ハンターになったらモテると思っていた【完結】 (皇我リキ)
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ハンターになんて絶対にならないと思っていた

 走る。

 獣道を、必死に走る。

 

 

 舗装された道なんてのは、里の外にはありやしない。

 この世界は俺達ちっぽけな人間が生きていくのに優しくないのだ。

 

 しかし、それでも生きていくには走るしかない。

 

 

 何の為か。

 生きる為、糧を得る為、己の力を示す為、大切な者を守る為、そして───

 

 

 

「俺はモテたかっただけなのにぃぃいいい!!」

 モテる為である。

 

 

「なんで逃げるのよ!!」

 隣を走る赤髪の少女が、必死の形相で俺を睨みながらそう叫んだ。今話しかけるな。死にたいのか。

 

「んなもん決まってるだろ!! あんなのに踏み潰されたら死ぬからだわ!!」

「村を出る前はアオアシラくらい余裕だって言ってたじゃない!!」

「お前にはアレがアオアシラに見えるのか!? アレがアオアシラに見えるのか!! そうかそうか!! ハンターの修行の前に眼の治療をして来いバァァァカ!!!」

「今バカって言った!?」

 眉間に皺を寄せて俺を睨む少女だが、俺も彼女も足を動かすのだけは辞めない。

 

 

 身体が本能的に分かっているのだろう。足を止めたら、死ぬと。

 

 

 

 轟く咆哮。

 四足歩行で走る巨体。背中を覆う強靭な甲殻。角を持つ鬼のような頭部。

 人の何倍───否、人が住む家よりも大きな巨体。それが、俺達を今追い掛けている存在だった。

 

 

 モンスター。この世界の支配者である。

 

 

「死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ死ぬ!! 死ぬぅぅううう!! 嫌ぁぁぁああああ!!!」

「ツバキ、もう少し静かに出来ないの!? 気が散るんだけど!!」

「気が散る前に俺達の身体が散る所なんだよ静かに出来るかボケ───うおぉぉぉおおおお!! 近い近い近い!! 追い付かれる!!」

 視線を少し後ろに向けると、さっきまで叔父さんの家の畑くらいあった距離が実家の小さな家庭菜園場くらいの距離になっていた。

 

 分かりにくいので簡単に言うと、10メートルくらいね。

 あ、これ死んだわ。父さん母さん、先に逝く親不孝をお許し下さい。

 

 

「死にたくないよママぁぁあああ!!!」

「情けない声出さないで───って、ひゃぁぁ!!」

 どうしてこんな事になったのか。

 

 

 何を間違えてしまったのか。

 

 

 

 俺はただ、モテたかっただけなのに───

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 時は数時間前に遡る。

 

 

 カムラの里。

 たたら製鉄が盛んな山紫水明の里で、俺はこの里で生まれ育った。

 

 ここは五十年位前に百竜夜行と呼ばれる災害で壊滅寸前まで追い込まれたものの、復興を成し遂げ今は平穏に人々が暮らす里である。

 

 

 勿論平穏なのは里の中だけだ。

 里の外はモンスターの世界である。狩人───ハンターと呼ばれる人々がそんなモンスターを討伐したり追い払ってくれるおかげで、人々は平穏に暮らす事が出来ていた。

 

 でも俺はハンターが嫌いである。

 

 

「……つまんね」

 畑仕事。

 

 これが俺の生業だ。

 今年で十六になる俺は、そろそろ独り立ちしなければならない歳だろう。

 こうして畑仕事を初めて早一年。嫌でも慣れてしまえば、これが自分の仕事だと言うしかあるまい。

 

 

 ただ、俺はそれがつまらなかった。

 

 

「これはウチケシの実、これは火薬草」

 収穫して、また種を植えて、収穫しての繰り返し。

 大事な仕事だという事は分かっている。誰かの助けになっているのも知っている。

 

 だけど、そうじゃない。

 

 

 俺は昔ガキ大将だった。

 里の子供達の中では一番背が高くて、足も早くて、喧嘩も強くて。

 

 よく虐められていた幼馴染二人を助けるのが俺の日課で、俺の周りにはいつも人が集まってくる。

 物心着く頃には里の子供達を纏めるガキ大将になっていた俺は、当たり前のように大人になったらハンターを目指そうとしていた。

 

 

 村や大切な人達を守る為に強大なモンスターと戦う。

 そんな格好良い存在に、純粋な子供達が憧れない訳がない。

 

 

 だけど大人になるにつれ、俺は現実を知った。

 ハンターなんて普通の人間がこなせる仕事ではない。

 

 俺はガキ大将で子供達のヒーローだったけど、普通の人間だったのである。

 

 

 

「……さて、今日は帰るか。疲れた」

 俺は今日の収穫物を手に、里の中央にある自宅へと向かっていた。

 繰り返しの毎日。俺は畑を管理してるだけで商売をしている訳ではない。こうやって作った物を持ち帰っては商業を営んでいる両親に託すだけである。

 

 

「ツー君!」

 帰り掛け、ハンターの集う集会所と呼ばれる───謂わば酒場から出てきた長身の男が片手を大きく振って話しかけてきた。

 

 金色の髪に整った容姿。

 しかしその身には、強靭なモンスターを倒して手に入れた素材で出来た防具を纏っている。

 

 

 ハンターだ。

 

 

「誰ですか? 旅の方ならそこの酒場で案内を頼むと良いですよ?」

「ひ、酷いなツー君。二日間会ってないだけなのに僕の顔を忘れるなんて」

「嫌味だと気付けバカ。こっちが馬鹿馬鹿しくなるわ。……何のようだジニア」

 ツー君、と俺を呼ぶこの男。

 

 昔、俺がガキ大将だった頃に鼻水を垂らしながら俺に着いてきた幼馴染二人の内の一人である。名前はジニア。

 あの頃は大人しくて泣き虫で俺の背中ばかり追いかけていたチビだったのに、今や俺の身長を遥かに抜き───立派な狩人として成長したのだ。

 

 

「ツー君に合わせたい子がいてさ」

 ちなみにツー君とは俺の名前───ツバキから来ている。子供の頃の呼び方がそのままこの歳になっても呼ばれるのは苛立たしい。

 

「テメェまた新しい女か。死ね」

 昔、俺はモテていた。

 

 

 ガキ大将。

 子供達のヒーローだった俺は、近所の女子からモテモテだったのである。チヤホヤされていたのである。

 

 しかし、今は違った。

 誰も近所の農家のチビなんて相手にしない。

 

 

 皆のヒーロー、村のハンター。イケメン。

 このジニアという男は、俺から全てを奪った男である。

 

 俺に告白してきたエーコもビーミもシーナも、今や全員この男の虜だ。死ね。

 

 

「違う違う。いや、新しい彼女はまた出来たんだけど、それはまた今度として」

 そしてコイツはこういう奴である。死ね。

 

 

「帰って来たんだよ! カエデが!」

「……あ?」

 俺には仲の良かった幼馴染が二人いた。

 

 一人はこのカス、ジニア。

 もう一人は───

 

 

 

「泣くなカエデ。俺が取ってきてやるから」

「あ、危ないよツバキ! あんな高い木に登ったら死んじゃう!」

「大丈夫大丈夫。俺は最強だから。なんたって俺は、里一番のハンターになる男だからな!」

 子供の頃、俺がまだガキ大将だった頃。

 

「───ほら、取れたぞカエデ!」

 鈍臭くて直ぐに転んだり、買ってもらった団子を直ぐにフクズクに取られるカエデという名前の女の子の幼馴染がいたのである。

 

 

「ツバキは本当にハンターにならないの?」

「ならない」

 しかし彼女は二年前、ハンターになると言ってこの里を出て行った。

 

「俺達なんかがハンターになれる訳ないだろ。辞めとけ」

 俺はお前には無理だって何度も止めたのを覚えている。

 ハンターになるのを辞めた俺の知らない所でジニアがハンターになって、カエデまで俺を置いていってしまった。

 

 

「ツバキなんてもう知らない!」

 殆ど喧嘩別れみたいな別れ方をした彼女の顔を思い出す。結局俺は彼女を止める事も出来なかった。

 カエデがハンターになる為に修行に出て二年、そんな彼女が帰って来たらしい。

 

 

 

「カエデが、ねぇ」

「どうしたのツー君? 会いに行かないの?」

 合わせる顔があるだろうか。

 

 

 彼女は多分、立派な狩人になって帰って来たのだろう。対して俺がこの二年何をしていたかというと、畑仕事だ。

 

 

 合わせる顔がある訳がない。

 

 

「畑仕事だぞ」

「え?」

「俺の仕事は畑仕事だぞ!?」

 里一番のハンターになる男とか言っていた奴が、知らない間に農家になってたら笑われるだろ。恥ずかしいわ。会う訳ないだろアホか。

 

 

「という訳で俺は帰───カエデ?」

 ふと振り向く。

 

「ツバキ……」

 短めの綺麗な赤い髪。同じく赤い真っ直ぐな瞳。

 

 里の新米ハンターが身に付ける防具を身に纏ったその少女は、ハンターというには華奢なその身を俺に向けて固まっていた。

 

 

 二年ぶりの再会である。

 

 

 ここは里の集会所前。

 狩人になった彼女が居ても、なんらおかしくない。

 

 

 突然ジニアに聞いた話で心の準備が出来ていなかった俺は、手に持っていた収穫物をポーチにねじ込んで彼女の元へ歩いた。

 

 

 

「立派なハンターになったようだな、カエデ。実は俺もハンターになったんだぜ」

 嘘である。

 

「え、ツバキ。ハンターにはならないって───」

「気が変わったんだ。俺はもう立派なハンターよ」

 嘘である。

 

「あの日お前に怒られて気が付いたんだ。俺はやっぱりハンターになるべきだってな。そして俺は今さっき、イャン……いやん? いゃんくくす、いゃん?」

「イャンクック?」

「そう、そのイャンクックを倒してきた所だ」

 嘘である。

 

「凄い、ツバキ。やっぱりツバキは凄いよ!」

「だろ」

 嘘である。

 

 

 思春期男子。

 それは、異性の前で格好付けたくなる者なのだ。

 

 子供の頃、モテにモテまくっていた俺は謎の自尊心が非常に高く育ってしまったのである。

 その結果。今でも俺はモテると思っているしモテたいと思っているのだ。女の子に恥ずかしい所を見られたくないのだ。格好付けたいのだ。里の女子全員にモテたいのだ。それは二年間里から離れていたカエデだって例外ではない。

 

 実際は里の女子皆ジニアの虜だけどね。死ね。

 

 

 

「じゃあさ、ツバキ。一緒にアオアシラの討伐に行かない? 帰ってきた私の実力を見て欲しいの。……そして、また前みたいに三人で───」

「良いぜ」

「ツー君?」

 もう一度言う。

 

 俺は思春期男子だ。

 

 

 それが全ての失敗の始まりだったのである。

 

 

 

 

 そして時は現在。

 

 俺達はアオアシラの討伐というクエストを受けた。

 狩人だった兄の装備を倉庫から拝借し、兄のギルドカードを少し書き換えてクエストを受注。

 

 

 里の近くに迷い込んだアオアシラというモンスターの討伐。

 これが俺達が請け負った仕事である。

 

 ちなみにアオアシラは図鑑で見た事しかない。けど、ジニア曰く「モンスターの中では小さい方だから大丈夫だと思うよ、頑張ってね」との事なので大丈夫だと───思っていた。

 

 

 

「いや小さい方ってなんだ!! これが小さい方ならデカい奴は山と同じ大きさってか!! そんな生き物が居るわけないだろバカか!!」

「確かに普通のアオアシラより大きいかもしれないけど、大丈夫! アオアシラなら私は一度討伐成功したことあるから!」

「そもそもアレはどう考えてもアオアシラじゃねーだろ!! アオアシラは角なんか生えてないの!!」

 アオアシラ(?)から逃げる俺達。

 

 そもそもノリでクエストに来てしまったが、それはそれとして。

 

 

 早速モンスターを見付けた俺とカエデはソレがアオアシラだと思ってちょっかいを掛けてしまったのである。

 遠目で見たらそんなに大きくないし、四足歩行で背中が甲殻で覆われているという特徴は一致していた。

 

 しかし、いざ近付いてみたらどう考えてもそれはアオアシラではなかったのである。一瞬考えたけど、ソイツが口から炎みたいなのを漏らした時点で俺達は同時に逃げた。生存本能という奴である。

 

 

 

「なんか確かによく見たらアオアシラじゃない気がする!」

「よく見なくてもアオアシラじゃないわ!!」

「とりあえず、あの岩の上まで登って逃げるわよ!」

 そう言ってカエデは、視界の先にある犬の頭のような形をした岩を指さした。

 

 

 見上げるような高さのあるその岩は、完全に崖になっている。

 

 

 俺はカエデが何を言っているのか分からなかった。

 

 

 

「人間に出来る範囲で作戦を提案して頂いて宜しいでしょうか!?」

「翔蟲で一気に登るだけじゃない!」

「かけりむ? なにその技。忍術?」

「翔蟲よ! この子達!」

 そう言ってカエデは、腕に引っ付いたなんか気持ち悪い巨大な虫を俺に突き付けてくる。なんだその虫。キモ。

 

「え、もしかして……翔蟲連れて来てないの!?」

「そんなキモいペット連れて来るわけないだろ!! 何の役に立つんだよ!! 近付けんなキモいわ!!」

 虫は苦手だ。てかこの状況でそんなムシケラに何が出来る。

 

 

「……っ、もう! しょうがないわね!」

 そういうとカエデは俺の手を掴んで、俺に抱き着くように身体を密着させた。あ、女の子の感触がする。でもあんまり大きくないね。

 

 とか言ってる場合じゃない。

 

 

「跳ぶわよ!!」

「何をする気だぁぁあああ!!」

 身体が浮いた。

 

 

 カエデの腕にくっついていた虫が飛び出しながら糸を垂らし、カエデはその糸を掴んで高く跳躍する。

 もう一匹、同じ姿の虫が飛び出して同じ行動をもう一回。

 

 

 見上げるような崖。

 巨大なモンスターが小さく見えるような高さまで、彼女はその虫の力を借りて俺を抱き抱えたまま登り切ったのだ。

 

 

「……ふぅ、ありがとね」

 虫を撫でながら崖下を覗き込むカエデ。崖の下では、アオアシラのママみたいな奴が角を生やして俺達をに並んでいる。

 

 もしかして俺達がアオアシラを討伐しようとしたから怒っているのかもしれない。いや、違うわ。やっぱりどう見てもアオアシラじゃないわ。

 

 

「アレ、よく見るとアオアシラじゃないわね」

「だから何度も言わせるな」

「それじゃ、アレはなんなのかしら……」

 そんな事を俺に言われても分からん。俺はハンターじゃない。

 

 ノリでここまで来てしまったが、よく考えなくても俺にはあの化け物どころかアオアシラだって倒せるか分からないのだ。

 ここは里に逃げて、正直に話そう。

 

 

「とりあえず、帰ろうぜ。アレは俺達新米ハンターになんとか出来る相手じゃないだろ」

 俺は新米ハンターでもないけどな。

 

「ねぇ、あのモンスター、登って来てない?」

「は?」

 言われて、俺は下を覗き込んだ。

 

 

 それだけで俺の腕よりも太い強靭な爪。

 口から炎みたいなものを漏らしながら、そのモンスターは崖に爪を立てながら登ってこようとしている。

 

 

「ぴゃぁぁぁああああ!!!」

「に、逃げた方が良いわね。飛び降りるわよ!」

「いやこの高さから落ちたら死にますけど!?」

「ハンターなんだから大丈夫よ!」

 なんだその謎理論は。ハンターだろうがなんだろうがこの高さから落ちたら人間は死ぬわ。

 

「お、俺はここで助けを待つぞ! アイツだってそう簡単に登って来れる訳じゃ───」

「ツバキ、危ない!」

「───は?」

 それは一瞬の出来事だった。

 

 

 崖を登ってこようとしていたモンスターが身を振ったかと思えば、紫色の炎のような何かが崖の上まで飛んできたのである。

 カエデはその炎から俺を庇い、声にならない悲鳴をあげてその場に倒れた。一瞬「逃げて」と掠れた声を漏らして。

 

 

 

「……カエデ? おい、カエデ! カエデ!!」

 その身を揺すっても返事はない。ただ苦しそうに表情を歪めている。

 

 生きているが、このままじゃ危ない。

 

 

 俺は何をしてるんだ。

 

 

 俺はただ、モテたかっただけなのに。

 

 

 

「……責任は取る。俺も男だからな」

 どうせ死ぬ。

 

 

 あの日からずっと分かっていた事だろう。

 だったら、今くらい格好を付けてもバチは当たらない。俺は、ハンターにならなかったのだから。

 

 

 

「ここで待ってろ、きっと助けは来るから」

 気休めに、農場で取れた新鮮なウチケシの実を気を失っている彼女に無理矢理咀嚼させ、俺は崖の下に視線を落とした。

 

 

 モンスターは未だに崖を登ろうとしている。

 ここから飛び降りたら、人間は死ぬ。

 

 飛び降りなくても、俺は死ぬ。

 

 

 なら、答えは単純だ。

 

 

 

 さっきの虫がカエデを心配そうに見ている。

 キモい。だけど、食べようとしてる訳じゃないなら良い。

 

 

「カエデの事よろしくな」

 そう言って、俺は崖から飛び降りた。モンスターの頭上に向けて。

 

 上手くいけば俺が降って来た衝撃でモンスターを崖の下に落とす事が出来る。

 そうでなくても、モンスターが俺を狙って崖から降りてくれればそれで良いのだ。

 

 

 これが上手くいこうが上手くいかまいが、俺は死ぬ。

 でも、こうしないとカエデまで死ぬ事になるかもしれない。それだけはダメだ。

 

 ──ツバキ……助けてよ、ツバキ───

 ──俺はハンターになるぜ。そして、お前達も村の皆も、俺が全員守ってやる──

 約束したのだから。

 

 

「しかし、まぁ───」

 ───死ぬ前にモテたかった、なんて思う。

 

 

 

 衝撃に、俺の意識は飛び散った。



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死んだから転生してモテる話ではなかった

 暗がりで立ちすくむ。

 

 

「……ここは?」

 自分が何をしていたか思い出せない。

 後頭部が痛い。そういえば、確か俺はカエデと再開して───

 

 

「あなたは死にました」

 突然目の前に金髪の男が現れ、男は慈愛に満ちた表情でそう言った。

 

「そうか、俺は───」

 ───カエデと再開して、格好付けてハンターになったなんて嘘を付いた末に崖から落ちて死んだ事を思い出す。

 

 

 あまりにもダサい死に方だ。

 

 

「てかお前ジニアか」

「いえ、私はジーニアス。神です」

 目の前の男の姿は、俺が憎む幼馴染の姿に酷似している。しかし、彼はジニアではなく神様らしい。

 

「いや神様!?」

「あなたは死にました。ここは神の壇上。現世では不幸だった貴方を幸せにする為に、私は貴方をここに呼んだのです」

 まさか、これは最近物語として流行っている神様転生という奴か。

 

 俺は今から凄い能力とかを手に入れて他の世界に転生されたり、この世界の知識を活かして他の世界でチヤホヤされたりしちゃう訳ね。なるほどね。

 

 

「はいはーい! モテたいです! なんかこう、俺を見る女の子が全員俺の事を好きになる的な能力を下さい」

「そんなものはありません」

 そんなものはなかった。

 

 

「あなたは今から虫に転生します」

「え? 今なんて?」

「非力で、顔も普通で、冴えなくて、気が利かなくて、貪欲で、貧弱で、センスも悪く、口も悪く、口だけ達者で、子供で、農家でモテない貴方の人生」

「純粋に悪口!! でもお前農家は違うだろ!! 全世界の農家の人に謝れ!! いや俺に謝れ!!!」

「そんな人生でも虫になれば関係ありません! 何も考えなくて良いのです!」

 それは、そうなのかもしれない。

 

 

 思い返す。

 俺は結局何も出来なかった。ガキ大将だった自分に酔って、周りの変化を受け入れずに逃げ続けていたのである。

 

 

 虫になったら何も考えなくて良い。

 

 

「……それも、良いのかもな」

 ──ツバキ……助けてよ、ツバキ───

 

 俺は何も出来なかった。

 

 

 ──ツバキ! ツバキったら! ツバキ、目を覚まして──

 

 

「俺は───ん?」

 声が聞こえる。カエデの声だ。頭が揺れる。痛い。

 

「あ、これ夢ね」

「死ね」

 俺は神を殴った。夢なので許される。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 知らない天井だ。

 

 

「ここは……」

「集会所だよ、ツー君」

 見慣れた顔が覗き込んでくる。俺は神を殴った。だからコイツも殴る。

 

 

「───痛い!? え!? なんで!? 酷いよツー君!?」

「顔がムカついた」

 我ながら酷い理由だが、それは良いとして。

 

 

「俺、生きてるのか? なんで?」

「覚えてないの?」

 そうやって心配そうに俺の顔を覗き込むのは、装備を脱いで私服姿になっているカエデだった。

 

 

「カエデ」

「私も気絶してて覚えてないんだけど、私達助かったんだよ」

 カエデの話に寄ると、事の顛末は俺の予想とは違ったらしい。

 

 

 カエデが目を覚ました時、彼女はあの崖の上で一人だったという。

 彼女が言うにはあのモンスターは居なくなっていて、俺は崖の下の木の枝に引っ掛かっていたとかなんとか。

 

 これは俺の予想だが、運良く何かに弾かれた俺の身体は木の枝に引っかかった。

 モンスターは落ちて来た筈の俺を見失い、諦めて何処かへ去っていったのだろう。

 

 

 奇跡だわ。

 神よ、殴って悪かった。

 

 

「もしかして、ツバキが追い払ってくれたの?」

「は?」

 所で事の顛末はともかく。カエデは気絶していて何が起きたか分かっていないようだ。

 

 

 これ、チャンスじゃね。

 

 

「お、おう! そうだぜ。まぁ、俺もハンターだからな! あの程度のアオアシラ余裕だわ」

 いやどう考えてもアオアシラじゃなかったけどね。

 

「えぇ……」

 おいジニア。変な顔をするな。

 

 

 男の子だもん。異性の前で格好付けたくなるのは当たり前だろ。

 

 

「ツバキ……」

 俺がジニアを睨んでいると、カエデは瞳に大粒の涙を流しながら両手を広げる。

 そしてそのまま俺の頭に抱き着いて、その平坦な膨らみを俺に押し付けてきた。あ、でも柔らかい。

 

「なんぞなんぞ!? モテ期!?」

「バカ! 無茶して。……でも、ありがとう。約束、守ってくれてたのね。私が居ない間にハンターになってくれてたなんて。見直しちゃった」

 罪悪感で死にたくなってきたぞ。辞めて。

 

 

「私、ツバキのお母さん達にこの事話してくるわね。無事で本当に良かったわ」

「え、待って? それは待って!?」

 俺から離れてそう言ったカエデは、急いで部屋を出ていってしまう。俺は寝ているので何も出来なかった。

 

 

「嘘はよくないよ」

「うるせぇ神」

「神?」

「いや、こっちの話だ。直ぐにバレる嘘ってのは本当に良くないな。……今度こそカエデとも絶交かもしれない」

 昔、彼女とした約束を思い出す。

 

 

 

「俺はハンターになるぜ。そして、お前達も村の皆も、俺が全員守ってやる」

「ツバキ格好良い!」

「約束するぜ。この村に危機が迫った時、この村の誰かが助けを求めた時、お前達が助けを求めた時。俺が必ず助けてやるってな!」

「うん。ツバキ、約束だよ」

 俺はまだ子供で、純粋だった。

 

 あの日、現実を知るまで───俺は本当にハンターになろうとしていたのである。

 

 

 

「ところでツー君、本当に何が起きたのか覚えてないのかい?」

「投身自殺が失敗に終わったって事以外はなにも」

 何故、俺は生きているのだろうか。

 

 

「もしかして俺には秘められた力が眠っている?」

「それはないと思うよ」

 否定するなよ。これが物語だったらそこから物語が始まる所だろ。

 

 俺がその能力で活躍しまくってモテまくる所だろ。

 

 

「それはないと思うよ」

「二度も言わなくていいから! 分かってるから!」

 コイツ本当にムカつくな。

 

 

「でも、本当に何が起きたのかは気になるね。二人が遭遇したアオアシラに似たモンスターを僕は知らない。僕は今日の事をウツシ教官に相談してみるよ」

 真剣な表情でそう話すジニア。

 

 ジニアは確かに村の女子に人気のハンターだが、ハンターとしては新米の部類だ。コイツが知らない事があってもおかしくはない。

 

 

 ただ、卑怯なのはそうやって真剣な表情をされると元の顔が良いので格好良く見えてしまう点である。

 

 

「お前嫌い」

「突然酷いよツー君」

 苦笑いしながら立ち上がるジニア。コイツはカスだが真面目な時は真面目なので、直ぐにでもウツシ教官に話をしてくるつもりらしい。

 ウツシ教官というのはこの村でハンターの教育をしている人だ。俺も昔は世話になろうとしていたので覚えている。

 

 あの人ならきっと、俺達が見たモンスターの事も知っているかもしれない。

 

 

「ミノトさんには僕から言っておくから、動けるようになったら家に帰るんだよ。見たところ、怪我はしてなさそうだけどね」

 そう言って、ジニアは部屋を出て行った。

 

 確かここは集会所って言ってたか。ハンターではない俺にはあまり縁のない場所である。

 

 

 アオアシラ討伐のクエストを受けに来た時は、受付をカエデに殆ど任せていたから余計にだ。

 

 

「出入り口は……」

「───ツツジさん?」

 部屋を出ると、驚いたような声を漏らす女性と目が合う。黒くて長い綺麗な髪。とても美人な女性で一瞬ときめいてしまった。

 

 確か、彼女は集会所の受付を務めているミノトさんだったか。

 

 

 それでその名を口にしたというなら、納得である。

 

 

「……その人はもう居ませんよ」

 俺はそう静かに告げて、彼女に背中を向けた。

 

 

 異性で美人。

 正直もっと話がしたい。お茶がしたい。チョメチョメしたい。

 

 けれど、今はそういう雰囲気ではないだろう。

 

 

 俺は走って集会所を出て、家に向かった。

 

 

 

「───なんだこれ」

 自分の表情筋が大変な事になっている。

 

 いや、それ以前に俺の家が大変な事になっていた。

 

 

「あ、おかえりツバキ。見て見て、皆でパーティする事になったのよ」

 何故か俺の家にいるカエデ。そして豪華な料理を用意している俺の両親とカエデの両親。

 

 おそらくは、カエデの帰郷パーティだろう。

 しかし、何故俺の家で行われているのか謎だ。

 

 

 それ以前に───

 

 

「カエデ、悪い。俺は本当は───」

「私の知らない間にツバキ君がハンターになってるなんてねー。おばさんビックリよ」

 そういうのはカエデの母親である。

 

 

 俺がハンターになったというのは、帰ってきたカエデに咄嗟についた嘘だ。

 

 その嘘は俺の両親に話せば一瞬でバレる筈である。

 

 

「それが私も知らなかったんですよ。ふふふ」

「俺も息子が知らない間にハンターになっていたなんて知らなかったよ。ビックリしたな。ハッハッハッ!」

 両親、俺の嘘を信じてしまっていた。

 

 

「コイツらもしかしてバカか」

 しかし、おかげで想像していた最悪のシナリオは回避出来たらしい。

 

 

 両親に俺がハンターになった事を嘘だと知らされ、カエデが俺の事を見損なって嫌いになり───里中の人々に俺は嘘付きのチンカス野郎だと罵られるという最悪な事態が回避出来たのである。

 

 

「神よ、殴って悪かった」

「何言ってるの? ツバキ。ご飯出来たら食べよ」

 俺の手を引っ張って食卓に座らせるカエデ。

 

 

 

 あの時喧嘩別れをして、もう二度とこうして話す事はないと思っていた。

 

 これは、チャンスなのかもしれない。

 

 

 

 

「ツバキは本当にハンターにならないの?」

 二年前、ハンターになるのを諦めた俺にカエデが詰め寄って来たのを思い出す。

 

「ならない」

 俺は現実を知ってしまった。

 

 

 人間は簡単に死んでしまう。

 怖くなった。嫌になった。情けなくなった。

 

 

「でも、ツバキ約束したじゃない。ハンターになって皆を助けるって! 私達を助けてくれるって!」

「そんなのは子供の頃の約束だろ!!」

 俺の肩を揺らす彼女を突き飛ばす。

 

 

「俺達なんかがハンターになれる訳ないだろ。辞めとけ」

 そして俺は、冷たい声でそう言った。

 

「ツバキなんてもう知らない!」

 そうして彼女は里を出て行き、ジニアは俺の知らない所でハンターになって、俺は独りになる。

 

 

 

 ずっと後悔していた。

 

 

 だけど───

 

 

「ご飯美味しかったね、ツバキ。次は簡単なクエストでちょっと狩場に慣れたいと思うんだけど、良い?」

「おう、良いぜ。いくらでも付き合ってやる」

 これはチャンスかもしれない。

 

 

 

「ツバキ、話がある。部屋に来なさい」

 カエデと両親が家に帰って、俺は父親に呼び出される。そんな予感はしていた。

 

 

「カエデちゃんに嘘をついたな?」

「……はい」

「お前はハンターじゃない。農家だ」

「農家だって言わなくてよくない? ハンターじゃない、で止めてくれてよくない?」

「農家だ」

「分かったから話を続けてくれ父さん」

 父は一度咳払いをして、こう話を続ける。

 

 

「お前の気持ちは俺も母さんもよく分かる。お前もそういう歳だからな」

「恥ずかしいからやめて」

「だが、付いて良い嘘と悪い嘘がある。……やって良い事と悪い事があるだろ」

 そう言って、父は部屋の端にある仏壇に視線を送った。仏壇には俺に似て平凡な顔の遺影が飾られている。

 

 

「ツツジ兄さん……」

 俺には兄がいた。

 

 二つ上の、平凡な兄。

 名前はツツジ。俺の兄だけあって、子供の頃は周りの子供よりも背が高くて足も早かったのを覚えている。

 兄は子供の憧れという例に漏れずに狩人───ハンターを目指した。結果はこの通りである。

 

 

 

 なんの変哲もない、小型モンスターの討伐クエストだったらしい。

 

 

 しかし、兄はクエストに出掛けて二日間も帰って来なかった。普段なら日帰りで帰ってくるようなクエストだから、里中大騒ぎになったのを覚えている。

 

 

 そんな中で俺は両親や周りの静止も払い除け、兄を探しに狩場へと向かった。

 

 

「───なんだよコレ」

 そこで俺が見付けたのは、血と肉の塊に虫が群がっている凄惨な光景だったのである。それ以来、虫を見るのが嫌になった。

 

 

 

「ツツジの防具やギルドカードを勝手に持っていったのは、いけない事だ」

「……ごめん、父さん」

 俺は勝手に書き換えたギルドカードを父親に差し出す。ぶん殴られてもおかしくはない。家を出ていけと言われてもおかしくなかった。

 

 大切な息子の遺物をこんな事に使ったのだから。

 

 

「馬鹿野郎、心配かけやがって」

 だけど、父は俺の頭を撫でて、一度だけチョップを入れる。そうして、俺を抱きしめた。

 

「しょうがない息子だな、全く」

「父さん……」

「本当よ、全くね」

 そんなタイミングで、母が部屋に入ってくる。

 

 

 母の手には、手入れの終わった防具が畳まれていた。兄が使っていた防具を、俺が勝手に使って汚してきた物を洗ってくれたのだろう。

 

 

「で、ハンターになるの?」

「俺は……」

 母の言葉に、俺は俯いて固まった。

 

 

 

 俺は農家である。

 ハンターなんて危険な仕事が出来る人間じゃない。才能も能力も力もない。

 

 

「俺は……」

「自分の事は、ゆっくり決めれば良い」

「そうよ。待ってるから」

 そう言って、母は近くの棚に手入れの終わった防具を置いた。

 

 

 

 約束を思い出す。

 ハンターへの憧れを思い出す。

 

 危険な仕事を熟す、皆の憧れ。ハンター。

 

 

 ずっと後悔していた。もし兄が死ぬ前に、俺が強いハンターになっていたら。もしジニアやカエデよりも先に俺が立派なハンターになっていたら。

 

 でも、思い出す。

 虫に群がられる血と肉の塊を。

 

 

「俺は確かにハンターになりたかった」

 ───だけど俺は、ハンターが嫌いなんだ。



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ハンターになったらモテるって聞いた

 俺は虫が嫌いだ。

 

 

「俺様の畑に来た事を後悔するんだな。……死ねゴラァぁぁあああ!!!」

 アリ、バッタやイナゴ。その他多数。虫は農産物を食い荒らす農家の敵である。あと気持ち悪い。

 

「あ、ミミズちゃん! よーしよし、よーしよし、お前はウチの畑の女神だぜ。大きくなるんだぞぉ」

 ミミズは好きだ。畑の土を良くしてくれる。あと釣りの餌になるしな。

 

 

 それとカエルも好きだ。畑の虫を食べてくれる。あと釣りの餌になるらしい。

 知り合いの漁師の話ではガノトトスという魚を釣る為の餌になるとか。ガノトトスがなんなのかは知らない。

 

 

「おー、なんて大きなミミズちゃんなんだ! お前はこの畑の主だな。よーしよし、これからもウチの畑を頼むぞ」

 ところで───

 

 

「ツバキ、こんな所で何してるの?」

「───か、カエデ!? なぜ此処に。てか、なんだその腕に着いてるキモい虫!!」

 ───俺は虫が嫌いだ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 カエデが里に帰ってきて二日。

 

 

「───家の畑のお手伝いまでしてるなんて、ツバキは偉いわね。ハンター業だって大変なのに」

「ま、まぁな。副業って奴? ハッハッハッ」

 俺は未だにカエデに本当の事を言えないでいる。

 

 俺の本業はハンターではなく農家だ。

 そもそも俺はハンターではない。農家だ。

 

 

「……で、そのキモい虫はなんだ」

「この子? この子はモミジっていうの。可愛いでしょ」

「いや名前を聞いた訳でもないし可愛くもないからね。その虫はなんだ。なんでそんな虫を腕に引っ付けてるのか聞いてるの」

「可愛いのに」

 可愛くない。

 

「なんでって言われても、私が操虫棍を使うからとしか答えられないわよ。逆に操虫棍使いで猟虫を連れていない方がおかしいじゃない? マルドローンって種類の猟虫なんだけど、知らないの?」

 言いながら彼女は俺に背を向けて、その背に背負った身の丈程の薙刀のような武器を見せ付ける。

 

 

 操虫棍という武器らしい。俺はハンターじゃないから知らないけど。

 

 

「確かにな。いや、知ってるよ。うん。まるどろーんね。まるどろーん」

 もう一度言うが俺はハンターじゃないからそんな事は知らない。だがカエデの中では俺は既にハンターという事になっているのだ。

 

 嘘というのは一度付くと取り返しのつかない事になっていくというのを、俺は今凄く実感している。

 

 

「……で、何の用だ?」

「一緒にクエストに行こうと思って。里中探したのよ?」

 この広い里で俺を探す為に女の子が時間を掛けてくれた。こんなに嬉しい事はあるだろうか。

 

 ない。

 だって里中の女の子の大半はジニアの虜だから。死ね。

 

 

 ただ、それはクエストのお誘いでなければの話である。

 

 

「今日は忙しくてな……。じ、ジニアと行ってきたらどうだ? アイツ()ハンターになってるんだぜ」

 俺()ハンターじゃないけどね。

 

「そっか、分かったわ。また誘いに来るわね」

「お、おう」

 本当に困った。

 

 

 その後カエデとジニアが狩場に向かうのを陰で歯軋りしながら見送って、俺は里の茶屋で休憩を取ることにする。

 

 集会所の側にあるこの茶屋の団子は格別だ。

 俺は嫌な事があると直ぐにここに来てしまう。ストレスには美味しい物を食べるか寝るが一番だ。

 

 

 カムラの里名物うさ団子。

 天辺の団子に可愛らしい顔が描かれているそれを、一気に口に放り込んでお茶で流し込むのがこの里流の食べ方である。

 

 

「頂きま───」

「ねーねー、ツバキってカエデちゃんと付き合ってるんだよね?」

「───ゴフッ、ごほっ、ごぉっへぇぉぁっぼへぇ」

 ───と、うさ団子を飲み込んだ直後の俺に一人の少女がとんでもない爆弾発言をしてきた。

 

 俺は死にかけた。

 

 

「よ、ヨモギ。勘違いするなよ。……俺は別にカエデの事なんて好きじゃないんだからね!」

 少女の名前はヨモギ。

 茶色い髪を団子型の櫛で纏めた女の子で、この茶屋の看板娘である。

 

「そうなんだ。でも、さっきジニアとカエデちゃんが一緒に歩いてるのを凄い顔で見てたよ?」

「それは俺がジニアを殺したい程憎んでるからだ」

「仲が良いんだね!」

 もしや人の話聞いてないなお前。

 

 

 カエデへの好意がない訳ではない。

 そもそもの話だが俺は昔モテていた。過去の栄光という奴だ。

 

 しかし、今の俺に彼女もいなければ農家をやっているのも理由がある。農家は関係ないけど。

 

 

 

「カエデちゃんとジニアとツバキって本当に仲が良かったよね。ツバキとカエデちゃんはお似合いだったし。カエデちゃんが帰ってきてくれて良かったよ!」

 俺は昔、カエデと付き合っていた。

 

 

 付き合っていたというが、実質とか自称とかそういう曖昧な関係である。

 何度も言うが俺は昔モテていたのだ。それは勿論、カエデも俺の事が好きだった(に、違いない(と、俺が思っているだけかもしれないが))。

 

 事実、俺とカエデは毎日一緒だったし、里の人達も───こうしてヨモギが言うようにほぼ里中から公認の関係だったのである。

 

 

 そして何度も言うが俺はモテていた。

 カエデとそんな関係なのは里中公認だった訳だが、それでも俺は他の女の子達に好意を寄せられていたのである。告白だってされた、エーコやビーミやシーナに。断ったけど。

 

 

「……そうだな、帰ってきてくれて良かった」

 で、何故俺が今こうなってるのか。

 

 それは勿論あの喧嘩別れが原因だ。

 

 

 俺がハンターになるのを諦めて、カエデと喧嘩してそのまま彼女は里を出て。

 里で一番のハンターになるなんて言っていた俺が情けなく逃げ出したあの日から、俺はモテないし彼女もいない農家になったのである。

 

 農家は関係ない。俺が悪い。農家は立派な仕事だ。

 

 

「俺はカエデと付き合ってる訳じゃない。……俺は里中の女の子の物だからな」

 そして昔モテていた名残の謎の自尊心だけが残っているのが、このツバキというしょうもない人間の名前である。自分で言ってて死にたくなってきたよ。

 

 だから、俺とカエデの関係は結局の所幼馴染止まりだ。昔がどうだとか、喧嘩して帰ってきたのがどうだとか関係ない。

 

 きっと彼女は俺の事をなんとも思ってないのだろう。

 

 

「里中の女の子の物? 私はツバキ要らないよ?」

「え、何? お前俺の事嫌いなの? 泣くよ?」

 泣いた。

 

 

「───やあ、ツバキ」

 茶屋で一人号泣している俺の背後から、聞き覚えのある声が耳に入ってくる。

 振り向くとそこには、竜の頭部のようなお面を手にした男性が立っていた。

 

 

「……ウツシ教官?」

「うん。久し振りだね、ツバキ」

 彼の名はウツシ。

 この里で狩人───ハンターの育成を担当している人である。

 

 里でハンターを目指す者なら必ず世話になる人だからか顔が広いのは勿論、俺自身も昔はハンターを目指していたのだ。死んだ兄だって彼にはお世話になっている。

 しかし、俺は二年前ハンターになるのを諦めてウツシ教官とはそれきりだった。里で横切っても、俺は挨拶もろくにしていない。

 

 

 だから、久し振り。

 

 

「な、何か用ですか?」

「うん。里長とギルドマスターがツバキを探していてね。俺が呼びに来たって訳だ」

 若々しい笑みを浮かべながらそう言うウツシ教官。

 

 なるほど、里長とギルドマスターが俺を呼んでるのか。なるほどね。

 

 

「ん? 今なんて?」

「里長とギルドマスターがツバキに聞きたい事がある、と言ったんだよ。おそらく、()()()の事じゃないかな」

「二日前の事か、なるほどね。なるほど。なるほ───ど!!」

 俺は走って逃げる。茶屋の机に代金だけ置いて。

 

 

 二日前の事といえば、俺がギルドカードを偽造して狩場に出て行った時の事だ。

 当たり前だが狩人でない者にモンスターの討伐は認められていない。普通に怒られる事である。

 

 

「里長怖い!! 里長怖い!! 里長怖い!!」

 ところで関係ないけど里長は怖い。里長は俺のお爺ちゃん世代の歳なのに、身の丈程の大太刀を振り回す筋肉ゴリマッチョのおっさんだ。もう見た目が怖い。

 

 しかし、俺は農家だが足には自信がある。

 子供の頃ガキ大将をやっていたのは伊達ではないのだ。

 

 

「よし、ここまで逃げれば───」

 抜け道を駆けて細い道まで走る。狩人といえど、そうそう簡単には追い付───

 

「相変わらず気が早いな、ツバキ。だが、里長はこっちだよ」

 何故か目の前にウツシ教官。

 

 

 ───追い付くどころか追い抜いていたウツシ教官に抱えられ、俺は里の集会所に拉致された。

 コレがハンターの力か。駆けっこですら負けたら俺に残る取り柄がなくなるのでやめて欲しい。

 

 

「ツバキ、来たか」

「待っておったでゲコよ」

 集会所。

 

 ハンターの集う酒場で、二人の男性が座り込む俺を見下ろしている。

 

 

 一人はこの里の長。ゴリマッチョおじさん、フゲンさんだ。

 

 もう一人はこの集会所のギルドマネージャー。里の狩人達が受けるクエストを管理している竜人族の爺さん。ゴコクのじっちゃんである。

 ゴコクのじっちゃんは里長と違って優しい人だ。いや里長が優しくない訳じゃないが、じっちゃんは里中の子供のおじいちゃんみたいな存在なのである。

 

 

「あの、えーと、ですね。先日の件ですが、僕はこう、なんというか、気の迷いといいますか───」

「ツバキよ」

「はい!! なんでしょう里長!! 僕が悪かったです!!」

「まずは座れ、茶でも飲みながら話そうではないか」

 見た目通りの渋い声でそう語る里長。俺はその声に逆らう事も出来ず、黙って椅子に座った。

 

 じっちゃん助けて。

 

 

「ツバキよ」

「はい!! もう一思いに殺してください!!」

「二日前、お前が狩場で見たモンスターの姿を覚えておるか?」

「はい?」

 真剣な表情で俺の顔を覗き込みながらそんな言葉を漏らす里長に、俺は頭が真っ白になって首を横に傾げる。

 そんな俺の隣で、ウツシ教官がポーチから一枚の絵巻物を取り出して開いた。

 

 そこには、禍々しい鬼火のような物を纏うモンスターの姿が描かれている。俺はそのモンスターに見覚えがあった。

 

 

「……あの時の」

 二日前、俺とカエデがアオアシラと間違えてちょっかいをかけてしまったモンスターにとても似ている。

 

 

「やはりか。……ゴコク殿」

「奴が現れたとなれば、信じる他ないでゲコなぁ」

 俺の言葉を聞いてじっちゃんに視線を送る里長。じっちゃんは見た事もない真剣な表情で、目を細めて視線をどこか遠くに逸らした。

 

「百竜夜行が近付いている」

「百竜夜行?」

 続くウツシ教官の言葉に、俺はどこかで聞いた事のあるその言葉を聞き返す。

 

 

 五十年ほど前に里を襲った大災害。

 カムラの里は次に起こるその百竜夜行に備え、狩人でない者にも武器や迎撃設備の扱いを訓練してきた。

 里を壊滅寸前まで追い詰めた災害。百竜夜行とは、それ程までに恐れられていた事なのである。

 

 

「俺が見たアオアシラのお化けみたいなのが、じっちゃんが昔から言ってた百竜夜行ってやつの原因なのか?」

「いや、それは分かっていないんでゲコよ。ただ、奴は夜行が起こる度に現れるでゲコ」

「里長、この事は」

「無論。だが、まだ判断するには早い。使いを出し、事実を見極めなければならん」

 俺がじっちゃんに話を聞いている間に、ウツシ教官と里長が何やら今後の話をし始めた。

 

 

 俺が呼ばれたのはあの時に見たモンスターの事を聞きたかったからなのか。

 と、なると俺は怒られなくて済むのかもしれない。

 

 

 よし、帰ろう。

 

 

「なんか難しそうな話だし、それじゃ俺はこれで───」

「待て、ツバキ」

「ヒィィッ!?」

 立ち上がった俺の肩を掴んで座らせる里長。力が強過ぎて逃げられない。

 

 

「まだ別の話がある。……ツバキ、何故狩人でないお前が狩場に出向いた」

「デスヨネー」

 怒られない訳がなかった。

 

 そもそもの話、狩人でない者が狩場に出向くのは禁止されている。理由は簡単、危ないから。普通に死ぬから。

 

 

 二日前、俺はギルドカードを偽造して里の外から来たハンターのフリをしてクエストを受けた。

 カムラの里はそこら辺の村と違い人口も多い。里のハンターも多ければ、里の外から来るハンターも大勢いる。

 

 その中に紛れ込めば、多忙な集会所で一人こっそり狩人ではない農家がクエストを受けてもバレはしない。

 けど、それはその場限りの話だ。クエスト中に倒れた俺が里に帰ってきた時点で「なんで農家が狩場で倒れてんだよ」という話になる。

 

 

 そもそも───

 

 

「カエデの奴がな、ツバキが狩人になったと喜んでいたぞ。……どういう事だ」

 ───そういう事だ。

 

 俺は農家である。ハンターではない。

 カエデは俺が狩人ではなく農家だという事を知らないのだ。そんなカエデに俺は嘘をついたのである。

 俺をハンターだと思ってるのはカエデしかいない。里長からすれば、どういう話だという事だ。

 

 

「……その、見栄を張りまして」

「ほう」

 怖いからその反応やめて。

 

 俺は、里長とじっちゃんとウツシ教官に事の真相を全て話す。

 帰って来たカエデに合わせる顔がなくて咄嗟に付いた嘘。直ぐにバレる嘘だ。

 

 ───いや、待てよ。

 

 

「ハッハッハッハッハッ! ツバキ、なるほどな!」

「ツバキもまだ可愛い所があるでゲコね」

「うん。青春だね!」

 おかしい。

 

「……今朝、カエデが俺を狩りに誘いに来た。里長はカエデと話したんですよね?」

「そうだな」

 それはおかしい。

 

 

「……ならなんで、カエデに俺の嘘がバレてないんですか? 里長は、カエデに俺がハンターじゃなくて農家だって教えなかったんですか?」

 カエデが里長達に「ツバキがハンターになった!」なんて変な事を言い出せば、俺の嘘は簡単にバレる筈である。

 

 俺の両親も同じような状況で、俺の嘘に付き合ってくれたっけか。

 

 

「男はな、格好付けたい時があるものだ」

 相変わらず迫力のある図体と表情で、俺の肩を叩きながらそう言う里長。

 

 つまり、俺の両親と同じ事をしてくれたという事だ。

 

 

「……俺の嘘をバラさないでくれたんですね。でも、なんで?」

「ツバキ、お前がハンターへの志を諦めた理由は知っている」

 二年前。

 

 

 兄の死を目にした俺の心は折れてしまったのである。

 

 里一番のハンターになるとか言っていた男が、それだけでこの有様だ。

 

 

「そして、お前のハンターへの志が大きかった事も知っている」

「里長……」

「お前はまだ、迷っているのではないか?」

 約束を思い出す。

 

 

 ──約束するぜ。この村に危機が迫った時、この村の誰かが助けを求めた時、お前達が助けを求めた時。俺が必ず助けてやるってな──

 ──うん。ツバキ、約束だよ──

 

 

 俺がハンターになりたかったのは本当だ。

 今だって本当は、俺は───

 

 

「でも俺には、怖いのを我慢してハンターになる理由がないんですよ。今更、昔の約束を守る為に動ける程、俺は立派な奴じゃない。だけど───」

 だけど俺は───

 

 

「───ハンターになりたいのだけは、本当です」

 子供の頃の約束だけじゃない。

 

 切磋琢磨した兄との思い出、憧れ。

 子供の頃からの自尊心以上に、俺はハンターという存在に憧れていたのだから。

 

 

「……でも俺は、約束も守れないし幼馴染みに嘘をつくしょうもない奴なんですよ」

「ツバキ」

 里長は、視線を俺に合わせてその鋭い眼光を真っ直ぐに俺に向ける。蛇に睨まれた蛙の気持ちが分かった。

 

 

「自分の気持ちに嘘を吐きたくないのならば、嘘を本当にしてしまえば良い。本当を嘘で塗り固めて、嘘を本当にしてしまえば良い。……そういう、前に進み方もあるのだ」

「ど、どういう意味ですか?」

 里長の言っている意味が分からない。

 

 嘘を本当に、本当を嘘で塗り固める。つまり、どういう事だ。

 

 

「お前はハンターへの憧れが、恐怖を超えるための理由が欲しいのではないか?」

「……そう、ですね」

 俺がハンターになる事を諦めたのは、恐怖が故である。それを超える理由さえあれば、俺も───

 

 

「ツバキ! ハンターはモテるぞ!」

「は?」

「ハンターはモテるでゲコよ」

「は?」

「ハンターはモテる」

「は???」

 三人は口を揃えてそう言った。

 

 

 あぁ、つまり、そういうことね。

 

 

 

 

 

「ねぇ、ツバキはなんでハンターになったの? 私が里を出て行った時、ツバキはハンターにならないって言っていたのに」

「あー、それな───」

 嘘を本当に、本当を嘘で塗り固める。

 

 

「───なんか、ハンターになったらモテるって聞いた」

「えぇ……」

 俺はハンターになった。

 

 カエデに付いた嘘を本当にする為に。

 ハンターへの恐怖を、嘘で塗り固めて。



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小型モンスターくらいなら倒せると思っていた

 大社跡。

 カムラの里から一番近くにある狩場で、子供の頃は良く大人の目を盗んで遊びにきたが本来モンスターの闊歩する危険な地である。

 

 茂みの奥。

 尻尾の先が鎌のようになっている小型モンスターが一匹。

 イズチと呼ばれる、この地に多く生息するモンスターだ。

 

 

「───さて」

 そのイズチの眼前に、一人の男が立っている。

 

 整った顔立ち。

 口元を隠した軽装は、爽やかな表情とうって変わって鍛えられた身体が強調されるような格好だ。

 控えめに言っても格好良い。理想の男性だろう。俺が女の子だったら間違いなくファンクラブに入ってるね。

 

 

 彼の名はウツシ。俺の師匠、教官だ。

 

 対するイズチは、ウツシ教官を睨んで唸っている。

 

 

 

「お、丁度言いくらいのモンスターがいるじゃねぇか」

 俺はそんなウツシ教官とイズチの間に入るようにして、背中の太刀を抜きながら歩き出した。

 

 

「こんな小さなモンスターなら、俺でもやれるぜ」

 ウツシ教官による特訓。

 

 そんな名目で大社跡に足を踏み入れた俺は、早く成果を上げたくて焦っていたのかもしれない。

 

 

「愛弟子! 少し待つんだ!」

「教官は引っ込んでな!」

 教官の制止も聞かず、俺は太刀を構える。

 

 

「愛弟子!?」

「俺は安全にハンターになりたいんだよ。ハンターになれば、モテるからなぁ」

 相手は小さなモンスターが一匹だ。俺だってこの二年間、何もしていなかった訳じゃない。

 畑仕事は重労働なのである。体力や筋力にはそこそこの自信がある方だ。

 

 

「既に二乙決めて報酬金は全滅みたいなもんだが、とりあえず。俺はそこそこのモンスター一匹(いっぴき)倒して里に帰るぜ。……オラァ!」

「だめだ! よすんだ!」

「───ガハッ」

 目の前が真っ暗になる。

 

 

【クエストに失敗しました】

 本日三度目の敗北である。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 事の発端はこうだ。

 

 

 カエデが里に帰ってきて三日目。

 前日、里長やギルドマネージャーに呼ばれた俺は勝手に狩場に向かった事を怒られるかと思いきや───カエデに着いた嘘を本当にする為に、ハンターになってしまえという話になったのである。

 

 里長の仕事は早かった。

 あのガキ大将だったツバキが遂にハンターになった、と。里長の発言は瞬く間に里中に広がり、俺は里の中で実質ハンターとして扱われるようになったのである。

 

 

 しかし、勿論の事だが俺はハンターではない。農家だ。

 これは里長とギルドマネージャーであるゴコクのじっちゃんとの約束で、俺がハンターという()()()にハンターになるまで隠し続けるという事になったのである。

 

 嘘を本当に、コレが里長とじっちゃんが俺にくれたチャンスだった。

 

 

「里長、なんで俺にここまでしてくれるんですか?」

「俺達はオマエの事をこんなチビの頃からしっている。オマエの心の内にある、猛き炎に期待しておるのだ。……故に、任せたぞウツシ」

 この秘密は二人だけではなく、里でハンターの教育をしているウツシ教官も協力してくれるらしい。

 俺と里長とじっちゃん、そしてウツシ教官との漢四人の口約束である。

 

 

 

愛弟子(まなでし)!」

「なんすかその呼び方」

「せっかくツバキがまた俺の下で修行するんだ、気合を入れないといけないと思ってね」

 気合の入れ方がおかしい気がするが、それはさておき。

 

「……で、修行って何するんすか。俺はこう見えても体力とか結構あるんで、今更走り込みとか勘弁だぜ?」

 俺が本当にハンターになるというのは、ウツシ教官の元でハンターとしての修行を終わらせるという事だ。

 

 

 俺はこれでも昔はハンターを志していたので、ウツシ教官の訓練もある程度受けている。

 その時の体力作りとして里の周りを一周する走り込みを思い出して、あんな面倒な事をまた(いち)からやりたくないと思って出たのが俺のそんな言葉だった。

 

 

「勿論、愛弟子の実力は俺が一番知ってるからね。だから今日は、とりあえず狩場に出てみよう!」

 ウツシ教官曰く。

 狩場の空気に慣れる事、地理の把握、モンスターと遭遇した時の対応。それらを踏まえ、大社跡を散歩するのが今日の訓練だとか。

 

 

 所で、俺はじっとしているのが苦手だ。

 地理の勉強? モンスターと会った時の対応? そんな事はどうでも良い。俺に狩りをさせろ。

 

 

「オラァ───ガハッ」

 そしてウツシ教官の忠告も聞かず、その日のうちに三度も倒れるまでモンスターに挑み返り討ちに遭ったのがツバキというしょうもない男の名前である。

 

 落とし穴があったら入りたい。

 

 

 

「───そんな訳でイオリ、愛弟子に太刀の振り方を教えてやってくれないか」

「「えぇ……」」

 俺がイズチに挑み三回負けた翌日の事。

 

 ウツシ教官は散歩の訓練を辞めて、武器を振る訓練をしようと提案してくれた。

 

 

 そうそう、そういうので良いんだよ。俺は身体を動かすだけの方が性に合っている。

 ───なんて思っていたのだが、いざ訓練を始めようと里の広場に呼ばれた俺は、目の前に立つ少年と共に唖然として固まっていた。

 

 

「えーと……どうして、ボクなんですか? そもそもツバキさんは、ハンターになったんですよね?」

 長い髪の毛で片目の隠れたまだ幼さの残る顔の少年は、首を傾げながらウツシ教官にそう問い掛ける。

 

 

 彼の名はイオリ。

 この広場で狩人のオトモとして狩場で手伝いをしてくれるアイルーやガルクの世話をしている少年だ。

 ちなみに彼の祖父にあたる人物は里で加工屋をやっている───これまた強面の爺さんである。正直近付きたくないタイプの人だが、このイオリは顔の通り優しく可愛げのある少年だ。

 

 多分大人になるとモテるので、俺はお前を許さない。いや、ジニアと違って本当にいい奴だけど。

 

 

「イオリ、実はツバキがハンターになったのは嘘なんだ!」

「え、なんでそんなあっさりバラすの!? もしかしてウツシ教官バカなの!?」

 里長とギルドマネージャーと教官と俺達の漢の約束は、一日で破綻する。この人基本バカなの忘れてた。

 

 

「しまった!」

「しまったじゃねーよ!!」

「……とりあえず、事情を説明してほしいです」

 そんな訳で、俺はイオリにこの数日の事情を説明する。

 

 帰ってきたカエデに俺が嘘をついた事、そしてその嘘を本当にするためにハンターになる修行を再開し始めた事。

 里長やじっちゃんに頼んで、里の人達には俺がハンターになったと嘘を付いて貰ってる事を話すと、イオリは「なるほど」と話を納得してくれた。

 

 

「───話は分かりました。けれど、ボクも狩人という訳じゃなくて……里守として武器の扱いを学んだだけですし。それに」

「それに?」

「ボクはチャージアックス使いなので、ちゃんと太刀の振り方を教えられるかどうか」

 ウツシ教官の人選がおかしい。

 

 

「教官、もしかしてアホなん?」

「愛弟子、俺も面と向かって言われると傷付くぞ!」

 そんな良い顔しながら言われても説得力ないからね。

 

 

「俺にも考えがあるんだ。まず、愛弟子がハンターではない事が里の人達にバレるのはまずい」

「そうだな、その為の嘘と約束だ。いや、今しがたイオリにバラしたけどな」

「だけど、イオリなら他の人達にバラして回るなんて事はしない筈だ!」

「……なるほど」

 確かにイオリはいい子である。それはもうアイルーやガルクの面倒を見るという仕事を熟す、心優しい男の子だ。

 

 そんなイオリが俺の秘密を堂々とバラして回るなんて事は確かにしないだろう。もしかして教官はアホではないのかもしれない。

 

 

「そんな訳だからイオリ、我が愛弟子ツバキに武器の扱いを教えてあげて欲しい。愛弟子は目の前で止まっているイズチにも太刀を当てられなかったノーコンなんだ!」

「言い方酷くない? もしかしてアホって言った事少し怒ってる?」

「それじゃ愛弟子、今日はイオリの下で頑張るように! 俺は別の用事を済ませてくるからね」

 そう言って、教官は俺の話も聞かずに広場を出て行ってしまった。そういえばこの人、昔からこうだった気もする。

 

 

「……と、いう訳だ。イオリ、頼む」

「一応、チャージアックスの応用になってしまうけど。……とりあえず基本的な武器の振り方なら少しくらいは力になれると思うし、ツバキさんの為ならボクも頑張りますよ」

 なんて良い奴なんだ。

 

 そんな訳で、俺は歳下の少年イオリの下で武器の扱いを学ぶ事にする。

 教官が狙ったかどうかはしらないが、里の広場はあまり人が通る場所ではない。秘密の特訓という事なら、イオリがオトモの世話をしているこの広場はとても都合の良い場所だった。

 

 

 

「───気焔万丈(きえんばんじょう)ぉぉおおお!!」

 魂の叫びで太刀を振る。

 

 広場でイオリに太刀の振り方を習いながら小一時間。我ながら様になってきたかもしれない。

 やっぱりアレだな、俺に足りなかったのは気合いだ。

 

 

「いやそうじゃないです! もっとちゃんと呼吸を整えて、気刃斬りはこうです! あとその叫び声はいりません!」

「アレ? 違う?」

 気合いの話ではないらしい。

 

 

「……ツバキさん、太刀は力で振る武器じゃないんですよ。気を張って、呼吸を自然と一体化させて振るんです」

「力で振る、じゃないか。難しいな」

「難しいですかね」

 難しいよ。

 

「だって力一杯降った方が絶対威力出るだろ!」

「大剣でも使ってて下さい!」

「怒るなよ。……疲れてきたな」

 必死な表情のイオリを他所に、俺はその場で座り込んで少し休憩する事にする。

 

 武器を使うというのは難しいらしい。

 

 

「……イオリはチャージアックス使いなのに、なんでそんなに太刀に詳しいんだ?」

 休憩がてらの世間話に、俺は妙に武器の扱いを丁寧に教えてくれるイオリへの疑問を口にした。

 教官にイオリを紹介された時は、教官はやっぱりアホだとも思ったのだが、当のイオリはこんな俺にも丁寧に太刀の使い方を教えてくれる。今さっきキレたけど。

 

 教官の人選は正しかったとも言えるが、ハンターでもないイオリがこんなにも武器の扱いに精通しているのは謎だ。

 

 

「ボクのおじいちゃんが加工屋で働いてるのは、ツバキさんも知ってますよね?」

 イオリは俺の隣に座ってそう話始める。俺は綺麗な空を見上げながら「あーあの怖い人ね」と答えた。

 

「あはは、多分そう。……ボクは今オトモの世話をしてるけど、きっとおじいちゃんはこの仕事をよく思ってないんだ」

 加工屋の主、ハモンさんはその昔この里を守っていたハンターだったと聞いている。

 そんな彼はハンターを引退した後もこの里を守る為に加工屋で働いている立派な人だ。

 

 そんな人から見たら、広場でオトモと遊んでるだけに見えるイオリの仕事は納得のいくものではないのかもしれない。

 

 

 

「……だから、少しでも認めて貰えるように。この仕事も、里の為に大切な仕事で、ボクはこの仕事に誇りを持ってるって証明する為に、ハンターの知識や加工屋の知識だって勉強したんだ」

 何この子良い子過ぎる。

 

「バカかお前」

「え、酷い」

「そんな事しなくても、里の皆、お前の爺さんだってお前の仕事が大切な仕事だって事は分かってるよ」

 イオリの頭を撫でてやりながら、俺は里の中心に視線を向けてそう言った。

 

 

「この里は色んな仕事をしてる人がいる。茶屋とか、飴屋とか、米屋とか、傘屋とか、ハンターとか、加工屋とか。茶屋や飴屋がなきゃ、里で美味い物が食えないだろ? 傘屋がなきゃ雨の時困る。加工屋がなきゃハンターが困るし、ハンターが居なきゃ、この里は終わりだ」

「……ツバキさん?」

「お前がオトモの世話をしてくれるから、ハンターの皆様方は優秀なオトモを連れてクエストに行ける。そんな事、同じくハンターを支えてる加工屋の仕事をしてるお前の爺さんが分かってない訳ないだろ。……多分アレだ、あのおっさんガルクが怖くてお前に話しかけにくいんだよ。そうに違いない」

 俺がそう言うとイオリは「流石におじいちゃんがそれはないと思うけど」と苦笑いするが、少し間を置いて立ち上がると俺が練習に使っていた木刀を手に取る。

 

 

「ありがとう、ツバキさん。少し自分の仕事に自信が付いたよ。……お礼と言ってはなんだけど、ツバキさんがちゃんと太刀を振れるようになるまで付き合うから!」

「そりゃどうも。……別に慰めで言ったんじゃないしな。それに───」

「それに?」

「───村の為にせっせかとても重要な畑仕事をしていた俺はもっと褒められて良いと思う」

「あっはは、そうだね」

 何笑ってんだこの野郎。

 

 

「ねぇ、ツバキさんはなんで太刀を使おうと思ったの? 正直、ガサツなツバキさんには向いてないと思うけど」

「お前俺の事嫌いなの? 泣くよ?」

 泣いた。

 

 

「……ほら、太刀って格好良くない? モテそうじゃない?」

「理由が酷い」

「冗談だ」

 俺が太刀を選んだのは、そもそも二年前にハンターになるのを諦める前の話である。

 

 ガキだった俺はモテるとかモテないとか考えてなかった訳だが、それでも俺は太刀を選んだ。その理由は───

 

 

 

「昔、俺がモテモテだった時の事を話そう」

「モテモテだった時の事って前置きいる?」

 重要だよ。俺が昔はモテていた事を強調したいから。

 

 

「ハンターになろうとして、今みたいにウツシ教官の所で修行してた時にな。……里長が様子を見に来てくれたんだよ」

 少し、昔の事を思い出す。

 

 

 

「おぉ、ツバキ。鍛錬に励んでいるようだな」

「よ! 里長。まー、見ててくれよ。今から俺の成長した剣捌きを見せてやるからな!」

 そう言って、幼い俺は里長の前で木刀を振るが───それはもう下手くそなんてレベルではなかった。木刀は俺の手から抜けていって、里長の頭に飛んでいったのである。

 

「ゲッ」

「ふん!」

 しかし、里長は俺が飛ばした木刀を素手で掴んで握り潰した。いや握り潰さなくてもよくない? 

 

「里長!?」

「ふむ、良い覇気だ。しかしまだ鍛錬が足りんな。……見ていろ、ツバキ」

 そう言って、里長は背負っていた太刀を構えて一振りする姿を俺に見せてくれる。

 その姿は圧巻の一言だった。俺の狩人への憧れを、より一層強くした光景だったに違いない。

 

 

「すげぇ! すげぇよ里長! てかその太刀めっちゃかっけぇ!! くれ!!」

「ハッハッハッハッ! 良いだろう。俺にはこの太刀は重いからな。……お前が真のハンターとして目覚めた時は、この太刀を渡すと約束しよう」

 この時の約束を里長が覚えているかどうかは分からない。あの人も歳だし。

 

 ───だけど、俺の中でハンターへの憧れとして大きな存在であるこの思い出は、俺が太刀を選ぶのに充分な理由だったのである。

 

 

 

「……なるほど。でも、確か里長の持ってる太刀って、里に代々伝わる宝刀だよね?」

「……そうなんだよな。だから、あの約束は多分冗談か何かだろう。けど、俺が里長に憧れてるのは本当だ。だから、太刀」

 イオリの正面に立って、彼が持っていた木刀を手に取りながら俺はそう答えた。

 

 休憩ばかりしていられない、特訓再開である。

 

 

「ツバキさんは偉いね。ボクも頑張って教えるよ」

「おう、頼むぜ。えーと、こうか?」

「違う違う。こう」

 なんて、再びイオリに太刀の振り方を習っていると───

 

 

 

「あれ? ツバキ。こんな所に居たんだ」

「───ふぁ!? カエデ!?」

「何してるの? ツバキ」

 広場にカエデがやってきた。

 

 

 俺が何をしているかと言われると、イオリに太刀の振り方を教えて貰っている。

 だがしかし。そんな事口が裂けても言える訳がない。俺はカエデの中では既に立派なハンターなのだから。

 

 

「え、えっと、これは───」

「イオリぃぃいいい!!! 修行中によそ見をするなぁぁあああ!!! 俺様がお前の為に武器の振り方を教えてやってるんだぞこの馬鹿野郎ぉぉおおお!!!」

「え!? ツバキさん!?」

 我ながら最低だが、致し方なし。

 

 

「師匠に向かってなんだその態度はイオリぃぃいいい!!!」

「ご、ごめんなさい! ツバキさん! いや、ツバキ師匠。えーと、カエデさん! ボクは今ツバキさんに里守として武器の振り方を教えて貰ってたんです!」

「へー、そうなのね。ツバキ、ハンターの仕事も大変で家の仕事も手伝ってるのにイオリに鍛錬までしてあげてるなんて。本当に凄い」

 え、何この罪悪感。もしかして俺はカスなのでは。

 

 

「本当はイオリにオトモを紹介してもらおうと思ってたのだけど、忙しそうだし出直す事にするわ。イオリ、ツバキにしっかり習うのよ」

 いや、習ってるの僕なんです。本当ごめんなさい。

 

 

 

「……ツバキさん」

「……すまん。本当にすまん」

 カエデが帰って沈黙する広場。

 

 イオリの仕事の邪魔をし、プライドを傷付け、俺はもしかしなくてもロクな死に方をしないかもしれない。というか今イオリに殺されてもおかしくない。

 

 

「あっはは、ツバキさんは本当に酷いですよ。……うさ団子三本で」

「そんなんで許してくれるの? 聖人すぎん? お前に惚れたわ結婚しよ?」

「気持ち悪いですよ」

 真顔で言わないで。

 

 こうして俺は、イオリにある程度の武器の扱いを教わるのであった。

 

 

「あ、カエデちゃんいらっしゃい!」

「聞いて聞いて、ヨモギちゃん。広場に行ったらね、ツバキがイオリに武器の扱いを教えてあげてたの。私が居ない間にツバキもちゃんと成長してたなんて、嬉しいわ」

 イオリの色々な物を犠牲にして。



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その日少年は命を奪う意味を考えた

 その日、俺は思い出した。

 

 

「───よう、五日ぶりだな」

 ヤツらに三乙されられ続けた恐怖を。クエストの契約金だけが消えていく屈辱を。

 

 

「愛弟子! 頑張るんだ!」

「うぉぉおおお!!」

 俺は夢か幻でも見ようとしていたのだろうか。

 

 俺は知っていた筈だ、現実って奴を。

 

 

 

「く、くそ! なんでだ!!」

 普通に考えれば簡単に分かる。こんなデケェ奴には勝てねぇって事くらい。

 

 

「なんの成果も得られませんでしたぁぁあああ!!」

【クエストに失敗しました】

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

「どうしてイズチ一匹倒せないんですかニャ?」

 里の広場。

 イオリの世話するオトモアイルーの一匹が、おやつのバナナを右手に持ちながらそう言った。

 

 

 この広場でイオリから武器の扱いを学び始めて数日。

 俺はイズチという小型モンスターへのリベンジを果たそうとクエストに向かったのだが、再び惨敗してきたのである。

 

 ちなみに里で俺はハンターとして扱われているが、一人では危険なので相手がイズチ一匹だろうとウツシ教官が付いてきてくれていた。応援してくれたが、結果はこの有様である。

 

 

「太刀の扱いはそれなりに良くなったと思うんですけどね」

 と、頭を抱えるのは俺に太刀の振り方を教えてくれたイオリだ。この数日間、広場で俺の事を見ていてくれた第二の師匠である。

 

「でも、ただ太刀を振るだけとモンスターに攻撃を当てるのは違いますから。気長に行きましょう」

「それがそうもいかないのよな」

「……と、言いますと?」

「明後日、俺はカエデとイズチの討伐クエストに行く事になってな」

「ツバキさんはバカなんですか? カエデさんに付いた嘘を守る為にこうしてるっていうのに」

「待ってくれ!! 話を聞いてくれ!! 俺だって何も考えずに二つ返事でオーケーした訳じゃないの!! これには深い、深ーい事情があるんだ!!」

 細目で俺を見るイオリに、俺は必死になって事情を話す事にした。これにはちゃんとした理由があるんだよ。

 

 

 それはつい先日の事。

 

「ツバキ、おはよう。今日は畑? それともイオリの修行?」

「今日もイオリの修行だな。アイツもやる気があって困るぜ。その後畑の手伝いも行かないといけないってのに」

 今朝方家に訪ねて来たカエデに、俺は困ったような表情でそう答える。

 

 困ってるのはイオリの方だし、これはイオリじゃなくて俺の修行だし、畑は手伝いではなく本業だ。

 今日もイオリにうさ団子を奢らないといけない。

 

 

「ツバキは本当に働き者ね。ハンターの仕事も家の手伝いも、里の子供達の相手までして。……私もハンターとして負けてられない」

 やめて。

 

「私もツバキとクエストをこなしてみたいけど、私なんかじゃツバキの隣にいても邪魔になっちゃうかしら。……少しでもツバキに追い付けるように頑張らなきゃ」

 いやそんな事ないからね。お前はもう俺の事なんて追い越してるからね。

 

 

「な、なんなら……だが。今度、俺とクエスト行くか? 色々教えてやるぜ」

「本当!?」

 その時は、本当に口が滑ったんです。見栄を張ったんです。色々教えてやるぜってなんですか。何を教える事があるんですか。畑仕事の事なら教えてあげるけど。

 

 

 

「───と、そんな訳で」

「どこに深い事情があったんですか? ツバキさんが見栄張ってやらかしただけですよね」

「ソウデス」

「やっちゃって」

「ニャー!」

「ワンワン!」

「ぎゃぁぁあああ!!」

 イオリのオトモ達にもみくちゃにされる俺。して、イオリも鬼ではない。ある程度お仕置きが終わるとオトモ達を下がらせて、俺の手を引いてくれた。

 

 

「どうしましょうか」

「とにかく、明後日カエデとクエストに向かうまでにイズチくらい倒せるようにならないとヤバい」

「困りましたね」

「本当だ」

「本当ですよ」

 本当にすまないと思っています。

 

 

 試しに太刀を素振りしてみるが、イオリ曰く特に問題はないようだった。

 だけど俺は、イズチには勝てなかったのである。

 

 理由を聞かれたが、そもそも相手は動いているのだ。素振りとは違う。

 そう答えると、イオリは顎に手を当てて目を細めた。今更だが何故俺は年下の少年にここまでお世話になっているのだろう。プライドとは。

 

 

「難航しているようだな、少年」

「ナニヤツ!?」

 そうしていると、突然女性の声がして俺は振り向いた。これ以上里の人に俺とイオリの関係がバレるのは不味い。

 

 奢るうさ団子の数が増える。

 

 

「怪しいものではない。私はロンディーネ、行商人をしている者だ」

「どちらさま……?」

 振り向くと、そこには颯爽とした態度の美人なお姉さんが立っていた。里の人ではない。里にこんな美人さんがいたら俺が覚えてない訳ないから。

 

「ロンディーネさんは態々異国から来て下さってる行商人さんなんですよ。この広場に船着場を設けて、行商の許可を里長に貰ってる人なので怪しい人ではないです」

「なるほど。……初めまして、俺はツバキ。この里一の男前です」

「なんでそんな堂々とした自己紹介が出来るんですか?」

 モテたいから。

 

「ふふ、元気の良い少年だ。して、君の悩みをふと聞いていたんだが」

「待って、俺がハンターじゃない事を里の人にバラす気か!?」

「そんな無粋な真似はしないさ。私から一つ、アドバイスをしようと思ってね」

 そう言って、ロンディーネさんは広場にいたオトモアイルーを一匹抱き抱える。おいそこのネコ俺と代われ。

 

 

「動く相手への練習相手ならこうして此処に居るじゃないか」

「ニャーーー!!!」

「いや俺もそこまで鬼じゃないですけど!?」

 笑顔でとんでもないことを言うロンディーネさん。俺は必死にアイルーを助けようとしたが、彼女は鮮やかな身のこなしで俺から離れて「冗談だ」と笑った。

 

 冗談ならそのアイルーを離してあげて。

 

 

「して、こうして君の攻撃は私に躱された訳だが。……私がこうしてアイルーを捕まえていれば、君の攻撃も当たると思うのだがどうだろうか」

「……えーと、つまり? ドユコト?」

「動く相手でも、止まっていれば当てる事が出来る」

 頭の上にクエスチョンマークを大量に浮かべる俺の横で、イオリはそう静かに答えてロンディーネさんは「そういうことだ」と頷く。

 

 相手は動く、当たり前だ。

 ならば相手を止めれば良い。相手が止まっている時に攻撃すれば良い。彼女が俺に教えてくれたのはそういう事らしい。

 

 

「……なんとなく分かった気がする。ありがとう、綺麗なお姉さん。でもなんで行商人のお姉さんがこんな風に教えてくれたんですか?」

「気まぐれ、かな。君が立派な狩人になったら私の所によると良い。行商人としておもてなしさせてもらおう」

 そう言って、ロンディーネさんは船に戻っていく。

 

 

 動いている相手に攻撃が当たらないのは当たり前だ。

 イオリに教えてもらう前は、止まっている相手にすら攻撃が当たらなかったが今は違う。

 

 

「そうなるとどうやって相手を止めるか、ですかね」

「俺に良い考えがある」

「嫌な予感しかしません」

「ま、見てなって。俺は明日、イズチを倒す!!」

 そう言って、俺はとある人物に連絡する為に広場を出た。

 

 

 明日イズチを倒し、その翌日のカエデとのクエストを成功させる。俺の嘘を貫き通す為に。

 

 

 

「───ツー君、本当にやらないといけないのかい?」

「お前の力が必要なんだ、ジニア」

 翌日、大社跡。

 

 俺は幼馴染みでハンターのジニアと二人で大社跡に来ていた。

 ウツシ教官はというと「俺は用事があるからね。ジニアになら任せられるから、二人で頑張っておいで」と俺の事を放置している。

 

 愛弟子とは。

 

 

「僕が囮になってイズチに襲われている間に、ツー君がイズチを倒す。もしかしてツー君、僕の事嫌い? 泣くよ?」

「嫌いだけど?」

「ぴえん」

「冗談はさておき、お前はイズチを止める。俺が狩る。オーケー?」

 作戦はこうだ。

 

 ジニアが背負っている大槍、ハンターの武器である()()()はその槍と大きな盾で戦う武器である。

 大槍によるリーチの長い攻撃と、大楯によるガードの硬さが売りの武器だ。

 

 今回はこのガードの硬さを活かして、ジニアに囮をやってもらう事にしたのである。

 イズチがジニアに構っている間に俺が狩るという完璧な作戦だ。

 

 

「一つ良いかい?」

「なんだ?」

「明日はカエデとイズチを倒すんだよね? カエデとも同じ戦法を取るつもりなの?」

「俺もそこまで馬鹿じゃない。そこは考えてある、任せろ任せろ」

 勿論この戦法は操虫棍使いであるカエデと二人では使えない。そこはそこで上手くやるのが俺である。

 

 俺はジニアの肩を叩いて「心配するな、お前は俺の為に囮になってれば良いのよ」とベースキャンプから歩き始めた。

 

 

「ツー君」

「あ?」

 しかし、ジニアは着いてこようとはせずに俺の名前を呼ぶ。そんなに囮になるのが嫌なのだろうか。

 

 嫌だわな。俺だったら断るもん。

 

 

「いやごめんて」

「ツー君はカエデに付いた嘘を本当にする為にハンターになろうとしてるの?」

 俺は名義上のハンターという嘘を付いているが、ジニアは俺が付いた嘘の目撃者だ。

 そしてコイツは俺がハンターへの志を一度諦めた事を知っている。

 

「ハンターにはならない、ツー君はそう言っていた。どうしてまたハンターになろうと思ったんだい?」

「モテたいから」

「ツー君は知ってる筈だ。命が奪われる怖さを。そんな理由でハンターになろうなんておかしい!」

 俺に詰め寄ってそう言うジニア。

 

 

 そうだ。俺は知っている。

 兄の死体をこの瞳で見て、人は───命は簡単に失われる事を知って俺はハンターが嫌になった。

 

 

「ツー君は背負えるのかい? 仲間の命を、そして……奪う事になるモンスターの命を」

 命を奪われるかもしれない。命を奪う事になる。

 

「二年前のあの日から、ツー君は血を見るだけで泣くようになった。カエデも出て行ったのに、ツー君はハンターになるのをやめてしまった。……また、血を見る事になるんだよ?」

 コイツは俺の心配をしていたらしい。

 

 

 俺にとって命とはトラウマだ。

 奪われるのは怖くて、あの頃はその逆にすら怯えていたのを思い出す。

 

 

「……なめんな」

 ただ、俺はそう言ってジニアの手を引いて歩いた。大社跡の奥まで進むと、さっそくイズチを一匹見付ける。

 

 

「行け」

「ツー君」

「俺を信じろ」

 そう言ってジニアを蹴飛ばすと、その音で気が付いたのかイズチは俺達にその牙を向けた。

 

 鋭い爪、鈍く光る眼光。

 小型モンスターというが全長は俺達よりも大きい。噛まれたら怪我どころではすまないだろう。

 

 

 そしてこのイズチも生きていて、もしかしたら家族がいて弟とかいるかもしれない。

 少なくとも群れを作って生きる彼等には、俺達の里のように家族当然の仲間がいる訳だ。

 

 

 

 俺は今からその命を奪う。逆に、奪われるかもしれない。

 

 

 

 狩人に必要なのはその覚悟だ。

 あっても死ぬが、なければ死ぬ。

 

 

「ツー君!」

「……ジニア、俺はな───」

 ジニアに攻撃をしようとして、大きな盾に弾かれたイズチ向けて太刀を振り下ろした。

 

 ロンディーネさんの言う通り、こうして止まっている相手になら簡単に攻撃を当てられる。

 鋭い切れ味の太刀がイズチの首筋を捉え、振り抜くと同時に鮮血が飛び散った。

 

 

 鳴き声にもならない悲鳴。

 血を流しながら倒れるイズチの前に立って、太刀を振り上げる。そして───

 

 

「───俺はな、その覚悟くらい昔から出来てる」

 ───その命を絶った。

 

 

 

 

 二年前。

 兄の死を見てからというもの、俺は血を見るのも虫を殺すのも嫌だった時期がある。

 

 なんで殺されなきゃいけないんだ。

 俺達はただ生きてるだけで、今目の前で飛んでいる羽虫だってただ生きてるだけだと。

 

 

 命を奪うのが、奪われるのが、怖い。

 

 

「ハンターになるのを諦める?」

「ごめん、ウツシ教官。俺には無理だ」

「そうか」

「それじゃ、俺はこれで───」

「待ってくれツバキ」

「教官?」

「……ツバキの体力なら、畑仕事とかにも活かせる。ツバキがハンターじゃなくても、俺にとっては自慢の弟子だよ」

 そう言ってくれたウツシ教官とはその後二年も言葉を交わさなかったけど、俺はその言葉があったから家の畑を手伝う道を選んだのだろう。

 

 だけど、その言葉で俺は少しだけ前に進む事が出来た。

 

 

「めっちゃ虫いる……キモ」

「ハハハ、そうだな。ツバキ、殺しといてくれ」

「ひぇ!? お父様!?」

 家の畑を手伝う過程で、どうしてもしなければいけなかったのは害虫の駆除である。

 

 害虫というが虫は虫だ。生きている生き物だ。俺達と同じだ。

 俺は虫が殺せなくて、父親に泣きつく。

 

 

「虫が殺せない?」

「コイツらだって、兄さんと同じだって……思って。兄さんを食ってたのを思い出すから虫は嫌いだけど、それでもコイツらだって───」

「なるほどな。……ツバキ」

「父さん?」

「ハンターはモンスターの命を奪うだろう? でも、モンスターもハンターや人々の命を奪う。それは分かるな?」

「……分かる、けど」

「理由が分からないか」

 なんで殺されるんだ、なんで殺さなきゃいけないんだと。子供だった俺はその理由が分からなかった。

 

 

「生きる為さ」

「生きる為?」

 その答えを教えてくれたのが、畑仕事である。

 

「モンスターが人間や他の生き物を襲うのは、自分の住処や家族を守る為だ。それはハンターも同じ、人々を守る為にハンターはモンスターの命を奪う。……この虫が居ると、作物がやられて収穫が出来なくなる。そうするとこの作物を待ってくれている里の人達が、大袈裟に言えば飢えて死んでしまうんだ」

 父親はそう言って、作物の草を食べようとしていた虫をその手で潰した。

 

 

 簡単に、その命は散る。

 

 

「生き物はね、自分達が生きる為に何かを奪わなければいけない時がある。それは、決して誰もが望んでやっている訳ではない事を覚えておいてほしい。……ツツジを殺したモンスターを、恨んだりしちゃいけないよ」

 初めから俺にそのつもりはなかった。

 

 けれど、父親のその言葉のおかげで、俺に畑仕事を勧めてくれた教官のおかげで、俺は命と向き合う事が出来る様になったのである。

 

 

 

「ツー君……」

「奪う覚悟は出来てる。死にたくないからハンターをやるのは嫌だったが、死なない為に───死なせない為にこうしてまたハンターを目指してんだよ。心配すんな、バカジニア」

 そう言って、俺はイズチの鱗を剥いだ。奪った命を無駄にしない為に。

 

 

「何突っ立ったんだ。帰るぞ」

「あ、いや。そうだね……ツー君は、昔から立派な狩人の魂を持ってたもんね」

 よく分からない事を後ろでボヤくジニアを他所に、帰路に着く。

 

 

 

 少しだけ、狩人に近付けただろうか。

 震える手を抑えながら、俺は里の広場で待っているイオリ達にクエストの結果を報告しに行くのであった。



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アイテムのつかいかた

 落とし穴。

 それは、狩人の叡智が作り出した罠───トラップである。

 

 起動すると強力な火薬により地面を吹き飛ばして穴を作り、丈夫なツタの葉とクモの巣で作られたネットを展開してカモフラージュ。

 その上を通ったモンスターは穴に落ち、もがけばもがく程に身体をネットに絡まれて動きを封じるという優れものだ。

 

 

 ただし、体重の重い大型モンスターにしか使用出来ない。

 俺がこれを知ったのは、少し後のお話。

 

 

「ツバキ、何してるの?」

「見れば分かるだろ。落とし穴を使うんだよ」

 大社跡。

 

 俺はカエデと共に、イズチを一匹討伐するというクエストを受けて再びこの地を訪れている。

 イズチはこの地に多く生息するモンスターだが、数が増え過ぎると里の近くまで来てしまう事があるので、こうして度々ハンターに討伐してもらっているらしい。俺は農家なので初めて知った。

 

 

 これが、人が生きる為に命を奪うという意味である。

 

 

「落とし穴って……相手はイズチだけど?」

「何か問題でも?」

 スコップ(農業用)で人間二人くらい埋められそうな穴を掘って、ネット(農業用)でカモフラージュ。

 我ながら完璧な落とし穴だ。疲れたけど。

 

 ところで俺はこの時ハンターが使う()()()()が実際にどういう物なのかは知らない。

 ただその言葉だけは聞いた事があるので、こうして実践しているのである。

 

 

「良いか、カエデ。作戦はこうだ。まず俺が囮になってイズチを落とし穴にハメる。お前が少し攻撃する、俺がトドメを刺す」

「え?」

「はい復唱!」

「ツバキが囮になってイズチを落とし穴に落として、私が攻撃してツバキが倒す?」

「そういう事!」

「ちょっと待って!? イズチと戦うのよね? オサイズチと戦う訳じゃないわよね?」

 オサイズチってなんですか。大きいイズチですか。知らんけど。

 

「……カエデ、よく聞けよ」

「え、はい」

「イズチは確かに小型モンスターだ。だけどな、それでも全長は俺達より大きい。とても恐ろしいモンスターだ。攻撃されたら怪我をする」

「それは確かにそうだけど」

「ハンターたるもの、危険はつきものだ。だがしかし!! 排除出来る危険は排除する!! それが真のハンターってやつだろ!!」

「つ、ツバキ……。そうね! その通りだわ! 流石ツバキ!!」

 俺は後に思った。

 

 

 もしかしなくてもカエデはバカかもしれない、と。

 

 

「ごめんなさい、ツバキ。私ハンターとしてなにも分かってなかったみたい」

「気にするな、新米ハンターなんてそんなもんさ」

 俺はハンターですらないけどな。

 

「これから色々覚えていけば良い」

 なんでこんなに偉そうなの俺。

 

「ありがとう、ツバキ。私、勉強は苦手だから今度ツバキにハンターとして色々教えて貰おうかしら」

「おう、任せろ。なんなら次の満月の日の夜にでも月見しながら教えてやるよ。月明かりに照らされながら勉強ってのもいいもんだぜ」

「ふふ、ありがとうツバキ」

「任せとけって。俺がハンターとしての勉学を手取り足取り教えてやるよ。とりあえず、クエストを進めるか」

 そんな訳で───

 

 

【メインターゲットを達成しました】

 

 ◆ ◆ ◆

 

「───ツバキさんはバカなんですか?」

 ───そんな訳で、俺はイオリに罵倒されてます。

 

 

「違うんです。そうじゃないんです。許して下さい」

 土下座。

 それは、付近の集落に伝統される謝罪の方法だ。膝から座り込んで頭を地面に擦り付ける。許して下さい。

 

 

「ハンターの知識がないのに、ハンターの知識をカエデさんに教えるって、そんな事出来る訳ないじゃないですか」

「その通りでございます」

「イオリ、その辺にしてあげよう。愛弟子はバカなんだ」

「さてはあんた俺の事嫌いだな?」

「大好きだとも!」

「それはそれでキモいわ!!」

「ツバキさん正座」

「はい!!」

 話を戻して。

 

 

 俺の口が軽いせいで、後日満月の夜にカエデと月見をしながらお勉強会をする事になりました。

 俺がカエデに教わる訳ではなく、俺がカエデに教える訳である。考えれば考える程意味が分からない。だって俺ハンターじゃないし。農家だし。農業の事なら教えてあげるけど。

 

 

「それで僕が呼ばれた訳だね」

「なんでコイツ居んの?」

「もしかしてツー君僕の事嫌いなの? 泣くよ?」

「泣け」

「うわぁぁぁぁぁん!!!!」

「やかましいわ!!!!」

 今広場には俺とイオリと教官、そしてジニアが居る。あとオトモ達。

 問題が一つ片付いたと思ったらまた別の問題で協力してもらう事になったので、イオリには頭が上がらない。

 

 

「うさ団子三本ですからね」

「お前は聖人か」

「ツー君、僕もうさ団子で良いよ」

「お前は帰れ」

「愛弟子!」

「教官はもう少し役に立って」

 そんな訳で今日は勉強会だ。

 

 

「───そもそも落とし穴って大型モンスターにしか使わないの!? じゃあ囮が居ない時はどうやってイズチを倒すの!?」

 始まった勉強会。

 役に立ってと言って傷付いてしまったのか、ウツシ教官が本気を出してくる。

 

「二人の狩りをこっそり見ていたけど、イズチ一匹に毎回あんな事をしていたら労力が報酬と釣り合わなくなってしまうよ」

「こっそり見てたの。気配なかったけど。こわ。もしかしてウツシ教官凄い?」

「ふふん」

 機嫌を取り戻したよこの人。単純か。

 

 

「と、いう訳で今回はハンターが使うアイテムについて勉強しよう! さぁ、愛弟子! 準備は良いかい!」

「なんかよく分からんがヨシ!」

 まずは落とし穴。

 これは教官曰く、大型モンスターの動きを止めてチャンスを作るアイテムだとか。後は弱ったモンスターの動きを止めて捕獲用麻酔玉というアイテムで捕獲する事も出来る。

 

 決して農業用のスコップで穴掘って農業用のネットで作るような物はハンターの使う落とし穴というアイテムではない。詳しくはトラップツールを触ろうね。

 

 

「次は回復薬ですよ」

 そう言ってイオリが持ってきたのは、アオキノコと薬草だった。薬草は俺の畑でも作ってる。傷口の手当てにピッタリの薬草だ。

 

「回復薬、とは」

「こちらを擦り潰します。こちらも擦り潰します。均等に混ぜて、水で解して完成だよ」

 なんかキモい色の水出てきたんだけど。抹茶をグロくした感じの奴。

 

 

「回復薬はその名の通り、主に体力回復が目的のアイテムだね。怪我をした時なんかは、これを飲んでおくと治りが早くなる訳だ! こういったアイテムの調()()はハンターにとってとても大切な事だからね。覚えていこう!」

 ウツシ教官曰く、これを飲むと怪我が治るらしい。

 

 劇薬ですか。

 

 

「ツー君、次々。これは携帯食料だよ」

 そう言ってジニアが取り出したのは長方形の固形物である。これは確か非常食的な扱いで、狩りの時に緊急でスタミナを回復する為に食べる物だったか。

 

「こんな感じのお菓子あったよな。なんだっけ」

「食べてみる?」

「頂きま───不味。なにこれ、お前の手料理? 才能ないよ」

「泣くよ?」

「やめて」

「分かった」

「物分かりよすぎん?」

 しかし不味い。こう、口の中の水分を全て持っていかれそうなパサパサ感がする食べ物だ。なにより味がない。

 もう少しこうお菓子的な食べ物にしても良いじゃないか。でもそうなると緊急時じゃなくても食べてしまうかもしれないし、このくらいの方が良いのかもしれない。

 

 

「狩場ではゆっくりと食事出来ない事もあるからね。こういう、いざという時の物も必要なんだ! 愛弟子はこんがり肉は焼けるかい?」

「俺は近所のおばちゃん達にこんがり肉マイスターと言われた男だぜ」

 嘘である。

 

「狩場でゆっくり時間が取れる時、スタミナを回復するのに持ってこいなのがこのこんがり肉だ! 愛弟子も今から焼いてみるかい?」

 そう言いながら肉焼きセットに生肉をセットするウツシ教官。それに習って、俺達も肉焼きの練習をする事にした。

 

「「「上手に焼けました!」」」

【こんがり肉が出来た】

 三人は肉焼きセットから肉を持ち上げながら、高らかにそう口にする。その言葉通り、三人の持った肉は表面がこんがりと小麦色に染まっていて美味しそうに焼けていた。

 

 しかし、だが、甘い。

 俺が目指すのはこんがり肉ではない。究極のこんがり肉───こんがり肉Gだ。

 

 

 それはこんがり肉を超えたこんがり肉である。

 最高の焼き加減、最高のタイミングで焼き上げるのだ。そう、そのタイミングこそ───

 

 

「───今だ!!」

【コゲ肉になってしまった】

 世の中そんなに簡単ではない。

 

 

 

「それは?」

「これは砥石だ! 切れ味の落ちた武器を研いで、その切れ味を復活させる事が出来るアイテムだよ」

「ほほぉ」

「武器によって使い方も変わるからね。とりあえず自分の太刀を研いでみよう!」

「僕のランスも研いでみるかい?」

「ボクのチャージアックスも貸しますよ」

 切れ味を回復させる砥石は刃を使う武器にとって確かに大切な物らしい。ところで───

 

 

「───ハンマーとか狩猟笛ってどう研ぐの?」

「「「……」」」

「黙らないで? ねぇ、気になるから黙らないで!?」

「地方によってはボウガンに砥石を使う事もあるんだ!」

「もう意味分からんけど!?」

 砥石とは。

 

 

 

「これは?」

「これは閃光玉と音爆弾ですね」

 今度はイオリが掌サイズの球体を二つ持ってくる。大きさ的に投げやすそうだが、こんな物モンスターに投げつけた所で大したダメージは与えられなそうだ。

 

 

「使ってみると良いですよ。さっきロンディーネさんが、面白そうなことをしているじゃないか私にも協力させて欲しい───と、渡してくれた物なので」

「それはありがたい話で。どう使うんだ」

「投げてみてください」

「投げるだけとな」

 言われた通り、俺は手渡された球体を一つ地面に投げ付ける。同時に三人が耳を塞いだのを見て、俺はハッとしたが時既に遅し。

 

 

「うるせぇぇえええ!!」

 地面に当たった球体は大きな金切音を上げて破裂した。

 読んで文字の如く、音爆弾はこうやって大きな音を立てる事が出来るアイテムらしい。つまり、閃光玉は───

 

 

「目が!! 目がぁぁぁああああ!!」

 ───こういう事である。

 

 

「ツバキさん分かってるのに目を開いてましたよね」

「ツー君はノリを分かっているんだよ」

「流石だ! 愛弟子!」

 やかましい。

 

 

「ノリが分かっていても洒落にならないアイテムもありますから、気を付けて下さいね」

「例えば?」

「毒投げクナイ、麻痺投げクナイは身体の大きなモンスターに効くような危険なアイテムですから。間違って自分に当たったりしたら死にます」

「普通に怖い」

「キノコだって便利な物ばかりでもないからね。毒テングダケなんかはその名の通り毒キノコだよ」

 自然界にあるアイテムや、人間が作り出したアイテム。それらを掛け合わせ───調合したアイテム。

 

 ハンターはそれらを臨機応変に選んで狩りを有利に進めていくのだ。

 アイテムは武器や防具と同じくハンターにとって大切な物なのである。それを今日は学ぶ事が出来た。

 

 

 

 

「それじゃ最後に、小タル爆弾と大タル爆弾の使い方を覚えよう!」

 そう言って教官は広場の奥から何やら大きなタルと小さなタルを数個持ってくる。

 タル爆弾というのだから中に火薬でも入ったタルという事だろうか。

 

「イオリ! 愛弟子に小タル爆弾の使い方を教えてあげてくれ!」

「火を付けて投げます」

「単純!?」

「火を付けてその場に置いておいても良いんですけど、投げた方が確実ですから」

「とか言いながら徐ろに爆弾に火を付けるな。笑顔で俺を見るな。危ないからそれ起きなさい」

 イオリが火のついた小タル爆弾を地面に置くと、数秒後にそれは火を上げながら破裂した。

 

 大タル爆弾の威力は曰く小タル爆弾の比ではないらしい。火を付けたらドカンだそうで。今日は実物を見るだけにしておこう。

 

 

「しかし、俺もこんなデカい大タル爆弾とか使って狩りをする時が来るのか。これどうやって運ぶんだよ」

 なんて言いながら、俺は大タル爆弾の重さを確かめようと、足を上げて軽くタルを蹴った。

 

 

「ツバキさん!?」

「愛弟子!?」

「ツー君!?」

「ん───」

 爆発。

 

 

 大タル爆弾。

 衝撃によって爆発する爆弾。

 その威力は絶大。

 

 

「ぎゃぁぁぁぁあああああ!!!」

「「「爆発オチなんて最低!!!」」」

 大タル爆弾は蹴るだけでも爆発します。取り扱いには注意しようね。

 

 

 その日、里では何処かで爆発事件が起きたと騒ぎになった。




爆発オチです。


はじめまして()
匿名でこの作品を投稿していました、皇我リキともうします。ハーメルンでモンハン小説を漁ってる人は名前だけならどこかで見たことがあるかもしれません。
モンスターハンターライズの発売日から更新していたこの作品も、もう六話というそれなりの話数になってしまいました。時の流れは不思議ですね。
お気に入りも五十人を超え、評価も後一件で色が付くところまで来させてもらいました。ありがとうございます。

匿名で投稿していた理由は特に深い訳でもないのですが、とりあえず匿名解除したのでご挨拶させて頂きました。
ギャグ小説ですので気ままに読んで頂ければ幸いです。それでは、読了ありがとうございました。


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月よりうさ団子とはよくいったものだ

 月より団子という言葉を知っているだろうか。

 見る事しか出来ない月よりも、食べる事の出来る団子の方が自分にとって利になる物であり、風流よりも実利を尊重するという意味である。

 

 

 どちらかと言うと花より団子という言葉の方が主流だ。

 しかし、今は月より団子という言葉を使わせて貰おう。なぜなら、俺は今まさに月見の最中だから。

 

「団子うめぇ」

「流石、ヨモギちゃんの作ってくれたうさ団子だね。それにしてもやっぱりツバキは物知りで、私知らない事ばかりでビックリしちゃったわ」

 満月の夜。

 俺はカエデと月見をしながら、ハンターが使うアイテムの勉強会をしていた。

 彼女は俺を物知りというが、今日俺が話した内容は全て数日前に教官やイオリ───そしてジニアに教えてもらったアイテムの使い方そのままである。

 

 

「ま、俺様天才だし」

 天才は大タル爆弾を蹴ったりしない。

 

「ツバキって昔から色々な事知ってるわよね。月より団子? だっけ。そんな言葉、私は知らなかったわ」

「それはお前の知見が低過ぎるだけだからね」

「もしかして馬鹿にした?」

「してないよ」

 お前がバカで本当に助かってるぜ。だからバカにはしてない。感謝してるくらいだ。ありがとうバカで。

 

 

「今日は勉強になったわ。残りのうさ団子食べちゃって、今日は寝ようかしら」

「鳥みたく三歩歩いて忘れたりするなよ」

「鳥!? そこまでバカじゃないわよ! 私だって成長してるんだか───あぁぁぁあああ!!」

 話の途中で突然悲鳴を上げるカエデ。成長したレディならそんなはしたない声を出すんじゃありませんと思いつつも、何が起きたと俺は視線を上げる。

 

「またフクズクに団子取られたぁ!」

 カエデの持っていた団子は、フクズクというカムラの里付近に多く生息する鳥類によって奪われてしまっていた。

 ちなみにフクズクは里で愛玩動物───ペットとして人気の生き物である。そこら中に放し飼いされてたりするので、こんな光景は割と日常茶飯事だ。

 

 

「……何が成長してるって?」

「ぐぬぬ……。みてなさい! 私、あのフクズクからうさ団子を取り返してくるから!」

 そう言って、カエデはうさ団子を奪って屋根の上に飛んでいったフクズクを追いかける為に立ち上がる。

 

 昔からカエデは何故かこうやってよくフクズクにおやつの団子を奪われていたっけか。

 懐かしい反面、あの頃は確かに俺に頼って奪い返してきてと頼んできたカエデが自分で奪い返しに行くのだから、本当に成長したんだなと寂しい気持ちもあった。

 

 

「───ぎゃ!! 突かないでよ!! 半分だけ!! 半分だけで良いから返して!!」

 いや、全然成長してないわ。

 

 

「しょうがねぇ、取り返してやるか」

 言いながら俺はうさ団子を口に入れて立ち上がる。綺麗な月の光に照らされた我が幼馴染は団子を取り戻そうとフクズクに蹂躙されボロボロになっていた。

 

 本当に月より団子である。

 

 

「あらあら、大変ですわ」

 と、俺の背後からそんな声。

 

 フクズクにボコボコにされる幼馴染のハンターを見て内心笑い転げているのに必死だったからか、それとも声の主が気配を消すのが美味かったのか。

 透き通る美声。綺麗な長い黒髪。柔らかな表情で俺の背後に立っていたのは、御伽噺の登場人物だと言われても疑えない美人な女性だった。

 

 

「あなた確か、集会所にいた───」

 里は広いものだから全員が全員知り合いという訳でもないが、それでも里の人間ならどこかしらですれ違う物である。

 里でも見かけていたが、彼女の姿が記憶に新しいのは俺がカエデと再開した日に死にかけて集会所で起きたその帰りの事だ。

 

 確か名前はミノト───

 

 

「あ、ヒノエさん!」

「あれ?」

 カエデが女性の姿を見るや溢した言葉を聞いて、俺は首を傾げる。確か彼女の名前はミノトさんじゃなかっただろうか。

 

 人の名前を間違えるのは良くない。

 

 

「いや、カエデ。この人はミノトさんっていってな」

「あらあら、人違いをしているようですね」

 俺がカエデを注意すると、女性は妖精さんのような笑みで笑った。美しい。

 

 ところで、人違いとは。

 

 

「ミノトは私の双子の妹になります」

「ツバキ、この人はヒノエさんだよ?」

「申し訳ありませんでした!!!」

 人の名前を間違えるのは良くない。

 

 

「そんな事より」

「そんな事より!?」

「うさ団子を取ってしまう悪戯っ子なフクズクちゃんは何処ですか?」

 ゆっくりと歩くヒノエさん。その先には、カエデのうさ団子を奪ったフクズクが屋根の上にとまっている。

 

 そのフクズクだが、ヒノエさんに視線を移すなりガクガクと震えながら固まってしまった。

 そして、生まれたばかりのケルビのような足取りでカエデの元まで近付いて団子を持ち上げるフクズク。

 

 

 ヒノエさんは俺に背中を見せているからどんな表情をしていたのか分からないが、小便漏らしながら飛び去っていったフクズクの表情を見るに───想像もつかない形相だったに違いない。

 

 

「わー! フクズクがうさ団子返してくれた!」

「ふふ、それは良かったですね」

 良かったですね、じゃないよ。あなた何をしたの。

 

 

「お月見の最中だったんですか? カエデさん、ツバキさん」

「はい! あ、でもそろそろ帰ろうかと思ってまして」

「あれ? 俺の名前……」

 俺はこのヒノエさんとミノトさんとで人違いをしているレベルで、彼女との関わりは薄い。

 いつも里ですれ違っていたのが彼女なのかミノトさんなのか分からない程である。

 

 それなのにヒノエさんは俺の名前を知っていた。それはつまり───

 

 

「───俺のファン?」

 そういう事だな。

 

「違います」

「真顔で答えないで」

「あらあら、冗談ですよ」

「何が冗談なの!?」

「あなたの事は昔から知っています。ツツジ君の弟君、将来有望な少年だった頃から」

 彼女は四本指の手を胸に当てながらそう言った。その指は欠損している訳ではなく、彼女はそういう種族の人なのである。

 

 

 竜人族。

 長い耳や四本指等、人間とはまた違う特徴を持つ人々はそう呼ばれていた。

 身体的特徴だけではなく、彼女らは優れた知能と技術を持ち───他人の想像のつかない年月を生きる事が出来る。

 

 故に彼女───ヒノエさんもその美しい外見と年齢が人から見て一致している訳ではない。

 俺が子供の頃から彼女はこの姿だった。俺がガキ大将をやっていた頃の事もしっかり覚えているのだろう。

 

 

「ハッハッハッ、将来有望だなんて。ハッハッハッ」

 農家になりましたけど。

 

「立派なハンターになられて、私もミノトもあなたには期待してるんですよ」

 やめて、期待しないで。そもそもハンターになってないから。まだハンターになれてないから。

 

 

「どうもどうも。ま、俺にかかれば里の平和なんて約束されたも当然ですよ」

「まぁ、頼もしい限りです」

 俺の口はなんでこんなに軽いんだ。誰か俺の口を縫い合わせてくれ。

 

「……と、なると集会所で会ったのはミノトさんか。ミノトさんに、あの日はすいませんと伝えておいてくれますか?」

 あの日、兄の名前を出された俺は飛び出すようにして集会所から出て行ってしまったのを思い出す。

 よくよく考えれば当たり前だが、俺は里でハンターをやっていた男の弟だったんだよな。もしかして俺、有名人なんじゃね。

 

 

 そんな事はない。ただの農家だ。

 

 

「ツバキ、そろそろ帰らなきゃ。ヒノエさん、私達はこれで」

 フクズクから取り返した団子を食べ終わったカエデに腕を引っ張られる。そういえば帰ろうとしていたんだった。

 

 

「ミノトには伝わっていますから、大丈夫ですよ」

 そんな、よく分からないことを言った彼女は何処からともなく大量のうさ団子を取り出す。人が食べる量じゃない気がするのはきのせいだろうか。

 

「それでは、私はもここで月見をさせて頂きますので。お二人とも、おやすみなさいませ」

「お、おやすみなさい」

「おやすみなさい! ヒノエさん!」

 不思議な人だな、と思いつつ───ふと振り返ると一瞬で山のようにあった団子が半分なくなっていて俺はこう思った。

 

 

 みんなして月より団子じゃん、と。

 

 うさ団子、美味しそうに食べるね。

 

 

 

 

 

 ある日のカムラの里、お昼過ぎ。

 

「ヨモギちゃーん、団子くれ」

「はいよ! ツバキさん、いつもので良い?」

「いつもので」

 ()()の畑仕事を終わらせ、休息に向かうのはやはりここ───カムラの里の茶屋である。

 

 里の名物うさ団子。

 茶屋のアイルーであるシラタマとキナコ、そしてヨモギが作ってくれる団子は人々に活気を与えてくれる食べ物だ。

 

 俺は三日に一回このうさ団子を食べないと禁断症状が出て逆立ちしながら歩く事になる。

 噂によれば一日に五十本食べる人もいるらしい。流石に盛ってるだろ。

 

 

 軽快な歌と共に、捏ねた団子を放り投げるアイルー二匹。そのままでは地面に落ちてしまう団子目掛けて、ヨモギは数本の串を投げつけた。

 串は的確に団子を三つずつ捉え、お盆に突き刺さる。

 

「……相変わらずとんでもない技術だな」

 一番上の団子に目と口を書いて、出来上がり。

 これが里の名物うさ団子だ。団子に刺さった串は二股に分かれていて、これをウサギの耳に見立ててうさ団子と呼ばれている。

 

 

 ところでこの曲芸───じゃない調理だが、初めて見た時は唖然とし過ぎて出されたお茶が冷えるまで固まってしまっていたのも良い思い出だ。

 ヨモギさん、茶屋なんかやってないでハンターになった方が良いと思うよ。絶対俺より才能あるでしょ。

 

 

「あ、ツバキも居たんだ」

「やぁ、ツー君。隣、良いかな?」

 出された団子を食べながらそんな事を思っていると、背後から聞き慣れた幼馴染み達の声が聞こえてくる。

 

 装備を着て背中に大きな薙刀のような武器と腕にデカい虫を引っ付けたカエデと、長槍を背負ったジニアだ。

 格好からするに狩りの後か前といったところだろうか。

 

 

「ツバキは畑仕事(家の手伝い)?」

「今終わったところよ。お前らは?」

「カエデとデートしようかなと思って」

「死ね」

「変な事言わないでよジニア。私ジニアとなんて嫌よ?」

「二人共僕の事嫌いなの!?」

「「だって屑だし」」

 カエデは知っている。コイツが女をたぶらかしている屑だと。

 

 

「あはは、嫌われてるねジニアさん! これ、新作のなぐさめ団子だよ!」

「皆で僕をいじめないで?」

「それで、結局二人は狩りの前なの? そうなら美味しいお団子食べていってよ!」

 ジニアを軽くスルーして店の宣伝をし始めるヨモギ。

 

 確かにジニアはどうしようもない屑でカスだが、顔が格好良いのでその辺の女子は彼をスルーするなんて事は出来ない。

 ジニアの本性を見抜いているのは幼馴染みのカエデか、このヨモギくらいのものだ。やっぱりヨモギさん凄い人なのでは。

 

 

「ジニアにクエスト誘われたんだけど、まだ依頼も見てない状況よ。とりあえずうさ団子食べようかと思って」

「そんな訳で、僕達もいつものでよろしく」

「はいよ! 少々お待ちを!」

 元気に返事をしてうさ団子を作り始めるヨモギ。さて、カエデが狩場に行くなら俺はウツシ教官やイオリの所に行って修行でもするか。

 

 俺はイズチを倒せるようにはなったが、イズチを倒せるようになっただけである。まだまだハンターとして認められるような存在じゃない。

 ウツシ教官に認められてハンターになれさえすれば、カエデに嘘がバレて幻滅される事もなくなるのだ。頑張れ俺。

 

 

「……さて、それじゃ俺はそろそろ───」

「ツバキも一緒に行かない? 畑仕事終わったんでしょ?」

 立ち上がる俺の肩を捕まえるカエデ。待て、俺はハンターじゃない。まだハンターじゃないの。だから今は待って。

 

「三人でクエスト、良いね! 私のうさ団子も食べたし、ハンターになった今のツバキさんならアオアシラだってイチコロだよ!」

 おいふざけんなお前カエデを煽るんじゃない。俺が断り辛くなるだろ。

 

 

「ジニア……!」

「僕は屑だ」

 コイツ。

 

「そうよそうよ、三人でクエスト行こ。ツバキもジニアもハンターになって、私嬉しいの。ツバキが昔の約束を守ってくれて、本当に嬉しいんだから。もし時間があるなら、三人でクエストに行きたいわ」

 断れないわ!! そんな事言われたら断れないわ!! 

 

「頑張って来てね、ツバキさん! うさ団子作って応援してるから!」

 もうダメだおしまいだよ。これ完全に行く流れだよ。行くっていうか逝くわ。イズチじゃなくてリオなんとかとかジンなんとかとかと戦わされたら本当に逝く。

 

 

 死ぬ。

 

 

「愛弟子!」

 頭の中で頭を抱えていた俺の目の前に、突然降ってくる救世主。

 我が師匠、ウツシ教官だ。

 

「どこから現れた!?」

「あ、ウツシ教官こんにちわ」

「やぁ、カエデ! 三人で集まってるなんて、楽しそうだね!」

 いや全然楽しくないからね。今修羅場だから。

 

 カエデは勿論だが、ヨモギも俺がハンターになったのは嘘だという事を知らない。

 ジニアは不貞腐れているし、この状況を打破出来るのは今ウツシ教官しか居ないのである。

 

 助けてくれ、師匠! 

 

 

「ウツシ教官、三人でクエストに行きたいんですけど。何かおすすめの依頼とかありませんかね?」

 なんとかしてくれ教官。今はあなただけが頼りなんだ。

 

「三人か……。よし、それじゃイズチ五頭の討伐なんてどうだい? 丁度誰かに頼もうと思っていたところなんだ!」

 教官んんんんん!!!! 

 

 

 イズチ五頭ですか。

 いや、確かにイズチならって感じですけど。五頭ですか。あんなに五頭も囲まれたら俺死ぬよ? 絶対死ぬからね? 

 

 

「ありがとうございます、ウツシ教官」

 ありがとうじゃねーよ。死ぬって言ってるだろ。勝手に話を進めるな。

 

「あらあら、ツバキさんはクエストですか」

 俺の危機的状況にもう一人の刺客が現れる。振り向けばそこに居たのは、確か───ヒノエさんか。

 

 

「ふふ、ツバキさんがハンターになって頼もしい限りです。今日の活躍も期待していますね」

「勿論です、俺に任せてください」

 俺に任せてくださいじゃねーよ!! 自分で言っといてなんだけど俺に任せてくださいじゃねーよ!! 

 

 ダメだ!! 女性の前で格好悪い所は見せられない。カエデもヨモギもヒノエさんもいるこの場所でクエストの誘いを断る事が俺には出来ない。

 

 

「それじゃ、クエスト逝くか」

 俺死んだわ。

 

 

 

 笑顔で団子を食べながら俺を見送る教官。

 ヒノエさんはヨモギからうさ団子を五十本受け取って、それを食べながら満面の笑みで出発する俺達に手を振ってくれる。噂の犯人あんたかよ。

 

 

 そんな訳で、俺と幼馴染み三人の最初で最後になりかねないクエストが始まったのであった。




前回日刊ランキングに乗せてもらって沢山お気に入りに登録してもらいました。感謝です。

読了ありがとうございました。


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環境生物は危険ではないと思っていた

 白。

 

 

 身体と同程度の長さを持つ尻尾に、全身を覆う白い毛が風に靡く。

 ソレは耳をピクピクと動かして、こちらを警戒する仕草をみせた。

 

 

「や、やんのかお前!!」

 俺はソレに太刀を向ける。きっとコイツは俺が背を向けたが最後、背後から鋭い爪で襲ってくるに違いない。

 愛らしいつぶらな瞳をしているが、アレは間違いなく狩人の眼だ。俺には分かる。

 

「離れてろカエデ、コイツは危ない」

「何言ってるのツバキ? あ、エンエンクだ! 可愛い!」

「おいカエデ!?」

 カエデは突然何を思ったのか、武器も構えずにソレに近付いていった。危ない、と手を伸ばすがその手は届かない。

 

「よーしよしよよーし。へへー、可愛いなぁ」

「───って、可愛い? 何してんのお前」

 ───そして、カエデはソレを抱き上げて撫で始める。

 

 

 

「ツー君、アレはエンエンクって言ってね。危険なモンスターじゃなくて、環境生物なんだよ」

「ふ、ふーん……。いや、知ってるよ? 知ってるけど?」

 この世界の全ての生き物が危険なモンスターという訳ではない。しかし───

 

 

「ツバキ、どうかしたの? 何が危ないのよ」

「いや、危ないというか……なんというか。……噛まない?」

「平気よ! ほら、ツバキも!」

 ───本当に危険ではないかどうかは、また別の話だ。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 全力で走る。

 

 

「だから危ないって言っただろぉぉぉおおお!!! アホ!! バカ!! バァァカ!!!」

「ごめんなさいって言ってるじゃない!! わざとじゃないわよ!! わざとじゃないもん!!!」

「あははは、困ったね。どうしようか」

 俺とカエデ、そしてジニアは三人で大社跡を全速力で走っていた。

 

 背後には、無数の竜の群れ。これが百竜夜行ですか。違うらしい。

 

 

「クエストはイズチ五匹の討伐じゃなかったのかよ!! 何匹居るんだコレ!!」

「ざっと十四匹かな」

 俺の悲鳴に冷静な返事をするジニア。

 そう、俺達は十四匹のイズチに追われて逃げているのである。絶体絶命という奴だ。

 

 

 

 どうしてそんな事になってしまったのか。

 その答えは、エンエンクという生き物を見付けた時に遡る。

 

「───平気よ! ほら、ツバキも!」

 エンエンクを抱っこしながら俺に身体を向けるカエデ。

 年頃の少女とつぶらな瞳の生き物。絵になるといえば絵になるのだが、カエデはバカだった。

 

 

「ところでエンエンクは、尻尾に強力なフェロモンを持っていてね。その匂いが着くと周りのモンスターに追いかけられる事になるから尻尾をモフモフしたりしてはいけな───」

「ほらほら、ツバキもジニアも触ってみて! 尻尾もモフモフ!」

「ジニア先生、カエデがエンエンクの尻尾モフモフしてます」

「───あはは、ふぅ。あはは」

「笑って誤魔化すな」

「どうかしたの? 二人とも。あれ? あんな所にイズチの群れがいるじゃない。さっきまで居なかったのに。三匹、五匹、七、八、十───あれ? ちょ、なんか多いわよ!?」

「逃げろぉぉぉおおお!!!」

 そんな訳で、俺達は大量のイズチの群れから逃げる事になっているのである。誰かあのバカの頭を叩いてくれ。

 

 ちなみにエンエンクは俺達が追われている間に何処かへ行ってしまった。

 モンスターを誘き寄せる匂いを撒いて、自分は何処かへ逃げてしまう。なんて危険な生き物だ。

 

 

 

「教官の嘘吐き! 五匹倒せば良いって言ってたのに! もうダメだ死んだ!! 俺死んだ!!」

「教官はイズチの数を間引きする為に、五匹で良いから倒してきてくれと言っていただけだからね。当然、大社跡はイズチが増えてるって訳さ」

「冷静に答えなくて良いから! 今どうするべきかを教えて!?」

「ここに僕達の墓を建てよう」

「諦めるな!!」

「あはは」

 ダメだコイツ、何故かこの状況を楽しんでやがる。頭のおかしい奴だとは思っていたが、本当に頭がおかしいとはな。

 

 とにかくここは生き残るのが優先だ。いくらハンターが二人いても農家一人を守りながらイズチと戦うのは無理がある。

 冷静に状況判断しているが足を引っ張っている農家は俺だった。いやでもコレはカエデが悪いと思う。

 

 

「そうだね……この先に建物の跡がある。そこに逃げ込むのはどうだい?」

「大賛成! カエデ、走れるか!」

「しょうがないわね! 頑張るわ!」

「お前のせいでこうなってるんだからね!? なんで偉そ───また増えてね!?」

 振り向くとさらにイズチの数が増えている気がした。

 うさ団子を食べてきたからそれなりにスタミナは持つが、そろそろ限界も近い。

 

 

「二人共、目を瞑って!」

「なんで!? この状況で!? 走りながら目を瞑るの!?」

「分かったわ!」

「物分かり良過ぎだろおま───うわぁぁぁぁあああああ目がぁぁぁぁぁああああああ!!!!」

 突然視界を焼く光。

 何か短い音がしたかと思えば、世界を光が包み込んで視界が真っ白に染まる。

 

 この感じ、何かデジャブを感じるぞ。

 

 

「……閃光玉?」

 走りながら目が見えなくなって、地面を転がった俺は一瞬走馬灯でもみていたのかそんなアイテムの事を思い出した。

 使用すると強烈な光を放ち、周りの生き物の目を焼くアイテム。お勉強会の時にそんなアイテムの事を教えてもらったのを思い出す。

 

 

「半分正解。答えは閃光羽虫。驚かせると閃光を放つ虫達の集まりさ」

 呑気にそう説明してから、ジニアは「立てるかい?」と言いながら俺の身体を持ち上げた。

 俺の目まで焼かれたが、つまり俺達を追ってきていたイズチ達も今は目が見えないという事である。逃げるなら今がチャンスだ。

 

「行こうか、二人共。ツー君は僕に着いてきて」

 そう言って俺の手を取って歩くジニア。どうせなら女の子に手を握って欲しいが、今はそうも言っていられない。

 

 

 

「───ふぅ、なんとか逃げ切れたわね」

「逃げ切れたのか? 立て篭ってるだけだけど」

 大社跡。

 その名の通り、ここは昔人々が暮らしていて大きな神社も建っていたらしい。

 

 俺達はそんな建物の中に一旦逃げ込んだという訳である。

 

 

「普通にさ、ベースキャンプに行けば良かったんじゃないのか? そうしたら里にも戻れるしよ」

「クエストをリタイアするしないはともかく、僕達はまだ里に戻る訳にはいかないよ」

 そう言いながら、ジニアはカエデに顔を近付けて目を瞑った。

 

「え、何してんのおま───」

「辞めてジニア。キモいわよ」

 カエデさんが俺より辛辣。

 

 

「───うん、まだ匂いが残ってる」

「匂いって! もう! なんなの───匂い? あ、エンエンクの?」

 顔を真っ赤にして怒るカエデだが、途中でふと何かを思い出し、自分の防具を引っ張って匂いを嗅ぎ始める。

 

「うん。エンエンクの匂いが残ってるから、このまま里に戻るのは危険だ。確かに匂いは薄くなってるけど、モンスターの鼻は良いからね。特に、その匂いを一度嗅いだあのイズチ達はカエデを執拗に追ってくると思うよ」

 ジニアがカエデの匂いを嗅ぐような仕草をしていたのは、そういう意味があったらしい。

 

「ご、ごめんなさい……」

「今回はジニアが正しいな……」

「二人は僕の事をなんだと思ってるんだい……?」

 流石の俺でも、今のジニアがハンターとして正しいという事は分かった。それはカエデも同じようで、俺達は二人してジニアに頭を下げる。

 

 

「……とにかく、僕達はまだ里には帰れない。そうなれば、クエストをリタイアするよりクリアした方が後味は良いよね?」

「そんな事言っても、あんな数の村相手にどうするつもりだよ」

「私も、流石にあの数は相手に出来ないと思うわ」

 二人はともかく、俺はまだ動きの止まっているイズチが相手でやっと一匹討伐して喜んでいるような実力だ。

 

 十匹以上の群れを相手に、ジニアはどうするつもりなのか。

 

 

「武器を使うだけがハンターじゃない。それを僕が教えてあげるよ、ツバキ」

 そう言って、ジニアは懐から何やらデカいカエルを取り出す。

 人の頭くらいある大きなカエルだ。そんな物どこで拾ってきたんですか。

 

 

「ウチでは飼えません!」

「お世話するから! 散歩も連れて行くから!」

「漫才してないで何するのか教えなさいよ……」

 俺の悪ノリに付き合うジニアを半目で見るカエデ。

 

 そんな事をしていると、建物の外が騒がしくなっている事に気がつく。どうやら囲まれているらしい。

 

 

「建物の周りにイズチが……。そんなカエルと遊んでる暇ないわよ?」

「名前どうしよっか、ツー君」

「ハルマゲドン」

「良いね」

「だから遊んでる場合じゃないわよ!?」

 ごもっともだ。

 

 しかし、ジニアにも何か考えがあるのだろう。

 彼はデカいカエル───ハルマゲドンを抱っこして建物の出入り口まで歩いていった。

 

 

「何をするつもりかしら……」

「さぁ……」

「いけ、ハルマゲドン」

 そうしてジニアは建物の扉を開くと、抱っこしていたハルマゲドンを───建物を囲っているイズチ達の間に投げ捨てる。

 

 

「ハルマゲドンンンンン!!!」

「屑!! 名前まで付けた生き物を囮にしようなんて最低よ!?」

 まさかとは思ったが、カエルを囮にしてカエルが無惨にもイズチ達に食われる間に俺達は逃げようという作戦か。あまりにも外道。

 

「良いから見てて」

 しかし、ジニアは冷静な声でそう言った。

 

 

 イズチ達は突然現れた手頃な大きな生き物に興味津々である。ハルマゲドン───カエルはというと、その場から動かない。

 蛇に睨まれた蛙とはよく言ったものだ。ハルマゲドンがイズチ達に食われるのも時間の問題───そう思った次の瞬間。

 

 

「何か、カエルから出てるわよ?」

「……煙?」

 突然ハルマゲドンは口を開いて、身体の中から赤みがかったガスを吹き出し初める。

 イズチ達はそれを訝しげに見ていたが、一匹が危険を察知して離れようとしても───既に遅い。

 

 

「ドーン」

 カエルは───ハルマゲドンは、爆発した。

 

「ハルマゲドォォォオオオン!!!」

 正確には、ハルマゲドンが吹き出したガスが爆発したのである。

 

 ハルマゲドンを美味しいそうな獲物だと覗き込んでいたイズチが二匹、黒焦げになってその場に倒れ、近くにいたイズチ達も吹き飛ばされて俺達を包囲していた群れに穴が空いた。

 

 

 今がチャンス。

 

 

「行こう、二人共!」

「カエルは!? カエルはどうなったの!?」

「ハルマゲドォォォオオオン!!!」

「うるさいわよ!!」

 言いながらも俺達三人は走る。建物の外に出た瞬間、煙の中でハルマゲドンが歩いているのが見えた。無事なのかよ。

 

「ま、まだ追いかけてくるわよ!?」

「あはは、次はどうしようね」

「なんで楽しそうなのコイツ」

 とにかく走る。ジニアは笑顔で懐に手を伸ばすと、今度はなんだか毒々しい色の巨大なカエルを取り出した。

 

 いやお前それどこにしまってたの。

 

 

「次はこの子を使おうか。名前はどうしよう」

「バハムートで」

「よし、いけバハムート!」

 バハムートを後ろから追ってくるイズチ達に投げ付けるジニア。バハムートはハルマゲドンと同じく、口を開いて何やら毒々しい色のガスを辺りに撒き散らす。

 

 

「大体分かってきたぞ、アレは毒だな?」

「正解。ドクガスガエルだよ。ちなみにハルマゲドンはボムガスガエル。……これで、倒せはしなくても弱って僕達を追うのを諦めてくれる個体が増える筈だ」

「それでも三匹くらい追ってきたわよ!」

 バハムートのおかげで群れをある程度引き離す事が出来たが、カエデの言う通り三匹だけは執拗に俺達を追ってきてきた。

 

 しかし、ここまで来てしまえば状況は逆転する。

 

 

 

「一人一匹、だね」

「あ、マジ? やるの?」

 相手は三匹、こっちは三人。

 

 数の差は埋まった。

 それにクエストの目的は五匹である。ハルマゲドンの爆発で二匹は死んでいるので、この三匹を倒せばクエストクリアだ。

 

 しかし、俺はイズチに勝てるのだろうか。

 背中の太刀に手を伸ばしつつも、身体は無意識に震えている。

 

 

「ツー君、僕は今日楽しかったよ」

「あ? なんだよいきなり」

「またこの三人で一緒に何かが出来て、昔からの夢だったハンターとして狩場に三人で立てて。僕は楽しかった」

「ジニア……」

「私も、このクエスト楽しかったわ」

 俺達は昔、いつかこうして三人でハンターになろうと約束をしていた。

 

 でも俺は命を奪われるのが怖くなって、夢を諦めて二人から逃げたのである。俺は最低な男だ。

 ジニアもカエデも、俺なんていなくても立派なハンターだろう。

 

 それでも、二人は俺といて楽しいと言ってくれた。夢を諦めて二人を裏切った俺を、まだここに立たせてくれている。

 

 

 もう二度と二人を裏切る訳にはいかない。

 

 

 

「まだクエストは終わってないだろ」

「そうね」

「そうだね。よし、まだ隠しダネはあるし。コレを使ってクエストクリアと行こう!」

 そう言いながら、ジニアは懐から何やら小さな生き物を大量に取り出した。

 

「───げ、虫。キモ」

「マキムシね」

 それはマキムシと言うらしい。珍しくカエデが知っていたのは、彼女が虫全般を好きだからだろう。キモい。

 

 

「コレで終わりだ!」

 ジニアはそんな虫達を地面に撒くように投げ捨てた。

 虫達は鋭利な姿をしていて、踏むと痛そうである。

 

 実際、俺達に襲い掛かろうと走ってきたイズチ達はそんな()()()()を踏んで怯んでいた。

 

 

「今だよ二人共!」

 ジニアはランスで突き───

 

「ツバキ、そっちは任せたわよ!」

 カエデは操虫棍の連撃で───

 

 

「任せろ!!」

 ───そして俺は太刀で、イズチの命を狩る。

 

 

 

【メインターゲットを達成しました】

 クエストクリアだ。

 

 

 

 

 当日。

 ベースキャンプにて。

 

「走り疲れた……。死ぬ」

「あはは、お疲れ様。ツー君」

「お前は元気そうだな……」

 俺達はクエストを終えて、里に帰る前にベースキャンプで休憩しようと夜の大社跡をキャンプの高台から眺めている。

 

 イズチ五匹。

 その内俺が討伐したのは、ジニアが足止めしてくれた一匹だが、大きな一歩には違いない。

 

 

「お疲れ様! 愛弟子!」

「うわ、突然現れるじゃん」

「ウツシ教官」

 俺達の隣に突然現れるウツシ教官。何しに来たのこの人。

 

「ご苦労様、二人共。カエデは?」

「お花を摘んでくるんだそうで、席を外してます」

 教官の質問にジニアがそう答えると、教官は「お花摘みか! 大社跡は確かに綺麗な花が咲いているからね!」とテンション高めに頷いた。

 

 意味が伝わっていない。

 

 

「狩りはどうだった? 愛弟子」

「どうだった、と言われても。大変だったんですよ。俺には出来る事があまりないというか……なんというか」

 今回、やらかしたのは確かにカエデだが───俺には何も出来なかったのは事実である。

 ジニアの知識や機転がなければ、俺は今ここにいないかもしれない。

 

 

「ハンターは力だけじゃない。知識だけでもない。仲間との協力も大切な事だと、愛弟子も分かったんじゃないかな?」

「……あんた、実は全部見てたな?」

 俺の問い掛けに視線を逸らす教官。なるほど、これもハンター修行の一環だったという訳か。

 

「しかし教官、僕も思っていたよりイズチが多くて驚きました。これは、ボスのオサイザチがいてもおかしくないかもしれません」

「そうだね、その辺りは俺も思っていた事だ。至急、調査に───」

「ただいま、二人共───って、ウツシ教官がなんでいるの?」

 二人が話している所で、お花摘みから帰ってきたカエデ。せっかくだから立ち話もなんだし、帰りながら話そうと俺が提案しようとしたその時。

 

 

「カエデ、綺麗なお花は摘んできたかい?」

「教官、どうせ意味分かってないんだと思いますけど今のセクハラだから他の人に言っちゃダメですよ。……そんな事より聞いてよ、今ここに帰ってくる時にね! 凄い鬼火っていうのかしら。紫色の炎がそこら中に浮いてて───」

 カエデがそう言いかけた瞬間───

 

 

「三人は里に帰るんだ。良いかい? 今すぐに帰るんだ」

 ───突然ウツシ教官は血相を変えて飛び出し、俺達にそう告げた。

 

 あまりに急な出来事に俺達は返事をする事も出来ず、おれたちは言われた通り里に帰る事にする。

 

 

 

 里への帰り道は、時々カエデの言っていた紫色の炎がユラユラと照らしていた。




ライズ楽しいです。
前回の更新で評価件数が合計十件になりました!いつも応援ありがとうございます!


【挿絵表示】

そんな訳でありがとうのイラスト。今作ヒロインのカエデちゃんです。カムラノ装備可愛いけど描くの難しいですね。
読了ありがとうございました!


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夢だったし勘違いだった

 黄色い声が上がる。

 

 

「キャーーー、ツバキさんよ!」

「カムラの里一番のハンター、ツバキさんだわ!」

「こっちを見てくれたわ! キャーーー、手を振って下さってる!!」

「違うわよ!! ツバキさんは私に手を振ってくれたのよ!!」

「何言ってるのよ!! ツバキさんは私を見ていたわ!!」

 どうやら朝から元気なお嬢さん方が、俺の起床を待っていたらしい。

 

 俺が手を振ると黄色い歓声はさらに大きくなった。

 やれやれ、困った子猫ちゃん達だぜ。

 

 

「皆、俺を取り合って喧嘩するのは辞めてくれ。俺はこの里一のハンター。……それはつまり、この里で一番モテるハンターという事だ。皆が俺を取り合うのは自然の摂理だが、俺は誰の物でもないんだ」

「ツバキ様! そんな事言わないで!」

「私、小さな頃にツバキ様に告白したもん!」

「私もツバキ様に子供の頃に告白したわよ!!」

 俺の言葉に彼女達はさらにヒートアップしてしまう。俺は「やれやれ」と両手を上げながらこう続けた。

 

 

「エーコ、この狩りが終わったら一緒に茶屋でデザートでもどうだ?」

「キャーーー、ツバキ様とデートの約束をしちゃったんだけど!」

「ビーミ、それが終わったら集会所で夕食を共にしよう」

「キャーーー、ツバキ様とデートの約束をしちゃった!」

「シーナ、それが終わったら夜景でも見ながら一緒に夜の散歩なんてどうだ?」

「キャーーー、ツバキ様とデートの約束をしてしまいましたわ!」

「ハッハッハッ、皆順番だぜ。俺は里一のハンター、俺は皆の物なんだからな」

 そう言って俺は指二本を自分の頭の上に乗せてから、キメ顔でその手を里中の女の子に向ける。

 

 

 

 ハンターになった俺は、やはりモテた。

 それはもう、モテてモテてモテまくってしまったのである。里中の女の子が俺に夢中だ。

 

 

「やぁ」

「おう、ジニア。どうした? 里中の女の子を俺に取られて嫉妬しているのか! ハッハッハッ!! 俺の勝ちだ!! バーカバーカ!!」

 女の子達と別れた後、突然現れたジニアに俺は勝ち誇った表情でそう言う。

 しかしジニアは無表情で高い所から俺を見下して、こう口を開いた。

 

「何を勘違いしているのか分からないけど、私の名はジーニアス。神です」

 おっとー。

 

 

「あ、これもしかして?」

「これ、夢ね」

「デスヨネー」

 夢オチです。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 俺は神を殴った。

 

 

「なんで殴るの!?」

「お前の存在そのものが鬱陶しいんだよ」

「酷い」

 俺の夢を返せ。

 

 

「二人共バカやってないで、里長達の話を聞くわよ」

 言いながら、カエデは集会所でアイルー達が作っているうさ団子を手に取る。

 

「あ、フクズク」

「なんでよ!!」

 して、そのうさ団子は突然現れたフクズクに取られた訳だが───それはさておき。

 

 

「───で、里長。俺達になんの用なんだ?」

 俺はうさ団子を取られて愕然としているカエデを横目で見ながら、俺達三人を集会所に呼んだ人物に話しかけた。

 

 

「うむ、三人に折り合って頼みがあってな」

 歳の割にデカい肩を回しながら、里長は俺達を見てそう口を開く。

 

 今朝目を覚ますと、俺達三人の家に里長から文が届いていた。

 内容は昼前に集会所に集まってくれ、という単純なものである。だから、俺達はなぜ集会所に呼ばれたのかを知らない。

 

 

「頼み?」

 だから、頼みと言われて俺は首を傾げた。

 

 ハンターである二人にならいざ知らず、俺を含めた三人に頼みとはなんの話だろう。

 俺はジニアを殴ったが、アレは夢だ。俺はまだハンターじゃない。

 

 

「先日、三人はイズチの群れを減らしてくれたでゲコな?」

 ふと頭上から聞こえるそんな声。

 

 集会所の真ん中で、理解不能な大きさの巨大なカエルの上に立つ老人。

 じっちゃん───こと、この里のギルドマネージャー、ゴコクさんである。

 

 

「はい、丁度五匹。討伐してきました!」

 殆どジニアの手柄だったが、元気に手を上げてそう言うカエデ。

 俺達三人は二日前にイズチ五匹の討伐クエストをなんとか成し遂げてきた。

 

 その帰りだったか、突然現れたウツシ教官が血相を変えて俺達を里に帰らせたのは。

 

 

「やはり、オサイズチですか?」

「長イズチ?」

「イズチの群れのボス……だよね?」

「あー、おさイズチね。知ってる知ってる」

 確か俺が初めてカエデと狩場に行った時に、カエデがその名前を口にしてたっけか。

 え、俺そんなのと戦えないよ。

 

「うむ、ジニアの言う通り。大社跡にオサイズチの姿が確認された。ジニア、カエデ……二人にはオサイズチの討伐を頼みたい」

「二人? ツバキは?」

 里長の言葉に、カエデは首を傾げる。

 

 彼女にとっては俺も立派なハンターだ。だから、俺の名前が上がらないのは不思議なのだろう。

 俺にとっては不思議でもなんでもないし名前が上がっても困る所だが、そうなると俺が呼ばれた理由が分からない。

 

 

「ツバキには、ゴコク殿から話がある。二人は取り急ぎ、オサイズチの狩猟に向かってくれ」

「分かりました。カエデ、準備しよう」

「うん。ツバキ! ゴコクさんからのクエストなんて流石ね。頑張って!」

 二人はそう言って、集会所を出て行った。

 

 カエデの言葉に胸が痛くなるが───さて、じっちゃんの用事とは如何に。

 

 

「じっちゃん、話って?」

 二人が集会所を出たのを確認してから、俺はじっちゃんにそう話し掛ける。

 じっちゃんは長い顎髭を触りながら、こう口を開いた。

 

 

「ツバキ、覗きに興味はあるでゲコか?」

「は?」

 この爺さん、ついにボケたか。

 

「お前は二人の狩りを見学しろ、ツバキ。ウツシと共に大社跡に赴き、二人に見つからない様に狩りを見学するのだ」

「な、なるほど……。そういう感じか」

 俺はイズチのボスとやらに挑める程立派なハンターではない。

 

 しかし、あの二人は違う。

 二人は本物の立派なハンターだ。大型モンスターと呼ばれる、本当に危険なモンスターにも立ち向かう力を持っている。

 

 その狩りをこの目で見届けて、本物の狩人とはどんな存在なのか確かめろ。ゴコクのじっちゃんからの話はこうだった。

 

 

 

「───とは言うが、本当に見つからずに狩りを覗き見出来るのか?」

「よくぞ聞いてくれた! 愛弟子!」

 里を歩きながら俺が独り言を呟くと、聞いていないのに聞いた体でテンションの高い声を横であげるウツシ教官。

 

 ジニアやカエデに見付からずに、二人の狩りを観察する。

 そんなゴコクのじっちゃんからのクエスト()だが、はたして本当に可能なのだろうか。横にこんなやかましい人連れて。

 

 

「カエデ達が狩りの準備をしている間に、愛弟子には覗きの極意を学んでもらおうと思う!」

「覗きの……極意?」

 教官の言葉に俺は喉を鳴らした。

 

 

 覗き。

 それは男のロマン。

 

 女の子の着替え、入浴、その他諸々。

 男にはどうしても見たくても見れない光景があり、その絶景を自らの瞳に映すためにいくつもの挑戦があったという。

 

 

「教官は覗きマスターなのか」

「俺は良く覗きをしているからね」

 変態だ。

 

 

「師匠と呼ばしてください!」

「愛弟子! 俺は元々師匠だ!」

「師匠ーーー!」

「愛弟子ーーー!」

 里の中心で抱き合う野郎二人。側から見たら色々思われそうな光景である。

 

 

「そんな訳で覗きだ!」

「はい! 師匠!」

「愛弟子がいつもよりやる気があって俺は嬉しい! そうだな、まずはあの女の子をつけて覗いてみよう!」

 そう言ってウツシ教官が指差したのは、里を歩く赤い髪の女の子。

 

「あれは……」

 カエデではない。彼女の名前は───

 

 

「エーコか」

 ───彼女の名前はエーコ。カエデと違って長い髪。最近街で流行りのファッションに身を乗せた、所謂ギャルだ。

 昔、俺がガキ大将だった頃は良く一緒に遊んでいた仲である。

 

 

 

「どうやら彼女は茶屋に行く様だね。彼女に気付かれないように覗き見しよう!」

「パンツを?」

「なんの話だい?」

「いやいや、言わずとも分かってますよ師匠!」

「そうか! 愛弟子が何か勘違いしてる気がするが! その意気だ!」

 俺とウツシ教官は建物の裏に隠れて、茶屋の席に座るエーコに視線を送った。

 

 

「あらあら、楽しそうな事をしていますね」

 俺達の隣ではヒノエさんが微笑ましそうな顔でうさ団子を食べている。笑っているが、俺は真剣だ。真剣にエーコのパンツを見ようとしている。

 

 

「愛弟子! まずは色彩訓練だ! 彼女の選んだ色を当ててみよう!」

 なるほど、エーコのパンツの色を覗き見て、何色のパンツを穿いてるのか覗くんだな。任せろ。

 

「見よ愛弟子! 彼女がうさ団子を注文したぞ! ヨモギがうさ団子を作る今が絶好のチャンスだ! 刮目するんだ!」

 ウツシ教官の言う通り、エーコは茶屋でヨモギに団子を注文したようだ。

 ヨモギが歌を歌いながら団子を作っていると、エーコもそれに釣られて身体を揺らしている。

 

 なるほど、今こそエーコのパンツを覗くチャンスという訳だな。

 

 

「くそ! 見えねぇ! 見えそうで見えねぇ!!」

 俺は出来るだけローアングルになるように地面に頭を擦り付けて、歌に合わせて身体を揺らすエーコに視線を送った。

 エーコは短いスカートを履いている。だが、ここからでは距離も遠い。しかし、彼女に見付からずにパンツを覗くならこれ以上近付いてはならない。

 

 もどかしさは俺を焦らせ、視線を下げようと強く地面に顔を擦り付けるが───どうしても彼女のスカートの中は見えなかった。

 

 

「くそ!! 見えない!! 見えないよ師匠!! 何色か見えないよぉ!!」

「良く目を凝らすんだ!! 愛弟子!! 三色だぞ!! 愛弟子には何色に見える!!」

 嘘だろ、ウツシ教官にはもうエーコのパンツが見えているのか。しかも三色のパンツだと。あいつどんなパンツ穿いてるんだ。

 

 

「棒が刺さったぞ愛弟子!!」

「棒!? なんで棒が突然刺さったの!? 突然エロい事言わないで!? エーコは何をしてるの!? 教官には何が見えてるの!?」

 教官は俺と違って普通に立っている。

 それなのに、教官はエーコのパンツの色も見えてるし突然棒が刺さった所まで見えているらしい。

 

 これが覗きのプロの力なのか。

 ところで、あいつ飯食ってる時にナニしてるんだ。

 

 

「ウツシ教官は一言足りませんし、ツバキ君は面白いですね」

 隣でヒノエさんが何か言ってるが、俺は気にしない。俺はただ、エーコのパンツの色が気になるのである。

 

 

 

「……師匠、ダメだ俺。見えねぇよ」

「大丈夫! 色が分からなくてもそれは綺麗な物だと分かりきってるからね!」

「し、師匠……!」

「それじゃ、答え合わせをしにいこうか!」

「師匠!?」

 え、何ですか答え合わせって。

 

 そう思っていたらウツシ教官は茶屋に真っ直ぐ歩いていってしまった。まさかエーコ本人に「何色のパンツ穿いてるの?」とか聞くつもりなのか。

 

 

「君、選んだのは何色なんだ!」

 聞いたよ!! この人聞いちゃったよ!! 

 

 

「あ、教官じゃん。ちーす。色? あー、この色?」

 教官に挨拶したエーコは、ヨモギに作ってもらったうさ団子を持ち上げてソレを指差す。

 

 ピンクと白と黄緑のうさ団子。

 まさかその団子と同じ色のパンツを穿いているというのか。

 

 

 

「あ、ツバキじゃーん。久し振りー。ジニア君に聞いたよー、ハンターになったんだって?」

「お、おう。エーコ。久しぶり」

 俺が唖然としていると、隠れていた俺に気が付いたエーコが団子を振りながら俺に話しかけてきた。

 昔はしおらしい性格だった彼女だが、今はこんな感じである。多分俺に告白した事なんて忘れてるな。

 

 

 でも、赤とか黒とか大人っぽいエロいパンツを穿いてる訳ではないらしい。お前もまだまだ子供だな。

 

 

「……人は見かけによらないな」

「何言ってんの? あ、いけね。私用事あるんだった。ジニア君が狩りに行くらしいから見送りの準備しなきゃ! じゃーね、教官! ツバキ!」

 突然エーコはそう言ってうさ団子持ったまま茶屋を去っていった。

 

 

 ジニアめ、狩りの見送りだと。なんなのアイツ。モテモテなの? モテモテなんだよな。

 

 

 

「しかし教官は流石だな」

 俺にはエーコのパンツはまったく見えなかったのに、教官にはくっきりと見えていたようである。

 これが真のハンターの力なのか。

 

「動体視力はハンターの基本だ! 愛弟子、次はあの子を覗いてみよう」

「ん? あれは───」

 この修行はまだまだ続くらしい。次に教官が選んだのは、飴屋に立ち寄っていた一人の女の子だった。

 

 

 セミショートの青い髪。

 エーコとは違ってまだ子供っぽい顔付きのその少女の名前はビーミ。

 彼女も俺がガキ大将だった頃、よく遊んでいた友達である。昔告白された。

 

 

「愛弟子、次はもっと距離を取ろう!」

「もっと?」

 教官に言われて、俺は飴屋から離れる様に歩く。集会所の入り口も超えたその先からは、飴屋はかなり距離があった。

 

 目を細めてビーミに視線を送る。

 

 

 

「愛弟子にはあのリンゴが何個見える?」

「リンゴ、ですか?」

 俺は一瞬、教官が何を言っているのか分からなかった。しかし、ついさっきの教官を思い出して俺はハッとする。

 

 

 教官はどんな状態でも覗きが出来る凄い人だ。

 彼には既にビーミの穿いているパンツが見えているのだろう。

 

 つまり、ビーミはリンゴ柄のパンツを穿いているのか。子供かよ。

 

 

 ───それはともかく、これは彼女のパンツに描かれているリンゴの個数を数えるという修行だ。そもそも俺には彼女のパンツが見えていない。

 

 

「教官、どうしたら(パンツを)見る事が出来ますか? 俺にはどう目を凝らしても見えないんですけど」

「気合いだ!」

「根性論で(パンツが)見えたら世の男はもっと頑張ってるわ!!」

 だがしかし、ウツシ教官には彼女のパンツが見えているのも事実である。さっきエーコのパンツの柄当ててたしな。

 

 

「愛弟子、ハンターにとって遠くから相手の数や種類を確認するのはとても大切な事だ。今は無理でも、いずれ出来るようになる! 愛弟子なら大丈夫だ!」

「出来るようになるのか!? 俺もいつかはこの距離から(人のパンツの柄を)確認出来るようになるのか!? 俺頑張るよ!!」

「その意気だ! 愛弟子!」

 そんな訳で、そろそろカエデ達がクエストに出掛ける時間になってしまった。次の修行が今回の修行の最後になる。

 

 

「あ、教官。それにツバキ君も。なんか二人が並んでるの久し振りに見たかも。ツバキ君はハンターになったんだっけ?」

「おう、ビーミ。俺、お前が変わってなくて安心したよ」

「何言ってるのか分からないけど……二人は何してるの?」

 飴屋まで戻った俺は、久し振りにビーミと会話をしていた。流石にお前のパンツ覗こうとしてたなんて言えないけどね。

 

 

 

「愛弟子、最後にあの子を覗いてみよう」

「あいつは……」

「シーナちゃん?」

 ウツシ教官が最後に選んだのは、これまた遠くにある傘屋に寄っている一人の少女である。

 金色の長い髪が特徴的な彼女の名前はシーナ。エーコやビーミの幼馴染みで、俺がガキ大将だった頃(以下略)。

 

 

「愛弟子、彼女が選んだ柄を当てるんだ!」

「教官、隣に女の子が居るのにパンツ覗いて柄を当てる話をするのはどうかと思うよ!?」

「え、二人共パンツ覗いてたの!? 変態だ!!」

 ほらみろ。

 

 

「パンツ? 愛弟子は何を言っているんだ?」

 唐突に首を横に傾けるウツシ教官。おい、この人逃げたぞ。自分の罪から逃げたぞ。

 

 

「ちょっとシーナちゃん! シーナちゃん! ツバキ君がパンツ覗く話ししてたんだけど!」

「何ですって! 信じられないです!」

「あんた、もしかして私のパンツも覗いてた訳?」

 さらにエーコまで来て、俺は三人に囲まれた。なるほど、これがモテ期か。違うな。危機だわ。

 

 

「師匠!!」

「俺達は彼女の選んだうさ団子の色を当てる動体視力の修行、そして彼女が買ったリンゴ飴の個数や傘の柄を遠くからも確認する修行をしていただけだよ。愛弟子はそんな不真面目な人間じゃない!」

「教官んんんん!! そう言う事ならそういう事だってとっとと言えや!!! 俺てっきりパンツを覗く修行かと───あ」

 そこまで言って、俺は自分が何を言っているのか気が付く。気が付いた時には遅かった訳だが。

 

 

 ──どうやら彼女は茶屋に行く様だね。彼女に気付かれないように覗き見しよう! ──

 ──パンツを? ──

 ──なんの話だい? ──

 ──いやいや、言わずとも分かってますよ師匠! ──

 ──そうか! 愛弟子が何か勘違いしてる気がするが! その意気だ──

 そもそもこの時点で俺の勘違いだった訳で。

 

 

「「「変態!!」」」

 その日、里には俺の悲鳴が木霊した。



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忘れていると思っていた

 ふと昔の事を思い出す。

 

 

「ツバキぃ、またフクズクに団子を取られたぁ!」

「お前は呪われてるのか?」

 子供の頃からカエデはよくフクズクにおやつを奪われて泣いていた。

 

 どこか抜けている所があるし、多分彼女からは取りやすいんだろう。

 それに彼女はよく動物に懐かれるというか、昔から彼女の周りには色んな生き物が寄ってくる不思議な体質でもあった。

 

 この間のエンエンクではないが、変な匂いでも出してるのかもしれない。

 そのおかげでハンターの狩りをサポートする猟虫とも仲良くなれるから、彼女は操虫棍という武器を選んだらしい。

 

 だからといっておやつを盗んでくるフクズクと仲が良いという訳でもないが。

 

 

「しょうがないから取り返してきてやるよ。アレだろ?」

「うん、あの屋根の上に飛んで行っちゃったフクズク」

 話を戻す。

 昔、俺はこうやってよくフクズクから彼女の団子を取り戻したりしていた。

 ガキ大将だった頃の俺は、里で一番のハンターになって里中の人を助けるなんて言っていた奴である。

 

 あの頃の俺は本当に活気に満ち溢れていた。

 

 

「任せろ。俺が取り返してきてやる」

 そう言って屋根をよじ登ろうとした俺だったが、その日は少し神様の機嫌が悪かったのだろう。

 

「あ、フクズクが!」

 フクズクは翼を広げて、どこかに飛び立ってしまった。

 

 

 こうなれば団子を取り返すのは難しい。諦めた方が早いだろう。

 だけど、今はともかくあの頃の俺はそういう人間ではなかった。

 

 

「私のお団子……」

「大丈夫だカエデ。俺が取り返してきてやるから!」

 諦めずに、俺はフクズクが飛び去った方角へ向かう。

 

「本当に取り返してくれるの?」

「カエデ、俺は自分で言った事はやり通す男だ。それに俺が約束を破った事があったか?」

 あの頃の俺はそういう人間だった。

 

 

 自分に自信があって、自分はなんでも出来ると思っていたのだろう。

 でもきっと、それ以上に───

 

 

「───ほら、カエデ。取ってきたぜ」

「───本当に取り返してくれたんだね、ツバキ。ありがとう! でもこれ、突かれすぎてもう食べれないよ。あはは」

 ───アイツとの約束を、破りたくなかったんだ。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 大社跡。

 ここは里から離れ、静かでゆっくりとした時間が流れている。

 

 

「教官、二人が見えたぜ」

「覗きの訓練の成果を見せる時だ、愛弟子」

「その言い方辞めない?」

 俺と教官は、カエデとジニアの狩りを密かに観察する為にこの大社跡を訪れていた。

 

 クエスト内容はオサイズチ一頭の狩猟。

 オサイズチはイズチよりも二回りは大きな身体を持っているらしい、イズチの群れのボスである。

 

 そんな巨大な生き物に人間が勝てるのだろうか。

 ハンターならもっと危険な生き物にも挑まなければならない。俺にはその技術も覚悟もないから、今こうして覗きをしているという訳だ。

 

 

 

「愛弟子、修行の時はあまり調子が良くなかったようだけど。今はバッチリと見えているようだね」

「さっきは見える筈もないパンツを見ようとしてたからね。俺、割と目とか耳は良いから」

 俺達とカエデ達の距離はざっと里の茶屋から傘屋までの距離の二倍は離れている。

 狩場の奥まで行けばもう少し近付いても大丈夫そうだが、この距離でも俺は二人が何を話しているのか聞こえていた。

 

 

「流石俺の愛弟子だ!」

「あんまうるさい声出さないでください教官。尾行がバレる」

「……すまない!」

 うるさい教官は良いとして。

 

 今回の俺の目的は二人の本物の狩人の狩りを間近で見る事である。

 

 大型モンスターとの戦闘。

 俺もいつかはこなさなければならないのだろうか。

 

 

「二人は何してんだ?」

 ふと、二人に視線を向けると───二人は向き合って楽しそうに会話をしているようだった。

 

 昔からの幼馴染み。

 カエデはハンター修行で二年間里を出ていたから、ジニアとも積もる話があるのだろう。

 

 しかし、流石にこの距離では何を話しているのか分からない。

 

 

「仲良く会話しているようだね」

「もう少し近付きましょう」

「やる気が出てきたんだね、愛弟子!」

 そういう訳ではない。

 

 

「───それでね、ツバキが団子を取り返してきてくれるって言ってくれたんだけど。フクズクが遠くに飛んで行っちゃって」

 少し近付いてみると、カエデのそんな言葉が聞こえてきた。なんの話をしていたのかと思えば、思い出話をしていたらしい。

 

 

「それで、ツー君は団子を取り返してくれたの?」

「うん! 私には家に帰ってろなんて格好付けて。夜になったらボロボロのツバキが家に団子持ってきてくれたのよ。団子もボロボロで食べられた物じゃなかったんだけどね」

 昔、そんな事もあったな───なんて思い出す。

 

「流石ツー君だね」

「ツバキは約束を破った事ないのよね……。自分が言った事を絶対に曲げないというか、なんというか」

「そうだね。ツー君はそういう人だよ」

 恥ずかしいからその話やめて。

 

 

「……だから私、ツバキにハンターにならないって言われて本当にビックリしたのよ。ツバキがお兄さんを亡くして辛かったの分かってたのに」

「ツー君だって人間だから」

 あの日、俺はカエデとの約束を破った。

 彼女が俺に怒る気持ちも、俺だって分かっている。

 

 

「それなのに私、勝手に一人で怒って勝手に一人で里を出て。……帰ってきたらツバキはハンターになってるし、格好悪いわよね。私、ツバキの事信じてた筈なのに。ツバキの事───」

 もう辞めてぇぇえええ!!! 俺はハンターじゃないの!!! ハンターになれてないの!!! お前が一生懸命ハンター修行をしてた二年間、俺は農家をやってたの!!!! 

 

 

「愛弟子はカエデに愛されてるね!」

「突然なんなの教官」

 悶絶している俺を、教官はキラキラした目で見ていた。なんなのこの人。

 

 

「───だから私、もう絶対にツバキを疑わないって決めたの。約束を破ったのは私だった。……ツバキは覚えてないかもしれないけど」

 ふと聞こえるそんな言葉。

 

 ただ俺は、彼女の言う約束がなんの約束だったか分からない。話途中から聞いてなかったし。

 

 

 途中からといえば───

 

「ところで教官よ。この前イズチ五匹倒すクエストの帰り、なんか血相変えて俺達を返したけど……あれなんだったんだ?」

「……答えて良いものか」

 俺の突然の問い掛けに、教官は珍しく真剣な表情を見せる。

 その視線の先には俺は居なくて、彼は少しだけ目を瞑ってからこう口を開いた。

 

 

「愛弟子がカエデに嘘をついた日、大社跡でモンスターに襲われたのを覚えているかい?」

「あー、カエデがアオアシラと間違えた奴ね」

 カエデが里に帰ってきた日、俺は彼女に自分もハンターになったと嘘を付いて───この大社跡でとあるモンスターに追い掛けられる事になったのを思い出す。

 

 

「あの日愛弟子が見たモンスターの名は───怨虎竜マガイマガド。何故かはまだ愛弟子には言えないが、里の者から恐れられているモンスターだ」

「里の人が恐れているモンスターとな」

 何故かはまだ俺には言えない。

 それは俺がハンターではないからだろうか。いずれにせよ、今の俺が関わって良い相手ではない事は確かだ。

 

 

「その、マガイマガドってのが大社跡にいたって事か? 危ないんじゃないの?」

 今回カエデやジニアはオサイズチというモンスターの討伐がクエストだが、大社跡にオサイズチ以外のモンスターがいる可能性だってある。

 そのマガイマガドが本当に近くに潜んでいるのなら、この狩場は今とても危険な状態の可能性も高かった。

 

 

「だからこそ、俺がいる! 安心してくれ愛弟子。カエデもジニアも、いざとなったら俺が助けるからね!」

「いやだ教官。格好良い。惚れそう」

「もっと褒めてくれ! うおー!」

「やかましい。二人に気付かれるだろ」

「……すまない」

 なんなのこの人。

 

 ただ、やはり教官はアホだが頼りになる。この人がいてくれるなら、とりあえずは安心だ。

 

 

「愛弟子! 何か動きがあったぞ!」

「だからもう少しトーンを下げ───あれは、イズチか?」

 教官の株を上げ下げしていると、ふと視界に小さな影が映る。

 

 

 鋭い牙に爪。鎌のような尻尾が特徴的な小型モンスターだ。

 今回の標的はこのイズチ達の群れのボスと呼ばれているオサイズチである。イズチ達には用はない。

 

 

「倒すのはオサイズチって奴だろ? イズチに関わる必要はなくないか?」

「オサイズチはイズチ達の群れのボスだ。どちらにせよ、イズチとの交戦は避けられない」

「なんだそれ面倒くさいな……」

「群れのボスを倒そうとすればイズチに邪魔される事も想定出来る。先に数を減らしておくのも手ではあるね」

「手ではある、じゃなくて全滅させないと後で危ないんだろ? どうせ戦わなきゃいけないんだろ? 答えは一つだろ」

 イズチが後で邪魔してくるのなら、数を減らすんじゃなくて全部殺してしまった方が安全じゃないだろうか。

 それが出来る出来ないはともかくとして、目の前に後で邪魔になる存在がいるなら消しておくべきと俺は思った。

 

「愛弟子、ハンターの仕事はモンスターを滅ぼす事ではないんだ。確かにハンターは生き物の生命を奪う仕事だ。……でも、命と向き合う事も仕事の内だという事を忘れないで欲しい」

「命と向き合う、ねぇ。……俺にはよく分からん。必要なら殺さないといけないと思うし、必要ないなら殺さずほっとく。これは畑やってるからかもしれないけどな」

 畑を荒らす虫はやっぱり殺すし、そうでない奴は畑で見かけても特に触ったりしない。生き物を殺す殺さないというのは俺にとってそういう話である。

 

 そもそも俺にはイズチを全滅させられるだけの腕はないんだけども。

 

 

「勿論、自分の答えを大切にして貰えばいい。ただ、今回の目的は二人のハンターの狩りを見る事だ! この事も踏まえて、愛弟子には二人がどうするのか見ていて欲しい!」

 教官がそう言っているのを聞きながら、俺はカエデ達に視線を映した。

 

 

 現れたイズチの数は六匹。

 これはいつか教官に聞いた話だが、基本小型モンスターでも相手をして良いのはパーティ人数一人につき多くても三匹までが目安らしい。

 それ以上になると熟練のハンターでも不慮の事故が起きる可能性が高くなる。当たり前だが数の利は恐ろしいものだ。

 

 曰く、ハンターの───主に初心者ハンターの被害で一番多いのは複数の小型モンスターが相手らしい。

 

 小型といえど俺みたいな普通の人間にとってはそれ一匹で危険な存在である。

 ハンターといえど中身は普通の人間だ。押し倒されたり噛みつかれたら、ただでは済まない。

 

 

 

「ジニア、どうする?」

「僕に考えがある。カエデは牽制しつつ、離脱する準備をしておいて」

 六匹のイズチに囲まれた二人。どうやらジニアには作戦があるようで、カエデに武器を構えるように指示をする。

 

 一方でジニアはその槍を構える事はなかった。

 左手に盾こそ持ってはいるが、戦う気はないように見える。

 

 そんなジニアに狙いを定めたのか、一匹のイズチが甲高い鳴き声を上げた。

 コイツに攻撃しよう。まるでそう言っているようだ。

 

 

「カエデ、僕の合図で跳んで!」

「分かった!」

「───今!!」

 ジニアが叫んだ瞬間、周りのイズチが一斉に二人に向けて飛びかかってくる。

 しかし次の瞬間、突如ジニアを中心に青い煙が上がり始めた。見覚えのある光景である。

 

 その煙を吸い込んだイズチ達は、順番に姿勢を崩しながら倒れ込んだ。

 死んだ訳ではなさそうである。寝ているのか。

 

 

 同時に煙の中から、カエデがイズチ達を跳び越えるようにジャンプして出てきた。ジャンプ力が人間じゃない。

 

 

 

「アレは、この前のカエルの仲間か」

「ジニアは狩場で良く環境生物を集めてるからね。アレはネムリガスガエル。愛弟子の言う通りガスガエル科の一種だ」

 その名の通り、相手を眠らせるガスを吐くカエルという事だろう。

 

 そうなるとあの煙の中にいると寝てしまう訳だが、俺の心配も束の間。

 煙の中からなんかデカい虫が飛び出してきたかと思えば、その虫が出した糸を引っ張るようにしてジニアが飛び出してきた。

 

 

「アレはカエデが言ってた……」

「翔蟲だ。丈夫な糸を出せる虫で、カムラの里のハンターの多くは便利に狩りを手伝って貰っている。愛弟子もいつかは───」

「え、嫌だ。アレキモい」

「───あれー」

 いや普通にキモい。なんだあのデカい虫。生理的に無理。

 

 

「そんな事より、二人を追い掛けようぜ。せっかく眠らせたイズチを二人は殺さないんだな……。命と向き合う、ねぇ」

 俺たちは道を迂回しながらカエデ達を追う。

 

 これは二人が話していた事だが、六匹もイズチがまとまって動いていたという事は、この近くに大きな群れがいるという証拠だとか。

 まさにその通りで、六匹のイズチと出くわして少し歩いた所で今度は八匹のイズチが姿を表した。

 

 

 曰く、その数字は超えてはいけない線である。

 しかし運が良く、八匹はカエデ達に気が付いていないようだった。

 

 

 あくまでも二人なら六匹というのは目安、セオリーの話である。

 ハンターにはどうしても戦わなければいけない時もあるし、あえてセオリーから外れるのも一つの手だ。

 

 

「カエデ。ここが多分、藪だね。突いてみる?」

「うん、そうだね。私が一番近いのをやるから、ジニアは一番最初に反応した奴をお願い」

 二人はそう話して、お互いの獲物を構える。カエデの腕に止まっていた猟虫───マルドローンのモミジが飛び出したのが戦いの始まりの合図だった。

 

さっきの六匹は無視したのに、ここの八匹には仕掛けるのか。何故だろうか。

 

 

「……せやぁ!!」

 突然眼前に現れた巨大な虫に視線を取られたイズチ向けて、草陰から飛び出したカエデは操虫棍の刃を突きつける。

 刃はイズチの喉を捉え、返り血がカエデの赤い髪に重なった。

 

「浅かった! けど!」

 攻撃は成功したが、イズチはまだ生きている。突然の激痛に血走った瞳がカエデを睨むが、引き抜かれた刃の返しでその眼球は光を失う事になった。

 

 

 さらに連撃。

 怯んだイズチに、二度三度刃を叩き付けるカエデ。

 一瞬でイズチ一匹の生命を散らした彼女だが、周りの七匹はそれを黙って見ていた訳ではない。

 

 近くにいた二匹が、仲間の仇を取らんとカエデに牙を向ける。

 しかし、その牙が彼女に届く事はなかった。

 

 

「───させないよ」

 長槍がイズチ一匹の脳天を貫く。

 

 草陰から助走をつけて突進してきたジニアのランスは、イズチの生命を一撃で奪ってみせた。

 もう一匹には躱されたが、奇襲で二匹減らせたのは大きい。だが、それでもイズチはまだ六匹いる。

 

 突然の奇襲を仕掛けてきたジニアに、今度は遠くにいたイズチが飛び掛かってきた。

 小型モンスターといってもその体重は決して軽くはない。それでも、ジニアは身体を捻って大きな盾を飛び掛かってきたイズチに向ける。

 

 

 爪と牙が鉄を削る音が響いた。

 ランスの巨大な盾は頑丈である。ただその弱点は、大きさ故に小回りが効かない事だ。

 

 攻撃をガードしたジニアの背後に回るイズチ。

 これが数の有利という奴である。

 

 

「させない!」

 回り込んだイズチがジニアに牙を向けた矢先、今度はカエデがジニアのカバーに入った。

 イズチに突進するマルドローンのモミジ。イズチが怯んだ隙に、カエデは両刃による連撃でイズチを地に伏せさせる。

 

「流石だね」

 一方でジニアは、盾で弾いたイズチをランスで突こうとしたがそれは躱されてしまった。ただ、ジニアはそのまま狙いを別のイズチに向け、リーチを生かしてもう一匹の頭を串刺しにする。

 

 

 奇襲により、二人は一気に四匹のイズチを倒した。

 このまま順調に行けばここにいるイズチは全部倒せる───そう思った矢先。

 

 

 

 甲高い鳴き声が大社跡に響く。

 

 

「……やっぱりここに来た」

「大社跡で一番イズチが集まってる場所。ここを突けば出て来ると思っていたよ」

 二人の視線の先。

 そこには、イズチのようでその大きは桁違いの生き物が鎮座していた。

 

 

 足だけで人の胴体程ある巨体。

 その体躯はイズチの数倍。尻尾の鎌も、何もかもイズチとは比べ物にならない。

 

 それは本当に同じ生き物なのだろうか。

 

 

「「───オサイズチ」」

 ───オサイズチ。それが、二人のクエストの討伐目標。

 

 

 

 イズチの群れを統べる、長である。



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昔聞いた話を思い出した

 子供の頃、こんな話を聞いた事がある。

 

 

「イズチのボス?」

「そう、今日俺が倒してきたのは大社跡で良く見るイズチってモンスター達のボスなんだ」

 鮮明に残る記憶。

 

「ほぅ、流石兄さんだな。俺の兄である事だけはある」

「ツバキはどこからそんな自信が出てくるんだ?」

 ───それは、生前ハンターだった兄との他愛もない会話だった。

 

 

「いずれ里一番のハンターになるんだから、俺も実質里のボスだろ」

「里のボスは里長だよ」

 目を半開きでそう言う兄は、ふと視線を上げながら「でも確かに、お前はボスっぽいな」と言葉を落とす。

 そんな言葉に俺は舞い上がって「だろだろ!」と目を輝かせた。

 

 

「さっき言った、俺が倒してきたイズチのボス。アイツは大きな群れを作るんだけど、その中から精鋭と呼ばれる選りすぐりの二匹を引き連れて戦う習性があるんだ」

「へー。それと俺がボスっぽいって話になんの関係があるんだ?」

「お前、いつも友達二人連れてるだろ。誰だっけ? いつもお前の後ろを着いて来てる二人」

「あー、カエデとジニア。なるほど、精鋭か。アイツらじゃ俺の精鋭としては心許ないが、良いかもしれない」

 今じゃ精鋭どころか、その二人の方が立派なハンターになってしまっている。

 

 そんな二人と、イズチ達のボス───オサイズチの戦いが始まろうとしていた。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 甲高い鳴き声が木霊する。

 大社跡に響く音。人の数倍はあるその巨体は、一歩一歩ゆっくりとカエデ達に近付いた。俺はその光景を遠くから見守る。

 

 

「少し早かったね。カエデ、イズチは四匹しかいない先にこっちを───」

 ジニアが動こうとした瞬間───仕掛けたのはオサイズチだった。

 

 飛び上がったオサイズチは、ジニアを踏み潰さんとその脚を彼の持つ盾に叩き付ける。

 しかし単純な攻撃だ。ジニアは腰を落として、しっかりとオサイズチを受け止める。

 

 

「ジニア!」

「大丈夫! けど、賢いな」

 オサイズチを振り払いながら、ジニアは横目で周りを見渡した。

 

 今の一撃で出来た隙に、残っていた四匹のイズチが安全な所まで後退したのである。

 

 

 確かに目標はあくまでオサイズチの討伐だ。

 しかし、イズチを片付けなければどこかでそのツケが来る可能性は高い。

 

 オサイズチはそれを理解しているのか、下がらせたイズチに視線を送る。

 そして、四匹の内───二匹のイズチがオサイズチの横に並んだ。

 

 

 

「───アレは」

「精鋭だ」

 教官の口から溢れる言葉。それは、昔兄に聞いたイズチの群れのボスが連れている選りすぐりの二匹の事だと思い出す。

 

 三位一体。

 まるでその言葉を体現したかのようなモンスターだ。

 

 

 

「ジニア、あの二匹」

「分かってるよ。精鋭だね。気を付けよう、この二匹は手強い」

「作戦変える?」

「そうだね、オサイズチに狙いを定めて短期決戦を狙うのが良いかもしれない」

 どうやら二人はイズチを減らす事を諦めて、オサイズチに狙いを絞る事にしたらしい。

 

 精鋭はその名の通り、イズチの中でも選りすぐりの猛者である。

 そんな相手を倒そうと躍起になって、オサイズチから気を逸らすのは本末転倒という奴だ。

 

 

 たった今ジニア達は奇襲を仕掛けた訳だが、その時にジニアの槍を交わした個体が二匹居たのを思い出す。

 その二匹が精鋭だったという訳だ。後ろから出てきたイズチ二匹は、ボスであるオサイズチと目を合わせると短く鳴いてからカエデ達を睨む。

 

 ジリジリと詰め寄るような仕草を見せるオサイズチは、次の瞬間身体を持ち上げて鳴き声を上げた。

 

 

「来る!」

 同時に地面を蹴る二匹のイズチ。

 二匹は身体を横に回転しながら、尻尾の鎌でカエデ達を切り裂こうと二手に別れる。

 

 ジニアはそれを盾で防ぎ、カエデは背後に跳んでそれを交わすが、オサイズチの狙いはそこにあった。

 

 

「おっと……」

 突如跳び上がるオサイズチ。ジャンプといっても、その巨体がジニアの身長よりも遥かに高く浮く脚力である。

 そうして跳躍したオサイズチは、距離を離してしまったカエデとジニアの間に入り込んだ。

 

「……挟まれたね」

 カエデを挟んでイズチとオサイズチ、その二匹ともう一匹のイズチの間にジニアが挟まれる事になる。

 大きな盾と槍を持つランスは攻撃力も防御力も高いが、その分機動力に難があるのが欠点だ。

 

 

 オサイズチの狙いは、機動力のないランス使いであるジニアを挟んで孤立させる事だったのだろう。

 

 事実オサイズチはジニアに身体を向けて、もう一匹のイズチと彼を睨んでいた。

 残る一匹はカエデの足止めが仕事なのか、彼女から目を離さない。カエデが少しでも動いたらその邪魔をする気なのだらう。

 

 

「やばくね?」

「いや、大丈夫だよ愛弟子」

 戦い慣れている個体なのか。オサイズチの策略にピンチだと思ったのだが、いざという時の為にいる教官は余裕の表情で二人を見ていた。

 

 本物のハンター二人を信じろ、という事なのだろうか。

 

 

「どっちから───そっちからか!」

 オサイズチが短く鳴くと、ジニアを挟んでいたイズチがジニアに襲い掛かる。

 予め身体を横にしてどちらから来ても反応出来るようにしていたジニアはイズチの飛び掛かりをガードするが、オサイズチには背中を向ける事になってしまった。

 

 カエデはイズチに足止めをされている。どうするつもりなんだ。

 

 

 隙を晒したジニアの背後から、オサイズチが自らの尾の鎌を向ける。防具を着ているとはいえ当たりどころが悪ければ腕の一本───首の一つは持っていかれてもおかしくない。

 その刃がジニアを切り裂こうとしたその時───

 

「やぁぁあああ!!」

 ───カエデが飛んだ。

 

 

 正確には、跳んだ。

 精鋭イズチ一匹に見張られながらも、彼女は操虫棍を地面に叩き付け、しなる操虫棍の反発力も使ってオサイザチの全高よりも高くジャンプしたのである。

 

 精鋭イズチが抜けられると思っていなかったオサイズチは、跳び上がったカエデの全体重を乗せた刃を背中に受けて悲鳴を上げた。

 

 

 

「すげぇ……。なんだ今の」

「操虫棍の特徴は猟虫だけじゃない。さっきもネムリガスガエルの時にカエデがやっていたように、長くて丈夫な武器で今みたいに大きく跳躍する事にも適した武器なんだ!」

 二人がイズチ達に囲まれた時、カエデはネムリガスガエルの出したガスの中で、今みたいに跳躍してイズチ達を飛び越えた訳か。

 

 

 

「流石。ありがとね」

「今のでうさ団子三本ね!」

「あはは、まじかー。一気に攻めようか!」

 イズチを振り払ったジニアは、身体をひっくり返してオサイズチに槍を向ける。

 オサイズチはカエデの攻撃で怯んで首を横に振っていた。崩すなら今がチャンスだろう。

 

 二人もそう思ったのか、得物を構えて一気に踏み込もうとした瞬間───カエデを見張っていたイズチがオサイズチを庇うように前に出て来た。

 手元の狂った二人の武器は、虚しくも空気を切る。その間にオサイズチは体勢を立て直して、二匹の精鋭イズチと再び横並びに合流した。

 

 

「そう簡単にはやらせてくれないようだね」

「なんとか分断するしかない。私がやってみる!」

「カエデ……?」

 言うと同時に、腕に止まっていた猟虫を飛ばすカエデ。真っ直ぐに飛ぶマルドローン───モミジは、オサイズチの真横を通り過ぎるようにして飛び去っていく。

 攻撃ではない。しかし、不意の突撃に三匹は一瞬だけカエデ達から気を逸らした。

 

「たぁぁっ!」

 その隙に、操虫棍を再び地面に叩きつけ跳躍するカエデ。

 

 しかしマルドローンが気を逸らしてくれたのは一瞬である。

 イズチ二匹は直ぐに跳躍したカエデに鋭い眼光を向けた。意識外からならともかく、一度目と違ってカエデの手はもうバレている。

 

 大きなジャンプからの攻撃は確かに体重を乗せやすくで威力も出るが、空中にいる間は恰好の的だ。

 イズチ二匹が狙いを定めて跳躍する。人が操虫棍を使ってようやく辿り着く高さに、モンスター達はその足一つだけで牙を届かせてくるのだ。

 

 二匹の牙が空中で身動きが取れない()のカエデを捉えようとしたその時───カエデは()()()

 

 

 翼を持たない人間は飛ぶ事が出来ない。

 跳躍とは、翼を持たない人間が精々足で地面を蹴って空中に少しの間浮く事を言う。

 

 本来跳躍して浮いているだけの人間は、空中でその軌道を変える事は出来ない筈だ。

 しかし、カエデは空中に居る間にまるで鳥や竜のように飛んだのである。

 

 

「こっちよ!」

 そうしてイズチ達の攻撃を交わしたカエデは、少し離れた位置に着地して精鋭イズチ二匹の意識を奪った。

 こうなるとオサイズチはフリーになる。カエデがイズチ二匹を相手している間に、ジニアにオサイズチと一対一をしてもらう作戦だ。

 

 

「無理するんだから。でも、作ってもらったチャンスは活かさないとね……!」

 ジニアもあっけに取られてはいたが、このチャンスを逃す手はない。彼はその視線を切り替えて、オサイズチに自らの得物を向ける。

 

 一方でオサイズチは精鋭二匹がカエデに釘付けになっているのも構わずに、目の前の殺意を感じてジニアを睨んだ。

 分断は成功したという事だろう。

 

 そしてオサイズチはその巨体を捻って自らの尾を横薙ぎにジニアに叩き付けようとするが、ジニアは盾でそれを受け止めた。

 カウンター気味に放たれるランスの突きはオサイズチの肩を抉る。悲鳴を上げるオサイズチは、一度後ろに跳んでジニアを睨んだ。

 

 

 一方でカエデはジニアやオサイズチから距離を取りながら、二匹のイズチを相手に自分からは仕掛けずに引き続ける立ち回りで分断を成功させている。

 あのイズチを倒す必要はなく、オサイズチさえ倒してしまえばクエストクリアだ。このまま行けば、なんの問題もないだろう。

 

 

「───っと!」

 再びオサイズチの尻尾がジニアに叩き付けられた。今度は縦振りで威力重視の攻撃である。

 流石にジニアもカウンターを取れず、冷や汗を流していた。

 

 それでもジニアにダメージはない。

 オサイズチはカエデとジニアの攻撃を一撃ずつ貰っているし、焦らずいけば二人はオサイズチを倒す事が出来る。俺はそう思っていた。

 

 

 

「───僕が負ける訳にはいかないからね!」

 次の突進を再び受け止め、カウンターでオサイズチの横腹にランスを突き刺すジニア。

 完全にジニアが推している。そう思っていたのだが、オサイズチはそのまま身体を捻り、一回転しながら勢いを付けた尻尾をジニアに叩き付けた。

 

 何とか攻撃を受け止めるジニア。

 しかし、オサイズチは更にニ回転───三回転とジニアの盾に連続で尻尾を叩き付ける。

 

 

 流石の大盾も、これを全て受け止め切れはしなかった。大きく仰反って隙を晒すジニア。

 それでも次の攻撃に何とか備えるだけの余力がジニアにはある。しかし、オサイズチの目的は連撃でジニアを防戦に傾かせる事()()ではなかった。

 

 

 オサイズチは突然ジニアに背中を向けて吠える。

 体勢を崩されたせいで、ジニアは自分から仕掛ける事は出来ない。反撃や防御の姿勢は取れても───相手を追いかける、こちらから仕掛ける為の体勢は整っていなかった。

 

 その隙に、オサイズチはカエデに狙いを変えて跳ぶ。

 操虫棍を使ったジャンプよりも早く、一瞬でカエデとの距離を殺したオサイズチ。

 

 

「カエデ!」

「こっちに来た!?」

 再び横並びになった三匹は、全く持って同じ動きで身体を捻った。

 

 三位一体。

 まさにその言葉がオサイズチ達を表す物だと、俺は再び認識する事になる。

 

 

 カエデと二匹だけで戦っていた時のイズチは動きもバラバラで、連携のれの字もない攻撃を繰り返してカエデにのらりくらりと交わされていた。

 しかし、オサイズチが加わった事でその動きは一気に変貌する。

 

 二匹は無駄なくカエデを挟むように、たった今オサイズチがジニアにしたように三回転。カエデの退路を防ぐようにその鎌を振り回した。

 その鎌が一つ、カエデの右腕を掠めて赤い液体が地面を濡らす。俺が飛び出そうとして、その肩を教官に押さえつけられたその時───オサイズチの刃がカエデを襲った。

 

 

 

「───カエデ!!」

 誰が叫んだか。

 

 

 それだけで彼女の胴体よりも大きい尻尾を叩き付けられ、カエデは地面を転がる。

 イズチとオサイズチを分断したと思っていた───しかし、それは逆だったらしい。

 

 イズチ達はあえて分断に乗り、カエデとジニアを分断させた。そしてボスがジニアの動きを封じ込めた瞬間、カエデに一気に狙いを定めて仕留める。それが彼等の作戦だったのだ。

 

 

 モンスターだって生きていて、考えて戦っている。

 相手をどのように崩すか、相手の攻撃をどう凌ぐか、そうしてこの自然で生きているんだ。だがそれは───

 

 

「───教官、カエデが!!」

「大丈夫だ、愛弟子」

 オサイズチの尻尾を叩き付けられて、鎌の直撃は何とか避けたようだがカエデは完全に死に体である。

 そこに三匹は同時にその尾を振り上げて、彼女の命を狩ろうとした。

 

 刃が振り下ろされようとした瞬間、カエデの手元から一匹の蟲が飛び出して糸を引く。

 カエデはその糸を引くようにその場を無理矢理離脱して、刹那ついさっき彼女がいた場所を三本の鎌が抉った。

 

 

 

「今のは確か……翔蟲?」

「流石カエデだね」

 翔蟲。

 教官曰く、丈夫な糸を作れるこの虫をカムラの里のハンターは上手く利用して狩りの手助けをしてもらっているらしい。

 ジニアがさっき使っていたのもそうだが、カエデも確かマガイマガドというモンスターから逃げている時にそれを使って俺を助けてくれた事を思い出す。

 

 彼女はそれを使って、ピンチから一気に離脱したのだ。

 

 

 

「大丈夫かい、カエデ」

「うん、平気。私だって、この二年間ちゃんとハンターの修行してきたんだから!」

「頼もしいね。僕も良いところを見せないと」

「相手も強敵だけど、ツバキと約束したんだもん。……私は負けない!」

 モンスターだって生きていて、考えて戦っている。

 相手をどのように崩すか、相手の攻撃をどう凌ぐか、そうしてこの自然で生きているんだ。だがそれは───

 

 

「───ここからが本番よ!」

 ───だがそれは、狩人(ハンター)だって同じである。



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ただ糸が出るだけだと思っていた

 それはつい先日の事。

 

 

「相変わらず気持ち悪いな、その虫」

「気持ち悪いなんて酷いわよ。この子達は私達の狩りをしっかりサポートしてくれてるんだから」

 イズチ五匹を倒すクエストをこなした翌日、俺が茶屋に向かうとそこには同じく茶屋で寛いでいたカエデが居た。

 

 そんなカエデだが、何やらヨモギと話をしていたようである。話の内容は───

 

 

「カエデちゃんカエデちゃん! 私もカエデちゃんみたいに翔蟲を上手く扱えるようになりたいんだけど、どうしたら良いのかな?」

「うーん、そうだね。まずは翔蟲と仲良くなる事かな」

「仲良くなる事?」

「翔蟲も生き物だから、オトモと一緒。私達が翔蟲を信用したら、翔蟲達も私達を信用してくれて、きっと上手く扱えるようになれるわ!」

 ───なんて話だ。

 

 

「根性論じゃねーか」

「あ、ツバキも来たのね。おはよう」

「いらっしゃーい! 何にします?」

「いつもの」

 俺がそう言うと、ヨモギはカエデに「ありがとう、カエデちゃん! 茶屋を閉めたら早速翔蟲とお話してみるね!」なんて言葉を漏らして団子を作り始める。

 

 適当な事を純粋な子供に信じさせるんじゃないよと言いかけたが、そもそも俺は自分はハンターだと子供どころか里中の人間を騙してるので何も言えなかった。

 

 

「相変わらず気持ち悪いな、その虫」

「気持ち悪いなんて酷いわよ。この子達は私達の狩りをしっかりサポートしてくれてるんだから」

 そして、話は巻き戻る。

 

「サポートねぇ、確かにあの糸は凄かったけどな。崖も登れたし」

 俺はカエデが帰って来た日の狩場での事を思い出した。

 

 俺を抱き抱えたカエデごと、高い崖の上まで登れる丈夫な糸。確かにその糸の強度は驚異的ですらある。

 

 

「……でも、糸出すだけだろそれ」

 しかし、結局それはちょっと丈夫な糸を出すだけの生き物だ。翔蟲が猟虫みたいにモンスターを攻撃したり、その糸の切れ味が良かったり勢い良くモンスターにぶつけられたりする訳ではない。

 

 あくまでも糸は糸である。

 

 

「そんな事ないわよ。いろんな使い方があるし、やっぱり可愛いのに」

「いや可愛くないし。キモいからね」

「翔蟲の糸を使えば色々な事が出来るのに……。でも、そうよね。ツバキは翔蟲なしで立派なハンターになったんだもの、本当に流石としか言いようがないわ」

 ハンターになってないけどね。

 

 

 でも俺はこの時、彼女の言葉の本当の意味を知らなかったのかもしれない。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 青白い光が交差した。

 

 

 翔蟲の糸。

 ハンター二人くらいの体重をかけても千切れない丈夫な糸である。

 

 彼等翔蟲は飛び出すと自分の身体から糸を出してくれて、狩人はその糸を巧みに操り狩りを有利に進めるのだとか。

 しかし巧みに操りというが、糸は糸である。引っ張る事しか出来ない。

 

 

 さっきみたいに姿勢を崩した時の脱出に使えるのは魅力的だが、それまでだ。

 結局の所モンスターに攻撃するのは自分自身である。俺はこの時、まだそう思っていた。

 

 

 

「カエデ、今度はオサイズチを逃がすヘマをしないと約束するよ。またイズチ二匹を引き離してくれないかい?」

「分かったわ。さっきは作戦も立てずに私が先走ったのも悪いし、ジニアを信じる」

 二人は短く作戦会議を終わらせると、向き合ったモンスターに集中する。

 

 大社跡に多く生息するイズチ、そしてそのボス───オサイズチ。

 彼等は巧みな連携で一度カエデを窮地に追いやった危険な相手だ。

 

 

 生半可な手ではさっきのように一瞬の隙で攻勢もひっくり返されてしまう。ジニアにはどんな手段があるのだろうか。

 

 

 

「こっちよ!」

 再び操虫棍を使い、跳躍してジニアから離れるカエデ。しかし、今度は二匹のイズチだけでなくオサイズチもカエデを追うように首を持ち上げた。

 初めからオサイズチの狙いはカエデだったらしい。もう一度分断させる手に、今度は乗る気がないようである。

 

 そうなると二人が同じ手を使おうとしたのは間違いだったか。

 

 

「オサイズチ、それでも君には僕の相手をしてもらうよ」

 ジニアを無視してカエデを襲おうとするオサイズチに、ジニアはポーチからクナイを取り出して構えた。

 

 クナイはたたら製鉄が盛んなカムラの里のハンターが、里の外のハンターが使うナイフと同じ用途で使っている刃物である。

 刃物としては小さめで独特なその形状は、防具に仕込んでおいたり投げたりするのには丁度良い代物だ。

 

 

「───さぁ、僕と決闘してもらおうか」

 ジニアはそのクナイに、翔蟲が出した糸をくくりつけてオサイズチに投げ付ける。

 クナイの刃は短くオサイズチに大ダメージを与える事なんて出来ないが、しっかりと刺さり───ジニアとオサイズチは翔蟲の糸で繋がった。

 

 ───相対するもの、 結わえて逃すまじ。

 

 

 

「……あれは?」

「鉄蟲糸技、デュエルヴァインだ。丈夫な糸でモンスターとハンターを繋ぎ止め、文字通り決闘の場を作り上げる!」

「鉄蟲糸技?」

「翔蟲の糸を使ったハンターの技のような物だよ。武器によって様々な技があるんだ」

「何それ格好良い! 必殺技じゃん!」

「愛弟子も翔蟲と仲良くする気になったかい?」

「いや全然。キモい」

「……そうか」

 とはいえ俺も男の子である。必殺技と言われて憧れない人間ではない。

 

 せめて目で見て翔蟲が居なくても真似出来ないかと、俺はジニアに視線を移した。

 

 

「行かせない!」

 ジニアを無視してカエデを追おうとするオサイズチ。しかし、その首がジニアの反対を向こうとした所で───クナイに繋がった糸にオサイズチの身体が引っ張られる。

 

 糸を引っ張るジニア。

 それでもなお、彼を無視してカエデを追おうと無理矢理身体を持ち上げて走り出すオサイズチ。流石に翔蟲の糸だけではオサイズチを捕まえておく事は難しいらしい。

 

 

 しかし、ジニアはオサイズチを引っ張り続けるのを諦め───糸を引きながら跳躍した。

 

「───行かせないと言った」

 重量のあるランスを構えているとは思えない速さでオサイズチの正面に躍り出るジニア。

 

 

 丈夫な糸でモンスターとハンターを繋ぎ止め、文字通り決闘の場を作り上げる。

 なるほど、教官の言っていた通り。これが鉄蟲糸技、デュエルヴァインという訳だ。

 

 

 

 一方でオサイズチは、邪魔をしてくるジニアに苛立ちを見せて首を振る。

 そして身体を捻り尻尾の鎌を構えたオサイズチは、イズチ達に何か命令するように大きく鳴いた。

 

 

「今度は逆をしようって訳?」

 カエデを追ってジニアやオサイズチから離れていたイズチ達は、オサイズチの鳴き声に急に止まって身体を捻る。

 

「そうは行かないわよ!」

 踵を返してボスの元に戻るイズチ。これではさっきと状況が逆になっただけだ。

 

 

 そんなイズチ目掛けて、今度はカエデが翔蟲を放つ。

 翔蟲が出した糸を引っ張り跳躍した彼女は、イズチの頭上を通り過ぎ───着地と同時に刃を振るった。

 

 

 

「───まずは一匹」

 飛び散る鮮血。

 

 オサイズチの命令でカエデを無視していたイズチには、後ろから人間(この生き物)が自分を追い越してくるとは思わなかったのだろう。

 突然頭上から現れたカエデの攻撃に反応出来ず、精鋭であるイズチもその生命を絶たれる事になった。

 

 

「流石カエデだね!」

 一方でジニアも、オサイズチとの決闘(タイマン)を有利に進めている。

 オサイズチは一対一を余儀なくされ、鉄壁の守りのランスを持つジニアにダメージを与える事も出来ず、自身だけがカウンターでダメージを貰う状況が続いていた。

 

 

 オサイズチの恐ろしい所は、精鋭二匹とのチームワークである。

 

 二人はそれを崩し、見事に流れをこちら側に持ち込んでいた。

 これなら、そのままジニアがオサイズチを倒すのも時間の問題だろう。

 

 

 ───しかし、モンスターは俺が思っているよりも遥かに強靭な生き物だった。

 

 

 

「うお!?」

 ジニアの槍に何度も身体を刺されたオサイズチの身体は既にボロボロである。

 それでも倒れなかったオサイズチは、一瞬の隙を見て身体を大きく捻った。

 

 オサイズチの身体に刺さったクナイに繋いだ糸を引っ張っていたジニアは、その勢いで突き飛ばされて地面を転がる。

 

 

 

 満身創痍。

 精鋭を一匹失い、それでもオサイズチは鮮血を身体中から漏らしながら大社跡に響くような咆哮を上げた。

 

 

「どうやら、意地のようだね……!」

 体勢を崩したジニアに向けて、身体を捻って回転しながら向かっていくオサイズチ。

 あの三連続攻撃だろう。今のジニアに、それを防ぎ切れるかは半々だ。

 

 防ぎ切ったとしても、それで攻防が逆転する程に人とモンスターは力の差が大きい。

 

 

 これはオサイズチに取って最後のチャンスだろう。

 

 

 

「モミジ、お願い! ジニア!! ガード!!」

 そんなオサイズチを見て、カエデは猟虫を眼前のイズチに飛ばしながら声を上げた。

 同時に翔蟲を放ち、彼女は空を駆ける。

 

 その姿はまるで、本当に空を翔けているに見えた。

 

 

「───っぅ!!」

 オサイズチの鎌の一撃を何とか防ぐジニア。

 同時にカエデはもう一匹の翔蟲の力を借りて、オサイズチの頭上───さらに高くその身体を宙に浮かせる。その高度はもはや竜が飛ぶ領域だ。

 

 

 オサイズチの二撃目。

 その攻撃が、ジニアの盾を弾き飛ばしたその瞬間───

 

 

 

「───降竜!!」

 ───その刃は、空から舞い降りる竜の如く。

 

 

 空から降って来たカエデの刃が、追い詰めたジニアに最後の一撃を叩き込もうとしていたオサイズチの首元を切り飛ばした。

 

 

「やった?」

「まだだよ、カエデ」

 喉から大量の鮮血を漏らすオサイズチ。

 

 しかし、それでもオサイズチは倒れない。眼前の狩人を睨み、その足を一歩持ち上げる。

 

 

 ───そして、その竜は力尽きた。

 

 最後の力を振り絞るように、掠れた声を漏らしながら倒れるオサイズチ。

 最期の最期まで生きようとしていた命が終わる。

 

 事切れた竜が地面に横たわって、二人の狩人は一匹残ったイズチに視線を向けた。

 

 

 

「……私達の勝ちよ」

「行きな、君を狩るのはクエストの内じゃない」

 狩人はモンスターをこの世界から滅ぼすのが仕事ではないという。

 

 この狩りを見て、その意味が少しだけ理解出来た気がした。

 

 

 

 狩人もモンスターも、必死で生きているんだな……なんて思う。

 

 

 

 精鋭だったイズチは、狩場の端でこの戦いを見守っていたイズチ達を纏めて大社跡の奥に向かって行った。

 

 あのイズチ達の中から、再びオサイズチが現れるかもしれない。

 その時はその時───またこうして狩人として誰かが命のやり取りをするのだろう。

 

 

 

 俺はその時に何をしているのだろうか。

 二人のように、あんなに強大な生き物に立ち向かう事が出来るのだろうか。

 

 

「……凄いな、二人は」

 思っていたよりも、大型モンスターとの戦いは切迫したものだった。

 

 それに聞く話によればオサイズチは大型モンスターの中でも比較的に小型だというじゃないか。

 強さはともかく、オサイズチよりも巨大なモンスターとも戦わなくてはいけないのがハンターという事である。

 

 

 俺は本当にハンターになれるのか。

 

 

 

「……成れるさ、愛弟子なら。二人を超えるハンターに」

「なんでそんな事を言えるんですか?」

「感じるんだ。愛弟子の心に、猛き炎を」

「……猛き炎?」

 そういえば、よく里長にも言われていたような。

 

 

 アレはいつだったか、兄がまだ生きていて俺がハンターへの志を強く持っていた時───

 

 

 

「愛弟子、二人が剥ぎ取りを始めたようだね。今のうちに俺達は戻ろう」

「……ん、あ、あー、そうか。それもそうか」

 そういや俺は本当の狩りを見る為に覗きをしていたんだった。

 

 

 二人は見事にオサイズチを狩猟。

 これで大社跡は、しばらくの間平和という訳である。

 ウツシ教官が言っていたマガイマガドという奴も気になるが、オサイズチも相手にした事がない俺が気にしてもしょうがない相手だ。

 

 俺は一人じゃイズチすら倒せない。

 そんな俺が、カエデや里の皆に嘘を付いて自分は立派なハンターだと言っている。こんな恥ずかしい事があるだろうか。

 

 

 

「……本当に、俺があんなのに勝てる日が来るのか?」

 帰路に着こうと歩き出す俺は、無意識に振り向いて二人の狩人に視線を向ける。

 

 立派な二人の狩人は、自らが倒したモンスターの前で何やら話しているようだった。

 俺にはそんな二人がとても遠くに見える。

 

 

 

 

 

 

「───ツバキはイャンクックを一人で倒せるのよね」

「……え、あ、あー。そうだね。ツー君は凄いから」

「私も頑張らなきゃ。……ツバキに置いてかれないように。ツバキが、無理して一人で行ってしまわないように」

「……カエデ」

「私、頑張る」

 この手は届きそうにない。



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応急処置のやりかた

 これは決して覗きではない。

 

 

「───ちょ、ジニア。辞めてよ」

「我慢してカエデ。大丈夫、優しくするから」

 ベースキャンプのテントの中から聞こえてくるそんな声。いや何してるんですか二人共。

 

「で、でも私……こういうの初めてだから」

「僕が教えてあげるから」

 何が初めてなんですか!! 何を教える気なんですか!! 

 

 

「い、痛い痛い!」

「我慢我慢そんなに痛くないよ。心をマゾに染めるんだ。むしろ気持ち良くなるかもしれない。んー、まー、こんな事初めてだろうし、痛いかもしれないけど我慢してくれ。ん、血が沢山出てるね」

 いやナニしてるの!! 本当にナニしてるの!! 

 

 俺は居ても立っても居られなくてテントに潜り込もうとするが、教官に肩を掴まれて阻まれてしまった。

 

 

「ゆっくりしてあげるから、力を抜いて」

「……っ、うぅ」

「そうそう。よーし、出すよ。出た!」

「出すなよ!!! 何してんだこのクソジニア!! ゴラァぁぁあああ!」

 とうとう俺は我慢出来ずに、教官の静止を振り切ってテントに殴り込んでジニアを蹴り飛ばす。

 

 

「痛ぁ!?」

「え、ツバキ!? なんでここに居るの?」

「んな事はどうでも良いわ!! ジニアてめぇ、ここにきてカエデにまでその陰湿な手を───ん?」

 ふとカエデに視線を向けると、俺の思考は金縛りにでもあったかのように止まってしまった。

 

 

 

 ぶっちゃけよう。

 俺はジニアがカエデにエロい事をしてるのだと思っていたのだ。

 しかし、カエデは確かに上半身は防具を脱いでインナー姿だったがそれ以上脱いでいる訳でもなく。

 

 彼女の肩は痛々しい赤色に染まっていて、俺が蹴り飛ばしたジニアの手には何やら鋭い刃物のような物が握られていた。

 

 

「……ナニしてたの?」

「私、イズチと戦ってたんだけど……その時にイズチの尻尾の鎌で攻撃されて」

「その時の傷口に刺さっていたイズチの鎌の破片を抜き出していたんだよ」

 起き上がりながら、手元にある見た目だけでも痛そうな破片を持ち上げてそう言うジニア。

 

 

 まるで鎌のようなイズチの尻尾の先。

 その鎌で斬られたカエデの右肩からは、今も痛々しく血が流れている。

 

 

「ち、治療中だったのか……悪い。大丈夫か、カエデ?」

「え? あ、うん。このくらい平気」

「そ、そうか」

「平気じゃないでしょ。そのままじゃ傷も残る。……丁度良かった、ツー君もカエデの治療手伝ってよ」

 俺に蹴られた頭を押さえながら、半目でそう言うジニア。せっかくカエデの治療をしてくれていたジニアを、俺は蹴飛ばした訳だ。

 

 

「……ジニア」

「どうしたの? ツー君」

「……ごめんなさい」

「ツー君が僕に謝るなんて……明日は嵐だね」

 お互い、お互いの事をなんだと思ってるんだろう。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 翌日、嵐が里を襲っていた。

 

 

「いや本当に嵐になっちゃったよ」

 吹き荒れる暴風雨。家の柱はガタガタと音を鳴らし、家の外に視線を向けると団子とか傘とかが宙を舞っている。

 

 いや本当に嵐になっちゃったよ。

 

 

「あはは、ツー君が珍しい事するからだよ」

「あはは、それな───じゃ、ねーよ。なんで我が家に居る訳? 帰れよ」

「家に居ても暇だったからさ。エーコもシーナも今日は用事があるって言うし」

「あ、さいですか」

 なんなのこの女たらし。

 

「だから今日はビーミを連れて来たよ」

「ツバキ君の家お邪魔しまーす」

「なんで?」

 突然玄関から現れた青い髪の女の子。彼女の名前はビーミ、カエデの幼馴染みで俺達とも昔から仲良くしている───ジニアの囲い二号だ。

 

 ちなみに一号がエーコ、三号はシーナ。他にも居るがとりあえず俺が知る馴染みの囲いはこの三人である。

 

 

「いらっしゃい。おやつも用意してあるから、今日はゆっくりしていきなさい」

 そして突然現れたお父様は団子やらお茶やらを持って俺の部屋に二人を通した。勝手に話を進めないで欲しい。

 

「……なんなんだお前らまったく───は?」

「やぁ! 愛弟子!」

「先にお邪魔してるわよ」

 そして部屋に帰ると、何故かウツシ教官とカエデが勝手に寛いでいる。なんで嵐の日に他人の家に集合してるのこの人達。バカなの。

 

 

「状況を説明しろ」

「今日は嵐で狩りにも行けなければ訓練も出来ない! だから今日は知識を得る時間にしようと思ったんだ!」

「そういうのは良いけど事前に連絡しようね。俺何も聞かされてないからね。朝起きたから嵐になってて黄昏てたら突然ジニアが来るし部屋には教官達が居るし、もう訳分からなかったからね」

 そう言いながら教官にチョップを喰らわせようとしたが、教官は座ったまま鮮やかな身のこなしで俺の攻撃を全て交わして見せた。

 

 表情一つ変えてないのがムカつく。

 

 

「……知識を得るって事は、お勉強って事か。俺が一番苦手な奴だ。それにハンターの勉強だろ? なんでビーミまで居るの」

「ふふーん、今回私は先生として来たんだよ!」

 カエデばりにない胸を張って自慢げにそう語るビーミ。

 

 突然だが何がとは言わないがここには居ないエーコとシーナを合わせると大きい順でエーコ、シーナ、ビーミ、カエデの順番だ。カエデはない。二年間里の外で修行してる間も成長しなかったらしい。

 

 

「ビーミが先生とな。なんの勉強を教えてくれるんだ?」

「彼女は里のお医者さんの娘さんで、彼女自身も将来は医学を勉強して家を継ぐ予定だそうだ」

「へぇ」

 教官の説明で、なんとなく今日の目的も分かる。

 

 

 彼女が医者の子という事は───

 

 

「今日は狩場で怪我をした時の、簡単な治療について私が教えちゃいます! カエデは特によく聞く事!」

「なんで私なのよ!」

「カエデは昨日怪我して帰って来たでしょ! ジニア様に聞いたんだから。大怪我だったのにそのままほったらかしで帰ろうとしたって!」

 ジニア()は気に食わないが、ビーミの言っている事は正しい。

 

 

 昨日、オサイズチの討伐を成功させた二人がベースキャンプでなんやかんやしていた時に俺が突撃した訳だが───その時カエデはジニアに傷口を触られるのを凄く嫌がっていたんだそうだ。

 理由は単純で、曰く「触られると普通に痛かった」とかなんとか。怪我してるんだから当たり前だろバカか。

 

「……だって、痛いし」

「痛いのを痛いままにしてて良くなる訳ないでしょ! そのまま化膿して、病気貰ったり腕を切り落とさなきゃいけなくなったり。最悪それだけで死んじゃうんだから!」

 カエデに詰め寄って脅すようにそう言うビーミ。

 

 大袈裟に聞こえるかもしれないが、彼女の言っている事は正しい。

 人間は簡単に死ぬ。それこそ、俺の兄のように───

 

 

「……ご、ごめんなさい」

「分かれば良し。それじゃ、教官にも手伝ってもらってお勉強会を始めます! ジニア様は最強だから怪我なんてしないかもしれないけど、カエデとツバキ君はよーく聞くように!」

 そんな訳で、本日は我が家でお勉強会をする事に。

 

 

「ツバキは怪我とかした事あるの?」

 ビーミが準備をしている間、カエデは俺の顔を覗き込みながらそう問い掛けてきた。彼女の右肩はまだ包帯が巻かれていて、滲み出る赤い染みが少し痛々しい。

 

「……ある。戦ってる時に足を切った」

「それは大変だったわね。大丈夫だったの?」

「俺はハンターだからな、そのくらい平気だった」

「流石ツバキね」

 半分は嘘である。

 

 いや、半分は本当なのだ。

 畑仕事を始めたばかりの頃、俺は畑に蔓延る虫を狩り殺してる時に誤って道具で自分の足を切った事がある。

 じゃあ何が嘘なのか。

 そもそも俺はハンターじゃなかったし、足を切った時は死ぬ程泣き叫んだ。全然平気じゃなかったよね。

 

 

 

「さて始めるよ! まずは自分の腕が吹っ飛んだ想定から説明するね!」

「いや状況が急過ぎない!? なんで突然腕が吹っ飛ぶの!?」

 開幕からハード過ぎるだろ。もう少しこう、切り傷とか打撲からにしてくれよ。

 

 

「狩場なら良くある事よね」

「人間の腕一本簡単に吹っ飛ぶからね」

「あ、吹っ飛ぶんだ」

 確かに良く考えてみたら、オサイズチの尻尾の鎌で斬られたら腕どころか首の一つ吹っ飛んでもおかしくはない。

 アオアシラというモンスターは腕だけでも成人男性の胴体より太いとかなんとか。人間の腕の一本や二本、狩場では簡単に吹っ飛ぶものなのだろう。

 

 

「それじゃ教官! お願い!」

「任せてくれ! よし───ッ!!」

 して、突然教官が鳴いた。

 

 

「え!? 何!? 何々!? 今の何!? モンスター!?」

 家に響くモンスターの鳴き声。

 

「今のは俺の特技の一つ! モンスターの鳴き声の物真似だ!」

「いや普通に凄いけど怖い!!」

 その正体はどうやら教官の物真似だったらしい。いや、突然里の中にモンスターが現れたかと思ってビックリするからやめて。

 

 ───ちなみに教官はこの特技のせいで、里のフクズクにガチで警戒されてるのかなんとか。不憫。

 

 

「よし仕切り直して。───ッ!!」

 再び鳴きながら、ビーミに向けて両手を挙げる教官。

 

 その腕を振り下ろすと、突然ビーミが「ぐわー!」と死ぬ程大袈裟な演技で床に転がる。

 

 

「も、モンスターに腕を引きちぎられたー!」

 これは多分モンスターに襲われた過程を説明する為の演技なのだろうが───ビーミの演技はあまりにも下手過ぎた。子供のごっこ遊びより酷い。

 モンスターに襲われて腕を一本吹き飛ばされた設定なのに、ビーミの演技のせいでまるで臨場感がないのである。ここは笑うところですか。

 

「ビーミ!!」

 カエデさんはガチで心配していた。お前バカだな。

 

 

「うー、聞き手の右腕がー。しかもまだモンスターが目の前にー!」

「───ッ!!」

 ビーミと教官のあまりにも差がある演技に唖然とするしかないが、この状況をこの先絶対に経験しないとは限らない。

 自分自身が、もしくは隣の誰かが───狩場で命を落とす、大怪我を負うなんてのは珍しくない事だ。兄がそうして命を落としたように。

 

 

「───と、いう状況で使える応急処置の方法を今日は教えるね」

「ビーミ、さっきの演技上手だったね」

「本当? やったー! ジニア様に褒められた!」

「いやさっきの要る?」

 何故かビーミの演技を褒めるジニア。何処が上手だったのか教えてくれ。

 

 

「それにしても、モンスターに腕を千切られるか。……想像しただけで痛いな」

「実はね、そんな事ない事もない事もないかもしれないよツバキ君」

「いやどっち」

 半目で俺が震えていると、ビーミが凄く曖昧な物言いをする。

 

 

 曰く「大怪我になれば大怪我になる程、実感が湧かなくて痛くないんだって。お父さんがそう言ってた」らしい。

 そういうものなのだろうか。それが幸せなのか不幸なのかはさておき、どのみち後が大変だ。

 

 そうなってしまった時の対処法、それを今日はちゃんと聞いておかないといけない。

 

 

「まず第一に身の安全の確保をしなきゃダメ!」

「と、いうと?」

 俺が聞くと同時に、教官が再び咆哮を上げる。そんな教官を指差しながら、ビーミはこう口を開いた。

 

 

「目の前に危険なモンスター、自分は大怪我でいつ倒れるか分からない。出来るなら、出来るだけ、怪我の大小に関わらずに、怪我をしたら一旦皆安全を確保して欲しいというのが私達医者の訴えです。……いや、私はまだ医者じゃないけど。あはは、見栄を張るのは良くないね」

 分かるよー、俺もハンターじゃないもん。

 

「でも、出来るなら出来るだけだよね」

「はいジニア様! これは勿論医者側の話だから、ハンターさん達からしたらそんな訳にはいかないよね。目の前にいるモンスターから逃げれない状況もあると思うし」

 それはその通り。

 

 

 例えば俺とカエデが再開したあの日だって、あのマガイマガドという奴から俺達は結局逃げ切る事が出来なかったのである。あの時俺達が死んでないのが未だに不思議なくらいだ。

 

 大怪我をしようが、それは変わらない。むしろ相手からすればこちらを殺す絶好のチャンスである。

 

 

「本当は傷口の洗浄、消毒をして欲しい。けれど、それが難しいならまずは止血ね」

「止血……血を止めろって事か」

「うん。腕とか足が千切れたら凄く血が出て来るから。ほっといたらそれだけで死んじゃうし」

 嫌だ想像するだけで痛い。

 

「なので、今日はお医者さんに見せる前の応急処置。緊急時の止血の方法を実演するよ。もし出来る状況なら、止血する前に傷口の洗浄と消毒も忘れないでね。それじゃ、まずは出来るだけ綺麗な布を二枚用意します」

 そう言ってポーチからタオルを取り出すビーミ。彼女はふとカエデを見てから、口を開いて首を横に振って俺を指差した。

 

 

「ツバキ君、ここきて」

「なんで俺」

 ついに来たか、モテ気。

 

「ツバキ君になら本気でやれるから」

「え、待って怖い」

「さぁ! 愛弟子! 来るんだ!」

 突然人の言葉を話す教官は、なんだか嬉しそうである。嫌な予感しかしないね。

 

 

「そして出来るだけ丈夫な棒を用意します。武器でも良いよ」

「ほう」

「そして、用意しておいた綺麗な布を傷口の上に当てて、もう一枚をその上で回して結んで───棒を入れて回すよ。回すよ! もっと回すよ!!」

 棒の回転で捻られる布。それは棒を回して捻られる度にキツく俺の腕を縛っていき───

 

 

「痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い!!! 痛いってぇぇえええ!!!」

「このくらい縛ります」

「痛いって言ってるんだけどぉぉおおお!!!」

「昨日の仕返しだよ、ツバキ君。あ、ちなみにこれやると本当によく血が止まるからもの凄い止血方法なんだよ。普通に腕が付いてる人に凄く強くやったら血が止まって腕が腐って逆に千切れるからやめようね」

「やめようねじゃなくて辞めろよ!!!! 今まさにお前がやってる事だからねそれ!!!!!」

 怖いからやめて。痛いからやめて。

 

 

「パンツ」

「パンツ? なんの事、ビーミ」

「いやだからそれは誤解だと昨日も───」

「ツバキ君、パンツ」

「はい!! 僕が全て悪いです!!」

「ちょっと、二人ともなんの話してるのよ」

 全てはそこで満足そうにニコニコしてる教官のせいだと言いたいが、パンツの件は俺の勘違いが悪いので黙っておこうね。

 

 

「……さてと、これが緊急時の止血方法ね。止血したら、傷口を心臓よりも上に上げると良いよ。それと、血がいっぱい出た後は水分補給を欠かさない事ね。これも絶対に忘れないで! あと三人はまだそんな事にならないと思うけど、どうしても数日以上治療が出来そうにない時や片腕だけじゃなくて両腕吹っ飛んで直ぐに止血出来ない時の最終手段があるんだけど」

「嫌な予感しかしない」

「ツバキ君にやってもいい?」

「痛くないやつなら」

「傷口を火で炙って焼きます」

「やって良い訳ねーだろ!!!」

 曰く、これは本当に最終手段らしい。本当に、どうしようもない時の最終手段だ。

 

 

 

 

 だけど、これはいつか何処かで聞いた事がある気がするんだが。こういう事は大抵、いつか何処かで役に立つ物だから───覚えておいて損はない、とかなんとか。

 

 

 それはもし俺が、本当にハンターになれたらの話だがな。




今回のお話、Twitterのフォロワーさんや知り合いに色々参考になる話を聞きながら執筆致しました。自分の専門でもないので、参考知識になりますが間違っていた場合はごめんなさい。勿論、自分なりにこのモンハンの世界ならではという考えもありますので現実での最善とは違う場合があります。

それでは読了ありがとうございました。


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遂に俺にモテ期がきてしまった

 嵐が吹き荒れる。

 

 

 対は何処

 その日、カムラの里周辺を大きな嵐が襲った。

 

 対は何処

 その嵐は、里だけではなく世界そのものを包み込むように広がっていく。

 

 我は狂飆

 滝のような雨。

 

 並べて薙ぎ

 薙ぎ倒される木々。

 

 

 楽土が辻の淵と成らん

 追い立てられるモンスター達。

 

 

 

 同日、大社跡で一匹の竜が里にまで聞こえてくるような咆哮を上げた。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 晴天である。

 

 

「昨日の嵐が嘘みたいだな」

 畑に落ちているゴミを拾いながら、俺は視線を持ち上げてそう言った。

 

 雲一つない晴天。

 しかし、俺の畑は嵐によって運ばれて来た木の枝やらなにやらでゴミまみれである。

 幸い嵐への対策はしておいたので作物が全滅なんて事にはなってないが、それでも倒れてしまった苗から滴る雨水の虚しい事よ。

 

 

「……こんなもんか。ハンターになったらこの畑どうするかねぇ。いや、兼業か」

 ある程度ゴミを拾い終わってから、俺は自分の畑を少し眺めて再びそのまま視線を上げた。

 

 何度見ても雲一つない晴天である。

 

 

「ん?」

 ただ、雲一つないなんてのは語弊があって、かなり遠くに視線を向ければ何処かしらに雲がある訳で。

 その遠くの雲の中で、何か巨大な物が動いた気がして目を凝らすと───

 

 

「ツバキぃ、ここに居たか。やっと見付けたし」

 突然背後から声を掛けられて、俺はその何かを見失ってしまった。

 

 なんだったんだろうか、今のは。

 

 

「……な、なんだ? エーコか。こんな所で何してんの?」

「それはこっちの言葉だし。あんたハンターになったんしょ? なんでここにいんの?」

 声を掛けてきたのは、赤い髪をカエデと違って腰まで伸ばした女の子───エーコである。

 

「……いや、えーと、親の畑の手伝い」

「偉いじゃーん、ハンターなっても畑手伝うとか働き者だし」

 小さな頃はよく一緒に遊んだ仲だが、今ではこうして話し掛けられる事は珍しくなった。いや、珍しいというかそんな事最近あっただろうか。

 

 

「そ、そうか……で、何用?」

 そんな彼女が俺に話し掛けて来たというのは、つまり───

 

 

「───俺に惚れたか」

 ───やはりハンターになったらモテるという事か。

 

 ふ、遂に来ちまったよモテ期。

 

 

「んな訳ないじゃん」

「泣くよ? んじゃ何。なんなの、冷やかし?」

「ちょっとさー、付き合ってくんない?」

「付き合う……だと」

 やはり、来ていたよモテ期。

 

 なんだよエーコの奴、恥ずかしがらなくても良いんだぜ。俺の事が好きになっちまったなら、素直にそう言えば良いのにさ。

 

 

「おう、任せろ。付き合おうぜ!」

「オッケー」

 よっしゃぁぁあああ!!! 彼女ゲット!!! やったぁ!!! ハンターになって良かった!!! まだハンターじゃないけどぉぉおおお!!! 

 

 

 そして即デートという事なのか、エーコは「着いてきてー」と俺の手を掴んで歩き出す。

 おいおい、こういう時はちゃんと恋人繋ぎで歩くもんだぜ。恥ずかしがるなよ。

 

 

「───ツバキ連れてきたよー、ジニア様」

「あん? ジニア様?」

 そんな訳でエーコに連れて来られた先───里の端の方にある民家の前にはジニアが立っていて、俺の手を適当に離したエーコはジニアに抱き着いて「ちょージニア様の役に立っちゃったもんねー」と満面の笑みを見せた。

 

 あ、付き合ってってそういう事ですか。

 

 

「や、ツー君。ちょっと手伝って欲しい事があったからエーコに呼んでもらったんだ。……鬼みたいな顔してるけど、何かあった?」

「お前を殺す」

「あまりにも唐突」

 なんなのコイツ。なんなの。なんでコイツばっかりモテるの。コイツがハンターだからか。俺も里ではハンターって事になってる筈なんですけどね。

 

 やっぱり本物のハンターじゃないとダメですか。

 

 

「……まぁ、今回は許そう」

「何故怒ってるか分からないけど、特に用事とかなかった?」

「あー、とりあえず畑の仕事は終わらせたから問題ないけど。手伝って欲しい事ってなんだ?」

「コレ、見て欲しいんだけど」

 そう言ってジニアは親指を背後に向けて横目で指先の物に視線を送る。

 

 

 彼の背後には民家がある訳だが、その民家───嵐の影響か半分くらいバラバラになっていた。

 

 

「……うわ。これ、住んでる人大丈夫だったのか? ここ誰の家だっけ」

「あたし」

 エーコの家だったよ。

 

「……だ、大丈夫だったのか?」

「あたしと両親は潰れてない方の部屋に居たからね。けど、ばーちゃんが潰れちゃって大変だったんだよねー」

「大変だったで済まなくない!?」

「でも家が潰れた途端に里長が来て、ばーちゃんを一瞬で助けてくれたんだよね。マジハンターすげーって感じ。筋肉里長流石だったわ」

 いや里長凄過ぎだろ。あの嵐の中他人の家守ってたのかよ。本当に人間か。

 

 

「んでそん時さ、あたしが驚いてたら里長が『ハンター、否。男ならこのくらい出来て当然だ』って言ってたんだよね。マジパネェ男。ツバキも出来んの?」

 出来る訳ないだろ。

 

「出来るよ」

 出来る訳ないだろ───しかし、俺には女の子の前で見栄を張らないと死ぬ呪いが掛かっているのである。そんな訳もないだろ。

 

 

「つー訳で、ばーちゃんは無事だったんだけど家がこの通りだからさー。困ってた所をジニア様が来て瓦礫の掃除手伝うよって言ってくれた訳! マジジニア様聖人って感じ!」

「と、いう訳でツー君。手伝ってもらって良いかな?」

 聖人ジニア様の手伝いをするのは死ぬ程嫌だが、エーコの家族も困ってるし仕方がない。

 

 

 人を助けるのもハンターの仕事だし、そもそもハンター以前にそれは男の仕事だ。

 あと此処で良い所見せてあわよくばモテたい。

 

 

「任せろ、俺は里一番のハンターだからな」

「よ、ツバキング! あたしはここで団子食べながら応援してるからな」

「出張茶屋だよー、お団子は如何? 作り立てのうさ団子が食べられるよー!」

 冷やかしてくるエーコと、何故か荷車を引きながら団子を売っているヨモギを他所に俺とジニアは瓦礫を退かす作業を始める。

 

 

「ツバキングって何」

「格好いあだ名だね」

「格好良いか?」

「ところでツー君って力持ちだよね」

「話を逸らすな」

「二年間ハンターを続けてた僕よりも腕力あると思うよ」

「……畑仕事舐めるなよ。筋肉だけは無駄にあるからな俺。あとエーコに聞こえるから辞めろ。俺がハンターじゃないってバレるだろ」

「いやいや、ツー君はどこからどう見ても立派なハンターだよ」

 満面の笑みでそう言うジニア。

 

 俺の何処がハンターなんだ。

 畑仕事してから家の瓦礫の掃除してる人間だぞ。

 

 

「……お前の方がよっぽど立派なハンターだよ」

 ふと、ジニアとカエデが力を合わせてクリアしたオサイズチ討伐のクエストを思い出す。

 俺は本当に見ているだけだったし、真似をしろと言われて今の自分に出来るか分からなかった。

 

 

 本物のハンターへの道のりはまだ遠い。

 

 

 

「───ぬぉぉぉおおおお!!!」

「頑張れツー君!」

「頑張るんだ愛弟子!」

 数時間後。

 最後の大物を持ち上げる俺を、ジニアと何故か教官が応援してくれている。

 いや応援してるのかコレは。完全に冷やかしだろ。教官はともかくジニアは手伝えよ。

 

 

「でりゃぁぁぁああああ!!!」

 最後の一つ、多分家の柱だった木を持ち上げて、俺は瓦礫を集めた荷車にその柱を投げ付けた。

 もしかしたら俺、大剣とか使えるかもしれない。

 

 いや、太刀の方が格好良いしモテそうだから太刀にするけど。

 

 

「……つ、疲れた」

「お疲れ様、ツバキン君」

「色々混ぜた変な呼び方は辞めろ。というかお前途中からサボってたろ」

「ごめんごめん、休憩してたらエーコが離してくれなくて」

 死ね。

 

 

「里の人の手伝いをするなんて偉い! 流石俺の愛弟子だ!」

「いや教官はなんで居るの? 暇なの?」

「ちょっと愛弟子に用事があってね。付き合ってくれるかい?」

「え、教官まで俺の事を? ウホッ。……じゃなくて、俺にそんな趣味はないです」

「ジニアも、里のハンター全員に招集が掛かってるんだ」

 俺のボケは華麗にスルーされてジニアにも声を掛ける教官。

 

 ついにモテ過ぎて来るところまで来てしまったかと思ったが、全くそんな事思っている場合でもないらしい。

 里のハンター全員に招集が掛かるって一体どういう事だろうか。そもそも俺はハンターじゃないが、そこは教官も一応気を遣ってくれてるのだろう。

 

 

「なるほど、分かりました。エーコ、悪いんだけど残りは家族の人達と出来るかい?」

「オッケー、ありがとねジニア様。ツバキングも! ありがとう!」

「その呼び方気に入ったの?」

「ツバキング!」

「分かったから」

 しかし、ありがとうか。なんだか悪い気がしない。

 

 

 人の為に何かをするというのは、畑仕事だって立派な事だ。だけど、こうして面と向かってお礼を言われるのはやっぱり嬉しい。

 きっと本物のハンターは、もっと色んな人に褒められたりお礼を言われたりするんだろう。

 

 早くハンターになりたい。そんな事を思うのだった。

 

 

 

「───集まってくれたな、皆」

 筋肉里長こと、里長のフゲン。彼は全員が集まったのを確認して、閉じていた目と口を開く。

 

「今日集まってくれたのは他でもない、昨日の嵐についてだ」

 里長の声に「嵐について?」と誰かが首を傾げた。

 

 

 何故ハンターを集めて嵐の話をしているのだろうか。アレはモンスターではなくて、自然現象である。

 人間が何をどうしたって、ソレを倒す事は出来ない。

 

 

 

「昨日の嵐を起こしたのは、モンスターという事ですか?」

 ふと、ジニアが目を細めてそう言った。

 

 何を言っているのか分からない。モンスターが嵐を起こした、そんな事があり得るのか。

 

 

「……うむ、鋭いなジニア。里の者にはまだ公表していないが、百竜夜行の兆しありという文が俺の元に届いている。この事と関係あるのかは分からないが、昨日の嵐はつい前日まで里の気象予報士にも予測出来なかった……予兆のない嵐だ」

 この里の気象予報士は優秀で、ある程度の天気なら数日前に予測出来る。

 

 その気象予報士が、嵐を予測出来なかった。

 

 

「そんな事が出来るのはモンスター、否───古龍に他ならない」

「……こりゅう?」

 聞いた事のない言葉に俺は首を傾げる。里のハンター達は俺と同じ反応をしたり驚いたりと、どちらにせよ想像していなかった言葉のようだ。

 

 

「嵐を呼ぶ、嵐を巻き起こすモンスター。……クシャルダオラや、ユクモ村付近に現れたアマツマガツチというモンスターの可能性も」

 教官が顎に手を向けてそう言うと、さらに集まったハンター達は響めきだす。

 

 聞いた事もないモンスターの名前に、俺はどう反応したら良いのかも分からなかった。

 

 

「鎮まれ」

 深い声が、辺りを一瞬で静寂に満たす。

 

 

「この事について、ゴコク殿から話がある」

「皆、良く聞いてくれでゲコよ」

 里長の言葉に続いて、巨大なカエルの上に乗った竜人族のおじいちゃん───カムラの里のギルドマネージャー、ゴコクのじっちゃんが口を開いた。

 

 

「この事に付いてはまだ諸々が調査中でゲコ。この嵐が本当にモンスターの仕業なのか、この嵐が百竜夜行と関係あるのか、それもまだ分からない話でゲコよ。……しかし、ハンター諸君には心の準備をしてもらいたくてこの話をしたでゲコ。今は焦らず、時が来た後に己の使命を全うして欲しいでゲコ」

 じっちゃんのその言葉で、その招集は解散となる。

 

 

 大多数の人達が離れて行ったのを確認してから、俺は里長とじっちゃんに話し掛ける事にした。

 どうも気になる事があるからである。

 

 

「里長、じっちゃん。ちょっと」

「おう、ツバキ。ぬかりはないか? 修行はどうだ」

「おかげさまで、と言いたいところだけど分かりません。……っていう話をしたいんじゃなくて」

 里で俺がハンターじゃないのを知っているのは里長とじっちゃんに教官、後はジニアとイオリと行商人のあの人くらいだ。

 俺を此処に呼んでくれたのは里長達の気遣いだろうが、俺だって将来はハンターになる男である。役に立つ情報かどうかは分からないが、言わずにはいられなかった。

 

 

「どうしたでゲコか、ツバキ」

「今朝、遠くの雲の中になんか巨大な生き物みたいなのが見えたんだよ。さっき言ってた()()()()が何なのかは俺知らないけど、じっちゃん達なら分かるかと思って」

「雲の中に、巨大な生き物か」

 俺の言葉を聞いて、里長は目を細めて視線を俺の後ろにいたウツシ教官に向ける。

 

 

「ウツシ」

「はい、分かりました里長。早速調べてみます」

「え、いやいや。そこまで俺の話に信憑性がある訳でも」

「いや、ツバキ。お前は目が良いからな」

「それに、今は少しでも情報を集めたいでゲコ」

 なるほど。少しでも役に立ったなら、俺も話した甲斐があるってものだ。

 

「それじゃ、愛弟子。俺は少し里を出るけど、修行は頑張って続けるんだ」

「おう」

「ツバキ、修行って?」

 そんな話をしていると、突然カエデが話し掛けてくる。具体的な話は伏せながら話していたから良いが、突然話し掛けられたので少しビックリした。

 

「え、えーとアレだ。さらに強いハンターになる修行」

「ツバキ、もうハンターとして凄いのに。偉いわね」

 いや全然偉くないからね。

 

 

「お話、よろしいですか?」

 さらに、今度はまた別の女性が俺に話し掛けてくる。いや、本当にモテモテだな俺は。

 

 で、確かこの人は───

 

 

「……えーと、ヒノエさんか」

「正解でーす。ふふ、ツバキさんにやっと覚えて貰いました」

 やだ何その反応可愛い。俺の事好きなの? 結婚して。

 

「先程ゴコクさんに話していらしたお話、私にも聞かせて欲しいのです。うさ団子でも食べながら」

 デートじゃん。

 

 

「任せて下さい! めっちゃ話しましょう! 凄く話しましょう! 根本から作物の末端まで話しましょう!!」

「ちょ、ツバキ!?」

 カエデが何故か驚いているが、俺は今それどころではないのだ。

 

 

 

 いや、今朝からおかしいと思ってたんだよね。やっぱり始まってるよ俺のモテ期。この時期を逃す手はない!! 

 

 

 

「───カエデ、ジニア。お前達二人にもしてもらいたい事があるのだ」

 俺がヒノエさんと茶屋に向かおうと歩いている途中。里長のそんな言葉が耳に入る。

 

 ただ、その後の言葉はヒノエさんとのデートが楽しみで耳に入ってこなかった。

 

 

 

 

「───これより数日、二人も含めた数人のハンターに交代で大社跡を偵察して欲しい。事は、思っていたよりも深刻やもしれん」

「分かりました、里長」

「数人って事は、ツバキもですか?」

「いや、ツバキには他の役目がある」

「さ、流石ツバキね。分かりました、私も頑張ります!」

 ───だから俺は、この後何が起こるのか全く想像も付かなかったのである。



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ヒノエさんのうさ団子が盗まれた

 ───対は何処。

 

 

「───あら? 私のうさ団子が……一本足りない!」

 ───対は何処。

 

 ◆ ◆ ◆

 

 何故か俺は今、縄で縛られている。

 

 

「貴方が犯人ですね! ツバキ!」

「いや待て何の話だ」

 俺の前で腕を組み、金色の髪を靡かせる一人の女の子。

 

 彼女の名前はシーナ。

 もう説明する必要もないかもしれないが、ジニアの取り巻き三バカトリオ女子の一人だ。

 

 

「何故俺は今縄で縛られている」

 そしてもう一度説明しておこう。何故か俺は今、縄で縛られているのだ。

 

 意味分からん。

 

 

「───今朝、この名探偵シーナの元に文が届いたのです! うさ団子を盗んだ悪党を捕まえてくれと!」

 話を纏めると、こういうことらしい。

 

 今朝方、里のクエスト受付嬢をしているヒノエさんが食べていた団子が突然一つなくなったのだとか。

 その団子一つでヒノエさんは大騒ぎ。このままだと暴れ回りそうなので誰がうさ団子を盗んだ犯人なのか突き止めようと里が賑わっているという事である。

 

 

 いやなんでそうなった。

 

 

「うさ団子一つで人が暴れ回るなんて事ある訳ないだろ。後、俺は絶対に犯人じゃないからな。今朝はカエデに畑仕事を手伝ってもらってたからアリバイがある。なぁ、カエデ」

「うん。いつもツバキはハンターのお仕事も頑張りながら畑のお仕事もやってて大変そうだったから」

 ハンターのお仕事は全然してないけどね。

 

「あら、そうなのですか。私はツバキが犯人だと確信していたのですが。パンツ盗む人ですし」

「パンツ盗む?」

「盗んでねーよ。盗み見ようとしただけね。適当に出鱈目を言うな」

「盗み見ようとした!?」

「でも、ヒノエさんが暴れそうなのは確かですよ」

「は?」

 カエデの反応は置いておく事にして、俺達はシーナに連れられて、里の茶屋に向かう。

 正直な所、俺はヒノエさんが暴れそうとか言われても想像も付かなかった。

 

 

 だからその時まで俺は、突然起きたこの騒動がそんなに大袈裟な事だとは思っていなかったのである。

 

 

 

「───なんだこれは」

 茶屋に着いた俺の視界に入ったのは、樽一個分くらいに積まれた大量のうさ団子。そしてそのうさ団子に黙々と手を付けるヒノエさんの姿だった。

 

 ヒノエさんがうさ団子を沢山食べているのは、別段珍しい光景ではない。

 しかし、今回は量が異常である。そして、彼女の手が速すぎるというか、樽のように積まれていた団子があっという間に片付けられていくのだ。

 

 それを、ヨモギが一生懸命補充しているというのが更にその光景の異様さを引き立てている。まさか、件の話があった今朝からずっとこうなのだろうか。

 

 

「あ、ツバキさん! ツバキさんも聞いてください!」

 ふと、俺と目が合ったヒノエさんが不機嫌そうな表情で俺に話しかけてきた。気のせいかな、何か不穏なオーラを纏っている気がする。

 

「今朝、朝食の後のうさ団子を食べていたんですけどね。ふと意識をうさ団子から話した隙にうさ団子が一つなくなっていたんです! 私は確かにうさ団子を二十本注文したんですよ? それなのに、十九本しか食べられなかったんです! 十九本目を食べたらうさ団子がなくなっていたんです!」

 朝食の後のうさ団子とか二十本という言葉の意味が分からない事は置いておいて、本当にうさ団子一つがなくなっただけでこの光景が生まれたという事実に目眩がした。

 

 一番大変なのはヨモギだろう。ヒノエさんが俺に話しかけて団子を食べる手が止まっているのを見ると、彼女はその場に倒れ込んで休憩の合図を二匹のアイルーに送っていた。

 可哀想なので少しヒノエさんとの会話を長引かせてみよう。

 

 

「……なくなっていたって、つまりどういう訳ですか? なんか、里中大騒ぎになってますけど」

 シーナが言っていた通り、茶屋の周りでは里の人達が「うさ団子を奪ったのは誰だ!」とか「誰だか知らんが、なんでこんな事をしたんだ!」とか窃盗でも起きたのかと思うくらい大騒ぎになっていた。

 

 いや窃盗といえば窃盗なのかもしれないが、取られたのはうさ団子一つである。カエデなんて毎日フクズクにうさ団子を食べられてるのに。

 

 

「そのままの意味です。今朝、朝食の後のうさ団子を景色を楽しみながら食べていて、二十本目の最後のうさ団子に手を付けようとした所……何故かうさ団子はそこになかったのです。……私は悲しくて悲しくて、今こうしてヤケグイをしている所なんですよ」

 うさ団子一つなくなったショックでうさ団子を無限に食べる人なんなの。

 

「数え間違えたという可能性は?」

「私がうさ団子の数を数え間違える訳がありません!」

 迫真。

 

「……なるほど。よそ見した瞬間にうさ団子がなくなったというなら、そりゃ近くに居た人が犯人だろうな」

「ツバキさん、まさか犯人を探すのを手伝ってくださるのですか?」

「当たり前です。事が小さい大きい関係なく、女性の物を盗むなんて最低の行為ですからね。俺が見付けてコテンパンにしてやりますよ」

 俺が格好付けてそう言うと、ヒノエさんは嬉しそうに「ツバキさんが手伝ってくださるのなら百人力です」と手を合わせた。

 

 任せろ、女性の笑顔の為なら男は───俺はなんでもするんだぜ。

 

 

「これで私のうさ団子を盗んだ犯人をなぶり殺しに出来ます」

「今なんて」

「なぶり殺しです」

「満面の笑みでそんな危ない事言わないで?」

 ヤバい。この人ヤバい。思ってた以上にうさ団子への愛がヤバい。

 

 

「私も手伝います! この名探偵シーナにお任せください!」

「所でシーナ、その名探偵ってのはなんだ」

「今朝読んでいた本が探偵物だったので! 私、読書が好きなんです。今朝もヒノエさんの隣で読書をしながらうさ団子を食べていたので! あと、将来の夢は作家さんです!」

 読んだ本に直ぐ影響されちゃう気持ちはよく分かる。

 俺も小さな頃は魔法を使ってモンスターを倒すハンターの物語を見て魔法を使えるようになろうとしていた事があったよ。

 

「私も手伝うわ。ヒノエさんには、この前ツバキとお勉強会をした時に私のうさ団子を取り戻して貰ったし」

「そんな事もあったな」

「あら、そんな、よろしいのですか?」

 ヒノエさんの言葉に、二人は「勿論」と息ぴったりで返事をした。幼馴染というのは伊達ではない。

 

 

 何はともあれこの三人でヒノエさんのうさ団子を奪った犯人を探す事になったのだが、今はとにかく情報が足りない状態である。

 こういう時はどうすれば良いのか、せっかくだしシーナ大先生に聞いてみるか。

 

 

「シーナ、犯人探しの基本は?」

「聞き取りです! 聞き取りやりましょう! まずは犯行を目撃した人が居ないか聞いて回るのです!」

 目撃した人がいたらそれで解決なんだが、この騒ぎを見る限りその可能性は低そうだ。

 しかし、なんでも良いから手掛かりが欲しいのは事実。聞き取りは正解だろう。

 

 

「一番ヒノエさんの近くにいたのは、多分ヨモギか?」

「そうだよー。でも私も、ヒノエさんのうさ団子を取った人は見てないかな」

 そりゃそうだ。そうでもなきゃ、今こうしてヨモギは必死こいてうさ団子を作っていない。

 

「とはいえ、ヒノエさんはこの茶屋に居てうさ団子を取られたんだろ? 何か気が付いた事はなかったのか?」

「気が付いた事、かー。えーと、あ……そうだ! 気付いたことじゃないけど、今朝お店を開けてからヒノエさんのうさ団子がなくなるまでの間にお店に来たお客さんなら全員覚えているよ!」

 仕事が忙しかったのか現場を見ていなかったらしいヨモギだが、ここでかなり有益な情報を手に入れる事が出来そうである。

 

 

「誰だ?」

「えーと、朝一番にヒノエさんが来てから……」

 なんで朝一番にいてまだここに居るの。そろそろお昼だよ。

 

「それから里長が挨拶に来てくれて、イオリ君でしょ、ビーミちゃんとエーコちゃん、その後シーナちゃんが来て、ミノトさんがヒノエさんに挨拶しにきて、セイハク君とコミツちゃんがお使いで来てから、アヤメさんが来てくれたよ!」

 大繁盛じゃねーか。

 

「んーと、そのアヤメさんってのは知らない人だな。セイハクとコミツは飴屋とおにぎり屋のガキンチョだろ? 後は三バカにイオリとミノトさんに里長か。犯人がこれだけに絞れたのは大きいな」

「とあらば、事情聴取ですわね! なんだかワクワクしてきました!」

「その前にお前も容疑者の一人だからな、シーナ」

 意気揚々と犯人探しに参加しようとしているシーナだが、彼女も彼女で一応容疑者の内の一人だ。事情聴取は良いが、それをされるのはまず彼女自身である。

 

 

 

「食え」

「私はやってません!」

 里のおにぎり屋。件の容疑者の一人であるセイハクという男の子の家で、俺はカツが中に入ったおにぎりをシーナに出しながら彼女を問い詰めていた。

 

「カエデさん、二人は何をやってるんですか?」

「えーと……探偵ごっこ」

 俺の注文したカツおにぎりを持って来てくれたセイハクは、この謎の光景に首を傾げてカエデに状況説明を求めている。

 

 ついでに俺も聞きたい。ナニコレ。

 

 

「私はやってませんじゃなくて! お前がこうしろって言ったんだろ!」

「事情聴取といえばカツ丼です! ツバキさんは何も分かってません!!」

「いや分からんわ!! お前の頭の中がどうなってるのか分からんわ、この頭メルヘンバカ!!」

 ジニアにホイホイ騙されてる奴だからバカだとは思ってたけど、ここまでよく分からないくらいバカだったとはな。

 

 

「良いから話せ。お前が犯人じゃないって説明してくれればそれで良いんだから」

「そこ、そこなんですよツバキ。逆に聞きますけど、もし貴方が犯人だった場合ここで自白しますか!? はい俺がうさ団子を食べましたとか言いますか!?」

 俺に詰め寄ってそう問い掛けるシーナ。

 

 そう言われると、確かにそうかもしれない。もし俺が犯人だとして「あなたが犯人ですか?」と言われて「はいそうです」なんて答えるバカはいない筈だ。

 

 

 事実「あなたはパンツを覗こうとしていましたか?」と答えられた場合、俺は「違います」と答える。真実がどうであれ、だ。

 

 

「なるほど、確かにそうね。事情聴取なんてしても、素直に答えてくれる犯人なんていないだろうし。でも、だったらどうしたら良いの? シーナ」

「分からないです!」

「何なのお前」

「でも、犯人が素直に自白しないのは今朝読んでいた本で知りました!」

「それはそうなんだけどな」

 そうなると、どうしたら犯人が素直に自白してくれるかを考えるべきなのか。しかし、どうしたら───

 

 

「───拷問、なんてどうでしょうか?」

 ふと、事の顛末を知る為に付いてきたヒノエさんがそんな言葉を落とす。俺達はセイハク含め、あまりにも恐ろしい発言に数秒間固まってしまっていた。

 

 

「例えば───」

「逃げろセイハクぅぅううう!!」

「うわぁぁぁぁぁああああああ!!!」

 嫌な予感がして俺は全力でセイハクを逃す。事情聴取はいけない。もっと効率的な方法を考えなければ。

 

 

「……そ、そうだ。こういう場合は誰がやったかじゃなく、誰がやってないかを考えるべきだと思う」

「なるほど、確かに犯人を探すよりその人が犯人じゃない証拠を探した方が簡単よね。流石ツバキ」

「確かに、その方が犯人以外を傷付けなくてすみますね」

 カエデが賛同してくれた事もあってか、ヒノエさんも嬉しそうにこの作戦に賛成してくれた。でも誰かが傷付くのは確定なんだね。

 

 

「そうなるとセイハクとコミツは白だな。そもそもこれは考えなくても分かる事だった」

「どうしてです?」

 俺の言葉に首を傾げるシーナ。このバカにも分かるように説明してやるか。

 

「セイハクとコミツはヨモギが言っていた通りお使いで茶屋に行っていた。知っての通り、我が里の名物うさ団子は巨大だ。俺の尻子玉よりでかい」

「尻子玉ってなに」

「カエデ、尻子玉というのはお尻から抜かれると死んじゃう臓器ですよ」

「なにそれ怖い!」

 そんな臓器はない。

 

 

「ヒノエさんのうさ団子を取って食べようとしたら、かなり時間が掛かるからな。ガキの二人にはまず無理だ。盗んで店の外に持ち出したとしても、里中で騒ぎになってるから誰かしらに目撃されてる。……犯人は、茶屋の中でしか事を起こしてないって訳だ」

 俺がキメ顔でそう言うと、ヒノエさんが「ツバキさんは聡明ですね!」と目を輝かせてくれる。もっと褒めて。

 

 

「凄いツバキ! 探偵みたいです!」

「ツバキ、本当に凄いわ。ハンターも畑仕事も出来て、探偵まで出来るなんて!」

「もっと褒めて良いよ」

 やべ、モテ期来ちゃったかも。

 

 

「でも天才のジニア様ならこんな事、事件が起きて直ぐに気が付きます!」

「うるせぇメルヘンジニアバカ。……てか、今日アイツ見掛けないけど何処に居るんだ?」

 いつもならこういう時、アイツは「面白そうな話してるね、僕も混ぜてよ」なんて言って話に入ってくるものなんだが。珍しい事もあるものだ。

 

 

「ジニアは今クエスト中よ」

 と、カエデの言葉。

 

「この大変な時に」

「そうよね。大変だわ」

 居ないものは居ないので、三バカ曰く天才で最強のジニア様の力は借りれそうにないな。

 

 

 なんて事を話をしながら、俺達は再び茶屋に戻る事にする。情報の整理もしたいし、ヨモギに聞きたい事もあるからだ。

 

 そして茶屋に戻る途中、茶屋の近くにある件の飴屋で───俺達はとある女性と出会う事になる。

 

 

「───男の子が女の子の前でそんなに泣くんじゃない」

「アヤメさん!」

 カエデが名前を呼びながら手を振る相手、白い髪に黒い鱗を使ったちょっと露出のエロい装備を着たその女性の名前はアヤメさん。

 

 彼女は飴屋の近くで震えて泣いていたセイハクを励ましていた。その隣で、泣きじゃくるセイハクを見て飴屋の看板娘───コミツも不安そうな顔をしている。

 なんかごめん。

 

 

「カエデか。アタシに何か用かい?」

「ツバキがちょっと聞きたい事があるみたいで。あ、ツバキ! 紹介するわ。彼女はアヤメさん。ハンターの先輩で、上位ハンターさんなのよ!」

 曰く、先輩の上位ハンター。

 

 

 上位ハンターとは、ハンターズギルドに認められたハンターの中でも選りすぐりのエリートハンター達の事だ。イズチ達の精鋭みたいな感覚に似ているかもしれない。

 俺達のような普通のハンターでは挑めない強敵や、俺達普通のハンターが倒せなかったモンスターの相手をする実力者である。

 

 俺はハンターですらないので先輩とかそういう問題ですらないけど。

 

 

「アンタが噂のツバキかい。話は聞いてるよ。アタシはアヤメ、宜しくね」

「きょ、恐縮です」

 顔立ちもスタイルもとても良い女性に握手を申し込まれて、俺は挙動不審になった。手が震える。

 

 

「アッハハ、そんなに緊張しないでおくれ。アタシなんかより凄いハンターは沢山いる。……それに、アタシは今ハンターとしての活動はしてないからね」

「と、言いますと?」

「怪我をしたんだ。恥ずかしいから、あまり深くは聞かないでおくれよ」

 俺から目を逸らしてそう言うアヤメさん。

 

 

 軽く話してくれたが、ハンターにとって大なり小なり怪我はハンター生命に関わる事が多い。きっと彼女は、見た目よりもずっと苦労しているのだと思った。

 

 

「……すみません。逆に、俺の話というのは?」

「アンタの自慢話さ。ツバキは凄いんだって、カエデが良くアタシに話してくれるからね」

 辞めて! 俺全然凄くないから! そもそもハンターじゃないから! 

 

「あのギルドマネージャーに秘密の依頼を貰うくらいなんだろう? 本当に凄いハンターなんだね」

 違います! じっちゃんにはただ世話になってるだけです! なんて、言える訳もなく俺は「あはは、そんな事ないですよ」とお茶を濁した。

 

 とりあえず話題を変えよう。

 

 

「……じゃなくて、話があるんですけど」

「良いけど、こんなアタシになんだい? 話って」

「実はですね───」

 カクカクジカジカ、と。

 アヤメさんに話を聞いた所、彼女が犯人ではないという結論に至ったのだが───彼女からはこの事件の真相を解き明かすかもしれないある重大な話を聞く事が出来た。

 

 

 それは───

 

 

「茶屋に寄った時、ヒノエさんの注文した皿の上を少し見たんだ。アタシの気のせいだったら悪いんだけど、その時皿の上にはうさ団子が一本しか乗ってなかった。そして、アタシが茶屋を去った後でこの騒ぎが起き始めたんだよ。……つまり、盗まれたうさ団子はアタシが見たうさ団子って事だろう?」

「確かに、そうなるな」

「そのうさ団子は───」

「そのうさ団子は?」

 それは───

 

 

「───そのうさ団子は確か、トリモ茶だんごだったね」

 ───それは、盗まれた団子の種類である。




うさ団子食べたい。


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犯人はお前だ

 真実はいつも一つである。

 

 

「ジッチャンの名にかけて! この事件を解決してみせるぜ!」

「ツバキ! よく分からないけどなにかアウトな気がするわ!」

 それじゃいっときましょうか、前回のあらすじ。

 

 

 ある日の朝、ヒノエさんのうさ団子が盗まれた! 

 ヒノエさんは大暴走。カムラの里は大騒ぎ。この騒ぎを収めるには、うさ団子を盗んだ犯人を見付けるしかない。

 ヨモギの協力により絞られた容疑者。聞き取りを進める内に、俺達は重要な手掛かりを掴む! 

 

 残された容疑者は三バカと里長とイオリにミノトさん。犯人は───そして、犯人の手口は? 

 

 

 見た目はハンター、本当は農家! その名も俺!! 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ───と、いう訳で。

 

 

「里長、話があります」

「事は聞いておる。うむ、よもや里にそのような事をする者が居ようとはな」

 カエデに里長を呼んできて貰い、俺達は茶屋で話をしていた。

 

 話の内容は勿論、今里が大騒ぎになっているうさ団子の件である。どうしてうさ団子でここまで言われているのか、俺はよく分からない。

 

 

「……で、もし犯人が見付かったら?」

「……里を追放する」

 やべ、これマジでやばい奴だ。

 

 ただそう言っている里長も容疑者の一人である。里長がそんな事する訳がないと思うが、一応アリバイだけは聞いておきたい。

 

 

「ツバキー、二人とイオリを連れてきましたよ!」

 丁度良くシーナが他の三人の容疑者を連れて来てくれる。これで残りの容疑者はヒノエさんの双子の妹───ミノトさんだけだが。

 

「ヒノエさん、ミノトさんを呼んでくれるって言ったのに……ずっとそこでうさ団子食べてますけど」

「はい、大丈夫ですよ。そろそろ到着すると思います」

 ヒノエさんはヤケグイを再開していて茶屋から一歩も出てない訳だが。しかし、それから瞬きもしない内に集会所の方角から足音がする。

 

 

「わたくしに用事、とはなんでしょうか」

 ヒノエさんと瓜二つの姿。俺はこんな美貌が並んでる光景に何か神秘を感じた。

 

 

「本当に来た……」

「ヒノエ姉様に呼ばれたのだから、当然です」

 誰も呼びに行ってない気がするが、それはさておき。

 

 これで残りの容疑者全員が揃う。

 犯人は必ずこの中に居る訳だが、この中で誰かが犯人という事はこの中で誰かが里を追放されかねないという事だ。

 

 

「……先に言っておく。もしここに犯人がいるなら、今のうちに名乗り出て謝れ。俺も一緒に謝ってやるから。今なら多分そんなに怒られないから」

 なんて言っても、当たり前だが犯人が名乗り出る事はない。

 

 

「それじゃ、犯人当てゲームと行くか。実は、俺は既に犯人を見付ける方法を知ってる。本当だからな。マジで、今のうちに謝っとくのが正解だからな」

「何、ツバキング。探偵の真似な訳?」

「ツバキ君にそんな頭の良さそうな事出来るの?」

「ツバキより私の方が探偵出来ると思います!」

「なんでお前らそんなに俺の事バカにするの!? バカなのに!! とりあえずシーナ、探偵は動詞じゃない」

 三バカを黙らせて、俺は茶屋のヨモギの肩を叩く。犯人は彼女が知っていると言っても過言ではない。

 

 

「良いか? 盗まれたうさ団子。その種類はトリモ茶だんごだった」

「トリモ茶だんご……もしかして!」

 俺の言葉に、イオリが驚くような反応をした。そう、トリモ茶だんごである。

 

「ヨモギ、今朝この容疑者達の中にトリモ茶だんごを食べた奴は居るか?」

「えーと、居ないよ。今日トリモ茶だんごはヒノエさんの分でしか使ってないから」

 トリモ茶だんご。

 その名の通り茶がメインの味の団子だ。どちらかというと若者には人気のない団子だし、これを食べる人は少ない。

 

 しかし、ヒノエさんから団子を奪った人間は別である。なにせ、奪われた団子こそトリモ茶だんごなのだから。

 

 

「つまりさー、ツバキングはトリモ茶だんごを食べた人が犯人だって言いたい訳っしょー? でもそれってさー、当たり前じゃね? 犯人は団子を盗んで食べたんだから」

「エーコ、言っておくが俺はお前達の思ってるより賢い。勉強は嫌いだけど」

「トリモ茶だんごは、ヒトダマドリの好む臭いが含まれているんだよね」

 俺の言葉の後に、イオリがそう説明を入れた。

 

 彼の言う通り。

 トリモ茶だんごを食べると、ヒトダマドリと呼ばれる環境生物が寄ってくるようになるのである。

 ヒトダマドリにはハンターの体力や持久力を上げる力があると言われていて、これは俺が最近教官に教わった知識だ。

 

 

 こんな所でハンターの知識が役に立つとは思わなかった。

 

 

「つまり、ヒトダマドリが寄ってきた者が……ヒノエ姉様のうさ団子を食べた不届き者という事ですね」

「不届き者まで言う? いや、そういうことなんだけども」

「や、やりますねツバキ。この名探偵シーナでもそんな方法は思い付きませんでした」

「まぁ、俺はハンターだからな」

 本当は農家だけど。

 

「私でも思い付かなかったわ。流石ね、ツバキ」

「お前はハンターだよな? もう少し賢くなって?」

 そんな訳で。

 

 

「連れてきましたよ、ツバキさん」

 イオリに頼んで、ヒトダマドリを一羽連れて来てもらう。

 

 ヒトダマドリ。

 文字通り、人魂のように見える鳥だ。腹部がぼんやりと光る特徴があり、他にも花粉を集める習性からその花粉をハンターが利用する事も出来る。

 お腹の光は集めた花粉によって変わるらしく、狩場に行くと色々な色に光るヒトダマドリを目にする事が多い。この事からもカムラの里のハンターからは慣れ親しんだ環境生物だ。

 

 

「ありがとな、イオリ」

「一応僕も容疑者の一人なのに、その容疑者に証拠みたいな物を用意させても良かったんですか?」

「いや、イオリが犯人な訳ないじゃん。だってイオリだよ?」

「信用し過ぎですよ!?」

 あの聖人みたいなイオリに犯行なんて出来る訳がない。

 

 

「さて、とりあえず一人ずつヒトダマドリに近付いて貰おうかな。コイツが反応したらソイツが犯人だ」

「中々準備が早いですね、ツバキ助手。全て計画通りです。ふふふ、この名探偵シーナの目は誤魔化せませんよ!」

 いつから俺が助手になったの。

 

「うむ。では、俺が初めに行こう」

 そう言って、里長は鳥籠に入っているヒトダマドリに近付いていく。

 

 もし里長がヒノエさんからトリモ茶だんごを盗んで食べていたら、ヒトダマドリが反応する筈だ。

 そう思いながら、籠の中のヒトダマドリに視線を向ける。ヒトダマドリは───

 

 

「凄く怖がってますね」

「ねぇ、小便漏らしてね? このトリ」

「む、どうした。小鳥よ」

 そう言って里長が顔を鳥籠に近付けると、ヒトダマドリは号泣しながら鳥籠の中で暴れ回った。

 

「……これ、里長が強過ぎてビビってるよな。イオリ」

「……里長、すみません。可哀想なので離れてあげて下さい」

「……ふむ」

 あ、里長いじけちゃったよ。茶屋の端で地面にヒトダマドリの絵を描いてる。なんかもうごめんなさい。

 

 

「つ、次行ってみよう。ミノトさん」

「はい」

 俺が呼ぶと、ミノトさんはゆっくり歩いてくる。

 そういえばヒノエさんとは良く話すようにもなった気がするけど、ミノトさんとは集会所で会ったきりだったか。

 

 それにしても、本当に良く似ている姉妹だ。

 

 

「どうだ? イオリ」

「まだ里長への恐怖が消えてないから怖がっているように見えるけど、大丈夫そうだよ」

「それじゃ、ミノトさんも白だな」

「……当たり前です。わたくしがヒノエ姉様のうさ団子を盗む訳がありません」

 凛とした表情でそう言うミノトさん。どうやら、彼女は姉のヒノエさんをとても慕っているらしい。

 

 

「所で、ミノトさんは今朝なんで茶屋に?」

「ヒノエ姉様の様子がおかしかったので」

「様子?」

「はい。最近、体調が優れないのか誰かに話しかけられても固まってしまっている事が多くて」

「それは普通に心配だな……」

 ヒノエさんは確かにのんびりとした性格だが、人に話しかけられても耳を貸さないような人ではない。

 しかし、当の本人は今もうさ団子をヤケグイしているので元気ではあるような気もするが。

 

 

「とりあえず、次行くか。イオリはこの通りだし、エーコ」

「あたしがやる訳ないじゃん」

「良いから来なさい」

 しかし、全く犯人が予想出来ない。エーコも近付いてくるが、ヒトダマドリは完全に無反応である。

 

「エーコちゃんが犯人ではない事くらい、この名探偵シーナは初めから分かってましたけどね!」

「じゃあ犯人は誰なんですかって話だけどな。次、ビーミ」

 なんか、オチが読めてきたぞ。

 

 

「私じゃ、ないよね?」

 ビーミが近付いてくるが、これもヒトダマドリは無反応だった。これで、残りの容疑者は一人に縛られる。

 

 

「勿論、ビーミちゃんが犯人ではない事くらい! この名探偵シーナは初めから分かってました! さぁ、次の容疑者の方! 前に!」

「……お前だよ」

「はい?」

「次の容疑者、お前」

「あ、そうでしたか。しかし、私は犯人ではありませんよ。なんたって私はヒノエさんの隣で本を読みながらうさ団子を食べていただけですから! つまり、他の人が犯人です」

「いや、居ないんだよ。お前以外に、容疑者」

 俺がそう言うと、シーナは目を丸くして固まった。

 

 

「……え?」

「お前が最後の容疑者、つまり……消去法で行けばお前が犯人だ」

「……いやいや。いやいやいや、そんな、まさか、あはははは」

 顔を真っ青にして汗を垂らすシーナ。確かに、彼女はきっと()()()()()はないのなろう。

 

 

「良いからヒトダマドリに近付きなさい」

「いやいや! 私じゃないですって! ほら、だって私は───」

「犯人はお前だ」

 だから、俺は現実を叩き付けるように茶屋の机を叩いてそう言った。

 

「……どうして」

「自覚がないのかもしれないが、確かお前はヒノエさんの隣で本を読みながらうさ団子を食べていたんだよな」

 俺がそう言うと、シーナは「そうですけど……」と後ずさる。ヒノエさんも「確かにそうですね」と首を縦に振った。

 

 

「シーナ、お前は本を読みながら無自覚にうさ団子をパクパク食っていたに違いない。そしてヒノエさんも、景色を見ていて団子は見てなかった。最近ボーッとしてる事も多いと聞く」

 俺はそこで、シーナを人差し指で差しながら掛けていないメガネのズレを治す振りをする。

 

「つまり、お前は無意識の内にヒノエさんのうさ団子を間違えて食べてしまったんだ!!」

「そ、そんな!?」

「まさか犯人がシーナさんだったなんて!」

「証拠はこのヒトダマドリが掴んでる。良いからこっちにこい」

「わ、私じゃない! 私じゃないです!」

 俺は鳥籠を持って、逃げようとするシーナを追い掛けた。悪いが俺はハンターじゃないが、子供の頃から駆けっこは得意だぜ。

 

 

 そして───

 

「……うわ、めっちゃ鳥暴れてる」

 ───シーナに鳥籠を近付けると、籠の中のヒトダマドリは籠を抜けようともがく程に暴れ出す。勿論、シーナにハートマークの視線を向けて。

 

 

 決まりだな。

 

 

「……そ、そんな」

「お前の事は忘れないよ、シーナ」

 残念だ。俺が友達を里から追い出す事に加担する事になるなんて。

 

「後生です!」

「そんな事言われても、ヒノエさんにぶっ殺されるか里から出るかなら後者の方がマシだろ」

「マシですけど!」

「……シーナさん」

 ふと、ヒノエさんが俯いたまま歩いてくる。表情が見えないので、もうそれだけで怖い。

 

「びゃぁぁぁああああ!!! ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!!! 許して下さい!!! 悪気はなかったんです!!!」

「そ、そうですよヒノエさん。確かにコイツは誤ち犯したかもしれないですけど。殺す事はないですって。せめて、せめて里を追放くらいにしておきましょう。ね? ほら、お前も頭下げろ!」

「もう下げてる!!」

「私からもお願いします、ヒノエさん!」

 泣き叫ぶシーナの前に立って、俺とカエデはせめて命だけはと頭を下げた。

 

 

 確かにコイツは馬鹿である。だけど、それでも俺達にとって大切な幼馴染なのだ。

 

 

「あたしらからもお願いするし」

「うん。シーナちゃんを許してあげて下さい!」

「エーコ、ビーミ……。うぅ」

 シーナはそれはもう号泣である。友情って良いね。

 

 

「……シーナさん」

「は、はい!!」

 震えるシーナ。その手を取って、ヒノエさんは顔を上げた。

 

 

「わざとでないなら良かったです。間違いは誰にでもありますからね。うさ団子が美味し過ぎて、無意識に手が伸びてしまうのは私もありますから」

「ひ、ヒノエさーーーん」

 泣き崩れる。まるで里長に睨まれたヒトダマドリのように。

 

 

「うむ、一件落着だな」

「……人騒がせな事件だった。里長もすみません、こんな事に巻き込んで」

 なんだかドッと疲れた。過ぎてしまえば笑い話だが、シーナには里の宴会で色々してもらう事になるだろう。

 

 うさ団子の罪は大きい。

 

 

「いな、今回の件は大事だろう。それにしてもツバキよ、見事な洞察力であったぞ」

「いや、周りがバカだっただけです」

「謙遜するな。ハンターになるならば、その洞察力は確かな武器となる。いずれお前が真のハンターになった時が楽しみだわい」

「真のハンター、か」

 お世辞はともかく、里長は本当に俺の事を期待してくれてるらしい。頑張らないとな。

 

 

「よし、それじゃ今日はシーナの奢りで宴会だな」

「ちょっと待ってください!?」

「まー、文句言えないっしょ」

「自業自得だしね」

「どんまい」

「三人まで!!」

 カムラの里を包み込む笑い声。

 

 

「うぇぇぇ、破産です!!」

 うん、今日も里は平和だ。



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何故お前はモテるんだ

 朝、目が覚める。

 

 

「───わお」

 隣で寝ている、赤い髪の女の子。

 

「な、何故カエデが……」

 目を擦りながら布団から出ると、何故か俺は服を着ていなかった。

 

 

「ちょっと待って!?」

 待て。

 なんだこれは。布団の中からはみ出る幼馴染みの肩。この人なんか服着てないように見えるんだけど。

 

「待って!? 待って待って!? 状況が理解出来ない!? 俺もしかしてヤッた!? いや、なんにも覚えてないけど。寝てる間にモテちゃった!?」

「何が起きたのか、私が教えてあげよう」

「ジニア!? 何故ここに!! いや待てよ、なんかもうオチが読めた!!」

「私は神、ジーニアス」

「デスヨネ!!」

 そうだと思ったよ。

 

 

「ハッハッハッ、君がモテる訳ないではないか。ハッハッハッ」

「ウザ!! いつにも増してこの人ウザ!!」

「可哀想で非モテの君に、モテる人間の特徴を一つ教えてあげよう。これはアドバイスだ」

 夢なのになんなのこの人。なんでこんなに上から目線なの。夢なのに。

 

 

「特徴、だと? やっぱりハンターか」

「……いや」

「じゃあ、なんだよ」

「顔」

「最悪じゃん」

 もう泣くしかない。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 朝、目が覚める。

 

 

「───わお」

 隣で寝ている、金髪の男の子。

 

「な、何故ジニアが……」

 目を擦りながら布団から出ると、何故か俺は服を着ていなかった。

 

 

「ちょっと待って!?」

 待て。

 なんだこれは。布団の中からはみ出る幼馴染みの肩。この人なんか服着てないように見えるんだけど。

 

「待って!? 待って待って!? 状況が理解出来ない!? 夢じゃないの!? これ現実!? アーーーッ!!」

「現実だよ、ツー君」

「待って!! 状況を整理させて!?」

「僕はジニア。君はツバキ。ここはツバキの家の布団の中」

「そんな事は分かっとるわ!!」

 なんでこんな事になってるか聞いてるんだよ。

 

 

「大丈夫、僕もパンツは履いてるから」

「何も大丈夫じゃないからね? 起きたら幼馴染みの男が自分の布団で半裸だよ? よく考えて? 全然大丈夫じゃない」

「昨日何があったのか、覚えてないのかい? ツー君」

 覚えてないわ。そもそもコレが現実なのかどうかを未だに疑ってるわ。夢であってくれ。

 

 

「覚えてない。昨日、確か俺はシーナの奢りで宴会にいって……それから、えーと、覚えてない」

「……そうか」

「辞めて。その悲しそうな顔辞めて。本当に何があったの!?」

「何もなかったよ。僕は今さっきここに来たからね」

「無意味に意味深な態度を取るな!!!」

 何なのこの人。凄い怖かったんだけど。何かとんでもない過ちを犯したのかと思っちゃったんだけど。

 

 

「───いや、冷静に考えて今さっきここに来た男が半裸で人の布団に入ってるの怖くない?」

「だってツー君が起きないんだもん」

「怖い」

「さて、冗談はさておき。ツー君にお願いがあって来たんだ」

 そう言いながら、ジニアは服を着てサラサラの金髪をかきあげる。顔が良い男にのみ許される行為を見せ付けるのはやめろ。

 

 

「お願いだ? 俺に?」

「うん。ツー君の畑で作ってる薬草、少し僕に分けて欲しいんだよね」

「何に使うんだよ、なんて聞く程俺も馬鹿じゃないけどな。なんで態々俺の畑の薬草なんだ? 普通に店で買えよ。お前にウチの子はやらん」

「そう言わずにお父さん」

「誰がお父さんじゃい」

 俺がそう返すと、ジニアは困ったような表情で頭を掻いた。どうやら本気で薬草が欲しいらしい。

 

「別に品薄って訳でもないだろ。なんならウチの親は、毎日俺の作った物を売り損ねて持ち帰ってくるぞ」

「……そうだね、強いて理由を言うなら───ツー君の作った物になら僕の命を預けられると思って」

 愚痴を零す俺に、ジニアは裏表のなさそうな笑顔でそう言う。

 

 薬草といえばそのまま傷口の手当てにも使えるし、あのクソ苦飲み物───回復薬の素材にもなる植物だ。

 ぶっちゃけ雑草みたいな物なので、ありとあらゆる場所にで取れる。態々畑で作らなくても、狩場で現地調達だって出来るような物だ。

 

 

 それを態々、俺に頼みにくるな。

 

 

「まぁ、お父さんがそう言うなら。今日は出直すとします」

「待て」

 素直に帰ろうとするジニアに、俺は拳を向ける。一握りの薬草を握った拳を。

 

 

「……お前に死なれても困る」

「ありがとう、お父さん」

「誰がお父さんじゃい」

 薬草を手渡すと、ジニアは片手を上げながら家を出て行った。だから、イケメンにのみ許される行為を平然とするのを辞めろ。

 

 

「……俺には薬草を作る事しか出来ないしな」

 数日前、里長やじっちゃんにハンター達が呼ばれてから里のハンター達は皆忙しそうにしている。

 それまでみたいに、カエデとジニアと三人揃って話す事も少なくなってしまった。今日はジニアが里に居るけど、カエデがクエストで居ないし。

 

 

「いや。……ちょっと出掛けてくる」

「今日は畑はもう良いんじゃないのか?」

 俺がそう言うと、両親が部屋から出てきて父親がそう尋ねてくる。俺は、少し考えた後にこう口を開いた。

 

 

「ハンターの修行」

「そうか」

「いってらっしゃい」

 二人は顔を見合わせて、笑顔で俺を見送ってくれる。

 兄が死んでから、俺は塞ぎ込んでいた。両親だって辛い事は分かっていたのに。

 

 俺も、前に進まないとな。

 

 

 

「───と、言う訳でイオリ。ジニアをストーキングするぞ」

「ごめんなさい。意味が分かりません」

 俺の提案に、イオリは真顔でそう答える。静かな広場で、主人になってくれる人を待つアイルーだけがニャーニャーと鳴いていた。

 

「真のハンターになるには真のハンターを知る必要があるとは思わないか?」

「それはそうかもしれませんけど」

「ジニアはクソだが、アレでも優秀なハンターだ。アイツが普段どんな生活をしているのか、どんな修行をしているのかを知る事が出来れば、俺も真のハンターに近付けるんじゃないかと思ってな」

「言っている事が微妙に正しいせいで否定し辛い……」

 これにはイオリも苦笑いである。俺は勉強は出来ないが屁理屈は得意だぞ。

 

 

「で、本音は?」

「なんでアイツがあんなにモテるのか知りたい」

「……それでこそツバキさんですね。建前がそれなら、僕も付き合います」

 お前本当に良い奴だな。

 

「俺は嘘を吐いてばかりだな」

「嘘を本当にするのが、今のツバキさんの目標だから」

「……そうだな」

 それじゃ、行ってみようか。

 

 

 

 ジニアストーキング作戦(クエスト)。スタートだ。

 

 

 茶屋。

 そんな訳でやってきました、カムラの里一番人気の場所。

 

 今日のお客さんはヒノエさんにアヤメさん、そしてジニアの三人。

 どうやらお昼がてらに茶屋に寄ったらしい三人は、別に約束をした訳でもなくただそこに居るので談笑しているようである。

 

 美人な女性二人に囲まれたジニアが羨まし───じゃなくて、ジニアはハンターとしてどう振る舞うのか見せてもらおうか。

 

 

「───なので、夜に月を見ながら食べるうさ団子は別格の美味しさなのです」

「それじゃ、夜にうさ団子を取っておかないのかい?」

「いえ、朝も昼も夜も食べます」

「……な、なるほどね」

 どうやらヒノエさんはうさ団子の話をしているようだ。さて、ジニアはどう振る舞うのか。

 

「好きな物はいつ手にしていても幸せになれるから好きな物、なんだと僕は思うよ。アヤメさん、僕はアヤメさんとなら朝昼晩のいつでもご飯を一緒に食べれます。勿論、ヒノエさんとも」

 爽やかな笑顔を向けながらそう語るジニア。何この人。お前それ顔が良くなかったら凄くキモい人だからね。

 

 

「……ツバキさん、僕は初手で鳥肌が立ちました。あの人ハンターとしては凄いかもしれないけど、人としては絶対に尊敬しちゃダメな人ですよ」

「イオリにそこまで言わせるの逆に凄いな。でも、これはいつもの事だ。アイツはいつもキモい。ほら、次行くぞ」

 そんな訳で食事を済ませたジニアを追う。ちなみにジニアの遠回しなナンパは二人に大人の対応で断られていた。気分が良い。

 

 ヨモギは賢いのでジニアの戯言は無視である。ここまでだけなら、ただのキモい奴だ。

 

 

 ───しかし、奴の本気はここからである。

 

 

「きゃー! ジニア様よ!」

「ジニア様! 結婚して下さい!」

「ちょっと待って! 今ジニア様と目が合っちゃった!」

 里の住宅街。若いというか幼い子供の多い場所へ行くと、ジニアはモテにモテていた。

 大人の女性は騙せなくても、子供というのは駆けっこが早い男の子に夢中になってしまうものなのである。そして何よりも顔だ。

 

 

 ハンターであり顔も良いジニアは、それはもう子供にモテモテである。

 

 

「相変わらず凄いね」

「凄いってかもう怖いよ俺は。なんなのこの集まり。宗教?」

 道行く子供達に黄色い声援を送られるジニア。満面の笑みで彼が片手を振れば、周りの女子はそれだけで大喜びだ。

 

 

「あ、三バカも居る」

 ふと、俺は黄色い声援の中にエーコ達三バカの影を見付ける。昔は俺の事を好きだと言ってくれていた三人も、今やあのジニアの虜だ。

 

 どうして。

 

 

「……やっぱハンターはモテるのか」

「でも、ツバキさんも今はハンターだよ?」

「そりゃ、便宜上はね。だとして、俺が歩いても同じ反応になると思うか?」

「それは……」

「やってみよう」

「ツバキさん!?」

 ジニアが通り過ぎた後、まだ黄色い声援の残る道を俺は堂々と歩いてみる。

 

 

「ジニア様! こっち向いてー!」

「ジニア様、今日も背中で語ってるわ。流石ハンターね」

「去りゆく姿も凛々しいなんて、なんて素敵な方なの。これがハンターの背中なのね」

 あのー、俺も(便宜上は)ハンターなんですけど。ハンターが通ってますよー。あのー、ハンターさんが目の前を歩いてますよー。

 

 

「あ、ツバキングじゃん。何してんの? 散歩?」

「……悲しくなってきたよ」

「どしたの」

 結局声を掛けてくれたのは偶々目があったエーコだけだった。俺とジニアの何が違うのだろうか。顔か。

 

 

 次にジニアが向かったのは、奥様達が集まる里の中心部である。

 この辺りは雑貨屋や八百屋等の店が乱立しているので人が良く集まるのだ。

 

 

「あらジニアちゃんじゃない。お野菜持っていく?」

「お肉もあるわよ」

「いやね、ジニアちゃんにらお花よお花」

 ジニア様、近所の奥様方にも人気だよ。奥様方は取り繕う物もないからね。そりゃそうなるよね。

 

「あはは、ありがとうございます。それでは、今日はお花を」

「良いわよ良いわよ。好きなだけ持っていきな。お金なんていらないよ」

「いいえ、マダム。お花は気持ちですから。お金は払わせて下さい」

 なにマダムって。どこの村の言葉。

 

 

 花を買ったジニアは、今度は俺が良くイオリと修行をしている広場にやってくる。この人もしかして暇なのか。

 

 

「やぁ、ハンターの少年」

 ところで今日は丁度行商人のロンディーネさんが広場に来ているようだ。ロンディーネさんはジニアを見付けると、凛とした表情で片手を上げながら口を開く。

 

「今日は一人かな?」

「はい。麗しの美女がここに居ると噂で」

 なにその台詞。怖い。

 

「ハッハッ、それは一体誰の事だろうか」

 しかしそこは流石大人の女性、ロンディーネさん。ジニアのナンパを軽々しく返す態度は圧巻だ。

 

 

「あはは、お姉さんの事ですよ」

 それに対し表情も変えずにそんな言葉を漏らすジニア。お前の精神力はどうなっている。

 それがハンターに必要な物なのか。いや絶対違うだろ。

 

 

「ほほう、見所のある少年だ」

 騙されないでロンディーネさん。そいつ誰にでもそういう事言うから。そいつの良い所マジで顔だけだから。

 

 

「よし、今日は気分が良い。特別にサービスしよう」

「ありがとうございます。それじゃ、このエメラルドリアンを一つください」

「流石にお目が高いな少年。これは新大陸産で、今ある商品じゃ一番の品だ」

 そう言いながら、ロンディーネさんはその一番の品をジニアに手渡した。するとジニアは彼女に背中を向けて「次はデートのお誘いに来ます」と片手を上げる。

 

 

「……ジニアさんって、普段こんなばかりしてるんですか」

「……これ時間の無駄かもしれない。アイツ何、普段ハンターとして修行とかしてないの?」

 昼からずっとジニアの事を観察しているが、ここまでに彼がしている事といえば散歩だ。

 

 暇なのあの人。

 

 

「ツバキさんどうします?」

「いや、ここまで来たら最後までやるぞ。正直アイツがモテる理由なんてどうでも良いわ。てか何でアイツがモテてるのか余計分からん。アレがハンターとして正しいとも思えないが……ただ───」

「ただ?」

「───ただ、あまりにも存在が良く分からなくなってきて謎の存在を見てるみたいで楽しくなってきた」

「いや普通にキモいだけの人では?」

 イオリが辛辣過ぎる。

 

 

 とはいえそろそろ日も沈むし、ジニアだってもう少ししたら家に帰る筈だ。それまでは、せっかくなのでストーキングを続けてみよう。

 

 

 

「……どこに向かってるんでしょう。この先って、確か」

 もう少しだけ。

 そう思ってジニアに着いて行くと、今度は何故か人気のいない場所へと彼は歩いて行っていた。

 アイツは人に会ってチヤホヤされるのが生き甲斐の承認欲求の塊かと思っていたのだが───

 

「───墓地だな」

 ───それだけでもないらしい。

 

 

「お墓参り、ですかね?」

「……アイツの家族はピンピンしてるからご先祖様か? アイツの知り合いを網羅してる訳じゃないけど。そもそも墓参りなんて人間じゃないと思ってた。アイツ死人に興味なさそうな顔してない?」

「ジニアさんの事なんだと思ってるんですか。言い過ぎですよ」

 お前もキモいとか言ってたからね。

 

「……待って下さい、ツバキさん。あのお墓って」

「……なんで」

 ふと、ジニアがとある墓石の前で立ち止まる。

 

 

 ユクモの里では仏様になった遺体は燃やされて、骨だけを墓石に埋葬するのが慣わしだ。

 そしてジニアが立ち止まったその墓───

 

 

「……兄さんの墓」

 ───その墓は、俺の兄や先祖の眠る墓である。

 

 

「……ツツジさん。僕は、まだ生きてます」

 その墓に昼過ぎに買った花やロンディーネさんに貰ったエメラルドリアンという果物を備えて座り込むジニア。

 

 彼は何故か俺の家の墓参りをしていた。

 

 

「皆、生きてます。誰も死なせませんよ。僕が。……そして、ツー君が。だから、貴方は皆を守ってください。……僕を、守って下さい」

 そう言ってジニアが頭を上げると、ふと別の影が俺の家の墓に近付いてくる。

 なんで俺の家の墓参りに親族以外の人が来るんだ。しかも───

 

 

 

「……ミノトさん?」

「こんばんは、ジニアさん」

 ───集会所の受付をしているミノトさんじゃないか。

 

 

 

「なんでミノトさんがここに?」

「僕に聞かれても。でも、どうやらミノトさんもツバキさんのお家のお墓に用があるようですよ」

 イオリの言う通り。ミノトさんはジニアの傍から、俺の家の墓に頭を下げる。

 

 中に私はいませんよ。眠ってなんかいませんよ。

 

 

 いや、彼女が誰の為に墓に来たのかは何となく察しがついていた。

 

 

 ──ツツジさん? ──

 ──その人はもう居ませんよ──

 集会所で彼女と会った時の会話を思い出す。

 

 

 ヒノエさんは多分俺の兄の事を知っている筈だ。どういうなかだったのかは知らないが、知り合いの墓ならなにもおかしい事じゃない。

 

 

 

「時の流れは早い物ですね。……彼が逝ってしまって、もう二年が経ちます」

「僕の感覚ではまだ二年です、師匠」

 今あの人ミノトの事師匠とか呼ばなかったか? 

 

 

「……そうですか。ツツジさんが亡くなり、あなたがわたくしに狩人の基礎を教えて下さいと頼みに来た時が、わたくしには昨日の事にも思えます」

「僕は臆病者で怖がりだから、ウツシ教官や他のハンターが怖かったんですよ。だから、ミノトさんにお願いをしたんです。……ツツジさんが亡くなって、ツー君が塞ぎ込んでしまったのに、僕はそれでもハンターになるのが怖かったから」

 ジニアのハンターの師匠は、まさかのミノトさんだったらしい。そもそもミノトさんはハンターなのかどうかという話になるが。

 

 アイツが───ジニアがどうしてハンターになったのか、言われてみれば俺はそんな事も知らなかった。

 

 

 俺が畑仕事をしている間に、ジニアはジニアで修行をしていたのだろう。

 逃げて塞ぎ込んでしまった俺を置いて、ハンターになる為に。

 

 

 でも、なんでアイツはハンターになったのか。

 ジニアは昔、カエデよりも泣き虫で俺の背中に付いて回るだけのチビだった。それが、今はモテモテのハンターである。

 

 

「それでも、貴方はハンターになりました」

「約束だったから。大切な幼馴染達との」

「しかし、ツバキさんは───」

「僕はツー君を信じてるから。それに、僕にはツー君の気持ちが分かるんだ。……怖くて当たり前なんだよ。大切な人でもなんでも、目の前で誰かが死ぬのなんて怖い。自分が死ぬより怖い」

 だから、俺はハンターになるのを諦めた。

 

 ジニアの言った通り、怖いから。

 

 

「でも、ツー君は約束を守るよ。そしてその時、きっとツー君は自分が死ぬ事より誰かが死ぬ事の方が怖いと感じると思うんだ。……ツー君は、自分の命を投げ出してでも誰かを助けてしまう人なんだ」

「……ツツジさんのように?」

「だから、僕はツー君を守れるようにランスを貴方から学んだんですよ。誰かを守るツー君を守れるようにね」

「……そんな貴方は、命を賭けてモンスターと戦うのがもう怖くないのですか?」

「怖いですよ。……だからこうして、僕は毎日好きなように生きてるんです。いつ死ぬか分からない仕事ですから。……そんな訳で、今夜一緒にどうですか?」

「……遠慮しておきます」

 静かに頭を下げたミノトさんは、ふと空を見上げての「ツツジさんは、立派な方でした」と漏らす。

 

 その言葉は、感情の表現がお姉さんと違って薄い彼女にしては───寂しそうに聞こえたのだった。

 

 

「……ツー君も、立派なハンターになるよ」

 そして、ジニアはそう言って墓を後にする。

 

 

 ジニアがハンターになった理由。

 カエデもそうだったけど、俺は本当に最低な人間だ。幼馴染み二人を、ずっと待たせてるんだから。

 

 

 

「……おい、イオリ」

「良いですよ」

「まだ何も言ってないけど!?」

「広場でハンターの修行でしょう。あんな事言われたら、今日このまま帰るようなツバキさんじゃないですから」

「付き合ってくれる?」

「勿論」

「愛してる」

「キモいですよ」

「辛辣ぅ」

 ちょっとだけ、ちょっとだけだけど、ジニアの為にも早くハンターになろう。

 

 

「……ありがとな、ジニア」

 俺はそう思うのだった。



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兄さんの事を思い出した

 実は俺は兄の墓参りに行った事がない。

 

 

「悪いな、カエデ。付き合ってもらって」

「ううん。大丈夫よ。今日は暇だったし」

 正確には、今日初めて兄の墓参りに来た───というのが正しいだろうか。

 

「ハンターってもしかして暇なの?」

「ツバキだってハンターじゃない。あー、でも、ツバキはハンターのお仕事の他にも色々やる事が多いわね」

 兄が死んでから俺は、人の死という物から逃げてきた。怖かったのだろう。

 

 今だって怖い。

 

 

「よーし、こんなもんか」

「綺麗になったわね」

「ウチの親はガサツだからな。ご先祖様や兄さんもさぞ汚い墓にお怒りだったろうよ」

 遺骨を埋めた墓石を綺麗にして、ジニアがやっていたように花や果物を置いた。

 

 何処かの誰かの教えによれば、仏さんになった人達は別の世界で俺達を見守ってくれているとかなんとか。

 正直良く分からん。

 

 

 だから、これは俺にとってケジメである。

 

 

「ちょっとさ、集会所行きたいんだけど」

「私は良いけど。クエスト?」

「いや、ミノトさんに会いたい───何その顔」

「……何でもないわよ」

「えー。いや、話を聞きたいんだよ」

 俺がそう言うと、カエデは「話って?」と首を傾げた。

 

 

「兄さんの話」

 今日は少し、兄の事について話そう。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 俺には二つ歳上の兄がいた。

 

 

「兄さん、ハンターになったのか」

「そうだ。お前より一足先にな」

「狡い。俺も早く兄さんみたいにハンターになりたい」

 兄は優秀な人間だったと思う。

 

 俺よりも背が高くて、頭も良かった。

 人望もあったし、ただかけっこが早い俺なんかよりもずっと努力をしてきた人間である。

 

 ただ、俺と変わらないのは───子供の憧れとしてハンターの道を進んでいた事だ。

 

 

「まだツバキには早いな。ほらこれ見ろ、今日倒したモンスターの素材だ。これをあげるから、しっかりウツシ教官と修行しろよ」

「あの槍で倒したの?」

「これは操虫棍だ。それで、これは俺の相棒」

 そう言って、兄は猟虫と呼ばれる虫を俺に見せてきた。

 

 俺は当時───それどころかここ最近まで操虫棍と呼ばれる武器が猟虫と共に戦う武器だという事を知らなかったのである。

 相棒だと虫を紹介されて、俺は兄の気が狂ったのかと思った。

 

 

「アイルーじゃないの?」

「オトモはまだかな。でもほら、俺の相棒も頼りになるんだぞ」

「このムシケラが?」

 キモい───とは思わない。

 

 俺はまだその頃、別に虫が嫌いではなかったから。

 

 

 

「父さん、兄さん今日は帰ってこないの?」

「ん? あー、そういえば今日は遅いな」

 ある日。

 兄さんがハンターになってから半年経った頃の事。

 

 クエストに出掛けた兄が、夜になっても帰ってこない。

 ハンターの仕事は危険な仕事である。どんな事だってありえるが、俺達家族は兄を心配していなかった。

 

 

 兄に限って、そんな事がある訳がない。

 

 

 俺達はそうやって、ハンターの仕事を軽く見ていたのである。

 

 

 

 翌日。

 里の広場は大騒ぎになっていた。

 

 イズチ討伐に向かったツツジが帰ってこない。

 大社跡で何かがあったに違いない。

 狩場を封鎖して対策を。

 

 直ぐに話は里中に広がる。

 里から狩場───大社跡へと続く道は封鎖されて、ハンターも向かう事が出来なくなった。

 

 

 兄は小型モンスターの討伐に向かっただけの筈である。

 なのにどうしてこんな事になるんだ。

 

 

「ツバキ! お兄さんが!」

「……ツー君、大丈夫なの?」

 幼馴染み二人が家に来て、不安そうな顔をしている。

 

 兄は二人にとっても憧れ───いや、俺達の憧れだった。

 皆でハンターになる。その目標だったのだから。

 

 

「しょうがない。俺が助けにいってやるか」

 そして俺は、その頃まだ何も知らなくて───

 

 

「───ならぬ」

「どうしてだよ里長!」

 兄を助けに行くと言ったら、里長やゴコクのじっちゃんに止められた。

 

 

 その時二人が何故俺を止めたのか、当初言われた言葉を俺は理解出来なかったけど───今なら分かる。

 

 曰く───小型モンスター数匹が相手程度なら、もし危険な状態になってもギルドが契約している野良のアイルー達が助けてくれる事が殆どらしい。

 もしそうでないなら、手に負えない数の小型モンスターか───または大型モンスターが狩場に現れたという事だ。

 

 そうなれば、しっかりと準備をしたハンターにクエストを依頼するのが普通である。勿論、狩場に初心者ハンターや一般人───ましてや子供が向かう事なんて許される訳がない。

 

 

 ───でも、そんな事は俺には分からなかった。

 

 

「兄さんがその辺のモンスターに負ける訳ないだろ」

 夜。

 俺は親や里の人達の目を盗んで狩場へと向かう。

 

 かけっこは得意だ。かくれんぼも得意だ。

 兄程ではないが、俺だって出来る。里を抜け出すのは、難しい事じゃなかった。

 

 

「……流石に見付からないな。てかここどこだよ」

 ただ、俺は今も昔もハンターじゃない。

 里を投げ出して狩場に来ても、出来る事はモンスターの餌になる事だけだろう。でも当時の俺は、そんな事も理解出来ていなかったんだ。

 

 

「……虫?」

 ふと、目の前に薄く月のように光る虫が現れる。

 

 虫はその綺麗な見た目とは裏腹に、激しく俺の前で暴れるように飛んでいた。まるで、何かを伝えたいかのように。

 

 

「なんだ───」

 音がする。

 

 何かを踏んだ音。俺ではない。

 太めの枝を踏んで、それが潰れたような音だった。

 

 

 背後から聞こえたその音にビックリして、俺はゆっくりと振り向く。

 

 

「───ひっ!?」

 化け物(モンスター)が居た。

 

 俺よりも兄さんよりも、大人達よりも大きな巨体。

 片腕だけで俺よりも大きいソレは、硬い甲殻に覆われたその両腕を振り上げる。

 

 

「やばいでしょ!!」

 反射的に俺は地面を転がって、そのモンスターの攻撃を避けた。

 

 青色。

 今思えば、そのモンスターこそ俺とカエデが再開した日に倒そうと思っていたモンスターだったに違いない。

 

 

「なんだこのデカいの!?」

 アオアシラ。

 それが、そのモンスターの名前である。

 

 

「兄さん! 兄さんどこだよ! おい!」

 必死に逃げながら、俺は兄を探した。走っていると、目の前にまたさっきの虫が現れる。

 

 

「なんだよお前は……!」

 ふと、虫が横に逸れた。

 

 反射的に虫を目で追うと、不自然な光景が視界に入る。

 

 

「虫……?」

 沢山の虫が、一箇所に集まっていた。

 別に虫が嫌いじゃなかった俺からしても、その光景には嫌悪感を感じてしまう。

 

 ただ、モンスターも知らない内にいなくなっていて。俺は群がる虫達が気になって足を前に進めた。

 一匹の虫が、やっぱり俺を導くように目の前で飛んでいる。

 

 

「───なんだよコレ」

 だけど、俺の視界に映ったのは無惨にも肉片になった兄の姿だった。

 

 一瞬見ただけでは、ソレが何かすら分からない。

 血と肉の塊。兄が持っていた槍のような武器───操虫棍と、相棒と言っていた虫が視界に入る。そうして、やっとその肉片が兄だという事が分かったのだ。

 

 

 

「───っぅ、ぁ……あぁ……、う、ぅうぁぁあああ!?」

 それからの事はよく覚えていない。

 

 兄に群がる虫を追い払おうとして、肉塊になった兄の姿にどうしようもない気持ちが抑えられなくて。

 俺は確かその場から逃げたんだっけ。

 

 

 翌日、モンスターは里のハンターによって討伐されて兄の死体が里に帰ってくる。

 それは死体と呼べるような物でもなかった。肉と骨が付いている何かと言った方が分かりやすいか。

 

 

 

 アオアシラという大型モンスターは、熟練のハンターからすれば危険なモンスターではない。

 ハンターになって二年のカエデすら、一人でアオアシラを討伐したというのだからそれは間違いではないだろう。

 

 しかし、兄は死んだ。

 危険なモンスターではない───そんな訳がない。あんな巨大な生き物に、人間が勝てる訳がない。どれだけ凄い狩人でも、あの大きな腕に潰されたり、鋭い牙で噛みつかれれば簡単に死ぬ。

 

 

 俺は怖くなった。

 

 兄の死体に虫が群がる光景を何度も夢に見て、虫が嫌いになった。

 

 いつしかハンターになる夢を諦めて、約束も破って、気が付いたらジニアもカエデもハンターになったいた。

 

 俺は何をしてるんだろう。

 

 

 

「───こんにちは、ミノトさん」

「……ツバキさんにカエデさん。クエストですか?」

 集会所。

 俺が話し掛けると、ミノトさんは書類仕事に打ち込んでいた手を止めて視線をあげながらそう言った。

 

 ここ最近で、俺もやっとミノトさんとヒノエさんの区別が出来るようになってきたと思う。俺が薄情という訳ではなく、双子というのはそういう物なのだ。

 

 

 本当に似てるな、二人は。

 

 

「あ、いえ。今日はミノトさんに話を聞きたくて。……それと、ヒノエさん伝えで申し訳ないんだけど、この間はすみません」

 俺はカエデと再開した時、集会所でミノトさんに取った行動を謝る。

 

 俺と兄はどちらかというと似てないと思うが、それでも兄弟というのは双子でなくても似ている所があったりする物だ。

 ミノトさんも俺の事を兄さんと間違えたのだから、俺がヒノエさんと彼女を間違えるのも許して貰いたい。

 

 

 それはそれとして、俺の兄を知っている人に「その人はもう居ませんよ」なんて言葉は流石に苦だろう。

 

 

 

「……いえ。気にしておりません。それより、わたくしに聞きたい事というのは?」

「兄の事を聞きたくて」

「ツツジさんの」

 俺の言葉を聞いて、ミノトさんは少しだけ目を見開いてから片手を近くの椅子に向けた。立ち話もなんだからという事だろう。

 

「ありがとうございます」

「……ツツジさんの話を聞きたいとは言いますが、自分のお兄さんの事は弟である貴方の方が私より分かっているのではありませんか?」

「それもそうよね。どうしてミノトさんなの? ツバキ」

 ミノトさんの言う通りだと、俺の行動に疑問を示すカエデ。そんな二人に向けて、俺はこう口を開いた。

 

 

「俺はあの日から全部怖くなって、兄さんの事から逃げて来たんだ。墓参りだって、今日初めて行った。……兄さんがどうして死んだのだとか、何も知らないんだよ」

 俺がそう言うと、カエデは俯いてミノトさんは一度目を瞑る。

 

「……ハンターになって、その話を聞く覚悟が出来たという事ですね」

「そんな所ですかね」

 まだハンターにはなってないけどね。

 

 

「分かりました。お話します」

 ミノトさんはそう言って、少し遠い所に視線を向けた。彼女は再びその視線を下げながら目を瞑ると、思い出すように口を開く。

 

 

「……ツツジさんは将来有望なハンターでした。あの若さ……今のツバキさん達と同じ歳の片方から見ても成長の早いハンターだったのです」

「優秀だった、のか。いや……でもそれを言ったら兄さんと同い年のカエデはアオアシラだって倒してるんだぜ?」

「ツバキはイャンクック……だっけ? 飛竜も倒してるのよね」

 そんな事言いましたねそういえば。ちなみにイャンクックは飛竜じゃない。

 

 

「平均からしたら、という話です。実はカエデさんとジニアさんは、わたくしがこれまで見て来たハンターと比べても劣らない程優秀なのですよ。……そして、ツツジさんも生きていれば貴方達と肩を並べられる程に優秀なハンターでした」

「そうだったのか……」

 むしろ、カエデ達が凄いと言われているのにも驚いた。やはり俺は相当置いていかれているらしい。

 

 

「……ですが、この自然というのは残酷です。人には予測も出来ないような災害が起きる事もあります。わたくし達でも、それを止める事は出来ない」

 不慮の事故だったと、ミノトさんはそう言う。

 

「───あの日、ギルドの調査ではアオアシラは大社跡に居ない筈でした」

「それを知らなかった兄さんは、アオアシラに見付かって殺されたと」

「……全て、わたくし達の責任です」

 そう言って、ミノトさんは視線を下げた。

 

 

 確かにギルドはハンターの安全を保証───とまで言わなくても、想定外の事が起きないように最善を尽くしている。

 その例外で兄が死んだというのだから、兄が死んだのはギルドのせいという理屈は分かった。ミノトさんが俺に後ろめたさを覚える気持ちも、分からなくはない。

 

 

「……でも、ハンターってのはそういう物ですよ。命を賭けるって、そういうものですよ。そうでしょ?」

「……そうですね」

 だから俺は、兄の事でギルドを恨むつもりはない。

 

 俺が知りたいのはただ一つ。

 

 

 

「兄さんってさ、モテた?」

 ツツジ兄さんがモテたかどうかだ。

 

「はい?」

「え、今それを聞くの!? なんで!?」

「今これ聞かないで何聞くんだよ! 自分の兄さんがモテてたかどうか知りたいだろ普通!」

「待って! 普通そこじゃないわよ! 絶対そこじゃないわよ!!」

 素人は黙っとれ。コレは俺にとって重要な話である。

 

「ハンターはモテる。……俺はそう聞いたんだ」

「誰に!? 誰にそんな事書いたのよ!?」

「……そうですね」

「ミノトさん!?」

 ミノトさんの予想外の反応に、カエデは目玉を落としそうになった。というか、俺も驚いている。

 

 

「ツツジさんは、モテたと思います。……本当に、優秀な方でしたから」

「……ありがとうございます。ミノトさん、今度うさ団子でも奢らせてください」

「……遠慮致します」

 一瞬でフラれた。

 

 

 ただ、聞きたい事は聞けたので良しとしよう。俺はカエデを連れて、集会所を後にした。

 

 

「……ねぇ、結局なんだったのよ」

「兄さんがちゃんとハンターだったって事を、知りたかったんだよ」

 帰りの道中、納得のいってなさそうなカエデに俺はそう答える。

 

「ちゃんとハンターだった?」

「兄さんは確かに()()の憧れだったかもしれないけど、()は正直兄さんの事を見てなかったんだよ。先にハンターになったって言っても、直ぐに俺が追い付いて、追い越してやるって思ってた。……兄さんが立派なハンターだって事を、気にしてなかった」

 俺は、俺の自尊心で周りの人間全員が俺を頼りにしてくれていると思っていた。

 兄さんも、俺を頼りにしていると勝手に思っていたのである。

 

 

「俺があの時、もっと早く兄さんを助けにいけば───なんて思った事もあったけどさ。あの時の俺に何が出来たよ。()の憧れのハンターだった兄さんに出来なかった事が、あの時の俺に出来る訳ないだろ。……だから、少し安心した」

「……そっか」

 ゆっくり歩いた。

 

 もう一つだけ、聞いておこう。

 

 

「……カエデが操虫棍を選んだのは、やっぱり兄さんの影響なのか?」

「あー、それは───」

 カエデは視線を逸らして頭を掻いた。彼女が歩くのをやめたので、俺も立ち止まる。

 

 

「───実は、関係ない」

「そうなのか?」

「里を出て、私に狩りを教えてくれた人が操虫棍を使ってただけなのよ。……正直、ツツジさんの使ってた武器の事は忘れてたわ」

「なんだそれ。……兄さんさ───」

 なんでもない会話。

 

 正直、あの日から俺はこんな日が来るなんて思っていなかった。

 

 

 

 俺は、兄さんが死んだのは自分のせいだって思っていたのだから。

 

 

 

「───兄さんさ、俺よりモテてないじゃん」

「あはは、そうかもね」

 だから、こうやって今は前に歩ける。歩いていくんだ。



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俺は虫が嫌いだ

 地を這う。

 血と肉の匂いがした。

 

 

 群がる何か。

 俺も、その中に向かって行く。

 

 虫が居た。

 

 

「なんだ、コイツら」

 群がる虫。

 近付きたくないと思いつつも、身体は勝手に進んでいく。

 

 両手で虫達を掻き分けて───

 

 

「───っぅ、ぁ……あぁ……、う、ぅうぁぁあああ!?」

 そこには血と肉だけがあった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

「───っぅ、ぁ……あぁ……、う、ぅうぁぁあああ!? ど、え、お……ゆ、夢か」

 飛び起きる。

 

 

 太陽が眩しい。

 どうやら、何も予定がないからと昼まで寝ていたようだ。今の夢はそんな怠惰な俺への罰ってところか。

 

 

「おはよう、ツー君」

「ぎゃぁぁあああ!!」

 そして隣には半裸の幼馴染が居る。コレも罰か。

 

「そんなに驚いてどうしたの?」

「逆に聞くけど朝起きたら野郎が隣に半裸で居たら驚かない?」

「興奮する」

「待って。今なんて?」

「冗談だよ。ツー君の反応が面白いからやってるだけ」

 なんて悪趣味な奴。

 

 

「……それより、うなされてた気がするけど。どうかしたのかい?」

「ん? あー、いや。なんか嫌な夢を見た気がするけど。……お前のせいで忘れた」

「なるほど。なら、僕の美しい肉体を見て癒されてくれ」

 そう言いながら布団を出てマッスルポーズを取るジニア。昔はヒョロヒョロなチビだったのに、今や俺より何もかもがデカい。

 

「気持ち悪い。悪夢に出てきそう」

「酷い。泣くよ?」

「泣け」

「うわぁぁぁぁぁああああああん!!!! びえぇぇぇぇぇぇええええええん!!!!」

「やかましいわ!!」

 なんというか、頼もしくなっちまって。

 

 

「で、今日は何」

 コイツの意味不明な行動は置いておいて、態々家に上がり込んできたのだから、俺はジニアも何か用事があるのだろうと踏んだ。

 

 しかし帰ってきた答えはというと───

 

 

「暇だったから遊びに来たよ」

 ───これである。

 

「先日お前を見直した俺の気持ちを返して」

「え、何々? 僕褒められた?」

「目を輝かせるな気色悪い」

「ほら、最近三人で会えてなかったじゃないか。せっかくカエデが帰ってきたのにさ」

 俺が呆れていると、ジニアは両手を上げながらそう言った。この言い分だと、つまり───

 

 

「遊びに来たわよー!」

 ───カエデも今日は休みか。

 

 

「三人でこうして揃うのって久しぶりね」

「いらっしゃい。ゆっくりしていきなさい」

 もはや不法侵入の二人にお茶を出す父親。この家に住むの不安になってきたよ。

 

「最近忙しかったからね」

「らしいな。二人共頑張ってるようで」

 お茶を飲みながらそう言うと、カエデが「そうね。でもツバキもおじいちゃんからの秘密の任務でしょ?」と口を開いて俺はお茶を吹き出しそうになる。

 

 そんな物はない。ある意味秘密だけど。

 

 

「お、おう。それなりには」

「流石ツバキね。私達なんてまだまだ」

 全然俺の方がまだまだですよ、はい。あとお父さん、笑いを堪えてないでとっとと部屋から出て行ってくれ。

 

 この里では確かに俺はハンターという事にはなっていた。

 ここ最近からずっとこの嘘は守られていて、今も俺が本当はハンターじゃない事を知っている人は少ない。

 

 

 両親は俺がまたハンターを目指しているのが嬉しいようである。

 息子を一人失っているが、子供にはなりたいものになって欲しいのだとか。親心というのは複雑だ。

 

 

「で、俺は暇人だと思われてる訳か」

「そ、そういう訳じゃないわ! ただ、ジニアが今日はツバキが暇そうだっていうから」

「ジニア」

「あはは、でも実際()でしょ?」

 暇だけどね、あなたね。

 

 

「はぁ。まぁ、今日は良いけどな」

 畑も放置で良いし、特にイオリに修行の約束をしている訳でもない。

 こんな時期である。偶に集まれる時くらい、幼馴染達と集まるのも悪くはないか。

 

 

「───とはいえ、俺の家に娯楽はないぞ」

「それじゃ、広場に遊びに行きたいわ。ほら、アイルー!」

「うん。ネコをモフモフするのも悪くはないね」

「あのアイルー達はオトモとして雇ってくれる人を探してるだけだからね。モフモフされる為にあそこにいる訳じゃないからね」

「それじゃ、出発!」

「聞いてないし」

 両親はゆっくりしていけと言っていたが、我が家には何もない。

 適当にぶらついて、茶屋で飯でも食べてくるのが正解だと。両親には悪いが出て行かせてもらおう。

 

 

 

 ───そんな訳で、俺達は広場にやってきた。

 

「───地獄絵図か」

 ───しかし、そこは広場ではなく地獄である。

 

「ま、待って!」

「待つニャー!」

 広場を飛び回る何か。ソレを必死に追い掛けるイオリとオトモ達。

 

 ソレは青白い光を漏らしながら、広場中に散っていた。

 

 その数を数えるのも億劫になりそうな数の、広場に群がる大量の()

 これがこの地獄絵図の注釈である。

 

 

「わぁ、翔蟲がいっぱい」

「キモッ」

 広場で群がるように翔ぶ虫の正体は、カムラの里のハンター達がこぞって力を借りていると言われている翔蟲という虫だった。

 カムラの里のハンターは丈夫な糸を出す事が出来るこの虫の糸を使って、文字通り空を翔たり糸を使った技を使ったりする。

 

 そんな翔蟲だが、虫なので普通にキモい。俺は虫が嫌いだ。

 

 

「可愛いわよ!」

「え、何処が? この大群の何処に可愛い要素がある?」

 百歩譲って単体で見たら可愛いと言う人も居るかもしれない。

 しかし、俺が虫を嫌いな事を置いておいてもこの大群を見て可愛いなんて感情は出て来ないよ。良くても戦慄だよ。

 

「これは大惨事だね。イオリ」

 流石のジニアも目を細めながら、広場を走り回っていたイオリに声を掛ける。

 イオリは目の前から逃げていく翔虫に珍しく溜息を吐きながら、俺達を見付けるや一瞬目を輝かせた。

 

 嫌な予感がする。帰りたい。

 

 

「ジニアさん、ツバキさん、カエデさん。こんにちは。今ちょっと見ての通りで」

「いや分かるよ、大惨事だ。俺達が気になってるのは、なんでこんな事になってんのかって事ね? うわ、キモ」

 目の前を通り過ぎる翔蟲達。こうも群がられると嫌でもあの光景を思い出した。

 

 

「実は、僕も良く分からないんですよ。今朝ここに来た時はこうなっていて」

「は? 朝からこれなのか」

 どうしよう鳥肌立ってきたよ。俺が鳥でも虫は絶対食わんけど。

 

「どこから集まってきたのか……。このままにする訳にも行かないし、とりあえず捕まえようと思って」

「手伝うわよ」

「マジ?」

「イオリが困ってるんだから、()()()あげなきゃ」

 その言葉に俺は弱い。

 

「……分かった」

「ありがとう、三人共。お昼はご馳走しますよ」

「歳下にご馳走されてたまるか。イオリにはいつも世話になってるからな」

 俺がそう言うと、カエデが「いつも世話に?」と首を傾げる。

 俺は「良いからやるぞ」と誤魔化して、大量の虫の群れに視線を送った。

 

 

「キモ……」

 普通にトラウマとか関係なく、コレ生理的に無理だろ。

 

「別に倒してしまっても構わんのだろう?」

「ダメに決まってるじゃない」

「デスヨネー」

 となると、自力で広場に群がる翔蟲を集めないといけない訳だ。

 本当に今日中に終わるのかと思っていたのだが、俺はここでカエデの実力を目の当たりにする事になる。

 

 

 

「───何それキモ!!」

「わーい、皆集まってー」

 カエデの周りに群がる翔蟲達。

 群がるというか、殆どカエデが覆い尽くされていた。いや、コレはトラウマがなくても新しいトラウマになる。

 

「ちょちょちょちょちょ、カエデ……大丈夫? 食べられてない?」

「───」

「虫の羽音のせいで何言ってるか分からないよ!?」

「大丈夫!!」

「どこが大丈夫なの……」

 戦慄だよ。

 

 

 俺が二、三匹必死に翔蟲を捕まえていた横で翔蟲の女王になっていたカエデ。

 ジニアですら十匹捕まえただけの時間で、カエデが捕まえた(?)翔虫の数は言葉通り数えられなかった。

 

「カエデは虫に好かれる体質なようだね」

「何その嬉しくない体質」

「そんな事ないわよ、おかげで狩りの役に立ってくれる虫達と仲良く出来るんだもの」

 カエデの謎の力を垣間見る。エンエンクといいお前はそういう星の元に産まれたんだな。

 

 ちょっとカエデに近付きたくなくなった。

 

 

「───とりあえず、これで全部だね」

 巨大な籠をいくつも用意して、翔蟲をその中に入れておく。イオリ曰く、里長に相談したら里の方でなんとかしてくれるのだそうだ。

 

 しかし、どうしてこんな事になったのか。

 

 

 

「やあ、少年少女達。精が出るね」

 広場で疲れ果てて倒れている俺達四人の前に、丁度やってきたロンディーネさんが声を掛けてくれる。

 いつも通り凛とした表情の彼女は、その雰囲気を壊さないまま笑い「船の上から見ていたよ」と笑顔を見せてくれた。

 

 どうやら俺達が虫に遊ばれていたのを見られていたらしい。

 

 

「……見てたなら助けて下さいよ」

「航海中だったものでね。それより、興味深い現象が起きていたようだが……何かあったのかな?」

 言葉通り興味深そうに訪ねてくるロンディーネさんだが、生憎俺達にも原因は分からないままである。

 

 

「……なるほど。自然とそうなっていた、か」

 顎に手を置いてそう言葉を漏らすロンディーネさん。彼女は少しの間考えてから「しかし」と言葉を続けた。

 

「───しかし、物事には必ず理由がある。この現象に意味がないのなら、それこそが異常な事だ」

「それは確かに」

 彼女の言い分は最もである。しかし、俺達には翔蟲がこんな場所に集まる理由を想像する事も出来なかった。

 

 

「何か、ヒントはないですか?」

「ヒントか。……うむ、ヒントになるかは分からないが。生き物が同時に行動するという事は、それらの生き物が生息している地域に何かがあったと考えるのが正しい考え方だ」

 カエデの言葉に、ロンディーネさんはそう答えてくれる。

 

 翔蟲が生息している地域───そもそもこの辺りに、何かがあった。

 

 

 数日前の里長の話といい、この件はうさ団子と違ってただの珍騒動という訳ではなさそうである。

 

 

「ありがとうございます、ロンディーネさん」

「いいや。役に立てたなら嬉しいよ。また声を掛けても良いかな?」

「勿論」

「今度は僕とお茶でも───」

「機会があれば、喜んで」

 ジニアに大人の対応が出来る女性、やっぱり格好良いね。

 

 

 さて騒動もひと段落した訳だが、せっかくの貴重な集まりだ。もう少し遊んでおきたい所である。

 翔蟲集めがあそびだったのかどうかはともかくとして。

 

 

「何する?」

 買ってきたうさ団子を頬張りながら、俺は広場で言葉を溢した。カエデは団子を口に入れたまま「ふぐー」とだらしない言葉を漏らす。

 

「ちゃんと食べてから喋りなさい」

「ごめんなさいお母さん」

「誰がお母さんじゃ」

「アレ、見て」

 うさ団子の二股の串を広場の端に向けるカエデ。その先には、先程撮り逃したのか翔蟲が一匹迷子になっていた。

 

 一匹だけなら可愛い物である。いや、さっきの地獄絵図のせいで錯覚してるな。

 

 

「取り逃がしていたようだね」

「僕、捕まえてきますよ」

「良いよイオリ。カエデがやるから」

「なんで私なのよ」

「良いからいきなさい」

「分かったわよお母さん」

「だから誰がお母さんじゃ」

 俺に言われた通りに歩いていくカエデ。すると、翔蟲は導かれるようにカエデの元まで飛んで来た。

 

 アイツ変な匂いでも出してるんじゃないの。

 

 

「これが適材適所という奴だ。分かったかイオリ」

「分かったよ、ツバキさん」

「そこはお父さんじゃろがい」

 なんてふざけていると、カエデが翔蟲を連れて帰ってくる。

 

「連れてきたわよ」

 こっち向けるな。

 

「ウチでは飼えません」

「そんな事言わないでよお母さん」

「もうこのネタ良いわ」

「突然冷たい!?」

「で、どうする。焼いて畑の肥料にする?」

「しないわよ!」

 翔蟲を庇うようにしてそう言うカエデ。とはいえ広場に放っても迷惑だし、また里長に押し付けに戻るのも面倒だ。

 

 

「そうだ! 今日はこの子で修行しない? イオリはツバキにハンターの修行をさせて貰ってるのよね」

「え? あ、え、えっと、はい!」

 ごめんイオリ。本当にごめん。

 

「だとしたら、イオリは翔蟲の使い方が全然なんじゃないかしら。ツバキは凄いハンターだけど、虫が嫌いで翔蟲の使い方は教えてもらってないんじゃない?」

「……あ、えーと。はい。そうですね」

 いや、イオリ君は多分俺より翔蟲使うの上手いからね。そもそも俺はイオリに何も教えてないからね。

 

「……ほんとごめん」

「ツバキさん、カエデさんの前だよ」

 そりゃそうだけども。

 

 

「どうかしたの?」

「いや、なんでもない。俺の弟子にケチを付けようってか」

「翔蟲が使えるのと使えないのでは、狩りの有利不利が全然違うのよ」

 それは、オサイズチとの狩りを見て重々承知している訳だが。

 

 

「せっかくだからツバキも教えてもらったらどうだい? 翔蟲の事に関しては、ツバキよりもカエデの方が詳しいよ」

 翔蟲以外も殆どそうだけどね。それを分かっていて言っているジニアが憎い。

 

 しかし、他にやりたい事がある訳でもなく。

 俺は渋々カエデから翔蟲の事について教えて貰う事にした。

 そういえば、これまで色んな人に色んな事を教えて貰っていたがカエデに何かを教わるのは初めてかもしれない。

 

 

 翔蟲そのものが生理的に無理だが、もしかしたら何処かで役に立つかもしれないと思うと───カエデの説明を聞く態度は自然と前のめりになる。

 

「───こうすると、翔蟲は糸を出しながら飛び出してくれるから」

「不思議な虫だな、翔蟲は」

「可愛いわよねぇ」

「いや、キモい」

「ちょっと!」

「でも、役に立つ事は分かった」

 曰く。

 このいとはそんじょそこらの事で切れたりはしない。場合によっては、ジニアがやっていたようにモンスターの擬似的な拘束まで可能な代物だ。

 

 

 この糸を命綱と考えるなら、これほどまでに頼もしい後もないだろう。

 

 

 

「ほら、可愛いわよ。良く見てよ」

「近付けんな気持ち悪い」

 ───まぁ、俺はその命綱を掴めない訳だが。

 

 

「里のハンターは皆仲良くしてるんだから!」

「里のハンター、ねぇ」

 兄さんもそうだったのだろうか。

 

 

 ───じゃあ、なんで兄さんは虫に群がられて食われてたんだよ。

 

 

「いや、マジで。無理」

「もー!」

 やっぱり俺は、虫が嫌いだ。



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お腹が減った

 そもそも俺はモテない訳ではない。

 

 

「おにぎりくれー、セイハク」

「ツバキさんおはよう! 具はサシミウオで良い?」

「おう。大盛りで頼む」

 日課になってきたイオリとのトレーニング。その朝と昼飯は、おにぎり屋のおにぎりで済ませる事が殆どだ。

 修練が終わった後にうさ団子やりんご飴をご褒美で食べるのが、最近の通である。

 

「あらツバキさん。おはよう。今日も訓練? ハンターになってから続けてて凄いわねぇ」

 俺がおにぎりを待っていると、セイハクの母親が話しかけてきた。

 

 

 ハンターにはなってない、というのは置いておいて。

 こうしてハンターになった事にしてもらってから、ご近所の奥様方からは偉いとか凄いとか───尊敬の言葉を頂けるようになったのである。

 

 正直心が痛い。

 

 

「ど、どうも」

「いつもウチでおにぎり買ってくれるし、今日はサービスでお昼は届けに行かせるわよ。セイハクに」

 嬉しいけど息子に行かせるんかい。

 

「……あ、あはは。悪いですよ」

「良いのよ良いのよ。ウチの子もツバキさんに憧れてるんだから」

「本当かー、セイハク」

「い、言うなよぉ!」

 可愛いガキンチョだぜ。

 

 

 そんな訳で、あまりにも良心が痛むがハンターでもないのに俺はタダ飯を頂く事になった。

 昼までイオリに武器の振り方を教えてもらい、俺はその時を待つ。しかし───

 

 

 

「お昼ご飯来ないね」

「……もしかして俺、忘れられてない? 腹減ったんだけど」

 ───ご飯は来なかった。やっぱり俺はモテない。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ハンターは自ら食事を用意しなければならない時もある。

 

 

「何してるんですか? ツバキさん」

「キノコ焼いてる……」

「本当に何してるんですか」

 肉焼きセットに火を付けて、俺は串で刺したアオキノコを火で炙っていた。

 今朝方おにぎり屋に立ち寄った時、昼になったらおにぎりを届けてもらう約束をしたのだが昼を過ぎても一向に連絡もない。

 

 お腹が減った俺は、調合の訓練で使うアオキノコを焼いて食べようとしている訳である。

 

 

「普通におにぎり屋に戻れば良いと思うんだけど」

「馬鹿野郎、お前よく考えろ。おにぎりをくれるって言われて、そのおにぎりがまだ来ないから催促しにいくのなんか嫌らしくない? 早くタダ飯くれよって言いに行くみたいなもんだよ?」

「考え過ぎでは?」

「あ、コゲた!」

 イオリと話していたら、焼いていたアオキノコが焦げてしまった。流石にこれを食べる訳にもいかないので、俺は再びキノコを探して焼こうとする。

 

「……あれ? アオキノコは?」

「さっきので最後じゃないかな。今日は調合の練習も少しやってたし」

「俺の飯は!? もうスタミナがゼロだよ!!」

「だからおにぎりを普通に取りに行けば───」

「ダメだ。俺はそんないやらしい人間になりたくない」

 考えろ。

 

 そもそもなんでおにぎりを持ってきてくれないんだ。もしかして嘘か。嘘はよくない。嘘はよくないけど俺は人にどうこう言える人間じゃない。

 嘘じゃないとすると、忘れられてるという事になる。忘れられているなら仕方がない。滅茶苦茶悲しいけど仕方がない。

 

「仕方がなくないよ。俺が腹減って死ぬわ!」

「だからおにぎりを───」

「それはいやん……」

「ツバキさんってもしかして面倒臭い?」

 ほっとけ。

 

 

「でも、僕もご飯はもう食べちゃいましたし。広場を出ないでご飯を食べるのは無理だと思いますよ」

「イオリ、これも修行だと思えば良い」

「お腹減り過ぎて頭おかしくなっちゃったんですか?」

「ハンターたるもの食事が取れなくなる事も多いだろ。狩場でお弁当を落としちゃったりするかもしれない。……そんな時どうするかを考える! これはそういう修行だ!」

「ちょっと正論だから何も言えない……」

 何事も修行だと思って行動すると、いつか何かの役に立つかもしれない。

 これも修行───というのは建前で、本音はいやらしい事をしたくないので気を紛らせる意味でもとりあえず何かしたいのだ。

 

 

「だが、もしここが狩場なら割と簡単に食料問題は解決するよな」

「狩場には食用になるモンスターも居るからね。ツバキさんは生肉を手に入れてもどうせ焦がすけど」

「そんな事ないもん」

「そんな子供みたいにいじけないで。……いつも焦がしてるじゃないですか」

 ここ最近こんがり肉を焼く練習とかも付き合ってもらっているのだが、その成果は今イオリが言った通りである。

 肉から離れよう。

 

「魚を釣って食べよう」

「確かに狩場には魚を釣れる場所もありますし、危険な狩場で魚を釣ってくるのもハンターの仕事の一つだって聞くけれど」

「けれど?」

「ツバキさんは魚も焦がすと思う」

「魚も焼かないといけないもんね……」

 緊急の場合は仕方がないが、肉も魚も焼かないと危険だ。身体を動かす為の食事で腹を壊していては本末転倒である。

 

「肉魚から離れよう。やはりここは農家の知恵を生かして山菜やキノコ、特産品を探すのが良いかもな」

「狩場でツバキさんの知識を活かすならそうするのが一番かもしれないね」

 自然溢れる狩場は野菜の宝庫だ。特産キノコに熱帯イチゴ、狩場で取れる美味しい食材は多い。

 

 

「ここには何もないですけどね」

「……それを言うなよ」

 そもそもここは狩場ではなくてただの広場である。肉魚の時点で話の論点からおかしいのだ。

 

 

「いや、ここにあるけどな。肉」

「え?」

「ほら、そこに」

 俺はそう言いながら、イオリのオトモアイルーとオトモガルクを指差す。二匹は目を丸くしてイオリの背中に隠れてしまった。

 

「美味そう」

「ダメですよ?」

「……冗談だよブラザー」

 オトモは仲間。友達。家族。

 

 家族は大切にしようね。

 

 

「じゃ、アレは?」

 目を半開きにして俺をみるイオリに、今度は木の上に居るフクズクを指差してそう言う。トリ、ウマソウ。

 

「ダメですよ!?」

 当たり前だ。

 

 

「ツバキさんお腹減り過ぎて適当な事言ってませんか……」

「正直我慢の限界だね。スタミナもなければ考える力もない。……食事の大切さを知ったわ」

 食事を取らねば身体を動かす為のスタミナが消えていく。当たり前の事だが、狩場で考えるとこれは恐ろしい事だ。

 

 身体が動かないのは勿論だが、頭も回らないのである。今はもうご飯を食べる事しか考えられない。

 

 

 

「ツバキさん、もう諦めておにぎり屋に───」

「それだけはダメだ」

「強情過ぎる……」

「俺は世間からな、あのツバキってハンター約束したんだからタダ飯寄越せっておにぎり屋にいちゃもん付けてたのよ〜嫌ね〜、とか言われたくないの! 紳士でいたいの。世間の評判が気になるお年頃なの!」

「……わ、分かりましたけど。でも、本当にどうする気ですか」

 アレコレしているウチにもうおやつの時間になりそうだ。ここまできたら修行を辞めて茶屋に団子を食べに行っても良いかもしれない。

 

「もう絶対忘れられてますって」

「そんな事ないもん……。俺だってモテてるんだもん……。差し入れ貰えるくらいモテてるんだもん」

「やあ、少年達。何かお困りなのかな?」

 俺がイオリを困らせていると、ふと広場にもう一人の人影が現れる。

 

 行商人のロンディーネさんだ。

 俺は今日ほど彼女を天使と見間違えた事はない。

 

 

「結婚して下さい」

「あまりにも話が飛躍してないかな? とりあえず落ち着きたまえ」

 俺の求婚をジニアにするように軽くあしらわれ、俺はその場に倒れ込む。状況を説明する体力も残っていないので、話はイオリがしてくれた。

 

 

「───なるほど、単にお腹が減ったと」

 そういう事です。

 

「ロンディーネさんなら、何か食べ物を持ってるんじゃないかと思ったんですよ」

「生憎だが、今日の積荷に食料はないんだ。力になれそうにない」

「そんな……」

 救世主だと思っていたロンディーネさんは、希望を掲げて人を絶望の淵に落とす悪魔だった。言い過ぎである。

 

 

「ただ、スタミナの話なら別だ。こんなアイテムがあるのだが、君の将来への投資と思って一つ進上するのも悪くはない」

 そう言って、ロンディーネさんは一つのビンを積荷から持ってきた。瓶の中には明らかに身体に悪そうな色は液体が入っている。

 

「これは?」

「強走薬だね」

「当たりだ、少年」

 イオリの言葉にそう返すロンディーネさん。彼女は瓶を開けると、揺れる中身に視線を向けながらこう口を開いた。

 

 

「飲めばたちまちスタミナが回復し、普段よりも持久力の付く薬品だ。これ一つでこんがり肉よりも動く為のエネルギーを手にする事が出来る」

「劇薬の類じゃん」

 しかし、満足に食事も取れない可能性のある狩場では重宝されるアイテムかもしれない。

 

 普段よりも持久力が着くという事は、自分の本当の力よりも動けるようになるという事である。

 そうなった場合、身体は本来よりも酷使される為───これ以上は言うまでもない。

 

 

「だが、俺は今それが欲しい……」

「正気ですかツバキさん!? おにぎりの代わりに自分で劇薬だって言ってる薬を飲もうとしてるんですよ!?」

「もうスタミナが回復するならなんでも良くね!?」

「良くないでしょ!!」

 うるさいよ。腹が減ってはなんとやらだ。

 

 

「いただきます!」

 瓶を開けて、俺は中の液体を一気に喉に流し込む。

 空腹の腹の中に入り込んでくるエグみ。そんな不快感とは対照的に、身体に力が溢れてくる感覚を覚えた。

 

 

「漲る……漲るぞ!! 今なら広場百周だって行ける気がするぜ!!」

「本当に劇薬ですね……」

 凄いな強走薬。別に何か食べた訳じゃないのにこんがり肉を食べた時より力が溢れてくる。

 

 ハンター、狩場はこれだけ飲んでれば良いんじゃないだろうか。

 

 

 

 数刻後。

 

「───おぇぇぇぅぉろろろろろろ、おゔぇぇぇええええ」

「言わんこっちゃない」

 俺は盛大に吐いていた。何も食べてないので胃液を吐いている。死ぬ程気持ち悪い。

 

 強走薬。

 確かに空腹なんてどうでも良くなる程にスタミナが溢れてくるが、結局は劇薬だ。効果が切れればたちまちこの通りである。

 ハンターの中には狩りの時、毎回この強走薬を飲んでる奴が居ると聞いた。正気の沙汰とは思えない。

 

 

「……ちゃんとしたご飯を食べるのが大事だと、俺は今日学んだよ」

「当たり前の事ですけどね」

「なんで来てくれないんだよセイハク!!」

 気が付けば空は赤く燃えるような夕焼けの時刻である。ここまできたら忘れられているのは明白だ。

 

 

「直談判してくる」

「初めからそうしたら良かったのに……」

 イオリに呆れられながらも、俺は広場を出ておにぎり屋に向かう。すると、おにぎり屋のお母さんが出て来て笑顔でこう口を開いたのだ。

 

 

「お疲れ様、ツバキさん。お昼のおにぎりはどうしでした?」

「え、お昼のおにぎり……」

「セイハクがコミツちゃんと持っていきましたでしょ?」

 どういう事だってばよ。

 

 おにぎり屋のお母さん曰く、セイハクは俺におにぎりを持って行ったらしい。しかし、実際の所俺はおにぎりを食べていないのである。

 怖い話かな。

 

 

「お、美味しかったですよ! ありがとうございます!」

「ツバキさん?」

「こういう時は話を合わせるの……。けど、コミツもセイハクも俺達の所には来てないよな?」

 お母さんはこう言っているが、俺はこの通り空腹でコミツどころかセイハクの顔だって今朝から見ていない。

 それなのにお母さんは俺がおにぎりを食べたと言うのだ。やはり怖い話か。

 

 

「え、なんか怖くなって来た。イオリ、もしかして俺は二人いるのか?」

「ツバキさんが二人も居たら困りますよ」

「どういう意味だね」

 謎は謎のまま、その日は結局夜を迎えてしまう。

 

 

 

 これは後に聞いた話なんだが、セイハクとコミツは俺におにぎり等を届けようとして───何故か大社跡に迷い込んでしまったらしい。

 それをジニアが助けたとかなんとか。

 

 俺が事の真相を知るのは、また別の話だ。

 

 

 

 その日俺が手にした教訓は一つ、ご飯は意地を張らずに食べよう。その一点である。

 

 

 

 

 

 字余りのおまけ。

 これは、俺がおにぎりも食べられずに腹ペコで家に帰って来た時の話。

 

「ママン! パパン! 息子が腹ぺこで帰ってきたぞ! ママーン!!」

 帰ればいつもならご飯が用意されている時間なので、俺はいつもよりテンション高めで帰宅した。

 

 

「ママン……?」

 しかし、家は灯りも付いていないし人の気配すらない。どうしたものかと台所に向かうと、置き手紙が一つ置いてある。

 

『ツバキへ。お母さんとお父さんは夜のデートに行ってきます。ご飯は適当に済ませて下さい。ママンより』

「ママーーーン!!!」

 良い歳なのにナニしてるの!! 年頃の息子を置いてナニしてるの!! 

 

 

「いや困った! 普通に困った。結局セイハクは来ないしなんなら行方不明だし。俺は肉を焼けば焦がす名人だ!」

 俺はあまりにも料理が出来ない。焼いた肉魚野菜は全て焦げるし、味付けをしようとすると全部物凄い塩辛くなるのだ。

 一人で生きていけないので誰か早くお嫁さんになってくれ。

 

 

「死ぬ……。腹減って死ぬ。ハンターなのに空腹で死ぬ奴おる? とか皆に笑われる! それだけは嫌!!」

 家の食糧庫に加工せずにそのまま食べられそうな物はない。おにぎり屋は勿論、茶屋だって閉まっている時間である。

 

 終わった。俺の人生空腹で終わった。

 

 

 俺がそうして黄昏ていると、ふと扉の開く音がする。なんだよママン、俺の事が心配で帰ってきてくれたのか。

 

 

「ママーーーン!!」

「ツバキ、お邪魔するわよ。……って、ママン?」

 玄関から入ってくる赤い髪の女の子。俺のママンはこんなに若くないし、可愛くない。

 

「か、カエデ!? どうしてここに」

「えーと、ツバキのお母さんからツバキがお腹すいてるだろうから宜しくって」

「ママーーーン!!」

「ちょ、何よ!?」

「俺のママンになってくれ!! お前は俺の救世主、命の恩人、いやもはやママンなんだ!!」

「え!? お嫁さんじゃなくて!? ちょっとツバキ!? ねぇ!?」

 何故かカエデは顔まで真っ赤にしながら台所に立って料理をしてくれた。

 昔はチャンバラも下手くそなガキだったのに、胸以外大きくなりやがって───

 

 

 

「お待たせ、ツバキ。ほら、食べよ」

「頂きます」

「どう? 美味しい?」

「美味───うま、ウマ? えーと、その……」

「な、何よ」

「塩っぱい」

 ───しかし、カエデもまだ料理の腕はお子ちゃまなようである。

 

 

「も、文句があるなら食べなくて良いわよ!」

「いやいや! いやいやいや!! 美味しいです!! 食べさせて下さいママン!!」

「だからなんでママンなのよ!!」

「愛してるぜママン!!」

「愛し───ちょ、ツバキぃ!!」

 結論。ハンターになる以前に肉くらい焼けるようになった方が良い。本日の教訓だ。



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いつものように明日は来ると思っていた

 妙な気配を感じた。

 

 

「虫か、はたまた翔蟲がまた迷い込んできたか」

 畑仕事の最中、自分以外誰も居ない筈の畑で耳に残る音がして俺は一度作業を中断する。

 

「それかフクズクか、ジニアが俺を驚かせようと隠れているのか」

 流石にジニアがここにいるのは考え過ぎだが───いや、アイツならもう何をしてきてもおかしくない。

 それはともかく、俺の畑に無言で入ってきた不届き者は成敗あるのみだ。

 

 俺は音の聞こえた場所に向けてゆっくり歩く。

 ウチケシの実を栽培している為に少し背の高い草が並ぶ場所。その草を掻き分けて、俺は音を出した主を探した。

 

 

 虫だったら嫌だな、なんて思いつつ───虫だったらそもそも殺さないと畑を荒らされるし。

 そうして少し進むと、何か硬いものに足が当たる。

 

 茶色い、細めの木のような何かがそこにはあった。

 

 

「なんだこれ」

 目を細めてその茶色い棒のような物を見ていると、それはゆっくり持ち上がり俺に向けて進んでくる。

 

 

「ひぃぃ!? 妖怪!? 妖怪の類か!?」

 棒のお化けか。なんかこう、傘に足が生えた妖怪が居るって聞いた事あるけどそれか。

 

 

 ───なんて驚いていると、その棒は俺の真横に進んでその全貌を明らかにした。

 

 

 巨大な茶色の毛玉。

 それが、フゴと鼻息のような鳴き声を漏らす。

 

 

「え、フゴ?」

 人の足より太い四本の脚。大きな鼻に、人の腕よりも大きな二本の巨大な牙。

 

 

 妖怪ではない、怪物(モンスター)だ。

 

 

 

「あばばばばばばばば!?」

 イズチの二、三倍はありそうな巨体。鋭い牙も相まって、その巨体が体当たりしてきただけで俺の命なんて簡単に潰れてしまうという事を一瞬で理解する。

 理解した所でどうしようもない。俺は今ハンターの武器も持っていなければ、持っていたってコイツに勝てるかどうかは微妙な所だ。

 

 

「アイェェェェエエエ!! モンスター!? モンスターナンデ!?」

 俺は咄嗟にそのデカイブタに背中を見せて逃げる。手には鍬を持っているが、こんな物でなんとかなる訳がない。

 

 当たり前だが、モンスターは俺を追いかけてきた。

 

 このまま走って逃げ切る? 鍬で戦う? 死んだフリをする? 

 頭の中で様々な選択肢が浮かんでくるが、どれを選んでも死ぬ気がする。

 

 

「なんでこんな所にモンスターが居るんだ!? ここは里の畑だぞ!?」

 こんな事はこれまで一度もなかった。あったとしても、それは俺の預かり知らぬ所でハンターが問題を解決してくれていたのである。

 

「───ぐへっ、ぐぼぉぉっ」

 焦って走っていると、俺は畑仕事に使う道具に足を躓いて地面を転がった。

 動きを止めた俺を見て、モンスターは巨大な二本の牙を光らせながら今にも突進しようとしているかのように地面を前脚で蹴る。

 

 

「ヤバいヤバいヤバいヤバい!! 本気でヤバい!! 誰か助け───」

「ツバキ伏せて!!」

 俺が悲鳴をあげようとしたその時、背後から聞こえてくるそんな声。

 

 同時に、俺の頭上を一匹の巨大な虫が通り過ぎた。

 その虫は青白く光りながら直進して、モンスターに糸を向ける。

 

 

「翔蟲……?」

 その虫───翔蟲はいくつもの糸でモンスターの身体を縛った。こうなればモンスターはそう簡単には動けない。

 

「やぁぁ!」

「カエデか!?」

 そして翔蟲から遅れてきた声。

 背後で地面を蹴る音がして、操虫棍で飛び上がったカエデはモンスターの背中に飛び移る。

 

 

「この……! ツバキから……離れな、さい!」

 翔蟲から出た糸を上手く引っ張って、モンスターの頭の位置を変えるカエデ。そうしてから彼女はモンスターのお尻を蹴り飛ばして、勢いで直進したモンスターは木に激突してひっくり返った。

 

「大丈夫? ツバキ!」

「お、おう……。助かった」

「畑仕事で武器も防具も持ってなかったもんね。でも、私が居るから大丈夫よ!」

 頼もしい表情で武器を構えるカエデ。

 

 お前は俺が武器さえ持っていればあのデカイモンスターに勝てると思ってくれてるんだな。無理ですよ。

 

 

「大丈夫なのか、カエデ」

「わ、私だってブルファンゴくらい狩れるわよ! 小型モンスターくらい、一人でも大丈夫!」

 待って、アレ小型モンスターなの? ブルファンゴって名前なのね。

 いや、俺が心配してたのはそういう事じゃないからね。これじゃ俺がカエデを馬鹿にしてるみたいだけど、コレ本来馬鹿にされるのは俺だからね。

 

 俺は小型モンスター相手に何も出来ず震えていたという事か!! 

 

 

 

「あ、いや、小型モンスターと言えど気を抜くなよって事だ」

「流石ツバキね……。分かったわ、真剣にやる!」

 でも俺は本当の事なんて言えない。俺は本当はハンターなんかじゃなくて、お前に嘘をついて───

 

 

「モミジ、お願い!」

 カエデの腕に止まっていた巨大な虫───マルドローンのモミジが、体を起こして頭を振っていたブルファンゴに向かっていく。

 

 

 ブルファンゴはモミジが鬱陶しいのか、その牙で周りを飛ぶムシケラをなんとかしようとするが、素早く飛ぶモミジを捕まえる事は出来なかった。

 そんなモミジに構って周りの見えていないブルファンゴに向けて、カエデは操虫棍を構えながら駆ける。

 

 一閃。

 叩き付け、回転切り、ブルファンゴの背後からその刃を叩き付け、ブルファンゴが悲鳴を上げた時にはもう遅かった。

 連続で叩き込まれた刃は確実にブルファンゴの命を奪っていく。ブルファンゴが体勢を整えようとする前に、その身体はもう動かなくなった。

 

 

「───ふぅ、なんとかなったわね」

「助かった。ありがとな、カエデ」

「い、いや。こんなの、たまたま私が狩場から帰ってきたら変な声が聞こえたから覗いてみただけで……そんな、ツバキみたいに立派な事はしてないわ」

 いや、俺は何も立派な事はしてないからね。その変な声というか悲鳴を漏らしていただけだからね。

 

 

 

「私も、ツバキみたいに色んな人を助けられるようになりたいから。それにツバキなら別にブルファンゴを倒せなくても、一人で逃げて家に武器を取りに行く事くらい出来たと思うし。お節介だったかもしれないわね」

 いや普通に命の恩人です。

 

「あ、あはは……ま、まぁな。……ところで、さっきの凄かったな。こう、翔蟲の糸でモンス───ブルファンゴをまるで操っていたみたいだった」

「あー、あれはなんか焦ってなんとなくやっただけで。自分でもよく分からないわ」

 天才か? 天才系なのかお前は? それともタダのバカなのか? 

 

 

「……それにしても、里の端っことはいえこんな所にブルファンゴが現れるなんて。この前の翔蟲といい、やっぱり何か変よね」

「そうだな。お前も大社跡に行くなら気を付けろよ」

 なんて偉そうに言うが、俺は今さっきカエデに命を救われたばかりだ。気をつけるのは俺である。

 

「そうね。とりあえず、このブルファンゴの事は里長に報告しなきゃ」

「あ、俺も付いていく。最初にアレを発見したのは俺だしな」

 とにかく今は自分に出来る事をするしかない。

 

 俺はそう思って、カエデと共に集会所に向かうのだった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ブルファンゴの事を里長に伝えると、里長は俺達二人を褒めてから真剣な表情で何処かへ行ってしまう。

 

 

 俺は悲鳴を上げていただけというのは置いておいて、何故か貰ったお小遣いでカエデと集会所でお茶をする事にした。

 

 

 

「カエデは今日は暇なのか?」

「うん。私は昨日の夜から今朝方まで大社跡を探索していたから、今日は休ませて貰うわ」

「徹夜って事か。……帰って寝なくて大丈夫?」

「今寝たら夜眠れなくなって生活リズムが崩れちゃうし。ハンターの不規則な生活でも、出来るだけ生活リズムを整えるのが身体を丈夫にする秘訣だって教わったから」

 立派な事を言いながら「ふぁぁ」と欠伸をするカエデ。

 

 お前は偉いな、なんて心の中で思うが───俺にそんな事を言う資格はない。

 

 

「───やぁ、ツー君とカエデ。デートかな?」

 そうやって二人で話していると、背後から嫌味な声が聞こえてくる。振り向くと、防具を着て武器を背負ったジニアがイケメンにのみ許される髪を掻き上げる仕草をして立っていた。

 

「何でお前はそんなに視界に入るだけでムカつくの?」

「酷い」

「で、デートなんてそんな! そんなんじゃないわよ! 私がツバキとデートなんて! そんなんじゃないわよ!」

「酷い」

 項垂れるジニアと俺。そこまで言う事なくない? お前俺の事嫌いなの? 俺はジニアの事嫌いだけど。

 

 

「ジニアはこの後クエストなの?」

「うん。カエデの後継で、大社跡の捜索だよ」

 カエデの問い掛けにそう答えるジニア。ここ最近里の周りもおかしいし、これは大事な役割だろう。

 

「気を付けてね」

「勿論。ツー君も何か一言ちょうだい」

「ガキかテメーは」

 愛されないと動けない人間なのかコイツ。

 

「コレが最後になるかもしれないんだよ?」

「縁起でもない事言うな」

「確かにそうだね。……でも、これは冗談じゃなくて本気だ。僕はこの仕事に命を掛けてるから」

 真剣な表情でそう言うジニア。コイツのこうやって格好良い所が俺は嫌いだ。俺はそんな事、言えないから。

 

 

「バカか」

 だから、俺はそう言ってジニアの頭にチョップを入れる。

 

「酷い」

「もしなんかあっても、そん時は俺が助けに行ってやる。こう見えても逃げるのは得意だぞ。囮にはなる……と、思う」

「あはは、ツー君は頼もしいね」

 全然頼もしくないからね。

 

「ツバキなら何が出て来ても倒してくれるから安心ね。その時は私も邪魔にならないように援護するわ」

 いや、倒せないからね。邪魔なのは俺だからね。

 

 

「───まぁ、そう言う事だ。命大事に」

「うん、分かったよ。ツー君が居るから安心してクエストに行けるね」

「人の話聞いてないねこの人。良いから気を付けてとっとと行ってこい」

「うん、行ってきます。またね、ツー君。カエデ」

 イケメンにのみ許される爽やかな笑顔で手を振りながら、集会所を後にするジニア。

 俺とカエデはしょうがない奴を見る目でジニアを見送るが、それからしばらくしてタイミング悪く三バカが集会所にやってきた。

 

 

「お、ツバキングじゃーん。ねぇ、ジニア様知らない?」

「ジニア様、今日はクエストだから見送りしようと思ったんだけど」

「まだ来てないんですかね?」

 エーコとビーミとシーナは、それぞれ花束を持って俺達に話しかけて来る。

 なんでそんな豪華な花束持ってるの? 里から出て行く人を見送るレベルの花束なんだけど。アイツクエスト行っただけだからね。遅くても明日までには帰って来るからね。

 

 

「おはよう、三人共」

「おはようございます! カエデ!」

「カエデちゃんはツバキ君とデートしてるの?」

「で、デートじゃないわよ!」

「だよねー、ツバキングよりジニア様だよねー」

 何この人達喧嘩売ってるの。

 

「あのアホはもう出発したぞバカ共」

「そんな!」

「マジで!? 出遅れたぁ!!」

「コレは撤収ですね。帰宅時間を予想して出迎えの準備をしましょう!」

 ジニアだけ愛されてて狡い。ハンターになったらモテるんじゃないの? 俺もハンターだよ? 嘘だけど。

 

 

「なんでジニア様が出発する時に教えてくれなかったんですか!」

「なんで俺が態々お前達にジニアが出発するのを教えてあげないといけないの!?」

「だってツバキ君ばっかりジニア様に構って貰えてるんだもん! 狡い!」

「狡いのはジニアだからね!? 俺は別にアイツに構ってもらっても嬉しくもなんともないからね!?」

「ジニア様ってもしかしてツバキングみたいな人が趣味? あたしらもツバキングみたいになりたい!」

「それはそれで問題があるだろバカ!!」

「あはは、ジニアはモテるわね」

 本当にな。

 

 

 三バカをどうにかあしらって、俺とカエデはまた二人で話しながらジニアを待ってみる事にした。

 せっかくだし三バカ達じゃないが出迎えてやろうとなった理由は、単にカエデが家に帰ると寝てしまって生活リズムが崩れてしまうからだとかなんとか。

 

 別に俺達はジニアを盛大に出迎えてやる程アイツを愛してはいない。

 別に嫌いじゃないよ、と思った所で───よくよく考えてみると割と嫌いである。俺はアイツが憎い。

 

 

「───それでジニアの奴がよ、俺の布団の中で半裸になってて……カエデ?」

 そんな訳で時間を潰す為に話していた訳だが、ふと気が抜けてしまったのかカエデは集会所の机に突っ伏して寝てしまった。

 

 外を見てみるとお日様も隠れて空は暗くなっている。少し早いかもしれないが、カエデも疲れてるのだから早めに寝るくらいが丁度良い。

 

 

「……眠ってしまったのですね」

「あ、ミノトさん。どうもこの通りで」

 ただ、寝てしまったカエデをどうしようかと考えて居ると集会所で仕事をしていたミノトさんが話しかけてくれた。

 何か妙案を聞ければ良いが。

 

「このネコタク用のたんかで家まで運んでさしあげ───」

「それは冗談で言ってるんですよね?」

「はい?」

 真顔でボケないで。そんな風に運んだらカエデの両親に凄い心配されるわ。

 

 

「ヒノエさんじゃないんだからふざけてないで真面目に───」

「……んぅ、ツバキ〜、助けてぇ」

 俺がミノトさんにツッコミを入れていると、後ろでカエデがうなされ始まる。どんな夢を見ているのか分からないが、やはり疲れているらしい。

 

 

「ツバキさん、助けてあげて下さい」

「……俺はその言葉に弱い」

 仕方ないと思いつつ、俺はカエデを背負って彼女の武器も手に取った。

 すると帰る事を察したのか、そこら辺の壁に泊まっていた猟虫───マルドローンのモミジが俺の頭の上に乗る。

 

 

「ひぃぃぃ! キモ!!」

 だから嫌だったんだ。しかし、カエデをそのままにする訳にもいかないし、しょうがない。

 

 

「それでは、お気を付けてお帰り下さい」

「ありがとうございますミノトさん。ジニアが帰ってきたらそれはそれで宜しくお願いしますね」

「はい、勿論」

 そう言って俺は集会所を後にする。すると、見計らっていたかのように今度はヒノエさんが俺達を出迎えてくれた。

 

 

「あらあら、可愛い寝顔ですね」

「よく俺達が出て来るタイミングで集会所の前に……。まぁ、見ての通りで」

「……むにゃむにゃ、ツバキぃ」

 はいはいツバキですよ。

 

 

「……んぅ、ツバキ……ジニア、私達三人で……立派なハンターにぃ……んー」

「はいはい、まず俺がハンターになってからね」

「ご立派になられて」

「まだまだですよ。俺はまだ、ね」

「そんな事ありませんよ」

 何を根拠にそんな事を言うのか。しかし、ヒノエさんの言葉には何処か説得力のような物を感じる。

 

 

「……んぁ〜、三人で、リオレウスを倒すのよぉ」

 リオレウス。

 この世界で最も名の知れた大型モンスターだ。その竜を討伐した物は、一人前のハンターとして扱われるとまで言われている。

 

 俺達にはまだ早過ぎる話だ。

 

 

「……三人で、ご飯」

「はいはい、ジニアが帰ってきたらな。明日はお前もジニアも休みだろ。だから、その時な」

「……んぅ、やったぁ」

 本当に寝てるのかどうか。ヒノエさん曰く幸せそうな寝顔をしているカエデを連れて彼女の家まで歩く。

 

 

 

「そうだな、明日は三人で飯でも食うか。偶には俺が奢ってやろう。……なに、俺も別にハンターじゃないが働いていない訳ではない。畑仕事という立派な仕事があるからな」

「……んぁ〜、おやすみぃ」

「だから、明日な」

 そう言って、俺は彼女を送り届けた。

 

 

 フクズクが木の上で鳴く夜道を歩く。少しだけ明日を楽しみにしつつ、俺は少しだけ気が向いて集会所の出口でジニアを待つ事にした。

 

 本当に、たまたま気が向いただけである。別にジニアなんかに優しくしてやろうと思った訳ではない。

 

 

「……アイツ、遅いな」

 ───ただ、ジニアは翌日になっても帰ってくる事はなかった。




読了ありがとうございました。
最終章です。このまま最終回に向かうので、応援のほどよろしくお願いします。感想評価等お待ちしております。


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俺はその手を伸ばせなかった

 血と肉が広がっていた。

 

 

 掻き分けても掻き分けても、群がる虫達は消えてくれない。

 前に進もうとしても、後ろに逃げようとしても、今度は俺の事をバラバラにしてやるとでも言うように虫達は俺の元に群がってくる。

 

 

「───辞めろ! 来るな……来るな来るな来るな!! あぁぁぁああああ!!!」

 意識が真っ暗になって、俺は何処かに落ちていった。

 

 

 誰かが手を伸ばしてくれている気がする。

 

 

 

 ───俺はその手を取れなかった。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 悲鳴を上げながら飛び起きたのを覚えている。

 

 

 ただ、それからどれだけの時間自分が固まっていたのか分からない。

 まだ日も登っていない早朝。結局俺は二度寝する事も出来ず、朝の散歩なんて洒落た真似をする事になった。

 

「おじいちゃんか」

 自分でツッコミを入れながら、静かな里を一人で歩く。

 フクズクが鳴いている姿を見て、いつもはなんとも思わないのに少し怖く感じた。周りが薄暗いからかもしれない。

 

 

「……そういや、ジニアの奴は帰ってきたのか?」

 ふと、昨日結局ジニアが帰って来なかった事を思い出す。

 今朝何か嫌な夢を見た気がした。別にジニアの事なんて心配してないが、どうしても嫌な気分というのはそういう事を考えるようになる。

 

「お、里長」

「ツバキか。朝からご苦労! 畑仕事か」

 無意識に集会所の方に歩いていくと、里長が歩いていて声を掛けられた。ご苦労と言われたが、特に畑仕事でやる事はない。

 

 そもそもまたブルファンゴとやらが現れたら怖いからあまり畑に近付きたくない。

 

 

「あ、いや。なんか起きちゃって。里長は? 散歩?」

「うむ、朝の散歩だ」

「おじいちゃんか」

「おじいちゃんだからな! ハッハッハッ!」

 この筋肉の塊みたいな人も一応年寄りなんだよな。本当に人間かこの人。

 

 

「……そういや、ジニアの奴帰って来てませんか?」

「ジニアか。確か昨日大社跡に向かっていたな。俺はまだ見ていないが……どうした?」

「あ、いや。ちょっと野暮用があって」

 なんだアイツ、まだ帰って来てないのか。

 

 無駄に心配させるなよ。

 あの野郎帰って来たら理不尽と言われようがなんと言われようがぶん殴ってやる。

 

 

「心配か」

「まさか。いやいや、俺アイツの事嫌いだからね」

「ハッハッハッ! そうかそうか。だが、気持ちは分かるぞ。俺もゴコク殿も、里の者が外にいる時は心配で夜も眠れんのだ」

「人の話聞いてくれおじいちゃん。俺は別に心配なんてしてないからね。あとそれ毎日寝れないから。寝て?」

 むしろ里長の事が心配になってきた。

 

「ま、よく考えたらカエデも昨日朝帰りだったしな。そんなもんか、ハンターってのは。……朝帰りって響きなんか嫌だな」

「そうも心配なら俺と一緒に出迎えにいこうではないか。ジニアも喜ぶだろう」

「そりゃ大仕事でもないのに里長に出迎えられたら喜ぶわな」

 若干人の話を聞いていない里長に連れられて、俺は集会所の中に入る。

 

 ミノトさんもまだ寝ているのか、夜番のアイルーだけが静かに働いている集会所。

 俺と里長は椅子に座って、少し早い朝食でも頼もうという話になった。

 

 

 ───そんな直後。

 

 

「なんだ?」

 何かが床に倒れたような、そんな音が集会所の出口から聞こえる。

 

 気になって立ち上がると人の呻き声が聴こえて、俺は反射的に床を蹴った。

 

 

「ジニ───じゃ、なくて……ウツシ教官!?」

 出口で誰かが倒れているのを見付けて、俺はそんな声を上げる。

 

 集会所の外から入ってきてその場に倒れたのは、俺の師匠であり───情報収集の為に里の外に出ていたウツシ教官だった。

 

 

「ウツシ……! 何があった!」

 直ぐに駆け付けてくる里長。店番のアイルー達も、担架を持ってきてウツシ教官の様子を伺う。

 

「……大社跡に……マガイマガド、が。……直ぐに、大社跡を立ち入り禁止に……!」

 大きな傷を負ったウツシ教官は、そう言って意識を失ってしまった。

 アイルー達によれば命に関わる怪我ではないようだが、これ以上無理させる事は出来ないと医者の家に連れてかれてしまう。

 

 

 ウツシ教官はマガイマガドが大社跡に現れたと言っていた。

 そしてその大社跡を立ち入り禁止にするようにと、彼の言葉の通りに里長はギルドの関係者を叩き起こして話を進めていく。

 

「今より、例外なく里を出る事を禁ずる。ゴコク殿、もしもの時は里の外の者に依頼を」

「既にユクモ村のハンターに文を飛ばしてるでゲコよ。しかし、どれだけ時間が掛かる事か……」

「お、おいおい。ちょっと待ってくれ里長にじっちゃん。それじゃ、今里の外に居る奴はどうなるんだよ」

 俺は勝手に話が進んでいくのを眺めている事しか出来なくて───ギルドマネージャーであるゴコクのじっちゃんと里長が話している所に、やっと口を開く事が出来た。

 

 

「ツバキ……」

 俺の言葉を聞いて、里長は視線を落とす。

 

 

 辞めろよ。

 そんな顔しないでくれ。その顔は見覚えがあるんだ。()()()と一緒じゃないか。

 

 

「……ジニアが無事に帰ってくる事を祈るしかないでゲコ」

 その名前を聞いて、俺は拳を強く握る。

 

 

 昨日里を出たジニアが今朝になっても大社跡に帰って来ない。

 その代わり里の外から帰ってきたのは、怪我を負ったウツシ教官だった。

 

 マガイマガド。

 カエデが里に帰ってきた日、俺とカエデが出会った大型モンスター。

 

 俺達は奇跡的に助かったけど、二人共死んでいたっておかしくないような相手だった事だけは覚えている。

 鋭い牙と爪。人魂のような焔を体に纏っていて、ブルファンゴなんて比べ物にもならない巨大なモンスターだ。

 

 

 ウツシ教官ですら大怪我をして帰って来たモンスターである。

 いくらジニアが優秀でも、無事な訳がない。

 

 

 頭の中に昔見た光景が何度も過った。

 

 

「……また、見殺しにするのか」

 崩れ落ちて、俺はそんな事を口にしてしまう。

 

 里長もゴコクのじっちゃんも、俺に頭を下げた。

 違うだろ。そうじゃないだろ。

 

 

「……いや、だって……まだ、まだ今なら。誰かが助けに行けば───」

 そうじゃない。

 

 

「誰かとは、誰だ」

「それは……そ、それは、お───」

「ツバキよ。ならぬ。お前は分かっている筈だ」

 そう。

 そうだ。俺は分かっている。

 

 

「───俺が行っても、何も出来ない。……そんな事、そんな事は分かってるんだよ。……でも、でも……ジニアが……ジニアが……」

 俺はアイツの事が嫌いだ。

 

 俺よりモテるし、言う事は気持ち悪いし、格好良いし、無駄に良い奴だし、友達思いで友達を一番信用してる。

 俺はそんなアイツが嫌いだ。嫌いだけど、それは友達だから嫌いなのであって───アイツは俺にとって大切な友達なんだ。

 

 

 ───だけど、そんな友達を俺は助ける事が出来ない。

 

 俺はジニアやカエデと違って立派なハンターじゃないから。

 カエデにも里の皆にも嘘を付いて、本当は何も出来ないくせに格好を付けてハンターになった気でいるだけのただの農家なのである。

 

 そんな俺に誰を助ける事が出来るんだ。

 

 

「……すまん。分かってくれ」

 里長に肩を叩かれて、俺は頭を抱えて集会所を出て行く。

 

 

 分かってる。

 俺には何も出来ないなんて、分かってるんだ。

 

 

「ツバキ君! ウツシ教官がうちに来て、それで!」

「……ビーミ」

 集会所を出ると、幼馴染の一人であるビーミが俺に話しかけてくる。

 彼女の実家は医者をやっているので、大怪我をしたウツシ教官が運ばれていったのは彼女の家だったという訳だ。

 

 だから、ウツシ教官に今この里で何が起きたのか聞いたのだろう。

 

 

「ジニア様が! 大社跡に一人だって、ウツシ教官が!」

「……そ、そうだな」

「それでそれで、里長達が誰も里の外に出すなとか言ってたし。私達ジニア様が心配で……」

 そう言う彼女の後ろから、エーコとシーナが顔を覗かせた。二人は俺に詰め寄ると、同時に必死な表情で口を開く。

 

「ツバキング! 凄いハンターなんっしょ!? ジニア様を助けてよ!」

「私達は何も出来ません! カエデやツバキにお願いするしかないんです!」

 彼女達は───里の皆は、俺が本物のハンターだと思っているんだ。

 

 もしも俺が本当に立派なハンターなら───ウツシ教官よりも凄いハンターなら、ジニアを助けに行く事が出来たかもしれない。

 だけど、俺は立派などころか本当のハンターですらないんだよ。俺は何も出来ないんだよ。

 

 

「……ごめん。里長が誰も外には出さないって」

「そんな!」

「それじゃ、ジニア様はどうなるの?」

「ツバキングはそれで良い訳!? お兄さんの時みたいに、助けに行こうとしないの!?」

「……っ」

 昔、兄が帰って来なかった時の事が頭に過ぎる。

 

 大社跡に観測されていなかった大型モンスターが現れて、兄は命を落とした。

 俺はそんな兄を助けようとして、自分の無力さを知ったのである。

 

 

 アオアシラですら俺は逃げる事しか出来なかった。それはきっと今も変わらない。俺は今も昔も、何も出来ない。

 

 

「え、エーコちゃん。流石にそれはダメですよ!」

「だって……」

「ごめんね! ツバキ君。えーと、その……ごめんなさい!」

「……いや、良いんだ。お前らも、早く家に帰れよ。里の中だって危ないかもしれないんだから。本当、気を付けてくれ。……ジニアなら心配するな。アイツ、凄いから」

 俺がそう言うと三人は「流石ハンターだね」と言って、言われた通りに帰路に着く。

 

 

 俺は真っ直ぐ歩く事しか出来なかった。

 いや、真っ直ぐ歩いているのかどうかすら分からない。前に進んでいるのだろうか。少なくとも、この方角は自分の家じゃない。

 

 俺は、何から逃げてるんだろう。

 

 

 

「───ツバキ!!」

 その声を聞いて、俺は固まってしまった。

 

 振り向くどころか走り去りたい気持ちでいっぱいなのに、俺は動く事すら出来ない。自分が情けなくて泣きたくなる。

 

 

「……カエデ」

「ツバキ、おはよう。ねぇ、里長に聞いた? 大社跡にあのモンスターが現れたって。ほら、私が帰って来た時にアオアシラの間違えたあのモンスターが!」

 俺の肩を揺らして、息も切れ切れでそう話すカエデ。彼女が何を言おうとしているのか、俺は分かってしまって拳を強く握った。

 

「それで、ジニアがまだ帰って来てないって。私、助けに行こうとしたら里長に止められちゃうし。ねぇ、ツバキ! こうなったら私とツバキでこっそり里を抜け出して───」

「無理だ」

「……ツバキ?」

 無意識に出た俺の言葉に、カエデは目を丸くする。

 

 

「……え? でも、ジニアが……。ほら、助けてあげないと。きっと、今頃一人で助けを待ってるわ」

「だから、無理だって。里長も言ってただろ。……里を出る事を禁止するって」

「そんなの! だから、こっそり里を抜けだそうって言ってるんじゃない! 私はまだ未熟かもしれないけど、ツバキなら大丈夫でしょ? ゴコクさんに特別任務を貰ってるくらいだもん。ね、私も頑張るから! 囮くらいにはなるし。もし邪魔なら待ってるから……だから、ジニアを助けに───」

「だから無理だって言ってるだろ!!」

 彼女の言葉を遮って、俺は近くにいたフクズク達が全員驚いて飛び去る程の大声を出した。

 

 カエデも俺の声に驚いて固まってしまっている。

 

 

「……つ、ツバキ? どうしたの」

「無理なんだよ……」

「そ、そんな事ないわよ! ツバキは凄いハンターだし、あのマガイマガドっていうモンスターから私を守ってくれたじゃない!」

 辞めろ。

 

「イャンクックも倒せたんでしょ、ツバキは。それにイオリに色んな事を教えてあげてるし」

 辞めろ。

 

「セイハクや子供達だって、ツバキの事尊敬してる。私も……私が居ない間に約束を守ってくれて、ツバキが凄いハンターになっちゃっててビックリしたのよ?」

 辞めろ。

 

 

「だから、ツバキなら……ジニアを助ける事だって出来るわよ! 私の事も助けてくれた。あの時とは違う。ツバキは本当に、凄いハンターに───」

「辞めろ!!」

 肩を揺らして詰め寄ってくるカエデを、俺は突き飛ばした。驚いた顔で固まるカエデを見て俺は頭を抱える。

 

 

 

「……嘘なんだよ」

「え?」

「嘘なんだ」

「えーと、何が? どうしたのよ、ツバキ」

「俺はハンターなんかじゃないんだ」

 膝から崩れ落ちて、地面を叩いた。カエデの顔が見えない。きっと、軽蔑した顔で俺を見ているに違いない。

 

 

 

「……どういう、事?」

「お前に見栄を張ってたんだ。お前が帰って来た時、俺はハンターなんかになってなかった。俺はただの農家だった。だけど、お前がちゃんとハンターになったって聞いて、嘘を付いた。里長やじっちゃん達に、俺が本当にハンターになるまでこの嘘を里の皆にバレないようにしてくれって……頼んだんだ。……俺は!! 本当はハンターなんかじゃないんだよ!! お前が思ってるような、凄いハンターでもなんでも!! ないんだよ!! 俺は……俺は、何も出来ないんだよ!! 俺達でジニアを助けるなんて事も無理なんだよ!!」

 何度も地面を叩く。

 

 無力で、無知で、何もない。

 俺はそんな人間だった。嘘を付く事しか出来ない、どうしようもない奴なんだよ。

 

 

「……嘘、でしょ?」

「……俺はお前達との約束なんて守れてない。……俺は、本当に、何も出来ないんだ。武器を振るので精一杯なんだよ。イズチ一匹倒すので精一杯なんだよ。……俺は、約束を破った大嘘付きなんだ」

 だから、俺がジニアを助ける事なんて出来ない。

 

 

 

 脳裏にあの時の光景がまた浮かぶ。

 

 

 

「……信じられない」

 そう言って、カエデは俺の元を去って行った。その後ろ姿は、普段よりも早く離れていってしまう。

 

 幻滅されただろうか。

 友達との約束を破って、嘘まで付いて、誰も助ける事が出来なくて。

 

 

 

 でも、それが俺なんだ。

 

 

 

「……俺は、何も出来ないんだよ」

 カエデの背中に手を伸ばす。彼女に振り向いてもらう事すら出来ない。

 

 ───その日の夜、カエデは里から姿を消した。




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ハンターになんてなれる訳がないと思っていた

 女の子が泣いている。

 

 

「何泣いてんだよ、カエデ」

「ツバキ! ねー、ツバキ! 私の団子、またフクズクに取られたのー!」

 その女の子は良く自分のおやつを鳥に食べられる可哀想な女の子だった。

 

「ったく、またかよ。しょうがないな」

 俺はそんな女の子の世話をよくしていたっけ。

 

 

 物心付いた時からそんな生活をしていたからだろうか。

 

 

「やーいやーい! チビー!」

「おいゴラァ! 俺の友達を虐めてんじゃねぇ!!」

「……あ、ありがとう。助けてくれて。ツー君」

 何故か良く近所の悪ガキに揶揄われていたジニアを助けてやる事も多くなって───

 

「びゃぁぁ! フクズクに食べられるぅ!」

「お前が食べられてどうすんだよ! こら、あっち行け! ほら!」

「びぇぇぇ、転んじゃったよツー君」

「アホ! 家まで背負ってやるから泣くな! 男だろ!」

「───ツバキ!」

「───ツー君!」

 ───いつしか俺は、二人のヒーローになっていたのである。

 

 

「俺はハンターになるぜ。そして、お前達も村の皆も、俺が全員守ってやる」

「ツバキ格好良い!」

「約束するぜ。この村に危機が迫った時、この村の誰かが助けを求めた時、お前達が助けを求めた時。俺が必ず助けてやるってな!」

「うん。ツバキ、約束だよ」

 だけど───

 

 

「でも、ツバキ約束したじゃない。ハンターになって皆を助けるって! 私達を助けてくれるって!」

「そんなのは子供の頃の約束だろ!!」

 ───だけど俺はその約束を破った。

 

 

 

「お前に見栄を張ってたんだ。お前が帰って来た時、俺はハンターなんかになってなかった。俺はただの農家だった。だけど、お前がちゃんとハンターになったって聞いて、嘘を付いた。里長にやじっちゃん達に、俺が本当にハンターになるまでこの嘘を里の皆にバレないようにしてくれって……頼んだんだ。……俺は!! 本当はハンターなんかじゃないんだよ!! お前が思ってるような、凄いハンターでもなんでも!! ないんだよ!! 俺は……俺は、何も出来ないんだよ!! 俺達でジニアを助けるなんて事も無理なんだよ!!」

 そして俺は嘘を告白して───

 

 

 

「───え、カエデが帰って来てない?」

 ───何もかもを失う事になる。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 ウツシ教官が大怪我をして里に帰って来た日の夜。

 

 

 里から出る事は禁止され、里は事実上の閉鎖状態になっていた。

 大社跡に現れたモンスター、マガイマガドはその辺のハンターでは手が付けられない大型モンスターである。

 

 里から出る事が許されないのも当たり前だ。

 もし里をこっそり抜け出して大社跡に向かったとすれば、それは自殺と大差ない行為である。

 

 

 

 そんな中で、夜になってもカエデが帰って来ないと───彼女の両親が我が家を訪ねて来た。

 

「ツバキ、何か知らないのか?」

「……アイツまさか。いや、でも……そんな」

 口籠る俺に、俺の両親はカエデの両親をとりあえず家に帰らせてくれる。

 

「カエデちゃんはジニア君を助けに行ってしまったんだな?」

 そして帰ってきた父さんは、俺と視線を合わせてそう言った。

 

 

 俺は首を縦に振る。

 

 

「きっとお前は止めたんだよな」

「……止めた。無理だって」

 カエデが里を出て行ったあの時みたいに、俺は無理だって決め付けて、彼女はまた行ってしまった。

 

「……だって、俺はハンターじゃない。だから……だから、俺は無理だって」

「その事をカエデちゃんに伝えたのか?」

「……言った。俺は、ハンターじゃないって。……そしたらやっぱ、アイツ怒ってたな。……俺が、カエデも行かせたのか。……俺が二人を殺したのかよ。兄さんもカエデも。いや、ジニアだって、俺は助けられない。俺は、俺は俺は俺は───」

「ツバキ」

 どうしようもなくて床を叩く俺を、父さんと母さんが抱き締めてくれる。

 

 

 こんなどうしようもない奴を大切にしてくれるんだな、親ってのは。

 

 

 子供ってのはそれだけ大切なものなんだ。

 

 

 

 

 兄さんにもジニアにも、カエデにも親がいる。

 なのに俺は───なんで俺だけが、こうして今ここに居るんだ。

 

 

「……どうしたら良いんだよ」

「分からないな」

「……なんだよそれ」

「ツバキ、お前は自分で何も出来ないと思っているんだろう。……なら、分からないさ。もしそうなら、俺達は無事を祈る事しか出来ない。誰かに助けを求める事しか出来ない」

 それはきっと、ジニアやカエデも一緒なのだろう。

 

 

 そもそもジニアが帰ってこないという事は、アイツも今は誰かに助けを求めているのかもしれない。もう───この世にいないかもしれない。

 カエデはそんなジニアを助けようとしているが、それだってどうなるか分からない。

 

 マガイマガド。

 あんな化け物に勝てる訳なんてないんだ。それなのに、あのバカは一人で───

 

 

 

「……なんでそんな事が出来るんだよ」

 頭を抱えて考える。

 

 俺は兄の死から何もかもが怖くなって、ハンターになんてなれる訳がないと思った。

 全部から逃げ出して、その内にカエデは一人でハンターになって。

 

 惨めだろう。

 

 

 カエデは凄いよ。本当に凄い。

 

 

 俺は───

 

 

 

 ──家の畑のお手伝いまでしてるなんて、ツバキは偉いわね。ハンター業だって大変なのに──

 

 ──ゴコクさんからのクエストなんて流石ね。頑張って! ──

 

 ──ツバキは凄いハンターだけど、虫が嫌いで翔蟲の使い方は教えてもらってないんじゃない? ──

 

 

 

 ──約束、守ってくれてたのね。私が居ない間にハンターになってくれてたなんて。見直しちゃった──

 

 

「何が偉いだ、何が流石だ、何が凄いハンターだ。俺は何も出来ないんだよ。約束だって破った。嘘まで吐いた。俺は何も───」

「ツバキ」

 ───俺は何も出来ない。

 

 

「少し、散歩でもして来なさい」

 母はそう言って、俺の頭を撫でてくれた。

 

 

 冷静になれって事だろう。

 冷静になったところでもう遅い。事は起きてしまった後だ。

 

 俺に何が出来る。何も出来ない。それが俺だ。

 

 

 

 

「ツバキさん?」

「イオリ、どうしてここに……」

「どうしてここにって……。僕はいつもここにいるから……。大丈夫ですか?」

「……あ、ここ広場か」

 考え事をしていたら、無意識に里の広場に着ていたらしい。ここ最近、広場で訓練ばかりしていたからだろうか。

 

「ツバキさん……」

「いや、ごめん。邪魔するつもりはなかったんだ」

「そんな……。えーと、あの、二人の事は───」

 広場にいたイオリは、心配そうな表情でそんな言葉を漏らす。

 

「……ごめん」

 俺は謝る事しか出来なかった。

 

 

 もしかしたら謝る事すら許される立場ではないのかもしれない。俺は二人を見殺しにしてるのだから。

 

 

「謝らないでください! 僕も、力になれる事があれば───」

「ならお前が二人を助けてくれるのか?」

「それは……」

 俺の言葉にイオリは俯いて、固まってしまう。

 

 

「ごめん、違うんだ。……イオリに当たるつもりはなくて、ごめん。帰るわ」

「ツバキさん……。いえ、あの───」

 振り向いて帰ろうとする俺の手を掴むイオリ。彼は必死な表情で、こう口を開いた。

 

 

「───僕は……僕は、ツバキさんの力になれるなら僕に出来る事ならなんでもするから! だから、もし何かあったら……直ぐに教えて欲しいです。僕は……いつでもツバキさんの力になりますから!」

 イオリは俺が武器も振れない時からずっと訓練に付き合ってくれていたから、きっとその言葉は本心なのだろう。

 

 

「……ありがとな」

 俺はそう言って、逃げるように広場から出て行った。

 

 

 

「あ、ツバキさん」

 広場を出て茶屋まで歩くと、客が居ない茶屋で寂しそうな表情をしているヨモギが片手を持ち上げる。

 俺はそれを無視する事も出来ず、ゆっくりと茶屋まで歩いた。

 

「……繁盛してないな」

「里の人達、忙しそうだから」

 精一杯の軽口に、ヨモギは俯いてそう返事をする。

 

 ウツシ教官やジニア達の話はもう里中に広がっていて、里は得も言われぬ雰囲気に包まれていた。

 

 

 いつも元気なヨモギだが、そんな彼女も今はしゃがみ込んで団子を突っついている。

 

 

「……ツバキさん、私どうしたら良いんだろう」

「……こっちが聞きたい」

「ツバキさん?」

「いや、なんでもない。悪いな、冷やかして」

 そう言って、俺はまた逃げようとした。そんな俺の手を、ヨモギがイオリと同じように引っ張る。

 

 

「ツバキさん!」

「ヨモギ?」

「ツバキさんらしくないよ! いつものツバキさんなら、もっと、元気に……それなりに不恰好だけど格好良く、なんとかしてくれるのに。ヒノエさんのお団子が盗まれちゃった時だって!」

「……俺は皆が思ってるような奴じゃないんだよ。ブルファンゴにすら、一人じゃどうしようもない奴なんだ」

 畑はブルファンゴが現れた時の事を思い出した。

 

 

 俺はただ泣き叫んで逃げる事しか───いや、逃げる事すら出来なかったのである。

 カエデが助けてくれなかったら、俺はあの時に死んでいたかもしれない。

 

「ツバキさん……」

「……だから、俺には何も出来ない」

「そんな事ないよ! ツバキさん、お団子食べていかない? うさ団子食べて、元気になったら───」

「悪い。一人にしてくれ」

 そう言って、俺はヨモギの手を払った。本当にどうしようもない奴だな、俺は。

 

 

 

 里の雰囲気は最悪である。

 どこに行っても不安な声、心配する声。ジニアは人気者だし、ウツシ教官が怪我をしたとなれば里の人間でなんとか出来る問題ですらない。

 

 里のそんな雰囲気から逃げて、逃げて逃げて、逃げて逃げて逃げて、ようやく誰もいない場所に辿り着いた。

 集会所の裏にある海沿いの道。水の音だけが聞こえる静かな場所をやっと見付けて、俺はその場に座り込む。

 

 

「くそ……」

 俺が本当のハンターなら、俺に力があれば───そんな物なくても、恐怖心さえなければ今直ぐにだって二人を助けに行きたい。

 だけど、どれだけ考えても怖い物は怖いんだ。自分は何も出来ないって事が分かってしまってるから、動きたくても動けない。

 

 今から大社跡に俺が向かった所で死ぬのがオチで、そもそも二人が今も無事なのか分からなくて。

 だけど今こうしている内にも二人がまだ生きているなら、俺がこうしてうじうじしている時間だって本当は許されない。

 

 

 それでも俺は、何も出来ない。

 俺が何をしたって無駄だって、そんな事は分かってる。

 

 

「くそ!! くそくそくそ!! くそぉ!!」

 自分が許せなくて、そんな怒りを自分にぶつける事も出来なくて、俺はただ叫びながら地面を殴った。

 こんな事していても無駄なんて事は分かってる。それでも、俺が何をしても無駄だってのが本当の事なんだ。

 

 

「───ツバキさん」

 唐突に、透き通るようなそんな声が聞こえる。

 

「……ミノト、さん? それに、ヒノエさん」

 振り向くとそこには、双子の竜人族のお姉さん───ミノトさんとヒノエさんが立っていた。

 ここは集会所の直ぐ側である。俺が大声を出したから、注意しに来たのかもしれない。

 

 

「……ご、ごめんなさい。こんな場所で」

「いえ。こちらこそ、お邪魔でしたでしょうか?」

「いや、そんな事は……」

 邪魔なのは俺だ。

 

「泣いていらしたのですか?」

 ミノトさんの隣で、ヒノエさんが珍しく真剣な表情で俺にそう聞いてくる。

 いつも穏やかそうな表情をしている彼女だが、優しさはそのまま───俺をまっすぐ見て包み込むような表情をしていた。

 

 

 

「……泣いてた、のか。ごめんなさい、格好悪い所見せて」

「良いんですよ、泣いたって」

「ヒノエ姉様」

 ゆっくりと俺に近付いたヒノエさんは、その柔らかい腕で俺の身体を支えてくれる。

 

 優しい抱擁。

 心の芯から温まって、落ち着く心地良さがそこにはあった。

 

 

「自分が好きなようにして良いのです。泣きたい時は泣いて、見栄を張りたい時は見栄を張れば良い。逃げたい時は逃げて良い。あなたが必要だと思ったのなら、あなたの為に行動すれば良い。……ツバキさんが泣きたいのなら、泣いて良いのです」

「ヒノエさん……」

 でも、泣いていても何も解決しない。俺がそう言おうとした時、ミノトさんが少し怖い顔で俺を見ながらこう口を開く。

 

「今、自分がどうしたいのかを一番に考えるのが正解だと……ヒノエ姉様はそう言っています。あなたがここで泣いていたいのならわたくしは邪魔をしません。……しかし、そうでないのならヒノエ姉様に甘えて逃げるのは許しません」

「そうでないの、なら」

 俺は何がしたいんだ。

 

 

 そんな事は決まってる。今も昔も、俺の答えは一つだけだ。

 だけど、自分にそんな力はないんだと分かってしまったから───俺はこうして動かないでいる。

 

 

 

「本当にツバキさんは何も出来ないのですか?」

「ヒノエさん?」

「わたくし達は知っています。あなたがこの里で一番の強者だという事を。……あなたが立派なハンターだという事を」

「ミノトさん?」

 俺はハンターじゃない。

 

 違うんだ。俺は嘘を付いていただけで、立派なハンターなんかじゃない。

 

 

「……勿論、あなたが嘘を吐いている事も」

「え?」

 どちらが言ったのか。

 そんな言葉に俺は目を丸くする。俺の吐いた嘘は、二人にはバレていたのだろうか。それとも、カエデに言った事が広まっているだけなのだろうか。

 

 

「ですが、あなたの心に嘘はない筈」

「そして、あなたは真に自らに出来る事を知っている」

 二人はそう言って、俺からゆっくりと離れた。

 そして測っていたかのように、二人がそうした瞬間集会所の方から聞き覚えのある声が聞こえてくる。

 

 

「ツバキ君! やっと見付けた! 家に来て!」

「ビーミ? なんで突然───家に?」

 声の主は幼馴染の一人、ビーミだった。

 

 

「ほら早く!」

 俺の手を強く引くビーミ。俺は訳も分からず、彼女に連れ去られる。

 

 そんな俺を見送るように頭を下げるミノトさんとヒノエさん。どちらが言ったのか、二人が言ってくれたのか「それでは、いってらっしゃいませ」と優しい声が耳に残った。

 

 

 

「───お、おいおい。どうしたんだよ急に」

「ツバキ君さ、覚えてないかもしれないけど。私ね、昔ツバキ君の事が好きだったんだよ」

「は!?」

 何故か引っ張られたまま、俺はビーミにそんな事を言われて頭が真っ白になる。

 

 突然モテ始めたのかと思ったが、彼女は「昔」と言っていた。

 

 

「私だけじゃなくてさ、エーコちゃんもシーナちゃんも、ジニア様もカエデちゃんも、皆ツバキ君が好きだった。……駆けっこも早くて、優しくて、頼りになるツバキ君が好きだった」

「……そんなの、昔の話だろ。今の俺は───」

「そうだよ。昔の話! 今はジニア様の方が格好良いもん」

 なにそれ泣きそう。

 

 

「……でも、本当に皆ツバキ君の事が好きだったんだよ。何か困った事があったら、ツバキ君はいつも助けてにきてくれたから」

 それこそ、昔の話だ。

 

 

 今の俺は何も出来ない。自分がしたい事すら出来ない、どうしようもない奴である。

 

 

「なんで今更、そんな話をするんだ?」

「なんでだろね。……やっぱ、二人を助けて欲しいって思ってるからかな」

「それで俺を連れ出してるのか?」

「ううん。これは違うの。……ウツシ教官がツバキ君を───愛弟子を呼んでくれって言ってたから」

「ウツシ教官が?」

 教官は確か大社跡で大怪我を負って、医者であるビーミの親に診てもらっている筈だ。

 そんなウツシ教官が俺に何の用事なのだろうか。

 

 

 ビーミに言われるがまま、俺は彼女の家に足を運ぶ。

 大きめの建物の中、ベッドの並ぶ部屋の片隅で横になっているウツシ教官を見付けた。

 

 

「やぁ、愛弟子!」

「いやなんでそんな元気そうなの」

 ウツシ教官は俺を見付けるやいなや、身体を起こして声を上げる。しかし、ウツシ教官はその後直ぐに傷が開いたのか蹲って唸り声を漏らした。

 

 バカが居る。

 

 

「……何してんだよ教官」

「あ、あはは。心配かけてしまったね。でも、俺は大丈夫だ」

「頭が大丈夫じゃないでしょ、色んな意味で」

 この人と話してると調子が狂うな。久し振りに会ったというのもあるかもしれないけど。

 

 

「……ジニアとカエデが大社跡に居るんだってね」

「……あぁ」

 しかし、ウツシ教官は突然真剣な表情で俺にそう言った。彼は「俺が居ながら……」と少し暗い表情を見せる。

 

 

「……愛弟子よ。もし誰も行かないなら、俺は二人を助けに行くつもりだ」

「待て教官、それはどう考えてもダメだろ。今度は教官が死ぬ」

 元気に見えるが教官の身体は既にボロボロだ。正直どうして口が利けるのか分からない。

 

 

「それでも、二人を見捨てる事は出来ない。なぜなら二人は愛弟子の大切な幼馴染だからね。……止めないでくれ」

「止めるも何も、あんたはそもそも動けないからね」

 動けない事はともかく、今の教官が大社跡に向かっても結果は分かる筈である。

 

 

 何故そんな事を言うのか。

 この人が馬鹿なのは知ってるが、そうじゃない事も俺は知っていた。

 

 そもそも、俺は今この人に呼ばれてここに居るのだから。

 

 

「教官は俺に、二人を助けて来いって言いたいのか?」

「俺は立場上、愛弟子を危険な場所に送る事は出来ない。けれど、愛弟子がどうしたいか……愛弟子に出来る事───俺はそれを知っているつもりだ」

「教官……」

 俺に出来る事ってなんだよ。

 

 

 俺は何も出来ない。だから今、ここにいるのに。

 

 

「難しく考えなくて良いんだ。二人を助ければ良い。それ以外の事なんてしなくて良いんだ。愛弟子はまだ武器をまともに触れないかもしれない。モンスターを倒せないかもしれない。……でも、それは二人を助ける事に必要な事か?」

「二人を助ける事に必要な事……」

「これまでの修行を思い出すんだ。愛弟子───ツバキは、立派にハンターとしての道を歩み始めている。その経験を生かせば、モンスターを倒す事は出来なくても、二人を助ける事は出来る筈だ!」

 教官の言葉に、俺は後頭部を殴られたような感覚を感じる。

 

 

 

 そうだ、俺はまだハンターじゃない。

 けれどハンターじゃないから何も出来ない訳ではない筈だ。俺にだって出来る事はある。そうでなきゃ、何の為にハンターになる為の修行をして来たのか。

 

 俺にも、二人を助けられるかもしれない。

 

 

 

「……教官、俺は二人を助けたい」

 ミノトさんとヒノエさんが言っていた事を思い出した。自分がどうしたいかを考えろ。

 

 俺はハンターじゃない。そんな事は分かってる。

 だけどな、ただの農家でハンターを目指してるだけの俺にだって出来る事はあるんだ。何も出来ない訳じゃない、何かする事から逃げていただけだ。

 

 

 今でもまだ怖い。けれど、きっと何もしなかったら後悔する。俺は今の今まで何も出来なかった事を後悔していたのだから。

 

 

 

「……そうか。本当は、俺は愛弟子を止めないといけない。……こうは言ったけれど、今の大社跡は本当に危険だ」

「そんな事は教官を見れば分かる。大丈夫だ、俺は教官より凄いハンターになる男だぜ? まだハンターじゃないが、頭は教官より足りてる」

「言うようになったね、愛弟子」

「───さて、俺は今から準備して大社跡に向かうつもりだけど。……教官は俺を止めるのか?」

「───止めなければならないけど、俺はこの通りだからね。愛弟子を止める力を俺は今持ち合わせていない」

 そうこなくちゃな。

 

 

「それじゃ、行ってきます教官。ビーミ、エーコとシーナを呼んでくれ」

「え? なんで?」

「良いから」

「わ、分かったよ!」

 走っていくビーミ。俺はそんな彼女を追い掛けるように、教官に背を向けた。

 

 

「愛弟子!」

 彼の声に、俺の足は少しだけ止まる。

 

 

「……必ず、生きて戻ってくれ」

「分かってるよ。任せろ。俺は里一番のハンターになる男だぜ?」

 本当は行かせたくないのかもしれない。彼は自分が助けられるなら、自分でいっている人だ。

 

 それでも態々俺を呼んだのは、そうするしか手がないからだろう。

 そしてそうしなければ、俺は一生後悔して生きていく事になっていた。

 

 

 きっと、どんな結果になるのだとしても、それは一番最悪な結末だと思う。

 俺が大社跡に何も出来ずに向かって死んだとしても、何もせずに二人だけが死ぬよりも遥かにマシだ。

 

 

 

「……さてと、一狩り行きますか。……狩らないけどな」

 だから俺は、絶対に二人を助ける。




モンハンカフェに久しぶりに行ってきました。財布が爆破やられ状態です。

さて、最終話まで。頑張れツバキング。


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俺はハンターになるんだ

 大社跡。

 

 ここは昔、その名の通り巨大な神社が建っていた。

 その規模から見るに、多くの人々がこの土地で暮らしていたのだろう。しかし、それはもう遥か昔の話だ。

 

 

 この地に何があったのか、俺は知らない。

 

 しかし想像することは出来る。

 何を想像するのか。一つだけ言える事は───この地は既にモンスターの世界だという事だ。

 

 

 人は無力である。

 モンスターは強大で、強靭だ。倒す事は勿論、追い出す事だって難しい。それを踏まえれば、この地に何が起きたのかを想像するのは容易いだろう。

 

 

 

「───俺は無力だ。そんな事は知ってる」

 目を開いて、前を見た。

 

 ジニアが帰って来なくて、ウツシ教官がボロボロになって帰ってきて、カエデも居なくなって───

 

 

「今、俺に出来る事をやる。それだけだ。……よし、やるか」

 大社跡のベースキャンプで、用意してきた物を一通り整理してから俺は立ち上がる。

 

「頼むぜ、相棒」

 俺がそういうと、俺の後ろで待機していたオトモアイルーとオトモガルクが視線を上げて答えてくれた。

 そんな二匹の姿を見て、俺はここに来る前の事を思い出す。

 

 

 

「───イオリ!! 力を貸してくれ!!」

 ───里の広場。

 

 大怪我をして動けなくなったウツシ教官と話した後、俺は里を走り回ってジニアとカエデを助ける準備をし始めた。

 その第一歩がイオリの助けである。勿論、俺もハンターじゃないがイオリもハンターという訳ではない。

 

 だから俺がイオリに頼みたかったのは、彼の本当の仕事での話だった。

 

 

「ツバキさん……。はい! 僕に出来る事なら!」

「イオリ、オトモを譲ってくれ! タダで!」

「タダで」

「うん、タダで」

 イオリはオトモの雇用やお世話を仕事にしている。お爺さんにどう思われているか心配しているらしいが、彼の仕事だって本当に立派な仕事だ。

 

 オトモはハンターの助けになる。ハンターの助けになるという事は、里を助ける事にもなるんだ。

 イオリの仕事は里にとって必要不可欠である。現に、今ここで俺がイオリを頼りにしているのだから。

 

 

「出世払いで! 出世払いで払うから! 頼むイオリ。今はなんとか力が欲しいんだ」

 俺に出来る事は限られているから、今は自分に出来ない事をどう埋めるか考えるのが先決だ。

 オトモはなんなら俺よりも強い。小型モンスターくらいなら、俺が戦うよりオトモが戦った方が良いくらいだろう。

 

 だから今の俺には、イオリのオトモの力が必要だった。

 

 

「……あはは、ツバキさんには敵わないなぁ。……出世払いですよ!」

「おうよ!」

「この二匹を連れて行ってあげて下さい。広場でずっと、ツバキさんの事を見ていたから」

 そう言って、イオリはオトモアイルーとオトモガルクを一匹ずつ俺の前に連れて来てくれる。

 

 俺は「よろしくな、相棒」なんて言いながら、立派な目付きをした二匹の頭を撫でた。

 

 

「ツバキさん……!」

「おう?」

「僕、ツバキさんの事信じてるから!」

「おう」

 片手を上げて、次の目的地に急ぐ。時間はない。

 

 

 その次に寄ったのは、ヨモギの茶屋だ。

 俺はヨモギに小銭をぶち撒けながら、彼女が作ったばかりのうさ団子を奪うようにして口に放り込む。

 

 

「え、ちょ、ツバキさん!? なんで!?」

「ヨモギ、今すぐスタミナの付く団子を作ってくれ。あとお土産で怪我とかしてる奴に良い団子も作れ!」

「突然来て注文が雑だよ!? あと、今は他のお客さんが───」

「はは、何か急いでいそうじゃないか。私は構わないよ」

 俺の言葉に唖然とするヨモギを他所に、一人だけいたお客さんがそう声を漏らした。

 

 凛とした表情のそのお客さんは、俺が里を抜け出す前に会えたら良いなと思ったいた一人である。

 

 

「丁度良かったロンディーネさん。俺にちょっと投資しない?」

「おっと、こんな所で商談とは。良いだろう、その話乗った」

「ツバキさんまだ何にも言ってないよ!?」

 すかさず入るヨモギのツッコミ。ただその手はうさ団子を作る為に動き続けていた。

 

 

「───二人共ありがとう。この恩はいつか必ず返す!」

 そうして二人から必要な物を受け取った俺は、ビーミと待ち合わせている里の出入り口に向かう。

 

 

 ビーミにはエーコとシーナを連れて来るように頼んでおいた。彼女は約束通り、里の出口に二人を連れてきてくれている。

 

 

「ツバキング!」

「私達を呼んでどうする気なんですか?」

「連れて来たよ、ツバキ君」

「よし、集まったな三バカ共。良いか? 今からジニアとカエデを助けにいく。お前ら手伝え。嫌とは言わせん」

 俺がそういうと、三人は一瞬唖然とした表情になったが───それぞれ決意の表情でこう口を開いた。

 

「分かったよ、ジニア様の為ならあたしらは何でもする」

「モンスターとは戦った事ないけど! 頑張るよ!」

「私に任せて下さい! モンスターハンターの小説も良く読んでるんです!」

「いやお前らバカなの? だから三バカとか言われてんだよ。誰もお前らに大社跡に着いてこいなんて言ってないからね」

 呆れてそう言うと、三人は再びポカンと口を開いて固まる。

 

 三バカはバカだが、ジニアを想う気持ちは本物だ。アイツを助ける為なら本当になんでもするのだろう。

 

 悔しいがアイツはモテるし俺はモテない。

 でも今はそれで良かった。アイツがモテモテじゃなきゃ、この三バカはこうして手伝ってくれる事もなかったかもしれない。

 

 

「んじゃ、あたしらに何をして欲しい訳?」

「ジニア様を助けてくれるんだよね?」

「もしかしてエロい事ですか! ジニア様を助けてくれる代わりに私達にあんな事やこんな事を要求するつもりですね!」

「シーナお前ちょっと黙ろうか」

 俺の事なんだと思ってるの君。

 

 

「お前達にはな───」

「そこで何をしている、ツバキ」

 俺が口を開くと同時に───三人を呼んだ目的があっちから現れる。

 

 筋肉モリモリマッチョ、本当に年寄りなのか分からない覇気を漂わせ、()()が俺達の前に真剣な表情で歩いて来た。

 

 

「───あのおじいちゃんを止めて欲しい」

「「「無理!!!」」」

「無理じゃねぇヤれ!! エロい事でもなんでもして良いからとにかくあのおじいちゃんを止めろ!! じゃないと俺が二人を助けに行けないの!!」

「やっぱりエロい事じゃないですかぁ!!」

 大社跡に二人を助けに行く為に一番必要なのは、そもそも里から出る事を禁止されているこの状況で里を出て大社跡に向かう事である。

 

 俺には()()があるからな。

 里長が俺を見張っていてもおかしくはない。俺が里を出るには、里長をなんとかする必要があった。

 

 

「……ツバキ。ツツジの時とは違うのだ。相手はアオアシラですらない。ウツシが遅れを取った相手なのだぞ」

「……そんな事は分かってる。けどな里長、俺は約束したんだよ。皆を助ける───二人を助けられるハンターになるってな」

 俺はもう約束を破りたくない。

 

 

 あの約束を、あの時出来なかった事を、もう二度と後悔しない為に───

 

 

「ならぬ。ツバキ、今のお前ではまだ無理だ」

「そうだよな。そんな事は分かってる。……だから変わるんだよ、俺はな───」

 俺は何も出来ない。そんな事は分かってる。でも、だからこそ変わるんだ。

 

 

「───俺はな、ハンターになるんだよ!!」

 ───また二度と後悔しない為に、俺はハンターになる。そう決めた。

 

 

「ってな訳で……喰らえ!!」

 俺は三バカと里長に背中を向けながら、球体のアイテムを地面に叩き付けて走る。

 その数瞬後、俺の背後で光が弾けた。

 

 

「「「「目がぁぁぁああたあ!!!!」」」」

 閃光玉。

 光蟲と呼ばれる発光する虫を利用したアイテムで、使うと視界が真っ白になるような光を放つ事が出来る。

 これはハンターがモンスター相手に目眩しで使う事もできるからか、それなりに需要のあるアイテムだ。ロンディーネさんとの()()の賜物である。

 

 

「ま、待つのだツバキ! ならぬ!」

「頼んだぞ三バカ! そのおじいちゃん止めといてくれ!!」

「「「いや私達今目が見えないけど!!」」」

 なんて言いつつも、三バカは手探りで里長を捕まえて、三人で取り囲んでくれた。

 いくら里長が強くても、女の子三人を無理矢理引き剥がして怪我をさせるなんて事はないだろう。

 

 当然なんとかして三人を落ち着かせて追いかけてこようとするだろうが、その時にはもう遅い。俺は駆けっこには自信があるし、それに───

 

 

「そんじゃ、頼むぜ相棒!」

 俺は並走するガルクに飛び乗るようにして、その背中に身を預けた。

 

 

「……父さん母さん、悪い。俺、行くよ」

 疾走。疾風の如く。

 こうして俺は、ガルクに乗って里から抜け出す事に成功したのであった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 アイテムの整理を終わらせて、俺は覚悟を決めて立ち上がる。

 

 

 もう既にここは里の外だ。

 この世界はモンスターの世界だと、誰かがそんな事を言っていたのを思い出す。

 

 俺達人間はこの世界の主ではない。

 だけど、だからといって逃げて戦わないのは違う筈だ。きっと戦う事を辞めたら、この大社跡のように本当にモンスターの世界に飲み込まれてしまう。

 

 

「俺はハンターになる。……よし」

 真っ直ぐ前を向いた。まずは自分に出来る事を整理する。

 

 俺はそもそも戦えない。

 家から防具と武器は持って来たが、これが役に立つとは思わない事だ。

 

 

 武器を家に取りに行った時、両親はなんとも言えなさそうな顔をしていたのを思い出す。

 絶対に帰ってくると約束をした。

 

 二人を連れて帰る。その為にはまず二人を見付けなければならない。

 

 

「お前ら、これの匂いでジニアの居場所とか分からないか?」

 俺はそう言いながら、ポーチに入れて来たパンツを取り出した。ちなみにこれはジニアのパンツである。

 

 なんで俺がジニアのパンツを持っているのかって、それはお前アレだよ。

 ジニアの家に、何かジニアの匂いが付いてそうな物があるか聞いたらコレが出て来た。あの親にしてあの子供って感じである。

 

 

 ちなみにカエデの家で間違えて「カエデのパンツありませんか」と聞いたらドン引きされた。当たり前である。

 カエデの家からはカエデの靴を借りてきた。オトモが混乱しても困るので、これは後でいい。

 

 

「お?」

 二匹にジニアのパンツを見せると、アイルーは酷い表情をして───ガルクはキリッとした表情で振り返る。

 オトモガルクは鼻が良いのか、コイツが賢いのか。ガルクは俺が何も言わずともゆっくりと歩いて「着いてこい」とでも言うように少しだけ振り向いた。

 

「……頼むぜ。行くか」

 人のパンツの匂いでゲンナリしているアイルーを連れて、俺はガルクに着いていく。

 

 

 少しだけ歩いて、自分の心臓の鼓動が早くなっている事に気が付いた。

 

 今更何を怖がっているのか。

 他でもない、それはモンスターが突然現れたりする事じゃなくて───二人の安否の問題である。

 

 

 ジニアが里を出てから二日、カエデが里を出てから半日以上が経っていた。

 二人がもう既に死んでいたって、なんらおかしくないだろう。それでも、俺は二人を信じてここに来た。

 

 

「ジニア、助けに来たぞ。お前言っただろ、俺が居るから安心してクエストに行けるって。……だから生きてろよ。死んでたらもう一回ぶっ殺してやるからな」

 去勢を張って、ガルクの後ろを進む。

 

 ふと、ガルクが唐突に走って俺はそれを追いかけた。

 

 

「───ジニア! おい、ジニア!!」

 ───ガルクが走っていったその先に、一人の男が倒れている。

 

 金髪の、いけ好かないモテる顔。

 見るだけでムカつくこの顔を見間違える訳がない。けれど、今だけはムカつくよりも───俺はその顔を見て安堵していた。

 

 

「……ツー、君?」

 ボロボロの防具。血だらけの身体。

 けれど、ジニアは表情を歪ませながらも俺の名前を呼ぶ。

 

「生きてるか。そうかそうか生きてるか」

「あはは……どうやら、これが幻覚でないなら、そのようだね」

 不器用に笑うジニアの言葉を無視して、俺は彼の容態を確認した。

 確かに身体は傷だらけだが欠損や大量出血はない。それよりも打撲が多く、骨折の可能性も低くないだろう。

 

 俺がどうした物かと少し考えていると、オトモアイルーが荷物から大きめの布を取り出し───そこら辺の少し太めの枝を二本ブーメランで切り落として簡易的な担架を作り出した。天才かこのネコ。

 

 

「でかしたぜ。よし、このバカをとりあえずベースキャンプに連れてくぞ」

「ツー、君……僕は……大丈、夫……だから、カエ───」

「うるせぇ、とりあえず喋るな。今はお前を助けるのが先だ。安全な所で、お前がどれくらい大丈夫か見て次どうするか決める。お前は今黙って助けられてろ」

 俺がそう言うと、ジニアは黙って目を瞑る。

 

 二人共絶対に助けるんだ。

 俺は一人だって死なせない。

 

 

 オトモ達と共に、俺はジニアを連れて一度ベースキャンプに戻ってくる。

 ジニアの容態は見た目よりも悪くはなかった。むしろ大袈裟なくらいだろう。

 

 一番大きな怪我は左足が骨折してそうなくらいで、出血も小さな切り傷が多いくらいだ。

 これなら別にそこら辺に寝かせておいて放っておいても大丈夫だろう。なに、痛いだろうが死にはしない。人様を心配させたお前にはそれくらいの罰が必要だ。

 

 

 

「───で、カエデはどこに居るんだ?」

「……僕はツー君達が見たっていう、あのマガイマガドというモンスターに襲われてね。必死で逃げ回ってたんだ」

 ウツシ教官の言う通り、やはり大社跡にはあのモンスターが彷徨いているらしい。

 

「……それで、なんとか身を隠しながら逃げていたんだけど運悪く見付かってしまってね。足をやられて動かなくなって……もうダメだと思ったら、カエデが来てくれたんだよ」

「カエデが……」

 その時、カエデがもう少し遅れていたらジニアは助からなかったかもしれない。

 あの時、カエデが一人でも大社跡に向かってくれたおかげで、今こうしてジニアは生きている。

 

 

 アイツは本当に凄いハンターだよ。

 

 

「カエデがマガイマガドの気を引いてくれている内に、僕はなんとか這ってでもベースキャンプに向かおうと思ってね。……そしたら、やっぱりツー君が来てくれた。ありがとう」

「礼ならカエデに言ってくれ。俺は結局こんなに時間が掛かったからな。……さて、お前の言い分から察するにカエデはあのマガイマガドって奴と戦ってるって事か?」

「分からない。……でも、アイツは僕を追っては来なかったよ」

 カエデがやられてしまったなら、次は足が動かなくてトロトロと逃げていたジニアを襲うのが普通だ。

 

 でも、ジニアは無事にベースキャンプの近くまでたどり着いている。

 それはつまり、マガイマガドはまだカエデと戦っているか───もしくはカエデを追いかけている筈だ。

 

 

「……正直なところ、カエデにもツー君にもマガイマガドの力は大き過ぎる。僕も本当は……カエデを置いて行きたくなかった。けれど───」

「けれど?」

「───カエデが言ったんだよ。……ツバキが来るから、それまで耐えるだけだからって」

「俺が……」

 ジニアのそんな言葉を聞いて、俺は昨日カエデに言われた事を思い出す。

 

 

 ──信じられない──

 彼女は昨日、俺にそう言って里を出た。

 

 もしかしたらあの言葉は、俺が受け取った意味とは違う意味で漏らした言葉なのかもしれない。

 

 

「……カエデは俺の事、まだ信じてくれてたのか?」

 俺がハンターなんかじゃないって、そう言った事をカエデは信じないと言ったのか。

 だから俺は必ずここに来るって、彼女はそう信じて、勝てる訳もない相手にジニアを助ける為に時間稼ぎを買って出たのだろう。

 

 俺が来ると信じているから。

 

 

「……あのバカ野郎」

 立ち上がって、俺はポーチの中からカエデの靴を取り出した。その匂いをガルクに嗅がせると、ガルクは真っ直ぐに大社跡の奥を見る。

 

 

「……ツー君、本当に行くのかい? 僕は確かに逃げてきてしまった。カエデを置いて、一人で。でも……分かってるだろう?」

「俺じゃ確かにマガイマガドは倒せない。戦ったって、なんなら役にも立たないし足手纏いだ。……そんな事は分かってる」

「なら……」

「───でもな、俺にだって出来る事はある。……それ以前に、やらなきゃいけない事があるんだよ」

 俺がそう言うと、ジニアは少し驚いたような表情を見せてからゆっくりと目を瞑りながらこう口にした。

 

 

「……そう言ってくれると信じてたよ」

「嘘こけ」

 今驚いてたろ。

 

「ツー君」

「なんだよ」

「カエデを助けて来てくれ。……お願いだ」

「任せろ」

 そう言って俺は立ち上がる。

 

 

 ガルクの鼻は優秀だ。態々ジニアにカエデやマガイマガドの場所の手掛かりを聞く必要もない。

 

 問題は今カエデがどんな状態かである。

 悪い予感が過ぎって、俺は頭を横に振った。

 

 

「行ってくる。そこで待ってろ」

 もう一度ベースキャンプを出る。

 

 今度はジニアと同じように簡単にはいかないかもしれない。そもそも自分の力が足りないかもしれない。既に間に合っていないのかもしれない。

 

 

 それでも俺は走った。

 

 

 幼馴染み達との約束を守る為に。



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ただひたすら前に走った

 揺れる焔。

 禍々しい色をした火が、昼間なのに暗い林の中を照らしていた。

 

 木の枝の折れる音がする。

 その音よりも大きく聞こえる自分の心音を誤魔化すように胸を叩きながら、俺は深呼吸して息を整えた。

 

 

「……マガイマガド、なんでこんな所に居るんだよ」

 大社跡の奥地。

 ガルクの鼻を頼りにカエデを探して大社跡を歩いていると、モンスターの気配に敏感なアイルーが俺に危険を知らせてくれる。

 

 木陰に隠れた俺の視界に入ったのは、カエデが帰ってきたあの日───この大社跡で俺達を襲ったモンスターだった。

 

 

「お前ら音立てるなよ。絶対だからな。言っとくけどこれ振りじゃないからね。本当、頼むから音立てるなよ」

 俺の言葉に、オトモ二匹は首を縦に振ってくれる。

 

 木の枝でも踏んでみろ。アイツにバレて何もかも終わりだ。

 気を引き締める。緊張して息を呑んだその直後───

 

 

 プゥッ

 

 

 ───オナラが出た。

 

 

「あばばばばばばばばばばばばば」

 力み過ぎた!! やばい!! マジやばい!! 本当にやばい!! 死んだかも!! 

 

 口を押さえる俺に、目を丸くして震えるオトモ二匹。

 しかし、マガイマガドは俺達には気が付かずに通り過ぎてくれる。

 

 

「た、助かった……のか?」

 その姿はまるで、何かを探しているようだった。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 オナラで死にそうになったがひとまず安心。

 

 

「───じゃ、ないわな。カエデを探さないと」

 問題はそこじゃない。

 マガイマガドはカエデと戦っていた筈である。しかし、それが何かを探しているかのように歩き回っていた。

 

 奴が探していたのはカエデか、それとも逃げたジニアか。

 

 

 嫌な予感が頭を過ぎる。

 どちらにせよ事実として、マガイマガドが二匹いるなんて事になっていない限り───今マガイマガドはカエデと戦っていない。

 

 

「そっちなのか? そっちはもう獣道ですらないぞ」

 先を進むガルクの後を追っていると、モンスターの通り道ですらない場所に案内された。

 俺がガルクを止めようとするが、ガルクは自信のありそうな顔で首を縦に振る。

 

「……分かった。お前を信じる」

 ガルクの鼻はジニアも見付けてくれたし折り紙付きだ。そんなガルクを信じて木々を掻き分け先に進もうとすると、ふと視界を青白い光が通り過ぎる。

 

 

 それはマガイマガドが纏う不気味な光ではなく、まるで星の光のような綺麗な光だった。

 

 

 

「……翔蟲」

 光の正体。

 それはカムラの里のハンター達が好んで力を借りる生き物(環境生物)の一種である。

 翔蟲は人の身体すら支えることの出来る強度の糸を出す事が出来て、カムラの里のハンターはその糸を利用して狩りを有利に進めるのだとか。

 

 俺はまだ本当のハンターではないし、そもそも虫が嫌いだからハンターになっても用はないけど。

 

 

「なんだよ、お前」

 ───ただ、その翔蟲は俺に用があるとでも言いたいかのように視界の中でユラユラと揺れていた。

 

 俺が声を掛けると、翔蟲は迷わずに真っ直ぐ木々の奥に向かっていく。

 ガルクに視線を向けると、ガルクは首を縦に振ってその翔蟲を追いかけた。

 

 

「冗談だろ……」

 嫌な予感がする。

 

 

 嫌な景色が頭を過った。

 

 

 

 血と肉の匂い。

 群がる光。

 

 これは俺の錯覚か。

 

 

 

 違う。

 

 

「……カエデ」

 翔蟲に導かれたその先に、光が群がっていた。

 

 

 

「カエデ……カエデ……!! カエデ!!」

 ──凄い、ツバキ。やっぱりツバキは凄いよ!──

 辞めてくれよ。

 

 

 ──少しでもツバキに追い付けるように頑張らなきゃ──

 頼むよ。

 

 

 ──私も、ツバキみたいに色んな人を助けられるようになりたいから──

 俺はまだ───

 

 

 ──信じられない──

 ───お前との約束を守れてない。

 

 

「カエデ……!! くそ、どけ!! どけよ!! カエデに触るんじゃねぇ!! どけぇ!!」

 群がる光を手で描き分ける。

 

 翔蟲に光蟲。大きい虫から小さい虫まで。

 何かを包み込むように群れる虫達を、俺は必死になって掻き分けた。

 

 

「カエデ……カエデ!!」

 そこにやっぱりカエデは倒れている。全身ボロボロで血だらけで、意識もない。

 

「……ぅ、うぅ。もう……食べられないよぉ」

「───は?」

 けれど、彼女は生きていた。

 

 

「……寝言?」

 苦しそうな表情をしているが、彼女はしっかりと息をしている。怪我は酷いが命に関わりそうな怪我はしていない。

 身体を貪られたり、食いちぎられたりしている形跡はどこにもなかった。

 

 あれだけの虫に囲まれていたのに。

 

 

「───うわっ。……モミジ?」

 ふと、巨大な虫が視界に入る。それはカエデの操虫棍付属の猟虫、マルドローンのモミジだった。

 

 翔蟲やその他の蟲も、またカエデに群がってくる。

 しかしそれはカエデを食べようとしたりしている訳ではなく、まるで母親が子供を寝かし付けるように包み込んで───俺はそんな虫達に暖かさを感じてしまった。

 

 

「気持ち悪い……けど、まさかお前達……カエデを守ってくれてたのか? まさか……あの時も───」

 ふとそんな疑問が口に出る。

 

 二年前。

 大社跡で見付けた兄の死体。

 あの時はもう血と肉の塊だった。だけど、カエデはこうして生きている。

 

 

 

 ふと、里の広場で翔蟲が大量発生した時の事を思い出した。

 虫に好かれてるのか、虫の女王にでもなったのか、翔蟲に群がれるカエデの姿。彼女は虫に好かれているのだと、ジニアも言っていたっけか。

 

 

 

「お前ら、マジか……」

 ずっと、勘違いをしていたのかもしれない。

 

 俺は虫が嫌いである。

 それは今も変わらない。勘違いだったとしても、そもそも近くで見たらコイツら気持ち悪い。

 

 

 けれど、あの時も今も、蟲達は守ってくれていた───俺達を助けようとしてくれていたんだ。

 

 

 

 それが何故かは分からない。

 聞く話によれば雷光虫と呼ばれる虫は、天敵であるガーグァと呼ばれるモンスターから身を守る為にジンオウガと呼ばれる大型モンスターに力を貸すらしい。

 

 俺達人間に力を貸してくれる翔蟲も、それと同じようなものなのだろう。

 それにカエデは妙に虫にモテるし、兄さんも操虫棍を使っていたっけ。

 

 

 

「……ありがとな、お前ら。うわよく見たら顔キモ」

 だとしてもキモいんだけどね。

 

 

 

 

「───さて、やる事は決まったな」

 カエデの容態を見て、俺はこれからするべき事を整理した。

 

 まずカエデの容態だが、ジニアよりは酷くない。

 切り傷は多いが骨に異常は無さそうである。意識がハッキリしないのは、ギリギリまでマガイマガドと戦っていたからだろうか。

 ビーミと勉強しただけの素人意見ではあるが、少し寝て体力が回復すれば歩けるようにはなる筈だ。ヨモギ特製のうさ団子もある。

 

 問題はその時間がないという事。

 

 

「……近いな」

 木が薙ぎ倒される音。

 

 禍々しい雰囲気を漂わせるそれが、辺りを彷徨いているのがここに居ても分かった。

 

 

 マガイマガドはカエデを探している。

 なんとかジニアを逃す時間を作ったカエデだが、力尽きてこの場所に逃げて来た。そして、それを虫達が守っていた。そんな所だろう。

 

 しかしここがマガイマガドに見付かるのも時間の問題だ。

 

 

「俺がやるべき事は一つ。……カエデ、お前を助ける事だ」

 ここまで一人で頑張ってきた立派な狩人の頭を撫でる。俺にそんな事をする資格はないかもしれない。

 

 けれど、今度は俺が助けてやる番だ。

 

 

 

「さて、行くか。……おっと、お前らはここでお留守番な」

 俺が立ち上がると付いてこようとしたオトモ二匹に俺は「待て」をする。

 

「お前達はいざって時にカエデを助けてやってくれ。正直、小型モンスターとかなら俺がいるよりもお前達がここにいる方が安心出来る。……モミジもな」

 カエデに寄り添っているモミジにも言葉を掛けると、モミジは身体を縦に振って答えてくれた。

 オトモ二匹は少しの間顔を見合わせて心配そうな顔を見せるが、主人の意見を尊重してくれたらしい。首を大きく縦に振ってくれる。

 

 

「俺はマガイマガドをなんとかする。……いや、倒せるなんて微塵も思ってないしなんならどうしたら良いのかまだ分からないけども。一つだけ分かってるのは俺がここにいても何もならないし、マガイマガドにこの辺りをウロウロされるのはマズイって事だ」

 大社跡の奥まできてしまった以上、俺一人でもマガイマガドから逃げるのは難しい。

 

 カエデを運ぶにせよ体力の回復を待って歩かせるにせよ、マガイマガドをなんとかしなければ俺達に道はなかった。

 

 

 

「任せろ。俺は里一番のハンターになる男だぜ? これが終わったら、お前達は里一番のハンターのオトモになるんだ」

 二匹の肩を力一杯抱いて、俺はそんな虚勢を漏らす。

 

 

 正直自信はない。

 けれど、やらなきゃいけないという事だけは確かだ。

 

 別に手がない訳じゃない。

 俺にはハンターになったらモテると聞いて、一生懸命培ってきた技術と知識と人脈がある。足りないのは実力だけだ。一番必要なものがない。

 

 

「───カエデ、待ってろ。今()()()やるから。……行ってくる」

 そう言って俺はカエデを置いて一人で歩いた。

 

 

「ツバキ」

 俺を呼ぶ声が聞こえた気がする。だけど、振り向かない。

 

 

 大丈夫。絶対に助けるから。

 

 

 

 

 

 

「───無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理!!!!! 無理でぇぇぇす!!! 無理ぃぃいいい!!! バカかお前!!! 無理に決まってんだろ!!! 無理!!! 死んだ!! 死ぬ!」

 数刻後。

 クソ程情けない絶叫が大社跡で木霊していた。

 

 

「辞めて!!! それは流石に死ぬ!!! もう少し手加減してくれてもよくない!? お前こんな小さな生き物に本気出して恥ずかしくないの!? てか背中の太刀邪魔なんだけど!! 捨てて良い!? コレ捨てて良い!?」

 追いかけてくる巨体。

 

 怨虎竜───マガイマガド。

 カエデと再開したあの日、アオアシラを狩ろうとしていた俺達を襲ったモンスターである。

 

 

 思えばあの日も俺はこんな風に情けなく叫んでいたっけか。

 あの日と違うのは、俺にそれなりの準備がある事だ。

 

 そういえばあの日のあの時、俺がなぜ助かったのか。もしかしたら───なんて考えて首を横に振る。今は死なない事に集中しろ。

 

 

 

 俺の目的は一つ。

 マガイマガドをこの大社跡から遠ざける事だ。

 

 撃退出来ればいう事はないが、俺にそんな技術も実力もない。

 俺に出来るのはこうやって逃げ回って、自分自身を囮にしてマガイマガドを大社跡から引き離す事くらいである。

 

 

 現状まだ目的達成には程遠いが、大社跡から引き離す事さえ出来ればカエデやジニアだけでも助かる可能性は高い。

 その後の事はその後考えれば良い。俺だって死にたい訳じゃないが、俺に出来るのはこのくらいだ。

 

 

 

「……っ、はぁ……くそ……! 全身棒みたいだ。やべ、無駄にはしゃぎ過ぎたかな」

 これでも体力には自信がある方だが、それでも俺はただの農家である。

 

 ロンディーネさんから譲ってもらった強走薬の効果で自分でも意味の分からない程にスタミナが溢れてくるが、それでも人間限界がある訳で。

 足も痛ければ意識は朦朧としているし、身体の中がグチャグチャにかき回されているような感覚で今にも吐きそうだ。

 

 どれだけ走っただろう。

 そんな事を考えて、一瞬だけ気が散った。そうすると心臓を直接握り潰されたような激痛が走って俺は地面を転がる。

 

 

「ガッ───ゃ、やっべ……!!」

 何がどれだけ走っただろう、だ。まだ全然足りない。まだ俺は何も出来てない。まだカエデを助けられてない。

 

 

 こんな所で死ねない。

 

 

「こんな所で───」

 地面を転がって揺れる視界の中で、マガイマガドが真っ直ぐに跳躍してくるのが見えた。

 

 オサイズチとすら戦った事がない俺でも分かる。

 アレに踏み潰されたら、それだけで死ぬ事くらい。

 

 

「───くそ!!!」

 血反吐を吐いた。

 

 身体は起き上がらない。諦めかけたその瞬間、俺の目の前でマガイマガドが突然()()()()()()()()()動きを止める。

 

 

「……何?」

 しかし、俺の視界にはマガイマガド以外には何も映っていなかった。

 

 ───いや、違う。

 

 

「糸」

 糸だ。

 人間の体重すら支える事の出来る丈夫な糸。それが何重にも蜘蛛の糸のように重なって、マガイマガドを止めていたのである。

 

 

「……お前ら」

 視界に入る青白い光。

 

 翔蟲が三匹、俺の真横にピタリと着くように羽ばたいていた。

 

 

「なんだよ、手伝ってくれるなら初めからそう言ってくれよな……。てか、凄いな。マガイマガドを止めるなんて」

 死ぬかと思って苦笑い気味に、後退ってマガイマガドから距離を話しながらそんな言葉を漏らす。

 強走薬の効果が切れたのか足がガタガタ震えているが、翔蟲の力があればあるいはなんとかなるのではないだろうか。

 

 

「よしお前ら、そのままアイツを拘束するんだ!」

 絡まる糸に身動きを封じられて暴れるマガイマガドを指差して、俺は翔蟲達にそう命じようとした。

 

 ───しかし。

 

 

 プチプチと、まるで糸が切れる音───ではなく普通に糸が切れて音がなる。

 世の中そんなに上手くいくはずが無いのだ。

 

 

 

「デスヨネー! 逃げるぞお前ら!!」

 正直もう限界である。しかし、俺にはそれ以外の選択肢がない。

 

 そうして振り向いた直後。

 視界に入ってきたのはマガイマガドと比べるとあまりにも小さな───しかし、俺からするとあまりにも強大なモンスターだった。

 

 

「イズチ!? こんな時に、お前達の相手なんかしてられないっての!!」

 眼前に獲物()を囲い込むように広がるイズチが三匹。小型モンスターのイズチだが、俺からすれば一匹でも手に余る。

 

 

「……勘弁してくれ」

 正面にはイズチが三匹。背後には翔蟲の糸から脱出したマガイマガド。

 八方塞がりとはよく言ったものだ。

 

 それでも俺はどうにかしなければいけない。

 俺に出来る事は考える事だけである。その時間もないのが現状だが、そんなどうしようもない状態で先に動いたのはマガイマガドだった。

 

 

 鮮血が散る。

 

「イズチを……食った?」

 響き渡る悲鳴。

 俺を飛び越して、正面にいたイズチをその牙で屠ったのは俺を追っていた筈のマガイマガドである。

 そのマガイマガドはイズチ一匹を亡き者にすると、左右で威嚇するイズチを一匹ずつ踏み潰して口に咥えながら、唖然とする俺を睨んだ。

 

 

「大食いさんなのね……。それとも、俺はお前の獲物ってか? 俺以外にお前はやらせないってか? そういうの、物語のライバル関係じゃ鉄板だけど……俺は勘弁してもらいたいぜ」

 虚勢を張るが、正直な所もう限界である。

 

 

 ここで諦めてもカエデは助かるだろうか。いや、そうじゃないだろ。

 

 

 

「───ま、ここで決着を付けるのも悪くないわな」

 背中の太刀に手を伸ばした。

 

 俺は物語の主人公じゃない。

 突然力が覚醒したり、都合の良い才能もない。

 

 

 だから俺に出来る事は、最期まで戦う事だけである。

 諦めずに最後まで。一瞬でも気を抜くな。

 

 カエデが、ジニアが、少しでも助かる可能性に向けて突き進め。

 

 

「俺は諦めが悪いんだ。俺は絶対に二人を助け───」

 瞬間。

 視界が揺らぐ。身体が宙を舞った。

 地面を転がって木に叩き付けられる。何が起こったか分からない。去勢を張っている間にマガイマガドにやられたのか。

 

 しかし、激痛に歪む視界の中でマガイマガドは俺を見ていなかった。

 それにマガイマガドは動いていない。

 

 なら、俺に攻撃してきたのは───

 

 

 

「アレは───」

 ───視界に映るもう一匹のモンスター。

 

 蒼い毛並みに剛腕。身体の一部を覆う甲殻が特徴的なそのモンスターは、俺とカエデがあの日に本来挑む予定だったモンスターであり───

 

 

 

「───アオアシラ」

 ───兄を殺したモンスターである。

 

 

 二匹の咆哮が大社跡に木霊した。



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これが今の俺に出来る事だ

 ハンターになったらモテると思っていた。

 

 

 強い男はモテる。

 子供の頃、身をもって思い知った事だ。

 

 足が早くて頼りになる男の子。皆の憧れ。

 それじゃ、ハンターはどうだろう。

 

 

 ハンターは強くて頼りになる、皆のヒーローだ。

 モンスターから里を守って、困っている人を助ける。身の丈程の獲物を背負い、強大な敵に立ち向かう姿に憧れたのは俺だけじゃない。

 

 ジニアもカエデもハンターになった。

 色んな人がハンターを目指している。俺はその内の一人に過ぎない。

 

 

 

 これは、ただモテたくてハンターになろうとした男の小さな小さな物語だ。

 

 幼馴染みとの約束を守りたくて、大切な人達を守りたくて───そんな格好良い語じゃない。

 もしこれがそんな格好の良い男の話なら、物語として綴られているだろう。

 

 

 だけど俺は物語の主人公じゃない。

 

 

 これは、ただモテたくてハンターになろうとした男の物語だ。

 

 

 あと結論から言うと俺はモテなかったよ。格好良くないからな。

 

 でも、それで良い。

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 血反吐を吐きながら立つ。

 

 

「アレは……アオアシラ」

 動けなくなったら死ぬと身体に言い聞かせて、俺は既に限界の身体をなんとか持ち上げた。

 別にモンスターと戦っていた訳じゃない。走って逃げて、いざ戦おうとしたら別の奴に攻撃されて、それだけでこの様である。あまりにも格好悪い。

 

 

「確か臆病なモンスターなんじゃなかったかぁ? いや、ぶっちゃけこの現状は助かってるけどさ」

 小言を吐きながら、虚勢混じりに武器を構えた。

 

 正直な所アオアシラの乱入がなければ、今頃俺はマガイマガドに屠られていただろう。

 

 

 どうやら大喰らいらしいマガイマガドは俺みたいな小さな奴よりアオアシラの方が気に入ったらしい。その鋭い眼光は、蒼い巨獣に向けられていた。

 

 対するアオアシラも、ギラギラと光る瞳をマガイマガドに向けている。里でのお勉強でアオアシラというモンスターは臆病なモンスターだと聞いたが、どうやら例外もいるらしい。

 俺みたいに自分の事を強いと思っているのか、縄張り意識が強いのか、体格から違うマガイマガドに自分を大きく見せる為に両手を上げて威嚇している姿は俺から見れば恐ろしかった。

 

 

 しかし、マガイマガドは表情一つ変えずに目の前の獲物をどうしてやろうかと動きを伺っている。

 

 

 こうして見比べると、カエデがアオアシラとマガイマガドを間違えた理由が全く分からない。そんなに似てないよ。いや近くで見てみてくれ。全然似てない。

 

 

 

「……さて」

 どうするか。

 

 俺の選択肢は限られていた。

 一つ、アオアシラとマガイマガドが争っている内に逃げる。

 二つ、アオアシラに加勢してマガイマガドを倒す又は撃退する。

 

 

 個人的には逃げたい所だが、アオアシラがやられてしまうと次に追い掛けられるのは俺だ。

 今から俺が逃げるとしてアオアシラがどれだけ時間を稼いでくれるか分からない以上、どう逃げるにしてもコレは神頼みの賭けになる。

 

 とはいえアオアシラに加勢してマガイマガドと戦うとしても問題は山積みだ。

 アオアシラに俺が加勢した所で、マガイマガドと対等に戦えるとは思えない。そもそも俺とアオアシラは意思疎通が出来ないから加勢ではなくただの混戦である。突然アオアシラの剛腕がまた俺を襲ってくるとも限らない。

 

 そもそもマガイマガドを撃退出来たとしても、次はアオアシラそのものが問題だ。正直な所初めから俺に選択肢なんてない。

 

 

 

「……戦うしか、ないよなぁ」

 元々そのつもりだったのだから、俺は再び背中の太刀に手を伸ばす。

 

 コレを抜いたら、そこからは俺も狩人だ。

 逃げる事は許されない。負ける事も許されない。二人を助けると決めたのなら、最後まで足掻け。

 

 

「───見てろよ、俺の格好悪い悪足掻きを」

 唇を噛みながら太刀を抜く。同時に、先に仕掛けたのはアオアシラだった。

 

 両手脚で勢いよく駆けるアオアシラは、自分自身の質量を駆使してマガイマガドに突進を仕掛ける。

 相手がイズチやオサイズチなら、それだけでも脅威になる攻撃だ。しかし、マガイマガドとアオアシラの体格ではその立場は逆転する。

 

 衝撃と轟音。

 岩が砕けたような音を立てて、マガイマガドはアオアシラの突進を受け止めてみせた。

 発達した両前脚で抱えるようにアオアシラの動きを止めたマガイマガドは、禍々しさすらあるその牙をアオアシラの首筋に向けて突き立てる。

 

 

 アオアシラの悲鳴が大社跡に木霊した。

 言わんこっちゃないが、それでアオアシラに諦められたら困るのは俺である。

 

 

「───こっち見ろデカブツ!!」

 そのままアオアシラの首を捻らんとするマガイマガドの背後に回り込んで、俺は頭上まで持ち上げた太刀を振り下ろした。

 武器の振り方はまだイオリに呆れられる程。力の入れ方も、抜き方も分からない。だから俺はただ力強く武器を振る。それしか出来ないから。

 

 

 太刀はマガイマガドの甲殻を叩き割り、鮮血を吹かせた。

 目一杯振り下ろした甲斐があったというものである。しかし、嫌な音がして俺は何故か軽くなった自分の太刀に目を向ける。

 

 

「……欠けてるんですけど」

 真っ二つに───とまではいかないが、丁度マガイマガドの硬い甲殻を切り裂いた刀身の先端が欠けていた。

 幸先が悪過ぎるが、太刀を少しダメにした甲斐もあってマガイマガドの意識はアオアシラから俺に逸れる。

 

 アオアシラが体勢を立て直す時間を稼げたのなら充分だ。

 もしアオアシラがこれで逃げたら、マガイマガドは多分アオアシラを追うだろう。そうでなくてもアオアシラが逃げたら俺もアオアシラを追いかけるように逃げてやる。

 

 

 ───悪いがお前の事は最大限利用させて貰うぜ。逆らっちゃいけない奴に逆らった仲だ。最後まで付き合ってくれよな。

 

 

 

「───ぬぉ!?」

 マガイマガドの視線が俺を向いたその瞬間、アオアシラは攻勢逆転だとでも言わんばかりにその両腕を大きく振り回してマガイマガドに()()()()()を繰り出す。

 

 硬い甲殻に覆われたアオアシラの剛腕は振り回すだけでも凄まじい威力だ。

 俺に注意を取られていたとはいえ、あのマガイマガドが怯んで仰反る姿には感心する。

 

 しかし、俺もマガイマガドに攻撃したばかりで密着状態だ。アオアシラの攻撃の余波に当てられて、俺はそれだけで地面を転がる。

 

 

「……も、もう少し手加減してくれても良いのよ」

 助けてやったのに───なんて言葉に意味はない。俺とアオアシラは別に共通の敵と戦っているだけで共闘している訳ではないのだから。

 

 

 しかし、今のでマガイマガドの隙を突けたのは大きかった。

 アオアシラが脚をバネに怯んだマガイマガドに体当たりすると、マガイマガドは大きく仰反ってアオアシラから距離を取る。

 

 しかし、このまま倒せてしまうのでは───そう思った刹那。視界が禍々しい焔に包み込まれた。

 

 

「───なんだ!?」

 まるで鬼火のような、人魂のような。

 

 マガイマガドの身体を覆い尽くす不気味な焔。自ら焔を纏っているようでもある。

 

 

「……もしかして、さっき本気じゃなかった? パワーアップしてます?」

 ジンオウガというモンスターは本気で相手を倒そうとすると、自らの身体に宿る雷光虫達の力を最大限に借りて力を増すらしい。

 それに加えてモンスターは怒ったりすると動きがさらに過敏になり、危険になるとか。お勉強は大切だ。

 

 

「……なんかやばいって事だけは分かったぞ」

 お勉強はともかくマガイマガドはもう見た目が大変な事になっている。これは逆らってはというより関わったらいけない系だ。

 

 ただ、そんな事は知った事かとアオアシラは再びマガイマガドに突進を仕掛ける。

 アイツ何も考えてないぞ。ちょっと待て流石にそれはヤバい。

 

 

「言わんこっちゃな───は!?」

 突然したアオアシラは、マガイマガドの片手に突き飛ばされて地面を転がった。

 呆れた奴だが俺にはアオアシラの援護以外にやれる事がない。またマガイマガドの注意を引いてやらうと思ったその瞬間───

 

 

「───飛んだ!?」

 ───マガイマガドは跳躍する。それだけじゃない、自身の体長よりも高く跳んだマガイマガドが()()()方向転換をしてアオアシラに向けて突進したのだ。

 

 空を飛ぶ翼を持たない筈のマガイマガドが、空から急降下してきたのである。意味が分からない。

 

 

 アオアシラは血潮を撒き散らしながら地面を転がった。それでもなんとか起き上がろうとするアオアシラの生命力に驚きだが、今はそこじゃない。

 

 

「……ば、化け物かよ」

 アレは本当に生き物(モンスター)なのか。

 

 陽炎を揺らしながら、マガイマガドはアオアシラにトドメを刺そうとゆっくりと歩き出す。

 それは困る───そう思って太刀を手に走ろうとしたその時だ。俺の身体は何故か動かなくなる。

 

 まるで金縛りにでもあったかのようだ。

 

 

「……あ?」

 別に攻撃された訳じゃない。身体はボロボロだが、まだ動ける。けれど、何故か俺の身体はいうことを聞いてくれなかった。

 

 

「……なんだよ」

 ふと自分の手を見ると、その手が小刻みに震えている。

 足も、身体も。

 

 俺は怖くて動けなくなってしまっていた。

 

 

「……いや、いやいや。分かってるんだよ」

 俺はマガイマガドには勝てない。アオアシラもあの様で、今から殺される。

 その次は俺だ。

 

 脳裏に兄だった血肉の塊が過ぎる。

 

 

 俺は死ぬのが怖い。

 誰かが死ぬのも怖いけど、自分が死ぬのも怖い。

 

 だからハンターになる夢を捨てたんだ。怖くて動けなくなる事が分かっていたから。

 

 

「……分かってるけどよ」

 震える足に太刀の柄を何度も当ててやる。

 

 分かっていても、俺はここまで来た。

 嘘を吐いて、虚勢を張って、皆の力を借りて、大切な人を助けると決めて。

 

 

 だったらもう引き下がれないだろ。ここで逃げても結果は同じだろう。

 俺はもう逃げられない。逃げられない所まで来たんだ。

 

 それは何の為だよ。

 

 

 大切な友達との約束を守る為か? 

 違う。

 

 大切な友達達を助ける為か? 

 違う。

 

 里の皆が、兄が、家族が、友達が期待したようなハンターになる為か? 

 違う。

 

 

 

 ───そうだ。

 

「……俺は弱虫だ。何も出来ない、ただの農家だ」

 そんな事は分かってる。

 

 けれど、それでも───

 

 

 

「それでも俺はモテたいんだよ!! モテる為ならなんでもするぜ!! 俺は里一番のハンターだ!! 嘘でも虚勢でも!! 俺はハンターなんだよ!!!」

 ───自分を騙せ。

 

 

 自分の事は自分が一番分かってるんだ。

 俺は死ぬのが怖い。俺は弱い。俺は何も出来ない。

 

 でもそんな事は知った事か。

 そんな事は言わなくても自覚しなくても知ってるんだよ。

 

 

 関係ない。

 今は嘘でも虚勢でも何でもいい。

 

 身体を動かせ。

 

 

 

 ハンターになるんだろ。

 

 友達を助けるんだろう。

 

 約束を守るんだろう。

 

 

 

 だったら身体を動かせ。自分がどうだとかなんて知った事か。

 俺はハンターになるんだ。友達を助けるんだ。アイツとの約束を守るんだ。

 

 ───自分を騙せ。今の俺に出来る事を全てやれ。

 

 

 

「───オラァ!! こっち見ろ化け物!! 人魂お化け!! お前の相手は俺がやってやるって言ってんだよ!!」

 精一杯の虚勢を張って太刀を構える。

 

 もう何も考えるな。

 俺は弱い。何も出来ない。それは一旦忘れろ。ハンターになってモテる事だけ考えろ。

 

 

 そうでもしなきゃ、俺の身体は動かなかった。

 嘘と虚勢で周りも自分も騙して、ようやく俺は動ける。俺はそんな情けない人間だ。でも今はそれでも良い。だから、騙し続けろ。つべこべ言わずに身体を動かせ。

 

 

「オラァ!!」

 ゆっくりと歩きながら振り向くマガイマガドの横腹に太刀を叩き付ける。

 

 太刀の刃が欠けた。

 しかし、血飛沫と共にマガイマガドは小さな悲鳴を上げる。俺は痺れる手を振りながら、態と大きな声を出してマガイマガドの注意を引いた。

 

 

 アオアシラの復活まで時間を稼ぐ。

 それだけでいい。いや、どれだけ虚勢を張ろうが俺に出来るのはそれだけだ。

 

 太刀の使い方が下手過ぎて、もう何回か攻撃したらこの武器も使い物にならなくなる。

 イオリから譲って貰ったオトモも、ヨモギの団子もロンディーネさんのアイテムも今はもうない。

 

 

 使えるのは自分の身体とこの武器だけ。

 

 それでも俺がやらないといけない事はシンプルだ。俺にだって出来る。出来る筈だ。やれ。

 

 

「やるしかないだろ……!」

 俺を睨むマガイマガドに向けて、もう一度太刀を振り上げる。

 切り上げとか切り下がりとか難しい事をやれる程余裕はない。俺にはこれしか出来ないから、武器を頭の上まで振り上げた。

 

 しかし、それより先にマガイマガドの剛腕が俺の身体を叩く。

 まるで虫でも払うように振られた剛腕に俺の身体は数メートル先の木に叩き付けられた。

 

 肺の空気を全部吐き出しながら、血反吐で地面を濡らす。

 倒れそうになった身体を太刀で支えようとして、その太刀が半分に折れてるのに気が付いた。

 

 

「……クソ」

 マガイマガドは俺を無視して、再びアオアシラの元にゆっくり歩いていく。

 アオアシラはまだ立ち上がれていない。それでも立ち上がろうとはしているんだ。もう少しだけ、もう少しだけ時間を稼げ。

 

 

「クソクソクソ……クソ!!」

 折れた太刀を上に構え、マガイマガドの尻尾に叩き付ける。

 今度は傷も付けれない。尻尾に払われて、俺は再び地面を転がった。

 

 立ち上がる。

 さっきまで静かだった翔虫が、俺を止めるように視界の前に出て来た。

 

 

「キモい顔見せんな……。退いてくれ」

 俺がそう言うと、翔虫達は何処かに飛んでいってしまう。

 

 遂に虫にまで愛想を尽かされた。

 

 

 それでも───

 

 

 

「まだ、だぁ……!!」

 今度はマガイマガドの正面に立って、アオアシラとの間に入り込んで、もう刀身が殆ど残ってない太刀を振り下ろす。

 遂に太刀はバラバラになって砕けて、俺はヤケクソになって柄をマガイマガドに投げつけた。

 

 結局、最後まで奇跡は起きないし俺の力はそんなもんである。

 

 

 ただ、後ろでアオアシラが立ち上がる音がした。

 自分に出来るだけ、時間は稼いだか。本当に情けないが、後はアオアシラに任せるしかない。

 

 それでも、自分に出来る事は最大限したと思う。

 

 

 後は、コイツが善戦してカエデとジニアだけでも助かればそれで───

 

 

 

 そう思って俺は目を瞑った。

 持ち上げられたマガイマガドの剛腕に踏み潰されて死ぬ───そう思って。

 

 しかし、少ししても何の感覚もない。

 ただ風の感覚と、音。俺は生きている。

 

 

 目を開けると、目の前でマガイマガドが止まっていた。

 

 

 

「……お前ら」

 青白い光が視界の中で舞う。

 

 愛想を尽かされたものだと思っていたが、翔虫はまだ俺を見捨ててはいなかったようだ。

 

 

 ふと背後を振り向くと、何故か立ち上がった筈のアオアシラが蹲っている。

 アオアシラに戦って貰わないと困る訳だが、アオアシラの身体中に翔虫の糸が括り付けられているのが見えて頭に何かが過った。

 

 

「……出来るのか?」

 言いながら、俺は走る。同時にマガイマガドを止めていた後が千切れて、今さっきまで俺がいた場所の空気が潰れた。

 

 

 

 これは本当にただの賭けである。

 

 思い付きも良い所だ。もっとマシな方法があるかもしれない。それでも、何故か俺は失敗する気がしなかった。

 

 

 思い出したのは畑にブルファンゴというモンスターが現れた時の事。

 カエデがブルファンゴを翔虫の糸で操って、木に激突させた姿である。

 

 今、何故か丁度アオアシラは翔虫の糸で動きを止めている。

 

 

 これを使って上手くアオアシラを誘導出来れば、あるいはマガイマガドに手が届くのではないだろうか。

 

 

 アオアシラのパワーは充分だ。

 しかしコイツの性格なのか、馬鹿正直に真正面から突撃してばかりではマガイマガドには勝てない。

 

 そこをなんとなくでも補助してやれば、或いは。

 

 

 

「───ちょっとお背中借りますよぉ!!」

 アオアシラの背中に飛び乗って、俺はアオアシラの両手に繋がる糸を掴む。

 

 俺とアオアシラを叩き潰そうとするマガイマガド。対するアオアシラを地面と繋いでいた糸が切れて、アオアシラはマガイマガドを正面から受け止めようとしていた。そんなバカな事をするな。

 

 

「アホ!! 避けるんだよ!!」

 俺は糸を引っ張って、マガイマガドの攻撃を回避させる。すると俺達はマガイマガドの懐に飛び込める訳だ。

 

 俺の太刀じゃ文字通り歯が立たなかった訳だが、アオアシラの攻撃となれば訳が違う。

 

 

 剛腕を振るアオアシラ。繋がっている糸は今は触らない。

 

 使える物は何でも使え。

 だったらこのアオアシラも利用出来るだけ利用すれば良い。

 お前も俺の天才的作戦を利用出来るんだから黙って操られてれば良いんだよ。

 

 

 なりふり構っていられないのは、お互い一緒だろ。

 

 

 

「やーっておしまい!!」

 アオアシラのパワーは本物だ。

 マガイマガドの攻撃だけ何とかすれば、俺が攻撃するよりも遥かに良い結果になる。

 

 ───それでも、マガイマガドは倒れなかった。

 

 

 何度アオアシラの剛腕を受けても、体当たりを受けても。

 

 鮮血に地面を濡らしながらも、マガイマガドは俺達を睨み続ける。

 

 

「……ふぅ」

 これは根気の勝負だ。

 

 

 

 けれど、多分お互いに限界だったのだろう。

 

 マガイマガドが動いた。

 大きく跳躍し、身体に纏う焔が揺れる。

 

 

 俺はその攻撃に見覚えがあった。

 

 

「まさか───」

 今さっき、アオアシラを地に伏せさせた大技だろう。アレを避けるのは糸で操るだけじゃ無理だ。

 そしてアオアシラは避ける気がない。

 

 

「───んなろぉ」

 やるしかないか。

 

 運が悪ければ死ぬし、多分運が良くても死ぬ。

 だけど、考えている暇は無かった。これは最期の賭けだ。

 

 

 

「……俺は絶対に、アイツとの───アイツらとの約束を守るんだよ!!」

 陽炎が飛ぶ。

 

 どうやってるのか分からないが空中からの急速な方向転換。

 もしこれが所見なら、俺はアオアシラと共に死んでいたかもしれない。だけど、その技を俺に一度見せたのがお前の敗因だ。

 

 

「───いけぇぇぇぇえええええ!!!」

 糸でアオアシラを引っ張りながら、俺はアオアシラを蹴り飛ばすように背中から降りる。

 アオアシラは畑で見たブルファンゴのように真っ直ぐ進んで木に激突した。しかし、そのおかげでマガイマガドの空中からの突進は避けられる。

 

 

 

 ───俺は、その後の事をあまり覚えていない。

 

 

 大技の後、少しだけ動きを止めたマガイマガドが真っ赤な視界の中に映った。

 

 俺はあの大技に直撃して倒れているらしい。

 自分の体がどうなってるのか分からない。生きているのか、死んでいるのかも。

 

 

「……あぁ、くそ」

 ただ、俺の意識が切れるその前に───

 

 

 

「……俺よりアオアシラの方が格好良いじゃねーか、クソ」

 ───アオアシラは隙が出来たマガイマガドに渾身の一撃を与え、見事マガイマガドを撃退する。

 

 その背後には、アオアシラの家族なのか。

 小さなアオアシラが二匹、木々の奥から出てくるのであった。

 

 アオアシラが頑なに逃げなかったのは()()()()理由か。

 

 

「……死にたくねぇ、な。くそ───」

 ───そのアオアシラと目が合った所で、俺の意識は事切れる。

 

 

 

 後は二人が無事に里に帰れる事だけを───

 

 

「ツー君!! ツー君!!」

「ツバキ……!! ツバキ、ツバキ……!! ねぇ、ツバキ!!!」

 ───祈るだけだ。



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ハンターになったらモテると思っていた

 夢を見た気がする。

 

 

 俺は倒れていて、誰かが俺に背中を見せるように立っていた。

 その誰かは視線だけを俺に向けると、満足そうに笑ってからまた前を向く。

 

 

 立派なハンターになったな。

 そんな事を言って、その誰かは───兄は、真っ直ぐに歩いていった。

 

 俺は手を伸ばさない。

 意味がないと知っているから。今俺が何をしたって、その手が届かない事を知っているから。

 

 

 だから俺は───

 

 

「ツバキ! ツバキ!!」

 聞こえる声に耳を傾ける。

 

 

「───まぁ、見てろって」

 ───今は、この手を離さないように。

 

 

「俺はハンターになってモテまくるからな」

 前に。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 目が覚めた。

 

 

「ナニコレ、怪奇現象? 妖怪の仕業?」

 一番初めに視界に映ったのは、俺を心配してずっと手を握ってくれていた幼馴染ではなく───

 

「なんで三バカは天井で芋虫みたいに吊り下げられてるの?」

 ───縄で縛られて天井に吊り下げられている三人のバカである。

 

 

 あまりにも面白過ぎる絵面に、俺は一瞬で目が覚めたのだった。

 

 

 

「───とりあえず、生きてたかぁ」

 知らない───というかあまりにも面白い天井を見ながら目を覚ました俺は、看病してくれていたらしいカエデに事の経緯を説明してもらう。

 

 マガイマガドを撃退した後、俺はアオアシラに襲われる事なく狩場でポツンと倒れていたらしい。

 

 アオアシラと友情が目覚めたなんて事はないだろうが、元々人間なんてモンスターからすれば取るに足らない生き物だ。

 俺のあまりの貧弱さに殺しておく選択をされなかったのだ、とネガティブな考えで思考を放棄する。

 

 

 ───曰く、アオアシラも消耗していたのでそこら辺に倒れてる生き物に関わってられる余裕がなかったのかもしれない。なんて話をこの後いつか何処かで聞いた。

 

 

「……とりあえず、カエデもジニアも無事なんだな」

「うん。……本当、本当にツバキが生きてて良かった。ごめんね、私……私……」

「いや、全員無事だったんだからそれで良いだろ。この話はめでたしめでたし───」

「───良くない」

 俺の声を遮る野太い声。

 

 恐る恐る振り向くと、そこには三バカを天井から吊り下げた張本人───里長の姿が視界に映る。

 

 

 俺は三バカに里長をなんとかしてもらって、里を抜け出して大社跡に向かった。

 それは里から出る事を禁止した里長の決めた掟を破った事になる。

 

 最悪、里から追放という事も覚悟していた。

 

 

「……ツバキよ」

「殺さないで」

 俺は泣いて謝る。

 この人の方がマガイマガドより怖い。

 

 

「よくぞ成し遂げた」

 里長はそう言って、俺の事を強く抱きしめる。身体中の骨が軋む音がした。

 

「褒めてくれてるのか怒ってるのか分からない!! 死ぬ!! 痛い!!」

「どっちもだ!」

「あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛!!!」

 俺の悲鳴に、ビーミの母から「此処は医者の家ですよ! 静かにして下さい!」と注意が入る。

 

 

 狩場で倒れていた俺は、カエデとツバキに助けられて里まで戻ってきたらしい。

 その後医者であるビーミの両親の家まで運ばれた訳だが、色々な人がそこには集まっていた。

 

 里長やゴコクのじっちゃん。

 ウツシ教官は元々そこで寝ていたし、ヨモギやイオリなんかも俺の事を心配して見に来てくれている。

 

 

「何故か私の家がパーティ会場みたいになってる!」

「てかお前達はいつまでぶら下がってんだ」

 人が人を呼び、里中の人が集まりかけているビーミの家。そんなビーミを含めた三バカは未だに天井に吊り下げられていた。

 

 

「ツー君が里を抜け出せたのは三人のおかげ───というか、三人のせいでツー君が里を抜け出してしまった訳だからね。里長は凄く怒ってる訳だよ」

「「「ジニア様ーーー!」」」

「なんだお前生きてたのか」

「酷い」

 いつも通りの腹立つ顔。

 

 三人が未だに天井にぶら下がってる理由を説明してくれたジニアは俺の寝ているベッドの横に座って、一度大きく息を吸う。

 

 

「……助けてくれてありがとう、ツー君」

「……いや、俺は結局倒れてて二人に助けられたじゃねーか」

「それでも、マガイマガドを追い払ってくれたのはツー君なんだよ。僕達には出来なかった事を、ツー君は成し遂げてくれた」

「……偶々だよ」

 死ぬ気はなかった。

 

 けれど、確かな自信があった訳じゃない。

 ただ、がむしゃらに出来る事をしただけで。

 

 

「……だから俺は、もっと頑張る。頑張らないとな」

「ツー君……。あはは、流石だね」

 俺はまだとても未熟なのだろう。

 

 誰かを助けるとか、約束を守るとか、そんな事を自信を持って言える人間じゃない。

 だったらそうなれば良い。

 

 

 死ぬのが怖い。

 

 走るのがちょっと早いだけで、俺は貧弱だ。

 

 虫は気持ち悪いし、モンスターは怖い。

 

 武器の振り方はまだ難しくて、俺は知らない事が多過ぎる。

 

 

 だけどそれでも、俺は頑張ろうと思った。その理由は───

 

 

 

「ちょっと歩くか」

「大丈夫なのかい?」

「色んな人と話したいからさ。お礼も言わなきゃいけないし。……カエデにも言わないといけない事があるしな」

「そっか」

 気が付いたら居なくなっていたカエデを探す為に、俺はベッドから起き上がる。

 

 身体は思っていたより無事なようだ。

 歩く度に身体の何処かが軋む音がするが多分気のせいだろう。どっちかというと里長の()()の方が痛い。

 

 

「よ、教官」

「やぁ、愛弟子」

 少し歩いて、俺はウツシ教官の寝ているベッドに向かった。

 

 彼は珍しく静かにしている。

 本当は怪我が酷いのかもしれない。まともに戦ってない俺でも分かるが、マガイマガドはとても恐ろしいモンスターだ。

 

 いつかあのモンスターと本気で戦う事になるのなら、ウツシ教官よりも強くならないといけない。

 それは本当に頑張らないといけないだろうな。

 

 

「二人を助けてきたんだね」

「なんとか、な。教官のおかげだよ」

「愛弟子が素直……。俺は嬉しい!!」

「声がデカい。少し抑えろ」

「愛弟子がいつも通り!!」

 この人もいつも通り。

 

「……そんでさ、教官」

「なんだい? 愛弟子」

「今回の件で、俺は自分の力不足を思い知った。……マガイマガドだって結局倒した訳じゃない。……教官!」

 俺は背筋を真っ直ぐにして、教官に頭を下げる。

 

 そんな俺を見て教官はどんな顔をしているのだろうか。俺には分からない。

 

 

「……またこれからも、ご指導の程宜しくお願いします」

「愛弟子……。あぁ!! 勿論だ!!」

 だからやかましい。

 

 まぁ、それでこそウツシ教官だ。これからも宜しくお願いします。

 

 

「里長、コゴクのじっちゃん」

 家の外に出ると、何故か周りでは出店が開いていたり完全に祭りの雰囲気だった。何が起きてるのよ。

 

 そんな中で二人を見付けて、俺は───

 

 

「───すみませんでしたぁ!!」

 ───スライディングしながら土下座をする。

 

 

 里長の命令を無視した。

 さっきは途中で終わってしまった話だが、ケジメは付けないといけない。

 

 

「む、ツバキ」

「もう身体は良いんでゲコか?」

「あ、はい。俺は思ってたより丈夫みたいで。マガイマガドの攻撃も、最後以外はそんなに……」

「いや、さっきバキバキと音を鳴らして抱擁されておったでゲコ」

 心配するのそっちかい。いや分かるけど。

 

「な、なんとか……」

 俺は苦笑い気味に顔を上げる。

 

 すると、里長が申し訳なさそうな顔で俺に手を伸ばしているのが見えた。

 俺はその手を取って立ち上がる。

 

 

「ツバキよ」

「……は、はい」

「俺が間違っていたのかもしれんな」

「……そ、そんな事は」

「これを受け取れ」

 そう言って、里長は背中に背負っていた太刀を俺に向けてきた。

 

 子供の頃、その太刀が欲しいなんて事を里長に言った事があった気がする。

 その太刀は里の宝のような物で、代々受け継がれている物だ。

 

 

 そんな物、()()今の俺に受け取る資格はない。

 

 

「……それは受け取れない」

「む、何故だ。俺はお前を、真のハンターとして認めたぞ。よくぞ……よくぞ二人を助け、無事に戻ってきた」

「違うんです。……俺はまだ、ハンターじゃない。本当にがむしゃらにやって、なんとか奇跡的に戻ってきただけなんだ。……だから()()、その太刀は受け取れない」

「そうか」

 俺の返事を聞いて、里長は満足気に太刀を背中に背負う。

 

「ツバキはこれからどうするんでゲコ?」

「そりゃ、勿論。……ハンター修行っすかね」

 その太刀を、ちゃんと受け取れるハンターになるまで。

 

「……ハンターになれ、ツバキ。そうすれば、この度の件は水に流す事にしよう」

「ありがとうございます、里長」

 二人と話し終えた後、俺は一番お礼を言いたい人物を探して里を歩き回った。

 

 彼はヨモギと一緒に談笑していて、俺の姿を見るや手を振ってくれる。

 

 

「ツバキさん! 身体は大丈夫なんですか?」

「その質問今日無限に聞く事になるのか? イオリ」

「あはは、そうやって軽口が出てくるのなら大丈夫なんでしょうね」

 里でオトモを世話してくれているイオリ。

 

 彼がオトモを俺に譲ってくれなければ、二人を助ける事は出来なかった。

 それにジニア曰く、倒れていた俺を探してくれたのはオトモの二匹らしい。

 

 それにずっと俺の修行に付き合ってくれたイオリには、感謝してもしきれない。

 

 

「この通りムキムキよ。お?」

 イオリに返事をすると、その背後からガルクとアイルーが顔を覗かせる。この二匹、お前達か」

 

「おー、俺のオトモよ。こんな所にいたのかー。よーしよしよしよし」

 二匹を抱きしめて頭を撫でる。

 嫌がらずに応じてくれるオトモ二匹がなんとも愛おしい事か。

 

 

「二匹共ツバキさんの事ずっと心配してたんだよ。ツバキさん、ちゃんと二匹に名前をつけてあげて下さいね」

「……いや、でも良いのか? あの時はほぼ勢いでタダで譲ってくれなんて言ったのに」

 二人を助ける為とはいえ、イオリにはかなり無茶振りをした。それはヨモギやロンディーネさんも同じだが。

 

「良いんですよ。だって、出世払いですもんね?」

 凄い笑顔でそう返事をしてくれるイオリ。

 

「そうだよツバキさん! ツバキさんも、もっと凄いハンターになって私の茶屋で沢山お団子を食べていってよね!」

「私も、君が真のハンターになる時を楽しみにしているよ。その時は、是非贔屓してくれたまえ」

 イオリと話していたヨモギも、突然真横に現れたロンディーネさんも。俺はきっとこれからも、色んな人に助けて貰うのだろう。

 

 本当に恵まれているのだと思った。

 

 

 その後、俺は自分の両親に顔を出して自分の無事を知らせる。

 兄貴の事もあるし、両親には気苦労をこれからも掛けるかもしれない。けれど俺は絶対に戻ってくると、両親に約束をした。

 

 

「……カエデが見付からない」

 両親や道行く人々に聞いて回っているのだが、肝心なカエデが見付からない。

 

 俺は彼女に言わないといけない事がある。

 ずっと彼女を騙して、彼女を危険な目に合わせた。

 

 彼女はずっと俺を信じていてくれたのに、俺はずっと嘘をついている。良い加減に、この嘘を告白しないといけない。

 

 

「あ、ヒノエさんにミノトさん!」

 道行く先で、二人を見付けて声を掛けた。二人にもお礼を言おうと思ったのだが、二人はお互いに目を合わせると、ビーミの家の方に手を向ける。

 

 

「ツバキさん、おかえりなさいませ。私達は何も言わずとも、ツバキさんを信じていましたよ」

「ツバキさんの探している方は、戻れば会えると思います」

 二人に導かれるように、俺は自分が寝ていたベッドを目指した。

 

 竜人族の双子。

 なんとも不思議な二人である。

 

 

 

「お、解放されたか」

「ジニア様が助けてくれたんです!」

「ツバキ君、私達を好きなように使って放置するんだもん!」

「ツバキングのせいであたし達酷い目にあったんだかんな!?」

「いや、それはすまんすまん」

 屋内に戻ると、解放された三バカが文句を行ってきた。嫌がらせのつもりだったのだが、ジニアめ余計な事を。

 

 しかし───

 

 

「三人共、ありがとうな。三人のおかげで二人を助けられた」

 三人はバカだが、最高の友達である。

 

「な、なんだよツバキング。藪から棒に」

「私達はジニア様の為に動いただけなんだからね!」

「そうです感謝してください! 私達に感謝して下さい!」

 もしお前達が困ったら、絶対に助けてやるからな。

 

 

「カエデ」

 そんな三バカをスルーして、俺のベッドに腰掛けていたカエデに声を掛けた。

 彼女は特別な反応は見せずに、首を横に傾ける。

 

 どうやら居なくなっていたのは、普通に里を歩いて自分の親と話していたからだとか。

 

 

「……言わなきゃ行けない事が───」

「私も!!」

「───カエデ?」

 俺が話し掛けると、カエデは身を乗り出して口を開いた。顔が近い。恥ずかしいからやめて。

 

「な、なんだ?」

「……私ね、ツバキは本当に凄いハンターなんだって。ずっと思ってたの」

「……そうか」

 そうだよな。バレるよな。

 

 俺から言わなくても、そもそも凄いハンターであるカエデにとって俺はあまりにも不恰好だ。

 俺がハンターじゃない事なんて───

 

 

「───でも、ツバキは凄いだけじゃない! 物凄い!! 最強のハンターだったのね!!」

「は?」

 あれ? 

 

 

 何を言ってるんですかこの人。

 

 

「あっははははは」

 笑うなジニア。

 

「あの、カエデさん?」

「まさかあのマガイマガドを倒しちゃうなんて!!」

 いや倒してない。アオアシラ手伝って撃退しただけ。

 

「私ずっと思ってたのよね。ツバキは凄いだけのハンターなんかじゃないって。ジニアを助けに行かないって言ったのも、ツバキはちゃんと考えて準備してから行こうとしていただけなのに。私は早とちりして一人で勝手に行動してツバキに迷惑を掛けちゃった。……本当にダメなハンターね、私」

 いや全然ダメじゃない。お前が行かなかったら俺は行かなかったらね。あの時は何も考えてないしなんなら逃げようとしてたからね。

 

 

「私、本当にまだまだだわ。これからも頑張るから……出来たらツバキに、私の修行を手伝って欲しいの!!」

「えぇ……」

 どうしてこうなってしまったのだろう。俺は頭を抱えて考え込んだ。

 

 

 虫が怖い弱虫の俺。

 けれど、そんな俺を慕ってくれる大切な幼馴染。

 

 俺はどうしたら良いのか。

 

 

 俺は何を頑張れば良いのか。

 

 

 何を理由に頑張れば良いのか。

 

 

 ちょっとだけ、分かった気がする。

 

 

 

「───んぅぅ、分かった!! 俺がお前を導いてやる。なにせ? 俺は里一番のハンターだからな!! 任せろ!!」

「ツバキ……。ありがとう!!」

 俺はハンターという仕事が嫌いだ。

 

 

「そんな訳でまずはお勉強だ! お前はバカ過ぎる!!」

「え、酷い!!」

 モンスターは大きいし危ない。怪我をしたら痛いし、毎日の鍛錬はとても大変そうである。高い所から平気で飛び降りるし、石ころが当たったくらいの衝撃で爆発する樽を持ち歩いたりするのは正気を疑う光景だ。

 

 

「あと俺も、虫が苦手だから俺が教える代わりにカエデも翔虫とかの事を俺に教えなさい!!」

「あ、うん。それは良いけど……。ツバキが翔虫までちゃんと使えたら、私本当に追い付けなくなっちゃうわね」

 デカい虫とも仲良くしないといけないし、変な物も時には食べたりする。あと簡単に死ぬ。

 

 

「ジニア! お前も笑ってないで手伝え!」

「うん、分かったよツー君」

「三バカも!! 外で見てるイオリ達も、教官もな!!」

 ところで、ハンターになったらモテるって聞いた。

 

 

 

 

 約束を守るとか、友達を助けるとか。

 そんな事を口にして動ける程、俺は格好良くない。

 

 だったら別の理由で動けるようにすれば良い。自分を騙してでも、自分の本当の気持ちを貫き通す為に。

 

 

 俺はモテたい。

 だからハンターになる。それで良いじゃないか。

 

 

「俺が里一番のハンターじゃーーーい!! ほら、全員俺を敬え!! モテろーーー!!!」

 ハンターになったらモテると思っていた。

 

「「「きゃーーー、ジニア様ーーー!」」」

 しかし現実は厳しいものである。

 

 

 

 

 

 

 ☆ ☆ ☆

 

 時が経って。

 

 

 家で寝ていた俺は、イオリから譲り受けたオトモガルクの鼻に突かれて目が覚めた。

 ソイツの名前を呼びながら頭を撫でてやると、ガルクは気持ち良さそうに目を細める。

 

 ふと、家の出口に誰かの気配を感じて俺はその気配に視線を向けた。

 

 

 そこには、何故かヒノエさんとミノトさんが立っている。ここ人の家なんですけど。

 

 

「あらあら、気づかれてしまったわミノト」

「無念です、ヒノエ姐さま」

 無念ですじゃねーよ不法侵入だからね。ジニアに限らず我が家はフリーパスか。

 

「完全に気配を消していたのに……」

「完璧な忍び足だったのに……」

 だからそれ不法侵入だからね。

 

 

「さすがは、カムラの里でも指折りのツワモノ……」

 そんな褒められると照れますよ。

 

 

「まだまだわたくしたちは修行不足のようです」

「いや不法侵入の修行はしなくていいからね」

「……え? 勝手に入ってきちゃダメ?」

「当たり前だろ!!」

 普通に泥棒だわ!! 

 

「いやですわ。同じ里のよしみ、家族のようなものじゃないですか」

「俺も二人の家に不法侵入してお風呂を除いてやろうか!?」

「……そんな事より、里長があなた様をお呼びです」

「そんな事より!? 今そんな事よりと───里長が?」

 里長の名前が出てきて、俺は一旦息を整えた。それならそうと早く言って欲しい。

 

「支度が済んだら、出発いたしましょう」

 マガイマガドとの戦いから時が経って、俺は色々な人の手伝いもありなんとか人並みのハンターとして認められる事になる。

 

 

 今日やっと、里長から真にハンターとして認めてもらう日が来たのだ。

 

 

 

 これから先、きっと色々な事が起きるのだろう。

 

 マガイマガドとの決着もまだ着いていない。

 里を襲うと言われている、百竜夜行の謎もまだ解けていない。

 

 

 でもそれはまた、別の話。

 

 

 

 

「───さて、一狩りいきますか。な、二人とも」

「行こう、ツバキ!」

「そうだね、ツー君」

 俺はその日、ハンターになったのだった。




これにて完結です。
読了ありがとうございました。お昼頃に活動報告にてあとがたりを置いておきますので、お時間あれば是非覗いてみて下さい。


感想評価等貰えると今後の活動の励みになるので、お願いします。
それでは、約半年間の短い間でしたが、お付き合い頂きありがとうございました。


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サンブレイク発売特別番外編
ハンターになってもモテませんでした


 空を覆い尽くすかのような巨大な翼が、日の光を遮った。

 

 

「バゼルギウスの尻尾デカ過ぎんだろ!!」

「突然どうしたの、ツバキ」

 思いのままに叫んだ俺を見て、カエデが若干引き気味にそう聞いてくる。

 

「分からん。なんか突然叫びたくなった……。で、アレがバゼルギウスで良いんだよな?」

 人は時に何故か突然叫びたくなるものなのだ。

 

 

 それはともかくとして。

 俺は、我が物顔で大社跡の空を闊歩する一匹の巨大な飛竜を指差す。

 

 爆鱗竜───バゼルギウス。

 松ぼっくりみたいな丸さの巨大な飛竜だ。

 

 グラビモスみたいな図体の癖に空を飛んでるもんだから、自分の目がイカれたのかと思ったね。

 ただ、それは間違いなく空を飛んでいる。

 

 流石にサイズだけならナルハタタヒメの方が上だが、それでもデカいもんはデカいのだ。

 

 

「うん。アレがバゼルギウスだね。百竜夜行のおまけって感じで大社跡に迷い込んだみたいだ」

 鬱陶しいくらいサラサラの金髪を風に靡かせながら、ジニアがそう言う。

 

 百竜夜行。

 里の危機を引き起こしていた古龍は討伐したが、その余波はしばらく続きそうだ。

 

 

「あまりにも要らない()()()だな。おまけっていうのはこう、嬉しい物の筈なんだよ。うさ団子一本おまけ! とか、そういうので良いだろ。なんだよバゼルギウス一匹おまけって。要らねーよ」

 グチグチ言いながらも、俺達はバゼルギウスを追いかけて歩く。

 

 文句は言うが、あんなデカい松ぼっくりが里の近くに居るのは頂けない。

 迷い込んできたバゼルギウスには悪いが、里の安全の為に討伐させてもらおうか。

 

 

「ん? ツバキ、アレ見て」

 歩きながら、カエデが空を飛ぶバゼルギウスを指差した。いや、バゼルギウスだよ。もう知ってるからね。

 

「バゼルギウスがうんちしてる」

「バゼルギウスがうんちしてる!?」

 何言ってるのこの人。何言っちゃってるのこの人。

 

 仮にも年頃の女の子がうんちとか言うんじゃありません。

 

 

「いや、本当だ……。うんちしてる」

「ね? うんちしてるでしょ」

「うん。うんちしてる……」

 しかし、空を見上げてみると確かにバゼルギウスはうんちをしていた。

 

 何やら身体を震わせて、人の頭くらいの大きさの何かを地面に落としていっている。

 フクズクのうんちでも頭の上に落ちてくると最悪なのに、バゼルギウスのうんちなんてもうこの世の終わりだろ。

 

 というか大きさ的にも冗談じゃなく危ない。頭がうんちに包まれるとか最悪だ。

 あんなのが里に来たら里中うんち塗れである。公害が過ぎるだろバゼルギウス。

 

 

「……うわ、煙出てるよバゼルギウスのうんち。ジニア、匂い嗅いできて」

「え? 普通に嫌。そういうのはツー君の仕事でしょ?」

「お? なんだ? 喧嘩売ってる? イケメンにそんな事やらせんなって?」

「うん」

「お前マジで後で覚えてろよ。カエデ、行け。言い出しっぺ」

「えぇ……。絶対臭いよ」

「ここでカエデに振るような男だからツー君はモテないんだよ」

「なんか言った?」

「何も」

「もー、しょうがないんだから」

 文句を言いながら、カエデは石見たいなバゼルギウスのうんち(?)に近寄った。あまり臭い匂いはしない。

 

 

「うーん、これ本当にうんちなのかな?」

 確かにバゼルギウスはうんちをしていたように見えたが、目の前に何個も転がっているそれは、あまりにも形の整った───全て同じ形のうんちである。

 

 そんな事があるのか。

 

 

「なーんか、嫌な予感がするんだよな」

「臭くないんだよね。突っついてみようかな」

 嫌そうな顔をしながら、カエデがうんちに指を向けた次の瞬間───

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「わぁ!?」

「はぁ!? うんちが爆発したんだけど!?」

 バゼルギウスのうんち(?)は音を立てて爆発する。燃え上がる空気。普通に危ない。

 

「なんでうんちが爆発したの!?」

「心臓飛び出るかと思った……。え、何……うんちを爆発させるモンスターなの? 怖過ぎる」

 もしそうなら史上最低最悪なモンスターだ。怖すぎるので俺は家に帰る。もう既に嫌だ。

 

 

「それは爆鱗だね。バゼルギウスは爆発する鱗を持っていて、ソレを空から落として攻撃したりするらしいよ」

「なんで当たり前のように爆発してから解説してんの!? 爆発する前に言えよ!! 危ないでしょ!!」

「面白いかなと思───いや、ほら、身を持って危険を知れば警戒しやすいでしょ?」

「おう、ありがとうなジニア!! お前も身を持って思いしれ!!」

「危ない危ない危ない!! 本当に危ない!!」

 バゼルギウスのうんち───もとい爆鱗に、ジニアの頭を持って近付ける。

 

 泣き叫ぶジニアを他所に、カエデは爆鱗を眺めながらこう口を開いた。

 

 

「ばくりん……っていう名前のうんちなの? びっくりしたけど、爆発するうんちなんて珍しいね。とりあえず二人共、うんちで遊ぶのやめてよ。子供じゃないんだから。そんなにうんち好きなの?」

「爆鱗だって言ってるでしょ。うんちじゃないの。鱗なの。子供じゃないんだからうんちうんち連呼すんな」

 俺がそう諫めると、カエデは顔を真っ赤にして俺の肩を沢山叩く。普通に痛いからやめて欲しい。

 

 

「───さて、気を付ける事も分かったし。もう少し観察して作戦練ったら、遊んでないで討伐するぞ。一応里の命運が掛かってんだからな? 忘れるなよ」

 爆発で転がるジニアを他所に、俺は両手を叩いて二人に切り替えるように促した。

 

 雰囲気だけではモンスターは討伐出来ない。

 幼児のようにうんちで盛り上がってしまったが、ここからは本気で狩りに集中しよう。

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 うんち。

 

 

「待て待て待て待て!! なんだこのうんちの量は!! 快便過ぎんだろ!! バゼルギウスのうんち!! 快便過ぎんだろ!!」

「だからうんちじゃないって話じゃなかったの!? うんちなの!? どっちなの!?」

 爆鱗がうんちかそうでないかすら分かってないカエデの事は置いておいて。

 

 いざバゼルギウス討伐の為に動いた俺達を待っていたのは、想定以上の苦戦だった。

 

 

 ちなみに爆鱗がうんちかそうでないかといえば、確実にうんちである。これはもはやうんち以外の何者でもない。

 

 

「くそ、足元うんちだらけでまともに動けねぇ! しかも踏んだら死ぬうんちだ。ここが地獄か!?」

 苦戦の理由は勿論うんち───ではなく、爆鱗だ。

 

 バゼルギウスは身体を震わせる事で、自分を中心に爆鱗を大量にばら撒く事が出来る。

 それが予想よりも遥かに広範囲かつ、密度も高い。

 

 バゼルギウスに近付けば、足元はうんちの地雷だらけという事だ。字面がもう最悪である。

 

 

 

「───熱!! くそ、普通に冗談じゃなくあぶねぇ」

 バゼルギウスのタックルを転がって避けると、背後でうんちが爆発した。

 

 熱に焼けるマガイマガドの甲殻を使った装甲。その辺の適当な装備を着ていたら火傷していたかもしれない。

 

 

「ツー君!」

「大丈夫だ、問題ない。お前もうんち踏むなよ!!」

「言い方が最悪だね!!」

 ジニアに注意しながら、俺はうんちを踏まないように踏み込む。

 

 バゼルギウスの腹部は大量のうんち───ではなく、爆鱗が付いている訳だ。

 こいつは尻尾や腹部から生成した爆鱗を使って攻撃してくる。非常に厄介だが、爆鱗を生成する為の器官は柔らかく、バゼルギウスにとっては武器であり弱点でもあった。

 

 

 そこを突くように、爆鱗を避けながら太刀を振り下ろす。

 

 里長から貰った里の宝刀。

 代々里を守って来た一太刀が、バゼルギウスの腹部を切り裂いた。

 

 

「手応えあり……!」

 悲痛の声を上げるバゼルギウス。その背後から、カエデが「隙が出来た!」と跳び上がる。

 

 腹部と同じ、爆鱗を生み出す尻尾を切り裂く操虫棍。

 俺はカエデにバゼルギウスの意識が行かないように、足に太刀を叩き付けた。

 

 

 バゼルギウスは唸り声を上げながら身体を回転させ、質量そのものを武器に周囲を薙ぎ払う。

 カエデの前に立ったジニアの盾が弾き飛ばされる程の威力。どちらかと言うと爆鱗よりもこっちの方が危険だ。

 

 爆鱗は気を付ければなんとかなるが、爆鱗を気を付けていると他が疎かになる。今も、ジニアが居なければカエデが危なかった。

 

 

「ナイスジニア! 後で飯を奢れ!!」

「逆じゃない!?」

「俺より格好良い所見せた罰な!!」

「酷過ぎる」

「ジニアありがとう!」

 言いながら散開。バゼルギウスの注意を分散させつつ、隙を窺う。

 

 

「俺、か」

 バゼルギウスと目が合った。

 

 生き物は本能的に弱い相手が誰か分かっているのかもしれない。

 

 

 俺は確かにカムラの里の猛き炎とまで呼ばれ、マガイマガドや百竜夜行の原因だった古龍をも討伐している。

 けれど、それは里の皆やカエデ達の手助けがあったからこそだ。

 

 皆は俺を凄いハンターだと言ってくれる。光栄だ。

 しかし、こうして俺は今苦戦している訳で。不甲斐ないと思う、けれど───

 

 

「───狙われるって事くらい分かってんだよ!!」

 ───自分の弱さは、自分が一番知っている。

 

 

 俺の周囲に張り巡らされる糸。

 

 里の皆なんて言ったが、俺には他にも頼もしい仲間がいた。

 それはアイルーやガルク、そしてこの翔蟲である。

 

 虫が大嫌いだった俺だが、なんやかんや彼等には助けられるようになった。

 今でも苦手な物は苦手だけど、翔蟲も大切で信頼出来る仲間である。

 

 

 翔蟲が出す糸は人の体重はおろかモンスターの身体を引っ張る事すら出来る代物だ。

 

 それを自分の周囲に張り巡らせ、目を瞑る。

 何かが糸に触れた時、その時だけに集中すれば、俺にだってタイミングは掴めるという物だ。

 

 

 

 ───水月の如く、柔靭にして艶なる一刀。

 

 

 

 糸に奴が触れる瞬間、俺はソレだけに集中して刃を振る。

 

 放たれた斬撃は完璧なタイミングでカウンターとしてバゼルギウスの身体を切り裂き、俺はバゼルギウスの身体を受け流すように離脱して太刀を鞘に収めた。

 

 

「流石ツバキ!!」

「お、おう!! 余裕よ!!」

 目一杯意地を張る。正直、生きた心地はしない。

 

 それでも、ずっと前に決めた事だ。

 

 里を、里の皆を、大切な人達を守る為に───こうして見栄を張り続けると。

 

 

 それが、俺のハンターとしての生き方だから。

 

 

「さて、そろそろ倒れてくれると嬉しいが」

 冷や汗を拭いながら、俺はバゼルギウスの表情に視線を向ける。

 

 竜の瞳は怒りに燃えたぎっていた。今にも炎を吐きそうな顔に漏らしそうになりながら、俺は背中の太刀に手を向ける。

 

 

 そう簡単には行かないらしい。

 

 

「あ?」

「逃げる?」

 しかし、バゼルギウスは翼を広げてその巨体を浮かせた。

 

 どこにそんな力があるのか分からないが、人の家よりもデカい生き物が空を飛ぶ。

 

 

 そこは竜の領域だ。俺達が逆立ちしたって、そう簡単に届く場所ではない。

 あっという間に飛び上がったバゼルギウスは、空中で身体を翻した。逃げる気だろうか。

 

 

「里に向かわれちゃうと良くないよ!」

「分かってるが、飛ばれるとどうしようもないな」

 これでもそれなりに体力を削った筈だから、ここから里まで飛んで行くなんて事はないだろう。

 

 そうなると安全な場所で身体を休める気か。

 体力を回復される前に討伐したいが、行き先の予想が付かない。

 

 

「待って、二人共。逃げる訳じゃないかもしれない」

 そんな事を考えると、ジニアが顔を真っ青にしながらランスを背負って駆け出しでそう口を開いた。

 

 続いて彼は空を飛ぶバゼルギウスを指差す。

 バゼルギウスは逃げた訳ではなく、一度距離を取ってからこちらに向かって来ていた。

 

 

「なんでこっち来てんの」

「なんかうんちしてない?」

「だからうんちじゃなくてアレは爆鱗だと何度も───うんちしてる!?」

 カエデにツッコミながら空を見る。

 

 バゼルギウスは空から、爆鱗───うんちをばら撒きながら俺達へと迫って来ていた。

 

 

「そんなのありかよ!! に、逃げろぉぉおおお!!」

 悲鳴を上げながら三人で逃げる。

 

 それはもう全速力だ。空からうんちが降って来るんだぞ。逃げるだろ。逃げるしかないだろ。

 

 

 

 走る。

 獣道を、必死に走る。

 

 

 舗装された道なんてのは、里の外にはありやしない。

 この世界は俺達ちっぽけな人間が生きていくのに優しくないのだ。

 

 しかし、それでも生きていくには走るしかない。

 

 

 何の為か。

 生きる為、糧を得る為、己の力を示す為、大切な者を守る為、そして───

 

 

 

「くそ!! 俺はモテたかっただけなのにぃぃいいい!!」

 モテる為である。

 

 

「なんで逃げるのよ!!」

「んなもん決まってるだろ!! うんちだぞ!! 空からうんちが降って来てるんだぞ!!」

「あはは、なんかいつもこんな感じだね」

 本当にそうだ。

 

 俺はいつもこう。なんか何処かで締まらない。これだからモテない。

 

 

 くそ、ハンターになったら格好良くなってモテると思ったのに。実際はこの様ですよ。どうしたら良いんですか。

 

 

「こうなったら仕方ない。二人共、アレをやるよ!」

「分かったわジニア! アレね!」

「待って!! アレって何!? 俺なんも聞いてない!!」

 俺の言葉は無視して、何故かカエデが俺の身体を突然持ち上げる。

 

 あの頃から俺だって鍛えてそれなりに重くなった筈なのに、そんなヒョイと持ち上げられると悲しいよ。

 ていうか何をする気なの。アレって何。え、本当に怖いんだけど。

 

 

「行くよ、二人共!」

「待って!! 何が行くの!?」

「それ!!」

「ぎゃぁぁあああ!!」

 宙に舞った。

 

 ジニアの翔蟲の力で、ジニアの盾をジャンプ台のようにしてカエデは俺を抱えたまま飛ぶ。

 そして彼女は自分の翔蟲と操虫棍の射出機能で空中───竜の領域へと躍り出た。

 

 

「これが死か!?」

「ツバキ!! あとは任せた!! モミジもお願い!!」

 言いながら、カエデは猟虫のモミジと俺を空中に投げ飛ばすようにしてバゼルギウスの眼前に連れて行ってくれる。

 

 バゼルギウスも自らの領域に俺なんかが突然現れて目を丸くしていた。

 お前も驚いてるかもしれないが、俺も驚いている。ここが地獄か。

 

 

 ただ、ここまで来てしまったのならもうやるしかない。

 

 俺はもう何もかもを諦めて、背中の太刀に手を向けた。

 

 

「なんとかなれぇぇえええ!!」

 あまりにも情けない声と共に、そのクエストは幕を閉じる。

 

 

 

 クエストクリアだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 カムラの里。

 

 

 和な情景。

 

「ヨモギ!! 俺の団子がなんか無くなってるけど!?」

「さっきシーナちゃんが持って行っちゃったよ? また間違えちゃったのかな」

「なんで止めてくれないの!?」

「人のうさ団子を取るなんて、良くないですね」

「あ、ヒノエさん落ち着いて。大丈夫だから。マジで」

 少し前まで、この里はモンスターの大襲来───百竜夜行に飲み込まれて滅びる寸前だったのである。

 

 

「イオリ!! エーコとビーミを見なかったか!? パンツを覗き見したらラージャンくらい激昂して今追われてるんだ。匿ってくれ!!」

「馬鹿なんですか!? ツバキさんはやっぱり馬鹿なんですか!?」

「愛弟子よ!! そういう事なら俺に任せてくれ!!」

「ウツシ教官!! ありがとう!! 流石俺の師匠だぜ!!」

「うむ、やはりここか。少年の声は大きいから良く聴こえてくるな」

「ロンディーネさん!? まさか二人からのスパイか!? 辞めて!! 俺を売らないで!! どうせひいきにしてくれとか言うんでしょ!? 分かってるからね!!」

 この里が救われたのは、きっと俺一人のおかげではない。

 

 

「ツバキよ! 丁度探しておったのだ。お前に頼みたいクエストがあってな」

「嫌です。他を当たってください」

「そんな事言わず。これは、ツバキにしか頼めない重要なクエストなんだゲコよ」

「いや、本当に嫌です。その手の頼み事でロクな目に会ったことないんだよ!!」

「ツバキさん、そうは言わず。私からもお願いなのです」

「はい!! 分かりましたミノトさん!! 任せて下さい!!」

 けれど、多少平和になった今だからこそ思うのだ。

 

 

 

「そんじゃ、行くぞお前ら」

「ふふ、またこの三人だね」

「私達最強の幼馴染三人なら何処までも行けるよ!!」

「腐れ縁三人組だろ……。ま、良いけどさ」

 この里を、これからも守りたいと。

 

 

 

「そんじゃ、一狩り行きますか」

 だから、これから何があっても───ずっと一緒に。



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