オレが目指した最強のゴンさん (pin)
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第0話 目覚め

 

 

 皆さんこんにちは、ゴン・フリークス5歳です。

 

 まぁお茶でも飲んで落ち着いて欲しい。そもそもこんなことになって一番落ち着けていないのが自分自身なんだから笑えない。

 状況を整理すると、5歳になってしばらくしたら唐突にここがHUNTER×HUNTERの世界であり、自分に前世の記憶がある事を認識した。ただし5歳以前の記憶もとびとびながらある事から、憑依とかではなく最初からゴンに転生していたと思われる。今になって思い出したのは、物心がついたということだろうか。

 幸い急に性格が変わったとか思われる心配はなさそうで、以前からませていて不思議な行動をとる子供と認識されていたようだ。

 

 さて、ここで自分が憑依ではなく転生者だと判断する最大の理由を説明しよう。といっても一行で終わってしまうのだが。

 

『5歳のゴンが既に精孔開いて纏を維持している』

 

 HUNTER×HUNTERをご存知の方なら頭おかしいことになっているのが分かるだろう。そもそも原作のゴンが念に目覚めるのは12歳になってからであり、他者から無理やり起こされる邪道と呼ばれる方法で目覚めるのだ。

 ひるがえって自分だが、0歳と思われる頃から僅かな時間“寝て食って催す以外”を使い、動けるようになってからも僅かな時間“暴れて食って寝て催す以外”を使ってコツコツと点を行ったことで、長い瞑想の果てに目覚めるという正に王道を歩んだのだ。

 とんでもない才能を持つはずのゴンが念に目覚めるのに5年かかるとかザコ、念への目覚めRTA走り直せというあなた、小児の本能マジ本能。むしろ原作知識もあやふやな、ほとんど無意識状態で目覚めることが出来た自分が誇らしいです。

 もっとも纏はまだまだ不安定だし、寝たり食ったりしてる時はオーラが垂れ流しになるくらいだから初心者もいいとこだが。

 

 さて、現状確認がすんだらこれからのことについて考えていこうと思う。すなわち、主人公として原作に関わっていく上での自分の立ち位置である。まず原作に関わらないという選択肢は端からない。確かに多くの危険が待ち構えているが、それ以上に得られる縁や力といった利益の方が圧倒的に大きい。原作ゴンのままならキメラアント編でリタイアしてしまうが、既に念を覚えている影響か先日森のキツネグマに相撲で勝利できていることから原作破壊は問題なさそうだ。

 HUNTER×HUNTERのファンとしては、原点にして頂点といえる原作を壊したくない気持ちも大いにある。しかし、ゴンに転生した以上その気持ちに背いてでも叶えたい野望が生まれてしまっている。

 

『自分の考える最強のゴンさんになりたい』

 

 原作のファンならば誰もが一度は新しい念能力を考えたり、既存の能力を改変してみたりして楽しんだはずだ。もちろん自分だって幾つも能力を妄想し、どんな能力なら最強になれるのかをしょっちゅう考察していた。

 そんな自分が、主人公であり作中でも屈指の才能を持つゴンに転生したのだ。これで最強を目指さなければ、男としても原作ファンとしても失格というものだ。

 ここまでを踏まえて、自分の原作での立ち位置は原作知識を使った準師匠ポジションでいこうと思う。親友枠の3人ならワンチャンハンター試験編で精孔を開くことができるかもしれないし、周りのレベルが上がれば自分のレベルも上がりやすくなる。

 そうと決まれば引き続き点による纏の安定を図りつつ、原作ゴンに倣って自然の中で身体能力向上に努めよう。

 

「ミトさーん!森に遊び行ってくるねー!」

 

「はいはい。絶対深くまで行かないこと、お昼ごはんには帰ってくるのよ」

 

「わかった!行ってきまーす!」

 

「いってらっしゃい」

 

 

 オレは、最強のゴンさんになる!

 



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第0.5話 死んだあの人に会う話

 

 

 皆さんこんにちは、そろそろゴン・フリークス8歳です。

 

 突然ですが、予期していなかった事態に困惑を隠せません。

 

「こんなに美味しい美人の手料理を毎日食べてるなんて、ゴンくんがこんなにすくすく育つのも納得ですよ」

 

「最近の若い子はお世辞が上手くて困るわ。年甲斐もなく勘違いしちゃいそう」

 

「お世辞なんてとんでもない!全部本心です。あの、ご迷惑でなければ滞在中またお世話になってもいいですか?」

 

 カイトお前、ミトさんのこと狙ってないか?その人ジンの影響もあって根無し草なハンターのことあんまり好きじゃないぞ?

 

 原作には無かったはずの出会ったばかりのカイトによるゴンの家庭訪問。ことの発端は、数時間前のことだった。

 

 

 

 

 くじら島、人口は少なく観光客すらほとんど来ない小さな離島に、漁師以外では珍しい訪問者が到着した。

 彼の名はカイト。ゴンの父親であるジン・フリークスに鍛えられ、ベテランを名乗れるだけの実績と実力を持つプロハンターである。この日カイトは、師匠のジンからの最終課題『ジンを探し当てる』を達成するため、ジンの生まれ故郷くじら島を訪れたのだ。

 しかし、カイト自身はここで有力な手掛かりが見つかるとは思っていない。あの抜け目のないジンが、故郷を訪れただけで足取りを掴めるような簡単すぎる課題を出すとは思えず、そもそもここ数年帰郷したという形跡もないからだ。

 それでもくじら島を訪れたのは、旅の途中でたまたま近くにいたことと、尊敬するジンの故郷を見てみたいというミーハー心からだった。もっとも、あまりの閑散ぶりから早々に訪れたことを後悔し始めていたが。

 

「ま、適当に見て回った後は森で暇でも潰すかな」

 

 完全に無駄足だったと愛用の帽子を被り直すカイトだったが、その予想がいい意味で裏切られる事を彼はまだ知らない。

 

 早々にジンへの手掛かりを諦めたカイトは、島民でもほとんど入らない森の奥深くにいた。鬱蒼とした森はそれだけで人の侵入を拒み、危険度の高い猛獣や毒虫は熟練の猟師でさえ対応を誤れば簡単に命を落とす魔の領域だ。

 そんな森の中を、カイトは散歩しているかの様にサクサクと更に奥へと進んで行く。プロハンターであるカイトは、珍しい動植物をハントするのが生業の幻獣ハンターとして活動しており、くじら島とは比べ物にならない危険地帯に滞在した経験が数多くある。そんな彼からしてみれば、致死の毒や呪いが無い上に商売敵の危険な密猟者もいないくじら島の森は散歩気分で歩き回ってもなんの問題も無い。

しかし、経験豊富なカイトだからこそ、この森にある違和感を感じとっていた。

 

(妙だな、この森と似た様な生態系は何処にでもある。これといって特筆する生物は生息しない上、異常な環境も無いはずだ。)

 

 この森はカイトからしたら平和そのもので、すべてが自然なままの美しい姿に幻獣ハンターとして感動すらしていた。

 

(だからこそおかしい。ほとんどが見知った生物ばかりだが、どいつも本来種が持っている能力よりも優れている)

 

 素早い種はより俊敏に、力強い種はより頑強に、臆病な種はより巧妙に、それぞれが種として優れている能力を一段階上に引き上げていた。

 

(これだけ違いがあるなら何らかの原因があるのが普通、おそらく成長を促した何かがいるはず。それが突然変異した野生動物なら問題ないが、良からぬことを考えてる人間だった場合厄介だな)

 

 環境などの変化から、その地の生態系が変わるケースは自然界ではそこそこ存在する。それ自体は特に忌避することではないが、これが人為的となるとまずろくなことにはならないというのがカイトの経験則である。

 

(ま、この島にとって悪影響がありそうなら対処するってことで、とりあえず原因究明といくか)

 

 ただの暇つぶしのはずが、予期せぬ幻獣ハンターとしての務めを果たすために森の奥へ奥へと進んで行く。あいも変わらず環境的な異常を見つけられぬまま、森の規模的におそらくは最深部の拓けた場所に到達する。

 そこでカイトが目にしたものは、プロハンターとしても驚愕してしまう様な光景だった。

 

 二つの影が凄まじい重低音を響かせながら、互いにぶつかり合い相手を倒さんと気迫を込める。その姿を、多くの獣たちが囃し立てるように囲んで、各々思い思いの歓声を上げている。

 ぶつかり合うのは、くじら島の環境ではトップに君臨するであろう通常より引き締まった体を持つキツネグマと、こちらも負けずに鍛えられた体をした十代前半に見える少年だ。

 幾度となくぶつかり合う両者は、驚くべきことに念の四大行の一つ練を行っている。それも下手な念能力者ならば、一撃で叩きのめせるほどのオーラが吹き出していた。

 

 念の源となるオーラ、それは生き物が持つ生命エネルギーであり、命あるものは例外なく保有している。そして本来、人間より野生の獣などの方がオーラの扱いを本能で理解していることが多い。理由として、人間は日常において気配を消すなどといった生命エネルギーのコントロールをまずしないことと、生命エネルギーの宿らない無機物の中で生活していることが大きいと思われる。とはいえ、普通の獣では念の四大行にたどり着くことはまずないため、相手をしている少年に教わったか、真似したかのどちらかだろう。

 そうなると、問題は念を使える少年となる。早々に森に入ったカイトだが、島民の中に念能力者がいないこと位は確認していた。つまり、少年は自分で今の領域まで鍛えたか、カイトが気付けないレベルの第三者に教わっていることになる。

 謎だらけだが、少なくとも少年のオーラはこの上なく澄んでいて、周りの獣たちはもちろん闘っているキツネグマからも慕われていることが伝わってくる。

 

 いいハンターは動物に好かれる。

 

 長く幻獣ハンターを続けているカイトにとって、目の前の光景は一つの理想であり、決して壊してはならないものだ。

 

(それはそれとして、少なくとも話くらいは聞いとかないとな)

 

 ついに少年がキツネグマを負かしたことで、よりヒートアップする獣たちと少年に近づきながら、さて何から聞いたものかと明らかにジンの血縁らしき少年に話しかけるのだった。

 

 

 



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第1話 原作のはじまりと乖離

 

 

皆さんこんにちは、沼のほとりでヌシ待ちしてるゴン・フリークス11歳です。

 

 物心付いてから早いもので既に6年の歳月が経ち、遂に原作へと足を踏み入れてしまいました。なかなかに濃い6年間でしたが、やってることは結局修行しかないのである意味単調な毎日だったと言えます。

 

 さて、肝心の修行結果は正直想定の倍以上の成果を得た。おそらく単純な戦闘力なら、集団リンチでもされないかぎり幻影旅団クラスなら負けることはないレベルまで到達出来た。まあ、その程度ではキメラアント編を生き残れないと考え直し、より一層修行に力を入れたが。

 修行内容的には、良い念の修行相手になってくれたキツネグマと、長期滞在してくれたカイトによる指導のおかげで予想よりかなり充実したものだった。野生の本能からか攻防力移動はもちろん硬に隠まで駆使してくるキツネグマと、具現化する武器に複数の能力を持たせたことからわかるように念の各系統をバランスよく高いレベルまで鍛えたカイトの指導は、余すことなくゴンくんボディの血肉になった。

 そして一番肝心となる発は、最終的に3つの能力を作成した。詳細は省くが、1つ目は最強を目指す上で根幹となる能力、2つ目は短期決戦用のブースト能力、3つ目はオーラの操作を補助する能力になる。1つ目の能力についてはカイトから苦言を受けたが、自分が目指す最強のゴンさんの為に決行させてもらった。

 発自体はカイトが旅立つ寸前に作成し、その身を以って効果を確認してもらったが二度とまともにやり合わないというお褒めの言葉を頂けた。後はとにかく地力を上げながら、親友組の育成プランを考えるのみ。

 ちなみに転生した影響か、念の系統は操作系だった。

 

 

 

 これまでのことやこれからのことがゴンの頭をよぎる中、エサに食いついてきたヌシを片手一本で容易く釣り上げる。こんな小さなことでも自分の努力が報われているようで、これから始まるハンター試験への期待も合わさり年相応にはしゃぎながら我が家へと向かっていった。

 

 

 

 ゴンが沼のヌシを担いで帰り、騒がしい周囲を無視してミトにハンター試験の応募用紙へサインを強請っている。

 ミトは原作同様、ゴンがハンター試験を受ける最後の条件に沼のヌシを釣り上げることを求めた。理由としては単純な強さを求めるより、警戒心の強いヌシを釣り上げることの方が成功率は低いと判断したからだ。

 ただし、ミトとしてはゴンがハンター試験を受けることに対して原作ほど反対していない。これはれっきとしたプロハンターのカイトが凡そ半年ゴンを指導したことと、そのカイトがゴンの合格に太鼓判を押したことが大きい。それに加えてゴンが通信教育で高校相当の単位を取り、ハンター資格の将来性を説くことでむしろ応援する立場へと変化した。

 保護者のミトからサインをもらい、申込書に不備がないのを確認してすぐさま投函に向かうゴン。ミトも近所の野次馬も、普段のませた態度とは違うその姿を微笑ましく見守っていた。

 

 

 

 無事ハンター試験に応募したゴンは、その足で森の最深部にある修行場を訪れていた。そこには既に各動物の代表と、何よりこの6年間互いに切磋琢磨したキツネグマがいた。

 ゴンは原作に入る11歳になる前に、いつかこの島を出ていくこととその後は森に来ることもほとんど無くなることを説明しており、今までの感謝をしっかりと伝えていた。

 感謝を告げてからは通信教育を片付けるのを優先した為久しぶりの訪問だったが、ゴンは動物達の様子がおかしいことに一目で気付いた。特に念を使うキツネグマの子供、原作ではコンと呼ばれていただろう個体が、普通より一回りは大きな体で直立不動になっている姿はゴンの笑いを誘った。

 

「みんなに呼ばれたと思ったから来たんだけど、ヌシの子供がなにかしたの?前も言ったけど、オレはもう森のことに関わらないから口出ししないよ」

 

 場が動かないことを察したゴンが促すと、黙って伏せていた森のヌシが静かに起き上がる。名前もない彼は、念を覚えてから徐々に身体が引き締まり、今ではガチムチ成人男性程度の体型に収まっている。ゴンはほんの数ヶ月前に、この現象がヌシの発によるもので元の身体を圧縮して強化する能力だと気付いた。

 動き出したヌシがゴンの前まで来ると、一鳴きしながら背後の動物たちを振り返る。それに反応したキツネグマが動物達より前に出て、大きな体を滾らせながらゴンとヌシに対して威嚇をし始めた。それに呼応して他の動物たちも、それぞれが必死に二人を追い立て始める。

 ヌシはそんな動物たちを見て満足した様に鼻を鳴らし、まるでそこが自分の場所かのようにゴンの横に並ぶ。

 

「ごめんちょっと待ってもらっていい? ヌシも付いてくるつもりなのは分かるけど流石に無理だよ。せっかく情が移りすぎないように名前付けるのも我慢したのに」

 

 ゴンにとっては嬉しいのだが、ヌシはまだハンターでない上に未成年が連れ歩けるような存在ではない。戦闘力は高くそれを御する知性も持ち合わせ、いたずらにトラブルを生むことはないと断言出来るが、いかんせん悪目立ちする。何なら家に連れ帰ったらミトが卒倒する。

 

「せめて生後間もないくらいの大きさなら連れていけるけど、いくら何でもそんなに小さくなれないでしょ。悪いけどこのまま森で暮らしてくれないかな」

 

 ゴンの話を聞き不満げに唸ったヌシだったが、しばらくジッとしていたかと思うと形容し難い音と共にみるみる縮んでいく。最終的にゴンの頭や肩に乗せれるほどの大きさになると、まるで幼子の様な高い声で鳴く。

 そこまで身体を圧縮できる事にゴンは驚くが、初めて見せるということはビスケと同じく弱体化していると見ていいことに思い至り苦笑する。

 

「わかった、そこまでしてくれるなら一緒に行こう。これからヌシのことはギンって呼ぶね。普段は大人しくしてくれると助かるな、よろしくねギン。あ、ついでに新しいヌシのことはコンって呼ぶね。森のことは任せたよ」

 

 肩に登ってきたヌシ改めギンを撫でながら、いつの間にか威嚇をやめてこちらに手を振る動物たちに背を向ける。物心付いてから大半を過ごした場所を旅立つのは寂しいが、それ以上にこれからのことに心が躍る。

 ギンという原作にいない相棒を得たことでどの様な変化が起こるのかわからないが、面倒なことは大体拳で解決出来るのがHUNTER×HUNTERの世界だ。

 

「バイバイ!元気でな!」

 

「キューン!」

 

 ギンの鳴き声に対して妙に人間臭い敬礼を返すコンに笑いながら、旅立ちの準備を始めるために帰路につくのだった。

 

 

 ちなみにギンは身体を圧縮して小さくなっているため、ゴンの肩には数百キロの重しが乗っていることになるがその足取りと体幹は一切乱れていなかった。

 

 

 



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第2話 船旅とトリオ+α結成

 

 皆さんこんにちは、ギンに肩乗られると体幹狂いそうなんで頭に乗ってもらってるゴン・フリークスです。

 

 ついに先程ミトさんや島の人達から見送られ、HUNTER×HUNTERの世界への船旅をスタートさせました。ギンについては大人しさからミトさんが世話すると言い出し、ギンもご飯の味をしめてちょっと葛藤しましたが無事一緒に旅立てて安堵してます。

 具体的な日時がわからないため原作の船に乗れるかの不安も、先程レオリオを見つけたことで払拭されたので例のシーンまでギンをモフモフして過ごそうと思います。

 なお、必要以上にモフられたくないギンとの高度な攻防力移動勝負なのでこれも立派な修行です。

 

 

 

 ゴンたちの乗る大型の帆船が、大時化すら子供騙しに思える荒波を進んでいく。一つ越えるたび船がバラバラになりかねない波にもまれる船内、ハンター試験を目指す益荒男たちはほぼすべてが船酔いでダウンしていた。

 当たり前だが、普通より鍛えているくらいで耐えられるような船旅ではない。有象無象をふるいにかける為にわざわざ荒れる海域を抜けるこのルートは、一度体験したらリピーター率ほぼ0%を誇っている。

 大きく揺れる船内、ゴンは原作同様ダウンした受験者を甲斐甲斐しく看護していた。横目で確認したレオリオとクラピカも、それぞれが記憶の中と同じように過ごしていて否応にもテンションが上がっていく。しかし全て同じというわけでもなく、明らかに原作と違うところが見られる。

 

(レオリオってこの時はエロ本読んでたはずなのに多分医療系の専門書だし、クラピカは武器の木刀がちゃんとした刃物になってる。やっぱり原作と違うところがそこそこあるのかな?)

 

 既に原作と違うギンという相棒がいる上に自分が関わっていない所でも差異がある以上、この世界はHUNTER×HUNTERによく似たパラレルワールドというのが濃厚になる。

 もっともゴンは、ここまで同じ様な展開になっている以上、流れに身を任せれば原作から大きく乖離はしないと期待していた。

 

 やっと嵐を抜けたところへ更に強力な嵐がくる宣告は、予定調和の様にゴン、クラピカ、レオリオ三人以外の受験者を船旅から脱落させた。残った受験者を見定めるためにやって来た船の船長は、例年になく若い三人に期待感が膨らむのを自覚していた。

 しかし目の前に並ぶ個性豊かな若者達をあえて睨めつけ、アルコールの入ったボトルを傾けながらお決まりの質問をする。

 

「お前さんたちがハンターを目指す理由を教えてくれ。言っとくがわしも試験官の一人だ、虚偽や気に入らねえ理由なら遠慮なく落とすぜ」

 

 堂々と私情で失格にすると断言する船長に、クラピカとレオリオは憮然とした表情になるが落第を仄めかされた以上口答えまではしない。

 二人が黙ったのを見てまずは自分かと、ギンを頭に乗せたままゴンが列から一歩前に出る。

 

「オレの名前はゴン、頭にいるのは相棒のギン。いつか超えたいと思ってる人より強くなるためにハンターになる。後ついでにプロハンターの親父を一発ぶん殴る」

 

 3人の中で一番の若造とは思えない堂々とした宣誓、目指すとかなりたいという願望ではなく、ハンターになるのはただの通過点だと言い切るゴン。

 多くの受験者を見てきた船長も、性格的に茶化すはずのレオリオも、ハンター試験の困難さを正しく理解しているクラピカも、誰も何も言えずに只々ゴンを見る。

 この場で最も若く小柄な体から迸る決意と覚悟に、それぞれの胸中に様々な感情が浮かんでは消えていた。

 

「あー、お前さんの親父っつーのに興味は有るが、とりあえずはサングラスのにーちゃん、あんたの動機を聞こうか」

 

 経験の差から一足早く我に返った船長に指名されたレオリオは、気を落ち着けるように瞑目したあと、下がったゴンの代わりに前にでる。

 

「オレはレオリオって者だ。ハンターを目指す理由だが、端的に言って金と名声さ。この2つがあれば、何でも買えるし何でも手に入る!」

 

 己を奮い立たせるための大声と大袈裟な身振り、それはゴンに呑まれかけた故に出た虚勢でもあり、どこか道化の様な滑稽さがあった。

 

「品性は金で買えないよレオリオ」

 

「んだとこら、そう言うテメーはさぞかし立派な理由なんだろうな?そんでもってどう見ても年下だろお前、レオリオさんだ」

 

 見た目のまま粗暴なレオリオはともかく、落ち着いた見た目の割に喧嘩腰なクラピカもまた、呑まれかけた動揺から立ち直れていなかった。

 

「私の名はクラピカ、クルタ族の生き残りだ。動機は一族の復興と、虐殺者共への復讐にハンターが最も適していると判断したから」

 

 深い悲しみと怒りこれでもかと負の感情を垂れ流しにするクラピカだが、それすらも先程の鮮烈な印象を与えたゴンに及ばない。

 

「けっ!イチャモン付けっからどんだけ御大層なもんかと思えば、田舎民族の血生臭え復讐劇かよ。お涙頂戴してまで合格したいにしてはちょいとチープすぎじゃねえか?」

 

「品性どころか人として大切なものすら欠けているようだ。どこで買うつもりなのか聞いてもいいかな」

 

 売り言葉に買い言葉でヒートアップしていく二人、船長はゴンが悪い意味で影響したと気付いているが当の本人は原作よりギスギスしてるなと能天気にしていた。

 いよいよ互いに譲れず刃傷沙汰まで発展すると思われたが、小腹の空いたギンが我関せずに鳴き始める。ゴンは餌の催促だとわかるが、周りからしたら小動物が怖がって鳴いてるようにも見える状況に一時妙な間が空く。

 

「レオリオさんはいくらなんでも言いすぎじゃないかな、クラピカさんも怒るのはわかるけど先に挑発みたいなこと言ってるし、まずはご飯でも食べて落ち着かない?勘だけどちゃんと話し合えば二人の相性結構良いと思うよ」

 

 ギンに干し果物を与えながらのほほんと提案してくるゴンに毒気を抜かれ、二人はややあって苦笑しながら改めて向き直る。

 

「すまないレオリオさん、他人の動機に口出しするべきではなかった。その後の礼儀のない態度も重ねて謝罪する」

 

「へっ、今更さんなんて付けんなよ、呼び捨てのタメ口でいい。こっちもクルタ族への中傷もろもろ全部撤回させてくれ、悪かった」

 

 冷静になって会話してみれば互いに嫌悪感は出ず、間にいるゴンとも敬語はなしとした上で話してみれば予想以上に盛り上がる。

 急に長年の友の様に話しながら食事の準備を始める三人に、一人取り残されて手持ち無沙汰の船長。

 

「わし、別に合格とも何とも言ってないんだけど」

 

 呟きすら無視して和気あいあいとする三人を淋しげに見つめ、それでも合格と思うくらいにはいいトリオだと思うのが少し悔しい船長だった。

 

 

 



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第3話 会場到着とピエロエレクチオン

 

 

 皆さんこんにちは、弱火でじっくり焼いてるのにめちゃんこ美味なステーキに戦慄を隠せないゴン・フリークスです。これにはギンも思わずニッコリ。

 二択ババア?キリコ?うちにそんなものないよ。

 

 原作で読んだ時から弱火でじっくりのステーキは味的に微妙では?と思っていましたが、これが驚く程に美味しくて3人プラスαで人間火力発電所状態です。よく考えたらそういう謎肉があるのがHUNTER×HUNTERの世界だと気付き、まだ見ぬ食材に美食屋的なわくわくが止まりません。

 ちなみに割と原作と違うと思ってた直後、ギンがいる以外の違いが消え失せた二択ババアとキリコの安心感は凄かったです。ギンが重くてキリコ達の負担がヤバい問題はありましたが、人生の中で一番原作を感じることができて心が満たされました。

 しかしのんきでいられるのもここまで、この先はサイコパス(ピエロ)サイコパス(ブラコン)心の友(ショタ)がはびこる人外魔境。

 最強ゴンさんを目指すためにこの時点で親友達の強化を行うつもりである以上、このハンター試験自体は出来るだけ穏便に進めたい。

 さあ、ピエロが想像通りの人物であることを祈りましょう。

 

 

 

 大して面白みも感じない、何時どのおもちゃを壊すかを考える日々を送る異常者、ヒソカ・モロウ。そこそこに満たされてはいるものの、どうしても何かが足りないという思いから興味も無いおもちゃすら壊してしまう。

 いい加減後始末等が面倒になり、大手を振って殺しが出来るハンターになろうと受けた前回の試験は悪癖が出て不合格。実力的には申し分ないが、今年も試験官の匙加減で落とされるなら時間の無駄だとハンターは諦めるつもりだった。

 そして二回目の試験、たまたま共に試験を受けるお気に入りのおもちゃと遊ぶか否かを考えていた彼は、何故か吸い寄せられるように受験者が乗ってくるエレベーターへと目を向けた。

 エレベーターが開いて、新たな受験者達が降りてくる。

 その日ヒソカは、己の埋まらなかった空白を埋める運命と出会った。

 

 

 

 ビーンズから原作通りのナンバープレートを受け取ったゴン一行、新人と見るや近づこうとした新人潰しのトンパは本能のままに全力で離れた。さらに試験会場にたどり着いた受験者の一万人に一人と言われる精鋭達が、揃ってピエロメイクの青年ヒソカに道を開けていく。

 ヒソカから立ち昇る禍々しいオーラに当てられ誰もが動けぬ中、警戒態勢を取るギンを抑えるゴンの前に恍惚とした表情のヒソカがたつ。

 

「はじめまして♥ボクはヒソカ♥君とその頭の子の名前を聞いてもいいかな♥」

 

 殺意の籠もったオーラを向けられながらも自然体なゴンはもちろん、警戒しながらもこちらを恐れてはいないギンにも興味を惹かれるヒソカ。

 問答無用で襲いかからないことにヒソカ自身が驚きを感じていたが、この問答で少年とのこれからの関係が決まると理解していた。

 

「オレの名前はゴン、こっちはギン。ヒソカが使える人で、戦いたいっていうのも伝わってきてるけど今は勘弁して欲しいな」

 

「つれないねえ♠️ボクとしては今すぐがいいんだ♣後まわしにする理由を教えてくれないかな♥」

 

 生半可なハンターでは全面降伏しかねない殺意のオーラを向けられる中、まるで家でリラックスしてるかのような一切乱れのないオーラを保つゴン。

 

「オレは今回の試験で合格するつもりなんだ。だからハンター試験が終わったらいくらでも勝負するし、試験の内容で戦うことがあるならもちろん戦うよ。けどもし試験の邪魔をするなら、その時はギンと一緒に遠慮なくいく」

 

 その言葉と共に、ゴンとギンのオーラが重く揺らめく。禍々しく粘つくようなヒソカとは違う、鮮烈で大樹を思わせる重厚さは周囲に安心感を与え、ヒソカには逆にこれ以上ないプレッシャーをあたえる。

 

「…♥試験の邪魔さえしなければいいんだね♦ボクはしつこいけど、本当にいくらでもヤリ合ってくれるのかい♣」

 

「最強になるのがオレの目標だから強い人は大歓迎だよ。流石に人質を取られたり形振り構わず殺しにきたりされたら嫌だけど、そうじゃなければ必ず全力で相手になる」

 

 ゴンのオーラはこの上なく澄んでいて、ヒソカをして毒気を抜かれるほどの渇望そして憧れがオーラから伝わっていた。様々な損得を天秤にかけたヒソカは、疼く体を抑えとりあえず待つことを決める。

 望む殺し合いは直にやってくる上、もともと熟成を待つことには慣れている。

 何より、今の様になんの準備も心構えもなく不利な条件で始めた場合、負けることになるのは自分だとオーラで理解させられてしまった。

 

「残念だけどしょうがないね♠試験中に機会があるのを祈ってるよ♥ギンくんもまたね♥」

 

「オレも戦うの楽しみにしてるよ!」

 

「キュンキュン、ぐげ」

 

ゴンから向けられる真っ直ぐすぎる言葉と、ギンから向けられる嫌悪感のアメとムチでとんでもない顔と股間になりかけたヒソカ。ゴンに背を向けながら、とりあえず試験中にヤレるようゴンが落ちるまでは自分も落ちないことを決意して離れていく。

 また割れていく有象無象を無視し、ヒソカは人生最高の集中力でオーラを研ぎ澄ませていく。

 頭の中でお気に入りだったおもちゃが軒並みゴンに置き換わっていた時、ふと何かに気付いた様に周囲を見渡す。

 普段であれば癇に障るおもちゃ未満のゴミしか視界に入らないが、何故か大して気にならずむしろ深い地下でありながら世界が輝いて見えていた。

 

「あぁ、本当に楽しみだよゴン♥君に会っただけでこれなら、ヤリ合ったらどうなっちゃうんだろうね♥」

 

 自らを抱きしめて悶えるヒソカは、ハンター試験のことなど忘れた様にゴンとの殺し合いを妄想していた。

 

「文句無し♥将来性含めて100点満点だよ♥」

 

 

 なお原作同様4次試験で対峙した際、変身を残していたゴンに割とあっさりやられることを彼はまだ知らない。

 

 

 



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第4話 試験開始と心の友

 

 皆さんこんにちは、ついに原作最初の山場ハンター試験が始まってテンションマックスなゴン・フリークスです。

 思った通り変態に絡まれましたが私は元気です。

 

 ヒソカとのやり取りの後も変わらず接してくれるレオリオとクラピカの優しさが温かいんですが、念に触れた違和感を問い質してくるのはやめてもらいたいところです。一応秘匿技術なので、こんな不特定多数が聞いてる場所で説明したら不合格になりかねない気がします。

 なんとか誤魔化して3人で走ってたところ、なんと心の友より先にお兄さんが接触してきました。といっても、ギタラクルスタイルでしばらくカタカタ言いながら見てきただけで直ぐに離れて行きました。オーラに触れてみた自分の感想としては、ヒソカの方が数段付き合いやすいと思うくらいゲロ以下の臭いがプンプンするぜ。

 そんなこんなもあり不安になってきたところで、ようやくスケボーに乗りながら将来の心の友キルアくんが登場してくれました。原作と中身の違うゴンですが、なんとか友好関係を築きたいものです。

 

 

 

 キルアとの出会いは、ゴンが拍子抜けする程原作通りに進行した。というのもゴン自身に自覚は薄いが、ゴンの体に引っ張られた精神は別物とはいえ精神年齢も性質も原作に近づいていたためファーストコンタクトに支障は生じなかったのだ。

 

「へー、ギンっていうのかそいつ、家にもミケってペットいるけど可愛げなくてさー。そんくらい小さけりゃ連れてくるのもありだな」

 

「一応ペットじゃなくて相棒のつもりなんだけどね。もう6年くらいの付き合いだし」

 

「相棒ね、確かに見た目の割に強そうだしな。…6歳?」

 

 今は原作のように二人で会話しながら、他の受験者をゴボウ抜きにしている。初めはレオリオたちに合わせようとも考えていたが、レオリオに気が散るからお前らのペースで走れと言われてはしょうがない。

 

「仲良さそうだった奴ら置いてきて良かったのか?特にグラサンの方は大分ヤバそうだったじゃん」

 

 少し話した程度だが3人が親しいということはキルアにも伝わっており、それなら助けたり出来るよう近くにいるのが普通ではとキルアは思う。

 

「この程度で落ちるなら、落ちておいた方が二人のためだよ。それにあの二人ならきっと大丈夫、これくらいわけないよ」

 

 落ちたらそこまでと厳しいことを言いながら落ちるとは微塵も思っていない様子に、キルアは眩しいものを見たようななんともいえない表情をつくる。

 

「ずいぶん信頼してんじゃん。あの二人も付き合い長いの?」

 

「全然。ちゃんと自己紹介したのも2日前だよ」

 

「はぁ!?まるっきり他人じゃねーか!そんなんでよく断言できるな」

 

 会って2日の他人に向けるには強すぎる信頼だと、そういう感情に疎いキルアでもわかった。心底わからないとゴンを見つめていると、ゴンは少し考えたあとに話し始める。

 

「3年前に半年くらいだけど、プロハンターに指導してもらったことがあってさ、その人に言われたんだ。良いハンターは良い仲間に恵まれるって。」

 

 その時のことを思い浮かべているのか、少し遠くを見ているゴンからそのプロハンターに対しても強い信頼を感じていたたまれない気持ちになる。キルアにとっての信頼とは暗殺技術や強さによって得られるものでしかなく、ゴンが何に対して信頼を向けているのか欠片もわからないことが、何故か無性に悲しかった。

 

「オレの勘でしかないんだけどさ、レオリオとクラピカとはきっと良い仲間になれると思うんだ。打算や損得とは無縁の、本当の親友に。」

 

 これは原作と関係なく、ゴン自身が二人と触れ合って感じた本心からの言葉である。なんとなく原作より真面目そうなレオリオも、原作より感情の起伏が強そうなクラピカも、たった数日で二択ババアの選択肢にあげられるくらいに惚れ込んでしまっていた。

 この気持ちが原作の修正力なのか、念を習得したことで見える二人のオーラに感化されたからなのかはわからないが、心の底から湧き上がるこの感情は間違いなくゴン自身のものだ。

 悲しそうな顔をしているキルアに、ゾルディック以外の世界を知らない彼にもこの感情を知って欲しい、世界はこんなにも輝いているのだと知って欲しい。

 言葉にすることの大事さを知っているゴンは、今感じている気持ちをストレートに表現する。

 

「オレはキルアとも仲間に、親友になりたい。それこそギンと同じ相棒にだってなれると思ってる。」

 

 それがどんな事態を引き起こすことになるのかは、原作になければ作者でもないゴンにわかるはずもなく。

 

「オレの夢を叶えるためには、きっとキルアが必要なんだ!一緒に世界を見に行こう!!」

 

 真っ直ぐ過ぎるゴンの言葉に耳まで赤く染めながら、それでも差し出された手をしっかりと繋ぐ。

 キルアは今感じている気持ちの名前をまだ知らないが、とても素晴らしいものだということだけはわかった。

 

「あらためて、オレはゴン・フリークス。最強を目指してるんだ、これからよろしく!」

 

「オレはキルア・ゾルディック。やりたいことはまだわからないけど、これからよろしく」

 

 

 なおこの光景を覗いていた二人のサイコパスが、片やイキかけ片やキレかけていたが幸いにも犠牲者が出ることはなかった。

 

 



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第5話 試験官たちの団らんとセクハラ

 

 皆さんこんにちは、グレイトスタンプにクモワシの卵とおいしい物盛りだくさんでテンションアゲアゲなゴン・フリークスです。

 ギンは豚さんを何匹か圧縮してオヤツに確保しました。

 

 

 1次試験は驚く程穏便に終了、2次試験は驚く程原作通りに終了しました。マジポルナレフ状態。

 そもそも1次試験はヒソカが試験官ごっこをしなかったせいで脱落者がそこそこ減り、レオリオ達も自力で2次試験会場にたどり着いたくらいです。

 そんで2次試験が始まるまではついに揃った4人組で自己紹介したり、言葉に表せない凄い顔で話しかけてきたヒソカをあしらったりと退屈しないで過ごせました。

 逆に2次試験はほとんど原作通りに進んで、違いといえば握り寿司でネタを触りすぎだとダメ出しされたくらいです。何だったら、グレイトスタンプに夢中になってたギンが移動するための飛行船に乗り遅れそうになったのが一番のトラブルでした。

 いやそれにしても初めて見る生ネテロ会長ヤバいですね、とりあえず今のレベルじゃまず勝てる気がしません。代名詞の百式観音は勿論として、そもそも百年単位で鍛えてる強化系能力者って時点で強いに決まってるんですよね。目指す頂きの高さを改めて再認識しましたが、まあ血沸く血沸く。

 ちょっとオーラが漏れてしまい、キルアが凄まじい勢いで逃げましたが無事捕獲しました。

 

 

 

 3次試験会場に向かう飛行船の中、試験官達専用待合室にはここまでの試験を担当した3人にネテロを加えた4人ものプロハンターが揃っていた。食事や事務報告等も終わり各々がリラックスした空気の中、2次試験を担当したメンチから今回の受験者についての質問が上がる。

 

「一回全員落としといてなんだけど、今年の受験者ってかなり粒ぞろいじゃない?新人だったら294番なんか悪くないと思うんだけど」

 

「私は99番が良いと思いましたね。あの年頃と考えたら素材はピカ一かと」

 

「えー、小生意気そうなガキじゃん。確かに素材が良いのは認めるけどさぁ、ブハラは?」

 

「んー、正直そこまでちゃんと見てないんだけど、新人ならオレも99番かなぁ」

 

「うっそぉ、あいつ絶対性格悪いわよ」

 

 やれあいつが良いそいつはダメだと盛り上がるのを見ながら、2次試験途中から参加のため測りかねているネテロは気になる受験者について質問する。

 

「フム、ワシはぱっと見405番が気になるんじゃが、誰も触れないのは何か問題でもあったんかのう?」

 

 その質問に、なんとも言えない表情で黙り込む3人。いくつかのアイコンタクトの末、年上であり一番長く見ているサトツが代表して口を開いた。

 

「身体能力に判断力、念を使えるところ含めて文句の付けようがありませんな。正直に申しますと、我々では彼を測りきれません」

 

 そこから補足する形で1次試験の様子を報告するが、身体能力はもちろん念の秘匿にも気を使う分別も持っていること、何よりあの44番ヒソカをあしらっていた様が深く印象に残っていると語る。

 

「あの狂人と言える44番と普通にコミュニケーションが取れ、それだけでなくある程度コントロールしているフシがあります。加えて戦闘力という点で見れば、プロハンターの中でも上位に位置するでしょう」

 

「あー、44番がおとなしかったのはあの子が関わってたんだ。前回の試験の話は知ってたから、もっと絡んでくると思ってたのよね。けど最初に殺気飛ばしてきたきり興味なくしたみたいだし、あれはあれで腹立ったわ。」

 

 その後も念の使える獣を従えている点や行動自体は基本的に落ち着きもあり素直等、初めに話題に挙げなかったことが嘘のように高評価が続く。

 それらを黙って聞いていたネテロは、405番の出自になんとなく当たりを付けながらその人物像を予想していた。恐らくはあの自由人に、年相応の可愛げを付けてやればいいのだろうと。

 

「ホッホ、つまり今年は滅多にない当たり年に加え、とんでもない有望株までいるということじゃな。少し見るだけのつもりじゃったが、こりゃ最後まで見届けようかの」

 

 急遽ハンターのトップであるネテロ会長が試験に同行することになるが、試験を担当した3人はそれに深く納得していた。本来担当する試験さえ終われば試験官は自由にしてよく、その後の試験に付いて行く必要性は全く無い。にも関わらず3人ともネテロ同様最後まで試験を見届けるつもりであり、どのような結果になるのか非常に興味があった。

 

「どれ、そうと決まれば散策でもして受験者の品定めといこうかの」

 

「わざわざ会長に言うまでもないとは思いますが、遊ぶのもほどほどになさってくださいね」

 

「ホッホッホッ、そりゃ無理な相談じゃ。楽しく遊ぶのはワシの若さの秘訣じゃからの」

 

 笑って待合室から出ていくその姿は生命力に溢れていて、ゆうに100歳を超えているとは言われなければ想像すらできない。

 名実共に最高のハンターと言われるアイザック・ネテロ、彼の遊び相手になる者に待つのは幸か不幸か。

 

 

 

「てか会長あたしの胸ガン見してくるんだけど、セクハラかパワハラで金毟れないかしら」

 

「…そんな格好してるメンチにも問題あると思うよ」

 

 スケベもまた、ネテロの若さの秘訣の一つである。

 

 

 



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第6話 ネテロと玉遊び

 皆さんこんにちは、3次試験会場に到着するまでつかの間の休息を堪能するゴン・フリークスです。

 

 

 3次試験会場のトリックタワーに向かう飛行船、レオリオとクラピカは早めに休むということでキルアと船内を探検です。今日一日ずっと感じていたサイコパス二人の視線もようやくなくなり、自分はもちろんギンもやっと一息ついて頭の上で溶けてます。

 

 

 ゴンとキルアがあらかた船内を見て回った頃、船内を散策していたネテロは遠目に二人の姿を確認して笑みをこぼした。

 

(どれ、ちょいとからかってみようかのう)

 

 人の悪い表情を浮かべると、僅かなオーラに闘気を乗せて二人に向かって飛ばす。さすがの反応で二人が振り向くが、それと同時に素早く二人を追い越すことで前からやってきたふうを装った。

 

「ホッホ、後ろに誰かいたかの?」

 

 そんなネテロのからかいは半分成功した。種がわかり憮然とした表情のキルアと、キラキラとした目で全てを見ていたゴン。先程までだらけていたギンも、闘気に当てられいつでも動けるように体勢を整えている。

 間近で見るとより鮮明に伝わってくる若い才能に、全盛期を過ぎたことで丸くなったと自覚しているネテロは余計なお節介をかけたくなった。

 

「さすが若いのはエネルギーに溢れとるの。どうじゃ、ちょいとワシに付き合ってはくれんか?」

 

「はあ?なんでオレたちが「もちろん!キルアもいいよね!」…しょうがねぇな少しだけだぞ」

 

 キルアはしてやられたことから断ろうとするが、ノリノリのゴンに負けて少しくらいならと了承する。

 その様子にニンマリと笑ったネテロは運動スペースへと向かい、今回の遊びについて説明する。

 

「これからするのは単純な玉遊びじゃ。お主らがワシからボールを奪えたら勝ち、オマケでハンター試験合格もつけちゃろう」

 

 まさかのオマケでハンター試験合格を持ち出すネテロに、驚きながらも半信半疑なキルアは問う。

 

「マジで合格にしてくれんの?なんか他にも条件あったりするんじゃないの」

 

「フム、そうじゃのう。キルアといったか、お主は右手右足のみで相手しよう。ついでにこちらからの攻撃は無しじゃ」

 

「…は?」

 

「そっちのゴンは、…《念の使用は纏までとする》特に制限はなしじゃ」

 

 自分とゴンの条件の差にキルアは剣呑な殺気を放ち始め、その横のゴンはネテロが文字に変化させたオーラを見ていた。

 当たり前だが原作と違う流れに、他の条件はないかと質問するゴン。

 

「挑戦は一人ずつ?あとギンも参加していいの?」

 

「挑戦は一人ずつ、そっちのペットは無しじゃ」

 

 了解と言いながらストレッチを始めるゴンとは別に、舐められていると頭に血が上るキルアはネテロに向かって一歩を踏み出す。

 

「じゃあオレから殺らせてもらうわ、後悔すんなよジジィ」

 

「ホッホッホ、来なさい小童」

 

(吠え面かかせてやる)

 

 今までキルアから溢れていた殺気が唐突に消失し、緩急を付けた特殊な歩法からまるで分身したかのように移動する。

 

「ほう」

 

「わぁ」

 

 暗殺術の中でも高等歩法と言われる肢曲、変幻自在の動きからボールを狙うフェイントを入れ片足で立つネテロの軸足に渾身の蹴りを打ち込む。尋常じゃない重さの衝突音が響き、結果ダメージを受けたのはキルアだった。

 

「ーってぇ!?」

 

 蹴り込んだ足を抱えながら下がるのを飄々と見送るネテロ、フェイントに対しても特に反応せずキルアだけが動き回っていた様子は若干滑稽に見える。

 

「チッ!ゴン!交代!」

 

 なまじ本気だったため無視できないダメージを負い、腹はたつがしょうがなくゴンに交代を要請する。

 生の肢曲に興奮しながらストレッチを終えたゴンは、一度大きく深呼吸すると気持ちを切り替えて真っ直ぐネテロに歩いていく。

 

(…なんとまぁ、この年でなんちゅう纏をするんじゃ。まるで深海を覗くような、太古の大樹を見上げるような)

 

 己がこの域に達したのはいくつの頃か、晩年に開花したネテロにはゴンの若さとはちぐはぐの練度が末恐ろしく感じられた。

 ゆっくり近づいたゴンが、そのままボールに向かって右手を伸ばす。その意図を正しく理解したネテロは、ボールを持たない左手をゴンの手に組ませた。

 キルアは二人が互いに笑いあった次の瞬間から、冷や汗と体の震えが止まらなくなっていた。一見するとただ片手で組み合っているだけ、しかし離れて見ているキルアにも互いの体に想像もつかない力がかかっているのがわかった。

 最初は拮抗していた力比べも、徐々にゴンが音を上げ始める。体は震え汗は吹き出し、少しずつ押し込まれていくゴンはやがて息を吐き出し声を上げる。

 

「降参!ちょっと休憩!」

 

「ホッホ、まだまだじゃのう」

 

 腕をほぐしてキルアの方へ歩いていくゴンを見ながら、僅かに震える己の左手を見る。

 

(おっかしいのぉ、いくら利き手じゃないとはいえオーラ的にも肉体的にもここまで手こずるはずはないんじゃが)

 

 作戦会議なのかあーだこーだと盛り上がる二人を眺め、早く来ないと時間切れだと急かす。

 攻め方を変えて片手片足の不利を突こうと動くキルアをあしらいながらも、先程の力比べの余韻が頭から離れない。

 

(まいったのぅ、ちょっと遊ぶだけのはずが本気になりそうじゃ)

 

 遊びはまだ始まったばかり、次は何を見せてくれるのかと笑みを強くしていくのだった。

 

 

 どれほどの時間が経ったのか、キルアは息も絶え絶えでゴンもまた疲労を隠せない。対してネテロは汗こそかいているが息も乱れておらず、まだまだ余裕を見せていた。

 

「あーもう止めだ!止め!ちくしょうこれ以上やったら明日に響くっつーの!」

 

 初めに音を上げたのはやはりキルアだった。脱いでいた上着や靴を回収して出口へと向かって行く。最後に休憩していたゴンに振り返ると、悔しいような悲しいような複雑な表情を浮かべて口を開く。

 

「くやしいけど天狗になってたわ、正直ゴンとここまでの差があるとは思ってなかった。けど今だけだ!直ぐに追い付いてやるから待ってやがれちくしょー!あとそのじじぃに吠え面かかせろー!!」

 

 最後は叫びながら走っていくキルアをキョトンと見送った後、ゴンは堪えきれずに声を殺して笑う。ネテロもまた二人のやり取りを微笑ましそうに見やる。

 

「ホッホッホ、闇を抱えていると思っとったがなかなかどうして、あやつも真っ直ぐないい子じゃのう」

 

「うん。本当に尊敬するよ、オレだったらキルアの立場になってもあんなふうにはきっとなれない」

 

「なぁに、あやつにはあやつの、お主にはお主の生き方が有るんじゃ。尊重はしても卑屈になることはあるまいて」

 

 知っている者が見たら目を疑う程、いつになく真面目なネテロに感銘を受けるゴン。名残惜しいが大分時間も押しているため、そろそろ終わりにしなくては自分も3次試験に響きかねない。

 

「ネテロ会長、キルアにも言われたんで最後に思いっ切りやってもいいですか?」

 

 膨れ上がるオーラに、隅で呑気に寝ていたギンも目を覚ます。間近で触れたネテロは、規格外なゴンにまだ過小評価だったと意識を入れ直す。

 

「明日以降の試験に影響を残さず船も傷つけない、これが守れるならよかろう。あとおまけの合格もなしじゃ」

 

「ありがとうございます。その条件で出せる全力で行きます!」

 

 ゴンから吹き上がるオーラにネテロも練でオーラを高めると、ゴンが能力と思われる名を口にする。

 

貯筋解約(筋肉こそパワー)!」

 

「ひょ!?」

 

 

 

 

 未だ運動スペースで呆けているネテロは、先程自分が見て体験したことからゴンの念の能力について考察していく。

 

(ありえん、どのような制約と誓約を設ければああなるんじゃ?発動した能力とは別の発もあるんじゃろうが、だとしたらあやつの系統がわからん)

 

 見事に吠え面をかかされた形になったが、ネテロは久しくないほど気力にハリが出ているのを実感していた。

 やはり若い才能との触れ合いは若さの秘訣だと、機関室にとびきり遅く飛行するように伝えたネテロは満面の笑みで自室へと向かった。

 

「あいつ、ワシより強くなるかもしれんのぅ」

 

 

 

 なお、妄想して寝ていた変態が飛び起きたが、気のせいかとゴンとの夢を見るために二度寝をしていた。

 

 




感想で多かったので念能力の詳細を入れます。念能力についての感想への返信もこの後書きを代わりとさせてください。
ご都合主義満載なのでご注意を


能力名:貯筋解約(筋肉こそパワー)

系統:操作を中心に若干の特質と強化を含む

制約と誓約:
元々持っている筋肉、これから付くはずの筋肉を貯筋できる代わりに普段の筋肉が少なくなる。元の筋肉に戻る分にはほとんどリスクはないが、元以上に強化すると借筋(きゆみお氏の許可により正式採用)として反動で元々の筋肉が萎む。

補足説明:
正直まんまゴンさん化のデチューンです。あれ程の強化は出来ませんが短期決戦時のブースト用として使用可、すべてを犠牲にしなくて大丈夫です。
うちのゴンが一番最初に作った能力。
ちらっと出てるんですがうちのゴンは早く念に目覚めたことで成長率がバグってます(第0.5話のカイトの感想)。なので素の身長が既にクラピカ以上レオリオ以下はあります。
それに相応の筋肉が付いてるので素の姿はまんまちっちゃいゴンさんです。
流石にそれだとミトさんをごまかせないので、ビスケを参考に再現することで原作と同じ姿を維持してます。
筋肉を操作する操作系、貯筋できている謎は特質系、いざという時は元以上の筋肉にする強化系で成り立つ能力と妄想しています。

以上、長々と失礼しました。感想はちゃんと読んでます。皆さん応援ありがとうございます。


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第7話 3次試験開始とヒソカハーレム結成

前書きから失礼します作者です。
改めまして日間1位、感想、誤字報告、評価ありがとうございます。
感想について前話後書きでも述べましたが能力についての返信は後書きを変わりとするとこで個別の返信を省略させて頂いてます。全て目を通していますがご容赦ください。
これからも一話は短くなると思いますが完結させるようがんばりますので広い心でお待ち頂けたらと思います。

みんな本当にHUNTER×HUNTER好きですね。作者も大好きです


 

 皆さんこんにちは、少しとはいえ久しぶりにもとの体に戻ってスッキリしたゴン・フリークスです。

 ギンも4次試験になったら戻っていいからもう少し待っててね。

 

 

 

 昨晩はお楽しみでした。結局最後までボールは奪えなかったものの、ネテロ会長に汗くらいはかかせましたし最後に驚く顔も見れました。ただのお遊びとはいえ、少しはゴンさんに近付けている実感が湧けばこれからのやる気にもつながるというものです。

 さて、それはそうと3次試験トリックタワーです。凶悪な犯罪者達の収容所であり難攻不落のこの塔を、屋上から一階まで降りきることが今回の合格条件となっています。一見何もないまっさらな屋上ですが、そこかしこに先着1名の隠し床が存在していてその先のルートを各々進んで行くという内容になってます。

 実はこの3次試験には一つ目的があって、メンバー強化のためにここで念について把握してもらう予定なのです。3次試験で念について知り、4次試験で目覚める取っ掛かりを得てもらい、ククルーマウンテンで完全に目覚めるというのが理想の流れになります。

 そのためには原作と同じ多数決の道を選ぶ必要があるんですが、どこにあるかわからないしさっさと見つけてしまいたいんですがね。

 おや、3次試験1位通過予定の変態が近づいてきますがなんですかね?

 

 

 3次試験開始からそこそこの時間が経ち、受験者の半数ほどが減った屋上の一角でゴン達4人にヒソカが集まってあれこれと話し合いをしていた。

 内容はヒソカの見つけた隠し床を使うか否かなのだが、当然のごとく反応は良くなかった。

 

「方法は企業秘密なんだけど、この5つの入口は一つの部屋に繋がってる♦だから知った仲で行けばクリアしやすそうだと思って君達を誘ったんだ♥」

 

 ここまでゴンにあしらわれ続けたヒソカが、たまたま見つけた同じ行き先の5つの隠し床。何やら悩んでいるらしきゴンに話を持ちかけたところ、予想以上に乗り気な様子で話が進んだ。

 とりあえず皆で相談しようと集まったはいいが、ゴン以外の3人はあまり乗り気ではないということでそれぞれの理由を聞いたところ。

 

「信用ならねぇ」

 

「なんか気持ち悪いからパス」

 

「仮に同じ部屋の入口だとして、バトルロイヤルの可能性もある。ゴンへの執着的にそれを狙っているのではないか?」

 

「しょうがないけど辛辣♣」

 

 三者三様だがそれぞれもっともな理由に、どうしたものかと考えを巡らせるゴン。特に具体的な懸念点を上げたクラピカに対しては、ヒソカも事実も交えて考えを述べる。

 

「実はボク今回の試験で2回目なんだ♣その中でわかったのは試験の内容は必ず具体的ってことさ♦受験者同士で争わせるなら最初にそう言うはずだよ♠まあ確かにバトルロイヤルでゴンとやれたら儲けものって気持ちがあるのも事実だけど♥」

 

 その話を聞いてもゴン以外の3人は尻込みしていた。流石にこのまま無駄な時間を費やすのはまずいが、ヒソカが信用ならない以上どうしても話が進まない。

 

「皆、全員同じルートで行きたいのはオレの我儘なんだ。他の受験者と離れられる今を逃したら、次の機会は試験中ないかもしれない」

 

 ゴンからしたらバトルロイヤルじゃないとわかっているため、親友達の強化の為是非にもこのルートを進みたい。しかしそれにはヒソカという地雷を踏んででも進むという理由を与える必要があり、そのために念についてのカードを切る。

 

「レオリオとクラピカは試験会場に付いてすぐヒソカと会ったときに違和感を感じてオレに聞いてきたよね、キルアも昨日のネテロ会長との勝負でおかしいと思ったんじゃない?」

 

 そんな楽しそうなことがあったのかとショックを受けるヒソカを無視しながら、3人が違和感を感じたことについて言及する。

 

「あれは種も仕掛けもあるちゃんとした技術なんだ。誰でも必ず持っているもので、皆も訓練したら使えるようになる力だよ」

 

 体系化された技術で訓練次第では使えると言われれば、自分達が身を持って体験している以上一気に興味が湧いてくる。

 

「一応秘匿技術だから具体的にはまだ教えられないけど、それぞれにどんな利点があるかだけ教えるね」

 

 レオリオには医者になる上でプラスになる力を得られる可能性が高いこと、クラピカには復讐相手の幻影旅団は全員この力の持ち主で覚えなければ前に立つことすらできないということ、キルアには少なくとも自分に追い付くにはこの力がなければ一生不可能だということをそれぞれに説明する。

 先程まで二の足を踏んでいた3人も、ゴンの話から既にこのルートを選ぶことにかなり乗り気になっていた。

 

「質問なんだが、秘匿技術で他の受験者がいないところでないと教えられないということは褒められたことではないのだろう?正直今すぐにでも教えてほしいが、そのためにゴンの試験に悪影響が出るならば試験の後でも私は構わない」

 

「心配してくれてありがとうクラピカ。多分大丈夫、無闇に広げないっていうのが暗黙のルールでそもそもプロハンターになったら必須技能だからね」

 

 クラピカの心配も杞憂だと言われ、いよいよ3人もこのルートを選ぶ決意を固める。あとは適当に自分の入る隠し床を決め、最後の確認とばかりにゴンが口を開く。

 

「じゃあもしバトルロイヤルだったらまずヒソカを集中して撃破。それ以外だったら協力してクリアを目指そう!」

 

『おう!』

 

「ひどいなぁ♥」

 

 タイミングを合わせて隠し床を通った5人は、無事多数決の道をスタートさせて3次試験クリアを目指すのだった。

 

 

 冷たくあしらわれるヒソカだったが、結果的にこの試験でもっとも注目するメンバーに囲まれた状況に胸の高鳴りが抑えきれなかった。

 

 

 



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第8話 ゴンのパーフェクト念教室と過去の恨み


再び前書きで失礼します。作者です。
引き続き日間1位本当にありがとうございます。
嬉しい悩みなのですが、最近多くの感想を頂いております。
全てに目を通してニヤついているのですが、個別に返信していると時間がかかるようになってきてしまいました。
ですのでこれからは返信をしたりしなかったりしますが何卒ご了承ください。
代わりに返信の時間も本編作成に当てて早めに更新できるようにがんばりますのでよろしくおねがいします。


 

 皆さんこんにちは、念の伝道師ゴン・フリークスです。

 

 

 無事多数決の道をスタートできたゴン一行、最初のチュートリアルとも言えるいくつかの多数決を終えたところでゴンが念についての基礎知識を説明し始める。

 

「まずオレやヒソカが使ってるこの力の名前は念じると書いて念、ざっくり説明すると生き物が持ってる生命エネルギー(オーラ)を使って超常現象を起こす技術だよ」

 

 始まった説明を聞き逃さないよう集中するキルア達と、どんな説明をするのか楽しみなヒソカ。

 

「基本的に念を使える念能力者は使えない人より強い。オーラを扱えるだけでそうなんだけど、そこに念能力が加わるからなおさらだね」

 

 オーラに念能力と今まで聞いたことのない単語に戸惑う3人に、わかりやすいように身近な例えをあげる。

 

「水道の蛇口とホースがイメージしやすいかな、蛇口とホースが体で、水がオーラだよ。今3人は少しだけ蛇口を開けて、そのまま垂れ流しにしてる状態。オレとヒソカはホースの先に念能力ってアタッチメントを付けてる上で、好きに水の量を調整できるって言えば分かりやすいかな。」

 

「すまない、オーラを扱うのと念能力は別という説明だったがそのあたりを聞いてもいいか?」

 

 説明が一段落したと判断したクラピカが気になったところを質問し、レオリオやキルアも話についてきていることを確認したゴンが答える。

 

「オーラを扱うっていうのは、さっきの例えだと水の量を調整したりホースの先を掴んで止めたり勢いを良くしたりすることだね。ここまで出来たら一応念能力者を名乗れるよ。念能力っていうのは能力者の集大成、その人それぞれの願った力を発現させる能力のことだよ」

 

 その説明でまた少し考えるクラピカに代わり、次にレオリオが気になる点を上げる。

 

「屋上と今の説明だとよ、まるでどんなことでもできる夢みたいな力に感じるんだが流石に無理だよな?」

 

「半分正解かな、基本的にはどんな能力でも一応作れるよ。けど作った能力を使えるかどうかはその人次第なんだ。ホースの先に消防車のノズルを付けたとしても、水道が普通じゃあ結局意味ないでしょ?」

 

「じゃあ仮に無限のオーラを生み出せればどんな能力でも実現可能だってことか」

 

「絶対に壊れない体も必要だよ。水圧に負けてホースが破裂しちゃうからね。生み出せるオーラと鍛えた体、その2つに合わせた念能力を作るのが大事な事だね」

 

 なるほどねぇと納得するレオリオを見て、まだ何も聞いてこないキルアに目を向けると何かを思い出していたのか丁度良く質問がとんでくる。

 

「昨日会長のジジィがやたらと硬かったのはそういう能力ってことか?ゴンもありえねぇ怪力だしよ、昨日のやり取りの中でどれが念能力なのか教えてくれ」

 

「キルアが見てた中に念能力は無いよ。水圧が強くなることで力が強く、圧がかかればホースが硬くなるってイメージ。あと念能力を他人に聞くのはよっぽど親しくないとやめた方がいいよ、中には初見殺しとか知られないことで強い能力もあるから」

 

「ふーん、ゴンは聞いたら教えてくれるのか?」

 

 キルアは昨日の不甲斐なさも合わさり、少し意地が悪いと自覚しながらも思わずゴンに念能力を聞いてしまう。クラピカにレオリオも興味があるのか、控え目にゴンへ目を向けた。

 

「もちろん教えるよ!けど今はまだ駄目、自分の能力がある程度イメージできてからじゃないと悪影響になっちゃうかもしれないからね」

 

 キルアだけでなく3人に向かって即答するゴン、親しいと断言された3人はこそばゆそうにしながらも満更ではない様子で顔を見合わせる。

 

「ならば私も能力が決まったら必ず伝えよう。できればアドバイスも貰えたら助かる」

 

「オレにももっと色々教えてくれ、どんなことなら可能なのかとか治療に応用する方法とか気になるからよ」

 

「ま、追いつくイメージは出来てきたし首洗って待ってな」

 

 3人からの返答に満面の笑みを浮かべるゴンと、そんな4人を見て悦に浸るヒソカ。 

 

「ボクには教えてくれないのかい♥」

 

「戦闘中とかならまだしもプライベートで教えるのはヤダ。ヒソカもネタバレは嫌じゃない?」

 

「残念♣楽しみにしてるよ♥」

 

 さらに細かい説明や質問が繰り返される中、5人は順調に多数決の道を進んで行く。これといって苦戦も仲違いもないため、レオリオやキルアにいたっては緊張感も集中力も途切れてだらけ始めていた。

 そんなゴン一行の前に、底の見えない大穴と中央にリングのある空間が現れる。リングを挟んだ先の通路にはフードを被った6人がおり、初めてトラップ以外の試験が来たことでゴン達にも緊張感がはしる。

 

『受験者の諸君はリングで一対一の対決をしてもらう。一人一回の勝負でもし負け越した場合は全員失格、勝ち越したとしても負けた分の時間を消費すること。対決の詳しい説明は対戦相手の囚人が行う、以上』

 

 試験官のアナウンスが終わると同時に、一人の囚人がフードを取りながら前に出てそのままこの試験のルールを説明する。

 対決内容と決着内容は各囚人が決めること、ゴン達が先に対決する者を決めることなど囚人有利なルールにレオリオが抗議するが認められない。最初の挑戦者を決めなければ不合格と言われては従う他なく、話し合いの結果ヒソカが様子見を兼ねてリングへと上がった。

 

 

 

 ついにトリックタワー多数決の道も山場、時間をかけた5連戦が始まろうとしてます。

 正直、トンパさんの代わりにヒソカが同行者になるだけでここまで楽な道になるとは思いませんでした。お陰様でキルア達への念の説明はあらかた終わりましたし、足止めを食らうのも少ない時間になりそうですからこれが正規ルートだったんでしょう。

 ヒソカがリングに上がったことでフードたちからも一人がリングへと上がりますが、例の説明してくれた人がトップバッターじゃないんですね。そもそも向こうに6人いる時点で人数が合いませんし、一体何が起こっているのかわかりませんがヒソカが負けることはないでしょうから気楽に観戦しましょう。

 

 

 

 フードを脱ぎ捨て現れたのは、囚人ではなく顔のキズが目立つ精悍な男だった。男は眦を上げてヒソカを睨み付けると、声を荒げヒソカに殺気をぶつける。

 

「この時を待っていたぞヒソカ!貴様に復讐するために、私は修羅となったのだ!」

 

「…ん〜♣ごめん思い出せないや♦君誰?」

 

 激高する男に対して全く興味もないヒソカ、対象的な二人だがヒソカも油断はしていなかった。何故なら相手の男もまた念能力者であり、最低限自分に傷を負わせる実力はあるとオーラから判断したからだ。

 

「忘れたと言うなら教えてやる。去年の試験で貴様に敗れて以降、私は一時も忘れることはなかった!今日ここで貴様を抹殺し、過去を精算するためだけに生きてきたのだ!」

 

 男の悲痛ともいえる叫びを聞き、ようやく男の顔を思い出したヒソカは最初と打って変わって友好的な態度となる。

 

「思い出した、あの時の試験官じゃないか♦君にはお礼を言わなきゃいけないと思っていたんだ♥」

 

 突然の馴れ馴れしさに戸惑う男に対してヒソカは矢継ぎ早に言葉を重ねていく。

 

「君が去年ボクを失格にしてくれたおかげで今年夢の様な出会いがあったんだ♥試験が始まるまではマイナスイメージだった気がするけど今じゃ大きくプラスだよ♦お礼にボクが叶えられることなら一つだけ叶えてあげるよ♠」

 

 あまりに上機嫌な自分を敵とも思っていないその姿に怒りが頂点を越え、暗く冷たい殺意をまといながらルールを告げる。

 

「ふざけたことを抜かすな!勝負内容はデスマッチ、どちらかの息の根が止まるまでの殺し合いだ!」

 

「…わかった♣先手は譲ってあげるからいつでも来なよ♠」

 

 終始こちらを侮る態度に限界を迎えた男は、開始の合図も待たずに抜き放った二本の曲刀を全力で投げつける。凄まじい速度の曲刀を軽く避けたヒソカの前に、再び二本の曲刀を振りかぶった男が肉薄する。更に先程投げた曲刀がブーメランの様に方向転換し背後の死角からヒソカを狙う。戻ってきた曲刀と全く同じタイミングで斬りかかる男は、未だに構えてすらいないほとんど棒立ちのヒソカに自分の勝利を確信する。

 

「死ねヒソカ!我が奥義、無限四刀流に散るがいい!!」

 

 その先を見ることができたのはゴンと、かろうじて何をしたか察することができたキルアだけであった。

 四本の曲刀が当たる直前、ヒソカは両手の指に挟んだトランプをそれぞれ一閃させた。ただそれだけで後ろから迫る曲刀二本、男の持っていた曲刀二本に加え男の首が一刀両断に切り払われていた。

 リングには切られた曲刀と男の首が虚しく転がり、首を失った体も更に数歩駆けたあと同じくリングへと沈んだ。男の首はヒソカを殺ったという暗い悦びの表情で固まっており、自分が死んだことには欠片も気づいた様子が無い。

 

「これでも本当に感謝してたんだ♦だからお礼として一思いに殺してあげたよ♠二度と覚めない都合の良い夢の中でおやすみ♣」

 

 男の表情を一目見た後、踵を返すヒソカの記憶から男の記憶がきれいに消えていく。

 ヒソカは壊れたおもちゃに興味はない、興味があるのは将来有望な青い果実と遊び甲斐のあるおもちゃだけだ。

 ヒソカの予想以上の強さに絶句する3人とは別に、今の攻防のレベルの高さに気付いているゴンが拍手でヒソカを迎える。

 絆されてるなあと自覚しながらも、これはこれで悪くないとヒソカにしては珍しい自然な笑顔でゴンとハイタッチするのだった。

 

 

 



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第9話 トリックタワー攻略と次回ゴンVSヒソカ

 

 

 皆さんこんにちは、ヒソカ戦の後はほとんど原作通りに進んで語ることがないゴン・フリークスです。

 

 

 ヒソカの勝利後、クラピカとレオリオの二人はほとんど原作通りの流れで一勝一敗に終わった。

 クラピカはしっかり勝利したものの原作以上に抑えが効かず、相手のマジタニに追加で2発ほど叩き込んで瀕死に追い込んでしまう。

 対してレオリオはそんなクラピカをたしなめ、マジタニに治療を施す器量を見せた。勝負は結局原作通りじゃんけんに負けて敗北するが、女囚人に対するセクハラも行わずきっちり性別を当てるなど原作にない硬派さを垣間見せる。

 ゴンとキルアに至ってはそのまま原作通りに進み、結果四勝一敗と原作以上の勝率でゴン達が勝利した。

 

 ゴン達がレオリオの敗北分足止めを過ごすことになった待合室、看守用なのか収容所とは思えない充実したアメニティに束の間の休息を得る。

 そんな中で話題に上がるのはやはりヒソカであり、レオリオとクラピカにいたっては何が起きたかすら把握出来ていなかったことからヒソカの強さを想像すらできなかった。

 

「てか念って本当に反則だな、なんでただのトランプで人の首はまだしもナイフが斬れんだよ、そりゃ使えない奴は絶対勝てねえわ」

 

 ヒソカがしたことをかろうじて認識することが出来たキルアは、改めて念の規格外さを知り辟易する。たとえばこちらが金属鎧を着ていたとして、それごとトランプ一枚でバラバラにされると知れば憂鬱にもなる。

 

「ヒソカの強さを理解するのはいいけど、これが普通だとは思わないでね。戦闘力で言えば間違いなく世界トップクラスだから」

 

「照れるね♥」

 

 キルア達が改めて念の恐ろしさを理解したところで、短くはない足止め時間を有効活用しようとゴンが提案する。

 

「間違いなく時間が足りないけど、これから念に目覚めるための修行を始めよう。まず3人には垂れ流してるオーラを認識して体の周りで留める技術、纏の習得を目指してもらうよ」

 

 行うことは瞑想。オーラがあると強く信じた上で意識を集中させ、流れているオーラを認識することから全ては始まる。

 

「ゴンならそうすると思ってたけど無理矢理開かないんだね♦」

 

 キルア達が好きな姿勢で瞑想し始めたのを確認し、手の空いたゴンへと問いかける。ヒソカから見ても3人に才能があるのは間違いなく、それなら手っ取り早く精孔を開けばいいと当然のように考えていた。

 

「オレはほとんど我流でやり方よく知らないし、わざわざ皆を危険な目に遭わせられないよ。それにねヒソカ」

 

 目覚めるかわからないというならまだしも、3人が念に目覚めるのは既定路線である。それを知るゴンからしたらわざわざリスクを負う必要性を感じず、そもそもヒソカ以上に3人を信じるゴンからしたらヒソカは過小評価してるとすら思っていた。

 

「もちろん試験の残り日程次第だけど、試験中に目覚める可能性は十分あると思うよ」

 

 自信ありげに語るゴンに少し面食らいながらも、そうなれば自分の楽しみも増えることになる。

 ゴンも3人と共に瞑想を始めたことで手持ち無沙汰となったヒソカは、一人トランプタワーで暇をつぶしながら漏れ出そうになるオーラをなんとか抑える。

 そこそこ力を込めて死合ったことで体の奥に熱が籠もっているヒソカは、自分が近いうちに抑え切れなくなることを自覚していた。

 

 

 

 当たり前だがどれほどの才能があろうと、数時間程度で目覚めるほど念とは甘いものではない。なんの手応えもないことに消沈するキルア達を連れ、先ずは目先のハンター試験ということでトリックタワーの攻略に集中していく。

 前半に比べて凶悪なトラップも増えていたが、その程度で手こずるほどやわなメンバーは一人もいなかった。結果として原作通りの手順で攻略し、約十時間残して5人は無事3次試験を通過することになった。

 その後3次試験が終了するまで、引き続き瞑想を続けるキルア達。ゴンはギンを重しに自重トレーニングを行いながら、気持ちは既に4次試験について考えていた。

 一週間という長丁場の中でどれだけ早くナンバープレートを集めてもらうのか、集めた後どこを拠点にして修行を行うのか、何より大々的に受験者同士のつぶしあいになる以上サイコパス(ブラコン)がどう動くのかを考える。

 既に3次試験を通過していたイルミことギタラクルに、こちらを気にした様子は見られない。原作でのイルミを知っているゴンでもその行動原理を理解することは出来ておらず、最悪の場合ヒソカとのプレート争奪戦時に乱入されることも想定していた。

 

(何考えてるかわからないからとりあえず備えるしか解決策無いしなあ、4次試験は今まで何もできなかった分ギンに色々頑張ってもらおう)

 

 限界まで体を圧縮している影響かほとんど動こうとしない相棒も、窮屈さから解放されれば率先して動いてくれるのは間違いない。原作でトンパも言っていたが、ハンターとはチームプレイが非常に大事な職業なのだからレオリオやクラピカに手を貸すくらい問題無いだろう。

 

 そして残り時間が一時間を切った頃、トンパが這々の体でゴールにたどり着き計32名がトリックタワーを攻略して3次試験を通過した。

 

 この世界線で最初となるゴンとヒソカの念を使った全力バトル、後のヒソカに大きな変化をもたらす戦いまであと僅か。

 ゴンは溢れそうになるオーラを必死に抑えながら、好戦的な笑みが浮かぶのを堪えることができなかった。

 

 



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第10話 4次試験開始とヒソカの誤算


WARNING!

前書きで失礼します。作者です。
今話にはこの小説最大のご都合主義、独自解釈が含まれております。
ここまで読んでくださっている読者なら大丈夫だと思いますが、ご注意ください。


 

 

 皆さんこんにちは、いよいよスタートする4次試験にわくわくドキドキが止まらないゴン・フリークスです。

 

 

 4次試験は無人島で行われる受験者同士のナンバープレート争奪戦。この試験内容が発表された瞬間、ここまで残った精鋭の受験者達が一斉にある人物から距離を取った。

 空白地帯の中心で、自らの体を強く掻き抱くヒソカ。その表情には歓喜とも悲哀とも取れるほど複雑な感情が渦巻き、溢れ出るオーラは他者に恐怖と絶望を与える禍々しさを孕んでいた。

 皆がヒソカを警戒しながらもルールの説明は続き、自分とターゲットのプレートが3点それ以外が1点で計6点分のプレートを集め一週間守り抜けばクリアだと述べられる。

 

「では3次試験のクリア順にこの箱からターゲットの番号が書かれたクジを引いてもらう。島へ入る順番も同様だ、余計な手間をかけず迅速に動け」

 

 受験者がクジを引いていく中、多数決の道のため5人同時にクリアしたゴン達は囚人との5連戦の順番で引くことに決める。話し合いの間も互いに視線を向けないゴンとヒソカだが、試験官達とギタラクルの目には互いに押し潰し合うような両者のオーラがありありと映っていた。

 そしていよいよゴンの順番となり、一呼吸置いたあと残り少なくなった箱から一枚のクジを引き抜く。クジに書かれた44番を確認したゴンは、その数字を誰でも見えるように掲げるとヒソカに向かって言い放つ。

 

「島に入ったらプレート貰いに行くから、良さそうな場所確保して待っててね」

 

「〜ッ♥あぁ、待ってるよゴン♥一秒でも早く会いに来てね♥」

 

 もはや隠すこともないオーラに周りが威圧される中、見かねたネテロが失格をちらつかせることでやっとクジの続きが再開するのだった。

 

 

「ごめん皆!ちょっとテンション上がりすぎちゃった」

 

 島へ到着するまでの僅かな時間、盛大にオーラを溢れさせていたゴンはキルア達に平謝りしていた。ヒソカと互いにオーラを向けあっていたため、直接向けられるよりは余程マシだが気分の良いものでは決してない。

 

「まぁ何が起こってるかわかってた分他の奴らよりはマシだったしもういい。それよか本当に大丈夫なのかよ、相手はあのヒソカだぞ?」

 

 代表して口を開いたキルアが、先の宣戦布告について苦言を呈す。サバイバルなのだからわざわざバカ正直に戦う理由もない上、何なら他の受験者から3枚プレートを集めてもクリアは出来るのだ。

 クラピカやレオリオも、トリックタワーで垣間見たヒソカの実力に安全策を取ることを提案してくる。

 

「確実に勝利できるというならまだしも、ゴンやヒソカの反応から見るに実力は拮抗しているのだろう?今更遅いのかもしれないが、あえて危険に身を晒す理由はない」

 

「そうだぜゴン、トリックタワーじゃ世話になったがヒソカは元々碌な奴じゃなさそうだ。試験に合格するために回避しても誰も文句は言わねえよ」

 

 3人からの心配に申し訳ない気持ちになりながらも、ゴン自身この勝負を降りる気はさらさらない。自分が目指す最強(ゴンさん)は、こんな所で足踏みしていて到達できる次元には存在しないのだ。

 

「大丈夫!いざとなったらギンに助けてもらうから、最悪でも死ぬことはないよ。それにオレ自身ヒソカとの勝負が楽しみなんだ!絶対勝って気兼ねなく修行できるようにするから、皆もできるだけ早くプレート集めてね」

 

 短い付き合いながら、こうなるともう聞く耳を持たないとわかるためこれ以上は余計なお節介かと苦笑いする3人。ならば少しでも長く修行しようと、言われたように早くプレートを集めるために打ち合わせを行う。

 

「オレは一人のがやりやすいから勝手にやるわ。何ならゴンが負けたとき用で多めに集めてきてやるよ」

 

「ならば私とレオリオはペアで動こう、一人より効率が良いだろう」

 

「よっしゃ!頼むぜクラピカ」

 

 やる気を漲らせるキルア達に目を細めながら、心のなかで改めて感謝を告げる。ゴンが最強を目指す以上、どれだけ言い繕っても修羅の道を進むことになる。ひょんなことから堕ちそうになったとしても、必ず手を差し伸べ引き上げてくれるのだろう。

 

「こっちが一段落したらギンに道案内に行ってもらうから、プレートがまだだったら手伝ってもらってね」

 

 それから程なくして4次試験会場ゼビル島に到着し、受験者32名によるプレート争奪戦がスタートするのだった。

 

 

 

 ヒソカがゴンとの逢瀬の場に選んだのは、島の中央にほど近い拓けた広場だった。そこそこの広さがあるため第三者の介入にも対応しやすく、小細工なしにやり合うには絶好の場所といえた。

 広場の中心で座りもせずにゴンを待つヒソカは、特に罠を仕掛けるようなこともなくただオーラを滾らせ佇んでいる。

 ヒソカはゴンと出会った際に100点と評価しているが、それはあくまで将来性も鑑みての点数であり戦闘力だけで見れば80点程度と予測していた。加えてヒソカには己の強さへの絶対的自信と、過程を楽しみたくなるという悪癖がある。

 一言で言えば、ヒソカはゴンに負けるとは欠片も考えていないのだ。考えるのはどれだけゴンの実力を発揮させた上で自分が楽しむかということであり、今回はただの味見のつもりですらいた。本来許されない驕りや油断も、ヒソカにとっては楽しむためのスパイスでしかない上に負けたことが無い以上改められることは無い。

 ヒソカはこの日、驕りや油断がもたらす不本意な敗北を身に沁みて理解する。

 

 

 ヒソカの佇む広場にギンを引き連れたゴンが到着する。ギンはくじら島を出て以来続けていた圧縮を解いており、ゴンより倍はでかいその体躯から威圧感を発していた。

 

「じゃあギンは周りの警戒をお願い、邪魔してくる人がいたらよろしくね」

 

 今までとはまるで違うギンの姿に目を丸くするヒソカだったが、ゴンが一人自分に向かって歩いてくるのを見て意識の隅に追いやる。

 ほんの2メートルほどで止まったゴンはいつもの快活さが鳴りを潜め、迸る闘気とひどく好戦的な笑みを浮かべている。

 

「まだ出会ってから数日のはずなのに、まるで何年もこの時を待ったような気分だよ♥お願いだから直ぐに壊れないでよゴン♦一緒に最高の時間を過ごそう♠」

 

 ゴンの表情を見たことでより禍々しさを増すヒソカのオーラに、まるで重力が増したかの様な重々しい威圧を放つゴンのオーラ。

 離れて監視している二人のプロハンターですら、オーラの余波を受けて戦慄を隠せない。それどころかギンが放つ余計なことをするなという威嚇から、この場での弱者は自分達だと無理矢理にも理解させられてしまっていた。

 

「何かしら準備してるかもって思ってたけど、見た感じ何にもしてないみたいだね」

 

「当たり前だよ、二人の初めてなんだから♥先ずは真っ向からぶつからないともったいないじゃないか♠」

 

 ヒソカの態度から、ゴンは己が侮られていることを改めて理解した。今までも言動の節々から感じていたが、こうして目の当たりにすると多少の不快感はある。罠の心配がなくなったことでやりやすくはなったが、この怒りは報いとして受けとってもらうことにした。

 

「先手は譲ってあげる♣ゴンの力をボクに見せておくれ♥」

 

 この一言が、ゴンから遠慮の一切を切り捨てた。

 

「…貯筋解約(筋肉こそパワー)、からの追加出筋(さらなるパワー)

 

 溢れるオーラとともにゴンの姿が変わる。身長はヒソカに届かない程度まで伸び、筋肉の厚みは明らかに上回っている。

 激増した身体能力に比例してオーラすら底上げされ、先程までのゴンが子供にしか見えない有様である。

 

「殴るのは腹だから、全力で守ってね」

 

 練により更に膨れ上がったオーラがゴンの足に集まる。

 踏み込んだ足から捻った腰へ、パンプアップした広背筋を経て肩から握りしめられた右拳へ。力の伝導を流で強化し、衝突の間際凝によってさらなる威力を実現する。

 

 極限まで引き伸ばされた時の中、ヒソカは全力で死に抗った。

 ゴンの言葉を信じ腹部にありったけの硬を施し伸縮自在の愛(バンジーガム)に変化させ、ゴムの弾性のみを重点的に強化する。

 間に腕を差し込むのは間に合わなかった、油断傲慢がここに来て初めてヒソカの足を引っ張った。

 

 監視していたプロハンター達が思わず目を逸らすほどの衝撃。だが響いた音の割に、ヒソカは靴の跡を残して数メートル後退しただけですんだ。

 これだけで済んだ理由は二つある。一つはゴンが凝でヒソカが硬だったため攻防力に差があったこと、二つ目はヒソカのバンジーガムが物理攻撃にめっぽう強かったことだ。

 

「正直死ぬかと思ったよ♠こんな隠し玉があるのを知ってたら先手は譲らなかったのに♣」

 

 口から血を流しながらも余裕を見せようとしたヒソカだが、予想を超えて体内に残ったダメージに思わず膝を突く。

 

(変だな、確かに見事な一撃だったけどここまでダメージを受けるのはおかしい♦)

 

 念能力者同士の近接戦闘において、オーラの攻防力は非常に重要な役割を果たす。今のゴンの一撃はオーラの攻防力的には決して高いものではなく、硬で防いでここまでのダメージを受けるには別の要素が必要と考えられる。

 

「恐ろしいほどなめらかな流にも驚いたけど、それ以外にも何か能力を隠してるね♣いくらなんでも攻防力を無視しすぎてる♦」

 

 ダメージ回復の時間稼ぎも兼ねて、追撃してこないゴンに問いかける。ボディに食らった一撃は、時間を追うごとにヒソカから体力と気力を削っていた。

 

「時間稼ぎ?まあいいけど、ヒソカもいい能力持ってるね。殴った感触的にゴムか何かかな?」

 

「クク、どっちも正解♥ボクの能力伸縮自在の愛(バンジーガム)はガムとゴム両方の性質を持つ♣時間稼ぎにゴンの能力も教えてくれると嬉しいんだけど♠」

 

 顔以外面影の無いマッシブなゴンに見下されながらも、ふてぶてしさを失わないのはヒソカのプライド故か生来の気質なのか。

 

「オレの能力は見ての通り身体能力の強化だよ。流の方も補助する能力を作ってある」

 

 確かに見てわかるとはいえ、平然と能力を告げるゴンに違和感が拭えることはない。

 

「それだけじゃないだろう♣その二つじゃ攻防力に差がある理由にならない♦」

 

 ようやく立ち上がれるほどにダメージが抜け、なんとか見下される屈辱から解放されながらも質問はやめない。戦闘を再開するほど回復するには、まだ暫くの時間が必要だった。

 

「ヒソカさ、勿体ないと思ったことない?」

 

「…?」

 

「ヒソカのバンジーガムは変化系中心の能力だよね、補助も含めて6系統全部編み込んでる?」

 

「…そう言われると強化と放出だけであとは使ってないね♣けど6系統全て使えば強い能力になる訳じゃないと思うよ♦」

 

 ヒソカは逆にゴンからされた質問に自分の考えを述べる。念は自分の得意系統を頂点に満遍なく鍛えるのが良いとされるが、だからといって器用貧乏になっては意味がない。仮に6系統全て盛り込んだ能力を作れたとしても、ヒソカの考えでは苦手系統が足を引っ張り碌な能力は作れないとみている。

 

「つまりヒソカは特質は例外としても、操作と具現化二つの習得率を無駄にしてるってことだよね」

 

「ゴンは何が言いたいんだい?」

 

「使わない系統の習得率を割り振れたら勿体なくないと思わない?」

 

「…ゴン、まさか君の能力は」

 

 初めは要領を得なかったが、問答が続くに連れて一つの答えが浮かび上がった。

 

貯筋解約(筋肉こそパワー)筋肉対話(マッスルコントロール)もあくまで補助的能力でしかなく、真の能力を活かすためにある」

 

 ゴンから迸る重厚なオーラ、強化系だと仮定しても明らかに高い強化率。使わない習得率を割り振れたら勿体なくないという言葉。

 

「能力の名前は脳筋万歳(力こそパワー)!放出変化具現化の3系統を二度と習得出来ない代わりに、浮いた習得率を全部強化系へ加算する」

 

 それはどう考えても、念の定説に喧嘩を売っている能力。応用力を投げ捨てる代わりに、究極の一を目指す蛮行。

 

「オレは元々操作系だから、計算上240%で強化系を習得出来る。今はまだ140%くらいが限界だけどね」

 

 ヒソカは信じられないと思いながらも、実現している以上とんでもなく厄介な能力だということにも気づいてしまった。倍率の低い今はまだ付け入る隙があるとはいえ、これが200%を超えてしまえば手が付けられなくなる。

 

「時間稼ぎはもういいかな?オレも試験に合格したいからね、恨むなら先手を譲った自分を恨んで」

 

 筋肉とオーラを滾らせてゴンが距離を詰めてくる。ヒソカもかなり回復できたが、戦闘中無視できるほどまでは無理だった。

 

「これから音を上げるまで殴り続けるけど、何か言い残すことはある?」

 

 今更ながらゴンを過小評価していたことを悔やむが、少なくとも殺されないことに感謝しながらリベンジを誓う。

 

「次やる時は借りを返すから、首を洗って待ってるんだね♥」

 

 必死の抵抗も虚しく、攻防力のギャップにすり潰されたヒソカは恍惚の表情でゼビル島に沈んだ。

 

 





能力名:脳筋万歳(力こそパワー)

系統:操作系中心に若干の強化と特質

効果:強化系の習得率を強化する

制約と誓約:
もう二度と放出系、変化系、具現化系を習得できない。

補足:
クラピカは習得率増やしてるからリスクも大きいけど、移すだけならどうにかなるんじゃねという考えから生まれた能力。
合計習得率は変わらないためMAX240%までいけるが今はまだ140%が最大倍率。
パーとチーを捨てて脳死グーを強いられた。
完成形はゴンさんの身体能力(強化可能)が原作の2.4倍の強化率ですべてをなぎ払いながら突っ込んでくる。

オマケ

能力名:筋肉対話(マッスルコントロール)

系統:操作系

効果:筋肉を操作してより微細なコントロールができる。

制約と誓約:無し

補足:
筋肉を操作するだけの能力だが、念能力なのでオーラを使ってる。つまり筋肉を操作すると同時に流を行うことになるため、より早く細かい攻防力移動が出来る。今はまだ硬ではできない。


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第11話 ゴンVSヒソカのその裏で

 

 

 皆さんこんにちは、6点分のプレートを集めて消化試合に突入したゴン・フリークスです。

 

 

 

 ゴンがヒソカを痛めつけていたちょうどその時、受験番号384番ゲレタは広場の端からその惨劇を目撃していた。

 熟練の狩人であるゲレタは、自分のためにあるようなルールにターゲットが子供のゴンに決まった時点で4次試験のクリアを確信した。

 しかしいざ蓋を開けてみれば、ゴンは自分よりデカくなるわあの狂人ヒソカをマウントポジションでタコ殴りにしているわでどう考えても手に負える相手ではなかった。

 

(他の受験者から3枚集めることにしよう、それが一番堅実だ)

 

 ゴンは諦めて他に行こうと決めたゲレタだったが、それを実行に移すのに時間をかけすぎていた。

 今まで数多の獲物の背後を取ってきたゲレタが、およそ初めて明確に背後を取られた。首筋に当たる生暖かい吐息に獣臭さ、見ればゴンを挟んで対角線上にいたはずの異様な獣の姿がどこにも無い。

 

(バカな!あのサイズの獣が移動して気付かないだと!?だが所詮は畜生、背後を取った時点で仕掛けなかったことを後悔するがいい!)

 

「グルルル(こいつ何してんだ?と見てるだけ)」

 

「(おいおいおい死ぬわ私)…あの、これつまらないものですが」

 

「グル?」

 

 4次試験で不合格となった狩人ゲレタ。試験後の彼は自然や野生動物の保護活動をする団体に所属し、凄腕のアマチュアハンターとして活躍しながら講演やコメンテーターなどマルチな才能を開花させていく。

 そしてある日のインタビューでプロハンターを目指さないのかと質問されたゲレタが答えた『私ごときが通用する世界ではない』という言葉は、世間にハンターの過酷さをより一層浸透させた。

 

 

 

 ゼビル島でも特に深い森の中、キルアは一人これといった目的も無く歩き回っていた。

 自分をつけていた受験者から早くも198番のプレートを奪い幸先のいいスタートをきったはいいが、ターゲットの199番にまるで心当たりがなくどうしたものかと散歩しているのだ。

 

(思った以上に誰とも会わねえし、啖呵きっちゃったからせめて6点以上集めねえとカッコつかないよなぁ)

 

「いたよ兄ちゃん!あいつだ!」

 

 いっそ大声でも出して人を集めようかと考え始めた所で、キルアの周囲を3人の受験者が取り囲む。しかもその内の一人は先程キルアがプレートを奪った相手であり、呼びかけから残りは兄弟であろうことまでわかった。

 

「こんなガキにやられたのかよ、いい加減そのヘタレどうにかしろイモリ」

 

「まぁそう言うな、このフォーメーションを組んだ以上勝ちは揺るがないしよ」

 

「オレのプレート返してもらうぞ、3人に勝てるわけ無いだろ!」

 

 

 結果は言わずもがな、キルアは返り討ちにした3人からターゲットの199番も含めて4枚のプレートを手に入れた。

 

「…まだ見てる奴、この雑魚の中にターゲットがいたんならくれてやるから出てきなよ」

 

 キルアの呼びかけに暫く反応は無かったが、やがて離れた位置に忍び装束の青年が現れる。やや警戒していたものの、キルアに争う気がないのを見て自分も警戒を解く。

 

「よくオレの気配に気付いたな、目的はなんだ?」

 

「どこにいるかまではわからなかったけどね、目的はこれからあんたに付きまとわれたくないからだよ。6点以上集まったしこの後修行する予定なんだ」

 

 キルアの言葉に少し考える仕草をしたあと、納得したように一つ頷く。

 

「…そういうことならありがたく頂こう、ターゲットは197番だ」

 

 キルアから投げ渡されたプレートが間違いなく自分のターゲットだと確認すると懐にしまい、代わりに取り出した名刺をキルアへと投げる。

 

「オレの名はハンゾー、忍びとして受けた恩は返すから手が必要なら連絡をくれ」

 

 そのまま返事を待たずに姿を消すハンゾー、暫し動かなかったキルアだがゴン達と合流するために自分も移動を開始した。

 

 4次試験で不合格となったアモリイモリウモリの三兄弟。あまりにも惨めに敗北した彼らは次年の試験を断念し、地元の芸能事務所にトリオ芸人として所属する。

 優れた身体能力とキャラが立っていたこともあり、様々なバラエティで引っ張りダコとなったトリオ『アイウモリ三兄弟珍道中』は、モリ三中の愛称で親しまれ長い間お茶の間を楽しませ続けた。

 

 

 

 無事合流したレオリオとクラピカは、お互いのターゲットでわかっていることを確認し合いながらこれからのことについて相談していた。

 幸いクラピカのターゲットであるトンパはトリックタワー最後のクリア者だったこともあり、二人共しっかりと印象に残っている。問題はレオリオのターゲットであり、二人共心当たりがないため最悪3枚集めることを視野に入れていた。

 

「じゃあとりあえず16番のおっさんを重点的に探して、それ以外も狙えそうなら狙うってことでいいな」

 

「うむ、それしかなかろう。できることなら3日以内に終わらせたいところだが」

 

 方針も決まりいざ行動に移ろうとした二人だったが、突如近くの草むらから大型の獣が立ち上がる。

 思わず武器を構えるクラピカとレオリオだが、襲いかかってこない獣を観察していたレオリオが口を開く。

 

「なあクラピカ、こいつギンじゃね?」

 

「馬鹿なことを言ってないで構えろレオリオ!あの愛くるしいギンはこんなにデカくないだろう!」

 

 クラピカの言葉のほうがもっともなのだが、医者を目指し観察することを鍛えているレオリオにはギンと目の前の獣の共通点が数多く見えていた。

 

「お前ギンだよな?ほれ、前もやった非常食のナッツやるから座ってくれねえか」

 

「ぐまっ」

 

 レオリオの言葉に大人しく座り、口を大きく開けて待つギン。デカい分物足りなくて悪いなと謝りながら、一袋分のナッツを開いた口の中に放り込んでいる。ここまでくればクラピカも信じる他なく、成長ではありえない変化にしきりに首を傾げていた。

 

「間違いなく念能力だろうな。どう考えても賢すぎるしなんか変だとは思ってたんだよ」

 

 ギンの艷やかな毛を撫でながら語るレオリオに、ただ可愛いとしか考えていなかったクラピカは若干の悔しさをにじませる。しかしギンがこうしているということはゴンがヒソカに勝利したということであり、二人を手伝うために来てくれたのだと気を持ち直す。

 

「ギン、トリックタワーで最後に出てきた中年の男を覚えているか?可能ならその男の下に案内して欲しいのだが」

 

「ぐまっ」

 

 立ち上がり先導して歩き出したギンを慌てて追いながら、二人は今までとは似ても似つかない頼もしい後ろ姿に念の奥深さを実感していた。

 

 4次試験開始位置からほとんど離れていない岩の陰に、受験番号16番トンパが力なく座り込んでいる。こうなった原因はトリックタワーで彼が選んでしまったルート、逃走の道にあった。簡単に言えば、いくつもの妨害の中迫ってくる毒ガスから逃げるだけの試験である。

 いつものトンパであれば3次試験辺りで身の安全のために棄権するのだが、失格イコール死の道を選んでしまったためなし崩し的に4次試験にまで進んでしまったのだ。その代償は大きく、少なくとも2日は休まなければろくに動けないと自己分析している。

 

(オレもいよいよ年貢の納め時か?それとも奪いに来る奴次第でなんとか生き残れるか?)

 

 自分ではもうどうしようもない状況に諦観しながらも、少しでもいい結果になるように信じてもいない神へと祈る。

 祈りが通じたのかは定かではないが、このあと訪れたクラピカとレオリオにプレートを渡す対価として治療と栄養補給を施される。これによりトンパにも余裕ができ、試験には落ちたものの無事五体満足でハンター試験を終えることができたのだった。

 

 4次試験で不合格になった新人潰しのトンパ。最後の最後で今まで潰してきた新人に助けられた彼は、試験後今一度自らを鍛え直すことを決意し全盛期に近い体力を取り戻すことに成功する。そして体が動く限りハンター試験に参加し続け、新人を見つけるとその手助けをして実力以上の試験をクリアさせていった。

 そして土壇場で裏切り絶望に染まる表情を最も近くで見続けるのだった。

 

 

 



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第12話 全員集合とヒソカの保険

 皆さんこんにちは、原作と違い二日目で全員集合して喜ばしいゴン・フリークスです。

 ヒソカは足りない分のプレートを集めに旅立ちました。

 

 

 

 ゴンのもとにキルア達が合流したのは試験開始から2日目の朝、ちょうどゴンが朝食を準備しているタイミングだった。ギンが圧縮していたグレイトスタンプのステーキに近くの池で捕まえた魚や甲殻類に山菜のごった煮と、やや重めの朝食だったが食べ盛りの男達とギンにかかってしまえば5分と持ち堪えられなかった。

 

「じゃあキルア達はもう6点集まったんだ!?すごいや!これでほとんど丸々修行に費やせるね」

 

「オレはほとんどキルアのおかげだけどな、1枚でも自分でゲットできてホッとするぜ」

 

 イエ~イと小生意気な顔で煽るキルアに、プレートを譲ってもらったレオリオは強く返せず悔しそうに唸るだけである。これで合流する途中で手に入れた118番のプレートすらなければ、どうなっていたか考えるだけでゾッとしていた。

 

ふまりへんばはりないのはほふはへか(つまり点が足りないのはボクだけか)♥」

 

 そこであえて誰も触れていなかった、ギャグの様に顔を膨らませたヒソカが口を開くがほとんど意味が伝わらない。

 

「ギンが持ってきてくれたのがターゲットで良かったね、あと3枚集めればいいだけだからかなりマシだよ」

 

ほんほ♦ひんにははんひゃひはないひよ(ホント ギンには感謝しかないよ)♥」

 

「あー、腫れに効く軟膏があるけど使うか?」

 

ひょうはい(ちょうだい)♥」

 

「しっかしお前らってそんなに差があったのか?いくらなんでも酷くね?」

 

 無傷のゴンとは対象的で悲惨な姿のヒソカに、さすがのレオリオも薬を取り出してヒソカに手渡す。さらにあまりにも両極端な二人の様子に、勝負の内容が気になったキルアがどんな戦いだったのか質問すると苦笑いしたゴンが戦いの概要を述べる。

 

「完全にヒソカの油断だよ、先手をくれたから全力で打ち込んでそのダメージ差で押し切った」

 

「ふ〜ん、じゃあどっちが強かったかはわからなかったのか」

 

 ヒソカの油断とはいえ不意打ちに近いと言われ、どっちが強いのか気になっていたキルアとしては少し残念に思った。

 

「いや、今の段階だと多分8:2くらいでヒソカが勝つと思うよ」

 

 無傷で勝利したはずのゴンからまさかの予想に、キルア達は驚きの声を上げてヒソカに目をやる。

 腫れた顔に軟膏を塗りたくる哀れな姿だが、ゴンの予想自体は否定することもなく似たような考えだというのがわかった。

 

「勝負してわかったけど相性が悪くてさ、まだまだ修行が足りないよ」

 

 複雑そうな表情で語るゴンの胸中は、勝てたことへの喜びとまだ及ばない悔しさがうずまいている。

 そんなゴンを見てニッコリと笑ったヒソカは、薬を塗り終わって立ち上がると森の方へと歩いて行く。

 

ひゃあふれーほあふへへふるよ(じゃあプレート集めてくるよ)ひゅほょうはんはっへ(修行がんばって)♥」

 

 実に晴々とした声と足取りでゴン達から見えなくなると、我慢していたレオリオが思ったことを口にする。

 

「あいつよくあんな物理的にデカくなった顔でデカい顔できたよな」

 

 

 

 

 ゴン達から離れ一人森を歩くヒソカは、十二分に離れた所で足を止めると周囲を見渡し問い掛ける。

 

ひるんはろ?ほうへへひへひいよ(いるんだろ もう出てきていいよ)♦」

 

「とりあえず腫れだけ引かせるから動かないで」

 

 唐突に森の中から現れたのは、顔の至るところに針を生やした異常な男。おもむろに新たな針を取り出すと、ヒソカの額付近に深々と突き刺す。ヒソカの顔が何度か波打つ様に蠢いたあと、痛々しく腫れ上がっていた顔は元の顔に戻っていた。

 

「ありがとう♥結構辛かったんだよね♠」

 

「針抜いたらまた腫れるから!しばらくはそのままにしといて」

 

 今はギタラクルと名乗る針男イルミ・ゾルディックは、元に戻った顔を撫でながら機嫌良く笑うヒソカに昨日の勝負の事をたずねる。

 

「で、邪魔するなって言うから見に行かなかったけどどうだった?まあその顔見ればだいたいわかるけど」

 

「正しく想像以上だったよ♥まだまだ青いと思ってたけど、既に熟し始めてるとんでもない逸材さ♥」

 

 ヒソカにとって掛け値なしの絶賛だというのが付き合いの長いイルミにはわかった。わざわざ依頼という形で邪魔しないように言ってきた時点で、相当入れ込んでいるのは把握していたがどうやら更に上をいったらしい。

 

「あーあ、それじゃあ始末できないじゃん。キルに擦り寄るクソ虫は早めに駆除したかったのに」

 

 珍しくイルミは本気で悔しがっていた。

 ゴンのことは試験開始直後に多少確認しただけだが、オーラの質や垣間見えた人格はどれもイルミの嫌いなタイプだった。

 できればこのハンター試験中に始末したかったが、早々にヒソカの寵愛を得てしまったために損得を考えて手が出せなくなってしまっていた。

 

「ゴンはこれから加速度的に強くなっていく♦見た感じ足りなかったのは実戦経験だろうからね♠…初めての経験だよ、背後から迫られるこの恐怖は♥」

 

 恐怖と言いながら恍惚とした表情で嗤うヒソカに、そういう質と知っていても理解はできないイルミはさっさと依頼を済ませてしまうため懐からプレートを3枚取り出す。

 

「はい、これ依頼の品。金はいつもの口座に振り込んどいて」

 

「確かに♦そうだ、友達のよしみで教えてあげる♠ゴンは操作系か特質系だったよ、君の針は効かないかも♣」

 

 一部血にまみれた3枚のプレートを受け取りながら告げられた内容に、同じく操作系のイルミはシンパシーを感じることもなくただ面倒くさそうにする。

 

「なるほど、搦手じゃあ一方的にボコボコにされるのもわかるよ。強化系だったらカモにできたのになぁ」

 

「本当、殺されることもないだろうからいつもより遊んだらこれだよ♣これからはちょっと遊びは控えるつもり♦」

 

「あっそ、オレもプレート集めなきゃだからまたね」

 

 聞きたかったことも聞けたのか、イルミはヒソカに背を向けて森の中に消えていく。

 とりあえず6点集まったヒソカは針を刺したまま帰るのも何だと再び歩き始める。昨日のゴンとの勝負の余韻に浸りながら、機嫌良く鼻歌を歌って彷徨い歩いた。

 

 



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第13話 新たな力と最終試験へ向けて

 

 

 皆さんこんにちは、瞑想とぶつかり稽古をエンドレスしてるゴン・フリークスと仲間たちです。

 キルアの体捌きマジ暗殺者、参考になります。

 

 

 

 4次試験も折り返しを過ぎた4日目の朝、もはや習慣となった朝食後の瞑想タイムでゴンとヒソカの二人が離れてコソコソと言葉を交わしていた。

 

「相談があるって言ってたけど何?皆と離れたってことはオレの能力について?」

 

 ゴンとしては念に対する知識はむしろヒソカの方があると見ているため、特に聞きたいことといえば自分の能力についてしか思いつかない。

 能力的には他人にバレてもなんの支障も無いが、今のタイミングで聞いてくる意図がわからなかった。

 

「教えてくれるなら聞くけど違うよ♦ボクの新しい能力についてアドバイスが欲しいんだ♥」

 

 ヒソカの相談は、同じ念能力者としてゴンには信じられないものだった。

 そもそも他人に能力がバレるのは、それが前提の能力でない限り得をすることが一切無い。

 ましてや新しく作る能力にアドバイスなど、よっぽど信頼関係がなければまず求めない。

 

「んー、いいアドバイスができるかってことより何でオレに聞くのか聞いてもいいかな」

 

「ゴンの脳筋万歳(力こそパワー)、正直目からウロコだったよ♥あの発想を借りればいい能力になると思ってね♣」

 

 いつの間にかそこまで評価が高くなっていたことに驚きながらも、もう一つ疑問が浮かんだため質問を続ける。

 

「ヒソカの能力がいくつあるか知らないけど、急に増やすのはどうして?伸縮自在の愛(バンジーガム)はすごく良い能力だと思うけど」

 

「ボクは元々もう一つ戦闘向きじゃない能力があって、これまではそれで十分だったんだ♦だけどゴンの能力を知っちゃったからね、このまま何もしないと間違いなく負けるだろ♠」

 

 今は戦闘技術や肉弾戦に相性の良いバンジーガムのおかげで優位に立っているが、脳筋万歳の強化率が上がっていけばおのずと立場は逆転する。

 そうなる前に手札を増やしておきたいのと、ゴンから言われた勿体ないという言葉が身に沁みたと締めくくった。

 

「ボクのバンジーガムもそうだけど、新しい能力もバレて問題無い様にするつもりだから知られてもいいしね♥昨日大体形になったからこのタイミングで聞いちゃおって♣」

 

「まあそこまで言うならアドバイスくらいするけど、良い案なくてもガッカリしないでよ」

 

 そしてヒソカから説明された能力は、

 

能力名:未定

 

系統:具現化系

 

効果:数字と絵柄に対応した効果を持つトランプを具現化する

 

制約:

   ①エースが最も強く最弱の2は素人の纏に対してもダメージを与えられない

   ②絵柄に対応した使い方をしないと効果が減る

   ③一枚は一回使うと消滅し、一セット53枚使い切らないと補充出来ない(オーラ量的に戦闘中は二セットの具現化が限界)

   ④何を引けるかは完全にランダム

   ⑤ジョーカーは好きな絵柄のエースとして扱う

 

 

「…どこをアドバイスすればいいの?もう作っちゃって良くない?」

 

 予想以上に細かく設定された能力に口出しできるところが見当たらず、そもそも何が気に入らないのかを質問する。

 

「絵柄の効果とジョーカーの扱いがしっくりこなくてね♣スペードは切断、ダイヤは投擲までは決まってるんだけど♠」

 

 その補足に自分だったら何が嫌かを考え、ついでに運用方法についても提案する。

 

「前提条件としてカモフラージュで普通のトランプと一緒に使うよね?だったら隠がしやすいのとオーラを込めやすいのがあれば良いんじゃない?」

 

「…なるほど♦隠をしやすいってのは凄くいいね、オーラを込めやすいのもバランスが取れるからこっちも悪くない♣」

 

 なかなかの好感触に、ジョーカーの扱いについても考えを述べる。

 

「ジョーカーはハイリスクハイリターンの方がヒソカの好みじゃない?一枚目に引いちゃったら後のトランプは全部2になって、最後に引けたら全部の絵柄の効果があるエースになって何回でも使えるとか」

 

「それ採用♥」

 

 ウキウキと新たな設定を反芻し漏れがないか、追加したいことはないかを考えるヒソカ。

 ゴンとしてはなかなかに厄介で対策もしづらい能力のため、完成したらまた差が開くと悔しい思いをしていた。

 初めての共同作業で出来た能力(子供)だとテンションが上がる変態と、差が開くことにテンションが下がるゴン。

 気持ちを切り替えるために食休みをしていたギンと相撲を取るも、中々身が入らないゴンだった。

 

 

 

 ゴンが相談を受けた日の夕方、キルア達の中で最初に纏に到達する者が現れた。

 

「ちょっと予想外だったけど、おめでとうレオリオ!念のスタート地点へようこそ!」

 

「オレ自身驚いてるから別にいいんだけどよ、ゴンってちょくちょく失礼じゃね?」

 

 なんとキルアやクラピカを差し置き、拙いながらもレオリオが纏を習得することに成功した。

 

「いやー、ごめんねキルアくん。プレートだけじゃなく一番まで譲ってもらっちゃって。お礼に今度お菓子でも「ウラァ!!」ひでぶ!?」

 

 悔しがるキルアに対し、ウザいことこの上ない顔で煽り散らすレオリオ。

 あまりのウザさに割と強めの一撃が入るが、食らった本人は驚いた顔で殴られた頬を触っていた。

 

「あー、なるほど念能力者に勝てないってのも納得だわ。どう考えても受けた衝撃に対してダメージが少なすぎる」

 

 身を以って念の有用性を実感したことで、修行意欲に拍車がかかるレオリオ。

 次の修行内容はなんだとゴンに詰め寄るが、引き続き瞑想しながら纏の精度向上を言い付けられ急にしんなりとする。

 

「早く念能力を作りたいって気持ちもわかるけど急いでも良いことないよ。先ず基礎をしっかりすることで思った通りの能力になるから明日からもがんばろ?」

 

 ちなみに明日から頑張ろうとしたレオリオは、徹夜したキルアとクラピカが纏を修得どころか精度でも上回ったことで盛大に煽り返されることになる。

 

 

 

 そして4次試験が始まってから一週間後、試験開始位置の浜辺には原作通り9人の受験者が集合していた。

 通過者の顔ぶれを見た試験官達は、念に目覚めた3人を驚愕の眼差しで見つめている。

 たしかに一週間ほどで目覚めてしまう天才は極稀にだが存在する。しかし一度に3人、しかも全員が全くの素人だったことを考えると間違いなく異常事態である。

 

「ホッホッホ、3人の才能が素晴らしいのはもちろんじゃろうが、405番は指導面でも優れとるのかもしれんの」

 

 ネテロは楽しそうに4次試験通過者を見ながら、最終試験内容について思いを巡らせていた。

 

 

 

 受験者達が最終試験会場に向かう飛行船で各々体を休めていると、ハンター協会会長ネテロから個別面接を行う旨がアナウンスされ受験番号がもっとも若いヒソカが一人目としてネテロのもとを訪れていた。

 

「質問することは3つ、この問答で合否は決まらんが試験に影響はあるぞい。志望理由、最も注目する受験者、最も戦いたくない受験者を教えとくれ」

 

「志望理由は大してないなぁ、持ってたら便利そうだなってくらい♦注目するのは99、403、404番も捨て難いけどダントツで405番♥戦いたくないのは53番と191番だね、微塵も唆られないよ♠」

 

「なるほどのぅ、何か他に言いたいこと聞きたいことがなければ下がって良いぞ」

 

 ヒソカの答えをメモしながら何かを考えているふうなネテロ、その姿は隙だらけにしか見えずヒソカをして毒気を抜かれるほどの覇気のなさだった。

 

「ボクとしてはあんたとも戦ってみたいんだけど♠どうやったらその気になってくれるかな♦」 

 

「そうじゃのぅ、お前さんが100歳になったら考えてやるぞい」

 

 ヒソカがあえて殺気をぶつけてみてもネテロの態度は全く変わらず、そのオーラにはゆらぎ一つ起こらない。

 見込みなしと早々に諦めたヒソカは部屋を出ようと扉に手をかけるが、そのタイミングでネテロから質問がとぶ。 

 

「これは試験に一切関係ないワシ個人の好奇心じゃ。405番は強かったかの?」

 

 ドアノブを握ったままのヒソカは数秒ほど動きを止め、やがて振り返ると憑き物が落ちたかのような笑顔でネテロに告げた。

 

「化け物だよ♥」

 

 

 

 ヒソカの後の面接はほぼ原作通りに消化され、最後に受験番号405番ゴンの順番がやってきた。

 他の受験者と同じ質問をされ、ゴンは淀みなく答えていく。

 

「志望理由は最強を目指してるから、注目してるのは301番で戦いたくないのは403番と404番かな」

 

「フム、注目してる理由と戦いたくない理由を聞いてもよいかの」

 

「301番はたまに殺気が漏れてくるから注目してないとなんか不安だから。403番と404番は二人の志望理由を知っててハンターになって欲しいから戦いたくない」

 

「なるほどのぅ、ちなみに99番も含めた3人に念を教えたのはお主じゃな。お主自身は誰に習った?」

 

「念については幻獣ハンターのカイトに教えてもらった。親父の弟子でたまたま会ったんだ」

 

「聞いたことのある名じゃ、なるほどなるほど」

 

 メモを取りながら横目で確認すれば、キラキラと真っ直ぐな目で見つめ返される。他のハンターや十二支んとも違う敬意や羨望を含んだ視線に、さすがのネテロも居心地の悪さを感じていた。

 

「聞きたいことは以上じゃが、そちらから何かあるかの?」

 

 ネテロがうずうずと何か聞きたそうにするゴンに水を向ければ、少し悩んだあと口にした言葉に驚きをあらわにする。

 

「ネテロ会長の百式観音を一回受けてみたいです」

 

 ネテロは己の百式観音を知っていることもそうだが、それ以上に受けてみたいと言われたことに驚いた。

 ネテロは立場やその異名から、名を上げたい者や戦闘狂から勝負をふっかけられるのが半ば日常とかしている。

 どちらにも共通しているのは、勝負と言っているように勝ちたい負かしたいという欲望だ。

 しかしゴンは最強を目指していると口にしながらも、勝負をしたいとは言わなかった。

 つまり今は勝てるとはなから思っていないが、それでも強くなるために最強クラスの力を体感したいと願ったのだ。

 いずれネテロを超えるその時のために。

 

「ホッホッホ!!そんなことを頼まれたのは初めてじゃのう。実のところ、お前さんの扱いには苦慮しておったのじゃ」

 

 ネテロはゴンの直向きに最強を目指すその姿に、かつての自分自身を見ているようだった。

 そして手助けしたいと思わせるところは、父親に全く似てない美点だと評価した。

 

「ボール遊びで吠え面かかされた借りもあるしの、お主の試験は他の受験者と別枠で設けよう」

 

 ニヤリと笑うネテロに対し、察したゴンもまた満面の笑みで答えた。

 

「お主の最終試験は、ワシの百式観音を受け生きて立っていることじゃ」

 

 



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第14話 ゴンの試験と百式観音


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 皆さんこんにちは、全身骨折してる間に親友が実家入りしてしまい辛いゴン・フリークスです。

 ブラコンサイコパスマジブッコロ。

 

 

 

 4次試験終了から2日後、ネテロから最終試験の内容が決まったと報告を受けた試験官達が一堂に会している。

 渡された試験内容を覗き込む試験官達だったが、読み進めるうちに顔色が変わっていき最後は全員絶句する有様となった。

 

「会長!この試験本気なんですか!?」

 

「ちょっといくらなんでも不味くないですか?」

 

「今年の質の良さから、負け残りトーナメントはまだ理解できます。しかしルーキーなのはおろか12歳の子供に本気で百式観音を打つおつもりですかな?」

 

「大マジなんじゃが何か問題あるかの?そこにも書いとるが、百式観音の件はワシの判断以上に405番たっての願いじゃからな」

 

 メンチ、ブハラ、サトツの3人は負け残りトーナメントでも困惑したが、それ以上に405番のみ別の試験内容それもネテロの代名詞百式観音を受けることに猛反発した。

 しかし当のネテロは非難もどこ吹く風で、飄々とした態度を崩さないばかりかゴンの願いだと責任転嫁とも取れる言葉まで口にする。

 

「仮に405番の願いだとしても、他の受験者と露骨に差別するのは如何なものかと。ここまでする明確な理由がなければ納得できかねます」

 

 もっともな意見にネテロ以外の者はサトツに同調するが、ネテロも引く気がないのか試験内容の理由を告げる。

 

「まず大前提として結果が決まっとる試験はナンセンスじゃ、どの受験者にも必ずチャンスとリスクがあって然るべき。負け残りトーナメントはその点を考慮した結果であり諸君も納得できるじゃろ?」

 

 受験者にある実力の隔たりを考慮した負け残りトーナメントは、確かに程度の差こそあれ全受験者にチャンスとリスクが混在しているのはサトツ達も認めるところであり異論は出ない。

 

「そこで405番の話になるのじゃが、あやつが不合格になる結果を予想できる者はおるかの?提案したワシが言うのも何じゃが、正直必ず合格するとしか思えん。それこそ公平性を欠くと考えたわけじゃ」

 

 続く説明もこれまでのゴンの実力と人望を見てきた試験官達には容易に想像できることであり、優遇していると言われればこれもまた否定出来ない。

 

「まあこの辺は言い出したらきりがないからの、当初は組み合わせの左端に入れるつもりじゃった。しかし最初に言ったように本人から希望があっての、それならと個別試験にしたわけじゃ」

 

「本当に本人からの要望だったのですか?念を使えるとはいえルーキーがどこで百式観音の情報を手に入れたのでしょう」

 

「405番に念を教えたのはカイトという幻獣ハンターだそうじゃ、知っている者もいるのではないか?」

 

「…なるほど、二ツ星(ダブル)ハンターであるジン殿のお弟子さんで本人も良い腕だと聞きます。彼ならジン殿から百式観音を聞いていても不思議ではありませんな、そうなるとやはり405番の彼はジン殿の」

 

「まず間違いなくジンの子じゃろうな。フリークスを名乗っとるしそもそも顔がクリソツじゃ」

 

 サトツとネテロの会話に紛れ込んだ内容に、メンチはまた違うことで驚かされる。

 

「ちょっとちょっと、ダブルの子供ってまじ?完璧サラブレッドじゃん。会ったことないから気付かなかったけど、道理で規格外なわけだわ」

 

「ま、人格的にはあまり似てないがの。そもそも物心ついてから交流も無かったそうじゃし」

 

「ただのクソ親じゃん」

 

 メンチのあまりにストレートな罵倒に周囲が苦笑いを浮かべる中、しばらく考え込んだサトツがゴンの試験に対しての妥協案を上げる。

 

「会長の考えはわかりました。ですがやはり405番の難易度が他の受験者に比べて高すぎます。生存のみを合格条件にするべきかと」

 

「そこいらが妥当か、他の者も異論は無いかの?」

 

 皆表情は硬いものの、反論できるだけの理由がないため渋々405番の別試験を認める。

 それを確認したネテロは大きく頷くと、秘書のビーンズに405番を連れてくるように指示を出す。

 

「今から試験を行う故、405番を呼んでくるのじゃ」

 

「今すぐ試験ですか!?」

 

「安心せい、面接の時に日時は伝えてある。試験場所は郊外の荒野、医療スタッフも既に待機しとるからさっさと行くぞい」

 

 結局すべてがネテロの掌の上だったことに憮然とする試験官達だが、試験が気になるのもまた事実のため何も言わずに部屋を出るネテロに付いていくのだった。

 

 

 

 都市の郊外にある赤茶けた荒野、周囲に草木すらないこの場所に複数の人影と小さなテントが存在していた。

 ゴンとネテロが向かい合う形で対峙し、離れたところには試験官達とハンター協会の医療スタッフが固唾をのんで見守っている。

 

「さて、問題なければさっそく始めるがどうじゃ?一応遺言も受け付けるぞい」

 

 人の悪い笑みを浮かべるネテロに対し、緊張と期待からやや顔を強張らせているゴン。

 迸るオーラは飛行船の時とは雲泥の差であり、ネテロはおろか試験官達にもその覚悟と決意がヒシヒシと伝わっていく。

 

「知っとると思うが、ワシの百式観音は不可避の速攻。お前さんの準備が完了した直後に叩き込むゆえ、全力で防御を固めよ」

 

「押忍!貯筋解約(筋肉こそパワー)追加出筋(さらなるパワー)限度筋いっぱい!!」

 

 ゴンの言葉とともにその体が急激に成長していき、ネテロも見たことのある飛行船での姿を超え更に一回りは筋肉に厚みが加わる。

 

「こい!!」

 

 そして裂帛の気合とともに試験官達ですら慄くオーラがゴンの身を覆い、

 

《百式観音 壱乃掌》

 

 荒野に観音様の掌が墜ちた。

 

 

 

 離れた位置にいたサトツ達でさえ、全力で凝をせねば見ることすら叶わない神速の一撃。

 もはや観音は姿形もないが、ゴンのいた位置に立ち込める粉塵が打ち込まれた一撃の凄まじさを確かに物語っている。

 たとえ身構えていたとしても耐えることは不可能、サトツ達の脳裏には無惨な姿に変わったゴンの姿がありありと浮かんでいた。

 治療に入るため駆け出そうとする医療スタッフを横目に、未だ残心を続けていたネテロが突如として身構えた。

 立ち込める粉塵を掻き分けるように、憤怒のオーラを身に纏う小さな鬼が大地を踏みしめ立ち上がる。

 

 

 残心を続けるネテロの胸中を困惑が支配していた。

 優に一世紀を武に捧げてきたネテロの人生は、すなわち数え切れないほど人を殴ってきた人生である。

 そのネテロをして、百式観音から伝わってきた手応えは異質であり未経験のものだった。

 初めに感じたのは乳飲み子の様な柔らかさ、筋骨隆々のゴンから感じるはずのないものだ。

 次に感じたのは羽毛の様な軽さ、体重が3桁に届きそうなゴンのサイズではありえない手応えのなさだ。

 そして最後地に叩きつけるその瞬間、鋼の硬さと鉛の重さが突如として発生した。

 ゴンがどうやってそれを成したのかはわからないが、何のために成したのかは身を以て理解する。

 

(衝撃の分散と防御、念の攻防力や身体能力とは別に純然たる技術によってそれを成したか!)

 

 ダメージを与えはしたが微々たるもの、試験は合格だが武人としての性がネテロに残心を解かせなかった。

 そして噴き上がる憤怒のオーラ。

 反射的に身構えながらもゴンの怒りが誰に向かっているのか、己も経験したことのあるネテロには痛いほど伝わっていた。

 それが許せないのは弱い自分、激怒するほどやり場のない不甲斐なさ。

 最強を目指す小さな鬼が、弱い自分を超えるために立ち上がる。

 

 

 ゴンは極限の集中の中、振り下ろされる百式観音を視界におさめていた。

 加速した意識が身体を置き去りにし指一本動かせぬ中、ゴンは能力を発動させる。

 

筋肉対話(マッスルコントロール)、気化する様な全身の脱力を)

 

 百式観音が触れる直前完璧な脱力により衝撃を分散、身を任せることによりダメージを最小限に抑える。

 

(マッスルコントロール、脱力からの力みで鋼のような全身の硬さを)

 

 大地と百式観音に挟まれる直前力みにより衝撃に耐え、身を守ることでダメージを最小限に抑える。

 

(…はぁ?)

 

 ダメージを受けこそしたが微々たるもの、予想に反した結果に一瞬困惑するも頭をよぎった疑念に頭へ血が上る。

 

 手加減された。

 

 恐らくネテロにその気は無かったことだろう、だが実際に百式観音を受けたゴンにはその一撃がひどく軽く感じた。

 

 百式観音の要とも言える感謝が無かった。

 

 期待してくれただろう、楽しんでくれただろう、だがゴンに会えたことに感謝を持ってはくれなかった。

 

 ゴンは激怒した。

 

武の到達点と言えるネテロに、中身の無い一撃を打たせてしまった自分自身に激怒した。

 

(ふざけるな、百式観音がこんなもののはずない。この程度に抑えられるほどオレが強いわけない!)

 

 筋肉こそパワーが切れたことで子供の姿に戻りながら、ネテロが無意識に手加減するほど弱い自分に絶望するほどの怒りが湧き上がる。

 

(調子に乗るなよゴン・フリークス! お前が見てる最強(ゴンさん)は、こんな温さで辿り着ける頂か!?)

 

 溢れ出たオーラが憤怒に染まり、こちらを見るネテロに血の滲むような叫びをぶつける。

 

「オレは!ネテロ会長を本気にさせるほど強くありません!けど、今できるありったけをぶつけさせてください!」

 

 憤怒のオーラが渦を巻いてゴンの髪を揺らし、あたかも一対の角がある様に捻じれる。

 

「もう一度、百式観音を!!」

 

 修羅道を征く小さな鬼が、今一度観音様へと立ち向かう。

 

 

 

 ゴンの怒りに誰一人動けぬ中、ネテロは菩薩の様な優しい眼差しをゴンに向けていた。

 武に携わる者なら必ず通る、自分の弱さを許せぬ怒り。

 本来負の面が強い感情で、これほど真っ直ぐで鮮烈な輝きを発するゴンへ何度目かもわからぬ驚きを感じていた。

 

「すまんかったのう、無意識に手を抜くとはワシも耄碌したもんじゃ」

 

「悪いのは、出せるはずの全力を出し惜しんだオレです。こっちこそすいませんでした」

 

 ネテロは自分の十分の一も生きていない相手へ躊躇無く頭を下げ謝罪し、ゴンもまた悪いのは自分だと頭を下げる。

 頭を上げた二人が再び視線を合わせた時、ネテロから先とはまるで異なる刺すようなオーラが噴出する。

 ゴンの燃え盛るようなオーラとネテロの針のように鋭いオーラが鬩ぎ合い空間を歪め、ついに臨界点を突破する。

 

「これがオレの全力全壊!借筋地獄(ありったけのパワー)!!」

 

 まだまだ未熟な小さな鬼は、未熟なれども閻魔へと至る。

 

「お前が生まれてくれたこと、お前を育ててくれた全てに感謝するぜ《百式観音 参乃掌》」

 

 感謝を捧げる観音は、まるでハグするように両の掌を振り抜いた。

 

 

 

 先程の一撃が児戯にすら思える衝撃が荒野を駆け抜ける。

 もはや息をすることも忘れたように動けぬ試験官と医療スタッフに対し、残心を解いたネテロは子供の姿に戻ったゴンに歩み寄る。

 ゴンの左腕はひしゃげ全身余すことなく打撲と擦過傷に苛まれているが、大地を踏みしめる足は揺るぎ無く輝く笑顔でネテロを迎えた。

 

「やっぱり百式観音はすごいや!いつかぶん殴るから待っててね!!」

 

「ホッホッホ、老人をあまり待たすでないぞ」

 

 意識を失い倒れ込むゴンを受け止めながら、ハンター協会会長として試験の沙汰を言い渡す。

 

「受験番号405番ゴン・フリークス、287期ハンター試験はなまる合格じゃ」

 

 




ゴンに刃牙理論がインストールされました。


貯筋解約のバリエーション借筋地獄(ありったけのパワー)

全ての筋肉を犠牲にして“身体能力のみ“ゴンさんのレベルに引き上げる(同レベルとは言ってない)
解除後は反動で強制的に子供の姿に固定され、発動1秒毎に数日分の筋トレを捧げないと元の筋肉に戻れない。



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第15話 ハンター試験終了とピエロの依頼

 

 

皆さんこんにちは、全身のヒビや骨折を筋肉で固定中なゴン・フリークスです。

 さすがにギンには歩いてもらってます。

 

 

 

 ゴン以外のハンター試験合格者6名が集まる小さな講堂で、ネテロを相手にレオリオとクラピカがキルアの失格について抗議していた。

 ネテロを相手に抗議が難航する中、入口の扉を開いて左手を吊る包帯まみれのゴンが入室する。

 そのあまりにもボロボロな姿に周囲が黙り込むが、当の本人は気にせず真っ直ぐキルアの兄イルミの元へと歩み寄った。

 

「キルアに酷いこと言ったみたいだね、家族の事にあんまり口出ししたくないけどやめたほうがいいよ。それにオレを殺すんだって?冗談にしても笑えないね」

 

 すぐ横で話しかけるゴンに対し、イルミは興味が無いのか一切視線を向けないどころか全く反応すらせずゴンを居ないものとして扱う。

 

「そっちがその気ならしょうがないね」

 

 イルミの態度を見たゴンはまだ怪我の軽い右手にオーラを集めると、座って無視を決め込むイルミにそのまま叩きつける。

 さすがに腕を差し込み防御するイルミが、そこでようやく不快そうにゴンへ視線を向けた。

 

「なに、喧嘩売ってるの?見逃してあげようと思ったけどやっぱり死んどく?」

 

「先に売られたのはこっちだよ、オレの大事な親友に変なこと吹き込んで」

 

 イルミがドス黒いオーラを纏って立ち上がれば、ゴンもまた鮮烈なオーラでもって応える。

 

「キルアが誰と仲良くなろうが、どんな生き方をしようがあんたに口出しする権利なんてない。オレたちに構うな」

 

「家族のことに口出しして何が悪いの?そっちこそ家の問題に関わるなよ」

 

 一触触発の空気の中ついにイルミから殺気が漏れ始め、それに反応したレオリオとクラピカが負傷中のゴンを援護するようにイルミに対し獲物を向ける。

 拙いながらも纏を行い構える二人には目もくれず、ゴンに対し手を出そうとしたイルミだったがゴンの発した言葉に思わず動きを止めた。

 

「やるって言うなら相手になるよ、ヒソカがね」

 

 成り行きを見守っていたヒソカはイルミからの警戒に苦笑いし、突然指名してきたゴンに対して苦言を呈す。

 

「言ってなかったけどイルミとはそこそこ長い付き合いでね♦ビジネスパートナーとしても得難い「一個言うこと聞いてあげる」…ゴメンねイルミ、君はいい友人だったよ♥」

 

「…面白くないけどキルが強くなること自体は悪くないしね、しばらくは様子見してあげる」

 

 ヒソカの手のひら返しにすぐさま殺気とオーラを収めたイルミは、軽く両手を上げることでゴンに降参の意を伝える。

 

「キルアを弱くしてるくせによく言う、すぐにあんたより強くなるから楽しみにしてるといいよ」

 

 引いたイルミにゴンもまたオーラを収め、肩透かしを食らうヒソカと庇ってくれたレオリオとクラピカへ感謝を告げる。

 

「ホッホ、話はまとまったかの。全員揃ったとこでもっかい説明するが、今回の結果が覆ることは一切ない。不満のあるものがいようが関係なしじゃ。これからはハンターとして自由に活動するように」

 

 そこでネテロは合格者7名を見渡し、その顔ぶれに満足したように頷くとヒゲを撫でながら言葉を続ける。

 

「今年のハンター試験は稀に見る豊作の年であった、しかしハンターになるのはゴールではなくスタートじゃ。停滞するものは容赦なく消え、先に進むもののみが生き残る。ゆめゆめ研鑽を怠ることなく精進せよ」

 

 最後に高らかに笑うと、残りの細かい説明をビーンズに任せ出口へ向かう。

 退室して扉が閉まる寸前に後ろへ視線を送ると、不敵な笑みを浮かべるゴンと視線がぶつかった。

 

(最近サボり気味じゃったし、ワシも鍛え直すかのぅ)

 

 背後から凄まじい勢いで迫る足音の幻聴を聞きながら、やすやすと超えられてなるものかと気を引き締めるネテロ。

 その表情は経験と自信に裏打ちされた、どこまでもふてぶてしい凄みのある笑みだった。

 

 

 

 

 ハンターとしての細かい説明も終わり、念願のハンターライセンスを受け取った合格者たちは各々が次の目的に向かって動き出していた。

 そしてまずはキルアを迎えに行こうと決めたゴン、レオリオ、クラピカ三人の元にスキンヘッドと大きな帽子をかぶった二人がやってくる。

 

「よう、お前らあのキルアってやつのとこに行くんだろ?任務がなければ同行したかったんだが、改めてオレからよろしく言ってたと伝えてくれねえか」

 

「オレはポックル、あんたらはまともそうだから同期として仲良くしたい。よろしく頼む」

 

 そう言って名乗ったハンゾーとポックルとはそれぞれホームコードを交換しあい、少し雑談した後お互いの無事を祈って解散する。

 特にポックルにはゴンが幻獣ハンターの先輩としてカイトを紹介し、自分の名前を出して鍛えてもらうよう強く言い含めていた。

 

「失礼、少々お時間頂いてもよろしいですかな?」

 

 続いてゴン達に声をかけたのは1次試験試験官だったサトツ。

 サトツは改めてゴンとジンの関係について確認するといくつかジンについて知っている情報を話し、尊敬するハンターなので殴る時は死なない程度に頼みますと冗談かわかりにくい頼みをしていた。

 

「皆さんは間違いなくこれから大きく伸びるでしょう、私も今回の試験では非常に考えさせられました。会長もおっしゃった通り、お互い日々研鑽に努めましょう」

 

 最後に三人と握手をすませると、1次試験から変わらない姿勢の良さに僅かな覇気を滲ませながら去っていった。

 

 

 

 

 

「じゃあ改めてキルアを迎えに行くわけだけど、二人は本当についてきてくれるの?」

 

 長いようで短かったハンター試験を終え、会場を後にしたゴン達は近くの喫茶店で小休止しながらこれからについて話し合っていた。

 内容はもちろんキルアのことであり、暗殺者達の根城に行く以上少なくない危険が予想されるためゴンからの最終確認が行われていた。

 

「当たり前だろうが。キルアはガキだが友達(ダチ)だ、あんな辛そうな面したキルアをほっぽってたらオレは自分が許せなくなんよ」

 

「私達はまだ出会って10日程度しか経ってないが、差し出がましくも皆を生涯の友だと思っている。いずれ別々の道になろうと、できればもうしばらくは共にいさせてくれ」

 

 ゴンの忠告に二人は一切怯むことなく同行の意思を見せ、出会った頃に比べ明らかに輝きを増したオーラを見せる。

 

「うん!オレもみんな大好き!しっかり修行もしてキルアのこと驚かせちゃお」

 

 二人の決意と成長に満面の笑みを浮かべるゴンと、あまりに真っ直ぐな言葉に思わず照れるレオリオとクラピカ。

 しばしおかしな空気が流れ飲み物を飲んでいたところ、喫茶店のベルが新たな来客を知らせる。

 

「ゴメン、待たせちゃったかな♥」

 

 空いているゴンの隣に座ったヒソカは、用事があると今まで別行動をとっていたがゴン達に頼みたいことがあるからとこの喫茶店で待ち合わせをしていたのだ。

 

「早速だけど野暮用の内容と、君たちに依頼したいことの説明をしてもいいかな♦特にクラピカにとってはまたとないチャンスだと思うよ♣」

 

「おいおい、クラピカが関わるってことはまさか」

 

 負け残りトーナメントの会話から話の内容に心当たりがあったクラピカは顔をしかめ、レオリオも察したのか剣呑な雰囲気を醸し出す。

 

「そう、幻影旅団が次に狙うお宝が決まったのさ♠9月1日にヨークシンシティのオークションをターゲットにするって♥」

 

 早くも復讐相手の情報を手に入れたクラピカのオーラが怒りに染まり、それを横目に見たレオリオがヒソカに質問する。

 

「ヒソカがなんでその情報を持ってんのかはさておき、オレらへの依頼っつーのはなんだ?」

 

「実はボク結構前から旅団の団長を狙っててね、そろそろ狩りたいんだけどガードが硬いんだ♦だから君たちには邪魔が入らないように他の団員の露払いをしてほしい♣」

 

「ほー、ゴンはともかくまだ念初心者のオレたちにどうにかなる相手じゃねえと思うんだがな。そこんところゴンはどう思うよ?」

 

「正直一対一でやり合えるようになるには時間が足りないかな。けどこっちの人数が多ければどうにかなるくらいにはいけると思う」

 

 ゴンの予想に思っていたより分が悪くないと考えるレオリオに代わり、クラピカがヒソカへと殺気を向けながら問う。

 

「単刀直入に聞くが、ヒソカは蜘蛛の一員か?」

 

 返答次第ではそのまま襲いかかりかねないクラピカに対し、ヒソカはオーラも乱さず余裕を持って答える。

 

「半分正解♦一応加入したことになってるけど、実は入れ墨も入れてないし裏切る気しかないからね♠だから旅団の情報に関しては信用してくれていいよ♥」

 

 クラピカはヒソカの返答に心を落ち着けるように一度深呼吸すると、ゴンとレオリオに向かい自分の意思を告げる。

 

「私はヒソカの依頼を受けようと思う。ただ私個人の怨みに皆を巻き込むわけには「おらっ」うぐっ」

 

 一人悲壮な決意を固めだしたクラピカの脳天にレオリオのゲンコツが炸裂し、思わず非難の目を向けるが思いのほか優しいレオリオの眼差しが返され言葉に詰まる。

 

「境遇考えたらお前がそうなるのも無理ねえけどよ、たった今生涯の友とか言ったばっかだろ?確かにゴン以外は頼りになんねえかもしれんが、それでも力になるのがダチってもんだろ」 

 

 乱雑にクラピカの頭を撫でながらゴンに向き直ると、真剣な表情を浮かべながら宣言する。

 

「大学行くのはしばらく延期だ、最低でも9月まではガッツリ鍛えてくれゴン」

 

「もちろん!メンチさんも言ってたけどハンターなら強さは最低条件、みんなが満足するまでできる限り鍛えるよ」

 

「ボクも君たちが強くなればメリットになるからね、依頼料とは別に手伝ってあげる♥」

 

 圧倒的強者二人からの言葉に感謝を告げるレオリオと、無言ながら深々と頭を下げるクラピカ。

 

「ちなみにヒソカさんよ、依頼料はいかほど頂けるんで?」

 

「んー、最低5億で後は出来高かな♦」

 

「命懸けでやらせていただきます先生!」

 

「ぼられてるよレオリオ」

 

「うそぉ!?」

 

「くふっ、アハハハ」

 

 それはクラピカにとって、およそ5年ぶりとなる心からの笑いであった。

 

 



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第16話 筋トレ(筋肉をトレーニングされる)

 

 

皆さんこんにちは、人間アブトロニックと化したゴン・フリークスです。

 ギンにとっては人間マッサージ機です。

 

 

 

 暗殺一家ゾルディック家が所有する死火山ククルーマウンテン。

 キルア奪還を掲げるゴン一行はその山を目指すべく、ハンター試験が終了したその日のうちにパドキア共和国行きの飛行船に飛び乗った。

 それほど時間をかけずにパドキアへ到着する予定だが、幻影旅団との衝突が9月に決まった以上無駄にしていい時間は少しも無かった。

 

「ということで、クラピカとレオリオには最優先で手に入れてほしいものがあります。それは何でしょうか、はいレオリオ答えて」

 

「ん?そりゃあ念能力じゃねえのか?相手は全員能力者なんだから手に入れなきゃ始まんねえだろ」

 

 飛行船内の個室で集まって纏の鍛練をしていると、突然ゴンから質問されるがレオリオはある程度自信を持って念能力だと答える。

 

「ハズレです。確かに念能力は必要だけどそれ以上に優先するものがあります。はいクラピカ答えて」

 

「ふむ、念能力でないとなると、…なるほど、蜘蛛たちの情報だな?情報を制する者は勝負を制すと聞いたことがある。こちらには裏切り者がいるから情報戦で有利に立てる!」

 

 クラピカも同じく質問されると、レオリオの結果も踏まえてこれだと自信をもって答える。

 

「レオリオよりひどいハズレです。そんなもの8月31日に一夜漬けでいいよ」

 

「レオリオ以下・・・だと」

 

「おいコラどういう意味だ」

 

 二人の解答がお気に召さないゴンは大きくため息を吐くと、この場にいる中で最強のヒソカに期待を込めて視線を送る。

 

「んー、ボクから見たらとりあえず身体能力♠ゴン好みに言えば筋肉が足りないかな♥」

 

「大正解!二人にはまず最低限の筋肉を付けてもらいます」

 

 高らかに宣言するゴンに対し、レオリオとクラピカはやや不可解そうな表情を見せ更に説明を求める。

 

「例えるなら二人は、ボクシングチャンピオンに挑もうとしてる素人のヒョロガリです。短い期間でワンチャン狙うなら、技術より先に身体を鍛えましょうってことだよ」

 

 その説明にクラピカは納得の表情を浮かべるも、レオリオはやや憮然とした態度を崩さない。

 

「オレはこれでもそこそこに鍛えてるんだけどよ、それでも最優先は筋トレか?ゴンの身体能力も念がかなり影響してんだろ?」

 

 そんなレオリオの疑問に対し、ゴンは傍らにいたギンを片手で持ち上げレオリオに差し出す。

 

「見ての通りオレ怪我してて万全じゃないんだけどさ、レオリオはギンのこと持てる?」

 

 特に違和感なく片手でギンを持つゴンに、レオリオはバカにするなとギンを受け取ろうとするがまるで支えることも出来ずに取り落とす。

 

「なんじゃあこりゃあ!?ありえんほど重いぞオイ!」

 

「ギンは能力でちっちゃくなってるだけで、重さは試験の時と同じだからね。少なくてもギンを持てるくらいじゃないと幻影旅団とは勝負にならないよ」

 

 レオリオが改めて両手で持とうとするも、びくともしないギンを見てクラピカも目を見開きながらたずねる。

 

「ギンは何キロくらいあるんだ?」

 

「測ったことないけど多分500キロ近いんじゃないかな?」

 

 想定外の重さに二人が絶句する中、ゴンは殊更真剣な顔で告げる。

 

「もちろん一概に言えることじゃないけど、これが念能力者の世界なんだ。まぁオレが他の人よりフィジカル優先なのは否定できないけどね」

 

 再びゴンが片手でギンを持ち上げヒソカに放ると、ヒソカもまた特に苦もなく片手でキャッチする。

 

「飛行船じゃ普通の筋トレは難しいけど、オレの念能力で一気に鍛えちゃおうと思うんだ。試験の時はまだ教えないって言ったけど、時間を無駄にするほうが勿体ないしね」

 

 クラピカとレオリオにベッドで横になる様に言うと、二人の体に触れながら能力を発動させる。

 

「能力名は筋肉対話(マッスルコントロール)、多分気絶すると思うけどがんばってね」

 

「え、そんなにつらアガッ!?」

 

「グワー!?」

 

 突然二人の体が高速で痙攣したのち、短い悲鳴を上げて気を失う。

 引き続き二人の筋肉を能力でマッサージするゴンに、ギンに引っ掻かれて顔から血が流れるヒソカが疑問を口にする。

 

「その能力って他人にも効果あったんだね♣放出も捨てたって言ってたから自分にしか使えないと思ってたよ♦」

 

「触れてないと発動は無理だし、素人にしか効果ない出力しか出せないよ。ヒソカどころかキルアに対してもマッサージくらいが限界だね」

 

 一瞬で酷使しすぎた筋肉をほぐし終わり、ギンに圧縮してもらっていた超高タンパク質を無理矢理飲ませる。

 ヒソカに投げた事を抗議するギンをあやしながら、ゴンは自分自身も筋肉対話で全身余すことなく筋トレを続けた。

 

「その使い方を見ると結構便利な能力だね♦身体能力がずいぶん高いと思ってたけど納得だ♠」

 

 常人では不可能な、全身の筋肉を一度に収縮させることで実現する全身負荷トレーニング。

 さらには部位鍛錬も可能な上に、左右のバランスも均一に鍛えることも出来る。

 ヒソカは初め戦闘用の能力だと考えていたが、この様子を見ると鍛錬用に作った能力ではないかとすら思えた。

 

「実際作ってみたら思った以上に色々できたってのはあるね。我ながらいい能力だよ」

 

「そのうちボクにもマッサージしてね♥それよりそろそろ纏以外の四大行に挑戦させても良いんじゃないかな♦」

 

「ヒソカもそう思う?二人共伸びが良いから色々前倒しにできそう」

 

 その後もこれからの修行プランの相談など、ゴンとヒソカの夜はまだまだ長く続いていった。

 

 

 

 

 

「コフー、コフー、オイ纏使うのやめろ!全然ダメージ通らねえし拷問になんねぇよ!!」

 

 ゾルディック家にある薄暗い石造りの拷問部屋、天井から鎖で吊るされたキルアは纏を維持しながら深い眠りに落ちていた。

 

「コラ起きろ!何だお前反省してんのかしてねえのかどっちなんだよ!」

 

 ゾルディック家次男のミルキは、太った体を弛ませながら必死にキルアを鞭打つも薄っすらと赤くなる程度のダメージしか残せない。

 そして変わらず熟睡し続けるキルアにさらにヒートアップして鞭を振り回し、最後は電流のスイッチも入れるがこれでもキルアは一向に起きない。

 

「チクショー誰だよキルに念教えやがったのはよー、これ以上は親父とかに叱られるしよー、オレは腹刺された被害者だぞ」

 

 厚い脂肪に守られて早々に完治した腹を撫でながら、ミルキは本日2回目の夜食を食べるために執事が待機する部屋へと足を進めるのだった。

 

 



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第17話 ククルーマウンテンの修行と緋の眼の見る先


前書きから失礼します作者です。
今更ですがお気に入りが1万突破していることに気付きましたありがとうございます。
感想をくれる方、誤字脱字報告してくれる方いつもありがとうございます。
感謝の投稿を続けていきますのでこれからも応援よろしくおねがいします。



 

 

 皆さんこんにちは、試しの門からお送りしておりますゴン・フリークスです。

 ギンがミケに興味津々です。

 

 

 

 ゴン一行は観光バスツアーでゾルディック家が所有するククルーマウンテンに到着した。

 原作のようにゴロツキによる試しの門チュートリアルを済ませた後、門番ゼブロに頼んでゾルディック家の執事に電話を繋いでもらう。

 

「こんにちは!キルア君は居ますか?友達のゴン達が来たって伝えてほしいんですが」

 

『帰れ』

 

 ゴンがキルアに会いたいと電話をかけすぐさま切られるのを都合3回繰り返した段階で、ゴンは執事にしばらく滞在する旨を伝える。

 これについては執事も特に何か言うこともなく、晴れてゴン一行は試しの門番達の社員宅にお邪魔することとなった。

 

 怪我の完治したゴンが試しの門を4つ目まで開け、圧縮を解いたギンがミケにちょっかいを出すなどそこそこに波乱はあった。

 しかしクラピカとレオリオは一切ツッコミを入れることもなく、死んだ目をしながらのそのそと森の中に建つ門番宅へと入っていく。

 門番の鍛錬のためあらゆる物がバーベル並みに重い家なのだが、二人は多少力みながらも100キロ以上ある扉や10キロ以上あるスリッパなどに平然と対応していた。

 

「こりゃ驚いた、キルア様のお友達だけあって随分鍛えられてますね。これは試しの門を開けるのも時間の問題でしょう」

 

「開けられるようになってもビザが切れる一ヶ月はお世話にならせてください。ここまでの設備があるのは貴重なので」

 

 その後滞在する間できる手伝いなどをゼブロから聞き、足りなそうな分はヒソカが現金で払う旨を決めて就寝することにする。

 寝床に向かうレオリオとクラピカが、僅かに震えている事を疑問に思いながらもゼブロも自室へと戻る。

 ゼブロが眠りにつく前、ゴン達の部屋から短い悲鳴が聞こえた気がしたが特に気にすることなく目を閉じた。

 

 

 

 ゴン達がゾルディック家に到着してから二週間が経過した頃、レオリオとクラピカ共に試しの門を2つ目まで開けることに成功した。

 それに伴いゴンの筋肉対話から卒業し、これからは普通に鍛えることを宣告されると二人で抱き合い静かに涙を流して喜んだ。

 同時進行の念の修行も順調に進んでおり、レオリオがやや絶で苦戦したものの形だけは二人共に四大行を修得することが出来た。

 そしていよいよ発に向けて、念の系統を調べる段階へと進む。

 

「ざっくり説明すると念は6つの系統に分かれてて、得意なこと苦手なことがある程度決まってるんだ。能力を決めるためにも重要な要素だけど、変更は利かないから望んだ系統になるように祈って」

 

 ついに念願の能力を作れると、テンションの上がるレオリオにクラピカ。

 簡単に6系統と水見式の説明を終わらせ、先ずはレオリオから水見式を行う。

 

「お、なんか薄っすら色変わったぞ!つまり放出系ってやつだな。正直具現化系で色々と医療器具作りたかったんだが、まぁなんとかなんだろ!」

 

 レオリオの言葉通り、グラスの中の水が薄っすらと黄色に色づく。

 望んだ系統でなかったことにやや無念さを滲ませるが、持ち前の楽天さからすぐさま気持ちを入れ替える。

 そんなレオリオに続きクラピカも水見式を行えば、グラスの中になにかチリのようなものが少量ながら出現する。

 

「つまり私が具現化系か、復讐のことを考えれば強化系が望ましかったが、変更が利かないのならばこの手札で戦うしかあるまい」

 

 クラピカもまた望んだ系統ではなかったが、ゴンから再三念の自由度を聞かされていたためこちらもそれほど気にすることはなかった。

 

「二人の系統が判明したから、今後はこの水見式の変化が強く出るように練の修行をしてね。クラピカはそれに加えて具現化したい物がないか考えはじめるといいよ」

 

 二人の系統が判明しそれぞれが発について考える中、ゴンは少し悩んでクラピカにトリックタワーであったことを伝える。

 

「あのねクラピカ、トリックタワーで緋の眼になったことがあったでしょ?実はその時クラピカのオーラが膨れ上がってたんだ。もしかすると緋の眼の時は系統が変わるかもしれない」

 

 その言葉にクラピカとレオリオは驚きを浮かべ、ヒソカもその時を思い出したのか小さく笑う。

 

「本当かゴン!?なら少し待っていてくれ、この森の中なら蜘蛛の一匹くらいすぐに見つかるはずだ」

 

「ストップ♥こっちの方が刺激的でしょ♠」

 

 急いで緋の眼のトリガーになる蜘蛛を探しに行こうとするクラピカに対し、ヒソカは唐突に上半身の服を脱ぎその背中をさらけ出す。

 

「っ!?ヒソカ!その入れ墨は!?」

 

 ヒソカの背中一面に描かれた12本足の蜘蛛、数字の4は幻影旅団No.4の証だが次の瞬間には跡形もなくかき消える。

 

「種も仕掛けもございますってね♥ほら、今の内に水見式しちゃいなよ♣」

 

 なんとも言えない表情になるクラピカだったが、蜘蛛の入れ墨を見たことで緋の眼の状態になり水見式を行う。

 

「うおっ!?なんじゃこりゃ!」

 

「へぇー、これは興味深い♥」

 

 水見式の結果は劇的だった、グラスから赤く色づいた水が溢れ葉は風もなく揺れチリが出現する。

 ゴンが指先に付けた水を舐めれば、ほのかな辛味を感じることで特質系以外全ての反応が発現したと確認できた。

 

「つまり私は緋の眼の時は特質系となり、全系統を100%修得できるということか。これならばあの蜘蛛どもに、必ずや報いを受けさせることが出来る!」

 

「…クラピカ、その状態が前提の能力を作るのは構わないけど、戦闘用の能力は禁止するよ。特に幻影旅団限定の能力は絶対に駄目」

 

 水見式の結果に歪んだ笑みを浮かべるクラピカだったが、顔をしかめるゴンからの忠告にその笑みが崩れ、怒りと悲しみが混ざる複雑な表情となる。

 

「何故だゴン!私の悲願を知っていて、応援してくれるのではないのか!?この力、絶対時間(エンペラータイム)ならば間違いなく蜘蛛を打倒することが出来る!!」

 

 クラピカは悲痛な表情でゴンの胸元に掴みかかるが、途中で力が抜けたように膝を折るとまるで縋るように見上げる形となった。

 

「私に復讐を諦めろと言うのか?答えてくれゴン!」

 

 涙を滲ませ血を吐くように叫ぶクラピカを、ゴンはただただ悲しそうに見つめ返す。

 

「私は、復讐のためだけに生きてきたのだ!!」

 

 

 

 

 

『…ってことがあってさ、オレも譲りたくないんだけど、クラピカの気持ちを考えるとどうしてもへこんじゃうよ』

 

「あー、まぁクラピカからしたらそう感じるよな。けど相変わらず幻影旅団のことになると短気だなぁ」

 

 キルアは相変わらず拷問部屋に吊るされたまま、執事のゴトーに受話器を持ってもらいゴンと通話をしていた。

 このやり取りはゴン達がゾルディック家にやって来て2日目から毎日行われており、念の四大行においてもクラピカやレオリオと大差なく修得している。

 

「兄貴に付き合うのも飽きたし、オレもそろそろそっちに合流しようかな。そうすりゃ組み手とかも目新しくなってクラピカも気が紛れるんじゃね?」

 

『キルアが来るのは皆待ってる。どんな理由でもいいから早く一緒に修行しよ!』

 

 そこからしばらく他愛のない会話を続けるキルアの横で、視界に入らないように気を付けながら静かに微笑むゴトー。

 初めは評判のよくなかったこの通話補助も、日に日に明るさを増すキルアを見れるからか希望者が後を絶たない。

 

「キルア様、あと1分でミルキ様が戻られますので本日はそろそろ」

 

「えー、もうそんなかよ。やっぱ兄貴に付き合うのは今日までだな」

 

『じゃあ明日、皆で待ってるから早めに来てね』

 

「オッケー。けどよ、今日の明日でクラピカ大丈夫か?今どっかに行ってんだろ」

 

『大丈夫!今はレオリオが一緒にいるはずだから、すぐに二人共戻って来るよ』

 

 改めてクラピカの心配をするキルアの脳裏に、受話器の向こうで笑うゴンの姿が見えた。

 

 

 

 

 

 標高3700メートルを超えるククルーマウンテンからの景色は、周囲に遮るものがないため広く遠くまで見渡すことが出来る。

 試しの門の上に腰掛けたクラピカは、地平線に沈もうとしている夕日を一人静かに眺めていた。

 その胸中には修行の時に取り乱したことへの恥ずかしさと、ゴンに対する申し訳無さが渦巻いている。

 そして何度目かもわからない溜め息を吐くと、少し前から必死に試しの門を登っていたレオリオがやっとのことで顔を出した。

 

「だあー!なんつーとこにいんだよオメーは!探しに来るオレのことも考えろよな」

 

 激しく呼吸を繰り返すレオリオの頭には小さくなったギンが乗っており、下ろせばもっと簡単に登れたのではと呆れるクラピカが声をかける。

 

「別に探しに来てくれと頼んだ覚えもない、揺れるだろうこっちにおいでギン」

 

「ったく素直じゃないことで。ほぉ~、こりゃ絶景だな」

 

 膝に乗ってきたギンを撫でるクラピカと並んで、一面茜色に染まる景色を眺めるレオリオ。

 しばらく無言の時間が流れるが、口火を切ったのは意外にもクラピカだった。

 

「わかってはいるんだ、蜘蛛特化の能力ではいざという時対応が出来なくなることも、絶対時間(エンペラータイム)に大きなデメリットがあるだろうことも。」

 

 静かに話すクラピカは普段の冷静さからゴンの懸念にしっかりと気付いており、頭を冷やした今は自分がどれだけ視野狭窄だったか客観的に見ることができていた。

 

「私が復讐出来る可能性を高めるために指導してくれているのも、レオリオやキルアが力を貸してくれるのも全部わかってはいるんだ」

 

 撫でているギンにも隣に座るレオリオにも視線を向けず、かといって景色を見ているわけでもなく、クラピカには今は亡きクルタ族での日々が見えていた。

 

「ダメなんだ、抑えられないんだ。クルタの皆の最期が、(オレ)のこの眼が、蜘蛛への怨みを叫ぶんだ」

 

 クラピカ本来の鳶色の瞳が夕日に照らされ、赤みを帯びたその瞳から涙が溢れるのをレオリオは幻視した。

 

「…試験の時も言ったが、オレはお前やキルアと違って大したことない人生送ってきたただの一般人だ」

 

 再び沈黙が支配する中、レオリオもまた静かに言葉を紡ぐ。

 

「そんな一般人代表だったオレだけどよ、気付けばとんでもないとこまで来ちまったもんだぜ」

 

 これまでのことを思い返したレオリオは、たまらず笑いとも苦笑いとも取れる表情を浮かべる。

 何が言いたいのか察することのできないクラピカが顔を向けると、真面目な顔に戻ったレオリオと視線がぶつかる。

 

「一ヶ月前のオレじゃあ想像すら出来ねえよ、何だよ8トンの扉開けるとか数百キロ頭に乗せるとかよ。こんなとこまで来れたのは、間違いなくゴンとお前らのおかげさ」

 

 そう言って体ごとクラピカに向き直ると、これ以上ないほどの自信を持って断言する。

 

「一ヶ月でここだ、あと半年もあったら何処までも行けるぜ!幻影旅団も何のその、オレ達4人にギンおまけにヒソカがいればできないことなんて何もねぇ!」

 

 根拠も何もない話だが、少なくてもレオリオにとっては間違いのない事実である。

 

「焦るのはわかる、不安なのもわかる。だからよ、こんなとこで一人になるんだったらもっとオレ等にぶちまけろ、八つ当たりだろうとなんだろうと迷惑に思う奴なんかいねえ」

 

 思わず視線をそらすクラピカの肩を叩き、ゴンやキルアも思っているだろう思いを伝える。

 

「オレ等は赤の他人だけどよ、お前にとってのとまり木くらいいくらでもなってやる。お前にいつか本当の家族ができても、オレ等は仲間で家族だと思ってるぜ」

 

「…私にはもう本当の家族も帰る場所もないのだぞ、お前達以外の家族など何処にいるというのだ」

 

 顔が熱いのは夕日のせいにして、言外に他はいらないとまで言ったクラピカ。

 しかしレオリオはそれに気付かず、今までの真剣さが嘘のようなゲスの顔を浮かべた。

 

「な~に言ってやがる、クルタ族の復興が目的って言ってたじゃねえか。つまり!お前実はハーレム目指してんだろ!?」

 

 突然の豹変に何も返せないクラピカをよそに、レオリオはヒートアップし続ける。

 

「お前モテそうだからなぁ〜、いいなぁ〜オレもなぁ〜金髪ボインのチャンネーとよろしくしてぇなぁ〜」

 

「…」

 

「なあなあハーレム作るときはオレにもおこぼれくれよ、幻影旅団倒す手伝いの報酬によ〜いいだろ〜?」

 

「そんなものは知らん!今の私に復讐の先のことは考えられん!」

 

「ダメだ、考えろ」

 

「レオリオ!貴様巫山戯るのも大概に、」

 

 さすがにレオリオを咎めようと再び顔を向ければ、先程のお巫山戯が嘘の様な真面目な表情に戻っている。

 

「医療に携わる者として言わせてもらうが、生きるのを諦めた患者に効く薬はないんだよ。最後完治するには治った先、生への渇望が無視できないほど重要なんだ」

 

「だから私にハーレムを作れというのは飛躍し過ぎではないか?」

 

「何でもいいから未来に目を向けろってことだよ、復讐以外見えないし相打ちも辞さないなんて途中で頓挫するに決まってる。復讐なんてできて当然!通過点だと思わねぇとな!」 

 

 クラピカは一つ大きく溜め息を吐くと、レオリオの言いたいだろうことを自分なりにかみ砕いて納得させる。

 レオリオの言う通り一族の復興を掲げるのならば、復讐で満足するようでは話にならないのだ。

 

「そうだな、まだ半年もある。復讐のこと、復興のこと、修行しながらもう一度しっかり考えてみるよ」

 

 クラピカのその言葉に破顔したレオリオは、夕日が沈んだのを確認して立ち上がると手を差し出す。

 レオリオの手を取るクラピカの眼は、一族の虐殺以降初めて過去ではなく未来を見始めていた。

 

 



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第18話 発の発表会とクラピカの想い

 皆さんこんにちは、そろそろ観光ビザが切れそうなゴン・フリークスです。

 

 

 

 ゴン一行の修行にキルアが参加するようになり一週間が経過した頃、その日も初心者3人がヒソカに念ありの組手であしらわれた後の反省会を行っていた。

 一番惜しいところまでいくのはもともと基礎の出来ていたキルアであり、発は無しのルールではあるが何度か一撃を与えてすらいる。

 レオリオは最も技術的に劣っているが体格ゆえの身体能力もあり、ヒソカには通じていないものの初心者同士の組手では悪くない勝率を得ている。

 逆に3人の中ではクラピカが最も低い勝率となっており、念の基礎ではややリードしているが戦闘力の点では差ができ始めていた。

 

「やっぱりレオリオは考えなさすぎ、クラピカは考えすぎ、キルアは逃げ腰すぎとしか言えないね♣レオリオとクラピカはほとんど素人みたいなものだからまだいいけど、正直キルアはそれなんとかしないといつか折れるよ♠」

 

 念の四大行をある程度まで鍛えた3人は次に攻防力移動を重点的に鍛錬しており、ヒソカの言う通りの欠点がそれぞれに見られた。

 特にキルアはある一定以上の念を感知すると無条件で引く癖があり、ゴンとヒソカはその点がとにかく惜しいと常日頃指摘するが本能に刷り込まれたように改善の兆しがない。

 

「わかってんだけどなー、家の訓練始めてからずっと言われてたせいかどうしても引いちまうんだよ。やっぱ一回追い込まないとダメかなぁ」

 

 キルア自身面白く思っていないため、苦い顔で髪を掻き打開策を考えるが精神的なことのためそれも難しい。

 レオリオとクラピカも自身の欠点はなんとなく把握できているが、これも性格が如実に現れているだけのため早期の改善は困難である。

 

「ゴンとギンのあれを見ればわかるけど、念の攻防力移動は基礎にして奥義とも言えるくらい重要だからね♦上に行けば行くほど素早くギリギリを見極めなくちゃいけないよ♥」

 

 ヒソカの言うように少し離れた場所で組手をするゴンとギンを見れば、まるで本気の勝負のような速度で互いに拳や爪をぶつけ合っている。

 そこらの底辺能力者であれば間に入った瞬間ミンチになる威力が出ているが、本人達は叩いて被ってジャンケンポンを本気でやってるくらいの認識でしかない。

 それこそキルア達も念の攻防力が追い付かないだけで、流なしの組手ならなんとかついていけるレベルだ。

 

「あれだけ流ができればそれだけで念能力者として中堅以上を名乗れるよ♦君達も初心者は卒業できるくらいの練度になってるから、ボクの言った欠点を直せれば一気に伸びる♥」

 

 ほとんど無呼吸で続く殴り合いを3人で見学していると、キルアが今まで気になっていた疑問をヒソカに尋ねた。

 

「ゴンが強いのは良くわかるんだけどさ、正直言ってヒソカに対して勝ちの目があるように見えないんだよね」

 

 ゴンとギンそしてヒソカの強さは、キルアもこの一週間の修行で痛いほど理解させられている。

 特にヒソカの強さは圧倒的で、オーラの運用や戦闘技術においてこの場の誰よりも上をいっている。

 それに対してゴンの強さはオーラの運用で追い縋っているがヒソカには及ばず、戦闘技術にいたってはキルアが念なしの組手で勝ち越せる程度でしかない。

 それこそゴンは発の相性が良くなければ勝てないとキルアは見ているが、試験の時にヒソカのほうが相性が良いと本人が言っていた。

 

「それはあれだろ、ゴンは操作系っぽいから搦め手がハマれば勝てるってことじゃねえのか?」

 

「いや、ゴンが操作系だとするならばいくらなんでも筋肉対話の効果が弱すぎる。とにかく基礎を重視する点からも、ゴンは強化系だと私は思うぞ」

 

 ゴンの筋肉対話(マッスルコントロール)を受けたことのあるレオリオとクラピカで意見が食い違い、それに対してキルアが自分の意見を述べる。

 

「オレもゴンは強化系だと思う。ギンやヒソカと組手してる時、明らかにゴンのほうがオーラ量が少ないのに威力が釣り合ってるからな。全員の戦い方が近接戦主体なのも見ればわかるし、それを考えれば強化系が一番濃厚だろ」

 

 レオリオとクラピカはキルアほど組手から読み取れなかったが、説明を聞いてから凝でよく観察すれば確かにギンのほうがオーラを多く使っているのがわかる。

 

「んー、さすがキルアはよく見てるね♥レオリオとクラピカも大分仕上がってはきてるし、戦闘スタイルの確立もかねて発の本格的な修行に入っても良さそうだ♦」

 

 そんな成長著しい3人を嫌な笑みで見ていたヒソカは、ゴン達の組手が終了したのを確認してこの後の修行内容の変更を告げる。

 

「まずキルアの疑問を解消するためにボクらの発の説明を、次に君達の発について話し合おうか♥」

 

 

 

 組手等の体を動かす修行が終了しいつもなら念の鍛錬を始める夕暮れ時、ゴン達は森の拓けた場所で車座になっていた。

 指導者組の発がわかるということで本来は必要ないが、レオリオの希望によりグラス等の水見式の準備も出来ている。

 そして誰から水見式をするか決めようと思いきや、圧縮を解いていてまだ大きいままのギンがグラスに肉球をかざして練を行う。

 

「おー!ギンはオレと同じ放出系だったのか、こうやって見るとオレの反応はまだまだだな」

 

 レオリオの言う通りギンの水見式はグラスの水が光も通さないほど濃い緑色に染まり、レオリオはもちろんクラピカとキルアもその反応の強さに驚いている。

 そして本来はあまり褒められたことではないが幻影旅団との戦いを見据え、互いの能力について認知し合うと決めていたためゴンがギンの代わりに発の説明をする。

 

「ギンの圧縮は皆知ってるね、後はオレが咆哮って呼んでる鳴き声にオーラを乗せる能力が3種類あるんだ。遠距離用で前方に打ち出すタイプ、近距離用の周りを吹き飛ばすタイプ、最後に高周波を強化して三半規管とか内臓にダメージを与えるやつだね」

 

 どことなくドヤ顔で座るギンに対し、ただ感心するレオリオと違いキルアとクラピカはその能力の厄介さに瞠目する。

 そもそもが大型の獣であるギンは身体能力や五感において人間を軽く上回っていて、そのくせにゴンと長年鍛えていたことでより強靭な肉体を誇っている。

 そんなギンがオーラを纏って突撃してくるだけでも脅威となるのだが、接近戦を嫌って距離を取っても攻撃手段があるのはシンプルに強力である。

 

「これは予想以上に凶悪な組み合わせだな、蜘蛛との戦いでも存分に頼らせてもらうよギン」

 

 クラピカの頼みにフンスと返事をするギンを横目に、レオリオがグラスの水を入れ替えてゴンとヒソカに視線を送る。

 するとヒソカが先に水見式を行うがしばらくしても一切の変化が起こらず、ヒソカが練を止めたところで嫌そうな顔をしたキルアが指先を水に付け舐める。

 

「なんか大味の菓子みたいな雑な甘味がするわ、ヒソカはオレと同じ変化系で味も同じ甘さかぁ」

 

「ククッ、一番上手く指導出来るんだから喜んでくれてもいいのに♥ボクの能力は伸縮自在の愛(バンジーガム)薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)♠バンジーガムはオーラをガムとゴム両方の性質に変化させて、ドッキリテクスチャーは薄い紙やハンカチに様々な質感を写すよ♦」

 

「ん?てことは能力自体に攻撃力とかはないんだな、もっと戦闘寄りの発だと勝手に想像してたぜ」

 

「実は今新しい発を開発中でね♦そっちは戦闘寄りの能力だから期待しててよ♠」

 

 レオリオの疑問はキルアとクラピカも感じたことだが、能力について考える前にゴンからの補足が入る。

 バンジーガムやドッキリテクスチャーの応用力はもちろん、バンジーガムの戦闘への貢献度はヒソカの戦闘技術によって途轍もなく高いことを指摘され皆納得の表情を浮かべる。

 

「つまりヒソカは近接戦でマジに最強クラスなのかよ、それで何で新しい発を作ってんだ?今のまま練度を上げたほうがリスクは少ない気がするんだが」

 

 ゴンの説明で新たな疑問が出来たレオリオの質問に対し、ヒソカは満面の笑みを浮かべるとゴンへ粘ついた視線を向ける。

 

「確かに戦闘スタイルの変化はリスクになりうるけどね、今のままだとボクは将来ゴンに絶対勝てなくなるのさ♣ゴンがこのまま順当に成長したら、真っ向勝負で勝てる存在はいなくなるからね♥」

 

 ヒソカの評価にキルア達3人が一斉にゴンを見れば、ゴンはドヤ顔ダブルピースでふんぞり返る。

 微笑むヒソカ以外の3人がイラッとしているのを尻目に、ゴンはさくさくと自分で水見式の準備を整える。

 

「そこまで自信があるなら見せてもらうぜ、ゴンの水見式と発をよ!」

 

 レオリオが言い終わるのと同時に、ゴンはグラスに向けて練を行う。

 それは時間にしては1秒にも満たない短い間だったが、それだけでグラスの周りに小さな水溜りが出来るほどの水が溢れ出る。

 その勢いに思わずのけ反るレオリオとは逆に、キルアとクラピカはグラスに顔を寄せて今見た光景が見間違いではないことを確信する。

 

「なるほど、ゴンはこういう反応になるのか♠」

 

「どういうこったゴン、ヒソカが変化系でギンが放出系ならお前は強化系以外ありえない。特質系のはずがねぇだろ」

 

 納得がいかないと詰め寄るキルアを不思議そうに見るレオリオに対し、クラピカが先程の水見式の反応を解説する。

 

「水の量が増えるのは強化系の反応だが、ゴンの水見式では葉も高速で振動していた。すなわちゴンは強化と操作2つの性質を持つ特質系という訳のわからない反応が出ていたんだ」

 

「あぁ?何だそりゃ、どうやったらそんな反応が出るんだよ、クラピカの劣化版てことか?」

 

 キルア達が揃って詰め寄るのを落ち着かせ、ゴンは自分の能力である筋肉対話(マッスルコントロール)貯筋解約(筋肉こそパワー)、そして脳筋万歳(力こそパワー)を説明する。

 貯筋解約の時点でゴン本来の体格に絶句する3人だったが、最後に脳筋万歳の効果と制約を聞いてついに我慢の限界を迎える。

 

「お前散々制約について注意してたくせに自分はド級の制約設けてんじゃねーよ!」

 

「よくもまあ発に重要なのは応用性などと言えたものだな、ゴンの発では真っ直ぐ行ってぶっ飛ばすしか出来ないではないか!」

 

「ていうかもう全部筋肉じゃねーか!!」

 

 3人に群がられるゴンを眺めていたヒソカだったが、さすがに話が進まないと止めに入る。

 まだまだ文句を言い足りなそうにしながらも、とりあえずはゴンに詰め寄るのを止めた3人。

 

「まあ色々言いたいのはわかるけど、ゴンの発自体はかなり強力だよ♥ボクの新しい発は脳筋万歳に対抗するために作る能力だしね♣」

 

「そうか?搦め手とか遠距離で戦われたら割と対応されちまいそうな気がするけどな。マジに真っ直ぐ行ってぶっ飛ばすだけじゃ辛くねえ?」

 

 ヒソカの評価に疑いを向けるレオリオだが、キルアとクラピカは嫌そうな顔をしながらも能力の強力さは理解していた。

 

「強化系に付きまとう操作系への対策は、既に自分を操作していることでクリアしている。そもそも搦め手を使うということは直接の戦闘力が低いということだからな、ゴンとしては無理矢理なぎ倒すつもりなのだろう」

 

「そんでもって強化240%がエグすぎ。込めるオーラが強化系でも倍以上、隣り合ってる変化と放出だと3倍必要とか悪夢だろ。そんな奴を近付かせないようにするにはどうすればいいんだよって話」

 

「そういうこと♣今のゴンがだいたい150%くらいだっけ?これくらいならまだボクでも真っ向勝負できるけど、180%以上になると厳しくなってくるんじゃないかな♦」

 

「あー、考えてることとやってることは頭悪いのに、結果だけ見れば天才的ってことか。…念って奥が深いんだなぁ」

 

 説明を聞くにつれて段々と顔が引き攣っていたレオリオがそう締め括ると、水見式の道具を片付けたゴンがキルア達に考えてる発を聞く。

 

「うっし、じゃあ気を取り直してオレから発表すんぜ。と言っても実はまだ大筋しか決まってなくてよ、ゴンの筋肉対話を医療用に改変したいんだが可能か?」

 

「もちろん。医療特化にすればオレよりよっぽど強力な能力になるよ。オレからもいくつか組み込んでほしいアイディアがあるから今度一緒につめてみよう」

 

 まだ医療用の発としか決まっていなかったレオリオは時間をかけずに終了し、続いてキルアが口を開く。

 

「オレの発なんだけどさ、実はもう出来ちゃってるんだよね。変化系ってわかったときにビビビッときてさ、ちょっと前にとりあえず発動したんだ」

 

 そう言ってキルアは両手の人差し指をゆっくりと近づけていくと、パチリと小さな音と一瞬の光が瞬く。

 その現象にゴンとヒソカは驚愕し、クラピカとレオリオはただ純粋に感心する。

 

「見ての通りオーラを電気に変化させた。今はまだ静電気くらいが精一杯だけど、直ぐに出力上げていけるだろうし色々応用も考えてるぜ」

 

 そう言ってギンに静電気を流し全身の毛を逆立て3人で盛り上がるのを尻目に、ゴンはなんとも言えない表情でキルアを見つめる。

 

「正直かなり驚いたよ、ボクでも初めて見る素晴らしい能力だ♥まあゴンは色々言いたいこともあるんだろうけど、今のキルアは楽しそうだしあんまり気にしすぎないほうが良いよ♦」

 

 ヒソカの珍しい慰めの言葉に、ゴンは一度大きく深呼吸すると原作でビスケット・クルーガーが言った今笑えていることが奇跡という言葉の意味を正しく理解する。

 

「ゾルディック家もキルアのことを考えて育ててきたんだってのはわかるけど、それでも文句の一つも言いたくなるよ」

 

 いよいようっとうしくなったギンが暴れてもみくちゃになり楽しそうに笑う3人を見ながら、ゴンは尊敬するような慈しむような複雑な表情で言葉を紡ぐ。

 

「これから先もずっと、皆で笑って過ごしていけるように頑張らないとね」

 

 そんな決意を新たにするゴンを、ヒソカは恍惚としたような舌なめずりするような変質者の表情で眺めていた。

 

 

 

 暴れていたギンもどうにか落ち着き、ほとんど日も暮れかけている中クラピカの発について説明が始まろうとしていた。

 一週間前にクラピカが取り乱したこともあり、実際に見ていたレオリオと話に聞いているキルアは若干落ち着かなそうにしている。

 クラピカはそんな2人や硬い表情のゴンを見回すと、苦笑いしながらこの一週間考えていたことを順番に述べる。

 

「まず大前提として、蜘蛛特化の能力は作らないことに決めた。代わりと言っては心許ないが私は少々感情的になることがあるからな、感情の振れ幅による能力の増減を極端にすることを考えている」

 

 蜘蛛特化にしない代わりに、蜘蛛が相手なら最大限効果のある制約を付けることは譲れないクラピカが決めた制約。

 普段使いとしてはデメリットの方が大きいが、この制約を付けるのは複数作る予定の能力の一つだけであり蜘蛛以外でも強化されるため圧倒的に使いやすくなる。

 

「そして具現化する対象だが、それぞれに能力を持つ5つの鎖を具現化しようと思う。系統が判明したとき、朧気ながらそのビジョンが浮かんだのだ」

 

「鎖を具現化か?言っちゃあなんだが、もっと攻撃的なのを想像してたぜ」

 

 相変わらずレオリオが疑問を投げかけるが、クラピカ以外全員思ったことでありクラピカの返答を待っている。

 

「当然の疑問だな。実は私自身予想外でな、6系統の話を最初に聞いた時は具現化系だったならば使い慣れている刀になると思っていた」

 

 ハンター試験の前から使っているクルタ二刀流用の一対の刀を撫でながら、しかし一切の後悔を感じさせない決意のこもった態度で続ける。

 

「鎖が浮かんだときは蜘蛛を野放しに出来ない、繋ぎ止めなければいけない故だと思った。しかしこの一週間考えた結果、それがただの建前だということに気付いた」

 

 刀から手を離し目を閉じるクラピカは、自分の心の中の一番奥にあった想いを感じていた。

 

「復讐のためだけならば、相応しいものは他にいくらでもある。わざわざ鎖を選んだのは、今の私がもっとも大事なものを繋ぎ止めていたいからだった」

 

 目を開けたクラピカはゴン達一人一人と視線を合わせると、少し照れたようにはにかみながら自分の想いを口にする。

 

「私が繋ぎ止めておきたいのは、お前達との絆だ。東方には運命の相手とは赤い糸で結ばれるという伝承があるらしいが、私は糸などという頼りないものでは我慢できなかった。もっと強固な絆を欲した結果が鎖だったのだ」

 

 クラピカの手からゴン達それぞれに伸びる鎖という名の絆が、うっすらとだが確かに見えたような気がした。

 最後は真剣な表情で、万感の思いを込めて能力の名を告げる。

 

絆の鎖(リンクチェーン)。それが私の発の名だ」

 

 

 

 なお、自分だけクラピカから伸びる鎖が見えなかったヒソカ。

 彼は4人と一頭のやり取りを似合わないきれいな笑顔で眺めながら、尊いと一人静かに呟いていた。

 

 



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第19話 初心者組の発とククルーマウンテン最後の夜


 この話でも強めの原作改変がありますのでご注意下さい。


 

 

 皆さんこんにちは、ゾルディック家は別として執事達は嫌いになれないゴン・フリークスです。

 

 

 

 クラピカが発の名、絆の鎖(リンクチェーン)を告げた後に説明したそれぞれの鎖の能力について、

 

 鼓舞する者の鎖(インスパイアチェーン)

レオリオをイメージした巻き付けることで自分や他人、他の鎖を強化する補助的な鎖。この鎖自体に攻撃力はないが、他と合わせることが前提のため多少なれど強化率に補正が入る。鎖の先は矢印。

 

 命奪う者の鎖(アサシンチェーン)

キルアをイメージした相手に巻き付ける、あるいは先端の刃を刺すことで生命(オーラ)を奪う鎖。もっとも脆いがその分他の鎖よりも細くなり、隠による不可視化もやりやすい。鎖の先はナイフ。

 

 強大な者の鎖(タイタンチェーン)

ゴンをイメージした特殊な能力を一切持たないかわりに、とにかく頑丈で強靭な鎖。使う相手への感情の強さで弱くも強くもなり、幻影旅団が相手ならば切れることのない鎖に限りなく近付ける。鎖の先は分銅。

 

 導く者の鎖(ガイドチェーン)

ギンをイメージしたダウジングや無意識レベルの直感等で正しい方へ導く鎖。もっとも精密操作に優れており、強度も確保されているため普段使いに適している。鎖の先は円錐。

 

 裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)

クラピカ自身をイメージした、緋の眼の時限定の頭に打ち込んで相手にルールを強いる鎖。打ち込む際に感情や記憶等を指定し、ルールを破れば指定されたものは破壊され二度と治らない。ルール次第では相手の記憶を操作したり、一度だけ望んだ行動を取らせることも可能。鎖の先は鍵。

 

 それぞれの鎖は根本がブレスレットに繋がる形で具現化する予定、鎖は破損してもオーラを消費して直せるがブレスレット本体を破壊されると24時間具現化不可となる。

 

 

 

 クラピカは合計で5つもの鎖を具現化しようとしており、感覚的ながら実現は十分に可能と自信を持って宣言した。

 

「初めは回復系の能力や、制約をフルに使った特殊な能力を考えていた。しかし回復はレオリオが対応してくれるから単純に強化する能力に、特殊な能力も逆に単純化することでいい形に落ち着きそうだ」

 

 クラピカの説明を聞いて各々が考察していたところ、真っ先に考えをまとめたキルアから根本的な疑問が出される。

 

「なぁクラピカ、はっきり言っちゃうけど復讐する気本当にあるのか?どの能力も殺傷力は高くないし、最後のルーリングチェーン?も命までは取らない能力に感じたけど」

 

 キルアは暗殺者としての視点から、クラピカの能力は全体的に回りくどく復讐に適していないと苦言を呈した。

 そのぶっちゃけた厳しい指摘に、自身への心配や気遣いが含まれているのを理解しているクラピカは軽く笑みを浮かべる。

 

「理由は簡単だ、私は復讐する気はあっても殺す気はあまりない」

 

 その答えにゴン達はむしろ疑問が深まり、続きを求めてクラピカへと視線を集める。

 

「もちろんいよいよとなれば殺すことに躊躇はない。これは気持ちの問題なのだが、私の死に対する忌避感が薄いせいで報いとして見れないんだ」

 

 そこでクラピカは一度レオリオに視線を向けると、苦笑いしながら自身の心境を口にする。

 

「以前レオリオに言われて復讐のことを考えたのだが、仮に蜘蛛を一人残らず始末したとしても私の気は晴れないとわかった。私にとって死は少なからず救いの面があり、それならば生きて地獄を見せたほうが復讐としてふさわしいとな」

 

 次にヒソカに視線をやると、ある種の確信を持って幻影旅団について問いかける。

 

「蜘蛛の中には戦闘狂や人を痛め付けるのが好きな者がいるな?逆に仲間思いの者もいるだろうが、死に対して恐怖を感じるような普通の感性を持つ者はいないはずだ」

 

「ククッ、確かにボクを含めて全員頭のネジが吹き飛んでるね♣戦闘狂に拷問好き、仲間思いに団長至上主義なんてのもいるよ♦」

 

 改めて語られる幻影旅団の異常性に、この場で唯一とも言える普通の感性を持つレオリオは目一杯顔をしかめる。

 そしてヒソカから確証を得たクラピカは、いつになく暗い笑みを浮かべると自分が行う復讐について説明する。

 

「ルーリングチェーンのルールによって、念を使った場合にペナルティを与える。戦闘狂からは高揚感を、仲間思いの者からはその記憶を奪うという形でな。己の原動力とも言うべき想いを失くして、それでも変わらずにいられる人間はいない。失意の中自ら命を断つか、無為の中生き続けるのか実に見物だと思わないか」

 

 静かにクツクツと嗤うクラピカを見て、決意は固いとわかったゴンは努めて明るく告げる。

 

「じゃあもっと修行を頑張らないとね!ねぇキルア、もし余ってたら普通のでいいから鎖もらえない?」

 

「ん?そりゃあ鎖の一本や二本別にいいけど何に使うんだ?」

 

「これからクラピカは鎖を具現化するために、とにかく鎖と触れ合わないといけないんだ。それこそ幻覚が見えだすくらいね」

 

 それを聞いたクラピカ本人が一番物怖じするが、離れて監視していた執事に鎖を持ってくるよう言い付けるキルアを見て覚悟を決める。

 

「つまり私はこれから修行とは別に鎖の具現化を目指すわけだな。どれだけ時間がかかるものだろうか?」

 

「クラピカ次第としか言えないかな。けどさっきうっすらと見えたような気がしたからそんなにかからないかも」

 

「おっ、ゴンも見えてたのか。すぐ消えたから見間違いかと思ってたぜ」

 

「オレも見えたよー」

 

「ぐま!」

 

「じゃあ案外早く具現化するかもね。さっきの気持ちを強く持ってイメージすると良いよ」

 

「わかった、やってみよう」

 

 そして予想以上の早さで執事から鎖が届き、クラピカは面食らいながらも鎖と共にひと足早く部屋へと戻って行った。

 

「なぁゴン、オレはとりあえず電気の出力を上げる修行するけどそれ以外でなんかねぇか?クラピカがあんだけ能力作ってるとオレもまだいける気がすんだよね」

 

 クラピカを見送った後にキルアから聞かれ、ゴンは少しの間考える。

 

「正直電気の発を伸ばすだけでも十分な気がするけど、欲を言えば電気やオーラを貯蓄出来る電池かバッテリー辺りを具現化したら面白そうじゃない?継戦能力が上がりそうだし、瞬間的に火力を上げることも出来そう」

 

「それいいじゃん!余裕出来たら作れるように今から乾電池いじっとくわ」

 

「あと割と重要なんだけど、発にはしっかり名前を付けてね。技名もそうなんだけど、付けると付けないじゃ安定性とかかなり違ってくるよ」

 

「オッケー考えとく。んじゃまた明日なー」

 

 そう言ってキルアは、鎖を持ってきた執事と共に自宅へと帰っていった。

 ゴンがこちらへ一礼した執事に返礼を終えると、ヒソカも新しい発の調整と言って離れていく。

 残ったのはゴンとレオリオ、小さくなったギンだけとなった。

 

「じゃあ早速レオリオの発について詰めていこうか」

 

「押忍!おなしゃすゴンセンセー」

 

 おちゃらけているようで目は真剣なレオリオに頷いたゴンは、まず3つの選択肢の中から進みたい道を選ばせる。

 

 1つ目は医療特化の戦闘力度外視な能力。

 

 2つ目は戦闘にも流用出来る医療用能力。

 

 3つ目は医療にも流用出来る戦闘用能力。

 

 3つそれぞれに良い点悪い点があり、レオリオならばどれを選んでも大成出来ると太鼓判を押す。

 しかしレオリオは特に考えることもなく、2つ目の戦闘に流用出来る医療用能力を選択する。

 守られてばかりは性に合わず、しかし医療から離れる気はないレオリオにとってこれ以外の選択はあり得なかった。

 

「これからオレが言う能力は参考にしてもいいしそのまま使ってもいいけど、少しでも違和感があるならそこを直して一番しっくりくるようにするのが大事だからちゃんと考えてね」

 

 そしてゴンが参考までに上げた能力は2つ。

 

 1つ目はウイルスや菌を操作、効能を強化して使う能力。極めることができれば、毒も薬も作れる医療系能力者となれる。

 

 2つ目は念の応用技術である円を手術室に見立てる能力。円の中であれば医療行為に補正が入り、極めれば汎用性のある医療系能力者になれる。

 

「なるほど、オレ的には手術室の能力に惹かれるな。ちなみにどうやって戦闘に使うんだ?」

 

「相手が少しでも怪我をしてたら治療と称して干渉出来るはずだよ。それこそ暴れないようにとか言って麻酔をドバーッてしたり」

 

「ふんふん、円の中ならゴンの筋肉対話みたいなことを遠隔で出来たりしそうだし、消毒液とかも変化系で作れそうだ」

 

 その後もしばらくの間話し合った結果、暫定的にだがレオリオの発が決まった。

 

 

 能力名:ドケチの手術室(ワンマンドクター)

 

 系統:バランスよくほぼ全ての系統を使う

 

 効果:円で囲んだところを手術室に見立てて治療に補正をかける。円の中なら相手の身体を操作したり、しっかりとした知識があれば麻酔薬などにオーラを変化させることもできる。

 

 制約:

  ①円の中では医療行為以外で相手を傷付けることが出来ない

  ②円の中では医療関係以外にオーラを使うことはできない

  ③意識が無い、あるいはレオリオに身を委ねた場合にもっとも補正が強くなる

  ④基本は治癒力を強化するオーラを使うが、実際に外科的な治療をした場合効果が強くなる

 

 

 とりあえず最低限は形になったということで、後は追々使いやすいように改変していくとして発の習得を目指す。

 レオリオは円が苦手ではないため、発の範囲拡大を目標に円の重点的鍛錬も行うこととなった。

 

「ところで何でドケチなの?」

 

「最終的には医療機器や薬が一切必要なくなるだろ、超経費削減出来るんだからドケチってわけよ」

 

 レオリオは自分がドケチだと胸を張って宣言した。

 

 

 

 自宅に戻ったキルアは毒入りの夕食を済ませると、ゾルディック家当主である父シルバのもとを訪れていた。

 鋭く強い眼差しに筋骨隆々の体はゾルディック家当主としての覇気に満ちており、念を習得したキルアにはより一層恐ろしく見えていた。

 

「執事から報告があがっている、近い内にまた家を出るつもりのようだな?」

 

「あぁ、今度はちゃんと目的を持って行ってくる。どんなに早くても9月過ぎまでは帰ってこないよ」

 

 低く威厳のある声に萎縮しそうになるのを堪えながら、シルバの目を真っ直ぐに見て告げる。

 軽くオーラで威圧していたシルバは、震えもしないキルアに確かな成長を見て心の中で称賛していた。

 しかし表情と雰囲気は変えることなく、キルアの目的についても本人の口から説明させる。

 

「初めて出来た友達を手伝う。そんでもって親友って言ってくれたゴンに追い付くんだ、胸を張って相棒を名乗れるように」

 

「ならば誓え、絶対に仲間を裏切らないとな」

 

 そう言ってシルバは親指の腹を傷つけてキルアに向けるが、キルアは少し考えた後に傷付けずにそのまま親指を合わせる。

 訝しげにするシルバに対し、キルアは若干語気を強めて話し出した。

 

「もう誓ってるさ、他ならないオレ自身にね。たとえ親父でも口出しさせないよ、何かを隠してるならなおさらね」

 

 シルバはその言葉に思わず反応しかけるが、気付いているのかいないのかキルアは続ける。

 

「オレってイル兄に操作されてるよね、多分記憶も少し弄られてると思う。最近まで気付かなかったし、どうやってるかもわからないけどさ」

 

 確信を持って告げたキルアは指を離して立ち上がると、座るシルバを見下ろしながら苦笑する。

 

「イル兄はよくわかんないけど、親父達がオレのことをよく考えてくれてるのはわかる。なんだかんだ感謝してるし、これからも嫌いにはなれないと思う」

 

 そして踵を返して扉まで歩き、部屋を出る前に振り返った顔は暗殺者としての絶対零度の表情だった。

 

「オレはオレの意思で進む。それを邪魔するってんなら、ゾルディックだろうがなんだろうが全部ブチ殺してやるよ」

 

 出ていくキルアの殺気は氷のように冷たいと同時に、火傷しそうなほどの熱さをシルバに感じさせた。

 その後キルアを止めなかったことを妻のキキョウが抗議しに来るまで、シルバはキルアの成長を噛み締めながらただ静かに嗤い続けた。

 

 

 

 ゴン一行がククルーマウンテンで修行を始めてからおおよそ一ヶ月、ゴン達の観光ビザの期限が目前に迫りこれからについての話し合いが行われている。

 発の修行についてはキルア以外まだ習得出来ていないが、念の基礎については3人共に初心者卒業と言えるまでになり念能力者同士の実戦経験を積む方向で話は進んでいた。

 

「ということで、オレ達は明日から次の修行場所になる天空闘技場へと出発します。スペシャルアドバイザーだったヒソカとも少し距離を置くことになるから、何か伝えておきたいことがあれば今日中にね」

 

 珍しく沈んだ様子を見せるヒソカを見やり、憐れに思ったレオリオが距離を置く理由を質問する。

 ゴンが述べた理由は単純で、これから向かう天空闘技場は非常に人の目が多い場所のため万が一にも幻影旅団にヒソカの裏切りがバレないよう別行動を取るということだった。

 

「天空闘技場は200階まで登ると念能力者と対戦できるようになるんだ。大半は大したことないけど、運が良ければ実力者とも競技ルールの中で戦えるから良い経験になると思う」

 

「タイミングが合えばボクとも戦えるから、なるべく早く上がってきてね♥」

 

 沈んでいるヒソカも、ルールの中とはいえ4人と真剣勝負が出来ることもありかなり楽しみにしていた。

 ヒソカから漏れ出す粘ついたオーラに皆が顔をしかめ、数年前に200階まで到達したキルアは自身の経験から200階以下のレベルの低さを指摘する。

 

「たしかに今の皆だったら苦戦しようがないから、あえて纏を禁止して200階を目指そうと思ってる。もう寝てる時も無意識で纏を維持してる皆なら、解除することに気を使いながら素の身体能力で戦うのはいいハンデになるんじゃないかな」

 

 あとは実際に天空闘技場に到着してからということで、明日から別行動となるヒソカが最後に渡す物があるという。

 

「次の打ち合わせが出来るかわからないから、ボクの知ってる旅団の情報をまとめておいたよ♦全員の能力はわからないけど、系統は結構自信あるから参考にしてね♣」

 

 それは旅団員一人に付き、様々なことの書かれた一枚のメモ。  

 精巧な似顔絵から始まり、能力に予想される系統、戦闘スタイルから性格までヒソカの把握している全てが書かれている。

 特に狙っている団長クロロ・ルシルフルにいたっては趣味嗜好まで細かく記載されており、11枚のメモ全てを情報屋に持っていけば一財産築けそうな程の情報量だった。

 

「ボクのドッキリテクスチャーで写してるだけで、2日くらいしたら全部消えちゃうから気を付けて♠」

 

 そのメモを回し見て作戦会議を行い、ククルーマウンテン最後の夜は遅くまで耽けていった。

 

 

 

 





 ドケチの手術室(ワンマンドクター)は物を入れ替えたり心臓を取り出したりは出来ません。


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第20話 天空闘技場到着と新たな出会い

 皆さんこんにちは、ヒソカがいないと割とマジで空気が爽やかなことに驚いているゴン・フリークスです。

 いかな野蛮人の聖地とはいえ、野獣はさすがに管轄外だそうで仲間外れのギンがしょげてます。

 

 

 

 ゴン一行は数日間の移動を終えると、野蛮人の聖地と呼ばれ世界第4位の高さを誇るタワー天空闘技場へ到着した。

 周囲は闘技場の挑戦者や観戦する格闘ファンのための宿や道場といった施設で賑わい、毎日多くの人が訪れそして去って行く。

 ゴン達はそんな街並みの観光もそこそこに、朝も早い時間から天空闘技場の受付へと続く長蛇の列に並んでいた。

 基本的にガタイが良くむさ苦しい男達が並ぶため、完全に子供のゴンとキルアはもちろん長身だが細身のレオリオや純粋に線の細いクラピカも周囲の注目を悪い意味で集めていた。

 しかもクラピカは具現化の修行で軽くノイローゼ気味となり顔色が悪く、レオリオにいたってはファイトマネーの額を知って目がジェニーマークから戻らなくなったせいでより目立つ集団となっていた。

 

「クラピカとレオリオちゃんと聞いてたか?受付の記入欄には武術経験10年以上って書かないと上に行くのに時間かかるから間違えんなよ。あとレオリオは特に気を付けないと相手殺しちゃうからいい加減戻って来い」

 

 天空闘技場の経験者で現役暗殺者のキルアからの注意に、医者を目指し不要に人を傷付けたくないレオリオも流石に気合を入れ直す。

 クラピカも表情は暗いながらしっかりと受け答えはしており、少なくとも不覚を取ることだけはないと思われた。

 長年ギンと全力のぶつかり稽古をしていたせいで実は手加減が苦手なゴンも、キルアから極太の釘を刺されているがのんきにタワーを見上げて感嘆の声を上げている。

 経験者の性か半ば3人の保護者と化したキルアに先導され受付を済ませると、アナウンスされるまでの待機時間を他の参加者と共に待合室で待つ。

 

「そういや決めてなかったけどさ、もしオレ達がかち合ったらどうすんの?それと他に使える奴がいた場合使っていいのか?」

 

 当たり前の話だが、勝ち進んでいくほど人は少なくなるためゴン達が対戦する可能性も上がっていく。

 そして少ないながらも念の使い手とはいるもので、同時期に受付していれば対戦する機会もあるかもしれない。

 

「オレ達が当たったら使わないで勝負しようか、もし使える人が相手だったらその時は本人が判断するってことで」

 

「オッケー。なあなあ、誰が一番早く200階行けるか競争しようぜ。遅かった奴は罰ゲームってことにしてさ」

 

 キルアの提案は流石に却下されたが、不甲斐ない試合をした場合はその日の食事を奢るということに決まった。

 そして4人の中でレオリオが最初に呼ばれると、間を置かずに全員が呼ばれそれぞれのリングへと上がっていく。

 

 この日から数ヶ月間、天空闘技場は未だかつてない熱狂の渦に包まれることになるがまだ誰も気付いてはいなかった。

 

 

 

 ゴン達はなんの問題も見せ場もなく試合に勝利し、全員が50階へ行くように指示されると揃ってエレベーターへ乗っていた。

 ただしエレベーター内にはもう一人、ゴンやキルアと変わらない子供が同乗していて互いに何となく意識しあっていた。

 

「押忍!自分は心源流拳法のズシっす!皆さん先程の試合見事だったっす!色々教えてもらえないっすか?」

 

 エレベーターを降りたところで、もう一人の子供ズシがゴン達へと挨拶に来る。

 ズシのマネをして押忍と挨拶をするゴンとキルアに、3人を微笑ましそうに見ていたレオリオとクラピカが自己紹介を終えると待合室で談笑する。

 ズシはキルア以外の3人がプロハンターであり、全員が心源流拳法師範ネテロと面識があることに目を丸くすると一番気になっていたことを質問した。

 

「今の皆さんの纏とても見事っす、けど何で試合の時はやめてたっすか?こうやって向き合ってると、自分なんかとは比べ物にならないってよくわかるっす」

 

 その質問に対し修行の本番は200階からであることや、キルア以外の経験のためワザと縛りを設けていることを告げる。

 ズシは単純に自分と見ているところの違う4人を素直に尊敬し、それでも同じ位のゴンとキルアに隠しきれない対抗心を芽生えさせていた。

 

「すごいっす!皆さんさえ良ければ今度お手合わせ願えないっすか?今の自分がどこまで出来るのか知りたいっす!」

 

「いや、それを知るためにここに来たんじゃねえのか?まぁオレ達の目的も能力者との試合だし願ってもないんだが」

 

 ゴンとキルアと違い見た目相応に子供らしいズシにレオリオが対応していると、何とアナウンスでレオリオとズシの試合が通達される。

 

「じゃあズシはいつもどおりでレオリオは纏使わないで試合してもらおうかな。多分どっちにとってもいい経験になると思うよ」

 

 このゴンの提案が一波乱起こす原因となるのだが、この時それを予見できた者は誰もいなかった。

 

 

 

 天空闘技場ではお馴染みの、石版が並べられただけの簡素な四角いリング。

 リングには対戦するレオリオにズシ、そして審判の3人が上がっており今まさに開始の合図がされようとしていた。

 

『さあー!今回の対戦カードはレオリオ選手にズシ選手、共に1階を圧倒的強さで勝ち抜いた2人だー!!』

 

 何組も一度に勝負が行われていた1階と違い、50階までくれば観客はもちろん実況や賭けが当たり前の様に付いてくる。

 

『レオリオ選手はその細身からは想像出来ない怪力で相手を場外に投げ飛ばし、ズシ選手は見事なコンビネーションで何倍もの体格差を物ともせずにKO勝利を収めています!』

 

 実況が賭けを煽るように選手の簡単な経歴や戦闘スタイルを喋り、賭けのオッズが決まればいよいよ試合が開始される。

 

『賭けのオッズは1.5対3.0でレオリオ選手の有利となりました!ズシ選手は大穴となることができるのか!?試合開始です!!』

 

「試合開始!!」

 

 合図と共に動いたのはレオリオ、その場で受けて立つ構えのズシに駆け寄ると1階の時と同じように投げ飛ばすため襟を掴みに行く。

 しかし心源流を正しく学んでいるズシにしてみればあまりにもお粗末な動き、回し受けの要領でレオリオの手を弾くときれいな正拳突きを腹部へと叩き込む。

 

「クリーンヒット! 1ポイントズシ!!」

 

『おおーっと、まず先制したのはズシ選手だー!しかしレオリオ選手にほとんどダメージが見られません!これからどうなってしまうんだー!?』

 

 一撃を入れてすぐさま離れたズシと、ダメージは少ないながら警戒して追いすがることはしなかったレオリオ。

 

(まずいっす、レオリオさんは纏をしてないのに自分より力が強いから掴まれたら何も出来ないっす。なんとか打撃戦で優位に立たないと押し切られるっす)

 

(まじーな、これじゃどうあがいても掴めそうにねえ。正直子供を殴るのは勘弁だが、勝つためには打撃戦でいくしかねえか)

 

 お互い考えをまとめる一瞬の空白の後、大きく深呼吸したレオリオが再びズシへと迫る。

 そこからは激しい乱打戦となり、互いに相手の攻撃を防いでいたがレオリオが力尽くでズシのガードごと腹部へお返しの拳を入れたことでいったん距離が離れる。

 

『これは凄まじい攻防だー!50階の試合とは思えない白熱した勝負に会場のボルテージが上がっていくぅー!!しかしズシ選手は体格差の不利がいかんともしがたーい!』

 

(思った以上に一撃が重いっす、こうなったらあれをするしか)

 

 ズシは腰を落として独特な構えを取ると、レオリオから意識を外さないようにしながらオーラを練り上げていく。

 ズシが練か発を発動させようとしていると察したレオリオは阻止するために駆け出すが、

 

「ズシっ!!!」

 

「ヒッ」

 

「ぬぉ!?」

 

 観客席から響いた凄まじい声に思わず顔を向けると黒髪にメガネの一見冴えない男性が立ち上がっていた。

 レオリオは男性の見事な纏を少し観察した後、構え直したズシに向き直ると自分も構えて戦闘を再開した。

 

 その後の戦闘は終始レオリオが主導権を握るも、ズシの技量と本人の気質から攻めきることができず長い時間をかけて10ポイント先取のTKO勝利となった。

 最初は観客も盛り上がっていたのだが、時間が経つに連れ次第にいい年した大人(レオリオ)いたいけな子供(ズシ)を甚振っているように見えたことから徐々にレオリオにヘイトが溜まっていってしまう。

 結果レオリオは天空闘技場挑戦初日にして鬼畜グラサンに陰険ゴリラ、リョナリオ等の二つ名がつけられヒールレスラーのように一躍有名選手となってしまうのだった。

 

 

 

 一番早く試合が組まれながら一番遅く勝利したレオリオは、ゴン達を伴いズシとその師匠らしき男性のもとを訪れていた。

 レオリオ自身どうしても中途半端な手加減になってしまい、無駄に傷を負わせたことを非常に気に病んでいた。

 

「いえいえ、この程度の怪我など日常茶飯事です。むしろこちらとしてはズシにいい経験を積ませられたとお礼を言いたいくらいですよ」

 

 身だしなみがズボラなズシの師匠はウイングと名乗ると、先の試合内容を謝罪するレオリオに笑顔で対応した。

 むしろ若干の気まずさを滲ませ、ズシとエレベーター前で話していた時から人となりを観察していたことを告げる。

 

「皆さんの若さでそこまで念をおさめていることに驚いてしまいまして、問題無いのはなんとなくわかってはいたのですが我ながら慎重に過ぎました」

 

 しばしの謝罪合戦の後ゴンは少し込み入った話がしたいとウイングに持ちかけ、ウイングもそれならばと自分達が取っているホテルへとゴン達を招待した。

 

 

「単刀直入に言うと、オレ達に念の手ほどきをして欲しいんだ。今まではオーラ運用の基礎や応用だったからなんとかなったけど、系統別の修行とかはほとんど知らないから」

 

 ズシとウイングが滞在するホテルに付いて早々、ゴンは心源流師範代であるウイングに念の修行を依頼していた。

 もちろん心源流でないゴン達はこの天空闘技場でのファイトマネーから代金を支払うこと、医療系の発を開発中のレオリオがズシの治療を行うこと、そしてズシがよければ筋肉対話で身体能力を上げることを条件として付け加える。

 

「いやー、ゴンくんはその年でしっかりしていますね。指導料はほとんど取りませんので、皆さんもこのホテルに泊まりませんか?その方が指導時間も取れますしね」

 

 最終的にはズシへの筋肉対話の依頼と相殺するということで指導料は決まり、ゴン達も天空闘技場の宿舎からこのホテルに滞在することとなった。

 

「しかし本当にいいのだろうか?心源流の師範代ともなれば本来かなり高額な指導料を受け取るものではないのか」

 

 心源流拳法師範代という立場のウイングが直接指導するとなれば、実際千万単位の金額が動いてもまるで不思議ではない。

 のんきに儲けたなどと喜ぶレオリオやキルアを嗜めるクラピカに、ウイングは微笑みながら指導料を取らない理由を告げる。

 

「理由は2つあります。1つはゴンくんの筋肉対話にはそれだけの価値があるということ、そしてもう1つは私の師匠からの指示で一人でも多くの才能を育てるよう言い付けられているんです」

 

 そこでウイングは一度ゴン達とギンに視線をやると、自分に言い聞かせるように言葉に力を込める。

 

「皆さんの人柄、そして才能が素晴らしいのは確信しました。正直なところ私ではすぐ力不足になると思われますが、教えられることは出来る限り伝えさせて頂きますのでよろしくお願いしますね」

 

『押忍!』

 

「ぐま!」

 

 ウイングの言葉に年少組とギンは返事で、クラピカとレオリオは頭を下げることで答える。

 頷いたウイングは何やら驚いているズシに気付き、何か気になることでもあったのかと尋ねる。

 

「ずっと帽子だと思ってたのに生き物だったから驚いたっす!その子はゴンさんのペットすか?」

 

「ギンって名前でオレの相棒だよ。自分も天空闘技場で戦うつもりだったのにダメって言われてずっと拗ねてたんだ」

 

「へー、かわいいっすね!自分はズシっす、よろしくっす」

 

「ぐまー」

 

 ウイングはにこやかに握手をするズシとギンを見ながら、どうやら気付いていないズシに対して忠告する。

 

「可愛い見た目に騙されてはいけませんよ、ギンくんも念能力者でズシより圧倒的に強いですからね」

 

 その言葉で一瞬手を引っ込めるも、ズシは唖然としながら結局またギンに触る。

 

「マジすか、こんなにちっちゃいのに」

 

 驚くズシに同じ道を通ったキルア達が同意していると、視線を合わせたウイングにゴンが許可を出すように頷く。

 

「そもそもゴンくんとギンくんは本来の姿ではないようですからね、念能力者を見た目で判断してはいけませんよ」

 

 次の瞬間ビルドアップするゴンとギンに目を見開き声も出ないズシ、さらにキルア達も能力を聞いていないウイングが何故気付けたのかわからず驚いている。

 

「実は私の師匠が同じ様な能力を持っていまして、勘としか言えませんがわかる人にはわかるものです」

 

「師匠の能力言っちゃっていいのかよ」

 

 一応弟子の立場になったとはいえ、出会って1日目の相手に師匠の能力をバラすウイングに思わず突っ込むキルア。

 

「問題ありません。知られたところで不利になる能力でもなし、皆さんが悪用するとも思いませんしね」

 

 そしてまるで自分のことのように自慢げな顔で続ける。

 

「何より我が師、心源流師範ビスケット・クルーガーはただひたすらに強い。あの人の心配をするには、実力が足りていませんよ原石達」

 

 そしてゴン達は少ないながら荷物を取りに一度天空闘技場に戻り、宿舎でなくホテルに泊まることを告げると一部スタッフに残念がられた。

 

 

 

 ズシが纏の精度を上げる修行によく集中出来ているのを確認しながら、ウイングは今は居ない4人と一匹について思いを巡らせていた。

 まず驚くべきは肉体の完成度、全員が驚くほどバランス良く鍛え上げられており振り回されるどころか十全に使いこなしていた。

 次は基本的なオーラ運用の精度の高さ、少し見せてもらっただけで四大行はもちろん応用もかなりの練度だとわかった。

 そしてゴンとギンを除いた3人にいたっては精孔を開いてまだ一ヶ月強という恐ろしい才能、ズシもかなり才能溢れる有望株だが正直見劣りしてしまう程。

 しかしそれらがどうでも良くなるほど、ゴンから感じた修羅の片鱗がウイングの脳内を駆け巡っていた。

 

(冷静になってわかりましたが、私はズシと変わらない子供に張り合っていたのですね)

 

 普通ならありえない師匠の能力を勝手に教えるという暴挙は、ゴンの底知れなさに対する対抗心からのものだった。

 今戦えばほぼ間違いなく自分が勝つだろう、しかしビスケットを自慢した時に垣間見たオーラがその自信を蝕んでいく。

 

(もう枯れてしまったと思っていましたが、存外私も負けず嫌いが治っていないようです)

 

 ビスケットという最強格に師事していた故に見えてしまった自分の限界と、師範代の立場を得たことによる後進の育成という義務によって目を逸らしていた己の研鑽。

 燃え尽きていたとばかり思っていたウイングの強くなりたいという欲求が、ゴンという業火に煽られて再び燃え盛ろうとしていた。

 

(師範に報告することが増えましたね、とんでもない原石を4人と一匹見つけてしまったと)

 

 集中していたズシが思わず反応してしまうほど、ウイングのオーラは抑えきれない高揚感に揺らめいていた。

 

「…師匠が今握りつぶしてるジュースは自分が買ってきたやつっす。そんでその汚れたシャツとズボンを洗うのも自分なんすけど何か言うことないっすか?」

 

「え、うわぁ!?すいませんついやってしまいました!新しいジュースも用意しますから許してください!」

 

 服を汚してわたわたと慌てる姿には威厳も何も感じないが、心源流拳法師範代ウイングは間違いなく世界でも指折りの強者の一人なのだ。

 

 

 

 

 



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第21話 謎のファンクラブ会長と100階の不運

 皆さんこんにちは、明らかに原作より盛り上がってる天空闘技場が不思議なゴン・フリークスです。

 いつバレるのかと思っていた頭の上のギンは、帽子ということで落ち着いてしまい外すに外せなくなりました。

 

 

 

 ゴン一行の快進撃は留まることなく続いており、ゴン達が100階に上がる頃には全員にファンクラブと二つ名が付けられる事態となっていた。

 

 レオリオは最初に付けられたリョナリオの二つ名もズシが勝ち上がるに連れて良い方向で認知されるようになり、今では昔ながらのプロレス等が好きだった層に熱狂的な支持を受けるまでになっていた。

 

 もっともファンが多いクラピカはその端正な見た目とバランスの良い戦い方、そして陰のある表情から若い女性を中心に老若男女幅広く貴公子の二つ名で熱狂されている。

 

 キルアは原作と同様に背後へ回って手刀一閃で勝ち上がり続けていて、そのスピードと猫の様な見た目からもじって銀豹の二つ名が付けられその小生意気さも愛されていた。

 

 そしてゴンはというと原作と違い相手の攻撃を受けるか避けた後に腹パンで倒すということを続けていて、最初は腹パンマンなどと呼ばれていたが膝から崩れ落ちる対戦相手が跪いているように見えてきたことからいつしかキングの二つ名が付けられていた。

 

 一説には4人のファンクラブ会長が同一人物という噂もあり、しかもフロアマスタークラスではないかと囁かれているが真実を知る者はいない。

 

 そんな順風満帆な4人だったが天空闘技場の一つの壁とも言える100階において、4人の内2人が黒星になるという事態が発生してしまった。

 

 最初の黒星はクラピカ、鎖と寝食を共にする生活に疲れ果てていた100階のリング上でついに鎖の具現化に成功してしまう。

 ただ武器が解禁されてない階層で具現化してしまったことにより反則負けを言い渡され、ファンによる暴動が起こる寸前の大騒ぎとなってしまった。

 しかし当の本人は鎖との生活から解放されたことを純粋に喜び、満面の笑みで次の試合に現れ多くのファンを悶絶させていた。

 

 そして2人目の黒星はレオリオ、その日100階で組まれた対戦カードはレオリオvsキルア。

 4人が有名になるほど議論が活発になっていた、誰が一番強いのかという疑問に1つ目の答えが与えられた試合だった。

 

 

 

『さあ今日の天空闘技場でもっとも熱い100階の試合、その中でもこれ以上ないほど注目度の高い一戦が今まさに始まろうとしています!!』

 

 天空闘技場での観客の入は当たり前だが上の階に行くほど多くなり、下に行くに連れて物好きやお目当ての選手の追っかけ等が幅を利かせるようになる。

 そんな中今の天空闘技場ではゴン達が戦う階層のチケットが大高騰しており、ダフ屋はもちろん立ち見の観客までいるという盛況さを誇っていた。

 

『先ずはこの選手、最初の不人気なんのその、ただ今人気急上昇!プロレスファンから愛される大味なスタイルが特徴のグラサン決めたナイスガイ!レオリオことリョナリオ選手だぁー!!』

 

「逆だ、逆!」

 

 もはや恒例となりつつある実況からの煽りを受け、それでも大きな歓声に応えながらリングに上がるレオリオ。

 まだまだ余裕で勝ち上がってはいるが対戦相手の格も上がっているため、試合時間は長くなってきている分対人戦の経験を多く積んで成長を続けていた。

 

『続いて登場は見た目に似合わぬ獰猛な銀豹!90階では首裏一閃を嫌い最初から背を向けるという奇策に出たホーア選手相手に、わざわざ一度正面にまわってからまた背後に回るという余裕を見せたスピードスター!小生意気な仕草がたまらないマスコット、キルアきゅんですぅー!!』

 

 実況が個人的な趣向を剥き出しにするのを見て、彼女にウインクしながらリングに上がるキルア。

 興奮でバグった実況がなんとか人の言葉を取り戻した頃には審判の注意や身体検査も終了し、後は開始の合図を待つだけの状態となっていた。

 

『んっん、取り乱してしまい大変失礼いたしました。それでは改めまして!本日の天空闘技場メインイベントと言っても過言ではない、レオリオ選手vsキルア選手まもなく試合開始です!!』

 

 リング上で向かい合う2人は互いにこれといった緊張は見られず、そして油断も慢心もない理想的な精神状態だというのが傍目にもよくわかる。

 

「最近の組手は負けっぱなしだからな、ここらで泣かせてやるよキルアきゅん」

 

「きゃーリョナリオこわ~い。出来もしないこと言わない方がいいよ、後で恥ずかしくなるからね」

 

 2人よりも緊張感漂う観客やスタッフをよそに、レオリオは構えキルアは軽くステップを踏む。

 全ての準備が整ったのを確認した審判が身構えると、先程まで賑わっていたフロアに静寂が訪れる。

 

「試合開始!!」

 

 審判の合図とともにフロアへ響き渡る轟音。

 

 しかし殆どの観客が開始位置から動いていない両者と、拳を振り抜いた体勢のレオリオを見て何が起こったのか理解できていなかった。

 

「…クリーンヒット! 1ポイントキルア!」

 

 しばしの逡巡の後に審判が告げた判定に、視認できていない観客からは困惑の声が上がる。

 

『謎の轟音がしたと思ったらキルア選手がポイントゲットだー!恥ずかしながら私は今何が起こったのか全く見えなかっ

 

「フフフ、なるほど大したものだ」

 

 …誰だお前は!?』

 

 女性実況スタッフの隣にいつの間にかいた長髪の濃ゆい男性、彼は不敵な笑みを浮かべるとマイクにギリギリ拾われるくらいの声量で話し出す。

 

「今の一瞬で2人の凄まじいレベルが垣間見えたよ。私としては銀豹が圧勝すると見ていたんだが、中々どうしてリョナリオも捨てたものではないな」

 

『(イラッ)おにーさんは今のやり取りが見えていたんですか?もし良ければ教えて頂けると助かるのですが』

 

「結果だけ見れば銀豹がリョナリオの腹部を殴り、返しの拳を避けて開始位置に戻っただけさ。しかしその中には多くの心理戦が

 

『あの一瞬でそんなことがあったなんて驚きです! この試合これからどうなってしまうんだぁー!?』

 

 やれやれ」

 

 試合開始から1秒にも満たない刹那の時間を全て見通せた者は会場全体のほんの一握りであり、一瞬の交錯で何を思い何を考えていたか分かるのは当人達だけである。

 

 

 キルアは試合開始瞬間の極度の集中の中、細心の注意を払いながらレオリオの背後に回るフェイントを入れた。

 キルアとレオリオの戦績は今の所9割以上キルアが取っているが、毎回油断出来ないどころか最近は純粋なパワーで上回ったレオリオに冷や汗をかかされている。

 そのために今までの試合で貫いてきた背後に回る動きを捨てて挑んだのだが、正面から来たキルアに対してしっかりと攻撃を合わせてきた。

 

(ちっ、やっぱ引っかからないか)

 

 レオリオは発の修行を始めてからというもの、どういう訳か相手の体の声が聞こえると言い出していた。

 相手が次に取る動きや体の不調な部分、目に見えない怪我などを見るだけでおぼろげながら把握しだしたのだ。

 ゴン曰く、感知できないくらいのオーラを飛ばしてその反響やらなんやらから無意識に知覚しているのではないかとのことだった。

 

(ま、反応出来ても意味無いけどね)

 

 キルアはレオリオの攻撃が当たる前に腹部を殴ると、その反動も利用し何食わぬ顔で開始位置へと戻る。

 空振った拳は当たれば無事ではすまないが、当たらなければどうということはないのだ。

 

(今回も全部避けて圧勝してやるよ)

 

 余裕の表情を浮かべるキルアだったが、その背中を冷たい汗が流れるのを止めることはできなかった。

 

 

 キルアに早くもポイントを取られたレオリオだが、殴られたダメージは少ない上に精神的な乱れも殆ど無かった。

 何故なら普段の組手からこうなることは分かりきっており、後はどれだけキルアの意表を突けるかが勝敗を左右すると理解しているのだ。

 

(まずキルアに気持ちよく攻めさせちゃいけねぇ、さっきみてえに単発で終わらせる。そんで何とかしてオレの土俵に引き摺り込む)

 

 キルアを見れば余裕からか警戒しているのか、すぐに攻めてくる様子は見られない。

 観客達の歓声も気にならない集中の中、レオリオは作戦を決めると構えを解きおもむろに歩き出した。

 

 

『おーっとレオリオ選手、まるで散歩でもするかのようにキルア選手目掛けて歩き出した!?それを受けてかキルア選手も構えを解いて棒立ち状態、一体何が起ころうとしているんだ!?』

 

「なるほど、速さで追い付けないリョナリオはあえて歩くことで銀豹にカウンターを押し付けたな」

 

『カウンターを押し付けたとは一体どういうことです?』

 

「最初の一撃はリョナリオがカウンターを取りかけた、ゆっくり歩いてる以上銀豹はカウンターを警戒しなければならずそれだとダメージを与えることが難しい。ならば銀豹自身がカウンターを狙うことでこの試合に決着を付けようということだろう、あれは棒立ちではなく無の構えとも言える高等技術だ。しかし互いに言葉も無く示し合わ

 

『どうやら先程とは逆にキルア選手がカウンターで試合を決しようとしているようです!これからは瞬き厳禁だー!』

 

 せた様はまるで美しい舞踏を見ているようだ」

 

 観客が固唾を呑んで見守る中キルアとレオリオの距離が刻一刻と近付いていく、一足で届く距離からやがて手をのばせば届く距離までくると会場全体が緊張感に包まれる。

 そしてついにレオリオはキルアを見下ろすほど近付くと、こちらも構えもせずにただ立ち止まる。

 

「お互いに制空圏に入りながら動かないとは、いよいよ終わりが近いな」

 

『恐ろしい緊張感です!一体何が起こるんだー!?』

 

 誰もがこれから壮絶な攻防が行われると確信する中、まるで戦意の無い握手するかのようにゆっくり伸ばされたレオリオの左手がキルアの右手を鷲掴みにした。

 

 

『な、何ということだ、圧倒的に速いはずのキルア選手をレオリオ選手が捕まえてしまったー!私でも避けられそうな遅い動きだったのに何故!?』

 

「驚いたな、まさに無策の策と言うべき作戦。一発で全て終わらせることが出来るからこそ警戒される攻撃をあえて捨てることで意識の外を突いた!こうなってしまえば体格で勝るリョナリオが一気に試合を

 

『キルアきゅん負けないで!そんなゴリラ叩きのめしてー!!』

 

 …」

 

 キルアの右手を掴むことに成功したレオリオは、大粒の汗をかきながらも集中を途切れさせることなくキルアを注視し続けていた。

 無抵抗で近付いたために精神的な疲労はピークであり、今にも出そうになる一息を無理矢理噛み殺しながら体に力を込めていく。

 

(これなら避けるのも限界があんだろ、なんとしてもここでぶち込む!)

 

 掴まれたにもかかわらず変わらぬ表情で見上げてくるキルアに薄ら寒いものを感じながらも、この手は絶対に離さないと決意するレオリオ。

 

(いくぜ、ここで勝ちゃあ大金星よ)

 

 改めてキルアの右手を万力の如き力で握り締めたレオリオは、その手を掴んだまま糸の切れた人形のように膝から崩れリングにキスをした。

 

『…え?』

 

 一切の音がなくなった会場で、突如吹き出した汗を拭いもせずに荒い呼吸を繰り返すキルア。

 未だ離さないレオリオの手をキルアが苦労して外すと同時に、やっと我に返った審判が高々と終了宣言を告げる。

 

「レオリオKO! 勝者キルア!!」

 

 審判の言葉で止まっていた時が動き出し、会場が割れんばかりの大歓声で埋め尽くされる。

 

『決着!決着です!!また何一つ見ることはできませんでしたがキルアきゅんの大勝利ですやったー!!』

 

「なんてことだ、あの年でアレを出来る者が存在するのか!」

 

『見えていたんですかロン毛!?』

 

「人は何か行動する時、必ず意識と動きにタイムラグがある。思ってから動くまでに刹那の空白があるのだ、すなわちその空白を見切れば無意識の相手を一方的に攻撃できる!」

 

『だから何があったかさっさと言え!』

 

「リョナリオは攻撃しようとしたはずだ、銀豹はその空白を突いて顎に意識の外からの攻撃をやり返したのだ。先の先と言われる本来あんな子供が出来ていい技術ではないが、銀豹の名に恥じないまさに神速と言ったところか」

 

 大歓声の中でもよく聞こえる実況と解説でさらに興奮する観客達は、試合の余韻に浸りながら生で観戦できた幸運を噛み締めていた。

 

『試合時間こそ短かったですが歴史に残ること間違いなしですね、勝利したキルア選手と健闘したレオリオ選手に盛大な拍手をお願いします!やっぱりキルアきゅんはサイコーなんだなって!!』

 

 大興奮が続く会場の片隅で、実況の言葉に深く頷く200階闘士がいたとかいないとか。

 

 

 

 夜も更けた天空闘技場近場のホテルで、今日もまたズシの悲鳴をBGMにゴン達は反省会を開いていた。

 最近はウイングという最高クラスの指導者もいることで、より具体化された課題等が提示され成長に拍車がかかっている。

 もっともこの日は鎖から解放されたクラピカが早々にダウンしたため、いつもよりは軽い雑談と変わらないものだった。

 

「しかし皆さんには何度驚かされればいいんですかね、クラピカくんの具現化する早さもそうですがキルアくんとレオリオくんの試合は実に見事でした。正直あれほどの試合は心源流の道場でもなかなか見られませんよ」

 

 ウイングからの称賛に照れるレオリオと憮然とするキルア。

 まるで勝敗が逆のようだが実際やりたいことが出来たのはレオリオであり、キルアは状況からやむなく取った手段が偶々成功したに過ぎず素直に喜べていなかった。

 

「キルアくんはアレを成功させたことにもっと自信を持っていいんですよ?実戦で先の先を取るなんて私でもほぼ不可能なんですから」

 

「そうだそうだ、勝てるかもって思ったオレの期待をぶち壊しやがって」

 

 髪をかき回してくるレオリオにされるがままのキルアは、大きくため息を吐くと素直に喜べない理由を口にする。

 

「あれはレオリオに掴まれてたから出来たんだよ。能力が発動した感覚があったから間違いない、つまりはズルしたってこと」

 

 掴まれた時点で自分の負けだと悔しそうに言るキルアだったが、キョトンとしたレオリオに反論される。

 

「禁止してたのは纏だけだから問題無いだろ?オレも無意識で能力使ってる疑惑あるしお互い様だ。勝者がうじうじしてたら敗者も面白くねえんだからもっと堂々としろって銀豹さんよ」

 

 笑って背中をバシバシ叩いてくるレオリオにキルアが反撃をしていると、ズシへの筋肉対話を終えたゴンが合流してくる。

 

「じゃあ後はレオリオお願い。いつもより下半身強めにしたからよろしくね」

 

 試合後よりボロボロになったレオリオがズシの回復に向かうと、自分とズシをオーラで囲い治癒力を強化させながらマッサージを行う。

 ドケチの手術室(ワンマンドクター)の効果なのか、初心者とは思えないマッサージ技術を披露するレオリオに感嘆するウイングは改めてゴン達の規格外さに慄く。

 凄まじい早さで鎖を具現化させたクラピカに、もはや普通の医者では太刀打ち出来ないレベルの治療を施せるレオリオ。

 キルアの電気も既にスタンガン程度の出力なら問題なく発生させられる上に、無意識に近いとはいえ応用と言える使い方までやってのけた。

 しかし何よりウイングが恐ろしく感じているのは、ここにきてのゴンの成長率である。

 今までは鍛錬相手の都合で力任せの戦い方しか出来ていなかったゴンだが、心源流の師範代ウイングのしっかりと体系化された武術に触れることで不足していた技術を筋肉対話により力尽くで吸収していた。

 

(あの身体能力と発に技術が追い付いてしまえば、もはや正攻法で止められる存在はいなくなるのでは?)

 

 キルアと朗らかに談笑するゴンを見つめながら、ウイングは1つの決断をする。

 

(私が伝えられることがなくなり次第、師匠にゴンくんの引き継ぎをお願いしましょう。彼ならばいつかネテロ会長をも超える最強の体現者となれる!)

 

 マッサージを終えたレオリオも含めてもう休むように3人を帰すと、ウイングは遅い時間ながら携帯電話をかける。

 

『こんな時間になにさ、あんたから連絡寄越すなんて随分久しぶりだわね』

 

 普通に眠そうにしながらも横着せずに出てくれた師に謝罪すると、雑談もそこそこに用件を告げる。

 

「実は今臨時の弟子を4人と一匹ほど面倒見てまして、師匠にその報告とお願いがあってかけさせて頂きました」

 

『へえー、あんたが臨時にしかも大人数の弟子を取るなんてよっぽどね。けど手伝って欲しいとかだったらお断りよ、しばらくは仕事中だしあたしもそこまで暇じゃないわさ』

 

 相変わらずそうな師匠に苦笑いを浮かべるウイングは、近いながらも意味合いが違うお願いを伝える。

 

「手伝いは結構なんですが、9月過ぎに彼等の修行を引き継いで欲しいんです。全員が類稀な才能の持ち主で、特に一人は私の身には余りそうでして」

 

 遠くない未来師匠やネテロ会長を超えると告げれば、受話器越しでもわかる程度には興味を引けたと確信する。

 

『…確約はできないけど一応頭に入れとくわさ。名前だけでも聞いとこうかね』

 

 4人と一匹の名前を告げればクルタ族にゾルディック家にフリークス、しまいにはキツネグマとあまりに個性的すぎるメンバーに師の大きな笑い声が聞こえてくる。

 

『そんな奴等の面倒見るなんて本当にらしくないわさウイング。そんな弟子に免じてタイミングさえ合えば引き継いであげる、このビスケット・クルーガー様がね』

 

 自信満々に告げるその声は、世界最強の一角に足る溢れんばかりの覇気に満ちていた。

 

 



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第22話 ピエロの再来と200階の洗礼

 お久しぶりです作者です。
 リアルが多忙で更新が滞りまして申し訳ありませんでした。だいぶ落ち着いてきたので少しは早めに更新出来るようにがんばります。

 更新止まってる間も誤字脱字報告や感想をくれる方はもちろん読んでくださった皆様に感謝を。これからもうちのゴン共々よろしくおねがいします。



 

 皆さんこんにちは、レオリオの能力と相性が良かったのか明らかにムキムキになったズシにやっちまった感がすごいゴン・フリークスです。

 ズシは念に関して原作通りでも、自分達とほとんど同じタイミングで200階に到達しそうです。

 

 

 

 ゴン一行は天空闘技場の計らいなのか、黒星の付いたレオリオとクラピカも含め全員同じ日に200階に到達した。

 結局100階以降ゴン達同士が試合を組まれることはなく、それぞれ余裕を持って勝ち進めたのは修行的に見て良かったのか悪かったのか。

 もっともヒソカがいない代わりにズシとウイングという体系化された技術を持つ組手の相手がいたため、キルア以外の面々は基礎技術がかなり大きく成長している。

 そしてゴン達に追い付けなかったことを悔しがるズシを残し、4人と一匹は200階の受付のある階層へエレベーターで向かっていた。

 4人のファンだと興奮するエレベーターガールから200階以降のルール説明を受け、まるで違う仕様に混乱しながらもなんとか把握していく。

 そして何故かエレベーターから降りた後も案内を続けるエレベーターガールに付いて行けば、受付手前の廊下の先に一人の奇術師が待ち受けていた。

 

「200階へようこそ、君達なら直ぐに上がってくるとは思ってたけど予想以上だよ♥」

 

 そこにいたのは相変わらずピエロの様な格好とメイクをした男、粘ついた禍々しいオーラを垂れ流すヒソカが立ちふさがった。 

 

()()()()()()()()だけど4人とも素晴らしい成長だ♥ゴンも伸びてるってことは良い師に巡り会えたのかな♠」

 

 漏れ出ていた殺気に警戒はしても萎縮しないゴン達に笑みを浮かべると、ヒソカは滾るオーラを抑えて踵を返す。

 

「とりあえず何回か戦ってみてルールに慣れるといい、君達とヤル時を楽しみに待ってる♥」

 

 廊下の先に消えるヒソカを見送ると、ゴン達は受付で200階闘士の登録をして滞在するホテルへと戻って行った。

 

 

 

「明日はズシも連れて見に行きますので、皆さん油断せずしっかりと初戦を白星で飾りましょう」

 

 ホテルに戻ってきたゴン達は早々に明日の試合を組まれ、それぞれがぱっとしない戦績の所謂初心者狩りが対戦相手と決まった。

 200階の闘士を軽く調べていたウイングも、修行の名目で対戦相手の発こそ教えなかったが実力的に問題にならないと太鼓判を押す。

 

「実際ウイングから見て200階以降の実力ってどんな感じなの?今の所ヒソカくらいしか相手になる奴見てないんだけど」

 

 ベッドでゴロゴロしながら対戦相手への不満を隠さないキルアに苦笑いを浮かべたウイングは、自分がいくらか見た限りという前置きをして見解を述べる。

 

「治療に重きを置いたレオリオくんは別として、正直に言えば強者はフロアマスターを含めてもごく一握りでしょう。キルアくんレベルとなると片手でも十分数えられます」

 

 その言葉に機嫌の良いような張り合いのないような微妙な表情のキルアだったが、続くウイングの意見には露骨に顔を顰めた。

 

「逆にその片手で数えられる闘士は全員が格上だと認識して下さい。特に皆さんが戦う可能性がある中ではヒソカとカストロの2人が要注意となります」

 

「ふむ、ヒソカのことは我々もある程度の情報はあるがそのカストロとはどのような闘士なのだろうか?」

 

 クラピカの質問に少し考え情報をまとめたウイングは、カストロの説明として虎咬拳を使うおそらくは強化系の闘士だと述べる。

 

「戦績は200階の初戦でヒソカに負けたのみの9勝1敗、それも発を一切使わず勝利しているところを見ると地力はかなり高い。私の見立てではキルアくんでも勝てるか怪しいと見ています」 

 

「じゃあ無視していいんじゃね?本人の性格は知らないけどヒソカにリベンジするかさっさとフロアマスターになるっしょ」

 

 勝てるか怪しいと言われて気に入らないキルアも、わざわざケンカを売るほどでもないと早々に頭からカストロを追い出す。

 その後ゴン達は初戦ということもあり、軽い調整をするとウイングと別れ自室へと帰っていくのだった。

 

 

 節約のため4人一緒の大部屋に滞在するゴン達は、順に入浴を済ませると寝るまで短いながら雑談するのがここ最近の日課となっていた。

 普段なら明日の試合やその日の修行について話すのだが、この日はそれ以上に遭遇したヒソカの話題が中心となっていた。

 

「しっかしクラピカの裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)完璧だったじゃん。ヒソカの奴ウチでの修行全然覚えてねぇし、後はどのタイミングで思い出すかだけだな」

 

「効果の高さには私自身驚いている。恐らくヒソカが私の中で蜘蛛としてカウントされているのだろう、あの時は鎖も具現化できない絶対時間(エンペラータイム)のゴリ押しだったのだがな」

 

 ヒソカと別れてククルーマウンテンを旅立つ直前、クラピカはまだ未完成のルーリングチェーンを使用していた。

 初使用ということとヒソカとの実力差から不安もあったが、問題なく試験後からの記憶を封印して天空闘技場へ向かわせるという行動を取らせることが出来た。

 ヒソカ自身に抵抗する意志がなかったのも大きな要因だが、クラピカも鎖を具現化し日々成長している以上ルーリングチェーンについては心配いらないだろう。

 

「ヒソカが記憶を思い出す合言葉は“変態ピエロ”で良いとして、それ以外にもなんかあったよな?」

 

「幻影旅団について新しい情報を手に入れたらだよ、少しは覚えとけよレオリオ」

 

 相変わらず仲良くじゃれるキルアとレオリオを尻目に、ゴンは明日の試合についてクラピカに質問する。

 

「クラピカは鎖を常に具現化する方向でいくんだよね、明日使うのはやっぱり導く者の鎖(ガイドチェーン)?」

 

「一応強大な者の鎖(タイタンチェーン)も試してみるつもりだ。思い入れのない相手でどれほど弱体化するかのチェックもかねてな」

 

 発のチェックをかねるクラピカに対して、キルアやレオリオはとりあえず発を使わずにオーラの運用だけで戦うことを宣言する。他人に知られても挽回がきく能力とはいえ、知られないにこしたことはないのだ。

 その後いくつかの雑談を挟みながらも、4人はいつもよりかなり早く就寝して試合に備えるのだった。

 

 

 

 迎えた翌日、ゴン達4人の200階初めての試合はルーキー対初心者狩りにも関わらず満員御礼で凄まじい盛り上がりを見せていた。

 200階以下の試合とは違い、試合間隔が空きやすいことや凄惨な決着が多いことで余程の好カードかフロアマスターの試合でもなければここまでの盛り上がりは普通ありえない。

 しかしこの日は情報屋のタレコミから多くの観客が会場に集まり、ゴン達の試合を今か今かと待ち構えていた。

 

 そして闘士の控室では、今までのキャリアで経験したことのない盛り上がりに早くも心の折れかけた者達がいた。

 両足が無く一本の義足で体を支えるギド、左腕の無い能面のような顔をしたサダソ、車椅子に座る線の細いリールベルト、顔の右半分が崩壊している筋骨隆々のゴードン。

 

「なあ、オレ達ひょっとしてとんでもないことしちゃったんじゃないか?」

 

「いやいやいくらつよいといってもせんれいからはのがれられないだいじょうぶだいじょうぶ」

 

「もう駄目だ、おしまいだぁ」

 

 今にも卒倒しそうなほど取り乱す3人に対し、リーダー格のゴードンだけは戦意を滾らせていた。

 

「お前ら少しは落ち着け! いつもどおりルーキーをシバくだけの簡単な試合じゃねーか!」

 

 ギドはクラピカ、サダソはキルア、リールベルトはレオリオ、ゴードンはゴンとの試合を組まれており、ゴードンはこの試合に勝てば10勝を迎える大事な試合だった。

 

「確かに奴等はルーキーにしては強い、だが戦闘中に纏が出来なくなる程度なら問題ねーよ!変にいたぶろうとしないで速攻片付けりゃいいんだ!」

 

 計らずも同時期に洗礼を受けたことで奇妙な連帯感の生まれた4人は、時にルーキーを取り合い時には互いに試合を組むことで200階という魔境になんとか食らいついてきた。

 

「俺達はフロアマスターになる!そのためにここまできたんだ、いい加減に腹括りやがれ!」

 

 その後もゴードンが発破をかけ続けたおかげで、何とか気を持ち直した3人は空元気にも見える明るさを取り戻し改めて自分達の勝利を誓い合う。

 しかし一番手で会場に向かうギドは、マスクの下で溢れる冷や汗を最後まで止めることが出来なかった。

 

 

『さぁさぁ会場に集まった格闘ファンの皆様、遂に我々が待ち望んだ試合が始まろうとしています!!』

 

 ゴン達への贔屓を一切隠さないことで逆に専属の座をゲットした女性スタッフは、今日も人生最高潮で活き活きと実況に勤しんでいた。レオリオ以外ファンクラブ会員二桁メンバーの肩書から、早口で説明されるゴン達のプロフィールは天空闘技場で知ることのできる限界まで網羅している。

 

『それでは一人目に登場してもらいましょう、4人の中で人気No.1!100階で見せた鎖に縛られたいファン急増中の正統派イケメン、貴公子クラピカの入場だー!!』

 

『彼は攻守共にバランスの良い闘士だ。その分突出した所が無い印象だが、この200階でどのような戦いを見せてくれるか非常に興味深い』

 

『続きまして貴公子に二つ目の黒星を刻むことができるのか、不気味な佇まいとパッとしない戦績のギド選手入場です!』

 

『中々トリッキーな戦法を使う点では面白いが、いかんせん決定力や対応力に難がある。残念だが何かきっかけが無ければ消えてしまう闘士だろう』

 

『まるで解説者のように振る舞う謎のロン毛は置いておきまして、注目の試合がいよいよスタートです!』

 

 

 

 開始の合図を聞きながら、クラピカは凝を用いて静かにギドを観察していた。洗礼を受けて五体不満足になっているとはいえ、それでも念に目覚めて生き残ったという事実は決して油断出来ないと考えている。

 

(…なるほど、相手が未知の念能力者というだけでここまで厄介になるのか。見るからに機動力は無さそうだが、それをどうやって補っているのか)

 

 もともと考えてから行動するタイプのクラピカは、必然的に相手の出方を伺うことが多くなる。それは決して悪いわけではないが、精神的に追い詰められていたギドにとってはいい方に転がった。

 

「ちくしょうやってやる、そのキレイな面ボコボコにしてやるぜ!舞踏独楽からの戦闘円舞曲(戦いのワルツ)!!」

 

『出たー!ギド選手の十八番舞踏独楽、見た目は普通のコマですが一つ一つが大の大人を昏倒させる威力を持っています!今日は大盤振る舞いかいつもより数が多いぞ!?』

 

 ギドがばら撒いた大量のオーラを纏ったコマは、互いにぶつかり合いながら不規則な軌道でクラピカを襲う。最初は余裕を持って躱していたが、徐々に範囲を狭めるコマにやがて追い詰められていく。

 悲鳴を上げるファンと実況を他所にクラピカは変わらず凝での観察を続け、コマの動きの規則性やおおよその威力はもちろん追加効果も無い純粋な物理攻撃だと看破した。

 

(この程度ならば不要な警戒だったか、ウイングさんの言うとおり大した相手ではない)

 

 クルタ族特有のゆったりした袖口から垂らした一本の鎖にオーラを込め、その名を口にすることで想いも込める。

 

導く者の鎖(ガイドチェーン)

 

 静かに呟いた直後、今まさに殺到するはずだった大量のコマが一つ残らず破壊あるいは場外へと弾き出される。

 オーラを込められた鎖は凄まじい速さと最良最短の動きでコマを迎撃しており、全てを見切れたのは片手で数えられる真の強者のみだった。

 

『一体何が起きたというのでしょうか!?気付けばリング上にコマは一つも残っておらずクラピカ選手も無傷で佇んでいます!』

 

『あの鎖が全てのコマを弾いたのさ、惚れ惚れする程の美しい軌道はまさに計算され尽くした無駄のない動きだった』

 

 ヒートアップする会場とは逆に、己の攻撃手段を一瞬で粉砕されたギドは無傷ながらほぼ満身創痍の心境だった。もはやコマも所持しておらず、リングの外で虚しく回るコマもどこかしら破損しているのが感覚的にわかっていた。

 

「無意味に痛めつける趣味は無い、降参をお勧めする」

 

 圧倒的強者の余裕をまざまざと見せ付けられたギドは、しかし逆に開き直って恐怖と羞恥を怒りへと変える。折れる寸前に燃え上がった心は、普段のギドでは考えられない澄んだオーラを噴出させる。

 

「こうなったら時間切れでも狙わせてもらうぜ、竜巻独楽!」

 

『出たー!ギド選手の最終手段竜巻独楽!自分が高速回転することであらゆる攻撃を弾き飛ばします!!』

 

『ギド選手はもともと回転運動でもある化勁を修めていただけあってあの手の動きに精通しているのだろう、滑稽に見えて中々侮れない技だ』

 

 観客が思っていた以上に抵抗を見せるギドだったが、クラピカからすればいくらでも対応可能な欠陥だらけの技にしか見えなかった。そして実現可能な手札の中から、あえて失敗する確率の高い方法を選択する。

 ガイドチェーンとは別の一回り太い鎖を新たに取り出し、高速回転するギドを囲む様に展開すると最後は力強く引き絞ることで一気に締め上げる。

 

強大な者の鎖(タイタンチェーン)

 

「うおー!?」

 

 ギド含め会場中が決着かと息を呑んだ瞬間、甲高い音と共にクラピカの鎖が粉々に砕け散った。

 使用する相手への感情の強さで能力の振れ幅が大きいタイタンチェーンは、キルアとレオリオでは捕まった時点で一切の身動きを押さえ付けられる。たとえゴンでさえも本来の姿に戻らなければ身動きが取れず、本気で千切ろうとした場合でもギリギリで切断出ないほどに硬い。しかしギドの様にクラピカにとってなんの興味も無い相手に対しては、ガラス細工にすら劣る程の脆弱性を発揮した。

 誰もが困惑で静まりかえる中、実験結果に満足したクラピカは改めてガイドチェーンを取り出すと変わらず回り続けていたギドへと繰り出す。

 

「え?」

 

 ガイドチェーンは恐ろしい程緻密な力加減でギド渾身の竜巻独楽を縛り付け、拍子抜けするほど静かにその回転を押さえ付けた。

 

「もう一度だけ聞こう、降参するか?」

 

「あっはい、降参します」

 

 試合中にも関わらずまるで自室にいる時のように自然体なクラピカに改めて戦慄したギドは、惨敗と言える結果ながらも何故か大切なものを思い出していた。自分がまだ流派を学びだした頃の何処までも強くなれるという向上心と、何度も経験した挫折に無理矢理抗う反骨心。

 審判と実況が告げる決着を聞きながら、早くも退場しようとするその背中に疑問をぶつける。

 

「なあ、あんたも挫折しそうになったりするのか?」

 

 答えは期待していなかったが、歩みを止めたクラピカは少しも考える素振りを見せずに断言する。

 

「毎日挫折の繰り返しさ、私の目指す強さはあまりにも高く遠い。だがどれだけ立ち止まりそうになっても、無理矢理引き摺っていく親友達に恵まれた」

 

 クラピカは顔だけ振り返ると、ファンは疎かギドすら見惚れる微笑みを浮かべる。

 

「まだ自分の強さを誇ることは出来ないが、親友達なら世界中に自慢出来る私の誇りさ」

 

 今度こそ止まらずに去っていく眩しい姿を見つめながら、洗礼以降疎かにしていた流派の鍛錬を含め修行し直すことを心に誓った。

 

 

 

 クラピカの試合で最高潮に盛り上がっていた天空闘技場だったが、キルアとレオリオの試合は会場が盛り下がる程呆気なく勝負が付いてしまった。

 キルア対サダソ戦ではサダソが発である不可視の腕(インビジブルハンド)で先手を取るも、念に目覚めていれば凝すら使わずに視認できるオーラの腕にキルアが不覚を取るはずも無い。結果サダソは10秒と持たずに昏倒させられ、キルア推しの実況すら物足りない試合となってしまった。

 レオリオ対リールベルト戦は開始早々リールベルトが2本の鞭による双頭の蛇による二重唱(ソングオブディフェンス)で身を守ろうとするも、特に衝撃波が飛んでいくわけでもなくオーラが大して込められていない技ではどうにもならない。練でオーラを増したレオリオが特攻を仕掛け、サダソ戦同様リールベルトも10秒持たずに敗北した。

 

 

 初心者狩りのメンバーが集まる控室では、今にも死にそうなサダソとリールベルトの2人に希望に満ちたギドとはっきり明暗が別れていた。そして沈む2人を負けたにも関わらず励ますギドを見るゴードンは、今回のゴン達の快進撃で天空闘技場が変わるかもしれないという期待を抱いていた。

 洗礼によって顔の右半分が崩壊しているゴードンは自分と同時期に洗礼を受けた3人を誘い初心者狩りを始めたが、全ては200階に上がってくる念に目覚めていないルーキーを思ってのことだった。

 近年の天空闘技場では勝つことこそが全てという闘士が増えており、特に200階の闘士はフロアマスターという目的のためより顕著な傾向にある。上がってきたばかりのルーキーをあえて再起不能にするのは当たり前で、ライバルであれば試合中の事故を装って始末することも平気で行われている。

 ルールで禁止されてはいないためゴードンも文句は言えないが、だからといって自己鍛錬以上に相手を害することへ心血を注ぐようでは全体の質の低下を避けることはできないと憂慮していた。

 

(まさか一番きつい洗礼を受けたギドが変わると思わなかったが、それだけ彼らの影響力が強いということ。血生臭いだけだった天空闘技場に、爽やかだが鮮烈な空気が満ちてきている!)

 

 本人としては希望に満ちた優しい微笑みだが、他人が見たら舌舐めずりする獄卒以上の凶相を浮かべるゴードン。見た目で損をする体も心も大きな闘士は、初心者狩りを始めてから初めての格上への挑戦に戦意をこれでもかと滾らせる。

 

「おぅお前ら、俺とキングの試合をよく見とけ、きっと天空闘技場が変わる瞬間を見れるはずだ。モニター越しじゃなく生の空気を感じてこい」

 

 どう見ても悪人なゴードンの纏う空気が清廉な武闘家だということに、己も武闘家としての心を取り戻したギドは今更ながら気づいた。同時に今までの言動や行動がどんな考えの下行われていたのか、色々なことと一人戦い続けていたリーダーの望みが叶う時がきたのだとわかった。

 

「…ゴードン、やっとあんたのことを知ることが出来たんだと思う。いらぬお節介だとわかっちゃいるが言わせてくれ、武運を祈る!」

 

 ゴードンは返事をその背中と迸るオーラで済ませると、静かに控室を出てリングへと向かった。

 

 

 

『ついに長いようで短い試合が終わり今日のメインイベントがやってきました!まずリングに上がるのはここまで9勝でフロアマスターへ後一歩に迫る男、力と合気の融合を果たしたベテラン闘士ゴードンだー!!』

 

『大柄な体躯と発達した筋肉に目が行くが、驚くべきはその力を完全に扱うことの出来る器用さと言える。相手の力を利用するだけでなく自分から崩しにいけるのは間違いなく強い』

 

『そして来ました!小さなその体のどこにあれだけの力が隠されているのかここまで全試合KO!対戦相手全てを跪かせてきた毛皮の帽子がチャーミングな暴君!“キング”ゴンだー!!』

 

『ここまで底の知れない選手も珍しい、戦闘スタイルはもちろん実力の一切が不明で分かるのは力が強いことくらい。だが一番恐ろしいのは彼がキングと呼ばれていることに誰も文句を言わないことだ、この天空闘技場で彼に表立って刃向かう闘士がいないということだからな』

 

 実況達の話を耳にしながら、ゴンの眼前に立つゴードンは純粋な敬意を抱いていた。念において我流の自分とは比べるべくもない静かで重い纏、そして足音や筋肉の動きから分かる尋常じゃない体重を感じさせない身のこなし。

 

(間違いなく我が人生最強の相手、どれだけ持ち堪えることができるか)

 

 ゴードンは洗礼で見た目こそ醜悪になったが、ギド達と違いリハビリや戦闘スタイルの変更も必要無かった。しかも他人を蹴落とすのではなく真っ当に自己鍛錬を積んだため、初心者狩りと貶されているがその実力はフロアマスターと遜色ない。

 

(力はこちらの方が上なのか?少なくともリーチは勝っている、ならば距離を取って先ずは主導権を握ればどうにか)

 

「それじゃ駄目だよ」

 

「…なに?」

 

「勝てない勝負はもちろんある、だけど勝つのを諦めていい勝負は絶対に無い」

 

 今まさに勝つためでなく時間を稼ぐ戦いを考えていたゴードンはその事実に愕然とし、知らないうちに弱気になっていたことを恥じると大きく深呼吸する。

 

「ゴードンさんが何を見てるのかは分からないけど、きっと長く試合をするより短くても全力の試合をするべきだよ。正直期待してなかったんだけど、今はあなたと戦うのを楽しみにしてる」

 

 武闘家としての心が奮い立つのを自覚しながら、好戦的な笑みを浮かべるゴンにゴードンも笑みを返す。胸を借りるつもりで、しかし勝利を諦めずに普段以上のオーラをその身から絞り出す。

 

「試合開始!」

 

 審判の合図と同時に、ゴードンの顔にゴンの拳が突き刺さった。

 

 

 




 


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第23話 合気vs筋肉と訪問者

 

 皆さんこんにちは、ギンの食費で天空闘技場のファイトマネーがガンガン削れてるゴン・フリークスです。やっぱり小さくなってるのはストレスみたいなんで、今度外に行って思いっきり相撲でもしようと思います。

 

 

 

 観客は凄まじい音に驚くより先に、リング上で起こった予想外の出来事に驚愕した。

 開始と同時に距離を詰めて殴りかかったゴンが、その力を利用されて強かにリングへと投げ落とされたのだ。顔を殴るために飛び上がっていたことが災いし、ゴードンがダメージを受けながらもギリギリで受け流せた力と合わさった投げは抵抗出来ずに小さなクレーターを作り出している。

 

(っ!間に合った、我ながら会心の出来!)

 

 クレーターを作るだけでは収まらずバウンドして吹き飛ぶゴンに残心を崩さず、受け流すのが間に合わなかったダメージの回復に努める。多少のダメージは残るがあまりある成果を得られたと気が緩みかけたゴードンだったが、リングの端に軽やかに着地したゴンに気を引き締め直す。

 

(あれでダメージが無いのか!?フロアマスターでも確実に仕留められる威力のはずだが、何らかの能力による防御か?)

 

(ものすごく丁寧な投げだった、合気に関して言えばウイングさん以上かも。それに殴った感じ違和感がある)

 

 回復と出方を伺うゴードンと、先のやり取りの違和感を考えるゴンによって戦闘に間が生まれる。そこで開始から面食らっていた人々がようやく追い付き、束の間の静寂が実況の叫びと観客の歓声で破られ物理的にフロアが震えた。

 

『なんという攻防だ!開始と同時にゴン選手の一撃が決まったと思えばゴードン選手が投げ返した!?』

 

『見事な合気だったがゴードンはダメージを負ったな、しかし投げが決まったことからポイントはゴードンに入った』

 

 ゴン初めての被弾とポイントを取られた事実に会場のボルテージが際限なく上がる中、ゴードンは出来る限り心を鎮めゴンの出方を伺い続ける。先の交錯からゴンの異常な怪力と謎の重りが頭にある事を見抜いており、自分から攻めた場合合気をかけるのが困難と判断していた。

 

(あの重量が頭に乗ってればバランスが崩れるのが当たり前なんだが、力技で数百キロの塊と化してやがる。ならあの怪力を利用して最後は重さで投げるのが最もダメージを期待できる)

 

(このレベルの合気を体験できるのは初めてだし、ポイントに余裕あるうちは何も考えないで行ってみようかな)

 

 ゴンは軽く屈伸と跳躍でダメージが無いことを確認すると、技術差がある相手に対して最悪とも言える無策の特攻を敢行する。反応しきれなかった一発目と違い冷静に観察していたゴードンは、下からの攻撃を逸してゴンを浮かせると反撃されない内にリングへと叩き落とす。

 そこから先は、ある種あべこべな戦闘が続くこととなった。

 本来圧倒的に不利なはずの小さな体格であるゴンが果敢に攻め、有利なはずの筋骨隆々であるゴードンが華麗な技術で受け流す。リングの上はゴンの踏み込みによる亀裂と投げられたクレーターが無数に生まれ、間断なく行われる特攻と投げに審判のポイント宣告すら間に合わない。

 やがて会場はゴードンの予想外な健闘に感化され、試合前そこそこあったブーイングが今や見る影もない。会場の応援も徐々にゴードンへ傾きだし、クレーターの数が10を超えた辺りから声援はゴードン一色と言っていい。

 

『一体誰が予想出来たでしょうか、試合前と打って変わって会場はゴードンコールで埋め尽くされています!おおっと!?飛びかかったゴン選手が今度は足で投げられた!!凄まじい技術です!』

 

『いささか違和感のある投げもあるが予想以上にゴードンの動きが良い。ゴンに何か打開策がなければこのまま決まってしまってもおかしくはない』

 

 そしてゴードンを掴んだはずのゴンが逆に投げられたところでポイントがついに9となり、敗北寸前の崖っぷちへと追い込まれる。ゴンがここまで続けた無策の特攻を止めると、やや間合いが開き再び戦闘に間が生まれる。

 向き合う2人は実に対照的で、追い詰めているはずのゴードンは汗が吹き出て大きく息を乱しているのに対し、ゴンは呑気に服の埃を払うだけで汗すらかいていないように見える。

 

「はぁ、…時間稼ぎに付き合ってもらえるなら、そこまでダメージが無い理由を教えてもらいたいんだがな」

 

「ん?発の影響もあるけどただ単純に硬いだけだよ」

 

 なんとか息を整えたゴードンの質問にあっけらかんと答えたゴンの解答は、考える限り最も聞きたくなかったものの一つであった。

 

「嫌んなるねぇ、改めてKO勝ちは消えたわけだ。ちなみに考えてたみたいだが俺の能力に見当はついたか?」

 

「摩擦の操作か強化でしょ?あれだけ投げられれば流石に気付くよ」

 

 ゴンの自信有りな即答に苦笑を浮かべたゴードンは、足元に散らばるリングの欠片に人差し指を付けると円を描くように持ち上げる。ただ側面に触れているだけの欠片は、重力を無視したかのように指先にくっついて離れない。

 

「御名答、操作できれば良かったんだろうが生憎強化系でな。下手に高望みしないで強化だけに絞ってみれば、やることがシンプルになった分肌に合う」

 

 発を切ったのか指先から自然に落下する欠片に、今度は逆の手の甲で触れれば接着したかのように引っかかる。この能力のおかげでゴードンは、掴まなくとも触れさえすれば合気を十全にかけられるようになった。

 

「今の俺は指先の一点、足先の一点でも触れれば崩せるし流せる。回復に付き合わせといてなんだが、ここまでくればTKOする自信があるぜ」

 

 体力も回復しよどみなく構えるゴードンに対し、ゴンは気まずそうに頬をかく。なんと言ったらいいのか悩むゴンだったが、察しているゴードンは先に口を開く。

 

「お前が全力を出してないのはわかってる、だが技術に関しちゃ本気だったのもわかる。フィジカルで負ける相手に勝つのが合気本来の使い方、たとえ全力でこようと次の一撃は命懸けで取って勝たせてもらうさ!」

 

 闘気とオーラを滾らせ笑みを浮かべるゴードンは、一度閉じた目を開いたゴンに凄みを感じながらも怯まず立ち向かう。

 

「オレもここで負けるつもりは無いよ。ゴードンさんの合気、真っ向から潰させてもらうね」

 

「ハッ、やれるもんならやって…」

 

 あえて鼻で笑い気を強く持とうとしたゴードンは、ゴンから立ち上る絶大なオーラに引いていた汗がまた吹き出した。先程までが重い大樹のような纏だったのに対し、まるで小さな太陽が生まれたかのような暴虐的エネルギーの練。

 

「あー、そうだったな、そういえばずっと、纏だったな」

 

優位に立っているという考えは一瞬で蒸発するが、それでも萎えそうな気力を奮い立たせて次の一撃に全てをかける。身体能力がいくら増えようとも、技術がないなら合気をかけられない道理はない。

 オーラを感じることの出来ない観客達ですら、ゴンから立ち昇る威圧感に声を失う。また静寂が支配したリングの上を、ゴンがゆっくり一歩ずつ間合いを詰めていく。

 

(いやー、正直引くな。誰だキングなんて付けやがった奴は、どう見ても怪獣(モンスター)天災(ディザスター)だろ)

 

 ただ歩いているだけのはずなのにどれだけの力が働いているのか、ゴンが一歩進むたびにリングに新たな亀裂が生まれる。今すぐ背中を向けて逃げ出したい本能をねじ伏せ、武闘家としての誇りと意地でもってその場で構える。

 

来いやぁ(ダヴァイ)!!」

 

 目の前まで来たゴンに全神経を集中させ、鼻血が出そうなほど思考を加速させる。どんな攻撃も動きも見逃さない、そんなゴードンの決意は予想外の形で達成された。

 

(遅っ!?掴み、逃げる?…否!勝つ!)

 

 素人でも容易く避けられる遅さで掴みにきたゴンに対し、ゴードンは回避ではなく迎撃を選択する。この時カウンターでジャブの一つでも打てれば、ゴードンが勝利する未来も十分にあり得た。しかしここまで合気を意識し続けたこと、強化系故の一途さが選択肢を無くしてしまった。

 手首を取って肘を極める、手軽で効果が高い小手返しの一種。ゴードンは肘や肩を破壊するつもりで、ゴンの怪力と自分の力を右腕一本に凝縮させる。

 

 ゴンの腕は微動だにしなかった。

 

 ゴードンの技術と力の全てを込めた合気は一切の効果を得られず、それどころかゴンの手は変わらぬ速度でゆっくり自分に向かってくる。なんとか力の流れを操作しようにも、まるで津波にオールを挿しているかの如く動かない。

 

(ふざけるな!こいつ合気を力だけで!?)

 

 ゴードンはゴンの手首を両手で掴み、傍目には見えないがあらゆる方向に力を流そうと試みる。摩擦の強化で踏ん張る足も掴む手も滑ることはないが、刻一刻と迫る掌に絶望感が募る。

 

「えいっ」

 

「は?」

 

 ついに胸ぐらを掴まれたと同時に、呑気な掛け声で無理矢理膝を突かされる。かける合気は尽く力で無効化され、理不尽の権化はこめかみを掴んだ。

 

「うおぉあー!!」

 

 ゴードンの抵抗と絶叫が収まるまで時間はかからなかった。

 

 

 審判のKO宣言が出された後も、会場はしばらくの間静寂に包まれていた。初心者狩りと超大物ルーキーの消化試合と言われたこの一戦は、その年のベストバウトに選ばれてもおかしくない名勝負として観客の心に刻まれる。

 そして最後まで抗い続けその手を離さなかったゴードンの姿は、まるで跪き祈りを捧げる高潔な武僧を思わせた。

 

 

 

「いやー途中どうなるかと思ったけどよ、結果全員快勝だったな!めでてぇめでてぇ」

 

「しかしあのゴードンという者は予想外の強者だった、負ける気はないが油断出来ない相手だ」

 

「けどゴンもどうかと思うぜ、その気になりゃ一発で終わりだったくせによ」

 

「あのレベルの技術は体験したかったんだ、実際すごくためになった」

 

 200階初戦を危なげなく勝利したゴン達は、ホテルに戻る前に次戦の受付を済ませてしまおうと仲良く受付に向かっていた。試合直後にファンはもちろんテレビ局まで詰めかけてきたが、絶やキルアのアシストを使い早々に撒くことに成功してからは誰にも会わずに進んでいる。

 先程の試合について話しながら歩いていると、受付に近い廊下の先でこちらを待ち構える人物がいた。ゴン達が気付いて立ち止まると、空いていた数メートルを笑みを浮かべて詰めてくる。

 

「全員見事な試合だった。正直に言えば過小評価していた」

 

 ゆったりした服とマントを着た長髪の美青年、ウイングも認めた強者の一人である闘士カストロ。戦績くらいしか情報のないゴン達が若干警戒していると、察したカストロは笑みを引っ込め真剣な表情となる。

 

「突然の訪問は謝罪する。私としても予定になかったのだが、少々思う所があり訪ねてきた次第で悪意は無い」

 

 カストロはギン含め全員に一度視線を向けると、しっかりと頭を下げて謝罪する。その姿は理性的で礼儀正しさを感じさせ、ゴン達も警戒を解き話を聞く姿勢を見せる。

 

「単刀直入に用件を伝えよう、次戦私と戦ってくれ“キング“ゴン。フロアマスターになるため、そしてヒソカに勝つために君を踏み台にする」

 

 本気であることの証明か闘気とオーラを燃え上がらせるカストロだったが、ゴンは戦意溢れるその瞳の奥に諦観と恐怖が渦巻いているのを見たような気がした。

 

 

 

「あのカストロとかいう気に入らねぇイケメン君は何だったんですかねぇ、ゴンが何も言わんから黙ってたけどよ」

 

 カストロの宣戦布告をゴンが承諾した後、ゴン達とカストロは受付で申請を済ませると特に何もなく別れてそれぞれの帰路についていた。天空闘技場を出てからはレオリオが先程のやり取りに文句を言ったり、キルアがゴンにもっと堂々としろと小言を言っている。

 

「2人共いい加減にしたらどうだ、カストロに思うこともあるだろうが結局は試合の勝敗が重要だ。ならば我々はゴンを信じて黙って見ていればいいんだ」

 

「それくらいわかってんだよ、オレが言いたいのはゴンが試合と修行以外でのほほんとし過ぎだってこと。ヒソカとまでは言わないけどそれらしく振る舞わないと今日みたいにいらんちょっかい受けるんだしさ」

 

 その後もゴンそっちのけであーだこーだと言い合う3人に、苦笑いを浮かべて付いていくゴンと興味のないギン。ホテルに到着してそのまま報告がてらウイングとズシの部屋を訪問すると、全員が予想外の人物に出迎えられる。

 

「いやー皆さんのことを師匠に報告したらなんだかんだあって伝わったようでして、たまたま近くを通ったということで寄られたそうです」

 

「自分感激っす!道着にサイン貰っちゃったっす!家宝にするっす!」

 

 恐縮して汗を流すウイングと、満面の笑みで目をキラキラと輝かせるズシ。部屋の中心にはアロハシャツに短パンとラフな格好をしてサングラスを付けた老人が、飲み物片手に椅子にふんぞり返っている。

 

「ホッホッホ、てれび越しじゃが試合を見させてもらった。各々鍛錬を怠っていないようで結構結構」

 

 最後に会ったのは約2ヶ月ほど前だが、明らかに若々しさを増しているハンター協会会長がそこにいた。

 

「裏ハンター試験は文句なく合格しとるがどうじゃ、元世界最強と楽しい楽しいゲームをしようじゃないか」

 

 圧倒的オーラにゴンとギン以外が体を強張らせるのを愉しそうに眺め、アイザック・ネテロはこの訪問の目的を告げる。

 

「小童共に、世界の広さを教えてやるぜ」

 

 悪戯好きな観音様の授業参観が始まる。

 

 



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第24話 ネテロの近況と嫉妬

 

 皆さんこんにちは、まさかの大師匠降臨でウイングさんがテンパってますが私は元気なゴン・フリークスです。憧れに会えたズシのトキメキっぷりが眩しいです。

 

 

 

 ハンター協会会長アイザック・ネテロの朝は早い。

 

 まだ日が昇り切らぬうちに起き出し、朝日に向かって感謝の正拳突きを行う。基本的には1万回を目処にしているが、その日の予定次第では時間をかけて祈るようにしていた。

 まだ十分早い時間の朝食を済ませたら、ハンター協会会長としての雑事をこなしていく。ネテロ自身が人を使うことにも長けている上に、協会設立から長い時をかけて熟成された運営方針は忙しいながらも残業とは無縁のホワイトな職場である。

 会長としての職務から解放されたらネテロの自由時間となり、その日の気分で他のハンターにちょっかいを出したり鍛錬したりと様々である。

 とても一世紀以上生きてるとは思えないほどアグレッシブかつバイタリティに富んだその生活こそ、ネテロが未だ現役で若々しい理由なのだ。

 

 と、ネテロを知る者たちは勘違いしていた。

 

 287期ハンター試験からおよそ2ヶ月ほどになるが、ここ最近のネテロは周囲が驚愕するレベルで日に日に若々しさを増していた。

 大して曲がってもいなかった腰には一本の芯が入り、武闘家はもちろん素人が見てもぶれのない美しい立ち姿に。

 総白髪だった髪や髭には明らかに黒色が増え、こころなしかチョンマゲの根本から新たな(毛根)が芽吹いている。

 肌の色ツヤも良くなっていたがそれ以上に表情が若返っており、喜怒哀楽全てをいい意味でよく表していた。

 どんな発を開発したんだと言われてもおかしくない劇的な変化、事の発端は287期ハンター試験終了から一週間程に遡る。

 

 

 

「ふ~~む、…つまらんのぅ」

 

 質素ながら高級品、あるいは骨董品で整えられた執務室。287期ハンター試験の事後処理も粗方終了し、ネテロが対応する仕事も日常の物に戻っていた。ほとんどサインを書くだけであったり確認だけとはいえ、ある人物により最重要案件がさり気なく混ざったりしているためおざなりにすることは出来ない。

 

「のぅビーンズや、なんか仕事増えとりゃせんか?その割に刺激的な事件もないしこんなに世は平和じゃったか?」

 

「会長、以前と大して変わらないですから口ではなく手を動かしてください。残業になって面倒なのは会長なんですよ?」

 

 机に突っ伏して文句を言うネテロと、それを窘める秘書のビーンズ。昔から繰り返されたやり取りのため違和感は無いが、唯一ビーンズのみがネテロの異変を察していた。

 

「今日の仕事ならもう終わったわい。他に予定とか先に済ませられる案件はないかの?」

 

「なんですって?」

 

 ビーンズはすでに仕事が終わっていること、追加を要求してくることに驚愕した。確かにこなせるだけの能力があるのは知っていた、しかし余裕を見せれば陰湿な副会長からの嫌がらせが増えるため普段から適度に手を抜いているのだ。

 

「いいんですか会長?そんなことしたら明日以降の仕事量が倍になってもおかしくないですが」

 

「それは嫌じゃ〜、しかしワシの中で燻る火がこのままではいかんと囁いておるんじゃ〜」

 

 突っ伏したままウネウネしているネテロを見ながら、ビーンズはハンター試験で大はしゃぎだった姿を思い出し考える。若い者達に触れ合うことが楽しかったのならそうすればいいし、試練を与えたいならそうすればいい。ネテロにはそれが出来るだけの立場と強さが備わっていて、本人も気付いてない訳はないのだ。

 

「結局の所何が引っかかっているんですか?それ次第でどうするべきか変わると思うのですが」

 

「それがよーわからんのじゃ、なんかムカつくような楽しみなような。なーんか気付けてないことがある気がするんじゃ」

 

 思い出そうとしているのかウンウンと唸るネテロに対し、ビーンズはとりあえずハンター試験であった自分の知らないことを聞いてみた。終始裏方に徹していたビーンズの知らなかった出来事を楽しそうに語るネテロを嬉しそうに見ながら、特に気に入ったらしいジンの息子のゴンについて詳しく聞いてみる。

 

「ありゃあジンとは違って素直で可愛げがあって超将来有望な金の卵じゃな!いやもう小鳥くらいにはなっとるか」

 

 更に楽しそうに身振り手振りで最終試験のことを話すネテロに机の上に立たないよう注意しながら、百式観音を受けても無事だったことといつか勝つと宣言したことに感心する。

 

「とんでもない子供がいたものですね、会長の百式観音を知って真正面から破ろうとする人なんて初めてじゃないですか?」

 

「ん〜?そうだったかのう?」

 

「それに一番恐ろしいのは目処がたってるらしい所ですよね、ゴン君の能力でどう百式観音を攻略するつもりなのか気になります」

 

 何気ないビーンズの一言が、ひどくネテロを苛立たせた。

 

「…目処がたってる?」

 

 急に雰囲気の変わったネテロを訝しみながらも、ビーンズは聞いた話から自分の思ったことを告げる。

 

「だってゴン君は本気で会長に勝つつもりなんですよね?発もほとんど完成していて後は練度を上げるだけだということは、その練度さえ上がれば勝てると思ってるってことじゃないですか」

 

「…」

 

「そしてゴン君の能力は致命的なまでに真っ向勝負しか出来ない。つまりは真っ向から百式観音を破る目処があるってことだと思うんですが、違いますかね?」

 

「……」

 

「…会長?」

 

 ネテロは激怒した。

 

 己の10分の1程度しか生きていないガキに自分の到達点を攻略したと思われていること、それ以上にそう思われていることを非戦闘員のビーンズに指摘されて初めて認識した自分の思い上がりに激怒した。一体いつからか、ネテロ自身も百式観音が破られるという考え自体浮かばなくなっていた。

 

「ヒョホホ、年は取りたくないのぅ。気付かぬうちに頭の中が凝り固まっていかんわい」

 

 突如として鋭くなったネテロのオーラに、思わず後退るビーンズは良からぬことが起こることを覚悟した。

 

「ビーンズ、パリストンの奴に会長権限の3分の1をやるからワシの仕事量を半分にするように言え。もちろんくれてやっても問題無いものから順番にな」

 

「会長!?そんなことをしたらそれこそハンター協会は副会長の物に!?」

 

「ならんわい、ワシが現役のうちは嫌がらせをするだけで乗っ取りまではしてこん。あ奴が興味あるのは気に入った者の苦労する姿であって権力や立場に対する執着など無いからのぅ」

 

 それでも食い下がろうとするビーンズを手で制し、携帯電話を取り出して通話を始める。

 

「おうワシじゃ、今すぐ心源流全支部に通達せよ、高弟以上で手の空いているもの全員に本部へ集まるようにな。最高師範たるワシからの指示だと強く言い含めよ」

 

 一方的に話し一方的に通話を切ると、唖然とするビーンズへと向き直る。

 

「今すぐ全ハンター受注可能なワシからの依頼を貼り出すのじゃ。依頼内容はワシとの組手、どれだけこなせたかで報酬を出すとな」

 

 我に返ったビーンズが慌てて手続きに入るのを見届けると、長く伸びていたちょんまげと髭を手刀で短く切り揃える。切り取った毛はまとめて放ると、音速を超える正拳突きで思い上がりや慢心と合わせて粉々に吹き飛ばす。

 

「先ずは不要に溜まった老廃物を削ぎ落とすか。ビスケ風に言うならでとっくすってやつかのぅ」

 

 世界最強の一角が、己の矜持を取り戻すべく行動を開始する。

 

 

 ネテロが行ったハンター協会の改革とすら言える権限の譲渡は、ビーンズの頑張りとパリストンの天邪鬼さで驚くほど穏便に成し遂げられた。これによってパリストンの小言と嫌がらせを代償に、ネテロの仕事はきっちり半分に減ることになる。

 そしてビーンズが張り切っているネテロのために一肌脱ぎ、協会最高幹部である“十二支ん“に割り振れる仕事をそれぞれ選定したおかげで更に仕事を減らすことに成功する。

 結果ネテロの会長としての仕事は、余程重要案件がない限り午前中に余裕を持って捌ける量にまで激減した。

 

 ネテロが最高師範としての権限を使い、本部道場に集められた師範代や高弟達。彼らはネテロの命令であることに加え、手ほどきしてもらえるということで非常に高い士気を持って集まっていた。

 全ハンター受注可能な依頼に対しても、ネテロとの組手そのものに興味がある者と持ちこたえた時間で指数関数的に増加する報酬目当てに多くのプロハンターが集まった。

 彼ら全員の滞在費についてもネテロが負担するということで、多くの者が呑気にこれからのことに期待していた。

 

 ネテロが本部道場でサビ落としを開始してから一週間、本部道場に集まった人員の半数以上が脱走あるいは脱落を余儀なくされた。

 

 ネテロのサビ落としが目的となる組手に手心や指導はなく、ただひたすらに打ちのめされて回復したらまた組手を行うという魔の無限ループと化していた。彼等にとって唯一の救いは、ネテロ自身の鍛え直し故に百式観音の相手は必要無いことだった。

 もちろん何度も組手を行うことで地力は上がるし報酬も出るため無駄では無いが、能力的に完成している者やある程度年齢が上の者達は体より先に心が折れた。代わりに高弟未満で見込みのある者も駆り出されたが、こちらは心より先に体が物理的に折れた。

 一ヶ月経つ頃にはネテロの組手相手は10人にまで減っており、ネテロのサビ落としも順調に進んで組手相手の生気を吸ったのか目に見えて若返りだした。

 

 さらなる組手相手を求めたネテロは、十二支ん所属のトリプルハンター“チードル“と協会の女医さんと呼ばれるシングルハンター“サンビカ・ノートン”の2人に依頼を発注した。協会内で評判が良く人気も高い2人が治療してくれるという触れ込みにより、有象無象の者達が再び本部道場に集った。その後も美人な美食ハンター“メンチ”の手料理などあの手この手で人数を確保するも、結局直ぐに10人前後に落ち着いてしまうようになる。

 

 ゴン達を訪ねる少し前、根性と情熱でネテロの組手相手を務めていた者達は既に限界の何歩か先を歩いていた。流石に効率が悪いことを気にしたネテロは、ついに最も信頼する直弟子の一人へと電話を繋ぐ。

 

 

 

 人の生活圏から遥か離れた、魔獣が跋扈する山岳地帯。

 事前調査の結果から未知の鉱石が埋蔵されていることが判明し、危険度から少人数ながら精鋭による採掘が行われている。その精鋭の中の一人にひときわ目を引く派手なドレスの女の子、ダブルの称号を持つストーンハンターにして心源流拳法師範“ビスケット・クルーガー”がいた。光り物に目のない彼女は多額の報酬と未知の鉱石が宝石の場合その一つを条件に、魔獣の駆除や対応できない事態の対処として同行している。見た目こそローティーンの可憐な少女だが、道中これでもかと有能さを発揮していたため可愛がられながらも頼りにされるという不思議な扱いを受けていた。

 

『しもしも~、ワシじゃよワシ。ちょいと頼みたいことがあるんじゃが今電話大丈夫かの?』

 

「ワシワシ詐欺なら他でやってくんないジジィ、それに大丈夫じゃなかったらそもそも繋がらないようにしてるわさ」

 

『ホッホッホ、相変わらず元気そうで何よりじゃ』

 

「そっちも無駄に元気そうね、暇じゃないからさっさと用件を言ってくれない?」

 

 採掘が始まってから割と暇していたビスケの携帯に連絡してきたのは、ハンターと心源流両方において上司にあたる唯一の人物であるネテロ。通話での対応はそっけないが、連絡してきたのがネテロと知ったとき心なし嬉しそうだったのはビスケ自身気付いているのかいないのか。

 

『頼みというのはお主のクッキィちゃんを貸して欲しくての。最近組手相手が怪我は無くても体力が限界で歯応えがないんじゃ』

 

「はあ?組手相手?突然どうしたわさ、今更強くなろうとしてるわけ?」

 

『ちょいと思うところがあっての、とりあえずサビ落としの最中じゃ』

 

「…ふーん、本気なら手伝うのもやぶさかじゃないけどねぇ、アタシも絶賛仕事中で手が離せないんだわさ。」

 

 ビスケは電話越しながらネテロの本気を感じたが、流石に今現在仕事中の身で安請け合いするわけにはいかなかった。電話したネテロ自身もその辺は想定内であり、とりあえず時間ができたら本部道場を訪ねてくれればいいと告げる。

 

「しっかしジジィが今更鍛え直しねぇ〜、そういえばちょっと前にアタシの弟子が面白いこと言ってたわさ。なんでも成り行きで取った弟子がアタシやジジィを超える逸材らしくて引継いでくれなんて弱音言ってきたのよさ」

 

『ほう?お主の弟子というとウイングじゃったか、あ奴は自身の強さもいい線いくが指導者としての方が才能ある印象なんじゃがの』

 

「そうなのよさ。まあ聞いてみたらかなり面白そうな4人組らしいし?弟子にアタシを超える逸材なんて言われて黙ってるのも癪だからね、暇ができたら面倒見ることにしたしその時は本部道場に連れていくのも楽しそうだわさ」

 

『ホッホッ、そんときゃ引き摺ってでも連れてきな。そんでウイングは今何処にいるんじゃったか?』

 

「ん?たしか正規の弟子連れて天空闘技場にいるんじゃなかったかしら、移動したとも聞かないし間違いないと思うわさ」

 

 ネテロの食い付きかたに違和感を感じながらも、秘密にすることでもないとウイングの所在地を教える。その後いくつかの雑談と連絡事項等などを済ませ、そろそろお開きという頃にネテロから最後の質問が飛ぶ。

 

『一応確認だけしとくんじゃが、面白そうな4人組はゴン・フリークス達で間違いないかの?』

 

「何で知って、…そういえば今年のハンター試験合格者だったわね、知ってるならそう言えばいいのになんで黙ってたわさ」

 

『ホッホッホ、特に理由はないぞい。じゃ、クッキィちゃんの件宜しくの~』

 

 そのまま通話を切ったネテロにいくつか文句をこぼしながら、弟子と師匠が関わっていて自分だけ仲間外れになっている状況に口を尖らせる。

 

「なによ年甲斐もなく楽しそうにしちゃって、…マジでそんなに特大の原石なわけ?」

 

 その後未知の鉱石が見つかるまでの間、ビスケは秘境で一人自分だけ知らない原石達の輝きに思いを馳せた。

 

 

 

「ビーンズ!確かワシの代わりにミザイストムが行く予定の仕事があったな?それやっぱりワシが行ってついでに2、3日ばかんすしてくるぞい!」

 

「はい!?…まあスケジュール的には問題なさそうですね。わかりました、その方向で調整しておきます。ちなみにバカンスの行き先は?」

 

 最近多い突飛な行動に慣れてしまいますます有能な秘書となってきたビーンズに向き直り、着替えやらおやつやらをバッグに詰め込む傍らネテロは満面の笑みで行き先を告げる。

 

「天空闘技場に授業参観じゃ!」

 

「…? とりあえず誰かに迷惑をかけるのはやめてくださいね。あと詰め込みすぎたバッグが臨界点の爆発物になってるのでおやつを減らしてください」

 

 ビーンズは注意に口を尖らせながらも大人しくおやつを取り出すネテロを見ながら、若返り続けるその姿を嬉しそうに眺めていた。

 

 



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第25話 ネテロの組手と到達点

 皆さんこんにちは、なんか急に強くなってる?取り戻してる?ネテロ会長に胸の高鳴りが止まらないゴン・フリークスです。人間はここまで強くなれると思うと、目指す最強(ゴンさん)の頂きの高さを実感します。

 

 

 

 ゴン一行とネテロの邂逅から翌日の早朝、あの場にいたメンバー全員はネテロの案内で天空闘技場からそこそこ離れた平原に集合していた。移動はもちろんマラソンのため、途中でズシがギンの背に乗せてもらいながらも車以上に早く目的地に到着していた。

 

「ホッホ!レオリオにクラピカも走り切るとは驚きじゃわい。ウイングの指導も中々ためになっとるようじゃの!」

 

 汗ひとつかかずに笑っているネテロとは反対に、レオリオとクラピカは倒れ伏し今にも内臓を口からぶちまけそうな有様である。キルアは息を乱しながらもある程度の余裕は見せており、ウイングとゴンは汗こそかいているが呼吸に乱れはない。

 

「レオリオ、ドケチの手術室(ワンマンドクター)使う余裕ある?筋肉対話(マッスルコントロール)使おうか?」

 

「…ひゅー、…こひゅー」

 

 声なき声を聞いたゴンが2人に筋肉対話でマッサージするのをネテロが興味深そうに見学し、ギンとキルアは獲物を取りに近くの森へ、ウイングとズシは朝食の準備で火をおこし始める。その後ある程度回復したレオリオがワンマンドクターも併用したかいあり全員で朝食をすませ、そのままウイング指導の下軽い鍛錬に入る。朝食を取ったことと回復に重きをおいた鍛錬により、昼前にはほぼ万全の状態に回復したレオリオとクラピカ。早めに昼食もすませると、ネテロがウキウキしながらこれからする遊びについて説明する。

 

「そんじゃまずはレオリオ、クラピカ、キルアが順番にワシと組手じゃ。最初は1人、一周したら2人、最後は3人一緒にやるぞい。個人戦とチーム戦両方の訓練じゃな」

 

「チーム戦っつーならゴンとギンはどーすんだよ、オレ等は足手まといか?」

 

「実力差というより体力差じゃな。後半ほど休みなく組手となるからの、お主らの回復時間を多めに取るための措置じゃ」

 

 朝一のマラソンは体力を見る意味もあったと言われれば、不満の残るキルアも納得せざるを得ない。そして組手を始める前に、やる気を出させる意味も含めてネテロからクリア条件が出される。

 

「3人の組手ではワシに一撃でも入れれば合格、発を使わせたら満点合格じゃ。褒美としてワシに出来ることなら何でも叶えちゃるぞい」

 

「ん?順番逆じゃねえのか?その言い方だと能力で攻撃防がないってことになるだろ」

 

 レオリオの疑問も至極当然のことなのだが、百式観音を知るゴンとウイングにしてみれば的外れといえた。

 

「ワシの発は攻撃特化じゃからの、正直お主等3人相手じゃと手加減しても殺しちまう可能性のほうが高いわい」

 

 露骨に手加減すると言われてしまえば面白くないのは当たり前だが、確認とばかりに3人はウイングとゴンに視線を送るとそれぞれ苦笑しながら肯定する。

 

「オレやギンでも戦闘中じゃ厳しいくらいだから、皆にはまだ早いかな」

 

「はっきり言ってゴン君とギン君も大概です。私ですら全力で備えなければ一撃で勝負が付きますからね」

 

 ゴンとウイングのお墨付きも貰い、半ばヤケクソになったレオリオが上着やサングラスを外して啖呵を切る。

 

「敵情視察は弱い奴がするって相場は決まってらあ!クラピカとキルアはしっかり見とけよな!」

 

「ホッホッホ、元気がいいのう。どれ、ひとつもんでやろう」

 

「舐めんなよジジィー!」

 

 

 組手一周目の所要時間は、レオリオ10秒、クラピカ30秒、キルア1分となった。

 

 

「2対1だ、さっきみてぇにいくと思うなよ!」

 

 

 組手二周目は全ての組み合わせで1分もたなかった。

 

 

「3人に勝てるわけないだろ!いい加減にしろ!」

 

 

 最後の三周目も1分もたなかった。

 

 

 いくら実力差があるとはいえ、まるで歯が立たなかった3人は膝を突いて啞然としていた。天空闘技場で勝ち進んでいるという自信はもちろん、ハンター試験から続けている鍛錬にすら疑問が浮かんでいる。クラピカにいたっては、近付いたと思っていた幻影旅団の影が文字通り幻と消えたような絶望を味わっていた。

 

「基本的な基礎はまあ及第点じゃな、それぞれの発も系統や気質にあった良い選択をしている。じゃが連携がまるでなっとらんの、あれでは一対一を3回やっとるだけじゃ」

 

 ネテロからの総評すら聞こえていない3人は俯いたまま動けず、弱った精神に引っ張られたオーラは濁りをみせている。

 

「まったく、…喝っ!!

 

『っ!?』

 

 オーラすら込められた一声に思わず顔を上げた3人は、指導者組からの厳しい眼差しにたじろぐも1人も目を逸らさず立ち上がる。

 

「それで良し。負けることは恥ではない、負けから学ばず同じ過ちを繰り返すことこそ恥と知れ。お主ら3人は間違いなく伸び盛りじゃ、落ち込む暇があれば1秒でも多く考えるがよい」

 

『押忍!』

 

 満足げな笑みを浮かべて頷いたネテロは、その笑みを獰猛なものに変えるとゴンとギンに向き直る。ゴンも好戦的な笑みで、ギンは興奮に毛を逆立ててネテロと対峙する。

 

「孵化したばかりのひよっ子共は片時も凝を怠るでないぞ、お主らにないものがつまりにつまった組手となるからの」

 

 2人と1頭のオーラに当てられて戦慄するキルア達はもちろん、一人蚊帳の外にいるズシもまた気を引き締め直した。

 

 

 ネテロと先に組手となったのは、2メートル程の引き締まったサイズになったギン。ネテロからある程度の距離を取ると、合図を待つかのように低く身構える。

 

「いつでも始めていいぞい、本番は合図などなくて当たり前じゃからの。…これ意味伝わっとる?」

 

 よく考えなくても獣であるギンに言葉が通じているのか不安になったネテロがゴンに意識を向けた瞬間、音も衝撃も無い霞む程の速度でギンが仕掛ける。ズシでは凝をしていても見失う速度で、ネテロの横を通り抜けざまオーラを纏った爪で首を刈り取りに行く。

 虚を突かれながらも反応したネテロは受けではなく回避を選択し、オーラで数cmリーチを伸ばしていることすら見切って爪の範囲から逃れる。

 

 そして隠によってオーラを感知できない尻尾による一撃が、ギンの爪と牙を目で追うネテロの横っ面に炸裂した。

 

 

「さっきの一撃は何だ?あのフサフサな尻尾にあれだけの威力があるとは思えないのだが」

 

「あれは絶の応用技術となる隠ですね、込めたオーラを見えにくくする技術でより強力な凝を行えば看破できます。先程のギン君の一撃には爪以上にオーラが込められていました」

 

「元々野生動物だったからかギンって昔から絶系統のセンスが高いんだ。それこそ隠に関してはオレもまるで敵わないよ」

 

「しっかし普段手加減されてるのはわかってたけど予想以上だな、本気でいってる時は割とミケっぽさもあるわ」

 

「正直ちょくちょく見失いそうになるぜ、あれが戦闘方面に鍛えた放出系かぁ」

 

「自分ほとんど見えないっす(泣)」

 

 ネテロの被弾で始まった組手は、一撃以降距離を取って3種類の“咆哮”による牽制を続けているギンが有利に見えた。さらに隠の切替はもちろん絶も織り交ぜたギンの高速移動は、姿の残像にオーラの残像と分身を作っていると錯覚するほどの撹乱力となっている。

 

(これは凄まじいのぉ、まさか獣がここまで見事なオーラ運用を見せるとは。しかも野生の本能かワシのダメージが抜けないよう上手く攻めるわい)

 

 意表を突かれた一撃で軽くないダメージを受けたネテロは、その後の主導権を握ったギンの猛攻に対処しつつその実力に舌を巻いていた。人間を軽く上回る身体能力に、そこらの念能力者では足元にも及ばないオーラの運用技術。これみよがしに爪や牙にオーラを集めながらも、放出系による遠距離攻撃を行う狡猾さと発の性能の良さ。はっきり言えば、この2ヶ月行っていたどの組手よりも充実していた。

 

(百式観音は使わんとして、ちょいと本気は出さんといかんか)

 

 ネテロはギンの咆哮を捌ききれなかったと装い、その経験の多さからくる老獪なまでの演技力で攻め込ませる僅かな隙を見せた。罠であるその隙を見逃さなかったギンは十中八九罠と理解していながらも、組手であることから大金星の可能性を追い接近戦を仕掛ける。

 

(初心者組の3人と違って教えることは少なくても鍛えがいあるのぉ。今日は色々と人間の恐ろしさを理解させるとしよう)

 

 罠にあえて食い付いてきたギンを逃さぬよう、詰将棋の如く取れる選択肢を一つ一つ潰していく。ギンは行動を誘導されているのを知りつつも、勝ち筋を残すため自分に出来る最善策を取り続ける。

 時間にして僅か数分、しかし濃密な攻防が繰り広げられた組手はネテロの裸絞にて決着した。

 

 

 絞め落とされたギンが起きてからというもの、初心者組は激闘を繰り広げたギンに群がっていた。

 

「やべぇなギン!あの高速移動教えてくれよ、オレも肢曲教えるからさ!」

 

「素晴らしい戦いだった。主導権を渡さなかった距離感が見事としか言えない」

 

「気持ち悪かったり体に変な所は無いな?一応後でしっかり診てやるから何かあったらすぐに言えよ」

 

「全然見えなかったっす!すごかったっす!」

 

「ぐま!」

 

 負けたことは悔しいながらも、ちやほやされて満更でもないギンは鼻息荒くされるがままとなっている。そしてすごいすごいと撫で回されるギンから少し離れたところに、勝者でありながら蔑ろにされたネテロが寂しそうに立ち尽くしていた。

 

「勝ったのワシじゃよ?すごいのワシじゃね?」

 

「まあまあ、会長はなんというか超えるべき壁ですからね、ラスボスってやつですよ」

 

 ウイングは拗ねて若干めんどくさくなっているネテロを宥めながら、マイペースに準備運動を続けるゴンに視線を向けた。組手の結果はどうであれ急激に伸びている3人と、指導ではここまでの強さと見抜けなかったギン。ゴンは彼らより更に強いことはなんとなくわかるが、その最大値を見極められているのか正直わからなくなっていた。

 

「面白いじゃろ?見極めたはずがわからなくなる、ワシは試験の時に直接触れておるが既に別人にしか見えんわい。成長率が狂っとるのもあるが、それ以上に発想や着眼点がいい意味で頭おかしいせいで予測が当てにならん」

 

「発想等は確かに普段の指導でも感じますね、基礎的なことを教えればその応用を瞬時に思い付く。まるで念という山の全体像は知っているのに木々や川を知らないような、不思議なアンバランスさを感じます」

 

 ギンやキルア達が落ち着いたのを見計らった様に準備運動を終えたゴンが、これから行う組手を思って満面の笑みとキラキラした瞳でネテロを見据える。ある意味このために来たと言っても過言ではないネテロも、深い笑みと昂るオーラでゴンと相対する。

 

「少しはマシになっとるようじゃな、とりあえず百式観音で潰さずに胸を貸してやろう」

 

「最近やっと自分の完成形が見えてきたんだ、ネテロ会長なら全力でぶつかれるからすごく楽しみだよ」

 

 邪魔にならないよう離れたメンバーは、2人のオーラに息を呑み更に数歩後退る。相変わらず重厚なゴンのオーラには慣れてきていたが、ネテロの研ぎ澄まされた鋭いオーラはまた違った威圧感を振りまいていた。

 

「おいおいギンの時もあそこまでじゃなかっただろ、ゴンの奴大丈夫なのか?何か大怪我しそうで怖いんだが」

 

「流石にそこまでにはならないと思いたいが、あの2人のオーラを見ると怪しく感じてしまうな」

 

 不安そうに見守るレオリオとクラピカに対し、キルアは無言で凝を行い一瞬たりとも見逃さない決意を固めた。ギャラリーの準備が整う中、ネテロは今回の目的の一つである質問をする。

 

「そう言えばお主ワシを殴ると言っておったが、百式観音をどうやって掻い潜るつもりなんじゃ?完成形が見えてきたと今言ったが、新しく発でも作るつもりか?」

 

 冷静になってから特に根拠もない子供ながらの無鉄砲さという線も考えたが、再び対峙したネテロはゴンが確固たる根拠を持っていると確信していた。ゴンのオーラは無鉄砲さとは無縁な自信に溢れていて、その目からはネテロを超えていく壁としか見ていないふてぶてしさを感じる。

 

「ネテロ会長や百式観音のことを知ってから色々考えて、ハンター試験で実際に百式観音を受けた時に確信したんだ。新しい発は必要無い、百式観音にある仕様上の弱点を突く」

 

「ホッホッ!そりゃ是非とも教えてもらわんといかんの、組手の後にでも聞き出すわい」

 

 笑っていない目は好戦的に輝き、ネテロのオーラは刺々しさを増す。ゴンは青褪めるキルア達を尻目に、ハンター試験では見せられなかった最強(ゴンさん)の片鱗を開放する。

 

貯筋解約(筋肉こそパワー)追加出筋(さらなるパワー)!」

 

「それでよいのか?その上にまだあるじゃろ、借筋地獄(ありったけのパワー)だったか?」

 

 一気にウイングすら上回る肉体となったゴンだが、それ以上を見たことのあるネテロにしてみれば違うとわかっていても手を抜いているように見える。そんな信頼と疑念に対し目を瞑ったゴンは大きく深呼吸すると静かに、そして厳かに言魂を吐き出す。

 

「…練」

 

 溢れ出すオーラはゴードン戦を遥かに上回り、そればかりか全身の筋肉が爆発的に膨れ上がる。アンバランスさすらある巨大な筋肉の塊は、しかしながらネテロからすれば見掛け倒しもいいところだった。

 

「なんじゃいその見せ筋は、そんなもん2流をビビらす程度で中身が無いわい」

 

 辛辣な言葉を浴びせられながらも、集中するゴンはネテロに応えず行動でもって答えを示した。

 

筋肉対話(マッスルコントロール)の到達点、筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)!」

 

 言葉と同時に巨大化していた筋肉がギンの発のように圧縮されていく。質量そのままに抑え込まれた筋肉は見るからに密度を増し、開放される時を今か今かと待つ爆弾のようなパワーを感じさせる。

 更には大量に溢れていた練によるオーラすら圧縮されていき見た目は纏程の大きさに収まる。いったいどれだけのエネルギーが抑え込まれているのか、全身のいたる所で小さな爆発のような現象を引き起こしていた。

 対峙しているネテロは驚愕に目を見開き、離れて見ているウイングは耐えきれずに絶叫する。

 

「馬鹿な!!堅の圧縮を成し遂げたというのですか!?」

 

 やがて爆発も少なくなりほぼ安定状態に入ると、ゴンは大粒の汗を浮かべながらもネテロに向かって笑いかける。

 

「おいおい何か見るからにヤバそうなんだがあれ大丈夫なのか!?」

 

「オーラの圧縮、つまりは円の反対の技術ではないのか?ウイングさんがそこまで取り乱すとはなにか曰く付きなのか?」

 

 対峙するネテロはもちろんウイングも冷や汗を流しながら、今目の前で起こっている異常事態を説明する。

 

「何十年も前にオーラ運用の匠と呼ばれた念能力者がいました。そんな彼が生涯をかけても実現出来なかった机上の空論、それが練の応用である堅を圧縮する技術“(ろう)”です」

 

 匠は戦闘において堅をしない能力者だった。何故なら攻防の瞬間のみ硬か凝を行うことが出来たからだ。普段は戦闘中すら絶をすることで気配を薄くし、更には回復しながら戦闘を行うことで継戦能力を高めていた。その技術力のみでオーラ総量、出力共に凡人以下でありながら百式観音を使わないネテロと真正面から殴り合えた武人だった。

 

「彼は牢を実現することは全身でデコピンをするのと同じことだと言いました。全身満遍なく全力を込めて、歩く場合は邪魔になる筋肉だけ力を抜くようなものだと」

 

 もちろん普通に考えて不可能であり、出来たとしても普通に歩いたほうが圧倒的に効率がいい。しかし仮に十全に行えたならば、燃費の悪さを補って余りある絶大な力を得ることが出来ると考えられていた。

 

「ホッホッホ、まさか埃にまみれた理想論をこの目にするとは、長生きはするもんじゃの」

 

 肉弾戦で間違いなく好敵手と呼べた者が考案し、生涯をかけて会得できなかった一つの到達点。それを10代前半で成し遂げている事実は、ネテロの心に畏怖を生じさせるには十分過ぎる偉業である。

 動き方を確かめるようにギクシャクしていたゴンは徐々になめらかな動きに変わり、問題ないと判断すると最後に四股を踏むため片足を上げる。

 

 ゴンの足が降ろされた瞬間比喩なく大地が揺れた。

 

 大して力を込めていないように見える踏みつけで起きた地震にゴン含め全員が驚く中、ゴンはネテロに向かって謝罪を口にする。

 

「ネテロ会長、殺しちゃったらごめんね」

 

「ガキが、いらねぇ心配だ。お前の全部をぶつけて来い!」

 

 人の手の入らぬ辺鄙な平野で、凄惨な笑みを浮かべた2人の修羅が激突した。

 

 

 

 所は代わり天空闘技場200階ロビーの片隅で、一人トランプタワーを作っては壊すヒソカがいた。

 

 (試合の観戦に来るかもって思ったけど、これははずれちゃったかな♠)

 

 ゴン達の滞在するホテルへの引っ越しを本気で検討しながらも、グッズ購入費で割と余裕の無い財布事情が邪魔をしていた。

 

(ゴードン戦の写真はそそられるのが多かったからねぇ、沢山買っちゃったのは必要経費♥…崩れちゃった♠)

 

 部屋を彩るゴン達の写真やポスター(本人の許可無し)に想いを馳せていると、珍しくトランプタワーが完成する前に崩してしまう。

 

(揺れの感じからして地震かな、地上はほとんど揺れてないだろうけど珍しい♣)

 

 ゴン達が来ることはほとんど諦めながらも、未練がましくロビーでトランプタワーを続けるヒソカ。

 神ならざるヒソカでは、最推しが現在進行系で突然変異的進化を遂げていることに気付くことはない。

 

 




 後書きに失礼します作者デス。補足説明入ります。

 筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)

 筋肉対話の到達点とも言える能力で、筋肉とオーラが互いに互いの動きを補助する。
 筋肉「1+1は2じゃないぞ。オレたちは1+1で200だ。10倍だぞ10倍。」
 ゴンはこの能力を使い肥大化させた筋肉を圧縮することでオーラの圧縮を実現し、全身シャコパンチ方式で戦闘を行う。


 オーラ運用技術“牢”。
 名称は堅牢かつできたら体の自由が効かなくなることから

 練の応用堅を圧縮する超高等技術。前提として作者が把握している限り、オーラの圧縮は本家ゴンさんがピトー戦でやったのみ。バトル系において圧縮して弱くなることはないという作者の信念のもと、原作で出てこないということは難易度が馬鹿高いと考察。話の中で書いたように全身シャコパンチ方式で動けなければ実現不可能レベルの難易度としました。


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第26話 ゴンの全力と百式観音が見るもの

 

 皆さんこんにちは、割と冗談じゃなく内側から爆発しそうなゴン・フリークスです。堅でこれなのに硬でさらなる圧縮をやった本家(ゴンさん)マジリスペクト。

 

 

 

 ネテロとゴンが激突した瞬間、互いの体とオーラが起こした衝撃波は軽々とズシを吹き飛ばした。近くにいたギンが捕まえて事なきを得たが、衝撃波に混ざり石なども飛んでくるため全員ゴンとネテロから更に距離を取る。ギンに襟を咥えられてなすがままのズシは、まるで見えなかった先程の組手と違い自分でも視認できる戦いに引き込まれていく。

 

 

 

 己に向かってくる実物より遥かに大きく見える拳を一つ一つ冷静に捌きながら、ネテロの胸中は冷静とは程遠い狂騒に支配されていた。

 

(あっかーん!!なんじゃこいつマジ何なん!?すでにワシより暴力の化身じゃ!!)

 

 ネテロは最初の激突の時点でゴンの土俵、つまりは力での勝負をかなぐり捨てた。ゴンの何倍も長く培ってきた強化系の鍛錬にオーラの運用技術、ネテロの力の集大成が流すら行っていないただの牢に純粋な力で押し負けている。過去に己の数分の一に満たないオーラ出力で肉弾戦を仕掛けてきた好敵手曰く、習得できればネテロと純粋な力比べが可能とのたまったその意味を正しく理解していた。

 

(まさかワシが受け流すことを強要されるとはのぅ、年は取りたくないと言いたいが、こればっかりは全盛期でも無理じゃったかもしれん)

 

 一撃一撃が一流強化系能力者の硬の如き拳が、身長差の関係で上から雨あられと降り注ぐ。まともに受けられる腑抜けたものは一つもなく、おしなべて回避か受け流しを選択させられる。そしてゴンの拳の余波とネテロによって地面に流された衝撃が大地を砕き、成長し続けるクレーターにより2人の標高が刻一刻と低くなっていく。

 

(このままはちとまずいのう、お互いのために一度仕切り直すか)

 

 ゴンの捌かれた拳撃が3桁を突破した頃、掘削されたクレーターの中心から弾かれるようにネテロが飛び出した。汗をかき息も乱れたその姿に驚愕するウイングをよそに、追ってクレーターから出てきたゴンを見たレオリオが悲鳴を上げる。

 

「ストップだゴン!それ以上はオレでも簡単には治せねえ!組手はここまでだ!」

 

 ゴンの体は全身至るところが内出血してドス黒く変色しており、更にレオリオの目には亀裂骨折や関節の靭帯損傷まで確認できた。あまりの姿に皆絶句する中、息も絶え絶えなゴンはレオリオにすまなそうに顔を向ける。

 

「ごめんレオリオ、まだ止まれないや。もうちょっとでまた一つ登れるんだ、オレの目指す頂までの階段を」

 

「バッカ野郎!いくら念で回復力を強化できるからって限度があるわ!常人なら動くことは疎かショック死するレベルで激痛がはしってんだろ!?」

 

 レオリオの言葉に苦笑いを浮かべたゴンはそれでもネテロに向き直り、ネテロも先程から半身になって残心を解くことはない。

 

「ちっ!ネテロ会長よお、その手治してやっからゴンも治療するってのはどうだ!?結果的に組手も長くなるし悪くないと思うんだが?」

 

「ホッホ、気付かれとったか、じゃがのーさんきゅーじゃ。今この時、刹那の攻防こそが真の糧となる」

 

 言葉と共にひらひらと振られたネテロの右手は、所々出血しているばかりか倍近くまで腫れ上がっている。最初の激突で傷付いた状態では、無傷で捌き切るにはゴンの拳が重すぎたのだ。重傷とも言えるネテロの負傷に驚愕するウイングも組手の中止を訴えるが、そこでまさかのキルアから待ったがかかる。

 

「ゴンが言うこと聞かないとか今更だろ、それならさっさと終わらせた方がよっぽどマシだよ。そんでもって本当にヤバければ無理矢理止めりゃ良いんだ」

 

「ふふ、あれを止めるのは物理的に骨が折れそうだ。心苦しいがあれ程楽しそうなんだ、やんちゃは子供の特権として大人がフォローしよう」

 

「…ちくしょうが、ゴン!一発だ!次のイッパツで決着付かなけりゃオレは無理矢理止めるからな!気張れよ!!」

 

「ぐまー!!」

 

「ゴンさんがんばれっすー!!」

 

 ゴンは仲間たちのエールに満面の笑みを浮かべると、一度構えを解いて深呼吸する。ネテロも笑いながら一度肩を回すと、オーラを練り直し全力で受ける構えを見せた。

 

「今回全然攻めてないけどいいの?」

 

「カッカッカッ、攻めて欲しけりゃそれなりの強さを見せてみな。てか受け止めてやるって言っちまったしな」

 

 ゴンも笑い返すと、ゆっくりと構える。

 

 腰を深く落とし背中が見えるほどに上半身を捻っていく。

 

 見るからに隙だらけのその構えは、原作を知る者ならお馴染みの構え。

 

 構えが完成して動きが止まると、纏程のオーラが更に圧縮されていきついには見えなくなる。

 

 そしてゴンの全身から光が溢れると、ネテロに向かって宣言した。

 

「勝負」

 

 ネテロに油断はなかった。

 

 組手ということで攻めっ気こそなかったが、欠片も気を抜かずどんな攻撃にも対応できる自信と自負があった。

 

 コマ送りのように目の前に現れたゴンの一撃が、蹴りでなければ対応出来た。

 

(ここにきて蹴りかよ!?)

 

 踏み込んだ左足は大地に杭を刺したかのよう、放たれようとしている右足は見るからに太くなり比喩無く死神の鎌そのものだった。

 

 ここまで一度も見せていなかったゴンの蹴りは、これ以上なくなめらかに、そしていともたやすく音速の壁を突破する。

 

 ネテロは空気の炸裂する音(ボッ)を追い抜いて迫る一撃に、人生で何度も感じた死の気配を感じ取る。

 

(こりゃ無理じゃな、お互いのためにしゃーなしじゃ)

 

 音速を超える蹴りを置き去りにする、神速の観音が姿を表した。

 

 

 

 音を置き去りにする一瞬の攻防は、まだまだ未熟なはずのズシもその目にすることが出来ていた。コマ送りで唸るゴンの蹴りと、更に早く完成するネテロの祈りに突如出現した巨大な観音様。音より早いやり取りの中で、見ていた者達はネテロの声なき声を聞いた。

 

 百式観音 弐乃掌

 

 ゴンの一撃がネテロに届く直前、観音の掌打が横合いから撃ち込まれる。その一撃を受けながら、吹き飛ぶ刹那にゴンはネテロへ視線で伝える。

 

 ゴンの思いを正しく受け取ったネテロは、百式観音から伝わる手応えにこれ以上ないほど顔を歪ませた。

 

「ぐんまぁー!!」

 

 ゴンが己に向かって吹き飛んできた瞬間、ギンは咆哮で勢いを殺しつつ圧縮を解いて自らをクッションに受け止める。そして2本の轍を約10メートル作りながらも、ゴンをしっかりと抱きかかえることに成功した。

 

「きゅーん、きゅーん」

 

「でかしたギン!うおぉードケチの手術室(ワンマンドクター)全開だゴラァ!!」

 

「ゴンの治癒力を強化しろ!鼓舞する者の鎖(インスパイアチェーン)!!」

 

 子供の姿に戻ったことでより悲惨に見えるゴンの顔を必死で舐めるギンと、すぐに追い付いて治療を始めるレオリオとクラピカ。レオリオはカバンから清潔なシーツを出して敷くとゴンを寝かせ、オーラによる治療と外科的治療を合わせて治療していく。クラピカもインスパイアチェーンによる治癒力の強化を、緋の眼による絶対時間(エンペラータイム)でブーストさせながらゴンに施す。

 レオリオは全身の筋肉が断裂一歩手前の上、骨も罅やら亀裂のオンパレードなゴンの体に思わず青くなる。しかし自分とクラピカの治療が始まった瞬間から、恐ろしい速度で治癒が進むのを見ると別の意味で顔を引き攣らせた。

 

「…ネテロ会長?」

 

 ゴンは一先ず問題無いと判断したウイングが気付いた時、ネテロはしかめっ面でゴンの横へどかりと胡座をかいて座っていた。

 

「あれがお前さんの答えか、一応何であの結論にたどり着いたか聞いてもいいかの?」

 

 本人達以外が意味もわからず疑問に思っていると、見た目はまだ痛々しいながらゴンも起き上がりネテロと向かい合う。

 

「ありがとうレオリオ、クラピカ。組手もまだあるし残りは自分で治すからもういいよ」

 

「んー、クラピカと二人がかりだと流石に早いな。とりあえずやばい所は何とかしたが今日はもうあんまり動くなよ、帰りもギンに乗せてもらえ」

 

 改めて診察して後遺症などが無いことを確認したレオリオは、ゴンとネテロが話し始める前にどうしても聞きたいことを質問する。

 

「なあ、あの千手観音がネテロ会長の発ってことでいいんだよな?オレの気のせいじゃなけりゃありえんスピードじゃなかった?」

 

「私も同意見だ、ゴンの蹴り自体想像を絶する速さだったが完全に後手の状態から先に打ち込んでいた。正直な所、理解が及ばない」

 

 二人の質問に対して不貞腐れたように答えないネテロを見かね、ウイングが百式観音について簡単に説明する。神速の祈る動作から発動する不可避の速攻たる一撃、知る限り最強の能力だとウイングが締めくくるもネテロの表情が晴れることはない。周りが怪訝そうに見守る中、今まで黙っていたキルアが口を開く。

 

「その最強の能力が破られかけてちゃ世話ないわな。ジイさんの発も大概頭おかしいけど、やっぱ頭筋肉に関しちゃゴンの圧勝だな」

 

 その言葉にウイング筆頭に驚きの声が上がると、キルアはレオリオとクラピカに百式観音の対応法が思い浮かぶか聞く。

 

「そうだな、私の考えとしてはそれ以上に速く動くか、技と技のつなぎで何とかするくらいしか浮かばない」

 

「あー、攻撃を耐えてガス欠を待つくらいか?あんなもんそうそう数撃てねぇだろ」

 

 二人の意見もウイングが技の間隙などあってないようなもの、数も最低数百発は問題無いことを告げられるとキルアへと視線が集まる。

 

「もっと簡単だぜ、あのデカい手を真正面からぶち破って近付くつもりだろゴン。さっきも吹き飛ばされこそしたけど明らかに手が歪んでたし、ジイさんもちょい後ろに押されただろ?」

 

 驚きの視線がネテロに集中すると、大きくため息を吐いて嫌そうに同意する。

 

「悔しいがそのとおりじゃ。今まで同じことをした奴がいなかったわけじゃないが、ここまで破られかけたのは間違いなく初めてじゃの」

 

 考えられる限り最も力尽くな攻略法に改めて周りが絶句する中、続けてネテロが口を開く。

 

「今まで同じことをした奴等は、それ以外思い付かんから破れかぶれでそうしたに過ぎん。じゃがお前さんは確信を持って選んだ、ワシの百式観音がいったいどう見えているのか教えて欲しい」

 

 100歳以上年下の相手に教えを請うネテロの心境は複雑怪奇に荒れていたが、それ以上に知らないままでいることに対する不快感が大きかった。全員に見つめられたゴンは考えをまとめると、恐らくは合ってると思うと前置きして結論から述べる。

 

「百式観音ってさ、ものすごく大きい何かを相手にするための発だよね」

 

 言われた瞬間、ネテロの胸中を苦い記憶が支配した。

 

「でかい相手?何でそうなるんだ?」

 

「大前提としてさ、百式観音は神速の一撃が目的の能力じゃないんだよね」

 

 ネテロが元々出来た神速の祈り、それをそのままの速度で撃つのが百式観音だとゴンは言う。しかし違いがよくわからず混乱するレオリオ。

 

「発っていうのはさ、一言で言っちゃえばその人の願いだよ。出来ないこと、足りないものを補うための手段」

 

 ネテロは最初から神速の一撃を打てるし、その身一つで鍛え上げてきた武人故に2対1で戦いたいとはきっと思わない、リーチを伸ばしたいのならば大きくする必要性は少ない。

 

「つまりは自分じゃどうしようもないこと、多分大きすぎる相手への手段として生まれたのがあの大きな観音様なんだよ」

 

「リーチを伸ばすのもそうだが、多人数相手に攻撃範囲を増やす意味での巨大化は有りだと思うのだが」

 

「リーチを伸ばすなら観音の腕を伸ばしたほうがオーラの燃費的には良いだろうし、間隙なく神速の一撃が打てるなら一対一を沢山すれば良いだけだよね」

 

 強さを求めるネテロがそのあたりに気づかないはずはないと言えば、クラピカもなるほどと観音が大きい理由に納得する。そしてキルアがゴンの行動の理由を理解する。

 

「それであの牢とかいう技術の出番なわけだ、デカければ当たり前だけど密度は犠牲になる。いくら強くて速い一撃でも小さくて硬いもんでぶち破れるってわけと」

 

「はぁ〜、脳筋だな…」

 

 疑問が解けてスッキリしているキルア達とは別に、ウイングの頭の中は気が気ではなかった。

 

 この世界の禁忌である暗黒大陸。

 

 もしそのことをゴンが知っているならば教えた存在がいるわけだが、それ自体は完全な情報統制をしくのは困難なためまだいい。

 

(問題は、強さを求めるゴン君が暗黒大陸を目指しかねないということ。将来得るであろう力やそのカリスマ性とも言える生き方は、良くも悪くも他人に多大な影響を与える)

 

 戦慄するウイングとは別に、ネテロもまた深い自問自答を繰り返していた。若かりし頃の苦い敗北の記憶、スケールが違い過ぎたことにより早々に撤退を余儀なくされた経験は今尚ネテロを苛んでいる。

 

(なるほどのぉ、負けたことは無いなど口が裂けても言えんが、敗北をそのままにしとるという意味ではワシ唯一の敗北と言えるか)

 

 己でも疑問に思わなかった百式観音の生まれた理由、ゴンによる指摘はネテロの心の奥深くでガッチリとはまった。そこでこちらを不安そうに伺うウイングに気付き、その胸中も正しく理解したネテロは苦笑して首を振る。

 

(安心せい、ゴンは脳筋無鉄砲に見えて実にしたたかで地に足を付けとる。少なくてもこの箱庭で最強を確信するまで暗黒大陸に逃げやせんわ)

 

 苦笑を微笑みに変えたネテロの目には、この後の組手の作戦会議を百式観音含めて賑やかに行う若木達が映っていた。下しか知らず、がむしゃらに上を目指すその姿はネテロには輝いて見える。

 

(サビ落としか、まだ自惚れていたようじゃの)

 

 唯一ネテロを見ていたウイングは、暗黒大陸のことなど一瞬で吹き飛ぶほどの衝撃を受けた。

 その凄惨に過ぎる笑みは、強者たるウイングをして理由の無い恐怖、幼子が暗い夜に対して感じる様な恐怖を感じた。

 

「まずは手始めに百式観音の圧縮からか?…クックッ、血沸く血沸く♪」

 

 修羅を経て仏に至った観音が、今再び修羅に舞い戻ろうとしていた。

 

 




 後書きに失礼します作者デス。今回も補足説明入ります。

 ズバリ百式観音の誕生について独自解釈で語ります。

 発現した時期と理由
  ネテロが暗黒大陸から“逃げ帰った“後。
  暗黒大陸のでか過ぎる魔獣たちを見て敵わないと思ったから。

 話の中でも書きましたが、百式観音は神速の一撃を撃つことが能力ではなく、ただでかくてネテロの速さに追いつける能力の発だと考えました。
 色んな所で言われてる自分で戦ったほうが強いだろって意見には割と賛成で、じゃあ強さを追い求めていたネテロが何故あの大きさの観音を作り出したのかってことから暗黒大陸の魔獣に対抗するためだと考察。
 暗黒大陸が描写されて本人がデカくて逃げ帰ったと発言してることから、間違いなくしこりとして残っていたはず。その敗北の苦い思いから、半自動的に誕生したと考えました。
 時期の考察としてはネテロ自身半世紀前が最強と言っていて、更に暗黒大陸で百式観音が手も足も出なかったみたいな話もなかったことから帰ってきてから発現して鍛えたと考えてます。

 以上、作者の妄想でした。


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第27話 ネテロのアドバイスと因縁の二人

 前置きで失礼します作者デス。

 UAミリオン達成ありがとうございます。読んで下さる皆様、評価、感想、誤字脱字報告してくださる皆様のおかげで高いモチベーションを維持できています。重ねて御礼申し上げます。

 そしてワクチン接種の際はしっかり薬を飲みましょう。作者は飲んでも苦しみました(笑)


 

 

 皆さんこんにちは、全身ボロボロだけど間違いなく強くなれたんで収支プラスなゴン・フリークスです。ズシが脳筋万歳(力こそパワー)教えて欲しいってグイグイ来るけどいいんですかウイングさん。

 

 

 

「ま、今日の所はこんなもんかの。ワシはこのまま帰るからウイングとしっかり反省会するんじゃぞ」

 

『押忍…』

 

 ゴンとの組手が楽しすぎたせいか、当初の予定を大幅に超えたネテロの修行がついに終わりを迎えた。後半はズシも含めてとりあえずネテロに特攻するという組手ではない何かになっていたが、疲労困憊ながらも皆充足した表情で横たわっていた。

 

「最後にワシからの個別指導じゃ。ズシはしっかり念の四大行の鍛錬を続けなさい、基礎無く真の強者になる道はないと心得よ」

 

「押忍!」

 

 あまり修行に参加出来なかった自分もアドバイスを貰えたことで元気に返事をしたズシだが、体力面では最も劣ることもあり再び大地に還っていった。

 

「レオリオは能力の制約で攻守の切替に難があるの、可能なら今の発とは別に直接攻撃が可能な能力を作ったほうが安定するぞい」

 

「んー、了解。何か考えてみますわ」

 

 ドケチの手術室(ワンマンドクター)の回復面では大分手応えを感じているレオリオも、特にお互い無傷のタイマン勝負では攻め手に欠けていることを自覚しているため大人しく頷く。

 

「キルアは気付いておるようじゃから言っちまうが、打ち込まれてるオーラをなんとかせい。それがある限りお主が殻を破ることはない」

 

「わかってんよチクショー、すぐどうにかして吠え面かかせるから見てろジジィ」

 

 憮然としながらも非常に有意義な修行だったことを認めるキルアは、悪態をつきながらもネテロに対して小さく頭を下げた。

 

「クラピカ、お主に関しては正直練度を上げろくらいしか言えんの。まぁ過ぎた力はその分反動も大きいということを肝に銘じておくんじゃな」

 

「承知した。今日は得るものがとても多かった、心から感謝を」

 

 クラピカは礼儀良く素直に感謝を伝えたが、ネテロが言いにくそうな顔をしながら質問する。

 

「お主の目的が幻影旅団だというのは覚えとる、ぶっちゃけた話ワシやウイングに頼ろうとは思わんのか?お主らの成長率は凄まじいものがある、しかし奴らも間違いなく強いぞ」

 

 それは全てが自己責任たるハンター、それもトップのネテロが言うにはいささか過保護な質問である。依頼してきた訳でもない少々手解きした程度の相手にここまで気を回していられる程、ハンターはもちろんのこと協会会長のネテロは暇でもなければ安くもない。クラピカはそこまで理解した上で、それでも助け舟を出したネテロに対し若干の申し訳無さを感じつつも毅然とした態度で告げる。

 

「それが賢い選択だというのは重々承知しています。しかしこれはあくまでも私の、クルタ族最後の一人である私自身が決着を付けなくてはいけないこと」

 

 しかしそこで一旦苦笑しながらゴン達を見やると、打って変わって楽天的な空気を出しながらも疑いの無い眼をネテロに向ける。

 

「しかし新たに得た宝が馬鹿みたいに強引でお節介でしてね、このメンバー以上は過分です。…ご安心を、試験の時とは違い未来を生きるための手段ですので、失敗しても生き残るために足掻きます」

 

 ネテロはゴン一行の中で最も変わったであろうクラピカに目を丸くした後、仲良く笑い合う姿を見て何とも言えぬむず痒さに苦笑する。

 

(復讐が済んだ時、どのように輝くか楽しみじゃわい)

 

 長い人生の中で復讐に心を燃やす者を何人も見てきて、しかし彼等とはまるで違う結果を掴むであろう若い復讐者がネテロにはひどく眩しく見えた。

 

「いつまでもじゃれとるでない、最後にゴンじゃが貯筋解約(筋肉こそパワー)、あれもうちょいどうにかならんのか?確かに強化幅はでかいが、その分まるで扱い切れとらんじゃろ」

 

「んー、こればっかりは体の成長次第だから、沢山食べて沢山鍛えて早く借筋地獄(ありったけのパワー)に追い付かないと」

 

 ゴンの見た目相応な抱負におじいちゃんに戻りかけるネテロだったが、聞き捨てならない言葉にヒヤリと冷たいものが流れる。

 

「ゴンや、試験の時に見せたあの姿はお主を限界まで強化した姿ではないのか?」

 

「え?あれはオレの身体能力が全盛期の姿だよ、今はまだ限界まで強化してもあれが精一杯なんだ」

 

 悔しそうに告げられた言葉に戦慄しながらも、努めて穏やかに笑いゆっくりと頷く。最大値だと思っていたものが将来の平均値だったという事実は、百戦錬磨のネテロの観察眼をして見抜けなかった。

 

(え、なにそれ怖)

 

 とりあえず忘れることにしたネテロは最後にウイングのことを労うと、長時間の組手の後とは思えぬ軽快な足取りでハンター協会へと帰っていった。

 

 

 

 ところ変わって天空闘技場200階ロビーの片隅、少なくない人々で賑わう中不自然に空いたスペースがあった。そこではゴン達が来るのを期待して結局一日無駄にしたヒソカと、たまたま所用で足を運んでいたカストロが壁を背に並んで話している。二人の因縁を知るものは恐ろしげに、脳天気なものはトップクラスの実力者達に心躍らせ遠巻きに様子をうかがっていた。

 

「なるほどな、新米とは言えプロのハンターならば納得の強さだ。下層の者達や未熟な能力者では歯が立たないはずだ」

 

 カストロは腕組みをしながら壁に背を預けており、未だトランプタワーを続けるヒソカに対して本人も予想外なほど友好的に接していた。

 ヒソカはヒソカで退屈していたところにゴン達のことを聞いてきたカストロに対し、暇潰し以上に嬉々としてハンター試験でのことを語っていた。

 

「君がゴンに興味を示したのは予想外だったけど良いのかい?自惚れじゃなかったら君のターゲットはボクだと思ってたんだけど♦」

 

「その通りだったのだがな、…ゴードン戦を観ていたらいても立ってもいられなくなってしまった。貴様への復讐心しかないと思っていたこの心には、それでもまだ武闘家としての誇りが残っていたようだ」

 

 念による洗礼をヒソカに受けたカストロは、その時の弄ばれた試合内容に武闘家として消える事の無い傷を刻まれた。以来ほとんど独学ながらも念を修め、現在9勝とフロアマスターに王手をかけている。全てはヒソカに勝ってフロアマスターになるため、そのためだけに鍛えてきたと思っていた。

 

「ゴードン氏を初心者狩りなどと蔑んでいた自分が恥ずかしいよ、彼は確固たる思想と己の武に対する誇りに満ちた気高い闘士だった。お互いフロアマスターになれたら是非にも手合わせ願いたい」

 

 ゴンとの試合後に顔を隠す右半分の仮面を被りメディアへの出演を始めたゴードン、彼の語る天空闘技場のあるべき姿と闘士たちの心構えは綺麗事と言われている。しかし彼は臆することなく、恥じることもなく、実現できると自信を持って発言し続けていた。

 ゴンとの試合で感じた感動と興奮から、逃れられる武闘家など存在しないのだと。

 

「彼と遊ぶのも少しは楽しめそうだけど♦ゴンの糧になってくれたしね、ボクとは相性も悪いだろうしそこまで興味はないなあ♠」

 

「フッ、口を開けばキングのことばかりか、随分と惚れ込んでいるのだな。リベンジを目論む私としては妬けてしまいそうだよ」

 

 不敵に笑うカストロとゴンのことを話せてニコニコするヒソカのツーショットに周囲がざわつく中、預けていた背を離したカストロはヒソカを見据えて言う。

 

「キングに勝てたらフロアマスターだ、その時は諦めるがもし負けた時は私と戦って欲しい。都合のいいことを言っている自覚はあるが、私の嘘偽りない願いだ」

 

「クックッ、ゴンとの試合次第かな♣試合後まだ食べてもいいと思えたら遊んであげる♥」

 

 言質を取ったカストロはマントを翻して歩いていく、その表情は一週間後の試合を思い決意と気迫に満ちていた。

 対してその場に残ったヒソカは、己の中から溢れそうになる激情を必死に抑えていた。

 

「まだだ、まだだよ♥これでゴンはもっと強くなる、技術を食べてもっと大きくなる♥ボクの出番はまだ先さ、天空闘技場(ここ)での仕上げ、最後の最後がボクの役目さ♥」

 

 震える手をなんとか抑え、トランプタワー最後の一段を完成させる。常人には何も見えないが、念能力者ならばそのトランプタワーにとてつもないオーラが込められているのが見えるだろう。

 

「とりあえずは完成でいいかな?よろしくね、奇術師の嫌がらせ(パニックカード)♥」

 

 トランプタワーをつついて崩せば、まるで煙のように全てが消え失せる。これからヒソカと対峙する全ての者にとって厄となる新たな発は、応用性の塊ながらただ一人のために生み出されたとも言える能力。

 

「ボクって、好きな子はいじめたくなる派なんだよね♥」

 

 ゴン達の成長の裏側で、一人の変態も進化を遂げていた。

 

 

 



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第28話 ゴンvsカストロと次回カストロ死す

 

 皆さんこんにちは、カストロ戦前に余裕を持って完治したゴン・フリークスです。今回もまた確固たる技術を持つ相手とあって試合が非常に楽しみです。

 

 

 

『会場に集まった皆様、ついに今日という日がやってきてしまいました』

 

 この日の天空闘技場は、一つの試合がその日の売上の9割をしめるという異常事態に陥っていた。席は当たり前のように満席で通路を埋め尽くす立ち見の観客、天空闘技場内はおろか試合の映るテレビの前すら何処もかしこも人だかりが出来ていた。

 

『かたや今フロアマスターに最も近い闘士としてその甘いマスクに女性ファンも多い実力派、敗北は200階初戦のみのエリート武闘家!』

 

 選手入場前の薄暗いフロアにお馴染みの実況がこだますると、賑やかだった会場か徐々に静かになっていく。

 

『そしてもう一人は小さな体の不沈艦、未だに無敗ノーダメージを続けるイカレた暴君!』

 

 静まり返った会場はバトルオリンピアばりに凝った演出で入場口が照らされ、ついに二人の闘士がその姿を現す。

 

『虎皎拳のカストロ! キングゴン! 両選手の入場だぁーっ!!』

 

 ゴンとカストロが姿を見せた瞬間、会場全体が爆発したような歓声に包まれる。もはや実況の声すらかき消されるような大音響の中、二人の闘士はゆっくりと歩いてリングの中央で対峙する。互いに不敵な笑みを浮かべ、静かに気迫を向け合う両者に会場の歓声も徐々におさまっていく。

 

『さぁ!いよいよ試合まであと僅かですが、どうやらゴン選手の服装がいつもと違います。同じような見た目ですがサイズがツーサイズほど大きいような?ロン毛、解説!』

 

『ふむ、まるで意味がわからないが無駄なことをするとは思えない。何かキングなりの理由があるのだろう』

 

『使えないロン毛は置いておいて試合の準備が整ったようです!ゴードン戦のような熱い試合を期待しましょう!試合開始です!!』

 

 

 

 カストロは試合開始が告げられても動かないゴンに対し、虎皎拳の基本的な構えを取りながら様子をうかがう。ゴードン戦での様子から凄まじい怪力と防御力を持つことこそわかっているが、それ以外がほとんど不明の相手に対してとりあえずの見を選択していた。

 

「ちょっとだけ待ってね、実際に見せないと別人と思われるのも面倒だから」

 

「…?」

 

貯筋解約(筋肉こそパワー)

 

 呟いたゴンの体が急激に成長し、ブカブカだった服がピッチリめのジャストサイズとなる。いつものように筋肉だけでなくオーラ量も増加し、カストロの顔を冷や汗が一筋伝っていく。

 

『な、何が起こったのでしょうか!?ゴン選手がマッチョになりました!自分で何を言ってるかわかりませんが大きくなってマッチョになりました!?』

 

『なんと見事なパンプアップだ、全身をあれだけ大きくするとは未だかつて見たことがない』

 

『いやパンプアップはああいうのじゃないでしょ!?』

 

 実況はもちろん会場全体がざわつく中、ゴンは調子を確かめるように屈伸したり首周りをほぐすとゆっくりと両手を持ち上げる。

 その姿は構えと言うには術理も何もない、立ち上がり威嚇をする熊のような立ち姿。

 虎を模すカストロの虎皎拳を前にしながら、それ以上の野性に満ちた暴力の構え。

 

『こっ、これは!?体格的にはそれ程大きな違いのない両選手、しかし私の目にはゴン選手がとんでもなく大きく見えています!!』

 

『まずいな、カストロが完全に呑まれている。このまま一瞬で終わってしまってもおかしくないぞ』

 

 カストロは震えそうになる体を必死に抑えながら、これに立ち向かったゴードンに対して尊敬の念を抱いていた。恐怖に打ち勝つのに必要なのは、それ以上に強い想いを抱くことにほかならない。ゴードンにはあったその想いを、カストロは自分自身が持っていると信じることができなかった。

 

「…カストロさん、あなたはそれでいいの?」

 

「なん、だと?」

 

 ゴンの眼差しは不甲斐ないカストロに落胆するでも嘲笑するでもなく、ただそれでいいのかと疑問を投げかけていた。

 

「いくつか試合の映像を見たよ、長く濃い鍛錬が見えるような無駄のない力強い動きだった」

 

 実際カストロの今までの対戦相手には、あと一歩でフロアマスターになれるレベルの者も何人かいた。しかしこれまでの試合では一度も発を使わず、全てオーラを纏った虎皎拳のみで勝ち抜いてきている。

 

「あなたがなんのためにそこまで強くなれたのかは知らないけど、今あなたを支えている目的は間違ってるんだろうね」

 

「…負けた相手にリベンジすることが間違いだと言うつもりか?あの試合で刻まれた屈辱を晴らさない限り私に先はない」

 

 ヒソカとの試合がフラッシュバックしたカストロは、今なお自分を苛む屈辱と恐怖を恥じながらも怒りへと変換する。

 

「武闘家としてこの屈辱、この恐怖を払拭する!そして取り戻すのだ、私の誇りを!」

 

 強い感情で勢いを増したオーラは存在感を増大させ、観客達は小さく見えていたカストロの姿が急に大きくなったように錯覚した。

 

「キングよ、我が虎皎拳の錆となれ!!」

 

 怒れる虎が、嘆く暴君へと牙を剥く。

 

 

 

 観客席から試合を見下ろすキルア達は、カストロが予想以上の実力者だったことに顔をしかめていた。ヒソカも認めた才能は伊達ではなく、美しさすら感じさせる虎皎拳のキレとそれに追いつく流は今の彼らの実力をゆうに超えている。

 

「チッ、ウイングの言ってたとおりオレよか格上だな。不意打ち出来りゃ殺れっけど真っ向勝負じゃ勝てねぇ」

 

 試合はゴンが防戦一方というよりも、タコ殴りにされていると言ったほうが正しい有り様となっている。カストロの攻撃はそのほとんどが命中しているのに対し、時折放たれるゴンの攻撃はかすりもしていない。

 

「カストロの強さはわかっけどよ、それ以上にゴンが頭おかしいことしてるぜ。なんであの状況で前進してんだよ」

 

「たしかに、あれはリングを足で掴んでいるのか?全く後ずさりしないのはいくらなんでも物理的にありえない」

 

 本来であればヒットさせているカストロにポイントが入るのだが、間隙なく攻撃が続いていることとゴンが一切堪えずに前進しているせいで審判も判断に窮していた。やがてカストロが大振りの一撃を躱しながら回り込み、押し込まれていたリング端から中央へと舞い戻る。無傷ながら大きく肩で息をするカストロと、若干の出血が見られるもののダメージを感じさせないゴン。

 

「…カストロ2ポイント!」

 

 二人を何度も見比べていた審判がカストロへポイントを宣言し、固唾をのんでいた観客達も思い出したように歓声を上げる。

 

「あれこそ脳筋万歳(力こそパワー)の真骨頂と言えますね。とにかく硬くとにかく強い、正攻法が通じない理不尽を一方的に押し付ける。強化系と思われるカストロにとって正に悪夢でしょうね」

 

「けどポイント的にはゴンさんが不利っす、大丈夫っすかね?」

 

 唯一不安そうにゴンを心配するズシに、キルアの身も蓋もない言葉がおくられる。

 

「その気になれば一瞬で消し飛ばせるんだから心配するならカストロだろ」

 

 ズシ以外の面々は、カストロを破壊してやっちゃったと呟くゴンという未来が来ないことを切に願った。

 

 

 

 リング中央で息を整えるカストロの胸中は、ポイントを得ながらも絶望で満たされかけていた。己が絶対的信頼を寄せる虎皎拳を何十発と直撃させたにも関わらず、ゴンへ与えられたダメージは血が滲む程度の擦り傷のみである。

 

(ははっ、これは笑うしかないな。あの日ヒソカに感じたものより大きな力の差を感じる)

 

 ヒソカに負けてから続けてきた念の修行はもちろん、それ以前の修行すら否定されていると感じるカストロ。これでは発を使ったところで意味がないと、棄権の選択肢すら浮かんでいた彼の耳に一人の声援が飛び込んできた。

 

「それでいい!競うな、持ち味を活かせッ!!」

 

 そこに居たのは、天空闘技場で一躍有名人となったゴードン。気づいた周囲が色めき立つのを無視しながら、堂々たる仁王立ちで声を張り上げる。

 

「必ずしも打倒する必要はない!本来勝てぬ相手に勝つことこそが武の、ルール有る試合の本懐ではないか!!」

 

 多くの音が入り乱れる会場にあっても、ゴードンの太く通る声はしっかりとカストロへと届いた。そしてカストロの消えかけていた闘志に燃料を注ぎ、熱く強く燃え上がらせる。

 

「キングは強いが技術の面でまだ未熟!我ら武闘家の意地を見せてくれ、虎皎拳のカストロよ!!」

 

 心燃やした武闘家が、期待する修羅へと立ち向かう。

 

 

 

 再びリング中央で激突した二人だったが、今度はゴンが積極的に攻めてカストロが迎え撃つという構図になった。大振りを止めたとはいえゴンの一撃は十分すぎるほどの威力を秘めており、捌くカストロも決して正面からは受けずに流すか横から弾くことを徹底していた。

 

(やっぱりこのレベルじゃ小振りにしても当たらない、それならもっと速い攻撃ならどうなるかな)

 

 お互いに膠着状態となった攻防の中で次のプランを決めたゴンだったが、対人戦の経験の差からカストロには全て筒抜けとなっていた。

 

(威力以上に速さと次につなげる一撃を!)

 

 それは全てのボクサーが惚れ惚れするような左のジャブ、速さを突き詰めた拳は普通であれば命中するか受けられるはずだった。

 

(っ!?もぐりこまれた!)

 

 最速とも言える攻撃をかいくぐり正面から肉薄したカストロは、リングが割れるほどの踏み込みでその両手をゴンの腹部へと叩きつける。攻撃を受け顔が下がったゴンに対し、膝蹴りによる顎への追い打ちを決めたカストロがすぐさま離れると唸りを上げる拳が虚しく空を切る。

 

 そして残心するカストロの目の前で、確かなダメージを受けたゴンがリングに膝を付いた。

 

 

 

『ダウン!ゴン選手ダウンです!!キングが初めて膝を付きました!!』

 

 このダウンに会場内で最も驚いたのは、まず間違いなくキルア達だろう。ハンター試験から続く鍛錬と組手の中で、ゴンがダメージを受けるのは大部分が自傷ダメージだった。物理的な硬さはもちろんのこと、精神的なタフさにおいても絶大な信頼を寄せている。

 

「何故だ?たしかに見事な連撃だったがゴンに耐えられないほどの攻撃には見えなかった」

 

「オレも同感、多分発を使ったと思うんだけどウイングさんは何か気付いた?」

 

「残念ながら私も今のだけでは看破できませんでした。オーラの動きから発を使ったのは間違いないはずなのですが」

 

 疑問に首を傾げるキルア達だったが、こんな時一番うるさいはずのレオリオが凝をしたまま黙っていることに違和感を感じる。ただじっとカストロを凝視していたレオリオは、視線はそのままで口を開く。

 

「ウイングさんよ、ネテロ会長の発もあるからただの確認なんだが、()()()()()()能力ももちろん可能だよな?」

 

 驚きの表情を浮かべたキルア達に目もくれず、先程の連撃で見えたことの説明をする。

 

「ゴンに攻撃をする前、踏み込んだ時からカストロの体がブレてた。ギリギリまで重なったもう一人のカストロがいやがったんだ。腹と顎への一撃はどっちも正確には二撃を刹那の間に叩き込んでやがったんだよ」

 

 キルアとクラピカが自分達より先に見抜いたレオリオに悔しさを向けている横で、ウイングはカストロの発に大きな驚きと無念さを感じていた。

 

「なるほど、カストロの発は分身ということですか。能力的に言えば非常に強力なだけに惜しい、強化系の彼が独学で習得したとなると少々厳しい」

 

「けどネテロのジイさんも強化系であんなもんを具現化してんだろ?それなら分身くらいどってことなくね?」

 

 キルアの最高峰を知っているが故の疑問は、そもそもの前提条件の違いからウイングに否定される。己の系統から離れた発を作るということは複雑で巨大な建物を建てるようなもの、ネテロのように長年の鍛錬で巨大な基礎となる土台が出来ていたならまだしも一年そこらの鍛錬で作るにはハードルが高すぎる。

 

「それでも習得できてしまったあたりに才能の大きさを感じますが、おそらくは極めるまでかなりの時間が必要となることでしょう」

 

「それでも雑につえーよな、今は違う使い方してるけど本来は単純に二対一になる能力なんだろうし」

 

 眼下のリングでは試合開始直後のように、とにかく猛攻を仕掛けるカストロとそれを受けるゴンの構図となっていた。先程は前進できていたゴンだったが、発を使ったカストロに徐々に押し込まれていく。

 

「あわわわ、ゴンさん押されてるけど負けないっすよね?最後は牢とか使えば勝てるっすよね?」

 

 ダメージを受けた上に押されてるゴンを見て不安になったズシに対し、ウイングやキルア達は苦笑いを浮かべるとまるで心配せずにそれぞれの意見を口にする。

 

「不幸なポイントの取られ方さえしなければまず問題ないでしょう。今はゴン君が技術を学習してる最中ゆえの拮抗ですから安心していいですよ」

 

「そうそう、発を使いだしてからかなり動きは良くなってるけどあれじゃあゴンには届かねぇよ。むしろ手加減ミスってグロいことにならないかのほうが心配だね」

 

「あー、そん時はせめて助けられるくらい残っててくれるといいんだがな」

 

「ふふっ、それにしても楽しそうではないか。あれだけ見れば年相応の無邪気な子供なんだがな」

 

 一方的に攻撃を受けポイントもかなり先行されているにも関わらず、ゴンは大好きなおもちゃで遊ぶような満面の笑みを浮かべていた。

 

 

 

 会場の片隅で誰よりも興奮する変態が、ゴンの笑みを市販のトランプへ大量にドッキリテクスチャーしていた。

 

 



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第29話 試合決着ともう何も怖くない

 

 皆さんこんにちは、カストロさんが予想以上に強くて楽しいゴン・フリークスです。やっぱり盤外戦術する変態は駄目ですね、真っ向勝負こそ至高の戦術。

 

 

 

(まったく、発を含めた本気の攻撃すらもう効かないか、呆れるほどのタフネスだ。これはもうゴードン氏にならってポイント勝ちを狙うしかないな)

 

 途中精神的に折れかけたカストロだったが、試合内容としては終始圧倒していると言っても過言ではない。一方的に攻撃を命中させてこちらはかすりもしていないのだから当たり前だが、一撃でもかすればそのまま全てをひっくり返されかねない以上は片時も気を緩めることができない。

 

(確かに威力があるし速さもある、技術的にもそこらの格闘家では太刀打ち出来ない水準だ)

 

 未だかつて出会ったことのない攻撃力とトップクラスの速さを両立させている異常な身体能力に及第点と言える技術力、そしてそれらを十全に扱える卓越した身体操作能力は正に驚愕の一言である。

 

(しかし惜しい、あまりにも素直すぎる!)

 

 この一点がカストロに一方的な試合展開を許していると同時に、年相応の素直な思考が懐かしく若干羨ましくすらあった。上に行くことしか考えず、行けることになんの疑問もない純粋さは年を経るごとに削られていく若さの特権だ。

 ゴンは今も不意に出来たカストロの連撃の間に本人最速の一撃を放つが、ただ速いだけの一撃が当たるのであればそもそも武術は今日まで発展していない。躱したカストロはあえて防御が間に合う攻撃をしかけ、当然のごとく防いだゴンが攻撃に意識を向けた瞬間に発を発動させる。

 それは分身(ダブル)、もう一人のオーラで出来た自分が下からゴンの顎を打ち上げる。顔を上に向けられ死に体となったゴンの体を、左右から滅多打ちにし最後は同じ箇所へ重ねた回し蹴りで吹き飛ばした。

 

「クリーンヒット&ダウン!!カストロ、トータル9ポイント!」

 

 会場の殆どの観客が、カストロの勝利を確信した。ゴードン戦でもポイント的には追い込まれていたが、この試合ゴンの良いところがほぼ無い上にダメージを受けている以上逆転は不可能だと誰もが思った。

 

(このままなら間違いなく勝てるが、そうそう上手くいかないのが武の世界だからな)

 

 大の字に倒れるゴンを油断なく見据えるカストロは、未だに笑みを浮かべるその姿と何度も触れた感触からこれからが本番だと気を引き締め直す。

 

追加出筋(さらなるパワー)

 

 小さく呟いたゴンの体がそのまま宙に跳ね上がり、軽やかに立ち上がったその姿はさらに一回り大きな筋肉をまとっている。そして大きく深呼吸すると、筋繊維の一本一本がまるで針金のように引き絞られた。

 

「フッ、まだ上があるのだろうに、不甲斐ない対戦相手ですまないな」

 

「あー、オレの我儘だからこっちこそ申し訳ない気持ちがあるんだけどね」

 

 お互いに苦笑いで謝罪したと思えば、すぐにまた好戦的な笑みへと変わり構え合う。

 

「こちらとしては構わないよ、私自身間違いなく成長出来たし武に携わるものとしてはやはり勝ちたいのだから。それに武とは本来ずるいものだということを思い出せた、このまま勝つことに戸惑いも後悔もない」

 

 カストロの立ち姿は凛とした闘気を放ち、オーラにも一切の陰りがない。手数を増やすために最初から分身を出現させた状態で、ざわつく観客と違い一切の動揺がないゴンに宣言する。

 

「この分身(ダブル)による虎皎拳を超えし虎皎真拳で勝利を掴ませてもらう!」

 

 2頭の虎が、獲物を裂かんと躍動する。

 

 

 

 残り1ポイントで勝利となるカストロのため、審判はより一層目を凝らして選手の攻防を注視していた。今まではダメージの関係や連撃を一つの攻撃としたことでかなりアバウトな採点だったが、残り1ポイントならばヒットらしいヒットが出た瞬間に宣告すると心に決めていた。

 

(…うん、何も見えないがとりあえず当たってないことだけはわかる!)

 

 突如として二人になったカストロに驚いたのもそのままに、左右からの凄まじい猛攻で決着かと思えばゴンの両腕が消失してすべての攻撃を弾いていた。この試合の審判を決めるにあたり目が良いことが決め手となった彼にとって、ゴンの動きを見切れぬことはある意味敗北したような心境だった。

 

(しかしなんだあの動きは!?普通あるはずの加速がないばかりか減速もない、常に0と100で動かすことなど人間には不可能では?)

 

 熱狂的な格闘フリークだったことが理由で、天空闘技場のスタッフになった彼自身に格闘技経験はない。そんな彼の人より優れた程度の動体視力と、多くの試合を見続けた経験則ではゴンの動きを理解するには力不足だった。

 

(しっかしゴン選手はでかくなるしカストロ選手は増えるし、フロアマスタークラスは確実に人間やめてるな)

 

 審判として最高ランクの200階担当になっておよそ十年、天空闘技場最高の祭典バトルオリンピアで似たような体験がなければ無様な姿を晒していたかもしれない。しかし彼は毅然とした態度を崩さず、見切れていないことをおくびにも出さず試合を見守り続ける。

 全ては最高の試合を最も近くで体感し、最高の形で締めくくるという役目を全うするため。

 

(迷うなよ俺、噛むなよ俺、最後の宣告は絶対に決める!)

 

 死闘を繰り広げる二人の横で、己の職務と戦うもう一人の闘士が目を血走らせ決着の時を待っている。

 

 

 

 分身と共に猛攻を仕掛けるカストロは、ゴンの目線や攻防から自分へのメッセージを正しく受け取っていた。

 

(自分では理解しているつもりだったが、やはり実戦の中でしかわからないことは多い)

 

 ゴンとの攻防から伝わる分身(ダブル)の弱点や改善点、一人の鍛錬では把握しきれなかったものを一つ一つ浮き彫りにされていた。特に顕著に表れているのは分身の操作性であり虎皎拳を使わせるために自動ではなく手動で操作する以上、分身と同時に攻めた場合どうしても動きの精細さが損なわれている。

 そしてゴンは動きのキレから常にカストロ本人を判別し、それぞれに応じて気を配ることで二人分の猛攻を捌き切っていた。更に筋肉対話(マッスルコントロール)により筋肉のみの牢を行うことで、自傷せずに身体能力を跳ね上げることに成功している。

 数分に渡りゴンの守りを崩せなかったカストロが一度仕切り直すために距離を取り、分身を対角の位置に配置しながら呼吸を整え様子をうかがう。

 

「自分が休む間も分身に攻撃させたほうがこっちの体力を削れていいんじゃない?」

 

「そこまで自惚れていない、二人がかりで届かない以上単身では迎撃されて終わりさ。オーラの無駄使いが出来るほど余裕はないものでね」

 

 互いに警戒しながらも奇妙な親近感が湧くのは長時間戦った故の相互理解か、特にゴンはネテロが最近まで現役引退していたこともありゴードン含め数少ない最強を目指す武人との出会いに心躍らせていた。

 

「ふぅ、ゴードン氏との試合でも声をかけていたが、私には何かアドバイスをくれないのかい?」

 

 息も整い次の攻防に移る準備は出来たが、ゴンのこちらを見る目に何かを感じたカストロはあえて自分から問いかける。

 

「…カストロさんが分身に自分自身を選んだ理由を考えてた。手足を増やすでもなく沢山の人形でもなく虎でもなく、もう一人自分を具現化した、出来てしまった理由を」

 

「なるほど、恥を晒すようだが私自身答えは出ている、ヒソカを恐れているのさ。一対一で戦う度胸がなく、しかし私自身が立ち向かいたいというひねた考えから生まれたのが私の分身さ」

 

 苦悩と後悔をにじませながら自虐したカストロに対し、ゴンは一度首を振ると分身のカストロと本体を見比べて断言する。

 

「その程度の気持ちで出来るほど強化系の分身は甘くないよ。今の言葉からして無意識なんだろうけど、オレの考えた理由は全くの別物だよ」

 

 あまりにもハッキリした物言いに二の句を継げないカストロを無視するように、ゴンは己の出した結論を口にする。

 

「分身はカストロさんが考えた理想の自分自身だよ。恐れず、惑わず、虎皎拳を操り虎皎拳に殉ずる、そんな理想のなりたい自分が具現化したのがあなたの分身(ダブル)だ」

 

 その言葉を理解すると同時に、カストロは今まで感じなかった分身との繋がりを認識した。そして脳内を駆け巡るヒソカに負けてから発を開発するまでの日々、粉々にされた自信と誇りを取り戻そうともがいて縋ったもの。

 

 それは正しく虎皎拳であり直向きに鍛えてきた自分自身。

 

 気づけばカストロの視線は、ゴンではなくその先の分身(カストロ)を見ていた。たとえ親であろうとかつての師であろうと、それこそ自分でさえ見分けのつかない分身(自分自身)

 

「分身を操作する必要はないはずだよ、だってあなたの発は分身(ダブル)というよりも、自分自身(カストロ)のはずだから」

 

 呆けるカストロに活を入れるように構えたゴンだったが、それでもぼんやりと視線の定まらないカストロに対して拳を振るう。カストロは当たり前のように拳を捌くと、同じく視線の定まらない分身と共に今までと変わらないどころかキレを増した猛攻を開始する。

 やがて増し続けるキレにゴンから余裕がなくなった頃、カストロの中で歯車がガッチリと嵌まりその衝撃から刹那の間硬直してしまう。

 

「あっ、やばッ」

 

 余裕のない中振るわれたゴンの拳が、カストロの胸から上を文字通り消し飛ばした。

 

 キルア達がやりやがったとリングになだれ込もうとし、観客達も驚きの悲鳴を上げようとした瞬間。

 

 ぺしり…、と分身のカストロがゴンの頬に触るだけの一撃を当てた。

 

 時間が止まったような静寂に包まれた会場で、本体のはずのカストロが煙のように消え失せる。

 

「ッ!ヒーット!!カストロ、トータルポイント…」

 

 カストロの勝利を宣言しようと声を張り上げた審判の目に、リングに倒れていくカストロの姿がうつった。スローモーションのようにゆっくりと倒れ伏したカストロを数秒見つめ、その後ゴンと何度か見比べると目を瞑り腕を交差して試合の決着を宣言する。

 

「KO!!勝者、ゴン選手!!」

 

 割れんばかりの歓声の中、0ポイントの勝者は悔しげに顔を歪め立ち尽くし、10ポイントの敗者は満足そうな笑みでリングに沈んだ。

 

 

 

「とりあえず正座しろゴン。お前には殺人未遂の容疑がかかってる」

 

「今回は私も擁護出来ない。自傷しなかった点だけは褒められるが、最後の攻防はもう一段ギアを上げるべきだった」

 

「消し飛んじゃったら治せないんですぅ、木っ端能力者ですいませんねぇ」

 

 試合後の控室では正座するゴンを中心に、囲んだキルア達3人が各々言いたいことをネチネチとぶつけていた。ゴン自身カストロを殺してしまったと思ったこともあり、釈然としないながらも甘んじて小言を受けていた。

 

「はいはい皆さん、元々天空闘技場は殺人許可証を発行しています。故意的にならまだしも偶発的なんですからその辺りにしてください」

 

 しばらくは好きにさせていたウイングも流石に見かねたのか、少し威圧しながらキルア達の私刑を止める。そして試合最後の現象について、実際に体感したゴンの見解を聞く。

 

「オレが思ったことを言ってみたらドンピシャだったみたいでさ、あそこまで覚醒したのは予想外だったけどおかげで殺さないですんでよかったよ」

 

 カストロの発だった分身(ダブル)の覚醒、それはもはや分身ではなく正真正銘もう一人のカストロ自身。

 

「おかしいと思ったんだよ、ただ人数を増やしたいならもっと良いやり方があるのにあんな精巧な自分を具現化してるんだもん。カストロさんは恐れからって言ってたけど、それこそ分身する意味がまるでないしね」

 

 人数が欲しいなら虎皎拳の型しか使えない人形を複数、怖いと言うならそれこそ鎧でも武器でもあったほうがよほど安心感がある。たった一人自分を具現化した理由としては、どう考えても割に合っていない。

 

「あいつ念は独学だったんだろ?単純にそこまで考えてなかったってだけなんじゃねえの?」

 

「いえ、試合中にゴン君が言っていましたが逆ですよ。独学だからこそ実現するにはそれ相応以上の想いが必要なんです」

 

 キルアの疑問も、この中で最も念について熟知しているウイングの言葉で否定される。

 

「ヒソカとの試合で精神的に追い詰められたカストロさんは、立ち直るための何かを欲したはずです。それが今まで鍛えてきた自分であり、これから先至るであろう理想の自分だったということですか」

 

 ゴンの言っていた言葉とカストロの境遇を合わせて出た結論は、長年武に携わってきたウイングにとっても非常に納得のいくものだった。

 

「皆さんは伸び盛りですからまだまだ先でしょうが、もし壁に突き当たったら自分の原点を思い出すのがとても有効です。念とは心技体の中でも特に心が重要ですからね」

 

 それぞれが自分の原点について思いを馳せる中、突如として控室の扉が開き表情を輝かせたカストロが突入してきた。

 

「キングよ!あなたは正しく武の王たる器だ!!このカストロ、貴方の言葉で世界が開けたようです!」

 

 突然の訪問に誰も反応出来ない中、とりあえず正座したままだったゴンのそばに駆け寄ったカストロはスライディング土下座から懇願する。

 

「先の試合で念の奥深さを改めて理解しました、どうか念について私にご教授していただけないでしょうか!差し出せるものは大してありませんが、どうか平にお願い申し上げます!!」

 

 言うだけ言って微動だにしなくなったカストロに対し、ゴンはウイングを見やると頷かれたのを確認して口を開く。

 

「カストロさ「どうかカストロとお呼び下さい!」…カストロ、オレもまだ修行中の身でさ、今念についてはこっちのウイングさんに教えてもらってるんだ」

 

「はじめましてカストロさん、私は心源流師範代のウイングと申します。縁あってこちらのゴン君たちの指導をしています」

 

「なんと、その若さで音に聞く心源流の師範代とは」

 

 その後つきっきりとはいかないが念の修行についての指導をすること、ゴン達はもちろんズシとも組手などの鍛錬を行うことで話はまとまり、金銭の問題も特にこじれることなく決まった。

 

「なんと恵まれた鍛錬環境か、まあ私が加わることはあまりないだろうがその時はキング含めよろしくお願いする」

 

 とりあえずは念の系統修行を重点的に指示されたカストロ、集中して取り組むために一人での修行を宣言すると報告があると続ける。

 

「実はキングを訪ねる前にヒソカと会ってね、私も怪我はないということで10日後の試合を組んだ」

 

「はあ?試合中に怖いだ何だ言ってたくせに随分急じゃね?もうちょい修行期間取ればよかったじゃん」

 

 キルアからのもっともな指摘に、カストロは自信に溢れた表情を浮かべる。

 

「勝てる確率のほうが少ないのは重々承知しているが、やはりヒソカとの再戦なくして私の未来はない。問題ない!キングとの試合で私は自分自身を取り戻した、もう何も恐れるものはないのだ!」

 

 マントを翻し高笑いと共に部屋を出ていくカストロを、ゴン達は一抹の不安を感じながら見送った。

 

 

 

 ゴン達の控室から出て来たカストロを目撃し、一緒に修行するつもりならどうしてくれようかとトランプの束を握り潰す変態がいたとかいないとか。

 

 



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第30話 新たな分身とピエロの裏表

 

 皆さんこんにちは、原作より強いカストロがどこまでヒソカに迫れるか気になるゴン・フリークスです。ヒソカも強くなっている以上、せめて生きて帰ってくるのを祈るばかり。

 

 

 

 ゴン達のグッズが所狭しとひしめく自室の中で、ヒソカは一人堅を行いながらここ最近のことを思い返していた。

 ハンター試験で運命の出会いをしてからというもの、何をしていても頭の片隅に存在し続けるゴン・フリークス。そればかりか出会ってからこれまでの間、立て続けに良いおもちゃが見つかる、あるいは育ててくれるなど望外の幸運すら運んできてくれているようだった。

 

(だからこそ解せないんだよね、なんでボクは試験後ゴンについていかなかったのかな♠きっと頼めば許可してくれたと思うしね♦)

 

 普段は俗に言う天才以上にしか興味がないため、勝手に育つのを待って放って置くのがお決まりとなっていた。しかしことゴンに関しては、1秒たりとも見逃してはいけないと思ってしまう。成長し続けるさまをこの目で見たい欲求と、先を歩いていたはずが置いて行かれてしまうのではないかという初めての感情である恐怖。

 

(おまけに記憶と現実の差異、記憶は試験後すぐに来たことになるのに実際は一ヶ月後♣どう思い返しても辻褄が合わない♦)

 

 おまけに直近の移動履歴がパドキア共和国のククルーマウンテン近くとなれば、自分の現状についても自ずと答えが出る。

 

(高確率でクラピカの発による記憶の操作♣もうこのレベルまで到達しているとはすばらしい♥)

 

 ゴン達の性格や予想系統から答えを導き出したヒソカは、とりあえず嫌な感じもしないことから別段気にしないことにした。そしてワンチャン脳ミソも筋肉と認識したゴンの仕業かもしれないと妄想しながら修行を続けていると、普段鳴ることの少ない携帯がメールを受信して音を鳴らす。

 

(おや、マチからの連絡なんて珍しい♥時期的にヨークシン関係かな?)

 

 メールの送り主は、幻影旅団の中では特に気に入っている女性のマチ・コマチネ。彼女らしい現在地を聞くだけの素っ気ない内容に苦笑いしながら、天空闘技場にいることをまわりくどく脚色しながら送信すれば3日後に訪ねてくると返信が入る。

 

(連絡事項を直接言いに来るなんてトラブルでもあったのかな♣それはそれとして、マチが来てくれるならカストロ戦は遊べそうだ♥)

 

 ヒソカはタイミングよくカストロ戦と被る予定にほくそ笑みながら、堅を続けてオーラ総量の増加に勤しんだ。

 

 

 

 ゴンVSカストロの興奮も冷めきらぬ中、この日の天空闘技場はまたしても満員御礼の大盛況であった。

 

『会場に集まった観客の皆様、本日も天空闘技場のリングは灼熱の如く燃えています!』

 

 ゴン一行の追っかけをしているうちにいつの間にか実況の中で上位の人気を得た彼女は、今日も元気にハキハキと声を張り上げ誰よりも天空闘技場をエンジョイしていた。

 

『これから始まるのは今日のメインイベント!人気も高い二人の再戦とあって私も非常に楽しみです!待ちきれないのでさっさと選手紹介にいっちゃいましょー!』

 

 盛り上がる会場が僅かに静まり、これから現れる二人の闘士に思いを馳せる。

 

『一人目は10日前の激戦も記憶に新しい復讐の虎!分身により完成した虎皎真拳とネーミングセンスはちょっと残念なイケメン武闘家は、過去の敗戦を乗り越えフロアマスターへと辿り着くことができるのか!?虎皎拳あらため虎皎真拳のカストロ!!』

 

『先日の試合で殻を破ったな、以前まであった迷いや恐れが消えている。正しく自信に満ちた素晴らしい精神状態で戦ってくれるだろう』

 

『続いて二人目は最凶の呼び声も高い気まぐれピエロ!敗戦はドタキャンのみ、血が見たければこの人の試合を見れば万事解決!数少ない生き残りをその手で刈り取るのか、血にまみれた残虐な奇術師ヒソカ!!』

 

『ただただ強い、私の知る限りこの天空闘技場で遊んでいる唯一の闘士だ。覚醒したカストロがまだ見ぬヒソカの強さをどこまで引き出せるのか』

 

 突如会場の照明が全て落とされ、選手の入場口にスポットライトが当てられる。ゴン達がリングに上がるようになってエンタメ性を上げた天空闘技場の演出は概ね好評で、野蛮人の聖地から武術家の聖地を目指すゴードンも満足そうにうなずいていた。

 

『それでは登場して頂きましょう!カストロ、ヒソカ、両選手の入場です!!』

 

 申し訳程度に流れる入場曲をかき消す歓声とともに、一人は程よい緊張と戦意を持って、一人は好奇心と遊び心を持ってリングへと上がる。リング中心で向き合った二人に言葉はなく、しかし過去の因縁を感じさせない清々しさが感じられた。

 

『天空闘技場で最もフロアマスターに近い両者の試合、名勝負を約束された戦いが今始まります!!』

 

 審判が開始の合図を告げた瞬間、この日も天空闘技場で歓声による物理的揺れが観測された。

 

 

 

 試合が始まった瞬間、待ちきれなかったようにカストロが飛び出しヒソカへと肉薄した。ヒソカは予想外の積極性に虚を突かれながらも、表情は柔らかいままその場での迎撃を選択する。

 

(まずは分身(ダブル)を使わないで様子見かな?前より動きも良いしオーラも澄んでる♥やっぱり見逃して正解だった♣)

 

 お互いに発を使わず、小手調べと言える攻防を繰り返す。ダメージが目的ではなく相手の調子や自分の調子、相手の思考回路に合わせる意図のある攻防は派手さに欠けるがわかるものが見れば思わず唸るハイレベルな探り合い。

 

(流石だなヒソカ、過去感じた以上の実力差を感じる。だがその遊び癖はいただけない!)

 

 突如として大量のオーラを纏ったカストロは、半ば不意打ち気味に本気の一撃を放つ。急なリズムの変化とはいえ、ヒソカも余裕を持って顔面狙いの一撃を躱したかに見えたが、

 

(なるほどねぇ♥)

 

 完璧に躱したその直ぐ後ろに分身の寸分違わぬ一撃が隠れ潜み、ヒソカの頬へと痛烈な一撃を叩き込んだ。

 

『おおっと!?躱したはずのヒソカ選手、まるで虎に切り裂かれたように顔面から大量出血だ!!』

 

『なるほど、こうして上から見ていればカストロが増えているというのがよくわかる。しかし実際に対峙するヒソカからすれば完全に死角からの一撃、キング戦でもしたように重なることすら可能である以上実に厄介な連撃だな』

 

 口内に達するほどの裂傷から血を流しながらも嗤い続けるヒソカに対し、カストロは改めて分身を作り出して構える。

 

「その慢心が貴様の弱点だ、少しはその気にさせることが出来たのではないか?」

 

 確かに届いた己の爪に自信と高揚を感じながら、それでも拭いきれぬ過去の恐怖を抑え啖呵を切る。

 

「ん〜?あぁごめんごめん、ちょっと期待させちゃったかな♦今のは確かに良い攻撃だったけど、ボクとしては受けることに意味があったからわざと喰らったんだ♣」

 

 そう言うとヒソカはおもむろに指を傷へと突っ込み、粘ついた水音をたてながら口の中から何かを探すような動きを見せる。気の強くない観客が悲鳴を上げ、カストロも顔をしかめて静観しているとお目当ての物を見つけたのか血にまみれた指を引き抜く。

 

 その指には死神が描かれた、トランプのジョーカーが挟まれていた。

 

「たった一発とはいえ、ボクの得た情報は多い♥死力を尽くさないと、すぐに死神が刈り取りに来るよ♠」

 

 言い終わると同時にジョーカーを空中に放ると、次の瞬間大量のトランプが空中にばらまかれる。その手品に観客、そしてカストロも一瞬気を取られたが指を鳴らしたヒソカに視線を戻すと目を見開く。

 そこには首元や服を血に染めながらも、傷一つないキレイな顔をしたヒソカが立っていた。

 

「さあ、試合(遊び)を続けようか♥」

 

 ゴンの鮮烈で清らかな圧力とはまるで真逆の、コールタールのようにドス黒く粘ついた圧力。カストロは今一度気合を入れ直し、己のトラウマを克服すべく分身(自分)と共に駆け出したが、

 

「ほら、避けてごらん♠」

 

 ヒソカが蹴り飛ばしたリングの石板が乱回転しながら急速に迫る。

 二人まとめて巻き込むコースの石板を左右に躱し前を向いたカストロだったが、一人の目の前にトランプを構えたヒソカが待ち構えていた。

 

「チェック♥」

 

 一瞬の交差からすれ違ったカストロの左腕は肘から先を無くし、キャッチしたヒソカがまるでバトンの様にくるくると弄ぶ。

 

「よく腕一本で切り抜けたね、ひとまずは合格♥」

 

(…速い、そして狡猾にして頭脳的。フィジカル的にはキングに軍配が上がるが、総合的実力を見るならやはりヒソカのほうが上か?)

 

 二人のカストロが並び立つと、腕を無くした側がオーラに戻り吸収される。

 同時にヒソカの手の中にあった腕が掻き消え、汗を流すカストロと見比べるとニチャリと嗤う。

 

「うん、大体わかったかな♦大量のオーラによる入れ替えと攻撃力、それが君の新しい分身(ダブル)の正体だね♥」

 

 告げられた言葉に顔をしかめたカストロは、観念したように一つ息を吐くと再び分身を作り出す。

 

「流石だな、一回の攻防でそこまで見抜くとは。その顔からして私の進化した能力、自分身(マイセルフ)のデメリットも看破しているな?」

 

「意識は増えるわけじゃなく1つだけ、外傷はなくてもダメージは受ける、致命傷を受ければ具現化に使ってる大量のオーラを失う、このあたりが目立つ弱点かな♣」

 

 カストロの覚醒した発、自分身(マイセルフ)は一言で言えば大量のオーラを使った分身(ダブル)である。ヒソカが看破したように本体との入れ替えと、本体と同じ攻撃力を得ることができる代わりに具現化するには総オーラの半分が必要となる。使い捨てには出来なくなったが、視界は二人分となりオーラ量や動きから本体を見極めることは実質不可能に近い。

 

「さっきは分身と二人して石板を見たからボクを見失ったんだろ?なかなかに強い能力だけどいかんせん練度が低すぎる♠どうしてこんなに早く再戦してきたんだい?」

 

「…キングとの試合で学んだのさ、強さとは、念とは、気持ちの持ちよう一つで大きく変わるものだと。これは雪辱戦と同時に決別式なのだ、貴様にこだわり道を踏み外しかけた心の弱い私からのな!」

 

 二人のカストロがヒソカを挟んで構えると、二人の口から同時に言葉が紡がれる。

 

「「私の武の原点を思い出させてくれたキングの前で無様は晒せん!虎皎真拳“双虎の舞”で踊り狂えヒソカ!!」」

 

 駆け出したカストロに対しやや俯いていたヒソカが顔を上げると、これまで浮かべていた笑みから一転不安を感じさせるほどの無表情となり静かに告げた。

 

「さっきからキングキングと、ボクのゴンを気安く呼び過ぎだよ。ちょっと本気を出すから死にたくなかったら抗え」

 

 噴出したあまりにも禍々しいオーラで観客の中から失神する者すら出る中、ヒソカは完全に同時攻撃を仕掛けるカストロ達を軽々と捌く。物騒な気配とは裏腹に攻めっけを見せないことへの違和感を感じ始めたカストロに、ヒソカは失望を隠さない冷たい視線を向ける。

 

「ボクの能力伸縮自在の愛(バンジーガム)はゴムとガム両方の性質を持つ。ゴン達の師匠に凝を怠るなって言われなかった?」

 

 目を見開いたカストロが凝をすると、二人のカストロに無数のオーラが付着していた。

 

「最終試験だよ、ゴンに関わった者として対処できなかったら潔く死ね」

 

 片方のカストロを蹴り飛ばしたヒソカを攻撃しようとしたカストロだったが、突然顎に直撃した石板の破片に平衡感覚をなくしてたたらを踏む。

 そして吹き飛ばしたカストロを追撃するヒソカと同じタイミングで、散らばっていたトランプがバンジーガムにより引き寄せられた。

 

「チェックメイト♠」

 

 追撃されたカストロは迫るトランプとヒソカに必死で抗ったが、抵抗むなしく首から上が宙を舞った。

 

「あっけないね、やっぱりゴンにふさわしいのはこのボクしか…」

 

「ヒソカぁー!!」

 

 ゆっくりと振り向いたヒソカの目に映ったのは、体中にトランプを生やしながらも急所についたオーラを肉ごと削ぎ落として致命傷を免れたカストロ。首を落とされたダメージも含めて立っているのがやっとという有様だが、それでも己の足で立ち鋭い眼光を向けていた。

 

「今回も貴様の勝ちだ、だが終わりではない!私はこれから強くなる、いつか貴様も、キングすら超えて、武の頂に立つ!!それまでせいぜい、その遊び癖で死なないように…」

 

 精神力で耐えていたものの限界を迎え、リングに崩れ落ちたカストロを確認した審判が試合の決着を宣言する。しかしヒソカのオーラに当てられた観客も多く、開始時とは違い小さなざわつきだけが支配する会場に、甲高い拍手が二つ鳴り響いた。

 一つは大きくうなずくゴードン、もう一つは静かな笑みを浮かべたゴン。

 二人の拍手に触発された会場が徐々に熱を取り戻し、最終的には開始時を上回る歓声に包まれる。

 この日の天空闘技場も、更新を続ける大盛況で幕を下ろした。

 

 

 

「それでは皆さん、試合の感想戦を始めましょうか」

 

 ゴン達はホテルまで戻るのも待ちきれないとばかりに天空闘技場内の個室を借り、ビデオまで持ち込んで試合を振り返っていた。最初にウイング解説の下、戦闘技術や心理戦について軽く話し、この試合の要である念についての考察に入った。

 

「ではこの試合の最終局面において、ヒソカがいったい何をしたかについてレオリオ君から順番に思ったことを言っていきましょう」

 

「オレからか?そうさな、やっぱあの傷を自分で抉ったあたりのやり取りが決め手じゃねえかな。明らかにカストロの集中とオーラが乱れたせいで、その後の隠に気付くのが遅れたわけだしよ」

 

「どうかーん、更に言うならトランプに繋いでたオーラより石版にくっつけたオーラを見えにくくしてたのが質悪いよな。トランプのオーラが見えたらそれ以上凝を強くするってのも戦闘中はきついだろうし」

 

「それこそ最初から最後まで、ヒソカのプラン通りに進んだであろうことに戦慄した。悔しいがあの戦闘センスには敵う気がしない」

 

「あとはやっぱり洞察力というか、見た目に合わないけどすごく頭が良いよね。念の系統診断とか的中率も高いし、あの性格じゃなければ違う分野でも大成功してたんじゃないかな」

 

「…隠に気付けなかった自分が言うことはないっす。凝もしてたのに不甲斐ないっす~(泣)」

 

 さめざめと泣き出したズシを皆で慰めながらビデオで一つ一つ解説していると、血の滲む包帯に包まれたカストロがドアを勢いよくぶち開けて登場した。

 

「キングにウイング殿!力及ばずながらもこのカストロ、無事五体満足で帰還いたしました!!まだまだ未熟ながらこれからも修行に邁進していきますので、ご指導ご鞭撻のほどよろしくおねがいします!」

 

「あーあー、ちゃんと最後まで処置してもらってから来いよったく。そこのテーブルに横んなれカストロさん、そんくらいだったら治してやっからよ」

 

「なんと!?かたじけないリョナリオ殿!治療費は後日必ず支払わせて頂く」

 

「レオリオだ!!」

 

 一気に賑やかになった室内だったが、数分後スタッフがカストロを確保して連れて行ったためゴン達はホテルへと戻る準備を始める。そしてあらかたの片付けも終わり、ホテルへと向かう段となった時クラピカの携帯に連絡が入った。

 相手を確認したクラピカは予想外の相手に驚いた後、険しい表情で通話ボタンを押す。

 

「この番号にかけてきたという事は戻ったようだな、このまま通話で問題ない用件か?」

 

 その様子から相手が誰か理解したゴン達にも緊張が走り、携帯の先で記憶を取り戻した変態ピエロが笑う。

 

『出来れば全員で会って話がしたいね♥実は脚を一本捕まえてあるんだ、君の手も借りたいから是非頼むよ♦』

 

「っ!?…良いだろう、我々もまだタワーの中だ、待たせることはないだろう」

 

 通話を切ったクラピカの雰囲気は激変しており、先程までとの落差からズシは恐怖すら感じていた。ウイングもクラピカ本人の危うさはもちろん、通話相手だったであろうヒソカを危惧していた。

 

「皆さん、確かにヒソカは強さという一点に限ればこれ以上ないと言えるほどの強者です。しかしそれ以外は何一つとして信用のおけない危険な相手、あまりとやかく言いたくはありませんが気を付けてください」

 

 ウイングの本心からの忠告に対し、ゴン達はきょとんとした後最初にゴンが、そしてすぐに残りの三人も思わず吹き出しそのまま笑い出す。

 

「そういやそうだったぜ!あいつは快楽殺人者の狂人ヒソカだった!」

 

「やばいって!忘れたわけじゃねえけど忘れてたわ!あいつイル兄と仲良い性格破綻者だった!」

 

 ゲラゲラと特に笑い続けるレオリオとキルアに唖然とするウイングに向き直り、剣呑な空気を消したクラピカが頭を下げる。

 

「すまないウイングさん、どうやら我々は随分とあのピエロに絆されていたようだ。貴方の忠告は至極もっとも、今一度心に刻ませてもらう」

 

 そこで一度区切り笑うゴンへと視線を向け、何かを思い出しながら続ける。

 

「ヒソカは確かに異常者だが、強さ以外に実は一つだけ信じられることがある。それは奴がゴンを裏切れないということだ、私達はヒソカというよりゴンのことを信じている故安心してくれ」

 

 ウイングとズシが見ていることに気付いたゴンが、子供の姿ながらモストマスキュラーポーズで応える。

 再び明るく賑やかになった室内で、ウイングは呆れたような笑みを、ズシはゴンを尊敬する満面の笑みを浮かべていた。

 

 




後書きで失礼します作者です。
非常にわかりにくいカストロの能力について補足します。

能力名:自分身(マイセルフ)

 総オーラの半分を使って動きも攻撃力も本体と同じ判別不能の分身を作る。
 意識は一つしかないのに2つの視界と体を十全に扱える理由は本人にもわからない。
 ダメージを共用しており分身が致命傷を受ければ相応に辛いが精神力で抗うことも可能。
 今の時点で入れ替えはオートでありヒソカも言ったように練度が低すぎるため本領発揮はまだまだ先の話。
 完成形は分身とフュージョンすることで虎皎真拳2倍だぁー!とかするかもしれん知らんけど。


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第31話 嫌がらせピエロとマチの誤算

 

 皆さんこんにちは、ヒソカがただの変態じゃないことを思い出したゴン・フリークスです。これは絆されてるのか、変態の普段の行いのせいなのか。

 

 

 

 カストロ戦に勝利し、ゴンからの拍手で機嫌もいいヒソカ。控室に戻る廊下を歩いていると、関係者以外立入禁止の区画にも関わらず一人の女性が壁を背に待ち構えていた。

 

「来たね、さっさと用を済ませるよ。その傷もどうせ治療するんだし」

 

 ボリュームのあるピンクの髪を結い上げ、くノ一のようなラフな和装に身を包んだ女性。悪名高き幻影旅団の初期メンバーにしてNo.3、ヒソカのお気に入りの一人マチ・コマチネが天空闘技場に来訪した。

 

 

 闘士が使う個室の一つに入ったヒソカとマチ。椅子に座ったヒソカが頬に貼り付けていた薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)を剥がすと、引き裂かれた上に自分の指で抉ったせいでグチャグチャになった傷が姿を現した。

 

「変な遊びで余計な傷を負うのは相変わらずだね、すぐに済むからオーラの止血止めて」

 

 “念糸縫合“

 

 マチの変化系に属する発“念糸”を使った治療法であり、筋肉や血管はもちろん骨や神経すらほんの一瞬で繋げきる。今回のヒソカの怪我は頬が裂けただけなのもあり、それこそ瞬きする間に皮膚がほんの少し足りないだけの見た目となった。

 

「ん~、いつもながら見事だねぇ♥これなら夕食の時に何を食べてもこぼさないですむよ♣」

 

「あっそ、はした金もなんだから一千万よこしな」

 

「後日振込でいい?」

 

 ヒソカが若干傷の残る頬を薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)で隠していると、訝しげにその大きなツリ目を鋭くしているマチに気付いて首を傾げる。

 

「…あんたなんか変わった?さっきの試合も最後はらしくなかったし、キング?ゴン?とかいう奴って誰なわけ?」

 

「あれ、もしかして妬いてる?やだなぁ、ボクがマチのことないがしろにするわけないじゃないか♥どうだいこれから一緒に食事でも♦」

 

「死ね」

 

 マチは訝しげだった表情を思い切りしかめ、嫌悪感を隠そうともせずに部屋を出ようとするも途中でなんとか思いとどまる。

 

「予定変更だよ、8月31日までに暇な奴あらため全団員必ずヨークシンシティに集合。あんたの場合メール見てないとか言ってばっくれそうだったから、あたしが直接言いに来たわけ。流石に今回はちゃんと参加しな」

 

「…ッ」

 

 マチが振り返って予定変更を告げた時、ヒソカは頬のドッキリテクスチャーをテレビの反射で確認していて表情が見えなかった。しかし言葉の途中で一瞬硬直したことには気付き、何ヶ月かぶりに会って感じている違和感がより強くなっていく。

 

「そっか、全員集合になっちゃったか♣タイミングが合えばクロロにちょっかい出したかったのに残念♦」

 

「…、アンタそれ本気で言ってる?今ここで殺してやろうか?」

 

 ヒソカの表情はいつものニヤケ顔ながらもその発言は流すことが出来ず、マチから本気の殺気とオーラが漏れ出す。

 

「やだなぁ、ボクがクロロを狙ってるのは皆知ってることだろ♦邪魔が入る状況ならボクだって自重するんだし、別に口に出すくらいいいじゃないか♠」

 

 マチは両手を上げておどける姿に苛立ちをつのらせながらも、言っている通りヒソカの目的は旅団内でも公然の秘密として認識されている。舌打ちとともに改めて部屋を出ようとするも今度はヒソカから待ったが入り、いい加減本気で切れそうなマチだったが渋々足を止める。

 

「実は最近新しい発が完成してね、ちゃんと使えるか人の意見が欲しかったんだ♣別に戦おうとかじゃないからちょっとだけ見てくれると嬉しいな♦」

 

 ヒソカは返事を待たずに自分の新たな発、奇術師の嫌がらせ(パニックカード)を具現化させる。マチは一見するとただのトランプながら、よく見るとオーラの振れ幅が不自然なほど大きいことに疑問を感じた。

 

奇術師の嫌がらせ(パニックカード)って名付けてね、柄と数字によって効果と威力が違うトランプを具現化してる♣何を引くかは完全にランダムで、戦闘以外でも占いとかに応用可能♦」

 

 何を引くかはランダムと言いながら念入りにトランプをシャッフルすると、表を下にしながら扇状に広げて差し出す。

 

「他人に見せるのも初めてなくらいできたてホヤホヤなんだけど、ちゃんと具現化できてるかも含めて試しに好きな一枚を引いてくれないかな♠」

 

(…こいつ何を考えてる?さすがにこの状況で取り返しの付かないことをするとは思わないけど、なおさらこの茶番の意味と理由がわからない)

 

 マチは変わらず警鐘を鳴らす己の勘を自覚しながらも、厄介で油断ならないヒソカの新しい発に触れることを優先させた。

 

(最悪あたしが恥をかくくらいなら、少しでも情報を引き出したほうが良い。対策はもちろん、初見かどうかで戦闘時の駆け引きに雲泥の差が出る)

 

 腹を決めたマチがあえて真ん中付近から引いたトランプは、ヒソカが狙って引かせたのか判断に悩むハートのQ。

 

「で?引いてあげたけどこれで何がわかるの?」

 

 たった一枚のトランプとは到底思えないオーラに目を見張りながら、絵柄をヒソカに見せて結果を聞くといやらしい笑みを浮かべる。

 

「すごくいいね♣ハートは特にオーラを込めやすい柄だし、QはAとKに続いて3番目の強さだ♦何より愛の女王なんてまさに君のためにある一枚としか思えない♠」

 

 要領を得ない説明をするヒソカに嫌気が差し、マチは凝でもってトランプを注視する。

 

「ついでに言うと、同じ言葉の含まれてる伸縮自在の愛(バンジーガム)とすこぶる相性が良い♦」

 

 マチはトランプの輪郭が崩れてオーラが波打った時点で手を離したが、意識が観察に傾いていたせいでその場を離脱することが出来なかった。

 

「ボクのバンジーガム()を受け取って♠」

 

 トランプのオーラが弾けてバンジーガムへと変わり、ギリギリで急所をかばったマチをその場に貼り付けた。

 

(強い!どれだけ振り絞っても数分は行動不能、この威力で3番目の強さだって!?こいつなんて発を作りやがった!)

 

 なんとか逃れようと試行錯誤する様をいやらしい顔で見ているのに気付き、マチは先程以上の殺気を発しながら凄むもヒソカは呑気に携帯を取り出して誰かと通話を始める。

 

「出来れば全員で会って話がしたいね♥実は脚を一本捕まえてあるんだ、君の手も借りたいから是非頼むよ♦」

 

 マチは写真でも撮られて粘着されるくらいだとたかをくくっていた自分に激怒し、それ以上に取り返しの付かないことを始めたヒソカに激怒した。

 

「ざっけんじゃねぇぞヒソカ!!テメェあたし等を売りやがったな!?外せ!今すぐズタズタに引き裂いて殺してやる!!」

 

「甘えてんの?殺したけりゃ自分で解いてかかってきなよ♠ま、逃しなんかしないけどね♦」

 

 マチがどれだけ力を振り絞っても、ヒソカのバンジーガムから逃れることが出来ない。ただでさえパニックカードで底上げされている上に、通話を終えたヒソカが重ねる形で補強しだしたからなおさらだった。

 

「ッ!!クソがぁー!!」

 

 どれだけ騒ごうが天空闘技場の防音設備も伊達ではなく、ヒソカはゴン達がやってくるまでの間、マチの激高する姿を愉しそうに眺め続けていた。

 

 

 

「ほお〜、本当にこんなかわい子ちゃんが悪名高い幻影旅団の一員なんだな」

 

「あんま変なこと言うなよレオリオ、クラピカがブチ切れて殺しちゃったらどうすんだよ」

 

「お前達は私を何だと思っているんだ、大丈夫、殴りかからないだけの理性は残っている」

 

「その全力で抑えてる拳がなければカッコついたのにね」

 

 ヒソカに呼ばれてやってきたゴン達は、部屋に入ってすぐ目に入ったマチに警戒しながらも若干の哀れさを感じずにはいられなかった。

 

「いらっしゃいゴン♥皆もよく来たね、前見せたと思うけどこの子が旅団内でもトップレベルに厄介なマチだよ♦ほらマチ、挨拶しないと♠」

 

「むぅー!!ふがー!!」

 

 バンジーガムで雁字搦めにされるばかりか口枷としてもねじ込まれているマチが、機械仕掛けのように体勢を変えられ最終的にぶりっ子ポーズで固定される。

 

「へえー、これだけくっつければバンジーガムの伸縮だけでポーズも取らせられるんだね」

 

「それ相応にオーラを消費するから戦闘じゃ使えないけどね♣単純な力は旅団内で上から数えたほうが早いマチでもこの通り♥」

 

 女豹のポーズや雑なロボットダンスなど好き勝手に弄ぶヒソカに対し、まさに人も殺せる視線と殺気を向けるマチだったが心の中はだいぶ落ち着いてきていた。

 

(ヒソカが旅団を裏切るほどだから、どんな奴等が来るかと思えば。旅団に恨みがある奴に一般人とガキ二人か、少しは使えるみたいだけどこの程度なら何の問題もない)

 

 マチは自分の生存はほとんど諦めていたが、たとえヒソカでもこのメンバーで旅団をどうこうできるとは到底思えなかった。

 

(あたしが戻らなけりゃ必ずヒソカに疑惑が向く、パクがいる限りごまかせないからこいつ等の企みなんて一瞬で)

 

「随分と落ち着いているな?自分が死なないとたかをくくっているわけではないな、我々の行動は必ずバレることを確信しているといったところか」

 

 マチが声を発した人物に視線を向けると、クラピカが導く者の鎖(ガイドチェーン)を向けて観察していた。

 

「一ついいことを教えてやる、貴様は死なんし蜘蛛のもとへ帰ることも出来る。今から行われることの全てを忘れてな」

 

 クラピカの言葉で、マチの心拍数が一気に跳ね上がる。

 

(おい、パクの能力がバレてるのはヒソカのせいだろうからまだいい。知ってたとしてもそんな都合よく記憶に作用する能力なんて作れるのか!?)

 

 幻影旅団のNo.9であるパクノダは、触れた相手の記憶を読み取ることができる特質系能力者だ。ただし記憶を読み取るとはいっても、質問などに対して相手が思い浮かべたことを知ることが出来る能力である。つまり、相手が完全に忘れている記憶を読み取ることはできない。

 

「そうそう、クラピカの裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)だけど流石に辻褄が合わないほど封印すると違和感を感じるね♦それ以外は全く問題なかったから心配しなくていいよ♥」

 

 その言葉で記憶に作用する能力の存在が確定しマチの心中を絶望が支配しかけるが、ヨークシンシティに全旅団員が集合することを思い出しなんとか気を持ち直す。各個撃破するにしても良いところマチ以外に一人か二人が限度であり、依然として幻影旅団の有利は崩れないと考えたのだ。

 

(大丈夫、メンバーは欠けるかもしれないけど旅団までは、団長までは届かない。それならきっとヒソカも処理して…)

 

 そこでマチは、自分を見上げるゴンと目があった。

 

 頭に小さな、しかしオーラを纏った獣を乗せるその黒い目を覗き込んだ瞬間、今までの全てを吹き飛ばす絶望がマチの胸中を埋め尽くした。

 

(ダメだ、ダメだダメだダメだ!コイツを、コイツを旅団にぶつけたらダメだ!!万全に準備してハメ殺すならまだ可能性はある、けどコイツ有利の遭遇戦をされたら誰も、ウボォーですら勝ち目がない!?)

 

 マチの動揺はガイドチェーンを使用するクラピカはもちろん、この場で最も付き合いの長いヒソカにも筒抜けとなっていた。

 

「あぁ♥マチがそのざまってことは気のせいじゃない、また強くなったんだねゴン♥あぁどうしよう、ボクの我慢も限界に近いよ♠」

 

 身をよじり己を抱きしめるヒソカからカストロ戦の比ではない、それこそ死者の念を彷彿とさせるオーラが立ち上る。

 ヒソカのオーラに慣れてきていたキルアが全力で部屋の隅へと退避して全身を震わせ、ガイドチェーンの影響で普段より当てられているクラピカを冷や汗にまみれ足が高速でブレているレオリオが前に立ち庇う。

 そして毛を逆立て歯を剥き出すギンをなだめるゴンは、好戦的ながらどこか優しさすら感じる笑みを浮かべていた。

 

(なんだ、これ、ヒソカはやばくて、それにこのガキは立ち向かえてて、悪い夢なら覚めてくれよ、こんな、こんな奴等どうしろっていうのさ)

 

 マチはゴンの底知れなさに絶望し、ヒソカが想定していた強さの数段上だったことに絶望した。そしてそれでも何も出来ない自分に絶望するマチの目が潤み出した頃、子鹿の倍は震えるレオリオが意を決して口を開いた。

 

「オイコラ!ゴンもヒソカもいい加減にしろ!今は幻影旅団の情報を得るとこだろうが!?そういうのはまた今度にしやがれ!」

 

「くふっ♥やっぱりレオリオが精神的には一番良いね♥ごめんごめん、本音もかなり混じったけどこれも必要なことだったのさ♠見てご覧よ、天下の幻影旅団がまるでそこらの乙女みたいじゃないか♦」

 

 オーラを収めたヒソカにキルア達は一息つくも、旅団の存続が危ぶまれているマチの精神は荒れに荒れたままとなっている。

 

「これだけ精神的に追い詰めればルーリングチェーンの効果も更に跳ね上がるはず♣必要なことはさっさと引き出して、皆で水入らずの時をすごそうじゃないか♥」

 

 ヒソカがゴン達にとって見慣れた飄々とした雰囲気に戻り、全員の視線が集まったクラピカは一度大きく深呼吸すると能力を発動させた。

 

裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)

 

 

 

 

「ヒソカ!テメェさっきの写真消さねえとあたしがお前を消すからな!!」

 

「クククッ、いいねそれ♦ぜひともお願いするよ♣」

 

「クソがっ!!死ね!!」

 

 天空闘技場の荒くれ者たちのため、諸々の備品が丈夫に作られているにもかかわらずひしゃげるほど強く扉を閉めて出て行くマチ。彼女の記憶にかけられた鍵は、旅団メンバーの発について情報を抜かれた事実を隠し切っていた。

 

(ヒソカの野郎ふざけやがって。まぁなんの気まぐれか知らないけど厄介な発のこともわかったし、ヨークシンでこき使って金でも貢がせるか)

 

 マチは気付けない、記憶の底の底で泣き叫ぶ自分自身に。

 蜘蛛の危機を知る唯一の脚は鎖に縛られ、蜘蛛自身縛られたことに気付くことなく歩き続ける。

 奪うことしか知らない蜘蛛が、奪われる立場になる時が刻一刻と近づいていた。

 

 



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第32話 要注意人物と近付く再戦

 皆さんこんにちは、無事幻影旅団の能力を把握出来て安心したゴン・フリークスです。着々と包囲網が張れて順調ですが、順調すぎて逆に不安を感じます。

 

 

 

 マチが問題なく天空闘技場から立ち去ったのを確認した後、ゴン一行はヒソカの滞在する部屋に作戦会議の名目で訪れていた。

 

「しっかし落ち着かねえ部屋だなオイ、ほとんどゴンのとは言え自分のポスターなんて恥ずいだけだな」

 

「なんか撮られてるとは思ってたけどこんなもん作ってるとか暇人もいたもんだね」

 

 レオリオとキルアは部屋に所狭しと並ぶポスターやぬいぐるみにドン引きし、ヒソカはおもちゃを自慢する子供そのままにコレクションを自慢しだす。

 

「レオリオのそのポスターなんかは今50万位までプレミア付いてるよ♣この部屋で今一番高いのはクラピカが100階で見せた笑顔のブロマイドで500万かな?ボクとしてはゴンのカストロ戦の笑顔が一番好きなんだけど数が出回ってるせいでプレミア化はしてないんだよね♠キルアのウインクカードもかなり人気で100万は軽く超えてくるしもう宝の山なんだよ♥他にもこれは…」

 

「よし、マチから引き抜いて蜘蛛全員の能力が判明した。これを元に危険度と優先順位を選定し直すぞ」

 

 ペラペラと喋り続けるヒソカを放置し、ゴン達は新たな情報から旅団のメンバーについての理解を深めていく。以前ヒソカから得た性格や戦闘スタイルと今回手に入れた能力を照らし合わせ、戦闘や情報戦となった場合に起こりうることと対策を詰めていく。

 

「てかあのマチに鎖ぶち込めたのかなりラッキーじゃん、全員の発わかったのマジででかいわ」

 

「本当にね、特にフィンクスとフェイタンって二人の能力を知れたのは大きいよ。知らないで突然発動されたら全滅もありえたんじゃないかな」

 

 キルアの言葉に返すゴンは真面目な顔で二つの能力、廻天(リッパー・サイクロトロン)許されざる者(ペインパッカー)について言及する。

 

「んー?そんなに厄介そうには見えないけどな、どっちもゴンのワンパンで終わりじゃねえのか?」

 

「その言い方なら蜘蛛全員がゴンのワンパンで終わりだよレオリオ。しかしヨークシンシティに蜘蛛が全員集合する以上、どこかで必ず集団戦が起こる」

 

「このフィンクスってのがどこまで威力を上げられるかによるけどさ、自分も死ぬ気なら流石にゴンも耐えられない可能性あんだろ。そんでフェイタンの方は最終局面で全員消耗してたらそれこそ一網打尽にされかねない」

 

 楽観的なレオリオに対してクラピカとキルアが説明すれば、そもそもタイマンしか考えてなかったことに気付いて苦笑いする。

 

「あー、ネテロ会長にチーム戦ってのを教えてもらったばっかなのにもう忘れてたぜ。やっぱヨークシンに行く前に天空闘技場を離れたほうがいいんじゃねえか?」

 

「一応予定としては7月くらいに休養も兼ねてオレの故郷のくじら島に行くつもりだよ。そこで連携の確認を重点的に…」

 

 その続きを言おうとするゴンの肩に、ひたりと青白い手が置かれる。

 

「ネテロ会長?教えてもらう?あそんでいたのかい?ボク以外の奴と♠」

 

 ゴン達が話し合いを続けている間ずっと笑顔でグッズを自慢していたヒソカが、それはそれは哀しそうな笑みを浮かべてゴンの背後に立っていた。誰も何も言えない空気の室内で、事の発端となってしまったレオリオの唾を飲む音がやけに大きく響いて、

 

「うん!だいたい2週間くらい前かな?1日だけ訓練してもらったんだ。ヒソカも誘おうかと思ったけどまだ記憶封印したままだったし、心源流関係だったから声かけなかったんだ。すごく楽しかったし強くなったよ!!」

 

 底抜けに明るいゴンの笑顔で一気に空気が弛緩した。

 

「…♥それは良かったね、どんなことして遊んだの♦」

 

 その後はゴン達がネテロと行った修行内容を語るようになり、幻影旅団についての話し合いはそれほど盛り上がることはなかった。そしてヒソカはゴンの牢については一切聞くことなく、特に禁止されなかった百式観音について詳しく聞いて笑みを深める。

 

「んー♥聞けば聞くほどゴンが何をしたか聞きたくなっちゃうよ♥ネテロ会長の発、百式観音ねぇ、実にそそられるじゃないか♠」

 

「ヒソカ的にはかち合ったらどう攻略すんだ?直接見た側の意見としては流石に厳しいと思うんだが」

 

「そうだね、ボクも実際見てみないことにははっきり言えないけど♣今考えてる奇術師の嫌がらせ(パニックカード)の応用で多分イケる気がする♥」

 

 百式観音の詳細を聞きながら、それでもなお自然体でそう口にするヒソカの姿はまさに強者としての自信と自負を感じさせた。

 

「流石だな、私達では攻略の糸口すら見つけられないのが現状なのだが」

 

「ま、ボクのパニックカードはゴンと真っ向勝負するための能力だからね♥同じ物理攻撃主体のスタイルなら勝ち目があって当然さ♥」

 

「へー、ヒソカがそこまで言うならマジで勝ち目あるのか。わかっちゃいるけど先はなげーなぁ」

 

 初心者組3人の中で唯一ゴンレベルの強さを目指しているキルアは、あらためて自分との差を明確にされたようで若干へこたれている。ウイング指導の下恐ろしい速度で成長し、能力の応用も形になりかけているほど才能に満ち溢れているキルアでさえ、未だにどれだけ遠くにいるのか見当がつかないでいた。

 

「皆が天空闘技場にいるのもあと3ヶ月くらいか♠ゴン、君の試合間隔ギリギリで日程を組むのはどうだろう♦試験後からの集大成を見せ合おうじゃないか♥」

 

「そうだね、オレも戦いたいって思う人はもういないしそっちの方がいいかな。本当に手の内教えなくていいの?」

 

「もちろん♥ゴンがどんなことをしてきても受け止めてあげるよ♥代わりにボクのこともしっかりと受け止めてね♠」

 

「オッケー!今度は不甲斐ない負け方しないでよ」

 

 まだまだ先の話にもかかわらずお互いに戦意をぶつけるが、なんとも微妙な表情のレオリオが二人に釘を刺す。

 

「盛り上がってるとこ悪いけどよ、少なくとも天空闘技場が崩れるようなことはすんなよ?マジで四桁単位で死人が出かねねえからな?本気でフリじゃねえぞ?」

 

「「…善処します(するよ♠)」」

 

 一抹の不安を残しながらも、この日の話し合いはとりあえず終わりを迎えた。

 

 

 

 マチに鎖を打ち込んでからの3ヶ月間、ゴン達はウイング指導の下組手に精神鍛錬と修行三昧の日々を過ごすことになる。

 天空闘技場内で最高峰の技術持ちであるゴードンにカストロと戦い終わってしまったゴンは、試合をする意味も薄いということでギンと共に基礎値の向上に努めた。

 キルア、レオリオ、クラピカの三人は念能力者同士の戦闘に慣れるため月2戦ペースで試合を組み実戦経験を、組手や系統修行で念能力の向上を成し遂げた。

 ズシもゴン達との修行に刺激され、発こそまだなものの200階に到達して偶然にもリョナリオによって洗礼を受けた。

 ゴン含め非常に地味で変わり映えしない修行内容がほとんどだったが、ゴンとギン以外のメンバーは特に伸び盛りであり日々成長を実感して修行に励んだ。

 

 天空闘技場ではコンスタンスに試合を組むキルア達に加え、ゴードンやカストロと話題ある新しいフロアマスターの誕生に好景気が続いていた。それにつられて闘士達の意識改革と言うべきか、相手を蹴落とす以上に己の研鑽に励む者が増えゴードン的に好ましい環境が形成されつつある。

 そんな非常に熱い天空闘技場において、まことしやかに噂されている試合があった。

 

 “キングマッスル”ゴンvs“残虐ピエロ”ヒソカ

 

 お互いカストロ戦以降試合申請の情報はなく、しかし闘技場内での目撃情報は頻繁に上がっている。

 そしてスタッフからか闘士からか、7月に両者の試合が組まれたという情報が拡散された。

 天空闘技場も本人達からも公式に発表がないため表立った宣伝等もないが、すでに7月のチケットや近隣ホテルの予約にすらプレミアが付き始めている。

 チケットのダフ屋すら自分の分を確保することに躍起になる世紀の一戦の予感が、すでに熱い空気の下で灼熱のマグマとなり今か今かと噴火の時を待っていた。

 

 

 

 ある観光地からほど近いながら、多くの廃墟が乱立する元別荘地。かなりの賑わいを見せていたその一帯は、突如として生い茂った毒性の強い植物によって衰退を余儀なくされた。そんな数多い廃墟の一つに、幻影旅団内でも知る者の少ない拠点が存在した。

 

「あら、おかえりなさいマチ。ヒソカにちゃんと予定変更伝えられた?」

 

 幻影旅団の拠点に帰還したマチを出迎えたのは、長身でスタイルの良いクール美女であるパクノダ。

 

「…お願いだからしばらくあの糞ピエロの話はしないで」

 

「あらあら、団長はいつもの部屋だから用が済んだら飲みましょ」

 

 帰還早々機嫌が最悪のマチに色々と察した彼女は、会いに行くだろう団長の所在だけ教えるとそそくさと奥へと引っ込んでいく。そしてマチは犯罪者集団のアジトだけあって薄暗い通路の先に進み、幻影旅団団長クロロ・ルシルフルが趣味で集めた本を保管する部屋へ辿り着いた。

 

「クロロ、ヒソカの件で知らせときたい事があるんだけど今大丈夫?」

 

 クロロは特に欲しい物がない時はこの部屋で読書をしていることが多く、邪魔されたくない故にこの拠点は旅団内でもマチにパクノダ、そして情報担当のシャルナークしか場所を知らない。見る者が見れば卒倒しかねないほど多くの稀少な本に囲まれた一見優男な黒髪の男性、ヒソカも認める最強格の一人クロロが読んでいた本から顔を上げた。

 

「おつかいご苦労だったなマチ。それで?ヒソカに何か感じたのか?」

 

「正直普段通りっちゃ普段通りなんだけどさ、なんか嫌な予感がするんだよね」

 

 マチ自身確証もなければ引っかかる程度のため、若干気まずそうに天空闘技場でのヒソカの言動を報告する。クロロは黙って最後まで報告を聞くと、しばらくの間顔を伏せ熟考した後にマチへと確認を取る。

 

「マチの考えとしては、ヒソカはヨークシンで動かないんだな?しかしなんとなく嫌な予感は消えないと」

 

「まぁそうだね。あいつはイカれた奴だけどバカじゃないし、全員集合する時にわざわざ動かないでしょ。それに初見じゃまず対応できない発までバラしてるから、嫌な予感もヒソカってよりヨークシンに感じてるのかも」

 

 ヒソカの言動とマチの意見を聞き、考えをまとめたクロロはおもむろに携帯で連絡を取り始める。

 

『やっほー、依頼?』

 

「9月1日前後に頼みたい事があるんだが空いているか?」

 

『ざんねーん、もう依頼入ってる。家の誰かに回そうか?』

 

「いや、お前が受けられないなら今は必要ない。依頼の場所はヨークシンシティで殺しでもないんだが、とりあえず依頼内容と報酬について話せないか?」

 

『…ふーん、一週間後にカキンの首都に来れば話くらいは聞くよ』

 

「わかった、着いたら連絡する」

 

 マチは通話の内容からヒソカに対して手を打っていることに気付き、クロロの考えが自分と逆であることに疑問を抱く。そんな雰囲気を感じとったクロロは、通話を終えるとマチに向き直り理由を語る。

 

「まず第一に、お前の勘は無視出来ないほど的中率が高い。仮にはずれたとしても、多少の金銭が無駄になるだけだしな」

 

 一つ目の理由をやや冗談めかして口にすると、組んだ手に顎を乗せ真剣な表情に変わり言葉を続ける。

 

「問題なのはマチ、お前がヒソカは動かないと判断したことだ。動くことをほのめかせ、新たな発の情報まで出す。まるで今回は諦めたように見える、あのホラ吹きで天邪鬼のヒソカがなんとも素直なことだ」

 

 クロロの説明が続くにつれ、マチの表情も徐々に強張っていく。クロロの考察と自分が感じたもの、そしてヒソカの性格を照らし合わせれば、信じ難いが同時にらしい答えへと行き着く。

 

「お前の言うとおりさ、ヒソカはバカどころか恐ろしいほど切れる。そんなあいつがお前を誤魔化したんだ、用心するに越したことはない」

 

 クロロはゆっくりと立ち上がると、幻影旅団団長としての覇気を纏いながら宣言する。

 

「まだ確証はない以上手出しはしないが、もし動いたらこちらとしても相応の対応をさせてもらう」

 

 相手はクロロをして最強格と認めざるを得ないヒソカ、どう対応しても出血は免れないが決して逃がすことはしない。

 

「裏切りが発覚次第、No.4ヒソカを処理する」

 

 蜘蛛の頭は己の意に反する脚に気付いた、そして気付いた故に見えなくなった。

 己が最も信を置く脚が鎖に囚われていることも、ヒソカという極大の光の裏に隠れた化物にも。

 蜘蛛が見誤ったとすればただ一つ、ピエロは思っていた以上に筋肉にゾッコンだった。

 

 



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第33話 二度目の戦いとゴンの弱点

 皆さんこんにちは、いよいよ天空闘技場ともお別れが近付いているゴン・フリークスです。ウイングさんには本当にお世話になりました、恩に報いるためにこれからも強くなり続けます。

 

 

 

 

 7月1日、天空闘技場にて大々的に試合告知が行われた。

 

 7月7日の正午、“キングマッスル”ゴンvs“残虐ピエロ”ヒソカ。

 

 7月の試合チケットとは別に専用チケットが一人一枚限りで販売されるも、一時間で立ち見まですべてが完売。チケットの片隅に書かれている注意事項を見ても、誰一人として転売することはなかった。

 

[天空闘技場も全力を尽くしますが、命の保証は出来かねますのでご容赦ください。]

 

 実力者同士の試合では観客に死傷者が出ることも珍しくないここ天空闘技場で、公式が注意喚起と対策を取った最初の試合として後世に伝えられるのだった。

 

 

 

 

 ゴンとヒソカの試合会場として選ばれたのは、まさかのバトルオリンピアが開催される最上階リングであった。現フロアマスター第1位の家でもある最上階が会場とあって様々な手続きがあったことは間違いなく、これだけでスタッフ達のこの試合に込める本気度が推し量れた。

 観客でごった返す会場内において比較的余裕のあるスペースに、ゴンの関係者として席をゲットしたキルア達にウイングとズシが並んで座っていた。ズシの膝ではギンが丸くなっており、天空闘技場では初めてゴンになんの制限もない試合となる。

 キルア達は試合の日が近付くにつれてオーラの圧力が増すゴンと、何処からともなく漂ってくる粘ついた禍々しいオーラにとてつもない不安を感じていた。

 

「あいつ等が暴走しだしたらマジでどうする?正直オレはクソ兄貴の縛りのせいで今ここにいるだけで限界なんだけど」

 

「流石にあの二人も無傷じゃすまんだろ、なんとか円で囲んでドケチの手術室(ワンマンドクター)の鎮静剤と麻酔薬ぶち撒けてやるぜ」

 

「あの二人相手なら私の強大な者の鎖(タイタンチェーン)は最大限強化される。レオリオのワンマンドクターで少しでも動きが鈍れば逃さん」

 

「臨時とは言え私も皆さんの師を名乗っていますからね、たまには強さでも頼りになる所を見せてあげましょう」

 

「自分は邪魔にならないように避難するッス!」

 

「ぐま〜」

 

 一部が悲壮感も混ざった使命感を漂わせている中、純粋に試合を楽しみにしている観客達は天空闘技場の対応に驚いていた。本来普通の試合では使用しない最上階が会場なのはもちろん、観客達の前に強化アクリルを使用した透明な壁がそびえ立っているのだ。全ては観戦者の自己責任を貫き、たとえ死者が出ても一切動かなかった天空闘技場が初めて講じた対策。観客の意識や闘士の心構えだけではなく、天空闘技場の在り方そのものの変化を象徴していた。

 

 

 

 

(不思議な気分だ。ネテロ会長に挑む時とか、キルア達やウイングさんと組手をする時とも違う)

 

 ゴンはリングに続く廊下を歩きながら、自分の胸中に渦巻く熱い想いを分析していた。格上に挑む震える様な高揚とは違い、キルア達の成長を感じる踊る様なわくわくとも違う。

 もっとずっとこの身を焦がす、鮮烈な熱い想い。

 

(これなら、間違いなくベストが尽くせる)

 

 一時も待てぬとばかりに貯筋解約(筋肉こそパワー)で本来の姿に戻りながら、猛る気持ちとオーラそのままに会場へと足を踏み入れた。

 

 

(なんだろうねこの気持ち♣今までのおもちゃには感じたことない、…上手く言葉にできないや♥)

 

 ヒソカはリングに続く廊下を歩きながら、自分の胸中に渦巻く熱い想いを分析していた。極上の玩具を壊す時の震える様な快楽とは違い、まだまだ青い果実を味見する時の背徳的なドキドキとも違う。

 もっとずっとこの身を焦がす、鮮烈な熱い想い。

 

(これじゃあ、我慢しきれるかわからないよ♥)

 

 どうしてもつり上がっていく口角を自覚しながら、逸る気持ちとオーラをそのままに会場へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 リングにゴンとヒソカが上がった瞬間、あれ程賑わいを見せていた会場内が静寂に包まれた。いつもの実況スタッフと解説も口を噤み、何かを察した審判も注意事項を簡潔に述べるとリングの端へと退避する。最後の意地でリングから降りることはせずに、試合の段取りが全て吹き飛びながらも唯一最大の仕事を完遂する。

 

「試合開始ィー!!!」

 

 ゴンとヒソカの衝突による衝撃で、審判はリングの上から転がり落ちた。

 

 リングの上に二人しかいない、二人だけの時間が幕を開けた。

 

 

 

 

 流々舞(るるぶ)、武術の鍛錬において型や動作を確認するために、あえて緩やかに攻防を行う高度な組手である。試合開始と同時に、ゴンとヒソカはお互い自然とこの組手を行っていた。

 一つ一つの動きを確認しあい、どれだけレベルアップしているのか、どんな気持ちでこの試合に臨んでいるのか。

 二人にとってはただの確認作業だが、その速度は既に一流の能力者でも愕然とする速さとなっていた。

 まるで静寂の中二人だけで踊っているような、不思議な心境で拳と脚を合わせ続ける。

 

 

「…ちくしょう、オレだって、オレだって出来るって言いたいのに。…ちくしょう!なんでオレはこんなに弱いんだ!」

 

 キルアが思わず弱音を言うほどの光景が、今まさにリングの上で繰り広げられていた。

 見る者が見ればわかるまるで予定調和の舞を思わせる組手ながら、今この場で同じような事をできるのはウイングのみというレベルの高さ。

 

「キルア君、恥じることはありません。私でさえあれ程息のあったやり取りは不可能、というよりもはやあの二人でしか成り立たない領域に到達しています」

 

 危険を感じた審判はすぐに離脱し、解説席に上がって少しでもよく見えるよう強化アクリルに額を押し付けて目を血走らせている。

 息を呑む観客たちはまるで視認できないやり取りと、衝撃でビリビリと震える強化アクリルに言葉をなくし絶句していた。

 

「皆さん、とにかく一瞬たりとも目を離してはいけませんよ。断言しますが、この試合は最上位クラスの戦いです。このレベルとなると、私でさえ片手で数えられる程度しか見たことがありません」

 

 ウイングは自分も一切視線を外すことなく、溢れそうになるオーラを必死に目に集めて試合を見つめる。

 まるで初めて武に触れた子供のような、心の底から湧き上がる熱い想いを会場にいる全ての者が感じていた。

 

 

 およそ2分の攻防の後、ゴンとヒソカは示し合わせた様に開始時と同じ距離を取って離れた。やり合っていたリング中央の石版は完膚なきまでに粉砕されているが、当の二人は軽く汗ばむ程度で息も乱さずに向き合う。

 

「素晴らしいね♥ククルーマウンテン以来だから半年すら経っていないのに、まるで別人じゃないか♥」

 

「ウイングさんのおかげだね、やっぱり感覚派じゃない理論派の指導は物凄くためになる」

 

 やっと静かになった強化アクリルが今度は観客達の絶叫で震えているが、まるで気にすることなく二人は会話を続ける。

 

「準備運動はもういいだろう?ここからは本気で遊ぼうじゃないか♥」

 

「望むところだよ、追加出筋(さらなるパワー)!」

 

 ゴンとヒソカから立ち昇るオーラが互いに干渉して蠢き、熱狂し始めていた観客がまたも水を打ったような静けさに包まれる。

 

「そこでやめちゃうのかい?まだ上があるのに焦らすなんて酷いじゃないか♠」

 

「扱いきれない力で勝てると思うほどヒソカを過小評価してないだけだよ。組手ならまだしも、勝敗のある試合で勝ちの可能性は減らさない」

 

 ゴンは機嫌よく笑うヒソカを前にして、先に手札の一つを切るべく追加出筋で筋肉量をさらに増加させると筋肉対話(マッスルコントロール)を発動する。

 

筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)!」

 

 ゴンが今行った牢は、ネテロに対して行ったものより筋肉量もオーラ量も少ない。しかしその分体への負担は大幅に軽減され、何より己の意思で十全に戦闘を行う上では最大限の強化率である。

 眼前のヒソカはもちろん、牢を初めて見た能力者達は驚愕に目を見開き、見ただけで伝わってくるその圧倒的パワーに恐れ慄いた。

 

「アハッ、アハハハハハハハハハッ!!…あはぁ♥」

 

 突如として顔を手で覆ったヒソカが、耐えきれないとばかりに哄笑を上げた。そして静かになると上を向いていた顔をゴンに合わせ、指の隙間から爛々と光らせた瞳で妖しく嗤う。

 

「そうか、君はそんな所まで行ってしまったんだね♥いい、いいよ、あぁどうしよう、今すぐ君を、壊したい…♥」

 

 噴き出すのはカストロ戦を遥かに上回る毒々しいオーラ。壁一枚挟んでいるからか、対峙するゴンの輝くオーラの影響か、失神する者こそ出なかったが素人含め全員の頭に一つの考えが浮かんできた。

 

 ここから先は命の保証が無い。

 

 絶大な信頼を寄せていた強化アクリルがまるで和紙のように頼りなく感じられ、先の攻防から視認することも出来ないと理解はしている。

 それでも誰も席を離れない。見えないながら見える範囲で、決して画面越しでは感じられないリアルな空気を求めて。

 そしてヒソカのオーラと真っ向から対峙するゴンは、ネテロとの組手程では無いにしろ全身をほのかに光らせ口を開く。

 

「簡単にいくと思うなよヒソカ、壊せるものなら壊してみろ!」

 

 腰を低くし構えるゴンに対して、ほとんど棒立ちに見える自然体で立つヒソカ。

 本当の戦いは、ゴンの右ストレートから始まった。

 

 

「あれがキングとヒソカの本気、はっきり言って天空闘技場でも場違いすぎる強さだな」

 

「確かに、どちらとも試合した身としては想定内と言いたかったが、所詮私では測れるレベルではなかったかな」

 

 この天空闘技場で間違いなくトップクラスと言える新米フロアマスターの二人、ゴードンとカストロは公式に用意された席に並んで試合を観戦していた。互いに興味があったこともありすぐさま打ち解け、今は協力して試合の全貌を把握することに努めている。

 

「キングがしてるオーラの圧縮は凄まじいな、見たところヒソカの攻撃で一切ダメージを受けていない」

 

「ヒソカも大したものだ。恐ろしいほど正確な流、そしておそらくは発でキングの攻撃を捌き切っている。」

 

 二人は全力で凝をしながら、ゴードンはゴンを、カストロはヒソカを注視することで少しでも多くの情報を入手していた。

 牢と脳筋万歳(力こそパワー)による圧倒的フィジカルで戦うゴンと、洗練されたオーラ運用と卓越した戦闘技術に加え物理攻撃に相性の良い伸縮自在の愛(バンジーガム)を駆使するヒソカ。

 お互い決定打に欠ける様に見える攻防の中、ヒソカを注視していたカストロがほんの僅かなオーラの揺らぎに気付く。

 

「ヒソカが何か仕掛けるぞ!」

 

 その言葉を言い終わる前にゴンの横をすり抜けたヒソカが持っていた物、それは恐ろしく研ぎ澄まされたオーラを纏う♤の10。

 

 ゴンの猛々しく隆起した僧帽筋から、真っ赤な鮮血が吹き出しリングを染めた。

 

 

 初めて見てわかるほどのダメージを与えたヒソカだったが、胸中ではゴンのデタラメさに舌を巻いていた。

 

(本当に冗談みたいな身体だよ、運良くスペードだったのにまるで堪えてないなんてね♥)

 

 大量出血に観客達が驚いた次の瞬間には、すでに血も止まり確かめるように肩を回すゴンの姿があった。

 

(あれだけ筋肉を圧縮してるんだ、大量に出血したように見えて実際はただ勢い良く飛び出しただけ♠切った感触も骨に届いてないどころか、大して深くもないし嫌になるよ♥)

 

 そんな弱音とも取れる心境に反してあいも変わらず笑みを浮かべながら、これみよがしにトランプを派手にシャッフルする。

 

「どうだった?ボクの奇術師の嫌がらせ(パニックカード)♥今度はもうちょっと薄いところを狙うから気を付けてね♣」

 

「簡単には狙わせないよ、深追いしすぎないようにするんだね」

 

 ゴンも表面上は余裕を見せているが、斬撃に特化したスペードとはいえ数字の10で防御を抜かれたことに内心辟易していた。

 

(ヒソカのことだから、数字の大きさによる強化率は一定じゃなくて指数関数的増減が濃厚。そう考えるとダメージの少ない内にジャック以上を経験しておきたかった)

 

 牢の防御を容易く抜けるならば被弾を抑える戦い方が必要になるが、ゴンの戦闘技術ではどう対処しようとヒソカの攻撃を避けきることは出来ない。

 

(しかも狙ってるのかな、バンジーガムを受けの時以外に使ってない。パニックカードを使う以上オーラの節約をしてるとも取れるけど、単にまだ本気になってないだけかな?)

 

 短い時間とはいえゴンとヒソカはお互いにここまでの試合内容から、相手の残り手札や余力などを推測し合う。

 

「ん〜、やっぱりそうか、そのオーラを圧縮する技は弱点をカバーするための苦肉の策でもあるんだね♦」

 

 そして、実戦経験と頭の回転の速さで優るヒソカはゴンのおおよそ全てを解き明かしてしまった。

 

「前から怪しいとは思ってたんだ♣ゴン、君は硬を使うことが出来ないんだね♠」

 

 ヒソカの言葉の真偽は、悔しそうに歪められたゴンの表情から一目瞭然だった。

 

「君の戦闘スタイルなら今している圧縮もとんでもなく強力だけど、それ以上に決め手として高い威力が得られる硬を見たことがないのは有り得ない♣恐らくだけど、脳筋万歳が強力すぎて抑えきれないってところかな♦」

 

「…」

 

「そう考えると筋肉対話も元々は筋肉を操作する能力じゃなくて、オーラを動かして流や凝を出来るようにする発だったりするのかな♦ここまでのやり取りで習得率は160%くらいと伸び悩んでることもわかったし、どうやら最初の印象とは違ってお手軽強力な能力じゃないみたいだね♥」

 

 楽しい様な悲しい様な、複雑な表情で考察を語るヒソカ。ゴンのことをより深く知れた喜びと、自分の高みまで登ってくるのに時間がかかりそうなことがわかった悲しみ。

 しかしながら到達する最大値は間違いなく破格であり、ゴンならば必ずたどり着くと確信できるからこそヒソカは惹かれたのだ。

 それでも僅かな落胆を感じずにいられず、がっかりしたというよりは寂しいという方が近いとはいえオーラにその気持ちが乗ってしまった。

 

 その事実が、ゴンの心を深く強く傷付けた。

 

「…とりあえず今ヒソカが言ったことは全部当たってるよ。オレは脳筋万歳のことを全くと言っていいほど使いこなせていない」

 

「それはないよ♣そもそも能力が発動していて、効果を出してる時点でほとんど使えてるようなものさ♦正直ボクは安心もしてるんだよ、それだけ強力な発ならそれくらいのデメリットは許容…!」

 

 無意識に慣れない慰めを口にしていたヒソカは、俯くゴンから溢れ出た憤怒のオーラに言葉を止める。

 

「誰が何て言おうと、オレ自身がオレの弱さを許さない。この程度で少しでも満足していたら、それはオレの目指す最強(ゴンさん)への侮辱だ!」

 

 牢で抑えられないオーラが渦を巻き、その中心に立つ修羅は己の弱さを認めつつも決して許さない。

 

「キルア達に会って、強くなることと同じ位大事なものが増えた。最初はこれでいいのかって少し考えたけど、今はこの気持ちも最強(ゴンさん)を超えるために必要な想いだってわかる」

 

 抑えきれずに溢れていたオーラが、ゴンの身体に吸い込まれていく。ヒソカは圧縮とは違う現象に疑問をいだきながらも、ゴンから目を片時も離すことが出来ない。

 

 その輝きは、全力を超えて生きる人間の魂の煌めき。

 

「それに、オレはネテロ会長やキルアよりも、ヒソカ、お前に勝ちたい!」

 

 会場内の誰も、対峙するゴンすら気付けない刹那の一瞬。

 

 ゴンから真っ直ぐ向けられたその想いは、ヒソカに人生最大の多幸感をもたらしその禍々しいオーラを嘘のように澄みわたらせた。

 

 そして反転した。

 

「最高だ、君が、ボクを見て捕まえに来てくれる。そんな最高の君を壊した時、ボクは、ボクは人生最高と最低を同時に味わうんだ♠」

 

 ゴンの輝きはヒソカを太陽の下に引きずり出そうとしたが、ヒソカの心の奥底にあるのは光すら飲み込む漆黒の闇。

 

「ありがとうゴン、本当に、本当にありがとう。それしか言う言葉が見つからないよ。君がボクの前に現れてくれた、これ以上の奇跡はない♥」

 

 泣き笑いの表情を浮かべるヒソカに対し、ゴンはどこまでもふてぶてしい笑みを返して言った。

 

「違うね、本当の奇跡が起きるのはこれからさ。ヒソカがオレに負けるっていう奇跡がね!!」

 

 修羅と死神の試合(死愛)、決着の時が近付いていた。

 

 



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第34話 筋肉とピエロの決着

 

 

 ゴンvsヒソカの試合を固唾をのんで観戦していた全ての者が、ゴンの一撃で場外の壁まで吹き飛んだヒソカを見て驚愕した。

 ゴンから初めてのクリーンヒットに沸く場内だったが、土煙の中から服を叩いて普通に出てきたヒソカの姿に息を呑む。

 

「驚いたよ、さっきまでの印象が強すぎて避け切れなかった♠引いた奇術師の嫌がらせ(パニックカード)が♡のJじゃなかったらやばかったかも♥」

 

 ヒソカはゴンの攻撃が当たる直前、パニックカードで効果を増した伸縮自在の愛(バンジーガム)によりダメージを軽減していた。それでも軽々吹き飛ばしてくるゴンに内心冷や汗をかきながらも、血の付着したトランプを見せびらかすように舐めて嗤う。

 

「相打ち覚悟のダメージ差で押し切ろうって魂胆かもしれないけど残念♦今のボクは君にダメージレースで勝てるだけの下地がある♥」

 

 ゴンの腹部に目をやれば、新たに刻まれた傷で服が血に濡れている。出血はそれほど多くはないが、ゴンとヒソカどちらが多くダメージを負ったかは一目瞭然だった。

 

「やっぱり普通のトランプでも切れるんだね。けど今ので確信した、本気でちゃんと殴れれば倒せる!」

 

「いや、それはそうだよ♣」

 

 ドヤ顔で気合を入れ直すゴンに若干呆れたヒソカは、リングに戻ると両手でトランプを広げて構える。

 

「ゴンのペースでやるとこっちの身が持たないし、ここからはちょっとずるいことするよ♥」

 

 嫌らしい笑みを浮かべ、手に持つトランプを勢い良く投げ放った。

 

 

 観客達はあまりにも濃密な戦闘に時間を忘れて魅入っていたが、実際はまだ十分と経過していないことにどれだけの人間が気付いているのか。それは試合内容をより把握出来る実力者ほど顕著に表れており、キルア達三人は見てるだけにも関わらず大粒の汗を流し、ズシにいたってはまもなく体力の限界を迎えようとしていた。

 

(ふふっ、初めてゴン君に会った時今ならほぼ勝てると思ったものですが、とんだ自惚れもあったものです)

 

 心源流師範代たるウイングをして、今眼下のリングで行われている試合は心の底から戦慄する激闘だった。

 

(今までゴン君の最大パワーしか見えていなくて失念していたようです。強化率を敢えて下げることで、彼の元来高い身体操作能力を十全に発揮している。間違いなくあれが現時点でもっとも強いゴン君の姿!)

 

 続いて初めて目にした時から一切心を許せない、ウイングをして最凶と思わせるヒソカに注目する。

 

(性格や見た目に反し、何て見事な正統派実力者なのでしょう。全ての能力が信じられないレベルに高められていて、彼こそ器用貧乏を超えた万能の戦士と言わざるを得ない!)

 

 ウイングはもし自分がヒソカと戦えば、かなりの高確率で敗れる事を認めなくてはいけなかった。普通に才能が有る程度のウイングが心源流の師範代になれた訳は、苦手を無くし全体のトータルバランスを高めた故。

 ヒソカの戦闘スタイルはまさしく、ウイングの目指した完成形だった。

 

(だからこそわかってしまう、今のゴン君ではヒソカに勝てない!!)

 

 リングの上には石版の破片といくつものトランプが散乱し、口から血を流すヒソカと全身いたる所を切り裂かれたゴンが対峙していた。

 

 

「んっん〜♥やっぱりゴンには情熱の赫が映えるねぇ、普通ならもうとっくに動けなくなってるはずなのに、オーラ以外に筋肉でも止血してるのか♦」

 

 圧倒的優位に立つヒソカは、愉しそうに口元の血を拭うとゴンの状態を改めて分析する。切り裂きこそすれど致命傷には遠く及ばず、出血もおそらくはまだまだ余裕がある。

 

(計算違いだったかな、ここまでやってもまるで堪えてないなんて随分痛みに強い♣こっちも言うほど余裕がある訳でもないし、本当に厄介な相手だよ♠)

 

 ヒソカはゴンとの戦闘において、伸縮自在の愛(バンジーガム)を普段とは違う使い方で運用していた。

 堅全体をバンジーガムに変化させることによる、ゴムの弾性を利用した防具と動作補助である。

 これによりゴンの打撃に対してオーラの攻防力以上に耐性を付け、本来の動き以上に変則的で素早い動きを実現していた。

 さらには自分の攻撃をほとんど斬撃にすることにより、衝撃に強い筋肉に対して効率良くダメージを与えている。

 

(にもかかわらず崩しきれない、むしろ長期戦はこっちが不利かな♠)

 

 ゴンの攻撃は全てが打撃であり、ダメージは即効性が少ないかわりに体内へと蓄積していく。ヒソカは細心の注意を払って受け流しているが、徐々にその身体をダメージが蝕んでいた。

 

 

 見た目ほど余裕のないヒソカに対し、ゴンも見た目通り余裕は全くと言っていいほどなかった。

 

(くっそぉ、どうしてもパニックカードがチラ付いて後半歩が踏み込めない。そこを見破られてるのか、実際はほとんど普通のトランプを使ってるみたいだし)

 

 ヒソカがハンター試験中に相談したこともあり、ゴンはパニックカードについては世界で二番目に詳しい。しかしそんなゴンですら対応策が見つからないほど、ヒソカとパニックカードの相性が悪魔的に良かった。

 

(見分けることはほぼ無理で、引いたカードによっては一発で致命傷。一応使って消えたトランプの数字と柄は覚えてたけど、それすら被った時点で残りの数字も予測が出来ない)

 

 念能力無しですら手品師顔負けの技術を持つヒソカにしてみれば、パニックカードと普通のトランプを誤魔化す程度は戦闘中でも全く問題ない。真っ向勝負をしているにも関わらず考えること、気を付けなくてはいけないことの多い戦闘はゴンの集中力を大幅に削っていく。

 

(そろそろ決めに行かないとジリ貧、あと少しで掴めそうな“これ”次第かな)

 

 実のところゴンは、全力でないとはいえ止血しながらの牢による戦闘が限界に近い。刻一刻と迫るタイムリミットは、ゴンにさらなるギリギリの攻防を強いる。

 

 奇しくもゴンとヒソカの二人は、ほとんど同時に短期決戦に向けて舵を切った。

 

 

 二人が短期決戦を決めたとはいえ、それ相応のタイミングで仕掛けなければ無意味ということもあり大きな変化なく試合は進む。変わらぬ激闘に魅了される一般観客とは違い、一定以上の実力者達はこれが決着と言う嵐の前の静けさだと理解して集中力を高めていく。

 

(っ!よっしゃ出来たぁ!!)

 

 そしてこの膠着を壊す口火を切ったのは、より追い詰められていながらも新たに力を得たゴンだった。

 

(ぶっ飛ばす!!)

 

(ッ!?仕掛ける気だねゴン♦)

 

 ヒソカはゴンの気迫や動きから、これまで以上の攻撃が来ることを完璧に読み切りパニックカードを引く。

 

(あらら、♤が良かったけど♢のKか♠けどこれなら勢いを止めて詰めれる♥)

 

 ゴンがこれから被弾覚悟の特攻を仕掛けた場合、流石にKの威力を無視することは出来ない。避けるにしろ受けるにしろ、攻めに傾きすぎた意識を切り替える時間を与える気はなかった。

 

(さぁ、フィナーレといこうじゃないか♠)

 

 ゴンがしっかりと見えるように、♢のKを一切隠で誤魔化さず投げ放つ。とんでもないオーラを纏ったトランプがゴンの正中線ど真ん中、最も避け難い位置目掛けて迫る。

 

(避けるかな?受けるかな?君ならきっと受けながら来てくれるよね♥おいで、抱きしめてあげる♠)

 

 ヒソカは幻視した、受けようとして失敗しそれでも自分に向かってくる健気なゴンの姿を。

 限界を迎えたゴンを自分のバンジーガム()で包み込み、勝者の立場から愛でる優越感を。

 

 パニックカードは最短距離で迫るゴンの身体を貫通した。

 

(は?)

 

 間違いなく内臓諸々を貫通されたはずのゴンは、一切の減速も堪えた様子もなくヒソカに肉薄すると全力で右脚を振り抜く。

 

(やっば☠)

 

 ヒソカは強化アクリルを軽々と突き破り、観客席最上段の壁に着弾した。

 

 

「あんのバカ、たかが試合で特攻しやがった!」

 

「すぐに治療するぞレオリオ!…レオリオ?」

 

 キルアとクラピカは真っ先に反応するはずのレオリオが静かなことに気付き視線を向けると、グラサンがズリ落ち前衛芸術のように顔を歪めたレオリオがいた。

 

「…あぁ〜、試合後はわからんがとりあえず今は大丈夫だ。てかマジでゴンの頭ん中どうなってんだよ、普通あんなこと思い付くか?」

 

「何を言っているレオリオ!?あの位置は様々な内臓が密集している以上今すぐ治療しても危険なのだぞ!」

 

 頭を抱えて座ったままのレオリオに声を荒げるクラピカだったが、同じく立ち上がっていたキルアも落ち着きを取り戻していることに首を傾げる。

 

「…クラピカ、どうもマジで大丈夫っぽい。内臓やったにしては明らかに出血が少ないし、何より全然血を吐いてない」

 

 言われてクラピカもゴンを注視すれば、身体を貫通されたにしては明らかにダメージが少ない。

 

「多分あいつ筋肉対話(マッスルコントロール)で内臓ずらしやがったな。トランプが通るところに道を作ってダメージを最小限に抑えたんだ」

 

 キルアの予想を聞いたクラピカやウイングも合点がいき、あの激闘の中そこまで危ういことをしたゴンに怒りやら呆れやらが募る。

 

「そうだったらまだ納得出来たんだがな」

 

 そしてこの場で唯一事実を知るレオリオに否定された。

 

「ちょいと脱線するが、一般的な成人男性の筋肉の割合ってのは5割もねえ。皮膚の下には内臓や骨もあるからな、どうやったって限界がある」

 

 いまいち何が言いたいかわからないキルア達が黙って聞いていると、レオリオはゴンを凝視した後に盛大にため息を吐く。

 

「なんでゴンが活動出来てんのかわかんねえけどよ、今あいつの皮膚の下は骨以外ほとんど筋肉だ」

 

『…はぁ?』

 

「多分使ってんのは貯筋解約(筋肉こそパワー)だな、あいつ内臓とかを筋肉に入れ替えてやがる」

 

『はあぁーっ!?』

 

 再び頭を抱えて俯いたレオリオとは逆に、キルア達はゴンを驚愕の眼差しで見つめるのだった。

 

 

(手応えあり、けど仕留めきれてない)

 

 ヒソカを蹴り飛ばしたゴンは残心を解かず、未だ収まらない土煙を注視し続けていた。

 ゴンは身体を貫通されても無事だった理由である筋肉こそパワーの応用技、貯筋振替(身体は筋肉で出来ている)で威力を増した蹴りすら耐えたと思われるヒソカに改めて畏怖を抱く。

 

(けどダメージは完全に逆転した。このまま押し切…っ!)

 

 ゴンがバックステップで飛び下がると、土煙の中から放たれたトランプがオーラの尾を引きリングへと突き刺さる。伸びるオーラはバンジーガム、一瞬で縮めばまるで瞬間移動したかのように仁王立ちしたヒソカが現れる。

 しかしその姿は凄惨そのもの、ガードしただろう左腕はグシャグシャに拉げ口からは大量の血を流している。

 

 それでも浮かべているのは満面の笑み。

 

「クフフフフッ♥相変わらずゴンの愛は重いねぇ、ボク以外が受けたらぺしゃんこになっちゃうよ♠」

 

 拉げている左腕を右手で掴み、思わず耳を覆いたくなるような異音を出しながら真っ直ぐになるよう引っ張る。そしてバンジーガムで矯正すると、何もなかったかのようにトランプをシャッフルしだした。

 

「今のは油断とも違うなぁ♦戦闘自体はびっくりするほど素直なのに、発に関して言えば予想の斜め上なんてもんじゃないくらいぶっ飛んでる♣本当に飽きないビックリ箱だよ♥」

 

 ダメージ差が出来たことで一度様子を窺ったゴンだったが、ヒソカの話術に惑わされないよう改めて決着を付けるべく足を踏み出す。

 

「やっぱり後は場数を()()()学んでいかないとね♠」

 

 踏み出したゴンの足を、リングに刺さるトランプが貫通して消えた。

 

「っ!?」

 

「不思議だね♥一回使ったら消えるはずのパニックカードが消えずに残ってた、まあ簡単な話で最初からゴンに踏ませる目的で設置してただけなんだけど♣」

 

 その言葉にゴンが素早くリングを見渡せば、散乱するトランプの中で不自然に突き立つものがいくつも確認出来た。

 

「単純故に見辛いトラップ、むしろパニックカードに詳しかったのが仇ってやつさ♦」

 

 ゴンは今の使い方が可能なら隠で見えないトランプがある可能性にも気付き、見えない地雷への意識から思わず硬直してしまった。

 

「ここまで使わされるとは思わなかった、やっぱり備えはしておくもんだね♠」

 

 動きの止まったゴンに向かって、ゆっくりとパニックカードが放られる。

 

 見えたトランプは♡の9、自分まで届かないトランプに思考が空回りするゴンの前に落ちると形が崩れだす。

 

「実はさっきゴンが踏んだやつ以外にトラップは無いんだよね♣そしてこれで完成、♡のフラッシュ♠」

 

 ゴンを囲うように配置されたパニックカードが、崩れた♡の9と連鎖してバンジーガムに変わると包み込むように広がる。

 

 依然空回りする思考と足が傷付いた状態で、回避出来るほど甘くはなかった。

 

(くそっ!フラッシュってことは5枚使って効果を底上げしてる!?動けない!!)

 

 囚われたゴンは何とか抵抗しようともがくも、全身余すことなく包んだバンジーガムは多少伸び縮みする程度で微動だに出来ない。

 

「仕上げは何を引けるかな♪…フフッ、なんとなんとJOKERでした♠」

 

 おぞましいオーラのトランプを持ちゆっくりと歩くヒソカは、動けないゴンの前に立つとにっこりと嗤い振りかぶった。

 

「これで戦績は五分、またヤろうね♥」

 

「次は絶対勝つ」

 

 深々と切り裂かれたゴンから血飛沫が舞い、リングに横たわると子供の姿に戻り気を失う。

 

 返り血を全身で浴びたヒソカは両手を広げて天を仰ぐと、恍惚の表情を浮かべて勝利の余韻に浸った。

 

 




 頭の中の妄想を文字に出力する何かが欲しい作者の補足説明入ります。


 貯筋解約のバリエーション、貯筋振替(身体は筋肉で出来ている)

 ご都合主義万歳な、内臓諸々を蓄えてた筋肉と入れ替える頭の悪い能力。
 なんで生きてるのか内臓はどこに行ったのか、ゴンはおろか私にもわからん。
 神の創り給うた人体の黄金比率に唾を吐く愚行ながら、筋肉が増えるから何故か強くなるよ、やったねゴンさん。


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第35話 試合の後始末とさらば天空闘技場

 

 皆さんこんにちは、追い詰めこそすれど余裕を持って負けたゴン・フリークスです。有利な土俵でこれですからまだまだ修行が足りません。

 

 

 

 天空闘技場にある闘士のための医務室は、これまでお世辞にも設備が整っているとは言えなかった。それでもここ数ヶ月の好景気のおかげで最新設備2歩手前程になり、その手術室のベッドの上には今日も重傷の闘士が横たわりレオリオの治療を受けていた。

 

「ちくしょう、内臓もやばいが何より骨がグシャグシャじゃねぇか。あんな無茶すっからだぞ」

 

 医師免許を持っていないレオリオだが医療スタッフにその腕を見込まれ、アルバイトという名の主治医としてその能力を存分に振るっていた。

 

「もっと輸血持ってきてくれ!あと無理矢理治すからタンパク質と鉄分多めの飯も用意頼む。大丈夫だ、きっとすぐに良くなるから気を確かに持てよ!…ヒソカ!」

 

「治りが早いとはいえ麻酔くらいしてもらうべきだったかな♠」

 

 手術室の外では既に全快しているゴン含め、いつものメンバーが反省会という名の糾弾を行っていた。

 

 

 ご立腹なキルア、クラピカ、ウイングに囲まれたゴンは、いつかの様に正座して矢継ぎ早に並べられる小言を聞いていた。

 

「結果としてヒソカよりよっぽど軽傷だったんだし別にいいじゃんか」

 

 しかし今回はゴンもやや不満な表情で口を尖らせ、その態度がまたキルア達をヒートアップさせている。直ぐ側のベンチでは体力を使い果たしたズシがいびきを立て、その横でギンも丸くなって呆れたようにゴン達を見ていた。

 

「おいおい、まだやってたのかよ。とりあえずヒソカの治療も終わったから帰ろうぜ、流石に今日はもう疲れたわ」

 

 手術室から出てきたレオリオは、慣れた様子でスタッフに指示と脱いだ手術衣を渡すといつもの服装に戻る。レオリオに便乗してさっさと帰る準備を始めたゴンにため息を吐くキルア達も、最後は諦めたように支度を始めた。

 

『お疲れ様でしたレオリオ先生!!』

 

「おう、みんなもご苦労さんな」

 

 多くの医療スタッフに見送られて家路につくゴン達は、天空闘技場のスタッフ専用通路を使うことで何の障害もなくタワーを出る。

 天空闘技場の外はこの日も多くの人で賑わいごったがえしているが、絶により気配を消しているゴン達は注目されることもなくホテルへと帰還する。

 そしてズシを寝かせると集まり、これからについて話し合いを始めた。

 

「では皆さんは近々天空闘技場を去るということですね。ズシが寂しがりますし、私自身名残惜しさを感じます。」

 

「まだまだ教わりたいこともあるけど、やっぱり天空闘技場だとチームワークとかが疎かになっちゃうからね。ウイングさんには本当にお世話になりました」

 

 深々と頭を下げるゴン達を感慨深げに眺め、ついでにこの四人がごっそり抜けて天空闘技場は大丈夫なのかと心配になるウイング。

 

「直ちに出発ということはないでしょうが、今の内に私から皆さんに最後のアドバイスをさせて下さい。次に会った時、教えられることがあるかわかりませんからね」

 

 やや冗談めかして笑うウイングは一度全員を見渡した後、出会った当初から段違いに成長したゴン達に伝える。

 

「まずはレオリオくん、正直に言えばもう私から伝えることはありません。あなたの発の性質上、医療知識と技術の習得に努めてください。それと新しい発は形にこそなりましたが実戦で使うにはまだまだ練度不足、系統修行も怠らないよう頑張って下さい」

 

「オッケーだぜウイングさん、オレもここまで成長出来るとは全く思ってなかった。何かオレに出来ることがあればいつでも言ってくれ、力になる」

 

 レオリオはウイングと力強く握手すると、真っ直ぐ目を合わせて感謝を告げる。その姿は実年齢以上の風格と懐の広さを感じさせ、上に立つ立場のウイングをして参考にしたい程の振る舞いだった。

 

「次にキルアくん、その縛りを解いてあげたかったのですが力及ばずすいません。君のセンスは四人の中でも群を抜いています、その縛りから解き放たれた本当の実力もきっと使いこなせる筈、イメージをしっかり持って鍛錬を続けてください」

 

「これはオレがどうにかしなきゃいけないもんだから気にしなくていいぜ。それより表の技術を知れたおかげでかなり上達出来た、次に会うときはオレのが強くなってるから楽しみにしてなよ」

 

 あいも変わらず小生意気な態度ながら精一杯の感謝を口にするキルアに微笑むウイングは、心の中で自己鍛錬の密度を増やす決心を静かに固めた。

 

「クラピカくん、君の進む道は非常に困難なものとなるでしょう。しかしゴンくん達を頼れるあなたならきっと、最高の結末を迎えられると確信しています。あなた一番の長所でも短所でもある感情をしっかりコントロールして下さい」

 

「ウイングさんには迷惑をかけたし、いらない心配もさせていることを改めて謝罪させてくれ。あなたの教えは深く心に刻ませていただく、良い報告ができるように最善を尽くすことも約束しよう」

 

「ふふっ、実はそれほど心配もしていないのですよ。そうそう、あなたはせっかく頭が良いのに少々考えが硬い傾向があります。ゴンくんほどは無理でも柔軟な思考も心がけてください」

 

 頭を下げるクラピカに付け加えれば、しっかりと目を合わせて深く頷く。ネテロから聞いた以前の危うさが見えない、未来を見る瞳の輝きにウイングも笑顔を向ける。

 

「ギンくんにはあまり細かい指導が出来なくてすいませんでした。武を修める者として複雑ですが、あなたは野生を忘れることなく自由に戦って下さい」

 

「ぐ〜まっ」

 

 ギンを一撫でするウイングはこの手触りや癒しを忘れられず、後にペットを飼うことを本気で検討することになる。

 

「さて、最後にゴンくんですが困りましたね、私が言いたいことは全て理解しているでしょうし」

 

 お互い苦笑いを浮かべたウイングとゴンだったが、少し首をひねっていたウイングが閃いた顔をする。

 

「そうです!ゴンくんが硬を出来ない理由ですが、私の考えはゴンくんやヒソカと違います。ずばり、君が出来ないと()()()()()()()、です」

 

 その言葉に何とも言えない表情を浮かべるゴンに、ウイングは自分の思ったことと経験から考えを述べる。

 

「確かに脳筋万歳(力こそパワー)は強力無比な能力です。しかし君のオーラ運用技術ならば問題無いはず、ならば残りの理由は精神面ということになります」

 

「んー、オレ今まで念の修行で危ないと思ったこととかないし、出来ないと思い込むきっかけも思い浮かばないんだけどなあ」

 

 更に記憶を掘り起こして唸るゴンに対し、ウイングはそんなに深刻に考えないように言って続ける。

 

「私の同期の話なのですが、実力的に勝てる相手に決して勝てない者がいました。一時期は何か弱みを握られているなんて噂が立つほどでしたが、たまたまラッキーパンチで勝ってからは全戦全勝となりましたね」

 

 当時を思い出しながら語るウイングはゴンの肩に手を置くと、目線も合わせて穏やかに告げる。

 

「必要なのはほんの些細なきっかけです。ゴンくんはまだまだ若い、焦らず成長すれば必ず硬を会得できますよ」

 

「…押忍!」

 

 ウイングはゴンの返事に頷き、改めて全員を見渡す。

 

「皆さんは心源流の門弟ではありませんが、まごうことなく私の弟子です。いざという時はいくらでも私の名を使って下さい、力になることも師の甲斐性故にね」

 

 ウイングが最後は茶目っ気たっぷりに笑うと、ゴン達は今一度頭を下げ感謝を告げる。

 そして次の日の朝、改めてズシ含めて挨拶すると夜には天空闘技場を旅立った。

 

 

 

 ゴン達がいなくなった天空闘技場は驚くほど落ち込んだ、と思いきや意外なことに好景気をキープし続けた。

 そもそも宣伝活動や闘士のアフターケア等が杜撰だった状態で訪れた好景気であり、その辺りを改善した天空闘技場の人気は新しいファンや市場の獲得に成功していた。

 そしてゴン達四人とついでにヒソカの抜けた穴を埋める様に、天空闘技場では新たな人気闘士が誕生する。

 

 甘いマスクと何故か二人に増える虎咬真拳の使い手“双虎”のカストロ。

 

 顔の半分を隠す仮面を付けた強面ながら、人格者であり最近子供好きも判明した合気使い“キング投げ”のゴードン。

 

 この二人を筆頭に多くの人気闘士が覇を競う戦国時代に突入し、ついには200階の4敗したら終わりのルールすら廃止された。

 正しく闘技者の聖地へと姿を変えた天空闘技場は、今日も多くの荒くれ者と格闘家の集う武の中心地として高く高くそびえ立つのだった。

 

 

 余談だが、映画化やグッズ化でゴン達以上の経済効果をもたらした闘士として“リアルベ○ブレード”ギドは後に伝説となる。

 

 

 

 ゴン達が天空闘技場から旅立つ前、タワー内にあるヒソカの部屋では最後の作戦会議が開かれていた。

 

「それでは最終確認だ。団長のクロロはヒソカに任せるとして、最優先ターゲットはNo.6シャルナークだ」

 

 クラピカの示した指の先には、金髪の一見優男が朗らかに笑う似顔絵がある。ゴン達は幻影旅団と争う上で、一番最初に仕留めるべき相手をクロロではなくシャルナークに定めていた。

 理由は一つ、旅団内で唯一クロロに匹敵あるいは上回る頭脳を持っているからである。

 

「こいつを真っ先に仕留めることが出来れば、それだけ情報戦で有利に立てる。さらには参謀を失った分クロロの負担が増えることになるからな」

 

「マジでこいつは厄介だわ。ネット関係とかも担当してるって言うからさ、家のブタくんに聞いてみたらそっち界隈で普通に有名っぽい。まぁ当たり前だけど確証はないんだけどね」

 

「しかも他人を操作するオーソドックスな操作系能力者だろ?顔知らなかったらそれだけで致命傷だな」

 

 ヒソカ的には美味しくない相手のため詳細な情報はあまりないが、それでも総合的な厄介さで言えば断トツだとゴン達の意見は一致していた。

 

「そんでもって避けられない最終決戦前に確保しておきたいもう一人が、No.2のフェイタンだね」

 

 ゴンの見る絵には黒髪ツリ目の小柄な男、一発逆転の発許されざる者(ペインパッカー)を持つフェイタンが写っている。

 

「そうなるな。理想は全員各個撃破だがまず不可能、多くても一人か二人がせいぜいだろうな」

 

「しっかしそれでどーすんだよ、全員集合ってことは一網打尽にするチャンスだけど数で負けてちゃ世話ないぜ?」

 

 唸るゴン達を眺めていたヒソカだったが、少し考えた後に話し合いに混ざる。

 

「実はそんなに悪い賭けじゃないよ♦詳しくは言えないけどボクも色々と用意をしているからね♣」

 

「なんだよ勿体ぶるじゃねぇか、それでこの数の差をどうにか出来んのか?」

 

「まずそこが少し間違ってる、正直な所数の差ってのはそこまで深刻じゃないんだよ♠」

 

 ヒソカの見解は幻影旅団での役割分担が関わっており、すなわち戦闘員とそれ以外に分けられることだった。

 

「はっきり言ってパクノダとコルトピに関して言えば、レオリオでも勝ちの目があるし、キルアとクラピカにいたってはシズクにも勝てる♦そして蒐集欲の強いクロロは最低でも一人はこの三人に護衛を置くだろうね♣」

 

 ヒソカは旅団の絵から三人を除外し、シャルナークとフェイタンも外して自分とクロロを持ち上げる。

 

「はい、二人先制出来ればその時点で5対6、ゴンとボクの隠し玉があることを考えれば十二分に勝ち目はあるよ♥」

 

『おぉ〜』

 

 感心したように唸るキルアとレオリオに対し、そこまで上手くいくと思えないクラピカと嫌な予感がするゴンの表情は晴れない。

 

「ま、こういうのは最悪を想定するのもいいけど考えすぎないことも大事さ♣それで本題なんだけどクラピカ、ボクにかける裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)の内容を決めさせてよ♦」

 

「それは構わんが、あまり細かく設定は出来んぞ?」

 

 顔をしかめるクラピカとは対象的に、ニチャリと嗤うヒソカは自分の思い通りにことが運んだ時の快感を想像する。

 

「大丈夫♥封印するのは二つだけで一つは君達とボクが手を組んでいるという記憶、もう一つは君達への“  ”さ♠」

 

 ゴン達は一つ目こそ納得できたが、二つ目がそれだけでいいのかと首を傾げる。しかし結局は間違いないと言うヒソカに折れ、さらに保険ということでゴンとの試合の記憶も封印することに決まった。

 

「じゃあ次に会う時はヨークシンシティだね、更に成長した君達に会うのを楽しみにしてるよ♥」

 

 そしてヒソカは緋の眼を発動したクラピカによって、完成した真のルーリングチェーンを受けた。

 

 

 

 

「本当にこの依頼と報酬でいいの?オレとしては得するから別にいいんだけどさ」

 

「構わん、こちらとしては受けてもらわなければ話にならないからな」

 

「オッケー、じゃあこの依頼受けてあげる。報酬はちゃんと払ってよね」

 

「わかっている、お前達と敵対するほど暇じゃないからな」

 

 ゴン達は蜘蛛に向かって全力で走り続け、ピエロはその横をマイペースについていく。

 とんでもない速度で近付くゴン達だが、相手は逃げないながらも()をはるのが本業の蜘蛛。

 引き千切るのか絡め取られるのか、避けられぬ結末まで2ヶ月を切っていた。

 

 

 




 本編とは何の関係もありません。


アニメベ○ブレード

 ついに世界征服を企む暗黒ベイの首領へとたどり着いた主人公たち。
 そこに待ち構えていたのは己自身をコマとして戦う最強の敵ギド!世界の回転を手にしようとするギドに負けるな!!
次回『耐えろ、必殺技ギドタイフーン』ゴーシュート!!


アニメ第2期

 真の敵は星の自転や公転を狂わせようと目論む邪神ベイ教団!?コマを犠牲に教主を倒した主人公たちだったが、地球の自転を司る祭壇が狂ってしまった!もう手は無いと絶望しかけた主人公たちの前に現れたのは、その野望を砕かれ消えたはずのギドだった!?
次回『地球の回転は我のものだ!』ゴーシュート!!


「無理だよギド!地球の自転を一人でなんとかしようなんて出来っこない!」

「無理なものか、我は今こそこの星の一部、回転そのものになるのだ!」

「だからって、もし成功してもギドは!」

「どの道成功しなければ星は砕ける、もし成功したならそうだな、我のことを未来永劫語り継ぐのだ」

「ギド!」

「さぁやれ!貴様の手で我を打つのだ!!」

「うぅ、ゴーシューート!!」



「ギドさん、今日も地球はあなたのおかげで廻ってます」



劇場版

「あたしのコマの中にいるあなたはだれ?」

『さあな、夢を叶えた男か、この世に未練のある男か』

 小さな女児のコマに宿る謎の意思、それは新たな乱回転の始まり。
 秘密結社の極秘研究所で、祭壇より盗まれた男の体が脈動を始めた。



 作者に○イブレードの知識は欠片もないので全てがテキトーですご容赦ください。


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第36話 帰ってきたくじら島と束の間の休息

 

 

 皆さんこんにちは、約半年ぶりに帰郷したゴン・フリークスです。秒で森に突入したギンのせいか、島の動物達が騒がしいです。

 

 

 

 船に揺られてくじら島に到着したゴン一行は、ゴンによる島の説明を受けながら真っ直ぐミトの家へと向かっていた。島自体小さく島民もそれほど多くないため、病院などが充実していないことを嘆いたレオリオが簡易診療所を建てようとした以外時間もかからずに到着する。

 

「ミトさーん!ただいまー!!」

 

「ゴン!おかえりなさい!」

 

 ミトは駆け寄ってきたゴンを思い切り抱きしめると、キルア達を見渡して優しく微笑む。

 

「あなた達はゴンの友達かしら?ギンちゃんと違って人間の友達が来てくれて嬉しいわ。狭い家だけどゆっくりしていってちょうだい」

 

 その穏やかで包み込むような雰囲気にキルア達三人は抗うことが出来ず、親に付いていく雛のように一列で家の中へと入っていった。

 

 

 

「ギンちゃんひさしぶりね〜、大好きなカエルナマズの頭もあるからいっぱい食べるのよ〜」

 

「んぐまっ!!」

 

 ゴン達が風呂に入り船旅の汚れを落として夕飯の時間となった頃、森から出てきたギンはミトから貰った魚のアラなどをがっついていた。キルア達も普段あまり縁のない新鮮な魚介料理に夢中になり、ゴンとミトはその姿を嬉しそうに眺めている。

 

「へー、これがハンターライセンスねぇ、見た目は普通のカードじゃない」

 

 ミトはゴンから見せてもらったライセンスを隅々まで眺めながら、超難関なはずの試験をクリアした者が三人も目の前にいる違和感に苦笑いしていた。

 

「キルアも実力は十分なんだけど試験内容で落ちちゃったんだよね。もしまた受ければ合格間違いなしだよ」

 

「一応聞くけどギンちゃんはハンターになったわけじゃないのよね?」

 

「ギンは申し込みしてなかったからね、してたら貰えてたのかな?」

 

「ガフッガフッ、…くぅ?」

 

 小さくなった自分の体積以上に貪っていたギンはこちらを見る二人に気付いて一度止まったが、ミトの母親が追加を皿に入れたため再び食べ出す。

 

「あ~食った食った、ご馳走様です。いやー、ミトさんは料理上手いっすねぇ大満足っすよ」

 

「あぁ、こういうのを漁師飯と言うのだろうか?馴染みはなかったが非常に美味だった、ご馳走様です」

 

「ご馳走さん!しばらくこれが食えるのは楽しみだな」

 

 明らかに人数分の3倍はぺろりと食べたメンバーに、ミトと母親は嬉しそうに笑ってテーブルを片付け出す。手伝いを申し出るクラピカやレオリオだったが、ミトは断るとゴンに小さな箱のような物を渡す。

 

「それはジンがゴンに残していった唯一の品よ。一回本気で開けようとしたけど、無理だったからあなたにしか無理なのかもね?何が入ってたか後で教えて」

 

 そう言って片付けに向かったミトを見送り、ゴン達は客間で謎の箱を囲んで座る。

 

「一般人が開けられないとなれば、十中八九念が込められているのだろう。どうする、すぐに開けてしまうか?」

 

「いや、むしろいい教材があると思おうぜ。今のオレ等で無理矢理どうにかできないか試してみないか?」

 

 レオリオの意見が採用され、念を使うにしても攻撃的なら開かないと仮定して各々が開けようと試みる。

 結果としてはレオリオが中にもう一つ箱があることを突き止めた以外、本気のゴンが僅かに凹ませたくらいで歯が立たなかった。

 

「念ってのはこんなことまで出来んだな、まさかゴンでも壊せねえとは」

 

「ウイングさんの言ってた神字も使ってるんだろうけど、ジンの系統は放出系周りなのかもしれないね」

 

 オーラで個人認証している可能性も考慮し、ゴンが水見式の要領でオーラを込めれば今までの強固さが嘘のようにバラバラになる。

 

「はあ〜見事なもんだな。おっ、これが神字か?流石に見ただけじゃ何もわからんな」

 

「ふむ、余裕が出来たら学んでみたいものだな」

 

 神字らしきものが書き込まれている以外なんの変哲もない鉄の棒に興味を示すレオリオとクラピカに対し、ゴンとキルアの年少組は新たに出てきた箱へハンターライセンスを差し込んでさっさと中身を確認していた。

 

「なんだぁ?カセットテープにジョイステのメモリーカード、そんでもって指輪?」

 

「とりあえずラジカセ持ってくるね」

 

 部屋を出て行ったゴンに気づいたレオリオとクラピカも箱の中身を確認し、3つの品全てが僅かにオーラを纏っていることまでは判明した。

 そしてキルア達は戻ってきたゴンに、改めてゴン宛のメッセージを聞いていいのかを確認し全員でテープの音声を確認した。

 

 

 

「ちっ、まぁ理解できるとこもあるが基本的には面白くねぇ親父だな」

 

「同感だな、たしかに危険も呼び込むだろうがそれを言い訳にしても不干渉すぎる。もっと出来ること、するべきことがあったはずだ」

 

「あんま誇れた家族関係じゃねえけどこれはないわ。ゴンお前よくひねくれなかったな」

 

「ミトさんとばあちゃん、それにギンが居たからね。島のみんなもいい人達だし寂しさとかは全くなかったかな」

 

 テープの中身は自分達の作ったグリードアイランドと言うゲームの自慢と、会いたいなら探しに来いというおよそ実の親とは思えない言葉。

 腹を立てるキルア達と諦めているのか苦笑いのゴンの横で、再生され続けていたテープから再びジンの声が聞こえてくる。

 

『あ〜、ここまで聞いてたなら一応聞くけどよ、お前の母親について聞きたいか?オレはあんまり言いたくないから1分待つ、母親について聞きたけりゃこのままにしときな』

 

 キルア達がゴンのことを確認すると、特に動くこともなく黙ってラジカセを見続ける。

 

「…ちょっと意外だな、ゴンなら母親はミトさんだって止めると思ったわ」

 

「うん、オレのお母さんはミトさんだよ。ただもし産みの親が生きててさ、親父が迷惑をかけてたなら一度会ってみたいってのも本音なんだ。とりあえず聞くだけ聞いてみようかなって」

 

「そうだな、ジン殿とは違って何か事情があった可能性もある。もしゴンに会いたがっているならば顔を見せるのも悪くはないな」

 

 ゴンの当然と言える思いを聞いたキルア達も黙り、静かにジンの言葉を待っているとついに音声が流れ出す。

 

『は?嘘だろお前ここは母親はミトだっつって聞かねえとこだろ、なんだよ義理人情ないわけ?』

 

 キルア達は思わず目を剥き、ゴンの額には青筋が立つ。

 

『そもそもこんな大事なことを直接じゃなくただの録音で聞こうとするのもどうかと思うわ、ハンターとしてもっと自分で未知を解明する心構えを持ったほうがいいぜいやマジで』

 

 キルア達はゴンから漏れ出してきた怒りのオーラに冷や汗を流し、もう余計なことは言うなと十年前のジンに心の中で懇願する。

 

『お前ハンター向いてないんじゃね?ミトとかにもっと心を開いてればこんなことわざわざ聞かなくていいのによ。あ~あ、オレは聞かれないって読んでたんだがなぁ』

 

 いよいよミト達も気付くのではというほどのオーラが部屋に充満し、キルア達ももうどうにでもなれと達観した表情を浮かべた。

 

『よし、やっぱ気に食わねぇから母親については教えねぇ、聞きたけりゃ直接聞きに来い。ま、今みたいな性根じゃ一生無理だと思うけどな、あばよ』

 

 そこでテープが終了し室内が静寂に包まれるも、突如としてラジカセにオーラが宿り勝手にテープを巻き戻し出す。

 

「なんだぁ!?」

 

「これは、カセットテープに念が込められていたのか!」

 

「巻き戻して何を、って録音始めやがった!こいつ自分の痕跡を消すつもりだぞ!」

 

 キルア達は慌ててラジカセを止めようとするも、スイッチを切ることも壊すことも出来ない。

 

「ちっ、オレの電気でもショートしないのかよ」

 

命奪う者の鎖(アサシンチェーン)でオーラを吸い取ることも出来ん、本当にこれが十年前にかけられた念なのか!?」

 

「ダメだ!どうやっても止めらんねえ!」

 

 キルア達がラジカセを止めるのを諦めた時、黙って座っていたゴンが立ち上がると本来の姿に戻りラジカセを持ち上げる。

 

「…もともと一発殴るつもりだったけど、そんな本気で殴る気はなかったんだ」

 

 両手で挟み込むようにラジカセを持つと、徐々に両手で力を込めていく。

 

「気が変わった、殴る時は本気でぶん殴る」

 

 ジンのオーラを纏う強固なはずのラジカセが、軋む嫌な音を立て傍目にも潰れていくのがよくわかった。

 

「あー、ゴンさん?もうラジカセ止まってる気がするんだけどそれ以上はちょっと…」

 

 恐る恐る声をかけるレオリオも無視して、プッツンしているゴンはあえてジンのかけた念を破る。

 

「これはオレからの宣言だ、せいぜい首を洗って待ってろ!!」

 

「あああああ、ラジカセぇぇぇー!!」

 

 ゴンの力に耐えきれなかったジンのオーラは、ラジカセもろとも粉々に粉砕された。

 

 

 

 初日からゴンがぶち切れるハプニングがあったものの、一行は当初の予定通りチームワークを詰めながら穏やかな日々を過ごしていた。

 それでも組手や念の修行はもちろん、尾行や潜伏を想定したかくれんぼや鬼ごっこといったものも行っていく。

 そして多めに取った休息兼自由時間は、各々性格の出る過ごし方をしていた。

 ゴンとキルアの年少組はギンと共に森の中で遊びなのか鍛錬なのか疑問になるほど動き回り、毎日のようにドロドロになって帰ってきてはミトに小言を貰い風呂に叩き込まれた。

 レオリオは島に到着直後から計画していた簡易診療所を建て、島民はもちろん訪れる漁師達にも診察を行いここでも先生と呼ばれだしている。

 クラピカは基本的にはレオリオの手伝いが多く、それ以外ではゴン達に付いていったりミトの持っている書籍を読んだりと一番休息らしい休息を取っていた。

 

 遊び回っていたゴンとキルアが島に隠された財宝を見つけたり、女性しかいない漁船の船員達にレオリオが連れ去られかけたり、見目麗しいクラピカがミト率いる島のマダム軍団にもみくちゃにされたりと、所々賑やかな島での生活を全員が堪能した。

 

 そして8月もそろそろ終わりが見えてきた頃、ゴン一行は惜しまれながらくじら島を出発する。

 幻影旅団との決戦の地、ヨークシンシティへと旅立った。

 

 

 

 

 

「…んあ?この感じは、ミトに持たせたテープが発動した?いや、こりゃ破壊されたの方が正しいのか?」

 

 人類未踏の秘境の奥の奥に、ダブルハンターにして世界最強の一角ジン・フリークスは一人滞在していた。

 

「ん〜?ちゃんと正しい手順で発動したのに破壊されたってことは、ゴンの奴が壊したか強い仲間がいるってことか」

 

 たとえプロハンターでも大半が数日と生きられないような超危険地帯にいながら、まるで自宅のリビングの如くくつろぐジンは破られた念について考える。十年前にかけた念とはいえ、そうやすやすと破壊されるような強度ではないはずなのだ。

 

「おもしれぇじゃん、もうそこまで強くなってんのか、そんな強い奴を仲間にしてんのか。案外見つかっちまうのも早いかもな」

 

 己が十年前にかけた念の発動と破壊に気付いた感性は凄まじいが、ジンはゴンの強さを正しく予想することは出来なかった。

 

「会いに来なゴン、世界は絶望するほどでかくて、それ以上に楽しいことが盛り沢山だからよ」

 

 不敵に笑うジンは知らない、既にネテロをして死を連想させる筋肉が自分をロックオンしたことを。

 既に十年前自分がどんな音声を録音したか覚えてないジンは、怒らせてはいけない相手を怒らせたことに対峙するまで気付くことはない。

 

 



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第37話 ヨークシンシティ到着と集う者たち

 

 

 皆さんこんにちは、いよいよヨークシンシティに到着したゴン・フリークスです。先んじて下調べ出来る事も考えると、やっぱりヒソカがMVPなのでは?

 

 

 

 

「よし、どうやら蜘蛛より先に到着出来たようだ。今の内に潜伏場所の候補を絞り、バレない程度に監視体制を整えよう」

 

 ゴン一行がヨークシンシティに到着してまず最初にした事、それはクラピカの導く者の鎖(ガイドチェーン)による幻影旅団の有無の確認である。既に8月下旬ではあるものの、犯罪者集団が一箇所に長期滞在しない可能性が高いということでギリギリまで鍛錬したことが裏目にならずにすんだ。

 

「じゃあオレとキルアにギンは廃墟とか人目の付かない所のあぶり出しで、クラピカとレオリオはマフィアと繋がりが出来ないか試すでいいのかな?」

 

「うむ、マフィアに関してはオークションが直近に迫ったこの時期に外部の人間と関わりを持つ可能性は低いが一応な」

 

「ま、とりあえず動こうぜ。日が暮れる前にホテル集合でいいな」

 

「オッケー、遊ぶなよレオリオ」

 

「それはむしろお子様組に言うやつだぞ」

 

 ゴン達は滞在場所に選んだホテルから、二手に分かれて行動を開始する。連絡はこまめに取ることと異変を感じたらすぐさま離脱することを徹底し、自分達の存在が露見しないことを最優先に街の中へと進んだ。

 

 

 

 潜伏場所探しの担当になった年少組は暗殺者としての経験からキルアが主導しようとするも、歩き回るよりいい方法があると言うゴンの提案で住宅街の近くにある大きめの公園へと訪れていた。

 平日の昼間ながら家族連れ等多くの人が行き交う雰囲気の良い公園は、まさに犯罪者集団の潜伏場所とは正反対すぎる活気に満ちている。

 頭に疑問符しか浮かばないキルアを引っ張るように、ゴンは小さな子供達を連れたママさん集団へと突撃する。

 

「すいませーん!聞きたいことがあるんだけどいいですか?」

 

 いつも以上に子供っぽく振る舞うゴンにキルアは変な顔になるが、ママさん達は可愛らしいお客さんを微笑ましそうに受け入れた。

 

「あらあらどうしたの?ここら辺じゃ見ない子だけど迷子かしら?」

 

「オレ達オークションに用があって来たんだけど暇なんだ、だから近付いちゃ駄目な所とかを教えてもらって来いって言われた」

 

「ああ!もうそんな時期ですもんね、ちゃんと言いつけを守って偉いわね。危険な所と言えばやっぱり町外れの廃墟ビルかしら、何度も事件が起きてるしね」

 

「あそこあそこ、ヨークホテルの近くにある元別荘の廃墟もここから近くない?」

 

「それなら五丁目の…」

 

 女三人寄れば姦しいと言うが、5人以上のママさん情報網は留まることを知らない。ゴンは地図に情報を書き込みながらも、ママさんの会話に遅れることなく付いていく。

 置いてけぼりをくらい所在無さげに立ち尽くすキルアだったが、ふと子供達が自分を見ていることに気付いた。まだ一桁だろう子供達も暇そうにしているのを確認すると、ゴンに一言かけ広場へと連れて行く。ゴンとママさんが満足するまでの間、キルアとギンは子守をして悪くない時間を過ごした。

 

 

「お姉さん達ありがとう!すごく助かりました!」

 

「私達も楽しかったわ、子供の面倒も見てくれてありがとう」

 

「キルアにぃちゃんまたあそぼーね!」

 

「ギンもまたおひるねしようね!」

 

『バイバーイ!』

 

 夕方に差し掛かろうという頃ようやく解散となり、様々な情報の書かれた地図を確認したゴンがふと横を見るとそこには複雑な表情をしたキルアがいた。去っていく子供達を見る目はナニカ別のものを見ているようで、それでいてどこか満ち足りた感情もアルカに思える。

 

「キルア、どうかした?」

 

「あ~、上手く言えねぇんだけどさ、多分オレの消されてる記憶に関わってるんだと思う。なんつーか無性に寂しいし、無性に楽しかった」

 

 ただ見つめるしか出来ないゴンと、足に擦り寄るギンに苦笑いしたキルアはギンを抱き上げるといつもと変わらぬ笑顔を浮かべる。

 

「日の入りまで時間も大してねぇんだ、さっさと次動こうぜ」

 

「…だね、怪しい順に五ヶ所が候補だから早速行こう。ホテルから遠いのはあっちかな」

 

 地図を見ながら先導するゴンに付いていきながら、キルアは子供達の見えなくなった方向を振り返る。

 

(わりぃな、もう少し待っててくれ、絶対に思い出すからよ)

 

 決意を固めたキルアは前を向き、強くなることを改めて誓った。

 

 

 なお廃墟の探索は獣ギンと野生児ゴンの常軌を逸した嗅覚により一瞬で終了し、この日何一つ仕事のなかったキルアは顔をしわくちゃにしてホテルに戻った。

 

 

 

 

 マフィアとの接触を目論むクラピカとレオリオは、二人揃って黒スーツに着替えるとガイドチェーンの案内で人気のない路地裏を探索していた。

 

「ここまで来といて何だけどよ、そんな簡単にマフィアと会えるのか?事務所とか行っても基本は門前払いだろ」

 

「そうだろうな、だからこそ今探しているのは裏の仕事等を斡旋している受付のような所さ。こういった大都市になると何ヶ所か存在するのが普通でな、そこから人手を求めるマフィアの情報を得る」

 

「ほーん、そんなとこもあるんだな」

 

 その後数分の探索で目的の場所を見つけた二人は、細く暗い地下への階段を下っていく。薄汚れたクローズの看板が出迎えるが、クラピカは全く躊躇せずに古びたベルの付いた扉を開ける。

 

「おや、見かけない顔だがよくここに辿り着けたな。いらっしゃい、何がお望みだ?」

 

 酒も何もないカウンターにいたのは、目の周りを黒くメイクしたパンクロックファッションの男。細身ながら引き締まった体を持ち、さらに驚くことに念能力者だった。

 

「…それなんでブラしてんの?」

 

「ブラじゃねえファッションだ。冷やかしなら帰りな」

 

「見ての通り私達も念を使える、オークション中どこか働き口がないかを聞きに来た(ブラではないということは、大胸筋矯正サポーターか?)」

 

「時期が悪いな、一ヶ月前なら紹介も出来たが今は難しい。後ファッションだって言ってんだろ丈の短いタンクトップだ」

 

「やはりそうか、ならば他を当たらせてもらう(こいつ直接脳内を!?)」

 

「まぁ待ちな、一発でここに来れた腕に免じていくつか教えてやる。そんでお前さんは顔に出すぎだ」

 

 見た目の奇抜さからは想像できないほどまともな男の説明によれば、どこのマフィアも使い捨ての鉄砲玉くらいしか雇うことはないということと他の斡旋所に行っても意味がないということだった。

 

「一言で言えばお前さん等は使えすぎるんだよ。その強さは長期雇用向けだし、短期雇用しようにも何もない状況で雇うには費用がかさみすぎる」

 

「なるほど、他の斡旋所に行っても意味がない理由は?」

 

「他の都市ならともかくここヨークシンシティは“十老頭“が全部仕切ってんのさ、ランク分けこそされているが大本が一緒だから他に行っても変わらん。ちなみにこの斡旋所が最高ランクで、かの“陰獣“も御用達だ」

 

 その説明でクラピカは十老頭の影響力が予想以上だったことに気付き、無理にマフィアと接触した場合のことを考える。

 

(仮に接点を持てたとしても、これだけの影響力となると蜘蛛も何かしら手を打っている可能性があるな。となるとここで粘るのはむしろ悪手か)

 

 考えをまとめたクラピカはアホ面を晒すレオリオの頭を軽く叩くと、色々と教えてくれた男に多めの金と連絡先を渡す。

 

「しばらくはヨークシンシティに滞在しているからな、もし状況が変わったら教えてくれると助かる」

 

「ま、それくらいならいいだろう。まいどあり」

 

 男は連絡先を確認すると、そのまま燃やして処分する。その対応に軽く頭を下げたクラピカは、レオリオを連れて外へと向かう。

 しかしレオリオは扉を閉める直前に振り返ると、未だに引っかかっていることを質問する。

 

「ねぇなんでブラしてんの?」

 

「ブラじゃねぇよ!ぶっ殺すぞゴラァ!!」

 

 閉じた扉になにか硬いものが投げ付けられる音がこだました。

 

 

 

「さっきの奴見た目の割に随分良い奴だったな」

 

「レオリオなりの人格判定なのだろうが、あまり初対面の相手にやりすぎるなよ?」

 

「時と場合は選ぶさ、しっかし世の中はオレの知らない世界で溢れてんなぁ。どんだけ恵まれた環境にいたか実感するわ」

 

 レオリオはグループの年長者ながら、苦労少なく過ごしてきた自分に負い目を感じていた。率先して皆を引っ張るべきと思いながらも、強さはゴンに遠く及ばず頭の回転もクラピカやキルアに及ばない。自分が出来る治療も、すなわち守られているようなもので年下を前線に出すことになる。

 己の生き方は何度繰り返したとしても変えられない自覚すらあり、そのことがレオリオの心に小さな針を刺し続けていた。

 

「そうだな、ゴンも実の親がいないだけとはいえあの修羅具合だからな、ハンター試験まで最も快適に過ごしていたのはレオリオで間違いない」

 

「んぐっ!?」

 

「しかしなレオリオ、何度も言うのはむず痒いから一度しか言わんぞ。我々は皆、特に私とキルアは間違いなくお前に救われている」

 

 突然の糾弾とも取れる言葉から続いた内容に、レオリオは何とも言えない顔で前を歩くクラピカを見つめる。

 

「私はクルタ族が壊滅してからお前達に出会うまで、この世の悪い部分しか見てこなかったし、恐らくキルアも人生の大半がつらい記憶だろう。だからこそ、ゴンとお前は私達にとって光そのものだ」

 

 突然の告白に顔が赤くなるのを止められないレオリオは、クラピカのうなじも真っ赤に染まっているのを見て更に照れる。

 

「ゴンやギンが一番言うことを聞くのは、キルアが一番ちょっかいやイタズラをしかけているのはお前だレオリオ。おそらくは兄のように、あるいは父のように慕っているのがよくわかる。私は…」

 

 そこで黙ったクラピカは一度咳払いを挟み、らしくない上ずった声を上げる。

 

「とにかく!お前はそのままでいいんだ。私達が振り返ったらすぐそこで呑気に笑っていろ、わかったらうじうじするな気持ち悪い!!」

 

「…ハハッ、はいはいわかりましたよ。オレはお前らの後ろから付いて行って尻拭いでも何でもしてやるさ、だからちゃんと前向いて歩けよ」

 

 決して心に刺さる針がなくなったわけではない、しかしそれ以上に自分がいる意味を強く意識した。

 

「しかし急にどうしたよ?随分こっ恥ずかしい事言うじゃねえか」

 

「…どれだけ準備したところで確実ではない。自分でも弱気だと理解しているが、伝えられずに終わることだけはしたくなかった」

 

「それフラグだぜ?ま、年長者として弱音も愚痴も聞いてやるからよ、お子様の前では自信満々でいろよ」

 

「ふん!言われるまでもない」

 

 まだ日が暮れるまで時間があるため、地理の把握も含めていくつか買い物を済ませていく。

 そして夕焼けになった頃ホテルへ向かっていると、ゴン達がこちらに気付いて走ってきているのが見えた。

 

(…死なせたくねぇなぁ。全員で笑ってまた遊びに行かねえとな)

 

 夕日に照らされながら帰路につく4人と一匹の姿は、周囲からまるで家族のように見られていた。

 

 

 

 

 

「やだやだやだやだやぁーーだぁーーーー!!」

 

 少女趣味全開の部屋の中で、髪の長い少女が癇癪を起こして暴れている。

 

「オークション前にも買い物するのぉーー!!」

 

「しかしすでに多くのマフィアがヨークシンシティに集まっていますので、お嬢様の安全を考えますとこちらとしては」

 

 そんな少女に恭しく対応するのは、中年の体格が良く目の下の入れ墨が特徴的な男性。

 

「じゃあ占いしない!!もう誰も占わないもぉーーーーん!」

 

「…わかりました、なんとかお父上に3日前からヨークシンシティで行動する許可を得ますのでなんとか」

 

「ぷぅ~、わかったそれで我慢する。けど買い物はもちろんオークションにも出るからね!!」

 

「それはまたお父上に直接お願いしてください。準備を開始するので失礼します」

 

 部屋から出た男性、ネオン・ノストラードの護衛隊長ダルツォルネは新たに発生した仕事にため息を吐いた。

 

 

「スクワラとセンリツ、お前達は明日ヨークシンに向かってホテル周囲の安全を確認しろ。場合によっては滞在ホテルの変更も認める」

 

 ダルツォルネは護衛の中で特に索敵に優れた二人を呼び出し、護衛とは別の新たな任務を言い付けていた。

 

「了解です。何かあれば報告しますが、こちらの裁量で何処まで動いても?」

 

 一人は額にホクロのある長髪の男、多数の犬を対象とした操作系能力者のスクワラ。

 

「他のマフィアとトラブルを起こさなければ構わん、ノストラードの名も使っていい」

 

「現地で買い物と聞こえましたけど、護衛を増やしますか?」

 

 もう一人は小柄で頭頂部に髪のない出っ歯の女性、音に敏感な放出系能力者のセンリツ。

 

「いや、現地調達はリスクの方がでかい。そのあたりは特に考えなくていい」

 

 ダルツォルネは付き合いの長いスクワラと、新入りながら思慮深さを随所に見せるセンリツを見込んでヨークシンシティへ先行させることに決めた。

 

「方針は変わらん、全てはボスの安全が優先される。それを脅かす存在だけは決して許すな」

 

『了解』

 

 ヨークシンシティに役者が集う。

 

 唯一結果を知ることの出来る占い師は、興味が無いため先を観ることがない。

 

 一つの結末を知りながら運命を圧し曲げた筋肉は、最高の未来を掴み取ることができるのか。

 

 いくつもの思惑が交差する、激動の数日間まであとわずか。

 

 



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第38話 ノストラードファミリーと協力関係

 

 皆さんこんにちは、思った以上に普通の都市なヨークシンシティに違和感が凄いゴン・フリークスです。当たり前だけどマフィアは基本見当たらないし一般人だらけだし、これこそ物語の裏側って感じの平穏で溢れてます。

 

 

 

 

 ゴン一行はホテルからほど近いカフェのテラスで、昼前の小休止を取ってくつろいでいた。

 この日は早朝からゴン達の選別した拠点候補にカメラ等の監視体制を施し、この後は何をするかを話し合っているところだった。

 

「なあ、なんでカメラとかあんな遠くに仕掛けるんだよ。せめて出入りしそうなとこに置くとかさぁ」

 

「このバカリオ、機械関係に激強な奴がいるのにバラしてどうすんだよ。メンバーは全員来るのも知ってんだから、後は拠点にする場所さえ確定すれば十分なんだよ」

 

 レオリオは疑問をぶった切られながらも、さらに気になっていたもう一つのことを質問する。

 

「そういやどうやってあの3か所に絞ったんだ?記憶を読み取る奴のせいで建物内までは行ってないんだろ?」

 

「オレとギンがここ一ヶ月くらい誰も出入りしてないのを匂いで確認したんだ。流石に頻繁に人が来るところを拠点にしないでしょ、人を始末したらその分バレるリスクも上がるわけだし」

 

「…ギンはわかるとしてゴンもそんなに鼻がいいのか?」

 

「目に見える範囲でレオリオと同じ香水使ってる人は何人かってことくらい余裕でわかるよ」

 

「えぇ〜、」

 

「ほんとオレがやることねぇのよ、遠目にざっと一周したらハイ次ってなるからよ」

 

「素晴らしい探査能力だ、ゴンとギンに任せれば追跡は問題ないな」

 

 新たにゴンの規格外なところが見つかり半笑いになったレオリオは、続いて先日キルア宛に届いた慣らし中の武器にも目をやる。

 

「早けりゃ後一週間ねえがなんとかなりそうか?そうそう使いこなせるもんじゃないと思うんだが」

 

「よゆーだよ。こういう遊び道具は昔に一通り極めてるからね、勘を取り戻せば問題なし」

 

 そう言ってキルアは手で転がしていた武器、重量が50㌔あるヨーヨーで様々なトリックを披露する。軽々しく扱う姿からその重さは想像できないが、もし一般人がくらえば簡単に命を落とす死の遊戯である。

 

「それ作ってくれたのミルキってお兄さんだよね?グリードアイランドのことも教えてもらったし、情報料とかは本当にいらないの?」

 

 くじら島で開けたジンの餞別の中にあった、ジョイステーションと言うゲームのメモリーカード。その中に入っていたグリードアイランドのセーブデータを対価として、キルアは兄のミルキからゲームの情報とこのヨーヨーを手に入れていた。

 

「いーのいーの、ただのセーブデータならまだしも開発者が用意したもんだぜ?コピーとはいえむしろお釣りを貰いたいくらいだ」

 

「う〜ん、そんなたいしたデータじゃないと思うんだけどなぁ」

 

 データの内容を知っているゴンはそう言うが、実際問題ジンのセーブデータとなれば内容はともかくかなりの価値が付くのは間違いない。このメンバーにとっては親としての義務を放棄した人でなしだが、世間的に見ればとんでもない功績を上げている超一流のハンターなのだ。

 

「ま、キルアの兄貴も文句言ってないならいいじゃねえか。金は有るに越したことはないんだからよ」

 

「レオリオの言い方はあれだが、価値というものは買う側がどれだけ満足できるかで決まる面もある。ゴンはあまり気にしすぎるな」

 

 天空闘技場でかなり儲けたはずのレオリオだがその金銭感覚は良くも悪くも変わっておらず、先日の買い物でも行く先々で値切りに値切ってクラピカを赤面させていた。

 

「まあブタくんのこととかグリードアイランドのことは全部終わってからでいいだろ、それよりこれからのこと話そうぜ」

 

 ヨーヨーを仕舞いながら本題に戻すキルアに、ゴン達も改めて幻影旅団について考える。

 

「うむ、今朝の導く者の鎖(ガイドチェーン)でも蜘蛛の存在は確認出来なかったからな。下手に動いて遭遇するリスクを負うよりは、今しばらく潜伏するべきだと思うが」

 

「けどよ、天空闘技場でも話したが先制するなら集まり切る前に仕掛けるべきじゃねえか?こっちのが多ければまず負けねえだろ」

 

「それだと一網打尽に出来なくて逃げられる可能性があるだろ。これから先の安全も考えれば危険でも全員どうにかすべきじゃね?」

 

 行き交う多くの人々で賑わう中で幻影旅団というワードだけは出さず、しかし変に目立たぬよう普通の雑談をしている風を装う。そして天空闘技場以前から続く問題、危険を冒して一網打尽にするか安全を取って削ることに専念するかでいつものように平行線となる。

 

「相変わらず割れるなぁ、レオリオはわかるけどゴンも削り側なのは未だに違和感あるぜ」

 

「どっちの言い分もわかるからさ、それなら一番強いオレがブレーキになるべきだと思うんだよね。アクセル踏みっ放しじゃいざという時事故にあうだけだからさ」

 

 そして今までの打ち合わせに内容に加え、ヨークシンシティの地理なども加味して更に詰めていく。

 そしてオークション会場の予想や出品物を盗んだ後の行動を話し合っていた時、ゴン達に話しかけてくる男がいた。

 

「す、すまない、ちょっと聞きたいことがあるんだが、その、少々お時間頂けないだろうか」

 

 そこには気の毒なほど大量の汗をかき、子犬のように震えるスクワラの姿があった。

 

 

 

 

 スクワラがゴン達に接触する少し前、前日にヨークシンシティに到着していたスクワラとセンリツは犬の散歩を装い周囲の確認を行っていた。

 周りの音を聞くことに集中するセンリツを3匹の小型犬がリードし、スクワラがリードを持つ2匹の大型犬は少しの異変も見逃さないよう忙しなく顔を動かす。

 

(事前情報通りこの辺りにマフィアはほとんどいないな、治安面やショッピングモールまでの距離も考えればベストの立地か)

 

ヨークシンシティでも中心地にほど近く発展したこのエリアは、マフィア等の裏の顔より一般人向けである表の顔を前面に押し出している。

 

(あ〜ぁ、こんな気持ちのいい朝ならエリザと一緒に歩きたかったぜ。やっぱ転職しようかな、いくら給料が良くても限度があるわな)

 

 自分より索敵能力の高い犬やセンリツと歩いていて気が緩むせいか、交際する彼女や仕事への不満等をつらつらと考えていたスクワラは突然止まった犬に衝突してたたらを踏む。

 

「ととっ、すまんすまん、…センリツ?」

 

 謝りつつ犬の視線を追えば、数歩後ろで立ち止まるセンリツがいた。

 

「スクワラさん、どうやら思っていた以上の大事を引き当ててしまったようです」

 

 目を瞑り両手を耳に当て集中するセンリツは、冷や汗を流しながら徐々に顔色を悪くしていく。

 

「この先の広場に行きましょう、そこまで行けば会話以上の情報を得られます」

 

「あ、ああ、わかった。簡単にでいいから何を聞いたか教えてくれ、内容次第で隊長に連絡を入れる」

 

 尋常でない様子に気を引き締めたスクワラが携帯電話を取り出すと、現時点でわかっていることを教えられて唖然とする。

 

「おそらく4人組、話している内容はオークションを襲撃する蜘蛛について」

 

「…は?蜘蛛ってお前、冗談だろ」

 

「ここまで来てわかりました、彼等は一切疑っていません。どこから情報を仕入れたのか、間違いなく幻影旅団が、しかも全メンバーでオークションを狙っていると確信していますね」

 

「嘘だろオイ…」

 

 スクワラは広場に到着して空いたベンチに座ると、すぐに隊長のダルツォルネに電話をかける。簡単に状況を説明すれば、様子を見て場合によっては接触を図るように命令される。

 

「くっそ、休暇みたいなもんと思ってたがとんだ貧乏くじだ。4人組の様子はどうだセンリツ、…センリツ?」

 

 返事のないセンリツへ訝しそうに視線を向ければ、先程とは比べ物にならないほど顔色の悪いセンリツと全力で尻尾をしまう犬達がいた。

 

「お、おいどうしたんだよ、もしかして気付かれたのか!?」

 

「いえ、そこは大丈夫だけど、ごめんなさい、ちょっと深く聴きすぎたみたい。犬達は風向きが変わったから匂いが届いたんじゃないかしら」

 

 その言葉と犬達の様子に、スクワラは今日何度目かわからない嘘だろという言葉を飲み込んだ。スクワラが発を駆使して調教した自慢の犬達は、たとえ銃火器を持った相手だろうと一切恐れることなく立ち向かえる。

 

(そんなこいつらがこの有様で、センリツも今までこんな姿見たことねえぞ!?)

 

 自分では影も形もまったく確認出来ない距離にいる4人組が、一体どんな奴等なのかと不安になってきたスクワラ。そんな彼に追い打ちをかけるように、センリツから伝えられたのは聞こえる音と人格的には接触するべきという言葉。

 

「今のお前を見てると、とても大丈夫とは思えないんだがな」

 

「それは重ねてごめんなさい、気になって必要以上に探ったせいで勝手に怯えてるだけよ」

 

「まあ信じるけどよ、頼むから一匹位付いてきてくれ、万が一でも話しかける相手を間違えたくねえから」

 

 スクワラはなんとか年長の犬を立たせると、センリツに大体の場所を聞いてもしもに備えて待機させる。

 

「本当に人格とかは善良な良い人達みたいだからあまり身構えないでね、特に一番大柄な人は間違いなく良心の塊よ」

 

 そんな言葉を背に教えられたカフェへと向かい、テラスが見えるようになれば上手く溶け込んでいるが纏を行っている4人組が確認出来た。

 

(何だよほとんどがガキじゃねえか、むしろでかいやつが一番ヤバそうに見えんぞ)

 

 安心したのも束の間、ここまで付いてきた犬が伏せるとてこでも動かなくなり弱々しい鳴き声を上げて懇願してくる。もともと犬好きが高じて発を決めたスクワラとしては、ここまで怯える犬をこれ以上無理に連れて行くことは出来なかった。

 

「わかったよ、お前はここで“待て“。すぐに戻ってくるからよ」

 

 リードを近場の柵に軽く結ぶと、一人4人組に向けて歩みを進める。マフィアとの接点を求めているのもセンリツが聞いていたため、ノストラードファミリーの名前を出せば問題ないと気楽に近付いて行った。

 

 そしてギンの警戒範囲に入った瞬間、スクワラの脳内を抗い難い恐怖が支配した。

 

(…は?いや、ちょっと待てよ)

 

 自然と俯いてしまった顔をなんとか上げれば、黒髪の少年の足元からこちらを見る小さな動物と目が合った。

 

(…あぁ、エリザ、俺はここで死ぬかもしれない)

 

 捕捉された以上逃げることも不可能と開き直ったスクワラは、出来る限り敵意がないことを示しながらゆっくり一歩一歩近付いていく。

 敵意のないことがわかっているのも有るだろうが、そもそも脅威とみなしていないことも何となくわかるのは犬を操作する能力者としての感受性か。

 

「す、すまない、ちょっと聞きたいことがあるんだが、その、少々お時間頂けないだろうか」

 

 転職を心に誓い恐怖に打ち勝った男、スクワラに詩の続きが書き込まれた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 その後センリツや他の犬とも合流し、流石に大人数の為スクワラ達の滞在ホテルへと全員で移動したゴン一行。更に増えたスクワラの使役する犬達に上下関係を叩き込むギンとは別に、スピーカー状態で通話を繋いだダルツォルネを加えてオークションと幻影旅団について話し合っていた。

 

『…本当にオークションが狙われているのか?プロハンターとはいえガセを掴まされた可能性は?』

 

「重ねて言うが、我々にとってこの情報は100%真実だ。そちらが信じようが信じまいが関係なく、そもそも接触してきたにも拘らず無駄な問答は時間の無駄ではないか?」

 

『…すまない、その通りだな。そこの二人の判断を疑うことになっては送り出した俺自身を疑うことになる。ビッグボスに報告するまでは空手形だが、ノストラードファミリーとして全面的に協力させて欲しいと言っておく』

 

 ダルツォルネの言葉にクラピカは驚きをあらわにするが、それ以上に人となりを知っているスクワラとセンリツの驚愕は大きかった。

 

「い、いいんですか隊長!?話を持ってきた俺が言うのもなんですが今日接触した相手にそこまで肩入れして」

 

『二度言わせるな、お前達の裁量で動くことを許したのは俺だ。すなわちお前達の判断は俺の判断、何より本当に幻影旅団の全メンバーが揃うというなら、事はノストラードだけの問題では収まらないだろう』

 

「我々も同じ意見だ。恐らく蜘蛛のターゲットは、オークションに出品される全てだと予想している。その場合十老頭はもちろん、参加するマフィア全てがコケにされることになる」

 

 その予想に改めて事態の大きさを理解したスクワラとセンリツだったが、電話の向こうで静かに笑い出したダルツォルネを疑問に思う。

 

『着実に増えているボスのファンでノストラードの名は随分と高まった。ここで幻影旅団を撃退し、オークションを救ったともなればこの先の栄光は留まることを知らんだろう。クラピカといったな、欲しい兵隊の数を言うといい、その二人含めて念能力者も多く所属している。そちらの望む数を用意しよう』

 

「では遠慮なく言わせてもらう、ノストラードファミリーに求める戦力はゼロだ。ここにいる二人を索敵要員として雇わせてもらえればあとは足手まといだ」

 

 スクワラとセンリツは後何度絶句すればいいのか。ダルツォルネの持っているだろう携帯が軋む音を聞きながらクラピカを伺えば、まるで試すかのように携帯を静かに見つめていた。

 やがて電話の向こうから深い深呼吸が一つ聞こえると、少しの沈黙の後にダルツォルネから返答が返ってくる。

 

『わかった、大丈夫とは思うがあまり雑に使ってくれるなよ?戦闘力こそ高くないが二人共得難い能力を持っている』

 

「もちろんだ、協力感謝する。そちらの打ち合わせもあるだろう、私達は拠点に戻る故何かあれば連絡してくれ」

 

 クラピカはそう言って立ち上がると、途中から犬達と戯れていた三人と一匹を伴って退出する。

 残るスクワラとセンリツはたっぷりと3分間は気まずい沈黙を味わったが、聞こえてきたダルツォルネの声は思いの外落ち着いていた。

 

『諸々言いたいことはあるが、とりあえず良くやった。また連絡するがお前達は基本的に向こうの指示に従って動け、こちらの護衛任務は余程がない限り構わなくていい』

 

「了解です。…その、いいんですか隊長?ノストラードファミリーが舐められてるようなもんでしたが」

 

『ふん、それなら直接相対したお前に聞くが、ファミリーの全力で報いを受けさせると言ったらどうする?』

 

「全力で逃げますね」

 

 スクワラのあまりにもな回答に盛大な溜息が漏れ、ダルツォルネは先程のクラピカとのやり取りで大凡の方向性は決まったと告げる。

 

『要は大きく動くなと釘を刺されたのだ。最初はゲリラ戦で臨むつもりなんだろうな、戦力より索敵を求めている時点で間違いない。それにな、一応ビッグボス経由で十老頭に連絡が行くだろうが、ことがことだけに何か起きるまでは下手な対応が出来ん』

 

「はあ、なるほど。それでも手数は多いにこしたことはないと思いますが」

 

『バカを言うな、兵隊はおろか能力者すら足手まといと言った以上奴等でも勝てる保証はないのだろう。そんな相手には蟻をいくら差し向けても気付くことすらなく踏み潰されて終わりだ』

 

 もはやスクワラは己と犬達の命が風前の灯のように思えてしまい、断りを入れるとフラフラとベッドに向かって行ってしまった。

 

『…センリツ、奴等の強さはどれほどかわかったりしないか?』

 

「正直に言えば私の感じ取れるレベルを優に超えていますが、おそらく一番弱いレオリオでも隊長より強いかと」

 

『そうか、今後の方針は先程言ったとおりだ。こちらからはなにかなければ連絡しないが、そちらは最低でも一日一回は報告しろ』

 

「了解」

 

 切れた携帯をしばらく眺めていたセンリツは、言うべきか否かを考え結局言わなかったことを思い返す。

 

(黒髪の子、ゴン君といったかしら、あの子は一体何者?)

 

 注意深く聴いたことでわかったゴンの異常性、連れていた小型化していると思われる密度のおかしいペットとはまた違う違和感。

 

(全身余すことなく、それこそ心臓ですら完璧にコントロールされているようなまるでメトロノームの規則性)

 

 それは生物であれば絶対にあり得ない音。

 まるで人間から機械の音が響いているような見た目との差異は、センリツに多大なストレスを与えて恐ろしさすら感じさせていた。

 

(何より私の耳の良さを知っていた?他の三人はもちろん、普通なら驚くはずなのに全く驚いていなかった)

 

 センリツの聴力はその生い立ちと念能力が合わさって、視認が困難な距離の会話すら聞き取るという常軌を逸したものとなっている。その能力はレオリオやクラピカはもちろん、なんならネテロですら驚愕するほどの特異性である。

 

(あそこまで音で読めない人は初めてだけど、いい子なのは間違いなさそうだしわざわざ報告する程の内容でもないわよね)

 

 センリツは自分の耳に絶対の信頼を寄せている、その耳がゴンの周りの三人は信用出来ると判断していた。

 

(大丈夫、たとえ幻影旅団が相手でも、私は私に出来ることをするだけ)

 

 スクワラが本格的に不貞寝に入ったのを音で確認し、まだ日も高いがセンリツも横になれば精神的な疲れから一瞬で意識が遠のいた。

 

 



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第39話 天使の到着と堕天使の詩

 

 

 皆さんこんにちは、原作で知っていても改めてセンリツさんの耳の良さは反則だと思うゴン・フリークスです。痕跡を辿るのは勝てても、広範囲をバレずに索敵する能力だと最強では?

 

 

 

 

「かわいい〜!!何これ子犬じゃないよね!?ふわっふわで軽、…くない!なにこれ重っ!!」

 

 ゴン一行がノストラードファミリーと協力関係を結んでから2日後、オークションまで残り3日となったヨークシンシティへネオン・ノストラード及び護衛団が到着した。

 この2日間でヨークシンシティの地理や死角といったところを粗方割り出したため、未だ姿を見せない幻影旅団ではなくノストラードファミリーに恩を売る意味でネオンの護衛に手を貸すことになった。

 

「こいつはギンっていうんだけど、あんまりベタベタされるの好きじゃないからゴメンね」

 

「ぷぅ~、かわいいから抱っこしたかったのになぁ、てか頭に乗せて首大丈夫なの?」

 

「鍛えてるから」

 

「てかお姉さん気ィ抜きすぎ、少しは周りとか警戒しなよ」

 

「なんで〜?あたしを守るのがあんた達の役目でしょ、無駄口叩いてないでちゃんと仕事してよね」

 

 年の近いゴンとキルアにギンはネオンの買い物に随伴する護衛に、クラピカとレオリオはダルツォルネとこれからの打ち合わせを行うため別行動となっている。

 

「喉かわいた〜、そこの銀色チビ飲み物買ってきて〜。冷たすぎないストレートティーで自販機じゃなくてお店の買って来なさいよ」

 

「ごめんなぁ、オレってば護衛だからさぁ、お姉さんから離れられないんだわ。他の人に頼んでくんない?」

 

 早くも険悪な空気を醸し出すネオンとキルアに侍女達と護衛が冷や汗をかくが、周囲を伺っていたゴンがあっけらかんと告げる。

 

「ネオンさん、あっちのカフェにいつも飲んでる紅茶と同じのがあるみたいだから行ってみよう。これから行くモールの中にあるし丁度いいよ」

 

「そうなの?てか君なんであたしの飲んでる紅茶知ってるの?しかもなんでそのカフェにあるってわかるわけ?」

 

 極自然にネオンの手を取り歩き出したゴンに周りが慌てて付いていく中、小さい弟に先導される姉のような構図に侍女達の表情が心なし緩む。

 

「そっちの侍女さんからするのと同じ匂いがカフェからするんだ、銘柄はわからないけど多分間違いないよ」

 

「…え、君が嗅ぎ分けてるの?」

 

「そうだよ。あとオレはゴンでこっちはキルアだからよろしく、オークションが終わるまでの臨時だけどね」

 

「オレはよろしくするつもりないから馴れ馴れしく呼ばないでね」

 

「かっち〜ん、ちょっとありえないんですけどぉ、ダルツォルネさんに給料減らすように言っとくからね」

 

「お好きにどうぞぉ〜、金には困ってないんだよねぇ〜」

 

「むかち〜ん」

 

 ぎゃーぎゃーと言い争いをする二人だったが、ネオンを挟むようにゴンの反対側を陣取ったキルアに同行する護衛団のメンバーは感心したように頷いた。

 

 

 

 

 ネオンが買い物に出かけた後のホテルでは、ダルツォルネと護衛団の一部がクラピカと協力関係の詳細を話し合っていた。

 

「お前達に協力することをビッグボスから正式に許可された。十老頭にもそれとなく報告したそうだが、案の定様子見という答えだったそうだ」

 

「想定内だな、私達も下手に動いてマフィアに目を付けられたくはない、動くのは事が起きてからだ」

 

 そして改めてセンリツとスクワラの協力を得る代わりに、ネオンの護衛の手伝いと幻影旅団を捕らえた場合ノストラードファミリーにも手柄を渡すように取り決める。

 

「ノストラードに賞金はいらん、だが間違いなく我々の協力があったことと感謝を正式に行え」

 

「約束しよう。ただし重ねて言うが戦おうなどと思わないでほしい、奴等の実力はそちらの想像する数段上だと理解してくれ」

 

「ふっ、俺もまだ死にたくはないんでな、あれだけわかりやすく格の違いを見せられては逆らおうと思えんよ」

 

 両手を上げて苦笑するダルツォルネとは違い、この場に残る護衛団は皆一様に顔を青くしている。

 この日の朝ゴン一行と護衛団が揃った時、指示系統をはっきりさせるためにゴンが割と本気で威圧したのだ。

 

「世界は広いな、オークションが終わり次第俺含めて護衛団の鍛え直しが必要だ。ことが無事に済んだら指導を依頼出来ないか?」

 

「私達も修行中の身でな、金に糸目をつけないのであれば心源流に依頼をするのも手だぞ」

 

 その後は時折話が脱線するもノストラードが監視カメラのチェック等の雑事を全面的に受け、クラピカ達はマフィアに扮して行動することで合意する。

 

「さて、大凡決まったところでこちらから最後の提案だ」

 

 短くない時間打ち合わせを行い、互いに契約書へサインした後のダルツォルネからの言葉にクラピカは目を細める。

 

「警戒しないでくれ、ビッグボスも懸念していたが、君達がノストラードのことを知っていて接触した可能性があったものでな。その疑いが完全に晴れるまでは提示出来ない案件があったのだ」

 

「心外だな、何度も言うが接触してきたのはそちらだ。マフィア故に仕方ないのかもしれんが、強すぎる疑心暗鬼は身を滅ぼすぞ」

 

 顔を顰めて忠告するクラピカに苦笑するダルツォルネは、何杯目かわからないコーヒーを手に取り弁明する。

 

「その通りだと言いたいが、こちらにも事情があるのさ。それだけ神経質になる案件ということだ」

 

 ぬるくなったコーヒーを一息に飲み干し、殊更声を小さくしてクラピカに告げる。

 

「ボスのネオン・ノストラード様は先天性の特質系能力者だ。顔を知る相手の名前と生年月日に血液型がわかりさえすれば、その者の未来を一ヶ月先まで予言する」

 

「っ!?」

 

 驚愕を顕にするクラピカが疑心暗鬼になるわけだと納得する中、ダルツォルネは静かに予言の詳細を説明する。

 

「予言の内容は少々わかりにくい詩という形で記されるが、的中率は100%を誇る。しかも予言の内容と逸脱した行動を取れば、未来を変えることすら可能だ」

 

「…なるほど、十老頭にファンができるわけだ。的中率100%というのも恐ろしいが、それ以上に行動次第で予言を回避出来るのが反則だ」

 

 クラピカもセンリツ達と接触した後ノストラードファミリーについて簡単にだが調べており、近年急速に勢力を拡大しているマフィアだということは知っていた。しかしネオンの能力を知った今では、よくこの程度の勢力に抑えていると感心してしまった。

 

(やろうと思えばそれこそ裏どころか表の権力者も全て手中に収めることが可能、余計な敵を作らないために抑えているのかそこまで頭が回らないだけか)

 

 いずれにせよ、このタイミングで打ち明けたということはさらなる対価を求めていると予測した。

 

「それで?その予言を受ける上での条件とはなんだ」

 

「なにもないが?あえて言うなら将来有望なハンター達に貸しを作っておきたいといったところか」

 

「その程度で切っていい札ではないと思うが、なにもないなら甘えさせてもらおう」

 

 クラピカとしては想定内ながら無欲に思う回答だったが、ゴンやヒソカに毒されていたために自分達の商品価値に対する認識が抜け落ちていた。

 

 内々ながら暗殺一家ゾルディックの次代当主と目されるキルア。

 

 かけられた念を外す除念師と並んで希少価値の高い医療系能力者のレオリオ。

 

 探索や人物判定はおろか記憶に作用する能力を持ち頭も切れるクラピカ。

 

 3人の内1人でも手元に引き込めればとんでもない利益をもたらすことは間違いなく、強さが際立つゴンとギンも含めて恩を売れるとなれば資産の大半を差し出してもお釣りが来るのだ。

 

(やはりボスの予言は偉大だ、これだけの奴等と元手無しで縁を結べるのだからな)

 

 この場での取り決めは全て終わり、新たに淹れてもらったコーヒーを啜るダルツォルネは得られたものの大きさに一息ついた。

 

 

 

 

 

「ダルツォルネ!ゴンとギンが欲しいからお金頂戴!!最悪オークション行けなくなってもいいから絶対買って!!」

 

 一日中ショッピングに明け暮れて帰ってきたネオンの第一声は、長く護衛を務めてきたダルツォルネをして驚愕するものだった。

 

「お、お嬢様、今オークションに行かなくてもいいとおっしゃいましたか?」

 

「行くに決まってんでしょ!最悪はって言ったじゃん!それよりゴンとギン買ってよ〜チビとかゴリラは要らないからさ〜」

 

 そのまましばらく駄々をこねていたが、長旅からのショッピングで疲れも溜まっていたのか程なくして電池が切れて眠りにつく。侍女のエリザを一人残して詳しく事情を聞けば、まだ10代前半ながら見事なエスコートを見せて今までで最も楽なショッピングだったと報告される。

 

「時にはわがままを聞いて甘やかし、時には注意してたしなめるという飴と鞭のバランスが実に見事でした。たとえば店の服を買い占めようとした時は、お嬢様の好みを聞いた後に3セット程試着させて購入するなどかなりのやり手です」

 

 ゴンとしては原作通り女漁師等で慣れていたのもあるが、基本的に空気や心情を読んだ上で本心からまっすぐあれこれ口を出すため言われる方は不快に思うことが少ない。

 

「加えてキルアくんが良いガス抜きになっていたのも大きいですね、お嬢様はああ言いましたけど傍目にはかなり心を許していらっしゃいました」

 

 キルアもまた慣れない護衛ということもあり、年相応の反応を返していたことが功を奏していた。

 ネオンは自分より年下ながらも、本能から強いとわかる甘やかして叱ってくれる人(ゴンとギン)からかい合える人(キルア)に自然と心をひらいていた。

 

「…予想以上に良い組み合わせだったのだな、しかしまさかそこまで気に入られるとは」

 

「私達侍女としましては、是非にでも護衛団に加えていただきたいです。しかしまだ知り合って一日ですが、ゴンくん達が一つの場所に留まるタイプではないとなんとなくわかります」

 

 エリザの予測はダルツォルネも感じたことであり、クラピカやレオリオ含めてあの手の人種は金でも栄誉でも縛れないと相場が決まっている。

 

「一応打診はしてみるが、希望は薄いだろうな」

 

 ダルツォルネは次から次にやってくる難題に頭を痛めながらも、これならゴン達の占いは問題なく行ってくれるとそこだけは安堵した。

 

 

 

 次の日の朝、ゴン達を雇う手札の一つになると言えばネオンは喜んで能力天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)を発動させた。

 

 

 ゴン

 

 力を抜かずに備えなさい

 死神の一刺しは全てを闇へと誘うのだから

 あなたはあなたじゃない故に

 未到の頂は未到のままで終わるだろう

 

 

 キルア

 

 あなたを囲う歪んだ愛の籠の中

 雁字搦めで見ることしか許されない

 己を殺すか己で死に向かうのか

 殻を破るのはいつだって命懸けなのだから

 

 

 レオリオ

 

 永遠の別れが近付いてあなたは自死を迫られる

 守られる者に出来るのは信じることと選ぶこと

 選択を誤ったあなたは未来にいるだろう

 女神の口付けは出会いと別れによく似ている

 

 何も届かぬ井戸の底

 何もかも奪われ闇の中

 何もわからない

 何かわかることもない

 

 同じ詞が2つ続く

 

 

 クラピカ

 

 過去と今に挟まれ深みに嵌り動けない

 あなたの取捨はあなた以外がつけるだろう

 全てを巻き込み業火へ進み

 燃え尽き残るは醜い自己愛

 

 

 レオリオ以外一週間分しか出てこない予言にダルツォルネは顔を真っ青に染め、今からでも協力関係を破棄できないか考えたところにゴン達がやって来て告げる。

 

 幻影旅団がヨークシンシティへと到着した。

 

 



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第40話 集まる蜘蛛と募る不安

 

 

 

 皆さんこんにちは、確かにわがままなところはあるけど思ってたより素直で良い子なネオンさんに好印象なゴン・フリークスです。趣味が悪いと思ってましたが、最強(ゴンさん)を目指す自分も大概でした。

 

 

 

 

 

 オークション開催の2日前、朝の日課となった導く者の鎖(ガイドチェーン)が初めて反応を示した。

 

「ついに来たか、ここからはより慎重に行動しなくてはな」

 

「さっさとノストラードのとこに行ってカメラ確認するか?」

 

「いや、万が一到着直後で鉢合わせても面倒だ。しっかり朝食を取って時間を置いてから行くぞ」

 

 その後ゴン達は出歩く人々が増えるのを待ってからホテルを出発、ゴンとギンが周囲の匂いに注意しながら目立たぬようにノストラードファミリーの拠点に到着する。

 ダルツォルネへの挨拶もそこそこに、監視カメラを担当していた構成員に聞けば印の付いた地図と2枚の写真を持ってくる。

 

「ヨークシンの外れにある廃ビル地帯なんですが、ほんの少し前に突然ビルの数が増えています。さすがに人影等は確認できませんでしたが、動きがあったのはここのみです」

 

 そこは話し合いの結果最も可能性が高かった地点であり、だからこそ監視カメラは最小限どころか一つしか設置していない。

 

「タイミング的に見れば今日の朝イチの便で到着したか、夜に侵入して下調べしたかのどちらかだな。ゴンは匂いで何人来たか確認してきてくれ、センリツはこの廃ビルにどれだけ近付いたら音を拾える?」

 

「今日は晴れてて風もないし、音の取捨選択をしなくていい分一番近いビルの屋上に行けば誰かが居るかくらいはわかると思うわ」

 

「よし、ならばゴンとギンのペアとキルアとセンリツのペアでそれぞれ行動を頼む。私とレオリオはネオンの護衛になるか」

 

 クラピカが大凡のプランを提示すると、各々が動こうとするのをゴンが止める。

 

「クラピカとレオリオはダルツォルネさんにオークション会場案内してもらいなよ、ネオンさんの護衛もオレが担当するからさ」

 

「ボスを危険な任務に連れていくつもりか?だとしたら重大な契約違反になるぞ」

 

「廃ビルに何人入ったかはギンだけでも調査できるからね、この公園でスクワラさんの犬達と遊ぼうと思うんだけどどうかな?」

 

 そう言ってゴンは廃ビルがギリギリ見える範囲にある公園を地図で示す。キルアとセンリツが行く予定のビルからも近く、いざという時合流することも簡単そうだった。

 

「それでも幻影旅団に近付くのはどうかと思うが」

 

「この公園って見晴らしがすごくいいし人もそれなりに多いんだよね、幻影旅団みたいな裏の人は絶対に近付かないしこっちもすぐに気付ける。むしろ死角が多くて人口密度の高い、ショッピングモールとかのほうが危険だと思う」

 

「…なるほどな、ボスが許可したら認めよう」

 

 そして外出準備の整ったネオンは昨日の疲れが残っていたのもあり、ゴンからの提案である公園に行くことを渋々了承する。

 

「その服昨日選んだやつだよね、やっぱりネオンさんの雰囲気的にゆったりした服が似合うね!」

 

「え〜?まあ、あたしレベルなら何着ても似合うしぃ?選んでもらったから早速着てるわけじゃないしぃ」

 

「馬子にも衣装だな、目がチカチカするわ」

 

「チビ頭のほうが光反射してうっとおしいんですけどぉ!それ実は禿げてるんじゃないの!?」

 

 そして再びゴンがネオンと手を繋いで出発すれば、行き先は同じ方向ということでキルアとセンリツも護衛に混ざり部屋を出ていく。

 

「…すまない、本気で頼みたいんだがオークションが終わったら雇われてくれないか?」

 

「希望は薄いが考えておこう。それで?何か不安なことがあるようだが、予言で不吉な結果でも出たか」

 

「っ!?」

 

「え、マジでやばい予言出たのか」

 

 クラピカの予測に表情を変えたダルツォルネを見て、レオリオも顔を顰めてテンションが下がる。

 

「想定内だな、こちらが数でも質でも劣っているのはわかっていたことだ。これで予言の内容が良かったらむしろ落とし穴がありそうで逆に不安になる」

 

「いやそれはそうだけどよ、100%当たるって言われれば良い内容の方が嬉しいだろ」

 

 ダルツォルネは悪い予言が出たと言ったにもかかわらず、大して気にせず余計なプレッシャーを感じた様子もないクラピカとレオリオに頼もしさを感じる。

 

(そうだったな、お嬢様の予言は変えられることこそが最大の強み。それすら頭から抜け落ちるとは情けない)

 

 気を持ち直したダルツォルネは予言の書かれた紙を持ってくると、二人に手渡し詩の構造について簡単に説明する。

 

「つまり詩が一節しか出ないということは、何もしなければ一週間で死ぬということだ。何か質問は…」

 

 説明を終えて顔を上げたダルツォルネの目に映ったのは、ゴンも死ぬというおよそ信じられない内容に青褪めているクラピカとレオリオだった。

 

(…あれ?やっぱり手を引くべきだったか?)

 

 その後何とも言えない重い雰囲気が長く続き、オークション会場の下見に行けたのは昼も間近という時間だった。

 

 

 

 

 

 ヨークシンシティの外れにある廃ビル、目当てのオークションまでまだ2日の時点で幻影旅団の半数近くが集合していた。

 

「ちょっと早めに来いって言うから来たけど何かあったの?」

 

 幻影旅団の頭脳にして、情報戦等裏方の仕事に卓越したNo.6のシャルナーク。

 

「このメンバー見ればなんとなくわかんない?どうもヒソカがコソコソ動いてるみたいだから、腹芸出来ない奴ら除いて作戦会議よ」

 

 記憶を封印されたことに気付けない、旅団内で上位の戦闘力と的中率の高い勘を持つNo.3のマチ。

 

「私はマチがからかわれただけなんじゃないかと思うんだけどね」

 

 人や物の記憶を読む特質系能力者、強さ以上にその能力から旅団で最上位の価値を持つNo.9のパクノダ。

 

「さっさと始末しちゃえばいい、ぼくあいつ嫌い」

 

 なんでも複製することの出来る具現化系能力者、戦闘力はパクノダと旅団内で最弱を争うが同じく替えのきかないNo.12のコルトピ。

 

「私も賛成〜、怪しまれた時点でアウトじゃないですか?」

 

 生物以外何でも吸い込む掃除機を具現化する能力者、あまり表情の動かない旅団に入ってまだ間もないNo.8のシズク。

 

「ヒソカが実際に動くまでは泳がせる。シャル、ヨークシンで何かおかしなところは見つかったか?」

 

 幻影旅団の頭にして他人の発を盗む特質系能力者、様々な名品珍品のコレクターの旅団長クロロ。

 全13人の幻影旅団の内すでに6人がヨークシンシティに潜入し、狙うオークションそっちのけでヒソカについて話し合っている。

 

「色々調べてみたけど特に何もなし、オークションが近いからマフィアがピリピリしてるくらいだね」

 

 幻影旅団での情報収集をほぼ全て担当するシャルナークをして、ヨークシンシティの例年と違うところを見つけることは出来なかった。

 

「ほらやっぱり。そもそもヒソカはクロロとタイマンしたいだけなんだから、全員集まる時に動いたり他人の手を借りておこぼれを取られたりしたくないでしょ」

 

「オレもパクの意見に賛成かな、バレない程度にヒソカの行動を漁ったけどハンター試験を受けて天空闘技場に行ったっぽいとこまではわかったよ。長距離通話の履歴もなかったし一応まだ白じゃない?」

 

 ヒソカが動くと考えるクロロとマチに対し、パクノダとシャルナークはまだ動かないと予測する。

 

「関係ない、クロロに殺意あるならヤッちゃえばいい」

 

「私もヤッちゃっていいと思いますよ、だって団長狙いなのあからさますぎじゃないですか」

 

 コルトピは普段からヒソカが自分を見る目、すなわち弱者を嘲る視線が気に入らないのも合わせて問答無用の粛清を提案する。シズクはそれほど他意はないが、ヒソカの隠す気のない殺意にはやや辟易していた。

 

「結局多数決で様子見ってことだね。どーするクロロ、何か理由付けてパクノダに見てもらう?」

 

「…そのあたりが妥当か。お前達もあまり露骨に警戒はするなよ、隙を見せすぎないことはヒソカにとって逆に隙となりうる」

 

『了解』

 

 クロロの一声でヒソカについての話し合いが終了すると、裏稼業とはいえプロの気質か今までが嘘のように他愛ない世間話に移行していった。

 

 

 

 

 

 

「あ〜、あったかくてふわふわだよ〜」

 

 きれいに整備された公園の芝生に寝転がり、周りを大小様々な犬に囲まれたネオンは初秋のひだまりの中うつらうつらと微睡んでいる。

 その予言という破格に過ぎる能力から箱入りどころか檻入娘とも言える過保護さと、国のトップすら凌駕する護衛に気の休まることの少ない多感な年頃のネオンはその性格の奥で鬱屈とした思いを抱えていた。

 

「ネオン様、日差しが強くなってきましたのでパラソルを立てさせていただきますね」

 

「ん〜」

 

 外出中でありながら今まで見たことがないほどリラックスしているその姿は、普段振り回されているとはいえ思わず微笑んでしまうほど見た目通りの可憐さだった。

 

「ゴン、センリツ達が偵察に行ってから大分経ってないか?何か問題が起こってないか?」

 

「大丈夫だよスクワラさん、キルアとギンは何も出来ないでやられるほど弱くない。それにまだ10分くらいしか経ってないよ」

 

 落ち着いて堂々としている犬達とは違い、使役する側のスクワラは落ち着きなく周囲を伺っている。護衛団の同僚である放出系能力者のシャッチモーノも、落ち着きのない様子を苦笑いしながら見ていた。

 

「少しは落ち着けよスクワラ、そんな情けないざまじゃエリザに愛想つかされるぜ?」

 

「けっ!俺とエリザの仲はそんなに弱くねえよ、なあエリザ!」

 

「もぅ…」

 

 落ち着きがないのも何のその突然惚気けたスクワラにネオンの側で待機するエリザは赤面し、からかったシャッチモーノは口笛を吹きながら能力の縁の下の11人(イレブンブラックチルドレン)にオーラを補充する。

 護衛団の特に付き合いの長い彼等の様子を微笑ましそうに見ていたゴンは、するりと己の足元に戻ってきたギンに気付いて抱き上げる。

 

「全員?」

 

「くぅん」

 

「じゃあ6か7?」

 

「きゅぅ!」

 

「オッケー、ありがとね」

 

 ゴンと簡単に確認だけすると、ギンは穏やかに眠るネオンの髪の中に潜り込み丸くなった。

 

「なあ、本当にギンは操作されてるわけじゃないんだよな?お互いの信頼関係だけでそれだと正直自信なくすぜ。うちの犬達も念に目覚められないのか?」

 

「ギンがどうして念を使えるのかはオレにもわからないんだよね、ギンの子供とか周りにいた動物達も結局目覚めなかったし」

 

 犬を操作するスクワラからするとギンの存在は希望そのものであり、もし仮に念に目覚めた犬達を操作できればとんでもない戦力増強になるのだ。しかし現実問題として念に目覚めた動物自体ギン以外に報告がなく、どうやったかもわからなくては再現のしようがない。

 

「んー、無理矢理精孔を開いたらオーラの枯渇で死にかねねえし、瞑想させようったってなぁ」

 

 スクワラが最も古参の犬を撫でたりオーラに触れさせてみたりと試行錯誤するのを横目に、オーラの補充が終わったサル顔で渦巻もみあげが特徴のシャッチモーノがゴンに気になっていたことを質問する。

 

「ゴンくん、君が凄まじく強いのは初対面の時にわからせられたけどよ、正直なところ幻影旅団と戦ったらどっちが強いか聞いてもいいか?」

 

「能力者同士の戦闘に絶対はないってのを前提にしてだけど、タイマンでなら全員に勝てるって自負してるよ。オレ自身は直接相対したことはないけど、信用できる情報を加味すると間違いないと思う」

 

 シャッチモーノは年も身長も己の半分程度のゴンが、そこまでの高みにいることにどうしても懐疑的にならざるを得なかった。もちろん自分など歯牙にもかけず蹴散らされることは自覚していたが、センリツやスクワラのように特殊な感覚を持たない身では見た目通りの存在と脳が誤認してしまう。

 

「おいシャッチ、わからんでもないがそれ以上踏み込むな。世の中にゃあ見ないに越したことのない世界があんだよ」

 

「そうは言ってもよ、協力関係にあるからには組のためにもしっかり知るべきじゃねえか?お前とセンリツのことは信頼してるといってもよぉ」

 

「じゃあちょっとだけ見せてあげるよ」

 

 幻影旅団という特A級が相手のため不安を拭えないシャッチモーノと、そんなシャッチモーノが理解できるためあまり強くは言い切れないスクワラ。そんな二人を見かねたゴンが口を挟めば、敵意がないことはわかっていてもネオンの周りにいる犬達が一斉に顔を上げる。

 スクワラとシャッチモーノにエリザ含む侍女たち、ついでに犬達が視線を向ける先であぐらをかいて座っていたゴンが貯筋解約(筋肉こそパワー)を発動させる。

 

 体重換算で倍以上にパンプアップしたゴンに全員が驚きの声すらあげられずただ目を見開いた。

 

「あん?何で元の姿になってんだ?別に問題があったわけじゃないだろ」

 

 そこにキルアとセンリツがタイミングよく戻り、平然と対応するキルアと違ってセンリツも目と口をあんぐりと開けている。

 

「強さを知りたいって言われてさ、戦うわけにもいかないしちょっと見せてた」

 

「だとしてもいきなりやってんじゃねえよ、どこに目があるかわかんねえんだぞ」

 

 キルアは座っていてなお自分と大して変わらない位置にある頭を引っ叩くと、未だにフリーズしている周りを見て自分も通った道かと盛大にため息を吐いた。

 

 

 

「しかしマジでセンリツは反則だったぜ、今いるメンバーも多分わかったし話してた内容も大体見当がついた」

 

 あの後完全に熟睡に入ったネオンを連れてホテルへと戻り、下見から帰ってきたクラピカ達も交えて再び話し合いを行っていた。

 

「今いるのはほとんどが非戦闘員で団長もいるのか、千載一遇のチャンスとはこのことか。これは揃う前に動くべきか?」

 

「そうしたかったんだけどさ、聞き取れた範囲だとすぐに追加が来るんだって。下手に挟まれるのも嫌だし最初の予定通り行くべきじゃね?」

 

「それならしゃあねえな、こっちも下見とかどうでもいい予言があったからそれについて詰めようぜ」

 

 そして改めて全員で予言の内容に目を通せば、ゴンもキルアも顔を顰めこそすれど大したショックを受けた様子もなく受け入れる。

 

「あれ、そんな反応なのか?オレやクラピカはめっちゃ動揺したんだが」

 

「オレの予言は完全に想定内だし、ゴンがやられたってんなら全滅も驚かねえよ。むしろ悪い予言が出たんならラッキーまであるだろ」

 

 思っていた反応との違いに釈然としないレオリオに対して、キルアは鼻を鳴らして考えを述べた。

 

「これ見たらそもそもオレが戦線に入れてないみてえだし、ゴンが操られてるっぽいってことはそこから総崩れの決着だろ。ならやっぱり何とかしてシャルナークの奴を潰せば良いだけだ」

 

 自分とゴンの予言を指で叩きながら断言するキルアから悲壮感といった感情は感じられず、そこにはいつも通りのふてぶてしい生意気さがあった。

 

「確かにその通りだ。悪い内容に気持ちからして負けかけていたが、キルアの言うように良い予言から対策するより悪い予言からの方が対策は容易い」

 

 キルアの指摘を受けて再び予言を熟読するクラピカとレオリオだったが、静かなゴンを不思議に思い目を向ければ険しい表情で己の予言を見つめていた。

 

(あなたはあなたじゃない、これが操作されるって解釈ならまだいい。問題はあなた(今のゴン)あなた(原作ゴン)じゃないだった場合)

 

 操作されるであれば対策のしようもあるが、もし人格の否定だった場合出来ることが何も無くなる。

 

 覆ることのない破滅の予言と化してしまう。

 

「どうしたゴン、何か気になるとこがあんのか?」

 

「どうせあれだ、頂に未到ってのが気に入らねえんだろ?死んだら未到なのは当然なんだから気にすんなっての」

 

「うむ、私達は皆お前が頂に到ると確信している」

 

「…そうだね、頂の前に幻影旅団だしね」

 

 ゴンは言えなかった。

 

 そもそも初めからゴンだった以上キルア達にとってのゴンは自分であり、原作がどうのこうの言ったところで混乱するだけで何一つとして良いことはない。

 

 原作から変化していることも含めてアイデンティティの確立は出来ているつもりだったが、曖昧とはいえこうして指摘されてはその想いも揺らいでしまう。

 

(大丈夫、たとえ不安通りの予言だったとしても、全部ねじ伏せれば問題ない!)

 

 ゴンは空元気だということを自覚していたが、それ以上何も出来ない現状を歯痒く思いながら話し合いを続けるのだった。

 

 

 



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第41話 動き始めた蜘蛛とほくそ笑むピエロ

 ヨークシンドリームオークション開催前日の昼過ぎ、幻影旅団が拠点に定めた廃墟ビルに全団員が集合していた。

 

 No.1 刀を携えた侍ファッションのノブナガ

 

 No.2 漆黒のコートをまとう小柄なフェイタン

 

 No.3 くノ一風の気の強いマチ

 

 No.4 ピエロメイクの偉丈夫ヒソカ

 

 No.5 エジプト風の被り物をするフィンクス

 

 No.6 一見特徴のない優男シャルナーク

 

 No.7 顔に複数の傷があるフランケンめいた男フランクリン

 

 No.8 最も新人で眼鏡の女シズク

 

 No.9 記憶を読むグラマラスなパクノダ

 

 No.10 包帯で全身を包み込む男ボノレノフ

 

 No.11 原人のような服の筋骨隆々の大男ウボォーギン

 

 No.12 長髪に埋もれている小柄な男コルトピ

 

 そしてNo.0にして蜘蛛の頭、他人の発を盗む能力者クロロ

 

 旅団結成時から数えるほどしかない全団員での依頼、しかもフルメンバーとあってさすがに百戦錬磨たる悪人達も若干の困惑が見られた。

 

「よく集まったなお前等、全員指定された刻限に揃ったのは嬉しい誤算だ。単刀直入に言うが今回のターゲットは地下競売に出品される全て、根こそぎ俺たちが掻っ攫う」

 

 クロロの宣言にそれぞれが反応を示す中、特に血の気の多いウボォーギンは雄叫びを上げて歓迎する。

 

「サイッコーじゃねえか!命じてくれ団長、俺はどうすればいい!?」

 

「お前だけじゃない、全員に命令だ。…殺せ、邪魔する奴は1人残さずな」

 

 改めて雄叫びを上げるウボォーギンほどではないが、それぞれが好戦的な笑みを浮かべてこれから行う大仕事に高揚する。それを一度ゆっくりと見回したクロロは、オーラを滾らせ指を一つ鳴らして合図を出す。

 

 シャルナークが相手を操るアンテナをヒソカに突き付け、マチが念糸で全身を拘束した。

 

「…これってなんのアトラクション?マチにはこんな糸じゃなくて体で直接抑えてほしいんだけど♥」

 

「随分あっさり拘束されるじゃない、何考えてるわけ?」

 

「いやいや、それはボクのセリフだよ♦ちゃんと期日通りに集まったのにこの仕打ちはひどいじゃないか♠」

 

 事前に話し合っていたメンバー以外の戦闘員達は突然の展開に驚きを見せるが、相手がヒソカとあって特に止めることもなく黙って成り行きを見守る。

 

「ヒソカ、お前はマチにオークションで俺と戦うと言ったそうだが間違いないな?」

 

「戦うって言ったんじゃなくて、チャンスがあれば手を出したかったって言ったんだよ♣流石に全員揃ってる時に誘うわけないじゃないか恥ずかしい♥」

 

「きもっ」

 

 マチから漏れた言葉は無視され、クロロは真っ直ぐヒソカを観察するが動揺といったものは一切確認できない。

 

「ではパクノダに調べさせるが構わんな?」

 

「ご自由に、けどもし濡れ衣だったら貸一つだよ♠」

 

 ほとんど敵しかいない状況に置かれながらも揺れないその精神性は、強者だらけのこの場においても一等の凄みを感じさせる。

 そしてパクノダが能力を発動させ、“このオークションで何かするつもりか“と質問するとなんとも言えない表情を浮かべる。

 

「これは完全な黒とは言いにくいわね、こいつゾルディックに依頼してるけど依頼内容がなんとも言えないわ」

 

「おいおいおい、ゾルディックに依頼してるなんて真っ黒じゃねえか!?始末するなら俺にやらせてくれ!!」

 

 パクノダの診断結果に考える素振りを見せたクロロを差し置き、すでにテンションが最高潮のウボォーギンが再び声を上げた。

 

 

「黙るね筋肉ダルマ、それ判断する団長よ」

 

「確かに、旅団の掟的にもターゲット的にも決めんのは団長だ」

 

「そういうこった、少しは静かにしてろ」

 

 うるさいウボォーギンをうっとおしそうに見るフェイタンが釘を刺し、フランクリンとフィンクスもその考えに同調する。

 そして考えがまとまったクロロがパクノダに視線をやると、その意を汲んでゾルディックへの依頼の詳細を説明する。

 

「依頼自体かなり漠然としてるんだけど、“オークション期間中にチャンスがあったら団長とタイマン出来るよう手伝う“ってのが詳細。ゾルディックってこんな依頼も受けてくれるのね」

 

「殺しじゃない依頼はむしろ割高になるがな、ある程度懇意になることが出来れば少しは融通がきくのさ」

 

 クロロが片手を上げるとマチは渋々と、シャルナークは軽く謝りながらアンテナをしまう。

 

「はあ!?何で止めんだよ?」

 

「いやいや、ヒソカが団長とタイマンしたがってるのは全員知ってることだろ?それ込みで旅団に入ったんだからあれくらいの依頼はセーフだよ。タイマンする場を作れとかの依頼だったらアウトだったけどね」

 

「そうなのか?せっかくヒソカとやれると思ったのによ」

 

 シャルナークからの説明を受けても未練たらたらなウボォーギンを尻目に、解放されて肩を回すヒソカはクロロに向って笑いかける。

 

「じゃあ貸イチってことでやろうよクロロ♥」

 

「バカを言うな、あくまでグレーであって白じゃない以上貸はつかん。さっさとオークションを襲うメンバーを選抜するぞ」

 

 ヒソカからの挑発を全く意に介さず、クロロは本命のオークションについて話を始めるとしょげていたウボォーギンのテンションが再び上がる。

 

「おっ!じゃあ俺が一人目だな!!根こそぎ奪うなら俺様がいないと運びきれないだろ」

 

「いや、お前は留守番組だ」

 

「なんでだっ!?」

 

「ウボォーギンは残ってヒソカの監視だ。いざとなればヒソカと戦えるし悪くはないだろ?」

 

 クロロからの命令に強い相手と戦うのが好きだが、弱い相手を蹂躙するのも大好きなウボォーギンは何とも不思議な顔で唸り声を出し続ける。

 

「オークション襲撃組はシャル、マチ、フェイタン、フィンクス、フランクリン、シズクの6人だ。とりあえず最初は出来る限り証拠を残さずやれ」

 

 指名された6人は各々が返事を返すと、下調べを済ませていたシャルナークの説明を受けながら潜入するために拠点を出発する。

 そして残ったメンバーはしばらく待機を言い渡され、クロロとパクノダにコルトピもヒソカから離れるために別の廃ビルへと移動していった。

 

「ククッ、ボクの信用ないなぁ♠」

 

「当たり前だろ、動ければ動くなんてのはほとんど黒のグレーじゃねえか。この程度で許してる団長に感謝しな」

 

 油断なく刀の間合いで監視するノブナガからもたしなめられ、ヒソカはつまらなそうに肩をすくめるとトランプを取り出す。

 そして落ち着いたのか監視を命じられていながらさっさと昼寝を始めたウボォーギンに、ボノレノフはイヤホンを付けて音楽を聞き暇をつぶしだす。

 ちゃっかり監視を押し付けられたノブナガはそのことに気付くことなく、トランプタワーを作り始めたヒソカを一生懸命注視し続けるのだった。

 

 

 

 

 

「へー、キルアってチビのくせに結構すごいんだね。ねぇねぇその爪伸ばした状態の指頂戴?」

 

「嫌に決まってんだろアホネオン、その悪趣味どうかと思うぜ」

 

 オークション前日も変わらず買い物と散策で1日を潰したゴン一行にノストラードの面々。朝一にネオンが天使の自動筆記(ラブリーゴーストライター)で大量に予言を量産する一幕はあったが、特に何かあるわけでもなくこの日もネオンは大変満足してホテルへと帰還した。

 

「じゃあ明日はいよいよオークションだから早く寝るね、絶対行くんだから遅刻しないでよキルア!!」

 

「いやお前早く寝てどうすんだよ、目当ての地下競売が開かれんのは明日の夜だぞ?」

 

「それまでは普通に遊ぶの!!つべこべ言わないでちゃんと来るの!!」

 

「へーへーわかりました、いいからさっさと寝ろ」

 

 ネオンが侍女達と寝室へと向かい、残った護衛メンバーは明日のオークションについて話し合いを行う。

 最初にネオンの予言を上に伝えたダルツォルネが、十老頭のこれからの動きについて報告する。

 

「十老頭の方針は変わらず先手はくれてやるだそうだ。あれだけ死の予言が出ればなにか対策を取ると思ったんだが」

 

「いや、おそらくは見えない範囲で手を打っているはずだ。未来の襲撃に怯える姿は見せられずとも、いざ襲撃があった場合に何もしていなかったのではそれもまた外聞が悪い」

 

 落胆を見せるダルツォルネに対し、クラピカは予測ではあるものの何かしらの手は打っていると判断していた。

 

「…確かにその通りだ。それでだ、オークションに行くメンバーはどうする?お前達が行く場合でも全権を譲るつもりだが」

 

 クラピカの予想に少し気が晴れたのか、最も重要と言えるオークション参加組の話となる。

 

「明日開催される地下競売にはお嬢様が目当てとするミイラが出品される。本人は絶対に行かせられないが、それでも誰かが行かなくては納得しないだろう」

 

「それなんだがな、私達が行くと嘘をつこうと考えている」

 

 あまりにもあっけらかんと言うクラピカに目を剥いたダルツォルネだったが、襲撃にあった場合元々の護衛団で生き残れるとは到底思えなかった。

 

「一応理由と目的について聞かせてもらえるか?」

 

「前提としてオークションは中止になるだろう。一つはそちらもわかっているように無駄な死人を増やさないため、もう一つは追跡してベストのタイミングで仕掛けるためだ」

 

 襲撃があったとしてもそれこそ無尽蔵にいるマフィアの下っ端を根絶やしにしている暇はないはずで、もし地下競売の品を盗めた場合それが足枷となる。

 

「間違いなく追跡部隊が組まれるだろう、私達はそこに紛れて一人ないし二人ほど蜘蛛を拉致する。安全に離脱することを考えればそれが上限だ」

 

「わかった、ゴン達が行くとなればお嬢様も渋々納得するだろう。拉致した奴等の拘束手段もこちらで手配しておく」

 

「んー、あんまり嘘はつきたくないんだけどなぁ」

 

「オークションに行くのは間違いねえし、中止になれば手に入らなくて当たり前なんだからいいんだよ。こういうのは嘘じゃなくて方便って言うんだ」

 

「さすが嘘つきに一家言ある変化系は違いますなぁ」

 

「うるせぇバカリオも少しはいい案出せよ脳筋以下か?」

 

「やめろその指摘はオレに効く」

 

 わちゃわちゃし始めたゴン達を見てため息を吐くクラピカとダルツォルネは、オークションへの潜入に必要なもの等まだまだある決めるべきことを話し合い続けた。

 

 

 

 

 

 コルトピの発神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)で複製した廃ビルの中。パクノダはクロロとコルトピと共に過ごしながら、ヒソカから読んだ記憶の中身を整理していた。

 

(ゾルディックへの依頼が前面に出てたから気付かなかったけど、このクラピカって子がなにか仕掛けてくると思ってるのかしら?)

 

 ヒソカの膨大な思考の中に数多ある、クロロとのタイマンに繋がる可能性のある事象。その中のほんの片隅に、今年受けたハンター試験で出会ったクラピカの姿があった。

 

(幻影旅団に恨みを持っていて、それを理由にハンターになったねぇ。念すら覚えたてで何が出来ると思ってるのかしら)

 

 それでもパクノダが引っかかったのは、クラピカがヒソカに名前を覚えられているという一点。強さについてはまるで脅威と思ってない以上、つまりは伸びしろでヒソカが興味を持ったということ。

 

(ま、念を覚えてから半年ちょっとじゃ伸びるにも限界があるわね。ヒソカもそこまで“興味“がないから記憶の片隅に残ってるだけなんだろうし)

 

 パクノダは色々考えた末に、クラピカについてクロロに報告することを止めた。当たり前の話として、念を覚えて一年未満の初心者が脅威になるとは思えなかったのだ。

 

 その自信は半分慢心だった。

 

 事実としてクラピカは、原作より幻影旅団に対する強さが減少している。特化型から汎用型に変わった発は、間違いなく原作ほどの脅威はないのだ。

 

 このパクノダの判断も、ゴン達と幻影旅団にとって分岐点の一つだった。

 

 ここで蜘蛛はまたしても、筋肉に繋がるはずだった情報を見落とした。

 

 それだけヒソカやゾルディックの印象が強いとも言えるが、天空闘技場のことを調べない等明らかな手落ちがあるのもまた事実だった。

 

 そもそも誰かと協力するという疑いが持たれない以上、ヨークシンシティの全てはピエロの掌の上で転がされ続けるのだ。

 

 

 



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第42話 奪えなかったものと奪われたもの





 

 皆さんこんにちは、いよいよ幻影旅団との決戦が迫り一層気が引き締まるゴン・フリークスです。ただワクワクすればいいというわけではないので、何ならヒソカとの勝負より憂鬱になります。

 

 

 

 

 

「全員死ぬといいね」

 

 フェイタンのその言葉と共に吐き出されたフランクリンの俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)によるオーラ弾は、広いフロアに集まった何百というマフィア達を原形を留めない肉の塊へと変えた。

 マフィアと同じ黒のスーツに身を包むマチとフィンクス以外の4人は、何の障害もなくオークション会場へと潜入し一瞬で場の制圧を終えてしまった。

 

「あっけねえな、さっさと掃除してお宝頂いてこうぜ」

 

「デメちゃん、死体と血を全部吸い込め。あ、あとイスもお願い」

 

 フランクリンのつまらなそうな言葉に続き、シズクが何でも吸い込む掃除機デメちゃんを具現化する。スイッチを入れればフロアに充満した物体すべてが瞬く間に吸い込まれ、まるで掃除をしたばかりのような床が姿を現す。

 

「それじゃあこのまま金庫に向かおうか、全部消したから時間は稼げたけどお宝の量次第じゃ結構ギリギリかもね」

 

 この場にいないマチとフィンクスは帰りの気球を手配していて、多くの競売品を運ぶとなると人手の問題で時間に余裕はない。

 鍵を持つマフィアを引きずりながら金庫の前までやって来れば、絶望した顔で何度も失敗しながら何とか金庫を開ける。

 

「お宝とのごたいめーん…、あれ?」

 

 シズクの力の抜ける掛け声と共に金庫の中があらわになると、ホコリ一つ入っていない空の金庫が幻影旅団を出迎えた。

 

「…お前ふざけてるか?別の場所案内するなんて随分死にたがりね」

 

 フェイタンは苛立ちを隠すことなくマフィアの指を踏み砕き、悲鳴が上がるのを無視して踏みにじりながらシャルナークへと視線を向ける。

 

「いや、ここ以外に金庫はないよ。この中にないなら初めから存在しなかったってことだね」

 

「そうか、じゃあコイツに色々聞くよ」

 

 空振りに終わり落胆を隠せない他の団員と違い、趣味を満たせることになったフェイタンの顔が妖しく歪む。ひときわ強く踏みにじった足をどけると、マフィアの指は元々は何だったかもわからないペースト状の何かに変貌していた。

 

「安心するよろし、時間ないからすぐ死ねるよ」

 

 シャルナーク達は一応他の調査のため金庫を去り、フェイタンとその場に残された不運なマフィアは残り少ない命を絶望と痛みに満たされその生涯を終えた。

 

 

 

 地下競売の会場となったビルを囲むように、ゴン一行はそれぞれ単身ながら見張りをするマフィアに紛れてビルを監視していた。大半のマフィアがビルから外側を見張っているのに対し、ビルの方向を見張るゴン達はそれぞれの感覚で多くの命が消えたことを察知した。

 

「全員気付いたな?蜘蛛が動き出した、何らかの逃走手段を用意するだろうから見逃しだけはないようにな」

 

了解(ぐまっ)

 

 4人と一匹は傍受もされないほど電波が弱い短距離用の小型無線で連絡を取り合い、すでに潜入していた幻影旅団の手際の良さにわかってはいたが感心した。

 そして全滅しているが故に少なくない時間が経過した頃、特に夜目に優れているキルアがビルに近付く怪しい気球を視認した。

 

「見付けたぜ、多分一人か二人だけ乗ってる気球が近付いてる。もうしばらくしたら他のマフィアにも見えるな」

 

『よし、気球ならば追跡は容易い。飛び立った後残りがいないか確認だけして私達も追跡組に合流する』

 

 そして数分後気球に気付いたマフィア達が色めき立ち、ビルの中に突入した者達から客と競売品が見当たらないと報告がされる。メンツを潰されたと理解した荒くれ者達は怒りに顔を強張らせ、郊外の荒野へと飛んでいく気球を我先にと追いかけていった。

 

 

 

「…うん、誰かが来て競売品の匂いが消えてる。一番新しいのは旅団達と血の匂いだし空振ってるね」

 

「ふむ、足枷がないのは残念だが十老頭が対応したと考えれば妥当か。物を大量に持ち運びできる能力者といったところだな」

 

 ゴン一行は大半のマフィアが出払い閑散としたビルの中で、何が起きたかの確認と手がかりが一つでもないか調査をしていた。

 

「フロアは何もねえがオレでもわかるレベルで血の匂いが充満してやがった。あれはシズクって奴の能力だろうからこいつがいるのは確定だな」

 

「それとフロアにいたマフィアの人数的に考えてフランクリンって奴もいるのが濃厚。あの能力でフロアを傷付けてないのはコントロールやべえ」

 

 ゴンとクラピカと別れてフロアの調査をしてきたレオリオとキルアも合流し、お互いにわかったことを確認しあい襲撃してきたメンバーの予測をする。

 

「気球に乗ってきた中にマチの匂いがあったのもわかっている。あとは襲撃組が向かった先に他のメンバーが待ち構えているかが問題か?」

 

「そこなんだが、センリツとスクワラが廃ビルを見張っててここ数時間で誰かが出入りした様子はないとさ。流石に何人残ってるかまではわからんらしいがな」

 

「じゃあ相手は6人でほぼ確定か。現場指揮ってことで団長のクロロかシャルナークがいるだろうし、そいつともう一人拉致で決定か?」

 

「金庫の匂い的に多分拷問されてる。それならフェイタンがいる可能性が高いよ」

 

 ゴン達は現場の状況やゴンの嗅覚による調査で、襲撃してきた幻影旅団のメンバーをほとんど看破することに成功していた。

 

「戦闘特化のウボォーギンがいないのは幸いだ。他のマフィアと合流してメンバーを確認次第、手筈通りクロロかシャルナーク、そしてフェイタンを優先して拉致する」

 

 そしてゴン達はシャッチモーノに持ってきてもらった車に乗り込み、運転センスに最も優れたクラピカの運転で先行しているマフィア達の後を追った。

 

 

 

「やっぱりヒソカが裏切ってんじゃねえのか?狙ってたお宝を陰獣が持ち出すってことは俺等の行動がバレてたってことだろ」

 

 ヨークシンシティ郊外に広がる荒野へ向かう気球に揺られながら、フィンクスはクロロに連絡を取りヒソカの裏切りについて言及していた。色々とネットで調べているシャルナーク以外のメンバーもクロロの発言に注目しており、それ次第では追ってきているマフィアを振り切ってでも拠点に戻るつもりだった。

 

『いや、重ねてパクノダに調べさせたが白だ。裏切り以外の何かが俺達の行動を探っているようだが、襲撃がある確証があったわけではないんだろう。そうでなければ競売にマフィアが集まっていた理由がない』

 

「ヒソカは白ねえ、ヨークシンに入るのを追跡された雑魚もいないだろうし、俺等の顔を知ってるやつに見られでもしたか?」

 

『そのあたりはシャルの調査待ちだ。お前達はそのままマフィアを相手にして、可能ならば情報を集めろ』

 

「了解ボス、んじゃまた何かあったら連絡する」

 

 通話を切ったフィンクスが確認するようにメンバーを見渡せば、聞こえていた全員がそれぞれマフィアとの戦いに備えて休憩を取り始める。

 

「よぉシャル、なんかわかりそうか?」

 

「流石にそんなすぐわかったりしないよ、…と言いたいけど多分これかなって情報は出てきたね」

 

 シャルナーク自身ハンターライセンスを持つプロハンターであり、様々な情報屋等も駆使して表と裏多くの情報を集める手腕に優れている。さらにそれら多くの真偽不明の情報から取捨選択する頭脳も持ち合わせており、オークション会場から飛び立って短い時間でほとんど事実にたどり着いていた。

 

「ノストラードファミリーっていう最近勢力拡大してるマフィアがいるんだけどね、そこの売りがなんと絶対に当たる占いなんて噂があるみたい」

 

「はあ?あたし達のことが占いでバレたって言うの?」

 

「けどこれならクロロが言ったみたいに、確証はないけど襲撃はあるってわかったのも辻褄が合うよね。ちょっと深く調べてみたら十老頭とも付き合いがあるみたいだし、そういう念能力者を囲んだんじゃないかな」

 

 初めは半信半疑のマチだったが、現状とシャルナークの予測を聞けば否定する要素はない上に自分の勘もそれが正解だと告げていた。

 

「で、どうするの?すぐクロロに連絡いれる?」

 

「いや、もう少しちゃんと調べてからにするよ。この後マフィア達からも色々聞けるだろうし」

 

 そして気球は燃料ギリギリまで飛び続け、荒野の中にある崖の上へと着陸する。

 ヨークシンシティから追跡してきた数百人はいるマフィア達は崖下に陣取り、各々怒号を上げたり発砲したりとまるでお祭り騒ぎのように喧しい。

 

「じゃあ無駄なマフィアは間引こうか。全滅させちゃ意味ないからフランクリンはダブルマシンガン禁止ね」

 

「めんどくせぇな、お前等でやればいいじゃねえか」

 

「お、まさか怖気付いたんじゃねえだろうな?一番少なかった奴は罰ゲームにしようぜ」

 

「遅い奴不利ね、いじめちゃ駄目よ」

 

「…んだと?」

 

 百倍の戦力差でありながら全く気負った様子もなく牽制し合う男達に、マチは呆れたような視線を向けながらシズクと一緒に一歩下がる。

 

「あたしとシズクは見てるからさっさと片付けてきな。まさか手伝いがいるなんて言わないわよね」

 

「がんばってくださーい」

 

 シャルナーク達は10メートル以上はある崖をちょっとした段差のように飛び降りると、纏うオーラを増やしてがなり立てるマフィア達へと歩いて行く。

 

 4人の蜘蛛と数百の羽虫による、一方的な蹂躙劇が幕を開けた。

 

 

 

 戦いとも呼べない戦闘が始まって数分が経つ頃にはマフィアの数は半分近くまで減ったが、それでもまだまだ残るためにシャルナーク達4人はそれぞれ単独で好き勝手に狩り続けていた。

 マフィア側も人数と共に同士討ちの心配が減ったこともあって火力の高い銃火器を持ち出しているが、幻影旅団にとっては豆鉄砲がどれだけ性能を上げても豆鉄砲に変わりはない。

 マフィアの頸が圧し折れ、頭が飛び、骨や内臓が砕け、突然気が狂ったように同士討ちを始める。

 遠距離から狙撃を試みた者達も銃を奪ったシャルナークに頭を撃ち抜かれ、対戦車ミサイルを持ち出した者には撃った瞬間フランクリンに投げられたマフィアが直撃して周囲諸共爆散した。

 

(うーん、流石にこれだけいると時間かかるなぁ。こんな時こそウボォーがいれば任せて楽できたのに)

 

 シャルナークは他のメンバーの様子を窺いながら奪った銃を乱射し、時折能力の携帯する他人の運命(ブラックボイス)を使ってマフィアに同士討ちをさせては場を混乱させていた。

 

(アンテナ回収したしまた誰かに使おうかな、丁度いい人間(マシン)いないかなぁ)

 

 あまりの手応えのなさに若干だれながらも、決して油断していなかったシャルナークは拙い絶で背後を取った存在を見逃さなかった。

 

(念が使えてガタイも良いしレア物じゃん。ラッキー、こいつならすぐには壊れなそう)

 

 背後から振るわれた拳をギリギリで避け、能力の要であるアンテナを脇腹に突き刺す。サングラスに黒スーツという他と変わらない恰好ながら、やけにピッチリしたスーツに首を傾げながらも操作するため携帯に目をやった。

 

 超至近距離でオーラが爆発的に膨れ上がった。

 

「え?」

 

 突然発生したウボォーギンをも凌駕しかねないオーラに硬直したシャルナークが見たものは、アンテナが刺さりながらも操作された様子のないマフィア(ゴン)が脚を振りかぶる姿。

 

「なん…」

 

 疑問を最後まで口に出来なかったシャルナークが蹴り上げられて宙を舞い、乱回転しながら血の雨を降らせ疑問に支配されながら意識を闇へと落とした。

 

 

 

 崖上から俯瞰して見ていたマチとシズクを含め、幻影旅団全員が突如出現した化け物じみたオーラに一瞬体を硬直させた。

 

『!?』

 

 そしてオーラの元を確認しようと視線を向ければ、大量の血を吐きながら吹き飛ぶシャルナークによってさらなる驚愕に包まれる。

 

「ッ!?クソが!」

 

 シャルナークに全員の意識が集中してしまった瞬間、フェイタンは己が鎖に拘束されるまでその存在に気付くことが出来なかった。

 

「フェイタン!?」

 

 旅団内でもトップクラスのスピードを誇るフェイタンがあっけなく拘束されたことに加え、まだ空中にいたシャルナークにも鎖が巻き付き凄まじい勢いで二人を連れ去っていく。

 

「ちぃっ!させるかよ!!」

 

 二人を追おうとした幻影旅団の機先を制するように、再び膨れ上がったオーラが炸裂して行先を遮るように大量の土煙が立ち上る。

 

「こんのっ!フランクリン!ダブルマシンガンで薙ぎ払え!!」

 

「バカ野郎!シャルやフェイタンが盾にされてたらどうする!相手の数もわからねえ以上一旦引くぞ!!」

 

「それこそバカじゃねえか!二人を追うのが先決だろうが!!」

 

「二人共落ち着きな!!フィンクス、こっちにはシズクもいるし引くよ。大丈夫、拉致したんならすぐには殺されない」

 

「戻りましょうフィンクスさん、もしあれが陰獣だったらあんなのが10人いることになります。確実に罠ですよ」

 

「〜っ!ちくしょうがぁ!!」

 

 2本の脚を失った蜘蛛は、さらなる損失を恐れ一度巣へと帰還する。

 

 もぎ取られた脚が向かうのは、怒れる復讐者と仲間達の根城。

 

 何も奪えずただ奪われた蜘蛛は激高し、最大の理性を失った残りの脚は暴走を始める。

 

 ここに蜘蛛と筋肉の、全面戦争の幕が切って落とされた。

 

 

 



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第43話 鎖の本領と蜘蛛は激怒した



最近誤字脱字や間違いが多くて申し訳ありません。報告してくださる方々に心から感謝を。
何より読んで下さる皆様本当にありがとうございます。今年も残り僅かですがこれからもこの小説にお付き合い下さい。




 

 皆さんこんにちは、首尾よくシャルナークとフェイタンを拉致出来たゴン・フリークスです。実際どこまで出来るのかわからない、クラピカの絆の鎖(リンクチェーン)実験が始まります。

 

 

 

 

 

 シャルナークは腹部の鈍痛と薬物による倦怠感を強く感じ、再び落ちそうになる意識を何とか引き上げて鉛のように重い瞼を持ち上げた。

 そこは薄暗い医務室といった様相をしており、動かない体がベッドの上に簡単に固定されている。

 幻影旅団の頭脳は伊達ではなく、現状を混乱することなく正しく理解したが残念ながら打開策は全く浮かばなかった。

 

(あの時のダメージ的に治療はしてもらえてるから殺す気はないか、俺一人ならいいけど高望みかな)

 

 投与されている薬物の影響かまるで体が動かないため、視線だけで周囲を窺えばすぐ横に同じくベッドに固定されたフェイタンの姿があった。

 

「…?フェイタン?」

 

 見たところ意識がないことはわかったが、それ以上にフェイタンの様子がおかしく感じて思わず声をかけていた。

 パワータイプのウボォーギンと違い、スピードタイプのフェイタンは無駄な筋肉を付けず小柄で細身の体躯をしていた。

 

「え、嘘でしょ成長期?」

 

 そんなフェイタンの体が一目でわかるレベルでムキムキになっており、さらには何故か頬がやや紅潮し呼吸も若干乱れている。

 

 パンプアップして興奮しているようにしか見えなかった。

 

「起きたか、おはようシャルナーク。無事に済むことはないが死ぬことだけはないと保証しよう」

 

 聞こえてきた声に視線を向ければ、黒いスーツに身を包んだクラピカが闇の奥から姿を現した。

 

「おはよう、寝起きのコーヒーは出ないのかな?心配してる家族がいるから連絡させてもらえると助かるんだけど」

 

「ことが終わればまた会えるさ、そこがブタ箱かそれとも裏世界の底かは知らないがな」

 

 取り付く島のないクラピカを観察しながら、シャルナークは相手のレベルの高さに内心舌を巻いていた。真っ向勝負で負ける気は毛頭なかったが、時と場合によっては普通に負けもあり得るとわかったのだ。

 

(こいつに加えてあのバカげたオーラの奴、陰獣にしては強過ぎる気がするけどリーダーとかかな?)

 

 少しでも情報を得ようと周囲を伺い無駄なおしゃべりを仕掛けるが、クラピカ以外誰か来ることはなく会話に乗ってくることもない。

 薄暗い中僅かに発光したように見える瞳で、ただ観察するように見つめられるだけである。

 

「それだけ話せれば問題ないな、これからお前に制約の鎖を打ち込む。他の蜘蛛をどうにかするまでは拘束させてもらうが、それ以降は自由にするといい」

 

 その言葉に情報を求められると考えていたシャルナークは肩透かしをくらい、疑問の視線を向けるが無視されて制約の内容を説明される。

 

「この裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)をお前の脳に打ち込む、制約はオーラを使用する事と触れることを禁じる」

 

 それはつまり念を使うことと除念を禁止するということであり、破った場合の罰則次第では一生そのままもあり得た。

 

「安心しろ、殺しはしないと言ったはずだ。制約を破った場合、そのレベルに応じて脳の思考を司る箇所を徐々に破壊していく」

 

 そしてそのなんとも陰湿な制裁に顔を目一杯顰めさせ、何とか思いとどまらせようと取引を持ちかける。

 

「そんなことされたら死んだも同じじゃない?旅団について情報渡すからさ、しばらくは勘弁しても…」

 

「蜘蛛全員の発と今現在の潜伏場所、これらはすでに掴んでいるがそれ以上の情報はあるのか?」

 

 被せられたのはシャルナークをして絶句せざるを得ない、超トップシークレットのあり得ない情報だった。

 

(マジで裏切り者がいる!?それもヒソカじゃない、あいつは全員の能力を把握していない!)

 

「心が乱れているな、これ以上の情報でなければ取引は成立しないぞ?」

 

(まずいまずいまずい!俺とフェイタンが狙われたのも計算尽くだ!情報戦と一発逆転の殲滅力を削ぎに来たんだ!裏切り者は誰だ!?)

 

 現状を打破しようにも薬で体はピクリとも動かず、当たり前のようにアンテナも携帯も目に入る位置には存在しない。

 

「何もないようだな?安心しろ、除念しても5歳児程度の思考力は残るだろう。いざという時は愛しい家族のため、率先してその身を犠牲にするんだな」

 

「クソ野郎が!そんなもん捨ててかかってこい!俺が、俺達が怖いのか!?」

 

 先端に鍵の付いた鎖が鎌首をもたげ、シャルナークの額に狙いを定めるとゆっくりと抵抗なく沈んでいく。

 

「あぁ、怖いね。だからこそ全力で潰すのだ」

 

「やめろぉー!クソ野郎!ぶっ殺すぞォ!!」

 

裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)!」

 

 怒れる復讐者の、2つ目の裁きが蜘蛛に刺し込まれた。

 

 

 

 シャルナークにルーリングチェーンを刺した後は薬で意識を奪い、長時間の絶対時間(エンペラータイム)で消耗したクラピカは休みながらも初戦の勝利に浮かれることなく作戦会議を行っていた。

 

「当たり前だがいい情報はなかったな、まあすでに最高の情報が手に入ってるからしょうがないか」

 

 レオリオが口にしたように、シャルナークとフェイタンから新たな情報を得ることはできなかった。それでもいくつかわかったこともあり、幻影旅団の数を減らせた以上の収穫を得ることが出来たのも確かだった。

 

「クラピカ大丈夫?ルーリングチェーンを2つに命奪う者の鎖(アサシンチェーン)の強化版まで使ったけど」

 

「今すぐの戦闘は難しいだろうが、少し休めば問題ないレベルだな。ゴンこそ大丈夫か?それ相応のオーラを吸い取ったが」

 

「全然平気!まだ能力は戻らないけど問題なく戦えるよ」

 

 シャルナークも疑問に思ったフェイタンのパンプアップ、それはエンペラータイムで強化したアサシンチェーンによってもたらされたもの。

 

「これが上手くいけばルーリングチェーンより悪質だよなぁ、幻影旅団脳筋化作戦か」

 

 キルアが何とも言えない顔で口にした、旅団脳筋化作戦。

 それはアサシンチェーンの強化能力でゴンから抽出した脳筋万歳(力こそパワー)を、万が一に備え強化系と操作系を除外した旅団メンバーに投与する作戦である。

 アサシンチェーンで投与された能力は、時間制限こそあるものの誰でも問題なく習得出来るという特性を持つ。

 

 つまり脳筋万歳を投与されている間は、放出変化具現化の習得率が消滅することを意味している。

 

 ゴンは制約として放出変化具現化が二度と習得出来ないことを盛り込んでいるため、“二度と習得出来ない”が完全に適用されれば時間制限が過ぎた後も3系統の発を完全無効化することが出来る可能性があった。

 

「流石にそこまで上手くいくとは考えていないが、少なくともフェイタンの許されざる者(ペインパッカー)はもう使えまい」

 

 たとえ脳筋化作戦が失敗しても、フェイタンに刺したルーリングチェーンの効果でペインパッカーはおそらくもう発動出来ない。

 

 フェイタンは痛みを快楽に感じるように脳を変えられてしまったのだから。

 

「いやー、最初は殺さないのはどうかと思ったけどさ、殺さない代わりに除念した時も効果が出て治療出来ないってのはマジでヤバいな。下手したら兄貴の能力以上に受けたくないぜ」

 

 自身が受けた姿を想像し、鳥肌の立った腕をさするキルアと同感だと頷くゴンにレオリオ。

 一応まだ戦闘行為を取れるため拘束を続けるが、フェイタンとシャルナークはほぼ無力化したと言っても過言ではなかった。

 

「よし、休憩も十分だ、後の監視はノストラードに任せてダルツォルネと話をしよう。十老頭への報告は止めさせているが、もしかしたら陰獣の手助けが必要になるやもしれんからな」

 

「やっぱり予言のこと気にしてる?ウイングさんやネテロ会長にお願いしないの」

 

 頑なに他人の協力を拒んでいたクラピカだったが、自分の予言を見てからかなりノストラードファミリーに助力を求めるようになった。

 ゴンは自分達のために己を殺しているように見えたが、クラピカは優しく微笑むとゴンの頭に手を乗せ首を横に振る。

 

「私も意外だったんだがな、自分が主体で他を使うということなら気にならないようだ。流石にネテロ会長レベルに手助けを求めたくないのは我が事ながら度し難いが」

 

 最後は苦笑いになっていたが本心から言っていることがわかり、ゴンだけでなくレオリオとキルアも安心したように息を吐いた。

 

「さあ、ここからは蜘蛛も本気で来るだろう。一層気を引き締めていくぞ」

 

 クラピカの言葉に各々返事を返し、さらなる勝利に向かって力強く一歩を踏み出した。

 

 

 

 

 

 幻影旅団が潜伏している廃ビルでは、今にも仲間割れが勃発しそうな空気に満ち溢れていた。

 

「ヒソカぁ!!やっぱりテメェ裏切ってんじゃねぇだろうな!?」

 

「しつこいなぁ、ボクは後何回パクノダに記憶を見られればいいんだい?流石に全員がパクノダに見てもらうべきだと思うよ、そのパクノダが裏切ってたとしたら意味ないけどね♠」

 

「ふざけ…」

 

「いい加減にしろフィンクス、ヒソカもいちいち挑発するな。マチ、詳しくあったことを報告しろ。パクノダは記憶を見ながら気になったことがあれば言え」

 

 シャルナークとフェイタンを欠いて帰還したメンバーをウボォーギン筆頭に半数が罵倒し、パクノダ筆頭に半数が正しい判断だと肯定した。

 それに伴い最も怪しいヒソカが矢面に立たされたが、無駄な同士討ちを嫌ったクロロに止められ渋々ながら沈黙するとマチから事の詳細を聞かされる。

 

「ウボォー並みのオーラの化け物に鎖野郎の二人か、一応聞くが心当たりなんてないよなヒソカ」

 

「ん?鎖使いは知ってるし仲間にも見当がついたよ♦」

 

 知ってるとは思わなかったノブナガが目を剥き、やはりかと襲いかかろうとしたフィンクスを慌ててパクノダが止める。

 

「ストップ!これに関しては私も同罪よ!ごめんなさいクロロ、必要ないと思って報告してなかったわ」

 

 そしてパクノダは旅団に恨みを持つクラピカと、その仲間と思われるゴン達のことを自分の口から説明する。シャルナークを蹴り飛ばしたガタイのいい男については不明だが、少なくともクラピカについては間違いないと詳細な容姿についてもしっかりと報告した。

 

「で?報告しなかったのはどういう訳だ、知ってたなら回避も出来たんじゃねえのか」

 

 報告を聞いてパクノダすら怪しく感じ始めたフィンクスが詰問を始めようとするが、耐えきれないとばかりにクスクスと笑うヒソカに怒りの目を向ける。

 

「言ってあげなよパクノダ、私はあなたのお母さんじゃないってさ♦最近ぬるいとは思ってたけど、ここまでくると呆れや落胆より笑いがこみ上げてくるよ♠」

 

「あぁ!?どういう意味だコラ!」

 

「クラピカは念を覚えて1年どころか半年ちょっとしか経ってない、私達の脅威になるとは考えられなかったの。ごめんなさい、ヒソカが名前を覚えているのを気になった時に報告していれば」

 

 本気で後悔を滲ませるパクノダを目の当たりにし、爆発しかけていたフィンクスは気不味そうに押し黙る。

 

「全員少しは落ち着いたか?俺自身冷静になりきれていないところはあるが、少なくとも相手はこちらの足を掬う程度の実力があることがわかった。だからまずは落ち着くぞ」

 

 クロロの指示で何とか落ち着きを取り戻した旅団だったが、いざ話し合いを始めようと言う時に普段からまず内容を整理してくれていたシャルナークがいないことで早くももたついてしまう。

 

「なぁ、シャルとフェイタンが拉致られたのは偶然だと思うか?」

 

「あの場で乱戦してた残りは俺とフランクリンだ、拘束するなら見るからに非力なフェイタンと次点でシャルだったんじゃねえか?」

 

 進まない話し合いに疑問を口にしたノブナガに対し流石に考え過ぎではと怪訝に思ったフィンクスが否定するが、マチの記憶を本人以上に精査していたパクノダが驚くべき事実を発見する。

 

「シャルを蹴り飛ばした奴、ブラックボイスで操作されてないわ!少なくともこいつはシャルの能力を知っていた!?」

 

 パクノダの発見に再び旅団同士で疑心暗鬼が広がり、これを重く見たクロロが全員の記憶を確認するように指示をするがそれでも裏切り者は見付からない。

 パクノダ自身もクロロにしか教えていなかった隠していた能力、自分の記憶を相手に読ませる記憶弾(メモリーボム)を解禁して疑いを晴らす。

 

「…なあ、これはフェイタンかシャルが俺等を裏切ってるってことか?」

 

 フィンクスは最初の憤りっぷりが鳴りを潜め、気の毒になるほど意気消沈した姿を曝け出していた。

 

「操作されてる可能性だってあるんだ、裏切られたのが決定したわけじゃねえよ」

 

 そういうフランクリン自身も声に力はなく、何ならヒソカ以外の全員が重い雰囲気を醸し出していた。

 

「…相手の力量的に散開するのは悪手、下手したら操作されてるシャルやフェイタンが敵に回る可能性すらある。ねえクロロ、撤退も視野に入れないといけないんじゃない?」

 

 最悪の最悪を想定したマチの弱気すぎる提案だったが、これに対してウボォーギンとヒソカが異を唱えた。

 

「ふざけんじゃねえよ!ここまでコケにされて逃げるってか!?俺は一人でも残るぜ、地獄を見せてやるまで引けるかってんだ!!」

 

「ボクも撤退は反対かなぁ、というよりここで逃げ出すようなら期待ハズレもいいところだし旅団自体抜けさせてもらうよ♠」

 

 二人の理由はまるで正反対だったが、少なくとも撤退に反対という点では一致していた。

 

「俺も残るぜ、目の前で拉致られて腸煮えくり返ってんだ。誰が尻尾巻いて逃げ出すかよ!」

 

「もちろん俺も残る。ヒソカの監視には飽き飽きしてたんだ、ここらで動かねえとスッキリしねぇ」

 

 フィンクスとノブナガも残ることを正式に宣言し、ボノレノフも黙って立ち上がると残る組の側に並ぶ。

 

「旅団の掟は全滅しないことだ、団長やパクノダ達が撤退するなら俺も残る」

 

 フランクリンも旅団の掟を持ち出し、暗にクロロと非戦闘員の撤退を示唆する。

 全員からの視線を受けるクロロがしばし熟考し、答えを出そうと顔を上げた瞬間狙ったように携帯が着信を知らせた。

 

 液晶に映った着信先は、囚われたはずのシャルナークから。

 

「…誰だ?まさかシャルではあるまい」

 

『名前くらいはすでに掴んだのではないか?お前達蜘蛛に怨みを持つ者とだけ言っておこう』

 

 この際パスワード等をどうしたかは気にせず、クロロはわざわざ連絡してきた相手に意図を問う。

 

『なに、臆病な虫が慌てて巣篭もりするのではないか心配になってな。そちらにいくつか情報をくれてやろうと思ったのさ』

 

 呆れるほど強気で告げられたのは二つ。

 

 一つはシャルナークとフェイタンは生きているが、旅団の誰か一人でも撤退すれば見せしめに始末するということ。

 

 そしてもう一つは、決戦の場を設けてやるから逃げずに正面から戦えという完全なる挑発。

 

『こちらとしてもゲリラ戦が二度通用するとは考えていない。よって逃げられるくらいなら雌雄を決するべきと連絡したんだが、まさか天下に名を轟かす幻影旅団様が怖くて受けないなどとは言うまいな?』

 

「…」

 

 クロロの持つ携帯が軋む嫌な音を立て、周囲で聞いていた者達も怒りと屈辱でオーラが揺らめく。

 

『場所と時間はこちらから指定させてもらうし、もちろん罠もしっかりと張らせていただこう。事が決まり次第また連絡する。以上だ』

 

「…」

 

 クラピカからの通話が切れてからおよそ一分が経過した頃、顔を憤怒に染めたクロロが静かな絶対零度の声で告げる。

 

「撤退はなしだ、少し上手くいって思い上がったガキ共を血祭りにあげるぞ!」

 

 張っていたセンリツが思わず悲鳴を上げるほど、廃ビル内に旅団の決意の咆哮が響き渡った。

 

 

 



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第44話 過去の報いと決戦に向けて





 

 

 

 皆さんこんにちは、生陰獣と聞くとなんかあれな感じに聞こえるゴン・フリークスです。どうやら協力してくれるようなので、決戦時の手伝いをお願いしました。

 

 

 

 

 

「…ふひはへんひょうひひほっへはひは(すいません調子に乗ってました)

 

 ノストラードファミリーが滞在するホテルの一室に、己の武器たる自慢の歯を文字通り圧し折られた陰獣病犬(やまいぬ)が正座していた。

 

「幻影旅団の監禁は引き続き私達が行っても文句はないな?そして決戦時に出来れば手を貸して欲しいと十老頭に伝えてくれ、一網打尽にするチャンスだとな」

 

「報告が終わったらまた来てくれ、バッチリ今まで以上の歯にして治してやるからよ」

 

はひ、ふぐひっへひまふ(はい、すぐ行ってきます)

 

 病犬は武器()と同時に自信も折れたのか、来た時の傍若無人さは鳴りを潜め無駄にペコペコしながら報告に帰っていった。

 

「流石だな、俺では陰獣の誰にも勝てないと感じたがまるで相手にしないとは」

 

 1時間ほど前のオークション二日目早朝、ダルツォルネはファミリーのビッグボスであるライト・ノストラードと共に十老頭の元を訪れていた。そこで捕らえたシャルナーク達の引き渡しやこれからの指揮権について言及されたが、まだ功績が欲しかったライトと生で陰獣を見てゴンのほうがやばいと感じたダルツォルネが断る事態となる。

 一悶着あったものの陰獣で戦闘力トップクラスの病犬が確認に訪れ、晴れて十老頭でもノストラードファミリーでもなくクラピカが主導権を握る事に成功した。

 

「陰獣10人もいて一人は運び屋っぽいしあんま期待してなかったけど、普通に強い奴もいるじゃん。オレやクラピカでもやばくね?」

 

「緋の眼になっても危ういだろうな、まさか牢をしているゴンに血を流させるとは」

 

 上下関係がわかりやすいよう殺し合いを提案してきた病犬に対し、ゴンは素の姿に戻り牢まで使ってとりあえず威圧した。

 病犬は潜ってきた修羅場のおかげか冷や汗こそ流していたが、躊躇することなくオーラを込めた歯で噛み付きにかかる。

 

 歯はゴンの前腕にあるたくましい総指伸筋に阻まれ止まった。

 

 それでも陰獣の意地で更にオーラを込めるとなんとか歯の一本が刺さったが、チクリとして思わず腕を引いてしまったゴンのせいで歯の大半を毟り取られてしまうという悲劇が起こる。

 ゴンは申し訳無さそうに歯を集めた後、今は正座してレオリオからの説教を受けていた。

 

「たいして痛くもねえのになんであんなに早く引いたんだよ、お前身体を貫通されても平気だったじゃねえか」

 

「ギンの子供に甘噛みされてたら不意に強く噛まれてビックリしたみたいになって、なんか本能的に引っ込めちゃった」

 

「あー、まあ向こうが言い出したことだったししょうがねえか。それでも来た時は一応謝っとけよ」

 

 そしてレオリオはドケチの手術室(ワンマンドクター)で病犬の歯を入れ歯にする作業、それ以外のメンバーは決戦の場を選定する話し合いを始める。

 様々な要素を検討しながら話し合いを続けていると、突然ゴンがビクリと痙攣したかのように跳ねた。

 

脳筋万歳(力こそパワー)戻ったよ。まだ途中だけどフェイタンの確認に行こう」

 

 まだ作業の残るレオリオと連絡係としてダルツォルネを残し、ゴン達とノストラードの数人で監禁場所へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 ノストラードファミリーが臨時で買い取り、シャルナークとフェイタンを監禁している裏の個人病院の一室で信じ難い光景が広がっていた。

 

「そんな、嘘だろ?なんでこんなことができるんだ」

 

 様々な修羅場を潜り思わず目を逸らすような凄惨な現場を数多く作り見てきたシャルナークが、思わず弱音を吐き目を逸らす惨たらしい尋問が行われていた。

 

「止めろ、そんな、そこまですることないじゃないか!」

 

 次は自分の番かもしれない、ただその事実が死をも恐れぬその強靭な精神力を蝕んでいた。

 

「もっと!もっと強く打つね!!そんなんじゃ何も喋らないよ!」

 

「ほらっ!これでどう!能力は戻ったのかい!?」

 

「能力戻ったよ!もっと強く打て舐めてるか!?」

 

「これで全力だよチクショウ!」

 

「もうやめてあげて!!」

 

 恐怖で慄くシャルナークの視線の先で、ノストラード所属のヴェーゼにムチで打たれるフェイタンは完全なるキャラ崩壊を起こしていた。

 

 操作系能力者ヴェーゼの発180分の恋奴隷(インスタントラヴァー)に侵されたフェイタンはその効果で言いなりにされており、痛みを快楽に変換されたことも合わせて見るも無惨な有様となってしまっている。

 

「やはり永続的に系統を縛るのは無理だったか。どうだシャルナーク、こちらの質問に偽りなく答えるならインスタントラヴァーを使わないでやるが」

 

「もう何でも質問してくれ、団員の性癖でも何でも喋っちゃうよ!」

 

 引き攣った笑みで断言したシャルナークに対し、導く者の鎖(ガイドチェーン)で確認しながらクラピカはいくつか質問を始めた。

 

「蜘蛛の残りと決戦することになったがどう思う、奴等は来ると思うか?」

 

「聞いた感じあれだけ挑発したならちゃんと来ると思うよ。挑発しなくても大半は残ってただろうし、クロロの性格的に俺とフェイタンが生きてる内は全員で来るはずさ」

 

「そうか、決戦の場は郊外の荒野を考えているがどう思う?」

 

「それは悪手でしょ、全員の能力知ってるならフランクリンとボノレノフのも知ってるんだろ?君達がどんな能力持ってるか知らないけど間違いなく不利じゃないかな」

 

 淀みなく答えるシャルナークに顔を顰めたクラピカは、ここまで嘘を吐かないことを逆に不審に思ってしまう。

 

「よくそこまで仲間の情報を売れるな、何か良からぬことでも考えていまいな?」

 

「えー?別に何も考えてないよ、ぶっちゃけるけど君達が勝てるなんて思ってないだけさ。あの女の能力を使われたらどの道喋らされるし、思考力が落ちるくらいならこれくらい安い情報だよ」

 

 クラピカの能力でも本気で言っていることがわかり、改めて幻影旅団の結束力と実力が感じられる凄みがあった。

 

「そもそもこれだけ用意周到に動ける君等が、さっきの答えに気付いてないわけないじゃないか。余計なことはやめてさっさと本題に入りなよ」

 

 もう自分の力ではどうしようもないとわかっているのもあるのだろうが、それでもここまで取り乱すことのない姿は逆にクラピカを苛立たせるには十分だった。

 

「…決戦になった場合のそれぞれの役割と動き、予測出来る切り札について全て話せ」

 

「はいはい、長くなるけどメモとか大丈夫?」

 

 そこから疲れ果てたヴェーゼが薬でフェイタンを眠らせて退室してもなお、シャルナークは己の知る限りの情報から予想した戦況を話し続けた。その中にはクラピカが考えていなかった要素も多く含まれていたが、予想が五つを超えた辺りでシャルナークの意図に気付き言葉を遮る。

 

「一度止まれ、起こりうる可能性として上位3つはどれか教えろ。それともまだ言ってないか?」

 

「ちぇっ、気付いちゃったか。最初のやつから順に可能性が高いと俺は見てるよ」

 

 あえて多すぎる情報を出すことで選択を悩んだり混乱させようという目論見は不発に終わり、嘘がないことを確認したクラピカはこれ以上は惑わされるだけと判断してシャルナークに薬を投与する準備を始める。

 

「それでいい、俺も君と話すのは嫌だからね。せいぜい返り討ちに遭って全滅するといい」

 

 そのふてぶてしい笑みに心を乱されながらも、態度や声に出すことなく薬の投与を行う。

 意識を失ってもなお、シャルナークの顔から自信に満ち溢れた笑みが消えることはなかった。

 

 

 

 

 

 もう日が暮れようとしている時間に差し掛かった頃、ノストラードファミリーが滞在するホテルの一室に驚きと喜びの声が響き渡っていた。

 

「こ、これが俺の歯なのか?オーラの通りはいいし噛みごたえも増している!それどころか新雪のような無垢の白さが!?」

 

 クラピカ達がホテルに戻ると、ちょうど病犬への治療が終わったところであった。鏡で自分の歯を何度も確認しながら、今まで以上の力強さと美しさに魅了されている。

 

「色々勉強になったぜ、神字こそ刻んでねえがオレのオーラを込めたからしばらくは強化されると思う。後はまあ噛み合わせとか考えてちっと削ったり歯垢除去とかしといたからちゃんと歯磨きしろよ」

 

「感謝するぜ先生!これで俺は一段上の強さを手に入れた!」

 

 一度帰る時の消沈振りもなんのその、新たな武器()を手に入れた病犬はヒャッホウと雪に突っ込む犬のように戻って行った。

 

「あんのバカ犬、俺にばっか仕事押し付けんじゃねえよクソ」

 

 ホテルへの案内が役目だったとはいえすぐさま戻った病犬に文句を言うのは、シャツとスラックスにサンダルとラフな格好をしたひょろりとした男である陰獣の(フクロウ)

 

「あ~ぁ、そもそもウチは話し合い出来る頭の奴が少なすぎんだよ、荒事専門っても限度があんだろ。教養や学なんて言わんからせめて見た目くらいはよぉ」

 

「わざわざすまんな、お前が競売品を持ち出した運び屋か。それで、十老頭はなんと言っていたんだ」

 

 物静かな印象があるフクロウと違ってペラペラとうるさいくらい喋る梟に対し、クラピカは先に用件を聞かせるように食い気味で質問をする。

 

「あぁそうだったな、決戦の時は必ず教えろとお達しだ。陰獣も出張るからよ、内情はどうあれ対外的には十老頭が対応した風に見せたいそうだ。それが飲めなきゃ勝手にやれとさ」

 

「願ってもない提案だ、何なら公式に十老頭が事を収めたと発表してもいい。私達の目的はあくまでも蜘蛛の壊滅、それで得られるものに大して執着もない」

 

「いやクラピカ懸賞金は惜しくね?」

 

「そーだそーだ、いくつチョコロボ君買えると思ってんだ」

 

 クラピカも梟もうるさい外野は無視して話し合いを続け、大まかな作戦と決戦場の候補を共有すると場所だけは十老頭に決めさせるということで決まる。

 

「いや〜、あんた話はわかるし頭もイイねぇ〜。どう、陰獣になんねぇ?椅子は空いてないけどあんたなら奪える奴も何人かいるよ?」

 

「考えておこう。日時は最速で今夜、そのあたりも十老頭に確認を取ってくれ。後何かあれば…」

 

「クラピカ、今センリツからの連絡で幻影旅団が全員廃ビルを出たとよ。方向はヨークシンの外じゃなくて中、聞こえた範囲だと待つのもバカらしいから打って出たらしい」

 

 レオリオからの報告にクラピカと梟は目を鋭くし、それぞれ準備のための行動を開始する。

 

「陰獣はすぐに動けるよう準備してある、おそらく決戦の場は広場が隣接したこの大型交差点だ。急いで戻ってもろもろ済ますからこれからの連絡は携帯でいいな?」

 

「了解した。これはノストラードが用意した盗聴に強い無線だ、連絡はこれを使ってくれ」

 

 梟が慌ただしく十老頭のもとへ戻っていくと、クラピカもゴン達に向き直り最終確認を行う。

 

「レオリオ、病犬の治療をしていたがオーラは残ってるか?」

 

「少し休めば問題ない、決戦までには全快できるぜ」

 

「キルア、お前は戦えそうか?場合によっては裏方にまわってもらってもいいが」

 

「なめんなよ、最近は縛りを大分抑えられるようになってきた。最悪遠距離の手札もあるから無様は晒さねえよ」

 

「ギン、申し訳ないが今回の要はお前だ。かなり無理をさせると思うが頼んだ」

 

「ぐまっ!!」

 

「…ゴン、お前にこんな事は頼みたくないが、いや、命令させてくれ。お前の罪は私が引き受ける、全てを蹂躙しろ」

 

「大丈夫だよクラピカ、簡単に死ぬほど幻影旅団は弱くない。それにもし殺しちゃっても、それはオレの罪でオレの成果だ。最強(ゴンさん)を目指した時点で覚悟は出来てる」

 

「すまな…、ありがとう。十老頭の連絡が入り次第出る、それまでは集中力を高めてくれ。皆、勝つぞ!!」

 

 ゴン達、そしてノストラードファミリーの面々はクラピカの宣言に力強い返事で答えた。

 

 

 

 

 

 クロロの血祭り宣言から一夜明けた朝、まだ早い時間にも関わらず全旅団員が集まりこれからについて話し合っていた。

 最大の論点とも言えるパクノダ達非戦闘員の扱いだが、とりあえずはクロロとマチが側について戦線には余程がない限り干渉しないことでまとまった。

 

「鎖野郎と仲間達に加えて陰獣もいるわけだが、まさか人数が足りないなどとは言わないだろうな?」

 

「いーや足りないね!ぶっ殺せる人数が足んねえよ!!全員ヤッたら十老頭とか言うのも含めてマフィアは皆殺しだ!!」

 

 過激に叫ぶウボォーギンに対し周りが応えることはないが、逆にそれを止めようとする者もいなかった。

 これには戦闘員側がやる気十分過ぎることが影響しているが、普段は一歩引いて旅団全体を考えているフランクリンすら出し抜かれたことで前のめりになっていることも理由の一つである。

 

「十老頭については少し待て、シャルを奪還していくつか調査を入れてからだ」

 

 クロロとしては競売品をスムーズに盗むため、十老頭を利用して一芝居うつプランが頭の中にある。しかし先ずは歯向かうゴン達を片付けてからであり、迅速に潰すための策については昨夜の内に検討済みだった。

 

「先ずは全員がパクノダから鎖野郎と仲間達の記憶を受け取れ。そして仲間の一人のレオリオをよく覚えておけ、こいつは殺さずに最優先で行動不能にする」

 

 パクノダが順に記憶弾(メモリーボム)で記憶を共有すると、その中のレオリオに就いて理解したメンバーが納得して呆れた視線をクロロに向ける。

 

「団長、確かにこいつは治療系なんてレア物だけどよ、それにしたってそんな余裕あるのか?」

 

 フィンクスが代表してクロロに質問するが、それに対して自分の欲以上に旅団のことを考えての命令だと答える。

 

「ヒソカの記憶や通話した印象でしかないが、鎖野郎はだいぶ甘ちゃんで中途半端な復讐者だと判断した。間違いなく拉致られた二人は生きてるが、だとしても無事な保証がない以上は治療の手札を増やしておきたい」

 

「鎖野郎はクルタ族の生き残りだからね、あたし等が拷問したことを知ってるならフェイタンはかなり痛めつけられてるでしょ」

 

「そうか?それなら許されざる者(ペインパッカー)でやり返すんじゃねえのか?」

 

「シャルさんの携帯する他人の運命(ブラックボイス)が効いてなかったですし、何らかの対策を取ってるんじゃないですかね?」

 

 一夜明けたことで幾分冷静さを取り戻したメンバーは、昨夜が嘘のように活発な意見交換を行って話を詰めていく。そこに相手が念を覚えて一年未満と侮る気配はなく、全力で叩き潰すという確固たる決意が感じられた。

 

「ゾルディックのガキはまだ戦闘スタイルが予測出来るが、このゴンとギンがよくわからねぇな。おいヒソカ、この二人についてもっとなんかわからねえのか?」

 

「んー、ハンター試験でちょっとやり合ったことは覚えてるんだけど、忘れちゃったってことは特に奇抜なことはしなかったんだと思うよ♦」

 

 フランクリンの質問に全く悪びれずに忘れたと答えるヒソカだったが、興味のないことはすぐに忘れることを知る他のメンバーは特に疑問に思うこともなく流してしまう。

 

「大体の情報共有は出来たな、日が暮れたらここを出るぞ」

 

「あぁ?鎖野郎からの連絡待ちじゃなかったのか?」

 

 クラピカからの連絡が来る前に動くという宣言にウボォーギンが疑問を口にするが、クロロは表情を変えることなく淡々と考えを述べる。

 

「禁止されたのはヨークシンシティから去ることだけだから問題なかろう。考えが甘いとしか言えんが、全員揃っているこの時に俺達を一網打尽にしたいのが透けて見える。それにそう遅くならずに連絡が来るさ、決戦は今夜だ」

 

 その言葉を聞き各々が気を引き締め直し、思い上がった敵を殲滅せんと気炎を上げる。

 

 意識がクラピカに向いている蜘蛛は、ピエロが後ろ手に送ったメールに気付くことが出来なかった。

 

 ピエロと蜘蛛、そして筋肉と陰、強者の密度がバグっているヨークシンシティで、ハルマゲドン開始のカウントダウンがスタートした。

 

 

 

 






後書きで失礼します作者です。

おそらく今年最後の更新のため、改めてこの小説を読んでくださる皆様、誤字脱字報告してくれる方々、感想評価をくださる方々に深くお礼申し上げます。

個人的には来年中の完結を目指してますが、どうか最後までお付き合い頂けたらと思います。

HUNTER×HUNTERとハーメルン、そして読者の皆様に心から感謝を込めて、良いお年を。


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第45話 決戦開始とスタートダッシュ

 ヨークシンシティを裏から牛耳る、マフィアンコミュニティの頂点十老頭。

 2日目も大盛況に終わった表のオークションだったが、地下競売は初日に引き続き延期ないしは中止が言い渡される。

 犠牲の出ているマフィア中心に不満や鬱憤が爆発しそうな中、ヨークシンシティで最大の交差点と隣接する広場一帯が厳戒態勢で人払いされる。

 

 見るもよし手を貸すもよし、ただし邪魔だけはするな。

 もし十老頭に断りなく行動を起こした場合、コミュニティからの永久追放並びに粛清対象とする。

 

 これを聞いたマフィアはおよそ半分が物見遊山のつもりで周囲のビルに集まり、残りは兵隊を出して対幻影旅団の混成部隊を組織した。

 

 そして交差点に幻影旅団が現れ、始まったのは蹂躙すら生ぬるいと言える鏖。

 

 ものの数分と持たずに壊滅したばかりか、シズクのデメちゃんで一欠片も残さず消滅したマフィアの構成員たち。

 誰もが絶句し恐れ慄く中、幻影旅団の前に進み出る者達がいた。

 

 ゴン一行に陰獣を加えた集団と、脚を2本欠いた幻影旅団が夜のヨークシンシティで相見える。

 

 

 

 所々ひび割れたコンクリートに折れ残った街灯の根本など、よく見なければ普段どおりの交差点にゴン達は歩みを進めている。

 

「ちっ、テンション下がるもん見せやがって」

 

 マフィアも裏稼業に頭の先まで浸かっていた悪人達とはいえ、目の前で起こった大量殺戮にレオリオは鬱屈とした感情を抑えることが出来なかった。

 

「すまんな先生、最初から俺等が出ると幻影旅団を舐める輩が出るだろうからな。下っ端には無理だとわからせる必要があったんだ」

 

「十老頭のメンツやらってことだろ?わかってても見て気持ちいいもんじゃねえぜ」

 

 歯の治療の一件からやたらとレオリオを慕う病犬に対し、理解は出来ても納得は出来ないと不満を口にする。

 ゴンとクラピカも顔を顰めており、キルアにギンと陰獣は特に気にした様子は見られない。

 

「他の奴等が勝手にやってることなんか気にすんなよ。オレ達はヤバイ予言出てること忘れんな、少しの油断で全滅だぞ」

 

「その通りだ、策は弄したが上手くいく保証もない。全員で生き残るぞ!」

 

 ギンが圧縮を解き、ゴン達は堅によりオーラを増幅させる。

 

 そのオーラの力強さに目を見張った病犬以外の陰獣も、少なくとも足手まといにはならないと判断して堅を行う。

 

 連携の都合上ゴン達と陰獣に別れ、蜘蛛を撃滅すべく戦闘態勢を整えた。

 

 

 

 

 

 準備運動にすら及ばない作業を終えた幻影旅団は、こちらに歩いてくる真打ち達の姿を見て獰猛な笑みを浮かべる。

 

「鎖野郎達はヒソカの記憶通りだな。そんでシャルをやった奴は陰獣の中にいるあいつか?全然強そうじゃねえな」

 

 マフィアの雑兵を蹴散らして昂ぶっているウボォーギンは、パクノダに見せられた記憶ほど強そうに見えない相手に肩透かしをくらって不満そうにした。

 

「このバカ、シャルがやられるまであたし等が全員気付けないほど誤魔化すのが上手いんだよ。あれも擬態で弱く見せてる可能性が高い」

 

「マチの言う通りだ、要注意のあいつはウボォーギンに任せる。フィンクス達は陰獣の能力が判明するまでは引き気味で削れ、マフィアの性質上純粋な戦闘力より搦め手を使う奴が多いだろう」

 

 数で劣る幻影旅団だったが誰の目にも不安の色はなく、非戦闘員含めて勝つことしか考えていないようで自信と自負に満ち溢れていた。

 そしてウボォーギンがロックオンしている筋肉質の男が陰獣を引き連れゴン達から距離を取り、あからさまに挟み込もうとする動きを見せる。

 

「ウボォーギン、フランクリン、フィンクス、マチは陰獣に対応しろ。ノブナガ、ボノレノフ、ヒソカは鎖野郎達に対応、残りは戦況を見て動く」

 

 クロロの指示でそれぞれが相手に向かって進み、距離も縮まりいつ戦闘が開始されるか緊張感が漂う。

 初めは互いに牽制もかねた様子見が行われると思いきや、陰獣対応のメンバーは誰一人として待つ気がなかった。

 

「少しは楽しませろよ小動物共がぁ!!」

 

 ウボォーギンが咆哮を上げて先陣を切り、マチ達も一切遅れることなく突貫する。

 放出系能力者のフランクリンすら突っ込んだのを見て眉を顰めたクロロだったが、あちらはすぐに片が付くと意識を鎖野郎に向ける。

 

「死にやが、ッ!?なんだぁ!?」

 

 殴りかかったウボォーギン達の目の前で、一歩引いていた病犬以外の陰獣が風船のように破裂し中からヒルやムカデなどの毒を持った生き物が撒き散らされた。

 

 そして破裂と同時に上空から、陰獣蝙蝠(こうもり)に運ばれる梟が不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)を最大サイズで具現化する。

 

「超かわい子ちゃん!」

 

 離脱しながら謎の言葉を発する病犬を確認し、ウボォーギン達はヒルやムカデを無視してなんとかファンファンクロスの範囲から逃れるべく動く。

 

「マチ!?」

 

 フランクリンの悲鳴のような呼びかけにクロロが再び視線を向けると、謎の能力(ファンファンクロス)に飲み込まれる寸前のマチがいた。

 

 ほとんど一歩も動けずヒルとムカデにまみれて絶望の表情を浮かべるマチは、虚空に向いていた目をクロロに移して一筋の涙を流す。

 

「クロロ、ごめ…」

 

 ファンファンクロスが一帯を覆い隠し、口をすぼめながら急速に縮小する。

 

「予定通りの一人確保か、嫌んなるねぇ」

 

「デュフフ、だがヒルは付着した。これでアイツ等は出血と毒に蝕まれる」

 

「こっからは総力戦だな、油断せず刺し潰すんだな、うん」

 

 たった今破裂した縁の下の11人(イレブンブラックチルドレン)の風船陰獣と寸分違わぬ、本物の陰獣がウボォーギン達と相対した。

 

 マチの表情と涙を見たクロロは、沸騰しそうになる感情を何とか抑えて戦況を測り続けていた。

 

(情報を抜かれたのはマチ、しかも記憶を操作されたのか。つまり裏切り者はヒソカで決まりか?)

 

 マチの様子から大凡を察したクロロは正解にたどり着いたが、記憶に作用する能力から導き出される最悪のケースを想定してしまう。

 

(いや、記憶を操作されている場合、俺含めて全員に可能性がある。シャルが真っ先に狙われたのはこれも理由の一つか、随分と悪知恵の働くことだ)

 

 もしシャルナークがまだ無事だったならば、クロロも操作されている可能性を潰すために携帯する他人の運命(ブラックボイス)を使わせただろうが後の祭り。集合した時点のやり取りで、パクノダの能力を過信したことが仇となっていた。

 

(ヒソカは動く様子もなし、より慎重に動かざるをえないか)

 

 クロロは非戦闘員の3人に待機の指示を出し、自分は盗賊の極意(スキルハンター)を具現化しあるページを開く。

 

(俺のものに手を出したんだ、代わりに貴様のものをいただくぞ)

 

 これみよがしに鎖を操るクラピカを目に焼き付け、その全てを奪うことを心に誓った。

 

 

 

 

 幻影旅団が二手に分かれ、マチをファンファンクロスで捕らえることに成功した有利な状況。

 ここまでの流れは驚くことに全て予定調和で進行しており、対応する旅団のメンバーすら完全一致していた。

 

(ここまで想定通りだとはな、この状況でも勝てると確信していたシャルナークには何が見えていた?)

 

 早くも乱戦がスタートした陰獣側と違い、クラピカ達は未だに大きな動きを見せずに静かな戦いを続けていた。

 たとえ人数差があっても陰獣が不利と考えるクラピカとしては、互いの戦況に差が出来てしまっている今の状況はあまりよろしくない。

 

「どうするよクラピカ、ウボォーギンって奴が予想以上にヤバイ。オレがあっちの援護しないとすり潰されんぞ」

 

 クロロと互いに注視し合うことで余裕のないクラピカに代わり、戦況を確認していたレオリオの言葉は徐々に不利になる此方側を如実に表していた。

 

導く者の鎖(ガイドチェーン)で見た限りレオリオへの注意が薄い、想定した能力の簒奪を狙われているだろう。出過ぎず下がり気味に頼むぞ」

 

「まかせとけ」

 

 レオリオは細心の注意の下立ち位置を調整し、陰獣達を円の範囲内に収めるとドケチの手術室(ワンマンドクター)を発動させる。

 現在のレオリオの円は最大で半径10メートル、ただし円の中心をずらすことが出来るようになったため最長20メートル近くまで伸ばすことが出来る。

 

豪猪(ヤマアラシ)蚯蚓(ミミズ)! お前等はいったん下がって先生に治療してもらえ! 負傷したら戦線に穴を空けないよう順番に引くぞ!」

 

 陰獣の予想外とも言える戦況を作っているのは間違いなくウボォーギンだが、フランクリンとフィンクスもとてつもなく厄介に動いている。

 

 最前線で全てを蹂躙しかねないウボォーギン。

 

 俺の両手は機関銃(ダブルマシンガン)で遠距離から削るどころか仕留めにかかるフランクリン。

 

 二人のカバーをしながらも虎視眈々と機を伺うフィンクス。

 

 3倍以上の戦力差ながら、押されているのはどう見ても陰獣だった。

 

「お前ら気張れよ!俺達は陰獣だぞ!!」

 

 病犬の発破に応えるように、陰獣は持てる力の全てを絞り出していく。

 

 そしてここまで動きのないクラピカ達だが、これは作戦として超短期決着を狙っているからに他ならない。

 最良のタイミングでヒソカを解き放ち、ボノレノフをギン、ノブナガをキルアが足止めしてゴンとヒソカで倒すプランである。

 鎖を見せ付けるクラピカは半ば囮であり、何をしてくるかわからないクロロに対する楔の役目を担っている。

 

 しかし、

 

「…キルアまだいける?」

 

「けっ、よゆーよゆー、朝までこうしてられるぜ」

 

 前衛が獣一頭に子供二人にも関わらず、決して油断せず最大限の警戒を続けるボノレノフとノブナガにキルアの精神が想定以上の速さで削られていた。

 

(不味いな、陰獣もどこまで持つかわからん以上ジリ貧。相性の良さで押し切るべきか?)

 

 やや後ろに立つクラピカから見てもキルアの消耗は顕著であり、このままいくよりはこちらからアクションを起こすべきと判断する。

 

「これ以上はこちらの不利が加速する、キーワードと同時に攻めるぞ」

 

 クラピカの指示にゴン達は堅をさらに増幅させて構え、それを見てボノレノフとノブナガもオーラを増幅させる。

 ただ一人妖しく笑うヒソカは、ゴン達を見つつも背後のクロロにこそ照準を合わせていた。

 

(ここまで理想的な展開になるなんて予想外だよ♥ゴン達が仕掛けてきたら攫っちゃおうかな♠)

 

 ここで誰もが想定外の事態が起こる。

 

 禍々しいオーラが漏れ出したヒソカに対し、疑心暗鬼を捨て切れていない旅団側が過剰に反応してしまったのだ。

 

「あがっ!?」

 

 さらに精神的に疲弊していたキルアが殺気の変化でフライング気味に発を発動してしまい、ノブナガが思わず抜いてしまった刀を避雷針として地面と平行の落雷(ナルカミ)を放つ。

 

貯筋解約(筋肉こそパワー)! 追加出筋(さらなるパワー)!」

 

「オォーーン!!」

 

 一撃必殺の攻撃力を持つノブナガに電撃が命中したのを好機と見たゴンが突っ込み、ギンがボノレノフに牽制の“咆哮”を放つ。

 

「変態ピエロ!!」

 

 ここでクラピカがヒソカに対するキーワードを叫び、動こうとしたヒソカも鎖から解放されて一瞬硬直する。

 

(取った!!)

 

 電気による硬直から動けないノブナガは、目の前に迫ったゴンがシャルナークをやった存在と気付きながらも見ることしか出来ない。

 

「ノブナガ!?」

 

 パクノダの悲鳴が響く中ゴンの全力の一撃が決まろうとしたその瞬間、ストンッと場違いなほど静かな音が鳴り、

 

「キル、待機(ステイ)

 

 何故か響き渡る声と重くドス黒いオーラが突如として発生し、

 

「ゴン!?」

 

 禍々しさをそのまま形にしたような針を背中に受けたゴンがその場に崩れ落ちる。

 

「依頼完了。報酬はよろしくねクロロ」

 

「何でお前がここにいる、クソ兄貴!!」

 

 ゾルディック家長男、イルミ・ゾルディックが参戦した。

 

 

 




 後書きで失礼します作者です。

 縁の下の11人(イレブンブラックチルドレン)について独自解釈入ります。

 原作では黒子風船をオーラで膨らませている能力とあったので、見た目そっくりな風船を作れば見た目そっくりな人形が出来ると解釈しました。
 呼吸や表情の変化とかはないが、オーラで形作ってるため能力者もぱっと見では判別困難ということで。
 そして風船の中に陰獣蛭のヒルとオリジナル陰獣百足のムカデを混入したということでお願いします。


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第46話 決戦とそれぞれの戦い

 

 

「クソっ!キルア、ゴン無事か!?」

 

 クラピカはイルミの登場で動きの止まった二人を鎖で回収し、ギンの警戒を信頼して容態の確認を行う。

 

「オレにダメージはねぇ、むしろ精神的には人生最高潮だ。ただクソ兄貴の野郎、精神より肉体の操作に全振りしやがった」

 

 悔しそうに顔を歪めるキルアは動こうとしているのか、全身を震わせ唸るがピクリとも動くことが出来ていない。

 

「…オレは操作されてない、けどこれ、体の中をオーラが侵食してきてる!」

 

 その言葉にクラピカがピチピチになっているタンクトップを破けば、ちょうど背骨の上に刺さった針が根を張るように脈動している。

 

「やっぱり自分を操作する能力だったんだね、でも操作自体は出来なくてもやりようなんていくらでもある」

 

 そう言ってイルミが取り出したのはゴンに刺さるものと同じ大きなまち針に見える、ヒソカとはまた違った禍々しさを持つ20センチ程の針。

 

「これを刺された奴は限界以上に頑張って死ぬ、つまりオレのオーラを注入されるってこと。他人の“悪意ある”オーラを打ち込まれて無事で済む道理はないよね」

 

 それを聞いたクラピカは命奪う者の鎖(アサシンチェーン)でオーラを吸い取れないか試みるが、イルミのオーラがゴンのオーラと絡み合うように侵食しているせいで下手をすると精孔を傷付けかねない。

 

「まさかこれを刺してもそこそこ余裕だとは思わなかったけどね、ちょっと勿体無いけどあと3本くらいいっとこうか」

 

 針を振りかぶるイルミから守るようにゴンの前に立ったクラピカだったが、針を持つ手を掴む男がイルミの背後に佇んでいた。

 

「ちょっとイルミ、ボクよりクロロの依頼を優先したの?だとしたら結構頭にくるんだけど♠」

 

「まさか!ちゃんと二人の依頼はそれぞれ遂行してるよ。プロとしてそこは信用してほしいな」

 

「…わかった、そこは信用してあげる♦ゴン、ボクこれからイルミと話し合いがあるからちょっと抜けるけど、もちろん大丈夫だよね♥」

 

 記憶が戻ったヒソカがゴンに笑いかけると、今まで蹲っていたとは思えない勢いで立ち上がる。

 

「もちろん、戻ってくる頃には全部終わってるかもね」

 

 大量の汗をかきとても万全には見えないが、その言葉と目から本気だということがありありと伝わった。

 

「…♥じゃ、行ってくるよ♠」

 

「キルは危なくない距離まで逃ゲロ、絶対に手出しするな」

 

 動いた戦況をほったらかしにして、死神とジョーカーはさっさと戦線を離脱した。

 

 

 

 

 

 警戒するギンとさり気なく牽制していたヒソカがいたため、クロロはノブナガの回復と戦況全体の把握に努めていた。

 

「ヒソカが団長じゃなくてゾルディックを連れて行くとは思わなかったけど、これで向こうの戦力は半減以下だしもうこのまま押し切らない?」

 

「ですね、流石に退屈になってきましたし動いていいんじゃないですか?」

 

「ぼくはこのままサボっててもいいよ」

 

 待機を命じられて手持無沙汰なパクノダ達にせっつかれながら、クロロの視線は最終的にゴンに固定されていた。

 

(あのヒソカが随分と気を許していたじゃないか、むしろ今操作されたと言われたほうがしっくりくるほどに。それにあの背格好、シャルをやったのはおそらく)

 

 そこまで考えたクロロの視線の先で、ゴンの体から大量のオーラが噴出する。

 それは長期戦をかなぐり捨てた全力全壊の決意表明であり、一目でその内包する強さを理解させられるものだった。

 

「やっぱりこのまま見てるわ、あれはウボォーあたりが何とかするでしょ」

 

「休憩楽しぃー」

 

 文句を言っていたパクノダとシズクも手のひらを返し、クロロの頭をノブナガとボノレノフだけでは戦力不足とよぎったところでわずかに出血するウボォーギンがやってきた。

 

「俺様のターゲットがいねえと思ったらあのガキだったのか!随分楽しそうな相手だなオイ!!」

 

「…ウボォーギンはあいつとタイマンだ。ノブナガとボノレノフは獣と鎖野郎を潰せ」

 

 クロロは陰獣を押し付けられたフィンクスとフランクリンが問題なさそうなのを確認し、改めて戦力を分けると自分は再び全体の指揮と把握に戻る。

 

(予定外はあったが裏切り者も判明して隔離出来た。もうこちらが負ける道理はないはずだが)

 

 引っかかるのはヒソカの態度。

 

 今まであれだけクロロに固執してきたのは何だったのか、先のやり取りでは僅かな牽制以外視線すら向けることがなかった。

 

(あれが新たなターゲットということか?イルミもあいつをあえて狙ったのだとしたら)

 

 ウボォーギンが誘い邪魔の入らない距離で対峙したゴンの姿は、ハンデを負っているとはいえとてもそこまでの強さには見えなかった。

 

 借筋地獄(ありったけのパワー)――

 

 ゴンの筋肉が二周りは膨れ上がり、旅団すら驚愕したオーラをさらに上回る怪物が出現する。

 

「…さっきのが、マックスじゃなかったんだ」

 

 啞然と呟いたシズクの言葉は、旅団全員の思いを代弁していた。

 

「全員気を引き締めろ、どうやらここからが正念場だ」

 

 仕掛けた罠は正しく作動したにも関わらず、クロロの脳裏に敗北の影がチラ付いた。

 

 

 

 

 

「ギン、これからお前を鼓舞する者の鎖(インスパイアチェーン)で強化する。前線は頼んだぞ」

 

「ぐまっ!!」

 

 絆の鎖(リンクチェーン)本体のブレスレットから、先が矢印の鎖が伸びてギンの首元に巻き付くと本体から分離して首輪の様に残る。

 低い唸り声を上げながらギンは怒っていた、匂いも気配も感じさせずにゴンを傷付けたイルミのことを。

 

 何より守れなかった自分自身を。

 

 それでも自分を信じるクラピカ、そしてゴンのためにギンは限界を超えて戦うことを誓った。

 

 クラピカははるか後方に退避させられたキルアを一瞥し、巻き込まれる心配がないことを確認して安堵の息を吐いた。

 守って戦うには幻影旅団は強大すぎる上に、これからの戦いで他人に配慮する余裕が一切なくなるからだ。

 

(ベストは私とギンで全員倒すことだが、流石にそこまで出来るほど甘くはないか)

 

 それでもゴン達を巻き込んでいる責任として、クラピカは今自分に出来る限界以上で能力を行使する決心をした。

 

強大な者の鎖(タイタンチェーン)、“巨人の拳骨“」

 

 タイタンチェーンは他の鎖と違い特殊な効果はなく、それは絶対時間(エンペラータイム)中でも変わらない。

 

 ただ硬く、ただ強く、精密操作性に優れ、何より燃費が良い。

 

 クラピカの袖から伸びる鎖が急激に伸び、頭上で編み込まれ巨大な拳が形成された。

 

 加えて導く者の鎖(ガイドチェーン)命奪う者の鎖(アサシンチェーン)も励起させ、ギンに与えたインスパイアチェーンと合わせて4本の鎖を同時使用する。

 

 自分の足で動くことすら困難なレベルで鎖を操作する今の状態こそ、クラピカの限界を超えた現時点で最強の戦闘スタイル。

 

(長くは持たん、ノブナガとボノレノフを最速で仕留める!)

 

 凄まじい才能を持つクラピカの弱点、それはオーラ総量の少なさとエンペラータイムの副作用による継戦能力のなさ。

 

 元々ジリ貧だったとはいえ、分の悪い勝負へと身を投じた。

 

 

 レオリオは陰獣の治療を行いつつも、新たに習得した攻撃用の発で必死に援護を行っていた。

 

「くっそ、お前は戦線離脱だ!今すぐ医療機関に行けば助かる!」

 

「すまんがそれは出来ん、儂にも陰獣としての矜持がある。この命、先に繋げる礎としよう」

 

 これでまた一人、レオリオが名前も知らない陰獣が死地へと飛び込んでいった。

 現在残る陰獣は6人にまで減っており、ウボォーギンがいなくなったことでどうにか戦線を維持できている状態だった。

 

「ちくしょうが、痛いの痛いの飛んでいけ(ダメージコンバート)!」

 

 レオリオの新しい発は物にダメージを与えて保存し、任意のタイミングで解放する能力。すでに衝撃を保存したコンクリート片をいくつも戦場に投げ込み近くに来たところで解放、体勢を若干崩すくらいの嫌がらせを行っている。

 

(やっぱりまだダメージを与えられるレベルじゃねえか、だが少しでも効果があるならオーラの残量を気にしつつも援護しねえと)

 

 ウボォーギンという明らかな最大戦力が抜けたにもかかわらず、トータルバランスが高水準のフィンクスと遠近どちらもこなせるフランクリンのペアに終始陰獣が押される展開となっていた。

 

(せめて、ゴンやクラピカが勝つまで持ち堪えねえと押し切られちまう。予言の間違えた選択ってのはどこだ!?)

 

 必死に援護する中助けられない陰獣が出る度に、レオリオの精神は多大なストレスを蓄積させていく。

 加えて予言のこともあり、治療以外は要領が悪いこともあって視野狭窄と呼べる状態へと陥っていく。

 

 最も戦力差のある戦線を支える功労者に、無慈悲な現実が牙を剥こうとしていた。

 

 

「クソ兄貴の野郎、ある意味ファインプレーしやがって」

 

 戦場をなんとか確認出来る距離まで後退させられたキルアだったが、本人も驚くほど冷静に今の状況を歓迎していた。

 キルアの地力が向上するにつれ、少しずつ抵抗出来るようになっていたイルミの縛り。

 

(試験の時は精神操作に比重を置いてたのか、まだ完全じゃねえけど羽が生えたようってのはこのことだな)

 

 イルミは今のキルアを確実に操作するため、精神に対する操作を捨て身体操作にのみ焦点を当てた。

 

 それでキルアが得たものは、値千金とも言える情報と精神の解放。

 

(明らかな異物が頭ん中にある、これが操作の要。予言の内容がわかった)

 

 殻を破るのは命懸け、キルアはイルミの呪縛から脱するために動かぬ身体を動かして脳に埋め込まれた針を抜き取るしかない。

 

(やってやんよ、今のオレなら絶対にいける!)

 

 周囲の警戒はイルミの呪縛が対応してくれると、キルアは目を瞑り極限の集中状態へと落ちていく。

 

 縛られた稀代の天才が、命を賭して自由を掴めと足掻き始めた。

 

 

 借筋地獄を発動したゴンは目の前のウボォーギンを見据え、自分の不利を自覚しながらも吊り上がる口角を止めることが出来なかった。

 

(全力の練で抑え込んでるけど、イルミのオーラのせいで筋肉対話(マッスルコントロール)と牢は使えそうにない。原作トップクラスの強化系を相手に純粋な身体能力とオーラの殴り合いか)

 

 筋肉とオーラが膨れ上がったゴンを見て獰猛に笑うウボォーギンを観察すればするほど、オーラの力強さとその肉体の規格外さが伝わってくる。

 

(ただ、こうして対峙してわかっちゃった。地上最強の生物と同じタイプだと思ってたけど、“こいつは違う“)

 

 ゴンは勝手に期待ハズレを感じながらも、ハンデを背負った自分より間違いなく強いだろうウボォーギンと戦うことが楽しみで仕方がなかった。

 

(これは慢心、力を抜くってことになるのかな?死神の一刺しはイルミの針だろうし、後はオレがオレじゃないだけが問題か)

 

 ゴンとウボォーギンの全力のオーラが互いに干渉し、空気の流れなど物理的現象を引き起こす。

 

(これ以上は考えるだけ無駄かな、今はとにかくウボォーギンに勝つことだけを!)

 

 お互いが間合いにいるのを理解しながらも、あえてさらに近付いていく。

 

 踏み込めば届く距離からさらに近くへ、手を伸ばせば届く距離からさらに一歩を踏み込む。

 

「へへ、随分俺様好みの間合いだな。後悔すんじゃねえぞ?」

 

「ほざけ、今に青褪めるのはそっちだよ」

 

 揃って歯を剥き笑い合うと、これまた揃って身を捻じり拳を引く。

 

 有史以来数えるほどしかないであろう、最強のぶん殴り合いが幕を開けた。

 

 

 

 

 ゴン達と幻影旅団の戦場から離れた、ギリギリで人払いされている交差点にヒソカとイルミが降り立った。

 お互い利害の一致で戦場を離れたこともあり、驚くほどに殺気も何もない緩んだ空気が流れている。

 

「酷いじゃないかヒソカ、キルを殺そうとするなんて許されることじゃないよ」

 

「結局何もしなかったんだし良いじゃないか、こっちだって色々邪魔されて面白くないんだよ♠そもそもクロロからなんて依頼されたのさ、ボクの依頼があるんだから手伝ってくれればよかったのに♣」

 

 ヒソカとしてはイルミへの依頼内容的に考え、あの場面ではこちら側に付くと踏んでいただけに腑に落ちない思いを抱えていた。

 事実ヒソカはこうしてイルミと二人きりになっており、ここからどうすればクロロとのタイマンが実現するのか疑問に思っていた。

 

「うーん、本当は良くないけど依頼主への説明責任の範疇かな。クロロの依頼も達成したようなもんだし」

 

 少し考える素振りを見せたイルミは無表情に頷くと、クロロから受けた依頼と報酬について説明する。

 

「依頼内容はヨークシンシティで発生する邪魔者の排除、報酬は相場の3倍を一括払い。プラスおまけとしてオークション終了後にヒソカとのタイマンを行うことだよ」

 

「…なるほど、それならゴン達の邪魔をしたのも頷けるね♣イルミとしてはクロロ側に付いたほうがボクの依頼を完遂できると見たわけだ♠」

 

「そういうこと」

 

 ヒソカは改めてクロロの高い頭脳による策略を称賛すると共に、イルミに対して自分の意志で行動できる依頼をしたことが失敗だったと認めた。

 

 その上で新たな策を構築し、その準備を開始する。

 

「それにしてもあの針、とっておきみたいだけどよくゴンに刺さったね♣やっぱり鋭い一点にオーラを集めてるのかい?」

 

「ん?あれは攻撃用の針じゃないから避ける以外に防げないよ。刺さって見えるけどオーラで癒着と侵入をしてるって言ったほうが近い」

 

 イルミは突然“何か”をしだしたヒソカを訝しむも、自分に対する殺気も悪意も感じないためとりあえず会話を続ける。

 

「正直に言うと俺結構ヒヤヒヤしてたんだよね、あれにかなりお熱みたいだったから普通に襲いかかってくると思ったよ」

 

「ん〜?そりゃ面白くはなかったけどさ、ゴンの中に一番最初に入れたのはボクだし?グチャグチャにしてグチャグチャにされた仲だし?あの程度で動揺するほど浅い関係じゃないし?そもそもあんな愛のないのはノーカンだし?」

 

「…」

 

 イルミは無表情の裏で絶句していた。

 

 己が勝てないと思わせる数少ない強者の成れの果てに。

 

 休まず何事かを呟きながら準備を続けるヒソカは、かつてのドロドロとした絡みつく存在感もなく何なら今すぐ殺せるのではと感じさせる腑抜けさだった。

 戦場に戻らせないためにこうして時間稼ぎしているが、向こうに戻っても別にいいのではと思ってしまう。

 

「これでいいかな?さて、ボクはちょっと忘れ物を取ってくるからイルミはここで待っててくれないかな♠」

 

「それは無理、てかもう少し待ってればクロロとタイマン出来るんだしそれでよくない? そんなにあれが育つのを見たいわけ?」

 

 イルミからしたら当然の疑問、そんなにゴンの成長を見守りたいのかという問い。

 

「アハハハハハハ!!」

 

 それに返ってきたのは最大級の哄笑、身を捩り腹を抱え耐えきれないとばかりに笑い転げる。

 

「それがあるのは認めるけど残念、それ以上に焦ってるのさ♣このままじゃクロロとタイマン出来ずに全部終わっちゃうってね♠」

 

 それはイルミの見解とは真逆の答え、ヒソカがいなくても幻影旅団が負けると考えているということ。

 

「…ありえないでしょ、一番やばいあれには針を刺したしキルもいない。残りの雑魚に獣とチンピラじゃ話にならない」

 

 否定したイルミだったが、そこでヒソカから漏れてきた禍々しさに気付いた。

 

 ヒソカの狂気は消え去ったわけではない、単に全方位にばら撒かれなくなっただけなのだ。

 

 ただ一人に向けられた狂気はむしろ純度を増し、イルミをして顔を顰めるほどのオーラとなる。

 

「イルミはわからなくていいんだよ、ライバルは少ないに越したことはないからね♥じゃ、お留守番出来るように大人しくしてもらおうか♠」

 

 夜のヨークシンシティで人知れず、暗殺者とピエロが己の我を通すため対峙した。

 

 



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第47話 決戦と脱落者達

 

 

 ゴン一行と幻影旅団の決戦が山場を迎えた頃、周囲のビルから見ていたマフィア達や映像で見ている十老頭は開いた口が塞がらないほど没頭していた。

 人の生き死になど腐るほど見ては作り、数え切れない鉄火場を乗り越えてきた生粋の悪党共がまるで特撮を初めて見た子供のような有様である。

 

 到底敵わぬ巨悪に数で挑むも徐々に削られ、それでも仲間の死を踏み越え挑み続ける陰獣と必死に援護するレオリオ。

 

 遠目にもわかる尋常じゃない獣は侍と身体に人為的な穴がいくつもある男とやり合い、クラピカが鎖で出来た巨人の腕を操って押し潰さんとする。

 

 そして広い交差点の中心で、二人の益荒男がただ純粋に殴り合っていた。

 引くことなく、避けることなく、打ち受け防ぐ単純極まりない殴り合いは、マフィアでありながら襟を正して敬意を送りたくなる魅力があった。

 

 決戦の前に構成員が殺されている者も、流れ弾によって大怪我を負った者も、等しく釘付けになる戦いは正しく世界の上位者同士の存亡をかけた争い。

 一つの山場を迎えた戦争は、さらなる波乱を巻き起こそうと機を伺う。

 

 

 

 

 

 クラピカの鼓舞する者の鎖(インスパイアチェーン)によって強化されたギンは、ノブナガとボノレノフに対して獅子奮迅の活躍を見せていた。

 常に一定の距離を保った上でネテロ戦でも見せた撹乱を行い、ヒットアンドアウェイと能力の咆哮でもって少しずつではあるがダメージを与えている。

 元々がタイマン専門で遠距離の対応に難があるノブナガはもちろんのこと、己の身体を楽器にして音楽を奏でることで能力を発動するボノレノフとの相性の良さが際立っていた。

 

「くっそやりにくいぜチクショウ! ボノお前さっきから何も出来てねえじゃねえか!?」

 

「俺の演奏は繊細なんだ、ああも下品にシャウトされてはどうにもならん」

 

 ギンは居合いについての知識もしっかり得ており、納刀状態のノブナガには決して近付こうとしない。

 ボノレノフが能力戦闘演武曲(バト=レ・カンタービレ)を発動しようとすれば、音楽を奏でる前にダメージ度外視のただ声量を強化した咆哮で音を吹き飛ばす。

 それでも無傷でいられるほど甘くはなく、ノブナガに斬られ不完全でも発動した戦闘演武曲によって所々出血して毛を赤く染めていた。

 

強大な者の鎖(タイタンチェーン)!!」

 

 しかし無傷でいられないのは、ノブナガとボノレノフもまた同様だった。

 ギンはもちろんのこと、後方から援護するクラピカの攻撃も十二分な脅威となって襲いかかる。

 一撃必殺の威力を秘めた大質量のタイタンチェーンに、死角から隙をつくように導く者の鎖(ガイドチェーン)が攻撃し、限界まで細くなり隠で透明化した命奪う者の鎖(アサシンチェーン)が気付かれぬようオーラを奪う。

 普通の操作だけでは追い付かず両手に鎖を持ち指揮者のように身振りを付けて操るさまは、ボノレノフの舞も相まって互いに踊り合っているようにも見えた。

 

(膠着状態、だがやりたいことが出来ていない向こうの方が不利。必ずどこかに付け入る隙があるはず!)

 

 クラピカは全力で戦闘を行いながらも、ギリギリでクロロへの警戒を続けていた。

 盗賊の極意(スキルハンター)のページを開いたまま戦況を見守り続けているクロロが、どのタイミングで動くのかを見切る余裕があるのはクラピカしかいないのだ。

 

(クソッ! レオリオにゴン、そしてキルアはどうなった!? 早く援護に向かわなければ!)

 

 高速で回る思考は予言のこともありどうしても嫌な方へと考えそうになるが、全力で戦い全力で楽しんでいるとわかるゴンのオーラに冷静さを取り戻し微笑みすら浮かぶ。

 

(落ち着け、今更焦ったところで何も変わらない。最高の力を出せる精神を保つんだ)

 

 そしてほんの少し落ち着いてみれば、クラピカが集中出来るように戦うギンも限界を超えた動きに興奮して楽しんでいるように見えた。

 

(そうだな、今はこの自分が成長していく感覚を楽しめばいい。怒りに飲まれるのは復讐を完遂する時でも遅くはないさ)

 

 やがてクラピカの表情から険しさが抜けていき、血が滲むほど強く握っていた鎖も離して優雅に舞い始める。

 クルタ族伝統舞踊に通ずるその動きの一つ一つに意味があり、絆の鎖(リンクチェーン)が未だかつてないほど激しく躍動する。

 舞を神聖視するギュドンドンド族であるボノレノフすら見惚れかける華麗な舞は、ギンとのコンビネーションも相まって確実に幻影旅団を追い詰めていた。

 

 

 

 

 

 戦場の音が僅かに届く交差点に一人佇むキルアは、自分の意志では一切動かない身体を動かすべくまだ未完成の能力を驚異的スピードで習得しようとしていた。

 

(こうして意識だけになるとよくわかる、身体の中を流れる電気とその意味が)

 

 考えることしか出来ないことがかえって功を奏し、精神が呪縛から自由になった天才は身体を流れる電気を把握しかけている状態だった。

 

(腕のこの筋肉、これが動けば指が動く。ここにこの電気を流せば)

 

 パチリと、静電気より小さな音が鳴れば微動だにしなかった指先がピクリと反応する。

 

(読み通り、どうやってるか知らねえけど脳からの電気信号を操作されてるだけだ。これなら動ける!)

 

 ここからキルアは、命懸けの賭けに出なければならない。

 常に能力で動いていては戦闘などとてもではないが行えないため、先ずは脳に埋め込まれたイルミの操作媒体を摘出しなくてはいけないからだ。

 未完成の能力を完成させ平時でも成功するかわからない超精密動作をするなど明らかな自殺行為だが、キルアには躊躇も恐れもなく凪いだ心で集中力を高めていく。

 

(間違いなく今が予言にあった殻を破る時、なら超えればいい! オレは予言のオレを超えて自分の力で未来を掴む!)

 

 見るものが見れば恐れを抱くほどの極限の集中、正に明鏡止水へと至った雷小僧は絶対の自信で突き進む。

 

 ヨークシンシティの交差点に、雷の燐光が仄かに瞬いた。

 

 

 

 

 

 ウボォーギンとの殴り合いが10発を越えた頃、既に開き始めたダメージ差にゴンは満面の笑みを浮かべて拳を振るっていた。

 

(すごいすごいすごい! ただ乱雑に殴ってるだけに見えて全然違う。踏み込みの位置重心の掛け方拳の振り方全部が最善の選択をして殴ってくる!!)

 

 ウボォーギンの拳は常に想定以上の威力でゴンにダメージを与え、逆にゴンの拳には常に想定以下の手応えしか返ってこない。

 膨大な戦闘経験に裏打ちされた、恐らくは本能による最善の攻撃と最善の防御は一見すると技術も何もない我流の力任せに見える。

 しかし見るものが見ればその印象は変わり、型はなくとも最善の動きをするその姿はまるで河口に流れ着いた一つの自然石。

 人の手によるきらびやかさはないものの、無駄をすべて削ったそれは自然の美しさと何より武骨な強さをこれでもかと見せ付ける。

 ある意味ネテロとは対極に位置する、暴力という武の頂へ手をかけた所にウボォーギンはいた。

 

(きっと全部無意識なんだろうな。反射に至るほど繰り返した最善の型の選択じゃなくて、その時だけの最善の動きを感性で導き出す。オレじゃ辿り着けない一つの極地)

 

 原作も含めてゴンの戦闘センスは決して高いものではない。

 

 身体能力はもちろん反射神経や動体視力に念の素質と全てが人類最高峰の逸材と言っても過言ではないが、それを万全に使いこなすセンスが圧倒的に不足していた。

 もしゴンにキルアの戦闘センスが備わっていたならば、その強さは現時点の数倍を優に超えるものとなっていただろう。

 

 “ゴン”という大器を完璧以上に操るには、ゴンはどう考えても不器用に過ぎた。

 

(けど関係ない、オレはオレのやり方で最強(ゴンさん)になる。原作で至ったあの頂を、未踏のままでは終わらせない!)

 

 それは使命感、ゴンに憑依転生した者としての責務。

 

 ほんの僅かに、しかし致命的にズレた思いを抱えて拳を繰り出し続ける。

 

 

 

 

 ゴンと絶賛殴り合うウボォーギンは最高の相手との心躍る勝負に、満面の笑みを浮かべてはいなかった。

 始めた当初は浮かんでいた笑みも、殴り殴られる度に徐々に困惑の表情へと変わってしまっている。

 

(何だぁこのガキ? 俺様の攻撃が軽減されてる? それに防御も抜いてきてる?)

 

 小難しいことを考えるのは大の苦手とはいえ、膨大な戦闘経験を体で覚えているウボォーギンは自分の感覚とゴンとの差異に首を傾げていた。

 相手はもっと痛がるはず、相手はもっと通用しない攻撃に絶望するはず、この程度の相手ならもう打ち負かしていてもおかしくないはず。

 ゴンの身体能力とオーラの量に質、それらからウボォーギンの本能が導き出したのは愉しい蹂躙劇のはずだった。

 しかしダメージ差こそ出てきているが未だに相手は元気いっぱいで、ウボォーギン自身タイマンの殴り合いでは記憶にないレベルのダメージを負ってきている。

 

(こいつの発か? 真っ向勝負と見せて何かしらの能力を発動してるのか、まぁ俺様の勝利は揺るがないがな)

 

 ウボォーギンは大雑把に二つの戦闘スタイルを持っている。

 一つは弱い有象無象を気持ち良く吹き飛ばすための、攻撃特化の完全力任せなスタイル。

 もう一つは一定以上の強者に対して本気で勝ちにいく、少々窮屈な攻防一体のスタイル。

 ウボォーギンの本能は、数合の打ち合いで攻防一体のスタイルを取ることを選択した。

 

(確かに楽しいんだが、なんか引っかかるんだよな。何でだ? ここ最近いなかった最高の獲物じゃねえのか?)

 

 ダメージを負い、顔を腫れさせ、血を流しながらも満面の笑みで殴りかかってくる相手(ゴン)

 真っ直ぐ向けてくるその目に負の感情は一切なく、ただただ尊敬と楽しいというキラキラした感情を映している。

 

 ウボォーギンはそれが堪らなく癇に障り、それ以上に知らない感情がくすぶってくるのを感じていた。

 

(チクショウ、楽しいはずなのに愉しくねえ。俺様はこんななのに笑ってんじゃねえぞ!)

 

 困惑から怒りの表情へと変わったウボォーギンが更に苛烈に攻め立てるが、押し切れないどころかゴンの笑みをやめさせることすら出来ない。

 

 自分の心に生じる感情の正体もわからぬまま、ゴンに向かって拳を繰り出し続ける。

 

 

 

 

 

廻天(リッパー・サイクロトロン)!」

 

 フィンクスの腕を回せば回すほど威力の上がる能力により、今まで多くの攻撃を防ぎ貢献していた陰獣岩亀(イワガメ)が文字通り爆散した。

 

「出鱈目すぎんだろクソが!」

 

 病犬は折れた左腕を無理やり伸ばしながら、自分含めて5人に減ったまだ動ける陰獣を確認して歯を食いしばる。

 

(このままじゃ時間もかせげないで押しつぶされる。たった二人相手にこのザマじゃ陰獣も終わりかね)

 

 残った陰獣でフランクリンとフィンクスを仕留めるのは無理があり、ここまで戦線を支えてきた岩亀の死は辛うじて保っていた均衡を破られる決定打となる。

 それでも病犬は自分にできる最善をつくすため、何よりここまで必死に陰獣を援護してくれたレオリオに報いるために決死の決意を固めた。

 

「俺が活路を開く! 万が一生きてたらまた会おうぜ!!」

 

 再び腕を回してチャージしているフィンクスを見据え、病犬は全力でオーラを纏うと一直線に駆けていく。

 フィンクスへの信頼か他を警戒してかフランクリンが動かなかったため、病犬の無謀な特攻は無事肉迫することに成功する。

 

「お前みたいに真っ直ぐなバカは嫌いじゃねえ、だがくたばれ!」

 

 フィンクスの10回以上回した廻天が唸りを上げて襲いかかり、病犬は全力で絞り出したオーラを全て己の歯へと注ぎ込む。

 

 フィンクスの拳は病犬の下顎と上顎の一部を完全に消し飛ばし、その余波で細い体は血の尾を引き宙を舞った。

 

「病犬!?」

 

 知らぬ仲ではない相手の悲惨な姿に悲鳴を上げるレオリオとは別に、残った陰獣は病犬の功績を確認して心の中で喝采をあげた。

 

「お前らわかってんな!? 陰獣の名にかけてあの継ぎ接ぎヤローを抑えるぞ!」

 

 残った陰獣がフランクリンに向けて一斉に走り出し、怪訝な顔で止めようとしたフィンクスだったが力が抜けたようにストンと座り込む。

 

「っ!? 毒か!!」

 

 病犬を殴り飛ばしたフィンクスの拳に、廻天のオーラを突き破り数本の歯が突き刺さっていた。

 病犬の一噛みは病を運ぶ毒の一噛み、首から下を麻痺させる神経毒が決死のオーラで強化されフィンクスを無力化することに成功した。

 

「なめんじゃねえ、俺が接近戦を出来ないと思ったら大間違いだ!」

 

 これで戦力差は4倍になったとはいえ、フランクリンは強化系と隣り合う放出系の完全戦闘職。

 未だ予断の許さない戦線を見つめていたレオリオも、改めて援護すべく気合を入れ直し、

 

 目の前に拳を繰り出す直前のウボォーギンが突如として出現した。

 

「…へ?」

 

 瞬きすらしていないにもかかわらず現れた巨体に思考が真っ白に染まり、とんでもないオーラの拳がスローモーションのようにゆっくりと迫る。

 

(あ、これもうダメなやつだ)

 

 迫る拳と動けない自分から死を回避するのは不可能と悟り、走馬灯が駆け抜け最後に浮かんだのは全員で歩いた夕暮れのヨークシンシティ。

 

(死なせたくないと思ったオレが第一犠牲者か、けど予言が変わったってことはあの悲惨な結末も変わったはずだ。みんな、勝てよ)

 

 レオリオの胸中を支配するのは、死への恐怖ではなく残されるゴン達への想い。

 

「へ?」

 

 そんな覚悟を決めたレオリオとウボォーギンの拳の間に、素早く割り込んできた者がいた。

 

(クラピカ!?)

 

 ギリギリでレオリオの盾となったクラピカの胸に拳が突き刺さり、レオリオ諸共広場の脇にあるビルへと一瞬で吹き飛ばす。

 

 蜘蛛と筋肉の決戦が、クライマックスへと向かい加速する。

 

 



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第48話 決戦と覚醒する者

 

 

 ギンと共にノブナガとボノレノフを追い詰めつつあったクラピカだが、視界の端でオーラを練り始めたクロロに警戒を強くする。

 隠す気がないのかあえてわかりやすくオーラを高めたクロロはクラピカと視線を合わせ、次いでウボォーギン、最後にレオリオを見た所で再びクラピカに視線を戻す。

 クルタ族の惨劇を知ったときと同じ恐怖を感じたクラピカが鎖の制御をかなぐり捨てて駆け出し、クロロの口が“守ってみせろ”と動いて盗賊の極意(スキルハンター)に記された発を行使する。

 

 能力はごく短距離の瞬間転移。

 

 ゴンに向けてウボォーギン最強の技である超破壊拳(ビッグバンインパクト)が放たれようとした瞬間、一切のタイムラグなくレオリオの目の前へと転移する。

 

 ウボォーギン自身も突然のことに驚き僅かに動きが鈍るが、放つ直前だったこともありビッグバンインパクトは問題なく打ち出された。

 

 クラピカとレオリオの位置関係、僅かに鈍るウボォーギンの動き、全てを計算し尽くしたクロロの読み通りギリギリで間に合ったクラピカにビッグバンインパクトが炸裂する。

 

 見るからに致命傷を負ってレオリオと共にビルの中へと消えたことを見届けると、クロロは幻影旅団の勝利を確信して盗賊の極意を閉じた。

 

「ギーーン!!!」

 

「アォーーーーーン!!!」

 

 気の緩みから動きが止まった幻影旅団に対し、ゴンとギンは一瞬の意思疎通から即座に行動を開始した。

 

 ギンから全力の“咆哮”が放たれると、それは一直線にゴンに向かって突き進む。

 

 クラピカとレオリオがやられた怒りの籠もった一撃が同じく怒りに苛まれるゴンの背中、イルミの針に着弾して盛大な土煙を発生させた。

 

 突然の同士討ちに呆気にとられた幻影旅団の見つめる先、立ち昇る土煙が噴出した憤怒のオーラによって吹き飛ばされる。

 

「ひぃっ!?」

 

 思わず小さな悲鳴を上げたシズクの視線の先にあったのは、癒着部分を物理的に吹き飛ばすことで針を除去したゴンの背中。

 

 傷付きながらもはっきりと、筋肉の隆起がまるで鬼の貌のように幻影旅団を鋭く見据えていた。

 

「気でも狂ったか!? 直ぐ鎖野郎の後を追わせてやるよ!」

 

 位置関係的に鬼の貌が見えなかったノブナガは刀を鞘に収めると、一切の油断なく円を発動して間合いに入った瞬間首を落とすべくゴンに迫る。

 

 気付いたら円の中、居合にとって死角である斜め後ろに侵入者がいた。

 

「ちょっとそこ通りますよっと」

 

「あがっ!?」

 

 刀を抜く前に蹴り飛ばされるというノブナガにとって屈辱すぎる事態に加え、再び体を流れる電流の感覚に下手人が誰かを理解する。

 

「おかえりキルア、ごめん、オレのせいでクラピカとレオリオが」

 

「それを言ったらオレはもちろんギンも同罪だっての、あっちはレオリオに任せてこっちはこっちで決着つけようぜ」

 

「ぐまっ!!」

 

 憤怒のオーラと背中の鬼の貌とは裏腹に、今にも泣きそうな顔で佇むゴンの両隣にキルアとギンが並ぶ。

 

「使いすぎたから充電してて遅れたんだけどよ、お陰様でもう足手まといじゃねえ。オレはお前の隣に立つ」

 

 額から血を流すキルアの体はオーラと電気を纏い、先程対峙したばかりの幻影旅団ですら別人かと疑うほどの煌めきがあった。

 

「ありがとうキルア。ギン、嫌かもしれないけど飲んでくれないかな。もう誰にも大怪我してほしくない」

 

「ぐまっ」

 

 ゴンが差し出した腕に、ギンが勢いよく噛み付く。

 

「お前等何してんの!?」

 

 ぎょっとするキルアの視線の先で、ゴンの血で口元を赤く染めたギンに変化が訪れる。

 口元から炎が広がるように毛の一部が赫く色を変えていき、元々茶色かった部分は燃え尽きた灰かのように白く染まる。

 真っ白な体にファイヤーパターンを刻んだような姿へと変貌したギンは一つ遠吠えを上げると、理性の削れた瞳で低く唸りながら身構えた。

 

「野生が強くなりすぎるから嫌がるんだけど、これが正真正銘ギンの一番強い姿だよ」

 

「お前だけじゃなくてギンまで変身すんのかよ、しかもカッケーな」

 

 髪が逆立ち帯電している自分のことは棚に上げて羨むキルアだったが、陰獣を片付けたフランクリンがノブナガ達に合流したのを見て表情を引き締める。

 

「ウボォーギンは引き続きゴン、あとの三人はオレとギンだな」

 

「ぐるぁっ」

 

「任せて、絶対に勝つ」

 

 覚醒した雷小僧に獣、そして筋肉が蜘蛛の前に立ちはだかった。

 

 

 

 

 

 ウボォーギン達と相対するゴン達を見たクロロは、疼く収集癖を感じながらも確実に始末するべく再び盗賊の極意を開いた。

 それは敵がこちらを潰し得ると認めたことを意味しており、先の攻防でレオリオも始末しておくべきだったかと頭をよぎる。

 

「全員で毒をくらったフィンクスを治療しに行く。シズクは準備を…」

 

「ただいまクロロ、さぁ、愉しいデートに行こうか♠」

 

 行動を開始しようとしたクロロの背後に、嗤うピエロが音もなく忍び寄っていた。

 

「ヒソカ!?」

 

 パクノダの悲鳴を合図に回避行動を取ったクロロは己の失策を悟る。

 戻ったヒソカが真っ先に狙うのはクロロだと決め付けていた本人含む旅団員たちの思惑を他所に、ヒソカの伸縮自在の愛(バンジーガム)はパクノダ、シズク、コルトピの非戦闘員3人を縛り付けた。

 

「一人で追ってきてね♠じゃないと殺しちゃうから♪」

 

 バンジーガムは伸縮自在、小柄とはいえ3人が夜の闇へと一瞬で引きずり込まれていく。

 ヒソカ自身も一度ゴンを見て頬を染めると、パクノダ達の後を追って姿を消す。

 

「団長! こっちは大丈夫だからパク達を追ってくれ!」

 

「陰獣は全員動けねえ、フィンクスも気にしなくていい」

 

 ノブナガとフランクリンに促されたクロロはしばし逡巡するも、最後はパクノダ達の能力を惜しみヒソカを追って戦場を離脱した。

 

「よし、後は俺等もさっさと片付けて団長を追うぜウボォー。 …ウボォー?」

 

 電気の痺れも抜けたノブナガがウボォーギンに声をかけるも、普段なら喧しいテンションのはずが今までにない険しい表情でゴンを睨み付けている。

 フランクリンとボノレノフもらしくないウボォーギンの様子に気付いて首を傾げるが、こちらに歩みだしたゴンに向かっていくのを黙って見送る。

 

「なんか変だが負けやしないだろ、こっちは人数差でさっさと押し切るぜ」

 

 フランクリンの言葉にノブナガとボノレノフも疑問は一旦捨て置き、ゴンを巻き込まないように立ち位置を変えるキルアとギンに集中する。

 

 長いようで短い決戦も、最終局面へと突入していく。

 

 

 

 

 

 ビルの中へと吹き飛ばされたレオリオは、痛む体を無視して上に横たわるクラピカを極力揺らさないように這い出て容態を確認する。

 

「っ!」

 

 クラピカの胸部は冗談のように陥没しており、どんな素人が見ても致命傷だということが簡単に判断出来た。

 むしろ即死していないどころか僅かに意識があることこそ驚きであり、一秒も無駄に出来ない状況にありながらレオリオの手が思わず止まってしまうほどの状態だった。

 

「ー、ーー」

 

 肺も潰れているからか全く声になっていないが、焦点の合わない目でクラピカは必死に口を動かしている。

 読唇術など全く出来ないレオリオだが早くゴン達の援護に戻れと言っているのはわかり、医療に携わる者としてもトリアージ的にはクラピカを見捨てることこそ正解だと理解していた。

 

「チクショウ、クラピカ、すまん」

 

 泣きそうになりながらも、今なお口を動かすクラピカを支える手が地に横たえようと動く。

 レオリオの想いが伝わったのかホッとしたような表情を浮かべたクラピカの目が閉じていき、生命エネルギーたるオーラも掠れながら最後の言葉を口にする。

 

「“好き”」

 

 音として聞こえたわけではない、読唇術で読み取れたわけでもない、なんならクルタ族の言語だったため理解すら出来ない。

 

 それでもレオリオにははっきりとその言葉が聞こえた。

 

 クラピカの命から離そうとした手を強く握りしめ、今まさに死へと向かった仲間、“惚れた女“と心中することを心に決める。

 

(信じることと選ぶこと、自死を迫られると女神の口付け。そういうことかよ、予言のオレもさっきのオレもなんつうバカな選択を!)

 

 クラピカと自分を包むだけの円を展開し、ドケチの手術室(ワンマンドクター)を全力で発動する。

 普通に治療していたのでは絶対に間に合わない、ならば普通ではない少なすぎる可能性にかけるしか方法はない。

 

「頼むぜ痛いの痛いの飛んでいけ(ダメージコンバート)、気張れよレオリオ、ここで助けられなきゃ、オレはこの先笑って生きていけねぇ!」

 

 これからレオリオが行うのは構想の中にだけあった痛いの痛いの飛んでいけ(ダメージコンバート)の応用であり、正真正銘ぶっつけ本番の無茶無謀すぎる試み。

 

「聞こえてるかわかんねえが先に謝っとくぜ、初めてだったら責任取るからよ!!」

 

 全力でオーラを練るレオリオは極限の集中状態に突入し、目を閉じて余計な情報をシャットアウトすると能力の行使にのみ没頭する。

 

 ボロボロの体とボロボロの室内で交わされる深い深い口付けは、真っ赤な鮮血の熱く苦い鉄の味がした。

 

 

 

 死へと向かうクラピカは夢を見る。

 

 クルタ族で過ごした幼少期から始まりゴン達と出会ってからの9ヶ月間と、決して長いとは言えない人生が流れ終わるまで大して時間はかからなかった。

 気付けば何もない真っ白な空間でただ一人、呑気に過ごしていた十歳頃の姿で遊んでいた。

 

『クラピカちゃんは将来何をするのかしらね?』

 

 普段はクルタ族でも少ない同年代の友人としてパイロと遊んでいることが多いクラピカだったが、家の中で遊ぶ時は必ずと言っていいほど母親が近くにいた。

 

『私に似てお転婆になっちゃったもんね、あなたを見てるとクルタ族って箱庭は小さいんじゃないかって思えるわ』

 

 それはただの何気ない日常ながら何故か記憶に残り、今再び走馬灯で繰り返す母の言葉。

 

『よく覚えておくのよクラピカ、確かにクルタ族は被害者の面が強い。けどなんの悪さもしてこなかった高潔な民族ってわけでもないのよ』

 

 クルタ族の集落を出てから知った多くの物事、その中にはクラピカをしてクルタ族が悪と思える逆恨みに近い報復もあった。

 

『良くも悪くもクルタ族は緋の眼に振り回されてきた。それだけ魔性の魅力があるのもわかる。けどもっと、もっと素晴らしいものがあったはずなの』

 

 普段の明るさが鳴りを潜めていた母を心配そうに見つめるクラピカだったが、次の瞬間急に恋する乙女のような顔で喋り始める。

 

『もう長老でも見たことのないおとぎ話に近い言い伝えなんだけどね、ママのお婆ちゃんから聞いた話なのよ!』

 

 緋の眼は悲しみや怒りなど、負の感情から生じる魔性の色。

 

 しからば喜びや愛、正の感情から生じる輝きに勝てる道理なし。

 

『もう色も伝わってないんだけど、緋の眼なんか目じゃないくらい綺麗だったんだって!』

 

 それは緩やかな破滅に進む、世界と関わることを諦めたクルタ族から失われてしまった輝き。

 

『あなたはきっと世界を見に行く。たくさんのきれいな景色を見て、たくさんの素敵な人と出会いなさい。優しくて強い私の可愛いクラピカちゃんなら、きっと最高の人と結ばれるから』

 

 いつの間にかクラピカは今の姿へと変わり、記憶の母と同じ目線で向き合う。

 

『生きなさいクラピカ、私が見たかったあなたの子供を、クルタ族の失われた輝きを宿すまでこっちに来るのは禁止します』

 

 茶目っ気たっぷりに笑うその顔に瞳はないけれど、きっと取り戻すと改めて心に誓う。

 

『レオリオ君も頑張ってるけど厳しいみたい、さっさと起きて手伝ってきなさい!!』

 

 何故か全力のビンタを頬に受けながら、薄れる意識で手を振る母と見守るクルタ族の皆を目に焼き付けた。

 

 

 

「〜っ!?」

 

 胸部を襲う凄まじい激痛に意識が覚醒したクラピカは、見開いた先に目を瞑るレオリオのどアップが広がり痛みと混乱で数秒フリーズした。

 

(痛い、動けない、レオリオ近い、口に何か入ってる、痛い、…っ!?)

 

 現状をある程度理解したクラピカが焦りと気恥ずかしさで動こうとするも、痛みの割に嘘のように動かない体とピクリともしないレオリオに疑問が浮かぶ。

 

(間違いなく致命傷だった、潰れた肋と肺は疎か心臓も破裂したはず。なんだ? その辺りの感覚どころか存在自体が朧気な気が)

 

 何より目に見える範囲、レオリオのワンマンドクターの中が明らかに厄だとわかるドス黒いオーラで満ちていた。

 そのオーラはクラピカから発生しており、そのオーラをレオリオが吸い込み浄化しているように見える。

 

(治療中、レオリオの新しい発か? それにしてもこの黒いオーラはなんだ、今にも爆発しそうな焦燥感を感じる)

 

 クラピカは砕けて消えていた絆の鎖(リンクチェーン)をなんとか具現化し、鼓舞する者の鎖(インスパイアチェーン)をレオリオの手に巻き付ける。

 

(ゴン達の援護に戻らず私の治療をするとは、これが誤った選択でないことを祈るばかりか。…? ……っ!?)

 

 動けないことで手持無沙汰なクラピカが鎖で周囲を確認していると、自分の胸部に加えてレオリオの胸部も消失していることに気付く。

 そればかりかレオリオ自身がとてつもないダメージを受けているのか、クラピカの口内に自分のではない血が侵入してきた。

 

(どういうことだこれは!? 何故レオリオが傷付いている!?)

 

 クラピカが理解出来ないこの現状は、レオリオのダメージコンバートの応用によるもの。

 本来は物体に衝撃を溜め込み放出することで遠距離攻撃を行う能力だが、レオリオは構想の中で治療に用いる方法を検討していた。

 

 受けた傷をオーラに変換して放出し、ワンマンドクターで生命維持を行う治療法である。

 

 たとえ本人が原理を理解出来なくとも、想いが強ければ念は発動することに着目したレオリオ一世一代の大博打であり、それ相応のリスクと引き換えに見事発動した。

 それがダメージの共有と、失敗時は放出した傷が何倍にもなってお互いに降り注ぐという制約である。

 しかも今回はクラピカがあまりにも危険な状態だったために、ダメージ共有時にレオリオが多めに傷を引き受けている。

 レオリオは今、クラピカが指一本動かせないダメージ以上の傷を引き受けながらも、集中を途切れさせることなく治療を続けていた。

 

 クラピカの脳内で怒りや悲しみを吹き飛ばし、喜びや幸せの感情が爆発する。

 

 まだおぼろげながらも好意を抱くレオリオが、文字通り命を賭して自分を救ってくれようとしている。

 お互いのオーラが絡み合いまるで一つになっているかのような感覚は、孤独に生きてきたクラピカにとって麻薬のように離し難い中毒性を持っていた。

 

過去(ウボォーギン)(レオリオ)に挟まれて、私の取捨は私以外が付ける。そうか、私とレオリオの予言は対になっていたのか。レオリオはゴン達を信じ、私を救うことを選んでくれた!)

 

 復讐を成し遂げられたら死んでもいいと思っていた、致命傷を受けた時も早々に諦めていた、しかしお節介でお調子者で最高にカッコイイ男が手を離さなかった。

 

(生きたい! 母さん達の目の供養をして、ゴン、キルア、ギンと、レオリオともっと一緒にいたい!!)

 

 激しい感情により、元の色に戻っていた瞳から涙が溢れ、その色彩を劇的に変えていく。

 

 それは苛烈なまでの緋色とは異なる、鮮やかに輝く紅紫色。

 

 三原色の一つに含まれるその濃い桃色の瞳と、クラピカの体の奥底からオーラが溢れ出す。

 

(死にたくない、死なせたくない! 予言が変わった今、私は未来をこの手で掴む!)

 

 レオリオに巻き付くインスパイアチェーンの先端が矢印からハートに変わり、強化率が今までの比でないほど大幅に高まる。

 

(私のこの想いに応えろ、相対時間(エンプレスタイム)!!)

 

 クルタ族の失われていた瞳が、ヨークシンシティで再び開眼した。

 

 




後書きに失礼します作者です。

クラピカちゃんになった原因の“紅紫の眼“について補足説明します。

緋の眼が怒りなどの感情が高ぶると発現するなら、喜びなどの感情で発現する眼があったら良いのにという作者の願望から生まれたのが紅紫の眼です。
死の間際に正の感情が最高潮になることはほぼありえないので死後の保存が出来ず、割と悲惨な過去と現状があったクルタ族では発現する者が長い間いなかったせいで言い伝えでしか伝わっていなかった。
真の愛に目覚めた者のみ出せる輝きは、きっと緋の眼を上回る美しさだと妄想してます。

愛は捨てちゃいかんよね


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第49話 決戦と最終局面に向けて

 

 

 キルアとギンは人数で劣りながらも、幻影旅団に対して有利に戦闘を進めていた。

 野生を解放したギンは動きの精細さこそ失われたものの、それを補って余りあるフィジカルと威力の上がった咆哮で押し込む。

 イルミの呪縛から脱したキルアはギンの動きに合わせながら、素早く静かに暗殺者らしく援護と攻撃を重ねていく。

 相変わらずボノレノフにはギンの咆哮が良く刺さり、刀を持つノブナガにはキルアの電撃が非常に厄介となっていた。

 

「ちっ! ガタガタ震えてたビビリのガキが急に一丁前だな!?」

 

「今はビリビリですぅ〜、あんたは見た目通りのノロマで助かるよ」

 

 キルアとギンの役割分担は、キルアがフランクリンを抑えながらノブナガの牽制、ギンがボノレノフを攻め立てながらノブナガの牽制と先ずはボノレノフを落とすように対応していた。

 覚醒したギンはキルアの的確な援護のもとボノレノフを追い詰めようとしており、ノブナガとフランクリンがなんとかしようにも神出鬼没にして電光石火と化したキルアがその類稀なる戦闘センスで尽く潰す。

 

「このガキが! どうやって俺の居合を見切ってやがる!?」

 

 ノブナガは何度も間合いに入りながら未だかすりもしていないキルアに違和感を感じていたが、タイマン専門と揶揄される手札の少なさのせいで愚直に刀を振るう。

 

「ちょこまかとうっとおしいにもほどがあるぜ!」

 

 フランクリンはその大柄で頑強な体格に相応しい固定砲台としての戦闘スタイルが仇となり、至近距離で撹乱し急所への一撃必殺を狙うキルアに悪戦苦闘していた。

 

「あ~、自由はかくも尊いってね。テンション上がるぜ、最高にハイってやつだ!!」

 

 キルアは自分の思い通り以上に動く身体とオーラに今までにない全能感を味わっており、まだまだ実用化には程遠かった数々の能力を行使していく。

 

 電気に変化させたオーラを纏い、限界を超えた反射と速度を得る神速(カンムル)

 

 神速使用時に使える己の意思で高速戦闘を行う“電光石火”。

 

 同じく神速使用時に使える、ノブナガの刀に残る電気に反応して自動的に超速回避を行う“疾風迅雷”。

 

 ギンのオーラを残して残像にする撹乱技と肢曲を組み合わせた、残像に電気としての当たり判定が残る歩法“雷肢曲”。

 

 そこらの念能力者なら生涯をかけて形にするような能力を、大本の発の応用技として習得し使いこなす様は正しく天才の所業。

 

 しかし少しも満足していない。

 

「あいつに追い縋る下地は出来たけどまだ足りねえ、ゴン(修羅)に並び立つなら、電気を操る程度じゃまるで足りねえ!!」

 

 念は心が強く求めることを実現する力、明確な人外を追い求めるキルアは発に己の決意を込める。

 

「発には名前をつけろってね、ジイちゃんに教えてもらった異国の神をもじって雷皇(オレミカヅチ)。オレは(神也)すら統べる王になる!」

 

 殻を破った雛鳥が、雷となって天を飛翔する。

 

 

 

 

 

 ヒソカを追ってクロロが辿り着いたのは、一見なんの変哲もない広めの交差点。

 一歩早く到着したヒソカが拘束したパクノダ達を準備していた地点に投げ込むと、奇術師の嫌がらせ(パニックカード)で増幅された大量の伸縮自在の愛(バンジーガム)で包まれる。

 バンジーガムは周囲の車やフェンス等様々な物に繋がっており、ヒソカが指を鳴らせばクロロの目の前で歪な球状の塊と化す。

 

「ククッ、やっぱり雑魚は駄目だねぇ♣この程度で無力化するなんて話にならない♠」

 

「そう言う割にはシズクとコルトピへの対策は万全だな。それにしてもイルミ、そのざまはなんだ?」

 

 クロロの指摘通り、シズクのデメちゃんは唯一オーラそのものが吸い込めないためバンジーガムで口を塞がれては無力であり、コルトピがもし神の左手悪魔の右手(ギャラリーフェイク)を発動したとしても逃げ場がなく押し潰されてしまう。

 そしてクロロが腑に落ちないのが、パクノダ達同様バンジーガムで雁字搦めにされているイルミの姿である。

 戦場との距離を考えた場合下手をするとイルミは数分とかからず拘束されたと思われ、クロロでも勝てるかわからないイルミとヒソカとの間にそこまでの実力差があるとは流石に考えられなかった。

 

「ごめんごめん、たしかに油断してたのもあるけど俺の立場も考えて欲しいな。ヒソカがクロロとタイマンしようとするのを止めるのは流石に契約違反だからさ」

 

 イルミはクロロよりも先にヒソカから依頼を受けており、ゴン達の邪魔をするのはまだしもヒソカの邪魔はプロとしてするわけにはいかなかった。

 

「しかも見てよこれ、ヒソカがここまでするのは完全に想定外。正直言って滅茶苦茶驚いてる」

 

 変わらぬ表情でのたまうイルミの手には左腕が握られており、その腕を基点としてバンジーガムが発動している。

 状況的にはヒソカの腕のはずだが、一見するとヒソカは無傷であり腕もしっかりと付いていた。

 

「世間話の途中で急にあげるって投げ渡されちゃってさ、突然だったから思わず受け取ったらこのざまってわけ。あの左腕はバンジーガムで作られた偽物だよ」

 

「バレちゃった☆」

 

 イルミの説明に笑ったヒソカが左腕を掲げると薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)による肌の質感はそのままに、まるで肘から先にスライムが乗ってるかのような動きを見せる。

 クロロは実際に見るまで見抜けないほどの再現性はもちろんのこと、そこから繰り出されるであろう人体を無視した動きを思い浮かべて顔を顰める。

 初見であれば簡単に不意打ちが可能な精巧さなのをあえてバラすのは、クロロの戦闘スタイルが感覚型ではなく思考型なのも理由である。

 

「随分と過保護なことだな、そんなに鎖野郎達が大事か? その感情はヒソカ、お前を明確に弱くするぞ」

 

「…クフッ、アハハハハハハ!」

 

 らしくない哄笑にクロロの中で操作されている説が現実味を帯びてきた中、滲む涙を拭ったヒソカはいつもの嫌らしい嗤いを浮かべる。

 

「イルミもそうだったけどわかってないなぁ、ボクが守護(まも)ったとしたらクロロ、それは君のことだよ♠」

 

 漏れ出す狂気に身構えるクロロを無視して、天を仰いだヒソカは朗々と続ける。

 

「君は手札の多さとそれを十全以上に使いこなす頭脳が最大の強み、体術も相当ハイレベルだけど正直誤差の範囲だね♦万全に準備させたらボクでも勝てるか怪しい、…準備をさせたらね♠」

 

 仕掛けるチャンスはいくらでもあるように見えるが、ヒソカの底知れなさが踏み込むことを躊躇させる。

 

「ボクを殺せる可能性があるならそれでもいいと思ってたんだけどね、もう味わっちゃったんだよ、ただただ純粋に殺り合って骨身を削り合う快感を♥」

 

 クロロの考えるヒソカの弱点は戦いを楽しむがゆえの遊びとムラッ気、相手の最大値をあえて出させて潰しにかかるところに付け入る隙があると見ていた。

 

 逆に言えば、それしか弱点がない強者ということだった。

 

「はっきり言ってもうそんなにそそられてないんだけどさ、結構長いことワクワクさせてくれたしお礼としてボクの手で狩ってあげようかなって♦」

 

 クロロは必死に思考を巡らせる。

 

 数多ある手札を様々に組み合わせて幾通りもシミュレーションを行うが、今の突発的状況では取れる手段が限られ過ぎるばかりかどれも有効とは言い難い。

 盗賊の極意の中にはクロロの趣味により、純粋な戦闘用能力より希少性の高い補助能力が多く入っている。

 

 油断も遊びもないヒソカに、対処可能なプランを組むことが出来なかった。

 

「ゴンの戦う姿も見たいし、さっさと終わらせよう♥じゃあねクロロ、今まで楽しかったよ♠」

 

 優秀すぎる故に理解していながらも、クロロは毒を塗った愛用のナイフを取り出す。

 

 巣から引きずり出され脚のもがれた蜘蛛が、知らぬ間に寝取られていたピエロに蹂躙される。

 

 

 

 

 

 ウボォーギンは本気で拳を振るっていた、何度も何度も命中させては殴り返され、当てた数はもちろんダメージレースでも圧倒的優位にあった。

 

 それが今や、僅かに押されつつある。

 

 ウボォーギンが殴り合いの途中で気付いたある違和感、ゴンが徐々に強く、硬く、速くなっていくという異常事態。

 今の内に仕留めなければ危ういと本能が警鐘を鳴らした故の、確殺出来るタイミングの超破壊拳(ビッグバンインパクト)はクロロに利用され不発に終わった。

 

(何だこのガキ、一体どこまで上がりやがる!?)

 

 身長は半分程で筋肉の厚みも圧倒している相手が、速さで撹乱してくるならまだしも純粋な殴り合いという力勝負で己を超えようとしている。

 その事実がウボォーギンから笑みと余裕を奪い、心の中に今まで感じたことのない感情を呼び起こしていた。

 

(ふざけんじゃねえぞ、俺は、俺様は最強のはずだ!!)

 

 何よりも強く、ただ強くあることのみを考え生きてきた人生が、間違いなく年下の子供に否定されようとしている。

 クロロやヒソカに搦め手で負けるならば理解出来るしまだ納得するが、鎖野郎のオマケと思っていたガキに真っ向勝負で負けるわけにはいかなかった。

 

(お前は、今ここで、確実にブッ殺す!!!)

 

 ウボォーギンは持てるオーラを総動員し、己の感情のままにその拳を振るい続ける。

 

 

 

(恥ずかしいなぁ、自分で皆に説明したくせにオレが一番実践できてなかったなんて)

 

 借筋地獄(ありったけのパワー)全盛期(ゴンさん)に近い身体能力を得たゴンは、その身体能力に改めて驚嘆しながら今までにない手応えに心の中で苦笑いを浮かべていた。

 反動の弱体化もあり借筋地獄を長時間使ったことがなかったのに加え、牢を使ったほうが強いと考えたこともあり完全に失念していた事実。

 

(念能力は心技体全てが揃ってこそ完成する。脳筋万歳(力こそパワー)が160%で伸び悩んでたのも当たり前だ、そもそも身体がそれ以上の倍率に耐えられなかったんだ)

 

 コントロール出来るレベルの身体能力ではまるで足りていなかったのだ、人生を賭して鍛え抜かれた至高の肉体を持って初めて最大限の効果を発揮出来る、それこそが脳筋万歳という能力。

 

(しかも今のありったけのパワーでもまだ足りない。最高だ、オレはまだまだ強くなれる!!)

 

 拳を振るうごとに上がり続ける強化倍率が、ついに200%の大台に乗り頭打ちとなる。

 倍率で見れば40%の上昇だが、強化される身体能力自体が激増しているため最終的には牢に迫るどころか凌駕する強さを得ていた。

 

(ぶっつけ本番過ぎて完全に振り回されてる。けど問題ない、この身体の一番良い使い方は目の前のコイツが教えてくれた!)

 

 今のゴンにレーシングカーのような複雑な操作は必要なく、求められるのはただ真っ直ぐ最高速なドラッグカーの潔さ。

 

 ただ殴りただ受ける、それのみを突き詰めた脳筋戦法。

 

(オレは、今ここで、もっと強くなる!!!)

 

 躍動する筋肉同士の戦いが、フィナーレに向けて加速する。

 

 

 

 

 

 痛みと治療でトランス状態と化していたレオリオだったが、不意に強く抱き締められた激痛で現実に引き戻された。

 

(やべっ、集中が途切れちまった!)

 

 慌てて目を開けたレオリオの眼前に映ったのは、こちらを見つめるクラピカの見開いた眼。

 

(あん? 緋の眼ってこんな色だったか? って違う! 痛いの痛いの飛んでいけ(ダメージコンバート)の反動は!?)

 

 未だに抱きしめてくるクラピカの腕を解いて身を起こせば、ドケチの手術室(ワンマンドクター)の中で漂っていたドス黒いオーラは完全に消失していた。

 

「…なんとか上手くいったか、クラピカも一応聞くが大丈夫だな?」

 

 ダメージを多く引き受けた関係でまだ完治には程遠いレオリオだったが、クラピカにいたっては戦闘行為が可能なレベルまで治療は終了していた。

 

「私は問題ない。名残惜しかったが、まだ戦闘が続いている以上ゆっくりはしていられないからな」

 

 普通に立ち上がるクラピカを見て自分も動こうとしたレオリオは、胸部に走る激痛に思わず膝を突いて蹲る。

 痛みもそうだが、何よりオーラが枯渇しかけている故に立ち上がることすら困難となっていた。

 

「大丈夫だレオリオ、治療されながら感知したがこちらの優勢だ。確実に予言は変わった」

 

 断言されたその言葉にレオリオの体から一気に力が抜け、張り詰めていた糸が切れるように瓦礫へ寄りかかる。

 

「そうか、オレは大丈夫、このまま寝ても死にやしねえ。すまんがクラピカはゴン達の援護に…」

 

 意識を失いかけたレオリオに、クラピカから触れるだけの口付けが落とされた。

 

「少しだけだがオーラを送った。勝利の瞬間には、お前にも立ち会ってもらいたいからな」

 

 クラピカは鼓舞する者の鎖(インスパイアチェーン)で治癒力を強化させながら、同時にオーラを譲渡することでレオリオの回復を促す。

 呆けた顔を浮かべるレオリオに満面の笑みを向けると、もう一度口付けをして戦場へ戻るべく背を向ける。

 

「救ってもらったこの命、クルタ族の供養とお前に全て捧げる。覚悟しておけ、私は物凄く面倒くさい女だぞ?」

 

「ハハッ、前も言っただろ、何でもしてやるってよ。勝ってこい、そしたら全部受け止めてやんよ」

 

 クラピカのオーラが輝きを増し、ビルの外へと駆け出していく。

 

 新たな力に目覚めたクルタの女帝が、再び戦場へと舞い降りる。

 

 



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第50話 決着と響いた啼泣

 

 

 ボノレノフは己の敗北を認めた。

 

 誇り高きギュドンドンド族の戦士として獣に敗れるのは耐え難い苦痛だったが、むしろ身体能力で劣るばかりか発の相性が最悪のギンに対してここまで持ち堪えたことは驚嘆に値する。

 

(俺は負ける、だが旅団の一員としてコイツだけでも道連れに!)

 

 ボノレノフは再びギンの攻撃を避けつつ舞い始めるが、本来体の穴を通して鳴るはずの音は聞こえてこない。

 

 その無音の音色は部族において、最高戦士の葬送時にのみ奏でられる鎮魂曲。

 

 人は疎か動物すら聞こえず死者にしか認識出来ない、奏者の命を削る呪われし最終楽章。

 

 “終曲(フィナーレ)死神(デス)

 

 幼子の体に穴をあける業が、今は滅びし部族の怨念が、ボノレノフの命を削って具現化するはずだった。

 

 “疾風迅雷・心音殺“

 

「っ!?」

 

 決死の覚悟で高まるオーラに反応したキルアの、超速反応による心臓への一撃。

 微量の電気を使ったなんの変哲もない掌底は、ボノレノフに一時的な不整脈の症状を引き起こし一瞬の空白を生む。

 

「───!!」

 

 そこに追い打ちで至近距離からギンの咆哮により強化された高周波をもろにくらい、内臓を盛大に揺さぶられたボノレノフの意識が闇に落ちていく。

 

「この畜生風情がぁー!!」

 

 崩れ落ちるボノレノフを見て激高したノブナガがギンに襲いかかり、キルアの意識が逸れたのを確認したフランクリンが両手を地に着け構える。

 継ぎ接ぎだらけの口元が解け、喉の奥から迫り上がるようにして巨大な砲身が姿を表した。

 両手の指同様に己を改造して威力の向上したその一撃は、フランクリンが持つ最高火力のバズーカ砲。

 

「ちっ、容赦ねえなぁ。仲間ごと撃つ気かよ」

 

 射線にはキルアを挟んでギンとノブナガも含まれており、流石のギンでもくらったらただでは済まない威力だと高まり続けるオーラから推測出来た。

 

(お前等みたいな甘ちゃんは避けれねぇ、俺達の覚悟を舐めんじゃねえぞ!!)

 

 フランクリンはここまでの戦闘で、キルアの速さは驚異的でも純粋な身体能力や攻撃力という点ではまだまだ子供の域を出ないと見切っている。

 加えて仲間を犠牲にすることが出来ないと見込んだ、威力による不可避の一撃で片を付ける算段だった。

 

「確かに避けれないし防げないけどさ、丁度いいからもう一個新技披露といくぜ」

 

 ポケットから取り出したのは、デフォルメされたキルアが描かれたオーラと電気が封入された乾電池。

 それを口に咥えながら、更にもう一つ切り札を取り出す。

 

「ゴトーの奴には悪いことしたかな、使い捨てになるのは決まってるんだし」

 

 それは世界に100枚もないとされる、古代文明で使用されていた古びた金貨。

 歴史的価値からくる力はもちろん、コインを発の媒体に使うゴトーがオーラを込めた金貨は単体でも高い威力を生む。

 

「作るのは電磁の道、オレの趣味じゃねえけどゴンに教えてもらったから名前は決まってる」

 

 フランクリンとキルアのオーラが高まり、最高潮に達すると同時に最高火力を解き放つ。

 

 “俺の身体はバズーカ砲(オーラキャノン)

 

 “超電磁砲(レールガン)

 

 固定砲台と化したフランクリンから極大のオーラ弾が放たれ、キルアが親指で弾いた金貨が電磁加速により音速を突破する。

 

 互いの最高火力は一瞬の鬩ぎ合いの末、かなりの威力を削がれながらもキルアのレールガンがオーラ弾を貫く。

 

「ちっ、完敗だちくしょうが」

 

 レールガンによる衝撃波に飲まれたフランクリンは意識を手放し、一度に大量のオーラを消費したキルアは膝に手を着き乱れた呼吸を整える。

 

「勝つには勝った、けど素直に喜べねえな」

 

 レールガンはキルアに足りなかった攻撃力を補ってくれる代わりに、足を止めて隙だらけになるというキルア最大の強みである速さを捨てる手札でもある。

 今回は戦況やギンの存在のおかげで妨害なく撃てたが、本来はこんなに簡単には使えない切り札なのだ。

 

「ま、あとはこれからの課題ってことで。充電もギリギリだけど援護くらいは出来るだろ」

 

 同じく消耗しているせいで押されているギンの助けになるため、重い足を動かしてノブナガへの嫌がらせに向かう。

 

 フランクリンから勝利を収めたキルアの脳裏に、満面の笑みで手を叩く執事長の姿が浮かんでいた。

 

 

 

 陰獣達が横たわる戦場の片隅で、今まさに意識を手放そうとしている男がいる。

 己の発でマチを拘束し続けていた梟は、フランクリンに空けられた腹の傷からの出血がいよいよ限界を迎えようとしていた。

 

(くそ、あと少し、あと少しだ、け…)

 

 ついに梟は意識を失い、強く握りしめていた拳から小さな風呂敷包みが零れ落ちると、ひとりでに開かれた不思議で便利な大風呂敷(ファンファンクロス)からヒルとムカデの残骸に塗れたマチが立ち上がる。

 

「ビチグソ共が、全員縊り殺す!!」

 

「っしゃあー!! 俺の才能やばくねーか!?」

 

 そして病犬の麻痺毒で動けないはずのフィンクスが廻天(リッパー・サイクロトロン)の応用で体を廻る血液を強化、代謝を増幅させることで毒抜きに成功し土壇場で戦線復帰を果たす。

 

「あぁん!? お前等戻りやがったか! サボってた分さっさと働けよ!!」

 

 消耗しているとはいえギンとキルア相手に苦戦するノブナガの悲鳴に、ゴンに対する恐怖を克服したマチとまだまだ元気なフィンクスがすぐさま駆けつける。

 

「あとは俺等とヒソカを追った団長だけか、随分と好き勝手やられちまったな」

 

「けどまだ誰も死んでない、あんな死に損ない共さっさと殺すよ」

 

 戦闘力で言えば間違いなく幻影旅団でも上位、しかもバランス良く何でも出来る二人の参戦は致命的であった。

 毛色がもとに戻ってしまっているギンに神速(カンムル)を維持するのが限界のキルアでは、マチとフィンクス相手に時間稼ぎが出来るかすら怪しい状況である。

 

「あ~、きっちいけどやるっきゃねえか。ギン乗せてくんね? 各個撃破されるくらいなら最初っから合体といこうぜ」

 

「ぐまっ!」

 

 キルアはギンの背に跨がり、特製のヨーヨーを両手で構えて即席の騎兵となる。

 普段の鍛錬で練習したこともあるためぎこちなさこそないが、幻影旅団相手に通用するかと言われれば不安の残る練度でしかなかった。

 

「健気だねぇ、全員ブッ殺すのは決まってんだ。せいぜい楽しませろよな!」

 

 踏み出そうとした両者の出鼻を挫くように、中間地点に鎖が叩き付けられ一筋のラインが入る。

 

「そこが境界線だ、それ以上は危険だから踏み込むな」

 

 鎖と声を追って視線を向ければ、ビルの中に消えていたクラピカが再び戦場で舞い始めていた。

 

「バカな! ウボォーの一撃をくらって生きてるどころか戦線復帰だと!?」

 

 驚愕するノブナガをよそに、ギンはキルアを乗せたまま刻まれた線から更に距離を取る。

 マチ達は驚きながらも人数差がなくなっただけで未だに有利なのは変わらないと構え直し、射程外にいるクラピカの動きを注視した。

 

「…? あれ、クラピカってあんな目の色だったか? しかもなんかやたらなよなよしくね?」

 

 その舞は先程までと比べ、より滑らかに、より艶やかに、より女性的な柔らかさがあった。

 紅紫の眼が輝きを増しオーラが最高潮に達すると、強大な者の鎖(タイタンチェーン)が想いに応え展開される。

 

 それはマチ達のいる一帯を優に覆い尽くす巨大な手。

 

『…は?』

 

 紅紫の眼が発現しているクラピカの新たな発である相対時間(エンプレスタイム)は、ゴンの脳筋万歳(力こそパワー)を参考にして生まれた能力。

 

 その効果は、習得率を任意で振り分けること。

 

 絶対時間(エンペラータイム)ほどの万能性こそないものの爆発力は凄まじく、今のクラピカは変化と放出の習得率を強化系に足すことで180%のタイタンチェーンを振り回す。

 

「さよならだ過去(蜘蛛)、私は未来(仲間)へと進む」

 

 掲げた腕を振り下ろしたクラピカと連動し、鎖で出来た巨人の掌が上空から襲いかかる。

 

 斬れず砕けず避けられない超重量にマチ達三人は必死で防御態勢を取り耐えようと試みるが、意識の差とも言える殺す気のない一撃は受けた時点で詰みだった。

 

 盛大な地響きを立てて着弾した鎖の手は、そのままコンクリートごと三人まとめて握り込むとそのまま固まり拘束した。

 

「拘束完了、後はゴンの手助けをすれば」

 

 

「最初は、グー…」

 

 

 最終局面の戦場に、約束された勝利の拳が降臨する。

 

 

 

 

 空前絶後の殴り合いを続けるゴンとウボォーギンは互いの様子を観察し合い、互いに自分とは似て非なるものだと確信していた。

 

 ゴンの最終目標は最強(ゴンさん)を超えること、強くなることが目的で戦闘は強くなるための手段である。

 

 ウボォーギンは超破壊拳(ビッグバンインパクト)の威力を核ミサイル並みにする野望があるものの、結局は戦闘で楽しむことが目的であり強くなることはそのための手段でしかない。

 

 互いに強さを求める求道者で戦いを楽しむ戦闘狂でありながら、致命的な部分ですれ違いを見せる両者はお互いを相容れない存在だと認識した。

 

 何より同じ戦闘スタイルの相手に負けることは、これまでの自分を否定されるのに等しかった。

 

 強化系の最高峰が、力と、硬さと、速さで殴り合う。

 

 そこに余計な技術やフェイントはなく、考えるのはただ最大威力を相手に叩きつけることのみ。

 

 やがて互いの拳が血で染まりダメージを無視出来なくなった頃、二人の命運を分けるようにしてゴンが見るからに加速していく。

 

 精神性の違いか目的と手段の違いが原因か、極限状態に入ったゴンの成長がウボォーギンの成長を上回る。

 

 イルミのオーラによる後遺症も何のその、戦闘開始直後はやや劣勢だったのを覆し押し込んでいく。

 

 戦況的どころか物理的に後ろへ押されていくウボォーギンは、己のプライドと怒りを最後の力に変えてゴンを弾き飛ばし間合いを作った。

 

 その距離はためが作れる間合い、正真正銘全力の一撃を放つための一呼吸。

 

「ビッグバン、インパクトォ!!」

 

 残る全てを込めた右拳にオーラが集まり、ただの硬でありながら名前という言霊の込められた一撃は硬を上回る威力を生み出す。

 

(ここまでの殴り合いでコイツが硬を出来ないのはわかってる、しかもこの状況なら逃げもしねえ。さっきは外したがこれで終わりだ!!)

 

 いつも以上にオーラを全力で高めるウボォーギンは、目の前で背を向けるように身体を捻ったゴンを見て疑念がよぎる。

 

(まさか避けんのか? なら押し切れる、ここで引くようじゃ俺の勝…)

 

「最初は、グー…」

 

 身体を捻り腰を落とし、全身が軋むほどの力みで噴き出したオーラが一箇所に集まる。

 

(自分が操作系ってわかった時、ジャジャン拳は捨てたつもりだった。けどそれじゃ駄目なんだ、オレが目指す最強はゴンさんであって、ゴンさん以外になっても意味がないんだ!)

 

 最強になるだけなら操作系には操作系なりの選択肢があった、しかしそれを選ばないどころか応用性を投げ捨てたのは原作ゴンさんと同じ土俵に立つため。

 

「ジャン…」

 

 原作ゴンさんを超えることが最終目標、だがそればかりを考えるあまりに初心を完全に忘れてしまっていた。

 

「ケン…!」

 

 ファンの原点はただ一つ、憧れたゴンさんになりたかっただけなのだ。

 

「死ねやクソガキがぁー!!!」

 

 ゴンが硬を使ってきたのは想定外だったウボォーギンだが、ここで引いたら精神的に負けるとわかっている以上攻めるしかない。

 

 ウボォーギン決死のビッグバンインパクトは今までの威力を優に超え、強化系の到達点とも言える一撃となり、

 

「グーッ!!!」

 

 技の宣言、決まった動作、多くの制約により強化されたゴンの拳によって完膚なきまでに砕かれた。

 

(ふざけ…)

 

 そしてゴンのジャジャン拳はそのままウボォーギンの腹部へと命中し、その巨体は数メートル吹き飛んだ後大の字で倒れる。

 

 硬をした直後の被弾のため即死かと思いきや、ビッグバンインパクトがジャジャン拳のオーラを殆ど吹き飛ばしていたためなんとか一命を取り留める。

 

「オレの、勝ちだッ!!」

 

 ゴンの勝利宣言を聞きながら、拳とともに大事なものが砕けたウボォーギンの意識は闇へと堕ちた。

 

 

 

 ゴンの勝利をその目にしたクラピカは呆気にとられたように周囲を見渡し、自分たち以外誰も立ち上がらないのを確認して気が緩みかける。

 

(いや、まだクロロが残っている。ヒソカが負けた時のことを考えてすぐに回復を)

 

「あぁっ♥あぁ〜ゴン!! なんて、なんて素敵な一撃♥どこまで、どこまでボクを魅了するんだい!?」

 

 ドチャリとクラピカの横に塊が投げ込まれ、ギンとキルアが駆け寄るよりも早くヒソカがゴンに迫る。

 

「硬が出来るようになったんだね♥あれは隙だらけなのが制約になってるのかい? 見るからにオーラの強化率も増えてるし進化するにもほどがあるよ♥あぁ、この身で君の成長を今すぐ受け止めたい♥」

 

「どけや変態!! こちとら疲れてんだからさっさと休みたいんだよ!」

 

「ぐげっ!!」

 

 貯筋解約(筋肉こそパワー)が解けて座り込んだゴンの周りを、触れずに至近距離で回っていたヒソカがギンとキルアによって引き剥がされる。

 

「あぁ、キルアも随分と美味しそうになったじゃないか♥クラピカにギンも見違えたし、もう、たまらないじゃないか♥」

 

 自分の身体を掻き抱いて天を仰ぎ、そのまま動かなくなったヒソカから視線をずらしたクラピカは横に転がる塊へと目を向ける。

 

 そこには意識のないパクノダ達三人と、ボロボロで気絶するクロロが伸縮自在の愛(バンジーガム)で拘束されていた。

 

 クラピカはもう一度周囲を見渡し、この場にいないシャルナークとフェイタン含めてヒソカを除く幻影旅団12人全員を仕留めたことを3度は確認する。

 

「イテテテッ、お、やっぱり終わったか。ゴンのすんげえオーラを感じたから出て来たが正解だったな」

 

 クラピカの背後のビルからレオリオも這い出てきて、クラピカの横に並ぶと戯れ合うゴン達を笑いながら眺める。

 

「そんでお前はこんなとこで何してんだ、あいつらに混ざらなくていいのかよ?」

 

「…わからないんだ、待ち望んでいた瞬間なのに、頭が混乱して体が動かない」

 

 これは現実なのかと疑心暗鬼すら感じるクラピカの頭に、温かく優しい大きな手が乗せられる。

 

 やや乱雑に撫でながら、覗き込むようにして目を合わせたレオリオが満面の笑みで告げる。

 

「全部吐き出せ、そんで笑うんだよ! これから、ここからお前の本当の人生が始まるんだ!!」

 

 殴られたような衝撃を受けたクラピカの眼から大粒の涙が零れ落ち、決壊したダムのようにとめどなく流れ続ける。

 

「ひっ、ひぐ、う、うぁ…」

 

 やがて喉の奥からしゃくり上げるように声が漏れ、最終的に幼子のように大声で泣き始める。

 

「あ〜〜、うわぁ~〜!!」

 

それはクルタ族の虐殺から今まで、ただひたすらに耐えて孤独に戦い続けたクラピカの魂の叫び。

 

「あぁ〜〜〜!!!」

 

 悲しみ、達成感、安堵、多すぎる感情の爆発で目の色が緋色と紅紫色を行ったり来たりするクラピカはレオリオの横で立ったまま泣き続ける。

 

 何事かと慌てて寄って来るゴン達の無事な姿を見て、より激しく泣き始める。

 

 優しく頭を撫でるレオリオの服を摘みながら、泣き続けるクラピカはこれだけでもと必死で伝える。

 

「みっ、皆っ、ありっ、ありがどゔ!!」

 

 それだけ言って再び泣き喚くクラピカを見たゴン達は、顔を見合わせると笑って一斉にクラピカへと抱き着く。

 

 中心で泣くクラピカと囲んで笑うゴン達の姿は未来への希望に満ち溢れており、ハブられるヒソカはそれを恍惚の表情で見詰める。

 

 ヨークシンシティで行われた蜘蛛と筋肉の決戦は、多くの犠牲を生みながらも蜘蛛の完全敗北で幕を閉じた。

 

 

 



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第51話 後始末と見定める者たち

 

 

 皆さんこんにちは、無事に幻影旅団討伐を成し遂げたゴン・フリークスです。想定以上の反動がありますが、硬も出来るようになって強化率も200%の大台に乗ったので大黒字です。

 

 

 

 

 

「次これっ! これ着てみて! あぁーもう、何でこんなに可愛いのゴンちゃん!!」

 

 大興奮のネオンが着せ替え人形にして遊んでいる存在、それは借筋地獄(ありったけのパワー)の反動で年相応の姿からさらに頭一つは小さくなってしまったゴンだった。

 

「しかしマジでビビった、朝起きたと思ったら縮んでんだからよ」

 

「借筋地獄を長く使いすぎたのか、さっさと元に戻りたいから反動を重くしたのか、どっちにしても念てのは不思議だなぁ」

 

 決戦から一夜明けた翌日の昼、レオリオはまだ息のあった陰獣をなんとか治療し終わり徹夜の気怠さをなんとか抑えている状態だった。

 10人いた陰獣の内なんとか生き残ったのは半数の5人、それも現役を続けられるのは梟と豪猪、そして病犬の3人のみだった。

 

「けどあの病犬だっけ? あいつよく生き残ったな、オレが見た時はもう駄目だと思ったけど」

 

「それな、どうも残ってた歯に込められたオレのオーラがギリギリで延命してたっぽいわ。しかも治療して意識が戻ったらオーラで吹き飛んだ顎作るし、なんかもう死にかければ皆パワーアップすんのかね?」

 

 現在病犬はレオリオに治療された自分自身の歯を求め、下っ端に命令して飛び散った歯を回収させている。

 梟は胃と腸の一部、豪猪も皮膚の一部をそれぞれ失いこそしたが、その分オーラ総量及び能力の向上が見られた。

 

「いい、いいわ! この際下着も女の子物を準備するのよエリザ!!」

 

「下着は勘弁してくれない?」

 

 そして功労者たるゴン達は、クラピカを除いて束の間の休息をノストラードファミリーのホテルで満喫している。

 

「そういやだいぶ遅いけどクラピカは大丈夫なん? 戦闘終わったばっかで裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)の反動耐えられんの?」

 

 キルアは幻影旅団に鎖を刺すため現在ここにいないクラピカの心配を口にし、途中まで一緒であっただろうレオリオに疑問を投げかけた。

 

「それは大丈夫だ。オーラは旅団から命奪う者の鎖(アサシンチェーン)で奪って余裕あったし、新しい能力の相対時間(エンプレスタイム)絶対時間(エンペラータイム)みたいな反動が殆どないらしい」

 

 クラピカは完全決着が付いてひとしきり泣き喚いた後、スッキリした顔で強大な者の鎖(タイタンチェーン)を使い幻影旅団全員を十老頭の息のかかった病院へ連れていった。

 レオリオもまだ息のある陰獣と共に同じ病院へと行き、オーラは少ないながらも普通の外科手術で5人の命を救った。

 

「なんかもう、めちゃくちゃ生き生きしてたわ」

 

 尋問係として駆り出されたヴェーゼが薬物で動けないながらも途轍もないオーラの幻影旅団にビビり散らかしていたのに対し、クラピカは復讐を完遂できるということと深夜のテンションで高笑いすら上げていた。

 

「可愛すぎる! こんな可愛いと変質者が心配だわ! 危なくないように鳥籠に入れなきゃ!」

 

「変質者はまあ、う〜ん…」

 

 幻影旅団を討ち取ったことで早速今夜から地下競売が開催されるにも関わらず、それ以上に小さくなったゴンに夢中なネオン。

 一番心配な変質者は現在イルミの対応をしているらしく、自分で斬った腕の断面を最低限治療された後姿を消していた。

 

 そしてレオリオがうたた寝をし、キルアがネオンと混じってゴンを構っているとホテルのドアが勢いよく開け放たれる。

 

「今戻った! 蜘蛛共に縛りを付け終わり、ハンター協会への引き渡し手続きも済んだぞ!」

 

 若干情緒不安定で戻ってきたのは、目の下にクマを作り心なしやつれたように見えるクラピカ。

 

「私は頑張ったぞレオリオ、帰って休めと言ったとはいえ先にいなくなって寂しかった、よだれが垂れてるぞまったく」

 

 それでも表情は今までにないほど輝いており、抑圧されていた感情が解放されたことと寝不足により深刻なキャラ崩壊を引き起こしていた。

 

「おつかれさん、その様子ならいい感じに鎖を刺せたんだな?」

 

「もちろんだ。これから念能力者専用の監獄に連れて行かれて、どんな余生を過ごすのか愉しみでならん」

 

 ソファーに座るレオリオに後ろから抱きついて愉快そうに笑うクラピカを見て、部屋の中にいたノストラードの面々はもちろんゴンとキルアも目を丸くする。

 

「あれ? いつの間にそんな関係になったの? なんとなくわかってたけどクラピカって趣味悪いわねぇ〜」

 

「ふふっ、レオリオの男としての良さは私だけ知っていればいいのだ。しかしネオンは私が女だと気付いていたのか、そちらのほうが私としては驚きだ」

 

『えっ』

 

「いや普通にわかるでしょ。けどなんか綺麗になったわね、そのまま蝋で固めて人形にしたいくらい」

 

 レオリオは自分を挟んで女子?トークを始めたクラピカとネオンにため息を吐くと、驚きの表情で固まるメンバーに視線を向ける。

 

「まあ、ノストラードの奴らは気付いてなかったのもわかるけどよ、ゴンとキルアは気付いてなかったのか? なんか筋肉の付き方とか歩き方や骨格で女って知ってると思ってたわ」

 

「殺すのに男も女も関係ねえからそんなもん意識したこともねえよ。え、マジで女なん? ゴンも気付かなかったのか」

 

「オレも男女の筋肉の違いなんて意識したことなかったし、その、血の匂いとかもしなかったから男だと思ってた」

 

 考えもしなかったと驚愕するキルアと、やや気まずそうに勘違いした理由を口にするゴン。

 

「あぁー、なるほどゴンはそこで勘違いしたのか。最近は体への負担も少ない良い薬があるからな、そこらへんの知識の違いか」

 

 ゴンの言葉に納得したように頷くレオリオに対し、よくわからなかったキルアは首を傾げる。

 

「すまないレオリオ、実はまだきてないだけなんだ。だがなんとなくもうすぐくるとわかるから私は健康だ」

 

「はぁ!? んー、まあまだ個人差の範囲か、精神的にもホルモンバランス崩れてそうだったしな。一応一ヶ月こなかったら検査させてくれ」

 

「血の匂いがどうのくるこないだの何の話だ? 男女で血の匂い違うのか?」

 

「んー、キルアは今度レオリオに保健の授業受けようね」

 

「保健ってなんだそれ、てかレオリオは何時クラピカが女って気付いたんだよ」

 

「天空闘技場に着く前だな。見ただけでちょっとした怪我とかわかるようになって、お前等見まくってたら気付いちまった。今更だが覗きみたいなことして悪かった」

 

「レオリオやゴン達なら構わん、自衛のため男のふりをしていたのは私だからな。風呂で鉢合わせたとしても笑って許したさ」

 

 

 その後も賑やかに過ごしていたゴン達だったが、十老頭との話し合いに行っていたライト・ノストラードとダルツォルネが帰還してマフィア側からゴン達への対応を説明される。

 

 1つ目、地下競売が無事開催できることに対する最大限の感謝として、一人一品最低落札価格で提供する。

 

 2つ目、陰獣の空いた席に興味があるなら最高待遇で迎え入れるが、そうでなくとも便宜は図るので敵対はしないで欲しい。

 

 3つ目、十老頭の影響下にあるマフィアはノストラード以外ゴン達への不干渉を誓う故、どこか一つに肩入れはしないでもらいたい。なんならノストラードの利になる動きは極力避けてもらいたい。

 

 4つ目、出来る限り便宜を図るからお願いだから敵対しないで下さい。

 

 5つ目、記録していた映像やら写真やらをマフィア間で取引することを許可して欲しい、そして十老頭宛にサインがあったら高値で買うのでよろしくおねがいします。

 

「以上の5つが十老頭及びマフィアンコミュニティから君達への通達だ。他に何か要望があれば私から十老頭へ伝える、サインはこの色紙に、ギン君も肉球スタンプを頼む」

 

「それでいいのか裏稼業」

 

「ふっ、キルア君、君達ゾルディック家と比べれば我々マフィアなどそこらのチンピラ、大人になりきれない子供の集団さ。正直な話こうして直接会話してる時点でノストラードファミリーは羨望の的なのだよ」

 

 高値で買い取られるとあってレオリオが率先してサインを書けば、ゴン達も渋々ながら色紙にサインというか署名を書いていく。

 寄せ書き形式で何故か10枚以上のサインを書いた後に、クラピカから十老頭への要望を述べる。

 

「一人一品も必要ない故、緋の眼だけを購入させてくれ。そして緋の眼の情報があれば教えて欲しいと」

 

「え〜、緋の眼取っちゃうのぉ? 一番狙ってたのになぁ」

 

 そう言って心底残念そうにするネオンだったが、駄々を捏ねないことにダルツォルネもライトも驚愕する。

 ミニゴンを構い倒して満足しているのが一番の理由だが、ネオンなりに少しは成長したことがわかる一幕だった。

 

「…それならばネオン、君に一ついいものを見せよう。その代わりこれからも緋の眼を集めてもらいたいのだが」

 

「え〜? ん〜、見せてもらうもの次第かなぁ、もちろんそのいいものはまた見せてくれるんでしょ?」

 

「緋の眼を買い取る時は必ず見せると誓おう。では別室で君だけに見せよう」

 

「なっにかな、なにかな〜♪」

 

 そのまま侍女も付けずに寝室へと消えた二人だったが、時間を置かずそこそこの防音性を貫通してネオンの嬌声が響き渡る。

 

『かわいぃーー!! えっ、なにこれ滅茶苦茶綺麗で可愛い!! 嘘でしょ嘘でしょホルマリン漬けの緋の眼なんてゴミじゃん!! あぁーごめんごめん緋の眼も綺麗だよけどあたしはこっちの方が好き!!』

 

 その後もしばらくネオンの声が響いていたが、数分ほどで嫌にツヤツヤしたネオンと更にやつれたクラピカが戻って来る。

 

「パパ! これからは緋の眼見つけたら絶対に買ってね! じゃないと占いしないから!!」

 

「わ、わかった。しかしそこまでのものを見たのか?」

 

「ふっふーん、いくらパパでも教えないよ。知ってるのはゴン達と私だけ、コレクターとしてここまで優越感に浸れることは中々ないわ!」

 

 ネオンはホルマリン漬けではない生きた緋の眼に感動した後、クルタ族でも伝説となっていた紅紫の眼に心を奪われてしまった。

 それこそ世界七大美色を超えると感じたのはもちろん、その濃いピンク色は女の子としての普通の感性も持つネオンのどストライクだった。

 

「やっぱり生よ生、映像や写真、ましてやホルマリン漬けじゃ見えない本当の輝きってのがあるのよね」

 

 自慢気に語るネオンの姿でノストラードの面々も頭の回る者はクラピカがクルタ族だということに気付いてしまうが、しょうがないと苦笑いするクラピカを見て他には漏らさないと無言で伝える。

 そしてサインを抱えて再び十老頭のもとへ向かったライトとダルツォルネに、参加を許可された地下競売に向かうために準備を始めたネオン及び護衛団。

 そんなノストラードファミリーと別れて一度自分達の拠点に戻ったゴン一行を、一人のプロハンターが訪ねてくる。

 

「夕飯時に済まないな、幻影旅団の護送が無事終了したことを報告に来た。少し長くなるからコーヒーをもらえないか? ミルクは自分で入れる」

 

 やってきたのは牛柄の服に角の付いた帽子、左目を黒く縁取りするという奇抜な格好をした男。

 

 ハンター協会最高幹部"十二支ん"の一人、犯罪(クライム)ハンターとして二つ星(ダブル)の称号を持つミザイストム・ナナがゴン一行の前に姿を現した。

 

 

 

 

 

 コーヒーで一服した後ミザイストムは改めてゴン達の功績を称賛し、幻影旅団全員を捕らえたことでキルアを除くゴン、クラピカ、レオリオを一つ星(シングル)ハンターとすることを通達する。

 ただし同じく幻影旅団捕縛に貢献したヒソカは普段の素行はもちろん、ハンターになる前の殺人罪などが問題視されて今回は見送りとなった。

 それに加えてウイングをダブルに認定するかの話になったがウイング自身がこれを固辞、キルア達に念の基礎を教えたゴンをダブルにするかは本人の年齢を考慮して見送りと説明する。

 

「キルア君がハンターになった場合は半年ほど様子を見てからシングルにする予定だ、新人とはいえ既に多くのハンターの上に立ったことを自覚してこれからも精進して欲しい」

 

 本来プロハンターになるより困難で誰もが羨ましがる大出世なのだが、ゴン達はそれぞれの目的にあまり関係ないシングル昇格のため驚くほど平静に通達を受ける。

 ミザイストム含め多くのシングル以上のハンターも好きなことをやっていたら昇格した者がほとんどのため、特に変な空気になることもなく話は続く。

 

「幻影旅団の護送も詳細は語れないが、念能力で既に監獄へと到着している。クラピカ君の要望を聞き入れ、他の囚人同様の生活を送ることになるだろう」

 

「やっぱりオレはぬるいと思うんだけどなぁ、結局クラピカは幻影旅団にどんな縛りを付けたんだ?」

 

 暗殺者としての経歴からやや不満のあるキルアの質問に対し、クラピカは幻影旅団それぞれにかけた誓約について説明する。

 

No.1 ノブナガ・ハザマ

 義理堅さや仲間への思いやりがあることを踏まえ、オーラに触れれば大本となる感情を失うようにされる。

 

No.2 フェイタン・ポートオ

 既に痛みを快感に感じるようにされており、何回か行われたヴェーゼの尋問により普通のデコピンでビクンビクンするようになっている。

 

No.3 マチ・コマチネ

 ノブナガと同じく仲間思いの面が強いため、同様に感情を失うようにされる。

 

No.5 フィンクス・マグカブ

 仲間思いだが戦闘狂の面が強いため、高揚感を得るための脳内麻薬が分泌できなくなるようにされる。

 

No.6 シャルナーク・リュウセイ

 オーラに触れると思考力が落ちるようにされており、何回かのヴェーゼの尋問のせいで傍目にはわからないが本人からすれば致命的なまでに考えられなくなっている模様。

 

No.7 フランクリン・ボルドー

 精神的に非常に中立的な考えを持っており、クラピカも大いに悩んだ末感情を失うようにされる。

 

No.8 シズク・ムラサキ

 こちらもクラピカを大いに悩ませた後、安定の感情を失うようにされる。

 

No.9 パクノダ

 記憶が非常に重要な能力のため、オーラに触れるごとに記憶できる量が減っていくようにする。いつかは3つのことしか覚えて考えられないようになるだろう。

 

No.10 ボノレノフ・ンドンゴ

 音楽を奏でて能力を発動するため、音感がなくなりとんでもない音痴になるようにされる。決まった舞で同じように奏でても耳が違和感を感じるようになり、最後は舞うことすら困難になる。

 

No.11 ウボォーギン

 フィンクス同様戦闘狂のため、脳内麻薬を分泌できないようにされる。ゴンに砕かれた拳も最低限の治療しかされなかったため、二度とまともに握ることは出来ないだろう。

 

No.12 コルトピ・トノフメイル

 物を完全にコピーする能力のため、複製できないよう器用さが減るようにされる。いずれは能力を発動しても、素人が複製したような歪な物しか具現化出来ないようになる。

 

No.0 クロロ・ルシルフル

 ゴンの脳筋万歳(力こそパワー)を注入されて盗賊の極意(スキルハンター)が一時的に消失、戻った時には奪っていた発も全て消失していた。その上でクロロの原点たる収集欲を失うようにされる。

 

 全員その気になれば戦闘行為自体は可能なため気を抜く事はできないが、最悪円なり能力なりでオーラに触れさせれば念の要である心技体の心か技を失くすため弱体化は容易である。

 

「この戦闘自体は可能というのが、私なりに秀逸だと考えている。私達への復讐を考えれば弱体化は出来ない以上耐えるしかなく、奴等は今の実力を落とさないようにしながら私達が眼前に現れ、邪魔者がいないという奇跡に縋るしかないのだ」

 

 あくどい顔で嗤いながら説明したクラピカに、本人が満足ならこれでいいのかと納得するキルア。

 ミザイストムも除念師対策をしっかり施したクラピカの対応力を高く評価し、機会があれば依頼という形でルーリングチェーンを利用させて欲しいと告げる。

 

「さて、幻影旅団についての報告業務は以上で終了だ。ここからは俺個人の好奇心による質問故、答えたくなければ答えなくて構わない」

 

 そう前置きした上でミザイストムは、キルアはゾルディック家として暗殺者を続けるのか、レオリオは医師免許を取ったあとはどんな活動をするつもりなのか、復讐を完遂したクラピカのこれから、そしてゴン達のこれからの予定を質問する。

 

「暗殺者なんてつまんない仕事はもうしないよ、これからはハンターとしてとりあえず強くなるのが最優先かな」

 

「オレはまだ悩んでるな、孤児院とかを併設した病院を建てたいってのと気ままに旅して病気や怪我の奴を治したいってのが半々だな」

 

「私は緋の眼の回収と供養をしながらレオリオの手伝いだな、これからを考えれば護衛は確実に必要だ」

 

 キルア達がそれぞれ質問に答えた後、視線を集めたゴンは少し考えてこれからの予定を口にする。

 

「とりあえずグリードアイランドをプレイ出来ないか動いてみるよ。今はこんなだしちょっとした休養期間のつもりでね」

 

 その言葉に弱体化したゴンを放ってはおけないと、キルア達全員も付いて行くと言い小さくなった体をいたわる。

 仲睦まじい4人の様子に頷いたミザイストムは質問に答えてくれたことを感謝し、残ったコーヒーを飲み干すとゴン達に別れを告げてホテルを出るのだった。

 

 

 

 

 

 ゴン達のホテルから移動したミザイストムが宿泊先に到着すると、幻影旅団相手に司法取引という名の囲い込みを行っていた優男、パリストン・ヒルがソファに座りいつもの嘘くさい笑顔を浮かべていた。

 

「やあ! おかえりなさいミザイストムさん、雑務を任せてしまって申し訳ありませんでした」

 

「俺はお前に指示されたのではなく、自分の意志で彼等に会いに行った。勝手に付いてきた分際で責任者面をするな」

 

 パリストンは十二支んながらハンター協会副会長も兼任する立場のためミザイストムの上司とも言えるが、今回は一切関係ないにも関わらず幻影旅団へ唾を付ける目的で付いてきたのに加え単純に嫌われているので辛辣な対応を受けている。

 

「まさか! 僕が責任者面してるなんてそんなことないですよ。まぁ力不足ながら副会長ですからね、そういう意味ではネテロ会長の次に責任者と言えなくもないですが」

 

 一見すればニコニコと人当たりのいい清潔感あふれる好青年だが、言葉や行動の節々に加え本人も隠す気のない腹黒さがオーラに現れているため印象通りに受け取る者のほうが少ない。

 

 ハンター協会不動のカリスマであるネテロをして苦手と断言するパリストンは、ヒソカとはまた違った意味で壊れている破綻者なのだ。

 

「そういえば最近噂の彼、ゴン君でしたっけ? 最近突然現れた会長の新しいお気に入りですよね、ミザイストムさんが会った印象はどうでした?」

 

 幻影旅団を優先したのかそれほど興味がないのか自分の目でなくミザイストムの評価を聞くパリストンに対し、特に隠すほどのことはないと正直に感じたことを話す。

 

「間違いなく傑物だな。かなりの代償を払ったようだが、あの年齢で幻影旅団を相手に生き残った時点で実力は申し分ない。ジンの息子とは思えないほど人格面に好感が持てたのも驚きだった」

 

 それがミザイストムの本心からの感想であり、ネテロのお気に入りというのも将来性を期待してだと判断した。

 むしろ多種多様な能力を持つ鎖を具現化するクラピカや、話に聞いただけでわかるほど効果の高い医療系能力を持つレオリオのほうが印象に残ったほどだった。

 

「確かにあの若さでそこまでの強さなのは驚くべきことです! 僕があれくらいの頃は"おもちゃ"に夢中でしたよ!」

 

 パリストンとしてはやや違和感が残るものの、ミザイストムとほとんど同じ印象のためゴンの話題を打ち切る。

 ぽっと出の好きじゃない奴の息子にちょっかいを出すより、最近ますます若さと強さを取り戻してきているネテロと遊ぶ方を優先したのだ。

 

(調べた限りただ強さに夢見る少年ですし、会長やジンさんと思う存分遊んだらかまってあげてもいいですかね)

 

 パリストンもミザイストムも、とんでもない過小評価をしてしまう。

 ネテロとジンの印象が強すぎたため、途中で思考停止したことに気付くことが出来なかった。

 

 ゴンが幻影旅団と戦い生き残ったというのは間違いではないが、正確には肉弾戦最強のウボォーギンに対してイルミの妨害というハンデを背負った上での勝利だと正しく理解していない。

 

 反動による弱体化が終わった時、万全の状態で戦えばもはやウボォーギンに勝ち目は皆無なほど戦力差が出来ているのにも関わらずだ。

 

 ネテロの急激な若返りはゴンの成長が楽しみなのももちろんだが、迫りくる筋肉の圧迫感に対する焦燥感からも来ているのだ。

 

 超回復という休息期間の明けた筋肉が、世界最強の一角に力尽くで食い込むことになるにも関わらず。

 

 考えることを止めたインテリは、すぐそこにある脳筋という名の暴虐に気付くことはない。

 

 



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第52話 別れと新たな出会い

 

 

 皆さんこんにちは、一応表のオークションに参加してグリードアイランドの競りを見学したゴン・フリークスです。ミルキさんに気づいたキルアがなんか会話してたけど、何の話をしてたのかな?

 

 

 

 

 

 世界長者番付にも堂々と名を連ねる大富豪バッテラ。

 ハンターが作った謎多きゲームであるグリードアイランドを多額の金銭を使って狂ったように集める様は異様なほどであり、個人資産の大半を注ぎ込む老人として表世界でかなり名が知られている。

 ある願いを叶えるために惜しくもない財産を注ぎ続け、今日も新たにプレイヤーが参入可能な品を競り落とした彼のことをサングラスをかけた青年が呼び止めた。

 

「失礼、バッテラ氏で間違いないですな? オレはレオリオって者なんだが少し話を出来ないか?」

 

 一見するとそこらのチンピラのような佇まいにも関わらず、何故かその視線や声に多大な安心感を得てしまい思わず頷きそうになる。

 しかし答えようとしたバッテラを制し、髪を撫で付け髭を蓄えた大柄な男が一歩進み出る。

 

「ほぅ、君がかの幻影旅団を捕縛したメンバーの一人か、確かに良いオーラをしている。私はツェズゲラ、君と同じハンターだ」

 

 バッテラの代わりに前に出たのは、プロハンターに加えて一つ星(シングル)の称号を持つツェズゲラ。

 シングルの肩書に加えてバッテラが雇った者の中で最もクリアに近いことで多大な信頼を得ており、今回のように護衛も兼任したりオークション後の新規プレイヤー選考も任されている。

 

「よろしく頼むぜツェズゲラの旦那。割り込んできたならあんたに聞くが、どうやったらグリードアイランドをプレイさせてもらえる? こっちの都合で悪いが4人、…5人? ほどプレイしたいんだが」

 

 何故か歯切れは悪いがこうして直接尋ねに来る行動力があり、前に出たツェズゲラに気を害することもなく交渉をする程度には人格面も問題ないとバッテラは判断する。

 視線で発言の許可を求めるツェズゲラを手で制し、自分の口からグリードアイランドをプレイするための条件を説明する。

 

「オークションに出品されるグリードアイランドを買い占めた後、このツェズゲラが責任者となって選考会を行う。君達が相応の実力を持つのなら全員プレイヤーとして歓迎しよう」

 

「なるほど、正確な日時の発表はあるんだよな? それまではゆっくりさせてもらうわ」

 

 別れの挨拶と時間を取らせたことに対する謝罪と感謝を伝えたレオリオがあっさりと立ち去り、その背を見送ったバッテラは見た目はともかくできた青年だと感心していると厳しい顔をしたツェズゲラが目に入る。

 

「どうした? 彼について知っているようだったが悪評でもあるのか?」

 

「いえ、正直なところを言いますと強力なライバルが出てきたと思ったまでです。表の人間とはいえバッテラ殿も先日マフィアが幻影旅団と戦闘を行ったのはご存知では?」

 

「うむ、確かに聞いている。先程の彼もその件に関わっているのかね?」

 

「むしろ中心人物の一人です。おそらく彼も今や私と同じシングルハンターだと思われます」

 

 ツェズゲラの説明に感心したようにレオリオの去った方向を眺めたバッテラは、挑発的に笑いながら付き合いの長くなったお抱えハンターに問いかける。

 

「それはつまり、グリードアイランドをクリアするのは彼等だと言うことか?」

 

 その表情はクリアまでの時間が短縮されるならそれも構わないと暗に告げており、その意を正しく理解したツェズゲラもまた不敵な笑みで答える。

 

「御冗談を、強さだけでクリア出来るなら今までに何人もクリアしています。史上初のクリアを成し遂げるのは、この私のチームです」

 

 バッテラは自信を持って断言するツェズゲラを見て満足そうに頷くと、他の護衛も引き連れて滞在するホテルへと向かう。

 

(ツェズゲラは信用に値する。あと少し、あと少しだけ耐えてくれ)

 

 周囲からは常に堂々とした経営者としか見られないバッテラだが、その胸中は今にも崩れ落ちそうな不安と恐怖に苛まれている。

 

(彼等が、私がきっと助けてみせる)

 

 バッテラの知名度が上がるとともに値上がり続けるグリードアイランドを掻き集めながら、惜しくもない財産を湯水のようにばら撒き続ける。

 

(必ず、必ず共に歩む未来をこの手に!)

 

 全てはただ一つ、溢れんばかりの愛故に。

 

 

 

 

 

 ノストラードファミリーが拠点としていたホテルのロビーで、ゴン一行とノストラードの面々が最後の交流を行っていた。

 各々が簡単に別れの挨拶や再会の約束をする中、誰よりも別れを惜しむネオンが小さくなったゴンに頬ずりしながら駄々をこねていた。

 

「うぅ〜、絶対、絶対会いに来てよゴンちゃん。まだまだ着せたい服いっぱいあるんだから!」

 

「たぶん次に会う時は元に戻ってるんだけど、ネオンさんまたね、短い間だったけど楽しかったよ」

 

「…うぇ〜ん、やっぱり連れて行く〜、ちゃんとお世話するから〜」

 

「お嬢様、飛行船の時間も迫っているので行きますよ」

 

「ゴンちゃ〜ん、ギンちゃ〜ん、クラピカ〜、チビゴリラ〜、またね〜」

 

「レオリオとまとめるんじゃねえよ」

 

 ネオンの狙っていたオークションが全て終了した翌日、ノストラードファミリーはヨークシンシティから本拠地のある街へと帰還する準備に追われていた。

 グリードアイランドのために残るゴン達と別れることに駄々をこねるネオンが侍女達に引き摺られていき、護衛団の中で特に付き合いの濃かったスクワラとセンリツも別れを惜しんだ。

 そして最後にライト・ノストラードとダルツォルネが残り、改めて感謝を告げるとこれからのことについて話す。

 

「ノストラードファミリーはクラピカ君の忠告を聞きいれ、表の世界へと勢力を伸ばすことにする。裏での勢力拡大はいらぬ反感を買うだけのようだからな」

 

 ネオンという超級の手札を持ちながら平凡かつ思慮深さに欠けるライトを見かねたクラピカの助言、マフィアの体裁は保ちながらも表の有力者にコネクションを広げるべきという忠告をライトは聞き入れた。

 幻影旅団との決戦を見て自分の理解を遥かに超える世界があることを知り、同じく自分達の力不足を実感したダルツォルネの働きかけもあって割と素直に受け入れていた。

 

「それがいい。ネオンの力は権力者なら誰もが欲しがるもの故、ある程度噂が広がれば互いに牽制し合ってネオンの身の安全を勝手に守ってくれるはずだ」

 

「うむ、それに加えて心源流に口添えしてくれたことも感謝する。費用はそれなりにかかりそうだが、ダルツォルネ達が少しでも力を付けられるなら安いものだ」

 

 ゴン達はミザイストムが立ち去った後に改めてウイングに連絡を取っており、修行をつけてくれたことへの感謝とシングル獲得の報告を行っていた。

 その折にノストラードファミリーの世話になったことと、ダルツォルネ達の大体の強さを伝えた上で心源流から講師を派遣できないか打診していた。

 結果としてセンリツと護衛団の同期にバショウというプロハンターが所属していることもあり、特に問題なく講師が派遣される手筈となっていた。

 

「今回のことはノストラードにとって最高の結果となった。緋の眼に関しては全力で取り組むことを約束させてもらうから、たまにはネオンに顔を見せてくれると助かる」

 

「私からも最大限の感謝を。緋の眼については無理だけはしないでくれ、無理やり奪うのもノストラードの手に負えない相手に手を出すのもな」

 

「心得た」

 

 ライトは最後にギン含めたゴン達全員と握手をすると、ダルツォルネに集合写真を撮ってもらって満面の笑みでネオン達の後を追う。

 苦笑いしたダルツォルネが軽く手を上げてそれに付いていくと、数日ながら濃密な付き合いだったこともあり一気に静けさが押し寄せる。

 

「これでガキの世話しなくていいわけだ、全く清々するね」

 

「キルアも結構楽しんでたくせに、ギンもスクワラさんの犬達がいなくなって寂しくなるね」

 

「ぐまっ」

 

「けどこれでやっと本来のメンバーに戻ったね♥次はグリードアイランドって言ってたけど伝手は出来たのかい?」

 

 気付けばゴンの横に立っていたヒソカに全員が肩を跳ねさせ、小さくなったゴンを引き離すと視線を遮るように後ろへまわす。

 

「ひどいなぁ、そんな姿のゴンを襲うわけないじゃないか♣まぁ、それはそれですごく唆られるけどね♥」

 

「くっ、わかってはいたが何と教育に悪い男だ。イルミやクロロのことがなければ遠慮なく叩きのめしたものを」

 

「おい変態、クソ兄貴はどうした? オレがぶちのめす分くらいは残してあるんだろうな」

 

 舌舐めずりする姿に全員が鳥肌を立てて戦慄しながらも、キルアが最も気にする人物の現状を説明しろと問いかける。

 

「んー? イルミは普通に元気だよ♦クロロの財産から依頼料作るのを手伝ってきたんだけど、キルアが針抜いたの悔しそうにしてた♣あと伝言、連れ出す気なら殺す覚悟で来いってさ♥」

 

「ちっ、やっぱり先ずは強くなるしかねえか。ゴン、後で話がある。もしかしたらオレは別行動に、「そおい!」っあだ!?」

 

 ヒソカからイルミの伝言を聞いたキルアが何やら決意を固めた顔で喋るのを、黙って聞いていたレオリオが脳天チョップで止める。

 

「おいおいキルア、やーっとクラピカの思春期が終わったと思ったら今度はお前か? 仲間だろ、勝手に行こうとすんな、特にゴンがお前を逃さねえよ」

 

「こんななりだけどさ、体が慣れたのか強化率は160%で問題ない。今のキルアを掴んで離さないくらいは余裕だよ」

 

「私のこれからはお前達のために使いたい、たとえ危険が伴うとしても仲間外れにしないでくれ」

 

「ぐまっ!」

 

 レオリオを筆頭に意地でも孤独にはしないと宣言するゴン達に見つめられ、バツが悪そうに頭をかいたキルアは特大のため息を吐くと若干赤くなりながら笑う。

 

「クラピカもこんな気持ちだったのか? ったく、なら覚悟して付いてこいよ、ゾルディックは幻影旅団よりやばい戦闘集団だからな」

 

 照れ隠しかさっさと一人でホテルのロビーから出て滞在するホテルに向かうキルアと、それを追うゴン達を一歩後ろから楽しそうに眺めるヒソカ。

 明日開催されると発表のあったグリードアイランド参加プレイヤーの選考会に向け、対策を話し合うべく急ぎホテルへと戻るのだった。

 

 

 

 

 

 選考会の話し合いは特に問題なく終了したが、その後のキルアとゾルディック家の問題に時間が取られ大分夜もふけてしまっていた。

 キルアの口から説明されたゾルディックのトップシークレット、キルアの妹にして謎多き存在であるアルカとナニカ。

 生まれ付いての念能力者であり規格外の力を持つ家族のことを、イルミの呪縛から解放されたことで思い出したキルアは必ず連れ出すと決めていた。

 

「なんでも叶う願いと引き継がれる多大な代償か、ゾルディックすら持て余す規格外さとは想像すら出来ないな」

 

「けどアルカもナニカも大事な家族なんだ、できるだけ早く迎えに行ってやりたい」

 

「そうなるとゾルディック家と全面戦争だろ? 正直なところ幻影旅団よりきつい相手ならオレ等じゃどうしようもなくねえか」

 

「だからオレ一人で行くって言ってんじゃん。身内のゴタゴタなら向こうも本気で来ないけどお前等はマジで危険なんだよ」

 

「うーん、せめてキルアが単独でイルミさんとかとやりあえるなら一人で行かせられるんだけどなぁ」

 

 お互いの主張が平行線をたどる中、呑気にトランプタワーを作るヒソカは優先事項としてキルアの強化が必要だと言うと同時にある問題点を指摘する。

 

「ゴンはもちろんだけど、そもそも君達を鍛えられる存在に見当がつかないんだよね♣念や戦闘技術に対する恐ろしく高い理解力と指導力、それを持ち得ながら君達よりも強いとなると、ボクはもうネテロ会長くらいしか思い付かないよ♦」

 

 ゴン達は既にシングルハンターとして通用する実力を持つと同時に、それぞれが得意の分野で突出した能力を有している。

 それぞれの分野の専門家に教えを乞うならまだしも、まとめて面倒を見て全員の実力を底上げ出来る存在などいるかどうかすら怪しいレベルだとヒソカは言う。

 

「ボクも聞いたことのあるジン・フリークスが作ったゲームは気になるけどさ、強くなるのを優先するなら心源流の総本山に行くしかないと思うよ♦まぁ明日の選考会を受けてゲームの説明を受けてから決めても良いんじゃないかと思うけど♣」

 

「ヒソカが出したのが一番まともな案というのは釈然としないが、私としてもそれがベストだと思うぞ。キルアも焦る気持ちは痛いほどよくわかるが、悲願を成し遂げた身から言わせてもらえば少し急ぎ過ぎだ」

 

 ヒソカの案とクラピカからの助言にしばらく目を閉じて考えたキルアは、一度大きく息を吐いて頷くとすぐさまアルカとナニカを迎えには行かないことを決断する。

 

「これでとりあえず決めることはなくなったか。てかヒソカ腕はどうしたんだよ、オレはてっきり持ち帰ると思ってそういう治療をしたんだが」

 

「あれはイルミにあげるって言ったからね、こうして伸縮自在の愛(バンジーガム)薄っぺらな嘘(ドッキリテクスチャー)で前より良い腕も出来たし♦」

 

「だとしてもそれなりの処置があるんだよ、肘は残すんだよな? ちゃんと処置するからオーラ止めてくれ」

 

「ありがとう♥」

 

 話し合いも終わったと各々気が緩んだのを待っていたかのように、ホテルの一室に来客を告げるベルが鳴らされる。

 誰もルームサービスは頼んでいないと不思議に思う中、ヒソカを治療中のレオリオに代わりクラピカが対応に出る。

 

「…? どちら様かな? おそらく部屋を間違えていると思うが、お嬢さんの部屋番号は何番だい?」

 

 部屋の外にいたのは長い金髪をツインテールにした、ピンクのゴスロリファッションに身を包む女の子。

 ゴンやキルアとそう変わらない年頃に見える可憐な少女に目線を合わせて優しく問いかけたクラピカだったが、突如として警鐘を鳴らした第六感に従い全力のバックステップで距離を取る。

 かなりの勢いで部屋の中央に転がり込んだクラピカに目を剥くゴン達が部屋の入口に目をやると、丁度クラピカの顔があった位置を手袋に包まれた拳で突いた格好の少女がいた。

 

「なるほど、ウイングの言った通り素晴らしい原石だわさ。聞いてた以上に感じるのは幻影旅団を狩って一皮剥けたからかしら?」

 

 注目を浴びながらも実に堂々とした足取りで室内へと入ってきた少女から、幻影旅団すら超えるほどのオーラが溢れゴン達を鋭く見据える。

 

「喜びなさい、条件さえ飲めばあたしがあんた達を更に上のレベルに引き上げるわさ」

 

 見た目からは想像も出来ないが、彼女こそ女性ハンターどころかハンター全体で最上位に君臨する女傑。

 

「この心源流師範にして二つ星(ダブル)ハンター、ビスケット・クルーガー様にまっかせなさい!!」

 

 ネテロの直弟子にして世界最強の一角、ゴン以上の筋肉詐欺がヨークシンシティに降臨した。

 

 



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第53話 ビスケのときめきとツェズゲラのときめき

 

 

 皆さんこんにちは、ビスケがフライング気味に登場して驚いたゴン・フリークスです。貯筋解約(筋肉こそパワー)の影響か、生で見る原作最強の師匠はすごい。

 

 

 

 

 

『はい、その方は私の師匠ビスケット・クルーガーで間違いありませんよ』

 

「まじかよ! こんなちんちくりんがか!?」

 

『見た目に騙されてはいけませんよキルアくん、特に念能力者なら尚更です。そもそも以前教えたではありませんか、私の師匠はゴンくんと似たような能力を持つと』

 

「そういやゴリラって言ってたな、それにウイングの師匠ってことはバ「ホイサ!」Baっふん!?」

 

「…ウイングは覚悟しとくわさ」

 

『ひぇっ』

 

 ゴン達は突然現れたビスケに対し実力は理解しながらも一応ウイングに連絡を取って確認し、結果としてキルアとウイングが犠牲となってその身元は無事保証された。

 しばらく電話の向こうのウイングにネチネチと説教をした後、ゴン達に向き直ったビスケは腰に手をあて胸を反らし改めて自己紹介する。

 

「確認も取れたことだし、改めてはじめまして。ウイングの師匠でもある心源流師範、宝石(ストーン)ハンターで二つ星(ダブル)のビスケット・クルーガーだわさ。親しみを込めてビスケちゃんって呼んでいいわよ」

 

「ちっ、歳考えろよクソバ「ちょいさ!」っなんの!」

 

 見た目にマッチしたぶりっ子ポーズの自己紹介を見て悪態をつくキルアは、二度目の折檻はなんとか反応して躱す。

 

「あら、本当に聞いてた以上に磨かれてるじゃない。楽しみが減ったようなさらなる輝きが見れそうで楽しみなような、中々に複雑な気分だわさ」

 

 自分の攻撃を避けたキルアとクラピカにヒソカの治療をするレオリオを見て何度も頷いたビスケは、最後に弱体化中のゴンを見据えるとなんとも言えない顔で唸る。

 

「あんたのそれは制約でそうなってるのよね? それでもその肉体とオーラの質、ウイングが匙を投げるわけだわさ」

 

「すまないビスケさん、私達、特にキルアは少し込み入った事情がある。鍛えてくれるということだがその条件を教えてもらえないだろうか」

 

 ゴンの体を触りながらチェックするビスケに焦れたクラピカが指導の条件を問えば、思い出したとばかりに手を叩いて提示する。

 

「条件はあたしが今求めてる宝石を手に入れるのを手伝うこと。下調べした感じ単純な強さよりも頭数が必要っぽいんだわさ」

 

 そして告げられた宝石の在処は、先程まで話題に上がっていたグリードアイランド。

 

「大富豪のバッテラが選考会を開くって言うからあんた等も参加しなさい、ゲームクリアを目指しながら同時進行で鍛えてあげるわさ」

 

 あまりの都合の良さに押し黙るゴン達の姿に首を傾げたビスケに対し、クラピカが苦笑いしながら条件を受けると口にする。

 若干ビスケの実力に疑心暗鬼なキルアもとりあえずは了承し、言質を取ったビスケは夜も遅いということで美容の敵だわさと呟きながら帰っていった。

 

 

 

 ゴン達との顔合わせを済ませたビスケは、自己紹介時のおちゃらけが嘘のように真面目な顔で考察を繰り返していた。

 甘ちゃんながら武に関しては決して嘘も妥協もしないウイングからの最大限の称賛に、残りの人生を楽しみながらも過去のギラツキがなくなっていたネテロの再起。

 共にゴンとその仲間達による影響だと知ったからこその、職権乱用してでも決行した強引な接触は間違いなく正解だったと確信していた。

 

(対峙して僅かに触れただけでわかる、全員が歴史に名を残すレベルの突出した才能。それが同じ時代、同じ場所に集結してるなんて異常事態だわさ)

 

 実に楽しそうに話していたネテロとウイングに嫉妬し、幻影旅団との戦闘映像という最新情報まで仕入れたビスケは指導者として一瞬で落ちてしまった。

 

 

 決戦の前半は4種類の鎖を操り、戦況のコントロールすら行っていたクラピカ。

 最後に見せた弩級の爆発力は圧巻で、接近戦の手札さえ出来ればいよいよ隙がなくなる。

 

(一つの悲願に突き進んで成し遂げた想いは純真無垢。しかしその多様な能力は見る角度によって全く違う色合いを見せる。周りの光に応えるように輝くその姿はまさにクリスタル)

 

 

 決戦の間陰獣を癒し続け、拙いながら妨害もしていたレオリオ。

 映像越しでも間違いなく致命傷だとわかる傷を負ったクラピカを、生かすばかりか戦線復帰させた常軌を逸した治癒能力。

 

(そのおおらかさは素朴ながら人を惹きつけてやまない。医療という太古の昔から重宝される能力は今尚輝き続ける。長寿と繁栄を司るその存在はまさしくジェイド(翡翠)

 

 

 念能力によって戦線離脱させられながら、己の力で支配を解き覚醒したキルア。

 オーラを電気に変化させるという本来十代前半で修得出来るわけがない発を使いこなし、多様な技を生み出す驚異の戦闘センス。

 

(冷たく輝きながらも決して非情ではない。希少価値とそれに裏打ちされた才能は破格の一言。不安定さを克服したその鋭い青色はまさしくサファイア)

 

 

 人間の集団の中に身を置き、念能力を得ながらも野生を失わないギン。

 もっと賢くなり魔獣の仲間入りすら可能と思われながら、ただの獣としてゴンと共にあるその姿は自然そのもの。

 

(馴れ合いながらも決して野生を失わない。自然本来の在り方を貫くその姿は人の手が入らないからこそ美しい。天然由来の無駄をすべて削り取られた姿はまさしく河口の自然石)

 

 

 そしてビスケをして真っ向の殴り合いでは不覚を取りかねないウボォーギンと正面から殴り合い、イルミからの妨害すら乗り越え打ち勝ったゴン。

 技術など最小限、意思と肉体の強さで勝利を掴み取ったその姿はとても十代前半とは思えない。

 

(長い間弛まぬ努力で鍛え続ける意思の硬さ。未だ底の見えぬポテンシャルは既に至高の領域にある肉体をどこまで高めるというのか。見る者を等しく魅了する王道の輝きはまさしくダイヤモンド(金剛石)

 

 

 宝石ハンターとして世界の誰よりも多くの宝石を見て触れてきたと自負するビスケですら、過去に類を見ないどころかこれから先出会えないと確信するレベルの原石達。

 その原石を己の手で磨き輝かせるチャンスを手にした実感を噛み締めると、頬が紅潮し止めることのできない震えが全身に広がる。

 

(本当嫌になっちゃう、ミイラ取りがミイラになる典型じゃないの、しかもそのことになんの後悔もないんじゃ救いようがないわさ)

 

 滞在する予定のホテルに向かうビスケは一人、人通りもない夜のヨークシンシティを踊るように歩く。

 満面の笑みで両手を広げ、都会特有の星が見えない夜空を見上げながら回り続ける。

 

(あぁ、なんて楽しみなの、あの子達の輝きは、強さはどこまで行けるのかしら! そしてあたし自身、あの子達に触れてどんな変化をするのかしら!?)

 

 ビスケは指導者としての自分と、武人としての自分が等しく昂っていくのを自覚していた。

 師は弟子を育て弟子は師を育てる、使い古された言葉がこれ以上ないほど真新しく思える。

 

(世界は、こんなにも輝いてるわさ!!)

 

 暗い夜空を見上げながらもそこに別の輝きを見るビスケの姿は、可憐な容姿も相まって妖精のような愛らしさと妖しさを同時に見せる。

 観客のいない一人っきりの舞を、姿の見えない星だけが見下ろしていた。

 

(それにしてもあのヤバそうなイケメン、あいつはもう完成されててクソつまんなそうだわさ。目の保養にはなるけど出来れば一緒にいたくないわね)

 

 レオリオから治療中のピエロが、盛大にくしゃみをしたとかしないとか。

 

 

 

 

 

 バッテラ主催のグリードアイランドプレイヤー選考会当日、ゴン一行は会場の席に座りながら思いの外多い参加者達を観察していた。

 優に100人は超えている参加者達は当然ながら全員念能力者であり、ピンからキリとはいえこの数は正に圧巻と言えた。

 

「それでは早速審査に入る! シャッターとカーテンで仕切ったステージ上で一人ずつ“練”を見せてもらう。合格者が32人出た時点で選考会は終了、早い者勝ちだ。準備の出来た者から入ってこい」

 

 審査員ツェズゲラの開始宣言で、参加者達は3パターンの者達に別れる。

 真っ先に動き審査を受ける者、並ぶ列の周囲をうろつく者、そして席に座ったまま微動だにしない者達だ。

 

「ばっかだねぇ〜、あんな慌てて動く必要なんてないのにさ」

 

「そうなのか? 先着順ならさっさと動いたほうがいいと思うが」

 

「あれはフェイクだよレオリオ、わざわざ集めておいて全員見ないのはナンセンスだ。それに合格者もそれほど多くは出まい」

 

「そういうことだわさ。レオリオはもう少し相手を疑うことを覚えなきゃね」

 

 小さいゴンとギンを膝に乗せているビスケの助言にやや面白くなさそうなレオリオと、そんなレオリオを見てしょうがない奴だと笑うクラピカ。

 キルアは幻影旅団が片付いてから明らかに距離の縮まった二人に未だ慣れず、そもそも男女の恋愛観自体学べていないため非常に居心地を悪くしている。

 ビスケはビスケで若い二人の青臭い恋愛を老婆心で面白がり、ゴンは性に開放的な孤島育ちもあって微笑ましく見守っていた。

 そしてキルアは桃色になりかけた空気を変えるように、離れた位置に座るヒソカをさり気なく見てから口を開く。

 

「あ〜、それと何回も確認するけどよ、あいつは本当にヒソカなんだよな? クソ兄貴が化けてるとかじゃないよな」

 

「気持ちはわかるが昨日何度も確認しただろ、あいつは正真正銘本物だったし、言った通りの理由で別行動するんだろ」

 

 キルアが入れ替わりを疑うのも当然で、昨夜グリードアイランド行きが決まった時にヒソカから出された提案。

 

 それは選考会含めて、グリードアイランドではゴン達と別行動を取るという宣言。

 

 ヒソカは片腕をなくした代わりにそれ以上の念の腕を手に入れたが、本人曰くパワーは上がっても器用さや元々の腕との違和感から十全に使いこなせているわけではないとのこと。

 ゴン達の指導者はビスケという最上の人材が来たということで、ヒソカは念の腕の慣らしと並行してゴン達と別アプローチからゲームクリアを目指すことにしたのだ。

 

「あたしも心配ないと思うわよ。あのタイプは意味のない嘘も平気でつく狂人だけど、絶対に越えないラインってのを持ってるもんだわさ。ほとんど知らないけど多分ゴンには嘘をつかないんじゃない?」

 

「私も同じ意見だな、二度裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)を刺した影響か嘘を言っているか大体わかる。ヒソカの言葉に嘘はなかったよ」

 

「オレもそうだけど万全じゃない姿は見せたくないんじゃないかな? 常在戦場は当たり前の心構えだけど、それでもお互いマックスの時に戦いたい相手だし」

 

「ぐげっ」

 

「んー、まあクソ兄貴はあれで案外回りくどいのは嫌いな質だしな、覚悟して来いってことは自分からは来ないか」

 

 自分以外のメンバーからのお墨付きもあり、アルカとナニカのことでゾルディックに対して神経質になっているキルアもなんとか納得する。

 そしてステージに並ぶ列がなくなったのを確認したキルアは席から立ち上がると、この期に及んで様子をうかがう有象無象を嘲笑って歩きだす。

 

「まっ、こんな茶番はさっさと終わらせようぜ。一人で待つのは暇だからお前等もすぐ来いよ」

 

 あまりに堂々とした歩みに他の参加者が思わず道を開ける中を進み、キルアはステージの中へと消えていく。

 そんなキルアを見たゴン達も一斉に立ち上がり歩きだすと、ただでさえ気圧されていた者達が更に数歩後退る。

 そこそこ長くなった選考会も、終わりの時が近づいていた。

 

 

 

 審査員として一人一人確認していたツェズゲラは、レオリオとその仲間達を過小評価していたと認め考えを改めていた。

 

 トップバッターとしてやってきたキルアはオーラを電気に変えるという信じ難い発を披露し、言葉の節々から全くと言っていいほど手札は見せていないと確信した。

 

 次にやってきたレオリオは衝撃を物に込めるという放出系としてはあまり珍しくない発を見せたが、その後見せられた希少価値の高い治療系能力はチームに誘いたくなるほど魅力的だった。

 

 3番目のクラピカに至っては複数の能力を持つ鎖を具現化しており、幻影旅団を討伐した以上全ての鎖を問題なく運用していると推測出来た。

 

 4番目に入ってきたビスケと名乗る少女も、見ただけでわかる武人としての実力の高さは自分に匹敵する強さだと感じさせるものだった。

 

 そして最後にやってきた小さな参加者ゴン。

 この邂逅が後にツェズゲラの、ハンターとしての在り方に多大な影響を与えることになる。

 

 

 幻影旅団を討伐したメンバーとは到底思えない小さなゴンがステージに現れた時、ツェズゲラの第一印象は良いとは到底言えないものだった。

 少年どころか幼児と言われてもおかしくないその見た目と、同じく明らかに幼生とわかる小動物を連れていてはしょうがない誤解である。

 

「練を見せる前にツェズゲラさんに聞きたいというかお願いしたいことが有るんだけどいいかな?」

 

「ふっ、まぁ聞くだけは聞いてあげよう。それに応えるかはまた別の話だがな」

 

 ゴンが質問したのはギンと一緒にグリードアイランドに入れるのかどうか、そしてもしギンだけ弾かれたら今度はギン単体でグリードアイランドに入らせてくれるかの二点。

 その質問に少しの間考えたツェズゲラは考えをまとめると、自分の推測と断ってから答える。

 

「おそらく共にゲーム内に入れると思う、でなければ特定の存在を操作する能力者が圧倒的に不利だからな。もちろん人間が二人同時には入れないが、獣ならばなんとかなるだろう」

 

 加えてギンが弾かれた場合は、単体でグリードアイランドに挑戦出来るだけの実力を見せれば許可すると付け加える。

 

「ありがとう。じゃあ先にギンが練を見せるね」

 

「ぐまっ!」

 

 ゴンの頭から飛び降りたギンが圧縮を解くと、一瞬でツェズゲラを超える体格の獣が出現する。

 ツェズゲラはあまりのことに絶句すると同時に、間違いなくギンはゴンと違うオーラを纏う念獣だと理解した。

 

「これは驚きだ、人に操作されるでもなく自力で念に目覚める獣がいたとは。しかもこのオーラ、悔しいが私ですら負けかねないだろう」

 

 ギンに対して合格を言い渡すと、再び小さくなってゴンの頭の上へと飛び乗る。

 そしていよいよゴンが練を見せる順番となり、この小さな挑戦者は何を見せてくれるのかと期待が膨らむ。

 

(ここまで全員が期待を上回る実力者、この重厚な纏をする少年は何を見せてくれるのか)

 

 目を瞑り深く深呼吸するゴンのオーラがやや少なくなり、オーラを一気に高める練の前段階に入る。

 

(一体どんな発を見せてくれる? 君の鍛錬の集大成を見せてみろ!)

 

 ゴンが目を見開き身構えると、精孔から信じられない量のオーラが一気に噴出する。

 

(どんな能力だ、まさかそのまま練を見せるわけでもあるま…)

 

 高まるオーラは上限がないかのように高まり続け、量も質もツェズゲラの理解の範疇から逸脱する。

 

(……なんだこれは? これが、これが人の出せるオーラなのか!?)

 

 過去に触れる機会のあった死者の念、生者には出せないそのオーラの質に戦慄したが、それを遥かに上回る衝撃がツェズゲラを襲った。

 

 そのオーラはどこまでも深く、どこまでも重く、どこまでも強く、そしてどこまでも澄み切った命の輝きだった。

 

「…もう十分だ、ゴン・フリークス、君の合格を祝福しよう。少し気が早いが、グリードアイランドへようこそ」

 

 満面の笑みで礼を言い合格者達の待機するフロアへ向かったゴンを見送り、ツェズゲラは次の参加者が来るまでの短い時間ただ天井を見上げていた。

 

(あの年であのオーラを出す人間がいるのだな、一体どれだけ地獄の鍛錬を積めばあの領域に辿り着けるのか。…ふふっ、鍛錬か、それこそ練といった念の基礎などここ数年した記憶がないな)

 

 ツェズゲラは懸賞金(マネー)ハンターとして精力的に活動し、一つ星の称号を得たことでどこか満足していた自分がいたことを深く実感した。

 そして己の半分も生きていない子供が自分の遙か先を走り、そのことに少しも満足していないのを知ってしまった。

 

(鍛え直しだ、グリードアイランド内でも基礎修行は出来る。人があそこまで行けるというのなら、私もまだまだ先に行けるはずだ!)

 

 ここにまた一人筋肉に感化されたハンターが決意新たに気炎を上げ、そして近い将来万全の状態になった筋肉の人智を超えた圧倒的パワーを思い知ることになる。

 

 心を奮い立たせたのが筋肉なら、心を折るのもまた筋肉なのだ。

 

 



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第54話 ゲーム開始とえげつねぇ出会い

 

 

 皆さんこんにちは、無事グリードアイランドに到着したゴン・フリークスです。ギンのこともあって順番を最後にしてもらったおかげで、エレナさんイータさんと少しお話しすることが出来ました。

 

 

 

 

 

 グリードアイランドのプレイヤー選考会は、最終的に20名の合格者を出して終了した。

 ツェズゲラとしても量と質の両方が満足いく結果であり、特に質に関して言えばやりすぎたと思うほどだった。

 それでも忖度なくゴン達を合格させたのは、いくら実力があろうが自分のほうが先にクリアできるという自負と、雇い主であるバッテラの意向を正しく理解しているからである。

 

「これから全員グリードアイランドに入ってもらうわけだが、実のところ入り口は一人ずつしか入れない。よって入る順番を決めるが何か案はあるか?」

 

 ツェズゲラの説明に合格者の一人がじゃんけんを申し出ると、特に反対意見もなく決まるが唯一ゴンが口を開く。

 

「それならオレは一番最後がいいからじゃんけんには参加しないよ。当たり前だと思うけど入る順番で損得はないよね?」

 

「もちろんそんなものはない、平等にスタート地点に送られるだけさ。それは君が持つセーブデータに何が入っていようと変わらない」

 

 その後は誰の発言もなくじゃんけんで順番が決まると、キルア達も中で待ってると言ってグリードアイランドにとばされていく。

 そして最後に残ったゴンがもしギンだけ取り残されることがあったら単体で挑戦させるようツェズゲラに頼むと、ジンから残されたデータ入りの指輪を嵌めてゲーム機に手をかざす。

 練を行ったゴンにくっついていたギンも無事ゲーム内に入ったことを確認したツェズゲラは、ここまでのことを報告するためにバッテラの元へと向かった。

 

 

 無事ギンと共にグリードアイランドに入ったゴンは受付を務める女性エレナからゲームの説明とジンからのメッセージを聞くと、自分の順番が最後ということでジンのことを少し教えてほしいと懇願する。

 エレナとしても予想以上に小さいゴンと小動物のギンに目を輝かせ、出口の担当である双子のイータも呼んでしばしの雑談に興じた。

 もちろんグリードアイランドについてのヒントなどは一切なく、ほんの数分とはいえジンに対する怒涛の愚痴と悪口を吐き出した後、それでも色々と感謝していると言って会話を打ち切った。

 そしてゴンが電子世界のような部屋の最後の扉を開けると、目の前に広がったのは広大な草原と遠くに見える山々。

 

「おっ、やっと来やがったか。時間かかってるからギンにトラブルがあったんじゃねえかって心配してたんだが、その様子なら大丈夫だったんだな」

 

「うん、ちょっと受付の人に親父のことを聞いてたんだ。やっぱり一発殴らないといけないみたい」

 

「…まぁ、程々にな?」

 

 高床式の小屋の階段を降りると、そこにはレオリオしか待っておらずクラピカにキルア、そしてビスケの姿すらなかった。

 

「他の皆はどうしたの? ぱっと見近くにはいないけど」

 

「あー、それなんだがな」

 

 そして説明されたのは、キルアが別のプレイヤーに何らかの攻撃を受けたということ。

 何処からともなく飛んできたプレイヤーはその後直ぐに立ち去り、キルア達はその方向に向けて先に出発し一番遅いレオリオがゴンを待つ役目を負ったのだ。

 

「とりあえず身体的な異常は何もなかったんだがな、不覚を取ったのが悔しかったのかキルアが一目散に追いかけて行ってな。ビスケとクラピカはそのお守りだ」

 

「追い付ける感じだったの? ギン、オレとレオリオ運んでくれる?」

 

「ぐまっ!」

 

 圧縮を解いたギンがゴンとレオリオをその背に乗せると、聞くまでもなく匂いでキルア達が向かった方向に向けて駆け出す。

 

「そういやセーブデータには何が入ってたんだ? クリアのヒントとかか?」

 

「メッセージが入ってただけだったよ、自慢のゲームを楽しめってさ」

 

「なんだそれだけかよ、育児放棄してんだからもっとオマケしろよな」

 

「アハハッ、親父にそんな気遣いはないよ」

 

 その後ギンの速度でも追いつくことはなく、結局最初の街に到着したところで不貞腐れたキルアと合流することになる。

 懸賞都市アントキバ、グリードアイランド挑戦者の多くが最初に訪れるカード化されたゼニーを得る機会の豊富な都市である。

 クラピカとビスケは情報収集に行っており、冷静さを欠いたキルアの頭にはビスケの拳骨で出来たたんこぶが存在を主張していた。

 

「ちくしょう、クソ兄貴の針抜いたら抜いたで自制が利かなくなってやがる。今までと今のバランス取るのに苦労しそうだぜ」

 

「それ治したら文句言われそうだな、それとやっぱり体に問題はねえのか?」

 

「なぁーんもなし、てか冷静に考えればあんな簡単な攻撃? 呪文? で相手をどうこう出来たらゲームバランス崩壊しすぎだっての。天下の二つ星(ダブル)様がそんなお粗末なゲームは作んないでしょ」

 

 そしてしばらく待っていたゴン達のもとにクラピカとビスケが戻り、わかった限りのグリードアイランドの仕様を説明する。

 それはほぼ全てがカードによって管理されているということであり、金銭や日常雑貨はもちろん食事すらカードで保存可能ということ。

 ゲーム内では基本的にカードでやり取りを行い、カードには様々な効果のあるスペルカードがあるということ。

 

「ここらへんは全部別のプレイヤーが教えてくれたわさ。代わりに明日の昼頃に新規プレイヤーを集めて勧誘したいから集まって欲しいって」

 

「スペルカードも直接相手を害する効果のものはないと言っていたから、キルアも心配はいらない」

 

「心配なんかしてないっての、それで明日の昼まで何すんの?」

 

 そこからゴン一行はとりあえず簡単な金稼ぎとして、大食いや力比べ、迷子の探索などをこなして当面の資金を得た。

 その資金でホテルにチェックインすると、勧誘とこれからの修行の日程について話し合い早めに就寝する。

 

 夜のグリードアイランドで、人知れず闇が蠢いていた。

 

 

 

 翌朝引き続き周辺地理やゲームの仕様について情報収集をしていたゴン一行だったが、昼も近い時間に広場で人だかりを発見する。

 

 人々が遠巻きに見ているのは人間の死体。

 

 ゴン達も見覚えの有る選考会合格者の一人は、肉どころか内臓まで見えるほど腹部が損傷しており、傷の状態から爆発によって出来たものと推測出来た。

 やがて死体はゲーム内に入る時と同じように消え去り、凄惨な死体があったとは思えないきれいな広場へと戻る。

 顔をしかめるゴン達の耳に聞こえてくる“爆弾魔(ボマー)”と言う単語は、今回だけでなくすでに多くのプレイヤーを爆殺した殺人鬼の通り名である。

 

「新規プレイヤーには少し刺激が強すぎたかな? 今の惨劇が今回君達を勧誘する理由の一つだ」

 

 やや髪が長く無精ヒゲをはやした男が広場の注目を集めるようにして喋り始めると、勧誘の話を聞きに来たゴン達以外の新規プレイヤーも数名寄ってきて話を聞く。

 

「ゲームの仕様上の理由でプレイヤー人数を減らしたい者達がプレイヤーキラーを始めているのさ。そのせいで全体のクリアが遠ざかるという悪循環が起きている」

 

 グリードアイランドのクリアには100種類の指定ポケットカードを集める必要があり、それぞれのカードにはカード化出来る限度枚数が存在する。

 指定カード以外にも限度枚数が少なく有用なカードはいくつもあり、当たり前だが人が多ければ多いほどカードは分散する上そもそも手に入りにくくなる。

 

「特に相手のカードを奪う、または奪われるのを防ぐスペルカードは持っていなければクリアなど不可能なほどの必須カードだ。これらをいくつ所持しているかは、ある意味指定カードの所持数以上に重要となってくる」

 

 それらを踏まえた上で語られる、勧誘者の所属するグループであるハメ組の強み。

 

 それは人海戦術によるカードの独占。

 

「指定カードの一枚にまだ誰も手にしたことのない大天使の息吹というカードがあり、我々はそのカード入手に王手をかけている。断言させてもらうが、今ゲームクリアに最も近いのは我々だ!」

 

 人数が多いということはもちろん報酬も少なくなるが、そもそもクリア報酬が貰えないことにはなんの意味もない。

 

「今この場で決めてくれ、我々に協力するか否かを!」

 

 ゲーム開始直後ですでにクライマックスな現状に、一番ゲームにこだわりを持っていたキルアが盛大に舌打ちした。

 

 

 

 ゲーム開始早々他のプレイヤーから一方的に攻撃され、さらにはゲーマーとして看過できない手段を使うハメ組の存在は解放されたばかりのキルアの精神を非常に苛立たせていた。

 

「クソつまんねぇな畜生! あいつ等一番確実で一番面白くない攻略やってやがる、マジで皆殺しにでもしねえと時間の問題じゃねえか!!」

 

 絶叫して髪を掻きむしるキルアが危惧するように、ハメ組の勧誘を断って広場を後にしたゴン一行の初クリアは絶望的と言える。

 それでも勧誘を断ったのはハメ組に加担したところで旨みが少ないことと、最悪初クリアを逃しても問題ないと考えているからだった。

 

「まあもともとオレ等はゴンの付き添いだしよ、初クリアにこだわってるわけでもないからいいじゃねえか」

 

「ビスケも最悪望みの宝石が手に入ればいいのだろう? それなら我々は彼等の後にクリアすればいいだけだ」

 

「報酬はもちろん惜しいけど、それ以上にブループラネットの方が重要だわさ。とりあえずあんたらを鍛えながら、地道にカードを集めましょう」

 

 レオリオとクラピカが荒ぶるキルアをなだめるように説得すれば、続けてビスケもこれからのプランを提示してハメ組から意識をそらす。

 キルア自身どうしようもないと理解しているため、非常に不服そうながらこれからのことに目を向ける。

 

「いや、初クリアは目指そうよ。確かに厳しいけど無理とは思えない」

 

 全員がほぼ初クリアを諦めたところに、ゴンの自信に溢れた言葉が響いた。

 

「あの親父が作ったゲームだからね、ハメ組みたいな正攻法とは言えないやり方だと入手困難なカードを絶対用意してるはずだよ。それに10年以上クリアされてないってことは、正直ツェズゲラさん以前のプレイヤーに腕利きはいないと考えていいと思う」

 

 人伝とはいえ聞いてきたジンの人物像、それはどこまでも抜け目なく、嫌らしく、そしてこれ以上ないほどキレるということ。

 そんなジンがハメ組のやり方に対する対策を取っていないとは到底思えず、ここまでクリアされていないのはそもそもの実力不足が濃厚だとゴンは語った。

 さらにはバッテラのツェズゲラに対する絶大な信頼を見るに、間違いなくかなりのペースで攻略を進めていることがわかると続ける。

 

「勘だけどさ、実力的に見て一番の障害になるのはツェズゲラさんだよ。そうなると始めたばかりのオレ達でもきっとチャンスはある、だから修行しながらでも初クリアは目指そうよ!」

 

 満面の笑みで締め括ったゴンを見て、最初にビスケが耐えられないとばかりに笑いだし、最終的に全員が楽しそうに笑う。

 

「嫌だわ嫌だわ、年取るとすぐに諦めグセがついちゃって。全部ゴンの言う通りだわさ、少ないとしても勝ちの目は確実にあるわさ!」

 

「どうかしてたなぁ、500億だぜ!? 素直に諦めていい金額じゃねえよ!」

 

「何事も目指さなければ達成出来ない、つい先日実感したばかりにも関わらずもう忘れるとはな。そうさ、私達は常に上を見ていかないとな」

 

「知ってたしぃ! 勝ち目があんのは気付いてたしぃ! ジョイステも知らなかったゲーム音痴が偉そうにすんなよな!」

 

 先程まであった暗い雰囲気を完全に吹き飛ばし、やる気に満ち溢れたゴン一行は早速行動を開始しようとした。

 

「すまない、突然で悪いが俺もその話に噛ませてくれないか?」

 

 その出鼻をくじくように、一人の男性がゴン一行に声をかける。

 

「選考会で顔は合わせているが改めて、俺の名はゴレイヌ、これでもプロハンターだ」

 

 先程広場にいたゴン達と同じ選考会の合格者にして、ゴンほどではないが逆立つ短髪にゴツ目の顔をした筋肉質の男。

 

「あの幻影旅団を倒したその実力には及ばないだろうが、きっと役に立ってみせるぜ?」

 

 森の賢人の異名を持つ、見た目にそぐわぬ頭脳タイプゴリラが筋肉と邂逅した。

 

 




 後書きに失礼します作者です。

 このタイミングのゴレイヌ加入に補足説明します。

 原作でも途中まで単独行動をしていたことから仲間はいない、しかしその後ゴン達と手を組んだことから別に単独クリアにもこだわってはいない。
 それでも最初単独行動だったのはハメ組ほど報酬を分散したくなかったことと、そもそもお眼鏡に叶った実力者がいなかったからだと考えました。

 その点今作ではぬけめねぇ情報収集によりゴン達が幻影旅団を倒していること、さらにレオリオとクラピカというお子様だけじゃないメンバー構成だったためにクリアへの近道として接触してきました。

 知能指数のえげつねぇゴリラです。



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第55話 修行開始と哀れな者達

 前書きに失礼します作者です。

 今話にはみんな大好きゴレイヌさんに対して作者の独自設定が多く含まれます。

 そこんところよろしくお願いします。



 

 皆さんこんにちは、予想より早いゴレイヌさん加入に驚きを隠せないゴン・フリークスです。原作でわかってた通り、頭もいいし性格もいいしでめちゃくちゃ優良物件ですね。

 

 

 

 

 

 危険度Aクラス賞金首の集団である幻影旅団の完全討伐。

 その偉業をマフィアが中心となって成し遂げたと聞いた瞬間、ゴレイヌは明かされていない真実があると直感し情報収集を行った。

 結果判明した新人ハンター3人の一つ星(シングル)獲得から紐解き、ゴン一行こそ偉業達成の要だったと確信を得ていた。

 百聞は一見にしかず、ゴレイヌは直接相対したゴン達の予想以上の実力に舌を巻いていた。

 

「…えげつねぇな、幻影旅団に勝ったってのは俺の思ってた以上にやばいことだったらしい。しかも二つ星(ダブル)の指導を受けるとか、我ながら接触した自分を褒めたいな」

 

 いくつかの質疑応答を挟んだ後、ゴン一行はゴレイヌと正式に手を組むことを決定し食事を取りながらお互いの実力について簡単に話し合っていた。

 その中でゴレイヌは改めてゴン達が真っ向から幻影旅団を打ち破ったと正しく理解し、さらにビスケの正体についても教えられて予想以上にレベルの高いグループだったと驚愕した。

 

「あんたも見た感じ、顔は好みじゃないけど十分磨く余地あるわさ。クリア後に持ち帰れるカードの権利をあたしに譲ればついでに鍛えたげるけどどうする?」

 

「え、それだけでいいのか!? 何なら報酬の分配は俺の分を減らしてくれても構わないんだが、可能ならぜひ頼ませてもらう。正直最近は限界を感じてたんだ、二つ星の直接指導なんて夢のようだぜ!」

 

「割と失礼なこと言われてんのに気にしねえとか人間出来すぎだろ。オレ等は大体説明したけどさ、ゴレイヌは何ができるわけ? 後で見るにしても少しは聞いときたいんだけど」

 

「むさい顔の自覚があるからな、ビスケさんも別に嫌悪感とかあるわけじゃないのもわかるし気にしねぇよ。そんで俺の能力についてだな」

 

 ゴレイヌが簡単に説明したのは、自分が放出系能力者であり転移能力を持つ二匹のゴリラを具現化する発を使うということ。

 ゴリラはそれぞれ自分か他人と位置を入れ替えられるが、今の所約20メートルの距離制限がありゴリラかゴレイヌの視界に対象が入っていなければ入れ替えは不可となる。

 そこまで言ったところでゴレイヌは、自分の欠点についても正直に話す。

 

「道具を使うと特に酷いんだが、射撃センスってやつが壊滅的なんだよ。ほんの数m先の的に石とかを投げて当てるのが精一杯、弓や銃なんて使おうものなら100発撃って100発外す。だから遠距離攻撃系の発は作れなかったんだ」

 

 しかし放出系としての強みがなければ能力者として大成など不可能、ならばと考えた末にたどり着いたのが入れ替えだったと語る。

 ハンター協会からの初期指導を受けたあとは他のハンターに教えを請い、試行錯誤の末なんとか今の形になったのだと。

 

「いや、それゴリラにする意味あんの? 幻影旅団の団長も普通に転移使ってたし瞬間移動のほうがよくね?」

 

「逆にそこがミソなんだわさ、基本的に念の弱点や無駄な部分は制約として能力の底上げに使ってるのよ。発として普通の瞬間移動を作ろうとしたらとんでもなく難易度高いわさ」

 

「そういうことだ。入れ替える対象と類似性があったほうがイメージしやすいし、あまり知られてないが具現化するのも実在の生き物をイメージしたほうが楽なんだよ」

 

 入れ替える対象を自分や他人とした場合背格好が似ていて、操作するにも具現化するにもイメージしやすい生き物。

 さらに人間ほど細部にこだわる必要もないとなれば、自ずとゴリラに行き着いたとゴレイヌは言う。

 

「何より昔っからゴリラっぽいって言われ続けてたからな、よく見れば愛嬌もあって親しみやすいしこれだと思ったわけさ」

 

 話しながらの食事にも関わらずスマートに食事を進める姿には気品すら感じられ、ここまで見た目で損をしていると思わせる人物もなかなかいないとゴン達は心の中で考えた。

 

「正直ほとんど自己流で辿り着いたとは思えない良い発だわさ。あとはどこまで精密な遠隔操作が出来るか、ゴリラはもちろん本人がどれだけ戦えるかで化けるわね」

 

 二つ星たるビスケからの最大級の賛辞を、ゴレイヌは若干照れながらも自信になったと笑って受け止める。

 ゴン達は改めてこれからよろしく頼むと告げ、ゴレイヌは正しく森の賢人としての知性を感じさせる表情で快諾した。

 

 

 

 

「…えげつねぇ、なんて容赦の欠片もねぇんだ!」

 

 ゴレイヌが仲間となってから数日は懸賞都市アントキバを拠点にしていたゴン達だったが、そもそも指定カードを集めるにはまだゲームについて無知すぎるということで一先ず街を北上したところにある山岳地帯で修行を始めることとなった。

 最初は数日かけてビスケが全員の実力をしっかりと把握することに費やし、そこから個別に指導を行い休みの者はゲーム攻略を進めるプランを立てた。

 

 そのプランは山岳地帯に入って突然襲ってきた、賞金首(ブラックリスト)ハンターにして本人も賞金首のビノールトによって変更となった。

 

「丁度いいからこいつと全力でタイマンしなさい、それを見て修行スケジュール組むわさ」

 

 その結果、ビノールトは戦う度にレオリオから傷を癒やされ、クラピカからビスケのオーラを補充されることにより地獄の6連戦を行うことになる。

 

 トップバッターのレオリオはかなりの接戦の末に何とか打倒。

 

 次のクラピカはレオリオを傷付けられたことで最大倍率となった強大な者の鎖(タイタンチェーン)で叩き潰す。

 

 キルアは電撃で麻痺したところを一瞬で意識を刈り取る。

 

 ギンは残像に気を取られたビノールトに咆哮を叩き込んで終了。

 

 ゴンに至ってはビノールトの武器たるハサミを普通に腕で受け止めて殴り倒す。

 

 その惨状を見て絶句したゴレイヌも、具現化した黒い賢人(ブラックゴレイヌ)白の賢人(ホワイトゴレイヌ)を上手く使ってあまり傷付けないよう手早く倒した。

 

「ゲームから出て自首します、だからもうこれ以上は勘弁してください…」

 

 ボロボロになった衣服以外健康そのもののビノールトだったが、完全に折れた心から色んな感情が漏れ出しハラハラと涙を流しながら懇願した。

 

「オッケー、大体わかったわさ。そしたらあんた等が本気で取り組めるようにあたしの実力も見せとこうかね」

 

 トボトボと背を丸めて立ち去るビノールトは完全に無視して続けるビスケとゴン達に引いた目を向けていたゴレイヌも、二つ星の実力を生で見れるということで年甲斐もなくテンションが上がるのを自覚した。

 

「来なさいキルア、あんたが一番へそ曲がりだから叩き直してあげるわさ」

 

「けっ! 本当の姿にならなくていいのかよ、負けてから言い訳されるのはゴメンだぜ?」

 

「もちろんそのつもりよ」

 

 ビスケは突然手袋に靴、しまいには来ているドレスを脱ぎ捨てるとインナーシャツとドロワという格好になる。

 

「見るなレオリオ!」

 

「目がぁーー!?」

 

 見た目的にも露出的にもそれほど刺激的とは言えないながら、思わず動いたクラピカの目潰しでレオリオが膝から崩れて悶絶する。

 

「いやクラピカあんたねぇ、一応こっからが本番だしレオリオにもちゃんと見せるわさ」

 

 呆れたビスケの視線を受けたクラピカは、不服そうに口を尖らせるも鼓舞する者の鎖(インスパイアチェーン)でレオリオの目を治す。

 

「変な目で見たら潰すからな?」

 

「…安心しろ、子供に欲情するほど飢えちゃいねえよ。ったくまだかすみやがる」

 

 ビスケは二人の様子を見て盛大にため息を吐くと一度首を振り、改めてキルアに向き直るとオーラを高める。

 

 筋肉や骨の軋む音とともに、その身体が巨大化していく。

 

 頼りなく細かった四肢は比喩なく丸太の如く。

 

 少女らしく起伏の少なかった胴体は無駄をすべて剥ぎ取られた仁王像の如く。

 

 愛らしかった顔は女性的でありつつも精悍すぎる風貌となる。

 

 ウボォーギンに匹敵するか上回る至高の芸術と言える筋肉が降臨した。

 

「えぇ…」

 

「いらっしゃい坊や、優しく撫でてあげるわさ」

 

 言葉も出ないメンバーと目を輝かせるゴンが見守る中、ビノールト戦以上の蹂躙劇が幕を開けた。

 

 

 

「さて、これからあんた達にそれぞれの大まかな育成プランを発表するわさ。あたしの指導に文句があったら問答無用で叩き潰すからそのつもりでね」

 

「押『イエスマム!!』忍…」

 

 再び可憐な少女の姿に戻ったビスケを前にしながらも、ゴン以外のメンバーは軍人のように直立不動で返事を返す。

 もちろんキルアも例外ではなく、痛々しく腫れ上がった両頬が滑稽さ以上に悲惨さを演出していた。

 

「最初にキルア、あんたは精神修行を重点的に行うわさ。心技体の心が未熟すぎて全体のバランスが崩れてるし、オーラの質が軽いからこれから修行の大半を瞑想に当てるわさ」

 

「了〜解しました。しかし強くなっても課題が減らないのは嫌んなるな」

 

「それだけ伸び代があるってことだわさ。センスで言えば断トツなんだから真面目に取り組みなさい」

 

 まだまだ動きたい盛りのキルアとしてはあまり面白くない修行内容だが、ビスケからしたら体と技を現時点の限界値まで到達させていることに驚愕していた。

 

(キルアの才能が一番の理由だとしても、間違いなく地獄の日々だったはず。こうして普通の小生意気な子供でいることが奇跡としか言いようがないほどに)

 

 ビスケは仲睦まじくじゃれ合うキルアを不憫に思うと同時に、得難い友を得られたことを心の底から嬉しく思った。

 

「次にレオリオ、あんたはこれから戦闘の訓練よりも医療関係の勉強をしなさい。まだまだ強さに伸び代はあるけど、念の成長期と言える今の時期は本命の発を伸ばすことに専念するわさ」

 

「了解。次の大学試験には出たいと思ってたし丁度いいな、守られるのは癪だがそれ以上に治せることを誇りにするぜ」

 

 レオリオ自身まだまだ強くなれる自覚があるものの、幻影旅団クラスとやり合えるまでは到底辿り着けないことも理解していた。

 その上で自分に出来ること、ゴン達にしてやれることを考えて行動できるのは間違いなく心の強さである。

 

(本当に見た目とは違って真人間だわさ。他人を従えるのではなく、他人に支えたいと思わせられるのも才能なのよね)

 

 ゴン達の中で文句なく最弱ながら、最も頼りにされていることがわかるレオリオの人間性は手放しで称賛できるほどである。

 そんなレオリオを誰よりも誇らしげに見つめるクラピカに苦笑いしたビスケは、そのままクラピカの修行について話し出す。

 

「クラピカは体術中心に護衛術を学んでもらうわさ。攻撃面は絆の鎖(リンクチェーン)で十分だけど、操る本人と守りたい相手を守護する技術を叩き込むわさ」

 

「それは願ってもない修行内容だが、敵を打倒する技術も必要なのではないか?」

 

「あんたの鎖の中で一番強力なタイタンチェーンには強い感情が必要だわさ。復讐を成し遂げて攻撃性はほとんど残ってなくても、大事な人を守るためなら最高のパフォーマンスを発揮できるでしょ?」

 

 そう諭されたクラピカは納得したように頷くと、レオリオを見つめゴン達にも視線を向けたあと改めて深く頷く。

 その目は二度と家族を失わないという強い決意に満ち溢れ、煌めく緋色と紅紫色は宝石専門のビスケをして手元に置きたくなる美しさだった。

 

(この子はキルアとは逆に精神力が突き抜けたわさ。絶望を知るからこそ今とこれからを自分含めて守る決意、それだけの相手と出会えたのは同じ女としてちょっと嫉妬しちゃうわね)

 

 続いてビスケはゴレイヌに視線を向け、気の毒なほど緊張しているとわかる姿に手を振りながら気楽に告げる。

 

「ゴレイヌは肉体改造から始めるわさ。ゴン達は非常識なくらい無駄なく鍛えられてるけど、あんたは完全に常識の範囲内だからね。その体格のまま完璧に鍛え上げるわさ」

 

「そうなのか? これでもかなり鍛えてきたつもりだったんだがな、参考までにゴン達がどれくらいなのか確かめさせてくれないか?」

 

 ゴレイヌの頼みにゴンが簡単な力比べを申し出ると、お互いに絶の状態で相撲を取ることになる。

 あまりにも小さいゴンに初めは乗り気じゃなかったゴレイヌも、いざ組み合えばその力強さが嫌でもわかった。

 

(なんだよこれ、こんなちっこいのにほとんど動かせねぇ! これで弱体化してるって本気で言ってんのか!?)

 

 相撲自体はなんとかゴレイヌが押し勝ったものの、その底知れぬ身体能力に触れたゴレイヌの顔から修行内容に対する一切の迷いや疑念が消える。

 

(やっぱりゴレイヌも心が強いわさ。射撃センスがなくても自暴自棄にならず、あくまで放出系に強みを見出した時点でわかってたけどね。今のゴンに力でいい勝負をされても素直に受け止め、それどころか敬意を持つなんてなかなか出来ることじゃないわさ)

 

 そのどことなくレオリオにも通じる人格面の優良さは、ビスケ含め破天荒な者の方が多いハンターにおいて希少とすら言えた。

 

(まだまだ未熟なれど指導次第で劇的に化ける。尖ったところがない分その真円は見るものに安心と信頼を与える。一歩間違えばその他多数でも大成すれば唯一無二となるまさしくパール(真珠)

 

 レオリオと共にハンター協会の幹部になれば面白いかもしれないと考えながら、続いて自分には出来ることがないギンと目線を合わせて告げる。

 

「あんたは一度野生に帰りなさい。ある意味念獣だらけのここならあんたにとって得難い経験が出来るわさ」

 

「キューン…」

 

「あんたが心配するゴンにはあたしが付くわさ。修行以外では傷一つ付けないと約束する」

 

 ビスケの力強い言葉を聞き、ゴンが頷くのを見たギンは遠吠えをすると早速森の中に消えていった。

 

(獣であろうとするならたまには自然に帰らないと弱体化しそうなのよね。あのモフモフがいなくなるのは痛いけどしょうがないわさ)

 

 最後に思いっきり撫で回すべきだったかと手をワキワキさせながら、最後に残ったゴンの修行内容を口にする。

 

「ゴンはひたすらあたしと組手をしながら動きを調整するわさ。あんたは感覚型ってより刷り込み型みたいだからね、ミリ単位で殴る蹴るの動きを仕込んであげる」

 

「押忍!!」

 

 一切の迷いなく返事をするゴンに頷き、他のメンバーも異論がないのを再度確認したビスケは一つ咳払いをすると改めて方針を告げる。

 

「修行は適時休息を入れるからその間はゲーム攻略に当てるわさ。ローテーションを組むことになるだろうから、集まった時は互いの情報交換も密に行うこと。無茶無謀はなし、けれど全力を絞り出しなさい」

 

 全員を見渡したビスケは既に輝きを増し始めているゴン達に満足そうに笑いかけ、己のプライドとダブルの称号に誓って宣言した。

 

「ゲームをクリアする頃には、今のあんた達に100%勝てるようにしてあげるわさ!」

 

『押忍!!』

 

 世界最高の師匠の下、原石達がその輝きを爆発させようとしていた。

 

 

 

 

 

「あぁ♥感じる、感じるよ、ゴン達の成長がヒシヒシと伝わってくる♥」

 

 身震いしたことで取りこぼしたトランプを拾いながら、ヒソカは予想以上に思い通りにならない念の腕に苦戦していた。

 

(思った以上にパワーは上がったけど思った以上に不器用だね♣上がったパワーもゴンには到底及ばないだろうし、これは本気で取り組まないと間に合わないかな?)

 

 伸縮自在の愛(バンジーガム)で作られた腕は本来の腕より力を増し、伸びたり関節を無視した動きをしたりと可能性の塊だが繊細な動きが失われている。

 ヒソカの比較対象であるゴンに対して、有効打に繋げるには力より技術が重要と考えると喜ばしいとは言えなかった。

 

(実戦よりも反復練習、やっぱり別行動したのは正解だったかな♦)

 

「何してんだ新入り! アジトに向かうからさっさとこっちに来い!」

 

「…はいはい、今行くよ♣」

 

 ヒソカは我慢することを覚えた。

 

 待つことには慣れていたことに加え、ゴンという最高の相手が出来たことで精神的に安定したのだ。

 

 しかしそれはヒソカが真人間になることとは全くの別問題。

 

 津波の前には一度波が引くように、鞘に入っていても刀は人を殺す鋭さを持つように。

 

 安定して見えるヒソカの姿は、より深くなる狂気の前触れでしかないのだ。

 

 弾ける時を待つ最凶のピエロが、静かに人混みの中へと消えていった。

 

 



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第56話 デスマーチと動き出す者たち

 皆さんこんにちは、毎日文字通り血反吐を吐かされているゴン・フリークスです。指定カード攻略中に限り帰りが遅れてもいいと条件が付いてから、指定カードがどんどん埋まっていきます。

 

 

 

 

 

 ビスケ指導の修行は、まさに熾烈を極めた。

 

 精神修行中心のキルアや、勉学を言い渡されたレオリオですら連日血反吐を吐いた。

 修行開始当初は無意識を鍛えるため、寝ている間も頭上の岩に繋がるロープを持ち続ける訓練など軽めのものだった。

 予想以上に鍛えられていて、とんでもなくよく伸びるゴン達にビスケのタガが外れるまでは。

 

 ゴレイヌの肉体改造は超急ピッチで進められ、後に本人は皮膚の下をすべてもぎ取られ新たな肉を詰められているようだったと青褪めながら語った。

 

 レオリオも毎日ゲボを吐きながら修行をこなし、人体を理解するためという理由でビスケに身体のいたる所を破壊されては自分で治療するという地獄を見た。

 

 キルアは瞑想の際は必ずビスケの発“魔法美容師(マジカルエステ)クッキィちゃん”に情緒不安定になるアロマを嗅がされ、連日トラウマレベルの精神攻撃を受け続けた。

 

 クラピカは後ろにレオリオがいる状態でビスケからの攻撃をいなし続け、動けなくなればレオリオが可愛がられるさまを血涙を流しながら見せられた。

 

 ゴンに至ってはゲーム攻略に行くことを禁止され、ビスケ特製の筋肉養成ギプスを付け筋肉対話(マッスルコントロール)を切った上で型を反復し、1センチでもずれればビスケに正しいフォームでしこたま殴られた。

 

 ネテロすらドン引きするだろう修行密度を可能にしたのは、外科的治療を行えるレオリオと内科的治療を行えるビスケの存在に加え、オーラを吸い取り譲渡できるクラピカの存在が大きかった。

 オーラに関しても、能力の使用を禁じられて余裕がありオーラ総量がバグりかけているゴンがおり、抽出してそれぞれに振り分けることでギリギリ賄えてしまっていた。

 

 日々輝きを増すゴン達に目を眩ませていたビスケが正気に戻ったのは、クリスマスを控え指定カードが50種を越えた12月の中旬だった。

 

 

 

「いやぁー面目ないわさ! ちょっとテンション上がりすぎちゃった。まぁ年単位かけるところを3ヶ月に短縮できたと思えば安かったわね!」

 

「安くねえよ!? キルアは心が死んだところから戻すのに苦労したしクラピカも病んでやばかったんだからな!? 3ヶ月オレとゴレイヌがどんだけ苦労したかわかるか!!?」

 

「俺は後半ゲーム攻略が多かったからな、レオリオほど苦労はしてないさ」

 

「いやお前人がいいにもほどがあるだろ!?」

 

 レオリオが激昂するのも当然で、連日の精神攻撃に対する防衛本能で一時感情を消失したキルアと、ビスケからレオリオを守れない日々が続いたクラピカがレオリオを鎖の檻に閉じ込めるなどメンタル方面のトラブルが相次いだのだ。

 その間はゴレイヌが一人でゲーム攻略を進めたようなもので、ビスケはひたすらゴンと組手の毎日を送っていた。

 

「ごめんごめん、けどあんた等自分でも理解できるでしょ? 苦労した以上の成果は保証するわさ」

 

 事実自信満々に告げるビスケの言う通り、ゴン達の実力は3ヶ月という短い間で飛躍的に上昇した。

 

 ゴレイヌは肉体改造の効果で以前の比ではない身体能力とオーラ総量を手に入れており、並行して行っていた系統修行の成果もあって発の性能も向上している。

 

 レオリオは人体に対する理解が深まったことと同じく発の性能向上により、治療スピードアップに加えてメンタルケアにも適性を見せた。

 

 クラピカはマルチタスクの才能が向上したことで、絆の鎖(リンクチェーン)の攻撃と護衛術を両立することに成功し戦闘バランスの良さに磨きがかかった。

 

 キルアも小生意気さは失わなかったものの精神的不安定さがなくなり、抜群の戦闘センスによる駆け引きに老獪さが見えるほどになった。

 

 極稀にふらりと帰ってくるギンも汚れは目立つが非常に生き生きとしており、数枚指定カードの情報を持ち帰ってゴン達を驚かせた。

 

 そして3ヶ月間誰よりも地味な修行を行い誰よりもビスケに殴られ続けたゴンは、未だ借筋地獄(ありったけのパワー)の反動が解けないこともあり成果は見えにくいが本人は大満足している様だった。

 

 それぞれが自分の弱みを克服して強みを伸ばしたデスマーチは、キルアのハンター試験とゲームの本格的攻略に向けて一旦終了を迎えた。

 

 

 

 

 一度まとまった休息を入れてリフレッシュしたゴン一行は、ゲーム攻略に最重要と言えるスペルカードを手に入れやすい魔法都市マサドラを拠点とすることに決めた。

 プレイヤーの実力を測る上でも重要な位置にあるマサドラは、スペルカードによる指定カードの強奪等も頻繁に行われる危険地帯とも言える。

 しかしデスマーチを乗り越えたゴン達に恐れや戸惑いは一切なく、そこらのプレイヤーはブックと唱えてカードを収めるバインダーを出した瞬間拘束され持っているカードを物理的に強奪された。

 

「ありがとうございます! ありがとうございます! これで現実に帰ることができます!!」

 

「おう、こっちもいくつか欲しいカードが手に入った。もう戻ってくるんじゃねえぞ」

 

 ゴン達はそんな襲ってくるプレイヤーに対して、悪質な者は素寒貧にして放り出し、現実に戻りたいプレイヤーや真っ当に攻略しているプレイヤーには交渉でもって所持カードを増やしていった。

 

「まったく、貴様私のレオリオに何をしようとした? その薄汚い口からスペルを言えないよう喉を掻き切るか?」

 

「許してください、ほんの出来心だったんです! 全て差し出しますから命だけは!?」

 

 もともと50種を越えて折り返し地点を突破していたこともあり、噂が広がってちょっかいを掛けてくるプレイヤーがいなくなる頃には70種以上の指定カードを集めることに成功する。

 未だに誰も手に入れていないカードや最高難度カード、そして独占されているカードを除き集められるだけ集めたゴン達はプレイヤー全体でトップ5に入るグループとしてその名を轟かせた。

 

 

 

「やっぱり納得いかねえー! クラピカ! お前なんで復讐終わった後の方がオーラの強度増してんだよ!? 発なし組手でそんな強くなかったじゃねえか!」

 

 デスマーチは終わっても修行は終わらず。

 ゴン達は無理のない程度に組手や系統修行は続けており、その中でも発を用いない組手でクラピカに不覚を取ったキルアが不満をぶちまける。

 精神的に落ち着きを見せてきたキルアの逆行とも言える不平不満には理由があり、一つは言った通りオーラの質で完全敗北したこと、もう一つは口にはしないながらクラピカの見た目にあった。

 復讐以降女を強く意識したクラピカは男のふりをするのを止め、ホルモンバランスなども正常になった影響でもはや男と間違えられることはないほど見た目が変化しているのだ。

 

 3ヶ月の間に伸びた髪は肩よりやや下まで伸び、身体は全体的に丸みを帯び特にビスケのクッキィちゃんによるバストアップマッサージで壁が丘へと進化している。

 

 言葉遣いこそまだまだ固いが、レオリオに恋する乙女クラピカちゃんはもはや絶世と言える美少女へと変貌したのだ。

 

「私もビスケに言われるまで知らなかったが、そもそも女の方が基本的にオーラの質はいいらしい。蜘蛛を狩るまで女を捨てていたからな、今は女を自覚したことで本来のオーラになったというのが正しいようだ」

 

 オーラとは生命エネルギーであり、寿命や子供を体内に宿すことなど基本的には女性の方が生命力は強い。

 これこそ身体能力的に劣るはずの女性が男性と問題なく戦える理由であり、極稀にいる身体的にも劣らないビスケが最強の一角に居座る大きな要因である。

 

「なるほどねぇ、バbっ、ビスケみたいな例外はあれど基本的にはそれで釣り合い取れてるのか。ちくしょ〜、成長しないときついってことかよ」

 

「てかゴンは例外としてあんたも大概だわよ、その歳でその身体まで鍛えて壊れてないのははっきりと異常だわさ」

 

「オレだって普通に鍛えてただけだし、念に目覚めればこれくらいいけるんじゃないの?」

 

「ゴンについては断言するけど自分の筋肉で押し潰されるか耐えきれずに破裂するかの二択しかないわさ」

 

 改めて告げられる年少組の異質さに皆が言葉をなくす中、いよいよ近付くキルアのハンター試験に話題が移る。

 ゴンが案内人として魔獣のキリコを紹介し、ビスケはよほど変な試験内容じゃなければ全力で他の参加者を潰せとアドバイスする。

 

「場合によっては最速で合格もあり得るから、ちゃんと試験官の言葉に耳を傾けなさい。今のあんたならルールの中で悪さするくらい余裕だわさ」

 

二つ星(ダブル)の言葉とは思えないね、オレもさっさと終わらせたいから言うとおりにするけどさ」

 

 その後はゲーム攻略に向けてどう動くかの話し合いをしていたところ、滞在するホテルのベランダに一人のプレイヤーがスペルカードを使って降り立つ。

 一瞬で制圧態勢を取るゴン達に両手を上げたプレイヤーは、肩に歪な何かを付けたまま交渉を行う。

 

「突然の訪問は謝罪する。見ての通り非常事態でね、話だけでも聞いてくれると助かる」

 

 そこに居たのはゴン達と同時にゲームに入り、ハメ組の勧誘を受け入れた浅黒い肌の男。

 希少性の高い除念出来る発を持つ、アベンガネがゴン一行の前に姿を現した。

 

 

 

 アベンガネから簡単に説明されたハメ組の非常事態、それは幹部のゲンスルーが裏切り、しかも有名なプレイヤーキラーである爆弾魔(ボマー)だったという衝撃的事実。

 しかもゲンスルーはハメ組の最高戦力だったジスパーを軽くあしらい、集まっていたハメ組の全員に命の音(カウントダウン)という爆弾を付けてゲーム外へと逃亡した。

 

「人が多い弊害が露骨に出ていてね、話はまとまらないしどうにかできる実力者もいないときた。一人カードを全部くれるならボマーを始末するというプレイヤーがいたが、当たり前の如く却下される始末さ」

 

 肩をすくめ首を振るアベンガネからは、もうどうしようもないという諦めというより何か別の意図が見え隠れしていたがそれを指摘する者はいなかった。

 

「話がまとまらないとはいえ、最終的にはカードをボマーに譲って一縷の望みにかける以外選択肢はない。それでボマーがゲームクリアするのは我慢ならないからな、こうして有力なグループに情報を流してるのさ」

 

 ボマーはカードを渡せば解放すると言ったが、アベンガネはそれは一斉爆破だと読んでいる。

 

「今最も勢いがあるのは君達のグループだ。どうか我々の無念を晴らしてくれ」

 

 そこまで言ったアベンガネは他のグループにも情報を流すとスペルカードで去っていき、残されたゴン達は顔を見合わせると早速話し合いを始める。

 

 グリードアイランドに潜んでいた地雷が満を持して動き出し、ゲームはフィナーレに向けて加速していく。

 

 栄光を手にするのは爆弾か、それとも最初の一つ星か、はたまた未だ回復中の筋肉か。

 

 ただ一つ、確実に言えることがあるのなら、鍵を握る変態はこれからも闇に潜み続けるのだ。

 

 



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第57話 進む攻略と新たな筋肉

 皆さんこんにちは、デスマーチのせいか一瞬で佳境に入った気がするグリードアイランドに戸惑いを隠せないゴン・フリークスです。このペースならバッテラさんの恋人は間に合うかな?

 

 

 

 

 

 アベンガネの訪問後、バインダーを出してプレイヤー状況を監視していたゴン達は多くのプレイヤーが同時に死んだかゲーム外に出たことを確認した。

 状況的に爆弾魔(ボマー)による虐殺が行われたのは間違いなく、ホテルを出てカードショップまで足を運んでいたゴン達はすぐさま大量のカードパックを購入する。

 

「やっぱりな、全然手に入らなかったスペルカードがバンバン出るぜ!」

 

「不謹慎な気もするが俺達は誰もボマーと会ってないからな、出来ることがない以上少しでもゲーム攻略に力を入れるしかない」

 

 キルアとゴレイヌが予測し実行したこと、それはハメ組の崩壊とともにゲーム内に還元されるスペルカードの確保。

 人海戦術で集められ独占されていたスペルカードは、プレイヤーの死でもって再びゲーム内にばら撒かれる。

 もちろん優先順位の高いカードはボマーに渡っただろうが、一人が持てるカードに限りがある以上大半はそのままハメ組と共にあると予測していた。

 

「じゃあオレはハンター試験に行ってくるからさ、後のことは頼んだぜゴレイヌ。お前とオレ以外にゲーム攻略頼りになるやついないからよ」

 

「やるだけやってみるさ、こっちは気にせずしっかり合格してこい」

 

「愚問だね、最速合格記録作ってきてやんよ」

 

 そしてキルアはゴン達からの激励を受けてグリードアイランドから脱出し、残ったメンバーは再びゲーム攻略に向けて動き出した。

 

 

 

 キルアが不在の中グリードアイランド内で新年を迎えたゴン達は、高難度指定カードの情報を集めながらボマーの動向を探っていた。

 

 初めて入手者の出た最高難度カード“大天使の息吹”。

 

 どんなケガや病気もたちどころに完治させるというふざけた効果、入手するには全40種あるスペルカード全てと交換という難度の高さ。

 このカードを手に入れたことで、ボマーたるゲンスルー組がゲームクリアに最も近付いたのは間違いない。

 指定カードの所持枚数も僅差ながらトップであり、これからどう動くかは他のプレイヤーにとって死活問題でもある。

 

「しかし思ってたより動かないんだな、元々プレイヤーキラーなんてしてる連中だからバレたのを機にもっと派手に動くと思ってたぜ」

 

「どうかな? ゲンスルー組が所持していないカードは私達の持つ“奇運アレキサンドライト”を含め、ほとんどが既に独占されているカードだ。そこらのプレイヤーをどうこうしたところで入手できるものでもない以上、今はツェズゲラ組等に探りを入れているのではないか?」

 

「俺もクラピカの意見に同感だ。リスク次第では相手の指定カードを奪うコンボもあるが、それにしても情報収集しないことには始まらないからな」

 

 ゲンスルー組はハメ組を壊滅させた後派手に動いたのが嘘のように沈黙しており、グリードアイランド内は異様な緊張感に包まれている。

 

「まああっちが動かないならこっちはこっちで今まで通りゲーム攻略するわさ。何年も潜伏できる忍耐は認めるけど、最後に力技を使ったってことは搦手の心配はしなくていいしね」

 

「そうだね、アベンガネさんの情報から向こうは3人ってわかってるし、やっぱり最後の障害はツェズゲラさんになりそう」

 

 ゴン達はゲンスルーと会っていないため大量入手したスペルカードを使って襲撃することもできず、地道に未入手カードの情報集めに奔走する。

 しかしいかにゴレイヌといえども、高難度カードの情報を集めるのは文字通り困難を極めた。

 グリードアイランドがゲームである以上、お使い系のクエストやトリガーイベントなど人によっては攻略本を見なければ一生気付けないギミックもある。

 それらを短時間で見つけるには時間がないのはもちろんだが、未だグリードアイランドのシステムを知り尽くしたと言えないゴン達には荷が重すぎた。

 

 結局ハンター試験に向かったキルアが宣言通り最速で合格して戻ってくるまでのおよそ二週間、新たに指定カードを得られなかったゴン達は散々キルアに煽られるも特に進展がないまま時が過ぎる。

 

 カジノの街でキルアとレオリオが散財してたしなめられたり、街全体がラブコメの恋愛都市アイアイでレオリオがクラピカに折檻されたりと、ある意味純粋にゲームそのものを楽しんでいく。

 

 この頃になるとギンも島の念獣を粗方しばき終わってゴン達と合流しており、一向に動かない状況と進まない攻略にビスケの指導欲が再び鎌首をもたげようとしていた。

 

 そしてゴン達が性別を変える効果を持つホルモンクッキーや、様々な効果のある魔女の薬シリーズで遊んでいたところに他のプレイヤーグループからある提案が持ちかけられる。

 

 それは複数の中堅グループ合同による、ゲンスルー組及びツェズゲラ組打倒のための共同戦線参加の打診だった。

 

 

 

「今回集まってくれたことに感謝する。早速本題に入るが、今この場にいるメンバーで協力関係を結びたい。ゲンスルー組とツェズゲラ組が揃って95種集めたからな、このまま普通にやっていては勝ち目がない」

 

 この会合の発起人であるカヅスールは、そう言って集まったメンバーを見渡す。

 

 カヅスール組3人、アスタ組3人、ハンゼ組3人、そしてゴン達6人の合計15人ものプレイヤーが一堂に会し、これからの対策について話し合いを始めた。

 

「てかこの面子ならヤビビ組あたりも呼べばよかったんじゃない? むしろそっちのゴレイヌ組は戦力バランス的に呼ばないほうが良かった気がするけどね」

 

「ヤビビ組は降りるそうだ。ここにきてツェズゲラ組も本格的に動き出したことで諦めが付いたと言っていたよ。そしてゴレイヌ組を呼んだ理由だが、まさに戦力強化に最も適していたからだ。ゲームシステムについてはまだまだ未熟な点で我々も優位に立てるしな」

 

 集まったグループの中では上位に入るカヅスールとアスタのやり取りを聞いていたゴン達は、ゴレイヌ組と認識されていることに本人が困っていたが他のメンバーは別に構わないと素知らぬ顔だった。

 そして始まる共同戦線を名目にした情報交換では、ゴン達から躊躇なく提供されたゲンスルーの能力と独占している“奇運アレキサンドライト“の情報によりカヅスールも予想外なほど活発な情報交換が行われた。

 ゴン達も知らなかったゲームの仕様やカードの入手方法を数多く仕入れることができ、手に入れた情報通りなら90種の大台に乗ることすら夢ではなくなった。

 

「自分で開催しておきながらここまで有意義な情報交換が行えるとは思ってもみなかったよ、ここからなにか他にやりたいことのある者はいるか?」

 

「それなら誰も独占していないカードをこのメンバーで独占しておきたい。調べてみたらソウフラビにまだ誰も入手出来てないカードがあるから行ってみない?」

 

 アスタ組のメンバーからの提案は、最高難度カードの一つ“一坪の海岸線”を独占したいというもの。

 ハンゼ組がそのカードを入手しようとして全く手がかりすらなかったと発言するが、せっかくだし挑戦しようとカヅスールがスペルカードを取り出す。

 複数人を訪れたことのある街や会ったことのある人物のもとに運ぶ“同行(アカンパニー)”、ゴン達総勢15名のプレイヤーがソウフラビへ向けて飛び立った。

 

 

 

 海辺の街ソウフラビ、その名の通り海辺に存在するその街は魔法都市マサドラに比べて明らかに田舎の漁村といった風情があった。

 到着したゴン達はすぐさま手分けして街の中を調査し、“一坪の海岸線”の情報を得ようと動き始める。

 しかし前情報が外れることもなく、特に進展のなかったゴン達含めアスタ組以外のメンバーは早々に担当エリアを調査し終わって集合する。

 

「ほら見ろ俺等が言ったとおりじゃねえか、一ヶ月以上探し回って無理だったんだから今更見つかるわけねえよ」

 

 ハンゼ組は誰よりも早く調査を終えてからというもの、リーダーのハンゼは延々と愚痴を垂れ流し他のメンバーからなだめられている状況だった。

 ゴン達もこれは無駄足だったかと半ば諦めムードとなっていたところ、アスタ組の一人が息を切らせながら大慌てで戻ってくる。

 

「出たぞ! イベントが発生した! きっと“一坪の海岸線”のイベントだ!!」

 

 グリードアイランド発売から十年以上、ついに最後のメインイベントが発生した。

 

 

 

 “レイザーと14人の悪魔”、調査中のアスタ組がある女性に話しかけたところ教えてもらえた海賊達の情報。

 レイザーを頭とした悪漢の集まりであり、ある宝が奴等のせいで輝きを失っていると語られる。

 そして海賊達を撃退できたならば、その宝を譲ると締めくくられた。

 

「あのNPCのことは覚えてる、神に誓ってこんな情報はくれなかったんだが」

 

 首を傾げるハンゼの疑問に答えたのは、アスタ組のメンバーの女性。

 レイザーと14人の悪魔で15人、今いるメンバーの合計も15人、この人数がイベント発生のトリガーだったのではないかと推測した。

 

「なるほど、ゲームシステムを考えると15人以上が“同行(アカンパニー)”でソウフラビを訪れるってところか。ハメ組以外のグループは、どんなに多くても10人を超えないところを考えれば未発見だったのも頷けるな」

 

 まさかの事態に盛り上がるメンバーはすぐさま女性から海賊の根城を教えてもらい、このままカードをゲットだと言わんばかりに意気揚々と歩き出す。

 そんなカヅスール達の一歩後ろを歩きながら、ゴレイヌがゴン達にだけ聞こえる声で呟く。

 

「えげつねェな……」

 

 疑問符を浮かべるゴン達の中で唯一、キルアのみその言葉の真意に気付いて説明する。

 

「15人以上いないと発生しないイベント、けど“一坪の海岸線”のカード化限度枚数は3枚だろ? 仮に今のメンバーでゲット出来たら絶対に揉めるぜ」

 

 その説明で全員がその危険性に気付き、そもそもゴン達以外のグループがカードをゲットしたらゲンスルー組の格好の餌食である。

 

「最悪恨まれても私達が独占するべきだな。問題は勝負内容がおそらくチーム戦だということ、このメンバーで勝てると思うか?」

 

「無理なんじゃない? あの程度の使い手が最高難度のカードをゲット出来るなら、とっくの昔にゲームクリアしてるわさ。今回はあくまで情報収集に徹するべきね」

 

 最高戦力であるゴン達が早々にやる気をなくしているにも関わらず、カヅスール達はどっちが海賊かわからない横柄さでアジトに突入する。

 そこは場末の酒場のようにカウンターとテーブルがあり、揃いのシャツとズボン、そして先にポンポンの付いた帽子を被った男達が思い思いに酒を呷っていた。

 

「なんだぁテメェ等、俺達になんか用でもあんのかい?」

 

 かなりの巨漢や筋肉質の男も多い中、代表して出てきたのは決して大柄ではない細身の男だった。

 他の男達も細身の男に続いて立ち上がると、揃ってゴン達を威嚇するように周囲を囲う。

 

「お前達が海賊だな? 今すぐこの街から出ていってもらいたい。抵抗するなら力尽くでだ」

 

 やや顔を引きつらせたカヅスールが用件を告げると、海賊達は一斉に笑い出し酒を呷りながら小馬鹿にしたように口を開く。

 

「ハイわかりましたなんて言うと思ってんのか? 力尽く非常に結構、やれるもんならやってみな!」

 

 細身の男が目配せすると、海賊の中でも特に巨漢の男が進み出て床にアルコール度数の高い酒を円を描くように撒く。

 撒いた酒に火を点ければ火のリングが出来上がり、その中からゴン達に向けて挑発的な言葉を投げ付ける。

 

「俺様をこのリングから出せたらテメェ等の挑戦を受けてやるよ。それすら出来ない雑魚なら今すぐママのところに帰りな!」

 

「舐めやがって、吠え面かかせてやるよ!」

 

 ゲラゲラと笑う男にハンゼが青筋を浮かべて突貫し、たった一発の張り手で壁際まで吹き飛ばされて動かなくなる。

 突然の事に誰も動けない中ゴン達は普通に行動を開始、ハンゼの容態を診たレオリオはただの脳震盪だと軽く治療して気付けを行い、ゴレイヌがゴン達以外認識できない速度で黒い賢人(ブラックゴレイヌ)を発動し巨漢の男をリングの外に転移させる。

 

「…はぁ!? いつの間に!?」

 

「これで文句ないな? どうすれば街を出ていってくれるか教えてもらおうか」

 

 ゴン達はブラックゴレイヌを視認できた海賊がいないことを確認し、彼等の大凡の実力を把握すると勝負内容について問いただす。

 

「ふざけんじゃねぇぞ! 何しやがったか知らねぇがこんなもん認められっかよ!!」

 

 激昂した男がゴレイヌに掴みかかろうとするも、細身の男に飛び蹴りをくらって吹き飛びカウンターを粉砕する。

 

「お前が言ったくせに切れてんじゃねえよ。いいぜ、俺等のボスに会わせてやる」

 

 何がなんだかわからないカヅスール達を置き去りに、ゴン達は海賊についていって建物の奥へと進んでいく。

 ゴン達と慌てて追い付いたカヅスール達がたどり着いたのは、様々な器具や設備のある広い体育館のような空間だった。

 広さはもちろん高い天井は先程までいた狭く汚い酒場との落差が凄まじく、さすがのゴン達も思わず入り口を入ってすぐに足を止めてしまっている。

 

「ボス、俺達を退治しに来た奴等がいますがどうします?」

 

「お? ついに来たか、そろそろソウフラビに住民税払わないといけないと思ってたが必要なさそうだ」

 

 ボスと呼ばれた男はラフなTシャツと短パンに運動靴、筋トレをしているのも相まってそこらのジムにいる気のいいゴリマッチョな兄ちゃんといった風貌だった。

 襟足を少し伸ばしたソフトモヒカンと、細目で微笑んで見える柔らかい表情はとても悪漢を束ねる海賊の頭には見えなかった。

 

「よく来たな、今から俺達と色んなスポーツで対戦してもらう。先に8勝したほうの勝ち、そっちが勝てば俺達はこの街を出ていくよ」

 

 しかしゴン達には痛いほどよくわかった。

 

 恐ろしいほど鍛え抜かれた肉体はもちろん、その洗練されたオーラが男の実力を言葉より雄弁に語る。

 

「俺の名はレイザー、短い間だがよろしくな」

 

 グリードアイランド製作チームの一人、世界トップクラスの強者レイザーがゴン達の前に立ちはだかる。

 

 



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第58話 協力と仕込み

 

 

 皆さんこんにちは、生レイザーにテンション爆アゲのゴン・フリークスです。ギンも勝負に参加できないか聞いたけど流石に無理でした。

 

 

 

 

 

 海賊との勝負はゴン達のストレート負けで呆気なく終了した。

 というのも蚊帳の外になりかけたカヅスール達が我先にと勝負を挑み、これぞかませの真骨頂と言わんばかりに全員惨敗したからだ。

 怪我人はレオリオとクラピカが早々に完治させたこともあり、ゴン達以外の全員が力の差を正しくわからされた。

 

「話にならないな、俺達の勝ちってことでここに居座るぜ。次があればちゃんと準備してから来るんだな」

 

 レイザーは全員を見渡して忠告したように見えて、勝負に参加しなかったゴン達のみを見据えて喋っていた。

 

(明らかに他の有象無象とは隔絶した6人、こいつ等がやる気になってれば俺の出番もあったかな?)

 

 既に次の挑戦を検討しているのか話し合うゴン達を見て、これなら再戦にすぐやってくると退屈が紛れることを喜ぶレイザー。

 特にひときわ小柄なゴンの姿を見て、大きさに盛大な違和感を感じながらもジンの面影を懐かしく感じる。

 

(ゴンにしては小さすぎるし、まさか二人目のガキか? 最近のGM(ゲームマスター)会議でエレナは何も言ってなかったが、あいつは間違いなくジンのガキだろ)

 

 レイザーが圧倒的実力差に意気消沈して立ち去るメンバーに続くゴン達を見ていると、見られているのに気付いていたゴンが顔だけ振り向いて口を動かす。

 

 また来るから待っててね──

 

 聞こえたわけではないが間違いなくそう言ったのを確信し、10年以上手持ち無沙汰だったことで溜まっていた鬱憤が嘘のように消え去っていく。

 

「…ジン、やっとお前の期待に応えられそうだ」

 

 ゴンが出ていく最後の瞬間、その小さすぎる背から立ち昇ったオーラはレイザーの闘争本能を呼び起こすには十分過ぎるものだった。

 温和だった表情が凄みのある笑みへと変わり、滾るオーラに当てられた荒くれ者の海賊達が恐怖から後ずさる。

 

「燃えるねぇ、久々にいい感じだ」

 

 次の挑戦まで時間は開かないとわかっていながらも、レイザーは最近の強さをキープする鍛錬から強くなるための鍛錬へと新たにスケジュールを組んだ。

 

 

 

 ソウフラビの入口に戻ってきたゴン達は、どうにかして海賊に勝つ方法を模索するカヅスール達をやや憐れむように眺めていた。

 イベントの発生条件と勝利条件的にゲンスルー組がカードをゲットする可能性は限りなく減ったが、ツェズゲラ組が油断ならない以上何とかして独占しておきたい故の悪あがきである。

 

「何とかして8勝するためにはそれぞれのスポーツを専門的に学ばなくては、ゴレイヌ組はどのスポーツなら勝算がある?」

 

「それなんだがな、俺達はここで抜けさせてもらう。先に今から集められるカードを集めようと思うんでね」

 

 まさかの最高戦力から離脱を宣言されてカヅスール達が愕然とする中、キルアが若干茶化すように指摘する。

 

「仮にオレ等で6勝したとしてさ、あんた等もカード寄越せって言うのはちょっと図々しくない? しかも絶対に一組はゲット出来ないし、そもそも誰も持ってないカードなんて持ってたら確実に爆弾魔(ボマー)が襲ってくるよ」

 

 やや挑発的ながらも的を射たキルアの指摘に、カヅスール達もやっと考えが及びボマーの名を聞いて顔を青くする。

 引き止める様子もなくなったのを確認したゴン達は改めてゲームシステムやカードの情報に対する礼を述べると、同行(アカンパニー)を使って拠点にしているマサドラに帰還する。

 ゴン達がいなくなった後残りの3組はしばらく所在なさげに佇むも、諦めたような顔をしたカヅスールが解散を告げて散り散りになる。

 誰も口にはしなかったが、3組のこれからの方針は決まっていた。

 ツェズゲラ組とゲンスルー組、そしてゴン達が抜けているだけで十分上位グループに名を連ねていた3組のグループが、ここでついにゲームクリアを完全に諦めたのだった。

 

 

 

「さて、間違いなくクリアを射程圏内に収めたが最後の難関がバカみたいに高い。どうすればツェズゲラとゲンスルーを出し抜ける?」

 

 マサドラに戻ってすぐに始めた話し合いは、ゴレイヌの言うとおりどうやって上位二組を突破するかに焦点を当てていた。

 ゴン達が優位にあるのは“奇運アレキサンドライト”を独占していること、そして間違いなく純粋な戦闘力で勝っていることである。

 逆に言えばそれ以外はまるで歯が立たない状況であり、それは仮に“一坪の海岸線”を独占したところで変わらない。

 むしろゴン達よりもはるかにゲームシステムを知り尽くしている相手の方が有利なのは確実で、まだ油断しているであろう今しかチャンスはないというのが結論だった。

 

「問題なのは私達の他に二人強者を集めたとしても“一坪の海岸線”入手は難しいことだな」

 

「それな、最後にやったビーチバレーは二人分の勝敗が動くって言ってやがった。つまり7勝しても8人でやるスポーツを出されたらそれで終わりだ」

 

 クラピカとキルアの懸念をビスケやレオリオは考えすぎだと言うが、ゴンの言葉で一気に懸念が現実味を帯びる。

 

「イベントの名前は“レイザーと14人の悪魔”、あそこにいた海賊の人数は14人よりも多かったよ」

 

 実力的にそこまで注目すべきところがなかった故に見逃してしまった初歩的なミス、少ないならたまたまいなかったと見れても多いとなると完全に人数が合わない。

 

「おいおいマジかよ、つまり本命が隠れてるかレイザーのやつが発で増えるってことか!? そこらのクイズ番組じゃあるまいし一発逆転を運営側がしたら反則だろ」

 

「少なく見積もっても10人は頭数が必要そうだな、しかもそれ相応の実力者を二組以内でか。私達の会ったことのあるプレイヤーでは候補がいないな」

 

「一人はヒソカだろ、何してるか知らねえけどゴンが呼べば飛んでくるだろ」

 

「そこも大事だけどゲットした後が問題だわさ。カードを守る手段、奪う手段をしっかりしとかないと最後に足をすくわれるわさ」

 

 あーでもないこーでもないと話し合うメンバーの中で一人、ゴンだけが静かに考えをまとめていた。

 アベンガネの言葉やゲンスルーの動き、何より原作知識という反則からゴンの頭の中でゲームクリアまでの道筋が浮かび上がる。

 

「とりあえずは手に入れられるカードを入手するところからだよね? その間にちょっと確かめたいことがあるんだ、ビスケとオレは少しの間別行動させてくれないかな」

 

「もったいぶるじゃん、確かめること次第でこれからの方針決められんの?」

 

 黙って考えていたゴンからの提案は特に有効打が浮かばない現状では取らざるを得ない次善策とも言えるが、それ以上にある種の確信を感じさせるゴンの表情にキルアが試すように問う。

 キルアはもちろん他のメンバーの期待する視線を受けたゴンは、確証はまだないと言いながらも自信有りげな笑みを浮かべて告げた。

 

「オレの予想通りなら、ゲンスルーもツェズゲラさんも追い抜いてゲームクリア出来る!」

 

 その言葉を誰も疑うことなく、ゴン達はゲームクリアに向けてラストスパートをかける。

 

 

 

 

 

 ゲンスルー組と不毛な牽制合戦や情報戦を行っていたツェズゲラのもとに、名も知らぬプレイヤーから連絡が来たのは2月の中旬に入った頃だった。

 謎の相手からの連絡に訝しみながらも通信を繋げば、聞こえてきたのは数ヶ月前に会ったきりとはいえ未だに印象深く残るレオリオの声。

 用件は単純で指定カードのトレードと情報交換の提案であり、話だけでも聞いてくれるなら拠点としているマサドラで会いたいというものだった。

 

「私としては話だけでも聞くべきだと思うが、お前達はどう思う?」

 

 ツェズゲラは長く仕事を共にするチームである3人、バリー、ドップル、ロドリオットに意見を求める。

 彼等は一つ星(シングル)になって以降やや増長の見られたツェズゲラが、チームを組んだ当初のようなやる気と謙虚さを取り戻したきっかけになったと思われるゴン達に非常に興味を引かれていた。

 ゲームクリアを目指す上でも互いの独占カードのトレードは決して悪い話ではなく、ゲンスルー組と違って人格面にも問題ないなら是非にも応じるべきだと満場一致で決まる。

 

「ふむ、そうなるとどこまでトレードに応じるかだな。彼等の指定カードはどれだけ埋まっているんだ?」

 

「今日の朝調べた限りはおそらく90種だな、驚異的なスピードで集めたがこれ以上は実力云々で入手できるものでもない。だからこそ他のプレイヤーを使ってまで接触したんだろう」

 

「そうなるとゲームシステムは別として頭のいい奴がいるな、実力だけじゃないとなると慎重にいくべきだ」

 

「俺も同感だ。話を聞くまでなんとも言えないが、最高でも持っていない指定カードを2枚渡すくらいじゃないか?」

 

 もともと強い信頼関係で結ばれていたチームだったが、最近はさらに結成当初の情熱まで戻ったことでより良い雰囲気と高いモチベーションを維持出来ている。

 トレードしてもいいカードや逆に手放すべきでないカード等、意見をしっかりと統一したツェズゲラ組に隙は一切ないと言ってよかった。

 強化されたツェズゲラ組が、図らずも原因となったゴン達の前に立ちはだかる。

 

 

 

 

 マサドラ近郊で相対したゴン達とツェズゲラ組は互いの独占する指定カードを一枚ずつトレードし終わると、代表してゴレイヌがツェズゲラに対して交渉を持ちかける。

 

「単刀直入にいこう、俺達は“一坪の海岸線”に繋がるイベントを発見した。指定カード何枚でこの情報を買ってくれる?」

 

 ジャブも何もないいきなりのストレートに流石のツェズゲラも目を見開き、仲間と一瞬のアイコンタクトで意思疎通を行うと慎重に言葉を選んでいく。

 

「もしその情報が確かなら、君達の持っていないカードを更に2枚譲るくらいがこちらの出せる最大限だ。こちらもクリアを目指す以上、それが無理なら情報は諦める」

 

 ゴレイヌはその2枚のカードを教えてもらうと一度ゴン達に顔を向け、問題ないと確認するともう一度ツェズゲラに確認する。

 

「よし、俺達の情報が正しければさっき言った2枚の指定カードを貰えるってことで間違いないな。それならイベント“レイザーと14人の悪魔”について教えよう」

 

 ツェズゲラはゴン達が入手出来ていないことから、恐ろしいほどの難易度かゲームシステム的に厳しいかのどちらかだと予測していた。

 そうでなければ所持していない指定カード2枚と交換とはいえ、わざわざ教えるメリットが少なすぎると考えたのだ。

 しかし語られたイベントの発生条件を聞き、自分達が罠にハマったということを悟った。

 

「…なるほど、その情報は正しいのだろうな。そして私達はカードを2枚譲るだけでなく、さらに戦力として協力せざるを得ないというわけだ」

 

 苦笑したツェズゲラは同じく苦笑するドップルのバインダーから2枚の指定カードを受け取り、ゴレイヌもしっかりと確認した後にカードをバインダーに収める。

 

「それで? 我々と君達以外にもあてはあるのか? カード化限度枚数を考えるともう一組しか枠はないと言えるが」

 

「一度このメンバーに数合わせを入れて挑戦するつもりだ。向こうが勝ちに徹するなら15人強者を揃える必要もあるんだろうが、ゲームを謳ってる以上流石にそこまではしないと俺達は見てる」

 

 ゴン達の予想を聞いたツェズゲラもその考えに同意し、数合わせの調達と担当するスポーツの軽い練習として5日ほど期間を設けることを決める。

 グリードアイランドの発売以降誰も入手したことのない最後のカードを手に入れるため、ゲームクリアに最も近い3組の内2組がここに手を結んだ。

 

 

 

 

 

 時は少し巻き戻り、キルア達が90種目指して奔走していた頃。

 深い森の中のとある洞窟で、ヒソカが楽しそうに独り言を呟いていた。

 

「クフフッ、バレちゃったか♥まだ誰にも気づかれてなかったのになぁ、最後の最後でビックリさせようと思ってたのに残念無念♠」

 

 この数ヶ月のほとんどを伸縮自在の愛(バンジーガム)の精密操作に明け暮れたことが実を結び、今や念で出来た左手は右手以上のパワーと器用さを両立させていた。

 奇術師の嫌がらせ(パニックカード)もさらなる進化を見せ、ゴン達ほど爆発的ではないものの間違いなく強くなっている。

 むしろビスケ的にまだまだ磨きがいがある原石のゴン達とは違い、既に磨き終わった宝石で後はどう装飾するかという段階にあるヒソカの成長速度は常軌を逸していると言えた。

 

「この腕もだいぶ馴染んだし、そろそろまたヤろうかな? それともまだ待つ? あぁ、この悩ましさすらこんなに愉しい♥」

 

 ヒソカがゴンと別れてから約半年、記憶を消されていない状態では間違いなく最長の別離は麻薬に依存する患者のようにその精神を蝕んでいた。

 そして久方ぶりに聞いたまだ弱体化していると思われるゴンの甲高い声と、その言葉の節々から感じる成長はいよいよ我慢の限界を迎えさせるには十分だった。

 

「ゴン、君は壊れないでくれるかな♥」

 

 闇に潜むピエロが現れる時、グリードアイランドに風雲急が告げられる。

 

 



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第59話 再戦と折れるもの

 

 

 皆さんこんにちは、いよいよレイザー戦に挑むゴン・フリークスです。感覚的にはなんとか間に合いそう。

 

 

 

 

 

「本当にいいのかよモタリケ、ゲームから脱出する機会なんてもうないかもしれないんだぞ」

 

「俺にはもう守るべき家族がいるんだ、あいつ等を置いて行けるかよ。俺に必要なのは離脱(リーブ)じゃない、苦労させないための金だ!」

 

「嫁も子供もNPCじゃ苦労もなにもないと思うんだがなぁ」

 

 ゴン達とツェズゲラ組が手を組んでから5日後、予定通り数合わせのプレイヤーを調達し今まさにソウフラビへ向かおうとしていた。

 数合わせの5人は離脱のカードを報酬にして募集をかけたところ秒で集まった、最初の街とも言える懸賞都市アントキバでくすぶっていた底辺プレイヤー達。

 4人にはゲームから脱出するための離脱のカードを、一人にはゲーム内で使える換金カードを報酬に約束して協力させている。

 

「まあゲーム内結婚とかブタくんもやってたしいいんだけどさ、ここだとどういう感じなんかな? 決まったセリフしか言わないとかだったら勘弁なんだけど」

 

「アイアイを見た感じだとそこまで違和感なかったわさ。長時間一緒にいたらどうなるかまではわからないけどね」

 

「ビスケはハーレム作って遊んでたもんね。会話パターンとかどうなってるか知らないけど、NPCも普通に日常会話してるしね」

 

 数合わせのメンバーにNPCと結婚し定職にも就いている猛者がいたが、もれなくマサドラまでの旅路すら命懸けになる念能力者としての最底辺達である。

 10年以上現実世界に戻っていない彼等は平静を装いながらも、隠しきれない喜びと若干の不安を抱きながら身を寄せ合っていた。

 

「よし、それではこれからソウフラビに向かおう。同行(アカンパニー)は誰が使う?」

 

「俺達が出そう、話を持ってきた以上そっちにあまり負担はかけたくない」

 

 音頭を取るツェズゲラとカードを取り出したゴレイヌを見てその場の全員が範囲内に入り、同行によって決戦の地ソウフラビへと飛び立つ。

 ゲームクリアを左右する最後のカードを獲りに行くその姿を、4対の目が離れた場所から監視している。

 

 

 

 

 この日も筋トレに励んでいたレイザーは、15人のプレイヤーが同行(アカンパニー)でソウフラビに到着したことをゲームシステムから感じ取った。

 クールダウンしながら栄養補給も行い、万全のコンディションで待ち構えているとつい最近見た顔ぶれが新たな仲間と共にやってくる。

 

(ほぉ、なかなかの手練が加わったな。後ろの5人は数合わせだろうが、俺はどのタイミングでいくかな?)

 

 小柄な初老の男ややたら猫背な男などよくわからないプレイヤーは早々に意識から除外し、ツェズゲラすらほとんど無視してゴンのことを注視する。

 同じGM(ゲームマスター)のエレナから間違いなくゴンだと聞き出したこともあり、前回の邂逅以上にジンの面影を見て柔らかい表情がさらに緩みそうになる。

 傍目には変わらぬ表情のまま、前回同様ルール説明を行えば淀みなく挑戦者が海賊に挑んでいく。

 

 一人目はツェズゲラ組から短髪でそばかすの目立つバリーがボクシングで勝利。

 

 二人目もツェズゲラ組から鼻筋の通ったドップルがフリースローで勝利。

 

 三人目はゴン達からレオリオがボーリングに挑戦して勝利。

 

 四人目はツェズゲラ組の肌黒く筋肉質なロドリオットが相撲で勝利。

 

 相撲の時はギンがどうしてもやりたがったが、ゴンと一緒にグリードアイランドに入った以上あくまでゴンとセットと言われて泣く泣く諦め不貞寝した。

 

 そしてクラピカがリフティングで5勝目を上げ、ついに折り返しを迎えた挑戦者達に対してレイザーがその重い腰を上げた。

 

「茶番はここまでだな。いいだろう、俺が直々に相手をしてやろう」

 

 プレイヤーにゲームを楽しませる立場のGMとして、そしてジンの期待を背負う者として、レイザーにとって最初にして最大の見せ場が満を持して訪れる。

 

 

 

「種目は8対8のドッジボール、もちろん8勝分をかけて勝負する。こっちのメンバーはコイツ等だ」

 

 レイザーの足元に広がったオーラが揺らぎ、せり上がるようにして8体の念獣が出現する。

 様々な体格の念獣達は海賊と似たような格好をしているが、帽子が覆面のようになっているのと、それぞれが帽子と腹部に0から7までの数字が刻まれているという違いがあった。

 

『ドウモ、私審判を務めさせていただきますNo.0デス。レイザーチーム8人に対し、挑戦者チームから8人の選手登録をお願いしマス』

 

 ゴン達は想定内とはいえあからさまなちゃぶ台返しに、既に勝利しているクラピカが手を上げて質問する。

 

「一つ、こちらも8人でないといけないのか。二つ、既に勝利しているメンバーの再出場は可能か」

 

「もちろん8人出ないと不戦敗になるぜ、そしてもう挑戦したプレイヤーは当然参加できない。そっちも頭数はいるんだから問題ないだろ? 命の保証はないがな」

 

 凄みのある笑顔を浮かべたレイザーから大量のオーラと殺気が吹き出し、最底辺とはいえ念能力者である数合わせ達がその身を震わせ後ずさる。

 

「い、嫌だ! 危険はないって言ったから参加したんだ! 死んだら離脱もなにもないだろ!?」

 

「そーだそーだ! 俺達は絶対に参加しないぞ!」

 

 その後も口々に拒絶の言葉を吐く数合わせ達に対し、ツェズゲラは完全に侮蔑する視線を、キルアは非常に冷めた視線を向ける。

 人数が足りないことには勝負も出来ないとあって、ゴンがギンを数に入れてもいいか聞くもあくまでゴンとギンは一人分だと言われてしまう。

 

「どうする? できればもう一人欲しいが、一応何とかならなくもない」

 

 ゴレイヌの言葉に皆がそれしかないかと諦めかけるが、数合わせの中の一人が全身を震わせ冷や汗をかきながらも前に進み出る。

 

「どど、ドッジボールなら外野もあるだろ!? 外野でいいなら俺が出てやるよ!」

 

「モタリケ!? 馬鹿なこと言ってないで戻れ! あんな化け物相手じゃマジで死ぬぞ!!」

 

 進み出たのは、グリードアイランド内にNPCの妻子を持つ男モタリケ。

 今にも卒倒しそうなほど顔色は悪いが、その目には確かな意志と家族を想う愛があった。

 

「もちろん報酬は上乗せしろよ! あとマジで足手まといだから期待しないでください!!」

 

 ゲームクリアも現実への帰還も諦めながら、それでも大事なものを守ろうとするその姿に漢を見たゴン達とツェズゲラは一度視線を交わすと頷きあう。

 

「助かるよモタリケ君、報酬はしっかり払うし危険な目には遭わせないと誓おう」

 

「安心しな、流れ弾くらっても生きてさえいれば治してやるからよ!」

 

 ツェズゲラにレオリオという大柄な二人に囲まれたモタリケがさらに顔色を悪くするも、ドッジボールに参加する8人目が決まった。

 

『出場メンバーが決まりましタ。レイザーチームはレイザーとNo.1から7。対して挑戦者はゴンとギン、キルア、ビスケ、ツェズゲラ、ゴレイヌ、ゴレイヌの念獣2体、モタリケ。これよりルールを説明しマス』

 

 基本的には普通のドッジボールと同じだが、顔面含めて体のどこに当ててもよい。

 外野がボールを当てても内野には戻れず、試合中一度だけ『バック』の宣言で一人内野に戻れる。

 念獣は破壊されてもまた具現化すれば復帰可能だが、8人を超えた場合は反則とする。

 ゴンとギンはセットであり、どちらかがアウトになれば両方アウトとなる。

 

『とりあえず大まかなルールは以上デスが、なにか質問はございますか? ないようでしたら試合を始めさせていただきマス』

 

 そして外野というより見学者の中にモタリケが退避し、内野から白の賢人(ホワイトゴレイヌ)を追加で外野に配置する。

 

『ではジャンプボールから試合をスタートしマス。代表者は中心へドウゾ』

 

 ゴンチームからはキルアが、レイザーチームからはNo.1がそれぞれ進み出て、腰を落とすと審判の合図を待つ。

 

『準備はよろしいデスね、それでは試合開始しマス!』

 

 No.0がボールを投げ上げ、“一坪の海岸線”をめぐる最後の勝負が開始した。

 

 

 

 

 投げ上げられたボール目掛けて飛び上がったキルアだったが、相手がジャンプすらせず自陣に引き返していくのを視界に捉えて訝しげな表情を浮かべた。

 

「先攻はサービスでくれてやる、一人少ないようなもんだからハンデだ」

 

 平然と告げるレイザーにゴン達が顔を歪めると、キルアがゲットしたボールをツェズゲラが受け取り肩を回す。

 

「実に強気だな、私も舐められたものだ。一つ星(シングル)が伊達ではないことを見せてやろう!」

 

 ツェズゲラは実にきれいなフォームとオーラ運用でボールを投げ放ち、狙ったNo.2に寸分違わず命中させたばかりか弾かれたボールは外野のホワイトゴレイヌの下へ転がる。

 ホワイトゴレイヌに返球を要求したツェズゲラへとボールが渡り、再び投げ放たれたボールはNo.1をアウトにしてまた外野へと転がる。

 

「なんだ、言うほど大したことはないな。これでは私一人で全て終わってしまう」

 

「そうか? こっちはシングル様の予想外な弱さに驚いちまってね、そろそろちゃんと試合をしたいから少しは本気を出してくれないか」

 

 返球を受けたツェズゲラが見下したようにレイザーを挑発するも、逆に煽り返されたことで手に持つボールを強く握りしめる。

 ゴレイヌやビスケが冷静になれと忠告するも、ツェズゲラは冷静な頭と熱くなった頭で同じ結論に至る。

 

「数の面では優位に立った、ならば早い内に本丸の戦力を確かめるべきではないか? これでアウトにすれば問題ないしな!!」

 

 ツェズゲラは先の2投と違い本気の全力、レイザーを殺すつもりでボールを投げ放つ。

 しかもただ投げるのではなく、ボールにオーラを纏わせて放出することで中堅能力者でも大怪我を負いかねない威力を持たせている。

 

「まぁこんなもんか」

 

 そんなツェズゲラ渾身の一球は、レイザーに片手で呆気なく受け止められた。

 

「なん、だと?」

 

「ぼさっとするなよ。そら、返すぜ」

 

 唖然とするツェズゲラに対しレイザーは、受け止めたボールをそのままゆったりとしたフォームで投げ返す。

 

 そのボールはツェズゲラの投げたボールよりはるかに速く、圧倒的なオーラを纏ってツェズゲラに迫る。

 

(強っ……! 速…避…、無理! 受け止め、否、死!!)

 

 圧縮された思考の中ツェズゲラは己の死を確信し、しかし最後まで足掻こうとボールの迫る顔面へオーラを集中する。

 死なないにしてももはや現役は続けられないだろうと、20年以上の付き合いになる仲間に心の中で謝罪した。

 

 黒い賢人(ブラックゴレイヌ)!!──

 

 メキリと、骨が軋む音を立ててボールが命中する。

 身体は吹き飛ばされ一瞬で外野まで吹き飛び、ボールも勢いをほとんど落とすことなくレイザーチームの外野へと転がる。

 

 外野に転がるボールとブラックゴレイヌを、ツェズゲラがコート内から唖然と見つめていた。

 

『ゴレイヌの念獣アウトデス! ルーズボールはレイザーチームへ』

 

「…一体何が?」

 

「すまんな、流石に危なそうだったから勝手に手を出させてもらった。見せ場を潰してたら謝るよ」

 

「…いや、心から感謝させてもらおう、今のは死ぬ公算のほうが高かったからな。そしてすまない、安い挑発に乗ってこのざまだ」

 

 ツェズゲラはゴレイヌの言葉と己の代わりにボールを受けたブラックゴレイヌを見て何が起こったかを正しく理解し、とてつもなく強力な手札が自分のミスでなくなったことを強く後悔した。

 この能力をタイミングよく使っていれば、それこそレイザーすら楽にアウトに出来たはずなのだ。

 

「気にすんなよ、この札はバレても相手に選択を迫れる。ブラックゴレイヌもなんとか無事だからまた発動できるしな」

 

 外野に転がったブラックゴレイヌは顔面がひしゃげ悲惨な姿となっていたが、ゆっくりと起き上がるとややふらつきながらもホワイトゴレイヌと共に外野へと陣取る。

 ツェズゲラは油断していたとはいえ自分が死を覚悟した攻撃を受けて無事な念獣を見て、ゴレイヌの実力が選考会の時とは比べ物にならないほど上昇していることを確信する。

 

(まだあれから半年ほどだぞ? 彼に一体何が、いや、彼等に何があったと言うんだ!?)

 

 ゴンのオーラに触れてから鍛え直したツェズゲラは、間違いなく選考会の頃より強くなっていると確信している。

 全盛期を超えたとは流石に言えなかったが、それでも今のメンバーの中なら上位だと自負していたのだ。

 

(とんだ思い上がりだったか、ここから無様は晒さん。集中しろツェズゲラ! 私は挑戦者なのだ!!)

 

 

 

「っぐぅ!?」

 

 決意を新たに気を引き締めたツェズゲラはレイザーからボールを受けた外野の高速パス回しに対応できず、脇腹に受けたボールで肋を盛大に粉砕されアウトになると外野でレオリオからの治療を受けるのだった。

 

 



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第60話 苦戦と新たな力

 

 ゴン達はアウトになったツェズゲラがとりあえず無事なのを確認すると、奪取したボールを持って束の間の作戦会議を行う。

 

「どうする? 今んとこ最大威力出せんのは元に戻ったビスケだろうけど、今回は戻る気ないんだろ?」

 

「流石に人目につきすぎるしね、今回はあんた等の修行の成果を見せてみなさいな。というより投げたり取ったりは苦手だから、元に戻ってもドッジボールって枠の中じゃあいつに勝てる気しないわさ」

 

 ゴンチームの最高戦力たるビスケはここまでの短い攻防でレイザーの実力の高さ、そしてドッジボールというスポーツの枠の中では己以上の力を発揮することを理解してしまっていた。

 加えて自分の本来の姿が元々好きではない上に、周囲に数多く目がある現状でわざわざ本気を出す気になれなかった。

 

「じゃあちょっと試したいことがあるんだけどいいかな? キルアに手伝ってもらうことになるんだけど」

 

 ゴンの説明を聞いたキルアは思いっきり顔をしかめるも、弱体化してる今なら何とかなるかと渋々提案を受け入れる。

 ボールを持ったキルアがコートの中心近くに立ち、両手で上下から抑えるようにボールを構えて相手コート内で一番小柄なNo.3に狙いを定めた。

 

「最初は、グー…!」

 

 ゴンの小柄な体からオーラが噴き出し、硬により構えた右拳に全て集中する。

 

「ジャン、ケン!」

 

 その子供離れしたオーラに周囲が驚愕する中、レイザーは冷静にゴンを、そしてゴレイヌに注意をはらいながら脱力してオーラを高める。

 

「グー!!」

 

 キルアという砲塔から撃ち出されたボールはレイザーのボール以上の速度でNo.3に迫り、そのまま交通事故のように弾き飛ばして外野の壁に衝突する。

 

「…バカげた威力だな」

 

 レイザーはボールに弾き飛ばされ手足があらぬ方向に曲がったNo.3を掴んで放り投げると、最初から外野にいたNo.5が受け取ってそのオーラを吸収する。

 No.8となり更に体格が良くなった念獣が現れると、外野で見ていたクラピカが審判に質問する。

 

「レイザーチームは合計7人になったわけだが、あれはルール的に許されるのか?」

 

『試合開始時8人いましたので問題ありまセン。もちろん8人より増えたら反則となりマス』

 

 都合がいいのか悪いのか判断に苦しむ状況だが、とりあえず再びゴンチームのボールから試合が再開する。

 

「大丈夫かいキルア、今のあんたならノーダメージで出来たと思うけど」

 

 ビスケの心配は、ボールの威力を削がないようにオーラを纏わずボールを構えたキルアの両手にあった。

 普通なら余波によってズタボロになるであろう暴挙だが、ビスケも認めるセンスの持ち主であるキルアならば無傷での実行も可能と予測していた。

 

「摩擦で火傷しかけたけど問題ないぜ。これならオーラで守るまでもねぇや」

 

 それどころかキルアはビスケの予測以上の成果を出しており、両手のみオーラを纏わせず完璧と言えるタイミングで砲塔の役割を完遂していた。

 ただ全力で殴るゴンの拳に対し、相手に命中するようにボールの位置を微調整してゴンと狙った相手を同時に意識しながら自分も無傷でボールから手を離す。

 

「しっかしレイザーの奴半端ねぇな。万が一No.3と入れ替えられても大丈夫なようにゴレイヌとゴリラ達にもしっかり注意を払ってやがった。あれじゃあ不意打ちは無理かな?」

 

 しかも直接は関係ないレイザーにすら意識を割いており、ビスケすらここまで緻密な行動を取れるか難しいと言わざるを得なかった。

 

(何度驚かせれば気がすむのよこの子達は。弱体化してるとは思えないゴンはもちろん、キルアのセンスとキレは常軌を逸しているわさ。ゴンは身体能力で、キルアはセンスですでにあたしが三十代で到達した領域にいる!)

 

 静かに戦慄するビスケと単純に絶句するゴレイヌを置き去りに、ゴンは更に深く集中するとボールを持つキルアの前に立つ。

 

(もっと、もっと全力を!!)

 

 ゴンが目を見開くのと同時に、その体から先程を遥かに凌駕するオーラが噴出する。

 

「最初は、グー!」

 

 キルアの構えた方向にいるのは、ゴンのオーラに驚きながらも自然体で備えるレイザー。

 

「ジャン、ケン!」

 

 クラピカとレオリオ以外の味方も化け物を見る目でゴンを見守る中、大量すぎるオーラで完璧に硬を行った一撃がボールに炸裂する。

 

「グー!!」

 

 その一撃を受けたボールは音速に迫り、ビスケとキルア、そしてレイザー以外の視界から完全に消失する。

 

(呆れた化け物だ、しかし惜しいな!)

 

 超速でレイザーの腕に着弾したボールだったが、バレーのレシーブの要領で腕と体全体で衝撃を吸収される。

 いっそ呆気ないほど軽い音を鳴らしたボールは高々と宙を舞い、外野まで吹き飛びながらも無傷なレイザーは悠々とコートに戻り落ちてきたボールをキャッチした。

 

「嘘だろ!? 何が起きたってんだ!!」

 

「あの肉体で何と柔軟な動き、身体操作の点ではゴンすら上回るか!?」

 

 見ることしかできないレオリオとクラピカはレイザーの実力の高さに改めて驚愕し、コート内で向き合うゴン達はより鮮明にその強さを実感する。

 

「…すっげぇ!!」

 

「マジかよ、あれがあんな呆気なく取られんのか」

 

 キルアは若干痛めた両手を振りながら苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、ゴンは満面の笑みでレイザーの強さを称賛する。

 

(この男、本当に強い! おそらく本気で戦っても負けかねない実力者、しかもことスポーツという観点で言えば間違いなく世界最高クラス!!)

 

(グリードアイランドに入る前の俺じゃ、到底ついていけない戦いだ。このゲームに挑戦したこと、そしてゴン達に出会えたことは俺の人生最大の幸運と言っていい)

 

 ビスケは士気が下がるのを考慮して心の中でレイザーを称賛し、ゴレイヌは今この場に立ち会えていることを心の底から感謝した。

 

(…喜べジン、ゴンは間違いなくお前のガキだ)

 

 そして痺れた腕を擦るレイザーもまた、ゴンに対して最大級の賛辞を心の中で送っていた。

 

 レイザーがゴンからのボールをほぼ無効化出来たのには主に二つ理由がある。

 

 一つはいくら速いとはいえ反応できるスピードで、命中したのが拳より柔らかいボールだったこと。

 二つ目にして最大の理由が、脳筋万歳(力こそパワー)の制約により殴ったボールが一切オーラを纏わないことである。

 

 オーラの有無は赤子と大人の力関係を逆転させるほどの効力を持ち、世界トップクラスのレイザーはオーラ総量はもちろん出力や運用力も規格外と言っていい。

 そんなレイザーが本気でオーラを纏い技術を総動員して対処した以上、オーラを纏わないボールなど防げて当然なのだ。

 

(ったく、かなり本気でやったってのに純粋な運動エネルギーだけで痺れたか。少しでもオーラがこもってたらいなしきれなかったかもな)

 

 しかしゴンの一撃は念の理を打ち破り、僅かにとはいえレイザーにダメージを与えることに成功していた。

 念能力者であろうとライフルで撃たれれば致命傷を負いかねないとはいえ、貫通力のないボールでオーラの壁を破ったのは前代未聞とも言える。

 大前提として試合に使われているボールが、レイザーの全力に耐えられるようゲームシステムから“不壊”の性質を付与されていなければ起こらない偉業だった。

 場の全員が驚愕から動けず若干の間が空いたところに、レイザーへ視線を向けたゴンが頼み事をする。

 

「ごめん、少しだけ作戦会議の時間もらってもいいかな? 回復するほど長くはかけないから」

 

「俺は構わんぜ、3分くらいならくれてやる」

 

 腕の痺れを回復させる時間稼ぎも兼ね、ボールを保持するレイザーは作戦会議を認めて腕を組んだ。

 

 

 

 

「多分もう少し追い込みをかければ借筋地獄(ありったけのパワー)の反動が解けそうなんだ、だからオレは一時的に外野に行って集中したい。皆にはその間の時間稼ぎをして欲しい」

 

 確信を持って告げたゴンの姿にこれまでの試合展開から勝つにはそれがベストだとキルア達も判断し、レイザー側がボールを持つ以上全力で回避を行う必要があると結論が出た。

 

「オレは最悪神速(カンムル)使うけどビスケとゴレイヌはどうすんだ? 不測の事態を考えると最低二人は内野にいないと不味いぜ」

 

「あたしは正直きついわさ。無傷でいなしたり弾いたりは余裕だけど、完璧に避けるか受け止めるのは自信ないわさ」

 

 これは決してビスケが弱いわけではなく、あくまでも戦闘スタイルの噛み合わなさである。

 回避から急所への一撃が本分のキルアはまだしも、純粋に武を極めてきたビスケはドッジボールというルールに適応していないのだ。

 

「ならいざという時は俺が切り札を使おう、完成して初めての実戦だが、相手にとって不足はない!」

 

 ゴレイヌの力強い言葉に頷いたゴンが外野に行くことを宣言すると、審判から『バック』を使わなければ内野に戻れないと念押しされてギンと共にコートの外に出る。

 ゴンは少し離れて立ち止まるとそのまま目を閉じ、傍目にはリラックスした姿でそのまま動かなくなる。

 その立ち姿を診たレオリオは、一見静寂な皮膚の下で恐ろしいカロリーを消費しながら脈動する筋肉を感知して冷や汗をかく。

 さらにギンが圧縮を解いてゴンの前に立ち塞がると、どんな流れ弾も妨害も通さないと低く唸ってレイザーを睨みつける。

 

「ただの小動物じゃないと気付いてたが、魔獣でもなく念能力獣ってとこか? グリードアイランドならまだしも外にそんなのがいるんだな」

 

 レイザーに外野へ移動したゴンを攻撃するつもりは端からないが、ギンが守っている限り本気でいかなければ無理だと理解する。

 そして内野に残った三人を見据えると、わざわざゴンを待つつもりはない意思表示も込めてオーラを高める。

 

「さて、どこまで足掻けるかな?」

 

 身構える三人を嘲笑うかのように、レイザーはこの日最速のボールを投げ放った。

 

 

 

 

 時間にして2分弱、たかが百秒程度の間にレイザーと念獣達がボールを投げた回数は数百回に到達していた。

 キルアは持ち前の動体視力と瞬発力で、ビスケは長年の経験から投げるフォームや視線を見て先読みし、ゴレイヌは全体の位置取りやボールの軌道を念獣と共有した視界から把握してそれぞれが回避を続けていた。

 もはや数合わせ組はもちろんツェズゲラ組すら蚊帳の外となった試合が動いたのは、もう何度目かわからないレイザー本人の剛速球が放たれた瞬間だった。

 

 アンダースロー気味に投げられたボールは内野の中央付近にいたゴレイヌへと向かい、すぐ左隣りにいるビスケを考えて右に回避行動を取った。

 

「っ!? ビスケ!!」

 

「!!」

 

 ゴレイヌの斜め後ろにいたキルアが見たのは、スピードはそのままに直角に曲がってビスケに迫るボールの姿。

 キルアの声と同時に飛び退ったビスケのスレスレを通り過ぎたボールはNo.8がキャッチし、まだ空中にいるビスケに向けて再びボールが投げられた。

 

「このっ、ちょいさ!!」

 

 ビスケはなんとか体を捻ってボールに踵落としをお見舞いし、ボールは地面に叩きつけられて跳ねたところをゴレイヌがなんとか確保する。

 

『ビスケアウト! ボールは挑戦者チームから再開デス』

 

「面目ないわさ、なんとかこっちボールにするので精一杯」

 

「いや、これでまた時間が稼げると思えばまだいいだろ。外野もちゃんと動けるのがゴリラしかいなかったし丁度いい、いやビスケもゴリラか」

 

 思わず手を出しそうになったビスケはキルアの不器用な励ましだと気を落ち着かせ、キルアとゴレイヌに後は任せたと告げると外野へと移動する。

 

「で? 二人になっちまったことだし、いよいよアレすんのかよゴレイヌ」

 

 キルアが面白そうに視線を向けると、それを受けてゴレイヌはNo.0に改めてルール確認を行う。

 

「今一度確認だが、念獣は8人を超えなければ増減しても構わないんだな。そして念獣の姿形が変わっても問題なしと」

 

『問題ありまセン』

 

 その答えに頷いたゴレイヌは2体の念獣を一時的に解除し、集中力とオーラを高めて新たに得た能力を発動させる。

 

「うおおぉー! いでよ、俺の新たな(ゴリラ)桃色賢人(ピンクゴレイヌ)!!」

 

『ウホッ♥』

 

 具現化したのは白黒ゴリラと同じ体格ながら、毛色がショッキングピンクでビキニの形に生え揃った、ツインテールにどぎついメイクの雌ゴリラ。

 

「このまま能力発動いくぜ! サイキョーなあたし降臨(ゴリィヌモード)!!」

 

『ウホホー♥』

 

 ピンクゴレイヌとゴレイヌから桃色の光が溢れ、僅かに見える輪郭がゆっくりと一つに重なっていく。

 やがて光は徐々に弱くなり、眩んでいた目を瞬かせた者達の視界に映ったのは。

 

「ぺこり〜☆ゴリィヌ、参上でござるぅ〜♪」

 

 茶髪のセミロングを2つに括り、派手なメイクをしてピンクのチアリーディングユニフォームを着たゴレイヌが顔をレイザーに向けたままお辞儀をしていた。

 

『……?』

 

 爆笑するキルアとレオリオと、苦笑するビスケとクラピカ以外の誰もが現状を理解出来ぬまま静まり返り、いたたまれなくなりそうな空気をガン無視してゴレイヌ改めゴリィヌが吠える。

 

「ゴンちゃんには時間稼ぎを頼まれたけど、別にあたしがぶっ飛ばしても問題ないじゃろがい!!」

 

 吹き出すオーラはゴレイヌを超え、荒々しくボールを構える姿からはゴレイヌ以上の逞しさが垣間見えた。

 

「レイザー、いざ尋常に勝負だゾ☆」

 

 まさしく(ゴレイヌ)の限界を超えた、サイキョーなあたし(ゴリィヌ)がグリードアイランドに降臨する。

 

 




 後書きに失礼します作者です。
 次話でも書きますが桃色賢人について軽く補足します。

 桃色賢人(ピンクゴレイヌ)

 能力は合体した者の性別を入れ替える。

 白黒ゴリラと違って自律行動を取るショッキングピンクのゴリラを具現化する。
 基本的に合体が前提の能力のせいか、うるさくうざい動きしかしないし戦闘ではまるで役に立たない。
 合体するとサイキョーなあたし降臨(ゴリィヌモード)が発動し、女装にしか見えないがれっきとした女性になる。
 今はゴレイヌ自身の性別しか入れ替えられないが、いずれは対戦相手も入れ替えられるように鍛錬を続けている。

 ゴレイヌは某観光大使を参考にしたとかしないとか


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第61話 ホルモンクッキーと試合終盤


 感想を見るとゴリ○ちゃんを知らなそうな人が結構いて時間の流れを感じる作者です。
 お笑い好きな人はぜひともゴ○エちゃんとゴリケルジャク○ンを視聴してみてください。


 

 

 時はゴン達がカヅスール組から共同戦線を持ちかけられる前まで遡る。

 それまではデスマーチ中でありながら順調に進んでいたゲーム攻略が、全くと言っていいほど進展がなくなりそれぞれがフラストレーションを溜めていた時期である。

 色々な街を訪れ、色々なゲーム内アイテムを試していた時に出会ったカード。

 

 指定カードNo.33“ホルモンクッキー”。

 

 効果は食した者の性別を24時間変えるというもので、面白がったキルアが全員で使おうと言い出したのだ。

 

「最初は言い出しっぺのオレからいくぜ。予想は今と大して変わらない」

 

「そらあんたとゴンは年齢的に変化し過ぎたらおかしいわさ。何なら身長とか逆に伸びるんじゃない?」

 

 他のメンバーもキルアやビスケの予想と同じく大きな変化なしと予想する中、唯一ゴンがそこそこ大きな変化をすると予想する。

 

「オレはイルミさんに近付くと思うなぁ、髪の毛とかサラサラになるんじゃない?」

 

「げっ! 嫌なこと言うなよ、たしかにクソ兄貴はおふくろ似だけどよ」

 

 ゴンの予想を聞き急に怖気付いたキルアだったが、意を決してクッキーを口に放り込み大して味わわずに飲み込む。

 

「意外と普通にうまいクッキーなのはなんか腹立つな、ってうおぉ!?」

 

 変化はすぐに現れ始め、ビスケの予想通り少しばかり成長し、髪はやや外ハネながらもストレートに近くなりツリ目も更にパッチリと大きくなる。

 キルアとイルミを足して割ったような、子猫を彷彿とさせる美少女が誕生した。

 

「うえ〜、なんか全身ムズムズして気持ち悪ぃ! てか声も変わってね!? マジオレどうなってんの!?」

 

 予想以上の違和感に動揺するキルアに鏡をもたせれば、ゴンの予想通りイルミにかなり近付いたことでショックを受ける。

 それでも落ち着けば変化した身体とオーラを興味深く検証し、何なら身体能力も上がっていることが発覚し完全に元の上位互換だと気付く。

 

「何度も言うけどね、あんたとゴンの年代はむしろ女の子の方が身体能力高いのはざらにある話だわさ。触った感じ成長すれば間違いなく男の姿のほうが強くなるから安心なさい」

 

 ビスケの見解を聞いてようやく人心地付いたキルアは力なく座り込み、次は誰だよと犠牲者を増やすべく周りを急かす。

 

「次は私がいこう。ゴンとキルアを抜けば年少の私ならそれほど大きな変化はすまい」

 

 クッキーが性別を操作していると思われる以上ゴンは対象外として、手を上げたクラピカが臆することなくクッキーを頬張る。

 完全に母親似のクラピカは懐かしい父の面影を見れるかもしれないと秘かに期待しながら、キルアが言うような違和感が訪れるのを静かに待つ。

 

「…、……、………?」

 

 一向にやってこない違和感に首を傾げてゴン達を見渡すも、同じく首を傾げてクラピカを見るばかりでなんの反応も返ってこない。

 

「なんだぁ? 不良品でも入ってるのかこれ」

 

 まったく起こらない変化にクッキーを調べ出すレオリオだったが、なんとも気まずそうにゴンがクラピカへと質問する。

 

「クラピカ、その、生えた?」

 

「むっ、……!?」

 

 言われたクラピカがおもむろに股間へと手を伸ばすと、触れた瞬間思わず手を引き顔を真っ赤に染める。

 その姿ですべてを察したレオリオとキルアが思わず吹き出し、モジモジしだしたクラピカに他のメンバーも笑顔を浮かべる。

 

「オレより変わらないとかマジかクラピカ! 男だったとしてもその見た目かよ!?」

 

「こりゃ最初オレ達が気付けなかったのも当然だ! 何なら女だと思ったら男だった可能性もあったんだな!!」

 

 あまりにもゲラゲラと笑う二人をビスケが黙らせ、クラピカが腹いせとばかりにレオリオの口へクッキーを押し込む。

 

「んおぉ! これが違和感かって何じゃあこりゃあ!?」

 

 レオリオの変化は劇的で、元々良かったスタイルが女性的なメリハリボディへと変わる。

 顔もややワイルドながら女性的になり、短髪でスタイルのいい宝塚的姿へと変貌した。

 

「なるほど、これが女の体か。実際なってみるとたしかに脂肪が多めだし関節、特に股関節の可動域がかなり広いな。勉強になるぜ」

 

 サングラスを指で直して殊更真剣に分析している口振りだが、その手がたわわに実った自分の胸を鷲掴みにしていなければ実に様になっていた。

 そして年齢順ならゴレイヌだったが、ビスケもゴンと同じで体が変化する能力を持っているため効果が出るかわからずトリは遠慮するとクッキーを口にする。

 

「あら? どうやら効果が出るみたいね」

 

 その言葉に全員がビスケ本来の姿以上の筋肉ダルマの到来を想像するが、なんとクラピカと似た体格の薄幸の美少年がゴスロリファッションに身を包んだ状態で誕生した。

 

「いや詐欺だろ! なんで女より筋肉ないんだよ!? さっさと元の姿に戻れや!」

 

 逆に女装が似合う姿となったビスケにキルアが猛抗議するも、しばらく身体をチェックした後驚きの表情を浮かべて答える。

 

「驚きだわさ、マジでこれがあたしの男性体本来の姿よ。もし男に産まれてたら武の道は歩めなかったわね」

 

 イケメンながら肉付きが悪すぎてもったいないと鏡を見て呟くビスケは、肉体的、オーラ的に恐ろしいほど弱体化していることに戦慄した。

 そしてついにゴレイヌがホルモンクッキーを食し、女性体となった瞬間驚くべき事実が判明する。

 

「これは!? オーラの質が上がったのはもちろんだが、身体能力もかなり上昇している!!」

 

 なんとビスケ程極端ではなかったものの、ゴレイヌもまた女性体のほうが身体能力が高かったのだ。

 雑な女装にしか見えない見た目にキルアとレオリオが爆笑する中、ゴレイヌの明晰な頭脳はすぐにこの現象を新たな発でもって再現することを検討しだす。

 

 ゴレイヌは元々完全な戦闘職というより、オールラウンダーなハンターを目指して活動を続けてきた。

 しかしハンターという職がそもそも戦闘力を最優先としているのに加え、ゴレイヌ自身強さを諦めるほど自分に失望はしていなかった。

 その上でゴン達とのデスマーチにより一日経つごとに前日の自分を超えていくという確かな実感は、まるで上質な麻薬のように抗い難い魅力をもってゴレイヌを夢中にさせた。

 そんな経験をしたばかりのゴレイヌは、例え女性になるとしても目の前に確かにある強くなるための手段を捨てることができなかったのだ。

 この日からゴレイヌは暇さえあればホルモンクッキーを食して性別を変え、その時の身体の変化とオーラの動きを必死に研究し続けた。

 強くなるための熱意のおかげかそれとも素質があったのかは不明だが、レイザーとの再戦の前にカードを集めている時のことだった。

 

 ホルモンクッキーの効果が切れて男に戻ったゴレイヌの傍らに、女豹のポーズで流し目を送る桃色賢人(ピンクゴレイヌ)が具現化していた。

 

 

 ちなみに自分の体を操作しているゴンは本来ホルモンクッキーの効果を受けないはずだったが、試しに食べた時不思議なことが起こって見事性転換することに。

 その姿は黒髪おかっぱの美幼女であり、行き場をなくした筋肉が胸部に集まり正しくロリ巨乳と化していた。

 コンプライアンス的に危ういその見た目に、レオリオとキルアの目がクラピカとビスケによって潰されたが自分の世界に入っていたゴレイヌの目は無事だったとか。

 

 

 

 

 

「…その、彼はどうしてしまったんだ? 顔見知り程度の私でもあんな性格じゃないと思うんだが」

 

 レオリオからの治療を受け肋の完治したツェズゲラがコートへと近付き、早々にボールを奪われ再びボール回避を始めたゴリィヌについてビスケに質問する。

 先程までと変わらず静かに回避を続けるキルアとは真逆、ゴリィヌはいちいち掛け声を上げながら明らかに無駄な動きでボールを回避していた。

 チアリーディングのユニフォームをなびかせながらまるで踊るように動き回るその姿は、クラピカの舞を静と美に例えるならば動と楽のダンスと言える。

 

「あれも発の制約ってやつだわさ。あの姿になると理性のタガが外れて精神が女性に引っ張られるってわけ」

 

「(わさ?)…なるほど、私から見ても明らかにパワーアップする上での制約か。身体能力を上げるためとはいえ、彼から感じたあの知性を失うのは惜しいな」

 

「ところがどっこい、こと戦闘に関して言えば身体能力関係なく今の姿のほうが圧倒的に強いんだわさ」

 

 ゴレイヌの戦闘面での強さは、正しくその頭脳から導き出す詰将棋のような戦闘スタイルにあった。

 自分と他人を入れ替える2体の念獣を駆使し、一撃必殺はなくとも確実に追い詰めていき最後は打倒する。

 そのスタイルは間違いなく強力であり、鍛錬さえ怠らなければいずれは世界有数の実力者になれるだけのポテンシャルがある。

 

 その強さはそのまま、考えすぎるという弱点に繋がっていた。

 

 相手と自分の位置、念獣の位置と操作、戦闘の移り変わりと展開の読み、十全にこなせる相手など格下にしかいないのだ。

 これこそゴレイヌが感じていた限界であり、格上に通用しないことへの迷いが殻を破ることを邪魔していた故の伸び悩みだった。

 

「もちろん世界最高峰の中にも思考中心の考えすぎる奴はいるわさ。けどある一定以上の実力者になれば、絶対にどこかで理性をねじ伏せる本能の閃きが必要不可欠になる。ゴリィヌは理性と本能がバランスよく融合した、頭は冷静に心は熱くを体現しているんだわさ」

 

 ゴリィヌがハチャメチャな動きや言動を取るとはいえ、ゴレイヌの頭脳や考え方が消えてなくなったわけではない。

 変わらぬ明晰な頭脳は相手と自分の戦力比較を正確に行い、その上で取るべき最善策を導き出している。

 

 導き出した上で僅かに違う動きをするのだ。

 

 自分が不利にならない程度に、相手に優位を与えないように。

 セオリーから外れた動きは実力者ほど違和感を強く感じ、その違和感は些細なミスへと繋がっていく。

 外野からの返球を受けようとしたレイザーは、いつの間にか立ちふさがったゴリィヌが雄叫びを上げてかちあげたボールを苦笑いしながら見送る。

 

(滅茶苦茶に見えてもう一人の邪魔にならずボールを奪える位置を取り続けていたか、ふざけた見た目の割に手強いな)

 

 ボールはキルアがなんとかキャッチしたが、ゴリィヌの両手は真っ赤に腫れて力なく垂れ下がっていた。

 

「衝撃〜☆黒ちゃんが無事だったのはやっぱり手抜きだったからね! これじゃあ投げられないわ」

 

 悔しそうに腕を見つめるゴリィヌがキルアに目配せすると、キルアもゴンを見たあと覚悟を決めたようにオーラを高める。

 

「レイザー、きつかったら避けてもいいぜ」

 

 キルアは高めたオーラを電気へと変化させ、本来絶縁体のボールにオーラを纏わせて帯電させる。

 

(オーラを電気に変化させるだと!? しかもあくまでオーラを纏わせることでボールが帯電するようにコントロールまでしてやがる、化物の仲間は化物だったか)

 

 勝負がドッジボールのため直接攻撃は禁止されているが、レイザーもボールにオーラを纏わせたようにボールそのものに細工することは禁止されていない。

 バチバチと激しく明滅するボールはとても触れていいものとは思えず、レイザーは挑発されながらも回避することを決めて構える。

 

「くらえやこの筋肉ダルマが!!」

 

 キルアはボールを投げるのではなく、なんとボレーシュートの要領でレイザーに向けて蹴り飛ばす。

 腕より強い足による一撃はまさに雷となってレイザーに迫り、威力自体は問題なくとも電撃によるダメージを嫌って余裕を持って回避する。

 

 ボールを蹴り出したキルアの後ろに、体毛がビキニ状に変化した白の賢人(ホワイトゴレイヌ)が佇んでいた。

 

「どっせい!!」

 

 秘かに具現化し直していたホワイトゴレイヌと入れ替わったゴリィヌが、外野に飛んできたボールをドロップキックで蹴り返す。

 

「アイターッ!!」

 

 電撃の大半はゴリィヌに炸裂して消え失せたが、キルアの蹴り出した威力を反発力にさらなる勢いを生んだボールがレイザーの意表をついて迫る。

 

「(ダメージ覚悟で間髪入れず攻撃だと!?)ぐぅっ!?」

 

 意表をつかれながらも反応したレイザーだったが、ボールに残った電撃で筋肉が痙攣しキャッチしきれず取り零してしまう。

 

『レイザーアウト!』

 

「どんなもんじゃい! これぞあたしとキルちゃんの合体攻撃よ!!」

 

 ゴリィヌは若干焦げて髪が逆立ちながらもレイザーに指を突き付け、内野に残るキルアには投げキッスでねぎらう。

 投げキッスを気持ち悪がるキルアとホワイトゴレイヌと入れ替わりまた内野に戻ったゴリィヌを見たレイザーは、獰猛な笑みを浮かべて転がるボールを掴み上げる。

 

「まさかゴンじゃなくお前達に不覚を取るとはな、バックだ!」

 

『レイザーがバックを宣言、レイザーチームボールで試合再開しマ…』

 

 レイザーが一つ指を鳴らすと、具現化されていた念獣達がオーラに戻る。

 揺らめくオーラはそのままレイザーへと戻っていき、元々多かったオーラが更に膨れ上がって威圧感を撒き散らす。

 

「…なん、という」

 

「ちょっと! そこまでするのはやりすぎだわさ!! クリア者を出さないつもり!?」

 

 オーラにあてられたツェズゲラが絶望の表情を浮かべ、いくらなんでも高い難易度にビスケが苦言を呈する。

 

「もちろん本来ここまではしない。グリードアイランド責任者で俺の恩人でもあるジンからの願い、ゴンが来たら手加減するなって依頼を遂行してるのさ」

 

 ゲームシナリオ的には、海賊達から全勝できるだけの実力があれば“一坪の海岸線”をゲットさせてもいいとされている。

 レイザーはあくまで裏ボスといった立ち位置であり、現実世界で囚人の海賊達がハメを外しすぎないようにソウフラビにいるのだ。

 

「安心しな、次の挑戦に俺は出ない。今回負けてもカードはゲットさせてやるよ」

 

 見下すようなレイザーの言葉に怒りをあらわにするキルアとゴリィヌだが、直接相対する二人は自分達では絶対に勝てないと理解してしまっていた。

 それだけ本気のレイザーは強者であり、本人も囚人という経歴からくる凄みが殺気となって噴出している。

 

 

 ドクン──

 

 

『あっ…』

 

 それに最初に気付いたのは、キルア、クラピカ、レオリオの3人だった。

 この場にいる者の中で彼等だけが弱体化する前のゴンを知っており、最も近くでそのオーラに触れてきた故に気付けた。

 

 

 ドクン───

 

 

 いつの間にかギンが戦闘態勢を解いて毛づくろいを始めており、立ち尽くすゴンの横で呑気にあくびまでしていた。

 そして何かを感じ取ったレイザーとビスケ、続いてゴリィヌとツェズゲラが思わずゴンに視線を向ける。

 

 

 ドクン!!────

 

 

 傷付き深い眠りについていた筋肉が、長い雌伏の時を経てついに超回復を完了しようとしていた。

 

 




 後書きにも失礼します作者です。

 ゴリィヌモードについてまた少し補足します。

 感想にも結構あった制約や代償ですが、ゴレイヌ自身が使う分には性格が変わるだけでそれ以外はほとんどありません。
 というのも能力でパワーアップしているのではなく、ゴリィヌになればパワーアップ出来る故に性転換するだけの能力だからです。
 他人を性転換するとなると色々制限が必要になって難易度が上がりますが、本来弱体化しかしない自分の性転換に制約や代償はないだろうという考えです。

 平成中期はお笑いバラエティ全盛期だと個人的には思ってます。


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第62話 復活と決着

 

 その鼓動は、空気を震わせたわけではなかった。

 

 

 ドクン──

 

 

 ゴンの重厚なオーラが脈打つことによる幻聴にも関わらず、その場にいる誰もが同じ音を認識していた。

 

 

 ドクン───

 

 

 それは復活を知らせる筋肉からのメッセージ、筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)によって一心同体となった筋肉とオーラのハーモニー。

 

 

 ドクン!!───

 

 

 傷を癒やすだけにとどまらず、さらなる進化を遂げた奇跡の肉体がグリードアイランドで産声を上げる。

 

 

 

 

 レイザーは誰よりも全力で警戒しながら、未だに目を瞑り集中して佇むゴンを注視していた。

 突如ダムが決壊するかのように吹き出したオーラはもちろんだが、それ以上に醸し出される雰囲気が一切の予断を許さない警鐘を鳴らし続けている。

 

「バック…」

 

 ゆっくりと目を開いて静かに内野への帰還を告げたゴンを、レイザーは神に誓って瞬き一つせずに視界に収めていた。

 

 まるでその小さな身体が膨張したように、気付けば体勢の変わらぬゴンがレイザーを飛び越えようとしていた。

 

「っ!!?」

 

 予備動作が一切ない足首の力のみの跳躍は、外野から自陣コートへゴンを運び、その物理的に違和感しかない動きを誰もが信じられない表情で見つめる。

 

 そして静かにコートへと降り立ったゴンは、レイザーに対して背を向けたまま徐々にその身長を伸ばしていく。

 

 キルアの身長を追い抜き、ゴリィヌの身長を追い抜き、レイザーと遜色のない身長にまで成長する。

 

 縦に伸びてスラリとした見た目になったゴンの肉体は、次にオーラの脈動と共にその太さを増していく。

 

 今度こそ比喩でもなんでもなく内側から膨張していく肉体に耐えきれず、伸縮性抜群だったタンクトップと短パンが見るも無惨に弾け飛ぶ。

 

 唯一残ったボクサーパンツが伸びに伸びてTバックとなりながらも最後の砦を死守する中、コート内に空前絶後の芸術がその姿を現した。

 

 その姿はパンイチにも拘らず、それを頼りないと思う者は一人もいなかった。

 

 ビスケやレイザーをして別次元の肉体と認めざるを得ないその筋肉は、どんな鎧よりも堅固な守りと、どんな武器より強力な攻めを感じさせる。

 

 やがてゴンは確かめるようにゆっくりと右手を上げ、顔の前に持ってきた掌を静かに見つめる。

 

 そして小指から一本ずつ指を曲げていき、最後に親指でロックすると出来上がった拳を力強く握りしめた。

 

 なんのことはない動作の一つ一つが、まるで映画の中のワンシーンのように見る者の視線を掴んで離さない。

 

「…ごめん、服着てもいいかな?」

 

「……構わんぜ」

 

 レイザー側に傾いていた勝負の天秤が、力尽くでゴン達側に押し込められた。

 

 

 

 イケメンに目がなく、たくましい肉体に目がないはずのビスケが欠片も色を挟むことが出来なかった。

 

(もう呆れたとか驚いたとか、そんな次元の話じゃないわさ。ジジィが、ウイングが手放しで称賛した意味がやっとあたしにも理解できた)

 

 肉体的に全盛期を更新し続け、ネテロは疎か知る限り最高の身体能力を自負していたビスケのプライドは木っ端微塵に砕け散った。

 半世紀にも渡るビスケの磨き抜かれた宝石(筋肉)が、10代前半のまだまだ原石の小僧に輝きで並ばれているのだ。

 

(なによりゴンの身体的特性と発の親和性が高すぎる! まるで最初から到達点を知っていたかのような構成、あの子には一体何が見えているの!?)

 

 本気でやり合えば負けの目があると自覚し、総合戦力的にはまだ勝っているという事実が慰めにもならなかった。

 ウイングがネテロとビスケを間違いなく超えると断言した理由、どう考えてもおかしいレベルのネテロの若返りの理由、近い将来武の頂に立つなど烏滸がましい評価だった。

 

 このままでは武の頂を蹂躙する、ただの暴力による支配が待ち構えているのだ。

 

(あたしも呑気に磨いてなんていられないわさ。依頼通りジジィに合流して追い込まなきゃ、今のゴンに負けることは武の敗北に等しい!)

 

 いつかはゴンも武を修め、ゴン流とも言えるものを創り出すのかもしれない。

 しかし今のゴンは、武を修めたなどとは口が裂けても言えない。

 何故ならゴンは武の対処法を知っているだけで、本人は武も何もなくただ突っ込むのが最強の戦術だからだ。

 

(一刻も早く武を叩き込む、その間敗北は許されない。…まったく、困難なほど燃えるのはハンターの性かしらね。やってやるわさ!)

 

 ビスケは嫌に下手に出るツェズゲラからシャツとズボンを借りるゴンを見据え、静かに心の中で炎を燃やす。

 

 世界最高の師匠が、ゴンを弟子以上に好敵手として認めた瞬間だった。

 

 

 

 挑戦者チームで最も大柄なツェズゲラから服を借りたにもかかわらず、上も下も筋肉の厚みでパツパツにしたゴンがコート内に戻る。

 ゴンは普通にオーラを纏い歩いているだけ、ただそれだけでレイザーの額から汗が一筋流れ落ちる。

 

(ジン、お前はとんでもない存在を誕生させたのかもな)

 

 コート上で対峙しているだけで感じるゴンの威圧感は、実戦ではないことをレイザーに安心させるような残念に感じさせるような複雑な感情を抱かせていた。

 キルアとゴリィヌは内野コートの端ギリギリまで下がり、ゴンは中心付近に陣取るとレイザーを見据えて練を行う。

 

 オーラが物理的衝撃を伴い、化物という比喩が可愛く見えるほどの圧がレイザーを襲う。

 

 獰猛な笑みを浮かべるゴンにレイザーも同質の笑みを返し、ゴン達の持つバインダーと同じ効果を持つポケットからスペルカードを取り出す。

 

 それはGM(ゲームマスター)のみが使用できる、GM同士が連絡を取り合うためのカード。

 

「GMコンタクト、エレナとイータ」

 

『はいはーい、レイザーが連絡してくるなんて珍しいじゃない』

 

『ゴンくんもそこにいるみたいだけどどうかしたの?』

 

 突然の通信に誰もが疑問を浮かべる中、レイザーはシステムを統括する立場のエレナとイータに要請する。

 

「ほんの数分でいい、俺をG.I.S(グリードアイランドシステム)から除外してくれ」

 

『はぁ!? あんたそれマジで言ってんの!?』

 

『システムはもちろんレイザーも無事じゃすまないかもしれないんだよ!?』

 

 G.I.S(グリードアイランドシステム)とは、グリードアイランドを創った11人による相互協力型(ジョイントタイプ)の念能力。

 11人もの念能力者による役割分担と、島を依り代とした拠点タイプにすることで神字等の恩恵を最大限に得る。

 本来人の手に余るゲーム内アイテムの数々は、島にいるGMはもちろんプレイヤーからもオーラを搾取しながら、ジンの設計した奇跡と言えるシステムバランスで実現している。

 

「わかってる。それでもあのバカとの約束なんだ、悔いを残さずにやり遂げたい」

 

『…1分、いや2分だけどうにかしてあげる。それでも死んだら死者の念になってシステムに戻りなさいよ!』

 

『ゴンくーん! 申し訳ないけどこいつのわがままに付き合ってあげてね、よろしく!』

 

 通信が切れたのを確認したレイザーは精神を集中し、それに応えるようにゴンもオーラを高める。

 

『G.I.Sに異常発生、レイザーがシステムから除外されています。繰り返します、異常発生…』

 

 突如ゴン達のいるフロアに警報が鳴り響き、システムから解放されたレイザーが大量のオーラを纏う。

 

 10年以上振りに感じる自由を感じる時間すら惜しむように、レイザーは限界までボールにオーラを込めるとバレーのスパイクの要領で宙に放る。

 

 己も大量のオーラを纏って飛び上がり、とどめとばかりに右手に硬でオーラを集中させる。

 

(これが掛け値なし、俺の本気の全力だ! 受け取りやがれ!!)

 

 

 一振りの隕石(メテオスパイク)!!

 

 

 その一撃は正しく隕石。

 

 フランクリンの俺の身体はバズーカ砲(オーラキャノン)を広域殲滅型とするなら、メテオスパイクは貫通力と着弾威力を突き詰めた一点突破型。

 そもそも用途が違うため比較するものでもないが、仮に撃ち合ったならばオーラキャノンを突き破ったメテオスパイクがフランクリンに直撃するだろう。

 

 そんな底辺能力者が見てもヤバいとわかる一撃に対し、究極の一を目指すゴンの選択肢は揺るがない。

 

 

 最初は、グー ──

 

 

 腰を落とし腕を引き絞り、溢れるオーラが右手に集中する。

 

 

 ジャン、ケン──

 

 

 命の危機故か、ゴンとレイザーのオーラの影響か、その場の人間は等しくボールが着弾するまでの刹那の時を認識した。

 

 

「パーー!!」

 

 

 全員の目が、落下する隕石を受け止める巨大な掌を幻視した。

 

 

 ボールと手が出してはいけない轟音、近くにいたキルアとゴリィヌが転がるほどの衝撃波、粉塵のベールに包まれて見えない着弾地点を誰もが息を呑んで見つめていた。

 ほんの僅かな沈黙は、粉塵を吹き飛ばすオーラによって破られる。

 

 ツェズゲラから借りたシャツが吹き飛び上半身裸となったゴンが、ボールを握りしめてコートに仁王立ちしていた。

 

(…脱帽だな。今のはこの建物を吹き飛ばすつもりの一撃だったんだが、ゴンのオーラにすべて相殺されたか)

 

 メテオスパイクは凄まじい貫通力を誇るが、それ以上に厄介なのが着弾時に炸裂するオーラである。

 ボールに込められたオーラは着弾と同時に全方位へ放出され、周囲にあるものすべてを吹き飛ばし大ダメージを与える。

 避けようにも相手より上から打ち下ろして放たれるため、一瞬で範囲外に逃げない限り至近距離で攻撃を受けることになるのだ。

 そんなレイザー渾身の一撃を身体能力とオーラのゴリ押しで掴みきったゴンは、コート外に転がったあと戻ってきたキルアに顔を向ける。

 

「キルア、またお願いできるかな?」

 

「お前ふざけんなよ!? あんなん見せられて出来るか!!」

 

「ごめん、それでもキルアにしか頼めないんだ」

 

「〜〜っ!」

 

 ゴンからの頼みに数秒うなって恐怖を打ち破ったキルアは、ゴンからボールを奪い取るとレイザーに質問する。

 

「レイザー! “大天使の息吹”は本当にどんな怪我でも治すんだな!?」

 

「あぁ、生きてさえいれば四肢がもげようが心臓がなかろうが完治する」

 

 キルアはポケットから電池を取り出してかじり、自身の最大容量以上に電気を纏う。

 

 “神速(カンムル)・疾風迅雷”

 

 キルアはボールを構えて狙いを付けると、人生最大の集中力を発揮させた。

 

 大きな音を立てていた電気が小さく、しかし全身満遍なく行き渡りチチチッと小鳥のさえずるような音が鳴る。

 大量のオーラと電気を限界まで細かく満遍なく巡らせるそのコントロールは、対峙するレイザーはもちろんビスケも絶句するほどのオーラ運用力。

 

 “借筋地獄(ありったけのパワー)

 

 キルアの超絶技巧すら吹き飛ばす、ただの暴力がその真価を発揮した。

 

 その筋肉はウボォーギン戦を遥かに上回り、溢れるオーラは見ていた底辺能力者や海賊達の心を折り膝をつかせる。

 反動で弱体化していた間の筋力トレーニング、そしてデスマーチの間搾取され続けたオーラの酷使。

 筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)が筋肉とオーラの負荷を互いに共有しあい、相乗効果の酷使を乗り越え超回復に至った故の新たなステージ。

 

 

「最初は、グー…」

 

 

 硬く握りしめられた右拳にオーラが集中し、強すぎる握力と共にオーラが圧縮されていく。

 見えなくなるほどではないにしろ、体積的には半分ほどになったオーラ密度に空間が悲鳴を上げているようにも見えた。

 

 

「ジャン、ケン…」

 

 

 体が拗られたことで正面を向いたゴンの背中から、ひきつれて笑ったようにも見える鬼の貌がレイザーを見据えている。

 己の死を覚悟したレイザーは極限の集中で待ち構え、オーラを纏わないだろうボールに小さすぎる希望を抱いてオーラを高める。

 

 

「グーー!!」

 

 

 おそらくは有史以来最強の拳がボールへと突き刺さり、不壊の性質を持つボールがあっけない音を立てて破裂した。

 

 見ていた全員が意表をつかれて硬直し、矢面に立っていたレイザーは体も心も完全に機能停止する。

 

 元ボールだった物が力なく飛んでいき、レイザーの膝に当たってコートへと落ちる。

 

『異常事態発生、G.I.Sに損傷を確認。除外されたレイザーを強制的にシステムへ復帰させマス』

 

 再びシステムに組み込まれたレイザーにより、けたたましく鳴り響いていた警報が嘘のように静まり返る。

 全力を振り絞り気が抜けたこと、少なくなったオーラの搾取が行われたことでコートに座り込むレイザー。

 深く息を吐くと俯いていた顔を上げ、キルアと同等の体格になり気まずそうな表情を浮かべるゴンに苦笑しながら告げる。

 

「まいった。この勝負、お前達の勝ちだ」

 

 レイザーの敗北宣言は、両手の指があらぬ方向に曲がったキルアの悲鳴とレオリオの絶叫によりかき消され、その場の空気をなんとも言えないものへと変えるのだった。

 

 



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第63話 コンプリートとピエロ

 

 皆さんこんにちは、明らかに原作以上の難関ながら無事一坪の海岸線をゲットしたゴン・フリークスです。なんだか一瞬の気がしますが、半年過ごしたグリードアイランドともお別れが近い。

 

 

 

 

 

 

 レオリオとクラピカがキルアとゴレイヌを治療し、ツェズゲラが恐慌状態の数合わせ組をなだめている中、ゴンはレイザーから改めてジンについて教えてもらっていた。

 

「あのバカに会ったら俺の分も殴っといてくれ。そんでたまには顔を出せとも言っといてくれると助かる」

 

 そんな言葉から始まったレイザーの昔語りとジンとの出会いは、グリードアイランドに閉じ込められたとはいえ今を楽しむことが出来ている感謝の念にあふれていた。

 今何をしているか知らないし、最悪二度と会えないかもしれないが息子のゴンに会えたことも嬉しかったと口にする。

 

「性格は悪いが恐ろしく頭の回る奴だ、お前がここに居ること、俺と戦って勝つことも想定内かもな。間違いなくお前の強さは見誤ってるだろうが」

 

 本気で死を覚悟したとゴンの胸を軽く殴ると、浮かべていた苦笑を柔らかな笑みに変えて締めくくる。

 

「全部出しきった。これで俺は心置きなく、これからの人生を自分のために使える。ゴンもたまには顔を見せに来いよ、待ってるぜ」

 

 そしてレイザーは改めてゴン達挑戦者にイベントクリアの宣言をすると、どこからともなくやってきた女性NPCがプレイヤーを誘う。

 グリードアイランドで最後に残ったメインイベント最初のクリア者にして最後のクリア者であろうゴン達を、レイザーはその姿が見えなくなるまで清々しい気持ちで見送り続けた。

 

 

 

 最後のシナリオが終了し、見事“一坪の海岸線”をゲットしたゴン達は数合わせ組に報酬を払うと早速カードの複製に入る。

 使うスペルカードは複製(クローン)、指定したカードを効果含めて完全コピー可能という強力なカードであり、これを使って限度枚数となる3枚の一坪の海岸線を手に入れた。

 

「私の一坪の海岸線はクローンで構わない、残りの2枚は君達が持っていてほしい。むしろクローンとはいえ受け取るだけの働きができたか疑問だが」

 

「いや、あんた等がいたからこそレイザーを引きずり出せたと言える。そのカードは胸を張って受け取ってくれ」

 

「……、あぁ、そうさせてもらおう」

 

 初めは遠慮気味だったツェズゲラも、ゴレイヌに諭されてしっかりとカードを受け取る。

 ゴリィヌとの落差に内心穏やかではなかったが、それをおくびにも出さないのは流石経験豊富な一つ星(シングル)ハンターといったところか。

 

「せっかく貸してもらったのに服破ってごめんなさい。ツェズゲラさんにはお世話になりました」

 

「いや、重ねて言うが私の力など大したことはなかった。そもそも同じシングル同士、これからは対等に接してくれると助かりま…、助かる」

 

 ツェズゲラはドッジボールでついていけなかったことはもちろん、ゴリィヌとキルアの実力が己を超えていること、ゴンの暴力が自分の推し量れるものではないことを痛感していた。

 それこそ普段どおりを装ってはいるが、仮に実力でカードを奪いに来られたらまるで抵抗できない以上どうしても緊張はなくならない。

 ゴン達が人格面で非常に善良なことを、心の底から安堵しているのだ。

 

「さて、これで私と君達、そしてゲンスルー組の三竦みなわけだが…」

 

 ツェズゲラがある提案を持ちかけようとした瞬間、狙ったかのように他のプレイヤーからの交信が入る。

 相手は今まさに話題に上がったゲンスルー、ツェズゲラはゴン達にも目配せをするとその通信を取る。

 

『やーやーツェズゲラさん、早速だが一坪の海岸線ゲットおめでとうと言わせてもらおう。これで指定ポケットのカードは全て白日のもとにさらされたわけだ』

 

「やはりバインダーをチェックしていたか、それで? わざわざ連絡をしてきてどうした、トレードでも希望なのかな」

 

『オイオイオイ! 俺達から逃げ回ってるくせに随分と態度がでかいな、もしかしたら怪我をしてるかもしれないから心配して連絡してやったんだよ。酷いようなら大天使の息吹を使ってやろうかなってさ!』

 

 ツェズゲラは聞こえてくる品のない笑い声に顔をしかめながら、これまでの小競り合いでやや逃げ腰に対応していたことは否定できずに押し黙る。

 通信越しのゲンスルーはひとしきり笑ったあと、今までの軽薄さを引っ込めてツェズゲラに宣言する。

 

『お前が俺達の必要な指定カードを全部持ってるのは知ってる。最終決戦といこうぜ、お前からカードを奪えば俺達の勝ちだ』

 

「…いいだろう、私もここまで来て出し惜しみはすまい。全力で相手をしてやろう」

 

『そうこなくっちゃな。もう一組そこにいるのはゴレイヌ組か? ツェズゲラが逃げたら次はお前等だ、せいぜい震えて待ってるんだな』

 

 ツェズゲラは通信を切られた後しばらく警戒し、すぐさま襲いかかってこないことを確認すると一息ついてゴン達に向き直る。

 

「状況は予想通りあまり良くないようだ。ついては私から君達に提案したいことがある」

 

 それはツェズゲラのシングルとしてのプライドと、ゲンスルーに対する警戒から導き出された妥協案。

 

「私達が独占する指定ポケットカードを譲渡したい。その代わり、クリアの成功報酬の分配に私達を加えてくれ」

 

 ツェズゲラは状況的にゲンスルーが自分を付け狙うはずであり、負けるつもりはないが正直分が悪いと考えている。

 その上で最悪はゲーム外に退避することも視野に入れると、今まで集めたカードは無駄になるしゲンスルーが更にクリアに近くなって面白くない。

 

「君達がゲンスルー組に負けることはまずありえない以上、接敵したらクリアが決まる。奴等に私達が勝てば私達有利な、君達が勝てば君達有利な配分で報酬を得るのはどうだろうか」

 

「随分そっちに都合よくね? こっちは最悪お前等ボコってカード奪ってもいいんだぜ」

 

「それも重々承知しているが、君達にとっても悪くない話だと自負している。これでもシングルだ、君達を出し抜くことも可能と見ているし、断言するが残りのカードを自力で集めるには年単位の時間がかかるぞ」

 

 ツェズゲラはあくまで強気に、しかし背中は服の色が変わるほど冷や汗を流しながらも交渉を続ける。

 強硬策に出ないだろうという相手の善性に期待した賭けと、最悪の場合は仲間だけ逃して自分が玉砕するという覚悟。

 力では決してかなわない相手に挑む、それもまたハンターの本懐のひとつなのだ。

 

「オレはいいと思うよ。こっちがもうちょっと条件を付け加えていいならね」

 

 少し怪しい雰囲気が広がりだした時、黙っていたゴンがあっけらかんとツェズゲラの提案を受け入れる。

 相手の譲歩を得ようと威嚇していたキルアやゴレイヌは少々面食らったが、他のメンバーもとりあえずゴンの条件を聞こうと緊張を解く。

 

「先ずバッテラさんから許されてる持ち帰れるカード1枚の権利をこっちに確約すること。報酬の分配は3:2でこれはツェズゲラさんが負けた時のみ、お互いに総取りできる可能性を残す」

 

 ゴンの提案はツェズゲラ組がゲンスルー組に勝てばツェズゲラ組の総取り、ツェズゲラ組が負ける前にゴン達がゲンスルー組に勝てばゴン達の総取りとして勝負するというもの。

 

「なるほど、私達は負けた時の担保をカード選択権で買い、500億の報酬は早いもの勝ちということか」

 

 ゴン達はゲンスルー組と面識がないため接触できるか怪しい上に、相手の狙いはツェズゲラ組のためチャンス自体が極端に少ない。

 対してツェズゲラ組は勝率が怪しいながらも向こうから仕掛けてくる上、自分達から仕掛けることももちろん可能。

 最悪は当初の予定通りゲーム外に退避すればいいこともあり、実質カード選択権を失うだけでより良い条件になったとも言えた。

 

「ちなみにそこまでして欲しいカードが何か聞いてもいいかな?」

 

「ビスケがグリードアイランドに来た理由でさ、ブループラネットが欲しいんだ。オレ達は全員ビスケに選択権を譲ってるしね」

 

 ツェズゲラがビスケに視線を向ければ、試合中垣間見えた老獪さが消えてキャピキャピしたビスケが目を潤ませて見つめ返してきた。

 他のメンバーを見ても特に嘘を言っている風にも見えないため、ツェズゲラは最後に仲間とアイコンタクトで確認を取るとゴンに向き直る。

 

「その条件を飲ませてもらう。どちらが勝っても恨みっこはなしでいこう」

 

「わかった。じゃあカードを預かるね」

 

 本来正式な書面などで取り決めるべきだが、互いにシングルハンターとしての信頼性で口約束のままカード交換を行う。

 ツェズゲラ組からそこそこ多めのカードをゴン達がそれぞれ分けて受け取り、ツェズゲラ達も所持カードが変わらないように贋作(フェイク)のカードを使って傍目には変化なしを装う。

 

「君達もカードを変化させるなどして所持カードを偽装するん…、何をしている?」

 

 ツェズゲラはゴンとビスケが二人でカードの交換を行いだしたこと、しかもゴンはカードの効果を打ち消す“聖騎士の首飾り”を首に下げていることを不審に思った。

 ツェズゲラと同じくキルア達も首を傾げていることでさらに嫌な予感を感じたが、行動を起こすには致命的に手遅れだった。

 

「ごめんね、ツェズゲラさん」

 

 ゴンがビスケから受け取ったカードをバインダーに差し込むと、突如として全員のバインダーから音声が流れ出す。

 

『プレイヤーゴンが全ての指定ポケットカードをバインダーにセットしました! 只今を持ちまして、グリードアイランドは最終イベントに突入します!!』

 

「……は?」

 

 まさかの事態にツェズゲラの思考がストップし、啞然としながらゴンを見つめる。

 ゴンとビスケ以外の全員が呆気にとられる中、ツェズゲラの仲間であるドッブルが慌てて声を上げる。

 

「ツェズゲラ! ゲンスルー組がこっちに向かってるぞ!!」

 

「そういうことかよ、こいつ等爆弾魔(ボマー)の仲間だったのか!」

 

「離脱するぞツェズゲラ!!」

 

 慌ててゴン達から距離を取った3人とは違い、冷静さを取り戻したツェズゲラはその場を動かず頭を抱える。

 

「くっ、くくっ、ハァーッハハハ!!」

 

 そして天を仰いで突然笑い出すと、厳戒態勢を取る仲間達に手を振ってなだめる。

 

「まんまとしてやられたというわけか、いつからか聞いてもいいかな?」

 

「カードを受け取ったのは何日か前だけど、ハメ組が全滅したと同時に動いたんだって」

 

「なるほど、どうりで奴等の攻勢が弱かったはずだ。様子見にしてもおかしいと思ったがそういうことなら納得だ」

 

 穏やかにやり取りをするツェズゲラとゴンに周りが困惑する中、同行(アカンパニー)のカードで4人の人物がこの場に到着する。

 着陸時の土煙から現れたのは、3発の不発弾を従える奇術師。

 

「上手くいったみたいだねゴン♥ボクも役に立てて嬉しいよってなんだいそのオーラは!? 身体も元に戻ってるどころかさらなる進化を!? あぁ、あぁ〜〜素敵すぎるぅ♥」

 

 クールに決めようとした仮面が一瞬で剥がれたピエロに引きずられ、伸縮自在の愛(バンジーガム)で繋がれたゲンスルー達が地面を削りながら懇願する。

 

「もういいだろ!? ゲームもクリアしたんだからいい加減解放してくれ!」

 

「何なら俺とバラは好きにしていい、頼むからゲンスルーだけでも見逃してくれ!」

 

「馬鹿なこと言ってんじゃねぇぞサブ!! 俺達は言われた通りに動いたんだからこれでお役御免のはずだ!」

 

 必死の抗議もゴンに夢中のピエロには届かず、ゲンスルー、サブ、バラの3人はゴンの周囲をうろちょろするヒソカに振り回され続ける。

 そのあまりに異常な光景に絶句するドッブル達は、苦笑しながら頭を下げるツェズゲラにやっと現実に引き戻された。

 

「すまない、全員で決めたこととはいえ最後の判断ミスは私にある。まさかここまで用意周到だったとは予想外だ」

 

 ゴンが“大天使の息吹”含め想定以上の指定ポケットカードを持っていたこと、ゲンスルー達の無様な姿の理由はハメ組全滅直後にまで遡る。

 

 

 

 

 

 グリードアイランドに入った者が最初に出てくる場所“シソの木”、その周囲に広がる草原にハメ組のメンバーが暗い表情で勢揃いしていた。

 幹部ゲンスルーの裏切りと仲間の死体を目の当たりにしたことで、数の暴力に頼った弱者達は既に反抗する気概を失ってしまっていた。

 死んだメンバー以外にアベンガネがこの場にいなかったが、そのことに気付く人間すらいない有様である。

 

「おーおー、雑魚が雁首揃えて辛気臭いな。こっちまで気が滅入りそうだぜ」

 

 最初に出てきたハメ組のリーダーに続き、悪態をつきながらゲンスルーにサブとバラがやってくる。

 そして早速取り出したバインダーで所持カードを確認すると、その圧巻のカード量に興奮した笑みを浮かべた。

 

「これでいいだろう、早く能力を解除してくれ。メンバーの中にはタイムリミットが近い者もいるんだ」

 

「せっかちだねぇ、少しは感慨に浸らせろよ。サブ、バラ、やるぞ」

 

 ゲンスルー達は親指を立てたままの拳を近付け、全員の親指を接触させると声を揃える。

 

解放(リリース)!!』

 

 その瞬間一斉に爆発する命の音(カウントダウン)

 

 解放とは名ばかりの一斉起爆は、ハメ組のメンバー全員を呆気なく即死させる。

 

「お前等みたいな雑魚との約束なんざ守るわけねえーだろ! せいぜいあの世で楽しくな!」

 

 数十人の爆殺死体の前でゲラゲラと笑う3人は一切罪悪感なく悲惨な光景に背を向け、次はツェズゲラをぶっ殺すと喋りながらその場を去る。

 

「無駄な努力ご苦労さま♣君達のカードはボクが全部いただくよ♦」

 

「なにっ!?」

 

 去る寸前の背中に声をかけたのは、凄惨な死体の中返り血一つなく佇むヒソカ。

 何故気付けなかったのか不思議に思う3人だったが、ゲンスルーは特に大きな疑問を感じて問い詰める。

 

「覚えてるぜ、最近仲間になった新入りだな。カウントダウンは肩にセットしたはずだが、お前除念師か?」

 

 ゲンスルーはその不自然なほどの汚れのなさから、カウントダウンを耐えたのではなく除念したと考えたがそれにしても違和感を感じていた。

 ヒソカの醸し出す雰囲気に、ゲンスルーの強者としての勘が大きな警鐘を鳴らしている。

 

「あの品のない爆弾は切り払ったよ♠ボクも新しいステージに上がれたから、あの汚いのを付けたのは大目に見てあげる♦」

 

 ヒソカの奇術師の嫌がらせ(パニックカード)は、柄によって特性を変える。

 

 オーラを増幅しバンジーガムと相性のいい♥。

 

 手放すことで補正が入り持続力に優れた♦。

 

 隠で不可視化しやすくバランスのいい♣。

 

 そして斬撃特化の♠。

 

 グリードアイランドに入ってからこれまでただひたすらに発の能力向上に努めたヒソカは、パニックカードの♠をさらなる高みへと導いた。

 

 オーラ及び念能力の切断である。

 

 クラピカの裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)のように体内に浸透するタイプや、かけた念が物質化しないタイプは除念不可だがそこは問題ではない。

 

 ゴンの脳筋万歳(力こそパワー)の補正を切り裂く手段を得たことこそが重要なのだ。

 

 そのためだけにヒソカは爆発すれば自分も危ういカウントダウンを解除せずに放置し、爆破される寸前に覚悟とリスクを負ってパニックカードを使い進化させた。

 

「殺しちゃったらカードが失われるんだっけ? ゴンを驚かせたいから、反抗できないように痛めつけた後は今まで通りに過ごさせてあげる♣」

 

「ゲン、さっさと3人でやっちまおうぜ」

 

「能力について知ってるやつは少ないほうがいいだろ」

 

 臨戦態勢に入ったサブとバラにつられて構えたゲンスルーだが、何故か冷や汗と震えが止まらなくなっていた。

 

「転移系のスペルカードはたんまりくすねてある、どこにも逃がさないよ♠」

 

 栄光への第一歩を踏み出したはずの爆弾魔は、気付けばピエロに続く破滅の道への一歩を踏み出していたのだった。

 

 



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第64話 ゲームクリアと未来に進む者達

 

 

 皆さんこんにちは、無事ツェズゲラさんを出し抜いたゴン・フリークスです。ビスケとヒソカが予想したそのままの展開になって若干引いてます。

 

 

 

 

 

 ヒソカの登場とゲンスルー組の敗北にゴンのゲームクリアと怒涛の展開に多くの者が対応できぬ中、グリードアイランドは関係ないとばかりに最終イベントに突入する。

 

『只今から指定ポケットカードに関するクイズを行い、最高得点者には指定ポケットカードNo.000“支配者の祝福”を贈呈します。全プレイヤー参加可能なので皆様奮ってご参加ください!』

 

 まだ混乱冷めやらぬ中のクイズ大会が開かれようとした時、ゴン達の元へ多くのプレイヤーがスペルカードを用いて転移してくる。

 

 カヅスール組やアスタ組はもちろんすれ違ったのみの名前すら知らないプレイヤーがやってきては口々に偉業を称賛し、クイズ大会で勝ったらカードを買ってくれと交渉してくる。

 さり気なくアベンガネもゲンスルーに触れて命の音(カウントダウン)の完全除念に成功すると、いくつかのグループに声をかけ協力してクイズ大会に挑む。

 

『皆さん準備はよろしいですね? それでは第一問です!』

 

 このクイズ大会は、どれだけグリードアイランドというゲームをやり込んだか試すテスト。

 暴力やスペルカードでカードが奪えるとはいえ、真にゲームと触れ合ってきた者にこそクリアしてほしいという開発者達のささやかな願い。

 多くのカードをスペルカードで奪って集めたハメ組の系譜を継ぐゲンスルー組に対し、念能力や実力でもってまともに攻略を続けてきたツェズゲラ組やゴン達はとてつもなく大きなアドバンテージを持つ。

 どこまでが最高責任者であるジンの想定通りか本人以外知る由もないが、最後の最後、最も多く問題を正解したのはやはり真っ当に攻略を行ったプレイヤー。

 

『集計出ました。最高得点は96点、プレイヤー名ゴレイヌ!!』

 

 10年以上の時間がかかりながらも、ついにグリードアイランドが完全クリアされた瞬間だった。

 

 

 

 

 クイズ大会を優勝したゴレイヌからカード“支配者からの招待”を受け取ったゴンは、ゲーム開発者の待つ城へと一人で訪問していた。

 案内通りに進めばボサボサの黒髪に無精髭の小汚い男と、小柄で金髪の身奇麗な男がゴンを出迎える。

 

「聞いてた通りジンの奴にそっくりだな! ゲームクリアおめでとうゴン、俺はゲーム開発者の一人ドゥーンだ」

 

「僕はリスト、同じく開発者の一人だよ。きっとジンは君がここに来ることも予測してたんだろうね」

 

 最後の指定ポケットカード“支配者の祝福“を受け取ったゴンは、改めて二人からゲームクリアを讃えられそのままジンについての逸話や笑い話を聞く。

 見るからにおおらかで賑やかだとわかるドゥーンはまだしも、礼儀正しく物静かそうな印象のリストもすこぶる饒舌に語る。

 

「エレナ達からも聞いたが、俺等の分も殴っといてくれんだって? あの性悪にはいい薬だろうから思いっきりいってくれや!」

 

「よろしく頼みますねゴンくん、ここグリードアイランドまで吹っ飛んでくるくらいの一発をお見舞いしてやってください」

 

 おおよそ2時間、長いような短いような語らいを終えてゴンは特別なバインダーを受け取る。

 たった3枚のカードを収納できるだけのバインダーは、たった一度だけ現実世界で呼び出せるクリア特典。

 最後に城下町で盛大なパレードが開催され、グリードアイランドは大きな大きな節目を迎えるのだった。

 

 

 

 

 

 無事クリア特典を受け取ったゴン達はツェズゲラ仲介の元、バッテラの要望するカードを特別バインダーへとセットしていた。

 

「“大天使の息吹”と“魔女の若返り薬”をバッテラさんに、“ブループラネット”をビスケ用に。バッテラさんの恋人はレオリオでも無理だったんだね」

 

「昏睡状態になってから時間が経ちすぎていること、患部が脳のせいで治しようがなかったらしい。悔しそうにしていたよ」

 

 ゴンがカードを持ち出す都合上グリードアイランドに残り、仲介役のツェズゲラ含め残りのメンバーは一足先に報告も兼ねてゲーム外に脱出している。

 そしてバッテラが欲しているカードとその理由を知ったレオリオが一先ずバッテラの恋人であるオボロを診察、力が及ばなかったことでカードの報酬枠が増えることはなかった。

 

「しかし危なかったよ、レオリオの診察ではあと一ヶ月も持たなかったらしい。ゲンスルーに手こずっていたら危うく手遅れになるところだった」

 

 ただ眠っているようにも見える昏睡状態のオボロだったが、長すぎる眠りは緩やかに破滅へと向かっていてもはや限界と言ってよかった。

 ゴン達のゲームクリアが間に合ったこと、レオリオとクラピカが延命措置を施せたことはバッテラにとって最高の幸運となった。

 

「私は先にバッテラ氏の元へ戻る。君とGM(ゲームマスター)は積もる話もあるだろう、準備は済ませておくからゆっくり話してくるといい」

 

 そう言ったツェズゲラに続いてゴンも半年の間滞在したグリードアイランドを振り返ると、これからのことを考えながら現実世界へ向けて一歩を踏み出した。

 

 

 

 なおゴンが現実世界に持ち帰るカードを確認したエレナとイータは、ジンが自信満々に自分へと転移するカードを持ち出すと予想していたことを笑いながら話し、どうにかしてジンに伝えて馬鹿に出来ないかGM会議だと張り切っていた。

 

 

 

 

 

 10年以上昏睡する患者の病室とは思えないほど計器類が少なく、手の施しようがないとはとても見えない穏やかな顔で眠り続けるバッテラの恋人オボロ。

 個人部屋としては広すぎる室内にバッテラとツェズゲラ、そしてゴン達が勢ぞろいして主治医のようにカルテを持つレオリオの説明を聞いていた。

 

「打ち所が悪かったことによる脳死、厄介なのは原因がわかっても治療箇所と治療方法が不明ってところだ。これを治せる奴がいたら、そいつはまだまだ謎しかない人間の脳を全て知り尽くしてるってことになる」

 

 今まで誰も治せなかった理由は、念能力というより念能力者の限界。

 今尚ブラックボックスだらけの脳を治療するには、戦闘者が至る念能力では基本的に不可能と言える。

 

「だからこそ“大天使の息吹”ならなんとかなる可能性がある。漠然とした対象を完治させるって効果が正しく機能すればいけるはずだ」

 

 レオリオはまた一人なにもできない患者に会ったことで強い無力感に苛まれ、そんな辛そうな顔を見たクラピカも悲痛な表情を浮かべた。

 

「バッテラさん、きっとオレよりあなたがカードを使ったほうがいい。念は強い想いに応える」

 

 ゴンから震える手でカードを受け取ったバッテラは、オボロの眠るベッドの横に跪き神に祈るようにカードへ想いを込める。

 そして慈愛に満ちた大天使が具現化され、バッテラは万感の想いを言葉に乗せる。

 

「お願いします、オボロを、私の愛する人と一緒に生きたい!」

 

『お安い御用、彼女の全てを癒やしましょう』

 

 大天使がオボロに息を吹きかけるとその身体が光り輝き、微動だにしていなかった脳波を計測する機器に変化が起こる。

 正しく神の御業はどこが悪いかもわからぬ脳を癒やし、弱っていた内臓は疎か長いリハビリが必要であっただろう筋肉までも健康体へと引き上げる。

 それ等全てを瞬きせず目に焼き付けたレオリオは、天使と光が消えて不安そうに目を泳がすバッテラの固く強張った手をオボロの手に持っていく。

 

「バッテラさん、呼びかけてやってくれ。きっと今度こそ、その声が届くはずだ」

 

 バッテラは不安そうなまま壊れ物のように取ったオボロの手が、痩せ細った状態から昔繋いだ頃の柔らかな手に戻っていることに驚く。

 

「……オボロ?」

 

 優しく、しかし決して離すまいと手を握って語りかけたバッテラに応えるように、まぶたが震えると小さく唸りながら身動ぎする。

 

「っ!? オボロ!?」

 

 思わず強く問いかけたバッテラの見守る先、震えるまぶたが開いてオボロが天井を見つめる。

 絶句するバッテラが強く手を握りしめると、ぼんやりとしたまま天井からバッテラへと視線が動いた。

 

「どうしたのバッテラさん? ちょっと痛いわ」

 

「あっ! す、すまん、その、私がわかるか、オボロ」

 

「バッテラさんって呼んだじゃない、随分老け込んじゃったみたいだけど何かあったの? 資産を処分するって言ってたのと関係してる?」

 

「これは、その、済まない、まだ、まだ資産は処分出来ていない」

 

 10年以上待ち望んだ恋人との交流に、バッテラは未だ夢見心地で現実感がないまま会話を続ける。

 いくら大天使の息吹とはいえ長年昏睡していた影響が出ているのか、オボロも寝起きのようなはっきりしない意識で柔らかく微笑んだ。

 

「もう、いつも無理はしないでって言ってるじゃない。あなたが元気でいてくれないと、すごく長い未亡人生活になっちゃうんだから」

 

 たった今まで生死を彷徨っていたオボロの言葉に、もし間に合わなかった時に感じただろう絶望と、間に合った現実の喜びがごちゃまぜになってバッテラの涙腺を決壊させる。

 

「バカを、バカを言うんじゃない。わたっ、私は、オボロと、オボっ…」

 

「そんなに辛いことがあったの? 大丈夫、あたしは何があってもあなたのそばにいるわ。借金でもできちゃった? 一緒なら貧しくてもきっと幸せよ」

 

 気を利かせたゴン達が部屋から退室し、広い病室にはバッテラとオボロのみが残される。

 言葉が出ずに涙を流し続けるバッテラと、ベッドから身を起こし慈愛のこもった笑みを浮かべるオボロ。

 

 傍目には親と子にしか見えない二人の間には確かな愛があり、本来あり得なかった共に歩む未来を消えたはずの大天使が祝福していた。

 

 

 

 

 

 オボロが目覚めた翌日、大天使の息吹の効果ですでに退院した彼女を連れたバッテラがゴン達及びツェズゲラを屋敷に招待していた。

 

「改めて礼を言わせてくれ、言葉など形に残らないがこの感謝を少しでも伝えたいのだ。本当にありがとう!」

 

「あたしからも伝えさせて下さい、皆さんのおかげでこの人を置いていかないですみました。心から感謝を」

 

 バッテラは泣き腫らした目をしながらも晴々とした表情で、オボロは意識もはっきりとして穏やかながら芯の強さが見える笑みでそれぞれが感謝を告げる。

 昨日の内になんとか落ち着いたバッテラから事の顛末を聞いたオボロはしばし取り乱したが、当時から実業家として辣腕を振るっていたバッテラを射止めた人間性は伊達ではなく諸々をしっかりと受け止めていた。

 二人の空白の年月を埋めるには時間がまるで足りていないが、それでも先ずは雑事をすべて片付けることを優先するべきと意見が一致している。

 

「知らなかったとはいえギリギリで間に合って良かった。これがバッテラさんが指定した“魔女の若返り薬”、年齢以上口にしたら消滅しちゃうらしいから気を付けてね」

 

「大丈夫だ、何歳若返るかはもう決めてある」

 

 ゴンから錠剤の入った瓶を受け取ったバッテラはオボロに15錠、自分用に35錠取り出すとレオリオに診てもらいながら薬を飲む。

 飲んだ数だけ若返るという触れ込み通り、バッテラとオボロは問題なく若返り健康にも問題は起こらなかった。

 

「これで少しは恋人に見えるかな?」

 

「気にしないって言ってるのに。けど長く一緒にいられるのは素直に嬉しいわ」

 

 お互いに若返った顔を確認した後、残り半分になった瓶をゴンに向けて差し出す。

 

「私達が持っていてもいらぬトラブルを呼び込むだけだ。残りは君達の好きにして欲しい」

 

「やったじゃんビスケ、これで7歳になれるぜ」

 

「あたしは今が全盛期だわさ! 武人として弱くなることをするわけ無いでしょ! …まあこれはあたしが責任を持って管理しとくわさ」

 

((…7歳?))

 

 そそくさと瓶をしまうビスケに疑問を浮かべるバッテラとツェズゲラだったが、気を取り直して報酬の支払いに入る。

 

「先ずはゲームをクリアしたゴンくん。契約上500億の報酬だったが、資産を処分するに当たって予想以上に金銭が残ってしまってね。感謝の意も込めて報酬は1000億払わせてもらう」

 

 まさかの報酬2倍にレオリオとビスケが歓声を上げ、クラピカとゴレイヌは想像もできない大金に顔を強張らせる。

 元々いつでも資産を処分出来るように備えていたバッテラの行動は迅速で、昨夜の内に個人資産以外の権利や最低限の物件以外は全て処理し、報酬もすでにゴンの口座に振り込んでいたりする。

 その事実に分配やらで慌てふためくゴン達を微笑ましそうに見つめ、バッテラは所在なさげに佇むツェズゲラへと声をかける。

 

「ツェズゲラ、私は君に一番感謝しているんだ。君のおかげでクリアが早まり、そしてゴンくん達がゲームに参加してくれた。君なくしてこの結果はあり得なかった」

 

「ありがとうございます。しかしそれも結局は依頼通りに任務を遂行したまでです。報酬以外に賃金を頂いていた以上当然のこと」

 

 謙遜するツェズゲラに苦笑いを浮かべたバッテラはいくつかの書類を取り出し、首を傾げるツェズゲラへ手渡すと告げる。

 

「若返り薬と一緒さ、私にはもう無用の長物だ。私の所持するグリードアイランド31本、これの所有権を君に譲渡したい」

 

 ツェズゲラが渡された書類に書かれていたのは、バッテラの所有するグリードアイランドの目録。

 はっきり言ってゴン達以上の報酬に目を剥いたツェズゲラは、これを受け取ることによるリスクとリターンを考えて唸る。

 高額でグリードアイランドを集めていたバッテラが手を引くことにより確実に相場は下がることに加え、一度クリアして要領を理解した以上これだけの本数は必要ない。

 しかしたとえ値下がりしても一本100億を下回ることはないだろうこと、クリア報酬である3枚のカードを自分達で独占できる可能性を考えれば受け取らない理由がなかった。

 

「…本当によろしいのですか、私に譲らずしかるべきところへ出せば巨万の富を生みますよ」

 

「オボロに出会ってから富など全く興味はない。しかるべきところ、それは真摯にグリードアイランドクリアを目指した君のところに他ならない」

 

 バッテラの意思が固いことを確認したツェズゲラは頷き、グリードアイランドの所有権を受け取ることにサインする。

 現金でないとはいえゴン達を遥かに超える時価の報酬を得たが、ゴン達もそれに異を唱えることなく純粋にツェズゲラを労う。

 

「しかしこの本数とプレイヤーをどうするか、すでにクリア者が出たとはいえカードを持ち帰れるのは魅力的だ。それに脱出できない者をそのままにするべきか骨を折るべきか」

 

 早速これからのゲーム管理について考えだしたツェズゲラに対し、ゴンがGM(ゲームマスター)達と話して予測したことを告げる。

 

「多分脱出できないプレイヤーについては大丈夫だと思うよ。それと最初の問題はプレイヤーをどうやって決めるかになるんじゃないかな」

 

「ふむ? それはどういう意味…」

 

『ピンポンパンポ〜ン♪ グリードアイランドをプレイする全ての皆様! 只今から運営より重要な報告をさせていただきますので傾聴をお願いします!』

 

 理由を問おうとしたツェズゲラを制するように、ゴンがまだはめていたグリードアイランドの指輪から音声が響き渡る。

 

『プレイヤーゴンがゲームクリアしたことは皆様記憶に新しいと思います。それに伴い、グリードアイランドは大幅アップデートを実施いたします!』

 

 アップデート内容として挙げられたのは、マップの変更及び新規イベントの実装、更には指定ポケットカードの一新や新たなスペルカードの追加と膨大な量に及んだ。

 何年もの間コツコツと準備してきたのだろうアップデートにかかる期間は一ヶ月、そのため全てのプレイヤーは一度ゲーム外に飛ばされると告げられる。

 

『もちろん現バージョンで所持するカードや成した功績によって特典もございます。新たなイベントに新たな敵、“グリードアイランド2”でまた皆様に会えることを心よりお待ちしております!

以上、運営からのお知らせでした。放送終了と共に全プレイヤーの強制脱出を行いますのでご容赦を、ピンポンパンポ〜ン♪』

 

 呆気にとられるゴン達のもとに、一気に帰還したプレイヤーで大混乱が起きていると報告が入る。

 ツェズゲラは責任者になった直後の問題発生に大きくため息を吐くと、やることが見つかったとばかり不敵な笑みを浮かべて踵を返す。

 

「これから忙しくなるな、しかし遣り甲斐もあり間違いなく儲かるときた! さらには初クリア者になるチャンスもまた手に入るとは。バッテラさん、ここで失礼させてもらう。後でいくつか相談させてくれ」

 

 筋肉に心を折られた一つ星(シングル)は、新たな挑戦を見つけて奮い立つ。

 単純な暴力とは違うハンターとしての強さ、伸ばすべきものを再認識した星はさらなる輝きを得ようと再び立ち上がった。

 

 

 

 

 日が暮れて誰もいない、グリードアイランドの入ったジョイステの稼動音が響く広い室内。

 その片隅で一人、息も絶え絶えにジョイステに練を行い続けるモタリケがいた。

 他のプレイヤー同様にゲーム外に飛ばされたモタリケは、グリードアイランドの権利がツェズゲラのものとなったこと、アップデート後プレイを望む者の選考会を開くと知らされた。

 

「なんでだ、ちくしょう、どうして今更!?」

 

 底辺能力者のモタリケでは選考会を突破できるはずがなく、他のグリードアイランドを手に入れる伝手などもちろんない。

 何よりモタリケを絶望させたのは、運営から告げられた“一新”の言葉。

 

「頼むよ、俺から、俺から家族を奪わないでくれよぉ」

 

 何度練をしても何も起こらず、素養もなければ鍛錬も疎かなモタリケはすぐに限界を迎えた。

 弱々しくすすり泣くモタリケの手の中には2つの指輪、セーブデータを収めた指輪とゲーム内で結婚した時奮発した指輪があった。

 

「結局ダメだったのか、俺は、やっぱり何も手に入れられないのか」

 

 絶望から何もかもどうでも良くなったモタリケは、手にする2つの指輪を投げ捨てようとするもどうしても手放すことができない。

 捨てられぬ家族との繋がりを両手で包んだモタリケは、せめてもの抵抗とでも言うように言葉を発する。

 

「運営さん、聞こえていたらお願いします。どうか、どうか妻と息子をアップデート後も存在させてください。たとえNPCでも、消えてしまうなんて、そんなの辛すぎる」

 

 大粒の涙を流しながら、精一杯の愛を込めて願う。

 

「二人の幸せを、どうか、どうかお願いします」

 

 答えるわけがない、クリアを諦めた底辺能力者の願いなど叶うわけがないと思っていたモタリケだったが、涙に濡れた2つの指輪が突然光を放つ。

 

『プレイヤーモタリケが、トロフィー“帰りを待つ者”を獲得しました。NPC“アリー”と“スターク”は、グリードアイランド2でも夫と父を待ち続けるでしょう』

 

 驚き固まるモタリケの掌の上で、2つの指輪が一つに融合していく。

 一つとなった指輪の内側には、モタリケ、アリー、スタークの名前が刻まれている。

 

『プレイヤーモタリケの功績によりNPCは進化しました。グリードアイランド2への参加を心よりお待ちしております』

 

 そこに全てを失った悲しき男はいなかった。

 

 もう一度家族に会うため、守るものがある漢が涙を拭って立ち上がった。

 

 





 後書きに失礼します作者です。

 ヒソカのパニックカードの♠について補足説明します。

 オーラや念を切れるようにはなりましたが、もちろん数字の大きさで切れる範囲が変わります。ゴンのオーラを切るとなると最低でもJ以上は必要になります。
 加えてカードは一度使ったら消えるので、オーラを切る場合は同時に肉体を切ることができません。つまり2連撃が必要になります。
 そのことをヒソカ自身理解してるので、今回の進化はさらなる進化の足がかりとなっています。

 作者はこの小説を書くまでこんなにヒソカに感情移入するとは思っていませんでしたが、今は読者からも愛されているようで嬉しく思います。

 感想や評価、更新するたびにいただける誤字脱字報告は非常に力になっています。
 いよいよ蟻編に突入しますが最後までお付き合いいただけたら幸いです。


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第65話 別れと新たな鍛錬場

 

 

 皆さんこんにちは、グリードアイランドをクリアしてこれからがノープランのゴン・フリークスです。キメラアントを考えてカイトと合流するべきかな。

 

 

 

 

 

 ゴン達はバッテラから報酬を受け取った後、アップデート騒ぎでゴタゴタしたツェズゲラを少しの間手伝っていた。

 レオリオも長い昏睡から目覚めたばかりのオボロや、若返ったことで違和感があるらしいバッテラの容態が気にかかっていたため全員そこそこ忙しい日々を送っていた。

 

「じゃあゴレイヌさんはツェズゲラさんの仕事をしばらく手伝うんだね」

 

「ああ、直接戦闘では引けを取らないと思うが、それ以外のハンターとしての手腕が実に見事だ。俺がさらに一段上にいくために勧誘を受けようと思う」

 

 31本ものグリードアイランドを所有することになったツェズゲラのもとには、バージョンアップの話を聞き付けた者や元々プレイしていた者達からの連絡がひっきりなしに届いている。

 特に人員やシステムを構築するまでの数日はゴン達の協力がなければとても捌けてはおらず、ツェズゲラは報酬を払うと同時にゴン達にこれからも仲間としてやっていけないか勧誘してきていた。

 それに対しゴン達はそれぞれ他にやりたいことがあったため断ったが、ゴレイヌだけはツェズゲラからハンターとしての知識や経験を学ぶために勧誘を受けると決めた。

 

「ビスケさんはもちろんだが、皆にも本当に世話になった。半年の間だったが、俺にとって今までの人生以上に濃い時間だったぜ。また会う時、お前達をがっかりさせないレベルアップを見せてやる」

 

 ゴレイヌの仲間入りはツェズゲラはもちろんドッブル達からも歓迎され、ゴン達はツェズゲラ達やバッテラ達に惜しまれながらも新たな目的のために歩み始めた。

 

 

 

 

 

 ゴレイヌと別れ、なし崩し的に滞在していたバッテラの屋敷を出たゴン一行は、とりあえず入ったカフェで一服しつつこれからについて相談していたところだった。

 現在決まっていたのはレオリオが受験勉強に専念してクラピカはそれに付いて行くこと、キルアは妹を連れ出しに行きたいことだった。

 

「キルアのはすごく面白そうだね♦ゴンが行くならボクも一緒に行くよ♥」

 

 今までゲンスルー達を処理してくると不在だったヒソカもいつの間にか合流し、我が物顔でゴンの隣に座りつつ自分の希望も発言していた。

 

「お前は来んな!」

 

「てかゲンスルー達はどうしたんだ? まさかお前が警察に突き出すとかしないだろ」

 

「知りたいかい♠」

 

 ヒソカの含みのある笑みに薄ら寒いものを感じたレオリオは、いくら大量虐殺をしたとはいえ報いは受けたのかと小さく冥福を祈る。

 

「冗談だよ♥彼等は金と名声が欲しかったみたいでね、だいぶ愉快なことになってる天空闘技場を紹介してきたのさ♣」

 

「それは大丈夫なのか? 発の殺傷能力が高すぎて問題視されそうだが」

 

「それがびっくり、カストロやゴードンなんかは十分殺り合えるほど強くなってた♦しかもどこで雇ったのかリング内なら即死級の一撃もギリギリ生き残れるように出来る能力者がいたから、むしろ残虐ファイターとして人気が出るかもね♥」

 

「いったい天空闘技場はどこに向かっているんだ」

 

 未だにファンの人数でダントツのクラピカも大いに影響を与えたとはいえ、この半年で天空闘技場も以前が嘘のように様変わりをしているようだった。

 すでに懐かしさすら感じる天空闘技場に皆が思いを馳せていたところ、ヒソカがゴンに対してこれからの予定はないのかと質問する。

 ゴンとしては原作知識からキメラアントが気になるとはいえ、記憶の中にはNGLが舞台なこととカイトが関わる以外に有力な情報がない。

 

「正直悩んでる。修行することは決まってるんだけど、念を教えてくれたカイトってハンターに挨拶するかってところかな」

 

「ゴンに念を教えたってそいつどんなやばいハンターなんだ?」

 

「親父の直弟子でもある優秀な幻獣ハンターだよ」

 

 それぞれの目的を考えれば、ハンター試験から続くこのメンバーの旅もついに終了するのかと寂しい気持ちが浮かぶ。

 それでもお互いの目的を尊重しあい、きっとまた集まれると希望を持って別行動となるはずだった。

 

「あんた等の予定はわかったわさ。その上であたしから全員に依頼をしたいんだけど、話だけでも聞いてくれない?」

 

 今まで黙っていたビスケが、ゴン達の予定を聞いた上で頼み事があると発言する。

 

「依頼ったってなぁ、流石にオレもそろそろ学校に行かないといつまでたっても医者になれないしよ」

 

「依頼場所には今二人の医療ハンターがいるわさ。しかも一人は三つ星(トリプル)で法律関係にも明るい。依頼を受けるならこの二人にあたしから口利きするわさ」

 

 まさかのビスケ以上となる三つ星の登場に全員が絶句し、続いてレオリオが来れば自動的に付いてくるクラピカではなくキルアが口説かれる。

 

「あんたがさっさと妹を連れ出したい気持ちもわかるわさ。けど仮に今行ったとして、ゴンとヒソカもいる状態で自分の実力で連れ出したと思える?」

 

 ビスケからの指摘に盛大に顔をしかめたキルアは、ゴンとヒソカを連れてゾルディック家を襲撃した場合の過程と結果を考えて悔しそうに俯く。

 その表情から自分の力で連れ出したい思いと早く連れ出してあげたい思いが争っていると容易に想像でき、ビスケは依頼内容と報酬を詳しく説明して懐柔にかかる。

 

「依頼は全ハンターが受注可能なんだけどね、早い話がジジィ、ネテロ会長との組手なんだわさ」

 

 それを聞いたゴンとヒソカの目に炎が灯る。

 

「当然心源流の実力者達もいるし、ハンターの中でも戦闘特化の奴もいるわさ。さらには治療系能力者、これからはあたしの“クッキィちゃん”によるサポートまで受けられる凄まじく恵まれた環境。断言するわ、数段飛ばしで上にいける」

 

 早くも逸るオーラを抑えきれないゴンとヒソカに加え、先達の治療系能力者でありちゃんとした資格持ちと縁ができると聞いて一気に乗り気になるレオリオに代わりクラピカが詳細を質問する。

 

「依頼を受ければネテロ会長との組手だけでなく、様々な恩恵があるということだが、場所と期間はどうなっているんだ?」

 

「期間は特に決められてないわさ、それこそ半日でギブアップした根性無しもいるみたいね。場所は協会本部があるスワルダニシティの郊外、心源流総本山スワル山脈よ」

 

 最終的に必ず強くなるというビスケの言葉が決め手となり、キルアも含めて5人ともが依頼を受けることを決める。

 

 まだ見ぬ先達に思いを馳せるレオリオと、その楽しそうな姿を見て微笑むクラピカ。

 

 やっと隣に立てるだけ近付いたと思ったらまた離され、無力感に苛まれ打開を目論むキルア。

 

 ゴンという極上の存在を含め、キルアにネテロにまだ見ぬ強者達と選り取り見取りな状況に興奮するヒソカ。

 

 ネテロの錆落としを間近に己も鍛えながら、特大の原石達が磨かれるさまを見れると頬が緩むビスケ。

 

 そしてキメラアントのことなど頭から吹き飛び、最強(ゴンさん)を目指す上で最高とも言える環境に武者震いするゴン。

 

 全員のオーラが昂り干渉しあい、カフェの一角が魔境と化したのを一般人が戦々恐々と伺う中、テーブル上の軽食を貪るギンだけは普段と何ら変わりがなかった。

 

 

 

 

 

 高低様々な10以上の山々が連なるスワル山脈、雄大ながら非常に厳しい環境が多い山脈の中に心源流本部道場が存在した。

 そこはかつて若かりし頃のネテロが感謝の正拳突きを行っていた土地であり、そんな心源流開祖にあやかって建てられた道場兼住居は大きいながらも世界に名を轟かせる心源流にしてはやや質素に見える。

 普段であれば管理人と数人の師範代及び高弟が滞在する程度だが、ネテロが本格的に鍛錬を始めてからというもの多くの人間が訪れ、そして多くの人間が去っていった。

 

「ほぉー、これが心源流の本部道場か! 結構山ん中にあるが水とか電気はどうなってんだ?」

 

「そこら辺は全部念でなんとかしてるわさ。念能力者の無駄遣いも甚だしいレベルだから下手な高級ホテル以上の居心地よ」

 

「マジでなんでもありだな」

 

 ビスケ先導の元本部道場に辿り着いたゴン一行。

 一般人なら数日、念能力者でも丸一日かかるような山道を半日もせずに登りきったメンバーは、早速建物に入ると道着を着た老人に出迎えられる。

 

「お待ちしていましたビスケット様、そちらの方々が新たな挑戦者ということでよろしいですか?」

 

「そういうことだわさ。グラサンのレオリオと金髪のクラピカはサポート、残りの三人は組手相手だから覚えといて」

 

「かしこまりました。すでに今日の組手は始まっておりますので皆様案内いたします」

 

 ゴン達は案内を受けながら軽く互いの自己紹介を行い、この老人が一線を退いた教育係としての名誉師範だと知る。

 興味がないヒソカ以外のメンバーから敬う空気を察知する彼は、長年の経験からゴン達が今いるネテロの組手相手達に劣らないどころかトップクラスだと推測した。

 

「おろ? 外に出んのか、静かだとは思ったがわざわざ別の場所でやってんのか」

 

「最近のネテロ様は歯止めが利きにくくなっておりまして、道場内で組手をすると修繕費がかさみすぎるゆえ外の鍛錬場を使用しています」

 

 やがてメンバーの耳に肉を打つ音や地を踏みしめる音など、鍛錬で聞き慣れた戦闘音が聞こえだす。

 建物を囲う塀を越えた先には、ただ広く平らに均された地面が広がっていた。

 所々に神字やオーラによる何かしらの効果が発揮されているとわかる部分が見て取れ、ただ土を踏み固めただけではないということがわかる。

 塀の外側には10人ほどの道着や動きやすい格好をしたもの達が思い思いに休息を取っており、少し離れたところには簡易テントが建てられ一目で医療スタッフとわかる人間達が待機していた。

 

「あぁん? ロー爺さんそいつ等誰っすか? ガキが何人も見学にでも来てんすか」

 

 出てきたゴン達の最も近くで休憩を取っていた目付きの悪い男が真っ先に気付き、先導する老人ローに素性を聞く。

 

「彼等はサポートと組手の依頼を受けてくれたプロハンターですよ。しかもほとんどの方が一つ星(シングル)の資格持ちです」

 

「はぁ!? こんなガキ共が!? 冗談にしては笑えないっすよ!」

 

 露骨にゴン達を侮りながら大袈裟に振る舞う男の様子に、周囲にいた者達も気付いて注目が集まる。

 なかなかに失礼な態度にキルアやレオリオが顔をしかめると、騒いでいた男が急に真面目な顔になって忠告する。

 

「ここはマジで天国と地獄、むしろ地獄のほうが近所なんだよ。悪いことは言わねえ、グラサンの兄さんや変なメイクの兄さん位ガタイが出来るまで止めておけ」

 

 ゴンとキルアに目を合わせた男の言葉は、粗野な言動とは違って相手を思いやる心に満ちていた。

 ネテロとの組手と言う名のかわいがりを長期に渡り耐えていることから当然といえば当然だが、彼もまた真に強くなろうと足掻く立派な精神を持つ武闘家だった。

 

「活きの良い奴がいるじゃない。伊達にここまで残ってないってことかしら?」

 

「お嬢ちゃん、あんまり舐めてんじゃ…」

 

「バカお前よく見ろ! その人はネテロ様の直弟子で師範のビスケット・クルーガーさんだ!! すいません! こいつまだ若くて調子に乗ってるんです!」

 

 近くにいた先輩と思われる別の男に頭を叩かれ、聞かされた名に目を見開いて押忍と叫んで腰を折る。

 

「気にしないでいいわさ、それより少しでも長くちゃんと見なさい。悔しいけどジジィの一挙手一投足にはそれだけの価値があるわさ」

 

 ゴン達が建物を出てから目に入った組手、天空闘技場で会った時よりさらに肌ツヤの良くなったネテロと初老の道着を着た男の勝負。

 互いに恐ろしいほど高速で拳と足を打ち合い、オーラ運用はそれ以上の速さで虚実合わせて運用する。

 心源流総師範と師範による組手は、紛うことなき世界トップレベルの肉弾戦だった。

 

「ふーん、やっぱりなかなか良い人もいるね♦ネテロ会長はかなり唆られるし来て正解だよ♥」

 

「あの御仁はどこまで若返るのだ? もはや見た目は殆ど同年代ではないか」

 

「見た目だけじゃねぇ、内臓諸々明らかに活発になってやがる。オーラが作用してるにしても常軌を逸してるぜ」

 

「やだやだ、なんであんなジジィも成長すんだよ。大人しく座って待ってろっての」

 

「すごいね、早く戦いたい!」

 

 昂るオーラは見た目にそぐわぬ圧を放ち、ゴン達がそこらの念能力者と隔絶していることを否が応でも知らしめる。

 そのオーラに反応したのか単に頃合いだったからかは定かでないが、ネテロが組手相手に良い一撃を入れたことで試合が終わる。

 

 ビスケとゴン達に視線を向けたネテロは満面の笑みを浮かべると、背後に観音が立ったと思わせる威圧を放つ。

 

「よく来たな小僧共、変わらず精進しとるようで何よりじゃ。お主達のその成長、全てワシの糧に寄越せ」

 

 後進の育成、組織の運営、多くのしがらみで大人しくなっていた観音も何処へやら。

 

 厳つい顔をした観音が、厳つい筋肉とその仲間達を歓迎した。

 

 



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第66話 キルアの飛躍と3度目の正直

 

 皆さんこんにちは、ネテロ会長にまだ見ぬ強者達にワクドキ止まらないゴン・フリークスです。早く戦いたい。

 

 

 

 

 

 ネテロがゴン達を歓迎したとはいえ、他の者達ははいそうですかと頷くわけにはいかない。

 組手の人数が増えることは大歓迎であるものの、早々に潰れて後の人生に支障が出ては後味が悪すぎるからだ。

 それはたとえオーラと雰囲気から間違いなく強者とわかっていても譲れない、ネテロとの組手を長い間耐えてきた戦士達の偽らざる本心なのだ。

 

「ということでの、ビスケは問題ないとしてゴンにキルア、そんでヒソカはまずワシ以外と組手じゃ。これで認められないと依頼を受けられなくされちまったからの」

 

「当たり前すぎる措置です→会長。私もサンビカも心の治療は専門外ですから→雑魚」

 

[泣き付かれても困ります(汗)]

 

 ネテロの愚痴に答えたのは、緑色のドレスで犬っぽい顔にメガネをかけた女性と、目元以外極端に露出の少ない白衣を着込んだ筆談をする女性。

 ネテロの依頼唯一にして最大の癒やし、三つ星(トリプル)ハンターのチードルと一つ星(シングル)ハンターのサンビカである。

 

「二人揃っててちょうどよかったわさ、グラサンがレオリオ、威嚇してんのがクラピカよ。レオリオは医療特化の発持ちでメンタルケアもそこそこいけるし、クラピカの方は治療行為にブーストかけられるからどっちも重宝するわさ」

 

 ビスケにチードルとサンビカを紹介されたレオリオとクラピカは、まさか若い女性達が出てくるとは思っていなかったため驚き、レオリオはドギマギした、クラピカは牽制するような顔でそれぞれ挨拶を交わす。

 

「実際に見てから戦力になるか判断します→ビスケ。力不足と判断したらさっさとやめてもらうのでそのつもりで→レオリオクラピカ」

 

[最近休みが少ないので助かります。クラピカさん、後でチードルさんと3人でお茶会しましょう]

 

 サポート班が親交を深める中、組手班はゴンとキルアを誰が審査するかでもめにもめていた。

 見るからにローティーンの二人はいくらオーラや立ち居振る舞いが見事とはいえ、とりあえず高弟クラスが組手するべき派とさっさと師範クラスが組手するべき派で真っ二つに割れていた。

 

「なんでもいいんだけどさ、さっき爺さんと組手してた人より強い人っている? 正直あのくらいの人じゃないと話になんないと思うわ」

 

 一向に決まらない方針に退屈であくびまでするキルアの態度は、いくらできた人間が多いこの場でもしっかりとひんしゅくを買うことに成功する。

 最初に話しかけてきた高弟の一人がその無礼な態度に最も反応し、試すのではなく本気でやってやると息巻いて鍛錬場へとキルアを誘う。

 

「はいはい、一応次の人も準備しといてよ、早く終わり過ぎたら試すもなにもないっしょ」

 

「このガキぃ、心配してやったらいい気になりやがって! 泣かす!!」

 

 明らかに頭に血が上る男にため息を吐いたビスケが審判役として名乗りを上げ、特にもったいぶることもなくすぐさま開始の合図を告げる。

 

 いくら冷静さを欠いているとはいえ、心源流高弟でありながらこの場にいる実力者は伊達ではなかった。

 

 本気の言葉が嘘ではないとわかる踏み込みの速さと深さで、男はキルアの眼前に一瞬で到達すると鋭い正拳突きを放つ。

 この段階でも構えてすらいないキルアに多くの者が落胆する中、放たれた拳とともに男の身体がキルアを素通りして地面にダイブした。

 ビスケから告げられた勝負ありの言葉に皆反応が遅れる中、倒れ伏した男が勢いよく立ち上がるとそのまま傾いて再び転がり驚きを顕にする。

 

「マジかよ!? いつ打ち込まれた!?」

 

「あんたの正拳を躱しざまに往復ビンタの要領で顎に2発。しばらく大人しくしてなさい」

 

 あまりに早すぎる決着に大半が絶句して動けない中、道着を着た者の中で無精髭をはやした男が前に進み出る。

 

「お前さんを侮っていたことを謝罪する。悪いがもう一戦俺の相手をしてくれ」

 

 鍛えられた身体つきとはいえ、道着を着た者の中では細身の男を見てビスケが目を丸くする。

 

「久しぶりじゃない、あんたが自分から出てくるなんて珍しいわね。本気が見れるなら数年ぶりかしら?」

 

「勘弁してくださいビスケさん、組手でそこまではしませんよ。発なしの本気でやるぞ、ここの連中は脳筋が多いからそのほうが納得させられる」

 

「オッケー、さっきの奴みたいに吠え面かかないでよ」

 

「それはお前さんの腕次第さ」

 

 男の構えた姿を確認したキルアは、自然体ながらもやや重心を下げて備える。

 

「自己紹介しておこう。俺はイズナビ、これでも師範代を任されている」

 

「オレはキルア。これからよろしく」

 

 不合格になるとは微塵も考えていないキルアの頼もしさに、イズナビは一瞬微笑むもすぐに真剣な表情で構え直す。

 キルアも師匠の一人であるウイングと同じ師範代と聞いて気合を入れ直し、互いの集中とオーラが高まったのを確認したビスケが声を上げる。

 

「始め!」

 

 この一戦が、割ったはずだったキルアの殻を再び割ることになる。

 

 

 

 

 心源流師範代にしてウイングと同期の実力者イズナビ。

 ウイングが指導者として特に優れているのに対し、指導力以上に本人の実力が高いことで師範代の座についている。

 そんなイズナビが、威力より速度とつなぎを重視しているにも関わらずキルアに触れることができないでいた。

 

(小柄でキレがあるとはいえなんて反応速度だ、ここまで躱されるのは記憶にないぞ)

 

 まだ子供のキルアなら威力を下げても十分なダメージを与えられると見越した攻撃すら届かない現状に、イズナビは先が楽しみなような空恐ろしいような複雑な感情を抱く。

 発を禁止していて更にまだまだ慣らしの段階とはいえ、イズナビとしてはすでに組手仲間として歓迎する気しかしていなかった。

 

(ここいらで一段階ギアを上げるか、どこまで出来るのか気になるしな)

 

 手を抜いていたわけではないが、より実戦的思考にシフトして攻めようとした瞬間だった。

 

 弱まった受けの意識を嘲笑うかのように、キルアの抜き手が今まさに眼球へと突き刺さろうとしていた。

 

(ッ!?)

 

 紛うことなき全力の回避と間合いを開けさせるための牽制の蹴り、離れて無傷のキルアに対してイズナビの裂けた右頬から血が滴り落ちる。

 

「目ぇ覚めた? 悪いけどこっちも遊びじゃないんだわ、殺すつもりでいくよ」

 

 据わった目で殺気が漏れ出すキルアを見据え、イズナビは自分がまだまだ過小評価していたことを痛感する。

 

「こっちこそ悪かったな、今やっと追い付いた」

 

 不敵な笑みを浮かべたイズナビから洗練されたオーラが吹き出し、応えるようにキルアのオーラも冷たく研ぎ澄まされていく。

 

 武闘家と暗殺者、異なるルーツを持つ二人の戦いは組手の範疇を超えて加速していく。

 

 

 

 キルアは怒涛の勢いで迫るイズナビの攻撃を捌き避け、時折急所への一撃を放ちながら虎視眈々と機を狙っていた。

 

(ネテロの爺さんとビスケ、レイザーを除けば今までで最強の相手だな。強いけど正直な話ビスケの劣化版か)

 

 真っ当すぎるほど心源流を修めたイズナビは、身体能力においてビスケに遠く及ばない以上劣化版と言われても否定できない。

 これで発を使うならば能力によって差別化されるところだが、純粋な肉弾戦であるため心源流師範代としてのイズナビしか出せない。

 

 それでもイズナビは間違いなく強者だった。

 

 身体能力は同じ師範代のウイングを上回り、心源流の技をそのまま使うのではなく自分の使いやすいように、あるいは戦況によってアレンジする即興性がある。

 攻めと受けどちらも高水準だが、特に相手に攻めさせない攻撃というものに秀でており、相手に受けさせることを強要させるような戦い方だった。

 

 そのイズナビがキルアを捉えきれていなかった。

 

 クリーンヒットはもちろん、まともに受けさせることもできずに試合は進んでいく。

 イズナビを知る者ほど驚きは大きく、更にはキルアの修行を見てきたビスケですら神速(カンムル)を使用しないでここまで動けることに驚愕していた。

 

(なんつーかな、やっぱあれだよなぁ、ゴンのボール補助したのが原因だよな)

 

 レイザー戦でゴンの本気をボールに伝えるための補助は、外さないように狙う必要性から避けることができなかった。

 間違いなく自分を粉砕する一撃にも関わらず、ボールを介するとはいえ当たってから回避しなくてはいけなかったのだ。

 結果としてすべての指を折られこそしたものの、不壊の性質を持つボールが耐えられない衝撃をその程度に抑えることに成功した。

 

(あれに比べればこんなもん、豆鉄砲みたいなもんだ。怖がる要素が微塵もねぇや)

 

 もちろん当たれば大ダメージは確実で、この試合はそのまま押し切られるだろう。

 

 しかし当たらなければどうということはないのだ。

 

 やがてキルアの表情から険しさが抜けていき、余裕を持って避けていた攻撃が徐々に近付いていく。

 数センチが数ミリ、数ミリがミクロン、そして薄皮一枚触れさせる回避とも言えない回避へと突入する。

 

(何なんだこれは、俺は全力を尽くしている、皮膚一枚が遥か彼方のように遠い!?)

 

 もはや最小限以下の動きで躱し続けるキルアの姿は、そこにいるにも関わらずまるで幽鬼のように触れられぬ存在のように思えた。

 

「そこまで! これ以上は本当に組手の域を超えるわさ、キルアの実力を疑う奴はもういないでしょ」

 

 どうやっても攻撃を当てられないイズナビと、当たらなくても攻撃に移る隙を見いだせないキルア。

 レベルの噛合により千日手に入ったと判断したビスケの宣言により、さらなる手札を切ろうとしていた二人は動きを止めて互いに見つめ合う。

 

「あんたみたいなのがいるなら修行が捗るぜ、次はこうはいかせねぇ」

 

「こっちのセリフだな。キルアといったか、組手仲間として歓迎する」

 

 もはやギャラリーの中に、キルアを侮るものは一人もいなかった。

 イズナビの目論見通り、素晴らしい体術とオーラ運用を見せたキルアは諸手を挙げて歓迎された。

 そんな中イズナビと、師範クラスの者達は考えていた。

 

 発を使ったキルアがどれほどのレベルなのかを。

 

 ローティーンでありながら高すぎるオーラ運用技術を見せた以上、発がお粗末などということはありえないのはわかる。

 問題は発を使用したときの向上幅であり、どれだけ本人の戦闘スタイルと噛み合っているのか、相手にしたら厄介なのかで戦闘力に雲泥の差が出る。

 

 その辺りを正しく理解しているビスケとゴン達は、キルアという特大の才能が数段飛ばしで飛躍したことを目の当たりにしていた。

 

 イズナビという最高峰の攻めを完全に回避できる下地を持ちながら、さらなる動きを可能とする神速(カンムル)に加えて正しく雷速の攻撃手段を持つ存在となったキルア。

 それでもまだまだ満足せず試合の反省をしていたキルアを、ゴンが満面の笑みと掲げた手で出迎える。

 

 キルアは悔しいような嬉しいような、複雑ながら悪くないと感じさせる表情で強くゴンとハイタッチした。

 

 

 

 

 レオリオとクラピカもキルアを労い、ゴンの頭からキルアの頭に移ったギンもでかしたとばかりに肉球で叩く。

 キルアとイズナビの組手による興奮も冷めやらぬうちに、ビスケから指名を受けたゴンが鍛錬場に向けて歩き出す。

 今度の子供は何を見せてくれるのか、ゴンを知らない者達の疑問は組手が始まる前に解消される。

 

 歩き始めたゴンの身体は、一歩毎に高く、太く、そして鋼のように引き絞られる。

 ビスケの傍ら、鍛錬場の中心に立つ頃にはイズナビを優に上回る筋肉とオーラの怪物が誕生した。

 

 相手は誰だというビスケの問いに誰もとっさに答えられず、ゴンが盛大な肩透かしをくらうところを一人のピエロが名乗り出る。

 

「はぁい♥」

 

 粘つく声に粘つくオーラ、太陽のような圧と輝きを放つゴンに対し、まるで深海のコールタールのような圧と暗さを放つヒソカ。

 

「実力を確かめるだけならボクが相手でも問題ないよね♦というより今のゴンを他の奴に譲る気はないよ♠滾って滾って仕方がない♥」

 

 許可を得るまでもないとゴンの元へと歩むヒソカを見たビスケは、凄みのある笑みを浮かべるゴンを確認した後ネテロへと視線を向ける。

 

「ホッホ♪良いんじゃないかの、同時に二人の実力が見れるから時短にもなるわい。ただしお前さん等やりすぎそうじゃからな、お互いに発を一つ封印するならこのままヤッてよいぞ」

 

 ネテロの条件を聞いたゴンとヒソカは視線を交わし合い、使わない発を宣言する。

 

「もう戻っちゃってるのを許してくれるなら、オレは貯筋解約(筋肉こそパワー)をこれ以上使わない」

 

「それで構わないよ♥ならボクは奇術師の嫌がらせ(パニックカード)を使わない♠」

 

 ゴンとヒソカは互いに背を向けると数歩分の間合いを開け、向き直ると裂帛の気合とともにオーラを解放する。

 

 二人から吹き出したオーラは、量と強化率はゴン、質と洗練さはヒソカに軍配が上がる。

 

 戦いが始まる前からキルアとイズナビ戦以上の衝撃を受けているギャラリーを無視するように、いざという時は力尽くで止める覚悟を決めたビスケが高らかに告げる。

 

「始め!!」

 

 武神を育んだ聖なる山が見守る中、五分の戦績を崩すべく筋肉とピエロが互いの覇を競い合う。

 

 




 後書きに失礼します作者です。

 原作クラピカの師匠であるイズナビの独自設定を少し語ります。

 クラピカは感覚派ではなく理論派だと思われる中、原作クラピカにしっかりと教えることができた点からイズナビ自身も理論派と考察。
 そうなると独学というより体系化した知識を持っているだろうことと、初登場時道着を着ていたことから心源流出身だと勝手に判断しました。

 そうすると年代的にウイングと同期っぽいなぁと考えたり、作者の中では操作系かなぁと妄想してます。


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第67話 組手と死闘

 戦闘描写が難しい。

 なんとか読者様の想像力で補ってください。


 

 試合開始早々、まず最初に仕掛けたのはゴンだった。

 

 レイザー戦で見せた、予備動作が一切ない足首の力による跳躍。

 正面に立つ相手にとって最も反応困難な動きだが、ヒソカは僅かに目を見張ったもののしっかりとバックステップを踏む。

 

 ゴンの振り下ろした拳は、念で補強された鍛錬場の地面をいともたやすく粉砕した。

 

 その一撃に笑みを濃くするヒソカはトランプを手に間合いを詰め、ゴンの反撃を掻い潜り首と脇を斬り払って離れる。

 

「んっん〜♥すごく硬いよゴン、天空闘技場の頃はあんなにふにゃふにゃだったのに♥」

 

 ヒソカがオーラを込めたトランプは角が潰れ、斬られたはずのゴンの首と脇は僅かに赤い線が刻まれたのみである。

 ウボォーギンとの死闘を経て進化したゴンの肉体は、貯筋解約(筋肉こそパワー)を解いただけの素の状態で天空闘技場時の追加出筋(さらなるパワー)を簡単に上回り、練度の増した脳筋万歳(力こそパワー)による強化率200%を問題なく行使する。

 もはやヒソカといえども、オーラを纏わせただけのトランプでは刃が立たなくなっていた。

 

「確認は終わった? ならここからはガンガンいくよ!」

 

 ゴンのオーラがさらなる勢いで噴出し、筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)で圧縮し牢を行う。

 

 ビスケという最高の師に磨かれた技術は正しく効果を発揮し、皮膚レベルまで圧縮されたオーラは仄かに光を放つようにゴンを縁取る。

 

 ゴンの牢を見たギャラリーは、牢を知るものは特大の驚愕を、知らなくとも未知の現象ながら感じる力に驚きを浮かべる。

 ヒソカも以前見たものに比べて明らかに洗練された牢に興奮を抑えられず、身体に纏うオーラを伸縮自在の愛(バンジーガム)に変化させ、その手に新たなトランプを取り出す。

 

 トランプに纏わせたオーラが、薄く、鋭く、剃刀のように研ぎ澄まされていく。

 

 ギャラリーは皆、刃状に変化させたオーラだということは理解できたが、その練度の高さに絶句せざるをえなかった。

 何でも切れる刀を具現化することは不可能、しかしヒソカのオーラは全てを切り裂くと言われたら納得しそうになる鋭利さがあった。

 

「遊ぼうかゴン、最高の時を過ごそう♥」

 

 二人の周囲、そして間の空間が歪んで見えるほどのオーラ。

 

 笑みを向け合う修羅と奇術師は、互いに遅れまいと加速し続ける。

 

 

 

 驚愕に包まれるギャラリーの中で唯一、レオリオとクラピカは驚きこそすれど会話し考察するだけの余裕があった。

 ゴンならこれくらいできるという信頼もあったため、驚きはもっぱらヒソカに対して強く感じている。

 

「元々こんだけできたのか、強くなったのかどっちだと思うよ」

 

「強くなったのだろうな、信じ難い成長だと驚くほかない」

 

 レオリオとクラピカにとって、ヒソカはゴンを抜いて最初に出会った勝ちようのない絶対強者だ。

 そして念に限らず他の分野でもそうだが、本来最も成長するのは習いたてや基礎を修めた後など初心者と呼ばれる頃である。

 すでにビスケが磨く余地なしと匙を投げるほどのヒソカが、短期間でレオリオやクラピカにわかるレベルで成長するのは明らかに異常事態だった。

 

「二人してどこまで強くなる気なんだか。キルアはどっちが有利だと思う? …キルア?」

 

 返事もなにもないため視線を向けたレオリオが見たのは、目を見開きゴンとヒソカの戦いを少しも見逃さんと集中するキルアの姿。

 神速(カンムル)を使用してゴン同様仄かに瞬きながらも、頭の上に乗るギンには影響を与えない緻密なコントロールまでしてのけていた。

 

(あぁ、そうか、やっぱりお前はそっちに行くんだな)

 

 急に黙ったレオリオを訝しんだクラピカも集中するキルアに気付くと、微笑ましいような頼もしいような、少しだけ寂しげな複雑で柔らかい笑みを浮かべる。

 

 天空闘技場で悔しそうに歯噛みしていたキルアはもういない。

 

 ここにいるのは届かないことを嘆く雛鳥ではなく、同じ高さまで飛び覇を競う資格を得た雷鳥。

 

 その目は絶望に曇るのではなく、勝機を見出し光り輝いている。

 

 同じ始まりだった3人、しかしここで一人が進む道を違えた。

 

 たしかに寂しい、しかしそれ以上に応援することを誓い寄り添う二人のすぐ横で、雷小僧が修羅の道へと力強く足を踏み入れる。

 

 誰もが筋肉とピエロのショーに夢中になる中、レオリオとクラピカ、そしてビスケとネテロは新たな世界最高峰の誕生を目撃した。

 

 

 

 

 ゴンとヒソカの戦いはレベルこそ上がっているものの、天空闘技場での試合と同じような進行をしていた。

 一撃必殺の威力を携え果敢に攻めるゴンと、躱していなしながらトランプで切り裂くヒソカ。

 ただし今回は一つだけ違いがあり、天空闘技場とは逆にゴンが明らかに押していた。

 理由は単純に、ゴンとヒソカの強みがゴン有利に噛み合ってしまったことだった。

 

「本当にその回復力はどうかしてるよ、せめてもう少し出血してくれてもいいのに♣」

 

「鋭すぎるんだよ、一体何を切るつもりでそこまで極めたのさ」

 

「んー、ゴンのためなんだけど逆に不利になるとは思わなかった♠」

 

 ヒソカの鋭利すぎるオーラを纏ったトランプは、見事にゴンの防御を抜いてその鋼の肉体を切り裂くことに成功した。

 しかし鋭利すぎることが仇となってしまい、ゴンの常軌を逸した回復力と相まって切れたそばからくっついて治るというあり得ない現象が起きていた。

 本来は他人のオーラが傷口に入ることでここまで早く治ることはないはずだが、ゴンのオーラ密度が高すぎるせいでヒソカのオーラはすぐ体外に押し出されてしまうのだ。

 

 ゴンのために研いだゴン以外にはオーバーキルすぎる技術が、肝心のゴンと相性が悪いという本末転倒な結果となっていた。

 

「やっぱり念は奥が深いねぇ、ボクもまだまだ勉強が足りないや♦」

 

「それで? まさか終わりじゃないでしょ、このまま押し切っていいならそうするけどね」

 

「それこそありえないよ♥想定より早かったけど、ここからが本番さ♠」

 

 ヒソカはトランプ両面の中心にバンジーガムを貼り付け、それを手に持ち勢い良く腕を広げ引き伸ばした。

 

 子供の工作に、“びゅんびゅんゴマ”というものがある。

 

 厚紙の中央部に穴を2つ開け、その穴に紐を通して結ぶだけの簡単なおもちゃである。

 紐をねじって引っ張ることで厚紙が高速で回転し、びゅんびゅんと風切り音を鳴らすことが名前の由来だ。

 その回転力は馬鹿にしたものではなく、子供が回してもそこそこ危険なスピードで回転させることができる。

 

 ヒソカのトランプは、風切り音すらない丸鋸と化した。

 

 今までの鋭すぎるオーラすら霞む切断力をありありと予感させるそのトランプを、ヒソカは続けざまに5枚作り出すとバンジーガムに繋げたまま振り回す。

 かすった地面、触れる空気が切り裂かれるその中心で、残虐な笑みを浮かべたヒソカが一歩を踏み出す。

 

「簡単にバラバラにならないでね、そのまま壊したくなっちゃうから♥」

 

 ゴンは一筋の冷や汗を流しながらも、笑みでもってヒソカを待ち構えた。

 

 

 

 

 ゴンに傾いていた戦況を一気に引き寄せたヒソカは、高速回転するトランプの付いたバンジーガムを鞭のように操り攻撃を繰り出す。

 トランプの回転は念によるものではなく物理現象のため徐々に衰えるが、その度にバンジーガムを伸縮させることで再び高速回転させていた。

 ゴンの肉体とオーラでも防ぎ切ることができず、斬られる以上に削り取られた傷は治るのにも時間がかかる。

 押されているゴンだったが、牢を使った状態での凝でダメージを抑えつつ治療時間の短縮を行っていた。

 

 ゴンに確たるダメージを与えているヒソカだったが、攻撃手段が限定されているため対応される隙を埋めることができない。

 

 ヒソカの体力を徐々に削っているゴンだったが、ここに来てダメージレースで差が開き始め不利が加速していく。

 

 なあなあの決着ではなく完全決着を望む二人の死闘は、まるで天空闘技場の一戦をなぞるようにさらなる加速を見せる。

 

 

 仕掛けたのはゴン。

 

 

 6本になったトランプ丸鋸付バンジーガムを負傷を省みず弾き飛ばすと、身体を捻って硬を行うべく言霊を発す。

 

「最初は、グー!」

 

 借筋地獄(ありったけのパワー)を使っていないためレイザー戦ほどの圧縮は実現できなかったが、観戦しているギャラリーの心胆を寒からしめる莫大なエネルギーはヒソカをして刹那の硬直を生んだ。

 

「ジャン、ケン!」

 

 攻めるか引くか、百戦錬磨たるヒソカの経験と欲望は攻めを選択していたが、ヒソカの本能が彼らしからぬ逃げの一手を打つ。

 

 元々手の届かない距離からさらに離れる選択を取った本能に理性が疑問を浮かべたが、次の瞬間攻めていたら負けだったことを理解する。

 

「パーッ!!」

 

 ゴンによって抉られた大地が大小様々な死の散弾となってヒソカに迫り、並の能力者なら全身バラバラに吹き飛ばされる面の暴力が牙を剥いた。

 

(えっぐ♥)

 

 ヒソカは身体を丸め被弾面積を減らし、纏うバンジーガムを表面は柔らかく身体に近いほど固く変化させる。

 下がったことも功を奏し、いくつかの礫がめり込む程度にダメージを軽減したヒソカだったが、散弾が過ぎ去って開けた視界に身体を捻った体勢で近付くゴンが映った。

 

「あい…」

 

 戦闘開始直後にも見せた足首の力だけの移動は、居合道のすり足のごとく構えた状態での移動を可能にする。

 

「こで!」

 

 詰めるにも引くにも微妙な距離、体勢の崩れたヒソカはその場での迎撃を選択した。

 

 右手の指を目一杯広げ、指と指の間で計4枚のトランプを高速回転させる。

 

 掌をゴンに向けて左手でバンジーガムを引き絞ると、弓というよりパチンコの要領で撃ち放つ。

 

「ッ!? チーッ!!」

 

 ヒソカが詰めてきたらグー、引いたら再びパーを考えていたゴンはとっさに直撃コースの2枚を手刀で切り払い、残りの2枚を筋肉対話(マッスルコントロール)を使って無理矢理回避する。

 

 互いに崩れた体勢を立て直したため間が空き、顔をしかめたゴンと満面の笑みのヒソカが向き合う。

 

「な・る・ほ・ど♥点のグーに面のパー、そして線のチーってわけだね♦構えも隙だらけだと思ってたけど、あの体勢で動けるならそこまで問題じゃないってことか♠良い技だね♥」

 

「初見でほとんど完璧に受けられたのは想定外だよ。ヒソカも良い技持ってるね」

 

 揃って隠し玉が不発に終わった二人は、そろそろやりすぎだと止めに入りそうなビスケを見て最後の勝負に出ることを決める。

 

 後先考えずにさらなるオーラを噴出させるゴンと、オーラを暗く重く研ぎ澄ませるヒソカ。

 

 もはや組手の範疇を超えていると判断しているビスケが、飛躍する二人に魅せられ止め時を見誤った故の最後の一合。

 

 2連勝を狙うヒソカがパチンコ方式でトランプを放ちながら急接近し、それを見たゴンはトランプを牢で無理矢理受けた後に迎撃態勢を整える。

 

「ジャン、ケン!」

 

 4枚のトランプを身体に生やしながらも構えたゴンは、意に介さず左腕を引き絞って飛び掛かるヒソカを迎え撃つ。

 

「グーッ!!」

 

 完璧なタイミングのカウンターは、空中でピタリと止まったヒソカの鼻先を掠めて空振った。

 

 目を見開いたゴンが見たものは、離れた心源流道場に貼り付くヒソカの伸びた左腕。

 

 影に隠れて見えなかったバンジーガムの腕で止まったヒソカは暗く嗤い、剥がれた左腕がゴムの弾性で超加速する。

 

 ゴンはいつの間にかヒソカと繋がれたバンジーガムで回避は不可能と悟り、恐ろしい速度で迫る拳の間になんとか左腕を差し込み受け止める。

 

 バンジーガムの拳の中に隠された高速回転するトランプが、殴る威力と相まってゴンの腕を切断しそのまま鎖骨に食い込む。

 

「っ!? 勝負あ…」

 

 慌てて組手を止めようとしたビスケを追い越し、ヒソカの一撃を鎖骨で受け止めたゴンが筋肉と肩で固定し構える。

 

「あいこでっ!」

 

「ッ♥」

 

 ヒソカのバンジーガムでできた左腕は、精密操作とパワーを両立させるために切り離すことが困難となっている。

 

 互いに決殺可能な距離での最後の一撃が放たれる瞬間、全てを置き去りにした掌が振り下ろされた。

 

 

 百式観音 壱の掌

 

 

 ゴンとヒソカの間に差し込まれたネテロの一撃は、物理的に二人を隔ててビスケの終了宣言を間に合わせる。

 

「勝負あり! 双方やりすぎの上で決着なしだわさ!! 組手だって言ってんのに死合ってんじゃないわよ!!」

 

「さっさと腕見せろゴン! ヒソカもめり込んだ礫勝手に抉り出すんじゃねえぞ!?」

 

「ゴンの腕は回収しておいた。オーラで包んだから雑菌等は防げたと思う」

 

「でかしたクラピカ!!」

 

 あまりの展開の移り変わりにギャラリーが動きを止める中、チードルとサンビカの二人はレオリオとクラピカの治療速度に目を見張る。

 そして治療を受けるゴンとヒソカは、勝負を邪魔されたとはいえ互いの成長をその身に受け合い満足そうに一息ついた。

 

「腕も取られちゃったし、今回もオレの負けかな?」

 

「最後の一撃は五分のところまで持っていかれちゃったからね♥止められなかった場合は技の威力的に考えたらボクの負けでもいい気がするよ♥」

 

「素直に引き分けでいいだろ。先に当たるのはヒソカだったけどゴンの一撃も止まらなかっただろうしな」

 

「うむ、この勝負は引き分けで決まりじゃ。全く滾らせてくれるわい」

 

 呆れるキルアと目が笑っていないネテロが揃って引き分けを宣言し、治療待ちで説教を我慢しているビスケが見つめる筋肉とピエロ。

 

 3度目の決着が付かなかった二人は軽く拳をぶつけ合い、次こそ雌雄を決すると心に誓い合った。

 

 



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第68話 笑う修羅達と振り回される者達

 皆さんこんにちは、腕取れちゃったせいで1日安静を言い渡されて暇なゴン・フリークスです。ギンも組手で高弟の人をぶっ飛ばして認められ、お菓子につられてクラピカ達の女子会に連行されました。

 

 

 

 

 いつになく鬼気迫る表情、そしてとんでもない処理スピードで業務をこなす仕事のできる男アイザック・ネテロ。

 秘書のビーンズに今日のサポート十二支ん“巳”のゲルが驚き見守る中、普段よりさらに時短で仕事を片付けてすぐに電話をかけ始める。

 

「今どこじゃ? 家? 今すぐ来て繋ぐのじゃ。身だしなみ? 40秒で支度しな」

 

 電話を切って立ち上がるとトイレと言いながら扉へと向かい、部屋を出る前に振り返ってゲルに指示を出す。

 

「パリストンが紛れ込ませたワシの認可がいる書類は却下にしとけ。それ以外はお主の見解で判断してかまわんぞい」

 

「わ、わかりました。…え、本当に紛れ込んでる」

 

 ネテロが退室したあと、書類の山から本当に出てきたパリストンの嫌がらせを発見したゲルは目を見張り、却下の判子を押しながらビーンズに問いかける。

 

「ネテロ会長はどうなさったの? なんだかいつも以上に張り切っていらっしゃるし、まるで子供みたいにソワソワしてて可愛らしいわ」

 

 会長大好き集団十二支ん所属とあってもれなく会長信者の一人であるゲルは、若返ったネテロのさらに子供のようなはしゃぎっぷりに頬を染めながら質問する。

 長い黒髪にスラリとした肢体を持つゲルの艶めかしい姿に、いつものことで慣れきっているビーンズはネテロが嬉々として教えてくれたことを話す。

 

「例の組手にビスケさんが来てくれたそうですよ。しかも去年と今年ハンターになった有望株まで連れてきてくれたようで、今日からの鍛錬が楽しみで仕方ないそうです」

 

「まあ、ビスケさまがいらっしゃったの。それであんなに喜ばれてるなんて、…妬いてしまいますわ」

 

 空気の読める敏腕秘書ビーンズは、ネテロのテンションが上限突破している理由がゴンにあることをさり気なく隠して口を噤む。

 ビスケに対してすら嫉妬する十二支んにゴン達の存在が正しく認知されると、一つ星(シングル)とはいえ新参者でしかない彼等の安寧が脅かされると察したのだ。

 

「それにしてもネテロ会長は何方を呼んでいらっしゃったの? しかも遅刻するなんてお仕置きが必要かしら」

 

「勘弁して頂きたい、私は昼前に来るよう指示されていたんです。2時間早く呼び出されるなど想定外もいいところですよ」

 

 ゲルの本気か冗談かわからない言葉に返答したのは、ただの壁に突如出現したドアから執務室に入ってきた若い男性。

 黒髪を七三分けに整えメガネをかけた、スーツの上着を小脇に抱えるビジネスマンといったイケメンである。

 

「あら、ノヴさんじゃないですか。会長の要望に応えるのは全ハンターの責務ではなくて?」

 

「だからこそ40秒で支度してきたんですよ。淹れたてのコーヒーを置いてきてしまったのは痛恨のミスですがね」

 

 メガネを指で押し上げながらため息を吐くノヴは、ゲルがいることを知っていたおかげで無駄な諍いが起きなかったことに胸を撫で下ろす。

 そんな気苦労を正しく理解したビーンズがノヴにコーヒーを淹れながら労っていると、トイレから戻ってきたネテロがノヴを見つけて急かす。

 

「よお来たの! 早速本部道場に繋ぐのじゃ! 早くせんか早くせんか!」

 

「…かしこまりました。ビーンズさん、コーヒーはまた今度いただきます」

 

「すみませんねノヴさん。会長をよろしくおねがいします」

 

 淹れてもらったコーヒーに口を付けることのないまま、ノヴは自身の発“四次元マンション(ハイドアンドシーク)”で扉を具現化すると肩を落として執務室を出ていく。

 ノヴとは逆にウキウキと執務室を出ようとするネテロは寸前で振り向くと、早々にいなくなることに気を落としていたゲルにまた一つ指示を出す。

 

「明日の手伝いもゲルじゃったな、今日より一時間早く来てくれんかの。朝飯でも一緒に食おうや」

 

 返事は待たずに手を振りながら扉をくぐったネテロが四次元マンションの異空間に消え、閉まった扉もすぐになんの変哲もない壁に戻る。

 

「…そんな、ネテロ会長と食事だなんて! 早く終わらせて準備しなきゃ!!」

 

 黄色い悲鳴を上げながら猛然と仕事を片付け始めたゲルの脳内は、明日のネテロとの食事を想像して恋する乙女のように光り輝く。

 

 食事で釣ってさらに早く仕事を終わらせるつもりでいるネテロの考えに気付いたビーンズは、なんとも言えない哀れむ視線をゲルに向けながらも本人が幸せならいいかと気を取り直して己の職務に取り掛かった。

 

 

 

 

 心源流本部にある広々とした道場内は、ネテロがまだ来ていないにも関わらず高弟達が死屍累々の有様だった。

 端からレオリオとサンビカとチードルが傷を癒やし、クラピカとビスケが体力とオーラを回復しているがまるで追い付いていない。

 そんな道場内では今現在、ゴンとヒソカとキルアの3人が三つ巴の組手を行っていた。

 

「いいね、凄くいいよキルア♥まさか君がここまで来てるなんて思わなかった♥」

 

「舐めんなよ変態ヤローが! クソ兄貴の前にテメーを泣かしてやんよ!!」

 

「本当に凄いよキルア!! どうやってここまで強くなったの!?」

 

「お前のせいだよ!!!」

 

 全員道場を破壊しないようにするという枷こそあるものの、ほとんど実戦と言って過言ではない組手は心源流の師範や師範代ですら息を呑むとんでもない勝負だった。

 

 圧倒的フィジカルで全てをなぎ倒そうと暴れるゴン。

 

 室内とあって伸縮自在の愛(バンジーガム)を巣のように張り巡らし、高速移動すると同時に拘束しようと企むヒソカ。

 

 そしてそんな二人の攻撃を完璧に回避し、一撃必殺を狙い電撃で牽制するキルア。

 

 一人に集中すれば当たり前のようにもう一人に隙をつかれ、稀に手を組んでも次の瞬間には敵となる。

 圧倒的に多く被弾しながらも意に介さないゴンと、一切の攻撃を受けずに立ち回るキルアは対照的であり、そんな二人と遊ぶヒソカは満面の笑みでいたる所に罠をはる。

 念で補強された道場が軋んで悲鳴を上げ、限界も近いと判断した最年長ローガンが声を張る。

 

「そこまで!! 今日の午前の部は終了、各自午後に向けて休憩!」

 

 その合図で大人しく組手をやめたゴンとキルアは、近付いてきた師範や師範代と互いに意見交換を行っていく。

 そして軽く汗を流すゴンと肩で息をするキルアに対し、ヒソカはまるで疲労した様子を見せず似合わない爽やかな笑顔で組手を思い返していた。

 

「…ビスケットさん、あいつ等なんなんすか? あんな化け物共が、今まで世界に知られていなかったなんてありえない」

 

 ビスケのクッキィちゃんに疲労回復マッサージを受ける高弟の一人、昨日キルアに惨敗を喫したヤムは折れそうになる心をなんとか保たせて鍛錬に参加していた。

 しかしヤムと同レベルの高弟の多くは昨夜の内にそれぞれ所属する支部に帰還しており、高弟で残るのは実力的にほぼ師範代クラスしかいなくなっている。

 

「プライバシーもあるからぼかすけどね、キルアとヒソカは完全に裏出身だからほとんど知られてなかっただけだわさ。ただゴンに関して言えばあたしもあんたと同じ気持ちよ、どうしてあんなことになるまで知られずにいたのか不思議でしょうがない」

 

 ゴンの実力はビスケとウイングが鍛えたとはいえ、それはあくまでも伸ばしたというのが正しい。

 いわば強者に至る加速装置の役割を果たしただけであり、そういう意味ではゴンは出会った段階で完成していたと言っても間違いではないのだ。

 普通はある程度鍛えた上でしか見えてこない己の芯と到達点が、鍛える前から確固とした形で存在していたとしか思えないあべこべな存在のゴン。

 

「これを言うのは指導者として失格だけどね、ゴンはもちろんあの子達から目を逸らすのは逃げじゃないわさ。あんたも当たり前のように才能があるからね、完全に折れる前に出ていくのも正しい判断よ」

 

 処置が終わって次の高弟に向かうビスケの背中から視線をずらしたヤムは、昨日から仲間入りしたゴン達のことを観察する。

 

 自分など足元にも及ばない実力だと理解させられたゴンとヒソカとキルア。

 

 バカみたいな外科治療速度を誇るレオリオとバカみたいなサポート能力を持つクラピカ。

 

(俺に才能があるのは間違いないんだよな、ただあいつ等が化け物ってだけでさ)

 

 ヤムの実力はすでにゲンスルーはもちろん、幻影旅団の非戦闘員達にも勝てるだけの強さを持っている。

 心源流拳法に数多ある型の中で、特に百式観音の連撃性に傾倒した派閥が編み出した“観音風風拳”。

 観音風風拳の若きホープにしてさらなる発展を確証されているヤムにとって、ゴン達は初めて出会った年下の格上と言ってよかった。

 

(逃げにはならないか。けど、それを決めるのはビスケットさんじゃなくて俺自身なんだよな)

 

 ヤムの脳裏に、昨夜去っていった高弟達の表情が浮かび上がる。

 その表情に理由もわからず怒りと焦りを感じたその意味を、ゴン達を観察していたヤムは心折れる前に気付くことが出来た。

 彼等はこれからも鍛錬は続けるし師範を目指すと言いつつ、武闘家として一番大事なものが抜け落ちてしまっていた。

 

 世界で一番強くなるという目標をなくしてしまっていた。

 

 そこに気付いてから周りを見れば、師範の中にもゴン達を敵わぬ相手と諦めた者達が目に映る。

 ヤムは己の両頬を力一杯叩くと、どこまでもまっすぐ上を目指すゴン達を見据える。

 

(ふざけんなよ、俺は逃げねえ! 今は敵わなくてもこれからだ、これから俺はもっと強くなってやる!!)

 

 目をギラつかせたヤムは立ち上がると、速さという点で最も優れているように見えたキルアへと駆け寄って意見交換に加わる。

 

 そこに年下だからと侮る感情はもちろん、教わることに対する恥の感情すら一切ない。

 

 天才として強者へのエスカレーターに乗っていたヤムは、武を学んでから初めて己の足で階段を駆け上がり始めた。

 

 

 

 

 ネテロが本部道場を訪れる時間は決まっていないが、最近はほぼ午後すぐに来ることが多くなっている。

 それ故に本部道場にいる者達は、ネテロ来訪後すぐに組手を行えるよう準備するようになり、いつしか昼食をかなり早い時間に食べるという生活習慣が出来上がっていた。

 

「なんじゃい、せっかく早く来たのに待ちぼうけかよ。朝から楽しそうなことしといてつまらんのう」

 

「そう思うなら次からはちゃんと連絡よこすわさ。こっちだってジジィのために予定組んでんだからね」

 

「…無駄にしたコーヒー達が報われませんね」

 

 人によっては朝食と言えそうな昼食を食べていたゴン達のもとに、人騒がせな老人が突撃してきたのは誰もが半分ほど食事に手を付けたタイミングだった。

 急なネテロ到着に驚き組手を開始しようとした心源流の者達だったが、医療班筆頭のチードルが1時間の食休みを入れなければ許可しないと断言する。

 さらにこの場で最もネテロに対して遠慮のないビスケがネチネチと説教をし、なんとも言えない空気となりながらも束の間の休息は守られた。

 

「会長の仕事はそんなに暇なんかな? いくらなんでも終わらせて来るには早すぎるだろ」

 

「まあデカい組織だからな、仕事の割り振りがしっかりしてるってことだろ。クラピカそっちのソース取ってくれ」

 

 多くあるテーブルの一角を占拠するゴン達は、他の者が引くレベルの大量すぎる料理を喋りながらも最低限のマナーはなんとか保って胃袋に詰め込んでいた。

 明らかに燃費が悪いとわかる筋肉ダルマはもちろん、元々が大きいギンに育ち盛りのキルア、そして大量のオーラを使い続けるレオリオとクラピカも常人の数倍の量を無理なくたいらげる。

 ゴン達の食事風景をニコニコと見守るヒソカが最も少食という、頭が混乱する光景が広がっていた。

 

「せっかく早く来たのに無駄足じゃのう、お主等は楽しそうなことしとったらしいし」

 

 ビスケの説教から解放されたネテロがゴン達のテーブルに近付くと、まだ誰も手を付けていなかったデザートの点心を一つ口に放り込む。

 そのまま新たな椅子を持ってきて座ると、ハンター試験以来のヒソカとの会話を始める。

 

「なんとまぁ、お主がそこまで化けるとは夢にも思わなかったわい。変わったわけでもないようじゃし、やっと見つけることができたってことかの?」

 

 昨日の組手を見たネテロは、一年ぶりに見るヒソカがハンター試験の時とは別次元の強さを持っていることを知って驚愕した。

 しかも全方位に喧嘩を売るような全身凶器といった印象が鳴りを潜め、その狂気は一つの大きく尖すぎる凶器となって磨かれている。

 

「退屈しない最高の子達がいるからね♥まあここまで骨抜きになるのはボクも予想外だったけど、悪くないどころか最高の気分だよ♥」

 

 ゴン達を厭らしい笑みで見つめるヒソカと、獰猛な笑みで返すゴンに嫌悪感丸出しのキルア達。

 ちょっと思っていたのとは違ったが、ネテロはゴン達の姿にかつての好敵手達を重ねていた。

 もはや生きている者も少数で、現役でいる者など片手の指でも多い彼等を懐かしく思い、新たに好敵手へ加わった元気すぎるゴン達に心の中で感謝を送る。

 

「さて、昨日はもう遅かった故にお開きとなったが、今日の鍛錬はまずお前さん等に頼もうと思う」

 

 ネテロの言葉にゴン達は望むところだと気炎を上げ、様子を窺っていた者達が驚愕する内容が告げられる。

 

「ゴンにヒソカ、そしてキルア3人とワシの3対1、ただし互いに全力じゃ」

 

 それは組手の範疇を超える宣言、この場の誰も体験したことのない未知の領域。

 

「百式観音、小童共に味わわせてやるよ」

 

 三種の修羅が凄惨な笑みを交わす中、巻き込まれた修羅見習いは一人盛大に顔を引き攣らせた。

 

 




生まれて初めてツイッター始めます。嘘じゃないヨ


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第69話 本気の組手と百式観音

 

 

 皆さんこんにちは、ついに百式観音との勝負とあって武者震いが止まらないゴン・フリークスです。キルアが死にそうな顔してるけどそんなに勝算ないかな?

 

 

 

 

 

 人数有利とはいえネテロの百式観音が相手とあり、ゴン達の中で最も耐久力に難のあるキルアはすでに逃げ腰となっていた。

 

「オレは正直ついていける気がしない。完全に遠距離担当になるって宣言しとくわ」

 

「んー、まあしょうがないんじゃない? ボクはまだ見たことないけど威力もやばいみたいだし♣キルアが雷速で動けるならまだしも流石に無理だしね♦」

 

 実際に百式観音を見たことのあるキルアは一発でもくらえば致命傷、そしてどう考えても回避不能と判断して遠距離からの嫌がらせに集中することを決めていた。

 まだ直接百式観音を見ていないヒソカも、キルアの判断やそれをゴンが止めないことなどでその脅威をおおよそ把握し、どうやって戦うかのシミュレーションを行う。

 

「キルアなら百式観音の間隙をねらい打てると思う。攻撃はオレが全部受けるけど守りきれなかったらごめん」

 

「んなこと誰も頼んでねえ! お前はいつも通り頭筋肉で突っ込めばいいんだよ、オレはそれについていく。遅れたりしねえから前だけ向いて突き進め」

 

 顔色は悪いながらも不敵に笑うキルアと、その覚悟を見て笑みを浮かべるゴン。

 拳をぶつけ合う二人を見て鼻から愛を溢れさせたヒソカも拳を差し出せば、ゴンは拳で、キルアは嫌そうにしながらも張り手で触れる。

 

「〜っ♥ボクはボクでやらせてもらうけど、一つだけ必ずしようと思うことがあるから先に言っておくよ♦」

 

 凄まじい顔で痙攣したヒソカに流石のゴンも一歩引く中、レオリオ達医療班の準備が万端になったと報告が入る。

 いざという時は負傷者をすぐさま隔離できるよう、ノヴが外の鍛錬場にかけられた念と四次元マンション(ハイドアンドシーク)を同期させてすべての準備が整う。

 

「今回もあたしが立会人を務めるわさ。追い打ちをしない、やられたら大人しく引き下がることを順守なさい」

 

 ある程度の距離を取ったゴン達とネテロのオーラが高まり、ゴンは借筋地獄(ありったけのパワー)も発動して構える。

 ギャラリーは巻き添えにならないように離れながらも、少しでもよく見ようとできるだけ近くで観戦する。

 

「始め!!」

 

 3対1の組手とはいえ、ネテロは死闘以外で初めて本気で百式観音を繰り出すべく祈りを捧げた。

 

 

 

 ゴンは開始早々なんの躊躇もなく、いっそ清々しいほど無策に真っ直ぐネテロへと駆け出した。

 当たり前の話だがその接近は中堅能力者でも反応できるか怪しいレベルの速さであり、ネテロにとって自分の倍近い筋肉の塊がその速度で迫ってくるのは普通に考えて恐怖でしかない。

 

 百式観音 弐乃掌

 

 百式観音の攻撃はすべてが決まった型で放たれ、弐の掌は前方に打ち出す横ベクトルの掌底。

 とりあえずの牽制であり、接近を許さないつもりのものとはいえ決して手加減などしていなかった。

 

「取ったぁ!!」

 

 地に足をめり込ませたゴンが、数メートル押されながらも観音の手を抱え込んだ。

 

「あだぁ!?」

 

「油断大敵ってね、ゴンばっか注意しすぎ」

 

 百式観音の決まった型をゴンが撃ち抜かれずに抑え込んだことで、神速で終了するはずの攻撃をほんの少し長引かせることに成功する。

 その僅かな隙はキルアにとって長過ぎる隙であり、雷速の落雷(ナルカミ)がネテロに直撃して痙攣させた。

 

「フフッ、チェック♠」

 

 その硬直で肉薄したヒソカがトランプを振り被り、ネテロを切り裂こうと腕を振るうが刹那の時間が足りなかった。

 

 百式観音 弐乃掌

 

 全速の百式観音はヒソカを捉えて吹き飛ばすことに成功し、続けてキルアに対応しようとしたネテロだったが自分に付着したオーラを見て動きを止める。

 

「ガムとゴムの性質を持つ伸縮自在の愛(バンジーガム)、今回は特別に繋いであげるよ♦」

 

 大きく吹き飛ばされながらも、ダメージ自体は纏ったバンジーガムで大幅に軽減したヒソカからの置き土産。

 前方に引っ張られる感覚にバンジーガムの先を見たネテロは、自分が筋肉との肉弾戦から逃れられぬことを悟った。

 

「ネテロ会長、勝負!!」

 

 殺し愛キューピッド(ピエロ)赤い糸(バンジーガム)が、二人の修羅を超至近距離へと引き合わせる。

 

 

 

 今現在心源流本部道場にいる者は、一度は百式観音をその目で見たことのある者ばかりである。

 それが戦闘中か鍛錬中かは別として、見た者達は口を揃えてこう語る。

 

 百式観音こそ最強の能力にして、アイザック・ネテロこそ最強の念能力者である。

 

 それだけの速さ、威力、そして連撃性を持つのは周知の事実であり、単純な戦闘においてこれ以上ない強さを持っているのだ。

 

 そんなネテロが3対1とはいえ明らかに押されていた。

 

 バンジーガムにより超至近距離から離れないゴンと肉弾戦をしながら、襲いかかってくるヒソカを百式観音で迎撃し、キルアの雷撃や隠し持っていた暗器を捌く。

 

 間違いなく超絶技巧と言えるネテロの奮闘だが、目に見える形でその身体に傷が増えていく。

 ゴンと打ち合う四肢には青アザが浮かび、百式観音が間に合わなかったヒソカのトランプがその身を切り刻む。

 そのように二人が気持ちよく攻勢に出れる一番の理由がキルアであり、徐々に百式観音の技と技の繋ぎに攻撃を差し込めるようになってきていた。

 

 あるかないかというレベルの百式観音のインターバルを、神速(カンムル)・疾風迅雷で反応し撃ち抜くキルア。

 

 百式観音の攻撃に怯むことなく攻め続け、くらったとしても抑え込みまた攻めるゴン。

 

 連携の訓練などしていないにもかかわらず、ゴンとキルアに完璧に合わせて躍動するヒソカ。

 

 真っ向勝負できるゴン、射程外から的確に牽制できるキルア、二人の穴を埋められるヒソカという噛み合った三人だからこそネテロを追い詰める。

 

 最強の陥落を予期したギャラリーが驚きと少しの悲しさに包まれる中、渦中の武神は傷付き翻弄されながらも最高の笑顔で戦っていた。

 

 

 

(よくぞ、よくぞここまで練り上げたものじゃ。特にキルア、此奴は殻すら破れていないひよっこだったはずじゃろ!)

 

 元々強者だったゴンとヒソカがここまでできるのに驚きはあまりない、しかしキルアに至ってはまだ念を覚えてから2年と経っていないのだ。

 年齢から考えると下地は限界まで鍛えられていたとはいえ、その念に対するセンスはネテロをして未だかつて見たことのないレベルへと達していた。

 

(ワシが反応出来ずにくらうということは、祈りの完成と同時に電撃を放っているということ。タイミングをこうも完璧に合わせてくるとは、レオリオと同じで見えないものまで見えてそうじゃの)

 

 ネテロの推測は当たっており、キルアはここにきて新たな能力を構築していた。

 

 神速・照魔鏡

 

 周囲に電気が漏れることすら許さない緻密なオーラコントロールで実現した、相手の身体を流れる電気信号を感知するレーダー。

 本来感知したところで反応など不可能なのだが、キルアの疾風迅雷はその不可能を可能とした。

 漏電しないながらも帯電していることで仄かに輝くキルア、その目が青白く強い光を放ってネテロを見据えている。

 

(そしてヒソカ、此奴はまるで本気を出しておらんの。あくまでサポートに徹し、ゴンとキルアの成長を最も間近で見ることが目的か。ここまでないがしろにされるとか、こいつマジでワシのこと眼中にないじゃん)

 

 ヒソカのポリシーであるタイマンではない3対1の組手は、本人からヤル気と勝利への欲求を激減させている。

 しかし今正に成長を続けるゴンとキルアのサポートに徹することで、束の間の共闘と味方目線での成長を目の当たりにすることに愉しみを見出していた。

 意識の殆どをゴンとキルアに注いでいるにも関わらず戦闘自体にそつはなく、基本的には百式観音を受ける担当でありながら目立ったダメージはない。

 ゴンという規格外の破壊力に晒されてきたことによる慣れ、そしてバンジーガムという打撃に対する圧倒的アドバンテージを活かし切る妙技があった。

 

 ゴンとの組手でも見せた、バンジーガムの弾性に強弱をつける使い方である。

 

 自分が衝撃を受けないよう弾性に変化をつけ、さらには硬い芯をずらすことで攻撃そのものを受け流す。

 相手に最もダメージを与えられる打ち方を見極められるネテロを逆手に取った、百式観音を攻略したと言える対処法だった。

 

(この戦い方を実現できる能力速度に思考力、ワシの気のせいじゃなければビスケより強くね?)

 

 ゴンのような規格外の破壊力があるわけではなく、キルアのような規格外の反応速度があるわけでもない、トータルバランスでみた戦闘力の圧倒的高さ。

 ネテロの出会ってきた好敵手の中でもまさに最高峰の強者である。

 

(そしてゴン、こいつ本当に頭おかしくないか? なんでこの出力で身体が爆散しとらんのじゃ、これでまだ十代前半とかこの先何になるんじゃ)

 

 ウボォーギンとの死闘を経て進化した、ゴンの身体能力とオーラ出力。

 ハンター試験の時しこたま驚かされたにもかかわらず、あの頃が可愛く見えてくるほどの暴力の化身。

 軽く話したビスケが懸念していた、暴力に対する武の敗北という本来あってはならない事態の可能性。

 

(認めるわい、お前を力尽くで止めることはできない。何なら技術を使っても厳しいとな)

 

 ネテロは痺れる四肢に活を入れ、ゴンと繋がるバンジーガムが限界に近いのを看破し百式観音でヒソカと同じく吹き飛ばす。

 短い時間ながら壮絶な攻防を繰り広げたとわかる傷だらけのネテロと、まだまだ余裕があるゴン達の対比は世代交代を象徴するようだった。

 

「楽しいなぁオイ、これだからやめらんねぇんだ、強くなって強い奴と戦ってまた強くなる。そんで最後はぶちのめすから最高なんだよ!!」

 

 ネテロのオーラが鋭さを増し、その顔に鬼のような鬼喜の笑みを浮かべる。

 ギャラリーが恐れ慄くオーラを真っ向から向けられたゴン達は、その全てを刺し貫くようなオーラの中に感謝の念を確かに感じた。

 

「百式観音、攻略したと思ってんなら舐めんじゃねえぞ!!」

 

 ネテロはゆっくりと、思考の加速が行われているのではなく事実ゆっくりと両手を合わせる。

 ネテロの考えとして、祈りは想いがあれば所作も時間も関係ない。

 百式観音を打つ際決まった動作で両手を合わせるのも、結局はルーティーンであり行ったほうが明確に感謝の祈りを捧げられるからにすぎない。

 

 それでもネテロは、この祈りに重い想いを込めた。

 

 超即反応でキルアはその場から飛び退り、ゴンとヒソカはオーラを全力で高める。

 

 百式観音・重式 壱乃掌

 

 今までと同じ感謝の想い、しかし時間をかけた祈りはその分重さを増し、そして重なり顕現する。

 

 より鮮明になった観音が3本の腕を振り下ろし、今までの比ではない威力で着弾する。

 

「ナルカ…」

 

 百式観音・軽式 弐乃掌

 

 祈りの所作すらないその一撃は、今にも掻き消えてしまいそうな頼りなさでありながら今まで以上の速さでもってキルアを捉えた。

 

 吹き飛ぶキルアと立ち上る噴煙、誰もが言葉をなくして立ち尽くす中、残心を崩さないネテロは確信を持って告げる。

 

「来い小童共、百年以上の研鑽ってやつをその身に刻んでやる」

 

 噴煙の中から傷付いたゴンとヒソカが姿を現し、吹き飛んだキルアも血を流しながら戻ってくる。

 

 最初からクライマックスの戦いがさらなるクライマックスを迎えようとする中、嗤うネテロの脳天に元の姿に戻ったビスケの拳骨が炸裂した。

 

「こんのバカジジィ!! 周りの被害を考えるわさ! しかも凄んどいてあんたもうボロボロでしょうが!! 組手はこれで終了! ゴン達も煽られてんじゃないわよ!!」

 

 頭に特大のたんこぶを拵えたネテロが前のめりに倒れ伏し、レオリオ達医療班が慌ててその身をテントへと運んでいく。

 肩透かしをくらったゴン達も気が抜けて戦闘態勢を解き、3人の中で一番重傷だったキルアは自分の足でテントへ向かって歩いていった。

 

「んっんー♥百年の研鑽は伊達じゃなかったねぇ♥どうだったゴン? 百式観音の圧縮は出来てた?」

 

「出来てなかった。やっぱり大きいのが目的の能力だったみたいだね、だから最後の重いやつと速いやつを作ったんだと思う」

 

 ネテロは天空闘技場での一戦から戻った後、百式観音の圧縮をするべく試行錯誤を行った。

 しかしやはり暗黒大陸の巨大生物を見据えていた百式観音の小型化は困難を極め、ならばと祈りの時間を変えることでバリエーションを増やす方向にシフトした。

 

 祈りの時間を増やすことで発動する“百式観音・重式”、速さを犠牲にする代わりに威力を増した観音を顕現させることができ、かけた時間に応じて掌を重ねて増やすことが出来る。

 

 祈りの所作を省略して発動する“百式観音・軽式”、威力を犠牲にする代わりに今まで以上の速さで観音を顕現させることができ、さらに間隙が少ない不可避の速攻となる。

 

 どちらもネテロが人前で使うのは初めてであり、百式観音を知っていた者ほどその進化に驚いていた。

 

「まったくあのガキジジィは…、ゴンもごめんなさいね、中途半端なとこで止めちゃって」

 

「止めるならあのタイミングしかなかったと思うし、ビスケが気にすることじゃないよ」

 

 小さくなったビスケがゴンに頭を下げていると、早々に完治したキルアも戻ってきて新たな百式観音に文句を垂れる。

 

「あれマジ反則、オレでも耐えられる威力だとしても速すぎんだろ。しかも遅くなってるとはいえ十分速い威力重視のもあるとか、あの爺さん最近まで丸くなってたとか冗談だろ」

 

「百式観音の間隙をつけたあんたも大概だわさ。3対1とはいえあそこまで一方的とか、鍛えたあたしが言うのもなんだけどだいぶ頭おかしいことしてるわさ」

 

 そうしてしばらく戦闘の批評をしていると、初めてネテロがダウンしたことで手持ち無沙汰になった者達がビスケにこの後の鍛錬について質問に来る。

 時間的に終了には早すぎる上、とんでもない戦いを見たことでやる気に満ち溢れる者たちを無下にもできず、ビスケ監修の真っ当な鍛錬が行われることになる。

 

 武神の窮地とさらなる進化は、それを見たすべての者の心にさらなる炎を灯して燃え盛らせる。

 

 それはネテロの原動力となった筋肉にも等しく作用し、ゴンを追う雷小僧やピエロもまた同様である。

 

 世界に誇る心源流総本山において、強者が強者を育てさらなる高みに駆け上がる、天井なき蠱毒が幕を開けた。

 

 



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第70話 新たな組手相手と折れた者

 

 

 皆さんこんにちは、毎日が組手と鍛錬の日々で充実感が半端ないゴン・フリークスです。このまま平和な時が続けばいいな。

 

 

 

 

 

 ゴン一行が心源流本部道場を訪れてから早くも一ヶ月が過ぎた頃、たまたま心源流の関係者しかいなかったところに新たなハンター達が参入していた。

 

「オイこらゴン! なんでギンは俺について回るんだ!? チードルさんやサンビカさんに睨まれてこえーんだけど!」

 

「レオリオと一緒でちょくちょくおやつあげちゃうからだよ。あと構われすぎて女性陣から距離取りたいんだと思う」

 

「こんなつぶらすぎる目でか細く鳴かれたらおやつやっちゃうだろ!?」

 

 立派なリーゼントに白い特攻服を着込んだヤンキー、プロハンターのナックルは足元で鳴く小さなギンに目尻を下げて持ってたおやつを与える。

 

「それが良くないと言われたばかりだろうに、悪いなゴン。このバカがいつもうるさくて」

 

「全然平気だよ! ナックルさんもシュートさんも組手でお世話になってるしね」

 

「むしろ学ばせてもらっているのは俺達なんだがな」

 

 着物姿の長い髪を結い上げ頬のコケた男性、ナックルと同じ師匠を持つシュートが苦笑しながらゴンに謝罪する。

 二人共まだ若いながらしっかりとした実績を持つ実力派であり、戦闘力も十分な将来有望若手ハンターである。

 ノヴと親交の深い一つ星(シングル)ハンターモラウに自慢の弟子として連れてこられた彼等は、洗礼の組手を突破して無事組手メンバーに追加されたばかりだ。

 加入早々に場違いなほど幼いゴンとキルアに興味を持って手合わせを行い、二人の規格外さに舌を巻きながらも負けていられないとよく交流するほど精神的にも強者である。

 

「今日もゴンはネテロ会長と組手か? その後また相手してほしいんだが」

 

「オレは大丈夫だけどいいの? 心源流師範の人たちもかなり強いしためになるよ?」

 

「オレはどうしてもあと一歩を踏み出せないのを悩んでいてな、克服したいんだがなかなか上手くいかない。それならキルアにならって恐怖とかの最大値を更新しようと思ってな」

 

 高いポテンシャルと己を鍛える努力を怠らない勤勉さを持つシュートだったが、好機に飛び込む最後の決断ができないというチャンス☓、あるいは寸前☓といった心の弱さがどうしても足を引っ張る。

 師匠のモラウは少しでもきっかけになればとネテロの依頼に目を付け、その目論見はゴンとキルアという規格外によって早くも改善の兆候が見え始めていた。

 

「もちろん俺の相手もしてもらうぜ。年下に負けるのなんざ恥とも思わんが、お前等みたいなちっこいのに手も足も出ない自分に腹が立つんでな!」

 

「いや、ゴンからしたらお前のほうが小さいだろうが」

 

「うるせぇー! こっちの可愛いゴンが本当のゴンなんだよ! あんな怖い筋肉は本当のゴンじゃない!!」

 

 地面を叩いて理解を拒むナックルも問題を抱えており、それはヤンキーの見た目にまるでそぐわない暴力に対する強い忌避感である。

 動物好きの好かれ体質から始まり、言葉の通じる相手なら先ずは話し合いを試みる、周りから甘いと言われる師匠のモラウをして甘いと言われるほどの善性がネックだった。

 完璧な悪でなければ仕留めるべきときに仕留められない、最低限のダメージに抑えようとするせいで取り逃がすわいらぬ反撃をくらうのが日常茶飯事である。

 そんな甘すぎるナックルだったが、ゴン達の死闘に片足以上突っ込んだ組手を見てから少しずつ考えが変わり始めていた。

 

 死にかねない攻撃を無二の友に放つ、それは底知れぬ敬意と信頼の表れと知ったから。

 

「3人して何してんだ? 早いとこ道場行かねえとビスケにどやされんぞ」

 

「組手の約束してたんだ! キルアともまたしたいってさ」

 

「ナックルとシュートは真っ向勝負なのに条件戦できるからいいよな、お互いに元気あったら頼むわ」

 

 そのままゴンとキルアは道場へと歩いていき、おやつを平らげたギンもゴンの頭の上に飛び乗る。

 実力と自信に溢れたその背中は、組手でボコボコにされたナックルとシュートにはとてつもなく大きく見え、しかしどうしても捕まえたいと手を伸ばしたくなる魔性の魅力があった。

 

「行くぞナックル。俺達はまだまだ強くなれる」

 

「おうよ! 師匠には感謝しかねえぜ、こんな最高の場所に連れてきてくれたんだからな!!」

 

 折れぬ強い心を持った二人は意気揚々と一歩を踏み出し、傍目には地獄の蠱毒へ嬉々として足を踏み入れるのだった。

 

 

 なお組手ではどちらもゴンには一切ダメージを与えることができず、キルアには指一本触れることもできずに決着が付く。

 そして率先してゴン達にアドバイスを求める姿がピエロの不興を買い、さらなる地獄へと転がり落ちることを二人はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 まもなく日付が変わろうとしている深夜のスワルダニシティ。

 一等地に建てられたホテルのバーカウンターで、二人の男達が静かにグラスを傾けていた。

 一人はネテロのアッシーとして日々酷使されている哀れな男ノヴ。

 もう一人は長い白髪でサングラスをかけた大柄な男、ナックルとシュートの師匠モラウ・マッカーナーシである。

 

「しっかしお前から酒に誘うなんて珍しいことがあったもんだ。そんなに会長の送り迎えはストレス溜まんのか?」

 

 酒と煙草に目がない海の男であるモラウと違い、ノヴは見た目通り雑多や喧騒を嫌う几帳面さがある。

 しかし酒や人付き合いが嫌いというわけではないため、いつもはモラウが酒に誘いノヴが場所の選定をするというのがお決まりだった。

 

「なに、少し思うところがあってな。お前に話を聞いてもらいたくなっただけさ」

 

 ノヴはそう言って、グラスの中身を一気に飲み干す。

 普段飲むものに比べて明らかに強い酒を、味を楽しむでもなく酔うために呷る姿は付き合いの長いモラウでも初めて見る姿だった。

 

(どうもマジでなんかあったらしいな、こいつの性格からして聞いても素直に言うわけねえか。酔ってタガが外れるのを待つかね)

 

 その後言葉少なくボトルを空け続け、何時しか店内は二人とマスターのみが残る静かな空間となる。

 流石に朝のことを考えてモラウが締めようと考えた時、目の据わったノヴが小さく言葉を発した。

 

「モラウ、お前は強いか?」

 

「…? まぁ、間違いなく弱くはねえな。お前ほど規格外じゃねえが、発の応用力で敵わないと思ったことは一度もないしな。なんだ、自分の強さに自信なくしたのか?」

 

 モラウはノヴの異変はこれかと納得し、どうやら想像以上にネテロが強さを取り戻していると確信した。

 ノヴは前準備さえすれば、ほとんどデメリットなく長距離移動や隔離といった反則級の能力を行使できる唯一無二の人材である。

 それにもかかわらず能力の応用で攻撃手段も持ち合わせ、本人もしっかりと武術を修め高い実力を持つ。

 

(ただなまじ才能が高すぎるせいで心が弱いんだよな、まぁそのうち勝手に折り合いつけて立ち直るしもう少し飲ませとくか)

 

 ノヴが追い付いてきたと思っていたネテロに差を見せ付けられて落ち込んでいると考えたモラウは、マスターに身振りで謝罪しながら更に酒を頼もうとした。

 

「…俺は、強くなるのを止めようと思う」

 

 謝罪のために挙げられていた手がノヴの胸元を掴み、立ち上がったモラウは小さくなったような身体を吊り上げ顔を近付けて声を荒げる。

 

「テメェいつの間にそこまで腑抜けやがった、寝言は寝て言うからまだ聞けるんだよ。その弱った頭かち割ってやろうか?」

 

 モラウの本気の怒りはオーラにも影響を及ぼし、その口から薄っすらと煙のようなオーラが漏れ出す。

 バーのマスターが震えそうな手で溢れた酒を拭き取っていると、無表情だったノヴがわずかに笑いながら自分を掴む手に触れる。

 

「やはりお前は優しいな、ちゃんと説明するから降ろしてくれないか? すまないマスター、水を一杯入れてくれ」

 

 顔をしかめたモラウが手を離すと、壁に立てかけていた身の丈以上の煙管に火をつけて大きく息を吸い込む。

 あまりの吸引音に特大の副流煙が襲い来ると身構えたマスターだったが、吐き出された煙は普通のタバコ以下のささやかな量、しかもデフォルメされたゴリラの形となって盛大にドラミングを始めた。

 

「…聞かせろ、心源流の本部道場で何があった? 強くなるのを止めると言ったが、ハンターも辞めるつもりか?」

 

 水を呷ったノヴは一度天井を見上げると、ぽつぽつと思うことを言葉にしていく。

 

「ハンターは辞めない、私にはまだできることがあるからな。これからは強くなるために鍛えるのではなく、四次元マンション(ハイドアンドシーク)を強化するために鍛える」

 

「わかんねえな、それはつまり強くなるってことじゃねえのか?」

 

「最終目的が変わるのさ、お前風に言うなら海に潜らなくなるといったところか」

 

 普段の理路整然とした言葉運びとは違う、嫌に回りくどく抽象的な言い方だがモラウにも少しだけわかった。

 

 早い話がノヴは、ネテロより強くなりたかったのだ。

 

 老いにより弱体化しようが能力ではめようが、とにかく最後の最後は自分の方が強いと確信を持ちたかった。

 才能高くプライドも高いノヴの野望は、順当にいけばあと十年も経てば実現される予定調和のはずだった。

 

「今の会長を見たら目を疑うぞ、私が、俺が憧れた頃のあの人を超える強さになっているんだからな」

 

 二杯目の水も一息に飲み干したあと思い出すように目を瞑り、自嘲するように笑いながら続ける。

 

「あれは人間じゃない、人の形をした何か、観音なんて優しいものじゃない。…あれは阿修羅だ」

 

「…お前ならそれを原動力にできると思ってたんだがな」

 

 それは慰めでもなんでもなく、ノヴをよく知るモラウの偽らざる本心だった。

 自分より早くネテロの組手に合流したナックルやシュートも最高の環境だと喜びの報告をしてきたため、どうしてもノヴの心が折れたことに違和感を感じていた。

 

「会長の強さも理由の一つではあるが、それ以上に耐えられないことがあったのさ。お前の弟子たちはたいしたものだ、あの3人に正面から立ち向かっているんだからな」

 

 3杯目の水を取ろうとした手が震え、それを抑えながら心折れる原因となった3人のことを語る。

 

「一人目はハタチそこそこの青年だ。彼のオーラは、精神はドス黒い闇に染まっている。それなのに普通に溶け込んでいるんだ。ホワイトシチューにイカ墨が入りながら、それでも混ざらず共存しているんだ」

 

 ノヴは頭が良い上に観察眼も優れている。

 ゴン達とビスケ、そしてネテロ以外で唯一人、ヒソカがその他大勢の中にいるという異常に気付いていた。

 そんなことができる精神性のはずがなく、他の者が気味悪がりながらも交流できるはずがないのだ。

 

 一般人の中に血まみれの凶器を持った殺人鬼がいる、それくらい見ていてストレスを感じる状況である。

 

「そして二人目、彼は十代前半ですでに私より強い。しかも念を、オーラを感じ始めてから2年も経っていない、にもかかわらず私は彼に指一本触れられる気がしない」

 

 ノヴもまだまだ若輩とはいえ、間違いなくキルアが産まれる前から研鑽を続けてきた。

 伸び悩んだことも立ち止まったこともある、それでも確かな才能と努力は裏切ることなく花開いたのだ。

 

 そんな鍛えてきた時間より短い時間しか生きていない子供に、指一本触れられない現実がどれだけノヴを傷付けたことか。

 

「正に死の道化(ジョーカー)雷童(ライトニング)、全くかなわないと身に沁みたよ」

 

「待てよ、あと一人はどうした? まだ二人しか説明してないじゃねえか」

 

 そのまま締められそうな流れに当然の質問をしたモラウだったが、コップの水が溢れるほど震えだしたノヴの姿に目を剥いた。

 必死に震えを止めようとする健闘もむなしく、ノヴは半分まで減った水に酒を混ぜて無理矢理呷る。

 

「情けないだろう? ここまで長々と言い訳しておいて、結局の所は彼だ、あの少年に心を折られた!」

 

 震える身体を掻き抱き、血を吐くように己の想いを吐露する。

 

「あれは何なんだ!? あれが十年ちょっとしか生きていないガキだと!? ネテロ会長もビスケット殿も、周りの人間も何故あれが人に見えるんだ!!?」

 

 強く握りすぎたグラスが砕け散り、手を傷付け血を流しながらも意に介さず続ける。

 

「今の時点で化け物なんだぞ、この先どんな存在になると思っているんだ! あれは、あれは冗談でもなんでもなく世界を滅ぼしかねんぞ!!?」

 

 出血が増える傷を見かねたモラウがそっと手を重ね、荒い息を落ち着かせたノヴが打って変わって静かに話す。

 

「わかっている、彼は間違いなく善性側の人間で、人格面も問題ない優秀なハンターだ。しかも子供なんだ、道を踏み外しそうになったら我々大人が正してあげるべき存在だ」

 

「そういうこった。たとえ実力で負けても、できることは必ずあるはずだ」

 

 新しいグラスと水を受け取り、大人しくマスターから治療を受けるノヴに最後の質問が飛んだ。

 

「で? そのガキはなんていうんだ?」

 

 ノヴは静かに、しかし万感の想いを込めた。

 

「名はゴン・フリークス。二つ星(ダブル)ハンター、ジンの息子にして一つ星の新進気鋭ハンター。そして……鬼だ」

 

 世界が筋肉の存在に気付き始めた。

 

 まだ正しく評価する者のほうが少ない中、少しずつその脅威が認識されていく。

 

 もはや手遅れながら、その暴力が知れ渡ったとき誰もが彼に責任を押し付ける。

 

 知らないところで盛大な責任問題が発生していても、神ならざるジンはその瞬間まで気付くことはない。

 

 



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第71話 暗躍する者と利用される者

 

 

 皆さんこんにちは、毎日が組手と鍛錬のゴン・フリークスです。それとなくカイトに連絡したけど特に何もなかった、キメラアントはまだ来てないのかな?

 

 

 

 

 ハンター協会最高幹部十二支ん、その中で今最もネテロに関わっている三つ星(トリプル)ハンター“チードル・ヨークシャー”。

 やや柔軟な思考に欠けるものの、高い知性と思考能力が売りの彼女は日々ぶち壊される常識にもはや諦めにも似た心境を抱いていた。

 

 まだ念を覚えてから2年と経っていないにもかかわらず、外科治療の分野で自分はおろかサンビカ・ノートンすら上回るレオリオ。

 

 レオリオの相方にして広すぎるサポートを行えるばかりか、特質系能力でさらなるブーストすら可能とするクラピカ。

 

 サポート係の二人ですら頭がおかしくなりそうだというのに、戦闘分野の三人はさらなる気狂いさを見せ付けている。

 

 もはや神速を超えているのではと思わせる速度とキレを駆使し、ギャラリーどころか誰の目にも映らない動きをするキルア。

 

 常にどこか余裕があり、タイマンならネテロすらあしらっているように見えるヒソカ。

 

 そして身体能力とオーラの質、オーラ総量で人外の域に達しているゴン。

 

 全員がそれぞれの分野でチードルを完全に上回っており、半数以上が念の初心者という明らかな異常事態は時代の変化を如実に表していた。

 

(久しぶりに街に戻ったけど、特にやることもないのよね。協会に行って仕事しようとしてるあたり、我ながらワーカーホリックね)

 

 レオリオとクラピカという、規格外のサポートが加入したことで降って湧いた休暇。

 先にサンビカが休暇を満喫し、続いて休みとなったはずのチードルは自然とハンター協会に足を運んでいた。

 もともと出来る仕事は心源流道場でこなしていたこともあり、特別することもないのに散歩のような感覚でビルへと入っていく。

 

「ややっ! これはチードルさんお久しぶりですね、お元気ですか?」

 

「…たった今気分が悪くなったわ→子」

 

 チードルは建物に入った直後、暇だからといって協会を訪れた自分の選択を後悔した。

 入り口に入ってすぐ、広いフロアにさも偶然居合わせたといった体で十二支んの嫌われ者パリストンがチードルを出迎えていた。

 ただでさえ多忙な副会長の仕事に加え、会長権限の一部を手に入れたパリストンが偶然入り口のフロアをうろついているわけがないのだ。

 

「これといった用があるわけじゃないけど、時間を無駄にしたくないの。さっさと用件を言って→子」

 

「そんな邪険にしなくてもいいじゃないですか、先日サンビカさんにも会いましたが逃げられちゃいましたし」

 

 パリストンのあまりにもわざとらしい落ち込み具合に、気が長い方でもないチードルは早くも苛つき始めるが副会長という一点を鑑みて耐える。

 面白くもない話を聞かされた後、パリストンはやっと思い出したと言いながらいくつかの書類を取り出した。

 

「こちら私の権限で処理してもいいんですけど、一応ネテロ会長の許可を得ようと思いまして。最近私の気配に気付くと逃げちゃうんですよねぇ、チードルさんから渡してくれませんか?」

 

 チードルは手渡された書類全てにざっと目を通し、ネテロから言われていたパリストンへの対応を実行する。

 

「問題ないわね→書類。私から見てもあんたの権限内だから処理していいわ→子」

 

「おや? 良いんですかネテロ会長に見せなくて」

 

「そのネテロ会長から言われてるのよ→子。権限を逸脱してなければ許可するようにって→書類」

 

 書類を返したチードルはこれ以上相手をしたくないと足早に去り、その場に取り残されたパリストンはいつもの笑みで声を上げる。

 

「しっかり見せましたからね! ネテロ会長にちゃんと伝えてくださいよ〜!」

 

 無視して廊下の奥に消えたチードルを最後まで見送り、一人取り残されたパリストンは暗く嗤って繰り返す。

 

「ちゃんと許可は取りましたからね? これはあなたの決定ですよネテロ会長」

 

 いくつもある書類の中の一枚、“未知の生物への対応策”に書かれた内容がこれからの流れを変化させた。

 

 新たなおもちゃを求める鼠が、さらなる病を得ようと暗躍する。

 

 

 

 

 

 もはや日課となった組手の終了間際、この日は誰もが気になっていたことの検証を行うためにゴンとナックルが相対していた。

 

「…なあゴン、本当にお前なんなんだ?」

 

 ナックルの発“天上不知唯我独損(ハコワレ)”は、端的に言えばオーラを貸し付けて破産させる能力。

 相手に攻撃を当てることでポットクリンというマスコットを付与、十秒一割(トイチ)で利息を加算していき破産したら30日間の強制絶状態とする。

 

「もうポットクリンが破裂しそうじゃねえか!? お前どんだけオーラ総量多いんだよ!」

 

『時間で、す、利息、が、付きます、564104…』

 

 本来ぬいぐるみサイズで可愛らしいデザインのポットクリンが、今にも破裂しそうなパンパンの状態でゴンの横で浮かんでいる。

 にこやかな表情はこころなしか苦痛に喘いでいるように見え、このままではゴンが破産する前にパンクしてしまいそうにすら思われた。

 

「んー、なんとなくまだ余裕ある気がするんだよね。これだけ総量があるならもっと出力上げていかないともったいないや」

 

「お前マジで人類辞める気か?」

 

 どれだけ組手をしてもレオリオに分けても一向に底の見えないゴンのオーラ、この上限を知るべくナックルのハコワレを使って判明したのは規格外でも足りないオーラ総量だった。

 もはや人類かも怪しいオーラの理由は、ゴンが常に発動し続ける筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)にある。

 今のゴンの筋肉とオーラは、常人どころかネテロですら鍛える余地がないレベルに達しており、本来は負荷をかけようにもかけられないはずなのだ。

 その不可能をゴンは筋肉対話(マッスルコントロール)で解決し、筋肉とオーラの負荷を互いにかけ合わせることで成し得ないはずの負荷を自身に課して成長し続けている。

 

 ゴンが持つ真の才能といえる、身体的器の巨大さ故に辿り着けてしまった極致だった。

 

「こうして数値化してみると改めて冷や汗が出るね♥長期戦は絶対に無理、出力が更に上がったらそもそも掠っただけで耐えられない♠」

 

「どんだけ避けてもこっちの体力とオーラが先に尽きるしな、やっぱゴンに勝つには貫通力しかねえか」

 

「同感♥」

 

 共にゴンを好敵手として定めるキルアとヒソカの共通認識、それは短期決戦と馬鹿げた防御力を抜くための貫通力。

 ヒソカは奇術師の嫌がらせ(パニックカード)含めていくつか手段があるが、キルアはまだ超電磁砲(レールガン)しか有効と思われる手札がない。

 キルアは回避力に限ればすでにヒソカを超えたと言えるレベルに達したが、やはり攻撃力の低さゆえに総合力はまだまだ後塵を拝していた。

 

「駄目だ、もうこんなポットクリン見てられない! ハコワレ解除!!」

 

『じ、か、ん…』

 

 最終的にナックルが能力の限界を本能的に察し、60万を超えた辺りでハコワレを解除する。

 

「あ~、最後にゴンのジャンケンくらってほしかったんだけどなぁ。ダメージなくてもどんなことになるのか見てみたかったぜ」

 

「キルアくん俺に死ねって言ってる?」

 

「いや、俺も見てみたかった」

 

「同じく」

 

「シュートに師匠まで!?」

 

 ギャーギャーと騒ぐナックル達を意に介さず、ゴンは己の拳を見ながら思考を回す。

 結果的にとてつもないオーラ量を持っているとわかったことで、今のオーラ出力に物足りなさを感じてしまったのだ。

 確かに今の時点で攻防力は破格の一言であり、ガス欠を一切気にしないでいいというのも間違いなく長所である。

 

(けど足りない、目指す最強(ゴンさん)はきっともっと凄いはずだ)

 

 これはある意味呪いと言える。

 

 ゴンの記憶の中にいる最強(ゴンさん)は、強さの明確な指標というものがない。

 あるのはあくまで凄いという曖昧な印象でしかなく、極論を言ってしまえば満足しない限り一生辿り着けないのだ。

 超えたのかどうかを判断できるのも全てを知る創造神のみであり、もしかしたらもう超えている可能性もないわけではない。

 

(まだまだだ、こんなにやらなきゃいけないことがポンポン出てくるなんて足りなすぎる。もっと、もっと鍛えなきゃ!)

 

 決意を新たにしたゴンから、とんでもない圧とオーラが溢れる。

 ゴンの中の最強(ゴンさん)がもはや神格化されているため、満足するという結果は一生やってこない。

 

 そして念とは願いを叶える力、ゴンは自分がゴンであると認識している以上、到達点(ゴンさん)に至れることを欠片も疑っていない。

 

 超えるか超えないかは些細な問題なのだ、確かな事実として人類を超越しかけた化け物が成長を続けるのが問題なのだ。

 

 必死に追いつかれまいとする者達、必死に追い縋ろうとする者達が諦めたとしても、筋肉は一切止まることなく鍛え続ける。

 

 筋肉が鍛えるのを止める時、それは心臓という筋肉が止まるまで訪れることはない。

 

 

 

 

 

 人がほとんど寄り付かない、海に面した天然の洞窟。

 波の中から現れたのは、人と大差ない体格をした一匹の昆虫。

 腕が一本欠けたこの虫は、大きさに見合った高い知能を持つ脳で、自分の役目を正しく理解する。

 

『私は、強い王を産む』

 

 とある大陸で細々と暮らしていた女王は、ある日知らぬ間に捕らえられ船で運ばれていた。

 そこからなんとか逃げ出した彼女は本能のままに海へと飛び込み、無事に自由の身となって陸地に辿り着くことができた。

 

『ただの王ではない、ナニモノにも負けぬ、この世の全てを統べる王だ』

 

 栄養補給のため、波打ち際の魚や甲殻類はもちろん飛び交うコウモリや小鳥など手当り次第に貪り食う。

 人に匹敵する頭脳と昆虫としての身体能力は、子を成すための女王とはいえそこらの猛獣以上に厄介な存在となる。

 

『エサだ、栄養と強さ、最高のエサを探すのだ!』

 

 王を産むための環境づくり、女王が人知れず行動を開始し、悪意が彼女を後押しする。

 

 人類に新たな災厄が迫る中、哀れな仔羊達が死地へ向けて歩み始めた。

 

 





 後書きに失礼します作者です。ちょっとした補足説明します。

 今作ではキメラアントは暗黒大陸産で、パリストン等の手によって持ち込まれたものとしています。
 理由として明らかに水生昆虫ではない女王が腕一本の犠牲で辿り着けるとは思えず、空を飛ぶための翅もなさそうなので近場まで運ばれたと考えてます。
 逃げられたのかあえて逃したのか、パリストンだけが知っています。


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第72話 動く情勢と新たな力

 前書きに失敗します作者です。
 リアルが忙しくなってきたため、早くもない更新がさらに遅くなると思われます。
 読んでくださる皆様、感想評価に誤字報告くださる皆様のために完結は約束するのでお待ちいただけたら幸いです。


 

 “暗黒大陸”とは、世界でもごく一部の人間しか知らないトップシークレット。

 世界地図と言われている範囲が一つの湖の中という規格外にも程がある本当の世界は、人類がここまで繁栄したことが正しく奇跡としか言いようがない危険に満ち溢れている。

 今まで世界が挑みまるで歯が立たずに惨敗し続ける歴史の中には、若かりしネテロも含まれていると言えばその脅威の一端を知ることができる。

 

 そんな暗黒大陸の災厄の一つに、危険度としては決して高くない分類の亜人種としてキメラアントが存在する。

 

 摂食交配といわれる、食べた生物に応じた子を成すという特異性を持つこの昆虫は、過去に人間を取り込んだことで高い知能と人間大のサイズを持つ。

 女王がコロニーを造り王を産んだ場合の危険度は高いが、一国を滅ぼしかねないという暗黒大陸にしてはかなり易しい存在である。

 

「本当によかったのかよ、あんだけ苦労したのに捨てちまってさ」

 

「全て予定通りですよ。“案内人”さんもキメラアントくらいなら好きにしていいと言っていましたからね、誠心誠意お願いすればなんとかなるものです」

 

 ハンター協会にある副会長室では、パリストンが一人で姿の見えぬ誰かと会話していた。

 パリストンすら名前も顔も知らない共犯者は、こと潜入や隠密に関して言えば世界最高の能力者であり、莫大な金銭と共通の目的のために手を取り合う間柄だった。

 

「じゃあ俺はボスのとこに戻るからよ、またなんかあれば呼びな。しかしまた俺ばっかり暗黒大陸行ったことネチネチ言われるぜ、まったく律儀なんだか頑固なんだか…」

 

 そして声が聞こえなくなり、もとから無かった気配を改めて探ったパリストンは必要のなくなった契約書を完全に処分する。

 

(やはり彼は優秀ですね、暗黒大陸に単身で乗り込んで必要な情報を手に入れられるんですから)

 

 世界のトップ達が渡航を禁止し、見つかり次第始末される現状でもやりようはいくらでもある。

 大前提として少数精鋭による隠密行動が必要であり、今回の渡航もわずか10人による挑戦だった。

 目的が比較的安全なキメラアントだったとはいえ、成功した最大の理由はキメラアントの生息地や捕獲に適した個体の調査などを万全に行ったからだ。

 

(“観測者”、戦闘力がないとはいえ規格外にも程がありますね)

 

 そんな世界最高の隠密系能力者でも危険な暗黒大陸、そしてしっかりと認識してくるという“案内人”、パリストンが計画して実行した15回の挑戦の内8回失敗しているのも納得の人外魔境である。

 

(そして僕が調べられた範囲で、ジンさんは5回単独で渡航している。本当にふざけた人ですよ)

 

 パリストン自身は暗黒大陸に渡ったことがない、自分で行くには上の立場になりすぎているからだ。

 自分で選抜した猛者達、そして協力者の持つ人材を使っての挑戦は開始当時失敗が続いた。

 “案内人”の性質を理解するのと、協力者の持つ切り札の一人“観測者”を借りられなければ成功率は半減していただろう難易度。

 多くの金銭と人材を失って行う挑戦は、協力者の野望とパリストンの遊び心が続く限り何度でも行われる。

 

(今回のキメラアントはどうなりますかね? 是非とも楽しんでもらいたいですが、手遅れになるのもまた一興ですね)

 

 一瞬で解決されてもいい、実力を上げる糧となってもいい、力及ばず死んでしまってもいい。

 

 パリストンは結果にこだわらない、すでに目的は達せられているのだから。

 

 全ては一番のお気に入り、アイザック・ネテロにちょっかいをかけるため。

 

「楽しんでくださいネテロ会長、あなたの笑顔も怒った顔も大好きですから。…きっと死顔も大好きになれます」

 

 窮鼠猫を噛むどころか、その刃は観音にすら届き殺しうる。

 

 歪んだ鼠は今日も愉しく、己の大事なもののために暗躍する。

 

 

 

 

 

 複数の国が集まって形作るミテネ連邦。

 世界地図で言えば西南端に位置するこの地に、与り知らぬところでトップハンター達に名が知られ始めたカイトがいた。

 つい先日にカキン帝国で受けた動植物の調査依頼を完遂したカイトは、仕事柄よく意見交換を行うとある研究グループからの指名で仲間と弟子を連れ遥々ミテネ連邦を訪れている。

 

「これが海岸で見つかったのか、明らかにでかい上に水生昆虫のものでもないな」

 

「まだ詳細なデータは出ていませんが、わかっている範囲ではキメラアントと多くの共通点が見つかっています。ただこの大きさとなると、最悪の場合街どころか国が危険になりかねないかと」

 

 カイトの目の前にあるのは、ケースに入った昆虫と思われる一本の腕。

 発見からこの研究グループの元に来るまで数日かかったらしいが、特に傷んだ様子もなく素人でもその危険性を推し量れる迫力があった。

 研究者の懸念はカイトの見立てでも正しく、何より見つかった場所が厄介だった。

 

「見つかった海岸付近の海流から見て、本体が流れ着いたとしたらどこの可能性が高い?」

 

「…NGL自治国です。だからこそ我々が連絡を取れる中で最強のカイトさんを呼ばせていただきました」

 

「…あの国か、そいつはまずいな」

 

 研究者共々顔をしかめたカイトは、本気で一国が消え去る可能性を念頭に置いて思考を続ける。

 

「わかった、今すぐNGLに向かう。国境付近に俺の仲間を待機させるから、何かあればすぐに連絡を取り合おう」

 

「了解しました。くれぐれもお気をつけて」

 

 頭を下げる研究者に頷くと、カイトは待たせている仕事仲間と弟子の待つ部屋へと向かった。

 

 

 

「というわけでポックルとポンズは俺とNGL入り、リンとポドンゴはこの研究所の手伝い、残りは国境付近でサポートを頼む。今回は特に危険度が高い、退き際を間違えるなよ」

 

 カイトの言葉に殆どの者が頷く中、丸く大きな帽子が特徴の美少女ポンズが小さく手を挙げる。

 

「あの、ポックルはわかるんですけど私もですか? 間違いなく足手まといになると思うんですけど」

 

「今回はあくまで調査が目的だ、戦闘は最小限しか考えていないから問題ない。ポンズの索敵や連絡手段があったほうが助かる」

 

「いざとなったら俺と師匠が守るから心配すんな!」

 

 ゴン達と一緒にプロハンターとなったポックル、そして同じ試験で不合格になったポンズはひょんなことから行動を共にするようになり、二人してカイトの弟子として様々なことを学んでいた。

 

「他に何かあるやつはいないな? 事は一刻を争う、NGLに向かうぞ」

 

 すぐに行動を開始したカイト達は2日後国境に辿り着き、入国するための厳重すぎる検査を受けていた。

 

 

 

「別にギミックがあるわけでもない普通の太刀なんだが駄目なのか?」

 

「金属製の武器は許可出来ません」

 

「この弓は化学製品を使ってないのか?」

 

「それは弾骨熊の骨と海竜の腱から作った天然物だ、ちょっと調べてもらえばわかるはずさ」

 

「ちょっと!? 危ないから雑に扱わないでって言ったじゃない!」

 

「素晴らしい!! 完全に天然素材だけでコロニーが作られている、こんな帽子は初めてだ!」

 

 NGL、ネオグリーンライフ自治国は徹底的に機械文明から脱却した自然主義国家である。

 生活は完全に自給自足、自然災害や獣の大量発生などがあってもそのまま死ぬのが本来の姿と諦める。

 そんな行き過ぎた国の国境は、超ハイテク技術を駆使して機械等の侵入を防ぐことに注力していた。

 

「太刀も駄目だったのは予想外だったが、ポックルの弓とポンズの帽子がセーフだったのは助かるな」

 

「師匠の戦力はあまり変わりませんからね」

 

「私はこれ取り上げられたら役立たずだったしよかった」

 

 監視も兼ねたガイドが目を光らせるのを感じながら、ポックルとポンズは持ち込めた自分達の装備を入念にチェックする。

 ポックルが持つ弓は念を修得した記念にカイトから譲られた逸品であり、実力に見合っているとは言えないながらも使いこなそうと日々大切に扱っていた。

 ポンズの特徴的なまん丸帽子は彼女の特別製で、なんと帽子の中が猛毒を持つ気性の荒い蜂の巣になっている。

 様々な薬品やフェロモン、念を修得してからは発も駆使しているこの帽子は師匠のカイトからしても驚くべきアイテムである。

 

「よし、じゃあガイドさん、ここから一番近い集落に案内してくれ。その後は徐々に奥に入っていく」

 

「わかりました、ではついてきてください」

 

 カイト達は全員馬にまたがると、ガイドの案内でNGL内部を進んでいく。

 

 多くの変遷を経て、旗だらけの3人が死地へと足を踏み入れた。

 

 

 

 

 

「率直な評価を聞きたいのじゃが、ワシはヒソカに勝てるかの?」

 

「無理でしょうね、正直ゴンすら怪しくなってきてるわさ。タイマンで確実に勝てるとしたら、もうキルアだけじゃないかしら」

 

 本部道場から戻ってきたネテロの自室、ハンター協会会長としては質素にすぎるその部屋でネテロとビスケが軽い酒盛りをしながら会話していた。

 会話の内容はゴン、ヒソカ、キルアの3人についてであり、その実力の伸びに対する愚痴とも言えた。

 

「全員ハンター試験で会っとるはずなんじゃがなぁ、マジで別人にしか見えないとかワシもついにボケたかもしれん」

 

「それなんだけど本当にヒソカもそんなに伸びてるの? あたしが初めて見た時からは確かに伸びてるけど、それでも別人とまではいかないわさ」

 

 元々世界最高レベルの強さを誇っていたヒソカの急激な成長、ネテロはそれを目の当たりにして、ビスケは信じられないが故に大きな驚きを感じている。

 

「間違いなくゴンの影響じゃな、以前の素行を鑑みるに精神的に満たされたんじゃろう。あやつのハンター試験後の行動を調べてみたら、お前誰じゃとしか言葉が出てこなかったわ」

 

 調べられる範囲で調べたヒソカの情報は、快楽殺人に興じていたはずの以前とはまるで違っていた。

 そもそも幻影旅団を一網打尽にした際もゴン達にしっかりと協力しており、ハンター試験前のヒソカに教えても確実に信じないと断言できる変化。

 

 遊びと狩りに夢中だった強いだけの死神は、いつの間にか最強の変態ピエロにジョブチェンジしていた。

 

「ヒソカもそうだけどゴンも本当にやばいわさ、百式観音の相性が悪い相手なんて想像してなかった。あの二人に関して言えばまだあたしのほうがジジィより相性よさそうね」

 

 強化率200%でカッチカチなゴンに、打撃にバカみたいな耐性持ちの伸縮自在の愛(バンジーガム)を使いこなすヒソカ。

 

 百式観音に頼らざるをえない老いたネテロでは、伸び続ける若木の成長速度についていけなくなっていた。

 

「老いもまた武術において大事な要素、そう言ってた頃の自分をぶん殴りたいわい。…悔しいな、奴等の若さが羨ましいとは」

 

 そこそこ酒の入ったネテロの弱気、その姿は普段雑に扱いながらも慕っているビスケにとって看過できないもの。

 懐から瓶を取り出すと、静かに机に置いてネテロへと押し出す。

 

「ゴンの父親ジンが作ったグリードアイランド、そのクリア報酬“魔女の若返り薬”だわさ。一粒飲めば1歳若返る錠剤が、瓶の中にあと50錠入ってる」

 

 据わった目をしたネテロがビスケと瓶を交互に見たあと、その意味を問いただすようにビスケを見据える。

 ビスケがキルアに啖呵を切ったように、ネテロもまたこれまで鍛えてきた時間に誇りを持っている。

 

 これまでの自分を否定しかねない、念能力者として致命的なダメージを負う可能性があった。

 

「ジジィに渡すか悩んだんだけどね、少なくてもあたしが持ってるよりはいいわさ。使う使わないは自由、ただあたしは、強い師匠の姿を見たいの」

 

 自分の酒を飲み干したビスケは立ち上がると扉へ向かい、部屋を出る前に振り返って笑う。

 

「今の師匠ならそれを使っても大丈夫。昔の身体能力に今の技術があれば無敵よ、あなたにはまだまだあたし達の高い壁でいてもらわないとね」

 

 酔っちゃったと呟きながら出ていったビスケから瓶に視線を移したネテロは、薬を見つめながらも全く違うことを考えていた。

 

 百式観音におんぶにだっこな老いた身体。

 

 百式観音の圧縮は無理だったが、威力や速度を上げることには成功した事実。

 

 ビスケの語った全盛期の身体能力に今の技術力という夢物語。

 

「…なんじゃ、思い付いてみれば簡単なことじゃな。新しいことをするのはジジィには難しいが、できることを工夫するのは年の功じゃ」

 

 魔女の若返り薬を手に取ったネテロは棚の中にしまい、もしもの時は使うことを決めながらも意識の外に押しやる。

 

「そうじゃったな、ワシの原点は…、オレは誰にも負けたくないんだ」

 

 ネテロは床で座禅を組むと静かに祈り始める。

 

 その心には殺してでも勝ちたいという物騒なことを考えながらも、今いる強敵達、慕ってくれる弟子、強くしてくれた武に対する感謝の念で溢れていた。

 

 何よりここまで鍛えてきた自分自身、これまでの人生に敬意と誇りを強く認識した。

 

 他人が観音を幻視したことで今の形となった百式観音、ネテロは今初めて、自分の望む姿を形にするべく感謝の祈りを捧げる。

 

「はじめましてか、それとも久しぶりか? どっちでもいい、オレはタイマンで誰にも負けたくねえ!」

 

 祈るネテロの見つめる先、オーラが揺らいで一つの形となる。

 

「“百式観音・祈祷式 真の像”ってとこか? いこうぜ相棒(オレ)、アイザック・ネテロこそが最強だ!」

 

 歯を剥き出して嗤うネテロに応えるように、全盛期の修羅が満面の笑みで拳を天に突き上げた。

 

 



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第73話 強まる脅威と迷わない者達

 

 

 NGLの奥地で建造の始まった、女王が王を産むための最終拠点となる蟻塚。

 最も安全な最奥の間で一心不乱に食事を続ける女王は、日々運ばれてくる餌の質にその心と腹を満たされていた。

 

(この素晴らしい栄養価を持つ人間、強い兵が産めるのはもちろんだが賢くなるのが実に良い。まさかこれほど早く良い環境に巣を造れるとは思わなかった)

 

 兵隊アリを産みだしてからすぐに見つけた人間は一定以上の数がいることとその弱さ、何より栄養価の高さから最優先に選んだ餌だった。

 稀に強い個体もいるのか兵の被害もそこそこ出ていたが、最初期に比べ強さを増した兵隊アリ達は問題なく人間を調達し続けている。

 

(そして時折混ざるこのとんでもないエネルギーを持ったレア個体、強い王を産むための最高の餌だと本能が告げている!)

 

 世代を経るごとに数と強さを増していく兵隊アリは、パリストンが定期的に送り込む弱小能力者や新人ハンターでは対処できないレベルと数に達していた。

 重火器を持たないNGLの国民はもちろんのこと、武器を持つ者や念能力者も等しく狩り取られ餌として女王に還元されていく。

 

 女王は今まさに、我が世の春を謳歌していた。

 

(しかし惜しいことをした、まさか最初に口にした人間がレア個体だったとは。私のエネルギーになどしなければ、王の誕生がさらに早まったものを)

 

 女王は初めて人間を食した際、その高い栄養とエネルギーを母体たる己の強化に使用した。

 王を産むことこそが至上命題の女王にとっては失敗だったが、大局的に見た場合最善の選択を取ったと言える。

 

 弱小とはいえ念能力者を取り込んだ女王の身体は、より強い兵を、より強い王を産むための母胎がより高みへと押し上げられていたのだから。

 

(餌の供給も兵隊アリの数と質も軌道に乗った。これから王直属護衛軍を産み、そして最強の王を産む!)

 

 そこには悪意も私利私欲も一切ない、あるのは生存競争に勝とうとする純粋な本能だけだ。

 

 ピュア故に強いその想いは、歪んだ想いによって誘導される。

 

 何処の世界でも、底抜けの悪意を持つのは人類だけなのだから。

 

 

 

 

 

「ちょっと前に来てたオジサンのなんだ、次来た人に渡せって言われて…」

 

 小さな少年がカイトに差し出したのは、薄汚れてこそいるものの間違いなくハンターライセンスだった。

 海に程近い集落を訪れたカイト達を見つけた少年は、余所者に対して警戒する大人達の目を盗んでやってきてことの詳細を語る。

 

「レイナと釣りに行こうとしたら、大きいカニのバケモノがいたんだ。襲われそうになって助けてくれて、ぼくは急いで大人を連れて行ったんだけどもういなかったんだ」

 

 あったのは何かが争った跡といくらかの血痕だけであり、村の大人達は大型の獣に余所者が襲われたと判断してそれ以上の捜索を中止した。

 少年クルトと妹のレイナが見たというカニのバケモノも、大人達は見間違いだと取り合わずに流されてしまったと悲しそうに話す。

 

「ぼくもレイナも守ってもらったのに、オジサンに何もできなかった。背の高いおじさんは信じてくれる?」

 

「(おじさん…)安心しろ、俺達は信じる。襲われた場所と、バケモノのことをもう少し教えてくれ」

 

 カイトは襲われた場所を詳しく聞くとポックルを連れて調査に向かい、ポンズにバケモノの詳細を聞くことと他の情報がないか調べるように指示を出す。

 そして現場に到着すると時間が経っているため僅かにしか残らない争った跡を確認した後、カニのバケモノという情報から海岸線へと向かい非常にわかりにくい洞窟を発見した。

 

 洞窟内にあったのは、ほんの僅かな残骸と巣としての痕跡。

 

 短い期間と思われるが、確かにキメラアントがいたとわかる証拠がそこかしこに転がっていた。

 

「ビンゴですね師匠、間違いなく人間大のキメラアントが存在している!」

 

「あぁ、人間を食ったこともそうだが、念能力者を食ったことでどんな進化をしていることやら。あの集落が無事ってことはもう近くにはいないだろうな」

 

 クルトの言っていたオジサンのものと思われる服の切れ端、それを拾ったカイトは名も顔も知らぬハンターに敬意を送る。

 彼はまず間違いなく死んでしまったが、子供を守りキメラアントの情報を残すという仕事をしっかりとやり遂げた。

 この値千金の情報はすぐにハンター協会へ送られ、事態の早期解決に大きく貢献するだろう。

 

(ここから先は危険度が跳ね上がるな、退き際を間違えたら全滅する。…そんな無様は晒せない)

 

 情報を残すこと、守るものに責任を持つこと、名もなきハンターによって大事なことを再認識したカイトは己に活を入れ一層気を引き締めた。

 

「師匠、おそらく20近い兵隊を産んで移動したみたいです。時期的にはクルトくんが襲われた一ヶ月前と大体一致します」

 

「わかった、ポンズと合流してハンター協会に報告する。その後はさらにNGLの奥に入るぞ」

 

 ゴンの紹介から弟子にしたポックルと、意気投合して連れてきたというポンズは二人共幻獣ハンターとして高い素質を見せた。

 このまましっかりと育てれば実力はもちろん、ハンターとしてかなり有能な存在になるという確信がカイトにはある。

 

(俺は幻獣ハンターだ。いざという時は荒事専門、ゴンに連絡する)

 

 強者としての自覚と誇りを持ちながらも、カイトが幻獣ハンターという己の本分を見失うことはない。

 世界最強、男なら心を惹かれて当たり前の称号に一切興味がないからだ。

 当時まだ10歳ですらないゴンに器の違いを見せられ、修羅道から足を洗っている故に。

 

(たまに連絡は取ってるが、今どんな化け物になってることやら。見るのは怖いが、基礎を教えた手前興味はあるんだよな)

 

 カイトは知らない。

 

 化け物になると確信したゴンが、想定の数倍の速度でパンプアップしていることを。

 筋肉ダルマによる暴虐の一端を担ったのではないかと、責任問題に巻き込まれかけているということを。

 

 しかしカイトは知っている。

 

 幻獣ハンターの自分が発見してきた生物の中で、最も珍しくやばいものは何なのかを。

 筋肉ダルマのスタートに立ち会ったからこそ誰よりも早く脅威を認識し、手に負えない案件があった場合ぶん投げればいいことを。

 

 世界で一番最初に筋肉を認知した被害者は、ハンターとして仲間を頼ることを厭わない。

 

 

 

 

 

 ハンター協会にある副会長室で、今日も愉しく暗躍するパリストン。

 足がつかぬようにあの手この手で弱小念能力者をNGLに送りながら、つい先程上がってきたハンターからの報告について思考を巡らす。

 

(幻獣ハンターのカイト、ジンさんの弟子で実力も一級品。ここからは時間との勝負ですね)

 

 カイトからの報告書に処理済みの判を押して他の書類と一緒くたにすると、そのまま何事もなかったかのように仕事を続ける。

 

(大きな実績がないためまだ平ハンターですが、実力で言えば間違いなく一つ星(シングル)クラス以上。キメラアントが討伐される前に王の誕生が間に合うか、おそらくは紙一重のタイミングになるはず)

 

 歪みながらも、あるいは壊れているからこそ優秀すぎる頭脳を持つパリストンは、一切目にしていないにも関わらずキメラアントの規模や強さをかなり正確に把握している。

 しかし常人では考えられない精度で推測できている中で、一つだけ読みきれずにズレが生じる要素があった。

 

 キメラアントの女王が最初に口にした人間が、念能力者だったという不幸な奇蹟を予測することができなかった。

 

 犠牲になったハンターがたまたま別件でNGL入りしていたこともあり、さすがのパリストンも女王の母胎としての強化幅をかなり低めに設定してしまう。

 

(かなりの数を喰わせましたからね、親衛隊でしたか? その個体達の働きに期待するとしましょう)

 

 キメラアントにおいて王を除き最高戦力たる王直属護衛軍、彼らの強さは約束されていたがその下である師団長クラスも大幅に強化されていた。

 なんと戦闘タイプの師団長は生まれながらにオーラを纏い、非戦闘タイプも発により特殊な能力を得ているのだ。

 キメラアントに取り込まれた人間の記憶や意識が引き継がれるケースがかなりあったため、念についての基礎知識もかなり正確に把握されている。

 

 数と質が充実したことで、下級兵を強制的に念に目覚めさせる計画も実行されつつあった。

 

 楽園を用意した鼠の想定を遥かに上回る、世界に喧嘩を売れる蟻達が刻一刻と成長し続ける。

 

 

 

 

 

 今日も心源流本部の野外鍛錬場では変わらぬ組手風景が広がっていたが、見守る全ての者がその目を見開き驚愕をあらわにしていた。

 

「ざけんなよジジィ!! 昨日の今日でなんてもん作ってやがる!?」

 

 相変わらずの組手の最中、完全に捕まったキルアは全力で放電することでなんとか拘束から逃れる。

 しかし厳しい目で見つめる相手、ネテロの面影を色濃く持つ筋骨隆々の中年は大して堪えた様子も見せずに佇んでいた。

 

「百式観音・祈祷式 真の像と名付けた。まあ、早い話が全盛期のワシじゃよ」

 

 キルアが相対する百式観音より後方に、弥勒菩薩と同じ体勢で祈るネテロの姿がある。

 その姿は心ここにあらずといった無表情であり、驚くことに言葉自体念獣のはずの百式観音が発していた。

 

「本体のワシが動かず無防備で祈り続ける限り顕現し、射程距離は本体が目に見える範囲ならばどこまでも行けるぞい」

 

 改めて全盛期の身体を確かめるように動かすネテロは、本体に攻撃を行おうとしたキルアの意を察知し未然に防ぐばかりか再びその首根っこを掴む。

 

「楽な方に逃げるでない、この距離で本体に意識を割く余裕などないじゃろ。お前さんは大人しくワシの慣らしに付き合うしかないのじゃ」

 

「わかったから離せチクショー!! 吠え面かかせてやる!!」

 

「ホッホッホッ」

 

 その後全力で百式観音・祈祷式 真の像と戦闘を行ったキルアだったが、普通の百式観音では可能だった先読みや技の間隙をつくことができなくなっていた。

 いくら早いとはいえ決まった型しか持たなかった今までと違い、臨機応変にどんな攻撃でも行ってくることに加え常に最速ではない緩急と虚実を持った動き。

 

 百戦錬磨の老獪さを持つ全盛期の修羅は、タイマンにおいて観音を遥かに上回る強さを発揮した。

 

「ふむ、かなり掴んだの。次はヒソカに頼みたいがどうじゃ?」

 

 神速(カンムル)も雷撃も通用せずいいようにあしらわれたキルアがダウンすると、ネテロは続いてゴンではなくヒソカに矛先を向ける。

 身体能力が全盛期に戻ったが純粋な力は明らかにゴンが上なのを考え、より身体操作を緻密に行えるようにヒソカを相手に選んだのだ。

 

 何より自分より強いだろう相手に、いつまでもデカい顔をさせていられるほどネテロは老成できていなかった。

 

「思った以上だね♠ハンター試験の時はそこまで唆られなかったけど、今のネテロ会長はすごく魅力的だよ♥」

 

 研ぎ澄まされたオーラに重く暗いオーラが蠢き、念獣ネテロとヒソカが鍛錬場で相対する。

 どう低く見積もっても世界トップ5には入るだろう二人の戦闘を、見守る全ての者が欠片も見逃さんと全力の凝で待ち構える。

 

「まだ慣らしが必要でしょ? 付き合ってあげるから早く熟してよ♥」

 

「ちっ、上から目線じゃのぅ。お言葉に甘えさせていただくわいっ!」

 

 始まったネテロとヒソカの攻防は、正しく極めた者同士の至高の芸術だった。

 

 互いにオーラの基本運用と体術のみによる戦闘は、武に携わるものならばどんな手を使っても目にしなくてはいけないすべてが詰まった技術の応酬。

 

 観戦する者達は年配の者ほど滂沱の涙を流し、若輩の者ほど目を血走らせ瞬きも惜しいと記憶に焼き付ける。

 

「カカッ、今のワシ相手でも余裕があるかよ!?」

 

「動きがまだまだちぐはぐだよ♠本体が弱くなったら本末転倒な気もするけど両立できるの?」

 

「いらん心配じゃ!」

 

 加速していく戦闘、洗練されていく攻防。

 

 全盛期の身体能力を慣らしている段階のネテロの猛攻は、尽くヒソカに防がれ躱され有効打とならない。

 音速を超える拳打も蹴撃も、物理的に避けられないサイズでなければヒソカは対応できる。

 キルアが手も足も出なかったフェイントや緩急も、卓越した頭脳と常軌を逸した勘により通用しない。

 

 わかりやすい派手さや念能力者らしさは少ないものの、頂点同士の戦いと幼子でも理解できる演武だった。

 

「悔しいなぁ、オレはきっとあそこにはいけないや」

 

「お前があそこにいったら悪夢以外のなにものでもねえよ。オレ達は、オレ達の強さで頂点にいかなきゃなんねえんだ」

 

「うん!」

 

 ゴンとキルアは惑わない。

 

 二つの頂きを目の当たりにして糧としながらも、自分達の至るべき場所は違うと理解しているから。

 

 どんな山でも裾野はつながっているように、強さも始まりは同じでも各々辿り着くべき極みは違う。

 

 ネテロ、ビスケ、そしてヒソカという最高峰を知りながらも、ゴンとキルアは自分達のほうが高みにいけることを信じて疑わない。

 

 改めて下剋上を誓った筋肉と雷小僧は、新たな前人未到となるべく闘志を燃やした。

 

 



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第74話 カイトSOSと追う者追われる者


 創造神の生存報告を喜びつつ初投稿する作者です。



 

 

 皆さんこんにちは、強くなり続ける変態と観音に追い付くためさらなる進化を目論むゴン・フリークスです。キルアの進化も凄まじく、時間制限ありだと負けないけど勝てなくなりました。

 

 

 

 

 

 早いものでゴン一行が心源流総本山を訪れてから数ヶ月の時が経ち、各々が日々成長を続ける中今日も道場は変わらず賑やかだった。

 

「やめろォ!! 死にたくない! 死にたくない! 死にたくなぁい!!!」

 

 ネテロが到着する前の心源流本部道場に、ナックルの悲痛な叫びが響き渡る。

 再びゴンのオーラ測定を名目に打ち込まれた天上不知唯我独損(ハコワレ)が50万を突破した瞬間、シュートとモラウが能力によって拘束してゴンの眼前に固定したのだ。

 

「ポットクリンがここまで溜め込めば間違いなくダメージは無いだろ、ゴンがジャンケンで使うオーラ量を知りたくないか?」

 

「こえーんだよ! ハコワレは信じてるけどそれとこれとは別問題だろうが!? 師匠も悪ふざけしてないでタスケテ!!」

 

「俺も知りたいんだ、悪いなナックル」

 

「嫌ァーっ!!」

 

 シュートの浮遊する3つの左手とモラウの煙人形に囚われるナックルは、必死に脱出しようとするもハコワレへの信頼とゴンへの恐怖の板挟みで本来の力が出ない。

 このままでは埒が明かないと判断したゴンはオーラを高め、体を捻るとナックルの腹部へと狙いを定める。

 

「ジャン、ケン…」

 

「俺が死んでも第二、第三のポットクリンが…」

 

「グー!!」

 

「アッーー!?」

 

 誰もが目を逸らす重低音が響き渡り、拘束されたナックルはそのまま数メートル後退して停止する。

 

「…シュート? 俺の腹ちゃんとある? 下半身付いてる!?」

 

「安心しろ、見るからに無傷だ。お前のハコワレは役目を果たしたぞ!」

 

 はらはらと涙を流すナックルを男泣きでいたわるシュートだったが、他の人でなし達はポットクリンに表示された数値を見て顔をしかめていた。

 

「ジャンケン一発で15000か、ナックルの査定なら殆ど中堅能力者一人分ってことか?」

 

「全然少ねえよ、明らかに手加減してたしそもそも借筋地獄(ありったけのパワー)使ってねえしな。本気の本気なら20000超えるだろ」

 

「しかも硬の圧縮をしたら数値以上の威力になるしね♥これ以上は過剰威力だしゴンがこの先をどう考えてるのか気になるよ♦」

 

「本当に呆れた子だわさ」

 

 キルアや心源流高弟達はもちろん、師匠組のモラウやビスケにヒソカですら込められたオーラに驚きを通り越して呆れしか出てこない。

 オーラを数値化したナックルによると中堅能力者がおよそ20000前後であり、一流かつオーラ総量が多めのモラウでも約70000という数値である。

 ゴンのジャンケンは、一流念能力者ですら5回と打てないオーラ量であり、中堅能力者が一瞬で干涸びるとんでもない出力による一撃だった。

 

「実際ゴンは考えてるわけ? ヒソカの言うとおり、これ以上は威力上げても活きる場面が少ないわさ。オーラ切れの心配がないのは強みだけど、そこまで多いとただの不良在庫よ?」

 

 注目を集めるゴンが子供の姿に戻って少し考えると、詳細は秘密としながらも自信を持って答える。

 

「発の応用に挑戦中だから多分大丈夫だと思う。最悪は練で全部絞り出せるようにするから無駄にはしないよ!」

 

「あんたならいつかできそうで末恐ろしいわさ」

 

 数十万の練をしながら突っ込んでくる存在など悪夢でしかなく、そこまでいくともはやオーラの暴力で全てを薙ぎ払えてしまうだろう。

 

 そんなフィジカルの化け物がいよいよ人類の枠組みから逸脱しようとパンプアップする中、ついに平和な鍛錬の終わりを告げる連絡が入る。

 

 クラピカが預かっていたゴンの携帯電話が、カイトからのSOS着信を高らかに奏でた。

 

 

 

 

 

 NGL自治国の奥深く、東ゴルドー共和国に程近い平原にそれはそびえ立っていた。

 数十メートルにもなる高さとそれに見合った太さを有するその蟻塚は、そう言われなければ自然にできたものと勘違いしそうなほどの規模となっている。

 周囲には遮蔽物がなく近付くことも困難な要塞と化していたが、そんなこと関係なく潜入不可能な要因がカイト達にありありと見えていた。

 

「師匠、何なんですかあれは、あれが、あれが円なんですか!?」

 

「範囲が広すぎる、しかも形がきれいな円じゃない、まるで四方八方に触手を伸ばす巨大な生き物みたい」

 

 ポックルとポンズはその圧倒的なオーラに恐れ慄き、周囲を探るように伸び縮みするオーラが此方を向くたびに体をはねさせ後退る。

 無言で様子を窺っているカイトの心境も二人と似たようなものであり、その異様なオーラから触れずとも自分を凌駕する何かがいると確信していた。

 

「……撤退だ。俺達に出来るのはここまで、今すぐNGLから出て直接ハンター協会に報告を入れる」

 

 蟻塚がある平原付近にある森はおろか、その森からも離れた丘の影から偵察していたカイトはこれ以上の調査を断念した。

 日々餌として運び込まれているNGLの住民達には申し訳なかったが、いくらカイトでも未熟な弟子達がいる状態でこれ以上の調査はただの自殺行為である。

 

「全速力で退避、これまでのように隠密ではなく兵隊を殺してでも最短経路だ。遅れるなよ、助けられる保証はない」

 

『はい!!』

 

 その後カイト達は慎重に行動した今までとは打って変わり、稀に遭遇する兵隊アリを始末しながらスピード重視でNGL脱出を目指し走り出す。

 

 三人が撤退を決めたちょうどその時、蟻塚では一匹のキメラアントが丘を見ながらくすりと嗤った。

 

 

 

 

 

 強行軍ながらなんとか3人揃ってNGLを脱出したカイトは自分の手に余る案件だとゴンに助力を求め、念能力者を喰らったキメラアントの危険性を具体的に語った。

 

 ポックルとポンズを守りながらとはいえ、おそらくは上位個体に片腕を奪われた事実と、それを遥かに上回る個体がいることを。

 

 そんなカイトからゴンに伝えられたSOSを聞いたビスケは、まだ道場に来ていなかったネテロに事の次第を直接報告するためにチードルと共にハンター協会へと向かった。

 

『危なかったぜ、あと少し欲をかいてたら全滅だった。ハンター協会に聞いたら他の念能力者がけっこう犠牲になってる可能性もある、奴等の勢力は下手すりゃ一国の軍事力に匹敵するかもな』

 

「ちなみにどんな相手にやられたの? もし見つけたらしっかり落とし前つけさせておくから」

 

『あー、見た目はかなり人間に近いカマキリのキメラアントでな、鎌で攻撃してきたと思ったら隠し腕があって不意をつかれた。それでもきっちり仕留めたから落とし前をつける相手はいないぜ』

 

 その後は最も経験のあるモラウがさらに細かくキメラアントや地理情報を確認し、ハンター協会にいるノヴ経由で発足したばかりの対策本部に情報を渡した。

 そしてネテロやビスケが不在なこと、場合によっては迅速にキメラアント相手に対応することを踏まえてこの日の鍛錬は終了となる。

 

 ゴンにとって運命の相手とも言える、最強(ゴンさん)の生みの親との邂逅が近付いていた。

 

 

 

 

 

 ハンター協会の一室に設けられた、キメラアント対策本部。

 

「一つ提案というか、要望があるのですがよろしいですか?」

 

 短時間で集めたとは思えない多くの専門家やハンターが議論を進める中、大まかな対応が決まったのを見計らって厳しい表情のチードルが今回の責任について言及する。

 

「ここまで大事になったのはひとえに初期対応を誤ったパリストン、そしてそれを見過ごした私に責任があります。多くの犠牲者も出ている以上、私達に厳重な処分を求めます」

 

「そんな!? 僕はまだしもチードルさんに責任なんてありませんよ! 僕がしっかり責任を負いますので安心してください!」

 

 あたかもチードルを庇うような発言をするパリストンに対し、苛立つチードルを横目に小さく首を振ったネテロが初期対応について見解を述べる。

 

「未知の生物の調査として探索系のハンター、広い範囲を補うために集めやすい新人や実力の低いハンターに依頼を出したのは決して間違った判断ではない。悪かったとしたら運が、責任を負うとしたら最高責任者のワシじゃろうな」

 

「そんな!? ネテロ会長に責任なんて、「そうですか! ネテロ会長がそうおっしゃるなら、今回は運が悪かったということで!」…このクソネズミ!」

 

 いけしゃあしゃあと前言を撤回するパリストンに歯を剥き出して唸るチードルだったが、たしなめるように咳払いをするネテロを見て悔しそうに席へ座る。

 そして他に何か意見等がないか集まった面々を見渡すと、責任者としてキメラアントへの対処を改めて告げる。

 

 最初の一手はキメラアントの王及び上位個体の撃滅を目的とした、戦闘職中心の第一陣を可及的速やかにNGLへと派遣する。

 メンバーはネテロを筆頭として現在心源流本部道場にいる面々と、治療班の護送と後方支援としてノヴが随行する。

 

 次の一手は討ち漏らしたキメラアントの捜索と駆除を目的とした、ビスケを筆頭とする索敵班を含めた第二陣を人足が集まり次第NGLに派遣する。

 メンバーは一定以上の数を揃え、キメラアントがNGLから溢れないかの警戒にも当たる。

 

 最後にキメラアントにより発生した被害の確認と対応を目的とした、チードルを筆頭とする治療班や工作班が第三陣としてNGLに派遣される。

 第三陣は第一陣と第二陣が任務を遂行してある程度の安全が確保された後に入国するため、それまでは裏方として第一、第二陣のサポートに回る。

 

 そしてネテロ不在のハンター協会の通常業務はパリストンを中心に十二支んとビーンズが対応し、場合によってはノヴ経由でネテロに連絡を取ることに決まった。

 

「ワシ、ビスケ、チードルをそれぞれ責任者とし、ある程度独自の裁量で行動する。その代わり各陣一人は副長を置き、副長同士で進捗状況を把握するようにせよ」

 

 そして第一陣のNGL入国を3日後に定め、ネテロが行動開始を宣言すると各々が自分の仕事をするべく部屋を出ていく。

 ネテロはビーンズにパリストンをよく見ておくように言いつけると、もう深夜ながらノヴに本部道場へ送るよう指示する。

 

 勢力を伸ばし続ける蟻に対抗し、世界を股にかけるハンター協会がその牙をむく。

 

 

 

 

 

 ハンター協会で対策会議が行われていた頃、心源流本部道場の廊下を火のついていないタバコを咥えるレオリオがふらついていた。

 クラピカのいる室内での喫煙を嫌いベランダを目指していたレオリオは、目的の場所に先客がいたことに気付いて目を丸くする。

 

「なにしてんだヒソカ、お前がそんなことしてても似合わねえぞ?」

 

 そこにはセンチメンタルに夜空を見上げるという、バカみたいに似合わないことをするヒソカが一人佇んでいた。

 

「やあレオリオ、なにって記憶の中で煌めくゴンを思い返してたに決まってるじゃないか♥」

 

「いや分かんねえよ」

 

 レオリオはタバコに火をつけて一度大きく煙を吐くと、隣で基本的にいやらしい笑みを浮かべるヒソカに以前から気になっていることを質問する。

 

「お楽しみのとこ悪いけどよ、聞きたいことがあるんだがいいか?」

 

「んー? レオリオには治療で世話になってるからね、答えられることなら答えるよ♦」

 

 本来なんのことはない世間話のやり取りだが、レオリオはここまで気楽な会話ができることにヒソカの変化を再確認する。

 もはや遥か過去にも感じるハンター試験や天空闘技場の頃のヒソカからは、常に殺気に近い油断ならぬ気配が漂っていたのだから。

 

「ぶっちゃけた話よ、なんでそこまでゴンに執着してるんだ?」

 

 今更聞かれるとは思っていなかった質問に珍しく呆けた表情を浮かべるヒソカに、レオリオは疑問に感じたことを詳しく説明するべく口を開く。

 

「お前が殺し合い、それも自分すらギリギリの死闘を求めてるってのはわかる。けどよ、それなら今はゴンより強い奴がいるじゃねえか」

 

 一世紀以上の研鑽を積み、武神の名に一切恥じぬ強さを誇るハンター協会会長アイザック・ネテロ。

 

 アイザック・ネテロの直弟子にして高すぎる技術を持ち、ゴンを除けば最強の身体能力を誇るビスケット・クルーガー。

 

 間違いなく今のゴンより格上の実力を持ち、素人のレオリオから見てもヒソカの実力に近いのはこの二人なのだ。

 それにも関わらずヒソカが夢中になるのはゴンだけであり、何ならネテロとビスケもヒソカよりゴンを意識している。

 ゴンの年齢を考えれば異常な強さでこれからも間違いなく強くなっていくのはわかるが、それでもレオリオは不思議に思うのだ。

 

 快楽殺人鬼で見てわかるほどの狂気に呑まれていたヒソカが、ゴン狂いの変態ピエロに変わるほどのものは何だったのかと。

 

「なるほど、つまりゴンの強さ以外でどこに惹かれたのかってことだね♦改めて考えると実に興味深いテーマだ、少しだけ時間をもらうよ♥」

 

 そう言って欄干に寄りかかったヒソカと、タバコを吹かすレオリオの間にいくらかの沈黙が流れる。

 やがて短くなったタバコが携帯灰皿の中に消え、次の一本を悩むレオリオにヒソカの声が届いた。

 

「ゴンのことで惹かれないところはないって結論になったんだけどね、一番のきっかけはこれかなってのはわかったよ♥」

 

 雰囲気的にすぐ終わらなそうだと新しい一本に火をつけたレオリオは、驚くほど穏やかな表情を浮かべるヒソカの話に耳を傾ける。

 

「ゴンはね、ボクが最強に抱いていた固定観念を木っ端微塵に粉砕してくれたんだ♥」

 

 ヒソカは語る、何をしても満たされなかった過去の自分を。

 

 ギリギリの殺し合いでのみ僅かに実感する生と、強すぎたゆえの孤独感を。

 

「今思い返すと酷く滑稽な話だけどね、ハンター試験の頃はボク自身が最強だと思ってたんだ♣けど結果はまだ遥か格下だったゴンに完敗♥…あの時は笑ってたけど、実はすぐにでも殺そうかと思った」

 

 最強のはずの自分が油断からとはいえ、負けるはずのない相手に真っ向から完封される。

 初めから強者だったせいで敗北感とは無縁だったヒソカは、生まれて初めて身を焦がすような屈辱とともにそれを知ったのだ。

 

「それでも思いとどまってゴンを見てたら気付いちゃったんだ、ゴンが見ている最強ってやつが♦ねぇレオリオ、“最強”って何だと思う?」

 

「文字通り最も強い奴だろ? 天空闘技場の頃はネテロ会長がオレの中の最強だったんだが、今の最強はお前だよヒソカ」

 

「嬉しいこと言ってくれるね♦けど残念、今のボクは自分が最強なんて思ってないよ♠」

 

「そうなのか? ハンター試験からこっちでお前より強そうな奴なんて思い浮かばないんだが」

 

 レオリオはヒソカの言う最強に心当たりがなく、怪訝な顔で誰なのか聞くがとうのヒソカは愉快そうに答える。

 

「もしいたら是非お目にかかりたいね♦今のボクが考える最強はね、どんな相手でも絶対に負けないってことさ♥」

 

 それは果てしなく実現困難な、妄想の中にしかないレベルの理想論。

 確実に実力が上でもその日の調子や相性で勝敗が変わるのはよくあることであり、万全を尽くしても運だけで勝敗が決することすらあり得る。

 100回やって100回勝つなど、余程隔絶した実力差がなければありえないことなのだ。

 

「バカバカしすぎて意識すらしたことなかったんだけどね、ボクが見た限りゴンの目指してる最強はそれなんだよね♥しかも最近は決して不可能じゃない領域に辿り着きつつある♠」

 

「いや、真っ向勝負ならそうだとしてもよ、それこそ完全に対策した発を持った能力者相手じゃ無理だろ? 実際相性の悪いお前相手だと勝率悪いんだしよ」

 

「違うね、相性が圧倒的に悪いくせにボクに対する勝率がビスケやネテロ会長より高い時点でヤバいんだよ♠しかも今の段階でボクの10倍前後のオーラ総量だ、搦手で縛られるところが想像できない♣」

 

 オーラが生命エネルギーである以上、人類であるかぎり個人差はあっても逸脱することは本来ありえない。

 しかしゴンは成長期の10代前半ですでに一流の約10倍のオーラ総量を保有しているため、ナックルの天上不知唯我独損(ハコワレ)が耐えられなかったようにこの先搦手すら力尽くで無効化しかねない。

 

 普通に考えたら、人類はゴリラを相手に勝ち目などないのだ。

 

「だからこそボクはゴンに夢中だし、ゴンより強ければそれだけで最強に一番近くなれるから必死なのさ♦小手先の技術や余計な策を弄してる暇なんてない、実力はボクが上でも追いかけてるのはこっちってことかな、本当に最高だよ♥」

 

「…余計な策ってのはオレやクラピカ辺りに何かするってことでいいのか?」

 

「少なくともゴンの成長が止まるまでは何もしないから安心していいよ♦困ったことに100年後も成長してそうで怖いけど♠」

 

 言いたいことはすべて語ったのか、ヒソカは二本目のタバコを吸い終わったレオリオを置いて室内へと向かう。

 お休みと言いながら手を振るその姿に狂気は見えず、本人の言う通りひたすら前を向いていることがわかった。

 

「なるほどねぇ、目指してるスケールの違いか。ビスケやネテロ会長もそこんとこを評価してんのかもな」

 

 三本目のタバコに火をつけ、夜空に大きく煙を吐きながら苦笑する。

 

「なんてことねぇな、オレ達も含めて全員同じ穴の狢かよ」

 

 ゴンはまだ実力で及ばない相手がいるにも関わらず、誰よりも先を全速力で走っていた。

 

 眩すぎて常人では目を焼かれる目標に向かいながら、達成の可能性を感じさせるその姿に憧れと羨望を抱かずにはいられないのだ。

 

 かつてイカロスは太陽を目指して墜落したが、蝋の翼ではなく己の筋肉で飛翔するゴンは堕ちようがない。

 

 ゴンが目指す最強(ゴンさん)は、知らないはずの者達にすら絶対強者として君臨した。

 

 



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第75話 アリとヒトの最高戦力

 

 

 時はカイト達が蟻塚を発見する少し前まで遡る。

 

 蟻塚の最奥近い場所にある孵化室にて、キメラアントの最高戦力である王直属護衛軍3体が同じタイミングで誕生した。

 

「…やあ、はじめまして。これからよろしくね」

 

「馴れ合うつもりはありませんが、職務上お付き合いさせていただきます。王以外は有象無象、それだけのこと」

 

「なんでもいいが王はまだ生まれてねえんだよな? とりあえず女王様に挨拶行こうぜ」

 

 女王が特別力を注いで誕生した3体の護衛軍は、生まれた瞬間からオーラを身に纏い基本的な念の知識も完全に把握していた。

 待機していた世話役の雑兵アリから衣服を受け取り、それぞれが好みの衣装を身にまとうとペンギンのような師団長ペギーがやってくる。

 

「おはようございます、王直属護衛軍の皆様。女王がお呼びですのでご案内いたします」

 

 戦闘タイプではないながらも護衛軍の強さを肌で感じたペギーは、羽毛でわかりにくいが大量の冷や汗をかきながらペチペチと早足で先導する。

 護衛軍にとってはゆっくりとした足取りで蟻塚の最奥へとたどり着くと、3体はそれぞれが喜色満面の表情で部屋の奥に有るモノを注視した。

 

『護衛軍よ、無事生まれたようで何よりです。これからあなた達に名と役目を与えます。王が誕生するまでの短い間ですが、それまではしっかりと私を守りなさい』

 

 玉座も何もない最奥で座る、女王の蟻としての形を色濃く残す尾が自身の何倍にも膨れ上がり、その透けて見える中心で人形の影が揺蕩っていた。

 その影からはとてつもないオーラと圧が周囲に放たれており、護衛軍は言われなくともそれこそが自分達の仕える王だと確信した。

 

『まずはあなた、此方へ』

 

 女王が最初に指名したのは、タキシードに身を包み蝶の触覚と翅を持つ美青年。

 女王に近付いて腰を折ると、まだ生まれていない王に対して礼をとる。

 

『あなたの名はシャウアプフ、役目は王への“盲信”です。王の全てを肯定しなさい、王に全てを捧げなさい、王のためならその身含めた王以外の全てを犠牲となさい。あなたが王の完璧を完成させるのです』

 

「かしこまりました。このシャウアプフ、世界を王に献上します。全ては最初から王のもの、それだけのこと」

 

 シャウアプフは優雅に一礼するとその毒々しくも美しい翅を広げ、音もなくふわりと後ずさると元の位置へと戻る。

 

『次はあなた、此方へ』

 

 次に指名されたのは、かなり大柄で青灰色の肌を持つズボンだけ履いた偉丈夫。

 見た目通りの乱雑さで女王というより背後の王に跪くと、女王から名と役目が贈られる。

 

『あなたの名はモントゥトゥユピー、役目は王の“武具”です。王の矛にして盾となり、王に仇なす全てを滅ぼしなさい。あなたが王の完璧を守るのです』

 

「かしこまりました。俺は王の敵を鏖にする」

 

 モントゥトゥユピーは立ち上がると不敵な笑みを浮かべ、今一度王に頭を下げると元の位置に戻る。

 

『最後にあなた、此方へ』

 

 最後に指名されたのは、黒いシャツにハーフパンツとカジュアルな格好をした猫耳尻尾のある美少女。

 猫のような縦長の瞳孔を持つ瞳を爛々と輝かせ、護衛軍では唯一女王も敬いながら跪く。

 

『あなたの名はネフェルピトー、役目は王への“親愛”です。王を愛しなさい、王を導きなさい、王の臣であり家族であり友となりなさい。あなたが王の完璧を育てるのです』

 

「かしこまりました。私は王のためだけに生き、そして死にましょう。全ては我らが愛する王の未来のため」

 

 ネフェルピトーも元の位置に戻り改めて護衛軍が並んで跪くと、女王は王が誕生するまでの任務を言い渡す。

 

『ネフェルピトーは蟻塚周辺の警戒、モントゥトゥユピーはこの最奥の間の前で番を、シャウアプフは王が誕生した後の新たな拠点を見繕いなさい』

 

『かしこまりました』

 

 女王から命を受けた護衛軍はそれぞれが役目をこなしながら、己の特性に合わせて念能力を鍛え形にしていく。

 

 性格も考え方もまるで違う彼等は、それでも全ては王のために一つの個として行動する。

 

 キメラアントという一つの国が、今まさに完成しようとしていた。

 

 

 

 

 

 カイトのSOSから僅か5日後の昼過ぎ、NGLの国境付近にハンター協会からの第一陣が到着し拠点となるキャンプを敷いていた。

 簡易倉庫には多くの食料や医薬品等の消耗品から、もしもに備えて一般人でも身を守れるように銃火器まで押し込められている。

 そしてキャンプの中心ではどこでも手術可能なレオリオが医療テントに常駐し、設備が整うまではかなり多忙を極めることが予想された。

 

「…なんていうか、思ってたより普通なんだな」

 

「初対面の奴にそんな事言われたのは初めてだ、俺の何を以って普通じゃないと思ってたんだ?」

 

「だってゴンの最初の師匠だろ? あれを見たらぶっ飛んだやつだと思わねえか?」

 

「…ゴンには基本的な知識を教えただけで育ててねえよ。あれは会った時点で頭のネジがぶっ壊れてた」

 

 医療テントの記念すべき最初の利用者になったのは、腕の断面の治療を最低限しただけで第一陣を待っていたカイトだった。

 切れた腕の治療に定評のあるレオリオは世間話をしながら処置を続け、第一陣の突入班を先導するのになんの問題もないレベルまで治しきる。

 

「凄まじい手際と治療速度だな、まるで何回も施術したかのような安心感がある」

 

「完全に切れてんのは3回目だな、一歩手前とか潰れてるとかも入れたら10回は超えてるぜ」

 

「えぇ…」

 

 カイトは今までお目にかかったことのないレベルの治癒能力を持つレオリオが、どんな環境でここまでの実力を得たのか片鱗を垣間見て絶句する。

 

 そして治療後すぐに作戦会議中の突入班と合流し、改めてキメラアントの実力と蟻塚の位置について自身の見解を述べていった。

 

「雑兵キメラアントの配置は外から侵入させないことに特化していた。おそらくだが王の誕生まであと僅かなんだろう、確認できた最悪の個体は数kmの円を長時間キープする規格外だった」

 

「その個体が王の可能性はないんですか? それだけの個体が何体もいるとは考えたくないものです」

 

 ノヴの推測は他にも何人か考えていたことだったが、現場にいて様々なことを直接感じたカイトは首を振って否定する。

 

「間違いなく王じゃない、キメラアントの生態を考えたら王に警備をさせることはありえないからな。しかもあいつは円の外だった俺達の存在に気付いていた、それでも持ち場を離れなかったのは蟻塚の警護に専念していたと見ていい」

 

 生物学の知識においてこの場の誰よりもキメラアントに詳しいカイトの説明は理路整然としており、続けて告げられた階級と実際戦って判明した強さは想像を超える厄介さだった。

 

 雑兵、知能はそこまで高くないが軍隊行動は可能で人間大の昆虫のため身体能力はかなり高い。数と種類がかなり多く、苦戦はしないが非常に面倒くさい。

 

 兵隊長、人間レベルの知能を有し雑兵アリに指示を出す。全員が念を習得しているが高レベルな個体は少ないため、余程相性が悪くなければ後れを取ることはない。

 

 師団長、更に高い知能とそれぞれが自分にあった発を持っている。加えて混ざりあった生物の特性を上手く使いこなしており、片手間に相手をしたら負けの可能性が十分にある。

 

 護衛軍、軍とうたいながらも数は最も少なく五体を超えることはまずない。代わりに他の全てのアリを相手にして確実に勝利するほど隔絶した強さを持ち、カイトが撤退を決めた相手がこの内の一体だと思われる。

 

 王、護衛軍すら超える強さを持つ生まれながらの絶対強者。誕生したら巣を出て新天地に王国を築く習性があり、その際護衛軍以外のアリは置いていくことが多い。

 

「攻めるタイミングの選択肢は2つ、王が生まれる前に全てのアリを相手にするか、巣を移動したあと各個撃破するか。まぁこうしてる間に王が生まれてる可能性もあるがな」

 

 キメラアントの詳しい生態と実態を知ったことで再び議論が白熱する中、ネテロがカイトに率直な意見を求める。

 

「忌憚のない意見を頼むが、お主から見てワシと護衛軍どちらが強く感じる?」

 

 話し合う者達の邪魔にならぬ程度、しかし対面するカイトにはしっかりわかるレベルでオーラを高めるネテロ。

 その洗練され尽くし針のように鋭いオーラを垣間見たカイトは冷や汗を流しながらも、恐怖をそのまま形にしたような蠢くオーラを思い返して告げる。

 

「どちらも俺にとっては雲の上ですが、あえて優劣をつけるならキメラアントのほうが恐ろしく感じます。あれは正しく人間の範疇を超えていた」

 

 その言葉にウンウンと頷いたネテロはカイトと突入班を連れて外に出ると、最終確認と言いながらゴンとカイトを対峙させた。

 

「どうも相手は思っていた以上に厄介なようじゃ、そこでゴンのオーラと護衛軍を比べてもらう。その結果と各々の希望で、最終的な突入班を選定するぞい」

 

 ネテロはゴンに全力の練を指示し、カイトは念の基礎を教えたこともあって直接成長を見れると期待を高める。

 全力ということで借筋地獄(ありったけのパワー)も解禁したゴンの圧に不穏なものを感じたカイトは、呑気だった自分を後悔する暇すら与えられない。

 

 爆発的に膨れ上がる重力そのもののようなオーラに、腰が抜けたようにその場へ崩れ落ちた。

 

 ネテロが比べる相手として自分の後にゴンを指名したこと、これが最終確認だということを正しく理解できなかったカイトは心の準備ができていなかったのだ。

 大量の冷や汗をかき荒い呼吸を繰り返していたカイトは、レオリオの気付けで正気を取り戻し咽ながらもなんとか自分の意見を述べる。

 

「…俺にはわからない、護衛軍のオーラは見ただけで触れたわけじゃないからな。それでも断言できるのは、見たのがゴンのオーラでも即撤退してたってことだけだ」

 

 まだ王が控えている以上ゴンでも足りないと宣言したようなものだが、周囲で見ていた者達の表情は変わらずむしろ気合を入れ直した良いテンションを保っていた。

 カイトは誰も突入班から離脱を申し出ないのを疑問に思い、それを察したレオリオがカイトを立たせながら説明する。

 

「確かに人間から一番かけ離れてるのはゴンなんだけどよ、そのゴンより明らかに強い奴等がいるから平気なんだ」

 

「バカな、あんな巫山戯たオーラに敵う奴がいるのか!?」

 

「まぁ模擬戦だけどな、ネテロ会長とその弟子のビスケは普通に勝ち越してんぜ。そんで極めつけ、あそこでやばい顔してる変態はネテロ会長にすら勝ち越すキチガイだ」

 

 レオリオが指差す先、ゴンの本気のオーラにあてられたヒソカが恍惚の表情で視線を送っていた。

 カイトはヒソカを視界に入れた瞬間、今まで気付けなかったことに驚愕しながらオーラの禍々しさに絶句する。

 

 オーラに対する恐怖、不吉さで言えば護衛軍すら超えていた。

 

「…あれは味方なのか? 何故あんなモノが紛れ込んでいる!?」

 

 カイトの真っ当すぎる指摘に対し、レオリオは苦笑しながら落ち着かせるように肩を叩く。

 

「さっきまで気付かなかったろ? ヒソカの興味はゴンにだけ向いてるからな、案外なんとかなるもんだ。戦闘力に限ればこれ以上ないくらい優秀だしな」

 

 レオリオとカイトが観察していると、辛抱たまらずゴンに突貫しようとしたヒソカを神速(カンムル)で阻止するキルアが目に映った。

 キルアの反応と速度にもう何度目かもわからない驚愕に包まれたカイトは、ゴンとその周りの戦力を過小評価していたことを実感する。

 

(ジンさん、あなたの息子はとんでもないことになってますよ。良いハンターは良い仲間に恵まれる、ここまで体現しているのは見たことがない)

 

 キメラアントに対する恐怖が薄れるのを感じながら、カイトは師匠に心の中で感謝を送る。

 そして自分がジンを見付けたように、ゴンもすぐに父親を見付けるだろうと確信した。

 

 ついでにゴンの目的の一つにジンをぶん殴ることがあるのを思い出し、空を見上げながら尊敬しつつも憎らしい師匠の冥福を祈った。

 

 



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第76話 誕生を待つ者と誕生スルモノ


 更新が遅くて申し訳ありません、しばらくは遅いので気長に待っていただけると幸いです。


 

 

 皆さんこんにちは、NGL突入班になったゴン・フリークスです。人員選定で一悶着有りましたが、諸々考えたら妥当な形になったと思います。

 

 

 

 

 

 時間をかけた話し合いの末、ネテロはNGL突入班としてイカれたメンバーを決定した。

 

 戦闘力特化のゴン、キルア、ヒソカの3人。

 

 様々な状況で高い対応力と柔軟性を持つモラウ、ナックル、シュートの師弟トリオ。

 

 雑兵や兵隊長などの露払いを担当する、心源流から戦闘力の高い者を5名。

 

 キャンプと四次元マンション(ハイドアンドシーク)で行き来することのできる、補給や退路の確保を一手に担うノヴ。

 

 最後に蟻塚までの案内人として、隻腕ながら十分な戦闘力を保有するカイト。

 

 これにネテロを加えて突入班のメンバーとし、残りはキャンプで待機するグループと第二陣に合流するグループに分かれることとなる。

 

 この決定に一人、クラピカが沈痛な面持ちでゴン達に謝罪していた。

 

「ゴン、キルア、ギン、すまない。私が足手まといになったばかりに…」

 

「別に誰が悪いとかねぇだろ、単にタイミングが悪かっただけだ」

 

「ぐまっ!」

 

「むしろ良いことなんだから気を落とさないでよ、ノヴさんがいるからレオリオとクラピカが一緒じゃなくてもすぐに治療してもらえるんだしさ」

 

 今回は距離を無視できる規格外のノヴがいるおかげで、レオリオやクラピカといった医療班はキャンプで待機しながらもすぐに治療を行うことができる。

 それにともないキャンプの護衛としてギンが残ることになったのだが、クラピカは自分のせいで戦力を分散したと解釈していた。

 

「クラピカ、キルアが言う通りタイミングが悪かったんだ。それにキメラアントがキャンプに来る可能性だって十分にある、変に気にしすぎるとまたホルモンバランス崩れるから程々にしろ。それにどちらかといえば悪いのはオレだしな」

 

 レオリオはクラピカを慰めるように頭を撫でたあと、お腹に視線を向けてへにゃりとだらしない笑みを浮かべる。

 その締まらなさにゴン達は苦笑いを浮かべ、クラピカもまだ影があるものの幸せそうに微笑みながら腹部に触れる。

 レオリオとしては医師免許を手に入れてからと考えていたが、チードルやサンビカ等若い女性が思いの外多かったことに焦ったクラピカの行動力が起こした事態。

 

 まだ見た目に変化のないクラピカのお腹の中では、新たな命が懸命に誕生を目指して育っている真っ最中だった。

 

 まだ本部道場にいた頃発覚した妊娠はクラピカの瞳が紅紫色から一向に変わらない程の多幸感を与えていたが、キメラアントの発覚以降は申し訳無さから元の鳶色に戻ってしまっている。

 レオリオとしては初産な上にまだ十代のクラピカには危険のあるキャンプに居てほしくなかったのだが、離れるほうが精神衛生上良くないと判断して共にあることを選択した。

 

「しかしギンを連れて行かないで本当にいいのか? キャンプの護衛には心源流やハンターもいるのだ、突入班の戦力を削るわけにはいくまい」

 

「うーん、それなんだけど本当にクラピカのためじゃなくて、オレのワガママとギンの希望なんだ」

 

 ギンを突入班から外したゴンのワガママとは、人間とキメラアントの争いに巻き込みたくないというもの。

 今回キメラアントを有害獣として駆除対象としたが、彼等は種としては当たり前のことをしているだけで自然界として考えた場合何ら悪いことをしていない。

 人間とキメラアントの生存競争に、キツネグマのギンを関わらせたくなかったのだ。

 

「そんでギンの希望ってのは、全盛期を過ぎたからってことでいいのか?」

 

「きゅーん…」

 

 そしてキルアが予想を言えば、ギンは少し項垂れながら小さく鳴き声を上げる。

 

「そうなのか? オレから見たら全然弱くなったように見えないんだが」

 

「まだそこまでじゃないね♦要は頭打ち、これ以上強くなれなくなったっていうのが正しいかな♣」

 

 ギンの年齢はゴンより上で20歳近いと思われ、キツネグマとしてはすでに老齢と言っても差し支えないものとなっている。

 念に目覚めたことやしっかりと栄養を取っていることもあってまだまだ長生きするし戦えるが、強さという点では上限に到達してしまっていた。

 最近の組手ではキルアにほとんど勝てなくなっていたこともあり、足手まといの可能性を考えてキャンプに残ることを選んだのだ。

 

「オレ達もギンが残るならより安心して戦えるし、今回はカイトが案内してくれるおかげで索敵はそこまで重要じゃないのも大きいかな」

 

「…そうか、それなら甘えさせてもらおう。頼んだぞギン、頼りにしているからな」

 

「ぐまっ!」

 

 そしてやっと表情が柔らかくなったクラピカに周りが安堵し、何気ない会話を始めてしばらくすると見覚えのある二人組が近付いてくる。

 

「久しぶり、ヒソカもいるのはめちゃくちゃ予想外だが相変わらずそうで何よりだ。頼みたいことがある、俺の話を聞いて欲しい」

 

 会議中からゴン達を気にしていたポックルが、ポンズを連れ覚悟の決まった顔でゴン達と再会した。

 

 

 

 

 

 キメラアント対策部隊第二陣の責任者となったビスケは、思った以上に難航するメンバー召集に頭を悩ませていた。

 

(欲しい人員はかなりの数が別の任務に就いてるわね、受けた時期的に見たらキメラアントは関係なさそうだけど、あの陰険ネズミなら狙ってやったと言われても納得するわさ)

 

 戦闘要員は心源流師範でもあるビスケならば余裕を持って調達できるが、索敵等の裏方やサポート要員となると話は変わってくる。

 ネテロというハンターが頂点の所為かハンター全体の問題か、使える者ほど戦闘力に特化していくことが多いのだ。

 必然的にサポートタイプで残るのはごくごく一部の一流と、使い物になるか微妙な練度の低い者が大半となってしまう。

 そんな中多くのハンターが手を離せない案件を抱えていたせいで、顔の広いビスケでも人員集めに非常に苦慮していた。

 

(グリードアイランドが落ち着いてたおかげでツェズゲラ達を引っ張れたのは助かったわさ。彼等は戦闘力以上に裏方としてかなり頼りになる)

 

 幸先悪いスタートとなったが不幸中の幸いというべきか、グリードアイランド2の第一回選考会が落ち着いたツェズゲラ達がメンバーとして加わることとなる。

 完全に索敵タイプの発を持つドッブルを筆頭に、サポートタイプが豊富な彼等の参加は極薄だった戦力を一気に厚くした。

 それでも広い範囲の監視並びに溢れたキメラアントの対策をするにはまるで手が足りておらず、第一陣から回された人員を使っても予定の半分を超えた程度にしかならない。

 

(これはいよいよ十二支んから何人か借りないと無理だわさ。被害を食い止めるためとはいえ風呂敷を広げすぎよ)

 

 もちろんネテロも無謀だというのは重々承知していたが、自分が楽しんでいたことも理由の一端とあって対外的に全力を尽くすことをアピールする必要があった。

 それこそこの事態が収束したらしっかりと責任を取ることも視野に入れており、何なら完璧に対応できたとしてもハンター協会会長を辞める気になっている。

 ネテロは自分の心が若返ったことで、パリストンとの相性の悪さが致命的になったことを実感したからだ。

 

(最低でも監視要員として(とり)のクルック、実働部隊に(ひつじ)のギンタは欲しいわね。これはビーンズに頑張って働いてもらうしかないわさ)

 

 ビスケは膨大な仕事を一部の精鋭でこなすというできれば避けたかった決断を下し、それによって最も割を食うことになるであろうビーンズに心の中で謝罪する。

 現時点で誰よりも働き心労を溜め込むビスケは、報酬としてネテロの資産を誰よりも毮り取ることを決意した。

 

 

 

 

 

 カイト達がNGLを脱出したちょうどその頃、キメラアントの蟻塚最奥に護衛軍が揃って跪いていた。

 新たな拠点に目処と仕込みを終えたシャウアプフが戻ってきてから数日後の今日、ついに女王が満を持して王の出産に着手するのだ。

 

『これより王を産みます。後のことはまかせましたよ』

 

 女王は返事も待たずにオーラを高めると、王の誕生に合わせて最初で最後の能力行使を行う。

 

 生まれ昇る太陽(ワタシガウムサイキョウノオウ)――

 

 女王の肥大した腹部の中心に揺蕩う影から、直視困難な暴虐的光が発せられる。

 下を向き目を閉じる護衛軍達ですら目が眩む光に晒され、女王の輪郭が溶けて影へと吸い込まれていく。

 己の全てのオーラ、血肉の一滴まで賭して完成する王に、女王は最後に残った一欠片の意識で告げた。

 

『貴方の名はメルエム。全てを照らす光、太陽の子。世界を、その威光で…』

 

 そして何もなかったかのように光は消え失せ、護衛軍達は霞む目で女王のいた場所を伺う。

 

 そこには特段巨大ではないが、正しく凝縮の果てにあるダイヤモンドの如き存在が佇んでいた。

 

 ほぼ人間の身体にまるで筋肉のように見える外骨格、鋭い視線と端正な顔立ちは威厳に満ち溢れ、先端に針のついた身長と変わらない長さの尾が特徴的だった。

 

 護衛軍達はメルエムの存在そのものの眩さに目眩を起こし、感動と興奮で身じろぎ一つ取ることができない。

 

「…発言を許す、名を名乗れ」

 

 威厳ある立ち振舞から威厳ある言葉が発せられ、視線で指名されたネフェルピトーが涙ぐみながら答える。

 

「王直属護衛軍所属、女王より“親愛”の任を預かったネフェルピトーでございます」

 

 続けて視線を向けられたモントゥトゥユピーが感動に打ち震え、ネフェルピトーに倣って簡素に名乗る。

 

「同じく護衛軍、“武具”のモントゥトゥユピーでございます」

 

 最後に視線を向けられたシャウアプフは、頬を紅潮させ褒められるのを待つ子供のように発言を始める。

 

「麗しき我が王よ、直属護衛軍“盲信”のシャウアプフでございます。早速ですが、王に相応しい新たな拠点を見繕ってあります。場所は…」

 

 言葉を続けようとしたシャウアプフに対し、メルエムは手を上げて遮ると指を曲げ近付くよう促す。

 喜色満面でメルエムの眼前に跪いたシャウアプフだったが、次の瞬間振るわれた尾で顔面を殴られ壁の中に埋まった。

 

「許したのは名乗りのみ。余の時を無駄に浪費させるな、不敬であるぞ」

 

「っ! 大変申し訳ありませんでした。新たな拠点の情報を開示次第、速やかに自害させていただきます」

 

 痣を作り血を流しながらもしっかりとした足取りで戻ったシャウアプフを一瞥したメルエムは、女王が座していた位置に片膝を立てて座ると視線を外して告げる。

 

「よい、許す。殺すつもりで打った故、生きていようとも刑は執行済み。その命は余の所有物、お前に決定権はないと知れ」

 

「おぉ…、なんと慈悲深き御心…」

 

 滂沱の涙を流すシャウアプフはそれ以上余計なことは言わず、元の位置に戻ると跪き控える。

 揃った護衛軍を今一度確かめるように眺めたメルエムは、その強さの大凡を見極めた後に命令を下す。

 

「巣にいる他の者を集めよ。新たな拠点に付いてくるか、独立するかを選ばせる。それと食事をもってこい、空腹ではない故量より質を優先してな」

 

『かしこまりました!!』

 

 王からの命令に護衛軍は嬉々として行動を開始し、シャウアプフは他のキメラアントを呼びに、モントゥトゥユピーは食事を取りに全速力で向かう。

 そして他の要望にも応えられるように残って傅くネフェルピトーは、王の話し相手になれればと思い許可を取って提案する。

 

「王よ、他の者達に選ばせるまでもなく命じてはいかがですか? 王に逆らう者は全て我等が燼滅いたしますが」

 

 物騒な空気を漂わせるネフェルピトーだったが、威厳がありながら何処か清廉さを感じさせるメルエムのオーラに思わず目を伏せ、出過ぎたことをすぐさま謝罪する。

 それに対し少しの間沈黙していたメルエムは、暇潰しも兼ねてかネフェルピトーへと問いを投げかけた。

 

「ネフェルピトーよ、王とはどのような者を指すと考える?」

 

「王の誕生までは色々考えておりましたが、一目見た瞬間から確信しました。貴方こそが王であり、他は全て紛い物です」

 

「聞いたのはそこではない。よいか、王とは全てにおいて強き頂点に立つ者を指す。そして、与えることのできる者のことよ」

 

 首を傾げるネフェルピトーに向けて、メルエムは己の考える王という存在について話す。

 

「肉体的強さ、頭脳的強さ、どちらも備えていなければ真の王とは言えん。他の優れた者に任せるだけならまだしも、他より劣ることを是としたならば謀反に対して無力である」

 

 国のトップが武力的にも知力的にも国内最高など本来ありえず、良く言ってまとめ役であり悪く言えば親などから与えられたただの天下りでしかない。

 彼等は己の力でその立場に留まれているわけではなく、あくまでも周囲が許しているからこその現状維持でしかないのだ。

 

「なればこそ真の王は、誰より強く誰より賢くなくてはならん。しかしそこで止まった者は、王ではなく優れただけの超越者よ」

 

 ただ頂点に立ったところで王とは言えず、群がる者達が国を造ったとしてもそれではただの神輿としか言えない。

 多くの慕い従う者がいて初めて神輿ではなくなり、誰もが認める王として存在できるのだ。

 

「そして与えられるだけの存在など、王ではなくただの物乞いと変わらん。与えられて当然と、与えなくとも良いは別の問題なのだからな」

 

 王であるなら相手の意志はどうであれ与えられて当然と言えるが、だからといって与えてはいけないということはない。

 それこそ相手が望もうが望まなかろうが、働きや忠義に対して相応の褒美を与えられるからこそ富と器の大きさが証明できるのだ。

 

「だからこそ余は報いよう。身命を賭して余を産んだ女王を、これまで守り続けるという任を全うした者達にな。選択肢を与え、ついてくる者を受け入れるのはそれが理由よ。理解したか?」

 

 話を聞き終えたネフェルピトーは、己が王を見誤っていたことを深く深く恥じた。

 たった今生まれたばかりの生涯尽くすべき王は、すでに武力と知力に留まらず器においても規格外と言っていい領域に達していたのだから。

 

「王の考え、この身にしかと刻ませていただきました。今一度このネフェルピトー、王に絶対の忠誠を誓います」

 

 最高の王に仕えられる喜び、そして王の満足する働きができるかという不安。

 多くの想いが渦巻く胸中を察したのか、メルエムは己を絶対に裏切ることがない忠臣の一角に報いる。

 

「ネフェルピトー、これよりピトーと呼ぶ。シャウアプフはプフ、モントゥトゥユピーはユピーと呼ぼう。お前達にのみ余の名を口にすることを許す。励むが良い」

 

「あぁ…、これ以上ない名誉でございます。プフとユピーもさぞ喜ぶことでしょう」

 

 その後すぐに食事を持ってきたモントゥトゥユピーが、そして他のキメラアントを呼びに行ったシャウアプフが戻り名を許されたことに感涙する。

 師団長クラスが全員揃うまで少し時間がかかるということで、護衛軍が自分にできることをメルエムに我先にと説明して時間を潰した。

 

 王の生まれたキメラアントはついに組織として完成し、その繋がりの強固さと実力は人間国家を軽く凌駕する。

 

 世界で最も若い集団と世界でも有数の歴史を持つ集団の衝突が刻一刻と迫り、上位者同士の決戦が今まさに始まらんとしていた。

 

 箱庭の中の頂上決戦、人と蟻の生存競争が勃発する。

 

 





 後書きに失礼します作者です。すでに慢心王じゃないメルエムについて補足説明、独自解釈語ります。

 原作だと女王にまだ早いと言われながら無理矢理産まれたということは早産だったと思われ、今作では女王が万全を期して産んだことで今現在の最高値で誕生しました。
 それにより作者の考える最高の王になってもらうべく、精神的にしっかりと落ち着いてもらいます。

 後原作での転生カイトですが、あれはカイトの発によって生まれた存在と仮定して、本来女王は一人の王を産むだろうと考えて端から存在しておりません。

 読者の皆さんもきっと最高にかっこいい我等がメルエムを見たいはずだと信じてます。


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第77話 堕ちた国と昇った太陽

 

 

 蟻塚の最も広いフロアに集まった、キメラアントの師団長及びその側近の兵士長達。

 総勢数十にもなるキメラアントの精鋭達は、全員で挑んでも勝てないであろう直属護衛軍シャウアプフ威圧の下、決して視線を上げないように跪いていた。

 突然理由もなく告げられた招集だったが、女王の世話役だったペギーから王の誕生を知らされてとりあえずの疑問は解消している。

 それでも今度はわざわざ師団長達を集める理由がわからず皆首を傾げたが、絶対強者からの命令はキメラアントとしての本能により覆せず戦々恐々としながら待機を続けていた。

 

「皆さん、王メルエム様のご到着です。その威光を感じるとともに、この場に立ち会えたことを生涯の誉としなさい」

 

 下を向く師団長達に見えてなどいないが、シャウアプフもまたネフェルピトーとモントゥトゥユピーを従えやってきたメルエムに跪き迎える。

 急遽用意された台に上がったメルエムは、集まったキメラアントを一通り視界に収めた後に口を開く。

 

「余が誕生するまでの女王の護衛、大儀であった。故に貴様らに褒美を取らす。余について新天地へと向かうか、ここに残るか、あるいは独立するか選ぶが良い。それぞれの部下に関しても裁量権を与える、明朝出発するまでに決断せよ」

 

 それだけ告げた王はさっさと台を降りると、モントゥトゥユピーを連れて蟻塚の奥へと戻っていく。

 モントゥトゥユピーと交代したネフェルピトーは再び蟻塚周辺の警戒に戻るべく外へと向かい、残ったシャウアプフがメルエムの威圧感に動けない師団長達に詳しく王の意向を説明する。

 

「メルエム様についてくる者については、今までとほぼ同じ扱いになります。そしてここに残る者も出ていく者も、敵対さえしなければこちらから干渉することはありません。王の慈悲に感謝し、身の振り方を決めるのですよ」

 

 こちらの手を煩わせることだけはするなと威嚇したシャウアプフがフロアを出ていくと、戦慄していた師団長達はその身を震わせながらこの後の身の振り方について確認し合う。

 結果として気性の穏やかな三分の一程が兵士長クラスや雑兵クラスの戦闘タイプ以外を集めて蟻塚に残ることとなり、ほんの数匹が手勢を連れてNGLの外へ王となるべく旅立つこととなる。

 残った半数以上のキメラアントはメルエムに恭順を示すことを決め、それぞれが部下の振り分けや引き抜きなどで慌ただしく動き出した。

 そしてメルエムの誕生から一夜明け、多くのキメラアント達が先導するシャウアプフ、そして巨大な鳥型に身体を変えたモントゥトゥユピーに座すメルエムに続いて蟻塚を出発する。

 

 いとも容易く一国を落とせる強大な一団が、すでに陥落した一国を平らげるべく行動を開始した。

 

 

 

 

 

 NGL国境近くに陣をはるキャンプの一角で、ゴン達は凡そ一年半ぶりとなるポックルとの再会を果たしていた。

 ゴンはカイトを紹介するにあたり何回か、顔に似合わずマメなレオリオはそこそこ定期的に連絡を取り合ってはいたが、実際に相対すると新たな発見がいくつも見つかる。

 

「…え? クラピカ、さん? え? レオリオと結婚? 子供!? ……全員一つ星(シングル)!? お前らどうなってんだよ!!?」

 

 ポックルはまず見た目も雰囲気も激変したクラピカとレオリオの関係に驚愕し、さらにはキルア含めて幻影旅団討伐の功績で一つ星ハンターになっていることに絶叫した。

 

「あの、覚えてないかもしれないけど同じハンター試験にいたポンズって言います。その、できれば変わられた秘訣を教えていただけたら…」

 

「師に教わったバストアップマッサージと適切な栄養補給に運動の賜だ。そして愛、これに優る薬はない」

 

 男性組と女性組で分かれて近況報告などを行っていると、やがて覚悟を決めていたポックルの表情が諦めたような悲しげなものに変わり、一度天を仰ぐとゴン達に頭を下げて懇願する。

 

「頼む、師匠を死なせないでくれ。俺とポンズのせいで片腕をなくしたのに、何も言わず弟子でいさせてくれる恩人なんだ。いつか絶対報いるから、頼む!!」

 

「もちろんだよポックルさん、カイトはオレにとっても兄貴分だからね。それに心配されるほどカイトは弱くない、守るなんて言ったら拳骨されるよ」

 

 本人が聞いたら首を全力で横に振りそうなことを言うゴンにホッとした表情を浮かべたポックルは、最後にもう一度頭を下げるとポンズを連れて去っていく。

 二人は大量の蜂を使役する能力と高い狩猟スキルを評価されたため、ビスケが率いる第二陣と合流することが決まっていた。

 ポックルはカイトの負傷への自責の念などから最初はゴン達に第一陣参加を打診しに来たのだが、その実力が試験時とは比べものにならないほど隔絶していることを理解して引き下がったのだ。

 

「私としては良いんだけど、ポックルは本当に良かったの? あんなについていくって聞かなかったのに」

 

「あぁ、冷静じゃなかったんだな。師匠からもずっとできることをするように言われてたのに情けないよ」

 

 悔しそうにしながらも何処か晴々として見えるポックルは師匠に挨拶に行こうと歩き出し、その後ろをついていくポンズは乱れていたオーラが落ち着いた背中を見て笑みを浮かべる。

 身長もキャリアも何もかも劣るカイトに尊敬と劣等感を感じているポックルだが、劣等感の理由が後ろにいるポンズだということに気づいているのかいないのか。

 ポンズもまたポックルが自分を意識していること、カイトが自分を子供としか見ていないことを知った上で何も言わないのは駆け引きか嫌がらせか。

 

 師匠の教えを正しく身に刻む二人は、若干良い雰囲気になりながら自分達の戦場に旅立った。

 

 

 

 

 

 ネテロ率いる第一陣がNGL突入を間近に控えたその日、ビスケが編成中の第二陣から火急の用件が届けられた。

 

「恐ろしいほど静かに制圧されていたようで、気付くのが遅れてしまいました。我々が警戒網を張った時点ですでに手遅れだった模様です」

 

 ビスケが最優先で人員を派遣したNGLの隣に位置する東ゴルトー共和国は、タッチの差でキメラアントに中枢を支配されてしまっていた。

 これといった戦闘や虐殺もなかったのか首都はなんの変化もなく、唯一宮殿内がキメラアントによって制圧されたのか人の出入りが極端に少なくなっている。

 何の意図があるのか指導者であるディーゴ総帥も健在のようで、何ならここ最近は非常に先進的で画期的な政策を打ち出す姿に支持率がうなぎのぼりだったりする。

 そんな一見なんの問題もなかった東ゴルトーの異変を見破ったのは、第二陣合流直後に違和感を感じて遠目に宮殿を凝で確認したポックルだった。

 

 蟻塚の時の半分ほどのサイズだったが、陰によって不可視化されたアメーバのように流動する円が宮殿を中心に広がっていたのだ。

 

 一般的に50メートルを超えれば一流と言われる高等技術の円を、これまた高等技術の隠で隠蔽するという常軌を逸した超絶技巧により遅れた発見。

 これにより王と護衛軍の居場所が判明したのだが、今度は別の問題が新たに発生してしまっていた。

 

「王の存在がほぼ確実となったが、ワシ等第一陣は予定通りNGLに突入する。蟻塚にキメラアントが残っていたなら、王や護衛軍の情報を得られるかもしれんしの」

 

「新たな巣として東ゴルトーが選ばれたのは厄介ですね、ミテネ連邦にも所属していない閉鎖国家ですから我々ハンター協会が大々的に動くのも難しい」

 

「できることから順番にだな。王や護衛軍がいないなら強行軍でも問題ないだろ、すぐに出発してさっさと蟻塚に行こうぜ」

 

 ネテロとノヴとモラウはこれからの予定を確認し合うと、モラウとノヴは前倒しになる突入に向けて準備と報告のためにテントから出ていく。

 そして残ったネテロは連絡係を労うと、東ゴルトーへのアプローチ方法を考えて唸る。

 

(目立った人的被害が出ていない上に首脳陣も健在とはのう、狙ってやったとしたら厄介どころの騒ぎじゃないわい。蟻んコなどと考えず正真正銘亜人として対応せんといかん)

 

 NGLと東ゴルトーがある地域は複数の国からなるミテネ連邦が権威を持っているのだが、そのミテネ連邦に加わらずに好き勝手しているのがNGLと東ゴルトーである。

 とはいえ正式に国と認められている以上はハンター協会としてもしっかり手順を踏まなければ入国も難しく、ことがことだけに周辺国家とのすり合わせも必要になってくる。

 

 最悪の最悪を想定した、使ってはならない切り札はそれだけの危険をはらんでいるのだ。

 

(NGLで動いている間にミテネ連邦と打ち合わせが必要か、手続きが間に合えばそのまま東ゴルトーに突入したいからの。…またビーンズの仕事が増えちまうのぉ、こりゃ事態が収まったら特別報酬と休暇じゃなぁ)

 

 ネテロはこれから明らかにオーバーワークになるであろうビーンズに心の中で侘び、余裕ができたらしっかりと休ませることを誓う。

 それでもビーンズならば問題なくやり遂げると確信しているネテロは、ビスケからも仕事を押し付けられていることも承知の上でさらに仕事を押し付ける。

 

 日に日に萎びてきている豆男が、さらなるデスマーチの予感からその顔色をさらに青くして震えていた。

 

 

 

 

 

 時は遡ってメルエム一行が東ゴルトーに到着したその日、宮殿内で最も高い位置にあるフロアにメルエムと護衛軍、そして東ゴルトー総帥ディーゴと国の運営を一手に担うビゼフが集まっていた。

 しかし本来尊大に振る舞うはずのディーゴ及びビゼフは平身低頭で地に這いつくばり、上座に座るメルエムがそれをゴミか虫を見る絶対零度の瞳で見下していた。

 

「この豚すらましに見える汚物が王の国だと? 空から見てきた限り、運営自体お粗末な落第点以下。プフ、貴様本当にこの国が余にふさわしいと思っているのか?」

 

 一見変わらない表情ながらオーラと雰囲気から怒りを滲ませるメルエムに対し、背後に控えるシャウアプフは東ゴルトーを選別した理由を詳しく説明する。

 

「この国は閉鎖的独裁国家ですので、地盤を固める際に余計な茶々を入れられにくいです。そしてその豚以下の家畜を使えば、国民を意のままに動かすことが可能。隣のゴミは曲がりなりにもこの国を保たせていた存在ですから、この後のことを考えて唯一“素面”で置いておきました」

 

 メルエムから見えないディーゴの顔は表情と生気が完全に消え失せ、ビゼフは震えながら顔面蒼白で大量の冷や汗を流している。

 続けて口を動かすシャウアプフは国の惨状を理解した上で、それでもこの国こそメルエムにふさわしいと語る。

 

「周辺国家をあらかた洗いましたが、文明レベルははっきり言ってどんぐりの背くらべでしかありませんでした。それならば開発のしやすさ、そして国を興した後の動きやすさを重視して選定したしだいでございます。偉大なる王メルエム様の始まりの地として、なんとか及第点は取れていると愚考いたします」

 

 シャウアプフの考えを聞いたメルエムはしばし熟考すると、長距離移動のわずらわしさや掌握の容易さ等から確かに理に適っていることを認めた。

 豚以下の国を引き継ぐ形になるのは憤慨ものだったが、他も殆ど変わらないと言われれば諦めもつく。

 そしてメルエムはディーゴに目もくれず、ビゼフに視線を向けると口答えを許さぬ威圧をかけながら指示を出す。

 

「この国の正確な実情と財政、他国との関わり等運営に必要な情報を明日までに用意しろ。プフ、この国の力と頭脳の最高峰は把握しているか?」

 

「この宮殿の守備隊長はレア物でして、今は寿命を削る程の鍛錬で熟成を進めています。頭脳の方ですが、各種盤面遊戯の国内チャンピオンを集めております。どちらも手慰み程度にはなるかと」

 

「これからはレア物に限らず力を持つものは積極的に集めよ。今日はレア物を喰らう故、他の者達は明日まで待機させよ」

 

「かしこまりました」

 

 シャウアプフはディーゴとビゼフに改めて指示を出すと、守備隊長を連れてくるべくフロアを出ていく。

 

「ピトーはこれより宮殿周辺の監視につとめよ、ただしプフの意向を考えあまり目立つやり方は慎むのだ」

 

「かしこまりました。やや警戒範囲が狭まることをお許しください」

 

「許す。ユピーは宮殿中心に陣取り何かあれば即時対処せよ。場合によっては宮殿を破壊しても構わん」

 

「かしこまりました」

 

 命を受けたネフェルピトーとモントゥトゥユピーはフロアを出ていき、メルエムは生まれてから初めてただ一人の時間を過ごす。

 静かなフロアに座すメルエムは、大きな窓から見える太陽に目を細め静かにオーラを練り上げる。

 

「余は王、しかし今はまだ井の中の蛙の王。我等キメラアントが覇権を握っていない以上、世界の王足るには何もかもが足りなすぎる」

 

 生まれた瞬間から凡そ生物として頂点に近い位置に君臨するメルエムだったが、それだけで世界の頂点に立っているなどと自惚れることはできなかった。

 己が王に足る器だと理解していても、満たされていない器になんの価値があるというのか。

 

「力を、知を、威を磨かねばならん。余は、…オレは、この世の全てを背負う」

 

 それはメルエムにとって、最初で最後の弱気の吐露。

 

 完成して生まれ、己より強いものが周囲にいない故の見せられぬ姿。

 

「オレはメルエム、太陽の王」

 

 強いながら弱い、それを識る王はただただ上を見続ける。

 

「日は昇った、あとは頂点で輝くのみ!」

 

 太陽の輝きにより濃くなる影、溶けぬ筋肉が手を伸ばし握り潰さんと迫っていた。

 

 



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第78話 王になったモノと王になれなかったモノ

 

 

 シャウアプフが宮殿内で最も上質なレア物を連れてきた時、メルエムは静かにオーラを練り上げ瞑想しながら座していた。

 その厳かなオーラと姿に思わず感嘆のため息を漏らしたシャウアプフは、自身の能力で無理矢理最高潮を維持する王への供物を差し出す。

 

「大変お待たせしましたメルエム様。こちらが今提供できる最上の食事でございます故、ご賞味頂ければ幸いです」

 

 ゆっくりと目を開いたメルエムは生気なく棒立ちを続ける守備隊長を一瞥すると、立ち上がりながらシャウアプフへ命令した。

 

「今から全力で余に挑ませよ。言うまでもないが、余計な加減などかけさせるな」

 

「…かしこまりました。では失礼して、“麟粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)”」

 

 メルエムからの命に一瞬だけ躊躇したシャウアプフだったが、天地がひっくり返ろうと守備隊長に勝機がないことから命じられた通りに能力を行使する。

 広げられた翅から鱗粉が舞い、それを吸った守備隊長が痙攣しながら筋肉を隆起させる。

 

「あっ、あっ、あっ、ぃぁぁあぁああーーッ!!!」

 

 明らかに正気を失い目を血走らせ突貫した守備隊長は、その雰囲気が嘘のように持てる技術と駆け引き、そして念能力を最大限に駆使して躍動する。

 その強さは元々の実力を遥かに上回り、世界全体で見ても間違いなく上位に位置する強さを発揮した。

 

「ふん、所詮はこんなものか」

 

 守備隊長の攻撃を全て踏み潰し、その守りを完膚なきまでに破壊したメルエムが大の字に横たわるその姿を冷ややかに見下ろす。

 その容赦の無さ、そして強さに頬を染めるシャウアプフの前で、メルエムの尾が蠢き先端の針を守備隊長の頭に突き刺す。

 

「貴様の全てを余が上回った。しからばその全てを献上せよ」

 

 覇王蹂躙(オマエのモノはオレのモノ)――

 

 尾が脈動し守備隊長からオーラを、技術を、経験を吸い上げていく。

 白目を剥いて痙攣する守備隊長が萎びて静かになったのはほんの数秒後で、そのかかった時間の少なさにメルエムは顔をしかめた。

 

「やはり愚物だったな、これほど得るモノが少ないとは。なんと哀れで矮小な時を過ごしてきたことか」

 

 メルエムの独白を聞いたシャウアプフは、ことを終えたその姿を見て驚きに目を見張る。

 

(メルエム様のオーラが増加した、その口ぶりからすると記憶も含めて全てを吸収する能力? なんと規格外な!)

 

 メルエムの発“覇王蹂躙”は、相手の全てを奪う特質系の能力。

 発動条件は相手を完全に打倒するか、メルエムに心の底から身を捧げさせる必要がある。

 条件を満たさない場合は多少のオーラを奪う程度にとどまり、経験や技術といったモノを得ることはできない。

 

(流石は我等が王、その器の底がまるで見えない!!)

 

 キメラアントは種族特性として、雑兵から護衛軍まである共通点がある。

 それは生まれた瞬間から完成しているというものであり、誕生したその時から最高のパフォーマンスを発揮できるという非常に強力な特性である。

 

代わりに多くの生物が持つ必要不可欠な要素、成長が存在しないのだ。

 

 念を覚えたことで戦力は増加しているが、これはいわば後付の武器であり素体自体が成長したわけではない。

 護衛軍もこの縛りから逃れることはできていないが、キメラアントの女王は最高の王を望んだ。

 念能力者を喰らい己の糧とし、多くの人間を貪り蓄えたエネルギーを、一点に凝縮して生まれたメルエム。

 

 結果、完成していながらも成長するという、本来ありえない存在が誕生したのだ。

 

(正しく世界の王足る器! あぁ、いつか私も王の一部となれたなら、これ以上ない最高の幸せでしょう!!)

 

 想像しただけで感動に打ち震えるシャウアプフは、萎びながらもまだ息のある守備隊長を見てメルエムに問いかける。

 

「こちらの搾りカスはいかがいたしましょう? 必要なければ兵に餌として下賜いたしますが」

 

 守備隊長の経験を精査していたのか黙って目を瞑っていたメルエムは、萎びた守備隊長を一瞥しシャウアプフに視線を向けると別の問いかけをする。

 

「プフよ、お前は蟻塚の肉団子をどう思った?」

 

「…? これと言って特に何も思いませんでしたが、栄養という点で優れていると愚考します」

 

「はっきり言おう、あのようなクソ不味いモノは食事ではない」

 

 顔をしかめるメルエムは再び守備隊長を見やると、欠片も食指が動かんと続ける。

 

「女王が余を産むために大量のエサを求めた結果があの肉団子なのだろうが、もはやあれ程大量に必要とすることなどない。レア物はまぁまぁ食えたが、あれはオーラが美味いだけで肉団子自体の味は変わらん」

 

 そこまで言ったところでドアがノックされ、モントゥトゥユピーが数名の人間を引き連れて入室してきた。

 

「メルエム様のご要望通りの物を作らせました。こちらがあの豚が普段食している食事にございます」

 

 テーブルもなにもないため床に直置きになるが、俗に言うフルコース料理が並べられる。

 頷いたメルエムはおもむろにワインをラッパ飲みで呷った後、数多く並ぶ料理を少しずつ味わう。

 前菜に肉料理にスープと贅を凝らした料理の数々は、一般家庭一ヶ月分の食費以上に金のかかる贅沢品だった。

 全ての料理に手を付け終わると再びワインに手を伸ばし、今度はしっかりグラスに注いで優雅に味わう。

 

「プフにユピー、許す故お前達も食え。これこそが料理であり、余が食すに値する食事よ」

 

 魔獣の混合生物であるモントゥトゥユピーはそこまで理解できなかったが、シャウアプフはまさに目から鱗が落ちたような表情で料理を味わう。

 人間と混ざったことでこれらの料理を正しく味わうことができ、それこそ栄養補給としか考えずに肉団子を食していた過去の自分を恥じてすらいた。

 

「ユピーは後で家畜の牛なり豚を食してみよ、わざわざ人間を食うよりよほど量も味も優れているはずだ。プフよ、余は人間を食すことを禁ずるつもりだが、その理由がわかるか?」

 

 一通り料理を堪能したシャウアプフは少しばかり考え、今までは見向きもしなかった人間界の常識などを精査して答える。

 

「味はもちろん量や調達しやすさで家畜が優れていること、そして人間の因子を多く持つ我々にクールー病等の症状が出る可能性を危惧してですか?」

 

 本来のキメラアントは、個体それぞれが独立した種族を名乗っていいほどに外見も中身も大きく異なっている。

 たとえ同じ時期に生まれていてもそれは変わらず、過酷な環境では共食いも視野に入れた巣作りを行うことも珍しくない。

 しかし今回の女王が人間の因子を強く持ち、さらには人間を中心に栄養を補給したこともあってキメラアント全体の遺伝子が似通ったものとなってしまった。

 魔獣の混合生物として誕生したはずのモントゥトゥユピーですら、シルエット自体は人間に近いのはこれが原因である。

 

「正解だが足りぬ、一番の理由はこの国の全てが余の所有物だからよ。人間も例外なく余のモノならば、好き勝手に手を出すことは余への反逆と同義なり」

 

「っ!! またしても考えが及ばず申し訳ございません、今すぐ兵達に周知させます。そして兵達に食堂の開放をお許し下さい」

 

「許す。それと調理係に必ず徹底させることがある」

 

 シャウアプフが視線を向けたメルエムは、まだ多く残る料理をなんとも言えない顔で眺めてから告げた。

 

「一回の食事にしては量と油が多すぎる。全体の栄養バランスと分量を考え直させよ、余はあのような豚になる気はない」

 

「かしこまりました。王に相応しい献立を考案してみせます」

 

 この日から、東ゴルトーにやってきたキメラアント達の食事が大きく変化する。

 多くの個体が人間より大食漢ながら常識の範囲内だったこと、ほぼ全ての個体が人間よりの味覚を備えていたことが功を奏した。

 蟻塚に残ったキメラアント達も、争いを好まない性質や人間だった頃の記憶もあり王が旅立ってからピタリと人狩りを中止していた。

 

 この出来事が、後の世界の大きなターニングポイントとなった。

 

 種の存続をかけた生存競争が王の一存により、部族間の抗争とも言えるものへと変化したのだ。

 

 キメラアントが変わらず人間を主食としていた場合本当にクールー病等の病が蔓延したかは不明だが、少なくとも世界を敵に回すことだけは回避することに成功した。

 

 完全な王となるならば、治める国は完全でなくてはならない。

 

 メルエムの野望がまた一歩進み、理想の実現に向けて輝きを増していく。

 

 

 

 

 

 夜も更けたNGL国境付近のキャンプ、ゴン達が突入したことで静けさを増した集団を舌舐めずりしながら見つめる存在がいた。

 彼の名はヂートゥ、人間とチーターが混ざった師団長以下では自他共に認める最速のキメラアントである。

 独立を選んだ少数のキメラアントの一体で、自由気ままが性分のため配下も連れずに最速で国境へとたどり着いていた。

 

「ラッキー♪ ヤバそうな奴等が一気にいなくなってんじゃん。俺の新たな門出に相応しい御馳走がたっくさんあるぜ♪」

 

 そんなヂートゥだったが国境に到着した瞬間残っていた野生の本能が最大級で警鐘を鳴らし、彼に似合わぬ静かな隠密行動でまだゴン達が滞在するキャンプを発見し身動きが取れなくなっていた。

 

「ったく、護衛軍の化物達みたいなのがそこらにいるなんて聞いてないぜ。ま、今回は頭を使って行動した俺の不戦勝ってとこかな♪」

 

 ヂートゥの頭ではキャンプの目的を理解などできなかったが、それでも感じた戦力からとても重要なものだということだけはわかっていた。

 そんな大事なものを化物達が不在の間に蹂躙するという行為は、獣としての性質を多く残すヂートゥに暗く甘美な愉悦を与えている。

 

「あ~、トロそうなエサの匂いがプンプンするぅ。やっぱ狩りはこうでなくっちゃね♪」

 

 野生の本能に正直なヂートゥは、強敵との勝負よりも弱者を弄ぶことにこそ悦びを感じる。

 ゴン達がNGLに突入した今、キャンプは最高の狩場兼餌場となるはずだった。

 

「ぐげっ」

 

 ヂートゥは特に身を隠していなかったとはいえ、ゴン達も気付かない絶を維持するその目の前に小さな獣が立ち塞がる。

 連日のおやつとブラッシングにより艶があるフサフサの毛並みは、水浴びも風呂も好きだからかシャンプーの清潔な香りが漂っている。

 もはや野生を見つけることすら困難な家キツネグマとなったギンが、ヂートゥを汚物を見るかのように見上げていた。

 

「…? なんだお前? 随分とムカつく目で見てくんじゃん。もしかしていっちょ前に縄張りでも主張してんの? ウケる~」

 

 見つかったとはいえギンから全く脅威を感じないヂートゥは、小馬鹿にしたように見下すと隠で見えないようにオーラを纏う。

 わざわざ隠を使うまでもないと考えているはずだが、ゴン達にバレるかもしれない恐怖により速攻で排除することを選んだのだ。

 

「飼い犬が跳ね返ってんじゃねぇよ、死ね!」

 

 野生動物のスピードは、速さ以上に厄介な要素として無音なことがあげられる。

 それこそ種族的にキルアと同じことができるということであり、身体能力が上回るヂートゥの単純な移動速度はキルアすら上回る。

 

 神速の踏み込みと爪の振り下ろしは、小さなギンの身体を無惨に引き裂くはずだった。

 

「……あれ?」

 

 仕留めたと欠片も疑わなかったヂートゥの目は、何も引き裂くことなく地面に刺さる己の爪を映していた。

 最近は負けがこんでるとはいえ緩急入り乱れる神速をよく知るギンからしたら、ただ速いだけのヂートゥの動きは欠伸が出るほど簡単に対処できる。

 

 一歩下がって爪を避けたギンは大きく息を吸い込み、こちらも隠を使いながらオーラを増大させる。

 

(ちっ!)

 

 見えないながらもギンがなにかしようとしていることに気付いたヂートゥは、一歩下がって避けられたことをやり返すように全速で下がってしまった。

 

「――――ッ!!」

 

 動物の耳ですら聴こえない高周波による咆哮が放たれ、ヂートゥの体内を超高速でシェイクしかろうじて残った意識以外の全てを機能不全にする。

 

 音速は秒速約340m、時速にして1200㎞にもおよぶ。

 

 時速100㎞前後で戦うチーターのキメラアントヂートゥでは、文字通り速度の桁が一つ足りなかった。

 

「なんっ、うげぁ!? ふざけ、ふざけるな、俺は、俺はスピードキング…」

 

 正しく目にも留まらぬ攻撃を受けて錯乱するヂートゥは、ゆっくりと近づいてくるギンを見て必死に動こうと藻掻く。

 立つことは疎か身を起こすことすらできない無様な姿を無感動に見るギンは、獣としての本能からゴンでも嗅げないある種の匂いを敏感に感じ取っていた。

 

 それは野生の獣にはない、快楽のためだけの殺し。

 

 餌にするでも狩りでもなく、ただ楽しいから生き物を殺すという人間の業。

 

 ギンは圧縮を解いてヂートゥを超える体格に戻ると、その手を上げてゆっくりと狙いを定める。

 

「やめ、やめろォッ!?」

 

 速いからこそ優れるヂートゥの動体視力が、己に死をもたらす一撃をしっかりとその目に写した。

 

「俺は、スピードキ…」

 

 頭を叩き潰され絶命したヂートゥは異様な音を立てながら小さくなっていき、ビー玉ほどの大きさになるとそのままNGL方面に弾き飛ばされる。

 夜なのも関係なく見えなくなるほど遠くなったヂートゥだったものは、急激に圧縮を解かれると破裂して粉微塵になって降り注ぐ。

 

「ぐぅまっ」

 

 鼻を鳴らしたギンは満足したのか、再び小さくなるとキャンプの方へと歩いていく。

 わざわざ広範囲に撒き散らした意味は、後続をこちらへ来させないためのマーキング。

 自分が護る群れを危険に晒さないための、これ以上なくわかりやすい警告。

 妊娠中のクラピカもいることで特に神経質になっている守護獣は、誰にも気付かれない内に脅威を排除する。

 

 たとえこれ以上強くなれなくとも、野生が消えかけるほどだらしなくなろうとも。

 

 世界に類を見ない念を使えるキツネグマは、世界最上位の一角に鎮座する。

 

 



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第79話 各地の戦いとコンタクト


 前書きに失礼します作者です。

 暑すぎる夏をなんとか越えれそうなので少しずつ投稿頻度を上げられるようにがんばります。

 皆さんも我慢せずクーラー付けて過ごしましょう。


 

 

 NGLの中でも二番目に大きく長い河に、海を目指して泳ぐ一体のキメラアントがいた。

 鰐をそのまま二足歩行にしたかのような大型キメラアントのターガーは、メルエムに逆らわず狩り場の被らない大海に希望を見て移動している最中だった。

 

(やはり水中はいいな! 食うもんには困らんし食い応えのある獲物が多い! 大食いキングの俺様には、広い大海原こそ理想郷だ!)

 

 海を目指す道すがら魚などをつまみ食いし、時には大型の獣や海獣をガッツリ食べながら移動するターガーは間違いなく師団長の中でも強者であり、水中という本来虫が生息しにくい環境に適応したことは大きなアドバンテージとなっている。

 

 雨で増水した濁流を物ともせず泳ぐターガーは、輝かしい未来が待っていることを信じて疑わなかった。

 

(…なんだ? 何かがおかしい、水の流れが変わった?)

 

 濁った視界でわかりにくいが、河の流れが変わりまるで波の中を泳いでいるようになっている。

 海に出たにしては水が濁ったままで塩気もないと疑問に思っていると、そう時間もかからず違和感は確かな実感となって現れた。

 

「ぶはぁっ!? 何だこりゃあ!!」

 

 突如水中から投げ出されたターガーが見たのは、河を逆上りながら突き進む津波。

 数mにも及ぶ瀑布が叩き付けられる寸前、波の上から見下ろす影があった。

 

「オイの“TUBE(イナムラ)”は、波を呼ぶぜよ!!」

 

 大質量の波が猛威をふるい、爆発したかのように河が弾け飛ぶ。

 ターガーは飛び散る水に紛れながら、ダメージを受けながらもなんとか陸に着地して河から距離を取った。

 

 

「ちくしょうが! どこのどいつだ俺様の邪魔をするのは!」

 

「それはこのオイ、漁師ハンターにして伝説のフィッシャーマン、グラチャン様ぜよ!」

 

 ターガーの叫びに答えたのは、陸でありながらサーフボードで波に乗る一人のハンター。

 ねじり鉢巻に大漁と書かれたハッピを着た壮年の男、日に焼けた海の男グラチャンは銛を掲げて名乗りを上げる。

 

「てめえかこの野郎! 俺様の邪魔してただですむと思うなよ!!」

 

「ワハハハー! 鰐はちぃとばかし管轄外じゃが、水生の獲物ならこの銛の餌食ぜよ!!」

 

 土砂降りの雨の中相手に届くよう大声で喧しく会話するが、お互いに相手の戦力を冷静に測りながら機を伺っていた。

 

(オイのTSUNAMI(ダイダルウェイブ)を食らってもピンピンしとるとは、活きの良い獲物ぜよ。肉弾戦は不利じゃな)

 

(土砂降りとはいえ明らかに不自然な波乗り、そういう能力ってことか。さっきのデカイのが連発できるならちとまずいか)

 

 互いに相手の長所を見極め、自分の長所を再確認してオーラを高める。

 

「喰い尽くしてやらァ!!」

 

「今日は鰐鍋ぜよ!!」

 

 土砂降りのNGL片隅で、二人の漢が相手を喰らわんと衝突する。

 

 

 

 

 

 ターガーとグラチャンが衝突した位置から大きく離れた別の国境線付近で、独立を選んだキメラアントの中でも最大派閥であるグループが炎天下の中進軍していた。

 

「ザザン様、間もなぐNGLを出て新天地に入りますだぁ。斥候が言うには良い拠点の候補もあるようだで、女王様の門出にふさわしいだぁ」

 

「あんたもお世辞を言えるようになったのは驚きだねぇ。他の独立組に比べたら遅れてだろうけど、頭数がいるに越したことはないししょうがないさね」

 

 雑兵が運ぶ御輿に乗せた大きなソファーに座る、サソリの尾がある以外はほとんど人間の女性と変わらないキメラアント。

 波打つ見事な長髪とキツめの美貌、そして素晴らしくグラマラスなボディを薄着で惜しげもなく晒す師団長ザザンが不敵に笑って雑兵達を労った。

 褒められたかどうかは微妙ながら、人と蜘蛛を雑に混ぜ合わせたような生理的嫌悪感を強く感じさせる兵隊長パイクは頬を染めて他のキメラアントを叱咤する。

 もともと独立組に自由奔放な者が多かった故、唯一二桁以上の集団となったザザン一行の歩みは非常に遅かった。

 それでも数の利点を活かしたキメラアント達は誰ひとり欠けることなく国境線にたどり着き、先行して調査をしていたキメラアントの報告にあった多くの人間がいる地域に進行しようとしている。

 

 本来であれば、その歩みは邪魔されることなく小さな王国を築くはずだった。

 

「なるほどね、これは確かにあたしが出張らないとまずかったわさ」

 

 非戦闘タイプも合わせれば20体にも及ぶキメラアント達の前に、10人程のハンターを引き連れ一人の少女が立ち塞がる。

 

「何か用かしらお嬢ちゃん? 私の、女王の前に立つことの意味を理解しているのかしら」

 

 余裕を見せて問いかけるザザンだったが、目の前の小さな少女からほとばしる覇気に臨戦態勢を整えていた。

 

「こっちも仕事でね、一応確認だけはしないといけないんだわさ。あんたらこの先に何の用? 返答次第じゃこのまま通してあげるわさ」

 

「愚問ね、この女王ザザン様の王国を築くのよ。餌も材料も豊富な土地がこの先にあるんでしょう? 邪魔をするなら捻り潰すわよガキンチョ」

 

 御輿の上で立ち上がったザザンはサソリの尾とオーラを威嚇するように振りかざし、戦闘タイプではなかった御輿を持つキメラアント達が気当たりを起こし崩れ落ちる。

 パイクを筆頭に戦闘タイプのキメラアントも戦闘態勢に入ると、ハンター側も全員オーラを高めて戦闘に備えた。

 

「オッケー、人類そのものの敵として認定するわさ。正直なところ少し気が乗らなかったんだけどね、あんたみたいなのが相手なら心置きなくストレス発散に使えるわさ」

 

 ザザンに立ちはだかるトップハンター、ビスケット・クルーガーがオーラを噴出させながら宣言する。

 

「ここ最近のバカみたいな仕事量、原因のあんた達にその身を以って償ってもらうわさ!!」

 

「やってみなさいよちんちくりん!!」

 

 炎天下のNGL片隅で、女傑が率いる二つの集団が互いを殲滅せんと衝突した。

 

 

 

 

 

 ネテロが率いる突入班は、NGLの奥深い森を凄まじい速度で駆け抜けながら蟻塚を目指していた。

 一度到達したカイトの案内により最短距離を突き進む彼等を妨げるものはなく、キメラアントの影も形も一切見ることなく蟻塚に到着しようとしていた。

 

「…ネテロ会長、後詰めの第三陣から連絡がありました。被害のなかったNGL外縁の集落で、数体のキメラアントが普通に生活していたそうです。なんでも自然をありのままに受け入れるNGL理念の下、新たな住民として迎え入れられたのだとか」

 

「ホッホッ、それはある意味朗報である意味凶報じゃのぅ。手を取り合える可能性を喜ぶべきか、それでも滅ぼす後味の悪さを味わうことになるのか」

 

 速度を落とすことなく行われたノヴの報告は、ネテロの胸中に希望とも絶望とも取れぬ複雑な感情を呼び起こした。

 

(ビーンズいわく、ミテネ連邦の首脳陣はキメラアント殲滅を協会に依頼する可能性が高いらしいしの。王の気性次第じゃが、なんとか和睦に近い結果にしたい。…それでもお互いに血は流れるんじゃろうな)

 

 難しい顔で唸るネテロだったが、いよいよ蟻塚が建つ荒野に入ろうとしたところで眼前に迫る弾丸のようなものに気付く。

 

 百式観音・軽式 参乃掌

 

 神速を超える速度で合わさった観音の掌により、飛来した弾丸のような何かが液体を撒き散らして塵と化す。

 

「ぬお!? ばっちぃのぉ、殺気も感じんかったせいで思わず叩き潰したが、これ何じゃ?」

 

 突然の百式観音で止まったメンバーはネテロが叩き潰した物体を観察するも、元の形はおろか色すらわからない謎の存在に見当はつかなかった。

 

「今向かっている場所を考えれば、キメラアントの可能性もありますが小さすぎる気がしますね。誰も殺気を感じなかったにもかかわらずあの速度ですし、正直なところ何もわかりませんね」

 

 一行の中でおそらく最も知識があるノヴですら何もわからないと首を傾げたが、スンスンと鼻を鳴らすゴンがわかることをいくつか上げる。

 

「匂いは間違いなく虫だよ、それに腐乱臭、人間のだと思う。それと、海鮮? 多分タコの匂いがする」

 

「いや虫や腐乱臭はわかるけどタコってなんだよ!? 海なんか遥か彼方の内陸だぞ!!」

 

「しょうがないじゃん臭うんだから。タコは割と特徴あるから間違えないと思うし…」

 

 ゴンとキルアがわちゃわちゃと言い合いをしていると、またしても飛んできた物体を再びネテロが叩き潰した。

 

「ふむ、完全に別方向から来たの。狙撃手が複数いるのか、それとも移動手段があるのか?」

 

「それよりこのメンバーでも察知できない距離から撃ってきてるのやばくないすか? 師匠の“煙円(スモーキーリング)”にも引っかかってないんすよね?」

 

 モラウの煙を操作する能力紫煙拳(ディープパープル)は、煙そのものに円と同じ効果を持たせることができる。

 煙を薄く広く展開して広範囲を索敵していたモラウでも、狙撃手の存在を察知することはできなかった。

 

「狙撃手はわからねえ。ただ二発目で気付いたんだが、弾丸だけ急に現れてやがる。つまりノヴみたいなテレポートの可能性が高いな」

 

 まさかの足止めを受けて各々が周囲を警戒するが、神速(カンムル)を発動したキルアが三度飛んできた弾丸を受け流して地面に着弾させる。

 

「うわきもっ!? ノミかよこれめちゃくちゃデケェ!!」

 

 ネテロに潰されず地面でもがいていたのは、拳より一回り小さい大きさの巨大なノミ。

 衝撃でしばらく痙攣していたノミだったが、回復したのかその太い脚に見合った跳躍力で自然の中へと還っていく。

 予想外な弾丸の正体に多くが固まる中、幻獣ハンターのカイトは自分の知識から不審点を述べる。

 

「NGLの原生種にあそこまで巨大なノミはいなかったはずだ。モラウ、あのノミがテレポートしてきたのか突然跳ねたかの区別はつくか?」

 

「はっきりとは言えねえが、突然空中に出てきたように感じた。それに今の跳ね方を見るにノミ単体であの速度は無理じゃねえか?」

 

 謎の攻撃ながら脅威度は低いと判断した一行は、各々警戒は続けながらも狙撃手の位置や炙り出し方について話し合う。

 しかし一人議論に混ざらずトランプをシャッフルしていたヒソカが嗤い、注目を集めるように言葉を発した。

 

「捕まえた♦」

 

 ヒソカは奇術師の嫌がらせ(パニックカード)で質を向上し隠で不可視化していた伸縮自在の愛(バンジーガム)を発動させ、森の奥からかかった獲物を眼前に引きずり出す。

 

「これが狙撃手の正体、見えないけど体積的に二人かな? ノミにも帰巣本能があるんだね♣」

 

 逃げたノミにバンジーガムを付着させていたヒソカが雁字搦めで捕まえたのは、一見何もない空間のように見えるがそのオーラの形がおかしかった。

 バンジーガムで包まれている部分はまるでもがくようにうごめき、時折風船のように膨らんでは萎むことを繰り返している。

 

「どうする? このまま潰していいならヤッちゃうけど、ネテロ会長としては話し合いがしたいんでしょ♦」

 

「助かるわい、キメラアントじゃな? ワシ等はお前さん等を問答無用で退治しに来たわけではない。王が巣立ったのも把握しておる、別れた側と話し合いがしたいんじゃが案内してくれんかの」

 

 ネテロの言葉に対して不信感があるのかしばらく応答はなかったが、そもそも逃げられないことに諦めがついたのか狙撃手の姿が現れてくる。

 

「くっせぇー! 俺は死体とくっつく趣味はねぇの! 抵抗しないからさっさとこれ外してくれ!!」

 

「メレオロンお前仲間を見捨てんのか!? 蟻塚に残ってるのは戦えないやつばっかりなんだぞ!!」

 

「殺すつもりならわざわざ捕まえないだろ、大人しくペギーのおっさんに引き継ごうぜイカルゴ」

 

 やいのやいの言い合いをするのはカメレオン型のキメラアントと、大きな毛皮を着込む人間に見える男性。

 ただし男性は動いてこそいるがその目に生気はなく、姿が見えてからは誰でもわかる程の腐乱臭を振りまいていた。

 

「ふむ、メレオロンにイカルゴか。普通に喋るし個体名もあるとは、いよいよ見た目が違うだけで人間と変わらんの」

 

「それどころかほとんどが人間の時の記憶持ちだぜ。まぁ自分の名前忘れてたり欠けてる奴ばっかだけどな」

 

 殺されないとわかってやけにフレンドリーになったメレオロンに触発されたのか、イカルゴもまた完全に擬態を解いて武装解除を行う。

 ノミを育てる媒体として使っていた死体から触腕を抜き取り、能力を解除したキメラアントがゴン達の前に姿を現す。

 赤みがかった肌、丸い胴体、全身筋肉の塊と言える鍛え抜かれたボディ。

 

「いやイカじゃなくてタコじゃん」

 

「タコって言うなぁー!!」

 

 ネテロ率いるハンター達が、ついにキメラアントと相対した。

 

 



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第80話 解放された者達と運命の出会い

 

 

 皆さんこんにちは、思った以上に清潔な蟻塚に驚くゴン・フリークスです。なんと肉団子部屋はお墓と供養碑が建てられていて、献花と血の匂いでちょっとすごいことになってます。

 

 

 

 

 

 玉座の空いたキメラアントの蟻塚では、王について行かなかった残留組とゴン達が大広間で向かい合っていた。

 数の面では圧倒的にキメラアントの方が多かったが、個の質では圧倒的にハンター側が優れているため戦闘になった場合の結果は見るまでもない。

 

「どうもはじめまして、NGLに残ったキメラアントの代表をしているペギーと申します。話し合いがしたいとのことですが、私達は何を差し出せば助かるのですかな?」

 

 女王存命時は世話役と参謀の任にいたペンギン型キメラアントのペギーは、回りくどいことは一切せずに自分達が生き残るために必要なものを問う。

 王に届くとは思えないが、護衛軍には届いていると感じるハンター達に無駄な抵抗は無意味と悟ったからだ。

 

「簡単な質疑応答と出来れば王達の情報がほしいの。情報については無理にとは言わんが、質疑応答には嘘偽りなく答えてくれんか?」

 

「その程度でしたらどちらも問題なく答えられますな。流石に王と戦えと命じられたら断らなくてはいけませんでしたが」

 

 ハンターを連れて帰ったメレオロンとイカルゴの報告にあったように、かなり友好的かつ紳士的に対応するネテロを信用したペギーはあえて集めていたキメラアントを一部残して下がらせる。

 何もする気がないことを表すように残したのは、残留組の中で戦闘力及び特異性のある3体。

 

 死体を操りエアガンのような能力を持つタコ型キメラアントのイカルゴ。

 

 自分と触れている相手の姿から匂いに気配まで完全に隠蔽できるカメレオン型キメラアントのメレオロン。

 

 投げたり吹いたりした物体を加速させて様々な物を弾丸にするコアラ型キメラアントのアラゴ。

 

 ほぼ非戦闘員で構成される残留組の中で戦闘行為が可能な3体であり、それぞれが師団長クラスの実力者だがゴン達の前では見劣りしてしまうのは否めなかった。

 

「ふむ、巣立った王についていかなかったのは離反というわけではなさそうじゃの。足手まといにならないようにといったところか?」

 

「それも勿論ありますが、単純に女王の支配から解放されて人としての精神性が増大したことが一番の理由ですな。それこそ一部の者、…肉団子を制作していた者は自責の念より自ら命を断っています」

 

 キメラアントの種族特性として女王や王には絶対服従というものがあるが、女王が死んだことと個の確立された人間の性質が強かったことで自我がその特性を上回ってしまったのだ。

 獣の性質が強い個体やそもそも人間性に難があった記憶持ちは大体が独立組になり、元々自我の弱い大半の者が種族特性に引っ張られて王に追従している。

 

「これからは罪を償いつつ、ゆくゆくはNGLの民達と共存できたらと思っております。比較的容易そうな被害のなかった集落に何体か向かわせましたが、とりあえずは受け入れられたようでホッとしています」

 

 種族特性を上回るほどの平和的自我を持ったキメラアントは、見た目の異質さを補って余りある善性を発揮して人間に溶け込むことができた。

 たとえ人間だった記憶を持っているとはいえ決して簡単ではなかったことを成し遂げた残留組は、日々懺悔と解放された喜びに挟まれながらも懸命に生きている。

 

「なるほどのぅ、人間に危害を加えぬ意思疎通可能な知的生命体が相手ではこちらも手出しはできんの。監視はつくが、そなたらのやりたいようにやるといい」

 

「感謝します。ハンター協会からのお墨付きとあらば我々もかなり安心できますからな」

 

 心底安堵した様子を見せるペギーと、事の成り行きを大人しく見守っていた3体のキメラアント。

 口を開いたのは、人間だった時から特に仲間思いだったイカルゴだった。

 

「けどこいつ等は王や出てった奴等をどうにかしようとしてんだろ? 同じキメラアントとしてハイドウゾなんて言いたくねえ」

 

「お前は軟体のくせして頭が硬いぜイカルゴ! 王はともかくヂートゥ達は明確に人間と敵対するために出てっただろうが。やればやり返される、NGLが愛する自然の摂理そのままだろうが」

 

「同感だな。彼奴等は馬鹿だったが、本能で理解して独立したはずだ。イカルゴは仲間の定義が広すぎる」

 

 人間ではなくキメラアント全体の肩を持つイカルゴをメレオロンとアラゴがたしなめるが、それでもイカルゴは同じキメラアントのことを悪く思うことができない。

 元々生き物を殺すことに強い忌避感を感じて実行できないイカルゴは、人間が同族を殺すことを肯定できるわけがないのだ。

 

「すみませんな、我々は道こそ違えましたが仲違いしたわけではないので」

 

「むしろ好印象じゃよ。同族というだけでそこまで思い入れることができる、ますます虫というより亜人と定義すべきと判断できるわい」

 

 非常に理性的で話し合いもスムーズに運べるペギー、敵わないと知りながらも同族のために苦言を呈すことのできるイカルゴ、そんなイカルゴを理解しつつもたしなめられるメレオロンとアラゴ。

 

 姿形は異形ながら、その心は間違いなくそこらの人間より清らかだった。

 

「さて、王を目指しているキメラアントは他のハンターが対応するが、肝心要の王についてはワシ等があたる。手伝えとまでは言わんから情報を出せるだけ出してくれんかの?」

 

 彼等からの情報なら信用できると判断したネテロは若干申し訳なさを感じながら問いかけ、その心中を察したペギーはにこやかに答える。

 

「気にせんでください。王に情報を漏らすなと指示されてはおりませんし、これから話す内容で貴方がたの勝率が上がるとも思えませんしな」

 

 それはハンターの強さを正しく理解した上での、王達の強さへの絶対の信頼。

 ペギーは師団長に関しては人数だけを述べ、重要な王と護衛軍について知っていることを話す。

 

 キメラアントの王にして絶対強者のメルエム。系統も能力も不明だが、その身体能力とオーラのゴリ押しだけで護衛軍含めた全キメラアントでも敵わない強さを誇る。

 

 護衛軍の盲信を司るシャウアプフ。系統はおそらく操作系で、他人の洗脳が可能かつ情報収集などに長けている。戦闘力も問題なく高いが、護衛軍の中ではやや劣ると思われる。

 

 護衛軍の武具を司るモントゥトゥユピー。系統は強化か変化系で、己の肉体を状況に応じて変化させながらパワフルに戦う。直接戦闘能力は間違いなく断トツながら、魔獣の混成キメラアントのためか本能が強すぎるように見える。

 

 護衛軍の親愛を司るネフェルピトー。系統は特質系と教えてくれたが、肝心の能力についてはおそらく王にしか明かしていない。接した印象から全局面に対応可能なオールラウンダーと思われ、戦闘力は間違いなく王に次いで高い。

 

「以上が私の知っている王と護衛軍の情報です。付け加えますと、王とネフェルピトー殿に関してはあまり当てにしないでいただきたい」

 

「ふむ? 理由を聞いてもよいかの?」

 

「私の能力で相手の伸びしろといいますか、イメージとしては後どれくらい“入るか”が何となくわかるのです。まあ私ごときでは正確に測れませんでしたが、王とネフェルピトー殿が桁違いだと感じたので今どうなっているのか想像できません」

 

 これだけの情報を与えながらも、ペギーが王達の勝利を欠片も疑っていないことはその態度からわかる。

 最後に見た印象からそう判断しているのに加え、今はどれだけ強くなっているのか想像できないというハンター側にとっての凶報。

 

「…ほほっ、まいったのぅ、近頃は挑むべき相手が多すぎるわい♪」

 

 参った参ったとぼやきながら、ネテロが浮かべるのは鬼気とした笑み。

 

「お主等も気合を入れ直すのじゃ。生まれて間もないガキ共に舐められてんじゃねえぞ」

 

 ネテロのかけた発破にハンター達は皆不敵な笑みを浮かべ、高まるオーラはペギー達キメラアントを後退らせた。

 ゴンもネテロと同じ修羅の笑みを浮かべ、キルアはそんなゴンを見て静かに決意を固める。

 

 誰もがまだ見ぬ王と護衛軍に思いを馳せている中、一人だけ違う意味で思いを馳せる者がいた。

 

 ペギーがある名を口にした時、ゴンのオーラが本人も無意識ながら揺らいだことをただ一人見逃さなかった男。

 

(ネフェルピトーねぇ…、覚えたよその名前。ボクのゴンに手を出そうとする雌猫は処すだけさ)

 

 気ままに殺し戦っていたピエロが、生まれて初めて明確な憎悪を持ってターゲットをロックオンした。

 

 

 

 

 

 ゴン達が蟻塚に到着していたちょうどその頃、東ゴルトーの宮殿最上階フロアで今日もメルエムが執務と遊びを行っていた。

 

「捕らえられていた者達の中から、調査の結果冤罪の者は全員釈放しました。賄賂などで新たに捕らえた者達を含め、収容率は若干の減となっています」

 

「独裁国家にしては少なかったと見るべきか、引き続き我が国に不必要なゴミを洗え。…詰みだな、貴様はもう下がれ」

 

 床に敷いたクッションにあぐらをかくメルエムは、大量の書類に目を通しながらシャウアプフの報告事項を聞き、更には国内の将棋チャンピオンと対局を続け5連勝を上げたところだった。

 

「そんな、完全な素人だったのに、ほんの10局で…」

 

「こちらへどうぞ。少しお休み頂いた後、報酬をお支払いします」

 

 うなだれる将棋チャンピオンを、雑務を担当する人間の女性が連れてフロアを出ていく。

 ディーゴが総帥だった時は喜び組と呼ばれていた女性達は、歌やダンスだけでなく事務仕事や給仕にも精通していた事から、裏切らないよう洗脳された後にメイドとして働かされていた。

 

「これで残るチャンピオンは一人のみでございますね。ルールがシンプルなものから始めたにも関わらず、新たな盤面遊戯ほど早く攻略なされている。なにか秘訣がお有りで?」

 

 メルエムは宮殿の守備隊長との戦闘以降、食事等の小休止以外は常に執務と盤面遊戯に没頭している。

 ある程度は最初から知識として頭の中にあったとはいえ、慣れからか執務も盤面遊戯も初日とは雲泥の処理速度を叩き出していた。

 

「秘訣か、…盤面遊戯だけでなく執務も含め、全ての事象には“呼吸”がある。流れと言ったほうが一般的か? まぁいい、この呼吸は各分野にそれぞれ特徴こそあるが、根本のところは変わらん。早い話が乱さなければそれでいい」

 

 相手がいる盤面遊戯や戦闘なら、自分は呼吸を乱さずに相手の呼吸を乱せばそれだけ有利になる。

 執務においても経営や政策が健全なら、国は正しく呼吸をすることができて金も人も全てが巡る。

 

「なるほど、まさに万物に通じる真理かと。頭脳労働に勤しんでおられたのは、その感覚を養うのが目的でしたか」

 

「それもあるが、単純にこの国の現状に耐えられなかっただけだ。我が国が汚れ腐敗しているなど、一分一秒すら憤死ものの恥辱よ」

 

 メルエムは会話をしながらもまた新たな政策を書き上げたのか、数枚の書類をメイドに渡してビゼフ率いる政務部へと持って行かせる。

 既にいくつもの政策を打ち出して実行してきた東ゴルトーは、まだほんの短い期間にも関わらず末端の停滞や腐敗が解消されてきており、そう遠くない未来に訪れるであろう爆発的成長を予感させるには十分な成果を上げていた。

 

「この肉体のスペックはこの国に来た時把握した。思考と知識のすり合わせも済んだ。国務の至急改善すべき箇所も最低限は終えた。残る盤面遊戯はこの国発祥の軍儀と言ったな、そのチャンピオンを下し次第徴収に入るが準備は万全か?」

 

「はっ! 国内における強者を念の習得に関わらず集めております。軽く確認したところ技術と経験は満足いただけるかと」

 

 メルエムの発である覇王蹂躙(オマエのモノはオレのモノ)は、オーラを奪えること以上に技術や経験を奪えることにこそ真の価値がある。

 確かに念能力者にとってオーラを奪う能力は非常に強力だが、そもそもメルエムは種族的に人間を遥かに上回るオーラと身体能力を最初から有している。

 それに対して技術や経験においては、そもそも生まれてから数十日なことに加えて戦闘も守備隊長と行った一方的なものしかない。

 

 最速のF1に知識も豊富なドライバー、ただしコースを走った経験がないようなものなのだ。

 

「くくっ、今の余の思考速度ならば、人が武に捧げた時間など数分で精査できるだろう。数多の技術と経験を得た余が、どこまで高みに行けるのか愉しみだ」

 

 仮に覇王蹂躙を普通の念能力者が使用した場合、奪って増大したオーラにより精孔を傷付けるか、他人の経験を得ることによる自我の崩壊が起きかねない。

 メルエムの最高の肉体と強靭な自我が揃って初めて真価を発揮する能力が、彼を最高の王に相応しい強さへと押し上げる。

 

「プフよ、軍儀のチャンピオンを連れてこい。遅くても明日、早ければ今日から徴収を始める」

 

「はっ! メルエム様がさらなる高みに昇る瞬間をこの目に焼き付けさせていただきます!!」

 

 メルエムは知らない。

 

 強くなるように創られた最強ではなく、0%とも言える確率で生まれた突然変異の規格外さを。

 

 全てにおいて優れる彼では到達できない、ただ一つに純化しきったことで至れる領域を。

 

「ほ、本日はお日柄もよぐ、総帥様に、はい、拝謁できる栄光を賜りましで…」

 

 目が見えず薄汚れた、人間の中でもさらに小さく弱いその少女が持つ異常な力を。

 

「コムギと申します。軍儀しか能のない愚図ですが、精一杯努めさせていただきます」

 

 メルエムは生まれて初めて、どう足掻いても勝てない相手を知る。

 

 



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第81話 戦闘と対局

 

 

 河川の流れが変わり、そこかしこに大量の水溜りと砕けた木々が散乱していた。

 何度も放たれたグラチャンのTSUNAMI(ダイダルウェイブ)は地形を変え、ターガーの竜巻咀嚼(デスロール)は触れる全てを抉っていく。

 土砂降りだった雨も雲が移動し小雨程度に収まる中、激闘を繰り広げるグラチャンとターガーは未だ相手を打倒できずにいた。

 

「ぐはははっ! 人間にしてはそこそこだったが、この大食いキングの俺様ほどじゃァなかったな!!」

 

「なんの、まだまだここからじゃい!!」

 

 お互いまだ立って戦闘を続けられるとはいえ、勝負の結果は既に見えていると言える差ができてしまっていた。

 

「オラオラ自慢の波が見る影もねえなぁ!! やっぱり雨がお前の能力の要だったみてぇだな!?」

 

「ちぃっ、言動の割によく見てる奴じゃのう」

 

 グラチャンの発TUBE(イナムラ)は、雨の時のみ使用可能な水を操作する能力。

 元々漁師だったグラチャンが荒れた海でも漁をするために考案した能力で、雨が降れば降るほど、嵐が強くなるほどに大量の水を操作することができる。

 そんな雨さえ降っていれば無類の強さを発揮するグラチャンだが、いくつかの要因により明らかに劣勢に立たされていた。

 

(爬虫類じゃけ水中で呼吸はできんはずじゃが、流石にワニを溺れさせるのは無理か。しかも水を操作するとバレて河から離されちまったし、こいつ相手なら海で待ち構えてたほうが正解じゃった)

 

 先ず戦う相手がターガーというワニ型のキメラアントだったため、水中の戦闘に強い上に素早さはないものの頑強な肉体を持つことでグラチャンと相性が悪かったこと。

 次にイナムラの能力が水を生み出すのではなく集めて操作するもののため、水源の河から離されたことでより多くのオーラを無駄遣いさせられたこと。

 最後は能力の媒体として具現化した銛とサーフボードが、そもそもその場しのぎの外部端末的な力しか持たないことである。

 

(土砂降りだったから思わず打って出ちまったが、アイツの言う通り俺の船“要塞鯨丸”で迎え撃つべきじゃった)

 

 雨さえ降っていれば陸上でも大抵の能力者に完勝できる故の油断が、漁師の命であり能力の核となる漁船からグラチャンを出陣させてしまったのだ。

 

「ぐふふ、あんまり量はねぇが強い奴はきっと旨いぜぇ。俺様に食われることを光栄に思うんだな」

 

 ちなみに生粋の強化系であるターガーは終始余裕で戦いを進めたが、決して楽な戦いだったわけではない。

 ダイダルウェイブに対してはデスロールで被弾面積を抑えながら貫通力で突っ切り、放たれる銛は鰐肌を全力で強化して弾く等の巧みさが引き寄せた優勢である。

 周りからは食い気だけの頭が残念な奴と認識されていたが、待ち伏せをするなど考えて狩りをするワニらしく案外戦闘巧者だったのだ。

 そしてお互い決め手に欠けることで長引いた戦闘は、それだけでグラチャンにとって最悪の事態を引き起こそうとしている。

 

 

(そろそろ雨が止む、最後の手段は準備に時間がかかるから無理、いよいよ年貢の納め時じゃな。…すまんなモラウ、俺の船はお前にやるぜよ)

 

 ノシノシと距離を詰めてくるターガーに覚悟を決めたグラチャンは、少しでもダメージを与えようと少なくなったオーラを練り上げていく。

 その精一杯の虚勢に舌舐めずりしながら歯を鳴らすターガーは、打ち鳴らされる歯とまだ止まぬ雨の音に紛れて凄まじいスピードで迫る存在を見落とした。

 

「急げ☆急げ☆グラちゃんのピ〜ンチ!? 幽霊自転車アターック!!」

 

 NGLの外縁だから何とか持ち込めた少し丈夫なだけの自転車が、オーラを纏って走る速度そのままにターガーへと射出される。

 

「ぐはぁっ!? 〜ってぇな! 俺様の食事を邪魔すんのは誰だ!!」

 

「お前は!?」

 

 乗っていた自転車を蹴り出すようにして放った後、グラチャンの前にヒーロー着地を華麗に決めた漢女。

 

「まったく、先走るのは男の子の特権だとしても時と場合によるゾ☆」

 

 グラチャンと共に海岸線の警戒にあたっていたメンバーから一人援護に走った彼は、なんとかギリギリで間に合うことに成功する。

 

「グラちゃんの尻はあたしが拭いちゃるけんまかせんしゃい!!」

 

 雨の上がりかけた戦場に、水も滴るいいゴリィヌが到着した。

 

 

 

 

 

 ハンターとキメラアントの女傑対決。

 戦力の要となるビスケとザザンが互いに睨みを利かせる中、先に戦闘を開始したのは取り巻きのハンター達とキメラアント達だった。

 

「やっちまうだ! ザザン様の邪魔をする奴等は皆殺しだで!!」

 

「一対一になるな! 必ず互いのカバーを意識し合え!!」

 

 総数自体はキメラアントの方が多かったが、戦闘可能な者に絞るとハンター側の方がちょうど2倍の人数になる。

 一応ザザンの副官として認知されているパイクの号令で散開したキメラアントに対し、ビスケから全体の指揮を任されたツェズゲラは他のハンターに細かく指示を出しながら戦力を振り分ける。

 

(我々の仕事はビスケさんの邪魔をさせないこと。それに加えてこちらはこちらで済ませてしまうのがベストだ)

 

 圧倒的に人手不足の第二陣だけあり、このグループもビスケとツェズゲラを除けば強さという点で見劣りしてしまう。

 それでもビスケから第二陣に選ばれた者達であり、今回の作戦に必要だとツェズゲラが判断しただけの能力を持っていた。

 

「明らかなパワータイプにはまともに付き合うな! その硬そうな相手も人数有利になるまで抑えられればいい! クモタイプは間違いなく糸を吐くだろうから尻と、一応口も警戒しておけ!」

 

「な、なんでオデがクモ糸を口からも吐けるとわかっただす!?」

 

「そいつはバカだ!! 無駄に話しかけて情報を入手しろ!」

 

 ツェズゲラは己も心源流の者と共にやたらと刺々しいキメラアントを相手にしながら、戦場全体をしっかりと把握し逐一指示を出す。

 

「Cコンビは私達とスイッチ! その棘はおそらく射出可能だ、遠距離から削れ!」

 

 自分を除けば最も手練れと組んでいることもあり、ツェズゲラは完全に戦況をコントロールして優位に戦闘を進める。

 ハンター側も決して無傷とはいかないが、それでも誰ひとり欠けることなく戦いは続く。

 

(このまま削り切れれば御の字だが、そう上手くはいかんだろうな)

 

 ツェズゲラの不安は的中し、キメラアント側の傷が増えだした頃、未だに睨み合い機を伺っていたザザンのオーラが跳ね上がる。

 しかし身構えたビスケとハンター達を嘲笑うように、ザザンのサソリの尾が伸びてキメラアント達を次々に刺していった。

 

審美的転生注射(クイーンショット)、あんた達不甲斐なさすぎよ。私のためにもっと強く、美しく進化なさい」

 

 ザザンの発クイーンショットは、尾で刺した相手のオーラを操作する能力。

 念に目覚めていない相手に対しては姿を異形に変える発を無理やり習得させる能力で、発展性はないが無理やり精孔を開けるよりもかなり高確率で生き残ることができる。

 既に念に目覚めている者に対しては単純に身体変化による強化を行う能力で、ヒソカ風に言うならメモリが空いているほど大きな変化と強化が起きる。

 刺された者が持っていた才能や拡張性を潰すこと、ザザンに対して絶対服従を強いられるというデメリットがあるものの、超短時間で強くなるという破格の能力だった。

 

 パワータイプのキメラアントはより筋骨隆々に、硬い甲殻に守られたキメラアントはより硬く滑らかに、全身に棘を生やしたキメラアントは鋭い棘が絡み付くように枝分かれし、それぞれが本来の持ち味を更に強化させた姿へと変わる。

 

「な、なんてことだぁ!? 尻と口だけでなく手からも糸が!」

 

 見るからに凶悪に生まれ変わったキメラアントを目の当たりにしたハンター達は冷や汗を流し、それでも物怖じすることなく構えてオーラを練り上げる。

 

「ふぅ~ん、よく訓練された兵達ねぇ。生き残ったらクイーンショットを使ってあげてもいいかしら」

 

「随分余裕があるじゃないの。睨み合いもいいけどそろそろこっちも始めるわさ」

 

「ふん、顔ザバッと洗って出直せとは言えないわね」

 

 ただ睨み合っていたように見えたビスケとザザンだが、お互いオーラの流れや僅かな身体の動きから相手の実力の高さを推し測っていた。

 結果どちらも油断ならぬ相手だと判断してとりあえずの見に回っていたが、一進一退の攻防を続ける部下達含め戦況の流れをつかむためにもついに動く。

 

 ビスケが本来の筋骨隆々とした肉体に戻り、ザザンもクイーンショットを自分に打ち込みバルクアップした。

 

「やっぱりね、あんたは強い」

 

「チビの時よりよっぽど魅力的よ、私のエサにしてあげる」

 

 拮抗する戦場で、兵を率いる戦女神(ヴァルキリー)が衝突する。

 

 

 

 

 

 東ゴルトー宮殿の最上階フロア、政務も落ち着きメルエムとシャウアプフ、そして軍儀チャンピオンのコムギがいるだけの静かな空間に悔しげな声が響く。

 

「……ない、詰みだ」

 

「総帥様スゲーっす! まだ半日ちょっとしか打ってないのにもう国内チャンピオンレベルっすよ!」

 

 身を乗り出し身振り手振りでどれだけ凄いかを楽しげに語るコムギに対し、これまでの盤面遊戯と違いまるで勝ちの目が見えてこないメルエムは眉間にシワを寄せながらたった今の対局を振り返る。

 

「…22手目、あの砦は余の狙いに気付いていたゆえの一手か?」

 

「いえいえ、流石にあの段階で読み切るのは無理があるっす。ワダすの選んだ戦法は砦が自由に使えるので、何があっても何かができる位置に配置しただけっすよ」

 

 打たれてから一切戦況に関わらなかった駒が終局の間際に己を縛る絶好の位置にいると気付いた瞬間、コムギの呼吸を乱そうと試行錯誤していたメルエムは思わず息を止めて魅入ってしまった。

 それこそ側に控えたルールを把握しているだけのシャウアプフですら、その魔法としか言えない一連の流れに美しさを感じてしまい顔をしかめている。

 

「ふん、つまりあの砦を活かし切るように戦況をコントロールされたわけか。貴様も国内チャンピオンだろうに随分と差があるな」

 

 メルエムは一向に崩せぬコムギの強さから徴収に移れないこと、何より対局する前からすぐに勝てると自惚れていた自分自身に憤りらしくない自虐を口にした。

 敬愛する王の心を傷付けられたと感じたシャウアプフが殺気を必死に抑える中、今まさに命の危機にいると知らないコムギはあっけらかんと答える。

 

「当たり前っすよ。ワダすは国内チャンピオンではなく、世界チャンピオンですから! まだまだ総帥様には負けられないっす!」

 

 笑いながら告げたコムギは相変わらず小柄で薄汚れていたが、見た目にそぐわぬ自信と覚悟がその身から溢れて輝いているようだった。

 その命の輝きに目を奪われたメルエムは、対局を始めてから初めてコムギそのものに目を向けたことでその変化に気付く。

 

「…お主、そこまで細かったか?」

 

 対局前にルールブックを読む傍ら一瞥したのみだったが、メルエムの優れた感覚器官が今のコムギは対局前より細いと訴えていた。

 軍議以外に無頓着でそもそも見えないゆえに首を傾げるコムギを見かね、控えるシャウアプフが許可を取ってメルエムの疑問に答える。

 

「メルエム様、盤面遊戯の高段者は一局にかなりのエネルギーを使うようです。メルエム様はもちろんこの人間も軍議においては凄まじい思考速度を持つようですから、半日打ち続けたことでその身が削れているのかと推測します」

 

 メルエムとコムギは凄まじいペースで対局を続けてきたが、そのどれもが軍儀の国内最高リーグでもめったに見られない名勝負である。

 それを半日以上休憩もなしに続けていることで元よりスペックが人間を凌駕するメルエムはまだしも、人間としてもひ弱なコムギの身体が思考力より先に音を上げだしているのだ。

 

「…なるほど、ならばしばし休憩を取るか」

 

「いえいえ! まだ全然いけます! 軍儀が楽しくなるのはまだまだこれからですよ総帥様!!」

 

 コムギは自分でも疑問に思うほど、必死になってメルエムを軍儀に引き留めようとする。

 それは最近ほとんどなくなってしまった自分もひやりとするレベルの対局が楽しかったからか、降って湧いた己に比肩する才能を感じたメルエムとの対局(逢瀬)を続けたいためか。

 

「うつけ者が、パフォーマンスの下がったお主に勝ったところで何になる。余には他の予定もある、食事も用意させる故英気を養っていろ」

 

「うっ、…わかりますた。食事は持ち込みがありますのでお気になさらず。へば、休ませていただきます」

 

 メルエムに妥協する気がないと理解したコムギは、見るからに意気消沈してメイドに部屋まで案内される。

 手を引かれながらもチラチラと何度も振り返るその姿を呆れたように見送ったメルエムは、コムギの姿が完全に見えなくなってからそのオーラを物騒なものに変えてシャウアプフに指示を出す。

 

「盤面遊戯を終わらせてからのつもりだったが、こうなれば致し方なし。プフ、これより徴収を始める」

 

「はっ! 準備は出来ておりますので、今すぐに開始可能です」

 

 政務をこなし、盤面遊戯に講じていた理知的なメルエムはもういない。

 いるのはひたすらに力を求める修羅、絶対強者たれという本能に身を委ねたメルエム。

 雰囲気も、声質も、オーラの質すら別人に見えるほどの変化は最高の王を目指すメルエムのもう一つの発。

 

 賢い名君にも、強い暴君にも、全てを内包し全てになれる能力“完全掌握(余思う故に王なり)”。

 

 心技体、調整を終えた太陽がさらなる輝きを得るべく動き出す。

 

 





 後書きに失礼します作者です。いくつかの発について補足します。

竜巻咀嚼(デスロール):某海賊漫画の序盤の鮫がやってたみたいな技。

審美的転生注射(クイーンショット):原作ではただ姿を異形に操作する能力なのかもしれませんが、ここでは説明した能力ということで。自分に刺した場合は短時間のブーストのみで、時間が経てばまた元に戻る。

完全掌握(余思う故に王なり):特質系能力。詳細は後々


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第82話 進化と決着

 

 

 グラチャンの危機に駆けつけたゴリィヌは、オーラを高めながら目の前のターガーが格上であることを理解した。

 そもそも海岸線の防衛責任者でもあるグラチャンに相性もあったとはいえ勝てる時点で厳しい相手であり、入れ替えがあるとはいえ基本的に肉弾戦のゴリィヌは更に相性が悪い。

 

(ホントまいっちんぐ、倒すための有効打がほぼないでござる。ゴンちゃんとまでいかなくてもキルちゃんレベルが欲すぃ)

 

 勝機を探して思考を続けるゴリィヌと、突然の乱入者に警戒するターガーによりつかの間の静寂が広がる。

 ゴリィヌが攻めあぐねる理由を察したグラチャンは、現状を打破するための提案を口にした。

 

「ちっと時間を稼いでくれんか、今使える最強の切り札を使うぜよ」

 

「グラちゃんにのっちゃう☆行くわよ、クロちゃん(黒い賢人)シロちゃん(白の賢人)! トライアングルダンス!!」

 

『ウホホッ!』

 

 ゴリィヌは具現化したゴリラと共にターガーを三角形に囲むと、3匹揃って艶めかしいダンスを踊り始める。

 突然増えた相手に囲まれて身構えたターガーだったが、謎のダンスに思考停止して口をあんぐりと開けてほうける。

 

「…って本当にただの時間稼ぎじゃねぇか!? ふざけやがって、本体を食えばそれで終わりだろうが!!」

 

 我に返ったターガーが怒りをあらわにしながらゴリィヌに突撃したが、突然視界が変わり避けれぬ距離のホワイトゴリィヌのラリアットが迫っていた。

 

「ぐぶぅっ!?」

 

 ラリアットをもろにくらったターガーは仰向けに倒れ込み、歪む視界のホワイトゴリィヌが一瞬で踵を振り上げるパンモロゴリィヌに変わる。

 

「チェストーっ!!」

 

「ごふぅ!?」

 

 振り降ろされた踵にラリアットと同じ喉を強打されたターガーは少なくないダメージを受けるも、追撃しようとするゴリィヌ達をまとめて竜巻咀嚼(デスロール)で弾き飛ばす。

 

「げはっ、げほぉっ! ゔぁー、てめぇやりやがったな、ただじゃすまねぇ!!」

 

 激高しながらも、ターガーは無策で飛び込まずに回復に務める。

 様子見も兼ねた突撃だったため迎撃も十分念頭に置いていたのだが、予想外の方法で大きなダメージを受けたことを整理する時間を求めたのだ。

 そしてダメージを与えたゴリィヌも、心の中で盛大に顔をしかめていた。

 喉への踏みつけは硬までした殺すつもりの一撃だったにもかかわらず、仕留められないばかりか追撃前に反撃を受ける始末である。

 しかも本来弱いはずの腹側を攻撃したホワイトゴリィヌの腕も、強化されているゴツゴツとした鱗でダメージを受けてしまった。

 

 お互いに一瞬の隙が致命打に繋がりかねないと理解し、だからこそ己の強みを最大限活かすために死地へと踏み込む。

 

「オラァ! 竜巻咀嚼(デスロール)!!」

 

「気張るわよシロクロちゃん!!」

 

 身体能力が優位にあるターガーによるシンプルな接近戦と、位置の入れ替えを駆使したゴリィヌのトリッキーな接近戦。

 案外視野角の狭いワニのキメラアントであるターガーはゴリィヌ以外の位置把握を諦め、とにかく本体を仕留めるべく攻防一体の高速回転による突撃を繰り返す。

 ゴリィヌは一撃まともに当たれば致命傷のデスロールを入れ替えと体捌きで躱し続け、次の突撃までの切り返しに合わせて少しでもダメージを与えるために攻撃を行う。

 

 激しく動く分体力的消耗が早いターガーと、常に気を張り続ける分精神的消耗が早いゴリィヌ。

 

 ターガー(闘牛)ゴリィヌ(マタドール)は何度も何度も交錯し、その度にダメージを受け身体を削られていく。

 

「ハッハァ!! お前い〜い雌だなァ! 餌にするのがもったいねぇぜ!!」

 

「ワニちゃんもすんごく逞しいわね! けど女が黙って食われると思ったら大間違いだゾ!!」

 

 やがてあれだけ降っていた雨も上がり、雲の切れ間から日の光が差し込みだす。

 

 そしてついに、長かったようで短い攻防に幕が下りる。

 

龍蛇咀嚼(デストルネード)!!」

 

 今まで直線でしか行えなかったデスロールを超え、僅かとはいえ曲がることができるようになった新たな突撃。

 

「ぬわぁーーっ!?」

 

 2体のゴリラを削り消され、大きく弾き飛ばされたゴリィヌも大きなダメージを受けた。

 

「ぜぇ…、はぁ…、やっと食えるぜ。てめぇは骨の一欠片も残さねぇ」

 

 ターガーはいまだかつてないほど動いた故の空腹感に苛まれており、これから食らうゴリィヌの味を想像して口からよだれを溢れさせている。

 

 食事のことしか考えられず蹲るゴリィヌにむけて一歩を踏み出したターガーは、足元の水溜まりから突如現れたシャチに齧りつかれた。

 

「んなぁ!? 何だこいつは!」

 

「これがオイの切り札、虹が出てる時だけ使える能力、ORCA(ミチル)ぜよ!!」

 

 振り払われたシャチはその背に跨るグラチャンと共に、水深などないはずの水溜りの中に潜っていく。

 ターガーが周囲を見渡せばオーラが薄く地面を覆っており、ただの水溜りが海のようにさざ波を起こしていた。

 

(クソが! オーラで覆われた範囲が広い、範囲外に出れそうにねぇ!)

 

 グラチャンのORCAは、オーラを浸透させた水の中に異空間を作る能力。

 出入りできるのは具現化した念獣のシャチとそれに触れているグラチャンのみであり、異空間を泳いで他の水溜まりから強襲することができる。

 

「弱った獲物をいたぶる趣味はない、一気に勝負を付けるぜよ!!」

 

 言葉に嘘はなかったが、それ以上にまだ雲の多い空模様のため虹が消えかかっていることが死活問題だった。

 グラチャンは何度かシャチの突進や噛み付きで牽制しながら、具現化した銛にオーラを込めて最後の一撃を放つ。

 

「くらうぜよ、激流槍!!」

 

 オーラの浸透した周囲の水が渦を巻いて銛に絡みつき、投げ放たれた銛がバリスタのごとくターガーに迫る。

 グラチャンとの前半戦に加えゴリィヌとの戦闘で体力を消耗したことに加え、元々素早いわけでもないため回避は不可能だった。

 

「ハラヘッタ…、ナンデモイイから喰わせろぉー!!」

 

 そんな疲弊したターガーの本能が選んだ迎撃法は、限界まで強化した自慢のアギトによる噛み砕き。

 生物の中でトップクラスの咬合力を誇るワニのアギトは、唸りを上げて迫る銛を見事に挟み込んだ。

 

「くっ!? 押し切るぜよ激流槍ォー!!」

 

「ンガガガ、ほれはまは(俺様は)おおふいひんふば(大食いキングだ)!!」

 

 お互いの技による一瞬の均衡は、陽の光が陰って虹が消えたことで破られる。

 銛と激流を噛み砕いたターガーは今度こそ勝利を確信し、傷付いた口を全開にして雄叫びを上げた。

 

「フュー…」

 

 しかし死角になっていた位置から聞こえた声に目を向ければ、ゴリィヌと白黒のゴリラが鏡合わせのようなダンスをしていた。

 

「ジョン!」

 

 きれいに正中線で分かれた白黒ゴリラとゴリィヌのオーラは見事にシンクロしており、その滑稽で無駄にしか見えない動きは間違いなく制約によるもの。

 

『ウホッ!!』

 

 二人の指同士が触れ合うと、強烈な光とオーラの爆発による突風が吹き荒れる。

 

金色賢人(ゴールデン)ゴリィヌ、爆誕!!」

 

 光が収まって現れたのは、髪がピンクゴールドに染まり同色のオーラを纏うゴリィヌ。

 大怪我なのは変わらず出血も収まっていないが、その圧は明らかに先程までを上回り万全時のターガーすら超えている。

 

 そしてターガーが気付いた時には、ドロップキックを放つ寸前のゴリィヌが眼前にいた。

 

「ちっ、もっと腹一杯にしとくんだったぜ…」

 

 とんでもないオーラの込められたドロップキックがターガーの胸部に炸裂し、消耗しきったその身体を爆散させる。

 

 そして受け身も取れず地面に落ちたゴリィヌは、限界を超えた能力の行使が解除され3匹のゴリラとゴレイヌに分裂する。

 サムズアップする念獣達が薄れて消えると、息も絶え絶えなゴレイヌは唖然とするグラチャンへ申し訳無さそうに口を開く。

 

「すまない、良いところだけ持っていっちまったな…」

 

「いや、オイも限界じゃったからむしろ助かったぜよ。…って大丈夫か!? 医療班を呼ぶから気をたしかに持つんじゃ!」

 

 意識を失ったどこか誇らしげなゴレイヌと、慌てて連絡を取るグラチャンを再びかかった虹が祝福していた。

 

 

 

 

 

 ビスケと肉弾戦を始めたザザンだったが、開始早々彼我の実力差を思い知らされていた。

 ビスケの攻撃はその殆どが命中し、ガードの上からでもザザンの体力をごっそり削っていく。

 逆にザザンの攻撃はその殆どをいなし防がれ、サソリの尾やキメラアント故の人体には不可能な奇襲もまるでわかっていたかのように通じない。

 

「あんたちょっと反則じゃない? キメラアントと戦ったことあるわけ?」

 

「反則なのはそっちだわさ、こっちは年の功でなんとかしてんのよ」

 

 世界最強の一角たるビスケの強みとはなにか。

 

 最高峰の身体能力も豊富な戦闘経験も間違いなく強みだが、ビスケを形作る上で最上位にくる要素は“技術”である。

 世界規模の流派である心源流は、その規模にふさわしく夥しい数の技と型で溢れている。

 開祖であるネテロから派生していった故に大本こそ同じものだが、その膨大な術理はもはや正反対の性質を持つ型も少なくない。

 

 そしてビスケット・クルーガーは心源流で唯一人、心源流全ての技と型を修める存在である。

 

 骨格すら変わり身体能力が激変する発に振り回されることのない身体操作に、攻撃特化から防御特化まで心源流全てをその身に宿すセンスの塊。

 キルアがオーラ運用や暗殺技術において最高のセンスを持つように、ビスケは心源流においてネテロ以上のセンスを持っているのだ。

 

 そんなビスケが、ザザンを仕留めきれていなかった。

 

 これ以上犠牲者が出てネテロの立場が悪くならないよう、ツェズゲラ達の援護に回れる立ち回りをしていること。

 何が飛び出してくるかわからないキメラアントが相手のため、何が来ても対応できるようにやや守り気味に戦っていること。

 何よりザザンが師団長クラスの中で、トップクラスに実力が高いことが理由である。

 

(まずいねぇ、完全に格上相手でパイク達もジリ貧。逃してくれるほど隙なんざ見せてくれないだろうし、やりたかないけど最終手段を使うしかないかしら?)

 

 しかしビスケとザザンの集団戦における勝敗は、戦闘開始前からすでに決まっていた。

 ただ呑気に新天地へ向けて行進していただけのザザン達に対し、ハンター側は相手戦力の把握や決戦地の選定など多くの下準備の末この場にいる。

 人手不足でギリギリの人数しか集まらなかったが、この日限定で最終戦力のビスケを動員することに成功したツェズゲラのマネジメント力が決め手となった。

 

「いいぞ! 我々が勝てば大勢は決する、最後まで気を抜くな!!」

 

 ハンター側も負傷者は多いが犠牲を出さない勝利も目前となった時、顔をしかめるザザンの尾が妖しく光り輝いた。

 

 同時に審美的転生注射(クイーンショット)を受けたキメラアント達も輝きだし、被弾を度外視した特攻とも言える突撃を敢行する。

 

「近付かせるな! 吹き飛ばせ!!」

 

 ツェズゲラに言われるまでもなく脅威を感じたハンター達は各々の手段でキメラアントを遠ざけるが、光が最高潮になった瞬間凄まじい爆発を起こして少なくないダメージを与える。

 

「ツェズゲラっ!!」

 

 そしてビスケ以外で唯一怪我が少なかったツェズゲラに、非戦闘員のキメラアント達が押し寄せる。

 

「くそったれが!?」

 

 ビスケの声により防御が間に合ったこと、数は多いが非戦闘員の爆発が他より弱かったことで一命を取り留めたツェズゲラだったが、戦闘続行は不可能な傷を負う。

 他のハンターも死者こそ出なかったものの、ビスケの援護ができる状態の者は一人もいなかった。

 

「やってくれるじゃないのさ、仲間を犠牲にするなんてね」

 

「仲間じゃなくて私の配下よ、最後の瞬間まであいつ等は自分の意志で行動した。それを否定するのはあいつ等への侮辱よ」

 

 毅然とした態度のザザンは己の尾に手をかけると、身長ほどもあるそれを根本から力任せに引き千切る。

 他人を操作するための要である器官だった尾を手放したことにより、そこに割いていたオーラがクイーンショットにより暴走してザザンの姿を変えていく。

 美しかった顔と抜群のスタイルは見る影もなくなり、その姿は人からかけ離れた大柄の魔獣のように強化された。

 

「これでもあんたには届かないね、ボキ! あんたの忠誠を私に見せな!!」

 

「ボキの全てはザザン様のものなのに、これはこれで逆に興奮するぅー!!」

 

 爆発に紛れて隠れていた小柄なキメラアントが、オーラを高めるとザザンに照準を合わせてポーズを取る。

 

「言いなり光線(ビーム)〜!!」

 

 クロスした腕からオーラが飛び出してザザンに命中し、抱えたゴツいコントローラーに光が灯る。

 ザザンの今の姿は操作したのではなく強化した結果のため、同じ操作系ボキの能力の影響を受けることができる。

 

「モード“リミットブレイク”! そしてこれが、ボキの忠誠心だ!!」

 

 ボキは能力の媒体であるコントローラーを破壊してザザンを暴走モードに突入させると、いっそ清々しいまでの明るい声を上げながら自分の頚を捩じ切った。

 その瞬間ボキからドス黒い死者のオーラが噴出し、暴走中のザザンに纏わり付くとその身体が更に禍々しく隆起する。

 死者の念によって強化されたザザンはギリギリで己の意識を繋ぎ止めることに成功し、破壊衝動に支配されかけながらも目の前のビスケに照準を合わせた。

 

「コレデ、コレデワタシはサイキョウょ。ゼンブクラッテ、セカイをクラッテヤル」

 

 次の瞬間、意識があるハンター達はザザンとビスケの姿を見失った。

 代わりに凄まじい打撃音が周囲に響き渡り、地面の至るところが爆発したように吹き飛ぶ。

 数秒後に再び見えるようになったザザンとビスケだったが、無傷に見えるザザンに対しビスケは何箇所も服が破れ血を流していた。

 

「ヒャハハハ! ドウシタノ!? オソクヨワクナッタンジャナぁイ!?」

 

 狂気的にゲタゲタと嗤うザザンを見据えていたビスケは、口元の血を拭うとため息を吐いて首を振る。

 

「最近の若い子は嫌んなっちゃうわさ、これでも身体には自信があったのにさ」

 

 ザザンの身体能力は自分の能力に加えて他者の死者の念で恐ろしいほど強化されており、ビスケから見てそれこそゴンの領域に手が届くのではないかと思わせるほどだった。

 

 だからこそ、万に一つも負けるわけにはいかなくなった。

 

「今のあんたはゴンとの良い比較になりそうだわさ。試させてもらうわよ、おいでクッキィちゃん」

 

 ビスケは魔法美容師(マジカルエステ)のクッキィちゃんを具現化すると、クッキィちゃんはまるで螳螂拳のように指を伸ばして構える。

 

「まじかるエステ、天破吐息(バトルマッサージ)!」

 

 霞むほどのスピードで動いたクッキィちゃんは、ビスケの身体にある点穴をいくつも突いていく。

 ほんの一瞬、しかし正確無比にマッサージを終えたクッキィちゃんは可愛らしい顔を鋭くしてザザンを睨み消えていった。

 

 世界最高峰ビスケット・クルーガー珠玉の肉体が、音を立てて引き絞られていく。

 

 普段の子供の姿になるものとは違う、さらなる強さを得るためのメタモルフォーゼ。

 

「弟子の技を丸パクリは思うところがあるけど、それ以上に負けることのほうが我慢できないんだわさ」

 

 女性として高すぎる身長はそのままに、巌のごとく隆起していた筋肉が細く鋼の密度に圧縮される。

 パワー以上にキレとしなやかさを重点的に強化されたその姿は、筋肉質ながらメリハリがあり誰もが振り向く美貌すら兼ね備えていた。

 

「心源流裏極意…」

 

 相対するザザンもハンター達も、ビスケを見失い一発の打撃音を聞いた。

 

兇叉砂塵爆(きょうささじんばく)

 

 その一発に聞こえた音は、一瞬で打ち込まれた3発の打撃。

 

 ザザンの両脇と腹部に打ち込まれた衝撃が、身体の中心で重なって炸裂し背面を完膚なきまでに吹き飛ばした。

 

「…アンタ、クヤシイけど綺麗じゃない」

 

「…あんたもね、もっと光るように磨いてみたかったわさ」

 

 能力が解除されて人間に近い姿に戻り息絶えた美しき女傑ザザンと、そのまんざらでもなさそうな死に顔を見下ろす美しき女傑ビスケ。

 

 まるで絵画のようなその美しい光景を、意識あるハンター達は息も忘れて魅入っていた。

 

 





 ORCA(ミチル):シャチに乗った漁師。オーラの浸透した水に入れば相手の攻撃を受け付けない。タイマン性能は上がるが波は呼べないし下準備も必要なので切り札と言うには普通に弱い。

 金色賢人(ゴールデンゴレイヌ):全ゴリラと融合することで発動する入れ替えではなく瞬間移動が可能なゴリラ。まだ成功率も低いのに大怪我をした状態で成功させたゴリィヌまじ主人公。

 天破吐息(バトルマッサージ):美容にしか使わなかったクッキィちゃんを戦闘用に使うためのエステ。ビスケは丸パクリと言ったが医学の要素も取り入れて身体を戦闘用に調整するためギンみたいに小さくなれないが強化率は高い。変化した見た目は筋肉質な某海賊漫画の女性キャラみたいなスタイルの美人。


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第83話 避けれぬ決戦と蠢く悪意

 

 

 皆さんこんにちは、蟻塚の監視を他のハンターに引き継いだゴン・フリークスです。やっぱりメレオロンやイカルゴは王との戦いを手伝ってくれないみたい。

 

 

 

 

 

 しばらく監視の意味も込めて蟻塚に滞在していたゴン一行だったが、第三陣から人員が到着したことで次の行動について話し合いを行っていた。

 

「さて、良い話と悪い話がある。ワシの好みの問題で良いものから発表するぞい」

 

 ネテロはゴン、キルア、ヒソカ、モラウ師弟にノヴを集めて報告を始める。

 その顔は普段の飄々としたものではなく、非常に面白くなさそうな鬱憤の溜まった顰めっ面だった。

 

「キメラアントの王、メルエムに支配された東ゴルトーが空前の好景気に沸いておる。表向きはまだディーゴ総帥が代表じゃが、既に退陣まで秒読みと報道されておるわい。キメラアントと共存できる可能性がぐんと高まったの」

 

 それはメルエムの本質がどうであれ、むやみに人間を害す気がないという証明。

 しかも為政者として突出した才能すら持っており、どう考えても東ゴルトーの国民にとって救世主となっていた。

 

「補足しますと大量の逮捕者と釈放された罪人がいますが、たいして調べるまでもなく真の悪人が投獄され冤罪の者が自由になっただけですね。不審な失踪も無くはないですが数は少なく、キメラアントの関与も確認できません」

 

 ネテロとノヴの報告はメルエム討伐隊である第一陣にとって非常にやりにくくなる内容であり、特に善性の強いナックルにいたってはもはややる気の欠片も見当たらなくなっていた。

 多かれ少なかれ士気が下がっているメンバーを見渡した後、ネテロは特大のため息を吐きながら悪いニュースについて語る。

 

「V5、世界のおえらいさん達とミテネ連邦首脳達の方針が決まった。人類圏を脅かす外敵を可及的速やかに排除しろとのことじゃ。幸いというかなんというか、NGLに残った残留組については要監視のもと討伐対象から外せたわい」

 

 V5とは、各大陸の代表国が集う世界会議とも言える機関。

 彼等は人間ではないキメラアントが国家を支配していることに否定的であり、何より禁忌としている暗黒大陸から来たキメラアントを一刻も早く殲滅したがっている。

 東ゴルトーと隣接するミテネ連邦にいたっては俗物的な言い分があり、曰く人外に支配された哀れな国家の解放、曰く人類の叡智を正しく管理するなどとのたまっていた。

 

「捕らぬ狸といいますか、既に東ゴルトーをどう分譲するか内々に決めているようです。景気が上向き出した辺りで急に横槍を入れてきたのも含め、どちらが醜悪な存在かは火を見るより明らかかと」

 

「ネテロ会長! 協会はV5の要請を受けるんすか!? キメラアントだって話せばわかるくらい理性的じゃないすか!!」

 

 ナックルはもう完全にキメラアント側の立場に立って意見しており、今までに会ってきたキメラアントがどれだけ善性の存在だったかを声高に主張する。

 ネテロを含めその言葉を誰も止めないことから、多かれ少なかれ第一陣の見解が一致しているのは明らかだった。

 そんな彼等を監視の名目で隠れて見張るメレオロンとイカルゴは、自分達のことを偏見なくまっすぐ見て判断しているゴン達に感謝の念を強く抱く。

 キメラアントに話を聞かれていることに気付かず、そもそも聞かれてもいいと思っているネテロは最終的に決まった第一陣の方針を発表する。

 

「ビーンズも頑張ってくれたんじゃが、結局こちらの要望は最低限しか通らんかった。方法はまだ決まっとらんが、ワシ等は東ゴルトーにいるキメラアントと決戦を行う」

 

 ネテロがなんとか通した条件は、殺さず勝てたならキメラアントを監視の上で生かすというもの。

 

 初めハンター協会は、東ゴルトーにおいてキメラアントの被害が確認されていないこと、首脳陣が自分から役職を降りようとしていることを踏まえ明らかな内政干渉だと指摘した。

 しかし事実としてクーデターまがいのことが起きていること、それを成しているのが暗黒大陸出身の人外だということで認められなかったのだ。

 そこでネテロが依頼を受ける代わりに出した条件が、脅威とならなければ無理に討伐する必要はないというもの。

 殺し合い前提の戦闘で相手を殺さずに倒すというのは、偶然以上に実力差がなければ成し遂げることは難しい。

 それこそキメラアントの生死問わず勝てれば問題ないだろうとした上で、もしハンター協会が負けるようなら被害を無視してミサイル等の近代兵器でも使わなければ殲滅しようがないと主張したのだ。

 

 国家として独自の戦力や裏との繋がりがあるとはいえ、人類圏においてハンター協会を超える規模と質を持った戦闘集団など存在しないが故に押し通せた条件だった。

 

「つまり勝てばそれでいいってことか、シンプルで良いじゃん。ナックルも殺さないで勝つ自信がないなら降りれば?」

 

「バカキルア! その条件なら俺の天上不知唯我独損(ハコワレ)がめっちゃささってるじゃねぇか! 意地でもついて行って一人でも死なせないようにすんぜ!!」

 

「ナックル、言うまでもねえと思うが仲間が最優先だぞ。もしそこんとこはき違えたら容赦しねえからな」

 

 戦いが避けられなくなったとはいえ、何とか共存の目が残ったことで皆無になっていた士気が急浮上して賑やかになる。

 そんな中静かに考えていたゴンはネテロに視線を向け、肝心要となる最重要事項を聞く。

 

「ネテロ会長、誰が誰を相手するの?」

 

 その質問に再び場は静かになり、髭を撫でるネテロは変更要望も考えていると言った上で告げる。

 

「ゴン、キルア、モラウ達で護衛軍を、ヒソカは王を、そしてワシが残りのキメラアント全てを相手にするのが一番確実だと考えとる。そんでおそらくワシが一番最初に手隙になるじゃろうから、その時の状況に合わせて援護に回る感じかのぅ」

 

 それがネテロの考える、ハンターとキメラアントの戦力を比較した上での割り振り。

 最高戦力を最高戦力に当てるという至極真っ当な策に誰も異論を挟まなかったが、他ならぬ最高戦力がこの決定に待ったをかけた。

 

「ボクはネフェルピトーとかいう猫とサシでやるよ♠それ以外は認めない♦」

 

 強者と戦うのが望みのはずのヒソカから飛び出したまさかのワガママに皆が困惑するも、折れる気がないと察したネテロはついでに誰が誰を相手にするのがいいか意見を求めた。

 

「そうだねぇ♣あくまで聞いた印象と勘だけど、有象無象はネテロ会長、シャウアプフってのはキルア、モントゥトゥユピーは師弟トリオ、王はゴンが相手にするのがいいと思うよ♥」

 

「随分と具体的じゃな、根拠や理由はあるんかの?」

 

 ヒソカはほとんど勘と前置きし、まず護衛軍と王はバラけさせるべきだと語る。

 王が確認できる戦場の場合は護衛軍が捨て身の特攻でこちらを殲滅に来る可能性が高く、ノヴの四次元マンション(ハイドアンドシーク)で離れさせれば無茶なことはしないのではないかと推測したのだ。

 そしてそれぞれの割り振りについては、ペギーから聞いた情報を元にシミュレーションした結果だと言う。

 

「殲滅力は百式観音が断トツだからその他の相手が決まりとして、ゴンが王の相手をするのはワンチャン性能が一番だからだね♥王がどんな能力だったとしても、何もできないってことだけはないはずだし♦」

 

 メルエムが圧倒的フィジカルを持つのは確定した事実として、その他の能力もあると考えると万能タイプのモラウ師弟や耐久に難のあるキルアではどうしても不安が残る。

 師団長クラスのキメラアントも数が多いことを考えるとネテロにはそちらの対応を任せるしかなく、消去法でも適任という意味でもメルエムはゴンが相手せざるを得ない。

 

「モントゥトゥユピーってのは護衛軍で直接戦闘が一番らしいからね、頭もイマイチらしいし師弟トリオならある程度余裕を持って対応できるでしょ♣」

 

 師弟トリオのモラウ、ナックル、シュートはヒソカの言う通り対応力にこそ真価を発揮するタイプのため、モントゥトゥユピーのような直情物理タイプの相手にすこぶる相性が良い。

 しかしナックルを筆頭にキルアが一人で護衛軍と戦うことに異議を訴え、シュートがキルアと共にシャウアプフの相手をするべきという意見が出る。

 

「シャウアプフの相手はキルアだけのほうがいいはずさ♦情報から考えると能力は操作というより洗脳、恐らくは鱗粉を使った薬物中毒系の可能性が高いからね♠」

 

「なるほど、それならオレが適任か。毒が効きにくい体質もそうだし、神速(カンムル)なら鱗粉自体弾けるしな」

 

 ヒソカは東ゴルトーでの調査結果とペギーからの情報で、少数を精密操作するタイプではなく多数を大雑把に操作する能力だと看破している。

 更には姿形が蝶か蛾のキメラアントということで、十中八九鱗粉を能力の媒体に使用していると踏んでいた。

 

「そんなに単純ですかね? それらがブラフや擬態の可能性も十分あると思いますが」

 

「ないね♦ここまでキメラアントを見てきた感じ、強くなるにしても何にしても最大効率で行動するようにできてるよ♠鱗粉があるなら絶対に使うし、擬態するなら消える虫みたいにもっとあからさまなはずさ♣」

 

 ヒソカの戦闘に関する洞察力や思考力は常軌を逸するほど高く、第一陣の頭脳を自認していたノヴですらその意見を覆せない説得力と凄みがあった。

 

(やはり特級の危険人物、しかしこれほど頼りになる戦力も他にいない。破綻している人格含め、おそらくは戦闘特化のサヴァンですかね?)

 

 モラウ達がモントゥトゥユピーについてヒソカの見解を聞いているのを横目に、ノヴはなんの気無しにメルエムの相手をすることになりそうなゴンへと視線を向ける。

 

(…あぁ、本当に困りますね。心折れたにもかかわらず、これを見てしまうと居ても立っても居られない)

 

 いつしかノヴだけでなく、その場にいる誰もが目を奪われる。

 

 ゴンが震えていた。

 

 力いっぱい握った拳が、見てわかる力んだ身体が小刻みに震えていた。

 

 しかしその表情に恐れや不安は欠片もなく、あるのは先を、頂きへの越えるべき壁を見た重く静かな笑み。

 

 最強を目指しレールをひた走ってきたファン(ゴン)が、元凶(ネフェルピトー)を、最強(ゴンさん)を超えるべく太陽(メルエム)を見据えた。

 

 

 

 

 

 東ゴルトー宮殿内にある修練場で行われた、国内の強者達に対するメルエムの徴収。

 メルエムの発“覇王蹂躙(オマエのモノはオレのモノ)”により集まった者達の経験とオーラを奪うはずだったが、思いもよらない事態により徴収したのはたったの三人のみとなった。

 

 一人目、東ゴルトーに古くから存在する古武術道場の年老いた師範。門弟もほぼおらず廃れ果てていたが、生涯を武に捧げた師範の経験はメルエムにとって得難い経験となった。

 

 二人目、すでに徴収を終えた守備隊長の副官。実力的には守備隊長に及ばなかったが、オーラを大きさが自在なプレートに変化させて防御や足場にする応用力のある発を持っていた。

 

 三人目、東ゴルトーの裏に潜んでいた国内最強の暗殺者。戦闘力自体はゾルディックと比べればかなり見劣りするが、その分暗殺者らしい技術と狡猾さを持った陰の知識をメルエムにもたらした。

 

 彼等以外に集められた十人ほどの有段者達も間違いなく全員強者だったが、それぞれが先の誰かの劣化版と言えるレベルだった。

 メルエムからしたらオーラや経験を徴収したところで旨味は殆どなく、くだらない経験を得るくらいならオーラもいらぬとさっさと切り上げてしまったのだ。

 

「大変申し訳ありませんでした。あのようなゴミしか集められなかった我が身を恥じるばかりです。どのような罰も受け入れさせていただきます。」

 

 想定の半分以下の時間と数で終わった徴収に、シャウアプフは殺したいほどの怒りを自分自身に感じていた。

 確かにメルエムは長く武を探究した経験に応用力のある発、更には裏の暗殺技術や戦術などを得て強くなった。

 しかしそのどれもが徴収する前と今で決定的な差になるかと言えばそうではなく、高い学習能力を持つメルエムなら戦闘中に追い付けるレベルでしかない。

 

 シャウアプフにとって、その程度のためにメルエムの貴重な時間を消費したことは万死に値する愚行だった。

 

「プフ、余は今回の徴収に概ね満足している」

 

「…メルエム様?」

 

 メルエムの所有物である故に自傷は許されないと罰を待っていたシャウアプフは、他ならぬメルエムの満足という言葉に目を丸くする。

 

「確かに一つ一つは大したことのない徴収だった。しかし物事はそう単純ではない、何かが一つ増えれば他と関わり無限の広がりを見せる」

 

 それはメルエムが盤面遊戯、特にコムギとの対局で学び手に入れた考え方。

 強ければ良いというわけではない、弱ければ意味がないわけでもない、どんな手札も使い所と組み合わせ次第でいかようにも化けるのだ。

 

「長く術理を探究した経験は、これからの戦闘において理解を深めるのに役立つだろう。簡素で没個性な能力は、すなわちどのような場面でも使えないことがない。そして人間の悪意と業の記憶、…これを知らずに進んでいたら足を掬われたやもしれぬ」

 

 高次元の盤面遊戯では必須とも言える、マルチタスクによる大量のシミュレーションを脳内に展開するメルエム。

 徴収前と後のメルエムによる戦闘シミュレーションでは何度やっても千日手となったが、相手が違う場合は圧倒的に徴収後のメルエムがことを上手く運んでいた。

 

 何より人間の理性による悪意と狡猾さは、天然自然から巣立ったばかりのキメラアントにとって間違いなく致死性の猛毒だった。

 

「プフ、全キメラアントに周知せよ。我等は…、人間の底知れぬ悪意の前には風前の灯だとな」

 

 燦々と輝く太陽はようやく気付いた。

 

 己が光り照らす範囲、その先に広がるドス黒く極寒の闇に。

 

 箱庭の中に沈殿するその悪意は、外の世界から来た自分達をも呑み込むことが可能なのだと。

 

 人類の脅威を正しく認識したメルエム、しかし未だ突然変異達の潜在能力を見誤っている。

 

 



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第84話 昇った太陽と影で動くもの

 

 

 皆さんこんにちは、メルエム戦に血沸くゴン・フリークスです。貧者の薔薇など不要。

 

 

 

 

 

 ハンター協会本部に設営された、キメラアント特別対策室。

 協会の仕事も合わさり凄まじい仕事量となったビーンズにパリストン、そして第三陣の責任者チードルがブラック企業も真っ青なデスマーチを続けていた。

 

「大丈夫ですかビーンズさん? なんだか今日は一段と顔色が青いですね☆」

 

「最近光合成があまりできていませんからね、パリストンさんが頑張ってくれているおかげでなんとかなっています」

 

 会話しながら仕事をこなす二人を見るチードルは、まるで口と手が別人のように動く様に感心しながら普通に仕事をするパリストンを驚愕とともに見やった。

 一緒に仕事をするようになり少なくない日数が経ったが、不審な動きをするどころかチードルの仕事も完璧にサポートしている。

 はっきり言ってパリストンがいなかったら全く仕事は終わらず、今の平均3時間睡眠など夢のまた夢だっただろう。

 

(会長とビーンズが大丈夫と言ったのは本当だったわね、一体どういう風の吹き回しかしら)

 

 ネテロの一存によりパリストンに多く仕事を割り振られると決められた時、最初チードルは逐一書類などに不備がないか必死で探していた。

 しかし今やパリストンが悪さをしていないかチェックする時間すらない有様で、実はそれこそパリストンがいたずらもせず真面目に仕事をする理由になっている。

 

 いたずらをしても誰も反応しない、それこそがかまってちゃんにとって一番の苦痛なのだから。

 

「チードルさん、ネテロ会長達がそろそろ東ゴルトーに出発するとのことですが、メンバーはこの7人で本当にいいと思いますか?」

 

「選んだのは私じゃなくて会長よ、不満があるなら会長に言ってちょうだい」

 

「聞き方が悪かったですね。モラウさんとお弟子さんにノヴさんは実際に会ったことがあるんですが、他の三人は会ったことがないもので。心源流本部道場で会ったことのあるチードルさんの見解を聞きたいんです」

 

 ゴン、キルア、ヒソカのことを聞かれたチードルの手が止まる。

 その脳裏では心源流本部道場での数ヶ月が走馬灯のように駆け巡り、パリストンへの嫌悪感等が混ざる前に本心からの答えが口から飛び出していた。

 

「次代の武神に神速、そして、…化物よ」

 

「それは素晴らしい! 若い世代の躍進は未来につながりますねぇ☆チードルさんこの書類修正お願いします」

 

 人類最高峰の悪知恵ネズミは、ここでも筋肉に対する認識を改めることができなかった。

 

 独自の調査からピエロの強さと狂気を知っていたが故の、化物はピエロだと誤解してしまったことによる思考の停止。

 

 チードルは非常に複雑な心境ながら、ピエロこそが次代の武神に相応しい実力者と考えているのにだ。

 

(ゴン・フリークス、ジンの息子。あのバカとは違う方向の、世界の特異点とも言えるキチガイ)

 

 そしてパリストンに詳しく聞かれなかったチードルは、化物がゴンだということを説明することなく仕事に戻る。

 パリストンが正しくゴンの異質さを理解していたとして、キメラアント戦線で何かが変わることはなかっただろう。

 しかしゴンのことをろくに知ろうとしなかったツケは、近い将来パリストンに予想外の事態をもたらすことになるのだ。

 

 いたずらネズミがキチガイ筋肉に興味を持てない中、キメラアントと人類の関係に大きな変化が発生する。

 

「お仕事中失礼します! 東ゴルトーより全世界に向けて緊急生放送が行われようとしています!!」

 

 ハンター協会はおろか世界に向けて、キメラアントからの先制攻撃が炸裂する。

 

 

 

 

 

 世界各国のメディアが発表した、東ゴルトーからの緊急生放送。

 決して大きくも有名でもない東ゴルトーが世界規模の放送権を得ることができたのは、外交手腕を発揮したビゼフと溜め込まれていた総帥ディーゴの資金力によるものだった。

 

 東ゴルトーの時間にして夜の7時、歴史に残る演説が幕を開ける。

 

『親愛なる同志諸君、朕こそは東ゴルトー共和国総帥ディーゴである』

 

 画面に映ったディーゴの姿は、彼を知る者ほど驚きをあらわにする変化をしていた。

 

『今日この時をもって朕の所有する権限を全て放棄し、新たなる指導者をこの国に迎え入れる』

 

 贅沢三昧で不健康に膨れていた身体が引き締まり、ぽっちゃり程度の体型になって肌艶も健康的なものとなっていた。

 ディーゴは簡単に自分が指導者の立場から退くこと、これからは相談役という役職で国のために尽くすことを宣言する。

 そして立ち位置を変えて場所を譲り跪くと、新たな最高指導者に深々と頭を下げる。

 その姿は念能力者から見ても操作されている様子はなく、自ら望んで相手を敬うという独裁者らしからぬ振る舞いがあった。

 

 そして多くの人々が見守る中、ここまで影に潜んでいた太陽が世界にその輝きを解き放つ。

 

『これを見る全ての人類に告げる、余こそはあまねくすべてを照らす者、王メルエムである』

 

 姿形は人間に近く言葉を話してこそいるが、ひと目見て人外とわかるメルエムが登場する。

 その強烈な違和感は幼い子供はもちろん、大の大人ですら思わず悲鳴を漏らしてもおかしくはない。

 

『これより余の貴重な時間をしばし使い、これからの国のこと、そして我等キメラアントについて告げていこう』

 

 しかし画面に映るメルエムを見た者、その声を聞いた者は誰もが目を離せなくなっていた。

 画面中央でいつものように片膝を立てて座るその姿は威厳と頼もしさに溢れており、深みある声からはすべてを包み込む包容力とその気質の高さを聞き取れる。

 それは念能力者も例外ではないどころか、その纏うオーラの強大さと鮮烈さに瞬きすら忘れてしまいそうな凄みがあった。

 

 そして語られるメルエムが生まれるまで続いた、NGLにおいて行われたキメラアントによる人間の大量殺戮。

 

 端折りながらも丁寧に説明されたその惨劇に対してメルエムが謝罪することはなかったが、犠牲になった人間の人数すら発表した上で言葉を続ける。

 

『余は功績に対して正しく報いることが王の務めと考えている。しかし死者に報いる方法を知らぬ以上、全ては今生きている民に還元する』

 

 腐敗の進んでいた東ゴルトーを立て直し、すでに効果が出始めている政策をこれからも進めていくことを約束する。

 そして働きには相応の報酬を、忠誠にはそれ相応の地位を与えることを明言していく。

 

『すでにこの国は人とキメラアント関係なく要職に就いている。民よ、面を上げよ。そなた等の望むもの、真の王はここに在る』

 

 己の胸を叩いたメルエムはより一層オーラを励起し、感じられないことに加え映像越しにもかかわらず、一般人相手に明確な存在感を感じさせる。

 

『既得権益と私腹を肥やすしか能のないゴミが幅を利かせていた国は変わる、誰もが働きに応じた報酬を受け取り誰に憚ることなく生を謳歌する。そんな当たり前の国家がここに在る』

 

 完全掌握(余思う故に王なり)により最善の声質とテンポで語られる演説は、操作系の発ではないにも関わらず見た人々の心を掴んで離さない。

 座っていたメルエムは立ち上がり、最後の仕上げとばかりに声を高める。

 

『集え民衆よ! 余がこの世の理想郷を実現してみせる! 今この時より、東ゴルトー共和国は太陽国家メンフィスに名を変え、この箱庭の頂点をとる!!』

 

 ほぼ全ての支配階級が不愉快さに顔をしかめ、多くの被支配階級が興奮で身体を震わせる。

 初めて見る種族、そして王になったばかりのメルエムに対し、誰もが有言実行出来る力があることを疑っていなかった。

 

『国籍も人種も関係ない、余と国に尽くす覚悟のある者を待っている。ビゼフよ、入国審査など雑事の説明は任せる。誰もが理解できるよう抜かりなくやれ』

 

 画面から出ていくメルエムに変わり、政務の屋台骨と化したビゼフが入国審査などの説明を行っていく。

 東ゴルトー共和国改め太陽国家メンフィスで新たな王の誕生に大歓声が上がる中、他国では驚くほどの静寂が広がっていた。

 映像を見ていた多くの人々が、ビゼフの説明を聞き漏らすまいと集中していたからだ。

 

 世界がキメラアントと新たな国家を知り、それは驚くスピードで末端の人間にも浸透していく。

 

 一部の者達を除いて多くの人々が好感を得た演説はメルエムを、キメラアントを蟲ではなく亜人レベルで周知させることに成功した。

 

 

 

 

 

 メルエムの演説から丸一日経った頃、再び集まったV5はキメラアントについて話し合っていた。

 広い丸テーブルには贅を凝らした料理と美酒が並び、アルコールが入ったことで滑らかになった口は過激な言葉を容易く吐いていく。

 

「移民、いや亡命レベルの見境のない入国審査、多く移動する前にさっさと消し飛ばすべきでは?」

 

「そうしてやりたいのは山々だがな、加盟国の中でも一定数は傍観する立場を表明している。あまりに非人道的手段を取ってはこれからの統治に問題が生じかねん」

 

「忌々しい、暗黒大陸の脅威は我等が管理してこそ人類のためになると言うに。下々はそれを知りもせず喚くばかりよ」

 

「しかり、やはりハンター協会に責任を持たせ諸共吹き飛ばすのが最善策か?」

 

「アイザック・ネテロは断ったよ、前回決めたように真っ向から打倒してみせるとほざきおった。吹き飛ばすならハンター協会が敗北してから好きにしろとな」

 

 今すぐにでもなかったことにしたいV5と、とりあえずの様子見を選択する各国の首脳陣と民衆。

 暗黒大陸という特級の危険地帯を知っているか否かという違いがあるとはいえ、どちらの言い分にも一理あると言わざるをえないものがあった。

 

 今までに持ち帰られてきた“災厄”はそれだけ危険な存在であり、それに対してキメラアントは意思の疎通が可能なのだから。

 

 すでにハンター協会へ依頼を出した後ということもあり名案もなく静寂が広がるが、世界最高峰のセキュリティに守られた室内で新たに声を上げるものがいた。

 

「お食事中に失礼、ボスから伝言をお届けに参りましたよっと」

 

 突如丸テーブルの中央から響いた声に反応するV5だったが、どれだけ目を凝らしても気配を読もうとしてもテーブルの上には料理と酒しかない。

 部屋の外の護衛を呼ぶか悩んだ僅かな逡巡に被せるように、突然の来訪者は静かに言葉を続ける。

 

「危害を加えるつもりなら端から声なんてかけねえよ。俺は“観測者”って呼ばれてる、伝言を伝えたらすぐ帰るから話だけでも聞いてくれや」

 

「…いいだろう。ボスとやらの正体は教えてくれるのか?」

 

「それは駄目だ。まあ慌てなくても近い内に自分から接触してくるんじゃね?」

 

 観測者が語った伝言は、キメラアントがボスによって持ち込まれたこととこれくらいならこれから先何度でも可能だということ。

 世界の管理者を自認するV5に対する挑発とも取れる発言であり、事実声こそ出さなかったが聞いた全員が怒りに顔を歪めていた。

 

「今回のキメラアントはそれこそ“案内人”の許可も貰ってるからよ、いきなりミサイルやら薔薇やらで台無しにしないでほしいんだわ。ハンター協会が依頼を終えるまでに余計なことをしたら、どっかの災厄が事故で流出するかもしれんから注意しろとさ」

 

 それはコントロール出来ない人類の脅威を解放するという脅し、暗黒大陸からキメラアントを持ち込めることと今この場にいる事実から決して口だけではないとわかる言葉。

 

「依頼を出したならアイザック・ネテロに任せて大人しくしてな。…伝言は以上だ、もう帰るから引き続きお食事楽しんでくれや」

 

 その言葉を最後に声は聞こえなくなり、たっぷり数分押し黙っていたV5の一人が酒を飲むとグラスを叩き付けて粉々にする。

 

「…方針は決まったな、ハンター協会が勝てば良し、負ければ諸共全て消し飛ばす。異論があるものは?」

 

 世界を人質に取られたからとはいえ、正体も分からぬ何者かに強制された決定。

 屈辱に苛まれるV5はそのまま解散し、キメラアントの命運はハンター協会へと委ねられる。

 

 

 

「…本当にこれで良かったんで? 何ならさっさとアイザック・ネテロごと吹き飛ばさせたほうがこれから先は簡単だったと思いますけど」

 

『バカ野郎、そんなのちっとも面白くねえだろうが。せっかくここまでお膳立てしたんだ、どっちに転ぶとしても最後まで見なきゃ損ってもんだ』

 

「そんなもんですかね、ま、俺は今まで通り楽しいものを観させてもらえれば文句はないですよ。キメラアント対ハンターってのもメチャクチャ面白そうだし」

 

『だろう? ちゃんと観て来いよ、お前の報告は間違いないからな』

 

「了解ボス」

 

 

 

 いくつもの思惑が交錯する中、世界の進む道は決定する。

 

 キメラアントとハンター、思い通りの未来を掴み取るのはどちらになるのか。

 

 確かなことは唯一つ、我を通せるのはより強いものだけなのだ。

 

 



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第85話 覚悟と生態

 

 

 皆さんこんにちは、外野のちょっかいはなくなったと聞いて安堵するゴン・フリークスです。真っ向勝負も決まって、後はタイミングをどうするか協議中。

 

 

 

 

 

「……ない、詰みだ」

 

「総す、国王様の3-3-4騎馬めちゃくちゃ痺れたっす!! ワダすが受けなかったらどう展開してたすか!?」

 

「ノータイムで返してきてよく言う、受けなければ右辺の中将で切り崩しにかかっていたな。…この盤面になっていたらどう対応した?」

 

「う〜ん悩ましいすね、侍で迎撃するか砦で受けるか…。これどう対応しても何らかの変化があって面白いっすね!」

 

 この日も東ゴルトー改めメンフィスでは、もはや日常の景色となってきたメルエムとコムギによる軍儀の対局が行われていた。

 未だ勝てずにいるメルエムだがコムギ以外は相手にならないレベルに達しており、最近は対局後にこうして検討することも増えより一層軍儀にのめり込んでいる。

 

「国王様、コムギ様、昼食の時間となりましたのでお食事をお持ちしました。軍儀をしながらでも問題ないよう、シェフが工夫をこらしましたのでご賞味頂けたら」

 

 検討が一段落したのを見計らったメイドが配膳した皿の上には、ハンバーガーと肉まんの間の子のような食事がいくつも乗って湯気と食欲をそそる匂いを漂わせていた。

 匂いに気付いたコムギがよだれを垂らす姿に呆れたメルエムが豪快にかぶり付き、一見ジャンクフードながら一流レストラン顔負けの美食っぷりに満足したように頷く。

 

「見事だ、調理長にこれからも精進するように伝えよ。お主も見てばかりいないで食え、先日のように万全を維持できん愚挙はごめんだ」

 

「うっ、へ、へば失礼して頂きます。…うんめぇ〜す♪」

 

 対局中はどれだけ空腹でも気にならないコムギだが、一度食べ始めれば身体が自然と食事を口に運び続ける。

 ハムスターのように頬を膨らませて懸命に食べ続ける姿を確認したメルエムも自分の食事を再開し、ほんの数分対局を休んで栄養補給に努めた。

 メルエムと共に食事をするコムギに未だ納得いかないシャウアプフが悔しそうに控えているが、他ならぬメルエムが決めたこととあって何も言えずにBGM代わりのヴァイオリンを奏でる。

 この食事風景の理由は、メルエムが軍儀の対局を再開しようとした時、やってきたコムギの体重がちっとも増えていなかったことにより始まった。

 世話をしていたメイドから小さな雑穀の握り飯一個しか食べていないと告げられ、食事を用意しようとしても頑なに遠慮されてしまったと報告される。

 そして金が無い畏れ多いと喚くコムギに痺れを切らしたメルエムは、対局中に自分が食す間食の残飯処理という名目で無理矢理食事に参加させたのだ。

 

「あ、あの、本当にお金はいらないんすか?」

 

「くどい、お主は余の満足する仕事をしている。報酬とは別にこのくらいは何の問題もない」

 

 腹も満たされ我に返って震えるコムギに、もはや何度目かも分からぬため息を吐いたメルエム。

 この小汚く弱々しい存在から、芸術のように美しくどんな砦より難攻不落な一手が紡がれる神秘に想いを馳せながら疑問を問うた。

 

「何故そこまで己を卑下するのだ? 対局中の貴様からは、己が頂点という覚悟と自信を強く感じる。それに稼ぎを全て家族に貢ぐ理由もわからん」

 

 メルエムはコムギのことが何一つとして理解できない。

 

 指先一つで肉塊にされることを理解していないにも関わらず、ただメルエムとの身分の違いだけで震える。

 コムギ本人はみすぼらしい服装と貧相な身体が表すように衣食がまるで満たされておらず、逆に親族は彼女の得た賞金で贅沢三昧に暮らしている。

 それでも軍儀の対局中は一切怯えぬばかりか、検討中も全く臆することなく王者としての覇気を纏っている。

 

 世界を手に入れようとしているメルエムにとってコムギは、己の力で得た全てを投げ捨てるばかりかその超常的力を普段から誇示しない意味不明の存在にしか見えなかった。

 

 食事で汚れた口元や手元をメイドに拭われていたコムギはしばし黙って考えをまとめると、平静を保つためか盤と駒を触りながら静かに語りだす。

 

「見ておわかりのようにワダすは盲目です。普通の人ができること、小さな子供ができるような家の手伝いすら満足にできません。幸いそこそこ余裕のある家でしたので、すぐさま口減らしで捨てられることはありませんですた」

 

 それでも当然その扱いは悪く、祖父母から最低限の世話をしてもらえるだけで餓死しないギリギリの有様だったという。

 そんな生活でも幼いながらに生かされている自覚があったため、当時も今も家族にはとても感謝していると笑った。

 

「じいちゃん達がよくやってた軍儀のルールを横で覚えて、盤面が頭の中に浮かぶことに気付けたのは幸運ですた。おかげさまでこうして、軍儀チャンピオンとしてやっていけてます」

 

 最初から無類の強さを持っていたわけではない、それこそ最初は盤面を覚えきれず、駒を持ち動かすことすら覚束なかった。

 それでも軍儀の楽しさ、そして奥深さを知っていくにつれ、コムギの才能は大きく開花していった。

 

「初めて賞金を手に入れたときは震えますた、こんなワダすでも何かを得られるんだとわかって。まぁ、子供のお小遣い程度ですたが」

 

 一度開いた才能は成長も凄まじく、最初の優勝以来は無敗でこの場にいることをメルエムもシャウアプフの報告で把握しており、だからこそ話を遮って本題を問う。

 

「お主の過去には興味がない。聞きたいのは手に入れたものを手放す理由と、余に真っ向から向かえるその覚悟がどこから来るのかだ」

 

「それはワダすが軍儀さえできれば他はなにもいらないからす。そんで覚悟って言うかわかんねーすが、チャンピオンとして一度でも負けたら死のうと思ってるからじゃないすかね?」

 

 コムギはシャウアプフが能力で見ても一切感情を揺らすことなく、必ず太陽が昇ることを語るような自然さでその覚悟を口にした。

 

「『軍儀王、一度負ければただの人』、という言葉があるんすが、軍儀しかできないワダすはただのゴミになるっす。それでも勝ち続ける内は軍儀王すから、国王様と対局している間だけは王同士として立ち会えるんじゃないすかね?」

 

 言ってから明らかに不敬だと気付いたコムギが慌てて床に叩きつけんばかりに頭を下げるが、その覚悟を聞いたメルエムは己の不甲斐なさに腸が煮えくり返る思いだった。

 

「…覚悟の差か、たかが盤面遊戯と思い手を抜いていたわけではないが、そもそもスタートラインにすら立っていなかったか」

 

 その荒れ狂う心情をオーラから感じたシャウアプフが動こうとした刹那、フロアに特大の爆発音が響き渡る。

 

「ぅひゃあっ!?」

 

「メルエム様っ!!?」

 

 特大のオーラを纏ったメルエムの右拳がありえない速度で己の頬に着弾し、数本の歯と大量の血を撒き散らす大ダメージを与えていた。

 

「メルエム様! 何てことを!? 直ちに治療を…」

 

「いらぬ。これは相手の覚悟を見誤り、傲岸不遜と化していた余への戒めだ」

 

「えっ、え? 何が、国王様、怪我を?」

 

 青褪めて近寄ってきたシャウアプフを抑えたメルエムは、頬に飛んできた血の匂いと手触りでおおよその事態を察して震えるコムギと改めて向かい合う。

 

「…ふん、歯はまた生え、傷もいずれ治る。ここからが本番よ、今までと同じと思うな」

 

 食器を片付け戻ってきたメイドに医者を呼ばせたシャウアプフは、怪我の程度はどうであれ頭部へのダメージは万全を期すべきとメルエムに進言するが受け入れられない。

 完全に全力の一撃だったため霞む視界と思考のまま対局を始めようとするメルエムだったが、震えながらも対局に応じようとしないコムギの額に尾の針を突きつけて凄む。

 

「早く指せ、王命であるぞ」

 

「出来ません、国王様が治療を受けるまで死んでも指しません! 万全でなければ許さないと国王様はおっしゃいますた、ワダすも万全のアナタとしか指したくありません!!」

 

 メルエムからのオーラを伴った圧に震え涙を流しながらも、テコでも動かぬと覚悟を決めたコムギは対局中以外開けぬ見えない目を見開きメルエムを見つめる。

 

「ただ指すだけで満たされていた軍儀、けど国王様と指して知ってしまいますた。軍儀含め盤面遊戯は、相手がいて初めて成り立つんす!」

 

 針が額に刺さり血が出るのも省みず、コムギは生まれて初めて出会った切磋琢磨できる好敵手に宣戦布告する。

 

「軍儀王を無理矢理対局させたいなら、先ずは勝ってからにして欲しいす!!」

 

「……、負けたらただの人になるんじゃなかったのか」

 

「はぅっ!? いや、その、それは言葉の綾というかなんとかす」

 

「…ふふっ」

 

 メルエムは笑った。

 

 生まれてこの方獰猛な笑みしか浮かべてこなかったその顔に、なんとも穏やかな、そして慈愛に満ちた微笑みをたたえた。

 

(おぉ、なんと、なんと神々しく、そして美しぃっ)

 

 目が見えぬコムギと違いその表情を見た唯一の存在シャウアプフは、ただただ滂沱の涙を流しながらメルエムが王として更に上の次元に到達したことを悟った。

 

「余はもうほぼ回復した。簡単に診察した後に此奴…、コムギの治療をせよ」

 

 メイドが連れてきた医者がメルエムを診断すれば歯は折れているがほぼ完治しており、代わりにコムギの額には大袈裟なほど大きな絆創膏が貼られる。

 

「さあ、これで問題ないな。コムギ、余の名メルエムを口にすることを許す。これからはそう呼べ」

 

「そそそそんな畏れ多いす! これまで通り国王様で許して欲しいす!!」

 

「…そうか、ならば対局で勝って呼ばせることにしよう」

 

「軍儀では負けないっすよ!」

 

 太陽王と軍儀王は、再び対局に没頭していく。

 

 賭けるものの大きさか、今まで以上に深く盤面に潜っている二人の王。

 

 真剣そのものながらどこか楽しそうな雰囲気漂う二人を、陶酔と嫉妬半々に顔面をわけたシャウアプフが見つめていた。

 

 

 

 

 

 NGLの蟻塚がそびえ立つ荒野。

 蟻塚建造にあたり整地されたことで大きすぎる石材以外目立ったもののない荒野だったが、暇を持て余した修羅達によりおよそ半分が見るも無惨な有様となっていた。

 

「何度言えばわかっていただけるのですか!? 非戦闘員にあなた方のオーラは毒なのです!! 抑えるかもっと離れるかお願いしているでしょう!!」

 

 ペギーはその愛くるしさすらある姿ながら、羽毛を逆立て精一杯激怒していることを示し声を荒げる。

 軽い運動と言いながら結局地形が変わる戦いを連日行われるせいで、多くのキメラアントの苦情と蟻塚の物理的損壊に追われては無理もないことである。

 

「…ごめんなさい」

 

「…申し訳ないのぅ」

 

 ペギーに叱られるゴンとネテロは正座しながら頭を下げるが、すでに何度も行われてきた謝罪にペギーの怒りが収まることはない。

 

「ゴンはしょうがないにしてもネテロの爺さんはもっとなんとかならねえの? なんか最近は武の極地から遠ざかってね?」

 

「ある意味戻っていると言っていいかもしれませんね。聞いた話でしかありませんが、昔の会長は力に比重を置いた武人だったそうですから」

 

「12歳と100歳超えが同じ顔してガキみたいな喧嘩してんのは笑い話になるんかね? まぁどっちもおっかねぇわな」

 

 叱られ続ける二人を眺めるキルアとノヴにモラウは、メルエム戦に燃えるゴンと擬似的に全盛期を取り戻してはしゃぐネテロの模擬戦を振り返る。

 戦意に引っ張られたのか溢れるパワーを持て余し環境破壊するゴンと、全盛期のフィジカルに技術をアジャストさせ全盛期以上の破壊力を得たネテロ。

 そもそも過度な破壊力を持たないノヴとモラウはもちろん、貫通力に焦点を当てたキルアや過剰な破壊は無駄と考えるヒソカでは起こり得ない戦闘。

 

 人外のキメラアントが普通に恐怖する、人類による怪獣大決戦が連日開催されていた。

 

「いいですか!? 次近くでこんな戦闘をしたら今度こそ蟻塚に入れませんからね!! やるなら遠く、せめて森の向こう側まで行って下さい!」

 

『わかりました』

 

 説教が終わっても怒りが収まらずいつもに増して左右に揺れながら歩いていくペギーを見送り、歯止めが利かないだけで悪いとは本気で思っているゴンとネテロはバツが悪そうに正座をやめる。

 

「明日からは遠出して模擬戦するしかないのぅ。ノヴよ、まだ扉を増やせるか?」

 

「増やせますがそんなことに使いませんよ。どうせ大した時間もかからないんですから走ってください」

 

「ゴンはいい加減無差別破壊はやめたほうがいいぞ。相手を見失ってちゃ元も子もないだろ」

 

「すぐに壊れちゃう大地が悪いんだよ」

 

「お前は何を言ってんだ?」

 

 メルエム達との決戦を控えながらも、他国とハンター協会による条件のすり合わせにより手持ち無沙汰なゴン一行。

 この日も鍛錬後の時間をわちゃわちゃと過ごしていた彼等のもとに、合流した第三陣と共にキメラアントについて色々調査していたカイトがある報告をしに来た。

 

「思っていた通りの結果が出た。結論から言えばこれ以上キメラアントが増える可能性は低い」

 

 反キメラアントを掲げていた各国はもちろん、キメラアント融和派とも言えるハンター協会ですら問題視されていたキメラアントの第2世代に対する懸念。

 この問題についてキメラアントの生態に詳しい専門家やカイト含む複数の幻獣ハンターによる調査研究の結果、キメラアントには新たな世代を生み出す生殖器官がそもそも存在しないことがわかった。

 

「元々女王の摂食交配により生まれた兵隊だからな、手駒を増やせる個体も念能力を使っていただけで厳密に言えばキメラアントを増やしていたわけじゃなかった。懸念だった新たな女王の誕生についてだが、現状絶対的な王がいることから可能性は限りなく低い」

 

 蟻の名を冠するキメラアントは交配方法がまるで違うものの、その習性や生態は普通の蟻と非常に酷似している。

 特に勢力の拡大を一匹の女王に依存している点が完全に一致しており、新たな女王が誕生しない限りは基本的に数が増えることがない。

 

「巣分かれしたこの蟻塚で新たな女王が出ないか心配だったが、他の集落に行った個体も含めて女王化の兆候はない。一先ずは安心していいはずだ」

 

「質問なんだけどさ、王の伴侶ってか番は女王にならねえの? 流石に王が女王にはならないんだろうけどさ」

 

「そこがキメラアントの面白いところでな、王は君臨してもその後の交配には一切関わらない。条件を満たした個体の中から、突然変異的に新たな女王が生まれるんだ。王の番は本来存在しないんだが、ここまで人間の因子が多ければ可能性はあるな」

 

 キルアの質問にもよどみなく答えたカイトは、最後に新たな女王として条件を満たしているだろう個体を答える。

 

「護衛軍は全員条件を満たしてるはずだ。特に雌型なのが確認されているネフェルピトー、キメラアントとの共存を目指すなら、最優先駆除対象だ」

 

 その場にいた全員が何故かやる気に満ち溢れているピエロを思い浮かべ、カイトは何故か姿の見えないその所在を問う。

 

「んー、なんかちょっと集中したいみたいで山籠りしてる。決戦の日にちとかが決まったら呼んでくれだって」

 

「…そいつは本当にヒソカだったのか?」

 

 知り合ってまだ時間の経っていないカイトですら、ヒソカの謎の行動に首を傾げるのだった。

 

 

 

 

 

 自然豊かなNGLのさらなる奥地、自然に形成された石柱の一つにトランプタワーを作るヒソカがいた。

 その身から漏れるオーラはおどろおどろしく瘴気を放っており、半径数キロにわたり小動物もいないばかりか、オーラに触れ続けた植物は枯れ果てて無惨に散っていた。

 命あるものなら例外なく忌避するオーラの中心で集中力を高め続けるヒソカは、ネフェルピトーを万に一つも取り逃がさぬようオーラを練り上げ続ける。

 

(憎い、ゴンから意識されてる雌猫が憎い。必要とはいえゴンとの時間を削らせている雌猫が憎い…)

 

 その顔には薬物中毒者の禁断症状ですら生易しいと思わせる苦痛がありありと浮かんでおり、今すぐにゴンのところに行きたい願望をギリギリで抑え込んでいた。

 

(ネフェルピトー、楽に死ねると思わないでね☠)

 

 強すぎるピエロの想いが届いたのか、遥か遠くで一体のキメラアントの尻尾がブワリと膨らんだ。

 

 



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第86話 思いとフラグ

 

 

 皆さんこんにちは、蟻塚出禁をくらうと同時に拠点変更になったゴン・フリークスです。ついに決戦へのカウントダウンがスタートしました。

 

 

 

 

 

 その声明は世界のまとめ役であるV5と、最強の専門家集団ハンター協会の連名により発信された。

 

『キメラアントが人類の脅威となるか否か、真っ向からの闘争によって確かめる』

 

 V5やミテネ連邦としては不満ながら、世界の圧倒的多数による民意の暴力を無視できなかった故の結論。

 日時の指定はなく、ただメンフィスに乗り込むメンバーを知らせるメールが直接ビゼフのもとへ届き、すぐさまメルエムに報告が挙げられた。

 

「…ふむ、思っていた以上に都合のいい展開だな。やはり人間側は派閥が無駄に多すぎるとみえる」

 

「ハンター協会の意向が強く反映されているようですね、調べた限り表も裏も合わせて最強の戦闘集団。彼等なら問題ないと判断されたというより条件として提示された、我々キメラアントが侮られている。それだけのこと」

 

「どーするんですかメルエム様? 命じていただければ今すぐ全員ぶち殺して来ますが」

 

「全てはメルエム様の御心のままに」

 

 珍しく軍儀の対局が行われていないフロアに、キメラアントの王メルエムと護衛軍、そして師団長の中でも上位に位置する3体が集合していた。

 公式発表を前に届けられた詳細なメール内容を共有したところでメルエムは考えをまとめるように押し黙り、護衛軍と師団長は命令を待ちながらそれぞれが自分なりに対応を考えている。

 

「…師団長、それぞれ名と意見を手短に述べよ」

 

 突然メルエムから問われた師団長達は思わず硬直するも、護衛軍からの静かな圧に震えながら順番に発言を始めた。

 

「遠距離攻撃班統括のブロヴーダです。攻めてくるなら待ち構えて罠に嵌めるのが一番かと思います」

 

 ロブスターをそのまま二足歩行にしたような異形のブロヴーダは、見た目にそぐわぬ理性と知性を感じさせる声で待ちの提案をする。

 

「特殊攻撃班統括のウェルフィン。無視するか、受け入れられないと大々的に発信するべきと思います。世論はこちらの味方をするかと」

 

 細身の人狼といった見た目のウェルフィンは、狡猾な性分から戦わずして勝つのが最善と進言する。

 

「近接及び戦闘班統括レオル。戦うにしても戦わないにしても、やりすぎないことを念頭に置かなくては過激派が凶行に出かねないと考えます」

 

 大柄で獅子の特徴が色濃く出たレオルは、どう対応するにしても相手に無差別攻撃の大義名分だけは渡してはいけないと答える。

 当たり前だが、これらの対策は言われるまでもなくメルエムにも考え付いている。

 今回わざわざ聞いて師団長の意見を求めたのは、完全なイエスマンの護衛軍と違い師団長がどこまで己の考えを言えるか試したのだ。

 

「ふむ、師団長以下の兵にも戦闘の可能性がある、一層鍛錬に励め。下がってよい」

 

『はっ!!』

 

 一斉に頭を下げた後速やかに退室した師団長を見送り、メルエムは控える護衛軍にそれぞれ指示を出す。

 

「ユピーは引き続き宮殿の警護につけ。侵入者がいた場合は建物の被害を気にせず擦り潰すのだ」

 

「はっ!! 御前失礼します」

 

「プフは政務部が問題なく稼働しているか最終確認を行え。汚職、漏洩などがないか今一度精査せよ」

 

「かしこまりました。御前失礼いたします」

 

 モントゥトゥユピーとシャウアプフが命令されたことに歓喜しながら退室すると、メルエムは残るネフェルピトーに問いかける。

 

「害意はないようだった故に見逃していたが、お前の望み通りの結果は得られそうか?」

 

「いえ、残念ながら母体が弱すぎます。あれでは例え奇跡的に念に目覚めても、施術に耐えられるようにはなりません」

 

「そうか。…不思議だな、惜しいと思うと同時にこれでいいとも思う。ピトーよ、お前には苦労をかけるだろうな」

 

「もったいなきお言葉、ですが私は満たされております。どうかメルエム様は思うがままに、キメラアントの未来は私が繋ぎます」

 

 ネフェルピトーの表情は柔らかく、心の底からそう思っていることはメルエムにも伝わっている。

 それでもメルエムはネフェルピトーに、どんな選択を取るにしても決して裏切らないと確信できる忠臣に命を下す。

 

「ピトーよ、今ここで誓え。キメラアント等どうでもいい、真に迷い決断する時は、余すら関係なくお主がしたいようにするのだ」

 

 生まれてからこの方偽りなく望み通りに生きてきたネフェルピトーは、メルエムも関係なくというある意味自らの望みに背くことを命じられ困惑した。

 

「…かしこまりました、それがメルエム様の命とあれば」

 

 それでも他ならぬメルエムからの王命故に、ネフェルピトーは心の一番大事な所に刻み込む。

 

 満足そうに頷いたメルエムに再び宮殿周囲の警護を言い付けられ、窓から宮殿の尖塔へと登ったネフェルピトーは円を広げながら思考する。

 

(メルエム様もキメラアントも関係なく僕のしたいように、……な~んも思い浮かばんにゃぁ)

 

 その悩む心情を表すように、ユラユラと揺れる猫のしっぽが力なく項垂れた。

 

 

 

 

 

 ハンター協会本部にある、パリストンが普段使っている副会長用の執務室。

 最近は蟻塚に残ったキメラアントの対応も含め相変わらず激務が続いており、流石のパリストンも疲れを隠せなくなってきている。

 

(ここまで腑抜けばかりとは、人間を取り込ませすぎるのは悪手でしたね。仮に次があるなら、もっと野性的な種を持ち込まないと)

 

 すでに関与を止めていることも理由だが、パリストンはもうキメラアントを終わったものとして反省と検討を繰り返している。

 確かにメルエムと護衛軍は予想通りの脅威となったが、それ以外があまりにも不甲斐なさすぎるばかりか世論まで利用するなど期待ハズレもいいところだった。

 パリストンが望んでいたのはこんな似た者同士の戦争ではなく、もっと自然的で単純な生命の奪い合いと本能のぶつかり合いだったのだ。

 

(まあ今回はかなり多くの情報が手に入ったことを喜ぶべきですか。遠くない未来に動く“彼”ともより深く繋がれたわけですし)

 

 自分で入れたコーヒーを飲みながらその卓越した頭脳を回していたパリストンは、茶菓子として置いていたクッキーがいつの間にか減っていることに気付く。

 そのことに一切の反応をすることもなく、しばし黙ってから静かに口を開いた。

 

「何か報告があるんじゃないんですか? 黙られていてはこちらからは何もわからないんですがね」

 

「お、気付いてたのか。それなら俺の分のコーヒーくらい淹れてくれてもいいじゃねえか」

 

「それは失礼しました、今まで飲食しているところを見ていないもので気が回らず。砂糖とミルクはいりますか?」

 

 パリストンが新たにコーヒーを淹れて机に置くと、どれだけ注視していても気付けば少しずつコーヒーが減っていく。

 クッキーに関しても同じ現象が起こっており、その出鱈目な隠密能力に内心で舌を巻いた。

 

「ああ、ちなみに今回はボスから連絡があるわけじゃねえ。たまたま近くに寄ったから変なことをしてないか監視に来ただけだ」

 

「信用がありませんね、まぁそういう相手の方が信頼はできるので構いません。あなたのボスにはしっかりと報告しておいてください」

 

 その後は当たり障りのない世間話からキメラアントの情報など、互いに探り合いながら会話を続けていく。

 そして互いのコーヒーもクッキーも空になると、簡単な挨拶だけして声が聞こえなくなる。

 

(本当にいなくなったのかどうなのか、別に探られて痛い腹はないのでどうでもいいんですけど。ま、今回の会合で大分絞れました)

 

 残っていた仕事を再開しながら、パリストンは観測者について思考を始める。

 協力者から紹介され重宝している世界屈指の隠密に対し、何も知らないところから数人レベルまでその正体を絞ることに成功していた。

 

(可能性として一番高いのはあの人ですね、今回会いに来てくれたおかげで一気に有力になりました)

 

 可能性の低くなった者を頭の中のリストから消し、最有力となった人物の予定や行動をより細かく精査していく。

 それに伴いさらに上がる可能性を踏まえ、観測者のボスが考えているだろうこれからのプランについても予想する。

 

(…なるほど、カキン帝国がスポンサーというわけですか。資金力はもちろん、あそこの王家は中々に面白いことになっていますからね。そうなると今度はまだ動いていない理由がわかりませんが、協力者の家系はボクにとって予測はできても理解不能ですからねぇ)

 

 いつもの薄ら笑いの裏で協力者についてあらかた看破したパリストンは、ここまで紐付けられるほどの情報を持ってきてくれた観測者に心の中で感謝する。

 自分という大前提がいるとはいえ、ネテロに心酔するメンバーで固められた十二支んに紛れ込むその異端者に。

 

(ボクは気付いていませんよ。だからこれからもよろしくお願いしますね、観測者サイユウさん)

 

 変わらぬ表情のパリストンだったが、纏うオーラが不穏な色を浮かべて揺らめいた。

 

 

 

 

 

 NGLから出国したゴン一行は西ゴルトー共和国へと拠点を移し、メンフィスの国境に近い街に滞在しながらキメラアント側からのアプローチを待っている。

 拠点の移動に伴いノヴの四次元マンション(ハイドアンドシーク)があるとはいえ流石に遠くなりすぎたキャンプ地は引き払い、急ピッチで建造される施設の中で久しぶりにいつものメンバーが集まっていた。

 

「…ん? オレの知識が間違ってんのか? え、あれ、赤ちゃんてこんなに早く出てくんの!?」

 

「かわいいね〜、パッと見はクラピカ似かな? 双子ちゃんだね!」

 

 キルアとゴンが驚愕しながら見つめる先、ギンのお腹に寄りかかるクラピカの腕の中では二人の赤子がスヤスヤと寝息を立てている。

 髪は金髪に黒髪と別々だが、生まれたばかりとはいえ見て分かるほどクラピカに似た顔が並んでいた。

 

「かわいいだろ〜♥どっちも女の子で金髪がクレア、黒髪がカリンだ。母子ともに健康そのもの、オレがパパだぜコノヤロー♥」

 

 恐ろしいほど緩み切ってだらしないながら、普段とはどこか違う慈愛に満ちた満面の笑みを浮かべるレオリオ。

 クラピカは母親になったことで精神的に一段成長したのか、その身体に今まで以上に深く落ち着いたオーラを纏っていた。

 

「紅紫の眼の状態で自分と子供を強化し続けていた影響でな、本来十ヶ月かかるはずが半年もしないで産まれてしまった。流石に最初は焦ったんだが、何度診察されても問題なしだったからな。それからは開き直って全力で強化した」

 

 レオリオ同様慈愛に満ちた笑みで赤子を見つめたあと、クレアをキルアに、カリンをゴンに向ける。

 抱いてやってくれと差し出されたゴンとキルアは、片や島の妹分で、片や本当の妹で経験している分慣れた手付きでそれぞれ赤子を抱える。

 

「レオリオより上手いじゃないか。事後報告で悪いが、その子達の名前に二人の字を使わせてもらった。これから戦いに行くのに縁起でもないが、改めて礼を言わせてくれ。…ありがとう、私が母となれたのは二人のおかげだ」

 

「オレからもだ! ゴンとキルアのおかげで最高の嫁さんと子供に恵まれた。これからも感謝し続けるからよ、さっさと勝って帰ってこい!!」

 

「ぐまっ!!」

 

 クラピカとレオリオからの言葉と、赤子の番キツネグマと化したギンからの激励。

 そしてその小さな命から確かに感じる生きることへの渇望と、赤子ゆえの今まさに成長し続けているオーラの感触。

 

「勝ってくるに決まってんだろ、今回のことが終わったらオレも妹“達”を迎えに行く。紹介させてくれ、最愛の家族に最高の親友達をさ」

 

「予感があるんだ。オレの目指す最強(ゴンさん)、その領域に踏み込めるって。次会ったらきっとビックリするよ」

 

 近い決戦までの短い間、ゴン達は変わらぬ絆を確かめ新たな命と戯れる。

 

 キメラアントという種の命運を左右する、種族を超えたぶん殴り合いまであと少し。

 

 

 

 なお張り切りすぎて漏れ出るオーラの邪悪さが消えないピエロは、主治医にして父となったレオリオに断固面会禁止を言い渡され一人寂しく夜空を見上げていた。

 

 





 後書きに失礼します作者です。
 この作品の中で書く予定がないので、フライング気味ですが観測者こと十二支んの申サイユウについて補足します。

 名前こそ出ていませんがサイユウの能力は“見ざる聞かざる言わざる3匹のサルを具現化する”と原作で言っています。相手にその状態を付与する能力らしいですが、切り札として自分に使うなら面白いなということで妄想しました。
 “見られざる聞かれざる言われざる”状態となり、ぶっちゃけメレオロンの上位互換となります。会話はできてますが聞かれざるなので声で特定はできないし、見られざるなので姿は見えないし、言われざるなので何をしても指摘されません。
 制約として相手に攻撃不可の防御不可。誓約として相手に面と向かって正体を言い当てられたらその相手から二度と隠れられなくなります。

 パリストンはある程度以上の実力者は常に居場所の把握を心がけていて、特に足跡を追いやすいジン以外の十二支んはほぼ完璧に把握している。観測者と今まで会話した回数やタイミング、ボスに会っているだろうタイミングなどから消去法でサイユウにたどり着きました。
 


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第87話 覚醒とワガママ

 

 

 その日、世界に衝撃が走った。

 

 史上初めて人類ではない存在が国家を立ち上げ、そればかりか多くの民衆の支持を得た演説の興奮がまだ冷めやらぬ7月7日。

 

 ハンター協会とキメラアントによる決闘が、両陣営から大々的に発表された。

 

 

 

 決闘の日時についてハンター協会に一任すると発表したメルエムは、今日も今日とて宮殿最上階フロアでコムギとの軍儀に精を出していた。

 相変わらず両者ノータイムで打ち続け、盤面に恐ろしい速度で構築される芸術とも言うべき名勝負。

 もはやシャウアプフですら理解不能な難解にすぎるその対局は、もはや予定調和と化した結末を迎えようとしている。

 

「8-7-4中将」

 

「…ないな、詰みだ。77手目が分岐点だったか、コムギならばどう打った? ……コムギ?」

 

 いつもならうるさいくらいに自分の意見を喋りだすはずのコムギが、メルエムに応えることもなく微動だにせず見えない瞳で盤面を注視し続ける。

 その不敬に動こうとしたシャウアプフを一瞥して止めたメルエムは、黙ったままのコムギから淡く漏れ出すオーラを見てわずかに瞠目した。

 

「…国王様、ワダす変です。頭の中に、盤面に今までにないありとあらゆる一手が浮かんでくる!」

 

 興奮から頬を染め口角の上がったコムギが薄くオーラを纏う指先で駒に触れると、駒のみならず盤面に刻まれた路にオーラが奔り淡く光り輝く。

 コムギは自覚しているのかいないのか、指先を離してもオーラは盤面と駒に残留し、駒が音もなく独りでに動き常人では視認不可能な速度で駆け巡る。

 

(なるほど、この様な覚醒もあるのか。……なんと美しい駒の流れ、余も強くなってコムギを成長させていると自惚れていたが、強くなるのはこれからだったのか)

 

(ありえない、人間がこれほどの思考速度を!? 私でも盤面の状態を把握しきれないとは、軍儀においては足元にも及ばない、…悔しい、それだけのこと)

 

 盤面があまりの速さで動いたため長く感じたほんの数秒が過ぎた頃、オーラの霧散したコムギが頭を下げてメルエムに懇願する。

 

「国王様、しばしの休憩をお願いしたいす」

 

「ふむ、お前から休みを言い出すのは初めてだな。理由はなんだ?」

 

「頭に浮かんだ棋譜を一度並べたいんす、そうすればワダすの出来が悪い脳みそも、二度と忘れなくなるっす」

 

 軍儀を打つことより楽しいことはないと豪語する軍儀中毒、コムギが対局を休んででも並べたい数多の棋譜。

 

「なるほど、それを聞いて許すわけにはいかなくなった」

 

「へ?」

 

 その数多の棋譜を一刻も早く目にしたいもう一人の中毒者が、コムギの前で笑みを浮かべながら王命を下す。

 

「休憩前に一局打つぞ。覚醒したその力、今すぐ体感しなければ余の気が済まん」

 

「…わかりました、とっておきの一局をお見せします」

 

 そして対局前の自陣作成中、メルエムはコムギが並べる駒の配置を見て不快そうに眉を顰める。

 それは決して取られてはならない帥の駒を、他の駒とは孤立させて配置する異端の陣形。

 

離隠(ハナレガクレ)、正式には孤独狸固(ココリコ)だったか? 何故今更死路を…)

 

 それはいつかの対局中にメルエムが考案し、しかし既に攻略され軍儀の歴史から消えていた戦型。

 コムギが生み出し自分自身で死路にしたことを悲しそうに語り、メルエムが再びこの世に誕生させたことを寂しそうに喜んだのは記憶に新しい。

 

「わざわざ言うまでもないが、この手はもう死んでいる。余もあの対局以来考え続けているが、その結論に変わりはない。…不甲斐ない手を打てば、わかっているな?」

 

 メルエムはあの時の表現できない複雑な表情を思い出しながら、コムギが軍儀に対して手を抜くことはありえないと確信しつつも改めて言葉にした。

 全ての駒の配置が終わり、優しく盤面を見つめるコムギが小さく頷いて対局が開始される。

 

(……特に新手があるわけではないのか、このまま何もしなければ死路となる一手に辿り着くのだがな)

 

 対局は孤独狸固の定石通りに進み続け、ついにメルエムは死を決定付ける駒を盤面に放つ。

 

「9-2-1中将新。さあ、この先があるならば余に見せてみよ!」

 

 未だに半信半疑、しかし本当にこの盤面から生きる路があるのならと、メルエムは小さな期待を抱きながらコムギを見据える。

 

「4-6-2忍」

 

 打たれたのは全く見当違いとも思える一手、多くの者が理解できないであろうその一手を見たメルエムの脳内では、爆発的にニューロンが働き無限に思える新たな路が駆け巡る。

 今まさに一段上に進化したメルエムの脳内で、呼吸を止めたはずの路が再び息を吹き返し逆に呼吸を乱そうと迫っていた。

 

「国王様がまた会わせてくれたこの子が、国王様との対局のお陰で生き返りますた。その、恥ずかしながらワダすと国王様の…」

 

「しばし黙れ! 次の一手を違えてこの対局を壊すわけにはいかん!!」

 

 あまりに多くの選択肢を叩きつけられたメルエムは盤面から目を離さず言葉を遮ったため、コムギがどんな表情を浮かべているか見ることなく思考に没頭していく。

 唯一その表情を目にしたシャウアプフは憤怒の形相で動きそうになるも、今までで一番輝く感情を爆発させるメルエムを邪魔しないために舌を噛み切りながら耐え忍ぶ。

 

「早く貴方の名前を呼ばせてくださいね、国王様…」

 

 最高の一手が返ってくることを微塵も疑わない軍儀王は、呟いた言葉が誰にも届かず消えてもただ満ち足りた笑みで自分にとっての太陽を見つめていた。

 

 

 

 

 

 西ゴルトーに建てられたハンター協会の拠点は普通の病院どころか、世界最高レベルの設備が充実した最先端テクノロジーの塊となっていた。

 度重なる修羅達の暴走とその治療を続けた結果、いつしか医療班のトップに収まったレオリオは今日も元気に施術の真っ最中。

 

「レオリオ先生! 今度はシュートさんが巻き込まれて重傷です!!」

 

「ナックルさんの血圧が上がりません!! このままでは後遺症の心配が!」

 

「ネテロ会長の腕と脚が千切れましたぁ!! …あ、いや、念獣の方なので問題無いとのことです!!」

 

「モラウさんとノヴさんのオーラが尽きました! 修羅達を抑えきれません!!」

 

「あーーっ! キルアくんふっとばされたぁ!!」

 

「何やってんだあのバカ共ーー!!?」

 

 キメラアントとの決戦に向けた最終調整が行われたこの日、最後に立っていたピエロも満身創痍という間違った追い込みがレオリオを酷使の極みに陥れた。

 

 

 

「アホかお前等は!? 調整って言っただろうが!! 全力出して死屍累々になんのは調整って言わねぇんだよ!!」

 

 レオリオにクラピカ、さらには協会のハンター達も多くが倒れた決死の治療の末、何とか完治した4人の修羅が正座させられていた。

 

「いやのぅ、勝てるかわからん戦いの前に全力は確かめとくもんじゃろ? やはり最高値は知っとかんといかんからの」

 

「慣らし運転は必要だよ。とりあえずトップギアに入れてみないと、もし本番で戸惑ったら致命的なんだし」

 

「むしろオレ被害者だろ。なんか知らない暗殺者っぽい奴等と川辺に並んで座ってたんだけど」

 

「テンション上がっちゃった♥」

 

「マジでコイツ等ぶち殺したほうが世界平和に近付くんじゃね?」

 

 各々反省が見えたり被害者面していたりと様々だが、レオリオはこの4人がキメラアントとメンフィスという国の命運を握っていることに本気で頭を抱えた。

 

「被害を食い止めようとしたノヴとモラウはガス欠、何とか止めようとしたナックルは流れ弾で内臓損傷、同じくシュートはキルアの無差別放電で重度の火傷。本当に何やってんのお前等? 決戦前にメンバー半壊ってどういうことだよ」

 

 オーラが尽きたノヴとモラウはまだ問題なかったが、ナックルとシュートにいたっては割と生命の危機を彷徨ったと言っても過言ではない。

 最終的にはキルアも余波で彼岸を渡りかけ、ゴンにヒソカにネテロも全治数ヶ月レベルの重傷を負ったが現在は全員完治している。

 

 何人もの過労者を犠牲に何とか完治させたレオリオは、己が外科治療という分野で世界のトップ3に立った自覚がないまま説教を続ける。

 

「ナックルとシュートも死線を越えたせいかパワーアップしたし気にしないっていうからもう終わりにするけどよ、ちゃんと覚えてんのか? 決戦はキメラアントを滅ぼすためじゃなくて生かすために行くんだぞ?」

 

『……もちろん』

 

「いや嘘ついてんじゃねえよ!」

 

 もはや当初の目的すら忘れた修羅達に特大のため息を吐いたレオリオは流石に体力の限界が近く、それでも最後にゴンの主治医を自認するゆえに忠告する。

 

「ゴン、お前の貯筋振替(体は筋肉で出来ている)は危険すぎる。たしかに何でもありな念なら可能なんだろうけどよ、それでもあれは医者の立場からは使ってほしくねえ」

 

 ゴンの発の一つである貯筋振替は、体内の臓器や脂肪含めすべてを純粋な筋繊維にする。

 変化系や具現化系が使えないのに何故実現しているのかは不明だが、だからこそレオリオはその危険性を危惧していた。

 能力を維持できなくなったら自動的に解除されるならいい、しかし仮に身体はそのままで念だけ途切れたら間違いなく即死である。

 

 何よりその後に死者の念で甦りでもしたら、ただただ最強を目指し進み続ける最悪(ゴンさん)が誕生する可能性があった。

 

「ごめんレオリオ、あれは重要な能力だから本気の時は使うよ。そうでもしないと辿り着けない」

 

「それくらいわかってんよ、ただオレの気持ちを知っててもらいたかっただけだ。治療とかをする上で、秘密やわだかまりを作りたくないからな」

 

 申し訳無さそうな顔をするゴンの頭をガシガシと撫でたレオリオはもう決戦後の治療しかしないと全員に宣言し、若干ふらつきながら愛する妻と子供のいる部屋へと向かっていった。

 それを正座したまま見送った4人はやがて足を崩し向かい合い、それぞれ最後の調整を終え得たものを話し合う。

 

「ぶっちゃけ皆は切り札完成した?」

 

「問題無いわい」

 

「間違いなくイケるね♥」

 

「正直五分五分だな、テンション上がってればいけると思う。ゴンはどうなんだよ」

 

「オレはまだ無理かな、何となく王と戦えば出来るようになる気がするんだけど」

 

「間に合わねえってことじゃねえか」

 

 各々がまだ誰にも知らせていない最後の切り札。

 年の功と経験値からネテロとヒソカは決戦前に完成させたが、ゴンとキルアは完成したとは言えない状態だった。

 

「キルアは準備してた“アレ”を使うんだよね? ボクからしたらアレを使いこなせたら心底驚くよ♠」

 

「使いこなせなんてしねえよ、振り回されるのを無理矢理耐えるだけだ」

 

「それでも驚きじゃわい。ヒソカを知っていても、お主の才能には驚天するしかないのぅ」

 

 キルアの切り札の詳細は知らないながら、要となるアレを知るヒソカとネテロはその難易度をかなり正確に推測できる。

 才能の塊とも言える存在が生涯をかけてやっと実現できるか否かの超絶技巧を、五分五分とはいえ成人すらしていないガキが成し遂げているのだ。

 

 修羅達に無理矢理引き摺られてきた修羅見習いは、その類稀なるセンスで修羅達の領域に踏み込んでいた。

 

「それよりゴンの話だろ、間に合わねえならヒソカと交代するべきなんじゃねえか? 確実に護衛軍が王より強いことはないってんだからよ」

 

「ダーメ♥猫はボクの獲物だよ♠」

 

「何でそこまで執着してんだよこえーな」

 

 決戦時にそれぞれが戦う相手はヒソカの案が正式に採用されており、一番強いメルエムを相手にするゴンの切り札が間に合わないことを問題視するキルア。

 本来何の間違いもない真っ当な意見なのだが、この場には頭のおかしい修羅しかいない以上その意見は通らない。

 

「問題ないじゃろ。戦えばいけると言っとるし、ワシがさっさと有象無象を殲滅して手を貸せばいいだけじゃ」

 

「流石にタイマン中の手出しはやめてね?」

 

「当たり前じゃろ、明確に負けたら殺される前に替わるわい」

 

「負けられないっての本当にわかってんのかお前等は」

 

「ふふっ、キルアも心労が絶えないねぇ♥」

 

「お前が言うなお前が」

 

 レオリオと同様に特大のため息を吐いたキルアは立ち上がり、彼岸を渡りかけたことで新たに得た感覚を確かめるべく輪から抜けていく。

 それに続きネテロとヒソカもその場から去ると、一人残るゴンは瞑想しながら物思いに耽る。

 

(取り返しのつかないことになるかもしれない、それでも、このワガママは貫き通したい)

 

 他のメンバーが知らない、ゴン(憑依者)しか知らないメルエムの本当の強さ。

 様々な変化が起きているこの世界で原作と比べるのはナンセンスだが、それでも確定しているだろうことがある。

 

 原作ネテロが手も足も出なかったメルエムが、その強さを遥かに上回る潜在力を持っていたという事実。

 

 どう少なく見積もっても原作以上に強いネテロやヒソカがいるとはいえ、それでも勝利を確信できないだけのインパクトが完全体メルエム(原作)にはあった。

 

(だからこそ、これまでの集大成を確認できる)

 

 ゴン(ファン)の目標は、ゴンさん(原作)を超えること。

 

 原作同様ネフェルピトーを相手にしては、並んだと思えても超えたという確信は得られない。

 

(何よりオレ自身が知りたいんだ、本当の最強はどっちなのかを!)

 

 原作ではついに激突しなかった、ゴンさんと完全体メルエムはどちらの方が強かったのかという謎。

 

 HUNTER×HUNTERのファンとして、原作とは違えどもその答えを知りたい欲求に逆らうことは出来ない。

 

(護衛軍が原作通りなら、きっとシャウアプフとモントゥトゥユピーは駆け付ける。皆には悪いけど、このチャンスを逃すことは今までのオレを否定しかねない)

 

 皆への後ろめたさ、謎が解けるかもしれない好奇心、メルエムと戦うことへの高揚感。

 

 様々な感情が混ざり、普段から重い圧を放つゴンのオーラが黒く沈む。

 

 それは原作でも度々見られた、ゴンがただの純真無垢な少年ではないことを示す色。

 

(勝負だメルエム、そしてゴンさん(原作)! オレは、オレが最強のゴンさんだ!!)

 

 世界線が違う、そんな当たり前のことをしっかりと認識しながらも、ゴンは完全体メルエムに狙いを定める。

 

 ゴンさんに憧れ目指してきたファンが、ついに憧れを捕まえるチャンスを得たのだから。

 

 変わりに変わったゴンさん(筋肉)と、変わりに変わったメルエム(太陽王)が衝突したらどうなってしまうのか。

 

 少なくともどちらが偽物かだけは、ハッキリと確定してしまうのだ。

 

 筋肉が粉砕するのか太陽が燃やし尽くすのか、箱庭が始まって以来最強の肉弾戦がもうじき幕を開ける。

 

 



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第88話 決戦前とそれぞれの想い

 

 

 皆さんこんにちは、ついに始まるキメラアントとの決戦にワクワクが止まらないゴン・フリークスです。原作は辿り着けた、ならば自分も到達できるはず。

 

 

 

 

 

「ディーゴ、ビゼフ、問題など起こらぬはずだが、万が一の時はわかっているな?」

 

「国王様が留守の間は我等が全力で国政に努めます。ハンター協会が釘を刺していますし、外交も問題ないので他国からの横槍もないかと」

 

「うむ。ちなみにディーゴよ、玉座を捨てた軟弱者は動くと思うか?」

 

「いえ、あの方は決して動かないでしょう。仮にキメラアントの皆様が国民を虐殺していたとしても、対岸の火事のようにただただ静観するのがあの方です」

 

 いよいよキメラアントとハンター協会の決戦が行われるその日、メルエムは国政を執り行うディーゴとビゼフに最終確認を行っていた。

 キメラアントという種の存亡がかかる一戦とあって全勢力で決戦場に行くため、人間しか残らない宮殿の政務や警備について打ち合わせをしているのだ。

 

「余が徴収した者達もプフとピトーの手により、以前と遜色ない強さになった。他の人兵も底上げは済んでいるゆえ、正しく使い留守を守れ」

 

『はっ!!』

 

 ディーゴとビゼフは、ほんの数ヶ月前の本人に見せても決して信じない礼儀正しさでメルエムに応える。

 シャウアプフによる洗脳の効果も少なからずあるとはいえ、徐々に依存度を減らされていて直に素面に戻るのもまた事実である。

 宮殿内どころか太陽国家メンフィス総出でメルエムに尽くすその光景は、人とキメラアントが共存できることを何よりも雄弁に物語っていた。

 

 

 

 キメラアントと人間の両方が決戦に向けて忙しく動き回る中、王としての仕事を全て片付けたメルエムは珍しくコムギと二人きりで対局していた。

 いつもは必ずと言っていいほど傍に侍るシャウアプフも、目の見えぬコムギの世話をする専属メイドもいない駒の音と読み上げる二人の声だけが響く空間。

 

「……ない、詰みだな」

 

「いやぁ~やっぱり孤独狸固(ココリコ)面白いっすね!! 中盤戦における無限の選択肢は心が躍るっす!!」

 

「あぁ、我々がこれだけ打っているにも関わらず定石が出来ぬ以上、それこそ選択肢は無限と言えるかもしれんな」

 

 メルエムとコムギのここ最近の対局は、どちらが先手でも殆どが孤独狸固を使ったものばかりになっていた。

 極稀に箸休めのように他の戦型で対局することがあっても、中盤戦の変化の多さからくる純粋な読み合いを二人が好んでいる故にどちらも率先して孤独狸固を選んだ。

 

「しかし不思議な棋譜だ、何故“中盤戦を制した側が負ける”のだ?」

 

「そうなんすよね、しかも鎬を削った上で不利にならないとそのまま押し切られるす。まるで決まったゴールに無理矢理引き込まれてるような感じがするす」

 

 コムギとメルエムがここまで孤独狸固に夢中な理由の一つが、無限の選択肢の中から正解を選んだら敗北することである。

 対局全体ではまだ勝ち星のないメルエムだが、何故か中盤戦では必ずと言っていいほどコムギに読み勝つ。

 しかしその後の終盤戦になると何故か形勢が逆転してしまい、まるで予定調和のようにメルエムが敗北するのだ。

 

 メルエムはもちろんコムギですらその原理を理解できておらず、それこそ神の悪戯と言われたほうが納得できる不可思議だった。

 

「結局今日も勝てなかったか、一体いつになったら名前を呼ばせられるのやら」

 

「けど正直な話、差は間違いなく縮まってるすよ。孤独狸固で読み負けてるのは事実ですし、検討で何度も驚かされてるす!」

 

 軍儀においてはこの世の誰よりも正直なコムギからの励ましとあって、中々実力差を実感しにくいメルエムはほのかに口角を上げて気を持ち直す。

 そして対局で気になったところを並べて喋り続けるコムギを見つめると、他に誰もいない今だからこそ言えるワガママを口にする。

 

「コムギ、余は明日戦いに征く。決して負けられぬ、しかし勝ちすぎるわけにもいかぬ難戦にな」

 

 突然の宣言にポカンと惚けるコムギに構わず、メルエムは己を奮い立たせるための言葉を求める。

 

 与えることこそ王の責務と考えるメルエムが、どうしても欲しいと思い懇願するモノ。

 

「一度でいい、余の、…オレの名を呼んでくれ、そして勝てと言ってくれないか。必ず、ここに帰ってきてまた軍儀を指すために」

 

 それは最強の王であれと生み出されたメルエムの、王ではないメルエム個人としての人格の願い。

 

 人によっては、それこそシャウアプフであれば弱さと断じたであろう感情だが、それは念能力者として、ヒトとして持っていなければ強くなれない必要不可欠なモノ。

 

「………ワダすは、軍儀しか出来ないワダすが何故こうして生きているのかずっと考えてきますた。軍儀のためだけに生きてきたこれまでの人生、不満なんてなかったのに、今は戻ることがこの上なく、死ぬよりももっとずっと怖いんす」

 

 コムギの指から持っていた駒が滑り落ち、対面に座るメルエムへと伸ばされる。

 メルエムは今まで直接触れたことがなかったため、人間ではないその手を一瞬引きかけたが、それでもコムギの手を決して傷つけぬように優しく握る。

 

「あったかいっす。国王様や秘書さん達が違う種族なのは気付いてましたが、やっぱり国王様は国王様にかわりないす。ワダすは、これからももっとずっと一緒に軍儀を指したいす」

 

 目を開き、満ち足りた笑みを浮かべるコムギは硬直するメルエムの手を両手で包み、祈るように言葉を口にする。

 

「勝ってください、そして無事に帰ってきてください。ワダすは国王様と、メルエム様と軍儀を指すために生まれてきたのですから。置いていったら、絶対に許さないす」

 

 メルエムの心に、全く新しい未知のエネルギー源が誕生した。

 

 まるで無限の力が湧いてくるような、この世に敵などいないとすら思える無敵感。

 

「待っていろコムギ。そして今から覚悟しておけ、余が軍儀で勝ったあかつきには、名に様も付けさせんからな」

 

「うっ、それはその、勝ってから言ってほしいす」

 

 今更恥ずかしさから離そうとするコムギの手を、しっかり掴んで離さないメルエムは静かに集中しながら目を瞑る。

 

「すまない、しばらくこのまま。触れていると、自分でも驚くほど落ち着く…」

 

「はい。メルエム様の気が済むまでいつまでも…」

 

 二人の王が黙してしまい、駒を打つ音も声もなくなった静かなフロア。

 

 宮殿尖塔の頂点にいるネフェルピトーが、決して邪魔にならぬよう限りなく薄くしている円でその光景を唯一感知し、メルエムのさらなる輝きに滂沱の涙を流して震える。

 

 心の底から求める軍儀王により与えられた、大事な大事なモノを心に抱く太陽王は決戦前に束の間の安息を堪能した。

 

 

 

 

 

 決戦前日のハンター協会拠点の一室に、我等が最強アッシーであるノヴとその弟子パームがやや緊張した面持ちで水晶を見据えていた。

 パームは生来の系統が強化系ながら、直接視認した相手を人魚のミイラが掲げる水晶に映し出すという能力を持つ。

 流石にメルエムやキメラアントを目にするのはリスクが高すぎたため、まだ早い頃にディーゴを見ることで間接的にキメラアントの動向を監視しているのだ。

 

「……やはりキメラアントは総出で挑むようですね、宮殿の守りに不安もないようです。正直なところ、こちらから手を出す理由はないと思います」

 

 水晶に映るディーゴを見るパームの姿は、ボサボサの黒い長髪にやや薄汚れた白い簡素なワンピースとホラー映画の悪霊のように見える。

 しかし師匠のノヴはその高い知性が垣間見える瞳と整った顔立ちを正しく認識しており、その希少な能力とパーム本人の気質に合わせて少々横暴に振る舞うことを心がけていた。

 

「しょうがないさ、国とV5からの依頼だからな。お前は私に言われた通りに監視を続けろ」

 

「は、はいぃ〜♥ノヴ様のために一時も目を離しません!」

 

 パームの能力は発動条件として人魚のミイラに己の血を与える必要があり、本来長時間の能力行使は難しいが医療班筆頭のレオリオがその問題を解決した。

 

 一日経てば消滅してしまうが、ドケチの手術室(ワンマンドクター)で人工血液を具現化することに成功したのである。

 

 あまりに重傷の絶えない修羅達のせいで慢性的に不足する輸血を嘆き生まれたこの人工血液は、血液型も何もかも関係なくただただ血液として投与可能であり、少量ながらオーラまで補充できるという念能力者にとって喉から手が出るほど魅力的な発明品。

 医療系能力者としてハンター協会で上位に位置するチードルとサンビカも驚く出来で、もし維持時間を伸ばし量産できればそれだけで三ツ星(トリプル)ハンターにするべきとネテロに進言した。

 この人工血液をパームは長時間の監視を名目に毎日提供されており、ディーゴが政務をこなす時間帯はフルタイムで能力を行使している。

 

「今日の監視が終われば明日は決戦だ。諸々片付いたら慰労も兼ねてリゾートにでも行くから準備しておけ」

 

「ノ、ノヴ様とお泊まり!? す、隅々まで磨いてお供します!!」

 

 ひゃっほうとテンションを爆アゲするパームに苦笑いを浮かべて部屋を出たノヴは、廊下を歩きながら決戦に必要不可欠な自分の仕事を進める。

 

「強さにこだわりすぎていたか、成長するのはこんなにも簡単だというのに」

 

 戦闘力が中々伸びずに腐りかけていた自分を思い出し、ゴンに折られたことで新たに作り出せた能力をしみじみと見つめる。

 

「モラウと飲んだあの日、あの日があったからこそこれがある。ならば名前は一夜のあやまち(スペアキー)で決まりだな」

 

 間違いなくオンリーワンなノヴの四次元マンション(ハイドアンドシーク)は、ノヴの持つマスターキーがなければ予め設置した出入口からしか行き来できない。

 それをただ一度きりに限り、誰でも四次元マンションの指定した部屋に入れるようにする鍵。

 強さではなく能力の強化に目を向けた天才が新たに手にした力は、キメラアントとの戦いにおいて非常に重要な役割を担う。

 

「これで3本、あと1本ならすぐに終わるな」

 

 あまり戦闘向きでない能力ながら上澄みの更に一握りに到達していた天才は、折れたことで開き直りさらなる強さを手に入れていることに気付けない。

 ゴンに折られる前のノヴでは決してたどり着けなかった強さに至り、さらなる成長をしているにも関わらず強さに無頓着故に見ることができない。

 強さ以外を鍛えたら強くなるなどまさに天才が天才たる所以、しかしそれ以上に強くなる修羅達のせいで実感できない。

 

 ノヴ自身が強くなったことを自覚する遠くない未来、彼はなんとも言えない渋い顔をしながら、またモラウを誘って行きつけのバーを訪れる。

 

 

 

 

 

 拠点の外に追いやられ設置された、小さくささやかな喫煙所。

 そこでは利用者ダントツナンバーワンに輝くヘビースモーカー、モラウが愛用の巨大キセルを燻らせながらもの思いにふけっていた。

 心源流本部道場での鍛錬に加え、蟻塚やこの拠点でも続けられた荒行により以前とは比べ物にならないと自覚できる強さを得たモラウ。

 

(何でも出来てた弊害かねぇ、まさか俺しかいないとはなぁ)

 

 ため息とともに大量の煙を吐き出すモラウが凹んでいる理由は、今日まで進化し続けた仲間達に対する一つの劣等感。

 

「なんで、なんで俺だけ新技が開発できなかったんだ…!」

 

 まだ成長期のチビ修羅達や弟子達はまだいい、しかし同期のノヴはおろかビスケにネテロまでが新技を開発してしまった。

 もちろんモラウ自身強くなった自覚は確かにあり、そもそも応用力の塊だと自負している紫煙拳(ディープパープル)は何でもできることこそ最大の売りである。

 

 それでも強さを目指し続ける男なら、新技という響きに心を擽られずにはいられないのだ。

 

(もう明日が決戦じゃ新技なんて夢のまた夢どころか、むしろマイナスにしかならねえ。それでもやれることは一つでもやらねぇと、これから先一生後悔しちまう)

 

 できることを一つでもするために、弟子やネテロ、しまいにはレオリオにも話を聞いて判明した事実。

 ただの脳筋だと思っていた小さな修羅が、思いの外思慮深く念能力の知見に富んでいるということ。

 

「モラウさん待たせちゃった?」

 

「そんなに待ってねぇ、早速だが話を…」

 

 声に振り向いたモラウが見たのは、ゴツいガスマスクを被りコーホーコーホーと呼吸音を出すゴンの姿。

 

「レオリオが身体に悪いから付けて行けって無理矢理、オレに思うところはないんだけどなんかごめんね」

 

「あぁ〜、レオリオの気持ちもわかるから気にすんな。それとこの煙はちゃんと念で操作してるから副流煙とかの心配はねぇ。気が散るからマスク外してくれねえか」

 

「それなら邪魔だし外すね。それで話って何?」

 

 モラウはガスマスクを外し改めて向き合ったゴンに先ずは決戦前日に呼び出したことを詫び、理由である新技開発についての悩みを打ち明ける。

 

「まぁ新技ってのは方便だ。俺も間違いなく進歩してるがそれ以上、ようは進化してえのさ」

 

 モラウに打ち明けられた内容を聞いて唸るゴンは、あくまで自分の考えであり参考程度にしてほしいと断ってから語りだす。

 

「モラウさん、煙って何だと思う?」

 

「変幻自在」

 

「じゃあ雲や霧は煙だと思う?」

 

「それは違うな」

 

 片時も迷わず即答したモラウに頷いたゴンは、煙についてアドバイスはできないと言った上で別角度の意見を述べる。

 

「モラウさんて肺活量凄いよね、全力で息を吸ったら周りを真空にできたりしないの?」

 

「アホか、大気圧がどんだけあると思ってやがる。狭い密室とかならまだしもおいそれとできるか」

 

「じゃあディープパープルで場を作ればいいんじゃないの? 密室は作れない?」

 

「それはお前…、多分いけるなオイ」

 

 モラウは自身の技の一つ“監獄ロック(スモーキージェイル)”を少し手直しすれば、ゴンの言う敵を真空状態に置くことも可能だと気付く。

 完全に真空にできなくてもかなり低酸素にすることは比較的容易で、自分は大量に吸った空気でなんの問題もなく戦闘可能。

 

「なるほど、タイマン専用に近いがかなり使えそうだ。むしろ新技にしてもいい出来なんじゃねえか!?」

 

 以前までのモラウならおそらくこうはならず、相手にデバフをかけるような戦い方はむしろ忌避していただろう。

 修羅達を近くで見続けたことによる強さへの考え方の変化、精神的に強かになったが故の反応だった。

 

「よし、ちょっくらスモーキージェイル試してくるか。どんくらいの範囲なら真空にできるかも知りたいしな」

 

「モラウさん、もう一個いいかな」

 

 意気揚々と喫煙所を出ようとしたモラウはその言葉に止まり、まだ言えることがあるのかと驚きながら先を促す。

 

「呼吸ってなんだと思う?」

 

「……? 何って、呼吸は呼吸だろ? 息を吸って吐く、それが呼吸だ」

 

 質問の意味が分からず答えたモラウだったが、ゴンは首を横に振りながら正解を言う。

 

「呼吸は酸素を取り込むことだよ。魚もミミズも、生き物の中には空気を吸わない種がいくらでもいる」

 

 それはシーハンターとして、日々水中生物と触れ合ってきたモラウですら考えもしなかった答え。

 普通に肺呼吸をする哺乳類では出るはずのない、頭がおかしいと言われても仕方がない狂気。

 

「かなり割合は少ないけど、人間だって皮膚呼吸してるんだよ。モラウさんが呼吸を極めれば、いつか息を吸わないで煙を吐けるようになるんじゃない?」

 

 あっけらかんと語ったゴンは固まるモラウを置いて喫煙所を出ていき、残されたモラウは腰を下ろして深々と一服する。

 

「なるほど、ネテロ会長やレオリオが言ってたのはこれか。なんつうか、めちゃくちゃ敗北感がやばい」

 

 モラウは今までゴンのことを何も考えていない脳筋だと思っていたことを恥じ、その印象が180°変わったことを実感した。

 

 ゴンは突っ走っていたら偶然化物になったのではなく、化物になるための道を選んで突っ走っていたのだ。

 

 その過程で恐ろしいほどの試行錯誤とシミュレーションが行われただろうことが今の問答で理解でき、あの若さで自分より余程念について聡明だという事実に打ちのめされた。

 

「……こえーな、心の底から恐ろしい。ネテロ会長も、ヒソカですら強さの理解ができる。けどゴンは、あいつは理解できる範囲を超えてる」

 

 改めてゴンの異常性を知ったモラウは決戦後ノヴと飲むことを心に誓い、それでも折れずに上を目指すことを決意する。

 

 異常者(フリークス)の影響は広がり続け、また一人道を踏み外す犠牲者が出た。

 

 犠牲者達に後悔は欠片もないが、周囲から見たら異常者のバーゲンセールが止まらなく続いていく。

 

 将来筋肉の影響を受けながら常識人枠をかろうじて逸脱しなかったモラウは、話を聞きに来るミーハー達に本気の助言を繰り返す。

 

 人間辞めたきゃ会いに行け、命の保証もできないがな――

 

 

 なお喫煙所でギリギリ正気を取り戻したモラウは、もはや何も考えていないだろうゴンの印象を180°回転させ、結局ただの脳筋だと結論付けた。

 

 





 後書きに失礼します作者です。
 話の中で書く予定のないシャウアプフの能力を置いておきます。

 上書乃羽化(カットアンドメタモルフォーゼ)

操作系を主体に変化具現化特質強化と盛りに盛った能力。
対象の生物を繭で包み込み、身体から何から全てを一度ドロドロに溶かして再構築する。
元々持っていた能力も溶かしてメモリに再変換するため、完全にロスがない訳では無いが殆ど初めて能力を作るくらいにメモリが空く。
対象になった生物はメルエムやシャウアプフに絶対服従になる他、シャウアプフがやろうと思えばすぐさまドロドロに溶けて消滅する。

今作の中でメルエムに徴収を受けた者たちは、ネフェルピトーに治療されシャウアプフにより新たな念能力者として生まれ変わった。


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第89話 分断と決戦の始まり

 

 

 東ゴルトー改めメンフィスの西端に近い荒野地帯。

 西ゴルトーとの緩衝区域として人の手がほとんど入っていない閑散とした一角に、メルエム率いるキメラアントの集団が陣を構えてハンター協会を待ち構えていた。

 陣の先頭にはメルエムが豪華な敷物に片膝を立てて座り、両隣にシャウアプフとモントゥトゥユピーが、すぐ背後にはネフェルピトーが各々直立不動で備える。

 王と護衛軍の背後にはメルエム指示の下キメラアント達が規則正しく並んでおり、見るものが見ればその無駄がなく効果的な陣形に思わず感嘆していただろう。

 

「メルエム様、まもなく視界に入ります」

 

 ネフェルピトーが索敵も兼ねて前方に広げている円により、自分の足で駆けてくる集団が近いことを知らせる。

 戦力を見定める意味も込めて全力で威圧を込めた円だったが、ハンター協会側は誰一人戸惑うことなくここまでの数キロを変わらぬ速度で突き進んでいた。

 

「うむ、開戦前にあちらのトップと話すことがある。逸って暴走するなどという恥を見せるな」

 

『はっ!!』

 

 ゆらりと立ち上がり眼前を見据えたメルエムの視界に、常人ではまるで瞬間移動に感じる速度で到達したゴン達が映る。

 会話するにはやや遠いがこれから決戦を行うにしては近すぎる間合いで相対した両者は、すでに戦いを避けられないことを理解しつつ戦後のことについて改めて確認し合う。

 

「よく来たなハンター協会。余こそ太陽国家メンフィスの王にしてキメラアントの王、メルエムである。これだけは言わせてもらおう、この決戦に心より感謝する」

 

 ゴン達は軽くとはいえ頭まで下げたメルエムを驚愕して見つめ、キメラアント達は怒りに震えながらも王の顔を汚さないために押し黙る。

 

「ほっほっほっ、お主への評価が上がっていくのを止められんわい。ハンター協会会長として正式に宣言しよう、お主達キメラアントは意思疎通可能な亜人種じゃとな」

 

「ふむ、つまり戦に関わらず我等の生存は確約されたということか?」

 

「わかっていて聞くでない、脅威の把握がこちらの目的じゃ。手を抜くでないぞ? 自然界と変わらず弱者は喰われるのみよ」

 

「愚問、そちらも軽々しく散ってくれるなよ? 怯えた弱者に刺されるのは御免被る」

 

 ネテロとメルエムは笑みを浮かべて会話を続けるが、キメラアント側は王を軽んじるかのような言葉に爆発しそうな怒りを必死に抑えていた。

 いよいよシャウアプフが限界を迎えそうなことを察したメルエムは会話を早め、宣言通り7人という少数精鋭でやってきたハンター協会の意図を問う。

 

「簡単な話じゃよ。この人数で事足りると判断したまでじゃ」

 

 シャウアプフが暴発する寸前、出鼻を挫くように尋常ではないオーラが立ち昇る。

 

「初めましてじゃなキメラアント諸君。目の前にいるのが、ハンター協会最高戦力じゃ!!」

 

 ゴン達がオーラを噴出させながら足を踏み出し、ネテロを通り過ぎそれぞれの相手と対峙する。

 

 

 

「なんだぁ? 踏み潰されに来たか羽虫共!」

 

「残念、お前さんは人間という狡賢さを知るのさ」

 

「3人がかりで悪いがそれでもガチンコだ!! 燃えるぜコノヤロー!」

 

「あぁ、これほど滾るのは初めてだ!」

 

 護衛軍モントゥトゥユピー VS モラウ、ナックル、シュート

 

 

 

「これはこれは、ユピーは3人に対して私には子供一人。舐められている、それだけのこと…!」

 

「舐めてなんてねぇ、お前に対する最適解がオレだ。吠え面かかせてやんよ」

 

 シャウアプフ VS キルア・ゾルディック

 

 

 

「っ!?」

 

「やあ、会いたかったよ。死ぬ準備はできてるよね?」

 

 ネフェルピトー VS ヒソカ・モロウ

 

 

 

「ちなみに師団長以下はワシがまとめて相手をする。時の重みを知れ赤子共」

 

「ふざけやがって!」

 

 レオル率いるキメラアント軍 VS アイザック・ネテロ

 

 

 

「クフッ、フハハハハハ!! そうか! 人間にもお前のような存在がいるのだな!!」

 

「全力で来いメルエム。お前を超えて、オレは頂点に昇り詰める!」

 

 メルエム VS ゴン・フリークス

 

 

 

 ネテロ以外のメンバーが攻撃の意志を見せず至近距離まで近付くと、極々自然に屈んで地面に何かを突き刺しひねる。

 

 ノヴが具現化した一夜のあやまち(スペアキー)により四次元マンション(ハイドアンドシーク)への扉が開き、反応出来なかった、あるいはしなかった相手と共に沈んでその場から消えた。

 

『王っ!?』

 

「安心せい、ただ移動しただけじゃ。王と護衛軍は真っ向から打ち破る、むろんお主達もじゃ」

 

「ジジィが調子に乗りやがって、数も数えられねぇほど耄碌したか!?」

 

 人間として生きていた人格の影響が強く、それぞれ違った考え方を持つキメラアントの集団だが今この時は完全に目的が一致した。

 

「相手はジジィで一人だけだ! 囲んで捻り潰すぞ!!」

 

 師団長筆頭レオルの指示により、キメラアント達が雄叫びと共に能力を発動させていく。

 

「遠距離班一斉射!!」

 

 ブロヴーダが遠距離班を指揮し、オーラ弾はもちろん火炎や酸など様々な遠距離攻撃を敢行する。

 

「撃てる奴は撃ちまくれ!!」

 

 ウェルフィンは自身含め、特殊攻撃班の中で遠距離攻撃可能な者達で様々な効果をもたらす能力を行使する。

 

 数百は下らないキメラアント達の約半数が繰り出した絨毯爆撃は、普通の念能力者はおろか一流能力者ですら跡形も残らないであろう威力と回避不能な範囲攻撃を実現した。

 

 凄まじい轟音と粉塵が巻き起こった荒野につかの間の静寂が訪れ、その後師団長以下のキメラアント達が勝鬨の歓声を上げる。

 

『まだだ!』

 

 レオルは観察眼と野生の直感から、ウェルフィンは自分含め特殊攻撃の効果が出たキメラアントがいないことから終わっていないことを確信する。

 

 まだ大量に残る粉塵よりもさらに巨大な観音が出現し、振るわれる掌により粉塵が吹き飛ばされ隠された荒野があらわになる。

 

「ほっほっ、中々いい攻撃じゃったぞ。よく鍛えられとるし足並みも揃っとったわい」

 

 一定の範囲内に変わらぬ密度で撃ち込まれたことがわかる一段低くなった荒野に、攻撃前と変わらぬ無傷のネテロが佇んでいた。

 服についた砂埃を呑気に叩くネテロはキメラアントからのバリエーションに富んだ攻撃を称賛した後、警戒しながら立ち位置を変えていくキメラアントに目を向けその組織だった行動に舌を巻く。

 

「本当に軍顔負けの統率力じゃのぅ、決戦が終わったらハンター協会からいくつか仕事を依頼したいくらいじゃ」

 

「お互い無事で、王の許可が出ればこっちもやぶさかじゃねえよ。そんな未来のためにこっちも本気だ」

 

 軍群グルーミング(アーミーパッド)――

 

 レオルは手元にA4サイズのタッチパッドを具現化し、やや後方の他のキメラアントが能力で建てた土の櫓に登る。

 

「そいつはジジィだがハンター協会会長だ! 全員殺すつもりでやれ!!」

 

「なるほど、タイマンとは違うがこれはこれで血沸くのぅ♪」

 

 広大な荒野において、数百のキメラアントとたった一人の修羅という多勢に無勢の決戦が幕を開けた。

 

 

 

 

 

 もといた荒野から数百キロ離れた平原で、巨大な影と3つの影が何度も交差しては相手を打倒せんと鎬を削っていた。

 

「クソがっ!! うざってぇなチビ虫どもがぁ!!」

 

 魔獣の混成キメラアントであるモントゥトゥユピーは基本的な姿こそ人の形をしているが、その体組織や中身は人間からかけ離れている。

 念能力の補助も受けたモントゥトゥユピーの身体は平時の倍近くまで巨大化し、その身体には何本もの伸縮自在な腕と死角をなくすようにいくつもの目が新たに生えていた。

 

「メルエム様と分断しやがって、すぐにぶっ殺して戻るんだよぉ!!」

 

 その巨体と膨大なオーラをまとった攻撃は一つ一つに致命傷となりうる威力が込められ、モラウ達は戦闘開始からこれまで距離を詰めることができずにいる。

 

「すいません師匠! 流石に掻い潜って当てれません!!」

 

「俺も牽制はできても隙は作れません、ナックルの天上不知唯我独損(ハコワレ)がないと戦線が…」

 

 ナックルとシュートは明らかに格上であるモントゥトゥユピーに対し、攻められないながら押し切られないという善戦を繰り広げていた。

 オーラはもちろんパワーとスピードで圧倒こそされているが、彼らにとってこれ以上のパワーとスピードは日常茶飯事だったからこそ何とか対応できている。

 

「…待たせたな、準備完了だ!」

 

 モラウは前線を弟子に任せてでも行っていた仕込みにより、その上半身が倍以上に膨れ上がり今にもはち切れんばかりだった。

 

「モントゥトゥユピーっつったな、お前、煙と闘ったことはあるか?」

 

「あぁん?」

 

 疑問符を浮かべるモントゥトゥユピーの目に、途轍もない量の紫煙を吐き出すモラウが映る。

 膨らんでいた体積以上の紫煙は拡散することなく形を変えていき、ついにはモントゥトゥユピーを遥かに上回る巨大な煙の巨人となって見下ろしていた。

 

紫煙魔人(スモーキータイタン)、お前がぶっ潰されな!!」

 

「わざわざデカくして当てやすくするたぁ頭悪いな!!」

 

 モラウのスモーキータイタンはその巨体に見合ったパワータイプ故に攻撃速度自体はそれほどでもなく、モントゥトゥユピーはその多くの腕を鞭のようにしならせ拳が届く前に滅多打ちにする。

 しかし命中する腕はスモーキータイタンの煙をごく少量散らすばかりで完全に素通りし、一切堪えない巨人の拳がモントゥトゥユピーに振り下ろされた。

 

「ごぶぁっ!?」

 

 オーラの集中した煙の拳は確かな硬度と重量を持って着弾し、衝撃によるダメージを与えながらさらなる追加効果をもたらす。

 

「んぎぃっ!? 目がぁーーっ!!?」

 

 紫煙は様々な有害物質を含んだ毒性のガス。

 死角をなくすために増やしていたモントゥトゥユピーの大量の目が、直接紫煙を叩きつけられたことで激痛と生理反応により涙をにじませ逆に視界を遮る。

 

「ハコワレ!!」

 

 その隙を見逃さなかったナックルがハコワレを発動させ、モントゥトゥユピーとの戦いにおいてやっとスタート地点に立つ。

 

「こっからが本番だ、気合い入れてくぞ!!」

 

『押忍!!』

 

「ふざけやがって、全員皆殺しだ!!」

 

 風が吹き荒ぶ平原で、ハンターと魔獣が互いを打倒せんと衝突する。

 

 

 

 

 

 もといた荒野から数百キロ離れた、まだらに木が乱立する長閑な林。

 転移してきたキルアとシャウアプフは、互いに動かず静かに相手を観察していた。

 見るからにローティーンのキルアが相手とあって激昂しかけたシャウアプフだったが、転移してからの短い時間で侮る気持ちは欠片も残らず消え去っている。

 

麟粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)が効いていない、なるほど、私の最適解と言うだけはある。それだけのこと)

 

(ほんの少し吸い込んでみたけどやべぇなこれ、やっぱ普通の毒と念の毒は別物だな)

 

 スピリチュアルメッセージが不発に終わったとはいえ、キルアも改めて自分だけで相手をしなければいけなかったと理解していた。

 あえて少量摂取した麟粉は毒耐性の高いキルアでも危うく発症しかけたほどで、神速(カンムル)により体内で分解しなければ他のメンバーでは何らかの影響が出たのは間違いなかった。

 

「認めましょう、貴方は私に一矢報いることができると。しかし脅威にはなり得ない、すぐに片付けてメルエム様と合流する。それだけのこと」

 

「こちとら絶賛成長期だ、最後に立ってるのはオレさ」

 

 静かな林の中心で、暗殺者と蝶が音もなく戦闘を開始する。

 

 

 

 

 

 もといた荒野からそれほど遠くない荒野の一角で、二人の人外が互いにオーラを高めて相対していた。

 一般人なら死亡する可能性が高く、普通の念能力者でも意識を保てないほど濃密で質の高いオーラが衝突して反発し、指向性を持たせなければ本来物理に作用しないはずにも関わらず音と風が巻き起こっている。

 

「普通に反応できてたけどついてきてよかったの? 今頃他の人達慌ててるんじゃない?」

 

「部下達を侮るな、余がいなくとも問題ないレベルの精鋭揃いよ。お主こそよかったのか? ピトーが相手をするあの禍々しい男の方が強かろう」

 

「オレがお眼鏡にかなったからついてきたんでしょ? こっちも相手するのに一番いい組み合わせを選んだんだよ」

 

 ゴン達の王と護衛軍を分断する策は成功したが、実のところメルエムとネフェルピトーは妨害か回避を行える反応を見せていた。

 しかしネフェルピトーはヒソカが逃さなかったために対応できず、メルエムに関してはむしろ望んでゴンについてきた節があった。

 

「まさに古強者と言うべきハンター協会会長、お主達の中で最も強く今の余すら超えているであろうあの男。どちらも優劣付け難い最上級以上の馳走なのは間違いないが、お主だけは他の者に譲るわけにはいかん!」

 

 メルエムにとってネテロとヒソカは、油断なくとも敗れかねないと思わせる人類最高峰を確信させる強者だった。それでもゴンという存在が、二人への興味を圧倒的に上回る食欲をもたらし続けている。

 

「こうして間近に見ても理解できん、お主の身体はすでに人間という種を超えている。オーラの感覚からして間違いなく人間のはずにも関わらず、おそらくは尋常ならざる鍛錬の果に自己進化を成し遂げている」

 

 多くの美食に触れたことで全く食指が動かなくなった人間のはずが、メルエムの口内はゴンと相対した瞬間から大量のよだれが分泌されて止まらない。

 ゴンの規格外のオーラも理由の一つとはいえ、もはや新種とも言える筋肉を本能が求めて止まないのだ。

 

「さっさと準備を終えるがいい。王を待たせる大罪だが、今の余は機嫌が良い」

 

「…借筋地獄(ありったけのパワー)!」

 

 修羅同士の無限組手と、レオリオの治療にビスケのマッサージは、ゴンの肉体を数段階上に押し上げた。

 ゴンさん(原作)に追い付いたとは口が裂けても言えないながら、借筋地獄をほとんど反動なく行使できるだけの筋肉が育っていた。

 更に増大したオーラと筋肉にメルエムの口からよだれが漏れ出すが、二人のオーラが影響して地に落ちる前に弾け飛ぶ。

 

 もはや言葉はなく、食欲に支配される太陽王と憧れを超えんとする筋肉が同時に飛び出し衝突した。

 

 

 

 

 

 もといた荒野から最も離れて転移した二人、ヒソカとネフェルピトーは鬱蒼とした森の中で対峙していた。

 珍しく柔らかい笑みを浮かべるヒソカに対し、ネフェルピトーは冷や汗を流しながらその胸中を荒れに荒れさせていた。

 

(ダメだ、あいつとメルエム様を戦わせたらダメだ! あいつは、あいつの牙はメルエム様の命に届く!!)

 

 それはメルエムを除きネフェルピトーだけが、あるいはネフェルピトーのみが気付いたゴンの伸び代。

 ギチギチに固められて今にも破裂しそうなその才能が、メルエムとの邂逅で覚醒し爆発的進化をするという最悪の予感。

 

(早くメルエム様のもとに行かないといけないのに、それなのに…!)

 

「ゴンが気になるのかい?」

 

 静かな問いかけにビクリと反応したネフェルピトーは、冷や汗の原因である目の前のヒソカに苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる。

 

「ダメだよ、ゴンのところには行かせない♦君は今ここで、ボクに殺されるんだ♠」

 

(こいつが、こいつもやばい。僕よりも、メルエム様よりも強い!!)

 

 それがネフェルピトーの本能が訴える事実であり、ある意味メルエムとヒソカを分断できてよかったと感じる思考も存在した。

 

 それでもネフェルピトーの本能は、ゴンを何とかしなければいけないと特大の警鐘を鳴らし続けるのだ。

 

「早く死んでね、ゴンの勇姿を少しでも長く視たいんだ♥」

 

 明らかに自分より格上のピエロに迫られ、それ以上の筋肉がメルエムと衝突しているという現実。

 立ち向かっても退いても地獄でありながら、何とかしてメルエムと合流しなければと、キメラアントの未来を繋がねばと本能が堂々巡りを繰り返す。

 

 そして思考がパンクする寸前、ネフェルピトーの脳内をメルエムからの王命が支配する。

 

「僕の身体を作り変えろ、玩具改修者(マッドドクター)

 

 ネフェルピトーの尻尾の先からグロテスクなナースが生え、背後に並ぶ様々な医療器具がネフェルピトーに突き刺さる。

 怪我の治療も可能なネフェルピトーのマッドドクターは、医療系能力ではなく生物を作り変える能力。

 

 キメラアントの新たな女王になるための可能性が、一片も残らず戦闘特化に作り変えられる。

 

「僕の命を弾けさせろ、黒死夢想(テレプシコーラ)!」

 

 改造が終わり消えたナースに代わり、ネフェルピトーの背後に髑髏の黒いプリマドンナが現れた。

 正しくネフェルピトーの命を削って発動した能力は、戦闘特化となった身体をさらに限界以上に操作する。

 

 キメラアントの未来もメルエムに仕える義務も捨てたネフェルピトーのワガママ、ヒソカとゴンを始末することのみにすべてを捧げたありったけ。

 

 今のネフェルピトーは、メルエムを超えるキメラアントの頂点に立っていた。

 

 

……お前、何してんの?

 

 

 そんな圧倒的強さを手に入れたネフェルピトーの前に、表情が全て抜け落ちたヒソカがいた。

 

 ネフェルピトーは己の身体を改造し、限界以上に操作することで強さを手に入れた。

 

 その戦闘スタイルは、ヒソカにある人物を思い起こさせるには十分すぎた。

 

「やっちゃったね? お前やっちゃったよ、よりにもよってそれをボクに見せるなんて…」

 

 ヒソカのオーラが黒より淀んだ色に澱み、溢れたオーラが殺意すら可愛く思える圧を放つ。

 

「殺す、楽に死ねると思うなよ」

 

 戦闘本能に支配されたネフェルピトーが、思わず一歩下がるほどの禍々しさ。

 それでもメルエムのため、ネフェルピトーは猫のように唸ると吶喊する。

 

 人類最強とキメラアント最強が、誰も見ていない森の中で激突する。

 

 



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第90話 モントゥトゥユピー VS 師弟トリオ


 今更あけましておめでとうございます。



 

 

紫煙魔人(スモーキータイタン)!!」

 

「うがぁーーっ!! うざってぇんだよぉーーーっ!!」

 

 平原で行われている師弟トリオとモントゥトゥユピーの戦闘は、変幻自在にして大質量のスモーキータイタンが優勢に事を運んでいた。

 元々本能が強く圧倒的フィジカルによる戦闘スタイルが売りのモントゥトゥユピーは、己より巨大な存在に好き勝手殴られ自分の攻撃は透かされるという事態にすっかり頭に血が上っていた。

 

「ドラァッ!!」

 

「せいやぁっ!!」

 

 更に巨大化したモントゥトゥユピーの足元ではナックルとシュートが懸命に攻撃を繰り返し、ダメージは見られなくとも着々と準備を勧めている。

 

「ナックル! まだ足りないのか!?」

 

「シュートはもう少し続けてくれ! 師匠はもう足りてる!!」

 

 視野狭窄のモントゥトゥユピーは気付いていないが、横に浮かぶポットクリンは着実に利息を増やしている。

 オーラの貸し借りによりダメージを無効化できるナックルの天上不知唯我独損(ハコワレ)がこの戦いの鍵であり、誰も犠牲にならずに決着を付けられる可能性が一番高い手段だった。

 

「お前等一旦下がれ!! 紫煙幕(スモーキーカーテン)!」

 

「ぶはぁ!? くっせぇーーっ!!」

 

「からの、タイタンプレス!!」

 

 モラウが展開した大量の煙幕は、ナックルとシュートを下がらせ大技を決めるための隙を生み、両手を組んだ紫煙魔人の一撃がモントゥトゥユピーを地面にめり込ませる。

 そのまま拘束して少しでもポットクリンの利息を貯めようとしたモラウだったが、急激に膨れ上がったモントゥトゥユピーの身体とオーラを感じ慌てて紫煙魔人を普通の紫煙に戻す。

 

『ガァァォァーーーッ!!!』

 

 モントゥトゥユピーの膨らんだ身体とオーラが爆発し、紫煙魔人の大半を吹き飛ばして巨大なクレーターを作り上げる。

 下がっていたことが幸いしたナックルとシュートも無傷でやり過ごすことに成功したが、その無差別な大規模破壊に冷や汗を流して小さくなったモントゥトゥユピーを見やる。

 

「……ふぅ~、スッとしたぜぇ~。なるほどなぁ、カッとしたらこうすればいいのか」

 

 そこに先程までの激昂して無闇矢鱈と暴れていたモントゥトゥユピーはおらず、感情を爆発させたことで冷静さを取り戻した戦士が佇んでいる。

 

「この変な人形も直接影響があるわけじゃねえのか、ならとりあえず本体をぶちのめしゃ解決だな」

 

 モントゥトゥユピーがクレーターの底からモラウ達を見上げると、今までの考えなしではなく明確な意志を持って身体を変化させていく。

 これまでの攻防で相手の攻撃力がそこまでではないと判断し、防御力は最小限に攻撃力と速度を追求していく。

 

「侮って悪かったな羽虫野郎共、こっからは本気で潰しにいくぜ」

 

 クレーターから飛び上がりモラウ達の前に着地したモントゥトゥユピーの姿は、一言で言うなら六眼六臂のケンタウロス。

 無駄に増やしていた目は死角がない程度に顔に並べ、腕は刃と鈍器と銃口をそれぞれ2本、そして腰から下は六本足の馬となって地面を掴む。

 

「こりゃ強烈だな、間に合ったかナックル?」

 

「さっきのでこいつはかなりオーラを消費しました、グレートですよ、これならいける! ポットクリン、連帯保証契約(ミチヅレ)発動!!」

 

 ナックルが突然モラウとシュートを殴り付けると、二人の横に色違いのポットクリンが出現する。

 それは相手を一ヶ月間強制的に絶状態にするハコワレを無駄に期間が長くないかと指摘したゴンのアドバイスにより生まれた、絶の期間を減らすことでポットクリンによるオーラのやり取りを第三者にも適用させる新たなハコワレ。

 単純に利息を貯める手段が3倍になることは早期決着につながる上、オーラの貸し借りにより多少なりともダメージの軽減まで見込める。

 

「師匠もシュートも破産したら10日間の絶になる。しかもあいつの攻撃をくらったら一発破産もありえる、過信だけはしないでくれ!」

 

「んなことわかってんよ。ここからは目眩ましもなしだ」

 

「何気に初めてですよね、俺達と師匠が本気でするスリーマンセルは」

 

 油断も驕りもなくなったモントゥトゥユピーにスモーキータイタンはむしろ悪手と判断したモラウは紫煙を回収し、自分達に纏わせることで動きを補助する鎧となる紫煙鎧(スモーキーアーマー)を発動する。

 シュートは操作している浮遊する手に乗って浮き上がると、修行によって増えた手を衛星のように加速させていく。

 モントゥトゥユピーは遙かに身体もオーラも小さい3人が、知恵と技術で自分に脅威と確信させていることを冷静になった頭で認識した。

 

「来いよ人間共! 俺はメルエム様の武具モントゥトゥユピー、王の邪魔をする奴等は皆殺しだ!!」

 

 戦いは一見すればモントゥトゥユピーの独擅場だった。

 巨体からは信じられない速度で駆けながら、伸縮自在の武器腕が一つ一つ致命傷となる威力で振るわれる。

 点の威力を突き詰めた鈍器腕に線による防御困難な斬撃腕が近接で猛威をふるい、離れても銃口腕からオーラ弾が湯水の如く乱射される。

 

 それでもモントゥトゥユピーのポットクリンは、徐々に利息を増加させていた。

 

 モラウ達の連携は完璧と言える練度を誇り、正に三位一体となった彼等は互いを高めあって何倍もの実力を発揮している。

 恐れを知らないかのように勇猛果敢に攻めたてるナックルに、それを補助しながら高速で飛び回るシュート、そして二人が何も気にせず戦うことができるように紫煙拳(ディープパープル)を駆使するモラウ。

 モントゥトゥユピーの戦闘スタイルがオーラ消費を気にしないことも功を奏し、刻一刻と決着の時が近付いている。

 それを本能で感じ取ったモントゥトゥユピーは激怒し、それでも残った冷静さが現状の悪さを理解した。

 

(これが、これが人間、これが念能力者同士の戦い!)

 

 攻撃力に防御力はもちろんオーラ総量にオーラ出力全てが足元にも及ばない、本来敵になり得ないはずの相手を仕留めきれない不甲斐なさ。

 それと同時に胸中に生まれた、弱いのに強いという矛盾を成し遂げていることへの敬意。

 

 

 そしてモントゥトゥユピーの脳内に発生した、全てがどうでもいいと思えるほどの恐怖。

 

 

「ああぁーーーっ!!!」

 

 メルエムの武具としての役目を果たせず敗北する未来を幻視し、爆発した感情がオーラと身体を弾けさせようと膨張を始める。

 

「バカヤロー! んな隙だらけの技はいい的だぜ!!」

 

「一気に決めるぞナックル!!」

 

 一度見たことで爆発のタイミングや範囲を把握していたナックルとシュートは、決着を付けるために全力で攻撃すべく突撃する。

 

 実力と経験の差、そしてやや引いていたモラウはモントゥトゥユピーの目から冷静さが失われていないことに気付いた。

 

「お前等下がれ!!」

 

 攻撃が当たる直前にモントゥトゥユピーの身体がしぼみ、空振って死に体の二人に向けて腹部に出現した大口が照準を合わせる。

 

「俺の前から消え失せろーーー!!!」

 

 全方位に向かっていた破壊力に指向性をもたせたレーザーのような一撃が撃ち放たれ、射線上の数百メートルを文字通り消し飛ばして破壊の限りを尽くした。

 

「はぁ、はぁ、…なんでだ、本体を消したのになんでこいつがまだいやがる!?」

 

 モントゥトゥユピーはナックルを消し飛ばしたにも関わらずカウントを続けるポットクリンに顔を青褪めさせ、今の一撃を何とか回避して構えているモラウには目もくれず身体を変化させていく。

 

 それは攻撃力も防御力も捨てて速度にのみ特化した、まるでジェット機のようなフォルムの猛禽類の姿。

 

「俺は、メルエム様のお役に立つんだよぉーーーっ!!!」

 

 キメラアントの本能か、正確にメルエムのいる方角を見極めたモントゥトゥユピーがオーラの噴出をエネルギーにして超速飛行を開始する。

 追うのはもちろん妨害する暇すらなく一瞬で姿が見えなくなったのを確認したモラウは、張り詰めていた集中の糸がプッツリと切れたのを自覚し大量の汗を流しながら座り込んだ。

 

「くそ、あの速度じゃもう追い付けねえ。…情けないぜ、三人がかりでこの程度の足止めが精一杯かよ」

 

 重傷は避けながらも全身にある傷を紫煙で止血しながら、隣でカウントを続ける色違いポットクリンに視線を向ける。

 そして今の位置から離れた所へと向かい歩き出すと、戦闘の余波が及ばない位置にシュートの暗い宿(ホテルラフレシア)が所在なく漂っているのを発見した。

 

「ナックルもシュートも、俺なんかにゃ出来すぎた弟子だよ」

 

 中身が見えない鳥籠の扉を開けると、そこから勢いよくナックルとシュートが飛び出してきて地面に転がる。

 

「あっぶねぇーー!? ありがとうシュート俺死んだと思った!!」

 

「俺も生きてるのが不思議だ。ありがとうございます、師匠の声がなければ飛込宿(カプセルラフレシア)は間に合いませんでした」

 

 与えたダメージに応じて相手の身体を鳥籠に閉じ込めることができるシュートのホテルラフレシアだが、承諾さえあれば浮遊する手に触れている時に限り緊急避難が可能な応用技を開発していた。

 戦闘方面より念能力の向上を目指し始めたノヴに触発されて生み出されたカプセルラフレシアは、第三者から鳥籠を開けてもらえなければ脱出不可能ながら絶望的状況から一瞬で離脱できるという破格の性能を持つ。

 

 今回どれだけギリギリだったかは、焦げて煙を上げるナックルのリーゼントが証明していた。

 

「師匠、モントゥトゥユピーの奴はどうしたんです? 範囲外にいるのはわかりますけど、もしかして痛手を与えたんすか?」

 

「いや、ポットクリンが消えないことに危機感を持ったみたいでな、信じられないスピードで飛んでいった。しかも方角的にメルエムのところに向かったな」

 

「それはまずいですね。戦闘中だろうゴンと連絡なんて取れないですし」

 

「連絡についてはネテロ会長に発信しといた。モントゥトゥユピーを取り逃がしたことしか伝わらないが、あの人ならきっと間に合う」

 

 そして最低限できることがなくなってしまうと、いよいよ気力が底を尽きた三人はその場に座り込む。

 もはやノヴに連絡を取って四次元マンション(ハイドアンドシーク)で他の戦場に行こうにも、激戦後の集中力が切れた状態では足手まといにしかならない。

 

「範囲外でカウントしなくてもポットクリンが横にいたら気が散るでしょうし、二人が破産するギリギリまではミチヅレを維持します。こっちがトリタテンになったらどうせむこうのポットクリンも消えますしね」

 

 ポットクリンの利息カウントはナックルから離れすぎると止まってしまうのだが、ミチヅレによって増えた色違いポットクリンは離れていようが構わずカウントを進めてしまうデメリットがある。

 それでもモントゥトゥユピーのように一撃で破産させられる相手でなければ、文字通りお互い無傷での決着もあり得るナックルとシュートにとって最高の能力だった。

 

「しかしあれで護衛軍の中では一番やりやすい相手ですか、相性的にしょうがなかったとはいえキルアが心配ですね」

 

「そうなんだよ、俺等より強いとはいえまだまだ子供だしな。信頼してても心配しちまうぜ」

 

 同い年のゴンが今まさにメルエムと戦闘中でモントゥトゥユピーまで向かったというのに、ナックルとシュートはシャウアプフと戦闘中であろうキルアの安否を懸念する。

 それだけゴンの強さがシンプルで強烈だということだが、ハンターとして長く活動してきたモラウからするとまた違ったものが見えてくる。

 

「俺としても怖いのはゴンなんだがな、正直信じられないって思うのはキルアだ」

 

 モラウの意見に疑問符を浮かべた弟子達は、煙管を吸い出した師匠に続きを促すように黙って視線を向ける。

 ゆっくりと一呼吸したモラウはゴンがありえない強さと精神力を持っているのは肯定した上で、キルアというゾルディック家の秘宝とも言うべき規格外を語った。

 

「あの年齢で考えられる最上の身体能力と、各種耐性の強さという巨大な基礎があったとはいえ本来は有りえないんだよ。念能力者として2年経ってないガキがネテロ会長に追い縋ってるなんてな」

 

 それはゴンやヒソカという見えすぎる強者に隠れて見過ごされがちな事実、十代前半の念能力新入生が修羅達の輪に加わっているという異常事態。

 ゴンも大概おかしいが一応念能力者としては5年以上のキャリアが有るわけで、最高の修行環境があったとはいえ一年半程度で追い付くには何もかも足りないはずなのだ。

 

「いつもネテロ会長やビスケさんが言ってることだが、才能って観点で言えばキルアに太刀打ちできる奴は存在しねぇのさ」

 

 圧倒的強さを持つ修羅達に対して、まさに雷光の如き速度で迫るキルア。

 今この瞬間も成長している真っ只中なのは間違いなく、モラウにとってももはや滅多なことでは勝てない次元に到達している。

 

「しかもキルアはキメラアントみたいに与えられた強さじゃなく、自らの意志と努力で築き上げた強さだ。もし勝てなかったとしても、絶対に負けることだけはないはずだ」

 

 力強く断言したモラウに幾分安心したナックルとシュートも改めて力を抜き、師弟達は未だ続いているだろう決戦の勝利を願いながら静かに休息を取る。

 

 

 光も音も届かぬ遥か離れた地で、雷皇による特大の閃光が爆発して消えた。

 

 



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第91話 シャウアプフ VS キルア

 

 

 静かな林の中で行われる戦闘は近くに居たとしても気付けないほどに無音だった。

 

 キルアは神速(カンムル)を使い仄かに瞬きながらも漏電させず、その暗殺技術と戦闘センスを駆使し完全に無音ながらとんでもないスピードとキレで林を縦横無尽に駆け回る。

 

 シャウアプフはその蝶の翅に似つかわしくない速度で木々の間を音もなく飛行し、麟粉乃愛泉(スピリチュアルメッセージ)をレイピアの形に固めてフクロウ顔負けの夜間戦闘を続けている。

 

(速いっつーの、もっと虫らしくヒラヒラ飛んでろよ。しかも何か厄介な発持ってそうな感じするんだよな)

 

(速いは速いが、捉えきれないほどではないのに触れられない。最高速度ではなく緩急含めたキレが想定以上、それだけのこと)

 

 互いにまだ様子見も兼ねた前哨戦なのだが、音のなさと夜の暗さもあって一流ですら視認できない超常の戦いとなっている。

 自分の手札を見せず相手の手札を引き出そうと企む戦闘だったが、一刻も早くメルエムのもとに馳せ参じたいシャウアプフが先に動くことを決めた。

 

「舞え、スピリチュアルメッセージ!」

 

 夜間でも目に見えるほどの量、そしてわずかに発光している鱗粉がばら撒かれると色とりどりに明滅する。

 

「貴方の悪夢に沈みなさい! 悪夢乃蜃気楼(ファントムメッセージ)!!」

 

 それは鱗粉と光による催眠を併用し、相手に悪夢を見せるスピリチュアルメッセージの応用技。

 キルアのような毒への耐性持ちだけでなく、ゴンのように端から自分を操作しているような相手に催眠をかけるための念に頼らない物理的な催眠。

 何を見たのかキルアはビクリと身体を硬直させ、目の焦点も合わずただの棒立ちになる。

 

「手こずらせてくれましたね、敬意を表して確実に殺す。それだけのこと」

 

 シャウアプフはスピリチュアルメッセージによりキルアが恐怖の感情に支配されているのを確認した後、油断することなく直上から自身の最高速度で急所を突くべく急降下する。

 

 レイピアの切っ先がキルアの脳天に触れた瞬間、シャウアプフの頭が身体から離れて地面を転がった。

 

「なっ!!?」

 

「…っぁあ〜〜、なんつうもん見せやがるコノヤロー」

 

 シャウアプフのファントムメッセージはたしかに効果を発揮し、キルアに催眠をかけて動きを封じることが出来た。

 

「マジでオレじゃなかったら終わってたな、ヒソカならどうとでもなった気がするのが腹立つけどよ」

 

 神速・疾風迅雷、キルアが視認も反応もできていない攻撃に対してすら発動する超高速カウンター。

 悪夢に囚われながらもシャウアプフの頸を正確に刎ね、頭を失った身体はレイピアを地面に突き刺しそのまま固まっている。

 

「なるほど、まさに私の天敵と言って間違いない。万全以上に準備されていた。それだけのこと」

 

 頭だけになりながら言葉を発したシャウアプフを油断なく見下ろしたキルアは、とどめを刺すべく転がる頭にゆっくりと近付いていく。

 

「やれやれ、首を刎ねても安心できませんか? 虫は元々殺されてもしばらくは動く。それだけの…」

 

 言葉を遮り放たれたサッカーボールキックが転がる頭部を粉砕し、背後から音もなく突き出されたレイピアが虚しく空を切る。

 

「やっぱりな。視線に声、そんでオーラもこれから死ぬ奴のじゃねえんだよ。下手くそな演技すぎて笑いそうになったわ」

 

「それは失礼しました。何分経験不足なものでして」

 

 シャウアプフの何もない首から上に粒子が集まっていき、切られた傷は疎か砕けた痕跡すら残さず無傷の頭部が姿を表す。

 

「身体の粒子化か? ありきたりなところで小さくなればなるほど弱体化ってところだな。物理攻撃に滅法強いからこその余裕ってわけだ」

 

Exactly(そのとおりでございます)! 流石は子供といえど経験豊富なハンターと言ったところですか。貴方の能力も非常に素晴らしい!!」

 

「へぇ~、わかったんだ?」

 

「無論です。人の限界を超えた反応速度と瞬発力、そしてレイピアで触れた時に感じたほんの僅かな電気。生体電気を操作する能力と見ました」

 

 自信満々に語るシャウアプフは天を仰ぎ、間違いなく超一流の発を持った相手と出会えたことに歓喜する。

 

「数だけは多い人間の中で最上級の上澄みなのは間違いない。これを献上出来れば、メルエム様はさらなる輝きを放たれることでしょう!」

 

 隙だらけの姿を見ても油断しないキルアはゆっくりと動き出し、肢曲による残像を生み出しながらシャウアプフへと迫る。

 飛翔もせずに待ち構えるその腹部に超速の貫手を差し込むも、手応えも何もなくただただ空洞を作るにとどまり返しのレイピアを避けて下がる。

 

「無駄です、大人しく降伏するなら無傷で捕えてあげましょう。私の天敵になりうるとはいえ、戦力の差は歴然。それだけのこと」

 

 どこまでも人間を見下した発言にキルアは顔をしかめ、応えることなく再び肢曲を使って間合いを詰める。

 全く同じ動きの攻撃にカウンターを合わせようとしたシャウアプフだったが、つい先程頸を刎ねられたこと、キルアの目とオーラの静けさに本能が踏み出すはずの足を後退させた。

 

 電気の弾ける音と閃光が周囲に広がり、レイピアを握る手が焼き切られて転がる。

 

蠅の支配者(ベルゼブブ)!!」

 

 電気を纏うキルアの追撃は粒子となって散ったシャウアプフに届かず、空中で形を成した身体はレイピアを回収して五体満足に戻った。

 

「キサマ、私の、メルエム様の所有物である私の身体をっ!!」

 

 憤怒の表情を浮かべ実際に激昂しているシャウアプフのわずかに残った理性が、自身の一部を焼失させたキルアの雷掌(イズツシ)に驚愕して最大級の警鐘を鳴らす。

 

「本当によく喋る奴だな。お前の厄介な光の催眠さ、粒子になるやつと併用できないんだろ? じゃなきゃさっきも今も使わない理由がねえ。言っただろ、オレがお前の最適解だ」

 

 キルアの言う通り、シャウアプフのスピリチュアルメッセージはレイピアのように物体として固定化させなければベルゼブブとの同時使用ができない。

 己の身体を粒子レベルまで細分化し操作するという規格外の能力は、シャウアプフの優れたキャパシティですら限界ギリギリの発なのだ。

 しかし己の能力の弱点を見破られたにも関わらず、シャウアプフはキルアの雷皇(オレミカヅチ)にその思考を奪われていた。

 

(ありえない! 生体電気を操作する能力ならわかる、オーラを電気に変化させる能力ならわかる、しかし系統的に相反するその2つを両立させるなど不可能!!)

 

 シャウアプフが考えるように、同じ電気に由来する能力とはいえこの2つを両立させるのは本来ありえない。

 相手にダメージを与えるレベルの電気を出力することと己を傷付けないほど微弱な生体電気を操ることは、もはや別の発と言った方がいいほどにかけ離れた分野だからだ。

 変化系のキルアがそこまで繊細にオーラを電気に変化させるというのは、放水車の水で火を消しながら水を溢さずお猪口を満たすレベルのオーラコントロールが求められる。

 

 ネテロにビスケという長い時を武に捧げた二人が認め、ヒソカという戦闘において最高の実力者すら凌駕するモノ。

 

 超一流ですら絶句する、空前絶後のセンスが可能としたオーラコントロール。

 

 親友(修羅)に並ぶことを誓ったキルアの輝きは、世界最高の暗殺一家ゾルディック家をその歴史ごと完全に上回った。

 

 跳躍したキルアが腕を振るうとオーラが空中に留まるシャウアプフに雷となって放たれ、ギリギリで避けたシャウアプフの後ろにあった木に着弾する。

 

(っ!? 今まで触れた地点にオーラが!)

 

 凝を強めたシャウアプフの目に映ったのは、周囲にまんべんなく付着した少量のオーラ。

 隠によって隠されていたオーラを指針として放たれる落雷(ナルカミ)は、下だけでなく横にも上にも落ちることができる。

 

(まずい! 射線の予測はできても攻撃自体が速過ぎる!? ベルゼブブで散ったとしてもむしろ被弾面積を増やすだけで悪手!)

 

 キルアの動きと残留オーラから攻撃範囲を推測してなんとか回避を続けるシャウアプフだが、雷速にして不規則な軌道で迫るナルカミに追い詰められていく自覚があった。

 そしてこのままでは“間に合わない”ことを悟ったシャウアプフはベルゼブブのリソースを減らし、鱗粉を大量展開することでキルアの猛攻を一時的に遮断する。

 

偶像乃細剣(スピリチュアルレイピア)!」

 

 催眠を警戒して距離を取ったキルアをよそに大量の鱗粉が高圧縮されていき、掠るだけで様々な症状を引き起こす猛毒のレイピアが新たに3本形成される。

 

「ベルゼブブ!!」

 

 全力で発動した能力により身体が粒子となって分裂し、ややサイズダウンした4人のシャウアプフとなってそれぞれがレイピアを握る。

 

『この数が戦闘力を落とさずに戦えるギリギリ、スマートではありませんが囲んで刻む。それだけのこと』

 

「はっ! やれるもんならやってみろや!!」

 

 シャウアプフは同一個体による完璧を超えた連携でレイピアを繰り出すが、キルアは神速・疾風迅雷で回避だけでなく反撃すら行いながら互角の戦闘を続ける。

行いながら互角の戦闘を続ける。

 4人に増えた高速飛行によるレイピアに加え高速振動する翅の猛攻がキルアに襲いかかるも、そのどれもがキルアに触れこそすれど傷付けることなくすり抜けていく。

 シャウアプフが細胞の損失を何よりも恐れているのも拮抗している理由の一つだが、単純にキルアがそれだけの強さを手に入れているのが最大の理由である。

 

 神速・疾風迅雷という規格外な能力は自動迎撃という特性上、相手の攻撃がオーラに触れた瞬間必ず発動してしまう。

 キルアはオーラを薄皮一枚程度の厚さで纏うことで誤作動を防ぎ、雷速の反射反応とそれについていける身体能力で攻撃に触れてからの回避を実現している。

 もはや経験と技術による誘導(ネテロとビスケ)か、戦闘巧者による出し抜き(ヒソカ)か、回避不能の範囲攻撃(ジャンケンパー)でもなければ脅威となり得ない。

 

 キルアがオーラと電気を貯めている電池を3本消費した頃には、攻防への慣れから反撃の回数と精度が徐々に上がり続けていく。

 

 そしてかすり傷すら付けられないシャウアプフが距離を取って離れると、無傷のはずのキルアが血を吐き出して膝を突いた。

 

「やっとですか、思った以上に時間がかかりましたがこれにて終演。それだけのこと」

 

「ありえねえ、吸い込んじゃいないし皮膚から浸透できるようなオーラの隙間も空けた覚えはねえぞ!」

 

 再び吐血したキルアを苛むのは、生き物なら普通に持っている鍛えようのない弱点である内臓への攻撃。

 体内の5箇所で暴れる極小のシャウアプフをなんとか捕捉するも、取り出すには身体の奥深くにすぎ、電流で焼き切るには重要器官が近すぎた。

 

「ベルゼブブで分かれた私は小さくなるほど思考能力が低下し、その動きも緩慢になっていきます。あなたの体内に潜入した後、確かなダメージを与えるまで集合するのを待つのは楽ではなかったですよ」

 

「んなこと聞いちゃいねえ、オレはお前にそんな隙を与えてない。一切目を離してないのにどうやっ…、っ!!」

 

「気付きましたか。そう、あなたをファントムメッセージに沈めたあの時です。催眠の継続を止めて取った保険でしたが、何が功を奏すかわからないものですね」

 

 キルアが悪夢に襲われていたあの僅かな時間、シャウアプフは感知されないよう限界まで極小化した分身を送り込んでいた。

 あまりに小さく脅威となり得ない分身達は疾風迅雷のセキュリティをかいくぐり、途中鱗粉を大量に放出した際にコントロールを失いいくらかの分身が消滅したが、今まさに内臓へダメージを与えられるレベルまで集合を果たした。

 

「このまま止めを刺すことは容易いですが、窮鼠猫を噛むと言いますからね。死ぬのを待たせていただきましょう」

 

 シャウアプフはキルアの無差別放電を危惧するのと同時に、生きて捕らえられる可能性も視野に入れて何らかの動きがあるまでは傍観することを決める。

 危険を避け確実な勝利を手にするための最善手、しかしシャウアプフの選択はキルアに時間と機会を与えてしまった。

 

「やっぱこうなるか、まだまだオレ一人の力じゃ足りねえってことだな」

 

 悔しそうに取り出したのはデフォルメされたキルアの描かれた電池ではなく、倍以上の大きさに膨れたマッチョなゴンが描かれた電池。

 キルアがシンプルに念電池(バッテリー)と名付けて具現化するこの電池は、期間こそ短いが他人のオーラを込めて保存しておくことができる。

 

 容量ギリギリまで込められたゴンの強化率200%のオーラを、キルアは電池を握り潰すことで一時的に己のものとする。

 

 馬鹿みたいな質と量のオーラを取り込んだキルアの身体から、一瞬でも気を緩めれば物理的に爆散するエネルギーが吹き荒れる。

 

 突然の強化が無茶無謀の試みだと理解したシャウアプフはキルアを囲むように距離を離し、まだオーラに潰されていないその姿を高みの見物とばかりに見下ろす。

 

(これでは一部しか持って帰れそうにありませんが、素晴らしい能力の着想は得られました。それで良しとする、それだけの…)

 

雷皇(オレミカヅチ)!!」

 

 荒れ狂うオーラが指向性を持って渦を巻き、キルアの小さな身体に吸い込まれて消えていく。

 

 精孔から噴出することで体外に出るはずのオーラが吸い込まれていくのは、ゴンと同様に自身の身体に効果を及ぼすことを意味している。

 

 オーラを飲み込みその身体がひときわ強く輝くと、爆音とともに雷撃が全方位に巻き散らされる。

 

「……はあ?」

 

 ダメージはないものの眩んだ目を瞬かせたシャウアプフの目に映ったのは先程までの電気を纏ったキルアの姿ではなく、所々形が崩れては戻るを繰り返す何とか人の形を取り繕った電気の塊。

 

「長くは保たねえ、一発で終わらせる」

 

 電気の塊が言葉を発し自分を見たこと、体内にいた分身が消滅していることを認識したシャウアプフは別々の方向へ逃走を開始する。

 

 林を飛び出し空に羽ばたいたシャウアプフと分身は、既に空中に佇む電気の塊(キルア)に瞠目した。

 

 しかも雷がキルアを中心に巨大な球状の檻となって展開されており、今までが嘘のような規模の能力行使に絶望感が押し寄せる。

 

雷廟(オリガミ)

 

 言葉と同時に檻の中を大量の雷が蹂躙し、想像を絶する閃光と爆音を撒き散らして破壊を振りまく。

 

 夜の静けさを取り戻した林は一部が完全に消し飛び、何もない空き地の中心でキルアが息も絶え絶えにへたり込んでいた。

 

「くそっ、何とかなったけど完璧じゃねえ!」

 

 キルアの発雷皇(オレミカヅチ)は、オーラを電気に変化させる能力ではない。

 ククルーマウンテンで初めて使った時はそうだったのだが、幻影旅団との戦闘で名付けた時から本質が変わっていた。

 どこまでも人から逸脱していく修羅(親友)に並び立つための能力、人を逸脱して付いていくことを決意した発。

 

 オーラを電気に変化させるのではなく、自分そのものを雷に変化させるという気狂いの発想。

 

 実現するのにまだまだ足りない技術とオーラをゴンのオーラを使って無理矢理形にしたが、雷化前の怪我が残るなど想定通りの結果を得ることは出来なかった。

 

「…ちくしょう」

 

 キルアが見上げる先、空中に無傷のシャウアプフが佇んでいる。

 

 先程の一撃は間違いなく命中して範囲内の全てを消滅させたが、完全なる保険として分身の操作範囲ギリギリに潜んでいた本体のシャウアプフはなんとか範囲外に逃れていた。

 もはや自前のオーラも底をつき動くことすらままならないキルアと、自身の7割を削られながらも戦闘可能なシャウアプフ。

 

 キルアを一瞥したシャウアプフは怒りの表情を浮かべるも、踵を返しメルエムがいると本能が告げる方角へ全速力で飛翔した。

 

「生きている! 仕留められる! しかし、これ以上の損失はあってはならない!!」

 

 キルアが意識を失っていれば、確実に止めを刺してから飛び去っていた。

 間違いなく限界を超えていたとしても、億が一にも反撃の可能性があっては踏み込むことができなかった。

 

「ただ負けるだけでなくこれだけの損失、失望は免れない、罰を受けるでしょう、しかし全てはメルエム様のため! 殺されるとしても最後はあの御方の手で!!」

 

 全速力故に一瞬で見えなくなったシャウアプフを見送り、精根尽き果てたキルアは大の字に寝転ぶと顔を覆う。

 

「クソが、何が一人で大丈夫だ、結局オレはまた負けた!!」

 

 修行中の負けは別にすると、ゴンに出会ってからのキルアはほとんど負けていると言っていい。

 自信を持って勝ったと宣言できるのはフランクリンだけであり、直近ではドッジボールとはいえレイザーに手も足も出なかった。

 

「差がまた開いちまう、だけど、オレはこのままじゃ終わらねえ!」

 

 この決戦で進化することを欠片も疑わせない筋肉に、今まさに進化したばかりの雷皇は誓う。

 

「絶対に追い付く、だから勝てよ、ゴン!!」

 

 さらなる試練に見舞われるであろう親友に檄を飛ばし、己の全てを出し切ったキルアは静かに眠りについた。

 

 






蠅の支配者(ベルゼブブ)については作者がシャウアプフに王を名乗ってほしくなかったんで意図的に変えてます。

キルアはただのゴロゴロの実です。


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第92話 ゴン VS メルエム

 

 

 生き物の気配がない荒野の一角において、人類の枠組みを超えた生命力の二人が今まさに激突した。

 

 ゴンとメルエムが衝突したその瞬間互いを破壊できなかったエネルギーが大地に流れ粉砕され、獰猛な笑みを浮かべた両者はしばし押し合い見つめ合うも共に組み合いより打撃戦を好んで示し合わせたように離れる。

 

 その距離は念能力者の戦いはおろか、普通の格闘家だとしても近すぎると感じる程の超インファイト。

 

 最高峰の技術と常日頃対峙することで動きが洗練され続けているゴンに対し、何人かの経験を徴収したのみのメルエムでは本来すぐ決着が付くはずだった。

 

「ハッハァ! まさか余と真っ向から打ち合える人間がいるとはな!!」

 

 メルエムの戦闘技術はゴンに劣るどころか拮抗しており、互いに有効打のない壮絶な殴り合いがどこまでも続いていく。

 

 直接の戦闘経験こそ少ないメルエムだが、それを補って余りある異常なまでの頭脳を日々の軍儀から得ていた。

 

 それは超高速思考による幾万のシミュレーションと、未来予測にすら匹敵する先読みである。

 

 精度の高すぎるシミュレーションはもはや戦闘が実際にあったかのような経験値をメルエムに与え、先読みはたとえ数度の打ち合いでも相手の次に取る行動が手に取るように読み切れてしまう。

 

 そしてそんな高すぎる頭脳の要求に対し、規格外の身体能力と完全掌握(余思う故に王なり)は一切見劣りせず完璧な行動を実現する。

 

 1歳未満と十代前半による史上最強のぶん殴り合いは、しばしの均衡の後ゴンが先に一つ手札を晒した。

 

筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)!!」

 

 溢れていたオーラが一気に圧縮されていき、それと同時に身体能力が著しく強化される。

 動きの精細さが失われたもののそれを補って余りあるパワーを得たゴンの一撃が、キメラアントとして最高の身体能力を持つメルエムの防御を突き破り確かなダメージを与えた。

 

「まだ上があるだと! 貴様本当に人間か!?」

 

 メルエムは完全掌握を使って力より技術に重点を置いた動きへ変わると、もはや拳の一つ一つが大地を砕き大気を爆ぜさせるゴンの猛攻を紙一重で流していく。

 

(王である余を技術(わざ)に追い込むとは、それでこそ死合う意味が、喰らう価値があるというものよ!!)

 

 まともに当たればそのまま決着につながるようなゴンの攻撃を、メルエムは欠片のミスも犯すことなく受け流し続ける。

 

 今にも当たってしまいそうなギリギリで、しかし遥かに遠いギリギリを埋められないゴンが新たに手札を切るか悩んだその時。

 

 今まで姿勢制御程度にしか使われていなかったメルエムの尾が振り抜いた腕に絡みつき、合気の要領で増大された勢いそのままに勢い良くぶん投げられた。

 

「くっ!?」

 

 人が出していい速度など有に超えた豪速に加え、わざとかけられた乱回転により地面と水平にかっ飛んだゴンは受け身も取れず岩壁に叩きつけられる。

 

 それでもほぼノーダメージで瓦礫を吹き飛ばし立ち上がったゴンの目の前に、拳を振りかぶり迫るメルエムが立ち塞がった。

 

「カハハッ!!」

 

「ちぃっ!!」

 

 ガードを固めたゴンに今までの鬱憤を晴らすような荒々しい拳が叩き付けられ、そこからメルエムは一切止まることなく無呼吸連打を敢行する。

 

 ゴンの姿が再び瓦礫の中に埋まり、それを追うようにメルエムは攻撃を叩き込み続ける。

 

 終にはメルエムも轟音を立てながら岩壁の中に沈んでいくと、しばらくして数十メートルはある反対側を爆散させながら揃って飛び出した。

 

「これでも堪えぬか!? 呆れた頑健さよ!」

 

「鍛えてるからね、この程度わけないさ!!」

 

 無傷とはいかないながらまだまだ元気なゴンは迷いを振り切ると、知る者からは死の宣告と言われだしたお馴染みの構えを取る。

 

「最初は、グー!!」

 

 高まる圧倒的オーラに普通なら少しは躊躇するところを、メルエムは一切構うことなくゴンへ突き進む。

 

「ジャン、ケン…!」

 

(間合いはすでに把握済みよ、受けるか流すかは見てから決める!)

 

 目にも留まらぬ刹那の瞬間、ゴンの間合いに入る手前でメルエムの本能が危険を察知した。

 

王盾(キングシールド)!!」

 

 オーラをプレート状に変化させる能力者から徴収し、メルエムがカスタマイズしたハニカム構造の盾が形成される。

 

「チーッ!!」

 

 戦車砲ですら傷ひとつ付かない壁が叩き切られ、間合いの外にいたメルエムの胸部に真一文字の亀裂が走った。

 

「あいこで…!」

 

 更に踏み込むゴンから体勢を崩しながら距離を取ったメルエムが見たのは、明らかに届かない位置から放たれた拳が止まらずに迫ってくる異様な光景。

 

「グーーッ!!!」

 

 関節を外し無理矢理射程を伸ばした拳がメルエムの胸元に直撃し、外殻を粉砕してその身体を岩壁まで吹き飛ばした。

 

 筋肉を柔らかくしたとはいえ無理に伸ばしたことで自傷したが、その拳に残る手応えにメルエムへの確かなダメージを確信する。

 

 

 しかし粉塵の中から堪えた様子のないメルエムが歩み出て、血の混じった唾を吐きながら獰猛に嗤った。

 

 

「見事、まさか割られるとは思わなんだ」

 

 メルエムの身体は命中したゴンの拳を中心にヒビ割れ、その亀裂は徐々に広がりを見せている。

 

「余の万物を防ぐ外殻を上回った一撃、その威力に敬意を表そう」

 

 ヒビが顔も含め全身に回ると、乾いた音を立てて破片が一斉に弾け飛ぶ。

 

「この身を護る鎧は砕けた、ここからは本当の力をもって相手する」

 

 砕けた外殻の下から現れたのは、髪をなびかせ人間の姿により近付いたメルエム。

 

 護ると同時に動きを阻害していた鎧が外れ、開放された肉体が脈動し顕になった精孔から今まで以上のオーラが噴出する。

 

「刮目せよ、これぞ余の真の強さなり」

 

 言葉が終わると同時に踏み込んだメルエムは一瞬でゴンの前に到達し、何の技術もないただ力任せの拳を繰り出す。

 

 ゴンが反応して放った拳と真っ向からかち合うと、今度は力負けすることなく衝撃波を撒き散らして互いに弾かれた。

 

「これでも単純な力では押し切れんか。万夫不当、一騎当千、どんな言葉でも足りん剛力無双よ」

 

 弾かれて間合いの空いた二人だったが、空中に展開した“王盾”を足場にメルエムが飛び出す。

 

 地面も空も関係なく三次元的に動き回るメルエムの動きに反応が遅れ、ゴンの身体が空中に打ち上げられると全方向から滅多打ちにされる。

 

 時間にして数秒、しかし何百という打撃に晒され地面に叩き付けられクレーターを造るゴン。

 

「……、一体何度驚かせてくれるのか、本当に貴様人間か?」

 

 もはや何度目かも分からぬ疑問を口にしたメルエムの視線の先、クレーターの中心に身体を折り畳み完全な球体となったゴンが鎮座していた。

 

「ただ筋肉を締めるだけではない、攻撃の当たった箇所を複雑に操作することで衝撃を分散している。感触は芯まで詰まったゴム塊を叩くが如し、硬いだけだった余の外殻など比べ物にならぬ絶対防御よ」

 

 筋肉球から手足が伸びるとほとんどノーダメージのゴンが立ち上がり、顔をしかめながら同じく苦い顔をするメルエムを見上げる。

 

(今の動きをされると防げても当てられない。スタミナ的には向こうの方が上な気もするし、どうしようかな)

 

(一方的に打ててもダメージがないなら無意味。向こうの攻撃は一発でも当たれば致命傷、どうしたものか)

 

 ゴンはキルア並みに疾いメルエムに攻撃を当てる方法を、メルエムは知る限り最硬だった自分の外殻より強靭なゴンの防御を貫く方法を模索する。

 互いに有効打のない千日手になりかけている現状は、陣営の戦況や己のプライド的にどちらにとっても好ましくはない。

 戦いが始まってから轟音の止まなかった荒野につかの間の静寂が流れ、とりあえず考えるより殴ると結論付けたゴンが改めてメルエムに向かって突撃する。

 

 ゴンの猛攻はもはや人間らしさからかけ離れ、多少とはいえ腕はおろか脚まで伸ばして攻撃を続ける。

 

 メルエムは防御力こそ下がったもののそれ以外は増大した身体能力を完璧に操り、ゴンの攻撃を全て捌きながらカウンターを何度も叩き込んでいく。

 

 やはり千日手の様相を見せていた両者の死闘は、軍儀によりコラテラルダメージを正しく理解するメルエムにより変化した。

 

「フンッ!」

 

「っ!?」

 

 受け流されるはずのゴンの拳に、わざと攻撃を受けて拉げたメルエムの腕が絡み付き動きを止めた。

 

「ガァッ!!」

 

 動きの止まったゴンの逞しい前腕に、メルエムの鋭い牙が突き立ちゴッソリと抉って嚙み切られる。

 

「ぐぅっ!?」

 

 ゴンは絡まる腕を振りほどき距離を取ると失った筋肉を貯筋解約(筋肉こそパワー)で補填し、圧縮が解けたことで頬をパンパンに膨らませたメルエムを伺う。

 

(何と、何という肉だ! 殴った時はあれほど強固だったにも関わらず、今はまるで赤児のような柔らかさではないか! 一囓りにも関わらず仔牛並の量も嬉しい誤算だ。脂の甘味と滴る血をまるで感じんが、オーラの質も正に天上!!)

 

 咀嚼し肉の一片はもちろんオーラの一欠片も残さず呑み込んだことで覇王蹂躙(オマエのモノはオレのモノ)が不完全ながら発動し、メルエムに不足していた強者との戦闘経験とオーラの一部を徴収した。

 

「なんと、なんと濃密な経験とオーラ。余に言えたことではないが、その齢でよくここまで」

 

 上質に過ぎる筋肉とオーラは不完全な覇王蹂躙だったにも関わらず、メルエムを一段階進化させ爆発的成長をもたらした。

 

「しかし惜しいな、貴様がその強さに至れた発を余が手にすることは不可能だ」

 

 摂取したオーラ、そして断片的な経験から理解した規格外の発である脳筋万歳(力こそパワー)

 直接戦闘において無類の強さを誇る能力だが、メルエムの完全掌握とは共存が不可能だった。

 

「余は能力により心身共に完全な状態を維持し続けているが、貴様の完全を捨てた究極は理外の発想よ」

 

 己を常に最高の状態へと操作する特質系能力の完全掌握は、キメラアント最高の才能とオーラにより全系統習得率100%を実現している。

 絶対時間(エンペラータイム)の完全上位互換と言える能力だが、だからこそいくつかの系統習得率を0%にする脳筋万歳は相容れない能力となってしまった。

 

「根幹となる発は無理だが、その肉体と経験にオーラだけでも十二分にすぎる。貴様の全てを手にした時、余がどれだけの高みに到れるか楽しみだ」

 

 メルエムはたった一口の摘み食いでゴンを上回ったことに一抹の寂しさを感じたが、王としての矜持と完全掌握の効果によりそれら負の感情を心の奥底へと仕舞い込む。

 

 ゴンも実力差を正しく理解出来たが故に自分の勝ち筋がほぼ消滅したことを知り、それでも決して心折れることなく最後の瞬間まで足掻くべくオーラを高める。

 

 

 何とか反応して構えた腕を弾き飛ばし、メルエムの拳がゴンの顔面に思いっ切り振り抜かれた。

 

 

 脳筋万歳を習得してから初の自身を上回る身体能力の暴力に晒されながら、ゴンはメルエムの動きを、その身体構造を観察し続ける。

 

 ウボォーギンとの戦闘以上に殴られ蹴られ、身体が青痣だらけになり血で染まろうとも、その目は光が失われるどころか爛々と輝きを増していく。

 

(…心の強い人間だ、肉体やオーラなど些事に思えるほどに。オマエもコムギと同様、余の勝てぬ相手だったのやもしれぬな)

 

 メルエムはゴンを心の底から認め、敬意を持ったからこそ全力で叩きのめしにいく。

 

 たとえその先が戦闘におけるコムギのような存在、終生の好敵手との別れを意味しているとわかった上で。

 

 己のため、キメラアントの未来のため、そして帰ると約束したコムギのため、ゴンに止めの一撃を撃ち込むその瞬間。

 

 

 ―― 百式観音 十乃掌

 

 

 思考の外、そして間合いの外から放たれた衝撃波に吹き飛ばされた。

 

「……なんと、これほど早く配下達を破ったのか」

 

 メルエムが見上げた先、まだまだ遠い空を一匹の念龍が飛翔している。

 

 どれほどの距離を移動してきたのか定かではないが、かなりのスピードで向かってくる念龍には一人の人間が乗っていた。

 

「流石はハンター協会の頂点、相手にとって不足なし」

 

 念龍の背に仁王立つアイザック・ネテロが、ゴンとメルエムの戦場に参戦した。

 

 



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第93話 ネフェルピトー VS ヒソカ

 

 

 草木は眠り小動物達が逃げ出した静かな森の中、時間制限有りながらメルエムを超えたネフェルピトーはその全霊をかけてヒソカを攻めたてる。

 

「ジャアッ!!」

 

 黒死夢想(テレプシコーラ)により命を弾けさせながら疾駆するネフェルピトーは、ネコ科のしなやかさと瞬発力で常軌を逸した機動で縦横無尽に攻めたてる。

 

「カァッ!!」

 

 神速(カンムル)を発動した状態のキルアですら追従不可能の速度に至ったネフェルピトーは、ただただ目の前の敵とメルエムの敵を粉砕するためだけに攻めたてる。

 

「アァアッ!!!」

 

「くくっ、はやいはやい♦」

 

 それでもネフェルピトーの猛攻は、紙一重の差でヒソカに届かない。

 

 日々ゴンの超パワーにキルアの超スピード、そしてネテロとビスケの練り上げられた技術に完璧な対処をするヒソカにとって、ゴン以下のパワーにキルア以上のスピードの技術無しはむしろやりやすいまであった。

 

(ちょっとだけキレちゃった♣発はゴンに似てたけどやってることはキルアの方が近いね♦)

 

 もっとも紙一重なのは狙っているのではなくネフェルピトーが実際強いからであり、普通なら集中力が音を立てて削れていくほどの猛攻が続いている。

 

(これ以上がないならもう終わらせようかな、早く終わらせればゴンの勇姿が見れるかもだし♥)

 

 それでも普通じゃないヒソカの精神は欠片も疲弊することなく、紙一重を越えさせない絶対の自信があるからこそ呑気に思考する余裕すらあった。

 ネフェルピトーの情報を得るための観察も十分と判断したヒソカの意識が攻撃に傾いた瞬間、それまで続いていた猛攻がピタリと止まって間合いが空く。

 

「ん? もうやめちゃうの? これからが愉しいのに♠」

 

 ネフェルピトーに確かな恐れがあるのを見て取りテンションが下がるヒソカだったが、これで終わるなら所詮そこまでと開き直り先の攻防で貼り付けていた伸縮自在の愛(バンジーガム)を発動させる。

 

「ッァ!?」

 

「逃げられないよ、足搔いてごらん♦」

 

 突然引き寄せられ体勢を崩したネフェルピトーにトランプを振るうも、空中で身を捩り人間には不可能な動きで躱される。

 しかも首を刎ねるつもりが頬を掠るに留まったばかりか、伸びた爪の一閃が紙一重を越えてヒソカの頬にも赫い線を引いた。

 

「フㇱーッ!!」

 

「へぇ、やればできるじゃないか♥」

 

 ヒソカが攻撃に意識を割いたこと、カウンターを取られた形になったことで伸びたコンマ数ミリ。

 微かに届いた己の牙に方針を固めたネフェルピトーは、命が弾け続けるのも構わず全身全霊で身構えた。

 

(しょせん獣だから自分で攻める時は最速最大の一撃しかないけど、相手に合わせてのカウンターなら問題ないわけか♦このまま見てれば勝手に潰れる気もするけど、それはちょっとつまらないなぁ♠)

 

 今の動きから効果が薄いと判断したバンジーガムを回収し、ネフェルピトーではなく周囲の木々に巣のように張り巡らせる。

 

「テンション上げていくから付いてきてね♥」

 

「シャァッ!!」

 

 バンジーガムを罠と移動手段に使うことでクロロすら完敗したハントが実行され、超一級とはいえ獣であるネフェルピトーの命運は早々に尽きるかと思われた。

 

(……これはビックリ、想像以上の学習能力だ♦)

 

 緩急やフェイント、近接から遠距離と多種多様でも足りない攻撃を行うヒソカに対し、圧倒的反射神経と身体能力を駆使するネフェルピトーは抗い続ける。

 最初はダメージを受けることも多かったが、攻防が続くに連れて徐々に躱せる攻撃を増やしていく。

 思考の大部分を闘争本能に割り振っていても確かに残る、メルエムとコムギの軍儀を円で感知し続けていた記憶。

 

 相手がいなかった故に蕾のままだった戦闘の天才が、最強のハンターに出会ったことでその才能を爆発的に開花させた。

 

「シィッ!!」

 

「っ♥」

 

 ヒソカの振るったトランプがネフェルピトーの肩を切り裂き、お返しとばかりにネフェルピトーの爪がヒソカの肩を掠める。

 ダメージ量はいまだ圧倒的にヒソカ有利だが、野生ではありえないコラテラルダメージを許容したネフェルピトーの攻撃も確かに届きだしていた。

 間違いなく人生で最強の相手へと成長したネフェルピトーに悪辣な笑みを浮かべたヒソカは、さらなる成長を愉しむかのように奇術師の嫌がらせ(パニックカード)を具現化させる。

 

 

 飛び出したヒソカの身体が空中に固定され、隙だらけの姿に向かってネフェルピトー最速の貫手が突き刺さった。

 

 

「…なるほど、後ろの髑髏は自分の強化だけが能力じゃなかったんだね♣」

 

 凝を強めたヒソカの目に映ったのは、黒死夢想(テレプシコーラ)から伸びる隠により見えなかった念の糸。

 見えないばかりか触れたことにも気付けないマチをも上回る念糸による拘束は、ヒソカに確かな出血を強いる傷を与えた。

 

「けど残念、攻撃の瞬間が一番無警戒ってね♥」

 

 ネフェルピトーの攻撃はバンジーガムで僅かに逸らされ、貫通するはずの一撃は脇腹を抉るにとどまっていた。

 

「アッ…」

 

 そしてヒソカの放ったパニックカード♢のJがネフェルピトーの首を半ばまで切り裂き、念糸は消滅し大量の出血と共にその身を跪かせた。

 

「なかなか楽しかったよ♥バイバイ♠」

 

 ヒソカは♢のJで落としきれなかった首に狙いを定め、極限まで研ぎ澄ませたオーラを纏うトランプを振るう。

 

 

 外すはずのないトランプが空を切り、異変を察知したヒソカはネフェルピトーから距離を取った。

 

 

「アァ、アァあ…」

 

「……?」

 

 更に強めた凝ですら何もわからないことを訝しむヒソカの前で、ネフェルピトーの背後に浮かぶ髑髏の姿がグロテスクなナースに変わる。

 

 未だに出血の止まらない首を雑に縫合して治療すると、怪しく輝く謎の液体を注入した。

 

「ふーん、まだ上があったんだね♥」

 

 ナースが再び髑髏のプリマドンナに変わると、声帯のない口を大きく開けながら踊りだす。

 

 弾けさせていた命を優に超える出血は、より死に近付いたことでさらなる強化をその身体にもたらす。

 

 わずかに残っていた理性も薬物で消し飛ばし、もはや蟲とは呼べぬ怪物へと至ったネフェルピトーは目の前の敵を殺すために立ち上がる。

 

「アあァぁア―――ッ!!!」

 

「ふふ、仮想ゴンのいい獲物だ♥」

 

 ネフェルピトーの速度はもはや、百式観音に追随するのではというレベルに達していた。

 

 力もゴンの借筋地獄(ありったけのパワー)の領域に迫り、キレや速度に見合わぬ静けさは正にキルアの上位互換である。

 

 修羅3人の良いとこ取りを成し遂げた怪物に狙われるヒソカは、その全能力を駆使して抗い反撃を行う。

 

 オーラをバンジーガムに変化させるだけでなくアメーバのように形も変え、既に森に張り巡らせたバンジーガムも使いながら予測不可能な動きを実現する。

 

 避けきれない攻撃は受け流し絡め取り、ゴンすら切り裂くオーラの刃でネフェルピトーの防御を抜く。

 

 キメラアントと人間の最強同士による死闘は拮抗していたが、徐々にヒソカの動きが精彩を欠きダメージに差が広がり出した。

 

(厄介だね、どうやってか能力の影響を受けてる♣)

 

 ゴン達との鍛錬による底上げにより、ヒソカ自身はまだまだ体力的にもオーラ的にも余裕を持って戦いを続けられる。

 しかしネフェルピトーという圧倒的身体能力に対抗するために必要な圧倒的技術を狂わされている現状、さすがのヒソカでも分が悪いと言わざるを得ない。

 そもそも今のネフェルピトーと戦闘が成立している時点で大分頭のおかしいことをしているにも関わらず、それでも愛しのゴンの最大値はこれ以上と確信しているヒソカは勝てるということを欠片も疑わない。

 

 身に纏うバンジーガムの弾性を高めわざと大きく吹き飛ばされたヒソカは、パニックカードを広げその中から任意で5枚のトランプを抜き取る。

 

 本来完全ランダムのパニックカードだが、次のデッキから全てのトランプが最弱の数字になるという誓約を付けることでその縛りを外す。

 

 この先5回分の最弱デッキを許容してヒソカが選んだトランプは、♠のJQKAとJOKERの5枚。

 

「ロイヤルストレートフラッシュ、しかもJOKER入りの特別製だよ♥」

 

 選ばれなかったパニックカードが使用扱いになり消滅すると、五芒星の形に配置されたトランプが胴体の前面に張り付いた。

 

「見た目はちょっとアレだけど、これこそボクの切り札さ♠」

 

 明らかにオーラの質と量が向上したヒソカに対し、ネフェルピトーはその命だけでなく身体すら傷つける渾身の力で突撃する。

 

 背後の髑髏が人間の可聴域では聞こえない歌によるデバフを仕掛けながら、百式観音の速度でゴンのパワーをキルアのキレを持って放つ。

 

 

 どんな金属だろうと紙切れのように破壊するネフェルピトーの貫手が、ヒソカのオーラに触れた瞬間見るも無惨なボロ雑巾と化した。

 

 

「♤は切ることに特化したトランプ♠最強役でブーストさせたなら、ボクのオーラは触れたモノ全てを問答無用で切り刻む♥」

 

 ネフェルピトーは手を変え品を変え、何とか攻撃をヒソカに届かせようと全力を尽くす。

 

 しかしヒソカに近付くにつれて密度と威力の増す斬撃効果が、届く前にその全てを粉微塵に切り刻んで止める。

 

 念糸も念歌も自動的に切り裂かれて効果がなく、先程まで優勢だったネフェルピトーに対しその場から動くことなく完全に完封していた。

 

「“斬々舞”、この状態だとオーラをバンジーガムにできないけど、この手だけは別♦」

 

 ヒソカを始末することにのみ注力し手足が傷だらけのネフェルピトーは、擬態していたバンジーガムが伸びて貼り付き引き寄せられるのを回避できなかった。

 

「シャァ―――ッ!!!」

 

「バイバイ♥」

 

 バランスを崩されデバフも切り裂かれたネフェルピトーは、今度こそヒソカの一閃によりその首を刎ねられる。

 

「…チェックメイトかな?」

 

 蟲の中には頭を落としても動く種がいることから、ヒソカは油断なく死体となったネフェルピトーを見下ろす。

 

 

 頭が落ち倒れ伏した身体が激しく痙攣し、ヒビ割れながらも更に禍々しさを増した髑髏のプリマドンナが音のない雄叫びを上げた。

 

 

「だよね♪まだまだ遊ぼうよ♥」

 

 操り人形のように起き上がったネフェルピトーは落ちた頭を抱え、死んだことで完成した黒死夢想(テレプシコーラ)が死者の念を動力に最後の足掻きを見せる。

 

 爆裂したオーラが大地を抉り土煙を巻き上げ、ヒソカをもってしても感知できない精度で気配が掻き消えた。

 

「どこからでもおいで、バラバラにしたら流石に止まるでしょ♠」

 

 斬々舞を発動しているヒソカに触れられるのは、単純に効果が及ばない程硬い相手だけ。

 原型を留めないほど微塵にされても届かせるのか、別の方法で届かせにくるのか期待して待つヒソカ。

 

 

 舞い上がった土煙が風に散らされて消えた時、ネフェルピトーの姿は何処にも見当たらなかった。

 

 

「……?」

 

 珍しく虚を突かれて目を丸くしたヒソカは、森の奥へと続く僅かな血痕と移動の痕跡を発見する。

 

 

 その向かった先は、間違いなくゴンとメルエムがいる方角だった。

 

 

「…なんだい、これだけ虐めてあげたのに♣」

 

 戦闘は終了したと判断したことで斬々舞が解除され、俯くヒソカは声と身体を震わせ呟く。

 

「置いてけぼりにするなんて寂しいよ、けど、そういうことなんだね♠」

 

 ヒソカを無視してゴンとメルエムの所へ向かったということは、死んでも死にきれないほどの未練を向ける相手がヒソカではなかったということ。

 

「ボクは本気の全力だった、それでも、ゴンの方がやばい…ってコト!?」

 

 間違いなく生涯最強だった怪物が生涯最高の想い人に執着したという事実は、筋肉の成長を誰より確信している変態にとってとてつもなく大きな意味を持つ。

 

「こうしちゃいられない、待っててゴン!! 君の勇姿を今見に行くからね♥」

 

 足裏に展開したバンジーガムで走るというより跳ねながら高速移動を開始したヒソカは、先を走るネフェルピトーを追い越すつもりで全力疾走を開始する。

 

「ボクが行くまで持ちこたえてよ王様、今度こそ、ゴンの進化をこの目に焼き付けるんだから♥」

 

 ネフェルピトーとヒソカの第2回戦、互いに譲れぬタイムアタックがスタートした。

 

 





後書きに失礼します作者です。各ロイヤルストレートフラッシュの名前と効果

♠斬々舞…オーラそのものに斬撃効果が付与される。バンジーガムとの併用不可

♥愛の揺り籠…オーラ総量が激増してバンジーガムも強化される。抱きついて包めば借筋地獄も拘束可能

♣透明人間…凝でも判別不能な隠が行える。全力の練や硬をしてもバレない

♦線香花火…全身いたるところからオーラを射出できる。ぶっちゃけフランクリンの上位互換


 そしてパニックカードで任意にカードを引いた時のデメリットですが、その後の“戦闘”で“数字の2しかないデッキ”を“使い切る”ことが必要。
 パニックカードの具現化はヒソカが万全でも2デッキが限界のため、戦闘に使うとなると普通に1デッキしか使えない。
 パニックカードがなくても普通に戦えるヒソカだからこそ特別弱くはならないが、要はデメリットを消化するまでゴンとガチのガチでやりあえないことこそ真のデメリット。


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第94話 ネテロ VS メルエム

 

 

(まったく、ジジイはジジイらしく少しは大人しくなれんのか)

 

 移動手段のためだけに雇われた世界最高峰の暗殺者ゼノ・ゾルディックは、もう姿の見えない昔から親交のある若すぎる年上に呆れてため息をつく。

 

(それにしても圧巻じゃったの、まさかこれだけの数と質をこれほど早く完封するとは)

 

 ゼノが振り返った先、キメラアントの軍団が一切の例外なく荒野に沈んでいた。

 しかも重傷者こそいるが命に別状がある者はおらず、完璧な手加減と最速で事を終える力加減を完全に両立させて戦闘を終えていた。

 

「親父、確認したがすぐに動ける個体はいない。仕事が終わったならさっさと行こう」

 

「高い金の分は働いとらんが十分か。どうじゃったシルバ、生でハンター最強を見た感想は?」

 

「……割に合わんどころじゃないな、最悪ゾルディック家自体を賭けなくてはいかん」

 

「ふむ、同感じゃ。なんでまだ強くなっとるんかなあのジジイ」

 

 ネテロの全盛期を実際に見たことがある数少ない生き残りは、当時と今の相違点を何故か楽しそうに語りながら歩き出す。

 間違いなく劣化したオーラや身体能力に言及しながらも、それを遥かに凌駕するほど極まっている今の方がやりあいたくないと顔をしかめた。

 老人特有の様々な思い出話に花を咲かせる楽しそうなゼノに苦笑したシルバは、ふと視線を外してあらぬ方角を見て眉を寄せる。

 

「キルアが心配か? お前は昔から過保護じゃからの」

 

「親父にだけは言われたくない。…正直キメラアントを見た時、俺もキルに付いていこうかと考えた」

 

「確かにの、アレは間違いなくやばい」

 

「だがそれ以上に、今のキルに目を奪われた」

 

「全く以って同感じゃ」

 

 二人が最後にキルアを見てからおよそ1年半、たったそれだけの時間で雛鳥は保護者の手を離れ大空に飛び立っていた。

 無論まだまだ負けるなどとは欠片も思ってはいないが、不覚を取る可能性は十二分にあると認めなくてはいけなかった。

 

「嫁の癇癪に耐えてでも放り出したかいがあったの、まさかあれほど理想的な成長を遂げるとは」

 

「師にも恵まれたのだろうな、俺達ではあの域に連れて行くことはできても成長はさせられなかった。それと…」

 

「ん?」

 

「いや、何はともあれ死ぬことはないだろう。帰って沙汰を待つ」

 

 シルバは濁したが、キルア以上にネテロを意識していたゼノに見えなかったものが見えていた。

 

(あの少年、アレは一体なんだ?)

 

 煌めくような息子や見るからにやばいピエロとネテロに囲まれ、一見ただオーラの質が高いだけの少年に見えた。

 

 しかしシルバの本能が、現ゾルディック最強の肉体が警報を発していた。

 

(油断云々ではなく、ただただ単純に喰われかねん)

 

 暗殺者として持っていなければならない、相手を恐れ侮らない弱者の心。

 間違いなく世界最高峰の上澄みにいるシルバだったが、だからこそ相性含めて上には上がいると経験から熟知している。

 

(割に合わん、しかし対峙することがあれば殺るのに問題はない)

 

 シルバは暗殺者、真っ向からの打倒でないなら失敗することはないと確信した。

 

 

 とんでもなくマルチな変態と己を凌ぐ才を持つ暗殺者、2つの壁が立ち塞がることの意味を彼はまだ知らない。

 

 

 

 

 

 距離が近くなるにつれより良く見えるようになった光景に、ネテロは想定の範囲内ながらそれでも驚かずにはいられなかった。

 

(まさかここまで一方的とは、王の強さは予想の中で最大級かのぅ)

 

 念龍の上から放った遠距離用の百式観音が無傷に終わり、警戒というよりただ待っていたメルエムの眼前にネテロは降り立つ。

 その姿が変わっていることはもちろん、先程相対した以上のオーラを滾らせる相手にネテロは笑みを深め、庇う形となったゴンに振り返り話しかける。

 

「交代じゃな、異論は?」

 

「悔しいけどないよ。オレは一回下がる」

 

 いやに素直ながらまだ自分の出番があるかのように返すゴンを訝しみ、ネテロはメルエムに注意を向けながらも続きを待つ。

 

「メルエムに齧られたらオーラと記憶?を奪われるよ。それ以外はオレの上位互換、あと念を盾に変化させてそれを足場にもする。…オレはちょっと集中するから援護はできない、ゴメン!」

 

 喋るだけ喋ったゴンは返事も待たずに踵を返して走り出し、およそ被害の届かないだろう位置まで離れるとそのまま瞑想を始めた。

 メルエムの手の内を盛大にぶちまけ何やら始めたその姿は、ボロボロでありながらそれを感じさせない意欲と興奮に満ち満ちている。

 

「まったく落ち着きがないのぅ。さて、待たせちまって悪かった、ここからはワシが相手じゃ」

 

「本来王を待たせるのは重罪だが、余も回復する時間が必要だった故許そう。それに順番が変わるだけよ、お主達はなんとしても徴収する」

 

 互いにしばし見つめ合い、ネテロはゴンの言葉から、メルエムは先程受けた攻撃からそれぞれ相手の戦闘スタイルを推測する。

 

(ゴンの上位互換とは骨が折れるのぅ、何とも血沸くわぃ♪)

 

(見るからに上質な肉とはいえ老年、先の攻撃と合わせて考えれば能力主体の技巧派か?)

 

 ほとんど一瞬ながら幾通りものシミュレーションを終えたネテロとメルエムは、高度な柔軟性を維持して対応するという言葉にすれば酷くチープな、しかし膨大な経験値と常軌を逸した思考力による言葉そのままの戦闘を開始した。

 

 百式観音 壱乃掌 ――

 

 先手を取ったのは、神速の百式観音。

 

 メルエムが時の止まった世界でネテロの祈りに千手観音を幻視した瞬間、頭上から振り下ろされた観音の手刀がその身を地面に叩きつけた。

 

 百式観音 伍拾乃掌 ――

 

 余裕はないと知っているネテロは一切様子見をすることなく、組んだ両手による重い一撃を手刀の着弾地点に叩き込む。

 

 百式観音 九十九乃掌 ――

 

 舞った土煙で視界不良を起こしメルエムが見えなくとも気配で大体の場所に当たりをつけ、止めとばかりに無数の連打をもってその一帯を滅多打ちにした。

 

 油断なき百式観音の3連打は普通の一流であれば塵も残らぬ猛攻だったが、優れた肉体とオーラに加えて王盾(キングシールド)を駆使したメルエムはほぼノーダメージで凌ぎ切る。

 

「カァッ!!」

 

「むぅ!!」

 

 百式観音 弐乃掌 ――

 

 未だ立ち込める土煙から飛び出し強襲するメルエムだったが、届く寸前に祈りを間に合わせたネテロにより吹き飛ばされた。

 

(早い! しかし軽い!!)

 

 メルエムはゴン相手にも使った王盾を足場にする三次元的な動きを繰り出し、ネテロの全方位からまるで分身しているかのような速度で突撃を繰り返す。

 

 ネテロはゴンの対応できなかったその猛攻を見極め、常に最善な百式観音を選択しカウンターを取り続ける。

 

 ほんの数秒にしか満たない、しかしネテロとメルエムの攻防は千を超える拳の遣り取りとなって両者の間に無数の火花を生んだ。

 

 満開の火花が咲き誇る、膨大な経験と圧倒的思考力のせめぎ合いは、新たな手を生み出し続けるメルエムに軍配が上がる。

 

(読み切った!!)

 

 何万通りの攻め筋から唯一無二の一手を掴み取ったメルエムは勝利を確信し、短いながら濃密にすぎる至高の戦闘を終わらせる致命の一撃を放ち、

 

 百式観音・軽式 参乃掌 ――

 

 これまで一度も欠かさなかった祈る動作のない、百式観音・軽式が意識の外からメルエムの身体を打ち据えた。

 

 百式観音・重式 伍拾乃掌 ――

 

 無防備なところへの被弾と驚愕から生まれたほんの僅かな硬直、その時間を限界まで使った長い祈りがこの日最大の一撃として放たれメルエムを起点に特大のクレーターが出現した。

 

(手応えあり、流石に手傷は負わせたかの?)

 

 奥の掌と言える零を除けば最大の一撃を命中させたネテロだが、これで終わるはずがないと一切の油断なく噴煙立ち上るクレーターを見据える。

 そして予想に違わずクレーターから負傷したメルエムが飛び上がり、口から滲んだ血を拭うとネテロと正面から対峙した。

 

「素晴らしい一撃だった、しかし真に見事なのはそこまでの流れ。余が回避も防御もできぬ完璧な打ち回しは、分野が違えど正に芸術と言える」

 

 擦過傷に打撲、決して軽くはない傷を負ったメルエムだが、その足取りは揺れることなくまだまだ戦闘を続けられる。

 ゴンが外殻を砕かなければ更にダメージを抑えられたが、オーラの一部を奪い強化したことに比べれば微々たる差だった。

 

「やれやれ、今のでその程度じゃ零でも仕留めきれんか。まったく困ったもんじゃ」

 

 あまりに濃密な時を過ごしたネテロは大きく息をついて肩を叩くと、これだけの戦闘に一切見向きもせず瞑想を続けるゴンをちらりと見やった。

 その頼もしいやらつれないやらなんとも言えぬ感情を苦笑いとして発散すると、こちらも一息ついていたメルエムと向き合って感謝を捧げる。

 

「まさか仮想未来のゴンを相手にできるとはのぅ。メルエム、お主に最大級の感謝を」

 

 百式観音・祈祷式 真乃像 ――

 

 突然の嘘偽りない感謝の念に眉を顰めたメルエムに対し、ネテロは大きく下がりながらこの世全てに祈りを捧げる。

 ネテロの身体がほのかに輝くと、半透明の巨大な観音が掌に乗せ空中へと持ち上げる。

 常人から見たら種も仕掛けもない空中浮遊、だがメルエムからしたら届く高さに浮いただけの謎の行動に疑念が深まるが、突然己の前に出現した特大のオーラに身構える。

 

「ここからは、ワシがお前さんの相手になるぜ!」

 

 見るからに若返った姿の念獣出現に合点がいったメルエムは、まるで孤独狸固(ココリコ)のように無防備で孤立する本体()に意識が向いてしまう。

 

「そりゃ悪手だろ、王サマ」

 

 超一流でも察知できたか怪しいその隙を、全盛期の修羅は溢すことなく掴み取る。

 

「一骨!!」

 

「ぬぐぅっ!?」

 

 それはただの正拳突き、ただし人生を武に捧げたネテロが放つ珠玉の拳。

 

 命中寸前に展開された王盾すら粉砕して打ち込まれた拳は、そのエネルギーを余すことなくメルエムに浸透させ絶大なダメージを与えた。

 

「ふんはぁっ!!」

 

 ゴンやメルエムと違い吹き飛ばして威力を無駄にしないが故に、ネテロの攻撃は一切途切れることのない追い打ちを可能にする。

 

 先程とは逆にネテロが攻めメルエムが対応するという攻防は、満開の火花ではなく一本に見える大輪の火花を生んだ。

 

(こいつ、これだけやって捌き切るか!?)

 

 百式観音・重式と拳骨は確かに残るダメージをメルエムに与えたが、それでもなおその後の猛攻を紙一重で凌ぎ続ける。

 反撃に移る余力こそないものの、類稀な頭脳と王盾を駆使して詰まされる一手だけはなんとしてでも防いでいた。

 

(だがここまでくれば千日手、お前の限界まで付き合ってやるよ!)

 

 ネテロは完全な勝利を手にするため、早期決着を捨てメルエムを逃さないことに全力を注ぐ。

 ダメージを回復する暇を与えず、一手間違えればそのまま押し切れるだけの威力を打ち続ける。

 

(流石ハンター協会の頂点、これ程上手く攻められては打開策が打てん!)

 

 メルエムはまるでコムギに千日手を仕掛けられているような絶望感を味わいながら、それでも勝機だけは残すべく敗北の崖際で踏ん張る。

 

 決着まで決して止まらぬと火花を咲かせ続けるネテロだったが、勝つための戦闘を長引かせるという選択が思いもよらぬ存在を間に合わせた。

 

『メルエム様ーーーっ!!!』

 

「むぅ!?」

 

 それは途中でたまたま合流し超速で駆け付けた忠臣、シャウアプフとモントゥトゥユピーがメルエムの不興も顧みずにネテロ本体に攻撃を放つ。

 

「ちぃっ!」

 

 完全な不意打ちにも何とか反応して本体への攻撃を防いだネテロは、完全に隙だらけにも関わらず攻めてこなかったメルエムを見やる。

 

「申し訳ありませんメルエム様、出過ぎた真似を謝罪はしません。然るべき罰を受けます」

 

「メルエム様、おれは、おれは負けました!!」

 

「…よい、助けられたのは事実故、お主等の忠義を受け入れよう」

 

 メルエムは己の矜持から横槍による決着を容認出来ず、這いつくばるシャウアプフとモントゥトゥユピーを見下ろすに留めていた。

 ネテロもノヴの四次元マンション(ハイドアンドシーク)でかなり遠方に隔離したにも関わらず間に合ったことに驚愕したが、言葉と雰囲気からモラウ達とキルアが勝利しただろうことを確信し安堵する。

 

『全てを捧げます、この卑小な身を御身のために!!』

 

「……許可する。今まで、そしてこれからも大儀であった」

 

 しかし続くメルエム達の遣り取りは、百戦錬磨のネテロをして絶句した。

 

 シャウアプフの身体が視認も困難なレベルでバラけ、モントゥトゥユピーの身体が形を保てずとろけだす。

 

 それぞれの手段で食しやすく、吸収されやすく、もう元の姿には戻れないほど変容した両者を、メルエムは口と尾の針を使って一息に飲み込む。

 

「……空気のように軽く、それでいて濃蜜な香りと甘みはまさにこの世から失われし失楽園の(ミスト)。」

 

 徴収される瞬間人生最高の時を迎えたシャウアプフが光り輝き、その溢れんばかりに覚醒したオーラが一欠片も残さずメルエムの血肉となる。

 

「……どんな金属よりも重く、それ以上に濃厚な旨味と充足感は天から落とされた星の(ドロップ)

 

 同じく徴収される瞬間最高の煌めきを放ったモントゥトゥユピーは、全てが針に吸われた後一部が体内より滲み出て最小限の鎧に手甲具足となって固まる。

 

「あぁ、なんと甘美で、そして虚しい。余は最高の忠臣を二人も失ってしまった」

 

 メルエムから噴出したオーラは、まさに超新星爆発を思わせる絶大なエネルギー。

 

 オーラ的にも肉体的にも、並ぶ者無き空前絶後の太陽王が真なる覚醒を果たした。

 

「助力を得ての勝利、それもよかろう。余の全てを以って、蹂躙する」

 

「これはちぃっとまずいかの」

 

 太陽と観音の死闘は新たなステージに駆け上がり、続く階段を静かに筋肉が爆走している。

 

 



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第95話 真・ネテロ VS シン・メルエム

 

 

 覇王蹂躙(オマエのモノはオレのモノ)によりシャウアプフとモントゥトゥユピーを完全徴収したメルエムだったが、新たなステージに立ったと言っても身体能力自体はそれ程成長しなかった。

 もともとメルエムがキメラアント最高の肉体を持っていたこと、そしてネテロとの戦いで身体能力以上の技術を味わったことで念能力の強化に重点を置いたのだ。

 そもそも一囓りで身体能力を上昇させたゴンの肉体が異常なのであり、発と経験を得ることのほうが本来の使用目的なのだから真っ当な強化と言える。

 それでも護衛軍として膨大なオーラを持っていたシャウアプフとモントゥトゥユピーの徴収は劇的で、今のメルエムは正に太陽の如く光り輝くオーラを身に纏っていた。

 

「ハンターの長、卑怯と言ってはくれるな。余にも思うことはあれど、それはその身を捧げた臣に比べれば取るに足らぬ些事」

 

「わかっとるわい。しかも最初に横槍を入れたのはこちらじゃからの、これで文句を言うほど恥知らずじゃないわい」

 

 改めて対峙したネテロとメルエムはオーラを練り直し飛び出すと、一見先程までと同等の常軌を逸した戦闘を繰り広げる。

 

 超一流ですら視認困難かつ対処不能の拳と拳による満開の火花が三度咲き誇り、全盛期のネテロと万全のメルエムが主導権を握ろうと鎬を削る。

 

(こやつ、なんちゅう面倒なもんを!)

 

 ネテロはメルエムが装備した手甲具足、そして胸部を守るプレートアーマーに手を焼き、無謀にも思える全力の攻めで何とか拮抗を保っていた。

 

(しなやかでありながら堅牢、しかも形すら変えてくるとは。正に盾であり矛、正直刃物にならんで助かっとるわい)

 

 モントゥトゥユピーを徴収したことでメルエムが新たに手に入れた発、“王の武具(モントゥトゥユピー)”は姿形を変える液体金属と説明するのが一番近い。

 もっとも金属ではなく生物由来ではあるが、その硬度や変幻自在さは生物の枠から逸脱しているため決して過分ではない。

 流石にネテロとの攻防では大きな変化が間に合わないこと、刃物を使う超一流の経験を徴収していないため刃物に変化させるとむしろ弱体化するという難点はあれど、シンプルな故に強力な能力だった。

 

「詰んだ!!」

 

「ぬぅ!?」

 

 ダメージ差があった上で互角に近かった以上、万全な上に強化されたメルエム相手ではネテロの分が悪い。

 拮抗させるために無謀な攻めを繰り返したことも祟り、今も急速に学習して強くなり続けるメルエムが決着への道筋を読み切る。

 

 22手、それで終局を迎えるはずだった戦闘を、ネテロの老獪さが覆す。

 

 

 百式観音・軽式 弐乃掌 ――

 

 

 対個人戦なら真乃像こそ最強、故にゴン達にすら使ったことのない百式観音の併せ打ち。

 

 そもそも祈祷式の名の通り常に祈りを捧げ続けている以上、真乃像と共に普通の百式観音を打てぬ道理なし。

 

「…常に余の思考を上回るのは見事。しかし今の手を見せた以上、次は全て想定して詰めるまでよ」

 

 しかしネテロは敗北への窮地を何とか打開したとはいえ、結局は既に攻略された手札で誤魔化したに過ぎない。

 もはやメルエムの勝利は覆らない、それだけ確固たる実力差が開いたことを認めたネテロは、未だに瞑想を続けるゴンを一瞬見た後に構えを解いた。

 

「本当に参ったわい、“ワシ”ではどうやってもお主に勝てんらしい」

 

「…その割には諦めたように見えんが、一体何を考えている?」

 

 構えを解いて完全に無防備な姿を晒すネテロに対し、シャウアプフを徴収したことで相手の感情が色として見えるメルエムはその内心が決して諦めていないことを看破している。

 

「何を言っとるんじゃ、“ワシ”は諦めたぞい。正直想定していたとはいえ、ゴンではなくお主に使うのは悔しさもあるがの」

 

「貴様何を言って」

 

 ネテロの背後から貫手が胸を貫き、嗤う“真乃像”が血を吐きながら告げる。

 

「ここからは、“ワシ”じゃなくオレが相手するぜ」

 

 貫手を起点に真乃像を裂いて現れたネテロが、背後で消え去ろうとしている観音を一瞥することもなく歩む。

 

「武への感謝は変わらん、じゃが観音は他者の想い、手を差し伸べるための掌」

 

 血涙を流す観音が祈りを捧げて消え去り、百式観音に割いていたオーラが全てネテロ本人の強化へと回される。

 

「負けてられんよ。お主にも、ゴンにも、老いたからとてガキ共に負けてられるかよ!」

 

 取り出した巾着、その中にあるのはビスケから渡された魔女の若返り薬。

 

 50錠を一息に飲みこんだネテロの身体が音を立てて変化し、その姿が真乃像と変わらぬ若さと力強さを得た。

 

「百式観音・終式 断捨離観音 ――」

 

 それは暗黒大陸との決別。

 

 手も足も出なかった敗北への復讐を捨て、二度と百式観音を使えないことを制約に得た武の極地への新たな一歩。

 

修羅顕現(オレ参上)!!」

 

 半世紀以上前の世界最強だったネテロを確実に凌駕する、誰よりも強くなりたいという原点に立ち返った修羅が顕現した。

 

「朱雀掌!」

 

「ぬぅっ!?」

 

 教えを請う他人の手を取ることに躊躇しない器を捨て、百式観音すら捨て去ったネテロに残ったモノ。

 

「白虎貫!」

 

 それは誰でも習得できるよう調整し創設された心源流ではなく、ネテロによるネテロのためのネテロだけの流派。

 

「青龍極!」

 

 若かりし頃にただの空想として終わっていたその黒歴史が、晩年開花し今日まで練られ続けた才能と技術によって誕生する。

 

「玄武爆!」

 

 昔と今、アイザック・ネテロの過ごした人生が遂に武の極地へと到達した。

 

「心滅黄龍拳!!」

 

 誰が見ても無駄が多い、しかしネテロにとってのみ最善となる我流の猛攻。

 

 メルエムを打ち据え袋叩き極め押し潰し、百式観音すら遅すぎる至高の正拳がメルエムに突き刺さった。

 

 

「本当に、何と美しく輝く時の結晶よ。認めよう、どうあがいても余には再現できん」

 

 

 それでも、これだけやっても修羅の拳は太陽王に届かない。

 

 

 メルエムがシャウアプフを徴収したことで新たに構築した発“太陽の支配者(シャウアプフ)”は、オーラを極小の光子(太陽)に変化させて放出する能力。

 万物に付着する光子はそれ自体が感覚器官としても働き、目で見る以上に範囲内の全てを知覚することが可能となる。

 メルエムの類稀な頭脳はその膨大な情報を完璧に理解し、もはや“完全掌握(余思う故に王也)”は己だけでなく周囲全てを思うがままにする“万面掌握(遍く照らす王)”へと進化した。

 

「心の底から敬意を表そう、だからこそ全力で叩きのめす。起動せよ、“太陽炉(メルエム)”!!」

 

 メルエムの胸の中心、人で言えば心臓の位置に莫大なエネルギーが生まれる。

 

 全能力で構築し発現させた疑似太陽がメルエムのオーラを燃料に燃え盛り、ただでさえ手の付けられないその身体能力をさらなる高次元へと飛躍させた。

 

「誇るがいい、人の身でこの姿を見た栄光を」

 

「舐めるなよ蟻んコ、オレはまだ負けてねえぞ!!」

 

 

 もはや火花が咲き誇る隙すらなく、大気すら追いつけぬ怪物同士の殴り合いが始まる。

 

 もはや姿は見えず、あまりに絶え間なく殴り合うせいで耳鳴りのような音が周囲に広がる。

 

 隠れて見ている十二支んの観測者サイユウが何一つとして理解出来ない攻防は、万を優に超える拳の遣り取りとなってどんな会話より雄弁にメルエムとネテロを繋ぐ。

 

 どんなに惜しくとも始まりがあれば終わりがあり、メルエムにとってコムギとの対局に並ぶほどの至福の時も遂に終局を迎える。

 

「ちくしょうがっ…!」

 

 メルエムの拳がネテロに致命的なダメージを与え、吹き飛ばされ大地に横たわったネテロの身体から力が抜けた。

 

 

「感謝する、これで余は、真なる王として完成した!!」

 

 

 この瞬間、箱庭の一定以上の実力者達は己を超えるナニかの誕生を直感した。

 

 更にはこの星に住む強大なるモノ達、その中で意思を持つモノ達も己の身を脅かすナニかの誕生をはっきりと知覚した。

 

 多くの生物が強さという点で強制的に格付けを書き換えられ、大半が弱者に落とされた最悪の日。

 

 それを最も間近で目にしたネテロは悔しさと屈辱から顔を顰め、

 

 

貯筋解約(筋肉こそパワー)

 

 

 今まさに絶頂を迎えたメルエムが呆気にとられた顔で見つめる先、

 

 

筋肉対話(マッスルコントロール)

 

 

 最強(ゴンさん)を目指すファンがその頂に力尽くで辿り着き、

 

 

脳筋万歳(力こそパワー)

 

 

 遂に最終形態へと到達した。

 

 

合成能力(ユニオン)発動、“オレが目指した最強のゴンさん”!!

 

 

 何故かメルエムは、無性にコムギに会いたくなった。

 

 

 

 

 そして筋肉の波動を最も強く察知したピエロがバランスを崩し、超速移動の勢いそのままに錐揉回転で吹き飛んだ。

 

 



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第96話 シン・メルエム VS ゴンさん

 

 

 ゴン(ファン)の目指す最強(ゴンさん)は、まず間違いなく作中最強の肉体を持っていた。

 

 超えることを最終目標にするのならば、たとえ短時間とはいえ強化する能力が必要だった。

 

 

貯筋解約(筋肉こそパワー) ――」

 

 

 どれだけ優れた身体能力だろうと使いこなせなければ意味はなく、肉体とオーラの完全なシンクロは肉弾戦において最低条件となる。

 

 

筋肉対話(マッスルコントロール) ――」

 

 

 そして生来の系統が操作系のゴンがゴンさん(強化系)に打ち勝つには、系統別習得率という前提条件を崩さなくてはいけなかった。

 

 

脳筋万歳(力こそパワー)!」

 

 

 ゴンが習得した3つの発、当初の思惑から多少変化したことは否めない。

 しかし度重なる激戦と修練の結果、ゴン(ファン)の頭の中にあった朧気な構想は形となり、最高の結果として実現した。

 

 

 

合成能力(ユニオン)発動、“オレが目指した最強のゴンさん”!!」

 

 

 ゴンの肉体が作り変えられていく。

 

 

 貯筋振替(身体は筋肉で出来ている)により、身体は100%筋組織という生物の括りから逸脱した存在となる。

 

 100%筋組織は全身もれなく操作の対象となり、筋肉が先かオーラが先か(パーフェクトコミュニケーション)により表面は金属すら超える硬度に固められ、内部は水のような液状筋肉に解される。

 

 既に大概頭のおかしなことになっているにも関わらず、2つの発を脳筋万歳(力こそパワー)の限界突破した強化率がさらなる高みへと押し上げる。

 

 肉体のサイズは変わらずに、限界を超えてなお筋肉が充填されていく。

 

 ゴンのオーラが触れて間接的に強化されている大地にすら沈む重量となりながらも、もはや黒光りするほどに押し固められた外骨格筋肉は破裂することなく人の形を保つ。

 

 どんな金属すら霞む密度となった体内の液状筋肉は、全ての動きに対し0から100の加速なしトップスピードを実現する。

 

 唯一の難点、高密度過ぎるが故の超高温化が筋肉のパフォーマンスを落とすことは避けられない。

 

 

 ゴンの髪状筋肉が急激に伸長し、細さと表面積の多さによる排熱機関として機能を発揮した。

 

 

 高すぎる体温が上昇気流を生み、正に怒髪天を体現したその姿。

 

 100%筋組織故に光を失った目は凄みを生み、その一挙手一投足は同じ生物か疑問に感じさせるパワーをありありと感じさせる。

 

「メルエム、オレが先客だろ?」

 

 ファンが目指した最強の姿は、奇しくも原作と見た目だけは瓜二つ。

 

「ネテロ会長を巻き込みたくない。こっちだ、付いて来い」

 

 原作最強(ゴンさん)に代わり、ファンの考えたゴンさん(最強)が降臨した。

 

「っ!?」

 

 愕然としていたメルエムの視線の先、ゴンさんはあっさりと踵を返して背中を向けた。

 

 明らかに隙だらけのメルエムを舐めきったとしか言えないその行為は、自分が完全強者であることを欠片も疑わない威風堂々とした姿。

 

「こっ、の、貴様王である余を…っ!」

 

 様々な想いが渦巻いていたメルエムの胸中を、屈辱と怒りが満たし応えるように太陽炉(メルエム)が臨界点を突破した。

 

 出力の跳ね上がった疑似太陽により全身を赤く染めながら、腰を落としたメルエムが全力の踏み込みでゴンさんの背中に突撃する。

 

 人知を超えた祈りにより速さに慣れているネテロですら、気付けばメルエムの拳が当たる寸前だった。

 

 コマ送りですらなく瞬間移動と変わらないその速度は正に時を止めたかのようで、メルエムに踏み砕かれた大地がその形のまま停止している。

 

 万物が停止した世界の中、動けぬネテロとメルエムは信じられないものを見た。

 

 

 全てが止まった時の中で、ゴンさんがいっそ気持ち悪いほど滑らかに動いてメルエムの側面に移動する。

 

 

 振り抜かれたメルエムの拳は当然空を切り、余波と風圧だけで前方が吹き飛ばされ更地と化した。

 

 攻撃が空振り死に体になったメルエムを光のない目が見下ろし、ゴンさんの左脚が倍近くに膨れ上がって予備動作なしに跳ね上がる。

 

 

 王盾(キングシールド)王の武具(モントゥトゥユピー)も、全て粉砕した蹴り上げがメルエムの腹部に着弾した。

 

 

「っッ!! あがァ!!?」

 

 蹴り上げられた力と重力が釣り合った時、メルエムの眼下には遠く離れたメンフィスの宮殿すら視界に入っていた。

 

 飛びそうになる意識を必死に繋ぎ止め、追い打ちをかけるでもなく呑気にこちらを見上げるゴンさんを視認し、傍らにそびえる高熱の(筋肉)を尻目に王盾を足場にして急降下する。

 

「太陽に潰されるがいい!!」

 

 王の武具(モントゥトゥユピー)太陽の支配者(シャウアプフ)の全力展開により、その手に掌大の疑似太陽を形成する。

 

 その正しく太陽そのもののエネルギーを見て眉を顰めたゴンさんは、巻き込まれる位置にいるネテロを見やって構えた。

 

「最初は、グー。ジャン、ケン…」

 

 あまりのことに走馬灯の如くスローモーションとなったネテロの視界に、墜ちてくる太陽とそれを受け止めるゴンさんが映る。

 

「天墜!!」

 

「パーー!!」

 

 

 メルエムの疑似太陽が受け止められ、ゴンさんのパーによりそのエネルギーが反転して空に打ち上がる。

 

 雲も大気も吹き飛ばして宇宙が剥き出しになり、メルエムも巻き込まれて吹き飛んだかに見えた。

 

「はあーっ、かはぁっ」

 

 跳ね返されたエネルギーに片腕を焼かれながらも、何とか回避したメルエムが必死で呼吸を整える。

 

「もう終わりにしない?」

 

 変わらぬ表情で視線を送るゴンさんの哀れみを含んだ言葉に、メルエムはそれでも負けられぬと、帰るのだと改めて心の中で絶叫した。

 

 己の脚が自壊するほどの踏み込み、キメラアント達の、国民となった人間達の想いを背負ったメルエムの突撃。

 

「っ!?」

 

 赤く光り輝いていたメルエムの色が碧色へと変わり、その身体が形を無くして消えた。

 

「カアッ!!」

 

 ゴンさんの背後に現れたメルエムの一撃が命中し、その瞬間にはまたその場から消えていなくなる。

 

 太陽の支配者(シャウアプフ)による身体の粒子化の更に先、身体の量子化によるテレポートを実現していた。

 

 残像ではない一瞬の移動により消えては現れ消えては現れ、究極のヒットアンドアウェイによりダメージを蓄積させていこうという戦術。

 

「ふぅん!!」

 

 量子化も攻撃の瞬間は解除されることを見越した、両腕を広げて回転したゴンさんの雑な全方位迎撃にメルエムは吹き飛ばされた。

 

「このっ、っ!!?」

 

 刹那視線が途切れたメルエムの目の前で、ゴンさんが再び構えを取って拳を握りしめる。

 

「最初は、グー…」

 

 馬鹿げたオーラが拳に集まり、圧縮に圧縮を重ねて光り輝き、

 

 

 やがてその光すら飲み込む、ブラックホールの如き闇を纏った。

 

 

「……」

 

 どこから来ても迎え撃つ構えのゴンさんに対し、メルエムもまた自身の全力全壊を振り絞る覚悟を決める。

 

 

 焼け焦げていた左腕を引き千切り、それを媒体として疑似太陽以上の威力を実現させる。

 

 

 呼吸も忘れ目を血走らせたネテロの先、箱庭最強を決める最後の一合が放たれた。

 

 

「神滅火葬!!!」

 

 

「グーーッ!!!」

 

 

 神をも焼き尽くす劫火の拳が、漆黒のオーラの拳とかち合う。

 

 

 とんでもないエネルギー同士のせめぎ合いにも関わらず不思議なほど周囲に被害が出ない中、片方が闘う以上避けられぬ敗北の未来を噛み締めた。

 

 

「すまぬコムギ、約束は守れん…」

 

 

 劫火の拳を打ち砕いた漆黒の拳がメルエムの胸部に命中し、太陽炉(メルエム)ごとその大半を消し飛ばした。

 

 

 

 

 

「ハンターの長よ、戦後処理の話がしたい」

 

 横たわるメルエムは自分の残り火が少ないことを正しく理解し、王として国にできる最後の言葉を紡ぐ。

 

「余が亡き後は、ディーゴが再び国政を引き継ぐ。人同士の国として、できるだけ寛大な対応を願う。生き残ったキメラアント達は余が負けたらそちらに従うよう指示してある故、NGLに残った者達共々面倒をかける」

 

 敗戦国としては虫のいい話、しかし戦争ではなくあくまで決闘として行われた戦闘である。

 メルエムの脇に胡座をかいたネテロは大きく頷くと、背後でやっちまったと気まずそうなゴンさんの脚を引っ叩いた。

 

「強き者よ、余を打ち破ったお主に頼みたいことがある」

 

「…オレにできることなら」

 

「宮殿にコムギという人間がいる、其奴に余がどう戦ったかを伝えてくれ。余は、…オレは満足していたと伝えてくれないか」

 

 メルエムを待つコムギへの伝言役に仕留めたゴンさんを指名する嫌がらせにも取られかねない願いだが、それこそが最善と判断していることをその表情から察して了承した。

 言いたいことを言い終えたメルエムは空を見上げながら、短いながら怒涛の生に悔いはあれど納得して幕を下ろそうと目を閉じかけ、

 

 

 頭を抱え四肢がボロボロに擦り減ったネフェルピトーが、音もなくメルエムの傍らに到着した。

 

 

「むぅ!?」

 

「ピトー!?」

 

「っ!?」

 

 驚愕するネテロとメルエムに身構えたゴンさんの前で、死者の念を発する髑髏のプリマドンナがヒビ割れていく。

 ネフェルピトーを間に合わせるという願いを叶えた黒死夢想(テレプシコーラ)が砕けると、その中からネフェルピトーによく似た清廉なナースが姿を現した。

 

 

 玩具改修者(マッドドクター) ――

 

 

 ナースの背後の医療機器がネフェルピトーとメルエムに突き刺さり、ネフェルピトーの身体を分解してメルエムの身体の修復に使っていく。

 死者の念特有の悍ましさはあるものの、己を犠牲に他者を助けるその行為は愛に満ち溢れていた。

 

「…ハンターよ、恥を忍んで頼む。余の忠臣達の献身のため、そして余の未練のため、オレを救けてくれ…!」

 

 メルエムはネフェルピトーの治療が間に合わないことを万面掌握(遍く照らす王)により理解し、恥も外聞も捨ててネテロとゴンさんに命乞いをした。

 

「頼まれた!」

 

 ネテロはゼノをアッシーにしたことで残しておいたノヴの一夜のあやまち(スペアキー)で扉を開くと、四次元マンション(ハイドアンドシーク)で待機していたレオリオとクラピカを無理矢理引きずり出す。

 

「急患じゃ! 詳細は省くがとにかく救けろ!!」

 

「はぁ!? なんで設備あるとこから外に出すんだよって何じゃこの状況はってゴンお前何その、何お前!?」

 

「いいから早く治療するぞレオリオ! 恐らくこのままだとゴンがやりすぎた結果死人が出る!?」

 

「だぁ~畜生わかってんよ! ドケチの手術室(ワンマンドクター)痛いの痛いの飛んでいけ(ダメージコンバート)!!」

 

「限界を超えて強化しろ、鼓舞する者の鎖(インスパイアチェーン)!!」

 

 わざわざ最新設備を持ち込んだ四次元マンションから何もない荒野に放り出されたレオリオだが、何もないところでも治療出来ることこそ最大の強み。

 死者の念で動くネフェルピトーを移動させられないとみたネテロの迅速な行動により、空の下で致命傷を超えたメルエムの命を全力で繋ぎ止める死闘が幕を開ける。

 

「…何とか間に合ってくれるといいんだけど」

 

「まぁやりすぎたとは言えん壮絶な勝負じゃった。何より勝ってくれたことにハンター協会会長として感謝するぞぃ」

 

 気が抜けてゴンさん形態から元に戻ったゴンとネテロはやることがないため少し離れて治療を見守り、そろそろキルア達を回収したノヴが来る頃かと予想していた。

 

「ゴ〜〜ン♥」

 

 ノヴよりも先に擦り傷だらけで腕の曲がったピエロが、盛大なヘッドスライディングで到着した。

 

「あぁ、ほんの一部しか見えなかったけどそれだけでわかった!! 君は、ゴンはついに到達したんだね♥」

 

 外傷か興奮か分からぬ愛を鼻と言わず口と言わず噴出するヒソカは、遠目ながら何とか間に合い目にした(ゴンさん)から迸っていたパワーに人生最高にブチ上がっていた。

 

「戦いを見れなかったのは悔しいけど新しい愉しみができたよ♥ネテロ会長は見たんだよね? どうだった!?」

 

「………間違いなく最強じゃろうな。どうやっても勝ちの目が見えん」

 

「あぁ、ああぁあたまらない♥っう、ふぅっ!」

 

 さらなる愛を吐き出したピエロは恍惚の表情で地に沈み、主治医は気付くことなく必死の治療を続ける。

 

 ハンターとキメラアントの決戦は、人類が暗黒大陸に勝利するという歴史的快挙で幕を閉じた。

 

 





 個人的に苦戦したキメラアント戦も一段落してホッとする作者です。
 厨ニと妄想の塊だった決戦も終わりましたが、もうちっと、しばらく?続くんでよろしくお願いします。


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第97話 後始末と続く未来

 

 

 皆さんこんにちは、とりあえず完成させたゴン・フリークスです。先は長い、まだまだゴンさん道の一歩目を踏み出したにすぎない。

 

 

 

 

 

 もはや数日間隔で集合している、箱庭の守護者を自認するV5の面々。

 近頃の頭や胃が痛い話ばかりだった会議と違い、やっと一段落できる内容になるはずだったキメラアント掃討戦の結果発表。

 

 V5は額に青筋を浮かべながら、見た目50代まで若返り何とか着れたピチピチの心Tシャツと短パンのアイザック・ネテロを糾弾していた。

 

「…つまり何かね? 君達ハンターはもちろんキメラアント側の被害もすこぶる軽微だと?」

 

「何を言うとる、ワシ等はともかくキメラアントは直属護衛軍の3体がいなくなり、王も一命をとりとめたが大幅に弱体化した。これを完全勝利と言わずして何と言うのかの?」

 

「ちっ、たしか勝負が終わってから我々の好きにしろと言っていたな。蟲共が生きているならばそれ相応の対応を取るとするか」

 

「それこそ好きにすればよいが、ハンター協会は一切関わらんからの。ちなみにそこらの国よりよっぽど戦力は充実しとるし弱体化したとはいえ王もまだまだ一騎当千、今の所評判もすこぶるよいからひんしゅくを買うのは間違いないぞい」

 

 暗黒大陸の生物がなんの枷もなく自由にしていることが面白くないV5だが、実際問題としてメンフィスに対して取れる手段はほぼないと言っていい。

 数世代は先の機器で雑兵キメラアントとネテロの戦いを見ていたが、その戦闘シーンはまったく理解出来ない超常のものだった。

 メンフィス建国までの流れもクーデター一歩手前ながら失脚した元指導者が付き従っているし、そこまでに不当な犠牲になった存在はどれだけ探しても見つからない。

 唯一非難できる材料のNGLにて行われた大量のマンハントだが、それもNGL自体が問題としていない以上外野がとやかく言うのはそれはそれで醜聞となる。

 

 そして何より、ハンターが勝利したことで最悪何かあれば対処可能と周囲に見なされたのが一番の問題だった。

 

「確かに暗黒大陸の脅威はとてつもなく大きい、しかしそれを言うならお主達も暗黒大陸産の厄災を所持しているではないか。しかも問題が起きた際の危険度で言えば比べるまでもなくキメラアントより上、それで強権を振りかざすのは流石にどうかと思うぞい」

 

「随分偉そうではないか、たかだか数百人規模でしかない組織の長程度が。こちらは何百万を超える人命を暗黒大陸の脅威から守るべく…」

 

「暗黒大陸に行ったこともないガキ共がデカい口叩くんじゃねぇよ」

 

 それはハンター協会そのものを引き合いに出し、持ち帰られた厄災しか知らないで暗黒大陸を知ったように語るV5への警告。

 ネテロから吹き出したオーラの圧は海千山千のV5ですら押し黙らせ、若返り覇気の増したネテロの風貌は更に単純な畏怖を与える。

 

「てめぇ等は厄災を御してると思ってるのかもしれんが、何一つとして有効活用も解決策も出来てないのをちゃんと理解しな。そもそもの話、ワシがその気になれば厄災を守ることも破棄することも出来ない時点で手に余っとるわ」

 

 ネテロの指摘は威圧されていなかったとしても押し黙るしかない内容であり、実際問題毒性が極めて強いだけの爆弾で対処可能なキメラアントは既にある五大厄災に比べて格段に御し易い。

 結局の所、V5以外が暗黒大陸の恩恵を手にする可能性が気に食わない以外の確たる理由がない限り、ハンター協会を動かすことはもちろん他国の納得も得ることも出来ない。

 

「前の報告書にあったと思うが、キメラアントはこれから先減ることはあっても増えることはない。であればお主等の一番お得意な政争で決着を付ければよかろう。それともまさか世界の守り手とか言うとるV5が、産まれて一年経っとらん亜人に勝つ自信がないのかの?」

 

 あからさまな挑発、しかしこう言われてしまえば見栄と権威こそが力となる権力者にとって肯定する訳にはいかない。

 怒りと羞恥に唸ることしかできないV5から言葉が出ないことを確認すると、改めてハンター協会はキメラアントの建国を支持することを告げ会議室から出ていく。

 

 

「無様なもんだねぇ、意気消沈してるとこ悪いが今度はこっちのターンだ」

 

 誰も何も言えず静かになった会議室に、観測者ことサイユウの声が響いた。

 

「キメラアントを持ち込んだのは俺等だが、もう手出しはしねえよ。他の厄災にも何もしない、ただこれからはもっと大々的に動くぜ。そっちの都合は知らんが報告だけな、じゃあ頑張ってくれや世界の守り手さん」

 

 再び静まり返る会議室に、物が壊れる音がいくつも響き渡った。

 

 

 

 

 

『ってことで、V5は大人しくなると思いますぜ。けどこれから動くって言っちまってよかったんで?』

 

「いいに決まってるだろ、オレはしっかり約束を守ってたのに余計なことをしたのは向こうだ。一応断りだけ入れるつもりだが何を言われても聞く義理はねえよ」

 

 機能性を重視した大して広くもなければ豪華なわけでもない一室、そこの主たる漆黒の長髪と長い髭を蓄えた顔にバツ印の傷を持つ男。

 

『本当に大丈夫なんですかい? 報告した通りアイザック・ネテロとんでもないことになってますぜ、そもそも一回負けてるボスじゃやばくないですか?』

 

「んなもん分かってる、元々オレはハンターで親父は武人だったんだ。今更実力で負けてようが関係ねえさ」

 

 若返ったアイザック・ネテロを一回り大きくしてよりワイルドにした見た目、血のつながる実の息子ビヨンド・ネテロが獰猛に笑った。

 

「しかしよ、正直親父が勝ったらお前は鞍替えすると見てたんだがな。ぶっちゃけ親父のことも好きだろ、何でまだオレの側につく?」

 

『あー、確かに俺は面白いものや見たことないものが見たいですよ? けど、生身で深海や宇宙を見たいかって言われたら別問題でしょ』

 

 サイユウはビヨンドの疑問にキメラアントとアイザック・ネテロ、そしてゴンさんを思い返して苦笑した。

 観測者と呼ばれるほど観ることに特化した能力を持っているとはいえ、サイユウ自身はそのまま深海に潜れば潰れるし宇宙に出れば破裂する。

 それすら克服するのではないかと思わせた天上の戦いは、間違いなく今までで最高のショーでありながら決して踏み入ってはいけない絶望の喜劇だった。

 

 サイユウの翼は蝋でできているし、太陽どころかブラックホールに飛び込むほど頭のネジは外れていないのだ。

 

『俺はボスの側が一番いいんすよ。これからも俺に面白いもん見せてください』

 

「ふん、暗黒大陸がその程度に見られてちゃおしまいだな。ま、思う存分舐るつもりのオレに言えたことじゃないか」

 

 その後いくらか世間話に花を咲かせ通話を切り、ビヨンドはサイユウが深海や宇宙に例えた面々に思いを馳せる。

 ビヨンドが目論む暗黒大陸遠征に無理矢理組み込むかを検討しながら、疼く顔の傷と直感が最悪の悪手であると警鐘を鳴らしていた。

 

「親子喧嘩って歳でもねえし、不確定要素はなるべく排除するのが安牌か」

 

 長い間裏に潜伏し準備に準備を重ねてきたビヨンドは、やっと回ってきたチャンスを逃すつもりはない。

 顔の傷の原因になった何十年も前の親子喧嘩には負けたが、もはや勝負するつもりすらなかった。

 

「落とし前はつけてもらうぜ。もう誰にもオレの邪魔はさせない!」

 

 信念も実力も超一流で生粋のハンターが、己の野望を叶えるべく行動を開始した。

 

 

 

 

 

 太陽国家メンフィス宮殿の広大な中庭。

 キメラアントと人間の隔てなく、宮殿に勤めるほぼ全てが集まりメルエムの登場を待っていた。

 皆が不安そうな表情を浮かべ、これからのメンフィスについて話しているところにメルエムがバルコニーへと現れる。

 

「ふむ、手を離せぬもの以外粗方集まっているな」

 

 その姿は外殻を砕かれたほぼ人間に近い見た目で、外殻を纏っていたときと似た服装に身を包んでいる。

 そしてベストの間から見える胸元には特大の傷跡が残り、ゴンさんとの最後の一合で触媒に使った左腕は戻らず上腕から先を失っていた。

 

「皆も知っているだろうが改めて言おう、余はハンターに敗北した」

 

 王からの敗北宣言に多くの者が沈痛な表情となり、同じく敗北したキメラアントは己の力の無さにやり場のない怒りを抱く。

 僅かなざわめきが波紋のように広がり、静まるのを待ったメルエムはこれからについて話し出す。

 

「結論から言おう、太陽国家メンフィスはこのまま余の統治の下存続する。むろんハンターやいくらかの監視が付くがな」

 

 それは予想だにしなかった朗報であり、驚き固まった後多くの者達が今までの鬱屈を吐き出すように大歓声を上げた。

 

『太陽国家メンフィス万歳! 太陽王メルエム万歳!!』

 

 東ゴルトー時代からはありえないほど住みやすくなり、今なお成長し続ける国を実感する人間達はメルエムへの賛辞を惜しまない。

 キメラアントも強者でありながら慈悲も持ち合わせるメルエムの配下であることを誇りに思い、隣の人間と手を取り声を合わせて喉を枯らす。

 止まらない歓声を止めるべく手を上げたメルエムは、敗北した己に変わらぬ忠誠を誓う臣民に大きく頷いた。

 

「我が国民に誓おう。強さでは負けたが、それ以外では勝ち続けると、この国を誰もが羨む箱庭、最高の理想郷とすることを! 余に続き余の助けとなれ! 我等の力でこの世の楽園を実現するのだ!!」

 

 爆発する歓声と熱気に背を向け宮殿内へと歩み出すメルエムは、改めて己の王としての覚悟を決め二度と負けないことを心に誓った。

 

 

 

 宮殿最上階にある対局の間と呼ばれだした一室、演説とこの日の業務を終えたメルエムは随分久しぶりに感じるコムギとの軍儀を楽しんでいた。

 

「……ない、詰みだ」

 

「今の対局も良い展開だったスね! それで、その、そろそろお許しいただけると集中出来るのですが…」

 

「打ち始めれば何事もないくせによく言う、余が満足するまで休ませろ」

 

「うぅ〜」

 

 相変わらず勝てないながら心躍る対局を続けているが、この日は駒を打つ音は鳴らずにただ二人の声だけが響いている。

 

「国王さ、メルエム様はお疲れなのにワダすの貧相な脚で休まるんすか?」

 

「あぁ、正直自分でも驚くほどやすらぐ。次を打つぞ」

 

「負けないっすよ!」

 

 座るコムギと膝枕をされたメルエムは再び脳内軍儀を始め、穏やかに、しかし苛烈とも言える対局を行う。

 

「…詰みだ。いかんな、やすらぎすぎるのも手を悪くするか」

 

「そんなことないす! 読みから外れてて、色々考えられる良い一手ですた!! ……何かお悩みがあるみたいすが、ワダすでよければ聞きますよ?」

 

 もはや軍儀で会話以上の意思疎通が可能となった二人。

 

 コムギはメルエムの心中にある悩みや不安を察知し、気付かぬうちにその髪を梳きながら問いかける。

 

「…お主も知っている余の最高の忠臣達を失った。心情的にも辛いが、それ以上に替えの利かない手足だったと痛感している」

 

 メルエムの失ったネフェルピトー、シャウアプフ、モントゥトゥユピーはどんなことがあっても変わらぬ味方であり、力という点でも比類なき最高の忠臣だった。

 それをごっそりと失ってしまったメルエムの負担は決戦前に比べて跳ね上がっており、それこそコムギとの軍儀の時間を削らざるを得ない状況となっている。

 

「すまぬコムギ、しばらくあまり時間を作ってやれぬ」

 

「……、」

 

「コムギ? っ!」

 

 変わらぬ手付きで撫でられながらも返事のないことを訝しんだメルエムは、脇にある盤と駒にオーラが宿ったことを知覚した。

 

「これは?」

 

 オーラの宿った駒が勝手に盤面を駆け回り、詰軍儀の形が出来上がる。

 メルエムですら解くのに時間が掛かるであろう難解な盤面だが、コムギのオーラが揺らめくと瞬く間に一つの解へと到達した。

 

「メルエム様、貴方は何も失ってないす」

 

「何?」

 

「全ては貴方の中に…」

 

「っ!!」

 

 目を見開いたコムギが突然屈み、メルエムの額と自分の額を触れさせる。

 

 コムギとメルエムのオーラが混じり合い、心の奥の底、魂の中からそれは響いた。

 

メルエム様(ニャ~ン)!!』

 

 一瞬の空白、旅立った意識がもとに戻ると身を起こしたメルエムの前に3つの影が傅いていた。

 

「メルエム様、このシャウアプフ、恐れ多くも今一度お仕えさせていただきたく」

 

「メルエム様、俺は壊れない貴方の武具としてこれからも使われとうございます!」

 

「ニャ~ン」

 

 体長約30センチの二頭身マスコットキャラと化したシャウアプフにモントゥトゥユピー、そしてネフェルピトーによく似た猫が喜色満面に告げる。

 

「……そうか、余は、何も失ってはいなかったか」

 

 メルエムの目から一滴の雨が降り、しかし太陽は陰ることなく燦々と輝く。

 

 太陽国家メンフィス、昇ったばかりのこの国は、これから遍く全てを照らす箱庭の楽園へと突き進んでいく。

 

 強さを失った太陽王は、それ以上のモノを手に入れ真の王へと至った。

 

 

 

 

 

『だははははは!!!』

 

「何と愛くるしい、子供達と変わらぬサイズではないか」

 

「ぐんま?」

 

「それだけの反動、マジでやばかったんでしょうね。ジジイが意気消沈するわけだわさ」

 

「可愛いねゴン♥ボクがしっかり護るから安心していいよ♥」

 

「こうなっちゃったかぁ」

 

 無理をした代償、二頭身マスコットキャラとなったゴン・フリークスが頭を抱えた。

 

 





 後書きに失礼します作者です。いくつか補足説明します。

 ビヨンド・ネテロの顔の傷はアイザック・ネテロとの親子喧嘩が原因説。これはネテロ会長が死ぬまで律儀に我慢したのはそれなりの理由があるだろうと予想、お互い条件を付けて決闘したのではと妄想しました。

 コムギの念能力…森羅万象之軍儀也
 様々な問題や計算等を詰軍儀に変換し、それを解けたら問題や計算の答えになるという馬鹿みたいな能力。答えのない問題やおよそ不可能な問題の答えは流石に無理。

 ネフェルピトーの猫化
 一度死んでること、ヒソカとの戦闘で理性を吹き飛ばしたせいで野生化した。それでもそこらの念能力者より圧倒的に強い。


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第98話 楽しい旅と愉しい会議

 

 

 皆さんこんにちは、マスコットキャラのゴン・フリークスです。思った以上の反動に改めてゴンさんという頂の高さにおののいてます。

 

 

 

 

 

「結局ついてくるのかよ、ゴンが来るとヒソカも付いてきて嫌なんだけど」

 

「当たり前じゃん。クラピカとレオリオは忙しいしギンも子供達のお守りだからね、一人で行かせられないからオレがついて行くしかないよ」

 

「ボクも余計なことはしないし気にしないでいいよ♦ゴンを護る、これもまた得難い経験♥」

 

 キルアの実家ククルーマウンテンに向かう飛行船の中、キルアにゴンとヒソカの三人は珍しくダレながら移動していた。

 ハンター試験で出会ってからこれまでとにかく鍛錬を続けてきたが、最大の難敵だったキメラアントとの死闘を終えたことでしばらくは休息期間としたのだ。

 加えてハンター協会会長のネテロやビスケも事後処理にてんやわんやのため、実りある鍛錬のための人員も場所も激減しているのも理由の一つである。

 

「しっかしこれ程ガキで良かったと思ったことはねぇや。ナックル達にゴレイヌまで死にそうな顔してたな」

 

「本当にね、いつかは必要になってくるのかもしれないけどもうしばらくはいいかな」

 

「律儀だねぇ、やりたくないならやらなければいいのに♠」

 

 キメラアントとの決戦に勝利したとはいえ、それではい終わりと言う訳にはいかない。

 NGLであったマンハントや残ったキメラアント達の監視や人々との仲介、太陽国家メンフィスへの移民希望者への対応や他国との調整役など、勝ったからこそ負うべき責任や仕事が増えに増えていた。

 そのため多くの大人やハンターが死にものぐるいで雑務に励む中、子供という理由で抜け出せたゴンとキルアはこれ幸いと先延ばしていた目的の一つを消化することにして移動している。

 

 ゾルディック家に幽閉されているキルアの妹達、アルカとナニカの救出である。

 

 当初キルアと弱体化中のゴンだけで行くと言って難色を示されたが、最凶のボディーガードとしてヒソカが立候補したことでむしろゾルディック家を憐れむ者まで出てくる始末だった。

 

「けどどうやって助けるの? ヒソカに暴れてもらってキルアが盗んでくる?」

 

「それも悪くないね♥」

 

「悪いに決まってるだろ!? 御家断絶させるほど恨んでねぇし普通に正面から連れ出すわ!!」

 

 キメラアントとの決戦で完勝したのはゴンとヒソカのみだったが、単純な成長率で言えばキルアがダントツで伸びている。

 最大値の更新はもちろんゴン、ヒソカも見てわかるレベルで成長したが、その差が縮まったことは誰の目から見ても一目瞭然の事実だった。

 

 たとえゴンとヒソカがいたとしても、見劣りすることなく足を引っ張ることもないと確信が持てる進化を遂げていた。

 

「頼むからオレがいいって言うまで大人しくしててくれ、お前等のお守りが出来るほど強くなってねぇんだよ」

 

 キルアは改めてレオリオやクラピカ、そしてビスケやネテロがいない現状に頭を痛め、世界最強の暗殺一家ゾルディック家と相対する以上の不安を何とか押し殺す。

 見るからに強くなった最凶のピエロ、弱体化したとはいえ普通にバグってる筋肉を引率する心労に苛まれながらも、飛躍した雷小僧は正攻法でゾルディック家と対峙するつもりでいた。

 

「じゃあオレは何かあったときのためにヒソカに乗ってるよ。オレの心配はいいから思いっきりやってね」

 

「ゴンに乗られる、それもまた一興♥」

 

 どこぞの妖怪兄弟のようにヒソカの肩に乗るゴンと、ゴンの乗る肩以外をくねらせ悶えるヒソカ。

 

 ゾルディック家と喧嘩しに行くにも関わらず一切緊張感のない二人を見ながら、これからの不安に一人さらされ続けるキルアは一刻も早くレオリオ(ツッコミ役)と合流できることを心から願った。

 

 

 

 

 

 優雅に空の旅を楽しむゴン達とはうってかわり、重い空気と怨嗟の呻きが響くだだっ広いオフィス。

 ハンター協会本部の事務員や書類仕事のできるハンター達が総出で事務に励み、あと何日かすれば一段落することを信じて行われているデスマーチ。

 

 彼等がまだ知らない、さらなるド級の問題をネテロから知らされた十二支んが会議室で顔を突き合わせていた。

 

「う〜ん、副会長としては頷きかねますね!」

 

「同じく反対します。まだまだ会長の力が必要です」

 

「同感だ! 隠居はまだはえーよ!」

 

「そ〜ですよ〜、若くなったんだしもっともっと働きましょ〜〜」

 

「認められませぬ、貴方以上の適役はおりません!!」

 

「あまり締め付けたくありませんが、辞められたら寂しくなってしまいます」

 

「代わりがいない、せめて育つまで待ってはくれませんか」

 

「おぉ~ん! 会長辞めねぇでくれ!」

 

「そもそも無理っしょ、どんだけ人望あると思ってんすか」

 

「駄目!」

 

「まだまだ教わるべきことが多すぎます、それ相応の理由がなくては」

 

「いいんじゃねえの?」

 

『『よくねーよ!!!』』

 

「ま、そうなるわな」

 

 十二支んの若干一名以外から大反対を受けたネテロの指令、ハンター協会の新たな会長を選挙で決めろというミッション。

 まだまだキメラアントの事後処理が続くタイミングで落とされた爆弾は、ジンとパリストン以外からすれば到底受け入れられるものではなかった。

 

「んだようるせぇな、チードルや副会長様だってわかってんだろ? これは提案じゃなくて決定事項だってよ」

 

「相応の理由がないと他のハンターが納得しないじゃない。それに辞めてほしくないのは本心よ」

 

「そうですよ、それに意味のない選挙をして何になるんです? 費用と時間の無駄遣いと言えませんかね」

 

 十二支んの中でも特に頭脳戦に優れる三人はそのまま舌戦を始め、そこから色々理解したメンバーとまるで理解していないメンバーが生まれる。

 

「意味ないってどういうことだ? 結局ネテロ会長が当選するってことか?」

 

「はずれ〜〜、早い話が会長になった瞬間にまたネテロ会長を指名すればいいってこと〜〜〜」

 

「あれ? そんなんできるのか?」

 

「段階は踏む。副会長以下の指名は会長に権限があり、その上でネテロ会長を副会長に指名して自分が会長職を辞せば繰り上げで権限が副会長に移る。そのまま過半数の信任があれば問題ない」

 

「めんどくせ、やっぱネテロ会長続投でいいじゃん」

 

「そこら辺の権限も会長が持ってるから決定事項なんだよ。猫のくせに鳥頭かお前は」

 

「んだとこらサイユウ!!」

 

「あたしも馬鹿にした!? ざけんな! 死ね!!」

 

「がいぢょお〜〜」

 

 もはや収拾不可能なレベルで喧々囂々とする会議室。

 いつしか混ざりたくないと黙っていたメンバーすら巻き込んで悪口暴言のオンパレードとなった時、静かに腕を組んでいたネテロが神速の柏手を打ち鳴らして強制的に静かにさせた。

 

「既に言われとるがこれは決定事項じゃ。キメラアントの件も含め、もうじき責任を取らんといかん事態になるからの」

 

「キメラアント以外でですか?」

 

「うむ。結論から言うと暗黒大陸がらみで世界をひっくり返す者がおる」

 

『『暗黒大陸!?』』

 

 十二支んのほぼ全てが驚愕に包まれる中、端末を操作したネテロの背後に非常によく似た男性が映し出された。

 

「此奴の名はビヨンド・ネテロ。ワシの実子にして暗黒大陸に野望を持つ生粋のハンターじゃよ」

 

『『実子!!?』』

 

 子供がいたのか暗黒大陸に野望とは何だとにわかに騒がしくなったのをなだめ、何故生粋のハンターにも関わらずハンター協会に属していないのか、そして暗黒大陸がどう関わるのかを説明する。

 

「まぁワシが若い頃暗黒大陸はアカンと判断してな、無理にでも行こうとするビヨンドと喧嘩したんじゃよ。そんで少なくともワシが死ぬまでは我慢させることに成功しての、じゃがこの通り若返っちまったもんじゃから間違いなく動くじゃろうな」

 

「それは、V5が黙っていないのでは?」

 

「関係ないの、奴を始末する以外で止める手段なぞないわい。仮に始末したとしても、他が実行できるだけの準備もしとるじゃろうしの」

 

 ネテロは本人しか気付かないレベルでパリストンとサイユウに目配せし、その反応から自分の予想が間違っていないことを確信した。

 そして十二支ん全体でキメラアントだけでなく暗黒大陸に関した暴露が行われたなら、アイザック・ネテロが責任を取って会長職を辞すくらいの問題であることを認識する。

 

「仕方ありませんね、では一応選挙のルール決めだけしてしまいましょうか。再びネテロ会長、紛らわしいですね、アイザック会長にするために皆さんでよく考えましょう!」

 

「本人の前で宣言することじゃないのぅ」

 

 その後の会議はそれほど揉めることもなく進み、歴史の修正力と言うべきか原作をなぞるようにしてジンの案が選択される。

 ハンター全員が候補者であり投票者、票を過半数集めなければ再選挙などそこそこ多いルールの上で選挙が行われることとなった。

 

「ではビヨンド氏が動いた場合速やかに選挙を開催しましょう。各ハンターへの伝達役はクルックさんに一任、投開票などは適時決めていくということで!」

 

「会議はこれで終わりか? そんならやりかけの仕事あるから俺は帰るぜ」

 

「私も失礼するわ。会長になったら辞める前に絶対事務職増やしてやる」

 

 会議が終わったと見てサイユウとチードルが退室したのを皮切りに、各々ネテロに挨拶をして部屋を出ていく。

 そして部屋に残ったのはジンにパリストン、そしてネテロとビーンズの4人だけとなった。

 

「さて、ジンとパリストンは何の用じゃ? ただ残ったわけでもあるまい?」

 

「オレはジジイじゃなくてパリストンに聞きたくてな、何でわかってて何もしなかった?」

 

「ん〜? 何のことかわかりませんが、ルールがジンさんので安心しましたよ。貴方ならきっと公正なルールにすると思ってましたから」

 

「けっ、相変わらず余裕なこって」

 

 ジンは十二支ん全員の選挙ルールが書かれた紙の入っている箱をひっくり返し、その中の一つを広げると鼻で笑って放り投げる。

 

 開かれた紙には何も書かれておらず、それを見るパリストンは胡散臭い笑みを浮かべ続ける。

 

「どこまでお前の思い通りになるか見ものだな。じゃあなジジイ、若くなったとはいえジジイなんだからハッスルしすぎんなよ」

 

 ばら撒いた紙を片付けることなく出ていったジンに代わり紙を集めたビーンズは、間違いなく白紙の一枚以外はルールが記入されているのを確認する。

 会議が始まるもっと前から万全に準備したジンに感じた驚嘆を、ビーンズは笑みを浮かべ続けるパリストンに対しても同様に感じた。

 

「で? お前さんは何のようじゃ?」

 

「確認しておきたいことがありまして、ビヨンド氏の行動に対するハンター協会の立ち位置はどうするおつもりですか? 副会長として知っておくべきだと思いまして」

 

 パリストンは自分とビヨンドの関わりがバレていると知った上でハンター協会の方針を聞き、ネテロもまた全て把握した上で偽りなく答える。

 

「とりあえず次の会長に任せる。ちなみにワシとしても手伝わんが邪魔もしないぞい。今回の件で良くも悪くも備えが必要で、場合によっては打開もできると分かったからの」

 

 ネテロは暗黒大陸への執着心がなくなったことにより、危険は危険だが変に隠そうとするV5よりあえて知らせて危機感を煽ったほうがいいと考えるようになっている。

 そもそも案内人という門番がいなければ人類など早々に滅んでいた可能性が高いのだから、今更矮小な人間がわちゃわちゃしたところで現状が激変するとも思えなかった。

 

 何よりこんな小さな箱庭で、あんなでかいモノ(ゴンさん)が誕生できると知ったのだ。

 

 小難しいことは全て若いハンター達に任せ、ネテロは武人としてもっとシンプルで雑に生きることを決めていた。

 

「これからはお主達の時代じゃよ。ただお前もジンも、ちぃとばかし策を弄しすぎなのが玉に瑕じゃな」

 

「……肝に銘じておきます」

 

 部屋を出たパリストンは廊下を歩きながら、彼にしては珍しく寂しそうな表情を浮かべて物思いに耽る。

 ネテロが若返ったことを愉しみが延びたと喜んでいたはずが、以前よりも面白くなさそうなことに気付いてしまったのだ。

 

(血気盛んと言えば聞こえはいいですが、これからはあまりかまってもらえなそうですね…)

 

 しかもそれを見越していたのか、ジンがいつも以上に自分をかまっていたことにも思い至ってしまった。

 

(嫌になりますね、いっそのこと全てぶち壊してしまいますか?)

 

 ハンター協会、ビヨンド陣営、そしてこの箱庭すらどうでも良くなりかけたパリストンだったが、かつてのネテロやジンのニヤけ面を思い浮かべて踏み止まる。

 

 ネテロが若返って面白くなくなったのならまた老いるのを待てばいいし、全てを放り投げた際にジンが浮かべるであろう勝ち誇った顔がとてつもなく不愉快だった。

 

「とりあえず選挙ですね。別に当選してもしなくてもどっちでもいいですが、負け惜しむ顔を見るのもそれはそれで一興ですか」

 

 浮かない顔に何時もの胡散臭い笑みを貼り付けながら、パリストンはこれまた珍しく勝つためにやる気を出して思考を回す。

 

 変わってしまったお気に入り、変わらず気に入らないが唯一認める敵に当てられ、パリストンもまた否応なく変化していく。

 

 

 

 

「ぐふふふっ」

 

「変な笑い方してどうしたんですか?」

 

「なに、ジンもパリストンも思った通りの反応で楽しくての♪ 獲物の動きを予測して愉しむワシもなんだかんだハンターじゃわい」

 

 

 インテリは浮動のバカに頭脳戦で不覚を取るとは考えていない、浮動のバカはインテリを出し抜けないとはいえ負けるつもりもない。

 

 互いに互いを最大の障害と認識する二人は、最後のチャンスを棒に振ってしまった。

 

 盤面全部ぶち壊す頭のおかしい筋肉が、遂に二人の背後に忍び寄る。

 

 



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第99話 決別とシン愛

 

 

 皆さんこんにちは、ククルーマウンテンに帰ってきたゴン・フリークスです。メンバーは減ってますが、総戦力的にはダンチです。

 

 

 

 

 

 律儀にククルーマウンテンの観光バスに揺られて試しの門へと辿り着いたゴン達3人。

 何故かまたしても命知らずな賞金稼ぎがミケの餌になるイベントを消化してから、帰りのバスに乗らず門番ゼブロとの再会を果たしていた。

 

「キルア様! お帰りになられたんですね!? それにヒソカ君にゴンく…、ゴン君なのそれ!?」

 

「普通その反応になるよな」

 

「あははは、久しぶりゼブロさん。こんなになっちゃった」

 

「誰だっけ?」

 

 若干一名まったく記憶に残っていなかったが、短いながらもしっかりと再会を喜ぶ。

 

「え? 本当に重い!? 何これ宿舎にあるどんな物より見た目との違和感が凄い!!」

 

「そのなりで100キロ超えてるからな、まじで頭おかしくて笑えてくるわ」

 

「あんまりボクのゴンに触らないでくれる?」

 

「あっ、すいません」

 

 そして呼び鈴感覚で門番から執事に連絡を入れてもらった後、試しの門の前にマスコットキャラとなったゴンが仁王立つ。

 フンスと気炎を上げてオーラを練ったゴンが試しの門に手をかけ力むと、本来鳴るはずの重苦しい軋む音が一切鳴ることなく自動ドアのようにすべての門が開いた。

 

「えぇ〜…」

 

「この姿でも余裕だね、さあ! キルアもヒソカも今のうちに通って!!」

 

「そんな狭い隙間通れるかアホ、脳味噌もちっちゃくなってんのか。変態も無理に通ろうとすんな門削ろうとすんなマジでやめろ!?」

 

 ギャアギャアとキルアの悲鳴を響かせながら若干削れた試しの門が閉まり、キルア達の目的を聞いたゼブロは職を失う覚悟を決めながら門番の仕事に戻った。

 

 

 

 キルアを確認しに来たミケがゴンとヒソカを見てそそくさと退散するのを尻目に、ゴン達は屋敷があるエリア前の開けた所でゾルディック家及び執事達と対峙していた。

 キルアを先頭にヒソカとその肩に乗ったゴンというぱっと見2人に対して、キルアとアルカを除くゾルディック家8人勢ぞろいに執事のほぼ全員という多勢に無勢を極めた構図。

 

 気を張っているのはゾルディック側だけで、ゴン達からはむしろ余裕すら漂っていた。

 

「まずはよく帰ったと言っておこうか。しかしキルア、門番の報告は間違いないか?」

 

「当たり前だろ、オレはアルカを迎えに来た。邪魔しなければ何もしないで出ていくぜ」

 

 ゾルディック家当主シルバとキルアの睨み合い、執事の大半は真っ青になって震えているが本人達からしたらまだ猫のじゃれ合いレベルである。

 そしてキルアに一切引く気がないことを確認したシルバはため息をつき、手を挙げると執事達全員が臨戦態勢を取った。

 

「認められん。ここが最後通告だ、大人しく出ていくかやり合うか選…」

 

 キルアの背後にいるヒソカとゴンから、シルバですら口を噤む程のオーラが噴出した。

 

「家族の問題には口出ししないよ、けどそこに他人をかませるならオレもいいよね?」

 

「世に名高いゾルディック家の執事、何人かは結構そそられるし悪くない♠」

 

「一応オレにとっちゃゴトー達も家族だけどさ、そっちがその気ならこっちもジョーカー切るぜ? 大人しく家族同士でケリつけようや」

 

 この時点で執事達の半数以上が腰砕けになって戦線離脱し、それどころかまともに戦える者すら数えられる程度まで絞られてしまった。

 ゾルディック家としても次男ミルキと五男カルトが戦力外となり、総力戦となれば無事では済まないことがヒシヒシと感じられた。

 

「家族同士でか、その場合こちらは8人の訳だが、俺達も随分舐められたものだな」

 

 そして立ち上るゾルディック家の殺意。

 

 シルバ、ゼノ、マハ、そしてイルミの冷ややかで鋭い、しかしどことなく静かな殺気がキルアに叩き付けられる。

 

「ゾルディックを舐めてなんていねえよ。親父達のおかげで、オレはここまでこれたんだ!」

 

 一般人ではわけも分からずショック死する圧を弾き飛ばし、キルアから殺気とは違う闘気が噴出する。

 ゾルディックを圧倒し押し返すその圧は鋭くありながらも輝くようで、以前家を出るときに見せた冷たく燃えるような殺気とはまるで違う雷光の如きオーラ。

 

 暗殺者とはかけ離れた、まさに修羅と言うべき姿だった。

 

「……こりゃいかんな、ここまでじゃシルバ。ここから先はゾルディックにとって損失がでかすぎる」

 

 先ず年長者のマハが殺気を収めて早々に立ち去り、ゼノもオーラを止めて腰や肩を叩く。

 

「御義祖父様に御義父様!? それではキルアをどうするのです!?」

 

「そんな大声出さんでも聞こえとる。しょうがなかろう、鳶が鷹を生んじまった、それだけのことじゃ」

 

 ゾルディックの暗殺一家としての短くない歴史は、すなわち最高の暗殺者を作るための歴史。

 訓練は当たり前のこと、適性ある相手との婚姻や邪法とも言える業の数々は時を重ねるごとに純度を増し、ついに最高傑作として生まれたのがキルアのはずだった。

 

 キルアの才覚にはゾルディック(暗殺者)という器は小さすぎ、もはや突然変異を起こした上位種(修羅)はさらなる高みを目指していた。

 

「ふざけないでください! あなた、まさか認めないわよね!?」

 

 ヒステリックに叫ぶキキョウ、そして不安そうなカルトの視線を無視してキルアを見つめていたシルバは、その煌めく眼光で目が眩んだかのように首を振った。

 

「キルアは俺の子だ、しかしゾルディックの子に収まらなかった。キルアをゾルディック家次期当主の座から外す」

 

「なっ、あなた本気!?」

 

「お父様!?」

 

 悲鳴を上げて詰め寄ろうとした2人を制すように、ドス黒いオーラのイルミがキルアに歩み寄る。

 

「じゃあキルのことは好きにして構わないね? “あれ”のこともあるし、しょうがないから傀儡にするよ」

 

「次にアルカのことをあれとかそれとか言ってみろ、お前のことは二度と兄貴と思わないしその口利けなくするぜ」

 

「やってみなよ、キルも人形にしてあれと一緒に保管する」

 

 まさに一触即発、おどろおどろしいオーラを纏うイルミに対し、弾ける憤怒のオーラを纏うキルア。

 止められないと見たか止める気もなかったのか、シルバ達は2人から距離を取り、しかしいざとなれば介入できる位置で様子を窺う。

 

「家族喧嘩なら後ろのは手出ししないんだよね? お灸には太くてデカい針だけど我慢しな」

 

 イルミは幻影旅団との戦いでゴンに刺したのと同じ針を取り出し、その圧倒的オーラを隠れ蓑に以前キルアに刺していた針以上の操作用針を隠し持つ。

 キルアのことなど一切考慮しない神字の刻まれた小さな針は、打ち込まれたが最後相手の脳を破壊して癒着し完全な操り人形としてしまう悪魔の針。

 イルミはゾルディック最高傑作のキルアを愛していた、しかしゾルディックを超えてしまったキルアはむしろ邪魔者でしかない。

 

 ゾルディックを最優先に考えるイルミは可愛さ余って憎さ百倍の言葉通り、親の敵以上の憎悪を以てキルアを始末しようと構える。

 

「馬鹿だなお前、暗殺者がオレの土俵に上がってくるなよ」

 

 周囲に雷轟が鳴り響き、雷皇(オレミカヅチ)による一瞬の雷化で背後を取ったキルアの貫手がイルミの心臓を貫いた。

 

「一応兄弟喧嘩だからな、殺しはしねえよ。そのかわり次来たら覚悟するんだな。心音殺・雷」

 

 イルミを貫く腕にのみ雷化を継続させ、心臓に直接電流を流すことでその動きを強制的に止める。

 崩れ落ちたその身体を執事達が集まる位置に投げ込んだキルアは、シルバやゼノを警戒しながら指示を出した。

 

「すぐ処置すりゃ問題ねえ、さっさと持って行きな」

 

 イルミを受け止めた執事達がシルバに目配せし、頷いたのを確認して数名が治療のためにその場を離れる。

 

「なるほど、イルミを歯牙にもかけないか」

 

「今のはあいつが悪いだろ。暗殺者のくせに真っ正面から来るなっての」

 

 確かにキルアの言う通り逸ったイルミの勇み足とも取れる結果だが、それを踏まえてもシルバとゼノの心中は穏やかでなかった。

 たとえ一瞬とはいえ雷化は想像を絶する程の難易度を誇るにも関わらず、キルアのオーラからその前兆を察知することができなかったからだ。

 イルミの針やクラピカの鎖など既に能力が備わっている物を使うならまだしも、能力そのものの行使にはそれ相応の前兆がなければおかしいのだ。

 

 シャウアプフとの戦闘で進化したキルアのオーラコントロールは、気配を読むことに心血を注ぐ暗殺者達ですら欺くレベルに到達していた。

 

「…これだけは聞かせろ、アルカの、あの“何か”のおねだりはゾルディックを滅ぼすか?」

 

 シルバは今のキルアにプラスしてゴンとヒソカを相手にするのは無謀と判断し、最優先事項としてゾルディック家の安否を問う。

 アルカが最も懐くキルアならば、その辺りを何とかコントロール出来ないかと期待していた。

 

「ははっ、やっぱ親子だな、オレも黒い方はナニカって呼んでんだ。安心しなよ、アルカもナニカも滅茶苦茶優しい子さ」

 

 笑って杞憂だと告げたキルアはゴトーを引きずって無理矢理案内を頼み、ゴンとヒソカを連れ立って屋敷の方へ悠々と歩いていった。

 

 

 

 残されたシルバ達は各々持ち場に戻り、泣き喚くキキョウをカルトとミルキが連れて帰っていった。

 残るのはゾルディック家当主シルバ、前当主ゼノ、そして執事の中で最古参にして最強の女傑ツボネの3人。

 

「親父、ゾルディックの総力を結集しても負けかねんと見た俺の判断は間違っていたか?」

 

「いや、まず間違いなくこっちも甚大な被害を受けたはずじゃ。アルカに関して言えばここにいようといまいと予測不可能な所もある、あの場はあれが最善じゃろ」

 

「そうか、…いかんな、キルアの成長を喜ぶ自分がいる」

 

 キルアの成長はゾルディックにとって想定外の結果となったが、それでも父として自分を超えていく姿に喜びを見出していた。

 ゼノもまた可愛い孫の成長は喜ばしく、既に当主の座を退いていることもあってシルバ以上に内心心躍っていた。

 

「次期当主の座は強さで言えばイルミしかいないが、裏方に徹するならばミルキも悪くない。まだ幼いカルトもいる、気長に選ぶとするか」

 

「それが良いの。それで? 残ってまで何の用じゃツボネ」

 

 何処か清々しい空気を出すシルバとゼノに対し、シルバを超える体格を誇る古強者ツボネは眉をひそめて口を開く。

 

「キルア坊っちゃんの後ろにいた2人、あれ等がいる限り依頼があっても手出しするのは控えるべきと具申いたします」

 

 シルバとゼノはどうしてもキルアに注目していたため、代わりにゴンとヒソカを注視していたツボネだからこそ見えてしまったモノ。

 

「おそらくは、ハンター協会会長アイザック・ネテロですら喰らう化生の類です」

 

 ゼノはおろかマハの代から執事としてゾルディック家に仕えてきたツボネは、本人の強さはもちろん自分自身を元に様々な乗り物を具現化させる能力の大和撫子七変化(ライダーズハイ)もあって多くの現場に同伴してきた。

 そして過去全盛期に近いネテロを直接見たことのあるツボネは、その深い実力の底にとてもではないが潜れないと痛感させられていた。

 

 キルアの底は間違いなくネテロより深く、ゴンとヒソカにいたってはその底を覗くことすら出来なかった。

 

 シルバは自分直属で特に信頼するツボネからの警告にため息を吐き、珍しく不安を顕にして小さくぼやく。

 

「やってられんな、どうやってイルミを止めたものか」

 

 誰よりもゾルディック家を愛するが故に融通の利かない長子を思い、シルバは予想以上に長くなりそうな当主の立場を憂いてその長髪を掻き回した。

 

 

 

 

 

 ゴトーの案内で屋敷の地下深くにやってきたゴン達は、金庫以上に堅固な分厚い鉄の扉の前にいた。

 光も届かない地の底で明らかに人とのつながりを断たれているであろう光景は、どう考えても家族にする仕打ちではない。

 

「こんな扱いのアルカとナニカを忘れてたなんて、オレは兄貴失格だ」

 

「イルミ様の針から自力で脱するなど本来不可能、成し得たのは間違いなくアルカ様への愛があったでしょう。あまりご自分を責めないでください」

 

「そうだよ。そんな顔してるとこの扉ぶち破るよ」

 

「ゴン様、私が開けますので大丈夫です。その構えた拳をお下げください、止めてください扉が死んでしまいます!」

 

「強引なゴンも素敵だね♥」

 

「締まらねえなオイ」

 

 キルアは慰めようとしてるのか脳味噌筋肉になってるのか不明なゴンと平常運転のヒソカに苦笑し、突然始まったカウントダウンに必死でセキュリティを解除するゴトーを落ち着かせる。

 幾重にもかけられたロックが全て解除されると、その無骨な扉からは想像の付かないファンシーな部屋が広がった。

 

 ゆったりとした民族衣装風の衣服に身を包み、何処か無機質な表情を浮かべる少女が人形に囲まれ座っていた。

 

「…アルカ、ただいま」

 

 扉が開いても無反応だったアルカはキルアの声を聞いた瞬間ビクリと跳ね、今までの無機質さが嘘のように生き生きとした満面の笑みでキルアに突撃した。

 

「お兄ちゃん!! うわぁー本物だ! キルアの匂いだ!!」

 

 猫のように頭を擦り付けるアルカを軽く抱きしめ、目線を合わせたキルアはやや申し訳無さそうながら笑顔を浮かべた。

 

「遅くなったけどただいま、そんで急だけどこのまま一緒に家出しようぜ。オレも見てる途中なんだけどよ、お前にも世界を見せてやりたい」

 

「いいの!? 行く行く! お兄ちゃんと一緒ならどこでも行くよ!!」

 

「サンキュ、そんで悪いけど二人っきりってわけにもいかなくてさ、こいつ等もいるんだわ」

 

 キルアはゾルディック家に正面から喧嘩を売ったことに加え、ゴンの強さに並ぶという目標もある以上二人旅をするわけにもいかないためゴンとヒソカを紹介する。

 

「でかいのはヒソカって変態だけど、アルカには無害だから気にしなくていい。そんでちっこいのがゴンっていってな、その、オレの親友だ」

 

「初めましてアルカ! こんなだけどキルアと同い年だよ、よろしく!!」

 

 キルアに夢中で今の今まで気付いていなかったアルカは、キルアのゴンに対する親友という言葉に眉をひそめた。

 久しぶりに会えた最愛の兄が取られたような感覚にオーラが曇り、ヒソカの肩から降りたせいで踏み潰せそうなゴンに嫌がらせ目的で近付く。

 

「んっ、ナニカ?」

 

 至近距離でゴンを見下ろしたアルカが呟くと、急にしゃがんで息が触れるほどの至近距離で顔を突き合わせる。

 

 その目は闇をたたえているかのような不気味な深さがあり、への字に曲がった口はまるで人間ではないかのようなナニかを感じさせた。

 

「ナニカ!?」

 

「ふぅ〜ん♦」

 

 突然“切り替わった”ナニカに驚き声を上げるキルアと、その得体のしれないオーラを興味深そうに眺めるヒソカ。

 

 そしてまるで観察されていると感じたゴンは軽く首を傾げると、感情の読めないナニカを真っ直ぐに見つめ返して口を開いた。

 

「えっと、初めましてナニカ。キルアの友達のゴンだよ、よろしく」

 

「……あい」

 

 戸惑いながらも手を差し出したゴンを数秒見つめ続けたナニカは、ナニかに納得したかのように頷いてその手を取る。

 への字に曲がっていた口が上向いて薄い笑みを浮かべたナニカは目を閉じ、開いたときには不気味さも何もないアルカの表情に戻っていた。

 

「しょうがないからゴンにもいいコいいコする権利をあげます! これから励むように! あたしを甘やかすように!!」

 

「?? 了解? キルアを待ってて偉かったね、我慢強いいい子だよ〜」

 

「むふーっ、それほどでもある!」

 

 屈むアルカの頭を背伸びして何とか撫でるゴンと、その光景に愕然とした表情を浮かべながらもホッとしたように息をつくキルア。

 

「お兄ちゃん、ゴン兄、ちゃんとあたしとナニカを守ってね!」

 

 仲のいい兄弟と無二の親友の遣り取りを眺めるゴトーは、やっとキルアの願いが叶ったと目尻を抑えながら静かに微笑んだ。

 

 

 

 そして誰からも注目されていない愛が溢れている変態は、ゴンに撫でてもらおうと静かに這い寄っていた。

 

 



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第100話 空旅と賭け

 

 

 皆さんこんにちは、無事ククルーマウンテンから出発したゴン・フリークスです。アルカとナニカは独特の感性を持ってますが、キルアの言う通りとても優しくていい子みたいです。

 

 

 

 

 

 アルカを連れ出したゴン一行はククルーマウンテンのあるパドキア共和国から出発し、とりあえずクラピカとレオリオに合流するべく移動を開始していた。

 もっとも小さな赤子連れで旅をするほど無謀なことは考えておらず、アルカとナニカを紹介したらひとまず別行動をすることに決めている。

 ちなみにレオリオはキメラアントの問題解決にあたり多くの功績を残したことを評価され、チードル先導のもと医療免許の獲得における実技を全面的に免除される運びとなった。

 筆記に関しても好きなタイミングで受験しそれに合格できれば晴れて医療免許獲得ということで、クラピカと子育てをしながらも鋭意勉強中である。

 ついでにギンもカリンとクレアが可愛くて仕方がないのか、小さくなって一緒に昼寝したり大きくなってお腹の上で昼寝させたりとよく面倒を見て初産で双子だったクラピカの大きな助けとなっている。

 

 合流を目指しているゴン一行だったが、いつものごとく平穏とは程遠い旅路となっていた。

 

「はぁーーっ!!?」

 

「お兄ちゃん!! ゴン兄に言われた通りにしたらできた!!」

 

「あい!!」

 

「まさかこんなに早くできるとは思わなかったよ、練度が上がれば完全に分離できるのかな?」

 

「暗黒大陸の生物ねぇ、あんまりそそられないな♣」

 

 初めての飛行船で大はしゃぎだったアルカがその速度に早々に飽きてしまい、暇だ暇だと駄々をこねているのを見かねたゴンが行った念の短期レッスン。

 

 アルカとナニカは直接会ってみたくない?

 

 その何気ない一言から実現してしまった、カストロの自分自身(マイセルフ)と非常に似通った能力。

 元々二重人格ではなく別個の存在であったこと、ナニカを受け入れられるだけの器を持つアルカだからこそ可能となった分裂。

 直接か誰かを間に挟んで触れていることを条件に、アルカとナニカは現実世界で邂逅を果たした。

 

「あー、まぁこうやって2人に会えたのはいいとして、あんまり無茶なことすんなよゴン。“おねだり”と“おねがい”については説明したろ?」

 

 片方ずつではなく両方等しく可愛がることができて喜ぶキルアだったが、自分以外の他人と長く一緒に過ごすことが初めてのアルカとナニカは正直予測がつかない。

 今のところ問題らしい問題は起きていないが、シルバに啖呵を切った以上何かあってからでは遅いのだ。

 

「昨日キルアが寝た後いくつかおねだりされたけど、特に何ともなかったし大丈夫だと思うよ。ヒソカにはおねだりしたがらないし、ちゃんと言い聞かせたらヒソカのおねがいはきかないって約束もしてくれたしね」

 

ね〜(あい)!」

 

 呑気に笑い合う3人にキルアは目を剥き、雷化の疲れで早々に寝入った後に行われていたとんでもないことに頭を抱えた。

 

「おまっ、そういう重要なことはちゃんと言えよ!? えっ、おねだりされて大丈夫だったのか?」

 

「うん。てかアルカとナニカの両方からおねだりされてさ、ルールと違うし大丈夫かなって思ったら大丈夫だった」

 

「マジか、おねがいきくなとかオレの知らないルールもまだあったんだな。そういや今みたいに分裂してるとそこら辺どうなってんだ?」

 

「ん〜? どうなってるのナニカ?」

 

「あいあい、あ〜い」

 

「へ〜、そうなんだぁ。別れてると発動しないみたい、一つになって段階を踏まないと駄目なんだって」

 

「おっ、それならできるだけ別れてたほうが安全だな」

 

 戦闘能力のないアルカとナニカを守る上で二人になられるのは負担も増えるが、それ以上に不測のおねだり等が無くなる方が精神的負担が少ない。

 何よりおねだりとおねがいが発動しないのなら、なんだかんだで付いてきたお目付け役も大手を振って合流できる。

 

「キルアちゃん、これからはあたしもお側につかせていただきますよ」

 

「あっ、ツボネだ。やっほー」

 

「あ〜い」

 

「はいはい、ツボネでございますよ〜」

 

 キルアがアルカを連れ出す上でゾルディックから課せられた唯一の条件、執事の中でも最上位に位置するツボネの同行だった。

 シルバ直々にツボネを連れてさえいればゴン達に関係する依頼も受けないと宣言され、強さはもちろん執事としてとんでもなく優秀なツボネは役に立ちこそすれ邪魔になることはない。

 今までは不意のおねだりを警戒し隠れて監視していたが、問題が解決したとあってとにかく世話を焼きたいツボネの母性が爆発してしまった。

 

「ツボネ高い高いしてー!」

 

「あい!」

 

「はいはい、お任せください。そ~れ死にかねない程高い高い」

 

きゃー(あーい)!!』

 

 その性質上決して甘やかすことの許されなかったアルカとナニカを、何も気にすることなくただただ甘やかす永劫ありえないと諦めていた一時。

 モノクル型カメラによって自分の行動は全てシルバ達に筒抜けと知りながらも、ツボネは目尻に涙を浮かべながら笑顔で2人を構い倒した。

 

 

 

 

 

 ゴン達が和気あいあいと空の旅を楽しんでいた頃、ついに準備を終えたカキン帝国とビヨンド・ネテロによる世界への宣誓が行われていた。

 

『暗黒大陸は我等と共にあるホイ! 最後にこの開拓団の総責任者、ハンター協会会長の御子息でもあるビヨンド・ネテロの挨拶ホイ!!』

 

 豪華な衣装でふくよかな身体を彩ったカキン帝国国王ホイコーロの示した先、一段低い壇上に若返ったアイザック・ネテロより一回り以上大柄なビヨンド・ネテロが獰猛に笑って腕を広げる。

 

『まず最初に言っとくぜ、暗黒大陸に行ったら生きて帰れる保証はねぇ!』

 

 いきなりのネガティブ発言に現場に集まった者達は目を白黒させるが、ビヨンドは笑みをさらに深めるとオーラを噴出させて言葉を続ける。

 

『そのかわり暗黒大陸には何でもある!! 不老の飯、万能の金属、願いを叶えるモノ、人々が夢見た妄想の産物が実際にゴロゴロと転がってやがる!!』

 

 つい最近メルエムが行った建国宣言の放送と同じく、ビヨンドを観た者達は心が震えるのを止められなかった。

 

『立ち塞がる数々の障害はオレが取り除いてみせよう!! どんな奴でも拒まない、各々の個性にあった役割が必ずある!! 必要なのは一歩踏み出す勇気のみだ!!』

 

 リアルタイムで視聴する十二支んのメンバーも鼓動が高鳴るのを止められず、間違いなくアイザック・ネテロの息子とわかるカリスマは抗いがたい魅力の塊だった。

 

『この世の全てを獲りに行く! 集えカキンへ!! 行こうぜ新世界!!!』

 

 ビヨンドの演説に万雷の歓声が響き渡り、この瞬間からカキン帝国の広報部には鳴り止むことのないコールが響き続けることになる。

 太陽国家メンフィスの興奮も冷めやらぬうちに、多くの国から有能無能問わず人材の放出が始まった。

 

 

 

「しもしも~、そろそろかけてくる頃だと思ったぞい」

 

『その声聞くと昔を思い出して顔の傷が疼くぜ、わかっちゃいたが行動早すぎんだろ』

 

「ほっほ、早いとこ重いもん下ろしたくての」

 

 カキン帝国の放送が終わったのと同時にハンター協会から発表された、ビヨンド・ネテロの行動に対するアイザック・ネテロの引責辞任。

 そのまま続けて発表された次期会長選挙と、暗黒大陸遠征への対応は次期会長に委ねるという宣言。

 息子のしでかしたことにどう責任を取るつもりだとつつこうとしたV5は盛大に肩透かしをくらい、ハンター協会への問い合わせは全て会長職不在を理由に突っぱねられている。

 

 そして狙い通り重石を投げ捨てたネテロは、意気揚々と雑事を十二支んに押し付けて楽隠居を決め込んでいた。

 

『まあいい、こっちも希望者の選定に時間がかかるからな。本題だ、ハンター協会はどう動くのかを教えちゃくれねえか? ここまで待ったんだ、今更無駄な時間を使いたくねえ』

 

「ふむ、方針は次期会長が決めるといったはずじゃが?」

 

『呆けてんじゃねえよ、ハンター十ヶ条が変わってねえんじゃ意味がねえ。次期会長が決まった瞬間親父が再任だろうが』

 

 ビヨンドの予想は十二支んと変わらず、不動のカリスマ ネテロの返り咲きである。

 最高幹部の十二支んが心酔してる時点でほぼ決まりな上、トップハンターやベテランハンター程ネテロが会長にふさわしいと考える傾向が強い。

 常識知らずの若手ハンターや逆張りハンターは選挙で票を集めることは不可能で、とりあえず当選したとしてもネテロが健在のうちはすぐに信任が過半数を割ると予想できる。

 

 ネテロの強さと支配力は、ビヨンドをして絶対の信頼を寄せられる確かなものなのだ。

 

「ふっははは!!」

 

 逆にネテロにとって、息子や十二支んの考えは的外れすぎて滑稽だった。

 

「どいつもこいつも本当にウケるのぅ、馬鹿の一つ覚えのように一番人気狙い。ハンターとはこんなに守りに入った人種じゃったか?」

 

『……ほぅ、親父は自分が再任しないと思ってんのか。オレからしたら情勢が見えてない、それこそハンター失格だとおもうがな』

 

「そんならいっちょ賭けるか? 選挙の後、ワシが再任するか否かを」

 

『断るぜ。さっきも言ったがここまで待ったんだ、これ以上足踏みして、』

 

「ワシが勝っても遠征の邪魔などせんし、負けたら全面的に協力するぞい」

 

 ネテロからの提案を即断したビヨンドだったが、あまりにも自分に都合が良すぎる賭け内容に思わず押し黙った。

 

『…一体何考えてやがる、若返ってまた暗黒大陸に挑戦したくなったのか?』

 

 ビヨンドの見解としてはネテロが裏から選挙を操作できる程十二支んは甘くなく、それならばと思い浮かぶのは天邪鬼な暗黒大陸遠征への参加表明としか考えられなかった。

 そんな予想を聞いてまた笑い転げたネテロは滲んだ涙を拭い、外れない大穴を逃すほど耄碌はしていないと断言した。

 

『…いいぜ、暗黒大陸に行けるなら賭けぐらい受けてやるよ。親父が勝ったらオレは何すりゃいいんだ?』

 

「お前が持っとる中で一番高い酒と一番好きな酒を持って会いに来い。久しぶりに一緒に飲もうや」

 

 ビヨンドはその予想外すぎる言葉にいよいよボケたかあるいはやはり方便なのかと疑うも、結局のところ自分にとって大した痛手ではない以上どっちでもいいと頭を振って雑念を払う。

 

『つまみもいくつか持ってくがそっちでも準備しとけよ。それで、そこまで自信満々な親父の予想ってのは聞かせてくれんのか?』

 

「正直言って最後の着地地点はワシも読み切れんが、少なくとも再任することだけはないと確信しとる」

 

『おいおい、外れない大穴ってのは随分あやふやだな』

 

「大穴の時点で鉄板とはかけ離れとるじゃろ、細かいことを気にするでない。禿げるぞ?」

 

『ちっと前だったら抜群の脅し文句だったな。……勝っても負けても一度会いに行く、賭けに負けたらそっちが酒を準備しとけ』

 

「ほっほ、待っとるぞ」

 

 

 

 通話を切ったビヨンドは疼く顔の傷を撫でながら、何十年も前の親子喧嘩を思い出す。

 武人として最盛期を迎えていたアイザック・ネテロが逃げ帰った暗黒大陸に挑戦し、偉大な父を超える最も手っ取り早い手段として利用するつもりだった。

 

 何より武人ではないハンターの自分が暗黒大陸を舐ることで、アイザック・ネテロの武人としての強さを証明したかった。

 

 もっとも当の本人に渡航を禁止されてしまい、狭すぎる箱庭を随分長い間彷徨うことになってしまったのだが。

 

「箱庭はほとんど舐っちまったからな、まだまだ全盛期の内に遠征できるのは助かるぜ」

 

 しかもどこで歯車が狂ったのか、自分が父を超える勇姿を直接本人に見せることができるというオマケ付きだった。

 

「さて、高い酒はあれでいいとして一番好きな酒ってのがな、どうせならいくつか準備して持っていくか」

 

 賭けに勝っても負けても持っていくつもりの酒を用意しながら、勝敗に大して興味のない選挙結果について考える。

 相変わらずネテロが再任する以外の未来が見えないが、断片的に得ている情報から可能性のあるものを捻り出す。

 

「親父でも無理だったキメラアントを倒したガキか? だが情報が出回ってねえのにそれは無理だろ」

 

 キメラアント決戦の勝敗はしっかりと周知されたものの、決着してからまだ間もないことと事後処理が終わってないことを理由に詳細な情報はまだ出回っていない。

 一部のトップはそこそこ情報を得ているのだが、最高幹部の十二支んですら興味のない半数以上がゴンのことを存在自体知らない。

 それこそネテロではなくゴンがメルエムに勝ったことを知るのは作戦に参加したハンターと、隠れて見ていた十二支んのサイユウにその報告を受けたビヨンドのみである。

 

「他に見落としてることがあるのか? …まぁいい、親父の力が手に入る可能性は捨てられん」

 

 賭けに負けても暗黒大陸遠征に影響のないことが、ビヨンドから選挙結果についての考察を止めた。

 そもそもネテロが若返って以降の戦闘をサイユウがほとんど視認できなかったことにより、ビヨンドにも正しい内容が伝わっていなかったことも大きい。

 

 アイザック・ネテロより僅かに強い程度のガキにハンター協会会長の座は重いが、観音を捨てた修羅より圧倒的に強い筋肉なら会長の座など軽いものなのだ。

 

 ゴンはもちろん全ハンターに会長選挙の通知が行き渡り、続々と協会本部に集合していく。

 

 ネテロ親子の賭け、そしてフリークス親子の運命の邂逅が近づいていた。

 

 



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第101話 第一回選挙とこれから

 

 

 皆さんこんにちは、結局行われる選挙に修正力を感じているゴン・フリークスです。遂にこの時がやってきた…

 

 

 

 

 

 第一回会長選挙投票日。

 

 ハンター協会本部には600名以上のプロハンターが集結し、各々が自分の推すハンターの名前を記入して投票箱に投函していた。

 絶賛収監中の幻影旅団シャルナークのように参加できない、あるいはしていない者も中にはいたが、場合によってはハンター資格の取り消しすらあり得るということがありほぼ全てのハンターが参加している。

 

 そして第一回投票を立会人としてチェックする十二支ん、未のギンタ、卯のピヨン、寅のカンザイは、この日異様に濃い集団と初対面を果たす。

 

「ツボネの乗り心地いいね! 人がゴミのようだし肩も柔らかくてグッド!」

 

「あい!!」

 

「ほほほ、人を乗せることに関しては随一と自負しておりますので。ゴン様、より良い肩になるためまた今度筋肉対話(マッスルコントロール)でマッサージをお願いします」

 

 まず最初に目についたのは、群衆から飛び出る馬鹿みたいにでかいピンク髪の老婆とその両肩に乗る二人の子供。

 あまりのインパクトに間違いなくプロハンターではないとわかったが、ツボネの強さは周りにいる弱小ハンター達ですら恐れ慄く確かな圧があるせいで誰も咎められず堂々と進む。

 

「ん〜、ビックリするほど雑魚ばっかりだね♦どいつもこいつも10点以下、そこにいる十二支んすら50点以下なのは嫌な驚き♣」

 

「そうなの? 戦闘職の十二支んじゃないのかな?」

 

 次に目に入ったのは十二支んの中でも悪名高く知られるヒソカと、その肩に乗るマスコットキャラのゴン。

 戦闘力では十二支んの中でも上位に入るギンタとカンザイですら緊張を隠せない程のオーラが揺らめくヒソカと、明らかに人間でなさそうな姿なのに普通に喋るゴンを胡乱な眼差しで見つめる。

 

「オレから見たら十分すぎるほど強そうだけどな、チードルさんの例もあるしサポートタイプかもな」

 

「私や子供達の前で他の女の名を口にするとはな、今夜は強めの折檻が必要か?」

 

「何でそこでキレんだよ、ちゃんと手綱握れよレオリオ」

 

「無理!!」

 

「ぐんま…」

 

 最後にレオクラ夫妻に子供達を背に乗せるギン、そしてもっとも影の薄くなってしまったある意味暗殺者らしいキルア。

 度重なる修羅達の治療でもはや貫禄すら漂わせる歴戦の戦医レオリオ(20)とダボついたクルタの民族衣装ですら隠せないグラマラス美女へと進化したクラピカは人目を集め、赤子を器用に乗せて歩くキツネグマのギンも異様な光景である。

 

 まるでモーゼのように群衆を割いて歩いてくる頭のおかしい集団だが、ハンター協会最高幹部の十二支んも伊達ではなく傍目にはこれまでと変わらず対応する。

 

「やあ、噂のジン・フリークスはいないのかい? ちょっと楽しみにしてたんだけど♦」

 

「あの馬鹿は投票するだけして消えたよ〜、マジで一回死なないかなぁ〜〜」

 

「残念♠」

 

「来たのはそれが理由か、こういうことに興味ないだろお前」

 

「実はそうでもない♥」

 

 カンザイの予想に反し誰かの名前が記入された用紙を投函するヒソカに続き、ゴン達もそれぞれが用紙を箱に入れていく。

 そして投票箱と大体同じ大きさのゴンが机に乗り、その謎の存在にピヨンが興味津々で手を伸ばす。

 

「普通に動くけど何これ〜? 誰かの念獣〜〜?」

 

「今まで見たことのない生き物だ」

 

 指でつつくピヨンとマジマジと観察するギンタにもまるで怯まず、ゴンはにかりと笑って口を開いた。

 

「初めまして、287期ハンターのゴン・フリークスです」

 

「ハンターなのかよ!? つかフリークスってお前ジンのガキか!!」

 

 カンザイの上げた驚きの声に周囲は大きくざわつき、ジンと違って礼儀正しいゴンの姿に見た目も相まってピヨンとギンタは微笑ましい目を向けた。

 

「結果発表の時は親父も来るよね? 出来れば逃げないように言っといてもらえると嬉しいんだけど」

 

「そのくらいお安い御用だど」

 

「煽り散らかしておくわ〜〜」

 

 チードルがいたら何も言わずに黙祷を捧げる微笑ましいやり取りを終え、周囲のざわつきなど一切気にせずゴン達は会場を出ていく。

 良い意味でも悪い意味でも超有名人ジンの息子、そして悪い意味で有名人ヒソカが投票した人物。

 多くの話題を提供した一団が去った会場は誰もが興奮したように語り合い、今回の会長選挙は何かが起こるという期待と予感に酔いしれる。

 

「…てか全く関係ない部外者が何人かいたのはいいのか?」

 

 不正の許されない現場にしれっと侵入していたツボネ達を、普段頭が足りないと馬鹿にされるカンザイのみが疑問視していた。

 

 

 

 

 

「やっほーキル、元気そうだね」

 

「イルミ!?」

 

「ん〜? なんか変わったね♣」

 

 会場を後にしたゴン達は落ち着いて食事でもしようと移動していたところ、つい最近一悶着あったばかりのイルミと道でばったり遭遇してしまっていた。

 殺気立つキルアだったがイルミはのほほんといつもの読めない無表情で佇み、ヒソカは割と親しい仕事仲間の異変を敏感に察知していた。

 

「俺はこれから投票しに行くけどキル達はもう終わったんだ? 探す手間が省けてよかったよ」

 

 ククルーマウンテンでのことがなかったかのように話しかけてくるイルミに混乱するキルアは、ポケットから取り出された手紙を見てより一層首を傾げる。

 

「親父からキル宛に手紙預かってたんだ、確かに渡したからね。それじゃバイバイ」

 

 手紙を渡したイルミは顔に針を刺してハンターライセンスに登録してあるギタラクルの姿へと変わり、そのまま普通に歩いてその場から立ち去って行った。

 

「…イルミ様にしては何かがおかしかったですね」

 

「あいつキラーイ」

 

「あい」

 

 イルミの行動に疑問しか浮かばないメンバーはとりあえず個室のしっかりした店に入り、各々料理や飲物を頼んで落ち着いた所でキルアは手紙の内容を確かめ始めた。

 

「………、あー、なるほどな」

 

「何が書いてあったの?」

 

「アルカとナニカのおねがいとおねだりがほぼほぼ無力化しただろ、それで親父が気を利かせてくれたみたいだ。イルミは自分の針で都合の悪いこと全部忘れてるってさ」

 

「それは信用できるのか? 今までの様子からして、そうそう大人しくなる人物には見えなかったが」

 

「ちなみに針は間違いなく刺さってたな、キルアの時はまだ見えなかったが今回はちゃんと見えたぜ」

 

 おかしい様子だったイルミの原因は判明したが、同じ記憶に作用する能力を持つクラピカは警戒し、レオリオが針の存在だけは実際に観て確約する。

 ゾルディック側のツボネですらイルミの演技を疑うも、針を実際に受けその歪んだ愛を受け止め続けたキルアだけは手紙の内容を全面的に信じた。

 

「こうやって正式に親父が連絡してきた以上間違いねえ、イルミもなんだかんだ演技なんて小器用なことは出来ねえしな。これでもし針が作用してないとしたら、そん時はゾルディック家全てがイルミに操作されてるってことになる」

 

 そう断言したキルアは火花を散らして手紙を燃やし尽くすと、アルカとナニカの頭を撫でながら笑った。

 

「親父達が外を楽しんでこい、ツボネの監視もしばらく様子見したら止めるってさ」

 

「キルアちゃん、アルカちゃんにナニカちゃんのお世話があるので監視がなくとも付いていきますからね」

 

「はいはい、ツボネがいるとオレも助かるぜ」

 

「キ、キルアちゃん!」

 

「キャーキルアちゃん!!」

 

「そらぁ!!」

 

「ひでぶっ!!」

 

 感激するツボネと共に茶化したレオリオは神速の報復に沈み、アルカとナニカが横たわるレオリオを足蹴にして笑っていた。

 

「そういえば、ヒソカもイルミが変わったって言ってなかった?」

 

「ククルーマウンテンで見た時よりさらに弱くなってたんだ♣ちょっと前までは95点位だったはずなのに今じゃいいとこ65点、残念無念♠」

 

 ヒソカの言う通りイルミは多くの想いを封印したため少しばかり弱体化したが、それも正直誤差の範囲と言ってしまえるレベルに収まっていた。

 ただヒソカ自身が強くなりすぎ、そしてゴンやキルアを筆頭に強くなり続ける環境に慣れてしまったことで、相対的にイルミが弱くなったと勘違いをしているだけでしかない。

 

 上を目指す意識の差、こればかりは修羅達が気狂いと言わざるを得ない。

 

「ふむ、ヒソカがそう言うならば問題ないか。一応私達はしばらく心源流の世話になる、選挙が終わったらこちらのことは気にせず楽しんでくるといい」

 

 子供を産んだことで母性が溢れるクラピカにアルカとナニカもよく懐き、レオリオもおもちゃにされているがそのやり取りはキルアのものとよく似ていた。

 更にはあまり構えなかったカルトより小さいクレアとカリンもよく可愛がり、ヒソカは別にして賑やかで楽しい空間が形成されている。

 

(あぁ、やはりゾルディック家が小さすぎただけですね。キルアちゃんはもちろん、アルカちゃんとナニカちゃんの輝きも今までと比較にならない)

 

 長くゾルディックに仕えてきたツボネとしては、キルアが当主になる姿を見たくないといえば嘘になる。

 しかしそれ以上に光り輝くキルアの姿は、年老いて汚れることに疲れたその心を洗い流すようだった。

 

(この光景を壊さぬよう、この老骨も働きましょうかね)

 

 ツボネはめっきり緩くなってしまった涙腺が決壊するのを自覚しながら、霞んだ視界で愛に溢れる光景がこれからも続くのを心の底から願った。

 

 

 

 

 

「よし、集計終わりです。皆さんお疲れ様でした!」

 

 ハンター協会のとある会議室、ビーンズと数名の事務員が第一回選挙結果を囲んでいた。

 

「これはまた、わかっていたことですけど露骨ですね」

 

「まあ本人の性格はともかく我々事務員と協専ハンターがお世話になってるのは事実ですしね」

 

 第一位 パリストン・ヒル 249票 得票率37%

 

 副会長としてハンター協会を裏から牛耳るその手腕は伊達ではなく、第二位のチードル40票に6倍以上の差をつける圧勝である。

 もっとも得票率が過半数を超えなかったため、上位16名で再度選挙になることが決定したのだが。

 

「流石に上位はそうそうたるメンバーですね、そんな中にシングルとはいえ2年目のルーキーがランクインするなんて」

 

 11票を獲得して同率9位にランクインしたシングルハンター、ギリギリ16位にランクインしたジンの息子にして親超えを果たしたゴン・フリークス。

 

「しかもこれ投票者の質でいったらTOP3とかに入りますよね」

 

 ジンが面白いからという理由で明記した、投票者自身も記名するという匿名性皆無のルール。

 ゴンに投票した者はビスケにモラウにノヴといったベテランハンター、更にはツェズゲラやカイト等の実力派が揃いもはや一大勢力となっていた。

 

 そして推しをトップに立たせたいピエロもちゃっかりゴンに投票していた。

 

「では明日からは上位16名による所信表明、そして第二回投票に向けた準備をしていきましょう」

 

 ガヤガヤと盛り上がる事務員を帰らせたビーンズが一息ついていると、お茶と茶菓子のセットを持ってネテロが会議室へと入ってきた。

 

「おつかれじゃのビーンズ、ワシに言えたことでもないがもうちっとは休憩せい」

 

「忙しいのはもう少しで終わりますからね、そうしたらちょっと休暇をいただきますよ」

 

 普段の2人では珍しくネテロが茶を淹れ、ビーンズは茶菓子の豆大福の甘味に舌鼓をうちながら茶を啜る。

 

「……私にも少しだけ見えてきた気がします、これからの新しいハンター協会が」

 

「ほほぅ、普段そういう予想を口にしないビーンズらしくないのぅ、この結果に何か思うことがあったか?」

 

「色々と若くなってしまった人が近くにいるせいですかね、自分も新しいことに挑戦したくなったのかもしれません。ちょっと遠目に見かけただけなんですけど、いやはや、とんでもない輝きになっていますね。直視したせいで干からびるかと思いましたよ」

 

「かっかっか! 流石じゃなビーンズ、あの見た目に惑わされなかったか」

 

 身体に引っ張られ日に日に思考も若返っているネテロの変化は、良くも悪くも多くの者達に大きな影響を与えている。

 新たな会長が立つハンター協会も例に漏れず、きっと新たな姿を見せてくれるとビーンズは確信していた。

 

「で? ビーンズはどういう結末を予想しとるんじゃ」

 

「さあ? 私に見えるのは選挙結果ではなくこれから先のハンター協会ですから」

 

「かっかっか!!」

 

 しれっと誤魔化したビーンズは笑うネテロの姿を眩しそうに見た後、紙に記されたゴンの名前に指を指して宣言する。

 

「これからのハンター協会は、間違いなくゴン君を中心に動いていくでしょう。今まで中心だった貴方を超える、この大き過ぎる強者の庇護下で」

 

「今だけだ!! 誰が守られてやるかよ! ゴンもヒソカも、全員ぶちのめすのはこのオレだ!!」

 

 テンションの上がったネテロが持っていた湯呑を砕き、お茶まみれになった机の上をビーンズが説教しながら片付ける。

 

 もう戻らない2人の関係(会長と秘書)、それでも2人の関係(友情)はこれからもずっと続いていく。

 

 



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第102話 花火と収容計画

 

 

 皆さんこんにちは、第一回選挙の結果9位にランクインしたゴン・フリークスです。12歳に組織の長をやらせようとするとか正気ですかね?

 

 

 

 

 

「息子に負けたザコとかまるでダメなおっさんのマダオとか言ってる奴屋上に出ろ、久しぶりにキレちまったよ」

 

 大講堂に集まった600名以上のプロハンター達が見つめる壇上に、第一回選挙上位16名が座っている。

 下位の者から所信表明演説を行うことになった彼等のトップバッター、最下位16位のジンが中指を立ててハンター達を挑発していた。

 

「黙れマダオー!」

 

「負けたのは事実だろうが見苦しいぞ!」

 

「ダブルハンターの面汚し!」

 

「ちくわ大明神!!」

 

「誰だ今の!?」

 

「上等だ全員ボコボコにしてやる!!」

 

 売り言葉に買い言葉であわや暴動が起きかけるも、スペシャルゲストとして最後尾に陣取るネテロの一喝と早く終わらせたい十二支ん達によりジンが椅子に括り付けられて進行していく。

 

 そして誰もが注目する同率9位の大物ルーキー、机の上に置かれたミニチュアの玉座に座るマスコットキャラゴンの順番がやってきた。

 

「えー、親父…ジンがご迷惑をおかけしてます。287期のゴン・フリークスです」

 

 ピヨンが悪ノリで用意したミニチュア玉座から立ち上がったゴンは対して変わらない大きさのマイクを抱えて一礼し、その可愛らしい見た目から女性ハンターや変態ピエロから黄色い声援が飛ぶ。

 ゴンは講堂が静かになるまで少しばかり待つと改めて一礼し、言葉を選びながらも正直に語り始めた。

 

「まずはオレに投票してくれた人にお礼を言います。けどすいません、正直な所会長はあんまりしたくないです。まだまだ自由に過ごしたいし、何より子供に務まることじゃないと思う」

 

 ゴンの言葉にそれはそうと納得してうなずくハンターが多い中、関わりの深い者達ほどそんなことはないと心の中で否定する。

 何故か基礎知識が少ないながらも凄まじく念への造詣が深く、他人の言うことをよく聞く素直さを持ちながら確固たる自分の意志は貫き、何より見た者に希望と羨望あるいは絶望を与える圧倒的強さを誇る。

 

 ビスケを筆頭にネテロの後釜ではなくネテロ以上の逸材として投票され、会長職に押し込んで少し大人しくさせたいという願いから実現した9位だった。

 

「質疑応答は最後らしいからもう特に言うことはないです。皆さん次の選挙はよく考えて投票してください」

 

 会長になりたくないと言いながら不快感のない演説に大きな拍手や口笛が響き、ついでに猿ぐつわをされているのをいいことにジンが盛大に煽られる。

 再びネテロの一喝が入った後はスムーズに進行していき、一位だったパリストンが聞くだけでわかる綺麗事を並べたのを最後に質疑応答へと移った。

 真面目な者の質問や予め用意されていた政策関係の考えをそれぞれが答え、なかなかに長くなった質疑応答もついに終わりが見えた所で満を持してゴンが手を挙げた。

 

「もう終わりみたいだから最後に個人的な用件を言います。親父…、しっくりこないからジン・フリークス。会いに来たから殴らせろ」

 

『ウオォォ!!』

 

「やれやれやっちまえ!」

 

「その気に入らないマダオをぶん殴れ!」

 

「さよならジンさん、どうか死なないで」

 

 ゴンからジンへの鉄拳制裁宣言に湧き立つハンター達に反応せず、厳重な拘束を器用に自力で解いたジンがマイクを取る。

 

「やなこった。見つけられたわけでもなし、自分の力じゃないくせに殴らせろはねえだろ。そもそもオレが殴られる理由は何だよ」

 

「ミトさんやばあちゃんに迷惑をかけたこと、オレをほっぽってたこと、後はグリードアイランドのGMの人達からも頼まれてる。何よりカセットの録音、あれがオレを怒らせた」

 

 殴られることを拒否するジンに盛大にヤジが飛び、ゴンは机の上を歩いてジンの目の前まで移動する。

 机に立っていても見上げるゴンは珍しくいやらしい笑みを浮かべ、眉をひそめたジンの顔に指を突きつけて声を上げた。

 

「能力の反動で弱体化してるオレが怖いの? オレの実力知ってるからビビってるんだ?」

 

「…あぁ?」

 

「皆の前で無様な姿を晒したくないんだね、わかった。今回は見逃してあげる」

 

「あんだと?」

 

 ヤジと囃し立てる声を意に介さず、ゴンとジンの2人は一触即発の空気を醸し出していく。

 

「おいおい、小さいくせに自尊心ばっかデカくなってんのか。無様な姿はお前が晒すんじゃねえかって親切心を踏みにじられるなんてな」

 

「うわーやさしいね。それが殴られたくないから出た親切心じゃなければ少しは見直したのに」

 

「何だよ随分突っかかるじゃねえか、今殴りたい理由でもあるのか? あぁそうか、オレを見つける自信がねぇのか」

 

 生粋のハンタージンの観察眼はゴンを大したハンターではないと判断し、フリークスの血を継ぎながらこの体たらくかと内心失望した。

 

「わざわざ探すつもりなんてないよ。そこまで暇じゃないし興味もない」

 

 ゴンの本質、修羅を見誤った故に裏目を引いた。

 

「どうせなら弱体化中だから殴りたいんだ。だって次に偶然会っちゃった時に殴ったら、ジンを殺しちゃうじゃんか」

 

 ゴンの目はそのことを一切疑っておらず、しかもその時が来たら躊躇しないという覚悟に満ちていた。

 何のことはなく告げられた重い言葉に講堂内がつかの間の静寂に包まれ、ゴンの覚悟を見たジンが帽子に包まれた頭を掻いてため息をつく。

 

「ちっ、わーったよ、そこまで言うなら今殴られてやる。もう一回とかそういうのはなしだからな」

 

 ついに観念したジンの言葉にハンター達がどこぞの外国人化し、再度講堂で歓声が爆発した。

 

「流石に屈んでなんてやらねえぞ、顔殴りたきゃ自分で届かせな」

 

「もちろん!」

 

 ジンは机から飛び降りたゴンの前に仁王立ち、気炎を上げる小さな身体からふと目を逸らすと不思議なものがいくつか映った。

 酷く憐れむ目で自分を見つめるチードル、信じていないはずの神に十字を切って祈るカイト、他にも何人かよく知らないハンターからも同じ視線を送られており、何より最後尾でニヤけるネテロの表情が気になった。

 

 死ぬんじゃねぇぞ小僧 ――

 

 そう動いた口に視線で疑問を送ろうとした瞬間、ジンの足元からバカみたいなオーラが噴出した。

 

(はぁ!?)

 

 突然立ち昇った人外のオーラに講堂内は強制的に静まり返り、ゴンを知る者達は惨劇から目を逸らすように瞑目する。

 

「最初は、グー…」

 

 一般ハンター数人分はあろうかというオーラが右手に集まり、そのまま圧縮されてさらなる暴力を纏っていく。

 

(おいバカお前そこまでとは流石に聞いてねえぞ!?)

 

 もちろんジンもゴンについてはちゃんと調べていたが、その結果は“とてつもなく強くなっている”としかわかっていなかった。

 ゴンの強さを直接見た者ですらちゃんと説明できないためそれは不十分な調査であり、百聞は一見に如かずの諺通り自分の目で見なければ実感することはできない領域に到達しているため見誤った。

 

「ジャン、ケン…!」

 

(避ける!? バカ野郎んなダサい真似できるかよ!)

 

 本能から動こうとする身体を意地と根性で抑え込んだジンは全力でオーラを励起してゴンが見つめる先、己の顎にありったけの硬を施して歯を噛み締める。

 

「グーッ!!」

 

 小さなミサイルが発射され、ジンの下顎に小気味いい音を立てて着弾した。

 オーラのせめぎあいによる刹那の均衡、しかし構わず振り抜かれたゴンの拳により勢いよく花火(ジン)が打ち上がる。

 

 重力の楔から解き放たれたジンは減速することなく天井へと突き刺さり、それでもなお止まることなくそのまま穴の中へと消えていった。

 

((……えぇ〜〜))

 

「死んだんじゃないのぉ〜」

 

 ジンが殴られることにテンションを上げていたハンター達の顔は青褪め、見えなくなってしまったその末路を見るかのように天井の穴を見上げる。

 

「ふ〜っ、スッキリした!!」

 

「いややりすぎだろ!? マジで死んでねえよな!?」

 

 満面の笑みで飛んだ飛んだと喜ぶゴンにツッコミを入れたレオリオが天井に飛び上がり、ジンの安否を確かめるべく穴の中へと侵入していく。

 

「あれ、足見えねえな? 随分深く埋まってんなって上の階の天井に刺さってんじゃねえか!? え、うそ生きてる!?」

 

 穴から響くレオリオの声で伝わるジンの惨状に誰もが身体を震わせ、講堂内には腹を抱えたネテロの笑い声だけが響き渡る。

 

「じゃあこの後は二回目の投票だよね? 皆、早く終わらせてご飯食べに行こうよ」

 

「この空気でよくそこまで普段通りにできるな、しかもレオリオは置いていくのかよ」

 

 ゴンはさっさとヒソカの肩に乗るとキルア達を連れて講堂を出ていき、残された面々は天井から響くジンに呼びかけるレオリオの声を聞きながら唖然とし続ける。

 あまりの暴力にジンと同レベルでしかゴンを見ていなかったパリストンもアレはないと盛大に顔をしかめ、しばらくしてやっと進行役だった十二支ん巳のゲルが再起動して投票を促す。

 

 レオリオの応急処置を受け救急車で運ばれたジンの欠席以外は特に問題も起きず、第二回選挙はゴンへの物議をかもしながらもどうにか終了した。

 

 

 

 

 

 第二回投票が終わったハンター協会ロビーにある喫茶店。

 多くいる事務員も利用することからそこそこ広い店内の一角に、ダブルハンターのビスケを筆頭に何人かのベテランハンター達が集合していた。

 年代も専門も統一感のない彼等の共通点、それは第一回投票においてゴンを指名したということだった。

 

「さて、だいたい集まったし始めるわさ。脳筋を会長の椅子に座らせるための対策会議をね」

 

 進行を務めるのは実績年齢共にトップのビスケット・クルーガー、サポート及び書記係としてホワイトボードの横にノヴが佇んでいる。

 

「話し合いはいいがこんなハンター協会内でやっていいのか? どこにパリストンの目があるかわからんだろ」

 

「そんなもん外に行っても変わらんわさ。ここほど設備が充実しててやりやすい場所もないんだし気にすんじゃないわよ」

 

 モラウの懸念を一笑に付したビスケはそのままノヴに紙を渡し、その内容をホワイトボードに書き出させる。

 

「ついさっきビーンズから教えてもらった二回目の結果よ。もうサイトにも載ってるだろうから不正じゃないわよ」

 

 第一位 パリストン・ヒル 249票

 

 第二位 ゴン・フリークス 92票

 

 その後三位にチードルと続いていき、ゴンは得票数以上にその増加率が異彩を放っている。

 パリストンの増減無しはまだいいほうで他の候補者が軒並み得票数を減少させた中、一人だけ8倍以上という大量の新規票を集めたからだ。

 しかも本人も言っていたようにゴン最大の問題点が年齢でありそれ以外にさして問題点がないことを鑑みると、子供だからという理由で投票していない者もある程度多いと予測できる。

 

 ビスケを筆頭にこの場に集まったメンバーにとって、パリストンとゴンの差は決して絶望的大差というわけではなかった。

 

「とりあえず今回も俺に投票してくれた奴等には直接ゴンを推しといた。まぁ八位だったから次の演説の時に壇上でも言うがな」

 

 この場にいて唯一ランクインしたモラウも本来なら今回の演説でゴンを推薦したかったのだが、大して広まっていない幻影旅団共同討伐とまだ正式発表されていない情報の多いキメラアント決戦での功績ではさして効果なしと見送っていた。

 しかしゴンが図らずも最もわかりやすい(暴力)で存在感を示してくれたため、遠慮なくゴンの推薦に動くことを全員が決めた。

 

「しかしジンさんの弟子として複雑な気分だな、自業自得とはいえあんなことになって票が集まるとは」

 

 ゴンに打ち上げられて汚い花火になったジンは、レオリオの応急処置もあり顎の罅と重度のムチ打ちと診断され明日には退院できるとのことだった。

 レオリオがいなければ顎の粉砕骨折に頚椎損傷脳挫傷とわりと深刻だったのだが、そこも踏まえたゴンの一撃は確かに世界最高峰のジンに届いた。

 

 ゴンが大幅弱体化中でなければ、ジンがネテロも認めた世界で五指に入る実力でなければ、事態はさらにグロテスクなことになっていたのは間違いないが。

 

「まぁカイトの言う通り自業自得だし、いいアピールになったわけだからジンのことはいいわさ。問題はどうやって他の十二支んに分散してる票を集めるかよ」

 

「そうですね、今はまだ数人で分け合っていますが、おそらく最終的にはチードル氏に集まるでしょう。彼女を攻略できればほぼ勝ったようなものなのですが」

 

 ノヴの言うように過半数の票を得るための最大の障害は十二支ん、特に会長職に最もらしい性分のチードル・ヨークシャーがあげられる。

 その愛くるしい見た目はもちろん実績も三ツ星(トリプル)ハンターと申し分なく、固定票が約37%で過半数を超えられないパリストンより厄介とすら言えた。

 

「あのー、すいません。そもそもの疑問なんすけどゴンが会長になってもネテロ会長に戻らないすか? 何か十二支んのほぼ全員が公約にネテロ会長復職を明言してましたけど」

 

 ナックルの疑問は演説の中一部例外(ジン)を除き候補者で共通していた公約、まだまだカリスマ溢れるアイザック・ネテロの復権についてだった。

 ゴンはそのことに関して何も発言してないが、ネテロのことを尊敬して慕っているのは誰の目から見ても明らかな点から十分に結末として考えられる。

 ただ年の功と師匠としてそこそこ長く接してきたビスケからすると、ナックル含めメンバーの多くが懸念する事態はまず起こらないと見ていた。

 

「あの子は普段から好き勝手してるくせに責任とか義務とかにはしっかりしてるわさ。もし当選したら自分なりのベストを尽くすでしょうね、だからこそ少しでも大人しくさせるために縛り付けるのよ」

 

 若干申し訳無さそうに、しかし絶対に成し遂げるという決意を滲ませるビスケ。

 それを受け他のメンバーも改めて決意し直し、代表してモラウがその場を締めるべく口を開く。

 

「大人としては子供に重役を押し付けるのはどうかと思うが、ゴンを野放しにできないってのは同感だ。最終目標はパリストンもチードルも破ってゴンの会長就任、気合い入れてこうぜ」

 

『了解』

 

 こうして大人達の悪巧みが本格的に始動し、筋肉の与り知らぬ所で事態は進んでいく。

 

 子と亥が完全に見誤り、元観音の思っていた通りに進む会長選挙。

 

 最後に笑うのはいったい誰か、少なくとも既に被害者が一名。

 

 



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第103話 押し付け合いと脅迫

 

 

 皆さんこんにちは、ハンター協会会長の座に2番目に近いゴン・フリークスです。原作レオリオのこともあり予測しなかったわけじゃないですが、いよいよ覚悟を決めなければいけないか。

 

 

 

 

 

 第二回投票結果を受けて開催された、上位8名の候補者による所信表明演説。

 その前に今回落選してしまった8名はコメントを求められたが、最後の一人がマイクを持った段階で大きな拍手が巻き起こる。

 

 下顎を中心に頭も含め包帯でぐるぐる巻きにされ、大袈裟なほどしっかりした頚椎カラーを装着したジンが眉をひそめて一歩前に出た。

 

『喋れねぇのにマイク渡すとか嫌がらせか? こちとら昨日から何も食ってねえしこれからしばらく流動食で憂鬱なんだよ』

 

 引っ込み思案で筆談をしたサンビカ・ノートンと違い、顎が死んでいるジンはオーラを変化させて文章を作りコメントしている。

 

「よく避けなかったなマダオ! そこだけは見直したぞ!」

 

「痛みに耐えてよく頑張った、感動した!」

 

『うっせぇうっせぇ、お前等居酒屋で盛り上がってたの知ってんだぞこのヤロウ』

 

 前回はブーイングやヤジが大半だったにも関わらず、今回はゴンの一撃を避けずに受けたことで割と好意的な意見が多い。

 それもこれも見るからに重傷だが茶化せるレベルにまで治療したレオリオのおかげだが、普通に完治させようと思えば完治させることも可能だった。

 父親になったレオリオ的にジンの育児放棄を許せなかったことで、命に別状がなくゴンが気に病まない所まではと治療した結果が今の状態だった。

 

『まぁこうなったのはオレのせいでもあるからそこはいい。ただチードルとサンビカはまだしも知り合い全員に治療拒否されたのは許さねぇ!』

 

「自分のせいってわかってんなら甘んじて受け入れろ!」

 

「サンビカさん! 貴方への恋の病を治療してください!!」

 

『え、気持ち悪い。嫌です』

 

「恋をしてていいってことですか!? 罵倒ありがとうございます!!」

 

『え、無敵?』

 

 何故かサンビカやチードルに飛び火しながらも落選者達は壇上を降り、残る候補者が改めて演説を行う準備が進んでいく。

 

 第二回所信表明演説、ほとんどが会長を目指してアピールしていた第一回と打って変わり“誰を”押し上げるかの戦いとなっていた。

 

(…なんとなくこうなるんじゃないかと思ってはいたけど、私以外で打ち合わせでもしたんじゃないでしょうね?)

 

 第4位にランクインしたハッカーハンターのイックションペが画面越しに改めて棄権を申し出る中、チードルは己の立ち位置を決めかねていた。

 第8位のモラウが自分のかわりにゴンを推薦したのを皮切りに、ランクインしていた十二支ん全員が示し合わせたようにチードルのことを推薦したのだ。

 仮に十二支ん全ての票がチードルに集まった場合100票の大台を突破し、2位のゴンを上回る可能性が出てくる。

 

(けど本当にそれでいいの? 私とゴン君で票を取り合って、それでパリストンに勝てるのかしら?)

 

 第一回と票数に変化なしだったパリストンは、それだけの固定票があるということでありスタート地点からして先を行っている。

 パリストンがいくら嫌われ者とはいえ、早く選挙を終わらせたい者やどうせネテロが復帰するなら誰でもいいと考える者が出てきても何ら不思議ではない。

 

(ネテロ会長を復帰させるという手札がある以上、長引けば長引くほどパリストンの有利。それに何より、今の十二支んを見てあの人はどう思っているの?)

 

 イックションペの演説が終了し、回ってきたマイクを持ったチードルは講堂の一番奥、変わらずそこに陣取るネテロを見やった。

 最近の昔を取り戻したような若返りではなく実際に若くなったその姿は瑞々しい覇気に満ち溢れており、面白そうに壇上を見つめるその目はまるでチードルを試しているかのようだった。

 

 これまでのハンター協会、これからのハンター協会、そしてアイザック・ネテロが本当に望んでいること、多くのことを考えすぎたチードルの頭の中で張り詰めていた糸が切れ、本能の赴くままにその口を開いた。

 

「やっぱり私は会長に向いてないわ、他の十二支んが勝手にしたように私も勝手にする。…私チードル・ヨークシャーはゴン・フリークスを推薦させてもらうわ」

 

 まさかの発言に大きなざわめきが広がり、驚愕する十二支んも無視してチードルは続ける。

 

「今までのハンター協会は、アイザック・ネテロという強さとカリスマに甘えていた。強者を自負する私達ハンターがそれでいいの? 会長が頼りないなら、自分が支えるくらいの気概が必要なんじゃないのかしら」

 

 チードルはちらりと隣、とあるピエロにデコられて派手になったミニチュア玉座に座るゴンを見る。

 少し嫌そうにチードルを見上げるその小さな身体にはこの場の誰よりも筋肉とオーラが詰まっていて、事務仕事は分からないがこと強さに関してはネテロを超えたとネテロ本人から聞いていた。

 

「ゴン君は強さを示した。私はこの子の及ばない所に手を貸すのもやぶさかじゃない。アイザック・ネテロに放り投げるつもりの私達頼りない大人より、そのつもりがないゴン君の方がきっと良いハンター協会になるわ」

 

 考えることを止めたチードルは講堂を見渡し、巣立つ雛を見るように嬉しそうなネテロを確認して決意を固めた。

 

「ハンター協会は新しくなるべきよ。暗黒大陸という脅威に対抗すべく、私達全員が更に強くならなくてはならない。ゴン・フリークスならハンター協会を今よりもっと強くできる!」

 

 持ち上げられてむず痒そうにするゴンと表情の抜け落ちたパリストンを横目に、元々トップより参謀としての手腕のほうが高いチードルは意気揚々と締めくくる。

 

「これからのハンター協会のために恥もプライドも捨てなさい! ゴン・フリークスに清き一票を!!」

 

 憧れるだけだった自分を捨てたチードルのオーラは、今までにない輝きと強さでもって美しく彼女を彩った。

 

 

 

 ゴンはモラウとチードルに散々持ち上げられた手前二人の気持ちを無下にすることもできず、やりたくないというスタンスは変えないながらもしっかりと自分の考えを述べていた。

 チードルの熱弁により他のハンター達も茶化すことなくしっかりと耳を傾ける中、パリストンは普段の笑みすら消えた顔で深く思考の海に潜っていた。

 

(まさかこの段階でチードルさんが諦めるとは、強さもそうですが思っていた以上に人望もあるんですね)

 

 自分の敵はジン、あるいはそのジンが何らかの手段で押し上げる人物だと考えていたパリストンの予想は盛大に空振り、いつの間にか自分のすぐ横で筋肉がウォームアップを始めていた。

 

(しくじりました、呑気にジンさんを笑っている場合ではなかった)

 

 パリストンは録画していたジンの無様な姿を肴に愉しんでいたのは現実逃避だったと今更ながら気付いたが、選挙はまだまだ長くなると判断して大した手を打っていなかったことが裏目に出た。

 

(このまま便乗してゴン・フリークスを当選させる? …それはないですね、それだけは我慢なりません)

 

 ジンがパリストンを大きく評価していることの一つ、望む形に収まるなら勝ち負けに一切拘らない強かさ。

 しかしパリストンが求める終着点はアイザック・ネテロの復帰であり、今まさに当選してもネテロを復帰させるつもりはないと断言したゴンとは相容れなかった。

 

(今回は何とか子供に任せるべきではないと主張し、最悪でも過半数は超えないように動く。ここを凌げばいくらでも手を打て…)

 

「何考えてるのパリストンさん?」

 

 演説が終わりマイクを渡そうと歩いてきたゴンが、その黒い眼でパリストンのことを見上げていた。

 

「…少し考え事をしていました。どうやら非常に手強い相手が誕生したようなので」

 

 いつもの笑みを浮かべてマイクを受け取ろうとしたパリストンは、接着されたように動かないマイクとゴンに動きを止めた。

 

「何を考えてるかはわからないけど、手を出す範囲にはちゃんと気を配ってね」

 

「何もするなではなく範囲ですか? その言い方ですとつかれたくない弱みがあるように聞こえてしまいますよ」

 

 パリストンはゴンの性質をある程度看破し、これなら何とでもなると心の中で暗い笑みを浮かべた。

 たとえどれだけ強くとも弱点があれば打倒でき、直接戦闘ではなく策と罠を弄する者こそハンターである。

 

 性格破綻者だが腐ってもハンターなパリストンも、ジンと同じく生粋の修羅の本質を見誤った。

 

「そうだよ。オレには大事なモノがたくさんあるからね」

 

 ネテロですら修羅とハンター両方の側面があるにも関わらず、ゴンのハンター的資質など雀の涙ほどしかない。

 

「だからもしこれから先オレの大事なモノに何かあったら、とりあえずパリストンさんを襲うことにするよ。貴方が関係しているかどうかはどうでもいい、疑わしいから罰する」

 

 とんでもなく横暴な襲撃宣言に流石のパリストンも唖然とし、そっとその小さな手が触れてきた瞬間、パリストン・ヒルの脳内でクシャクシャに丸められた己の姿が鮮明に浮かんだ。

 

「もう一度言うよ、手を出す範囲を間違えないでね。オレまだ人殺しになる気はないんだ」

 

「……肝に銘じておきましょう」

 

 マイクを渡したゴンはニカッと笑って玉座に戻り、パリストンは何もなかったかのように演説を始める。

 

(本当にふざけていますね、何故フリークスはこうも苛立たせてくれるのか)

 

 パリストンに勝つつもりなど最初からなかった、しかし思い通りの結末に持っていく自信はあった。

 どんな手を使ったとしても、負けることになったとしても、最後に笑っているのは自分だと高を括っていた。

 

(もうゴン・フリークスの周囲に手出しができない、それどころか逆に守らなければいけない)

 

 ゴンの大事なモノが傷付いた時に下手人が誰であれ一番最初に処される身となってしまった今、パリストンは身の安全のため他人の安全に気を配らなくてはいけなくなった。

 

(なんとかしようにも、ゴン本人をどうにかできなければ手の打ちようがない!)

 

 あまりにも理不尽、あまりにも不平等、だがゴンにはそれが許され、その圧倒的強さがパリストンの暗躍を許さない。

 

(僕自身の命を賭けても周囲をいくらか害するのが精一杯、失うものと得るものがまるで釣り合っていない。屈辱です、僕が子供の思い通りに動くことを強制されるなんて!)

 

 それはどこまでも老獪なネテロとも、どこまでも神算鬼謀なジンともまるで違うもっと単純な暴力による強制力。

 

「皆さん! 自分が正しいと思う本当に会長になって欲しい人へ投票しましょう!」

 

 パリストンは手駒達にこれからは好きにするよう指示すると、自分の敗北を腸が煮えくり返る思いで認めた。

 

(いいでしょう、君は会長になりなさい、それから第二ラウンドといこうじゃないですか)

 

 そんな苛立つパリストンに追い打ちをかけるように、ジンの申し訳ないような同情するような不快な視線が向けられた。

 

 

 

 

「残念じゃったの、ワシに拘りすぎたのがお前の敗因じゃ」

 

 投票が終わったハンター協会の廊下、歩いていたパリストンは後ろからネテロに話しかけられて振り返る。

 その顔はおもちゃを取られた子供のような表情を浮かべ、ニヤニヤと笑うネテロをうらめしそうに睨んでいた。

 

「ゴン・フリークスに合格を言い渡したのは貴方だそうですね? あんなハンターでもなんでもない存在にライセンスを発行しないでくださいよ」

 

「それについてはマジごめん。当時は流石にここまでとは思わんかった。まあ元々本人の気質はあんまり関係ないんじゃし、どっかしらで合格はしてたじゃろ」

 

 ネテロは遅かれ早かれだったと弁明しながらも、暴力を背景とした脅迫に強制を受けたパリストンに本気で謝罪した。

 

「しっかしゴンの奴ちゃんとお前のこと警戒しとったの。なんか手出しでもしたんか?」

 

「してませんね。見てたならわかったでしょうけど僕もジンさん同様過小評価してましたから。…アレはちゃんと評価しててもどうしようもないですがね」

 

「本当にのぅ、突き抜けた強さがあれば他は何も要らないを地でいっとるからの。暴力に手足を生やしたらああなるんじゃろ」

 

 つい最近まで頭脳戦に心理戦と玄人好みの攻防を繰り広げていた2人は同時にため息を吐き、これからやってくるであろうもっとシンプルなハンター協会に一抹の不安を覚えた。

 

「しかしよく耐えたの、ゴンの奴かなり本気で脅してきたじゃろ? 普通なら悲鳴を挙げての失禁ものじゃ」

 

「あぁ、顔に出にくいだけですよ」

 

 一部の者しか気付けなかっただろうゴンからの威圧を思い出し、パリストンは辟易した様子で派手なスーツの上着を脱ぐ。

 

 襟元から見えない部分は大量の冷汗で色が変わっており、靴を脱げば流れ落ちた汗で靴下までびしょびしょになっていた。

 

「貴方がいなくなってあんなのがトップに座るなら潮時ですかね。僕も本腰を入れてビヨンド氏に協力しようかなと」

 

「かっかっか、それも良いんじゃないか? ただそれを決めるのはもう少し待ったほうがよいと思うぞ」

 

「…へぇ、ここからまだ何かあるんですか?」

 

「さあのぅ? ただワシもそうじゃがお前やジンがもう終わりと思っとるのが怪しい」

 

 ハンター協会からの離反を匂わせたパリストンに笑いながら、ネテロはまだなにかあるというある種の確信を得ていた。

 それはゴンと長く殴り合って見えたモノ、調べただけのジンやパリストンには決して理解できぬモノ。

 

「あやつの思考回路の根っ子には、最終的に殴ればなんとかなるというアホな結論がある。そのくせして考えられない脳筋ではなく考えていないだけの脳筋じゃ、頭の中がどうなってるか予想がつかんわい」

 

「……僕としては愉しいことになれば別にいいんですけどね。期待しないで待ってみますよ」

 

 圧倒的暴力により二人目の被害者が発生し、運命の第3回投票結果が発表される。

 

 多くの者にとって想定外の流れ、しかし一部の者にとっては予定通りの展開を迎えようとしている。

 

 最後に泣く者はいったい誰か、それを決める筋肉はビーンズと悪巧みを開始した。

 

 

 

 



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第104話 会長と最強

 

 

 皆さんこんにちは、ハンター協会会長ゴン・フリークスです。覚悟を決めたと言ったな、あれは嘘だ。

 

 

 

 

 

 第三回投票結果

 

 第二位 パリストン・ヒル 209票

 

 第一位 ゴン・フリークス 321票

 

 

 第三回投票結果が発表された瞬間、ハンター協会に新たな会長が誕生した。

 得票率はギリギリ過半数ながらパリストンを抑え、疾風の如く会長をかっ攫っていったニュービーにハンター協会が湧く。

 そして普段バラバラに活動するハンターが集まっている珍しい機会ということで、ゴンは改めて全員の前で演説をすると通達した。

 

 

 一部ハンター以外の者にも講堂が開放され、新会長ゴンによるスピーチが幕を開ける。

 

 

「皆さんこんにちは、ハンター協会会長に就任したゴン・フリークスです」

 

 ハンター達がだいぶ見慣れたマスコットキャラ体型は変わらず律儀に机の上のミニチュア玉座に座り、誰が用意したのかミニチュア机とミニチュアながら本物のマイクとスタンドまで完備されていた。

 

「一番最初に暗黒大陸へのスタンスについて言っておきますが、ハンター協会としては積極的協力も妨害もしません。全てをハンター個人に委ねます」

 

 誰もが記憶に新しい暗黒大陸への対応はネテロと変わらず、行きたい者は行けばいいし阻止したい者は勝手に動けばいいと放任主義を宣言した。

 その言葉に安堵するハンターがいれば顔をしかめるハンターもいたが、ハンター協会の方針としては妥当な事もあって特に異論が出ることもなかった。

 

「次に副会長以下の指名をするんですが、先に言っておくと今までとは色々と変えます。理由としては過半数ギリギリの一番の理由だと思うオレの年齢を考えてのことです。指名拒否も一応認めますけどとりあえずは最後まで聞いてもらって、全体像をしっかり把握してもらってから後日受け付けようと思います」

 

 過半数ギリギリの勝利とパリストンの善戦にゴンの年齢が影響したのは間違いないが、それ以上にネテロの健在が理由としては大きい。

 パリストンに好きにするよう指示されたとはいえ離反するのを恐れた者、そしてネテロの復帰を望み気に入らないながらパリストンに投票した者が一定数以上いたのだ。

 彼等のある程度の納得、そして投票した者達の変わらぬ支持がなければ一瞬で過半数を割る、そうした砂上の楼閣にゴン会長は立っていた。

 

「まず副会長にパリストン・ヒルを指名します。ネテロ前会長の頃から就任している経験を活かして、ハンター協会を回してもらいたいです」

 

 真っ先に指名された名に多くのざわめきが巻き起こり、注目を浴びたパリストンは変わらぬ笑みを浮かべてその心中を隠す。

 

(あれだけ脅迫してきたにも関わらず指名するんですか、監視するつもりなんですかね? 別にゴンの周囲に手を出さない暗躍なんていくらでもできるんですが)

 

 拒否も許されるとあってゴンの側にいるかビヨンドに協力して暗黒大陸へ行くか決めかねながら、続く言葉に耳を傾けて呆気に取られる。

 

「そしてもう一人副会長としてチードル・ヨークシャーを指名します。これはキメラアントの問題発生時に圧倒的人手不足があったということで、もう一人くらいハンター協会を回せる要職が居たほうが良いと考え適任と判断しました。ちなみに副会長は一人っていう決まりはないことをビーンズさんと確認してます」

 

 指名されたチードルもまさかの二人目の副会長で指名ということに目を見張り、しかもパリストンと同列ということで良いことと悪いことが両方やってきたと眉をひそめた。

 

(パリストンと同じ副会長なら監視もしやすいけど、関わる機会が増えるのよね。正直あいつが拒否しないなら私が拒否したい気持ちもあるけど、ゴン君に協力するって宣言しちゃってるのよね)

 

 協力すると言っておきながら早くも後悔し始めたチードルを置き去りに、ゴンの指名はまだ続いていく。

 

「次は新しくハンター主導の監査委員会を結成してもらいます。ちょうどテラデイン・ニュートラルが結成した清凛隊にお願いして、協会運営の監査を同じハンターとして行ってほしいです」

 

 ゴンの考えるハンター協会の問題点として、会長及び副会長の権力が強すぎるというのがある。

 ネテロとパリストンがそれだけ優秀だったということでもあるが、最高幹部の十二支んですら会長や副会長の仕事を把握できていないことが多くあった。

 その点を少しでも改善し相互監視のような状況を作るため、テラデイン、ブシドラ、ルーペの3人が中心となっていつの間にか結成されていた清凜隊をそのまま利用してしまおうという算段だった。

 

「そして最高幹部十二支んの扱いですが、出来ればこのまま続けてもらいたいです。ただし副会長等の役職に付いた人は外れてもらって、その分新しい人を十二支んの中で決めてください。暫定的にボトバイ・ギガンテをリーダーとして指名しますが、そこも十二支ん内で決めてもらいます」

 

 ハンター協会最高幹部として多岐にわたる仕事をこなしてきた十二支んだが、正直ゴンは半数以上辞めると考えていた。

 元々個性派揃いのハンターにおいて腕は確かながら一等尖っていて、何よりネテロにこそ心酔していた者達の集まりである。

 ゴンも新たに最高幹部を設けたほうがスムーズにいくとわかってはいたが、そもそも600人以上いるハンターの十分の一も把握できてない現状では指名のしようがない。

 何人か残ってくれたら儲けもの、残った者達が適任を選んでくれればベストと割り切った選択だった。

 

「ここまでが会長以下の人選になります。暗黒大陸絡みで仕事が増えても良いように、またハンター協会の不透明だった部分を見やすくしていけたらという考えで、ビーンズさんと相談して決めました」

 

 会長秘書としてゴンの隣に出てきたビーンズが一礼し、手元のスイッチを押すと背後のスクリーンに組織図が映し出される。

 会長を頂点に支えるように二人の副会長、そして監査委員会と十二支んが土台となっていた。

 

「では最後に、一番重要な役職を発表します」

 

 全員が視線を向けた組織図、その会長ゴン・フリークスの下に空欄があった。

 

「会長ゴン・フリークスは会長代理として、ジン・フリークスを期間限定で指名します!」

 

「「そんなんあり!?」」

 

「会長代理は駄目って決まりもなかったよ!!」

 

 ここまで色々言ってきての会長代理に講堂内が荒れに荒れ、静かになるまで待っていたゴンが苦笑いしながら理由を告げる。

 

「投票してくれた人達には申し訳ないんだけど、正式に国と連携したりする組織の長が12歳は流石に無理があるよ。普通に舐められかねないし、逆にいくら実力主義とはいえ相手を舐めてると取られかねない」

 

 その当たり前すぎる指摘を否定できる者は一人も居らず、しかし納得できない者達は一定数以上存在した。

 

「会長代理には他の役職の指名権以外の権限を与えます。そして拒否権はありません、ジンなら理由わかってるよね」

 

『…嫌がらせでお前に投票したからだろ、自分で選んだ会長の言うことを聞かないなんてダサいことしねぇよ』

 

 ジンはニヤリと笑うゴンとしてやったりのような申し訳ないような顔のビーンズを見ながら、会長になりたくなさそうだったゴンに殴られた腹いせと集めた票の責任として投票したことを心底悔いた。

 さらに選挙のルールを決める前にビーンズから貴方が会長になればと言われたことも思い出し、全く警戒していなかったが故に無抵抗で刺されたのだと理解した。

 

(畜生が、パリストンにネテロのジジイも予想外だったな? こんな中途半端な選択なんて端から思い浮かびすらしねぇわ)

 

 ジンとパリストンにネテロ、心理戦や頭脳戦で言えば間違いなく世界で一桁の実力者達は、だからこそ暴力に隠されたゴンのことを過大評価してしまった。

 彼等ならゴンの立場になった時自分の望んだ結果に持っていくこと、または完全にぶっ壊すことも難なく行うことができる。

 

 当選したからやりたくなくても最低限の責任を果たしつつ、しかし期間限定で好きにするための時間稼ぎをする、そんなどっちつかずの先延ばしをするなんて凡庸なことは完全に理外の思考だった。

 

(これは不味いですね、このままあの言葉を言われてしまえば引けなくなってしまいます)

 

(困ったわね、逃げ場がないし苦労するのは目に見えてるのに、ちょっと愉しみな自分がいるわ)

 

(やっぱ脳にダメージ残ってんな、ここまで読みを外したことなんか今までねぇっての)

 

 これから苦労するであろうハンター協会のスリートップは妙な共感と連帯感に包まれながら、ハンターとして絶対に逃げられなくなる言葉を諦観の中聞いた。

 

「最初に言ったように拒否してもいいです。他の人の手綱を握れないと思う人は遠慮なく言ってください、オレはできると判断したけど、自信のない人に無理強いはしたくないからね」

 

 つい最近暴力に物を言わせて無理強いをした筋肉は逃げたければ逃げればと煽り散らかし、苦虫を噛み潰したような表情を浮かべたジン達をみて満足そうに頷いた。

 

「もちろんジンの仕事がてんで駄目で、信任が過半数を切ったらオレが責任を持って退任します。そんでバカにされないくらいの歳になったら正式に会長になることも今明言します」

 

 多くのことが前代未聞、しかし聞かされてみれば反論もし辛いという程度には考えられたバランス。

 ゴンに投票した者、そしてネテロに復帰してほしい者の多くはとりあえず様子見して良いという結論に落ち着いた。

 

「じゃあ最後に、皆さんが気持ちよくオレを会長と仰げるように見せつけようと思います! キルア! アルカとナニカ!」

 

 まだ何かあるのかと疑問符を浮かべるハンター達が見守る先、壇上に二人の子供が登る。

 

 銀髪と弾けるオーラが眩しいキルア・ゾルディックと、関係者枠でむりやりねじ込まれたアルカ・ゾルディック。

 

「本当にやるのか? 今でもとりあえずは大丈夫だと思うけどよ」

 

「最初が肝心だよ。少なくともお飾りじゃないって思い知らせないと」

 

 気が乗らないキルアだがゴンも引く気がないことにため息を吐き、アルカ(ナニカ)を見下ろしておねがい(命令)した。

 

「ゴンの反動を一時的に無効化してくれ、後は講堂とかに被害が出ないように」

 

了解(あい)!!』

 

 机の上のマスコットゴンにアルカ(ナニカ)が触れると、ゴンの身体から直視困難な光が溢れ出す。

 

「うおっ、眩し!?」

 

「何の光!?」

 

 突然の光に誰もが目を眩ませる中、光の中からゴンの言葉が響く。

 

合成能力(ユニオン)発動、オレが目指した最強のゴンさん!!」

 

 光が収まりハンター達が見た壇上、そこには暴力に手足を生やしたなどという生易しいモノではない、ただただ跪きたくなる力と筋肉の結晶が降臨していた。

 

「改めて自己紹介、オレこそが最強、頂に到達してさらなる上が見えたゴン・フリークス。ゴンさんだ!!」

 

 手をぐっと握ってガッツポーズ、それだけでアルカ(ナニカ)に守られた講堂が軋み、天井でとぐろを巻く超高温の髪状筋肉が発火しないながら室内温度を跳ね上げる。

 

「なん…だと…」

 

「アイエエエマッチョ!? マッチョナンデ!?」

 

「もうダメだ、おしまいだぁ…」

 

「あんなのがいるなんて、みんな死ぬしかないじゃない!」

 

 ヒソカ採点で10点以下のハンター達は錯乱して軒並み気を失い、50点以下の者達はその計り知れない力に絶望して崩れ落ちる。

 一握りの強者達はどれだけ開いているのかすら曖昧な隔絶した実力差を認識して青褪め、唯一恍惚の表情を浮かべるヒソカですら飛びかかる気が起きない至高の筋肉。

 

「言葉の説得は難しいからね、もっとシンプルでわかりやすい説得をするよ」

 

 牢により光り輝くゴンさんはさらなるオーラを練り出し、キルアがビーンズを退避させたのを確認して声を張り上げた。

 

「ハンター協会の文句はオレに言え!! どんな奴でも相手になる! 拳でな!!」

 

 爆裂するオーラと裂帛の気合によって壇上に亀裂が入り、更に多くのハンターが泡を吹いて気絶する。

 

「これにて閉廷、解散!!」

 

「この惨状見てしめようとすんな!?」

 

 その後ゴンに慣れてるおかげで普通に無事なレオリオとクラピカによるメンタルケアが行われ、アニマルセラピーとして駆り出されたギンの活躍もありなんとか事態は収まった。

 この際ゴンさんに説教をかましたレオクラ夫妻は意図せず支持を集め、後日多くの要望によりレオリオとクラピカは十二支ん入りすることになる。

 

 最終的に選挙の全てが終わった段階で実施されたアンケート調査の結果、ゴン・フリークスの信任率は95%というあり得ない数字を叩き出した。

 

 

 

 

 

 ゴンさんによる阿鼻叫喚の渦が収まって安寧を取り戻したハンター協会。

 最もグレードの高い応接室には新副会長の二人と会長代理、そして会長秘書のビーンズが集まっていた。

 

「ジンさん、なんてモノを作ってくれたんです。あんなのどうしようもないじゃないですか」

 

「マジでそれな。弱体化中に殴られといてよかったぜ、アレに殴られたら欠片も残らねえ」

 

 共にアホみたいな暴力に晒された一体感か、ジンとパリストンは今までにない穏やかな気持ちで会話を続ける。

 ドサクサに紛れてレオリオに治療してもらったため無事包帯の取れたジンはハンバーガーを平らげ、一日ぶりの食事に満足げな笑みを浮かべた。

 そんなゴンの不興を買った馬鹿二人に呆れたチードルは気合を入れ直し、どうにかハンター協会を力至上主義から脱却させるべく提案する。

 

「今までのハンター試験とは別、頭脳担当の研究者的ハンターを新たに取り入れるべきよ。仮に丙種ハンターとでも言おうかしらね? ゴン君に心酔しない層の人数を増やすべきだわ」

 

 年齢やらマスコットキャラ的見た目からゴンのことを軽んじていたハンター達は、その圧倒的暴力に心折られもはや信仰の対象として崇拝しだしている。

 荒くれ者が多く実力主義のハンター協会では無理もないことだが、それでもこのままでは良くないというのがこの場全員の一致した意見だった。

 

「丙種ハンターについてはボクも賛成します。ぶっちゃけビヨンド氏に伝があるので、暗黒大陸遠征組の中で良さそうな方に声でもかけましょう。ジンさんの伝はどうです?」

 

「オレも強くないだけで素質があるやつはそこそこ知ってる。こっちも声かけとくわ」

 

「となるとゴン君に許可だけ取れば問題なさそうね。クラピカ経由で聞いておくわ」

 

 ただの顔合わせと休憩のつもりでこの場を作ったビーンズを置き去りに、ハンター協会最高頭脳達はポンポンと重要案件を決めていく。

 元々真面目なチードルはまだしもジンとパリストンも協力して話し合いをするその光景は、ハンター協会の未来が明るいと知らせているかのようだった。

 

「しっかしビーンズお前ゴンに肩入れしすぎだろ。おかげで会長代理なんて面倒くさいことになっちまった」

 

 話し合いが一段落したタイミングでお茶を準備するビーンズに、恨めしい表情を浮かべたジンが茶菓子を貪りながら愚痴を入れた。

 そのネテロと非常によく似た姿にビーンズは笑みを深め、パリストンは心底嫌そうにお茶を啜る。

 

「はて、私は会長秘書ですから協力するのは当然です。ですがそこまで言うならジン会長代理のお手伝いは必要ないですかね?」

 

「ナマ言ってごめんなさい」

 

 交わらないはずだった運命が無理矢理一つに束ねられ、同じ脅威に立ち向かうべく協調を始めた。

 

「本当ですよ、ビーンズさんがどれだけ有能だと思ってるんですかマダオ」

 

「次マダオって呼んだらその口縫い合わすぞ」

 

 仲良しこよしとはいかないが、それでも今までと比べたら雲泥の差。

 

「少しは静かに休憩できないのマダオ、そんなんだからゴン君にしてやられるのよマダオ」

 

「……」

 

 そんな頼もしい彼等を精一杯支えようと意気込むビーンズは、その顔をいつもよりつやつやとさせながら笑っていた。

 

 

 

 

 

 ネテロが偶に隠れ場として使っているマンションの一室。

 酒とつまみが豊富なこじんまりとした室内に、見た目の歳は殆ど変わらぬ親子がどちらも手酌で酒をあおっていた。

 

「この蔵の酒をまだ持っとったとはのぅ、ワシは早々に飲み尽くしちまったから懐かしいわい」

 

「いつものことだがよくこんな辺境の酒を常備させておけるな、オレですら10年以上飲めてなかったぜ」

 

 お互いが準備した高価で希少な酒を水のように消費しながら、そこそこ酒の回った二人の話題は選挙での賭けに移る。

 

「なんなんだよあの化物は、このオレですらどんな手段を使っても勝ちの目が見えないってのは相当だぞ。しかも欠片も満足してねぇ」

 

「かっかっか、ワシも随分と置いてかれちまった。あの向上心がどうして続くのか不思議でしょうがないわい」

 

 人類では届かないのではないかという領域に到達したゴンさんの強さはもちろんだが、二人は枯れることのないその向上心が何処から来ているのか心底不思議だった。

 どんな強者も自分が最強と自覚したら緩むのは至極当然のことであり、老いの影響があったとはいえネテロですら晩年は強くなることにそれ程熱心ではなかった。

 

 傍から見たゴンさんは、何者も並びつかない頂点から更に登ろうと手を伸ばしているようだった。

 

「前に言っとったんじゃが、目指しとる奴がいるらしいからの。あれで追い付いてないと考えとるとしたら、そいつは暗黒大陸なんてもんじゃない宇宙人とかかもしれんの」

 

「なんじゃそら、もしいるなら是非ともお目にかかりたいもんだぜ。…おいバカその酒にはこっちのつまみだろうが!? その悪食全然変わってねぇな!!」

 

「なんじゃと!? この味がわからんとはその歳になっても子供舌じゃの!!」

 

 考えても分からぬもの、そしてどうしようもないことから目を逸らして二人は酒盛りを続ける。

 今までの空白を埋めるように、これから未来(さき)の厄を払うように。

 

「ちくしょう! 賭けに負けたが手伝いやがれ! アイザック・ネテロが暗黒大陸に負けたままで良いのかよ!?」

 

「よかないわ!! じゃがあんなガキに負けとるほうが嫌じゃ!! ワシは最強がいいんじゃぁ〜!」

 

 夜が更け朝日が昇っても飲み続けた二人は、ハウスキーパーが定期掃除に来る頃には死んだように撃沈していた。

 

 

 

 

 

 

 

 世界は回り続ける、正史とかけ離れた歴史を紡ごうとも。

 

(NGLは失敗した、次はもっと上手くやらなくては)

 

 いくつかの悲劇がなくなりまた別の悲劇が生まれ、それでも多くのハッピーエンドが新たに追加された。

 

「ホッホッホ、暗黒大陸の全てはワシ等のもの。王位継承戦により、カキン帝国は盤石の地位を築くホイ」

 

 それでも世界は悪意と危機に満ち溢れ、少しバランスが崩れればそのまま崩壊しかねない危うさに揺れている。

 

(次の連載再開はいつかなぁ…)

 

 確定しない未来、ただしファンメイドゴンさんは原作最強(ゴンさん)を目指し続ける。

 

「オレは、最強のゴンさんになる!」

 

 世界は回り続ける、正史とかけ離れた歴史を紡いでいく。

 

 





 後書きに失礼します作者です。

 これにて完結!!お疲れ様でした!!

 飽きっぽい性格の作者が2年ちょっとかけて完結させられたのは完全に読んでくれた方にお気に入り登録してくれた方に誤字脱字報告してくれた方に感想くれた方、皆々様のおかげで完走することができました。

 本当にありがとうございました!!

 これにて完!なんですが、おまけをいくつか書いて終了の予定です。
 天空闘技場、ヨークシンシティ、G.I.2、メンフィス、構想があるのはこのくらいですが、ネタが作れたら追加で書きます。

 重ね重ねこの小説に触れてくださった方々本当にありがとうございました。皆様の時間が少しでも楽しいものになってたら嬉しいです。

 ではではまた何処かで会えましたら、したらなっ!


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小話1 その後の天空闘技場・前編

 

 

 ここは空前絶後の盛り上がりを続ける天空闘技場。

 

 あまりに挑戦者と観客が増え続けたことでまさかのリングが足りない事態に陥り、塔をもう一本建設しツインタワー化する工事が開始されたばかりである。

 

 そんな天空闘技場でも一等熱い戦いが繰り広げられる200階、フロアマスターとそれを目指す者達の激戦が今日も始まろうとしていた。

 

『皆さんこんにちは!! 今日はいつもと違った変則マッチ、3VS3のチームバトルだぁー!!』

 

 様々な取り組みを行う天空闘技場が新たに追加する予定のチームバトル、勝ったチームのポイントが増える代わりに負けた時のポイント減少も増えるというルールを採用していた。

 

『今回初となるチームバトルは参加者全員がフロアマスターという超豪華仕様! ランキングが大きく動くこと間違い無しのとんでもバトルです!!』

 

 天空闘技場は今までの10勝でフロアマスター、4敗で追放というルールを撤廃し、勝敗でポイントを付け上位の闘士から序列を付けるルールに変更されている。

 戦えば戦うほどポイントを得るチャンスがあり、座して待てば自動的に降格していく新たなルール。

 現在フロアマスター序列一位と二位はカストロとゴードンが飛び抜けており、少し前の試合でゴードンが2ヶ月ぶりに一位を奪還したばかりだった。

 

『今回の実況解説は私ともう一人、いつの間にか正式雇用されていたいつものロン毛でお送りします!!』

 

『フフ、今年のベストバウト候補にノミネートされるような素晴らしい試合を期待する。しかし同僚となったのだからいい加減名前を…』

 

『さあさあ早速進めてまいりましょう! 残虐ピエロヒソカがいなくなって血を見る日の減った天空闘技場に突如現れた男達! 血を求める無頼共の新たなダークヒーロー、三人一組でおなじみボマーズの入場だ!!』

 

 実況に合わせて大音量のメタルが鳴り響き、ライトアップされた入場口から男達が歩み出てくる。

 

『まずはこの男、3人の中でフィジカルNo.1! 相手の攻撃をあえて受けテンションを上げるその姿はまさにプロレス、力のボマーバラ選手の入場だ!!』

 

『ポイントで不利になることは多いがその分KO率が非常に高い。大味に見えてコンパクトな打撃も放てる良い闘士だ』

 

 やや長い髪を縛って顔にペイントを塗ったバラは上半身裸で入場し、観客を煽るようにしてリングへと向かっていく。

 グリードアイランドにいた頃より一回り大きくなった筋肉を誇示しながら、野太い歓声に答えて雄叫びをあげる。

 

『続きましてテクニックNo.1! 華麗な連撃で相手に付け入る隙を与えない戦闘巧者、技のボマーサブ選手の入場だ!!』

 

『トータルバランスが非常にいい、技と技の繋ぎが上手くバラと違ってポイントによるTKOの多い闘士だ』

 

 糸目のサブはバラと違ってグリードアイランドから特に見た目の変化はないが、天空闘技場で多くの戦闘を行ったことで技術がかなり洗練されていた。

 すでにリング上にいるバラのもとにたどり着くと、互いに拳をぶつけ合って不敵な笑みを浮かべる。

 

『さあ! 最後にやってくるのはこの人! 掴んだ相手を爆発させる残虐非道な爆弾魔!! 3人の中で最も序列が高く今なお急上昇中の序列7位、爆破のボマーゲンスルー選手の入場だ!!』

 

『強い。力ではバラ、技術ではサブに劣るが欠点がない。そして掴まれたらそのまま終わりかねないあの爆発、十分に序列トップを狙えるだろう』

 

 最後に出てきたゲンスルーは戦闘スタイルとかけ離れた爽やかな笑みを浮かべ、歓声と悲鳴の大合唱を気持ちよさそうに抜けていく。

 ヒソカにふん縛られた時は人生最悪の終わりを予感したが、今ゲンスルーはもちろんサブもバラも人生最高の時を過ごしていた。

 

『出たー! 3人でグーサインをくっつけ合うおなじみのポーズ! 今日も彼等がリングを血で赤く染めるのか!?』

 

 リングにボマー達が集結したタイミングで、BGMが別の音楽へ切り替わる。

 ややポップな曲調になった音楽に合わせて、ボマー達の反対に位置する入場口が明るく照らされた。

 

『非道なボマーズに立ち向かうヒーローはコイツラだ!!』

 

 入場してきたのは驚くほど小さな人影、早々に天空闘技場を去っていったゴンとキルアに代わり最年少フロアマスターに上り詰めた少年。

 

『一人目はこの子、最年少フロアマスターにしてお姉さんとお兄さんの癒やし枠! 世に名高い心源流を駆使して戦う小さなマッチョ、ズシ選手だ―!!』

 

『まだまだ序列は低いが日々の成長が著しい若さに溢れる闘士だ。きっとこの試合でも成長を見せてくれるだろう』

 

 ズシはやや緊張気味ながら元気に押忍と挨拶をしてリングに上り、ボマー達を睨み付けると決して負けてなるものかと気合を入れた。

 

『二人目はこの人! 先日ゴードン選手にポイントを追い抜かれ序列2位に転落した怒れる虎!! 今日も二頭の虎が相手を食い破るのか、双虎のカストロ選手です!!』

 

『ヒソカ選手に負けてからの彼は本当に素晴らしい。技のキレ、そして身体能力も目に見えて向上している。カストロとゴードンが頑張りすぎるせいで、ポイントを一年ごとにリセットする案も出ているくらいだからな』

 

 入場してきたカストロは今までの大きなマントを脱ぎ捨て、普通のカンフー服にカンフーシューズという簡素な服装になっている。

 長い髪もポニーテールのようにまとめて縛ってあり、分身(ダブル)が見破られる可能性を減らす意味もあった死角を増やす姿から純粋な格闘家時代の格好に戻っていた。

 

『そして最後はこの人! 第二期アニメも大成功を収め観客の平均年齢を激減させた男!! 玩具会社やアニメ会社からのスポンサー料でとんでもないことになっていると噂の時の人、リアル○イブレードギド選手の入場だぁー!!』

 

『実におもしろい進化を『ギドがんばえー!!!』…がんばえー』

 

 無駄に熱いアニソンと共に回転しながら入場したのは、ビビットカラーで肩や肘などがやたらゴツゴツと尖った小柄な男。

 高笑いしながら回転を止めたその顔は厳つい変身ヒーローのようで、両手を広げると観客席から小さい子供達の歓声が響いた。

 

「フハハハ! 星の回転を我が手に!!」

 

『ほしのかいてんをわがてにーー!』

 

 一部野太い歓声も混ざる中、全選手が入場したことで細かなルールが説明される。

 

 1.勝敗によるポイント増減が大きくなる。

 2.今回は途中交代なしのタイマンを三回。

 3.勝者の多いチームが勝利となり、負けた選手もポイントを得る。

 

『さあさあ早速始めていきましょう! 最初に戦うのはどの選手だ!?』

 

 チーム戦と考えると非常に重要な初戦、リングの上にバラとズシが登った。

 

『なんと!? 最も体格差が出る組み合わせとなりました! 早くもお姉さん方から悲痛な悲鳴が上がるぅー!!』

 

『いや、悪くないな。ズシ選手は成長途中というのもあってどちらかといえばテクニックタイプ、サブ選手やゲンスルー選手を相手にするより勝率は高いはずだ』

 

 大柄なバラと年相応のズシがリング中央で向き合えば、その絶望的な体格差がよりわかりやすく見るものの目に映る。

 ニヤニヤと笑うバラと口を引き絞るズシの対象的な表情は、そのまま両者の実力差を表しているようだった。

 

『賭けの倍率も決まりました! なんと十倍の差をつけてバラ選手有利です!! そしていよいよ試合開始のゴングが鳴る!』

 

「試合開始ぃー!!」

 

 開始の宣言と同時に飛び出したのはズシ。

 

 その小柄な身体を目一杯使い、飛び跳ねるように怒涛の連撃を繰り出す。

 

 その猛攻にバラは防御する素振りすら見せず、しかし下がることもなく全ての打撃を正面から受け切る。

 

「くくく…」

 

 無呼吸連打を終え一息吐くために下がったズシに追い打ちもかけず、鼻や口から出血するバラは嗤いながら声を上げた。

 

「軽いねぇ、攻撃が! そんなんじゃ何発もらっても効かねえよ!!」

 

「…流石っす、やっぱり強いっすね」

 

 ポイントでズシがリードしたものの、どちらが追い詰められているのかは一目瞭然だった。

 呼吸を整えたズシが再び連打を叩き込むも、バラのただ力だけのフルスイングでガードごと吹き飛ばされる。

 

「遊びはここまでだ、せいぜい惨めに鳴いてくれよ?」

 

 リョナリオの再来かと一部の物好きがテンションを上げるも、大多数の観客から悲痛な悲鳴が上がる。

 

 そして当のズシ自身は、オーラを練り上げ構えを変えた。

 

「自分じゃまだあなたに勝てない、けどあの人達には到底及ばないっす!」

 

「あぁ?」

 

「いくっすよ、これが自分の発、“憧れの偶像(バーチャファイター)”っす!!」

 

 大量のオーラを纏ったズシの構えが心源流ではなくなり、むしろ洗練さのない荒々しくも力強い構えとなる。

 

「セレクト“ゴン”! いくっすよ!!」

 

 今まで以上の踏み込みで突撃し、大きく振りかぶった拳がバラに迫る。

 長年の勘か偶然か、無意識の内に防御を固めたバラにズシの攻撃が命中した。

 

「あがぁ!?」

 

 まともに受けてなお耐えられた先程と違い、ガードの上から体の芯に響く衝撃がバラを襲った。

 

(なんだこりゃあ!? 明らかに威力が上がってやがる!)

 

 ズシが習得した発“憧れの偶像(バーチャファイター)”は、自分を操作して他人の発を使い戦う能力。

 自分の発を説明して真似たい相手に発を教えてもらうこと、何よりズシが心の底から憧れていてその強さを目指していることが条件となる。

 制約として真似ていられる時間は1分間、再現度はズシの心源流の練度に依存してスケールダウンしてしまい、超えたと判断したら使えなくなってしまう。

 

 急に強くなるわけではない、しかし戦闘スタイルが激変する上に発も変化する対応しにくい能力だった。

 

「このっ、調子に乗ってんじゃねえぞ!」

 

「時間切れっす、セレクト“キルア”!」

 

 力でそこそこ良い勝負をしてからの突然のギアチェンジ、スピードと急所への一撃必殺がバラを襲う。

 ポイントで先行し着実にダメージを蓄積させていく、奇抜さはないが基礎に忠実なズシらしい攻めだった。

 

「…わかった、認めてやるよ」

 

「ぜぇ、ぜぇっ、セレクト、“ウイング”!!」

 

 同じ心源流、最も近くで見続けて憧れ続けた師匠。

 

「お前は強い、遊んでられない程な」

 

 ズシ本来の実力を超える模倣は間違いなくバラに届いたが、元々あった地力の差を埋めることはできない。

 実力を超えた戦闘、湯水のように使ったオーラが枯渇するのは至極当然の結果だった。

 

「ズシ選手KO! 勝者、バラ選手!!」

 

 動きの鈍ったズシを沈めたバラはリング上で雄叫びを上げ、これから加速的に伸びるであろう小さな闘士を心の中で讃えた。

 

 

 なおレオリオのファンからリョナを継ぐものとしてリョナバラと呼ばれかけたが、語呂の悪さから定着することはなかった。

 

 

「いい勝負だった、それに恥じぬ良き勝利を」

 

「お前が相手か、さっさと勝ちを確定させてもらうぜ」

 

 チームバトル2戦目、ギドVSサブが幕を開ける。

 

 





 たくさんの完結祝儀評価してくださりありがとうございました。改めて多くの人に読んでもらえてたんだなと嬉しかったです。
 ロスタイムも早めに更新できるようにしますのでもう少しお付き合いください。


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小話2 その後の天空闘技場・後編

 

 

 リング上で向き合うギドとサブに歓声が降り注ぎ、いつもの審判によるルール説明が終わるとバラとズシの試合で上がったボルテージがさらなる高まりを見せる。

 その細目でギドを注視するサブは仮面で見えない表情を見極めようと目を凝らすが、その姿からは過度の緊張もない実にリラックスした自信にあふれる雰囲気しか感じ取れなかった。

 

(こいつの序列はたしか20位に届かない程度だったはず、俺とバラなら問題なく勝てるはずだが、この天空闘技場に特化させてるらしい戦法は厄介だな)

 

 試合開始の合図とともにリングから降りた審判を確認したサブは、先手必勝とばかりにギドへ駆けるも手が届く前にその派手な鎧から小さな物体がばら撒かれた。

 

 それは形や色は一つ一つ違うものの、共通して派手でゴツゴツとした手でつかめる大きさの独楽。

 

 ちびっ子の歓声を受け止めるギドが構え、オーラを増大させると発の名を叫んだ。

 

舞闘独楽(ゴーシュート)!!」

 

 ばら撒かれた20を超える独楽達が猛烈に回転を始め、互いに弾き合いながらリング内を駆け巡る。

 

「このっ!?」

 

 回ってる最中は特に変哲のない普通の独楽だが、弾き合う時のスピードが常軌を逸していた。

 展開を止められなかったサブは何とか回避を続けるも、ついに斜め後ろから突撃してきた独楽の直撃を受ける。

 

「ぐわぁーー!?」

 

 決して小柄ではないその身体が軽々と宙を舞い、リング外に弾き出されて転がった。

 

「クリーンヒット+リングアウト! ギド選手2ポイント!!」

 

 ちびっ子の歓声がさらに大きく響き渡り、リングの外で堪えることなく立ち上がったサブは忌々しげにリング上のギドを見上げた。

 

(糞がっ、マジでダメージ無しかよ! しかも本当に変な声が出やがった!?)

 

 クラピカとの試合で敗北し鍛え直したギドは、その過程で独楽について調べている最中にある漫画とアニメに出会って衝撃を受けた。

 そして当時放送連載されていたものは全てチェックし、実物を取り揃えたギドは舞闘独楽を天空闘技場ルールに特化した能力へと調整した。

 

 独楽は相手に当たっても一切ダメージを与えられない代わりに、ただただ弾き飛ばす威力だけを一点強化。

 KO勝利を捨て、体勢を崩せばダウン、リング外に弾き出せばリングアウト、そしてヒットにより得られるポイント勝利のみに賭けたのだ。

 これにより鳴かず飛ばずで初心者狩りに終始していたギドは殻を破り、見事念願だったフロアマスターの地位へと上り詰めた。

 

 なお弾き飛ばされた際に無様な悲鳴を上げてしまうのは、全世界のちびっこ達の無垢で純粋な想いの賜物である。

 

『さあギド選手いつものパターンに入ったか!? あいかわらず出血やグロポロリがない親御さんも安心安全クリーンな試合です!!』

 

『あの独楽を掻い潜るか破壊するかが第一関門なのだが、サブ選手はどういった選択をするかな?』

 

(ちっ、これはあんまり使いたくなかったんだが、そうも言ってられねぇか)

 

 リングアウトによるカウントダウンをギリギリまで待ってから戻ったサブは、独楽が襲いかかってくる前にオーラを高めるとその細目を限界まで見開いた。

 

『な、なんとサブ選手開眼した!? 戦闘スタイルや顔に似合わないまんまるパッチリお目々です!!』

 

『細目でも見えていただろうに、何か他に目的があるのか? …いやアレはまさか!?』

 

 ギドに向かって普通に歩き出したサブに独楽が殺到するも、その全てをギリギリ皮一枚で躱して進み続ける。

 

「ひゅ〜〜」

 

『な、なんだぁ!? サブ選手のパッチリお目々がカメレオンのようにギョロギョロと気持ち悪い動きを!?』

 

『あれは散眼、四方から迫る矢を払うためあみだされたと言われる絶技! しかもあの軸のブレない歩法、全ての隙をなくす御殿手(うどぅんでぃ)も併用するとは!?』

 

 ボマーズのテクニック担当にふさわしい技を見た観客から感嘆の声が上がり、サブはパッチリお目々に爆笑するバラとゲンスルーへの報復を決意しながら歩み続ける。

 

「よお、ここまで来たら手が届くぜ?」

 

「くっ、竜巻独楽(ギドタイフーン)!!」

 

「遅い!!」

 

 至近距離まで寄られたギドは自身が回転する竜巻独楽を繰り出そうとするも、回転数が上がり切る前にサブの連撃が鬱憤を晴らさんと襲いかかる。

 

「どらぁ!!」

 

「ぐはぁっ!」

 

 サブの猛攻により別に鉄製でもなんでもない見た目重視の鎧がひび割れ砕け、最後の強烈な一撃により吹き飛ばされてリングに叩きつけられた。

 

『サブ選手見事な猛攻だ! ボロボロになったギド選手にちびっこ達の悲鳴が響き渡るぅー!!』

 

『あれだけの攻撃をくらったからな、まさかこのまま決着か?』

 

「「「ギドがんばえー!!!」」」

 

 ボロボロでダウンするギド、そしてノーダメージで見下ろすサブに会場は決まったと弛緩した空気が流れるが、サブ自身が違和感を感じて臨戦態勢を崩さなかった。

 

(確かに当てた、だがそれにしても脆すぎる。まるで初めから壊れること前提で、ダメージを分散させる目的があるように!)

 

「実に見事だ、ここまで追い詰められるとはな」

 

 サブの疑念を肯定するように、ダウンしていたギドがゆらりと立ち上がる。

 

「鎧は砕けた、しかし同時に枷も外されたぞ!」

 

 オーラを噴出させたギドから壊れたパーツが弾き飛ばされ、今までの鎧より一回り小さい黒と金に彩られた姿へと換装された。

 

『まさか!? あれは二期アニメ最終決戦時のファイナルギア!! 完成していたというのか!!』

 

『知ってるのかロン毛!?』

 

『アニメに実写かつ完全ノーCGで出演するギドの最終奥義、アレが来るぞ!!』

 

 アニメを見た者達から爆発する歓声が上がり、その想いが力となってギドの発を強化する。

 

闘争舞闘(バトルドーム)、展開!」

 

「何だこりゃあ!?」

 

 突然リングの外側が反り上がり、平面だったリングがすり鉢状になって2人を囲む。

 

「刮目せよ、最終奥義、超台風独楽(ギドハリケーン)!!」

 

 元々ばら撒かれていた独楽、そして砕けた鎧から変形した独楽が縦横無尽に弾き回り、ギド自身も回転して独楽の饗宴へ加わる。

 

「おまっ、ふざけ、ぐわぁーーーー!?」

 

 更に増えた独楽、すり鉢状故に濃くなる密度、弾かれたサブはリング外に吹き飛ばされることすら許されず、リングの上でミキサーに入れられたかのごとく翻弄される。

 

 ダメージはない、しかし人間の三半規管はピンボールの球にされて無事なほど強靭ではない。

 

「これで終わりだ! 独楽を相手のボディに、シューーッ!!」

 

「「「超、エキサイティン☆」」」

 

 ギド自身による突撃に悲鳴すらあげられず吹き飛ばされたサブはリング外に弾き出され、今日一番の歓声が会場を満たして震える。

 サブはリングアウトのカウントダウンを聞きながらも生まれたての子鹿のように震えて立てず、意識ははっきりしているが故に特大の恥辱を感じながら床を叩いた。

 

「リングアウトによるテンカウント! 勝者、ギド選手!!」

 

 ちびっこ達の憧れ、そして大きなお友達の想いを胸に、ギドは両手を広げて歓声に応える。

 

 

 

「結局もつれ込んだか、まあ前座としては盛り上がったんじゃないか?」

 

 

 

 大興奮に水を差すように、ゲンスルーから暗いオーラが溢れ出す。

 

 

 

「ふふっ、前座のほうが良かったと言われんようにしなければな」

 

 

 

 ゲンスルーに呼応するように、カストロから鮮烈なオーラが溢れ出す。

 

 

 

『これは!? まるでゴン選手とヒソカ選手による伝説の試合と似た空気を感じます!』

 

『アレにはまだ及ばんだろう、しかしこれから行われるのは、間違いなく天空闘技場頂点の戦いだ!』

 

 ゲンスルーは蹲るサブの肩を叩くとリングに上がり、カストロはギドとハイタッチをしてリングに上がる。

 

 2人のオーラから審判はリングに上がることを諦め、やや離れた位置から声を張り上げた。

 

「試合開始!!」

 

 凄まじい衝撃と音が響き渡ると、リング中央で2人が指と指を合わせて拮抗していた。

 

『これはいったい!?』

 

『なるほど、掴んで爆破させるゲンスルーと引き裂き食い破る虎皎拳のカストロ、共に開手による戦闘スタイルが故のあの形か』

 

 ゲンスルーは爆発から自身の手を守るため、カストロは流派の基本としてお互いが手指の部位鍛錬に余念がない。

 さらに手にオーラを集めることに関しても極めている2人の戦闘スタイルは思った以上に似通い、それが故に互いの練度と実力を正確に認識し合った。

 

「良い腕だ、しかしその程度なら“我等”に蹂躙されるだけだぞ!」

 

「ぐぅっ!」

 

 拮抗していた2人だったが、カストロが発動した自分自身(マイセルフ)により一気に形勢が傾いた。

 同じ実力者が増えるという単純にして強力な能力により、ゲンスルーの負傷が目に見えて増えていく。

 

「双虎の舞・乱!」

 

「ちぃっ!」

 

 ガードの上からかまわず打ち込まれた乱打に逆らうことなく、ゲンスルーは自ら吹き飛ばされることでカストロの猛攻から一時的に逃れた。

 

「ちっ、わかっちゃいたが一握りの火薬(リトルフラワー)だけじゃ無理か。タイマンじゃなくて恥ずかしくねぇのか?」

 

「ふっ、ルール上問題ないならかまわんだろう。何よりこれはタイマンさ、ゲンスルーと“カストロ”のな」

 

 本来武闘家ならば忌避感を覚えるはずの2対1、しかしカストロはゴンとの試合でその辺りのジレンマを完全に払拭している。

 一つは何でもありの念能力者同士の戦いであること、二つ目にヒソカやゴンというはるか格上との実力差を知ったこと、そして何より分身(ダブル)ではなく自分自身(マイセルフ)だと認識したことが決め手だった。

 今のカストロに以前までの心的ストレスはなく、ただただ強さで上を目指す清々しい心があるだけ。

 

 幸か不幸か修羅と言えるだけ壊れていないが、武闘家としては最高峰の高みに至りかけていた。

 

「ふぅ、そこまで開き直られちゃ揺さぶれねぇな。ちなみにカストロさんよ、俺はあんたに爆弾を仕掛けている」

 

「…何?」

 

「俺がボマーと口にしながら触れていた場所、そこにリトルフラワーとは比べ物にならない威力の命の音(カウントダウン)を仕掛けている。時限式で取り外しは基本的に不可能、解除するには俺に触れながら『ボマー捕まえた』と言わなくてはいけない」

 

 カストロは急に自身の能力説明を始めたゲンスルーを訝しげに見ていたが、自分の肩から鳴り始めた音に気付いて視線を向ける。

 強いオーラを内包した爆弾が時を刻んでおり、刻一刻と死へのカウントダウンが進んでいた。

 

「能力を説明することが能力の発動条件。お前の命もこれで…」

 

「随分爆発まで時間があるな、これを早める方法もあるということか」

 

「…」

 

「もう一人の方に爆弾が反映されないのも助かる、貴様も知っているだろうが2人同時にダメージを受けなければなんとかなるからな」

 

「……」

 

「試合前に起動されていたらどうなっていたか、他に何を隠している?」

 

「………」

 

 油断なく構えるカストロと、指先でメガネを直す表情の読めないゲンスルー。

 これからさらなる激戦を予感していた観客は息を呑んで注目し、満を持してゲンスルーが口を開く。

 

「はな、話をしよう。あれは数ヶ月、いや数年前のことだったか、」

 

「時間稼ぎには乗らん!」

 

「ちくしょうが!」

 

 片や天空闘技場ルールに適応した武闘家、片やまだまだルールに適応しきれていない実力は確かなチンピラ。

 

 多くの観客の期待を裏切り、いっそあっけなくゲンスルーがリングに沈んだ。

 

『なんてことでしょう、2人の間にこれほどの差が!?』

 

『やはり数は力ということか、本当に実力自体は拮抗していたのだがな』

 

「ふざけるなぁ!!」

 

「金返せ!!」

 

「ボマーズのリーダーちゃうんか!?」

 

 あまりに見所のない試合に観客達は荒れに荒れて暴動一歩手前の空気が生まれ、巻き込まれてはたまらないと多くの観客が帰ろうと席を立つ。

 

『皆様ご安心ください! 初のチームバトルは不完全燃焼で幕を閉じてしまいましたが、なんと今朝決まったばかりのサプライズエキシビションマッチが開催されます!!』

 

『え、私は何も聞いていないのだが』

 

『正直早く言いたくて危うく口が滑るところでしたが、皆様ご満足いただけること間違いなしです!!』

 

 実況のテンションはチームバトルのどの試合より最高潮に高まり、その嘘偽りない喜色満面の顔は観客の足を止めるには十分だった。

 荒れていた観客も口を噤んで続きを待ち、今まで試合をしていたメンバーも退場せずに様子を窺う。

 

 そして実況の彼女は、最推しの帰還を声高らかに告げた。

 

『エキシビションマッチ!! 対戦カードは残虐ピエロと銀豹、ヒソカVSキルアきゅんだぁーー―!!!』

 

 驚愕の対戦カードに誰一人声を上げられない中、入場口からヒソカとキルアが登場してリングに上がる。

 

『あぁ、あぁ〜久しぶりのキルアきゅん! お前等! 今夜は余韻で寝られねぇぞ!!』

 

 冗談のような夢の対戦、しかし今まさに現実になろうとしている試合に観客のボルテージが急上昇する。

 

『天空闘技場の転換点、伝説の時の復活だぁーーー!!!』

 

 会場がビリビリと震える程の歓声に包まれ、2人の修羅が不敵な笑みで対峙した。

 

 変態ピエロと雷小僧、頂を追う者同士の死闘が幕を開ける。

 

 





 ゲンスルーファンの皆、本当に申し訳ない。


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小話3 その後の天空闘技場 ヒソカ VS キルア


 お久しぶりです作者です。燃え尽きて灰になってましたが、またゆっくり投稿していこうと思います。ルビコニアンデス車輪は強敵でしたね。



 

 

 

 時は会長選挙が決着した後の、ハンター協会が少しだけ落ち着いた頃まで遡る。

 キメラアントの事後処理や暗黒大陸への対応を新体制になった首脳陣が話し合っていた頃、キルア達ゾルディック組は手持ち無沙汰となっていた。

 ゴンは代理を立てたとはいえ新会長ということで会議に引っ張られ、レオリオやクラピカは十二支んの新メンバー加入の打診により手が離せなくなり、他の知った者達は大半がキメラアントの事後処理に加わってしまった。

 アルカとナニカに世界を見せようとしていたはずが早速足止めを食らってしまい、それでも見るものすべてが新しく楽しそうな毎日を過ごす妹達に安心と申し訳無さを感じていたキルアの元にヒソカが姿を現した。

 

「ゴンの側離れるってどうした!? まさかお前クソ兄貴か!?」

 

「会議の邪魔だって追い出されちゃった♣まああのメンバーに囲まれてたら安全だし、会議が長くなるのは嫌だししょうがないかなって♦」

 

 現在会議室にはゴンとジンのフリークス親子に、副会長ズのパリストンとチードル、新たに監査委員となったテラデインとブシドラ、そして十二支ん残留を決めたボトバイとミザイストムの新首脳陣が多く揃っている。

 しかもアドバイザーとしてネテロもここに加わっており、さすがのヒソカも自分の方が戦力的に弱いと認めざるを得ない。

 ゴンを長期間の拘束はしないから大まかな方針だけでも決めさせろと言われれば、その後の輝く蜜月を想いながら我慢するしかなかった。

 

「そんなこんなで暇なんだ♣だから同じゴンを追う者同士ってことで、成長の慣らしも兼ねて一戦ヤラないか聞きに来たってわけ♠」

 

「アルカとナニカは治療もできるけどよ、あんまり派手に暴れたらレオリオがブチ切れんぞ?」

 

「その点も問題なし、前に天空闘技場が愉快なことになってるって言ったでしょ? ルールありのガチンコならいい勝負になると思うんだよね♦」

 

「…それならありだな、申し込んだらいつ試合組まれるんだ?」

 

「即日♥」

 

「マジで?」

 

 思い立ったら即行動、キメラアントとの死闘により進化したピエロと雷神は、その力を確認するべく天空闘技場へと出発した。

 

 

 

 

 

 満員の観客が見下ろすリングで向かい合うヒソカとキルア。

 

 観客の中には知らされていなかったため驚愕するウイングや、心配そうに見詰めるツボネにはしゃぐアルカとナニカもいる。

 そんな興奮冷めやらぬ人々注目の2人は、一定の間合いまで歩み寄るとどちらともなく緩やかに円を描いて足を動かし続ける。

 

「こうして対峙しているとよくわかる、本当に強くなったねキルア♥」

 

「けっ、てめぇもなヒソカ。差は縮まったけどまだ遠いか」

 

 嬉しそうに嗤うヒソカと眉をひそめるキルアの表情は、そのまま2人にどれだけ余裕があるかの表れだった。

 進化という言葉ですら陳腐になるほどの成長を遂げたキルアだが、ヒソカの地力と弛まぬ研鑽は実力の差を埋めるにはまだまだ足りていない。

 

「ここなら多少の無茶どころか結構な無茶ができる♠レオリオのいるハンター協会直通の鍵もせしめてるし、キルアも色々気にしないで本気の全力で来なよ♥」

 

 今回ヒソカがキルアとの試合で人目もある天空闘技場を選んだ理由、それは致命のダメージを軽減する能力者の存在。

 修羅となったキルアだがその戦闘スタイルの根幹にあるのが暗殺者なのは変わらないため、真の実力を発揮するにはどうしても相手を殺すつもりで戦わなくてはならない。

 実は普段の組手でもヒソカに対しては殺すつもりで挑んでいるキルアだったが、そこそこ気心の知れた相手を殺す可能性がある以上刹那に満たない極薄の躊躇くらいはあったかもしれないことは否めない。

 

 そのナノメートルに満たない極小の踏み込み、それで勝敗が変わりかねないほどの高みにキルアは到達した。

 

「おいで、期待ハズレなら食べちゃうぞ♥」

 

「きっしょ、吠え面かかせてやる」

 

 歩くキルアが突如神速(カンムル)により雷光をまとい、目にも留まらぬ速攻をしかける。

 速度は覚醒したネフェルピトーに及ばぬものの、予備動作のなさによる予見しにくさなど対人に限ればむしろ脅威度は上をいく。

 圧倒的速度と反射によるヒットアンドアウェイ、伸縮自在の愛(バンジーガム)を警戒した刃状のオーラや電撃による攻撃を繰り返す。

 

 観客は疎かウイングですらほとんど視認できない猛攻を、ヒソカは満面の()みで真っ向から迎え撃つ。

 

 キルアの繰り出すオーラの刃には完全に同量かつ同質の刃でもって迎撃し、電撃はゴムの性質を持つバンジーガムで包み込むようにして対処していく。

 共にあり得ないほど高次元のオーラコントロール、そして変化系の極致とも言える発の運用速度による演戯。

 数秒の間に数多の攻防を繰り返した二人は、弾かれたように間合いを空け息すら乱さず再び向かい合った。

 

「やっぱバンジーガムは相性最悪かよ、ゴンよりオレのがキツイとか笑えねぇ」

 

「準備運動はもういいかい? 早くキルアの全てを魅せてよ♠」

 

「焦れてんじゃねぇよ変態。余裕がないのはこっちなんだ、こっからは最初から最後までフルスロットルってな!!」

 

 準備運動の時点で声のない観客を置き去りに、キルアはポケットから4本の念電池を取り出す。

 デフォルメゴンさんが描かれた念電池を正確無比にリングの四隅に投げ放つと、互いがオーラと電気によって共鳴し合い雷による檻が形成された。

 

監獄雷廟(オリガミ・ハコ)、大人しく死んでくれや」

 

「あぁ、本当に、本当に君達は最高だ♥」

 

 雷に囲まれたリングの上、キルアは取り出した特製ヨーヨーに足を乗せ電磁浮遊により浮かび上がる。

 電気を通さない故に天敵となるバンジーガムへの対応策、自身の雷化ではなく電気を戦いのサポートに使うための能力行使。

 

 見下されるヒソカがバンジーガムの反動も含めた自身最速の動きで身を捩り、しかしそれでも躱しきれずにその頬から一筋の血が流れ落ちた。

 

「マジできしょいな、なんで躱せんだよお前」

 

 キルアはただヨーヨーを回転させただけ、ただしそのヨーヨーは電磁加速により超速で回転したうえで内蔵された合金製の針を射出していた。

 

「…クフッ、クフフフフ♥」

 

 覚醒ネフェルピトーすら速さでは届かなかったヒソカに、純粋な速度による攻撃を届かせる偉業をなしたキルア。

 

「いぃ、すごくいぃよぉキルア♥それでこそ、それでこそボクのライバルだ!!」

 

 ヒソカにとってゴンは最愛の人、恋焦がれる自身の空白を埋めてくれた最高の存在である。

 そこにはもはや勝ちたい負けたくないといった思考すら少なくなり、ただただそこに在ることへの感謝と悦びしか感じなくなって久しい。

 

 ヒソカにとってキルアは競争相手、同じ頂を目指し隣で走る唯一同列と認めた存在である。

 まだまだ成長途中で物足りなさを感じる時があるものの、だからこそ間違いなく自分の高みまで来ることを確信させる極上の青い果実。

 

 これからも強くなっていくだけのネテロやビスケでは足りない、これからも爆発的進化をしていくキルアにだからこそ与える最大級の評価。

 

奇術師のイタズラ(ナイトメアディール) ――」

 

 アルカ(ナニカ)によって念の誓約を解消させたことにより、あらためて使えるようになった奇術師の嫌がらせ(パニックカード)の任意ドロー。

 今回ヒソカが選んだのはキルアと相性抜群♡のロイヤルストレートフラッシュではなく、放出系に補正がかかる♢のロイヤルストレートフラッシュ。

 

「“線香花火”、一緒に踊り狂おう♠」

 

 ヒソカの背後に5枚のパニックカードが浮かび上がり、身体のいたるところからオーラが火花のように散る。

 放出されたオーラは完璧以上にコントロールされ、あるものはトランプを媒体に、あるものはパニックカードを媒体に周囲を緩やかに旋回していた。

 

「見下されるのは好きじゃないんだ、やっぱり同じ目線で向き合わないとね♥」

 

 旋回するトランプの一つを足場にし、電磁浮遊するキルアと同じ高さまで舞い上がるヒソカ。

 凡百の能力者では候補にすら上げられない飛行という絶技を発のおまけで成し遂げる異常者達は、発として一生をかける価値の有る空中戦を開始する。

 

 直線的ながら一瞬の加減速によるキレと、高速射出される針を使って攻めるキルア。

 

 速度はキルアに及ばないながら滑らかさと精密さに優れ、大量のトランプで縦横無尽に攻めるヒソカ。

 

 被弾自体はキルアが多いながら一瞬の雷化で誤魔化し、高速すぎ躱しきれない故にヒソカの負傷が増えていく。

 

 キルアのオリガミ・ハコ、そしてリングに致命傷軽減及び流れ弾を防ぐ結界を張る能力者が限界に達する寸前、死神の鎌と雷神の槍が決着をつけるべく振りかざされた。

 

雷天大槍(ヴィジャカムイ)!!」

 

奇術師の病愛(グリムリーパー)♠」

 

 束ねた針にオーラを変化させた雷を纏わせ、一本の槍を“具現化”させ高速で射出するキルア。

 

 パニックカードを連結させ、刃状に変化させたオーラにより形成した禍々しい大鎌を薙ぐヒソカ。

 

 音すら置き去りにされ切り払われ、嘘のような静寂に包まれたリング。

 

 いくつも針が突き刺さり、所々電撃で重度の火傷を負いながらも、急所だけは守りきったヒソカが天を仰ぐ。

 

「最高だった、今度はルール無しでヤルのも良いかもね♥」

 

 未だ空中に佇むヒソカの眼下、大きく体を切り裂かれたキルアがリングに横たわっていた。

 

『〜〜っ! 決着!! 決着です!!! エキシビジョンマッチ、キルアVSヒソカはヒソカ選手の勝利です!! オラァ治療班何やってんの!? 早くキルアきゅんを治療しなさい! 傷でも残ったらぶっ殺しますよ!!』

 

『素晴らしい、“キング”ゴンとの試合すら超える超常の試合を見せてもらった。この場にいる幸運を神に感謝する』

 

 推しの危機で真っ先にフリーズから脱した実況を皮切りに、解説が、そして観客が未だ嘗てないファンタジーな激闘に喉が張り裂けんばかりに絶叫した。

 

 所属する念能力者達が大したレベルではないと判断されハンター協会も目を瞑っていた天空闘技場だったが、念の秘匿を完全無視したこの所業に何人かが頭を抱えることになる。

 

 キルアとヒソカの組手以上死闘寸前の本気の戦い、追い縋る雷小僧は果てしなく遠いあと一寸を掴めずピエロに敗れた。

 

 

 

 

 

「こっちはクソ忙しいのに馬鹿なことしてんじゃねぇよ!? ヒソカの針はさっさと抜いといてくれ、止血はそいつが勝手にする! キルアの輸血と火傷に効く軟膏をありったけ準備してくれ!」

 

『了解ですレオリオ先生!!』

 

 以前よりさらにパワーアップした天空闘技場の治療室、主治医の貫禄を発揮するレオリオは致命傷を免れながらも十二分に重傷なキルアとヒソカを驚異的スピードで治療していく。

 

「本当に治さなくていいの?」

 

「あい?」

 

「バカ共を甘やかすんじゃねぇ、お前達のソレがなんの代償もないとは限らねえんだ。安心しな、ちゃんと完璧に治療するからよ」

 

 不安そうにズボンを掴むアルカとナニカに笑いかけたレオリオは、動きにくそうにはしながらも決して引き剥がすことなく治療を続ける。

 能力により雑菌等の心配がないとはいえ子供がいるという問題だらけの状況だが、レオリオに心酔する他のスタッフ達は口を挟むことなく驚くほど進化したその技術を記憶しようと目を血走らせていた。

 

 

 

 超進化を成し遂げた修羅達の姿を目の当たりにし、各々が多くのことを学び成長への足がかりを手にした天空闘技場。

 念の秘匿に喧嘩を売ったことでハンター協会からテコ入れが入ると思いきや、それ以上の地雷だった暗黒大陸の暴露、そして人類そのものの強化を推進する派閥によりお咎めなしとなった。

 野蛮人の聖地から武闘家の聖地と呼ばれるようになった天空闘技場、聳え立つ塔はその頂を更に高めんと群雄割拠に突入する。

 

 

 

 チームバトルとエキシビジョンマッチにより影響を受けてしまった闘士達抜粋。

 

 フュージョンを会得しさらなる力を得たカストロ。

 

 発の影響が能力だけでなく身体にも作用するようになりデカマッチョにもなれるようになったズシ。

 

 摩擦の強化を極め空気そのものを投げられるようになったゴードン。

 

 使い難い命の音(カウントダウン)を様々な爆弾を具現化するように調整した爆弾魔(ボンバーマン)ゲンスルー。

 

 ゲンスルーとタッグを組んだとき乗り物になったりしてサポートするようになったサブとバラ。

 

 独楽が火や電撃はもちろん氷や風など様々なエレメントを纏い、ローラースケートのように使って高速移動も可能になったリアルベイブレード・ギド。

 

 

 念の秘匿を一切気にしないバカ共の集まりは、人類が念を緩やかに認知していくことに多大な貢献を果たし、無意識下の能力者を結構大量に生み出した。

 

 



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小話4 ヨークシンシティのその後

 

 

「ズバリ!! あんた等死ぬわよ! 知らんけど!!」

 

 ヨークシンシティに本社を置く世界的TV局のスタジオに、新進気鋭占い師ネオンの元気な宣言が響き渡る。

 ノストラードファミリーが多額のギャラで引き受けた若き預言者の占い番組は、毎度高視聴率を叩き出す超人気バラエティとして多くのお茶の間を楽しませていた。

 

「じゃああたしは楽屋に戻るから結果の考察はよろしく!」

 

 念の制約から占い結果を見ることのできないネオンはさっさとスタジオを出ていき、代わりに世界的な詩の専門家であるおばちゃんがやや口悪く結果を解説していく。

 

「はい、こことここ、死にはしないけど結構面倒くさそうね。商業施設系の仕事は控えるほうが無難よ、もしすでに入ってるならそれもネタにするくらいはギリギリ大丈夫そうね」

 

「マジかよ~、仕事キャンセルできないかな兄ちゃん」

 

「相変わらずイモリはビビりだな。どうする兄貴?」

 

「俺等になんかある程度ならいいが周りに被害が出たら困るしな、マネージャーと相談するか」

 

 多くの大物ゲストの中にいたブレイク中のトリオ芸人“モリ三中”は、この占いを馬鹿にせずウケ狙いで使用もせずしっかりと対策することで被害を抑え、お茶の間人気を更に高めることとなった。

 

 ちなみに同じく番組に出演した環境保護活動家のゲレタは、2週間後にまじで死ぬ占い結果となり大量の冷や汗を流しながら解説を必死にメモしていた。

 

 

 

 

 無事撮影も終わりホテルへと帰ってきたネオンは画面越しながらも、最近音沙汰のなかったゴン達との久しぶりの再会を楽しんでいた。

 

「ゴンちゃんなにそれ!? 人形みたいなのにちゃんと人間じゃんすごい!!」

 

『ちょっと無理しちゃってさ、こんなんでも元気だから心配ないよ。ネオンさん達も元気そうでよかった』

 

 映像越しとはいえマスコットキャラと化しながらも人間と分かるゴンに収集欲を掻き立てられるネオンと、無茶をしたというゴンが何をしでかしたのか冷や汗をかくダルツォルネ率いる護衛達。

 途中レオクラ夫妻と子供達も登場し、そこそこ長話をした後にゴンが本題を切り出す。

 

『実は内密な依頼で1人占って欲しい人がいるんだ。暗黒大陸探険隊がどうなるか予測したい』

 

 それはゴンというより、ハンター協会として知っておきたい暗黒大陸へ挑戦するハンター達の安否。

 遠征自体は何度も行われていることだが、何分いまだかつてない規模である以上どんなことになるか予測しきれない所がある。

 

『このビヨンド・ネテロって人を占って欲しいんだ』

 

 だからこそ総責任者であるビヨンド・ネテロを占うことで、今回の大規模遠征の未来をごく一部の人間で共有しようというのだ。

 

「それくらいお安いゴヨーよ! ゴンちゃんとクラピカが会いに来てくれるならお金もいらないよ〜」

 

「ボス、占いの安売りはちょっと」

 

「本当に安売りだと思う?」

 

「……、ゴンさん達相手ならとんでもなく高いですな!」

 

「でっしょ〜!!」

 

 無邪気に喜ぶネオンとは対象的に、部下のセンリツ達が見聞きした会長選挙の様子を知るダルツォルネは汗だくになりながらやけくそ気味に叫ぶ。

 幻影旅団との戦いの後に心源流から教えを受け確かにパワーアップした護衛一同だったが、その中でも特に成長したセンリツとバショウですら見ただけで失神したという怪物“ゴンさん”。

 そんなゴン本人とクラピカを呼び付けられる権利など、そこらの富豪から受け取る報酬をゴミと呼べるレベルでとんでもない価値がある。

 

『う〜ん、オレは多分あと数日したら自由になるし、実家に帰る前に寄らせてもらおうかな。元に戻ってたらごめんね?』

 

「全然いーよー。むしろ実家についていこうかな、とりあえずこのおっさん占うね」

 

 天使の自動書記(ラブリーゴーストライター)の結果を受け取った後もしばらく雑談を続け、ゴン達がネオンを訪ねる日程を決めて通話はお開きとなる。

 早くもテンションを上げるネオンを落ち着かせるメイド達を尻目に、早くも胃が悲鳴をあげだしたダルツォルネは青い顔でスケジュール調整を開始した。

 

 なお選挙でゴンさんを直視したセンリツとバショウの報告により、ダルツォルネを除く護衛達も全員恐怖から白目をむいた。

 

 

 

 

 

 ヨークシンシティの裏通り、クラピカとレオリオが降りた地下への階段を歩く二人の男がいた。

 

「この先が仕事の受付兼、戦闘員達の待機所になってる。所属が違っても争いはご法度、陰獣の方々もよくいるから下手なことはするなよ」

 

「この距離で気配も音も漏れない厳重さ、知らなけりゃ俺でも見逃しちゃうね」

 

 先導するマフィアの下っ端に続く彫が深く帽子を被る男は、大量に欠員の出た陰獣のメンバー候補として最後の顔合わせに現役陰獣と会うためこの場を訪れていた。

 

「ここのスタッフに引き継いだら俺の仕事は終わりだ。次会うときは二人共陰獣だろうからな、その時はしっかり敬語を使わせてもらう」

 

「律儀だねぇ、お前さん本当にマフィアかい?」

 

「俺等にも色々あったのさ。ようこそ、新たなマフィアの世界へ」

 

「っ!?」

 

 階段を降りきり下っ端が薄汚い扉を開けると、驚くほど大きな喧騒と光が溢れ出し二人を包み込む。

 

「キレてるっ! キレてるよっ!! 肩にダンプカー乗せてんのかい!」

 

「ちょっとこの大胸筋見て、どこまで俺を魅了するんだ〜い?」

 

「きてるよぉ〜、ハムストリングに負荷がきてるよぉ〜」

 

「ワンモアセッ! いけるいける絶対できる!! あとちょっとなんだからネバーギブアップ!!」

 

「ちょっとスタッフ〜っ、ドリンクバーのプロテインココア味切れてんだけど〜」

 

 地下とは思えないほど煌々と照らされたフロアには最新のトレーニング器具が所狭しと並べられ、壁一面鏡張りの影響もあってか驚くほど広く感じさせる。

 

 その広いフロアを狭く暑苦しく感じさせるマッチョな漢達がとんでもない熱量でトレーニングに励んでいた。

 

「受付は済んだ。ここからはスタッフが案内する」

 

 目と口を開けてフリーズしていた男が案内役に目をやると、やたらダボダボのランニングシャツとスパッツ姿になってしまっていた。

 スーツ姿からは見えなかったその見事な筋肉に言葉をなくす男に会釈をしたマフィアは、知り合いらしいグループへとナチュラルに混ざると己もトレーニングしながら他人に対しても大きな声で叱咤激励する。

 

「お待たせしました。これから陰獣筆頭の下へ案内させていただきます」

 

「あ、あぁ、頼む」

 

 マフィアの代わりにやってきたジャージ姿のどこにでもいそうな優男に続き、明るさに目を細め喧騒に辟易しながらも目的の陰獣筆頭について質問する。

 

「あの幻影旅団とやり合って生き残った猛者なんだってねぇ、どんな奴か聞いてもいいかい?」

 

「そうですね、僕に強さとかはよくわかりませんのでわかることだけなら言えますが」

 

「聞かせてもらいたいねぇ」

 

「鍛えていても細すぎますね。最近は全身を鍛えてらっしゃいますが、いささか偏りすぎです」

 

「……、ん?」

 

「噛合筋に傾倒しすぎですので、首や顎だけでなくバランスよく鍛えてこそいい身体になれるのですが。ハイッッッ!! ダブルバイセップス!!」

 

 掛け声とポージングをした瞬間、青年の着ていたジャージが内側からの圧力により弾け飛ぶ。

 

「おぉっ、なんと美しい!!」

 

「流石トレーナーだぜ、今日もありえないほどキレてやがる! そこにしびれる、あこがれるぅ!!」

 

 ジャージに収まっていたのがあり得ない筋肉ダルマになり、何故か身長も伸びた青年は白い歯を輝かせながら満面の笑みを浮かべた。

 

「あなたも鍛える際は是非力にならせてください! シルバーマンジムからのアドバイザーとして、全力で努めさせていただきます!!」

 

「………、おねがいします」

 

 どれだけ凝をしてもオーラは垂れ流しな青年に首を傾げつつも、広いフロアの最奥にいた人物に目を見開いた。

 タンクトップにスパッツという薄着は鋼のように絞り込まれた筋肉を全面に押し出し、特に後ろ姿にも関わらず首と顎の筋肉が常軌を逸した隆起を見せている。

 

 それ以前に何故か鎖で首を吊っていた。

 

噛犬(かみいぬ)さん、面談予定の方がいっしゃいましたよ」

 

「ん? お、ふぁんきゅー(お、サンキュー)

 

 気にせず話しかけた青年に応え、病犬(やまいぬ)改め噛犬が鎖を噛み締めながら振り向き口を開いた。

 

「よっと、お前が新しい陰獣か。見た所強さは問題ないな、後はコードネームを十老頭に申請しな。ようこそ陰獣へ、歓迎するぜ」

 

 トレーナー以上に白く輝くギザ歯を噛み鳴らし、威嚇にすら思える笑みで両手を広げる噛犬。

 胴周りと首周りが殆ど変わらないという歪な姿の陰獣筆頭に対し、下剋上も考えていた男は無謀だったその考えをスパッと諦めて苦笑した。

 

「これから世話になるよ。さしあたりなにか任務でもないか? 俺がどれだけできるか見せたいんだがねぇ」

 

「カハハッ、殊勝な心がけだな。だが新入りが一番最初に見るものは決まってんのさ。おいお前ら! 上映会始めっぞ!!」

 

「キターーーッ!」

 

「神を、筋肉の神を見せて下さい!」

 

「キルアきゅんを中心にお願いします!」

 

 一心不乱に鍛えていた漢達が一斉に群がり、温度と湿度を爆上げしながら一つの群となってフロアの更に奥へとなだれ込んでいく。

 肉に流された男も薄暗い部屋に押し込められると、プロジェクターが壁一面にあの世紀の一戦を映し出し始める。

 

「最強ハンター達と陰獣の共同戦線、心して観戦しな!!」

 

 こうして無事に濁った目が子どものような輝く瞳に戻った男も任務そっちのけでジムにこもるようになり、しかし身体能力と実力を大きく向上させ陰獣に恥じない漢として認知されていった。

 

 

 

 

 

 ヨークシンシティから電車一本のそこそこ大きな都市。

 ヨークシンシティで働く者達が多く住む住宅街として発展したこの街は、観光客相手ではなく地元民に寄り添った治安も良い住みやすい街として評判が高い。

 そんな町中の一等地から少し離れた位置にある喫茶店、その上の階に“スクワラと犬達の探偵事務所”と書かれたダックスフントを模した看板が掲げられている。

 約半年ほど前に開業したこの探偵事務所は、数多くの犬を使った失せ物探しから浮気調査といったものはもちろん、アニマルセラピーや休日は喫茶店が犬カフェになるなどすでに街でも大人気スポットとして大繁盛を見せていた。

 

 今日もまた探偵事務所のボス、スクワラのもとに迷える依頼人からの連絡が届く。

 

「嫌だ!! 俺はマフィアから足を洗ったんだ、もう関係ないだろ! いくらダルツォルネさんのお願いとはいえ聞けない!!」

 

『話は最後まで聞け、依頼するのはゴンさん達が行くというくじら島での周辺警護だ。マフィアの仕事じゃない』

 

「あ、マジっすか? すんませんまた復帰の話かと思っちまって。けどゴン達がいるなら俺いらなくないですか?」

 

『ボスがエリザと犬達に会いたいと少し前にこぼしていてな、たまの休暇なら最大限リラックスしてもらいたい。エリザはもちろん犬達の移動費から滞在費まで全てこちらが負担するから期限は不明確でも受けてくれんか?』

 

「それなら受けましょう。残った仕事も片付けておくんで正確な日程が決まったら連絡してください」

 

『頼んだ』

 

 受話器を置いたスクワラは事務所を出てエリザの経営する喫茶店に入ると、ダルツォルネからの長期依頼を受けたと報告し少し長めに店を閉める旨を説明する。

 勝手に依頼を受けたことを軽く謝るスクワラだったが、エリザも久しぶりに会える顔を思い出して穏やかに笑うと気にしないように伝える。

 

 事務所の大ボスエリザの許可も得たスクワラは残っていた失せ物探しの依頼をさっさと片付けると、長期休みの張り紙やネットサイトの書き換えを行いながらふと違和感に気付く。

 

「ダルツォルネさんなんでゴンをさん付けで呼んでたんだ? まあ別にいいか、お前等もギンに会えるのは楽しみだな」

 

『わんわん!!』

 

 そしてスクワラは若干バカンス気分で訪れたくじら島で別人かと思うような修羅達に囲まれ白目をむき、楽しそうなエリザや犬達を癒しになんとか長期依頼をやり遂げる。

 

 そして帰ってきた我が城にて溜まりに溜まった依頼にまた白目をむき、激務に苛つく犬達やあまりかまえないエリザのご機嫌取りに必死になりながら働くこととなった。

 

 今日も“スクワラと犬達の探偵事務所”と“喫茶 犬の家”は、スクワラの苦労を代償に多くのお客の悩みとストレスを解消していく。

 

 



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小話5 ハンター協会トップ達の悲喜交交

 

 

 ハンター協会本部の会議室、新首脳陣が一同に介し舌戦を繰り広げようとしている。

 

 

 ハンター協会会長代理 ジン・フリークス

 

 副会長 パリストン・ヒル

 

 副会長 チードル・ヨークシャー

 

 

 監査委員長 テラデイン・ニュートラル

 

 監査委員武力班 ブシドラ・アンビシャス

 

 監査委員頭脳班 ルーペ・ハイランド

 

 

 新生十二支んリーダー ミザイストム・ナナ

 

 十二支ん サッチョウ・コバヤカワ

 

 十二支ん ピヨン

 

 

 各陣営のトップ達が集まり、まずは進行役のビーンズがゴン含めて行った協会の今後の方針を説明したところだった。

 

「以上が新会長ゴン・フリークスの指示した今後の動きになります。質問や意見がありましたらどうぞ」

 

 ビーンズがメンバーに目をやる隙もなく、監査委員所属のブシドラが勢いよく立ち上がって口を開いた。

 

「神の方針に異議はない!! 我等はその経過に不正がないか注視するのみ!!」

 

「あぁ〜、言われてしまったがその通りだ。我々監査委員は当面の間運営に口は出さない。ゴンさんの考えをどれだけ実現出来るか先ずは拝見させてもらうよ」

 

 監査委員の武闘派筆頭ブシドラはすでにゴンさんを神の如く崇めており、苦笑する委員長テラデインが正式に監査委員としての方針を述べる。

 元々脱アイザック・ネテロを掲げていた“清凜隊”のメンバーなこと、新会長のゴンに大きな期待をしているからこその見という判断だった。

 

「十二支んも特に異論はない。ついでだから報告するが、新たに“申”のサイユウが十二支んを抜けることが正式に決まった。それに伴い新メンバーとしては一ツ星(シングル)のレオリオ及びクラピカから色良い返事をもらっている。残り二人に関しては声掛けを行っているがまだ報告できる段階ではない」

 

 十二支んはそれこそ最も信頼しているチードルが副会長になったこと、気に入らないが能力は認めざるを得ない嫌いな馬鹿二人もいることから特に文句をつけることはなかった。

 それに加えて残ったメンバー全員がゴンを好意的に見ているため、こちらもとりあえずの見を選択した。

 

「いやマジで助かるぜ、そろそろ堪忍袋の緒が切れそうな変態がいたからよ、やっと落ち着いて夜寝れるわ」

 

 そう言ってらしくもなく頭を下げたジンには濃い隈がしっかりと刻まれており、そこまでではなくともパリストンとチードルも大きく息を吐き出した。

 ゴンのこんな感じにしたいという漠然とした方針に、優秀が故に多くの政策を思いついてしまう3人は半ば自業自得なデスマーチを終わらせた達成感に浸り、改めてジンが真面目な顔をしてメンバーを見渡す。

 

「なんか問題があったら頼むから手遅れになる前に教えてくれ。最悪ゴンに処される奴はオレとパリストンの二人に抑えるけどよ、流石に親殺しをさせたいほどオレも腐ってないからな」

 

 その説得力しかない悲壮感あふれるオーラをピヨンですら茶化すことなく、恐怖により団結する首脳達の会議は驚くほどスムーズに進行した。

 

 

 

 

 首脳会議を終えた十二支んの3人は改めて別の部屋を訪れ、すでに集まっていた他のメンバーと合流していた。

 

「 ―― 以上がこれからの方針だそうだ。一言で言えば今までより好き勝手にして良いが、ラインを超えたら処されるといったところか」

 

「なんつーか本当にジンのガキか半信半疑だったけどよ、方向性が違うだけでイカれてんのは変わんねぇのな」

 

 ミザイストムの説明を受けてこぼれたカンザイの言葉に、その場にいた全員が深く頷くと年長者ボトバイが代表して宣言する。

 

「強さは別格とはいえ、やはり考え方は子供の域を出ていない。我々大人がしっかりと支えていこうではないか」

 

「意義な〜し。サイユウ以外抜けなかったってことは全員そういうことでしょ〜?」

 

「あのサルはクズ! 異論は認めない!!」

 

「まぁいいじゃない、正直あいつがいないとかなりストレスが減るわ」

 

 だらけながらもやる気は見せるピヨンと、十二支んを抜けたサイユウに文句をいうクルックと貶すゲル。

 十二支んに残る女性ハンターの3人はすでにゴンを弟のように認識しており、ネテロとはまた違った方向で推していくことを決めていてピエロのブラックリスト入りを果たしていた。

 

「やや血の気の多いところはあるが、それを抑えられるだけの分別は持っている。協会が新しくなる上で最善の会長かもしれんな」

 

「あの強さは魅力的に過ぎるけんど、変われない古い奴を振り落としかねない危うさは心配だどもな」

 

 十二支んでは性格的に穏健派なサッチョウとギンタも、懸念するところはあれどメリットの方が大きいと武闘派の極みたるゴンを普通に認めている。

 

 クセの強さで選ばれたのではないかと影で言われるほど個性的メンバーが揃ってゴンを支持する理由、それは清々しいまでにわかりやすすぎるゴンの生き様にあった。

 何を考えてるのかしてるのか全てが胡散臭いパリストンや、何を考えてるのかしてるのか全てが予測不能なジンでは決して得ることのできない信頼。

 

 わからないことに不安を覚える人類にとって、ただただ本能に訴えかける暴力オンリーのゴンさんは眩しくも惹き付けられて当然の頂だった。

 

「十二支ん入りが内定しているレオリオとクラピカは問題ないとして、ゴンに友好的ながら正せる人員をもう二人集めるのは至難だな」

 

 十二支んのリーダーとなったミザイストムが頭を抱える新メンバーの選定、誰もが唸るその難問に直感で生きるカンザイがあっけらかんと答える。

 

「ビスケさんは心源流の新しい総師範になって忙しいから無理なんだろ? もういっそ強さでヒソカとキルアでよくね?」

 

「バカンザイ! ゴン君の愉快な仲間達勢揃いじゃん!!」

 

「パワーバランス悪くな〜い?」

 

「ありえないわね」

 

「えー? わりとありだと思うけどなぁ」

 

 腑に落ちないカンザイとそれを責める女性陣が騒がしくする中、ミザイストムが盲点とばかりに目を見開いて天啓を得た。

 

「いや、むしろ最適解かもしれん。彼等は強固な絆で繋がれているが、その実ゴンのストッパーになっていることが大半だ。あえて十二支んに入れるのは強さのバランス的にも悪くない」

 

「問題は監査委員の貧弱さだが、そこは政に尽力してもらえばまだなんとかなるか」

 

「レオリオとクラピカはそこそこ仕事をしてもらうとして、キルアとヒソカはゴンの位置情報や活動を報告することを役割にすれば良いな。居場所等が把握できるならむしろ最重要案件でもある」

 

「ええんでないか、ついでにヒソカの足取りも掴めるど」

 

 男性陣が賛成したことで過半数によりキルアとヒソカに十二支ん入りを要請することが決まり、懸念事項が早急に解決したものの女性陣の機嫌はすこぶる悪い。

 自分の考えなしの案が採用されたこともあり嫌嫌ながらカンザイが不満点を聞くと、目一杯顔を顰めて声高らかに告げられた。

 

『クラピカ以外にも可愛い女の子が欲しい! 後変態は嫌!!』

 

 その絶叫に男達も満場一致で深く頷くも、他の代案が浮かぶことはなく虚しく会議は終了した。

 

 

 

 

 

 最高級ホテルのスイートルームで二人のトップハンター、テラデインとモラウが高級酒を片手に談笑していた。

 

「しっかし予想外だったぜ、あんたが監査委員を受け入れるなんてよ」

 

 自身も清凜隊に勧誘されたモラウとしては、テラデインは会長にしか興味がなくゴンの要請を断ると見ていた。

 しかし現実は二つ返事で監査委員長を受け入れ、むしろかなり好意的に見守る体制を取っている。

 

「ふふっ、私も思うところがあったのだよ。何よりブシドラの奴が完全に骨抜きになったからな、あれはあれで下からの評判はいいんだ」

 

 ハンター協会の風紀委員と呼ばれるほど清廉潔白なブシドラは裏表のない性格と武闘派なところから善良ハンター達からの信頼が厚く、そんなブシドラがゴンさんに傾倒したことで清凜隊のトップであるテラデインですら無視できない流れが生まれてしまった。

 ただ当初の予定からかなり変化したが、テラデイン本人も特に悪い気がしないのもまた事実だった。

 

「モラウ、君の変化も大きかったのだよ」

 

「あぁ? そんなにわかりやすく変わった自覚はねえけどな」

 

「本人は気付かないものだろうな。アイザック・ネテロが最も顕著だが、君とノヴ、そしてビスケット・クルーガーはオーラの質が明らかに変わっている。歳を取った私からは眩しくてしょうがないよ」

 

 目を細めるテラデインには、モラウだけでなくゴンと関わったことで心機一転した多くのハンターが映っていた。

 自分はもっと上の立場に立つべきだと薄黒く澱んでいたテラデインのオーラとは真逆の、少なからず停滞していたはずが清流のように流れ輝きを取り戻した溌剌としたオーラ。

 

 その初心とも言えるありのままの姿は、ゴンさんのインパクトと合わさりテラデインの心から卑屈さを吹き飛ばした。

 

「私も変わりたくなったのさ。当面は依頼や仕事そっちのけで筋トレを始めたブシドラに付き合いながらルーペといろいろ調整していく。…モラウ、ハンター協会は変わるぞ。我等が会長にして破壊神が全てをぶっ壊してな」

 

「……壊しすぎたり変なことにならないよう頼むぜ? ちょっと前までのあんただと不安しかなかったが、今のあんたなら信頼できる。暇な時は手伝っても良いと思っちまったよ」

 

「はっはっは! 監査委員は私がゴンさんから直接いただいた役目だ、もったいなくて君に分けたくないな!」

 

「そうかよ、じゃあ泣き言くらいは聞いてやろうかね、良い酒があるのが条件だがな」

 

「それは心からお願いするよ。私よりゴンさんと長く付き合っている君の意見はとても貴重だ」

 

 ハンターとして経験も実績もトップクラスの二人は静かに話しながら酒盛りを続け、筋トレ明けでいつもより暑苦しいブシドラと心なしやつれたルーペも合流すると少し騒がしくも和やかな時が過ぎていった。

 

 

 

 

 

「バカお前嫌に決まってんだろ!?」

 

「あなたがやらないで誰がやるんですか!? あまり我儘ばかりだとビーンズさん経由でゴンに伝わりますよ!」

 

「諦めなさいバカジン、長くても1年あれば諸々落ち着く見込みでしょ」

 

 

「グリードアイランドはオレの作ったゲームなのにちくしょぉ〜」

 

 連日の会議で取り急ぎ必要なことをまとめ終わったハンター協会首脳陣は、代理とはいえトップのジンが早速エスケープしようとしたところを止められていた。

 もともと一つの場所に留まることが大の苦手な気質に加え、自らが仲間と作り上げたグリードアイランドがバージョンアップして盛り上がっていることが大きかった。

 

「ドゥーンもリストもめちゃくちゃ楽しそうに自慢してきやがるし、レイザーにエレナとイータも殴られた映像で爆笑してやがったから文句言いに行きたかったんだがなぁ」

 

「自業自得でしょ、これに懲りたら少しはまともに生きてみなさい」

 

「ま、無理でしょうけどね☆」

 

「他ならぬテメーに言われると本当に腹立つな」

 

 もはや今までのいがみ合いが嘘のように慣れ親しんでしまった3人は、今回の全体会議で決まったハンター協会のこれからを全世界に発信する最終調整を行っていた。

 間もなく暗黒大陸探険隊の第一次募集が締め切られることもあり、大々的な発表をする以上会長代理のジンが矢面に立つ必要がある。

 

「めんどくせぇなぁ、早いとこゴンの奴デカくならねぇかな」

 

「その場合私とジンさんは処される時の危険度が跳ね上がりますね」

 

「……マジで子育て失敗したな、いやできないのがわかってたから任せたんだけどよ、まさか勝手にあそこまで育つなんて思わねぇよ」

 

「それについては同情もしますが結局は自業自得ですよ」

 

「むしろあんた等以外にとってはいい子だからこっちとしては助かるわ」

 

『………はあ〜〜』

 

 うなだれる二人を呆れたように眺めるチードルはピヨンからキルアとヒソカの十二支ん入り案をメールで報告され、そうなった場合のヒソカの面倒臭さに天を仰いだ。

 子供のために大人が率先して頑張る至極普通の光景、しかし所々暴力の影がちらつく不健全な職場。

 

 首脳陣の紅一点にして常識枠のチードルは、さらなる苦労に泣きながら女子会を増やす決心を固めた。

 

 



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小話6 グリードアイランド2とあの夫婦

 

 

 とある海の真ん中に、地図には印されず辿り着くことも極めて困難な島が存在する。

 トップハンターが複数で所有し秘匿するその島は、知る人ぞ知る超有名ゲームが行われているプレイマット。

 グリードアイランド2にバージョンアップしたその島で、今日もゲームクリアを目指すハンター達が鎬を削っていた。

 

 

「あ〜、何度見ても笑えるわね!」

 

「ちゃんと約束守ってくれるなんて、やっぱりゴンくんはいい子ね。この可愛い姿でまた来てくれないかしら」

 

「…映像越しとはいえそう言えるお前等は大したもんだよ」

 

「そうですよ、僕もドゥーンもゴンさんを直視して発狂しかけたんですから」

 

「もうだめだ、おしまいだぁ、勝てるわけない」

 

 島の中に建つGMだけが入れる拠点の一室に、グリードアイランドのシステムを統括するエレナとイータ、武闘派筆頭のレイザー、そしてプロハンターでもあるドゥーンとリストが揃っている。

 ゲームシステムに関する会議も一段落つき、会長選挙のゴンとジンのやり取りを録画で鑑賞し楽しんでいた。

 

「けどレイザー本当によく生きてたよね。システムも一部破壊されちゃったしあの頃から凄かったんでしょ?」

 

「いや、あの頃のゴンなら直接戦闘でもまだ勝負になったかもしれんがゴンさんは無理だ。何度想像してもデコピンで血煙になる結果しか出てこない」

 

「なにそれウケる」

 

「てかよ、仮にだがあのゴンさんをゲーム内に存在させられるか? システムパンクしねぇ?」

 

「残念ですが、ゴンさんをゲーム内に招待するには少々心許ないと言わざるをえませんね。せめて彼のオーラをシステム外に流すプログラムを組まないと」

 

 バージョンアップしたことでいくらか出ていたバグや不具合の調整もあらかた終わり、ゲーム開発当初に比べて洗練されたシステムはより多くの新要素と拡張を行ってもまだまだ容量に余裕がある。

 その使い道をゴン個人への対策にあてるのは身内贔屓もいいところだが、それに異を唱えるものは一人もいなかった。

 

「また会いに来るって約束はしてくれたし、いつかはわからないけどいつでもいいように準備だけはしておかないとね」

 

「そうそう! あたし達が一番忙しいんだからあんた達もちゃんと協力してよね!」

 

「オーラを放出する方向なら俺の管轄だしもちろん協力するさ。戦闘は無理でもスポーツでならまた勝負したいしな」

 

「…お前も直接ゴンさん見たらそんなこと言えなくなるぜきっと」

 

「いいじゃないですか、ゲーム内ならGMの緊急時は即座に治療できますから。笑いのネタが増えるだけですよ」

 

 クリアされたことである意味ジンの手を離れたグリードアイランドは、それでも多くの熱意と愛によってこれからも運営される。

 ゴンを成長させるという役割を終えたグリードアイランドは、全てのプレイヤーのために変化(成長)していく。

 

 

 

 

「 ―― とまあそんな感じで最序盤は金策、足場を固めてからのほうが進めやすいですよ。中盤以降はカードの有効活用に加えて純粋な実力が物を言うようになりますから挽回も利きますしね」

 

「なるほど、有意義な情報だった。流石に前作トロフィー持ちは違うな! またなんかあったら相談させてくれ!」

 

「攻略最前線から2歩手前までのことなら相談にのりますよ」

 

 始まりの街で初心者に少しの金銭や現実の情報を報酬に色々とレクチャーした男、モタリケは今日の稼ぎを確認しながら愛する家族の待つ家へと向かった。

 

「ん〜、やっぱり初心者相手のセミナーもどきは家族との時間は取れても稼ぎが少ないな。スタートダッシュで稼いだ貯金も減ってきたし、やっぱり定職に就こうかな」

 

 ゲーム内で数少ない、というかクリアしたゴンと仲間達(ツェズゲラはギリギリアウト)以外存在しないトロフィー持ちのモタリケ。

 実力の伴わない底辺能力者だったが、血反吐を吐く特訓とある制約を設けることで一定以上の力を手に入れることに成功していた。

 

 グリードアイランド内にいる家族のため、それ以外で念を使用不可にするという制約である。

 

 結果的にツェズゲラが普通に認める実力と、呆れるばかりの熱意により見事グリードアイランド2の最初期メンバーとしてゲームに帰還した。

 そこからは家族との再会を果たし、実力がなかったからこそ培われた前バージョンの知識等を活かしスタートダッシュで攻略情報を多くゲットした。

 実力者のツェズゲラ達がキメラアントによりゲーム開始を遅らせたこともあり、今現在モタリケは最前線組から一歩後ろ辺りにいるアドバイザーとしての地位を確立している。

 

「ゲームクリア自体には興味ないしなぁ。よし、明日からハローワークに通おう」

 

 モタリケの聞いたNPCが進化したというアナウンスのとおり、前バージョンが嘘のようにリアリティを増した妻と子供。

 日に日に愛しさの増す二人に報いるため、地位や名声に一切頓着のないモタリケは誰よりも早く攻略戦線から身を引いた。

 

「そうと決まれば一応前の職が残ってないかの確認もしとこう。ついでにお土産におやつも買っていくか」

 

 そのオーラが徐々にグリードアイランドへと侵食していき、ゲームマスター達が異常に気付いた時には手遅れとなっていた突然変異の後天的天才。

 

「よし! これからも頑張るぞい!!」

 

 愛により発動した無意識下の発、“家族との絆(ネバーランド)”により半人半念の存在へと変化しながら、モタリケは今日も笑顔でグリードアイランドを闊歩する。

 

 

 

 

 

 海の見える丘に建つこぢんまりとした一軒家に続く道。

 一番近い商店までそこそこ歩くことになる海岸線を、一組の夫婦が手を繋ぎゆっくりと進んでいた。

 少し年上に見えるが精悍な顔と貫禄ある雰囲気を纏う夫と、穏やかながら芯を感じさせる野菊のような可愛らしい妻。

 

「今日も海風は穏やかで気持ちいいな。身体は冷えないかオボロ、私の上着を使うか?」

 

「身体を寄せれば温かいですよ。それでも最近は冷えてきましたね、今日はバッテラさんの好きなシチューにしましょうか」

 

「おお、それは楽しみだ」

 

 最近越してきた二人はそれぞれが町議や婦人達から気に入られることに成功しており、すでに近隣の住人から色々相談されるくらいには信頼を勝ち取っている。

 そんな誰もが羨むおしどり夫婦の片翼は、深く繋がるからこそその内心を看破していた。

 

「まだ迷ってるんですか? いい加減素直になればいいのに」

 

「なんのことかな? 私は今が人生で一番満たされているというのに」

 

 オボロからの指摘にバッテラは一切動揺せず応えるが、心の奥底では嘘を言っていないだけだと自覚していた。

 そこまで正しく把握しているオボロはしょうがない人と苦笑し、バッテラの胸の奥に潜む本音を口にする。

 

「ゴンくんに頼られて嬉しかったんでしょ? 力になりたいと思ってるんじゃないの?」

 

 最低限の私財以外を手放し一線から退いたバッテラは、その時間を全てオボロとの時間のためにだけ使っていた。

 側にいるのにもかかわらず触れ合えないという状況が続いた反動は大きく、普通なら重いと感じても何らおかしくはない依存具合といえる。

 

 それでも一向にかまわないとはいえ、もっとカッコいい夫も見たいというのがオボロの偽らざる本心だった。

 

「私も手伝うわ、大きな恩があるゴンくんの手伝いを私もしたいの。プライベートの時間は減っちゃうけど一緒に働けばそれもきっと楽しいわ」

 

 とてつもない資産家でそれにふさわしく気難しいバッテラを射止めたオボロ、彼女は有能なバッテラの目に留まるほど仕事のできる女性でもある。

 実際ゴンからバッテラに届いたスカウト内容にはオボロも含まれており、そこらの会社員がブチ切れするほどホワイトな条件の目白押しだった。

 

「どう? 今ならあなたの好きなタイトスカートに濃い目のストッキングの秘書がついてきますよ?」

 

「………ふん、仕事で色目など使うか。他の者の目もあるんだ、あまり気を抜きすぎるな」

 

「あら、じゃあパンツスーツにしましょうか」

 

「…………いや、派手すぎなければスカートでもいいんじゃないか?」

 

「ふふっ、地味目ですね、あなたのどストライクですけどちゃんと我慢できますか?」

 

「………………できる」

 

 オボロが妖しく笑いながら見上げているのを視界の隅に収めながら、バッテラは平静を装いゴンにスカウトを受けるメールを送信する。

 

「バッテラさんも若くなって魅力が増してるんですから、下手な雌猫には気をつけなきゃ駄目ですよ。もし何かあったらわかってますね?」

 

「もちろん。私はオボロ一筋だとも」

 

 惚れた弱みと失いかけた恐怖から一向に強く出られないバッテラだったが、なかなかどうして心身共に満たされながら今日も輝く日常を謳歌していた。

 

 



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小話7 その後の幻影旅団と流星街

 

 

「あなた達はやりすぎた。何も考えず報復するしか能のない無能に代わり、これからは蜘蛛が流星街を支配する」

 

 どんなものでも、それこそ兵器や人でさえ捨てられる世界のゴミ箱流星街。

 無法地帯ではあるが申し訳程度の法と常軌を逸した結束力を持つ街という名の国は、これまで長老達を中心に議会制度もどきによって運営されてきた。

 

「変わらんよ。流星街が廃棄場である限り、流星街は流星街としてしか存続できん」

 

 その最高権力者と呼べる長老達の一人が、己の発を盗賊の極意(スキルハンター)に再び譲り渡していた。

 

「我々としてはお前達が外で活動しようが中に戻ろうが関係なかったのだ。君臨してくれるというのなら喜んで座を明け渡そう」

 

「そのかわりわかっておるな? 我等の法は絶対、奪う者には報復を」

 

「やりすぎたと言ったが、だからこそお前達が流星街に戻れたのだ。それを忘れるな」

 

 普通じゃない国でトップに立てるのは普通じゃない者だけ、常識や感性が骨の髄から流星街に染まっている長老達は己の破滅に一切頓着しない。

 

「我々は何ものも拒まない、だから我々から何も奪うな」

 

「奪わせない、それだけは厳守しよう。それでは長老諸君、良い余生を」

 

 クロロは目的を達したと建物から出て、流星街特有の淀んだ空気の中待っていたメンバーを見渡す。

 褪せることのない敗北の屈辱とそれを上回る憤怒に縛られた蜘蛛は、いくつもの妥協と打算の末に手に入れた自由を握りしめた。

 

「これより流星街の全てを掌握する。お前達、頼んだぞ」

 

 囚われた蜘蛛が解き放たれた理由、それはゴンが会長になってからちょうど1年が経とうという時だった。

 

 

 

 

 

「はぁ? 流星街をどうにかしたいだ?」

 

「うん。ここ最近特に暴走が目立つからね」

 

 ハンター協会会長と会長代理による定期会議において、ゴンがジンに対していつもの無茶振りをかましていた。

 

「別に流星街をなくしたいとか、健全にしたいってことじゃないんだ。あそこの人達は基本的には外部に無関心でしょ? 悪い言い方だと隔離できないかなって」

 

「あぁ〜、割と有名な話なんだがな、あそこは主要国家も都合よく使ってんだ。持ってると色々とまずい、けど処分するにはもったいないって代物を青空倉庫に仕舞いましょうってな」

 

 本当にただのゴミ箱なら、余程の乞食でもなければわざわざ引っ掻き回すことなどしない。

 誰もが見たがらないゴミを隠れ蓑に貴重な品を紛れ込ませることができ、ついでにそこそこの腕のガードマンまでおまけで付いてくる。

 ゴミの中にお宝が埋まっているというリアル一攫千金のチャンスがある、それが裏世界や国の上層部が知る流星街の真の姿だった。

 

「だから末端のマフィアやチンピラは普通に潜るし、預けたと思ってるモノを回収したりするから問題が起きる。お前が産まれる遥か前から続くその業を、そう簡単に解決できると思うな」

 

 それは世界を見てきた、それこそ流星街すら踏破したジンだからこそ説得力のある言葉。

 流星街のありのままを見て壊すべきではない一つの生態系と判断し、そもそも手を入れられないと諦めた大人の選択。

 

「だからといって動いちゃいけない理由はないじゃん。案くらいは言わせてよ」

 

 そんなもん知ったこっちゃないと、絶賛(ゴンさん)へ邁進中のゴンは駄々をこねる。

 

「先ずはハンター協会は正式に流星街からモノを持ち出すことを禁止する。他所からの依頼は受けないし、違反したハンターは処罰を受けてもらう」

 

 元々ハンター協会は依頼を受けていたわけではないが、禁止すると正式に公表するだけで間違いなく内外に影響は出る。

 キメラアントの一件からハンター協会の影響力が大きくなっていることも考えれば、依頼を出す側である主要国家に対してそこそこの牽制くらいにはなる。

 

「そして流星街のトップ、そこに協力者を捩じ込む」

 

「…その口ぶりだとあてがあんのか、ていうか幻影旅団だな?」

 

「うん。クラピカのかけた制約と誓約を変更して流星街に解放、そのまま統治してもらう」

 

 十二支んの子に就任したクラピカの発である絆の鎖(リンクチェーン)は、その有用性から様々な案件に引っ張りだこでレオリオとは比べ物にならないレベルで稼いでいる。

 ジンも会長代理として何度も頼ったことがあり、その能力に対する信頼も高かった。

 

「幻影旅団が頷くか? あとクラピカも説得できんのか? そこら辺は言い出しっぺのお前の仕事だぞ」

 

 これはジンの嫌がらせでもなんでもなく、単純にどちらも自分には実現出来ないと判断したからこその丸投げである。

 名前を知ってるだけで拳を交えたこともない幻影旅団を説得できるとは思えず、いまだに自分への評価がマイナス値のクラピカを説得など夢のまた夢としかいえない。

 どうなんだと睨みつけたゴンの顔は、満面の笑みでジンのことを見返していた。

 

「クラピカは一番最初に相談して納得してもらったし、色んな人と相談して新しい制約と誓約の案はもう決まってるよ」

 

 ゴンの取り出した紙には、幻影旅団に打ち込む裁定する者の鎖(ルーリングチェーン)の内容が記されていた。

 

 ①ハンター協会が定める流星街の境界線から外に出る事を禁止する。

 ②直接的でも間接的でも外に害を及ぼす行為を禁止するが、要相談の上で正当と判断されれば報復を認める。

 ③外部から流星街への侵入者は発見次第処分を認めるが、侵入に対する報復は要相談。

 ④上記の制約を守る限り念の使用は制限されず、破った場合はすでにかけられている誓約が履行される。

 ⑤定期的にゴンと愉快な仲間達の誰かが流星街を訪問し、雪辱を果たすチャンスを与える。

 

「……これで頷くか?」

 

「殴ってでも頷かせる」

 

「ん〜、まぁこんだけ縛ればぱっと見問題ねえか。次の会議でもんどくわ」

 

「よろしく」

 

 そして会議の結果、現状の流星街から悪化する可能性よりゴンさんに処される可能性の方が高いという理由から可決され、無理やり血判を押印させられた幻影旅団は晴れて限定的自由の身となったのだった。

 

 

 

 

 

 流星街のトップとなったクロロは精力的に働き続け、一つの区切りがついた事を秘書のパクノダからの報告で実感した。

 

「よし、とりあえず各地区は制圧し終わったか」

 

「滞りなくね。むしろ大半が協力的でウボォーなんかは退屈だったらしいわ」

 

 クロロが流星街の統治で真っ先に行ったこと、それは流星街をいくつものブロックに分けて管理者を置くことだった。

 今まで縄張りや顔役といった存在がいなかったわけではないが、それをより明確にしてブロックごとに異なる役割を与えることにしたのだ。

 

「1から3ブロックにゴミをそれぞれ分別して集積、0ブロックで再利用できるように加工する。そしてゴミがよく捨てられるエリアを5から12ブロックに振り分けて各々管理させる。4ブロックはなくていいのよね?」

 

「あぁ、4の数字はできる限り見たくないからな」

 

「同感。それにしても羽根を伸ばすっていうのはこういう事を言うのね、ウボォーじゃないけど思いっきり暴れたい気分だわ」

 

「同感だ」

 

 一流の念能力者から念を取り上げること、それは一般人にとって四肢をもがれたも同然で肉体的にも精神的にも多大なストレスがかかる。

 およそ2年ぶりに限定的とはいえ自由になった幻影旅団は、そのうっぷんを晴らすべく誰もががむしゃらに行動していた。

 

「ここまできたら後は急ぎの案件もない。他の奴等には仕事がなければ自由にしろと伝えてくれ」

 

「了解。全員鍛錬を始めるのかしらね?」

 

「あそこまで露骨に喧嘩を売られたんだ、シズクやコルトピですらキレてるだろうな」

 

 解放されすぐにでも暴れたかった幻影旅団だったが、速やかに流星街を掌握して外への被害をなくさなければそれぞれがルーリングチェーンによる被害を被る。

 その点をクロロがウボォーギン筆頭に頭わるい勢にも懇切丁寧に説明し、そのかいあってペナルティ無しになんとか最初の山場を乗り切ることができた。

 

「パク、シャルにハンター協会へ連絡を入れさせろ。こっちは片付けた、最初のチャンスを貰うとな」

 

「オッケー。みんなにも伝えてくるわ」

 

 パクノダが退室し一人になったクロロは、捕まる前に比べて驚くほど薄っぺらくなってしまった盗賊の極意(スキルハンター)を具現化する。

 希少性の高かった能力も汎用性の高かった能力も等しく失われ、まだ数ページしかない本の最後のページ。

 流星街の蜘蛛の頭として、奪った相手に対してのみ報復として使用可能になる特別ページがある。

 

 そこには脳筋万歳(力こそパワー)が記されていた。

 

(今回は俺が使用する。何とか能力を移す発を手に入れてウボォーさんはもちろん他のメンバーでも試してみたい)

 

 クロロは今はまだ勝てる可能性は低いと考え、リハビリ期間と言えるこのタイミングでゴン達とやり合い無理矢理勘を取り戻すつもりだった。

 

(蜘蛛が弱くなったと思っているなら、その隙をついて喰らいついてやろう)

 

 確かに幻影旅団は念を使えずろくな修行も出来ていなかったが、それでそのまま弱くなったとは決して言えない。

 念とは心技体すべてが揃って真価を発揮する以上、囚われていた間続けた身体トレーニングや殴り合い、そしてその身を焦がし続けたゴン達への復讐心が無駄になることはない。

 

(流星街を統治させたいということは命まで取らないつもりなのだろうが、蜘蛛を、俺達を舐め過ぎだ)

 

 目には目を歯には歯を、奪われたのなら奪い返すのみ。

 

(クルタの生き残り、今度こそこの世からクルタを消滅させてやろう。ゾルディック、暗殺と戦闘は違うことをその身に刻んでやる)

 

 ただ蜘蛛は知らない、自分達を破った筋肉達がどんな事になっているのかを。

 

(もう医療系能力だからと惜しまん、確実に殺す。ウボォーさんに勝ったあいつも絡めに絡めて封殺する)

 

 総力戦を想定しているクロロはその卓越した頭脳で戦況を予測し、ゴン達の伸び幅を考えられる最悪のさらに一歩先に想定する。

 

(そしてヒソカ、奴だけは何としても始末する!)

 

 滾るオーラと身体、そして心を燃やす蜘蛛は今度こそ一心同体となって筋肉に挑む。

 意に反する脚も操られた脚もない万全の布陣、さらには挑戦者として欠片の驕りもない完璧なコンディション。

 

(覚悟しろ、最後に勝つのは俺達。蜘蛛だ!!)

 

 そして指定された日、散歩気分で現れた筋肉とピエロの二人に完膚なきまでにボコボコにされた蜘蛛は心折れかけ、それでも何とか持ち堪えて似合わない鍛錬の日々を開始した。

 

 

 



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小話8 最終決戦前

 

 

 ハンター協会が本部を置くスワルダニシティの郊外。

 小さな町が形成されている広大な面積の中央で、ある三ツ星(トリプル)ハンターの本拠地でもある“聖騎士病院”は今日も多くの患者に対応していた。

 

『経過は問題なし、今回も半年かからずに産まれそうね』

 

「そうか、やはりレオリオ以外からも太鼓判を押してもらうと気が楽になる」

 

 そんな世界的に見ても大規模な病院の側に建つ大きな一軒家、そこにハンター女子連盟幹部にして人気もトップクラスの2人、お腹が大きくより妖艶になったクラピカといつもの女医姿なサンビカがいた。

 

『レオリオさんはまたゴンくん達のお守り? 病院が落ち着いたとはいえ軽々に動いていい立場じゃないと思うけど…』

 

 レオリオが多くの患者達からの融資により築いた聖騎士病院。

 その運営に携わるのは大半がレオリオの弟子となったハンターや医者であり、医療技術はもちろん戦闘力も申し分ない一勢力として認識されている。

 

「それはそうなんだがな、結局のところゴン達の側がこの世で一番安全なのは変わらない事実だ。ここまで落ち着いたのならたまには羽でも伸ばさなくてはな」

 

 世界的に貴重でなおかつ超一流の医療系能力者のレオリオは、有名になるほど表からも裏からも様々なちょっかいをかけられるようになった。

 最初のうちはそれこそゴンやヒソカにキルアといったメンバーが大々的に動いて蹴散らしていたが、レオリオの子供達にまで危険が近づいたと判断したレオリオに恩があるハンターや裏の顔役達が水面下で動くようになり一時期情勢が荒れに荒れた。

 そんな状況を憂いたレオリオは若輩で未熟だと認識しながらも一念発起し、元々大量にいた弟子入り志願者達を全員面倒見ると宣言した。

 結果として指導面で普通に優秀だったレオリオは多くの実力者を誕生させ、彼等はレオリオのパラディナイトという名字から“聖騎士団”を名乗り世界に散ることで医療系能力者の絶対数を激増させた。

 そんな聖騎士団の上位勢が常に複数滞在する聖騎士病院は患者の治癒率も安全性も高く、表裏関係なく重鎮から孤児まで多くの人で賑わう不可侵領域としての地位を獲得している。

 

 何より下手に手を出した場合ハンター協会の暴力装置と2人のツレがもれなく来訪することが判明して以来、どんな悪逆非道な裏の気狂いであっても決して迷惑をかけないよう気を配るようになったが。

 

『そういえば聞きましたよ、幻影旅団の働きで流星街が一部開放されるんですね。条件付きで釈放したのは10年近く前でしたか?』

 

「もうそんなに経つのか。ゴンの頼みとはいえ不安もあったが、それも気にならないくらい普通に過ごせているということが何より幸せだな」

 

 幻影旅団は効率的なゴミの再活用や大国が預けた気になっていた逸品などを利用し、各国が無視できないレベルの普通に大きな経済圏の獲得に成功した。

 劣悪な環境は変わらず多くのモノが捨てられるのは変わらないが、ついに外貨の獲得にすら手を出し始めて“スパイダーズランド”なるテーマパークを開園するまでになってしまった。

 

 度重なる筋肉とピエロによる蹂躙で心身共にボロボロにされ、心の傷を癒やすために造られた側面もあるのは蜘蛛達だけの秘密である。

 

「しかし、今回もゴンとヒソカの我儘だと笑って出発したが絆の鎖(リンクチェーン)が落ち着かない。何も起こらなければ良いのだが」

 

『まあ少なくともレオリオさんは大丈夫じゃないですか? むしろ最近ストッパー役をこなせてしまうキルアくんの方が心配です』

 

「…そうだな、無事を祈って待つのもまた良妻の務め、今は安静にして」

 

「「お母さん!! ゴン兄(キル兄)またあの変態と出かけたの!?」」

 

 部屋に騒々しく突入してきたのは、レオクラ夫妻の長子にして立派に成長中の双子クレアとカリン。

 父母の才能を正しく受け継ぎすぎた才媛の二人は、教わる相手も豊富すぎるという恵まれた環境も相まって強さという点では箱庭有数の実力者に数えられるティーンエイジャーである。

 

 最近はませてきてそれぞれゴンとキルアを狙っており、日々ピエロと熾烈な争いを繰り広げていた。

 

「いつもの組手だ、そこまで目くじら立てることもなかろう」

 

「そんなのわかんないじゃん! あの変態なんだよ!?」

 

「ゴン兄見る目は昔からやばいけど、最近はキル兄見る目もやばい」

 

「「それになにか嫌な予感がする」」

 

 手を繋ぎ目の色を緋色と紅紫色に染めた双子が、まるで予言のように厳かに告げる。

 

「「絶対嫌なことが起こる。早くお父さんに連絡して連れ戻して!!」」

 

 子どもの癇癪とも念能力者の直感とも取れるその剣幕に、クラピカとサンビカもやや不安そうに顔を合わせた。

 

 

 

 

 

 

 

 多くの瓦礫が転がるだけの殺風景な荒野。

 

 十年以上前に行われた箱庭最大の戦闘により、全ての生き物達が逃げ出し今なお戻らぬ死の大地。

 

 その荒野の縁、安全圏と思われる位置に3人の人影がいた。

 

「この位置ならば余波も届くまい。もっとも、あの頃よりゴンが強くなっている以上油断はできんがな」

 

 片腕がなく尾の生えた美丈夫、太陽国家メンフィスの国王にして最強のキメラアント メルエム。

 

「ここからじゃ姿どころかオーラすら見えねえが、それでもいないよりかはマシだろ」

 

 いつものスーツとサングラスに加え、医師免許取得を機に白衣を羽織るようになった精悍さの増したレオリオ。

 

「オレのアンテナは何とか届いてる。決着が付き次第急行するからレオリオは準備だけ頼むぜ」

 

 そしてイルミと変わらぬ身長に細いながら針金の如き筋肉を纏う、父と兄とは異なり短く刈り揃えられた銀髪が眩しいキルア。

 

 今や世界最高の王、医者、そして修羅の一角という箱庭最高戦力が荒野の奥を見据えている。

 

 メルエムもレオリオも知覚できない荒野の中心では、紛うことなき世界最強の2人が最初で最後の、真の殺し合いをすべく対峙していた。

 

「しっかしヒソカの奴どうしたんだ? 急にマジの殺し合いだって言い出すし、せめてクラピカの出産待ってくれても良かったのによ」

 

「余が観たところ焦りというより諦観がほんの僅かに見えたのだが、なにかあったのではないのか? まぁそれ以上に期待と緊張、目が潰れんばかりの喜びに満ちていたが」

 

 主治医と患者の関係でもあるレオリオとメルエムが疑問に思う事の顛末は、ゴンとヒソカの一番近くにいたキルアにはなんとなく推し量ることが出来ていた。

 

「ヒソカがな、到達しちまったんだ。あいつの限界点、これ以上がない最強のヒソカにな」

 

 本来人の一生とは、何かを極めるには圧倒的に短すぎる。

 

 芸術に終わりがないのはもちろんとして、武術に関しては全盛期イコール身体能力と技術のトータルバランスで決まるのが一般常識。

 

 ヒソカ・モロウはその常識を覆し、半世紀すら必要とせずに身体、技術、そしてモチベーションを己の限界まで突き詰めることに成功した。

 

「オレは最近ゴンよりもヒソカの方が理解できねぇよ。ゴンからの要請であいつが書いた“念大全”ですら数世紀先のオーバーテクノロジーだってのに、多分あいつの頭の中にはそれ以上のもんがある。念の深淵、それすら見えてるのかもな」

 

「ふむ、ハンター協会から発行された念大全か。あれは余はもちろん、コムギですら解析不能箇所が多すぎる。あれだけの叡智を保有しながら人の形や性質を維持しているとは、改めてキメラアントに闘争による独立はなかったと確信できる」

 

 今や念に覚醒した者にとってのバイブルとなった念大全。

 ハンター協会から正式に発行された“起承転結無”の5冊にわたるヒソカ作の指南書は、これまでの知識では考えられないほど洗練され情報量も多いまさにオーバーテクノロジーの塊と言ってよかった。

 初心者が読むべき基礎が詰まりに詰まった起の書は誰でも理解できるが、4冊目となる結の書は理解はまだしも実践できる者は10人にも満たない難易度となる。

 

 そして5冊目の無の書にいたっては、ヒソカ以外は理解すら困難を極める読む者に何ももたらさない正しく無の書と言う他ない奇書の類だった。

 

「それよりなんで今なんだ? ゴンはゆっくりでもまだまだ強くなるんだろうしヒソカも強さの維持はできんだろ? 最高のゴンと戦うのがヒソカの目的だと思ってたんだが」

 

「あんなド変態ピエロの考えなんて知らねえけど、特に小難しいことなんてねえだろ。ただただシンプルに、ゴンに勝ちたいんだろ」

 

「あぁ〜、それならまぁ納得だな」

 

 普段の修行で勝とうが負けようが関係なくツヤツヤしているヒソカに麻痺していたが、本来ヒソカは死力を尽くして相手を壊すことにこそ快楽を感じる変態性癖持ちである。

 自分の限界に到達したなら相手を待たずに勝ちを拾いに行くのは、それはそれで破壊衝動持ちとして何らおかしくない選択と言えた。

 

「っしゃ! ならしっかり集中して待ちますかね。どう転んでも悲惨なことになるだろうからな」

 

「一応ノヴから鍵ももらってる。いざとなりゃお前ん家の手術室に繋がるぜ」

 

「ならクラピカの補助も受けれるな。今日は確かサンビカさんも居た気がするし心強いぜ」

 

「あの辺の女子ハンター仲いいよな。それにしても次のガキで何人だっけ?」

 

「診断だと9男と13、14女の三つ子だな。クラピカの奴自重を知らねぇ」

 

「……頭がおかしくなりそうだ」

 

 集中は切らさないながら呑気に会話するキルアとレオリオを横目に、決戦場を貸し出すことを対価に同伴したメルエムは見えないヒソカに思いを馳せる。

 

(あの色は見たことがある、忘れもしないあの決戦だ)

 

 キメラアントの未来のために行われたハンター協会との決戦、それに臨む己を含めた全キメラアントが纏っていた決死の色。

 

(しかもあの時の我々以上に仄暗い決意。あの男、ここを死に場所と定めたか)

 

 何度も死愛、何度も殺し愛、その度にしぶとく生き残って強くなってきた修羅達。

 

 それ故に近くで見続けていたキルアとレオリオが気付けなかったヒソカの決意、そしてどの道止められなかったであろう箱庭最強を決める戦い。

 

(願わくば、悔いなき最高の一局にならんことを)

 

 人類を超越した筋肉と人類の到達点に至ったピエロ、強いのはどちらか最後の強さ比べが幕を開ける。

 

 



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小話9 最終決戦

 

 

 荒れ果てた荒野で向き合う2人、ゴン・フリークスとヒソカ・モロウの顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。

 

 貯筋解約(筋肉こそパワー)で抑えられながらも原作ゴンさんと大して変わらない体格に、本気の証でもあるタンクトップと短パンをピチピチに着こなすゴン。

 

 ハンター試験で出会った時と変わらぬ服装と見た目には一切変化がない、しかし内包する強さは別次元に飛躍したヒソカ。

 

「その格好久しぶりだね、なんか昔に戻った気分になる」

 

「ふふっ、ゴンも相変わらず煽情的じゃないか♥その服装、ちゃんとわかってくれたんだね♠」

 

 お互いに本気の本気、いつからか組手では着なくなった一張羅。

 幾万の戦いに明け暮れた2人は死闘前にもかかわらず凪のようなオーラで佇んでいたが、ゴンの微笑みの中についに悲しみの色が混じった。

 

「ずっと、ずっと続くと思ってた。キルアとヒソカがいて、レオリオとクラピカが見守ってくれて、ネテロ爺やビスケに構われて、いつまでも切磋琢磨できるって」

 

「……そうだね、その未来を夢見たのはゴンだけじゃないよ♣ボクも実は三日三晩悩んだからね♠」

 

 ヒソカは自分が限界に到達した時、相反する二つの想いが胸中に発生した。

 

 すぐさまゴンを殺し(愛し)に行こうとするヒソカと、ゴンの成長を見守ろう(手伝おう)とするヒソカが同時に産まれた。

 

 ゴンと出会ったばかりの頃のヒソカなら悩むことなく殺し(壊し)に行っただろうが、それをノータイムで実行に移すにはゴン達同様にヒソカも絆されすぎていた。

 

 結果としてヒソカは言葉通り三日三晩悩み続け、それでも己の原点と本心を正しく理解し決意を固めた。

 

「ゴンと、君と本気の本気で限界を超えてヤリ合う、そして壊す♠そうやって最高と最悪を味わうために、ボクはここまで来たんだ♥」

 

 それが遠い昔に思える天空闘技場で発露した、ヒソカの人生を決定付けたゴンへの想い(初恋)

 穏やかに、それでも隠せないド級の狂気を滲ませ出したヒソカを見つめたゴンは、やはり止められないのだと、来ないで欲しいと願いながら同時に待ち続けたこの戦いに臨むべく力を解放する。

 

「オレが目指した最強のゴンさん!!」

 

 大気が炸裂し土煙が舞い、それを吹き飛ばして暴力そのものが顕現する。

 メルエム戦を上回る筋肉の圧縮率により髪状筋肉がレオリオ達にも視認できる程天高く伸び、至近距離で見ればジンですら腰を抜かす人類を超越した筋肉(バグ)

 

「あぁ、本当に、本当に綺麗だ。こんな至高の君を、ボクが、ボクだけが穢すんだ」

 

 ヒソカのオーラが死者の念すら可愛く見えるレベルで黒く染まり、ゴンさんを全力で()すべく準備を(死に)始める。

 

 

 ヒソカは胸に手刀を抉り込むと、己の脈打つ心臓を引き抜いた。

 

 

奇術師の嫌がらせ(パニックカード)、“オールジョーカー(エラーパック)”」

 

 まだ脈打っている心臓を媒体にパニックカードを具現化させ、全てのカードがジョーカーという馬鹿げたデッキを完成させる。

 

「♡のロイヤルストレートフラッシュ、“愛の揺り籠”」

 

 伸縮自在の愛(バンジーガム)を限界まで強化したオーラが心臓を形作り、空洞となった胸に収まると身体まで侵食していき身体能力を跳ね上げる。

 

「♢のロイヤルストレートフラッシュ、“線香花火”」

 

 オーラが弾けトランプに宿り周囲を旋回し、それを足場に空中へと浮かび上がる。

 

「♤のロイヤルストレートフラッシュ、“斬々舞”モード奇術師の病愛(グリムリーパー)

 

 斬撃効果のあるオーラが更に研ぎすまされ形を作り、もはや具現化されてると言ってもいい触れるもの全てを切り裂く刃が形成される。

 

「♧のロイヤルストレートフラッシュ、“透明人間”をグリムリーパーに付与」

 

 空気も何もかも切り裂き続け耳鳴りの様な音を奏でていたグリムリーパーが、オーラはもちろんその姿を消し去り一切知覚できなくる。

 

「おまたせゴン♥君のためだけに誂えたボクの死装束、似合ってる?」

 

 胸元や口元まで自身の血で染め、バンジーガムによる心臓がオーラを全身に送り込む鼓動が周囲に響く。

 

 人類の到達点に至ったヒソカによる一回限りの上限突破、逃れられぬ死を条件にしたゴンさん同様人類を超越したありったけ。

 

「もうこれで終わる。さぁ、最後の死愛だよ☠」

 

「全部受け止める。そして最後に勝つのはオレだ!!」

 

 初撃はヒソカ、オーラを纏うトランプ群が一斉に閃きゴンさんに狙いを定める。

 

 飛び退いたゴンさんの居た位置が切り裂かれ、数kmに及ぶ恐ろしいほど滑らかな亀裂が発生した。

 

「やっぱりグリムリーパーは放出して操作してるんだね!」

 

「教えといてなんだけど、その強化された直感は本当に厄介だよ♠」

 

 ヒソカのトランプを囮にした不可視のグリムリーパーによる遠距離斬撃を、脳筋万歳(力こそパワー)により強化された直感で回避するゴンさん。

 ヒソカ監修による強化項目の解釈拡大により未来視に近い直感を得たゴンさんは、数多のトランプもグリムリーパーも全て紙一重で躱していく。

 

 ヒソカはメルエムすら対応出来なかった速度域での真っ向勝負を成立させていた。

 

「期待してたけど正直無理だと思ってた、ようこそヒソカ! スピードの果ての世界へ!!」

 

「こうでもしないとゴンに触れられないからね♦」

 

 ゴンさんの馬鹿げた身体能力によってもたらされる時間を止めたかのような高速移動は、もはや雷皇(オレミカヅチ)を発動したキルアしか追い付けないとされていた。

 極限まで強化されたバンジーガムによる身体がヒソカの思考速度に追い付き、ゴンとキルアに次いで百式観音を置き去りにする高速戦闘を可能とした。

 

「バン☆」

 

「くっ!?」

 

 ゴンさんの身体能力も直感もすり抜けて命中したパニックカードが斬撃効果を撒き散らしながら炸裂し、その金剛体に一目でわかるほどの確かな損傷を与えた。

 

「今のパニックカード、何枚か使ったね?」

 

「もちろん♪これで終わったら興ざめだったけど、その程度にしかならないのはそれはそれでまいっちゃう♣」

 

 呑気に会話しながらヤリ続ける2人、しかし今のヒソカの一撃は、ゴンさん以外に当たったらどんな手段を使っても粉微塵になること確定な即死技。

 ゴンさんも耐えこそしたが筋肉を圧縮している都合上、損傷から破裂しないようにかなりのオーラを消費していた。

 

「楽しいね、楽しいねゴン♥君も同じ気持ちなら、これほど嬉しい(哀しい)ことはない♥」

 

「楽しいに決まってる。それにやっぱり、オレが心の底から勝ちたいと思うのは、お前だけだヒソカ!!」

 

「あはっ♥」

 

 箱庭どころか惑星の中でも最強格の2人は加速を続け、濃密ながら刹那の死愛が熾烈さを増す。

 

 

 

 

 

 

「やっべぇ!? 今すぐ行くぞレオリオ! 間に合わなくなる!!」

 

「早くねぇ!? まだ髪が見えただけじゃ」

 

 キルア達がゴンさんの髪状筋肉を視認したのとほぼ同時に、キルアは神速(カンムル)を発動させてレオリオをお姫様抱っこする。

 守る対象が増えるのを嫌いアルカとナニカを留守番させたことを後悔しながら、それでも最善を尽くすべくオーラを練り上げた。

 

「直ぐにお前でもわかる! マジでこのままじゃどっちも死ぬぞ!!」

 

「余も行こう、露払いは任せよ」

 

 レオリオは治療に影響しないギリギリの全力で身構え、キルアはレオリオに負担をかけないように注力しながらも耐えられるギリギリの速度で駆け出す。

 メルエムも駆け出して余裕のないキルアの前に出ると、己の知覚領域を前方に集中し備える。

 

 凄まじい速さで走り出した3人に、想像を絶するオーラの波動と大小様々な瓦礫が殺到した。

 

「はぁ!??」

 

「カァッ!!」

 

 移動に全力を注ぎほとんど無防備なキルアと抱えられたレオリオを守るため、メルエムはその太陽のごときオーラと王盾(キングシールド)を全開にした。

 一流どころかネテロですら減速が必要な絨毯爆撃を突っ切りながら、唯一ゴンさんとヒソカの戦闘を知覚するキルアは血が出るほど唇を噛み締める。

 

(くそっ、やっぱり遠い、強さも、知識も、何より覚悟が!)

 

 余りの高速戦闘に移動しながらでは内容を殆ど理解できないが、それでも追い付いたと思っていた2人がまた手の届かない所に逝ってしまったのだけは思い知らされていた。

 

(ふざけんな、ふざけんじゃねぇぞ! 絶対に追い付く、今のままで終わらせてたまるかよ!!」

 

 雷神の叫び、世界に轟くその想いが届くことはなく、最強と最凶は脇目もふらずに進み続ける。

 

 

 

 

 

 

 ゴンさんとヒソカの死闘はとどまることを知らず、死線を悠々と超えるデッドゾーンのヤリ合いは互いを何歩も先へと押し上げ合う。

 

 ヒソカはゴンさんの拳や脚に引っかかって四肢が引き千切れ、その四肢を心臓(バンジーガム)で補填してはカウンターでパニックカードを命中させる。

 

 ゴンさんは被弾が増えながらも自身すら抵抗なく切り払われるだろうグリムリーパーだけは確実に回避し、何とかジャジャン拳のタメが作れないか機をうかがう。

 

 戦闘時間で言えばまだ1ラウンドのゴングすらなっていないが、ゴンさんは素のオーラ量、ヒソカは死の誓約で溢れるオーラにより念能力者10人以上のオーラを既に消費していた。

 

 空中を踊るように舞うヒソカと空気や舞い上がる瓦礫を蹴って三次元に駆け回るゴンさんは、極限の集中によりお互いしか見えておらず周囲への気配りなど端から考えてすらいない。

 

 正しく天災と形容されて当然の、箱庭どころか星そのものにダメージを与えかねない2人。

 

 止めるべきか、そもそも止めることが可能かを考え出した新世界の門番“案内人”を他所に、ゴンさんの直感が、ヒソカの直感が、勝つための最適解を同時に導き出した。

 

「「最初は、グー!!」」

 

 ゴンさんは長い髪状筋肉を筋肉対話(マッスルコントロール)で操作し、熱で自壊するまでの一瞬に限り使える髪分身(ドッペルゲンガー)を作り出して構えた。

 

 ヒソカはグリムリーパーで切り刻めるのは片方一人、そして貯筋振替(身体は筋肉で出来ている)で100%筋肉のゴンさんは繋がっている以上どちらも本体と刹那で見切り構える。

 

「「ジャン!」」

 

(ジャジャン拳は使われちゃったけど、当たらなければどうということはないよ♠)

 

 硬が一箇所にオーラを集中させる技術な以上、ヒソカはどちらかのゴンさんが拳にオーラを纏うのを待ってカウンターを入れるつもりだった。

 

「ケン!!」

 

 拳に闇を纏ったゴンさんを置き去りに、もう一人のゴンさんが突っ込んできた。

 

 ブラフ、ヤケクソ、新能力、様々な疑念がヒソカをよぎるも、世界最高の戦闘巧者は迷わない。

 

(硬じゃない一撃なら何とか耐えられる、真に警戒すべきは硬を圧縮したあの拳のみ♠)

 

 迫るただのゴンさんでも大ダメージは免れないが、それ以上に全てが決する一撃こそを警戒するヒソカ。

 

「グっ…」

 

 熱崩壊するゴンさんには一瞥もくれず、ヒソカは闇を纏った拳を構えるゴンさんに突撃した。

 

 

「グーー!!」

 

 

「バイバイ、ゴン!!」

 

 

 ゴンさんの闇の拳とヒソカのグリムリーパーがぶつかり合い、星を砕こうとしていた戦闘が嘘のような静寂が訪れた。

 

 

「嘘だろ!?」

 

「間に合わなかったか」

 

 最後の一合の直後に辿り着いたキルア達が見たのは、身体の半分以上が吹き飛びながらも立ち続けるヒソカと、拳を振り抜いた体勢で立ち続ける頭の無いゴンさんだった。

 

「くそっ、レオリオ! ヒソカのバカは間に合うか!?」

 

「くくっ、無理だよ♦レオリオならわかるだろ?」

 

「……ヒソカの身体は、残ってる部分もほぼ全てがオーラの塊、多分バンジーガムだ。ヒソカは死にそうなんじゃねぇ、もう死んでる死者の念だ」

 

「正解♠」

 

 悲惨な見た目のヒソカはゴンさんの身体を撫で、苦痛など一切感じていないような穏やかな笑みを浮かべていた。

 

「ゴンは本当に頑固だよ、当てやすいとはいえ顔じゃなくて胸を狙うんだから♣まぁ、それでも殆ど引き分けに持っていけるんだから凄いんだけど♥」

 

 ゴンさんの身体が崩壊を始めて徐々に崩れ出し、キルアとレオリオが唖然として信じられない現実に向き合う寸前。

 

「ボクの勝ちだよゴン、これからも頑張ってね♥」

 

「ぶはぁっ!?」

 

『はぁ!?』

 

 ゴンさんの崩壊した身体の中から、デフォルメ化したマスコットゴンが飛び出した。

 

「くっそ、負けた! ヒソカ!! 勝ち逃げする気か!?」

 

 キルア達が目を丸くするのを無視してヒソカに詰め寄るゴンは、非難するような声とは裏腹に今にも泣き出しそうな表情を浮かべていた。

 

「くふふっ、その通り、ボクは君と真っ向から戦って勝った♥君はこれから先どれだけ強くなろうとその事実から逃げられないのさ♠」

 

 それこそヒソカが最後の戦いを決めた一番の理由、ゴンを()してしまっても、ゴンが生き残ったとしても構わないと考えた故の殺し愛。

 

「あぁ、最高の気分だよ。最高の君を壊せた、これからも最高な君にボクを刻めた。ボクは、ボクはこの瞬間このために存在したんだ」

 

「勝手に満足するな! ヒソカは今死者の念なんだろ!? だったらこれからもずっと一緒に、」

 

「それは無理♣誓約でこの一戦限りって縛ってたからね♠」

 

 ヒソカの身体が空気に溶けるように薄くなっていき、涙ぐみ出したゴンの頭を器用に撫でながらキルアに視線を向けた。

 

「キルアがいるから刻むだけ刻んで逝ける♦ゴンを独りにしないでよ?」

 

「…言われるまでもねぇよ。てめぇより強くなって見返してやる」

 

「あはっ、それは楽しみだ♥」

 

 ヒソカはレオリオにウインクだけすると、ゴンの頭から手を離しその小さな手を握った。

 

「念大全には書かなかったこと、死者の念になってわかったこと、そしてボクを置いていくよ♠」

 

 ヒソカの姿が掻き消える寸前、ゴンの手に死者の念とは思えないほど洗練されたオーラの本が具現化された。

 

「念の真理と言っていいかな? ゴンならきっと力にできる」

 

 涙を流すゴンの頭を軽く叩いたヒソカは天を仰ぎ、幸せいっぱい最高の笑顔を浮かべる。

 

「あぁ、本当に、本当に楽しい人生だった♥」

 

 土煙が晴れて差し込んだ光の中、誰よりも狂い誰よりも強かった変態ピエロ、ヒソカ・モロウは一片の悔いなく消滅した。

 

 



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小話10 エンドロールとそして

 

 

 ゴン・フリークス

 

 本人以外が認めた紛うことなき世界最強。

 

 ハンター協会会長職を正式にジンに引き継ぎ、協会の暴力装置として荒事等に呼ばれる以外は鍛錬を続けた修羅。

 成長してからは箱庭が狭くなってきたため暗黒大陸に行き、案内人から出禁を宣告されかけるなど元気一杯に筋トレを続けた。

 代名詞となった脳筋万歳(力こそパワー)に憧れて劣化能力者が大量に誕生するも、強化率100%を超えられる者はごくごく僅かで200%超えとなると一人も現れなかった。

 あまりの強さに恐れられることの方が多かったが、隣には大親友が、周りには最高の仲間達がいたため闇堕ちすることなく生涯を全うしたと思われる。

 

 その最期を確認したものはいない。

 

 

 

 

 

 キルア・ゾルディック

 

 ゴンの大親友にして唯一隣に立つ者。

 

 ゴンが会長を辞めるまで十二支んに所属し、その後も一緒に鍛錬を続けた修羅。

 全身雷化という人類を超越した一人として、変化系能力者からはゴンさん以上に神格化される。

 こちらも属性違い含めて模倣能力者が大量発生するも、身体の一部を変化させるのが限界で全身変化は頭がおかしいと再認識された。

 晩年ヒソカと同じく自身の限界に到達成功した世界のバグは、ゴンに刻むのではなく共に有ることを選択する。

 

 ゴンさんのオーラを媒体に隣に立つ者(スタンド)として人の身体を捨て、オーラ生命体となって最後の最後までゴンさんと並び立った。

 

 

 

 

 

 レオリオ・パラディナイト

 

 教科書にも載った医療の現人神。

 

 子供72人のビッグパパにして、外科治療において右に出る者はいないと言われた名医。

 長く十二支んに所属し続け特に人材育成の分野で大きく貢献し、一時期は会長になることを切望されるも医療に携わり続けるために断固受け入れなかった。

 長男に救えなかった親友から名前を貰い、偉大な父親の背を見せ続けた結果レオリオを超える内科の医療系能力者として大成する。

 晩年は末っ子が成人したのを機に十二支んを脱退して諸々の立場を長男に譲り、クラピカと遅いハネムーンと称してゴン達と旅をしたり恵まれない患者を辻治療して過ごす。

 

 お父さんにしたいハンター夫にしたいハンター部門で殿堂入りを果たすほどモテ散らかしたが、チンピラみたいな見た目に似合わず生涯クラピカ一筋を貫いたハンター界の聖人。

 

 

 

 

 

 クラピカ・クルタ・パラディナイト

 

 出産人数ギネス記録を更新したクルタの女帝。

 

 1年に2回の出産と平均三つ子という恐るべき速度でクルタ族の血を増やし続けた人妻好きハンター達の永遠の女神。

 子供の人数や教育方針は割と肝っ玉母ちゃんなのに、黙っていれば色香漂う年齢不詳美女であり公私共にレオリオを支え続けた良妻賢母。

 ゴン達の協力により同胞の目の供養を完遂すると、紅紫の眼から戻らないほど常に幸せの絶頂の中にいた。

 これ以上の妊娠は無理と診断されて産まれた末っ子の男の子にパイロと名付け、ゴンさんや聖騎士団の保護の下立派に子供全員を育てきる。

 

 子供と孫や曾孫に玄孫に囲まれながら息を引き取り、死後も紅紫の眼を宿し続けたが本人及び子供達の希望により保存せずにそのまま供養された。

 

 

 

 

 

 ギン

 

 本編で最も早く死亡フラグを圧し折った念能力獣。

 

 全クルタ族のベビーシッターにして友であり親であり兄弟も勤め上げた番キツネグマ。

 小さなマスコットとしての愛らしさと大きな包容力のある可愛さを併せ持ち、かわ美ハンターから可愛さ殿堂入りを言い渡されるほど子供はもちろん女性ハンターからも絶大な人気を誇った。

 聖騎士病院ではアニマルセラピー部門最終兵器の異名を持つほど人と寄り添ったが、定期的に森に消えたりくじら島に帰省するなど最後まで野生を捨てきらずに過ごす。

 キツネグマにしては長生きだが決して自然の摂理に反しない年齢で老衰を迎え、全クルタ族が緋の眼となりオーラの暴走から無理矢理死獣の念にされかけるも叩いて諭して無事天に召された。

 

 念能力に目覚めた理由は最後まで判明せず、多くある念七不思議の一つとして後世まで語られた念界隈一有名なキツネグマ。

 

 

 

 

 

 アイザック・ネテロ

 

 観音を捨て修羅に戻り若返り武に邁進した爺。

 

 鍛錬を続け日に日に強くなっていった化け物爺だが、ゴンさんとヒソカはもちろんついにキルアにも負け越したことで一時期荒れる。

 心機一転息子のビヨンドと共に暗黒大陸へと渡り、鬱憤を晴らすように開拓スピードを爆上げさせながら暴れまわった。

 暗黒大陸から戻り組手ながらゴンとヒソカとキルアに土をつけると、勝ち逃げを宣言して暗黒大陸開拓に本腰を入れるハンターとなった。

 

 その最後は誰も確認できておらず、ビヨンドと共に暗黒大陸の奥地に消えたことのみ記録に残る。

 

 

 

 

 

 ビスケット・クルーガー

 

 ハンター協会の母ちゃんにして心源流そのものとなった女傑。

 

 ネテロから心源流総師範の座を引き継いだ後、念の秘匿が緩くなり増える犯罪を防ぐべく支部を更に増やして対応した。

 それだけでなく子供形態でロリ好きを、真の姿で筋肉フェチを、強化した姿で普通の人を虜にしたことで入門者を激増させる。

 ネテロ以上に心源流を修め発展させたことで人類の平均レベルは間違いなく上昇し、万人の為の武術を育んだその功績は修羅達にはない偉業として末永く語られた。

 

 いつの間にか一人息子を出産しており、その子は才能に溢れなおかつ特徴的な耳たぶをしていた。

 

 

 

 

 

 ジン・フリークス

 

 最終的に歴代最高の会長として歴史に名を刻んだ問題児。

 

 ゴンさんの強制により会長代理をしている間、仕事を減らすため様々な画期的政策を打ち出し実行させた名政治家。

 数年の激務を終えた段階で割と自由の身となり、グリードアイランドに散歩に行くなど放浪癖が再発しかける。

 それが面白くないパリストンやチードルからの要望によりゴンが会長選挙を開催し、真っ当に票が集まってハンター協会会長に正式に就任してしまった。

 面倒くさがるも我慢できるレベルまで改革を行っていたこともあり、日々暴力の増す怖い息子を上手く使いながらハンター協会を纏め上げた。

 

 定期的に絶対するわけがないポカをやらかしてゴンさんに折檻されるが、その度にしぶとく生き残る永遠不滅の馬鹿野郎。

 

 

 

 

 

 パリストン・ヒル

 

 誰よりもゴンさんの暴力に怯えながらも五体満足で生き残った腹黒。

 

 レオリオへの襲撃が多かった時期はろくに睡眠も取れず、十円ハゲを量産しながら不穏分子の特定に追われた被害者。

 一度襲撃犯特定が間に合わずゴンさんに殴られそうになるも、間にジンが入って一緒に殴られることで何とか致命傷を逃れる。

 ジンのことはずっと嫌いだったしネテロもかまってくれないしでストレスが溜まるも、落ち着いてゴンと交流してみれば割と仲良くなることに成功する。

 共にジンを嵌める計画をねったりとそこそこ楽しみを得るも、変態ピエロという新たな火種に悩まされ十円ハゲが再発した。

 

 色々周りに迷惑をかけまくったが、最終的に貢献度の方が高いという評価すら面倒臭い迷参謀。

 

 

 

 

 

 チードル・ヨークシャー

 

 馬鹿二人に振り回され続けた憐れな常識人。

 

 それでも馬鹿二人が優秀なため、最終的には馬鹿を咎める以外の仕事がなくなり逆に困惑した。

 医療関係者ということもあり交流の多さから割とレオリオに好意を持ったが、それとなくクラピカに一夫多妻制について意見を求めた際死の恐怖を味わう。

 しかし女性プロハンターは上にいくほど仲が良く、集まれる者だけで行う女子会は毎週レベルで開催されていた。

 

 馬鹿二人のお守りで婚期を逃すも、案外普通に結婚して普通に幸せになった。

 

 

 

 

 

 アルカとナニカ

 

 箱庭と暗黒大陸を繋いだ架け橋にしてみんなの妹。

 

 最初はキルアにべったりだったが、クラピカの子供が増えるにつれてお姉ちゃんとして自立していく。

 常にツボネといっしょに行動し、大和撫子七変化(ライダーズハイ)を完璧以上に乗りこなして世界各地を飛び回った。

 心身共に成長して完全に分離することすら可能になったが、最後の最後まで二人で一人のままであることを選択する。

 

 ゴンとキルアについていって暗黒大陸へと渡り、ナニカの里帰りを果たすとヌシとして君臨した。

 

 

 

 

 

 モラウとノヴ

 

 ゴンさんと関わり進化しながらも人間で有り続けた大人。

 

 モラウは広すぎる応用力、ノヴは唯一無二の特異性で誰もが知るトップハンターとして尊敬される。

 弟子の数はそこまで多くないがしっかりと大成させ、十二支んや清凛隊以外の一般ハンター代表のように認識されていた。

 性格も酒の好みも違いすぎる二人だがその友情に変化はなく、ゴンさんの被害者達から最も相談を受けることになった苦労人コンビ。

 

 晩年はネテロの要請で暗黒大陸開拓に手を貸し、開拓スピードを爆上げさせる要因にもなった。

 

 

 

 

 

 ナックルとシュート

 

 ゴンさんと関わり進化しながらも人間卒業を拒否した名コンビ。

 

 2人揃ってその才能を開花させ、発の特異性も含めて2人がかりなら修羅一歩手前の実力を得る。

 しかしそこで満足したというよりはその先に行くことを魂が拒否し、戦闘訓練からハンターとして様々な技能を習得する方向に舵を切った。

 モラウが何処に出しても恥ずかしくないトップハンターに成長し、やがて揃って二つ星の称号を獲得することになる。

 

 修羅達とは別の道を歩んだが、レオクラ夫妻含め別れがくるまで仲が良かった。

 

 

 

 

 

 ミトさん

 

 母の死を契機にくじら島を離れ、多忙を極めるジンの家政婦としてそのズボラな生活を支える。

 ジンと夫婦の関係になることは最期までなかったが、ゴン含めて本当の家族のように過ごす彼女は笑顔を絶やさなかった。

 

 

 

 

 

 船長と謎掛けババアと魔獣凶狸狐

 

 ゴンさんを試験会場までナビゲートしたことを他のナビゲーターから心底羨ましがられ、それを原動力にその後も良質なナビゲートを続けた。

 凶狸狐はゴンさんを運べるように鍛え直してマッチョになった(なお運べない模様)。

 

 

 

 

 

 サトツとメンチとブラハとリッポー

 

 ゴンさんの試験を担当したことで他のハンターから一目置かれる存在となる。

 各々が試験後鍛え直したこともあり、サトツは遺跡ハンターとして、メンチとブラハは美食ハンターとして、リッポーは監獄ハンターとしてダブルの称号を得た。

 

 

 

 

 

 ゾルディック家

 

 キルアの修羅化に意気消沈するも、安全になったアルカとナニカを連れてちょくちょく里帰りするので気を持ち直す。

 次期当主は裏方に回ることでミルキが就任し、イルミやカルトを上手く使ってゼノやシルバの代よりも真っ当に稼いだ。

 ゴンさんやヒソカに折られかけた執事達も気合を入れて奮起し、暗殺一家の従僕として恥ずかしくない実力者が多く増える。

 

 金さえ払えばどんな依頼も受けていたゾルディック家だが、修羅達に関する依頼のみ決して受けることはなかった。

 

 

 

 

 

 天空闘技場

 

 ツインタワーが完成しても割と足りず、根本の土地を買い取っていくつもの野ざらしリングを増設する。

 有名闘士の追っかけはもちろん、無名を発掘したい者もいたため上層階も下層階も多くの観客がいた。

 ある時期からは念の登竜門として裏表関係なく周知されだし、世界一念能力者の多い都市にもなった。

 

 

 

 

 

 カストロとゴードン

 

 分身したり合体したりする双虎のカストロと、空気そのものを掴んで触れずに相手を投げ飛ばすキング投げのゴードン。

 それぞれがツインタワーの最上階に居座り、下手なプロハンターではまるで及ばない高みまで武を練り上げる。

 5年間フロアマスターを維持したことで殿堂入りを果たし、揃って道場を立ち上げると多くの門下生が押しかけた。

 

 晩年も二人の交流は続き、いつも楽しそうに武について語る姿が目撃されていた。

 

 

 

 

 

 ズシ

 

 真っ当に成長し真っ当に強者となった貴重な年下。

 

 天空闘技場で実力を磨き続けたが、カストロとゴードンの殿堂入りを機にウイングと心源流総本山に本拠地を移す。

 ウイングとビスケという最高の師によりメキメキと実力を伸ばし、ハンターにこそならなかったが心源流師範の強さを手に入れた。

 発による変幻自在な戦いを売りとしながらも、ウイング仕込の真っ当な心源流も強みとして相手に恐れられた。

 

 絶対に追い付けない修羅達がいたせいで最後まで憧れが憧れのままだったが、そのことにむしろ喜びを感じていた生真面目すぎる良い子。

 

 

 

 

 

 ウイング

 

 ゴン達の最初の師匠として計らずも歴史に名を刻んでしまった普通の強者。

 

 総本山に戻るとビスケから師範にされてしまうが、それでも自分の鍛錬も含めて手を抜かずにやり遂げた真面目人。

 純粋な強さの点では超一流には及ばずズシにも追い抜かれたが、教えることや道場の経営など全てを合わせたトータルバランスがめっぽう高い実力者となった。

 私生活がズボラなのは変わらなかったが、おかげで世話好きで芯の強い女性と交際の末に結ばれる。

 

 心源流の良心と多くの門下生から慕われるも、怒らせると一番面倒くさくて怖いと畏怖された。

 

 

 

 

 

 ギド

 

 リアルベイブレードにしてタカラ◯ミーの救世主。

 

 アニメや映画が成功しすぎて大規模な世界大会が開催される。

 最後ご本人登場により会場のボルテージが天元突破し、精孔が開いて念に目覚めるものが続出した。

 結果その後の世界大会は能力者達による人外魔境に突入し、タカラ◯ミーは売れ過ぎて倒産しかけるも何とか耐える。

 見た目は危険だがベイブレードにしか作用しないため驚くほど安全な念能力者が大量に生まれ、ついにはギドを破る者まで出始めて熱狂の渦は加速していく。

 

 天空闘技場闘士人気投票で圧倒的大差をつけた1位に輝き、今日も元気に回りながら多くの人々に笑顔を届ける。

 

 

 

 

 

 ネオン・ノストラード

 

 世界一有名な占い師にして暴力と対等な関係を築いた非戦闘員。

 

 当たりすぎる上に回避可能な占いというチートを持ち、表裏関係なくその命を守護られた箱庭単位の箱入り娘。

 その唯一性から数少ないゴンさんを呼び寄せることが可能な存在で、クルタ族の血が増えてからは聖騎士病院のある街を拠点にして活動した。

 ゴン達と仲は良かったが色恋沙汰になることはまったくなく、いつまでも軽口を言い合う対等な友人であり続ける。

 クラピカの紅紫の眼を独占できなくなったことを悔しがったが、それ以上に生の緋の眼や紅紫の眼が増えたことを我が事のように喜んだ。

 

 結婚はおろか誰かと付き合う事にすら一切興味を示さなかった占い師は間違いなく壊れていたが、それでも世界と友に愛され全力で笑いながら人生を謳歌した。

 

 

 

 

 

 ノストラードファミリー

 

 ネオンの功績によりファミリーとしては破格の財を得たが、根が小心者の大ボスの方針により規模としては中堅マフィアに収まる。

 それでも構成員の質は非常に高く、一部は陰獣クラスと言われるほど周りから一目置かれていた。

 しっかり目上を立て下には寛容なスタイルを確立し、世界的に唯一と言って良い敵対派閥のいないマフィアとして名を轟かせた。

 

 

 

 

 

 ノストラードファミリー護衛隊

 

 心源流の指導の元とんでもなくパワーアップするが、素材が素材なのでそこそこ止まりだった。

 戦闘力以上にセンリツの索敵やヴェーゼの尋問などが重宝され、陰獣から依頼が来るほどその能力を高めている。

 定期的に現れる修羅達に白目をむくも、働きやすい環境とべらぼうな給料から退職者が出ることはなかった。

 

 

 

 

 

 スクワラ

 

 地味にテレビにも出られる程名が売れた探偵もとい何でも屋。

 

 犬を使った探偵というには推理力がお粗末だったため、人並みに賢く融通の利く犬を使役する何でも屋として活躍する。

 尾行などの探偵業から犬のトップブリーダーはもちろん、災害現場で救助活動を行ったりと幅広く活動した。

 ノストラードファミリーとの縁も切れることはなく、忙しいながら充実した日々を最愛のエリザと共に過ごす。

 

 晩年にチワワがオーラに目覚め念犬として覚醒し、そのノウハウを記すことでヒソカの念大全に追記するという偉業を成した。

 

 

 

 

 

 十老頭と陰獣

 

 マッチョだったり狐耳だったり鎖とかシルバー巻いてたりする十老頭と、マフィアのくせにやたら爽やかな陽の集団となった陰獣。

 十老頭の縄張りではドラッグよりもプロテインの方が飛ぶように売れ、非合法ギリギリのブツにはプレミアがついてかなりの高額で取引されていた。

 非合法プロテインに手を出したものは粛清対象にされ、歪なマッチョときれいなマッチョ達が日々鎬を削る時代が到来する。

 筋肉達と共闘した陰獣は裏社会でも伝説的な扱いをされ、リーダーの強さはハンターの中でもかなり上位と認知されていた。

 

 定期的に集まって最強談義に勤しむ十老頭と陰獣は、いつしか街の守り神的扱いを受ける色物集団として地位を築いた。

 

 

 

 

 

 幻影旅団

 

 流星街の元締めにしてそのあり方を変えた盗賊団改め首脳陣。

 

 呼んでもないのに突然ふらりとやってくる筋肉達に怯えながらも、最後まで心折れずに挑み続けた生粋の凶人集団。

 流石に非戦闘員組は早々に諦めて流星街の運営に注力し、戦闘員組もペナルティを恐れて鍛錬しながらもしっかりと協力していた。

 間違いなく個としての実力も集団としての実力も箱庭トップクラスだったが、相手が相手のため晩年ついに諦めるまで白星が付くことはなかった。

 なんだかんだ略奪や虐殺は流星街の中でも日常茶飯事だったし、欲しかったモノは案外簡単に手に入ってしまった。

 

 裁定者が幸せの絶頂を更新し続けたせいで蜘蛛への興味をなくし、そのおかげで悪くない余生を送れたこともあって聖人に足を向けて寝られない。

 

 

 

 

 

 ツェズゲラ

 

 ハンターとしての実力は間違いなく上がったが戦いの実力は言うほど伸びなかった永遠の一つ星。

 

 マネーハンターとして報酬さえあれば何でもするため、新体制になったハンター協会で死ぬほどこき使われた可哀想な人。

 人脈や資金繰りなど裏方としての実力はすこぶる有能で、もう少し狂ってたら腹黒から後継者にされていたという善性の人。

 戦闘力と指導力はたいしたことがなかったため二つ星になることはなかったが、多くのハンターから尊敬されるトップハンターの一人として有名だった。

 

 グリードアイランド所有数から一時期ゲームハンターとして認知されかけるもなんとか乗り切り、戦闘力の少ないハンター達最後の希望として頑張った。

 

 

 

 

 

 ボマーズ

 

 天空闘技場でヒールとして不動の地位を築いたが、引退すると道場も建てずに山奥で隠遁生活をおくる。

 グリードアイランドで殺害した人々を想いながら、死の間際まで仏像制作に身を費やした。

 

 爆破加工された仏像や普通に出来の良い仏像が予想外に売れ、彫刻家界隈でも有名になりなんとも言えない表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 バッテラとオボロ

 

 知識層的ハンターの1期組としてゴンに推薦されると二人揃って見事合格し、ハンター協会ひいてはゴンのために身を粉にして働く。

 静かな余生とは決して言えなかったが、若返ったこともあり忙しいながら充実した日々を過ごす。

 

 ハンターベストカップル賞においてレオクラ夫妻に続いて殿堂入りを果たし、子宝にも恵まれて誰もが羨む人生を送った。

 

 

 

 

 

 グリードアイランド運営陣

 

 世界一有名で夢と希望しか詰まっていないゲームの神運営。

 

 フルダイブな上にデスゲームでもあるため人を選んたが、念能力者が増えた箱庭ではバッテラに買い占められていた時よりもプレミアがついた。

 ゴンの修行のためというジンのコンセプトから脱却したことでエンタメ性が増し、戦闘などの危険度が下がる代わりにゲームとして難易度が上がった。

 結果的にどんどん面白くなる内容にジンは悔しいやら楽しいやら複雑な心境になり、筋肉達もたまにリフレッシュとして遊びに来ていた。

 最終的には島そのものが倍以上に大きくなり普通に発見されるが、G.I.Sにより現実とは切り離された異空間化していたため手出しはできなかった。

 

 とあるプレーヤーの功績によりゲーム内にいたGM達は最期はオーラ生命体となり、プレーヤーが存在する限り何時までもアップデートされ続けた。

 

 

 

 

 

 モタリケ

 

 グリードアイランド運営陣に気付かれた時には半人半念の存在だったが、そのままシステムに拒絶されることなく完全にオーラ生命体となることに成功する。

 ジンですらその結果に驚愕し原因を突き止めようとしたが、結局よくわからないままグリードアイランドの仕様として後にGM達に利用された。

 本物の人間を取り込んだことでシステムは爆発的に進化し、NPCは本当の人間のように活動しそして死んでいった。

 

 底辺能力者は得られないはずだった本当の子供すら授かり、グリードアイランドを心ゆくまで満喫してその身をシステムと一体化させた。

 

 

 

 

 

 NGL残留組キメラアント

 

 NGLの裏の顔のドラッグ業が衰退し、より一層自然と共にある理念を体現して異形のキメラアントも人々と普通に生活する。

 種として子を授かることこそなかったが、だからこそ一日一日を大事に真剣に過ごした彼等は満足していた。

 たまにメルエムに付いて行ったキメラアントが訪れることもあり、見た目はバラバラでも強固な絆で結ばれ続けた。

 

 全てのキメラアントが死に絶えた後、蟻塚の中の慰霊碑の隣には人間が作った彼等の慰霊碑が建てられていた。

 

 

 

 

 

 メルエム付キメラアント

 

 メルエム統治の下他国の軍隊に引けを取らないどころか凌駕する力と統制を持ち、メンフィス国民から見た目など関係なく多大な信頼と敬意を受けた。

 情勢が落ち着いてからは軍を辞めて普通の仕事に就くキメラアントも現れ、特に首都はいたるところで普通に生活する彼等の姿が多く見られた。

 

 人間と亜人が共存できる最高の実例となったため、後に増える暗黒大陸からの亜人も友好的に受け入れられた。

 

 

 

 

 

 王直属護衛軍

 

 全員弱体化したもののメルエムが自身の特性である成長を付与したことで元の実力にかなり近づく。

 

 シャウアプフはメルエムの秘書として公務から私生活まで幅広く支え、その多彩すぎる能力により一人軍隊や一人省庁と言われた。

 モントゥトゥユピーはその能力により大規模工事や開拓などで大活躍し、人前に多く出ることもあって護衛軍の中では最も国民に慕われた。

 ネフェルピトーは姿と思考力がほぼ普通の猫になるもその戦闘力は高く、宮殿の守護者というよりはコムギの守護者としてその膝の上をよく定位置としていた。

 

 最後の最後までメルエム至上主義が変わることはなかったが、彼等なくしてメンフィスの発展はなく多くの人から慕われていた。

 

 

 

 

 

 コムギ

 

 軍儀しか能が無いにもかかわらずこの世の真理に最も近づいた異端児。

 

 念に覚醒してからは軍儀が更に頭のおかしいレベルに高まり、しばらくの間メルエムと実力が離れすぎて少し落ち込んだ。

 その特異性しかない発により本人は無自覚ながら様々な分野で多大な貢献を果たし、メンフィスが巨大国家になる上で大き過ぎる働きをした。

 生涯のほぼ全てをメルエムと軍儀を打つことに費やし、種族こそ違えどお互い全てを知り尽くしたと言えるほどの繋がりを持つ。

 

 人生でただ一度だけメルエムに敗北しその身の全てを捧げるも、対局していたメルエムは嬉しいような悔しいような複雑な表情を浮かべていた。

 

 

 

 

 

 メルエム

 

 箱庭と暗黒大陸を繋げた亜人にしてパーフェクト王。

 

 本人があり得ないほど有能なのが一番の理由だが、臣下達も優秀すぎたためにほんの数年で世界有数の国家を誕生させる。

 ゴンさんには敗北したがぶっちゃけ箱庭でほぼ敵なしなのは変わらず、最終的にはヒソカとキルアに負けたくらいで強さは最上級。

 コムギが欲しいが一度くらい勝てないと格好悪いと悶々としていたのを本人に悟られ、気付かないレベルの手加減で勝ったのを生涯の恥としたがそれはそれとしてありがたくいただいた。

 種族的には昆虫に近いながら様々な手を使って寿命を伸ばし、メンフィスを発展させ続け自分が必要なくなるとコムギや護衛軍と隠遁生活を送る。

 

 種族特性の壁と何よりコムギの母体としての弱さから子供こそ得られなかったが、それ以外望むモノは全て得たと豪語した。

 

 

 

 

 

 ヒソカ・モロウ

 

 人類の到達点にして念の真理を解き明かした紛うことなき変態。

 

 ヒソカ著の念大全はスクワラのようによほどの専門分野でなければ追記すらされず、ほんの少し改訂されるまで100年以上の時がかかった正しくオーバーテクノロジー。

 シンプルな暴力なのに理解不能なゴンさんと同様に、たどり着けるはずなのに結局は理解不能なため一部の能力者からは神格化された。

 ゴンと出会ってからの印象が強すぎたせいでそれ以前の所業が有耶無耶になり、念大全の功績から普通に三つ星認定を受けて良い知名度の方が増える。

 最後まで壊れていたがその想いは間違いなく純粋で、満足して逝ったが心残りがないわけではなかった。

 

 ゴンに遺したモノ、それこそがヒソカの念の集大成。

 

 

 

 

 

 ―――の書

 

 ヒソカが死者の念となって具現化し、死後の念で狂化された念本。

 その異質さからその場にいたゴンとキルアとレオリオとメルエム、そしてジンとクロロのみでその存在を秘匿する。

 ゴン達は手に持てるしページも開けるが、メルエムとジンは視界に入れただけで発狂しかける。

 ページを開くと望んだ念の知識が直接脳内に叩きつけられ、同時にヒソカの笑顔や姿が思い浮かぶ。

 同じく念の本を具現化するクロロに危険性の解析を依頼するも、一目見るなり断固拒否の上コピーしたパクノダの発で自ら記憶を飛ばした。

 

 とりあえず危険なのは間違いないということでゴンとヒソカの決戦のせいで更に荒れたメンフィスの荒野をゴンさんが掘り進み、出てくるまでに悠久の時が必要な深さに封印した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ダイヤモンドが生成されるほど圧力のかかった土の中、ジンがゴンさんのオーラを借り神字も用いて強化した箱の中に念本が収められていた。

 超一流でさえ視認しただけで発狂しかける禍々しいオーラを纏うその本は、それでも何かを待つように、ただただ静かに箱の中に鎮座する。

 時の止まったような土の中、地上で決して短くない時が過ぎ、修羅達を直接知る者もいなくなって久しい頃。

 

 箱の中の念本が仄かに光を放ち、そのページがひとりでに捲られ始めた。

 

 捲られ続け最後のページが開かれると、白紙のページがドス黒く染まるほど文字が書き殴られていく。

 

 ページは闇より黒を纏い終わると念本から切り離され、ゴンさんでも苦労する封印をすり抜けて消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ある国の首都に隣接するスラム街、世界のどこにでもある無法地帯に一人の少年がいた。

 

 少年はまだ10代になったばかりにも関わらず頼れる大人も仲間もおらず、しかしスラム街では誰よりも恐れられる存在だった。

 

 殺しも盗みも少年にとっては呼吸と同じように行え、つまりは一切の情動が動くことなくその心に波が立つことはない。

 

 名前がなければ生きる意味も死ぬ意味もなくただただ無為の時を過ごす少年は、がらんどうの魂を重そうに引き摺りながら全てが億劫そうに歩いていた。

 

 

 少年がふと見上げた先、何もない空から黒い紙が舞い落ちてきた。

 

 

 その紙はふわりふわりと、何故か風を無視しながら少年に向かって落ちてくる。

 

 見るからに異常なナニか、オーラが物心ついた頃から見えている少年は経験から決して触れてはいけないモノだと直感した。

 

 

 少年の理性を壊し尽くし、がらんどうの魂から伸びた手が漆黒の紙を掴んだ。

 

 

 瞬間少年の魂に叩き付けられる、想像を絶する情報と想い。

 

 

 常人では刹那すら持たずに弾け飛ぶオーラをその身に受け、顔の穴という穴から流血する少年は理解した。

 

 

 オーラは巡る、人から空気に、空気から物や人に、そして魂に。

 

 

 遥か昔に消えたオーラは空気に溶け世界を巡り、今この瞬間遥か昔に遺したオーラと再び一つとなった。

 

 

「………あはっ♥」

 

 

 がらんどうだった魂に溢れて弾けんばかりの想いが詰まり、巡り巡った少年(変態)は満面の嗤みを浮かべる。

 

 

「あぁ、やっぱりだ、君はそこにいるんだね、ゴン♥」

 

 

 物理的距離を超えて感じる想い人のオーラに血まみれの顔を歪め、巡り巡ったことで人類を超越した変態(少年)は自己証明の血化粧を施す。

 

 

「キルアも約束を守ってくれたんだね♦うん、ちょっと時間がかかりそうだけど問題なく追い付ける♠」

 

 

 血でメイクをし、血をワックスに髪をかきあげたピエロは蕩けた表情で宣戦布告する。

 

 

「待っててね、今逢いに(壊しに)行くよ♥」

 

 

 その日スラム街から一人の少年が姿を消し、再誕したヒソカ・モロウが世界の闇へと舞い戻った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……うっそだろおい」

 

 たった今現地民から雷狼竜と呼ばれ恐れられる竜、その亜種である本来青白いはずが赤黒い雷を纏った特異個体を感電死させたキルアが大量の冷や汗を流している。

 

「いや、いやいやいや、いやお前死んだだろおい!?」

 

 暗黒大陸の奥の奥、とある親子と再会した文明より更に奥へと進んでいたキルアはある方向、遥か昔に過ごした箱庭があると思われる空を見て絶叫した。

 

「おいゴン! 今のお前も気付いっ!?」

 

 我に返ったキルアが視線を向けた先、硬く赤熱して爆発する鱗を持つ竜の特異個体と、二本のねじれた角を持ち全てを轢殺する竜の特異個体を纏めて殴り潰したゴンが歯を剥き出しにして嗤っていた。

 

「本当に驚かせてくれる、凄いねキルア。世界は、念はまだまだ広くて深い!」

 

 箱庭の方向を向いていたゴンは満足したのか踵を返し、戻るのではなく前へと進むために歩き出す。

 

「いいのか? まぁアイツのことだから勝手に来るだろうし手伝いもいらないだろうけどよ」

 

 オーラ生命体のキルアは胡座をかいて浮かびながらゴンに続き、ここ100年はなかった親友の昂ぶりに嬉しさと悔しさを滲ませながら問いかけた。

 

「キルアの言う通り勝手に追い付いてくるよ。それよりも今は一角の古龍にそれを喰らう獅子、炎塵を纏う番の古龍、まだまだたくさん相手がいるんだから止まってなんていられない!」

 

 現地民で竜や古龍を狩る者達の総称、くしくも箱庭で名乗っていたのと同じハンターとして活動するゴンとキルアは、まだ見ぬ強敵に挑むため進み続ける。

 

 どこまでも最強(ゴンさん)を追い求めるゴンとその隣に立つことを選んだキルアは、後ろに多くのモノを置いてきたが決して歩みを止めることはない。

 

 それでもちらりと振り返ったゴンは見えないライバルを見据え、築き上げてきた暴力を誇るように宣戦布告する。

 

「早く追い付いて来いヒソカ。今度はお前が挑戦者だ」

 

 オレが目指した最強のゴンさんは、もう二度と敗北することはない。

 

 






 完!!


 というわけで作者です。これにてオレが目指した最強のゴンさんは完結となります。
 原作が進んだらそれに伴いちまちま書くかもしれませんが書きたい所は全て書いたので作者的には満足しています。
 多くの方に読んでいただき、誤字脱字報告に感想、評価をしてくれた読者様がいたからここまで書くことができました。

 改めてハーメルンとHUNTER×HUNTER、そして読者の皆様に深く深く感謝を。

 次回作が有るのかも不明ですがまたどこかで会えますことを祈って、したらな!! (⁠・⁠∀⁠・⁠)ノシ



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