそうだ。その中で龍已は表情を変えること無く、対峙する呪霊を見ているだけだった。

 

 首に巻き付いた蛇型武器庫呪霊のクロが襟の影から顔を出して、謎の呪霊を睨み付けた。その頭を撫でてやりながら、龍已は相手の観察を開始した。気配を消すのは上手かった。全力かどうかはまだ解らないが、攻撃力は既に大したものだ。粉々に砕けたコンクリートを見れば解る。

 

 気配から感じる呪力量は相当なものだ。そこらで発生した特級相当とは比べものにならない。彼は対峙する呪霊のことを登録されていない特級呪霊と判断した。そして何と言っても、流暢な人語だった。呪霊はよく言葉を話すが、大抵は意味も解らず片言になって叫ぶだけだ。しかしこの呪霊は、意味を理解して使っている。

 

 

 

「──────あなたが黒圓龍已ですね。その命、何も言わずに私へ差し出してはくれませんか?」

 

「さっさと死んで消え失せろ人間モドキッ!テメェが居るからこっちはめんどくせーことになってんだよッ!ま、俺様はテメェを殺したいだけだがなッ!」

 

「時間を掛ける必要は無い。俺がさっさと殺して終わらせよう」

 

 

 

「……この呪力量は未登録の特級呪霊か。それに、これ程流暢に人語を話す呪霊は初めてだ。やって来た狙いは……俺か。察するに俺を殺すと何かが有利になるようだな。人間モドキ……──────呪霊風情が上からもの言うとは、笑えないな」

 

 

 

 やはり、人語を扱う知性と知恵を持っている、高度な頭脳を持った呪霊だ。首から生える3つの動物の首はそれぞれで言葉を介する。珍しいタイプの呪霊だ。しかし、無視できないことを喋った。龍已が居るから()()()()面倒なことになっている……つまり、何かをしたいが龍已の存在が邪魔になっているというのだ。普通に考えるならば他にも仲間が居るということになる。

 

 まあ、そこら辺はこの呪霊を祓わないギリギリまで追い込んで喋らせればいい。どうしても話しそうになければ、特級呪霊が徒党を組んでいるという情報だけで、この呪霊を祓って消してしまえばいい。

 

 やることは、今日やっていた任務と一切変わらない。呪霊が出たから呪術師として祓うだけだ。龍已はクロから吐き出された黒い手袋を受け取って手に嵌める。そして、目の前の特級呪霊に向けて拳を構えた。全身を呪力で覆い、呪力による強化を施した。

 

 

 

「……肉体を強化する呪力、何と弱々しいのでしょう」

 

「クハハッ!埒外の呪力量だの何だの言われてるからどうかと思えば、クソみてぇじゃねーかよッ!あ゙ぁ゙ッ!?こんなんじゃ話にならねーよッ!」

 

「所詮は人間モドキということだろう。人間の過大評価を鵜呑みにし過ぎてはならないということを学べただけいいだろう。さっさと殺して用を済ませよう」

 

「えぇ。油断はしませんが、いくらかの失望の念が──────」

 

 

 

 数メートル離れた場所に居た龍已が、懐に居た。動きの初動が一切目に映らず、懐に潜り込まれたと察せられたのは、腹部に想像を絶する衝撃が来てからだった。まさに襲来だった。体が大きく揺れる衝撃がやって来て、3つの口からそれぞれ呪霊の血をごぼりと吐き出した。

 

 視線を落とせば、半身を引いて大きく踏み込んで居る龍已と、掌底を撃ち込むのに伸ばされた右腕。そして、腹部が大きく円形に抉り飛んでいる自身の腹があった。雲に隠れていた月光が両者を照らし、龍已の変わる事なき無の表情を映し出す。その瞳は、冷たく凍えるような敵意を孕んでいた。

 

 見えず捉えられなかった速度。大きく円形に抉れ消し飛んだ腹部。そして、それを実現してみせた弱いと思っていた目の前の人間。特級呪霊の獸崇はゾッとしたものを感じてその場から跳び退いた。……筈だった。飛ぼうとした体が動かない。何故かと焦りを感じた時、龍已は身体を背後へ捻り込んで背負い投げの体勢に入った。

 

 宙へ体が持ち上がって持っていかれる。体が動かないので抵抗すらもできずに弧を描いた。あっという間にやって来る道路から外れた崖下の地面。受け身は取れずにそのまま叩き付けられ、尋常ではない威力に地面に蜘蛛の巣状に罅が入った。叩き付けられた獸崇は殆ど間を置かずに2度目の大量の吐血を行う羽目になった。

 

 

 

「ごぼ……ッ!?」

 

「なんッ……だ……あの野郎の……げぼッ……攻撃力はよォッ!!」

 

「俺の体に……かはッ……風穴が……ッ!」

 

「私は確かに呪力で……肉体を強化していたッ!なのに、何故あんな弱々しい呪力による強化だけでこれ程の……ッ!」

 

「体が動かなかったのは何なんだよッ!」

 

「落ち着け、俺。何かカラクリがあるはずだ。それを解き明かせば──────」

 

「──────その無駄に付いた頭で精々考えてみるといい」

 

「がッ……あぁああ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙ッ!!!!」

 

 

 

 体の自由は戻った。戻ったのに、倒れている獸崇の元に現れた龍已が脚を片手で掴んで振り回して地面に叩き付けた。無理に解こうにも、脚は龍已の剛力から生み出される握力で千切れる寸前まで握り締められており、外せない。痛みを抱えたまま、地面に叩き付けられた。顔面から地面に叩き付けられ、今度は反対側へ。それを10度は繰り返した。

 

 獸崇の体重は大凡160キロある。呪霊故に人間の肉体とは違うが、重さを量ればそのくらいはあるのだ。龍已と同じくらいの身長なのにその重さを実現しているのは、強靭な肉体に詰まった強靭な筋肉だ。それが見た目以上の重さを発揮している。のに……龍已はそれを片腕で振り回して、頭が揺れるほどの叩き付けを行っていた。

 

 見た目以上の筋力。それは獸崇だけに言えることではない。他でもない龍已がその良い例なのだ。見た目は鍛えられながら程良く細い肉体。しかしその中は全くの別物だ。握力は握力計を粉々に粉砕し、ベンチプレスは軽く1tを超える。背筋は、測定に使う鎖を10本纏めて引き千切り、ハンドボールは素の力で400メートルぶん投げた。砲丸投げはむしろ500は飛ばしただろう。それに加え、100メートルの素の最高記録は1秒4である。

 

 それらを全て呪力による強化無しで行う。体力面に於いても、フルマラソンを1時間以内に完走して息一つ乱れない。水泳ではイルカにも追いつく。視力は5.0。何もかも人の域を超えているのに、呪力による強化要らずである。ならば、160キロ程度の獸崇を振り回すのは訳ないと思わないだろうか?

 

 何度も叩き付けられた所為で黒山羊の頭が脳震盪を起こした。宙に放り投げられ、首に向けて中段蹴りを繰り出された。獅子の頭が体を操って腕を自身の首と龍已の脚の間に刺し込む。防御には成功しても、腕は蹴りを受けたところから砕けてへし曲がり、片方は千切れた。

 

 蹴りの威力までは殺せず、空中を舞って飛んでいく。途中の木を数本根元から砕き折って勢いを殺していき、最後は背中から叩き付けられてずるりと滑り落ちた。座り込んで頭を振る。黒山羊の頭はどうにかくらりとする思考を元に戻し、風穴が空いた腹とへし曲がり、砕け取れた腕を再生しながら上半身を倒して頭を下げた。

 

 

 

「──────ッ!!」

 

「頭下げなかったら……今頃俺様は頭が真っ二つだった……ッ!」

 

「勘に縋るような回避は褒められたものではないが、今のは回避が最善だったな」

 

「動かなければ綺麗に刈り払ってやったものを」

 

 

 

 背にしていた木が、遅れて軌跡を描いて切断され倒木した。ずしんと重い音が鳴り響く。しかしそれは一カ所からではない。周囲の木々十数本が同じく倒木したのだ。それぞれ鋭い何かに両断された切り口。一瞬で飛んできた何かを危機察知能力と勘で避けた獸崇は、倒した上半身を元に戻して、暗闇の向こうから何かの音を発して歩き近づく龍已を見た。

 

 手に持つのは鎖鎌だった。長い鎖に繋がれた一端が分銅、もう一端が鎌になっている武器。龍已は右手側にある鎌を鎖ごと振り回しているのだ。謎の音の正体はそれだった。先端の鎌なんて目では捉えられない。回す速度が速過ぎて、ヘリコプターのローターブレードが回転方向とは逆に回っているように見える現象を起こしていた。

 

 足元の砂と木の葉が竜巻に晒されたように螺旋を描きながら持ち上がり虚空を舞う。円を描いて振り回す鎌を、今度は体の周りで素早く振り回し始めた。速度はそのままに、体の周りで振り回すことで近づくことすらできない。周囲の木を両断して倒したのは、横薙ぎに払った鎖鎌の鎌だったのだ。

 

 

 

「何故そんなものを使っ──────」

 

「呪霊にくれてやる情報は無い。仲間、数、目的を明かして死ね」

 

 

 

 振り回す鎖鎌が襲い掛かる。真上からの振り下ろしに、咄嗟に横へ動いた。鎌は両断されて残っていた切株状の木に落とされ、地面ごと真っ二つにした。避けきったと安堵した獸崇は、左腕を肩ごと吹き飛ばされた。訳も解らず受けた大ダメージ。原因は鎖鎌とは反対に付けられた分銅。こちらを投げ付けてきたのだ。

 

 それも、分銅を投げ付けて鎖の部分は完全に手放した。よって、飛んできた分銅の次に鎖がやって来る。腹の所に来るよう調節されていた鎖。切株に突き刺さった鎌が固定の役割をし、鎖が飛んできて腹に当たり、飛ばされた分銅がまだ進もうとしている。結果、飛んでいこうとする分銅によって、残った片腕を捲き込んで鎖により拘束されたのだ。

 

 慣性の法則によって前に進もうとする分銅は、鎖に引っ張られて止まるはずが、敢えて少し斜め方向に飛ばされたことにより止まるのではなく横向きに進路を変える。よって分銅が勢い良く獸崇の体を回って鎖で拘束するに至ったのだ。

 

 思いもよらない拘束。力技で千切ろうとして想定より硬い鎖に手こずる。その間に、龍已はレッグホルスターから『黒龍』を抜き取った。両手に持って2つを構える。膨大な呪力を込めて、狙うは首から下全て。塵も残さず消し飛ばそうと引き金に指を掛けて引いた。爆発音のような銃声と共に、呪力の光線が放たれる。絶体絶命の危機の中、獸崇……正確には獅子の頭がケタケタと嗤った。

 

 

 

「この武器には遅れを取ったが、俺様にはンなもん効かねーんだよッ!!」

 

「……………………。」

 

「テメェは俺様と殴り合うことだけしかできねェッ!遠距離でチマチマやろうなんざ考えンじゃねーぞッ!」

 

「そのまま術式を使っていろ、俺。俺も加勢する」

 

「では、私も加勢しましょう」

 

 

 

 放たれた呪力の光線が、獸崇に辿り着く前に消失した。龍已からしてみれば大した量は込めていないが、獸崇の体部分を残らず消し飛ばすのに必要な呪力は込めた。しかしそれを途中で霧散させて消した。獅子の頭が使用した術式による効果である。遠距離攻撃を無効化する。その代わり、自身も遠距離攻撃を行う事ができなくなる。

 

 拳による命を賭けた決闘。それが獅子の頭が術式を使用した際に強制されるルールだ。それ以外では祓えない。普通の弾丸を撃ち出そうとしても発射されないのを見て、龍已は『黒龍』をレッグホルスターに納めて戻した。それを見て気を良くする獅子の頭。

 

 夏油から、龍已の術式は銃を使わなければ使えない底辺の術式だと教えられている。要は銃ごと術式を使えない状況にしてやればいい。獅子の頭はそれに最適な術式を所持していた。一気に戦況を変えて起きつつ、馬の頭と黒山羊の頭が左右に別れていく。体が3等分に千切れ、傷の修復で体の失った()()()部分が形成されていく。それにより、黒山羊、獅子、馬の3体に別れて分裂した。

 

 

 

 ──────1個体として成り立っていた筈が、分裂しても各々が個体として成立している。三位一体だったということか。気配からして呪力量も約3等分に分けられた。呪力量をそのままに分裂したとしたら、それこそ呪術に於ける足し引きが狂うから理解出来るが、この気配はそれだけではないな。

 

 

 

「行くぞ、俺ッ!!」

 

「任せてください、私ッ!!」

 

「ギャーッハッハッハッ!!ぶち殺してやるァッ!!」

 

 

 

 攻撃した後に見せていた回避行動。その速さから大凡の獸崇が出せる速度を想定していた龍已だったが、それを大きく上回る速度で急接近する獸崇。踏み込んでから最初の1歩目で最高速度を叩き出し、目にも止まらぬ速さで疾走して接近し、鋭い爪を備えた手を引っ掻くように振り下ろす獅子。

 

 1歩後ろに下がって爪を回避しつつ、横から伸ばされる殴打を上体反らしでまたも回避。最後に後方からの顔目掛けた踵落としを、地を蹴って回転させながら体を浮かび上がらせ、踵落としをした黒山羊の体を利用して蹴ってその場を離脱。距離を取りつつ音も無く降り立った龍已は、獸崇との間にあった目測の距離と辿り着くまでの時間から、彼等の出せる速度を計算した。

 

 計算した結果、戦闘に問題は無いと判断を下す。拳を作って構える。それだけで、獸崇は悍ましい何かを感じ取ってゾワリとした寒気を体感した。恐ろしいくらいの何かを醸し出す龍已にごくりと喉を慣らしつつ、怖じ気づこうとする体を誤魔化すように笑みを浮かべながら駆け出した。

 

 最初に攻撃したのは獅子だった。切り裂くつもりで立てた爪を伸ばしたのに、右手に手を軽く添えながら正面から見て右側に避けつつ、右手で手首を掴んで左手の拳を肘に向けて打ち付けた。ごちゅりと嫌な音を立てながらいとも容易くへし折られた自身の右腕に叫び声を上げそうになる獅子の顔面へ、手首を離した右手が殴打の形で襲ってきた。

 

 反射的に顔面を高密度の呪力で防御した。龍已が身に纏わせている弱々しい呪力の数十倍はあるだろう。故に龍已の拳は防御しきれると思っていた。その考えは、顔面を捉えた拳によって体を十回転させたと同時に消え去った。縦に回転して顔から着地する。顔面は拳の形に陥没し、意識を辛うじて保っている程度だった。

 

 

 

「俺は元々、近接格闘が専門なんだよ間抜けが。遠距離を使えなくさせる術式なのか、その他にも何か効果があるのかは知らないが、お前達が求めるならば応じてやろう。ただし、お前達は全員嬲り殺す」

 

「獅子の俺ッ!チッ……図に乗るなッ!」

 

「動きが速くなったのは()()()()()()()()馬頭。残念だが、お前達の最高速度は()()()()()

 

 

 

 馬頭の術式。それは自身の動きの加速化。禪院家の相伝である投射呪法のように段階を経て加速するのではなく、0から10まで1度に加速し、術式を使用している間は常に加速している状態になるというもの。速度を底上げする術式と思えばいい。

 

 そしてこの術式は、自身にしか効果が及ばない。味方が居ようと触れようと、その人物を加速させることができないのだ。なので加速するのは常に獸崇だけ。なのに、彼は3つの個体に分裂した。ならば術式を持つ馬頭だけが加速されるはずだが、3つの個体は全て1つとしてカウントされ、結果3個体が同時に加速の強みを得る。

 

 獅子頭は範囲内で遠距離を使えなくさせる術式を、馬頭は自身の動きを加速させる術式を。個体でありながら複数術式を持つという、三位一体タイプの特級呪霊である。獸崇の術式複数持ちは脅威だが、龍已は今のところ特に苦労はしていない。何せ、遠距離が互いにできない状況に持ち込み、専門である近接戦に態々切り替えてくれたのだから。

 

 黒山羊頭と馬頭が揃って迫り来る。馬頭が側頭部に向けて上段蹴りを。黒山羊頭は腹に向けて拳を繰り出した。膨大な呪力で肉体を強化した打撃が、全くの受け身無し、防御無しで龍已に打ち込まれた。蹴りが側頭部に、拳が腹に、加速して得た速度と強靭な肉体から放たれる強力な一撃。しかし獸崇達は、彼に触れた瞬間存在しないものを幻視した。

 

 まず思ったのは、見上げても頂上が見えない巨大な山。もしくは、近づきすぎて全容が見えない1つの恒星。それらに向けて拳を振るおうとも、山や恒星にとってはダメージにはならない。そもそもの質量が違いすぎる。何だこれは。何の感触だ。()()()()()()()?獸崇は1ミリたりとも微動だにせず攻撃を受けた龍已を前にして、漠然とした疑問を抱えた。

 

 

 

『あぁ、そうそう。獸崇、彼に挑むならこれだけは覚えておいて。彼はね、呪力操作がとても上手いんだ。勝手な判断と思い込みは厳禁だよ』

 

 

 

「何なのだ……お前は……ッ!」

 

「この感触は……ッ!」

 

 

 

「避けたり逸らしたりしていたわけだが、そもそも──────お前達程度の攻撃は防御する必要性すら皆無と知れ」

 

 

 

 ──────呪力操作が上手い……なんて次元の話ではありませんッ!!長く触れて理解しましたッ!この黒圓龍已が纏っている呪力は、弱々しくて薄い、脆そうだと思わせて実際はその真逆ッ!私の全呪力以上の呪力量で形成された呪いの障壁ッ!態と弱く見せるように莫大な呪力の上に本当に弱い呪力の膜を薄皮1枚程度に覆ってカモフラージュしているッ!!なんと……なんと恐ろしい操作技術ッ!!

 

 

 

 ──────ありえない程の呪力を常に消費しておきながら肉体を極限以上に強化し続け、尚且つ弱者を偽る二重構造を絶え間なく行い続ける。こんな人間が居たのか……。夏油が警戒するのも今なら解る。この人間は()()()()()()。その皮を被って身を潜める別のナニカ、得体の知れない怪物だ。

 

 

 

「よく、その弱さで俺を殺すと宣えたものだ。黒圓無躰流を使うまでもない。防御も要らず、銃も要らず、故に術式は必要なし。所詮は特級という扱いになるだけの塵芥風情の1体でしかない。大切な用事(デート)がある日に限って現れおって……──────覚悟は良いだろうな?」

 

 

 

「──────ッ!!俺ッ!離れて逃げ──────」

 

「──────まずは1個体」

 

 

 

 蹴りを放った体勢のままの馬頭に手が伸びる。口に出さずとも3体は1体。考えていることは解る。黒山羊頭はすぐさまその場から離脱した。その後、馬頭は顔を龍已に掴まれる。万力すらも優しく思える剛力が手の圧力として使われ、顔が握り潰された紙切れのようになっていった。

 

 ぐちゃり。頭は握り潰される。呆気ない絶命に、行使されていた加速の術式は解けた。離脱の途中だった黒山羊頭は速度が途中でがくりと下がる。途中で加速が解けた弊害が起きて、速度の突然の強弱によって体勢を崩して転倒した。急いで立ち上がろうとして、上から跳躍力だけで大きく跳んで自身に向かって落下しながら迫り来る龍已が目の端に映る。

 

 死ぬ。そう思った時、腕を引かれて黒山羊頭は空中に放り投げられた。代わりに先まで自分が居た場所には、傷を修復して治りきった獅子頭が。黒山羊頭を庇ってその場に出てきたのだ。獅子頭が残る全ての呪力を脚と腕に回して限界まで強化して、上からの攻撃に備えて受け止めの姿勢に入る。雄叫びを上げて己を鼓舞し、落とされた踵落としで体を真っ二つに両断された。

 

 

 

「──────2個体目」

 

「あ、ぁあぁあああああ……何なのですか……あなたは……っ!本当に人間なのですかッ!」

 

「歴とした人間だ。人間故に、お前のような呪霊の存在を赦さん。……さて、残るはお前だけだ。これだけやってまだ勝てるとは思うまい。獅子の頭を殺した以上、俺は術式を使うことができる。対してお前は、呪力量は元の3分の1以下。3対1という数的有利もなくなり、加速による逃亡もありえない。いや、加速しようが俺の方が速いのだが。……それに何処へ逃げようとも、俺から半径4キロ圏内は全て射程距離。領域展開でもしてみるか?綱引きならば受けて立つ。その代わりに、綱引きで負ければお前の逃げ場は確実に消える。近接でも負ける要素が無い。これを踏まえた上で問おう。お前の仲間、数、目的は何だ?」

 

「い、言うわけが……っ……ないでしょう……ッ!!」

 

 

 

「──────そうか。それが答えか

 

 

 

 残る黒山羊頭の返答は否。これだけの絶望的状況に居ながら話そうとしないということは、言わないのではなく言えないと言った方が良い。恐らく、こうなるかも知れない事を見越して、目的などを明かせないように縛りでも結んでおいたのだろう。ならばもう、獸崇に用は無い。他にも仲間らしき存在、徒党を組む者が居る事が知れただけでも良しとしよう。

 

 静かに否の返答を受けた龍已は、襟から顔を出したクロにアレを出せとだけ言った。長い付き合いのクロにはその言葉だけで伝わる。小さな口を開いて吐き出されるのは、大口径狙撃銃……アンチマテリアルライフルを基とした特級呪具『黒曜』。黒いその銃身は異質な存在感を放つ。獸崇は明らかにマズいと悟ってその場からの退避行動に出ようとした。

 

 獸崇は瞠目する。またしても体が動かない。腕や脚が体に張り付いて、一切動かせないのだ。蓑虫のように暴れることしかできない。獸崇が動けない理由。それは龍已が両手に付けている黒い手袋が原因である。これは戦闘を始める前にクロから受け取り装着したもの。その正体は特級呪具『黒糸』。最近で一番新しく彼の元へやって来た、完成版特級呪具である。

 

 指先から伸びる糸は黒く、光を反射せずに呑み込んでしまう。故に暗闇で使用されると目には見えず、伸びる糸自体も肉眼では確認し辛い程細い。なのに、龍已が全力で千切ろうとしても伸びもしない超が付くほどの頑強さを兼ね備える。長さは流し込む呪力により変わり、その糸が今、獸の体に巻き付いていた。

 

 一番最初に何も無いところで背負い投げをして、触れずに獸崇を崖下に叩き付けたのはこの『黒糸』の仕業である。龍已は動けず藻掻く獸崇を眺めながら、装着されていた『黒曜』のマガジンを外して別のものをクロから受け取り、代わりに嵌め込んだ。ボルトを引いて弾を装填する。地面と平行になるよう『黒曜』を構えて、銃口を獸崇に向けた。

 

 

 

 

「俺が今装填したのは、世界で唯一信頼し信用する呪具師が造った特殊弾だ。1週間に1発分しか造れず、1週間にこの特殊弾が1発しか撃てないという縛りを与えられることで一撃の破壊力を底上げする」

 

「そんな縛りが……ッ!!」

 

「そこまで使おうと思う相手が居なかったから余っていてな。俺の大事な用事を消そうとしてくれたお前に対する俺の気持ち(憤り)を受け取ってくれ。そして死ね。死して悔い改めろ」

 

「ぁあああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

「──────『無窮(むきゅう)(ひかり)』」

 

 

 

 銃口から放たれるは、総てを呑み込まんとする呪いの奔流。領域展開に使用される呪力の数倍以上という埒外の呪力を以て、対峙する呪霊1体を祓おうとする。目にできるのは呪いの壁のようなもの。その全容は目眩すら覚える極太の光線だった。

 

 その日、2、3キロ先にあった山が根刮ぎ消し飛んだ。次の日にはニュースで取り上げられる。宇宙人の仕業なのか、化学兵器の実験によるものなのかと騒然の話題となった。だが不思議なことに、死人はおろか、怪我人すら居なかったという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────硝子」

 

「ん?あぁ、来たんだな」

 

「待たせたようですまない」

 

「いや?5分くらいしか待っていないから大丈夫だ。気にするほどのものでもない」

 

「遅れるつもりなんてなかったんだ。だから謝罪はさせてくれ」

 

「律儀だなぁ。まあそういうところも好きだよ、私は」

 

「ありがとう。……行くか」

 

「ふふ。楽しみで仕事をさっさと片づけてきたからな、今日は」

 

 

 

 待ち合わせ場所には既に家入が居た。ベンチに腰掛けて脚を組み、スマホに視線を落としている。補助監督の鶴川に車で送ってもらい、駐車場から全力で駆けてきた。一般人にはその姿は風と同じで捉えられなかっただろう。家入も、風がふわりと来て髪が揺れたのを感じ、来たことに気がついたくらいだ。急いできたのはすぐに分かった。

 

 待ち合わせをすると、絶対に時間前には着いて待っている龍已が珍しいなと思いつつ、ベンチから立ち上がって手を取り繋ぐ。自然な形で作られた恋人繋ぎ。歩幅を一緒になるよう調整されながら、予約してあるというレストランの時間まで適当に買い物でもして時間を潰す。

 

 

 

 ──────ふふ。手汗掻いてるな。そんなに焦って来ることもなかったのに。本当にお前は……私のこと好きだな?まあ、私の方が好きだけど。

 

 

 

 鍛えるために使われた龍已の男らしい角張った手。傷だらけで取れないタコに塗れ、人肌の体温を持つ鉄のようだ。しかし家入からしてみれば温かいし柔らかいし好きな手だ。これまであらゆる事をこの手でやってきたと思うと愛しさに溢れる。そんな手は、手汗で湿っていた。遅刻するという焦りから出てきたものだろう。

 

 5分くらい誤差の範囲だ。なんだったら、家入は重傷患者が運ばれてきて約束の時間に3時間も遅刻した事がある。それでも龍已は急患だということを察して、真冬の夜空の下、待ち合わせ場所から一切動かずに待っていたことがある。家入がその時のデートを楽しみにしていたのを知っていたからだ。そんなことがあったのだから、5分なんて遅刻ですらない。

 

 なのに、その5分を遅れるからと手汗握って焦りながらここまで全力疾走してきた。なんだか、その様子を思い浮かべると可愛いくて仕方ない。手汗の湿りなんて一切気にせず、もっと手を強く握った。そして横顔を見上げてクスリと笑う。雰囲気で、怒っていないかこちらの機嫌を窺っているからだ。

 

 安心させてあげるのも彼女の役目。固く繋いでいる手をそのままに、龍已の腕をもう片方の手で掴みながら柔く抱き締めた。ベッタリとした行動に彼が視線を落とす。変わらない無表情に向けて、つい溢れてしまう愛情を乗せながら優しく微笑んだ。

 

 

 

「私は本当に気にしていないからな。機嫌も悪くしていない」

 

「……本当か?」

 

「そんなことで嘘は言わないよ。だけど、どうしても気にしてるなら、レストラン行くまでこのままな。今日は私の彼氏を他の奴等に見せびらかしたい気分なんだ」

 

「……そうか。なら、俺も彼女を見せびらかしてしまおう。その理由で視線を集めるのは、嫌いじゃない」

 

「ふふっ」

 

 

 

 互いに交際相手を見せびらかしてたら、付き合いたてのバカップルみたいじゃないか。なんて言葉は胸の中に仕舞っておき、これでもかと龍已の腕を抱き込んで肩に頭を乗せてやる。体重を掛けることになるが、今更女1人の体重程度で彼は微動だにしない。

 

 彼の雰囲気が機嫌を窺うものから、幸せそうなものに変わったのを感じ取ってクスクスと笑う。他の女からは何を言われようとそんな雰囲気は出さないのに、自身が抱き付くだけで幸せそうにするのだからどこまでも愛おしい。

 

 ウィンドウショッピングをして、気に入ったものがあったら購入してクロに持ってもらい、時間になったら予約していた高級レストランに行って食事を楽しみ、舌鼓を打つ。好きな酒も飲んでほろ酔い気分になりながら店を出て、夜風に当たりながら2人で並んで歩く。

 

 同棲してもデートをする。それに毎回心躍らせて、楽しみにして、彼の1つ1つの動作に心奪われて、愛おしそうに愛情を乗せた瞳で見られると体が熱くなる。出会って付き合って10年以上経つのに、幸せだという気持ちは色褪せない。毎日毎日、家入硝子は黒圓龍已を好きになり、恋をする。そして愛を与えて与えられるのだ。

 

 

 

「なあ、龍已」

 

「どうした?」

 

「このまま家にまっすぐ帰るのはもったいないだろう?少しだけ……寄り道しないか?」

 

「……そうだな。俺も、硝子と寄り道をしたいと考えていた」

 

「ふふ。それは嬉しいな」

 

 

 

 ふわふわした足取りと口調になりながら、頭の中は熱に浮かされて熱い。体もポッと熱を帯びた。抱き締める腕には、胸から伝わる心臓の鼓動が伝わっていることだろう。恋人繋ぎで握る手からは、脈拍がバレていることだろう。でも、それはきっとお互い様の筈だ。だって彼の手も、火傷したみたいに熱いから。

 

 2人は並んで歩きながら、道を逸れてホテル街へと進んでいった。家ではなく、偶にはデートをしてそのまま行くのもいいだろう。風呂は一緒に入ろうか、今日抱くのか、それとも抱かれるのか。色々考えながら受付を済まして、貰った鍵と同じ部屋のドアを開ける。

 

 履いているブーツを脱いで、羽織っていた服を脱ぐ。そこで腕を引かれて体の向きを反転させれば、熱く激しい口付けをされ……首に抱き付きながら受け止める。

 

 

 

 

 

 あぁ……今日は抱かれる日だ。と、思いながら、抱えられてベッドの上に降ろされた。好きという気持ち。愛しい気持ち。肌の温もりや汗でベタつく感触を感じながら、家入硝子は黒圓龍已の腕の中で微笑んで、艶やかな声を上げて啼いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────はぁッ……はぁッ……ひゅっ……ごぼッ……お゙ごェ゙ッ……」

 

 

 

「大丈夫かい?獸崇」

 

「あらら。漏瑚に続いて獸崇まで?」

 

『黒圓龍已とはあなたがそうなるほどの相手ということですか』

 

「ぶぅーっ。ぶっふぅ。ぶっふぅー?」

 

「チッ。五条悟は次こそ儂が殺してやるッ!この恨み、何があろうと忘れんぞッ!」

 

 

 

 歩くマンションの一室。そこには夏油と漏瑚。目から枝が生えた呪霊にタコのような呪霊。そして全身ツギハギが目立つ呪霊が居た。忽然と姿を現した獸崇に訝しげにするでもなく、何となく面白そうに声を掛けていた。

 

 獸崇は生きていた。龍已の一撃が体を塵も残さず消し飛ばす寸前、自身の術式を発動してこの場に戻ってきた。だが体の大部分は消し飛んで、顔も半分近く無くなっている。唯一辛うじて残っている右腕で体を支えながら、傷の断面と口から大量の血を吐き出した。

 

 徒党を組んでいる呪霊達が何かを話しているようだが、獸崇は違うことを考えていて聞いていない。考えているのは、化け物、怪物、人外、何と称せばいいのか解らない未知の存在、黒圓龍已のことだ。転移する寸前に体を消し飛ばそうとした呪力の塊は、この場の誰にも耐えられない一撃必殺の光線だった。

 

 情報を抜き取るのに嬲る必要が無く、出てきた瞬間祓うという状況だったならば、邂逅して次の瞬間には何も残らず消し飛ばされて殺され、祓われていた。目を閉じれば浮かび上がってしまう、嗤うでもなく憐れむでもなく、淡々とした冷酷な無の表情。人間ではない。モドキでもない。あれは怪物でしかないと思いながら、その場で倒れて意識を手放した。

 

 

 

 

 

 







無窮(むきゅう)(ひかり)

上からでも下からでもなく、目前の敵に向かって放つ呪力ゴリ押し光線。今回の一撃に使った呪力量は領域展開数回分。結果、山が余裕で無くなった。




特殊弾(縛)

1週間に1発しか造れず、1週間に1発しか撃てないという縛りを結んでいる弾。その代わりに撃ち出す呪力出力を底上げする。撃つほど強い相手が居ないので使っていなかったが、今回苛ついたので使った。




獸崇

三位一体型特級呪霊。頭と一緒に体の一部を無理矢理切り放し、修復することで3つの個体に別れる。故に頭のそれぞれに術式がある。切り放して分裂すると、総呪力量が3分割される。分割して倒されるとその分の呪力は無くなる。予想した方々、大正解ッ!(短絡作者)

黒山羊頭は予めマーキングした場所へ転移するエスケープ術式。使用するにはかなりの呪力量を要求されるので1度切りの奥の手。獅子頭は遠距離が使えなくなる範囲を作り出す。その代わりに自身も遠距離の一切が使えなくなる。獅子らしい弱肉強食ステゴロ喧嘩術式(龍已に対しては自殺行為)。馬頭は自分達を限界まで加速させる術式で、0からMAXまで引き上げられる。速度だけなら投射呪法の上位互換。

メインの頭は敬語を使って話す黒山羊頭。この頭を潰さないと祓えず、他の頭を潰しても再生する。ただし、頭の再生だけには相当な時間が掛かる。




黒圓龍已

任務が終われば家入とのデートなのに、遠い場所の任務を追加された挙げ句、明らかに自分狙いの特級呪霊に狙われてご機嫌斜めだった。滅多に使わない特殊弾まで使いつつ、山を消し飛ばして鬱憤を晴らした。

が、その後家入との約束の時間に遅れそうだと察して焦る。いつも時間前には着くようにしているので、遅刻して彼女を待たせたくなかった。ちなみに、初めて遅刻した。

素の身体能力が異常。握力計は中学の頃には粉々にしていた。体力測定の100メートルはめちゃくちゃ遅く走って周りに合わせた。目は昔から良かった。頭は天才以上虎徹以下って感じ。柔軟性はかなり高い。I字バランスは余裕。呪力で肉体強化したら、デコピンでボーリングの球粉々にできる。近接で勝てる!って方居たらどうぞどうぞ。




家入硝子

遅刻して焦ってる彼氏可愛い……。

急患の所為とはいえ、3時間デートに遅刻した事がある。真冬の夜空の下でずっと待たせた時は、流石に泣きそうになった。まだ高専生だった頃の話。それ以来、龍已は何時間でも待ち続けると解って遅れないようにする事にしている。

毎日顔を合わせて、おはようからおやすみまで一緒で同棲しているのに、その度に彼に恋をして好きになる。1つの所作に至るまで全てが好き。好きすぎてヤバいことを自覚している。なのにその好きを受け止めて、更に与えてくるからどっぷりと浸かる。

次の日、体術で甚爾にボロボロにされた学生達に声枯れてます?と言われた時は珈琲を飲んで誤魔化した。




漏瑚

同じく五条悟にめちゃくちゃにボコられた挙げ句、今頭しかない。

なのにサッカーされる(ガチ)

これからもそんな相手しか相手しないから不憫だけど頑張って!



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第四十八話  京都校



最高評価をしてくださった、戀海恋 F1ppInoX Sui-1027 隼型一等水雷艇 隼 (°д°) ロードランナー 鮭ご飯が食べたい はるぱす イデア過激派同担歓迎 さん。

高評価をしてくださった、ツァラトゥストラ AXEL0329 ベルハーゲン カキた むらさき君 ニーター さん、ありがとうございます。





 

 

 

 

「──────痛っ!?いってぇ……五条先生マジで強ぇ……」

 

「あはは。だって僕、最強だもん」

 

 

 

 火山頭の特級呪霊漏瑚に襲われた五条は、呪術界でも最強と謳われる力を存分に発揮して撃退。その際には、高専で匿っている虎杖を連れて行き、領域展開について教えた。教えられた虎杖からしてみれば何が何だかサッパリだったのだが、取り敢えずそこら辺チョー適当だということは解っただろう。

 

 そして今は、その高専内にある訓練場で五条と虎杖が稽古をしていた。虎杖は覚えたばかりの呪力を使った攻撃を仕掛けるが、五条には掠りもしなかった。拳に呪いを込めて放つ。それだけでも、元が一般人だった虎杖にとっては難しいもので、それ故に変則的な打撃が成立した。

 

 逕庭拳という打撃方法で、拳が相手に到達した際に、纏わせていた呪力が後から遅れてやってくることで生み出される、一度に2度のインパクト。本来は遅れることがないからこそ、相手の意表を突ける技と言って良いだろう。今はそれを確実に出せるように特訓しつつ、近接戦を鍛えている訳だ。

 

 まあ、身体能力が常人よりも並外れている虎杖でも、五条が相手となると途端に連敗記録を更新するだけなのだが。これが最強かと思いつつ、虎杖は尻餅をついた尻を撫でながら起き上がって拳を構える。それに対するは、ラフな格好をしてサングラスを掛けつつ、ポケットに手を突っ込んだままの五条である。

 

 

 

「そういえば悠仁。1つ言い忘れていた事があるんだけど」

 

「先生、交流会のことも俺に教えるの忘れてたよね?」

 

「まーまー。その辺は置いておいてぇ……マジな話、宿儺を出して上の連中に呪詛師として認定を食らうのだけは避けようね」

 

「呪詛師って、あれだろ?一般人傷つける~みたいな」

 

「そうそう。けどね、問題は呪術規定に違反して犯罪者に仕立て上げられる事ではなくて、呪詛師になっちゃった事にあるんだよ」

 

「んー?どういうこと?」

 

「呪術界にはある人──────黒い死神っていうのが居るんだ」

 

「なにそれ、都市伝説的な?」

 

「都市伝説なら良かったんだけどねー!」

 

 

 

 拳を構えて戦闘態勢に入っていた虎杖は、五条から出された話題を聞くために構えを解いた。そして話されるのは、呪術界きっての超大物である黒い死神。今のように秘匿死刑になるだけならば、五条の力でいくらでも執行猶予を付けることができる。しかし、呪詛師となったらそうもいかない。

 

 上の腐ったミカンと交渉する事もできず、黒い死神は呪詛師を狙って必ず動く。あの五条ですら1度も目にしたことが無い程、誰かの前に姿を現すことが無い伝説の人物。六眼に無下限呪術の抱き合わせに加えて才能の塊という五条悟以上に、呪詛師に対して抑制力として働いている存在だ。

 

 

 

「黒い死神っていうのはね、呪詛師だけを狙って殺す呪詛師殺しなんだよ。しかもスゴいのは、その呪詛師抹殺達成率100%だということ。逃がしたことが無いらしいんだ。この僕でも見たことがないんだよ」

 

「つーことは、めっちゃ強いんだ」

 

「強いんだろうねぇ。生憎、黒い死神について知られていることは殆ど無いんだ。臆測ってレベルだね。でも、確かなのは呪詛師に対して異常な執着を持っているってこと。そしてどんな呪詛師も必ず殺しているってこと。悠仁は被呪者として秘匿死刑になっているけど、これが呪詛師となったらどうなるか解らない。対話なんてできないからね。いきなりやって来て殺していくかもしれない。だから、呪詛師認定だけは避けようね」

 

「分かった!」

 

 

 

 そんなにヤバイ奴が居るならば、死ぬわけにはいかないのだから呪詛師という認定を食らう訳にはいかない。あの五条先生が真剣に言うのだから間違いはないのだと、虎杖はしっかりと頭に叩き込んだ。

 

 2人が話している傍らで、クツクツという笑い声が聞こえてくる。今は閉じている虎杖の両眼の下、痣のようになった目が1つ開き、その下に口が現れる。宿儺が部分的に表面に出て来たのだ。体を乗っ取ることができない代わりに、こうして口を作り出して煽りを入れてくる事がある。

 

 恐らく今回もそれだろう。何を言い出すか解らないので、虎杖は自身の頬を掌で叩いた。が、口は寸前で消えて、今度は手の甲に現れる。そしてケタケタと嗤い出すのだ。

 

 

 

「つまらん事をやっていないで、あの男に会わせろ」

 

「……あの男って誰のことかな」

 

(おん)の一族の末裔だ」

 

「いや誰だよ。初めて聞いたわ怨の一族なんて」

 

「お前達が会っていた“黒圓龍已”という男のことだ」

 

「何でセンパイが怨の一族なの?彼は黒圓一族の生き残りだよ」

 

「ふむ……ケヒッ。ケヒヒッ。愉快愉快ッ!まさかあれだけ親しげにしていながら知らんのか、あの鬼才の一族の事をッ!」

 

 

 

 呪いの王、両面宿儺は愉しそうに嗤う。虎杖は宿儺が何を言っているのか解っておらず、知ってるか同意を求めるつもりで五条の顔を見る。黒いサングラスを掛けていて目元は解らないが、それでもいつも浮かべている笑みは消えて真剣な表情を作っていた。心なしか、彼から発せられる気配も濃密になったような気がする。

 

 龍已は苗字の通り黒圓一族の者であり、そして最後の生き残りだ。宿儺の言う怨の一族なんてことは1度たりとも聞いたことがない。誰かと間違えているのかと思ったが、どうやらその線は無いようだ。明らかに五条達が知らないことを知っている様子の宿儺は、ケタケタと嗤って煽っている。

 

 それに宿儺を頭ごなしに否定できない理由は他にもある。千年以上前に実在した呪詛師、両面宿儺は呪術全盛の時代の術師が総力を挙げて挑み敗北した相手。つまり、それを実現させるだけの力と知恵を持っているということだ。それに、黒圓一族といえば、同じく千年以上の古い歴史を持つ家系。宿儺が何か知っていてもおかしくないのだ。

 

 

 

「奴等は傑物だ。呪術師ですらなく、()()()宿()()()身でありながら幾百幾千もの呪術師共を殺していた。無謀にも俺に挑んできたが……奴等だけだ、俺の腕を3本も千切ったのは」

 

「……ふーん」

 

「戦場に落ちた武器を手当たり次第手脚の如く使い、背も見せん戦い方には俺ですら思うものがあった。だが……所詮は怨の一族だ。()()()()()()だったのだろう。この時代の怨の一族の奴を除いてな。奴ならば俺に魅せてくれるだろう。鬼才共の全てを以てッ!」

 

 

 

 興奮した様子を見せる宿儺を、サングラスの向こうで目を細めて見つめる。全てを話すつもりがないようで、態とぼかされたところがある。結局黒圓一族が何故怨の一族と変わって呼ばれているのか知らないし、それに加えて両面宿儺と殺し合ったという話も初耳だ。記録にはそんなもの無かった。

 

 御三家である五条家も、昔に黒圓一族へ技術提供を呼び掛けたが拒否されたという事が記されたものが残っていた。それ以降のことは無いので、きっと全く教えてもらえず諦めたのだろう。超閉鎖的で一子相伝という条件を元に継承される黒圓無躰流。まだ知らない、知らされていない事が多々あるようだ。

 

 龍已が呪詛師に両親を殺されているということは知っている。だからあまり深い話を聞こうとしなかったし、踏み込もうとしたことはなかった。だが、あの呪いの王が興味を持っていることを、何も知らないままで終わらせられる訳がない。センパイが帰ってきたら一応聞いてみるか。そう思いながら、引っ込んでしまった虎杖の手の甲を眺めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────百鬼夜行以来ですね、歌姫先輩」

 

「待ってたわ龍已!ごめんね、こんな遠くまで」

 

「いえ、公平さを求めるならば必然的にこうなると思っていましたので。それに、彼奴(甚爾)をこっちには行かせられませんから」

 

 

 

 龍已は今、京都の高専にやって来ていた。何故か?姉妹校交流会に向けての体術や一般教養及び呪術を教える教師としてである。教師は京都校にももちろん居るし、しっかりと知識を持っているので教えられる立場にある。しかし、呪術について教えることについてはやはり東京と京都では格差が生まれる。

 

 理由としては、東京の高専に集中している特級呪術師の存在。言わずとも知れた五条悟と黒圓龍已である。立場が特級なだけでなく、呪術師としても最高峰なだけに彼等から得られるものは多い。なのに東京にだけ居るのは不公平だろう。体術に関しても、最強のフィジカルギフテッドを持つ甚爾が居て、今までに得た経験などから臨時講師として対応しているので、これも得られるものは多い。

 

 言っては何だが、京都校に甚爾や五条と同じようにものを教えられる教師は居ない。どうしても見劣りしてしまうのだ。そこで、呪術も体術も一般教養でさえも教えられる特級呪術師の龍已が、特別講師として京都校で教鞭を振るおうというのだ。

 

 ちなみに、甚爾に体術を教えるために京都校に行くよう言うと、絶対に寄り道をしてしまうので、彼が京都に行くのは却下。五条は虎杖の修行がある上に、歌姫が龍已の方が良い!と言って猛反発したので、必然的に龍已が訪れることになった。

 

 新幹線に乗って移動して、駅から徒歩でやって来た龍已は、持っていた紙袋を歌姫に渡した。中には一升瓶で高級な酒とビール。それと酒に合う肴である。家入と同じく酒を飲む歌姫は、紙袋の中身を見て目を輝かせた。

 

 

 

「一升瓶は俺から。ビールは硝子からです。あとの肴は歌姫先輩が好きそうなものを買ってきました」

 

「わぁ……っ!ありがとう!ふふっ、今日の楽しみができたわね!龍已はこっちに居る間何処に泊まるの?」

 

「そうですね……京都校の寮でもいいのですが、学生達の事もありますし、近くのホテルにでも泊まろうかと考えています」

 

「それなら私の家にいらっしゃい!泊めてあげるわよ!夜はぱーっと飲みましょ!ぱーっと!」

 

「歌姫先輩が構わないなら、お願いします」

 

「もちろん良いわよ!じゃあ今日は、少し豪勢なご飯にしましょっか」

 

 

 

 女の家に彼女持ちの男が泊まりに行く。それだけ聞くならば色々とアウトなのだろうが、歌姫と龍已は勝手知ったる仲なのでそういったことは気にしない。というより、家入も混ざって普通に歌姫の家に2人で泊まりに行くし、逆に龍已と家入の家に歌姫が泊まりに来る事もあるので今更だ。

 

 龍已ならばそういった間違いを起こさないし、起こすような性格もしていないという信頼と信用である。歌姫は家に帰ったら何を作って酒と一緒に食べようか考えて笑みを浮かべている。実に楽しそうだ。喜んでもらえたようで何よりだと、龍已は思いつつ何度も訪れた京都校の中へ入っていった。

 

 歌姫に渡した紙袋の他にももう一つ紙袋を持っている。向かった先は京都校の学長室だ。ノックして中に入ると、学長室の机に肘を置いて静かに座っている老人が居た。彼は楽巌寺(がくがんじ)学長である。訪れた事を報告するのと、お土産を渡すためにやって来たのだ。

 

 

 

「お久しぶりです、楽巌寺学長」

 

「おぉ、黒圓か。良く来たな。今日は儂のところの生徒達のことを頼むぞ」

 

「了解しました。これは楽巌寺学長への贈り物です。羊羹とお茶ですので、よろしければ召し上がりください」

 

「態々すまんの。後でいただくとしよう」

 

「ありがとうございます。では、早速授業の方を始めますので失礼します」

 

「うむ。頼んだ」

 

 

 

 70年以上生きている呪術師だが、まだまだ戦える楽巌寺。彼は龍已から貰った羊羹とお茶を机の端に並べて、生徒達を頼むと言った。それに対して頭を下げて部屋を後にする。授業は到着したその日の内から始められる。交流会まで日にちが迫っているためだ。

 

 学長への挨拶をそこそこに留めて学長室から出て行った龍已は、京都校のグラウンドに向かう。この日の予定は予め歌姫と確認しあっているので、今頃交流会に出る生徒は全員グラウンドに集合していることだろう。

 

 急ぎ足で校舎から出て行くと、既にグラウンドには生徒達と歌姫が集まっていた。服装もジャージになっていて、やる気は見られる。数は1人足りないようだが、恐らく交流会に出ないから任務にでも行っているのだろう。

 

 

 

「待たせてすまない。歌姫先輩、ありがとうございました。見学はされていかれますか?」

 

「そうねぇ。折角だし見ていこうかしら。それと、新田って1年生は交流会に出ないから、今は任務よ」

 

「了解しました」

 

「……黒圓特級呪術師。今日はよろしくお願いします」

 

「加茂か。よろしく頼む」

 

 

 

 京都校のメンバーは、3年東堂葵。3年加茂憲紀。3年西宮桃。2年禪院真依。2年三輪霞。2年究極メカ丸(与幸吉)。1年新田新。この7名である。今回の特訓については、新田が1年生で交流会には出ないので参加していない。その代わりに別で任務に当たっている。

 

 話し掛けてきたのは、呪術界御三家の1つである加茂家の嫡男であり相伝の術式を持つ生徒だ。京都校の生徒を纏める為にリーダー的存在をしている(東堂葵を除く)

 

 生徒達は、皆が少なからず緊張している(東堂葵を除く)。3年である加茂や西宮などは何度も龍已と会っているのだ。東京校からこうして京都校にやって来て授業をしてくれるのは、実は初めてではない。数少ない特級呪術師が東京校に集まるのは不公平なので、定期的に龍已が赴いている。

 

 緊張している理由としては、今から始まる特訓が実にキツいことを知っているからだ。約1名、強い相手と戦えることに好戦的な笑みを浮かべている者が居るが(東堂葵)、皆が日頃お世話になっている歌姫とは一線を画す内容になってくる。まあ言ってしまえば、龍已が担当する限り消毒液と湿布の匂いがオトモダチということだ。

 

 

 

「さて、早速始めよう。今回は俺に()()()()()使()()()()()()?何でも良いぞ」

 

「あ、はい!じゃあ刀をお願いします!私も刀を使うんですが、黒圓先生の戦い方から学んでいきたいです!」

 

「三輪、良い心がけだ。ならば今回、俺は刀を使う。もちろん刃は潰してあるので斬れはしないが、痛いからそれだけは気をつけておくように。では、始──────」

 

「──────よォしッ!先ずは俺だなッ!」

 

「先ずはではなく、全員だぞ。東堂」

 

 

 

 首に巻き付くクロから鞘が黒い刀を1本受け取り左手に持つ。1人1人見ていくのではなく、最初から全員を相手にすることは、龍已が良くやる手だ。その後に連携や動きを見て直すべき箇所を伝えて改善させる。今回もその方法を取ろうとして開始の合図をしようとしたのだが、その途中で真っ先に突っ込んでくるのが、東堂だった。

 

 筋骨隆々な肉体を晒すように、上に着ていた服をすかさず脱ぎ散らかして突進してくる。この中でも実力がトップな上に、素手による戦いを好む。そして何と言ってもフィジカルと呪力操作、そして戦い方が上手い。実力に関しては既に1級呪術師を有しており、去年起きた百鬼夜行では、1級呪霊等を術式無しで祓ったという。術式を使ったのは特級を祓うときだけだったとのこと。

 

 つまり化け物であるということだ。なのに、それだけの力を持っていて冷静な判断力も持ち合わせているというのに、絶妙に話が通じずワンマンで行動することが多い。龍已は連携の部分も見たいのだが、他を置いて真っ先に向かってきた東堂に、相変わらずだなと苦笑い……の雰囲気だ。

 

 

 

「Mr.黒圓ッ!今日こそアンタの女の好みを聞かせてもらうッ!そして明日は高田ちゃんの握手会があるッ!共に行って応援しようじゃないかッ!」

 

「アイドルだろう……?あまり興味が無いんだがな。いつも通り、俺に良い一撃を入れられたら行っても良い」

 

「重畳ッ!!」

 

 

 

「赤血操術──────『苅祓(かりばらい)』ッ!」

 

「あーもうっ!勝手な人なんだからっ!」

 

 

 

 向かってきた東堂の右ストレートを右手で受け止める。パシッといい音が鳴って、笑みを深くする。攻撃の構えを取り、龍已からの攻撃を警戒しながら殴打のラッシュを加える。それらを全て右手1本で受け止めていた。左手は常に刀を握っており、刀を抜刀して攻撃する様子は見られない。

 

 そこへ、加茂の相伝術式である赤血操術が飛来する。赤血操術というのは、自身の血を使って体外や体内で操り、身体能力の向上や血を固めた事で使用できる一時的な武器による攻撃を可能とする。遠近どちらにも使えることでオールラウンドな戦法が取れる。龍已に投げ付けたのは、外側に刃を付けた血の輪だ。鋭く、そして高速で回転しているので切れ味が良い。

 

 もう1人加茂とほぼ同時に攻撃したのは真依だ。禪院の苗字を持っていることで察すると思うが、御三家の1つである禪院家の生まれであり、東京校に居る真希の双子の妹である。彼女は真希と違って術式を持っているが、負担が大きいので使うときは見極めが肝心だ。故に彼女はリボルバー式の銃に呪力を込めて使うのだ。

 

 血の輪と銃弾が龍已に襲い掛かる。東堂は半歩だけ後ろに下がっているので、被弾はしないだろう。そして狙われた龍已はというと、逃げも避けもせず、左手に持つ刀を向けた。鞘の方で血の輪を受け止めて弾き、銃弾は柄の部分で弾き飛ばした。2つの攻撃を1度に防いだ。

 

 

 

「俺とMr.黒圓の一騎討ちを邪魔すんなやッ!殺すぞッ!」

 

「これは私達と黒圓特級呪術師との特訓だ。東堂、お前だけの特訓じゃない」

 

「あなたが勝手に前に出ると、こっちは撃ちづらいのよ!」

 

 

 

「──────内輪揉めは時と場所を選べ」

 

 

 

「ンぐ……ッ!」

 

 

 

 体勢を低くして回し蹴りの要領で東堂に足払いをした。後ろから倒れようと崩れた体勢に追い打ちとして、低い体勢から戻りながらの蹴りがすかさず入れられる。両腕で防御しても、骨にまで響く重い一撃に、体格や筋力もあって体重がある東堂がボールのように蹴り飛ばされた。

 

 近くにフレンドリーファイアしそうな東堂が居なくなったことで、真依が2発銃弾を撃った。胸元と腹を狙った銃弾を見てから、龍已は刀を振りかぶる。そして鞘の部分で2発を同時にフルスイングで弾き飛ばした。飛ばしたのは加茂の方向。術式を使って散布した血を固め、もう一度苅祓を投げようとしたところで、弾かれた銃弾が2発、固まりかけていた血の塊を撃ち抜いた。

 

 相手の攻撃を利用して、溜のある攻撃を無効化した。そして蹴り飛ばした東堂が体勢を立て直して向かってくるよりも前に、その場で脚を叩き付けて砂塵を巻き上げた。姿が見えず、呪力の気配が極限まで消されている。何処に居るか解らない。そこで加茂は、耳に付けたイヤホンから、上を飛んでいる西宮に龍已の位置を問い掛けた。

 

 西宮は箒を使って飛ぶことができる。付喪操術という術式を使っているのだ。彼女は主に空からの索敵などを担当しており、上からの視点でグラウンド全体を見ていた。そして、砂塵の中から龍已が出て来て、三輪の方へ向かったことを告げる。

 

 

 

「こ、こっち来たーっ!!」

 

「構えろ三輪。刀を使った戦い方が見たいのだろう?」

 

「見たいのであって体験したい訳じゃ……きゃっ!」

 

 

 

 左手に持った刀を、納刀したままで振りかぶり、横殴りで向けてきた。正眼の構えから受け止めようとした三輪は、圧倒的膂力の差で後退せざるを得ない。足が引き摺られて勝手にからだが後ろへ下がってしまう。握る刀が受けた衝撃で震動して震えている。全力で受け止めようとしていれば、中々の値段だったこの刀は折れていたことだろう。

 

 家が貧乏で弟が2人居る三輪にとって、刀は大金で買った大切なもの。武器は消耗品であるということは自覚しているが、授業で真っ二つにしてしまったなんて事になったら目も当てられない。それだけは絶対に嫌だと思いながら龍已に刀の鋒を向ける。

 

 攻めないと、龍已は攻めてくる。そうなれば押しやられるのは自分。だから三輪は敢えて龍已に向かっていった。刀を上から斜め下に振り下ろす袈裟斬り。横一文字の払い。鋒を使った突き。しかしそれらを全て納刀した刀で防ぐ。何故使わないのかと思うがハッとする。龍已は刀を使っているのだ。ただ、攻撃には使っていないだけで。

 

 あくまで刀は遠距離から向けられる攻撃を弾いたり、近距離の攻撃を受け止めるのに使うためのもの。つまり、攻撃は空いている右手から繰り出される。三輪が気づいた時、彼は手を抉り込む掌底の形にして腕を引いていた。来る。そう直感して、左手を峰に添えて防御する構えを取った。だが、やって来たのは掌底ではなく、刀の柄頭だった。

 

 

 

「かは……ッ!?」

 

「惜しい。防御だけに刀を使うとは言っていないぞ」

 

「ぁ……刀が……っ!?」

 

 

 

「え゙……っ。ちょっと待……っ!?」

 

 

 

 右の掌底が三輪の刀に触れる寸前で止まり、代わりに左手に握る刀の柄頭が三輪の鳩尾に捻じ込まれた。吐き気と内臓に広がる衝撃で膝から崩れ落ちる。その際に、刀を握る手から力が抜けてしまった。龍已は三輪の刀の柄頭を強く蹴り上げた。すると手から簡単に離れ、上空に向かって恐ろしい速度で飛んでいく。

 

 先には空から全体を見ていた西宮。まさかそんな方法で攻撃が来るとは思わなかったこともあって、避けるのが遅れて乗っている箒に三輪の刀が突き刺さった。箒が揺れてバランスを崩し、刀が突き刺さっていることで術式が解けて落下を開始してしまった。

 

 

 

「真依は西宮のカバー。私は仕掛ける」

 

「あー、もう。はいはい。分かったわよ!」

 

「頼んだぞ。──────『赤鱗躍動』ッ!」

 

 

 

 脈拍や血液中の赤血球量を自在に操れる赤血操術には、身体能力を上げる赤鱗躍動という技がある。外眼筋にも力を集中させれば動体視力を上げることもできてしまう。加茂の目元に赤い刺青のような紋様が浮かび上がり、俗な言い方だとドーピングが完了する。跪いて必死に息を吸おうとしている三輪のところに居る龍已へ、地を強く蹴って向かった。

 

 時同じくして、東堂も龍已の元へ向かっている。2対1の図になるかと思えば、向かう2人よりも速く移動するのがメカ丸だった。メカ丸とは、見た目はロボットなのだが、術者である与幸吉が別の場所から傀儡操術で操っているのだ。痛々しい姿になってしまうという天与呪縛で広大な術式範囲を持つ彼だからこそできる芸当で、操っているメカ丸は肘の部分から呪力を出して飛行している。

 

 

 

刀源解放(ソードオプション)推力加算(ブーストオン)……『絶技抉剔(ウルトラスピン)』ッ!!」

 

 

 

「どいつもこいつも邪魔しやがってッ!」

 

「お前だけで勝てる相手じゃないだろうッ!それと術式を使えッ!」

 

「指図すんなやッ!」

 

 

 

 右腕に刃を生み出し、手首を高速回転させながらジェット加速しつつ貫手を入れんとする。刀で受けると壊されてしまう可能性があるので、龍已はメカ丸の攻撃を避けた。高速回転するドリルのような手は地面を削り取っていき、避けた先に加茂と東堂が現れる。

 

 赤鱗躍動で身体能力が格段に上がっている加茂と、素の力で加茂を上回る東堂の2人。東堂の拳と加茂の掌底が同時に来たので、足の裏でそれぞれ受けて後方へ意図的に飛んでいった。攻撃を入れようと躍起になっていた部分もあるので、龍已の体は想像よりも飛んでいった。

 

 距離を取られた事で攻め込む必要があったが、東堂と加茂は各々横に避けた。2人の体に隠れていたメカ丸が大きな溜をしていて、限界まで呪力を溜めていたからだ。彼のために時間稼ぎをしていた訳ではないが、準備ができて撃てる状況ならば撃たせるべきと、東堂は道を開けたのだ。

 

 メカ丸の口の部分が開いて、中から縮めていた砲身が伸びた。両手を構えて3箇所に膨大な呪力を流し込む。メカ丸を操る与幸吉は広大な術式範囲に加えて、実力以上の呪力出力を天与呪縛によって与えられている。呪力量も多いので、溜が長いことが欠点ではあるが、大きな一撃は相当な破壊力を秘めている。

 

 

 

砲呪強化形態(モード・アルバトロス)──────『三重大祓砲(アルティメットキャノン)』ッ!」

 

 

 

「すぅ……シィィィィ………──────」

 

 

 

 ──────メカ丸の呪力出力上限まで使ったアルティメットキャノン。本来ならば当たれば相応のダメージを受けるはず。しかしMr.黒圓に効くかどうかは解らん。本気ならば術式反転で遠距離そのものを無効化する筈だが、構えからして出るのは迎撃。殺し合いでないからこそ、次の標的が誰か思考が読めない。俺の術式を解禁したところで、恐らく即座に対応してくるだろう。ならばッ!メカ丸のアルティメットキャノンが終わり次第突撃するッ!敢えてなッ!

 

 

 

 ──────メカ丸の一撃で黒圓特級呪術師が怯むとは思えない。構えからして居合か?まさか斬り捨てるつもりか……ッ!?いや、有り得るな。私の考えで判断してはいけない。恐らく凌ぐ。ならば私はどうするべきか……東堂は確実に突っ込むだろう。メカ丸の砲撃に合わせて距離を取ったのは奇跡に近い。2人で近接に持ち込んでもいいが、それだと連携のれの字も無くなるだろう。となると私がやるべきは遠距離からの攻撃。これだけの時間があれば百歛(びゃくれん)も間に合う。

 

 

 

 ──────うぅ……私って今回役立たず……?一瞬でやられちゃったし、刀は西宮先輩の箒に刺さっちゃって真依が抜こうとして抜けてないし、ていうか黒圓先生強すぎ!あんな刀の使い方できないよ!

 

 

 

「黒圓無躰流──────『(ひら)き』」

 

 

 

 溜の大きい技であるメカ丸の一撃に対し、半身になって居合の構えを取った。ここに来て初めての構え。アルティメットキャノンの呪力出力は京都の学生全員が知っている。故に真面に受ければダメージは必須と思うからこそ、龍已には通用しないだろうと考える。特に東堂は、この一撃では体勢を崩すことすら叶わないと確信していた。

 

 しかも本来ならば術式を使うので、術式反転で遠距離そのものが無効化されて効かないことも知っている。今回は特訓故に術式は使わない。遠距離を無効化すると、加茂や真依の戦いの選択が減ってしまうからだ。それでは正確に皆の実力を測れないし、連携なども見れない。

 

 莫大な呪力を刀に流し込む。強く呪いを込めすぎると、物の方が耐えきれずに壊れてしまう事があるのだが、龍已が持っている武器は全て天切虎徹製であり、生半可な呪力では壊れない。全力でやれば砕けるかも知れないが、今の呪いの量ならば許容範囲である。そして、準備が刹那で整った彼に向けて、手加減が一切無いアルティメットキャノンが放たれた。

 

 呪いの奔流が向かって来るのを目視で確認し、居合の間合いに入った瞬間に一閃。鞘の中を刃が走り、音を置き去りにする抜刀が為された。アルティメットキャノンの呪力量を超える、刀に込められた呪力。拮抗すら見せず、刃が潰してある筈の刀は呪いの光線を真っ向から縦に両断した。そして恐るべきことに、刹那に降られた刀によって空気の斬撃が生み出された。

 

 呪力を纏う空気の斬撃。鎌鼬にも似た現象に、アルティメットキャノンが割られた竹のように左右へ斬り裂かれていき、メカ丸の右腕を肩から斬り落とした。3箇所からの呪力放出によって放たれる光線は、右腕を失った事で一気に威力が減衰し、龍已はその場から消えた。

 

 

 

「──────ッ!?いつの間に私のところへッ!?」

 

「少し痛いから気をつけろ、加茂」

 

「くッ……百歛『穿血(せんけつ)』……っ!?」

 

「本命はこっちじゃない」

 

 

 

 現れたのは、加茂の目前だった。溜が終わって放つのみとなった百斂からの穿血。百斂とは、血を限界まで加圧することで圧縮し、穿血は百斂で圧縮した血を両手で挟んで矢のようにし飛ばす技である。その威力は、貫通力に特化していることもあり、溜があるので苅祓のそれを大きく上回る。速度も技の中で最速である。

 

 しかしそれを、超至近距離から避けた。恐ろしい程の反応速度に、つい加茂が後ろに1歩下がってしまって隙を晒した。そこへ向かってくる刀の刃。顔目掛けて差し迫るので、赤鱗躍動で強化した肉体と動体視力でどうにか腕を挟み込み防いだ。しかし威力に負けて腕が弾かれる。そこへやって来たのが、左手に持った鞘だった。

 

 美しいくらいに、鞘は加茂の顎を擦っていった。痛いから気をつけろと言っていたが、全く痛くない。全く痛くないのに、体から力が抜けて膝を付くものだから自分の肉体のことながら心底驚いた。理由はすぐに察した。脳が揺らされたのだ。本命は刀の刃の方ではなく、まさかの鞘による打撃。それをまんまと食らった自身は、もう動けそうになかった。そして龍已の背後から、東堂が殴り掛かった。

 

 

 

「──────ふんッ!!」

 

「おぉっと……」

 

「ははッ!気配を消していたが、やはりバレたかッ!」

 

「東堂。お前は少しダメージを与えた程度では戦闘続行しようとするから、ある程度のことは覚悟してもらうぞ」

 

「望むところッ!」

 

 

 

 好戦的な笑みを浮かべて呪力を練り上げる東堂だったが、龍已の4連撃を真面に食らってしまった。潰している刃を態々反対にして峰側を向ける。そして、迅速の4連撃。その技は昔、龍已の同期が生きていた頃によくやっていた技だった。名前こそ無いが、それが絶技であることに変わりは無い。

 

 両肩、両腰に峰を打ち付けて、関節を外す絶技。本当に久し振りに使った技で、龍已は懐かしい気分になった。一方で東堂は、股関節と両肩の関節を外された事で立っていることすら出来なくなり、その場に座り込む。不思議そうに自身の体を見下ろして、今起きていることを理解してからなるほど……と納得したようだ。

 

 西宮と真依は箒に突き刺さった刀を抜くのに躍起になっていて、加茂は戦闘不能。東堂も四肢が動かせないので安静にしている。メカ丸は右腕が斬り飛ばされただけで戦闘続行できるが、戦闘態勢を解除した龍已を見てここまでかと察したようで、狙撃しようとした左手を引っ込めた。三輪は腹を押さえて具合を悪そうにしている。

 

 

 

「取り敢えずここまでにしておこう。東堂は今から関節を戻してやるから動くな。メカ丸は……替えが有るなら変えてきてくれ。三輪と加茂は念の為に医務室へ。西宮は箒を持ってこい。刀を抜いてやる」

 

「どんな力で蹴ればこんなに抜けないのよこれ……」

 

「私の箒がぁ……」

 

「クックック……関節をここまで綺麗に外されるとはな。次は出し惜しみせず、術式を解禁しよう」

 

 

 

 まだ動けるかも知れないが、大体把握したのでここまでにして休憩になった。龍已は刀を鞘に納刀してクロに呑み込ませる。刀がぶっ刺さった箒を持ってくる西宮から預かると、一瞬で刀を引き抜き返却し、抜き取った刀は三輪に返して歌姫の先導の元医務室へ連れて行ってもらった。

 

 加茂は脳震盪が治まって立ち上がり、歩けるようになったので自力で医務室へ向かってもらった。メカ丸も、念の為にと替えのパーツを用意していたようなので腕を交換してきてもらう。昼休憩を挟んだら、今度は軽く1人1人相手していこうとスケジュールを決めていくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ぷはぁっ!やっぱりビールは美味しいわねぇ!」

 

「お疲れ様です、歌姫先輩」

 

「何言ってんのよ、龍已の方がお疲れ様でしょう?それでどうだったの?ウチの生徒達は」

 

「そうですね……」

 

 

 

 時間は経って夜。龍已は歌姫に招待されて家の方へ泊まりに来ていた。メールで家入に報告しておいたら、今度は私も行くとだけ帰ってきた。それを教えれば、歌姫はとても嬉しそうにしていた。彼等は互いに風呂も済ませ、ラフな格好になってテーブルで酒を飲み交わしていた。

 

 お疲れ様ということで乾杯をし、歌姫と龍已がそれぞれ作った肴をつまんで酒を飲んでいる。一度目の慣らし特訓が終わった後、昼休憩を挟んで次は1人1人の相手をしていった。それぞれの戦闘スタイルに合わせた戦い方を龍已がしていき、直すべき箇所などはその都度教えていった。

 

 西宮は今まで索敵に回っていたので攻撃の手段があまりなく、攻撃しても脅威には成り得ない。特に近接には力を入れていなかったようで、近接戦をすると体力切れが目立つ。真依も同じく、銃撃に頼っていて近接戦は苦手だろうというイメージで、2人には近接戦を主に教えることになった。近づかれた時用の備えである。

 

 三輪もシン・陰流を扱うが、術式を持っていないので主に刀を使った近接戦になる。素手による攻防は苦手らしく、こちらも西宮と同じく鍛えてやった方が良いだろう。メカ丸は大きい攻撃をすぐに撃とうとする癖を直し、タイミングを見計らうようにさせれば虚を突けるだろう。近接に関しては問題無かった。

 

 加茂は正直、血を操る事から血液パックを持ち歩き、必要になれば投げて血を操作して扱うというのが主な手段だが、持ち歩くにしても重さと嵩張りやすさの関係で多くは持っていけないだろう。体内の血を使った身体能力向上からの近接戦は良いが、もっと術式の精度が欲しい。百斂の溜が更に早くできるようになればその分脅威になるはずだ。

 

 東堂に関してはあまり言うことは無かった。彼の持つ撹乱に向いた術式の使い方は慣れていて、戦い方も見た目に似合わず頭脳派だった。ただ欠点と言うならば、他の者達と連携をしないで自分1人で突っ走ろうとするところだろうか。好戦的なのはいいが、今は連携を取って欲しいという思いだった。

 

 

 

「こんなところでしょうか」

 

「西宮、真依は遠距離タイプだからねぇ。三輪も基本刀を使っているし、加茂は真面目だから龍已が指摘したところは直そうとするわね。東堂がなぁ……連携……しないわよねぇ」

 

「東堂は頭抜けて優秀です。流石は特級を祓うだけのことはある。しかしやはり、気性の荒さと団体行動に向かない性格が目立ちますね。まあ、ウチにも実力があって周りに合わせない生徒が居ますが……」

 

「反承司ね」

 

「…………………。」

 

「あの子も強いわよね。1級と特級を祓ってるところ見ていたもの。それに百鬼夜行を一切の無傷。東堂と同じ1級呪術師。けど、周りに合わせないっていう欠点がね……」

 

「注意はしているのですが、どうもそこだけは聞き分けが無く……」

 

 

 

 東京校の3年、反承司零奈。東堂と同じく1級呪術師でありながら、そこまで同じにならなくて良いのに単独行動が目立つ生徒。なまじ実力を持っている所為で足手纏いは要らないという思考に辿り着きやすい。というか、基本的にその所為で連携が取れない。龍已とならば連携するのだが、それ以外だと……うん。って感じになる。

 

 生徒の悩みが生まれるのは、教師をやっている者の定め。歌姫も龍已も、それぞれ酒を片手に溜め息を吐いた。しかし強く賢い呪術師を育てるためならば、このくらいのことは当然として受け入れなくてはならない。

 

 

 

 

 

 お互いにこれからも頑張りましょう。そう言ってビールの缶を突き出す歌姫に応え、酒の入ったグラスをぶつけて乾杯した。その日2人は、仲良く色々なことでお喋りをした。交流会まで、あと約1ヶ月。

 

 

 

 

 

 

 






楽巌寺嘉伸(がくがんじよしのぶ)

呪術高専京都校学長をしている、70代の老人。しかしまだ足腰は弱っておらず、杖を使っているが呪術師として活動できる。呪術界の保守派筆頭であり、虎杖悠仁の執行猶予を良く思っていない。




加茂憲紀(かものりとし)

準1級呪術師をしている京都校3年。糸目が特徴で、加茂家の相伝である赤血操術の術式を持っている。元々加茂家当主の愛人の子だったが、正妻に相伝の子が産まれなかったので、表向きは嫡流として引き取られ、母親とは小さい頃に別れさせられている。




東堂葵(とうどうあおい)

恐らく皆が好きなキャラ。今回ちょっと雑に書いてしまったことを申し訳なく思っている。京都校3年で1級呪術師。トリッキーな術式を使う。元々一般の家の出。

京都校の生徒、東京校の生徒からも嫌われている。真依曰く、しっかりしているように見えて、しっかりイカレてる。

初めて会った龍已に女のタイプを聞いたがはぐらかされ、一本取ったら教えると言われて3年経つ。高身長アイドル高田ちゃんの握手券をくじ引きで当てた龍已から譲って貰った瞬間、なんかフレンドリーになった。




西宮桃(にしみやもも)

京都校3年。2級呪術師。魔女っぽい服装で箒に跨がり空を飛ぶので、割と魔女。魔女の宅〇便の先輩魔女っぽさが出てる。ストレスを感じるのは東堂が居る時。真依と三輪と仲が良い。




禪院真依(ぜんいんまい)

京都校2年。3級呪術師。東京校の禪院真希の双子の妹。禪院家から出て京都校に入学した。相伝は継げず、構築術式という、呪力で物を創造する術式を使うが、反動が大きく呪力が保たないので1日弾丸1発しか創れない。

主にリボルバー式の銃を使う。近接戦が苦手なので、龍已に力を入れられてボコボコにされた。龍已には、根っからの男女平等主義者という認識を持っている。




三輪霞(みわかすみ)

2級呪術師の京都校2年。呪術師の中でとても平凡普通といった感じだが、呪術界に身を置いていて普通なので、普通にイカレている。術式は無く、シン・陰流を使った刀術をメインに戦う。

龍已の刀の使い方を見て学ぼうとしたら鳩尾に痛いの食らった。午後からも真依と一緒にボコボコにされた。あんな戦い方できません!と正直に話したら、普通に武器術を教えてくれたのでホッとした。

家が貧乏で外食はあまりせず、呪霊を祓った報酬は実家に仕送りしている。弟が2人もいるから。なので、京都校全員に昼ご飯を奢った龍已に好印象。けど五条悟のファン。




与幸吉(むたこうきち)

京都校2年。準1級呪術師。ロボの究極メカ丸の本体。生まれつきの天与呪縛により、膝から下が無く、腰から下の感覚が無い。肌は月明かりでも焼けてしまい、全身を常に針で刺されたように痛む。それ故に龍已をも超える広大な術式範囲と呪力出力、呪力を得た。傀儡操術という術式を持つ。

自身の包帯塗れの肉体が嫌で仕方なく、呪力を差し出して健康な体を手に入れられるならば喜んで差し出すと公言するほど。




新田新(にったあらた)

京都校1年。東京校の補助監督に姉がいる。1年生なので交流会には出ず、任務を熟しているので合流していない。




黒圓龍已

特級呪術師が東京校に集中しているからという理由で、定期的に京都校へ赴いて授業を担当している。甚爾に行かせると怠けるか、ギャンブルに金使って帰って来れなくなるので、体術を教えて欲しいと言われても龍已が行く。

五条が最初行こうとしたが、それを歌姫が全力で拒否したので必然的に龍已が行くことになった。そろそろお土産のレパートリーが無くなってきたのが悩み。だから京都校の生徒には昼ご飯を奢った。

適当なホテルに泊まるつもりだったが、お世話になっている歌姫の家に泊まることになった。間違いは絶対に起こさない人。酔ってほぼ裸になってしまった歌姫を介抱したが、翌日覚えていないようなので黙っている。

根っからの男女平等主義者故に、相手が女子生徒でもマジでボコボコにする。西宮辺りから女に傷は~と言われたが、歌姫先生の前でそれ言って来いと言って黙らせた。




庵歌姫

割とマジで五条悟のことが嫌いなので、京都校に教えに来ようか?と言われた時は超抗議した。何だったら学長にすら頼み込んだ。結果的に龍已が来ることになって、来訪時は楽しみにしている。

間違いを起こさないという信頼と信用から、龍已を家に泊めることに抵抗が無い。つい可愛い後輩が来たことに酒が進んでしまい、ほぼ裸に近いくらいまで脱いで寝た。介抱されてベッドに移されたことを覚えていないし知らない。

龍已の授業は男女平等に厳しく、けど得られるものは多大にあるのでもっと高頻度で来てもらいたいと思っている。一般教養の授業は後ろから見て、教師として自分も勉強している。

家入がその内遊びに来ると聞いてめちゃくちゃ楽しみにしている。何だったらもう既に予定を立てた。龍已と家入を連れてショッピングするのが本当に幸せ。




家入硝子

歌姫の家に龍已が泊まると聞いても、そうかで終わらせられる彼女。間違いを起こさないということを知っているから。近い内に歌姫の家へ泊まりに行こうと思っている。

龍已をゲットした時みたいに、趣を変えて睡〇しようとしてこっそり酒に薬ぶち込んだが、全く効かなかったことに首を傾げている。龍已が京都校の方へ行く3日前のこと。

さては薬を飲んで耐性つけてるな……と察して薬をオリジナルで調合している。



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第四十九話  生徒達の交流会



最高評価をしてくださった、チーフなっちゃん OMx2 未確認知的生命体 黒鉄 零 オットマン 錬金術師 影鰐 さん。

高評価をしてくださった、yuma2017 カヤン 夕張の渡り鳥 Tera_18 かっつ の皆さん、ありがとうございます。



呪術廻戦0見てきました。ミゲルの声山ちゃんなんですね。いやー、しっくりくる笑笑

思った以上に戦闘シーンが熱かったので、おーっ!となりました。そして里香ちゃんの声が思ったよりも里香ちゃんでおぉ……となりました(語彙力)

見ていない方は是非!




 

 

 

 

「──────あー弱ェ弱ェ。これ授業になってンのか?なってねーと龍已に文句言われんの俺なんだぞ」

 

 

 

「あんのゴリラ……はぁ……なんで息切れ……はぁ……しないのよっ!」

 

「クッソ……あのクソ親父……」

 

「しゃ、しゃけ……」

 

「毎回思うが、アイツ強すぎないかー?てか、パンダ相手に容赦なさ過ぎ!」

 

「チキショウ……っ!何でこんな勝てねーんだ!」

 

「オマエ等が弱いからだっつーの」

 

 

 

 東京の高専、そのグラウンドにて。1年生及び2年生は全員、肩で息をして地べたに倒れ込んでいた。対して、伏黒甚爾はあくびをしながら、持っている長い棒を適当にクルクルと体の周りで回してつまらなそうにしている。

 

 姉妹校交流会が近々まで迫っている現状、日々の特訓が欠かせない。そこで、近接戦ならば最強格である臨時講師の甚爾が全員を相手にしていた。結果は御覧の有様。呪力を使用しても良い近接戦で、呪力を一切持たない甚爾に手も足も出ない。何だったら姿を追うこともできなかった。

 

 持っている武器は単なる長いだけの棒。呪具ですらない。しかしそれを巧みに使って1年生や2年生をダウンしていった。もちろん、素手ならば素手で相手を捻じ伏せてくるので、どちらにせよ勝てない。全く相手にしていないのは、噛み殺そうとしていないあくびを見れば一目瞭然だろう。

 

 

 

「ふわぁ……あー眠ィ。取り敢えず、あー釘崎、オマエは体力がねーな。あと受け身下手くそ。そんなんじゃ無駄に体力使うわ変な怪我負うわで良いことねーから、次からオマエはぶん投げるわ。適当に受け身とれよ」

 

「適当って何よ!教えるなら最後まで教えなさいよ!」

 

「めんどくせーから自分で考えろ。で、恵はあれだ。無駄な動き多いな。つか何で定期的にジャンプして空中で攻撃しようとしてんだ。別にアクロバティックにしたから相手ぶっ飛ばせる訳じゃねーンだぞ。格好つけて死んだらそっちの方がダセーから微妙な空中戦仕掛けんのやめろ。厨二はもう卒業していいだろ」

 

「殺すぞクソ親父」

 

「ケッ。ンでパンダ。あー、オマエは良く考えて動けるからいいや。ただゴリラモードの呪力消費を抑えてもう少し長時間使えるようにしとけよ。呪力については知らねーから俺に聞くな。専門外だ」

 

「呪力消費は確かに課題だが、俺のゴリラモードより力強いお前は何なんだよ……」

 

「うるせー。次は狗巻だな。オマエは筋肉が足りねー。攻撃が弱くて仕方ねーから筋トレとかやってろ。脚が速えーのは良いとして、それだけだからな。それと呪言は格上相手に効きづらいンだろ?なら『止まれ』ぐらいなら使ってきても良いぜ。即行ぶっちぎってやるよ」

 

「明太子……」

 

「最後に真希。オマエ人間相手なら呪具無しで拳でもイケんだろ。なら、もうちっと近接戦鍛えてもいいかもな。あぁ、相手の武器奪う系の技あっから教えてやるよ。あとはそうだな、呪具手放すな。ちょっと弾かれただけで呪具手放すとか、オマエ呪霊の餌志望か?ご苦労なこった」

 

「お前の力が強すぎんだよ!本当に同じフィジカルギフテッドかよ」

 

「あー?同じなわけねーだろ。オマエは俺の下位互換だ」

 

「知ってるっつーの!」

 

 

 

 ちょっと適当が入りながらダメ出しをしていく甚爾。臨時とはいえ講師らしいことをしないと、後で龍已に叱られるのは自分なので最低限の仕事はしているつもりだ。メインは、授業を受けた生徒を取り敢えずボコボコにすることなので、ストレスは溜まらなくて良い仕事だと思ってる。例え相手が息子と同じか1つ上くらいだとしても、呪術師ボコって悔しそうに見上げてくるのは見ていて楽しい。

 

 つまらなそうにあくびをしていると、目を閉じていても空気を切り裂く音と呪いの気配で薙刀の呪具がこちらに投擲されたことを察知する。目を閉じたまま、迫り来る薙刀を掴み取ってしまう甚爾。どこからかチッ……と舌打ちが聞こえて、背後を取ったと思っている釘崎に振り向き様に回し蹴りを入れた。

 

 防御は間に合ったようだが、掬い上げるような角度で入れられた回し蹴りと、甚爾の超人的な膂力によって地上から2メートルは浮いた。背中から落ちて咳き込む釘崎の脇から、パンダと真希が近接を仕掛ける。迎撃しようとすると、彼等と反対側に移った狗巻がジャージの襟のファスナーを降ろし、『止まれ』と口にした。

 

 言葉に呪いを込める術式は、発した言葉の通りに相手の動きを強制する。つまり甚爾の体は命令されて強制的に止まるのだ。しかし止まったのは本当に一瞬で、刹那と言い換えても良い。ニヤリとあくどい笑みを浮かべた甚爾は、動きが止まるものと思って先に突っ込んで来たパンダに頭突きを入れてノックバックさせ、膝蹴りを腹に入れて弾き飛ばした。

 

 後からやって来た真希には、彼女が投げつけてきた薙刀を投擲してやった。軽く投げる動作から放たれたのは新幹線にも間違う速度で飛来する薙刀。間一髪のところを、頭を傾けることで真横を通して避けた。しかし、過ぎ去った薙刀を()()()()()()()()手に取って、布に包まれた刃の部分で真希の脇腹を横薙ぎに叩き付けた。

 

 横に向かって飛んで行き、数度地面でバウンドした真希は、打ち付けられた脇腹を押さえて痛みに悶えている。要らなくなった薙刀は適当に放り捨てて自身が使っていた長い棒を構えると、トンファーで殴り掛かってくる恵の相手をし始める。跳躍して襲い掛かってくるのを堪えて、駆けて近づいてきた息子に嫌な笑みを浮かべ、脚を踏み付ける。

 

 甚爾が繰り出す猛攻に耐えきれず後ろに下がっていたところでやられた足踏みに、体勢が後ろへ崩れた。爪先を使って支えにしている足を後ろから引っ掛けてやる。すると簡単に恵が転ぶので、倒れきる前に両手のトンファーを棒で弾き飛ばし、背中を付いて倒れたところを、上から棒の先端を叩き付けた。顔のすぐ横。50センチは埋まっただろう棒の先端に冷や汗を流しながら、恵は悔しそうに舌打ちをした。

 

 

 

「何も言わず仕掛けてくんのはいいが、弱いな。そんなモンじゃ龍已が教えてる京都校にボコボコにされんぞ。アイツ、教え方が上手い癖に徹底的に教えるからな──────俺と違って」

 

「自覚してんなら教えろよ。クソ親父」

 

「最低限は教えてンだろ」

 

「甚爾はなんで、棘の呪言が効かなかったんだ?効くと思って突っ込んだら頭突きと膝蹴り食らったんだが」

 

「効いてるぜ。一瞬だけどな。言っただろ、ぶっちぎるって」

 

「ヅナ゙マ゙ヨ゙……」

 

「1回で喉ガラガラかよ」

 

「私、防御したのにすんごい上に飛んだんだけど。背中いてーし」

 

「受け身下手くそ、そのまんまじゃねーか。これからもぶっ飛ばしてやっから、ありがたくぶっ飛べよ」

 

「なんで軽く投げたようにしか見えなくて、あんな訳解らねー速度が出るんだよ。てか、投げた後に追いついて背後取ったろ」

 

「あんな速度で走ンのは楽勝だな。てか、投げるのはあれだ、軽く投げるつもりで最後に手首のスナップ効かせんだよ。そしたらいい感じに速度出る」

 

「身体能力マジでバケモンだろ」

 

 

 

 呆れているのか、手加減はしていてもあまりに痛い攻撃に睨み付けているのか、それともそのどちらともか、皆からの視線を受けて甚爾は意地悪く笑う。弱いと。呪力が無いのに強い、ではなく。呪力が無いから強い、という甚爾に、呪術師のみんなは全く歯が立たない。歯牙にも掛けられていない。

 

 これだけの思いをしているのに、このままでは京都校に負けると言う。鍛えている近接戦だけでは決して呪術師同士による勝負に決定打を出せない。やはり呪術師らしく術式の精度の話も出てくる。でも、それを踏まえた上で京都校に負けると言う。何故か。質も量も多い龍已の教えを、京都校が今頃必死になって受けているからだ。

 

 龍已と長い付き合いのある甚爾だから、教えるならばしっかり徹底的に教え込むだろうことは手に取るように解る。自身は術式どころか呪力も無いので近接戦しか見れない。だからと言って、東京校はこれまでに何度も龍已や五条に戦い方を教えられている。頻度で言えば京都校の方が圧倒的に少ないのだ。

 

 ずっと龍已に教えてもらえる。その事にズルいと言う資格は無い。これまで自分達が受けていたことを、今度はあちらが受けているだけなのだから。このままなら負けるな、オマエ等。それを言われてそうですか……で終わらせられる程心が弱くない東京校の生徒達。負けず嫌いな彼、彼女達は眉間に皺を寄せて立ち上がり、それぞれの獲物を構えた。

 

 

 

「はッ。やる気出たってか?良いぜ来いよ。遊びながら適度にボコしてやるよ」

 

 

 

「「「──────泣かすッ!!!!」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ツギハギだらけの人型特級呪霊?」

 

『そーらしいんだよねー。七海も悠仁と一緒に交戦したらしいんだけど、素手で触れると魂の形をどうにかこうにかーみたいな術式持ってるってさ』

 

「2人は無事なのか?」

 

『無事だよ。2人とも傷負ったけど、硝子に治してもらったから心配しなくていいよ。ちょっと捲き込まれちゃった人も居て、悠仁に違う意味で重い任務やらせちゃった』

 

「……呪術師をしていれば、いつかは必ず向き合うことになる。遅いか早いかの違いでしかない」

 

『そうなんだけどさー。ちょっと早すぎだよね』

 

 

 

 京都に居る龍已の携帯に電話が掛かってきた。発信者は五条悟。何の用なのかと思って出てみれば、内容は重要性の高いものだった。流暢な人語を使う、ツギハギの人型特級呪霊。掌で触れた者の魂に干渉し、姿形を無理矢理変えるそうだ。脳も弄って一般人を呪霊のように変貌させて襲わせてくるということも聞いた。

 

 呪術師に出戻った七海が、そのツギハギ呪霊と交戦して術式を受けたらしいが、体の変化は起きなかった。どうやら実力が有れば有るほど、無意識の内に魂を呪力で護っているようだ。なので一般人のように一度触れられても形を変えられるということは無さそうだ。それでも、触れるのは厳禁なことに変わりないが。

 

 映画館で変死体に変えられた高校生数名。それを目撃した同じ学校の生徒。後にその生徒はツギハギ呪霊の手に掛かっており、呪術界に於ける誤情報を与えられて操られていたことが判明した。虎杖はその生徒、吉野順平を助けるために奮闘するが、努力虚しく彼はツギハギ呪霊の手によって形を変えられて死亡した。

 

 同じ高専に通えたかも知れない相手を殺されたことで激昂した虎杖と、合流した七海の共闘によって祓除寸前まで持ち込めたらしいが、土壇場の領域展開に邪魔をされ、攪乱を受けて逃がしてしまったとのこと。

 

 

 

『ツギハギ呪霊の術式は、触れた者の魂を変化させるもの。領域展開で必中を受けるとまさに必殺だから、センパイも気をつけてね。ま、心配要らないだろうけど』

 

「最近になって領域展開を修得した呪霊なんぞに、領域の引き合いで負けるつもりは毛頭無い。それよりも、俺はどうする。そっちに戻るか?」

 

『いや、こっちは大丈夫だから引き続き京都側を頼むよ。火山頭に枝のやつとか獣頭、ツギハギ呪霊の仲間がそっちに居ないとは限らないからね。歌姫弱いから、会ったら死んじゃうし』

 

「それを歌姫先輩に言うんじゃないぞ。では、引き続き京都で生徒達を見ている。交流会の時にまた」

 

『うん。バイバーイ。お疲れサマンサー!』

 

 

 

 割と重要性の高い話だったので、頭の中で整理しておく。時同じくして人語を介する特級呪霊に襲われたことから、火山頭と目から枝が生えた奴、3つの獣頭は徒党を組んでいると思って間違いない。更に現れたツギハギ呪霊。高度な知能を持っていることが窺える。持っている術式も相当に凶悪故に、生徒達に当てる訳にはいかない。

 

 生徒達を危険に晒す訳にはいかないので、龍已はこれからできるだけ自身を中心とした半径約4キロ圏内に、生徒達を入れて観測していることにする。クロから『黑ノ神』を吐き出させて術式を使いながら6方向に向けて呪力の音波を放ち続ける。日々の鍛錬で観測できる精度は上がり、一般人、呪霊、その大まかな等級、呪力量、肉体的強さを測ることができる。

 

 4キロ圏内の術式範囲に入り込みさえすれば、龍已は観測することができる。特級呪霊ともなれば、内に宿す呪いの強さも強くすぐに解る。常に『黑ノ神』を操作して呪力を使っていると、消費量が途轍もない事になるのだが、埒外の呪力を持つ龍已からしてみれば何て事のない消費だ。

 

 

 

「どうかしたの?龍已」

 

「いえ、何でもないです……今は。後で話しますので、続きをしましょう」

 

「って言っても、みんな体力切れでダウン中だけどね。東堂を除いて……」

 

「いえ、むしろ体力が切れている今だからこそやります。今の俺は呪霊という立場。明らかに弱っている人間に回復の隙は与えません。ほら、お前達も立て。東京校ならこの程度では疲れをおくびにも出さないぞ(嘘)」

 

 

 

「くッ……私は……加茂家嫡流として……負けられんのだッ!」

 

「真希と……あの1年(釘崎)は私がやるのよ……っ!」

 

「もう……疲れたけど……やらないとだよね……っ!」

 

「刀を握る力が……無くなってるけど……頑張りますっ!」

 

「呪力が底を尽きそうだガ、まだ動かせル。持ち堪えロ、メカ丸」

 

「フッ……Mr.黒圓の手解きをこれだけ受けられるのは実に充実している。ここ最近の退屈が頗る解消され、俺は今絶好調だ。これで交流会に乙骨や反承司が出れば完璧だな。さぁ、楽しい鍛練を再開しようかッ!」

 

「東堂。お前は他との連携を覚えろ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────約1ヶ月後。京都姉妹校交流会当日。

 

 

 

「はいっ!京都校の皆にはとある部族の御守り!あ、歌姫のは無いよー」

 

「要らねーよっ!!」

 

「で、東京校の皆さんにはこちらっ!──────故人の虎杖悠仁君でーすっ!!♡」

 

「──────はいっ!おっぱっぴーっ!」

 

 

 

「「「「────────────。」」」」

 

 

 

「えっ……えぇーっ!?全然っ!嬉しそうじゃないっ!?」

 

 

 

 京都姉妹校交流会当日。京都校が東京校と合流した時に、五条は大きな箱を荷車に積んで持ってきた。海外に出張していた彼は、出張先で買った良くわからない御守りをお土産に京都校の者達全員(歌姫除く)に渡し、東京校の皆には死んだことになっていた虎杖のお披露目をした。

 

 結果は当然白ける。死んでいたと思っていた同期が生きていたことは喜ばしいのかも知れないが、既に死んだと言われて1ヶ月半は経っている。つまり生きていることを態々言わなかったと察せられるのだ。実力をつけさせるために敢えて伏せていたという理由があっても、恵と釘崎は悲しんだのだ。素直にやったーと喜べないだろう。

 

 死んだ者として安心していた京都校の学長である楽巌寺は、虎杖を見て驚きに固まっている。その後の五条からの煽りで、態と伏せていたことを知って強い怒りを露わにした。ちなみに、東京校の学長の夜蛾も普通にキレている。

 

 時間は流れ、それぞれの校が控え室に集められる。その間に引率の教師は別室で待機する。ちなみに、楽巌寺学長、夜蛾学長、歌姫、五条、龍已、そして交流会の映像をテレビに映す役割として冥冥が居る。しかし今は、歌姫と五条がまた違う部屋に居て話し合いをしていた。

 

 

 

「で、あの話は本当なわけ?」

 

「ん?なんでキレてんの?」

 

「ぐっ(怒)……別にキレてないけど」

 

「だよね?だって僕何もしてないし」

 

「──────っ!!(怒)」

 

「さて、じゃあ……高専に呪詛師、或いは呪霊と通じている奴が居る」

 

「……龍已から聞いたわ。アンタや龍已を襲ったっていう特級呪霊。人語を介す知恵を持っている……ね」

 

「だから、歌姫に京都側の調査を頼みたい」

 

「……龍已から聞いて思ったけど、私が内通者だったらどうするのよ」

 

「ナイナイ!歌姫弱いし。そんな度胸も無いでしょ」

 

「アンタねぇ……っ!私の!方が!先輩なんだよ!」

 

「オーこわっ。んまっ、それ以前にさ、歌姫がそんな呪詛師紛いなことをしてたら、近くに居たセンパイがもう歌姫のこと殺してるよ」

 

「……はぁ。そうよね。龍已は呪詛師を生け捕りにしないで、その場で殺しちゃうもの。しかも気配で察するから嘘がつけない」

 

 

 

 龍已と先輩であったり後輩であったりで接してきた、昔からの付き合いの者達の中で、彼の呪詛師嫌いは有名だ。任務先で呪詛師に会えば、言葉を掛けずまず撃ち殺し、呪詛師が目標の任務では生け捕りにすることはなく、仲間の情報を吐かせて必ず殺してしまうのだ。例外なのは五条が監視していて、今の乙骨と共に海外に居るミゲルという呪詛師くらいなものだ。

 

 事情は知っている。呪詛師に小さな頃両親を殺されたからだ。当時小学生だった龍已は、自覚したばかりの術式を使って、両親を殺した呪詛師を殺している。そしてそれからというもの、高専に入ってから見掛けた呪詛師は徹底的に殺していた。

 

 任務が一緒になり、偶然居合わせた呪詛師を無言で撃ち殺し、頭を柘榴のように吹き飛ばした場面を見掛けた歌姫は、その当時のことを良く覚えていた。まるで龍已が龍已じゃないような、不安を煽る気配と呪力の変化。恐ろしく冷たい、冷徹なそれだった。しかし次の瞬間には元の彼に戻るのだから尚のこと恐かった。

 

 だからこそ、そんな呪詛師絶対殺すマンの龍已が最近近くに居て、話題にも出されたのに歌姫が生きているということは、内通者ではないということだ。内通者という呪詛師紛いのことをしていれば、きっと彼は歌姫を殺していた。嘘をついても、気配で読み取り看破する。だから、五条は歌姫が内通者ではないと確信しているのだ。弱い云々は本音だとしても。

 

 そうして話し合いを終えた五条と歌姫は、龍已や夜蛾達が居る教師用控え室に戻った。その頃にはちょうど交流会団体戦の部の開始時刻近くだった。五条は無線のマイクを手に取り合図を始めた。が、歌姫は五条からアドリブの激励の言葉を贈るように仕向けられた。

 

 

 

「えっ……えーっと……あー……ある程度の怪我は仕方ないですが……そのぉ……時々は助け合い的なアレが……──────」

 

「はい時間でーす」

 

「ちょっ、五条アンタねぇ……っ!!」

 

「では次に龍已先生からの激励の言葉をいただきまーす。はいどうぞ♪」

 

「……?んんっ。一月強というこれまでの時間に、各々ができることをやり、今日を迎えたことだろう。3年は最後の交流会に悔いを残さないよう、2年は初めての交流会ながら活躍ができるよう、今回参加した1年は先輩の背中を見て、来年に向けた姿勢や心構えを決めて欲しい。日頃相手をしている呪霊ではなく、対人戦がメインとなるが、重大な事故や怪我が無いように、しかし全力で取り組み、お前達が手に入れた力や成長した勇姿を我々教師陣に見せてくれ。以上」

 

「はい。歌姫のなんか良く分からない激励より、ありがたぁい激励の言葉ありがとうございました。では交流会団体戦の部──────スタァァァァァァァァァァァトッ!!!!」

 

「くっ……ぐうの音も出ない激励の言葉……ッ!負けたっ!」

 

「歌姫のは勝ち負け以前の問題だよね?」

 

「うっさい!!」

 

 

 

 相変わらずの仲のようで、違う意味で安心する。歌姫から感じる気配で、割とマジで五条のことが嫌いなのが解るが、肝心の五条の方はそんなこと欠片も思っていないらしい。飄々とした笑みを浮かべている。それを見て、歌姫は尚のこと機嫌を急降下させた。

 

 キレ散らかす歌姫と、いつもの笑みを絶やさないでいつも通り煽る五条から視線を逸らすと、壁に取り付けられた複数の大型テレビに目を向けた。そこには、東京校と京都校の生徒達が映っており、視点は空からのものとなっている。彼等が移動しても、追尾しているのか途切れることはない。

 

 これは冥冥の黒烏術式によるものだ。烏の視線を共有することができ、更にはこうしてモニターに映すことができる。これで何かがあった場合には駆け付けることができるというわけだ。やっていることは試合観戦のようなものだが。団体戦のルールとして、エリア内に放たれた低級呪霊を多く祓った方の勝利。

 

 呪力によって壁に貼られた符が赤と青に別れて燃える。東京校が祓った場合は赤。京都校が祓った場合は青。記録されていない原因で祓われた場合は赤になる。これは真希が居て、呪力を感知できないからである。ちなみにだが、臨時講師の甚爾は面倒くさいからという理由で来ておらず、反承司はやる意味ないでしょという理由で参加していない。

 

 交流会で優秀な成績を残せれば、それだけ他の呪術師達にも伝わるので、結果的に呪術師の等級の昇級の話が舞い込んでくる。反承司は既に1級呪術師をしており、これ以上の昇級の話は出て来ない。特級は斜め上の位置付けであり、純粋な強さによるものではない。よって出ることにメリットはあまりない。

 

 ということに、反承司の中ではなっているらしい。同じ1級呪術師であり、好戦的な東堂は乙骨と反承司が居ないことに落胆していた。が、交流会が開始されると同時に即座に駆け出し、木々を薙ぎ倒して東京校の皆の元へと一直線に向かっていった。

 

 東京校の共通認識として、東堂は化け物という判定を受けている。その理由は、呪詛師夏油によるテロ、百鬼夜行にて、数々の呪霊を祓ったからだ。1級も特級も関係無く、術式に関しても特級にだけは使い、その他には一切使っていないという規格外っぷりである。事実、下見で東京校に先日来た東堂は、居合わせた恵を半殺し一歩手前まで追い込んでいる。

 

 初めて会った相手に女のタイプを聞くという、癖とも言えるルーティンが存在し、恵のその人に確かな人間性があれば構わないという理由につまらないと評して殴り掛かったのだ。そういう本人は、タッパ(身長)(ケツ)がデカい女がタイプらしい。龍已も過去に聞かれたが、授業へやる気を見せてもらう為に態とはぐらかし、自分に勝ったら教えると約束した。

 

 

 

 ──────……虎杖を映していた映像が途切れた。今まで映していた中で初めてでありながら最初。映しているのは守銭奴の冥冥さんだ。

 

 

 

「……………………。」

 

「……ん?どうかしたのかな、龍已君。私の顔に何か付いているかな?」

 

「いえ。何でもありません。不躾でした、申し訳ありません」

 

「いいさ。場合によってはお金を取るけど、君なら別さ」

 

「そうですか」

 

「フフッ。ツレないねぇ」

 

 

 

 ──────誰かの味方にはならない、常に中立。強いて言えば金の味方の冥冥さんを買収すれば、虎杖の映像を意図的に切ることは容易い。そんなことを態々するのは、虎杖に良い印象を持っていない者のみ。五条、俺、冥冥さん、歌姫先輩は除外される。夜蛾学長も違う。ならばもう、呪術界保守派筆頭の楽巌寺学長しか居ない訳だ。察するに交流会に乗じて虎杖を殺してしまおうとしているのだろう。呪霊に任せると他に被害が出る可能性がある。躾けてあるならば別だが、放たれたボスの2級呪霊では恐らく殺せない。となると、京都校の生徒達に殺すよう命じているはずだ。……『呪心定位』……やはりか。虎杖を京都校の生徒達が取り囲んでいる。東堂は命令されることを嫌う事から肯定も否定もしていないだろう。つまりその他全員の生徒達が虎杖を狙っているということか。それに、エリア内に1体だけ準1級呪霊が存在している。予定に無い呪霊だ。全く動くことなくその場に居るのを視るに、躾けられているな。手の込んだことを……。

 

 

 

 脚を組み、お茶の入ったコップを片手にいつも通りの様子をしながら事の詳細を1人分析している龍已は、楽巌寺学長が虎杖を殺そうとしていることに気がついた。念の為に建物の外に待機させている『黑ノ神』を起動させて『呪心定位』を使う。一瞬で半径4キロの範囲をスキャンした彼は、エリア内に居るはずの無い準1級呪霊が居ることにも気がついた。

 

 スキャンして調べた限り、躾けられている事も判る。無駄に手の込んだことをしていると呆れながら、『黑ノ神』の6つある内の1つを使い、呪力弾を放った。誰にも解らないように真上から狙った呪力弾は準1級呪霊の頭を貫き、体中を駆け巡って穴だらけにすると、最後は頭の中で爆発して祓った。

 

 近くに生徒は居らず、烏にも見られていない。つまり誰も気がついていない。差し向けただろう楽巌寺に関してもそうだ。龍已は人知れずはぁ……と、溜め息を溢してお茶を飲んだ。普通に生徒達の成長した姿を見たいのに、下らないことをしてくれるなという、呆れの気持ちが口から溢れそうになるのを、お茶と一緒に飲み込んだ。

 

 

 

「フフフ……禪院真希、面白い子じゃないか。さっさと2級にでも上げてやればいいのに」

 

「僕もそう思ってるんだけどさー。禪院家が邪魔してるくさいんだよねー。素直に手の平返して認めてやればいいのにさー」

 

「フフッ。金以外のしがらみは理解出来ないな」

 

「相変わらずの守銭奴ね。てかそれよりも、さっきからよく悠仁の周りの映像切れるけど?」

 

「動物は気まぐれだからね。視覚を共有するのは疲れるし」

 

「えー。本当かなー?ぶっちゃけ冥さんってどっち側?」

 

「どっち?私は金の味方だよ。金に換えられないモノに価値は無いからね。なにせ、金に換えられないんだから」

 

「あはは。()()()()()()()()()

 

「…………………。」

 

 

 

 五条が手にしているコップを人差し指でコツコツと叩いてヘラヘラと笑っている。龍已は我関せずの姿勢を見せているが、耳を澄ませていた。聞こえてくる音の種類を聞き分けている。すると、五条から伝えられる暗号が頭の中で解読されていく。今、どういう状況になっているのか……と。

 

 龍已も同じくして、コップを指先でコツコツと叩く。不自然が無いくらいの強さで。囲まれ、狙われていると簡潔に。五条は飄々とした軽い笑みを絶やすことも無く、音を聞いていた。しっかりと伝わっていることは確認しなくても解る。龍已は誰にも悟られることなく、何の反応もせずに椅子に座って自然体でいた。

 

 

 

 ──────センパイが居て良かった。冥さんに映像切られてもこっちはエリア内の情報が筒抜けにできる。流石の万能型。『囲まれて狙われている』か。生徒達を使うなんてヒドいジジィだよ。大方、悠仁は宿儺の器であって人間ではないとか何とか言ったんだろうけど、残念だったねおじいちゃん。もう簡単にどうこうできる悠仁じゃないんだよ。

 

 

 

 暗号を解読して虎杖が狙われていることを把握した五条は、それでも余裕を崩さなかった。死亡扱いにしたまま匿っていた虎杖に修行をつけていた五条は、ツギハギ呪霊との戦いで一段と強くなった彼のことを1番理解している。今更外野が何かを企んだところで、簡単にやられる彼ではないと確信していた。

 

 時は少し経ち、東堂が虎杖を女のタイプを聞いてから変に気に入り、囲っていた他の生徒達に邪魔をするなと散らした後、彼等は再び戦闘を開始した。西宮は上から状況を把握しようとしていたところで恵の式神『鵺』に落とされ、釘崎とパンダ班に邂逅。メカ丸もその場に合流し、西宮と釘崎。メカ丸とパンダで戦闘が開始された。

 

 恵はその後加茂と。真希は三輪との戦闘になったが、三輪は真希に武器を取られた。龍已に教わった近接を仕掛けるが、フィジカルギフテッドを持つ真希には身体能力の差で負けてしまう。勝った真希は真依との姉妹勝負に入り、見事真依を打ち破る。だがその数分後、龍已は勢い良く立ち上がった。飲んでいた湯呑みは手放して床に落ちて割れる。中身が溢れるがそんなことを気にした様子は無い。

 

 突然の龍已の行動に歌姫は驚いていた。冥冥は笑みを浮かべながら見つめ、五条は笑みを消して龍已へ振り返る。楽巌寺と夜蛾も彼のことを見つめた。龍已は感知したのだ。天元の結界により隠蔽されたこのエリア内に侵入者が入ったことを。

 

 

 

「──────夜蛾学長。侵入者です」

 

「何!?」

 

「五条が会ったという目から枝が生えた特級呪霊。スキンヘッドの男。今のところこの1体と1名が突然エリア内に入り込みました。特級呪霊は狗巻の近く。男は大きな釘のような物を持っています。呪いを内包していることから恐らく呪具です」

 

「悟ッ!龍已ッ!歌姫ッ!オマエ達は今すぐ向かえッ!悟は歌姫と楽巌寺学長と共に生徒の保護ッ!龍已は特級呪霊を祓い、男を捕縛しろッ!冥はこの場で観測して悟達に情報を伝えろッ!俺は天元様の元へ行くッ!」

 

 

 

 簡潔にやることを決めた夜蛾の言葉に従い、それぞれが動き出した。龍已はその間も観測をしていたが、狗巻が特級呪霊から逃げ出し、それを追い掛けようとしているのを視て、首に巻き付いているクロから『黒曜』を吐き出させた。

 

 部屋の中で取り出された大型狙撃銃。黒いその銃身から感じる異質な呪力と存在感に、歌姫が息を呑み、冥冥が笑みを深めた。エリア内の全てが龍已の術式範囲内。此処からでも狙撃して特級呪霊()()ならば撃ち殺す事が可能だ。急いでいるので、物を透過させる特殊弾の装填はせず、直線上に誰も居ない事を知っているからこそ、膨大な呪力を込めた。

 

 込めた膨大な呪力をそのままにして放つと、放つ呪力の光線そのものが太くなって近くの狗巻が巻き添えを食らってしまう。そこで呪力を込める事ができる薬莢を使い、縛りを用いて速度を底上げする。消耗品の物を使わないと、呪力の弾が撃てないという縛りだ。加えて、範囲を狭める代わりに貫通力を底上げする縛りを設ける。これにより、細い光線が放たれるのだ。

 

 引き金を引いて呪力が込められた薬莢を叩く。縛りによって細い呪いの光線が知覚外の速度を出して突き進む。しかし、その光線は霧散するように消えてしまう。原因不明の呪いの消失。近くに居た歌姫は、特級呪霊を祓えたかどうか解らず成功したかどうか問い掛けるが、龍已は静かに首を横に振った。

 

 驚愕して瞠目する歌姫。まさか龍已でも祓えないなんて……と思っているが、実際は呪いの光線は特級呪霊の元まで届いていない。途中で消されてしまったのだ。別に技を失敗した訳ではない。呪いが消失したのには理由があった。

 

 撃ったとほぼ同時に、狙った特級呪霊と龍已の間、射線上に別の者が入り込んできたのだ。そしてそれの気配は覚えている。無表情ながら、額にびきりと青筋を浮かべる龍已と、彼から醸し出される苛つきの怒気に歌姫が生唾を飲み込んで喉を慣らす。

 

 

 

「……チッ。やはり本体はあの黒山羊頭だったか」

 

「黒山羊頭って……もしかして龍已を襲ってきた特級呪霊……っ!?」

 

「そうです。頭が3つ。切り放して個体になり、それぞれが術式を使う。今回割り込んできた獅子頭の術式は、遠距離攻撃を互いに無効化させるというものです。狗巻の傍に居る特級呪霊を狙った呪力弾が消されました」

 

「じゃあ、先ずはその特級呪霊から祓わないとダメよね?」

 

「えぇ。ですが、歌姫先輩達は先に行ってください。獅子頭は俺がやります。近接戦ならば、俺に分がある」

 

「……五条は兎も角として、私達が居ても邪魔よね。遠距離攻撃主体が多いもの。……分かった。任せるわね」

 

「はい。歌姫先輩もお気をつけて」

 

 

 

 獅子頭と馬頭は確かに殺した。頭を握り潰し、踵落としで真っ二つにした。しかしまた現れたことから察するに、唯一取り逃がしてしまった黒山羊頭が本体であり、その頭を潰さないと他がまた生えてくると考えた方が良いだろう。面倒な呪霊だと舌打ちしながら、歌姫達と一緒に部屋を出て行く。

 

 五条、歌姫、楽巌寺、龍已の4人で走って生徒達の居る区画に向かうと、その途中に獅子頭が居た。仁王立ちをし、堂々と立っている。本当に遠距離がダメなのか、五条が出力を下げた『赫』を撃ち込むが、獅子頭へ到達する前に霧散して消えた。やはり獅子頭の所為で遠距離が意味を為さなかった。

 

 獅子頭の相手は龍已がするので、五条と歌姫、楽巌寺は横を通り過ぎていった。通してしまっているにも拘わらず、一歩もその場から動こうとしなかったのを見て、狙いは最初から龍已であることが解る。現に、『呪心定位』も『黑ノ神』も使えなくなっているのだ。

 

 

 

「──────よォ、また来たぜェッ!?」

 

「舐めた真似をしおって塵芥風情が。殴り殺してやるから覚悟しておけよ

 

「は、ははは……ッ!」

 

 

 

 獅子頭の向こうに、誰のか解らない『帳』が降ろされた。呪力の気配から五条でもなく歌姫や楽巌寺でもない。全く知らない呪力。明らかに敵側が降ろした『帳』に、更に額に浮かべる青筋を増やす。生徒を危険に晒した、徒党を組む特級呪霊。加え、本体が潰されないように、捨て駒のように獅子頭を寄越しておきながら、龍已の術式を完封している。

 

 2度目となる襲撃でありながら、舐めきったその作戦に怒りを発露した。通常は弱いと見せ掛け偽るために、自身の周りを薄い呪力で覆ってカモフラージュし、弱い呪力に見せ掛けるのだが、今回は相手が既にその事を知っている事と、単純に頭にキタのを合わせて、偽りのカモフラージュを解いた。

 

 特級呪術師、黒圓龍已の全身を強く大きく包み込み覆う底無しの呪力は、まるで恒星のようであった。人の体のどこにそんなものが在るのかと切実に問いたくなる、埒外で莫大な呪い。それを前にして、獅子頭は好戦的な笑みに大量の冷や汗を流す。これは化け物だと、心の中で愚痴る。

 

 

 

 

 

 やりたい放題の襲撃者である特級呪霊と、さっさと殺してしまいたい呪詛師を前に術式の一切を封じられた彼は、拳を握って構え、際限の無い呪いを身に纏うのだった。

 

 

 

 

 

 






東京校

臨時講師の甚爾に毎日毎日ボコボコにされていた。真希は甚爾の下位互換であることに歯噛みしつつ、絶対泣かしてやろうと思ったが、結局一撃入れることさえ無理だった。

教えることが上手い龍已が京都校の方へ行ったので、このままなら負けるという甚爾に大きく反応した。どいつもこいつも負けず嫌いで使いやすい……と思っている甚爾が居たとか居なかったとか。




京都校

取り敢えずから始まる龍已の扱き。戦いが終わったら各々の弱点克服に向けて個別メニューが用意される。体力が必要な真依や西宮は吐くほど走らされた。体術の技術向上がメインの加茂は湿布の匂いに鼻が慣れた。

マジで男女平等主義の龍已は、女生徒でも平気で拳や蹴りを入れてくるので死に物狂いで頑張った。その結果、原作よりももっと良い動きができるようになっている。

龍已の反省点は、最後まで東堂に連携プレーを覚えさせることができなかったこと。まあ予想の範疇を出ない。




伏黒甚爾

京都に行かせたら、帰りの金を使い果たして帰って来れなくなると判断して東京校で教えている。交流会つってもダメ出ししてボコしてればいいんだろ?精神。

狗巻の呪言をいとも容易くぶっちぎる。本当に生身なのか問いたい。ていうか、世界で唯一のガチの生身だった(今更)。

相手するときは、何となくで武器を使っている。呪具持たせたら生徒達がアウトになるので持たせられない。

・生身なのに強すぎて呪言が殆ど効いてない。

・ぶん投げた武器に追いついてキャッチする。

・ゴリラモードのパンダに腕力で正面から圧勝。

・扱えない武器が殆ど無い。

・耳と鼻が良すぎて目を瞑っても相手の動きが解るし、感覚も鋭いので聞こえなくても気配でイケる。

・本当は水の上走れるし、牙突できる。

・呪術師からしたら透明人間。



もうお前人間やめてるよ。




庵歌姫

五条と龍已を襲った特級呪霊については情報が開示されていて知っていたが、本当に遠距離を無効化するとは思っていなかった。明らかにキレてる龍已に内心ビクビクしている。だって滅多に怒らない子がキレてるの呪力やら気配からしてめっちゃ恐いから。頼りにはなるけど。




五条悟

試しに弱い『赫』をぶち込んだら、無効化されたことに面倒な術式持ってるな……と思ったので龍已に任せた。体術でも祓えるけど、体術で祓うのら龍已の方が早いと思ったから。




黒圓龍已

生徒を狙うは呪詛師が居るわ、敵が帳降ろすわ獅子頭だけしか寄越さないわで舐めてんなオマエ?となっている少しキレてる。殴り殺してやるから逃げんじゃねーぞの精神。

そんなにお望みなら拳で祓ってやるよという気持ちだが、本人的には拳の方が良い。だって元々近接戦専門だから。銃を受かっている方がおかしい。読者の方々から攻略無理じゃね?と言われている理不尽無理ゲー先生。

冥冥が交流会の映像を見せてくれるが、見なくても視えるので別に要らないと思ってた。だって冥冥と会うと矢鱈と絡んできて面倒くさいから。




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第五十話  分岐点に向けて



最高評価をしてくださった、鯱熊 セミさん 泰 時雨 burnyさん。

高評価をしてくださった、さばっぺ ダンまちファン チルッティドラグーン さんの皆さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

「──────良かったんですか?折角の最後の交流会に参加しなくて……」

 

「良いんですよ別に。興味ないし。私の相手できるの東堂ぐらいなのに、私の方が強いから。私が出たら勝っちゃうもの」

 

 

 

 補助監督の鶴川が運転席に乗り、反承司零奈はつまらなそうに後部座席に乗っていた。龍已が絡まないと誰に対しても冷めた態度になる。何度もお世話になっている鶴川でさえこれである。例外が居るとすれば家入くらいのものだろう。

 

 強気な発言に苦笑いする鶴川だが、実際反承司が東京校の学生の中で飛び抜けて優秀で強いことは知っている。在学中にも拘わらず1級呪術師に昇級されているのは伊達ではない。それに加え、あの特級呪術師の黒圓龍已の任務に同行することができている時点で、その実力は非常に高いものだ。

 

 対呪霊に示す等級が人間相手にも当て嵌まるとは言えないが、それでも同じ1級呪術師にも力の差は存在する。特に、東堂は反承司と同じ1級呪術師だが、彼の術式と反承司の術式は相性が悪い。戦えば、反承司が勝つことが高確率なのだ。それでも彼は嬉々として戦うのだろうが。

 

 基本的に他人と深く関わらない反承司は、2年と1年とは殆ど会わない。任務も等級の違いから任される難易度的に1人が多く、誰かと一緒になるならばやはり龍已が相手になる。体術の訓練が実施されると共にやるが、呪力ありでも無しでも、反承司が他を圧倒する。真希の天与呪縛すら歯牙にも掛けないのだ。

 

 

 

「団体戦、3年生居ないですが大丈夫ですかね」

 

「大丈夫じゃないんですか。そもそも……」

 

「……?」

 

 

 

 ──────そもそも……団体戦は()()()終わるし。虎杖と東堂がアレの相手するでしょ?五条悟が『帳』消すのに時間掛かる。それで龍已先生はアイツに邪魔される。まあ大丈夫……あ。

 

 

 

「龍已先生の機嫌大丈夫かな……あとでデート誘おうと思ったのに……」

 

「え?龍已さんが何かありましたか?」

 

「……知ってます?龍已先生──────」

 

 

 

 

 

 

 ──────意外と気が短いんですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────げぼッ……ごぼッ……オ゙ェ゙ェ゙……ッ!?」

 

 

 

「──────この俺をどこまでも虚仮にした挙げ句舐め腐りおって、大した呪力も力も持ち合わせん塵芥の有象無象如きが。お前の邪魔の所為で生徒が死んだらどうする?呪詛師が逃げたらどうする?どう落とし前をつける?何を以て償う?存在しているだけ邪魔以外の何ものでも無い、価値無き呪いが、何の大儀があって俺の前に再び現れた。嗚呼……腹が立つ。腸が煮えくりかえりそうだ。死ね。疾く死ね。死して悔い改めろ」

 

 

 

 ──────はぁ……ッはぁ……ッ……。動きが全く見えねェッ!俺様の眼でも捉えられねェ打撃が、気づかねェ内に2、30叩き込まれてやがるッ!再生が追いつかねェよクソッ!花御と()()はまだかッ!?この化け物をいつまで相手にしてりゃァ良いんだッ!?コイツの遠距離無効化しても、コイツには素手が有ンじゃねーかッ!!

 

 

 

 肩から千切られた左腕。8箇所の胴体に開けられた風穴。へし折られた右脚。半分抉れ飛んでいる顔面。地面に手を付いて、荒い息を繰り返す獸崇の獅子頭は、ゆっくりと近づいてくる龍已に対して、恐怖に似た感情を抱き、この場に居ない仲間の特級呪霊を急かした。

 

 地を踏み締める足音。手の関節がばきりと鳴る。感じる気配は濃密で、身を覆う呪いは破滅的だった。見られているだけで祓われてしまいそうな殺意と怒気を宿す双眸と、激情を抱いているのに反比例して動かない表情がどこまでも不気味で恐ろしく、狂気すらも感じる。

 

 獅子頭が発動している術式『枷斂堺牢(かれんかいろう)』は、自身と相手に一切の遠距離使用不可を与え、近接戦のみによる決着を強制する特異な領域を展開する。領域展開のように具現化させた生得領域に相手を引き摺り込み、結界内と外側での分断はしない。あくまで分断しないだけの空間を作り出すのだ。

 

 そしてこの近接戦強制空間は、定めた相手との距離があって他にも仲間が居るほど厄介な術式となる。範囲は既に決められたものではなく、術者である獸崇と術式を掛ける相手を包み込む形で展開される。つまり、獸崇を中心として龍已を領域の中に入れているのではなく、発動している円形の領域の端と端に両者は居る。

 

 最大有効範囲150メートル。獸崇が居る端から龍已の居る端までなので直径で最大150である。しかしこの領域は円形なため、獸崇と領域の中間に誰かが入っている場合、そのものも敵味方関係無く遠距離使用不可を与えられる。よって、距離を取れば取るほど、味方を捲き込んでしまうのだ。

 

 一方で、距離を詰めれば詰めるほど、発動している術式の領域は小さくなっていき、零距離にもなれば誰かを巻き添えにすることは無いぐらいの大きさになる。だから、龍已が獸崇と戦いを始める前、五条の『赫』が無効化されたのだ。標的として定められたのは龍已だというのにだ。

 

 この術式は、攻撃の余波で生み出されたものの影響も無効化する。例えば、龍已が刀を振って剣圧で斬撃を飛ばしたとしても、それが意図せず勝手に出たものでも無効化される。意図するしないに拘わらず、それが遠距離からの攻撃と成り得るならば、それは術式の対象となる。元来より人々の注目を集める拳と拳によるインファイト。小細工無しの鉄拳決戦。純粋な力勝負で弱肉強食の世界を再現する。

 

 

 

「鬱陶しい術式を持った呪霊も居たものだ。俺だけでなくその他にも作用する結界型の術式だろう。五条が術式を無効化されると同時に俺も『黑ノ神』が使えなかった。お前を中心としているのかどうかは知らないが、有効範囲は100から150といった具合か?中々に広いな。だが、近接を得意とする場合はこんな結界何の意味も為さん。さっさと目的と仲間の数、持っている術式の詳細を吐け」

 

「……ッ。く、クククッ……誰が吐くかよ間抜けな人間がよォッ!ちょっと動きが速ェからって調子ぶっこいてんじゃ──────」

 

「要らぬことを喋る口こそ要らんよな?」

 

「──────ッ!?がぼッ……!?ごぼ……っ!!」

 

 

 

 目的は何があろうと話さない。話せば、龍已に一瞬で祓われてしまうからだ。獸崇の役目は、広大な術式範囲を持ちながら規格外の呪力出力を持つ殲滅力に特化した黒圓龍已を足止めし、時間稼ぎすること。狙撃されれば、離れたところからでも一撃で祓われる可能性が大きい為、龍已の術式を完封することができる術式を持つ獅子頭にしかできない時間稼ぎ。

 

 これが無ければ、『帳』が降りる前に一緒にやって来た、眼から枝が生えた特級呪霊の花御(はなみ)が祓われる。他にも手を組んでいる呪詛師が、予め内容を設定してあり、誰でも簡単に『帳』を降ろす事ができる呪物を即座に破壊され、『帳』すら降ろせない可能性すらあった。

 

 そして、『帳』を降ろして注意を引きつけておかなければ、虎杖と七海が戦ったツギハギだらけの特級呪霊真人(まひと)の事が露呈してしまう。そうなれば目的が果たせない。なので今回の襲撃で最低限やらねばならないのは、『帳』で五条悟及び黒圓龍已の分断と、獸崇による龍已の術式無効化である。これを実行できなければ作戦もクソも無い。

 

 呪霊が肉体を修復するのは、反転術式を用いて傷を治す人間と比べて難しいものではない。全身が呪いによって形成されているため、生身の肉体を細胞から治す人間と違って呪いを込める事で傷は治る。そしてその修復速度は等級が高ければ高いほど早いとされている。身に宿す膨大な呪力を使ってすぐに完治させてしまうのだ。

 

 龍已にやられて風穴が開けられた胴体や千切れた腕、へし折られた脚と抉れた頭の修復を即座に終わらせた獸崇だが、目的を問い掛ける龍已に反発すると、瞬きすらしていないのに姿を消し、目前にいつの間にか居た彼に獅子の口、下顎を掴まれた。振り解けず、腕を掴んで外そうにも微動だにしない。

 

 腕の形をした恒星を、力でどうにか形を変えてやろうとしている感覚に近いくらい、全く動かない。岩よりも硬く、山よりも大きく、恒星の如く存在している。それを可能とする人間の理から逸脱している超人的肉体と、際限の無い呪力、限界以上に肉体を強化する呪力操作。

 

 掴まれた顎は、分厚い鉄板を引き千切る握力で離せず、伸ばされた腕を自身の腕力で折るなり弾くなりしようと試みても、一切動かない。隔絶とした純粋な力の差を見せ付けられながら、獸崇は下顎を力任せに引き千切られた。呪霊の血を吐き出し、後退した瞬間に蹴りを入れられて両脚の膝から下を両断された。投げ捨てられた脚の無い人形のように無様にも転がり、口を手で押さえる。

 

 痛みよりも恐怖よりも、黒圓龍已に対して感じるのは絶望感だった。術式があれば秒で祓われ、術式を無効化しても素手によってこの格差。身の内に秘める呪いの量は破滅的で、気配に敏感で察しも良い。こんな相手にどうやって勝てば良いのか。それに加えて、反転術式すらも修得しているという。獸崇は自身が、本当に時間稼ぎしかできないのだと痛感する。

 

 

 

「ぐぶッ……ごぼ……っ……はぁ……はぁ……矢鱈と急かすじゃねーかよ……えェ?そんなに人間のクソガキ共が心配かよ!?テメェよりも弱くて脆いガキ共ガよォッ!?」

 

「今は確かに弱い。釘崎も伏黒も虎杖も、真希も狗巻もパンダも、反承司ですらまだ俺からしてみれば弱い。だがそれは()()だ。俺や五条のように、呪術界で生きてきた者達の背中を見て、得て、学び、力をつけていく。彼等彼女等は確かに弱いが、弱いままではない。日に日に強くなっている。いずれは俺や五条の必要が無くなるだろう。俺ができるのは……これからを作る若者に生き方を教え、成長を促すことだ。どの子達も優秀だ。それを……俺の手の届く範囲に居る子等を殺そうとしている、お前のような塵芥が我慢ならん」

 

「くっだらねェなッ!強い者は強いッ!弱い奴は所詮弱いンだよッ!教える価値も、救う価値も、育てる価値も無ェッ!強い奴等だけが固まって生きていれば良いッ!自由こそが理想ッ!力こそが真理ッ!だから俺様は雑魚の存在を認めねェッ!数だけいっちょ前の人間はこの世界から消して、より優れた俺様達呪霊の……動物の世界を再形成するッ!そのためには五条悟……そして黒圓龍已ッ!テメェ等が邪魔なんだよッ!」

 

「その理論でいくならば──────お前もこの世から消えて然るべきだろう塵芥(雑魚)が」

 

「……ッ!クソがぁああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 両脚の再生を即座に終わらせる。獸崇、彼は人間に狩られてしまった動物達が、今際の際で抱いた負の感情が凝り固まって生まれた動物の呪霊だ。故に彼の術式は、弱肉強食の世界故の遠距離を行わない術式、相手を仕留める純粋な速度の術式、時には相手から逃げる逃走の術式を持って生まれた。

 

 自由に、強者らしく、力で以てその他を狩る。今まで無惨にも殺されていった数え切れない動物達の負の感情の塊。仇を討つには、動物を最も殺してきた人間を絶滅させるしかない。動物の呪いから生まれた、人間を敵視する獸崇は、存在しているだけで人間を赦せない。負けられない。

 

 だがそれは、所詮獸崇という呪霊の身の上話。発生した理由。抱く理想。それを叶えるには力が必要で、目の前の人間を殺すことが最優先でもあり、呪霊の最上位クラスの彼の力では到底、最上位クラスの人間の彼を殺すことなどできなかった。

 

 

 

「情報を吐く気が無いなら死ね。お前の不幸話や理想論なんぞ、心底どうでもいい」

 

「クソッ……くそッ………くそ…………っ──────」

 

 

 

 彼に対話での交渉は不可能。特に呪霊、そして呪詛師が相手ならば尚のこと。再生した足を踏み締めて、動物の強靱な筋肉を再現した俊敏性と瞬発力、速度で龍已に差し迫る。爪を鋭く伸ばして、体を割いて引き裂き殺そうと手を伸ばす。これまで受けた動物の無念を思い知れと。

 

 しかしそれはやはり届かなかった。理想や願望だけで、力の差は埋まらない。奇跡は降り注がず、女神は微笑みすらしなかった。伸ばした手を横にズレて避け、手を伸ばして獅子頭を鷲掴みにする。向かっていった速度と龍已の腕力により、首はみちりと音を立てながら千切れ、文字通り頭が手中に収まった。

 

 少しずつ握力でちからをくわえられていく。目玉が耐えきれず飛び出し、口が拉げ、肉が引き千切れていく痛みを味わいながら、またしても傷一つ与えることができなかったと無念を抱く。獅子頭は本体ではない。故にまた復活する。しかしそれでも、弱肉強食を再現する術式下で完全敗北したことが、1番ダメージを負った。

 

 獅子頭は握り潰される。徹底的に、無惨にも、そして無慈悲に。手にこびり付いた体液を振り払って、龍已は術式効果が切れて再び使用可能となった『黑ノ神』を起動させ、降りてしまっている『帳』へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────五条、中に入らなかったのか?」

 

「センパイおかえりー。それがさー、中に入りたいのはやまやまなんだけど、どうも『五条悟の侵入を拒む代わりにその他一切の出入りが可能』って効果を持ってる臭くてさ?」

 

「辻褄が合うな」

 

「あ、この『帳』2枚あって、この奥にもう1枚あんの。多分センパイも僕と同じ事されてるから入れないよ」

 

「……チッ。歌姫先輩と楽巌寺学長は中か」

 

「そうだよ。歌姫弱いから特級呪霊と戦ったら死んじゃうけど、生徒の避難誘導くらいはできるでしょ。問題はその特級だよねー。中に居る生徒で特級と戦えるの(東堂)くらいだもん」

 

 

 

 ものの数秒で『帳』のところまでやって来た龍已は、五条と合流した。歌姫と楽巌寺学長は既に中に入っている。学生の避難誘導が最優先されるだろうが、問題は五条と龍已が中に入れないことだ。『帳』は2枚。1番外側が五条悟の侵入を拒むもので、内側が黒圓龍已の侵入を拒むものだ。よって2人は中側に行けない。

 

 触れると強く反発されてしまい、無限の障壁を張っている五条でも無理矢理中に入るのは無理だった。なので入る方法は『帳』を消すしか無いのだが、この『帳』は思っていたよりも頑丈な出来なようで未だ破れていない。

 

 そうこうしている内に、龍已が獸崇の獅子頭を祓って合流までしてしまった。中には特級呪霊が居る。生徒の中で特級の相手ができるのは東堂くらいなもので、その他だとやられてしまう可能性が高い。早くどうにかしないとな……と思っていると、龍已の脚に目が行った。長い脚に巻かれたレッグホルスターと、中に納められた『黒龍』に。五条は、ニンマリとした笑みを浮かべた。

 

 

 

「ねぇセンパイ。僕と一緒に『帳』へ攻撃してみる?──────ゴリ押しで♡」

 

「──────乗った」

 

 

 

 なんて頭の悪い提案と短絡的な答えだろうか。

 

 

 

 一応言っておくと、2人の侵入を拒む『帳』はその攻撃に対しても有効だ。彼等を侵入させないために、その他の出入りは可能としている効果のある『帳』を、ゴリ押しで消してしまおうとしている。ましてや一緒にと提案して乗っている時点で、この世界にこれ以上の攻撃があるだろうか。

 

 受ければ大体の者は死滅するだろうに、やろうとしていることは、まるでタックル対策してきた相手にタックルで攻略するようなもの。それでは女子レスリングの吉田〇保里みたいではないか。いや、あの人も筋肉によるゴリ押しタックルなので仲間なのか……?考えるのはやめよう。

 

 地上から撃つと『帳』を破った場合、射線上に居る者達を巻き添えにして殺してしまうので、2人は少し高度を上げて『帳』の上部を狙うことにした。五条は無限を使って空中を滞空し、龍已は『黑ノ神』1つを足場にして空を飛んでいた。

 

 最強と最凶が手を組んで呪いを練り上げる。無限の術式反転を、呪力出力に任せた埒外な呪力の塊を、それぞれ『帳』に向けた。五条の指先には黒い小さな球体が発散されるのを待ち、龍已はレッグホルスターから抜いた『黒龍』2丁と6つの『黑ノ神』合わせて合計8つの銃口を向ける。

 

 

 

「術式反転──────『赫』」

 

「一斉掃射──────『無窮ノ晄』」

 

 

 

 集束された無限を発散し、呪いの光線が8つ『帳』に注がれた。最初こそどうにか持ち堪えられそうにも見えたが、莫大な呪力に押されて『帳』には大きな穴が開けられ、あっという間に上がった。遮られて見えなかった中の様子が見えるようになる。気配も感じ取れるようになり、五条は六眼で、龍已は呪力の音波で状況を把握した。

 

 特級呪霊に襲われてやられてしまったのか、加茂と狗巻は西宮に抱えられて空を飛びながら移動している。歌姫は呪詛師らしき男と対峙し、その近くに釘崎と真依が居る。

 

 他の場所ではパンダが走っており、戦闘不能になったらしい真希と恵を抱えていた。問題の特級呪霊は東堂と虎杖が対峙している。その際に、五条と龍已は虎杖の呪力から格段に強くなっていることを察する。この短い間に一体何があったのかと思うが、今それは置いておくとして、早急に呪詛師と呪霊をどうにかしなければならない。

 

 五条は自身が特級呪霊をやるから、龍已には呪詛師をやって欲しいと告げる。情報を抜き取りたいから殺さないでとも付け加えて。問答無用で殺したいところだが、確かに情報を抜き取るためにも即座に殺すわけにはいかない。不服ではあるが、仕方ないと割りきって空に向けて呪力弾を撃ち放った。

 

 

 

「悠仁のところまで距離があるな……少し、乱暴しようか。術式順転『蒼』……術式反転『赫』──────」

 

「墜ちてこい──────」

 

 

 

「虚式──────『(むらさき)』」

 

「──────『碧落(へきらく)墜祓(ついばつ)』」

 

 

 

 順転の『蒼』と反転の『赫』をぶつけ合わせることで仮想の質量を押し出す、五条悟の扱う技の中で最速最強の一撃『茈』。呪力の銃弾が弾け、天より降り注ぐ細い呪いの光線『碧落ノ墜祓』。各々が定めた敵に向かって突き進んだ。『茈』は東堂と虎杖が手をしていた目から枝が生えた特級呪霊の花御に。『碧落ノ墜祓』は2人の呪詛師へ。

 

 しかし、『茈』は花御を消し飛ばす寸前までいったものの、植物を身に纏って移動したことで祓いきれず逃がし、『碧落ノ墜祓』は楽巌寺学長が対峙していた方の呪詛師の手脚を撃ち抜いて消し飛ばしたが、もう1人の歌姫が対峙していた呪詛師は()()()手脚を貫通するだけに留まり、大怪我を負いつつも気配を消して逃げた。

 

 逃げの算段がついていたことは明らかだが、龍已は取り逃がした呪詛師に舌打ちをした。確実に手脚を撃ち抜き消し飛ばそうとしたのに、何故か解らないが撃ち抜いただけで終わってしまった。大怪我を負わせられたが、逃げられた事に変わりは無い。

 

 もしかしたら、そういった何かしらに作用する術式なのかも知れないが、あの呪詛師を殺し損ねたということだけで、龍已は超絶不機嫌になった。姿形、気配などは全部覚えたので、次に会ったり見かけたら必ず殺すと心に誓う。

 

 

 

「──────いでぇっ!いでぇよォッ!!!!」

 

「黙れッ!」

 

「イエーイ!一件落着ぅっ!」

 

「チッ。チッ。チィッ……ッ!……この俺が呪詛師を1匹逃がした。恥だ」

 

「ま、まあまあ龍已落ち着きなさいよ、ね?見てたけどかなりの深傷だったし、もしかしたら逃げてる最中に……ってことも全然有り得るから!ね?」

 

 

 

 動ける者は集合し、重傷の者達は家入の居る医務室へ送られた。五条が明るく一件落着と言って誤魔化しているものの、実際はそんな簡単な話ではなかった。特級呪霊花御と獸崇の襲撃により、五条と龍已の意識は彼等のところへ逸らされていた。その間に、別動隊として侵入していたツギハギの特級呪霊である真人が、高専にある呪物を置いてある忌庫に忍び込んだ。

 

 以前、真人と邂逅した虎杖と七海だが、真人に唆されて呪術を扱うようになった吉野順平、その母親が『両面宿儺の指』に集って集まってきた呪霊に殺されている。回収した指は忌庫に保管されていたが、封印している符の内側に、真人の呪力で作った別の符を貼っていた。つまり、自身の呪力を追えば忌庫に辿り着けてしまうのだ。

 

 高専にある建物の寺社仏閣の殆どがハリボテであり、天元の結界術によって日々位置が変わっている。その中の1000を超える扉の内1つが、危険度の高い呪物を保管する忌庫へ繋がっていた。本来はそんな膨大な扉から正解を短時間で見つけ出すのは不可能に近いが、呪力を辿ることで真人は遣り遂げた。

 

 盗み出したのは特級呪物『両面宿儺の指』6本。同じく特級呪物『呪胎九相図(じゅたいくそうず)』1番~3番である。五条悟と黒圓龍已が居ながらに何という体たらくかと、上層部からの圧力が掛かるだろうが、生徒を優先したので仕方ないのだろう。龍已に関しては術式を封じられていた。

 

 持ち出されてしまったことは仕方ないので、それは1度置いておくとして、次に負傷者についてだった。警備のために配置していた2級呪術師3名。準1級呪術師1名。補助監督5名。忌庫番2名。どれもが現場に出て行った五条と龍已達と別行動をしていた者達だ。

 

 捕らえた呪詛師に情報を吐かせようとするが、要領を得ない発言が目立った。ただ、今回の襲撃は取引により行い、男か女か分からない白髪オカッパの子供に命令されてやったに過ぎないとのこと。誰もその特徴を持つ人物について心当たりがないので保留になり……。

 

 

 

 

 

 後日。1日の休憩期間を設けられた明くる日、交流会は中止どころか野球をして決着をつけた(東京校の勝ち)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「聞いてくださいよ龍已さん!私はずっと危険なことはしないでって口を酸っぱくして言ってたんですよ!?なのに今回私の友達を助けるためとはいえ……もう!そういうのはやめてって言ってるのに!」

 

「……仕方ねーだろ。呪術師は常に危険が伴……ッ!?何すんだよッ!」

 

「そういう事言ってるんじゃないの!態々危険を冒さないでってこと!」

 

「まあまあ。津美紀も、恵が友達のこと救うために無茶したってことは分かってるんだから、もう少し優しく言ってあげなさい?折角助けてくれたんだから。それに、恵はもういっぱい怒られてるだろうから、もうしないわよ。ね?」

 

「……まあ」

 

「…………………はぁ」

 

 

 

 龍已は現在、伏黒家にお邪魔していた。最近は忙しくて来ていなかった恵と甚爾の家。そこには元気に怒りを露わにする恵の姉である津美紀と、母である暁美が居た。甚爾はパチンコに行っているので今は居ない。

 

 何故、津美紀がこんなにも怒っているのかというと、つい最近恵と虎杖と釘崎の1年生班でとある事件を解決したのだ。昔に当時肝試しとして有名だった八十八橋という橋があり、そこに行ってバンジージャンプをするのだそうだ。自殺スポットとしても有名で、それ故か肝を試す不良達が多かった。

 

 その中の一人が、数年前に八十八橋へ行ってから、最近になって家の扉が自分が帰ってきた時だけ開いている……という異常を示し、何も居ないが絶対にそこに居るという感覚に襲われているらしい。その人以外にも、20年以上前に行ってから今年に入り、扉の前で呪霊に刺し殺された者達が出始めた。

 

 問題は、その八十八橋に行った者の中に、津美紀の親しい友人も居たということ。病院で寝込んで起きない友人が心配で体調を悪くするくらい、津美紀は悲しんでいた。それを知った恵が事情を調べるが、任務の難易度が上がって1年生3人では手に負えないという判断が下った。

 

 しかし、恵は虎杖と釘崎を危険な目に合わせられないし、姉の友人が危険なだけで関係無いため帰らせようとした。結局はそれがバレて3人で補助監督の新田明に連絡せず、勝手に任務を続けたのだそう。その過程で、『両面宿儺の指』を取り込んだ特級呪霊1体。先日盗まれた『呪胎九相図』の受肉体2体を単独祓除した。

 

 虎杖は交流会で襲ってきた花御との激闘で黒閃を経験し、呪胎九相図との戦いで釘崎も黒閃を発現。恵に至っては不完全とはいえ領域展開を修得してみせた。もちろん、勝手な任務遂行は厳禁なので学長にしこたま怒られたし、勝手なことはするなと龍已にも怒られた。五条は特級呪霊の単独祓除すごいねー!だった。

 

 今回は上手く祓えたかも知れないが、もしかしたら全滅していた可能性すらもある。怒られるのは当然であり、それぞれは少しの間謹慎処分となった。龍已はその事を説明するために、久し振りとなる伏黒家へ来たという訳だ。

 

 

 

 ──────1年生で特級呪霊を単独撃破……凄まじいな。ましてや『呪胎九相図』の2番、3番を含めた特級呪霊だ。俺()の時よりも傑物揃いだな。3人居て3人生き残る……理想だな。

 

 

 

「龍已さん?」

 

「……どうした?」

 

「いえ、何だか悲しそうだったので……」

 

「……ふーッ。いや、何でもない。まさか教え子が無茶をして特級呪霊を祓い、謹慎処分を受けるとは思わなかっただけだ」

 

「……すいません」

 

「気持ちは嬉しいけど、無茶しないでよ!」

 

「分かったよ……」

 

「でも、本当にありがとう。恵」

 

「……俺だけじゃなくて、虎杖と釘崎が居たからだ」

 

「もちろん!それはそれで、虎杖君と釘崎さんにはちゃんとお礼言わないと」

 

 

 

 まだ面識は無いが、会うことがあれば是非ともお礼を言いたいと思っている。けど、危険なことを独断でやったことに変わりはないから、年上のお姉さんとしてそこはかとなく注意する予定だ。恵は弟なのでバッチリ叱ったが、弟の友人に強く当たることはできない。

 

 ちなみにだが、津美紀は恵と甚爾がどういう世界に身を置いているのか知っている。普通の学校だと嘘をついても良いが、母である暁美も知っていて、知らないのが津美紀だけというのも可哀想だし、何よりずっと嘘をつき続けるのは無理でいつかはバレるのだと思えば、自然と教える形になった。

 

 その際に、実は龍已も同じく呪術界に身を置いていて、お世話になっている五条も同じだということを聞いて、逆に安心したようだった。五条や龍已が居れば、恵がある日突然死ぬなんてことは起こらないだろうと。彼等がどれ程の高みに君臨するのか、そこまで深くは知らないが、頼りにしている。

 

 今回は独断であり、龍已も任務に行っていたし、五条も同じく違う任務中だったので教えられたときには全てのことは終わっていて後の祭りだった。今回は良い具合に話が纏まったが、今後はこのようなことが無いようにと厳重注意をしている。

 

 

 

「ねえねえ龍已さん!今日晩ご飯食べていきませんか?」

 

「……ん?」

 

「龍已さん来るの久し振りだし、恵が帰ってくるのも久し振りなんで、一緒に食べましょう?」

 

「すまないが、俺はこのあと──────」

 

「──────津美紀がそう言うと思って、近場だったから帰りに祓っといたぜ」

 

「あ、お父さん。ありがとう!龍已さん、良いですよね?」

 

「私も久し振りに龍已君の手作りご飯食べたいなー」

 

「……家入さんには俺が連絡しておきますんで、どうぞ。……津美紀がすいません」

 

「……はぁ。では、ご馳走になります」

 

「良かったぁ……ふふっ。楽しみです!」

 

 

 

 スマホで家入に連絡している恵を見つつ、こういう時だけは行動が早いと、帰ってきた甚爾をジロリと見る。戯けるように肩を竦めるのを見れば、パチンコに行っていたのかも怪しい。確かに近場の映画館に発生した呪霊だが、確か車で1時間くらい掛かった筈だ。まあ、甚爾が本気で走れば三十分以内には余裕で着くのだろうが。

 

 用意が良いから、恐らく伏黒家に行くことを事前に言っておいた時には既に夕飯を誘おうとしていたなと、計画的なものを感じ取った。何だかんだ嫁や娘に甘い甚爾ならば文句を言いつつ祓ってきたに違いない。恵が家入から承諾を得て、少ししたら寄ると聞いてきたのを皮切りに、望み通り手料理を振る舞うためにソファから腰を上げた。

 

 お馴染みの溜め息は吐きながら立ち上がったら、肯定の合図と受け取っているのか、津美紀が嬉しそうに龍已の背中に抱き付いてお礼を言ってきた。いつの間にか恵と同じく高校生になっている津美紀の成長具合に感心した。と、その時に後頭部に視線を1つ。

 

 

 

「甚爾、津美紀が彼氏を連れて来たらどうするつもりだ?」

 

「あ?ンなもん、まずぶん殴んだろ」

 

「殺す気か」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「三輪霞には悪いけど──────お前の救済はできないよ、メカ丸(与幸吉)

 

 

 

 歌姫は探していた。高専の内情を呪詛師延いては呪霊に横流ししている内通者のことを。解ったのは、誰なのか解らないこと。故に内通者を絞り込むことができた。身が潔白すぎる相手であり、最も内通者に向いている術式……傀儡操術を持つ与幸吉。

 

 肌は非常に脆い状態でありながら激痛が常に奔り、膝から下と右腕が無く、腰から下の感覚が無いという非常に脆く弱い体を持って生まれた彼は、天与呪縛によって生まれてからその肉体と付き合って生きてきた。しかし心から望んでいた、普通の体を。呪術を差し出して普通になれるならば喜んで差し出すと言う彼は、魂の形を変えられる呪霊の手を取った。

 

 天与呪縛により実力以上の呪力出力と豊富な呪力、そして黒圓龍已すらも凌ぐ……日本全土に及ぶ超広大な術式範囲。それを存分に使い、与幸吉は高専の内情を呪霊達に流し、その代わりに京都校の者達には手を出さないことと、自身の体を普通に戻すことを縛りで結んで手を結んでいた。

 

 そして、今回の交流会で京都校にも手を出した事で縛りを破ったとして与幸吉は同様に縛りの内容を放棄し、すぐさま体を元に戻すことを言いつけた。他者との縛りを破った場合、ペナルティがどのようなものになるかは解らない。故に、真人は与幸吉を治すしかないのだ。

 

 天与呪縛に縛られていた17年の歳月。それを呪力に変えて真人と殺し合いをした。自身の魂の形を変えて様々な形状を取れる真人に物理は効かない。しかしそこをシン・陰流簡易領域の呪力で以て攻略した与幸吉だった。が……彼は無惨にも殺された。殺したと思って安堵した瞬間を狙われ、接近を許してしまったのだ。

 

 本来居るべき場所からは退去しており、尋問するために訪れた歌姫、虎杖、釘崎に姿を見せず、人知れず独りで死んでいった。ある程度()()()が絞り込めた反承司は、高専の寮の窓に肘を置いて夜空を眺めながら、そっと呟いた。

 

 

 

「次は渋谷事変。大丈夫。大丈夫。私は強くなった。ぶっつけ本番になるだろうけど大丈夫──────()()()()()()()()()()。反承司零奈。あなたなら必ずできる。そのために、血反吐吐いて頑張ってきたんだから。()()()()()()()死んでも死にきれないのよ」

 

 

 

 小さな呟きは誰に拾われるでもなく、どれだけの人間が今眺めているか解らない広大な美しい夜空へ、静かに消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 記録──────2018年10月31日。19:00。

 

 

 

 東急百貨店、東急東横店を中心に半径400メートの『帳』が降ろされる。

 

 

 

 渋谷。そのスクランブル交差点にて、一般人はあることを叫んで訴えている。『五条悟を連れてこい』と。相手側の要求は五条悟が単独で最深部へ来ること。

 

 

 

 そして……──────黒圓龍已の術式使用禁止。

 

 

 

 他一切へ害を与えず黒圓龍已ただ1人を観測するだけに生み出された式神『コガネ』は、縛りとして引き剥がせず、また無意味に祓うことができない。もし仮に術式を使用した場合、その報は夏油の元に送られ、『帳』内に居る人質を即座に殺していく。

 

 明らかな五条悟を誘う罠と、即座の広域殲滅を禁ずる多くの対龍已用の人質。上層部はそれを()()し、五条悟に単独での進行を命じ、黒圓龍已には術式の一切の使用禁止を達した。

 

 

 

 黒圓龍已率いる黒圓班。

 

 

 

 ──────伏黒甚爾(特別臨時講師)

 

 

 

「強すぎるのも考えモンだなァ?テロ野郎に術式使うの禁止されてンだろ。守ってやろうか?ククッ」

 

 

 

 ──────反承司零奈(1級呪術師)

 

 

 

「術式使うなってだけで呪力は使えるんだから、マダオより龍已先生の方が強いに決まってんじゃん。調子乗らないでウザイから」

 

 

 

 ──────黒圓龍已(特級呪術師)

 

 

 

「術式が無かろうがやることは変わらん。殲滅、嬲り殺しだ。呪詛師呪霊その他類する者を見つけ次第殺せ。遠慮は要らん」

 

 

 

 

 呪霊、呪詛師、呪術師による戦争が始まる。ある者はこの戦いを、渋谷事変と呼んだ。

 

 

 

 

 

 勝つのは誰なのだろうか。呪霊が勝つのか。はたまたそれらを押し退け呪詛師が勝利を掴むのか。それとも悪しきを祓い、呪術師が打ち破るのか。それはまだ、解らない。

 

 

 

 

 

 

 






龍已が逃がしちゃった呪詛師

中々に面倒くさい術式を持っている。回数制限があるとはいえ、龍已の攻撃で死なないくらい。でも深傷は負った。




獸崇(獅子頭)

龍已特攻の術式持ってるからって、時間稼ぎ要員として派遣された。死ぬことは決まっていたので、どれだけ時間を稼げるかの勝負だった。

馬頭が一緒に来ないのは、頭を再生させるのは時間が必要なので、もったいないという理由から獅子頭だけ来た。再生されると記憶話や引き継ぐので、殺される瞬間は覚えてる。




腐ったミカン(上層部)

明らかに不利に働く黒圓龍已の術式使用禁止を、相手がテロとして、そして何かしらの罠があると解っていて()()()()()承諾した。

黒圓龍已を五条悟のように強いのに、彼と同等に言うことを聞かず、ありえない呪力を持っているため邪魔という認識をしている。黒圓無躰流は知りたいが、寄越さないならばもう邪魔なだけ。さっさと殺されるように術式使用禁止を言い渡した。

人質は一般人なので、龍已が術式を使わないことを確信している。この際、五条も同じように戦闘不能になれば良いとさえ考えている。




コガネ

小さい虫みたいな式神。害を与えず観測するだけの術式故に、憑かれた龍已は引き剥がせない。術式を使ったり呪力を纏った拳で殴れば祓えるが、それをすると術式を使ったと見なされるのでできない。




夏油傑(?)

問題視しているのは、五条悟と黒圓龍已のみ。その他は別にどうでもいい。精々両面宿儺の器である虎杖悠仁くらいは認識している。

テロであり、首謀者でありながら、条件を提示した。黒圓龍已の術式使用禁止。普通はこんな要求呑まれないが、上層部は絶対に呑み込むと解っていた。

普通は全員に同じような要求をするが、問題視している者達以外はどうとでもなるので放置している。





伏黒津美紀

恵の義理の姉。原作では呪われて昏睡状態だったが、肝試しに誘われたことを甚爾に言ったら行く場所を聞かれ、八十八橋と答えるや否や行くのやめろと言われたのでやめておいた。

呪術界に身を置いている父親のやめておけなので、素直に従って一緒に行く予定だった友達にもやめるように声を掛けたが、こっそり言ってしまい呪われた。

彼氏は居ないが、しっかり者なので大人の雰囲気があり、優しく友達思いで容姿も優れているので結構モテる。彼氏は居ない。彼氏を家に連れて来たら最恐に殺されちゃうかもしれない。

初恋は出会ったばかりの時の高校生だった龍已。大きくなったら……と考えていたが、家入が居るので人知れず諦めて、優しくて強い大好きなお兄さん的ポジションに収めた。




伏黒甚爾

パチンコには行ったけど、負けそうだったので取り敢えずやめた。津美紀から晩ご飯に龍已と家入を呼びたいと聞いて、伊地知脅して代わりに呪霊祓ってきた。

放任主義に見えて、津美紀に彼氏が居ないか気にしてる。連れて来たからにはぶん殴る(死)




五条悟

地道に帳を解こうと思ったけど、面倒くさくなったので龍已とのゴリ押し戦法に切り替えた。虎杖が格段に強くなっていることにニッコリしている。やっぱり葵とは相性が良いか!そんな感じしてた!




庵歌姫

帳が上がったと思ったらしレーザー墜ちてきたのに驚いたが、呪力から龍已だとすぐに解った。けど、呪詛師の手脚貫通させただけで、逃げられてしまったのをあれ?と思った。

特殊な術式を持っていたらしく、詰めが甘く逃がしてしまったことにイライラしている龍已を宥めるのが大変だった。怒りで気配がとんでもないことになっていたので、冷や汗流しながらどうにか……って感じ。




黒圓龍已

どこぞのラッキー呪詛師を素で逃がした。まさか逃げられるとは思わなかったのでクッソイライラしている。見つけたら頭を踏み潰してぐちゃぐちゃにして殺す。確実に殺すために。

呪力で肉体を強化する際、基本的に弱く見せるカモフラージュをしているが、それが必要ない相手だった場合普通に開放して立ち上らせる。もう見た目から圧掛けてくる。

術式の使用を禁止にされようが、呪力さえあれば祓い殺すのは容易い。武器を使うなとは言われていないので、近接で蹂躙するつもり。




反承司零奈

誰かに言えるはずもなく、独りで抱え込み、取り繕い、時を待ち、己を磨く。全ては刹那の為に。刹那から生まれる希望のために。絶望の暗雲を穿ち散らす、希望と奇跡の矛を、彼女は唯一持っていると自覚していたから。

自身に出来るのはそれだけなのだと、狂気にすら身を浸しながら、己の(術式)を磨き上げた。

友人は求めず、恋人を作らず、青春を破り捨て、普通を放棄した。妄執と狂気を宿し、彼女は彼女の決戦に挑む。



黒圓班が1人、反承司零奈(謎多き少女)……いざ参る。







※龍已とめっちゃデートして楽しんでましたやん。



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第五十一話  解き放たれる



最高評価をしてくださった、沙羅双樹 OKMT さん。

高評価をしてくださった、ギルネリーゼ さん、ありがとうございます。






 

 

 

 

 記録──────2018年10月31日。19:00。

 

 

 

 東急百貨店、東急東横店を中心に半径400メートの『帳』が降ろされる。

 

 

 

 渋谷。そのスクランブル交差点にて、一般人はあることを叫んで訴えている。『五条悟を連れてこい』と。相手側の要求は五条悟が単独で最深部へ来ること。

 

 

 

 そして、監視役を付けた黒圓龍已の術式使用禁止。相手から提示された条件を、上層部が呑み込む形で達せられた。ふざけるなと憤る者や、ほとほと呆れる者。しかし彼を知る者達は必ず同じ事を口にする。

 

 

 

 

 

 ──────そんなモンで黒圓龍已(呪いの怪物)を止められるわけねーだろ。

 

 

 

 

 

 広大な術式範囲は潰された。遠距離からの呪力出力任せな一撃は使えない。術式使用不可なため、領域展開も行えない。が、しかし。彼は構わないと言う。呪力が使え、武器を扱えるならばむしろ好都合。接近して殺す。それだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「フム……何となく狙いは分かったかな──────乗ってやるよ」

 

 

 

 一般人が侵入だけできる帳。呪術師が入れない帳。五条悟だけを閉じ込める帳。複数枚降ろされた帳の外で、求められた五条以外の者達が待機している。彼ならば大丈夫だろうという考えの元、その期待と信頼を一挙に背負って彼は進んだ。

 

 20:40。東京メトロ渋谷駅。(地下)()副都心ホーム。そこには3体の呪霊が待ち構えていた。先日虎杖と釘崎が祓った呪胎九相図2番と3番、その兄である脹相(ちょうそう)。少し前に五条を襲った特級呪霊で、火山頭が目印の漏瑚。交流会に現れた目から枝が生えた特級呪霊、花御である。

 

 駅内の吹き抜けになっているところから降りて地下線路のところまで来ると、花御の術式で生まれた枝が伸びて吹き抜けの出入口を塞いだ。逃げるのを防ぐ為かと思われるが、実際は木の壁の向こうに一般人が居るかどうかを見せないブラインドの効果がある。

 

 

 

「これで負けたら言い訳できないよ?」

 

「貴様こそ、初めての言い訳は考えてきたか?」

 

「つーか、逃げ道塞がなくても逃げないよ。逃げたら、オマエ等は()()()()()人間殺すだろ?お?だから来てやったんだよ」

 

「逃げたら殺す?違うな──────()()()()()()

 

 

 

 B5F。その地下鉄のホームにはぎっしりと一般人が敷き詰められていた。スクランブル交差点に居た一般人が突然、風呂の栓を抜いたように駅の中へ吸い込まれてしまったのだ。今どれだけの一般人が、呪霊の居る駅内に居るか判らない。しかしこの者達は人質ではない。五条悟を殺すのに必要な()である。

 

 呪胎九相図の受肉した男、脹相が持つ術式は加茂家の相伝である赤血操術だ。しかも呪霊と人間のハーフという肉体が、呪力を血に変えるという特異体質を生み、術式の多使用による失血死は無くなり、呪力がある限り延々と術式を使うことができる。加茂憲紀の完全上位互換である。

 

 赤血操術『苅祓』から戦闘がスタートする。その際に、ホームに敷き詰められていた一般人が、ゲートを開けられた事で線路上に雪崩れ込んできた。そして、脹相の『苅祓』は一般人の体を両断する。1度に数十人は殺されているだろう。一般人を殺しながら向かってきた血の斬撃は、五条の元までやって来たが無限の壁によって完全停止する。

 

 そこへ、一般人に紛れ込んで接近してきた漏瑚と花御が拳を振り上げた。物理攻撃も術式も、五条には届かない。無限の壁によって無限の遅延を与えられて彼の体へは到達できないのだ。それを知っていて接近してきた。拳は当たらないと解っているのでその場に止まっていた五条は、次の瞬間には驚きを露わにする。

 

 

 

「──────『領域展延(りょういきてんえん)』」

 

 

 

「……ッ!ナルホドね。っていうか、呪詛師と組んでんだからそう来るか」

 

 

 

 振り上げられた拳が向けられる。その途中、漏瑚と花御の体が呪力の膜に包まれた。叩き付けられた拳が無限の壁を削る。このままだと破られると判断した五条は一端大きく跳躍してその場から距離を取った。優秀な天才的頭脳が無限を破ろうとした原理を即座に解明する。

 

 領域展開と似ていた領域展延。これはシン・陰流簡易領域と同じものだ。本来、結界術として相手を閉じ込める領域展開を“箱”や“檻”とするならば、領域展延は“水”。己の肉体のみを包み込む液体であり、あらゆる術式を中和し押し返す効果がある。付与された術式の必中効果は薄まるものの、確実に術式を中和する。つまり、無限の壁を越えて五条に攻撃することが可能なのだ。

 

 確かな手応えを感じた漏瑚は、少し前に夏油が語った事を思い出していた。呪術界最強と謳われる五条悟が最も力を発揮する時はいつか解るかと問われた時のことだ。あの時は勿体ぶられるのが苛ついたのでさっさと話させたが、聞いた後に納得した。

 

 無下限呪術と六眼の抱き合わせ、今世最強の呪術師五条悟。その真価は“1人の時”に発揮される。どんな術師でも、彼の前では基本的に足手纏いだ(黒圓龍已を除く)。故に先ずは、何も持たない非術師である一般人で彼の周りを囲い固めたのだ。

 

 五条が使う術式反転『赫』は、最低出力で『蒼』の2倍ある。密集した空間に居る上に非術師が居れば使用なんて出来る筈も無い。一撃で非術師全員が死ぬ。『蒼』も同様、漏瑚や花御、脹相を祓うレベルまで出力を上げれば非術師を捲き込んで殺してしまう。故に使えない。虚式『茈』なんてのは以ての外だろう。『蒼』を使った高速移動も難しい。非術師を巻き込めば粉々にしてしまうだろう。正面から突っ込んでくるダンプカーみたいなものだ。

 

 そして、五条が使う領域展開『無量空処』。この領域は知覚・伝達、生きるという行為に無限回の作業を強制する。領域内に閉じ込められた瞬間、何もかもを与えられて何もかもができなくなる、『殲葬廻怨黑域』や真人の使う『自閉円鈍裹(じへいえんどんか)』同様必殺必中の代表領域。

 

 しかし五条の領域だけは他と違い、術式を使って必殺により必殺とするのではなく、領域内に入ると引き摺り込んだ相手全てに無限回の作業を強制する。要するに、一般人が入った場合、一瞬にして廃人になるほどの情報が頭に流し込まれてしまうのだ。1度入った事のある虎杖は無事だが、それは五条悟に触れているものには効果がないという特殊な条件があるからだ。

 

 だからこそ、狭い空間に多く居る非術師を巻き込んで領域展開は使えないし、仮に漏瑚、花御、脹相だけを領域に引き摺り込んでも、外に居る非術師は建物の壁と五条の領域の結界に挟まれて圧死する。これだけの条件があれば、五条が護りに徹するしかなくなるわけだ。この作戦を聞いたとき、漏瑚は良い作戦だと思った。

 

 条件として、自分達も領域展開は使えない訳なのだが。漏瑚達が使ってしまうと多くの非術師を巻き込む。そうすれば諦めて領域を展開せざるを得ないからだ。領域展開の押し合いは、漏瑚達では勝てない。現に漏瑚は押し合いで負けて殺されかけ、花御に助けられて命からがら逃げ果せたという過去がある。

 

 

 

「逃げるなと言った筈だぞ、五条悟。ゴミを見せしめに殺さねば解らんか?」

 

「……正直驚いたよ」

 

「なんだ、言い訳か?」

 

「ちげーよハゲ。オマエ等が──────この程度で僕に勝てると思ってる、その脳みそに驚いたって言ってんだよ」

 

「…………ッ」

 

 

 

 付けていた黒い眼帯を外す。現れるのは世界に1人だけしか持つことを赦されない奇跡の眼球六眼。空色の美しい瞳が晒され、漏瑚達に身の毛もよだつ殺気と覇気が叩き付けられる。最強の呪術師五条悟のことを完全に舐めている。そう彼は言っている。

 

 ふざけながら戦った、前の戦闘とは比べものにならない雰囲気と覇気に、漏瑚は笑みを浮かべながら冷や汗を流している。勝つ必要は無い。やれば良いのはあくまで時間稼ぎ。20分だ。20分持たせれば、後は夏油がやる。五条悟を封印する。

 

 

 

「そこの雑草。オマエに会うのは3度目だな?ナメた真似しやがって。まずはオマエから祓う(ころす)

 

 

 

 六眼を晒した本気の五条悟がやって来る。目前まで堂々と接近してきた五条と漏瑚達が睨み合い、漏瑚達が仕掛けた。領域展延を展開しながら拳を振るう。しかしそれに対して、()()()()()()()五条が応戦した。単純な呪力操作と体術のみで2体に肉薄する。

 

 才能に溢れた彼の体術は、昔に散々龍已にボコボコにされて更に精度が上がっている。漏瑚や花御では、真面に触れることすらできない。できないが、攻撃を逸らすのに触れるのだ。それによって無限を解いていると察した花御が今この時に術式を使うべきだと判断し、領域展延を解いて術式を発動した。

 

 その瞬間を、五条が狙っていたとも知らずに。気づいた漏瑚が叫ぶ。領域展延を解くなと。近接戦で圧倒されつつも、腕を失った程度で済んでいたのは領域展延を解かずに自身の身を護っていたからだ。それを解いてしまえば、五条の攻撃もまた通ってしまう。即座に体の向きを反転させて、花御に飛び付く。

 

 交流会で花御と戦った恵や虎杖、東堂からの情報で目から生えた枝が弱いことは知っている。そこを両手で掴み、力尽くで引き抜いていった。弱点をやられた花御は死に体だった。満足に動けそうにも無い。でもそれを悟らせないように五条へ、漏瑚と共に攻撃した。それを無限で受けて、領域展延と押し合いをする。それがいけなかった。

 

 

 

「いいのか?オマエらが僕の無限を破ろうとする度に、僕は無限を保つために術式を強くする。こっちの独活(ウド)は──────もうそれに耐えられる元気が無いんじゃない?」

 

「なっ!?やめろッ!五条悟、あの人間共を殺──────」

 

 

 

 漏瑚が最後まで言うこと叶わず、花御は祓われた。壁に叩き付けられて、無限の壁に押し付けられたのだ。そして、一瞬にして潰された。残ったのは花御の肉片と残骸だけ。完全に祓われたことを確信して、漏瑚は呆然と名を呼んだのだ。

 

 戦いは終わらない。花御が祓われようが、五条はこの場に居る漏瑚と脹相を祓うまで待ってはくれない。恐ろしいほど冷たい六眼が彼等を睨み付けていた。このままならば、漏瑚達は祓われるだろう。しかし作戦はこれだけで終わらない。

 

 人に紛れた脹相が赤血操術で付かず離れずの距離から攻撃して気を散らさせ、隙をついて漏瑚が接近して領域展延を展開しながら近接を仕掛け、攻撃されそうになったら掴まれた自身の腕を自切してでもその場から離れる。ヒットアンドアウェイ戦法を取り、時間を稼ぐ。すると、やって来ることはありえない電車がやって来た。

 

 中に乗っていたのは真人によって呪霊のように改造された改造人間。五条達の殺し合いに巻き込まれて異常を察した非術師が急いで電車に乗り込もうとして、改造人間に殺されていった。現地に着いた真人も参戦して五条との殺し合いが再開される。このままだと相当な非術師が殺される。そこで五条は……一か八かの賭けに出た。

 

 

 

「なっ……ッ!?」

 

「ハハッ……マジかよ……ッ!?」

 

 

 

「領域展開──────『無量空処(むりょうくうしょ)』」

 

 

 

 五条悟。一か八か0().()2()()()領域展開。0.2秒は五条が勘で設定した、非術師が廃人とならず、後遺症も残らないだろう無量空処の滞在時間。根拠は一切無く、完全な勘によるもの。

 

 非術師を含む改造人間及び、漏瑚や真人、脹相の頭の中には、約半年分の情報が流し込まれ、全員が立ったまま気絶した。しかしこのB5Fに居て生き残った非術師達は、この2ヶ月後に残らず社会復帰を果たす。言ってしまえばその程度の領域展開。特級呪霊はこの瞬間にも目を覚ます可能性がある。

 

 五条はその場合に打ち込まれるカウンターを考慮して、標的は電車の中から出て来た改造人間に絞った。現代最強の呪術師は、領域展開解除後、放たれた約1000体の改造人間を299秒で鏖殺。

 

 

 

獄門疆(ごくもんきょう)──────開門」

 

 

 

「────────────。」

 

 

 

 獄門疆。特級呪物であり、源信の成れの果て。これに封印できないものは存在しない。だが当然それだけの力を持つ以上、条件が存在する。

 

 1分。獄門疆開門後、封印有効範囲約4メートル以内に1分間、五条をその場に留めなければならない。漏瑚はこれを聞いた時、怒りの勢い余って夏油を殺しそうになった。どれだけの命を積み重ねても、五条をその場に1分留めるのは無理難題だと知っていたからだ。

 

 しかし、獄門疆の提示する1分は普通の1分ではなかった。()()()()()1分。つまり、現実で1秒だろうが、脳内で1分が経過すれば封印は成功する。五条は何かを考える前に、獄門疆を目にした瞬間踵を返して距離を取ろうとした。

 

 

 

「やあ──────悟。久しいね」

 

 

 

「──────は?」

 

 

 

 話し掛けてきた声、口調、気配。五条は驚き瞠目しながら振り返り、その姿を見た。そこには、去年の百鬼夜行の終わりに自身の手で殺した筈の親友、夏油傑の姿があった。

 

 偽物?変身の術式?……否。相手の術式を丸裸にする六眼がそれを否定した。正真正銘の夏油傑であった。瞬間、五条の脳内に溢れるのは、親友との()()()()()()()。そしてその時にはやはり、1分なんて時間はとうに過ぎていた。五条は獄門疆の封印条件を満たしてしまい、拘束された。呪力も力も入らないのを感じ、詰みだと諦める。

 

 

 

「ダメじゃないか悟。戦闘中に考え事など」

 

「……──────誰だよオマエ」

 

「夏油傑だよ。忘れたのかい?悲しいね」

 

「…………肉体も呪力も、この六眼に映る情報はオマエを夏油傑だと言っている。だが()の魂がそれを否定してんだよッ!さっさと答えろッ!オマエは誰だッ!!!!」

 

 

 

「──────キッショ。なんで分かるんだよ」

 

 

 

「──────ッ!!テメェ……ッ!!」

 

 

 

 夏油傑。いや、夏油傑の体を乗っ取っていたのは、本体が脳味噌のような者だった。切り開いた際にできたのだろう、頭の傷を縫っていた糸を引き抜いて頭頂部を外して見せつけた。脳に口があるような物体。それが夏油傑の体を操っている奴の正体だ。

 

 中に入っている奴の術式によるものだ。脳を入れ替えれば肉体を転々とする事ができるという。更には、肉体が持つ術式すらも使用できるという。夏油の呪霊操術。この状況が欲しかったが為に、死体を探した。五条が夏油の死体を家入に処理させなかったから。

 

 偽物は頭を元に戻しながら語る。五条は強すぎるから、殺すではなく封印することに心血を注いだと。強すぎるが故に、五条の封印は100年後か、1000年後かに解くと、自身の目的に邪魔な存在でしかないと。それに対して五条は笑った。まるで嘲るように。

 

 夏油の術式は手数の多さ的にもかなりの脅威だ。生前特級呪術師をやっていただけのことはある。しかしそれを、真っ正面から打ち砕いたのが乙骨だ。彼の手によって瀕死の重傷を負った。それを挙げられて尚、偽物の余裕は消えない。無条件の術式模倣。底無しの呪力。しかし今は何の魅力も感じないと。

 

 大切な者の魂を抑留する形で得ていた力故に、夏油との戦いの後で解呪された今ではその力は無い。だから脅威に成り得ないと言う。確かにそうかも知れない。以前の超常的呪いの塊は無いのかも、呪いの女王は退位したやも知れない。が、呪いの女王が消えようと、()()()()()()存在する。

 

 

 

「バカだろ。オマエじゃセンパイには勝てねーよ。どんな呪霊向けよーが、取り込んで操っている以上術式だ。センパイには近づけない。触れられない。それに、憂太や里香よりも、呪力の量が勝ってんのは知ってんだろ?どうせ。領域展開だって俺より練度は上だ。術式範囲も広大。近接だって俺より強い。どうやって勝つって?やってみろよアホが。んでボコされて死ね」

 

「……黒圓龍已。()()()()()生き残り。しかも恐らく()()()()()()()()()()。だからこそ付け入る隙がある。彼のことは()こすだけでいい。それだけで、彼のことは終わりだ」

 

「……あ?その怨の一族ってなんだよ」

 

「君が知る必要は無いさ。その頃に君は、居ないのだから」

 

 

 

 

 

 ──────獄門疆……閉門。

 

 

 

 

 

 現代最強の呪術師、五条悟。封印により戦闘不能。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 五条悟が封印された後、死んだはずのメカ丸こと与幸吉が生前に用意しておいた通信用メカ丸が稼働した。呪霊達と手を組んでいたからこそ知っていた、五条の封印。どうにか情報を明け渡して保護してもらうつもりだったが、殺される未来のことを考えて、『五条悟が封印された場合に限り起動する』という限定的な縛りで発現した。

 

 現れたのは虎杖の耳元。そして夏油が五条を封印したB5Fの天井だった。天井から眺め、獄門疆が五条の封印を完了しながら、情報の処理を終わりきらず重量が上がり、持ち上げられずその場に待機しなくてはならなくなったことを確認した。察知されて壊されてしまったが、それを虎杖に伝えることに成功する。

 

 虎杖は班員である冥冥とその弟憂憂(ういうい)と共に動き出した。現在五条の封印の話を知っているのは虎杖と冥冥と憂憂のみ。そこで一端地上に居て尚且つ近くの七海班と合流した。七海班は猪野(いの)という七海を尊敬している呪術師と、その他には恵が居る。

 

 1級呪術師としてやらねばならない事がある七海は一端別行動し、猪野を先頭として虎杖と恵が呪術師が入れない帳を破ることになった。その際、帳を降ろしている呪詛師を撃破し、帳を降ろす呪具の破壊に成功する。動きが後手に回っている感じがしているが、少しずつ呪術師達が態勢を整えつつあった。

 

 戦いは激化していた。途中で恵と別れた虎杖が、弟の仇だという脹相と殺し合いをして敗北し、何故か脹相が気絶した虎杖を見て困惑したり、冥冥が夏油の元まで行って、出された特級疾病呪霊と戦闘になったり、釘崎が交流会で龍已が逃がしてしまった呪詛師と戦ったり、多くがあった。

 

 しかしそういった戦いも、突然風向きが変わる。その分岐点は、合流して行動を共にしている七海と、禪院家当主である特別1級呪術師の禪院直毘人。そして、禪院真希が特級呪霊のタコのような見た目の、漏瑚達と行動を共にしていた陀艮(だごん)と邂逅し、戦闘になったところからだろう。

 

 直毘人の術式で初撃は与えることができたが、花御を祓われた事に怒り狂った陀艮は、成長を遂げた。特級呪霊として存在していた陀艮はまだ呪胎だった。つまりは子供だ。外の皮を脱ぎ捨てて一気に成長した陀艮は、人型の姿となった。

 

 水を使った術式を使って攻撃を仕掛け、花御のように無から木を創るが如く水を発生させる。渋谷駅内を埋め尽くさん程の物量で攻めてくる。七海が全力で攻撃しようとびくともせず、HPが果てしなく多いという考えを抱くほど。後に、直毘人の投射呪法を使った速度で攻めていくのだが、陀艮に奥の手を切られた。

 

 

 

「領域展開──────蕩蘊平線(たううんへいせん)

 

 

 

 南国のビーチのような景色の領域に引き摺り込まれた3人。七海は領域に対する手を持っておらず、それは真希にも言えた。唯一直毘人が落花の情という、御三家に伝わる対領域対策を持っているが、陀艮が使う付与された術式『死累累湧軍(しるるゆうぐん)』に止められた。

 

『死累累湧軍』は際限なく湧き出てくる海棲生物の式神。その数は圧倒的なもので、しかも領域によって必中を与えられている。加えて、式神は当たるまでその場に存在せず、当たったと感じた瞬間にも迎撃しなければ、次の瞬間には噛み付かれて肉を抉られるのだ。

 

 必中を消せない七海と真希は苦戦する。現に式神によって肉を抉られたり、迎撃できても陀艮に隙をつかれて近接でダメージを負っている。直毘人も迎撃系の対策である落花の情を扱っている最中に、式神を使って意識を割かれ、攻撃を打ち込まれた。全滅の危機と言ってもいい。

 

 そこへやって来たのが、不完全ながらも領域展開を修得した恵だった。敵の領域に外側から入り込んで、密かに領域に同じ領域で穴を開けている。呪力消費が果てしなく、連戦で残りも少ない中での領域展開で限界が近いが、通りさえすれば陀艮の領域から逃げられる。七海は1級呪術師としての信頼を糧に、直接集合を掛けた。

 

 陀艮が気づいたときには、全員その開けられた穴に集合していた。これで逃げられる。そう思った時、外から中へ別の者が入り込んできた。縁に手を付いて勢い良く領域内に入り込む人影。それが3つ。恵、七海、直毘人、真希は驚きを露わにする。

 

 

 

「──────おい。俺が行くから待機と言っただろう。何故お前達も入ってきた」

 

「オマエ今術式使えねーンだから領域対策ねーだろ。俺がぱっぱと祓ってやるから見てろよ」

 

「えー。私龍已先生のカッコイイとこが見たくて♡。マダオは邪魔なんだけど?」

 

「温度差ひでーなオマエ」

 

 

 

「……ッ!?龍已さん!?」

 

「黒圓に……甚爾か!?」

 

「なんで零奈も居んだよ!?」

 

「……っ!クソッ……穴が閉じちまった……っ!」

 

 

 

 現れたのは黒圓班の3人だった。一切の躊躇いも無く、陀艮の領域の中に入ってきた3人は、中の美しいビーチのような景色を眺めて穏やかな場所だなと、見当違いなことを考えていた。目の前に特級呪霊が居るというのにマイペースにも会話をしている。しかし七海は気が抜けたように鉈を仕舞った。

 

 直毘人も、陀艮にやられて失った片腕の傷の応急処置に入り、真希は領域展開を続行している恵の傍に行って大丈夫そうか見ている。彼等は理解しているのだ。黒圓龍已と伏黒甚爾が揃ってこの場に現れた時点で、陀艮の運命が決まったことを。

 

 

 

「おーおー。ジジイは随分なやられよーじゃねぇか。もう死ぬか?遺産の金幾らか寄越せよ」

 

「フン。この場を退けたら幾らかくれてやるわ。儂個人からな」

 

「へぇ……やるじゃねーか。その言葉忘れンなよ」

 

「恵。あと10秒持ち堪えられるか?その間にアレは祓う(殺す)。反承司は恵達の事を守れ。甚爾、どうせお前は突っ込むんだろう。行くぞ」

 

「おっ任せあれー!♡」

 

「うっし。やっといい感じに動けるぜ。おう呪霊、俺にはオマエがどんな姿してっか見えねーが、今から殴り殺してやるから逃げんなよ」

 

 

 

 水面が爆発した。いや、爆発したとしか言えない強烈な踏み込みがあった。甚爾は口から吐き出した武器庫呪霊を体に巻き付け、口から3節棍を取り出して手に取った。龍已も同じく首に巻き付くクロから薙刀を出してもらい手に取る。

 

 走り出すための踏み込みだけで、爆弾が大爆発したとしか思えない水飛沫を上げて()()()疾走する。横並びになって駆けてくる2人に、陀艮は直感でマズいと悟る。あまりに速い。速過ぎた。50メートルくらいの距離を1秒と掛からず詰める足の速さに、考えるよりも先に式神を召喚した。

 

 足元から現れたのはウツボのような長い体を持った海棲生物。鋭い牙を見せながら人一人簡単に呑み込める口を大きく開けて、前から物量で押し込もうとした。横並びで走っていた甚爾と龍已が一列になった。甚爾が先頭に出て、3節棍を巧みに操り式神を細切りに打ち壊していく。背後の龍已は走っているだけだ。1匹も後ろへ来るとは考えていない。

 

 これではダメだと思って、跳躍して距離を取りながら硬度のある式神を召喚。ダンゴムシのような姿をした式神が来ると、今度は甚爾が後ろに下がって龍已が前に出た。柄が黒い薙刀の刃が領域の擬似太陽の光を浴びて妖しく光る。両手を使って体の周りを高速で振り回し、近づく式神を細切れに斬り刻んだ。

 

 恐ろしい切れ味と、武器を扱う腕。この2人は明らかに相手にするのは危険だと、本能とも言える警鐘が大音量で鳴った。恵の領域が必中を中和していることを邪魔に思う。必中さえあれば、武器を振り回すだけの2人を止められると考え、カジキのような先端が尖った式神を多く召喚して龍已と甚爾、そして反承司達の方へも飛ばした。

 

 

 

「来ます……っ!」

 

「チッ。あの2人見逃してんじゃねーか!」

 

「儂が1秒止めてやるから、その間に──────」

 

「あー、そういうの良いから。あなた達は私の後ろに居てくれます?前に出てこない限りは守ってあげますから、勝手な行動するなら自分の死には自分で責任を取ってくださいね。あと禪院……真希の方。見逃したんじゃなくて()()()()()()。勝手なもの言いはしないで」

 

「反承司さん……ッ!?」

 

 

 

 何故か龍已と甚爾は自分達に向かってくるもの以外の式神を無視した。その式神が自分達の方へ来たので、七海は鉈を構え、直毘人が残る左手を構えた。真希も持っている槍の矛先を式神に向けるが、その3人の前に堂々と出て来た反承司に叫ぶ。

 

 七海は虎杖とはそれなりに接してきていた。真人との一件があってから、顔合わせも何度もしているし親しい仲と言ってもいいだろう。だがそれ以外の生徒とは交流が無いのであまり知らない。忙しくて龍已との話なども出来ていないので、反承司の事もあまり聞いていないのだ。優秀な生徒がいるということは五条がペラペラと喋っているので知っているが、所詮はその程度なのだ。

 

 だから危ないと思ったのだ。真希はまだまだ弱く、反承司も同じ学生だ。此処は領域の中であり、向かってくる式神は20を超えている。明らかに1人で相手するのは厳しいだろう。倒せなくは無い耐久力だとしても、1人では確実に死ぬ。と、思ったのだが、反承司は余裕の態度を変えなかった。

 

 高専で彼女の術式を知る者は少ない。見ただけで解る五条。自分から明かした龍已。夜蛾学長。補助監督鶴川。これだけしか知らないのだ。そして今回で反承司の術式の強さを目の当たりにする。学生にして既に1級呪術師をしており、特級呪霊の攻撃を彼女ならば大丈夫だという考えから()()()()()()()()()()()任された反承司零奈の力。

 

 

 

反射(はんしゃ)呪法──────『不和(やぶれず)御前(ごぜん)』」

 

 

 

 式神から向けられる鋭い先端が、彼女を目前にして止まった。見たことがある光景だと、七海は思った。まるで五条悟のように、見えない壁で敵の攻撃を防いでいるかのよう。向けられた攻撃の一切を通さず、完全停止させる。

 

 式神が止まっている中、反承司は右手の人差し指を向けた。指先に黒点が生まれる。どこから生み出されたものなのか解らないそれは、全て式神が彼女に与えたものだ。反承司はそれを集めて、増幅させているだけ。その操作に呪力を使うだけで、別に彼女の攻撃そのものに強さがあるわけではない。

 

 小さな黒点は、感じる圧力と呪力を跳ね上げていき、反承司の足元の水を退けさせた。異質。明らかな異常。式神が止まった状態から再び動き出して攻撃してくるよりも先に、反承司が溜めておいた衝撃の塊が解放された。

 

 

 

「お前達が寄越した衝撃を倍々に増幅させてやったから消し飛んで死ねよ──────『反衝(はんしょう)』」

 

 

 

 衝撃の反射。受けたものを返すだけの力。式神から与えられた全エネルギーを術式で受け止め、更に反射し続ける。与えられた力に反承司の返す力を上乗せしてまた反射させると、1度行う度に反射される力は大きくなる。反承司はそれを1度に約2倍近く膨れ上げさせる事が可能となり、集めて増幅させた衝撃を黒点にして纏めた。

 

 膨大な衝撃のエネルギーを小さな黒点にしたことで、衝撃は内部で圧縮される。それに方向性を持たせて解放すれば、想像を絶する衝撃が生み出されるのだ。よって式神が粉々に吹き飛び、勢い余って甚爾と龍已の背に向けて飛んでいく。

 

 しかし、それが来ると解っていたのか、今まで走っていた速度を更に上げて、衝撃の速度に合わせて自身の速度を加速させる。瞬間、2人の姿は消えたようにも見え、一条の残像にしか見えない線を描いて陀艮の元まで一直線で走り抜けた。

 

 先頭に行った龍已が擦れ違い様に陀艮の両腕両脚を落とした。七海の鉈でも斬れなかった肉体を易々と斬り裂く。そして後からやって来た甚爾が腰を捻って大きく振りかぶり、強靱な筋肉にみしりと軋ませながら力の限り3節棍を振った。

 

 甚爾が持っている3節棍。名を『游雲』という。特級呪具の中でも術式を持たない特殊な呪具で、その代わりに一撃の破壊力は持つ者の膂力(パワー)に依存される。人知を超えた超人の肉体を持つ甚爾の、腰を入れたフルスイングは、腕や脚を斬り落とされて宙に浮かぶ陀艮の顔面を捉え……一撃で消し飛ばした。

 

 

 

「おらよ、特級呪霊ホームランだ」

 

(ボール)が飛んでいかなかったから失格だな」

 

「つまんねーこと言うなよ」

 

「それよりも甚爾お前、最後をやりたくて態と速度を落としただろう」

 

「あ?いいだろ別に。ちとそこのジジイから金巻き上げるだけだ。その証拠だ、証拠。俺が最後ぶん殴って祓ったんだから」

 

「お前は本当に……はぁ。もういい。特級程度の祓除実績なんぞ今更要らん。……反承司、良くやったな」

 

「うぇへへ。褒められちった……褒められちったっ!♡」

 

()()()は中々だったな。もうちっと早くても良かったが」

 

「は?だったら使わないで勝手に走ってろよ」

 

「龍已との落差がひでーんだっつーの」

 

 

 

 領域が破壊される。それが意味するのは、術者の完全な死。陀艮が祓われたということだ。必中効果を消すために呪力を振り絞っていた恵は大きく息を吐き出した。荒い息を繰り返して真希に心配されている。領域展開はそう軽々と使えないくらいの呪力消費を強いられる。恵の呪力では1日1度が限度だろう。

 

 元の景色に戻り、陀艮の体が崩れていくのを見届けた七海は深く息を吐き出した。あれだけ苦戦させられた特級呪霊を、こうも簡単に祓ってくるのは思いの外心にくるが、この人達ならば普通のことだと思えばいつもの調子に戻ってくる。傷が深いところもあるので、あまり無理して動けないが、家入の所に行って治療を受ければまた戻って来れるだろう。

 

 取り敢えず危機は乗り越えたとホッとしていると、龍已が何かに反応した。ピクリと指先が反応し、突然顔色が悪くなる。血の気が引いているのか真っ青だ。いち早くそれに気が付いた反承司が近寄って心配するが、その言葉は全く耳に入らない。

 

 恐る恐る……龍已は後ろを振り返った。そこにはある者がゆっくりと近づいていた。

 

 

 

「どういう……事なんだ……何故……あなたが……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍已と甚爾が陀艮を祓う少し前のこと、七海班の猪野は虎杖と恵と協力して渋谷に入れるように呪術師を通さない帳を解くべく呪詛師と戦った。虎杖と恵はあべこべの術式を持った呪詛師を倒すことに成功したが、猪野はもう1人の呪詛師に手こずった。

 

 相手は老婆だった。数珠を両手で持って何かを唱えている。傍には孫と呼んでいる若い男が居た。孫は大した強さをしていないが、老婆を傷つけまいと動くので邪魔だった。そして老婆……オガミ婆は孫にあるものを飲むように言った。カプセルを飲んだ孫は姿を変えていく。

 

 

 

「■■■■■──────『黒圓忠胤(こくえんただかず)』」

 

 

 

 一子相伝の流派を代々継承していく黒圓一族。その生き残りである黒圓龍已の実の父。黒圓忠胤が再び現世に現れた。猪野は誰かも解らず術式を発動して忠胤を攻撃しようとした。だが術式を使う前に、彼の四肢の骨は粉々にへし折られていた。

 

 瞬きもしていない、一瞬の出来事。何が起きたのかも、何をされたのかも解らない刹那の攻撃によって猪野は戦闘不能になってしまった。後に虎杖と恵に回収されて家入の元へ運ばれるが命に別状は無い。

 

 

 

「ど、どどどどどどどどどうするお、おおおおお婆ちゃん?」

 

「孫はこのあと適当に呪術師を殺していけ。黒圓一族の力を見せてみぃ」

 

 

 

「──────呪詛師風情が()()黒圓に、上からモノを言うな」

 

 

 

「──────ッ!!!!」

 

 

 

 オガミ婆は80を超えている歳を感じさせない動きでその場から離れた。対峙するのは黒圓忠胤。しかし、オガミ婆が降霊術で降ろしたのは肉体の情報だけ。魂の情報は一切降ろしていない。このような事になることを避けるためだ。だから絶対にやらないようにしている。

 

 しかし対峙する男は、孫の着ていた服を掴んで引き千切り、傷だらけの鍛え抜かれた肉体を晒した。首をごきりと鳴らし、拳を構える。それだけで、オガミ婆は生まれてきたことを後悔した。それだけのナニカを、忠胤の拳から感じ取った。

 

 

 

「術師を殺せと言ったな?──────貴様も術師だろう。死ね」

 

「待っ──────」

 

 

 

 血飛沫が舞う。オガミ婆の頭は殴打の一撃で完全に消し飛んだ。頭の無くなった体が崩れ落ち、忠胤はそれを石を蹴るつもりで蹴っ飛ばした。胴体が真っ二つになって宙へ弾き飛ばされる。人間というものに何とも思っていない。いや、呪詛師を人間と思っていないのだ。

 

 手の感触を確かめるように、オガミ婆を殴り殺した右手を開閉している。そして最後にぎちりと握り込むと、足場を粉砕しながら大きく跳躍してその場を後にした。そして彷徨うこと数十分。龍已の前に現れた。

 

 

 

 

 

「さあ龍已──────俺をお前の手で殺してくれ」

 

「父……様」

 

 

 

 

 

 黒圓一族最後の生き残り、黒圓龍已は実の父、黒圓忠胤との再会を果たす。ただしその再会は、決して綺麗なものではなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 






Q・展開早くね?

A・原作のところなぞったらマズいでしょ?だから要らないところは飛ばして、メインだけやります(渋谷事変長過ぎ)




花御

ボチュン。




夏油傑(偽)

脳味噌取り替えると体を転々とすることができるクソ野郎。

読者からはメロンパンと呼ばれている。メロンパンみたいな本体してるから。




五条悟

封印された。ヤッタね!(全然良くない)

1000体以上の人造人間じゃなくて、漏瑚とか真人祓ってれば渋谷事変もっと簡単に終わってた。ちょっとやらかしたね。脹相死んじゃうけど。




七海

五条が封印されたことを虎杖から聞いたとき、は?って思ったけど、何やってるんですかあの人……と呆れた。まだ余裕がある。それは黒圓龍已が居るから。

虎杖のように特殊な状況に身を置いて五条の我が儘で助けられている者達はかなり危ない状況になってしまったが、日本が終わることはないと思っている。なので心に余裕はありつつ、五条救出に動いた。




伏黒恵

未完成の領域展開で陀艮の領域に穴を開けて逃げようとしたが、まさかの穴から龍已達がイン。普通に驚いた。10秒必中効果を消していたら、特級呪霊の頭が飛んでいた。君の父親だよやったの。

まさか甚爾が助けに来ると思わなかったし、助けられたことに苦々しい表情をしている。これ絶対後で煽ってくんだろ……と面倒くさそう。




反承司零奈

反射呪法という術式を持っており、物理や術式を反射することができる。しかし反射するには飛んでくるだけの原理を理解して訪れるだろう衝撃の強さを速度や大きさから緻密に演算しなければならない。間違えると反射されずに素通りしてくる。

なので反承司にはそれを即座に計算できる頭の良さを求められる。なので彼女は毎日欠かさず勉強をして地頭を良くする特訓をしている。

式神が突っ込んできたのに反射されて吹き飛ばないのは、衝撃をそのまま反射するのではなく、衝撃のエネルギーを別の所に持っていって反射させ続けて黒点のエネルギーにしていたから。つまり反射されず力は0になる。よって反射で吹き飛ばなかった(ガバガバ理論)

反射できるのは物体があるものだけなので、散布された毒や目に見えず計算できない空気の衝撃などは反射できない(演算できれば可能)。龍已の呪力弾も、見た目と威力が比例していないので無理(これはマジで無理)。

術式の反射にはかなりの呪力が必要とされるが、豊富な呪力を持っているので今のところ枯渇したことはない。




伏黒甚爾

游雲をフルスイングして陀艮の頭を消し飛ばした。追い風ならぬ追い衝撃を受けながら超速度で擦れ違い様に腰を入れて本気でぶん殴ったので、破壊力はマジでゴリラが泣くレベル。

当然のように水の上を走る。陀艮に向かって疾走しているときは、短距離走で隣を走る奴に勝とうとする気持ちだった。結局式神向けられて有耶無耶になった。




黒圓龍已

反承司と甚爾を連れて、帳の内側に入った後は改造人間と呪霊を祓いまくって移動していた。七海達の方へ来たのは、陀艮の領域展開の呪力を感じたから。無理矢理中に入ろうとしたが、ちょうど恵が穴を開けたので中に入った。

甚爾と同じく水面を当然のように駆ける。使っていた薙刀の呪具は1級程度。呪力を込めて使っていただけ。切れ味がヤバいのは使い手の技量がヤバいから。




オガミ婆

アイドル大好きのドルオタ。連れていた孫は本当の孫じゃない。昔に攫ってきた子供を育てて孫にした。他にもそういう奴が何人かいる。

扱うのは降霊術。対象の体の一部を取り込ませる事によって肉体の情報と魂の情報を憑依させることができる。




黒圓忠胤

昔に呪詛師によって殺された龍已の父親。降霊術によって一時的に蘇った。




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第五十二話  ある少女の事情



最高評価をしてくださった、ただのメガネ アミジャガ5 さん。

高評価をしてくださった、Nagato itika さん。ありがとうございます。




 

 

 

 

「龍已──────お前の手で俺を殺してくれ」

 

「父……様?」

 

 

 

「なんで……こんな所に黒圓龍已の父親が……ッ!?」

 

 

 

 陀艮を打ち祓った一行が出会ったのは、傷だらけの上半身を晒した筋骨隆々の男だった。七海や直毘人は首を傾げている。真希も誰なのか理解していないし当然恵も知らないので反応は薄い。しかし龍已と反承司は違った。

 

 まだ子供の頃だった話。ある日突然自身が留守中の家に呪詛師がやって来て父親と母親を殺された龍已。激しい怒りと恨み、怨念を携えて裏の世界へ入ることを決意した日。忘れもしない、黒い死神がこの世界に誕生した日である。忘れるわけが無い。

 

 そして反承司。彼女が何故、龍已の両親を目にして驚きを露わにしているのか。不思議な発言も密かにあった反承司は、黒圓忠胤を視認した瞬間、()()()()()生を受けた自身の3()5()()()()人生をフラッシュバックさせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────反承司零奈の()()()()()()記憶。

 

 

 

「──────やった!更新されてる!んふふっ」

 

 

 

 私、█████は歴とした日本人だった。都会とも田舎とも取れない微妙な町で生まれて育ってきた。友人もそれなりにいて、毎日を普通に過ごしていた。普通じゃない人って社長の息子や娘だったり、ラブコメ主人公みたいなハーレム鈍感のような奴の事でしょ?なら私は普通の高校生だったよ。

 

 実家は定食屋さんで、お母さんとお父さんが作るカツ丼がとても人気だった。かく言う私も両親の料理が大好きで、ついつい食べ過ぎてお腹周りのお肉が気になって泣きながらダイエットした覚えがある。うん。今では良い思い出だね。今はパーフェクトボディだけど。しかも太りづらい体質。はーっ、私勝ち組っしょ!(割と)

 

 普通の私は、高校が終わったら親しい友達と放課後に遊んで、ゲームセンターのUFOキャッチャーでキャーキャー言ってた。割と青春してると思う。顔立ちもまあ悪くないし、今と同じように胸も中々大きかった。だから性欲の権化な男子高校生には良い提供(隠語)になっただろう。告白されることもあった。

 

 けど、私は断った。言ったらヤバイ奴かも知れないが、私はある作品のあるキャラにドはまりしていた。世間を震撼させた呪いがテーマのダーク現代ファンタジー『呪術廻戦』。ある日呪いの王両面宿儺を食べて裏の世界に入門する主人公のあれやこれやだ。作者は本当に読者(こちら)のメンタルボコ殴りにするのが好きで、良いキャラを普通に殺す。てか、面白くするために良いキャラ殺してる。

 

 これまで普通のファンタジーやら、ちょっと逸れて恋愛の小説や漫画を読んでいた私には手の出し辛い作品だったが、とても面白かった。次は次は!?とドキドキしていたのは今でも覚えてる。原作は面白い。時系列ガバってるところとかあったが、総じて面白かった。でも、私はそれよりも好きなものができた。

 

 

 

 ──────二次創作。

 

 

 

 原作が出ているものを自分なりの想像で弄って作品を書いたもの。人気であれば人気であるほど、二次創作の数は増えていく。呪術廻戦も例に漏れず二次創作が流行った。私もその二次創作を読み漁ったものだ。その中で1つ、気になったものを目にした。

 

『黒い死神』という、如何にも厨二なあれが目立つ題名をした二次創作だった。ふーんと、最初は軽く読んだが、それなりに内容は詰めているようだった。取り敢えず主人公が呪力量ヤバくてエグいってことと、近接強いのに術式遠距離という遠近両用タイプという、まあ強い系のありがちだと思った。

 

 でも、最初はそんな主人公が呪霊祓って、原作にちょっと関わってって感じだったところから、一気に主人公の過去編に飛んだ。一子相伝の流派を継承する事以外、多才なだけであとは普通の主人公黒圓龍已。しかしその過去は壮絶だった。見ていて痛々しい。

 

 

 

「えっ……両親殺されてたの?呪詛師に……?……………。」

 

 

 

 常に無表情のスナイパーキャラ。あの五条に強さに対して絶大な信頼を抱かれている頼れる先輩。そんな彼の過去は、やはり無表情から始まった。日々、暴力という言葉では表せない鍛練を積み重ね、背中を除いて生傷が絶えない。幼稚園児でそれだ。小学校に上がってからは尚更鍛練の難易度が跳ね上がっていた。

 

 呪霊に殺されるキャラよりも、鍛練の方がよほどヒドい。人間にやる鍛練ではなかった。それを当然だと思い受け入れ、行っている黒圓龍已はイカレているのだろう。そして傷だらけの体と、どんなことが起きても動かない表情。そして普通の人には見えないものが見えるという発言。

 

 善悪の区別がついていない子供は、黒圓龍已を虐めた。話し掛けても無視をしたり、足を引っかけたり、掃除を押し付けたり、教科書を隠したりと様々なことをされていた。彼に話し掛ける者なんて全くと言って良い程居なくて、無表情と子供ながら流暢な大人のような話し方や考え方な、取っつきにくさを覚えた担任の教師でさえあまり干渉しなかった。

 

 

 

「子供なのに……まだ小学生になったばかりなのにこんなに……何も悪いことしていないのに……っ!」

 

 

 

 呪霊は一般の非術師には見えない。触れても触れていると認識できない。けど攻撃はされるし、憑かれる。肩の痛みを訴えたり突然の腹痛も主にそれだ。学校は負の感情を集めやすいので呪霊が発生するのだ。黒圓龍已はそれを誰かに教えて、憑かれている人を助けようとしたのだろう。優しいなと思う。でも、他の子には見えないから、意味の解らないことを話す変な奴というレッテルを貼られた。

 

 それでも黒圓龍已はめげず、人知れず呪霊が憑いた子達を助けた。虐めてきた子達のことも助けてあげていた。教室ではいつも1人。家に帰るのも1人。家に着けば、厳しい鍛練が待っているが、両親の笑顔と優しい言葉に嬉しさと温かさを感じていた。彼はどんなに酷いことをされても言われても、幸せだった。

 

 学校で孤独になりながらも、テストでは必ず優秀な成績を収め、身体能力は小学生で既にアスリートのそれを大きく上回っていた。そんな彼に親友ができたのだ。呪いが見えない非術師の親友3人と、彼が後ほど使うようになる呪具を造る呪具師の家系の親友1人。4人も親友を手に入れた。

 

 それからの黒圓龍已の毎日は光り輝いていた。家には大好きな両親が。学校では仲の良い親友達が。その他から敬遠されようが、そんなことはどうでも良かった。幸せに幸福がやって来る。彼は毎日が楽しかった。その頃だろう。この二次創作を書いている人の友人に、絵を描ける人がいて、違うサイトで漫画バージョンをアップし始めたのは。私は当然飛び付いた。過去編を見てからどっぷりハマってしまっていたから。

 

 

 

「うぉっ……カッコイイ……寡黙な感じだ……えっ待ってすごくイイ。無表情も合ってるじゃんヤバくね?ハイ推し」

 

 

 

 うん。推しになった(早い)。だってカッコイイしイイんだもん仕方なくね?大人になった黒圓龍已は基本的に自分の話をしない。呪術師の等級の話すらしないのだ。だから初見では特級呪術師だと思わない。訊ねられたら答える程度だ。そういうところもカッコイイ。この頃の私は最高に輝いてたと思う。もう黒圓龍已が好きすぎたのだ。

 

 なんだったら人形の作り方を調べて夜蛾学長みたいにチクチクしてた。カワイイ黒圓龍已人形作ったら部屋に置いて寝るときに抱き締めてたし、筆記用具の筆箱にも付けた。高校のバッグにも装備済み。死角は無い。

 

 二次創作の作者の友人さんは、絵が爆裂に上手かった。もう原作と間違うレベルのものを寄越してくるので、小説の方の更新と漫画の方の更新を待って毎日をドキドキに過ごしていた。偶に2ヶ月とか更新されない時があってエタったかな?と焦った事もあったが、更新された時はマジでやばい。発狂して両親に怒られた。……てへぺろ(白目)

 

 その日その日に気分が変わって色々なものに手を出して極めるのカワイイし、服を決める時に結局黒くなるのカワイイし、ナンパされると無表情で困惑するのもカワイイ。兎に角推しがはちゃめちゃに仕事した。仕事しすぎて人形作りまくった。

 

 黒圓龍已の過去は中々に重い。小さい頃は無表情と呪霊が見える所為で虐められたし、両親は呪詛師に殺されて一時期危ない感じになった。それを親友達が癒しつつ、裏の世界に入った。題名にある『黒い死神』として生きて、仇である呪詛師を片っ端から殺す主人公。誰からも褒められず、讃えられず、恐れられ恐怖されるだけ。でも彼は、生き続けた。

 

 夜蛾に見つかって高専に入ったり、星漿体の護衛に於いて伏黒甚爾を()()()()、色々あった過去が明らかになり、ほんのりと家入硝子との恋愛も描かれる。黒圓龍已の同期2人が死んだ時は私も泣いた。クソ泣いた。てっきり巌斎妃伽がヒロインだと思ってた。めっちゃ好きで姐御って勝手に呼んでた。

 

 毎日毎日、この作品を読み漁る日々。何だったらセリフの一語一句まで覚えてる。けど、そんな毎日に突然の終止符を打たれた。よくファンタジーとかで見かける、良く解らんトラック衝突事故。それは略してトラ転とか呼ばれるけど、アレを私もやられた。てか、祈本里香みたいに頭潰されて死んだ……と思う。即死だし。潰される瞬間のタイヤを見て終わったから(寒気)

 

 

 

 

 んで──────呪術廻戦の世界に転生しましたと。

 

 

 

 

 おっと?これは死んだか?2度目の死即来ちゃう??だって死亡してなんぼの世界よ?主人公の虎杖悠仁でさえ2回死ぬからね?私なんて1発じゃね?と思った。ん?何で呪術廻戦の世界って解ったかって?生まれて目が見えるようになって最初に見るのがこの世界の両親の顔より呪霊の汚ぇツラの時点で呪術廻戦だろうがよ。舐めてんのか(豹変)

 

 呪霊が見える。意識もしっかりしてるし、原作も覚えてる。二次創作の黒い死神だって覚えてる。てか、それは意地でも忘れねーから。忘れてたら神様ぶっ殺しちゃうぞ♡

 

 それから私はやることを決めた。大体の呪術廻戦の二次創作は原作に何かしら関わる。高専に入ったり虎杖悠仁達植物トリオの同期だったり。西暦を調べたら確実に虎杖悠仁達の2つ上だと判明したので、やることを原作に関わるではなく()()()()()()()()()に絞った。それ以外はどうでもいい。

 

 そう。そうなんだよ。()()()()()()()。渋谷事変の時に、あることをして呆気なく。後のことは五条悟や主人公組などに任せて、あれだけバグキャラとして存在していた男は死ぬのだ。二次創作書いてる作者、マジ私のこと嫌いか?って思ったね。だって普通に殺すし、前兆無いんだもん。私トラックに轢かれて死ぬより心臓止まって死ぬかと思った。

 

 

 

「反承司さん……その、好きです!付き合ってください」

 

「は?無理だわ。つかお前誰。知らないし興味ない。それより私それどころじゃないから」

 

 

 

 この世界に生を受けてから、私はよく告白された。幼稚園生の時から始まり、小中とめっちゃ告白された。まあ、いずれ会う黒圓龍已のために自分磨き超したし、胸も大きいし、顔可愛いし当然だよね。でも興味ない。前世でも恋愛なんて別にしてこなかったけど、今回はもっと要らない。

 

 こっちは黒圓龍已救済すんのに忙しいんだよ。ふざけんなよモブキャラうっぜぇ。おっと、口調が巌斎妃伽姐御みたいになっちゃった。ごめんちゃい♡(煽り)。

 

 私の術式は、どこぞの悪党みたいなもんだった。オートでは出来ないし、演算すんのマジゴミクソ怠いけど、鍛えれば鍛えるほど強くなることは確信していた。だから勉強頑張った。好きくない勉強ちょーがんばりましたぁ……。だって頭良くないとこの術式使えねーし。素通りしてきやがるし。1回ミスったら死ぬやろうがい!いい加減にしろッ!

 

 まあ私が高専に入るまでやったことは、毎日を勉強と術式訓練に割り振って頑張ったって感じ。その弊害が友達0と恋愛0に繋がったけど、黒圓龍已救済のためならいくらでも捨てるわ。処女は捨てねーけどな(聞いてない)。私、黒圓龍已を脳内で神格化して処女誓ってるから舐めんなよ(妄信)。

 

 クソみたいにピーキーな術式を使って特訓して、特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して特訓して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して勉強して……やっと高専に入れた時はホント疲れてた。マジ呪詛師堕ちも目の前じゃね?って思った。

 

 

 

「──────見つけた!やべぇ生黒圓龍已だ!生の黒圓龍已が目の前に居るッ!超テンション上がるっ!ツーショット……の前に抱き付かせてーっ!」

 

「……っ?」

 

 

 

 まあ秒で消えたけどね?もう本物見た瞬間体が動いてたわ。最高速度で抱き付きに行ったもん。本物はね、ヤバいよ?超良い匂いするし体温かいし、生きてるんだって解るから。死んでないって思うとさ、今までやって来たことをこの先で使えるんだって感じて目頭に来るよ。泣きかけたもん。

 

 あ、何でこの世界に二次創作の黒圓龍已が居るか解ったかって?私が呪術廻戦の世界に転生するのに黒圓龍已が居ない世界線なわけないじゃん(狂)。転生した瞬間に解ったよ(狂)。んでもしも黒圓龍已が居ない世界線だったらガッカリ感がハンパないから普通に自殺するしね(狂)

 

 黒圓龍已……龍已先生は生で見るとマジカッコイイし、大人の男って感じだし、デートは最高に楽しい。会話をすれば、触れ合えば、訓練すれば、眺めれば、一緒に居れば、尚更この人を死なせられないって思った。だから術式磨きを欠かさなかった。

 

 

 

 

 だから……だから……()()()()()()()()()()()()()、最大の危機感を抱かずにここまで来ちゃったんだ。

 

 

 

 

 私は百鬼夜行で龍已先生が東京校を守れないか聞いた。それはあのクソメロンパン野郎を確実にぶち殺してもらうためだ。五条悟はダメだ。絶対夏油傑の死体を処理しない。けど龍已先生なら確実に火葬する。そうしないとあのクソ羂索(けんじゃく)が、龍已先生が死ぬ原因の1つになっちゃうから。

 

 けど言えなかった。東京校に移れないかとまでは言えたけど、そこから先の理由は無理だ。だってなんて説明すればいい?予知できる?五条悟に術式見破られてるし、ただでさえ()()()()()()()()。転生しましたー、あなたはもう来年にはメロンパンが原因で死ぬので夏油傑の肉体は粉微塵にしてくださーいって言う?嫌だよ。龍已先生に変だと思われたら自殺する。

 

 転生者だって、まさかここまで言えないものだとは思わなかった。知らなかった。けど、私は転生者。本来この二次創作世界にも居ないイレギュラーで、少し先の未来を知ってる。なら、メロンパンに呪霊操術盗られても大丈夫。だって、龍已先生は私が死なせないから。

 

 二次創作の原作に沿って物語は展開されている。伏黒甚爾というクソうざマダオゴリラが生きているのは少し謎だったけど、それ以外は概ね原作に則ってる。本当は龍已先生の同期2人の救済もしたかったけど、子供過ぎて行けなかった……。

 

 そうやって悩みつつ、術式を磨くこと十数年。生黒圓龍已に会って決意を確固たるものにして2年。私はとうとう渋谷事変に突入した。運良く黒圓班に入れたので救済は確実だ。勝ったも同然。あとは離れることなく、その時を待つだけ。……の筈なのに。

 

 

 

「父……様?」

 

「お、おおお俺を殺ししししこここ殺してくくくくれ」

 

「どういう……ことだ……何故父様が……ぐッ!?」

 

 

 

「なんで……?なんで此処に黒圓龍已の父親が出てくんの?だってここには伏黒甚爾が……出て…………ッ!!!!」

 

「あ?俺が何だって?つか、龍已が吹っ飛ばされたぞ。誰だアイツ」

 

 

 

 ──────そうだ……伏黒甚爾は生きてる。だから伏黒恵と会って戦うことが無いんだ。じゃああの降霊術のババァはなんで黒圓忠胤を降ろせた?だって龍已先生の両親は……ぁ……そうだ。龍已先生は殺された両親の処理をせずに天切虎徹の家に行ったんだ。呪術界で知ってる者は黒圓を知ってる。まさかあのクソババァはそれを知って……?なんて奴ッ!龍已先生の父親の死体を弄くりやがったのかッ!多分ババァは殺されてる。黒圓忠胤が暴走しているのを見れば何となく伏黒甚爾に似た状況になったんでしょ。けどそれこそなんで?黒圓忠胤はフィジカルギフテッドの天与呪縛なんて持ってないから魂を肉体で凌駕できないはず。どうやって術者のババァに抗って殺したの?ダメだ解らない。解らないけど、黒圓忠胤は()()。あの龍已先生が接近を赦して殴打1つで吹っ飛ばされた。

 

 

 

 突然現れた父親の存在に、龍已先生は動揺して体を硬直させてた。その隙を突いたのか、黒圓忠胤が動いた。私の目では捉えきれない速度で、龍已先生に肉薄して殴打を打ち込んだ。腕を使って防御したのに、あの龍已先生が後ろに吹っ飛ばされた。踏み込んでた足元の床が粉々になって蜘蛛の巣みたいに亀裂が入ってる。どんな力が加わったらそんなことになるのか見当がつかない。

 

 呪力で肉体を強化しているなら、コンクリートの壁を素手で壊しても別に何とも思わない。けど、一般人で非術師だった筈の黒圓忠胤が、呪力で守って踏ん張った龍已先生のことを吹き飛ばすのは異常だ。もしかして、黒圓無躰流はそれすらも可能とするの?恐ろしすぎて知りたいようで知りたくない。

 

 壁をぶち破って外に出て行ってしまった龍已先生を追って、黒圓忠胤も出て行った。急いで破られた壁の方に駆け寄って外を見ると、もう2人は米粒のように小さくなりながら近接で戦っていた。あの龍已先生と殴り合えるのは伏黒甚爾くらいだと思ってたけど、黒圓忠胤はその更に上を行く。攻撃をさせない猛攻を繰り出していた。

 

 けど、大丈夫。龍已先生なら必ず勝つ。呪力もあるし、反転術式で傷を癒せる。だから負けることはありえない。そう思った瞬間、私の頭の中に警鐘が鳴り響いた。何かを忘れてる。重要な、絶対に忘れてはならない事を。気になった私はその場で考える。伏黒甚爾が何か話し掛けているけど無視する。

 

 何だ。何を忘れてる?何を見落としてる?私らしくもない。思い出せ。思い出せ思い出せ思い出せ思い出せ思い……出せ………。

 

 

 

実はですね。ちょっと考えていた部分がありまして。結局出さなかったんですが、もし伏黒甚爾が生きていてオガミ婆が黒圓忠胤を降霊して、龍已がそれを殺した場合、未完成の完成体が完全に完成する……なんて状況にしようとしたんですよ。あ、黒圓龍已が完成してたら終わってましたよ、色々と。だって無理ゲーが無理になりますから笑笑

 

 

 

 何だろう。嫌な予感がする。思い出さなくちゃいけないはずなのに、思い出しちゃいけない気がする。

 

 

 

実はですね。ちょっと考えていた部分がありまして。結局出さなかったんですが、もし伏黒甚爾が生きていてオガミ婆が黒圓忠胤を降霊して、龍已がそれを殺した場合、未完成の完成体が完全に完成する……なんて状況にしようとしたんですよ。あ、黒圓龍已が完成してたら終わってましたよ、色々と。だって無理ゲーが無理になりますから笑笑

 

 

 

 もう頭が勝手に思い出そうとしていた。嫌だと思っても、聡明になった脳が前世の思い出を掘り返す。

 

 

 

実はですね。ちょっと考えていた部分がありまして。結局出さなかったんですが、もし伏黒甚爾が生きていてオガミ婆が黒圓忠胤を降霊して、龍已がそれを殺した場合、未完成の完成体が完全に完成する……なんて状況にしようとしたんですよ。あ、黒圓龍已が完成してたら終わってましたよ、色々と。だって無理ゲーが無理になりますから笑笑

 

 

 

 嫌な予感は悪寒として体を奔り、鳥肌がぶわりと立った。冷や汗が顔中に掻いていて、もう引き返す事なんてできやしなかった。

 

 

 

『実はですね。ちょっと考えていた部分がありまして。結局出さなかったんですが、もし伏黒甚爾が生きていてオガミ婆が黒圓忠胤を降霊して、龍已がそれを殺した場合、未完成の完成体が完全に完成する……なんて状況にしようとしたんですよ。あ、黒圓龍已が完成してたら終わってましたよ、色々と。だって無理ゲーが無理になりますから笑笑』

 

 

 

 二次創作の作者がポツリとあとがきに残していたちょっとした曝露。当時はへーそうなんだと軽い気持ちで読んだが、今は違う。伏黒甚爾は生きていて、降霊されたのは黒圓忠胤。言われた通りのものをなぞっていて、彼等は殺し合いを始めてしまっている。

 

 未完成の完成体。黒圓龍已。それが完成した時は、終わる。何が?そんなもの決まってる。()()()()終わるってことだ。五条悟もたった1人で世界中の呪術師も非術師も殺せる。なら黒圓龍已は?……殺せる。今でも最強に近い最凶の男が、まだ完成していないのだとしたら、完成したら誰も手が付けられない。

 

 

 

「お……て……」

 

「あ?小さすぎて聞こえねぇ。というよりさっさと移動すんぞ。人造人間さっさと殺して腹拵え──────」

 

 

 

「──────追いかけてッ!!!!龍已先生を今すぐ追いかけてあの男を殺させないでッ!!あの人()殺したら……殺したら……龍已先生が龍已先生じゃなくなっちゃうッ!!!!」

 

 

 

「……は?」

 

 

 

 私は走った。後ろで私の大声に驚いて固まっている連中を置いて。ひたすら走った。詳しいことは解らないけど、ダメだ。二次創作の作者が言うくらいの終わりが、龍已先生の手によって齎される。最早私の原作知識なんて意味ない。ここからは私の知らない物語。

 

 

 

 

 

 私が、私自身の所為で狂ってしまった誰の目にも映ることが無かったもう1つの物語が、進められようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こ、ここここ黒圓無躰流──────『刈剃(かいそ)』」

 

「……ッ!くッ……父様待ってください。俺はあなたを殺したくは──────」

 

「黒圓無躰流──────『切空』」

 

「……っ。クソッ。黒圓無躰流──────『刈剃(かいそ)』」

 

 

 

 頭を狙う最速最短の蹴りを右腕で防御する。呪力を纏った龍已の肉体にミシリと食い込む打撃。下手な刃物ですら肌を通さないし痛みすらも無いというのに、呪力を持たない非術師である筈の忠胤の打撃は龍已に少量とはいえダメージを与えていた。対人戦でダメージを受けたのは何年ぶりだろうか。

 

 何の因果かまた再会できた父を手に掛けたくない。それは当然の思いだろう。愛する家族だ。何よりも大切にしていて、ある日突然失ってしまったものだ。それが目の前に居るというのに、その父は自身のことを殺すつもりで黒圓無躰流を使ってくる。

 

 その昔、呪術全盛の時代から存在する黒圓無躰流は、その近接面でのあまりの強さから呪術師が幾人も葬られてきた。呪力や術式を持つ者が、武術を使うだけの非術師にだ。明らかな力の差がありながらも、黒圓無躰流はそんなことは関係無しと突き進んで悉くを殺した。

 

 いつしか、黒圓無躰流は無意識の内に呪いをも超える力を身につけていた。呪いによる防御を貫通する特殊な打撃。龍已の鋼よりも硬い強化された肉体にダメージが入ると言えば、それがどれだけの力を持っているか伝わるだろう。

 

 跳び上がり、全力の踵落としに対して最速最短の蹴りを上に向けて放つ。脚が衝突し合い、龍已の体を支えているもう一方の脚の足元が粉々に砕ける。非術師からの踵落としを受けただけで、周囲50メートルのコンクリート道路が捲れ上がった。衝撃が脚に伝わって痛みがやって来る。

 

 それは相手も同じどころか、本来の龍已の『刈剃(かいそ)』ならば、蹴りで物体を刀で斬ったように両断できる。それだけの威力は黒圓無躰流1000年以上の歴史の中でも殆ど見られず、切れ味と威力は歴代でもトップだった。ならば当然、蹴りを当て合った忠胤の脚が斬れてもおかしくないのだが……健在。

 

 威力がどうのではない。龍已が本気で蹴りを放てる筈がないのだ。まだ心の整理すらついていないこの状況で、心の中がぐちゃぐちゃになっている今、襲ってくるからと即座に殺せる訳が無い。何せ、忠胤から感じる気配が、昔の父そのものであると語っているのだから。

 

 

 

「黒圓むむむむ無躰流──────『蛇功(だかつ)』」

 

「黒圓無躰流──────『浮世』……ッ!!」

 

 

 

 向けられる攻撃を気配の察知と合わせながら避ける技が、蛇のように捻じ曲がりながら追い掛ける拳に破られる。固く握られた忠胤の拳が龍已の顔面を捉えた。頬に食い込み、鉄よりも硬くなるよう鍛えられた拳が捻られながら打ち込まれ、振り抜かれる。呪力による防御で少しのダメージだが体勢が崩れた。

 

 拳を打ち込んだ忠胤は、打ち込まれた龍已に接近する。距離は取らずひたすら前進あるのみ。相手の体勢を崩すなり緩急を付けるなりして隙を作り徹底的にそこを叩いて必ず追い詰め殺す。体勢を崩された龍已の腕を取り、関節を決めながら背負い投げる。

 

 

 

「黒えええ圓無躰流──────『飜礙(はんがい)』」

 

「づ……ッ!」

 

 

 

 関節を決めたまま背負い投げられ、途中で腕から板を割るような音が何度も響いて激痛が奔った。上腕から前腕に掛けて16箇所の骨折。その後、地面に叩き付けようとしたが、その寸前で龍已は脚を着地させた。またしても地面に亀裂が入る。背中から落とされれば呼吸困難どころの騒ぎではなかっただろう威力。

 

 関節を決められて16箇所の骨が折れている龍已の左腕を持ちながら、天高く脚を振り上げる。足をついて上を見上げる龍已の顔面目掛けて振り下ろされる足に、彼は体を捻り込んで体勢を変えながら忠胤の体を支えている地についた脚を払った。

 

 転倒するように体が宙を舞う忠胤はそれだけで終わらず、体勢が崩れたときに離してしまった龍已の腕に目もくれず、空中で下に居る彼に対してすぐさま拳を振り抜いた。折れていない方の腕で受け止めると、今度こそ背中から地面に落とされる。地に叩き付けられて尚威力が減衰しない拳が体にめり込んでいき、大きな砂塵を巻き上げて爆発音を響かせた。

 

 巻き上がった砂塵の中で打撃音。聞こえてくる。1度鳴る度に、周りに舞う砂塵が揺れて内側からの風圧で吹き飛ばされていく。見えてくるのは、折れた左腕を垂らしながら右腕だけで忠胤の猛攻を受ける龍已の姿だった。半身になって左腕を庇いつつ、殴打を逸らしていく。後ろに下がるのは手数の問題によるものだろうか。

 

 1歩1歩下がっていき、建物に背中を触れさせた龍已は、忠胤が脚を横薙ぎに振るうのを見てその場で跳躍。壁を蹴って空中を移動して距離を取った。目標が居なくなった蹴りは建物の壁に打ち込まれ、3階建ての建物前面の壁を罅だらけにし、窓ガラスを1枚も残すことなく砕き割った。

 

 

 

「……反転術式により完治」

 

 

 

 呪力を回してマイナスのエネルギーがある呪力を合わせてプラスに変える。すると折れた左腕が一瞬で元に戻った。降ってくるガラスの雨を、上段回し蹴りの風圧で更に砕きながら吹き飛ばし、振り返って龍已の元へやって来る忠胤から視線を逸らさず、左手を開閉して問題が無いことを確認する。

 

 ゆっくりと向かってくる忠胤からは敵意も殺意も感じない。感情というものが欠落した単なる人形。あの頃の黒圓忠胤ではない。と、解っている筈なのに、龍已には攻撃できない。どうしてもあの頃の、幸せだった日々の光景が頭にチラつくのだ。構えを取れないのがその証拠。龍已には、黒圓忠胤を殺せない。

 

 

 

「りゅ……りゅりゅりゅりゅ龍已……ァ?お、おおおお俺をころころころ殺せ。殺……してくれ」

 

「──────っ!!」

 

「殺し……てくれ。殺して……くれ。殺してくれ。殺殺殺殺殺殺殺殺してくれ」

 

「……ッ。クソ……クソッ!クソッ!クソッ!!!!」

 

「黒圓無躰流──────」

 

 

 

 誰に向けてか、それとも全てに向けてか忌々しそうに言葉を吐き捨てる龍已は、技を出す構えとしてではなく、相手を殺すつもりの構えを見せた。拳を握り込み、正面から向かってくる忠胤を見据える。

 

 何故だろう。視界が歪む。水を張ったカメラのレンズのようにぼやけるのだ。それがやはり苛立たしくて、血が出るほど拳を握り締めた。

 

 無表情で涙を流す、痛々しい姿。忠胤に攻撃される度にダメージを負っているが、そんなものは反転術式でいくらでも消えるし、治せる。骨折なんぞ有って無いようなものだ。しかし心へのダメージは計り知れない。折角会えたのに、今度は自分の手で殺さねばならないのだ。

 

 

 

 父を殺す。父を殺す。父を殺す。あの時の……呪詛師のように。

 

 

 

 ぷつりと何かが切れた。流れていた涙は止まり、血を流す拳を構えながら、忠胤と全くの同時に疾走した。構える拳。向ける殺意。抱く罪悪感。感じる憤り。呪う状況。全て、全て全て全て嫌になるくらいに感じられて……どちらかの拳はどちらかの体を貫いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ダメっ!ダメっ!ダメっ!!龍已先生!父親を殺したらダメ……っ!先生が先生でなくなっちゃう!」

 

 

 

 私は駆けていた。全速力で。いや、術式を使って地を蹴るときに自身の脚にも返ってくる衝撃を全て地の方に反射し、加速する。景色が流れるように後ろへ流れていく速度を出しながら、龍已先生と黒圓忠胤が行っただろう場所を目指す。

 

 所々に刻まれた破壊痕。拳の形や脚で蹴り抜いた形があって、確実に2人の戦闘の余波であることは解る。黒圓忠胤は非術師だ。埒外の呪力で肉体を強化する龍已先生の体に物理は効かない。けど、対呪術師として戦えるように長い時を重ねて研鑽を積んだ黒圓無躰流は、呪いの防御を紙屑のように破る。

 

 剣で斬られようが刺突を受けようが、生身の体に傷一つつかない龍已先生の体でも、黒圓忠胤の殴打は効く。けど、それだけなら負けない。どんな状況でも絶対に龍已先生が勝つ。()()()()()()()()()()()()

 

 龍已先生が黒圓忠胤を殺すのを止めないと、この先どうなるか解らない。二次創作の作者が何を思い、何を想像してあんな言葉をあとがきなんかに残したのかは理解出来ないが、今なら何となく解る。未完成の完成体。それはつまり、黒圓龍已が完成された力を持っているのに、完成しきっていないことを指す。

 

 ならば完成体になればどうなるか。真意は解らないけれど、私の推測が正しければ終わりだ。止める術が無い。理由は単純だ。二次創作だからこそ、原作のように先のことを考えず思い付いたことを書ける。書けてしまうからこそ、あまりにもありえない展開を考えついて断念し、あとがきに書いただけで終わらせたのだ。二次創作の作者が書くことを諦めた原因。それは……

 

 

 

 ──────完成体黒圓龍已が強すぎた。

 

 

 

 あらゆる漫画の中でもトップレベルの強さを誇る最強の呪術師、無限を操る五条悟。性格以外の全てを持った男と謳われた男が居ても、強すぎたからという理由で()()()()()()()()()()本当の黒圓龍已。恐らくそれのトリガーが黒圓忠胤を殺すこと。

 

 だからマズいんだ。絶対に止めないといけない。殺してしまったら、私の知る大好きな推しの黒圓龍已が消えちゃう。それは嫌だ。龍已先生には死なずに幸せになってほしい。だからここまで頑張ってきたのに、こんな……私の所為で狂うのは嫌だ。

 

 流れ出る涙を袖で雑に拭う。肌が制服と擦れて痛いが、その痛みを感じている暇がないほど全速力で駆けて龍已先生の元へ辿り着いた。

 

 

 

「ぁ……ぁあ……ぁあぁああああああああああああああああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

「こ、殺じ……ごろじ…………で………」

 

「シィィィ……ッ!黒圓無躰流──────『鏖砲(おうほう)』……今度こそさようなら、父様」

 

 

 

 私は遅かった。あまりに遅かった。もう手遅れだったんだ。龍已先生は泣いていたのか、赤く充血した瞳で黒圓忠胤のことを見ながら、右腕で黒圓忠胤の胴体に大きな風穴を開けていた。上半身と下半身に分かれない、ギリギリぐらいの大きな穴。もう助からないし、死ぬ。

 

 降霊術を使ったクソババァの術式が解けて元の誰か分からない男に戻る……前に、黒圓忠胤の肉体から黒い靄が出て来た。それは龍已先生に飛び掛かったけれど、それを避けて距離を取っていた。アレがダメなものの正体だ。アレさえどうにかできれば、龍已先生は龍已先生のままだ。

 

 あんな良く解らないものの演算ができるか解らないが、やってみせる。そのために止まった足を一歩前に踏み締めた瞬間……黒い靄は先程までの速度は何だったのかと問いたくなる速さで龍已先生に向かって飛んで行き、迎撃しようとした龍已先生の拳を絡め取って全身を覆って包み込んだ。

 

 

 

「なん……だこれは……ッ!」

 

「龍已先生……っ!龍已先生ッ!!」

 

「ゔ……ぐッ………──────」

 

 

 

 黒い靄は実体が無いのか、絡み付いた後に龍已先生が外そうとしても触ることができず、少しずつ体に浸透していってしまう。私はもう泣きながら駆け寄って一緒に外そうとしたけれど、私も触れられず、体の中に入っていくのをただ見ていることしかできなかった。

 

 黒い靄が無くなってしまった後、龍已先生は立ったまま俯いた。意識があるのか確認するために、下から顔を覗き込んでも表情は変わっていない。糸を切られたマリオネット人形のように動かなくなってしまった。途端に不安に駆られる。もう終わりなのだろうか。黒圓龍已は消えてしまったのだろうか。

 

 大丈夫か声を掛けながら頬に手を伸ばした瞬間……今まで以上の呪力を感じた。恐ろしい。恐ろしすぎて、あの私が勝手に後ろへ後退していた。龍已先生の体から立ち上る呪力が身の毛もよだつナニカに思えてしまう。

 

 そうしていると、龍已先生の発する呪力が色を変えた。呪力は基本的に青黒い。私もそうだし五条悟もそう。なのに龍已先生の呪力は青黒い色から……何もかもを呑み込もうとする黒い呪力へと変色していた。黒すぎて龍已先生の体が見えない。質も量もおかしい。

 

 一端ここは安全を取って距離を取って観察をしよう。そうやって後ろに1歩下がったら何かに背中が触れた。前に居た龍已先生が居ない。じゃあ後ろのこれは何?道路のど真ん中だから標識じゃない。気配が強すぎて吐き気がする。恐る恐る私は背後を振り返った。

 

 

 

「まさかこんな事で完成するとは思わなかった。あの場に行って正解だったな。()()()他の者に殺されていたらこうはいかん」

 

「ぁ……あなた……は……誰?」

 

「……?俺は黒圓龍已だ。知っているだろう?」

 

「違う。……違う違う違うっ!龍已先生はあなたじゃない!龍已先生は……そんな風に笑わないッ!!」

 

「俺も人間だぞ。笑みくらい作る。今までは作れなかっただけで、作ることができるようになった。まあ、作れるだけで浮かべている訳ではないのだが」

 

「返して……私の黒圓龍已を返してっ!」

 

「返すも何も()()()()()()()()()()()()()()()。乗っ取られた訳でも無い。変わった訳でも無い。()()()俺に戻った。それだけだ」

 

 

 

 そう言って薄く笑みを浮かべる黒圓龍已。笑った顔なんて描写されていなかった。漫画にも無かった。これ誰だ?どうなっている?どうしてここまで怖い?龍已先生の体から発せられる黒い呪力が異質過ぎて私に恐怖を煽ってくる。

 

 何がどうなっているの?判断がつかない。知りたいのに知りたくない。怖くないと言いたいのに途轍もなく怖い。龍已先生の服を握り締めて訴える私に肩を竦めると、右手を向けてきた。親指で曲げた中指を押さえているからデコピンだろう。咄嗟に私は術式を展開して演算を終えて反射の壁を張った。

 

 

 

 

「ぁ……りゅう……や……せん………せ…──────」

 

 

 

 

「悪いな、反承司。今は少し眠っていろ」

 

 

 

 私の体は後ろへ吹き飛び、建物を6つは貫通していって。額から流れる血。力の入らない体。反射の壁を砕き割って与えられたデコピンは、私の体を小石かなにかのように弾き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 遠くの方で踵を返してどこかへ行く龍已先生に、私は待ってとも言えず、手を伸ばすことすらできずに意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 







反承司零奈『█████』

転生者。元々普通の女子高生。高校2年生だった。

呪術廻戦の原作はもちろん好きだが、どこぞの誰かが書いた二次創作の黒圓龍已に心底惚れ込み推しになった。漫画バージョンも一緒に追い掛けて毎日の楽しみにしていた。けれど、トラックに轢かれて頭を潰され即死。何故か呪術廻戦の二次創作バージョンの世界に入り込んだ。

黒圓龍已の死亡を無かったことにするために、救済のためだけを目標に力をつけたが、思わぬ方向に物語が進んで止められなかった。何もかもを犠牲にしたのに、救うはずの命を別のものに変えてしまった。現在何が起きているのか把握できていない(したくない)

龍已からのデコピンにより気絶。戦闘不能。




黒圓龍已(?)

未完成の完成体、完成体へ至る。

笑みを作れるようになった。ただし、作れるだけで浮かべているのではない。本当の笑みではない。

無限に感じる呪力量が更に跳ね上がり、質が超向上し、色が青黒いものから黒へと変色した。

ある世界の人間が、書くことを放棄してしまう力を秘めた存在。




作者(偽)

呪術廻戦の二次創作を楽しみながら書いていたが、明らかに怪物だな……と思った黒圓龍已を思い付いてしまった。けど、明らかに異常なので書くことを諦めて頭の中に封印した。誰もその内容は知らない。


















実はですね。ちょっと考えていた部分がありまして。結局出さなかったんですが、もし伏黒甚爾が生きていてオガミ婆が黒圓忠胤を降霊して、龍已がそれを殺した場合、未完成の完成体が完全に完成する……なんて状況にしようとしたんですよ。あ、黒圓龍已が完成してたら終わってましたよ、色々と。だって無理ゲーが無理になりますから笑笑

バグが起きて理不尽なクソゲー先輩が、無理ゲーの無理に変わるんですよ。でも、皆さんは呪術廻戦にそういう最強系って求めないですよね?なので書かないです笑笑

いつかは書いてみたいですねー笑笑



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第五十三話  疾うに完成体



最高評価をしてくださった、わたしだ Meer さん。

高評価をしてくださった、うぉるぴす nekomamu さん。ありがとうございます。





 

 

 

 

「りゅ……りゅりゅりゅりゅ龍已……ァ?お、おおおお俺をころころころ殺せ。殺……してくれ」

 

「──────っ!!」

 

「殺し……てくれ。殺して……くれ。殺してくれ。殺殺殺殺殺殺殺殺してくれ」

 

「……ッ。クソ……クソッ!クソッ!クソッ!!!!」

 

「黒圓無躰流──────」

 

 

 

 拳を固く握る。それは黒圓無躰流の型を繰り出すからだろうか、それとも永遠に会う機会を失った父との、あまりに酷い再会に心を痛めての事だろうか。恐らく後者だろう。龍已にとって失った家族は最愛のもの。切っても切れない血を分けた家族なのだ。自身の手で殺さねばならないのに、何も感じない訳が無い。

 

 葛藤しても、この状況を生み出した術師に強い怒りを抱こうとも、汚泥のような後悔を持とうとも、正気じゃない父を殺さねばならない。何故、自身の手で殺さねばならないのか。だからと言って、他の誰かに殺されるなんぞ論外だ。そんなことさせるものか。

 

 殺したくないのに、殺さねばならない。交差する点があまりに忌々しい。殺したくないなら殺さなければいいのに、殺すしかこの場を収める方法が無いし、殺さないと父を救い出すことができない。明らかに何かしらの術式で、一時的で擬似的な蘇生をされている。この場にその術師が居れば捻り殺しただろう。

 

 

 

「こ、殺じ……ごろじ…………で………」

 

「シィィィ……ッ!黒圓無躰流──────『鏖砲(おうほう)』……今度こそさようなら、父様」

 

 

 

 握り込んだ拳を振るう。一度に2度の打撃。呪力で強化された肉体から生み出される拳は、強靱な肉体を持つ父の忠胤の腹に大きな風穴を開けた。風通しが良くなった体が、後ろに倒れていく。かっちりと嵌まっていた筈の脳のスイッチが元に戻り、深い深い絶望が広がる。

 

 1度目は自身が居ない間に呪詛師の手により、2度目は己の手によって殺した。拳が父の古い記憶にある硬い筋肉を抉り、消し飛ばす感触が生々しい。記憶に無いくらい小さい頃から行われてきた鍛練で、龍已は黒圓忠胤を倒したことが無い。体が出来上がっておらず、忠胤には龍已にない多くの時間を鍛練に注ぎ込んだのだから、経験値でも負けてしまうのは仕方ない。

 

 天才だ。黒圓一族最高の才能に最強の肉体を持つ存在が、とうとう自分の息子で生まれた。鍛練で血反吐吐くほどボコボコにされて忠胤から言われる言葉。どこが?全身傷だらけで血しか吐けないんだが?と思ったことは十や二十じゃない。でも、死別する頃には少しだがマシな戦いぐらいはできるようになっていた。

 

 鍛え抜かれた傷だらけの腹筋に拳をめり込ませた時のようだ。あの時は、そんな拳では肩叩きの方がマシだと煽られた気がする。今はどうだろう。会得できても使い熟すことができたのは初代様しか居ないと言われた『鏖砲(おうほう)』を使い熟し、穴を開けた。大きな穴だ。血も内臓も纏めて消し飛ばした。

 

 何となく、本当に何となくだ。もしかしたら見間違えたのかも知れないし、幻覚だったのかも知れないが、龍已には腹を穿った時に忠胤が嬉しそうに笑った気がした。よくここまで強くなったなと、そう物語るような温かくて優しい笑みだったように思える。今ではもう解らない。死んでしまったから。

 

 

 

「──────ッ!!」

 

 

 

 殺してしまった罪悪感と絶望に浸る間もなく、龍已は後方へ跳んだ。何故か?術式が解けて元の誰かも解らない男に戻るのではなく、黒い靄を体から発したからだ。確実に何か……術式なのかどうかすらもあやふやなものを感じた龍已は、術式を使うことを禁じられているので回避を選んだ。

 

 長く戦いの日常に身を置く龍已を以てしても、黒い靄の正体が解らない。よく解らない得体の知れないもの。故に近づかない。当然の判断だ。だがそれは龍已の判断であって、黒い靄の判断ではない。

 

 黒い靄は体から出て来た時に龍已に向かって飛んできた。速度は遅いので避けるのは容易だったが、次の瞬間には目の前まで迫っていた。恐ろしい速度だ。何が何でもという気概すら感じる。龍已はつい、長年の戦いで培った反射行動で迎撃した。しかしそれは悪手だったのだ。突き抜けた腕に黒い靄が絡みつき、浸透してくる。燃えるように熱く、なのに不思議と嫌な感じはしない。故にマズいと心の中で叫んだ。

 

 

 

「なん……だこれは……ッ!」

 

「龍已先生……っ!龍已先生ッ!!」

 

「ゔ……ぐッ………──────」

 

 

 

 熱い。熱い熱い熱い熱い熱い熱い。いつの間にか傍に来ていた教え子が、泣きながら自身と一緒に黒い靄を体から外そうとしてくれている。けれど、黒い靄に実体は無く、故に掴むこと叶わず。掴もうにもすり抜けてしまう。反転術式によっての治癒を使って腕を切り離すという手もあったが、もう黒い靄は体中に絡み、浸透していた。

 

 ナニカが入ってくる。入ってきて()()()()。黒圓龍已という自分が何かと混ざり合おうとしている。不思議で不可思議で不気味だ。自身に最早何が起きているのか、自身ですら判断できない。そして藻掻くこと十数秒、黒圓龍已は完成に至った。

 

 体が軽い。羽よりも軽く、呪いが埒外から理外となった。最早総量の理からも外れ、まさしく無限となった。尽きることが無い世界最多の()()呪力。おぉ……これだ。しっくりくる。完璧だ。これこそ()()一族に相応しい力だ。龍已は黒く燃えるような呪力を纏う掌を眺め、必死に服を掴んで訴え掛けてくる教え子に作れるようになった笑みを向ける。

 

 

 

「まさかこんな事で完成するとは思わなかった。あの場に行って正解だったな。()()()他の者に殺されていたらこうはいかん」

 

「ぁ……あなた……は……誰?」

 

「……?俺は黒圓龍已だ。知っているだろう?」

 

「違う。……違う違う違うっ!龍已先生はあなたじゃない!龍已先生は……そんな風に笑わないッ!!」

 

「俺も人間だぞ。笑みくらい作る。今までは作れなかっただけで、作ることができるようになった。まあ、作れるだけで浮かべている訳ではないのだが」

 

「返して……私の黒圓龍已を返してっ!」

 

「返すも何も()()()()()()()()()()()()()()()。乗っ取られた訳でもない。変わった訳でもない。()()()俺に戻った。それだけだ」

 

 

 

 そう、それだけ。未完成だったものが、今になり完成しただけに過ぎない。黒圓忠胤はよくやった。一時は何と無駄なことをしてくれたのかと思ったが、どこぞの術師のお陰で取り戻せた。完成した肉体と精神は、魂をより完成された魂へと昇華させた。何もかもを感じ、何もかも出来る。それ故、何もかもを殲滅できる。

 

 気持ちの良い日だ。最初は渋谷に降ろされた帳と発生した呪霊、テロを起こした呪詛師を皆殺しにするつもりで来たが、思わぬ収穫を得た。何やらちょっとした勘違いをしている()教え子が何か言っているが、まあそんなことは今気にする必要はないだろう。それよりも、今は少しやることがある。

 

 強く服を掴んで離さない反承司にデコピンの構えをした右手を向けた。寸前で術式を使って反射させようとしていたが、彼女が演算した衝撃よりもより強い衝撃を与えて不可視で不可侵の壁を砕き割った。思ったよりも強くやってしまい、建物を6つは貫通させたが、まあいいだろう。

 

 

 

「さて……この事件を起こした主犯は──────そこか」

 

 

 

 走る。その走りは神速となり、1歩で地を抉り取りながら進んでものの数秒で目的の渋谷駅にやって来た。あちこちで戦っている気配がする。その中でも知っている気配に何かが混ざった気配を感じた。完成する前には感じられなかった広範囲且つ精密な察知能力で、見えない場所に居る者の気配を指先1つとっても明瞭にさせた。

 

 跳躍して駅の上へやって来る。落下しながら落ちていき、天井を突き破って床に向けて拳を打ち込んだ。発泡スチロールよりも柔く粉々に砕けるコンクリート製の床を、龍已は何枚も砕いていった。円形に形が出来るように砕いていき、最上階から1階。そしてB1F、B2Fと突き抜けていき、最後は目的のB5Fへとやって来た。

 

 B3Fの床を抜くとB4Fの天井を突き破ることになり、吹き抜けとなっているので最下層まで一直線に降りていった。そして、音も無く着地すると準1級と1級の呪霊が迫ってくるので、降りた時に()()()()()()線路を投擲して祓った。

 

 

 

「いやいや、まさかそんな方法でやって来るとは思いませんでしたよ。久しいじゃないですか、先輩」

 

「思っても無いことを口にするな。気配は夏油だが、操っているのだろう?その額の傷は縛りか?俺の感覚を甘く見るなよ、塵芥風情が」

 

「──────何でオマエも解るんだよ、キッショ」

 

 

 

 やって来たところには、夏油が居た。行きたくても行けなかった最下層に居る渋谷事変の主犯。呪霊を差し向けたが、意に介さず祓われた事で大人しく出て来た。術式が使えないとしても、恐らく呪霊操術を使おうが勝率は低い。手数の多さが武器なのだが、この男にはそういうのは意味が無いことを体の記憶から知っている。

 

 気安く話し掛けて夏油傑を演じたが、どうやら龍已には通じないようで一瞬で看破された。額の傷は縛りによってつけられたもの。本体は頭の中に居る。夏油の中に入っている者は、こうも立て続けに偽物だと判別されてしまうと困るなと、大してそう思っていないような軽薄な笑みを浮かべた。

 

 全身を黒い呪力が多う。弱い者を偽る必要も無いので偽装はしない。途端に冷や汗を流す偽夏油は距離を取って掌を見せてきた。止まれというジェスチャーだろうが、何故待つ必要があるのか。五条悟でもまるで恒星と言わしめた呪力が肉体を極限以上に強化し、完成された肉体は1歩踏み締めるだけで足元に大きな亀裂を入れた。

 

 

 

「待ってくれないかな。私は君とだけは戦わずに済むと確信している」

 

「ほう……?言葉で止めると?──────やってみろ」

 

「……ふーッ。今の君は()()()()黒圓だろう?それを完成させようじゃないか。切っ掛けは私が用意してある。積年の(おん)を返したくはないかい?怨の一族の末裔。最後の生き残り、黒圓龍已」

 

「………………クク……クククッ……ははははははははははははははははははははッ!!!!」

 

「……ッ!?」

 

「はははははッ!!!!はぁ……何を言い出すかと思えば、未完成の黒圓?本当に何を言っているのだお前は?俺は既に完成している。受けた()は必ず返す。お前が何者なのかイマイチよく解らんが……取り敢えず死ね」

 

「──────ッ!?術式を使えば関係の無い非術師を……っ!」

 

「殺せば良いだろう?最早俺には関係無い。まあ、お前程度殺すのに銃は要らんがな。念の為に術式反転は使わせてもらうぞ。死にたくないなら俺を殺して生き延びてみろ。無理だがな」

 

「チッ……ッ!何故黒圓龍已が完成しているッ!?こんな早期覚醒は私の想定外もいいところだッ!!」

 

 

 

 侮辱した笑みを浮かべながら両腕を開いて迫ってくる龍已に、偽夏油は忌々しそうに舌打ちをしてストックしている多くの呪霊を出して差し向けた。自爆するものから刺突する呪霊。術式を使う高位の呪霊に、領域展開すらも行える呪霊も、出し惜しみせず出した。しかし、龍已の傍には近寄れない。

 

 呪霊操術。夏油が持っていた特異な術式。呪符のような媒体を必要とせず、屈服させて丸めて飲み込むことで完全に制御下に置き、自由に出し入れしつつ操ることができる、多岐に渡る手数が特徴の術式である。しかし、その術式は呪霊を取り込み、操るというもの。つまり取り込んだ呪霊は、呪霊である以前に術式なのだ。

 

 龍已の術式を反転させた術式反転『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』は、体外で自由自在に操れるという本来の術式を反転させ、自身に向かってくるあらゆるものの自由を剥奪する。というものに変わった。これは物理だけに留まらず、精神攻撃、概念的攻撃、龍已を害するものならば何もかも全てから退けさせる。範囲は4.2195メートル。故に、術式である呪霊操術の呪霊は、彼に触れる約4メートル手前で消滅する。

 

 領域展開を行える特級呪霊は約4メートルという『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』の範囲外から、掌印を結んで領域に引き摺り込もうとした。しかしその掌印が組まれて外界と分断する結界が展開されるよりも早く、そして速く、神速となった龍已が呪霊に接近して頭を殴打1つで消し飛ばした。

 

 脆くなった灰の塊のように砕けていく呪霊の残骸をつまらなそうに見てから、龍已が偽夏油を見やった。作られた薄い笑みに危険を感じる。やはり相性が最悪だ。これでは本当に手も足も出ないではないか。他の術師にとって脅威の呪霊操術は、黒圓龍已の前では格好のカモでしかないのだ。何せ、領域展開の練度でも勝てるのに、領域展開をやる前に祓える力があるのだから。

 

 その他の呪霊なんぞ意に介さない。何をしようが近づくだけで消滅するのだ。問答無用で例外なく。恐ろしいくらいに相性が悪い。偽夏油は、この体で龍已に勝てる想像(イメージ)が湧かないから、()こす事にしていたのだ。それを既にやられてしまい、完成体となっていれば、交渉もクソも無い。何故なら、黒圓龍已の敵になれば交渉も情に訴えることも不可能だから。

 

 

 

「呪霊操術……極ノ番──────『うずま……がッ!?」

 

「ストックしている呪霊を一丸にして放つ極ノ番だろう?知っている。撃たせんし、撃ったところで効かんわ馬鹿者め。見ていてつまらん」

 

「ぐッ……ごぼッ……っ!?ま、待てっ!この紐を見るんだ!これを解けば私が長年契約してきた呪術師呪詛師やその成れの果てが全国に放たれ、私を殺せば契約した呪霊が強制的に契約を破棄され──────」

 

「無駄にお喋りな口は要らんよな?まずは下顎」

 

「──────ッ!?」

 

 

 

 軽く、ほんの軽く蹴りを入れただけで面白いくらいに吹き飛んだ偽夏油は、地下ホームの壁に叩き付けられた。体が埋め込まれて、蹴られた部分が痛み吐血する。一撃で瀕死だ。足を付くと膝が笑ってる。壁に手をついてどうにか立っている状態で、袈裟の袖から結んである紐を取り出して向かってくる龍已に突き付ける。

 

 これは偽夏油が契約してきた昔の呪術師等をこの現世に解放する呪物だ。紐を引っ張って結び目を解くことで、解放は完了する。脅しに使っているが、龍已には全く興味が湧かない。()()()()()呪術師呪詛師が放たれようと、自身の危険には成り得ないと解っているからだ。

 

 勝ち目が無いと悟ると、どうも良く回る口のようで鬱陶しくなった龍已は、右から左へ払うように手を薙いで偽夏油の下顎をダルマ落としのように毟り取った。手の中で千切った偽夏油の下顎を弄ぶと、後ろに放って捨てる。ぐしゃりと血と肉が地面に落ちる音が鳴り、偽夏油は喋れなくなって血を流す顎を押さえて体を丸めた。

 

 どうすればいい?どうすればこの場を凌げる?どうすればこの怨の一族の末裔を倒せる?夏油傑の肉体を得て、記憶をも奪った偽夏油はずっとそれを考えていたが、終ぞ正面から黒圓龍已を打ち倒す算段がつかなかった。だからこその()こしなのだが、その手は何故か既に行われている。もうこの際だ、簡単に言ってしまおう。偽夏油はもう詰んでいる。

 

 

 

「気配を異物のお前に絞ると、どうも長生きしているようだな?()()()()()()()()生きているのか?それなら、俺が怨の一族だということを知っていてもおかしくない。……ククッ──────死ねば過去もクソも無いがな」

 

「──────ッ!?」

 

「……?何を言っているか解らん。解らんなら聞いている必要も無いな?よし、今からお前は俺に殴られるだけの糞の詰まった肉袋だ。イイ音を聴かせろ。ちなみに、俺はサンドバッグを殴り()()()()()()()()()無い」

 

「──────ッ!!!!げぼ……ッ!?ごぼッ!!」

 

 

 

 俯いて高さが下がった頭の髪の毛を鷲掴み、無理矢理上を向かせる。ケタケタと悪意と怨念に包まれた恐ろしい笑みを浮かべて嗤う龍已に、背筋からゾッとしたものを感じる。これは何度か経験したことがある感覚だ。そう、自身の目的の邪魔を幾度となくしてきた、六眼と無下限呪術の抱き合わせ、五条家の者達と対峙した時の感覚……恐怖だ。

 

 長く生きればそういった感情と無縁になる。かく言う天元も1000年以上生きているので精神は植物のようなものになっているだろう。人の記憶を継ぐことができる偽夏油だからこそ、恐怖を忘れずに済んでいた。今回はそれが仇となった。下顎を毟り取られて喋れない状況で、向かってくる拳を避けられなかった。

 

 みしり。嫌な音を立てて頬に突き刺さった拳によってコンクリート製の壁に頭が埋まる。呪力で肉体を強化しつつ、打ち付けられる箇所へ特に呪力を集中したお陰でどうにか頭が潰れることはなかったが、意識が朦朧とする。赤く染まった視界の中、次の拳が向けられ、ノーガードの腹部へと容赦なく叩き込まれた。

 

 みしり。ぐしゃり。ばきり。ぐちゃり。嫌な音。嫌な音。耳障りで生々しい、何かが潰れて折れて砕ける音が、静かな地下ホームに響いている。壁は罅だらけで粉々だ。打ち付けられる背中は血塗れだろう。それより酷いのは体の前面だ。肉は潰れて骨は砕け、場所によっては飛び出ている。呪霊を出しても龍已に近すぎて出した途端に消滅する。

 

 腕は肩から神経だけが繋がっているだけで、骨が粉々だ。持ち上げることすらできない。肋は残らず全部殴り折られている。脚は大腿骨は粉砕されているので、めり込んだ壁から出たら倒れてしまうだろう。もう、どこがどうなっているのかすら解らないくらいぐちゃぐちゃにして殴り壊されている。血に塗れた拳を振り上げ、最後に頬を打つ。

 

 壁から奔る亀裂が大きくなり、天井にまで達した。電車が通れるように高めに設定されている天井にだ。もう何発か打ち込めばきっと天井の欠片が落ちてくるだろう。白目を剥いている偽夏油の首を掴み、意識が飛んでいることに気がついた龍已は溜め息を溢しながら、下顎を抉り取ったように血塗れの右手を横薙ぎに振った。

 

 傷のある額が糸を千切って外れる。中から現れたのは脳味噌に口が付いたような物体。これが本体かと、右手で脳を鷲掴みにして引き抜き、用済みになった体は適当に放り投げて捨てた。両手で脳を持って色々な角度で見ていく。どこまでいっても、口が付いた脳なので面白味が無く……龍已は両手で粉々に握り潰した。

 

 

 

「これで本体も死んだ。夏油の体は……一応消し飛ばしておくか。元々呪詛師だからな。……ん?結局あの紐は解いたのか」

 

 

 

 脚に巻き付けたレッグホルスターから『黒龍』を引き抜き、銃口を向ける。そして黒い呪力が凝縮されていき、黒い光線となって放たれた。夏油の体は地面に丸い穴を開けられながら欠片も残さず消し飛んだ。ふん。と、つまらなそうに見送った龍已は線路上からホームに上り、あるところに向かう。そこには、地面にめり込んだ箱が置いてあった。

 

 獄門疆(ごくもんきょう)。源信の成れの果て。定員は1名だが、封印できないものは無いという、封印する呪物の最高峰。中には呪術師最強と謳われる五条悟が入っており、中は物理的時間が流れていない。なので五条が出て来た時には数千年経っているという可能性もあるわけだ。

 

 最強の五条悟を封印できても、その莫大な情報を処理できずに重くなってその場に留まるしかなかった偽夏油は、これの所為で龍已に見つかり殺された。動けていればこんなところからさっさと逃走していただろう。

 

 術式を使ったことで目を光らせて警告してくる、付いてくる式神『コガネ』を鬱陶しそうに握り潰して祓った龍已は、腰を落として獄門疆(ごくもんきょう)を拾った。重くて持ち上がらなかった特級呪物を難なくと手に取った龍已は、偽夏油の脳を見ていたように色々な角度から見て観察している。そして、首に巻き付いたクロに呑み込ませた。

 

 

 

「しっかりと持っているんだぞ、クロ。中身は貴重(五条悟)だからな」

 

「…………………。」

 

 

 

 クロは少し寂しそうだった。何となく、前のご主人様でなくなってしまったようだが、ご主人様であることに変わりは無い。契約も破棄されていないので、クロは龍已に付いていく。言われたことにコクリと頷いて、大人しく首に巻き付いているのだった。

 

 言うことを聞いているクロに薄く笑みを浮かべて、龍已はB5Fへやって来た時に通った、殴り開けた穴の下に行き、跳躍して外に出て行った。そして外に出ると、気配で感じていた強い呪いを感じ、その方角に目を向ける。そこに居たのは4体の特級呪霊と、ケタケタと嗤いながら余裕を見せて戦う、表に出てきた両面宿儺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい漏瑚テメェッ!炎外してンじゃねーよ!誰のお陰で宿儺の斬撃飛んできてねーと思ってんだ!?俺様のお陰だぞ!」

 

「喧しいわ!貴様の術式で儂の遠距離まで無効化されているのを忘れるな!」

 

「速度が上がり、お前の動きがより良くなって宿儺から距離を取れていることを自覚しろ。俺のお陰だ」

 

「距離が稼げるだけでは意味は無いわ!貴様も戦わんか!何故儂が1番前でずっと戦っておるのだ!」

 

「それは私達が分裂して弱体化しているからですよ。でも大丈夫。いざとなったら私の術式でマーキングした場所まで跳んで逃げますから。いいですか?私のお陰ですよ」

 

「イチイチ、さも己のお陰だと最後に付け加えるでない!鬱陶しいわッ!」

 

 

 

「ケヒッ。ケヒヒッ。俺の斬撃を封じるか。良い術式だ。その調子だぞ特級。ほら頑張れ頑張れ」

 

 

 

 渋谷のビル群を破壊しながら、分裂した獸崇と漏瑚が戦っている。獅子頭の術式により宿儺の放つ斬撃は無効化しているが、距離を取ればその分無効化領域が広がって漏瑚の術式まで無効化される。1度に3体殺されることを警戒して分裂したはいいが、その分1個体が弱くなっているので近づけば素手で殺される。必然的に戦いは漏瑚頼りになっていた。

 

 手を振ると、蕾のような物体が建物の壁面に生え、その中から高い熱量を持った炎が噴き出した。その数は10。しかし宿儺はポケットに手を突っ込みながら回避した。花御、陀艮、真人、脹相、獸崇の中でも最速の術式速度を持つ漏瑚の術式でも、宿儺の速度に追い付けない。そしてそれはパワーに於いても同じ。

 

 元の虎杖の肉体が高い身体能力を有していたところに、宿儺の強大な呪力が合わさり、より強さを増す。斬撃を飛ばす術式を封じられたからと接近して来たのを迎撃しようとして、漏瑚は危なく殺され祓われるところまでいった。

 

 こうなったのは理由がある。脹相との戦いに敗れ気絶している虎杖に、漏瑚が宿儺の指10本を飲み込ませたのだ。両面宿儺という呪いの塊を飲んでも意識を失わず、制御下に置く虎杖に1本ずつ飲ませても宿儺に制御権は回ってこない。ただし、1度に多くの……それこそ10本の指を食わせれば、制御できずに一時的に宿儺が表へ出てくる。今がその状態である。

 

 獸崇も漏瑚と合流して、宿儺と戦うことになった。虎杖が制御権を奪い返す前に有利な縛りを結べと漏瑚が宿儺に対して言ったのだが、自分には計画があると言ってそれを拒否。しかし指を10本も食わせたのを対価に、一撃でも良いのを入れられたら呪霊側に付いてやるという縛りを設けていた。

 

 両面宿儺を味方に付けられれば、呪霊と人間の立場を逆転させるという目標が大分近くなる。そのために戦っているのだが、強い。現在宿儺は指15本を取り込んでいる。4分の3を食っているのだ。偽夏油より、漏瑚は甘く見積もって8、9本分の強さを持っていると言われていたが、隔絶とした差があることを見せ付けられた。

 

 獸崇に関しては12本分の強さを持っており、その差はたったの3本。しかしその3本でも3本以上の実力差を感じさせる貫禄と覇気を持っているのが、両面宿儺である。ましてや今は3体に別れているので、それぞれ4本分くらいの強さしかないのだ。近接でも余裕で死ねる。

 

 

 

「飽きるまで付き合ってやるぞとは言ったが、オマエ達は同じ事の繰り返しだな。つまらん。もう怯えて良いぞ。殺す」

 

 

 

「──────ッ!!獸崇ッ!術式を使──────」

 

「──────がッ!?」

 

 

 

 今までのは全く本気ではなかった。言わなくても解ることだ。ポケットに手を突っ込んだ状態で、適当に近寄って蹴りを入れてくるだけの奴がどうして本気だと言えようか。宿儺は建物の壁に足を付けて、半壊させながら跳躍し獸崇に急接近した。狙うのは獅子頭……かと思われたが馬頭だった。

 

 ポケットから、出された手が馬頭を捉えて鷲掴み、壁に叩き付けて頭を爆散させた。一瞬の出来事で、あっという間にその場から消えて今度は獅子頭を狙った。遠距離の斬撃は使えない。しかし肉体の強さでは獅子頭は宿儺に勝てない。肩に乗って頭に両手を這わせ、頭だけを無理に引き抜いた。

 

 血飛沫を上げて引き抜かれた頭を、黒山羊頭に向けて投擲する。自身の頭を投げられて激突し、蹌踉けたところで頭を掴まれた。獅子頭は既に死んだ。つまり術式が解禁されている。マズいと思った時には呪力が込められ、0距離で斬撃が放たれた。背後の高いビルごと縦に両断され、特級呪霊の獸崇は祓除された。

 

 

 

「極ノ番──────『(いん)』ッ!!」

 

 

 

「ケヒッ。ケヒヒッ」

 

 

 

 巨大隕石が如く、上から炎を纏う巨石が落とされた。建物を巻き込んだ落石に炎による熱のダメージと大質量による押し潰しが行われ、いくら両面宿儺と言えども無傷とはいかないだろうと、漏瑚は肩で息をしながら巨石の上で精神を落ち着かせていた。

 

 手を出す暇も無く、獸崇がやられた。陀艮が死んでいるのは見たので知っている。花御は五条悟に祓われてしまった。残っているのは自身と真人、そして協力者である脹相だけになってしまった。呪霊でありながら仲間意識を持っていた彼等は、祓われた事に悲しみに似た何かを感じていた。

 

 宿儺を完全に捉えたはず。これならば良い一撃が入っただろう。呪霊側に両面宿儺を付ければ、自分達の目的は達せられたようなもの。しかし、安堵と少しの期待は、背後から掛けられた当たらなければどうということはないという言葉によって瓦解する。

 

 振り返って凝縮した炎を両手で構えた。獸崇を殺したのに、未だ余裕の表情の宿儺は座ってニヤついている。構える漏瑚を見て得意な部分で勝負してやろうと言って立ち上がり、弓の弦を引くような構えを取った。

 

 

 

「『█』──────『(フーガ)』」

 

「それは……炎か?」

 

「……?知られているものだと思っていたが、呪霊(オマエ)達は知らないのも頷けるな。ケヒッ。ケヒヒッ。いくぞ。火力勝負といこう」

 

 

 

 斬撃の術式を使っていた筈の宿儺は、炎を操り出した。明らかに同じものとは思えない技に、漏瑚は困惑する。しかしもう引けない場面になってしまったので、自身の最高火力をぶつけるつもりだった。流れる冷や汗を拭うことすらなく、宿儺と同時に炎を放った。確実に最大の呪力出力。これ以上はない。そう言い切れる炎は、宿儺の炎の矢に貫かれた。

 

 胴体を貫通して炎に包まれる。呪力で傷を治すことすらできない圧倒的ダメージ。漏瑚は炎を操る術式を持ちながら、宿儺の炎に焼かれて死に、祓除された。漏瑚の出した『隕』の上で戦いの余韻に浸っている宿儺の元に、男なのか女なのか解らない性別不詳の者が現れた。

 

 宿儺に裏梅(うらうめ)と呼ばれたその謎の人物は、どうやら宿儺を慕っている様子。交流会で襲ってきた呪詛師に命令をしたというのが、この裏梅である。迎えに来たという言葉に、また後でなと答えて別の場所へ移動を開始した宿儺に、跪きながら深く頭を下げるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────何の用だ、両面宿儺」

 

「ケヒッ。ケヒヒッ。その呪力、怨の一族は完成に至ったか。お前達はあの時代でも相当な傑物で鬼才だった。お前達くらいだ、俺の腕を3本も引き千切ったのは」

 

「呪力も持たない俺達に接近を赦し、腕をもがれるとは……呪いの王とは聞いて呆れるな」

 

「ケヒヒッ。良い良い。今の俺は気分が良い。お前の発言は赦してやろう。ただし──────味見といったところか」

 

 

 

 突然やって来た宿儺に、龍已は実に素っ気ない対応をする。呪いの王が目の前に居るというのに、彼には恐れや恐怖というものを感じなかった。全盛の4分の3の力を取り戻した両面宿儺だが、黒圓龍已は依然として現在が全盛期。負ける道理が一切無いのだ。

 

 怨の一族。その完成体という存在を知っている宿儺からすれば、今の龍已は大変美味そうな料理に映るだろう。メインディッシュの伏黒恵はこの際置いておいて、力を取り戻せば確実に楽しめるだろう相手を少し味見してみようと思い構えた。

 

 人差し指と中指を立てた手を縦に振った。術式が発動し、不可視の斬撃が放たれた。地面を斬り裂きながら超速度で迫り、龍已のことを真っ二つにしようとしている。しかしそれを、横に最小限の動きで避けてしまった。背後の店が縦に両断されてしまい、水道を斬り裂いたのか水が噴き上がる。

 

 風に乗って小さな雨粒が降り注ぐ中で、宿儺は笑みを深めた。不可視の筈の斬撃を軽々と避けた。見えていないはずなのに見えているような回避行動に、楽しめそうだと舌舐めずりをして親指を舐めた。龍已ははぁ……と溜め息を溢しながら、両脚に納められた『黒龍』を引き抜き構えた。遠近両用の戦法の構えだ。

 

 

 

「イイ。イイぞ怨の一族の末裔ッ!黒圓龍已ッ!お前の力を、俺に魅せてみろッ!!」

 

「黙れ。呪物になろうと惨めたらしく生に縋る呪い風情が。お前はこの世、この時代に必要ない。消えて無くなれ」

 

「ならばやってみろ──────『(かい)』」

 

 

 

 

『解』とは、宿儺がよく好んで使っている斬撃である。指を振るだけで鋭く強力な斬撃が生み出され、防御するか回避をしないと硬質な鉄をも易々と両断してしまう。その鋭さは、防御面で優秀だった花御の体を簡単に斬り裂けるだろうことが予想される。ならばそれより柔いだろう人間の体では斬られて終わる。

 

 しかし、全身を呪力で覆い強化した龍已は、右手の『黒龍』で斬撃を弾き飛ばした。進行方向を変えられた斬撃は上に向かって飛んで行き、ビルの頂上付近の部分を斬り裂いた、そして斬り落とされた部分は寸分違わず宿儺の上に落ちてくる。狙いが良いと思いつつ後方へ下がると、背後にはもう龍已が居た。

 

 斬撃を放ちながら振り返ると、ほぼ0距離でも斬撃の速度に対応してきた。今度は左手の『黒龍』で弾き飛ばし、1歩奥に踏み込んで右手の『黒龍』を額に向けた。引き金を引けば、銃口と同じ径の黒い光線が放たれる。上体を反らして避けると、後ろへ向かう力に逆らわずバク宙し、途中で龍已に蹴りを向けた。

 

 半身になって蹴りを避けると、下段から上段に向けた蹴りを返した。空中で避けられないと判断したのか、両腕を使って防御の姿勢になる。腕の上から蹴りが叩き込まれ、想像以上の重さに宿儺が少しだけ瞠目した。空中ということもあるが、地上に足を付けていても踏ん張れなかっただろう重く強い蹴りに、体が吹き飛ばされた。

 

 建物を突き破ること18。最後はビルの中間より少し上の階に突っ込んだ。仕事用のデスクやパソコンなどを破壊しながら壁に叩き付けられて止まった宿儺は、完全に折れて使い物にならなそうな両腕を見て面白そうに口の端を吊り上げる。呪力で防御していた筈なのに、それを上回る呪力で強化した蹴りが入れられたのだ。

 

 

 

 ──────良い蹴りだ。呪力量も全盛期の俺よりもある。肉体の強さもこの小僧の肉体とは比べものにならん。それに感覚が異常に鋭いな。不可視の『解』が見えているように弾かれる。それに加えてあの黒い銃。『解』を正面から受けて傷一つ無い。特級呪具というものか?良い。良いぞ黒圓龍已。

 

 

 

「呪術師との戦いは、やはりこうでなくてはなァッ!!」

 

 

 

「──────『(あま)(ひかり)』」

 

 

 

 天より降り注ぐ黒い極太の光線による広範囲攻撃。ビルの中に人が居ないことを良いことに、底が見えないくらい地中深くまで消し飛ばす攻撃を行った。直前で来ることを察知した宿儺が腕を反転術式で治しつつビルから飛び出て来る。空中で複数の『解』を放ってくるが、悉くを躱して『黒龍』で弾いていく。掠りもしない。完全に見切っている。

 

 これはまた面白いと、段々と気分が高揚していき、それならこれならばどうだと100メートル程離れたところに降りて、両手で掌印を組んだ。膨大な呪力が練り上げられる。それが何なのか感覚として知っているので、龍已は到底届かないと思った。だが、龍已の常識を両面宿儺は軽々と超えてきた。

 

 距離がありすぎる。届くはずがないと思ってしまったが、相手は常識の通用しない呪いの王だ。明らかに自身の知らない未知の力を使ってくるだろう。『黒龍』を納めて同じく掌印を組もうとしたが、それよりも早く、宿儺の術式は完成していた。

 

 

 

「領域展開──────『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

 

 

「チッ……ッ!!」

 

 

 

 両面宿儺の領域展開。一般的な領域展開は、敵を閉じ込めることに特化している。それにより、内側から外側に出るのは難しいが、逆に外から内に入るのは容易となる。入って得することが無いからだ。

 

『伏魔御廚子』の場合、他の結界や領域と異なり、領域により内界と外界に空間を()()()()()。謂わば()()()()()()()()()領域。敢えて『相手に逃げ道を与える』という縛りを自身に課すことにより、領域の性能を底上げし、尚且つ術式が必中となる領域の範囲を最大で半径約200メートルまで拡張している。

 

 これはキャンパスを用いず、空に絵を描くに等しい。つまり誰も考えず出来なかったまさに神業。龍已と宿儺の間の距離は100メートル。逃げ切るにも100メートル後方に下がる必要がある。五条のように何らかの瞬間移動をしなければ必中範囲から抜け出すのは不可能。しかし、龍已は構えた。

 

 怨の一族。その末裔にして最後の生き残り、黒圓龍已は()()()()()()()()()()()。逃げない。来るならば迎え撃つのみ。それが一族が代々受け継いできた鋼よりも硬い矜持。背中を除く夥しい傷が、その矜持の強さを物語る。

 

 

 

 

 

 

『黒龍』を両手に、龍已は全身へ限界レベルに呪力を張り巡らせ、両面宿儺の領域展開に真っ向から迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 






夏油傑(偽)

上から天井を破って来るとは思わなかったが、()こせば大丈夫と高をくくっていた。そしたら完成していた上に思っていた反応と違う反応をされ、ボコボコに殴られた後に本体を握り潰された。黒圓龍已との相性が最も最悪。

夏油傑の肉体は欠片も残さず消し飛ばされてしまったので、また別の誰かが操るというのは不可能。

最後の悪足掻きなのか、脅しに使っていた紐を解いた。これにより、今全国で高い等級の呪霊と、昔に生きていた呪術師と呪詛師が放たれた。
本来はもっと違う封印を解くもの。詳しくは単行本を買って読もう!(代わりの宣伝)




黒圓龍已

父親を自身の手で殺し、深い悲しみと絶望を味わった。だがその後に触れた黒い靄が体に入り込んでからは、今までの自分が何だったのかと問いたくなるほど調子が良い。

呪力が跳ね上がったのを自覚しているが、結局総量がどのくらいあるのかは解らず終い。取り敢えず使っていて無くなることはないと思っている軽い認識。

両面宿儺の防御を破って腕をへし折った。蹴りを打ち込んだだけで建物を18棟も貫通させた上に、大きめなビルを丸ごと1つ消し飛ばしている。

不可視の宿儺の斬撃は確かに見えていないが、そこにあるということは感覚で解っているので問題なく弾ける。スゴいのは宿儺の斬撃を受けて傷1つつかない虎徹印の『黒龍』。




両面宿儺

龍已の怨の一族について知っている模様。そして異質な気配と呪力に、完成体に至ったと察している。強い者を好み、敬意を表す性格なので龍已に対して個人として認識している。味見と言ったが、食えるなら全力で食うつもり。

領域展開に特殊な縛りを設け、内界と外界に分断しない、閉じ込めない領域展開をする。最大範囲は200メートル。この範囲内は付与された術式が必中になる。まさに神業。




漏瑚&獸崇

宿儺によってぶっ殺される。実は獸崇に至っては、偶然見つけたパパ黒と少し戦闘になったが、遠距離使わず持っていた『游雲』にボコ殴りにされていて、獅子頭が1番ダメージを受けていた。なんだコイツ!?って驚いたけど、パパ黒もなんだコイツ……?ってなってた。相性悪いね。

漏瑚は単純な火力勝負で負けて燃えカスになった。領域展開をしても、五条悟に押し合いで負けたように宿儺にも負けると思ってやらなかった。




伏黒甚爾

実は反承司のことを追い掛けようとしたが、獸崇がやって来たので中止し、『游雲』を使ってボコった。遠距離とか関係ねーだろの精神で近寄って、加速の術式もなんのその。素の脚で追いつく。

漏瑚に、宿儺を叩くから共闘しろと言われて離れてしまったので、祓ってはいない。けど戦い続ければ祓えたし、黒山羊のエスケープ術式は龍已から聞いていたので、知らないフリしてどさくさに紛れて頭ホームランするつもりだった。

獸崇が車では、禪院直毘人に金を払うよう契約書書かせてた。破ったらどうなるか分かるよな?あん?みたいな。

近接ゴリラが多くて困っちゃうよ私は(白目)




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第五十四話  神業の領域展開



高評価をしてくださった、パニックパニック さん、ありがとうございます。





 

 

 

 

 

「領域展開──────『伏魔御廚子(ふくまみづし)』」

 

 

 

「チッ……ッ!!」

 

 

 

 両面宿儺の領域展開。一般的な領域展開は、敵を閉じ込めることに特化している。それにより、内側から外側に出るのは難しいが、逆に外から内に入るのは容易となる。入って得することが無いからだ。

 

『伏魔御廚子』の場合、他の結界や領域と異なり、領域により内界と外界に空間を()()()()()。謂わば()()()()()()()()()領域。敢えて『相手に逃げ道を与える』という縛りを自身に課すことにより、領域の性能を底上げし、尚且つ術式が必中となる領域の範囲を最大で半径約200メートルまで拡張している。

 

 これはキャンパスを用いず、空に絵を描くに等しい。つまり誰も考えず出来なかったまさに神業。龍已と宿儺の間の距離は100メートル。逃げ切るにも100メートル後方に下がる必要がある。五条のように何らかの瞬間移動をしなければ必中範囲から抜け出すのは不可能。しかし、龍已は構えた。

 

 怨の一族。その末裔にして最後の生き残り、黒圓龍已は()()()()()()()()()()()。逃げない。来るならば迎え撃つのみ。それが一族が代々受け継いできた鋼よりも硬い矜持。背中を除く夥しい傷が、その矜持の強さを物語る。

 

 結界で内界と外界を分断しない領域展開を龍已はすぐさま察した。察したからこそ、もう領域外に出ることも間に合わず、迎撃しかないことを悟ったのだ。悟ったからこそ、全身を呪力で強化した。限界を超えたレベルまで強化された肉体は、通常の『解』すらも通さない。だが、宿儺の領域『伏魔御廚子』はその程度で防げるものではない。

 

 

 

「ケヒッ。ケヒヒッ。さぁ、どう出る?」

 

 

 

「すぅ……黒圓無躰流──────『(まがり)』」

 

 

 

『黒龍』を両手に持って構えた龍已は、放たれる斬撃を待ち構えた。迎撃の態勢。それ以外には取らない選択肢。世界の時間が止まったように感じるほどの超集中。圧縮された時の中で、歴代最高最強の才能と肉体を持った彼は、虚空を裂いて飛来する斬撃を知覚した。

 

 宿儺の領域の能力。それは、宿儺が好んで使う斬撃『解』と、対象の呪力量・強度に応じて自動で最適な一太刀で相手を卸す斬撃『(はち)』を領域内に存在する全てに、絶え間なく浴びせ続けるというもの。斬り刻むという域を超え、斬撃は宿儺を中心とした半径200メートル内の全てを粉微塵に変えようとしていた。

 

 その中、龍已は目に見えない速度で『黒龍』を振るい、弾き壊し、反らし、凌いでいく。手の届かない真後ろや脚部には、『黒龍』より放たれる呪力弾が彼の体の周りを飛び回って弾いて砕いている。その数は480発。超集中状態で斬撃を弾きながら操ることが出来る最高弾数である。

 

 自身に向かう斬撃の悉くを迎撃していく。だが、呪力弾が斬撃を弾く度に込めた呪力が削れていく。それは呪力量・強度によって自動で最適の斬撃を入れる『捌』によるものだ。込めた莫大な呪力量に一撃で卸すことは出来ないが、確実に込めた呪いを削った。

 

 そして、物体が塵と化すレベルの絶え間なく浴びせ続ける斬撃の数に、少しずつ呪力弾が卸されていく。卸せるまで込めた呪力を削られたのだ。身を護る為の弾が消えていく。それを無意識下での迎撃を行っている龍已は、更に呪力弾を撃ち放って追加した。発射された呪力弾は再び彼の身を護り、一太刀たりとも彼の体には到達させなかった。

 

 

 

 ──────俺の領域展開を真っ向から受け止めるか怨の一族ッ!素晴らしい才能ッ!力ッ!極度の集中状態で迎撃しながら術式を一切狂い無く精密に操作する技術ッ!全てが完成された傑物にして鬼才ッ!イイ……この男は是非とも、俺の手で(こわ)したいッ!!

 

 

 

 両面宿儺が領域を展開すること286秒。その間、黒圓龍已は浴びせられる斬撃の全てを叩き伏せた。400を超える呪力弾が常に彼の周りを飛び交い、飛来する斬撃を打ち壊し、両手に持つ『黒龍』でも斬撃を砕いた。千や万では足りない斬撃を迎撃した龍已は、領域が解けたことを察すると、大きく息を吐き出した。

 

 超集中状態で術式の使用。それに体の周りで飛ばして、自身の手が届かないだろう斬撃を限定して迎撃させ、卸された呪力弾を随時追加していく。過去最高の『(まがり)』の長時間発動。フルマラソンを最初から最後まで全力疾走できる強靱な体力を持つ彼ですら、久し振りに肩で息をした。

 

 

 

「ふーッ……ふーッ……ふーッ……ッ!!」

 

「素晴らしいぞ、黒圓龍已。お前は俺が会い、殺してきた呪術師を含めて最も稀有な力を持つ存在だ。お前のことは、この俺が殺してやる」

 

「はーッ……出来もしないことを言うな両面宿儺。相手を閉じ込めない領域……初めて体験した。正直に言えば完成していなければ危なかっただろう。だが俺にはもう効かん。()()()()()()()()()()()()。そして、俺は至った。更なる高みへ──────」

 

「……ケヒッ。ケヒヒッ!ククク……ハハハハハハハハハハハハハハハハハハハハッ!!!!よもや、よもやそれ程の才能があったかッ!!黒圓龍已ァッ!!」

 

 

 

「逃げられるならば逃げてみろ。ここから先は俺の領域だ──────」

 

 

 

 今先程身を以て体験した、呪いの王……両面宿儺の閉じ込めない領域。キャンパスを用いず空に絵を描くが如くの神業。相手に逃げ道を敢えて与える縛りを以て、必中の領域を格段に広げ、更に領域の能力を底上げする。

 

 龍已の会得した領域は天与呪縛が関係しているのか、解釈が本人の意思とは無縁に捻じ曲がる。本来ならばありえないだろう現象が生まれるのだ。必中を得た場合にのみ発現する第2の解釈。必中故に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という効果。

 

 必中が発動する。それはシン・陰流の簡易領域や同じ領域展開の手段を持たず、ただ領域に引き摺り込まれるか、領域展開の押し合いで完全に負けた場合の状態。その時、龍已の領域には距離と過程の概念を打ち壊す。

 

 だが、それがもし、もし仮にだ……閉じ込めない領域となった場合どうなるだろうか?領域展開の押し合いをしたくても、圧倒的距離から行われた場合相手を領域に引きずり込めないのだから発動はしないだろう。やるならば領域展延をしなければならない。シン・陰流は弱者の領域。領域展開ができるのに修得する者は殆ど居ない。

 

 それどころか、全くの知覚外のところから領域展開をされ、呑み込まれた瞬間に必中効果故の距離を破棄した狙撃が行われた場合、相手はどうなるのだろうか?考える必要はない。龍已が閉じ込めない領域を修得してしまった場合、相手は為す術も無く全滅するだろう。ましてや、彼の呪力量ならば効果範囲をより広大なものにできるだろう。

 

 

 

「領域展開──────『殲葬廻怨黒域(せんそうかいおんこくいき)』」

 

 

 

「ケヒヒッ。領域展──────」

 

「無駄だ。受けて確信した。お前の領域の練度より俺の領域の練度の方が上だ。そして呪力量でも俺に分がある。お前の領域が俺の領域を呑み込む道理はない」

 

 

 

 黒圓龍已。初めての閉じ込めない領域を半径約4()2()7()()()()()()展開。

 

 

 

 対抗するため展開しようとした宿儺の領域。しかし、それを真っ向から、圧倒的呪力量の差と、高め極めた練度により押し潰し、塗り潰し、呑み込んだ。僅かな拮抗を赦しただけで、呪いの王の領域すらも呑み込んだ純黒の領域。

 

 絶対回避不可能必中必殺領域が、400メートルを超える範囲で展開された。呪いの王を玉座より引き摺り落とし、黒い死神が死の弾丸を吐き出す銃口を突き付ける。彼を中心とした427メートルはまさに彼の掌の上であり、生かすも殺すも彼次第となった。

 

 莫大な呪力が込められた呪力弾が、宿儺の体の中から飛び出て穴を開ける。腕や脚。腹に背中、脇腹と掌。当てられる場所ならば何処からでも当てられる捻じ曲げられた効果により、両面宿儺を内側から食い破り撃ち破った。40箇所を超える弾痕を作られながら、宿儺は愉しそうに嗤っていた。

 

 その瞳からは恐怖も無ければ怒りも無い。黒圓龍已という個人を強者と認め、伏黒恵と並ぶメインディッシュに定められた。向けられるのは純粋な敬意と煮え滾るような純真な殺意のみ。両面宿儺にとって、黒圓龍已は全身全霊を以て殺し合うに相応しい存在であると認めたのだ。まるで恋い焦がれる想い人に向けるが如く、おどろおどろしい身の毛もよだつ殺意を贈った。

 

 

 

「待って………いろ……お前は………俺が………必……ず………──────」

 

「2度と現れるな。呪いの王、両面宿儺。お前の時代はとうの昔に終わりを迎えた。魂を切り分けて呪物と成り果てようと、お前が存在して良い時代ではない」

 

 

 

 切り分けた魂の4分の3とはいえ、特級呪霊を片手間に殺す呪いの王を捻じ伏せた龍已は、喜びも余韻も無く、冷たく突き放した言葉を浴びせた。それを聞いても、両面宿儺は面白そうに、愉しそうに嗤って虎杖悠仁の内側へと引っ込んでいった。

 

 失血多量により気絶している虎杖。龍已はそんな少年の体を持ち上げて肩に担ぐとその場から大きく跳躍して移動を開始した。彼等の周りは、宿儺の領域の斬撃により直径400メートルが塵と化していた。だが不思議なことに、その範囲内の避難は済ませられており、死亡者はおろか怪我人すら居なかったという。まさしく不幸中の幸いであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー、上層部は本当に腐ってますね。龍已に術式使うなとか、どこまで舐めてるんです?」

 

「それを俺に言うな硝子。俺もあまりの達示に異議を申し立てたが即座に却下された。お前には悪いが、龍已の事も上は悟と同程度邪魔な存在として認識している筈だ」

 

「はは。そんくらいで龍已が死ぬわけねーじゃん。ウケる」

 

「……心配が口調に出ているぞ」

 

「…………………。まあ、クズが封印されるくらいなんですから、万が一は考えますよ。この業界ですしね」

 

 

 

 ある場所にて、回復要員の家入は東京高専の学長である夜蛾と共に居た。周囲は自立型の呪骸に警護をさせていて、改造人間や呪霊がやって来たら自動で迎撃するようになっている。呪術界でも稀少で貴重なヒーラーの家入をこの場に連れて来るのは難色を示したが、怪我人が多く出るということで特別に連れて来たのだ。

 

 歩道橋で手摺に腕を置いて寄り掛かっている家入は、コーヒー味の飴を舐めて舌の上で転がし、溶けて小さくなるとガキリと噛み砕いた。夜蛾はそんな家入を見ながら、心配ならば心配だと言えばいいのにと思う。

 

 夜蛾にとって龍已は手の掛からない教え子だった。黒い死神という恐ろしいくらいの機密性を持った裏の顔があるが、それを抜きにして考えると優秀だった。そして五条と並んではちゃめちゃに強かった。術式は言っては悪いが大したものではない。しかし呪力量と天与呪縛、そして才能だけで特級呪術師として君臨していた。

 

 そんな彼に課せられたのは、術式の一切の使用禁止。敵の罠が仕掛けられているだろう場所に五条を1人単独で行かせたり、龍已の術式を禁止にしたりとやりたい放題の上層部に、流石に額の青筋が切れかけた夜蛾。そこまでして消したいかと、机を殴って破壊したのが記憶に新しい。

 

 明らかな不利になろうと、その不利な状態で死んでくれたならば御の字。仮に死なずに帰還したのならば、適当に褒美の言葉でも送ってやればいいのだ。そしてまた違うときに処理してしまえば良い。上層部はそう考えていた。本当に腐っていると思う。現に五条が敵の罠に嵌まって封印されてしまっているという。呪術師側にとっての損失がかなり大きい。

 

 ヒーラーポジションの家入を護衛しないといけないので動けない夜蛾は、はぁと溜め息をついた。頼みの綱は今龍已しか居ない。五条が封印された今、呪術師側のジョーカーは龍已なのだ。彼が落ちれば日本は終わると考えて良い。そして、噂をすればその彼が姿を現した。

 

 

 

「龍已かッ!何故こんなところへ来た?いや待て、担いでいるのは虎杖悠仁か?」

 

「学長待ってください。……いつもの龍已じゃない」

 

「何?」

 

「判らないですけど……なにか違う」

 

 

 

「──────察しが良いな。流石は長年『俺』を見てきた家入硝子だ。これ程早く察するとは、恐れ入った。これはお前達への土産だ。取っておけ」

 

 

 

 肩に背負っている虎杖を夜蛾に向けて放り投げた。歩道橋の高さに人一人簡単に投げた龍已に対して、違和感ばかりが感じられる夜蛾は顔を顰めつつ、飛んできた虎杖を受け止めた。虎杖の体は血塗れだった。それも穴が体中に開いていて、あと少ししたら失血死していたかも知れないレベルのものだ。

 

 この傷の出来方は見たことがある。貫通せず、体内に何かが埋め込まれた形跡も無い。まるで内側から外に向けて何かが飛び出てきたような傷。それは龍已の領域展開で必中効果を得た場合にのみ可能な内からの狙撃。昔に五条と夏油が同じような傷を作って1日中痛いと嘆いていた。

 

 つまりこの傷は龍已がやったことにより出来たものだ。しかも領域展開までしてだ。夜蛾は龍已が無駄なところで領域展開などしないことを知っている。なので使ったのは使わざるを得なかったという解釈をした。虎杖に関係して領域を使うのならば、それはもう宿儺関連のことだろう。

 

 詳しいことはまだ報告されていないので夜蛾は知らないが、漏瑚に宿儺の指10本を気絶している間に食わせられ、今彼の中には全部で15本の指が存在している。1度に大量摂取すると体が追いつかず宿儺へ一時的な肉体の支配権が移ることも知らない。しかしなんとなく、そういうことが起きていたのではないかと思える。

 

 取り敢えず家入が反転術式を使って虎杖の応急処置をしたお陰で血は止まった。ただ、家入は応急処置をしつつ龍已の事をチラリと見る。薄く浮かべている笑み。実に自然だ。普通ならばどこにも疑問を抱かない表情。しかしこと龍已に於いては、不気味以外の何ものでもなかった。

 

 

 

「……龍已。お前どうしたんだ。敵に何をされた?」

 

「何をされた?()()だ。()()()()()()()?未完成の黒圓龍已が完成すると思え……と。ただ、完成しただけだ。完成して、本来の俺となった。それだけの話だ」

 

「完成した……。でもおかしいだろ。楔がどーとか言ってただろ。なんで完成した?まさか今回のテロにその楔が居たのか?」

 

「それとは別の理由だ。しかし完成したものは完成した。最早、お前達が知る黒圓龍已ではないだろう。此処へは決別の言葉を言いに来ただけに過ぎない。家入硝子──────」

 

 

 

 

 ──────お前との関係はこれまでだ。 

 

 

 

 

「………………………。」

 

 

 

「──────このテロの主犯は既に俺が殺した。跡形も無くな。残る残党も今から殺す。その後は最後の悪足掻きで放たれた塵芥を殲滅し、世に蔓延る呪詛師を皆殺しにする。その後はお前達だ……呪術師。俺は逃げも隠れもしない。これから先が欲しいならば、俺と呪い合おうではないか。『俺』とお前達(呪術師)とは()()()そういう関係だ」

 

 

 

 交際関係の別れであり、呪術師達との関係も切る決別の言葉を残して消えた龍已。忽然と姿を消してしまい、夜蛾と家入が止める言葉を掛けることすら出来なかった。言いたいことは山とある。何故勝手に完成したのか。何故、呪詛師を相手ならまだしも、呪術師を敵として定めているのか。

 

 夜蛾は龍已が言っていた事を頭の中で反芻して、どういう意味なのかを考えている。同時にまさかあの龍已と敵対関係になるとは思いもしなかったことに焦りを抱いていた。対して家入は、舐めていた珈琲味の飴を早々に噛み砕いた。口の中が苦い。果たしてそれは珈琲の苦味なのか、また別のものなのか。

 

 関係はこれまで。つまり交際関係、彼氏彼女の関係を一方的に断たれたことになる。呪詛師だけでなく呪術師とも敵対するという発言を残しているのだから、当然と言えば当然なのだが、あまりに急すぎる。家入ははぁ……ッと、強く息を吐き出して頭を掻き毟った。そして、強く握った拳を歩道橋の手摺に打ち付ける。

 

 

 

「……訳が分からないな。渋谷駅で一体何が起きていたんだ。……チッ」

 

 

 

 駆け寄りたかった。大丈夫かと、いつもの冷静で沈着な家入とは思えない行動を……彼の前だからこそできる心配をしたかった。回復要員として此処から動けない自分が、実は心の中で悔しかった。だからせめてもと、最前線で術式すら使わせてもらえない彼の無事を祈っていた。祈っていたのに、やって来たのはいつもの彼ではなかった。

 

 作られた自然な笑み。不自然さが無い違和感。彼ではない彼。10年以上交際して、知らないところなんて無いと思っていたのに、それだけの深く強い繋がりがあって、最早自分の一部のような感覚があったのに、そんな彼に対して『怖い』と思ってしまった自分を赦せない。

 

 気配で察していた筈だ。家入硝子が黒圓龍已を恐れていると。他者の健康や気持ちを気配だけで丸裸にする彼のことだ。彼に最も向けられる感情である恐怖から来る恐れなんぞ感じ慣れていることだろう。故に、家入は龍已を恐れた自身を赦せない。到底、赦すことができず、1歩もその場から動けなかったことに後悔を滲ませた。

 

 彼はもう、家入の前には帰ってこない。別れ話がどうとか、決別がどうとかの話ではなくなった。彼は……黒圓龍已は……呪詛師の敵であり呪術師の敵にもなった。誰の味方でもなく、誰という味方も居らず、彼は自分の進むべきだった道に進んでいったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────夏油の皮を被った奴が放った呪術師、呪詛師が多いな。呪霊も改造人間も相当な量だ。まあ……俺に数は関係無いが」

 

 

 

 空へ銃口を向ける。純黒の色をした姉妹銃『黒龍』は、その銃身でしか耐えられない濃密で莫大な呪力を溜め込み、遥か上空へ向けて撃ち放った。先日までの青黒い呪力弾は黒い呪力弾へと変わっていた。前とは違うという揶揄にも思えるそれは、たった1発でその殆どの命を奪う呪いだった。

 

 1発の銃弾の大きさしかないそれは遥か上空、高さ約4000メートルにて弾けた。銃弾の形は黒い光の球体へと変化して空に鏤められている。上を見上げれば、空に浮かぶ異様な黒い小さな斑点に気がつくだろう。何を意図しているのか分からず、つい見上げてしまえばそれで何もかもが終わる。

 

 呪いの黒き光を、自身の敵に向けて放つ超広範囲殲滅。1つに込められている呪いの強さは埒外で、範囲を狭める代わりに貫通力を底上げされているそれを受け止めることは不可能。回避もほぼ無理だろう。音よりも速いという雷。黒き光線は、その雷すらも置き去りにする。

 

 

 

「墜ちろ──────『碧落ノ墜祓』」

 

 

 

 呪霊は等級なんてもの関係無く、ほぼ根刮ぎ祓われた。約4キロの範囲全て。改造人間は死滅した。約4キロの範囲全て。呪詛師は抹殺された。約4キロの範囲全て。呪術師は無事だった。約4キロの範囲全て。()()()見逃された多くの呪術師達は、戦っていた呪霊や改造人間が祓われ殺されたのを見て一息つく。

 

 偽夏油の放った呪術師と呪詛師は約4キロの範囲内に居た者達だけ皆殺しにされた。刹那の出来事だった。しかしその刹那を生み出した人物を思い浮かべて、生き残っている呪術師達は歓声を上げた。これで渋谷のテロは終わったのだと、裏で何が起きているのか気がつかず歓喜の声を上げたのだ。

 

 龍已は1人、広い道路の中央に立っていた。上に向かって撃った『黒龍』を下げる。銃口からは莫大な呪いを込められた呪力弾を放ったためか、煙を上げている。壊れた様子は無い。宿儺の斬撃すらも無傷で耐えた一級品だ。それをある方角へ向けて放つ。純黒の光線が放たれると、途中の壁を全て刳り貫いて目的の存在を撃ち抜いた。

 

 だが、撃ち抜かれた存在は生きていた。それを気配でも解っている龍已はチッ……と舌打ちをしてその場から消えた。呪いの光線で撃ち抜き、円形に刳り貫いた壁を通って目的の場所へ辿り着く。駅の渡り通路のところに出て来ると、目的の存在が見えてくる。

 

 

 

「ハハッ。オマエが獸崇が言ってた呪術師だろ?けど残念。物理は俺に効かないし、お得意の呪力の光線も効かねーよッ!」

 

「ツギハギの呪霊。お前が五条と虎杖、七海が言っていた特級呪霊か」

 

「真人だよ。芋虫に変えてやるから、それまではよォく覚えてな……よッ!!」

 

 

 

 魂に触れて形を変えることができる術式を持つ真人。彼は己の魂の形をこねくり回すことで自身の姿を自由自在に変える。つまり外的要因でしかない物理攻撃は効かないのだ。同時に、単なる呪いの攻撃も効かない。七海の十劃呪法ではダメージを与えられなかった。

 

 唯一真人に物理攻撃を可能としていたのが、虎杖だった。両面宿儺の指を食べたことで内に宿儺の魂が入り込み、無意識の内に魂の輪郭を捉えている。それによるものなのか、魂に触れなければダメージが出せない真人へ、有効打を与えることに成功していた。現時点での唯一の特攻を持つ虎杖。しかし彼は、龍已との戦いで気絶し、家入のところへ運ばれている。

 

 話には聞いている特級呪術師、黒圓龍已。真人は偽夏油が言っていた事が本当なのか確かめるために、手の中で弄んだ小さくしている改造人間を放り投げ、形を変えて先端を尖らせて差し向けた。一瞬で開いた距離を詰めた改造人間の刺突攻撃は、龍已の4メートル手前で完全に止まった。

 

 本当に遠距離が効かないのか!と、笑みを浮かべながら舌舐めずりをした。遠くからチクチクできないのはまあ面倒くさいが、龍已からの攻撃は自身に効かず、直接殴り合うなら自分も望むところだ。直接触れて魂に直接干渉し、体の形を芋虫にしてやろうと画策する。

 

 しかしその考えが浮かんだ時、真人は後方へ弾き飛ばされていた。駅の分厚いコンクリート製の壁を何枚も貫通して、最後は背中から叩き付けられる。大きく罅を入れて陥没した壁にめり込みながら、半分ほど潰れた顔面の感触を受けて小首を傾げた。どうやってここまで飛んできたのか解っていないのだ。

 

 真実を言うと、近寄って殴り飛ばしただけ。真人の横面を殴打し、壁を何枚も粉砕して吹き飛ばした。真人が捉えられない速度で。まあ、ダメージにはならないし良いかと思ってめり込んだ壁から出てきて、歪んだ顔を元に戻す。その後鼻から止めど無く流れ出る血に驚いた。

 

 

 

「何で鼻血が出てんの……?……ッ!もしかしてアイツ……っ!」

 

「初めてだったが()()()()()()()()()()()()()。これで物理が何だのは関係無くなったな、呪霊」

 

「……ハハッ。マジかよオマエ。すげー面倒くさいじゃんッ!」

 

 

 

 真人が衝突して破壊した壁の向こうから、歩いて向かってくる龍已に乾いた笑みを浮かべる真人。虎杖は内に宿儺の魂を抱えることで魂の輪郭を無意識で捉え、有効打を打ってきた。真人にとっての天敵だという認識だったが、今新たに天敵が生まれた。

 

 初めてだったという言葉が本当ならば、恐ろしい奴だというのが正直な感想。強ければ強いほど、無意識で自身の魂を呪力で防御しているものだ。でも完璧ではない。七海でさえも、2、3回真人に触れられれば耐えきれずに体の形を変えられてしまうというところだったのだ。

 

 龍已が強いことは今更のこと。直接触れて術式を使っても、七海よりも回数多く耐えるだろう。その考えが甘かった。まさか初撃で魂の輪郭を捉えてダメージを与えてくるとは思わなかった。動きも見えないくらい速い。少し戦況が不利だなと思いながら小さくしている改造人間を吐き出し、幾つも無理矢理捏ね回した。

 

 

 

多重魂 (たじゅうこん)──────『撥体 (ばったい)』」

 

 

 

 2つ以上の魂を捏ね回して融合させる。多重魂によって発生した魂同士の拒絶反応。これを利用して魂の質量を爆発的に高めることにより、相手に巨大な質量を向ける。1度に5つ以上の魂を融合させたので拒絶反応が強く、視界を埋め尽くす程の質量が襲い掛かった。

 

 天井いっぱいまである圧倒的質量の壁は、龍已を正面から押し潰そうとするのだが、術式反転によって4メートル手前で止まった。元が人間であるので非術師にも見えてしまうこの技は、術式によって生み出された物質ではないので止められても消えることは無い。

 

 その代わりに彼の視界を完全に塞ぐことに成功した。4メートル離れていようと、それだけ近づければもう十分だ。真人は移動していた。『撥体』という壁の中を。改造人間の口を開けて中から杜撰な笑みを浮かべながら姿を現す。そして口を開けば、口内には腕が4本生やされて掌印を結んでいた。

 

 夏油に散々黒圓龍已は危険だと忠告され、獸崇があと1歩で祓われるくらいまで追い詰められていた。確実に強い相手だろうが、魂の輪郭を捉えていないなら、まだ勝てる可能性があった。しかしその思いも先程覆された。輪郭を触れられるようになった黒圓龍已は、真人の天敵でありながら殺しうる存在と昇華した。

 

 漏瑚、花御、脹相、と共に五条悟と殺し合った際に行われた刹那の領域展開。夏油より、龍已の領域展開は押し合いになれば絶対に負けると言われている。例外はないと。では、押し合いにすらさせなければ良い。魂に触れて形を変える術式が必中になれば、領域に引き摺り込んだ時点で勝ちは確定する。コンマ何秒でも触れれば良いのだ。よって特級呪霊真人……0.2秒の領域展開。

 

 

 

「領域展開──────『自閉円頓裹(じへいえんどんか)』」

 

「……………………。」

 

「──────『無為転変(むいてんぺん)』……はい、お終い」

 

 

 

 引き摺り込んだ時点で、龍已は掌印を結んでいなかった。つまり真人は勝ちを確信したのだ。同じ領域を出す時間すら与えず、あれだけ最強と並ぶと謳われていた特級呪術師を殺した。所詮はこの程度かと、無限を操る五条がおかしかっただけかと考えて、これからどうしようかと思案する。

 

 数多くの手や腕が絡まって格子になっている気味の悪い真人の領域。あっという間に勝ってしまったことに若干のつまらなさを感じていた時のこと、真人は自身の領域の光景から一切何も映らない純黒の空間へとやって来ていた。先まで見ていた光景が違うと、辺りを見渡す。

 

 他の呪術師になにかされた?いや、領域を解除していないから無理だろう。中に入ってくればすぐに解る。それすらも無いということは、外に居るかも知れない奴の仕業ではないということだ。ならばもう選択肢なんて無いようなもの。魂に触れて殺したと思っていた黒圓龍已が、何かをしたのだ。

 

 何がどうなっているか解らない空間で真人は1人、辺りを見渡す。すると忽然と、闇から現れるように龍已が姿を見せた。数メートル離れているだけで、特に何か変わった様子が無い。『無為転変』による影響も無いようだ。まさか掌印すらも無く領域を……?と疑った時、龍已が口を開いた。

 

 

 

「塵芥の呪霊如きが、()()怨の一族の()に触れて無事で居られると思ったか?考えが甘いんだよ間抜け」

 

「ってことは、ここはオマエの生得領域ってこと?うわっ、真っ黒じゃん。気味悪いね」

 

「魂に触れて形を弄ぶと言うし、特級呪霊だとも聞いているからどれ程のモノかと思えばこの程度か。苦戦する理由が見つからん。では死ね」

 

「無駄だよ。俺にはオマエの術式は効かない。殴って祓うなら別だけどね」

 

「魂の輪郭を捉えた物理だろう?残念だが、お前の魂に呪いを込める方法には()()()()()。言った筈だぞ、死ねと」

 

「は?」

 

「──────『無窮ノ晄』」

 

 

 

 訳も解らず、真人は黒い閃光に包まれた。最期に見たのは何もかもを呑み込もうとする黒。莫大な呪力が込められた光線が真人の体を呑み込み、抵抗すら赦さず蒸発させるように跡形も無く消し飛ばした。虎杖と七海の2人掛かりでどうにか追い詰めた相手。それも、生まれて間もなく、戦闘経験が浅い真人をだ。

 

 日が立つにつれて真人は術式の熟練度を上げ、虎杖と七海、五条との戦闘で死がなんたるものなのかを掴んでいた。形を変えられるというアドバンテージを有効に使い、選択の幅を広げていく。領域展開を完璧に自身のものにして、呪術師にとって凶悪で狡猾な呪霊へと成長していた。しかしその強さが通用するのは、五条と龍已を除いた呪術師達だけだった。

 

『碧落ノ墜祓』から逃れられた唯一の存在、真人は死んだ。死んだと言うよりも、消滅したと言った方が正しいのかも知れない。彼等は人間ではなく呪霊。故に死という概念ではなく、祓われてこの世界から消えたという認識なのだ。

 

 真人が消え去った場所には、もう龍已は居なかった。後にその場へ訪れる七海は誰とも会うことが無く、一瞬だけ見えた光線で龍已によって呪霊や改造人間を消し去ったことを察したが何故、呪力が黒かったのか首を傾げることになった。

 

 渋谷の戦いは決した。呪術師側の勝利だ。だが実際のところ、封印された五条の行方は解らず、龍已の姿は何処にも無い。困惑する呪術師と高専の学生達。しかし夜蛾学長からの達しにより、特級呪術師の黒圓龍已が離反したことを告げられたのだった。

 

 

 

 

 

 

 黒圓龍已は名実共に、呪術師の敵として見られることになった。各々はどう思うのだろうか。困惑か、失望か、憤りか。その他のことか。取り敢えず言えるのは、黒圓龍已とはもう、普通の関係には戻れない。

 

 

 

 

 

 






両面宿儺

紛う事なき呪いの王。卓越した技術と知識を持った平安時代最強の呪詛師。閉じ込めない領域を扱い、広大な効果範囲を持つ。自身の領域を真っ向から防いだ者は存在せず、龍已が初めてだった。

まさか、1回受けただけで閉じ込めない領域を完璧に扱ってくるとは思ってもみなかった。完全に予想外。だけど強ければ強いほど愉しいので機嫌は絶好調になった。同時に、龍已をメインディッシュに添えた。

平安時代最強最悪の呪詛師、呪いの王……現代最凶にして生ける伝説の呪詛師殺し、黒い死神に敗北。




真人

変形していない原型の手で直接触れた相手の魂を捏ねくり回して形を変えることが出来る術式を持つ。触れたら改造人間にされて死ぬ、凶悪な術式。この術式を必中にし、文字通り掌の上にする領域展開はまさに必殺。

龍已の事を0.2秒だけ展開した領域に引き摺り込み、早々に殺してしまおうとするが、何故か彼の生得領域に居て、撃ち滅ぼされた。現実の真人は白目を剥いていたが、その後崩れて消滅した。消し飛ばされたのは生得領域にやって来た魂の真人。




家入硝子

昔に龍已の中に居る何者かから忠告されていたが、今回それが発端で龍已が変わってしまったのか把握していない。元に戻せるならば今すぐにでも戻してやりたいが、肝心の本人が姿を消してしまってお手上げになっている。

長年隣に寄り添った龍已から、話これの言葉を突き付けられた。了承した覚えないんだけどな……と思いつつ、龍已と同棲していマンションで、2人で使うベッドを撫でていた。布団に丸まって寝たが、どれだけ包まっても冷たくて眠れなかった。




黒圓龍已

呪いの王の初めて(意味深)を奪った男。

閉じ込めない領域を食らったことにより()()()()()()()()()()()、『殲葬廻怨黒域』を閉じ込めない領域として展開することに成功した。これで領域の押し合いを受けずに引き摺り込む事ができ、尚且つ囲った相手を全員巻き込むことが出来るようになった、史上最悪の凶悪な領域展開。

虎杖と七海が苦戦した真人を一瞬でぶち殺した。魂に触れられたら終わりという情報は掴んでおり、魂に呪いをぶち込まないといけないのだが、()()()()()()()()()()()()()ので、殴り殺してやろうかと思ったら領域展開してきたので乗った。

呪詛師の敵は元からだが、何の理由があってか呪術師の敵にもなった。宣言して決別を示したので変えることは恐らく無い。そして、長年連れ添った家入との交際関係も終わらせた。




殲葬廻怨黒域(せんそうかいおんこくいき)』(改)

必中効果が発動した場合、解釈が捻じ曲がり当てられる場所になら何処からでも当てられるようになる。範囲は普通の領域展開と同じだったが、今回のことで閉じ込めない領域として確立。

効果範囲は前代未聞の427メートル。この領域内に入った存在は総て龍已の掌の上となり、内か外か、弾丸か光線かにより撃ち殺され殲滅される。

史上最悪の凶悪にして理不尽領域。



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第五十五話  離叛の一方



最高評価をしてくださった、三笠 お蓮 だんず よくゑたる人 わたしだ Meer ただのメガネ アミジャガ5 沙羅双樹 OKMT burny 鯱熊 セミさん 泰 時雨 チーフなっちゃん OMx2 未確認知的生命体 黒鉄 零 オットマン 錬金術師 影鰐 戀海恋 F1ppInoX Sui-1027 隼型一等水雷艇 隼 (°д°) ロードランナー 鮭ご飯が食べたい はるぱす 新手のスルメイカ キヨシ Joan りょうはや メイギン ハル吉★ 魁人 おっぺー マサカの盾 まんが 会会 Billy Artemis メンコ どーぱみん 猫くろ さん。

高評価をしてくださった、ハゲすぅ smic KURO蓮夜 ラズ❤︎ 【雅】 パニックパニック うぉるぴす Nagato itika ギルネリーぜ さばっぺ ダンまちファン チルッティドラグーン yuma2017 カヤン 夕張の渡り鳥 Tera_18 かっつ ツァラトゥストラ AXEL0329 ベルハーゲン カキた むらさき君 ニーター norio 鳳飛鳥 kkkkkkk Yoto 登竜 デューマン レストラン 悠久7723 クランチ555 ナギンヌ オルガ ロイク の皆さん、ありがとうございます。






 

 

 

 

 

「──────伏黒。アンタ大丈夫だったわけ?」

 

「言葉が抽象的過ぎるだろ。どれのこと言ってんだ」

 

「察しなさいよ。特級よ特級。七海さん達と一緒に戦ったんでしょ?」

 

「……俺は領域を展開して穴を開けようとしてただけだ。戦いらしいことはしてねぇ」

 

 

 

 渋谷事変後日。釘崎と恵はグラウンドの段差にある階段に座っていた。いつもの元気な感じは無く、何となくだが暗い雰囲気が漂っている。今回のテロ事件は学生に対して強い印象を残す戦いだったため、丸1日の休みを設けていた。その1日が明けて、任務が入っておらず念の為の学校休校に手持ち無沙汰となり、外に居たら会ったので話しているという現状。

 

 恵が座って自身の影を見下ろしているところに、釘崎がやって来た。何となくで来た場所に居た同期に、一言二言話してその場を去るというのは何だか違う気がして、2人はこうして話をしていた。暫くは両者共に黙っていたが、口を開いたと思ったらやはりあのテロ事件のこと。

 

 切り出した釘崎は、なんつーつまんない切り出し方かと自身に呆れながら、でも……気になっていることを口にしない性分でもないので話を続けた。釘崎は1級呪術師への推薦があって査定中という立場だが、実力は1級呪術師に敵わないと自覚している。一瞬だけ合流した七海の実力を見て、格が違うと感じたのだ。

 

 そんな彼女は七海と別れた後、ここから先は最低でも七海レベルだと言われて雑魚呪霊の祓除に回っていた。改造人間も見掛け次第祓った。言われたとおり渋谷駅の方には近づかないで、自分にできることをやっていたのだ。しかし、それはある時を境に終わった。天より飛来した黒い光線に、周辺の呪霊及び改造人間、そして呪詛師が殺され、祓われたのだ。

 

 移動しても敵は居なかった。如何したのかと、何が起きているのかと訳が分からないまま帳は上がり、携帯の電波が届くようになったので補助監督の新田に話を聞いて合流し、渋谷駅周辺から離脱した。負傷らしい負傷はしていない。ただ、恵が七海や真希、禪院家の当主と共に特級呪霊と戦闘したらしいという話を聞いて、少し話を聞いておきたかったのだ。

 

 

 

「あんまり詳しい話知らないのよねー。どうやって特級祓ったのよ」

 

「……七海さんと禪院家の当主、真希さんが居てもアレには勝てなかった。だから引き摺り込まれてた領域から逃げるために、俺が入った時に維持してた領域の穴から脱出しようとした。その時に、親父と3年の反承司先輩……黒圓先生が入ってきたんだよ」

 

「……そう」

 

「苦戦してたのがアホらしくなるくらい、親父と黒圓先生は特級を一瞬で祓った。反承司先輩も、疲労してる俺達を護ってくれた。……問題はその後だ。誰か解らないが、黒圓先生が固い声を出すくらいの男がやって来て、いきなり黒圓先生に襲い掛かって一緒に消えていった。追い掛けようとしたが、別の3つ頭の特級呪霊が来て行けなかった。後を追ったのは反承司先輩だけだ」

 

「分裂してそれぞれが術式使うっていう、黒圓先生襲った特級呪霊ね。反承司先輩って、確か今──────」

 

「──────()()()()()()。精神状態が悪いらしい。話も聞かず、会話が成り立たず、自傷行為をしようとする。なまじあの先輩強いから、拘束されて幽閉中だ」

 

「女相手に手厚いわね」

 

「仕方ねぇだろ。反承司先輩はあの東堂を正面から倒せる数少ない人だ。形振り構わず暴れられたら止められなくなる。親父が気絶させてなかったら、今頃校舎が徹底的に破壊されてるぞ」

 

「見た目に似合わない強さよね。黒圓先生が絡むと人格変わるけど。……まあ、悪い先輩じゃないのよね。黒圓先生以外に対しては総じて塩だけど」

 

「もうあの人は……そういうもんだと思った方が良い」

 

 

 

 反承司零奈。黒圓班に所属していた釘崎と恵の3年の先輩。いつもはニコリとも笑わず、話し掛けても冷たい対応だが無視はせず、何か聞けば答えて教えてくれるという人だ。最初こそ、気が強い釘崎は印象が良くなく、何だこの人はという考えだったが、龍已が絡んだときに見せる姿を目撃して呆然とした記憶がある。

 

 なんだあれ、同じ奴か?と懐疑的になったのは仕方ない。明らかに好きな人に対してオーバーなアピールする痛いオンナ。それが釘崎の中に固まろうとしていたが、恋する女の目ではないことを察した。同じ女としての勘が、そんな()()()()()感情だとは告げなかったのだ。謂わば執着。妄信の域だ。何がそうさせたのかは知らないが、彼女も彼女でイカレてるんだなと思った。

 

 そんな彼女は今、呪符が貼られた部屋に幽閉されている。動けないように全身拘束して、舌を噛まないように念の為の猿轡を嵌めながら。そうしないと何をするか解らないのだ。話が通じず、暴れ出すのを甚爾が止めたが、錯乱しているようにしか感じなかった。何があったと聞きたくても、話にならないのだから仕方ない。ほとぼりが冷めるまで頭を冷やさせる事にしたのだ。

 

 謎の男と龍已が離れていったのを追い掛ける前までは普通だった。追い掛けた後に、おかしくなったのだ。何が起きたのか……とは問わなくても解る。事件の詳細を知らないだけで、反承司が戦闘不能にされたことは知っていた。何せ、各員に通達された信じたくもない情報に関係することだからだ。

 

 

 

『1級呪術師夜蛾正道の証言により、黒圓龍已特級呪術師を離叛者として特級呪詛師に定める。不用意な接触は黒圓龍已特級呪詛師と関係を結ぶ者として秘匿死刑の対象とする。見つけ次第呪いによる殺害を実行することを通達する』

 

 

 

「……訳解んないわ。なんで黒圓先生が離叛になるのよ。反承司先輩をボコって、硝子さん達に離叛すること宣言して消えて。ほんと、何言ってるか解んないんだけど」

 

「解りたくないんだろ。……俺も同じだ」

 

「……チッ。つーか、虎杖どうした。アイツも私達みたいにジッとはしてられないでしょ。てっきり会うと思ってたんだけど」

 

「虎杖は詳しい事情聴取だ。変わっちまった黒圓先生と……宿儺がとはいえ接触した3人の内の1人だからな」

 

「なるほどね」

 

 

 

 多くの『両面宿儺の指』を取り込まされた虎杖は宿儺に一時的な肉体の主導権を渡してしまう。気絶していたということもあり、意識が覚醒するまでの間は宿儺に自由があった。その時に龍已と会い、戦闘になった。結果は龍已の勝ちで終わったが、宿儺の領域展開で東京の一部分が更地となった。

 

 犠牲者は0であったので秘匿死刑になることこそ無いようだが、彼の立場はかなり危うい。何せ、虎杖の秘匿死刑に待ったを掛けていたのが他でも無い五条なのだ。その五条は今、封印されて不在である。彼が居ない時の、いざというときに備えられるのが龍已だったのだが、彼は離叛して行方知れずとなっている。つまり、後ろ盾が無い状態だ。

 

 いつ虎杖の秘匿死刑決行が言い渡されてもおかしくない。上からの命令ならば従うしかない呪術師には酷な話だろう。それも踏まえて、恵は現状の危うさに思い悩んでいた。五条が封印され、龍已が離叛。全国に偽夏油の用意していた呪霊と呪詛師、昔の呪術師が現れている。現役の呪術師はそれの対応に追われていることだろう。

 

 

 

「……はーっ。真希さんは大丈夫なんだっけ?」

 

「特級呪霊の攻撃を受けたが、そこまで深傷を負った訳じゃない。家入さんの治療受けて既に完治してる。深傷だったのは、禪院家の当主と七海さんぐらいだった」

 

「禪院家当主はどーでもいいわよ。真希さんの昇級邪魔するような奴だったし。けど、七海さんは心配ね。交流会の時に忍び込んできた呪詛師を代わりにノしてくれたし」

 

「七海さんも家入さんの治療受けて、今は大丈夫だと思う。死んだのは……メカ丸の与幸吉先輩だけだ」

 

「……そう」

 

 

 

 禪院家当主の禪院直毘人は片腕を無くすという深傷を負うも、治療を受けて生きている。七海も片眼を失う程のダメージを負っていたが、治療を受けて目も回復したようだ。なので、今回の戦いで死んでしまったのはメカ丸こと与幸吉だけである。

 

 呪霊側と通じていて内側の情報を流していた与幸吉は、天与呪縛により縛られている肉体を元の健全な状態に戻すという縛りを結んでいた。真人の『無為転変』によって肉体は戻されたが即座に戦闘に入った。裏切っていたが、裏切りきっていたわけではなく、裏で真人や偽夏油を祓う準備をしていた。

 

 結局真人によって渋谷事変前に殺されてしまっていたが、死んでしまったのは彼のみということになっている。その他の呪術師に死者は居らず、補助監督も全員無事である。あれだけのテロ事件でありながら望ましい生存者に、呪術師達からは奇跡だと言われていた。

 

 残念なことに、戦いに巻き込まれて呪霊や呪詛師、五条が相手していた特級呪霊に殺されてしまった非術師はかなり居た。それについてはもう仕方ないと割り切るしかないだろう。帳で閉じ込められてしまい、呪霊を放たれてしまったのだから。

 

 

 

「──────ん?あれ、伏黒君に釘崎さん?こんなところでどうしたの?」

 

「……灰原さん」

 

「灰原さんこそどうしたのよ」

 

「あはは。僕は補助監督仲間と打ち合わせや、今後のことについての意見交換。夜蛾学長との情報照らし合わせ……とかかな!今はちょっと休憩中だよ!」

 

 

 

 2人の近くを通った補助監督の灰原。七海の同期である彼は、買ってきたばかりの開けられていないコーラを片手に2人を見下ろしていた。学生は休みの筈なんだけどなと思いながら話し掛けたようだ。何だかジッとしていられなくて……という事を恵と釘崎から聞くと、溌剌とした笑みを浮かべながら分かる!と同意を示した。

 

 学生は休みだが、補助監督の仕事はたんまりと残っている。高専外の呪術師に情報を伝達することや、各地の呪霊状況の聞き込みに情報の更新。打ち合わせ等とやることは多く、大忙しだ。人数もそこまで多い訳でもないので、休憩以外は皆忙しなく動いている状態。

 

 灰原は引き継ぎをして、別の補助監督と交代して休憩時間に入っている。貴重な休憩なのだから休んでくれと思うが、学生が今どういう状態に身を置いているのか理解している灰原は、恵と釘崎の傍にやって来て話をする姿勢を見せた。人畜無害な笑みを浮かべて、話をしようと言われてしまえば頷くしかない2人は、3人で少しだけ話すことにした。

 

 

 

「黒圓先輩のことは聞いたよね?」

 

「……はい」

 

「まあ……」

 

「困惑するよね。その反応は正しいよ。僕達補助監督もね、みんな混乱してるんだ。信じたくないということもあるけれど、それを隠すために忙しく仕事してる。手を止めると考えちゃいそうになるからさ」

 

「…………………。」

 

「僕はね、昔……君達みたいな高専の学生の頃に黒圓先輩に命を救われたんだ」

 

「……そうだったんですか?」

 

「うん。2級呪霊の祓除って内容だったんだけど、産土神信仰の土地神が居てさ。もう死ぬってなった時に、偶然近くで依頼を熟してた黒圓先輩が駆け付けてくれたんだ。気絶してたから見てないけど、土地神を宥めようとして失敗して、やむを得ず結局は一撃で殺しちゃったみたい。そう考えると、黒圓先輩って神殺しだよね!あはは!」

 

「…………………。」

 

「……黒圓先輩が居なかったら、僕は死んでた。下半身吹き飛ばされて、今はこうして歩くことには問題ないけど走れない体になっちゃった。けどさ、生きてるだけでありがたいよね。こうして生きる機会をくれた黒圓先輩には頭が上がらないよ。そんな命の恩人の先輩が離叛ってさ……僕も未だに信じられない。だから君達学生が困惑して、信じられなくても不思議じゃないし当然だと思う。……なんかごめんね!言ってること滅茶苦茶だよね!訳解んなかったらごめん!喋るの下手だなー僕!」

 

「いえ、灰原さんが言いたいことは伝わりましたので大丈夫です。ありがとうございます」

 

「右に同じく」

 

 

 

 みんな混乱して同じ気持ちだから2人だけで落ち込んでいたり、考え込んでいないで、皆で話し合った方が抱え込まないで済む。そう言いたいのだろう。何となく、伝わった。灰原も命の恩人が離叛したと報されて動揺している筈だ。だからコミュニケーションも現状上手く取れない様子。

 

 ふざけて馬鹿にするなんてこと、できるはずがない。恵と釘崎は、自分でも今の状態で誰かの相談に乗ったり、励ましたりしようとしたら同じように何を言いたいのか分からなくなってしまう自信があったから。なので、話がおかしいと自覚して気恥ずかしそうに頬を掻く灰原に、お礼の言葉を贈った。

 

 その後も、灰原と話をした。学生には現在伝わっていない、これから伝えられるだろう情報を先に教えてくれた。というのも、全国に放たれてしまった呪霊や呪詛師、昔の呪術師による無差別殺戮が止まっているということ。目撃情報がみるみる消えていき、“上”の連中からの言葉も止まっているそう。

 

 非術師が襲われていないならば、それに越したことはない。明るみに出なかった呪霊が表の世界で生きる者達に認知されれば、恐怖によって負の感情が増大して呪いが強まるだけだ。隠せるものなら隠していた方が良い。写真にも写らないので、幽霊として処分されるだけなら何の問題も無いのだ。ただ、気になるのは何故目撃情報が少なくなっているのかということだ。

 

 本来は何故だろうかと悩むだろう。何者かによる仕業か?と勘ぐることもあるだろう。だが、その話を聞いた時に恵と釘崎が思ったのは、ある人のことだった。離叛してしまった彼。でも彼ならばやっていてもおかしくない。特に呪詛師については、彼ほど敏感に反応する者は皆無だろうから。

 

 

 

「黒圓先輩……なのかなぁ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────お母さんっ。怖いよぉ……っ!」

 

「大丈夫……大丈夫だからね……っ!」

 

「父さんっ!これは一体どういうことなんですか!?あの人は誰なんです!?」

 

「こ、これは……おい()()()()っ!貴様、どういうつもりだ!?」

 

 

 

「お前達を1箇所に集めた理由か?──────()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

「……っ!!」

 

 

 

 とある鬱蒼と木々が生えた場所にて、老人とその他の十数名の男女と子供が1箇所に集められていた。地面につけられた大きな円。木の枝で描かれただけのそれ。その中に入るように命じられている彼等。突然攫われて、こんなところに連れてこられた者達は最初こそ……連れて来た本人である龍已に反発した。

 

 高校生くらいで、気が強い男がどういうことだと詰め寄り、円より外に出るなという龍已の言葉を無視して外に1歩踏み出した瞬間、蹴りで頭が千切れ飛んだ。木にぶつかって粉々になった頭。頭を無くした体。一瞬で目の前の男を殺した龍已に、本能的恐怖を感じて皆で集まり固まり、肩を寄せ合っている。

 

 その中で、老人の男だけは苦々しい表情を浮かべていた。どこかに居ると思っていた黒圓龍已が突然姿を現したかと思えば、いきなり気絶させてきたのだ。目を覚ませば何処か解らない現在地に、()()()()()()家族と一緒に居た。顔ぶれは覚えている。息子夫婦に孫。今は亡き妻の方の親戚など、思い当たる顔全部が揃っていた。

 

 そんな彼等と共に集められた自分と、無表情で見下ろしている特級呪詛師にした男。何を考えているのかは解らないが、何をしようとしているのかは解る。だからこそ、全身から掻く冷や汗が止まらないのだ。老人の男の立場が、呪術界上層部というものであるからこそ。

 

 

 

「貴様ッ!気は確かかッ!?儂を殺せば、貴様はより淘汰される存在になるのだぞッ!?」

 

「淘汰される?前から用意していたように、即座に俺を特級呪詛師認定して懸賞金まで掛けておいて良く言う。邪魔になり、五条が居なくなったから何をしても文句を言う奴が居ないと勘違いしていたのだろう?頭がめでたい奴だ。これから死ぬ癖に、マシな頭の回転はしないのか?」

 

「ふざけ……っ!はー……貴様が儂を殺そうが、上層部はまた別の存在が就く。殺しても根本的解決にはならんぞッ!!」

 

「……?あぁ、上層部というシステムの1つを改善させるために殺すと思っているのか。違う違う。『俺』達怨の一族を散々虚仮にした塵芥の血を受け継ぐお前を殺したいだけだ。お前の家族もそうだ。お前と縁がある者達を全員攫ったのも、この世から目障りなものを消すためだ。安心しろ。赤子でも何でも等しく殺す。そのために連れて来たのに、逃がしたら何の意味も無いだろう?まあ、俺から逃げるなんぞ不可能に近い訳だが。俺の術式は知っているだろう?」

 

 

 

 そう言って手に持つ『黒龍』を振って見せる龍已。老人の男……上層部の1人である彼は息を呑む。そう、龍已の術式は呪力を体外に飛ばして操作するものであり、銃を介さないと発動しない天与呪縛がある。その代わりに約4キロの術式範囲を持っている。目の前で対峙するということは、一瞬で彼から4キロ以上離れなければならない。

 

 この範囲内は全て黒圓龍已の領域だ。身を隠そうが意味は無い。必ず何処に居るのか把握できる術を持っているからだ。上層部として君臨しているばかりで、戦う技術を衰退させ、とても戦える体ではない老人にとって、今がまさに現役の元特級呪術師に正面から戦って勝てるわけがない。絶対が無い業界でも、こればかりはどうしようもない。

 

 上層部を引退した場合の後釜として育てた息子も、一族繁栄の為に与えた胎の女も、自身に関係する全ての者達が集められ、老人を除いた皆が困惑している。脅しを掛ける男……龍已の事は知らない。息子だけは、黒圓龍已と聞いて現在懸賞金が掛けられている特級呪詛師と解って青い顔をしているが、それ以外はただ攫われたとしか思っていない。

 

 龍已がやらんとしていることは唯一つ。殲滅故の皆殺し。一族全てをこの場で殺すつもりなのだ。折角息子夫婦に生まれた胎の孫も何もかも。そうはさせてなるものかと腰を上げようとした時、1発の銃声が響いた。ビクリと肩が跳ね、反射的に背後を振り返る。そこには、頭を撃ち抜かれて頭部を破裂させた体が1つ、出来上がっていた。

 

 ぶちまけられた脳髄。固まる者達。血の気が引く音が幻聴で聞こえてくるようだ。何の言葉も無しに突然殺した龍已に、老人は向き直る。よくもやってくれたな。そんな言葉の一つでも吐いてやろうと思ったが、彼の瞳を見て固まる。敵意だとか殺意だとか、そんな生易しいものではない。黒々とした怨念。それが黒い炎となって灯っていたのだ。

 

 妖しい炎を揺らめかせる瞳に、走馬灯を見た。これまでの70余年の人生を、ものの数秒に閉じ込めたのだ。世界から色が褪せ、灰色のように感じる。時が停まったように感じる体感速度の中、老人の親族は次々に頭を撃ち抜かれて死んでいった。

 

 怯えていた女も。やはり戦おうと決意を込めた男も。成人になっていない未成年の子供も、等しく頭を撃ち抜いて殺した。死後呪いに転ずることが無いように、呪力を纏った弾丸で殺されている。世界最高の呪具師に手掛けられた銃は、その硬度と超重量の他に、普通の銃では撃てない徹甲弾が撃てる。

 

 撃った場合の衝撃は筆舌に尽くしがたく、常人が使えば腕が引き千切れる程のもの。体格に恵まれた者でも、腕全体の粉砕骨折は免れないだろう。そんな怪物のような銃から放たれる弾丸は、最も硬いとされている頭蓋骨を易々と貫通し、突き抜けた後に遅れてくる衝撃で頭を粉々に粉砕した。疑問を抱く余地も無く即死。もの言わぬ死体が転がっている。

 

 

 

「何故……儂のみならず……」

 

「誓ったからな。虚仮にしたお前達塵芥の呪術師を何時か必ず、然るべき時に皆殺すと。受けた怨は怨で返す。潔く死ね。お前は死して悔い改める機会すら必要ない」

 

「待っ──────」

 

 

 

 銃声。また1つ、もの言わぬ死体が増えた。頭を失った体が痙攣を起こしている。頭の無くなった死体が幾つも転がっている光景は凄惨な光景だ。そんな光景を作り出した龍已は喜びも何もせず、動くようになった表情筋を欠片も動かさず、無表情で眺めていた。鉄臭い臭いが辺りを包み込む中、死体から流れる大量の血でできた池の中、啜り泣く子供が居る。

 

 まだ小さい子供だ。幼稚園生くらいだろうか。周りの大人達が次々頭を吹き飛ばされながら死んでいく光景を、光を失った暗い目で見ていた。死んでしまったのだと理解すると、限界まで涙を溜めて泣き崩れる。何が何なのか、解らない内に絶望を与えられた。今感じているのは恐怖だ。

 

 龍已は泣き崩れる子供に近寄り、しゃがみながら頭を撫でて視線を合わせる。絶望し、恐怖する目を向けられるが、小さな頭を抱えるように軽く抱き締めた。人肌を感じて恐怖の中に幻想の温かさを感じた子供は、龍已に縋り付いた。彼は女の子の頭を撫でながら、優しい声色で耳に囁いた。

 

 

 

「怖かっただろう。目を閉じ、大きく息を吸ってみろ」

 

「えぐっ……ひっく……すぅ……はぁ……っ……すぅっ」

 

「目はずっと閉じているんだ。怖さが紛れる。大きく息を吸って……その調子だ」

 

「すぅ……はぁっ……すぅ……──────ッ!?」

 

 

 

 言われた通りにしていた時、女の子の胸にナイフが刺し込まれた。痛みは無かった。無いのだが、体の中に異物があるという違和感があった。龍已の首に縋り付き、上を向きながら目を開けようとすると、彼の大きな手が視界を遮った。暗い中で浅い呼吸しかできない。

 

 縋り付くことしかできない女の子の視界を遮りながら、突き入れたナイフを奥に刺し込んだ。ひゅっ……と小さな悲鳴に思える声が女の子の口から漏れた後、縋り付く腕から力が抜けていく。小さく震えている女の子の視界を遮りながら、刺したナイフを抜く。ナイフを手放した手で頭を撫でてやれば、安心したように手の中で瞼を閉じる。

 

 浅い呼吸が小さくなっていき、やがて呼吸は止まった。動かなくなった女の子の体を横にして寝かせる。閉じられた瞼が再び開くことはない。ナイフで刺したのに出血は少なく、痛みも無かった。苦しまずに逝けただろう。龍已はその場で立ち上がると、クロから火炎瓶を受け取り、死体の中央に投げた。

 

 瓶が割れて中の液体に炎が引火し、炎が広がっていく。燃えるものである死体と、身につけている衣服に炎が燃え移っていくのだ。人を燃やす炎を無表情で眺めていた龍已はこの時初めて、あくどい笑みを浮かべて嗤った。

 

 

 

「さぁ……怨によるゴミ掃除だ。呪術界は燃やすゴミが多くて困る。さっさと終わらせてしまおう。同時に、夏油の皮を被った奴の遺した置き土産の処理をしながらな」

 

 

 

 ケタケタと嗤う。いい気味だ。ゴミがまた1つこの世から消えた。散々黒圓一族を虚仮にしてきた呪術師の末裔が滅び去った。後釜に適当な呪術師が置き換わろうが関係無い。殺すと決めていた奴等を始末できれば、それで良い。

 

 炎は広がり、林全体が炎に包まれていった。火事だ火事だと遠くから人の声と、遅れて消防車のサイレンが聞こえてくる。龍已は黒のローブを身に纏い、暗闇に紛れるように姿を消した。後日、ニュースには山火事が起きたという報道が流れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ねぇねぇ。ボクと遊ぼうよぉ。絶対に気持ち良くしてあげるからさぁ。ヒヒヒッ」

 

「はぁっ……はぁっ……はぁっ……っ!!」

 

 

 

 少女は逃げていた。細く草臥れたような、骨と皮しか無いように見える痩せ細った男から。道を聞かれ、外見の怪しさに怯えながら答えようとしたら、突然襲い掛かってきたのだ。持っていた高校のスクールバッグを振り回して運良く顔に当てることに成功した。一瞬怯んだ隙を突いて、少女は逃げた。

 

 捕まったら何をされるか解らない。塾の帰りで、今日は偶然親の迎えが来れないからと自分の足で帰っている途中だった。辺りはもう暗い。人の影は無く、電灯が点いているだけ。明るさなんてその程度だ。

 

 運動はそれ程得意でもなく、自分でも平凡な女子高生だと自覚している少女は、自分にできる最高速度で走っていた。でも、追い掛けてくる男を何故か引き離せなかった。痩せ細った体のどこにそんな体力があるのかと問いたくなるくらい、走るのが速い。下劣な笑みを浮かべて舌を出しながら走っているのに、息を切らす様子は無い。

 

 このままだと追いつかれる。そう思えば思うほど、恐怖で脚が竦んで縺れそうになる。運動は得意じゃない。走るのも得意じゃない。助けを呼びたくても、引っ込み思案な性格が災いして助けを求める声すら上げられず、走ることしかできなかった。

 

 どうしよう、どうしよう、どうしよう。そればかり考えていたからなのか、とうとう足が縺れて転倒した。男はすぐに追いついた。ズボンのベルトを外して下ろし、勃起した男根を見せつける。そのあまりの悍ましさに、少女は顔色を蒼白くさせて後退った。こんなところで、こんな形で犯されるのは嫌だ。

 

 誰もが思うだろうことを考えて後退るが、気持ちの悪い男はもう目の前だ。男の魔の手が伸びてきて、ここまでだと諦観に近い感情を抱いて目を閉じる。瞬間、ごきりと鈍い音が響いた。恐る恐る目を開けてみると、手を伸ばしていた男の首が、3周程回って捻れ、口から泡を吹いて白目を剥いていた。

 

 

 

「──────昔の呪詛師も今の時代の呪詛師も、やることは変わらんな。実に虫唾が走る」

 

「あ……なた……は……?」

 

「知る必要は無く、知ったところで意味は無い。運良く生き延びたことを噛み締めていればいい」

 

「は、はい……すみません。あ、あと……助けてくれて……その、ありがとう……ございました」

 

 

 

 どさりと崩れ落ちる、人だったもの。今ではもう死体だ。誰が見ても、3周する程首を捻られた人が生きているとは思わないだろう。少女は、襲ってきた男の背後に居た男を見ると、不思議な雰囲気な人だと感じた。脚に巻かれたレッグホルスターは映画等でしか見ない。今のご時世、銃刀法違反で捕まるような、本格的な銃を納めている。

 

 顔立ちは整っていて、寡黙な印象を与える。ピクリとも動かない表情に話し掛けづらいものを感じるが、その反面しっかりと言葉を返してくれた。人を殺してしまった男の人のことは置いておいて、お礼を口にするのは真面目だからだろうか。それとも、人が目の前で死んでいるのに、叫び声も上げない精神にもの申せば良いのか。

 

 少女を助けた男……龍已はさして興味を抱いた様子も無く、少女から視線を外すと右脚の『黒龍』を抜き、首が捻れて死んだ男に向かって発砲した。しかし銃声は鳴らず、目に見えない何かが飛んで頭を撃ち抜いた。少女には、何を撃ったのか、そもそも本当に何かを撃ったのかさえ解らなかった。

 

 

 

「──────いつまで呆けているつもりだ」

 

「……え、あっ」

 

「見たところ高校生……まだ1年生だろう。今回のように襲われる可能性が高い夜に、1人で徒歩で帰るものでもない。両親を呼ぶなりして早く家へ帰れ」

 

「あ、あなたは……?人を殺して……」

 

「これは人間ではない。呪詛師……と言っても通じんか。兎も角、ゴミを処理しただけだ。お前が気にする事でもない。真っ直ぐ家へ帰り、今回のことは忘れろ。いいな」

 

「……はい」

 

 

 

 銃の引き金を引く。目の前にあった人の死体は、いつの間にか消えていた。地面が削り取られたように無くなっているのも合わせて、少女は目を白黒とさせた。人が死ぬ瞬間。人が人を殺す瞬間。手品のように人の死体を消し去る瞬間。短時間でこれだけのことを経験してしまえば、少女は今なら並大抵の事じゃ驚かないと自覚する。

 

 夜の道は危ない。確かにそうだ。今回のことで身に染みた。龍已の言っていることは正しいので、親に迎えに来てもらえるよう頼もうとスマホに手を伸ばすが、見当たらない。スカートのポケットに入っているはずが、何度確認しても見つからない。追い掛けてきた呪詛師から逃げるのに必死で、落としたことに気がつかなかったようだ。

 

 冷や汗を流しながら上着のポケットを弄るが、目当てのスマホは見つからなかった。連絡をする手段が無くなったと落ち込んでいると、溜め息を溢す声が聞こえる。鈍くさくて自分でも呆れるのだから、助けてくれた人が呆れても仕方ない。恥ずかしさを感じながら俯いていると、さっさと行くぞと声を掛けられた。

 

 

 

「え……?」

 

「4キロ圏内に呪詛師も呪霊も居ない。乗りかかった船だ、送ることだけはしてやる。早く行くぞ」

 

「あ、ありがとうございます……」

 

 

 

 知らない人、それどころか簡単に人を殺した人に家まで送ってもらうのは危険極まりないだろうとは思う。でも、襲われたばかりの少女は感覚が麻痺していた。それに少女からしてみれば、何故か解らないが龍已に対して危険だと思えなかった。だからこそ不思議な雰囲気の男性なのだが、彼と一緒に帰ること以上に安全なことは無いことを知らない。

 

 スクールバッグは逃げている途中で、スマホと同じく落としてしまっているので手ぶらの状態。龍已は家の場所を知らないので少女が誘導し、夜の暗い道を歩いて帰る。2人の間に会話が無く、話し掛けても大丈夫なのかと躊躇う。

 

 助けてくれたけど人殺し。でも悪い人ではない。けれど男に襲われたばかりで、どうも信用しきれない。少女は変な葛藤を抱いたまま歩みを進めた。我武者羅に走って逃げていたが、その所為で家までの距離はそう大したものでもなくなっていた。歩いて十数分もすれば、自ずと家に着く。

 

 目と鼻の先に家があり、部屋の電気が点いていないのを見ると両親はまだ帰ってきていないようだ。あれが家ですと指を差して説明すると、そうかとだけ返された。見た目に違わず寡黙な人だなぁと思いながら、再び頭を下げてありがとうございましたと礼を口にした。そんな彼女に、スクールバッグが手渡される。

 

 

 

「え……これって、私の……」

 

「道の真ん中に落ちていれば解る。スマホもあった。歩いているだけで暇だったからな、探して持ってきた」

 

「……??えっと、ありがとうございます。なにから、なにまで……」

 

「気にするな。……さて、今回は俺が居たからどうにかなったものの、変質者は世の中幾らでも居る。夜道を1人で帰るくらいならば友人と共に帰るか、迎えを呼ぶことだな。次に何かあっても助けてもらえるとは限らん」

 

「……はい。お世話になりました」

 

 

 

 引っ込み思案の性格で、恥ずかしながら友人はそう多くない。なのに帰る道は別々なので一緒に帰るのは厳しいだろう。なので今度からは両親に迎えに来てもらうことにしようと決めた。折角助けてくれた人の助言なのだから、聞き入れないと……罰が当たるような気がするのだ。

 

 龍已は最後に軽く頭を下げる少女に踵を返して背を向けた。大人の男性の大きな背中が離れていく。命の恩人に何のお礼もできていないが、何となくそういうのを求めておらず、受け取ってくれないだろうと思った。でも、その代わりに深く頭を下げて感謝の気持ちを贈った。そして頭を上げた時、その時には既に龍已の姿は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある日。東京の呪術高専に、ある人物が訪れた。人の視線をこれでもかと集める、傾国レベルに整った美貌。すらりとした手脚に、太陽の光を浴びて金色に輝く髪。いつまでも見つめていたくなる神秘的な碧眼。彼女……いや、彼は自分の意思で、呪術高専を訪れたのだ。

 

 基本的に呪術界の者とは接点を持たないことで有名な彼が、全国に2つしかない呪術を学ぶための高専に訪れるなど、彼を知っている者からすれば驚きに値するだろう。しかし彼にとって、今はそんなことを言ってられる状況ではなくなっていた。訪れた理由は唯一つ。事情聴取である。

 

 

 

 

 

 

 

「──────此処が高専かぁ。龍已が教師をしてたっていう学校。思ったよりも広いんだね。ま、そんなことはどうでもいいか。さて、初めまして。僕は天切虎徹。しがない呪具師をしているよ。よろしくするつもりはないかな。それより僕の親友がおかしくなった理由を全て聞かせてもらっていい?あ、拒否権とか黙秘権は無いよ。抵抗したら──────何の呪具を使うか保障できないかな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






助けてもらった高校1年生の少女。

とあるド田舎に生まれた引っ込み思案の少女で、1番仲が良かった女友達は東京に行ったが、自身は地元の高校に通っている。大学に行ったら地元を離れるつもり。




禪院直毘人

右腕を無くしたが存命。特級呪霊の陀艮との戦いが終わった後、獸崇が来て詰んだかと思ったが、甚爾がボコボコにしたので見学していた。




禪院真希

陀艮との戦いで深傷を負っていたが、家入の反転術式により完治している。高専が休みでも何かしていないと落ち着かないので、パンダと狗巻を呼び出して鍛練している。



伏黒甚爾

渋谷事変を無傷で生還した。特級呪霊の陀艮を祓い、獸崇を追い詰めるくらいの化け物身体能力のオッサン。龍已が離叛したと聞いたとき、別に驚きはしなかった。

天性の肉体は、龍已から時折感じる凄まじい恨みというべきか、怨念のような気配を感じ取っていた。誰に向けているのかも定かではない闇のようなものを持っている彼は、その内何かするのではと思っていた。




七海建人

特級呪霊の陀艮との戦いで片眼を失う重傷だったが、家入の反転術式により完治した。お世話になった先輩の龍已が離叛したと聞いて、とうとうあの人まで離叛するくらいになったかと、呪術界のクソっぷりに飽き飽きしている。




灰原雄

補助監督として、渋谷事変では人の先導や情報のやりとりで貢献していた。元呪術師ということもあり、戦闘は禁じられている補助監督の中でも、有事の際には戦闘が許可された人。

学生時代からお世話になり、命の恩人である龍已が離叛してしまったことに、ショックを受けている。尊敬していた夏油も同じように離叛しているので、悲しみは倍増。




反承司零奈

錯乱状態に陥り、周囲の物を手当たり次第に壊して暴れようとするため、甚爾によって抑え込まれて現在幽閉中。自分の所為で……というような言葉を吐き続けている。

幽閉中、ここまで死にたいと思ったことはない。何故救済しようとしたら、黒圓龍已を終わらせてしまったのか理解出来ない。いや、本当はしているが、理解することを頭が拒否している。




虎杖&伏黒&釘崎

1年ズ。虎杖は宿儺に体を一時的に取られたが、奇跡的に誰も殺すことがなく死刑は免れている。が、五条が居ないため、いつ上層部に秘匿死刑を言い渡されるか解らない状況に少しの不安を持っている。

恵は昔からの知り合いで尊敬する大人の龍已が突然離叛したことを信じられていない。何かしらの術式に掛かっていると思った方がまだ現実的だと思っている。もしくは、信じられないというよりも、信じたくないだけ。

接してきた期間が短い釘崎だったが、真面で良い人だという印象を龍已に抱いていた。家入と長年付き合っていて、大事にしているというのもポイントが高かった。しかし離叛したことにより、何でこんな事になってんのよ……と気分が沈んでいる。いつも通りに見せている家入の姿を見ると、泣きそうになる。




呪術界上層部

親族を含めた、縁のある者達全員を巻き添えに皆殺しにされた。頭はいくらでも変えられると言っても、受けた怨を返すだけで、そんなことは興味はないと返され、赤子も関係無く無惨に殺された。

虎杖の秘匿死刑が言い渡されないのは、言い渡す上層部が居ないため。全員殺されているので、今は誰が上層部の椅子に座るかを検討しているが、座った瞬間に殺されるかも知れないと考えて、誰も座ろうとしない。




黒圓龍已

全国に散らばった呪詛師と呪霊を殺し回っている。だが、それはあくまでついでに過ぎず、メインは呪術界上層部の皆殺し。一族を根絶やしにしており、縁のあるものは例え生まれたばかりの赤子であろうと見つけ出して殺している。

受けた怨は怨で以て返す。有言実行をし、結果的に現在上層部の椅子には誰にも座っていない。座った瞬間に殺されると勘違いしているため。殺しているのは、怨の一族を虚仮にした()()()呪術師の血を引く者と、それらに関係のある者。

呪霊と呪詛師狩りをしながら、その場に居合わせた人達も助けているので、謎の人物が助けてくれたという声は、チラホラ出ている。




家入硝子

龍已が離叛を宣言したその場に居たが、証人として名前を出す事なんてできるはずがなかった。

仕事が手につかない。家に帰っても虚しい。大きめのベッドは冷たい。酒は飲む気になれない。食べ物はどれも美味しくない。世界が色を失ったように感じる。

楔が云々はもういい。他のことなんてどうでもいいから、私の元に帰ってきてくれ。私は今、それだけを求めている。




天切虎徹

呪術界の人間と接点を作らないことで有名。呪具作製の依頼をしても、相当な理由と対価、そして気分が乗らないと造らない。ただし、龍已の呪具は無条件で造る。

絶対にやらないだろう大々的な離叛をし、呪詛師として処理されている経緯について詳しく知るため、高専に訪れた。龍已との接点が明るみに出ないようにしていたが、そんなことも言ってられない状況になったので、隠すつもりはなくなった。

龍已を態々呪術師の道に引き摺り込み、扱き使って呪詛師認定した上層部も、切っ掛けを作った呪術師も全員嫌い。





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第五十六話  天切家当主来訪



最高評価をしてくださった、さすらいウサギ ハムれっと 雫九 ハル吉★ 御門翡翠 パワハラ上司無惨 カルマ 社助 三笠 お蓮 だんず さん。

高評価をしてくださった、NASUKI さんの皆さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

 

「ようこそおいで下さいました、天切家当主の天切虎て──────」

 

「あぁ、そういうのいいから。僕は龍已のことを爪の先程度は知ってる君達に事の顛末を聞きに来ただけだから、よろしくするつもりはないよ。だからお決まりの言葉は要らない。事情を知っている人だけを集めてくれる?」

 

「……解りました」

 

 

 東京高専の学長である夜蛾は、来訪者である天切虎徹の相手をしていた。最初に連絡が来たとき、何事かと驚愕したものだ。代々有名な呪具師を輩出する呪具師の名家中の名家。呪術界で知らないと言う者が居れば、呪術師を疑われるほどのビッグネームと言っても良い。

 

 そんな天切家の当主が直々に高専にやって来るという。粗相をすればどんなことになるのか想像がつかない。不興を買って呪具の製作を意図的に止められれば、世の呪具を使う者達は大変困る。特級呪具も製作して時々売りに出しているので、それも止められると呪術界には大打撃だろう。

 

 あの上層部でさえ、呪術師には必要な呪具を造る天切家には手出しをしないし、文句も言わない。言えないし、そもそも言わせてもらえない。命令なんて以ての外だ。嘗て、舐めて掛かった上層部が天切家の怒りを買ってしまい、世界中の呪具師が呪具の製作を完全に止める……という事件を起こしたことがある。

 

 マイナーな呪術師は、呪霊が見えるだけでも呪術師として引き入れる。そんな者達が頼るのが呪具だ。その製作を止められるとなると、戦える人間がかなり減るし、武器を失ったことで死者も多く出るだろう。結果的に、その時の上層部は姿を消した。噂では、呪物にされたか、呪霊に殺されるよう仕向けられたとも言われている。真相は未だに明かされていない。

 

 呪術界に身を置く者達と接点を持たないことで有名な天切家。その当主が来たので失礼のないように対応しようとした夜蛾の行動を無下にし、早速本題に入る。目的は事情聴取。それ以外はどうでもいい。宿儺の器だろうが禪院家だろうが関係無い。虎徹の中では、龍已、親友達、その他の括りで完結されているのだ。

 

 夜蛾は会議室に虎徹と、付き人のメイド数名を招待して待っていてもらい、至急龍已と関係のある者達を集めた。その中には七海や灰原も含まれている。宿儺に体を奪われていたものの、接触した虎杖。龍已の父親と戦う時その場に居た恵。何度も彼と任務に行った釘崎。真希、パンダ、狗巻に、彼の専属補助監督であった鶴川などである。当然、甚爾も居るし……家入も居る。

 

 必要な人物があらかた揃うと、夜蛾が場を仕切って話し合いをしようとする前に、虎徹が手で制した。順を追って自己紹介をしてもらう必要はない。よろしくするつもりはないのだから。なのでさっさと事情聴取をして帰るつもりなのだ。

 

 

 

「君達の事は噂程度のことは知ってる。けどごめんね、欠片も興味ないんだ。だから君達の自己紹介はいいよ。僕は一応天切家の当主としての立場があるから名乗っておくね。僕は天切虎徹。しがない呪具師をしているよ。家入さんは久しぶりだね」

 

「……お久しぶりです」

 

「うん。それじゃ、悪いけど早速本題に入らせてもらうよ。この高専でつい先日まで教師兼特級呪術師をしていた僕の親友、黒圓龍已が離叛して特級呪詛師という扱いになってる。そんなことになった原因は、渋谷のテロ事件の筈だ。そこで、現場に居ただろう君達から詳しい話を聞かせてもらう。僕が投げる問いに対して黙秘権とか拒否権は無いよ。絶対に全て、何もかもを包み隠さず話してもらう。じゃないと……──────何の呪具を使うか解らないからね?」

 

 

 

 

 

「な、伏黒。あの人結構偉い感じなん?」

 

「実際名家の当主だから偉いが、それよりも呪術界に対しての影響力が御三家の比じゃない。多くの呪術師が使ってる呪具。その殆どを造って世に出してるのが天切家だ。その中でも呪具師としての天切虎徹は最上位。今まででに幾つも特級呪具を造ってる」

 

「マジか。けどさ、めっちゃスゲー呪具造れるのと影響力があるのはちょっと違くね?てか、具体的にどういう影響力があんの?」

 

「世界中の呪具に関しての影響力よ。天切家の当主サマのあの人が『造るな』って言ったら、その瞬間から世界中の呪具師が呪具の製作を止めるのよ。だから、“上”の腐った連中すらも何も言えないわけ」

 

「……めっちゃ偉い人じゃんッ!!全然しがなくねーッ!?」

 

「虎杖君、声が大きいです。解らないことを聞くのは良いことですが、話の最中にするのは感心しません。天切さん、話の腰を折ってすみません。続きをお願いします」

 

「あまり長居したくないから、面倒なことはしないでね。宿儺の器君?」

 

「あ、はい。スイマセンっした……」

 

 

 

 呪術界に入ってまだ日が浅い虎杖には、突然やって来てみんなを集めたかと思えば、偉そうに質問していくから答えろと言ってるめっちゃ美人な女の人というイメージしかない。実際は男なのだが……兎も角として、誰なんだこの人は?という印象しかない。なので隣に居る恵に聞くと、釘崎も補足を入れてくる。

 

 意外にも呪術師の家系である釘崎も、天切家のことは当然知っている。1度壊したトンカチを天切製のトンカチに変えたいと思ったが、値段がクソ高くてビビったのは記憶に新しい。釘崎も知ってんのか……と思いつつ周りを見渡すと、知らない人は居ないようなので自分だけか!?とちょっとショックを受けた虎杖だった。

 

 相手が名家の当主ということを抜きにしても、龍已の事について細かな情報の交換ができる良い機会ということで、七海はうるさくなった虎杖を注意しつつ、話の続きを促した。情報のやりとりをしたいのはこちらとて同じという考えの基、元一般会社に勤めていた常識人がそうさせた。

 

 話ができる状態になったのを確認してから、虎徹は話を続けた。最初の問いは、渋谷の無差別テロ事件が起きる前に、龍已の体調等に変化はあったかどうかというものだった。しかしそれは皆が同じ事を口にする。何の変わりも無かった。同棲していた家入でさえ、同じ意見なのだから間違いないだろう。

 

 ぐるりと会議室を見渡して、1人1人の顔を見ると、小さく頷く虎徹。嘘ではないと、口裏を合わせている訳ではないと判断したのだろう。体調等に問題は元より起きていなかった。では次の問いだと言い、第2の質問が出される。龍已の体調以外に、異変は無かったかというものだった。

 

 

 

「体調とは関係ねーのか?」

 

「違うよ。健康状態の有無じゃなく、龍已そのものの異変だ。性格が豹変したとか、いつもの彼らしくない行動をしたとかね」

 

「……無いわね。少なくとも私は見てないわ」

 

「俺も釘崎と同じだな」

 

「俺も見てないです」

 

「私も黒圓さんの異変については知りません」

 

「……そっか。じゃあ──────知っているのは家入さんだけかな?」

 

「…………っ」

 

 

 

 虎杖や釘崎、恵や甚爾、七海といった者達が首を横に振るのを見届けると、虎徹は名指しで家入に問い掛けた。異変。龍已の身に起きた事の何かしらの出来事。この中で、その事を知っているのは家入だけだ。思い出すのは、非術師が呪詛師に見えると言って、様子がおかしくなった学生の頃。だがそれよりも、家入はもっと深いことを唯一知っている。

 

 誰にも話すなと、龍已ではない何かに指示されており、今日この日まできた。表情には一切出していなかったのに、虎徹には通じない。頭脳明晰である龍已すらも、虎徹に勝てるビジョンが浮かばないと評す天才的頭脳の持ち主の虎徹には、この場に居る者達の瞬きから虹彩の動きで、隠している秘密の存在に辿り着く。

 

 反応しないようにしても、反応しないようにする事そのものに不自然な動きが加わるので、虎徹にとっては隠していると大々的に言っているようなものだ。隠し事は通じない。部屋の中で唯一だろう、龍已の異変を知っている家入に多くの視線が注がれる。

 

 他者に明かしてはならない。そう言われている。明かせば、龍已がどうなるか解らないと。しかし、そのどうなるか解らない状態が既に起きてしまっている。ならばもう秘密にしている必要は無いだろう。溜め息を吐きながら、家入は昔に知った異変について話し始めた。二重人格のように短時間だけだが性格が変わったこと。秘密にするよう言われていたこと。5つの楔のことを。

 

 

 

「あー?楔って何のことだ?縛りとかそーいうことか?」

 

「可能性はあると思います。人格が変わったというのが引っ掛かりますが、その時に己を縛り、元の人格に戻ったならば黒圓さんが知らなくてもおかしくない」

 

「だがよ、テロん時に殆ど一緒に居たが、その楔と関係ありそうなことはしてねーぞ。変な奴と殴り合いになって消えた時に追い掛けようとしたが、特級呪霊に邪魔されてその後は見てねーが」

 

「その後だと、宿儺がだけど黒圓先生と接触してる。なんか怨の一族とか何とか話してたよ」

 

「……あー、そういや、襲ってきた奴のことを『父様』とか言ってたな」

 

「……父様。家入さんを含めた、『人』に関連する5つの楔。……ふーっ。なるほどね。縛りの方がまだ良かったかも」

 

「……?天切様は何かお気づきになられたのでしょうか」

 

「まあね。その人格とやらが何かはまだ深く知らないけど、十中八九5つの楔は僕、家入さん、そして他にも居る龍已の親友3人だね。それ以外考えられない」

 

 

 

 あっけらかんと言い放つ虎徹に、七海と灰原が首を傾げる。親友だと言う虎徹が楔なのは……まあ良いだろう。楔という言葉が大切な者を示しているのならば、長年交際している家入のことを含めるのはごく自然のこと。だが残り3人については知らない。学生の頃からの付き合いで、それなりに知っていると自負していたが、そんなに仲の良い者が居るとは知らなかったのだ。

 

 今は封印されている五条とも仲が良いが、親友かと言われれば違うだろう。何せ五条には唯一無二の親友が居た。龍已とは仲の良い先輩と後輩という友人関係を表す言葉が合っている。京都校の歌姫も違うだろう。冥冥は避けている節があったので元より除外。残念ながら、七海と灰原は親友と呼べるほどの関係に至っていないことを自覚している。

 

 ならば誰かという話になるのだが、ある事を思い出す。自分達が高専に入った時、龍已は唯一の3年生だった。しかし、実は同期が2人居たという話を聞いたことがある。仲が良かったということも聞いた。それならば可能性があるが、その2人は十数年前に殉職している。この世に居ない者に楔も何も無い筈だ。

 

 

 

「その3人って誰なん?」

 

「あはは。それを君達呪術師に教えるつもりはないよ。一切ね。詮索するのはオススメしない。その3人は僕の親友でもあるからね。呪術師や呪詛師が介入できないように、周りを僕の優秀な呪具で固めてある。手を出そうとすれば即死ぬよ。そうなるような呪具を造って持たせているからね」

 

「えぇ……。何で呪詛師なら兎も角、俺達もダメなの?いてっ!?」

 

「虎杖、ズケズケ聞き過ぎだ」

 

「……当たり前じゃないか。僕はね、君達呪術師が大嫌いなんだ。日頃から呪霊を祓除するためと言い訳して僕の親友を扱き使ってさぁ?一時期は疲労困憊の声で疲れたって僕に電話をしてきたよ。弱さを一切見せない龍已がだよ?本当なら普通の人生を歩んでいる筈だったのに……僕達はいつまでも一緒に学校生活を送って、青春をすると思ってたのに……それを奪った。死にかけたこともあったね?使えない『窓』が情報伝達を間違えたんだっけ?特級2体とか舐めてるよね。態とかな?まあもうそんなことはいいや。でもさ、龍已の人生を無理矢理変えた呪術師は赦さない。扱き使った挙げ句、これ見よがしに呪詛師扱いしている上層部はもっと赦さない。そして……夜蛾正道、僕は君を最も赦さない」

 

「…………………。」

 

「知ってるからね?無理矢理捕まえて、あらゆる情報を吐かせて、その上で呪術師の道に引き摺り込んだ。守銭奴で有名の冥冥って1級呪術師が龍已を見つけたんだよね?彼女のことも相当嫌いだよ。まあ、夜蛾正道……君程じゃないけどね。当時は本当に、頭にきたよ。僕の呪具でこの世から消してやろうかと思ったくらいさ。でも、そんなことをしても龍已が喜ばないからやらなかった。ホント、余計なことをしてくれたよ。ふふっ。大して龍已の事を知りもしないで、知ったような気になって、離叛したことを嘆くだけの君達は僕からしてみれば醜悪だよ。見ていて腹が立つ。勝手に友人面するのやめてくれないかな?黒圓龍已(僕の天使様)はそんなに安くない」

 

 

 

 虎徹から感じるのは、純粋な怒りだった。大切な親友を使って、その果てに現状を作り出してしまったことが我慢ならないのだ。特に、夜蛾に対して怒りを超えて殺意すら抱いていた。呪術師とは関係を持たず、黒い死神として呪詛師を殺すことだけをしていき、その他の時間は一緒に親友達と過ごせていれば、それ以上の幸福は無かった。

 

 なのに、呪術師になるからという理由で東京まで行き、東京を起点に毎日毎日忙しない任務と仕事を行っている。特級呪術師という肩書きの所為で、海外にまで足を運ぶなんてイカレているのかと思った。どれだけ利用すれば気が済むのかと、血が出るほど奥歯を噛んだ事だって1度や2度ではきかない。

 

 呪術師はマイナーだから万年人手不足?だから龍已に任務を押し付けても良いのか?黒圓無躰流を教えないからと、嫌がらせで山のような任務を与え、遠征を何度もさせ、任務を消化すれば今度は黒い死神として仕事をする。疲れないわけが無い。いくら人類最高峰の肉体を持っていても、彼だって人間なのだ。弱くて脆い、人間なのだ。

 

 未だに、天切家というビッグネームの当主と親友という関係を、龍已が持っていたのか懐疑的だったが、これで嫌というほど確信した。彼は龍已の親友だ。面と向かって、ここまで強くて深い怒気を露わにする人が、龍已の身のことを考えている人が、親しくない訳がない。

 

 

 

「……はぁ。呪術師を相手に話をすると恨み辛みを湯水の如く垂れ流しそうで、自分の心を抑制するのに疲れるよ。話を戻すけど、そこの元術師殺しが言った『父様』というのは、降霊された龍已の実の父親の忠胤さんだろうね。調べさせたら、死んだ人間の肉体の一部を取り込ませる、または取り込むことで一時的に降霊させることができるっていう降霊術式を持つ呪詛師が居たみたい。忠胤さんのお墓も掘り返された形跡があったみたい。これは完全に僕の落ち度だ。杜撰な管理をしていることに気がつかなかった」

 

「……天切さん。あなたは龍已がおかしくなった原因を、もう解っているんじゃないですか?」

 

「今確信しただけだよ。5人の楔。僕と家入さん、そして3人の親友。1人1人龍已が大切にしている人だ。それを欠けさせた時に、未完成の龍已が完成する。つまりは、大切な人が死ねばおかしくなるってことだ。だったらもう簡単なことだよね。降霊術式によって差し向けられた忠胤さんを、龍已は自分の手で殺した。龍已は、両親のことを心から愛していたからね。きっと殺した瞬間計り知れないダメージを心に負った筈だ。だから、僕達に何も起きていないのに、龍已がおかしくなった」

 

「……そういうことか」

 

「イレギュラーで現れた6人目の楔。それが欠けたからだろうね。はーあ。本当に腹立たしいなぁ。忠胤さんを使った呪詛師も、龍已にばかりこんな不幸を与える世の中も、腐った肥溜めのような呪術界も」

 

 

 

 心底腹立たしそうに、苛々した様子で愚痴を溢す。傾国レベルの美貌を持つ顔には笑みを浮かべているのに、声は底冷えするように冷たいのだ。しかしそれは、龍已を想うからこその冷たさだ。本人が嘆かず、悲観しないから、その代わりに虎徹が龍已の分の負の感情を抱いている。

 

 苛々している気配を感じ取って、虎徹と対峙する一行は気まずそうにしている。最近龍已と知り合ったばかりの虎杖や釘崎は、龍已の過去の話を聞いて初めて知ることができた。七海や灰原も、後輩ではあるが呪術師となった経緯は初めて聞かされた。引き入れる要因を作った夜蛾は、若干の後悔を滲ませていた。

 

 呪術界にとって五条と並ぶ双璧を担っていた黒圓龍已。呪詛師を必ず殺してくることから、表立って活動する呪詛師が極端に減った。居るだけで大きく貢献していた彼だが、そんな優秀な彼を不幸な目に遭わせてでも呪術界に引き留めようとは、流石に考えられなかった夜蛾。しかし実績が多大に重なってしまった以上、龍已は呪術師を簡単に辞めることは不可能になっていた。

 

 辞めたくても辞められない。1度足を踏み入れたら最後、無惨な死か、陰謀による惨い死のどちらかしか存在しない地獄に叩き落とされた龍已と、叩き落としてしまった夜蛾。この構図は意図した訳でなくても、虎徹にとっては憤慨ものだった。裏で呪詛師狩りをしながら、皆で普通に過ごす筈だった未来を崩されたのだから、仕方ないのかも知れない。

 

 

 

「……そういえば、最近龍已からの話によく出て来た子が居ないね。黒髪に琥珀色の瞳だって言ってたけど。反承司さんだったかな」

 

「……零奈は今、別の部屋に居ます」

 

「……はぁ。あのさぁ?僕言ったよね?事情を知っている人は集めてって。反承司さんはテロ事件の時に龍已の班に居たんじゃないの?もしかしてその程度すらも知らない奴だと思ってる?」

 

「……っ!違います。零奈は現在他者と関われるような精神状態にありません。心苦しいですが、彼女が持つ戦闘能力を加味して拘束しながら幽閉しているんです。なので、この部屋には呼ぶことができませんでした」

 

「じゃあその事を最初に言うべきだよね。報連相知らないの?……もういいよ。僕が直接会って話すから、反承司さんが居る部屋に案内して」

 

「し、しかし……」

 

「──────拒否権は無いって言ったよね?それとも、脅しの言葉通りに何か呪具使って欲しいの?僕は構わないよ。この場に居る全員がどうなったとしても」

 

 

 

 いつの間にか握っていた紫色のビー玉のような物を取り出して見せる虎徹。どういったものなのかは、外観だけでは解らない。しかし相手は呪具師の最高峰と謳われる虎徹であり、そんな彼が脅しに使っている。普通の呪具と考えない方が良いだろう。それに加え、どうやら効果範囲は広いようだ。でなければ、この場に居る全員……とは言わないだろう。

 

 元術師殺しで有名となった甚爾が居ながら、堂々とした脅し。常人の目では到底追い付けない速度で駆け抜ける彼が動いても結果は変わらないと言ってもいい。そんな特大の代物を懐に幾つも入れている様子の虎徹。親友である龍已の為ならば、誰が相手だろうと容赦も躊躇もしないというスタンスに折れて、夜蛾は虎徹とお付きのメイドを連れて部屋を出て行った。

 

 数人が会議室から出て行っただけなのに、部屋の中の空気が幾分か軽くなった気がした。呪術師としての彼等が虎徹と戦えば、勝つのは自明の理。しかし、そんなことが関係ないのだと悟らされるくらいの怒気を発せられていた。友を思い、友を想うからこそ発せられる怒気は、中々に強烈なものだった。

 

 

 

「……まさか黒圓先生の友達に、あんな大物居るなんて知らなかったなー」

 

「意図的に隠されていたんでしょう。今回天切さんが表立って動いたのは、黒圓さんが“上”の方々に呪詛師と断定され、死刑対象にされたから。隠れている訳にもいかないのも頷けます」

 

「楔ってやつにも驚いたなー。縛りとかとちょっと違ってくんのね」

 

「……隠していて悪いな。龍已の別人格みたいなのに他言するなって言われててな。……もう、その必要も無いみたいだが」

 

「仕方ないですよ。他言して何が起きるか解らないのが1番怖い」

 

「……世界中に放たれた、偽物の夏油さんと契約していたと思われる呪詛師や呪術師が、近頃活動していないと報告されてます。皆さん心当たりはありますか?」

 

「言っちゃワリーが、上のクソ共はこういう時、虎杖を即ぶっ殺そうとするだろ。五条の坊と龍已が居ねーからな。お得意の秘匿死刑でもやらせるはずだ。その命令すらこねェ。それにこれは俺の勘だがアイツ、日本中動き回って呪詛師ぶっ殺して、上層部も殺してンじゃねーか?」

 

「……一理あると思います」

 

「黒圓先輩、上層部嫌ってたし、呪詛師に関しては尋常じゃない執着だったからね。見つけたら絶対その場で殺してたもん」

 

 

 

 虎徹が居なくなった会議室では、龍已についての考えが飛び交っていた。最初こそ活動していた呪詛師達の動きの報告がされなくなった。呪霊の目撃情報も減っていた。そして何より、腫れ物扱いしていた両面宿儺の器である虎杖の秘匿死刑を実行しようとしない上層部だ。

 

 勘であると甚爾が言っていたが、殆ど決定事項だと思っている。何せ、昔から上層部のことを五条と同じく嫌っていた。腐っているからという理由もあるが、何かと黒圓無躰流の継承をさせるのに胎として女を送りつけてきたり、情報を明け渡すように圧力を掛けてきたりとつまらないことをしてきていたからだ。

 

 それらが何度もあり、積み重なって上層部を嫌っていた。呪詛師を必ず殺していたという灰原の言葉には、七海も同意する。学生時代から、その場に偶然居合わせた呪詛師だろうと、躊躇いなく殺していた。捕まえて仲間の情報を吐かせたら殺し、その仲間の呪詛師を皆殺しにする。その姿を見てきたから、呪詛師の活動が止まっていることに、龍已の行動が関係しているのではと結び付けられるのだ。

 

 甚爾は、黒い死神としての龍已をしっているので、確実に表立って動いている目立った呪詛師を片っ端から殺しているなと確信していた。むしろ、そこで動かなければ黒圓龍已とは言えないだろう。様子がおかしいと言われても、結局そこは変わらないんだなと、少しだけ笑った。

 

 そうして、龍已についての事を推測等を交えて話し合っていく各々。虎徹が帰ってくるまで続くだろう話し合いでは、龍已が敵に回った場合のことを口にする者は居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────この部屋です」

 

「じゃ、入らせてもらうよ」

 

 

 

 夜蛾の案内で高専の廊下を進み、地下にあるとある部屋までやって来た。過去に夜蛾の手により捕まった龍已や、五条に気絶させられて連れてこられた虎杖が使用したことある呪符の貼られた部屋だ。出入口の扉にも呪符が貼られており、夜蛾は扉の取っ手を掴むとゆっくりと開けた。

 

 中は蝋燭の光だけを光源に照らされている。今の時代明るいLEDが普及しているので、光の強さは心許なく、中に居る反承司を薄く映すだけ。遠ければ目を凝らしても見えない薄暗い中、彼女は椅子に太い縄で雁字搦めに縛られ、口には猿轡を付けられていた。顔は俯かせていて見えないが、何となく髪が乱れているのが解る。

 

 何度も暴れようとして力尽き、そのままずっと幽閉されているのだろう。夜蛾は本来、子供の反承司にこんな事したくなかった。しかし暴れるのだ。豊潤な呪力。強力な術式。優れた身体能力。龍已と甚爾から受けたスパルタの特訓により培われた高度な技術。それらが凶暴な暴れ馬の如く、周囲に撒き散らされるのだ。学生という身分でも伊達に1級呪術師をしていないという訳だ。

 

 

 

「や、こんにちは反承司さん」

 

「……………………。」

 

「変わっちゃった龍已と接触した、それもその時の現場に居たと思われる君に話を聞きたかったんだ。話してくれる?渋谷のテロ事件で彼に何があったのか。あ、ごめんね。ソレ(猿轡)付けてたら喋れないよね。今外すよ。……はい、取ったよ」

 

「…………わ…………せ………っ」

 

「うん?なんて言ったのかな?」

 

 

 

「──────私の……所為だ……私の所為で……龍已先生が……『黒圓龍已』が完成して……私の……ッ!!!!」

 

 

 

「……楔の干渉による完成。今までの龍已が未完成状態で、今回の事件で完成したということだけど、何で反承司さんの所為になるのかな?」

 

「嫌だ……嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だッ!!私の所為で龍已先生を無くしたくないッ!なんでッ!?私は助けるために、救うためにこれまで頑張ってきたのにッ!何でこんなことになるのッ!?こんなの望んでないッ!嫌だ、帰ってきて龍已先生ッ!元に戻ってッ!完成したらダメッ!手が付けられなくなるッ!私は龍已先生に幸せに──────」

 

「──────はいストップ。錯乱するのはいいけど、勝手に現状を悲観しない。せめて内容を僕に話してね。……と言っても会話にならないよね。仕方ない。呪具を使わせてもらうよ」

 

「……天切様。反承司には……」

 

「安心しなよ。使う呪具は記憶を覗かせてもらうだけのものだよ。死にもしないし後遺症もないから」

 

 

 

 そう言って懐から取り出したのは、キャップタイプの普通の帽子だった。何の変哲もない帽子にしか見えないが、それを2つ取り出して、片方を椅子に縛られてブツブツと呟いている反承司に被せた。もう一つは自分で被る。これで準備は整った。念の為にということで、高専へ移動している途中に車の中に置いてあった帽子を呪具にしたのだ。

 

 造っておいて良かったと思いながら、短時間で尋問に使える実用的な呪具の作製をしていたことを当然のように考えている虎徹。彼にとってはこのくらい出来て当たり前なのだ。複雑な術式程、専用の工房がある家でないと造れないが、その場で思いついたような手間の掛からない呪具の作製はその場でできる。

 

 口頭で教えてもらうよりも、視せてもらった方が早い。だから視せてもらうよと、俯いているだけの反承司に声を掛けて、呪具を使った。瞬間、虎徹の頭の中に渋谷事変で反承司が見てきた光景が流れ込んできた。甚爾と龍已の後ろからついて行き、呪霊や改造人間を祓っていく。

 

 そして、渋谷駅の中に入って行き特級呪霊の陀艮の領域内に意図的に入り込んで戦闘を行う。早々に陀艮を祓除してしまった一行を見ていたが、次の瞬間には虎徹にも見覚えがある龍已父親、忠胤の姿があった。甚爾の言葉通り、真っ先に襲い掛かって消えていった。その後反承司も追い掛けて行ったが、黒い靄に取り込まれた龍已を目にした。

 

 明らかに異常となった龍已だったが、虎徹はそれよりも反承司の記憶に変なものが混ざったことに意識を持っていかれていた。それは、あたかも龍已が忠胤を殺せばおかしくなると解っていたかのような言動と記憶だ。ばちり……と、虎徹の意識が弾けようとする。何か違うものが流れ込んでこようとしていたらしい。

 

 まさか、世界最高の呪具師である自身が呪具造りを失敗した?と思った矢先、虎徹の頭の中には反承司零奈の記憶だけでなく、前世で生きた█████としての記憶も流れ込んできて、刹那の時間で35年分の記憶を叩き込まれた。渋谷事変部分の記憶だけを覗かせてもらうつもりが、█████と反承司零奈の両方の全ての記憶が雪崩れ込んできた。

 

 人の記憶というのは膨大で、尋常ではない情報量の塊だ。だから、天才である虎徹でも、メインで欲しい渋谷事変の記憶に限定して覗き込んだ。そのくらいならば耐えられるから。しかし、叩き込まれた記憶は何故か解らない35年分。それを刹那の時間でだ。結果、虎徹は目と鼻から血を流して膝を付いた。様子がおかしい虎徹に、お付きのメイドが駆け寄った。

 

 

 

「虎徹様……ッ!?」

 

「大丈夫でございますか!?」

 

「くッ……少しずつ……視れば……大丈夫だったけど、はぁ……いきなり余計な記憶を貰っちゃってね……驚いただけだよ……。それにしても──────反承司さん。君は随分と稀有な存在なんだね」

 

 

 

 反承司零奈。前世█████。元女子高生。呪いも何も無い、呪術廻戦というダーク現代ファンタジーの漫画がある世界から転生してきた少女。そして、原作とは違う二次創作にハマり、何の因果かその二次創作の世界にやってきたという存在。渋谷事変までの記憶を知っていて、()()()()()()に舵を取らせてしまった者。

 

 世の中にはパラレルワールドを題材にした漫画やらアニメが存在しており、虎徹もそのくらいは知っているし、見聞を深めるために読んだことも見たこともある。しかし、本当にパラレルワールドから転生してきた存在が居るとは思わなかった。呪い。呪霊。術式。非術師からしてみれば()()()()()空想上のような力を持つ呪術師。

 

 そんな者達が裏の世界に居るこの世界で、ありえないなんてことはありえない。絶対なんて言葉は無い。故に、どんなことが起きてもおかしくはないのだ。おかしくないのだが、別の世界に住んでいた者が、漫画の世界、それも二次創作の世界に入り込んでくるとは思わないだろう。ましてや、虎徹は自分が物語でオリジナルとして創られた存在であることに驚いた。

 

 親友が居ることも、龍已と出会うことも、何もかも反承司が前世で呼んでいた二次創作の通りだ。何の間違いも無い。何だったら描写された時の心情すらも一致している。変えられないレールの上を走らされたと、普通は思うだろう。キャラクターに過ぎない自分に個を見出せなくなるだろう。だが虎徹はイカレていた。何がどうなろうと、黒圓龍已と出会う運命だった自分の『天切虎徹』という人生に感激し、運命だったのだと恍惚とした。

 

 

 

「……僕と反承司さんの2人だけにして」

 

「何かありましたらお呼びください、虎徹様」

 

「すぐに参ります」

 

「………………。」

 

 

 

「……ふぅ。やっぱり、僕と龍已が出会うのは運命だったんだね……流石は僕の天使だよ……ふふ。ふふふっ」

 

「…………………。」

 

「反承司さん。大切な記憶をありがとう。君の過去は誰にも言わないよ。言って何かが狂うと面倒だしね。それと、君は自分の所為だと思い込んでいるようだけど、君の所為じゃない。少し間が悪かっただけだ。そもそも、本来渋谷事変編で死ぬはずだった龍已の事を救済しようとしてくれて、第2の人生を全て賭けてくれた君にそこまで求めないよ。だから、ありがとう。龍已の死を無かった事にしてくれて。君の過誤じゃない。君のおかげだよ」

 

「……私……わたし……っ……龍已先生に……っひっく……死んでほしく……なくてっ……嫌いな勉強……いっぱいしてっ……がんばって……ひっく……術式磨いて……痛いの嫌だけど……体術もやって……ここまで友達も作らなくて……全部全部犠牲にして賭けて……龍已先生救おうとしたら……っ……龍已先生が……っ!龍已先生じゃなくなっちゃったよぉっ!ぅあぁあああああああああああん……っ!!」

 

「うん。うん。ずっと1人で抱えて生きてきて偉いよ。言おうとしても言えなかったこと、僕も君の記憶の中で経験したからわかるよ。辛かったね。ここまで一途にやってきた君を、僕は尊敬するよ。だから卑下するのはやめておきなよ。私が救ったから、今も龍已が生きているんだくらいの気持ちでないと。君は確かに、龍已の死の未来から生存の未来へ繋げたんだから。それに、完成した龍已は龍已だよ。本人がそう言うんだからそうなんだ。だから落ち着いてね」

 

「うぅっ……うわあああああああああああっ!!龍已先生っ、龍已先生ぇっ!ぁあぁああああああああああっ!会いたいよぉ!龍已先生に会いたいよぉっ!」

 

「そうだね。会いたいね。語られてない完成した龍已の事情も知りたいものね。だから──────本人に聞いてみようか?」

 

「ぐすっ……えぐっ……え?」

 

 

 

 ぽろぽろと涙を流したと思えば、反承司は子供のように泣いた。記憶を覗かれようと、もうどうでも良かったから無抵抗だったが、記憶を覗いた虎徹の言葉に体が軽くなって、それでも龍已が居なくなってしまったことには変わりなくて、悲しみが溢れて涙と一緒に出てきた。

 

 整った顔をくしゃくしゃにして、恥ずかしげもなく泣き散らす反承司の頭を、虎徹は撫でた。少し前まで事情を知るその他の1人という認識が、龍已の為に全てを賭けていた一途な女の子という認識になっていた。大切な親友を死なせないように、裏で誰にも頼らず頑張っていた彼女のことを、責めるような事はできない。

 

 悲しみの涙を流しながら泣いている反承司を慰めながら、彼はニッコリとした笑みを浮かべたまま本人に聞こうと言った。それが出来るのならば苦労はしないのだが、彼の言葉は勢いに任せただけの言葉ではないと、何故か確信できるのだ。反承司は顔を上げて呆けた表情をする。手早く懐から呪具のナイフを取り出して反承司を縛る太い縄を斬り落として解放すると、踵を返して扉の取っ手を掴んだ。

 

 

 

「僕が龍已の居所を知らないとでも思ったの?──────そんなのまさかでしょ。ふふっ。僕は龍已に会う前に、起きた出来事をある程度知っておきたかっただけだよ。そして知りたいことは概ね知ることができた。なら、後は会って話をするだけ。一緒に行こうか、反承司さん。龍已に会いたいんでしょ?連れていってあげるよ」

 

「ずずっ……はいっ!よろしくお願いしますッ!!」

 

 

 

 手を差し伸べる虎徹に頷き、その手を取った。先程まで錯乱していた人物とは思えない、覚悟の決まった強い意志を感じさせる反承司。彼女は前世で読んだ二次創作から、虎徹の事は知っている。そんな彼には龍已の親友という印象しか抱いていなかったが、今は頼りになる人だという印象に変わっていた。

 

 

 

 

 

 

 彼等が向かうのは、皆が求める黒圓龍已の居場所。彼は今何処に居て、何をしているのだろうか。そして、言葉を交わせば何を得られるというのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 






天切家

有名な呪具師を数多く輩出する、呪具師の名家中の名家。御三家とか、他に並び立つ家が無いくらいの家系。その影響力は、意思1つで世界中の呪具製作をストップさせられるほど。故に上層部も口出しはできない。

好きなときに呪具を造り、好きなときに売りに出す。天切家が製作したというだけで、呪具の価値は超爆発的に上がる。当主が造ったなんて事になれば、2級呪具相当でも数千万から数億の値段が付く。



天切虎徹

天才的頭脳の持ち主故に、隠し事をしようとしても小さな反応だけで曝くことができる。楔の謎はすぐに解った。人に対して楔という言葉を使い、それが5つともなれば、自身を合わせたケン、カン、キョウと、長年交際している家入だということは明らかだから。

謎の人格については、まだ考える必要があると思っているが、答えは既に9割は出ている。

龍已の事について他の誰よりも知っていると自負している。呪術師にならざるをえなかった話も、疲労が溜まっていたことも知っているし、1度死にかけたことも把握している。そして、龍已をそんな疲労の溜まる呪術師に引き摺り込んだ呪術師を嫌っている。

記憶を覗く呪具で反承司の記憶を全て覗いた人。物語というレールの上を走るだけの存在であるという認識はせず、龍已との出会いは必ず訪れた、つまりは運命だったことに歓喜した。




反承司零奈

転生者。龍已が死ぬはずだった未来を覆すために、色々なものを犠牲にして挑んだが、二次創作の作者ですら思いついただけで書くことを放棄したルートを進んでしまったことを、自分の所為だと思って暴れ、幽閉されていた。

天切虎徹という二次創作で登場した龍已の親友の1人というキャラについては知っていた。死ぬまでの最新話まで読んでいたから。しかし興味があるのは龍已のことだけなので、接触はしなかった。




夜蛾正道

現状、虎徹からのヘイトが1番高い人。龍已のことを呪術界に無理矢理関わらせたことを恨まれている。高専に入れさせなければ、自分達と同じ学校で青春しながら、呪詛師のみを狙って活動ができ、無駄な疲労を重ねなくて良かったのにと。

自白させる術式を持つ呪術師を使って、龍已にあらゆる情報を話させたことも全てバレている。虎徹に理性がなければ、その日の内に呪具で消し飛ばされて殺されていた。




上層部

過去に天切家にちょっかいを掛けて、世界中で呪具の作製がストップされたことがある。呪具を造って呪術師をサポートするのが当たり前という思想は、その日から完全に砕かれた。以後、天切家には一切手を出さない口を出さないというのが暗黙の了解になる。




家入硝子

虎徹がキレてるのを見て、まあそうなるだろうなと分かっていた。唯一、龍已の親友達に接触した人。飲みの席で、龍已のことをよろしくと言われたが、これでは合わせる顔が無いと思っている。

特別仲が良いという訳ではないが、虎徹が呪術師を嫌っていることは知らなかった。だが、言われてみれば確かに嫌うよな……と納得している。龍已が死にかけた時なんかは、自分も呪術界を呪いたくなった。

長年誰にも打ち明けてこなかった、龍已の異変について初めて語った。楔が自分を含めて5人居るが、数が変動しないとは誰も言っていない。今回は、横から忠胤が来たからこんな事になってしまったので、家入に落ち度は無い。体調管理やストレスの発散など、長年よく調整してきた偉い人。




黒圓龍已

ある場所に留まっている。全国の呪詛師を殆ど殺害し、偽夏油が契約していた呪術師を見つけ出して殺し回り、呪霊も祓い回った。

彼の前には誰も居ない。居れば祓い、割り込めば殺し、邪魔をすれば排除する。個にして()である彼は、尋ね人を待つ。必ず来ることを知っているから。

彼は以前までの彼ではない。しかし彼は今までの彼だ。何も違わず、何もかもが違う。元特級呪術師として接するか、特級呪詛師として相対するかは君達の自由だ。だが忘れてはいけない。彼は今までのように君達とは接しない。




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第五十七話  始まりの黒圓



最高評価をしてくださった、錆缶鐙武 風神 雷神図 MuGiさん。 積乱雲と入道雲 鷹箸 さん。

高評価をしてくださった、八雲 彩香 青葉冬夜 さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

「──────へー、黒圓先生ってここら辺に住んでたんだ!」

 

「はしゃぐなよ、虎杖。遊びに来た訳じゃねぇんだ」

 

「まさかこんな大人数で行くことになるとは思いませんでしたよ」

 

「とか言いながら七海も来てるじゃん!もちろん、僕は最初から行くつもりだったよ!」

 

「突然こんなに来て、黒圓さんは怒りませんかね……?」

 

「さーな。俺が知るわけねーだろ」

 

 

 

「はぁ……何でこんなについて来るかなぁ。呪術師に龍已の家を見せたくないんだけどな」

 

「黒圓龍已の生家……っ!過去編の描写でしか描かれなかった、決別のために捨てた黒圓家……っ!」

 

「反承司さんは楽しそうだね」

 

 

 

 ぞろぞろと移動しているのは、虎徹を先頭とした龍已と親交のあった者達。隣を歩く反承司がキラキラとした目をしているのを見て、楽しそうだなぁと思う虎徹だが、後ろからついて来る呪術師一行に溜め息を吐く。何故、こんなに大勢で移動する羽目になっているのか。いや、そもそも何故呪術師を龍已の生家へ案内しなければならないのか。

 

 大嫌いな呪術師を、親友が生まれた家へ連れていくのは本当は嫌だ。けど、教えなければ何を仕出かすか解らないのが呪術師だと思っている。こうなってしまったのは、虎徹が甚爾の五感の鋭さを甘く見積もっていたからだ。本来反承司だけを連れて行こうと思っていたところを、優れた聴力で盗み聞きしていた甚爾にバラされたのだ。

 

 特級呪詛師扱いされている黒圓龍已の居場所を、世界で唯一知っている天切虎徹。取りたくても取れないコンタクトを取れるチャンスを、むざむざ逃すわけが無く、皆で虎徹の元へ詰め寄った。何故バレたのかと思ったが、最上級のフィジカルギフテッドを持つ甚爾の存在に気が付いた。

 

 話には聞いていた。あの龍已に、凄まじく優れた肉体と言わしめた体躯を持つ甚爾のことを。呪力が全く無いのに、研ぎ澄まされ過ぎた五感で呪いを感じ取るという怪物っぷりを聞いてはいたのだ。しかし、まさか壁を挟んでも声を拾える聴力を持っているとは思わなかった。

 

 詰め寄られても、断固として連れていかないと宣言した虎徹だったが、龍已に会うためならばどんな手を使っても引く気はないと言い出す甚爾や七海、灰原一行に対して、だったら呪具を使おうか?と脅しても引かなかった。それどころか、虎徹を除いて1番親交があった家入が、虎徹に頭を下げてきたのだ。

 

 

 

『天切さんが龍已の事をこれ以上無く大切に想っていることは分かってます。嫌っている呪術師に手を貸したくないという思いも。けど、私達も龍已が今どうしているのか知りたいんです。……お願いします。龍已の元へ、連れていってください』

 

『……………………。はぁ……。家入さんが頭を下げる事じゃないでしょ。……分かったよ。連れていってあげる。けど、勝手な行動は一切起こさないでね。僕の指示には必ず従うこと。それが条件だよ。いいね?業腹だけど連れていってあげるよ。龍已の居る──────黒圓龍已の生家へ』

 

 

 

 本当なら絶対教えない。教えないが、長年龍已の傍で彼を支えてきた家入が頭を下げたことと、()()()()()()に備えてある程度の強さを持つ呪術師を連れていくことを選択した虎徹は、深い溜め息を吐きながら歩いていた。車で向かうのも良かったが、使っていない彼の家に駐める駐車場が無いので、近くのコインパーキングに駐めて徒歩移動である。

 

 田舎とは言えない。けれど都会とも言えない。言うなれば普通の町並みに意外性を感じているようで、住宅街を見渡している者達を尻目に、虎徹は最近来ていなかっ龍已の家へ向かう道に懐かしさを感じていた。彼は龍已が何処に居るか把握する手段がある。そんな呪具を造れば良いだけの話だからだ。しかし、そんなことする必要はない。

 

 何の疑いもなく、龍已は彼の生まれ育った家に居ると分かる。全国を駆け回り、呪詛師、呪霊を片っ端から排除した龍已は一時的に活動を止める。その後の拠点は、嘗て両親を殺されてから1度も訪れたことが無かった黒圓家。虎徹にはそこしかないと確信があったのだ。

 

 壊して潰し、土地を売り払っても良いと言われていた黒圓家。しかし虎徹にはそんなことできなかった。龍已が生まれ、育った家だ。例え本人が決別したとしても、本来の帰る家を壊すなんてできなかった。なので10年以上が経った今でも、掃除は欠かせていない。掃除屋を定期的に雇い、庭の手入れもさせていた。龍已はその事を知っていたが、何も言わなかった。だから残した。彼は……その家に居る。

 

 子供の頃、何度も招待されて訪れた黒圓家。平屋建てで、少し古いのが特徴の広い家と敷地。庭には小さな池もある。虎徹は自分の家と違った木造住宅に新鮮さを覚え、気に入っていた。お呼ばれしたときは、目に見えて喜んだ。龍已の部屋で一緒の布団に入り、寝落ちするまでお喋りをしたのが懐かしい。

 

 見えてきた龍已の生家を指で示し、七海達に余計な物には触れないでねと警告した。案内はしているが、親友の家を呪術師にベタベタと触られたくないのだ。彼の安寧を壊した呪術師には、彼の帰るべき場所だった家に多く干渉して欲しくなかったのだ。

 

 

 

「靴はちゃんと脱いでね。来客用のスリッパがあるから、それは使っていいよ」

 

「……人数分あるようですが?」

 

「僕は出してないよ。出すようにメイドにも言ってない。なら、()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……っ。……龍已先生…………」

 

 

 

 今居る者達……虎徹。反承司。甚爾。虎杖。恵。釘崎。真希。家入。七海。灰原。伊地知。鶴川の12人分のスリッパが玄関に並んでいる。パンダと狗巻も来る予定だったが、町中をパンダが歩くわけには行かず留守番となり、パンダだけ留守番させるのも忍びないと狗巻がついていることになっていた。よって、同行した2年は真希だけだ。

 

 分かっていたかのように人数分並べられたスリッパ。何故分かったのかと野暮なことは聞く必要はない。本当ならば、龍已の間合い約4キロの術式範囲に入った時点で皆殺しにされてもおかしくないのだ。ここまで接近できているのは、彼に戦闘の意志が無い事に他ならない。

 

 広い平屋建ての一軒家が、何となく魔王が居座る城に思えてきて、学生組や伊地知、鶴川はごくりと喉を慣らした。虎徹は慣れたように廊下を進んでいく。向かう先は、例え親友である虎徹であっても近づくことすら許されなかった黒圓家の稽古場。少し歩いて両引き戸のドアがあるところまでやって来た。

 

 何人たりとも、黒圓以外の者が入ることを許されなかった空間は、ハウスクリーニングの者すらも入れていない。ドアには鎖を掛けて入れないようにしていた。しかしその鎖は今、強い力を加えられたように無理矢理引き千切られて廊下の端に転がっていた。中に、彼が居る。あの虎徹が、深呼吸をしてからドアに手を掛けて開ける。見えてきたのは、稽古場の中心で正座をし、虎徹達に背を向ける……黒圓龍已の姿だった。

 

 

 

「──────ようこそ。『俺』達の黒圓家へ。遠くまで遙々ご苦労だった。水は止まっていて茶も煎れられないからな。買ってきたものですまないが、寛いでくれて構わない」

 

「……龍已。元気そうで何よりだよ」

 

「全国の呪詛師を殺し尽くしたからな。とても気分が良いんだ。ありがとう虎徹。お前も元気そうで何よりだ」

 

 

 

 稽古場の奥にある仏壇に対面するよう、虎徹達に背を向けていた龍已が体の向きを変えた。最後に見たときと何も変わらない様子だが、明らかに自分達が知る黒圓龍已ではなかった。その証拠に、虎徹との会話で薄い笑みを浮かべるのだ。嬉しそうに、和やかな控えめの笑みだ。無表情がトレードマークだった、あの龍已がだ。

 

 何となく見てはいけないものを見てしまった気分になり、学生組や伊地知、鶴川は視線を逸らした。甚爾と家入、七海や灰原達は今の龍已を目に焼き付けるように一切視線を逸らさなかった。虎徹は、これまでの龍已でないことを肌で感じ取る。敵意は無い。殺意も無い。だが同時に、親しさも無くなっていた。知っている仲だから会話しているだけ。そんな印象だった。親友という繋がりを……感じられなかった。

 

 黒圓家の稽古場。そこへ1歩踏み込んで感じたのは……血の臭いだった。大量出血している者が居るのではと思えてしまう血の臭いがするのだ。稽古場の壁には、夥しい数の武器が掛けられている。その奥の壁には切り傷や焦げた後。打ち込まれただろう打撃痕など、傷だらけだった。床も傷だらけで、傷が無いところを探す方が苦労するような状態だった。

 

 小さいものから大きいものまで、あらゆる近接武器が並んでいる物々しい空間。直剣に刀、槍に鎌。篭手などもあった。ありとあらゆる近接武器を使い、相手を追い詰めて殺す超近接特化型特殊武術。黒圓無躰流の厳しすぎる修行が幻視出来てしまいそうだった。

 

 一行は、龍已が用意したのだろう、彼と対面できるように並べられた座布団のところにそれぞれ向かい、座った。前には1本の500ミリリットルのお茶のペットボトルが置かれている。しっかりと人数分だ。やはり来る人数は確信していたのだろう。全員が座ったのを見届けると、龍已は小さく笑みを浮かべながら口を開いた。

 

 

 

「さて、どうしてお前達はこの場に来た?」

 

「私達は黒圓さんから事情をお聞きする為に来ました。私は無駄に遠廻りな話は好きではありません。なので単刀直入に聞きますが、黒圓さんは何故離叛したのですか」

 

「何故……か。何故も何も『俺』()とお前達は元よりこの関係が相応しいだろう?」

 

「私達とあなたは今の関係が相応しい?敵対関係とでも言いたいんですか。そもそも『達』とはどういう意味ですか。要領を得ませんので教えてください」

 

「呪術界の塵芥共と深い繋がりが無い七海は知らなくて当然か。……言うなれば『黒圓』と『呪術師』の関係だ。知らなくて分からないならば、知って理解すればいい。そう思わないか?──────虎徹」

 

「……天切さん?」

 

「…………………。」

 

 

 

 問いを投げられた虎徹は黙した。それが答えであると言わんばかりの沈黙に、虎杖を始めとした皆々が彼に視線を向ける。家入が名を呼んでどういう意味なのかと返答を催促すると、虎徹ははぁ……と溜め息を吐いた。

 

 別に、虎徹は龍已から何かを聞いた訳ではない。むしろ、親友として彼の色々なことを知ってはいるが、知らないことだってもちろんある。今回の話もその類だ。しかし仄めかす話し方をする龍已に、察してしまったのだ。態々複数人に取れる()という言葉を使うのに、あぁ……もう彼はこちらに戻ることは無いんだなという気持ちを抱いていた。

 

 それを察してか否かは解らない。いや、促しているのだから予想はついているのだろう。虎徹ならば大凡の推測が出来ていることを。自分の口からはあまり言いたくないなと思いながら、龍已が目線で話すように促してくるのに従い、唇を1度噛んでから開いた。

 

 

 

「……龍已の一族、黒圓家は代々呪術師と対立するような出来事に見舞われてきた……少なくとも敵対する関係ではあるということでしょ?」

 

「そうだ。『俺』達黒圓一族は、呪術師……延いては呪術界から何かと攻撃をされていた。やれ技術を開示しろ。やれ子種を撒け。やれ家と縁を結べ……と。その度に断れば、上から目線で一族に逆恨みの報復をした。先代継承者の忠胤を()()()殺されたのは肝が冷えたな。完成できなくなるところだった。折角これだけの才能と肉体を持った『俺』が生まれたのに、力を分散されたままでは怨むに怨みきれん」

 

「……やっぱりね。それにしても、龍已は龍已だよね?なんで忠胤さんを数多く居る1人みたいな言い方するの?実の父親で、あれだけ敬ってたじゃないか。その言い方は寂しいよ」

 

「俺が『俺』となった時点で、忠胤は役目を全うした功労者だ。両親であって両親ではない。まさしく、積み重ねてきた者達の1人ではあるが、それだけだ。だから──────」

 

 

 

「──────もういい」

 

 

 

「家入さん……?」

 

 

 

 問答を繰り返す龍已と虎徹の話の間に入ったのは、家入だった。彼を目にしてから1度も目線を逸らさない彼女は、この話し合いを心底どうでもいいと思った。確かに離叛した理由は気になる。どうしてしまったのかと問いたいし、事情を全て聞いて把握したい。けれどそれ以上に、家入は龍已に戻ってきて欲しいと言うためにやって来たのだ。

 

 呪術界でも実に稀少な他者を癒せる彼女。高専以外に出掛けるとなると途端に行動制限を設けられる家入は、誰に何を言われようと東京を離れて此処まで来た。それは全て、龍已へ会いに来るためだ。座っていた座布団から立ち上がって彼の元へ歩みを進める。目と鼻の先。手を伸ばせば触れられる距離まで来た。

 

 彼の匂いがする。同棲しているマンションから消えつつある彼の匂いに、鼻の奥がツンとする。簡単に泣く歳でもないので堪えるが、何かあれば溢れてしまいそうだ。龍已は座したまま顔だけを上に向ける。立ったまま見下ろす家入と、座ったまま見上げる龍已の視線がぶつかる。

 

 皆が固唾を呑んで見守る中、家入が手を差し出した。上へ掬い上げるための救いの手。それを取るだけで、例え上層部が何を言ってこようと彼を守ると誓い、皆がそれに協力してくれる。例えその救いが絶望的だったとしても、死力を尽くしてくれることだろう。だが、龍已は見上げるだけで手を取ろうとはしなかった。

 

 

 

「その手は取らんぞ。取れるわけが無い。そして、取る気も無い。今先程、俺はお前達と敵対関係にあると言っただろう」

 

「どうでもいい、そんなこと。私はお前が、私の隣に居てくれれば殺意を向けられていようが構わない。敵対意思を持っていようと興味ない。ただ、私のところへ帰ってこい……龍已」

 

「………………………。」

 

「私にはお前が必要なんだ。お前が居ないだけで、色が失われていく。何をするにも億劫でつまらない。生きる気力が無くなるんだ。だから頼む……この手を取ってくれ」

 

 

 

 今まで与えられていた愛しいという感情が殺意に塗り潰されていようと、構わない。隣に居てくれるならばそんなことは些事だと言ってのける。それだけ彼のことを愛している家入は、その他のことは考えなくて良いから手を取ってくれと断言する。その手を、龍已は見つめた。

 

 取ってくれ。早くこの手を取ってくれ。差し伸べる手を取って、一緒に生きていこう。ここ最近のことは無かった事にしよう。また2人であのマンションに戻って、彼氏彼女の関係に修復しよう。今回は初めての倦怠期を迎えたと思って過去の笑い話にしよう。そんな家入の思いが届いたのか、龍已が手を伸ばす。

 

 しかし、彼の手が家入の手を取る事は無かった。押し返される手。温かくて硬くて大きくて安心する、傷だらけの手は家入の手を取るではなく、押し返した。静かに、取ることを否定して。胸に穴が開いた気持ちになる家入は、呆然とその場に立ち尽くす。自身の手に向けられていた視線が再びぶつかる。その瞳は、愛情なんてものを宿しておらず……ひたすらに冷たかった。

 

 

 

「その手は取らない。何度も言わせるな」

 

「……何故?」

 

「俺はもう引き返せない。『俺』は引き返さない。黒圓一族は()()背を見せない。故に、お前の手は取らないし、共には居られない。いい加減に理解しろ。俺とお前は終わったんだ」

 

「……っ。そうか」

 

 

 

 頭を冷やしてくる。そう言って稽古場から退出した家入を、一行は見ていることしかできなかった。10年以上交際していた最愛の人が、敵側に行ってしまった。きっと藁にも縋る想いで先の言葉を溢したのだろう。だが、返答は否だった。龍已は家入のところへ戻る選択肢を選ばなかった。敵であることを受け止めている。

 

 何とも言えない空気が稽古場を包んでいた。ドラマなどで見るカップルの破局。それの程度がかなり重いものを見せられてしまったから。慰めの言葉なんて言えるわけがない。あの虎徹ですら黙っている。親交があった家入のことだからだろうか。

 

 皆が黙る空間で、恐る恐るという感じで口を開く者が居た。反承司だ。未来に起きる大凡のことを知っていながら、龍已の離叛を止められなかったことを悔やみ、一時的に錯乱していた彼女は、稽古場に入って龍已を見た瞬間泣きそうな顔になっていた。あれだけ推しと憧れ尊敬していた龍已が、自分の知らない龍已になってしまっていることを再確認して自責の念に駆られていた。

 

 彼女は悪くない。元々死ぬ運命だった龍已を救済するためだけに、これまで生きてきた。助けられた命を見捨て、術式を磨くことに専念していた。実力をつけてもまだ足りぬと努力を怠らず、極限まで鍛え抜いた。龍已が離叛したのは、反承司ですら予測できないイレギュラーが起こったためだ。彼女は、悪くないのだ。しかし、それを彼女自身が認めようとしないだろうが。

 

 

 

「龍已先生……」

 

「反承司。お前のお陰で、俺は本来の力を取り戻し完成に至る事が出来た。感謝する」

 

「う……っ。わ、私はそんなつもりなかったです……。いつもの龍已先生でいて欲しかった……でも……っ。もう……戻れないんですよね?今までのようにはなれないんですよね?」

 

「あぁ、()()()()()()()()()()()()()。今の『俺』が俺だからな。もう変わりようが無い」

 

「そう……ですか……そうですよね……っ!……ぅ……うぅ゙っ……ぞう……でずよね゙……っ!ひっく……っ」

 

「おいおい、泣くほどのことか?いや、反承司に関しては泣くほどのことか。……はは。意地の悪い悪者になった気分だ。……あぁ、今は特級呪詛師だからあながち間違いではないのか」

 

 

 

 薄い笑みを浮かべて軽口をたたく。笑って流せるような内容ではないため皆が黙り込んでいる。稽古場の悪い空気を察して、龍已は肩を竦めた。別に意地悪でやっている訳じゃない。数日ぶりに皆の顔を見たので口が軽くなっているだけだ。まあ、そのダメージが心に直接叩き込まれている訳なのだが。

 

 そう、今の龍已は口が軽い。お喋りになっている。涙をポロポロと流して嗚咽を漏らす反承司が座布団に座り直すのを見届けてから、浮かべていた笑みを消して佇まいも戻した。場に緊張の糸が張る。真剣な表情故に、何だか冗談が赦されないような気がして生唾を飲み込む。

 

 

 

「何故、『俺』達黒圓一族が怨の一族と言われているか知っているか?両面宿儺からは……聞けないか」

 

「……宿儺は確かに言ってた。黒圓先生のことを怨の一族の末裔って。それってどーいう意味なの?俺、呪術界に入って全然経ってないから知らないんだよね」

 

「虎杖が知らなくても無理はない。怨の一族とは、()()()一部の者達が勝手に言っていたものだからな。……『俺』達も使っていたが」

 

「結局、怨の一族ってどういうことなのかな?」

 

「それを教えるには、黒圓一族の始まりを説明せねばなるまい。『俺』達の始まりは……呪術全盛の時代である平安の時代に遡る──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒圓無躰流。平安の時代中期に生み出されたと()()()()()超近接特化型特殊武術。相手に逃げの隙も与えず、戦場の武器を巧みに使いながらひたすら前へ進んで追い詰め、必ず殺すことを目的とした殺人武術。現代では存在すら赦されないような物騒な1つの武の形。

 

 

 

 しかしその始まりは──────ひどく優しい(イカレた)ものだった。

 

 

 

 生み出されたのは平安時代中期ではない。初期辺りからである。かなり古い歴史を持つこの武術は、開祖の才能1つから始まった。黒圓一族に生まれた者ならば、代々親から語られて受け継がれていく先代継承者の話。開祖ともなれば初代様だ。語られない訳が無い。

 

 黒圓一族の初代。その男の名は黒()源継(みなつぐ)。平均身長がかなり低い時代にも拘わらず、彼の身長は180を超えており、筋肉にも恵まれ、運動神経や反射神経など、体に関することは全て持っていた。肉体労働をさせれば万人力と声が上がる程だ。そんな彼は出稼ぎ先で、ある女性に会った。

 

 特別美人ではない。でも、笑顔が素敵な女性だった。金を稼ぐために雇ってもらっていた仕事の昼休憩中、握り飯を握って持ってきたのが初めての出会いだった。周りに花が咲くような、元気で溌剌な笑みを浮かべて同業者に握り飯を配る女性を見ていると、強靱な胸板の奥にある心臓が忙しなく稼働していた。

 

 

 

「……?あらっ、とても大きい方ですねっ。私が握ったご飯で足りるかしら?ふふっ。山と作りましたから食べてくださいね?」

 

「……っ!か、かたじけない……」

 

「いいえいいえ。皆さんが話してくださいましたよ。あなたのお陰でお仕事が捗るって。力持ちなんですね」

 

「あ……その……」

 

「はい?」

 

 

 

「──────貴女を娶らせて欲しい」

 

 

 

「えっ……!?」

 

「あっ……」

 

 

 

 初代様も若かった。つい一目惚れしてしまった相手に結婚を申し出てしまった。吐いた唾は飲み込めない。近くで仕事の同僚が水を噴き出しているのを余所に、源継は真剣な表情で彼女を見た。

 

 突然結婚を申し込まれた女性は固まったあと、意味を理解してきて顔を赤くした。握り飯を乗せていたお盆で顔を隠しているが、目線をチラチラと送っている。手紙のやりとりやら何やらの、その時代の結婚に至るまでの過程を見事にすっ飛ばした求婚を、彼女はどう思っているのだろう。

 

 チラリ、チラリと顔を赤くしながら視線を向けてくる女性に、源継は気が気でなかった。不快に思われて断られても文句は言えない立場だからだ。人が多く居る場所で言ってしまった自分に非がある。なので断られたら、潔く諦めようと思っていた。

 

 対して、彼女は源継のことを熱く見つめている。突然の求婚は恥ずかしいが、嫌ではない。だって彼が逞しいから。

 

 

 

 なんと、なんと──────素晴らしい筋肉だろうか。

 

 

 

「はぁ……♡」

 

「あの……」

 

「──────是非♡」

 

「よ、良かったっ!」

 

 

 

 源継はこの時知らなかった。求婚をした女性が、大の筋肉好きであり、他にも握り飯を配っていた女性にこっちは任せてと言っておきながら、しっかりと源継の方へ向かってきていたということを。近くで源継の鍛え抜かれた筋肉見たさに下心満載で飯を持ってきていたことを、この時は……知らないのだ。

 

 始まりが一目惚れからの求婚ではあったが、2人は逢瀬を重ねて思いを強めていき、相手側の両親との顔合わせも済ませた。結婚の許可は貰い、これから2人で生きていくのだと幸福を感じていた源継。だがそんな彼は、結婚相手の父親からあることを言われて衝撃が奔った。家の娘を、守ってやってくれ。そう言われたのだ。

 

 愛する人だ。何よりも大切にしている。守るのは当然。しかし、いざ結婚相手の父親から、頭を下げられて改めて言われると感じる重さが違う。大切な人の命は、自身の手の上にある。零れさせる訳にはいかない。ならばどうするか?恵まれた力を使えば良い。現代でも呪術師はイカレた者が多いと言うが、平安初期に生まれた呪術とは無関係の源継も、何故かイカレていた。

 

 

 

 未だ見ぬ、己等を害する敵に怨を抱き、確実に殺す牙を研いだ。

 

 

 

 型が湯水の如く湧いてくる。思いついたままに体を動かせば、考えた通りのものが生み出された。最初は徒手空拳のみの型だった。しかし刀を見かけると、相手が武器を持っていた場合のことを考えた。それに対する対抗策が、自分も武器を使えば良い。使える物を使い、追い詰め、殺してしまえばいい。それからというもの、型にはあらゆる武器が組み込まれた。

 

 

 

 思いつき、考え、編み出すこと2年半……黒(えん)無躰流が初代となった黒怨源継によって誕生したのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────おまえ。そのまま動くなよ」

 

「あら、またですか?ではお願いいたします」

 

「あぁ」

 

 

 

 源継は妻となった女の肩に手を伸ばし、虚空を握り込んだ。端から見れば何をしているのかと首を傾げる光景。実際妻も夫が何をしているのかあまり理解していない。しかし源継にはあるものが視えると言うのだ。異形の怪物だというそれは、探そうと思えばそこらに居ると言う。

 

 時々人に取り憑いているそれを、源継が消しているのだそうだ。体の内にある不思議な力を使うことで、その異形の怪物を消すことが出来る。これは幼少から行ってきたこと。周りに言っても信じられないことから、いつしか誰にも話さなくなった秘密。妻になるのだから隠し事はしたくないと、女には話した。

 

 心から愛され、大切にされている女は夫である源継の言葉を信じた。実際、自身に取り憑いている異形の怪物を消してもらうと、肩がスッキリして軽くなるのだ。数ヶ月に1度有るか無いかくらいの頻度だが、とても助かっていた。

 

 仕事をし、異形の怪物……呪霊を祓い、戦いに忍びで参加して黒怨無躰流の精度を磨く日々を送る源継。いつしか彼には、息子が生まれた。待望の我が子。母体共に元気であり、稼ぎも悪くない。家族に不自由ない暮らしを提供できていたし、家族サービスとして出掛けることもあった。そんなある日、息子が6つ程になった頃だ。源継にとある男が接触してきたのだ。その男は、自身のことを呪術師と名乗った。

 

 

 

「……もう一度言ってはくれないか」

 

「あなたに呪霊が視えていることを、私は知っている。争いの場に行き、数々の敵兵をその手で殺していることも。その技術、実に素晴らしい。是非とも我が家に教授願いたい」

 

「……黒怨無躰流をか」

 

「然り。その武術があれば、話が家は呪術家系としてより上に至れる」

 

「何故、私が争いの場に赴くことを知っている?ジュレイ……というあの怪物共を殺せることも、まるで見てきたような口振り。私は誰の目も無いことを確認してから事に当たるよう心掛けている」

 

「詳しくは話せんが、そういう術式なのだ」

 

「ジュツシキ……」

 

 

 

 訪ねた男は、源継の扱う黒怨無躰流に興味を持って接触したのだ。別の場所の光景を視る事ができる術式を持つ彼だからこそ、広範囲の気配を読み取る源継が見られていることに気がつかなかった。呪霊を人知れず祓い、戦場にて敵の悉くを殺し回る源継の強さを得るために来た男は、是非にと口にした。

 

 しかし源継は教えるつもりはないと返答した。何故かと問われるが、元より黒怨無躰流とは大切な家族を守るために創り上げた武術。家族の敵を殺す為の力だ。誰かに教え、知りもしない相手を殺すための道具にさせるつもりは無かった。それに、教えるならば我が子にと思っていたところだ。

 

 いつかは衰えが来てしまう源継に代わり、大切な人を敵から護って健やかに生きて欲しい。それだけを願って黒怨無躰流を継承するつもりだった。なので、誰かに教えるつもりはないと答えた。家柄が良いのか、教えてくれるならば大金を出すと言われたが、現状に満足している。好きなものを与えると言われたが、家族が居る源継には、これ以上なんて望んでいない。

 

 結果、呪術師の男にはお帰り願った。教えることは出来ないと。教えるつもりも無いと。他者を圧倒して家を大きくする為の道具として使われるのは嫌だから。教えを乞う理由が家族を護る為だと答えたならば一考したのだが、呪術師家系に於いて家族に愛情を持つことは稀だ。術式の継承の為に女は胎として娶られることが、今の時代では当たり前だった。つまり、家族を護るためという言葉は、逆立ちしても出て来ないのだ。

 

 

 

「私がこれだけ頭を下げているのだぞ……?それでも欠片とて教えんと言うのか」

 

「黒怨無躰流は一子相伝。我が子にこそ相応しい。どれだけの待遇を持ち寄られようと、私の言葉は違えない」

 

「──────そうか。では、精々後悔するが良い。呪いの何たるかを聞きかじった程度の非術師が、呪術師に逆らったらどうなるかを」

 

「敵として現れるならば、私は容赦しない。黒怨無躰流は敵の一切悉くを殲滅する。例え面妖な力を使う者が相手だろうと、追い詰め必ず殺す。心すると良い」

 

 

 

 敵対するならば、誰であろうと容赦しない。その相手が神であろうと。黒怨無躰流の全ては、大切な者を護る事が出来るようにという願いから生まれたもの。どれだけ身分が高かろうと、害するならば黒怨無躰流が黙っていないのだ。

 

 そして、それからは訪れた男の手の者が来るようになった。黒怨無躰流を我々に教えろと。我々に手を貸せと。さもなくば力尽くで聞き出すことになると。源継はそうなるだろうなと思いつつ、にべも無く断った。断られれば戦闘の許可が出ているのか、襲い掛かってくる者達。しかし源継は、黒怨無躰流を使って呪術師を殺した。

 

 警告はしていた。敵対するならば容赦しないと。源継にとって、容赦しないとは殺すということ。何度もそう言っているのに、力尽くで言うことを聞かせようとする呪術師など、そこらで金をひったくる盗っ人と何も変わらない悪人なのだ。故に、彼は襲ってきた者達を殺した。術式を使われようと、天性の勘と反射神経、そして類い稀なる恵まれた肉体で押しきったのだ。

 

 術式の詳細も知らず、聞くまで呪いを呪いと認識すらしていなかった源継は、呪力で肉体の強化を行うことはできていた。教えが無いので術式は使えなかったし、持っているかどうかすらも判らなかったが、取り敢えず彼は呪力と黒怨無躰流、そして強靱な肉体のみで数々の呪術師を葬り去ってきた。

 

 来ては返り討ちにして、日常に戻るという生活を送ること数十年。源継の息子はしっかりと黒怨無躰流を継承した。そして嫁を娶り結婚し、子宝にも恵まれた。孫が生まれた源継は幸せ者だろう。歳をとり、体の衰えが出ている源継だが、それでもまだ呪術師には負けなかった。生まれたばかりの新たな黒怨の血を受け継ぐ者に、黒怨無躰流の継承を始めてから少し、黒怨一族に危機が迫った。

 

 

 

 

 

 呪術師は黒怨源継を狙うことを諦め、源継の大切にしている者に魔の手を伸ばしたのだ。

 

 

 

 

 

 






黒怨源継(こくえんみなつぐ)

始まりの黒圓にして、黒怨。黒()無躰流開祖。

低身長が当たり前の時代で180を超える背丈に恵まれた筋肉。明晰な頭脳。身体能力に反射神経と、その時代でも頭抜けて異常な力を持った存在。

今ある黒圓無躰流を0から創り上げた。考えれば考えるほどアイデアが浮かび上がり、いかに効率良く人間を殺せるかが分かった。源継はそれを才能とは思わず、家族を守るための手段の1つとして考えていた。

大切な者の為ならば、例え善人すらも躊躇いなく殺す異常性を持っている。愛する女性に会うまで他と何ら変わらない生活を送っていたのに、守るためとは言え、現れるかも分からない敵に強大な怨念を抱き、必ず殺す術を生み出した怪物。

実戦経験を得るため、争いの場に紛れ込んで敵を殺し回った。後に交渉決裂から襲い掛かってくる呪術師をも、その手で殺してきた。




訪れた男

とある呪術師家系の次期当主。身分が高い。己の家をもっと大きく、そして強くするために噂になっている武術家系に接触した。源継が呪いを視認することは知らなかったので、ある程度の説明はした。

取り入ろうとするが、失敗に終わり相応の目に遭わせてやると決めるが、その悉くを失敗する。非術師に手を出す呪術師という、現代では大罪ものだが、昔はそこら辺がまだガバガバなので平気で手を出す。

送り込んだ呪術師が殺されてしまったが、それを他の家に言うことも、協力を求めることもできない。何故なら、言ってしまえば非術師にすら負ける貧弱な呪術師家系と馬鹿にされるから。なので自分達で始めたことを、自分達で始末付けなくてはならない。




源継に嫁いだ女

筋肉フェチ。顔や収入より筋肉。

握り飯を源継に持っていくために、持っていこうとする人と交替してもらった。




黒圓龍已

生家にて身を潜めていた。虎杖達が来ることは、4キロ先から解っていたし、そもそも虎徹が居るだけで居場所はバレると確信していた。

先代継承者である黒圓忠胤より聞いた更に先代達の話をしているが、初代様である源継の詳細な事情を知るのは龍已だけ。




家入硝子

差し伸べた手を押し返され、再び胸に穴が開いた気分を味わう。世界から色が失われてしまい、龍已がもう帰ってきてくれないことを悟る。




反承司零奈

やはり、最悪の分岐に走っていることを自覚する。二次創作の作者ですら書くことを諦めた黒圓龍已が完成してしまい、これからどうして良いのか分からなくなった。




黒圓家の稽古場

黒圓一族にとっての聖域。

壁には数多くの武器が掛けられていて、その全てを実際に使って、使い方を体で覚える。対処法も無理矢理覚える。龍已の体中の傷は、稽古の際に忠胤につけられたもの。

深く斬り裂かれようと稽古は終わらない。貧血で倒れても続行が当たり前。稽古終わりは血塗れが当たり前で、包帯が手放せない日常を送っていた。

何代も同じ事を続けてきたので、稽古場の中はこびり付いた血の匂いがする。取れないそれは、黒圓家のこれまでを物語る。虎杖達は、世界で初めて黒圓家の稽古場に足を踏み入れた存在になるほど、誰も稽古場には立ち入らせなかった。





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第五十八話  黒怨



最高評価をしてくださった、鷹馬 水散屋 やり込み隊 マサカの盾 さん。

高評価をしてくださった、鵲くん Cafe俺 diesirae3792 シンタローΩ stss ジュ さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

 呪いのある界隈はクソである。紛う事なきゴミクソである。誰が言った言葉か?言わなくても解るだろう。根っからの腐り果てた界隈であると。身を沈めれば、よりそのクソさを味わうことが出来る。そして何より、そのクソさは呪いに関係無いものにまで被害の手を差し伸べる。

 

 黒怨源継はその日出掛けていた。歳を重ね、孫にまで恵まれた彼はその時代では相当なら年寄りだった。肉体にはガタがきているし、少し前になら当然のように出来ていた黒怨無躰流が驚くほどに疲れる。息が切れると回復するまで時間が掛かる。

 

 恵まれた強靱の肉体が嘘のように衰えているのだ。走って転ぶと骨を折ってしまうかも知れないなんて、そんなこと考える日が来ようとは思いもしなかった。しかし何もしないと衰える一方なので運動はする。毎日散歩を心掛けるのだ。どこに行ったか分からなくならないように、妻や息子夫婦に一言添えてから出掛けるようにしている。

 

 その日も天気が良い日だった。まっさらな蒼い空。少しだけ鏤められた白い雲。木々の間を抜けて皺が目立つようになった頬を撫でるそよ風は心地良い。平和を感じる。最近は昔からちょっかいを掛けてきた呪術師は来ていない。来たとしても黒怨無躰流を継いだ息子が居るので大丈夫だ。自分はもうお役御免という訳だ。残りの余生を妻と共に過ごし、死ぬ。それが今の自分の目標だ。

 

 

 

「なんと……なんと……ッ!わ、儂の家が……」

 

 

 

「おい爺さん!危ねぇから近寄るなっ!」

 

「誰か水を持って来いっ!」

 

「中に誰か居るのかっ!?」

 

 

 

 そう、清々しい晴れの日の今日(こんにち)。黒怨源継は朦々と燃え盛る己の家を見た。存分に散歩を満喫した彼は、途中で休憩を挟みながら帰路についた。が、そんな彼に待ち受けていたのは燃えた家。道もあっている。傍にある井戸も見覚えがある。分からないのは燃えていることだけ。

 

 何があったと呆然とする彼は、回りに居る者の中から中に誰か居るのか?というフレーズを聞いた瞬間駆け出した。衰えた老骨には厳しい速度だが、大丈夫だ。愛する家族のためならば肺が痛かろうが我慢の1つや2つしてみせよう。誰もが制止するのを無視し、壁に拳を叩き込んで破壊して中に入った。

 

 稽古場を隣接して建てている己の家はそれなりに広い。趣味で作っていた庭もあるので誰もが羨む広さを持っていたのは密かな自慢だった。今ではもう燃えているのだが。源継は感じ取れるのが難しくなった気配察知で家族の居場所を割り出そうとしたが、微かな気配1つのみを除いて感じられない。恐らくその1つというのは孫の気配だ。

 

 直線距離で行くために、途中の燃えている壁を悉く粉砕して向かった。着物が燃えると脱ぎ去り、手脚が火傷しようとお構いなし。彼がやっとの思いで辿り着いたのは、居間だった。そこには()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「お、おぉ……おぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッ!!!!!!」

 

「……………………。」

 

 

 

 長年寄り添った妻は手首、肘、肩、足首、膝、股関節から四肢を細々(こまごま)と斬り落とされてうち捨てられ、顔は原形が分からなくなる程ぐちゃぐちゃにされていた。殴られ蹴られているのだろう。腹は裂かれ、臓物がぶちまけられている。光を宿さぬ出鱈目方向を向く瞳が開いたままだ。

 

 息子夫婦も死んでいた。黒怨無躰流を継いだ息子は不自然な四肢の捻れ方をしていた。腕がある空間ごと捻られたような、そんな不自然なもので、頭は目玉を刳り貫かれ口の中に無理矢理放り込まれている。着ていたものは剥ぎ取られ、その服の一部だろうもので首を絞められていた。

 

 息子の妻も身包みを剥がされて全裸のまま捨てられていた。またの間からは白濁とした粘液が大量に溢れている。長い栗色の髪は自慢だと話していたのに、その髪は根元から全て切られて雑な坊主頭にされている。体中切り傷だらけで打撲痕もある。顔は殴られすぎて歯が殆ど折れていた。涙を流した跡が見られ、首にはくっきりとした手形がついている。

 

 孫は生きていた。まだ少年とも言えない小さな子供。そんな孫も体中を鋭い何かで切られている。血だらけだ。急いで抱き起こすとか細い息しかしていない。すぐに処置をしないと命に関わるだろう。源継は怒りなのか憎しみなのか怨みなのか分からない、全ての負の感情が宿った怨嗟の叫びを発した。

 

 そして彼は見つける。奇跡的に家を焼く炎に呑まれず、家族の血を吸って赤黒くなる、文字の刻まれた畳を。傍に移動して読んでみる。そこには殴り書いた汚い字で、家族を襲い殺した者の言葉が書かれていた。

 

 

 

『報復は終わらない。貴様はこれより凄惨な事を経験する。貴様が死のうが、貴様等の修める技術を提供しない限り、延々と続く』

 

 

 

「──────そうか。そこまでして、我等(黒怨)を敵に回したいか呪術師。何が世のためだ。何が民のためだ。呪いを祓うことを盾に好きに生きているだけの下衆の集まりではないか。そうまでして黒怨無躰流が欲しいか。ここまでして報復は終わらんか。ならば良かろう。儂等とお主等(呪術師)は相容れぬものとなった。ゆめ忘れるな……──────受けた怨は怨で以て返すぞ」

 

 

 

 ──────どれだけの年月を重ねようともな。

 

 

 

 源継は息の浅い孫を抱いて住み慣れた家から消えた。誰もその姿を見ることは無い。中に入り出てきた姿を見ていないので共に燃えて死んだと噂されたが、終ぞこれらの前に再び姿を現すことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒怨源継は死の間際まで生き抜いた。体は衰えの極みだ。箸1つ持つことさえできなくなった。でも、やり遂げた。彼は命辛々助け出した孫を育てたのだ。息子に教えたように、痛みを伴う体に鞭を打って黒怨無躰流を教え、継がせた。そして孫が齢18を迎えるころ、最早彼の体はどう考えても限界を迎えていた。

 

 孫に肩を貸してもらい、とある山奥で対峙する。立っているのが奇跡の源継の前には、拳を構える孫が居る。優しく強く育った孫。今や唯一の家族。山奥に逃げ込んで1人で育て、逞しく育ってくれた孫は涙を流していた。静かに、はらはらと涙を流し拳を震わせる。

 

 源継は呪霊が見えた。呪力も持っている。そして……術式も持っていた。自覚することができなかった術式は、他人に教えられることでどういったものなのかを知ることが出来た。山を下りて必要なものを買いだしている時、偶然居合わせた美しい空色の瞳を持つ青年に教えられたのだ。

 

 

 

『あなたは……継承の術式をお持ちのようだ。自分の何かを次に継がせるための術式。大切な何かがあるならば、大切な人に継がせるのもまた選択でしょう。良く考えてお使いください』

 

 

 

 そうか……継承。次に継がせることができるという面妖な力。親切だった青年に使い方を教えてもらった。別れてからは1度も会うことは無かったが、その青年のお陰で源継はある計画を立てることが出来た。

 

 次に継がせることができるならば、継がせよう。()()()()()。継承の術式を使って孫に、己が積み重ねてきた黒怨無躰流を継がせる。だが、孫に全ては与えない。来たるべき代に継げるように継がせるのだ。

 

 黒怨無躰流を継がせた息子が無惨にも殺されているのを見て確信した。呪術師は術式を使い戦う。呪いを使い肉体を強化する。黒怨無躰流がいくら相手を殺すための武術だとしても限界がある。そこで、源継は黒怨無躰流を継いでいき、呪術師を皆殺しにして殲滅できる、神に愛された子が産まれるまで、継承が続くようにした。

 

 縛りとして、黒怨無躰流を継いだ者が齢18を迎えた日、継がせた者は継いだ者の手によって殺される。殺した瞬間、継承の術式は完了する。生まれたときに半分受け継ぎ、もう半分は殺した時に。そういう風に小分けして継承させ、後に代を重ねた際に情報量で人格がおかしくなることを防いだ。

 

 源継は全てを継承する。来たるべき子のために全ての技術を、記憶を、そして……呪力を。新たな縛りを設ける。選ばれし最後の黒怨無躰流継承者が現れるまで、その過程の代の者達は()()()呪いを身に宿さない。その代わり、身に宿すはずだった呪いはその継承者に全て継承される。文字通り全てを託すのだ。

 

 

 

「爺様……後に俺もそちらへ参ります。どうかそれまで」

 

「う……む……たの……んだ……ぞ………」

 

 

 

 孫の手が源継の心臓を刺し貫いた。継承の術式が発動する。記憶を、技術を、呪いを全て継がせる。呪いは宿らない。来たるべき選ばれし継承者の為に貯めているのだ。孫はもの言わぬ死体となった源継を暫く眺めていたが、目から零れる涙を袖で拭き、その場を後にして山を下りた。数年後、孫はある女性と出会って結婚し子供が産まれた。

 

 黒怨一族の長子に女は生まれない。黒怨無躰流を継ぐに相応しい男が生まれるように縛りを設けているから。孫の子はやはり息子だった。生まれて間もない頃から黒怨無躰流の稽古をつけ、確実に継承出来るようにする。そして、先代の話をするのだ。こんな事があった。こんな事をされた。だからお前は黒怨無躰流を継がねばならない……と。

 

 憎しみを抱け。恨みを晴らすために次へ継承させろ。受けた怨は全て怨で以て返せ。呪いを使う者達を信用してはならない。そうして教え込んでいき、孫は自身の息子が齢18に達したその日、息子の手によって殺され継承を終えた。

 

 知らぬところで着々と怨嗟の牙を研いでいる黒怨一族だが、その過程は順調にとはいかなかった。何代か重ねると、呪術界から接触してくるのだ。黒怨無躰流を教えよ。継承せよと。もちろん、怨敵である呪術界に対して教えるわけがない。そう答えると、呪術師は襲ってきた。返り討ちにして殺せば殺せないと悟る。呪いを宿さぬ黒怨一族に負けたことを逆恨みし、彼等の大切な家族に手を出す。

 

 息子を殺されたくないだろう。目の前で妻や娘を犯されたくないだろう。ならば教えろ。もしくは戦に参加して加勢しろ。そういって何かと条件をつけた。苦渋を飲みながら了承し、戦に参加した。戦場で数百数千の敵を拳で殺し、落ちている武器で殺した。やがて黒怨一族のその強さに危機感を覚えた呪術界は、彼等の怨念の籠もる声を聞いた。

 

 

 

「覚えておけ。例え俺を殺そうと、俺の次が必ずお前達を恨み怨を重ねる。我等黒怨一族の怨の強さ、深さ、悍ましさに身を震わせるが良い。何時か必ず、俺()はお前達を殺し尽くす。我等の怨を忘れるな」

 

 

 

 黒々とした、怨念以外が宿らぬ瞳で訴えた黒怨一族の存在に、身の毛のよだつ何かを感じとった呪術界は、彼等のことを怨の一族と呼ぶようになった。強大な怨を抱いて人を殺す、怪物の一族であると。手を出した立場の癖に、奴等は危険な存在であり、危険な思想を抱くイカれ狂った凶人共だと広めたのだ。

 

 早くあの強力な武術を手に入れ、黒怨一族を根絶やしにしよう。それが世のためだ。そう信じて疑わず、彼等に接触しては教えるように迫り、拒否すれば大切な者を殺すという行為を繰り返した。その愚かな行為が、怨を抱く一族に強大な恨みを抱かせ、負の感情を増大させているとも知らず。

 

 彼等は呪いを宿さない非術師だ?なんと愚かな。無知とはここまで愚かなのだろうか。彼等は内に秘めた負の感情を、いつ現れるか分からない継承者の為に表に出さず、継承しているのだ。代を重ねれば重ねるほど、強くなる呪い。彼等はほくそ笑む。精々我等の上に立っている気になっているが良い。来たるべき日、お前達は黒怨一族最強の子の手によって滅ぼされるのだ。

 

 

 

「──────ケヒッ。ケヒヒッ。厄介なものだなァ?呪術師は!だからどうということもないが。さて、お前達も向かってくるか?何の為だ?」

 

「……家族を人質に取られている。その解放を目的として両面宿儺、お前を殺す」

 

「ケヒヒッ。下らんことを相も変わらずしているのか、愚かな呪術師共は。お前、名は何という」

 

「黒怨だ。下の名前に意味は無い」

 

「意味が無い?」

 

「我等黒怨一族は怨の一族と呼ばれている。いずれ、奴等呪術師、呪詛師を世から消す。完成した黒怨が生まれた時、世界は我々の怨の強さを身を以て知ることになる。さぁ、言葉を交わすのは終わりだ。疾く死んでくれ」

 

「ほう……ほうッ!縛りも用いて次世代へ継承しているのかッ!ケヒヒッ。面白い。面白いぞ黒怨ッ!怨の一族ッ!叶うならばお前達の完成した怨念を見てみたいものだッ!そしてこの手で壊したいッ!」

 

 

 

 呪術全盛の時代。呪術界で最も恐れられた呪いの王、両面宿儺と邂逅した。2つの顔、4本の腕を持つ体に紋様を入れた男と対峙しながら、その代の黒怨は臆すること無く拳を構えた。呪いは勿論宿していない。術式も無い。そんな彼は、正面から呪いの王を見据えて駆け出した。

 

 誰が相手であろうと背を向けない。逃げずに相手を追いつめ、必ず殺す凶人の武術。その強さは両面宿儺と戦っていた呪術師達も身を以て知った。何故なら、両面宿儺と戦っている彼等の中に紛れ込んで無差別に殺し回っていたからだ。背後から忍び寄り、首の骨を捻じ切って砕き、蹴りで頭を吹き飛ばし、手刀で心臓を穿つ。バレないように、1人1人殺して回った。

 

 そして、周りには少ない数の呪術師しか居なくなると殺すのはやめて、両面宿儺との戦いに身を投じた。術式により不可視の斬撃が飛ばされる。最初は勘で避け、不可視の斬撃に慣れると完璧に避けるようになった。炎を飛ばされると死体を投げて盾にし、接近してくると戦場に落ちる数多の武器を使って肉薄した。

 

 興が乗ったからと接近して戦う両面宿儺の腕を取り、2本毟り取った。後にも先にもこれ程のダメージを与えたのは黒怨だけだった。だが、所詮は呪いも無ければ術式も無い、武術が使える非術師だ。両面宿儺の閉じ込めない領域に引き摺り込まれ、満身創痍になる。だが彼の呪いの王は黒怨を見逃した。黒怨を完成させるために、敢えて逃がしたのだ。

 

 両面宿儺との戦いが終わり、敢えて逃がされた黒怨は結局家族を殺された。奴を殺すことを条件として助けてやると言った。なのに討てなかった。ならば家族を殺されても文句は言えまい。そう言われて人質に取られていた妻と娘は犯されて孕まされた後、相伝の術式を持つ子を産まなかったというのを理由に殺された。

 

 恨み、恨み、恨み。憎み、憎み、憎み、怨念を募らせ、その代の継承者の中で歴代の継承者達は怨嗟の声を上げる。そして虎視眈々と反撃の機会を窺うのだ。怨の牙を研ぎながら。そうして1000年以上の月日が流れ、その過程で黒怨は黒圓へと名前を変えて潜むようになり、最後の黒圓継承者……黒圓龍已が誕生した。

 

 

 

『素晴らしい。歴代でも最高の肉体だ』

 

『才能も完璧だ。この子に使い熟せない黒怨無躰流は無い』

 

『呪術界も最後の黒怨に怨念を抱かせる、間抜けな要因を作った』

 

『我等が継承してきた全ての呪いと怨をこの子に』

 

『才能を開花させ』

 

『技術を与え』

 

『衰えを知らぬ完全を授けよう』

 

 

 

『『『──────我等の全てを贄として』』』

 

 

 

 長年寄り添い、見守ってきた歴代継承者は、最後の継承者が継承の義を済ませると消える。宿っていた意識は統合されて黒圓龍已と混ぜ合わさり、だが彼の意識をメインとして黒怨龍已へと昇華させる。技術も記憶も全て与え、一番の天敵である衰えから脱却させた。

 

 黒圓龍已は歴代で最も才能に溢れ、莫大な呪いを宿し、術式を持った子だ。しかし黒怨龍已はこれまでの黒怨が積み重ねてきた歴史が1つとなってこの世に根を生やした怨念の大樹である。全ては憎き呪術界を世から消し去るため。呪術師、呪詛師を皆殺しにするためだけに産まれ落ちた、最強の怨なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────我々黒怨一族は、俺の為にやれること全てをやった。強靱な精神を持つために、精神の強い女を娶った。子供には幼児の頃から稽古をつけた。より良い子供が産まれるために相手を選び、子を産み、またより良い相手を……要するに俺は、黒怨一族が長年積み重ねて品種改良した人間だ。俺の母も、襲い掛かってきた呪術師に包丁で応戦した。心の強い女だった。どうだ?俺がどうやって誕生したのか知れただろう。怨の一族と呼ばれた理由も理解したな?」

 

「……呪術師は本当にクソですね」

 

「今更だろうに。七海、お前の意見はずっと正しかった。呪術師延いては呪術界はクソだ。でなければ俺は生まれていない」

 

 

 

 話し終えた龍已は、前に置いてあるお茶の入ったペットボトルに手を伸ばしてキャップを開け、中身を飲んだ。始まりの黒怨からずっと説明していたので喉が渇いていた。嚥下して喉を潤し、ペットボトルを床に置くと皆の顔を見る。そこには予想通りの反応がある。

 

 真面目な七海は苦々しい表情をしている。灰原は顔色を青くしていた。まだこんな話を聞かせる歳ではない虎杖達は、沈んだ表情をしていた。虎杖は唖然とし、恵は何とも言えない顔だ。釘崎は当時の黒怨に胸を締め付けられているのか涙目になって唇を噛んでいる。

 

 甚爾は呆れたように溜め息を吐いて、何でフィジカルギフテッドを持つ自分と同等かそれ以上の肉体を持っているのか納得した様子だ。補助監督の鶴川は、吐き気を催しているのか口を手で押さえて蹲っている。

 

 反承司は黒怨龍已の過去がそんなに思いものがあったとは知らず、悲痛な表情を浮かべていた。彼女が知る二次創作では、そこまで細かい過去の描写はされていない。彼の口から語られて、始めて知ることが出来た過去の話。でも、決して気分の良いものではなかった。

 

 龍已の親友である虎徹は終始真剣な表情をしているが、手を強く握り込んで血を流している。気配から内心で怒り狂っているのが伝わってくる。まあ予想通りの反応だ。今まで受けてきた仕打ちは、相当なものであるという自覚はしている。何の恨みがあって黒怨一族に手を出すのかと、各々の代で何度も思った。だが良いのだ。今までのことがあったお陰で、こうして完成したのだから。

 

 

 

「俺の肉体は特殊な縛りにより、殆ど不老に近い。我が子の手により寿命よりも早く死んだ継承者達の余生は継承され、その全ては俺に還元される。衰えを天敵とした黒怨は、殺されない限り死なない肉体を手に入れた。齢28を迎え、それから先全盛の力を維持し続け、進化のみを体現する。最早どれだけの呪術師を集めようが、意味は無い。時間が解決してくれる……などという変な期待はしない方がいい。時間を掛ける前に殲滅させてもらう」

 

「ますます人間やめてんな」

 

「仕方あるまい。長年の怨が凝り固まった結果だ。完成しなければこんな肉体にはなっていない。その点に於いては完成させてくれた反承司に感謝の言葉しか無い」

 

「うぐっ……」

 

 

 

 再び要らないお礼を言われた反承司が反応した。彼は未完成の時、別に普通の人間だった。歳と共に肉体は衰え、思考力は落ちていく。いつしか年老いた老人にもなることだろう。しかし、今の彼は完成した究極の肉体を持っている。

 

 彼は最早歳を取らない。肉体の衰えも無い。黒怨無躰流の最大の天敵である老化による衰えを克服した。黒怨龍已の全盛期は28だ。完成した今、常に28の頃の力を発揮することが出来るようになっている。歳を取らず常に全盛期の力を。なのに進化はしていくという力を手に入れた。

 

 その力は長期間の動きを可能とさせ、この世に居る呪術師を1人も残さず殲滅するための肉体だ。誰も逃がしはしない。逃がさないための肉体を作り出した。彼の中に居た歴代継承者達の意識を全て犠牲にすることによって。

 

 

 

「話は終わりだ。語ることはもう無い。そこで1つ、お前達に問おう」

 

「何をかな?」

 

「──────今この場で死ぬか、来たる日に俺と全面戦争をするか」

 

「…………………。」

 

「……どういう意味ですか。黒怨さんならば今すぐにでもこの場に居る全員を殺せるでしょう。日にちを空ける理由はなんですか」

 

「これでもお前達と過ごした日々は覚えているし本物だ。故に、この場で死ぬことを選ぶならば苦痛なく、安らかに眠るような死を与えることを約束しよう。ただし、俺との戦争を望むならば……凄惨な光景を見ることになると思え」

 

 

 

 座りながらレッグホルスターから『黒龍』を抜いて前に出す。この場で殺して欲しいと言えば、望み通りする殺すのだろう。だが彼の言葉に反応して望みを口にする者は誰1人も居なかった。静かで痛い沈黙が訪れる。誰も死を望んでいない。それどころか龍已と戦うことそのものを望んでいない。だがもう、彼とはわかり合えないのだ。

 

 今この場で死を願う者は居ない。暫しの間皆の顔を眺めていた龍已は、それを悟ってかレッグホルスターから取り出していた『黒龍』を納めた。彼はこの場で全員を、即座に殺す事ができる。それだけの力を持っている。しかしやらない。彼にも思い出があったから。未完成の頃に重ねた年月は無駄ではなかった。だからこそ、猶予を与えているのだろう。

 

 悲しいものだ。これまで楽しくやってこれたというのに、ちょっとしたことが切っ掛けでこんな事になっているのだから。彼と戦いたいと望むはずも無く、彼を殺したいと思える筈が無い。では彼はどうだろうか。殺すことに猶予を与えている。ならば戦いたいと思っていないのではないか?殺すことを望んでいないのではないか?

 

 ……無理な話だ。今までの、彼が生きてきて重ねた思い出程度では、黒怨一族が受けてきた苦しみや憎しみを拭い去ることは出来ない。猶予は猶予だ。時を見てくれる。だがそれだけだ。殺すと決めたら殺す。それが呪術師をこの世から消すためだけに産まれた彼の存在意義なのだから。

 

 彼の首に巻き付く武器庫呪霊のクロが何かを吐き出した。掌に収まるくらいの大きさをしたキューブだった。表面には目がついていて、サイコロと同じく対面で7個の目になるようになっている。それを受け取った龍已が、放物線を描くように虎徹へ放り渡した。何か解らず訝しげに見ていた者達の中で、虎徹だけはすぐに何なのか理解して瞠目した。

 

 

 

「これって……もしかして」

 

「──────『獄門疆(ごくもんきょう)』だ。特級呪物。源信の成れの果てだ。その中に五条が封印されている」

 

「「「──────は?」」」

 

「渋谷の無差別テロを起こした犯人を殺した後、奪って持ち歩いていた。それはお前達に返そう」

 

「……どうして?五条悟は呪術師最強の存在。対立するつもりなら邪魔なんじゃないの?」

 

「──────我々黒怨一族は敵に背を見せない。()()()()。敵は須く全て排除する。つまらん真似はしない。正々堂々、正面から呪術師(お前達)を殲滅する」

 

「……そう。五条悟を加えられても勝てるって、確信しているんだね」

 

呪術師(お前達)をこの世から消すためだけに産まれた俺が負けるものか。それだけの怨を、俺達に抱かせていたんだ。当然だろう」

 

 

 

 簡単に渡された、五条悟が封印されている獄門疆。渋谷事変で封印されたと聞かされて、それ以来行方が分からなくなっていた。でもまさか、龍已が持っているとは思わなかったらしい。皆が虎徹の周りに集まり、彼の手の中にある獄門疆を興味深そうに見ている。呪術師最強と呼ばれる彼を渡す。呪術師と敵対するならば絶対にやらない手だ。

 

 しかし彼は五条を明け渡す。最強がなんだ。無限がなんだ。六眼がなんだ。そんなことを理由に、黒怨一族の怨が途絶えるとでも思っているのか。無駄な手は使わない。正面から実力のみで蹴散らす。例え五条悟が居ようとも。その揺るぎない自信が、より龍已の怨の強さを物語っていた。

 

 龍已がゆっくりと立ち上がる。話すことは全て話した。この場で殺し合いはしない。皆の間を通って稽古場のドアまで行き、手を掛けながら最後に振り返る。その瞳は、先程まで穏やかに話していた黒圓龍已のものではなかった。どこまでもおどろおどろしい、黒く暗い怨念の籠もった敵意を剥き出した瞳だった。

 

 

 

「──────待っているぞ、呪術師。俺との戦争に参加する者は良く選ぶといい。足手纏いを連れると自身の首を絞めることになる。俺はお前達を殺し……世界から呪術師、呪詛師を消す。後腐れ無く、悔いを残さぬよう、全身全霊で呪い合おう」

 

 

 

 彼は稽古場を今度こそ出て行った。これから先、この黒圓家には戻ってこないだろう。虎徹が居るから自身の居場所は解るだろうと、決戦の場所は口にしなかった。でもこれで本当に決別したのだということを無理矢理叩き付けられた。紛う事なき黒怨龍已との呪い合い。一番望んでいなかった現実である。

 

 反承司は止め処なく溢れる涙を拭おうともせず、正座をしたまま俯いている。虎徹は手の中にある獄門疆を強く握り締め、血が滴るほど強く唇を噛んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────私に何も言わず行くのか?」

 

「……先に居なくなったのはお前だろう、家入硝子」

 

「硝子って呼べよ、龍已」

 

 

 

 稽古場を出て廊下を歩き、玄関に辿り着いて靴を履く。玄関の扉を開いて外に出ると、家入が居た。彼女が居ることは気配で分かっていた。途中から離席していたのは精神を落ち着かせるためだろう。もう大丈夫なのかと思うが、赤くなった目を見れば大丈夫とは思えない。

 

 交際関係にあった、家入と龍已が対峙する。いや、関係を断ったと思っているのは龍已だけで、家入はその事を了承した覚えは無い。呪術師は敵だ。殲滅対象だ。そう言われても、彼のことを愛していることに変わりは無い。変わるわけがない。今もこうして顔を合わせるだけで、会えなかった日の寂しさを埋めるために抱擁したくなる。

 

 でも、出来ない。3歩か4歩進めば抱擁できる距離に居るのに、それが出来ないくらい彼の居場所は遠い。近くて遠い場所に行ってしまった。言葉の重みが違う。親しい者との会話と言うより、如何にも敵と話している時の冷たさを含んでいた。

 

 

 

「なぁ、龍已」

 

「……なんだ」

 

「私はさ、やっぱりお前が好きだよ」

 

「…………………。」

 

「まあ当たり前だろうな。敵だのなんだの言われて、関係を元には戻せない。お前の手は取らないとまで言われて泣かされて……それでも私はお前が好きだ。愛してる。世界を捨てる羽目になろうと、私はお前を取るよ」

 

「俺と共に来る気か?やめておけ。お前はこちら側ではない」

 

「何でそう思うんだ?別に呪術界に未練なんて無い。まだ子供の虎杖達や、同期で付き合いの長い五条には悪いが、彼奴らが死んでもお前が生きていてくれるなら、私はその道を選ぶ。なのに、その選ぼうとしている道すらお前は否定するのか?それならどんな道ならいいんだ?私にはもう分からないんだ。教えてくれ」

 

 

 

 高校生の頃から、同年代と比べて大人の雰囲気を持って、時には達観したような口振りをしていた家入。常に落ち着いた物腰で、冷静な彼女。そんな彼女が縋るような目をして問い掛けてくる。お前と一緒に居られるには、どうしたらいいのかと。その他全てを犠牲にしてでも一緒に居たいのに、それすら否定されるなら、どうすれば良いのかと聞いてくる。

 

 深い愛のベクトルが向けられている。最早執着と言っても良いのかも知れない。いや、もしかしたらそんな生温い言葉では表せないようなものを、彼女は龍已に対して抱いて確固たるものにしてしまったのやも知れない。

 

 この世から呪術師は消す。呪詛師も消す。回復役でしかなかった家入硝子も例外ではない。もう敵だ。敵なのだ。引き返せないところまで来ている。その道を、たった独りで進むしかない線路を走っている彼にとって、ついてこようとする家入は無意味な存在だった。だから否定する。共に来ることは赦さない。

 

 

 

「俺とお前は敵だ。共に居ることはない。何があろうともな」

 

「その根拠はなんだ。敵だからで私が納得すると思うのか?」

 

「納得するしないの話ではない。俺と殺し合うか、殺されるか。2つに1つだ。共に生きるという選択肢は存在していない」

 

「だから……っ!そんな言葉で納得するわけが……っ!おい待て!──────行くなっ!」

 

 

 

 歩き出して家入の元から消えようとする龍已。これで対話の機会が失われる。居なくなりそうな背中ではなく、居なくなろうとしている背中に手を伸ばしていた。彼の服の袖を力いっぱい掴む。絶対に離さないと言わんばかりの力で。そんなに上手くないが、呪いで肉体すら強化している。

 

 踏ん張って行かせないようにする。みっともなくて、彼女らしくなかろうと、縋り付いてでも彼の脚を止めてみせる。歩き出して黒圓家の敷地から出ようとする彼を止めた。止めることができた。対話をこれで終わらせるつもりはない。核心を突いて、意地でも一緒に居てやろうとする。

 

 だが、そんな家入のことを龍已は抱き締めた。体の向きを反対にして振り返り、隙間が無いくらい正面から彼女のことを抱き締める。背中に回された逞しい腕。強靱な肉体から発せられる人肌の温度。それらが最早懐かしくさえ思えて、視界が涙で歪む。なんでこんな時に抱き締めるんだ。最悪だ。涙が溢れそうになる。

 

 縋り付くように、家入も龍已の背中に腕を回した。恋人が遠い場所へ行くのを悲しみ、別れの最後に抱き合っているように見えるだろう。しかし家入は、抱き締める龍已の腕の力が、強くなっていくのを感じた。ぎちりと抱き締められ、体が圧迫されて息が苦しくなる。

 

 

 

「……っ……かはッ……」

 

「……………………。」

 

「りゅ……や………お……まえ……っ」

 

「……………………。」

 

「ぃ……や…だ……き……ぜつ……なん……てっ」

 

「……………………。」

 

「……ッ……ひゅっ………こほっ……」

 

 

 

「……………………──────すまない」

 

 

 

「……ぃ………っ……ゃ………────────」

 

 

 

 彼の背中に回した手で背中を引っ掻き、腕の中から出ていこうと藻掻くのに全くビクともしない。元より筋力の差がありすぎる。女と男というだけでも違うのに、超人すらも凌駕する彼の強靱な肉体に敵うはずも無く、息ができず土気色に顔色を変えながら抵抗した。

 

 意識が朦朧とする中で、彼に対して怒りだとか悔しさが沸々と浮かび上がる。だがそれよりも、また抱いてもらえたという喜びが顔を見せる。息ができなくて苦しい。このままだと行ってしまう。次会うときは敵として会うしかなくなる。だから気絶だけは嫌なのに、なのにどうして……抱き締められるだけで笑みを浮かべてしまうのか。

 

 背中を引っ掻いていた手から力が抜け、腕と体がだらりとする。酸素不足で気絶した家入を横抱きにして抱えると、家にある縁側の方へ回った。起こさないようにゆっくりと下ろして寝かせる。息があることを確認して、乱れた長い髪を梳いて整える。目の下が赤く擦った後がある。それを優しく撫でた。

 

 

 

「すまない、硝子。お前をこちら側には連れて行けない。俺とお前はどうしても、敵でなければならない。……さようなら」

 

 

 

 気絶させられ、眠っている家入に語り掛ける。その声色に冷たさは感じない。代わりに感じるのは何か。それは彼にしか分からない。

 

 瞼を撫で、頬を撫で、長い髪を一房手に取って唇を寄せ、最後に彼女の綺麗な手を取って口づけた。最後に眠っている彼女の顔を眺めてから立ち上がり、次の瞬間にはもう、その場には誰も居なかった。

 

 

 

 

 

 話し合いは終わった。彼の過去は知れた。これからやらねばならないことは定まった。ならば後は戦うのみ。生き残るのは呪術師か、怨か。どちらかのみだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────始めよう。呪術師と黒怨による戦争を。お前達を殺し、俺はこの世から呪術師と呪詛師を消す。全身全霊で呪い合おう。黒怨無躰流最終継承者、黒怨龍已……──────」

 

 

 

 

 

 

 

 ──────────推して参る。

 

 

 

 

 

 

 







怨の一族

千年以上、呪術師に苦渋を飲まされながら、影で常に牙を研いで反撃の機会を虎視眈々と狙っていた凶人の一族。全ては呪術師を殺すためだけに、代々黒怨無躰流を継承して糧であり贄になることを良しとした者達のこと。

元々、歴代継承者も膨大な呪いを宿しやすい体質だったが、黒怨を完成させるために全てを継承させて捨てていた。

狂っているため、相手に対して負の感情を抱きやすい。1度怨むと何があろうとも忘れない。怨は怨で以て返す。初代は未だ見ぬ敵にすら怨念を抱き、黒怨無躰流を創り出した。




天切虎徹

過去の話を聞き、龍已の意思が変わらないことを察した。長年親友をしてきたからこそ、その気持ちの強さが絶対であることを感じ取る。覚悟を決めねばならない。でも、そう簡単に決められたら苦労しない。




反承司零奈

龍已との戦争には参加するつもりだが、足手纏いになるかも知れないと客観的に考えている。涙が止まらず、止める方法を知らない。止められるなら、それはきっと完成される前の彼が必要だろう。




七海健人&灰原雄

呪術師はクソ。

世界の真理を既に掴んでいた。

まさかここまで酷い過去があったなんて……と、灰原は思ったが、それをおいそれとは口に出来ない。同情してしまいそうになるから。




虎杖&恵&釘崎

一般の出である一般は、過去の呪術師に対してドン引きも良いところ。クズさなら宿儺と同等……?とか考えている。

恵は胸クソ悪すぎてイライラしてきた。

御三家もクソだと思ってたけど、ごめんなさい。呪術師全部クソだったわ。と、泣いた後の真っ赤な目をして言う釘崎。龍已の第一印象はマジで的確。




鶴川

長く龍已の補助監督をしてきたが、あんなに良い人の過去が何でこんなに苦しくないといけないのかと苦しみ悲しんでいる。過去の話では吐きそうになりながら、腕時計を握り締めてどうにか耐えていた。




黒怨龍已(こくえんりゅうや)

旧名、黒圓龍已。

千年以上昔の初代黒怨が怨を抱き、過程で品種改良を行い、果てに産まれた黒怨一族の最高傑作。

呪術師を皆殺しに出来る知力。体力。肉体。才能。呪力。術式を持つことで完成した。つまりは彼の存在そのものが、呪術師を皆殺しにできるという証明になっている。

強力な縛りにより、歴代の誰もが呪いを宿す事が無いが、その代わりに持っていたであろう呪いを引き継いで最後に託した。故に彼の内包する呪いは人知を超えている。この総量を超えることは、誰にも出来ない。ついでに言うなら完成した瞬間総量は2倍に膨れ上がっている。

歴代の継承者を内に宿していたが、意識が全て統合されている。故に黒怨龍已であって、全ての黒怨。そのため過去の出来事を全て知っている。何故なら実際に体験しているから。

黒怨の最大の天敵である衰えを克服するために、我が子に殺された継承者達の、これから先生きたであろう残りの寿命をも継承して龍已に与えた。それにより、半不老の肉体を得る。普通に過ごしても千年以上は生きる。

28歳が彼の肉体の全盛期であり、縛りによって衰えを克服した肉体は、それから先の人生全て全盛期の状態を維持する。そこに加え、才能の成長は止まらず常に進化し続ける。どんな呪術師が産まれようと、必ず殺せるために。完成したことにより長寿の殲滅者となった。

彼を止めるには、彼を殺す他ない。だが、完成した時点で呪術師では勝てないことが約束されている。約束された殲滅の星の下に生まれた彼をどう引きずり落とすかは、君達次第。




家入硝子



世界がどうなってもいい。誰が死のうともうどうでもいい。ただ、隣に居て欲しいだけ。それだけが望みだった。






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第五十九話  呪術的同一人物



最高評価をしてくださった、REOL やぱ カレラ S,U 社助 ナポリオン ハル吉★ だんず Don★ さん。

高評価をしてくださった、闇赫 イース・チイ むーちゃん02 あいうえおか@ シフン さん。ありがとうございます。




 

 

 

 使われていない龍已の生家にて、彼との戦争という形で話がつけられてしまってから1ヶ月が経過した。始めるタイミングも場所も聞かされていないが、それに関しては虎徹が察していた。親友だからこそ解る、決戦の日。きっかり1ヶ月後の人が居ない場所。

 

 佐々木小次郎と宮本武蔵が決闘を行った巌流島の如く、船で行って漸く辿り着ける無人島に、彼は居た。元は広大な緑に表面が覆われていただろう島は、ある場所から木々が根刮ぎ消し飛ばされていた。彼が戦う場所を作るために術式を使ったのだろう。見晴らしの良くなった開けた場所。その中心に彼は居た。

 

 彼との戦争を行うにあたって揃えられた少数精鋭メンバー。五条悟。七海健人。天切虎徹。虎杖悠仁。伏黒恵。釘崎野薔薇。伏黒甚爾。反承司零奈。禪院真希。乙骨憂太。東堂葵。そして家入硝子。この者達が選ばれた呪術師達。黒怨龍已と対峙を赦された存在。

 

 彼等は1ヶ月で全ての準備を終わらせてきた。彼と戦うためだけに。しかしそんな準備が心許なく感じてしまうくらい、対峙する龍已の殺伐とした気配は恐ろしく怖い。向けられることが無かった、明確な殺意。柔らかく眺めていた琥珀色の瞳は、黒々とした怨念を孕んでいた。

 

 

 

「話は皆から聞いたよ、センパイ。今なら僕が使えるものを全て使って庇ってあげられるけど、どうする?」

 

「必要ない。俺はお前達呪術師を皆殺しにし殲滅する。お前達はそんな特級呪詛師を殺して祓う。どちらか1つだ。1つしか残されていない」

 

「そっか。じゃあ──────手加減なんてしねーからな」

 

「──────始めよう。呪術師と黒怨による戦争を。全身全霊で呪い合おう。黒怨無躰流最終継承者、黒怨龍已……──────推して参る」

 

 

 

『黒龍』を構えた彼。殺意と怨念の籠もったその銃が使われていたのは呪霊と呪詛師のみだった。仲間だった頃は何よりも頼もしく、戦場にて安心させてくれる存在だった。広大な術式範囲と埒外の呪力出力を持つ特級呪術師、黒圓龍已。今ではもう特級呪詛師の黒怨龍已。戦わなくて済むなら、戦いたくなどなかった。

 

 銃口が向けられる。憎たらしいほど良く晴れた晴天の空へ向けて。莫大な呪力が込められた1発の呪力弾が発射され、天へと昇る。そして呪力弾は細かくなるように弾けた。1発1発が確実に命を消し去る呪いを秘めている。触れるどころか、掠るだけでも存在を消し去られそうだ。

 

 快晴の空が黒く染まる。莫大な怨念を含む彼の呪いは黒い。空に打ち上がり分裂した黒い呪力弾によって染められている。数えるのが億劫になる数。それらが向けられているのは、たったの12人だ。

 

 

 

()()()()()()()()、手始めに157万3000発の呪力弾だ。防ぐ手立てが無いなら、このまま全員死ぬといい。墜ちてこい──────『碧落(へきらく)墜祓(ついばつ)』」

 

 

 

「黒怨さんに狙われる呪霊の気持ちが良く解りました」

 

「最悪の気分。普通に死ぬと思う」

 

「僕は効かないけど、皆はしっかりやるんだよ」

 

「手筈通り、君達に持たせた呪具を起動して。やらないと死ぬよ」

 

 

 

 反転術式を覚えたばかりの頃は、どう頑張っても20000発の呪力弾しか同時に操作が出来なかった。今では全盛の力を持ち、術式に磨きが掛かっている。鍛え抜かれた術式の限界は疾うに20000発の領域から外れ、150万以上の呪力弾を同時制御出来るようになっていた。1発受ければ即死の、膨大な呪いが込められたものが1人頭約10万発叩き込まれる。

 

 真っ直ぐにしか飛ばないならばまだしも、彼の呪力弾は術式範囲内ならば延々と操作される。曲がる、直角に屈折するなどありえない動きを見せて追い掛ける。逃げようとするならば、術式範囲の彼を中心とした4.2195キロメートルから抜け出さなければならない。

 

 だが、こんな事もあろうかと……いや、このような事が始めに起こると確信して予め用意しておいた虎徹の呪具が効力を発揮する。五条を除く皆が首元につけたバッチに触れて『起動』と口にする。起動に必要な言葉を口にすることで呪具が自動的に発動される。

 

 天より降り注ぐ黒き晄。150万を超える呪いが各々の命を確実に刈り取ろうとする。だがその呪いは、起動したバッチにより跡形もなく消し去られた。彼等に触れること無く、近づいた瞬間に消失する。龍已と戦うにあたり必要な確実な対策の1つ。遠距離を無効化する術である。

 

 

 

「……やはりな。俺を相手にする以上遠距離の対策はしてくる筈だ。だろう?虎徹」

 

「まあね。僕に造れない呪具は存在しないから。この1ヶ月で揃えたよ」

 

 

 

 天切虎徹。呪具を造る家系で頂点に君臨する名家。そんな天切家の正式な当主。物に好きな術式を付与することが出来るという呪具師にとってこれ以上ない術式を持っている、稀有な存在。彼はそこらの呪具師が造れないような高性能の呪具を造り出せる。今回龍已の遠距離を阻んだのは、一定時間遠距離攻撃を無効化する呪具だ。

 

 ただし、縛りとして使用している間は使用者の相手への遠距離攻撃も全て無効化される。そして使用できる時間は3分間のみ。それを過ぎると2度と使えない使い捨ての呪具である。つまり3分を過ぎると龍已への遠距離攻撃が可能となる一方で、彼の遠距離攻撃も可能となってしまう。

 

 効果範囲は付けた場所から半径1メートル以内。自身に向かってきたかどうかではなく、その範囲内には遠距離の攻撃を一切入り込ませない。そうして約150万の呪いを凌いだ一行の内、2つの影が高速で龍已に差し迫る。1人は3節棍。1人は薙刀を構え、同時に振るった。

 

 首に巻き付いているクロから短刀を2本吐き出させて受け取る。常人には残像すら見切れない速度を出して向かってきたのは、甚爾と真希だった。()()()()()()()やって来て、振り下ろされる武器に短刀を這わせるが、受け止められる威力を超えていると、刃に触れた瞬間に判断して恐ろしい反応速度でその場から跳躍して回避した。

 

 

 

「真希から呪力を感じないと思えば……捨てて甚爾と同じ領域に踏み入れたのか」

 

「まぁな。今までの自分が嘘みたい……だッ!」

 

「おいおい。俺のこと忘れンなよな」

 

 

 

 特級呪具『游雲』は術式効果を持たない代わりに、持ち主の膂力によって威力が倍増する。単純な膂力だけならトップクラスの超人、甚爾の一撃はただの短刀で受けられるほど甘くなかった。少し這わせただけで刃が欠けた。超人の域に入り込んだ真希の薙刀も、凄まじい切れ味で同じく刃が欠けている。

 

 受け止めようとしていれば、刃を完全にへし折って龍已の体に直接攻撃を叩き込んでいただろう。跳躍しての回避が咄嗟の行動としてはベストだったが、回避先に2人は移動していた。超人の肉体を持つ2人ならば可能な超高速移動。その速度に舌を巻きながら、龍已は空中で体を捻って2人に向けて蹴りを放った。

 

 甚爾と真希は武器で受ける。瞬間、途方も無く重い衝撃は訪れた。受け止めると決心して防御の姿勢を取ったのに、空中で放たれた蹴りを受けただけで足が獣道を作って後退してしまった。武器を持つ掌が軽く痺れる。その感覚に冷や汗を流しながら、それでも真希は笑っていた。上等だと言わんばかりの笑みを浮かべるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────真希と真依。君達は一卵性双生児だよね?」

 

「……そうですけど」

 

「じゃあ君達の……いや、君の中途半端な天与呪縛は納得出来るね」

 

「どういう意味っすか」

 

 

 

 1ヶ月前。龍已との決別をされて各々がその日に向けて準備を整え始めている時、前もって少数精鋭で挑むと話されていた真希は、自身が選ばれることはないと思っていた。同期の乙骨は必ず選ばれるだろう。呪言師の狗巻で選ばれるかどうか微妙というところ。パンダは分からない。取り敢えず、甚爾の完全下位互換の自身は足を引っ張るので戦いに参加はしないと確信していた。

 

 それでも出来ることはあるだろうと、1年生組を混ぜて訓練を行っていた。そこに来たのが虎徹だった。東京校に常在して何かを造っている様子の彼は、宛がわれた部屋から出て来ることはない。それで出て来たと思えば、真希に先程の言葉を掛けてきたのだ。

 

 京都校に居る真依とは双子だ。同い年で、呪霊を見るための眼鏡型の呪具を外して髪を下ろせば、やはりそっくりだ。今は顔を合わせれば喧嘩をする仲だが、姉妹であるということに変わりは無く、大切な家族だ。しかし虎徹の、中途半端な天与呪縛の発言が良く分からない。

 

 

 

「双子は凶兆って言われたことない?禪院家なら面と向かって言われてもおかしくなさそうだけど」

 

「……まァ」

 

「根拠は無いけど、理由としては双子が呪術的な意味で同一人物とされているからなんだ。1つの魂を半々にして2人の人間に分けられているから双子なのか、1つの魂と全く同じ魂を2人の人間が持っているから双子なのかは知らない。魂なんて調べる方法無いからね。……まあ造ろうと思えば造れるけど、まあそれは置いておいて。双子の一方が天与呪縛を持つということは、同じ筈の君達に歪みが生まれたということと取れる」

 

「……だから私の天与呪縛は弱いってことすか」

 

「ちょっと違うね。互いが互いの邪魔をしてるってことだよ。フィジカルギフテッドの天与呪縛を持ちながら術式と呪力を持つ妹がいる君。術式と呪力を持ちながら呪いが一般人並の天与呪縛を持つ姉を持った妹。魂で繋がっているから、足を引っ張り合ってる。だから伏黒甚爾みたいな完全なフィジカルギフテッドになっていない」

 

「……私の天与呪縛は、他にも持ってる奴は居る。足を引っ張り合ってるとしても、変わらないと思いますけど」

 

「いいや。僕の見解は違う。本来の君の天与呪縛は伏黒甚爾と同様のものだろう。捨てれば得られるものを、魂で繋がっていて自力では捨てられない。だから得られない。君の立ち位置はそういうところ」

 

「じゃあ……どうしろって言うんですか」

 

 

 

 妹の真依が居るから、フィジカルギフテッドがしっかりと作用していないと言う。一般人並の呪力しか無くて、呪霊も見えない状態だが、それ故に身体能力は一般人よりかけ離れ、五感も鋭い。しかしそれは甚爾と比べれば弱々しいものだ。彼のソレは最早呪縛から解き放たれた新人類なのだ。

 

 色々と説明されたが、自力ではどうしようも無いからどうすることも出来ないと言われた。ならば聞かされたところで意味は無いのでは?と思わなくもない。それとも言外にお前は選ばれないと言いたいのか。どちらにせよ真希には虎徹の意図が読み取れなかった。それを承知しているかどうかは知らないが、虎徹は懐からハサミを取り出した。鉄製の、古い時代に使われていたようなハサミだ。

 

 

 

「これは僕が造った特別特級呪具『縁切断(えんきりだち)』だよ。特別なのは、登録していないから。どうせ使い捨てだから特級呪具相当だと思えばいいよ」

 

「……それで、その呪具がなんですか」

 

「解らない?これは君達が抱えている問題を文字通り断ち切れるハサミだよ。使うかどうかは君が決めて良いよ。無理矢理やっても良いけど、その後モチベーション下がって使い物にならなくなっても邪魔なだけだし」

 

「つまり……」

 

「君達の“双子”という概念を断ち切って、魂から個人に分断する。加えてこのハサミは、捨てたことで得られるものがある場合に限定して、捨てられるものを捨てさせて得られるものを与える術式がある。要するに、中途半端な天与呪縛を持つ君にしか効果が無い呪具ってわけ」

 

「それを使えば、私も甚爾みたいに……」

 

「なれるよ。というか、使った瞬間あの領域に至る。けど、当然断ち切る訳だから、君達の双子という繋がりは無くなる。苗字が同じで血を分けた存在だろうと、今まで感じていた双子特有の認識が白紙になる。謂わば他人になるわけだ。使ったら最後、君は妹を妹と認識出来なくなる。逆もまた然りだね。妹の禪院真依じゃなくて、禪院家の真依という風に」

 

「アイツと姉妹じゃなくなる……」

 

「だから使うかは当人と話して決めなよ。姉妹の縁を断ち切って呪縛から解放されるか、今のままに落ち着くか。相談が終わったら言ってね。ちなみに、僕はそんなに悠長に待ってるつもりはないから」

 

 

 

 やる気が無いならそれはそれでいい。他に違う案を考える。そう言って虎徹は真希に背を向けて高専の中へ戻っていった。見せられた、何の変哲もないハサミに見えて、真希にとって圧倒的強さを得るための一条の蜘蛛の糸にも見えた。

 

 自身の強さが足りないことは知っている。天与呪縛を与えられていても、完全上位互換の甚爾には逆立ちしても勝てないのだ。強くなり、周りからも認められて禪院家の当主になるという目的を抱く彼女にとって、強さとは掛け替えのないものだ。しかし双子の妹との家族の繋がりもまた、掛け替えのないものである。

 

 捨てることでしか得られない。強さは欲しい。強ささえあれば目的に1歩近づける。だがその代わりに家族の繋がりを捨てねばならない。到底容認できるものじゃない。そう思っていても、真希は虎徹に断りの言葉をすぐに吐くことが出来なかった。電話帳にある真依の通話ボタンを押そうとしている自身に、どこか失望の念を抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────で、何の用なわけ?態々京都(コッチ)まで来て話って。私、アンタと一緒の空間に居るだけで苦痛を感じるんですけど?」

 

「……悪い」

 

「……ふんっ」

 

 

 

 高専の制服に身を包んだ真希は、封印から解放された五条から許可を貰って1人、京都へ来ていた。というもの、先日の事を真依に話すためだ。電話越しで話すような軽い内容ではなかったので直接会って話したかった。最初は絶対に嫌だと言っていた真依だが、真剣な声色に何かを感じ取り了承した。

 

 2人は合流すると、そこら辺の喫茶店へ入った。幸い人が少ない店だったので、奥の方の席を使わせてもらう。真希は隣に剣道の竹刀を入れる袋に入れた刀の呪具を置いて、正面に座る真依をチラリと見た。彼女はどうでも良さそうな表情をして、窓の外をテーブルに肘をついて見ていた。

 

 少しすると店員がやって来て水をそれぞれに渡す。注文でコーヒーを2つ頼んだ。物はすぐにやって来たが、それまで2人の間に会話は無かった。顔を合わせるのは交流会以来となる。喧嘩なのかどうかも分からない、微妙な敵意を持たれている真希は、どうやって話を切り出そうかと考えた。が、真希らしくも無く考え込んでいるのを横目で見て、真依が大きく溜め息を吐きながら口を開いた。

 

 

 

「さっさと話を始めなさいよ。それとも日が暮れるまでこうしているつもりなのかしら」

 

「……分かった。取り敢えず悪かったな、突然」

 

「ええ、本当にね。で、内容は?」

 

「……虎徹さんにある呪具の話を切り出された。私が甚爾と同じくらいの力が手に入るヤツだ」

 

「は?甚爾って、あの筋肉ダルマの人でしょ。恵君の父親の。アレと同じ力って……どういう呪具なのよ」

 

「何かを捨てることで何かを得る。私の場合は天与呪縛の本来の強さを。捨てる必要があるのは──────」

 

「──────私との双子の関係。そうでしょ」

 

「──────ッ!知ってたのか……?」

 

 

 

 呆れたような口振りで口にした言葉に、真希は固まった。知っていたのだ。真希が何を言おうとしているのかを。いや、実際は知っていたというよりも、そんな話だろうと察しただけなのだ。何でもなさそうな軽い口で話の核心を突く。

 

 届いていたコーヒーカップを手に取り一口飲んでいる真依に、真希は焦りとも違う、ひんやりとしたものを抱いた。怖いとかそういうのではない。家族の、姉妹の繋がりを切るべきかどうかというデリケートな話を、段階も踏まずに核心に触れられたので頭が真っ白になったのだ。家族だからこその気安さがあれど、家族でも触れてはならないものもある。繋がりなど、尤もたるものだろう。

 

 

 

「私、大分前から知ってたのよ。何で呪術師にとって双子が凶兆かってことを。アンタが言ったように、何かを得るためには何かを捨てないといけない。これは“縛り”だけの話じゃないのよ。痛い目を見て強くなる……それだって理屈は同じよ。そういう利害がいちいち成立しないのよ、双子(私達)の場合。だって一卵性双生児は呪術的には同一人物なの。分かる?」

 

「……………………。」

 

「アンタは私で、私はアンタなの。アンタが血ヘド吐いて努力して強くなりたいって願ったって意味ないのよ。当然よね?私は強くなんてなりたくないんだもの。いい?私が居る限り、アンタは一生半端物なの。強くなれないし、禪院家当主にだってなれないのよ」

 

「それは……」

 

「努力すればいい話って?無理よ。アンタがこの先どれだけ時間を費やそうと、甚爾さんみたいに超人には至れないし、黒圓先生みたいに強さだけで特別になれない。だって私が居るから。だから私から言えることは1つ。()()()()()()()()()。アンタの葛藤に私を巻き込まないで」

 

 

 

 言いたいことを言い終えると、真依はコーヒーを全部飲みきって席を立ち上がる。もう言うことは無いと言外に語っているようだ。家族の、姉妹の繋がりを断つことになる重要な話だというのに、どこまでも淡泊で興味が無さそうだった。

 

 パシリと真依の手首を取る。振り返って店を出ようとしているので顔が見えないが、真希はこんな簡単に話を終わらせて欲しくない。困惑した感情を携えたまま、絶対に行かせないように強く掴んだ。振り解こうと力を込められたが、天与呪縛のフィジカルギフテッドには敵わない。

 

 

 

「……何よ」

 

「こんな簡単に終わらせていい話じゃねーだろ。取り敢えず座れよ。まだ話し足りねぇ」

 

「あら。他に何か言うことでもあるの?だって双子の繋がりを断ちたくないなら、アンタはその場で断っているでしょ。ウジウジ悩むような性格でもないじゃない。なら、ここに居る理由は?何の為?話し合い?馬鹿馬鹿しいこと言わないでくれるかしら。()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……っ!」

 

「アンタは最初から迷い悩んでなんかいない。力を得ることを選んでいるのよ。とっくにね。私との繋がりを捨てて、力を得る道を歩く。ここに来て私を呼び出したのは単なる報告。違う?だってそのくらいはしないと、どちらにせよあの家の当主になんかなれないもの。ならアンタは選ぶでしょう?()()()家を出る決心をして実行に移した、アンタなら。私のことなんて考えているようで考えていないのよ」

 

「違うッ!!」

 

 

 

 自分でも驚く声量で否定の言葉を吐いていた。顔を背けて目を合わせようとしない真依の肩がびくりと震えた。驚かせるつもりは無かった。しかし真依の事を何も考えていないという言葉は違うと否定したかった。禪院家当主になるのは、今まで蔑んできた連中を見返してやるためという目的もあるが、真依の居場所を作ってあげるためという理由もある。

 

 彼女達は禪院家からしてみれば要らない存在。相伝の術式を継がず、片方は平凡な呪術師の呪力しか持っておらず、術式は1度に1発の弾丸を創り出すのがやっと。もう片方は呪いすら目に見えず、呪具が無ければ祓うことすら出来ない。

 

 禪院家からすれば猿以下であり、相伝の術式を宿す子供を産むためだけに居る胎と同じなのだ。扱いは使用人よりも酷い。そんな禪院家にも居場所が出来るようにするために、家を出て呪術師をしているのだ。皆を見返して当主になり、内側から変えていくために。だからその想いを、真依にだって否定させない。

 

 力任せに引っ張って椅子に座らせる。顔を顰めているのは、きっと強く握りすぎたからだ。手首には自身の手の後が赤くなってついている。それに申し訳ないと思いつつ、帰られたら困るので逃げられない程度に掴んだままにした。

 

 

 

「真依。私はお前の事を考えてねぇわけじゃないんだ。今の禪院家には私とお前の居場所が無い。それを作るために、力が必要なんだ。周りから認められるだけの力が」

 

「だから双子の繋がりを切りたいんでしょ?最初から言ってるじゃない。好きにすればって。私は構わないわ」

 

「……何で、そんな簡単に割り切れるんだよ。そんなに私との双子の関係はどうでも良いのかよ」

 

「──────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「……は?」

 

 

 

 思っていた言葉と違った。まるで、真依が真希との繋がりを切られることに悲しんでいるかのような口振りだった。会ってから今まで、ずっと興味なさそうで、どうでも良さそうな顔をしていたのに、その口調はどこか拗ねているように聞こえた。同時に怒っているのだろう。眉間に皺が寄っている。

 

 真依の手首を掴んでいる真希の手を、反対の手で握る。外そうとする訳ではなくて、手を重ねて握っていた。そして感じる小さな震え。重要な話で緊張しているのか気がつかなかったが、真依の手は震えていた。握られた手から伝わってくる。これは恐れだろうか。

 

 

 

「話がめんどくさくなってきたから言うけど、私は1度もアンタとの双子の繋がりに興味は無いって言ってないわよ。興味無いのはアンタの葛藤だけ。だって結論はもうついているんだもの。悩んでいるなんて嘘よ。単なる茶番でしかないわ」

 

「じゃあなんで……あんな簡単に……」

 

「私が仮にここで“嫌だ”と言っても、アンタは絶対に最終的には力を選ぶ。()()()()()()()()。私はアンタでアンタは私なんだから。でもね、切り捨てられることに関しては何とも思ってない訳じゃないのよ。これまで魂から繋がっていた双子の姉だもの。いきなり縁を切ると言われて、はいそーですかで済ませられるほど……私は姉妹やめてないのよ」

 

「……真依」

 

「……はぁ。いつかはこんな風に、何かしらで別れることになるとは思ってたのよ。だから思っていた以上の驚きとかは無いわ。でも怖いのよ。これから先、私は1人。アンタは力を手に入れられるけど、私には無いもの。恵まれたアンタは全てを捨てて力を得る。私は()()置いて行かれるだけ。それだけ。……それだけなのよ」

 

「……置いて行かねーよ。勝手に家を出たことは悪いと思ってる。交流会でも言ったけど、あそこに居たら私は私じゃなくなっちまう。でもな、例え縁を切って真依のことを妹と見れなくなっても……お前は私の大切な妹だ。それだけは何があっても切らせねぇ」

 

「……嘘つきのアンタにしては、ストレートで嘘が無さそうな言葉ね」

 

「嘘じゃねーからな」

 

 

 

 握ってくる手の上に、更に手を重ねる。2人の手が重なり合って温もりを交換する。仲違いと言えるのか言えないのか分からないが、顔を合わせれば喧嘩腰で話してばかりの真依との、ゆったりとした雰囲気だった。嘘つきという言葉が少し引っ掛かったが、しっかりと話すことができて良かったと安堵する。

 

 手の震えは止まっている。真依も、そして真希も。双子の縁を切られるというのが、どういう状況になり、どんな感じなのかは一切分からないが、それでも真依のことは妹として見て、真希は自身のことを姉と思う。その関係だけは、切らせはしない。

 

 暫く手を握り合っていた真依と真希。ギスギスした関係が少し改善されて、昔のような姉妹仲を取り戻したように思える。言葉だけでなく、これからは実際に妹の真依のことを大切にしようと、ガラではないことだがこれからやっていこうと決めた。そうして真希が妹をこれからちゃんと大切にするという決心をした後、真依が口を開いた。これからについてである。

 

 

 

「私との縁を切れば、アンタは甚爾さん並の力を手に入れる。それはつまり、黒圓先生との戦争に参加するってことよね」

 

「まァ……恐らくな」

 

「……そう。なら、死ぬ可能性もあるわけよね」

 

「……否定はしねぇ。聞いた話じゃ、もうそういうレベルのモンでもねーらしいからな」

 

「なるほどね。じゃあ、アンタが死ねなくなるまじない(呪い)をあげるわ」

 

「……っ!?おい、なに──────」

 

 

 

 真依はどうやっても力が足りない。龍已との戦争に参加すれば、忽ち足手纏いになることが目に見えている。東堂くらいの強さが無いと話にすらならないのだ。だから、もしかしたら真希が死ぬかも知れないという可能性を考える。最悪の状況を考えるのも呪術師にとっては日常茶飯事。癖になったその考えから、真依は真希の手を離して顔に向かって伸ばす。

 

 左手を後頭部に。右手で目を覆うようにしてやった。真希はいきなり視界を塞がれたことで前が真っ暗だ。何をしようとしているのか分からない。気配から怒気などを持っていないことを察するので攻撃ではないのだろうが、意図が解らない。

 

 困惑していると、真希の鼻が真依の匂いを嗅ぎ取った。かなり至近距離だ。気配も近い。顔を近づけているのだろうか。困惑している中、自身の唇に軽く何かが触れたような気がした。塞がれた手の中で瞠目する。またもや頭が真っ白になってしまい、体が固まった。

 

 動かないことをいいことに、真希の目を態と覆った手で圧迫した。そして後ろに突き飛ばすようにして離す。目がチカチカとして、椅子の背もたれに背中を打った真希が、どうにか真依の事を見ようとすると、彼女は既に立ち上がって通路を歩いていた。いつの間にか伝票もなくなっていて、コーヒー2杯分にしては高い千円札をレジに置いて、お釣りを貰うことなく出入口の取っ手に手を掛けた。

 

 

 

「何で、どうして、とかは聞かないわよ。知りたきゃ生き残って直接聞きに来なさい。それが、私がアンタにくれてやる呪いよ。頑張りなさいよ……お姉ちゃん」

 

「……っ!真依──────」

 

 

 

 カランコロン。出入口のドアに付けられたベルが鳴る。去って行く背中に声を掛けようとしても、もう届かないだろう。触れられた感触が残る唇に触れる。何をされたかなんて、考えるまでもない。何で、どうして、と思うのとはあれど、それは考えない。その答えは、戦争が終わったら直接真依から聞こうではないか。

 

 真依の飲み干されたコーヒーとは別に、まだ残っている温くなった自分のコーヒーを飲んだ。一気に煽ってしまったのは、真依にされたことが関係しているのかどうかは本人しか知らない。しかし悪い心情は持っていないとだけは言っておこう。

 

 

 

「ったくよ……死んでも死にきれねぇことしやがって。帰って来たら、お姉ちゃんが説教してやるよ」

 

 

 

 さて、心も決まり、真依との話し合いも終えた今、京都に居る必要はない。生意気にも会計は済まされてしまっているので早々に喫茶店を後にした。念の為に聞いておいた虎徹の電話番号に掛けると、3コールしてから出た。偶然にも近くに居るとのことなので、すぐに合流した。

 

 

 

「なんで虎徹さんが京都に居るんですか」

 

「僕は多忙なんだ。京都にだって用事で来るよ。それより用件は何かな?」

 

「……特級呪具を使ってください。私に、龍已さんと戦える力をください」

 

「……ふーん。縁を切ることにしたんだ。まあ、納得してモチベーションを下げなければ何でも良いけど。じゃ、使わせてもらうよ。これから君も、龍已との戦争に参加する精鋭部隊のメンバーだよ」

 

 

 

 チョキン……という音共に、真希の中の何かが完全に断ち切られ、代わりに内側から溢れる力を感じた。

 

 

 

 

 

 

 この日、この瞬間……呪いの呪縛から解き放たれた超人がまた1人、世界に解き放たれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────見違える速度ではないか。何を犠牲に手に入れた?」

 

「さァ……なッ!!」

 

「大方、一卵性双生児の呪術的繋がりでも断ったのだろう。虎徹の呪具なら可能だからな。だが、それだけで俺に勝てると思うなよ?」

 

 

 

 薙刀を振るう。3節棍を振り回す甚爾と同時に仕掛けているのに、龍已は後ろへ後退しながらも、短刀から素手に変えて、2人からの目にも止まらぬ速度の猛攻を冷静に捌いていた。抜き身の薙刀の刀身で斬ろうとしても、腹に触れるように手を添えて角度を変えられる。超人のフィジカルギフテッドにより研ぎ澄まされた五感で攻撃の予兆を感じ取っても、対処される前に対処される。

 

 超人2人掛かりで押しているように見えて、全力の攻めの姿勢を見せる彼等とは別に余裕の表情と動きの龍已。今はまだ猛攻を解いていないので良いが、隙を見せると途端に強烈な反撃を受けそうで、攻撃の手を弛めたくても弛められない状況に陥っている。

 

 目の前に居る龍已は敵だ。たった1人であろうが、自分達を相手にして勝つ事も出来るだろう力を持った怪物だ。そんな彼が、ただ攻撃を受けてばかりな訳がない。薙刀で突きを入れると、刃の腹に右手を添えて、柄の方に左手を添えた龍已は、超人の肉体となって腕力も遥かに向上した真希にいも返さず、薙刀を真横に向かって弾き飛ばした。

 

 飛んでいった先には甚爾が居る。辛うじて游雲で弾いて防いだものの、攻撃までにワンテンポの遅れを生んでしまった。龍已がその隙を逃す筈も無く、目の前に居る真希の腹に拳を捻じ込んだ。喉を突き上げてくるような吐き気を覚えながら、殴打の衝撃で弾かれる。宙を舞ったが、足から着地する事に成功した。

 

 

 

「ぐっ……ゔ……ッ!クソ……どんな腕力してやがんだよ……ッ!!」

 

 

 

 呪いの呪縛から解き放たれた肉体は超人となり、肉体の強度は鋼と化す。呪力で肉体を強化した呪術師のそれよりも、呪いを宿さない肉体の方が強いという矛盾した肉体に、龍已の打撃は亀裂を入れる。入れられた拳の形がくっきりと分かるくらいの鈍痛が腹部に響いている。常人が殴れば拳が割れるくらいの強度があるのに、彼には一切関係なかった。

 

 吹き飛ばされて後退した真希に代わり、甚爾が『游雲』で攻め込んでいるが、攻防が広がっても攻撃が通ることは無い。戦い慣れており、技術も経験もある彼ですら、龍已に攻め倦ねている。決定打を欠片も入れさせてもらえていない。だが当然なのやも知れない。真希と一緒に攻めて、拳の1つすら届かないのだから。

 

 少し口まで迫り上がってきた胃の中の物を、地面に吐き捨てる。口元を拭って踏み込み、足下の地面を叩き割って前進した。消えたようにも見える速度の中で、彼女の超強化された動体視力が甚爾と龍已の戦闘を捉えるが、入り込めるか悩む戦闘速度だ。軽い気持ちで入れば彼女ですら瞬く間に倒れるだろう。

 

 

 

「チッ……完成とやらしてから訳解らんくれェ強くなってンなオマエ……ッ!!前ならもう少しいい感じに戦えてただろーが……ッ!!」

 

「は、お前はその程度が限界か?真希も居るんだ。もう少し俺を攻めても良いと思うのだが──────なァ?」

 

「……ッ!」

 

 

 

 首に巻き付いたクロがヌンチャクを2つ吐き出した。攻める甚爾と真希の猛攻を捌きながら手に取った龍已が、振り抜いた。ボッ……と空気の層がヌンチャクに叩かれる音が聞こえ、真希は考えるよりも先に肉体を動かしていた。瞬きする時間すら惜しい圧縮された時の中で、ヌンチャクで狙われた顔の前に薙刀の柄を滑り込ませた。

 

 だが、薙刀は半ばから砕かれた。叩き付けられたヌンチャクに負けたのだ。特別な術式は付与されていない、強いて言うならば龍已が扱っても壊れない強度を持っていることくらいだろうか。重さもそう大したものでもないのでただのヌンチャクだと思っていい。しかし武器には黒い龍已の呪力が覆われて強化されていた。それだけで、等級の高い薙刀の呪具を棒きれのように砕いた。

 

 顔面に届く。それを仰け反って回避した。薙刀がクッションとして速度を落としてくれなければ、顔に直撃していたことだろう。功夫(カンフー)映画に出て来る武術の達人のように体の周りでヌンチャクを振り回しながら、甚爾を狙い始める。体を仰け反らせて後方へ飛んで距離を取った真希は、また彼に任せてしまった事に歯噛みした。

 

 3節棍よりもヌンチャクの方が連撃速度が速い。対応はしていても押されている。腕や脇腹に攻撃が掠っている。龍已の呪力で強化された打撃は、掠るだけで重い。真希が居ないだけで、甚爾へ攻撃が集中してダメージを蓄積してしまう。誰かが落ちればその分の穴が生まれ、龍已はそこを突く。任せてばかりではいられないのだ。

 

 

 

「──────真希。近接戦でMr.甚爾と肩を並べるのも良いが、俺にもMr.黒怨と戦わせろ。勝手に突っ走るんじゃあない。ましてや俺の超親友(ブラザー)のことを忘れるなんぞ何があろうと許されん」

 

「先輩!俺らのこと忘れてんじゃないの!?俺らも戦うから!」

 

「殺されると困るんで式神のサポートは少ないですけど、やれることはやります」

 

「真希さん!私達にも出番くださいよ!」

 

「今年の1年生は頼り甲斐があるよね。ね、真希さん。僕達も負けないように頑張ろうよ」

 

「真希、アンタ出しゃばりすぎ。ちょっと強くなったからって先走らないでよね。コッチにも演算とかあるんだから変に動かれるとめんどくさいの」

 

「子供を戦闘に立たせてばかりでは大人の立つ瀬がありません。気を遣えという意味ではありませんが、我々大人のことを忘れられては困ります。ですが共に戦う以上、気張っていきましょう」

 

「はーい、GTGの僕のことを無視しないよーに。まあ、混戦するとちょっと手、出しづらいとこあるけどね」

 

 

 

「ったく……次はオマエ等に出番回してやるよ」

 

 

 

 再び突っ込もうとする真希の肩に手を掛けられる。振り向くと、眼帯を外した五条がウィンクしていた。その後ろには戦う気に満ち溢れた虎杖。恵。釘崎。乙骨。反承司。東堂。七海が並んでいる。そう、何も前に出て戦える人間は真希と甚爾だけではない。彼等だっている。仲間と力を合わせて戦う場面なのだ、今は。

 

 近接戦では確かに真希と甚爾の力は凄まじいが、2人だけでは限界がある。ましてや龍已を相手にするならば足りない。ならば仲間を頼っていけば良いだけの話。そんなことを頭から抜かしていた真希はクスッと笑いながら反省した。強くなった気になっていたのだ。

 

 

 

「さーて、皆でセンパイに目に物見せてあげようか。大丈夫、今度は失敗しないからさ」

 

 

 

 ゆっくりと歩きながら戦闘を繰り広げる龍已と甚爾に接近する、封印から解放された呪術師最強五条悟。渋谷事変では不覚をとってしまったが、今度は慢心もしない。いや、慢心なんて出来る相手ではないので当然だが、彼も今回は本気だ。

 

 

 

 

 

 

 長き時を掛けて完成した黒き怨念と、今を生きる呪術師達との戦争が始まり、始まってしまった。

 

 

 

 

 

 

 






虎徹作『縁切断(えんきりだち)

古い布切り鋏みたいな見た目をした特別特級呪具。特別とついているのは呪具として登録していないから。

他者との間にある魂から繋がった縁を切ることが出来る。一度やると修復は不可能。完全に個人として独立する事になる。姉妹に使えば、互いに姉妹と認識出来なくなる。苦楽を共にして一緒に過ごしてきた苗字が同じ血の繋がった他人という複雑な存在になる。

刻まれた呪具の術式により、縁を切った相手に捨てることで得られるものがある場合に限り、得られるものを本来の強さに戻すというものがある。何かが邪魔をしている天与呪縛の上限を取り払うと考えていい。




禪院真希

虎徹の呪具を使用したことにより、双子から切り放された。呪術的同一人物から独立し、呪力を全て捨てたことで甚爾と同じ世界に足を踏み入れた。経験が浅いため甚爾には劣るが、肉体の強さは本物。五感も全て超強化されている。

妹の真依の居場所を作るために呪術師になったが、その事が妹に伝わっていなかった。伝えていなかったとも言う。喫茶店でされたことの意味を聞くために、死ぬに死ねない。




禪院真依

歌姫や龍已から、双子の意味を教えられていた。呪術的同一人物と知った時は、所詮は邪魔なだけの自分かと思った。自分が居る限り真希が中途半端ならば、その内別れる日が来ることは予想していた。

しかし姉妹の縁を切られるとは思わなかった。何でもないように、興味なさげにしていたが、内心では悲しみに暮れていた。無下な扱いをして喧嘩腰で話そうが、姉は姉だ。心の底から憎いと思ったことはない。ちゃんと大切に想っている。

最後の呪いは、真希が生きて帰ってくるためのお(まじな)い。精々悶々とすればいいとほくそ笑んでいる。その行為そのものに意味があったかどうかは、まだ誰にも分からない。




伏黒甚爾

最初から『游雲』を使用して戦っている。まだ経験の浅い真希のフォローをしながらの戦闘にはなっているが、ここまで強かったか?と龍已の強さに首を傾げている。前までならば、もう少し対等に戦えていた筈だった。

完成すると、ここまで違うものなのかと驚いている。最上のフィジカルギフテッドなのに、まるで相手にされていないことを自覚している。だからこそ、少し口の端が持ち上がった。




黒怨龍已

呪いを捨てることで呪いを凌駕する最上のフィジカルギフテッド持ち以上の肉体を持つ。蓄積された怨念と、代を積み重ねて改良された最強最高の肉体が完成している。純粋な腕力。俊敏性。強度は間違いなく人間の頂点。だがそれは、そこまでさせるに至った呪術界のクソさと、黙々と牙を研いでいた黒怨一族の怨の強さ、意志の強靱さを示暗に示す。

完成したことにより、術式の練度が爆発的に上昇した。1度に150万発以上の呪力弾を操作しても、頭は疲弊しないし動くことが出来る。一発に込められた呪いは、文字通り一撃必殺。食らうことは絶対に推奨しない。

完成に至り、術式の練度は天井知らず。衰えこそ無くなれど、限界は存在せず。戦いの中でも怨念を積み重ね、より強大な存在となって立ち塞がり、最凶の敵として君臨する。




天切虎徹

初手は必ず超広範囲の超高出力遠距離攻撃が来ると読んでいた。そのために、龍已の遠距離攻撃を無効化できる呪具を皆に持たせている。発想は、何時ぞやに龍已へ急襲した3つ頭の特級呪霊の術式から得た。龍已から話は聞いていたので、真似た。

制限時間は3分間だが、その間はどんな遠距離攻撃も通さない。作るのにそれなりに複雑な術式を組み込んだので時間と労力は掛けている。等級は1級から特級にかけて。これ無くして龍已との戦いはありえない。

今までは龍已の為に呪具を造っていたが、まさか龍已と戦うために呪具を造ることになるとは思わなかった彼は、誰も入れない呪具作製部屋にて、1人静かに涙を流していた。呪具を造ることに苦痛を感じるのは、初めての経験だった。




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第六十話  乱戦



最高評価をしてくださった、むりうり カカシ ぶっぱマン マサカの盾 反逆の夜クラウン さん。

高評価をしてくださった、ゆうや117 OKMT よくゑたる人 流され杉 ダディエル 覚者 RX-105 Kazuma@SB その手があったか シキア 岬サナ さんの皆さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

 

 反承司零奈は知っている。家入硝子がどれだけ、黒怨龍已のことを深く愛しているのかを。

 

 

 

 

 

 龍已との決戦を控えた約1ヶ月の期間。精鋭部隊に選出された者達は、皆で訓練を行っていた。虎徹が各々の術式と戦い方、癖を把握するためのものでもあり、少しでも強さを得て戦えるようになるための時間だ。

 

 故に、彼等は毎日遅くまで、それこそ泥塗れになろうと訓練を積んでいた。生傷も絶えない激しいものだ。息が切れようと、肺が酸素を求めて痛みを発しようと、そんなことは関係無いと言わんばかりに各自が動いていた。

 

 そんな、傷だらけの生徒や甚爾を初めとした大人組の治療をしていたのは家入だ。繁忙期という訳ではないが、最近は呪霊の出現がかなり落ちている。それは単に、全国を龍已が回って呪詛師と共に祓っていたからだ。呪霊が発生した廃墟などは、人が居らず、使われていないことを確認して跡形もなく消えている。

 

 再び発生する要因を無理矢理排除していたのだ。そのお陰か、呪術師に任務を与えられる事が少なかった。高専の者達の他にも呪術師は居るので、呪霊が出てもその呪術師達が任務に当たる。要するに、彼等はこの1ヶ月、訓練に精を出すことが出来た。

 

 日々傷だらけの泥塗れ。打撲なんてもう友達みたいなものだ。そしてそれらを治療してくれるのが家入だった。呪霊が出なければ怪我人が運び込まれる事も少ない。彼女の呪力を高専の者達へ集中的に使用することが出来る。反転術式のアウトプットは家入と乙骨しか出来ない。宿儺も出来るが、治してくれる訳が無いので頭数に入れない。

 

 そして、その日も色々な生徒が家入の治療を受けた。もちろん乙骨の反転術式によって治してもらうこともあるが、医師として何もしないのは如何なものかということで治療をしてくれるのだ。

 

 

 

「体中痛い……クッソ、あンのマダオゴリラが……ッ!ついでに五条悟も煽り入れてきてウザいッ!無限バリアあるからって調子乗んなッ!」

 

 

 

 その日の訓練が終わった後、反承司は息を整えて時間を開けてから家入の居る医務室に向かっていた。今回も運動するためのジャージーはボロボロ。髪も所々跳ねているし、小さな傷や打撲傷も見られる。腕を痛めているのか、左腕を右手で押さえていた。

 

 術式の精度を上げるために、速度で翻弄してくる甚爾の攻撃を反射しようと演算するが、動きが速過ぎて間に合わない。よって殴られ蹴られる。どう演算すれば良いのか解らない、目に見えない術式の演算を勘で出来るようにするために、五条の無限を使って特訓。で、最後は煽られながら殴り蹴られる。

 

 なまじ生徒の中で1番強い反承司は、相手も必然的に決まっていた。虎杖達の相手をすることもあるが、鍛えるとなると五条や甚爾、七海や東堂といった者達が専ら相手をしている。

 

 少し時間を開けすぎたことで、家入に申し訳なさを感じながら医務室のドアに手を掛ける。少しだけ開ける。居るかどうか確認するために。しかし、反承司は目を少しだけ瞠目させる。中から聞こえてくるのは、鼻を啜る音だった。

 

 

 

「……っ……はぁ……すぅっ……はぁ……」

 

 

 

「ぁの……家入さん」

 

「……っ!すまん。傷の手当てだな。今準備するから少し待って──────」

 

「──────家入さん」

 

「…………………。」

 

 

 

 乱雑に袖で濡れた目元を拭い、すぐに立ち上がって傷の手当てをするための道具を取ってこようとする家入の名を呼び、待ったを促す。立ち上がりきらず、中腰の状態で止まった彼女に近づいて肩に手を置く。椅子にもう一度座らせて、近くにあった椅子を持ってきて対面するように自身も座った。

 

 恐らく自身がこの日最後の負傷者なので、他に医務室へ来る者は居ないだろう。それでも念のため、家入の傍へ行くときにドアの鍵は閉めておいた。反承司は何も言わず彼女を見ている。自身から話を切り出そうと思ったが、まずは落ち着いてもらう方がいいだろう。

 

 机の上に置いてあったティッシュ箱からティッシュを数枚取って軽く目元を拭った家入は、静かに深呼吸をして落ち着いた。恥ずかしいところを見せてしまったな。そうか細い声で言う彼女に、反承司は首を横に振って否定した。泣くのは恥ずかしいことじゃない……と。

 

 

 

「泣いちゃうなんて、当たり前ですよ。私なんて涙だけで脱水症状起こしちゃうじゃないかってくらい泣きましたからね」

 

「……龍已が完成したのは、君の所為なんかじゃないよ。そんなことまで君が1人で背負い込むことはない。あれは間が悪く、運も悪かった。タイミングも最悪だった。不幸の積み重ねだ」

 

「……だと良いんですけどね。私……ううん。大丈夫です。もう割り切ってますから。それより、家入さんは大丈夫ですか?……すいません、大丈夫じゃないですよね」

 

「見られてしまったからな。ぶっちゃけると、頭がおかしくなりそうだよ。10年以上一緒に居るからな。この界隈だ、2人で仲良く寿命で死ぬ……というのは難しいと思っていたが、まさかこんな事になるとは思わなかった。他者に話せないという縛りの所為で話せなかったにしても、数年前のあの時……龍已に異変が起きたときから本気で調べていればと……少し後悔してる」

 

「それは……」

 

 

 

 疲労によって龍已の内側に居る先代継承者であり初代が表に出てきた時の話だろう。明らかな異常で、普通ではない。家入は無闇矢鱈に彼を疲れさせないために裏で徹底的に体調管理を行っていた。食事にも気をつけさせていたし、栄養バランスの取れた食事を摂らせるために管理栄養士の資格も取っていた。

 

 体調は万全で、繁忙期を除いて彼が疲れるようなことはなかった。だがそれだけだ。根本的な解決にはなっていない。再び変なことにならないようにしようという事ばかりに目がいってしまい、どうしてそうなったのか。本当の原因は何なのかを考えていなかった。

 

 悔やんでも悔やみきれない。解決さえしていれば、こんな事態には発展していないだろうに。そう言う家入だが、反承司は目を伏せた。恐らく彼の内側の存在は誰にもどうしようもない。膨れ上がり過ぎた、怨念の塊だ。1000年以上の歳月を掛けて研ぎ澄まされた怨念の牙である。呪術師と呪詛師をこの世から消すためだけに虐げられることを良しとした凶人の意識。取り除くのは最早不可能だろう。

 

 何かしようにも無駄であることは明白。自身にも家入にも、五条悟にだってさえどうしようもない。どうにかできていれば……たらればの話を持ち出すとキリが無いのは解っていても、言わずにはいられない。

 

 どうしてよりにもよって龍已なのだと、家入は頭を抱えた。愛する両親を御三家の誰かの差し金で雇われた呪詛師に殺され、半ば強制的に呪術師になり、なりたくもない特級に押し上げられて良いように“上”に使われ、できた親友達を亡くし、その果てがこれか。彼の人生は何故こうも酷いことばかり起きるのか。いや、こうなることをある程度解っていての、継承の術式なのだろう。

 

 彼と戦うこと以外の道が無い。共についていきたいと言ったら否定され、気絶させられたくらいだ。龍已が家入に手を上げた事など過去に1度も無い。何があろうと、どんなことがあろうとそんなことはしなかった。だから、あの気絶が本気だと言っていることを察した。

 

 

 

「反承司。君は学生の中で頭1つ抜けて強い。乙骨や秤も強いと言っている五条が、君のことも良く褒めている。甚爾さんもな。術式の練度は学生1だ。だがそれでも、龍已にはまだ届かない。学生時代、五条と夏油を同時に相手して負かしたのは本当の話だ。鈍るといけないからと手合わせしても、五条ですら龍已の膝を地に付けさせたことがない。そんな怪物が相手だが、死なないでくれ」

 

 

「……私達は負けませんよ。負けませんし、龍已先生は殺しません。殺さないで、連れて帰ります」

 

 

 

 話をしながら、死なないでくれと言いながら、目を伏せながら、家入硝子は反承司零奈の傷を反転術式のアウトプットによって治癒した。話は終わり、席を立ちながら治癒のお礼を言って部屋を出て行こうとする反承司の背を見て、小さいはずなのに大きく見える。呪術師となった少女の背中はいつも逞しくて大きく映る。

 

 だが、それは逞しく大きく見えるだけで、本当にそうだとは思えない。反承司だって悲しい想いを抱き、戦いの日が一生来なければとさえ思っている。でもやるしかないから、やるのだ。

 

 

 

 

 

 

 家入硝子は聞いていない。反承司零奈は言っていない。死なないでくれという言葉に対して“死なない”という答えを。相手は怨念の怪物。呪いの化け物。元特級呪術師。反承司は家入硝子の彼に対する想いの大きさを知った。しかし家入硝子は、彼女の覚悟の大きさを知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 正直な話。虎徹の手によって造られた3分間という縛りを持った遠距離無効化の呪具は、黒怨龍已の術式を全面的に封じるという面を持っているものの、それはまさしく諸刃の剣にも成り得てしまう。呪術師が術式を使えば素より強いのは当然だ。絵物語にある魔法みたいなものだから。

 

 しかし龍已の場合、距離を開けても攻撃が出来るというだけで、遠距離攻撃が専門じゃない。近づいてくるならば、それこそ好都合。彼にとって0距離での戦いこそが、彼を彼たらしめるのだ。つまり、遠距離を警戒するなり無効化するなりして近づけば、それだけ危険度は増すということだ。

 

 甚爾。真希。虎杖。七海。東堂。彼等は接近戦が主な戦闘スタイル。つまり最も死と隣り合わせだ。気を抜けば、恐らく殴打1つで死ぬ。組み敷かれても死ぬ。龍已が狙うならば、まず手の届く範囲に態々来てくれる彼等だろう。そこへ、中距離の攻撃が可能の反承司が躍り出た。誰よりも速く、誰よりも真っ直ぐに。

 

 

 

見せかけ(フェイント)も無しに直線か。それだけ自信があるということだな──────反承司」

 

「……ッ!集中しろ……集中ッ!!演算開始……ッ!」

 

 

 

 反承司零奈の術式は、細かな演算を必要とする。彼女に触れようとする物体の大きさ。質量。体積。速度。そこから発生する空気抵抗や計算上の衝突時の衝撃。その一撃を構成する要素全てを計算して導き出さなければならない。そうしないと、彼女の術式は発動しない。

 

 それを悟った小さな頃、勉強が特に得意じゃなかった反承司は絶望した。なんつーめんどくせぇ術式に恵まれたのだろうかと。知識の中にあるある人物に似た異能に、大変めんどくさいものを感じた。しかし、チャンスとも思った。呪術が絡む世界では、ある程度の強さは必要だ。この術式ならば、必ず役立つと確信したのだ。

 

 そのため、好きでもない勉強をやった。寝る間も惜しんでやった。学生時代を作る大きな要素の青春を全て費やし、鍛練に明け暮れた。友達も作らず、恋人も作らず。来たるべき時に向けて鍛練を重ねた反承司の術式練度は、学生の中でもトップであり、1級呪術師としてもトップレベルのものだ。

 

 それでも、反承司は龍已の殴打1つ反射させるのに命を賭けた。彼の殴打は計算が合わないのだ。いや、殴打に限らず蹴りも体当たりも……デコピンだって計算が合わない。見た目以上の威力を持つ彼の攻撃に、計算が狂うと術式が発動しない。素通りしてしまうのだ。

 

 内に詰め込まれた凄まじい筋肉。人知を超えた腕力を持ちながら、スタイルの良い彼の肉体から、与えられる衝撃を計算するのは……彼女からしてみれば妄想と勘の域。見た目通りの計算をしたら、確実に死ぬ。だから、反承司は全てを賭けた。自身の妄想力に。前世を含めた十数年分の、黒怨龍已の事だけを考えていた脳味噌を使って、彼が繰り出す攻撃の演算を行った。

 

 誰よりも前に出て、正面から向かってくる反承司に、龍已は躊躇いも無く拳を向けた。一切加減無く、顔面に向けた硬い拳。演算が間に合わなければ死ぬ。演算が狂っても死ぬ。失敗=死という理不尽に反承司は直面し……彼女は賭けに勝った。目前で止まる龍已の拳。触れていないと理解するより先に、拳を引いて最短距離を使った蹴りを、首に向けた。

 

 

 

「演算……成功……ッ!」

 

「開けた一月で成長しているということか。なら、これはどうだ?」

 

 

 

 2発。たったとも言える回数だが、あの龍已の攻撃を正面から凌いだ。殴打と蹴り。それらを反射で防いだ反承司は、呼吸を忘れるほど集中していた。少しでも計算が狂えば死んでいたという事実が、後になって襲ってくる。激しく鼓動する心臓が耳元にあるようだ。

 

 彼女は演算が成功したことに感激も喜びもしなかった。ただ、彼の攻撃を凌いだことで()()()()ものの大きさ、強大さに驚いているのだ。そしてそんな彼女へ、龍已は人差し指だけを立てた拳を向けた。服に隠れて見えない彼の腕に、ビキリと青筋が浮かんで筋肉が力む。確実に演算を狂わせる力を与えるつもりなのだ。

 

 見た目以上の力を込めた人差し指だけの貫手。狙うは頭。それもこめかみだった。頭蓋骨は人の骨の中で最も硬いとされているが、龍已の腕力ならば、人差し指だけで頭蓋骨に穴を開けるなど容易い。演算を狂えば、脳味噌を人差し指が貫く。反承司は演算を開始したが、これは“ダメだ”と悟った。

 

 

 

 

 ──────ぱんッ!!

 

 

 

 

 放たれた人差し指の貫手は、穴を開けた。数センチ程度の大きさをした石に。ボッ……と不可解な音が鳴り、空中にある石には穴がぽっかりと開いている。そこに反承司の頭があれば、確実に風穴があっただろう。

 

 龍已は重力によって地面に落ち、()()()()()()石をチラリと見て、なるほどと呟いた。反承司はその場から消えて別の場所へ移動している。少し離れた、東堂の傍へ。移動していた反承司は特に驚いた様子を見せなかった。少し、助かったと言いたげな溜め息を吐いていただけだった。

 

 

 

「乱戦ではこれ以上無いほど面倒な術式だな、東堂?」

 

「Mr.黒怨が他とばかり遊んでいるから、寂しくてな。つい手が出てしまった」

 

 

 

 東堂葵の術式は『不義遊戯(ブギウギ)』という。手を叩くことで、術式範囲内にある“一定以上の呪力を持ったモノ”の位置を入れ替えることができる。術式対象は生物であろうと無生物であろうと問わない。呪力さえ持っていれば、入れ替え可能である。

 

 拾った石に呪力を込め、手を叩いて範囲内に居る反承司と位置を入れ替えた。あの貫手はマズいと直感した東堂の英断だった。行わなければ、反承司は死んでいたかも知れない。龍已は殺し損ねた事に何とも思わず、再び拳を構えた。

 

 

 

 ──────……恐らく一定時間という“縛り”で遠距離攻撃を無効化する虎徹の呪具が発動せず、東堂の『不義遊戯(ブギウギ)』が発動したところを見ると、使用者の認識によって攻撃か否かを決めているのか、俺の攻撃のみを無効化しているかのどちらかだな。

 

 

 

「反承司は少し休め。行くぞ超親友(ブラザー)ッ!」

 

「ブラザーじゃねーけど……おうッ!」

 

「僕も行くよッ!」

 

 

 

「大丈夫ですか、反承司さん」

 

「……ふーっ……大丈夫ですよ」

 

「衝撃は得られましたか?」

 

「えぇ。ただ……凄まじい衝撃ですよ。殴打と蹴り1発ずつなのに、解放したらMAX速度で衝突した戦闘機の衝撃よりも大きいです」

 

「それが拳から繰り出されるなんて考えたくありませんね」

 

 

 

 近接組の東堂を始めとした虎杖、乙骨が龍已の前に躍り出た。虎徹作の呪具は仲間の術式が敵ではないと思い込むことにより無効化することないようだ。それにより、『不義遊戯(ブギウギ)』が発動して反承司と呪力が籠もった石が場所を入れ替えた。しかし龍已の遠距離からの攻撃は今だ無効化中だ。

 

 広大な術式範囲を持つ龍已の術式は、本人の呪力出力と相まって凶悪なそれ。無効化しておかないと初手で五条以外の者達が全滅など容易く、想像に難くない。彼はまだ制限時間があることを察しているだけで、細かな時間は知らない。

 

 かなりの無理ゲーに思える、3分間という制限時間内に黒怨龍已を討ち破らねばならない。自体は刻一刻と進んでいる。焦りは出さず、あくまでいつも通りに、彼等は龍已と対峙する。

 

 負でマイナスのエネルギーである呪力は肉体を治すことができない。その代わり、纏うことで肉体を強化することができる。呪術師には絶対必須なその技術には、奥が深いものがある。通常の呪術師よりも肉体的に強い虎杖は、その素の強さを逆手にとって体に纏わせる呪力は少なくて済む。

 

 呪力の流れから、次の攻撃の予測が立てづらいと、学生呪術師として頭抜けて優秀な東堂にさえ言わせた虎杖の戦闘スタイル。それとは対照的に、五条悟よりも多いという膨大な呪力で肉体を覆う乙骨は、呪力が立ち上って見えて逆に判らない。それに加えて相手からの攻撃を最小限に、自身の攻撃を最大限に強化する。

 

 虎杖と乙骨が先に向かい、東堂が後から付いていくという陣形で、拳を構える龍已を先方2人が左右から挟み撃ちにした。虎杖はメインの拳で、乙骨は刀で。顔を狙うと見せかけてフェイクを混ぜた脇腹を狙う拳と、袈裟斬りのため振り下ろされる真剣の刀。それに対して龍已は、掌で双方を受け止めた。

 

 拳だけなら受け止めるのも分かるが、素手で刀を受け止めるのは違和感がある。ましてや乙骨の膨大な呪力で強化された刀身は、普通ならば手を腕ごと真っ二つに両断していることだろう。しかしそれは()()()()()()という話だ。纏わせる呪力の話をしたが、そこに龍已の事も外せない。

 

 五条悟よりも多い呪力量の乙骨。だがそれより上に怨念の怪物が居る。1000年以上の歳月を掛けて継承してきた総呪力量は、乙骨の呪力量を容易く凌駕した。そこに加え、人知を超えた操作技術により、感じて解るそれは弱々しい4級から3級にかけての呪力量が乏しい呪術師が纏わせる呪力。一方その実態は、薄皮1枚の弱々しい呪力を被せてカモフラージュした、莫大な薄い呪力である。

 

 視た感じと感知からではまず勘違いを起こす纏った呪力であるが、ただでさえ超人を凌駕する躯体を持つ龍已を限界以上に強化している。虎杖と同じように弱々しすぎて攻撃の予想ができないことに加えて、乙骨のように受けた攻撃を最小限に、与える攻撃を最大限にしている。

 

 2人の特徴を合わせ込んだような呪力の使い方をしているのが、龍已であった。その際に得てしまった特徴は、膨大な呪力を纏わせた名剣や名刀ですら、正面からでは彼の肌を傷つける事ができないという不可思議な現象だった。故に、乙骨の刀は、彼の肌を薄皮1枚も裂くことができなかった。

 

 

 

「──────『逕庭拳(けいていけん)』ッ!」

 

「それは知っている。普通は遅れることがない呪力を、今では意図的に出せるようになったのか」

 

「ぅおぉッ!?」

 

 

 

 虎杖が放った逕庭拳とは、呪力の扱いが初心者だった頃に、呪力を纏って攻撃したところ呪力が拳のインパクトの瞬間よりも遅れてやってきた。狙ってやるのは逆に難しいその技は、初期の虎杖の武器となった。時間と特級呪霊との戦闘で呪力の使い方を覚え、東堂の教えにより一皮剥けた虎杖は、いつの間にか改善されていた遅れてやってくる呪力。

 

 龍已の掌に打ち込んだ拳は、その逕庭拳だった。1ヶ月の特訓の際に自由に扱えるようにしたその技術は、しかしながら既知である龍已には通じなかった。薄く纏う莫大な呪力にモノを言わせ、正面から抑え込む。2度目の打撃が来ても、彼の手は微動だにすることがなかった。

 

 止めた拳を掴む。その瞬間に虎杖はゾッとした。死に直結する攻撃を向けられた訳でもないのに、背筋を駆け登ってくる圧倒的嫌な予感。反射的に手を引っ込めようとした時には遅く、何に掴まれているのか解らないと錯覚してしまう程の力で、虎杖の拳は龍已の手に包まれていた。一切抜け出せず、引いても動かない。まるでローマのサンタ・マリア・イン・コスメディン教会にある真実の口に手を入れ、伝説の通り手が抜けなくなってしまったかのようだ。

 

 掴まれた手を振り解こうにも解けない手を引かれ、虎杖の体は宙を舞った。軽く振ったように見えて、80㎏以上ある虎杖が弾き飛ばされていった。その飛ばされていった先には乙骨が居た。仲間を傷つけるわけにもいかず、刀で斬り裂かないように気をつけながら抱いて受け止めた。

 

 膨大な呪力で身を固めている乙骨ならば、虎杖を受け止めることは造作もない。しかし明らかな隙には繋がる。それを逃がす彼ではなく、虎杖と乙骨が重なった時には駆け出して飛び後ろ回し蹴りを放っていた。

 

 薄く見えて莫大な呪力を身に纏う龍已の蹴りは、素の肉体が強いとはいえ虎杖では受け止められない。しかし今は体勢を崩しながら乙骨に受け止められているので、今すぐに回避行動へ出ることはほぼ不可能だった。差し迫る蹴りに、マズいと悟る虎杖。もう回避は間に合わないと理解する乙骨。

 

 早くも脱落するのかと思われたその時、乙骨の背後から大きな手が伸びてきた。人間の手ではないそれは、まるで2人を庇うように差し出される。龍已の蹴りが真面に入り、手が腕ごと弾き飛ばされる。紐解いて解呪した筈の特級過呪怨霊『祈本里香』が、腕だけを部分的に顕現したのだ。

 

 

 

「ありがとう『リカ』」

 

「あっ……ぶねぇ……あの蹴りマジでヤバい。多分受けてたら死んでた」

 

「うん。僕でもそう思うよ。だから虎杖君も気をつけようね。黒怨先生の攻撃は基本全て即死級だよ」

 

 

 

「『祈本里香』は解呪されたはず。ならばあれは……乙骨が造り出した式神に似たものか?それにしては……」

 

 

 

 リカの手を弾き飛ばしたはいいが、バックステップで距離を取られたので龍已はその場で拳を構えた。表情には一切出ず、乙骨の背後から現れたリカについて考えた。呪われていたのではなく、呪っていたという関係は解呪により解放されている。つまり特級過呪怨霊『祈本里香』はもう居ない。

 

 だが確かに現れたのだ。気配は少し違うが、殆ど同じものだろう。呪霊ではないが、式神に近しいものだ。詳しいことは判明していないので確定的なことは言えないが、式神であろうと元はあの特級過呪怨霊である。片腕だけの顕現で計り知れない呪いを感じた。

 

 完全顕現をしないのは、恐らく龍已の術式反転を警戒しているのだろう。彼に対する遠距離からの攻撃の完全無効化。リカが乙骨の式神である以上、攻撃させればそれは遠距離の範囲内に入る。そうなれば、何をしても彼の術式反転の領域内に入った途端に消滅してしまう。

 

 危険度で言えば、五条悟に次ぐ存在。ある程度の警戒は必要になってくる。特に、乙骨の術式はかなり汎用性が高く純粋に強力だ。早めに落とす事が望ましい。が、そう簡単にやらせるほど、龍已が相手をする呪術師達は甘くはない。

 

 背後に発現した強い気配。龍已は考えるよりも先に振り向き様に拳を振った。繰り出された裏拳は、厚さ数十センチのコンクリート壁を粉々に粉砕できるもの。人の顔に叩き込まれれば残るのは力を無くした体だけだろう。だがそれは、容易に阻まれる。目に見えない無限によって。

 

 

 

「おーコワ。届かないって解ってても身構えちゃうよね。センパイの拳」

 

「面倒なモノだな、無下限呪術は」

 

「よく言われるー。それにしてもさ、僕の生徒達とばかり遊んでないで僕とも戦おうよ」

 

「良いのか?お前が暴れれば巻き添えを生むぞ」

 

「あはは。大丈夫だよ。だって彼等は優秀だもん」

 

 

 

 無限を纏う拳が向けられる。手を這わせ、逸らせようとしても無限の壁によって触れることができない。結果逸らすことはできず、顔面を狙ったそれを首を傾げる形で避けた。乙骨と同じく膨大な呪力で覆われた拳は触れることこそなかったが、肌の傍を通り過ぎるときの余波による鋭い風は、殴打の強さを示した。

 

 攻撃はできるのに、相手の攻撃は一切受けず無限の遅延を与える五条の無下限呪術。オートで行っているので不意を突く事もできず、反転術式を常に掛けているので無下限の壁が途切れる事は無い。普通の方法ではまず五条に触れることすらできない。

 

 まさに最強の呪術師に相応しい術式だ。彼の眼も、呪力を原子レベルで視認し、緻密な制御を可能にさせる他、相手の術式を完全に看破することが可能という。その代わりに、無下限呪術には六眼が必須であるが、揃えば凄まじいまでの力を手に入れる。そこに天賦の才を噛み合わせたのが五条悟という男だ。

 

 しかし忘れてはいけない。遙か昔から生きていた偽夏油の中身の呪詛師ですら、あの五条悟を正面から殺しうる力を持った存在として、黒怨龍已の名を上げていた。つまり、無下限呪術の無限が阻んでこようと、突破するだけの手段と実力は兼ね備えているのだ。

 

 

 

「すぅ……ふーッ……」

 

「……あの時の呪霊がやってた『領域展延』かな。自力で思いついたの?」

 

「1ヶ月以上も時間があった。ならばお前の攻略法の1つや2つ、思いつくだろう」

 

「へぇ。けどいいの?それ使ってると術式使えないんでしょ」

 

「使っても今のお前達には虎徹の呪具がある。故に問題ない」

 

 

 

 体の周りを覆う呪いは結界のような役割をしている。五条の無限を通り抜けるには、より濃い結界で中和する必要がある。その1つが領域展開だ。しかしこれには流石の龍已も掌印と呪力の集中が要る。周りを囲まれている彼は、その領域展開を警戒されている事など解りきっていた。

 

 結界を水のようにして体を覆うイメージで展開された『領域展延』は、この1ヶ月以上の時間があった中で自力で思いついたもの。渋谷事変の際に五条が相手をした特級呪霊達も、偽夏油の知恵によって会得していた。掌印を組まずに発動できる展延は、五条の無限の壁を中和して手を届かせる。

 

 ただし、展延の発動中は術式の使用ができなくなる。虎徹の呪具により遠距離攻撃の無効化が継続中の今は、術式を使う必要など無い。なので使っても問題ないと言う。五条は1人で戦うと戦い方も難しいねと皮肉を込めて言い、龍已は何も言わなかった。

 

 

 

「じゃあ、数の利を使わせてもらうよ──────七海ッ!」

 

 

 

「──────十劃呪法(とおかくじゅほう)瓦落瓦落(がらがら)』ッ!!」

 

 

 

「どうやって地面を7対3の割合で……なるほど、虎杖と乙骨の距離か」

 

 

 

 囲まれている龍已の頭上から、七海がやってきた。ネクタイを拳に巻きつけ、上から全力で振るった。時間外労働という時間による縛りは、既に17時を回った今では外れていて、本当の全力を出すことができる。1級呪術師の中でもトップクラスの攻撃力を持つと言われる七海の一撃は、無人島に震度2程度の揺れを起こした。

 

 真上からの攻撃を後退して避けた。空振りになった拳は地面に叩き込まれ、亀裂を作りながら呪力を周囲に奔らせる。7対3の割合の点を強制的に弱点とする彼の術式では、地面を線分することはできないと思われたが、龍已は今囲まれていて、左右に虎杖と乙骨が居た。虎杖が遠く、乙骨が近い場所に立っている。距離からして7対3だ。

 

 この感覚で、しかもいつの間にか周囲の地面には薄く円が描かれている。戦っている最中、あまり攻撃が来ないと思えばコレを用意していたのかと納得する。知らない間に十劃呪法が発動する舞台を作っていたらしい。しかし、龍已はこの工程に引っ掛かった。何故態々地面にそんな小細工を施すのかと。直接狙わない理由は何なのかと。

 

 七海建人。1級呪術師として活動して長い彼の術式は十劃呪法であり、線分した対象の7対3の割合で出した点を強制的に弱点とする術式を持ち、拡張術式をも持つ。『瓦落瓦落(がらがら)』がその拡張術式にあたり、効果は術式で破壊した対象に呪力を込めるというもの。つまり、拳の威力で砕け、宙に浮かび上がった小石1つにとっても、彼の呪力が込められている。そして、この拡張術式に最も相性が良いのは……。

 

 

 

「──────(あおい)ッ!」

 

 

 

 ──────『不義遊戯(ブギウギ)』ッ!!

 

 

 

 複数回拍手が鳴り響いた。東堂の術式を発動させるための拍手。一定の呪力を内包しているもの同士の位置を入れ替える術式。七海の拡張術式で破壊され、呪力を込められた小石や岩は数百以上になる。その中から幾つかだけが何かと入れ替わる。結果、龍已の周囲には攻撃準備を整えた虎杖と乙骨が位置を変えながら連続して現れる。

 

 軽く避けたのが仇となった。破壊された地面の破片が四方八方に存在し、完全ランダムに入れ替わっている。龍已の意識が切り替わると同時に、乙骨の刀と虎杖の拳が向けられた。呪力を纏っているが、五条の無限を破るために展延を発動中の龍已にとって、呪力による防御力は通常と比べれば格段に下がっている状態と言える。

 

 展延を解いて呪力の攻防に回すには少し時間が足りない。なので優先順位を瞬時につけて対応することにした。乙骨と虎杖に混ざり、五条も拳を向けている。術式の『赫』と『蒼』は威力が高すぎて巻き込んでしまうからだろう。七海が最も近くに居るが、『瓦落瓦落(がらがら)』の発動後で攻撃に転ずるまでは遅い。つまり、対処の優先順位は乙骨、五条、虎杖、七海の順になる。

 

 乙骨の刀をいなし、虎杖の蹴りを避け、五条の拳を受け止めようとした。その時に東堂の拍手が鳴る。目の前の五条の位置は変わらないだろう。無限の壁が解除されていない。ならば1番近い背後の石と変わると直感した。拳を受け止めながら、背後へ蹴りを入れた。が、蹴りで砕かれたのは入れ替えられた石だった。石と石を入れ替えた。フェイントに引っ掛かったと思うと同時に、受け入れる覚悟を決めた。

 

『石と石を入れ替える』ことが合図だったのか、五条が一瞬だけ無限の壁を解除した。術式効果を受ける状態になると、拍手が鳴って入れ替えが起きる。

 

 

 

「手を叩くことが発動条件だからと言って、必ず発動する訳じゃない。そして……入れ替わるのが必ず人とも限らないッ!こういった実力者の多い乱戦では特に引っ掛かりやすい。そうだろう?Mr.黒怨」

 

「……はは。そうだな。これは甘んじて受けよう。俺の認識の甘さによる結果だ」

 

 

 

「ふゥ……っ!!──────『月輪(がちりん)』ッ!!」

 

 

 

「……ッ……ふ……ッ!」

 

 

 

 五条と位置を入れ替えた反承司が、強大な呪力を纏った掌底を龍已の脇腹に入れた。料理の際に使う猫の手の形で掌底を打ち込み、捻り込んで衝撃を内部へ浸透させる。腰も入れた完璧の掌底は、その力強さから足元の地面が更に砕けた。そして与えられる衝撃は、反承司が龍已に殴られた時の衝撃を全てストックして上乗せしたもの。少なくとも、龍已の呪力を込めた殴打2発分が1発に集約されている。

 

 通常の呪力による肉体強化ではなく、五条の無限を破るための展延。防御力はかなり落ちている今の彼に、反承司から与えられる一撃は重かった。掌底を入れた手から伝わる生々しい感触に泣きそうになりながら、反承司は龍已の体を宙に吹き飛ばした。

 

 かなりのダメージは入っている筈。龍已の拳ならば、龍已の体に確実なダメージを入れられる。自身の与えた拳の威力がそのまま返ってきたようなもの。宙を舞い、吹き飛ばされた瞬間の龍已は東堂の拍手により位置が替えられる。替えられたのは七海の拡張術式による呪力を込められた石。その場所は、虎杖と乙骨の目の前だった。

 

 

 

「──────しィッ!!」

 

「──────黒閃ッ!!」

 

 

 

 黒き閃光を与える女神は、相手を選ばない。独自の技術で黒閃を狙って出せるようになった虎杖の拳と、凄まじい集中力と才能で黒閃を決めた乙骨。2人の拳が位置を入れ替えられた龍已の腹に同時に叩き込まれた。2.5乗の威力になるという黒閃が2人分であり、彼等の一撃はトップクラスの強さを誇る。

 

 真面に攻撃が入り、再び龍已の体が宙を舞った。弾き飛ばされていき、危なげに脚から着地した。獣道を作り、数十メートル滑ってから止まる。俯いていた顔を上げると、口の端を少し持ち上げて笑みを浮かべている。彼は背筋を真っ直ぐと伸ばして体勢を立て直す。ダメージを受けたようには感じられなかった。

 

 

 

「……先輩。黒怨先生を黒閃で殴った時の感触どうだった?」

 

「多分、虎杖君と同じ意見だと思うよ。()()()()()()()()()()。ダメージが入ったとは思えないかな。というより、もう反転術式で治ってるだろうし」

 

「……やっぱり龍已先生には軽傷かぁ。打撲にすらなってなさそう」

 

「大丈夫。例え少しだろうとダメージが通ったという事に変わりはないから。焦らずやっていこう」

 

 

 

 連携は上手くいった。完璧に近い流れで事が運び、龍已に対して強力な攻撃を真面に3度も入れた。しかし、彼等は殴った感触から、龍已の肉体の異常なタフネスを知った。山でも殴っているかのような重厚感に、得体の知れない金属を相手にしているような硬さ。生身の人間が持って良い防御力ではなかった。

 

 だというのに、彼の今の防御力は格段に落ちている状態であるという。加えるならば治癒の力すら持っている。呪力を重ね合わせることによりプラスのエネルギーを生み出し、反転術式を自身の体に掛ける。それだけで与えられたダメージは0へと戻り、完治する。多くの視線の中、龍已は殴られた箇所に手を這わせ、良い一撃達だったと褒めた。効いた様子が見られず、皮肉にすら聞こえてくる。

 

 

 

「連携も仕上げてきているんだな。だがここまでだろう。俺の予測でしかないが──────遠距離無効時間の3分が今、経過した」

 

 

 

 脚に巻かれたレッグホルスターから『黒龍』を引き抜いて手に持つ龍已に、誰かがごくりと生唾を飲んだ。3分は龍已の予測した時間に過ぎない。もしかしたらまだ遠距離無効化の範囲内かも知れない。しかし残念なことに、効果時間は予測通りの3分であり、たった今、遠距離攻撃が可能となってしまった。

 

 近接だけなら数の利を使ってどうにかなっていたというのに、手数という面では最早呪術界1と言っても過言ではない龍已の術式が解禁された。銃口を向け、身の毛もよだつ程の莫大な呪力を込め始める。

 

 

 

 

 

 戦いは激化し、熾烈を極めるだろう。黒怨龍已の術式が解禁された途端、まだ戦闘に参加していなかった伏黒恵と釘崎野薔薇が彼の前に躍り出た。

 

 

 

 

 

 






東堂葵

乱戦に於いて無類の面倒臭さを発揮する存在。術式はある一定以上の呪力を持つもの同士を生物無生物問わずに入れ替えるというもの。入れ替え後の差異が大きいとそれだけでも混乱する。そして本人も1級呪術師としての強さを持ち、尚且つ頭の回転が速い。

龍已の戦いに於いて居ていて心強い存在。そして逆に、龍已からしてみると最も厄介な相手。




反承司零奈

気合いと妄想力で龍已の二撃を反射して威力の抽出を行った。彼女曰く、確保した時の衝撃はMAX速度で突っ込んできた戦闘機の衝撃並だそう。普通に食らえばまず間違いなく人は死ぬし、呪力で肉体を強化していても関係無しに死んでいただろう威力だった。

反射し続けて溜めていた衝撃を全て使い、龍已に掌底を入れたが恐ろしいほど硬く重い感触に、1つの巨大な山を想像した。人の体の感触ではなかったと感じた。それでもまだ最硬状態でないのだから感嘆とするしかなかった。




七海建人

拡張術式と本来の術式の合わせ技により地面を大きく砕き、東堂に繋げた。小石1つにとっても呪力が込められており、入れ替えの対象とさせる。それにより入れ替えを何度も起こさせて龍已に近づきつつ攻撃を食らうこと無く攻撃を入れられる状態を作り出した。

大人として、龍已と戦うことは決心をつけているが納得はしていない。結局、龍已が離叛した理由というのが呪術界のクソさ加減にあると分かると、存在していて良い界隈なのかも問いたくなる。




虎杖悠仁

凄まじい集中力と巧みな呪力操作により、任意のタイミングで黒閃を放てるようになった。黒閃を決めたことにより120%の実力を発揮中。龍已を殴った時の感触は、反承司同様山のようだと感じた。人の肌を張り付けた巨大な山を想像するくらいなのに、本気で硬めた呪力だったならばどうなっていたのかと怖いもの見たさがある。

実は精神の内側で両面宿儺が替われと言っていてうるさいが無視している。表に出したら仲間にも手を出しそうなので当然却下。




乙骨憂太

五条悟をも上回る呪力総量を持つ少年。夏油が起こした百鬼夜行の後、僅か3ヶ月で特級呪術師に返り咲いた五条に次ぐ存在。虎杖と並ぶ主人公的存在。

特級過呪怨霊『祈本里香』を解呪したが、現在『リカ』という存在と共に戦う。龍已に次ぐ圧倒的呪力総量を使って攻撃も防御も熟すが、相手が相手だけに一撃も貰わないように細心の注意を払っている。




黒怨龍已

底無しの呪いを持つ乙骨を超える、永遠に尽きない怨念の怪物。その集合体から完成した傑物。そして呪術界が産み出してしまった負の象徴。

独力で領域展延に辿り着き、五条の無限を削り取る。呪力総量の差により、拮抗すること無くスプーンで抉るように無限の壁を破壊し直接手を下すことが可能となる。代わりに術式の使用はできなくなり、攻撃力と防御力が格段に下がる。その状態で乙骨と虎杖の黒閃を食らったが、ダメージらしいダメージは殆ど通っておらず、反転術式によりすぐさま完治している。

相手から受ける、又は見聞きするなどして経験したものを『もう慣れた』と称して完全な耐性を獲得する。同じ手が2度通じることは二度と無い。そしてそれは、戦闘が長期戦になればなるほど『慣れ』るまでの時間が短縮されていく。彼のボルテージが上昇していくためと考えられる。

戦う時間が長くなれば長くなるほど不利になるため、彼と戦い勝利するためには、彼の予想もつかない初見の一撃で完全に頭を呪いによって破壊し完全完璧に殺しきること。※ただし、細かな条件は他にもあることとする。




天切虎徹

作戦を考えて実行してもらっているが、自身の呪具があっても龍已を殺しきることはほぼ不可能に近いことを感じ取っている。龍已の持つ呪具。力。能力。思考パターンを全て知る彼だからこそ、これだけのメンバーが居て不可能()()()と思っている。

そもそもな話、親友である龍已を殺したいと思っている訳がない。殺したくないし、死んで欲しくない。でもやらないといけない。この中で1番精神崩壊を起こしそうなのは、実のところ天切虎徹がトップを走っている。




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第六十一話  調伏の儀



最高評価をしてくださった、ハル吉★ マサカの盾 さん。

高評価をしてくださった、鮪漁港 ナイルナハト さんの皆さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

 伏黒恵にとって、黒怨龍已は歳の離れた兄のような人だった。

 

 

 

 

 昔の女の子供なのかどうか恵は知らないが、伏黒家に迎えた血の繋がらない姉の津美紀を持てど兄は居ない恵は、兄が居るとしたこんな人なのだろうかと考えたことは何度もあった。頼れる、強い兄。数少ない手放しで尊敬できる人物の1人だった。

 

 子供の頃から何かと気に掛けてもらい、伏黒家にやって来て勉強を見てもらった。夕飯を食べていってもらうこともあり、晩ご飯を作って欲しいと強請ると、溜め息を吐きながらも必ず作ってくれるのが嬉しくて、ガラにも無く何度も甘えた。

 

 穏やかで静かな人だが、喋れない訳じゃない。話し掛ければいくらでも返してくれるし、彼との言葉のキャッチボールは心安らぐのだ。それは義理の姉の津美紀も思っているのか、昔から懐いていた。年上のお兄さんに憧れるという気持ちも分かるのである意味当然かと納得していた。

 

 小さい頃には、憧れと好意を一緒にして、津美紀の初恋が龍已であることを実のところ恵は知っている。というより津美紀を除く伏黒家は全員知っていた。知ったら恥ずかしすぎる。だがそれすらも納得するものを、彼は持っていた。勘違いする人も居る鉄仮面のような無表情だが、内面を知ってしまえば彼の傍が心地良い。

 

 

 

 故に、生死を分けるこの戦いで正面から向かい合うのは……恵にとっても心底不快で不愉快で、それ以上に悲しかった。

 

 

 

「伏黒」

 

「……なんだよ」

 

「後悔すんじゃないわよ」

 

「そんなもん、俺だって分かってんだよ」

 

「あっそ。ならいいわ。じゃあ、いくわよッ!」

 

 

 

 共に前に出てきて、隣に並ぶ釘崎野薔薇。東京高専で少ない女子生徒の1人。気が強く、負けん気も強い彼女は田舎が嫌で都会に住みたかったからという理由で東京に来たという経歴を持つ。術式は芻霊呪法と言い、大まかに言えば五寸釘を人型を模した人形に打ち込み、相手に直接ダメージを与えるというもの。その際には相手の体の一部を必要とする。

 

 金鎚を取り出して、懐から藁人形を取り出す。すると龍已の近くに居た虎杖が走って彼女の方へ向かった。背を向けて距離を取る虎杖に、龍已は訝しんだ。何をするつもりなのかは知らないが、明らかな隙。狙わない理由が無い。手に持つ左の『黒龍』を持ち上げて離れていく背中に向ける。

 

 引き金に指を掛けて引くとほぼ同時、銃口の目前に何かが現れた。無限を纏い直している五条が瞬間移動して龍已の前に現れたのだ。放たれた呪力弾が無限に阻まれて止まる。突如現れたことに驚きすらせず、バックステップで距離を取りながら、右手の『黒龍』で呪力弾を30発程撃ち出した。

 

 術式により曲線を描いて虎杖を狙う。五条を迂回させて飛んでいく呪力弾だが、それらは何かに引っ張られるように操作による軌道を逸れて上の方へ飛んで行ってしまった。龍已と五条の頭上に展開された術式順転の『蒼』。収束の力を持つ力が作用して呪力弾を引きつけているのだ。

 

 

 

「悠仁はやらせないよ」

 

「……展延を発動させるか否かの選択を取らせるために、お前が接近してくるのか」

 

「まあね!けど、あくまで()()()()()()。悠仁は足速いからねー。もう野薔薇のところまで着いちゃったよ」

 

「……?……っ!そういうことか……ッ!」

 

 

 

 釘崎の元へ走って寄る虎杖に、龍已が気がついた。彼の手にはあるものが握られている。特に意味は無い物に思える物でも、釘崎にとっては十分すぎる代物。藁人形を取り出した彼女に虎杖が差し出したのは、龍已の黒い髪の毛だった。黒閃の拳を打ち込む時、もう一方の手で1本だけ掠め取っていた。

 

 受け取った髪を藁人形に埋め込み、地面に落とした。左手にウエストポーチから取り出した呪力を纏う五寸釘を浮かび上がらせ、右手に持つ金鎚を構えていた。そしてその金鎚は、彼女が今まで使っていたものではない。天切虎徹製の、芻霊呪法をピンポイントで強化する特殊な呪具だった。

 

 直接打撃を打ち込んでもダメージが一切出ないことを縛りに、直接打ち込まない攻撃の威力を底上げする効果を持つ呪具である金鎚は、まさに釘崎のために造られた呪具であり、これを使った場合の釘崎の術式は……。

 

 

 

「芻霊呪法──────『共鳴(ともな)り』ッ!!」

 

 

 

「ぐッ……ッ!?」

 

 

 

 あの黒怨龍已に対する有効な手段と成り得た。打ち込まれた五寸釘により、術式が発動して龍已にダメージが遠隔で入った。そう、遠隔である。遠距離攻撃の一切の無効化を図ることができる龍已には、効かないはずの攻撃なのだ。術式反転を掛けていなかったのかと思われたが、今度はしっかりと発動している状態で2度目の釘が藁人形に打ち込まれる。

 

 途端、龍已の全身に奔る痛み。術式反転『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』は、龍已に近接だけを有効とさせる強力な技だった。しかしこれはあくまで彼を狙う遠距離からの攻撃。釘崎の芻霊呪法『共鳴り』は相手の体の一部を媒介に、本体へ()()ダメージを与える術式。つまり、遠距離攻撃であって遠距離攻撃ではないので、術式反転をすり抜けた。

 

 そして、虎徹の造った金鎚の効果により、尋常ではないダメージが龍已の体に打ち込まれた。常人ならば泡を吹いて失神していても何らおかしくはない程のダメージだった。身構えていても、肉体が反射的に硬直する。そこへ、五条の小規模に展開された『蒼』により加速した拳が迫っていた。

 

 顔を逸らし、顔面を狙った拳を避ける。『虚儚斯譃淵』を解いて術式の使用を捨て、『領域展延』を発動した。近接戦を仕掛けてくる五条は複数箇所に小規模の『蒼』を展開することで自身の拳を収束による引力で加速させる。非常に素早い行動が可能であり、それはまるで瞬間移動にも見える。

 

 だが近接戦では龍已に分がある。未だ嘗て、手合わせの数を合わせても龍已の膝を地面に付かせたことがない五条。自身の近接格闘術は並大抵の術師では対応できない練度なのは自覚しているが、それを仕込んだのは先輩であった龍已と言ってもいい。ついでに甚爾。

 

 顔を狙いながら足元を狙い長い脚を使って引っ掛けようとするが、察せられているように避けられる。足を踏んでやろうとしても足を引かれて避けられ、1歩詰められるので1歩下がる。それを殴り合いをしながら行う。

 

『領域展延』で攻撃が通ってしまうので無限を一瞬解く。何の合図も無しに東堂が手を叩いて術式を発動し『蒼』と五条の位置を入れ替えた。そこに『黒龍』を加えることでフリーにした龍已の右手が拳を作って向けられた。驚異的な反応速度だった。だが寸前で躱すことができた。頬を擦れるかどうかの距離だが、目的は殴打ではなかった。拳を開いて五条の左肩を掴む。

 

 体を捻り込んで背負い投げの姿勢に入った瞬間、五条は投げられて地面に叩き付けられるかに思われたが、龍已の体が硬直した。離れたところで釘崎が3本目の五寸釘を藁人形に打ち込んだのだ。痛みにより反射的な硬直。本当に一瞬だったが、その瞬間に東堂が呪力の纏った小石と位置を入れ替えた。

 

 離れた五条とスイッチするように接近してくる甚爾と真希。続いてやって来る乙骨と虎杖。いつでも位置を入れ替えられるように構える東堂と、いつでも接近できるようにタイミングを見計らう反承司と七海。囲まれて近接中距離遠距離から狙われる1人の龍已。入り乱れる戦場を眺めながら、恵が両腕を使って独特の構えを示した。

 

 

 

「……龍已さん。まさか()()()をあなたに使うことになるとは思いませんでしたよ。もう使おうとしないって決めたんですけど、龍已さんになら使っても良いと思い、使わせてもらいます」

 

 

 

 ──────布瑠部由良由良(ふるべゆらゆら)……。

 

 

 

 嘗ての江戸時代頃の話。当時の五条家当主と禪院家の当主が御前試合を行ったらしい。五条家の当主は今の五条悟と同じ六眼と無下限呪術の抱き合わせ。禪院家の当主は恵と同じ十種影法術。当時の彼等は相打ちのような形でその試合で命を落としたとされている。その理由が恐らく、恵が行おうとしている儀式によるものだろうと当たりをつけていた。

 

 恵が持つ禪院家の相伝の術式である十種影法術は、最初に関する『玉犬』という犬の式神を与えられ、そこから他の式神を倒して調伏することにより式神として使えるようにしていくというもの。つまり最初から全て使える訳ではないのだ。そして、この調伏の儀式は複数人で行うことができる。ただしその時は、例え勝っても調伏にはならない。あくまで1人で調伏しなければならないのだ。

 

 それを今回は敢えて恵と龍已で行う形にした。乱戦で恵の方に意識が向いていない今がチャンスであり、詠唱を行えるタイミングだった。無下限と六眼の抱き合わせと十種影法術師の2人でも、恐らく戦い敗れてしまっただろう……十種影法術最強の式神。未だ誰もこの式神を調伏出来た者は居ないという存在である。

 

 

 

「──────『八握剣異戒神将魔虚羅(やつかのつるぎいかいしんしょうまこら)』」

 

 

 

「これが魔虚羅か……僕も見るのは初めてだけど、皆下がって!危ないよッ!」

 

「気配が……っ!」

 

「なんか言葉にすんの難しいけど……アイツ強ェ」

 

 

 

「……俺と恵で調伏の儀式を成立させたのか。やってくれるではないか。調伏出来た者が居ない最強の式神の召喚……」

 

 

 

 異様な姿だった。筋肉質な人型の体に、目に当たる部分には二対の翼のようなものが生えていて、背中には法人が浮かんで付随している。右手には剣が備わっていた。体長は3メートル以上あるだろうか。呼び出された瞬間『玉犬』と同じ犬の式神が道を作るように出現し、遠吠えをしていた。

 

 巻き込まれることを警戒して五条の言葉に従って龍已から距離を取るように離れる者達。儀式の相手であり、龍已の方が近いからということでゆっくりと歩み寄ってくる魔虚羅に、正面から向かい合う龍已。感じ取る気配はとても強い。威圧感がある。対峙するだけで相当な強さがあることを理解させられる。

 

 右手を振り上げ、備えられている剣を振り下ろしてきた。龍已は『領域展延』を解いて呪力を全身に回した。薄く分厚い呪力の障壁を纏い、両手に持つ『黒龍』で剣を受け止めた。甲高い金属音が響き渡る。真上からの剣の振り下ろしを受けても傷一つ付かない『黒龍』だが、龍已は魔虚羅の一撃に反転術式を使う際に生成されるプラスのエネルギーが纏われていることに気がついた。

 

 足元の地面が一撃の重さで砕けるが、龍已はしっかりと受け止めているのでダメージは無い。もし仮に、龍已の正体が呪霊であったならば、受け止めようとした次の瞬間には跡形も無く消し飛んでいた。呪霊に特攻のある反転術式によるプラスのエネルギーは、歴とした人間である龍已には効かない。

 

 が、効かないことを解ると魔虚羅は手法を変えた。受け止められた右手の剣をそのままに、膝蹴りを入れようと脚を伸ばしてきたのだ。巨体から繰り出される膝蹴りは車が正面から迫って来ているようにも見える迫力があった。両手の『黒龍』で剣を受け止めているので無防備な腹部を守るために、脚を振り上げて膝蹴りに膝蹴りで対抗した。

 

 しかし、龍已の膝蹴りの威力よりも魔虚羅の一撃の方が重かった。ぶつかり合ったところから衝撃波が発生して周りの地面を捲り上げるのだが、少しの拮抗後に龍已が後方へ弾き飛ばされていった。剣にはプラスのエネルギーが付与されていた。だが今回の膝蹴りには呪力によるマイナスのエネルギーが纏われていたのだ。肉体の超強化による一撃が、全力ではないとはいえ、呪力で強化された龍已の一撃を上回った。

 

 宙をかっ飛ばされていく龍已は両手の『黒龍』をレッグホルスターに納め、無理矢理空中で体勢を立て直すと腕を地面に叩き込んだ。肘程まで腕は埋まり、地表を削り取りながら急激な減速をする。想像以上の攻撃力だと思いながら、首に巻き付くクロに手を向けた。

 

 追撃をしようと魔虚羅が駆け出す。いや、駆け出すというよりも爆発音を響かせてその場から消えるように移動し、龍已の元までやって来た。プラスのエネルギーではなく呪力を纏わせた右手の剣を下から掬い上げるように振るった。

 

 振り抜かれる備えられた剣。当たれば真っ二つにも思える攻撃はしかし、龍已に届かなかった。その場から消えた彼は接近してきた魔虚羅の背後にいつの間にか移動していた。両手には武器を握っている。長い柄。三日月のように歪曲した刃。死神をイメージさせる大鎌を振り抜いていた。沈みかけの夕日に当てられ、その刃を不気味に光らせる。そして、魔虚羅の首は断罪の如く刈り飛ばされた。

 

 

 

「無下限呪術と六眼の抱き合わせと十種影法術師を纏めて殺した最強の式神。大したことはなかったな。…………?」

 

 

 

「■■■■■■■■■■■……………」

 

 

 

「……俺は首を刎ね飛ばした筈だが」

 

 

 

 がこん……という音が背後から聞こえ、消えかけていた強大な気配が復活した。理由に大鎌を持ちながら振り返ると、落とした筈の首がしっかりと繋がり、魔虚羅は龍已の方に向かって歩みを進めていた。不可解なものを見たと言わんばかりの疑問が湧いてくる。殺したのに死んでいない。

 

 最強の式神と呼ばれるくらいだ、何かしらの力は持っていると思って良いだろう。そこで龍已は大鎌を持って駆け出した。後ろへ引き、渾身の力で大鎌を振った。腕諸共胴体を両断するつもりだった。その刃は、魔虚羅が容易に受け止める。備えた剣で弾いてきたのだ。先程は擦れ違い様に首を落としたが、攻撃そのものには対応できるのかと思いつつ連続で振った。

 

 しかし連撃は悉く防がれた。1歩も引かず、むしろ距離を詰めながら対応してくる。大振りにならざるを得ない大鎌の攻撃に慣れてきたのか、反撃も入れてきた。大きく弾き、左手を拳にして殴打を一つ。目前まで迫ってきた時、龍已は大鎌を手放してクロから別の武器を受け取った。

 

 手数の多さを取った双剣。殴打のために伸ばされた腕を屈んで避けると、体を回転させながら双剣を振って魔虚羅の腕を細切れに裂いた。一度も攻撃は止めず、流れる川の如く鮮やかな連撃を入れた。左腕から始まり腹、両脚、胸と範囲を移動し、脚をやられたことで前のめりに倒れてくる魔虚羅の顔をX字に深く斬った。反撃も赦さず斬り刻んで殺した。

 

 

 

「──────■■■■■■■■■■…………」

 

 

 

「……傷が癒えている。反転術式とはまた違うな。背後の法陣が回ってから傷が癒えて立ち上がるところを見ると……試してみるか」

 

 

 

 一撃で首を刎ねた大鎌を、法陣が回った後に使えば対応された。ならば、反撃すらも赦さなかった双剣による斬撃で殺した後、円環が回ってから再び斬り掛かるとどうなるのか。ある程度予想がついている龍已が斬り掛かってみると、先まで反撃すら出来なかったのに、完璧に対処をし始める魔虚羅。

 

 双剣に対する耐性を獲得し、どの様な攻撃が来るのかを知っているように攻撃を受け止めていく。そして反撃も入れてくる始末だ。これでほぼ予想通りということになった。双剣が効かなくなった以上使っていても仕方ないのでクロに呑み込ませ、別のものを受け取った。

 

 

 

「特級呪具──────『(くろ)縛鎖(ばくさ)』」

 

 

 

 吐き出されたのは黒い鎖だった。じゃらりと金属の音を立て、端をの方を円を描いて回す。先端が最早見えず、風圧で砂が巻き上がる。ヘリコプターの羽を見ているようで、回っている方向とは逆に回っているように見える。空気を切り裂いて回る鎖に一応の警戒はしつつ、やられても治るという能力があるからか真っ直ぐ突っ込んでくる魔虚羅。

 

 円を描き鎖を回す龍已に向けて備え付けられた退魔の剣を振り下ろすが、鎖の結界に触れた途端に退魔の剣が弾き飛ばされた。刃が少し欠けるほどの威力に魔虚羅が数秒観察し、またもや真っ正面から来た。が、鎖が触れる直前で方向転換をし、鎖の結界が無い背後に回り込んだ。

 

 脇腹を狙ったボディーブローが来る。当たればノーダメージとは言えない攻撃を龍已に入れられる膂力を持つ魔虚羅。その殴打のために突き出した腕に、回していた鎖を巻き付けた。何重にも重なり捕まえると、魔虚羅の股下を潜り抜けて脚を通して巻き付け、胴体にも回した。

 

 そして龍已は力技で思い切り鎖を引くと、複雑に絡んだ鎖が引っ張られて体勢を無理矢理崩され、魔虚羅は乱回転しながら宙を舞う。引き抜かれた鎖をクロが瞬時に呑み込み、違う物を吐き出す。手に取ったのは大口径狙撃銃『黒曜』だった。ボルトアクションを行い弾を装填し、スコープは覗き込まず構える。狙いは未だ空中に居て体勢を崩す魔虚羅のみ。

 

 

 

「──────『無窮(むきゅう)(ひかり)』」

 

 

 

 怨念により黒く染まった呪いが、極太の黒い光線となって放たれた。身の毛もよだつ圧倒的呪力量と呪力出力。五条や乙骨でも出せないその威力に、魔虚羅は易々と呑み込まれていった。黒い光線は直径100メートルにもなる。逃げ場は無く、逃げられる状況と体勢になかった。

 

 地を削り、海を抉った。地平線まで届くのではと思えるその光線が止んだあと、龍已は『黒曜』を左肩に担いでいた。その歩みは進められ、靴底がカツリと鳴らされる。まるで死神の足音のようで、辛うじて肉体が所々残っている魔虚羅は、目の前までやって来た彼を下から見上げた。

 

 

 

「お前のその背中にある法陣と、恵が唱えた布瑠の言葉から察するに、完全な循環と調和を体現しているのだろう?つまりあらゆる事象への適応及び耐性の獲得が能力だな。だから殺した武器に対して完璧に近い対応が出来た」

 

「■■■■……■■■■■■■■■…………」

 

「誰しもが考えるだろう。お前の倒し方は適応前に初見の技で倒すことだと。だがお前の適応後の動きは()()()()()だけで完璧ではなかった。要するに100%の適応でも耐性でもない。ならばもっと簡単にお前を殺す方法がある」

 

「■■■■■……■■■■■■……ッ!!」

 

 

 

『黒曜』を持たない右手を伸ばし、魔虚羅の巨体に見合った頭を掴んだ。万力のような力に、頭部がみしりと悲鳴を上げている。魔虚羅の背中にある法陣が錆び付いた扉を開けようとしている時のような音を出す。適応してダメージの回復を行おうとしていた。適応するのは、龍已の高い呪力出力による光線だ。対呪力と言っても良い。

 

 そんな耐性を得られてしまえば、呪術師としての戦いが圧倒的に不利になる。だが龍已は急ぐ様子を見せなかった。急がず慌てず、掴んだ頭を力技で遙か上空へ放り投げた。腕力のみで数百メートル上に打ち上げた龍已は、肩に担ぐ『黒曜』を上に向けて構えた。

 

 今度はスコープを覗き込む。空に居る魔虚羅の胸を狙い照準を合わせ、引き金に指を置く。次弾の装填は既に済ませている。あとは撃つだけ。だがその狙撃に使おうとしている呪力は、先程撃った光線の比ではなかった。例える言葉が見つからない程の呪力が、小さな弾1発に込められている。解放すれば、街が無くなるのではとすら思える。

 

 

 

「適応しようが、適応したお前を消し飛ばすだけの一撃を見舞ってやればいい。そうだな……──────()()()()呪力出力だ。欠片も残さず消えて死ね」

 

「■■■■■■■■■■■■……………ッ!!!!」

 

 

 

「──────『無窮ノ晄』」

 

 

 

 視界が黒一色に呑み込まれた。それだけの呪力出力による、太すぎる怨念の黒い光線だった。直径数百メートルでは効かない、2キロ近い直径だった。そんな光線が横向きに放たれていたらと思うと心底ゾッとした。しかもそれで2割と言うのだから恐ろしい。

 

 真上に放たれた事で五条達の方へ行くことは無かったが、龍已の足元の地面が砕けて大きく陥没する。当たり前と言えば当たり前だろう。そして真上に向けられた怨念の光線は当然の如く、魔虚羅を欠片も残さず消し飛ばした。沈みかけの夕日を覆い隠し、雲を穿ち、オゾン層を超える黒い晄。

 

 十種影法術の最強の式神、魔虚羅。それを真っ正面から堂々と、完膚無き勝利を収めた。まさに圧倒的。絶望的なまでの力。膨れ上がりすぎた怨念。本当にこんな人間に勝てる者は居るのだろうか。疑問すら湧いてしまう完成体黒怨龍已に、致命傷を入れた者が居た。

 

 

 

「芻霊呪法──────『共鳴(ともな)り』ィッ!!」

 

 

 

 

 

「────────対怨用超光高圧縮砲……発射」

 

 

 

 

 

「──────ッ!?」

 

 

 

 本体に直接ダメージを与える『共鳴り』は黒き閃光を迸らせ、遙か地平線の彼方より飛来した直径1メートル程の黄金色の光線が黒怨龍已の上半身、左半分を半円に消し飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────じゃあ、まず大前提として言わせてもらうけど、正攻法じゃ龍已には勝てないよ。こればかりは五条悟が居ようが呪いから脱却した超人が居ようが同じ。そもそも龍已に大きなダメージを与えることすらかなり難しいからね」

 

「遠距離ダメなんだよね?じゃあ皆で近接仕掛けるしかねーの?」

 

「僕は長年親友やってるけど、近接戦で誰かに膝をつけさせられてる龍已なんて見たことも聞いたこともないよ。多数で向かっても無理だね。多対一なんて龍已が得意にしてる分野だから。東堂君の術式で撹乱は出来ても、多分すぐに『慣れる』と思う。そうなったら撹乱作戦は2度と通用しないと考えた方が良い」

 

「じゃあどうすれば良いんですか。遠距離が術式反転で無効化されるから近接しかないのに、それすらダメなら方法は無いという事ですか」

 

「──────いいや。僕だけが知る遠距離無効化の穴がある。そこを突く」

 

 

 

 約1ヶ月前。高専にて虎徹が開いた作戦会議である議題が上がっていた。それは如何にして黒怨龍已にダメージを与えるかというもの。皆が呪術師である以上、術式による相性などがあるが、極論を言ってしまえばこの場に居る誰の術式も彼には通用しない。唯一聞く可能性があるのが釘崎くらいだろう。

 

 それ以外の術式は効かない。特に恵の十種影法術は出した式神を相手に嗾けるもの。つまりは中から遠距離の攻撃が主体だ。直接攻撃でない以上、術式反転の効果により式神が彼の4メートル以内に近づくことは出来ない。

 

 基本的に龍已は日常的に術式反転を鍛練と称して展開したままで居ることが多い。24時間常に展開していられるのだ。戦闘に於いてはほぼ間違いなく展開している。つまり遠距離攻撃は効かない状態にされている。加えて狂気的な鍛練により『虚儚斯譃淵』を行ったまま通常の術式の行使も行えるというクソ仕様になっている。

 

 なので龍已には近接を仕掛けるしか無いのだが、黒怨無躰流は知っての通り近接に於いて無類の力を発揮する。素手のみならず、武器による攻撃方法も多彩で、近づけば近づくだけ、周りに武器があればあるだけ黒怨龍已は強くなり、相手にする難易度が地獄レベルになる。

 

 だがその遠距離無効化の術式反転、虎徹だけが知る秘密の抜け穴がある。前世から記憶を持つ反承司すら知らない、たった1人だけが知るトップシークレット。

 

 

 

「龍已の術式反転である『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』は丸1日展開していられる低コスト高性能バリアだ。普通の攻撃は絶対に通らない。衝撃波も風も毒も物理も術式効果もね。けど、この『虚儚斯譃淵』はね、段階式になってるんだ」

 

「段階式?」

 

「そう。大きく分けて3つの段階。第1段階は通常のもの。術式を従来通り使いながら同時発動できる状態だね。次に第2段階。これは相手からの攻撃が強力だった場合だ。この段階になると『虚儚斯譃淵』の維持に意識が持っていかれるから、通常通りの術式パフォーマンスが出来なくなる。まあ攻撃の手が緩むと思えばいいよ。そして最後に第3段階。ここまで来ると相手の攻撃が死に直結するような危険なもの且つ強力だった場合だ。こうなると攻撃は出来ず、『虚儚斯譃淵』の維持に全神経を集中するから攻撃のための術式は使えなくなる」

 

「なるほど。展開さえしていれば全て無効化出来るのではなく、向けられる攻撃が強ければ強いほど展開を維持するために意識を割く必要があるという事ですか」

 

「そういうこと。けど注意が必要なのは、第3段階で出来ないのは、あくまで術式による攻撃だよ。黒怨無躰流は全然使えるから、調子に乗って近づくと頭毟られるよ」

 

「んー、センパイの術式反転にそう言う細かい操作があったのは分かったけど、これがどう穴を突く事に繋がるの?僕には結局、遠距離は全て無効化されるとしか聞こえないんだけど」

 

「まあ焦らないでよ五条君。僕の話は終わってないよ。それに言ったでしょ、大きく分けて3つって。戦っている間に知ろうと思えば今言ったことは知ることが出来る。けど、今から言う部分は多分誰も知り得ることは出来ないよ」

 

 

 

 黒怨龍已の長年の親友であり、専属呪具師である虎徹にのみ本人から明かされた最強クラスである遠距離無効化技『虚儚斯譃淵』の秘密。大きく分けて3段階。それを龍已は戦闘中に使い分けていた。特に2段階目に関しては、過去に使用した例がある。それは、五条から飛ばされた虚式『茈』である。

 

 夏油傑が呪詛師に堕ちてすぐの頃。人混みの中に身を潜めて逃げようとしたのを龍已が狙撃して殺そうとしたところ、それを止めさせるために五条が全力ではないとはいえ、強力な『茈』を放った事がある。当たれば押し出された仮想質量によって消し飛ぶので、『虚儚斯譃淵』の維持は強めに行う必要があった。

 

 そこで意識が『虚儚斯譃淵』の展開の方に持っていかれ、本来の術式パフォーマンスが落ちて夏油を逃がしてしまうという失態に繋がった。要するに、相手の攻撃が強ければ強いほど、攻撃の手が緩むということだ。そしてここに、第4の段階が存在することを虎徹が、虎徹だけが知っている。本来、誰かがこのことを知ることはなかった筈だった。虎徹か龍已が話さない限りは。

 

 

 

「遠距離攻撃に対して無敵に思える『虚儚斯譃淵』だけど、これが意思に関係無くどうしても解ける瞬間がある。それは──────龍已が()()()()()()()()()()使()()()()()だ。その時だけは、問答無用で『虚儚斯譃淵』が解除される。展開を維持しようとしても、どうしても出来ないみたいだよ」

 

 

 

『虚儚斯譃淵』の裏話。呪力出力の2割以上を使用して術式を行使した場合、展開を維持しようとする意思も関係無しに解除される。本人の口からしか報告されていないが、龍已は虎徹に嘘を絶対に言わない。故にこれは本人の口から出された真の情報と思って良い。

 

 これを他者が知ることが無いのは、単純に龍已の2割の呪力出力に耐えられる者が居ないからだ。五条悟を除いて。五条の場合は無限があるが、それならそれでまた別の戦い方があるため、『虚儚斯譃淵』の秘密に到達することは恐らくないだろう。

 

 

 

「僕の推測だと。『虚儚斯譃淵』のコストがオーバーしちゃうんだと思う」

 

「でも、天切さんは低コスト高性能って言ってなかった?」

 

「そうだね。低コストなんだ。けど、2割の呪力出力がそれを掻き消すほどの高コストなんだよ。解りやすく解説しようか」

 

 

 

 龍已の呪力総量を仮に無限とする。最高呪力出力がコスト1000。2割の呪力出力はその5分の1となるのでコスト200。『虚儚斯譃淵』は10だ。基本的に龍已が行う『無窮ノ晄』のコストは強いものでも50やそこらだ。ここに、意識を集中させるための境界が200の地点で設けられている。

 

 通常の『無窮ノ晄』と『虚儚斯譃淵』を合わせて使っても、総コストは60前後となって200には届かない。つまりは同時に扱うことが出来るということだ。しかし2割の呪力出力である『無窮ノ晄』を使用した場合、コスト限界の200に到達する。これ以上は、使用している技に意識が持っていかれるため『虚儚斯譃淵』の同時使用が出来なくなるのだ。

 

 普通の強い攻撃をする分には問題ない。だが2割以上の呪力出力を使用する場合に限り、()()()()()『虚儚斯譃淵』が解除される。攻撃が終われば再展開されるので、言うなれば龍已が埒外の攻撃をしてきている時だけどんな遠距離攻撃も通せるということ。

 

 しかしよくよく考えれば、無理に等しい訳だ。龍已の呪力出力の2割が飛んできている最中、防御も回避も考えず攻撃に出るなど。そんなことをすれば、魔虚羅のように跡形も無く消し飛ぶことになる。そして1番誤解を招きやすいことがある。

 

 

 

「忘れちゃダメだからね。龍已の呪力出力の上限は完全に理外の理にある。2割って聞くと大したことないように思えるかも知れないけど、()()()()()呪力出力2割だから。廃病院消し飛ばした『天ノ晄』で大体3分(3%)。山を消し飛ばすような『無窮ノ晄』で5分(5%)くらいだよ」

 

「……つまり、龍已さんの術式を使った今までの攻撃は、どれも全く本気ではなかったと?」

 

「そうだよ。逆算すると、2割の呪力出力で放たれる『無窮ノ晄』なんて、耐えられる人居ないんじゃないかな。()()()()()()()

 

「……そういうことか。アイツが、ンなもんぶっ放したら周りの被害がとんでもないねェから使わねーのか」

 

「うん。そういうこと。だから僕も見た事が無いんだ。けど撃つ瞬間は解る。横には撃てないから、恐らく真上に向かって撃つ。相手はそれを撃つに相応しい人じゃないとダメだから伏黒君……あ、恵君ね。君の奥の手をそこで使わせてもらうよ」

 

「……アイツですか?」

 

「そう!君の奥の手を餌に、準備しておいたものを龍已に向ける。もしかしたら第六感で回避される可能性もあるから、釘崎さんは渾身の『共鳴り』入れてくれる?君専用の呪具を造ってあげるから」

 

「えっ!?♡」

 

 

 

 計画通りだった。魔虚羅と戦わせる事で、適応された後に適応ごと消し飛ばしにかかるだろうことを予測し、尚且つ呪力出力の2割以上を使うことも予知した。真上に放つしかない『無窮ノ晄』だが、完全な無防備を晒す。もちろんそれは龍已自身も解っていた。だから何が飛んできても対処できるように警戒はしていたのだ。

 

 しかし龍已にも対処出来ない速度というものがある。普段の龍已ならば防ぐ事が出来ただろう。『虚儚斯譃淵』さえ展開していればなんてことはなかった。だが防げるからと言って避けられる事とはまた別の問題だ。虎徹が耳に付けたイヤホンと繋がっているのは、京都に居る禪院真依だった。

 

 

 

「有効射程ギリギリ──────良かった、当たって♡」

 

 

 

「……ッ……ぶッ……ごぼッ……ッ!!」

 

 

 

 ──────何だ?何が飛んできた?何にやられた?察知すら出来なかった。危機を感じ取った体が反射で回避したから左上半身で済んだものの、それが無ければ胴体が全て持っていかれていた……。傷口の消失具合と角度から計算すると……直線状に京都……京都から此処までの射程距離を持つ攻撃だと……?

 

 

 

「君のためだけに造ったレーザー兵器だよ。約1ヶ月間掛けてチャージした太陽光を凝縮して光線状に放つことが出来るんだ。1発だけだけど。さて、あと2発ぐらいなら『共鳴り』を打ち込めるかな?普通の攻撃とは勝手が違うから『慣れる』まで時間掛かるよね?じゃあ──────畳み掛けて」

 

 

 

「──────黒閃ッ!!」

 

「──────『共鳴り』ッ!!」

 

「──────『(ぬえ)』ッ!!」

 

「──────『月輪』ッ!!」

 

 

 

 国際的な標準値として定められる299792.458km/sec。毎秒約30万キロメートルの速度であるとされる光速。太陽の光を1ヶ月間掛けて充填し、貯蓄された光に指向性を与えて放つことができるというレーザー兵器である。これがあるのは京都。撃ち手は真依だった。

 

 この作戦を考えついた時、虎徹は既にこのレーザー兵器を呪具として製作していた。そしてこれは、真希に特別特級呪具を使用する際に京都に居たことに起因する。実はあの後、設置する場所を考えながら、真依に撃ってもらえないかの打診をしていたのだ。龍已を除いて狙撃技術が高いのが真依であった。

 

 超高倍率のスコープと重力計算は全て呪具がやってくれる。後は照準を定めて来たるときに撃つだけ。合図は繋がっている電話で出される。そう、本来は呪術師の戦いで電波は繋がらない。帳を降ろしてしまい、副次的効果で電波障害が発生するからだ。しかし此処は龍已が見つけた無人島。故に誰も居らず、帳を降ろす必要が無かった。

 

 

 

「──────反転術式は使わせねェ」

 

「がッ……ぁ゙あ゙……ッ!!!!」

 

 

 

 甚爾に押しつけられるスタンガンの形をした呪具。見た目とは裏腹に雷のような超電圧を叩き込む呪具により思考が儘ならない。思考能力を奪われると反転術式が使えないことを、虎徹は知っていた。遠距離ではない直接攻撃なので『虚儚斯譃淵』の効果範囲外。ぼやける頭で反撃をしようとしても、『共鳴り』が体を硬直させる。

 

 動けず、満足に動ける肉体でもなく、更には超電圧で思考能力を遮られる現状、一行が集まり龍已に攻撃を見舞った。呪力が黒く光り、膂力に任せた特級呪具『游雲』が叩き込まれ、薙刀で斬り裂かれ、7対3の割合を強制的に弱点とされ鉈を打ち込まれ、電撃を纏う鵺の翼に殴られ、反転呪法により反力をも攻撃に変える殴打を受け……大きく抉れた彼の体は死へと着実に進んでいた。

 

 片方の肺が消し飛んでいる所為で呼吸も儘ならなく、心臓すらも露見する寸前。左腕は左胴体諸共吹き飛ばされ、大量出血と電撃により頭が働かない。トップレベルの攻撃力を持つ者達の攻撃を雨のように食らい、袋叩きにされている。それを見ているしか出来ない虎徹と家入は、人知れず拳を強く握って唇を強く噛んだ。

 

 あの龍已が……あの黒怨龍已が袋叩きにされている。見る限りでも敗北が濃厚。反撃の隙も与えず、速度と手数で潰されようとしている。一撃一撃が致命傷だというのに立っている方がおかしい。でも、時間の問題だ。彼はやがて死ぬ。呆気なく、自分達呪術師の手によって。そんな状況で、彼は血を吐きながら嗤っていた。

 

 

 

「ぐぶッ……げぼッごぼッ……は……ッ……ははッ……ふふ……はは……はッ……」

 

 

 

「……何かおかしい。天切さん」

 

「うん──────何かやろうとしてる。全員一旦引いてッ!!」

 

 

 

「素晴らし……い……強く…なったな……()()………」

 

 

 

 

 

この程度ではまだ、敗けてやれんな

 

 

 

 

 

 呪術師としての黒怨龍已の奥の手が領域展開なのだとすれば、黒怨無躰流最終継承者としての彼の奥の手は、また別にあることになる。使ったことは片手で数える程度。だが練度は最も高く、黒怨無躰流を以てしても“禁忌”として扱われた唯一の技。

 

 黒怨無躰流開祖である黒怨源継でさえも十全に扱えなかったという、本当に使い熟せた者が居ない継承()()()()()()()黒怨無躰流の奥の手中の奥の手。その名は──────

 

 

 

 

 

 

「黒怨無躰流()()─────────」

 

 

 

 

 

 







特級呪具『(くろ)縛鎖(ばくさ)

見た目は黒いだけの何の変哲もない鎖。龍已の呪力を込めながら製作されたことで、龍已の呪いと良く馴染む。そのため呪いの浸透率が高く、呪いを込めれば込めるほど頑丈になる。触れている間行動力が半減する術式効果を持ち、この行動力には逃げ出そうとする行為も含まれるため、ただでさえ龍已の莫大な呪いによって強化された鎖を、半分となった抵抗力で破らなければならない。

素の頑丈さは、両端を大型旅客機に繋いで引っ張っても千切れない。

値段は推定3億円。

※試作品を龍已は呪力ありの腕力で千切ったことがある。




対怨用超光高圧縮砲

世界初のレーザー兵器。1ヶ月の光の吸収を経て、撃てるのは1発のみ。ただし、その代わりに直線上の物体は集束された光によって消し飛ばされる。呪具として生み出された、対龍已用兵器。光は光速で飛来するため、避けることは不可能。

だが、龍已は長年の戦闘の直感と第六感が働き、寸前のところで回避行動に入った。そのため、上半身の左半分のみの被弾となる。




八握剣異戒神将魔虚羅

通称、魔虚羅。十種影法術の中で最強の式神。背中にある法陣が回ると受けた傷が癒え、倒されたときの攻撃に対する耐性を得る。腕に備えられた退魔の剣は対呪霊用に特化しており、龍已が呪霊だった場合は最初の一撃で消し飛んでいたほど。

攻撃力と防御力が凄まじく、その膂力は拮抗しつつも龍已を弾き飛ばすほど。適応する能力を持っているが、完全な適応ではないため、適応した後であろうと消し飛ぶ程の高威力な攻撃を受けると死ぬ。

強すぎて調伏できた者は居ない式神。巷では愛称としてマコちゃんと呼ばれているらしい。




伏黒恵

原作でちょいちょい魔虚羅召喚しようとしていた、結構危ねー奴。龍已が消し飛ばしたので強いイメージ無いかも知れないが、過去に五条と同じ六眼無下限抱き合わせを殺している。なのでそんなものを呼んだら、相手は殺せるが自分も死ぬ自爆技になる。

龍已のことを兄が居たらこんな感じなのだろうかと、何度も思っていた。小さな頃から面倒を見てもらっていたので、彼に対して魔虚羅を呼び、調伏の儀に巻き込むこと自体心苦しかった。




釘崎野薔薇

黒怨龍已の天敵。唯一、何の小細工も無しで『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』を無視して本体に直接ダメージを与えることができる。効果が効果なだけあって『慣れる』まで時間が掛かる。

『共鳴り』は相手の部位や実力差によって効果が変わる。龍已を相手とした場合、介するのは髪の毛なのであまり繋がりは強くなく、2人の間には隔絶とした力の差があるが、特級呪具にも匹敵する金鎚の威力底上げにより、龍已にも有効なダメージを与えることに成功している。

1つ数千万は当たり前の天切虎徹製呪具を貰えて感激した。直接金鎚で殴ってダメージを与えることが出来なくなる代わりに、直接殴らない打撃に威力を上乗せする術式を持つ金鎚を貰った。感激しすぎて『カナちゃん』と命名した。柄のところにピンク色の♡に釘が刺さっているマークが入っている。

無料で貰ったが、買おうとすると2億7200万する。




天切虎徹

誰も知らなかった、龍已の『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』の秘密を知る唯一の人物だった。釘崎以上に龍已の天敵。術式に関する事や考え方など、ありとあらゆる事を彼に話しているので、龍已の事について知らないことの方が無い。

世界で初めて実用的なレーザー兵器を造り出してしまった人。他者の手に渡らないように、対怨用超光高圧縮砲を1発撃つと自壊する仕組みを作っていた。なので世界がレーザー兵器が生まれていたことを知ることは無いが、本来なら歴史に名を刻んでいた。




家入硝子

龍已がボロボロになりながら袋叩きにされるところなど初めて見たし、見たくなかった。唇を噛んだ際には血の味がした。




黒怨龍已

『虚儚斯譃淵』を大まかに分けて3段階で使用していた。相手の攻撃が強力であればあるほど、攻撃的な術式行使が出来なくなる。そのため、攻撃を入れられるのは、2割以上の呪力出力で呪いの光線ぶっ放している時だけ。

制御が完璧の癖に出力のリミッターを母親の腹の中に置いてきてしまった人。山を消し飛ばす『無窮ノ晄』で5%の出力。2割で直径2キロ近い極太の光線になる。横向きには撃てないので、真上に撃つしか無い。真横に撃つのは、全て消し飛ばそうとするときだけ。

天与呪縛の制限により高い呪力出力を得たが、実力が相当だった事もありふざけた呪力出力上限になってしまった。加えて完成したことにより、完成前とは更に比較にならない。人生で本気の『無窮ノ晄』を撃ったことが無い。




黒怨無躰流

唯一の奥義は歴代()誰も扱えた者は居ない。ただ、奥義として継承されていただけ。

しかし部分的には使うことができ、その強さから黒怨無躰流を以てしても“禁忌”の術とされていた。



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第六十二話  奥義



最高評価をしてくださった、まかろにさらだ sana1022 Tomb0508 さん。

高評価をしてくださった、まうまうずい さん。ありがとうございます。





 

 

 平安初期から存在する黒怨無躰流。あらゆる武器を使い、極め、手数で敵を翻弄し、反撃の隙も逃げる隙すらも与えず、常に追い詰めに行き、必ず殺すことを目的とした殺人術。敵に背を見せず、逃げないことから黒怨の血筋は凶人と呼ばれていた。

 

 飛び道具を使わず、己の強靭な肉体と、重ねて研鑽を繰り返した技術が全てのこの武術には、たった1つだけ奥義が有った。そしてその唯一の奥義は、1000年以上の長い歴史を全て遡っても、扱えた者は誰1人として存在していない。

 

 黒怨無躰流の初代にして開祖である黒怨源継は、龍已を除いて最高の才能と肉体に恵まれていた。彼あってこそ黒怨無躰流ありとさえ言える人物。しかし、そんな黒怨源継でさえ、奥義を使い熟すことができなかった。半分の力さえも引き出すことができず、継承していくしかなかったのだ。

 

 代を重ねても、才能溢れる継承者が生まれても、この奥義だけは1人も、たったの1人も十全に扱えなかった。だが、使うことはできた。使い熟せずとも、奥義は皆が使えたのだ。ただその際に、どれだけ引き出せるのかの違いでしかない。

 

 最も修得難易度が高く、最も扱えた者が居ない黒怨無躰流の奥義。それは、1度使えば万人を殺すとされている。半分の力も引き出せなかった初代の黒怨源継は、この奥義を使って一刻(約30分)の間に1万人以上撲殺したとされている。正式な記録は無いが、戦争の中で、戦場を動き回る黒い線が見えたと話す者が居たそうだ。

 

 半分以下の力でそれだけの実績を積んでいる奥義。黒怨無躰流の歴史で使い熟すことができた者が居な()()()御業。だが、長い歴史の中で研ぎ澄ました怨念は、最高最強の肉体と才能を持つ怪物を生んだ。継承者達が10%やそこらの修得率で、高くて20%だった。あの黒怨源継で40%である。

 

 

 

「黒怨無躰流奥義──────」

 

 

 

 最後の黒怨。完成した怨念の怪物。黒怨無躰流最終継承者、黒怨龍已は……100%。唯一の奥義であり、唯一誰にも使い熟せなかった奥義を、唯一我が物とした傑物。彼はこの奥義を数える程しか使ったことがなかった。あまりに圧倒的で、強すぎたからだ。

 

 自分の力に溺れそうになるのを、彼が危惧するだけの力を秘めた奥義を、使った。凝縮した光の光線で肉体を欠損し、呪術師に囲まれて袋叩きにされている中で、彼は笑いながら使った。彼等にならば、使っても良いだろうと。見せるに値すると認めたのだった。見よ。そして恐れよ。これが総てを怨む怨念達の創り出した最強の牙である。

 

 

 

 

「──────『黒躰(こくてい)』」

 

 

 

 

 継承だけはされていった奥義。生まれて間もなくから、特殊な筋肉の付け方を行っている黒怨一族。その特殊な筋肉配列は、確かに素の身体能力向上もあるが、この奥義を使った際の伸び代を爆発的に上げる為の土台作りでしかない。不完全でも、使えば万人を殺す必殺の御業。

 

 黒怨龍已の肉体が、黒く染め上がっていく。怨念により黒く染まってしまった呪力と相まって、彼は何もかもが黒くなった。皮膚も何もかもが黒い。光の光線で抉られた肉の断面も、全てが黒くなっていた。露出した心臓も黒くなる。色が変わっていないのは、血液の赤色と眼球の白眼部分だろうか。

 

 足先から指先まで、黒くなった龍已に、言葉で表せないものを感じ取る面々。虎徹の言葉を聞いて反射的に下がった者達は、彼の異質さに息を呑むばかり。術式でもなく、呪具の効果でもない。純粋な肉体の変化だった。人の肌があれ程黒くなることがあるだろうか。何が変わったのだろうか。何をしているのだろうか。湧いてくる疑問は様々だ。

 

 不可思議な光景であるが、眺めてばかりではいられない。今の龍已は反転術式がスタンガン型の呪具によって痺れさせられてできない状態だ。決めるなら今しかない。そこで甚爾と真希が目だけを合わせて、同時に駆け出した。何かがあった際に超人的な肉体で対応することができるだろうと思ってのことだ。

 

 全速力で駆け出して距離を詰める。その間も龍已に動きは見られない。相変わらず上半身の右側が大きく抉れ飛んでいる。痺れで動けないのか、その場から動こうとはしない。甚爾と真希はそれぞれの獲物を構えた。薙刀と3節棍。薙刀は脚を狙い、3節棍の『游雲』は顔側面を狙って振り抜かれた。

 

 

 

「……おいおい。冗談だろ」

 

「かっ……てェ……ッ!!」

 

 

 

 薙刀は刃の部分を使った。脚を斬り落とすつもりで振った。少しでも避ける動作を作らせるためだ。そこを甚爾が詰めるなりして『游雲』を振り抜くという作戦だった。しかしそれは、微動だにしなかった龍已によって崩される。そう、彼はその場から一切動いていない。指先すらも動かしていないのだ。棒立ちのまま、受けただけ。

 

 脚に振るわれた薙刀の刃は、脚に触れた部分から罅が入った。使用者の膂力によって威力が倍増する『游雲』は、顔の側面を完璧に捉えて打撃を入れたが、弾き飛ばされる事も無く、毛ほども動きを見せない。まるで、絶対に動かない物質を叩いたかのような、意味の解らない感触に、2人はコンマ1秒だけ固まった。そこを突かれた。

 

 

 

「づァ……ッ!?」

 

「ぐッ……ごぼッ……ッ!?」

 

 

 

「……は?」

 

「何が……起きた?いや、何をしたんだッ!?」

 

「ダメです。私には見えませんでした」

 

「ま、真希さんッ!!」

 

 

 

 何も見えなかった。見えなかったのに、事は既に起きていた。宙を舞う腕と脚。弾き飛ばされた、それらを失っている体。甚爾だった。甚爾の右腕と左脚が宙を舞っており、彼の体が弾き飛ばされていた。対して、傍に居た真希が1番重傷かも知れない。彼女の腹には、龍已の黒く染まった腕が深々と貫通していた。

 

 殴ったのだろう、握り込んだ拳が背中から出ている。呪力から脱却して超人となり、鋼の肉体を手に入れた真希の体を易々と貫通していた。龍已の右腕がだ。腕が貫通している真希は、大量の血を吐き出しながら貫いている腕を掴み、引き抜こうとしながら驚愕していた。

 

 光の光線により抉れていた肉体が、完治していた。瞬きをもしていないのに捉えられない動きをしたかと思えば、彼の体は完全に元の状態へ治っていた。それも、黒く染まっている状態である。まるで映像のある場面から場面へ過程を飛ばしているよう。

 

 いつの間にか取り溢していた薙刀が、龍已の足元に落ちている。爪先で地面を軽く叩くと、その衝撃だけで刃が欠けた薙刀が起き上がった。彼はそれを左手で握る。軽く握ったように見えて、長い柄に亀裂が生じた。瞬間的にマズいと察した乙骨と五条が動いた。左手の薙刀を振り上げる。腹に腕を貫通させている真希を、そのまま殺すつもりだ。

 

 天罰の如く振り下ろされた薙刀は、幸いなことに真希に当たることはなかった。刃が届く前に、龍已が持つ柄部分が砕け散ったのだ。軽く握っただけで、黒く染まり超強化された肉体の握力に負けて罅が入っていた。大きな罅は振られた威力に負け、結果的に真希へ刃が到達する前に柄が完全に砕け散った。

 

 受け止められるでもなく、横槍が入るでもなく、振っただけで砕けるとは流石に思わず、通常時の腕力と奥義を使っている場合の腕力の差異に認識の違いが生まれた。要は慣れていなかった。だが()()()()()。次はこんなミスは犯さない。龍已は()()()()()()()()()()()右腕を見下ろしながら、左手で右前腕を撫でた。

 

 

 

「──────五条先生ッ!!」

 

「大丈夫!柄が砕けて刃は届いてない!絶対おそらく多分ホント!」

 

「どっちですか!?」

 

「伏黒先生の腕と脚持ってきた!」

 

「真希とオッサンは硝子に治してもらって!悠仁!特急でお願い!」

 

「おう!!」

 

 

 

 甚爾と真希を除いて最も足が速く、高い膂力を持つ虎杖に指示を出す。2人を抱えて後方で控えている家入の元へ一直線に疾走していった。ゆっくりと、しかし急ぎめで横にされた甚爾と真希に手を翳す家入。反転術式のアウトプットを行える数少ない人物である彼女の力により血は止まり、筋肉や血管、皮膚が繋がっていく。

 

 どちらも重傷と言えるので少し時間が掛かるが、治せないことはない。甚爾に関しては腕と脚をもがれているのだが、細胞が死んでいく前に回収されて接着が行われているのでギリギリだった。もう少し遅かったらくっ付かなかったかも知れない。

 

 治療を行いながら、家入は先程まで見ていた龍已の変化した姿を思い浮かべていた。全身の皮膚が黒く変色していた。肉の断面から表面だけでなく、筋肉も黒へと変化していた。距離があって離れていたが、そこまでは目視で確認出来た。あれは異常だ。細胞が黒くなるなんて聞いたことも無い。

 

 何らかの病気ならば有り得る。斑点模様になっていたり、痣になっているならまだ分かる。しかしあれは違う。意図的なものだ。どうやっているのかは皆目見当が付かないが、分かった事が1つ。それは、明らかに黒くなる前と後では戦闘力が格段に違うということ。加えて、肉体の耐久性……と言えば良いのだろうか。刃を一切通さない硬さを獲得していた。

 

 こんな龍已は知らない。だが虎徹ならば知っているのではと思い、治しながら彼の方へ目を向けた。そこには、顎に手をやり至極真剣な表情で龍已の事を睨みつけるように見ていた。その様子を見れば、あの虎徹でさえ知らない手札であったことが窺える。

 

 

 

「あれは……一体何だ?僕ですら初めて見た。体が黒く変色してるし、身体能力が爆発的に上がってる。甚爾さんや真希さんでも捉えきれない速度に、彼等の鋼の肉体を紙のように破る腕力。刃を一切通さない皮膚の硬さ……奥義って言ってたけど、黒怨無躰流の奥義があれなんだ……どうする……今の龍已に何が効くのか……ッ!」

 

「天切さん。この後どうしますか。はっきり言って、今の龍已の強さは異常ですよ」

 

「……そうだね。多分爆発的な肉体の強化があの奥義の力だと思う。なら、取り敢えず五条君に相手をしてもらうしかない。体勢を立て直すんだ」

 

「……まあ、それしかないですよね」

 

 

 

 単純に肉体を強化するだけの奥義。しかしそれは、単純故に脅威でもあった。元より身体能力が超人的な龍已。そこに加えて同じ超人の甚爾や真希でも比較にならない程の域まで強化されたともなれば、物理が基本効かない五条に任せるしかないだろう。他だと、認識するよりも先に頭を潰されてしまう可能性がある。

 

 呪術界最強の五条悟。黒怨一族最高傑作の黒怨龍已。2人の戦いの火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「術式反転──────『赫』」

 

「──────邪魔だ」

 

「あはは。それマジー?」

 

 

 

 虎徹からの指示が入り、黒く染め上がった龍已の相手は五条が引き受けていた。その他は一旦下がっている。いつでも戦闘に参加出来るように準備は整えているものの、2人の戦闘を見ているしかない。下手に手を出そうとすれば、異質な状態の龍已にやられるか、五条の術式の範囲内に入って巻き添えを食らうかだ。

 

 背後に仲間達が控えていることを逆手に、五条は反転術式を応用した術式の反転を行い、弾く力を持つ『赫』を問答無用で放った。その性質から、順転『蒼』の倍の威力があるという術式に対し、龍已は術式反転すら使わず、虚空に向けた蹴りの風圧で『赫』を2つに割った。

 

 掬い上げる後ろ回し蹴りにより、左右に割られた『赫』が地を削り、残っていた木々を地平線の向こうまで吹き飛ばしていった。それだけの威力がある、あの五条悟の技を難なくと捌いて見せた。嘘だと思いたいし、言われても信じられないような光景を見て、術者の五条も笑うしかなかった。

 

 六眼が疲れるという理由で付けている目元だけを覆う眼帯を外し、澄み渡る青空よりも美しい水色の瞳を晒した。呪力を原子レベルで視認するという、世界に1人だけしか持って生まれる事ができないとされる最高の眼。それで龍已の事を視れば、映るのは黒々とした怨念による呪いだった。

 

 黒い濃霧が龍已の全身を包んでいる。彼を守るように見えるそれは、その実彼に力を与えている元凶の怨念。千年を超えて蓄積し貯め込まれた凶人達の牙の集合体。大きさはそれ程でも無いように感じられても、凝縮されているその怨念は恒星の如く。呪術界で乙骨に次ぐ2番目の呪力総量である五条でも、底があるのか疑わしくなるだけの呪い。

 

 肉体を呪いで強化するのには限界が当然存在する。でなければ、呪いが多ければ多いほど延々と肉体を強化できてしまうことになる。仮に無限の呪力があったのだとしても、一定以上は強化できなくなる。つまりはそれ以上の強化が望めない状態だ。この状態に至るまでを強化上限とするならば、龍已の強化上限は五条の強化上限を遥かに上回る。

 

 考えれば誰でも理解出来ること。強い人間が、強くなる術を持つことへの脅威意識。侍の手に刀が渡った感覚。近接戦にて無類の強さを誇る龍已に、世界で最も高い強化上限が備わっている。飄々とした態度で笑いかけている五条の心の中は、焦りに似た感情が渦巻いていた。

 

 

 

 ──────いやぁ、マズいよねぇ?まさか『赫』を術式も使わず生身で凌ぐとか思わないじゃん?この強化状態のセンパイってどんだけ強いのさ。

 

 

 

「センパイ、それ相当体に負担掛かってるでしょー?黒怨無躰流の奥義なんだし、あんま無理しない方がいんじゃなーい?」

 

「反転術式がある。それに確かに負担は()()()

 

「……あー、もしかして」

 

「明らかなデメリットを放って置くわけがないだろう。既に体への多大な負荷は克服している。4日は維持できる。まあ尤も、お前達を相手するのに1日も要らんがな」

 

「……はぁ。センパイって……普通克服できないものまで克服してくるよね。味方ならホント心強いのに、敵になると最悪だよ」

 

「原因はお前達にあるだろう、呪術師」

 

「昔のね!……ごめん、センパイが殺して回った腐ったミカン共も同じか。使い潰すつもり満々だったもんね。学長には悪いけど、半ば無理矢理呪術界に入れたのも呪術師だし……センパイは居心地悪かった?」

 

「……()()()。今となってはどうでもいい。終わったことで、終わることだ」

 

 

 

『赫』を瞬時に展開して刹那に加速する。発散のエネルギーを使った、瞬間移動に近い高速移動。並の呪術師どころか、上位の実力を持つ呪術師の目にも捉えられない速度は、流石は呪術界最強と言うだけある。真っ直ぐ向かわず、不規則な動きをして現れては消えてを繰り返せば、転々と転移しているようにしか見えない。

 

 最速の呪術師を上回る速度と、術式の展開速度。それらを合わせた、まさに神速の移動方法を繰り返し、時が圧縮されてスローモーションに流れていく中で、五条は龍已の視線を切れないことに対して舌を巻いていた。肉眼で捉えることはほぼ不可能の速度に達しているというのに、彼は肉眼で追いかけてくる。

 

 撃ち出された弾丸よりも速く動いているというのに、それを視認しているというのだから恐ろしい動体視力だ。振り切るのは無理かと諦め、フェイントを混ぜながら近づく。『赫』の複数同時展開を行い完全不規則な軌道を描いた。そんな五条が龍已に向けて手を伸ばした瞬間、無限越しの顔面に拳が突き刺さっていた。

 

 動きが全く見えず、反応すらできなかった。変色した黒い拳が無限越しとはいえ五条の顔面を捉えている。無限が無ければ、今頃五条の非常に整った顔は消え失せ、首から上が無くなった死体が1つ出来上がっていたことだろう。そして、それが容易に想像できると共に不可解だった。彼の拳が、無限に阻まれたこと。

 

 領域展延を行えば、圧倒的なまでの呪力差で無限は紙のように破れる。代わりに生得術式が使用できないとはいえ、今のこの状況ならば最強の呪術師五条悟を殺せた。それをしなかった理由は何故か。五条は一瞬考え、目を細めた。

 

 

 

「センパイひどくなーい?いつでもオマエ殺せると暗に言っておきながら、僕のことをサンドバッグ扱い?」

 

「滅多に使う機会が無いからな。それに、これは警告だ。今諦めるというのならば苦痛無く終わらせよう。一切の痛みが無いことを縛る。五条で今一度死んだ。ならばその他が死なない理由は無いだろう?」

 

「流石に今のは肝が冷えたよ。やだねー、無限があると届かないって先入観が頭のどこかに巣くってるんだもん。けど、諦めるのはまた別だよね。例え僕より弱くても皆は諦めないし、センパイより弱くてもセンパイを倒すよ。絶対ね」

 

「絶対……──────最も信用できん言葉だな。この世に絶対は無いッ!」

 

 

 

 龍已の体が一瞬霞み、五条の体が数メートル後退する。体が軽くくの字に曲がっている事と、右腕を伸ばして掌底を繰り出した後の姿勢になっている龍已を見れば、今の一瞬の内に攻撃を入れたというのは察せられる。ダメージが無いことから、今回の攻撃も五条の無限に阻まれているのは確実だろう。しかし、無限越しにまたしても攻撃が入っている。

 

 いつ領域展延を行い、無限を破るのか定かでない状況で、無闇矢鱈に龍已の攻撃を受けるのは推奨されない。阻めるものと考えていて、無限が破られた場合、今の龍已の膂力を考えれば、鋼の肉体を持つ甚爾と真希が耐えられない一撃で絶命しうる。それに、確実に殺せるように頭を狙うだろう。

 

 数メートル後退した五条は腹部、鳩尾辺りを擦って顔を上げ、くの字になっていた体勢を元に戻した。いつどこにどんな攻撃が来るかを見定めようとしたのだが、あまりに膨大な呪力により攻撃の予兆が読めず、速過ぎる攻撃で目が追いつかない。身構えていれば、攻撃は既に叩き込まれていた。

 

 

 

「領域展延を使っていれば、お前は今1()4()7()()死んでいた」

 

「……ははっ。マジでその奥義出鱈目じゃない?」

 

「これもまた、お前達呪術師が招いた結果だ。何も無ければ、何も無かった。黒怨無躰流は殺人術ではなく、活人術にも、単なる数ある武術の1つにさえなっていただろう。俺()とて初代が創り上げた黒怨無躰流を、怨念晴らすためだけの道具にしたくない。これは本来……大切な家族……恋人……そして、友人。それらを守る為のものだ。怨念を晴らすために編み出した訳ではない。力無き俺達が苦渋を味わい、陰で生きることを強いられ、虐げられながら研いだ、呪術師に対抗するための……俺達に赦された、たった1つの牙だ」

 

「呪力も術式もセンパイ持ってるのに?」

 

「縛りにより、呪術師を殲滅できる力を持った代に、相応しい力が備わるようになっていた。千年以上の時を掛け、備わったもの。本来は術式も宿らなかった可能性すらあった。だが呪術師の力が強くなりすぎた。呪術師を殲滅するには、術式も必要だった。だから俺に備わった。積み重ねられた怨念は呪いとなって宿り、術式が発現した。全ては、呪術師のこれまでの行いだ」

 

「罪の無い呪術師も居るよ。それはセンパイならよーく分かってる筈だよね。恵や悠仁。野薔薇。七海。歌姫。憂太も真希も……幾らでも居るさ。呪詛師は最悪皆殺しにしてもいいとしても、彼等のようなこれからを作っていける善の芽も摘むつもり?」

 

「呪術師に例外は無い。呪詛師は既に殺し尽くした。残るは呪術師のみ。お前達を殺して呪術界を消す。この世界に『呪術師』は必要ない」

 

「じゃあ、仮に呪術師を皆殺しにしたら、センパイはどうするつもりなの?新世界の神になるーとか言わないよね?」

 

「世界を回すための機構となる。必要ならば術式を持ちながら悪意を抱く者を間引く。発生した呪霊は祓う。それだけだ」

 

「つまんなくない?縛りで殺された人達の寿命が還元されて、千年以上生き長らえるのだとしても、そんな毎日送るつもり?」

 

「──────俺達にはそれしかなく、呪術師の殲滅に全てを賭けた。ならば終わった後、普通の生活ができなくなろうと、それを良しとするしかない。俺達は、それを承知の上で次代へ繋いできた」

 

「そんなの……」

 

 

 

 そんなのは生きてるとは言えない。そんなのは、あまりに悲しいだろう。人として生きることを諦めている。呪術師の殲滅に、息子、孫、曾孫……それ以上の末代まで繋ぎ、たった1つを目指して生きてきた。いつ生まれるか分からない、怨念の救世主。それを誕生させ、継承してきた全てを授け、呪術界に積年の怨念を降り注ぐためだけに。

 

 本当の黒怨無躰流は、大切な者達を守るためだけに生み出された武術。そのためならば手段を選ばず、結果的には殺人術にはなれど、明確に人を殺すため創られた訳ではない。普通に生きていれば、呪術師が余計なことをしなければ、普通の暮らしをしていただろうに。膨れ上がり過ぎた怨念は、これまでの呪術師の行いそのもの。

 

 悲しい生き方をしなくてはいけなくなったのは、呪術師が黒怨無躰流を千年以上虐げてきたからだ。悲しい生き方だが、そうさせたのは呪術師であり、呪術界だ。それを分かっているからこそ、五条は悲しい生き方だと口にできなかった。口にできる筈がなかった。それを言ってしまえば、黒怨龍已を、黒怨一族を下に見ていることになるから。

 

 

 

「話はもういいか?『黒躰』を使っているときの体の感覚には完全に慣れた。お前をサンドバッグにする必要はなくなった。ここからは──────()りにいくぞ。呪術師最強。五条悟」

 

「……ふーッ」

 

 

 

 ──────マズいんだよなぁ。センパイの動きがまるで読めない。しかも見えないし、呪力の流れも呪力が膨大過ぎて全然判んない。今からの攻撃は領域展延で無限を破ってくる。ワンチャン死ぬよね、僕。

 

 

 

「──────って、訳にもいかないかッ!!」

 

 

 

 まだ龍已の動きの速さについていけていないのに、当の本人は準備が整ったという。五条は今置かれている状況がこの上なくマズいことを再確認している。しっかりとした足取りで、真っ正面から音も無くやって来る死神。その死神が魂を刈り取る大鎌が、五条の首に添えられている。

 

 思考することを放棄して、ただ術式を発動した。『赫』と『蒼』を合わせることで生み出される仮想の質量を持った『茈』。触れたものを消し飛ばす特異点を、自身の周りに複数展開した。

 

 幾つも展開された『茈』は五条を中心として太陽系の惑星達が行う公転のように回り、高速で五条を守った。近づきすぎて触れれば消し飛ぶ『茈』の防御結界。常人が入り込む余地など無い。……そう、常人ならば。

 

 

 

「『赫』『蒼』『茈』……お前の技は知っている。大凡展開できる数もな。『茈』を盾にするのはいいが、あまりに遅い」

 

「……ッ」

 

 

 

「五条先生ッ!!──────リカッ!!」

 

 

 

「──────わかったぁあぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 複数個展開し、高速で回る『茈』の間を縫って近づき、五条悟に知覚されずに事を終えた龍已。五条は右半身の殆どが消し飛んでいた。素手による攻撃だろうに、まるで巨人の手で千切られたような状態になっている。無限は機能していない。領域展延により無限に穴を開けたのだから。

 

 明らかな重傷により、血を噴き出しながら膝を付く。反転術式が使えるものの、刹那の完治は無理だ。それよりも龍已の追撃の方が速い。背後に立つ龍已が脚を振り上げる。それを見る……いや、見なくても東堂が手を打った。

 

 重傷により無限を解いたことを勘で読み取り、予め呪力を込めた石を後方に投げて手を叩く。東堂の術式が発動し、五条と石の位置が入れ替わった。振り上げられた足が入れ替えられた石に向けて落とされた。空中が塵になり、勢いついた踵落としは地面に叩きつけられた。瞬間、地割れと間違う亀裂が()()()()広がった。

 

 東京ドーム約7つ分の広さを持つ島が、たった1度の踵落としで崩落の危機に瀕している。とてもではないが人間業ではなく、この蹴りを受けていれば、如何に呪術師最強と言えど死んでいただろう。足元が崩れかけてバランスを崩しながらも、乙骨がリカを完全顕現させて龍已に向けた。

 

 東堂が放った石は家入の傍まで飛んで行き、位置の入れ替えが起きて五条に変わる。自身で反転術式が使えるとしても、念のためだろう、東堂の咄嗟の判断により家入の傍に五条が居る。手当は必要かと問う家入に、噴き出していた血を早急に止めて反転術式による治癒を開始する五条は要らないと力無く答えた。

 

 乙骨は祈本里香に呪っていて、既に解呪されているのだが、遺して逝った指輪を通してリカと接続することにより、リカの完全顕現を行うことができる。リカとは外付けの術式であり、呪力の備蓄だ。特級過呪怨霊だった頃ほどではないが、それでも相当な呪力を持つ。

 

 完全顕現したリカは膂力も底上げされ、高い身体能力を持つ虎杖の動きを封じ込めることが可能である。リカは乙骨に出された指示を守るために、単身で龍已の元へ飛んで行き掴み掛かった。大きな体を利用して、両手を使い彼を握り潰さんと掴んだ。ギチギチと音がなるほど強く握り込んでいるが、彼の表情は変わらず。それどころかリカの頭を鷲掴みにした。

 

 

 

「あ゙……ぁ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙あ゙……ッ!!」

 

「弱い。そんな力でよく迫ってこれたものだ。術式反転を使う必要性すら感じないな」

 

「い゙だい゙ッ……い゙だい゙ぃ゙ぃ゙い゙い゙い゙い゙い゙ッ!!」

 

「力比べをしたかったのだろう。お望み通りしているわけだが、この程度で根を上げるのか」

 

 

 

 リカの顔を掴んでいる龍已の手からは、尋常ではない力が加えられている。体の大きさに差があるというのに、それを覆している。体を掴んでいる握り潰そうとしていたリカは、いつの間にか離して顔を掴んでいる龍已の腕に縋り付いていた。離させようとしても外れない。万力なんて言葉では表せない理外の握力に泣き叫んでいる。

 

 式神となったリカと言えど、消されてしまえば暫くの間顕現はできない。そうなると、乙骨の戦闘能力が格段に下がる。それを把握しているからか、五条との戦いで巻き込まれないようにと控えていた者達が一斉に前に出た。その中で釘崎は、藁人形を放り五寸釘に呪力を込めて金鎚を振り下ろしていた。

 

 

 

「芻霊呪法──────『共鳴り』ッ!!」

 

「それは()()()()()。残念だったな」

 

「──────『不義遊戯(ブギウギ)』」

 

「──────それも、()()()()()。詰みだな、()()

 

 

 

 離れているところから、相手に直接ダメージを与える『共鳴り』は、遠距離攻撃を問答無用で無効化する龍已に対抗できる数少ない弱点だった。しかしそれは『慣れる』までの間のみ。驚異的な成長率で対抗する術を身につけた龍已は、釘崎の呪力が弾けて魂にまで影響を及ぼすと同時に、魂を呪力で覆い守った。

 

 普段は知覚できない魂だが、攻撃を受けたことで知覚できるようになり、結果として龍已は魂を呪力で守る術を身につけた。そしてそれは釘崎の攻撃が無効化されたことを意味し、一瞬でも怯ませるつもりが全く怯ませることができなかった。

 

 拾った石に呪力を込めて、散弾のように撒き散らしながら放った東堂が何度も手を叩いて位置替えを行い七海を龍已の傍へ送った。だがその位置の入れ替えも、パターンとして把握し『慣れた』。七海は入れ替わると同時に呪具の鉈を振って、龍已の前腕の7対3の位置を攻撃しようとしてガクリと体勢が崩れた。

 

 驚くほどあっさりと地面に倒れ込んだ七海は訳も分からないといった様子だが、視線を自身の体に向けて納得した。腰から下が無くなっていた。入れ替わると同時に攻撃を仕掛けた七海より早く()()()動いていた龍已の蹴りが入れられ、体が上半身と下半身に断ち切られていたのだ。よって踏ん張りが効かず、7対3の位置に鉈を当てることもできなかった。

 

 

 

「──────次」

 

「くッ……おぉおおおッ!!!!」

 

「式神が俺に使えないとなると、そうするしかないだろうな。魔虚羅が破られた今、お前はこの場に相応しくないと思わないか、恵。そして釘崎。金鎚と釘を失ったお前は他に何ができる?」

 

「がッ……ッ!?」

 

「ぶふ……ッ!?」

 

「そして東堂。シンプルにして厄介な『不義遊戯(ブギウギ)』は手があってこそ。だろう?」

 

「──────ッ!!」

 

 

 

 自身の影を媒介に物の出し入れを行えるようになっている恵は、呪具の剣を引き抜いて立ち向かった。東堂の入れ替えを行いながらの接近なのだが、最早慣れてしまっている龍已に撹乱は効かず、速過ぎて見えない蹴りで呪具の剣は半ばから折られ、膝蹴りを腹に受けて大量の血を吐き出して倒れ込んだ。

 

 釘崎は効かないと分かっていてもやるしかなく、『共鳴り』をもう一度打ち込もうとした。が、それは不発だった。手の中にあった虎徹お手製の金鎚は無くなり、腰に巻いていた釘を入れた袋も無くなっている。その代わりに目の前には、その2つを持った龍已が立っており、反射的に近接に入ろうとした彼女の腹部に掌が当てられた。

 

 掌底でもなく、ただ手を腹に添えただけに思えるそれは歴とした攻撃になり、どこん……という鈍い音が響いたと思えば、釘崎は目元、耳、鼻、口などから血を流し、その場に倒れ込んだ。一瞬で倒れていく一同に、東堂が目を細める。これ以上戦線離脱者を出さないために手を叩き、やられた者達を龍已から距離を取らせようとした。

 

 釘の入ったバッグから釘を2本取り出した龍已が、握り込んだ手で釘を固定し、親指だけで放った。銃で撃たれた弾丸よりも速く飛来した2本の釘は、東堂の手首に当たり、破裂するように手首から先を引き千切った。両手を失った東堂は術式が使えず、位置の入れ替えができない。そこへ飛来する3本目の釘が腹部を捉え、直径20センチ程の風穴を開けた。

 

 

 

「残ったのはやはりお前達か。虎杖。乙骨。反承司。五条」

 

 

 

「黒怨先生強すぎだろ……ッ!」

 

「これが、黒怨先生の実力なんだ。あぁ、ありがとうリカ。皆を家入さんのところへ連れていってあげて」

 

「ゔん゙……っ!」

 

「龍已先生の奥義で、何一つ演算ができない……ッ!」

 

「一気に重傷者が増えたから、硝子の反転術式が間に合わないな。じゃあ少しの間、僕たちでどうにかしないとね。気合い入れてこー!」

 

 

 

「長く持つと良いがな──────領域展開

 

 

 

「零奈は下がってて!──────領域展開」

 

「領域展開──────」

 

「チッ。面倒な縛りをさせおって小僧が。まァ……いい。怨の一族を殺せるならな、ケヒヒッ。──────領域展開」

 

 

 

 領域展開を修得していない反承司を除き、龍已1人に対抗して3者が領域展開をした。3対1の領域の引っ張り合いが発生している。虎杖は生得領域の中で、龍已と戦いたいならば戦わせてやるが、その代わりにその他には絶対に手を出すなという縛りを設けされることで入れ替わった。

 

 熟された黒怨一族の、その更に最高傑作と殺し合う機会は今しか無い。虎杖が死ねば殆どの指を回収した宿儺も死ぬので手を貸さない訳にもいかない。仕方なくといった具合に人格が入れ替わり、体表に幾何学模様を浮き上がらせた宿儺が、殺意の籠もった瞳を向けてゲラゲラと嗤った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────家入さん。死なない程度に傷を治したら、後はもういいよ」

 

「……何故ですか」

 

「戦線に復帰させる必要がないからだよ。最早、この戦いは勝てない。誰もね。龍已はあまりにも強くなりすぎた。強くなるだけのことをしてきてしまった。だったらもう、終わらせるしかない」

 

「…………………。」

 

「勝てないけど、終わらせることはできるよ。……死んでも使いたくなかったよ……()()は。造ったことを心底後悔するくらいの代物だ。でも使うよ。約束だからね」

 

 

 

 寂しそうに虎徹は呟く。呪具を造ってこその天切虎徹だろうに、そんな彼が造って後悔しているという程の呪具。一体どんな物が出てくるのだろうか。言われた通り、命に別状は無い程度に皆の傷を反転術式のアウトプットで治した家入は立ち上がり、虎徹を眺めた。

 

 彼は懐に手を入れる。中にある何かを掴むと手に取り、懐から取り出した。それは箱だった。長方形の黒い箱で、中には何かが入っている。虎徹は溜め息を吐きながら表面を撫でて、何かを呟いた。すると繋ぎ目が無かった箱に亀裂が入り、砕けた。

 

 虎徹の声で、設定した言葉を言わないと絶対に開けられない特殊な箱。その中に入っていたのは、一丁の黒い拳銃だった。寂しそうな表情から悲痛そうな表情に変わった虎徹は銃身を手にしてグリップを家入に向けた。受け取らせるために。

 

 

 

 

 

 

 

 

「家入さん──────君が龍已を救ってあげて」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






五条悟

奥義を使った龍已の動きを捉えられない。六眼で呪力の流れを読もうとしても、呪いが膨大過ぎて読めない。無限を領域展延で破られ、1度重傷を負ったものの反転術式により完治した。

龍已のことを本当に尊敬していた。良い先輩だったので慕ってもいた。だからこそ、今の殺し合う仲が悲しくて残念。本気で勝つつもりでやっていたが、怨念の怪物は強くなりすぎていた。最強は最凶に呑み込まれる。




家入硝子

反転術式のアウトプットで治療をしていたが、一気に重傷者が増えたため治療が間に合わない。虎徹に言われて命に別状が無いくらいには治したが、渡されて手にした黒い拳銃に嫌な予感を感じている。




黒怨龍已

踵落としで東京ドーム7つ分の広さを持つ島を叩き割っちゃった人。……人?(多分)人。黒怨一族の中で、奥義を完璧に使い熟せる唯一の人物。幼い頃、それこそ生まれた時から特殊な修業を繰り返し、普通の人間とは全く別の筋肉配列をした肉体を持つ。

知覚していなかった魂に攻撃を受けたことで知覚し、釘崎の『共鳴り』に慣れた。以降、魂を莫大な呪力で防御しているため術式を弾き無効化している。

一定の呪力を持ったもの同士の位置を入れ替える不義遊戯に関しても、慣れたので完璧に対処できるようになってしまった。多数を相手にしてもその強さは変わらず、怨念の強さを見せつけた。




黒躰無躰流奥義『黒躰(こくてい)

黒怨無躰流に継承されてきた技の中で、最も難易度が高く、最も完全に会得できた者が居ない唯一の奥義。継承しているので使えると言えば使えるが、使い熟せない。龍已を除き最も強かった初代黒怨源継ですら40%の出力しか出せなかった。しかしそれだけで、30分の間に1万人撲殺されたとされている。あくまで噂。

龍已はこの奥義を100%使うことができる。使用した際には全身が黒く変色する。身体能力の爆発的上昇。皮膚の超硬質化。膂力の底上げ等といった、肉体に関する能力が向上する。踵落としだけで島1つを粉々にできる。呪力は殆ど使わずに。

生まれた瞬間から黒怨無躰流の修業が開始されるが、それは黒怨無躰流を修めるためではなく、この奥義の出力を上げるための特殊な筋肉配列にするためのもの。なので、龍已の全身の筋肉は超密度であり、常人の筋肉配列とは全く違うものとなっている。



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第六十三話  黒き怨念よ、去り給え


最高評価をしてくださった、カレラ ハル吉★ マサカの盾 浅草の人 さん。

高評価をしてくださった、弦楽宮 RW_ゴンザレス さん。ありがとうございます。




 

 

 

 

「家入さん──────君が龍已を救ってあげて」

 

 

 

 

 

 懐から出された箱が壊され、中から出て来たのは一丁の黒い拳銃だった。渡されるがままに手に取った家入は、それが呪具であることを察し、何故か分からないが非常に嫌な予感を感じていることを自覚した。

 

 呪具である以上普通の拳銃ではないのだが、この銃は呪具の中でも特別異質であることが、何となく分かる。普通の拳銃と同じくらいの重さなのに、不思議とずしりとした重さを感じる。まるで、それだけ重要で貴重なものであることを、本能が理解しているかのようだった。

 

 静かに困惑する家入に向かって口を開く。虎徹から語られたその拳銃の術式……能力に、彼女は瞠目することとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────詰みだな。五条、虎杖、乙骨、反承司。お前達が相手であろうと、何も変わらん。両面宿儺に体を明け渡したのは予想外だが、最早呪いの王と言えど、俺達の怨念に比べれば小さい存在だ」

 

 

 

 龍已の前には、瀕死の状態で倒れ込む4人の姿があった。形振り構っていられないと、呪いの王である両面宿儺に体を明け渡した虎杖。リカの完全顕現を行い、本来の呪力と後付けの術式を解放した乙骨。演算さえできれば、如何なる攻撃をも反射させることができる反承司。そして呪術師最強である五条。彼等は、一様に倒れ伏していた。

 

 対する龍已に変わった箇所は見られない。皮膚は黒躰無躰流の奥義により黒く染まっている。傷を受けていても、莫大な呪力によって反転術式を最高効率で回し瞬時に治癒する。体力は切れず、呪力切れも起こさない。武器を奪ってもクロからいくらでも提供され、素手で挑めば触れることすらできない。

 

 五条が何時ぞやに言っていた、ゲームのバグのような存在。本来その場に居ない筈のイレギュラーは、あらゆるものが奇跡的に重なった結果、トップレベルの強さを持つ呪術師を、真っ正面から討ち破った。力になれない虎徹と家入を除いた者達が一様に倒れ伏す様は圧巻で絶望的だった。

 

 

 

「ほう……まだ立つのか──────反承司」

 

「はぁ……はぁ……」

 

 

 

 そして、そんな絶望的な中で反承司が起き上がり、よろりと心許ない動きで立ち上がった。着ている制服は所々が破れ、左腕から出血をしている。右手で押さえてはいるものの、腕や制服を伝う血が重力に従い地面に落ちていく。額からも血を流し、目の中に入って視界をレッドアウトさせている。

 

 乱雑に目元を拭い、反承司は龍已を見ている。決して視線を外そうとせず、睨みつけるが如く視線を飛ばす。龍已は今にも倒れそうな反承司に色褪せない戦闘の意思を感じた。まだ戦うつもりの反承司に憐れな者を見る目を向ける。表情は変わらず、彼の寄越す視線だけが哀れみのそれへと変わる。

 

 一歩踏み出すのに意識を割かなければ倒れ込んでしまいそうな程、今の反承司はダメージを受けていた。術式を使用するのに演算をしても、龍已の打撃1つ真面に演算できなかった。どれだけの力が加わるのか、見た目だけで判断できなかったためだ。かと言って受けたからと演算ができるわけでもなし。

 

 彼女の目は虚ろだった。辛うじて意識を保てていると言っても過言ではなく、最早龍已の敵なり得る状態にない。龍已はただ立っているだけ。それだけで、歩いて向かってくる反承司が前のめりに倒れ込んでしまった。やはり力尽きたかと、人知れず溜め息を溢す。そんな彼へ近づくもう一つの影。

 

 

 

「次はお前か?──────家入」

 

「硝子って呼べって言っただろ、龍已」

 

 

 

 非戦闘員の家入だった。反転術式のアウトプットができる数少ない人物故に後方に控えていなければならないのだが、危険を冒して前に出てきた。彼女は戦えない。戦う術を持っていないからだ。護身術くらいならばできるが、その程度では到底龍已には適わない。そんなことは重々承知している。

 

 呪術師最強の五条悟。呪いの王である両面宿儺。日本三大怨霊の一人である菅原道真の子孫で、莫大な呪いを宿す乙骨憂太。現役の1級呪術師を合わせてもトップレベルの実力を持つ若き天才術師、反承司零奈。それらを1度に相手にしながら打ち勝つような、怨念の怪物。それを前にして、家入は退かない。

 

 右手に握るは黒色の銃。何の変哲もない、妖しい雰囲気を醸し出すだけの銃だ。龍已は首を傾げる。それで相手をするつもりかと。『黒躰』を使う前の状態でも、撃たれた後で撃ち出された弾を避けることも、受け止めることもできた。今では、受け止める必要すらない。黒い肌は、弾丸をも通さない。

 

 1度目を伏せ、家入は大きく息を吸い込んだ。そして右手の黒い銃を持ち上げる。銃口は当然龍已に向けられる。やはり撃つつもりか。そう言っているような気がする。それに肯定するように引き金へ指をかけた。撃ちたくないという思いを抱きながら、家入は……引き金を引いた。

 

 撃ち出される弾丸。爆薬によって弾き出された、表面に幾何学模様が刻まれている弾丸は狙い通り龍已に向かって飛んで行った。高い動体視力により視認し、受ける理由も無いことから、最小限の動きだけで避けた。弾は当たることなく、確かに龍已の横を通り過ぎていった。やはり当たらなかったな。そう口にしようとして()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「──────ッ!!!!」

 

()()()当たったな」

 

「……何故当たった。確かに避けた筈だ。それどころか……貫通した」

 

 

 

 それに加え、上腕の骨を砕いていった。避けた筈の弾は、知らぬ間に龍已に当たっていた。そして、黒く変色して超硬度を誇る彼の皮膚を易々と突き破った。激しく響く痛みに、幻覚の類でないことを知る。確かに飛来し、被弾し、骨を砕いていった。上腕の骨を砕かれたが故に力が入らず、大量の血を流しながらだらりと垂れ下がっている左腕。

 

 まあ、何が起きたのかはこれから知っていけば良いだけの話。龍已は負傷した左腕を治すべく、呪力と呪力を掛け合わせてプラスのエネルギーを作り出し、腕を治した。……筈だった。傷口が塞がらない。反転術式を使用しても、穴が開き、血が流れ、折れた腕の骨が一向に治らない。

 

 瞠目し、もう一度反転術式を使う。治らない。右手で左腕を掴み傷口を見る。骨が折れているので、内部からパキリと音が鳴り、更に激しい痛みが走るが、それよりも治らない原因が知りたい。が、傷口に何か細工された訳でもないらしい。意味が分からず、腕の傷が治らない。

 

 困惑する龍已を余所に、家入が2発目を発射していた。龍已に向かって放たれる、不可思議な力を持つ弾丸。避けたはずが避けられなかったことを考慮し、術式に反転術式のプラスエネルギーを流し、術式を反転させた。自由から不自由の強制。4.2195メートルを境に、遠距離攻撃の全てを無効化する。……が、弾丸は止まること無く龍已の右太腿に当たり、大腿骨を粉砕した。

 

 

 

「──────ッ!?『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』を通り抜けた……だと……?」

 

「防げないんだな。そして治せない」

 

「…………………。」

 

 

 

 折れた大腿骨によりバランスを崩して膝を付く。左腕。右脚を負傷したので満足に動くことはできないだろう。たかだか弾丸1発で脚が使い物にならなくなってしまった。反転術式で治そうにも、やはり傷は治らない。傷口から流れて止まらない血を眺め、家入が持つ銃の異常性を認識した。

 

 装填されている弾を合わせて、残るは3発。それを撃ちきった時、龍已がどうなってしまうのかは想像に易いだろう。最早龍已のためだけに造られたと言っても過言ではない呪具に眉を顰める。

 

 どうにか膝立ちから立ち上がった時、3発目が放たれる。弾丸は遠距離を許さない4メートルという領域内に入り込み、左脚の太腿を貫いた。またしても大腿骨を粉砕していく弾丸。立っていられず、うつ伏せに倒れ込む。あの黒怨龍已が、戦う術を殆ど持ち合わせていない家入の撃つ銃に翻弄されるなど、何かの夢にしか思えない。

 

 最低限の傷を治されただけで、今の龍已と同じく倒れ込んでいる虎杖を始めとした者達は、目を丸くして驚きを露わにしていた。そして次に見るのは、これを造り出せるだろう唯一の人物、天切虎徹。そんな渦中の彼はと言うと、静かに涙を流しながら、手を血が滴るほど強く握り締めていた。

 

 

 

「くッ……脚が……ッ!」

 

「……まさか、()()お前に銃を向ける日が来るとは思わなかったよ。本当に不快な気分だ」

 

 

 

「天切さん……ッ!あれは、どういう呪具なんですか……ッ!」

 

「Mr.黒怨の術式反転の効果を全く受けていないところを見ると術式無効化に思えるが、避けたはずが次の瞬間には当たっている。不思議なものだ」

 

「……戻る術式だね」

 

「戻る……?」

 

「……流石は六眼。その通り。あの呪具に施したのは戻るという術式。なんてことはないでしょ。設定された状態に戻ろうとするだけのものだよ」

 

「設定された……?黒怨先生が撃ち抜かれた状態が設定された状態ってことですか?……そんなことが可能なんですか……?」

 

「無理だよ。1から呪具を造ったとしても、龍已の()()()()()()()()()()()()()設定することはできない。元のデータが一切無いからね」

 

「え……?」

 

「じゃあどうやって造ったンだよ」

 

「……君達は、生かされてたってことだよ。完成する前の、僕たちが1番良く知る黒()龍已にね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒()龍已は屈強な男だ。呪術師ならば大体がそう思うだろう。肉体的にも、精神的にも。だが彼は歴とした人間である。どちらも疲弊することは当然ある。ではそんな時、どうするか。なに、簡単なことだ。疲れたと言える相手に相談する。当たり前のことを、当たり前にやる。ただし、その相手が誰なのかということだ。

 

 黒圓龍已には親友が居る。小学校からの付き合いで4人。その内の1人は呪術界のことをよく知り、呪具師の名家の生まれである。そう、天切虎徹である。黒い死神としての武器の提供者である彼は、龍已から相談をされることがあった。その事に関しては誰にも漏らさない。弱みになってしまうと理解しているから。

 

 だから、例え拷問されたとしても内容は教えない。要するに、龍已が虎徹に何を相談していたのかは、虎徹の中だけで完結してしまっているのだ。そんな口の固い虎徹は、疲れた……と素直に言ってくれる龍已の話し相手をしながら至上の喜びを噛み締めていた。誰にも打ち明けないような相談を、真っ先に話してくれることに。

 

 龍已のためなら世界を消すことだって厭わない異常性を内包する虎徹はしかし、ある日に受けた相談で驚愕した。

 

 

 

「──────え?ご、ごめんね。もう1回言ってくれる?」

 

『──────非術師を呪詛師と思い込み殺そうとした』

 

「……また上層部に何かされたの?大丈夫?」

 

『違う。恐らく疲れからくるものではない……と思う。自分のことだというのに言い切れないのが心苦しいが、今の俺はどこかおかしい。今度の休みに虎徹の家に行く。俺の体を調べてくれないか』

 

「……うん。分かった。設備を揃えて待ってるね」

 

 

 

 まだ龍已達が10代で、高専の生徒だった頃の話だ。不定期で虎徹へ電話を掛けてきて相談をしてくれる龍已が、自身の異常性について説いてきた。彼の呪詛師嫌いについて詳しく知る者は少ない。ただ、虎徹は事の詳細を細かく知る数少ない者の1人だった。だからこそ驚く。あの黒圓龍已が、非術師を呪詛師と思い込むというのが。

 

 どういうことなのかと聞きたい気持ちを押し込み、了解の言葉だけを伝えて電話を切った。次の休みに帰ってくる。その時に身体検査をして欲しいと言われた。虎徹は使用人を呼び出して、最先端の医療機器を購入して家に運び込むように伝えた。畏まりましたと頭を下げて退出する使用人を見送りながら、虎徹は思案した。

 

 フルマラソンを全力疾走して完走し、息一つ乱さないような体力オバケの龍已が疲れたと口にするのは最近のことだ。それだけ色濃い任務をやらされ、休む暇無く()()までやっているので精神を少しずつ磨り減らしてきたのだろう。体調管理の一環として相談に応じていたが、今回のことは一味違う。明らかな異常だ。

 

 電話で話した通り、龍已は休みの日を使って虎徹の家に帰った。検査を受ける為である。その時代の最先端医療機器に溢れかえった大きな一室を使い、龍已の体の何から何まで全てを調べた。唾液。血液。尿。便。内臓。脳波。考えられる全てを調べ上げた。だが……。

 

 

 

「はい、服着ていいよ。お疲れさま」

 

「ありがとう。……結果は?」

 

「──────健全そのものだよ。何の異常も見られない。超健康体だし、相変わらずの神秘的な肉体だよ」

 

 

 

 常人よりも発達した筋肉や細胞を見た観点から、虎徹は龍已に異常が見られないことを告げた。最先端の医療機器で調べて健康なのだから、少なくとも肉体に異常は見られないのだろう。それでも異常を自覚しているのならば、機械では測りきれない精神的なものだと結論づけるしかない。

 

 肉体はあまり関係していないことが分かると、簡易的な服を身につけた龍已は悩んでいる様子。何かしらでおかしな数値でも出ると思っていただけあって、何も無いと言われると困惑してしまうのだ。一体自身に何が起きているのかと、開いた手を見下ろす彼に、虎徹も悩むしかなかった。

 

 結局それ以外のことはせず、少し様子を見ることにして龍已は帰った。虎徹は採取した龍已のDNAをその後も調べたが、神懸かった超人的な肉体であること以外は分からず終いだった。

 

 様子を見ることになってから数年後。20代に突入して少し経った頃。地元の近くで任務があった龍已がついでに親友達の元へ寄り、飲み会に参加した。久しぶりの5人での飲み会に盛り上がった一行は、時間になったら各々が帰っていった。酒がそこまで強くない虎徹は龍已に抱えられて帰っている。その道中、彼から頼まれごとをした。

 

 

 

「──────お前が親友で良かった。お前達が親友になってくれたのが、俺の最初の幸福だ」

 

「……()()()()()()()()()?」

 

 

 

 酔って体が熱い。背中に抱えられて龍已の首に腕を回し抱きついている。太腿の下には彼の逞しい傷だらけの腕。酔いで熱くなり、ほんのりと赤くなった頬を夜風が撫でていった。気心知れた親友との会話だが、虎徹は今だけ楽しさを感じなかった。

 

 迂回したようなものの頼み方。言いづらい事を親友に頼む際に龍已が無意識にやってしまう話し方だ。それに加えて暗めの雰囲気から、今回の頼まれごとは虎徹にだけ頼めて、普通ではないようなものであると察する。酒の所為で熱かった体が急激に冷める。何を頼まれるのかな。どんな呪具が欲しいのかな。聡明すぎる頭脳であらゆる可能性を考えるが、考えた中で最も嫌な頼みだった。

 

 

 

「──────俺のことを()()()殺せる呪具を造ってくれ」

 

「…………………。」

 

「数年前の俺の異常。あれは一時的なものだった。様子を見て同じ事が起きないか監視してもらっていたが、起きなかった。だがそれからというもの、俺は俺自身に違和感を感じるようになった。まるで、俺じゃない()()が俺の中に居るようだ。悪さはしていない。しかし影響を及ぼしていないとは言えない。もしかしたら将来、俺は何かを仕出かすかも知れない」

 

「…………………。」

 

「俺は強い。並の呪術師にはまず負けない。特級呪霊も相手にならない。あの五条悟でさえも、正面から殺せる自信がある。そんな俺が俺の意思とは関係無く、何かを仕出かすとなれば……止められる者が居ない。止める方法も無いだろう。だから、その時の為に、俺を終わらせる呪具を造ってくれ。これは世界広しと言えども、虎徹……お前にしか頼めない」

 

「…………………。」

 

 

 

 頼まれるパターンの1つとして考えていなかった訳ではない。そんな可能性もある……というだけだった。だけだったのだが……本人の口から言われるとここまでショックだとは思いもしなかった。今すぐに殺してくれと言われているわけではない。殺せる手段を確立してくれと頼まれているだけだ。

 

 虎徹にとって、龍已は天使であり全てだった。彼の為ならば世界を敵に回しても一向に構わないと思えるくらいだ。崇拝していると言ってもいい。そんな彼からの頼みが、あまりにも叶えたくないもので、虎徹は腕を回している龍已の首に強くしがみ付く。強く、強く。否定してくれと叫ぶかのように。

 

 否定して欲しい。冗談だと言って欲しい。でも聞こえるのは龍已の道を歩む足音だけ。嫌だな。造りたくないな。何でそんなことを頼むんだ。それらを口にできたら楽なのに、彼の為ならば何でもすると言ったから、誓ったから、彼の願いに否はない。求めるならば造ろう。願うならば叶えよう。それが天切虎徹の黒圓龍已への想いの強さだから。

 

 

 

「君はヒドい親友だよ。でも造ってあげる。だって僕は君の親友であり、相棒であり……世界最高の呪具師だから」

 

「……ありがとう」

 

「ホント……()()()親友だよ。でも大好きな親友から、そんな雰囲気をしながら頼まれたら断れないよ。僕が出来るのは、使われないことを祈ることだけだね」

 

「……重ねて、ありがとう」

 

「いいよ。……はぁ。明日から忙しくなりそうだなぁ」

 

 

 

 虎徹は了承する。特級呪術師、黒圓龍已個人を確実絶対に殺す呪具を造り出すことを。特定の者に向けて作用する術式は、未だ嘗て存在していない。謂わばこれは世界初の試み。ただしその理由は、もしかしたら……なんていう不確定が渦巻くものだった。

 

 例え将来使わなかったで終わるのだとしても、世界一の親友を殺すだけの呪具なんて造りたくない。想像するのすら嫌悪感でどうにかなってしまいそうだ。怒りのままに怒鳴りたいし、絶対に造ってあげないと叫びたい。が、造る。天切虎徹は断れない。彼の専属呪具師になると誓ったから。

 

 

 

「龍已は反転術式が使えるし、術式反転で遠距離が効かない。となると、近寄る必要があって、近接による攻撃になる訳だけど……龍已に近接仕掛けて殺せるかなぁ……ちょっと無理ゲーだよね?」

 

「……いや。そうとも言えない。虎徹ならば造れるだろう。『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』を更に無効化し、俺のことを殺せる呪具を」

 

「『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』を……?でもどうやって……」

 

「俺に()()()()ものは無効化される。ならば、害が無い攻撃であると、術式に組み込めば良い」

 

「……なるほど。つまり、龍已にとっての致命傷が通常の状態だと定着させる訳だね。健全な体(傷を負っている体)から傷を負っている体(健全な体)へ戻す逆転の術式……そうすれば、反転術式でも治せない。傷を負っていないことになってるから……」

 

「そうだ」

 

「けど、分かってるよね?その術式を組み込む為には、1度その時のデータを覚えさせる必要がある。それだと龍已は……」

 

「あぁ。一度死ぬ必要がある。だが死ぬと言っても一瞬。要は覚えさせれば良いだけの話だ。傷は反転術式で治す。本当に死ぬことはない」

 

「……そこまでする覚悟が決まってるんだね」

 

「……あぁ」

 

 

 

 覚悟を決めている龍已もまた、否はない。致命傷を与えるためには、致命傷である状態を覚えさせないといけないので、実際にそれだけのダメージを龍已に与える必要があった。下手をすればそのまま死にかねない可能性すらもあるのに、彼はやってくれと頼んだ。

 

 やっぱり辞めた。そう言ってくれればどれだけ肩の荷が下りることか。しかし残念なことに、そんな未来も、可能性も無かった。虎徹は深く溜め息を吐いた。酔っていた頭は冷めて通常の素面となっている。考えるのは付与する術式のこと。龍已に致命傷を与える方法だ。

 

 直接打ち込んで効果を発揮する呪具にすると、近接を仕掛ける必要が出てくる。そうすると、近接戦で無類の強さを誇る龍已に近接で圧倒しなければならない。そんな博打のようなことはしたくない。となると、やはり手段としては遠距離。つまりは撃つことになる。まさか彼のためにと思って銃を造ってきた自身が、彼を殺す銃を造るとは夢にも思わない。

 

 致命傷を与える手段。武器。術式が決まれば、あと残すは致命傷のデータだ。これは後日に行うこととなった。今は龍已に時間が無い。元よりついでに寄っていっただけで、明日には帰っていなくてはならないからだ。虎徹はその後も背負われ続け、家の前に到着して降ろされた。

 

 ありがとうと言いながら地面に足を付け、龍已と向き合う。両者に、酒の余韻はもう無い。これからやるべき事が定まった。いや、定まってしまったと言った方が良いのかも知れない

 

 

 

「じゃあ、またね」

 

「あぁ。頼むぞ」

 

「……うん」

 

 

 

 その日はそれで別れた。あたかも何も無かったかのように振る舞い、その裏では黒圓龍已を殺す手段を確立するために動いていた。秘密裏に日程を合わせ、中々手にできない連休をもぎ取った龍已は早速虎徹の家に帰り、ことを始めた。

 

 龍已に近づく必要が無いように、呪具の形は拳銃に。方法は射撃。与える術式は事象を逆転させながら戻る術式。それらを設定して完璧な呪具へ確立させるためには、実際にその状態を作り出し、撃ち出す弾丸に覚えさせる必要がある。つまりは、龍已が撃たれて致命傷を受けなければならない。

 

 

 

「──────くッ……ッ!!」

 

「ぁ……ご、ごめんッ!痛いよね、本当にごめんッ!!」

 

「……っ。はーッ……気にしなくていい。それよりも失敗だ。()()()()()()()()

 

「……本当に必要なの?」

 

「必要だ。撃たれただけでは俺は止まれない。やるからには、1発の弾丸で重要な部分の骨を砕いてもらわねば……」

 

「だからって……」

 

 

 

 生傷が絶えない過酷な修業を繰り返したことで、痛みに強くなっている龍已は、少し撃たれた程度では到底止まらない。そこで、撃った弾丸が骨に着弾し、完璧に砕いて動きに制限をかけるようにしたのだ。なので、虎徹に撃ってもらい、弾を受ける。肉を抉り、骨に当たり、完璧に粉砕するまで何度でも、何度でもだ。

 

 現在龍已は左腕の設定を行っている。今先程撃ったのは実に16発目だった。筋肉が強靭すぎて弾を止めてしまう時があったり、骨に当たっても粉砕しきれず止めてしまったりと、上手くいかないのだ。何度も何度も、龍已に向けて銃を撃つ虎徹は顔色が蒼白くなり、今にも泣いてしまいそうだ。しかし、それでも続けなくてはならない。

 

 虎徹の家の地下に作られた訓練場を使って設定を行ってから数時間が経過している。既にコンクリート製の床は龍已の血で赤黒い絨毯が出来上がっている。無くなった血までは反転術式で補填されず、出血が重なって龍已の顔色が悪い。ふらりとしながら38発目の弾丸を左腕上腕に受けた時、ばきりと骨が粉砕する音が鳴り響いた。

 

 

 

「──────ッ!?ふッ……ぐッぅ……ッ!!」

 

「せ、成功だ!やっと成功したッ!!あ、それよりも……龍已!大丈夫!?」

 

「大丈夫だ……漸く成功したようだな……」

 

「龍已……もう顔色が真っ青だよ。血を流しすぎたんだ。今日はもうやめて、別のところは違う日に改めてやろう?ね?」

 

「虎徹こそ……蒼白くなっているぞ」

 

「当たり前だよ……親友を30回以上撃ってるんだから……」

 

「そうか……そうだな。……すまない」

 

「謝らなくていいから。ほら、傷を治して。肩貸してあげるから、一緒に部屋に戻って休もう」

 

「あぁ……」

 

 

 

 骨が砕けて無惨なことになっている腕を反転術式で治した龍已に肩を貸し、一緒に訓練場を後にする虎徹はコンクリート製の壁のとある場所を一瞥した。壁に少しだけめり込んだ、設定を与えられて完成した1発の弾丸。完成すると術式が刻まれた証として幾何学模様が入るようになっている。鉛色に黒い線が入った弾丸は、龍已の左腕を破壊することが可能となった。

 

 これをあと4箇所分造らなければならないと思うと、ゾッとする。虎徹はこれから何度同じように龍已を撃たなければならないのかと考えそうになるのを必死に堪え、血を無くしてフラつく龍已を支えながら訓練場を後にした。

 

 そうして月日は流れ、龍已を殺すための呪具が完成した。誰かの手に渡り、間違えて撃ってしまえば、傷を再現するために術式が発動して何処からでも龍已の元へ飛んで行き、必ず当たる。そこで虎徹の声で、決めた暗号を口にしない限りどんな物理攻撃を与えようと中身を取り出すことが出来ないブラックボックス型の呪具を造り、拳銃を中に仕舞って封印した。使われることが無いことを祈りながら。

 

 しかしブラックボックスは解かれ、中身は今使われている。家入の手の中にある黒い拳銃が、その呪具である。龍已と虎徹の手により造られた、黒怨龍已を殺せる唯一の武器であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────左腕と右脚が使い物にならない……か」

 

「……龍已」

 

「……何だ。まだ何か言うつもりか」

 

 

 

 対峙する家入と龍已。片や銃を構え、片や膝を付きながら負傷した腕を押さえている。将来有望な呪術師や、現最強の呪術師を正面から破った龍已ともあろう者が、戦う術を持たない家入に膝を付かされている。これは本当に現実のことなのだろうかと、目を擦りたくなる気持ちも分からないではない。

 

 膝立ちから、無理矢理立ち上がろうとした龍已に、3発目の銃声が響いた。貫くのは左脚の太腿。大腿骨粉砕。立つための手段が無くなり、今度こそ完全にうつ伏せで倒れ込んだ。傷口から血が流れて小さな血の池が出来ている。痛みに眉を顰める龍已を離れたところから見下ろす家入は、苦虫を噛み潰したような顰め面をしながら、声を大にして叫んだ。

 

 

 

「──────いい加減にしろッ!」

 

「……………………。」

 

「こんな事に何の意味があるんだッ!茶番は沢山だッ!お前が私達を殺す気ならば、とっくに殺せているだろうッ!?『闇夜ノ黒衣』も『黑ノ神』も、領域展開すら大して使わずに私達を殺すだとッ!?そんな言葉を信じるとでも思うのかッ!?」

 

「……………………。」

 

「まるで授業だよ……龍已。これだけ強大な敵が現れたら、どうするつもりだと言って実戦の教育をしているようだ……。慣れない悪役をやるのもいい加減にしろ……。お前は怨みで怨念を晴らすために生まれてきたのだろうが、絶対悪として生まれた訳じゃないだろう……」

 

「……………………。」

 

 

 

「硝子……」

 

「家入さん……」

 

「家入先生……」

 

 

 

 家入は叫ぶ。これ以上意味の無いことをしないでくれと。撃たせないでくれと。龍已がやっていることは茶番に等しいのだと。本気で殺すならば、彼が持つ特級呪具を開戦と同時に使えばすぐに何名かは殺せた。領域展開を行えば、少なくとも防ぐ手立てが無い者達は早々に死んでいたことだろう。閉じない領域を会得した今、彼の領域範囲は400メートルを超えるのだから。

 

 何となく、皆は察していた。龍已は本気で相手をしていたが、全力ではなかったと。強大な敵へ皆で挑む際の訓練をさせられている感覚だった。誰も殺さず、叩きのめすだけだった。死にかけるだけのダメージを与えても、誰も死んでいない。家入が居て、誰も死ぬことなく治療されると分かっていたからだ。

 

 だから家入は叫ぶのだ。こんな事に意味は無いと。これ以上はもう必要ないと。龍已が悪として君臨し、立ちはだかる必要は無いのだと。その心からの叫びを聞いた龍已は静かに聞いていた。だが立ち上がった。折れた骨がみしりと音を立て、激痛を発するが気にせず、折れた脚を使って無理矢理立ち上がったのだ。そして、使える右手で『黒龍』を構え、家入に向けた。

 

 

 

「意味ならばある。俺が……俺達が生きてきたことに意味を与えるんだ。長年の怨みは消えない。怨は怨で以て返す。この言葉に嘘は無い。殺す気が無いと言ったな?ならば……──────本気の全力でお前達を殺そう。これは決別の一撃だ」

 

「……なぁ、龍已。全てを捨てて、一緒に生きないか?」

 

「……………………。」

 

「普通の生活も要らない。友人も家族も知人も何もかも。誰にも見つからない場所で、2人で生きていかないか。自給自足だろうが何だろうが、お前となら生きていけるんだ……。っ……私はッ!私はお前と生きたいッ!!これからもずっとッ!一緒に生きていきたいんだッ!!……っく……はぁ……好きだよ、龍已。本当に好きだ。大好きだ。愛してる。だから頼む……頼むから……止まってくれ……私にお前を殺させないでくれ……ッ!!」

 

「……………………。」

 

 

 

 必死の叫びだった。家入は龍已を本当に愛している。愛しているから殺したくない。一緒に生きたい。これからも笑いあって、時には悲しんで、喧嘩したりもして、二人三脚でやっていきたいのだ。もう高望みはしない。それ以外は何も求めないし、全てを擲ってもいい。それだけの覚悟を言葉に乗せた。

 

 涙が溢れる。泣かないように、泣かないようにと堪えてきたものは、決壊すると止まらなくなって溢れてくる。頬を伝い、顎先から締めに落ちて染みを作る。龍已はそんな家入を眺めた。琥珀色の瞳は何を思っているのか分からない。表情も変わらない。だが、全身の黒色が肌色に変わっていった。

 

 黒怨無躰流奥義『黒躰』が解除される。黒く変色していた肌が元の色を取り戻す。分かってくれたのか。そう言おうとした家入を否定するが如く、右手に持つ『黒龍』に考えられない量の呪力が集中する。誰も感じた事の無い、本能的な恐怖を呼び起こす……そこ知らずの呪いであり、積み重ねられた強大過ぎる怨念だった。

 

 

 

「残念だが、お前とは生きていけない。死にたくなければ俺を殺せ。それでお前達の勝利で、俺の敗けだ。決着をつけよう。……遠隔呪力操術──────(ごく)(ばん)

 

「……ッ!クソッ……クソッ……クソォ……ッ!!龍已ぁああああああああああああああッ!!!!」

 

 

 

 愛する者と怨宿す者が引き金に指を掛ける。どちらが生き残り、どちらが死ぬのか。選択はその2つに1つ。呪術師が怨念を祓うか。怨念が呪術師を滅ぼすか。戦いは、終わりを迎える。

 

 

 

 

 

 

 






特別特級呪具『黒去(くろさ)り』

1度その状況になったことを縛りに、覚えさせた状況を必ず作り出す呪具。術式は戻ると表す。龍已の遠距離無効化範囲を無視し、致命傷を与えることが出来る唯一の武器。

自身に異常があることを自覚した龍已発案の元、虎徹と共同して造り出した、対龍已用特別特級呪具。弾は全部で5発。手にして撃つだけで、誰でも龍已を殺せる。そのため、虎徹以外には開けられないブラックボックスに封印していた。




家入硝子

使っている呪具が、黒怨龍已殺しの呪具であることは説明されたが、虎徹と龍已が共同開発したものであることは知らされていないので知らない。

龍已を心の底から愛している。その他全てを犠牲にしてもいいと言えるくらい。ただし、その想いが届こうと、肯定されることはなかった。




天切虎徹

大切な親友からの頼みで、親友を絶対に殺せる武器を作製した。誰の手にも渡らないように秘密裏に造って隠し、ブラックボックスの中に封印していた。

龍已を倒せるなら、最初から使えよ。そんなことを言うような奴が居るならば、虎徹はどんな手を使ってもその者を消すだろう。『黒去り』は何があっても使いたくなかった最終手段。取り出した今でも、破壊してしまいたいくらいに造ったことを後悔している逸品。




()龍已

自身の中に何かがあることを直感する。悪さはしていない。だが良いこともしていない。なので、将来自身がどうなるか分からない。そのために楔を打っておく。

何かを仕出かすならば、それが誰であろうと止められるように、自身を殺せる武器を造った。止められないならば終わらせてくれ。その時の誰かも分からない者に頼み、託す。




黒怨龍已



生きたければ怨念を祓え。俺達は止まらない。止まれない。




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第六十四話  堕ちても



最高評価をしてくださった、ダブルクロス 泰 時雨さん。

高評価をしてくださった、卯月幾哉 一般人A 陽乃推し jon さん、ありがとうございます。




 

 

 

 

「遠隔呪力操術──────(ごく)(ばん)

 

 

 

 (ごく)(ばん)。呪術の最高峰である領域展開を除いた、生得術式の奥義。誰しもが到達できる可能性を持ちながら、才能ある者のみが会得できるという、難易度の高い技術。

 

 五条悟の同期であった夏油傑も極ノ番を会得していた。内容は取り込んだ呪霊を1つの弾に変えて1度に撃ち放つというもの。その際には準1級以上の呪霊が持つ術式の抽出などがあるのだが、今は良いだろう。つまるところ、極ノ番とはその者にとって領域展開を除いた奥の手。

 

 遠隔呪力操術。黒怨龍已が持って生まれた術式。体内の呪力を体外に於いて自由に扱うという、汎用性が高いもの。しかしその実、操作できる範囲は限られ、言うほど自由には操れない。術式の中でも良くて中の下、下の上程度のものだった。そこへ天与呪縛を設けられた事で銃を介さねば使えず、その代わりに4㎞以上の術式範囲を持ち、高い操作技術を与えられていた。

 

 自由を持ち味にした術式に縛りを設けられた龍已の極ノ番。その真髄は完全な自由化。詳しく言えば()()()()()()()。元々世界最高の呪力出力を持つ龍已。それでも出力に限界はあった。それを極ノ番で消し去り、1度に全ての呪力を使うことが可能となる。

 

 黒怨龍已。千年以上の歴史を持つ武術を修め、呪術界に並々ならぬ怨念を抱く黒怨一族の末裔にして最高傑作。継承されてきた怨念(呪力)は世の枠組みから脱却している。そんな彼が呪力出力を取り払い、一撃に全てを賭けたとしたら、どれ程のモノが生み出されるのだろう。砕けた骨を無視して両脚で立ち、無傷の右腕だけで『黒龍』を構える。

 

 対峙するのは龍已を心の底から想う家入硝子。放てば龍已に当たることが確定し、絶対に致命傷を与えることができる特別特級呪具。その黒い銃の『黒去り』を構える。同じ黒い銃を構える2人は、全くの同時に引き金を引いた。

 

 

 

「──────『流天(るてん)』」

 

「……ッ!!」

 

 

 

 視界は黒一色となった。込められた呪力を解放するだけで、直径数キロにも及ぶ光線状の指向性呪力放出を行える龍已が、文字通り全呪力を解き放った。最早距離を取る等という域ではなく、放たれたら最後、諦めるしか無い超弩級の怨念の光線。それに対するのは術式が込められた弾丸1発。

 

 勝負は目に見えていた。龍已の呪力出力を破却した呪力放出の密度、強大さは家入の放った弾丸を正面から消滅させる。これを止められるとしたら五条悟の無限だけだろう。しかし彼は今、龍已の手によって意識を朦朧としている。今すぐに射線上に入り込んで防ぐというのは絶望的だ。それを理解して、家入は冷や汗を一条額に掻いた。

 

 しかしそんな絶望的な光景が広がり、向かってくる中で動いた者が1人だけ居た。距離を開けて対峙する家入と龍已の間で倒れていた反承司である。彼女は五条達と共に龍已と戦ったが敗北し、諦めず向かおうとして無念にも気絶した。そんな彼女が目を覚まし、立ち上がったのだ。家入は叫んだ。無駄だと思いながらも、その場から退けと。その声を聞いて、反承司は背後を振り向いた。その顔には死を予感させる薄い笑みを浮かべていた。

 

 

 

「これは、私がどうにかしますね」

 

「……ッ!?流石にこれは無理だッ!!反承司ッ!!お前の術式ではそれを跳ね返すなんて……ッ!!」

 

「跳ね返しませんよ。()()()()()()()()。これだけ強力なんですから、相当弱くなりますよ」

 

「何を……言っているんだ……?」

 

「見ていてください。私の()()()術式です」

 

 

 

 迫り来る怨念の絶望に、反承司はたった1人迎え撃つ。彼女の術式はあらゆる演算を行うことで対象の攻撃を反射する反射呪法……()()()()。見るだけで相手の術式を看破してしまう六眼持ちの五条以外には誰にも、それこそ敬愛する龍已にすら教えていない彼女の本当の術式。

 

 加えられた力をそのまま返すのではなく、向きを反転させていた。反射ではなく反転。彼女の術式は反転呪法と言う。その真髄は、向きを変えるだけでなく、()()()()()()()()()()()()()()()()ことができること。その昔、伏黒甚爾の妻である伏黒暁美の癌を術式の練習がてら反転させ、無害の小さな癌へと反転させたことがある。

 

 術式の練習でミスを犯し、大怪我を負って入院していた時に起こった出来事。相手は誰でも良いから練習したいという理由で、隣の病室の女性を実験台にやってみたところ成功し、その部分の癌は消滅した。失敗しても何も変わらないだけでリスクは無いと言っても、一歩間違えれば呪詛師認定されていたかも知れないことに後から気づいた。

 

 兎に角として、反承司零奈の術式は、効力を反転させ、無効化し、害を0にすることができる。しかしその代わりに莫大な演算を必要とし、性質を反転させるには、反転させるものへの深い理解が必要となる。もちろん、今の反承司でも龍已の極ノ番は理解できない。理外の威力すぎて想像すらできないからだ。だがそれを可能にする唯一の方法があった。

 

 

 

「反転呪法……極ノ番──────『逆流(さかながれ)』」

 

 

 

 領域展開は修得できなかった。だがその代わりに極ノ番を修得できた。反転呪法の極ノ番は、演算の完全自動化。意識しなくても勝手に演算を行い、どんな攻撃も必ず術式によって性質を反転させる。使えば0にする驚異的な極ノ番はしかし、脳の疲労を一切考えない。理解ができず、物質が解明できず、演算不可能であろうと完全自動で演算する。つまり、演算するのでは無く、演算()()()()()()()対象を反転させる。

 

 簡単に言ってしまえば強制的な反転による0化。だがそんな破格の性能の代わりに、反転させたものに使うはずだった演算時の脳の負担を、1度にフィードバックさせる。要するに、反転させるものが演算できないものであればあるほど、脳が疲弊を起こしやすく、最悪の場合脳が耐えきれずオーバーヒートする。つまり死ぬ。

 

 反承司は何となく、龍已の極ノ番を反転させたら頭が耐えきれず、フィードバックだけで死ぬと直感していた。しかしそれでも良かった。これも何となくだが、龍已が死ぬという未来が見えていたからである。彼の居ない世界に興味は無い。病的なまでに彼を信仰しているからこその、自滅とも取れる奥の手だった。

 

 右手を突き出す。掌を龍已の極ノ番に向けてその場で待つ。受け止めようとしているようにも見えるその姿は、絶望に対する希望だった。そして彼女の手に理外の怨念が触れた瞬間、反転呪法の極ノ番が発動し、性質の反転が行われた。強大すぎる怨念は、弱すぎる怨念へと強制的に反転し、少し呪力を纏っただけの掌で止まり、掻き消えた。それと同時に、反承司の体は後ろに倒れていった。

 

 

 

「龍已……せんせ…ぇ……に……殺して……もらえる…なんて……しあわせ…だ……なぁ………さきに……逝って……まっ…てます……ね……♡ふふ……────────────」

 

 

 

 

 

 反承司零奈。享年18歳。死因……極ノ番による過剰なフィードバック。黒怨龍已の極ノ番により死亡。

 

 

 

 

 

「──────ッ!!反承──────くッ!!」

 

「……この1発だけは、使いたくなかったよ。龍已」

 

「……………────────────。」

 

 

 

 倒れていく反承司の傍を弾丸が通っていった。撃てば必ず当たる弾丸は龍已の右腕の上腕に着弾し、骨を貫通して粉砕した。その後、最後の1発が放たれる。今までは四肢を砕く効果を持っていた弾丸だったが、最後の1発は確実に命を奪う弾丸。狙うのは……心臓。

 

 最後の弾丸は……一直線に龍已の胸元まで飛んでいった。放たれたら何があろうと絶対に当たる。今までの例に漏れず、弾丸は──────龍已の胸に撃ち込まれた。

 

 

 

「……っ……ごぼッ……」

 

「……龍已」

 

 

 

 胸から入り、背中から抜けていった最後の弾丸。穴が開いた胸から血が止めどなく溢れていく。弾丸は龍已の心臓を撃ち抜き破壊した。直に死ぬだろう。そんな死に体の状態で、血を吐きながら彼は歩き出す。骨が砕けた脚を前に出して歩く度に、折れた骨同士が擦れ合う嫌な音が鳴る。

 

 激痛だろうに歩き出た龍已と同じように、家入も彼に向かって歩き出した。途中倒れている反承司の横を通ったが、その時は悲しげに目を伏せた。そして龍已と家入が対面する。手を伸ばせば触れ合える距離。殺されるかも知れないという考えは、無かった。

 

 

 

「反承司のことは……すまない」

 

「……あの子が自分でやった事だ。それに、幸せそうな顔をしていたよ」

 

「……そうか。クロ、()()と一緒に行くといい。契約は……破棄する」

 

「……っ……っ」

 

「……一緒がいいとさ」

 

「俺の代わりに……硝子を傍で見守ってくれ」

 

「……っ」

 

「頼んだぞ」

 

 

 

 首に巻き付いていたクロが、家入に向かって伸ばされた折れている腕を伝い、彼女の首に巻き付いた。龍已との契約は破棄され、今や家入の契約する武器庫呪霊となった。負のエネルギーで生まれた呪霊だというのに、家入の首元から龍已を見つめる3つの目は、とても悲しそうだった。

 

 龍已と家入の目が合う。家入は言ってやりたいことが山とあるのだが、彼の目を見てしまうと言うに言えなくなってしまった。手が伸ばされて頬を撫でていく。傷だらけで鉄のように硬くなってしまった愛する男の手。まだ感じられる体温に、涙が溢れそうになる。触れ合える、最後の瞬間だった。

 

 

 

「硝子……」

 

「……何だ」

 

「俺は……いや、そうだな……『     』」

 

「……それが、最後の言葉でいいのか」

 

「……っ…………────────────」

 

 

 

 前へ倒れていく体。彼の目から光が失われ、流れていた血すらも止まってしまった。家入と龍已の体は擦れ違う。立ち尽くす家入。ばたりと倒れた龍已。大量の血によって地面に池ができる。彼は何も言わない。いや、言えない。黒怨龍已はこの時を以て、確かに死んだ。戦いは終わり、呪術師の勝利となった。

 

 

 

 

 

「……ッ……クソッ。……呪いの言葉くらい吐けよ。ばかやろう」

 

 

 

 

 

 上を向き、吐き捨てるように悪態をつく家入に反応するように、龍已の首元の指輪と右手首のミサンガが一瞬だけ震えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある少年は目を覚ました。ぼんやりとした頭で、何で寝ていたのかを思い出そうとするが、どうも記憶が無い。何でだっけと首を傾げようとして、首の後ろが何故かずきんとした痛みを持っていることに気がつく。今年で小学3年生になる少年は、首の鈍痛を堪えながら辺りを見渡す。

 

 

 

「──────起きたか」

 

「母さん……?」

 

「首は大丈夫か?痛くないか?」

 

「少し痛いけど、大丈夫だよ」

 

「そうか。後で診てやるから、今は我慢してくれ」

 

「分かった」

 

「良い子だな」

 

 

 

「──────おい。勝手に喋ってんじゃねーよ。殺されてぇのか?」

 

 

 

 少年はいきなり声を掛けられた事に驚いた。聞いたことが無い声だ。視線を傍に居る母親の女性から移すと、暗い中に大人の男のシルエットがある。自分達が居るのは、薄暗くてカビ臭い部屋だった。壁紙が所々剥がれていて、窓ガラスは割れている。一目で使われていない部屋だということは分かった。

 

 声を掛けた男は、亀裂の入っている木製のテーブルに行儀悪く座っている。手には小さなナイフが1本。宙に投げると、ふんわりと浮かぶ。マジックのようで、少年は目を大きく開いて瞠目した。タネが分からないマジックは、不穏な状況でも少年の興味を惹いた。

 

 それはどうやっているのか咄嗟に聞こうとして立ち上がらんとした時、立ち上がれないことに漸く気がつく。体は縄で縛られている。腕は後ろで縛られ、脚は両脚を揃えるように足首の場所で。ハッとして母親の方を見ると、同じく縛られていた。起きたばかりのぼんやりした頭では、普通気がつくだろう箇所にすら気がつかなかった。

 

 

 

「呪詛師、私の息子は関係無いだろ」

 

「一緒に居ただろ。後から叫ばれてもこっちがめんどくせぇんだよ。あぁ、おいガキ。叫んだらぶっ殺すからな。呪われたくねぇなら黙ってろ」

 

「……私の息子は呪いについて何も知らない。無関係だ」

 

「は?……ぷっ。だはははははははッ!!おいおいそれはマジで言ってんのか!?あの“最凶の呪詛師”の息子だろ!?なのに呪いについて触れてねぇとか、まさか才能がねぇのかァ?術式は?」

 

「……無い。呪いも無い。非術師なんだよ」

 

「そいつぁ傑作だッ!何もねぇクソ田舎に居ると思えば、息子は一切の才能無しかッ!あの“最凶の呪詛師”と家入硝子のガキとは思えねぇなッ!」

 

「私はもう家入じゃない。()()硝子だ。それに、もう呪術界から身を引いてる。身代金なんて取れないぞ」

 

「お前がそう思っても、呪術界はそう思ってねーだろ。数少ねぇ反転術式のアウトプットができる女だ。いざという時に使える駒だぜ。失うわけにもいかねーだろ。お前らは黙って待ってりゃいいんだよ」

 

 

 

 母親……黒怨硝子は溜め息を吐いている。重いその溜め息に、息子である少年は心配そうな目線を向けている。男と硝子が何を言っているのか全く解らないからだ。呪術界やら呪いやら術式やら、初めて聞くキーワードばかりだった。

 

 少年は母子家庭に生まれた。育ちはコンビニとスーパーがあるのが救いなだけの田舎だった。母親の黒怨硝子は図書館の司書をして、1人で息子である自分のことを育ててくれている。父親は居ない。周りの子達は居るのに自分には居ないことが気になって、何で居ないのか聞くと複雑そうな、悲しそうな目をしたので焦りながらはぐらかし、それ以来話題にすら出していない。

 

 段々と思い出してきた記憶。少年と硝子は休みだった事もあってスーパーへ一緒に出かけ、買ったものが入った袋を2人でそれぞれ持ちながら帰っていた。その途中で背後から声を掛けられた。振り向こうとした少年の記憶は底で途切れている。頭が良い少年は、前の男に気絶させられたのだと察した。身代金という言葉からして、人質であるということも理解した。

 

 

 

「助けは期待すんなよ。態々車盗んで数時間の道運転してきたんだ。しかも此処は寂れた場所だ。万が一叫んでも誰にも聞こえねぇ。だが念には念をだ。叫んだら殺す。分かったな?」

 

「……クロはどこに行ったんだ。チッ……マズいな」

 

「母さん……」

 

「大丈夫だ。お前は心配しなくていい。母さんがどうにかしてやるからな」

 

「コソコソ喋ってんじゃねーよ」

 

「──────くっ!」

 

「ぁ……母さんっ!!」

 

 

 

 先まで自分も喋っていたというのに、硝子が息子に気を掛けて話し掛けていると、此処から出るための相談だとでも思ったのか、壊れかけのテーブルから腰を上げて立ち上がり、早歩きでやって来たかと思えば硝子の頬を叩いた。男の腕力で殴れば、軽くであろうと女のみにとっては強い打撃になる。

 

 両手脚を縛られていることもあって、踏ん張りが効かず硝子は倒れ込んだ。頬が赤くなっている。咄嗟に立ち上がって駆け寄ろうとして、自身もまた縛られていることを思い出した。歯痒い思い。大切な母親が全く知らない男に殴られて倒れているというのに、何も出来ない。この状況、自身の何も出来ない不甲斐なさが憎い。

 

 今まで感じた事が無いような(うら)みが、心の中に巣くい、燻っていく。黒い感情が朦々とした黒い炎となって、頭の中が異様なほど静かになり、酷く冷静になった。まるで自分ではないような感覚を味わいながら、少年は口を開いていた。

 

 

 

「──────クロ」

 

「…………っ」

 

 

 

 小さな声で硝子が言っていた名前らしきもの。それを口にした時、背後の割れた窓ガラスの隙間から黒い蛇が侵入し、少年の首に巻き付いた。額についた第3の目。それ以外は普通の蛇に()()()それはしかし、口を開けると中から刃渡り20センチ程のサバイバルナイフを吐き出した。

 

 後ろで縛られていること手の中にサバイバルナイフが落ちてきて、指2本で受け取ると器用に縄を斬り裂いた。その後即座に脚の縄を斬る。立ち上がり、右手に逆手でサバイバルナイフを持つと、視界の端で動く少年を捉えた呪詛師が驚きながら勢い良く振り向いた。その際に硝子も倒れながら顔を少し起き上がらせ少年を見、臨戦態勢を整えた我が子を見て驚いていた。

 

 

 

「……ガキ。そのナイフ何処から出しやがった。つーか、その首の呪霊はいつの間に……」

 

「どれだけ年月が経とうと、お前のような呪詛師は蛆のように湧いて出る。鬱陶しいことこの上ない。何故それだけの生き恥を晒して生き長らえようとする?不快だ。今すぐに死ね」

 

「……そうかよクソガキ──────テメェが死ね」

 

「──────っ!!戦ったらダメだっ!!」

 

 

 

 手の中にあるナイフを投擲する呪詛師。狙ったのは少年の頭。左眼を狙って投擲されたそれを、首を傾げるだけの動きで躱す。ナイフは顔の横を通って背後へと抜けていく。するとナイフは静止した動画のように空中で止まり、矛先を少年に向け倒して再び直進した。

 

 背後からの刺突に、見ないで反応した少年は体を傾けて再び躱し、ナイフの柄を握って受け止めた。柄を握って触れた途端に、空中で不可解な動きを見せていたナイフは完全に止まった。呪詛師は小さな子供が現実離れした動きをした事に固まり、硝子は何かを感じたのか少年のことを見つめた。

 

 

 

「一定範囲内の触れた物を、他者に故意を持って触れられない限り操作する術式か。対物の遠隔操術と言った具合か」

 

「なんだテメェは……普通のガキじゃねぇだろッ!何モンだッ!?」

 

「普通の子供だ。これまで呪いに触れず、呪術界に身を置かず、強く誰かを怨むこともしなかった、優しくて母親思いの良い子だ。そんな子供と……女手1つで子供を育てている立派な母親を危険な目に遭わせた。その所業、まさに呪詛師。お前に生きる価値など無い。死んで然るべきだ」

 

「意味が分かんねぇことを言ってんじゃねーよッ!クソガキがァッ!!」

 

「──────死して悔い改めろ」

 

 

 

 呪詛師が見た最後の光景は、小さな子供が壁を、天井を駆ける姿だった。雰囲気がガラリと変わり、言葉遣いも変わった子供は不自然なほど(さま)になっている構えをしていた。子供なのに、子供じゃないような、もっと大きく強大で、黒い何かと対峙している気分を味わった。

 

 どこまでも冷たい無表情を浮かべている少年に何か得体の知れないものを感じ取り殺しに掛かったが、呪詛師は何も出来ないまま接近を許ししてしまい、頸動脈をサバイバルナイフで斬り裂かれた。血が噴き出る。温かい血に反して、体温が冷たくなっていくのを感じる。呪詛師は得体の知れない感覚を味わいながら、崩れ落ちるように死んだ。

 

 血を浴びながらナイフを持って立ち尽くす少年。人一人殺した後だというのに、その表情は依然とした無を浮かべている。内に宿す呪いもなく、戦いのたの字すら知らないはずの息子が見せた蹂躙に、硝子は息を呑むばかり。だが、ふと糸が切れたように倒れた息子の姿を見てハッとした。

 

 両手脚を縛られていて動けない。それでも血溜まりの中を這いずって移動し、息子のところまで行った。首に巻き付いていたクロが、少年の握っていたナイフを咥えて硝子を拘束するナイフを斬った。腕を伝い首に巻き付くクロの頭をさらりと撫でてから、息子の体を抱き抱える。傷が無いか目視で確認し、無事であることにホッとする。2人で血塗れになりながら、硝子は息子の頬を優しく撫でた。

 

 

 

「見守ってくれていたんだな。愛してるよ、私の旦那様」

 

 

 

 黒怨硝子は息子を抱き抱えながら、虚空に向かってそう呟いた。その目は、愛おしい者を見るような目であったそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ここは……どこ?」

 

 

 

 少年はいつの間にかよく解らない場所に立っていた。周りの景色は黒一色。それ以外には何も無い、寂れた場所。だが不安には思えず、むしろどこか安心する。そんな場所に居た。母親が男に殴られて倒れてからの記憶が無い。何だか記憶が無いことが多いなぁと思っていると、肩をトントンと叩かれた。

 

 驚きながら振り返ると、大人の男が立っていた。先程も大人の男に母親が痛めつけられたばかりだったので、走って距離を取った。警戒した猫のように鋭い目を向ける少年に首を傾げた無表情の男は、あぁ……と言って追いかけるような真似はせず、その場で立ち止まり、上げた手を静かに降ろした。

 

 

 

「そう警戒するな……と言いたいところだが、無理もないか。少し、話をしないか」

 

「……何を」

 

「……少年。しょ……母親は好きか?」

 

「……好きだよ。俺のことを、育ててくれたから。でも、父親は好きじゃない」

 

「…………………。」

 

「俺が生まれた時には死んじゃったみたい。でも、母さんはいつも写真が無い仏壇に手を合わせてる。すごく悲しそうにしてる。そんなに愛されてるのに、すぐに死んじゃった父さんなんて好きじゃない」

 

「……そうか。それなら、嫌われて当然だな」

 

「でも……」

 

「……?」

 

「嫌いだけど、(うら)んでない。父さんのことを聞くと悲しそうにするけど、父さんの話をする母さんはすごく楽しそうだから」

 

「……そうか」

 

 

 

 好きじゃないし、嫌いではあるけれど、怨んではいないと言う少年に男は頷いた。何でこんな話をするのかは分からない。大好きで大切な母親のことを何で聞いてきたのかも不明だ。しかし何となくではあるが、対峙する男から安心したようなものを感じた。無表情で何を考えているのか分からないけれど、どこか分かりやすい。

 

 いつの日か、知り合いのクズだけどお金持ちだという人から高級な酒を送ってもらい、つい飲み過ぎた母親が言っていた父親の特徴に似ていた。常に無表情で最強のポーカーフェイスだったが、分かりやすい人だったと。仏壇はあっても写真が無いので顔も分からない父親だが、どんな人なのだろうと何度も思った。

 

 サバサバしている母親が唯一、本当に優しい笑みを浮かべながら語る父親に、会えるなら会ってみたいと思ったことは一度や二度では無い。でもそんな機会は訪れない。何せ生まれた時には既に死んでしまっているのだから。

 

 

 

「必要ならば継がせようと思ったがやめておこう。全ては俺の代で終わった。お前を巻き込めないな」

 

「……?何を言ってるの?」

 

「──────母さんを頼んだぞ、黒怨辰已(たつや)。大切ならば力をつけろ。取り溢さないよう、守れるよう。その素質は、確かに受け継がれている。ではな」

 

「ちょっ……待ってよ()()()ッ!!…………あれ?」

 

「もう見守ってやることもできないが、元気でな」

 

「待って……ねぇ、名前を教えてよ!ねぇ!」

 

 

 

「俺は……しがない御節介焼きの知らないおじさんだ。名乗るほどの者でもない」

 

 

 

 男は最後まで名乗らなかった。学校の先生を母さんと言ってしまったように、初めて見る男のことを父さんと呼んでしまった。だが、不思議としっくりきた。だからせめて名前だけでも知りたいと、教えてくれと頼んだが、男は名乗らずに消えてしまった。黒い、憎しみや怨念を内包するような禍々しい炎に包まれて消えてしまった。

 

 少年……黒怨辰已(たつや)の視界がぐにゃりと歪んだ。夢から覚めるんだと、漠然と思った。あの男の人と、もう少し話したかった。その思いとは裏腹に、黒一色の空間には亀裂が入り、視界は真っ白に変わった。起きた時には病院のベッドの上で、傍の椅子に座りながら手を握っている母親の黒怨硝子を見て、辰已はこれから強くなろうと決心した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう終わりか」

 

 

 男……黒怨龍已は、ベッドの上で横になる少年と、その少年の手を握って座る母親の姿を見てから、自身の手を見下ろした。傷だらけの手は透けている。向こう側の景色が見えてしまっている。無理をしてしまったツケが回ってきた。どうにか留まっていたが、それも限界だった。

 

 でも、悔いはない。むしろここまで見守ることができただけでも奇跡に近く、2人の姿をしかと目に焼き付けたのだから。透けてきた手が更に透け始める。体も光の粒子を出しながら消えようとしている。成仏なのだろうか。単純に消えるのだろうか。初めての経験なので判らないが、龍已はそれを甘んじて受け入れた。

 

 

 

「辰已……大きくなったな。硝子……お前はいつまでも綺麗なままだ。2人とも、愛している。…………さようなら」

 

 

 

 無表情の顔に浮かべられたのは、ぎこちない笑みだった。下手くそで、引き攣っているようにも見えるその笑みは、人生で初めて浮かべた、心からの笑みだった。

 

 

 

 

 

 

 

 少年と女性の居る病室には2人以外誰も居ない。その筈なのに、2人は病室にもう1人、居るような気がして互いに顔を見合わせ、同時に吹き出して笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ってなァにいい感じに終わらせようとしてンだゴラァッ!!」

 

「ぶふッ!?」

 

 

 

 殴られた。おもっくそ殴られた。左頬を殴り抜かれ、吹き飛ばされる。背中から倒れ込んで、痛みを訴える頬に手を当てながら上半身を起こすと、そこには……そこには死んでしまった親友の1人が腰に手を当ててこちらを睨みつけていた。

 

 

 

「妃伽……?」

 

「おう。天下の妃伽様だ。どんだけ私()のこと待たせてンだよ龍已テメェコラ。待ちくたびれたんだよすっとこどっこい。さっさと死んでコッチ来いや」

 

「──────いや会いたいからって早く死ねは割とシャレにならないからね妃ちゃん!?」

 

「慧汰……?」

 

「あ、うん。……久しぶり、龍已。気長に待ってたよ。まあ、まさか死んでから10年もそっち(現世)に留まるとは思わなかったけどさ!妃ちゃんなんて、やっと龍已に会えるって鼻歌まで歌っべぇぶぉッ!?」

 

「よ、余計なこと言ってんじゃねーぞクソザコ貧弱クソ童貞がッ!捻り殺すぞ死ねッ!」

 

「ど、童貞だけど……妃ちゃんだって処ぎょッ!?」

 

「もっぺん死んで消滅してェみてェだなァ?ぁ゙あ゙?」

 

「──────姉御様ッ!?音無さんモザイクだらけになってますよ!」

 

「反承司……?」

 

「えへへ。お久しぶりです龍已先生!お待ちしてました♡」

 

「何故お前達が……それに此処は……?」

 

 

 

 龍已が生前、学生だった頃に親友と認め、その後すぐ殉職してしまった巌斎妃伽。音無慧汰。そして、自身の手で殺してしまった反承司零奈が居た。死んだときと変わらない姿に、龍已は幻でも見ている気分になる。確かに死んだ筈。反承司に関しても、五条達が墓を建ててくれていたし、火葬もしている。

 

 それに解らないのは今居る場所だった。周りは黒いのに、前方には光で形成された階段がある。頂上は見えないが、眩い光が上に鎮座していた。何とも不思議な光景と、死んだはずの親友と生徒に頭がこんがらがりそうだ。

 

 

 

「あいたたたたた……めっちゃ容赦ないね妃ちゃん……」

 

「黙れ死ね」

 

「辛辣過ぎるっ!?」

 

「あの……それより龍已先生に説明しませんか……?」

 

「おーそっだった。あー、まあ何というかあれだ……久しぶりっつーか結婚しようぜ

 

「盛大に己の欲に走ったね?状況説明しないとだからっ!?」

 

「流れるようにプロポーズしましたね!?」

 

「は──────?むしろ結婚して孕むために待ってたんだが?つーか音無はいつまで居ンだよ鬱陶しいな。さっさと成仏しろよ」

 

「待って泣くよ?20年以上も一緒に居てそんなこと思ってたの?」

 

「あれ、誰だオマエ?」

 

「……………………………ぐすっ」

 

「わ──────ッ!?姉御様言い過ぎですよーッ!?」

 

「ケッ」

 

 

 

 音無の精神に拳をめり込ませて泣かせている巌斎と、必死に止めようとしている反承司が居てカオスで中々話が進まないが、取り敢えず龍已が居る此処は現世とあの世の中間地点だそうだ。目の前に見える光の階段を登れば、あの世に行くことができる。

 

 ただ、巌斎達は龍已が来るまでずっと待っていたそうだ。死ねば強制的にあの世へ逝ってしまうところを無理矢理踏みとどまり、龍已が1人で逝こうとしたところを連れ戻した。方法は昔にプレゼントした結婚指輪とミサンガに染みついた縁で引っ張り上げたのだそう。

 

 説明を受けた龍已は、情報を整理して理解してから、3人を抱き締めた。死んでしまった親友達。殺してしまった大切な生徒。永遠に会えない筈の3人との再会に、我慢できなかった。強く、潰れそうな程抱き締めてくる龍已に笑いながら、3人はしっかりと抱き締め返したのだった。

 

 

 

「さ、早く行こう!いや、逝こう……かな?まあどっちでもいっか!これで全員揃ったよ!」

 

「行き先は多分天国だぜ。めたくそ眩しいからな。ンで、着いたら結婚してセックスだかんな。3日は寝かさねーから覚悟しろよ。あと、反承司もな」

 

「あれ、なんか私までッ!?」

 

「龍已好きなの今更だろうが。男としてではなく~じゃねーんだよ。ナヨナヨしやがって。大人しく抱かれりゃ良いんだよ。3(ピー)すんぞ」

 

「妃ちゃん伏せられてないからね??」

 

「わ、わらひが龍已しぇんひぇえと……?」

 

「うわ赤ッ!?大丈夫零奈ちゃんッ!?」

 

 

 

 3人で和気藹々としながら光の階段の方へ向かうので、龍已も同じく向かっていった。天国と地獄理論か……と思いながら歩いていると、光の階段に近づくにつれて胸が苦しくなってくる。頭も痛くなり、体が震えてくる。脚が重くなり、1歩が踏み出せなくなる。まるで龍已のことを拒否しているようだった。

 

 前を歩いている3人は何とも無さそうだ。つまり不調が出ているのは自分だけ。3人と自分の違いを考えて……やめた。考えるまでもないからだ。己がしてきたことを考えれば、当然の結果だ。彼等は前に進み、龍已は堕ちなければならない。

 

 その場に立ち止まった龍已に気がつかず光の階段を数段上がったところで、漸くついてきていないことに気がついた3人は足を止めて振り返る。視線の先には彼1人。こちらに向かおうとするのではなく、ただ眺めているだけ。何をしているんだと巌斎が声を掛けると、彼は頭を左右に振った。

 

 

 

「俺はこれ以上先には行けない」

 

「え、なんで?」

 

「その先は天国なのだろう?ならば、俺が行けないのは道理だと思うが」

 

「そ、そんなことないよ!龍已だって人生で何度も苦労して……ッ!!」

 

「もしかして私を殺しちゃったからとか……?違いますからね?龍已先生が居ない世界とか興味ないから態と死ぬように極ノ番使っただけで、本当のところは殺されてませんからッ!もう自殺みたいなものですからっ!」

 

「それでも──────俺はお前達とは行けない。俺に相応しいのは……こっちだ」

 

 

 

 彼が振り返る。その先には怨嗟の声が聞こえ、燃え盛る怨念の黒い炎が地面から噴き上がっていた。触れば咎人の肉体を焼く、罰の炎。その先に待ち受けるのは、地獄だろう。巌斎達は善人だった。だから天国へ逝ける。だが彼はあまりにも人を殺しすぎた。罪無き者にも手を掛けた。天国へ逝ける道理は無く、地獄へ堕ちる理由があった。

 

 振り返り、黒炎が噴き出る道を歩く。肉が焼かれる感覚を味わいながら、これこそ自分には相応しいと思う。黒怨龍已が天国行き?字面にするだけでも違和感がある。黒怨一族は天国等には行けない。相応しいのは怨念渦巻く地獄だけ。そんな彼を、彼等と同じ道へは歩ませない。

 

 折角再会できたというのに、またお別れかと残念に思う。あの世があるなら、いつかは五条や硝子にも、息子にも会えたかも知れないのに。まあ、無いもの強請りはやめた方が良いだろう。これから彼は生涯に於いて犯した罰を清算しなければならない。物語で語られるような拷問を受けるか、怨嗟の炎に焼かれ続けるか。

 

 視線の先の地面が割れて階段ができる。禍々しい、負に関する何もかもを詰め合わせたような空気に、怨念の怪物である黒怨龍已でさえも一瞬息を呑んだ。これが、地獄か……と、覚悟を決め、1歩を踏み出した。

 

 

 

 

 その背中に──────反承司が抱きついた。

 

 

 

 

「──────ッ!?」

 

「ダメですよ、龍已セーンセ♪。そっちに行くなら私も行きますから、1人で行こうとしないでください」

 

「そうだよ。1人だけ仲間外れにするわけないじゃん。俺達はやっと再会できたんだから。これからは一緒だよ。ね?」

 

「慧汰……」

 

「結婚するっつってンだろーがオイ。旦那が地獄で私が天国とか、織り姫と彦星かよバカか。私も地獄に行ってやるから、勝手に行こうとすんな」

 

「妃伽……っ!」

 

 

 

 龍已の左肩に右手を置いて隣にやって来た音無。右腕を抱き締めて離れるつもりはないと睨みつけてくる巌斎。彼等は天国への道を迷いなく捨てた。親友の居ない幸福な天国よりも、親友の居る最悪の地獄を迷いなく取った。

 

 なんて愚かな選択なのだろう。自分が行くからと行ってついてくるなど、行き先は地獄だというのに。彼等を巻き込む訳にはいかない。だから離れてくれ、天国の方へ行ってくれと言うのだが、彼等は離れようとしなかった。

 

 

 

「残念だけど、死後20年掛けて俺と妃ちゃんは龍已のことを呪ったよ。だからここまで引っ張り上げられたんだから」

 

「逃げられるとでも思ったのか?あめーよ。ゼッテェ逃がさねぇ。呪術師はどこかイカレてるって、嫌ってほど知ってンだろ?諦めて地獄に行くぞ」

 

「もし私だけ天国に行っても、龍已先生居ないなら天国ぐちゃぐちゃに引っかき回して、地獄に堕ちてくるので結局は同じですよ。良いんですか?地獄行くために天国に行った人達手当たり次第にぶち殺しますよ?」

 

「……お前達という奴は本当に………っ」

 

「ほら、早く行こう!4人なら怖くないよ!」

 

「私達なら何が来ても問題ねぇ。無敵だろ」

 

「えへへ。楽しみですね、龍已先生!」

 

 

 

「……あぁ。一緒に行こう。今度は離れないよう、皆で呪い合ってな」

 

 

 

 地獄への階段を4人で降りていく。天国への道は塞がった。永遠に開くことはない。彼等は苦しみを味わうことになるだろう。本当の絶望を知るだろう。しかしそれでも大丈夫。何故なら、大切な者達が傍に居てくれるから。

 

 

 

 

 

 

 黒怨龍已は大切な者達と呪い合い、地獄の奥底で幸福を手にした。その後は誰にも解らない。知っていいのは、同じ地獄へ堕ちた者だけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

H()a()p()p()y() End

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍已ちょっと来て!妃ちゃんが地獄の鬼と相撲することになっちゃったから止めて!」

 

「すまん。ちょっと待ってくれ。俺を馬鹿にしたという理由で反承司が鬼を虐殺し始めたから止めてくる。妃伽は……任せた」

 

「龍已ッ!?」

 

「私に喧嘩売ろうなんざ100万年はえーんだよバーカッ!死ねやクソカスがオラァッ!!!!」

 

「ぶべぇッ!?」

 

「ちょっ、妃ちゃん!?相撲でしょ!?メリケンで殴ったらそれただの喧嘩だよッ!!ていうか相撲のルール知ってるっ!?」

 

「ぶつかり合って倒れた方の負けだろ」

 

「うーん否定しづらいっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 






巌斎妃伽

地獄にて念願だったお嫁さんになることができた。夜の営みの際には余裕だと調子に乗っていたが、キスされただけで真っ赤になって目がグルグルになってしまった。

喧嘩っ早く、龍已を少しでも馬鹿にすると悪鬼羅刹の如くキレ散らかす。喧嘩を売ってきた地獄の鬼を全てボコボコにし、全員に土下座させた後で鬼の金棒を尻に突っ込んだ。




音無慧汰

レールが要らない暴走機関車の巌斎を止めるために、日夜奔走している。最近龍已を引き合いに出せば止まってくれることに気がついたので胃に安息が訪れようとしている。

巌斎が真っ赤になって変な歩き方をしている日に、どうしたの?と言いながらニヤニヤしていたらぐちゃぐちゃにされた。揶揄ったらマジで殺されると分かってからは、安易には揶揄わない事に決めた。




反承司零奈

龍已が死ぬ気なのだと察し、龍已が居ない世界など生きる意味が無いと判断して態と極ノ番を使い死亡した。死後、あの世に行かず龍已を待っていられたのは気合いと推しへの狂気的な愛の為せる技。

巌斎に引き摺られて3〇することになった。死ぬほど恥ずかしかったが上手くできたと自負している。3日は寝かさないと言っていた巌斎が早々にダウンし、2日間龍已の腕の中で喘いでいた。狂気的な推しへの愛が進化し、推しへの愛の怪物になった。

反射呪法と術式を偽っていたが、本来の術式は反転呪法。対象の全てを演算することで性質を反転させ、(最弱)にすることができる。ただし生物には効かない。性質の反転の練習に、甚爾の妻の癌を一度治したことがある。




家入硝子(黒怨硝子)

龍已の死後、龍已と結婚した。子供は何故か龍已が死んでからできた。完成したら子供ができないようになる縛りを設けていると聞いたので、もしかしたら死んだからこそ子供ができると変換されたのかと思いつつ、愛情を注いで育てた。

最愛の人を亡くし、呪術界に完全に嫌気が差したので身を引いた。反転術式のアウトプットができる数少ない人物なので却下されていたが、五条の脅迫もあって脱出。田舎へ引っ越して息子と一緒に暮らしている。

首には常に武器庫呪霊のクロを巻き付けている。中には龍已の遺物が全て入っている。龍已の写真はクロに呑み込ませ、毎日欠かさず眺めている。

享年86歳。天国へ行くことを拒否し、勘で龍已の居る地獄へ自ら堕ちた。その後巌斎と正妻の座について言い争う。




黒怨辰已(たつや)

“最凶の呪詛師”の血を受け継ぐ子供。呪いを宿さず、呪いが見えない。しかし恵まれた身体能力を持つ。黒怨無躰流を継承しなかったが、母親を守るためにありとあらゆる武術と武器術を総ナメし、世界最強の男としてテレビに取り上げられたことがある。




天切虎徹

龍已との決戦後、幾つかの呪具を世に出した後、呪具師を辞職した。理由はこれ以上呪具を造る意味が無くなったから。結婚もせず、子供も作らず、天切家は新しく作った虎徹の父の息子……腹違いの弟に任せた。

享年54歳。いつまでも美しさを損なわず、傾国の美女のような容姿のまま静かに息を引き取った。死の間際、龍已の元へ行く呪具を自身に使い、死後は地獄へ一直線に向かって再会を果たした。




黒怨龍已

享年29歳。死後は天国に行けず地獄行きとなったが、親友達と一緒に行ったので寂しくはなかった。まさか死んでからも結婚することになるとは思わず、そして自身の生徒だった子にまで手を出す羽目になるとは思わなかった。

硝子が死んで地獄に堕ちてきたことに驚き、正妻について言い争う巌斎と硝子の間に入れなかった。どこの世界も女は強し。反承司を2日も抱いたのは、煽ったのに巌斎がダウンしてムラムラを反承司に沈めてもらい、起きた巌斎としようとして気絶。ムラムラを……というのを繰り返したため。




遠隔呪力操術・(ごく)(ばん)流天(るてん)

呪力出力を取り払い、出力を完全な自由にする。ただし、当然の如く全呪力を使えばその後、術式の使用はおろか肉体強化もできなくなる。




地獄

天国の逆位置にあるもの。罪を犯した者達が堕ちる場所。犯した罪が大きく、重ければ重いほど思い刑罰が待つ。

閻魔大王には第1補佐官という右腕が居るらしい。




作者

Happy Endを望む声が多かったのでHappy Endにした(ゲス顔)

その後の話やらちょっとした短編などを考えてはいるが、書くかどうかはまだ謎。だけど、その後の現世の親友達の話くらいは書いておきたいと思っている。




ここまで読んでいただきありがとうございました。最初はギャグ。その後はシリアスと、人によっては不快に思われる書き方をしてしまい申し訳ありませんでした。

地雷要素があったり、ご都合主義的な部分があったりと、批判を受けたりする中でここまで読んでくださった方々には感激です。本当にありがとうございました。

これにて完結となりますが、気分が乗れば短編的なのを書いてみたりしようとは思っていますので、首を長くして待っていてください笑笑



最後に、本当にありがとうございました。原作の呪術廻戦もよろしくお願いします。




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オリキャラ設定集────ネタバレ注意────



オリジナルキャラクターの設定集なので、ネタバレ注意です。





 

 

 御劔剣一(みつるぎけんいち)

 

 通称ケンちゃん。

 

 身長170センチ。少し筋肉質。活発系でツッコミ担当。よくイジられるが、それについて不満は無い。龍已に初めて話し掛けた非術師。

 

 小さい頃は足が速いことに自信を持っていたが、小さな頃から超人の身体能力の一端を発揮していた龍已をライバル視してことあるごとに勝負を挑むも全敗。競泳勝負を挑んだときに全身傷だらけの龍已を見て家庭内暴力を受けていると勘違いして警察に相談しそうになった。

 

 頭は中の下。成績もそれなりだが、素行は悪くなく活発系で、も物運んでいるとさり気なく手伝ってくれることから先生からの評価は良く、他生徒からも好感が高かった。

 

 親友メンバーのリーダー的存在でムードメーカー。カン、キョウとは幼稚園からの仲だった。親同士も知っていて互いの家族全員で食事をすることを多かった。遊びに行くときはチャイムも鳴らさず我が家のように入るのが割と普通。ご飯食べて行くでしょー?ゴチでーす!!みたいなノリ。

 

 大人になってからは建築系の会社に就職し、最初は現場監督をしていたがノリで受けた建築士の試験に合格したため、建築士として、才能があったためデザイナーとしても活躍する。人柄も良く、設計が個性的だったため雑誌に取り上げられ、一躍有名建築士になる。

 

 龍已が死んでしまったという報告は虎徹からされ、最初は信じられなかったかが、理解すると膝から崩れ落ちて涙を流した。非術師であるがある程度呪術界への理解があり、龍已の一族を追いつめて殺す原因となった呪術師が嫌い。

 

 

 

 

 皐野寛鶿(こうのかんじ)

 

 通称カンちゃん。

 

 ケンとキョウとは幼稚園からの仲であり、仲が良かった。仲が良くなったキッカケは、ケンが遊びに誘ってきて何度か遊ぶようになり、幼稚園の外でも一緒に遊ぶようになったから。親同士の波長も良かったため。

 

 目付きがちょっと悪いことが特徴で、身長が172センチとちょい高め。ケンをイジるときは最速の速度を持つ。イジる雰囲気になるのは、大体コイツのせい。足の速さではケンに負けるものの、テクニックでは勝っていた。

 

 人を良く見ていて、ケンが暴走……夏の花火大会で龍已を使って不良をぶちのめすよう誘導したり……等があると真っ先に気がつき窘める。窮屈なのが嫌だという理由で服をだらけさせるのだが、それのせいでちょい不良に見られることがしばしば。しかし話してみると話しやすいというギャップから意外とモテる。

 

 頭の良さは中の中。つまり普通。理解力があるのでその場で教えてもらえれば理解出来るが、長続きせず、少し経ってから問うと、あれ?ってなるタイプ。会話の中で『クソ』を付ける節がある。

 

 大人になってからの仕事は車の整備士。カッコイイ車が好きで、趣味が拡大していった結果、チマチマと車を自作していくことになった。完成した車をケンとキョウ達に見せたところ評判が良かったのでコンテストにノリで応募したところ優勝して雑誌に取り上げられた。

 

 金持ちから製作の依頼が来たこともあるが、趣味でしか作っていなかったので断ったところ、金を積むだけ積んで引く様子が無かったので仕方なく作ったら、それをテレビ取材で自慢されてしまい名前が全国放送され、有名人になった。

 

 龍已のことを殺した呪術師が心底嫌い。もしコンタクトを取ってきたら車で轢き殺してやると心に決めている。龍已が死んだ報告を受けたときは泣いた。墓参りは必ずやっている。

 

 

 

 

 藤宮梟烙(ふじみやきょうらく)

 

 通称キョウちゃん。

 

 身長が174センチと高め。身長の割に細めの体格。垂れ目なのが特徴。カンがケンのことをイジると悪ノリして……いや、ノリノリでイジる。ケンとカンとは同じサッカー部であり、反射神経が良いことからゴールキーパーをしていた。

 

 身長が高いので大きめの服を着るが、細めの体格なのでダボダボになり、意外と私服姿が女性に人気。自分達が他の女子から一定の人気があることを知っているが、龍已が居ることで話し掛けられないことも知っている。しかし親友を無下にする女子と仲良くするつもりが毛頭無いので放って置いている。

 

 頭は中の上。頑張れば上位に食い込めるが、やる気が長続きせずいつも通りの成績に収まる。ケンとカンの3人の中で1番モテるが、特に興味は無かった。というか、皆が龍已のことを遠巻きにするので、そんな奴等と付き合おうと思わなかった。

 

 大人になってからは色々な業種を経験するように転職を繰り返していたが、ノリで買った宝くじが当選して巨額の資金を手にしたので何となく旅館を作った。すると従業員の接客や見える風景などからリピーターが増え、テレビの取材が来たので応じたところ、偶然ケンとカンが泊まりに来ていたので揃ってインタビューを受けることになり、2人のファンから注目されて客が増え、人気旅館のオーナーになった。

 

 忙しいので龍已をまだ旅館に泊めたことが無かったので、いつかは泊めたいと思っていた矢先死亡の報せを聞いた。なので彼の死後、遺影を持って旅館の案内をした。親友達は無料で泊めている。

 

 呪術師の事は大嫌いで、呪術師か非術師か判る呪具を虎徹に造ってもらい、呪術師だった場合宿泊は禁止している。

 

 

 

 

 天切虎徹(あまぎりこてつ)

 

 黒怨龍已に対する抑止力装置。最強の怨念の怪物を殺す術を造り出せる存在。最強のサポーター。彼無くして黒怨龍已に勝つことは不可能だった。呪具に於いての万物創造者。

 

 呪術界の大物。有名な呪具師を何人も輩出した名家。その当主であり、歴代最高の術式と類い稀なる頭脳を持って生まれた。

 

 金髪碧眼であり華奢。容姿が美しすぎて小さな頃は美少女にしか見えず、歳を重ねると美女の見た目へと変わり、死ぬまで若々しいままだった。結婚は最後まですることなく、独り身だった。

 

 無機物に好きな術式を付与することができる付与呪法を生得術式としており、本人曰く素材と時間さえあれば造れないものは無いとのこと。龍已の使用する呪具を全て造った。他の呪具師の呪具は使わせない。龍已の呪具は全て自分が造ると心に決めている。その他の人の呪具は適当。だが、腕が良すぎて適当なものでも相当な価値が生まれる。

 

 黒怨龍已を神聖視しており、彼を馬鹿にする者は絶対に許さない。彼のためならば世界を破壊することも厭わず、頼まれれば何を犠牲にしてもやり遂げようとする。何もかもよりも彼を優先しており、その想いのため自殺に近い頼みも聞き届けた。

 

 世界最高の呪具師として呪術界に名を広めていたが、その影響力は莫大で、彼の一言で世界中の呪具師の呪具製作の手がストップされる。その影響力から、呪術界の上層部からアンタッチャブルとして扱われていた。彼に意見できる者はそう居ない。

 

 龍已の死後は抜け殻のようになってしまい、ケン達に励まされながら生きていたが50代という若さでこの世を去った。死後は、事前に造っておいた龍已の元へ引かれる呪具の効能により地獄へ行き、彼と再会した。反承司と似た、病的な執着心を持っている。

 

 始めの頃、読者達によって男の娘でありながら龍已のヒロインに押し上げられようとしていた人物。品行方正。頭脳明晰。超大金持ち。主人公に従順。家事全般得意。僕っ子。という属性モリモリ。ヒロインの資格は十分にあった。だが男だ。

 

 

 

 

 反承司零奈(はんしょうじれいな)

 

 ヒロインの1人。

 

 生前に呪術廻戦を読んでハマり、二次創作のとある作品の龍已にドハマりした転生者。女子高生だったが事故により他界し、この二次創作が主軸の呪術廻戦に転生した。

 

 術式は反転呪法といい、向けられた力の向きを反転させる他、性質を反転させることができるというチート術式。ただし、この術式を使用するためには某学園都市1位のような演算を必要とし、頭の良さを求められる。そのため、小さな頃から勉強と術式の鍛練に全てを費やしていた。

 

 全ては黒怨龍已に会うために犠牲にし、学生の頃は恋人はおろか友達も居なかった。並々ならぬ執着心と推しへの愛を龍已に抱いており、その気持ちは狂気にすら達している。彼のためならば原作キャラを何の躊躇いも無く殺せるイカレさを内包する。

 

 龍已が死ぬつもりであることを察し、態と自分でも耐えられない技を反転させて死亡。死後は気合いと推しへの愛のみで天国へはいかずにあの世と現世の中間に留まり、龍已が来るのを待っていた。天国行きのところを自分から地獄へ行った凶人。全てのものよりも龍已を優先する。

 

 死後の地獄にて、巌斎の強引な手によって龍已に抱かれたが、諸事情によって2日間抱かれて離してもらえず、反承司の中の龍已への愛が増大し、彼無しでは居られない体になった。龍已のことをバカにした地獄の鬼を殺戮し、その所業と身に纏う執着心と狂気より、鬼からも悪鬼と呼ばれている。

 

 龍已の髪の色と合わせるかのように黒髪で、琥珀色の瞳をしている。胸は大きめでメリハリがついた体つき。容姿は可愛い系であり、その整った容姿から学生時代よく告白されたが全て1秒以内に振っている。

 

 龍已が居なければ、この小説の最強系オリ主の枠に入っていただろうポテンシャルを秘めている。が、龍已が居ない世界線ならば自殺していたのでその可能性は低い。

 

 

 

 

 音無慧汰(おとなしけいた)

 

 享年15歳。龍已の親友となった矢先に任務先にて死亡してしまった。龍已が領域展開を会得するキッカケとなった人物。

 

 女好きでナンパをよくしていたが、軽薄さが滲み出ていたため成功したことは無い。妹が居て、普通の家庭に生まれている。術式を持っているのは彼1人であり、蠅頭が鬱陶しくて祓ったところを見られ、高専にスカウトされた。

 

 術式は聴くことに特化した聴覚強化術式。首にはヘッドホンを付けているが、それはこの術式の副次的効果からか耳が良く、人混みの中では人の声がうるさくて気分を悪くしてしまうため、そういう場合に付けるために持っている。

 

 高専入学後は巌斎と出会い、勘違いではあったが助けられたことで惚れるが、脈無しだったことで恋心を諦めた。それからは女好きがなりを潜め、普通の少年になった。ナンパを繰り返すことで手に入れたコミュ力で相談しやすく、話しを真剣に聞いてくれるため生きていれば女にモテていた。

 

 龍已のことを親友と認識しており、それを伝えるために長いミサンガを編んだ。呪物にならないよう気をつけながら編んだが、死後龍已が同じところに来れるように縁を使って死後から呪いを掛けていた。そういった部分にイカレさを内包する。

 

 龍已を1人にさせないため、共に地獄へ堕ちたが、主に巌斎のストッパーとして日々胃を痛めている。索敵のために使う術式を巌斎探しに使うことが多い。練度が上がると、筋肉の動きの音、血液の流れる音、心の声さえも聴くことができる。

 

 

 

 

 巌斎妃伽(がんざいひめか)

 

 ヒロインの1人。

 

 享年15歳。素行は悪く、中学の頃は有名な不良高校に入学していた。が、生まれ持った戦闘センスと喧嘩っ早さに合わせ、戦闘狂の性格があったため男も女も関係無く喧嘩をしては全員ボコボコにし、何十人も病院送りにした。

 

 呪力を使えば使うほど身体能力が爆発的に増大する肉体強化の術式を持っていたこともあり、喧嘩では負け知らずだった。気に食わない奴、喧嘩を売ってきた奴は取り敢えず殴る。愛用の武器はメリケン。普通の代物だったが、長年使っていたために呪具と化している。

 

 凶暴な性格をしているが、育った家庭環境が酷かったのが影響している。父親と母親は互いに浮気相手が居て離婚。親権の問題で母親に引き取られたが、ホストとセフレとの遊びに金を使ってしまう性格から家は貧乏であった。

 

 完全放任主義で妃伽のことは居ないものとして扱われ、夜遊びで朝に帰ってきたかと思えば金をせびられる毎日。金が無いとどうしようも無いということから、中学校には殆ど行かず、高校生でも通じる容姿を使い、バイトをしていた。

 

 時には喧嘩相手から金を出させたりしながらどうにかやりくりしていたが、毎日その繰り返しだとストレスが溜まるので呪霊にぶつけていた。中学生にして2級呪霊を撲殺し、その場面を高専関係者に目撃されてスカウトされた。

 

 金髪の長い髪に切れ目でかなりの美人な顔をしている。体つきもタッパとケツが大きく、胸も大きいのに加えて足も長いという我が儘ボディ。しかし喧嘩が絶えなかったので筋肉もついている。ちなみに身長は174センチ。

 

 喧嘩で負け知らずだったが、龍已に叩きのめされて手も足も出ないことから面白い奴認定。料理で大好物のアスパラのベーコン巻きを作ってもらい、絶品だったことから惚れた。

 

 ロマンチストで乙女思考。将来の夢はお嫁さん。

 

 意外とディ〇ニーが好きで、可愛いぬいぐるみを見ると欲しくなる。自分に似合わないことを自覚しているが、それでも欲しいときは購入し、誰にも見えないところに隠したりしている。

 

 ギリギリ天国行きだったが、龍已が堕ちる地獄へ一緒に行った。地獄にて念願だったお嫁さんになったはいいものの、恋愛に関してクソザコナメクジなもんで()()()反承司に負担を掛けた。キスで真っ赤になり機能停止するレベルだった。

 

 

 

 

 鶴川䳑亀(つるかわゆうき)

 

 龍已の学生時代から専属の補助監督をしていた人物。龍已が黒い死神であるという事情を知る数少ない人物でありながら極めて温厚。職業柄短命であるだろうと思い恋人は作らなかった。

 

 戦いの場には出ず、中間管理職であり事務仕事などが主なもののため、呪術師には敬意を表して接している。年下でも必ず敬語で話し、困った事があれば相談に乗るという根明。術式は持たず、呪力だけ。しかし、念のためということで護身術を龍已に教え込まれ、プロの格闘家よりも実は腕っ節が強い。

 

 龍已の学生時代に高額な腕時計をプレゼントされてからは、どこに行くにも必ずつけており、大切にしている。龍已のことを心から尊敬していて、兄のような弟のような、師匠のような人物だと思っていた。離叛し、死んでしまったという報せを聞いたときは茫然自失となり、暫くの間休みを取っていた。

 

 龍已の死後は虎杖達の面倒を良く見るようになり、龍已が教えていたこの子達は死なせないようにしようと補助監督の仕事でミスがないように徹底することにした。

 

 基本温厚、話も出来て強いという特級呪術師の龍已の専属補助監督で、同業者からはその立場に羨ましがられていたが、実はその事について優越感を感じていたし自慢だった。

 

 

 

 

 黒圓弥生(こくえんやよい)

 

 龍已の母親。温厚で優しい性格だが、龍已の父である忠胤には厳しい面を見せるため尻に敷いている。運動神経が良く、頭も良い。特に危機的状況に陥っても恐れない、冷静さを欠かないという強い精神的強さがある。

 

 黒圓家に嫁入りする際には、家族との縁は切ってもらうと言われて最初は葛藤したが、それを了承して嫁入りした。

 

 龍已が全く笑わないどころか表情が変わらないことを憂い、何かを求めたときは全力で応えるようにしていた。頭が良く、素行も良く、家の手伝いもする自慢の可愛い息子だが、体中傷だらけなのが痛々しかった。

 

 常に無表情の龍已の雰囲気から、その日の気分を完璧に当てられるという特技を最初に身につけた母親。

 

 最期は呪詛師に殺されてしまったが、持ち前の精神的強さにより、狼狽えず包丁で迎え撃った強かな女性。死ぬ間際、想ったのは最愛の息子である龍已のこと。最後にあの子を抱き締めてあげたかった。死んで悲しい思いをさせてごめんなさい。そう思い死亡した。

 

 

 

 

 黒圓忠胤(こくえんただかず)

 

 龍已の父親で黒圓無躰流継承者。龍已に技術の全てを継承させた人物で、実力としては黒圓一族の中でも上位だった。非術師ではあるが、呪術界、呪術師等といった存在を知っている。時が来れば黒圓一族の秘密を龍已に話し、継承の儀を行うつもりだったが、呪詛師により殺害された。

 

 しかし、渋谷事変で呪詛師の術式の影響で一時的に降霊し、黒圓一族の継承を行うに至る。

 

 技術の修得速度や肉体の強さ、才能から、龍已が黒圓一族の最高傑作であり救世主であることを確信し、黒圓一族の怨念が果たされることに喜んでいた。息子に殺されることに一切の恐怖は無く、最高傑作へ継承できることに誇りを感じていた。

 

 だがそれとは別に、純粋に息子の龍已を愛しており、愛情を持って育てた。

 

 

 

 黒圓龍已(こくえんりゅうや)

 

 今作のオリジナル主人公。

 

 常に無表情で、生まれたときから呪霊が見えていて、それが普通だと思っていたために周りの同級生に言ったところ、気味が悪い奴という評価を食らい、一時期虐められていた。本人は虐めを受けても気にしておらず、それすらも気味が悪く感じて敬遠されるようになる。

 

 幼児から黒圓無躰流の鍛練を積んでおり、才能、肉体的強さが黒圓一族の中で最高。扱えない技術はなく、全てを完璧以上に扱えた。

 

 性格は温厚ではあるが、奥底には冷酷にして冷徹、残虐な性格が潜んでいる。敵には一切容赦せず、根っからの男女平等主義者で子供も関係無い。殺しそのものに躊躇いが無く、嫌悪感も無いため必要ならばすぐに殺す。

 

 術式は遠隔呪力操術。呪いを体外に飛ばして自由に扱うというものだが、範囲が狭く、できることが限られるという弱い術式だった。そこに天与呪縛が設けられ、銃を介さないと呪力を飛ばすことができなくなっていた。その代わりに4キロ以上の術式範囲と、最高レベルの操作技術が与えられた。

 

 内包する呪いが莫大すぎて、自分でも総量を把握していない。その総量は五条悟を超え、乙骨憂太をも軽く超える呪いの怪物。黒圓無躰流の継承者にして世界最量の呪い、類い稀なる戦闘センスから特級呪術師に任命された。

 

 身長182センチ。体重1()4()8()()。顔つきは精悍な顔立ちで整っており黒髪。琥珀色の瞳をしている。全身が筋肉質であり、背中を除いた全箇所に夥しい数の傷跡がついている。切り傷、刺し傷、抉れて治った傷等。背中は相手に背を見せない黒圓無躰流の性質上傷一つ無い。

 

 100㎏を超える特級呪具『黒龍』や、200㎏を超える『黒曜』を使うことから、握力は480㎏。ゴリラの握力勝負でぶっちぎりで勝利できる。虎徹曰く、力の制御は完璧だがリミッターをどこかに落としてきたタイプとのこと。乗用車を片腕で持ち上げて投げ飛ばす腕力を持っている。身体能力は、素の状態で全ての世界記録を超大幅に塗り替えられる。

 

 頭脳明晰であり、学校での成績は常に虎徹に次ぐ2番だった。勉強をしろと母の弥生に言われたことが無く、自分で自主的にやっていた。が、記憶力が良いので少しやると覚えてしまい、勉強の時間はほどほどにして鍛練に費やしていた。

 

 表の最強である五条悟と対を為し、裏の最強であった。高専の教師になってから担当したのは国語と数学と物理と英語。場合によってはその他全てを教えて全般を担当していた。体術は甚爾に任せていたものの、任務で居ない時は担当していた。特級呪術師が東京校に2人居るのは不公平だということで、京都校に出張して教鞭を取ることがある。人選されたのは、歌姫の強い希望によるもの。

 

 

 

 

 黒怨龍已(こくえんりゅうや)

 

 1000年以上続く怨の一族の末裔にして最高傑作。黒怨無躰流最終継承者。完成体。凝り固まった怨念が解放された怨念の怪物。

 

 呪術師に迫害されてきた者達が結託し、継承し、受け継がれていくことで呪いを増幅してきた。全ての代は1人のために。

 

 1000年以上続く歴史の全てを受け継ぐ必要があり、情報量で人格が破壊されないよう生まれた瞬間と、両親をその手で殺した時の2回に分けて継承される。継承された場合、残ったもう半分の呪力が受け継がれ、歴代の残った継承者の記憶と技術を受け取る。

 

 龍已の場合は最終継承者のため、内に潜む歴代の人格全てが統合される。メインは龍已に、より冷酷にして残酷、敵に一切の情を抱かない思考に染め上げる。敵である呪術師を殺すためだけの存在と昇華される。

 

 黒圓無躰流初代である黒怨源継(みなつぐ)が、全ての呪術師に勝ち殲滅できる代に、呪いと全て、そして術式が発現するよう強力な縛りを設けたため、龍已は全ての呪術師を相手にして必ず勝てるという概念を持つ。最強の呪術師特攻。相手が呪術師ならば、何があろうと最後は絶対勝つことができる。ただし、勝つ意思がある場合に限る。

 

 領域展開は呪術界でも最高練度。持続時間は最高で3時間45分。最初は従来の閉じ込める領域だったが、両面宿儺の閉じ込めない領域を経験したことにより、自身の領域を閉じ込めない領域へ昇華させた。その範囲は427メートルにも及ぶ。

 

 天与呪縛により領域内で必中効果が発動した場合に限り、術式の解釈が捻じ曲がる。必中故に『必ず当たるのだから当たる場所からはどこからでも当てられる』という風に捻じ曲げられるので、体内から撃つことができる。対処できない者にとっては1秒後に死が待ち受ける必殺領域。

 

 癖のようにその日の気分によって食べたいもの、やりたいことが変わる性格は、複数の人格が内に宿り、その人格一つ一つに好みなどが存在していてそれに引っ張られるため。多くの人格が集まっている弊害が、その日に変わる気分に現れた。意識が統合されてからも気分が変わるのは、最早癖のようなもの。

 

 その日の気分によってやりたいことも変わり、やったことが無いことにも手を出すので基本何でも出来る。やるからには凝るので完成度が非常に高く、手先が器用なこともあって経験したものはプロレベルになる。特に料理のレベルが上がりやすく、プロの料理人顔負けの腕を持つ。

 

 類い稀なる戦闘の才能と、長い年月を掛けた人間の品種改良によって高スペック過ぎる体は、敵から受けた1度の攻撃だけで『慣れた』と称して耐性を得る。それは攻撃だけでなく、劣悪な環境に於いても発揮され、経験すればするほど無敵の権化へ近づく。攻略法は初手に初見の直接攻撃にて、彼の頭を粉々に吹き飛ばすこと。頭が残っていると、そこから反転術式により再生してしまうため。

 

 行うだけで膨大な呪力を消費する反転術式を常に回しておける。そしてその反転術式を術式に流して反転させ、約4メートル以内に於いて一切の遠距離攻撃が無効化される無色透明のバリアを構築する。そのため、必然的に近接戦での決着が求められる。ただし、龍已は黒怨無躰流の全ての代を統合した最強の継承者なので、生半可な技術では勝てない。無理ゲーと言われる所以。

 

 呪術師最強の五条悟曰く、無理ゲーを正面から火力だけで無理矢理攻略した挙げ句、無理ゲーのラスボスを捻り殺して代わりにボスとして君臨するバグ。バグゲーのラスボス。

 

 反承司零奈が居た現実世界で二次創作をしていた作者が、考えたはいいが強すぎて誰も勝てないことを悟り、書くことを諦めた存在。そもそも、完成した黒怨龍已に勝てる存在は居ない。それを可能とさせる唯一の人物が天切虎徹だった。

 

 死後、地獄にてあるお偉い様(No.2)から、呪詛師や悪人に対する怨念の強さを買われてスカウトされる。以後、お偉い様直属の刑罰実行者として立場を貰い、仕事の早さと確実性、報連相の具合などから重宝されるようになる。事務も行える、又は初めての仕事内容でも『慣れた』と称して次の瞬間には全てものにするため、めっちゃ即戦力という認識。周りからは無表情繋がりで仲が良いという評価。どこかの吉兆の印は2人を見ると胃が痛くなるらしい。

 

 地獄での刑罰は16(がい)年(10の20乗年)のものと判決されたが、『慣れ』てしまい刑罰に一切ならないので早めに切り上げて仕事を与えられる事になった。ちなみにこれは異例であり、No.2のお偉い様でも普通に凄いですね、いろんな意味でと言わしめた。

 

 

 

 

 (くろ)死神(しにがみ)

 

 全ての呪詛師から恐怖された最強の抑止力。

 

 辺りが暗くなった夜の時間にしか活動せず、その代わりに夜の暗闇に紛れて近づき、対象を必ず殺すことから黒い世界より訪れる死神ということで、黒い死神と呼ばれるようになった。

 

 依頼達成率は驚異の100%であり、失敗したことは無い。慈悲は無く、呪詛師の元にだけ訪れるので何を言い訳にしても絶対に殺される。その徹底ぶりは、例え子供であり、何の罪も犯していなかろうと呪詛師の血を引くならばその場で殺していた。同じように犯罪を犯す可能性が高いためと考えられる。

 

 気配も匂いも風音も無く、ハッと思った時には殺されるという謎の恐怖を味わう。五条悟よりも抑止力が強く、呪詛師による犯罪件数は黒い死神が現れるようになってからほぼ0となった。ただし、居場所を見つけると殺しに来るので、活動しなければ来ないという訳でもない。

 

 呪詛師を怨み、呪詛師を殺すことに徹底した黒怨龍已のもう一つの姿。最凶の呪詛師殺し。

 

 

 

 

 黒怨無躰流(こくえんむていりゅう)

 

 少し前までは黒圓無躰流と名前を変えていた武術。ありとあらゆる武器の扱いを修め、戦場で巧みに使う。全種の武器の扱いが達人を超えており、その真髄は相手に隙を与えず常に前進して相手を追いつめ、必ず殺すこと。そのため、相手に背中は見せず、敵から逃げないことを家訓としている。そしてその性質故に、歴代でも背中に逃げ傷を負った者が居ない。

 

 合理的に効率良く敵の肉体を破壊し、殺すことに特化した武術故に呪術師に目をつけられたが、一子相伝のものなので教えることは断った。その後、呪術師により迫害され、延々と怨念の牙を研ぐことになる。

 

 鍛練は生まれた瞬間から開始され、例え理解していなくても修業させる。その理由は一族の門外不出である特殊な筋肉配列をつけるため。これの完成度によって唯一の奥義の強さが変わる。歴代でも奥義を完璧に修得できた者は居なかったが、唯一龍已だけが完璧に修得できた。

 

 元々は大切な者を失うことが無いようにという願いから生み出された武術であり、使う必要が無いならばそれに越したことはないという考えを歴代の誰もが持っていた。呪術師が手を出さなければ、数ある武術の1つに過ぎない代物。強い怨念により変貌した。

 

 あらゆる武器扱うため、その弊害で使ったことが無い武器でも手に取ると構造と使い方を理解してしまう。総じて身体能力が怪物並で、手先が器用なのが特徴。歴代では物作りの芸術家に推薦を受けたことがある者も居る。

 

 

 

 

 クロ

 

 大容量武器庫呪霊。等級は4級。蠅頭と同等の力しか持っておらず、あくまで武器を仕舞っておけるだけの呪霊。

 

 額に第三の目があるだけの黒い蛇。人の、あれ?この山蛇出るんだっけ?怖いねーという負の感情から生まれた。つまり強さ的にはめちゃショボい。武器庫呪霊となったのは偶然。

 

 呪霊の中でも特異個体で、狡猾さが無く、ほぼ知性のある蛇。そのため龍已に見つかった時は、地面を這いずっているので体が泥塗れになり、不快だからという理由で水溜まりで水浴びをしていた。

 

 龍已に見つかってからは全力で逃げたが捕まり、説き伏せられて調伏され、契約した。基本的に落ちないよう龍已の首に巻き付いている。必要ならば腕を伝って手首辺りから武器を吐き出す。契約者である龍已にとても懐いており、契約者でもない家入硝子にも懐いていた。

 

 中には数百の虎徹製呪具が呑み込まれていて、一つ一つの名称も覚えている。そのため武器の名前を言うだけで目当ての呪具を吐き出してくれる。

 

 龍已の掛け替えのないパートナーであり、その有用性から休日は一緒の風呂に入りブラシを掛けてもらう。ご褒美である。これをするとものすごくご機嫌になる。

 

 龍已の死後は契約者を硝子に変えており、彼女が死ぬまで傍に居た。彼女の死後は誰かと契約などはせず、自身の尾を食べていき自滅した。

 

 特異な呪霊だったためか、死後は何故か地獄に居た。初めて見る場所故に困惑していると龍已と再会し、第三の目から大粒の涙を流しながら再会を喜んだ。なお、呑み込んだ呪具も何故か全てそのままだった。ある意味最強のサポーター呪霊。もちろん龍已と契約し直した。

 

 

 

 

 






感想の中にクロもヒロインでは?という声があり、流石に笑いました笑笑

次出すとしたら、龍已の使う特級呪具の説明とかですかねぇ。

会話文がないので分かりづらかったら申し訳ないです!



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オリ武器設定集─────ネタバレ注意─────




 

 

 

 

 特級呪具『黒龍(こくりゅう)

 

 超重量姉妹銃。黒怨龍已が愛用する2挺の黒い拳銃。虎徹製であり、隕石に含まれるという稀少な特殊金属を使い造った。そのため耐久力が桁違いであり、地球の技術では傷つけることすらできない。

 

 龍已の全呪力を解放する極ノ番を使っても壊れるどころか変形すらしない耐久力を持つ。ただし、その代わりに重量が120㎏あり、常人には大きさからして持ち上げることができず、持ち上げられたとしても構えることができない。

 

 価格は2挺合わせて40億。

 

 龍已の死後、硝子の手に渡ったが使うことができないためクロの腹の中に収納され、その後は陽の光を浴びることが無かった。黒怨龍已の怨念の呪いがこびり付いており、常人が触れると怨念に当てられて発狂する。特級呪具であり、特級呪物。

 

 

 

 

 特級呪具『黒山(くろやま)

 

 超重量姉妹銃専用レッグホルスター。

 

 1挺で120㎏もある『黒龍』を常に持っていると動きに支障が出るということで造られた代物。龍已が基本的に脚に巻き付けているレッグホルスター。

 

 銃をポケットに納めると、重さを極限まで軽量化する術式が付与されており軽くなる。弾を入れるポケットは異次元になっている。中には到底物理的に入りきらない多種多様の弾が入っている。

 

 腰の後ろ辺りにマガジンを差せる場所があり、『黒龍』などといった空のマガジンを装着すると自動で装着者の望む弾を装填する。空のマガジンを近くで放り投げても磁石で引き寄せられるように自動的に装着されるので、マガジンを無くすことはそうそう無い。

 

 価格は2億。

 

 

 

 

 特級呪具『闇夜(やみよ)黒衣(こくい)

 

 存在を完全に認識されない限り、呪力、気配、音、匂い、動いた際の風の動きなどといった、装着者を探る一切を完全隠蔽するフード付きの黒いローブ。

 

 ただし、その場に残る残穢だけは消すことができない。姿を完全に認識しないと、顔の前で手を振っても手を認識することができないため、敵からすると透明人間なるよりも質が悪い。気配を隠されてしまうため、暗闇で使われると認識できる者が居ない。黒い死神と呼ばれるようになった所以の代物。

 

 完全隠蔽なため、五条悟の六眼でも完全に認識しない限り観測できない。

 

 価格は6億。

 

 

 

 

 特級呪具『黒曜(こくよう)

 

 対物(アンチマテリアル)ライフルをモデルとして造り出された、龍已が持つ武器の中で唯一の大口径狙撃銃。『黒龍』同様隕石に含まれる特殊金属を使用しているため、重量は250㎏。

 

 爆発に間違う銃声を完全に消す術式が付与されている。龍已の超威力呪力放出に耐えられる。

 

 構造自体は狙撃銃のものなので普通の弾も撃てるが、弾も虎徹が造っているため威力が桁違い。常人が撃つと肩から腕が消し飛ぶ。反動が凄まじいため、龍已並の超人的筋肉を持っていないと持って構えることも、撃つこともできない。

 

『黒曜』専用のスコープがついており、呪力を流せば流すほど遠くの倍率にできる。ちなみに、龍已はこの狙撃銃で素の狙撃力で13キロ先の的のど真ん中を撃ち抜いたことがある。

 

 価格は50億。

 

 

 

 

 特級呪具『(くろ)(かみ)

 

 予め龍已の呪力を込めて完成させた代物のため、使用できるのは龍已以外に居ない完全専用呪具。

 

 6つの独立ユニットで1つの呪具となっており、活動範囲は龍已の術式範囲である約4キロ。宙を自由自在に動くことができる。浮遊することで移動し、浮遊と砲撃、急な方向転換などといった動き全てに呪力を消費する。

 

 存在を存在させないという術式が付与されており、呪力を込めて完成させた龍已を除いた者達には存在を認識できない。そもそもその場に存在していないことになっているので、全貌は見えず、風の動きは読み取れず、触れても触れていると認識できない。

 

 呪力を込めて砲撃することができるが、溜めている段階ではまだ気づけない。放たれて漸く呪力を認識できる。そのため、虚空より突然呪力の光線が放たれたように感じる。

 

 独立ユニット6基は全てバラバラに動かすことができ、動きは龍已が把握している。人を乗せて移動させることができ、重量は使う呪力量によって変わるが、龍已が意識しなくても乗せていられる限界は500㎏。

 

 存在を存在させない術式なので、誰にもそこにあると解らないが、あくまで術式によるものなので術式を解除すれば普通に見えるようになる。色は当然黒であり、これを見たことがあるのは家入硝子、庵歌姫、反承司零奈だけである。

 

 1基につき5億の値段のため全部で30億。

 

 

 

 

 試作呪具『姿映(すがたうつ)しの玩具(がんぐ)

 

 指輪型の呪具であり、姿を真似たい者の肉体情報を直接取り込むことで、一時的にその者の姿になることができる。髪の毛ならば3本。血なら一舐め分。

 

 姿を映すと、映した相手の肉体と同じ肉体になるため、筋力の低下などを招く。術式の使用はできず、呪力を使うこともできなくなる。試作品のため映せる時間は2時間。

 

 

 

 

 特級呪具『黒糸(くろいと)

 

 黒い手袋の呪具。指先から極細の黒い糸を出す。糸は強靭であり、細い見た目とは裏腹に数トンの重さに耐えられる。長さは呪力を流すことで変えられる。

 

 糸そのものが黒く、光を反射しないので夜の暗闇の中で使うと全く見えない。普通に見ても見えないくらい極細のため触れても感触がしない。万が一引っ掛かったまま歩けば、引っ掛かった箇所が切断される。

 

 価格は6億。

 

 

 

 

 特別特級呪具『縁切断(えんきりだち)

 

 古い布切り鋏のような見た目をした特級呪具。一度きりしか使えず、1つしか造っていないため特別の枠組みにある。

 

 他者との間にある魂から繋がった縁を切ることができる。1度切ってしまうと修復は不可能。どれだけ絆が強い双子の姉妹だろうが、完全に独立した個人になる。使うと姉妹と認識できなくなる。

 

 これまでの苦楽を共にして苗字が同じで同じ人の腹から生まれた、血の繋がっただけの他人という複雑な認識になる。

 

 刻まれた術式の副次的効果により、縁を切った相手にとって、捨てることで何かを得られる場合に限り、得られるものを本来の強さに戻すという効果がある。この能力により、呪術的同一人物であった真希は真依との姉妹の繋がりを断ち、甚爾と同じ超人の肉体を得た。

 

 価格をつけるとしたら4億。

 

 

 

 

 特級呪具『(くろ)縛鎖(ばくさ)

 

 見た目が黒い鎖。龍已が呪いを込めながら虎徹が製作したことで、龍已の呪いと良く馴染む。そのため呪いの浸透率が高く、呪いを込めれば込めるほど強度が高くなる。

 

 龍已を除いた者が触れていると行動力が半減する術式が付与されている。逃げ出そうとする行動も行動力に含まれるため、ただでさえ龍已の莫大な呪いによって超強化された元より頑丈な鎖を、半減した抵抗力で破らないといけない。

 

 元々の頑丈さは、両端を大型旅客機に繋いで引っ張り合わせてもひびすら入らない。ただし、龍已は呪力強化した腕力で千切ったことがある。

 

 価格は3億。

 

 

 

 対怨用超光高圧縮砲(サンライトレーザー)

 

 世界初のレーザー兵器。1ヶ月の光の吸収を経て、撃てるのは1発のみ。ただし、その1発で直線上に存在する全てのものは粒子も残さず消し飛ばされる。呪具として生み出された対龍已用兵器。光は光速で飛来するため、撃ち出された後ならば回避不可能。

 

 だが、龍已は撃ち出される寸前に戦闘の直感と第六感が働き、少しだけ避けることに成功した。その後、反転術式により完治している。

 

 

 

 

 特級呪具『黒去(くろさ)り』

 

 1度その状況を前もって作ったことを縛りに、記憶させた状況を絶対に再現する呪具。しかし、あくまで戻る術式のため攻撃判定にはならない。龍已の遠距離無効化範囲を無視し、致命傷を与えることができる。

 

 自身の体に違和感を持った龍已発案の元、虎徹が造った世界で唯一、誰でも龍已を殺せる対龍已用最終兵器。弾は全部で5発であり、両腕上腕、両脚大腿の骨を粉々に粉砕し、最後の1発で心臓を破壊する。

 

 

 

 

 特殊弾(縛)

 

 弾に縛りを設けることで、威力を底上げすることができる。1週間に1発しか造れず、1週間に1発しか撃てない弾と、1ヶ月に1発しか造れず、1ヶ月に1発しか撃てない弾がある。造ろうと思えば、1年に~というのも造れる。

 

 威力が高すぎるため、滅多なことでは使うことが無い。そのためストックがかなりある。

 

 

 

 

 特殊弾(透過)

 

 無機物を透過させることができる弾を撃てるようになる。ただし生物及び呪霊には当たってしまうため、遮蔽物の家を透過させる途中で関係無い人に当ててしまうと撃ち殺してしまう。

 

 

 

 

 

 






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オリ主の技設定集────ネタバレ注意────








 

 

 

 

 黒怨無躰流(こくえんむていりゅう)

 

 近接専門の殺人武術。真髄は、常に相手に向かって前進して追いつめ、反撃の隙も与えないまま殺す。超近距離特化。一子相伝のため、扱えるのは黒怨一族しかおらず、特殊な筋肉配列をつけてから鍛練を行うため、見様見真似でやると肉体を破壊してしまう。

 

 多対一を得意としており、落ちている武器を手に取って巧みに扱うので、戦場……特に戦争地帯だとその効力を最大限発揮する。逃げることは一切考えておらず、一族の全員の背中には傷一つ無いとされている。

 

 

 

 

刈剃(かいそ)

 

 最速の速度で狙った箇所を最短距離で蹴る技。咄嗟に動かなくてはならない場合や、初手の攻撃等で使われやすい。黒怨無躰流の中でも初歩的なもの。人に向けて使うと骨を粉砕する威力がある。

 

 龍已はこの技で厚さ20ミリの鉄板を斬ったことがある。一応言っておくが、蹴りである。歴代でも鉄を蹴り斬ることができたのは初代と龍已のみ。

 

 

 

 

 

蛇功(だかつ)

 

 緩急をつけることで蛇のような動きをしているように錯覚させる殴打。回避しても回避先に向かって追い掛けながら飛んでくるように見えるので、咄嗟の回避では間に合わないと刷り込む。相手の意表を突く際に使われる。龍已はこの技で腕を鞭のように見せられる。

 

 

 

 

切空(せっくう)

 

 上空から繰り出される踵落とし。縦に回転して遠心力を加えることで威力を底上げする。回転が多ければ多いほど強くなる。空を切るという名前が付けられているが、これは敵が上を見上げた時に技が入り、体が真っ二つにされて視界が裂け、空が切れているように見えることからつけられた。

 

 

 

 

飛燕(ひえん)

 

 どんなに足場の悪い場所も、常に全速力を出して駆け抜ける技。壁を走ったり、天井を走ることも可能。龍已の場合、逆様になって天井を400メートル走ったという記録がある。

 

 

 

 

浮世(うきよ)

 

 相手の視線、筋肉の動き、気配、勘を全て使い、動きを見切って躱して躱して躱しまくる技。見聞色の覇気による回避みたいなもの。歴代でも相手を見ずに目を瞑って飛んでくる鉄砲玉を避けた者が居る。

 

 

 

 

空巡(からめぐ)り』

 

 武器を両手で持った二刀流の状態で『浮世(うきよ)』と合わせながら飛来物を弾き、斬り伏せ、時に躱しながら相手に向かって前進していく接続技。攻撃を凌ぎながら向かってくるので、相手は威圧される。

 

 

 

 

金剛(こんごう)

 

 全身の筋肉を高密度に固めて防御態勢に入る。歴代の継承者の中には撃ち込まれた弾丸を受け止めて砕いた事があるらしい。筋肉量が多ければ多いほど硬くなれるので、龍已が1番硬くなれる。完成体後は金剛を使用しながら動き回れることができる。

 

 

 

 

飜礙(はんがい)

 

 腕を取り、背負い投げをしながら関節を決めた腕の骨を上腕から前腕に掛けて粉砕する技。空中へ投げるか、地面に叩き付けるかは投げた者次第であり、地面に叩きつける際は頭から落とすため頭蓋骨の首の骨をついでに砕く。

 

 龍已の場合は、叩きつけた後に頭を踏み付けるので、頭が柘榴のように弾け飛ぶ。どうにか叩きつけられるのを回避しても、片腕を折られているので動きに制限を掛けられる。

 

 

 

 

鏖砲(おうほう)

 

 黒怨無躰流の中で修得難易度が高い技。

 

 超一点集中で打ち込んだ拳の衝撃を突き抜けさせる、鎧通しの技。

 

 防御は打ち込まれた時点で不可能。防御すれば防いだ腕を千切り飛ばし、突き抜けた衝撃が離れた体をも貫く。その後、貫き抜けた衝撃の余波が訪れ、二撃目が打ち込まれる。

 

 馬鹿みたいに威力が高い、呪力無し版の逕庭拳みたいなもの。ただし、一撃目の時点で体に大穴が空いて、二撃目で周りの肉が消し飛ぶ。凌ぐためには避けるしか方法が無い。龍已は厚さ2メートルの鋼板に風穴を開けた。

 

 修得して使い熟した者は、初代と龍已しかいない。

 

 

 

 

(まがり)

 

 長年積み重ねてきた経験と、研ぎ澄まされた感覚、戦闘の勘を全て総動員させ、反撃を考えず反射による全自動迎撃を行う、黒怨無躰流の中でもかなり高難度な技。唯一防御一徹の技でもある。

 

 迎撃精度は、その者が積み重ねてきたものに比例する。代を重ねれば重ねるだけ技術も共に継承されるのでより精度が上がる。龍已のそれは29という若さで歴代でトップクラスだった。しかし、完成体となった龍已の『凶』の精度は最高最適のものと化した。

 

 絶え間なく斬撃を浴びせる両面宿儺の領域展開を完璧に凌いだ。

 

 

 

 

壊地(かいぢ)

 

 上空から武器を叩き付け、衝撃を辺り一面に流して広範囲の破壊を撒き散らす技。斬るよりも叩きつけることに重きを置いているため、刃物でも波状的に地面を破壊することができる。打面が広い武器でやると効果が上がる。

 

 

 

 

(ひら)き』

 

 刀を使った居合技であり、斬撃を飛ばすことができる。神速の居合技の筈だったが、龍已が行ったところ漫画の世界のように斬撃が生み出されたので中距離にも使える。一振りで家10棟を両断できる。

 

 

 

 

 奥義『黒躰(こくてい)

 

 次代へ継承されていく黒怨無躰流の中でも唯一の奥義。

 

 生まれて間もなくから、特殊な筋肉の付けかたを行っている黒怨一族。その特殊な筋肉配列は、確かに素の身体能力向上もあるが、この奥義を使った際の伸び代を、より爆発的に上げる為の土台作りでしかない。

 

 この技を使った際、初代は40%の力しか引き出せなかった。その他は10やそこらで、高くて20%と低い。しかし黒怨一族で最強最高の完成された完璧の肉体を持つ龍已は驚異の100%使い熟すことができた。歴代でも唯一の存在。

 

 使われていない筋肉と、頭が使わないようにしている筋肉、そして肉体の持つ潜在能力を無理矢理表に引き摺り出す技。初代は30分で嘘か真か1万人を瞬く間に嬲り殺したとされている。

 

 使用すると、酷使された特殊な筋肉配列をした筋肉や、皮膚などが黒く染まる。皮膚は頑丈を通り越して業物の刃物すら通さず、打撃も効かず衝撃も通さない。打撃の強さを跳ね上げながら、常に最硬の状態を保つ。

 

 龍已はこの状態で東京ドーム7つ分の広さを持つ無人島を、踵落としで砕いた。

 

 実は肉体を呪力で強化する際の上限が、この奥義を使った時だけ変動する。より上限が上がり、素の状態の時よりも更に強化できてしまうため、攻撃力と防御力が天井知らずに伸びる。

 

 伏黒甚爾の『游雲』の打撃を微動だにせず顔で受け止めてノーダメージ。五条悟の全力『赫』を手で振り払う等という芸当を行った。持続できる時間の短さがたった1つの弱点だったが、弱点をそのままにしない龍已の几帳面と、『慣れ』により4日は状態を維持できる。

 

 

 

 

『慣れ』

 

 怨の一族最高の戦闘能力と才能、完成した人類を超越する肉体により無意識下で受けた技や修得していない技術を分析し、肉体に刷り込んで即座に適応する能力。1度受けた技は適応し、その後は効かなくなる。

 

 厳しい自然環境に於いてもこの適応は発揮され、極寒であったり灼熱であったとしても『慣れ』てしまい影響を受けない体になる。死後、地獄の業火で焼かれていたが、慣れてしまい焼けることがなくなったということがあった。

 

 親友が死んだことで会得したと思っている領域展開だが、誰かの領域展開を受けるか、何でも良い小さな切っ掛けさえあれば会得できていた。

 

 

 

 

 反転術式

 

 マイナスのエネルギーである呪力と呪力を掛け合わせることでプラスのエネルギーを生み出し、肉体を治す技術。龍已は他人を治せないが、自身の傷ならば頭さえ無事であれば全快する。頭を潰さない限り殺すことができない。

 

 他人を治せない部分は『慣れ』でも改善できない。その理由は怨の一族として、他者を治すという選択を取らないから。怨念が強すぎて『治してやる必要が無い』という意識が『治せない』に置き換わってしまった。

 

 

 

 

 術式反転『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)

 

 低コスト超高性能の遠距離無効化バリア。

 

 反転術式のプラスエネルギーを術式に流し込むことにより、術式効果を反転させる技術。その効果により、龍已の体外で呪力を自由に出来るという効果が反転しつつ、天与呪縛によって捻じ曲げられ、体外から向けられる攻撃の自由を剥奪するものへと変貌した。

 

 範囲は龍已を中心とした半径4.2195メートル。あくまで龍已に向けられた攻撃だけなので、この範囲内に居たとしても、彼を狙っていないならば攻撃は通ってしまう。

 

 攻撃に例外は無く、物理でも術式でも術式効果でも、それこそ自然の脅威でも無効化される。毒などといったものも通さず、文字通り遠距離限定で黒怨龍已を害する全ての要因を無効化する結界。同時に術式を使い攻撃することも可能(慣れと鍛練の積み重ねによるもの)。

 

 ただし、龍已に飛んでくる攻撃が強ければ強いほど意識を集中するため維持に力を使い、他の術式を使った攻撃ができなくなる。そして、呪力出力の2割以上を使うと、強制的に解除される。縛りとかではなく、単純に維持するだけの力を呪力出力に回してしまっているため。

 

 

 

 

(あま)(ひかり)

 

 込めた呪いをそのまま真下に向かって、極太の光線状にして墜とす。この技を使った龍已は大型病院を地中深くごと消し飛ばした。

 

 威力は込めた呪いの量により比例する。やろうと思えば途中で進行方向を変えることもできる。

 

 

 

 

()(ひかり)

 

(あま)(ひかり)』の地中バージョン。下に向けて放ち、地中を進ませていき、標的の真下から不意打ちで撃ち込む。

 

 

 

 

碧落(へきらく)墜祓(ついばつ)

 

 空に向かい莫大な呪いを凝縮した呪力弾を放ち、上空で解放して空を覆い尽くす程の呪力を配置する。その後、呪力を細い光線状にして降り注がせる、天より墜ちる呪いの晄。

 

 細い光線状なのは、『(あま)(ひかり)』とは異なり、面での攻撃範囲を捨てる代わりに貫通力を上げる縛りを設けているから。

 

 決戦の時には1度に157万発の呪力弾を同時に操って見せたものの、最高操作弾数は更に上の354万発。これ以上になるとその場から動けず無防備を晒すことになる。敵が多い場合に先手必勝で使うことが多い。

 

 

 

 

呪心定位(じゅしんていい)

 

 呪力を弾として撃つのではなく、誰にも感知されない程度の超音波状に飛ばすことにより、術式範囲内の全てのものをスキャンし、全貌を把握する技。害を与えないことを縛りに無機物などを通り抜ける性質を持ち、隠れていても見つけることができる。数少ない索敵用の技。

 

 仮に気づいて呪力の超音波を弾いたとしても、その他全ての範囲がスキャンされているため、どちらにせよ居場所はバレる。凌ぐ方法は、龍已から少なくとも4.3キロ離れなければならない。

 

 ちなみに、練度を上げたことによりスキャンした人間がどれだけ呪力を持っているのか、術式を持っているのか、人を殺した事があるのかさえ把握することができる。黒い死神として呪詛師を殺すときに1番使用していた。『黑ノ神』を動かしながら使用することもできるので、術式範囲内ならば常に把握できる。

 

 

 

 

無窮(むきゅう)(ひかり)

 

 無限にすら思える呪力総量と桁外れな呪力出力任せの超極太呪力光線。指向性を持たせた莫大な呪いの解放であり、威力はトップクラス。真横に撃つと町一つ掻き消えるため真横に撃つ機会は少なく、大体は斜め上か真上に向かって放つ。

 

 想像を絶する威力を持つため、並の武器では絶対に耐えきれない。そのため虎徹が造った龍已専用特級呪具『黒龍』や『黒曜』でないと使えない。

 

 

 

 

 領域展開『殲葬廻怨黒域(せんそうかいおんこくいき)

 

 純黒の世界になっており、他の者達のように心象風景が存在しない。度重なる歴代の継承者達の生得領域と、莫大な怨念により景色が黒く染まっていった。

 

 殲滅して葬り去る、(めぐ)った怨念の黒き領域。

 

 龍已の遠隔呪力操術が必中になるだけの領域効果の筈が、相手が領域対策を持っていない時に限り解釈が天与呪縛によって捻じ曲がり、当たる場所ならば絶対当たるのだから何処からでも当てられるというものになっており、結果的に体内から撃つことができる。展開すれば勝ち確の代表領域。

 

 領域対策をされていた場合、必中効果が消えて体内から撃つことができなくなるが、領域内が全て銃口のようなものになっているので、領域内ならば何処からでも呪力弾を撃つことができるという、どちらにせよ凶悪な能力を持つ。

 

 膨大な呪力を消費するが、龍已にとっては大した消費にはならず、1日に50回以上展開することができ、完成体時最高で36時間50分も維持することができる。

 

 両面宿儺の閉じ込めない領域を経験したことにより慣れ、閉じ込めない領域に昇華された。範囲は龍已を中心とした半径427メートル。この範囲内に入った者は射程圏内のため、内側から撃たれる。大体頭の中から呪力の光線を放つので即死。

 

 

 

 

 極ノ番『流天(るてん)

 

 自由を持ち味にした術式に縛りを設けられた龍已の術式の奥の手。極ノ番と呼ばれている。その真髄は完全な自由化。詳しく言うならば、呪力出力上限の完全な破却。

 

 上限が取り払われるため、無限に思える龍已の全呪力を1度に放出することができる。ただし、全呪力を使えば当然、その後暫くは呪いを使えない。

 

 縛り弾と兼用することができるため、1週間に1発しか造れず、撃てないという呪力弾を使用していれば、全呪力を消費した呪力放出よりも威力が格段に上がっていた。足元に向かって撃った場合、大陸や地球に影響が出ていたかも知れない。それだけの威力がある。

 

 

 

 

 

 










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短編第█章
短編第█話  血塗れの男性








 

 

 

 

『──────新型コロナウイルスの新規感染者の数は先月から大幅な増加傾向にあり、政府は住人の皆様に自粛を呼び掛けて──────』

 

 

 

「んー……中々治まらないなぁ……まあ、コロナが流行ろうと仕事はあるんですが……よっとっ」

 

 

 

 2022年。今年で私は26才になる。中学や高校の頃の友達は次々と結婚して、中にはおめでたにも子供が居たりする。結婚式には呼ばれていないけれど、メッセージアプリのプロフィール画像がそれらしき写真に変わっていれば、産んだのだろうなと察せられる。

 

 私にはそういった相手は居らず、またそういう相手ができそうな雰囲気もない。可哀想な独り暮らしを満喫するOLである。べ、別に寂しくなんかないやい!(ヤケクソ)

 

 1人に使うには丁度良いテーブルに置かれた、朝ご飯が乗っていた空いた皿を持って立ち上がる。今は朝の7時。職場は電車で30分のところにあって、最寄りの駅までは15分。会社は8時に開始なのであと5分以内に出ないと遅刻してしまうのでちょっと急ぎ足。

 

 ぱぱっとお皿を水で洗い、んー……めんどくさいからいっかと開き直ってそのまま放置。パンしか乗せてないので晩ご飯乗せるのに使おっと独り言を溢し、仕事用のバッグを手に取る。玄関まで急いで靴を履き、全身が映る鏡で服装と髪型をチェックしたら、ドアを開ける。

 

 今日も良い天気!毎日の散歩タイムである最寄り駅までの徒歩に憂鬱になりそうなのを、天気が良いことで誤魔化しながらドアをしっかり施錠する。空き巣は怖いからねっ。まあ、最近のマンションはそこら辺は厳重だし、そもそもセキュリティが強いここを探して選んだのだけれども。

 

 

 

「はぁ……仕事だぁ……」

 

 

 

 社畜ではない。普通に仕事がめんどくさいだけ。癒しはある。けどそれは今できない。癒しは帰ってからのお楽しみ。だからこその癒し。そのために頑張るようなものだ。

 

 

 

 よし!今日も頑張るぞぃっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩すみません……預けてもらっていた資料をどこかになくしてっ……」

 

「……おっふ。か、会議に必要な資料のことだよね……?」

 

「はいぃ……」

 

「……一緒に探そっか」

 

「ごめんなさいっ!」

 

 

 

 はーんッ!(怒)

 

 

 

 ……大丈夫。大体こういう時はその日に会議がある描写だけど、会議は明日だから。むしろ早く教えてくれて探せる時間をくれたことに感謝すらしている。……………大事なものなくしてんじゃねぇよッ!(豹変)

 

 今やっている仕事に一段落つけてから、涙目になっている会社のマスコットキャラクターみたいな立ち位置に居る超絶美人な後輩ちゃんを連れて、思い当たるところを探していく。

 

 ちなみに、私の見た目は地味だ。会社はスーツが基本なので皆との差は金を掛けてるか否かでしかないが、見た目はなぁ……。可も無く不可もなくだろうな、私は。低いとも高いとも言えない身長に、ブスとは言われないが美人とも言われない顔。

 

 いや、親戚の集まりの時は美人さんになったねぇ……って褒めてくれるけど、そんなの子供はちょっと太ってる方が可愛いくらい信用ならんわ!いい加減にしろ!えっ……そうかな?へへっ……ってなっちまうだろうが!(チョロい)

 

 髪は肩ぐらいまであるけど、デスクワークには邪魔になるので後ろで1本に縛ってる。まあ好きな髪型とか無いし。それに加えて後輩ちゃんはなぁ……。

 

 私よりも高い身長で、癖というものを知らない艶やかな長い髪に、そこから香るフルーティーな良い匂い。お前モデルかよと言いたくなるスタイルは、胸が大きく程良い大きさのお尻で、腰ほっせ……と思ってしまう(くび)れがスーツ越しに見える見える。

 

 顔面偏差値ハーバードかよみたいな超絶美人さんなのに、我が強いことも無く、さっきみたいにちょっとオドオドした性格。男ってギャップに弱いよねぇ。高身長と合わせた釣り目でキツい印象がある後輩ちゃんといざ喋ったら、守ってあげたくなるタイプでドタマにハートの矢をヒットだもん。見ろよ。私の前を歩く後輩ちゃんと擦れ違う男達が皆その場に止まって振り返ってるよ。何だお前愛され系オリ主かよ。

 

 

 

「ここにも無い……」

 

「最近で来た場所はここだけ?」

 

「そう……なんですけど……資料が見当たらなくて……っ」

 

「……そっか。なら仕方ないね」

 

「えっと……先輩?」

 

「幸いデータは残ってるんだし、作り直そっか。会議は明日なんだし、間に合うよ」

 

「……ごめんなさい。先輩」

 

「いいのいいの。失敗は誰にでもあるからね」

 

 

 

 ただし、今日の私に残業が確定したものとする(絶望)

 

 

 

 後輩ちゃんのOJTを任された私は、仕事を教えている。呑み込みは早くて真面目であるので将来有望だが、いかんせんよく解らんところでミスをする。物の発注の数が合ってないことに気がついたのに、既に発注してしまっていることに気がついていないとか。まあミスは時々なのでいいが、常日頃だったら私は今頃ハゲてるわ!

 

 高い身長で私よりも高い位置にある頭を下げて謝ってくる後輩ちゃんに、いいよいいよと言って自分の仕事机に戻っていく。取り敢えず途中にしていた仕事を終わらせて次の仕事に入りながら、なくしてしまった資料の作製を行う。

 

 手伝おうとしている後輩ちゃんが、今日飲みに行かない?次の休み暇?と下心満載で誘われている光景を尻目に、仕事を進める私は悲しい社畜ですか?そうですね。そうですか……。なお、助けを求めてくる後輩ちゃんを意図的に無視するのは許して。そこは先輩の私が関与するところじゃない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 定時5時なのに今は夜の9時なんですが!(怒)

 

 

 

 資料作りにめっちゃ時間掛かったよ……。なんせ1人でやってたからね。1人でっ!やってたからねっ!後輩ちゃん?先に帰したよ。他の女の先輩……まあ私の同期なんだけど、そいつと飲みに行く約束してたみたいでね。約束あるなら行ってきなーつってね。だっつって☆

 

 本当に申し訳なさそうに頭を下げる後輩ちゃんを見て、私が理不尽に叱ってると思っているのか周りの人の目は否定的だった。いいよねー美人は!周り巻き込んで正義のポジションだもんね!私は悪者かよくそったれ。おっと、お口がお下品でなりませんことね?オホホホホホホっ!

 

 

 

「はぁ……疲れたなぁ……晩ご飯お惣菜でいいかなぁ……帰りに寄って行こ……」

 

 

 

 最寄り駅から降りてマンションまでの帰路につく私は、真っ暗な道を1人寂しく歩く。街灯の光があるだけでそれ以外は特になし。夜道に女1人で歩くのは危険……かも知れないけど、ここら辺は治安が良いのであんまり心配はしていない。

 

 周りの住宅の換気扇から、晩ご飯だろう匂いが香ってくるとお腹が空く。けど家に帰って置いてあるのは水に浸けられたお皿だけ。時間も時間で帰ってから作る気にはなれず、ギリギリ開いているスーパーに寄って半額シールが貼られたお弁当と、おつまみになるようなものとお酒を買う。

 

 スーパーに寄ったことで尚更時間が過ぎた。帰って化粧落としてお風呂入って明日の用意してたら……癒しは持ち越しだね。やってる暇ないもの。はーあ……と、幸せが逃げるような深い溜め息を吐いてトボトボと歩く私は、少し前の街灯が照らす道に、黒い何かが居ることに気がついた。

 

 

 

「……蛇?こんな場所に?」

 

「…………………。」

 

 

 

 街灯に照らされていたのは、真っ黒な蛇だった。長さはそこまでではない。小さな蛇だろう。首に巻き付いたら2周くらいで終わりそうなくらい。でも、その蛇は今までテレビで見てきた黒い蛇よりも、もっと黒かった。混じり気の無い純黒とでも言えばいいのかな。それくらい黒くて、どこか神秘的だった。

 

 周りはコンクリートの塀があり、コンクリート造の建物が並んでいるところに蛇が居るのはちょっと不可解だが、居るものは居るのでまあ良いだろう。けど、問題は黒蛇ちゃんが私を見つけてからジッと見つめてくること。もしかして獲物だと思われてる?やめて、美味しくないから!

 

 そんな考えを察したのか、黒蛇ちゃんはにょろりと動き出した。ホッと思ったのも束の間、次の街灯の光の下に行ったら、振り返って私をジッと見る。なんだろう、まるでついてきてと言っているよう。まさかね?と思いながら、私の足は自然と黒蛇ちゃんの後を追い掛けていた。

 

 私が住むマンションへの道から逸れつつ黒蛇ちゃんを追い掛けること少し。歩いていた私は道の端に置かれたゴミ箱に背を預けて力無く倒れている人を見つけた。えっ……と思っていると、黒蛇ちゃんがその人のところへ行ってしまう。今更ながら毒蛇だったらどうしようと気づき、急いで人のところへ向かうと、黒蛇ちゃんは人の体を慣れたようにするりと登り、首に巻き付いて頬に顔を擦り寄せた。

 

 まるで大好きなご主人様に擦り寄るペットみたいな動きにホッコリしつつ、頭を振って正気に戻る。人が倒れている。酔っ払ってかは知らないが、このまま見過ごすのも後味が悪い。黒蛇ちゃんが案内してくれたのは、きっと助けて欲しいからだろうし。変な人だったらどうしようと小さな不安を抱きながら、倒れている人の傍に寄った。

 

 

 

「あのー……大丈夫ですか?」

 

「……………………。」

 

「こ、こんなところで寝ていたら風邪引いちゃいますよー?」

 

「……………………。」

 

「全然起きる様子ないし……あれ、なにこ……れ……?」

 

 

 

 黒蛇ちゃんが噛みませんようにと願いながら、肩を軽く叩いてみる。倒れている男の人は全く反応を示さない。今度は腕当たりを揺すってみるけれど、全然起きない。どうしようかなと思っていたら、触れた手がヌルッとした。驚いて手を見下ろすと、私の手は大量の血に塗れていた。

 

 サッと顔色が青くなったのが分かる。ものすごい血の量だ。驚きで立ち上がった拍子に男の人の全貌が見える。街灯の光の外側なので薄暗いが、男性の周りの地面が色変わりしているのが分かった。恐らく全部血だろう。大量の出血だ。それに、脚にはレッグホルスターが巻かれていて、太腿の外側には1挺ずつ黒い銃が納められていた。

 

 明らかに普通の人じゃない。堅気じゃない人だと直感してポケットに入っているスマホを取り出して119のダイヤルを押す。すると、男性の首に巻き付いていた黒蛇ちゃんが私の方に来て、あっという間に体をよじ登り腕に巻きついた。悲鳴を上げそうになったが、スマホの明かりを背にこちらを見てくる金色の瞳は否定的に映った。

 

 通報しないで。それだけはお願い。そう言っているように感じた。私は動物と心を通わせるのは無理だ。そんな非現実的なことなどできない一般人。でも黒蛇ちゃんがそう思っていることだけは、確信して思えた。我ながらおかしいと思いながら、溜め息を吐いて打った番号を消す。すると黒蛇ちゃんは腕から私の首に来て巻きつく。

 

 おっふ……と口から漏れたが、仕方ない。ちょっとビックリした。頬に頭を擦り付けられて、また直感する。ありがとう。そう言われているようだった。恐る恐る黒蛇ちゃんの頭を撫でてから、血塗れの男性を見下ろす。救急車は呼べない。警察に通報したら銃刀法違反で捕まるだろう。

 

 チラリと横に居る黒蛇ちゃんを見ると、目が合う。助けて。そう言われた。そう直感する。なんだか不思議な気分になりながら、黒蛇ちゃんに頷いて大きく息を吸い込み、男性に手を伸ばした。連れていくしかないよね。まだ男の人を上げた事が無い私のお城へ。この後のことは何にも分からない。

 

 もしかしたら、余計なことをしちゃったのかも知れないと思いつつも、偶にはこんな日もいいかと思ってしまう。私はスーツの上着を脱いで男性の血が付かないようにしながら、腕を肩に掛けさせて移動を開始したのだった。

 

 

 

「えっ、ウソでしょ?この人重すぎん??体格は筋肉質で引き締まってる感じするけど……確実に100㎏超えてるでしょ!?ふぎぎぃっ!!お、重いぃ……あ、心折れそうだぞぅ……っ!」

 

 

 

 重い。ホントに重い。気絶している人って意識あるけど力抜いてる人よりもめちゃくちゃ重く感じるって言うけれど、これは限度がある。見た目に反したバカみたいな重さがある。私は力自慢じゃないので、少しずつ引き摺っていく。もう汗びっしょり。ワイシャツは絶対血ついているし、汗でブラとか透けてる。まあ見られても安物のブラですがね!大きさはそこまでじゃないけど、美乳のはず!……誰に言っているんだ私は……。

 

 よろよろ、よたよた、トボトボしながら歩くこと1時間。10分あれば着くところをめっちゃ時間掛けた。幸い血塗れの男性は傷が塞がっているのか血は新しく流れてはこないで、流していた血も乾いてるみたい。マンションの防犯カメラに血塗れの姿が映らないように、私の替えのワイシャツを被せる。

 

 念のために持ち歩いていて良かった。前にカレーうどん溢してからはこうやって予備を持ち歩くようにしている。早くカメラの死角に入らないとと急いでエレベーターの中に入り、最上階のボタンを押す。あ、私の部屋は最上階です。偶々空いてたんだよねー。

 

 チンッ……という音が鳴って扉が開く。またずりずりと男性を引き摺って部屋の扉の元まで来ると、鍵を刺して開錠。私の寂しいお城へ初めての男性をご案内。やだっ、あたしお持ち帰りしてるっ!?なお、男性は血塗れの上に銃を持っているとする。なにそれコワイ(白目)

 

 玄関の扉を閉めると、男性を廊下に横たわらせる。廊下の壁にあるスイッチを押すと電気が点いた。そこで漸く見える男性のシルエット。黒のパンツに黒の長ティーシャツだけで、髪は黒色。身長は恐らく180超えてる。顔は精悍な顔立ちをしていて、スタイルはスゴくいい。筋肉質でスゴく引き締まってる。けど、服が捲れて見えた肌には夥しい数の傷跡があった。

 

 ん……?と思うことはあれど、まあ堅気じゃないしね……と思いながらもう一度男性を引き摺っていく。目的地は私の部屋。お風呂に連れて行ってあげてもいいけど、こんな重い人をお風呂の中に入れるのは無理だし、シャワー浴びさせてあげるのも一苦労。なのでここは悪いけれど濡らしたタオルで拭いてあげる方針で。傷口もあるだろうし。

 

 

 

「てか、なんでこんなに重いの……。見た目と重さが比例してないんですけど……アダマンチウムでも入れてんの??」

 

「……………………。」

 

「あ、それよりタオルタオルっ」

 

 

 

 重すぎることに疑問を抱いていたけれど、それより傷がある人を放って置くのはマズい。私は急いで汚れてもいいタオルをお湯で濡らして男性のところへ戻り、服を捲って身体を拭いた。てか、腹筋やば……バッキバキなんですけど。板チョコ?つか、傷跡多すぎてハンパないんだけど……。拷問でもされてきたんか……?

 

 上の服はなんかボロボロだったのでもう着られないと判断してハサミで切った。レッグホルスターは意外と取るのに手こずり、下の黒いパンツはどうにかこうにか脱がした。そしたら引き締まった脚も傷だらけだわで驚いた。あなた傷が無い場所顔くらいしかないの?とか思ってたら背中はめっちゃ綺麗だった。何でやねん。

 

 またしてもあれ……?うん?と思いながら血塗れの身体を拭いて気がついた。大量出血してた割に、傷が無い。傷跡はあっても傷が無いのだ。もしかして返り血?なんか怖くなってきちゃったよぅ。

 

 あらかた拭き終わったので、床に布団を敷いて、男性をゴロゴロと転がして上に乗せることに成功する。ふぃー……と額に掻いた大粒の汗を拭い、血塗れになっている自身のワイシャツを見下ろして溜め息を吐く。お風呂に入って来よう……。

 

 

 

「──────はぁぁぁぁぁぁぁぁ……生き返るぅ」

 

 

 

 お風呂に入ってサッパリした私は、リビングの1人用テーブルに買ってきたお弁当とおつまみを広げ、お酒の缶をプシッと開けて飲む。疲れた体にはこれよね。オッサン臭いとかは言わないで。独り暮らしの女なんてこんなもんよ。今は知らない男の人居るからパジャマ着てるけど、居なかったら多分下着。ふひひっ、サーセン。

 

 テレビをつけて何でもない番組を観ながらお弁当を食べて、おつまみと一緒にお酒を嚥下する。そして思い出したように寝室に目を向ける。掛けてあげた布団が上下に動く。息をしているから死んではいない。黒蛇ちゃんは私の手元に居て、見上げてくる。ご主人様のところに居なくていいのー?って聞くと、私の手に擦り寄ってくるので思わず微笑む。可愛い。

 

 

 

「お利口さんだね黒蛇ちゃん。大丈夫だよ。あの男の人は死んでないから。起きたら、私が助けてあげたんだって教えてあげてくれる?私は敵じゃないよってさ」

 

「………………っ」

 

「任せてって?ふふふ。頼りにしてるよー?じゃ、そろそろ寝ますかぁ。明日も私仕事だし。黒蛇ちゃんも一緒に寝る?」

 

「………………っ」

 

「あらっ、このおマセさんめっ」

 

 

 

 コクリと頷いて腕に巻きついてから首に巻き付く黒蛇ちゃんにホッコリしながら立ち上がり、食べた後のゴミをゴミ箱へシュートっ。明日の用意は終わらせてあるので歯を磨きに洗面所へ。しっかり磨き残しが無いことを確認すると、リビングに戻ってきた。流石に知らない男の人が居る寝室では寝られない。

 

 クッションを枕にして横になり、自分のベッドで使っている掛け布団を体の上に敷いて準備は完了。後は充電器をスマホに挿して、タイマーをセット。黒蛇ちゃんの頭を撫でてから目を瞑ると鼻の頭にスリスリされた。もう可愛くて仕方ないのでニヤニヤしながら、私は疲れたこともあって爆睡した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────おはよう。朝食は勝手ながら作らせてもらった。まだ眠いだろうが顔を洗ってきてくれ。そしたら一緒に食べよう。ついでに弁当も作っておいた」

 

「……しゅきぃ」

 

 

 

 あれおかしいな。私っていつからこんな気の利く旦那さんいたっけ(居ない)。

 

 

 

 

 

 

 







血塗れの男

大量の血を流して倒れているところを発見され、お持ち帰りされた。2挺の銃を持った、背中を除いて傷跡だらけの人物。




女性

26歳のOLであり、独り暮らし。彼氏無し。

後輩に超絶美人を持っているが、そのせいで霞んでいる。仕事ができるため頼りにされることもしばしば。自身のことを地味と評しているが、中の上といった感じ。黒髪に肩まである長さ。胸は普通の大きさで自称美乳。

チャームポイントは左眼の下の泣き黒子。これで私もセクシー系か?と、同じ箇所に泣き黒子がある母親に感謝したことがある。



後輩ちゃん

背が高く胸が大きく尻も安産型でいい感じ。釣り目でキツい印象を受けるが、本人の性格は大人しい。見た目と性格のギャップと優れすぎた容姿に社内社外問わずモテる。実際はそんなことは求めておらず、先輩のために仕事を早く覚えたい一心。

ずっとOJTをしてくれている先輩を心から尊敬している。なくした資料のことは申し訳ないし、違う先輩に飲みに誘われて一緒に残業できないことをマジで悔やんでいる。翌日謝罪としてお昼ご飯を奢ろうと心に決めている。




黒蛇ちゃん

めちゃくちゃ黒い。まるで人の言葉を理解しているような仕草をする。ご主人様である男性のために、女性を連れてきた。





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短編第█話  知らないようで誰よりも知る彼








 

 

 

 

「ずずっ……」

 

「味つけはどうだ?口に合うと良いんだが」

 

「ぉ、おいひいれふ」

 

「それは良かった。口の端に白米がついているぞ。取るから動くなよ」

 

「へ、へへ……っ」

 

 

 

 なんだこりゃ幸せだなぁ……(満喫)

 

 

 

 1人用のテーブルの上に並べられたお皿には、普段の私なら作らないだろう美味しそうな朝ご飯が乗っている。綺麗な形の目玉焼きとウィンナー。レタスのサラダと私好みの濃さをした味噌汁。炊き立ての白米。どれも出来たてのホカホカで、美味しくて箸が進んじゃう。

 

 一緒に食べてくれているのは、昨日の夜私が引き摺って連れてきた男の人。イケメンというより、精悍で整った顔立ちをしてる。ニコリともしない無表情だけど、不機嫌なわけじゃなくて話し掛ければ普通に話してくれる。コミュ力はそれなりに高いみたい。

 

 身長はやっぱり180を超えてた。並んで立ったら見上げないと顔が見えない。体格は細身なのに筋肉質でガッシリ。私が間違えて買ったブカブカの黒いティーシャツを着てる。それでぴったりくらいかな?元々着てたのは私が切っちゃったからね。もちろん差し上げますとも!

 

 椅子とかないのでカーペットに座布団引いて座ってるんだけど、この男の人はものすごく姿勢が良い。棒が背中に1本通ってるんじゃないかってくらい背筋を伸ばして正座しながら食べてる。箸の持ち方も綺麗だし、所作の一つ一つに見惚れそうになる。てか、座高低くね?足長過ぎん?モデルかよっ!体傷だらけだけど……。

 

 スマホの目覚ましで起きた私は朝ご飯の良い匂いで寝惚けた頭を覚醒させた。髪の毛ボサボサ。ノーメイクでショボショボした目と、色々と人に見せるには終わってる顔だけど、男の人はそんなこと気にせず、顔を洗ってきた私に甲斐甲斐しく朝ご飯持ってきてくれて、こうして食べている。

 

 色々聞きたいことがあるが、取り敢えずご飯を食べる。正直、誰かに作ってもらったご飯って久しぶり。仕事があって実家には帰れてないからお母さんのご飯とか全然食べれてないし。あれ、最後に帰ったのいつだっけ……半年……1年……?よし、考えるのはやめよう。

 

 

 

「ふぅ……美味しかったぁ……」

 

「お粗末様。食器は洗っておくから、仕事に行く用意をするといい」

 

「あっ、ありがとうございますっ!じゃあお言葉に甘えて……」

 

 

 

 さり気なく綺麗に食べた後の食器を持って流し台に行き、カチャカチャと洗い始めた。ありがたいなぁと思いながら、お礼を言って私は洗面台へ。寝癖を温水で解いてサッパリしつつ、次は寝室に行ってお化粧。女のエチケットだからね!今の時代Yo〇Tubeがあるから化粧の仕方なんていくらでも勉強できるんですよっ!

 

 まあ?化粧を施しても私の顔的にはフツーなんですが?はーっ!後輩ちゃんみたいな美人に生まれたかった!無いもの強請りって?やかましいわ!

 

 しっかりと化粧をしたら仕事に行くためのスーツを着る。ワイシャツは1枚ダメにしちゃったんだよなぁ……血で。と思ったら、そのワイシャツの血は落ちて綺麗に畳まれてた。あれ、どうやって落としたの?新品みたいに真っ白なんだけど……まあいいか。儲け!

 

 なんだかゆったりとした時間を過ごせたので心の余裕がいっぱいっ!清々しい朝って素晴らしい!気分はルンルンで、スマホをポケットに入れてバッグを持ちながら寝室を出ると、男の人が付き添って玄関まで送ってくれた。

 

 

 

「これが作った弁当だ。良かったら食べてくれ」

 

「ありがとうございます!楽しみにしてます!」

 

「あぁ。いってらっしゃい。気をつけてな」

 

「はい!いってきます!へへへ……」

 

 

 

 顔は無表情だけど、手を振ってくれたので、私も手を振り返して部屋を出た。鍵を閉めてエレベーターに乗り込み1階へ。今日も晴れで気分が良い。朝から美味しいご飯食べられたのが良いのか、憂鬱になっている最寄り駅までの道が楽しく感じた。ちょっとスキップしていると、ランニングしてる人とすれ違って微笑まれた。おはようございますっ!なんてね!

 

 ふんふふん♪と鼻歌を歌いながら歩いて15分。最寄りの駅についたら定期券を改札に押しつけて中に入り、電車を待って来たら乗り込む。30分近く揺れて、着いたら駅から少し歩けば私の職場。社員証を翳して中に入っていくと、受付の人があら?って感じで私を見る。どうやらご機嫌なのがバレちゃったみたい。そうです、私がご機嫌なOLですっ。

 

 エレベーターを使って私が仕事をしている階にまで行くと、自分用の仕事机に座ってバッグを慎重に下ろす。中にはお楽しみが入ってるからね!パソコンを起動させて社員番号とパスワードを打ち込み

 、今日やる仕事の大まかな予定を確認して、昨日残業してまで作った会議用の資料を目の届く場所に置いておく。

 

 後は始業の合図があるまでは自由なので、スマホでサイトを覗いてみたり、天気予報を見ておいたりする。時々近くのデスクの人に挨拶をされたら返していると、隣に誰かが立った。もう美人な香りっていうのかな、もうふんわりとした良い匂いが漂ってきたので誰かは大体予想がついてる。

 

 

 

「どうしたの後輩ちゃん」

 

「あの……先輩。昨日は資料作りもしないで帰っちゃってごめんなさい……」

 

「いいって言ったのにー。元々約束があったんだから。ドタキャンした方が後が面倒くさいよ。私の方は気にしなくていいの。資料の用意はこの通り、無事終わったしね」

 

「……分かりました。なら、今日のお昼ご飯は奢らせてくださいっ。それくらいはさせて欲しいですっ」

 

「あ、ごめんねー。お昼はお弁当作って()()()()()()食堂とか行かないんだー」

 

「作って……もらった……?まさか先輩、それは彼氏に……っ!」

 

「お、始業のチャイム鳴ったよ。ほらほら戻った。後輩ちゃん先輩と一緒に〇〇会社行くんでしょ?待たせると怒られちゃうぞー」

 

「うぅ……後で教えてもらいますからねっ!」

 

 

 

 教えてもらうって何を?仕事?料理?まあいいや。今は気分が良いし。後輩ちゃんは私のことをチラチラと見ているが、私にはやるべき仕事があるのですぐに取りかかる。残業なんてしたくないからね。この会社は残業代しっかり出るけど、定時に帰れるなら帰りたいでしょ。私は今すぐに帰りたいけどね☆

 

 会議が始まる時間をもう一度確認して、付箋紙に書いたら目につくパソコンの外側に貼っておく。忘れないためにね。それまでは自分の仕事をしておくぅ。気分が良いと仕事の効率も上がる上がる。気分は仕事が出来るキャリアウーマン!ほいほいっと案件を片付けて椅子の背もたれに背中預けてんーっと伸びー。はー、仕事がザコやでぇ……。

 

 その後も仕事を効率良く進めて、会議も出席してしっかりと資料を配り、プレゼンも完遂した。いい汗掻いたぜ。やることやった後は、お楽しみだったお弁当ぅ!早速食べようと思っていると、何やら騒がしい。まあ理由は分かる。後輩ちゃんがお昼ご飯に誘われているのだ。

 

 

 

「後輩ちゃん。お昼ご飯一緒に行かない?奢るよ?」

 

「この前美味しいところを見つけてさー」

 

「良かったら一緒に行こうか!」

 

「気になってるってところ予約しておいたんだ、僕と一緒に食べてくれると嬉しいな」

 

「後輩ちゃん!一緒に食堂で食べなーい?」

 

「後輩ちゃーん!」

 

「あ、あの……私は先輩と一緒に……っ」

 

 

 

「ムフーっ。へへへ。美味しそう……しかも黒蛇ちゃんのキャラ弁っ!やだ、かーわーいーいーっ。食べるのもったいないっ!それに、んふっ、タコさんウィンナーだぁ。ちっちゃいのに顔もついてるっ。ふふふ……あれ、この小さいタッパーの中は……杏仁豆腐かな?…………しゅきぃ♡えへへぇ……」

 

 

 

「あ、あぁ……先輩っ。そんな幸せそうに蕩けてっ……ま、まさか本当に彼氏が……っ!?や、先輩っ……せんぱーいっ!」

 

 

 

 お弁当美味しい……かわいいし食べるのもったいないけど、食べないともったいないもんね!男性社員と女性社員に連れられてご飯食べに出かけ(させられ)た後輩ちゃんの言葉は耳に入ってこないで、誰の邪魔も入らずゆっくりとお弁当を満喫できた。

 

 今の私はニコニコして蕩けた顔をしていることだろうね。普段は社員食堂で食べるか、どこかに食べに行くかの2択だったから。こういう人が作ってくれたご飯って好きなんだよねー。なんだろ、私のために作ってくれたって感じがするからかな?お母さんの料理?あれはお袋の味だから……。

 

 いつも以上に楽しみながら、いつも以上に時間を掛けてお弁当を食べた。気分が良いのでスマホを弄りサイトを覗く。いつも通りの感じなのでまあいいかとサイトを閉じ、余韻に浸る。

 

 昼休憩が終わり、定時の時間に近づく。今日のメインである会議は恙無く終わり、今日のやるべき仕事は終わらせて、今やっているのは明日の分だ。これなら明日も問題なく定時で上がれるだろう。残業しないで帰れるとなると嬉しい。

 

 カタカタカタ、ッターン!とキーボードを打つと同時に定時を報せるチャイムと放送が入る。定時になりました。帰宅する方はお気をつけくださいと、何回聞いたか分からない定型文を聞きながらバッグを持って立ち上がる。奥の方で飲みに行こうと誘われて揉みくちゃにされてる後輩ちゃんが居たが気がつかず、足取り軽く会社を出た。

 

 普段は帰宅ラッシュで電車は座れないのだけど、今日はツイているようで座れた。ラッキーと思い駅につくまで小さく鼻歌を歌い、マンションの最寄りに着いたら降りる。いつも通りの帰路を歩いて立ち止まる。私は上空に広がる星空を見上げながら息を大きく吸った。

 

 

 

「──────いや!あの男の人家に置きっぱなしだからッ!!全然事情聞けてないし無用心すぎるから私ぃッ!!」

 

 

 

 ナチュラルに送り出されたからビックリしたわ!今気がついた!めっちゃそのままにして出てきちゃったよ!あれで私を騙してて、今頃部屋のもの全部無くなってましたじゃ笑い話にもならないよ!え、マズくね?ちょーまじくね??は、早く帰らないとっ!

 

 私はここ最近で1番大慌てで帰った。転けそうになりながら見知ったマンションに辿り着き、スピードは変わらないというのにエレベーターのボタンをイッポングランプリの早押し並に押しまくった。チンッと鳴って扉が開くと同時に飛び出して玄関のドアノブに鍵を挿す。ガチャンと手応えがあることにいくらかの安堵を覚えながら開いて──────。

 

 

 

「おかえり。夕飯はできている。……そんなに息切れをしてどうしたんだ。風呂に入ってくるといい。今先ほど沸いたところだ」

 

「あ、そのっ、えぅ……」

 

「バッグを持とう。疲れただろう?着替えは置いておくから、早く入ってきてサッパリしてこい」

 

「アッハイ」

 

 

 

 流れるように持っていたバッグを取られ、肩で息をしている私に腕を差し出して支えてくれながらお風呂場まで先導される。お風呂場からは熱気が出ていて、本当にお湯が張ってある。独り暮らしなら面倒くさくてシャワーで終わらせるものなので、張られているのは久しぶりに見た気がした。

 

 肌にワイシャツが張り付いて気持ち悪くて、イソイソと服を脱いで中に入る。少しすると曇りガラスの向こうに大きな人のシルエットが出て、ガサゴソとやると洗濯機をついでに回し、着替えを置いておいたと声を掛けてからお風呂場から出て行った。はふぅ……と疲れをお湯で取り、外に出るとパジャマと下着まで置かれていた。

 

 はぅあっ……と声にならない悲鳴を出しながら身につけて、多分真っ赤になっている顔のままリビングに行くと、ホカホカのご飯が小さなテーブルに用意されていた。チラッと見ると壁につけられたハンガーを掛けられる場所にスーツがある。皺が出ないように掛けてくれていた。

 

 

 

「ちょうど出来上がったところだ。おかわりもある。食べてくれ」

 

「い、いただきます。……あむ……ぉ、おいひぃ……」

 

「それは良かった」

 

 

 

 晩ご飯は回鍋肉と中華スープ。それと白米だった。もう、ちょうど良い味付けが白米を進ませて、私は上機嫌になって食べた。温かい。美味しい。誰かと一緒に食べられてホッとする。そんな思いが幸せな溜め息と一緒に一粒の涙を流した。シクシクしながらモリモリ食べている私に男の人は頷き、乾いていない私の髪を持ってきたバスタオルで丁寧に拭いてくれた。

 

 優しい手つき。甲斐甲斐しいお世話に、身も心も溶けちゃいそうだった。美味しい美味しいと言って食べていたご飯はあっという間に無くなり、ぱんっと手を合わせてご馳走さまをした。もうね、こんなの毎日出されたらごっつぁんですっ……って感じになっちゃうよ。

 

 あーあー、これはクセになりそう……とか思って天井見上げている私はハッとした。流されすぎる私ってカワイイですか?(チョロい)

 

 

 

「あ、あのっ!」

 

「……?どうした」

 

「あなたは誰ですかっ!?」

 

「聞くのが遅い……」

 

「はぅっ……」

 

 

 

 い、いやまあ確かに遅いけどさぁ?ほら、私もめちゃクソ重いあなたを引き摺って来てさぁ?1日の疲れを取ったら寝ちゃいますやん?仕方ないですやん?あっ、男の人の首に巻き付いてる黒蛇ちゃんから呆れたような心情を検知っ!やめてぇ!おバカな子を見るような目で見ないでぇ!気持ち良くなっちゃう!(キモい)

 

 まあふざけるのはこのくらいにしておいて、割と大切なことなのでしっかりと聞きますっ!って雰囲気を出しながら正座をして座ると、テーブルを挟んだ向こう側に男の人も正座をして座った。姿勢良すぎて笑う。座るだけでも負けてる私って敗北者?新世界行けない?乗り込む船は無い感じですか??

 

 

 

「説明をする前に、俺を助けてくれてありがとう。此処まで俺を連れて来るのに苦労しただろう?」

 

「え、いやまぁ……」

 

「こう見えて140㎏以上あるんだ」

 

「アダマンチウム入れてます??」

 

「あだま……?よく解らないが、入れていないが……」

 

「アッハイ。ごめんなさい、分からないこと聞いて」

 

「いや、構わない。それと、救急車や警察を呼ばなかったことにも感謝している。呼ばれていたらきっと面倒なことになっていた」

 

「……銃を……持っていたからですか?」

 

「それもあるが……いや、今はいいか」

 

 

 

 それもある……という含みがある言い方が気になるけれど、やっぱり呼ばなくて正解だったみたい。普通に銃を持っていることもあるし、血塗れだったから事情聴取とか面倒くさいだろうしね。

 

 私が偶然通り掛かったんじゃなくて、黒蛇ちゃんに案内されて見つけた事を言うと、そうかと頷いて黒蛇ちゃんの頭を撫でてお礼を言っていた。でかしたとも言っていた。撫でられて嬉しそうに尻尾をフリフリしているのを見てほっこりしながら、男の人のことをもう少し詳しく聞いてみることにした。特に名前だよね。いつまでも男の人って言っているのもおかしいし。

 

 

 

「名乗りが遅れて申し訳ない。俺は黒圓龍已(こくえんりゅうや)だ」

 

「……っ!こ、こくえんりゅうやさん……ですねっ!ち、ちなみにどういう漢字を?」

 

 

 

 心臓が大きく跳ねた。名前を聞いた瞬間ドギンッ……ってした。けどありえない話でもないので適当なメモ用紙とペンを差し出す。それを受け取り、男の人は達筆な時で自身の名前を漢字で書いてくれた。そしてその漢字は……黒圓龍已というものだった。まさかこんな事があるなんて……。

 

 私は心臓がうるさくて仕方ない。あることに対してありえないと頭を振る。勘違いも甚だしい。私は流石にそこまで痛い女じゃない。きっと気のせいだと刷り込む。興奮しているのか、それとも何か別の理由か分からないが息が荒くなる。きっと今の私を見ていて黒圓さんは変な奴だと思っていることだろう。

 

 それにちょっと寂しく思いながら、私は深呼吸をする。けれど、頭に過るのは色々な情報。180センチを超える身長に筋肉質で引き締まっているのに140㎏を超えるという重量。脚に巻いたレッグホルスターと黒い2挺拳銃。絶対に動かない無表情。プロ並みに上手い料理。首に巻き付く黒い蛇。そして……黒圓龍已という名前。

 

 

 

「もう察しているのではないか?」

 

「な、何をですか……?」

 

「俺がどういう存在なのか」

 

「そんな……ことは……」

 

「いや、もう気づいている。本来ありえない事ではあるが、今回に至ってはありえてしまった。目を背けないで俺を見て欲しい」

 

 

 

 頼み込むような声にハッとして顔を上げる。いつの間にか俯かせていた顔をだ。前には正座をしてこちらをジッと見つめる黒圓さん。それと黒蛇ちゃん……いや、()()。彼等は私と目線が合うと1度頭を下げてから、私が頭の外に追いやろうとしていた事実を口にした。

 

 

 

「俺はあなたが書いた二次創作のオリジナル主人公の黒圓龍已だ。()()()()()()存在しない人間であり、物語上でしか存在できないキャラクターでもある。この蛇は呪霊だ。大容量の収納空間を持つ武器庫呪霊のクロ。俺達はあなたに生み出された」

 

「う、うそ……へへへっ。そんなことはありえないですよぉ……だ、だって黒圓龍已は私が痛い厨二病的なアレの妄想で創り出しただけの……っ!」

 

「……クロ」

 

「……けぷっ」

 

 

 

 黒圓龍已とは、私が書いている呪術廻戦という漫画の二次創作に於いて、オリジナルの主人公として登場するキャラクターのことだ。厨二病的な妄想で創り上げた、五条悟と同等かそれ以上の強さを持つ、無表情狙撃系キャラだ。過去が重く、それ故に積み重ねられた強さを持つ。

 

 だがそれは所詮、私が書いた二次創作のキャラクターだ。ここは現実。居ることは何があろうとありえない。そんな、漫画のような話があって良いはずがない。そんな思いをぶつけるのだけれど、龍已は信じさせるためにクロに命令した。首に巻き付くクロは口を開けて、到底その中に入りきらない代物を吐き出した。

 

 黒い銃身を持つ……黒圓龍已が唯一持っている狙撃用の武器であり、呪具。

 

 

 

「こ、『黒曜(こくよう)』……」

 

「そうだ。他にも……」

 

「……けぷっ」

 

「まさかそのローブって……や、『闇夜(やみよ)黒衣(こくい)』……っ!」

 

「あぁ。俺が黒い死神として使っている、隠蔽に特化した術式を持つ特級呪具だ。俺を助けた時、脚に巻き付けていた呪具は何か分かるか?」

 

「『黒山』と……『黒龍』……」

 

「そうだ」

 

「まさか……そんな……そんなことって……」

 

 

 

 私は一体何の夢を見ているのだろうか。いつも通りの日常を送り、いつも通り仕事をしていただけなのに、何がどう狂えば二次創作で書いていた主人公が私の前に居るのだろう。頭の理解が追いつかない。言っている意味は理解出来るのに、何より確かな証拠を見せられているのに、私は理解しきれていない。

 

 本当に本物なのか分からない。手品かも。そんな割と失礼なことを考えながら、恐る恐る手を伸ばす。指先が震えている。歯がカタカタなっている。龍已は動かず、ずっと止まって私を見ているだけ。私の手は、彼の頬に触れた。体温があり、肌の感触がある。親指で頬を撫でると、静かに目を閉じる。

 

 頭の方に手を持っていくと、男の人らしい硬めの髪質。ゆっくり撫でていれば、撫でやすいように頭を下げてくれた。思う存分触れて確かめた私は、倒れ込むように再び座った。信じられないと顔に書いてあるのを自覚しながら、龍已のことを見上げる。

 

 

 

「本当に……」

 

「特級呪術師の黒圓龍已だ。あなたなら、俺のことを他人の中で誰よりも良く知っているだろう。落ち着いて、話を整理し、飲み込めてからでいい。俺の話を聞いてくれないだろうか」

 

 

 

 私は首が取れる勢いで何度も頷いた。私が書いた主人公の黒圓龍已。その相棒のクロが目の前に居る。信じられない超常現象を前にして、私は我が子同然のキャラクターに会えたことに、胸を弾ませていた。

 

 

 

 

 

 

 

 弾むほどの大きな胸は無いけどなッ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 






黒圓龍已

呪術廻戦の二次創作に登場するオリジナル主人公であり、それ故に現実には存在しない人間。




クロ

大容量武器庫呪霊。黒圓龍已の相棒であり、女性の前では額にある第三の目を閉じて普通の蛇を演じていた。




女性

呪術廻戦の二次創作で、黒圓龍已を書いて創り上げた人物。未だに信じられないが、信じられる証拠を見せられたので殆ど信じている。それよりも、自身が書いた主人公に会えて感激している。

呪霊が見えるのは、創り出した張本人であるから。そして、一目見て龍已と気がつかなかったのは、龍已の顔を知らなかったから。




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短編第█話  期限付きの同棲








 

 

 

 

 まるで夢のようだなと思う。私が考え、文字にして創り出したオリジナルのキャラクターの黒圓龍已。そんな彼が私の前に居る。画面の向こう側の文字の羅列ではなく、人として存在しているんだ。無表情で、精悍な顔立ちで、内に詰まった筋肉質。黒圓無躰流の継承者。そして実力だけで特級呪術師となった傑物にして呪いの怪物。

 

 圧倒的呪力量は、原作でも1番多いとされる乙骨憂太よりも遥かに多い。近接戦最強のクセに、術式が遠距離でありながら遠距離攻撃が効かないというクソチートっぷり。書いたのは私だけど、本当に距離感間違えたゴリラだ。敵にしたら軍隊を相手にするよりも絶望的だ。

 

 突然のカミングアウトに頭が追いつかないし、生の黒圓龍已が目の前に居ることに興奮を隠せない。けど、頭の片隅で疑問を抱く。何故彼がこの世界に居るのか……ということだ。もちろん、会えたのは嬉しいが、言ってしまえば会ってはいけない人物だ。会えるはずもない……とも言えるけれど。

 

 

 

「俺がこの世界に来れた方法については、あなたなら分かると思うが」

 

「あ、ごめんなさい。名乗ってなかったよね。私は文創招加(ふみきずしょうか)。よろしくね。折角だから龍已……って呼んでもいい?」

 

「構わない。俺も招加と呼ばせてもらいたい」

 

「もちろん!それで、来た方法だよね……?多分だけど……天切虎徹(あまぎりこてつ)の呪具……じゃない?」

 

「……そうだ。虎徹の呪具だ」

 

「じゃあ戻る方法もあるんだね?虎徹が龍已を跳ばしてそのままになるようなモノを造って、しかも使わせる訳がないもん」

 

「流石だな。確かに元に戻るが、1ヶ月程時間を要する」

 

「1ヶ月……?」

 

「そうだ。だから俺からの頼みとして、1ヶ月間俺を此処に置いてくれないか。こちらの世界で俺が居た世界の金が使えるか怪しいため無一文だが、炊事洗濯等といった雑用はする」

 

「そうだよね……うん。大丈夫大丈夫!全然どうぞ!」

 

 

 

 龍已からの頼みは、1ヶ月この部屋に泊まらせて欲しいというものだった。別にそんなの全然構わない。だって知らない人じゃないから。なんだったら何でも知ってるし。それに彼に色々と聞きたいことがある。黒圓龍已を創り出した張本人だけど、本人から聞くのとはまた違う。

 

 これから1ヶ月間、よろしくねと言って右手を差し出すと握り返してくれた。大きな手は傷だらけで、黒圓無躰流の稽古を長年続けているからか鉄のように硬い。けれどとても温かい。人であると体温が教えてくれる。

 

 全然知らない人だったら泊めるわけにはいかないけれど、龍已なら大歓迎だ。我が子みたいなものだしね。まあ多分だけど、私よりも年上の龍已だろうけど。念のため歳を聞いたら29と答えられた。ということは原作が始まっている訳だ。元の世界に帰った時は心配されてるだろうなーと軽い気持ちで考える。

 

 もっと一緒に居られるね、クロ。と、言って龍已の首に巻き付いているクロの頭を撫でると、隠す必要がなくなったからか額の第三の目を開けた。撫でる私の手に擦り寄って甘えてくるのでついついもっと撫でてしまう。契約外の人には懐かないし言うことも聞かない設定だけど、私だから懐いてくれてるのかも知れない。役得役得ぅ!

 

 ていうか、継承者達が入っているから日に日に気分が変わり、あらゆる分野に精通している龍已は、基本何でも高水準で熟せる。やったことないものでもお得意の運動神経とセンスだけでものにしつつ、『慣れ』て完璧に適応する。その中でも料理が1番練度が高い。まあそれはあれだね、日頃必要になるからね。必然的に上がるさ。

 

 女として、男に料理スキル負けてていいのかと思われるかも知れないが、流石に相手が悪いと思うことにした。うん。龍已は何でもできる才能マンだからね。比べる方が烏滸がましいってものよ。あれ、てかさ、この世界で術式って使えるのかな?

 

 

 

「そういえばさ、術式ってどうなってるの?使える?」

 

「問題ない。誰かの頭でも狙撃してみるか?」

 

「いやいや、いやいやいやいやいやッ!?ダメだからね!?」

 

「冗談だ」

 

「真顔ェ……」

 

「やるならばこちらだろう?──────領域展開

 

「ウッソでしょ!?」

 

「嘘だ」

 

「…………もぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

 

「すまんすまん。揶揄っただけだ」

 

 

 

 掌印組むからマジでやるつもりかと思ったじゃんっ!領域展開とか、呪術の頂点でしょ?しかも龍已の領域って展開すれば確殺だからね。やらないと分かってても怖い。というか、呪力も何も無い私が領域内に入ったらどうなるか分からないからやめてほしい。見てみたい気もするけど、命大事にだからね!

 

 そもそも真顔が真顔過ぎて冗談かどうか分からんわっ!一応親しいキャラとかだと雰囲気で分かるって設定にしてたけど、私は分からんからっ!精々あ、機嫌悪いのかな?程度だから!てか、龍已の術式は範囲が約4キロ近くあるから誰狙撃するのか分からんし。ヒヤッとするわ。

 

 私がポカポカ殴ってもビクともしない。胸板硬すぎ。腹筋もバキバキだし。もうおっぱいだもん。あ、雄っぱいか。流石にサイズ的には私の方があると思いたい。ち、ちっぱいなんかじゃないやい!掌に収まるくらいはあるわい!

 

 その後はちょっと龍已と寝る場所を決めたり、お弁当のことを頼んだりとか話して、段々私に睡魔が襲ってきて詳しい話は私が休みの日にすることになった。明日行けば公休だからね。頑張ろっと。あ、明日もお弁当である私は勝ち組だねっ!ふひひっ。もう楽しみだぜ。じゅるり。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい、ということでね。寝坊しました(白目)

 

 

 

 龍已居るのに寝坊することある?とか思うでしょ?よく考えてね?彼血ドバドバ出て気絶してたの一昨日だから。普通に病み上がりだから!昨日は私のために起きてくれていたみたい。だからいつもよりぐっすり眠ってたみたい。まあ頼りきりって良くないよね。目覚まし掛け忘れた私が悪い(確かに)。

 

 現在の時刻は7時40分。どれだけ急いでも遅刻である。はーあ。今まで遅刻したことなかったのになー。係長って時間に関してうるさいんだよね。これはお説教コースかな。トホホ。

 

 

 

「送って行くか?」

 

「えっ」

 

「残り20分だろう?場所は……此処か。余裕だな。よし、行くとしようか」

 

「ど、どうやって!?まさか抱えて走るつもり!?」

 

「いや、それよりも速い──────『黑ノ神』起動」

 

「ぜ、贅沢すぎる……っ」

 

 

 

 背中を押されて弁当が入ったバッグを持ちながら外に出る。龍已は早くしないと俺が送って行っても遅刻してしまうぞ?なんて言いながら、多分だけど彼が持つ呪具の中で最強の呪具を私の周囲に飛ばしてる。存在を存在させない術式で私も認識できないけど、クロが何かを吐き出していたから多分そこにある。

 

 他に住んでいる人達が居ないことを確認すると、クロがまた違う呪具を吐き出した。フードが付いた黒いローブ。他者から姿を完全に認識されるまで、あらゆるものを隠蔽する隠れることに特化した術式を持つ特級呪具……『闇夜ノ黒衣』。これもかい!?1つ数十億する特級呪具をポンポン使うじゃん!?

 

 なーんて私が驚いていたら、目と鼻の先まで近づいた龍已が私を包み込むようにしながら『闇夜ノ黒衣』を装着した。顔が少し出るくらいまで包まれると、腰に手を当てられる。優しくもう1歩分引き寄せられて踏み出すと、認識できないけど何かを踏んだ。空中に止まる足に従ってもう一方の足も出すと、2人一緒に宙に浮いている。

 

 落ちないようにだろうけど、頭の後ろと腰に回された頼り甲斐のある腕と手の感触にちょっと顔が熱い。いやズルいよね?いきなりこれはズルいよね?私だっていっぱしの女なんだし、こういう事されればキュンとくる。まあ空中移動して足の下に落ちればまあ死ぬだろう高さの眺めがあれば、別の意味でドキドキしちゃうけど。あ、龍已から私が使ってるシャンプーのにおい……。

 

 

 

「見つかる可能性を下げるために『闇夜ノ黒衣』を使っているため、抱き締めてしまっている。突然ですまない」

 

「えっ!?いやいや気にしないでいいよ!?私は送ってもらってる側なんだし!いくらでもお触りください!」

 

「いやそこまで触らないが……他の男にはそういった軽はずみな発言は控えるんだぞ。招加は立派な女なのだから」

 

「あっ、あっ、あっ、ほっぺた親指でくすぐっちゃらめぇっ!」

 

 

 

 おいぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃッ!?私をメスにするつもりかっ!?足元透明でめっちゃ冷や汗モンの光景に心臓ドキドキなのに、吊り橋効果で違うドキドキ♡になっちまうでしょー!?コラっ、ほっぺたに手やって見つめながら親指でコスコスしないっ!指使いちょっとえっちだぞっ!?

 

 ジッと見つめられて「いいな?」って言われたらキスかと思うわバカ者ッ!私のキス顔なんて誰得よっ!?……自分で言ってて悲しくなっちゃった……。てか私だけ邪な考えしてない?龍已は遅刻しそうな私を特級呪具使ってまで送ってくれてるだけなのに失礼すぎん?そいつぁ……世間が許しちゃくれやせんよ……(お前のことだよ)。

 

 頭の後ろと腰に手を回されてるけど、私も龍已の背中に腕を回して抱きついている。ぴったりと触れ合う体。合う視線……やだっ、ラブコメの予感っ(上空500メートル)。なーんてバカなこと考えているけれど、凄まじい速度で移動している。景色はあっという間に流れていくけれど、遠くまで見渡せてスゴい(語彙力)。朝から贅沢だなぁ……と感慨深い感情に浸っていれば、会社に着いちゃった。5分も掛かってないよ。

 

 今のご時世監視カメラが多いからね。龍已はそこら辺を一瞬見ただけで把握したみたいで、カメラの死角になりながら人があまり見ていない場所に降ろしてくれた。歩いて2、3分の場所。ゆっくり降りて『闇夜ノ黒衣』の中から出ると、龍已はフードを被ったまま私を見下ろした。

 

 頭から爪先まで見ると1回頷く。けどすぐに私の方に手を伸ばすので待っていると、頭を撫でるように触れた。もしかしたら飛んでいるときに髪の毛が崩れたのかも知れない。忘れ物がないかのチェックもしてくれて至れり尽くせりでニコニコしちゃう。最後にもう一度頷くと、背中に手をやられて行くように促された。

 

 

 

「いってらっしゃい。頑張ってな」

 

「うん。ありがとね龍已っ!頑張りマス☆」

 

「晩飯はハンバーグだ」

 

「うひひっ」

 

 

 

 おっと涎が……。もー!そんなこと言われたらさっき朝ご飯食べたばっかりなのにお腹空いちゃうじゃん!まあ龍已のお弁当がバッグの中に入ってるんですけど?もうそれだけで今日は乗り切れちゃう!意気揚々と歩き出して会社に向かう。始業までは15分くらいあるから余裕だね。

 

 私用の仕事机に着いたらパソコンを立ち上げて、ちょっと鼻歌を歌ってご機嫌になりながらスマホを弄る。二次創作のサイトを覗き込んで私の呪術廻戦の作品の詳細を眺める。まあお気に入り数は増えたり減ったりを繰り返してるよねー。評価は……低いのを最近つけられてるかな。仕方ないのかも知れないけど。最高評価してくれる人達には頭が上がりませぬ。

 

 けど1番重要なのは、この物語から龍已が出て来て、私と一緒に住んでることだよね。スゴくない?マジスゴくない!?誰かにチョー自慢したいけど、それをやったらアウトなことは分かっているのでしないけどね。だからこれは私だけの秘密。つか、作品を顔見知りに知られるとか死ぬからマジで。首括るよ?いいんかオラァン!?(意味不)

 

 

 

「先輩、おはようございますっ!」

 

「んー、後輩ちゃんおはよー。朝からあいっかわらず美人だね」

 

「そ、そんな美人だなんて……っ」

 

「いや言われ慣れてるでしょ」

 

「せ、先輩に言われるから嬉しいんですっ!」

 

「妬みマシマシの言葉だけど」

 

「好意じゃないんですか!?」

 

 

 

 笑いながら冗談よーって言うと、ホッと胸を撫で下ろした。おい、それは持つ者が持たぬ者への当てつけか?なんでちょっと胸を撫で下ろすだけでぶるんっ……ってなんのや。見ろ、周りの男性社員全員見てるから。釘付けだぞ。大きさは然る事ながら柔らかさも併せ持つってか?両方の性質を併せ持つとは、とんだ奇術師だな?トランプで削いで良い?(妬み)

 

 朝からフローラルで芳しい香り放出しながら美人で守ってあげたくなるオーラを撒き散らし、胸ぶるのサービスまでやってのけた後輩ちゃんは、座る私のことを見下ろしながら近づいてきてスマホごと私の手を両手で握ってきた。なんかじっとりと汗掻いてるみたい。どうしたの?って聞くと、若干顔を赤くした後輩ちゃんが、それでも真剣な顔で質問がありますと切り出した。

 

 お、おう……と、よく解らない雰囲気になってる後輩ちゃんにどんな質問?って聞いてあげるんだけど、当の本人はモゴモゴして話し出さない。なんか、言いたいけれど、言ったら全てが終わるみたいな感じがする。どうした?深刻すぎんか?私と後輩ちゃんの間にそんな深刻レベルに発展する話はなかろうに。

 

 

 

「せ、先輩っ!先輩ってもしかして、彼──────」

 

「あ、始業時間だよ。話は後で(聞けたら)聞くから自分の机に戻りなー」

 

「うぅ……絶対に後で聞いてくださいねっ!」

 

「はいはい。(聞けたら)聞くよー」

 

 

 

 聞けたらね?だって後輩ちゃんは性格も良いから女社員にも引っ張りだこだ。美人なのに守ってあげたくなるオーラがムンムンだから、つい構ってあげたくなっちゃうんだろうね。お菓子あるよー。こっちおいでー。ここ皆で行ってみようよ!とかお誘いが多い。それとは別に後輩ちゃん狙ってる男の誘いが1番多い。いやぁ、罪な女だねぇ。

 

 そんな忙しい後輩ちゃんが私のところで誰からも邪魔をされずに話せる時間なんてすごく限られてる。だから聞けたらって心の中で言ったのよ。私が時間作ってあげればいいじゃん?先輩としてそのくらいしてあげてもいい?いやいや、後輩ちゃんの人気に潰されちゃうって。1人で相手してると周りからの視線も強いのなんのって。

 

 ミスをして、その話を後輩ちゃんから聞いてるだけなのに不当な理由で叱ってる陰湿な女……みたいな感じに映るからね。ヒソヒソされんのよ。あれ、後輩ちゃんのOJT係って結構な貧乏くじじゃね?すみませんチェンジで(真顔)。

 

 ま、私は私のやることやって帰るだけー。お金を貰う立場だから、仕事はしっかり。後はプライベートを満喫ね。小説投稿が私の癒しだけど、今私の城には別の癒しが居るわけで……無駄な時間は使えませんなっ!そもそも飲みにとか誘われないけどネ☆

 

 

 

「先輩っ。今日こそお話しを──────」

 

「後輩ちゃん!この前のショッピング楽しかったよねー!また今度どこかに行こうよ!」

 

「皆で話してたスイーツ店開店したんだって!行こ行こ!」

 

「後輩ちゃん。昨日はダメだったけど、今日は一緒にご飯行ってくれるかな?」

 

「僕も君に相応しい場所を用意したよ」

 

「夜に食事でもどうかな?」

 

「あの……私は先輩に用事が……っ!」

 

 

 

「おほぉ……今日も美味そうですなぁ……これはナスを豚バラで巻いてチーズを上から炙った感じ?どれどれ……あっ、これはビール欲しくなりますわぁ……つかうんまっ。一口パスタはペペロンチーノか……ふむ、最高。一口だからこその楽しみ方があるっ!濃さも私好みぃ……んーっ!もう胃袋掴まれちゃったよ、えへへ」

 

 

 

「せ、先輩……彼氏ですか……?やっぱり彼氏が作ったお弁当なんですか……?うっ、うぅ……」

 

 

 

 どこかで負のエネルギー放出してる気がするけど、気のせいかな?女と男が入り交じった人集りが見えるけど、もう後輩ちゃんだって分かるよね。すごくね、漫画みたいだろ?でもアレ毎日やってるんだぜ。もうあの状態が後輩ちゃんの領域展開でしょ。愛され系術式持ってても違和感ない。後輩ちゃんは術式無しでもモテるだろうけど。

 

 ありがてぇ、ありがてぇ思いながらパクパク食べてたらお弁当はいつの間にかすっからかん。完食でありますっ!今日もありがとうございます……と両手を合わせて私の部屋で掃除でもしているであろう龍已に感謝の念を送る。

 

 しっかしまぁ、こんな生活も1ヶ月続くのかぁ……最後泣かないでお別れできる?できる気しないんですけど?絶対泣いて縋り付くだろうね。会ってはいけないし引き留めてもダメだけど、私が創っただけに愛着以上に愛がある。あーあ、やだなーと、1ヶ月も先の話なのに憂鬱な気分になる。

 

 けどさ、私がメソメソしても龍已が困るだけだし、見送るなら笑顔で見送りたいから覚悟は決めないとね。それにまだ先なんだしさ!今は今で龍已との同棲生活を楽しもうじゃないか!今度どこかへ一緒に出掛けるのもいいね。デートしようや兄ちゃん(ニチャァ)。

 

 

 

 

 

 

 私は浮かれてたんだろうね。だから忘れていたんだ。龍已が居た私の創った世界は、甘い話で終わることがないことを。

 

 

 

 

 

 

 






文創招加(ふみきずしょうか)

涙を飲んで悲しい話を書いていたことを忘れている、呪術廻戦二次創作者。癒しは小説投稿だが、今は龍已との生活。美味しい料理が出されるので太らないようにしようと心掛けるも、つい食べ過ぎちゃうのでヤバいと感じている。

目立たないが仕事ができる。突然入れられた仕事もすぐに片づける事ができるので、能力値が高い後輩ちゃんのOJTに選ばれた。なお、そのOJT枠はあらゆる男性社員が狙っている模様。本人的にはいくらでも譲る。




黒圓龍已

招加が美味しそうに、幸せそうに自分の作った料理を食べてくれるのでつい腕によりを掛けて作ってしまう。一応カロリー計算はしているし、体に良い物を使っているが、数が多ければ意味は無し。




後輩ちゃん


尊敬しているし、大好きな先輩に男の気配があって気が気じゃない。彼氏の有無について聞きたいのに、周りが邪魔で近づけない。あと仕事が忙しいこともある。OJTとして仕事を教えてもらいたいが、他の案件もあって違う先輩と組んでいるので思い通りにならない。

男女共に人気があり、日頃から可愛い美人と言われているが響いていない。招加に言われてこそ価値があると思っている。目下の目標は、招加と飲みに行って酔ったところを介抱し、さり気なくお持ち帰りすること。ただし後輩ちゃんは酒耐性がクソザコで招加は酒耐性クソ強。




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短編第█話  助けは暗闇より







 

 

 

 

「──────先輩ッ!今日こそ話を聞かせてもらいますからねっ!」

 

「あら、今日は振り切れたんだ」

 

「やっぱり気づいてたんですね!?」

 

「おっと墓穴」

 

 

 

 まああれだけ話を聞かせてもらうって言っておきながら、私のところに来れない理由なんて周りが放って置いてくれないから以外に理由見当たらんし。というか、毎回押しくら饅頭して人集めてる後輩ちゃんの居場所なんて目を瞑って分かる。騒がしいところがそこだ。

 

 お昼休憩5分前に後輩ちゃんが息を乱してやって来た。おいおい、職場で淫行ですかー?と言わなかっただけ褒めて欲しい。色っぽいのなんのって。一粒の汗が頬から首を通って鎖骨まで流れるところなんて、人によってはご褒美だろう。人によっての部分には、大体の男性が……が入るけど。

 

 絶対に話を聞かせてもらいますっ!と言わんばかりの眼光に、はいはいと観念する。ていうか、何にそんな必死になってるのさ。聞きたい部分についてもよく分からんし。ま、問い掛けてくる質問に答えてあげればいいか。

 

 仕事の話をしてる風で装い、適当に5分を消費するとチャイムが鳴るので昼休憩の時間だ。此処で食べても良いけど、他の人の椅子を使うのは気が引けるので場所を移すことにした。けど後輩ちゃんは毎回食堂なので買ってから移動しよっかって提案したら、どこから取り出したのかコンビニのおにぎりとかが入ってる袋をずいっと見せつけてきた。準備は万端なようですねぇ。

 

 他の人の邪魔をされたくないだろうから、会社から出て食べるかーとなり、歩いて数分の場所にある公設の広場へ赴いた。日向ぼっこしてるおじいちゃんとか居るけど、会社の人達は居ない此処で良いでしょ。空いてるベンチに座りお弁当を広げると、隣に座った後輩ちゃんもおにぎりを取り出した。

 

 

 

「ぉお……匂い的にだし巻き卵かな?きんぴらごぼうと……これは昨日作ってくれた激ウマハンバーグのミニちゃん!へへっ……また会えたねハンバーグちゃん……ふひっ」

 

「……美味しそうですね」

 

「美味し()()じゃなくて、美味しいのよホント!ほら、だし巻き卵1個あげるから食べてみて!」

 

「じ、じゃあ……っ!美味しい……っ」

 

「ねっ、美味しいでしょ!?もー、胃袋掴まれちゃって大変よー。すごい料理上手なんだからー」

 

「……そのお弁当を作ってくれた彼氏さんは……料理人なんですか……?」

 

「彼氏……?」

 

 

 

 きっと朝早くに起きて作ってくれたんだろうお弁当は、もうホントに美味しかった。だし巻き卵なんてもっと食べたい!ってなるからね。白米と合って美味しい!私が白米好きだってバレてますねこれはァ……流石です!

 

 思わずほっぺたをゆるゆるにして食べていると、2口しか食べていない食べてる途中のおにぎりを持った手を膝の上に落として、俯き気味に後輩ちゃんは私のお弁当について言及してきた。確かに私の発言から作ったのが私だとは思わないよね。独り暮らしだってことも話したから知ってるし、なら作ったと考えられるのは彼氏と思っても不思議じゃない。

 

 でも彼氏……彼氏かー……久しく居ない彼氏。高校の頃とか卒業して少しした時には居たけど、別れちゃったしなー。最初は楽しいしドキドキするんだけど、なんか飽きちゃうというか何というか……熱しやすく冷めやすいみたいな?それを相手も感じ取って長続きしないのよ。

 

 後輩ちゃんが言う彼氏枠は龍已だろうね。しかも……ぷっ、料理人とかっ!多才ですぐ極めちゃう性質なのに、自分のご飯作るのに必然的に練度が上がっちゃってるだけなのに料理人に間違えられるとか!本質は冷酷な殺し屋なのに!だけどそのギャップがたまらん!

 

 

 

「彼氏じゃないよー。確かに同棲はしてるけど」

 

「同……棲?なのに彼氏じゃないッ!?」

 

「うん。だって私の従弟(いとこ)だからね。1ヶ月預かってて欲しいって言われてるからさ。その子がまた料理上手でねぇ……私の代わりにご飯作ってくれてるのよ。すっごい助かっちゃう!」

 

「い、いとこ……彼氏じゃないんですね?」

 

「いやいや、違うって」

 

「よ、良かったぁ……そうですよね、先輩に彼氏はできないですよね……(私が嫌ですし)」

 

「なんて事を言うのだ貴様」

 

 

 

 恐ろしいほど速い手刀入れるぞ?……別に今は欲しいと思わないけど、将来的に結婚したりするかも知れないじゃん?なら彼氏だっていつかは作りますぅ。もう26でちょっとは焦りなさいとかお母さんに言われてるけど、独り暮らしは独り暮らしで楽なのよねぇ。今は同棲相手居るがなッ!従弟の龍已君だいちゅき♡

 

 食欲がないのか食べる手が止まってた後輩ちゃんは、なんか食欲を戻したみたいでおにぎりを食べるのを再開させた。ニコニコしながら食べてるし、すっごいご機嫌だ。その顔会社でやったら、こぞって男達が寄ってくるだろうね。ほんと美人だなぁ。ほら、日向ぼっこしてたおじいちゃんがこっち向いて拝んでる。仏の類かな?

 

 モリモリ食べ始めた後輩ちゃんにつられて、私もお弁当を食べ進める。相変わらず美味しい龍已のご飯は毎回いつの間にかって具合で食べ終わる。これでカロリー計算とかもしてくれてるんだから大助かりだ。あとは私が食べ過ぎないようにするだけ。ちょっと無理カナー?美味し過ぎるのも考えものだね!

 

 

 

「先輩。今度、飲みに行きませんか?」

 

「後輩ちゃん私の同期に飲みに行こうって誘われてなかったっけ?そんな連続で行って大丈夫なの?」

 

「大丈夫ですっ!それに、私は先輩と一緒に行きたいですっ!」

 

「そんなに力説するものかね……まあいいよ?日にちはまた後で決めよっか」

 

「はいっ!」

 

 

 

 それじゃあそろそろ戻りますかぁ。話してゆっくりご飯食べてのんびりしてたらいい時間になったし。龍已のお弁当でエネルギー補給したから午後も頑張れるぞぅ!それにしても、後輩ちゃんと飲みに行くなんて久しぶりな気がするな。大体他の人に誘われて渋々行ってるみたいだし。

 

 後輩ちゃん誘うのに忙しくて、私ってあんま誘われないからね。飲みに行く機会なんて自分で設定しないと無いわけよ。けど私ってそんなワイワイガヤガヤが好きじゃないから、態々騒がしいところに行こうとも思わない。だから飲みに行く機会は更に無くなるという。別に行きたいと思わないからいいけども。

 

 午後はまあ特に何かあった訳でもなく、恙無く終わった。後輩ちゃんとは明後日に飲みに行くことになった。お店の予約はしてくれるって話。任せてくださいっ!とまで言われたらお願いしちゃうよね。なんか教えてもらった美味しいところがあるみたいだし。しょっちゅう誘われてるから、そういう情報は後輩ちゃんの方が上だ。

 

 サシでの飲みかーと思いながら電車でスマホを弄って時間を潰し、マンションから最寄りの駅に着いた。改札を通って15分の帰路につこうとすると、黒い長ティーシャツとジーパンっていうラフな格好してる龍已が居た。気配で気づいたみたいで軽く手を上げている。私は一瞬固まったけれど、ハッとして傍に駆け寄った。

 

 

 

「龍已、どうしたの!?」

 

「砂糖と塩、それと卵に鶏肉を切らしたから買い物に行こうと思ったんだが……」

 

「……?あっ、ごめん!お金ね!あーすっかり忘れてた!じゃあ一緒に買いに行こうか!」

 

「疲れているところすまないな。金を渡してくれれば買ってくるが?」

 

「いいのいいの!折角だし一緒に買い物しよー」

 

「了解」

 

 

 

 いやー、すっかり忘れてた。そうだよ、龍已お金持っててもこっちじゃ使えないよね。あっちの世界のお金だもの。多分全く同じものだろうけど、登録番号被っちゃったら偽札みたいになっちゃうし。だから私が居ないと何も買えなかったんだ。もう通帳とか渡しておこうかな。龍已は無駄遣いしないし、クロが呑み込んでおくだろうから盗まれる可能性0だし。あれ?銀行より安全じゃない?

 

 疲れてるなら先に帰ってても良いんだぞって言われたけれど、折角外で龍已と会ったなら一緒に行きたいと思うのが自然だよね。それにスーパーまで途中の道から少し逸れたところにあるだけだし苦じゃない。

 

 2人で並んで歩きながらスーパーを目指す。この道を歩くときは1人だから、誰かと並んで歩くのは新鮮だ。ましてやその相手が龍已ともなると感激で喉が詰まる。182センチの身長に長い足を持つ龍已は歩幅も大きい。けど私の歩く速度に合わせてくれる。こういうところがイイ男なんだよなー。

 

 接して仲良くなれば、黒圓龍已の優しいところが見れてますます好きになる。けど敵対すれば冷酷な部分に触れて死を連想する。真反対な二面性を持つキャラを書きたくて生まれた。けど、その過去は壮絶の一言だ。そしてその過去を作ったのも私。こうやって普通に接してくれるのは嬉しいけど、虐められていたこととか、両親殺されたことについてどう思ってるのかなって思っちゃう。

 

 そんな不安を気配の揺らぎで感じ取ったのか、目敏く龍已が気がついた。そして勘が鋭いので私が何に悩んでいるのか察しちゃうんだ。すごいよね。私何も言ってないし顔にも出してないのに、気配だけで気がついちゃうんだもん。そうして龍已は私の頭を撫でるんだ。労るような優しい手つきで、こちらを安心させる。

 

 

 

「気にしていない。まさか招加も書いた物語が現実となった世界があるとは思わないだろう?確かに悲しい過去もあったが、それについて招加を責めるつもりは無い」

 

「……龍已はそれでいいの?」

 

「良いも悪いも、招加が気にすることでもない。好きなように想像し、好きなように書けばいい。パラレルワールドの事だと思えばいいのではないか?そうすればあらゆる可能性があった世界の1つとして考えられるだろう?罪の意識を持つ必要はない」

 

「龍已は優しいね。皆はそんな龍已が大好きなんだよ。もちろん私もね。……ありがとう」

 

「……どういたしまして」

 

 

 

 本当に気にしていないんだろうな。だからどういたしましてって言うのも違うな……と思ったけれど、私のために言ってくれる。そもそもな話、私のことを怨んでいるならとっくに殺してるだろうしね。けど、そうだなぁ……龍已に殺してもらえるなら私は幸せ者だよなぁ。

 

 私達は黙って歩いた。でもその静かな沈黙は嫌なものじゃない。心地良い。私が頭の奥底で思っていた懸念が消えたことで、より龍已を見る目が素直になれたと思う。龍已が気にしていないことを、私だけが気にしていても困らせるだけだと分かっているから、感謝しつつ気にしないことにする。

 

 そうして歩いてスーパーに着いたら、クロが吐き出した買い物リストを見ながら買い物をした。帰りなんて荷物もクロが呑み込んでくれたお陰で大助かりだ。なんて有能な蛇ちゃんなんでしょう!ありがとうって言いながら頭撫でると嬉しそうにするから、呪霊であることを忘れちゃう。もうっ、ホント良い子!

 

 一緒に帰る途中、私は龍已と手を繋いで帰った。なんだかそうしたい気分だったから。向かう途中のありがとうって気持ちを伝えるのと、私が作った最高のキャラクターと触れ合っていたいという気持ちがあったから。いきなり手を握った私に驚かず、握り返してくれた。それが嬉しくて調子に乗ってスキップしたら、一緒にスキップしてくれた。ぷふっ、無表情の龍已がスキップって面白いよね?だから笑っちゃった。

 

 察しが良いから何に吹き出して笑っているのかバレちゃってデコピンされた。でもコツンって程度だから全然痛くない。メッ、って感じ。ふふって私が笑うと、龍已は微笑ましそうな雰囲気?で私を見る。少しずつだけど彼の雰囲気の違いが判るようになってきた……気がしなくもない……カナ?まだ私は龍已検定低いっす……。あ、ちなみに晩ご飯は私のリクエストで唐揚げにしてもらった!めちゃ美味しかったです!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────いいれふか先輩っ。先輩はぁ……もっと私をかまうべきなんです!私はこんなに先輩をだいすきなんですからっ!」

 

「へー、この軟骨の唐揚げ美味しいね」

 

「なのに先輩はぁ、私が他の人に絡まれてもたすけてくれませんしぃ……うぅ……会社でももっといっしょにいたいですっ!」

 

「あ、私ハイボールで。この子は水をジョッキでお願いしまーす」

 

「で、でもですね……先輩がいいなら……ですね……わ、私の家に来ていっしょにっ」

 

「さっき頼んだお刺身来たよ。ほら食べなー」

 

「サーモンおいしいです……」

 

 

 

 後輩ちゃんと約束した飲みに行く日。促されるままにやって来た個室ありの居酒屋で2人で飲んでいる私。後輩ちゃんは酒が弱い。飲み会に連れて行かれるけど、毎回飲まないのだ。飲んだら最後潰れるし、その後お持ち帰りを狙って男達が極上ステーキ前にしたオオカミみたいになって収拾がつかなくなるからだそうだ。

 

 の、クセに私と飲みに来ると私に勧めて自分も飲む。で、1発で酔う。頼んだのは檸檬サワーだ。1杯の半分くらい飲んだらベロベロになってる。頬はほんのりと赤く色づき、とろりとした目は煽情的で、煽っているようにしか見えない。それでテーブルの上にある私の左手に手を伸ばしてずっとにぎにぎしてる。もう離してくんないかな……飽きない?私取り皿持ちながら食べたい派なんですが。

 

 勝手に色々喋っているけど、聞いていなくても聞いていると思ってずっと話しているので違うことを話しても大丈夫。しかも飲んだら殆ど記憶に残っていないから。ヨワヨワのクセに飲むからよ。てか、私の方が酒強いのに同時に飲んだら負けるの分かってるでしょ。まったく……。

 

 

 

「えへへ……先輩の手ぇすきぃ……」

 

「はいはい。じゃ離してねー」

 

「あぁん……」

 

「声抑えろバカタレ。なんつー声出してんだ」

 

「先輩にだったら……きゃっ♡」

 

「うぜぇ……」

 

 

 

 いやんいやんとクネクネしながら頬に手を当ててこっちをチラチラ見てくる。いや何もしないし。何ちょっと期待したような目で見てくるんだか。私がタコワサ食べて呆れた目で見ていると、ムスッとしながら手を差し出してくる。おいまたかよ。どんだけ私の手にご執心なんだいこの後輩ちゃんは。

 

 はぁ……と溜め息を溢しながら取り皿と箸を置いて好きな方の手をどうぞと両手を差し出すと、それぞれの手首を取って後輩ちゃんは自分の胸に押し付けてきた。掌に上着を脱いでワイシャツになった後輩ちゃんのブラと柔らかくてデカい胸の感触が伝わってくる。うん……デカいね。だから何だって話だけど。当てつけかな?

 

 

 

「んっ……ど、どうですか……?先輩……」

 

「でっけーわー。私は持ってないから羨ましいデスネー。はぁ……身長と胸もうちょっと欲しかったな……」

 

「興奮……しますか?」

 

「サイズの違いはあれど同じモンつけてんのに、どうやって興奮しろってんだ」

 

「いっぱい触っていいですよ……?」

 

「満足満足。あ、サラダ頼もっと」

 

「あっ、先輩のいけずぅ……」

 

「めんどくさい……これだから酔っぱらいはよォ……」

 

 

 

 酒クソザコなんだから飲むなっての!胸に押し付ける手を振り払ってテーブルの上に置いてある店のタブレットからサラダを選択して頼む。ついでに新しいハイボールも。後輩ちゃんは……まだ水減ってないからいいか。他には……ミニ炒飯でも頼もうかな。夜なのにたくさん食べるとあれだけど、こういう時くらいはいいよね精神でいく。食べ物にはお金をいくらでも支払うタイプです。

 

 私がタブレットを操作していると、対面に居た後輩ちゃんはまーた頬を膨らませて場所を移動して私の隣にやって来る。んで腕に抱きついてきた。豊満で形までいい胸が私の腕に押し付けられて形をふにゅりと変える。柔らかさまで一級品かよ。彼氏大喜びだな。さぞや行為中ダイナミックダンスすることだろう。ケッ(妬み)。

 

 スリスリして擦り寄っては頬擦りをして、腕を離したかと思えば腰に手をやって抱きついてくる。暑苦しい……あと暑苦しい。そして何と言っても邪魔。引き剥がそうとするとめっちゃ抵抗してくる。子供のイヤイヤ期みたいに首を振って離そうともしない。これは飲み会で酒飲まない訳だわ。つか、他の女達が飲ませないだろう。男が相手なら(まわ)されてるだろうね。おっと、下ネタが多くなると酔ってる証拠だ。危ない危ない。

 

 しっかしよく私に懐くなぁ後輩ちゃん。私は別に特別優しくしてないし、社会人として当たり前のことと仕事のことしか教えてない。仲良い女の同僚は居るだろうし、良くしてくれる女の先輩は他にも居るはず。なのに後輩ちゃんは、よくもまあ私のところに来る。最初のOJTだからかな?刷り込みのカモかよ。チョロいぜ。

 

 

 

「せんぱーい♡」

 

「はいはいなにー」

 

「今日は……いっしょにいたいですー」

 

「さっきも言ってたわ」

 

「私の家にきてくださいよー。おとうさまとぉ……おかあさまに紹介したいですぅ……」

 

「タラちゃんか。てか、なんて紹介するつもり?ただの先輩だよ?」

 

「私が尊敬しててぇ……だーいすきな先輩だって……きゃっ♡」

 

「うぜぇ……」

 

 

 

 てか親のことお父様とお母様って呼んどんのかい!どこのお嬢様だ!けど、実家がお金持ちって噂で聞いたような気がするな。あれ、もしかして超絶美人で金持ちだから男達が我先にってアタックしてんの?欲に素直かよ……。まあ分からないでもないけど。そういや、お持ち帰りされたことないし、必ず迎えが来るってのを聞いた覚えが……確かに前飲んだときも迎え来たな。絶対来るやつか。なら送ること考えなくていいな、ラッキー♡

 

 私的には送っていくのがめんどくさ……ダル……めんどくさいから迎えが来てくれるならありがたい。絶対来てくれるやつなら安心してこのままにできるし、もうベロンベロンにすることもできる。やんないけど。後が絶対めんどくさいし、寝られたら運ぶのがめんどくさい。あれ、さっきからめんどくさいしか言ってないな。それだけ今の後輩ちゃんがめんどくさいってことか。納得。

 

 

 

「先輩……ちゅー」

 

「誰がするか」

 

「むーっ……ちゅーっ!」

 

「はいはいちゅー」

 

「えへへ……」

 

 

 

 言っておくけどしてない。未だに飲み終わってない後輩ちゃんの檸檬サワーのジョッキ表面を押しつけてやっただけ。良かったね後輩ちゃん。キスがレモン味になったよ!冷たくて気持ちいいし一石二鳥だね!だからいい加減腰に回してサワサワしてくる手を退けろ貴様。

 

 適当に相手をしてあげながら、食べたい料理とお酒を頼んで1人満喫する。その間後輩ちゃんは時々スマホを確認してる。お、彼氏か?なわけねーか。どうせ迎えの連絡でもしてるんだろう。あれだけ何度も誘われていれば迎えの連絡をする癖もついているはず。私的には大助かりだ。良くやった!

 

 時間もいい感じになったし、私もお腹いっぱいだしお会計をする。後輩ちゃんは檸檬サワーと刺身2枚ぐらいしか食べてないので私が全額払う。いや、ここまできたら私が食べた分の料金だろ。後輩ちゃんは帰りまで、ずっと私にくっ付いていただけ。何しに来たのだ貴様は。

 

 肩を組んでどうにか店の外に連れ出す。店員さんのありがとうございましたを聞きながら出ると、少し先に黒い車が駐まってた。見覚えがあるのでそっちに行くと、また見覚えがある人が出てくる。私が後輩ちゃんを車のところまで連れて行くと、態々ここまで来ていただきありがとうございましたと言われた。専用の迎えはすげーな。私も送って欲しいもんだ。あ、龍已呼んじゃおっかなー♡

 

 

 

「文創招加様も送るようにと、お嬢様より言いつけられておりますので、どうぞ車へ」

 

「え?いやいやいいですよー。私も迎え(今から呼ぶけど)呼んでますんで、お気になさらず」

 

「そう言わずにどうぞ」

 

「いやいやぁ……」

 

「申し訳ありませんが──────これも命令ですので」

 

「へっ?」

 

 

 

 すぴーっと寝てる後輩ちゃんを後ろに乗せた後、私のことも送るって言うけど、龍已を呼ぶつもりなので大丈夫と断った。夜の空を眼下で眺めながら帰りたいと思ったからだ。でも、車を運転していたであろう黒スーツの人は頭を下げたあと、命令だからと言って軽く手を叩く。そしたら、車から同じ黒スーツの男の人が2人降りてきた。

 

 あっ……と言う暇も無く、私は取り押さえられて車に押し込まれる。車体が長い車で、後輩ちゃんが寝転んでいる後部座席のところは、ちょっとした広い空間になっていた。私を後輩ちゃんの隣に座らせて、向かい合うように黒スーツの男の人が2人座る。運転手はさっさとエンジンを掛けると、出発してしまった。

 

 酔いが冷める。やって来るのは焦り。マズいよねこれ。拉致じゃね?後輩ちゃんの家の関係者だとは思うけど、もしかしたらそれに似て違う誘拐犯かも知れない。ちょっと無用心すぎた。チラリと後輩ちゃんを見ると……寝てやがるコイツっ!頭引っ叩いてやろうか?

 

 どうしよう。割とマジでどうしよう。だって私達のことを見てる黒スーツの人が2人居る。見張りみたいなものだよね。ドアを開けたとしても走ってるから出られない。もしかしたら、内側からじゃ開けられない仕様になってるかもしれない。あれ、詰んだ?

 

 

 

「──────ッ!?」

 

「くッ……急ブレーキを掛けるなっ!お嬢様に何かあったらどうする……っ!」

 

「文創様に怪我は負わせられないんだぞ……っ!」

 

「す、すまん。急に前に人が出てきてな。退く様子が無い。不審な輩だ。対応してくれ」

 

「分かった。俺達が戻るまで鍵は閉めておけよ」

 

「当然だ」

 

 

 

 車が急ブレーキ掛けたことで体が前に飛んでいきそうになる。咄嗟に後輩ちゃんの体を支えてあげると、ニヘラと笑って未だ夢の中。コイツ……っ!はぁ……と溜め息を吐いて運転席の人と会話が出来るように設けられたスライドで開く穴から黒スーツの人達が会話をしている。お嬢様だとか、私に怪我が無いこととか安否を確認してるから、高確率で後輩ちゃんの関係者だろう。

 

 問題は何故私を拉致紛いなことして連れていこうとするのかだけど、何となくさっきの飲みでのある光景を思い出す。スマホを時々弄っていたのを見た。酔った後輩ちゃんはいつもならやらないような甘え方をしていたし、お父様とお母様に会って欲しいとも言っていた。命令ですので……という言葉から、十中八九後輩ちゃんの所為だ。おい貴様、本当に引っ叩いてやろうか?

 

 ほっぺたを抓って伸ばしながら、運転席の方を見れる小さな穴から誰が車の前に出てきたのかチラ見した。そしてそれに血の気が引いた。周りは夜なので暗く、明かりは車のライトだけ。その光を浴びて立っている人物は、全身を黒いフード付きのローブで隠し、顔もローブを深く被って見せない。誰かなんて分かりきったこと……龍已だ。龍已が私を連れ去ったこの人達の前に現れた。まるで、暗闇に紛れて死を届ける、黒い死神のように。

 

 黒スーツの人達2人がドアを開けて外に出てしまった。慌ててドアノブを引っ張って出て、無事であることを教えようと思ったけどやっぱりドアは開かない。窓も開かない。これ絶対マズい。龍已がじゃなくて黒スーツの人達が。勝てる要素なんか0通り越して私を攫おうとした時点でマイナスだ。全身隠しているから、何をしてもバレないと思って()()()()()()()()()()()()()()

 

 止めたい。けどここで龍已の名前は出せないし、良く考えれば私が龍已に頼み込んだら関係者だってバレちゃう。多分、龍已は私を攫おうとしているところを横から掻っ攫われて奪い返しにきた不審者……という立場で事を為すつもりだ。らしくもなく前に出たのは、突然車襲って横転させてしまう確率を下げるためだろう。

 

 

 

「あぁ……どうしよっ!?あっ……デスヨネー」

 

「くッ……あの2人が……ッ!文創様!車から出ないようにお願いしますっ!私が対応して参りますので、どうか!」

 

「あ、うん。(何があろうと絶対勝てないけど)頑張ってクダサイ」

 

 

 

 助手席の方から覗き込んで大人しくしているように言われるけど、そりゃジッとしているしかない。ちなみにだけど、龍已の方へ向かっていった黒スーツの人達は気絶してる。1人はボディーに1発入れられてゲロ撒き散らしながら倒れて、もう1人は頭を掴まれた後持ち上げられて地面に叩きつけられていた。大人を軽々っすか。流石っす。

 

 今向かっていった人は、足払い掛けられて体が地面に付くより先に腹に蹴りを入れられ数メートル飛んでいった後動かない。殺さず気絶させただけだろうけど、絶対に痛い。打撲じゃ済まなそう。倒れた人達に一瞥すらせず、龍已は車の横に来るとドアを開けようとするが鍵が掛かって開かない。

 

 曇りガラスになってて中が見えないからか、手のジェスチャーで離れているように指示を出されたので脇にズレる。すると、龍已は腕を引いたかと思えば貫手で車のドアを貫通させて腕を通した。そしてそのままドアを力技でぶち剥がして投げ捨てる。そんなハルクじゃないんだから……。

 

 

 

「──────お前を攫いに来た」

 

「あ、やっぱり。ん゙んっ……え、えー。こわいなー。たすけてほーしーいー。あ、また明日ね後輩ちゃん」

 

「んうぅ……せんぱーい……」

 

「……元はと言えば誰の所為だと思っとるのだ貴様。最後まで気持ち良さそうに寝こけやがって……」

 

「掴まれ。行くぞ」

 

「うん」

 

 

 

 手を差し伸べてくるので取ると、引き寄せられてお姫様抱っこされちった。きゃっ♡てか?うわうぜぇ……。けど、龍已は壊れ物を扱うように優しく抱き上げると、その場で跳躍して電柱のてっぺんに乗った。私抱えているのになんて跳躍力。絶対防弾仕様だろう車の装甲貫手でぶち抜くし、ドア剥ぎ取るし人知を超えた腕力も流石っす。

 

 けど、車の中とは言えドア1枚無くなった場所に後輩ちゃんと、道路とかに転がってる黒スーツの人達放置して大丈夫かな?って心配したけど、違う黒い車がやって来て、これまた同じ黒スーツの人達が出て来たかと思えば惨状に絶句してた。まあ、見た感じ怪物に荒らされたみたいだもんね。仕方ない。

 

 どうやら3人の内誰かが応援を呼んでいたみたいで心配なさそうだ。龍已と私はバタバタしている人達を少し眺めて、問題無さそうだと分かるとその場を後にした。電柱の上を跳躍して移動して行ったかと思えば空中で止まったので、『黑ノ神』を使ってるみたい。ぐんぐん上に上がって綺麗な眺めを見下ろせる。

 

 もう隠す必要も無いので、手を伸ばしてフードを後ろにやり顔を出す。龍已は横目で私のことをチラリと見ると、攫われているように見えたから何事かと思ったぞと言葉を溢した。いや私の後輩ちゃんが申し訳ない。ホントご迷惑をお掛けしました。謝ったら、無事で良かったと言ってくれた。

 

 

 

「ねぇねぇ龍已」

 

「何だ」

 

「また私がピンチになったら助けに来てくれる?」

 

「当然だ。必ず助けよう」

 

「……へへっ。ありがとうっ!」

 

 

 

 お酒飲んでほろ酔い気分なのをいいことに、私は龍已の首に抱きついて彼の頬に頭をグリグリ押しつけたあと、感謝の気持ちを込めてちゅっと唇を当てるだけのキスを頬にした。龍已はまたチラリと私を見ると、軽々しくそんなことをするんじゃないと窘めながら、私が抱きついたことで少しフリーになった右手で私の頭を撫でてくれた。

 

 今日はお酒飲んだから。それを言い訳に龍已に甘えようかな。ちょっと邪な考えで、それを気配で察知されてるだろうけど、優しいから溜め息を溢しながら許してくれる。私はそれに甘えてベッタリになる。

 

 夜風が頬を撫でて気持ちが良い。眼下の景色が綺麗。私を支える腕や一定の心臓の鼓動が心地良い胸板に、私はうっとりとして彼に寄り掛かる。世界で1番安心できて、安全な場所。今だけは、私のものだ。

 

 

 

「龍已ー?」

 

「何だ」

 

「今度、2人で飲みに行こー?」

 

「構わない。次は攫われないようにな」

 

「私には龍已が居て、助けてくれるから大丈夫ですー。ね、約束だよ」

 

「あぁ。約束だ」

 

 

 

 飲みに行くことか、助けに来てくれることか、どちらの約束かは言っていないけれど、どっちでも、またはどっちの約束も彼なら守ってくれる。頼りになる年上の大人で、可愛くて大好きな私の子。マンションに着いたらおつまみでも作ってもらおっかなーと考えながら、私はまた甘えるように彼に抱き付き、頭を撫でてもらった。

 

 

 

 

 

 

 後輩ちゃんに安否の連絡しとかないと絶対にめんどくさいことになるよね??

 

 

 

 

 

 

 






文創招加

酒の入った後輩ちゃんに甘えられるが基本塩対応。胸を揉んだ感想は、クソッ……私もこんくらい良いモン欲しかった……っ!だけ。別に小さくはない。丁度良い大きさで、確かに美乳。

ほろ酔い気分なのを良いことに、龍已に甘えてベッタリになっている。帰ってからは風呂に入った後おつまみを作ってもらい、お笑い番組を龍已の膝の上で見てる内に寝落ちした。ベッドに運ばれる間龍已の服の裾を離さなかった。

攫われた事にヒヤリとしたが、すぐに龍已が助けに来てくれることを確信した。が、今度は龍已がやり過ぎないかでヒヤヒヤした。でも信じていたので不安は無い。




黒圓龍已

直感で招加に何かがあることを察知し、『黒龍』を使って呪力を推進力にして戦闘機よりも速く移動しながら『呪心定位』で周囲4キロをスキャンして居場所を割り出し、車を襲って招加を奪還した。敵に回したら逃げられない。そもそも走行中の車に走って追いつける。

黒スーツの人達を、最初は攫ったという理由で全身骨折ぐらいには痛めつけてやろうかと思ったが、招加の気配的に望んでいなさそうだったので気絶するだけに留めた。実はちゃっかりと黒スーツの人達の記憶は呪具で消し、車のドライブレコーダーは撃ち壊してある。




後輩ちゃん

実は大金持ちな家の2女。上に姉と兄が居る。会社に入ったのは見聞を広めるためであり、周りが自身の美貌とスタイルしか見ておらず、持て囃してくる中で普通の態度で時には厳しく接してくる招加に懐いた。

酒に弱いのでちょっと飲むと酔っぱらうし、記憶が殆ど欠如する。そのため後からスマホの連絡内容を見て唖然とし、招加が無事か確認しようとしたら、家に着いたから安心していいよー。けど明日みっちり叱ってやるから覚えておけよ貴様。という招加からのメールを見て安堵しながら青ざめ、冷や汗ダラダラ。

迎えに来てくれただろう黒スーツ達の記憶が数ヶ月分ぶっ飛んでるのに首を傾げた。




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短編第█話  私の知る彼とは








 

 

 

 

「──────ごめんなさい先輩っ!本当にごめんなさいっ!」

 

「あー、いいよいいよ。そっちも色々大変だったでしょ?」

 

「……はい。車が一部壊されていましたし、ドライブレコーダーも粉々……乗っていた人達は記憶が()()()()無いと話していますし、不可思議なことばかりでした。先輩はどうやって家に帰ったんですか?」

 

「私もあんまり記憶無いんだよね。ふと気がついたらスーパーでストロングを……」

 

「まだ飲んだんですか……」

 

 

 

 酔っぱらった後輩の無茶振り誘拐事件の翌日、文創招加(ふみきずしょうか)は昼休憩時に謝罪されていた。朝は一目があるということで昼食を広場で一緒に食べるように約束し、弁当を食べる前に謝罪が入った。申し訳なさそうに頭を深々と下げる後輩に、文創は手をヒラヒラと振って謝罪を受け入れた。

 

 事が事なだけに叱り散らしてやろうと思ったが、朝からその件が頭の中にあったためか、後輩は蒼白い顔色のままフラフラとしており、仕事も失敗を繰り返して慌てて頭を下げていた。時折目が合うと、自殺するんじゃないかと思えるくらい暗い表情になっていて、とてもではないが追い打ちの叱責ができなかった。

 

 だがやらかしはやらかしなので、食堂で先着30名に限定のメロンクリーム入り絶品メロンパンを買ってくるように言いつけた。買って来れなかったら当分は口聞かないと言うと、もう顔面が真っ白になっていた。ちなみに、後輩はそのメロンパンを5個持ってきた。お一人様1つまでなのに。

 

 

 

「しっかし、後輩ちゃんってお金持ちっていう噂本当なんだね」

 

「うっ……」

 

「会社を継いだりとかってないの?まあ、あったらこの会社に入らないかー」

 

「はい……私には兄と姉が居るので、私が会社を継いだりという話はありません。()()()恋愛をして良いとも言われていますので」

 

「そっか。良かったね。後輩ちゃんは努力家だし、真面目だし、性格も良いし、容姿もとびきり良いから、きっと良い相手が見つかるよ」

 

「……私は……その、先輩みたいな人がいいですっ」

 

「私ぃー?それ碌でもなくない?」

 

「そ、そんなことはないですっ!」

 

「えー、そうかなー」

 

 

 

 アワアワしながら懸命に文創の良さを語る後輩に、適当に流しながら会話を楽しむ文創。内心では事件の内容を誤魔化せている事にホッとしている。記憶が無いのを酒の所為にして、あの場の全員が記憶が無いことにした。変に過去を捏造するとボロが出たときが大変なので、周りに合わせた。

 

 謝罪を受け入れ、今度からこういう無理矢理なことはしないように注意し、メロンパンを齧る。流石に1人で5個も食べられないので後輩と一緒に1個ずつ食べ、残りは家に持って帰って龍已にもあげようと考えた。

 

 

 

「今度後輩ちゃんの家にお邪魔するから、今回のようなことは絶対に無し!いいね?」

 

「……ッ!?はいっ!」

 

「次やったらその場でOJT変わるから」

 

「ふぇっ!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「龍已ー。ただいまー!」

 

「おかえり。仕事お疲れ様。風呂にするか?それとも先に飯か?」

 

「じゃあ間を取って龍已かなぁ……?」

 

「風呂だな」

 

「ふふっ。すぐに入ってきまーす」

 

 

 

 今日も今日とて龍已の居る我が根城へ帰還を果たしました。誰かがおかえりって言ってくれる家って良いね。帰るのがより楽しみになる。私のおふざけにも付き合ってくれるし、作ってくれる料理は絶品だ。野菜の摂取も気を遣ってくれているから、最近体長が良い。一家に一龍已だね。居たら悪人全員殺されちゃうけど。

 

 かれこれ、龍已が来てから1週間が過ぎた。残りは20数日。外に出て買い物はしてるけど、龍已はそれ以外だと家から出ない。多分だけど、別次元の存在が別の世界で影響を与える訳にはいかないと思ってるんだろうね。まあ実際、術式なんていう超能力に分類される力があるし。

 

 自分のこの世界に対する影響力をしっかりと把握してる。言い方を悪くすると、分を弁えてる。私が居ない時に限って黒圓無躰流の型の稽古をしても良いか聞かれた時は流石だなと思ったなぁ。幼い頃からやってるのを今更辞めるなんてことはできないから、一種のルーティンみたいなものだけど。

 

 一日に掻いた汗を風呂で流して化粧を落とす。用意してもらった服に着替えてからは、龍已が作ってくれた絶品料理に舌鼓を打って満足感に浸る。いやはや、もう1週間かーと改めて思う。日にちが経つのがあっという間だ。毎日が楽しくて仕方ない。それもこれも、別次元からの渡航を可能にしている虎徹の呪具に感謝だね。じゃないと私と龍已が実際に出会う事なんてなかった。

 

 やっぱり最初の邂逅は焦ったね。黒い蛇が居るかと思えば、案内された先に龍已が居たんだから!……チリッと、私の頭に何かが過る。それは龍已と初めて会った時の光景。記憶力は普通ぐらいだけど、衝撃的だったから割と鮮明に覚えている。ゴミ箱を背もたれに倒れていた。服は所々裂けていて、血溜まりの中に居た。

 

 

 

「……あれ?おかしくない?」

 

 

 

 今考えてみると、やっぱりおかしい。だって龍已だよ?私が考えたあの黒圓龍已だよ?()()()()()()()()()()()()()()?そして、呪術廻戦の世界で、誰があんな重傷を龍已に負わせられるの?考えても全然思い至らない。年齢からして原作が始まって少しだとは思う。なら、両面宿儺は指数本分の強さ。到底龍已を傷つけられる段階じゃない。

 

 五条悟にやられたのだとしても、傷口の形から無下限じゃない。服の破け具合から切り傷だっただろうし。そもそも遠距離効かないから無下限の『赫』も『蒼』も『茈』すらも通らない。なら一体何と戦ったんだろうか。龍已に重傷を負わせられる奴なんて、私は書いていないし考えてすらいない。触れてはいけないものに触れたような気がして、ゾッとする。

 

 

 

「──────どうした、招加」

 

「な、何でもないよー?明日の仕事めんどくさいなってさ!」

 

「いつも通りではないか」

 

「そんな毎日言ってるっけ?」

 

「口癖のようにな」

 

 

 

 なんだろう、分からない。分からないから怖くなってきた。私が思っているよりも、違う過程を築かれてるような感覚。私が食べた後の晩ご飯の洗い物を洗ってくれている龍已。彼は多くを語らない。特に自分のことに関してはあやふやにするしぼかす。黒い死神としての裏面があるからか、自身の情報を他人に率先して話そうとはしない。

 

 だから割と謎な部分があったりする。教えてくれる情報に関しても、自分からは語らない。聞かれて初めて答えるという形だ。そしてこれは直感だけど、傷だらけだった事に関しては答えない。私にはそれ程関係する話じゃないから語る必要は無いだろう……とか言われそう。

 

 私は確かに黒圓龍已について最もよく知る人物だろうけど、それはキャラクターとしての彼であって生きている彼ではない。内に秘めた考えや感情については知らない。私は何か根本的な思い違いなどをしていないか?今ここにある情報だけで全てを完結させていないか?疑問に思うと止まらない思考。それを遮るように、洗い物を終えた彼が私に手を伸ばした。

 

 

 

「何か考え込んでいるようだが、大丈夫か?」

 

「んー?大丈夫だよ。仕事についてだから。家でも仕事について考えるとか、私は社畜かな?」

 

「習慣化してしまったら中々抜けないだろう。落ち着けるように珈琲でも淹れるか?」

 

「お願いしまーす!」

 

 

 

 できるだけ自然体に接したはず。さっきまであれこれ考えてはみたが、私が知っている情報のスタートは、あの日倒れている龍已を見つけた時点だ。それ以前は恐らくあっちの世界に居ただろうから私が知り得る筈がない。現在私が書いている二次創作は渋谷事変に入る前で終わっている。だからその時間軸から来てるとは思うんだけど、細かな時間軸は分からない。

 

 描写によっては数ヶ月、または数年飛ばしているから、その過程に於いては不明だ。龍已にとってはあっちの世界こそが現実で、飛ばされた過程も毎秒毎秒生きている。コマ送りのように飛ばされてはいない。だから本人に聞けたら1番楽なんだけど、まだ何とも言えない考えだからなぁ。

 

 私のスマホにチラリと視線を落とす。この中には私の趣味全開の、二次創作のデータが入っている。呪術廻戦に落とし込まれたケン、カン、キョウ、虎徹、龍已。彼等というオリジナルキャラクターを軸に二次創作の世界が形成されている。謂わば、主要のオリキャラはこの5人だけで、他には出しておらず、龍已に対抗できるキャラクターは作っていない。

 

 なら、一体誰が龍已にあんな重傷を負わせられたのだろうか。本当に不思議だ。五条悟は多分違う。渋谷事変前の両面宿儺では無理。虎杖では近接戦でも勝てない。伏黒恵では術式反転で式神は無効化され、近接戦でも同じく無理。ワンチャン相性が悪い釘崎が居るけど、近接戦仕掛けても体の一部を盗れるほど善戦はできない。

 

 伏黒甚爾は死んでるし、夜蛾だと傀儡だから術式反転の効果範囲内だ。冥冥の黒鳥術式も、命を縛りとした突進だって遠距離だ。近距離は戦えるけど、龍已には勝てない。乙骨はまあ可能性あるけど、近距離は例の如く無理。術式をコピーできたとしても、天与呪縛ありきの強みだから大した術式じゃない。戦況はひっくり返せない。呪力量でも乙骨の倍以上はある。

 

 使える人全員で領域展開やって、やっと龍已と互角の綱引きができるくらいの練度。となると、そのやり方でいったのかな?けど領域展開しながら術式使えばいい話だし、領域展開後のオーバーヒートは克服しちゃってるから一か八かの賭けになる。そんな分の悪い賭けに出るかな。みんな賢いし。

 

 てか、私は仲間割れするような描写は書いていない。ストックにも貯めてない。だから仲間割れ自体起きるはずがないんだけど……どうなってるんだろうな。ホントに謎だ。それともあれかな、この世界に来た途端に車に跳ねられたとか?通り魔に襲われる人との間に運悪く転移してきたとか?それならワンチャンあるかも。

 

 

 

「珈琲ができたぞ」

 

「ありがとう。……んー、美味しいよ」

 

「それは良かった」

 

「流石だね」

 

「それ程でもない。珈琲メーカーで作っているからな。それより、ここ1週間二次創作を書いている様子は無いが、良いのか?」

 

「あー。確かに書いてないね。忙しいのと龍已に癒してもらって気分が良くてスカーッと寝ちゃうってのもあるかも」

 

「……それなら、ネタの1つとして俺が今のように現実に現れる話でも書いてみたらどうだ?体験しているだけあって、リアリティを追求して書けると思うが」

 

「……確かに。良いかもね!やってみようかな!」

 

 

 

 私は龍已が淹れてくれた珈琲を飲みながら、彼と会話をする。分かることは全然ないから所詮は憶測。もしかしたら考えるだけ無駄だったりするのかもしれない。例えば、私が書いていない部分の日常で、非術師を庇って怪我を負ってしまった時に転移したとか。そんな感じかも。

 

 気になるけど、今ここでうんうん考えてもどうにもならない。どちらにせよ、龍已は悪いことなんてしないし、1ヶ月で元の世界に戻っちゃうんだから、気にするだけ無駄かもね。だから、龍已が提案してくれた二次創作のネタにはちょっと食いついた。

 

 実体験の入った、異世界のキャラクターが現実に現れてどうこうするって番外編は面白いかも。1から考えると大変だけど、今起きていることを書いていけばいいんだから楽と言えば楽かも。私の読者がどういう反応するのか気になるし、書いてみようかな。

 

 珈琲が入ったマグカップをテーブルに置いて、私はスマホで投稿サイトを開き、二次創作のページを開く。龍已に提案されたネタを箇条書きにして書いてみる。意外と私の中でノってるのか、スラスラと書ける。これはまだメモみたいなものだ。下地を作ってから本格的な文を作っていく。ダメそうなネタなら、この時点で上手く書けないのでボツになる。

 

 これなら書いていっても問題無さそうかな。呪いが出てきてどうたらこうたらで、後味悪かったりするのが多い呪術廻戦の話では異色のほのぼのとしたものにしようかな。偶にはそういう話しにしても良いでしょ。可哀想な話ばかりだとつまらなくなりそうだし。

 

 何年もやっている事だから、1回集中すると止まらなくなる。時々珈琲を飲みながら進めている私は気づかなかった。提供してもらったネタで二次創作を作っている私のことを、ジッと見つめている龍已のことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩っ!お疲れ様でした!」

 

「お疲れ様ー。また週明けにね」

 

「はいっ!」

 

 

 

 龍已が来てから3週間が経った。彼が元の世界に帰るまでの残り期間は1週間やそこらだ。これでお別れになるのは寂しいなと思うくらい、彼が居るというのが私の中で当たり前になりつつある。帰ればおかえりと言ってくれて美味しいご飯。甲斐甲斐しいお世話にゆったり夢心地。

 

 今日も恙無く仕事を終わらせて帰路につく。偶に龍已に迎えに来てもらって、眼下の絶景を目に収めながら帰るのも楽しい。今日は普通に歩いて帰りたい気分だからいつものように電車に乗って帰る。残業が少しあったから暗くなった道を歩いていると、会社の最寄り駅が見える。

 

 元々歩いて行ける距離なので見えるというのもおかしな話だけど、今から並べば早くに停車する電車に乗れる。今日は忙しくなるから遅れるって、予め龍已に言ってあるので問題はない。今日の仕事も終わったことに溜め息を溢して、後輩ちゃんと昼を食べている広場を横切る。

 

 だけどこの時、私は広場を横切る時に目の端で何かを捉えた。もしかして不審者?と思ったけれど、何となく違う気がする。暗くなった周りに溶け込もうとしている人の影……私は目を凝らして見ると、私が見ていることを察した人影は少しずつ私の方へ寄ってきた。一応逃げられるように半身になっていると、一定の距離を取った人影は、深く被って顔を隠していた帽子を外して、素顔を私に晒した。

 

 

 

「初めまして──────でいいですか」

 

「その顔……伏黒恵?」

 

「はい。東京都立呪術高等専門学校1年。伏黒恵です」

 

 

 

 この世界での自分の顔の影響力を知っているのか、恵は帽子を深く被って顔を隠していた……と捉えて良いのかな?龍已に続いて呪術廻戦のキャラクターに会えた私は相当にレアな人だろう。てか、私以外に居ないと思う。内心めちゃビックリしてると、3メートル近く距離を取ったまま、恵は話を続けようとした。

 

 けど、その前に1つ私から問い掛けさせてもらう。『黒圓龍已』の名前は知っているか。知っているとしたら大まかな素性を答えられるか。これによって目の前に居る伏黒恵という人物が私の書いた二次創作の世界から来たのかが判る。

 

 私からの問い掛けを受けた恵は首を傾げたけど、すぐに質問の意図を優秀な頭で理解したのか頷き、『黒圓龍已』は知っていると答えた。黒圓先生のことですよね?と言ってから、知っている大まかな情報を開示した。本人から聞いたのだろう身長と見た目からじゃ分からない体重。日々変わる気分。愛用している『黒龍』のこと。術式と天与呪縛など。ここまで当てられれば十分だ。

 

 私は帽子を被り直した恵を連れてベンチに腰掛けた。隣においでって言うと、素直に頷いて座ってくれた。体を斜めにして恵の全体像を見ていく。体をもっとムキムキにすれば、原作のパパ黒になるんだなってなるくらい似てる。あ、恵はパパ黒のこと知らないんだよね。言わないように気をつけないと。

 

 

 

「いやはや、恵もこっちの世界に来てたなんてね!私に接触してきたのは何で?」

 

「俺達は、何故かあなたの存在を感知できます。細かい場所までは分からないですけど、近くに居ると何となくこの人だなって感じで」

 

「へーっ!だから龍已も私が二次創作の作者だって最初から分かってる感じだったんだ!」

 

「……っ。やっぱり黒圓先生はこっちに居たんですね」

 

「うん居るよー?あ、一緒に来る?他にも誰か居るなら連れてきてもいいよ!」

 

「いえ、()()俺だけです。けど、黒圓先生には会えません」

 

「えっ、どうしてよ。恵は小さい頃から会ってるから慕ってるでしょ?津美紀がお姉ちゃんなら、龍已がお兄ちゃんみたいな感じで」

 

「訳があるからです。今日はその訳を話すために接触しました。念のために、俺には手で触れないでください。俺の呪力が移るかも知れません」

 

「え、どしてどして?何があったの?」

 

 

 

 恵は作中ても真面目なキャラクターだ。元気いっぱいの虎杖と、意外とはっちゃける釘崎を窘めつつ弄られるポジションだ。そんな彼が同じベンチに座りながらも、人一人分の間を開けているのは理由があったみたい。嫌われてるのかとお姉さん思っちゃいました。私はまだお姉さんでいいよね?ネ?

 

 内心では疑問符を。表情にも疑問符を浮かべる私は、何で?とストレートに聞いてみた。おっと、表情にも疑問符出ちまってたぜ☆

 あ、喋りづらいかも知れないから、私の名前は教えた。作者っていうのが判っても名前までは分からないと思ったから。

 

 恵は膝の上に手を置いて、その手を強く握り込みながらポツリと話し始めた。私は最初、そんな重要な話だとは思わなかった。いや、真面目な恵が真面目な雰囲気を出しているから重要な話には違いないとは思っていたけれど、彼の口から語られた話は、私の想像を超えていた。

 

 

 

「黒圓先生が文創さんに何て説明したか、大凡判ります。俺達は文創さんに作られたキャラクターだと……その二次創作の世界から来たんだと言ったんですよね」

 

「え、うん。そう……だけど」

 

「実際は違います。俺達はあなたが創り出した世界のキャラクターじゃない。別の……()()二次創作を書いた人物が同じ文創招加でも、内容が少し違う物語を書いていたら……というパラレルワールドでの世界から来たんです。なので、『文創招加』という人物に創られたのは同じでも、厳密にはあなたが創ったキャラクターじゃありません」

 

「そう、だったんだ……」

 

「文創さん。事態は深刻です。黒圓先生はあなたに嘘をついている」

 

「あ、はは……パラレルワールドの私が書いたかどうかのこと?それなら全然問題ないよ!だ、だって殆ど同じなら……」

 

「違う部分は割と大きいですよ。例えば、親父……伏黒甚爾は生きてます。あなたが書いた物語はどうなってますか?」

 

「……死んでる」

 

「黒圓先生は家入先生と交際してません。あなたは?」

 

「高専の頃から……交際してる」

 

「証拠として、親父の写真です」

 

 

 

 恵が見せてくれた彼のスマホには、津美紀の誕生日を祝っている時の写真が映されていた。そこには確かに、成長している津美紀と恵が映りつつ、生きている恵の母親。そして伏黒甚爾の姿があった。私の二次創作では原作通り死んでいる。龍已が殺したんだ。

 

 それに龍已は家入硝子と付き合っていないらしい。私の二次創作では付き合ってる。高専の時に助けてくれた黒い死神の正体が黒圓龍已だと気づいた家入は、クリスマスイブの日のデート終わり、夜景を眺めながらあの時助けられたのは自分で、幼い頃から助けられたのは自分だったことを明かし、告白をして交際をスタートしている。

 

 黒圓龍已が居ることは同じでも、物語の過程は少し違う。それにふと思う。龍已と呪術廻戦の話をするときは、大体が聴きに徹していた。私が~だよね?って聞くと、頷いて肯定するんだ。確か私はパパ黒の事も聞いた。強かったでしょ?見逃してあげようとは思わなかった?と。それに対して、思わなかったと答えた。つまり()()()と認めていた。実際は殺しておらず、死んでいないのに。明確な嘘だ。

 

 家入とは上手くいってる?喧嘩してない?とか、どこまでいってるの?R18は手を付けた事がなくて怖いから書いてないけど、やっぱり気持ちいい?体の相性は?と聞いた時も、上手くいっているし、体の相性も良い。喧嘩なんてしないとも答えた。これも嘘だ。龍已は無駄なことに嘘はつかない。嘘をつくのは()()()()()()()()()()()()()()

 

 恵が言う深刻な状況というのが聞きたくない。なんだかすごく嫌な予感がする。耳を塞ぎたい気持ちなのに、聞かないとダメだという意志に囚われて、震える声で続きを促した。私の顔色が悪いのを見ていた恵だけど、小さく頷いて続きを話した。

 

 

 

「黒圓先生は約1ヶ月で自分は元の世界に戻ると言ったと思いますが、実際には少し違います。元の世界に戻れるのは同じですが、文創さんを連れて戻るつもりです」

 

「な……んで?というより、どうやって?」

 

「ある程度深く関わったキャラクターの誰かと触れ合うことで、一緒に来ることができます。なので、黒圓先生はあなたと一緒に行動し、世話を焼き、日常の1つに自分自身を落とし込み、混ぜ込んでいる。要は無害を装い、刷り込みを行っているんです」

 

「理由……理由は?」

 

「──────あなたを俺達の世界に連れてきた後に殺すためです」

 

「……あはは……嘘でしょ?なんで?そこまでして私を殺す理由は何?だって、殺すつもりなら、すぐに殺せるじゃん!」

 

「……いいえ。()()()()()()殺すことに意味があるんです」

 

「どういうこと……?ごめん、全然理解ができないし、予想もつかない……」

 

「でしょうね。何せ()()()()()()()()()()、より慎重に動いていると思います」

 

「1回失敗してる……?何を……」

 

「辛いと思いますが、これを見てください」

 

 

 

 混乱する私に見せられたのは、動画だった。少し画像が粗く、撮影者の手が震えているからか画面が小刻みに揺れているし、時々大きく揺れたりしている。だけど、光景は見える。そこには、深く絶望した表情で俯いている……恐らくパラレルワールドの世界の私と、そんな私に『黒龍』の銃口を向けて見下ろす龍已の姿だった。

 

 まさか……と思った時には映像は進み……私の頭は吹き飛ばされた。威力が高いからか、私の首から上は完全に消し飛んでいる。頭が無くなった私の体はびくんっ……と痙攣してから倒れ、血の池を作り出す。呆気なく殺された私。そこで画面を閉じた恵は、大丈夫ですか?と声を掛けた。私は荒く息をしていた。心臓がうるさい。なにこれ、本当にどうなってるの?

 

 

 

「これは補助監督さんが撮っていた証明用の動画です。俺達の世界にやって来た作者を殺すと、別世界であった文創招加という人物が呪術廻戦の二次創作の人物であると世界的に上書きされます。そうなると、あなたが物語を創るのに使っているスマホがキーとなって、世界を書き換える端末になります。本当は作者にしか使えず、キャラクターである俺達には触ることすらできません。けど、殺して上書きされると誰でも触れるようになり、誰でも世界を書き換える事が可能となります」

 

「もしかして龍已は……」

 

「はい──────この方法で死んだ昔の親友と、殺された両親を生きていたことにするつもりです。そして同時に世界中の呪詛師を無かったことにし、呪いも何もかもが最初から存在しない世界に変えるつもりなんです」

 

「確かに私の方でも巌斎妃伽と音無慧汰は死んでる……両親も呪詛師に殺された……呪詛師に並々ならない怨念を抱いているし、そもそも呪いが無ければと考えるのもおかしくない……じゃ、じゃあ本当に……?」

 

「……事実です」

 

 

 

 あぁ……神様。こんな事酷すぎるよ。私が丹精込めて創ったキャラクターが、こんなサイコパス染みたことを私の知らないところでやっていたなんて……しかも、ずっと仲良くしてくれていた彼が、私を裏では殺すためだけに仲良くしていたなんて考えたくもない。でも、映像を見ると確かに龍已が殺している。別世界の私を。

 

 

 

 

 

 

 私は龍已に殺されていた別世界の私を自分自身と重ね、恵が見ている前で盛大に嘔吐した。

 

 

 

 

 

 

 






黒圓龍已

別世界の文創招加を殺しているらしい。




文創招加

厳密には直接的な作者ではなく、パラレルワールドの自分が作者。でも同姓同名であり、内容が少し違っているだけでほぼ同じ。彼女の中の二次創作では、伏黒甚爾は死んでいるし家入硝子と龍已は付き合っている。

動揺を隠せない。




伏黒恵

二次創作の世界からやって来たキャラクター。龍已が行ってきた蛮行を文創招加に伝えるためにやって来た。龍已を除いて現実世界にやって来たのは彼だけ。

自身が二次創作のキャラクターであるということは理解しており、現実では有名なので顔がバレないように帽子を被り姿を隠している。





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短編第█話  離れる彼






 

 

 

 

「──────大丈夫ですか、文創さん」

 

「ゔ……ご、ごめんね恵」

 

「いえ、そうなるのも仕方ないかと」

 

 

 

 広場のベンチから蛇口のところまで急いで移動して、恥じもなく胃の中の物を吐き出した私。酸っぱい胃酸が殆どだけど、嘔吐感云々の前に単純に気分が悪い。そしてその理由は明白だ。

 

 別世界の私を自身と同じとカウントしていいのかは分からないけど、私が考えていた黒圓龍已が秘密裏に私を連れ去り殺そうとしていることに吐き気を催す。そんなことをするようには設定していないし、呪詛師紛いのことはしないはず。けど、実際には私が創り出したキャラじゃなくて、私だけど私じゃない……もう頭の中がいっぱいだ。

 

 恵に見せてもらった動画は確かに龍已で、殺された人は確かに私だった。仕事の帰りに連れて行かれたからなのか、今の私と全く同じ格好をしているだけあって、私もあんな風に殺されるのではというリアリティがある。そしてそれがかなり効果的で、私に死の恐怖を抱かせる。

 

 私1人の命で殉職した親友達が蘇り、世界中から呪いが消え失せ、呪詛師が居なかったことになる。つまり真っ当な世界に変わる。冷徹で冷酷な性格だから、龍已ならやりかねないけど、犠牲にする命が悪性のある人だったならまだしも、特に悪事に手を染めた訳でもない私がターゲットなのだから、本格的に私が考えた龍已とは別物と考えられる。別世界の私はどういう風に龍已を創ったんだろう。

 

 

 

「もう大丈夫……ありがとう」

 

「いえ……」

 

「恵はどうするの?龍已のところに向かう?」

 

「分かって聞いてますよねそれ……俺じゃあ黒圓先生を止められません。実力がかけ離れすぎてます。そもそも俺は相性が悪い」

 

「『虚儚斯譃淵(きょぼうかくえん)』で式神が消えちゃうもんね。なら潜伏してる方が良いか。私はどうすればいい?」

 

「文創さんはこのままいつも通りに過ごしてください。俺の他にもいろんな人達が来るはずです。同時に来る予定だったんですけど、多少時間にズレが生まれてるみたいです。早くて今日の内。遅くて明後日です。少なくとも明日には何人か揃います」

 

「……そっか。龍已のことは……」

 

「俺達の世界に戻ってから考えます。取り敢えずは黒圓先生から文創さんを守るのが先決です。約1ヶ月後に、触れてさえいなければいいので」

 

「分かった。事情を知っちゃった私がいつも通りで居られるかは疑問だけど、頑張るよ」

 

「すいません」

 

「いいのいいの!あ、これ今ある分のお金!そっちの世界のお金は使えないでしょ?使ってよ」

 

「え、こんなにはいただけな──────」

 

「じゃ、遅くなると怪しまれるから帰るね!」

 

「ちょっ……っ!」

 

 

 

 私が財布から取り出した4万円を手にして焦っている恵に背を向けて、会社の最寄り駅へと走った。事情は聞きたいけど、変に遅くなると龍已が確認のために『呪心定位』を放つ可能性がある。そうなると恵のことがバレる。此処から私のマンションまで4キロ以上離れているから、幸いなことに常に『呪心定位』をされているということはないけれど、スキャンされたら1発アウトだ。

 

 話で1本遅れた電車に乗ることになったけれど、残業とかで遅れることはよくあることだから怪しまれはしないだろう。どちらかというと、私の気配に揺らぎが起きれば不審に思うんじゃないかな。気配なんて私には分からないけど、龍已は分かる。その人の善性悪性すらも気配で察知できるんだから、かなりマズい状況かも。

 

 恵が言うには、他にもこっちの世界に来る人が居る。けど今すぐじゃない。早くて今日の内。遅くても明後日には到着する。早い方で考えるのは早計だから、遅く見積もっておこうかな。多分龍已は私の、龍已に対する不信感を気配で察知してどうしたのか聞いてくる筈。でも不信感かどうかまでは判らないと思うから、機嫌が悪いことにしよう。

 

 言い訳としては……帰り道で犬の糞を踏んじゃったとかでも良いかな。アホみたいな言い訳だけど、私らしさが出て良いと思う。さてと、ここから私の戦いが始まる訳だ。私をあっちの世界で殺さないといけない以上、殺しはしない。でも、私が勝手なことをしないように手脚を引き千切るくらいはする。だからバレたらいけない。

 

 何でもできる万能超人。術式範囲は4キロ以上。呪力は過去現在未来に於いて最高量。故にガス欠は無し。身体能力はアスリート選手を赤子レベルに感じさせる超人的。正確な気配察知。驚異的な危機察知能力。鋭い第六感。勘の良さ。慌てない焦らない、かなり冷静な性格。言葉にすると最悪レベルだ。相手にしたくないタイプそのまま。

 

 だから、私が龍已の目的を知っていると勘づかれた時点で、ダルマにされて監禁状態とか有り得る。怖い。いつもなら龍已が居るマンションに帰るのがウキウキしてて楽しみだったのに、今では魔王城にすら感じる。まあもっとも、魔王城に居るのは魔王を殺して代わりに居座るクソバグチートキャラな訳なんですけれども?

 

 

 

「ただいまー」

 

「おかえり。……何かあったのか?」

 

「っ。うん。会社から最寄りに行ってる途中で犬のうんち踏んじゃってさー。広場の蛇口で洗ったんだけど、ヌルッとした感触が最悪……」

 

「……そうか。それは大変だったな」

 

 

 

 ほら、思ったとおりツッコんできた。ヤバすぎでしょ。怖すぎっしょ!バレたら手脚切断の監禁ENDとか割とマジで有り得るから手が震えるのですが?逃げるのは100億%無理なので慎重にいかないとヤバい。離れていたから大丈夫だと思うけど、恵の呪力が体に付いてたらどうしよう。言い逃れできないよ。

 

 けど、そんな私の心配は余所に、この日は何も無かった。龍已から何を言われるでもなく、お風呂に入ってご飯食べて寝た。流石に知りたくもなかったことを知っちゃったからあまり寝つきは良くなかったけど、徹夜するよりはマシって程度には寝れた。

 

 いつもなら寝惚けている頭だけど、今日は朝からしっかりと覚醒している。それに寝れない時に色々と考えていたことを実行に移すつもりだ。明日には恵と他のメンバーが揃う。そして私を5日間守ってくれるだろう。1ヶ月が龍已の居られる限度。それさえ過ぎればどうにでもなる。だから、これは時間稼ぎ。

 

 

 

「龍已。昨日言いそびれちゃったんだけど、いい?」

 

「何だ?」

 

「今日後輩ちゃん……この前の誘拐紛いのことやりかけてた子ね。あの子の家に2泊することになってるんだ」

 

「それは大丈夫なのか?」

 

「あー、あれは酔った勢いでやっちゃったことだから。会社でも死ぬほど謝られたよ。今回のはそのお詫びと、後輩ちゃんの両親から、謝罪を受けて欲しいって話になってさ。ご両親が帰ってくるのが明後日。明日は私をおもてなししたいんだってさ。是非とも泊まって欲しいってことになって……心配なら近くのホテル予約しておく?」

 

「……いや、大丈夫だ。それには及ばない」

 

「心配しなくても大丈夫だって!次変なことしたらOJT変わるし、話してあげないって言ったから。すごいよー?死人みたいな顔色してたからね」

 

「好かれているな」

 

「ま、悪い気はしないかな」

 

 

 

 ごめん後輩ちゃん。ちょっと利用させておくれ。龍已から離れる方法なんてこのくらいしか思いつかない。やろうと思えば『呪心定位』で調べられるから、近くのホテルに泊まり込むという選択肢は取らないと分かっていた。お金がもったいないとも考えているはず。現状、お金事情に関しては龍已にできることがないから。特に敏感になってると思う。真面目な性格なのは変わりないからね。

 

 頷いて納得してくれた龍已は、では何かあればこちらから接触する。それまではいつも通りに過ごしてくれと言われた。これで少なくとも恵以外のメンバーが揃うときに私はフリーだ。最初から龍已とぶつかり合うことはない。皆の殺し合う姿なんて見たくないし、他の人が巻き込まれるなんて考えたくないからさ、私にできるのはこれくらいだ。

 

 後輩ちゃんの両親が早く帰って来れれば明日には帰ってくるからと、ちょっとしたブラフの保険も入れてマンションを出る。最寄り駅に向かって電車に乗り、出発したところで大きく息を吐き出した。何とか上手くいった。下手なホラーよりも怖い時間だった。

 

 スマホを取り出してホテルのサイトを開く。マンションから4キロ以上離れているホテルの予約をしておく。替えの下着とかはさっき龍已が用意してくれた。泊まりなら必要だろうって言って。化粧品も入っててちょっとバッグが重くなってるけど、大丈夫。これからのことを考えるなら大した労力じゃない。

 

 ビジネスホテルに泊まる予約を完了させた私は、今更来た眠気と戦いながら電車で移動して会社に向かう。着くと、私がいつもより多い荷物を持っていることでちょっとだけ視線を集めるけれど、だからと言って不審なものでもないし、皆はそこまで私に興味を持っていないから視線はすぐに外れる。

 

 

 

「先輩!おはようございます!」

 

「おはよう後輩ちゃん」

 

「今日は荷物多めですね。何かあるんですか?」

 

「帰りにちょっとねー。行かないといけないところがあるから、念のための荷物かな」

 

「そうなんですね!あの、それで先輩はいつ頃私の家に……」

 

「あぁ、そうだね。じゃあ、近い内に行かせてもらおうかな」

 

「はい!お待ちしてます!都合の良い日を教えてくださいね、迎えに行きます!」

 

「悪いねー。あ、この前みたいなのは無しね?」

 

「あ、はは……本当にごめんなさい……」

 

「気にしてないって。後輩ちゃんが可愛いから意地悪しただけ!」

 

「もう!先輩ったら!」

 

 

 

 後輩ちゃんといつもの会話をして落ち着く。龍已には後輩ちゃんの家にお邪魔するって言ったけど、本当はビジネスホテル。知ってる人である後輩ちゃんの家に泊まれればそれに越したことはないのだけれど、もし万が一戦闘とかになったら危険だし、呪術廻戦のキャラが傍に居るから目にされたら大事になりかねない。てか、普通に巻き込めない。

 

 あと1週間ちょい。その時間さえ過ぎれば龍已は元の世界へ強制的に帰ることになる。そうすれば、私の安全は保障される。いつもの毎日に戻るわけだ。寂しくないかと言われれば、寂しい。私自身が作ったキャラとは微妙に言えないけれど、オリキャラの龍已と一緒に居られた時間は本物で現実だ。掛け替えのない日常だった。

 

 でも、殺されそうになっているなら話は別。私だって死にたくない。そりゃ変わり映えのない毎日で、時にはつまらなく感じるし、漫画やアニメみたいな事が起きないかなーとか思うことはある。でも、そうやって想像するのが好きで、実際に起きないからこそ焦がれる。そこに楽しみを見出していた。生死を分けるような戦いはご免だ。やるのも、させるのも。

 

 龍已と原作キャラには仲良くして欲しい。できるならば、話し合いで終わらせて欲しいものだ。どっちが勝っても、どっちが負けても私は悲しい。別の世界の私は何をしているんだ。何をどうしたら、龍已が他の一般人を犠牲にするような手に出るんだ。私とは違った設定に弄っているのだろうか。

 

 大好きな黒圓龍已が私の知らないキャラのようになっていてモヤモヤする。そんな何とも言えないモヤを抱きながら仕事に取り組み、定時になったら帰る。でも今日はマンションには帰らない。予約したホテルに行く。けどその前に会社の外の広場に行ってみる。もしかしたら恵が居るかも知れないと考えてだ。

 

 バッグを持って広場に行くと、フードを被った人影が2つ。1つは遠目から見ても長身だと解る。それを見て察した。どうやら私は運が良いみたい。最強のボディーガードがやって来たのだから。本物に会えるというウキウキを隠しきれず、小走りをして近づくと恵らしき人影が頭を下げ、長身の方が片手を上げた。

 

 

 

「お疲れ様です。文創さん」

 

「やっ。僕のことは知ってると思うけど、念のための自己紹介ね!グッドルッキングガイの五条悟だよ。よろしくね」

 

「うおー!生五条悟じゃん!身長190以上は伊達じゃないね!でッか!ねねっ、無限出したまま握手させて!」

 

「良いよー」

 

「ほわー!?全然触れない!無限に遅くなる!不思議で気持ち悪い!」

 

「あはは!ズバッと言うね!」

 

「なんで五条先生は嬉しそうなんですか……」

 

 

 

 握手しようとしても、手が一定以上の距離から先へ進まない。透明の壁があるように例えられるけれど、実際は無限に遅くなっているという原理。五条悟が特級相手でも無傷でいられる、最強たらしめる無下限呪術。作中でもこれを破る方法は限られる。領域展延か領域展開。もしくは天逆鉾か黒縄くらいなものだ。

 

 公式認定の最強。数あるジャンプキャラの中でもとりわけチートな無限。性格以外の全てを持った男として有名な五条悟。龍已と正面からやり合える人物。こういう時は大抵責めるほどでもない遅刻をかます五条であるし、強キャラは遅れてやって来るものだけど、私は大当たりを引いた。まさかこんなに早く会えるとは思わなかった。

 

 これで龍已から私を守ってくれる。そう思うと、ズキリと胸が痛む。これまでの3週間一緒に過ごした私の推しであり、妄想の具現。話すだけで楽しかったのに、今では龍已の手から逃げようとしている。今までの『楽しい』が嘘だったと思うと、やるせない気持ちになってしまう。

 

 (かぶり)を振って頭から嫌な気持ちを弾き出す。悲しいし、やるせないけれど、私は私の命の方が大事だ。何の変哲もない、面白味の欠片もない人生だけど、私には私の生きる道がある。それは誰であろうと犯させやしない。絶対に生き延びる。その為にはまず、逃げないと。

 

 

 

「いきなり頭振ってどうしたの?大丈夫?」

 

「……何かありましたか」

 

「んーん。何でもないよ。さ、行こっか。私はホテルを取り敢えずとってあるからさ。五条と恵も来なよ。お金は私が出すから」

 

「こっちで僕達のお金って使えないんだよね。ごめんねー?その代わりにこの宝石あげるから許して♡」

 

「どんな……クソデカすぎィ。お釣りで家建っちゃう……」

 

「五条先生向こうから何持ってきてるんですか……」

 

 

 

 なんかアホほどデカい宝石渡されたんだけど、これ換金したらとんでもないことになるんじゃない?ホテル代出すだけで見返りがスゴい事になってるんですけど。受け取れないって突き返そうとしても無限で受け取ってくれないし、恵は目を逸らすし……受け取るのこれぇ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあおやすみー」

 

「おやすみ招加」

 

「おー。寝ろ寝ろ。俺も眠ィ」

 

「オッサンはずっと寝てるだけだろ」

 

 

 

 自身の住むマンションではなく、止まっているホテルで夜を迎えること2回目。伏黒恵が言っていたように、呪術廻戦の世界からキャラは他にもやって来た。恵の父である伏黒甚爾。釘崎野薔薇。七海建人。乙骨憂太。禪院真希。脹相(ちょうそう)。特に脹相は渋谷事変で龍已が他と纏めて殺したと思ったが、別の世界の自分が書いた話なので生き残っているのだろうと、文創は思った。

 

 意外だったのは主人公の虎杖悠仁が来ていないことだった。こういう、所謂イベントには主人公が参加するのは当然だと考えてもおかしくないはず。それを五条達に聞けば、呪術廻戦の世界では少し面倒なことになっていて、虎杖を無闇に動かすことができないのだという。五条が居なくなってしまっているが、信頼できる夜蛾学長や、こっちに来ていない他の皆に頼んでいるそうだ。なので現実の方に来たのは、これで全員だ。

 

 皆で文創の傍に居て備えておきたいからという理由で、文創の部屋の周りはそれぞれが泊まっている。彼女1人にするのは……ということで、特に戦闘能力が高い五条と甚爾が同室になっていた。こんなにキャラ達と出会えるのはスゴいと、テンションが上がる文創。各々が当てられた部屋に入り、就寝につこうとなってから少しのこと、文創は夢の世界から叩き起こされた。

 

 ぐいっと引っ張られて起こされる。何事かと思えば、パジャマ姿の自身を他の部屋に居た筈の者達が全員集まって彼女を囲んでいた。何かから守るような陣形に目を丸くして、人と人との隙間から皆が見ている方向を覗き込む。そして瞠目する。そこには黒いローブを身に纏い、フードで顔を隠しながら『黒龍』を両手に持つ龍已が居たのだ。

 

 部屋に張り詰めた緊張。先頭で対峙しているのは五条。そして並んで甚爾。彼の手にはうっすら見覚えのある武器が握られている。天逆鉾だ。発動中の術式を強制解除する破格の能力を持つ。だがこれは原作でも五条が壊したか隠したかで行方が判らなくなっていた筈。流石の二次創作。存在していたようだ。

 

 

 

「やぁやぁセンパイ。こんなところで会うなんて奇遇だね。どうしたの?」

 

「……お前達。招加を返せ」

 

「無理に決まってンだろ。オマエに渡したら俺達の世界に引き摺り込む」

 

「やらせはしないわよ」

 

「ケッ。そろそろ龍已さんが来る頃だと思ったぜ」

 

「すみませんが、黒圓先生。お引き取りをお願いします。こんなところでリカを出したくない」

 

「俺が引き摺り込む……そうか。そういうことか……招加。事情は聞いているな。俺はそんなことはしない。だから俺の方に来るんだ。お前はそっちに居てはいけない」

 

「龍已……」

 

 

 

 両手の『黒龍』は手放さず、静かに、語りかけるように文創を呼ぶ。一般人である彼女には分からないが、今部屋の中は恐ろしいほどにおどろおどろしい呪いが充満している。乙骨、五条、龍已の凄まじく濃い呪い。彼女に何も影響が無いのは、取り囲んで守っているからだろう。それがなければ精神がおかしくなってしまっていたかも知れない。

 

 そっちに居てはいけない。そう言う龍已に頭を左右に振る。それを言う彼の元にこそ行けない。龍已がこちらの現実世界にやって来てぴったり1ヶ月の日、彼に触れていると呪術廻戦の世界に引き摺り込まれてしまう。そしたら迎えるのは死だ。スマホを取られ、世界の改変が行われてしまう。それは嫌だ。自分が死ぬのも嫌だし、自分の所為で誰かが死ぬのも嫌だ。だから拒否をする。

 

 

 

「頼む。こっちに来てくれ。五条達はお前に嘘をついている。俺はお前を守りに来たんだ」

 

「招加。惑わされないで。恵から動画見せられたでしょ?センパイが平行世界の君を殺すところを」

 

「……うん」

 

「何……?……狡猾だな。そこまでするか」

 

「そうしないと招加を守れないからね」

 

「ものは言いようだな」

 

 

 

 龍已と五条が言い争う。先輩と後輩という立場は変わらず、敵対関係に収まってしまっている。どちらかが動いたら、戦いが勃発する。だが頭数は文創達の方が多い。しかし呪術師のスペックとしては龍已の方が総合的に上回っているだろう。それを察して文創はどうすれば良いのかと悩む。

 

 戦えば龍已の方に分がある。一対多を最も得意としている彼だ。領域展開をしようと彼の方が練度は上。それに加えて領域展開後のオーバーヒートが無い。呪いの総量でも全員分集めても彼の呪いの量には到底及ばない。近接戦では甚爾でも勝てない。遠距離戦になれば勝てる者など呪術界でも居ない。

 

 遠近どちらも極めた超人的呪いの怪物。引き金に掛けられている指が動かなくても、術式を使用して呪いの凶弾は放たれる。物量に任せて五条以外の全員が死んでもおかしくない。文創は少し先の未来に地獄絵図を見た。仲が良い筈の皆で争って欲しくない。だからやめてくれと叫ぼうとして、龍已は足を一歩引いた。

 

 

 

「センパイはこんなところでやらないでしょ。それに、()()センパイじゃあ僕達に勝てないよ」

 

「……………………。」

 

「おら、今日はさっさと帰れ」

 

「お願いします、黒圓先生」

 

「……手段は選ばないということか。ならば、3日後に決着をつけよう。非術師……ましてや別世界の一般人は巻き込めない。此処より南東の港、コンテナが置かれた場所へ全員で来い。これで最後にしよう」

 

「……分かった。決着をつけようか。大丈夫。僕達が勝っても、センパイに不利益は無いはずだから」

 

「……変わってしまったな。お前達は。良くない方向へ」

 

 

 

 悲しげに言う龍已は、『黒龍』をレッグホルスターに納めた。そしてフリーになった両手でフードを外す。中には無表情の寡黙な男の顔が現れる。整った顔立ちに、琥珀色の瞳。日本人らしい黒い髪。いつもの彼のように見えて、文創には泣きそうなほど悲しそうな雰囲気を感じ取った。

 

 咄嗟に待ってと言いそうになったところを、彼女の肩に真希と釘崎が手を置いて制す。唇を噛んで、目を伏せる。平行世界の自分が書いた、自身が考えた龍已とは少し違う龍已。その“少し”という部分が致命的過ぎた。取り返しのつかない状態にある彼に、手を伸ばすことはできない。

 

 1歩。また1歩と後ろに下がっていく龍已。3日後までお別れと考えると悲しい。でも呼び止めることはできない。一緒になることもできない。五条達に守られながら、4日目を迎えなければ自身は殺されてしまう。いくら龍已であろうと死ぬのは嫌だ。だから生きる。生きるためには、龍已とは決別しなければならない。

 

 

 

「招加。……俺は必ずお前を救い出す」

 

「させないよ。招加は僕達が守り通す。センパイには渡さない」

 

「……3日後、港にて会おう。そこで全てを終わらせる」

 

 

 

 龍已は部屋から出た。廊下を進んで姿が皆の視線から外れた瞬間、五条でも気配が感知できなくなる。『闇夜ノ黒衣』の術式を発動させてこの場を去ったのだろう。各々は構えていた武器や手を下ろして一息つく。流石に裏の最強とこんなところで戦うことは皆避けたかった。戦いが始まれば、一体どれだけの人が巻き添えになることか。

 

 フッと体から力が抜ける文創は、ぺたりとその場に座り込む。釘崎が受け止めながら一緒に座り込んでくれて、真希が大丈夫か?と言いながら顔を覗き込む。緊張したのと、部屋の空気に押されて息苦しかっただけと答えて深呼吸をし、早く鼓動を刻む心臓を落ち着かせた。

 

 それにしてもと思う。3日後とは、龍已が現実世界に来てから1ヶ月目の日。何故その日に戦うよう態々設定したのだろう。言っては何だが、自身が目的ならば不意打ちでもして狙ってもおかしくないというのにだ。ブラフだったならばそれまでだが、そんなブラフは使わないタイプの龍已には考えづらい。よく解らないというのが正直なところ。

 

 それに、3日後に会おうと言っても縛りを結んだ訳ではなさそうだ。単なる口約束を守る義理はない。反故にされても仕方ない。だが五条達は3日後に備えて体長を整えておかないとねと、話し合っている。受肉しているとはいえ、唯一の呪霊である脹相はそんな配慮は無用だと言っているが、龍已が指定した場所に行くこと自体は賛成しているようだった。

 

 

 

「何で皆は龍已が指定したところに行こうとしてるの?縛り結んでない……よね?なら逃げた方がいいんじゃ……」

 

「本当ならそうしたいんだけどねぇ。そうも言ってられないんだ」

 

「……?」

 

 

 

 飄々とした五条が、真剣な声色でそう言った。どういうことなのか問おうとしたが、五条が真希と釘崎を左右に退けて手を伸ばす。指先が額に触れると、突然眠気が襲ってくる。瞼を開けておこうとしても、意思に反して閉じていく。数秒後、文創は皆に見守られながら静かに眠った。

 

 

 

 

 

「大丈夫だよ。招加は誰にも渡さない。必ず僕達が守るからさ」

 

 

 

 

 

 







文創招加

呪術廻戦の世界からやって来たキャラ達に守られている。やはり龍已にはすぐにバレると思ったが、来れるメンバーが全員集まったことに安堵している。しかし本当に龍已が敵となっていることに悲しみが心に巣くう。



呪術廻戦世界のメンバー

最終的に集まったのは五条悟。伏黒甚爾。七海建人。伏黒恵。釘崎野薔薇。禪院真希。乙骨憂太。脹相。この者達で黒圓龍已を相手にしなければならない。




黒圓龍已

大丈夫だろうかと心配になり、『呪心定位』を使ったところ文創の傍に五条と甚爾が居たため急いでホテルの方にやって来た。本来ならばすぐに取り返すだろうはずが、一時撤退。3日後に決着をつけることを誓った。




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短編第█話  弱体化








 

 

 

 

 

「──────『闇より出でて闇より黒く、その汚れを禊ぎ祓え』」

 

 

 

「帳……」

 

「大丈夫だよ。僕たちに任せて。招加は大船に乗った気持ちで居てよ」

 

 

 

 

 約束の3日後。龍已が現実世界にやって来て1ヶ月目。この日の午前0時に強制的に帰還することになる。この時、呪術廻戦のキャラクターの誰かと文創が触れ合っていた場合、文創は現実世界から呪術廻戦の世界へと渡ることになる。

 

 それをさせないため、世界の改変が目的の龍已に文創を渡さないためにも皆がこうして対峙することになっていた。主力メンバーが勢揃いと言っても過言ではない。それを前にして、『闇夜ノ黒衣』を身に纏った黒い死神スタイルの龍已は、被ったフードの中で舌打ちをした。

 

 帳が降ろされ、港は非術師には中が認識できなくなった。どんな破壊行動があったとしても、警察を呼ばれることはない。思う存分戦いに至れる訳だ。しかしそれを文創は嫌だと思った。いくら別世界の自分が書いたキャラで、実際には自分の書いたキャラではないにしろ、原作キャラと龍已で争って欲しくない。しかし状況的にそうも言ってられない。

 

 文創は肩に手を置いて傍で警護してくれている、眼帯を外した五条を見上げて話し合いでどうにかならないのか訊ねるが、流石にそれは無いなと無下にも返されてしまった。そう、争うしかないのだ。文創を呪術廻戦の世界に引き摺り込み、殺しさえすればスマホが世界に対するマスターキーとなり、世界改変が行えるようになるのだから。

 

 

 

「これが最後の警告だ。お前達、考えを改め招加を解放しろ。やっている事が間違っていることくらい分かっているだろう」

 

「何のことかな。招加、センパイの言葉に耳を貸しちゃダメだよ」

 

「招加。頼む。俺はお前を俺達の世界に引き摺り込む為に来たんじゃない。五条達からお前を守る為に来たんだ」

 

「……でも──────」

 

「縛りを結んだっていい。嘘なんて吐いていない。騙しているのは五条達だ」

 

「ヒドいなぁ。僕たちこそ本当のことを言ってるのに」

 

 

 

 五条と龍已が言い争う。文創にはどちらが本当のことを言っているのか判らない。立場的には五条達の方に居るが、心のどこかでは龍已の言葉を信じようとしている自分が居た。自身が考えた最高の主人公だ。最も思い入れがあると言えるし、一緒に過ごした時間は掛け替えのないものだった。楽しかったのも事実。こんな生活が続けば良いのにとすら思っていた。

 

 何だか、色々と考えすぎて頭が痛くなってくるし気持ちが悪くなってくる。どうすれば良いのか分からなくなって、この状況が苦しい。どちらかが嘘をついていて、どちらかが本当のことを言っている。歴とした証拠……龍已が別世界の自分を殺した動画を見たというのに、何故自分は龍已を信じようとしているのか。それすらもあやふやだった。

 

 そのあやふやな感情、考えを少しずつ砕くように、龍已は優しく語りかける。ただ信じて欲しいからという気持ちが籠もった、優しくも思いやりに溢れた熱い言葉だ。

 

 

 

「いいか、招加。良く考えろ。五条達がお前を守る為に来たのならば、この場に居ること自体がおかしいはずだ」

 

「……あ」

 

「文創招加を狙っている俺が居るこの場に、何故招加本人を連れて来る?何故そのリスクを負う?……答えは単純だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。俺はお前を守る。つまり触れ合うつもりはない。が、五条達は違う。午前0時に触れていなければならない。俺を相手にするならば全員でなければ戦力的にもキツい。しかしお前を何処かに逃がすわけにもいかない。だから連れてきた」

 

「違うよ招加。誰か1人を付けても、僕達を無視してセンパイが向かって追いついたら1人でセンパイを相手にしないといけないでしょ?そうなると勝つのは絶望的だから、こうしてこの場に来てもらっただけだから」

 

「他にもある。俺が招加を殺した動画を見せられたと言ったが、()()()()()()()()()()()()()()()。俺じゃない。動画で不自然な部分はなかったか?本当に俺が殺したように見えたか?」

 

「……っ」

 

 

 

 あの日、恵に見せてもらった証拠の動画が脳内にフラッシュバックする。別世界とはいえ自分が殺される映像だ、ショックが大きすぎて頭に焼き付いている。その時の映像の中では、絶望的な表情をしている自分が座り込み、龍已に見下ろされている。向けられるのは『黒龍』で、弾丸が放たれると戦車の装甲にも穴を開ける高威力の弾丸により頭が完全に消し飛ぶ。

 

 そう、()()()()()()()()。血の一滴も見えず、脳髄もぶちまけられず、砕け散った頭蓋が飛び散る事もない。空間ごと抉り取られたかのように首から上が消失したように消し飛んだ。確かに龍已の『黒龍』の威力は、一般人が使うだけで腕が吹っ飛ぶような埒外のものだ。しかし、その威力だけで撃った頭が消えたように消し飛ぶことはない。

 

 術式を使って光線状にした呪いで消し飛ばしたのなら説明がつくが、龍已は人の頭を撃つときは呪力弾を基本的に使い、内部から爆発させて即死させる。光線状に撃つと無駄に呪いを使用するためだ。いくら余りあると言っても無駄なことはしない性格なのは自分が1番よく知っている。そこを別世界の自分が変えているとは思えない。何より、一緒に生活していて性格の違いは見受けられなかった。

 

 跡形もなく消し飛んだ頭。『黒龍』の弾丸でもそうはならない。術式を使っても同じ。呪いの光線は使わない。なら、龍已ではなくあそこに立って実際に殺したのが五条ならば?術式順転『蒼』は集束する力。『赫』は『蒼』の2倍の威力があるので後ろにも被害が出てすぐ解る。なら残るは……『茈』。仮想の質量を押し出す無下限呪術の奥義。『茈』ならば、跡形もなく頭を消し飛ばすことが可能。事実、原作では甚爾の肉体や、その奥の壁が消し飛んでいた。

 

 そして、何と言っても動画から音声が聞こえてこなかった。ただ、映像()()を流していた。音があるならば、きっと『黒龍』の銃声が聞こえてきたはず。少なくとも頭が弾ける音がしてもおかしくはない。それを出さないということは、出すと不都合が生じるからだ。

 

 何だか、嫌な予感がしてきた。肩に置かれた大きな五条の手がより重く、より冷たく感じる。震える手を合わせて恐る恐る見上げる。眼帯を外した五条の空色の瞳と目線が合うが、ひゅっ……と息を呑んだ。彼は笑っていなかった。無表情で、瞳に理性的な光りを宿していなかった。冷たく、暗く、どす黒いナニカを孕んでいた。

 

 

 

「あーあ──────()()()()()()()()

 

「な、にを……?」

 

「んー?事実を♪」

 

「ぇ……」

 

「招加。伝えず隠していたが、俺達の世界では五条の親友だった夏油はもちろんのこと……──────虎杖悠仁も死んでいる」

 

「……え?」

 

「五条達に何と説明されたかは知らないが、両面宿儺の指を全て取り込ませた後、上層部の独断で処刑された」

 

「そんな……そんな物語なんて私は……っ!!」

 

「……厳密にはこの世界の招加じゃない。別世界の招加だ。物語はお前の考えたものとは違う」

 

 

 

 愕然とする。聞いたこともない虎杖悠仁の死。彼は渋谷事変の後、上層部を誤魔化すために乙骨に一瞬だが殺された。その前にも1度死んでいるが、結局は生き返っている。しかし龍已の世界の虎杖は、本当の死を迎えている。死体も焼却されてしまい、灰は適当なところにばら撒かれて回収すらできない。彼の肉体は残ってすらいないのだ。

 

 嘘だと、信じたくない一心から否定する言葉を吐くのは簡単だが、それを確かめる方法が無い。招加は反射的に五条や周りに居る甚爾に目をやり、最後に同期であり1番仲が良かった釘崎と恵を見た。そして悟った。事実なのだと。釘崎と恵の2人は、憎しみの心だけで人が殺せるのではと思えるくらい、憎悪に染まった表情で地面を見下ろし、手から血が出るほど強く握り締めていた。

 

 

 

「その場に居る者達は、大切な者……それこそ誰かを犠牲にしてでも誰かを生き返らせたいと考えている奴等だ。乙骨ならば祈本里香を。釘崎と恵ならば虎杖を。七海は灰原を。甚爾は妻と津美紀を。真希ならば真依を。脹相ならば弟の呪霊達を。五条ならば夏油を。……だから、招加を俺達の世界に引き摺り込み、殺し、世界を改変して生き返らせるつもりだ」

 

「うそ……でしょ……」

 

「3日前。五条が俺に不利益は無いと言った意味が分かるか?俺はこの世界に虎徹の呪具で渡る前、邪魔される事を予感した五条達と戦いになった。しかし呪具の発動には時間が掛かり、渡り倦ねていたところを助けてもらったんだ。親友の虎徹にな」

 

「まさか……」

 

「……虎徹は俺がこっちに行くまでの時間と、五条達がこっちに来るまでの時間を稼いでくれた。分かるだろう?五条達がこの世界に来ているという意味を」

 

「天切虎徹は……殺されている?」

 

「──────ごめんねセンパイ。ちょっと粘られちゃったけど、あの人(天切虎徹)は殺させてもらったよ。生かしておくとどんなぶっ飛んだ呪具造るか解らないからね。けど大丈夫!招加を殺して世界の改変さえできるようになれば、死んじゃった人達も、殺した人達もみーんな元に戻るんだよ!生き返るし、呪いだって世界から無くなる。呪霊は消えて、呪詛師は生まれなくなる!全てが上手く、そして丸く収まる!呪いの無い、()()()世界が動き始めるんだ!その為なら、1人の犠牲なんて軽いものでしょ?」

 

「軽いもクソもあるか。ふざけるのも大概にしろ。虎徹ならば何度も説得した筈だ。それを聞き入れず殺し、あまつさえ失敗したからという理由で今度はパラレルワールドの、何の関係もなく罪も無い招加を連れ去り殺そうとしている。お前達は狂っている」

 

「狂っているのは世界の方で、腐ってるのが呪術界や上層部。クソなのは僕達のこれまで。それを変えようとするのは悪いこと?違うよね。今はマイナスでも最後は全てプラスに変えるんだから、僕達の行動や考えは間違っていない。過程は重要じゃない。結果だよ」

 

「結果的に招加は死んだままだ。思い、考え、行おうとしている全てが狂い間違っている。それを阻み、招加を救うために俺はこの世界にやって来た。お前達に殺された親友()のため、俺がお前達を止めてやる。お前達はやりすぎたんだ。今まで犯し、これから犯そうとする蛮行を──────死して悔い改めろ」

 

 

 

『黒龍』をレッグホルスターから抜いた龍已が駆け出した。目的は文創だが、彼女を奪い返すには周りに居る五条達が邪魔になる。このメンバーの中でも厄介なのは、強制的に弱点を作り出せる七海。無限を纏う五条。天逆鉾を持って超人的な動きをする呪いの無い甚爾。そして遠距離から直接攻撃を可能にする釘崎だろう。

 

 フードを被り直してから、体を縦回転させて踵落としを地面に叩き込む。コンクリートの地面が発泡スチロールのように砕けて一部が捲れる。畳返しのようになって龍已の姿を一瞬隠した。その瞬間から『闇夜ノ黒衣』の術式が発動する。姿を完全に認識されない限りは使用者の残穢を除く全てを完全隠蔽する。

 

 夜の暗闇。港につけられた外灯以外に光りは無く、その暗闇の中に龍已は居る。見失ったことで誰も彼に気がつけない。1番狙われる可能性がある文創は五条が守っているため殆ど心配ないだろう。問題はそれ以外の者達だ。彼等に龍已の一撃を受けて無事で済むだけの呪力強化は期待できない。

 

 どこから来るのか。どこから来てもおかしくない。音も風の揺らぎも分からない。完全隠蔽の術式の脅威と、彼の一撃は五条以外にとって即死級という恐怖。しかし何故か、あの黒圓龍已が相手だというのに、みんなの表情には恐怖は無かった。やせ我慢か。それとも本当に恐くないのか。恐くないのだとしたら、何故か。それに気づいた文創には不思議だった。

 

 最初に動き出したのは恵だった。生得術式の十種影法術で『脱兎』を大量に呼び出す。前方にだけでなく左右真後ろにも、自身を取り囲むように呼んで外に向けさせる。次に動いたのは乙骨だった。背後から式神のリカが顕現し、何かを乙骨に手渡した。それは、釘崎が持っているのと同じ藁人形。加えてトンカチと釘。彼は懐から小さな瓶を取り出して藁人形に注ぐ。赤黒い液体は血液だった。誰の者か、なんて今更言う必要もないだろう。

 

 

 

「──────『共鳴り』」

 

「……2時の方向。定食屋の屋根上」

 

「──────百斂(びゃくれん)・『穿血(せんけつ)』」

 

「──────ッ……ッ!!ごほッ……」

 

 

 

 暗闇の中に姿を隠していた龍已は、少し離れた定食屋の屋根上で『黒龍』を構えていた。乙骨が血を浴びせた藁人形に向かって五寸釘をトンカチで打ち込んだ。術者の体の一部をリカに取り込ませることにより、術式をコピーする力がある乙骨。その威力は呪力量と実力差から、釘崎のそれよりも威力が高かった。

 

 魂に響く直接攻撃に、龍已の肉体へダメージが入った。初手からかなりのダメージを受けてしまい、血を吐き出しながら屋根上で片膝を付く。そこへ、脹相の赤血操術が迫った。彼は特級呪物の受肉体であり、正体は呪胎九相図。その長男である。彼は人間と呪霊のハーフであり特殊体質の持ち主。その特殊性は、呪力を血液に変換できるというもの。つまり戦闘中、呪力が尽きない限り血液不足に陥ることがない。

 

 百斂で高密度に圧縮させた血を、一点から撃ち出す赤血操術最大火力にして凄まじい貫通力を持つ大技。脹相のそれは同じ術式の京都校の加茂よりも強力であり、正面から受け止めきれる者はそう居ない。だが文創にはそれが龍已に効くとは思えなかった。何故なら、龍已に遠距離は効かないからだ。完全無効化の術式反転がある。しかしその思いとは別に、龍已は『黒龍』で『穿血(せんけつ)』を無理矢理弾いた。

 

 

 

「何で態々(わざわざ)……?」

 

「あぁ、招加は知らないよね。センパイね、今めちゃくちゃ弱体化してんの」

 

「弱体化……?何で?どうやってそんなこと……」

 

「んーとね、パラレルワールドの招加にスマホ使ってもらってセンパイの設定を弄ってもらったの。今のセンパイは、呪力総量が憂太よりちょっと多いくらいだし、反転術式が使えない。だから術式反転も使えないし、領域展開もできない。呪力による肉体強化効率なんて、本来の1割以下。あ、身体能力は元の2割くらいかな?なのにあの銃持てるとかウケるよね~」

 

「そんなことができるの……?でも、私が会った時に龍已に傷は……」

 

「それはね、天切虎徹がセンパイに渡した使い切りタイプの呪具の所為だよ。3本は渡されてたし、その内の2本は僕達の世界で使わせたから、あと1本かな。だから、センパイは僕達に勝てない。憂太、恵、僕には特にね。領域展開できるから、抗う術が無いの」

 

「そ、そんな……っ!」

 

 

 

 脹相の『穿血(せんけつ)』を『黒龍』でどうにか弾いたものの、龍已は弾いた手を静かに震えさせていた。痺れてしまっている。強力な攻撃に間違いないが、本来ならば片手でも余裕で受け止める事ができた。いや、そもそも遠距離攻撃なので術式反転で受け止める必要すらも無かった。

 

 彼が持つ『黒龍』は、重量が120㎏もある超特殊金属製の姉妹銃だ。本来持ちうる腕力だからこそ軽々と振っているものの、今の彼には少し重さを感じてしまっていた。それを悟らせないためのブラフとして敢えて使っているのだが、それが仇になってしまったかも知れない。

 

 痺れてしまった手では、碌な攻撃ができない。『共鳴り』の副次的効果で乙骨には龍已の正確な居場所はバレているし、『脱兎』で視界を増やした恵により全員が彼の姿を視界に収め、『闇夜ノ黒衣』の術式を解いた。

 見つけた瞬間、彼の元へ凄まじい速度で向かう2つの影。正体は甚爾と真希だった。真希は双子の妹の真依を失うことで甚爾と同じ超人的な肉体を持っている。この2人は、龍已の身体能力を現在超えている。

 

 

 

「『無窮ノ──────くッ……ッ!」

 

「させねェよ。撃っても天逆鉾(コレ)があっから無効化できるぜ」

 

「領域展開がねぇからな。龍已さんには安心して突っ込める」

 

 

 

「甚爾と真希……でも近接なら黒圓無躰流が……ッ!」

 

「あれって確かに近接戦マジで強いけどさ、今のセンパイの身体能力じゃ扱えなくなってる技も多いんじゃない?あと単純な威力不足だし、そんな状態でオッサンと真希の鋼の肉体の相手はキツいでしょ」

 

「あぁあぁぁ……わ、私が気づいて……龍已を信じていれば……ッ!」

 

「そんな事言ってももう遅いよ。ごめんね。僕達のために唯一の犠牲になって?じゃ、おやすみ」

 

「いやっ……──────」

 

 

 

 五条に抗える筈もなく、文創は気絶させられてしまった。最後に見た光景は、近接戦で龍已が甚爾と真希に追いつめられながら、乙骨と釘崎から『共鳴り』を受けて血を吐き出しているところだった。このままでは、彼が死んでしまう。そんな思いを抱きながら瞼が落ちてきてしまい、意識は真っ暗な暗闇の中へ落ちていった。

 

 気絶して倒れていく文創の体を抱き抱えて、傍に寝かせた五条は澄み渡る青空よりも美しい六眼で龍已の事を見る。呪力を原子レベルで視認することができる彼の目には、龍已の肉体を強化する呪力が弱々しいものであることを見抜いていた。

 

 文創には言っていないが、龍已は超精密な術式の操作技術すらも奪われていた。大雑把にも使える『呪心定位』などは問題ないが、呪力弾を自身の回りに飛ばして旋回させておいたり等といったことは、今はできない。だから彼の行える技は、『無窮ノ晄』や『天ノ晄』、あとは純粋な狙撃の腕くらいなものだ。

 

 無限にすら思わせる呪力があるからこそ、埒外の攻撃力、呪力放出を可能としていたが、その分莫大な呪いを消費する。つまり、いくら乙骨よりも少し多いくらいの呪力を内包していようと、気軽に『無窮ノ晄』や『黑ノ神』を使えば、呪いが尽きてしまう。しかし呪い無くして五条達には勝てない。更には、領域展開ができないので領域展開ができる者達の傍には近寄れない。

 

 かなり絶望的な戦いである。過去にこれ以上酷い状況での戦いはなかった。それを理解しているから、首に巻き付いているクロが心配そうにしている。甚爾と真希。遅れてやって来た七海が近接戦で龍已を肉薄し、中距離から血液に強力な毒を持つ脹相の赤血操術が飛んできて、遠距離で乙骨と釘崎から芻霊呪法の『共鳴り』が打ち込まれる。

 

 

 

「大丈夫~?センパイ。諦めるなら今だよ。無駄に死にかけたくないでしょ?」

 

「はぁ……はぁ……げほッ……」

 

「あーあ。もう息切れ?早いねー。いつもなら絶対そんなことないのに。七海の術式は受けられないし、術式は天逆鉾で解除されるし、遠距離は無効化できないしでヒドいもんだよね。それでも、この人数を相手にできてるんだから、相変わらず強いね。でも、招加は渡さない。大丈夫。死んでもあとで生き返らせてあげるから」

 

「招加を……返せ」

 

「まだ言うんだ。てか言えるんだ。こんな状況で、既にボロボロのクセに」

 

「彼女は……呪いに触れる必要がない一般人だ……はぁ……俺達が触れていい……者ではない……殺すのは……間違っている……彼女は……自由に生きる権利がある……」

 

「承諾しかねるね。僕達の世界のためだもん。悪いけど、改変が終わるまでセンパイには死んでいてもらうよ。安心して。生き返らせるし、僕達が殺しちゃった親友の人達も生き返らせてあげるから。あ、あと学生の時に死んじゃった親友の人達もね」

 

「ふざ……けるな……ッ。そんなことは……させん。招加の死によって与えられた偶像的平和には……何の意味も無い……ッ!」

 

「はいはい。分かった分かった。でも僕達は止まらないからさ。少しの間だけ、バイバイ……センパイ?」

 

 

 

 近中遠距離から常に攻められている龍已は文創の傍まで行くことができない。それどころか黒圓無躰流を使っていても攻撃を躱しきれず、少しずつ彼の体に傷が刻まれていく。到底無視できない『共鳴り』のダメージが蓄積していき、落ちた身体能力の所為で息が上がる。呪力による肉体強化が弱々しく、攻撃を受け止めるのも儘ならない。

 

 攻め込んでくる甚爾達をどうにか退けても、文創の傍には恵と五条が居る。領域展開ができる2人。五条に関しては今の龍已に無限を破る方法が無く、彼の領域に引き摺り込まれたら最後、勝ち確領域故に詰む。この状況を龍已はひっくり返すことができるのか。だが世界はそう甘くなく、呪いが関係するとより厳しいものになる。

 

 

 

 

 

 

 血塗れになりながら、龍已は文創を目指して前進する。弱体化していようとやることは変わらない。敵に背は向けず、やるべき事をやるだけ。死ぬならば、役目を終えてから死ぬ。それが彼の覚悟だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 






文創招加

世界で1番要らない私のために争わないで!を現在進行形で体験している人。龍已が弱体化していることを知らなかった。それに察することもできなかった。そんな素振りが無かったので気づかなくても仕方がない。




五条悟

親友の夏油を生き返らせるために手段を選ばなくなっている。世界を改変するために、文創には犠牲になってもらうことに決めた。何を言われようと目的のために猛進するのみで、龍已や虎徹の呼び掛けに一切答えない。

パラレルワールドの文創招加を殺した張本人であり、動画は適当な補助監督に記念に撮らせた。画面が揺れていたのは、呪術廻戦の世界の呪術界は狂気でおかしくなってしまっており、撮影者の補助監督が文創が殺されるところを嗤っていたため。

パラレルワールドの文創とは恋人だった。しかしそれは、世界改変をスムーズに行うための本気ではない恋人関係であり、殺す寸前で愛の欠片もなかったことを曝露している。恋人関係なんじゃ……と感想欄で言っていた方々……半分正解です(笑)




ケン・カン・キョウ

龍已を説得するために五条が見つけ出して人質にされた龍已の親友達。が、自分達が居ると龍已の決心が揺らぐと察し、隙を見て全員で自殺した。




天切虎徹

呪術廻戦の世界で、龍已を現実世界へ渡らせるために時間稼ぎをしつつ、五条達を現実世界へ行かせないために1人で3週間近く食い止めていた。膨大な数の呪具を使って戦ったが、最後は抑えきれず殺されてしまった。

最後に龍已へ使い切りタイプの反転術式効果のある呪具を渡すことに成功した。
五条達に止まるよう、考え直すよう呼び掛け続けたが、考えを変えさせることができなかった。




黒圓龍已(弱体中)

パラレルワールドの文創に設定を弄られて極度に弱体化している状態。

呪力総量が乙骨より少し多い程度。反転術式が一切使えない。それにより術式反転も使えない。勝ち確領域とまで言われた領域展開もできない。呪力による肉体強化効率は本来の1割以下。身体能力は元の2割程度。

『黒龍』はどうにか持てているが、重さを感じている。敢えて使っているが、長時間使うことはできない。術式の操作技術も奪われているため、大雑把な技しか使えない。それに加え、基本高火力故に莫大な呪いを消費する技ばかりなので、使いどころを間違えるとすぐさま呪いが尽きる。

黒圓無躰流は問題ないが、鍛え抜かれた超人的肉体があってこそのものなので、今の彼に扱える技は少ない。




作者より

現在『カクヨム』にて、この小説に出てくる黒圓龍已と巌斎妃伽がメインとして出張る一時創作……『死神の銃声に喝采を。その御手から撲滅を』を連載中です。URLを貼っておくので、是非御覧ください。

注意としまして、呪いの無い世界なので術式とかはありませんし、2人の関係も変わっていますので、この小説のような関係じゃないと嫌だ!という人は見ないことをオススメします。


https://kakuyomu.jp/works/16816700429611264317


それと、ここ『ハーメルン』でも投稿し始めたので、良ければ感想や評価をいただけると嬉しいです。


『カクヨム』でも感想や評価をお待ちしてます(小声)




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短編第█話  闇夜に縋る






 

 

 

 腰が痛い。酔っぱらって床で寝たまま次の日を迎えて起きた時みたいな感覚に襲われる。目を開けても、辺りは暗い。殆ど見えない。起きたばかりの頭でぼんやりと考える。なんでこんなくらいところに居るのかと。でも、忘れてはならないと頭が理解しているから、眠る前の記憶がフラッシュバックする。

 

 そうだ。私は五条悟に眠らされたんだ。狂ってしまっていると思わされていた龍已が、本当は正常で私のことを守ろうとしていてくれて、助けに来たと言っていた恵や五条悟達が狂っていた。私を殺して、世界を改変するために現実世界へやって来た。

 

 何もかもを明かされた。最初から私が狙いで、邪魔な龍已から遠ざけるために嘘をついて、動画にまで細工をしていたこと。悲しいけれど、そんな手にまんまと引っかかって、龍已を信じ切れなかった自分が憎い。なんて嫌な奴なんだろう。自己嫌悪に苛まれている私は思い出す。此処は何処なのか。何が起きているのか。

 

 

 

「──────起きたか……?」

 

「この声……龍已!?」

 

「声は……抑えてくれ。場所がバレてしまう……」

 

「ご、ごめん……あと……それと……ご、ごめんなさい」

 

「謝る必要などない。全てを話さなかった、俺が悪い」

 

「違うよ……龍已を信じなかった私だよ……。ねぇ、此処はどこなの?戦いはどうなったの?」

 

「戦いは終わっていない。どうにか招加を奪い返し、逃げてきた。見つかるのも時間の問題だろう」

 

「……ねぇ。なんで、龍已の声はそんなに震えてるの?大怪我してるんじゃないの……?」

 

「気にするな……相手が悪いだけだ……」

 

 

 

 私達の声が少し反響しているから、多分そこまで大きくない鉄造りの物の中に居るんだろう。でも、話している龍已の声が震えているのが分かる。彼が声を震わせる理由なんて今は1つしか考えられない。私を奪い返したと言ったけれど、状況的に絶望的なのは容易に想像がつく。きっと、その所為で大怪我を負ったんだ。

 

 固いところで寝ていた弊害で痛めた腰を気にしないフリをして蹌踉めきながら立ち上がり、私は手を前に出してよたよたとしながら声がした方へ歩く。爪先に何か触れて、手の位置を下げればカサついた髪の毛らしきものに触れた。ところどころカピカピになっている。龍已の髪だと分かると、その場に腰を下ろす。

 

 肩に触れる。そのまま伝うように腕に振れようと思ったら、触れられなかった。私の手は虚空を撫でたんだ。肩から辿っても、腕には触れられない。途中で先が無くなっている。私はきっと顔を青ざめさせているだろう。なんとなく判る。龍已の右腕が、肩から無くなっているということが。

 

 

 

「り、龍已……腕が……っ!?」

 

「少し……無茶をし過ぎたようだ……」

 

「ぁ……虎徹から渡されてる反転術式の効果がある呪具は!?」

 

「もう……使った。残りは……無い」

 

「わ、私がスマホで龍已の弱体化を解いてあげる!そうすれば……っ!」

 

「俺を弱体化させたスマホは……別次元の文創招加の物だ……それにそのスマホは……俺達の世界にある……どうしようもない。例え、招加が今スマホを使っても……何の影響も無い」

 

「なんで……なんでよぉ……なんでこんな事に……っ」

 

「巻き込んでしまって……すまない。今の俺では……守り抜くことが……難しい。だから……時間稼ぎに徹底しよう」

 

「時間稼ぎ……?今何時なの……!?」

 

 

 

 私は慌ててポケットの中に入っていたスマホを取り出して電源をつける。ホーム画面に映し出された大きな時刻には、23:24の数字があった。現実世界へ来た龍已は、午前0時を以て元の世界へ戻る。つまり、私を守る人が居なくなることを意味する。それにゾッとしていると、龍已が補足説明をしてくれた。

 

 戻るのは、龍已だけではないらしい。あちら側の世界から1人でもこの世界に来たならば、その時点で強制帰還までのタイムリミットは計られている。つまり、五条達や恵達も、龍已と同じタイミングで帰ることになる。だから龍已はその時間まで粘るつもりなんだ。

 

 けれど、それが無理な事なんて私にはよく解る。冷たい鉄の床に、生温かい何かがある。水よりも粘度があって絡み付くような肌触り、そして鉄のような臭い。座り込んだときにびしゃりと音が立つくらいの量がある。これは全てきっと、龍已の血だ。暗くて殆ど見えないけれど、腕を失っているものとは他に大怪我をしているはずだ。

 

 しかも、今の龍已は別世界の私の手によって凄まじいまでの弱体化を食らっている。素の力でも彼等には勝てないし、弱りきっている龍已には、黒圓無躰流も殆ど扱えないだろう。そんなの、格好の的じゃないか。行かせたら死ぬ。彼を死なせないために引き留めようとする私の手を、彼は震えながらも優しく残った方の手で包み込んだ。

 

 

 

「大丈夫だ……心配するな。招加は死なせない。これからも、これまで通り生きていける。そうなるし、そうしてみせよう」

 

「行かないで……お願い」

 

「この招加と過ごした日々は……楽しかった。ありがとう。そして……さようなら」

 

「ダメだよ……死んじゃうよ……ッ!!」

 

「招加の為に死ねるなら、本望だ。此処から出るなよ。必ず、午前0時までは大人しくしておいてくれ」

 

「いや……嫌っ!お願い龍──────」

 

 

 

 私達が居たのはコンテナだった。立ち上がった龍已が扉を開けて外へ出て行く。外も暗いが、中よりはマシな明るさがある。その明るさで今の龍已の体の状態が見えた。右腕が無く、胴には深い裂傷が幾つも刻まれ、太腿の肉は大きく抉れている。歩くことも儘ならない様子で、片脚を庇った歩き方をしていた。

 

 顔は血塗れで、髪の毛も黒髪とは別の赤黒いものがべったりと付着している。顔色は真っ青で、なのに無表情は変わらない。こちらを見る琥珀色の瞳には殆ど光が無く、死に体だった。行けば死ぬのが解っているのに、彼は私のために時間を稼いでくると言う。

 

 嫌だと言って縋り付こうとするけれど、無情にも扉は閉められてしまった。中からは開けられるだろう。でも、私には開けられなかった。開けて出れば、彼の覚悟を無駄にすることになる。行かないでと、一緒に居てと言いたいけれど言えない。私は無力感に襲われながら、龍已の流した大量の血の中で泣くしかなかった。

 

 

 

 ──────それだけで終わらせるつもりなんてない。

 

 

 

「……許さない。私を殺そうとしたのはいい。騙したのもいい。でも──────龍已を殺そうとしていることは、何があろうと許さない」

 

 

 

 私は龍已の血に塗れた手をポケットの中に入れて自分のスマホを取り出す。ずっと使っている型落ちのスマホ。落っことして画面が割れてしまっているそれは、長年私が愛用しているものだ。これまでの二次創作は全てこのスマホで創ってきた。龍已達の世界でマスターキーになるというこのスマホを起動して、小説投稿サイトを開く。

 

 もう私が書いた二次創作は使えない。軌道修正ができないくらいの話の出来になっているから。だから私が今から書くのは短編。本編に関係あるけれどOVEみたいなもの。この世界を使って五条悟達に目に物見せてやる。

 

 ……これが無駄な事かも知れないことは解っている。いや、目に物見せてやると息巻いているけれど、やっていることは無駄だろう。だって、彼等は私が書いた物語から来たわけじゃない。厳密には平行世界の私が書いた世界の彼等だ。私がどうこうできる存在じゃないし、私が必死こいて物語を書いても、現実に影響出るわけじゃない。

 

 天切虎徹の呪具で、彼等はこちらの世界に渡ってきたのだ。私が召喚したんじゃない。でも、私にできるのはこれだけだから。悲しくて悔しいけれど、このコンテナの中でできるのは、奇跡に縋って物語を書くだけ。そうしていないと、気が狂いそうになるから。

 

 私は縋る。創った存在に。妄想の産物に。私の希望に。呪詛師の絶望に。暗闇より来る闇夜に。平行世界を合わせた中でも、最強の彼に。

 

 

 

 ──────『黒き怨念の怪物は、闇夜より出ずる』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────ごめんね、センパイ。今はゆっくり休んでよ。あ、けど招加の居場所だけは教えてくれる。時間も残り少ないしさ?」

 

「………………────────────。」

 

「あ、死んじゃった」

 

 

 

 平行世界よりやって来た黒圓龍已は、血溜まりの中で息絶えた。彼の周りには彼の血を浴びた一行が居る。弱体化し、天敵の術式、天敵の呪具がある戦いではさしもの彼でも戦いを有利に進めることができなかった。

 

 建物の壁に背を預けて、項垂れている龍已の頭からは血が流れている。残る左腕は使い古した雑巾のように捻れ、トレードマークと言ってもいい『黒龍』は持ち主と違って傷一つ無い。だが血溜まりの地面に落とされていた。

 

 辺りに充満する、濃い血の臭い。生命活動を停止した黒圓龍已はもう動かない。死体と成り果てた彼の前で、五条は事も無げに死んでしまったことを確認した。自分達が元の世界へ強制的に戻されるまで猶予はそこまでない。しかし招加を見つけるのはきっと大丈夫だ。

 

 超人である甚爾と真希の鼻ならば、龍已が通った道の匂いを嗅ぎ分けて、必ずや目的の場所へやって来るだろう。最後の悪足掻きだったのか、生き残ることを捨てたために龍已の戦いは死にかけとは思えないほど激しいものだった。誰も彼の後ろへ抜けることが叶わなかった。

 

 もの言わぬ死体を冷たく見下ろした五条が振り返り、皆に声を掛ける。甚爾と真希がメインとなって招加を探すように指示を飛ばしたのだ。しかし、彼等はすぐさま戦闘態勢に入った。振り返っていた五条は掌印を組みながら体の向きを反転させた。

 

 

 

「──────()()が穴あきで曖昧だな。それに、自身の死体を見るのは複雑だ」

 

「……君、何者?なんでセンパイの姿してるの?」

 

「何者?──────俺は正真正銘、黒()龍已だ。ただし、お前達の知る黒圓龍已ではない」

 

 

 

 死んだ黒圓龍已の死体の傍に腰を下ろし、閉じられていない瞼を静かに下ろすのは、今先ほど殺したばかりの龍已その人だった。が、雰囲気が違った。気配や持ちうる術式から、黒圓龍已本人であることは間違いないことを五条は六眼で看破していた。しかし黒圓は黒圓でも、彼は()()()()()怨の一族。その最終継承者だ。

 

 1度死に、地獄へ堕ちて刑罰を受けながら適応してしまうという異例を示し、地獄でなお足掻く呪詛師の希望を砕き、罰を与える地獄の鬼神の懐刀。刑罰執行者。異世界より無理矢理召喚された、怨念の怪物。

 

 彼の何もかもを知っているのに、全く知らない雰囲気。纏う呪い。五条達は警戒した。自身は龍已だと名乗る彼が本当に彼なのか判別できないからだ。しかし五条が本人だと補足することで、多少の驚きを露わにした。

 

 他の世界の黒怨龍已が現れた。その現象は不可能とは言えない。現に自分達も別の次元から現れているのだから。だが、今目の前に居る龍已がどうやってこの場にやって来たのかは判らない。同じように虎徹の呪具で来たのならばそれまでだが、どうやら事のいきさつを知っている様子。となればどうしてかは判明しない。本人に直接聞くしかないのだ。

 

 だが、龍已は呪術師だ。自身の情報をおいそれと開示しない。特に敵には絶対に明かさない。自分達の知る龍已を殺した自分達が敵と定められているのは容易に判る。黒怨となった龍已は既に、両手に『黒龍』を持っているから。

 

『黒龍』を持っている以上、掌印を組むことはできない。少なくとも銃を手放さないとならないのだ。距離はギリギリだが射程範囲内。五条は右手で掌印を組みながら呪力を練り上げ、領域を構築した。周りにも恵達が居るが、得体の知れない龍已の撃破を優先させる。勘で設定する0.3秒の刹那的領域展開。

 

 

 

「『無量空──────」

 

 

 

「──────残念だ。この手でお前達を殺す時が来るとは」

 

 

 

「──────は?」

 

 

 

 目前に居た龍已は消えていた。消えて、五条達の背後に現れていた。『黒龍』から血が滴っている。誰の血かなんてものは聞かなくても判るだろう。龍已のものではなく、敵は五条達しかいない。そして五条はまだ傷を負っていない。というよりも()()()()()()()()だけ。つまり、その血は五条以外の者達のものである。

 

 領域の範囲内だったにも関わらず、発動しきる前に接近した挙げ句、擦れ違い様に恵。釘崎、七海、脹相、真希、甚爾が殺された。それに甚爾が持っていた天逆鉾(あまのさかほこ)は粉々に砕かれている。それぞれの頭が吹き飛んでいる。殴られて潰れていたり、首から上が消し飛んでいたり、中には上半身ごと消し飛んでいた。

 

 五条以外の全員が全滅。瞬きをするような一瞬の出来事だった。五条の知る龍已は確かに強い。特級呪術師であり、裏の最強とまで謳われていたから。しかし、これは違う。この強さはおかしい。こんな龍已は知らない。強い。強すぎる。六眼でいくら見ても、龍已であることは変わらない。同じ術式。同じ存在。違うのは……全身より放たれる呪いを超えた怨念だった。

 

 

 

「一般人にも手を出し、殺したそうだな。文創招加……だったか。別世界の文創招加であろうと殺したのだろう?恋人関係にまでなっておきながら裏切り、嗤い、殺した。そういった存在を呪術界ではなんと言うか知っているか?」

 

「……っ!」

 

「──────呪詛師だ。五条悟。お前を逃がすことはない。残り少ない時間の中で、お前も殺す。慈悲は無い。精々……一般人に手を出すほど狂った自身のことを、死して悔い改めろ」

 

「……僕は死なない。元の世界でやらなくちゃならないことがあるんだからねッ!!」

 

「お前の最強(無限)を毟り取り、お前を引き摺り出して殺す。これは決定事項だ」

 

 

 

 呪術師最強と一族最強が別の世界、別の存在としてぶつかり合う。残る時間は残されていない。五条の野望の達成は絶望的だろう。しかし殺し合わねばならない。相手は逃がすつもりがなく、殺すまで殺しに掛かってくる怪物だからだ。

 

 無限と怨念の怪物の戦いは一瞬だった。一瞬に感じる時間の中で、濃密な時間を過ごした。破滅的呪いがぶつかり合いながらも、周りに甚大な被害は出なかった。それよりも早く、怨念の怪物が無限を千切り、呪術師最強の命を刈り取った。

 

 

 

「地獄に()き、罪を償うといい。そちらの鬼灯様によろしくと言っておいてくれ。五条悟」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 私はいつも通りの生活に戻った。呪いなんて無い世界で、呪霊に襲われることもなく、呪詛師に命を狙われることもない。朝起きて、会社に行って、何故か矢鱈と私への好感度が高い後輩の相手をして、定時になったら家に帰るだけの日々。劇的な日常を送っていただけに、今の私はつまらなく感じる。

 

 劇的で激動な日は少ない。1ヶ月の殆どはのどかな生活を送っていた。優しくて強い彼との生活は楽しかったし充実していた。あの時が人生の中で1番生き生きとしていたかも知れない。

 

 憎いという気持ちと怒り、そして不甲斐なさから訳も解らず兎に角我武者羅に短編の小説を書き上げた時、私の前に龍已が現れた。同じかと思われた彼は、別世界の彼だった。平行世界の中でもとりわけ強く最強の黒圓龍已を呼び出して召喚していた。

 

 何で召喚できたのかは未だに謎だ。呪術廻戦の世界でスマホを使ったならばまだ分かるけれど、現実世界でスマホを使っても、ただ短編の小説を書いただけのはず。戦いが終わり、私の元に戻ってきた別世界の龍已にも分からないと言われたけれど、推測は話された。

 

 

 

『別の世界の俺が流した血に塗れながらスマホを操作し、小説を書き上げただろう。間接的に膨大な呪いを込めて小説を書き上げたことにより呪物化するように物語自体に効力が宿ったのではないか?それしか考えられん。この線も奇跡に近いと思うがな。この場に虎徹が居れば解明してくれるのだろうが、無いもの強請りはやめ、それで納得しておけ』

 

 

 

『それと、別の世界から五条達が来ることは未来永劫無い。その部分については安心するといい』

 

 

 

 私に呪力は無いけれど、膨大な呪力を持っていた龍已の血を浴びた手でスマホを操作したから、呪物のようになって書いた物語が影響して別の世界の龍已が召喚できた……という事にしておくことにした。確かに虎徹だったらそこら辺の細かい理由も解明させることができるのかも知れないけれど、居ないからどうしようもない。

 

 もう別の世界の誰かを召喚することは、私にはできない。あの時の奇跡は1度だけ。それにもう、別の世界から誰かが来るのも来させるのもこりごりだ。こんな経験は1度だってしなくていい。精神的な疲労がすごいし……。

 

 召喚しちゃった龍已は、直接的な言葉では言ってないけれど、五条達を全員殺したんだと思う。じゃないと親しい友人達を蘇らせるためにまた同じようなことを繰り返すだろうから。なのに未来永劫とまで言っているんだから、きっと殺してしまったんだろう。

 

 呪詛師は何があろうと絶対に殺す彼のことだ。例え知っている人達の顔を見ても躊躇ったりしないのだろう。そういうイカレた思考を持っている。少ししか接してないけれど、彼からもまた優しさを感じた。どの世界の龍已も、やっぱり優しい。あの温かさに触れて、まだ余韻が残っている私は、知らず知らずの内にホロリと一滴の涙を流した。

 

 

 

「先輩!今日もお疲れ様でした!……あれ?もしかして先輩泣いて──────」

 

「後輩ちゃん、お疲れー。また休み明けにねー」

 

「えっ、ちょ……っ!先輩!」

 

「今度また飲みに行こうね?」

 

「やったー!」

 

「……チョロい」

 

 

 

 危ない危ない。つい流れちゃった涙を見られちゃうところだった。まあ後輩ちゃんならいくらでも誤魔化しが効くから大丈夫でしょ。現にもう忘れてるっぽいし。そんなに私と飲みに行けるのが嬉しいかね。もっと誰かと行ってワイワイしてくればいいのに。

 

 とか言ってるけど、後輩ちゃんは本当に良い子だ。あの戦いからもう1ヶ月が経過し、最初の頃なんて燃え尽きたように何も手がつかなかった。何もやりたくないし、何をしてもダメだった。仕事は失敗続きで、それについて怒られても反省しようという考えに至らない。もう身投げする勢いだった。

 

 でもそこで後輩ちゃんが懸命に私のフォローをしてくれた。私のミスなのに一緒に謝ってくれたり、私が遅くに帰ることになると同じ時間まで残って仕事を手伝ってくれた。元気づけるためにご飯を一緒に食べてくれて、体調を崩せば仕事で疲れているだろうに帰りに家に寄ってお見舞いに来てくれた。

 

 本当に良い子だ。こんな子が後輩で居てくれて私は幸せだと思う。付きっきりで相手をさせちゃったから、他の後輩ちゃん狙いの人達からはよく睨まれるようになっちゃったけど、今はその睨みに優越感を感じるようになった。今度家に誘ってお泊まりパーティーでもしようかなと考えてるくらいには、後輩ちゃんとの仲は良好だと思う。

 

 私は上を見上げる。太陽が沈み、星が輝く夜の空。呪いもなく、怨念もないこの世界。あれ程濃い日常を送ったというのに、もう懲りたとすら思っているのに、あの人が帰ってくるなら、多少の苦を味わっても良いとすら考えてしまう。あーあ。最後にお別れの言葉くらい言いたかったな。

 

 後味が悪くて、終わりにするには物足りず、モヤモヤして喉に何か引っかかるような感触。でもこの感じは私らしい終わり方だ。私のこの人生が小説なら、きっと面白い要素なんて大して存在しないだろう。けれど、私はその中で確かに生きている。私は私の人生を送り、全うする。

 

 だからさ……龍已。これから先色々な経験を得て、歳を取って死んだ時には、また私に会ってくれる?頑張ったなって褒めてくれる?そんな淡い期待を抱いても良いのかな。

 

 

 

 

 

 

 返事はない。それでも私は、満足げに微笑みながら我が家へと帰った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────気をつけておけ。この世に絶対はありえない。気軽に読んでいる物語が、現実に重なってこないとは言い切れない。物語には、その物語で生きる者達それぞれに人生という物語がある。さて、ではここで1つ問おう。お前の物語(人生)はどんな物語だ?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






呪術廻戦世界の者達

パラレルワールドの文創招加が描いた二次創作の世界の住人であり、原作組。失った者達を蘇らせることができるという希望が狂気を孕ませ、『本来とは違う』という二次創作の側面の影響も受けたことにより一般人にすら呪いを向けるようになってしまった。

生き残りは居らず、別次元より召喚された、あらゆる黒圓龍已の中でも最強の存在である黒怨龍已が召喚され、殺された。




黒圓龍已

目的を全うすることができた。どれだけ弱体化されようと、どれだけ戦力差を見せつけられ痛めつけられようと、己のやるべきことをやった男。心残りは、ちゃんとお別れの言葉を口にできなかったこと。




文創招加

戦いが終わって1ヶ月は燃え尽きたように何も手がつかなかった。しかし会社の後輩のお陰で元の生活を送ることができるようになった。少しずつ笑みも浮かべられるようになり、激動の日常を送ったからか一皮剥け、男性から食事の誘いを受けるようになった。

しかしそれらの誘いは受けず、後輩のことを優先するようになった。傍に居ると落ち着くし、頼れる後輩。きっとこれからも大切にする。




後輩ちゃん

健気な美人。弱っているところにつけ込もうとという考えは抱かず、単純に心配だからという理由で甲斐甲斐しく招加の面倒を見てフォローなどをした。その甲斐あってか、自分を優先してくれるようになったので毎日が幸せ。




黒怨龍已

あらゆる次元の中でも最強の黒圓龍已。その強さは計り知れず、死後地獄に堕とされながら刑罰を克服し、地獄のNo.2に君臨する鬼神の1番の直属な部下となり、日々呪詛師を嬲り殺している。

そうした日々を送り、全力で戦える環境が更なる成長を見せ、生前よりも怨念は増大し、技のキレは増すばかり。地獄に住む怨念の怪物。




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短編
短編その1  死後のこと







 

 

 

 

 人は死した後、初七日から三回忌まで十王による裁判を受ける。

 

 

 

 

 一審『初七日』──────秦広王(しんこうおう)

 

 

 

 二審『二七日』──────初江王(しょこうおう)

 

 

 

 三審『三七日』──────宋帝王(そうたいおう)

 

 

 

 四審『四七日』──────五官王(ごかんおう)

 

 

 

 五審『五七日』──────閻魔王(えんまおう)

 

 

 

 六審『六七日』──────変成王(へんじょうおう)

 

 

 

 七審『七七日』──────太山王(たいざんおう)

 

 

 

 八審『百ヶ日』──────平等王(びょうどうおう)

 

 

 

 九審『一周忌』──────都市王(としおう)

 

 

 

 十審『三周忌』──────五道天輪王(ごどうてんりんおう)

 

 

 

 

 この過程で重要となってくるのが、遺族の供養である。何故か?その供養がいかに手厚くされていたかによって、減刑が為されたり、無罪になったりするからだ。そして、供物の量も重要な要素となる。

 

 

 

 “地獄の沙汰も金次第”という言葉は、割と嘘ではない。

 

 

 

 黒怨龍已(こくえんりゅうや)。享年29歳。元特級呪術師。その後特級呪詛師。黒怨無躰流最終継承者。黒き怨念の完成体。千年以上の歴史を積み上げ、凝り固まった怨念の怪物は今、死後の裁判を受けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────秦広王(しんこうおう)の裁判。

 

 

 

「──────裁判を始める。黒怨龍已。貴様は己が犯した罪を認識しているか」

 

「殺人です」

 

「うむ。その通り。貴様は生前だけでも千以上の者達をその手で殺した。罪を犯したものであろうと、殺したことに変わりは無い。だが貴様は、罪も無い子供を殺した事があるな?」

 

「あります。呪術界上層部。その親戚にあたる子供です。一族一切悉くを殺し、殲滅することを誓っていたので残らず殺しました。否や嘘はありません」

 

「……確かに。嘘は無し。良いだろう、裁判は終わりだ。次の審査のため、三途の川へ向かえ。私は罪について嘘をつくかどうかを判断していた」

 

「ありがとうございました」

 

「経歴の濃さの割に礼儀正しいな……。んんっ、それより少し聞きたいことがある。貴様は犯した罪に対して罪の意識はあるか」

 

「──────あるわけがない。俺は一族を苦しめた者達を赦しはしない。何があろうと、忘れない。怨は怨で以て返す。呪詛師は死んで然るべき。殺したことに罪悪感なんぞ感じない」

 

「……そうか。もう行って良い」

 

「失礼します」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────三途の川渡り。及び初江王(しょこうおう)の裁判。

 

 

 

「私は奪衣婆(だつえば)だよ。六文銭あるならそれで、無いなら他に持ってる金目のもん出しな。それも無いなら服脱いで渡すんだよ」

 

 

 

「……六文銭どころか600万懐に入っているのは何故だ。五条の悪戯か……?」

 

 

 

 持っててもどうせあの世では使えないし、裁判の途中でもあるので600万を奪衣婆に渡し、姿勢を低く取った。そして地面に大きな亀裂と衝撃波を生み出しながら走り出し、他の亡者が呆然と見る中()()()()()()()()()()()()。それ程距離がなく、彼は数瞬の内に渡りきり、ズレた白装束を直して先へ進んだ。

 

 

 

「第二の審査を司る初江王様ですね。三途の川を渡ってきました」

 

「いや、まあ見てたけど渡ると言うより走ってきたよね?」

 

「泳げとは言われていないので、取り敢えず渡ってきたのですが……泳いで渡り直しますか?」

 

「いや、もういいよ……次の審査へ」

 

「ありがとうございます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────宋帝王(そうたいおう)の裁判。

 

 

 

「邪淫はしていませんが、確認をお願いします」

 

「言う前にお願いしてきたよ、この亡者……(かん)、どうですか」

 

「全くねェ……な。真っ白なモンだぜ」

 

「……猫が二足歩行して喋っている……」

 

「俺ァ男の邪淫の有無を見抜く衆合地獄の獄卒よォ。呼び捨てはやめてくれ、気分が悪い。漢さん、または漢ちゃんでも構わないぞ」

 

「……死後の世界は不思議だな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────五官王(ごかんおう)の裁判。

 

 

 

「──────かくして、そなたは罪を犯した者とはいえ、他者を殺し回り、罪無き者にまで手を出したそうだな。数も凄まじい。いやホントに。これでは相当な罪の重さになるぞ」

 

「真実です。訂正箇所はありません」

 

「そうか……そなたは業の秤に乗せる必要もないな。(しきみ)!この亡者を閻魔丁へ回せ」

 

「はぁい。畏まりました。ほら、行くよ。まったく、アンタって子は子供まで殺しちゃって!嘘をついてたらお尻叩いてたところだよ!」

 

「……肝っ玉のある補佐官だな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────閻魔王(えんまおう)の裁判。

 

 

 

「……すごく……大きいな」

 

「なんか、鬼灯(ほおずき)君を彷彿とさせる子がきたよ……なんか嫌な予感がするなぁ……」

 

「大王、亡者の前でサボってないで仕事してください」

 

「ひぃっ!わ、わかったよぉ……だからその金棒をこっちに向けないでっ!んんッ……これより裁判を始める。貴殿は生前に於いて数多の人を殺し、見せしめのように晒し、拷問をし、時には罪無き子の命まで奪った。その数は全てで千を超えている。その所業は重く、筆舌に尽くしがたしッ!閻魔丁が貴殿に下す判決は等活地獄(とうかつじごく)刀輪処(とうりんしょ)ッ!地上からの業火に身を焼かれ、天から降り注ぐ熱鉄の雨に晒されながら刀の生えた樹木より飛来する刀に串刺しにされる刑に処す!次へ回せ!」

 

「はっ!おい行くぞっ!」

 

 

 

「──────鬼灯様。不喜処の件で少しお話しがあるのですが、今お時間よろしいですか?」

 

「不喜処ですか……何です?これからまだ裁判が続くので、急ぎでないなら後にして欲しいのですが」

 

「それが、少し問題になっているようなのであちらでお話しを……」

 

 

 

「…………………。」

 

「……ッ!?コイツ、まったく動かせねぇ……ッ!おい、何止まってんだッ!」

 

 

 

 見上げるほど大きな威厳のある体格の閻魔大王と、その補佐官である鬼灯という鬼神が居た。龍已の過去が全て載っている巻物を見ながら、閻魔が沙汰を言い渡す。当然多くの人間をその手で殺してきたので天国には行けず、地獄行き。それはまあ当たり前なので納得する。相当な数殺したので、刑罰が長くなることも予想している。

 

 しかし龍已は今、両脇から地獄の鬼に腕を取られて次の裁判へ連れて行かれようとしている。しかし動かない。見た目の割に100㎏を超え、人知を超えた筋肉を持つ彼が直立不動となっていると、生半可な力では動かせない。両脇に居る鬼はそれなりに剛力だ。というか、鬼という存在は昔から剛力と語られる。その中でも剛力の方だ。

 

 しかし引っ張っても動かない龍已に冷や汗を流しながら、2人で引き摺ろうとする一方で、彼は別の場所に目を向けていた。額に生えた1本の角。癖知らずのストレートな黒髪。鋭い目つき。誰かを彷彿とさせる整っている顔立ちをしながらの固い無表情。赤い襦袢に黒い衣服で帯を貝の口に締め、その上から結び切りの帯飾りを付けている。襦袢の下は股引で、足元は素足に草履を履き、手には棘のついた身の丈ほどの黒い金棒。閻魔大王の第一補佐官である鬼灯である。

 

 詳しく言うと、その鬼灯と報告のためにやって来た別の獄卒の鬼であった。急ぎの報告があるようで、獄卒は鬼灯を連れてどこかへ消えようとしている。その方角をずっと見ていた龍已は、体の向きを変えた。次の裁判へ向かうための道ではなく、鬼灯の居る方へ。

 

 押しても引いても動かないかと思えば動き出した。しかしそれが地獄の誰もが恐れる最強の鬼神の方へ向かっている。亡者が暴れることはよくあることだが、よりにもよって鬼灯様の方へ行くのは見過ごせないと、両脇の鬼達が慌てるがそんなことは些事だった。腕を少し振るうだけで、2人はいつの間にか天井を見上げて倒れていた。次いで聞こえたのは、駆ける足音。

 

 サッと顔色が青くなりながら、どういう原理か倒されていた鬼達が急いで起き上がり鬼灯の方を見る。そして鬼灯の名を呼び、亡者が何かするつもりだと叫んだ。場所を移そうとしていた彼は振り向くと、すぐそこに龍已が接近していた。速い。そう思いながら黒い棘付きの金棒を握る手に力を込めて、龍已を見過ごした。

 

 

 

「なっ──────ごはッ!?」

 

()()会ったな。性懲りもなく同じ事をしているのか。もう一度殺してやろうか?」

 

 

 

「ほ、鬼灯様っ!すみませんっ!俺達、いつの間にか倒されててっ!」

 

「お怪我はありませんかッ!?」

 

「えぇ。私は大丈夫ですよ。何もされていませんから。それよりも、あの亡者は何故あの獄卒の方に飛びついたのでしょう?面識があるとは思えませんが……あ」

 

「そんな悠長に観察している場合じゃ……げっ」

 

 

 

 飛びついたかと思えば、襟を掴んで背負い投げをし、床に鬼のことを思いきり叩きつけた。背中から無理矢理倒されて嘔吐いているところに声を掛けられる。表情はまったくの無であり、心なしか獄卒や閻魔達が背筋にゾワリとする雰囲気を纏っている。鬼灯は皆が恐れに似た何かを感じ取っている中で、興味深そうに顎を手で擦りながら2人のことを眺めていた。観察と言ってもいい。

 

 すると、返答を聞いていない龍已が左手で襟を掴んで逃げられないように拘束しつつ、右手を固く握り込んで拳を作った。そしてそのまま振り下ろす。左頬に打ちつけられた拳に左側の歯が全て折られた。宙を舞う多くの歯に、閻魔専用の椅子に座る閻魔大王がひいっ……と悲鳴を上げた。その後、6回拳を叩きつけ、床にまで罅を入れた龍已は、鬼の頭頂部を鷲掴み、頭を毟り取った。

 

 皆が呆然と見る中で、鬼灯が目を細める。龍已は頭を胴体から取ったのではない。額から、まるで蓋を取るように頭頂部だけを千切ったのだ。中には当然脳味噌が入っており、彼は千切った頭頂部をそこら辺に捨てると、脳味噌を掴んで頭の中から引き摺り出した。白装束が鬼の血によって赤黒く染まる。その状態で、彼は鬼灯の方へやって来た。

 

 

 

「コレは貴方の知る者ではありません。既に殺されています。今私が持っているのは、生前に私が殺した呪詛師です。額に縫い目の傷を付けることを縛りに脳を入れ替え、体を乗っ取る術式を持っています。ちなみに、この脳が本体ですのでお渡ししておきます。お騒がせして申し訳ありませんでした」

 

「……いえ。見事な手際でした。飛び散った血は後で清掃を頼んでおきますのでご心配なく。それよりも、何故気づいたのです?」

 

「邪な気配と術式を持っている者特有の気配、それと勘によるものです。額の傷が目印というのもありますが、主にそれらです。隙を見て鬼灯様のことを襲い、確固たる地位を手に入れる可能性もあったので処理しました」

 

「全く気がつきませんでした。助かりましたよ。ありがとうございます」

 

「いえ。では、私はこれで。第六裁判がありますので」

 

「えぇ。また()()()

 

 

 

 鬼灯に毟り取った脳味噌のような、呪詛師の本体を手渡す。これは生前に彼が殺した呪詛師であり、当時は夏油傑の体を乗っ取っていた。龍已よりも先に死んだので裁判を受けて、今までの所業からまれに見る凄まじい刑罰年数で刑罰を受けている最中だったのだが、隙を見て獄卒を襲い、乗っ取ったということだろう。

 

 死後であろうと、呪いさえあれば魂から刻まれた生得術式は起動してしまう。色々な名前がある脳味噌の呪詛師がその証。しかし龍已は力を使って暴れようとは考えていなかった。まあそもそもな話、銃を持っていないので天与呪縛が邪魔をし、術式が使えないのだが。

 

 血塗れの脳味噌を受け取った鬼灯は、獄卒に言われなくても自分から進んで次の裁判を行う変成王(へんじょうおう)のところへ向かう彼の後ろ姿を眺めていた。その場から動かない鬼灯に、ビビりながら話し掛ける獄卒へ脳味噌を渡すと閻魔に視線を送る。ハシビロコウのような冷たく鋭い目つきに、閻魔は肩を跳ねさせた。

 

 

 

「何を警戒しているんですか」

 

「い、いやぁ、なに亡者にビビってんだーって言われると思って」

 

「あの亡者にビビってたんですか」

 

「あれッ!?ワシ墓穴掘っちゃったッ!?」

 

「そんなことより大王。少し相談があります。……──────先程の亡者について」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 龍已は再審の必要が無いくらいの悪ということで、第七審を行って焦熱地獄での刑罰が言い渡された。年数は16垓年と途方もないものではあったが、遺族は居ないものの、供養が山とあったことから刑罰の年数はいくらか緩和された。これだけ殺しをしてきたのに、これだけ多くの供えがあるのは稀だと教えられた。

 

 結局、刑罰内容は閻魔に言い渡された刀輪処(とうりんしょ)のものとなり、地上からの業火に身を焼かれ、天から降り注ぐ熱鉄の雨に晒されながら刀の生えた樹木より飛来する刀に串刺しにされる刑を、37564年……約4万年の刑を受けることとなった。そして今、龍已は獄卒に連れられて刀輪処に来た。

 

 大地から業火が噴き出し、龍已の身を焼く。常人ならば悲鳴を上げて絶叫もするだろう痛みの中で無表情を貫き甘んじて受ける。そんな彼は刃の葉が生い茂る樹木の元まで歩いて向かう。その樹木の傍は業火が噴き出ていない安全地帯。だがその代わりに上から鋭い刃が落ちてきて亡者を串刺しにして殺すのだ。

 

 彼は業火に焼かれながら、自分からその樹木に近づいた。他の亡者も炎に焼かれて絶叫していたが、安全地帯があると分かると他を押し退けてその場を占領しようとする。そこで、刃の雨が降り注いでハリネズミが出来上がる。龍已は自身より先に行った亡者の惨状を見ながらその場へ赴き、降り注ぐ刃を受け入れた。

 

 腕や足、腹部を貫通する鋭さを持った刃。生半可な刃物では斬ることができない龍已の皮膚を易々と斬り裂き貫通した。良い切れ味だと思いながら、焼け爛れた自身の皮膚の臭いを嗅ぎ取りつつ、大量の血を吐き出してその場に膝を付く。

 

 

 

「ごぼ…ッ……ごぼッ……」

 

 

 

「助けてくれぇぇぇぇぇぇぇ!!あぢいッ!ぁぢぃあああああああああああああああッ!!!!」

 

「痛ぇ……いてぇよお……ぉぉ………死んじまう……よぉ……」

 

「もうはんぜいじだッ!はんぜいじだがらだずけでぇッ!!」

 

「もう嫌だッ!もう死にたくねぇ!生き返りたくねぇッ!俺を殺してくれぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!!」

 

 

 

「3万7000年……しっかり受けないと……な……その後は……妃伽と……慧汰と……反承司で……飯でも……た……べて……──────」

 

 

 

 少しずつ目の光が失われていく。体中に突き刺さり、貫通した刃から大量の血が滴り、焦げている白装束を赤黒くしていく。生温かい感触を味わい、業火により喉が焼けて肺を炭にされていく。熱と痛みを感じながら、龍已は刀輪処での初めての死を経験した。

 

 亡者は既に死んだ身。それ故に死なない。死んでも復活する。真新しい肉体を得た彼等は、沙汰を言い渡された地獄で同じ苦を味わい続ける。刑罰年数が満了を迎えるその時まで。龍已は3万7000年を言い渡されたので、それまでの間身を焼かれ、斬り裂かれ、死ぬを延々と繰り返すのだ。

 

 刑を受けて、死んで。刑を受けて、死んで。それを一体どれ程繰り返しただろうか。全く思い出せない。既に10は死んでいる筈。流石は地獄の亡者を焼く業火。凄まじい熱量だ。刃も樹木に生っているものとは思えない業物だ。他の亡者も何度も死んでいる。絶叫している。己の罪に向き合い、許しを請うている。だが刑罰は終わらない。まさに地獄。罪の清算を行う世界。

 

 しかし……人間が千年以上掛けて作り出した最強の怨念の怪物は、その地獄の苦しみに『慣れた』。慣れてしまった。甘んじて受けていたのに、彼の超人の肉体は耐性を獲得してしまい、業火には焼けず、刃を通さない体に変化していた。見た目は変わらず、受ける刑罰を耐えるだけ。

 

 他が苦しんでいる中で、無表情でその場に居るのだ。焼けているのは白装束のみ。必然的に全裸になってしまうが、彼にはどうしようもないこと。このまま3万7000年を過ごしていれば良いのか……と思い、困惑する。恐らく他の刑罰に回されても同じ事になるだろう。地獄なだけあって慣れるまで時間は掛かるが、最後は慣れて耐性を獲得してしまう。

 

 自身は刑罰を受けるつもりだ。しっかりと受けて清算し、0になった後に親友達と飯を食い、これまでを語らうのだ。そのための今なのだが、彼は困惑する。これでは地獄に堕ちた意味が無い。

 

 

 

「──────すごいですね、色々と。刑罰を克服してしまう人は初めて見ましたよ。しかもまだ1時間しか経っていないのに」

 

「貴方は……」

 

「こんな格好で判らないですよね。私は閻魔大王の第一補佐官をしています、鬼灯と申します。あの時はご挨拶ができませんでしたからね」

 

「いえ。私は亡者であり罪人ですので、鬼灯様に自己紹介されるほどの者ではありません。それより、何故此処へ?私の刑罰の変更ですか?」

 

「本当ならそうしたいんですが、あなたは変更された刑罰にも慣れてしまうでしょう?」

 

「……否定はしません」

 

 

 

 銀色の防護服を身につけて、手には裁判の時に見た黒い棘付きの金棒を持って現れた鬼灯。彼は龍已についての報告書を読んで、過去にあったことからどんな生涯を送り、果てにはどんな人物になったかを全て知っている。故に彼の肉体が特異なものであり、どんな環境にすら慣れて耐性を獲得してしまうことも知っていた。

 

 亡者であり、裁判で沙汰を言い渡された以上刑罰は受けるのが当然。故にそのままにしていたが、放って置くつもりは元々なかった。少ししたら見に行こうと思い、サボろうとしている閻魔の頭を金棒でぶん殴って机に叩きつけてから、こうして刀輪処にまで足を運んでいた。予想は裏切らず、思っていたとおり彼は耐性を得ていた。

 

 どんな重い刑罰も、彼は甘んじて受けるだろうが必ず耐性を獲得してしまう。それでは刑罰にならない。そこで、鬼灯は龍已の刑罰年数満了を繰り上げる事にした。これは異例であり、他に露呈すると他の亡者に示しがつかなくなるので特別措置ということにしている。

 

 だが、このまま無罪にするのではなく、とある仕事を頼みたいのだ。1時間前に起きたような事が、起きなかったと言えばそんなことはなく、死んでからも足掻く亡者は居る。一般人ならば問題ないが、相手が術師となると話が変わってきてしまう。そう、超常的力を持つが故に、非術師よりも足掻きの処理が面倒なのだ。

 

 刀輪処から出され、着替えの服を渡された龍已は談話室にて鬼灯と対面している。互いに無表情であり、そこに少しのシンパシーを感じながら、鬼灯は龍已に提案をする。

 

 

 

「地獄って基本人手不足なんですよね。人の手が足りないというのもありますし、罪人が多いんですよ。なので亡者の1人1人にそう時間を掛けていられないんです」

 

「なるほど」

 

「なのに、時々やってくる術師が地獄に来ると、中々に面倒くさいんです。術式を使って逃げようとしたり、抵抗したり。獄卒は術式を持っていませんから肉体的に解決するしかないんですが、はっきり言って超能力ばりの力出されると手出しできないことがあります。黒怨さんが見つけてくれた呪詛師も、面倒な術式でしたからね」

 

「つまり、刑罰の代わりに私はそういった亡者を相手にする獄卒のようなことをすれば良いということですか?」

 

「いえ、普通にスカウトです。あなたの底知れない怨念を買ってのね」

 

「スカウト……」

 

「要は仕事を頼みたいんですよ。地獄も数多くの部署に別れていますので、そこに堕ちた術師を相手にするには限界があります。なので、黒怨さんにはそういった抵抗する術師を適度に〆てもらって、抵抗する気力を奪って欲しいんです。その後は獄卒に任せるので。相手が術師……呪詛師ならばやる気が起きるでしょう?生前呪詛師を1度殺し尽くした最強の呪詛師殺しの黒い死神である、あなたなら」

 

「……えぇ。呪詛師を殺すことが仕事になるならば、私以上に適当な者は居ないと思います。刑罰も受けられませんし、私にできることならやらせてください」

 

「助かります。あなた()は私直属の刑罰執行者として組織してもらいます。まあ暴れる術師の元へ行ってボコるのが仕事ですね。給金も出しますので、そこは安心してください。現世のブラック企業のようにはしませんよ」

 

「心遣いありがとうござ……達というのは?」

 

「黒怨さんの他にもメンバーが居るんですよ」

 

 

 

 あっけらかんと言う鬼灯に、龍已は首を傾げる。他にも術師を相手にできる獄卒が居るのだろうか。そんな疑問を抱く龍已を余所に、鬼灯は手を叩きながら入ってきて下さいと談話室の扉に向けて話し掛けた。一応複数人入れる楽屋のような部屋なので狭くなることはないと思うが、今顔合わせをするのかと思った。

 

 人手不足で、早速刑罰から逃げようとする呪詛師が居たのだから顔合わせをさっさとして仕事に取りかかって欲しいのだろうと考えた。しかしその考えは入ってきた者達を見て吹き飛ぶ。扉を開けて入ってきたのは、龍已の親友である妃伽と慧汰。元生徒の反承司だった。

 

 慧汰は和やかに笑いながら手を振り、妃伽はニヒルな笑みを浮かべてサムズアップしている。反承司は目に涙を貯めながら走り出して龍已に飛びついた。

 

 

 

「龍已先生居たぁあぁああああああああああッ!!うえぇえええええええええええんッ!3万7000年も刑を受けるって聞いて私も行こうとしたけど全然通してくれないから鬼共全員ぶち殺そうとして推し通ろうと思ったら音無さんと姉御様に止められて泣く泣く大人しくしてたら龍已先生連れてかれちゃって会えなくなったから寂しくてもう一回死んじゃうところでしたぁッ!!!!」

 

「長い長い。だが、心配してくれたのだろう。ありがとう反承司」

 

「……へへ。うひひ。推しの匂いがする……ふひっ」

 

「うん。零奈ちゃんは平常運転だね」

 

「おーい龍已。その鬼から話聞いたかー?私達でチームになって術師ボコせとよ。んま、これから頑張っていこうや。反承司を+αにして高専組再結成だな」

 

「……そうだな。本当に嬉しく思う。鬼灯様、ありがとうございます。精一杯務めさせていただきます」

 

「えぇ。よろしくお願いします。ちょうどその方々も対処に困っていたので。まさか同じ年数の刑罰を受けると言い出すとは思いませんでしたし、暴れるのを獄卒が止めようとしても全く歯が立たないので、それなら黒怨さんのチームに入れて一緒に働いてもらおうと思い至りまして」

 

「私を龍已先生から離そうなんて誰であろうと赦さないし、認めないから」

 

「はぁ……それは嫌というほど見せていただきましたよ」

 

 

 

 一緒に地獄へ行ったはいいが、死んだ順番に裁判を受けるようで、巌斎が1番で次に音無。その次に反承司という順番で龍已よりも先に受けていたそうだ。それで天国行きか転生かの2択になったがどちらも拒否。龍已と同じ刑罰を受けると言い出して止まらず、暴れるので押さえようとしても鬼では相手にならなかった。

 

 なので取り敢えず、龍已の裁判が終わるまで待ってもらっていたのだが、いざ終わると会いに行くと言って聞かなかった。慣れるのは分かりきっていたが、最初は必ず刑罰を受けてもらうつもりだったので教えなかった鬼灯なのだが、感づいた3人が詰め寄ったらしい。

 

 龍已にだけ仕事を頼み、この3人を天国か転生かにさせようとしてもまた暴れるだろう。なので、龍已のチームに組み込んで一緒に仕事をしてもらうことにしたのだ。これなら大人しくなるし、仕事を手伝う手が増えて一石二鳥になる。

 

 

 

「では、これから鬼灯様直属の刑罰執行者としてやっていこう。よろしく頼む、妃伽、慧汰、反承司……いや、零奈」

 

「名前呼び……ッ!(尊死)」

 

「よろしく、龍已!」

 

「おうよ。んじゃ、決まったことだし結婚しようぜ」

 

「頼りにしてますよ、皆さん。是非、この地獄をより良い地獄にしてください」

 

 

 

 こうして、龍已がチームのリーダーとして鬼灯直属の術師を主とする刑罰執行者という組織が組まれた。これより足掻く術師の亡者は絶望することになる。何度蘇ろうと、必ず殺して心をへし折りに来るのだから。黒い死神は、地獄に居ても必ず悪しき術師に手を伸ばすのだった。

 

 

 

 

 

 






黒怨龍已(こくえんりゅうや)

息をするように地獄に堕ちた。

刑罰を受ける年数は驚異の16垓年。しかし供養が厚くされていたので減刑され、3万7564年で決まった。ただし、その刑罰も結局1時間で終わった。慣れてしまい刑罰にならないため。地獄初の特別措置法が適用された人物。

刑罰が効かないので、効かないものを延々とやらせるよりも、暴れる術師の相手をさせた方が良いと思った鬼灯により、鬼灯直属の刑罰執行者にスカウトされる。給料は高い。他の鬼ではできないため。

メンバーのリーダーをしており、日々往生際が悪い地獄に堕ちた術師をめちゃくちゃにぶち殺しまくる。呪詛師だった者が殆どなので、殺しているとスカッとする。最高の職業だと思っている。




音無慧汰(おとなしけいた)

鬼灯直属刑罰執行者メンバーの1人。聴く術式を持ち、亡者が何処に居るのかすぐに突き止める。術式を鍛え上げ、心の中の声を聴く事ができるようになり、知られたくない術式の内容を丸裸にする事が出来る。




巌斎妃伽(がんざいひめか)

鬼灯直属刑罰執行者メンバーの1人。ボコる係。どんな術式が来ても、ゴリ押しで殴り殺してシンプルに心をへし折りにいく。殺し合うと楽しくなって嗤うので、相手にトラウマを知らず知らずの内に植え付ける。

龍已が好きでたまらず、結婚して苗字を早く黒怨に変えたいが、地獄に来てまだ少しなのでもう少し待ってくれと言われている。結婚してくれることは確定なのでニマニマしている。

龍已のところへ行こうとして止めに入った鬼を240人ボコボコにした。




反承司零奈(はんしょうじれいな)

鬼灯直属刑罰執行者メンバーの1人。長い付き合いになるし、自分を追って死ぬくらいの元生徒であり、1人だけ苗字呼びだと変だということで、名前で呼んでもらえた子。嬉しくて立ったまま気絶する。

龍已先生姉御様と結婚かぁ……と思っているが、巻き込まれることを忘れている。2日間抱き潰されて愛が進化するまであと〇日。

龍已の元へ行こうとすると邪魔をされ、目の光が消えた状態で機械のように鬼をボコボコにした。反転呪法で触れることは不可能。最終的に集まった鬼を全部ボコした。

死後のあの世は鬼灯の冷徹かーい!!と思ったが、龍已が居るなら何でもいいので順応するのは早かった。




鬼灯(ほおずき)

閻魔大王第一補佐官。実質地獄のNo.2。鬼の頂点に君臨する地獄の最強の鬼神。あらゆる者達から恐れられているワーカーホリック。

龍已の怨念の強さ。実力の高さ。生前の報連相具合からして適任だと考え、やる意味の無い刑罰を早々に切り上げさせて、自身の直属の刑罰執行者に任命した。

地獄の術師の対処に困らせられていたが、龍已達を導入してからは件数が一気に減り、しっかりと獄卒でも刑罰ができるようになったことで成功を無表情で喜んだ。

給料?出しますよ。人手不足ですけどブラックじゃないので。

周りが龍已の体から発せられる怨念に当てられて恐怖状態の中、平然としていた唯一の人物。




術師

地獄に堕とされても往生際が悪い者達。術式が使えるのでこれ幸いと抵抗するが、抵抗すると黒い死神部隊が動き、殺しに来ることが決定した。心をへし折れば良いのだが、また別の問題が浮上して……?




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短編その2  努力家の少女








 

 

 

 

 私は元々普通だった。常識知らずな転生系最強主人公とか、ハーレム主人公とかの説明で9割がた使われる言葉だけど(偏見)、私の場合は本当に普通だった。

 

 

 

 普通の家に生まれ、普通の近場の小学校に入って隣の中学校に入り、これまた近くの高校に入学。頭もまあ普通だったんで、受験勉強は病んじゃうところだった。あれは苦痛だよね。あ、話逸れそうだから戻すと、学校では友達も居た。一緒にご飯食べたりとか、適当な言い訳して体育休んだりとかしてた。

 

 

 

 まあとにかく、普通に暮らして、普通に人生を楽しんでた。でもさ、そんな私にも趣味みたいなものがあった訳ですよ。それが呪術廻戦っていう漫画の二次創作を読むこと。それに出てくる、所謂最強系オリ主が、私のハートをぶち抜いたわけだ。もうね、ホント好き。好きな部分しかない。欠点が無いんだもん。仕方ないよね?

 

 

 

 だから、そんな私がポックリと死んだ後、推しの居る呪術廻戦の世界に転生したことは、生まれた中で1番の幸福だと思った。んま、推しが居ない原作側の呪術廻戦なら自殺してたけどネッ☆

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────うえぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ……勉強じだぐな゙い゙よ゙ぉ゙……ッ!!!!もうやだ……某学園都市1位みたいな術式にしやがってぇ……死ぬほど頭働かせないと何もできないじゃぁん……」

 

 

 

 小学2年生にまで成長した反承司零奈(はんしょうじれいな)は現在8歳。学校で習うのは掛け算や割り算のところ、彼女は家で自主的に勉強していた。今やっているのは大学レベルの物理学。大人が読んでも意味不明な言葉の羅列にしか見えない参考書を前に、顔を涙でぐちゃぐちゃにしながら必死こいて勉強していた。

 

 親の顔より先に呪霊を見た反承司は、呪術廻戦の世界であり、推しへの狂愛でこの世界が自身が生前に読んでいた二次創作の世界であると直感した(意味不明)。

 

 転生した時には推しに会えると息巻いていたが、何となく術式を自覚すると強力さを掻き消すほどの面倒臭さに泣いた。あらゆる力の向きを反転させ、性質すらも反転させられるというチート術式である代わりに、1つのものを構成する何もかもを演算しないと発動しないピーキーなものでもあった。

 

 某学園都市1位は無意識にでもスーパーコンピューター以上の演算を行える頭脳を持っていたが、反承司は持っていなかった。新しい肉体の脳味噌は出来が良く、天才という部類には入るだろうが、某学園都市1位と比べると比較にすらならないもの。つまり、この穴埋めは努力でどうにかしなければならなかった。

 

 幸い生前が高校生だったので精神的にも成熟しており、自主的に勉強するという結論には至った。至ったはいいが、元より勉強が嫌いだったのが災いし、勉強する度に泣いていた。勉強の内容も濃すぎて頭がおかしくなりそうだというのもある。

 

 

 

「べ、勉強っ……えっぐ、難しいよぉ……やりたく、ないよぉ……ひっぐ……二次創作の世界だからあの小説読めないし……推し探してもドコにも居ないしっ……」

 

 

 

 どんだけやりたくねぇんだよ……と思われても仕方ないが、演算ができないと何もできない術式のため、何もしなかったら詰む。そもそも彼女の言う推しとは、強さだけで特級呪術師に登り詰めるような傑物である。一緒に居たいならば、強くなくてはならない。

 

 勉強は嫌い。推しを見かけることができないことに吐きそうになる。何でか告白してくる同級生の男子のタマ〇ン蹴り潰したくなる。でも推しのため、彼女は深夜だというのにエナジードリンクとリポビタをキメ、頭に『♡黒圓龍已♡Love♡』のハチマキを巻きながら勉強した。泣きながら。

 

 

 

「が、頑張るぞぉ……黒圓龍已に会って、褒めてもらうため、いっぱい頑張るぞぉ……うぅ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ゙ー……めんどくさ。呪霊多いんだよなァ……チッ。イライラするマジで。昨日の光学系の勉強が頭に響くし……」

 

 

 

 時は跳んで中学3年生。学校の休日に出掛けている彼女は、目を充血させていた。建物と建物の間に呪霊を見つけると、ポケットの中からドングリを取り出して親指で弾く。演算を行い、無駄な方向へ伝わろうとする力の向きを反転させて1度集め、ドングリを飛ばす方向一点に向ける。するとドングリは呪力を帯ながら弾丸よりも速く飛び、呪霊の頭を穿った。

 

 飛んでいったドングリは向こう側の建物のコンクリート壁に当たり、粉々に砕けた。破片が飛び散っても問題が無いように配慮した結界、使う道具はドングリが良いことに気がついてからは、気分転換の呪霊祓除はこの方法を主流にしていた。

 

 夜遅くまで勉強して、睡眠時間も2時間を切っている。先程までは勉強していたが、あまりにも頭が痛く、寝られる様子も無いので気分転換をしていた。等級の低い呪霊を祓い、何となくウィンドウショッピングをし、また見つけた呪霊を祓う繰り返し。しかし頭の中では勉強していた内容を思い返している。

 

 学校に友達は居ない。常に勉強をしていて話すことはないし、行事には出席しない。恋人なんて作るつもりは毛頭無く、彼女の青春は勉強と術式の練度上げに費やされていた。彩りが皆無の学生生活。しかしこれは全ていつか会う推しのためのもの。怠けることは絶対しない。

 

 

 

「……こんなとこに廃病院なんてあったっけ。あー、そういえば経営難だか医療ミスだったかで畳むとか噂してたような」

 

 

 

 適当に歩いて散策していた反承司が見つけたのは、廃棄された病院だった。建物の取り壊しは未だ行われておらず、残っているため健在。しかし廃病院というフレーズからか、元からかは判らないが呪いの気配がしている。それもかなり強力なものだ。独自の判断方法なので実際はどうか知らないが、1級相当のものだ。

 

 気分転換に散歩気分で目につく呪霊を片っ端に消し飛ばしていた手前、ここで無視するのも変である。基本推し以外の誰が死のうと興味が無い彼女にとっては、その内に『窓』が見つけるだろう程度の認識でしかないのだが、呪いの気配が強くて気になってしまったので、今回は自身で祓うことにした。

 

 進行方向を廃病院へ。子供が勝手に入っていったと誰かに連絡されるのを防ぐために、人が見ていない時を狙って忍び込む。正面玄関から堂々と入り込むと、気配を探って1番濃い呪いの気配がする階へ目指した。呪いを炙り出すための結界は、『窓』に発見されてしまうリスクを考慮してやっていない。

 

 それなりに大きな病院だったので、濃い呪いの気配があるのは3階だった。エレベーターは電気が通っていないので使えないため、階を上るのは階段を使っていく。そこまで年月が経っていないのか、中はまだ綺麗だった。かつんという靴底が床を叩く音が寂しく響く。

 

 目的の場所はもうすぐだ。3階まで階段で上がってきたので、次は廊下を進んでいくだけだ。すると、1級相当の呪霊に従っているのか、平均3級程度の呪霊が湧いてきた。それに何の感情も感じない底無し沼のような目を向ける。呪霊はスタートの合図もなく襲い掛かってくるが、総勢10体は彼女に触れることすらできない。

 

 触れる前に透明の何かに触れてしまい、攻撃が届かない。一定の距離からは反承司の術式範囲となってしまい攻撃の力の向きを反転の力で変えられている。そしてその衝撃や力の向きは全て一点に集められる。それは立てられた右手人差し指の先。そこには攻撃を受ける度に凝縮されて禍々しくなる黒点があった。やがて1分の間攻撃を受け続けた彼女は、その黒点を前方に突きつけた。

 

 

 

「ほら死ねよ。それは全部お前らが私に与えた衝撃だ。自業自得だろ」

 

 

 

 黒点が弾け、蓄積されて凝縮していた衝撃が解放された。指向性を持たせた衝撃のエネルギーは、総勢10体の呪霊を粉々に消し飛ばした。それだけの力がありながら、精密なコントロールで病院の窓ガラスは1枚も割れていない。狙ったのはあくまで呪霊だけであり、その操作技術は天才的だった。

 

 手駒として使っていた呪霊達が消されたことに怒ったのか、目当ての呪霊が姿を現した。1級相当の呪いを持つ呪霊。頭が砲の形になった長い腕が脚となっている4腕歩行の化け物だ。見るからに攻撃手段が判る反承司は、人差し指を立ててかかってこいのジェスチャーをした。

 

 頭の砲に呪いが集まる。一点に集中して指向性呪力放出を行うのだろう。1級なだけあってかなりの威力になりそうだ。しかしそれでも、反承司はその場に居るだけ。避けようともしない。やがてチャージが終わった呪いの砲撃が放たれる。当たれば肉が抉れてしまうのは目に見えているが、その呪いの砲撃すらも、彼女には届かない。

 

 

 

「──────『反転(はんてん)』」

 

 

 

 性質を反転させる、彼女の術式の真骨頂。強い呪力の攻撃を弱い呪力の攻撃へ強制的に反転させる。1級呪術師すら沈められるだけの威力を持った砲撃は、呪力でほんの少し強化しただけの掌で掻き消せるほどの威力に落とされた。何も無かったかのように攻撃が消される。

 

 呪霊からしてみれば何をしたのか解らなかった。だから第2射を撃ち込もうとチャージを開始。しかしそれが終わるよりも早く、呪霊の頭の砲は吹き飛んだ。なんてことはない。足元に落ちている小石を蹴っ飛ばしただけだ。呪いを込めただけの石は、軽く蹴っただけなのに弾丸よりも速く飛来する。

 

 廃病院であることを良いことに、蹴っ飛ばした小石は呪霊の頭を吹き飛ばした後に廊下を端まで突き進み、壁を貫通していった。小石と同じ径の穴が開いている。頭を失った呪霊は、砂が崩れ落ちるように消滅していったのだ。

 

 

 

「はー……ザッコ。本当につまんない」

 

「──────アレ1級なんだけどなぁ。そんなに弱かった?」

 

「──────ッ!!」

 

 

 

 背後、それもかなり至近距離から声が聞こえた。誰も居ないと思っていたのに、気配すらもしなかったのにここまでの接近を許してしまったことを恥じながら、反承司はその場から一気に跳躍しつつ術式を使って力の向きを操り、目にも止まらぬ速さで移動して距離を取る。

 

 体の向きを反対に向けて、誰が背後を取っていたのか見やる。そして瞠目する。反承司は超大物に出会ってしまった。彼女の背後を容易に取っていたのは、五条悟。呪術師最強と謳われる存在である。原作でも最強の存在として君臨しており、規格外の術式でダメージすら負わない。

 

 皆によく知られている黒い目隠しをしている姿ではなく、包帯を目に巻いている姿。思っていた人物とは違って困惑し、最強の呪術師である彼の存在感に息を呑む。対峙するだけで別格の強さを感じ取ってしまうのは、反承司がある程度の実力を持っているからだろうか。

 

 

 

「いやー、任務で来たんだけど、呪霊の呪いとは別の呪いがあるから何かなーって思って見てたら、居たのは女の子!しかも君、強いねー。術式の使い方は誰かに習ったの?」

 

「……目に包帯巻いてる明らかな不審者に話すと思うわけ?」

 

「ひっど!これは目が疲れるからで……ってそんなのは関係ないよ。あれ、もしかして独学?一般の出だよね?あ、僕は五条悟。よろしくねー」

 

「よろしくするつもりは無いんだけど」

 

「僕にはあるかなー?君はちょっと強すぎるからさ、是非とも僕が教師をしている呪術高専に来て欲しいんだ!そこならもっと効率の良い術式の使い方を学べるし、呪霊を祓うだけでお金も貰えるよ!他にも呪いが見える子が──────」

 

「興味ない。どうせ駒として使われるだけでしょ。なら行かない。そもそも、私にはやるべき事があるから」

 

「……へぇ。使い潰してくるって可能性を考えるんだ。君、面白いね。ますますウチに来て欲しいな。()()()()も教え甲斐のある生徒ができて嬉しいだろうし!」

 

「センパイ……?」

 

「んー?そうそう。僕の1つ上のセンパイ。めっちゃ強いんだよねー。無表情で何考えてるか分かんない時とかあるけど、良い人だよ」

 

「な……まえは……?」

 

「──────黒圓龍已っていうんだけど、気になるの?もしかして知ってる?」

 

「ぁ……あ……やっぱり……居たんだ。黒圓龍已は……実在したっ……っ!!」

 

「あ、どこかでセンパイに助けてもらってるクチか」

 

 

 

 居ると直感していただけで、実際に目撃したことはない。探しても見つけられなかった。反承司は、五条の口から実際に黒圓龍已の名前を聞いて安堵から深い溜め息を吐き出し、今までやって来たことが無駄では無かったことを悟ると、涙を流し始めた。

 

 五条は反承司の様子を見て、昔に龍已に助けられてから再会する日を夢見てこれまで頑張ってきた系の子だと認識した。でなければ、一般の出だというのに術式を使って呪霊を祓い、黒圓龍已の名前を聞いて反応するはずがないのだ。

 

 普通は考えつかないだろう、反承司が転生者という事実に辿り着かないまま、五条は勘違いしつつこれなら勧誘は結構簡単かなとほくそ笑んだ。悪くするつもりはない。将来のために聡い呪術師を育成するだけだ。泣いて感動している反承司に近づいて反転の壁を無限で破り、額に指を置いて気絶させた彼は、諸々の手続きをするために伊知地の番号に電話を掛けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んん……」

 

「起きたか」

 

「……あれ……龍已先生……?」

 

 

 

 ぼんやりとした頭で白い天井を見上げている。自分が何故天井を見上げている状況になっているのか理解出来ないまま、声を掛けられたので反応する。自身はベッドで横になっており、脇に置かれた椅子に推しである龍已が腰掛けて、起きた自身のことを見下ろしている。

 

 なるほど、と納得する。つまりここは天国なわけかと。実際はまったくの現世である。勘違いも甚だしい。起き抜けに見るのが龍已であると、反承司はどこまで頭脳指数を下げていくのだろうか。天才的な頭脳で東大に入るのも余裕なのに、龍已が絡むと思考がチンパンジー以下になるのは度し難い。

 

 椅子から立ち上がってベッドの方に移り、手を伸ばして額に触れてくる。それだけでカッと体温が上がる。その温度で、何だか熱があるようだが……と勘違いを起こす龍已。慌てて平熱です。推しに触れられて体温が急上昇しただけですと、潔い曝露をする。困惑の気配を感じさせながら、熱がないならと大人しく引き下がった彼に、反承司はニッコリと笑みを浮かべた。

 

 

 

「ところで、私ってなんで医務室に?」

 

「覚えていないのか?朝少し具合が悪そうにしていたが、訓練は受けると言って甚爾に向かっていったら早々に蹴りを受けて気絶した。今はもう17時だ。授業が終わって様子を見に来たところ、ちょうど良く起きたといった具合だな」

 

「ま、マダオにまたしても……っ!!」

 

「それ以前に、また遅くまで勉強していたな?朝の体調不良は寝不足から来るモノだろう。目の下にうっすらと隈ができている」

 

「へへ……私の術式には必要なことなので……龍已先生と一緒に任務行くことが多いですし、足を引っ張りたくないし、それに……強くなったって龍已先生に褒めて欲しいですから……」

 

「残念だが、無理をして倒れるお前を褒められない。それは分かるだろう?」

 

「……はい。ごめんなさい」

 

「気をつけるんだぞ」

 

 

 

 頑張るのは良い。だが頑張りすぎるなとも言われている反承司は、体調管理を怠って今回のようなことを起こしてしまった。龍已には呆れられているだろうと思うと、自然と頭が下がって俯く。誰に何を言われても興味は無いのに、彼に怒られると絶望しかない。一気に元気が無くなる彼女にはぁ……と溜め息を溢すと、ベッドから立ち上がった。

 

 あぁ……推しに怒られて、呆れられて、どこかに行かれちゃう。もっと話をしたかったと思っても、怒られた手前引き留められない。ベッドのシーツを皺ができるほど強く握った。まあ今回は全面的に寝不足になるだけ勉強していた自分が悪いんだし、明日までゆっくりしてまた謝ろうと思っていると、龍已から出掛けようと声を掛けられた。

 

 え?と思いながら顔を上げると、高専の外に行くためなのか、いつも脚に巻いているレッグホルスターを外して武器庫呪霊のクロに呑み込ませた彼が、振り返って反承司がベッドから起き上がるのを待っていた。

 

 

 

「ど、何処に行くんですか?」

 

「甘いものでも食べに行こう。今日は甘いものの気分なんだ。それに反承司も勉強で頭が疲れているだろう。糖分でも摂って疲労を回復させるといい」

 

「でも私、倒れて……」

 

「だが眠れそうにないのだろう?近場にある店に行くし、俺が運転するから問題ない。あぁ、出掛けたことは硝子には内緒だぞ。病人を連れて行ったとバレたら怒られる」

 

「えっ……え?」

 

「デートをしよう、反承司。奢るぞ」

 

「確か龍已先生、今日任務があるって……しかも19時くらいから……」

 

「どうやら俺も少し体調が悪いらしい。甘いものを食べると治りそうだ」

 

「……ぷっ、ふふふっ。あははっ!ふふ……やったー!じゃあ行きましょう!推しからのデートだぁ!」

 

 

 

 お茶目なところを偶に見せてくれる龍已は、今日体調不良らしい。それも甘いものを食べないと治らないというのだから尚更行かないとマズいだろう。反承司に一緒に行ってもらわないと行きづらい場所と見た。ならばご相伴に預かろうじゃないか。反承司は元気を取り戻し、急いでベッドから立ち上がった。

 

 待っていた龍已の腕に抱きついて一緒に医務室を出る。廊下を進んで高専を出ると、龍已の最高級車の方へ向かった。寝不足であったが、推しである龍已と一緒に出掛けられるとなると気分が良くなる。

 

 車に乗り込んでシートベルトを締めると、龍已がそういえば……と話を切り出した。どうしたのかと首を傾げていると、気絶して寝ている反承司が魘されていたのだそう。怖い夢でも見ていたのか?と問い掛けられ、少しだけ覚えている勉強漬けの毎日を思い返した。

 

 

 

「怖いというより、龍已先生に会える前の苦痛でしかない生活を夢で見たんです」

 

「……そうか」

 

「でも、こうして会えたので良いんです。私のやって来たことが無駄ではないことが実感できてますし」

 

「反承司は良くやっている。術式の為とはいえ、学生の中で1番の努力家だろう。努力は報われている。俺はその姿も見てきた。焦ることはないんだぞ」

 

「……へへ。ありがとうございます!」

 

 

 

 反承司は報われている。会うために努力を惜しまず、怠けることはしない生活を10年以上続けていた。そして推し本人にもこうして会うことができ、努力を認められた。努力は報われたのだ。愛してやまない推しと乙女の敵である甘さの塊を食べながら、彼女は幸せそうに微笑んだ。

 

 

 

「へへへ。龍已先生ホントに好きぃ……」

 

「ありがとう」

 

「もう、推し眺めてるだけでお腹いっぱい……」

 

「そのパンケーキ6枚目だぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 






反承司零奈

小さな頃から勉強で押し潰されそうだった。常人には苦痛でしかない生活を送っていた。小学低学年の時点で大学レベルの勉強をしており、鬼気迫って勉強する娘を気味悪がった両親は祖父母に預けていた。

友達は作らず、恋人は欲さず。嫌いな勉強を続けていられたのは、単に未だ見ぬ推しへの愛。ただし、偶には気分転換が必要だったので呪霊祓除を行っていた。見つけた呪霊は等級に関係なく祓っていたので、中には特級も居たかも知れない。




黒圓龍已

完成体前。反承司が術式行使のために膨大な時間を勉強に費やしており、時々無理をしていることを知っているため、定期的にガス抜きを兼ねてデートに誘い出している。自分の言うことだけは素直に聞いて従うので、必然的に面倒を見るために任務などが一緒になりやすい。

別にアイドルでもないのに推しと言われていることに疑問を抱いているが、まあ良いかと流している。デートのあと、服についた甘い匂いで反承司を連れて行ったことが家入にバレて、優しい口調ながらド正論で説教される。




五条悟

反承司を見つけた時、スゴい子が居るなと思って戦闘を眺めていた。六眼で術式を看破した時、自分に似たものであり、相当に扱いが難しいものであることも分かっていた。しかしそれを呼吸をするように使っていたので、才能が凄まじいと感じている。

秤や乙骨と同じく、将来自身に並び立つ存在であると確信しており、是非とも高専に欲しいということで拉致した不審者。その事について後日、本人の了承を得てからにしろと、龍已と夜蛾から怒られた。




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短編その3  亡き親友より







 

 

 

 

「──────は?」

 

「いや、いやいやいやいや。冗談キツいって虎徹」

 

「流石にその手の話は怒るぞ」

 

「……信じなくても結果は変わらないよ──────」

 

 

 

 

 

 ──────龍已は死んだ。3日前に、ね。

 

 

 

 

 

「……嘘だ」

 

「……龍已が……俺達の龍已が死ぬわけがねぇ」

 

「……ふざけんな。ふざけんなよ!?龍已だぞ!?俺達の親友の、あの龍已だぞ!?誰にも負けないくらい強いアイツが、何で死ぬんだよ!?」

 

「……最近あったことを、包み隠さず話すよ。非術師の君達だけど、龍已の親友である君達には知る権利がある」

 

 

 

 呪術師と黒怨龍已の最終決戦が終結してから3日後。どうしても話をしたいという虎徹の連絡を受けて、仕事を急遽休んでまで地元に帰って集合したケン、カン、キョウ。どこか食べに行くかと提案するも、何時になく真剣な虎徹が自分の屋敷へ招待した。

 

 親友の大豪邸は勝手知ったるもの。歳を重ねても遠慮なくお邪魔させてもらい、高専に行くまでは使っていた龍已の部屋に集まった。いつでも帰ってこれるように掃除を欠かさず行い、物の位置すら動かさない徹底ぶり。虎徹はケン達が各々適当な場所に座ったのを見ると、置いてある机の表面を細い指先で擦り、先の言葉を吐いた。

 

 黒怨龍已は死んだ。何の疑いようも無い事実。助かる可能性は無く、生き返ることは有り得ない。実は生きていたという奇跡は起こらず、彼の遺体は何者かの手に渡る可能性を消すために、決戦の地である無人島にて、皆に見守られながら火葬された。虎徹は彼が死んだ証拠として、首飾りにされている遺骨の入った小さな瓶を見せる。

 

 誰の遺骨か。当然、親友である龍已のものだ。黒怨龍已本人の遺骨の一部だ。虎徹は自身が掛けている遺骨入り小瓶が付いた同じネックレスを3つ、懐から取り出して呆然とするケン達に手渡した。走馬灯のように蘇る、親友との思い出。彼の顔。声。仕草。癖。そして温かさ。それらを思い出しながら、手の中にある骨を見下ろして……3人は涙を流し始めた。

 

 天切虎徹は語る。ここ最近であった、黒怨龍已に関する全てのことを。完成体となったこと。黒圓龍已は黒怨龍已であったこと。遙か昔より術師達から迫害されていたこと。その怨念を以て、この世から術師を消そうとしていたこと。戦争をしたこと。そして、彼は敗北して、死んだこと。彼の怨の一族としての歴史についても、虎徹は出し惜しみもせず、全て語った。嘘偽り無しの、真実を。

 

 

 

「怨の一族……か」

 

「じゃあ、呪詛師に龍已の両親が殺されたのも……」

 

「昔から、初代の頃からずっと……黒怨一族は迫害されてたのかよ……ッ!クソッ……クソッ!!」

 

「……龍已は死んだ。でも殺すことができたのは僕の呪具だ。それはつまり、僕が龍已を殺したに等しい。……どうか僕を罵ってくれ。親友殺しのろくでなしだって。……っ……本当に、申し訳ありませんでした」

 

「虎徹……」

 

「お前……」

 

「本当にっ……申し訳ありませんでした……っ!」

 

 

 

 そして、語ったものの中には、自身が造った呪具により、彼が死んだことも含まれていた。世界で唯一、彼を正面から殺せる術を造り出す事ができる抑止力。天切虎徹は床に膝を付き、手を添えて深々と頭を下げて土下座をして謝罪した。殺したのは自分なのだと。殺してしまい、申し訳ないと。一切の話をせずに呪具を造ったことを、心の底から謝罪した。

 

 嗚咽を漏らしながら、土下座をして謝罪している天切虎徹。華奢な体つきは小さくなって余計弱々しく見える。今にも崩れて消えてしまいそうだった。彼の謝罪に、涙を流しながら見ていた3人は、彼の傍に寄って肩に手を置き頭を上げさせた。

 

 恐る恐る顔を上げた虎徹は、怒るでもなく、悲しむでもなく、各々止まることがない涙を流しながらぎこちなく笑みを浮かべていた。聡明な虎徹の頭脳が、彼等が言わんとすることを察してしまい、肩を震わせて大粒の涙を流す。

 

 

 

「いいんだよ。っ……だ、だいじょうぶっ!だいじょうぶ……ぐっ……だからさっ」

 

「こ、虎徹はさ?悪くないんだよ。ホントにっ……ホントにワルくないからっ!」

 

「龍已が望んで……ひっく……龍已が……はぁっ……お前も、造りたくなかったん……だろっ?でも、造った……っ」

 

「俺達はわかってるっ!造りたくなくてもっ……うっく……アイツの為に造ったんだってさ!」

 

「そ、それにっ……それにさっ?それ言うなら俺達だってっ……悩み聞くとかっ……大したことじゃなくても……龍已のためにできること……あったはずなんだっ!」

 

「し、しごどっ……仕事が忙しいからって……っ!時間も作らないで、虎徹にばっかり辛い思いさせてごめんっ!ごめんなぁ……っ!」

 

「俺達親友なのに……っ!龍已のこと、全然わかってやれてないし……っ!虎徹に負担ばっかりで……っ!」

 

「俺達こそ、ごめんっ!ごめんっ!」

 

「ち、ちが……っ!ぼ、僕は……ぼく……っ!う、ぅ……ひっく……うぁ……ぁああああああああああああああああああああああああああああああああ……っ!ぃ、いやだ……いやだよぉっ!龍已ぁっ!置いていかないでぇっ!!」

 

「ふっ……ぐっ……龍已……っ!!」

 

「ぁあ……こんなになって……帰って来やがって……っ!」

 

「もう……話すら……できねぇじゃんかよぉ……っ!!」

 

 

 

 この3日間、虎徹は泣くことを我慢していた。泣くのは、非術師の親友達に事情を話してからにしようと決めていたから。だがもう無理だった。罵って、責めて欲しかった。お前の道具の所為で親友が、龍已が死んだのだと。親友殺しのろくでなしと、そういって欲しかった。しかし彼等は決してそんなことを言わない。思わない。

 

 小学生の頃からの付き合いで、小さな頃は毎日遊んだ。休みは朝から夜まで、泊まりながら遊んでいた。しかし歳を重ねることで優先しなくてはならないことも増え、ケン達は結婚してから家族の方を優先していた。子供も産まれ、幸せだった。だからこそ、龍已のことを蔑ろにしていた。

 

 そんなに重いものを背負っているとは思わなかった。彼の過去について知らなかった。話してくれとも言えなかった。時々の集合で酒を飲み、近況報告をするばかりで、彼に語らせる暇が無かった。だから自分達も悪いのだと言う。皆が悪く、誰も悪くない。ケン達は暫くの間、虎徹を中心にして、年甲斐も無く大泣きした。手の中に、親友の遺骨を握り締めながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────虎徹様。申し訳ありません。つい先程お届け物が……」

 

「ずずっ……差出人は?」

 

「……龍已様です」

 

「……ッ!?龍已からの……?」

 

「どういうことだ……?」

 

「もしかして……時間差で送られるようにしてたのか……?」

 

 

 

 大の大人4人が顔をぐしゃぐしゃにしながら泣き続けて1時間は経ってしまっただろうか。彼との思い出が次々と溢れ、親友を語っておきながらの部外無さから自責の念に駆られ、涙は一向に乾かなかった。ふとそこで、遠慮がちにドアをノックされた。虎徹の家の使用人で、龍已のことも小さい頃から知っている古株の使用人だった。

 

 女の使用人は手に白い封筒を持っている。差出人を聞けば、龍已であると言う。どういうことだと思いながら立ち上がって封筒を受け取り、口の部分を開いていく。中身を取り出しながらベッドに腰掛けるとケン達も同じく腰掛け、中身が見える位置に移動した。入っていたのは複数枚の紙であった。筆跡は達筆で真面目な印象を与えるもの……龍已の字だった。

 

 4人がごくりと喉を鳴らす。一体何が書いてあるのか。恐ろしいような、期待するような、複雑な気持ちを抱きながら、紙を持つ虎徹が代表して読み上げた。

 

 

 

「すぅ……はぁ……親友達へ。『突然の手紙にさぞや混乱している頃だろうと思う。俺の勘が正しければ、虎徹の家の俺の部屋に全員集まり、この手紙を読んでいるのだろう。俺の過去や正体については虎徹から説明を受けただろうか。まだならば聞いておいて欲しい。自分の口から言えないのは残念だが、俺の親友であるお前達には俺の全てを知って欲しい』

 

「……ったく。もう聞いたっつーのっ!」

 

「まあ、だからなんだってな?」

 

「龍已は龍已だし!」

 

 

「ふふ……続けるよ……『さて、虎徹から聞いている通り、俺はもう死んでいる。この手紙が送られている事が何よりの証だ。勝手なことをした挙げ句に死んで申し訳ないと思う。だが俺の過去が……黒怨一族の怨念を晴らさずにはいられなかった。敗北した身で何を言っているのかという話だが、決着をつけたかったんだ──────』

 

 

 

 ──────話は変わるが、俺とケン達の初めての出会いは覚えているか?俺は今でも覚えている。呪霊が見えるということが普通だと勘違いしていた頃、呪霊について話したら気味悪がられて敬遠されていた俺に話し掛けてくれたのがお前達だった。

 

 

 

『なぁなぁ!いっつも本よんでるけど、外であそばねーの?』

 

『……外で一緒に遊ぶような相手が居ないから』

 

『なんでー?』

 

『それは……』

 

『まあ遊ぼうぜ!本なんかよりカケッコして遊んだほうがたのしいもん!』

 

『ケンちゃんこうなるとチョーしつこいから、遊んだほうがいいぞぅ』

 

『チョーしつこくてうっとうしいから!』

 

『そんなこと思ってたの!?』

 

 

 

 幼稚園から小学校に入って少しの頃だった。この頃から俺は友達が居らず、休み時間などは本を読んで時間を潰していた。率先して遊びたいとも思わなかったし、1人でも孤独は感じていなかったから、尚更その状況を悪化させていたのだろう。ケン達に話し掛けられなければ、延々とそのままだったかも知れない。

 

 俺を遊びに連れ出して、休み時間の度に話し掛けてくれた。今日は何をやろう。昨日は何があった。やっていたテレビは面白かったか。人にとっては当たり前の会話でも、俺にとっては新鮮で、しっかりと受け答えができているか不安になるような、大切な会話だった。当時の俺からすれば、家の外で遊ぶなんて考えられなかったくらいだ。

 

 周りの者達に何を言われようと、俺に話し掛けるのをやめなかった。遊びに誘ってくれて、俺にも意見を聞いてきて、本当にこの時は、友達とはこういうもののことを言うんだなと感動した。表情が変わらないから判らないかも知れないが、心の中ではずっと感謝していたんだ。

 

 

 

『変なこと言うヤツは滝シュギョーがおにあいだぜ!』

 

『カンシャしろよなー!』

 

『……………………。』

 

 

 

『龍已どうした!?なんでびしょびしょなんだ!?』

 

『……蛇口を強く捻りすぎて……』

 

『こら!ウソはダメだぞ龍已!さっきクソバカやろうたちが、トイレで水かけたってさわいでたの聞いたからな!』

 

『カゼひかない?だいじょうぶ?他の服……ないよなぁ……いや、体育の服あるじゃん!』

 

『龍已だけ体育の服はカワイソウだから、オレ達も着替えるぞ!』

 

『かってに着替えたらおこられちゃうんじゃない?ケンちゃん』

 

『はー?そんなの、着替える理由があればいいんだし!だからぁ──────水あそびだ!おりゃくらえー!!』

 

『ぶわっぶぇっ!?』

 

『ちょっ、いきなりはハンソクだぞーっ!ケンちゃんもくらえ!』

 

『うげっ!?チンコのところだけぬらすなよ!おもらしみたいじゃん!!』

 

『『え、ちがうの?』』

 

『ちげーよっ!!』

 

『……みんな……』

 

 

 

 トイレで水を掛けられた俺を心配してくれたというのに、その後俺1人を体操服にするのは可哀想だからと、態と水遊びをして服を濡らして、教師に怒られながら一緒に体操服になってくれたこともあった。そこまでしなくていいと思っていたが、その反面そこまでしてくれるケン達に嬉しく思った。

 

 純粋な子供は善悪の区別がつきにくく、当時の俺は少し周りと違うという理由から軽度の虐めを受けていた。その度に庇ったりしてくれていたケン達は心の支えだった。日頃助けられているのだから、俺も助けたいと思い、できることを探した。その結果が、大体宿題を見せるというものだったのは何とも言えないが。

 

 宿題を忘れたと言う前に、俺がやってきたものを見せると、ケン達は俺を怒ったな。理由は覚えているか?恐らく覚えていないだろう。だが俺にとっては掛け替えのない記憶だ。

 

 

 

『なあ、龍已。なんでいっつも宿題見せてくれるんだ?』

 

『なんでって……いつも俺が助けてもらっているし、遊んでくれているからお礼に宿題を──────』

 

『はーっ!?()()()()()()宿題見せてたのか!?』

 

『おいおい、龍已クーン?それは聞き捨てなりませんぞ!』

 

『オレ達はさ、龍已に宿題を見せてほしくて遊んでるわけじゃないんだぞ!?』

 

『お礼はいらないんだよ!友達だろ!?友達だから一緒に遊ぶし、イジメられてたら助ける!ちょー当然のことだろ!』

 

『たしかにオレ達頭ワルいし、宿題わすれてすーぐ怒られるけどさぁ』

 

『だからって、龍已に宿題やってきてもらおうとか考えてないからな?』

 

『いいか、龍已。助けてくれるのはありがとう!すっごいうれしいし、助かる!けどな、それを()()()()()ってやってたらダメだ!友達だから教えてあげるだけなんだ!オレ達も、龍已が友達で、一緒に遊ぶとおもしろいから遊ぶんだ!分かったか!?』

 

『友達……分かった。すまなか……いや、ごめん』

 

『……へへっ。いいってことよ!だってオレ達友達……いや、“親友”だからな!』

 

『親友……そうか、ありがとう。俺と親友になってくれて』

 

『『『これからもずっと親友だぞ!』』』

 

『あぁ。ずっと親友だ。……それにしても宿題は見せなくて良かったのか……休み時間は残り2分しかないが、ケン達は早く終わらせられるように頑張ってくれ』

 

『『『あ、ごめん。今すぐ見せてくんない??』』』

 

『え?』

 

 

 

 友達は良いものだと思っていたら、いつのまにか親友になっていた。本当に嬉しかった。その日は嬉しさで夜寝ることもできなかったし、鍛練は集中できず父様にかなり強く叱られた記憶がある。それでもこの時のことは忘れない。まるで昨日のことのようだ。

 

 その後は肝試しのあの事件があり、虎徹も俺達の輪に加わって意気投合し、5人の親友グループができあがった。いつも何をするにも一緒で、遊びに行くときは毎回楽しかった。お前達以外に友達なんて居なかった俺ではあるが、お前達さえ居てくれればそれで良かった。全てが完成されていた。

 

 呪術高専に行くようになり、離れてしまってからは遊ぶ頻度はかなり下がった。任務と仕事の両立。ただでさえ人手不足の呪術界なのに、変に等級を上げてしまったのが悪手だったのだろう。頼られ、使われ、電話でしか話せず数ヵ月会えない時など当たり前だった。

 

 どうにかして時間を作って会いに行くのは大変だった。逃げてしまおうかと思ったことすらあった。だがお前達が励ましてくれたお陰でやっていけた。まあ、最後は離叛してしまった訳なのだが。それについては申し訳ないと思っている。

 

 互いに成長して、カンとキョウに彼女ができて、結婚して家庭を作り、ケンも昔に語っていたタイプの女性を捕まえ……女性に捕まえられて結婚して、カンとキョウには子供だって産まれていた。小さな手を嫁と共に握って笑いあう光景を見たときは、人知れず涙を流してしまったのは良い思い出だ。あぁ、親友達の明るい未来を守れているんだなと、やっと実感できたんだ。

 

 俺と虎徹が居たから呪いについて知っていたが、本当は知らずに生きていくことが最適だった。何も知らず、幸せだけを噛み締めて天寿を全うしてほしい。俺が居た死が隣り合わせの世界なんて知らなくて良いんだ。

 

 黒圓龍已だった時も、黒怨龍已となった今も、お前達4人が掛け替えのない親友で良かったと思っている。お前達以外では、親友にはならなかっただろうとすら思えてしまう。それだけ俺の中で4人は大きい存在だ。

 

 もう死んだ身として、お前達の未来を傍で見ることも、助けることも、守ることもできなくなってしまったが、心より感謝を込めて言わせて欲しい。ありがとう。俺と親友になってくれ。俺とこれまで仲良くしてくれて。ありがとう。本当にありがとう。

 

 お前達と出会えたことは、俺の幸せだった。どうかこれからも健やかに、家族共々幸せに生きて欲しい。皆のこと、俺は心より愛している。

 

 

 

 ありがとう。そしてさようなら。皆に幸あらんことを。

 

 

 

 黒怨龍已より。我が親友達へ、友愛を込めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……ぐぅっ……」

 

「そんな……昔のことも覚えてたのかよ……っ!」

 

「なんで……なんで死んじまったんだよ……っ!なんで龍已じゃないといけないんだよ!」

 

「クソッ……返せ!俺達の龍已を返せよ!迫害したクセに殺しやがってっ!ふざけんなっ!ふざけんなよクソ野郎っ!」

 

「アイツは優しい奴なのに……あんなに優しい奴は他に居ねーのに……っ!絶対に許さねぇからな、術師共っ!!」

 

「うぅっ……うっ……龍已……龍已ぁ……ぐすっ……?もう1枚ある……?」

 

 

 

 龍已からの手紙は感謝を語るものだった。友達として、親友として当たり前のことをしてきたから、ケン達には龍已の言う記憶が殆ど無かった。忘れてしまっていた。しかし彼は詳細を覚えていた。ずっと忘れなかった。それ程嬉しかったのだろう。幸せを感じたのだろう。

 

 掛け替えのない親友。出会えたことが幸せ。嬉しいことを言ってくれる。だがそれは面と向かって、本人の口から聞きたかった。こんな死後に届いた手紙などではなく、直接言って欲しかった。彼等は涙を流しながら歯を食いしばり、ここには居ない全ての呪術師、呪詛師に悪態をつく。

 

 きっと彼等が呪術界を許す事は無いだろう。永遠に憎むだろう。怨むだろう。大切な親友を殺した者達のことを。善の術師だろうが、関係ない。彼等にとって龍已を殺す原因となった呪術界そのものを怨んだ。

 

 そうして手紙を読み終えた4人は泣いていたが、手書きの文字が綴られた複数枚の手紙の中にもう1枚読んでいない手紙があったことに気がついた虎徹。その手紙を見てみると、差出人は当然龍已で、虎徹宛てのものだった。涙を袖で拭いながら目を通して読んでいく。

 

 

 

「ずずっ……虎徹へ。親友の中でも何かと1番に世話になったお前へまた別の手紙を書かせてもらった。というのも、虎徹は俺を殺せる呪具を造り出し、使用し、俺を殺したことを悔やんでいることだろう。自責の念に潰されそうになっていることだろう。俺はその虎徹の心に刺さった楔を外したいと思う

 

 

 

 率直に言わせてもらえば、虎徹が俺を殺したんじゃない。それだけは勘違いするな。確かに俺は虎徹の造った呪具で死んだが、だからと言って虎徹が俺を殺したことにはならないだろう。俺よりも遥かに頭の良いお前ならば分かっているはずだ。それなのにそう思うのならば、きっと思いたいだけだ。

 

 虎徹の中で、俺という存在が大きいことは知っている。気配でも、日頃の行動を見ていれば普通に気がつく。何かと俺だけ特別だからな。それはありがたいし、嬉しい。だからこそ、俺が死んだ後の空虚な心に何かで埋めておきたいのだろう。それが自分の所為で俺が死んだと思い込み、自責の念から自分自身を怨むことだ。

 

 無駄なことはするな。お前は悪くない。そもそも俺が造ってくれと無理に頼んだじゃないか。どう足掻いても虎徹の所為にはならない。むしろ、虎徹のお陰で終わったと言い換えてもいい。虎徹でなければ、俺を殺すのは不可能だった。だからこそ、俺はお前に感謝したい。

 

『黒龍』やら『黒曜』、あらゆる呪具を造ってくれた虎徹には、頭が上がらない。非術師であるケン達に相談できないようなことも、虎徹にならできた。それがどれだけ救われたことか。悩みを吐き出すことを教えてくれたのは虎徹だからな。でなければ呪術師など早々に離叛していたに違いない。

 

 親友達の中でも、虎徹に1番世話になった。何でもやってもらっていた。相談にも、呪具にも、黒い死神としての仕事の斡旋にも。俺が俺として居られたのは、間違いなく虎徹が居たからだ。だから、そう自分を責めないでくれ。俺はそれが悲しい。

 

 違う手紙にも書いたが、虎徹と出会えたことは幸運だった。親友になれて良かった。虎徹が俺の専属呪具師になってくれたことは、俺の自慢でもあるし光栄だった。お前ほどの素晴らしい呪具師はこれから先現れることはないと断言できる。お前は、本当に世界最高の呪具師だ。

 

 死んだ後、愛用していた虎徹の呪具を共にあの世へ持っていけないことが悔やまれる。それくらい俺とあの呪具達は波長が合っていた。短いが、ここまでにしておこうと思う。感謝を示すと終わりそうにないからな。

 

 最後に、こっちにはゆっくり来るんだぞ。それで、来たとしても俺の方に来てはいけない。まあ尤も、虎徹が俺の方に来ることはないだろうが。ではな、虎徹。世話になった。ありがとう。そしてさようなら。

 

 

 

「そっか……僕の中で龍已が神に等しいって知ってたんだ。まあ、あからさまだったもんね。他の人達に最高の呪具師って言われても嬉しくないけど、本当に、龍已に言われると胸がいっぱいになっちゃうなぁ。それとね、そっちに行ったら間違いなく龍已のところへ行くよ。そのための呪具も造るし、媒介にはこれ以上ないものまであるしね」

 

 

 

 首に下げた遺骨の入った瓶を、愛おしげに触れて妖しい笑みを浮かべる。泣き腫らした目元を拭いながら、執着とも狂信とも言えるほの黒い感情を瞳に宿している。頭の中には世界最高の呪具師が手掛ける、死後に発動する強力な呪具の設計図が創り出されていた。

 

 この日、4人は龍已の思いを知り、死んでしまったことを受け止めた。皆で金を出し合い、龍已の為の立派な墓を作った。毎年龍已の命日には必ず4人は集まり、まるで全員が揃って騒いでいるように飲み会をし、各々が墓に向かって語り掛けた。

 

 そうして数十年後、50代という若さで天切虎徹が他界した。健康にも問題なく、精神的に少し疲れている印象があるだけだったが、何故か彼は眠るように息を引き取った。棺桶の中の彼は美しい美貌を保ち続け、合わせられた手には、不思議な形の杖を持っていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────やぁ。僕の愛する親友(天使様)。別に約束した訳でも縛りを結んだ訳でもないから君のところまで来たよ。此処が地獄かな?思ってた場所とは違うなぁ。それより、必要な物はないかな?あるなら僕に言ってよ。何でも造るよ。だって、僕は黒怨龍已専属の、世界最高の呪具師だからね!」

 

「……来てしまったのか」

 

「ふふっ。当然だよ!龍已が居るところに僕が居ないと意味ないからね!──────これからは本当にずっと一緒だよ?」

 

 

 

 

 

 

 








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短編その4  IF  生存









 

 

 

 

 呪術師に後悔はつきもの。いや、最早憑きものと言ってもいい。順風満帆の生活を送ることはほぼ不可能だ。最強と呼ばれる者でも、大切な者を失ってしまう。ある日突然だ。そんな業界だからこそ、後悔が無いように生きなければならない。

 

 ただし、ここには運の要素も絡んでくる。運が良ければ、最悪の事態も回避できるのだ。黒怨龍已の過去にも、できることなら覆したいほどの後悔がある。間に合ってさえいれば、何かが違っていたかも知れないのだ。これは、まだ黒怨龍已が黒圓龍已だった時の話であり、有り得たかも知れない、もしたらればの世界の1つの話。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「御足労いただきありがとうございます。日本の呪術師、黒圓龍已様」

 

「仕事ですので。早速で申し訳ありませんが現場まで案内願います。私にも色々と用事がありますので」

 

「黒圓様の日々は多忙と聞き及んでおります。申し訳ありませんでした、こちらでございます」

 

 

 

 海外のとある国。その辺境にて、龍已は案内される道を歩いていた。舗装は辛うじてされているような場所で、周りの建物は石造りとだけ言っておこう。斜め上の位置付けである特級を除いた最高等級である1級の彼は、海外への出張任務も出されている。そう頻度は多くないものの、実力の高さから依頼されること自体は多い。

 

 この日は最後の任務であり、終わりさえすれば日本に帰れるものだった。買ってある日本行きのチケットの予定離陸時間を思い浮かべると、割と時間ギリギリだ。これを過ぎてしまうと恐らく明日の便になってしまうだろう。置いてきてしまっている新たな2人の親友達の事を考えると、早く帰りたいのが本音だった。

 

 発見されている呪霊は1級相当であり、土地神が絡んでいるという。故に呪いが強く、そこらの呪術師では対応ができないということで、龍已の方に任務が回された。1級ならば彼の相手にならない。特級でも同じだろう。だからさっさと案内してもらい、祓除して帰りたかった。

 

 歩いて案内してくれている老婆は歩くのが遅い。礼儀正しく挨拶をしてくれるのは良いが、現地に着くまで時間が掛かる。車がないのでどうにもできない。照りつける暑さに背中を汗で濡らして不快感が強い龍已は、首に巻き付いた武器庫除霊のクロをチラリと見て、あるものを吐き出させた。

 

 黒く長い銃身。到底人に向けるものではない大口径。龍已の持つ多くの呪具の中で唯一の狙撃銃『黒曜(こくよう)』である。手に取り、ボルトに手を掛けて引き、弾を装填する。その音を聞いて先導する老婆が振り返り、彼の姿を見て驚きを露わにする。まだ現地には着いていない。あと2㎞は移動する必要があるのだ。

 

 

 

「な、何をするおつもりですか。黒圓呪術師?」

 

「いえ、2㎞先が目的地ということなので此処から祓おうかと。問題ありませんね?」

 

「え、ええ……祓っていただけるならば」

 

「では……──────『呪心定位(じゅしんていい)』」

 

 

 

『黒曜』より超音波状の呪力が放たれる。約半径4㎞の全てを視る事ができる呪いを飛ばし、目標の呪霊を捕捉する。老婆が悪い訳ではないが、時間が掛かりすぎる。面倒くさくなった龍已の狙撃である。

 

 目標の呪霊に呪力が当たり、見つけた。超微力の呪力の音波なので、当たっている事には気がついていない。一方的に捕捉しているだけ。まさか数㎞先から狙われているとは思うまい。『黒曜』に装填された呪力弾に呪いが込められていく。膨大なそれは、傍に居る老婆が狙われている訳でもないのに死を覚悟するもの。

 

 立ったまま『黒曜』を構え、スコープを覗いて呪力により倍率を変え、目的の呪霊を目視した龍已は、引き金を引いた。銃口から発射されたのは指向性を持った莫大な呪いの光線であった。直線上のものを消し飛ばす勢いで放たれた呪いの光線は、目標である呪霊のところまで一瞬で到達し、頭を正確に撃ち抜いて消し飛ばした。

 

 

 

「──────祓除完了」

 

 

 

 腰を抜かしている老婆を余所に、『黒曜』の構えをやめた龍已は静かにその場を後にした。携帯を取り出して時間を見れば、まだ間に合う。これなら、早く日本に帰れそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────はぁ……はぁ……クッソ……報告した『窓』はポンコツかよ舐めてんな……はぁ……あれのどこが、はぁ……2級だボケ……しかも……1体じゃねーし……3体だしよクソが……ッ!」

 

「ひ、妃ちゃん……ッ!」

 

「ふー……ッ!……前に出てくんじゃねーぞクソザコ……お前庇いながらじゃ無理だ……今でトントンだっつーのによォ……」

 

 

 

 頭から血を流し、顔の半分は血塗れになりながら左腕の上腕からも同じく大量の血を流して肩で息をしている巌斎妃伽と、そんな彼女の背後でほぼ無傷である音無慧汰。彼女達は任務である廃病院にやって来ていた。『窓』の報告によれば2級の呪霊1体が出現しているという。京都姉妹校交流会にて、等級が上がった巌斎は現在2級。3級の音無の一緒にこの任務を任せられた。

 

 過去にも2級を何度も祓っていることから、今回の任務も遂行は確実かと思われた。しかし、廃病院に入った途端、術師を付与されていないものの領域が展開され、自力での脱出がほぼ不可能になってしまった。肉塊で造られた建物のような場所に出た2人は、濃い呪いの気配から2級どころか更に上の呪霊が居ることを悟った。

 

 助けが来るまで待とうかという話になったが、まさかの好戦的な呪いだったがために、接敵してしまった。しかも、呪霊は1級ではなく特級であり、1体ではなく3体だった。まさに絶望的な状況。未だ特級との戦闘経験は無かったが戦うしかなくなった。サポート側である音無を前に出さないように、戦闘員の巌斎が常に前に出て戦闘しているが、特級の攻撃に晒されて満身創痍となっている。

 

『聴く』術式を持つ音無には分かる。巌斎がかなり体力を消耗していること。怪我自体は浅くても、流している血が多くて頭に血が回っていないこと。そして、1人で特級を3体相手にしながら、音無に攻撃が行かないよう配慮しつつ、攻撃を最大限避けなければならないこと。これらが彼女の足枷となって、満足に戦えていない。

 

 身体的負荷もありながら、精神的にも追いつめられている。本来自由気ままに戦うのが巌斎の戦闘スタイルなのに、無理矢理型に嵌め込まれている。それだけで彼女の戦闘能力は半減していた。

 

 

 

「チッ……目ェ霞んできやがった。何でだァ?」

 

「ち、血を流し過ぎてるんだッ!俺も戦うよ、妃ちゃんッ!」

 

「あ゙?だからテメェはクソザコで戦いの役に立たねェっつってンだろーがクソカスッ!居るだけ邪魔なンだよッ!ゼッテー私の後ろから前に出てくんなッ!」

 

「で、でも……」

 

「へッ……目がちょっと見えねェのが何だ?不利ってか?ンなもんどーってことねェ。龍已は私の拳を目隠ししながら1時間避け続けたんだぞ。私だって死ぬ気でやりゃァできんのよ。いいか?こういうのはな──────結局勘頼りなんだよッ!!」

 

「今1番聞きたくないセリフだよそれッ!?」

 

「オラ行くぞノミ野郎共とフンドシ野郎ッ!タコ殴りにしてぶち祓ってやるぜェッ!!!!」

 

 

 

 目が見えなくなってきている巌斎が、姿勢を低くしてから爆発音を響かせてスタートダッシュを決めた。呪力を術式に回せば回すほど身体能力を爆発的に上げることができるシンプルなもの。しかし元から身体能力が異様に高く、呪力も豊富で戦闘スタイルと合っている巌斎とは相性が良い。

 

 しかし、シンプル故に、それが通じなかった場合は他に打つ手が無くなってしまう。特級1体ならばどうにかなっていただろう。それだけのフィジカル的な強さも、判断力もある。伊達に規格外の同期に鍛えられていない。だが他にも2体居るともなるとそうも言ってられない。

 

 瓜二つの姿をした、ノミを無理矢理人型にしたような呪霊2体。それともう1体の人型の呪霊。この呪霊は両面宿儺の指を取り込んだ特級呪霊であり、巌斎はまずこちらの方を狙った。手に嵌め込んだメリケンをばきりと打ち合わせて、左腕を引く。前傾姿勢のまま全速力で駆けながら殴打を繰り出そうとして、呪霊は脚に呪力を込め、サッカーのシュートをする要領で呪力の塊を飛ばしてきた。

 

 飛来する速度は速く、狡猾さが内包している。仮に巌斎が良ければ音無に当たるような軌道にしている。それを目が見えない彼女は直感で感じ取り、引いた拳を叩きつけた。空間に張り詰めるような衝撃が走り、巌斎はどうにか呪力の塊を殴り壊した。だがそこへ、ノミの呪霊2体が接近しており、鎌錠になっている手を振り下ろした。

 

 左に体を逸らし、体勢を低く取り、次には少し跳躍してから空中で体を捻り込んで回転し、着地と同時に上体を後ろへ反らす。この動きでノミの呪霊からの5回の攻撃を回避した。そして反らした上体を元に戻しつつ体を回転させて勢いをつけ、右拳を振った。そこへ、人型呪霊の呪力が飛んできて脇腹に被弾。肋骨からびきりと罅が入る音が聞こえた。

 

 

 

「ぐッ……ぅぐ……ッ!?」

 

「ぁ……妃ちゃんッ!!」

 

「かッ…っ……ひゅっ……ひゅーーッ……シィイィィィィィ……ッ!!痛くも痒くもねェンだよそんなしょっぺェ攻撃はよォッ!それがぜん……ッ……全力かァッ!?特級のクセにしょべェなァッ!?」

 

 

 

 ──────ダメだ。妃ちゃんは俺が居る所為で戦いに集中できてない。今の攻撃で肋骨に大きな罅が入った。もういつも通りの殴打は出せないし、動く度に激痛が走ってるよね。……もう、俺が妃ちゃんの壁になって隙を作って、決めてもらうしか……ッ!!

 

 

 

 巌斎は内臓にもダメージを受けており、血を吐き出している。肋骨が折れる寸前であり、激痛が響く。殆ど目が見えていないことから戦闘で不利な状況だ。そして最大の原因は音無だ。彼を庇って動きに制限があることから、背後に気にして自由に動き回れない。

 

 そこで音無は、致命傷を避ける形で攻撃を態とくらい、巌斎の盾となることで一瞬であろうと隙を作り、渾身の一撃を以て1体でも祓ってもらおうと考えた。もうそれくらいしか、自分にできることが無いのだと確信していた。だから、よろよろと立っている巌斎の傍へ寄ろうと1歩踏み出した。その瞬間に巌斎がぐるりと顔を向けた。

 

 

 

「余計なことしようとしてンじゃねーぞ、クソカス。テメェはその場に居りゃァいいって何回言わせんだ?あのノミ野郎共とフンドシ野郎の前にテメェをぶち殺すぞ」

 

「……っ。だ、だって……もう妃ちゃんは戦える状態にないじゃないかッ!本当はもう気絶しそうなくせに、俺が居るから庇ってるんでしょッ!?庇われるだけなんて嫌だよ俺ッ!」

 

「あー……?適材適所だろーが……戦える私が先頭で戦って何が悪いンだよすっとこどっこい。ぶ…っ……げほっ……あ゙ー……つーか、気絶しそうなのに戦ってンのはお前の為じゃねぇ……」

 

「じゃあなんで……ッ!」

 

「──────()()()()()()()。帰ったら、海外出張の龍已におかえりって言って……今月(12月)の25の予定空けざぜッ……ごぼっ……ふっ……ふーっ……で、でーと……して……はぁ……指輪と手紙を……」

 

「だったら尚更俺を庇うことはないッ!とにかく今は死なないことだけを考えて態勢を立て直そうよッ!そのためなら俺だって体張るからさッ!?妃ちゃんはもう戦える体じゃないし、体力も残ってないッ!呪力だってもう殆ど無いんでしょッ!?だから呪力の防御が薄くなってダメージが大きいんだッ!」

 

「私は死なねぇ……ッ死ねねェンだよッ!死んでたまるかボケクソがァッ!!血ヘド吐こうが心折れようが、最後に生きてりゃ私達の勝ちなんだよッ!!勝って、生き残って……アイツに告白して……お嫁さんに……ッ!!」

 

「ぁ……ぁあ……っ……どうすればいいんだよぉッ!逃げられる状況にないし、妃ちゃんは死にそうだし、俺は何もできないッ!!術式使ってもあの呪霊の動きが聴こえないッ!ど、どうすれば……どうすればぁ……ッ!!」

 

 

 

 巌斎は既に限界だ。戦闘を開始してから既に4時間半以上は経過している。最初こそ呪霊にダメージを与えられていたものの、祓いきれず、傷を治されてしまった。有限の呪力が底を尽きかけているのだ。むしろ、4時間以上の戦闘を繰り広げて、未だに残ってある方が驚愕に値するのだ。

 

 もう巌斎は意識が朦朧としている。目が霞むほどの出血に大ダメージを受けており、疲労が積み重なっている。あと何かしらの攻撃を受ければその場で倒れてしまうだろう。それでも少しでも生き残る為に立って、音無の方へ呪霊が行かないように気配と殺気を叩きつけ続けている。

 

 足手纏いの自覚はある。この場に1番相応しくない存在だ。戦闘向きではない術式であるため、戦い方はまだ勉強中なのだ。なのに相手が特級呪霊というのは無理がありすぎた。自分の力ではこの場を凌ぐことができない。じわじわと焦燥感と絶望が脚を登ってくる。背筋が凍りつき、呼吸が乱れる。どうすれば解らず頭を掻き毟り、そして……弱々しく、助けを求めた。

 

 

 

「誰か……助けて。助けてくれ……ッ!!」

 

 

 

「──────ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラッ!!!!」

 

「────────────っ!!!!」

 

「────────────ッ!!!!」

 

 

 

 しかし現実は非情だった。助けを求める音無の声に反応して、特級呪霊達が嗤った。狡猾さが高く、相手の心をへし折りに来ている。音無は膝を付いてしまった。打破できない現状に膝が屈してしまったのだ。巌斎はそんな彼を見て舌打ちをし、無理に動こうとしたが脚が前に出ず、よろりと蹈鞴を踏んだ。

 

 あぁ、これで死ぬなと思った。でも、心が折れても諦めはしなかった。特級呪霊が隙を見せる瞬間を常に聴いていた。どこかで絶対に隙が生まれると。その瞬間を狙い、巌斎を回収してこの場を後にする。勝てなくて良い。時間を稼げれば良いのだ。音無は限界まで術式を行使して範囲を広げ、精度を上げる。そしてハッとする。彼の術式が、違う音を捉えた。

 

 何かがこの術式を付与されていない領域に入り込んだ。自分から入り込んで来て、姿勢を低く取った。次の瞬間、侵入者はこちらに向かって真っ直ぐ……途中にある壁を気にせず全てぶち破り、音無と巌斎が居るこの部屋までやって来た。足音で分かっていた。でも信じられなかった。けれど目にして、現実なのだと安堵した。

 

 轟音を立てて壁を破壊して現れた人物。黒を基調とした服に、両脚に装着された黒いレッグホルスター。両手に持つのは愛用の2挺の拳銃。浮かべているのは変わらない無表情。しかし全身から醸し出される気配はおどろおどろしく、禍々しく、怨念の塊のようで、これ以上ないほど恐ろしくて頼もしかった。

 

 

 

「──────俺の親友達に何をしている、塵芥の呪霊風情が」

 

 

 

「……?」

 

「龍已……ッ!!ご、ごめんッ!俺何もできなくてっ!妃ちゃんの足を引っ張っててどうしようもなくて……ッ!ダサいし不甲斐ないのは分かるけど……っ!お願いだ……助けて……ッ!」

 

 

 

「あぁ──────あとは任せろ」

 

 

 

 音無は彼の任せろという言葉に、全身の力を抜いた。彼が来ればもう大丈夫なのだと確信した。自分達にはどうしようもない状況を、たった1人が参戦したからどうなるのかと思われるだろうが、彼こそが高専で最強の存在なのだ。1級でありながら、特級の打診が来ている傑物。その彼に、後は任せよう。

 

 連絡を受け、空港から直でやって来た龍已は領域内に侵入し、『呪心定位』を使って全員の場所を把握すると、壁をぶち抜いて直線距離でやって来た。そして傷だらけで今にも倒れそうな巌斎と、膝を付いて絶望的な表情をしている音無を見て怒りが臨界点を超えた。

 

 音無の方へ向いていた顔を特級呪霊の方へ向け直し、片脚を持ち上げて床に叩きつけた。瞬間、床はクレーターのように陥没し、領域内が大きく揺れ、黒き閃光が奔った。人生で初めての黒閃。潜在能力を120%引き出し、頭が冴え渡るゾーンに入る。しかし黒閃はその後4度に渡り奔った。脚を持ち上げて床を打った。その度に黒き閃光が生まれる。

 

 駄々を捏ねる子供のように脚を打ちつけているのに、その1度の打ちつけで領域内が揺れる。特級呪霊は彼の雰囲気と気配、黒閃とその威力に1歩2歩と後退りしていく。そして背中に何かがぶつかった。何かと思い振り返れば、そこに何故か龍已が居たのだ。ごちゅり……と生々しい音が響き、人型呪霊の胸には腕が突き抜けていた。そのまま顔を掴み、握力だけで頭を握り潰して祓除した。

 

 

 

「──────残り2」

 

「──────ッ!!!!」

 

「─────────ッ!!!!」

 

 

 

「死ね──────『無窮(むきゅう)(ひかり)』」

 

 

 

 前方に構えられた黒い銃の『黒龍』の銃口に身の毛もよだつ呪いが込められていく。特級呪霊は膨大な呪力で全身を覆い尽くし防御の姿勢に入った。避けることは間に合わないと察してのことだった。だが残念なことに、特級呪霊2体は1秒とて呪力の光線に抗うことはできなかった。

 

 呪いの奔流は2体の特級呪霊を欠片も残さず消し飛ばし、術式が付与されていない彼等が居る空間に風穴を開け、無理矢理空間を吹き飛ばしたのだった。呪いの光線は斜め上に向かって放たれ、扇状に進行方向を変え、空間の大部分を削った。

 

 圧倒的な力。破滅的な呪力出力。音無は同期であり、親友でもある龍已の姿を眺めていた。構えている銃をレッグホルスターに納め、辛うじて立っているだけの巌斎の元まで行くと横抱きにして持ち上げ、次に音無の方へやって来た。

 

 

 

「2人が無事で良かった。間に合えて本当に安堵している。さぁ、帰ろう。巌斎の傷の手当ても必要だからな」

 

「……っ……く……ひっく……あ、ありがどう……助けてくれて……ありがとう……っ!龍已ぁ……っ!」

 

「どういたしまして。ほら、立てるか?」

 

「ゔん……ゔんっ……っ!」

 

「俺が来るまで、よく頑張ったな」

 

「うぅっ……うっく……ひっく……」

 

 

 

 音無は助かったことから安心感により大粒の涙を流した。巌斎を抱き抱える龍已の後を追い、その場を後にした。光を浴びる親友の背中は大きく、力強く、頼もしく、優しさに溢れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────はッ!?」

 

 

 

 巌斎妃伽は飛び起きた。上半身を起こして驚きを露わにしながら起き上がったのだ。掛かっていた布団が太腿の上に落ちる。ぼんやりとする頭で右を見れば、カーテンがあった。真っ白なカーテンは医務室のベッドのものと酷似していた。鼻につく薬品の匂いでも分かるし、戦闘訓練の後で何度もお世話になっているので見慣れている。

 

 何があって、こんなところで寝ていたのかと寝惚けた頭で考えて、任務先で特級呪霊3体と当たったことを思い出した。満身創痍になり、気絶する寸前何かを見て聞いたような気がした。何だったかと思い出そうとして頭に手を当てようとすると、上げるはずだった左手が持ち上げられなかった。温かい何かに包まれている。目線をずらして見ると、自身の左手は傷だらけの右手に握られていた。

 

 見覚えのある、傷だらけで硬い手に驚きながら目線を上げると、龍已が巌斎の眠っていたベッドの傍に椅子を付けて座り、静かな寝息を立てて眠っていた。近づけばいつもなら勝手に目を覚ますのに、今回は起きない。いや、よく見れば目の下にこれまた珍しく隈があった。床には数冊の本があり、長い時間この場に居たことが窺える。

 

 察するに、巌斎が起きるまで起きているつもりだったのだろう。しかし日本に帰って来てから急いで巌斎達の方へ急行し、手当の手配や後始末、事後処理に加えて自身の任務の報告と忙しかった。それらが全部終わって巌斎のところに寄り、目を覚ます時まで待っていた。結局疲れて眠ってしまったようだが、何となくそれらのことがあったのだと察した。

 

 

 

「すぅ……すぅ……」

 

「……めっずらし。私が起きてンのに気配で起きやしねェ」

 

「すぅ………すぅ………」

 

「……私達を助けてくれたのはお前だろ?龍已。……ありがとな。助かった。お前はホント、イイ男だぜ」

 

 

 

 左手と繋がった彼の右手。外すのはもったいなくて少しニギニギしたり、大きな傷や小さな傷を撫でたりしていた。それでも彼は起きなかった。巌斎は起こそうか迷ったが、あることを思いついて起こすのはやめてもう一度ベッドに横になる。

 

 体は龍已の方へ向けて、繋いだ手を額の方へ持っていく。繋がった手が温かい。眠っている内に手を握られていても分からなかったが、手を握りながら寝れば、とっても安心するし、良い夢が見られるような気がした。

 

 目を開けて、チラリと下から龍已の事を見る。いつもの無表情が、寝ていると可愛く見えるのは気のせいだろうか。それとも、巌斎が彼をそういう風に見ているからだろうか。まあとにかく、折角の機会なので甘えることにした。自身の手と繋がる龍已の手に額を擦り付けて、笑みを浮かべる。

 

 

 

「ふふ……お前を好きになって良かった」

 

「すぅ……すぅ……」

 

「おやすみ……龍已。起きたらまた礼を言わせてくれ。ンで、クリスマスの日のデートに誘うから、頷いてくれよな」

 

「すぅ……すぅ……」

 

「……へへ。こんなんで幸せなんだから、弱っちまうよなぁ……」

 

 

 

 目を閉じる。彼に守られているような感覚を味わいながら、巌斎はもう一度眠りについた。次起きたときは礼を言って、デートに誘うのだと決意しながら。陽射しが彼等を照らし、ほんのりと温めた。

 

 

 

 

 

 

 










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短編その5  渡された指輪







 

 

 

 

「龍已ッ!!その、で……で──────デリシャスだなッ!!」

 

「……俺は美味しくないぞ」

 

「ちっげーよッ!!」

 

「……?」

 

 

 

 龍已は首を傾げ、巌斎は頭を抱え、音無は陰で溜め息を吐いた。何をしているのかイマイチ分からないだろう。それを説明していくとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 巌斎妃伽は龍已をデートに誘いたかった(説明終了)

 

 

 

 ということなのだが、何故デートに誘いたいのか?それは彼女が任務よりも優先する必要がある理由がデートの中にあるからだ。そのために誘おうとしてはいるものの、上手くいかない。いつもの調子ならば何の躊躇もなく一緒に出掛けようの言葉が出るが、一世一代の大勝負なので緊張が取れない。

 

 初手からデリシャスとか血迷ったことほざいている巌斎ではあるが、彼女はいたって真面目だ。真面目にデートに誘おうとして明後日の方向に間違えているだけなのだ。心を読む能力を持っていれば、嵐よりも荒れに荒れて後悔まっただ中の彼女の声が聞こえるだろう。

 

 いつものように接して一緒に出掛けようというだけが、どうしてもできないので巌斎は音無に(強制的に)協力してもらうことにした。2人きりのシチュエーションを用意して誘う。何となく出掛ける方向に話を誘導するなど、努力はした。まあ悉く失敗しているのだが。

 

 

 

「よ、よォ龍已!今日も良い天気だな!出掛けるにはもってこいだろ!」

 

「朝から大雨だが」

 

 

 

「あ、あー……この前呪霊殴り殺す時に踏み込んだら靴がダメになっちまったなー。買い直すしかねェかー」

 

「先日良いものがあったと言って自慢していた靴を今履いてるではないか」

 

 

 

「なーんか、飯食いに行きてー気分だよなッ!?」

 

「俺が作ったカツ丼をおかわりまでしたのに、まだ食い足りないのか?」

 

 

 

「ねぇ。妃ちゃんってバカなの?ホントに龍已をデートに誘う気ある?コントしたいってだけじゃないよね?」

 

「……うっせーなクソザコ……」

 

「割と今は妃ちゃんの方がクソザコだよ……」

 

 

 

 しょうもない会話で龍已に首を傾げさせるばかりで、巌斎は1歩も進歩しない。何がしたいのかとすら思えてしまう。朝からずっとこの調子で、音無ですら呆れた視線を寄越す始末だ。それはそれで腹立つ巌斎だが、言い返せねェ……と唸っている。

 

 音無に見守られながらやっているのに失敗続きの巌斎は、項垂れている。さながら燃え尽きそうなボクサーのようだ。ベルの音が何処からか聞こえてくる勢いで椅子に座っている。流石にここまで言えないとは思っていなかった音無も、困惑するしかない。

 

 さて、どうしようかと悩んでいる2人の傍に、音も気配も無く龍已が立っている。声を掛けないと一向に気がつきそうにないのでどうした?と言うと、2人は驚きながら顔を彼の方へ向けた。

 

 

 

「びっ……くりしたぁ……」

 

「驚かせんじゃねーよッ!」

 

「すまない。それよりも、巌斎は今日どうしたんだ?」

 

「は、はー?何のことだよ」

 

「矢鱈とよく解らない質問を繰り返してきただろう。何か用事があったのではないか?」

 

「……あ、あー!俺夜蛾先生に呼ばれてたんだ!ごめんだけどちょっと行ってくるねー!」

 

「あコラ、テメェ……ッ!」

 

 

 

 おっ?という雰囲気を察して、音無はその場を離脱。3人が居る教室から出る際に、巌斎に向けてサムズアップと不細工で不完全なウィンクを忘れない。ばちこーん☆とかましてから、慌てて走り去っていった。もちろん夜蛾に用事などない。

 

 いきなり件の龍已と2人きりになってしまい慌てる巌斎は、視線が泳ぐ泳ぐ。獲物を見つけたシャチのようにあちこち行ったり来たりしていた。そんな彼女の前に椅子を持ってきて、机を挟んで対面する。姿勢良く座り、用件は?と言って待ちの姿勢に入った。

 

 

 

「そ、おぉご……」

 

「相互……?」

 

「ち、ちが……っ!あ、ぁ……」

 

「巌斎。ゆっくりでいい。俺は急かさないし、話は聞く。だから聞かせてくれ」

 

「……おう」

 

 

 

 すーはー……と、豊かな胸の上に手を置いて息を整える。龍已は以前として待ってくれている。急いではいない。元より、話し掛けてきて何かを伝えようとするが、ちんぷんかんぷんな事を言われていて気になっていた。鈍感ではないので話があるのは判っていたが、流石に言ってくれないと内容は分からない。そこで、こうして彼女のところまで足を運んだのだ。

 

 いつもの無表情ながら、雰囲気が優しくなっている龍已に甘えて時間をかける。深呼吸をして、言いたいことを頭の中で整理し、それを彼に話す覚悟を決める。真剣な表情になった巌斎に、龍已はそれ相応に大事な話なのだろうと思い、構えた。

 

 

 

「龍已、12月25日……予定空いてるか?」

 

「クリスマスか」

 

「そ、そうなんだよ……この頃は忙しいのは分かってンだけどよ……」

 

「そうだな……」

 

「……っ………」

 

「……大丈夫だ。空いているぞ」

 

「ほ、本当かッ!?」

 

「あぁ」

 

 

 

 頭の中で予定表を広げてクリスマスの日に何があるかを思い出していく。先日の特級呪霊3体同時祓除を行ってから、特級呪術師の打診が来てしまい、査定を終えて現在進行形で特級呪術師となった龍已は忙しい。多忙な毎日に変わってしまっている。なので残念なことにクリスマスの日も任務が入っていた。

 

 しかし、不安そうにしている巌斎を見て否とは言えなかった。なので優しい嘘をつく。任務は確かに入っているが、日付が変わると同じくらいの時間に入っているだけ。素早く終わらせてしまえばいいのだ。他の呪術師に任せても良いのだろうが、案件が1級なので自身でやった方が良いと判断した。

 

 

「じゃあよ……私と一緒に出掛けねーか?で、デー……トし、たい」

 

「構わない。集合はどうする?何時にするか」

 

「へ、へへ。時間はまぁ──────」

 

 

 

 龍已から了承を得られたことで機嫌が良くなった巌斎と一緒に当日の予定を決めていく。約束のクリスマスまではあと2週間は開いているのだが、彼女は既に楽しみだった。全力で任務は入れまいと心に誓う。

 

 淡々としているように見えて、龍已は手にじっとりとした汗を掻いている。女の子と2人きりでデートをしたことが無いのだ。任務の帰りに寄り道するのとは訳が違う。そして彼は鈍感ではない。鋭い方だ。だから、何の理由も無くクリスマスにデートの誘いをした……とは考えていない。

 

 今までは避けられたり敬遠されたりと、女子から近づかれる事が無かったのでそこまで耐性はない。無表情が固すぎてポーカーフェイスが強いだけで、心臓は早鐘を打つし、緊張もする。巌斎は知らず知らずに、龍已を意識させていた。

 

 

 

「……はぁ。らしくもなく、緊張する……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────12月25日。クリスマス当日。

 

 

 

 東京のとある広場で待ち合わせをしていた龍已と巌斎。人を待たせるのが嫌な龍已はいつも通り約束よりも早い時間に集合場所へ来ていた。冬なので寒く、吐く息が白い。下手な服装では来れないなと思い、らしくもなく服選びに2日を費やした。結局全身がほぼ黒に統一されてしまったのは許して欲しいところ。

 

 携帯で時間を確認すると、約束の時間のちょうど5分前になった。過ぎるか?と思ったのも束の間で、知っている気配。歩幅と足音を耳で感知し、振り返る。そこに居たのは巌斎であり、彼女()緊張しているのかぎこちない笑みを浮かべながら片手を上げていた。

 

 

 

「よ、よぉ。待たせたな」

 

「……いや、時間前だ。気にしなくていい。……その服装、いつもの巌斎とはまた違う雰囲気で良いと思う」

 

「あ、あんがと……」

 

 

 

 巌斎は足首辺りまであるオーバーサイズの黒いステンカラーコートを身につけ、ラフに羽織っていた。グレーのチェック柄のワイドパンツ。コートの中には黒いハイネックを着ている。意外と派手な色が好きな巌斎にしては珍しい無彩色メインの服装で、これまた珍しく黒色の帽子を被り、黒い小さなバッグも持っていた。

 

 女性ながら170センチを超える高い身長に、抜群のプロポーションを持つ彼女は、体のラインが出る服装を良く着ている。ゆとりがあるものよりもぴったりとしたものの方が激しく動いて呪霊を祓う彼女と相性が良いのだろう。だが今回は任務ではなくデートなので、おめかしをしてきた。顔にも普段は殆ど使わない化粧を施して、高校生とは思えない大人の雰囲気を作り出していた。

 

 黒がメインの服装故に、自毛の金髪が良く映える。色々と雑誌を見ながら着てきた服装を褒められて、巌斎は顔を斜め下に逸らしながら頬をほんのりと赤く染めてお礼を言った。しおらしい態度に、龍已も緊張とはまた違って心臓の動きを早めた。

 

 

 

「……早く行こうぜ」

 

「予定は巌斎が決めて当日のお楽しみ……ということだったが、最初はどこに行くんだ?」

 

「……秘密」

 

「そうか。では、着いてからの楽しみに取っておこうか」

 

「おう。そうしとけ!」

 

 

 

 ニヤリと笑いながら自信満々に言う巌斎に頷き、行こうかと提案する。最初の行き先は電車を使うということだったので駅の方へ向かって歩き出した。だがすぐに龍已は脚を止める。服の裾を引っ張られたこらだ。強い力だったので止まらざるを得なくなり、引っ張った張本人の巌斎の方へ振り返る。

 

 どうしたのかと首を傾げて問い掛けると、視線を上げて目が合うと顔を真っ赤にして、口をもにょもにょとさせる。何かあったのかと思っていると、弱々しい声で提案してきた。

 

 

 

「手袋忘れて寒ィから……手」

 

「……繋いでいくか?」

 

「……うん」

 

「そうだな……手袋を忘れてしまったなら仕方ない。それに、俺もちょうど寒いと思っていたところだ。温めてくれるか?」

 

「ま、任せろっ」

 

 

 

 普段の様子とは全く違う様子で、遠慮がちに手を差し出してくる巌斎に、同じく手を差し出して握った。真冬の寒さなので2人の手は冷たかったが、少し触れ合うだけでじんわりと温かくなってきた。掌を密着させていると、体温を交換しているようだ。

 

 さて……と、歩き出している途中で、巌斎は繋いだ手を見下ろす。彼の左手と、自身の右手が重なっている。チラリと辺りを見渡すとやはりカップルが多く、自分達と同じように手を繋いでいる。ただ、他のカップルは恋人繋ぎだ。指を絡めさせたものであり、羨ましいと思った。

 

 手を繋ごうと提案するだけでもかなり恥ずかしかったので、ここから恋人繋ぎに移行させるのは更に勇気が必要だ。今すぐにはできそうにないので、後でまた繋ぐときに言おうと思った。そんな巌斎の気配を感じ取り、龍已がゆっくりと恋人繋ぎをしてきた。絡まる2人の指。カッと熱くなった体温が彼の体温と混ざり合っているように感じる。

 

 まさか彼からやってくれるとは思わず、バッと彼の方へ顔を向ける。龍已は前を向いて歩いていた。表情は横顔しか見えない。だが巌斎からはしっかりと見えた。寒さでなったとは考えにくい、真っ赤に染まった耳を。

 

 

 

「……へへっ」

 

「……どうした?」

 

「んー?あー、あったけェなと思ってよ」

 

「そうだな。……とても温かい」

 

 

 

 2人はぴったりと寄り添って、手を深く繋ぎながら駅を目指して歩いて行った。結局手は改札を通るまで離されず、改札を通った後も、どちらからともなく自然と恋人繋ぎをしたのだった。手汗を掻いても、離す気にはならなかった。

 

 電車を使って移動し、駅から歩いて目的の場所へ向かう。龍已はこの日の予定に関与しておらず、全部巌斎が予め決めたものだ。一緒に考えないかと提案したが、どうしても自分で決めたものにしたいと言っていたので任せることにした。

 

 手を繋いでいるので少し手を引かれながら歩いていると、見えてくる目的地だろう建物。大きなそれは施設型の動物園であり、場所によっては温度調整もしているので小動物や爬虫類などといったものが見られるのだ。寒い時期でも見られるので、この日はカップル客が多いだろう。それでも巌斎はここに来るつもりだったようで、行こうぜと言って手を引いた。

 

 入場料も巌斎が出そうとしていたので、流石にこれは払わせて欲しいと言って、龍已が無理矢理払った。割り勘で良いのにと言われたが、予定を立ててもらっている身としてはこのくらいさせてもらわないと困るものだ。折角のクリスマスなので男に払わせるのも1つの醍醐味だろう。

 

 

 

「ふぉぉおおおおお……っ!猫の触れ合い広場だってよ!めっちゃ居るじゃねーか!なっ、なっ!行ってみようぜ!」

 

「いいぞ。潰すなよ?」

 

「しねーし!」

 

 

 

 子供に人気の触れ合い広場。多種の猫が可愛らしい檻の中に放たれており、中に入れば触れ合うことができる仕様になっている。もちろん大人も楽しめるので、入っているのは子供ばかりとは限らない。ウズウズしている巌斎を連れて一緒に入った龍已は、人懐っこく足元に擦り寄ってくる灰色の猫の顎をくすぐってやり遊んだ。

 

 巌斎も触ろうとするのだが、何故か人懐っこい猫も逃げて行ってしまう。最初はあれ?と思う程度だったが、何度も繰り返すとズーン……と落ち込んでいる。気配でも敏感に感じ取ってしまい逃げられているのかと首を傾げた龍已は、子猫を見つけて近くにあった猫じゃらしで誘き寄せ、優しく確保するとしゃがみ込んで落ち込む巌斎の帽子の上に乗せた。

 

 

 

「んぇ?」

 

「ほら、優しく持ってやるんだぞ。子猫だからな」

 

「か、かわいい……。ちっせ……やわらか……軽い……へへへっ」

 

「む、子猫につられたのか、巌斎の方に猫が集まってきたぞ」

 

「えっ……ぅおっ!?めっちゃ来る!?なにこれナニコレ!?モテ期か!?」

 

「かもな?」

 

 

 

 怖がられていたが、優しく子猫を抱いてやって撫でている姿を見て安全だと思ったのか、近くの猫達が巌斎の方に集まり擦り寄った。思っていたよりも多く集まったので驚きつつ、嬉しそうにふにゃふにゃの顔を作っていた。きっかけを作った龍已も、同じように猫に避けられしまっている子供に自分のところに来た猫を渡したりしつつ、触れ合いを経験した。

 

 満足顔でホクホクしている巌斎を連れて、次へ行く。大きなガラス越しに巨大な蛇が居ると、龍已の首に巻き付いているクロが反応して見つめ合っていたり、ホッキョクグマの体の大きさを感じてみたりしていく。

 

 

 

「……?」

 

「……?」

 

「ぶふぉッ!?は、ハシビロコウとシンクロしてやがるッ!ぶふっ……どっちが龍已か分かんね……んふっ……生き別れた兄弟の再会……ぶっはははははははははははっ!!!!」

 

「笑いすぎだろう。だが……そうだな──────初めて会った気がしない」

 

「ひーっひーっ!あっははははははははッ!!」

 

「……そんなに面白いか?」

 

「……?」

 

 

 

 顔を見合わせて首を傾げるハシビロコウと龍已に、巌斎はまたもや噴き出して腹を抱えて笑った。その後も色々な動物を見ていく。散歩タイムの時間に運良く当たり、ペンギンの行進も見ることができ、蛇の触れ合いでは龍已が何故か意気揚々と手を上げ、首に巻き付けて巨大な蛇と仲良くなってクロをご機嫌斜めにしたりと、2人は動物園を満喫した。

 

 昼は軽く済ませようということで、屋台がある場所へ行って少しずつ色々なものを食べていった。その後はまた電車に乗って移動し、今度は映画館に来た。元から来る予定だったのでチケットの予約はしてあり、金を払えばすぐにシアターの方へ入れた。内容はアクションもので、主人公が凄腕の運び屋として訳ありの少女を地球の反対側にある目的地まで連れて行き、友情を深めていくというものだった。

 

 上映時間になり暗くなると、2人ともポップコーンと飲み物が入った籠を持ちながらスクリーンに注目した。映画ドロボウの映像が流れ、他の映画の宣伝も終わり、本編が始まると龍已の左手が温かい手に包まれた。巌斎が握ってきたようだ。

 

 相手を殴るのをメインに戦っているだけあって巌斎の手は硬い。しかし龍已は自身の手と比べるととても柔らかく感じた。そんな女の子の手が、ただ握ってくるのではなく、手の甲を親指で擦ってきたり、人差し指や中指を扱くように擦ってくる。暗くて周りが見えないことを良いことに、ちょっとしたイタズラをしてきていた。

 

 横目で確認すると、巌斎はスクリーンの方を見ている。あくまで映画は見ているが、同時にイタズラを決行しているといったもの。それならばと、龍已は自身の手を弄ってくる彼女の手を取って恋人繋ぎをすると、意識せざるを得ないくらい強く握った。手がびくりと反応したので結果は良好だろう。

 

 やり返されて意識してしまい、分が悪いと判断して手を一旦離そうとする巌斎に抵抗し、固く握った手を離さず、それどころかこの日のためにネイルサロンに行って整えたのだろう滑らかな表面の爪を撫でたり、お返しに手の甲を擦ったりすると、繋いでいる手が少しずつ熱くなってきた。

 

 暗くて巌斎の顔色は見えないが、少なくとも繋いでいる手は火傷しているかのように熱く、時々彼女の方から視線を感じたが、全て気がつかないフリをして映画を見続ける龍已に、巌斎は小さく呟いた。

 

 

 

「……ばーか。集中できねーじゃんっ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 映画は恙無く見終わった。龍已はあまり映画やアニメといったものを(忙しくて)見ないので楽しめた。巌斎は終始ドキドキして内容を殆ど覚えていなかった。ただし持っていたポップコーンはいつの間にか食べ終わっていた。

 

 映画館の後はショッピングモールへ行ってウィンドウショッピングをしつつ、ゲームセンターに寄って対戦をした。射撃ゲームで龍已がぶっちぎりの最高得点を挙げて写真を撮り、パンチングマシーンでは巌斎が猛威を振るった。男が出した記録を軽く超えて機械が壊れたのは良い思い出になるだろう。

 

 買い物をして、遊んで、龍已は無表情だが笑いあって、1日を満喫した。時間になったら晩飯を食べに行った。レストランを予約していたようで、受付を済ませるとコース料理が出てくる。東京の夜の景色を見ながら食べられる場所で、てっきり居酒屋みたいな場所を好むと思っていただけに意外だった龍已。

 

 コース料理を楽しんでレストランを後にすると、メインだから楽しみにしておけと言われた龍已は、どこに行くのか大体見当が付いていた。というのも、折角のクリスマスなのだ。行く場所はイルミネーションのある所だろう。だがこの時だけは神様が意地悪だった。本来巌斎が行くつもりだった場所が、事件か何かが起きたようで封鎖されていた。

 

 もしかしたら呪霊に襲われてしまったのかも知れないし、普通に事件が起きていたのかも知れない。どちらにせよ、イルミネーションを見に来た場所は真っ暗だった。流石にこれは予想できなかった巌斎はかなり落ち込んでいた。どうしてもイルミネーションが見たかったのだろう。そこでここは、龍已が一肌脱ぐことにしたのだ。

 

 

 

「──────『(くろ)(かみ)』起動」

 

「龍已……?」

 

「俺達だけの特等席を用意しよう。さぁ、乗ってくれ」

 

「お、おぉぉっ!?」

 

 

 

 存在を存在させない術式を付与された特級呪具『黑ノ神』は、誰の目にも見えず、知覚されない。正確には一切の情報が認識できていないのだが、そこに物自体は存在する。なので龍已に手を引かれて誘導されるがままに脚を持ち上げて1歩踏み出すと、何かの上に足を置いて浮いている。そのままもう一方の足を乗せると、視界が上に登っていく。

 

 龍已と2人で夜空へと登っていくのだ。すると見えてくるのは日本の中心である東京を見下ろした景色だった。建物の光とクリスマス仕様のイルミネーションが光を発して絶景だった。飛行機では高すぎて小さく見え、地上に居ては見えず、高い建物からでは全てを一望できない。だが彼等だけはできた。

 

 絶景を用意してもらったことで巌斎はテンションが上がり感嘆としている。誰が見ても良い景色だろう。2人は暫く眼下の絶景を眺めていた。2人きりの上空で、彼等はしっかりと手を繋ぐ。それを最初に解いたのは巌斎だった。龍已から視線を受けながら懐に手を入れ、何かを取り出す。すると、それを両手で差し出してきた。

 

 言葉は掛けず、手の中にある手紙を頭を下げながら差し出す。ラブレターを渡しているようだ。極度の緊張状態にあるのか、手紙に皺ができてしまっている。それをしっかりと受け取り、封を開けて中に入っている手紙を取り出した。折り畳まれたそれを開けて読んでいく。

 

 

 

『龍已へ。お前が1週間ぐらいの出張へ出ると聞いた時から買いに行くことを決めてた結婚指輪だ。言うの照れ臭いから手紙にするわ。

 

 勿論、渡すのは今日で今……つまり12月25日のクリスマスだ!プレゼントに私の嫁になる権利をくれてやるぜ!泣くほど嬉しいだろ?だけどまだだ!前を見るな?多分私の顔は今見せられない事になってっから!後少し読んでから見て、OKの印に愛情込めてキスしろ!腰が抜けるやつかましてやっからよ♡

 

 ……真面目な話、私は料理が出来る奴と結婚するって決めてた。あと強かったら完璧。そこに現れたお前!はい私勝ち組って寸法よ。だから嫁になれ。なんなかったらぶっ殺す。キスしてくれたら、一生幸せにして殺してやるよ。

 

 いつもふざけて嫁になれって言ってたと思うか?私は最後の方ガチだぞ。お前冗談だと思って流しやがって!だが許す!これからは私に愛を囁いて私に愛されるお前が居るからな!

 

 

 

 私と結婚して幸せになって、幸せにして下さい。  妃伽』

 

 

 

「……………………。」

 

「………っ」

 

「女は16からだが、俺はまだ17で結婚はできない。だから結婚指輪は受け取れない」

 

「……ぐすっ」

 

「──────だから婚約指輪として受け取ろう」

 

「……え?──────んむっ!?」

 

 

 

 手紙は巌斎妃伽からの告白文だった。そして手紙の他に一目で判るほど高価な指輪が入っている。巌斎と音無が特級呪霊3体と邂逅してしまった時、龍已は1週間の海外出張だったのだ。その時に巌斎はこの手紙と指輪を彼へ贈るために買い物に出掛け、手紙もしたためた。

 

 きっと龍已ならばOKしてくれると思いながら、本当はずっと不安だった。最初に受け取れないと言われた時は涙が溢れてきた。だが婚約指輪としてならば受け取ると言われて驚いて顔を上げると、頬を優しく包み込まれてキスをされた。目を瞠目させた巌斎は体を強張らせる。

 

 しかしすぐにOKの証としてキスしてくれたのだと分かると、恐る恐る龍已の背中に手を回して服を強く握り締めた。唇が熱い。いや、顔……体全体が熱い。グツグツと煮立っているような感覚だが、それ以上に幸せだった。幸せすぎて、また涙が溢れてくる。重ねられた唇が離れていき、彼を見上げていると親指で目尻と頬に触れて涙を優しく拭った。

 

 

 

「……最初断られたと思ってビックリしただろうが。舐めやがって」

 

「すまない」

 

「……ンま、キスしたから別に良いけどよ。いいか、私のことを幸せにしろよ。そうしたら、お前を幸せにして殺してやるよ」

 

「あぁ。楽しみにしている」

 

「龍已。そのよ……私ガサツなとこあるし、料理なんて全然やんねーし、掃除も苦手だし、頭も悪ィし、言葉づかいもこんなだ。だから自慢できねー彼女かもしんねーけどよ、頑張るから……よろしくな」

 

「……俺とて常に無表情で感情が分かりづらく、根っからの男女平等主義者で、融通が利かない時もあり、呪詛師を見つけたら必ず殺し、特級呪術師故に忙しく時間が取れない時も多々あるような奴だが……初めての彼女に見限られないように頑張ろうと思う。よろしく、巌斎。いや、妃伽」

 

「……っ……よろしくッ……よろじぐぅ゙ッ!うっ……うぅっ……好きだぁっ!大好きだ龍已ぁっ!!」

 

「……あぁ。俺も好きだ」

 

 

 

 感極まって好きだと叫びながら抱きついてくる巌斎を受け止める。胸の中で大粒の涙を流している彼女の頭を撫でる。金色の髪は撫でると艶やかで、梳いていると指の間を通って気持ちが良い。背中を撫でていると、背中に腕を回してキツく抱き締めてきた。

 

 泣きながら抱き締めてくる彼女を抱き締め返して暫く。龍已は初めてできた彼女にあることを打ち明ける決心をした。黙っていることもできるが、親友であり彼女となった巌斎には打ち明けても良いだろうと思ったのだ。それに、隠し通すにも限界があるくらいに近づいたということもある。

 

 

 

「妃伽」

 

「うっく……なんだ……?」

 

 

 

 

 

「──────黒い死神は知っているか?」

 

 

 

 

 

 これから2人はどんな日常を送っていくのだろうか。いや、非日常だろうか。詳しくはまた別の機会に。今は2人だけにしてあげようではありませんか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






巌斎妃伽

初めて人を好きになった。その相手がまさかの黒い死神で驚いたが、別にだからと言って何かが変わるわけではない。龍已は龍已だろ?と言ってのける。

自分の中ではもう夫婦なので、自分の分の指輪は既に左手薬指につけている。告白するときは心臓が破裂するかと思った。人生で最高の日を迎え、最高のクリスマスになった。

クリスマスデートの場所は無難な場所を調べて決めた。イルミネーションは残念だっが、自分達にしか見れないイルミネーションを見れたので、これはこれで良かったと思っている。




黒圓龍已

初めて交際をした。今までは避けられてばかりの人生だったので縁がなく、そもそも呪詛師に狙われる原因を作りたくなかったという面もあった。が、巌斎は強く自衛もできるだろうと思い黒い死神のことを打ち明けた。

ちなみにキスも初めてした。その後景色をまた楽しんで、キスをする雰囲気になったのでしようと思ったら、巌斎がキャパオーバーになって目を回しながら気絶したので驚いた。




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短編その6  〇〇しないと出られない部屋







 

 

 

 

 ──────最後に休んだのはいつだろうか。

 

 

 

 

 ぼんやりとしながら補助監督の鶴川が運転する車の中で思ったのは、そんなことだった。手元にはボードがあり、その上に任務の報告書がある。右手にはボールペン。文言はまだ書いている途中だ。何度目か判らない目薬を差して、龍已ははぁ……と、溜め息を吐いた。

 

 万年人手不足の呪術界で、特級呪術師をしている彼の元には凄まじい量と密度の任務が放り込まれる。黒圓無躰流を他に継承しないことに対する、“上”からの嫌がらせもありつつ、生徒達を指導する同じ特級呪術師の五条から彼の分の任務も流されているからだ。

 

 一級呪術師でも厳しいか、トントン(同程度)くらいの任務は大体龍已の方へ回される。五条は生徒達を見ていて手が空いておらず、同じく特級呪術師の九十九由基は基本任務は受けない。つまり、必然的に龍已の元へ大量の任務が渡されるのだ。今日だけで限定しても、既に6件目が終わったところ。しかもどれも県外のものばかり。

 

 怪物染みた体力を持つ龍已でも、流石に疲労が嵩む。疲れ知らずに思えるが、しっかりと疲れているのだ。

 報告書から目を離してぼんやりと虚空を眺め始めた龍已に、ひやりと冷たいものを感じ始めた鶴川は、バックミラー越しに彼に話し掛けることにした。

 

 

 

「あの、龍已さん。大丈夫ですか……?少しくらい休まれても……車の中ですし……次の任務先にはまだ着きませんから」

 

「……すみません。呆けていました。俺のことは心配しなくて大丈夫です。鶴川さんは次の任務先に着いたらその時点で解散で構いません。引き継ぐ補助監督は俺から手配してあります。解散後はゆっくり休んでください。丸2日補助していただきましたから、俺の権限で特別休暇を1日だけですが入れておきました」

 

「なっ……っ!?龍已さんを置いて先に帰るなんてできませんよっ!だって龍已さん、もう3週間は帰ってないですよね!?」

 

「仕方ありません。任務と平行して“仕事”もしていますから。ですが心配には本当に及びません。“仕事”は取り敢えず終わり、次の任務が終われば一端終了ですから。流石に休ませてもらいます」

 

「いや、でも……」

 

 

 

 肩身が狭い思いで運転を続行する鶴川。彼は呪術界でも数少ない龍已の黒い死神としての側面を知る人物。故に任務と平行して黒い死神としての“仕事”がある場合には、口裏合わせや現地近くまでの運転要員として彼が出張ることになる。

 

 つまり必然的に仕事の量が増えてしまい、今回のように丸2日龍已と行動を共にすることなどざらにある。しかしその度に、龍已は特級呪術師としての権利を使って鶴川に特別休暇を与えた。もちろん引き継ぎの仕事をしてもらってからになるが、呪術師と同じく人手不足の補助監督が引っ張りだこの中で特別休暇は羨ましがられる。

 

 しかし当時龍已が高専生だった頃から補助監督をしている鶴川からしてみれば、仕事を途中で放り出さない真面目な性格の龍已は疲れていても任務も“仕事”も無理に行うことは把握している。だから純粋に休んで欲しいのだ。

 

 

 

「……龍已さん。コンビニがありましたよ。何か飲み物でもどうでしょう?」

 

「カフェインを摂りたいので珈琲を。お金は鶴川さんの分も払うので、適当に何か他に買ってきてください」

 

「私は自分で払うので大丈夫ですよ。珈琲はカップのでよろしいですか?」

 

「そうですね……缶でもいいですが、今回はカップの方にします。よろしくお願いします」

 

「いえいえ。このくらい任せてください」

 

 

 

 コンビニの駐車場に車を駐め、鶴川は龍已から五千円札を受け取って中へ入っていった。龍已は車の中で待っている間に書いている途中の任務の報告書を仕上げに入った。疲れから目元が痛いので指で軽く揉み込みながらペンを走らせる。そうして時間を有効活用しながら待つこと数分で、鶴川は戻ってきた。

 

 袋の中には疲れた脳に糖分を与えて欲しいと考えているのか、甘いものがいくつか入っている。食感を変えるために硬いものも購入してあり、チキンなどもある。鶴川の手にはカップの珈琲が握られていて、手渡しで龍已に渡した。

 

 丁度報告書も書き上がったので休憩として、鶴川に買ってきてもらった甘いもののシュークリームを一口齧り、ブラックの珈琲で流し込んだ。はぁ……と、吐息が漏れつつ、また一口と口に運んで消費されたエネルギーを補給している。そうして龍已は……食べかけのシュークリームを手に持ち、珈琲は中身が入ったまま落とす前に鶴川に回収され、くたりと背もたれに背中を預けて規則正しい呼吸を刻みながら眠りについた。

 

 

 

「んん……すぅ………すぅ………」

 

 

 

「……ごめんなさい、龍已さん。今は眠っていてください」

 

 

 

 力無く眠りについた龍已の手から食べかけのシュークリームも回収した後、筋肉で見た目以上の重量がある彼をどうにか後部座席を目一杯使って横にさせ、自身のスーツの上着を上から掛けた。完全に眠ってしまった龍已を少し見つめた後は、彼のスマホをポケットから探し出して指を使ってロックを解除した。

 

 履歴から、次の引き継ぎのための補助監督を捜し当て、ダイレクトメールを送る。やはりまだ鶴川にやってもらいたいことができたから引き継ぎをする必要は無い……と。やることが終わればスマホは元の場所に戻し、今度は自分のスマホを操作する。何かの作業を終わらせ、電話も掛けたりと忙しそうにした後、最後の連絡先へと電話を掛けた。

 

 

 

「もしもし。鶴川です。お疲れ様です。……はい。はい。えぇ。眠っています。起きる様子はありません。大丈夫です。薬は確かに飲ませましたから。はい。合流場所は……そこですか。いえ、1時間以内には着くかと。はい。ではまた……失礼します」

 

「すぅ………すぅ…………」

 

「本当にごめんなさい、龍已さん。悪いようにはしないので、もう暫く眠っていてください」

 

 

 

 鶴川はポケットから白いカプセル状の薬が何粒か入っている瓶を取り出して助手席に放り投げた。そして車のエンジンを掛けて走り出そうとする前に、ハンドルに額を付けて大きく息を吐き出した。その吐息には後悔と罪悪感が入り混じっていた。

 

 

 

「もう……龍已さんに信用してもらえないだろうなぁ。ははは……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「んん……」

 

「龍已……起きろ」

 

「……今起きるから、少し待ってくれ。……起きる?──────ッ!?」

 

「おぉ……おはよう」

 

「硝子……?なんでお前がここに……いや、そもそもここは何処だ」

 

 

 

 龍已は優しく揺すられて目を覚ました。眠っていたのかとぼんやりした頭で思いながら、何故眠っていたのかと正気を取り戻す。自分は確かに任務に向かう途中だった。最後の記憶は鶴川と一緒にコンビニに停まったところだ。

 

 勢い良く上半身を起こす。床の上で横になって眠っていたらしい。真っ白な床。真っ白な壁。真っ白な天井。遠近感が狂いそうになる部屋の中で、訳も分からずただ眠っていた。敵が近くに居たらと思うと何という不覚かと反省する。

 

 そして寝惚けた頭を覚醒させてから、自身を起こしてくれた存在に目を向ける。10年以上喧嘩もなく良好な交際関係を築いている家入硝子が、うっすらと笑みを浮かべながら龍已のことを見ていた。服装は白衣で、女医として勤務しているときの格好だ。

 

 拉致されたのか、何なのか。一緒に居た鶴川は無事か。ここは何処なのか。すぐに探るため、家入に事情を聞くことにした。しかし彼女が言うには、いつの間にかここに居たというもの。龍已はそうかとだけ返して立ち上がり、壁に向かって歩み進める。

 

 壁に触れると、鉄でもなく鋼でもなく、ステンレスでもない不思議な感触だった。少し叩いてみても音は響かず、壊れる様子も無い。まるで『黒龍』に触れているような、そんな感覚だ。そこでふと龍已は自身の中に違和感を感じた。それを確かめるべく、脚に巻かれている『黒龍』を手に取り、壁に向けた。

 

 

 

「……術式が使えない」

 

「反転術式も使えないぞ。そもそも呪力が扱えない」

 

「どうなっている……?……撃ってみるか」

 

 

 

 マガジンを『黒龍』から出して、中にはまだ弾が入っていることを確認すると、白い壁に向けて撃った。凄まじい爆発音が響き渡り、やるだろうなと思っていた家入は事前に指を耳に当てて鼓膜を防御していた。

 

 戦車の装甲にすら穴を開けることができる弾を撃てる『黒龍』が火を噴いた。弾き出される弾丸は白い壁に向かって飛んで行き、壁に到達する寸前で速度を急激に落とし静止した。そして重力に従って床に落ちる。傷一つないどころか、触れることすらなかった壁にもう一度素手で触れ、壁に対する違和感に確信を得た。

 

 

 

「……“縛り”か。害を加えないことを条件に、害を加えられない。両面宿儺の指と同じ原理……。まさか永遠に出られない訳ではないはず。何らかの脱出方法が……」

 

「龍已」

 

「何だ。少し考えたいのだが……」

 

「脱出方法ならあるぞ」

 

「……何だと?」

 

「ほら、反対側の壁を見てみろ」

 

「……?」

 

 

 

 先に脱出方法を見つけ出していたのかと、龍已は感心しつつ言われた通り体の向きを反転させて反対側の壁を見た。視線を少し上に持っていくと、白い壁に少しずつ文字が浮かび上がっていく。やはり普通の部屋ではないと思いながら読んでいくと、龍已は少しずつ無表情のまま困惑していった。

 

 

 

『ようこそ。黒圓龍已。家入硝子。ここは──────“〇〇しないと出られない部屋”。特殊な呪具の中であると認識して欲しい』

 

『ここでは一切の害は発生しない。下界との時間も隔絶されている。この部屋は君達に危害を絶対に加えない。が、その代わりに君達はこの部屋に対して絶対に危害を加えられない。そういう“縛り”を設けている』

 

『ここから出るためには、こちらが提示するお題をクリアすることが絶対条件だ。しかし、それさえ完遂してくれれば無害のまま君達を解放しよう。伸るか反るかは君達の判断に委ねる。ただし、お題をクリアしない限り、君達がここから出ることは永遠にない。では健闘を祈る』

 

 

 

「“〇〇しないと出られない部屋”……──────初めて聞いたな」

 

「え?」

 

「ん?」

 

「……初めて聞いたのか?」

 

「あぁ。……ん?有名なのか?」

 

「……いや、まあ。お前はアニメやそういったものは殆ど見ないか」

 

「勧められたら見るが……自分からは見ないな。しかしなるほど……実際にあるものではなく創作物である空想上ながら世に出回っている既存のものを呪具に転用し、効果を発揮させているのか。となると相手は呪具造りに於いて相当な手練(てだれ)。俺と家入を同時にここへ閉じ込めたとなると、俺達の情報は調査済み。そして恐らく2人で行うお題がメインとして提示されると考えていい訳だな。危害を加えない“縛り”がある以上殺し合いには発展しないことは明らか。だが“お題”という不確定要素が多く曖昧な単語を使われているとなると、どういったお題を提示されるかこちら側としては予測できない。加えて提示されるお題の数が定義されていないとなるといつ終わるのか判らないという精神的な面での──────」

 

「よしストップだ。そう難しく考える必要はないだろう?ただ出されたお題をクリアしていけばいいだけなんだ。知らない者、信用できない者。そんな奴等ならともかく、私とお前じゃないか。2人で共同してクリアしなくてはならないお題も、きっと大丈夫だ」

 

「……そうだな。下界との時間も関係無いようだし、1つ1つ。確実にクリアしていこう。では、よろしく頼む」

 

「もちろんだとも」

 

 

 

 龍已は家入と向き合うと、手を差し出した。お題をクリアするために2人で協力するための、まあ単なる握手だ。互いに手を取って握手をした瞬間。部屋にピンポーンという気の抜けた音が鳴った。反射で2人がビクリと反応して文字が浮き出ていた壁の方を見ると、そこにはいつの間にかお題が書かれていて、その下に『お題がクリアされました』の文字があった。

 

 

 

『お題──────握手』

 

『お題がクリアされました。おめでとうございます』

 

 

 

「なんだ、偶然クリアされたのか」

 

「ふふ。ビクッてしたな?」

 

「待て、それはお互い様だろう?」

 

「ククッ……そう恥ずかしがるな。かわいいなぁ」

 

「………………。はぁ……次のお題は何だ」

 

 

 

『お題──────握手をしたままジャンプ』

 

 

 

「……簡単だな」

 

「ほらほら、ジャンプするぞ。せーのっ」

 

 

 

『お題がクリアされました。おめでとうございます』

 

 

 

 出てきたお題は簡単なものだった。確かに1人でやるものよりも、2人で一緒になってやるものが今のところ100%だ。偶然だったものの握手のお題は一瞬でクリアされた。次に出されたお題もまた簡単なものであり、握手をしたままその場でジャンプをするだけ。手はまだ離していないので、ジャンプすればすぐに終わった。

 

 この調子ならば100個のお題が提示されたとしても達成するのは容易だろう。もちろん、これから難しいお題にならないという理由は無いので警戒は必要だが、簡単なものから始まって脱出するまでの回数を稼げるのは嬉しいものだ。

 

 

 

『お題──────相手の鼻を触る』

 

 

 

「私のを先に触っていいぞ」

 

「次は俺のだな」

 

「ぷっぷー……っとな。ふふ」

 

「俺の鼻で遊ぶな……」

 

 

 

『お題──────額を合わせる』

 

 

 

「ほら中腰になれ。お前は大きいからな」

 

「分かった」

 

「さあどうする?このままキスでもするか?」

 

「誰に見られているか判らんぞ」

 

「私は気にしないが」

 

「……後でな」

 

「言質とったぞ」

 

 

 

『お題──────好意を伝える』

 

 

 

「好きだぞ、龍已」

 

「俺も好きだ」

 

 

 

『お題──────最近あった嬉しい出来事を教える』

 

 

 

「来週出かける予定だった日、私に仕事が入ってしまったと言ったが、休みになったぞ」

 

「おぉ……温泉旅行でも行ってみるか」

 

「良いな。それで、お前の嬉しい出来事はなんだ?」

 

「硝子が休みになったことが嬉しいことなんだが……これではクリアにならないか。では……一昨日の任務中の昼食で食べたたこ焼きなんだが、店主が2つおまけしてくれた」

 

「よかったな。美味しかったか?」

 

「美味しかった。今度一緒に食べに行こう」

 

「うん」

 

 

 

『お題──────といきたいが、休憩を挟む。お茶菓子を用意するので30分自由とする』

 

 

 

「別に疲れていないが、まあいいか」

 

「お茶菓子を用意すると言うが、どうやって……ん?」

 

 

 

 部屋の中央の床が隆起してテーブルの形を作った。次いで椅子が二脚対面するよう配置され迫り上がり、同じ要領でテーブルの上にポッキーや煎餅。和菓子や洋菓子などといった様々な種類のお茶菓子が出てきた。

 

 コップの他にもお茶、ジュース、珈琲などの飲み物もペットボトルで置かれ、好きなものを注いで飲めるようになっている。何でもありなのか?と首を傾げながら大人しく席に着く龍已と、気が利くなと言いながら甘くないものを探しながら座る家入。

 

 

 

 お題が出ないのでゲームを進行することができない。食べ物や飲み物に毒が入れられている可能性もあるのだろうが、この部屋の中で害されることは無いので安心して口にすることができる。なので龍已は素直に目の前のお茶菓子に手を伸ばした。

 

 

 

「硝子、珈琲ゼリーがあるぞ。甘くないから食えるだろう」

 

「ありがとう。じゃ私は……プリッツをあげようかな。ほら、あーん」

 

「あー……サラダ味か?」

 

「違うのが良かったか?」

 

「いや、この味が1番好きだ」

 

「知ってる。今日は硬いものの気分だろう?煎餅あるぞ」

 

「貰おうか。飲み物は珈琲でいいだろう?」

 

「あぁ。ありがとう」

 

 

 

 差し出されるお菓子を食べさせてもらったら、珈琲を自分の分と家入の分入れる。スーパーで売っているペットボトルの珈琲なので挽きたてとは違い安っぽい味だが、そこまで贅沢を言うつもりはない。

 

 並んでいるお茶菓子の中にはケーキなどもあるのだが、家入は甘いものが苦手なので手を付けようとはせず、今日の龍已は硬いものが食べたい気分のため同じく手は伸ばさず、煎餅や歯ごたえのあるものを中心に食べていた。

 

 いつの間にか眠っていたことを除いて、久しぶりにゆっくりとした時間を恋人と過ごせている龍已は精神を休めていた。肉体的にはまだまだ限界はこないが、精神面では本人の意思とは関係無しに疲弊していた。なので今の時間は、例え何者かの手によるものだとしても有意義だった。

 

 

 

「最近帰れなくてすまなかった」

 

「ん?……はは。別にいいよ。忙しいのは今更だし、知ってるからな。それに私だって忙しいときは帰れないだろう?お互い様なんだ、謝る必要なんてない。だが、こうやって龍已と一緒に居られるのは、素直に1番嬉しいし幸せだよ」

 

 

 

 カップの縁を上から持って中身をゆらゆらと揺らしながら左手は頬杖をつき、龍已のことをチラリと見ながら口の端を少し持ち上げて微笑む。100%の好意をぶつけられて、長年付き合っている龍已でさえも彼女からの言葉は照れる。

 

 呪いの呪霊や一般人を呪う呪詛師を相手にここ最近は過ごしていたので、彼女の優しくて思いやりのある言葉は心に響きじんわりと広がる。純粋に嬉しいと思った。だからありがとうと口にするのだが、思ったよりも声が小さくなってしまった。照れていたことが丸わかりで、少し耳が熱い。

 

 少しだけ目を丸くして龍已のそんな様子を眺めていた家入は、控えめにクスリと笑ってカップの中の珈琲に口をつけてからテーブルに置き、ゆっくりと立ち上がった。テーブルを挟んだ龍已の元まで行くと膝の上に座り、彼の手の甲に手を這わせて誘導し、自身の腹に巻きつかせるように置いた。

 

 

 

「随分とかわいい反応をするじゃないか。煽ってるのか?それなら良かったな、大成功だぞ」

 

「……別に煽った訳ではない。少し反応に困っただけだ」

 

「そういうことにしてやるよ。しかし、ふふ……ダメだな。私は思っていたよりも寂しがり屋らしい。ちょっと離れていた反動なのか、お前の唇を見ているとキスしたくなる。こうやって近くに寄って、触れているとより欲望が強くなる」

 

「せめて部屋を出るまでは待ってくれ」

 

「私の我慢強さが試される訳だ。さて、どうだろうか。私は欲望の為なら愛する者に薬を盛る女だからな」

 

「あれいい加減にやめてくれないか。毎回新薬を造っているだろう?その薬に対する耐性をつけても意味がない」

 

「あーあー聞こえなーい」

 

「おい……」

 

「ふふっ」

 

 

 

 態とらしく耳に手を当てて龍已の言葉を遮る家入に、はぁ……と溜め息を溢しながらもそれ以上はなにも言わなかった。交際するきっかけも薬を盛られて眠っている間に犯されるという酷いものだったが、それは悪意ではなく好意によるものだ。

 

 セックスレスを無くすためなのか、それともただ単に楽しんでいるのか判らないが睡眠薬を盛ったり、感度が上がり敏感になってしまう薬を使われることが割とある龍已。その度に薬の耐性を獲得しているのだが、新しく調合された薬を使われてその度に薬の影響を受けている。

 

 最早彼氏に対するイタズラみたいなものでありながら家入の趣味と化していそうな薬の調合に、今更何か言って止められると思っていない。だから溜め息を溢しているのだが、彼女だから特別に許されていることを自覚している家入はクスクス笑い優越感に浸りながら、男性らしい硬めの髪に触れて頭を撫でた。

 

 ゆっくりとした、そしてゆるりとした時間を休憩の間満喫していく2人。ここ最近龍已が帰れなかったので2人で一緒に居る時間がとれなかった。その時間を埋めるように、彼等は触れ合った。そして休憩の時間は終わり、壁にまたもやお題が浮かび上がった。

 

 

 

『お題──────あっち向いてホイ』

 

 

 

「よしいくぞ。じゃんけんポンっと……」

 

「俺の勝ちだ。あっち向いて……ホイ」

 

「あ、負けた」

 

 

 

『お題──────相手の好きなところを言う』

 

 

 

「俺を理解してくれているところ」

 

「全部」

 

「流石にそれは抽象的すぎ……クリアなのか……」

 

 

 

『お題──────相手のことでイラついたことを言う』

 

 

 

「イラついたこと……?特にはないな」

 

「セックスの時に私が(とろ)けて足腰ガクガクになっても盛った薬の影響で腰を離してくれず後ろからガンガン突かれたとき。理由はその時の龍已が私をどこまでも求めてると理解し(分からせられ)て心のチンコがイライラする。子宮はムラムラした」

 

「もうやめてくれ。頼むから。それと後半は何を言ってるのか解らん」

 

「確かあの時は朝までヤって私が喘ぎ声すら出ないくらいまでぐちゃぐちゃにされ──────」

 

「ストップ。本当にストップ」

 

「またやろうな」

 

「自重しろ」

 

 

 

『お題──────お手玉』

 

 

 

「やったことないんだが」

 

「教えるから一緒にやってみるか」

 

「お前はできるのか?」

 

「あぁ。48個までなら」

 

「どういう光景だそれは」

 

 

 

『お題──────1人が膝枕。もう1人が膝の上で睡眠。時間は希望制。担当を決めてください』

 

 

 

「俺が──────」

 

「私が膝枕をする。睡眠時間は龍已が自然に起きてくるまでだ」

 

「あ、おい……」

 

 

 

『受理しました。家入硝子は膝枕をしてください。黒圓龍已は自然に起きるまでがお題内容とします。時間短縮のために態と起きた場合失格として最初からになります』

 

 

 

「硝子……」

 

「いいじゃないか。私はお前を労いたいんだ。日頃頑張っているご褒美だと思え。ほらほら、クッションも用意してもらったんだ、おいで」

 

 

 

 用意されたクッションの上に座って膝の上をポンポンと叩き催促してくる家入。宣言してしまい、役割はもう決められてしまっている。やらない限りお題は終わらない。龍已は長時間の睡眠を必要としない。少し眠れれば十分なのだ。しかしその間家入を縛りつけてしまうので忍びないと考えている。

 

 はぁ……と溜め息を吐いたのを見て、仕方ないなと考えていることを察した家入はニッコリと笑みを浮かべた。大人しく眠りにつこうと彼女の傍へ寄り、膝の上に頭を置く。横になっていると不快にならない程度の優しさと手つきで頭を撫でられる。

 

 何がそんなに楽しいのかと思いはあれど、気配からして気分良さそうにしているので、好きにさせておく。目を閉じて眠りの態勢に入る龍已を見下ろして、家入は愛おしそうにしている。寝付きが早く、規則正しい呼吸音が聞こえて眠ってしまった彼の頭を撫で続ける。

 

 

 

「お疲れさま、龍已。たっぷりと休んでくれ」

 

 

 

『──────お題がクリアされました。おめでとうございます』

 

 

 

 龍已が眠りについてから1時間後、スッキリとした雰囲気の彼が起きると同時にピンポーンとという音と共に、壁にお題クリアを報せるメッセージが現れたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『お題──────手を繋ぎながら部屋を歩いて10周』

 

 

 

「楽しいな」

 

「あぁ。それに簡単なお題のみだから気が楽だ。しかし体感でもう3日は経っている筈だ。提示されるお題は既に200は超えている。それでもまだ出れそうにない」

 

「そうだな。……ところで龍已。疲れは取れたか?ずっと任務続きで疲れていただろう?」

 

「これだけ休めればいくら何でも全快だ。調子が良すぎるくらいだ」

 

「そうか。それは良かった」

 

 

 

 身長からくる足の長さの差により歩幅が違う2人は、龍已が合わせることで同じ速度で歩いている。そもそもそこまで広い訳でもない部屋の中なので喋りながら歩いていればあっという間にお題の10周は歩き終わる。簡単なお題で助かってはいるものの、ここに来るまで既に200以上のお題をクリアしていた。

 

 そして部屋に閉じ込められてから既に3日目を迎えている。下界との時間の概念は隔絶されているため、3日どころか数秒も経っていないのだろうが、それにしてもこの部屋から脱出できていない。いつまでこのままなのか、クリアしなければならないお題の数が明記されていない時点で判断がつかない。

 

 幸いこの部屋はトイレや風呂。飲食物をしっかりと提供してくれる。生きていくには困らない場所だ。だがずっとこの場に居る訳にはいかない。なのでそろそろ終わりにしてほしいものだが、龍已に焦りはなかった。それどころか落ち着いている。

 

 最近忙しくて休めていなかった龍已の精神面や肉体面を心配してくれた家入に向き直る彼。どうした?と言われてそろそろこの部屋も終わらせようと思うと口にした。

 

 

 

「お題をクリアしていくしか方法はないが、これからペースを上げていくということか?」

 

「いいや。この部屋に居る限り、お題は永遠に終わらない。そうだろう?硝子」

 

「何を言ってるんだ?」

 

「もういい。俺はしっかりと休めた。この部屋から俺を出せるのは……硝子。お前だけなんだろう?」

 

「…………………。」

 

 

 

 解りきっていると言いたげな雰囲気をする龍已の言葉に、家入が黙り込む。この部屋に居る限り、お題が終わることはない。しかしこの部屋から出るには家入の力が必要だ。そう言う彼の目に迷いはなかった。これはもう()()()()()()と観念して、家入は両手を上に上げて降参の意を示した。

 

 

 

「何で解ったんだ?」

 

「あまりに焦らないからだ。この不思議な部屋に閉じ込められたというのに、焦りも危機感も何も無い。俺が一緒だということを抜きにしても落ち着きすぎだ。それにこんな呪具を造れるのは虎徹だけだろう。ここまでメリットもなければデメリットもない呪具はありえない。大方、俺を休ませたいからと言って造ってもらったんだろう?それと、突然意識が途絶えたかとも思えばこの部屋に居たということは、意識が途絶える寸前に何かされたということだ。一緒に居たのは鶴川さん。あの人にも手を回していたな。また薬を盛っただろう」

 

「降参だ降参。その通りだよ。鶴川さんに薬を渡して眠らせるように指示したのは私だ。車に乗せて所定の場所に連れて来るようにも言った。天切さんは快く造ってくれたよ。お前を休ませる為だと言ったらな」

 

「……こんなに強硬手段を取るほどか?」

 

「あぁ。休める時が無くて休めていない以上、休める時間を作って休ませるしかないだろう?」

 

「……まあ、休まない俺に非があるか」

 

 

 

 はぁ……と、溜め息を溢しながら龍已は額を指で掻いた。この部屋が天切虎徹の手によって造り出され、裏で手を引いていたのが家入硝子であることは1日目の割と序盤から察していた。それ程家入に焦りが見られず、順応していたからだ。気配でも、「何も知らない」と嘘を言っていることは把握していた。

 

 特に眠くもなかったのに突然意識が途絶えたかと思えば、この部屋に居たことも不自然だった。周りには誰も居らず、傍に居たのは鶴川のみ。なのでおかしいと思ったのだ。寝落ちするはずがないのに寝ていた。それも、家入じゃない誰かが寝ている自身の傍に来て呪具を使ったというのに、起きもせず、反撃もしなかった。その反撃で犯人は死んでいるであろうにだ。

 

 つまり、無意識下で触られたとしても攻撃しない、親しい者が犯人だと自然に判る。龍已的には、別段バレても良いと考えていたのだろうと思っている。犯人がバレないようにするのがキモではなく、如何に龍已を休ませるかが重要だったのだから。

 

 

 

「ありがとう、硝子。存分に休ませてもらった。疲れたら休むを徹底する。煩わせたな」

 

「いいよ別に。私もお前と一緒に居られて楽しかったし。呪具は解除するから、少し待ってくれ」

 

「分かった」

 

「……──────『2087年8月21日19時43分46秒』」

 

「……何の日付だ?」

 

「意味は無いぞ?このくらい出鱈目で規則性がない合い言葉にすれば、偶然解除されることはないと思ったんだ」

 

「解除方法は合い言葉だったのか……それは解けないな」

 

 

 

 家入が予め設定していた合い言葉を口にすると、部屋全体が揺れ始めた。地震の初期微動に似た揺れ方かと思えば、思わず目を瞑ってしまう光が辺り一面を包み込んだ。2人は目を腕でガードする。体には何の衝撃も来なかった。

 

 少しずつ目を開けてみると、見覚えのある景色が目に映る。龍已と家入が居るのは東京の高専の医務室だった。家入が使用している机の上には真っ白な掌サイズの正立方体が置かれている。これが2人を閉じ込めていた呪具の正体だった。

 

 長い時間を呪具の中で過ごしたが、現実では全く時間が経っていない。家入は部屋に付けられている時計を見て、使った時間と全く同じ事を確認して流石は天切さんだと小さく口にした。世界最高の呪具師は伊達ではないのだ。時間と材料さえあればどこでもどんな呪具だって造れるのだから。

 

 一方、龍已と言えば、呪具から出て来た2人の他に、実は同じく医務室に居た人物と相対していた。相手は兵仗を強張らせており、額に脂汗を掻いている。そして、その人物は腰が直角になるくらいまで深々と頭を下げた。

 

 

 

「龍已さん!勝手なことをして申し訳ありませんでした!」

 

「──────鶴川さん。頭を上げてください。別に怒っていませんから。主犯は硝子であり、何より俺を思っての行動でしょう。理解していますから大丈夫ですよ。そもそも全く休もうとしなかった俺に非があったんですから」

 

「そんなこと……ッ!わ、私は龍已さんに信頼していただいているから専属契約をしています!ですが今回のことは休ませるためとはいえ立派な信頼に対する裏切り行為……何の罰も無いなんて私自身が許せません!」

 

「……分かりました。では鶴川さんは罰として、この前任務の昼食として食べたたこ焼き屋に俺と硝子を連れて行ってください。もちろん鶴川さんの奢りです。それとこれからも俺の専属補助監督として動いてください。辞めることは許さないですよ。いいですね」

 

「は、うぅ……ごめんなさい……ごめんなさい龍已さん。そしてありがとうございます……っ」

 

「これじゃあ龍已を連れて来るように指示した私が悪役じゃないか。あ(いた)っ……」

 

「今回はその通りだ。あまり鶴川さんを困らせるなよ。鶴川さんは真面目で責任感が強いんだ」

 

「分かったよ。気をつける。鶴川さんもすみませんでした」

 

「い、いえいえ!私では龍已さんに休んでいただく案も出せませんでしたから!後ろめたいことはしてしまいましたが、無事龍已さんに疲れを取ってもらえて良かったです」

 

 

 

 家入は龍已からのチョップを貰って反省するように言われ、頭を下げながら嗚咽を漏らしている鶴川に謝罪した。裏切り行為をさせた、そしてしてしまった関係ではあるが、鶴川としても龍已に休んでもらえるならと前向きに事を運んだのは事実なので、気にしないでくれと手を振った。

 

 これにて龍已の監禁、及び疲労回復大作戦は幕を閉じた。身体に溜まっていた疲れを取った龍已は残っている任務に向かい、すぐに終わらせて帰宅した。この日から彼は、あまりに多すぎる任務は請け負わず、しっかりと休みを取るようになったとさ。

 

 

 

 

 

 

 

 例え超人的な肉体を持っていて疲れ知らずだとしても、一定の休憩は挟むようにする。その重要さを分からせられた龍已だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

GTG(グレートティーチャー五条)のドキドキ!?ワクワク!?〇〇しないと出られない部屋へよーこそー!命令はぜーんぶ僕が出すよ!2人は僕から出されたお題を消化してねー!ガンバっ☆。あ、最初のお題はハグ!禁断の恋を始めたらダ・メ・だ・ぞ♡』

 

 

 

「えっえっえっ!?龍已先生!?あとナニココ……(困惑)。てかハグ!?ヒュッ……(推しに畏れ多くて呼吸が止まる音)」

 

「……五条」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






黒圓龍已

任務やり過ぎて疲れているのに休まないからという理由で薬を盛られ、眠らされ、〇〇しないと出られない部屋(呪具)に家入硝子と一緒に閉じ込められた人。

漫画やアニメは基本見ないので〇〇しないと出られない部屋は全く知らなかった。勧められたら見たり読んだりする程度なのでそういう系に関して疎い。




家入硝子

龍已を休ませつつ、美味しい思いをする方法に気がついて、前々から虎徹に呪具の相談をしていた。もっと過激なやつでも良かったが、今回は休ませてリラックスさせるのが目的なので全部軽めのものにした。

お題は全部自分で設定し、出てくる順番はランダムにしてある。なので何が出されるのかは全部知っている。

悪用されたら困るので隠して置いた〇〇しないと出られない部屋(正立方体)が無くなってて割とマジで焦った。

その後、犯人の五条の六眼をメスで抉ろうとする。




五条悟

何か見つけたので六眼で見たら最高にイカした呪具だったため、近くに居た反承司に使い、龍已には挨拶をすると同時に使用した。

家入硝子にバレてめちゃくちゃ怒られ、イジメレベルの任務をやらされ、クソ高い酒数十本を罰として用意させられ、最後に六眼抉られそうになった人。

後悔も無ければ躊躇も無い。めっちゃ楽しかった。またやりたいと思っている。




反承司零奈

ただ巻き込まれただけ。2人きりの空間で鼻血を出して、ハグの時に白目を剥いて他人には見せられない顔を(推しに)披露した。

〇〇しないと出られない部屋=えっちぃお題と思っていたので心臓破裂するかと思ったが、そんなこともなく、この部屋がそういう用途に使われやすいと知らなかった龍已の純粋さに、自分が汚れているように思えて死にたくなった。




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