ようこそ異世界帰還者がいる教室へ (菅野ゆーじ)
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村上光太の独白

よう実で新しい話を作ってみました。


俺は中学二年の時、異世界に召喚され冒険をしたことがある。

 

 

 

……いきなりこんな発言をしても困惑するだろう。最悪中二病患者か? と馬鹿にされるのがオチだ。

 

しかしこれは嘘ではない。確かに俺は中学2年の春、突如として現れた魔法陣によって異世界へ転移させられたのだ。

 

 

 

そこは正に剣や魔法のファンタジー。大きな島が空を浮かび多くのモンスターが蔓延る世界だった。

 

 

 

そんな世界に突如として魔王が現れ世界は支配されそうになり、俺ーー村上光太がそれを打破すべく選ばれたのだ。

 

 

召喚された当初はそれは喜んだ。オタクな俺にとって異世界に召喚されるなんて夢のような出来事だったし王国での生活、仲間との冒険、ハーレム…ラノベなどで読んだ展開を大いに期待してたからだ。

 

 

 

だが、現実はそんな甘くなかった。

 

 

 

 

俺を召喚した王国は俺を使い捨ての駒のようにぞんざいに扱い、僅かな資金だけ持たせて国から追い出し冒険を強制させた。

 

 

仲間は国から派遣されたにも関わらず、玉の輿狙いの聖女や文句ばかり言うボンボンの戦士、俺に戦うよう命令するだけの女騎士などロクな奴がいなかった。お陰で冒険は俺にだけ負担がかかり疲労とストレスが溜まる一方……。

 

 

ハーレム? 権力ばかり目のいった性格悪いクソ女や着飾るだけのブス貴族しか寄ってこなくて、パーティーにいた聖女や女騎士は隣国にいたイケメンの王子達に媚を売り、俺は最後まで眼中にされなかった。

 

 

 

故に俺が改めて出したこの世界の結論はーー

 

 

「異世界なんてクソ喰らえ」

 

 

……という考えだった。

 

 

なので俺は足手纏いだった仲間……もとい邪魔者を解雇し、己のチートのみを使って異世界のモンスターを蹴散らしながらソロで魔王討伐に挑んだ。

 

勿論簡単な事ではなく何度も死にかける羽目になった。しかしこんなロクな世界で死ぬわけにはいかないと意地を見せ、俺は一人で戦い続けた。

 

そして、ついに俺は魔王を倒すことに成功したのだ。

 

 

その後、異世界の奴らはやっと俺に感謝するのかと思った矢先、魔王を倒した者を国に引き込もうとする権力争いに巻き込まれ、何の褒賞もなく元の世界に返されたのだ。

 

 

「この世界の奴ら、全員死ねっ!!」

 

 

転移される中で叫んだ俺は、決して悪くないと思う。

 

 

まあそれで結果オーライというか…俺は無事元の世界へと帰って来ることに成功した。

 

 

 

 

 

 

だが俺の不幸はまだ続いた。

 

 

なんと元いた現代世界では俺が召喚されてから1年そのままの時が流れていて、その間俺は家で引きこもっている事になっていたのだ。両親は俺を見放し弟に愛情を注ぐようになり、俺は家でいない者扱い。学校では引きこもりとクラスの連中から馬鹿にされた。

 

 

はじめは異世界や現実世界の奴らがやった仕打ちに憤りを覚えた。そしてお先真っ暗な人生を送るのかと絶望もした……だが神は、そんな俺を見放さなかった。

 

 

なんと俺が異世界で手に入れた力ーースキルや魔法はこの世界でも使用する事ができたのだ。勿論色々と制約がついたがこの世界でその力を使えるのは俺だけ……つまり特別な人間になったのだ。

 

 

この時俺は恩恵とも言える異世界の力で、勝ち組人生を謳歌すると決意した訳だ。

 

 

 

 

そして現在俺は……

 

 

 

「このまま俺を落としたらお前を殺す。死にたくなかったら空いてる推薦枠で俺を指名しろ」

 

「ひぃいいいっ!?」

 

 

進路希望先の内定を手に入れる為、職員を脅していた。

 

 

勝ち組人生を送ると決めた俺はとある高校を受験しようと思った。

 

 

それは、高度育成高等学校。

 

 

日本政府が作り上げた未来を支える人材を育成する全国屈指の名門校。希望する進学、就職先をほぼ100%応える。

 

3年間外部との連絡網は遮断。学校の敷地内から出るのは禁止され寮生活になるが、60万平米を超える敷地内は小さな街になっており不自由なく過ごせる楽園のような学校とされている。

 

ここに入れさえすれば、俺を空気扱いする家族とも離れられるし、引きこもりと馬鹿にした奴らに一矢報いる事ができると考えた。故に俺はこの学校を受験したのだ。

 

 

しかしまたもや俺に邪魔が入る。何とこの高校、裏の顔として推薦にあった生徒に対して事前調査を行い、入学に値する生徒を決定して他の志願を全て取り消していたのだ。

 

 

何故そんな事を知ったのか……俺は受験の始願書を提出しようと職員室へ向かった際、担任と高度育成高等学校の職員が「受かるはずないのに間抜けだな」と喋っているのを【聴覚拡大】スキルで聞き取ったのだ。

 

 

そんな訳でその調査をしてた職員を拉致し、こうして脅している訳だ。職員はしばらくパソコンを操作するとエンターキーを恐る恐る押しメールか何かを送信した。

 

 

「……今、学校へ連絡した。君の合格は、すぐに知らされるだろう……」

 

「そうかそうか。ご苦労さん。これで俺の入学は決定したって訳だ」

 

「き、君は一体なにものなんだ……小学生頃のデータを見たが、特にこれといって突出した特技はなかったはずだ。なのに今の君の能力は異常に高い……まさか、引きこもっていた一年間の中で何かをーー」

 

 

職員の言葉はそれ以上続かなかった。何故なら俺の手には突如としてゲームに登場しそうな西洋剣が握られていて、職員の首に突き立てられていたからだ。

 

俺が持つ異世界から持ってきたアイテムを貯蔵、使用することができるスキルーー【収納】の力である。

 

 

「(こいつ、嫌な事を思い出させやがって……異世界の連中にロクな奴がいないから過酷な環境下で己を高めるしか生き残る道はなかったんだよ)」

 

 

俺は内心で愚痴を吐きながら余計な事を言った職員を睨みつける。そいつはいつの間に剣を出したのか、というか何で剣があるんだと驚きの表情を浮かべたが、すぐに自分の身の危険を感じたのか青ざめる。

 

 

「俺の詮索はしない方が身のためだぞ? 深追いしたら最後…お前の命がなくなるからな……」

 

「わ、分かった! これ以上干渉はしない! 君の推薦も約束するから殺さないでくれ!!」

 

「……うん! 聞き分けのいい奴は嫌いじゃないぞ? 今回は許してやろう」

 

 

わざとらしい笑顔をつくり、俺は持っていた剣を下げ、虚空へと消滅させた。

 

 

「なっ……剣が消え…」

 

「詮索はするなと今言ったはずだぞ?」

 

 

最後に釘を刺すと職員はコクコクと首を振る。それを見た俺は興味を失うかのようにその場を去るのだった。

 

 

 

 

 

そしてそれから数ヶ月後……俺の元に高度育成高等学校の合格通知が届いた。




独白は長くするのが難しいです。すみません。


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第1巻
プロローグ


4月。

 

 

 

桜が舞い散る季節、俺は赤いブレザーの制服を身に纏い、教室にある自分の席に座っていた。

 

 

職員は確かに仕事をしたようで、俺は望み通り高度育成高等学校の入学を認められた。

 

 

因みに配属されたのはDクラスで、周りも俺と同じ制服を着込んだ生徒が見受けられる。俺はそれらを見て品定めのような事をしていた。

 

 

長身のイケメンは既に何人かの生徒と交流を図っていてカリスマ性の高い人物だと分かる。もし異世界召喚されたらあいつが『勇者』になるだろう。

 

赤髪の不良やギャル共は見てて不快だった。俺はああいった社会不適合者が大嫌いであり、同じクラスである事に最悪な気分となる。異世界にいたらかませ役やすぐに殺されるモブ程度の存在にしかならない。

 

 

「(……て、まただ。どうもこの世界に来てから人を異世界基準で色々考えちまうな)」

 

 

嫌な思い出の筈なのにこうした考えになるのも、俺のオタク気質は変わっていないからだろう。案外俺は異世界の日々を楽しんでいたのかもしれない。

 

そんな事をしていると、また新しい生徒が教室へやってきた。

 

 

「(こいつらも同級生か……黒髪のキツめそうな女に胸のでかい女、そしてオールバックのキザな金髪…あ、無気力そうな奴もいるな。他にはどんな奴が教室に来るのか実に楽しみだ)」

 

 

新しい生活へのそんな一般の高校生のような感情が芽生える。

 

何せ一年間中学に通ってなかったせいで修学旅行や文化祭に参加できず、俺は『青春』と言うものを知らなかった。異世界で心が荒んだとはいえ、楽しみに対する感情は残っていたのだ。

 

 

「(青春といったらやはり定番なのは恋愛……は別にいいな。女なんてセックスできればそれで十分だし、人を思いやるなんて事やりたくもねえしな)」

 

 

そんなクズすぎることを考えていると学校のチャイムが鳴り、教室に教師らしき女性が入ってきて教卓の前に立った。

 

 

「えー新入生諸君。私はDクラスを担当する事になった茶柱佐枝だ。教科は日本史を担当している。初めに言っておくがこの学校は三年間クラス替えがない。卒業までこのクラスで学んでいくのでよろしく」

 

 

茶柱……スタイルは申し分ないが性格はキツそうだ。守備範囲じゃないと判断した俺は興味を無くした。そんな失礼なことを考えていると知らず、茶柱は話を続ける。

 

 

「入学式は1時間後だが、その前にこの学校のルールを改めて説明する。今から資料を渡すので確認してくれ」

 

 

そう言って渡されたのは合格後、入学案内として送られてきたパンフレットだった。

 

 

 

内容として気になるものと言えば、

 

・生徒は寮生活を義務付け、特例を除き外部との接触を禁じる。

・肉親でも簡単に連絡は取れない。

・学校の敷地内から出る事も禁じる。

 

 

といった所だろう。全て入学前に記憶していた通りだ。パンフ通り敷地内には様々な施設があるようなので娯楽不足という事態は起こらないだろう。

 

 

「今から配る学生証はその施設を利用したり商品を購入する際に使用できる。この学校でポイントで買えないものはない。学校の敷地内にあるものならば、何でも購入可能だ」

 

 

何でも……本当に何でもなのだろうか? 『他人を奴隷にする権利』とか『服を着せない権利』は可能なのだろうか? いや、そんなどこぞのエロゲみたいなものは流石に無理か。

 

 

「ポイントは毎月一日に振り込まれる。価値としては1ポイントで一円。お前たちには現在、10万ポイントが支給されているはずだ」

 

 

その言葉にクラスメイトはざわつく。まあ、いきなり十万円貰えた訳だから仕方ない。だが異世界で金事情に悩んでいた俺はそんな上手い話を信じていなかった。

 

……ポイント、何かあるな。何せ生徒を事前調査で判定するような所だ。必ず裏があるに違いない。俺はそれを見定める為に茶柱の話を集中して聞く。

 

 

「驚いたか? この学校では、実力で生徒を測る。入学を果たしたお前たちにはそれだけの価値があると言うことだ。なおこのポイントは卒業後回収され現金化はできない。ポイントをどう使おうがお前たちの自由だ。いらないなら譲渡も可能だがカツアゲのような真似は厳しく指導する。この学校はいじめには敏感だからな」

 

 

これだ。実力で生徒を測る……おそらくこれでポイントの支給に影響が出るのだろう。それにいじめに敏感とは良いことを聞いた。それなら中学の時のような事態になっても生徒に罰を下せるわけだ。

 

 

「質問はないようだな。では良い学生生活を送ってくれ」

 

 

その言葉を最後に茶柱は教室から出ていった。その後教室は再び活気だし生徒達が互いに話している。莫大なポイントをもらったせいで浮かれているようだった。あまりに滑稽な姿に俺は小さく吹き出す。

 

 

「みんな、少しいいかな?」

 

 

クラスメイトを内心で馬鹿にしていると朝に見かけた『勇者』が似合いそうなイケメンが声を上げた。

 

 

「僕らはこのクラスで過ごす事になる。だから今から自己紹介をして、一日も早く仲良くなれたらと思うんだけど、どうかな?」

 

「賛成〜! 私達、まだみんなの名前とか分からないし」

 

「そうだなっ! やろうぜ!」

 

「じゃあ僕から……僕は平田洋介。気軽に下の名前で呼んでほしい。趣味はスポーツ全般だけど、特にサッカーをやっていて、この学校でもサッカー部に入るつもりなんだ。よろしく」

 

 

その言葉にクラスは盛大に拍手をした。特に女子生徒の大半は目をハートにしている奴までいる。

 

それを見て俺は異世界で聖女が使用人のような物言いをしてきた癖にイケメンを見つけると好意的な感情をあらわにしていたのを思い出し、とても吐き気がした。

 

 

それにしても自己紹介……丁度いいな。ついでにこいつらのステータスを見てみよう。そう思った俺はスキルーー【鑑定】を発動させる。

 

 

 

これは俺が持つスキルの中で最も使用してきた力でお気に入りの一つだ。効果はその名の通り対象を視る事で様々な情報を知ることができる。

 

 

「(筋力値や体力値…特に敏捷値が高い。サッカーをやっているのは本当だろう。知能値も結構あるし、まさに完璧超人だな。ま、俺には及ばないけど)」

 

 

そんな事を思いながらもクラスメイトの自己紹介が続き、俺は全員を鑑定していった。

 

 

「わ、私は、井の頭心…です。趣味は裁縫とか編み物関係をします」

 

 

この女子生徒の能力値は平均よりだいぶ低い…器用さはあるので裁縫が得意なのは本当なのだろう。

 

 

「俺の名前は山内春樹。小学校は卓球で全国に、中学は野球で四番だったけど、いまはリハビリ中だ。よろしく!」

 

 

嘘だ。【鑑定】では能力値が低く怪我の状態もない。目立ちたいからといってホラをふくとは……あいつとは関わらないでおこう。

 

 

「私は櫛田桔梗と言います。私の今の目標はここにいる全員と仲良くなることです。後で連絡先を交換して下さい」

 

 

能力値は結構高い女子生徒。見るからに人当たりが良さそうなやつで平田の時とは違い男子生徒が色めきだった。

 

 

それにしても【鑑定】でバストが82と記されていたが……このクラスの中で上位に食い込む胸の大きさだ。長谷部や佐倉と言う女子生徒と比べると一回り小さいかとも思われるが、体型とあった身体つきをしているので実に素晴らしい。

 

 

そんな風に順調に自己紹介が進められていくと、赤髪の不良が机を叩いた。

 

 

「俺らはガキかよ。自己紹介なんて必要ねえよ、やりたい奴だけやってろ。俺は別に仲良しごっこをする為にここにきたわけじゃないからな」

 

「強制するつもりはないんだ。僕はただクラスメイトとはやく仲良くなりたいだけ。不快にさせたら謝りたい」

 

 

そういって平田は不良に謝罪する。それに女子生徒は不満を持ったのか不良を責め立てたが不良は軽く舌打ちすると教室を後にするのだった。

 

 

自己紹介くらいでなにキレてんだか……テメェこそガキかよって話だな。

 

 

そんな訳でしばらく微妙な空気が続きたが、その後も自己紹介は続いた。

 

 

「俺は池寛治。好きなものは女の子で嫌いなものはイケメンだ。彼女は随時募集中なんでよろしくっ!」

 

 

何とも正直なやつ。能力値は平均以下だがキャラで何とか乗り切るタイプなのだろう。

 

 

「私の名前は高円寺六助。高円寺コンツェルンの1人息子にして、いずれはこの日本社会を背負って立つ人間となる男だ。以後お見知り置きを、小さなレディー達」

 

 

オールバックの金髪…こいつは筋力値、体力値、知能値……どれも桁外れに高い超人だった。こんな数値を見たのはこの世界でも初めてで久しぶりにステータスで驚いた。といっても態度がものすごく悪いので残念に感じてしまう。

 

 

そしてようやく自己紹介は俺の番になった。

 

 

「俺の名前は村上光太。青春を謳歌する為にこの学校にきた。特技は……まあこれからの生活で分かるだろうからそこで知ってくれ。これからよろしく」

 

 

一応俺も自己紹介をしといた。あまり特徴のないものだが無難にしといた方がいいだろう。クラスからもそれなりの反応だったので出だしは成功したかに見えた。

 

 

しかしそれは、とある生徒により崩れる事になる。

 

 

「青春て、そんな格好でいうことかよ。似合わねえな〜」

 

「……何だと?」

 

 

何とここで先程ホラ吹きで自己紹介をしていた山内が、俺に余計な事を言ってきた。

 

 

「それは俺を馬鹿にしてるのか?」

 

「まあ馬鹿にっていうかさ〜、青春を謳歌したいってならもう少しファッションに気を使えよ。そんなんじゃ女の子にモテないぜ?」

 

 

ふざけた口調で不快な声を上げる山内。この目……明らかに俺を下に見ている。俺の目を隠す長い前髪を見て陰キャだと思い込んでいるようだ。

 

 

「山内くん辞めるんだ。そんなことを言ってはいけない」

 

「いやいや、俺はただ善意で忠告しただけだぜ? だってこいつの今の感じじゃあ陰キャのままだしーー」

 

 

ガターーーーーンッ!

 

 

不快な言葉を遮るように、俺は自分の机に拳を叩き込む。教室に沈黙がはしった。

 

 

「……言い忘れてた。俺がこの世で一番嫌いなのは俺を馬鹿にする奴だ。もしそんな事をしたらこの机みてえにぶっ飛ばしてやるからよ……分かったか?」

 

「ヒ、ヒィイイッ!!」

 

 

殺意を持って睨みつけると山内は悲鳴をあげ怯えた表情になる。クラスメイトも同様な目線を向けて俺を見てきた。

 

 

それを見た俺はついやっちまったなぁと反省すると、無言で平田に顔を向ける。

 

 

「悪いな平田、最後に良くない雰囲気になっちまって。入学式が始まるまで退散しとくわ」

 

「あ、村上くんっ! 待ってくれ!」

 

 

平田の静止を無視し、教室から去る俺。

 

 

こうして俺はDクラスの連中に最悪の印象を与えながら、高校生活が始まるのであった。



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入学式後と暗示

結構早い投稿です。

ハイスクールD×Dの話も書いているのですがこっちの方が捗ってしまい放置しています。どうしよう……。


俺が自己紹介でやらかした後、入学式は無事終了し、すぐ解散になった。自由な時間を手に入れた俺はこの学校の敷地内を回る事にした。

 

 

因みに誰とも一緒ではなく俺一人だ。

 

 

「まあ自己紹介でやらかしたし当然と言えば当然だけど……」

 

 

俺は自虐の台詞を吐きながら敷地内を歩いていく。特に印象に残ったのはケヤキモールというショッピング施設であり、パンフレットの説明通りここでは様々な商品に加えカラオケ、映画館といった施設が充実していた。これなら生徒たちに不満が出ることはないだろう。

 

 

「まあそれも学校の真相を理解しない事には、楽観できないけどな」

 

 

そう思い周囲を見渡すと、そこには数多くのレンズが俺を捉えている。

 

 

それにしてもこの学校は本当に監視カメラが多い。教室にまであるのを見るに茶柱が言っていた「この学校は、実力で生徒を測る」という言葉はこれに来ていると分かる。

 

つまり生徒たちへの監視・評価は現在進行形で行われているという訳だ。

 

 

「となると机をぶん殴った俺は評価が下がったのかね……まあやった事に今更後悔はないし別にいいか」

 

 

あれは山内が俺を舐めてきたのが悪いし、別に孤立しても問題はなかった。

 

元々俺は異世界に召喚される前もそこまで友人はいなく、オタクという事で同じ趣味のやつとは会話していたが一緒に遊びに行くほどの中ではなかったので一人でいる事が多かった。

 

 

それに異世界で受けた仕打ちを通して俺は仲間なんて必要ない、むしろ邪魔者でしかないと結論付けていた。

 

 

「……駄目だ、またイライラしてきた。コンビニでなんか買おう」

 

 

そう言ってコンビニに立ち寄り店内を見渡すとあるコーナーに目線がいく。

 

 

「無料コーナー…ラッキー、貰おっと」

 

 

俺は籠の中に無料の品を入れていく。思えば自動販売機にも無料の水があるのを見かけた。おそらくこれはポイントがない奴のための救済措置。これによりポイント増減の説は濃厚になってきた。

 

 

 

 

「……なあ、ちょっといいか?」

 

 

 

会計を終え、袋を持つととある男子生徒に声をかけられる。

 

 

確か名前は綾小路清隆。自己紹介の時に特に印象に残った奴だった。

 

【鑑定】した際、こいつの全ステータスが常軌を逸していて、筋力値や敏捷値は俺の素のスペックと同等。知能値に関しては俺が異世界で戦った最も優秀だった魔王軍幹部の一人《魔宰相ジークベルグ》以上の数値を秘めていた。

 

 

初めてみた時は【鑑定】スキルが壊れたのかと思ったが、紛れもない事実である事に俺は驚いた。

 

もしかして俺と同じ異世界に召喚された者かとも考えたが、それにしてはスキル欄に習得しているものがなかった為、その可能性は消えた。

 

 

「確か、同じクラスの綾小路だな。何のようだ?」

 

「いや、さっき無料の商品を買っていたのを見てな。どう思ったか聞きたくてな」

 

 

 

 

……白々しいな、こいつ。

 

 

 

俺は綾小路の問いにそんな感想を抱いた。どう思ったか? そんな質問をしなくてもこいつ程の知能値があればポイントの増減があり得ることも少しは分かるはずだ。

 

なのにこうして無知な生徒のように聞いて来るとは、もしや俺はこいつに試されているのだろうか。カチンときた俺はこいつを睨みつける。

 

 

「……別に。どうとも思わない。タダなら何でもいいんじゃねえか?お前なら何か気づいてるだろう」

 

「いや、オレには分からない。というか、急に不機嫌じゃないか。オレは何か悪い事をしたか?」

 

「突然話しかけてきてそんな事を聞けば誰だってそうなるわ。少しは考えたらどうなの?」

 

 

綾小路の近くにいた女子生徒がそんな冷たい言葉を放った。

 

 

こいつも確か同じクラスで名前は堀北鈴音。

 

自己紹介はしてなかったので後で【鑑定】したがそれなりに数値が高い生徒なのを覚えている。

 

 

黒髪のロングでスレンダーな体格をしていて顔立ちも整っている。目つきは鋭いが男子の目を引くのは間違いないだろう。

 

だが今の態度のように辛辣さが丸見えになっていてその容姿を台無しにしていた。

 

 

 

…話は変わるが、この学校の女子はレベルが高い。特に目に入ったのはBクラスにいたストロベリーブロンドの少女だ。スタイルも良く特に胸は同年代に比べ一回り大きいように思えた。

 

是非ともお近づきになりたいが、他クラスである以上接触は困難であり自分から行くほど社交性がある訳ではない。

 

俺が持つスキルや魔法も乱用するとバレる可能性もあるので、現時点では見送ることにした。

 

そんな事を考え、俺は堀北と会話を始める。

 

 

「ああ…同じクラスの堀北か。いや、別に何でもない。こちらが話しかけられたから応じただけだ」

 

「……何で私の名前を知ってるの? まさか綾小路君、勝手に教えたの?」

 

「いや、違うな」

 

「教室に入る前、掲示板に貼られたクラス表を見ただろ。それを覚えていただけだ」

 

 

本当は【鑑定】スキルを使って知ったのだが、それを馬鹿正直に伝える訳にもいかないので適当な方法をでっち上げることにした。

 

 

「だとしてもどの名前とどの人物が一緒かまでは分からないはずよ」

 

「分かるさ。俺は覚えていた女子生徒の名前と自己紹介してなかった奴を当てはめただけだ。てか、どうでもいいだろそんな事。なんだ? お前は名前を覚えられるのが嫌なのか?」

 

「ええ。貴方のような不気味な生徒に名前を覚えられるなんて不快でしかないもの」

 

 

 

………

 

 

        イマ、ナンツッタ?

 

 

 

俺はその言葉に力を込めた腕を堀北に向けようとしてーー。

 

 

しかしそれを静止させるかのように綾小路が間に入る。

 

 

「やめろ堀北。村上は馬鹿にされる事が嫌いなんだ」

 

「……ああ、そういえばクラスの人達が言っていたわね。入学早々野蛮なことをするのね。私からしてみれば理解できないわ」

 

 

……オーケーオーケー。たった今こいつの評価は決まった。そこまで強気な態度を見せるなら後で後悔させてやる。

 

そんな事を考え、俺は堀北に向けて言葉を言おうとした。しかしそれは叶わない。

 

 

「舐めてんじゃねえぞ! ああっ!」

 

 

突然、コンビニの外から怒声が聞こえて来る。何事かと外を見ればクラスにいた赤髪の不良と上級生らしき生徒が3人いた。

 

 

「お前、一年のDクラスだろ」

 

「あ? だからなんだよ」

 

「お〜酷え口の聞き方だな。上級生に対してよぉ」

 

「うるせぇ! やんのかコラ! 相手してやるからかかってこいよ!!」

 

「おー怖い怖い。まあ今日の所は見逃してやるよ」

 

「惨めなお前ら不良品を、これ以上虐めちゃ可哀想だからなぁ。アハハハハ」

 

 

そう言って上級生は去っていった。須藤(たった今【鑑定】で調べた)はそれにイラつくと持っていたカップ麺を地面に投げ捨てて何処かへ行ってしまうのだった。

 

 

「はあ……誰も彼も野蛮ね。私はもう帰るわ。これ以上いたら私の品位まで下がるもの」

 

「待て、俺に何か言う事があるだろう」

 

「ないわ。馬鹿にした事を謝れというなら断るわ。私は間違ったことは言っていないもの、さよなら」

 

 

そう言って堀北も帰路につく。俺はその後ろ姿をただ一瞥していた。

 

 

「……いつか、その品位をぶち壊してやる」

 

「……ッ」

 

 

俺が漏らしたその言葉に綾小路は目を少し見開くと俺の肩を強く掴んだ。

 

 

「待て、何をするつもりだ」

 

「……別にどうもしねえよ。俺もただ帰るだけだ。カップ麺の処理ならしといた方がいいぞ。監視カメラに撮られてるからな」

 

 

その言葉を最後に、俺もその場から去る。その時、背後にいた綾小路から観察するような目線を向けられている事を感じていた。

 

◇◇◇

 

 

ところ変わって先程去っていった3人の上級生。彼らは愉快に笑いながら先程の不良について笑っていた。

 

そんな彼らを俺は【気配遮断】で追跡し、人気のないところまでくるのを確認する。先程堀北のクソアマと話していた最中気になった事を言っていたのでそれを吐かせようと思ったのだ。

 

俺は気持ちを切り替えると【気配遮断】を解いて話しかけた。

 

 

「いや〜先輩方。こんにちは」

 

「「「っ!?」」」

 

 

突然そんな呑気な言葉が聞こえ、上級生達は振り向く。気配が全く感じ取れなかった事に3人は困惑するも、目の前の俺に話しかけてきた。

 

 

「だ、誰だお前は?」

 

「一年の村上光太と言います。実は先程の会話を少し耳にしまして……何でもDクラスが不良品だとか」

 

「は?……ああ成る程、お前もしかしてお前もDクラスか?」

 

「ええ、実はそうなんですよ」

 

「はっ! だとしたら何のようだ? 俺たちは何もおかしな事をしていない。ただ単に事実を述べただけで……」

 

 

『黙れ』

 

 

俺が言った言葉に、突然3人は黙り込むとまるで人形のようにその場に佇んだ。

 

 

『……本当はもっと時間をかけようとしたが、今俺は気分が悪い。だからさっき気になった事を簡潔に聞く。だからお前らも簡潔に応えろ。この学校のシステムについて』

 

「「「……はい」」」

 

 

俺が今行使しているのは中級暗示魔法。

 

こちらが質問した事に対して応えさせたり、行動をある程度強制させる事ができる。中級なので完全な洗脳はできないが一般人相手ならとても効果的な力だった。

 

 

その力を使い、俺はこの学校についての話を聞いた。

 

 

すると重要であろう単語が発せられた。

 

 

 

Sシステム。

 

リアルタイムで生徒を査定し、数値として算出するようで、各クラスを統制するために設けられている制度のようだった。これを3年次修了の時点で全クラスと競い合い最後にAクラスだった者達の進路を保証するらしい。つまり、この学校が掲げている就職率・進学率100%というのは一部の生徒のみに限定されたものという訳だ。

 

 

「つまり、現時点でDクラスにいる奴らは入学当初から評価が低い生徒…不良品という事になる訳か」

 

「「「はい、そうです……」」」

 

「ちっ、あのクソ職員。言う通りにやったかと思えばそんな事しやがったのか。後で絶対にぶっ殺してやる……」

 

 

俺は舌打ちをしながら入学手続きをした職員へ殺意を抱いた。

 

 

思えばあのコンビニの無料商品も俺たちに学校のルールを気づかせるヒントだったという訳だ。

 

 

なお、詳しい査定方法は非公開らしく、少なくとも分かっているのはポイントの増減がある特別試験がある事、普段の生活で問題を起こしたらクラスポイントが引かれるという事だった。

 

 

「他に重要な情報はないか……て、クソ。思ったより減ったな」

 

 

と、ここで俺は魔力の残量が大幅に減っている事に気づく。

 

 

魔法を使う為には魔力が必要だ。魔力というのは体力と同じで使えば消費させるし乱用すればバテてしまう。これの消費を抑え、すぐに魔力を回復させるのに一番効率的なのは空気中に存在する魔素を体内に取り組む事だ。

 

もちろんこの世界には魔素というものが存在しない為、回復効率はすごく悪い。魔力を回復させるのは俺が持つスキル【自然魔力回復上昇】しかないので迂闊に使用すると魔法が使えなくなる。故に俺はここで暗示魔法の行使を止める事にした。

 

 

「あ、あれ…? 俺たち一体何を……」

 

 

そんな呑気な事をほざきながらポカンとする3人を一瞥すると、俺はその場から離れるのだった。




村上光太のデータベースはもうすぐで公開します。


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水泳と堀北の羞恥

本当はここで5月のポイント宣言が来るはずだったのに思いの外時間がかかってしまいます。無人島編などを楽しみにしている方、誠に申し訳ございませんが、まだお付き合い願います。


この学校のシステムを上級生から聞き出し、既に数週間が過ぎようとしていた。いつものように一人で席に座っていると普段とは違う事が起きた。

 

 

「おはよう山内!」

 

「おはよう池!」

 

 

なんと登校が遅い池や山内が既に来ていて、気味の悪い笑顔をしていたのだ。

 

 

「いや〜授業が楽しみすぎて目が冴えちまってよ〜」

 

「わかるぜ? 何てったってこの時期から水泳があるなんてさ! 水泳って言ったら女の子! 女の子といえばスク水だよな!」

 

 

……成る程。女の子のスク水姿目当てで早起きしたって訳か。別にその考えが悪いとは言わない。だが、池や山内程度の人間が女を手にしたいなら時と場合を選んだ方がいいと思った。現に二人の姿を見ていた一部の女子生徒もドン引きしている。

 

 

「おーい博士ー。ちょっと来てくれよー」

 

「フフッ、呼んだでござるか?」

 

 

そう言って池に呼ばれた外村ーー通称『博士』はパソコンで色々と操作をして、キーボードを叩いている。どうやら女子の胸のサイズをランキング付けして賭けをするようだった。何とも馬鹿馬鹿しいが、男子生徒たちはそんなこと気にせず群がっている。お前ら、教室に女子がいるの分からないのか…?

 

 

因みに俺はその賭け事に誘われなかった。まあ入学早々あんな事をした為仕方がない。それに俺個人としても参加したいとは思わない為、気にしないことにした。

 

 

それから数時間後、水泳の授業となり俺たちは更衣室に向かった。池や山内の元気はとどまる事を知らないかのように盛り上がっている。

 

そんな事を気にせず、俺は制服を脱いだ。

 

 

「……て、おわっ!? む、村上。お前その身体傷だらけじゃねえか」

 

 

俺の身体を見たとある男子生徒が驚きの声をあげ、他の生徒も見て驚く。俺の身体の至る所には大きな切り傷、火傷跡があり見るからに痛々しい。気になるのは当然だろう。

 

 

「まあ…中学時代色々あったからな。話しても面白いもんでもないし気にすんな」

 

 

俺は適当にあしらい、着替えを再開する。異世界で戦った後の傷ですとか言っても信じるわけないし説明も面倒だ。それにこうしておけばこれ以上深追いはしてこないだろうし、話題にも上がらないだろう。

 

 

そしてついにプールにつきしばらく待っていると、女子生徒達が更衣室から出てきた。

 

 

「長谷部がいない! ど、どういう事だ!? 博士……て、後ろだ!!」

 

「ンゴゴッ!!」

 

 

どうやら池達の目論見は失敗したようだった。言わんこっちゃない……黙ってたけど。

 

 

「ね、ねえ見てあれ……」

 

「どうしたの…て、うわっ!」

 

 

そんな事を考えていると女子生徒達が俺を見てヒソヒソと話をしていた。おそらくは俺の身体の傷のことだ。彼女達は俺を見て何を思っているだろうか、同情? 嫌悪? 少なくとも良い感情を向けてくることは無いだろう。

 

と、ここでクラスのアイドルである櫛田がスク水姿でやってきた。

 

 

「村上君、凄い傷だけど大丈夫? 水で滲みたりしない?」

 

「大丈夫だ。昔の傷だし問題ない。てか痛かったら普通に休んでる」

 

「そっか〜良かった〜。というか傷で分からなかったけど、よく見たら筋肉がしっかりついてるね。中学では何かやってたの?」

 

「まあ素振りとか体力作りはしてたからな。色々と試してたら自然とこうなった」

 

「剣道部だったって事? 凄いな〜、私も運動はできるんだけど得意なものがないんだよね……ちょっとさ、筋肉触らせてもらってもいい?」

 

「あ?  別にいいけど…」

 

「ありがとう。じゃあ早速…お〜硬いね〜。ちゃんと運動してた成果が出てるよ」

 

 

そう言って櫛田は俺の身体を触って来る。俺はそのまま何もできないので櫛田のスク水を見ることにした。こうしてみると彼女の身体はスク水によりラインが浮き彫りになっていて扇情的だ。

 

この子のスク水を脱がしたらどんな表情をするのか……そんな気持ちが頭によぎる。池達と似たような思考で嫌だが俺の女子に対する欲望は普通に存在していた。そんな事を考えていると櫛田が顔を赤く染めこちらを見ている事に気づいた。

 

 

「む、村上くん。そんなにジッと見られると恥ずかしいな……」

 

「あ、バレたか。目の前にあるもんでな。むしろ櫛田は俺の身体を触ってるんだしおあいこだろ」

 

「そ、それはそうだけど……何だか変な気持ちになっちゃうから…」

 

「お、おい村上っ! 俺の櫛田ちゃんをガン見すんじゃねえよ!」

 

「そうだそうだっ!」

 

 

池達は殺意を持った表情で俺につっかかってくる。こういう時だけいつものように怯えないから困ったものだ。俺はため息を吐きながらも殺意を持った目で池達を睨みつける。それに一瞬たじろぐが怒りがおさまりはしなかった。

 

 

「よーしお前ら集合しろー」

 

 

そんなふうに騒いでいると体育教師から声がかかり、生徒達は集まる事になった。

 

 

「見学者は16人か。随分と多いーーて、おおっ。村上、その傷は……」

 

「あー気にしないでいいっすよ。別に問題ないんで」

 

「そ、そうか。ならいいんだが……よし、なら準備運動をして泳いでいくぞ」

 

「あの先生、俺あんまり泳げないんですけど…」

 

「問題ない。俺が担当すれば克服させる。それに泳げるようになっておけば必ず役に立つ。必ず、な」

 

 

何とも含みのある言い方だ。ここにもSシステムのヒントがあるのだと感じる。他の生徒は全く気づいていないようだった。

 

そんな訳で水泳の授業が始まりしばらく泳いでいると先生からまた号令がかかった。

 

 

「よし、一通り泳いだ事だしこれから競争を始める。1位になった生徒には特別に俺から5000プライベートポイントを支給しよう。1番遅かった奴は補修だ」

 

「え〜マジすか」

 

 

池がそんな悪態をつくがポイントが貰えるという事で割と盛り上がり競争が始まった。

 

 

まずは少数の女子から始まっていき最終結果は水泳部の小野寺が一位。そして忌々しきクソアマの堀北が2位という結果になった。

 

 

何とも気に入らずイライラしていると男子の番になり第一走者が台の上に立つ。みると須藤や綾小路が立っていた。

 

 

その結果は須藤が一位。綾小路が10位だった。

 

「25秒…早いな。須藤、水泳部に入らないか? 練習すれば大会も狙えるぞ?」

 

「俺はバスケ一筋なんで。水泳なんて遊びですよ」

 

 

そんな声が聞こえたが、俺は別のことで頭がいっぱいだった。言わずもがなそれは綾小路の事。能力が優れているにもかかわらず、あいつは本気を出さずに競争したのだ。俺からしてみれば舐めプ以外の何者でもない。

 

 

「(実力を隠す方向性なのか……馬鹿が。力を持っていながらそれを使わないなんて、愚か者のクソ野郎じゃねえか。駄目だ、見ててイライラしてくる)」

 

 

俺は本気を出さない奴が大嫌いだ。舐めてかかってろくな結果も出さない癖に最終的にいい所だけを持っていくような人種はロクな奴がいない。異世界で過ごしてきた俺の持論である。

 

すると第二走者の準備がかかり、俺はジェラシーを払拭させるようにプールの飛び込み台に立つ。俺の隣のレーンには平田がいて、女子は平田に向けての歓声しかしていなかった。しかし、それもすぐに無くなることになる。

 

 

笛が鳴り、生徒達は一斉に飛び込んだ。一心不乱にばた脚を早く振り俺は一着を取ることに成功した。

 

だがそれは当たり前。俺の本当の目的はタイムにあった。

 

 

「2、22秒57……だと」

 

タイムを測っていた教師は驚いたようにタイムを宣言する。圧倒的な数値に驚いたんだろう。みれば見ていた生徒達も陰キャの見た目をした俺が出した結果に呆気にとられていた。まさに異世界スペックの肉体だからこそできる芸道だ。

 

「村上、お前水泳部だったのか? この速さは尋常じゃないぞ」

 

「昔泳ぎまくっただけですよ(海のモンスターと戦う為に散々泳いだからな……)」

 

 

内心でそう言いながらも俺は自分の泳ぎに満足した。そんな心境でいると、2位で泳いでいた平田が話しかけてくる。

 

 

「凄かったね村上君。僕じゃ全然叶わなかったよ」

 

「別に平田は水泳部じゃねえんだし気にすることでもないだろ。俺は経験者だからできただけだ」

 

 

そんな事を話していると、またもやプールが騒ぎ出す。みると第三走者の泳ぎが終わっていて高円寺が髪についた水を払っていた。

 

 

「こ、こちらも22秒台!?」

 

「いつも通り私の腹筋、背筋、大腰筋は好調のようだね〜。悪くない」

 

 

高円寺は満足したように頷く。どうやらこちらの実力者は本気でかかってくるようだった。

 

 

「む、村上も高円寺も早すぎるだろう。須藤、いけんのか」

 

「お、面白えじゃねえか。全員叩きのめしてやるよ」

 

 

池の言葉に須藤は意気込んでいたがその声にあまり覇気は感じ取れなかった。

 

 

そしてついに決勝戦。俺、高円寺、須藤は飛び込み台に立つ。

 

 

「やあ村上ボーイ。君がまさか私と同等の泳ぎを見せるとは思わなかったよ。久しぶりに私も楽しめそうだ」

 

「…随分と上から目線だな。お前に吠え面かかせてやるよ」

 

「おいお前らっ! 俺を忘れてんじゃねえぞ!」

 

 

そんな会話が発せされ、全員がスタートの体勢になると、笛の合図で一気に飛び込んだ。

 

 

この時点で須藤は出遅れるように距離を離されていき、俺と高円寺がアンカー争いになる。

 

俺は異世界の肉体スペックがあるにも関わらず、高円寺を離せないでいた。このまま拮抗するかのように俺たちはゴールまで泳ぎ、ついに決着がつく。

 

 

「21秒…村上と高円寺の同着だ」

 

『おおおおおおおおッ!!!』

 

 

プールに驚きの声が上がる。結果としては勝負がつかなかったが俺としては負けた気分だ。

 

 

「ドンマイ須藤。頑張ったぜ」

 

「……クソがっ!!」

 

 

須藤は励まされながらも悪態をつくのだった。

 

 

 

「村上、やっぱり5万ポイントやるから今からでも水泳部に……いや、事情があるのが分かるが…」

 

 

先生は俺を水泳部に勧めようとしたが傷跡のこともあり口籠ると最終的には断念したようだった。5万ポイントは魅力的だったが三年間拘束されると考えると割りに合わないのでそのままスルーした。

 

 

 

 

 

 

 

 

……しばらくして、俺は突然堀北への仕返しを思いついた。それは今しか出来ない事で堀北を確実に不快にさせる行動。それをスク水を着ているこの状況でできる事に気づいたのだ。

 

 

俺は堀北がプールサイドを歩いているのを確認して、移動速度を見極める。そして利き手の人差し指と中指を立てると魔力を込めた。

 

 

(いまだ。……“エアロスラッシュ”)

 

 

そう言って俺は風属性初級魔法である風の刃を堀北のスク水に目掛けて放った。

 

 

この学校が指定する女子のスクール水着は旧型とは違い、パイピングという紐が肩にかかっているタイプだ。故にその肩にかかる紐に向けて極小の風刃が放たれると……

 

 

ブチンッ!

 

 

「へ?」

 

 

ブルンブルンッ……。

 

 

「……き、きゃあああああああッ!!??」

 

 

「「「「「うおおおおおおッ!!!」」」」」

 

 

堀北のスク水の紐は風刃により切られ、胸が露わになったのだ。

 

 

堀北はその場にしゃがみ込み、男子生徒達は熱狂する。他の女子生徒は彼女の周りを隠すように囲んだ。

 

「こっち見るな男子っ!」

 

「堀北さん大丈夫?」

 

「え、ええ……問題ないわ」

 

 

堀北は強気に言っているが顔は真っ赤に染め上がり少しだけ涙ぐんでいるようだった。

 

「(へっ、ザマァ堀北〜。そのまま男子共のオカズにされるんだな)」

 

クズすぎる考えをしながら、俺は内心で歓喜する。ともかくこれなら誰かが何かをしたなどと疑われる心配もないだろう。我ながら魔法は便利で最高だ。

 

因みに俺も知らない櫛田の心境はというと……

 

 

(は! ザマァ堀北! 男子どもに胸を見られるなんてご愁傷様ね。そのまま男子共の妄想のネタにでもされろ!……)

 

 

偶然にも俺と同じことを思っていたが、誰も気づくことはなかった。

 

画してこの授業は堀北のオッパイがボインボインした件という事もあり、頭文字を取って『OBB事件』という名前で男子生徒の話題となったのであった。




出ました! 櫛田のスク水描写と堀北のトラブル展開!

これが書きたくて書きたくて仕方がありませんでした。


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注意と忠告

まだ数話しか投稿してないのにお気に入りがもう一つ投稿しているハイスクールddの二次創作を超えた。びっくりです。


堀北の『OBB事件』より数週間後。

 

その後の学校生活でも、Dクラスの連中はSシステムについて知る事なく、10万ポイントを使い悠々自適な生活をしていた。

 

 

女子生徒は服やアクセサリーを購入し友人同士で見せびらかし、ある男子生徒は8万もするパソコンを購入したとの事だ。あまりの滑稽さに呆れてしまう。

 

 

さらには教師が注意しないのをいい事に、授業中の態度すら悪化していった。私語や携帯をいじるのは当たり前、遅刻欠席も常習する連中が現れている。まさにDクラスに相応しい生徒とも言えた。

 

このままだと学校側に不評ばかりつけられ、クラスポイントは0になってしまうだろう。

 

だが俺はSシステムについて語る事なく生活していた。

 

 

こいつらには一度痛い目を合わせるのがベストだろうし、何より悲惨な状況を楽しみにしている俺もいた。それに俺個人としては稼ぐ方法も見つけているし何ら問題はない。

 

 

「ぎゃははっ! お前それ面白すぎるだろ!」

 

 

そんな事を考えていたら池の笑い声が教室に響き渡り、思考が中断する。現在は授業中にも関わらず大声で笑うとはいい度胸をしている。だが他の生徒達も私語や居眠りをしていた。

 

 

「ねえ、この後カラオケ行かない?」

 

「うんっ、行く行く〜。他のみんなも誘おうよ〜」

 

 

近くの席にいる女子生徒達もそんな会話を堂々としていて教科書すらロクに開いてない。

 

 

 

それを見て俺は苛立ちを覚えた。真面目に受けろと言うような優等生ぶる気はない。俺だって格好は授業を受けているように見せているが教師の話は全然聞かず考え事ばかりしている。だが耳障りな声がずっと聞こえてくるのは我慢ならなかった。

 

 

なので俺はそれを解決させるために大声を上げた。

 

 

「黙れッ!!!」

 

 

突然の俺の叫びに生徒達の私語だけでなく教師も黙り俺へと目線が集まる。俺はそれを確認すると誰のとも目を合わせず、ただ黒板を見ながら言った。

 

 

「……耳障りなんだよ。お前らは幼稚園児か何かなのか? くだらねえ事で盛り上がってねえでその口を閉じろ。俺は馬鹿にする奴が嫌いだが、俺を不快にさせる奴も大嫌いだ……分かったか?」

 

 

それだけ言うと俺は黙り教室全体が静かになる。しばらくそんな沈黙が続いたが、ハッとした教師が授業を再開させた。

 

 

「…え、ええじゃあ、次のページを開いてくれーー」

 

 

そう言って再開され、先程とは比べ物にならない程大人しくなったが、コソコソと話しているのを【聴覚拡大】で聞き取った。

 

 

「なんだよアイツ、優等生気取りかよ……」

 

「マジで最悪なんですけど……」

 

 

ドカンッ!!

 

 

俺は机に拳を叩き込み再び教室を黙らせる。

 

 

「……聞こえてんだよ池、篠原。黙れってのが理解できなかったのか?」

 

 

名指しされた二人はバツの悪そうな顔をして今度そこ黙り込む。その後教室はお通夜状態となり、生徒全員が大人しくなったのだった。

 

 

 

 

 

 

そんな事があった後、社会の授業となり担当である茶柱が教室にやってきた。

 

 

「ん? 今日は随分と大人しいな……まあいい。今回はまじめに受けてもらう。月末により小テストを行うからな」

 

「え〜聞いてないですよ〜」

 

「そう言うな。今回のテストは成績に反映されない。安心して受けろ。ただしカンニングは厳禁だ」

 

 

そう言うと前からプリントが回され俺はそれを受け取る。テスト内容は全教科を複合した数問のテストであり範囲は中学生レベルだと分かった。最後の3問だけは高校一年じゃ解けない範囲だが俺にはそこまでの難易度でもなかった。

 

 

「(俺は既に【知能拡大】と【記憶演算】のスキルで大体のことは覚えてんだよ。あ、でもこの中学数学よく分からんな…)」

 

 

俺は入学前に高校の範囲をスキルで覚えていた。試験勉強をせずに済むためにやった事だが一年間異世界にいなかった分の範囲は高校で使う必要はないと判断して飛ばした所があった。恐らくそこで見落としたのだろう。

 

 

「(まあいいか。90点以上は取れるし適当にやっちまおう)」

 

 

そんな事を考えながら、俺は問題に回答を書き込んでいった。

 

 

 

◇◇◇

 

その小テストからさらに数日。

 

今日は学校のない休日であり、俺はケヤキモールに足を運んでいた。だが買い物目的でここに来たわけではない。クラスポイントが0になっても問題ないように資金源を確保するために来ていた。

 

 

俺はケヤキモールにあるファミレスに入る。店員に何名か聞かれ待ち合わせと伝えると、テーブルに案内してくれた。

 

そこには一人の男子生徒が顔を隠すかのようにマスクをしていて何処か挙動不審だった。俺はついでに店員にクリームソーダを頼むとその席に腰を下ろした。

 

 

「こんにちは先輩。そんな怪しそうにしてたら余計目立ちますよ」

 

「…な、なんでこんな場所を指定したんだよ…! 注文するような店を指定させるんじゃねえ!」

 

「知りませんよそんな事。俺はアンタとの取引でここにいるがバレるようなヘマをするつもりもないですし。というか主導権は俺が持ってるんだから文句言うな」

 

 

そう言って落ち込むのは三年Cクラスの先輩。

 

 

この先輩は裏で交際している女子生徒の写真を秘密で売りポイントをゲットしているクズ野郎だ。

 

この高度育成高等学校に通う生徒はSシステムで査定されポイントを支給される。そこでポイントが少ないCクラスやDクラスは生活をより良いものにしようと画策し、賭博や盗撮をする生徒が意外に存在するのだ。

 

 

そんな奴らを俺は【気配感知】【気配遮断】などで追跡して裏取りを実行。その売り渡している最中の現場を使い捨てカメラで見せつけるように撮影して、先輩に見せつけているのだ。

 

 

「これをばらされたくなかったら、俺と契約してポイントを渡せ」

 

 

という訳で、似たような事をしている奴からもポイントを奪い取り、俺は生計を立てているのだった。

 

 

因みにAクラスやBクラスじゃないのは勘付かれるのを防ぐ為。上位クラスにはキレ者がいるのが多いからな。CクラスやDクラスにもいない訳ではないが既にクラスに上がる気力は失われているのでバレる事はない。

 

 

「ほら、早く口止め料払ってくださいよ。早くしないと俺の気分が変わって学校に報告するかもしれませんよ?」

 

「ク、クソ……なんで俺はあんな馬鹿な事…」

 

 

そう言って先輩はポイントを振り込み、俺がそれを確認すると契約書を回収して取引を終わらせる。

 

 

「じゃあ初回の件は終わりなんで、毎月のポイントも忘れないでくださいね。学校側にも不審な様子は見せないように。契約者に書かれた内容を暴露されればアンタの人生は終わり。実質俺が握っているようなものですから」

 

「う、うるせぇ……分かってるよ…」

 

 

覇気のない声を発しながら、先輩はファミレスを後にした。それを確認すると携帯の表示に目をやる。現在俺のポイントは70万と記されていた。

 

 

「随分と溜まったな〜。CやDの連中はロクな奴がいないから嵌めれば絶好のカモだ。これで生活に差し支えはないだろう」

 

 

俺はポイントを見て満足すると、注文したクリームソーダを優雅に飲んでいた。

 

 

 

 

「あれ、村上君?」

 

 

俺を呼ぶ声が聞こえ、そちらに顔を振り向く。そこにはDクラスのイケメン平田とギャルの風貌をした軽井沢がいた。

 

 

「どうしたんだいこんな所で。もしかして誰かと待ち合わせ?」

 

「誰かと会っていたのは事実だがもう用件は済んだ。今は一息ついている。というか、二人きりって事はデートか?」

 

「まあね。付き合い初めてからお互いを知るために結構してるんだ……良かったら相席しても構わないかい?」

 

 

平田の提案に、腕を組んでいた軽井沢に緊張の表情が出た。

 

 

「ね、ねえ平田君。村上君も困るだろうし相席はやめた方がいいんじゃないかな?」

 

「それもそうだけど、少し彼と話したい事があるからさ。村上君、いいかな?」

 

「……俺は別に構わないが」

 

「ありがとう。軽井沢さんもいいかな?」

 

「……まあ、平田君がそういうなら」

 

 

軽井沢は最後まで顔を曇らせていたが妥協して渋々と相席に同意した。席につき注文表を見ると平田はミートドリア、軽井沢はオムライスを注文した。

 

ウェイトレスが注文を聞きはけていくのを確認すると、俺は改めて平田と向き合う。

 

 

「で、話っていうのは?」

 

「うん、話は授業のことだよ。村上君、クラスの人ともっと仲良くなる為にも怒鳴るような事はやめてほしい。できればその事についてちゃんと謝罪してほしいんだ」

 

「断る。というか、俺が謝るような事は一切ない」

 

「確かに授業中の私語や携帯をいじる行為は良くない。君が注意して止める事は正しいよ。でもあのやり方は僕は好きじゃない。篠原さん達だって反省はしてるだろうし、ちゃんと話せば仲良くできると思うんだ」

 

「無理だな。確かに初めはあれで大人しくなったが、既にあいつは俺の話をロクに聞かず私語を続けてる。他の連中も同じだからこれ以上はやっても無意味だ」

 

「そこは僕も協力するよ。だから一度話し合わないかな?」

 

 

何度言っても食い下がる平田に、俺は面倒くさいと感じた。

 

 

「はあ……始まってすぐだが、この話はやめにしよう。俺は譲歩する気はないしアイツらと仲良くする気もない。俺が馬鹿にしてくる奴を嫌いなのは知ってるだろう? 内心でやってるに違いないし、俺は奴等を見放す事にした」

 

「見放すって……そんな言い方ないじゃない」

 

 

軽井沢はそう言ってくるが俺はそれを無視して飲みかけのクリームソーダを啜る。授業中の話を聞いた時はSシステムに関連づけてくるのかと身構えもしたがそれも見受けられない。

 

気になった俺は平田に少し聞いてみる事にした。

 

 

「なあ平田、お前は10万プライベートポイントをもらってどう思う」

 

「え?……そうだね。僕はちょっと怖いかな。高校生に持たせるような大金じゃないし、このまま生活を続けて、無駄遣いの癖がついたら困るだろうしね」

 

「あたしはもっと欲しいと思うけどね〜。まだ買いたいものがあるし」

 

 

軽井沢も便乗して言ってくるが返ってきた解答は俺の求めるものではなかった。平田の知能なら少しは分かると思ったんだがどうやら見込みが甘かったようだ。

 

 

「はあ……その程度の認識か。平田、俺はお前を少し買い被ってたらしい」

 

「え? それはどう言う事だい?」

 

「どうもこうもあるか。案外お前には期待してたんだがな…」

 

「……ねえあんた。さっきからその態度はなんなの? 平田君はクラス全体のためにーー」

 

「黙れよ。お前に言われる筋合いはない。それに、もう注意する事ないからそんな心配はいらねえよ。池や篠原……いや、Dクラスはもうすぐ痛い目を見る事になるからな。嫌でも真面目になるさ」

 

「……それは一体どういう事なんだい?」

 

「じきに分かるさ。この学校が定めている、真の実力主義が何なのかを」

 

 

ヒントは与えた。平田には助け舟も出した。これ以上俺が言える事はないと判断すると、二人を置いて席を立ち、会計へと向かうのだった。




ポイント取得はちょっとご都合主義な面もありますがそこはご了承ください。


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Sシステムと実力行使

後書きに村上光太のデータベースを書いときました。見てみてください。


5月1日。

 

ついにSシステムが公開されるであろう運命の日がやってきた。生徒達はポイントが支給されていないと朝から騒いでいて状況を分かっていない。そんな奴らが今から絶望に落とされると思うと俺は楽しみで仕方なかった。

 

 

そして朝のホームルームの時間となり、茶柱が教室へと入ってくる。

 

 

「センセー、生理でも止まりましたか?」

 

 

池がそんなデリカシーのない発言をしたが、それを茶柱は睨みつけると席に座るよう促した。

 

 

「これより、朝のホームルームを始める。その前に何か気になる事があるようだが、質問はあるか?」

 

「先生、おかしいですよ。朝ポイントを確認しても全く振り込まれてませんでしたよ。何か不備でもあったんですか?」

 

 

本堂がそう発言し、他のクラスメイトも便乗する。しかし茶柱はそんな生徒達に冷たい目線を送った。

 

 

「前にも説明した通りだ。ポイントは毎月1日に振り込まれる。今月のポイントは既に振り込まれた」

 

「え……でも、ポイント増えてませんよ?」

 

「……はあ。お前たちは、本当に愚かな生徒だな」

 

 

いきなり茶柱は生徒を罵倒すると雰囲気を変え、生徒達を一瞥した。いつもとは違う茶柱の態度に生徒達は困惑しているようだった。

 

 

「ポイントは振り込まれた。これは間違いない。このクラスだけ忘れられていた、と言うこともない」

 

「いやでも、実際に振り込まれてませんし……」

 

 

本堂はまだ食い下がるように同じことを言うが、ここで高円寺が高笑いをする。

 

 

「ハハハ、理解したよティーチャー。この謎解きがね」

 

「は? どういう事だよ高円寺」

 

「簡単な話だ。私達Dクラスは0ポイントを支給された訳さ」

 

「それはないだろ。だって、毎月1日に10万ポイント振り込まれるって……」

 

「そんな言葉を私は一度も耳にしたことは無いね。そうだろう?」

 

「態度に問題はあるが、高円寺のいう通りだ。全く、これだけヒントを与えて、気づいたのは数人とは……」

 

 

茶柱はため息を吐くと、生徒達に真実を伝える。

 

 

「遅刻欠席、合計98回。授業中の私語や携帯を使用した回数、297回。極め付けは学校の備品への損傷。一月でよくもまあここまでやらかしたものだな。この学校は、クラスの成績がそのままポイントに反映される。この一ヶ月間のお前達Dクラスの実力を調査した結果、お前たちの評価は……0だ」

 

 

その言葉にクラスはざわめきだし、混乱が生じていた。俺はそれを楽しむように眺める。実に愉快だ。こうして自らの行いによって評価が下がったのだから自業自得としか言えない。だが学校の備品の損傷に関しては納得がいかなかった。おそらく俺が机を殴りまくった事だと思うが加減をしていたので少々欠けた程度だ。わざわざいう事でもないだろう。まさか……わざと大事のように言ってるのか?

 

 

そんな事を考えていると、茶柱は持ってきていた模造紙を黒板に貼る。そこには全クラスと数字が刻まれていた。

 

 

Aクラス 940

Bクラス 650

Cクラス 490

Dクラス 0

 

 

「これは各クラスの評価表だ。これを見て気づく事はないか?」

 

「……妙に綺麗に並んでいますね」

 

「その通りだ、堀北。この学校では優秀な生徒からAクラスへ、ダメな生徒ほどDクラスへ配属される。つまりお前達は、最悪の不良品という訳だ」

 

 

この言葉にクラスは混乱さらに強め、受け止めきれない現実に嘆いていた。高円寺や綾小路は微動だにしないが堀北は有り得ないといった表情をしていて俺もつい嬉しく感じてしまう。

 

 

「しかし逆に感心もした。一ヶ月で全てのポイントを吐き出したのは歴代のDクラスでも始めてだ」

 

「……これから俺たちは他の連中に馬鹿にされるのかよ」

 

「何だ須藤。お前にも気にする体面はあったんだな。だったら頑張って上のクラスに上がれるようにするんだな」

 

「あ?」

 

「クラスポイントは毎月の支給額と連動してクラスのランクにも反映される。つまりはお前達が他クラスよりポイントを得れば昇格できるという訳だ」

 

 

その事を言い終えると茶柱はもう一枚の紙を取り出し黒板に貼り付ける。今度はDクラス全員の名前と点数が表記されていた。

 

 

「さて、ここでお前達に知らせなければならない残念な知らせがもう一つある。この数字は先日行った小テストの結果だ。揃いも揃ってクズのような点数だ。良かったな、これが本番なら赤点を取った7人の生徒が退学になっていたぞ?」

 

「「「「「「「はあっ!?」」」」」」」

 

 

7人に該当された生徒達は驚愕の声を上げる。まあ入ってすぐにそんな状況に見舞われたら誰でもそうなるだろう。そんな生徒を見ていると高円寺は高らかに笑い出した。

 

 

「アハハ。ティーチャーがいうように、このクラスには愚か者が多いみたいだね」

 

「何だと高円寺! どうせお前だって赤点組だろ!」

 

「フッ。どこに目がついているのかね。よく見たまえ」

 

「あ、あれ? 90点!?」

 

「絶対須藤とおんなじバカキャラかと思ってたのに……」

 

「て、おい見ろ! 村上の奴95点も取ってやがる!」

 

「はあ!? なんであんな奴が頭いいのよ!」

 

 

……あ? 今言ったやつは誰だ? テメェが言えた口じゃねえだろうが…その喉潰してやろうか?

 

そう思い俺は立ち上がろうとすると茶柱はそれを察したかのように話を切り出した。

 

 

「それからもう一つ。この学校が誇る就職率・進学率100%の恩恵を得られるのはAクラスのみだ。それ以外の生徒には、何一つ保証する事はない」

 

「そ、そんな……聞いてないですよそんなの! 滅茶苦茶だ!」

 

「みっともないねぇ幸村ボーイ。男が慌てふためく姿ほど惨めなものはない」

 

「……お前はDクラスであることに不服はないのかよ、高円寺」

 

「フッ、実にナンセンスだ。学校側はただ単に私のポテンシャルを計れなかっただけのこと。私はだれよりも自分のことを評価し、尊敬し、尊重し、偉大なる人間だと自負している。それに私は将来高円寺コンツェルンの跡を継ぐことは決まっている。DでもAでも些細なことだよ」

 

 

それは何とも羨ましい限りだ。だがそうなるとこいつが本気を出す機会は気分次第ということになるんじゃないか? 別にクラスの為に何かしろとは思わないが手を抜いたら俺がこいつに制裁を加えてやろうか……。

 

俺は既に点数の罵倒ではなく、高円寺に対する対応を考えることにした。しかしそれを中断させる事が聞こえる。

 

 

「……これで浮かれた気分は払拭されたな。ではこれでホームルームは終了する。各人生活態度を改めより良い学校生活を送ってくれ。中間テストではきっと生き残れると信じているぞ」

 

 

茶柱は最後にそう告げると、教室を後にするのだった。

 

◇◇◇

 

 

「ちょっとあんた!」

 

 

茶柱が去り、クラスメイトが混乱している中、平田の彼女である軽井沢が俺の机の前に立ち思い切り机を叩いた。

 

 

「……何だ軽井沢。俺になんか用か?」

 

「惚けないでよ! あんた、先生が言った学校のシステム知ってたでしょ!」

 

「嘘っ!? それ本当なの軽井沢さん!」

 

「うん。前に平田君と一緒に話す機会があったんだけど、その時に真の実力主義だとか言ってたの。今までは何を言っているか分からなかったけど、絶対に今説明された事を言ってる!!」

 

 

その言葉にクラスの敵意は全て俺の方に向き罵詈雑言を浴びせる生徒まで出てくる。俺はゆっくりと立ち上がると教室全体を見渡すかのように顔を動かすと小馬鹿にする様に笑った。

 

 

「ああ、その通り。俺はこの学校のポイント査定ーーSシステムについて認知していた。だから黙っていたと言われれば、それは正しいと言える……だが、それがどうした?」

 

「何だと! ふざけるな!! ならば何故それを言わなかった!」

 

 

Dクラスの配属に納得のいっていない幸村がそう叫ぶが俺は馬鹿にするように見つめながら応えた。

 

 

「何をアホな事を抜かしてやがる。俺はこの一ヶ月間授業中に黙れと言い続けたぞ。それなのにお前らは直さないどころか俺に悪口を言ったり無視した。そんな奴らを何故助ける必要がある。意味がわからないな」

 

「村上くん、そこまでにして欲しいな。それ以上は言い過ぎだよ」

 

「言い過ぎ? 先に突っかかってきたのはこいつらだ。俺はただ反論したに過ぎない。それよりも平田。お前こそ何をしていた。俺はお前に可能性を助言しただろ。お前が中途半端な対応をしたせいでこうした結果になったんじゃないのか?」

 

「そ、それは……」

 

「……まあそんな事はどうでもいい。俺はすでにこのクラスを見放している。よって労力を割く事はない。不良品共のお前らが群がるなら勝手にしろ」

 

「はあっ!? ふざけんな! お前だってDクラスの不良品じゃないか」

 

「一緒にするなゴミが。俺は成績、運動共にトップの成績を残している。おまけにこの学校のシステムを把握して既に動いていた。それの何処が不良品なんだ? というか、ホームルームで阿鼻叫喚してたお前らは本当に笑えたよ。最高の喜劇だった」

 

「なっ…言わせておけばズケズケとッ!!」

 

「事実だからな。特に須藤、お前は中間テスト14点。ゴミ以外の何者でもないな。体面を気にする必要なんかないと思うぞ?」

 

 

俺が告げた言葉に、教室は凍りつく。言われた本人である須藤はゆっくりと俺の方を向くと眉間に青筋を浮かべていた。

 

 

「……んだとテメェ。今なんつった?」

 

「あ? もしかして耳も悪いのか? いや〜こりゃ救いようのない奴だな。本当同じ人間かどうかも疑わしい」

 

「っざけんな! 喧嘩売ってんのか!」

 

「しねえよ馬鹿が。俺は不良品の癖にそんな横暴な態度を取ってる事がおかしいと思っただけだ。もしかしてイキってんのか?」

 

「上等だ。陰キャだからって容赦しねえぞ!」

 

 

陰キャとは失礼な。確かに俺はオタクで前髪が長く顔が隠れているが、それはあまり俺の目を見せないためだ。決して陰キャというわけでない……と、そんな事を考えていたら須藤は俺の胸ぐらを掴みあげる。

 

 

「おいおいムカついたら暴力か? これで評価に影響が出るかもしれないぞ?」

 

「うるせぇっ! 今更減るポイントもねえだろうが! さっさとその口黙らせてやるよ!!」

 

「須藤君っ、駄目だ!!」

 

 

平田が須藤の暴挙を止めようとしたがもう遅い。須藤は拳を振り上げると俺の顔面へ力一杯振りかぶった。

 

 

 

パシッ!!

 

 

見てて退屈になるような須藤の拳を俺は片手で止めた。こんな柔な拳じゃ俺に一撃を与える事すらできない。

 

 

「……あ?」

 

「残念。腕力が足りないな。拳ってのはこうするんだ…よっ!!」

 

 

俺は胸ぐらを掴む須藤の腕を引き剥がすと右ストレートを須藤の鳩尾に叩き込んだ。

 

 

「……あがっ!?」

 

「どうした? 陰キャと思ってたやつが実は強くて驚いたのか? これが実力者と不良品の差だ。よく覚えておけ」

 

 

俺が先程須藤に挑発したのはこうして暴力沙汰に発展させて、他の奴を黙らせる事にあった。クラスでも武闘派と知られている須藤を鎧袖一触にすれば反論を言わず黙り込むだろうからな。事実その効果は的面でクラスメイトは怯えながら俺を見ていた。

 

 

「じゃあな不良品共。今日の所は俺は帰るから後は好きにしろよ。これからお前らの学校生活を楽しみに見させてもらうぜ。アハハハハッ!!!」

 

 

そう言って愉快に笑いながら、俺は教室を去るのだった。




『高度育成高等学校データベース』

村上光太
【評価】
学力   B+
知性   C+
判断力  B
身体能力 A
協調性  E一

【面接官からのコメント】
中学1年の終わりまでは普通の成績を持った生徒だったが、一年間不登校になってから能力が桁違いに向上した。しかし短気さに不安が見られる事、別途資料における事件との関連性が疑われている事からDクラスで監査すべきと判断する。
【先生からのコメント】
クラスメイトと折り合いがついていないので、交流を深めてほしい。



※全部Aみたいなつまらない事をせず、印象に残りやすい構成にしました。

《学力》一年のブランクとテスト欠席で成績評価はまあまあ。スキルや魔法で学力を底上げし現在成長中。
《知性》力づくで色々と解決させるのでそこまで高くない。
《判断力》異世界の戦いで培ったのでそこそこ。
《身体能力》有無を言わせず最強。だって魔王を倒した肉体だよ?
《協調性》一人で全て行うロンリーウルフ。


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堀北の不良品具合

アルバイトや大学のレポートで昨日の夜投稿できませんでした。そのかわりボリューム多く書いたので見てください。

まあこの後もバイトあって大変なんですけど。


先の一件から数日が経ち、Dクラスはようやく高校生らしい生活を行うようになっていた。遅刻欠席は大幅に減少し、授業でも真面目に取り組む姿勢が見られた。後から知ったが俺が帰った放課後、今後の対策会が開かれ生活態度を改める事を話し合ったそうだ。別にそんなの誰もが分かることだし対策会をする必要はないと思うが……。

 

とは言っても身のあることも話し合われたそうで、今後ポイントを手に入れる事が可能だと思われる中間テストで好成績をおさめようと勉強会を開くことが決定したらしい。

 

まあ、それで上手くいくかは怪しい所だ。特に成績が悪い須藤、池、山内は勉強会をボイコットしてテスト勉強すらしていない。このままでは3人が退学となりポイントが入ることはないだろう。

 

 

「さてさて、これからどうなることやら……」

 

 

 

「村上君、少しいいかしら?」

 

 

俺がこれから動向を気にしていると、スク水を破いて胸を晒してやった堀北と本気を出していない綾小路が俺の元にやってきた。

 

須藤を殴って大人しくさせて以降、俺はクラスの連中から危険扱いをされていて入学当初よりも孤立していた。話しかけて来るやつは小テスト一位の俺の助力を願う平田と、人当たりの良い櫛田ぐらいだ。故にクラスの注目を集めるが、俺はそんな事を気にせず堀北に目線を向けた。

 

 

「何だ堀北?」

 

「これから学食に行こうと思うのだけれど、一緒にどうかしら?」

 

「いきなり何を言うか思えば……クラス転属を認められなかったから俺に媚でも売り始めたか?」

 

「……何故あなたがそれを知っているか疑問だし、媚なんて売るつもりもないわ。話したい事があるから来て欲しいのよ。なんなら学食を奢るわ」

 

 

馬鹿かこいつ、奢った学食で何かをさせるのが丸わかりだ。俺はまだこいつに馬鹿だと思われているのだろうか。だとしてらムカつくが堀北の交渉力に若干興味の湧いた俺はその話に乗る事にした。

 

 

「いいぞ。そこまで俺と昼食を取りたいなら乗ってやるのが男の嗜みってもんだ。付き合おうじゃないか」

 

「その解釈は非常に不愉快だけれど、分かったなら早く来なさい。綾小路君もいくわよ」

 

「俺は強制なのか……」

 

 

綾小路は納得いかなそうな声をあげながら渋々堀北についていく。それを見ながら俺は二人についていくが、意味不明な組み合わせに訝しげな目線を向けていた。

 

【鑑定】ではどの数値も化け物の綾小路が堀北のいいなりになっている。実力を隠すのは入学時からだが、かといって堀北に従う必要性はないはずだ。もしや堀北には【鑑定】では見られない『何か』があるのではないだろうか。

 

堀北の交渉力に興味を湧いたのもそれが理由でもある。

 

 

食堂につき、一番高いスペシャルメニューを注文すると空いたテーブルの席にそれぞれ着く。

 

俺は皿に乗った揚げ物を齧りしばらく咀嚼すると本題に入った。

 

 

「で、話ってのは?」

 

「簡単よ。Aクラスに上がるために協力して。まずは須藤くん、池くん、山内くんを交えた勉強会を開くわ。貴方は指導兼見張り役よ」

 

「まあ、その話か……断る。前にも言ったろ、俺はDクラスを見放している。それは堀北、お前もだ。そんな言葉で動くわけがないだろ」

 

 

予想通りの展開に内心ため息を吐く俺。しかし堀北はめげずに話を続ける。

 

 

「クラスポイントが0のままでいいの? 今のまま三年間を過ごしたらAクラスに上がれず、就職や進学が困難になるわ」

 

「Aクラスは個人で上がればいい話だ。先生が言ったろ? この学校で買えないものはない。故にポイントさえ払えればAクラスに移動できる事が可能なんだよ」

 

「な、何ですって……!?」

 

 

堀北はそこで驚いた声を上げる。それもそうだろう。こいつにとってAクラスの切符は喉から手が出るほど欲しい筈だ。この事については前に上級生から暗示魔法で聞き出した情報だ。間違いではない。

 

堀北がその事に若干救いを感じている中、綾小路が話に入ってくる。

 

 

「その権利を得られるポイントは? 少なくとも数十万では済まないだろう」

 

「その通り、この権利に必要なプライペートポイントは2000万だ。まあ、入学時のポイントを維持しても2割もいかないな。因みに過去最大のプライペートポイント所持者はBクラスの1200万らしいぞ。といってもそいつは不正を働いて退学になったが。残念だったな堀北」

 

「……ッ!」

 

 

堀北の願いが一瞬で砕け散り、下唇を少し噛んでいるのが見える。そんな顔をすると思ったから言ったので俺は内心満足していた。

 

それにしても先程から堀北が言っていることは話にならないな。こちらに対しての旨味もポイントとか将来のこととか明らかに弱い。これでは交渉ですらなく、ただの要求だ。

 

 

「そ、そもそも日常生活に差し支えるし、普段過ごす上のポイントは欲しくないの?」

 

 

堀北の言葉に俺は無言で端末を取り出し、以前より増えた残高を二人に見せる。綾小路は相変わらず無表情だが、堀北は驚愕していた。

 

 

「9、92万ポイント!? あなた、どうやってこれを……」

 

「企業秘密だ。まあそんな訳で俺はポイントに困ってはいない。だから助ける理由はないな」

 

「だ、だとしても。そんな簡単に2000万なんて集められるはず……」

 

「なら、俺が初めての成功者になる訳だな。学校に伝説を残すなんて、青春ぽくてよくないか?」

 

 

某不可思議を探究する団長とかがいい例だろう。あの話は高校生に夢を見せてくれる良い作品だ。

 

それにしても堀北は俺のいった数々の言葉に少し動揺している。少しでも弱みをこういった対談場で見せれば食われてしまうというのに参ったものだ。

 

と、ここで綾小路がまた話に入って堀北の手助けを始めた。

 

 

「待ってくれ。お前は自己紹介で青春を謳歌したいと言っていただろう。クラスの為に何もしないともなれば、お前の望む青春の全ては送れないんじゃないのか?」

 

 

綾小路の言い分に、俺は確かに……と思う。

 

俺のような自由人は言っている事を実行したいと思っている。着弾点としては悪くないだろう。しかし綾小路はまだ俺という人間を知らないみたいだ。

 

 

「そんなの、この学校に入った時点で瓦解してる。ポイントで競い合うような学校で、クラスの不良品共と仲良くしろっていうのか? そんな余裕はないし、俺にも選ぶ権利ぐらいあるだろう。まあ……Dクラスの中にも可愛い奴はいるし、俺に尽くすってなら恋愛くらいはしてやってもいいが」

 

「……最低な考えね。聞いてて虫唾が走るわ」

 

「あ〜はいはいなんとでも言えよ。てか協力なら綾小路に頼めよ。少なくとも綾小路みたいな化け物を従えてるんだから見る目と度胸はあると思うしな」

 

「……貴方、綾小路君の実力を知ってるの?」

 

「は?……ああ、成る程。お前が従えてるんじゃなくて逆に従わされてるのか。それなら納得だな」

 

「待て村上、俺はただの生徒だ。実力も普通でーー」

 

「うるせえ。お前みたいに本気を出さない奴の言い訳なんか聞きたくねえんだよ」

 

 

綾小路の言葉を遮り、俺はもうすぐ食べ終わる食事に専念する事にした。

 

 

「……どういっても協力はしないのね」

 

「お前の言い方で聞く訳ないだろ。てか堀北、今のままじゃ須藤達を怒らせて勉強会すら開けねえぞ? あ、なんなら前の水泳授業みたいに胸を見せて頼んでみたらどうだ? 案外上手くいくかもしれないな」

 

「……ッ! 黙りなさい!!」

 

 

堀北は顔を赤く染めるとそう怒鳴り散らす。それに学食にいた生徒達の注目が集まり堀北はハッとすると渋々と席につきこちらを睨みつけて来る。彼女としてもそこは触れて欲しくない事だったらしい。

 

 

ここが引き時だろう。堀北の交渉…いや、交渉にすらなっていない要求を聞いても無意味だしな。俺はそう思い席を立つ。

 

 

「お〜怖い怖い。これ以上話しても無駄だろうから俺は教室に戻る。お昼美味しかったぞ」

 

「待ちなさいっ! あなた、私の奢りでスペシャルメニューをーー」

 

「ああ、ご馳走さん。心優しいクラスメイトがいて俺は嬉しいよ。その厚意だけは受け取っとくわ。じゃあな」

 

 

堀北の静止に止まることなく、俺はその場から立ち去るのであった。

 

 

◇◇◇

 

昼食の出来事から数日後の夜。

 

俺はケヤキモールの店で上級生と晩飯を食っていた。

 

 

「いや〜先輩、約束の品ありがとうございます。いった通り来月のポイントは免除しますよ」

 

「お、大きい声を出すなっ!? 何で毎回ケヤキモールの店で会うんだよ! と、とにかく渡したからな!!」

 

 

食事もせず帰っていく慌ただしい上級生を見送った後、俺は手に入れたプリントを見て微笑んだ。

 

これは中間テストの過去問。

 

俺はいつもの勉強法として過去問を解く勉強法を昔からやっていたのだが、どうやらこの過去問を手に入れる事が今回のテストの鍵になっているらしい。

 

 

「偶然手に入れちまったな〜攻略法。まあクラスの奴に渡す理由もないし、教えないが」

 

 

相変わらずのクズすぎる考えを誰かが知ったら怒るに違いない。

 

 

そういえば堀北は俺に断られた後、櫛田と嫌々協力して今日勉強会を開いたらしい。

 

だがいつもの毒舌を発揮して須藤を激怒させ結局池達にも逃げられたみたいだ。挙げ句の果てには協力してもらった櫛田にも辛辣なセリフを吐いたと図書館を利用してた奴らの声を盗み聞きした。

 

 

「(自業自得というか何というか……呆れを通り越して感心するな。堀北のヘイトは溜まりまくるだろうし、この先どうするのやら……)」

 

 

そんな事を考えながらも俺は晩飯を食べ終わり、寮へと戻る事にした。

 

 

 

ロビーの前まで来て入ろうとした直後、寮の裏手の方から声がしてきた。気になった俺は【気配遮断】を使ってその場をみると、そこには堀北と生徒会長の姿があった。

 

 

「鈴音。ここまでやってくるとはな」

 

「もう、兄さんの知っている頃のダメな私とは違います。追いつく為にここに来ました」

 

「追いつく、か…三年経っても未だに気づいていないのか。この学校に来たのは失敗だったな」

 

「それは……」

 

 

話を聞く限り、どうやら二人は兄妹のようだった。入学式や部活動説明会の際に生徒会長を【鑑定】で調べて凄い能力値の奴だなぁと記憶していたが、まさかあのクソアマと血が繋がっているとは……本当にご愁傷様だ。

 

 

「ん?」

 

 

と、ここで俺は【気配感知】で堀北兄妹の他…正確には俺が隠れている後方に誰かがいる事に気づいた。

 

 

「そこにいるのは分かってる。誰だ?」

 

「ーーーー」

 

 

その気配は俺の声に動揺した揺らぎを見せると、すぐさまそこから立ち去っていく。

 

 

「(誰だったんだ……? 異世界にいた時なら気配の違いで誰か分かったんだが……戻ってきて平和ボケしてたみたいだ)」

 

 

だが俺の後方に回る芸当は普通の人間にできることではない。おそらくは綾小路か高円寺、もしくは他のクラス、学年の奴か……少なくとも悪い事はしてないし俺は警戒を解いた。

 

 

すると裏手の方からドカッと倒れる音がした。

 

見れば堀北は生徒会長にコンクリの地面に投げ飛ばされていた。

 

 

「う、ぐ………」

 

「少しは痛みで自分の弱さを思い知ったか? 分かったならこの学校を去るんだな」

 

 

生徒会長はそれだけ言うとその場を去っていく。堀北は意識はあるようだったが痛みで動けないようだった。

 

 

「兄さん……」

 

 

堀北らしくもない弱々しい口調でそう呟く。これはイジメがいがありそうだと俺は【気配遮断】を解いて堀北に近づいた。

 

 

「よう、堀北。お兄ちゃんにいじめられて可哀想だな。もしかして泣いちゃったか?」

 

「……っ!? あ、あなた…何で……」

 

「偶然だよ偶然。それにしても無様だなぁ。盗み聞きしてたけどお兄ちゃんに認められたくてこの学校に来たって、その歳でブラコンかよ。クラスの連中が知ったら弄られるだろうな〜」

 

「…貴方には、関係ないわ」

 

「しかも大好きなお兄ちゃんについてきたと思ったら自分はDクラスで不良品扱い。Aクラスの生徒会長とは大違いだ。さぞや失望したんだろうな〜」

 

「……黙って」

 

「そして極め付けはキレたお兄ちゃんにコンクリに投げ飛ばされるとか!! 笑いを堪えるのに必死だったよ。あ、折角だし今笑うか! アハハハハーー」

 

「黙って!!!!」

 

 

堀北はそう怒鳴ってくるが俺は倒れている堀北の頭を脚で力強く踏んだ。監視カメラがないのでそれはもう思いっきり。

 

 

「あぐっ!」

 

「黙れよ不良品。こうなったのはお前の自業自得だろうが。俺に言ってきた勉強会だってろくにできない奴がAクラスに上がれる訳ないだろ。少しは勉強できるその頭で考えろや。もう手遅れだろうけど」

 

「……うる、さい………ゔぅ」

 

「あ? ついに泣いたのか? はあ…本当救いようがないな。もう学校辞めちまえよ。その方がみんなの為だ。分かったか?」

 

「………」

 

 

言葉を発せず涙を流す堀北を俺はしばらく見たが、興味が薄れるとその場に残して自分の部屋に戻るのであった。




書いちゃった。原作変えちゃったよ俺……

なんかノリに乗って書いたたら楽しくなっちゃって堀北の成長の始め妨害しちゃったよ。でも書いてる俺としては楽しかった。

まあ未来の俺が何とか面白くするでしょ。

てか須藤達退学させようかな〜……迷う。


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論破と勉強会

木曜中に書けなかった……。

区切りのいい所で終わらせたかったから長くなるし。

後今週末帰省で忙しいので投稿遅れるかもしれません。すみません。


堀北を踏んで罵倒を浴びせた翌日。俺は清々しい気持ちで自分の席に座っていた。

 

 

「(いや〜最高だったな。これで入学式早々に言われた罵倒の仕返しはできただろう。これからもっと追い詰めてやる。しかしまだ堀北は来てないな……もしかして、本当に退学したのか?)」

 

 

そんな考えが一瞬頭によぎったが、それは杞憂に終わる。しばらくして教室の扉が開かれ、目的の人物である堀北が姿を表した。

 

堀北はいつもより覇気のない感じで、無言のまま席に座る。それを見たクラスの連中はまるでいないもの扱いするようにしたり、クスクスと笑い出したり、小声で悪口を言い始めていた。そういえばクラスの一部で堀北へのイジメをしないかと朝話題になっていたな。平田や櫛田が止めていたがどうやら実行するらしい。

 

……俺は席から立つと席に座った堀北に近づいた。

 

 

「よう堀北、何で普通に登校してるんだ? 昨日学校辞めろって言っただろう」

 

「……」

 

 

堀北は黙って俯くばかりだ。数秒沈黙が続いたが俺は堀北の机を思い切り叩く。堀北はそれに驚いたのか肩をビクッとさせた。

 

 

「黙ってねえでなんか言えよ堀北。不良品のお前はここにいても意味がないから自主退学しろって言ってるんだよ。それがクラスの為にもなるんだからなぁ」

 

「村上君、やめるんだ。堀北さんはクラスの仲間なんだ。そんなことを言ってはいけない」

 

 

俺が一方的な弱い者イジメをしていると、クラスのリーダー平田が止めに入った。何だか焦りと恐怖の混じった不思議な顔をしている。そこに疑問を抱きながらも俺は止めようとする平田の手を払い除けた。

 

 

「平田、お前には関係ないだろ。それに他の奴らだってそう思ってるぞ? 何せ昨日の勉強会は散々だったみたいだからな」

 

「それは……だとしても、こんなイジメみたいな事をしてはダメなんだ!」

 

「平田君、別に止めなくてもいいと思うよ。堀北さんて昨日須藤君達を馬鹿にするだけで何もできなかったんだからさ」

 

「佐藤さんっ! 何を言って……」

 

「佐藤ちゃんに賛成〜。もうぶっちゃけるけど堀北さんてマジ最悪だよね〜。自分もDクラスなのに他人を馬鹿にしちゃってさ」

 

「そうだそうだ。優等生ぶるんじゃねえっつうの、アハハハッ!!」

 

 

その言葉がきっかけとなりクラス全体は堀北へのイジメモードになったのか、段々と行為がヒートアップしていく。

 

 

 

 

ーードカンッ!

 

 

 

 

俺は四月の授業中のように近くにあった机を殴りクラスメイトを黙らせた。目的通りクラス全体は先程の賑わいが嘘かのように沈黙する。そして俺を見る目は恐怖の感情が入り混じったものだった。

 

 

「黙れよ、不良品共。俺が言ったタイミングから便乗しやがって。耳障りなんだよ」

 

 

俺の言葉に、クラスメイトは反応すらしない。いや、正確にはできないでいた。そんな彼らを見渡すように眺めるとため息を吐いた。

 

 

「……はあ。お前らの頭って、本当にお花畑だなぁ。だから先生にも愚か者って言われるんだよ。お前ら、今の状況が分かってんのか?」

 

「は、はあ? どういう事よ……?」

 

 

近くにいたクラスの女子が困惑しながらも聞いてくる。どうやら本当に分かってないらしい。呆れる心を抑えながら、俺はそれに応えてやった。

 

 

「だってそうだろ。須藤、池、山内は結局勉強をせず一夜漬けで乗り切ろうとしている。これじゃあクラスポイントは絶対に得られない。そしてそんな問題が解決してないのに堀北を無視したり陰口を言うって……そんな事してる暇ないだろ! これが愚か者以外にあるのか? なあっ!!」

 

『………ッ!』

 

 

クラスメイト達は俺の言葉に何も言い返せなかった。当然だ、全くもって正論なのだから。俺は兎も角、こいつらはポイントが欲しいだろうし。

 

だがここで幸村が反論する。

 

 

「べ、勉強しない奴らがいるなら放っておけばいいだけだ。クラスポイントが0のうちは被害にならない」

 

「だからこの機会に成績が悪い奴を退学させるのか? 悪いがおすすめしないぞ。退学になって引かれるクラスポイントはその都度変わるらしいが、引くポイントが不足している場合、将来加算されたタイミングで行われるらしい。つまり今回の中間テストのポイントは勿論、将来貰える機会にも影響が出る」

 

「な、何だと……!?」

 

 

この言葉に幸村をはじめとしたクラス全体が驚愕し、黙り続けていた堀北までもが反応してざわめき出す。一部の生徒は考えてはいたんだろうが、確証がなかった為多少楽観的だったようだ。すると綾小路が会話に入ってくる。

 

 

「それはどうやって知ったんだ?」

 

「心優しい上級生から教えてもらったんだよ。感謝するんだな」

 

「待って……この学校のシステムなら先輩が無償で教える訳がないでしょう? 脅したんじゃないでしょうね」

 

 

堀北がそんな事をいう。昨日の件でやりかねないと思ったからだろう。

 

 

「そんな野蛮な事はしねえよ。俺はお前と違って人望があるからな」

 

「……嘘よ。あなたのような人間に人望なんてあるわけないじゃない」

 

「……それは僻みか?」

 

「ッ!? 黙りなさい!!」

 

 

俺の言葉でようやく元気(怒り)になり、吠える堀北だったが、それを無視して俺は話を続けた。

 

 

「兎に角だ。お前らが今すべき事は堀北を馬鹿にする事じゃなくて、そこの三馬鹿を会心させ、こいつらにあった勉強法をさせる事だ。これだけ言えばお前らでも分かるだろう。てか、クラスを見放してる俺がこんな事をお前らに伝えてるって……ゴミすぎだろ」

 

「いい加減にするんだ! これ以上クラスを馬鹿にするなら僕が許さない!!」

 

「ひ、平田君……!?」

 

 

平田は今までに見せた事のない迫力と勢いで俺に掴みかかってきた。

 

 

「おお、どうした平田? お前は暴力は嫌いじゃなかったのか?」

 

「君を止めるにはこれしかないだろう。クラスの為なら僕はなんだってする…!!」

 

「……その使命感がなんなのか知らんが、俺に楯突くっていうなら容赦はしないーー」

 

「二人とも落ち着いて!!」

 

 

俺が平田に制裁を与えようとした刹那、櫛田の叫びによって攻撃を中断する。

 

 

「ねえ村上君。もしかして須藤君達が試験を突破できる方法を知ってるんじゃないかな? 私達でも考えれば分かるだろうって事は、少なくとも村上君の中に方法はあるんだよね」

 

「……まあ、できなくはないな。だが何度も言ってる通りお前らに労力を割く理由はないぞ」

 

「お願い村上君。図々しい事は分かってる。みんなが村上君に酷いことをしたのも、真面目な高校生活を送ってなかったのも事実だよね。そしてそれは私も……強く止める事をしないで見てただけだった。でも、それでも私はっ、誰かが退学する姿なんて見たくない! だから……須藤君達の退学阻止を、手伝ってください」

 

「く、櫛田ちゃん……」

 

 

櫛田は深々と頭を下げそう頼み込んできた。俺は沈黙して櫛田を見続ける。そんな状況に、クラス全体は緊張に包まれた。

 

 

 

 

 

 

「……素晴らしい! 感動したよ櫛田!」

 

 

「へ?」

 

 

全くの予想外の返しに櫛田は何を言われたか分からず困惑する。しかし俺はそんな櫛田の肩を力強く掴んだ。

 

 

「こんな不良品達の為にそこまで出来るなんて、何て人格者なんだ! その溢れる慈愛…訂正しよう、お前は不良品なんかじゃない! まさしく、このクラスの救世主だ!」

 

「え、ええっ!?」

 

「いいだろう。櫛田の善良な思いやりに敬意を払って、俺はお前達に協力しようじゃないか」

 

「ほ、本当かい村上君!」

 

「ああ平田。お前のいうクラスの為、俺は尽力しようじゃないか。という訳で須藤、池、山内。お前達は今日から俺が指導してやる。当然参加するよな?」

 

 

俺は3人に確認をとる。

 

 

「……仕方ねえ。櫛田がここまでしてくれたんだ。俺だって本気でやるしかないだろ……」

 

「だ、だな! 俺だってやるぜ!」

 

「本気を出した俺の本領を見せてやろうじゃねえか!!」

 

 

それぞれが櫛田の想いを受け取り、やる気を見せる。これでモチベーションは向上しただろう。こうして三馬鹿の勉強指導が決定したのだった。

 

 

 

 

 

ま、テスト範囲が変わったことも過去問の事も今は言わないがな。

 

 

◇◇◇

 

 

「問題、帰納法を提唱した人物は誰だ?」

 

「あ、あれだ。すげえ腹の減る名前だったやつだ!」

 

「フランシスコ・ザビエルみてえなやつで……」

 

「思い出した。フランシス・ベーコンだ!」

 

「正解だ、これである程度は詰め込んだな。残り一週間この調子なら問題ないだろう」

 

 

数日経った放課後、俺は須藤、池、山内に勉強を教えてていた。範囲はスキルの恩恵で既に覚えているので中学一年間通っていない俺でも十分に教えられる。そのおかげで3人は少しずつ成長していた。因みに櫛田と堀北も一緒だ。前者は3人の要望、後者は助手兼小間使い兼嫌がらせである。

 

問題を解いた池は感心した声を上げる。

 

 

「しかし村上ってすげえな。頭いいだけじゃなくて教えんのもうまいのかよ」

 

「別に難しい事じゃない。お前らにあった勉強法を分析して効率よくやってるだけ。少し考えれば誰にでもできる」

 

「か〜成績優秀者はいう事が違うな。まあ俺らとしては、堀北がいるのは納得いかないけど……」

 

「堀北も勉強はできるからな。使えるものは使わないとお前らを助けられる確率が薄くなる。俺に頭を下げた櫛田の為だ、文句言うな」

 

「チッ、仕方ねえ。櫛田に免じて従ってやるよ。おい堀北。ここ教えろ」

 

「……ええ、ここはーー」

 

 

須藤の質問に堀北は暗い雰囲気の中教えている。内心は悔しがっていることだろう。自分がやろうとした勉強会が俺によって成立させられてるんだからな。

 

 

「おい、ちょっと静かにしろよ。ギャーギャーうるせえな」

 

 

そんな事を考えていた矢先、隣で勉強していた生徒が顔を上げそんなことを言ってきた。

 

 

「悪い悪い。ちょっと騒ぎすぎた。でもフランシス・ベーコンは覚えておいて損はないだろう?」

 

「あ? ……お前ら、ひょっとしてDクラスの生徒か?」

 

「だからなんだよ。文句あんのか?」

 

「いやいや、別に文句はねえよ。俺はCクラスの山脇だ。ただ何つーか、お前ら底辺と一緒じゃなくて良かったと思っただけさ。ポイント0のDクラス?」

 

「上等だ、かかって来ーー」

 

「来んな馬鹿が」

 

「ガホッ!!」

 

 

俺はかかっていきそうだった須藤の頭を掴み机に押さえつける。こいつは一丁前に威勢は良いが俺と違って後始末がつけられないため困ったものである。

 

 

「ま、事実はそうだな。こいつにもちゃんと理解するよう言い聞かせとく」

 

「は、はは……分かればいいんだよ。それにしても大変そうだな。お前らから何人退学者が出るか楽しみだぜ」

 

「他人の事ばかり気にしてたら、お前がその立場になるかもしれないぞ?」

 

「冗談よせよ。俺たちは赤点を取らないために勉強してるんじゃねえ。より良い点をとるために勉強してるんだ。というかお前ら、範囲外の所を勉強して何になるんだ? 不良品共」

 

「……あ? それは俺にも言っていることか? 俺を馬鹿にしているのか?」

 

「や、やめなさい村上くん! 彼らは他クラス、無茶な事はーー」

 

「はい、ストップストップ! この図書室を利用してるものとして、騒ぎは見過ごせないよ」

 

 

俺たちが言い争いをしていると、一人の女子生徒が間に入り、仲裁をはかってきた。その子は入学当初俺がマークしていた可愛い生徒、一之瀬帆波だったのだ。

 

 

「もし暴力沙汰になるんだったら、外でやってもらえる? それにCクラスも挑発が過ぎるよ。これ以上続けるなら学校側に報告するよ?」

 

「わ、悪い一之瀬。やりすぎた……おい行こうぜ」

 

「だ、だな」

 

 

一之瀬の忠告に山脇達は辿々しくしながら図書室を去るのであった。それを確認した一之瀬は俺の方に顔を向ける。

 

 

「君も無闇にこんな事はしない方がいいよ。クラス同士でのいざこざは大変なんだからね?」

 

「別にやる気はなかったさ。流石に俺もこんな大勢の場で他クラスと喧嘩はしない」

 

「そう? ならちゃんと気をつけてねっ! じゃあ私は行くから、大変だけど頑張ろう!」

 

 

そう言って一之瀬もこの場を去るのだった。改めて彼女を間近で見たがやはり可愛い容姿をしている。今回がファーストコンタクトなのが失敗だったがまた会える機会まで楽しみにしておこう。

 

そんなことを考えていると池が何やら顔を青ざめていた。

 

 

「さっきさ……範囲が変わってるって言ってなかったか?」

 

「そうだね…そんな事、先生言ってなかったと思うよ」

 

 

池の問いに櫛田がそんなことを言い始める。やっと気づいたか。まあ俺も過去問を見て裏取りしてから気づいたんだが。

 

 

「堀北、今から走って確認して来い。それくらいはお前でもできるだろ?」

 

「……分かってるわ」

 

 

指示を出された堀北は素早く図書室を去っていき、確認に向かう。しばらくして戻ってきた堀北は、暗い表情をしていた。

 

 

「……彼女が言ってた事は本当よ。数日前に範囲が変わったらしいわ。今私達が勉強していた所は全く出ない」

 

「そ、そんな…折角勉強したのに……」

 

「どうするんだよ村上! ここままじゃ退学になっちまうよ!」

 

 

山内の悲痛な叫びを何となく聴くと、俺は教科書をパラパラとめくった。

 

 

「じゃあテスト範囲の最初から進めていくか。お前らもページめくってーー」

 

「いやいやいやっ! 範囲が全部変わったんだぞ!! 間に合う訳ないだろう!!」

 

「問題ない。これからの勉強で十分挽回できる」

 

「はあ? 大丈夫なのかよそれ……」

 

「俺を信じないって事は、櫛田を信じないのと同じだ。お前らは頭まで下げた櫛田を最後まで信じないのか?」

 

「そ、それは……」

 

「分かったら黙って教科書を開け。問題ない。この試験、俺のいう通りにすれば突破できる」

 

 

俺の言葉に須藤達は不安げな表情を浮かべながらも指示通り勉強を再開し始める。櫛田や堀北はそれに合わせる他なかった。

 

 

「(そんな顔しなくたっていいのに。だって……この試験は、過去問さえ覚えればいいイージー試験だしな)」

 

 

そんなことを内心で思いながら、俺たちの勉強会は続くのであった。




3人の行く末、決めました……。

次回、その未来の一端を見ることになる……


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過去問と須藤の点数

数日間投稿停止して申し訳ありません。帰省の件やバイト、大学のレポートにエイティシックスのラノベを読んでたら更新が遅れました。
さらに区切りの良い所まで書いたら6000字になってしまったのも遅れた理由です。本当にすみませんでした。


範囲の変更が須藤達に認知されてから数日、試験期間も今日で終わり、明日から本番になっていた。

 

それまでの時間はDクラスにとって苦痛だっただろう。なんせ余裕のないテスト勉強で切羽詰まっていたのだから。

 

平田達にもテスト変更の情報は回り、須藤達同様なリアクションで悲惨な声を上げていたが、そんな事をしている暇もない為急ピッチで勉強をやり直した。

 

だがこのままでは得られるポイント少なくなるだろうし、それ以前に退学者が出て0ポイント生活が続くかもしれない。そんな思いをクラス全体が抱いているだろう。

 

 

 

 

そして、放課後。俺はクラス全員が残っている内に教卓の前に立つととあるプリントを掲げた。

 

 

「さてお前ら。今回の試験のキーアイテムを渡そう。前の奴から渡していけ」

 

 

言われた通り俺が渡したプリントを前から配り、生徒たちはそれに目を通す。

 

 

「これって、テスト問題……?」

 

 

誰かがそう呟いた。ま、何も知らなければそう思っても無理はないだろう。俺はそう思いながら、今の呟きを否定した。

 

 

「いや、違う。これは過去問だ。そんなもの貰って何になるんだと思う奴はいるだろうが、今回の中間テストはこれを手に入れる事が攻略法になっている。事実、過去数年の中間テストもこれと同じ問題が出題された。つまりこれを暗記すれば高得点間違いなし、少なくとも赤点はないって事だ」

 

「ま、まじかよっ!!」

 

 

その言葉にクラス全体が驚愕、その後プリントを持ちながら歓喜していた。

 

しかし俺が指導していた池が声を上げる。

 

 

「てか、この過去問があるなら何で俺たちに勉強させたんだよ!!」

 

「……もし仮に、早い時期に過去問を渡したらお前らは集中力を損なわず、真面目に勉強したか? 絶対にないだろう。今回黙ってお前らに勉強させたのはお前らの自己学習能力を高めるためだ。これでも文句あるか?」

 

「そ、それは……」

 

 

この言葉に池は口籠もり、他の面々は俺に意外そうな顔を向ける。Dクラスを見放したと公言していたのに協力したらここまでの助力をしたんだからな。

 

俺はそれをなんとなく察するが、特に気にする事なく話を終わらせる。

 

 

「ま、これで俺の協力は終了だ。ここまで尽力してやったんだ。これで退学を受けたらもう二度とお前らに協力はしない」

 

「んだよ、冷てえ言い方だなぁ」

 

「何度言わせるんだ山内。見放したお前らを助ける義理なんてそもそもなかったんだ。むしろこれで赤点取ったら許す訳ねえだろ。まあ、俺に最大の敬意を示すなら話は変わるがな」

 

「だ、誰がお前なんかに媚びるか! この過去問で高得点取って見返してやるからな!」

 

「過去問に頼ってる時点で粋がんじゃねえよ……まあ、お前に負けることなんて天と地がひっくり返ってもあり得ないがな」

 

 

俺はそんな事を言ったが、大半の生徒は過去問に浮かれていて聞いていないようだった。

 

 

「(もしこれで赤点を取るなら……いや、今それを考える必要はないか)」

 

「村上君……」

 

 

俺が内心で浮かんだもしもの未来(・・・・・・)を思考していると、テスト問題を抱えた堀北が俺の元に来た。

 

 

「何だ堀北。過去問を使うなんてズルだとでもいいに来たか?」

 

「ち、違うわ……。これを利用することは、私の中にはなかった。そしてタイミングとしても須藤君達にとっては今後のためになる。それが有効だということをクラスに教えてくれたことには……その…感謝するわ」

 

 

その言葉に俺は驚いた。他人を顧みない堀北の口から感謝という言葉が出てきたからだ。

 

 

「でも、だからこそ疑問だわ。貴方、何が目的でこんな事したの?」

 

「ハッ、簡単だ。馬鹿にしてる奴に自分のやろうとしていた事を平然とやって退けたら、お前はどう思う? 悔しいだろ? 俺はそんなおまえのプライドをへし折りたいからやったんだ」

 

「そ、そんな理由で……!?」

 

「俺には重要な事だ。だから櫛田の懇願に乗ったんだよ。それに健気な少女に手を差し伸べるのも青春っぽくていいと思わないか?」

 

「……おかしいわ、貴方」

 

「そんなおかしい奴に負けたお前は、それ以下だな」

 

「……ッ!」

 

 

堀北は俺の言葉に反論しようとするが、何を言えば良いか分からず口をつぐむ。それを鼻で笑った俺は早急に教室から出ていくのであった。

 

 

◇◇◇

 

そして試験当日。

 

俺が配った過去問を見て対策はバッチリなのか、Dクラス全体が自信に満ち溢れていた。試験時刻数分前になり教室へと入ってきた茶柱もそれを感じ取ったのか、愉快そうな笑みを浮かべる。

 

 

「さて、お前たちが立ち向かう最初の関門がやってきたわけだが、満足な勉強はできたか?」

 

「僕たちはこの数週間真面目に取り組んできました。このクラスで赤点を取る生徒はいないと思います」

 

「随分な自信だな平田。それが見栄でない事を祈るぞ。もし、お前たちが夏休みまでに退学者を出すことなく乗りきることができれば、夏休みにはバカンスに連れてってやろう」

 

 

その言葉にクラスの男子生徒達が反応した。

 

 

「ば、バカンス?」

 

「ああ。青い海に囲まれた島で夢のような生活を送らせてやろう」

 

 

茶柱の言葉に、男子生徒たちは一気にやる気のオーラを漲らせた。

 

 

「な、なんだこの妙なプレッシャーは...」

 

 

茶柱もそれを感じとり、男子からの尋常ではない圧に怪訝そうな顔をしながら一歩後退りした。

 

 

「皆.....やってやろうぜ!」

 

「「「うおおおおおおおおお!!!」」」

 

 

「うるせえな〜……そんな上手い話ある訳ねえのに」

 

 

そんな事を俺は耳を押さえながら呟いたが、男子生徒たちの声にかき消され、誰も聞くことはなかった。

 

この学校なら、そのバカンスとやらでなんらかのポイント増減がある行事を開催するに違いない。散々学校に痛い目を合わせられてきた癖にそんな事も分からないらしい。

 

 

 

そんな出だしで中間テストは開始された。一時間目は社会。茶柱の号令によりクラス全員が裏返されたプリントをめくり内心喜んだ。

 

俺が宣言したとおり、殆どの問題が渡された過去問から来ていたからだ。クラス全員は暗記した通りテストの空欄に答えをスラスラと書いていく。

 

 

国語、理解、数学……各時間のテストがその後も続きクラス全体は過去問の恩恵に救われていた。

 

そして残すは英語のテストだけとなり、休み時間池、山内、櫛田が集まっていた。

 

 

 

「楽勝だったな! 中間テスト!」

 

「俺もしかしたら120取れちまうかもしれないぜ!」

 

「みんな良かったね。須藤くんはどうだったの?」

 

 

櫛田は一人過去問に向き合う須藤に声をかける。そんな中、須藤は櫛田の声が聞こえていないように険しい表情で英語の過去問を読んでいた。

 

 

「……あ? ああ、わり。ちょっと忙しい」

 

「須藤君、もしかして…過去問やらなかったの?」

 

「これまでのテストはやった。でも寝落ちして英語だけはできてねえ…」

 

「「「ええっ!?」」」

 

「クソッ! 全然頭に入らねえよ……」

 

 

……

 

 

      はあ…やっぱりお前か須藤。

 

 

 

案の定というべきか、想定できた結果に俺は呆れた。勉強会でも須藤は寝落ちすることが多く前日に過去問を渡したとしても回避は難しいだろうと俺は思っていた。

 

俺がそんな事を考えながら須藤を見ていると、堀北が須藤の席に近づく。

 

「須藤くんっ。点数の振り分けが高い問題と答えの極力短いものをーー」

 

「う、うるせえ堀北! テメェの指図なんか受けねえ…」

 

「いいから聞きなさい! 退学になりたいの!?」

 

 

堀北の大声に須藤をはじめとしたクラス全員が驚きの表情を浮かべた。

 

 

「……私を嫌いなのは知ってるわ。私は貴方の将来を馬鹿にしたもの。でも今は、私の言った範囲を覚えて」

 

「……クソッ! 分かったよ…」

 

 

須藤は悪態をつきながらも堀北の言う通りに従う。流石に自分の状況を弁えたからだろう。

 

 

そして無常にも時が経ち、テストは開始された。

 

しばらくして英語のテストは終わったが、須藤は不安で冷静さを欠きながら貧乏ゆすりをするのであった。

 

 

 

 

 

 

 

そして、運命の日。

 

 

 

茶柱は教室に入るとまず先に驚いた表情を浮かべた。テストの結果を待ち望んでいたクラス全体の空気を感じ取ったからだ。そんな中で平田がまず質問する。

 

 

「先生。本日採点結果が発表されると伺っていますが、それはいつですか?」

 

「そこまで気負う必要はないだろう平田。お前にとってはあれくらいのテスト、余裕だろ?」

 

「……いつなんですか?」

 

「喜べ、今からだ」

 

 

茶柱はそういうと持ってきた模造紙を黒板に貼り出す。クラス全体としては満点が10人以上。他の生徒も高得点を記録していた。それを見たクラス全員は歓喜した。

 

 

そして肝心な須藤の英語の点数は……39点だった。

 

 

「っしゃ!!」

 

 

須藤は喜びのあまり立ち上がって喜ぶ。

 

 

「どうだ見たか! 俺だってやればーー」

 

 

 

 

「アハハハハハハハハハハハハハッ!!!」

 

 

俺は須藤の声を遮り、大きな声で狂ったように笑った。それにクラス全員がギョッとした目で俺に注目して、さっきまでの歓喜をなくし不穏な雰囲気を全員が感じ取った。

 

そんな中で俺は笑いを少しずつ抑えると須藤の方に顔を向けた。

 

 

「いや〜須藤。お前はつくづく救えない奴だよ。あれだけの助力をして退学になるとは、不良品すぎるだろ」

 

「あ? 何言ってやがる。俺は39点取ったぞ。だよな?」

 

「ああ。須藤、確かにお前は頑張った。だが……」

 

 

茶柱は赤いペンを持つと須藤の名前の上に横線を引いた。

 

 

「村上の言う通り、お前は赤点だ。須藤」

 

「……は? 嘘だろ? ふざけんな! 何で俺が赤なんだよ! 31点以上取ったんだからそれはないはずだ!!」

 

 

とことん無知な須藤をはじめとして、他の面々も同様の疑問を抱く。その分かりやすい思考を読んだ俺は仕方なく教えてやった。

 

 

「この学校の赤点は31点じゃねえんだよ。正式な求め方は平均点を2で割って出た数字。それを四捨五入したものになる。つまり今回は平均点79.6÷2=39.8……40点未満が赤点て訳だ」

 

 

その言葉にクラス全員が騒然とする。

 

 

「は、はあっ!? 何でそんな大事な情報を言わなかったんだよ!」

 

「教える必要なんてないだろ池。俺の出した攻略法は満点近い結果を残せる方法だ。赤点を気にするような試験じゃないのにわざわざ言うかよ……それに、俺は櫛田に退学阻止を手伝うように言われたが、テスト自体に助言してくれとは言われてないからな」

 

「そ、そんなの屁理屈だ! デタラメだ!!」

 

「黙れ。てか須藤が退学になるのはいいことだろう。現にホッとしてる奴らもいるしな」

 

 

俺の言葉に一部の生徒達が目線を逸らした。この反応を見れば明らかだろう。Sシステムを知っても授業中寝てた須藤の自業自得だ。

 

だが諦めきれていない平田が声を上げる。

 

 

「先生、須藤くんのテストを見せて貰えないでしょうか?」

 

「採点ミスはないぞ? ま、抗議があるのは分かっていたがな」

 

 

茶柱は予期していたように須藤のテストを渡し、平田は視線を落とす。だかすぐに暗い表情を見せた。

 

「採点ミスは……ない」

 

「納得がいったなら、ホームルームは終了だ。須藤、放課後職員室に来い」

 

「うそ、だろ……俺が、退学…?」

 

「残念だったなクズ。退学した後でも頑張れよな? まあっ、お前みたいな奴がバスケのプロになるなんてあり得ねえから、精々夢見てろよ。アハハハハハハハッ!!!」

 

「クソッ…クソォォオオッ!!」

 

 

その場に崩れ落ちる須藤を見下しながら、俺は笑い続けたのであった。

 

 

 

 

 

 

……その時、綾小路が教室を出るのを見逃さなかった。

 

 

 

◇◇◇

綾小路side

 

 

オレは教室から出て行った茶柱先生の元を追いかけると、誰かを待っていたかのように立ち尽くす姿を捉えた。

 

 

「どうした綾小路? もうすぐ授業が始まるぞ?」

 

「すぐに済みます。先生、今の日本は、この社会は平等だと思いますか?」

 

「随分とぶっ飛んだ話だな。私がそれに答えて意味があるのか?」

 

「大事なことです。答えてもらえませんか?」

 

「私なりの見解で言えば、当然世の中は平等じゃない。少しもな」

 

「同感です。平等なんて言葉は偽りだと。でも、俺たち人間は考えることのできる生物です」

 

「……何がいいたい?」

 

「ルールは平等に適用されるように見えなければならない、ということですよーー須藤の英語の点数。一点売ってくだい」

 

 

「…ハハハハハッ! 面白いなぁお前は。まさか点数を売ってくれというとは」

 

「先生は入学式の際にいいました。『この学校で、ポイントで買えないものはない』と。ならそれも購入できるはずです」

 

「なるほどなるほど。確かにそうだな……だが、お前が買える金額だとは限らないぞ?」

 

「いくらですか?」

 

「そうだな……今この場で払うというなら、10万ポイントで売ってやろう」

 

 

その言葉にオレは意地が悪いと感じる……そんな金額をすぐに出せるやつなど、Dクラスでは村上くらいしかいない。万事休すか……そう思った時だった。

 

 

「ーー私もっ、払います!!」

 

「……堀北」

 

 

振り返ると、息を切らした堀北が立っていた。どうやらオレの行動を見て何かを察知して動いたようだ。

 

 

「まさかお前がそんな事を言うとはな……Dクラス配属の撤回を直談判しに来た時とは大違いだ」

 

「……自分でも、変わったと思います。今までの私は、他人を見下し、足手纏いだと決めつけるばかりで人をまともに見てませんでした……そんな自分が、嫌になったのかもしれません」

 

 

堀北の言葉に、オレは何となく一人の生徒を浮かべた。そいつを見て堀北は自分の行いに疑問を持ったのだろうと推測する。それに今回の英語の点数でも、堀北は51点をとり平均点を下げていた。小さいことだが、堀北は確実に変化しようとしている。

 

堀北の言葉に茶柱先生は不敵に笑うと、オレたちの端末を預かった。

 

 

「いいだろう。須藤の一点、確かに受理した。お前たちから10万ポイント徴収しよう」

 

「…いいんですね?」

 

「約束したからな。それにしてもお前たちは面白い。もしかしたら、本当に上のクラスに上がれるかもしれないな。まあ、不良品のお前たちにはその可能性は低いが」

 

「彼はともかく、私は上がります。不良品はほんの少しの変化を与えれば良品へと変わる。私はそう考えます」

 

「なら、それを楽しみに見させてーー」

 

 

 

「それは違うな堀北。いくら良品に変えても、品質が低ければ不良品は不良品なんだよ」

 

 

 

突如として響き渡った声に茶柱先生や堀北は勿論、オレでさえも驚愕し声の聞こえた方へ顔を向ける。

 

 

そこには今回の試験で絶大な助力をして、堀北に自分の欠点を感じさせた生徒ーー村上光太の姿があった。

 

 

「(気配が全く読み取れなかった。堀北と生徒会長の一件と同じだ)」

 

 

数日前の夜、偶然見かけた時も村上の気配は全く感じ取れず、あまつさえ同じく気配を消していたオレを感知する索敵能力ははっきり言って普通の高校生ができることじゃない。

 

だがそんなことよりも俺はこの場に来た村上の目的に勘づいた。

 

 

「……村上、なんのようだ? もしやお前も須藤の点数を買いに来たのか?」

 

「まさか。あんだけ須藤を馬鹿にした俺がそんなことする訳がないでしょう先生。むしろ……その逆ですよ」

 

 

そういった後村上は、オレが予想した最悪のセリフを口にした。

 

 

 

 

 

 

 

「須藤の一点を下げる権利を売ってください」

 

 

 

その言葉に、堀北と茶柱は目を見開かせた。




次回、須藤死す。
デュエルスタンバイ!!  …何つって。

てか犠牲者はまだ存在している。


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退学者

一週間ぶりです。

エイティシックス全巻読みました。
シンエイ・ノウゼンの声優って綾小路と同じなんですよね。

クールなところも似てるしアニメ見てるとよう実を思い出す。

綾小路がレギオンと戦ったらどうなるんだろう?


ーー須藤の一点を下げる権利を売ってくださいーー

 

 

俺が言ったその一言に、茶柱と堀北は目を見開き驚いているようだった。それは仕方ないと言える。10万を払って助かるはずの須藤をわざわざ退学させようとしているんだからな。

 

綾小路はいつも通り無表情だったが少し俺を睨みつけているようにも感じる。そんな考察をしたが今は権利について確認がしたかった為、反応がない茶柱に意識を向けた。

 

 

「聞こえませんでした? 須藤の点数を一点下げる権利を売ってくださいって言ったんですよ。何ポイントですか?」

 

「ま、待ちなさい! なぜそんな事をするの!? 退学者が出ればクラスポイントが0でもマイナスが存在するっ、貴方は自分でそう言ったはずよ!」

 

 

堀北が焦りながらそう叫ぶ。だが俺は小馬鹿にするような顔でわざとらしく惚けた。

 

 

「確かに言ったが、だからってやらないとは言ってないぞ? クラスがどうなろうが俺の知ったこっちゃないからな。で、先生どうなんですか?」

 

「……いくらポイントで何でも買えると言っても、他者を退学させる様な権利が認められる訳がないだろう」

 

「あれれ〜? 嘘はよくないな〜先生。こっちはちゃんと調べてるんですよ。数年前、あるクラスが一人の生徒を追い込む為にそういった取り組みが計画された事を。当時の生徒が教師に確認した時、その権利は購入可能でも一点が高額だった為に断念したらしいじゃないですか。もしかしてど忘れですか?」

 

「……よく知っているな」

 

 

セリフとは裏腹に茶柱は顔を顰めた。一応教師なりに退学者を出させるのは嫌だったのだろうか? いや、だとしたらポイントで買える要素についてもう少しクラスに情報を渡したはずだ。もしかしたら、綾小路達が対処すると鑑みていたのかもしれない。

 

だがそれは俺にとって関係のない話なので話を続けることにした。

 

 

「改めて聞きます先生。一点を下げる権利は、何ポイントですか?」

 

「……50万プライベートポイントだ。それで指定した者の点数を一点下げる事ができる」

 

「それはそれは、何とも高額ですね。一点で50万ならクラス全員で賄わないと戦略として利用できませんし。まあ、今回みたいな事例なら俺でも払えますけど」

 

 

俺は100万ポイントを超えた端末を茶柱に渡す。その際茶柱は俺の数値を確認したが驚いた様子は見られない。事前に把握していたからなのだろうか。

 

 

「……確かにあるな。これなら須藤の一点は元に戻り退学になるだろう」

 

「ま、待ってください! 村上くんっ、いい加減ふざけた事はやめて! こんな事をして何になるっていうの!?」

 

「ハハハッ、そんなの、嫌いな須藤を消して俺が嬉しくなるからに決まってるじゃねえか」

 

 

堀北の発言を馬鹿にするかのように笑いながら俺はそう告げる。あんな不良野郎が同じクラスメイトなのは元から腹が立っていた。

 

 

確かに須藤は俺の指導によって勉強していたし今後成長の余地はあったかもしれない。だが人様に迷惑をかけてきた不良が人並みのことをしただけで褒められる。それがそもそもおかしいんだ。人並みのことを真面目にやってる奴が一番立派であり、学生の本分である勉強を今まで怠ってきた須藤はそのツケを払わされただけ。言ってしまえば自業自得だ。

 

 

「元々俺は須藤が嫌いだった。そんなクラスの邪魔者がいなくなるんだから、このチャンスを逃さない理由はないだろう。全ては俺の望み通りって事だ」

 

「……それが、須藤君を退学させる理由なの?」

 

「あぁ、もう一つあるぞ。それは……綾小路、お前が気に食わないからだ」

 

「何だと……?」

 

 

突然白羽の矢が立った事に綾小路は気の抜けた声を上げた。そんな綾小路を睨みつけながら俺は指をさす。

 

 

「俺はお前みたいな本気を出さない奴が嫌いだ。入学当初からカメラやSシステムについて気付いてた癖に知らないふりをしてたよな? 他にも勉強や身体能力も強靭にも関わらずそれを示さない。挙げ句の果てには須藤の一点を買うなんていうまどろっこしい方法でクラスメイトを救おうとした……俺はそんなお前のやり方が気に食わねえんだよ!!」

 

 

俺は段々と怒りが沸き起こり怒気をはらんだ声を発しながら叫んでいく。

 

思い出すのは異世界での出来事。毎日がモンスターの戦闘や人間の欲望が俺に襲いかかり油断すれば致命傷を負った。本気を出さなければ死と隣り合わせだった日々を思い出すと綾小路のやっている事は俺の戦いへの侮辱と言ってもよかった。

 

 

「だからお前が裏でやろうとしていた事を妨害してやったんだよ。実力を隠すお前に一泡吹かせたかったからな。まあ端的に言えば……ただの嫌がらせだ」

 

「……そんな理由で、クラスメイトを……貴方、どうかしてるわ!!!」

 

「……アハッ、今更気づいたのかよ。そうさ、俺はきっとどうかしてる。ただの感情だけでポイントを貰える機会をなくして一人の生徒を退学させるんだからな。並の人間がやる事じゃねえのは確かだ」

 

 

そこは俺も自覚はしている。だが俺はあの世界の戦いを通して誓った。

 

 

信じられるのは己の力。どんな卑劣なやり方だろうが俺が楽しい人生を送れるなら何をしたって構わない。

 

 

スキルや魔法…それらを駆使しててでも俺は好き勝手に生き続ける…それが俺、村上光太だ。

 

 

そんな事を思いながら俺は愉快な笑みを浮かべた。何故なら……

 

 

二人の標的を退学させられたんだからな(・・・・・・・・・・・・・・・・・・)

 

 

「兎も角これで須藤は退学だ。俺としては清々したぜ。……まあクラスポイントの差は気にすんなよ。退学者は須藤だけじゃねえからな」

 

 

俺の言った一言にそれまで傍観していた茶柱が間に入る。

 

 

「待て村上……Cクラスの件、お前がやったのか?」

 

「何の事ですか? ここに来る途中でCクラスの叫びを小耳に挟んだだけですよ。では失礼しま〜す」

 

 

適当にはぐらかしながら俺はこの場を去るのであった。

 

 

 

 

しばらくして綾小路が茶柱に問い詰める。

 

 

「先生、Cクラスの件て何ですか?」

 

「……お前達には放課後に伝えようかと思っていたが、仕方ない。後から他の生徒にも教えてやれ」

 

 

茶柱はそういうと衝撃の告白をした。

 

 

 

 

「今回の試験で退学者は2名いる。一人は須藤、もう一人はCクラスの山脇という生徒だ」

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

時は少し遡り、朝のホームルーム。

 

 

Cクラスの教室では暗い雰囲気を漂わせながら担任である坂上先生の声を聞いていた。

 

 

「……よって今回の試験。試験に出なかった山脇くんは退学となります。皆さんも今後のテストで欠席しないように……ではこれでホームルームを終わります」

 

 

そういうと坂上は教室から出ていく。するとCクラスの生徒達はクラスポイントが下がったことに対して騒ぎ出した。

 

 

「マジで最悪! 山脇のせいでポイント下がっちゃったじゃない!」

 

「何が高得点を取るための勉強だよ! 退学してんなら意味ねえじゃんか!!」

 

「信じらんねえ! マジで死ねよ!!」

 

 

多くの生徒は山脇への暴言を口にするが、一部には分かり切っていたようでただ落ち込む生徒も見受けられた。

 

 

何故かといえば試験当日に山脇は学校に登校せず、自身の部屋で熟睡していたのだ。

 

 

何名かがそれを察知して山脇を連れ出そうと寮部屋の合鍵を購入して中に入ろうとしたが、内側からのロックで手間取り、試験時間前に間に合うことはなかった。

 

 

当の本人は慌てた様子で学校に駆けつけたがとっくにテストは終了していて、再試験の余地も得られずその場にへたり込んだ。

 

こうして山脇の退学は以前から確定したのである。

 

よって現在叫んでいる連中は事情は分かっていても感情が抑えきれず、ただ喚いているだけなのだ。

 

 

「クソっ! こんな調子で本当にAクラスになれるのかよ! 大体このクラスは序盤から問題ばかり起きてーー」

 

 

 

ドカンッ!

 

 

突如として鳴り響く轟音。それはある一人の生徒が自身の机を脚で叩きつけたからだ。

 

 

「黙れ」

 

 

Cクラスに君臨する王ーー龍園翔がそう告げると先程の騒ぎが一転、驚くほど静かになった。

 

 

「テメェら雑魚が騒いでんじゃねえよ。確かに山脇の馬鹿のせいでクラスポイントは引かれたが、入学早々ならいくらでもやり直しが効く。お前らはただ俺の命令に従ってればいいんだよ」

 

 

その言葉にクラスの大半は怯え、反抗の意思のある者も歯を食いしばる。ここにいる全員が龍園の力を恐れ、服従していたからだ。

 

入学して早々、彼はクラスのリーダーになると宣言し、楯突いた生徒達をねじ伏せていった。中にはアルベルトというハーフの生徒が龍園に勝っていたが、いつの間にか龍園に酔心して今では側近として仕えている。

 

他にも石崎をはじめとした武闘派数名が龍園側につき、5月に入る頃にはCクラスは龍園に支配されていた。

 

故に誰も口出しができずにいたのだが、今回の龍園はいつもとは少し違かった。

 

 

「だが、山脇の件を割り切れと言われたらそうともいかねえ。加害者には落とし前をつけてやらねえとな」

 

「加害者…? 今回の山脇氏の退学が人為的なものだと言うのですか?」

 

 

クラスで勉強のできる生徒であり参謀の役目も担っている生徒、金田悟が龍園に問いかけた。

 

龍園はそれに応える。

 

 

「山脇は優秀ではねえが赤点を取るほど頭が悪いわけじゃなかった。それが寝落ちする程勉強するなんて普通はあり得ねえ。大方誰かに睡眠薬を盛られて寝過ごしたんだろうな」

 

「睡眠薬? そんなもの手に入るんですか…?」

 

「ケヤキモールの薬局に普通に売ってる。手に入れる事自体は難しくねえんだよ石崎」

 

「で、でも山脇の部屋には内側からロックがかけられていたんですよ! なら完全に部屋は密室だったはずじゃあ!」

 

「寮部屋のU字ロックなんざ外側からでも取付けられんだよ。密室に見せかけるのは簡単だ。だが山脇の部屋に入り抵抗なく飲ませるのは生半可な芸当じゃねえ。証拠も残さないところを見れば相当なやり手だ」

 

 

そういうと龍園は山脇と仲が良く共に勉強していた生徒達を集め問い詰める。

 

 

「応えろ。山脇に接触してきた生徒は誰だ?」

 

 

わざわざ実力も高くない山脇を退学させたのなら戦略的な意味はない。つまり動機は怨恨か快楽…龍園はそう判断して山脇の交流を探る。

 

そんな中、一人の生徒が思い出したかのように顔を変化させた。

 

 

「あ、そういえば……試験勉強中Dクラスの生徒と揉めた事がありました。その時山脇の奴、Dクラスの奴を馬鹿にして……」

 

「なるほどなぁ。それならやったのはDクラスで確定だな」

 

 

すると青髪のショートヘアの少女、伊吹澪が待ったをかけた。

 

 

「ちょっと待って。それで決めつけるのは時期尚早でしょ。関係ない奴の犯行だってあるし、それを見た他クラスの奴が替え玉としてやった可能性もある」

 

「よく考えろ。Aクラスは今、派閥抗争の真っ最中だ。他クラスへ攻撃する余裕はねえ。それに坂柳や葛城が意味のない戦略を立てる訳ねえしな。平和ボケ共なBクラスの考えるやり方でもない。考えたとしても一之瀬の奴が止める。となるとDクラスしかあり得ねえんだよ。今ので確信に変わっただけだ」

 

「それは…そうか……でも、だったら誰かそんな事を」

 

 

伊吹の疑問に龍園は勉強会にいた生徒に改めて顔を向けた。

 

 

「その時にいたDクラスの連中は誰だ?」

 

「えっと…確か須藤に櫛田ちゃん。堀北っていう性格キツそうな女子と後は男子生徒が何人かでした。そいつらの名前まではちょっと……」

 

「あ、でも確か。堀北が一人の男子を『村上』って読んでた気が…」

 

「あっ、そいつだ! そいつと山脇が喧嘩になりそうだったんだ!」

 

 

村上と言う名前に、龍園は眉を顰める。Dクラスの村上という生徒の噂が既に耳に入っていたからだ。Dクラスだからとあまり警戒はしていなかったが、今回のことを踏まえると危険度が増したと言える。

 

 

「調べろ、その村上って生徒のことをな。遅くなったら…分かるな?」

 

「「「は、はいっ!!」」」

 

「坂柳を倒す前の余興にしようかと思ってたが、気が変わったーー場合によればDクラスは、俺の手で確実に潰してやる」

 

 

龍園はそう告げると、獲物を刈り取ろうとする獣の表情を浮かばせた。




これで一章は終わりです。二章は須藤の喧嘩イベントですがまるっきり変更になりますね。

どんな展開になっていくのか。これからも楽しみにしてください。


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第2巻
暴露とポイント


二章の序盤なんで短くしようと努力しましたが結局長くなりました。

テヘペロ!


7月1日。この学校ならではのポイント支給の日がやってきた。殆どの生徒はこの日を待ち望んでいるに違いない。だがDクラスはそこでポイントを貰える機会はなかった。

 

 

Sシステム。

 

 

5月初めに公開されたこのシステムはリアルタイムで生徒の実力を測り、クラスポイントを増減される。

 

それによりDクラスは、4月中の生活態度でポイントの全てを失い失意のドン底に突き落とされた。

 

それを打開すべく、中間テストで良い成績を収めようとしたが不良である須藤が赤点を取ったことによりテストの評価ポイントは0。極貧生活が続くことになったのである。

 

 

「(まあ、その機会を奪ったのは俺だけど…)」

 

 

俺ーー村上光太はそんなことを考え軽く吹き出す。

 

 

何故なら須藤の退学は俺が横槍を入れなければ取り消させるはずだったからだ。綾小路と堀北が須藤の点を購入することでそれは一時防がれた。しかし俺が須藤の点数を下げたことで赤点に戻り再度退学が決定したのだ。そんな哀れな顛末を須藤は知らないと思うとついおかしくなり、吹き出してしまったのである。

 

 

「(それにクラスとしてはもう須藤のことなんて気にしてないだろう。今も騒ぎまくってるしな)」

 

 

そう思いながら、俺はクラス全体を見回す。

 

 

 

本来であればポイントが貰えないDクラスの様子は、落ち込むような雰囲気を発しているだろう。しかし生徒たちは端末を見ながら喜びに包まれていた。

 

 

「ねえねえ、今日ケヤキモールで遊びに行かない?」

 

「え〜。あんまり無駄遣いしたら良くないよ」

 

「それはそうだけど、いつも節約生活してたらストレスになっちゃうよ。1日くらいハメを外したってバチは当たらないって!」

 

「そっか…じゃあ、行こうかな!!」

 

「「「イェーイ!!」」」

 

クラスの女子からそんな声が聞こえるのを俺は聞き逃さなかった。男子もそれは同様で、朝からコンビニで買ったパンやおにぎりを食べている面子も少なくない。ポイントがないDクラスとは思えない光景だった。

 

 

何故クラスポイントがないはずのDクラスがこれだけポイント使用で騒いでいるか。それは須藤の退学が決まった日に遡る。

 

 

◇◇◇

 

 

放課後のホームルーム前。

 

本来なら能天気な活気しか取り柄のないDクラスは、教室内が静寂に包まれていた。その場にいる生徒全員に元気がない。

 

特に酷いのは平田であり絶望した顔で俯きながら席に座っている。恋人の軽井沢をはじめとして多くの女子生徒が平田に声をかけたが反応は見られず、クラスの雰囲気はより暗くなった。

 

 

その原因は教室にある机ーー生徒の姿がないポツンと佇む空間にあった。

 

 

須藤の退学。

 

 

問題児である生徒が退学になった事で安堵した生徒もいたが平田の態度により段々とその感情が変化して今では失意の想いが募っていた。

 

 

「(絶望は伝染する……て昔やったゲームで聞いたことあったが、割と本当なんだな。シナリオ考えた人ってやっぱプロじゃね?)」

 

 

俺はそんな某デスゲームを思い出しながら呑気に席に座っていた。須藤を退学させた張本人の癖に何てクズな態度なんだと思われるかもしれないが、所詮他人事なので既に俺の中には須藤に対する感情など何もなかった。

 

 

そんな俺の心情を察しているかのように堀北はたまに此方を睨んでくる。須藤を退学させたことに対する怒り……も少しはあるだろうが、結局はAクラスへの道が遠のいたことに対する怒りが殆どだろう。堀北も所詮他人を思いやる感情は乏しいのだ。

 

 

そんな堀北を内心小馬鹿にしていると茶柱が教室に入ってきた。

 

 

「ではこれよりホームルームを始める。今日は学校からの連絡事項はないが試験の事で話がある。先程、赤点を取ったCクラスの山脇、Dクラスの須藤の退学手続きが完了した。これにより両クラスのクラスポイントはマイナス100。保有ポイントが0のお前たちは将来加算された際に精算される」

 

 

茶柱の発言に、クラスはさらに落ち込んだ雰囲気になる。分かりきっていた事とはいえ、その事実を突きつけられたのは今のDクラスにとって痛手だ。それを茶柱も理解していたのか複雑な目線で生徒たちを見た。

 

 

「質問もないなら、これでホームルームは終了だ……そういえば綾小路、堀北、村上。預かっていた端末を返そう。各自取りに来い」

 

 

その言葉に俺は「は?」と間抜けな声を上げてしまった。何故今このタイミングで言うんだとすぐに思う。そのセリフをこの場で言えば簡単に分かるであろう展開に陥るからだ。

 

案の定櫛田がその発言に反応した。

 

 

「せ、先生……何で堀北さん達の端末を持っているんですか?」

 

「それはだな。こいつらが特別な買い物でポイントを利用することになった為、私が預かったからだ」

 

 

その言葉にクラス全員が反応して、茶柱の方を見つめた。それを確認した茶柱は少しばかり笑みを浮かべる。

 

 

「この学校でポイントで買えないものはない。それにより綾小路と堀北は須藤の一点を購入して退学を阻止しようとした。だがそれは失敗に終わったんだ」

 

「えっ! それって…」

 

 

櫛田がハッとした声を上げる。それはつまり、ポイントさえあれば須藤の退学を阻止できると分かったからだ。

 

それにすぐ気づいた生徒はDクラスに何名かいたが、すぐさま平田が席を立ち教室全体を見渡した。

 

 

その表情は一握りの希望を掴んだ亡者のようだった。

 

 

「みんな頼む! 須藤くんの点数を買う為に僕のポイントは全て使うから足りない分を貸してくれ! お願いだ!」

 

「ひ、平田くん……」

 

「無駄だ平田。既に須藤の退学手続きは済んでいる。今ポイントを集めたとしても手遅れだ。諦めろ」

 

「そ、そんな……」

 

 

茶柱の言葉に平田は再び絶望した表情を浮かべ、力なく席についた。それを聞いた他の生徒も元気を失う。

 

 

それを見た茶柱は、俺の状況が不利になる爆弾発言をかました。

 

 

「それにまだ話は終わっていない。綾小路と堀北はポイントを支払い須藤の一点を購入できた。その時までなら須藤は今その席に座っていただろう」

 

「……え?」

 

「な、ならなんで須藤は退学になったんだ…?」

 

「一人いたんだ。私にポイントで購入してきた生徒がな。その生徒はなんと須藤の点数を下げる権利を買った……だろう村上?」

 

 

そう言って俺を名指しで呼んだ。

 

 

このクソ教師…やりやがったな。最悪情報が露見する可能性はあったがこのタイミングで宣言されるのは非常に面倒だ。

 

何故ならここにはクラス全員がいてその誰もが退学者が出たこと、ポイントが貰えないことを嘆いている。つまり、ここで俺はそんな心理状態が良くないクラスメイトから敵判定を受けることになるのだ。

 

俺はそんな末路を思い浮かべながら、茶柱を睨みつける。

 

 

「……何ともいい性格をしていますね。教師であるあなたが生徒を追い込む発言をするとは」

 

「何のことだ? 私は教師として生徒の疑問に応えたに過ぎない。むしろ当たり前のことをしているだけだ。それに結果として須藤を追い込んだのは事実じゃないのか? では私はこれで失礼する」

 

 

そんな無責任な物言いをして、茶柱は教室を後にした。あのクソアマ、言いたい事だけ言って帰りやがった……。

 

 

これによって話題の矛先は俺に向けられる。

 

 

「なんて事してくれたんだよ村上!! 何でわざわざ須藤を退学にさせたんだ!!」

 

「そうよ! あんたが余計なことしなければポイントだって貰えたかもしれないのに!!」

 

 

案の定、騒ぎ出す生徒達。取り返しがつかないことに内心ため息を吐きながらも、俺はいつものように実力行使で黙らせようとした。

 

 

 

しかしそれは、思わぬ介入により遮られる。

 

 

「村上! 何でっ、何でこんな事したんだぁっ!!!」

 

 

大声で叫んだのは……平田。ものすごい形相で睨みつけながら俺の胸ぐらを掴んだ。

 

 

いつもの雰囲気が皆無な事で女子生徒はもちろん、この場にいた全員が平田の行為に驚愕して騒ぎは止まった。

 

 

「また俺に掴みかかるのかよ平田。よく飽きねえな」

 

「そんな事はどうだっていい! 僕は須藤君を退学させた理由を聞いてるんだ!!」

 

「はあ……これは綾小路と堀北にも話したが、単に須藤が嫌いだったからだ」

 

 

ここで綾小路の事を言っても話がややこしくなるので、俺は理由の一つを話し始めた。

 

 

 

「須藤の今までの行動を見て何も思わなかったのか? ロクに自己紹介もしないでクラスをガキ扱い。遅刻欠席は当たり前で、授業でも居眠りしてやがった。最後には短気で素行の悪さが目に余る程だ。こんな問題を抱えた奴がいたら誰だって消したくなるだろう。それなのに退学を阻止されたら俺の高校生活に支障が出ちまう。だからやった。それだけだ」

 

「そんなの…退学させた理由になってない! 第一お前は勉強を見たり過去問だって渡したはずだ!! それは助けたかったからじゃないのか!!」

 

「全然違うね。それだって俺の気分でやった事だ。他人を助けたいからなんて気持ちはサラサラなかった。てか、別によくないか? 今回の試験で俺の渡した過去問に頼らなかったら結局須藤は退学になっていた。もしかしたら池や山内だって同じ末路だっただろう? 同じ末路なら、それを自由にできた俺がどうしようと文句言われる筋合いなんかねえよ」

 

「こ…この、クズがぁあああっ!!」

 

「平田君やめて! 一回落ち着いて!!」

 

「そうだよ! 村上君を離してあげて!!」

 

 

軽井沢や櫛田が止めに入るが、言葉遣いも粗悪になり怒りで我を忘れている平田にその声は届かなかった。このままヒートアップして暴力沙汰になりそうな雰囲気に、生徒たちはどうすれば良いか混乱していた。

 

 

だがここで、思わぬ助け舟が入る。

 

「いい加減にしないか平田ボーイ。今君のやっている事は美しくない。むしろ醜いと言ってもいい」

 

 

手鏡を見ながら髪を直している生徒ーー高円寺は足を机に乗せながら話しはじめた。

 

 

「彼は美しくなかった。変わる機会は何度もあったはずなのに己の欲を優先し続けた。そんな彼を村上ボーイはこのクラスから消しただけ。これは喜ばしい事じゃないのかい?」

 

「そんな事ない! 彼は醜くなんかなかった、変わる機会もまだあったはずだ! 今の発言は取り消せ!」

 

「私は事実を言っているだけだ。取り消す理由などサラサラないね〜。それに赤髪ボーイと同じで怒鳴り散らしているだけなのもどうかと思うよ」

 

「ふ、ふざけーー」

 

「いい加減俺から手を離せ、よ!」

 

「ぐはっ!!」

 

 

高円寺と話している間も胸ぐらを掴み続けられたので、俺は無造作に平田の腕を解くと、そのまま教室の壁へ投げ飛ばした。

 

突然の事で抵抗なく叩きつけられた平田は強い衝撃を受けてズルズルと床に倒れる。それを見た軽井沢は平田の側に駆けつけ「しっかりして!」と介抱し始めた。普通なら学校側のペナルティを考慮してこんな強引な手段は取らなかったが、平田から攻撃を仕掛けてきたので問題ないだろう。

 

そんな事を考えながら、俺は乱れた服装を直した。

 

 

「高円寺。お前が弁護するとは思わなかったぞ」

 

「何のことだい? 私は本当のことを言ったまでさ。それはそうと村上ボーイ。いくら彼が不良品だったとしても、君の個人的な理由でクラスポイントは実質マイナスになってしまった。これに関して我々に何も無しというのもどうかと思うのだが、何か弁明はあるかい?」

 

「……て、俺を助ける発言をしたと思ったら目的はそれか。はあ…仕方ないな」

 

 

俺はため息を吐きながら端末を取り出して手早く操作をする。そして工程最後のボタンを押すと櫛田の端末に着信がなった。

 

 

「櫛田、今のは俺からの着信だ。確認してくれ」

 

「え、う、うん……ええっ!? 38万ポイント!?」

 

『ッ!?』

 

 

櫛田の声にクラス全体が驚愕する。Dクラス、いや個人でも手に入れられそうにない金額を俺が持っていて、それを櫛田に渡したからだ。

 

 

「お前ら全員櫛田の連絡先は持ってるだろ? 櫛田から1万プライベートを受け取れ。櫛田も手間だろうがそこは頑張ってくれよ」

 

「ほう、これは嬉しい事だね。これは毎月貰えると思っていいのかな村上ボーイ?」

 

「……チッ、めんどくせえな。ならクラスポイントが0である限り1万ポイント渡してやるよ……これでまだ反論する奴はいるか?」

 

「全くないね〜。ポイントをタダで貰えるのにまだここで反論をする生徒がいたら、それは不良品以外の何者でもないだろう。そうではないのかな、君たち?」

 

 

高円寺の言葉を聞いてクラスは黙り込む。それにポイントが貰える事実を突きつけられ、彼らの怒りは完全に収まってしまった。

 

だが平田だけは納得のいかない態度で頭を振っていた。

 

 

「……おかしい。おかしいんだよ…ポイントだけで解決することなのか? 違うだろう。クラスの仲間がいなくなったのにっ、こんな簡単に済む話じゃないはずだ!!」

 

 

平田の叫びは黙り込んだ生徒たちに響き渡り、その心に突き刺しただろう。だがそれに便乗する生徒は見られない。

 

俺はそんな光景を見て鼻で笑ってやった。

 

 

「ま、結局こいつらの仲間意識なんてそんなもんなんだよ。あんな不良を思いやる気持ちなんざ不良品のこいつらになかった。それだけの話だ。ていうかこの話は終わらないか? ポイントは払ってやったんだし文句なんてねえだろ」

 

「ふざけるな!! 僕は…僕はお前を絶対に許さない…っ!! 

 

「……あっそ。別にいいぞ。お前が許さない所で、俺の生活になんら支障はないからな」

 

 

俺はその言葉を最後に平田から興味をなくし教室を後にするのであった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

ーーとまあそんな事があった。

 

俺はクラスポイントが0である限り、Dクラス全員に毎月1万ポイントを支給する事になったのである。7月の分は中間テストが終わった際に渡したが来月になればまた渡すことになる。

 

 

「(こいつらにポイントを渡すのは癪だが、別にいいだろう。8月にはポイント増減の行事があるだろうからな)」

 

 

そこでポイントを稼いでやれば解決する話なので、俺は割り切ることにしたのだ。

 

そんなことを考えていると平田が登校してくる。相変わらず平田は俺を睨みつけていて敵意剥き出しの状態だった。それを見たクラスメイトは騒ぎを抑え黙り込む。あれからというもの平田の前でポイントに関する話題はタブーとなっていたからだ。

 

 

「朝から何ガン飛ばしてんだよ平田。俺が何かしたか?」

 

「……」

 

 

俺の言葉を無視してそのまま席に座る平田。睨みつけてきた癖に失礼な奴だ。最近ではこのやりとりはお決まりになっていてDクラスの雰囲気を悪くしている。恋人である軽井沢との折り合いもつかないようで、距離感ができているらしい。まあ俺には関係のない話なのですぐにこの話題は忘れた。

 

 

しばらくして朝のチャイムが鳴り、俺の暗躍を暴露した茶柱が入ってきた。

 

 

「では朝のホームルームを始める。今日はクラスごとのポイントの発表だ」

 

 

茶柱はそう言うと持ち込んでいた模造紙を黒板に張り出した。

 

 

Aクラス 1004

Bクラス 663

Cクラス 340

Dクラス 0(一100)

 

 

各クラス中間テストによりポイントに変化はあったが、クラス変更は見られなかった。

 

退学者を出したCクラスとDクラスはポイントが支給されず100ポイントを失っている。Dクラスは実質マイナスなので現状最悪だろう。

 

しかし気になったのはCクラスが退学者分に加え50ポイントマイナスになっていることだ。他にもBクラスが13ポイントしか上がってないところを見るに両クラスに何かがあったのではないかと推測できる。

 

 

「今回でAクラスは1000ポイントを超えお前たちとさらに差をつけただろう。お前たち不良品には絶望的な数値だがこれからの生活で頑張ってほしい。ではこれでホームルームを終了する」

 

 

茶柱はそう言うと教室から退出し、その後の授業が始まる。そうしたいつも通りの日常が過ぎていき、あっという間に放課後になった。

 

 

 

 

 

 

俺は鞄を持ちながら帰路につきながら、考え事をする。

 

 

「しかし最近面白いことないな〜。平田や堀北が睨みつけてくるだけで他の連中は俺に話しかけてすらこねえし(自身が引き起こした現状)…なんか青春ぽいイベントでも起こらねえかね〜」

 

 

そんなことを呟きながら様々な展開を思考する。例えばこうして歩いている途中で女子生徒から声をかけられ告白とか……いや、俺に好意を持つ女なんている訳がないだろうが。

 

 

もう自分から何か行動してみようかと思い立ったが、ふと足を止める。

 

 

何故なら俺が歩く方向に3人の男子生徒が立ちふさがったからだ。

 

 

「村上光太だな? ちょっと面貸せよ」

 

「……思ってたんと違う」

 

 

本音は女子からの呼び出しが良かったと、俺は盛大にため息をついた。




クラスポイントについては原作の流れを変えたのでいくらか変更しました。
まず、中間テストで得たポイントは
Aクラス 64
Bクラス 63
Cクラス 0(退学者一名によりマイナス100)
Dクラス 0(退学者一名によりマイナス100)

それからBクラスとCクラスの揉め事で両者、ダメージを負った。
Bクラス マイナス50
Cクラス マイナス50

という感じです。こんなイメージでクラスポイントは考えてください。


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特別棟と感電

よう実2期やるかってYouTubeでも話題だけど、実際どうなのかな。もしやるとしたら綾小路が片鱗を大きく見せる7巻ですかね。


俺は3人の生徒に連行され、学校の敷地内にある特別塔に足を運んでいた。施設内に入るとモワッとした空気を感じ取り俺は眉を顰める。

 

 

特別棟の廊下は校舎と違い冷暖房の設備が存在せず夏特有の熱気が立ち込めていた。さらに制服のブレザーを着ている状態なので汗がダラダラと滴り落ちワイシャツが纏わり付く。正直不快でしかなかった。

 

 

「(いらねえと思ってたが、ポイントで夏服買うかねぇ……。それにしても話し合うにはちょっと場違いな所だな)」

 

 

そう思いながら俺はあたりを見渡す。ここは家庭科室や視聴覚室など特別な授業でしか利用されない為、放課後になれば人の気配は全くない。監視カメラも廊下には設置されていなかった。もし仮にここで悪巧みをしても、誰にも介入されない場所として有効に利用できるだろう。

 

そう思っていた俺だが、ふと【気配感知】に反応があるのを感じた。

 

 

 

「(この気配……覚えがあるな。確か同じクラスにいた奴だ)」

 

 

寮の裏手で起きた堀北兄妹の一件以降、俺は【気配感知】の訓練を行い異世界の時の感覚を取り戻そうとしていた。理由としてはあの時背後に感じた気配から誰かを認識できなかった為であり、今後そんな失態がないよう常日頃気配を感じ取って生徒を識別していた。今現在では気配の揺らぎである程度どの人物か把握できるようになっている。

 

そしてこの気配はDクラスの生徒であり、オロオロと気配が揺らいでいることからこの3人とは無関係だと分かった。

 

 

「(偶然この場に居合わせたってか? 一体何の目的で……てかこいつの名前なんだっけか。確かサクーー)」

 

「ーーおい、ボーッとしてんなよ。舐めてんのか」

 

「あ?」

 

 

俺が気配の人物の名前を思い出そうとしていた最中、立ち止まった3人生徒がこちらを睨みつけてきた。どうやらこの暑苦しい環境の中で用事を済ませるらしい。

 

 

こちらが考え事をしていたというのにそれを中断させられたのはイラついたが、今回は彼らに呼び出されたのが発端なのでそちらに意識を向けることにした。

 

それにしてもこの状況……こいつらが何をしたいのか十分に察することができる。人気のない校舎・監視カメラのない区域・そしてガタイ良い3人の生徒に敵意のある瞳。明らかに何かを企んでいると分かった。

 

勿論俺はこの時点で指摘できたが、ふと思い至って声を紡ぐ。企みに乗るのはあまり納得しなかったが、悟られて対策を立てられるのも面倒だったので気付かぬフリをしながら会話をすることにした。

 

 

「別にただボーッとしてた訳じゃねえよ。暇だから考え事をしてただけだ……で? こんな場所に連れ出して何の要件だよ。てかいい加減自分の名前くらい名乗ったらどうだ?」

 

「はっ、偉そうな態度しやがって、まあいい。俺はCクラスの石崎だ。こっちも同じクラスの小宮と近藤。今日お前を呼び出したのは他でもねえ、退学になった山脇の件だ」

 

 

何とも想定通りというか……やはり彼らはCクラスの生徒だったのかと思った。入学して暫く経ったが、俺がCクラスと交流があったのは山脇くらいだったからだ。しかしそれを馬鹿正直に認めるのもどうかと思ったのでまずは知らないフリをする。

 

 

「確か俺のクラスにいた須藤と同じタイミングで退学になってた生徒だな。そいつがどうかしたか?」

 

「惚けんなよ、こっちも色々調べたんだ。お前と山脇が試験期間の最中に言い合いになったことをな」

 

「あぁ…あの間抜けか。いや悪い、今の今まですっかり忘れてた。だがそれがどうしたんだ?」

 

「お前が退学に追い込んだんじゃねえのか? 色々調べたぞ。お前、須藤の点数を下げる権利を買って退学させたそうじゃねえか。そんな奴と言い合いになった後山脇は学校を去った。普通に考えればお前が嵌めたと考えるのが妥当だろ」

 

「へ〜…よく調べてるじゃねえか」

 

 

感心したように俺は声を上げる。

 

山脇の寮部屋に侵入して退学させるように仕向けたのは事実だ。だが今の言葉ではいそうですかと認めるわけもなく、すぐに鼻で笑ってやった。

 

 

「まあ、だとしてもお前の言ってることって全て憶測だろ? 物的証拠もないし俺も認めるつもりはない。犯人探しをしてるなら諦めることだな」

 

 

「言う気はねえってことか……なら、力づくで聞き出してやるよ!」

 

 

石崎はそう叫ぶと拳を握りながら俺に殴りかかってきた。何とも想定内の展開につい呆れた表情をつくる。そのまま石崎の拳は俺に向かってきたが、身体に触れそうなギリギリの距離になるように避けた。

 

 

「おいおい、いきなり殴ってくることはねえだろ。というか俺が怪我したら困るのはお前らだろ」

 

「へっ、馬鹿が。この特別塔には監視カメラはねえ。証拠がなけりゃ一方的には裁かれねえよ! 小宮、近藤!!」

 

「「おうっ!!」」

 

 

石崎の声に残りの二人も反応してこちらに殴りかかってきた。俺一人に対して三人殴りかかってくるとは……このままでは一方的なリンチになってしまうだろう。

 

 

 

 

俺による蹂躙でな(・・・・・・・・)

 

 

 

 

「まずは……お前から、だっ!!」

 

「ゴハッ!!」

 

「「っ!?」」

 

 

俺は一番近くにいた小宮の懐に入ると、ガラ空きになっている腹に拳を叩き込んだ。小宮は呻き声をあげることも束の間、殴られた勢いで後方へと吹き飛ぶ。

 

 

「小宮っ! 大丈夫か!?」

 

「人の心配してる暇はねえぞ、馬鹿が」

 

「なっ、グハァッ!!」

 

 

後方へ吹き飛んだ小宮を見て完全に油断していた近藤にそう忠告すると、丁度後頭部になる部分へ回し蹴りを喰らわせた。近藤は何が起こったか分からない様子で地面に叩きつけられる。

 

そして残るは石崎だ。奴は俺の豹変ぶりに驚きを隠せないでいたが、すぐに二人がやられたのを認識したのか俺を睨みつけてくる。

 

 

「よくもやりやがったな! 絶対にぶっ飛ばしてやる!!」

 

「そっちから仕掛けてきたくせによく言うぜ」

 

「黙れぇっ!!!」

 

 

そう叫びながら突っ込んでくる石崎。先程よりも覇気がある攻撃だが、所詮チンピラに華が飾られた程度で俺にダメージをつけるような攻撃ではない。今度はそんな攻撃をあえて避けることなくその場に立ち尽くすと、俺は片手で石崎の拳を掴んだ。

 

一瞬のことで石崎は何が起きたか分からないでいたが俺はそのまま間抜けな石崎の顔面に一発、拳をお見舞いしてやった。

 

「グボッ!」と生々しい音と断末魔が聞こえる中、俺の拳に肉特有の感触が伝わり、水気がついたように感じる。石崎の鼻から滴り落ちる血が流れているのを確認した。殴った箇所が石崎の鼻らへんだったのでそれがついたのだろう。若干と不快感を感じる。

 

 

その後小宮・近藤は倒された順番に起きあがり勢いが削がれた力で襲いかかってきたが、俺はその二人に瞬時に駆け寄ると殴打や蹴りを改めて喰らわせた。

 

 

 

時間にして数分と言った所だろうか。その間で決着……石崎達はその場へ血や打撲痕を残してその場に倒れているのであった。

 

 

「ふう。これで一通り終了っと。それにしてもお前ら…マジで馬鹿なのか? 俺のことを調べたんなら、クラス同士で喧嘩になった話も聞いてただろう。その時俺が腕っ節が強いって聞かされなかったのか?」

 

 

正直言ってこいつらの戦闘力は異世界で戦いに明け暮れていた俺と比べるまでもなく話にならない。精々初心者冒険者の中堅クラスの実力しかない。加えて人数さのアドバンテージを活かした連携技すら見せないことを見てもこいつらは弱すぎた。

 

だが石崎は倒れながもニヤリと笑いこちらを見てきた。

 

 

「へへ、そんなこと、最初から分かってたぜ……ここまで強いとは思わなかったが、そんなの知ったこっちゃねえんだよ!」

 

「……やっぱりか。序盤の威勢と比べて随分と消極的な攻撃かと思ったら、山脇の件は建前で狙いは暴力事件として学校に訴えるためか」

 

 

序盤の方から石崎達は何か企んでいるかのようにニヤニヤしていたので薄々感づいてはいた。監視カメラのない所で暴力を働くメリットとして考えられる一手であり、俺は面倒そうにため息を吐いた。

 

それを見て俺が後悔したと勘違いしたのか、石崎達はさらに笑みをこぼした。

 

 

「今更気づいたって遅いぜ? 無傷なお前に対して俺たちはこんな大怪我をしたんだからな。このまま学校側に訴えたらDクラスにダメージが入る。クラスポイントがさらにマイナスになるだろうよ」

 

「まあ、そうだな」

 

 

三人がかりで俺に攻撃してきたと主張しても、傷を与えた事実は変わらないので互いに停学は喰らってしまう。少なくともダメージは避けられないだろう。

 

 

 

だがそんなの、俺は最初から気づいている。知っててこいつらを傷みつけたのは、それを悪用して恐怖を与えることにしたかったからだ。

 

俺は3人中で特段頑丈そうな石崎に標的を定めると、歩み寄って首筋にある物を当てた。

 

 

「……あ? 何する気だ?」

 

「何って……こうするんだよ」

 

 

 

ビリビリビリビリッ!!

 

 

「ガァアアアアアッ!!!」

 

 

感電するかのような雷音が廊下に響き渡ると同時に石崎は声を上げる。身体は小刻みに震えながら白目を剥き、石崎にダメージを与えていた。

 

 

「こ、こいつスタンガン持ってやがったのかよ!?」

 

「はあ!? 何でそんなもの持ってんだよ!」

 

 

小宮と近藤はそう叫ぶ。どうやらうまく勘違いしてくれたようだ。

 

本当の事を言うと、俺が今使っているのは雷初級魔法の電撃だ。魔法の存在を悟られないように、一応オモチャの機械を当てている。しばらく当て石崎の意識が途絶える前を見計らうと、俺は雷魔法を中断しておもちゃのスタンガンを離す演技をした。

 

 

「別に驚くことじゃねえ。ケヤキモールに売ってるぞ。まあ少し改造して電力は引き上がってるけどな」

 

「て、てめえっ!? 自分が何をしたか分かってんのか!!」

 

「うるせえな〜。大声出すんじゃねえよ。鼓膜に響くだろうが。さて、ここから本題を言おうーー今ここで訴えを出さないと確約しろ。学校側に問題さえ提出しなければポイントにダメージは入らないからな」

 

 

おもちゃのスタンガンを見せつけながら、俺はそう告げる。簡単に言ってしまえば、これはただの脅しだった。

 

 

「ふ、ふざけんな! はい、そうですかって認めるかよ!!」

 

「そうだ! てかそんなもの使ってタダで済むと思ってんのかよ! それが見つかればお前は犯人確定だぞ!!」

 

「黙れ。答えはイエスしか聞いてねえよ。さもないとーー」

 

「ガァアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「ーーこいつの命が危なくなるぞ?」

 

 

電力を引き上げた雷撃を発動し、石崎は先程より悲痛な声をあげる。それを聞いた小宮と近藤は顔を強張らせる。

 

 

 

この時の二人は村上に向けてどちらも同じ想いを抱いていた。暴力による脅迫はリーダーの龍園がしていた事であり、その凶悪さから武闘派の生徒はある程度恐怖に対して耐性を持っていた。仮に恐怖を感じることが起きようとも、龍園の怖さには劣るだろうと。

 

しかし、今はそんな考えが浅はかであったと知り、小宮と近藤の中にある龍園の恐怖は次第に村上の恐怖に塗り替えられていた。

 

 

「……ぁ………」

 

「あ、気絶しやがった。ふざけんな、起きろよコラ」

 

「ゴハッ!? ゴハッ……!!」

 

 

俺は動かなくなった石崎を仰向けにさせると鳩尾ら辺を脚で力一杯踏みつけた。石崎は苦しく咳込みながらも覚醒する。それを確認した俺は改めて脅迫した。

 

 

「もう一度言う。訴えを出さないと確約しろ」

 

「だ、誰が……そんな…」

 

「はい、正しい答えじゃない。ペナルティ発生っ…と!」

 

「ガァアアアアアアアアアアアアアアアアッ!!!」

 

 

俺の望んでいない回答だったため、再度スタンガンに偽装した雷魔法で石崎を感電させる。勿論威力も上げてだ。

 

間髪入れずこうしているのは、小宮たちに無駄なことを考えさせない為だ。再び意識を失ったのを確認すると、また鳩尾を踏みつけて意識を覚醒させた。

 

 

「ガ、ハッ……もう、や…め……」

 

「なら訴えないと確約しろ。そうすればやめてやる」

 

「…そ、んなーー」

 

「だから…イエスしか聞かねえって言ってんだろうが!」

 

 

それから同じやりとりを5回程繰り返した。この時既に小宮達は目の前の俺にかつてない恐怖を覚えていた。石崎の方は感電するにつれ声が小さくなっていき、今ではぐったりと力を失い呼吸も虫の息だった。

 

 

「ヒュー……ヒュー……」

 

「あ、呼吸だけになったのはあぶねえぞ。このままだとこいつの意識、本当にやばいな」

 

「もうやめろぉ! このままだと本当に石崎が死んじまう!!」

 

「死んだら死んだで別にいいじゃねえか。そうすれば俺は間違いなく退学でDクラスにダメージが入るんだからな」

 

「クラスポイントとかの話じゃねえよ! 殺す程やるなんて、お前頭おかしいのか!?」

 

「その頭のおかしい奴に先に絡んできたのはお前らだろ? 自業自得じゃないか」

 

 

小宮と近藤にキョトンとした顔を向けながら、俺はそう告げる。話が噛み合っているようで噛み合っていない。何とかこれ以上石崎を感電させまいと、二人は話をしだした。

 

 

「そ、そもそも確約ができねえんだよ! 俺らは指示されて動いているだけだ! それに刃向かったらそれこそ何されるかわかんねえんだよ!!」

 

「ならお前らの親玉を連れてこい。そいつと話をつける」

 

「そ、それはっ…」

 

「何だ? お前らで決められないんだろ? なら連れてくればいいじゃねえか。ほら、やるのか、やらないのかどっちだ? ああ?……返答はないみたいだーー」

 

「わ、わかった! すぐに呼んでくる!! だからもうやめてくれ!!」

 

「お、おい小宮! 何勝手に決めてーー」

 

「そんなこと言ってる場合か! はやくしねえと石崎が大変なことになるぞ!!」

 

 

どうやら脅迫はうまくいったようだ。俺は虫の息である石崎の胸ぐらを掴むと、倒れる二人の間に投げ飛ばす。

 

 

「ほら、速くここにお前らの親玉連れてこい。もしこのまま学校側に報告したら……分かってるな?」

 

「「ヒィイイッ!!!」」

 

 

小宮と近藤は俺の脅しに悲鳴を上げながら石崎を抱え、逃げるように特別棟の階段から降りていくのであった。

 

降りて行ったことで姿が見えなくなったのを確認すると、俺は力を抜くように息を吐いた。

 

 

「ふう…久しぶりに人を痛めつけたな。やっぱり調子に乗ってる奴の苦しむ顔は何度見ても爽快だ」

 

 

そう呟きながら、俺は魔法で廊下や壁についた血の血痕などを綺麗にして痕跡を消していく。

 

 

これは“生活魔法”といって本来は冒険の際に生じる汚れを消し清潔を保つ力だ。しかし応用する事でこうした隠蔽工作にも利用することができる。因みにこれは山脇の部屋に侵入した際にも使った力で証拠を消すにはうってつけだ。

 

 

「よし、綺麗になったな。後はCクラスの親玉を待つだけだが……いや、もう一つあったな」

 

 

俺はそういうと、特別棟に入った時から気づき、()()()()()()()()()気配の方に声をかけた。

 

「最初から隠れてんのは気づいてたぞ、佐倉。そろそろ出てきたらどうだ?」

 

「……っ!?」

 

 

そうやってしばらく気配の主ーー佐倉は驚きながらも動けないでいた。だが次第にゆっくりと気配は移動していき物影から姿を現す。眼鏡をかけ暗そうなイメージの彼女は、見るからに怯えているようだった。

 

 

「そんな怯えるなって。別にとって喰おうって訳じゃねえんだからな……まあ、今のを見てたんなら色々と確認する必要はあるけどな」

 

「っ!? わ、わたしっ! 絶対に、言わないので…!!」

 

「それを信じる程俺はお人好しじゃねえんだよなぁ〜。まあ今日の所は色々見て疲れただろうし、また明日にでも話そうぜ……それまでに他の奴に言わない事を祈ってるよ」

 

「……ッ!?」

 

 

佐倉はその言葉に驚愕や恐怖が混ざった表情を見せる。これくらい脅しておけば気弱な性格のこいつが誰かに漏らすことはないだろう。

 

そんな事を考えていたら佐倉はブンブンと頭を縦に動かすと俺から逃げるようにその場を去っていくのであった。それを愉快そうに見ながら、俺は廊下の窓を開けCクラスの連中を待つ事にした。

 

 

「……あっつ」




今回は異世界要素を強めに出した感じですね。これで3人をぼかし切れたか不安ではありますがそれなりにかけたと思います。てか戦うシーンて描くの難しいんですよね。批評にならないか不安です。

次回は急展開、龍園との会談ですね。


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龍園と実力行使の締結

まずは謝罪致します。二週間以上更新を止めて申し訳ありませんでした。
マジでゼミの資料をつくるのに忙しかったので余裕がありませんでした。
急ピッチで書いた面もあるので、ちょっと急展開な面もあるかも知れませんがそれでも楽しんで頂ければ幸いです。


暴行事件の犯人に仕立て上げようとした石崎達をリンチにして撃退。その一部始終を見た佐倉に釘を刺した後、俺は石崎達に指示したというCクラスのリーダーを特別棟の廊下で待ち続けていた。

 

 

「……いや暑すぎるだろ。ここで話し合うんじゃなくて、別の場所を指定した方が良かったな」

 

 

そんな風に若干後悔しながら愚痴をこぼすと、【収納】スキルから取り出したミネラルウォーターを氷魔法で冷やして飲んだ。

 

石崎たちが離れて数十分が経ちそれなりに待たされている訳だが、特別棟の熱気は止むことはなかった。それにより汗が滝のように流れ、不快感が増大する。

 

 

「やろうと思えば氷魔法を身体にかけて冷房できるけど……魔力の使いすぎは怠いからな〜」

 

 

この世界の空気中に魔力を回復させる魔素がない以上【自然魔力回復上昇】に頼るしかなく、このスキルも世界の法則と噛み合っていないせいなのか、異世界よりも回復が遅い。

 

眼の力(・・・)を使えば話は変わるのだが、隠蔽するのが困難になる上に、そもそも使用条件が達成していない。ゆえに使用する事が出来ず、実質頭打ちな訳だ。

 

 

「てかそもそも、あいつらが遅いのが悪いんだよ。一体いつになったら来るんだ?」

 

 

ただ呼びに来るだけならこれ程時間をかける必要はない。何か対策を行なっているか、俺への嫌がらせか……少なくとも意図的に時間をかけているのだと感じる。

 

 

いっそのことコチラから向かうか? と考えたが俺はその考えを中断させる。【気配感知】で数人の生徒が固まっているのが分かったからだ。この時間帯に特別棟に来るのは部外者ではない。おそらくCクラスの面々だろう。

 

 

「(ようやく来たか。数は5人……絶対話し合いだけで終わらねえな)」

 

 

そう思いつつ内心ため息を吐いたが、次第に気配が近づいていき、階段から小宮と近藤の他に残りの三人の姿が見え始めた。

 

 

先導して歩くのはロングの髪を持つ長身の男子生徒だ。目つきが鋭くこちらを刈り取ろうとする意志がバンバンと伝わってくる。まるでインテリヤクザのような印象を持つ。

 

ここで俺は【鑑定】スキルを発動させ新たに来た生徒を見定める。石崎達にこれを使用しなかったのは単に確認する程、力量が高くないと分かっていたからだ。

 

 

因みに例のインテリヤクザ風の生徒は龍園翔というらしい。龍園て、なんともごつい苗字だと感じた。

 

 

側にはガタイのいい黒人の男子生徒ーー山田アルベルトというハーフを連れている。おそらくボディーガード兼側近といった所だろう。身体能力的には龍園よりも高い。なのに付き従っているのは脅されて仕方なくか、奴に心酔したからかーーまあ今それを考える必要はないので思考を中断させる。

 

もう一人龍園のそばにいるのは青髪ショートカットの少女ーー名前は伊吹澪か。こちらも女子にしては筋力値・体力値がある為武闘派に属する生徒だろう。

 

 

どうやらCクラスは暴力で支配するのが好きなようだ。まあそれ自体は問題ではない。むしろ俺としては力で解決させるのが専売特許なのでありがたい事だ。

 

 

そんな事を考えていると、龍園が不敵な笑みを浮かべながら話しかけてきた。

 

 

「よう、待たせたな。テメェが石崎達をボコった村上か?」

 

「そうだ。逆にお前は石崎に指示したやつなんだろ? 何とも悪巧みしてそうな顔だな。それにしても待ちくたびれたぞ。この特別棟はタダでさえ暑いんだから待たせてんじゃねえよ」

 

「それは悪かったな。こっちも突然手下共が駆け込んできて、『早く特別棟に来てくれ』と叫んできたからよ。誰だって面倒に思って歩みが遅くなるもんだろ?」

 

「違いないな」

 

 

ハハハッ、と互いに笑いながらそれぞれが出方を見る。そばにいた伊吹は何を笑うことがあるのかと言っているように不機嫌な顔だ。実にわかりやすい。

 

そんな出だしになりながらも、龍園から話が再開された。

 

 

「改めて自己紹介といこうじゃねえか。俺はCクラスを率いてる龍園翔だ」

 

「Dクラス、村上光太。といってもそっちは俺のことよく知ってるんだろ? 随分と調べたそうじゃねえか」

 

「まあな。こちとらお前のせいでポイントを引かれてんだ。ちょっかいをかけてきた奴を見つけだして締め上げるのは当然だろ?」

 

「俺がいつお前らのクラスポイントを下げたんだよ。石崎達もいってたが、山脇って奴が退学になったのは俺だって証拠はない。それなのに犯人と決めつけるのは良くないぞ?」

 

「黙れよ、お前がやった事は既に確定してる。本来は仕返しとしてお前にダメージを与える作戦だったんだが……随分とやり返したらしいじゃねえか。スタンガンまで使って殺しかけるとはよぉ。どう落とし前つけてくれるんだ?」

 

「その言葉、そっくりそのまま返す。こっちは呼び出されたと思ったらいきなり殴りかかってこられたんだからな。元々の被害者はこっちだ」

 

「ハッ! 関係ねえなぁ。石崎達をボコした時点でお前は詰んでんだよ。俺らはこのまま学校側に訴える。やった事実は変わらねえからな」

 

 

まあ、そうだろうな。俺は龍園の主張に内心納得する。

 

確かに俺は龍園の策略に嵌ってしまったのだろう。本来なら魔法やスキルを駆使して目立ったダメージを与えず問題を起こさずに済ませるのが良かった案件だ。それなのに俺は暴力で返り討ちにして石崎には雷魔法で瀕死にまで追い込んだ。もし学校側に訴えられてしまったら過剰防衛で俺は確実に大ダメージを受けるだろう。

 

そんな事を思いつつ、俺は龍園に話を切り出した。

 

 

「おいおい、俺は話がしたいからお前を呼んだんだぜ? そんな早急に決めつけんなよ」

 

「なら、お前はどうするんだ?」

 

 

 

「もしこのまま訴えるってなら、Cクラスから退学者を出そう。さっきボコした奴等は確定として……適当に女子生徒数人も含めてやる。男女に偏りがあったら気持ち悪いからな」

 

 

 

その言葉に、小宮と近藤は顔を強張らせる。先程の俺の暴力を見て恐怖が現れたからだろう。しかし伊吹はフッと関心のない態度でそっぽを向きアルベルトは無表情。そして肝心の龍園は心底失望したような表情をつくった。

 

 

「はあ……辞めだ辞め。正直がっかりだ」

 

 

龍園は興味が失せたようにため息をつくと、見下すような目線で俺を見てきた。

 

 

「村上、お前はつまんねえな。入学早々攻撃的な戦略をしてきたから俺はお前に興味が湧いた。山脇の件では証拠も残さなかったのを見て相当なやり手だと睨んでいたからな。だからまずは小手調として石崎達と張り合わせて動向を探ろうとした。それで対抗するなら本気でやり合おうと思っていたんだよ」

 

「へぇ、そうなのか」

 

「だが蓋を開けてみればどうだ? こんな見え見えの罠に嵌った癖に対策を講じた訳でもない。俺と話をつけるって聞いた時は何か仕掛けてくるかと思ったが……出てきたのは退学者を出すぞなんていう幼稚な脅し。期待外れにも程がある」

 

 

龍園なりに期待していたんだろう。自分の策を崩す程の謀略を講じてくる俺の姿を……だがそれは叶わず落胆したという訳だ。

 

 

それについては仕方のない事だ。俺の知能値はそんなに高いわけではない。異世界の経験から裏のありそうな話を見抜いたり悪知恵が働いたりするが所詮は一般人に手が生えた程度。誰もが予想打にしないような戦略を考えることなどできない。それが俺、村上光太なのだ。

 

 

「だからここでお前への攻撃は終わりにしてやるよ。クラスポイントを減らした事実は変わらないからな。なあに、石崎の件に対する落とし前だ。精々受け止めろよ」

 

 

そういうと側についていたアルベルトが前に出て拳をボキボキと鳴らす。

 

 

「おいおい結局お前も暴力を振るうのか? そうなると石崎達の件で俺へのダメージが半減するだろう」

 

「心配いらねえよ。お前は石崎達に過度な暴力を働いて大怪我をさせた。それを見かねた俺は仕返しとしてお前にやり返す事になった……こんな筋書きだ。互いにダメージは入るだろうが0ポイントのDクラスには致命的で、お前の方が過剰防衛で罪は重い。つまりお前の負けなんだよ」

 

「負けか……何を基準にそう決めたか知らねえが、まだ勝負はついてねえよ。そもそも、お前ら程度の実力で俺は倒せねえよ」

 

「随分と強気じゃねえか。石崎達を倒したんなら少しは理解できるが、その余裕もすぐに消してやるーーやれ、アルベルト」

 

 

その言葉と同時に、アルベルトは俺に向かって走り出し拳を振り上げる。強靭な肉体から放たれるそれは走り出した勢いと合わさって凄まじい威力になっている。攻撃を受けたらひとたまりもないだろう。

 

 

普通の生徒ならな。

 

 

そう思いながら俺はつまらなそうな表情を浮かべると、拳の軌道を予測し右腕を前に出して片手でパシッ、と受け止めた。

 

 

「……な、言った通りだろう?」

 

「う、嘘でしょ…? アルベルトの拳を片手で止めるなんて…!?」

 

 

伊吹は今の光景を信じられないように目を見開き、こちらを見つめてくる。まあ外見的に言えば体格も筋力も劣っていそうな奴に止められたんだからな。驚いて当然だろう。拳を受け止められたアルベルトもサングラス越しから瞳孔が開いているように見えた。

 

だが例外に龍園は少しだけ笑みを浮かべる。

 

 

「これは驚いた。まさかアルベルト並みの腕っ節とはな。少しはやるようだがーー」

 

「なあ、龍園。お前は退学させるなんて言葉が幼稚な脅しと言ったな?」

 

 

 

この時、突然の村上の遮りに龍園は少し憤りを感じたが、どうせ潰せる未来にあるので話を聞いてやることにした。

 

 

 

「それがなんだ」

 

「仮にそれが本当に実現できるとしたらどうだ? その気になれば何人もの退学者を出せるってな」

 

「… ハッ、最後の最後に何言ってやがる。まあ本当にやってのけるなら確かに凶悪だろうけどな」

 

「それを聞いて安心したよ。なら今からそれを証明してやる」

 

「……あ?」

 

 

 

龍園が疑問のある声をあげる中、俺は目の前のアルベルトに中級暗示魔法をかけた。

 

 

「なあアルベルト。『ちょっと龍園の奴を殴ってくれないか?』」

 

 

 

 

「ーーゴハッ!!」

 

「龍園!?」

 

 

俺の言葉に、アルベルトはすぐさま反応して突き出していた拳を手元に戻すと龍園の方に駆け出し拳を振り上げたのだ。

 

 

龍園は咄嗟にガードしていたがアルベルトの筋力が高かった為、殴られた衝撃でそのまま後方に吹き飛ばされる。

 

 

「ア、アルベルト!? お前何やってんだよ!」

 

「無駄だ。今そいつに話しかけても意味ねえよ。アルベルト『他の奴も片付けろ』」

 

「ーーグハッ!!」

 

「や、やめっ、ゴホッ!?」

 

 

小宮は叫んだ途中でアルベルトに殴られ、壁に激突して気を失ってしまう。近藤も同じようにやられてその場に倒れ伏した。

 

 

「アルベルトっ! 気でも狂ったの!? しっかりして!!」

 

「……」

 

 

アルベルトは伊吹の声に耳を貸すことはなくそのまま掴みかかろうとする。

 

 

「クソッ!」

 

 

予想だにしない状況に伊吹は混乱しながらも後方に下がって逃れようとしたが、それを予期していたかのように俊敏な身のこなしでアルベルトは伊吹の首を掴みそのまま持ち上げた。

 

「しまっ…このっ、離しなさいっ、よっ!!」

 

 

そう言いながら持ち上げられた身体のままアルベルトに蹴りを入れ続ける。しかし効果はないようでびくともしない。そんな蹂躙劇を見ながら俺はその場で薄く笑った。

 

 

「無駄だって言ったのが聞こえなかったのか? お前のポテンシャルでそいつの拘束は解けないだろう……まあ何でもいいけど。おい、『そのまま首を締め上げてやれ』」

 

「あ、あがッ! アル、ベルトッ…やめ……」

 

 

伊吹は自分の首が閉まるのに気づくとその場で必死に抵抗する。しかし先程からでも分かる様にアルベルトの腕力に敵うわけがなく、段々と苦悶の表情が弱くなっていく。

 

 

「(……そろそろ頃合いだな)」

 

 

そう思うと俺は暗示魔法を解除しようとした。本当はもっとボコしたかったのだが、先程の雷魔法や生活魔法の行使で魔力を結構使ってしまった為あまり長時間の発動はしたくなかった。魔力回復は長期間でないと全快しないので、ここで中断させるのが引き際だろう。

 

 

だがそれは思わぬ事態で破られることになる。

 

 

 

 

「ーーらああッ!!!」

 

 

先程後方に飛ばされた龍園がアルベルトの頭に盛大な蹴りを叩き込んだのだ。勢いをつけて威力が引き上がっていたその攻撃は強力で今まで伊吹の蹴りで全く動かなかったアルベルトの体勢を崩した。

 

それにより伊吹の拘束は解かれゴホゴホッと咳き込む。そしてアルベルトは顔をピクリと動かすとその場をキョロキョロと見渡す。先程の蹴りで暗示魔法が解除されたのだ。

 

 

「…お〜! 凄えなお前。あの攻撃からまともに動けるなんて普通はできねえぞ」

 

 

俺は感心しながら拍手をする。龍園の耐久値や精神値が高めなのを改めて認知した瞬間だった。それに暗示を解いたあの蹴りの対処も的確だ。俺の暗示魔法は脳に強い衝撃を与えるか精神値が元から高くないと自力で解除できない。魔法の存在は知らないはずなのに頭を狙ったのは勘も鋭いといえる。龍園翔という生徒が結構な実力を持っているのを理解できた。

 

 

 

「…ッ!?…ッ!?」

 

「落ち着けアルベルト。テメェは伊吹の介抱でもしれやれ」

 

「アル、ベルト…意識、戻ったのね……」

 

「……ッ!!!」

 

 

アルベルトは龍園と伊吹の言葉にハッとして言われた通り介抱を始める。自分が何をしたか分からず混乱しているようだった。

 

伊吹はその場で咳き込みを落ち着かせるとこちらを睨んできた。

 

 

「あんた……アルベルトに何したの?」

 

「ん〜…まあ、一種の催眠術的なやつだな。テレビとかでも見たことあるだろう? 人間やろうと思えばあれぐらいできるんだよ」

 

 

俺は今思いついたかのように適当に返した。魔法の存在はあまり知られたくないのだが、正直言って困り過ぎる程でもない。第三者に見られた所で魔法やスキルを信じられる訳なく、監視カメラのような証拠に残らない限り心配いらないだろう。

 

 

それにCクラスの面々も問題児ばかりに見えるので学校側に報告したとしても信憑性が低そうだった。故に俺は暗示魔法を催眠術と言って力を見せることにしたのだ。中学の頃にも一度職員を脅すのに使ったので似たような事例だろう。

 

 

なら石崎をボコした時のスタンガンは何故偽装したかという話になるだろうが、あの時点で龍園が企んでいる全貌が把握できなかった為、保険としてやった行為だった。でも互いにダメージを負う捨て身の策だと直接聞いたので落とし穴もなさそうだと判断し、暗示魔法を使ったわけである。

 

 

だが催眠術といっても信じられないのは当然というべきか、俺の言葉に伊吹は憤った表情を見せる。

 

 

「そんな馬鹿げた事、信じる訳……!」

 

「そう怒った顔するなって。現に山田アルベルトはお前たちに殴りかかっただろう? そいつはこの場でクラスメイトを殴るような奴なのか?」

 

「それは……ほんとっ、一体なんなのよ!?」

 

 

そんな伊吹の叫びに、俺は薄ら笑うだけだった。そんな調子で話題を強引に切り替える。

 

 

「ま、これで分かっただろう? 俺はやろうと思えばこの場にいる全員を退学……いや、殺す事もできる。俺が直接手を下す訳でもなくな。こんな不確定要素の多い奴に手を出すのは、得策じゃないと思うぞ?」

 

 

言ってしまえば、今回こうして俺が龍園の策に乗ったのは単なる暇つぶしである。そんな訳で学校を巻き込んだ騒ぎになるのは面倒なので訴えを取り消してもらいたいのだ。

 

 

「さあ、お前の返答はどうなんだ?」

 

「……ハッ、いいだろう。今回の件は無効だ。お互いこの件については無干渉といこうじゃねえか」

 

「龍園ッ!? 何言って……」

 

「なら聞くが伊吹。お前はコイツとやり合うつもりか? 止めはしねえが確実にやられるぞ」

 

「それはっ!………っ、クソッ!!」

 

 

伊吹はやるせない怒りを抱きながら地団駄を踏んだ。

 

 

 

 

だが龍園はその時、村上の知らない内心で冷静に思考を回していた。

 

 

先程村上が見せた現象……明らかに普通の事ではない。そんな相手に無策でやり合うのはリスクが高すぎる。そう思って龍園は村上から一度手を引くことにした。

 

だが、龍園は諦めたわけではなかった。今回は大人しく引くが次にまたやり返す算段を立てる。それが何回になるか分からないが己が勝利するまでそれは止まらない。それが龍園翔という男なのだ。

 

 

そんな心情にあっても俺は気づく事はなかったが、龍園は今までにない楽しそうな笑みを浮かべた。

 

 

「ククク…面白え。こんな得体の知れない野郎がDクラスにいやがるとはな。村上光太……覚えたぜ? お前は俺が本気で潰してやるよ」

 

「出来るものならやってみろ。お前みたいな雑魚に負けるほど俺は弱くねえからな」

 

 

龍園の捨て台詞を足蹴にすると、俺はCクラスの面々を尻目に、特別棟から出るために階段を降りていくのであった。




いや〜龍園との会合でも実力行使でねじ伏せましたね。まあ龍園との直接対決はまだ先まで取っておきたかったのでアルベルトを洗脳した感じです。これからの展開も楽しみにしててください。


後4.5巻読みました。最高でしたね。ネタバレ解禁になるそうな時期まであまりいうつもりはありませんが、私自身の結構ヒロインの好みに変化が起こりました。
軽井沢の評価は変わりませんが佐藤可愛かったですね。一之瀬は……うん、まあ良かったんじゃないですか? てか坂柳もうちょっと綾小路に嫉妬してもいいと思いましたね。


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佐倉との話し合い

ちょっと4.5巻の話をしますけど、龍園クラスの山脇が出てたんですよね。今後イラスト化されて原作に関わってきたらどうしよう。

まあ須藤退学させたんで何とかすると思いますが。


龍園達の策略を暗示魔法によるゴリ押しで打ち負かした翌日、俺は普通に授業を受けていた。

 

俺の忠告通り龍園達は学校側に訴えなかったのか、朝のホームルームで特別棟の件が説明される事や俺個人を呼び出すなんて事もなかった。どうやら大人しく従ってくれたらしい。

 

だがそれも当然と言えるだろう。あのメンバーの中で一番腕っ節のあったアルベルトの一撃を止めた上に催眠術といって仲間を襲わせたからな。摩訶不思議な現象を起こす奴に首を突っ込む程馬鹿ではなかったのだろう。

 

 

「(まあ、仮に訴えたとしても関わったやつ全員退学させたけどな。あまりやり過ぎると学校側に嗅ぎつかれるからある意味助かったが…)」

 

 

俺は内心でそう思いながらも手に持ったペンをクルクル回す。兎も角Cクラスのいざこざを心配する必要はもうないだろう。そう判断した俺は視線をある生徒に向けた。

 

 

 

目線の先には先日の件を隠れて見ていた女子生徒ーー佐倉愛里の姿があった。その顔は見るからに暗く、気分が悪そうなのが分かる。普段から感情を表に出す生徒ではないので違和感は小さいが間違い無いだろう。恐らくは石崎達と暴力沙汰を起こしていた俺と関わった事が原因だ。そんな奴と今日話をする事になったのだから元から気の弱い佐倉には酷なのだろう。

 

もしかしたら仮病で休むと思っていたが、後が怖くなると判断したのか怯えながらも登校してきた。それが不審に思ったのか櫛田などに心配されていたが大丈夫とだけ伝え、後は一人で過ごしているようだった。

 

 

「(あの様子なら誰かに話した様子はないだろう。後は再度釘を刺す程度で十分だ)」

 

 

そう思いながら俺は佐倉への意識を離し授業を聞くのであった。

 

 

 

 

 

そして授業が全て終わりホームルームが終わった後、放課後になった教室は生徒達の声で騒がしくなった。その中で俺は席を立ち歩き出すと佐倉の席の前に立つ。

 

 

「じゃあ佐倉。一緒に行くか」

 

「ヒッ!?……は、はい……」

 

 

呼びかけに驚きながら佐倉はビクビクした態度で下校の準備を始める。教室にいた生徒は先程までの騒ぎをぴたりと辞め、その光景を神妙な視線で見つめていた。須藤の一件以来俺と関わりを持つと危ないと思われていたせいで誰とも交流していなかった。それがクラスでも印象の少ない佐倉と話した事により驚きを得たのだろう。佐倉もそれに気づき注目が浴びるのが嫌なのか準備を急いで行い始めた。

 

 

それが終わればすぐに教室から出られたのだが、ここで邪魔が入る。

 

 

「ちょっと待ってくれ。一体佐倉さんに何をするつもりなんだ?」

 

 

俺を目の敵にしている平田が肩を掴みそう質問してきた。結構な力で掴まれてるので多少不快に思いながらも俺は平田に目線を向ける。

 

 

「いきなり掴みかかんじゃねえよ平田。俺はこれから佐倉と予定があるから話しかけただけだ」

 

「その言葉を信じると本気で思っているのかい? まさか佐倉さんまで退学にする気じゃないだろうね」

 

「そんな訳ないだろう。佐倉が今まで目立った行動を取ってたか? 特に何もしてないのに退学させる程俺は外道じゃねえよ。やるなら馬鹿で間抜けで短気だったせいで退学になったあの猿みたいなやつだな」

 

「……黙れ!」

 

「おお怖い怖い。何とか取り繕ってたのに言葉が荒々しくなったな」

 

 

須藤の事が禁句だったようなのでそれは仕方がない。とはいえそんなの俺には関係ないので掴みかかった平田の腕を払うと簡潔に説明してやった。

 

 

「まず勘違いをしているようだからいっておくが、今回の件はむしろ佐倉の方から俺に関わってきたんだ。俺から接触した訳じゃない」

 

「何だって……佐倉さん、本当なのかい?」

 

「え……あ、う………はい」

 

 

平田の確認に佐倉は弱々しくもコクリと頷く。本当は石崎達との現場を偶然見ただけなので積極的に関わった訳ではないが、詳しい事情を話すと俺に何かさせると思ったのか俺の言葉を肯定したようだ。

 

 

「な? これで分かっただろう? 佐倉から関わってきたから俺は話をするんだ。何も問題ないだろう?」

 

「…待ってくれ。なら僕も一緒に同行する。佐倉さんに全く被害が出ないと決まったわけじゃない」

 

「嫌だよ。何で無関係なお前を連れて行かなくちゃいけねえんだよ。あ、もしかしてお前佐倉のこと狙ってたとか? 軽井沢みたいなギャルと付き合うからもしかしてと思ってたが、爽やか面して意外に節操なしなのか?」

 

「っ!? ふざけるなっ!!」

 

 

俺の煽りに我慢の限界が来たのか目に見える怒りを見せ、正に一触即発の事態。教室に不穏な空気が広がり他の生徒たちもどうすればいいかオロオロとしていた。

 

と、ここで佐倉がビクビクしながらも俺たちの間に入ってきた。

 

 

「ひ、平田君…わ、私は大丈夫、ですから。心配しないで…ください……」

 

「さ、佐倉さん……」

 

 

思わぬ人として俺を弁護した佐倉に平田は驚きを隠せないでいた。

 

 

「で、でも佐倉さんーー」

 

「ほ、本当に大丈夫ですから! 放っておいてください!!………あ」

 

 

佐倉は自分が大声で叫んだ事に気づき顔を真っ青にする。今の発言では誤解を生んでしまうと思ったからだろう。佐倉はそこで弁解しようと口を開こうとしたが、俺は丁度いいタイミングだと思い台詞を遮った。

 

 

「ぷははは! 振られてやんの〜。まあ安心しろよイケメン君。こいつが俺のこと馬鹿にしない限り手は出さねえからな。ほらいくぞ、佐倉」

 

「あっ…え……あ……し、失礼します!」

 

 

俺が歩き出すと佐倉は弁解できていない事に迷いを見せていたが、俺に逆らうと怖いと判断したのか平田にペコリと頭を下げると、その場から逃げるようにして教室から出て後をついてくるのであった。

 

 

 

◇◇◇

綾小路side

 

 

村上と佐倉が教室からいなくなると平田は肩を落としながらも悔しそうに顔を歪ませる。それを見た軽井沢は恐る恐る平田に寄り添った。

 

 

「ひ、平田君……大丈夫?」

 

「……ごめん軽井沢さん。今は一人にしてほしい」

 

「あ……うん」

 

 

平田はそれだけ告げると教室から出ていった。軽井沢はそれを見て心細そうにすると仲の良い女子生徒達に慰められていた。

 

 

「心配しないでいいって軽井沢さん。平田君だって別に軽井沢さんが嫌いになった訳じゃないし」

 

「そうそう。今はそっとしておいた方がいいよ」

 

「……そ、そうだね。うん、また機会があれば話しかけてみる」

 

「うんうん、その意気だよ。てか佐倉さんのアレなに? 平田君が助けてあげようとしてたのにあんな言い方ないでしょ」

 

「もしかして村上君と交流があるのも媚び売って自分だけが助かろうとしてるとか?」

 

「まじ? ちょーあり得ないんですけど」

 

 

女子生徒は佐倉に対して言いたい放題。村上について言及しないのは須藤のようにされると思い強く言えないからだろう。だとしても余りにも言葉が苛烈すぎる。男子生徒も女子の台詞に若干引いているようだった。

 

 

「くだらないわね。人をあれこれ言える立場でもないでしょうに」

 

 

オレの内心を悟ったのか、堀北が呟く。須藤の一件で最近はオレの呼びかけにもあまり反応していなかったが今日は珍しく話しかけてきた。

 

 

「堀北…お前は村上と佐倉の事について気になっているのか?」

 

「興味がないと言えば嘘になるわね。佐倉さんは元々人との交流を避けていた。それがよりにもよって村上くんに関わるなんて普通はありえないもの。それにあの怯えた表情を見れば一目瞭然ね」

 

「佐倉が村上と関わったのは本人の意志じゃないってことか?」

 

「ええ。最悪、問題を起こしてDクラスのポイントがさらにマイナスになるかも知れないわ。でも下手に介入すれば痛い目に合う。故に今何かするつもりはないわ」

 

 

経験者は語るといったところか。堀北にしては弱気な発言をした。寮裏で何があったのか知らないが一悶着あったのは確かだろう。加えて須藤の退学を通して村上との距離を測れないでいるようだ。

 

そんな堀北にオレはもう少し質問をしてみる。

 

 

「“今”はって事は村上を野放しにするつもりはないって訳か」

 

「当たり前でしょ。これ以上彼が好き勝手にされたらこのクラスは修繕不能なまでに潰れてしまう。そうなる前に手を打つ必要があるわ……そしてあわよくば彼をクラス間の戦いに上手く介入させる」

 

「……正気か?」

 

「ええ、悔しいけど彼に実力があるのは事実。学力・身体能力は勿論大量のプライベートポイントを持つ程の手腕を持っている。彼を上手く使う事ができればAクラスになる事も夢じゃないわ」

 

「確かにそうだが危険すぎる。それに誰かの言うことを聞くような相手じゃないだろう。そもそも奴は単独で2000万を集めて他クラスに移動する可能性だってある」

 

「彼が他クラスに行って敵になる事こそ最悪の展開だわ。でも移動に必要な大金をすぐに集められる訳ない。それまでに彼を動かせる材料さえ掴めれば……」

 

「……」

 

 

オレは堀北の考えに内心無理だと決めつけた。村上の行動は高円寺と同じで己の意志のままに動いている。加えて気に食わない奴を退学させるのだから高円寺よりも悪質だ。

 

それを他人の事を一切考慮しない堀北が制御できる訳がない。このままではただ虎の尾を踏むだけだ。

 

 

だがそのままにしておく事はオレの選択肢になかった。

 

 

村上はどうやらオレに対して嫌悪の感情を抱いている。初めて話しかけた時からそれが続いていることから改善も期待できない。

 

 

それに村上の言ったあの言葉……

 

 

ーー俺はお前みたいな本気を出さない奴が嫌いだーー

 

 

まるでオレの実力を知っているかのような発言。もしかしたらホワイトルームと何らかの繋がりがあるかもしれない。

 

加えてオレのやる事に邪魔をしたという事は今後オレの敵になる可能性もあり得る。堀北の考え同様野放しにしておくのはよろしくない。

 

 

「……探る必要がある、か」

 

 

オレはそう独り言を呟いた。

 

 

◇◇◇

 

教室での一幕を終えた俺達は、話し合いの場に適したケヤキモールにあるカフェに足を運んでいた。本来聞かれたくない事ならカラオケや部屋といった選択をするのだろうが【気配感知】で盗み聞きした奴は判明できるので俺には問題ない事だった。

 

店員に空いてある席に誘導され腰をおろすとメニューをとって佐倉に渡した。

 

 

「好きなのを頼めよ。ここは俺が奢ってやる」

 

「そ、そんなっ。別にいいです……」

 

「厚意は素直に受け取れよ。それを無駄にするのも人を不快にさせて逆効果だからな?」

 

「っ!? は、はい。頼みます……」

 

 

佐倉は俺の言葉に怯えながらメニューを見始めた。少々脅した感じになってしまったが、あのまま拒否られるのも面倒だったので強硬手段に出たわけだ。そんな事を考えていると佐倉は決まったようで店員に声をかけ、互いに品を頼んだ。(因みに俺はいつものクリームソーダ)

 

店員が奥にはけていくのを確認すると、俺は改めて佐倉と向き合った。

 

 

「さて、ひと段落ついたところで話を始めるとするか。まず先に確認するけど昨日の件を誰かに話してないだろうな?」

 

「は、はい。言ってないです…そもそも私、話すような友達いませんし」

 

「だろうな。お前教室でいつも一人でぼっちなのは分かってたよ。まあ俺も同じだけど、アハハハハ」

 

「……」

 

 

佐倉はどう応えたらいいか分からず言葉が出ないようだった。

 

 

「悪い悪い、話が脱線したな。まあそこについては疑ってねえよ。誰かに相談する度胸があるなら既に学校側に訴えているだろうしな」

 

「そ、そうなんですか……」

 

「ああ。で、話を続けるが何故誰もいない特別棟に足を運んでいたんだ? あんな所用事がない限り一人で来る場所じゃないだろう」

 

「っ……ち、ちょっと、忘れ物をーー」

 

「ダウト。いや〜俺に嘘つくなんて根性あるなお前。あんな所に忘れ物をする機会なんて早々ないだろう。あんまりふざけてるとイライラが溜まってくるぞ?」

 

「わ、分かりました! 話しますっ、話しますから!!」

 

 

佐倉は叫ぶようにして声を上げるとカメラを取り出した。俺はそれを奪うように手に取ると保存された履歴を確認する。殆どが眼鏡を外し着飾った佐倉の自撮りだった。

 

 

「……中学の頃、雫って名前でグラビアアイドルやってたんです。今は活動休止してるんですけど、写真の公開はしていいからブログに載せてて」

 

「ほう……そうなのか」

 

 

意外すぎる告白に俺は少なからず驚いた。【鑑定】で佐倉愛里のステータスを把握していた事により身体付きが同年代に比べ発達していたのは知っていた。だが精神値が異常に低い為グラビアアイドルをする度胸があるとは思わなかったのだ。

 

俺はデジカメを操作しながら自分の端末でグラビアアイドル雫と検索して出てきたブログを見てみる。コメントの評判は良さそうで、ツイッターのフォロワーも結構いる。

 

 

「へ〜割と有名なんだなお前」

 

「……私の事、知らないんですか?」

 

「知らねえよ。グラビアアイドル気にするほど世間に興味ないからな。でも何でわざわざ地味目にしてまで隠してんだ?」

 

「目立つのが…嫌いなので。人前で話すのも苦手だし、私はただ平穏に生活できればそれでいいんです」

 

「グラビアアイドルやってたのにか? 矛盾してるだろーーお、見つけた」

 

 

そんな話を聞きながら俺はとある一枚の写真を見つける。そこには石崎に雷魔法を行使している俺の姿が映っていた。

 

 

「やっぱりな。隠れてたのを見つけた時バツの悪そうな雰囲気だったからもしかしたらと思ったが……証拠を写してた訳か」

 

 

俺はそのデータを削除して佐倉に手元に放り投げる。突然の事で驚きながらも佐倉は何とかキャッチした。

 

 

「俺に見つかった時点で消そうとは思わなかったのか?」

 

「その……なんか消すのも怖くて。村上くんが気づいていたなら直接確認すると思って残しておきました。だ、だから、消したならもういいですよね……?」

 

「いやいや無理だろ。その言葉を保証する材料はないし、もう既に自前のパソコンに保存してる可能性だってある。あの場の光景を見た時点でお前は俺を避ける事はできなくなった訳だ。諦めろ」

 

「そ、そんな……じゃあ私はどうすれば」

 

「簡単さ。これからは俺の側で行動しろ。なあにそんな固くなることはない。単に話し相手になってくれればいいだけだ。最近ロクに人と話さないせいで暇なんだよ」

 

 

そう、俺はただ日常生活に刺激が欲しいだけ。Cクラスと揉めたのもそれが理由だし、わざわざ特別棟で見つけた佐倉のデジカメに触れなかったのもこうして逃げ道をなくして人選を確保する為だ。

 

 

「あ、因みにいうと拒否権はねえぞ。お前はただ俺の提案に従うしか道はない」

 

「…あ……う……は、い」

 

「よし、決まりだな。じゃあとりあえず他愛もない話でもするか。お前のブログコメントなんだけどーー」

 

 

それからしばらく店員が運んできてくれた飲み物を飲みながら俺たちは話をした。といっても俺の一方的な話を佐倉が従順に応えるだけだったが。

 

しばらくしてそんな状況が続くと、ブログのコメント欄をスライドさせていた俺はあることに気づいた。

 

 

「おいおい、このアカウントのやつなんてしょっちゅう投稿してヤバイな。内容も『やっと会えたね』とか頭イッてんだろこいつ」

 

「ーーー」

 

 

俺の言葉に佐倉はピクリと反応する。それを見た俺はどうしたかと思ったがある仮説が浮かび確認してみた。

 

 

「もしかして、このアカウントのやつに被害でも受けてんのか?」

 

「………はい。実は最近ストーカーじみた事もされててーー」

 

 

その後佐倉から詳しい話を聞くと、放課後に後をつけられたり寮のポストに大量の手紙が届いていたりなど結構な被害を受けているようだった。

 

 

成る程成る程。それは実に……

 

 

 

          面白そうだ

 

 

 

暇つぶしとしては十分すぎる話と思った俺は、ニヤリと笑みを浮かべる。

 

 

「じゃあこいつにちょっと関わってみようか。それもグラビアアイドル雫ちゃんとしての姿で」

 

「……っ!?」

 

 

俺の言葉に、佐倉は今まで見せた中で一番顔を強張らせた。




この場を借りて報告があります。最近更新が遅いんですがこれからもっと遅れるかもしれません。大学で試験やらインターンシップやらあるんで時間が取れない可能性があります。ご了承ください。


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ストーカー撃退と佐倉の矯正

みなさんお久しぶりです。二週間で1話できたので投稿します。とは言っても大学の用事はまだ終わってないのでまた遅れるかもしれませんが……。


とまあ気分を変えて新刊の話を少し。

みーちゃんと高円寺がペアを組む展開がありましたよね!?

も、もしや……みーちゃん×高円寺がある可能性が!


学校の敷地内にはケヤキモールという施設があり、様々な店が並び学生達の娯楽の一つとして利用されている場だ。

 

そこにある家電量販店は利用者が学生のみなので店内はそこまで広い訳ではない。しかし出店しているのは全国でも有名な店舗である為品揃えは申し分ない。

 

そんな所で働く男性店員ーー楠田ゆきつは、勤務中である事にも関わらずスマホであるブログを確認していた。画面には私服姿の女の子が笑顔でピースをしている姿が映っている。

 

 

「(おほ、また雫ちゃん更新してる。今日は校舎の何処かで撮ったのかなぁ? 制服じゃないのは残念だけど相変わらず可愛いなぁ)」

 

 

ねっとりとした感情を画面の少女に向けながら、楠田は気持ち悪い笑みを浮かべる。この男は画面に写る雫という少女にねじ曲がった愛情を持っている。それが最近この学校の生徒として入学していることがわかったのだ。

 

勿論その時の雫(佐倉)は変装をしていたが、長年投稿された写真を見てきた楠田には意味をなさず、それからというもの手紙を送ったり後をつけたりと、アプローチを仕掛けているのだ。

 

現に“君を近くに感じるよ” “今日は一段と可愛かったね” “目があった事に気づいた? 僕は気づいたよ”といったコメントをブログに投稿している。それは完全な偶然であり、全ては行き過ぎた妄想。にも関わらずこの男は本当に運命だと感じている。

 

結論から言えば、楠田ゆきつは完全に性犯罪者の思考を秘めていた。

 

 

「(あぁ雫ちゃーーいや、佐倉。早く僕の愛を受け取って欲しいよ。そしたら僕達は永遠に結ばれて、最高の人生を送っていくんだ……)」

 

 

「ーーおい楠田。勤務中に何やってる」

 

「せ、先輩!?」

 

 

楠田が思いに耽っていると、先輩の店員が睨みつけて注意してきた。楠田は慌ててスマホをしまう。

 

 

「す、すみません先輩。ちょっと連絡が入ったので確認していました」

 

「それにしては随分と気味の悪い顔をしてたぞ? お客様が少ないからって勤務中のスマホいじりはどうかと思うがな」

 

「ほ、本当ですって! 普段ならこんな事しませんよ!」

 

「……まあいい。次から気をつけろよ」

 

 

先輩の店員はそれだけ告げると店内の奥に去っていった。それを確認すると楠田は顔を歪ませ舌打ちをする。

 

 

「(クソがっ、僕より先に入ってきたからって先輩面すんなよ! あの目、絶対に僕を馬鹿にしてやがる……)」

 

 

完全な被害妄想。先程の店員は楠田の業務態度が不適切だと判断した故に注意しただけだ。だが楠田は自分が悪いと全く思わず内心で先輩を罵倒するのだった。

 

 

そんな事をしていると、店舗内の入り口付近から声が聞こえてきた。どうやらその二人はこの学校の生徒であるようで、遠目から制服を纏っているのがわかる。一人は根暗そうな男で、もう一人はアイドルのような髪型をした女の子だった。

 

 

仲睦まじくデートでもしているのかと楠田の内心は嫉妬したが、今は店員なので顔を繕い挨拶しようと歩み寄った。

 

 

「いらっしゃいま……せ……」

 

 

楠田は視界に入った途端営業スマイルは完全に崩れ、言葉を失ってしまう。

 

 

何故なら楠田の視界には入店してきた女子生徒ーーグラビアアイドル雫が、男子生徒と肩を組んで入店してきた光景が見えたからだった。

 

 

◇◇◇

 

村上side

 

楠田との会合から数日前。

 

 

俺は佐倉のストーカーが誰なのかを知る為、調査を行った。まずは寮内の役員を暗示魔法で操り監視カメラの映像データを入手。その後寮のポスト付近の映像を探しフードを被った影を確認した。その後、特定の人物の動向を探れる力ーー【追跡】スキルを使用してそいつを見つけ出した訳だ。

 

どうやらストーカーの正体は楠田ゆきつというケヤキモール家電量販店の店員として勤務している男らしい。この人物は俗にいうドルオタと呼ばれる人種であり、休日はシアタールームで上映されるアイドルのコンサートによく行っているようだ。実に犯罪を犯しそうなプロフィールを持っている。

 

その事を佐倉に伝えると、意外にもハッとした表情をつくった。

 

 

「もしかして、知ってるのか?」

 

「……はい。前にカメラを買った時の店員さんでした」

 

 

怯えた様子で語る佐倉。どうやらその頃から目をつけられたらしい。ドルオタの目は誤魔化せなかっという事だろう。

 

 

「何だ、心当たりあったのかよ。それならお前に心当たり聞いてから動くべきだったな。まあいい。次の休みにそいつに会いに行くぞ」

 

「……わかり……ました」

 

 

佐倉を脅迫気味に誘い、次の休みにその男の元に向かうことにした。

 

 

 

 

 

そして休日。俺はエントランスホームで待ち合わせをして佐倉と合流した。因みに佐倉には雫としての格好をさせている。やはり伊達眼鏡や髪型を変えるだけで地味な印象は一転し、同年代でも人気上位になりそうな容姿をしていた。

 

 

「写真で見るより可愛いじゃん。普段とは大違いだぞ? さて、早速行くか」

 

「あ、あの……やっぱり私」

 

「あのストーカーに会いたくないってか? 却下だ。大人しく着いてこい」

 

「……はい」

 

 

これ以上抵抗しても無駄だと理解したのか、力なく応える佐倉。心配せずとも俺がいる限りストーカーが不貞を働ける訳がないのだが、いちいち説明するのも面倒なので放置することにした。

 

 

そして俺と佐倉はケヤキモールの家電量販店に足を運び、冒頭のような会合を果たした訳である。

 

 

楠田は俺たちの……正確には佐倉を顔を見るなり身体を硬直させ挨拶を中断する。その反応を見て俺は笑いそうになるが、グッと我慢しつつ声をかけた。

 

 

「どうしました店員さん。浮かない顔してますけど」

 

「い、いえ……あの、失礼ですが本日はどのような…」

 

 

 

「あぁ。実は“彼女”のプレゼントでカメラを買おうと思ってきたんですよ」

 

 

「「え……?」」

 

 

俺の言葉に佐倉と楠田は呆気にとられた反応を見せる。前者は名前呼びや突然の彼女宣言に対する困惑、後者は自分のものであるはずの佐倉に恋人がいたという発言を飲み込めてないと言った所だろう。実に分かりやすい。

 

 

「…か、かのじょ……そ、んな、だって、佐倉は……」

 

 

目の前そんな事を呟く店員がいるが、俺はそれを放置して佐倉に顔を向けた。

 

 

「どうした愛里? 今日はお前が使う新しいデジカメ買ってやるって言ってるだろ。遠慮せずに好きなやつ選べ」

 

 

俺は「合わせろ」という目で佐倉を見る。佐倉はそれを察して若干狼狽えたが、すぐに顔をニッコリとさせた。

 

 

「う、うん。ありがとう!」

 

 

若干言葉に違和感はあるし笑顔も引き攣り気味だが、何とか俺の指示に従うようにカメラを選び始めた。意識をできるだけカメラに向けることで現実逃避をしてるようにも見える。

 

そんな佐倉を見て楠田は挙動不審になりながら俺に敵意を向け始めた。

 

 

「ほ、本当に彼女なんですか? それは君の勝手な妄想では……」

 

「はい? いきなり失礼な事言いますね。俺はただ本当の事を言ってるだけですけど」

 

「しょ、証拠は! あの子が迷惑してるかもしれないだろう!?」

 

「しつこいですね。店員であるあなたに関係あるんですか? 正直言って気味が悪いんですけど」

 

「なっ! ふざけっ……!?」

 

 

俺の辛辣な言葉にカチンと来たのか俺に掴みかかろうとする。すると異様な雰囲気を察知した他の店員が此方にやってきた。

 

 

「お客様、どうされましたか? 何やら此方の店員と言い合いに……」

 

「あ、ここの店員さんですか? いや〜すみません。なんかこの人が俺と彼女の関係性について色々と聞いてくるので困ってた所なんですよ」

 

「そ、それは申し訳ございません。あとは私が対応いたしますのでっ!」

 

「ちょ、待っ……」

 

 

そういうと店員は抵抗する楠田を連れていってしまった。予想通りの展開に俺は満足するとカメラを選んでいる佐倉の方に目を向けた。

 

 

「あのストーカー、随分とお前に入れ込んでるみたいだな。あと一押しすれば感情が爆発して襲いかかるかもな」

 

「う、うそ…っ!」

 

「問題ねえよ。そうなれば俺がこの学校から消してやるから。あ、そのまま好きなの選んでいいぞ。ギャラとして俺が買ってやる」

 

「え、あ…ありがとう、ございます。あの、所でさっきの……」

 

「あぁ、彼女発言か。安心しろよ。さっきのはストーカー野郎を刺激したかっただけだ」

 

「そ、そうですか……」

 

 

何処か安心した表情になる佐倉。

 

 

(まあ、今後佐倉の身体を要求しないとは断言しないけどな)

 

 

内心でそう思いながらも、言葉には出さないでおいた。そんなやりとりをした数十分後。佐倉が欲しいというカメラを選ぶと先程楠田を連れていった店員に会計処理をしてもらい無事購入できた。その際に楠田の対応について謝罪され、それに「平気です」と応えると俺たちは店から出ようとする。

 

すると途中、楠田が充血気味の目でこちらを見ている事に気づく。

 

佐倉はそれに気づき俺を盾にするように身を縮める。無論それを見た楠田は我慢できそうにないくらい顔を歪ませる。

 

それを見た俺は、最後の爆弾を投下した。

 

 

 

 

「《……残念だったな、ストーカーキモ男》」

 

 

ボソリと、去り際に耳元でそう呟く。

 

 

 

 

 

 

この時、楠田の何かがプツン…と切れた。

 

 

 

「おい楠田! さっき一体何しようとしてたんだ! 後できちんと説明してもらうぞ……おい、聞いてるのか?」

 

「……うが」

 

「あ? 何だってーー」

 

「あのクソ野郎がああああああああっ!!!」

 

 

楠田は突然怒り狂ったかのように発狂して此方に向かってきた。どうやら俺の最後のセリフで我慢できなくなったようだ。

 

 

「あ…あぁ……」

 

「心配すんな佐倉。すぐ終わる」

 

 

それだけ告げると俺は向かってくる楠田に対してゆっくりと歩みだす。

 

それを油断と捉えたのか楠田は躊躇なく拳を握りしめ俺に放とうとする。しかし俺はそれを難なく避けると慣性の法則で勢いを殺せない楠田をそのまま押し倒して地面に押さえつけた。

 

楠田は声をあげて暴れ出す。

 

 

「は、はなせぇええっ!! お前っ、絶対にぶっ殺してやるぅ!!」

 

「おいおいいきなり物騒な奴だな。いきなり襲いかかってくるんじゃねえよ」

 

「黙れぇええええええ!!」

 

「お、お客様っ。大丈夫ですか!?」

 

「大丈夫に見えますかね、これ? 取り敢えずこのまま抑えとくんで警備員呼んでくれます?」

 

「は、はいすぐにっ!」

 

 

店員はすぐさま携帯で連絡し、警備員を呼びだし始める。そんな中で俺に抑え付けられてる楠田は高速から逃れようと必死にもがいていた。

 

 

「離せえぇっ!! ぼ、僕の佐倉を汚しやがって!! 佐倉は、僕のものなんだぁ!!」

 

「何言ってんだお前? 僕のものとかキモすぎるわ……いや、もしかしてお前愛里をストーカーしてたやつか?」

 

「違う! 僕はただ、佐倉のそばにいただけなんだぁあああっ!!」

 

 

その日、ケヤキモール全体に無様な悲鳴が轟くのであった。

 

 

◇◇◇

 

 

数時間後。

 

 

 

「あはははははっ!! 楽しかった楽しかった! 見たかよあのストーカー野郎の表情。人が絶望に歪む顔はいつ見ても面白えなぁ!」

 

「………」

 

 

俺は先程の一幕を愉快に話しながら佐倉と共に歩いていた。とは言っても佐倉は先程から顔を暗くして俺の話に乗ってこようともしない。

 

 

 

あの後佐倉にストーカーをしていた楠田という男は警備員に連れて行かれ、俺たちは何が起きたか事情聴取を受けた。

 

その時に俺は今回の件に踏まえ佐倉のストーカー被害も報告して楠田との関連性をほのめかした。当然それを聞いた警備員側も事態の大きさを察したのか、佐倉にも確認を取り今後調べる方針になったらしい。

 

十中八九証拠は出てくるだろうから、楠田がそのまま警察の身に預かるのも時間の問題だろう。これで佐倉がストーカー被害を受けることはないと言える。

 

そんな事を思いながら俺は佐倉に話しかけた。

 

 

「ありがとうなぁ佐倉、久しぶりにいい暇つぶしができた」

 

「……よ、よかったです…あの、私も方からも、犯人を捕まえてくれて、ありがとうございました…」

 

「気にすんな。それにしてもさっきのはいい演技だったぞ? 普段のオドオドしてたお前とは大違いだ。日常でもあんな感じにすればいいのに」

 

「…そ、そんな。私なんて……」

 

「………」

 

 

俺は佐倉の中途半端な返答を聞くと先程までの陽気な態度を消しその場に立ち止まる。それを見た佐倉が突然どうしたのかと此方の顔を見てきて……

 

 

 

「ヒィッ!?」

 

 

佐倉は怯えるように声を上げ、その場に尻餅をついた。何故なら俺の前髪の間から覗く殺意を秘めた鋭い目つきが佐倉を睨んでいたからだろう。

 

 

「……さっきからなんだ? その気の抜けた喋りは。俺との会話はそんなにつまらないか?」

 

「ご、ごめんなさい違うんです!! あ、あの今はそのっ、犯人が捕まってホッとしたというか! これで、安心してブログ活動ができるかもって考えてて……っ!」

 

「……成る程、そうなのか。とは言っても、今日からあのストーカーみたいな奴が現れる可能性があるぞ」

 

 

俺は携帯を取り出し、学校の掲示板を開くと佐倉に見せてやる。

 

 

「ほら、既に学校内の掲示板にお前の写真が載ってるぞ。《グラビアアイドル雫ちゃんがまさか高度育成高等学校の生徒に!?》だってよ。これはもう学校でお前の正体がバレるな」

 

「そ、そんな……」

 

 

佐倉は顔を青ざめながら悲壮感のある声を上げる。あれ程の目立つ行動を学生がよく使うケヤキモールで起こしたのだ。野次馬の中に雫を知ってる奴がいて情報が拡散されるのは必然だっただろう。

 

 

「ど、どうしたら……」

 

「どうにもできねえな。お前が変わらない限り今後こう言った悲劇は続く。そもそもそんな如何にも小動物みたいに弱い生き物です感オーラを出してるから悪いんだよ。そんなんじゃあ余計に色目は向くし狙おうとする連中は増える。デカい胸ぶら下げてるなら余計にな」

 

「っ!?」

 

 

俺の発言に佐倉は自分の胸を押さえ顔を赤らめる。一丁前に羞恥心があるのが余計腹が立つ。佐倉という人間は自分の存在価値を理解できていないのだ。

 

 

「そもそも馬鹿なんだよお前は。容姿やプロポーションだって実力だぞ。アイドルや女優がブスだったら人気が出るのか? 売り子や受付嬢がブスで業務が務まるか? 人は第一印象で人を判断するし、それを知ってるから人は見た目に気を使うんだ。そんな常識があるのにお前は自分が持ってる唯一の長所を潰してるんだよ」

 

 

つまり佐倉は綾小路と同じで自分の実力を隠しているようなものだ。それは俺にとって許されざる行為でもある。

 

 

「だからお前は不良品なんだ。それでも地味な格好を続けるってなら……俺が退学させるかもしれないぞ?」

 

「……む、村上くんだって。人のこと言えないじゃないですか!!」

 

 

佐倉は自分がボロカス言われる事に我慢できなくなったのか、大声を上げ俺に反論してきた。まあすぐに顔を青ざめたが。

 

だが佐倉の言っていることは間違いではない。伸ばし切った髪型を放置しているような俺に容姿のことについて馬鹿にされるのは釈然としなかったのだろう。

 

 

 

だがそれは、少し前提が違う。

 

 

 

「佐倉……これを見ても、同じ事が言えるか?」

 

「な、何を……ッ!?」

 

 

俺は垂れ下がった前髪を手でかきあげ眼を佐倉に見せる。それを見た佐倉は驚愕し、言葉を失った。それを確認した俺はすぐに髪を戻す。

 

 

「……分かっただろう? 俺の場合は見せる事で印象を悪い方向に変わる可能性がある。だからこうして隠してんだよ。だがお前は違う。優れた容姿を持っているならそれを活かせ。まずはその姿で学校に行ってみろ」

 

「………」

 

「……また無言か。まあいい、じゃあまた学校でな」

 

 

俺はそう言うと顔を俯かせる佐倉を放っておき一人で寮に戻る事にした。

 

 

 

「……変わる…しか………」

 

 

別れる直前、佐倉が小声で言ったのを俺は聞き逃さなかったが、特に触れることは無かった。




結構展開がストップし始めてきた。途中で断念しないか怖い。まあ2巻は後2、3話で終わらせるつもりなんで後は頑張るしかない。


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同日、綾小路と一之瀬達

今飲んできた帰りに投稿しました。気持ち悪い……

でも何とかできたので投稿しました…


綾小路side

 

 

それは偶然だった。

 

オレはその日、冷蔵庫に保存していた飲み物を切らしている事に気づき、寮の外にある自販機に水を取りに行こうとしていた。

 

自販機の前まで移動してボタンを押し、無料の水を手にして戻ろうとした時、寮の出入り口から女子が出て来たのを見た。

 

ツーサイドアップにした髪に可愛らしいフリルのついた服装、そして何より女子生徒の容姿が優れているこの学校でも目を引くような顔立ちをしている。恐らくは同級生の女子だろうが、オレは今まで見たことがない。故に他クラスの生徒なのかと思ったが、それよりも今は少女の表情に意識を向けていた。

 

何故ならその表情は怯えた子犬のように弱々しかったからだ。まるで今から恐ろしい事が起きると確信しているようで憂鬱さと恐怖が入り混じった雰囲気を出していたのだ。

 

 

そんな彼女の姿を見て、俺はハッと目を見開く。

 

 

「……佐倉、か?」

 

 

普通ならあり得ない発想だった。パッと見ればあの地味な印象しかなかった佐倉と目の前の美少女を結び付けなかっただろう。しかしあの少女の暗い顔が、何処となく普段の自己主張をしない佐倉に似ている気がしたのだ。それによくみれば髪色や瞳の色も同一なものだと判断でき、オレは少女が佐倉であると確信した。

 

そこまで考えたオレはふとある疑問が頭に浮かぶ。何故佐倉は目立つ容姿に変えてまで外出するのか。もちろんプライベートだから学校とは違う自分でいたいと思う線もなくはないが、暗い表情を見る限り何やら事情がありそうだった。

 

 

「……まさか、今から村上に会おうとしているのか?」

 

 

オレはそう言葉をもらす。確証はなかったが、数日前佐倉は村上と一緒に下校して話し合いをしたようだった。その中で佐倉の容姿に気づき無理矢理あの格好をさせているとしたら合点がいく。もしそうだとしたら前に考えていた村上の動向を探る機会として好都合だと判断した。

 

 

オレは自販機で手にした水を手にしながら、佐倉と思われる少女と一定の距離を保ち、尾行する事にしたのであった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

佐倉が訪れた先は学生への娯楽施設として利用されるケヤキモールだった。オレはそれまで気づかれる事なく佐倉の後をつけていき今は物陰にいる。もし気づかれればストーカーのレッテルを貼られる可能性があるが背に腹は変えられなかった。

 

 

そんなことを思いながらこっそりと物陰から顔を出してエントランスホームに目線を向けるとそこには案の定村上の姿があった。やはりあの美少女は佐倉でありあの格好も無理矢理させているのだと分かった。

 

合流した二人はその場で軽い会話をすると、ケヤキモールの奥へと歩き始めた。それを見たオレは一旦物陰から出て丁度歩いていた一般客と同じ方向に着いていく。

 

以前堀北との一件で村上は背後にいたオレの気配に気づいた事があった。となれば下手に隠れ様子を伺うのは悪手と言える。ここは密集地帯であることを利用した溶け込みが最適であると判断した。

 

村上達への視認は最小限にとどめ、同じ方向に歩く一般客の移動に次々と対象を変えて着いていく。そうする事で気づかれずに尾行できていた。

 

しばらくそんな感覚で移動していると村上達はエレベーターの前で歩みを止めた。それを見たオレはすぐさま一般客と分離して近くにあった大きな柱に寄りかかる。

 

 

「(エレベーターか。ならここで少し待って階層を確認するか)」

 

 

そう思いながらオレはここでも一般客に溶け込むよう手にしていた水を開けて、柱の側面に移動しながら飲もうとする。

 

 

 

「それでね。その時夢ちゃんがーーキャッ!」

 

「おっと…!?」

 

 

オレはエレベーターに注意を向けていたことで視線を前から外していた。それにより柱の影から出てきた人物に気づかずぶつかってしまう。その拍子で持っていた水のペットボトルを手から放してしまい盛大にかけてしまった。

 

 

「うわあっ!? ほ、帆波ちゃん大丈夫!」

 

「大丈夫だよ〜て、ありゃりゃ。上着びちゃびちゃになっちゃった…」

 

 

そこにいたのは服が濡れている綺麗なストロベリーブランドの少女とハンカチを取り出し拭いていたボーイッシュな顔立ちの少女だった。

 

するとボーイッシュの少女がこちらを睨んでくる。ぶつかった事に怒りを覚えているらしい。オレはすぐに謝罪した。

 

 

「悪かった。よそ見してて人がいる事に気づかなかったんだ」

 

「うんうん。こちらこそだよ。私達も話に夢中で前を見てなかったのが悪いし」

 

 

水をかけてしまった方の少女は怒った様子はなくむしろ自分たちが悪かったと謝罪してくる。何とも性格が良い……だが、片方の少女はそうは思っていないようで睨みを止める気配がなかった。

 

 

「いや、オレはぶつかった上に服を濡らしてしまった。こちらの方に非がある、本当にすまない」

 

「にゃはは。本当に大丈夫だって……取り敢えず、ここだと人が多くて迷惑だし何処か別の場所に移動しない? 謝罪をするかはともかくさ」

 

「あ、ああ。そうだな……」

 

 

オレは話の流れで頷く。正直言えば今は村上達の動向が知りたかったので軽く済ませたかっただが、この状況で相手の提案を断る事が出来ずつい了承してしまった。

 

 

「決まりだね〜。じゃあ行こっか、ほら千尋ちゃんも」

 

「う、うん帆波ちゃん……(ジロ)」

 

 

一之瀬の言葉に千尋と呼ばれた少女は残念そうな声で返すとまたオレに睨みをきかせる。そこに少し疑問を持ったが指摘するのも逆効果だと考え流すことにした。

 

ふとエレベーターの方を見たが既に村上達の姿はなく、エレベーターの階層を示すパネルも今オレがいる階層を示していて後を追えない。完全に見失う結果となってしまった。

 

 

「(……仕方ない。今回は諦めるか)」

 

 

オレは多少残念に思いながらも、一之瀬達についていくのであった。

 

◇◇◇

 

 

「私、Bクラスの一之瀬帆波て言うの。こっちは、その……同じクラスの白波千尋ちゃん」

 

「ど、どうも……」

 

「Dクラスの綾小路だ」

 

 

現在オレは一之瀬と白波にケヤキモール内にあるカフェに足を運び、オープンテラスにある席に座っていた。あの後一之瀬は丁度買い物をした後だったようで購入したばかりの上着に着替えている。

 

 

「改めて、今回は済まなかった。完全に不注意だった」

 

「もうその事は大丈夫だって。なんかこうして話し合いの場を設けちゃったけど、別に謝罪を強要してるわけじゃないし。今回のことはチャラって事で明言しといたほうがいいでしょ? ただでさえこの学校は特殊だし」

 

 

一之瀬の言葉にオレも内心同意する。この学校はクラス間でポイントを競い合う制度がある為生徒同士のいざこざも影響させる。別に今回の件でポイントが増減する事はないだろうが互いに何かあったなら溝ができない内に解決しておいた方がいい。一之瀬はそれを見越してこの場を設けたのだろう。彼女の人柄がより良いものなのだと実感できた。

 

 

「……わかった。そう言ってもらえるならありがたい」

 

「うん! 千尋ちゃんも、もう綾小路くんに強くあたらないでね」

 

「帆波ちゃんがそういうなら……」

 

 

一之瀬の言葉に白波も納得したようでようやく睨みつけもなくなる。しかしまだ若干顔を顰めているのを見るとまだ思う所があるようだった。

 

後、先程オレの自己紹介から一之瀬は引っかかったような表情を浮かべている。一体どうしたのだろうか?

 

 

「……ねえ綾小路くん。ちょっと聞きたいことがあるんだけどいいかな」

 

「何だ?」

 

「Dクラスって事は村上光太くんと同じクラスなんだよね? 彼ってどんな人なのかな?」

 

 

ふと一之瀬から意外な人物の名前が出てくる。なぜ彼女が他クラスの、それも村上のことを聞いて来たのかが気になり、オレはそれに質問で返した。

 

 

「村上と知り合いなのか?」

 

「うんうん。中間テストの時にちょっと話した事があるくらいかな。でも、村上くんの事は他クラスでも有名だから」

 

「……退学者の件か?」

 

 

確信をついた言葉に、一之瀬はより真剣な表情になる。

 

 

「須藤健くん、だっけ。バスケ部で上級生顔負けの実力を発揮しててレギュラーの噂もあった生徒。でも村上くんはそんな彼の点数を下げて退学させた。担任の星之宮先生から聞いたけど一点を下げる権利に必要なポイントは50万。この時期に正規に、しかも単独で手に入れるのは不可能。それに前に口論してたCクラスの山脇くんが退学になった件も村上くんがやったんじゃないかって私は思ってる。正直にいえば、警戒してるんだよね」

 

 

どうやら一之瀬はクラスの状況を性格に把握しようとしているらしい。今言った権利を購入したこともDクラスが漏らした愚痴などを聞いて知ったのだろう。情報収集に抜かりがないのを見るに彼女が優秀であるということがよく分かる。

 

故にオレは、一之瀬の話を繋げることにした。

 

 

「正直言って、同じクラスの奴らもあいつには困ってる。あいつは自分の想いに忠実でその気になれば実力行使もしてくるからな。気分ひとつ変えただけで自分が退学になるかもしれない」

 

「やっぱりそうなんだ。なら私……私達Bクラスに何かできる事はないかな? 何かあれば協力できるかもしれないよ」

 

「何で他クラスの事情にまで首を突っ込むんだ? 敵に塩を送った所でメリットなんてないだろう」

 

「もちろん、100%善意ってわけじゃないよ。村上くんの問題が解決できれば今後Dクラスだけじゃなくて他のクラスの人が無理矢理退学させられるような事はない。そうなればみんな嬉しいでしょ?」

 

 

確かに一之瀬の言う通りだろう。Bクラスの生徒にどのような奴がいるか知らないが、村上は好かれるような人間じゃない。身勝手な行動を見て不快に思う生徒が現れるかもしれないし、それで陰口を言う生徒が現れる可能性もある。そうなれば村上の怒りを買い、何をさせるか分からない。

 

それに村上はオレを嫌っていると公言しているので、退学させる対象になっているかもしれない。そうなると村上の対処に協力者がいるとなれば心強いだろう。

 

そうしてしばらく考えた後、オレは一之瀬の提案に応える事にした。

 

 

「クラスとしての協力は確約できないし、協力してもらう事があるか分からないが、オレ個人として知っている事は話そう。村上のことを解決できればこちらも嬉しいからな」

 

「ありがとう! そう言ってくれると嬉しいよ!!」

 

 

一之瀬はオレの手を取って感謝するように笑顔になった。女子に手を握られ内心ドキリとしたが白波の目線がキツくなり始めたので話を続ける事にした。

 

 

「村上は学力・身体能力ともに優秀な生徒だ。成績がつく際には確実に結果を残している。腕っ節もあって退学した須藤を軽くあしらえる実力はあるな。村上が保有する大量のポイントもそれを使って上級生から巻き上げているんじゃないか?」

 

「うん。それは私も調べてよく知ってるよ。後は、村上くん自身を馬鹿にするような発言が嫌いなんだよね?」

 

「そうだ。それで須藤と山脇は退学した。だから特別関わることがなければ退学になる心配はないだろう。後はそうだな…村上は青春てやつを謳歌したいと言っていた」

 

「青春か〜結構意外だね。クラスの人と仲良くしてないみたいだからあんまりそう言った事は気にしないタイプだと思ってたけど」

 

「それはDクラスの生徒を毛嫌いしているからだろう。あいつはクラスの奴らを見放してるらしいからな。後はそうだな……恋愛もしたいんじゃないか? 同じクラスの奴は不良品で嫌らしいが可愛くて尽くすなら考えるとも言っていた」

 

「そ、それは……」

 

「何ですかその人。信じられない……」

 

 

一之瀬は苦笑いを浮かべ、白波は辛辣な言葉を吐く。とは言ってもそれは正しい反応だろう。村上の発言は男尊女卑なものであり異性を蔑ろにしている。そんな奴に好感を持つなど普通では考えられない。

 

 

「だが奴と話す機会をつけるならそこが狙い目だろう。一之瀬の容姿なら村上も話を聞いてくれるかもしれない」

 

「えっと、色仕掛けってことかな? それは……」

 

「だ、駄目です! そんなこと絶対にさせません!!」

 

 

すると突然白波が必死そうな顔で勢いよく席から立ち上がり声を上げる。一之瀬もバツの悪そうな表情をしていてオレは疑問に思ったが、少し考えオレの中に一つの結論が浮かび上がった。

 

 

「……もしかして二人は、付き合ってるのか?」

 

「え、あ……」

 

「そうですよ! 私と帆波ちゃんは付き合ってるんです!……何か言いたいことでも?」

 

「い、いや……深い意味はない。ただ同性同士で付き合う奴は産まれて初めて見るから驚いたんだ」

 

 

オレの言葉に理解はしているようで、白波は気持ちを落ち着かせると席に座り直した。

 

 

「まあ、そう思うのも無理はないですね。帆波ちゃんも同じらしいので今はお試し期間みたいなものです。今日はお互いを知る為のデートでした」

 

「そ、そうだったのか……」

 

 

呆気にとられながらもおれは頷く。ここまで来ればオレに対する白波の態度にも合点がいった。要はデートの邪魔をされて遠回しに「お前は邪魔だ」と言いたかったのだろう。

 

 

と、ここで一之瀬が場の空気を元に戻そうと話を元に戻そうとして来た。

 

 

「ま、まあ色仕掛けってのも深読みしすぎたかな。女子に興味があるなら私が普通に話しかけても問題ないって事だよね」

 

「あ、ああ。その通りだ」

 

「となると、どうやって機会をつくるかだよね。いきなり話しかけても警戒されるだけだと思うし、あくまでも自然の方がいいと思う。誰か彼と普通に会話できる人がいればーー」

 

 

 

 

「離せぇええええええっ! 僕は、あいつをぶっ殺すんだぁああああ!!」

 

 

オレたちが村上について話している最中、ケヤキモールの奥から叫び声があがり会話を中断してしまう。

 

 

「随分と物騒なセリフだな」

 

「そ、そうだね。何かあったのかな?」

 

 

声の鳴る方に視線を向けると警備員らしき人物二人が一人の店員を連行していた。

 

 

「このっ、暴れるな!」

 

「いい加減大人しくなれ! これ以上暴れても損するだけだぞ!!」

 

「黙れ黙れっ!! 佐倉は僕のものだ!! 僕を邪魔するなら、こうだぁっ!!」

 

「ぐはっ!?」

 

 

連行されていた店員は警備員の一人の顔面に頭突きをした。それが丁度鼻にクリーンヒットしたようで鼻血を出しながら体制を崩してしまう。もう片方の警備員も意識をそちらに向けてしまい手の力を抜いてしまった。その隙に店員は警備員二人の拘束から逃れ、その場から駆け出した。

 

 

「どけえええええッ!!」

 

 

店員は声を上げながら一般客に威嚇して退路を確保する。偶然にもそれはオレたちの方に向かっていた。

 

 

「不味いな。一度ここから離れよう」

 

「う、うんそうだね! 千尋ちゃんもはやく!」

 

「ま、待って帆波ちゃ、きゃっ!」

 

 

一之瀬の言葉と向かってくる店員に動揺したのか、白波は慌てて席を立って走り出そうとして片脚をつまずき、地面に身を放り出す。そしてそれは運悪く、発狂する店員の退路上に転んでしまった。

 

 

「ああああああああああああ!!!」

 

「きゃああっ!!」

 

「千尋ちゃん!?」

 

 

一之瀬が白波の名前をいった刹那、オレは瞬時にその場から駆け出す。そしてすぐさま白波の前に立ち、向かってくる店員と対峙した。

 

店員は臆する事なくこちらに向かってきたが、オレは冷静に片脚を後ろに置き、両腕を前に出す。そして店員の服を掴みそのまま背負い投げの要領で地面に叩きつけた。

 

 

「ギュッーー」

 

 

店員は一瞬蛙が潰された時のような声を出したが、受け身を取っていなかった為すぐに意識が刈り取られ動かなくなった。オレは店員が動かないことを確認すると、倒れている白波に顔を向けた。

 

 

「白波、大丈夫か?」

 

「は、はい。ありがとう、ございました……」

 

「千尋ちゃんっ!!」

 

 

一之瀬はすぐさま白波のそばに寄り添いそのまま勢いよく抱きつく。それに安心したのか白波はその場で泣き出してしまい、一之瀬は頭を撫でて優しい言葉をかける。

 

しばらくそれを倒れ伏した店員を拘束しながら見ていると、一ノ瀬から声がかかった。

 

 

「それにしても綾小路くん、今のすごかったね。柔道か何かやってたの?」

 

「たまたま身体が動いただけだ。自慢じゃないが習い事はピアノと書道ぐらいしかない」

 

「ふ〜ん……もしかして綾小路くんも、村上くんと同類さんなのかな?」

 

「勘弁してくれ。オレは自分勝手に暴力は振るわない。それにさっきのもまぐれみたいなものだ」

 

「……にゃはは。じゃあ今日は、そう言う事にしてあげるよ」

 

 

返答に一之瀬は一瞬目を細めたが、これ以上の詮索にあまり意味がないと判断したようで質問をやめた。

 

 

その後、追加で来た警備員の人に軽い自重聴取を受けることになった。とは言っても質問を2、3個応えるだけだったのですぐに終わり、白波は少し怖い想いをしたせいで受け答えに時間がかかっているようだった。

 

それを心配そうに見ている一之瀬が口を開く。

 

 

「……なんか、話し合いをする空気じゃなくなったね。今日はここまでにして、またの機会に話せないかな?」

 

「ああ、わかった。なら連絡先を交換しておくか」

 

「そうだねっ!……はい、登録完了っと。それじゃあ、またね。綾小路くん」

 

 

一之瀬はそのまま警備員と話している白波の元に向かおうとするが、オレはそれを静止する。

 

 

「いや、最後にこっちもお節介を言わせてくれ。一之瀬、傷つけたくない気持ちは理解できるが、自分を押し殺しすぎるのはよくないと思うぞ」

 

「っ!?……やっぱり分かる? 私が無理してること」

 

「何となくだけどな。今のままだと結局お互いに傷つく事になると思う。例え相手が悲しむ事になるなら、きちんと選択することも大事なんじゃないのか?」

 

「……そうだね、うん。忠告ありがとう。千尋ちゃんの事は後で解決するよ」

 

 

そういうと一之瀬はこちらに目線を向けてくる。

 

 

「綾小路くんに借りができちゃったね」

 

 

つきものが晴れたかのような一之瀬の笑顔に、オレはつい胸をドキリとさせてしまった。




一之瀬と白波の告白イベントはこの作品では出来なかった為、こうした流れにしました。これで何とか綾小路と一之瀬のつながりを持てた感じですね。


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第3巻
豪華客船での一幕


長らくお待たせして申し訳ありませんでした。理由としましてはレポートやインターンの件がありましたが一番の原因は感想の指摘にあったキャラのブレでこれからどう書いていけばいいか分からず悩み続け作品への意欲が湧いてこなかった為です。耐性がなくてすみません。でも参考にはなるのでコメントは宜しければお願いします。
ですがこのままだと前作のようにエタってしまうのでそうならないよう自由に聞いていきたいと思います。
具体的に言えば……
・コメントしてきた事と違う展開にする。
・大幅な改変をする可能性がある。
などです。

まずはこのお話。2章で書きたい事は粗方出来ていたので新章に入りたいと思います。


広がるのは何処までも続く蒼空と海。そよぐ潮風が漂う中で灼熱の太陽が輝いている。そんな状況を俺ーー村上光太は客船のデッキで感じていた。

 

 

「いや〜久しぶりに海を見たな。最後に海を見たのは異世界で海獣クラーケンと戦った時か?……思い出しただけで反吐が出る」

 

 

異世界での嫌な記憶を思い出し、俺ーー村上光太は眉間に皺を寄せた。

 

 

 

現在俺たちがいるのは豪華客船スペランツァ。高度育成高等学校が用意したバカンスの旅に来ていた。

 

中には一流の有名レストランから演劇が楽しめるシアター、高級スパまで完備されていて生徒はその全てを無料で利用することができる。個人で旅行しようと思ったならウン十万円はするだろうに……何とも税金の無駄遣いをする学校だな、ここは。

 

 

「うおおお! 最高だああああああああ!!」

 

 

そんな事を考えていると、遠くのデッキから高らかに両手を挙げ叫ぶ池がいた。よく見ると他のDクラス生徒もいて、池と同じように堪能する声が聞こえる。

 

 

「凄い眺め! マジ超感動なんだけど!」

 

「ほんと、凄い景色だね……!」

 

 

軽井沢や櫛田も目の前に広がる大海を見て喜んでいようだ。まあただの高校生が夏休みにこんな旅行を楽しめるのだからそう反応しても無理はない。俺のような感性を持つのは特殊な体験をした者だけだ。

 

 

「しっかしとんだサプライズだったよな! 須藤が退学したからバカンスの話はないと思ってたけど、まさか学校の行事で普通にあるなんて!」

 

「本当だな!? センセーも人が悪いぜ!!」

 

 

池と山内がそんな言葉を漏らす。どうやらクラスの連中はとんだ勘違いをしているようだった。

 

期末テストが終わった日の放課後、教師の茶柱から夏休みに2週間の豪華旅行があると報告された。最初は須藤の件で困惑していた生徒達であったが、今まで頑張ったご褒美だという茶柱のセリフに大半の生徒達が歓喜したのだ。

 

相変わらず知能が低い反応で救いようがない。今まで何回学校側に裏切られてきたんだと思わずツッコミたくなったが、一々指摘するのも面倒なので放置した。故に殆どの生徒はこの行事について深くは考えていないだろう。

 

学校側が提示した予定では、最初の1週間は無人島に建てられているペンションで夏を満喫し、その後の1週間は客船内での宿泊となっている。だがそれが事実だとは俺は思っていなかった。

 

 

「その無人島で何をすんだか……ま、発表されるまで気長に待つとしますかね」

 

 

 

「ーーむ、村上君」

 

 

俺が思考に区切りを入れたタイミングでクラスメイトの佐倉愛里がやってきた。

 

 

だがその姿は以前のものとはかけ離れていて、彼女がグラビアアイドルとして活躍している雫の姿をしていた。

 

いつものツインテールではなく、ツーサイトアップにした髪は彼女の印象をさらに変えているし、伊達眼鏡を外した素の表情はクラスでもトップクラスの容姿だ。誰もがあの地味な格好をしていた佐倉と同一人物だとは思えないだろう。

 

 

そう、俺が佐倉に見た目の実力を唱えた後日。佐倉は自ら容姿を変えて登校しできたのだ。以来彼女はその格好で過ごしている。

 

 

「どうしたんだよ佐倉。何か用事か?」

 

「い、いえ。偶々村上君を見つけたので、その…お話でもしようかなと」

 

「そんな手間する必要があるのか? 一人でいる俺なんか放っておいて他のクラスの奴と話せばいいだろう。今は強制するつもりはないしな。ほら、向こうのデッキにいるぞ?」

 

「い、今は村上君と話したい気分なので大丈夫です! 折角なんですから村上君も楽しまないと!!」

 

 

佐倉はまるで焦ったような表情で俺のそばから離れないようにしているようだった。

 

なぜこんな事になっているのか……簡単に言えば俺が原因だ。

 

 

佐倉が見た目を変えた初日、当然とクラスメイトは騒ぎ出し佐倉の周りに群がった。本当にグラビアアイドルの雫なのか、何で今まで地味な格好をしていたのかと次々に質問が押し寄せた。特に男子は真の姿である佐倉を欲望が混じった目で見るようになった。

 

佐倉は自分が変わる為に何とか対処しようとしたが恐怖が混じった目でオドオドすることしかできずにいた。いくら容姿を変えたところで人と話す躊躇いが消えた訳じゃない。佐倉ではうまく対処はできなかったのだろう。

 

 

必然的に佐倉はクラスから恐れられている俺のそばにいる事でしか助けを貰う術はなく、一学期終了ら辺から俺の元に来るようになった訳だ。

 

完全に外堀を埋めた状況に俺は内心愉快に思いながら平然と佐倉に接している。

 

 

「楽しむねえ…なら話なんかしないでプールにでも行くか。折角設備が揃ってるわけだしな」

 

「え……それは…」

 

 

船上にはプライベートプールがあり、水着を無料でレンタルできるのでどの生徒でも利用できる。現にプールコーナーを見れば数十人の生徒が楽しんでいた。だが佐倉は俺の提案に反応を濁す。

 

 

「どうした、早くいこうじゃないか。折角だ。俺がお前の水着を選んでやろうじゃないか、どれにしようかね〜」

 

「そ、そんなっ、困ります!」

 

「あ? 何が困るんだよ。楽しまないと損なんだろう? 俺は今プールで楽しみたいんだ。だからほら、行くぞ」

 

「プールはちょっと…水着を着てたら男の人の視線が……」

 

 

佐倉はプールにいる男子生徒の姿を見ながら怯えを含んだ声でそう呟く。佐倉にとって人前で肌を晒す行為はまだ抵抗がある事だ。加えて多くの異性に向けられるとなると耐えられないのだろう。

 

しかし俺はそんな事情を知っている確信犯であり、不機嫌そうなため息を吐きながら佐倉を見た。

 

 

「……いい加減にしたらどうだ? お前は俺の暇潰し相手であって要求を言える立場にはないぞ。俺がプールで楽しみたいんだ。お前はそれに従って水着を着ればいいんだよ」

 

「ひっ…! ご、ごめんなさい! でも、今はまだ覚悟ができていないので、プールはやめて下さい!」

 

「覚悟ができたなら水着を着るってことか?」

 

「え、あ……はい! このバカンス中には着ます! だから今は……!!」

 

「……」

 

 

佐倉の必死の懇願を俺は顔を変えずに聞いていた。これを跳ね除け、無理矢理連れて行く事は簡単だが、佐倉が自らバカンス中に着ると言ったのだ。これは俺が指定した水着が際どくても逃げ道をなくせる発言であるので、後に佐倉が反抗しても言ったことへの責任を持たせられるだろう。

 

そう考えた俺は顔を崩すと佐倉の肩に手を置いた。

 

 

「ま、いいだろう。そこまでいうならプールはやめにするか。まだバカンスは続くだろうしな」

 

「あ……ありがとうございます」

 

「よし、それなら昼飯にでもするか。レストランで楽しむのもありだろうからな……文句はないよな?」

 

「は、はいっ……」

 

 

俺の新たな提案に佐倉は疲れ切った声で応えた。

 

 

 

 

 

数十分後。

 

 

船内にあったレストランはどれも豪華な雰囲気を出していて多くのジャンルから選べることができる。

 

俺と佐倉はその一つである高級洋食のレストランに入り食事を楽しんでいた。

 

 

「うん。なかなか上手い。やっぱり豪華客船の料理は違うな」

 

「そ、そうですねっ」

 

 

俺の言葉にから元気で同意する佐倉。何とか俺の機嫌を損ねないようにと先程から笑みを繕っていて無理をしているように感じる。

 

恐らく若干の疲労で料理の味もよく分かっていないだろうが、そんな事は俺には関係ない為特に指摘せず料理を楽しんでいた。

 

 

そんな中でこちらに視線を向けている席があるのを感じた。

 

チラッとそちらに目を向けると禿頭の生徒がいるグループであり、そのテーブルの一人である男子生徒がこちらを睨みつけていた。

 

 

さりげなくそのグループを【鑑定】してみると睨みつけている生徒は戸塚弥彦というらしい。能力値は平均よりやや劣っていて正直雑魚だ。

 

印象に残るのは先程言った禿頭の生徒であり名前は葛城康平。確かAクラスのリーダー格の一人で他クラスの俺でも知っている生徒だ。つまりあそこにいるのはAクラスという事だろう。

 

睨んでくる理由は差別意識からだろうか……だとしたら許さないんだがな。

 

 

そう思っていると「ゲッ」という声が聞こえてきた。見ると同じクラスの池・山内・綾小路がいた。

 

 

「マジかよ。村上いるじゃん、全然気づかなかった。てか佐倉もいるし……」

 

「ど、どうする。店変えるか?」

 

「……もう入ってるし、ここでもいいんじゃないのか? 村上だって別に襲ってくる訳じゃないしな」

 

 

おいおい、小声で話しているようだが俺は【聴覚拡大】で聞き取ってるぞ。一回ボコしてやろうか?……と内心思い綾小路達を睨みつけた。

 

 

「おい、お前らDクラスだろ」

 

 

そんな事をしていると先程こちらを睨みつけていた戸塚弥彦が綾小路達に話しかけた。

 

 

「はあ? だったらなんだよ」

 

「ここはお前らみたいなクズが来る店じゃない。クズにはジャンクがお似合いだ。ハンバーガーでも食ってろ」

 

「はあ!? なんだよお前っ!」

 

「俺らがどこで飯食おうが関係ないだろう!!」

 

 

池や山内が怒りの表情で戸塚に詰め寄った。

 

 

「お前らもこの学校の仕組みは理解してるだろ。ここは実力主義の学校だ。Dクラスに人権なんてない。不良品は不良品らしく大人しくしてろ。こっちはAクラス様なんだよ」

 

 

戸塚は馬鹿にするような目で池達を見下した。

 

どうやら戸塚という生徒はAクラスという肩書きだけで自分が偉いと勘違いしているようだ。戸塚自身はAクラスの生徒と言い張れる程能力は高くない。学校側が何を評価したのか知らないが、Dクラスの生徒にも戸塚より能力が高い奴はいる。奴のいう実力主義で言えば、そいつらよりかは戸塚に人権は無いことになる。

 

 

俺はこんなやつを異世界で見たことがある。貴族に多くいたパターンの奴だ。

 

 

 

……見ていてとても腹が立つ。

 

 

 

異世界であれば即座に剣で首を斬り落としていただろうが、流石に自重して自分の料理に集中する。

 

 

「安い挑発は止めろ弥彦。生活態度で減点される可能性もあるんだぞ」

 

「す、すみません葛城さん……」

 

 

流石に無視できなかったのか、Aクラスリーダー格である葛城が制して戸塚は大人しくなる。だが今の発言はクラスメイトへの注意であってDクラスへの言葉に言及はしなかった。どうやら葛城という男も少なからず下に見る心情は持っているらしい。他の傍観しているAクラスの面々も恐らく同じだろう。

 

 

それに感づいた池が反論しようとしたが綾小路に止められていた。

 

 

「やめておけ。ここで何か言ったところでさっきと同じになるだけだ」

 

「ッ! 分かってる!……別の店行こうぜ」

 

「ああ。そうだな……」

 

 

綾小路の言葉に池と山内は大人しく席を立ちレストランから出ようとする。やっと静かになると俺は息を吹いた。

 

 

 

 

だがこの後戸塚は俺の逆鱗に触れる。

 

 

 

「おい待て。消えるならそこにいる奴らも連れていけ。同じ不良品がいるのはさっきから気になっていたんだよ」

 

 

そう言って戸塚はーー俺と佐倉のいるテーブルを指差した。

 

 

 

           あ?

 

 

戸塚の行動に、池と山内はムカついた表情から一気に顔を青ざめる。

 

 

「お、おいやめとけ! 村上に言うのは…!?」

 

「村上? ああ、確かクラスの一人を退学させた奴だったな。おかしな奴もいるもんだ。クラスポイントを貰える機会を自分から手放したんだからな」

 

 

戸塚は池の発言を無視して、俺への侮辱を止めなかった。

 

 

「なんとか言ったらどうだ不良品。人の話すら理解できないのか? 本当に馬鹿な奴だな」

 

「やめろと言っているだろう弥彦。これ以上はーー」

 

 

          ゾワッ!

 

 

 

刹那、レストラン内の全員に悪寒が走った。

 

 

 

 

あまりの出来事にレストラン内にいた全員が一瞬言葉を発せなくなる。さらには机上にあった食器が少し震えた。

 

 

「あ……あぁ……」

 

 

俺から一番近い席にいてその重圧をモロに受けた佐倉は苦しそうな呻き声を上げながら身体をビクビクさせていた。それを見た俺は静かに自身の怒りの感情を落ち着かせる。

 

 

レストラン内にいた大半の生徒は何が起きたかわからないようだったが、酷い生徒は息を切らしたかのように呼吸が乱れ、顔色が悪くなっている。

 

そんな中で俺は席から立ち上がると戸塚のいる席にゆっくりと歩み寄る。

 

 

「お、おい……くるなよっ」

 

 

戸塚は先程の出来事で戸惑いながら正体不明な恐怖を察知し、俺から逃れようとして椅子から転倒してしまう。そんな戸塚の目の前に俺は立った。

 

 

「……戸塚弥彦、だったか? 随分と好き勝手言ってくれるな。Aクラスだからってお前の能力が高い訳じゃないぞ、ああ?」

 

「…そ、そーー」

 

「しゃべるな。お前に発言の権利なんてない。お前はただ社会のゴミとして俺の言葉を受け入れればいい。いいか、この世で最も価値のある俺をお前は馬鹿にしたんだ。その罪を理解しろ」

 

「やめろっ、弥彦に近づくな!」

 

 

俺が戸塚に言葉をぶつける最中、葛城が止めに入ってくる。

 

 

「おいおい離せよ。元はと言えばこいつが俺を馬鹿にしたからこうなったんだろ。自業自得だ」

 

「確かに弥彦の発言には問題があったがこれはやり過ぎだ。これ以上やるなら学校に報告するぞ」

 

「別に俺は構わないぞ。問題になってもどうにでもなるからな」

 

「強がるのはよせ。こういうのはあまり好かないが、Dクラスのお前には荷が重い案件だろう。ここは大人しくなるのが正しい選択ではないのか?」

 

「……ああ、そうかそうか。お前までそう言うのか。理解したよ。どうやらお前らAクラスは自分らの立場を履き違えてるみたいだな」

 

 

仮初の王座に立たされているせいで実力を過信し怠惰を貪る。こういった人種は一度痛い目に遭わないと理解できない。

 

 

 

決めた。Aクラスを潰そう。

 

 

 

ただ、須藤や山脇の時のように退学者を出して終わらせるつまりはない。方法は後で考えるが、どん底になるまで引き摺り落としてやる。

 

特に戸塚は徹底的に追い込んで死んだほうがマシだと思うような末路に導いてやろう。

 

 

俺は視線をずらしてレストラン全体を見渡した。

 

 

「ここにいる全員に言っておいてやる。俺は俺を馬鹿にする奴が嫌いだ。歯向かうならどんな奴でも許さない」

 

 

Dクラスだと馬鹿にする生徒やそれを止める事なく傍観する生徒……その全てが同罪だ。

 

 

「そのタブーをお前らAクラスは犯した。宣言しよう。Aクラス、今からお前らは……俺の敵だ」

 

 

そう言って俺は共に食事していた佐倉すら無視してその場から去るのであった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

一之瀬side

 

 

「んっ…あっ……気持ちいい」

 

「星之宮先生?」

 

 

私、一之瀬帆波はBクラス担任でもある星之宮先生に呼びかけた。

 

私達が今いるのは客船内にあるエステサロンの個室で、これからのクラス動向について話し合っていた。しかし私が話している途中で先生がエステを堪能しているのを見て、確認を取った。

 

 

「ごめんごめん。続けて」

 

「Aクラスの坂柳さんと葛城君。Cクラスの龍園君の動向には注意が必要だと思います」

 

 

今話しているのは他クラスについてだ。先生は詳しく教えてはくれないけど、今向かっている南の島のペンションで何らかのポイント増減のイベントが発生すると私は思っている。そんな考えを先生に話したら、こうして二人きりで話し合いする場を設けられた。

 

おそらく私の考えは当たっていて、詳しい話を聞こうとしたんだろう。AクラスやCクラスの話については納得している様子だ。

 

 

「じゃあ……Dクラスは?」

 

「圧倒的に村上君ですね。一応クラスの中心としては平田君や櫛田さん、優秀さだけなら堀北さんや高円寺君もありますけど。村上君への警戒は怠らない方がいいと思います」

 

「そうね。私もそう思う。でも……他にもいるんじゃないかなって」

 

 

先生は何やら含みのある言い方をしている。もしかして先生は他に警戒するべき生徒を知っているのだろうか? と、私はここで一人の生徒を思い浮かべる。

 

 

「……綾小路君ですか?」

 

「そう! 私の勘が、要注意人物だって!」

 

 

勘……本当にそう思っているかどうかは疑問だけど、要注意人物である点については否定できなかった。

 

 

「……その勘、当たってると思いますよ」

 

「あ、あれ? どうしちゃったの一之瀬さん。いつもなら『先生の勘は当てになりませんから!』ってつっぱねるのに…」

 

「実は、ちょっと前に彼と話す機会があって」

 

 

私は前に彼と会った時のことを思い出す。

 

最初はクラスメイトを退学に追い込んだ村上君の事を聞こうとしただけだったけど、千尋ちゃんを襲った暴漢をあっさりと撃退したあの動きは只者ではない事を示していた。本人は偶々と言って肯定しなかったけど、恐らくは実力を隠している。それがあの動きだけなのかは今はわからないけれど、楽観視できないのは確かだ。

 

そんな風に考えていると私はある事に疑問を抱き先生に質問した。

 

 

「もしかして先生、綾小路君について何か知ってるんですか?」

 

「あ、うんうん違うの〜。ちょっと佐枝ちゃんが気にかけてた生徒だったから。あんなに生徒に入れ込むの見た事なくて気になっちゃったんだよね〜」

 

 

この時一瞬、先生の表情に影が入ったように感じたが、すぐに元の調子に戻った。

 

 

「それ、本当ですか?」

 

「本当本当〜。嘘なんてついてどうするのよ。それよりもっ、今は一番危なそうって分かってる村上君の話をしましょ!」

 

 

無理矢理話を逸らされてしまったが、先生の話も間違いではないので私は追及をしない事にして話を再開させた。

 

 

 

 

◇◇◇

綾小路side

 

 

深夜。就寝時間となり同室の生徒達が就寝する中でオレは目を開いていた。

 

寝付けないわけではないーーいや、正直に言えば今日レストランで起きた事を考えていて目は冴えていた。

 

 

「(あの殺気、並の高校生が纏えるものじゃない。というより人が持つには過ぎている。村上の実力はまだ分からないが底知れない『何か』があるのは確かだ)」

 

 

そんな相手にオレは目をつけられている。実力を隠している事がバレた理由はまだ分からない。

 

学校側の資料を持っているのか? いや、その資料も松雄が色々と準備していたもので《ホワイトルーム》に関するデータはない。まさか……外部から情報を得ているのか?

 

 

『数日前、ある男が学校に接触してきた。綾小路清隆を退学させろ。とな』

 

 

思い出すのは茶柱の言葉。先日個人メールで呼び出されその事を伝えてきたと思えばAクラスになる為に協力しろと言われた。拒否すれば退学させると言われ、渋々やるだけやると伝えたが簡単に済む話ではなくなってきた。

 

 

「(まだ村上と《ホワイトルーム》が繋がったわけじゃない。だが警戒レベルは引き上げる必要があるな)」

 

 

詳しいことはまだ決め切れないが、少なくともこのバカンスの中で村上の実力を測るべきなのは判断した。




いかがだったでしょうか。
原作至上主義と言っておきながらアニメ版寄りで書いてしまってすみません。しかし話の展開的にこちらの方が良いと思ったので書きました。ご了承ください。


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無人島試験と仮設トイレ

三週間更新を止めたので早めに投稿しました。と言っても試験説明だから容量を稼げただけなんですけどね。できるならこれで巻き返しをしたい。


『生徒の皆様にお知らせします。お時間がありましたら、是非デッキにお集まり下さい。間もなく島が見えて参ります。暫くの間、非常に意義ある景色をご覧頂けるでしょう』

 

 

「……来たか」

 

 

俺は客船に流れた妙なアナウンスを聞き、そう言葉を漏らす。意義ある景色なんて深みのある言い方は明らかに不自然だ。おそらく俺の考えが当たっていたという事だろう。

 

ベッドから起きた俺はすぐさま船のデッキに向かう。すると目の前に島があるのを確認できた。他の生徒は歓喜したように騒ぎ始め何をして遊ぶか話し合っている。能天気な奴らだ。

 

 

すると船は浅橋につけるかと思いきや島全体を回り始めた。どうやら生徒達に島の全体を見せているらしい。

 

 

「(成程、あの妙なアナウンスにあった意義ある景色ってのはこういう事か。この周回中に何かを見つけるのがポイントなのかね。どれどれ……)」

 

 

意図を察した俺は【視覚拡大】を使い無人島をくまなく観察する。島の面積はざっと見て約0・5㎢、最高標高230m程。生徒達が過ごすには大きい島だと言える。

 

そこで俺はあるものを数個見つけた。何かの台座のような電気機器でパネルのようなものがある。普通の人間では肉眼で把握出来ないほど小さなものだったがスキルを用いた俺には把握できていた。

 

 

「あの場違いな装置……あれがポイントになってくるのかね」

 

 

 

『これより、当学校が所有する孤島に上陸いたします。生徒たちは30分後、全員ジャージに着替え、所定の鞄と荷物をしっかりと確認した後、携帯を忘れず持ちデッキに集合してください。それ以外の私物は全て部屋に置いてくるようお願いします』

 

 

そんな発見をしていると新たにアナウンスが流れた。どうやらタイムリミットらしい。とはいえ関係のありそうな装置を見つけたのは良かっただろう。俺は十分に満足すると指示通りに準備する為部屋に戻るのであった。

 

 

ジャージに着替え荷物を持って部屋から出ると生徒達が集合している場に到着する。すると待機していた教師が前に出てくる。

 

 

「ではこれより、Aクラスの生徒から順番に降りてもらう。それから島への携帯の持ち込みは禁止だ。担任の先生に各自提出し、下船するように」

 

 

生徒達はこの日差しが強い中でやるのかと不満の声をあげたが、その指示に従うように携帯を預け、荷物確認を始めていった。

 

そして全クラスの確認が終わると、Aクラス担任兼英語教師である真嶋が用意された白い壇上に上がり拡張器を持った。

 

 

「今日、この場所に無事につけたことを、まずは嬉しく思う。しかしその一方で1名ではあるが、病欠で参加できなかった者がいることは残念でならない。ではこれより──本年度最初の特別試験を行いたいと思う」

 

 

やはりというべきか、俺の読み通り今回のバカンスは学校側の嘘であった。それに気づけなかった生徒達は困惑の声を上げている。

 

 

「期間はこれより一週間、君たちにはこの無人島で集団生活して過ごしてもらう。それが今回の試験内容だ」

 

「無人島で生活って……船じゃなくて、この島で寝泊まりするってことですか?」

 

「そうだ。この試験中の乗船は正当な理由がない限り許されない。眠る場所はもちろん、食料や飲料水といったもの全てを自分たちで考える必要がある。試験開始時点で、各クラスにテント2つ、懐中電灯2つ、マッチを一箱支給する。また、歯ブラシに関しては各生徒に1セットずつ。日焼け止めと女子用の生理用品は無制限で支給する。各クラスの担任に願い出るように。以上だ」

 

「はああ!? マジの無人島サバイバルかよ!? そんなの聞いたことないっすよ! 非現実にも程がーー」

 

「黙れ池。耳障りだ」

 

 

俺は池の言葉を遮るように圧を込めて黙らせた。瞬間池をはじめとしてザワザワしていた周囲も静かになり俺に目線が集中する。

 

 

「テメェの反論なんざ知るか。そもそもこの学校に常識を求めている時点で履き違えてんだよ。生徒同士をポイントで競わせてる場に現実もクソもあるか。いい加減自分のいる環境を把握しろ。分かったらその間抜けな思考をやめたらどうだ?」

 

「……っ。わ、わかったよ……」

 

 

池は俺が怖くて強く出れないことに加え、言葉にぐうの音も出ない為に大人しくなる。それを尻目に俺は壇上に立つ真嶋に「話を続けろ」という視線を送る。本人はそれに眉を顰めたが話を始めた。

 

 

「……君らに不平不満があるのは認めよう。しかし特別試験といっても重く捉える必要はない。なぜなら今回の試験のテーマは『自由』だからだ」

 

 

特別試験なのに『自由』……その相反する言葉に生徒達はさらに疑問を募らせた。

 

 

「君たち全クラスには前提として300ポイント支給される。このポイントを消費する事で今から配布するマニュアルに載っているモノを購入することが可能だ。食料や水のみならず、無数の遊び道具なども取り揃えている。これを使いバーベキューをするもよし、キャンプファイアーをして友人同士語り合っても構わない」

 

「つまり、何でもしていいって事なのか? でも特別試験て言ってるしなんか難しいんじゃ……」

 

 

何処からかそんな声が聞こえてきたが、真嶋は首を横に振り否定した。

 

 

「いや。難しいものは何もない。この試験でどうしようと2学期以降への悪影響は何もない。勿論生活する上でのルールは存在するが問題さえ起きなければいい話だ。それは保障しよう」

 

 

その言葉に生徒達は安堵した表情になった。しかし俺はそんなリスクもなさそうな話を信じる程愚かじゃない。

 

案の定、真嶋は最後に重大な発言をした。

 

 

「この特別試験終了時には、各クラスに残ったポイントをそのままクラスポイントに加算し、夏休み明け以降に反映する」

 

 

その言葉に、生徒全員に衝撃が走った。

 

 

◇◇◇

 

 

真嶋の説明が終わり解散宣言が出されると号令がかかり、俺達は各クラスごとに集まった。

 

 

「この試験を乗り越えれば、マイナスが消えて毎月2万、毎月2万……やるぞぉ!!」

 

 

池をはじめとした男子生徒は真島が口にしたポイントの情報に歓喜し、女子達も手に入れたポイントで何を買おうか話し合っている。

 

 

「(まだポイントが手に入った訳でもねえのに、お気楽な奴らだな……)」

 

 

俺はそんな冷めた感情を持ちながらクラスの輪から離れた場所でそんな事を考える。目先のポイントばかりに目がいき無人島で生活するという事実を忘れているようで馬鹿馬鹿しく思えてくる。

 

そんな中で担任である茶柱が補足説明を始めた。

 

 

「今からお前たち全員に腕時計を配布する。これは試験終了まで外さず身につけておくように。許可無く外した場合にはペナルティが課せられる。これは時刻表示だけで無く体温や脈拍、人の動きを探知するセンサー、GPSも搭載されている。また万一に備え非常事態が発生した場合に連絡する手段だ。緊急時には迷わずそれを押せ」

 

「身につけたままって、海とかにつけても大丈夫なんすか?」

 

「問題ない。完全防水だ。それに故障した場合試験管理者が代替品と交換する手筈となっている」

 

 

それについて説明が終わると、今度は支給されたマニュアルを見るよう促される。そこには今回の試験にあるいくつかのペナルティが載っているらしい。具体的には……

 

・著しく体調を崩したり、大怪我で続行が難しいと判断された者はリタイア及びマイナス30ポイント。

・環境を汚染する行為を発見した場合。マイナス20ポイント

・毎日午前8時、午後8時に行う点呼に不在の場合。一人につきマイナス5ポイント

・他クラスへの暴力行為、略奪行為、器物破損などを行った場合、生徒の所属するクラスは即失格とし、対象者のプライベートポイントの全没収

 

と言ったものだ。それによりAクラスは一人病欠で休みの為270ポイントからスタートになっている。後、今回のポイントはマイナスは存在しないらしい。

 

 

 

……成る程、このルールでマイナスにできるのか。

 

 

 

俺は不敵な笑みを浮かべる。

 

本来はこれで妨害行為の抑止力や生徒達の蛮行を防ごうとしているのだろう。だが俺にとってはこんなもの障害にはならない。

 

 

何故ならこの無人島は学校とは違い監視カメラで記録が残ることはない。言わば自然が作り出した閉鎖空間。

 

つまり俺は己の力を解禁された状態なのだ。

 

今まで使用出来なかった魔法・スキルをはじめ《眼》を使えるとなれば自身のみがルールを変え潜りそれを利用する事だって可能だ。

 

要するにこのルールでAクラスのポイントを如何様にもできるわけである。

 

 

「さて、どうAクラスを陥れるかね……」

 

 

 

 

「む、無理に決まってます! 絶対無理!」

 

「トイレくらいそれで我慢しようぜ篠原」

 

「ふざけないで! 段ボールのトイレとか絶対無理だから」

 

 

俺がルールのペナルティで考え事をしていると、そんな喧嘩の声が聞こえてきた。どうやら仮設トイレを設置したい篠原率いる女子とポイントを残したい池率いる男子が揉めているらしい。くだらない事でよくもまあ喧嘩できるものだ。

 

内心呆れていると茶柱は最後に追加ルールの説明に入った。

 

 

「島の各所にはスポットという場所が存在している。そこには占有権が存在し、占有したクラスにのみ使用権が与えられる。一度占有するごとに1ボーナスポイントが与えられるが、このポイントは試験中に使用できず、試験終了時にポイントとして加算される」

 

 

その言葉を聞いて俺は先程客船のデッキで見た場違いな装置を思い出した。恐らくあれがスポットなのだろう。つまりはあの妙なアナウンスはスポットを見つける為のヒントだったというわけだ。

 

この時点で俺は誰よりも優勢である事を知った。

 

 

「占有権の効力は8時間、それが過ぎると自動的に権利は取り消され、他クラスにも占有の権利が復活する。占有の宣言をできるのは、クラスのリーダーだけだ」

 

「リーダー、ですか?」

 

「そうだ。スポット占有に必要なキーカードが与えられる。なお、正当な理由なくリーダーの変更はできない。さらに、試験終了直前に点呼のタイミングで他クラスのリーダー当てをする機会が与えられている。そこで見事的中すれば一クラスにつき50ボーナスポイントが与えられる。ただし、失敗すれば50クラスポイントが引かれるハイリスクハイリターンなものだがな」

 

 

その言葉にクラスはさらに色めき立つ。これだけポイントが増える機会が与えられればそう反応しても無理はないが、こいつ等にそれができるとは思えない。自クラスのリーダーを隠すだけでも精一杯なんじゃないのか?

 

因みに他が占有しているスポットを許可無く使用した場合も50ポイントのペナルティを受けるようだ。成る程、このルールもAクラス潰しに使えそうだ。

 

 

リーダーは決まったら報告しろとだけ伝えると、茶柱は説明を終えた。するとまた篠原と池が騒ぎだす。

 

 

「とにかくトイレよ。絶対に仮設トイレを購入するんだから!」

 

「待てよ! 20ポイントもかかるんだぜ? たかがトイレにそんなに使えるかよ!」

 

「あんたに賛同なんか求めてないから。てか馬鹿は黙って来んない?」

 

「はあ!? ふざけんなよ!!」

 

 

売り言葉に買い言葉で言い合いはヒートアップし、収拾がつかない状況になっていた。普段ならここで平田が止めに入るだろうが、先程からマニュアルを読み込んでいて仲裁に入る様子はない。須藤が退学して統率すらできなくなったのだろうか。

 

とはいえこれ以上間抜けなクラスメイトに関わるのは俺にとって面倒だった。故にクラスを放置して一人無人島の森へ歩き出す。

 

 

「待ちなさい。何を勝手に行こうとしてるの?」

 

 

するとそれに気づいた堀北が声を出して俺を静止させる。クラスメイトもその言葉で言い合いを辞めこちらを向いた。チッ、面倒なことしやがる。

 

 

「別に、俺はただ島の探索をしようとしてるだけだ。それの何が問題なんだ?」

 

「無計画で森に入るのは非効率よ。この試験では個人の勝手が通用する場ではないわ。単独行動は控えなさい」

 

「はあ? それをお前がいうのかよ。その言葉、そっくりそのまま返してやる。テメェこそ集団で活動できるほど協調性があるのか? 他人に指図する前にまずは自分から治せよ」

 

「少なくとも先に輪を乱しているのはあなたよ。それに身勝手な行動は見過ごせないわ」

 

「そんな悠長なこと言ってていいのか? お前らがくだらない事で喧嘩になってる間に、他のクラスは森に入ってるぞ?」

 

 

俺は他クラスがいた方へ指を指す。クラスメイトは一斉に振り返ると既に方針を決め森へ入っていた。あまりの速さにDクラスの生徒は驚く。

 

 

「これで分かっただろ? お前ら不良品の見苦しい争いを傍観するつもりはない。他のスポットを探しに行った方が生産的だ」

 

「み、見苦しい争いって、あんたもトイレは我慢しろって言いたいの!?」

 

「……誰もそんなこと言ってないだろう。お前、頭大丈夫か?」

 

「っ! ふざけーー」

 

 

「ーー落ち着いて、篠原さん」

 

 

篠原が俺に詰み寄ろうとした瞬間、今まで反応を示さなかった平田が静止した。突然のことで篠原もビクッと驚き言葉を中断して平田の方に顔を向いた。

 

 

「篠原さんが怒るのも無理は無いと思う。でも今は怒らないで僕の話を聞いてくれないかな」

 

「ひ、平田くん………わかった」

 

「ありがとう。みんなも一度聞いてほしい。確かに他クラスが既に動いているから焦る気持ちはあると思う。でも試験は一週間もあるんだ。今遅れてしまっても大きな差は生まれない筈だよ」

 

 

平田の言葉に生徒達は冷静になっていく。先程までの険悪な雰囲気が嘘のように生徒等が平田の声に耳を傾けていた。

 

 

「でも、今ここで言い争いになってたら差が生まれるかもしれないのは事実だ。だからトイレの件は早急に決めよう。僕の意見としては、20ポイントを使って仮設トイレを購入するべきだと思う」

 

「はあ!?」

 

「平田くんっ! ありがとう!」

 

 

平田の言葉に池は大声をあげ、篠原をはじめとした女子は賛同してくれた事に喜びだす。するとトイレ購入否定派の一人でクラスでトップクラスの秀才である幸村という生徒が異議を唱えた。

 

 

「ちょっと待ってくれ平田。勝手に決めるのはどうなんだ。反対の意見があるんだぞ」

 

「僕だって何も考えなしに言ってることではないんだ。仮に仮設トイレを購入しなかった場合、30人以上いるクラスで不慣れな簡易トイレ一つを使うことになる。これをトラブルなく回し切れると思うかい?」

 

「それは……上手く使うんだ」

 

「具体案は浮かばないって事だね。そう、はっきりいうとそれは現実的じゃないんだ。この事から推察できるのは支給された300ポイントはある程度使用する方が効率がいいという事。幸村くんなら分かるはずだ」

 

「……全て、お前の憶測だ」

 

「その通りだね。でもその憶測がゼロなわけじゃない。加えて僕らは無人島サバイバルっていう人生で初めての経験をするんだ。生理的なトイレを我慢するとなると余計なストレスを溜めたり不安を煽ることになるし、衛生面も心配になる。最悪、島を汚染してペナルティが発生したり、体調不良でリタイアが出てしまう。そうなれば仮設トイレ一つ以上のマイナスだ」

 

『………』

 

 

平田の言った言葉に全員が黙り込む。今説明されたものはただの憶測だと一蹴する事ができない内容。何より平田が話すことで謎の信憑性が増しトイレの必要性を生徒達に痛感させた。

 

 

「以上の事から僕はトイレを一つ以上用意するべきだと思う。勿論この案がおかしかったら反論してくれていい。そう思う人がいれば怖がらず発言して欲しい」

 

「いや……平田の言う通りだ。トイレは設置するべきだろう」

 

「そ、そうだな。確かに我慢し過ぎるのはよくねえよ」

 

 

幸村と池が漏らした発言に、トイレ購入否定派は反論を取り下げ納得した。この話し合いの時間、僅か数分。先程までの論争は見る影もなく終結してしまった。

 

 

「(これは驚いた……今までにないくらい平田が統率してる)」

 

 

今までの平田は平和主義で波風を立てる事なく意見をまとめるタイプだった。だが今は生徒の不安を煽るという強硬手段で全員を納得させた。『みんなの味方』である前提は崩れてはいないが確実に平田は変わっているのが分かる。

 

そんな事を考えていると平田の口が開く。

 

 

「他にも見積もりはあるけど……これは拠点ができた時に話そう。仮設トイレを設置することも必要だしね……村上」

 

「……なんだ?」

 

 

平田が俺の名前を読んだことでクラスに緊張が走る。須藤が退学になって以降俺たちが険悪だったからだ。また喧嘩になるのかとこの場にいた殆どの生徒は息をのむ。

 

 

 

しかし発せられた言葉はその予測を裏切った。

 

 

「探索に行くのは構わない。好きにするといい。僕らはこの後移動するから自力で見つけてくれ」

 

「……オーケーオーケー。構わねえよ。なあに、すぐに見つけられるさ」

 

 

俺はそれだけ告げると、その場から走りだすと森の中へ消えていくのであった。



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平田の推測と村上の《眼》

また早く投稿できた。まあそのせいで矛盾があったら教えてください。


綾小路side

 

 

村上が森に消えていった後、残ったオレ達も平田の提案で森に入る事になった。拠点を決めるとなれば先程いた浜辺は不向きである事と、日陰に入って体力を温存させる為だ。

 

平田は支給されたテントを嫌な顔せず運んでいる。

 

 

「ね、ねえ平田くん。本当に良かったの? その……村上くんを自由にさせて」

 

 

するとここでクラスの心境を代弁するかのように平田の彼女である軽井沢が恐る恐る質問した。村上の単独行動を許したことは誰しもが疑問に思ったからだ。

 

 

「大丈夫だよ軽井沢さん。無理矢理引き止めても混乱が生じるだけだから、一人で動くならそうさせておくのが一番だよ」

 

「そ、そうなの? でも、もし遭難してペナルティでポイントが減るかもしれないし」

 

「その事については心配ないと思うよ……よし、ここなら日差しも遮られるし、周囲に誰かいても話を聞かれなさそうだね」

 

 

平田はそういうと一旦止まり、クラス全員に腰を据えるよう促した。それを確認すると平田は話を続きを再開した。

 

 

「みんなも疑問に思っているだろうから話すけど、村上の単独行動を許したのにはちゃんとした理由があるんだ」

 

「理由? それって、スポットを探させるためかよ」

 

「その通りだよ山内くん。どの道拠点を決めるために探索するべきだったしね。どこに腰を据えるかでポイントの消費にも大きく関わってくるから。その危険を一人で勝手に負うって言うんだから好きにさせた方がいいと思ったんだ」

 

 

そこまで聞くと生徒達も納得していった。確かに村上を制御できる者はこのクラスには存在していない。能力で言えば高円寺が同等かもしれないが奴も唯我独尊を貫いているので村上と同種だ。無理に誰かを同行させても村上が何かをする危険性がある。そうなるとあの時の平田の判断は間違ってはいないだろう。

 

 

「勿論村上一人にやらせるつもりなんてないさ。この後僕らも志願者を募って探しに行こうと思う」

 

「だが平田。仮にそれが目的だとしても村上自身が遭難する可能性だってあるだろう」

 

 

するとここでまたもや幸村が指摘してきた。

 

 

「それもさっき言ったけど、心配ないはずさ。思い出してみてくれ。さっき村上が一人で森に入る前『他のスポットを探しに行った方が生産的だ』って言っていたんだよ」

 

「……あ」

 

 

それを聞いて一人の生徒が何かに気づくと他の生徒らも理解した。そこで堀北がその推察を口にする。

 

 

「他のスポットということは……彼は既にスポットを見つけていたとでもいうの?」

 

「恐らくはそうだろうね。そして奴が言った『すぐに見つけられるさ』っていうのも僕らが浜辺から移動して初めに見つけるであろうスポットの目星はついてるんだと思う」

 

「マジかよ……」

 

 

まだ試験は始まったばかりだというのに鍵となるスポットを見つけたであろう村上を異質に感じ、生徒達に響めきが広がった。

 

だがオレはそれよりもその仮定にまで行き届いた平田に感心を覚える。

 

 

「(平田洋介……思っていた以上に優秀だ。須藤の件で精神面に不安があったが何とか立て直している。これなら問題ないだろう)」

 

 

オレがそう思っていると一人の女子生徒に新たな疑問が生まれた。

 

「でもどうやって気づいたのかな? スポットの位置なんて誰にも分かるはずないのに……」

 

 

 

 

「いや、それは違う。学校側はスポットに関するヒントを与えていた」

 

「え……」

 

 

オレが言った一言でDクラス全員の視線が集まる。本来ならここで、というより卒業するまで目立つ行為はしたくなかった。しかし、ここまでの流れがあるのならオレの狙いが叶うかもしれない為発言する事にした。

 

 

「どういう事かしら、綾小路くん」

 

「船は桟橋につける前、島の外周を一周した。アレが学校側が用意したヒントだったんだろう。観光で回るにしても旋回が速すぎた。それにアナウンスも『意義ある景色〜』なんて変な言い回しは普通しない。他クラスの移動が早いのもそれを見抜いた生徒がその場所に行ってるんじゃないのか?」

 

「そんな意味があったなんて……」

 

「す、すげえよ綾小路! お手柄じゃねえか!」

 

「本当っ、綾小路くん頼りになる〜!!」

 

 

クラスメイトから賞賛されるとこそばゆい気持ちになった。慣れない事でオレも少なからず動揺してしまう。

 

 

「たまたま島を見てて気付いただけだ。確証はなかったから言わなかったが平田の推察を聞いてピンときたんだ」

 

「それでも凄いよ綾小路くん。という事はスポットに目星はついているのかな?」

 

「ああ、それらしい所に一つ心当たりがある。案内するからついてきれくれないか?」

 

「勿論さ! ならまずは偵察として少数で行ってみよう。僕が同行する。みんなはそれまでここで待っていてほしい」

 

 

そんな事があってオレは平田と共に目的としていた洞窟へと向かうのであった。

 

 

◇◇◇

村上side

 

無人島の森は様々な植物が生い茂っていて自然豊かな環境だった。俺はその中を最初に予定していた目的地まで異世界で培った身体能力をフルに使って移動していた。

 

 

「……やっぱりここはただの無人島とは違うみてえだな」

 

 

移動している中で島の様子を見た俺が抱いた感想だ。異世界にいた頃もこうした森で探索したことがあったが、熱帯気候に生えている植物は伸び伸びと成長しているせいで人の行手を阻んでしまう。しかしこの島の植物は所々生えない場があり正直不自然だった。

 

そこから導き出される結論は一つ、この島は学校によって生活できるよう手を加えられているのだろう。

 

 

「まあスポットを設置してる段階で薄々気付いてたけど……よし、ついたついた」

 

 

そう言って俺は目的地に到着して移動を止める。現在俺がいるのはこの島で一番大きい山頂の上だ。ここからだと島全体を見通せる事は勿論、海の上で停泊する客船の姿まで把握できた。

 

 

「(これを他の奴が見たら絶景とか言うのかね……俺には理解できないけど。まあいいか。さっさと始めちまおう)」

 

 

そう決めると俺は前髪をかきあげ、両眼の瞳孔を開いた。

 

 

 

ーーその《眼》の奥には紅い五芒星があった。それは微かに照らす光により線を浮き彫りにしていて五芒星を囲う三重の円には所謂魔術文字と言われる文様が幾重にも刻まれていたーー

 

 

「ーー求むは魔の根源、理を読み解き境界の祖を我の元に示せーー」

 

 

俺は起動となる一節の呪文を唱える。すると俺の《眼》に宿る紅い光はその輝きを増していく。すると俺の視界にある島から段々と淡い光が浮かび上がった。

 

 

その光は俺が魔法を行使する際に消費する『魔力』そのものである。

 

 

この世界の空気中には魔素は存在しない。この世界と異世界の法則は全くの別物であり、俺は異世界から戻って以降魔法の行使を制限されいた。

 

しかしこれには補足がある。それは大地・水・植物……こうした自然の摂理に存在するものには一定の魔力を宿しているのだ。

 

つまりこの世界には解明されていないだけで魔力自体は存在している。当然それは人間にも言える事であり【鑑定】にある魔力値も一定の数値が示されている。

 

だがそれを認識する事はこの世界の人間にはできない。だから魔力を持っていたとしても魔法は使えないのだ。

 

 

そしてこの眼はそんな魔力の量や質を視認する事ができる。異世界の人間でもできない力ーーこれが俺が持つ《眼》の力である。

 

だがこの《眼》には、いささか欠点がある。それは常時赤い光を放ってしまうのだ。使用しなければ抑えられるのだが《眼》に刻まれている五芒星は消える事がない。

 

故にいつもは前髪で目元を隠しているのだ。船に乗っていた時に使わなかったのもその為である。佐倉が驚いたのも眼に光をもった五芒星のマークが見えたからだろう。

 

 

そんな力を何故使おうとしたのか……理由は2つ。試験の要である新たなスポットの把握と各クラス生徒達の発見である。

 

 

まずはスポット。俺が《眼》で捉えられる自然の魔力には雷ーー現代風に言えば電気も含まれている。島全体を見渡して様子を探ると雷の魔素の特徴である黄色のオーラを捉えた。

 

 

「1、2、3、4、5……全部で40箇所か。結構あるもんだな」

 

 

元々見つけていた場所に加えて森の陰で見えなかった箇所も判明し、俺は無人島に存在する全てのスポットを把握した。

 

 

次に各クラスの生徒達だが…これは集まった人間の魔力がいくつか見えたのですぐに分かった。【視覚拡張】と併用してよく見てみる。

 

まず確認したのはCクラス。海辺のスポットに全員集まっていて何やら話し合いをしているようだった。

 

次にDクラスが森の中で固まっているのが見えた。平田の指示で移動したのだろう。しかしそこで高円寺が一人集団を離れ海に向かって行った。どうやら指示を無視して遊びにいくようだ。

 

Bクラスはまだ探索中のようだったが向かう先に滝壺のスポットがあるのでそこを拠点にするだろう。

 

そして探していた本命であるAクラスは他とは違い特殊だった。Dクラスと同じように一箇所に固まっているのが半数。残りは2〜3人のグループをつくり船から見えていた各スポットに向かっていた。

 

 

「なんだあれ、偵察グループの編成が少なすぎるな。スポットの確認とは言えそんな少数で散らばるとか不用心にも程があるーー襲ってくれって言ってるようなもんじゃねえか」

 

 

俺は三日月の弧を描くような笑みを浮かべた。働いていない半数の生徒と少なすぎるグループ編成に違和感を覚えたがすぐに思考を止める。俺の目的はAクラスを潰す事なので関係ない事は考えないことにしたのだ。

 

 

「さあて、じゃあ早速やるか。一番近いAクラスの奴は……」

 

 

そうつぶやいて島全体を見渡しているとふと俺の目に止まったのは禿頭の頭とゴミの顔ーー葛城と戸塚が洞窟のスポットに向かう姿だった。

 

 

「あはははっ! こりゃあいい。本命の二人が孤立してるなんて好都合だ。よし、まずはこいつらにしよう」

 

 

 

そして俺は《眼》に眠る()()()を解放しようとーー

 

 

 

 

ーーした直前。葛城達以外の魔力が近づいている事に気づいた。

 

 

「あ? あれは……綾小路と平田か?」

 

 

予想外の人物らがいたせいで俺は力の解放を中断させ首を傾げた。何故あの二人が行動しているか疑問だったが、あそこにいては葛城達を秘密裏に襲う事ができなくなる。

 

 

そんな事を考えていると葛城達は洞窟の手前で綾小路達と鉢合わせてしまった。これにより俺の暗躍が邪魔される結果となる。

 

 

「はあ? ふざけんなよこの野郎。とんだ災難じゃねえかっ……」

 

 

俺は不機嫌な声を上げながら何をしているのか気になったので洞窟のスポットへ向かった。

 

 

 

 

 

異世界の身体能力で洞窟のスポットにものの数分で着くとどうやら会話をしているようだった。俺は【気配遮断】で木の陰に隠れ【聴覚拡大】で会話を聞き取った。

 

 

「一直線に来たつもりだったんだが……成る程。Dクラスにも学校側の意図を見抜いた生徒がいたという訳か」

 

「まあね。といってもこれじゃあお互いに占有は難しそうかな。今ここで占有してしまえばクラスのリーダーを二人に絞り込めるからね」

 

「へっ、そんな事ねえよ! 俺たちのクラスの半数はこの近くにいるんだ。そいつらを呼んじまえば済む話なんだよ!!」

 

 

葛城と平田が互いに分析しながら話す中で戸塚は得意げ叫ぶ。あいつ、かませ犬みたいな態度しか取らねえな。

 

 

「余計な事を言うな弥彦。既に試験は始まっているんだ。余計な事を話すな」

 

「で、でも相手はDクラスですよ? 知られても問題ないですって」

 

「Dクラスだろうと情報の露見は避けるべきだ。ここにいるという事は彼らも俺と同じくらいの知略を持ち合わせていることになる。だとすれば油断は命取りだーー村上の件もある。Aクラスの生徒であるなら他クラス全員から常に狙われていると考えておけ」

 

「す、すみません……」

 

 

戸塚は葛城の叱咤にシュンとなり大人しくなる。あいつ、事あるごとにDクラスを馬鹿にするな。レストランで俺に恐怖したのを忘れているのだろうか。おかげで俺は戸塚に対する憎悪が余計高まった。

 

葛城は戸塚を仕方なさそうにみるとその場で頭を下げる。

 

 

「クラスメイトが失礼な事を言った。謝罪する」

 

「構わないさ。この学校の仕組みならそう思うはずだよ。でも君が言った通り油断はしない事だね。僕らだってAクラスを諦めたわけじゃないから」

 

「そうか、それは頭に留めておこう。弥彦、いくぞ。残っている生徒を呼びにいく」

 

「は、はい分かりました! じゃあなDクラス! スポットなら他所を探すんだな!」

 

 

葛城が洞窟から離れると戸塚は懲りずに捨て台詞を吐き葛城の跡を追った。そのままAクラスが去っていくのを確認すると平田は肩の力を抜いた。

 

 

「まさか葛城くん達Aクラスがいたとはね。最初見た時は肝を冷やしたよ」

 

「それにしては冷静だったように見えたぞ。オレなんて何も話せなかったからな」

 

「あれでも精一杯だったさ。それにしても残念だね。戸塚の話を信じるなら今からキーカードをつくっても間に合わなそうだ」

 

「すまない。オレがもう少し早く指摘するべきだった」

 

「謝らなくていいよ。綾小路くんが学校側の意図を見抜けただけでも収穫さ。でもここはやめておこう。戸塚くんの言っていた話が本当かどうかはさておいてAクラスと事を構えるのは避けた方がいい。拠点は班を作ってみんなで探そう」

 

「そうだな」

 

 

平田の結論に綾小路が同意する。話を聞く限りこの場に来たのは綾小路が洞窟のスポットを発見したからだろう。それはつまり島の周りを回った意図を見抜いた上でそれを報告したことになる。

 

実力を隠していだはずなのに今になって何故その片鱗を見せてきたのか、俺は疑問を抱いた。

 

ポイントを得るため? だとしたら4月時点で動いているだろう。堀北の指示? 自ら名乗り出る動機としては弱いな。いろいろ考えてみたが全然分からなかった。

 

とはいえ彼らが何を話していたのかは把握したので俺は【気配遮断】を解いて陰から出た。

 

 

「残念だったなお前ら。折角スポットを見つけたのにAクラスに先を越されてよ〜。一応ドンマイッて言っておくぜ」

 

「!?……村上っ」

 

 

平田は警戒心丸出しの表情でこちらを見る。同じクラスだというのに失礼な奴だ。まあ心当たりはありまくりだけど。

 

そんな事を考えながら平田達の前に歩み寄ると綾小路が質問してきた。

 

 

「いつからいた? そして何で隠れてたんだ?」

 

「葛城がスポットに来たお前らを感心してた時からだな。隠れてたのは別に顔を出す理由がなかったからだ」

 

「ここにいたのは偶然なのか?」

 

「違う。スポット探しをしてたらお前らと葛城共がいるのに気づいただけだ。もう全スポットは探し終えたし興味が湧いたからな」

 

「何だと……?」

「なんだって…ッ!」

 

 

俺の言葉に綾小路と平田は驚きの声(綾小路は相変わらずの無表情だけど)を上げる。

 

まあ俺がクラスと分かれて数十分と経っていないからな。そう反応しても無理はない。

 

 

「疑うんだったら証拠を見せてやるよ。今から拠点にするのにベストなスポットへ案内する。それで真実と分かるはずだ」

 

「……いいだろう。着いていく」

 

 

平田は警戒を緩む事なく俺の言葉に頷く。綾小路もそれに従う。それを見た俺は拠点に最適なスポットがある場所に身体を向けた。

 

 

因みに俺の胸の内は葛城達を潰せなかった事による不完全燃焼で埋め尽くされていた。

 

 

「(……まあいい。今日の所はAクラスの拠点が洞窟なのを知れただけでよしとしてやろう。試験はまだ始まったばかりだしな)」

 

 

俺はそんな事を考えながら歩みを始めるのであった。




スポット数は作者の都合上40箇所にしました。原作では何個か厳密にはなかったと思うのでここはオリジナルです。まあこれからの話で変わる可能性はありますけど。


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拠点と平田の方針

結構説明文苦戦しました。でもおかしなところがありそうで怖い。


洞窟のスポットであった会合の後、俺は平田と綾小路に拠点になりそうな新たなスポットを案内した。

 

それを見た平田は若干悔しそうに顔を顰めたがここのスポットなら良いだろうと認め、クラスのいた場所に戻り全員で移動する事にした。

 

その後待っていた生徒達と合流した訳だが、Dクラスの奴等は俺も一緒に戻ってきた事やスポットの探索が終わった事に驚いていた。まあすぐに平田が洞窟のスポットの件と新たな拠点の説明を始めたのですぐに関心はそちらに向いた。

 

 

そして今は洞窟での経緯を説明した上でもう一度そのスポットへと向かっている。その際に櫛田が申し訳なさそうにしていた。

 

 

「ごめんね平田くん。みんなで待ってるように言われてたけど、高円寺くん海に泳ぎに行っちゃって。一応止めたんだけど……」

 

「……あはは、仕方ないさ。海に行ったのはわかってるし、しばらく経ったら呼びに行こう」

 

 

櫛田の言葉に平田は繕うように話す。高円寺の行動も俺と同じような自分勝手なもののはずなのにこの差は何なのだろうか。少し不満な気持ちになる俺である。

 

そんな事を考えていると俺たちは拠点になるスポットにたどり着いた。

 

 

「ほらよ、ここが水源のスポットだ。奥に装置があるから確認してみろよ」

 

「うっほー川だ! ものすごく綺麗な感じの! こりゃいいぜ!」

 

「おいっ、行ってみようぜ!!」

 

 

池をはじめとした男子生徒は俺の話を聞かずに川の方に意識を向けていた。いや、まずはスポットの確認しろよ。因みにスポットは川辺近くの大岩に埋め込まれている。

 

とはいえ他の生徒もこの場所が気になっているようで、スポットの周辺を見回り始めた。

 

流れる川は立派でその周囲は森や砂利道があって整備されている。地面の高低差もなくそれ以外の場所には看板で許可ないものの使用を禁止されていた。そこまでして一通り生徒達が見終わり始めた。

 

 

「綺麗な水に日光を遮る日陰。そして地ならしした地面……改めて見ても、ここなら理想的だ」

 

「俺に感謝するんだな。ここは船内を見ても森で隠れていたからさっきの探索で見つけたからな。苦労したぜ」

 

 

まあ《眼》の力で簡単に見つけたので労力はそんなにかかってはないが。

 

 

「確かにお手柄だけど、そんな押しつけの厚意に感謝はしないさ。単独行動を許したんだからこれくらいの働きはしてもらわないと困る」

 

 

しかし平田は冷たい声でそう俺に告げる。しかしこれについてはある程度予想できていたので特に何も感じなかった。

 

 

「それにここを拠点にするのは確定だけど、占有するかどうかは話が変わってくるしね」

 

「するに決まってるじゃん! しない選択肢もないし!」

 

「あるんだよ池くん。確かにここを占有すれば川を独占できるしポイントの収入も得られる。でも更新の際にリーダーを見られないようにする必要があるんだ。ここだと最悪森の茂みに隠れて盗み見られる可能性がある」

 

「それはこう、隠せばいいじゃん。囲むようにしてさ」

 

 

池が言った事に他の生徒も賛同していく。おそらく平田自身もそうは思っていたんだろうが自分が掲げる平和主義上意見を聞いたのだろう。そんな生徒達の振る舞いに平田は嬉しそうな笑みを浮かべると肯定するように頷いた。

 

 

「うん、そうだね。じゃあ後は、誰がリーダーをするかだけど……」

 

「俺がやってやろうか?」

 

 

俺の言葉にクラスメイトの注目が一気に集まり、平田はまた俺を睨みつけてきた。

 

 

「ふざけるな。誰がお前にリーダーを任せると思う」

 

「また俺に突っかかるのか平田。お前はクラスポイントが欲しくないのかよ?」

 

「確かに僕らにはポイントが必要だ。だからこそ、お前のような奴に任せる事こそありえない」

 

「そうは言うけどな。既に俺はこの島にあるスポットを全て見つけた。他クラスの連中も今は拠点の事を優先しているだろうし、今なら俺がリーダーになって大半のスポットを最高ポイントで独占できるぞ?」

 

 

俺は茶柱が渡してきた中途半端な地図を、持っていた平田からぶんどると数カ所にマークをつけた。

 

 

「ほらよ、これがスポットのある箇所だ。全部で40ある。俺以外の奴がリーダーになっても移動で時間食って最高ポイントで占有はできないぞ?」

 

「だとしてもお前一人で移動しても意味はない。誰かに見られたらリーダー当てられて終わりだ」

 

「そんなヘマするかよ。大体お前ら不良品に任せる方が危なっかしい。下手な真似してポイントが手に入らなかったら来月もお前らに無償でポイントを渡す事になるからな」

 

「はなからお前のポイントに頼るつもりなんてない。それにあれだってただの口約束だ。お前がやめたいと思えばすぐに辞められる……いい加減僕はお前の行為には屈しないぞ」

 

「……ふっ」

 

 

俺は平田の指摘に細く笑んだ。確かに俺がポイントを渡していたのは高円寺の指摘を守っているからじゃない。『俺はお前らに施しを与えられる程優れているんだぞ』とDクラスの面々に知らしめたり『金で須藤の退学を納得するクラスに団結力なんてない』と平田に思い知らせる為だった。

 

正直言えば見栄を張った面もあるし他に方法はいくらでもあっただろうが、一度ポイント=金を貧しい奴に渡して優越感に浸ってみたかったのだ。

 

 

「見事なご指摘ご苦労さん。なら俺がリーダーをやる理由は無くなったな。この試験がどうなろうと毎月一万の件はチャラだーーで? 結局誰がリーダーをやるんだよ。まさか平田、お前がやるってわけじゃ無いだろう」

 

「それは……」

 

 

ここに来て平田の勢いが削がれる。こいつは良くも悪くもDクラス筆頭として他クラスに顔を知られる人物だ。そんな奴が自らリーダーになって占有するのは指摘されるリスクが高まる。それを恐れてのことだろう。

 

だからといって他の生徒には荷が重い案件だ。現に殆どは顔を濁していて立候補する奴は見られない。

 

だがそんな中、一人だけそれをやるという生徒が現れた。

 

 

「ーー私がやるわ」

 

 

手を挙げて立候補したのは我らがDクラスのボッチ女、堀北鈴音である。

 

 

「……ついに頭がおかしくなったのか堀北。おかしくも無いジョークだぞ?」

 

「ジョークなどでは無いわ。私がリーダーに立候補する。それだけよ」

 

 

相変わらず堀北は愛想のない返事をする。普段は表立って何かをする姿勢がないはずなのに何故今になって動き始めたのだろうか。心境の変化を疑いながら俺は眉を顰める。

 

というかここ最近堀北から俺に歯向かうような意志を感じていた。寮裏での一件で恐れたと思っていたがどうやら調教が足りなかったらしい。

 

 

「いやいや、お前にリーダーなんかできるわけねえだろ。というか他の奴が納得すると思うのか?」

 

 

そう言って全体を見渡すように促した。案の定クラスメイトはあまり良い顔をしていなかった。須藤の件での悪評が消えたわけでは無いし、改善も見られない。そんな調子でリーダーに認められるわけがなかった。

 

そう思っていた俺だったが、ここで助け舟が入る。

 

 

「いいんじゃないかな。私は堀北さんがリーダーでも」

 

「く、櫛田ちゃん?」

 

 

他の生徒が難色を示す中でクラスで影響力がある櫛田が堀北を擁護した。しかし他の生徒の難色は残る。

 

 

「でもよ〜櫛田。堀北って前に俺らを馬鹿にしたんだぜ? そんな奴に任せるのはどうかと思うけど……」

 

「確かに堀北さんはみんなと折り合いがつかない所があるかも知れないけど、Aクラスに上がりたいっていう気持ちは誰よりも強いと思う。それに平田くんや軽井沢さんは嫌でも目立っちゃうし、リーダーを任せるなら責任感のある人でないといけない。堀北さんがリーダーになったら、きっと頑張ってくれるんじゃないかな?」

 

「僕も櫛田さんに賛成だ。この場で率先して手を挙げてくれたのなら、僕はそれを聞き入れたい。みんなもどうだろう?」

 

 

櫛田の次は平田も加わりダブル擁護。Dクラスで最も影響力がある発言にクラスメイトも心を動かされ始めた。

 

 

「ま、まあ櫛田ちゃんと平田くんがそこまでいうなら……」

 

「だね。他にやりたい人もいないし……」

 

 

一人、また一人と賛同の声が上がり空気が変わり始める。幸村など一部の生徒は納得のいかない顔をしているが代替案が思いつかないらしく最後には折れた。

 

 

「ふ〜ん……なら好きにすればいいんじゃないか。精々スパイから上手くリーダーを隠し通す事だな」

 

 

最後に俺もリーダーの件を了承した。元々クラスがどうなろうが知ったこっちゃないので反論するつもりはない。後はこいつらの好きにさせればいいだろう。

 

 

「言われなくてもそうするさ。じゃあ堀北さん。お願いするよ」

 

「ええ、分かったわ」

 

 

平田の言葉に堀北は応じる。

 

 

こうして茶柱に報告して数分後、キーカードを受け取りDクラスのリーダーは堀北鈴音に決定したのであった。

 

 

「じゃあ次の話に移るんだけど……」

 

「その前にここのスポットを占有しようぜ? なんせここを占有すれば風呂と飲み水の心配はねえからな!」

 

「はあ? 川の水飲むとか、あんた正気?」

 

 

平田が話を再開しようとしたが、すぐに出た池の主張に篠原をはじめとした女子が抵抗を見せた。

 

 

「何だよお前ら。折角見つけた川を有効活用しない手はないだろう!」

 

「じゃああんたが試しに飲んでみなさいよ」

 

「は? 別にいいけど」

 

 

篠原の催促に池は手ですくって川の水を飲んで見せた。

 

 

「かーキンキンに冷えてて美味いぜ!」

 

「うわマジドン引き。無理無理、そんなの飲むなんて。気持ち悪い」

 

「はあ!? お前が飲めって言ったんだろ篠原!」

 

「やだやだ。私が一番嫌いなタイプね。あんたみたいな野蛮人」

 

 

篠原を筆頭にした女子生徒が嫌悪の態度を示した。そんなやりとりを見た俺は眉を顰め青筋を浮かべる。女であるという立場を利用して独善的な主張を続ける篠原がムカついたからだ。そう思った俺は平田が止めに入ろうとする前に篠原の背後にゆっくりと立つ。

 

 

「なら同じ野蛮人になれよ不良品」

 

「え…? ーーガブッ!?」

 

 

俺は篠原の頭を掴むと川の水に力一杯沈め込んだ。篠原は突然のことに加えて水の中で呼吸が出来ないことから苦しそうにもがく。

 

 

「ンーーーッ!? ンーーッ!!」

 

「お前さ、さっきからムカつくんだよ。なにもしてないのに駄々しかこねてねえじゃねぇか。テメェは一度立場を自覚しろよ」

 

「村上っ!? 何をしている! 篠原さんを離せ!!」

 

 

平田が怒気を含んだ声で俺を止めにかかるが瞬時に空いている片腕で平田の胸板を押し出した。勢いをつけた一撃だった為平田は「ぐはっ」という声をあげて地面に仰向けに倒れる。

 

 

「邪魔すんなよ平田。俺はただイチャモンばかりつけて怠惰を貪る奴らにお灸を据えるだけだ。殺すつもりはねえよ」

 

 

そう言って俺は溺れる寸前のタイミングで篠原の頭を川から解放してやり掴んでいた頭から無造作に手を離した。篠原は気管に水が入ってゴホッゴホッと咳をする。即座に櫛田が介抱に入るが気にせず俺は篠原に便乗した女子をまとめて睨みつけた。

 

 

「お前らさ…さっきからうぜえんだよ。ロクにクラスに貢献したわけでもねえのに、試験開始されてからお前らは駄々しかこねてない。何様のつもりなんだ? ああっ?」

 

 

俺の言葉に顔色を悪くしながら怯えた表情で目を逸らす女子達。

 

 

「どうした? 反論してみろよ。池には散々罵倒してたじゃねえか。その時みたいにすればいいだけだろ、なあ? なあっ!」

 

「や、やめろよ村上! もういいだろ?」

 

 

俺が女子を責めている最中、先程罵倒された池が俺を止めに入った。

 

 

「何でお前が止めに入るんだ池。お前はさっきこいつらに罵倒されただろう。悔しいとは思わなかったのか?」

 

「そ、そりゃない訳じゃねえけど。考えても見れば初めは抵抗するもんだって気づいたんだよ。女子の言い分は間違ってる訳じゃーーぐへっ!」

 

「勘違いしてるようだから言ってやる。今こうしてるのはお前を擁護する為じゃない。単に腹が立っただけだ。お前のことなんてはなからどうでもいい」

 

 

池の腹にパンチを叩き込んで大人しくさせると、俺は介抱されていた篠原の髪を無造作に掴み顔を無理やり上げさせた。

 

「い、痛っ! やめ…」

 

「特に篠原、俺はお前が嫌いだ。容姿、性格、振る舞い全てがだ。そんな奴が問題を起こすだけでこっちは不快なんだよ。次こんな事したらーー須藤と同じ末路を辿らせるぞ?」

 

「っ!? は、はいっ……すみま、せんでし、た……」

 

 

篠原は俺の言葉に恐怖すると絞り出すように謝罪した。それを聞いた俺は髪を離すとスポットが設置されてる大岩に上り腰を下ろした。

 

 

「さて、雑音が消えたところで話を再開したらどうだ平田。最も新たに飲水の問題が出てきて大変だろうけどな」

 

「……問題ない。それも既に考えてある。その前にみんな、一度気分を落ち着かせよう。篠原さん、立てなければそこにある木に寄りかかりながらでも大丈夫だよ」

 

「あ、ありがとう……」

 

 

平田は一度特に怯えていた篠原に寄り添い気持ちを落ち着かせる。しばらくして俺がつくった険悪な雰囲気がなくなると平田は口を開いた。

 

 

「みんなにどうしても話しておく事がある。この試験は僕たちにとって初めてな事ばかりだ。それぞれが違い価値観を持っているから揉める事だって当然だと思う。だけど慌てずに話し合えば上手く話ができるはずだ。まず僕なりにマニュアルを読んで現実的な数字を導き出してみた。今回の試験では最初に支給されたポイントを120残せるかが鍵だと思う」

 

「つまり俺たちは180使うというのか?」

 

「まずは最後まで聞いてほしい幸村くん。120ポイントっていうのは最低ラインの話なんだ」

 

 

その後平田は食料や飲料水、テントや仮設トイレなどのポイントで150を使い、残りの30ポイントを予備として残しておく作戦を説明した。

 

 

「これが僕の見積もった数値だ。勿論この島で食料や飲料水を賄えればその分ポイントを残せる。川の水で代用できるなら50ポイントも変わってくるんだよ」

 

「そ、そっか…私たちが我慢すれば、それだけ……」

 

「勿論川の水に抵抗がある人もいるから強制じゃないよ。直接飲むのが怖いなら、一度沸騰させて試してみるのも悪くないと思う」

 

「いいじゃんそれ! それなら負担も減るだろう!」

 

 

飲水の問題を出した池本人を筆頭に、一度拒否した女子生徒たちも納得した表情になる。これによって飲水の問題は解決した。

 

 

「だが平田。俺たちのクラスポイントは須藤が退学したせいでマイナス100だ。仮にそのポイントが残ったとしても20しかない事になるぞ?」

 

 

そう言って幸村は異議を申し立てる。確かに今の案を実行しても俺のポイント支給はなくなったので金欠問題は解決しないだろう。すると軽井沢が思いついたように発言した。

 

 

「スポットなんじゃない? 私たちは場所を全部知ってる訳だしそれでポイントを稼ぐとか」

 

「その通りだよ軽井沢さん。これが僕らの本命だ。ここで多くの箇所を占有してポイントを手に入れる」

 

「なるほどな! つまりスポット全部を占有すればいいって訳だ、楽勝だぜ!」

 

 

しかし平田は首を横に振って山内の叫びを否定した。

 

 

「いや、僕らが占有するスポットは20箇所だ。その他のスポットはそのままにしておくほうがいい」

 

「な、なんでだよ平田! スポットの場所がわかるんなら全部取ればいいだろ? 少し遅れても1箇所で1〜2ポイント減るだけだって」

 

「問題はそこじゃないんだ。よく考えてみてくれ。確かに残った全てのスポットを占有できれば僕らは膨大なポイントを手に入れる事ができる。でもそれは同時に管理とリーダー隠蔽の困難さを意味するんだ。最悪スポットを独占してるDクラスを追い込む為に他クラス同士が協力するかもしれない。今の僕らではそれは対処できないよ」

 

「あ、そっか……」

 

「確かにそれは無理だね……」

 

 

平田の説明にクラスメイトも把握できたようだった。そして平田は畳み掛けるように話を進める。

 

 

「そうなると占有する箇所は抑えておくのがベストだ。且多くのポイントを手に入れると考えると全スポットの半分…20箇所が最適だと思うんだ。これなら村上以外の誰かでも十分最高ポイントは得られるし管理だって楽になる。上手くいけば残った120とスポットの最高点である380を合わせた500ポイントを獲得できる。どうかな?」

 

「いいじゃんそれ。やってやろうぜ!」

 

「そうなればマイナスがなくなって4万ポイント貰えるし! 最高だよ!」

 

 

生徒達はやる気に満ち溢れ、互いに想いを向上させていた。どうやら方針は以上の通りらしい。

 

 

「よし、じゃあ決まりだ。みんな、一緒に頑張ろう!」

 

『おおおおおおおおッ!!』

 

 

「………」

 

 

平田の掛け声により湧き上がるクラスメイト。そんな光景を俺はただ冷たい眼差しで見つめていた。




平田の考えた案
・120ポイントは原作通り。
・スポットは40箇所の内20箇所を占有。試験最終日まで独占できれば20箇所×19ポイント(アニメ12話で出されていた1箇所の最高値)で380。
・120+380=500
・500一100=400程度にする作戦です。


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