転生特典が動体視力?これ、無理ぞ (マスターBT)
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エイプリルフール:最高でクソッタレな夢

細かい理屈とかそういうのは全部抜きで。エイプリルフールやん!なんか書きたい!って思いから生まれた話です。


「んあ?」

 

「あ、漸く起きたか。もう飯出来てるぞ兄貴」

 

 なんだ、寝てたのか俺は?士郎が俺の顔を覗き込んで起きたのを確認すると、呆れた顔を浮かべて去っていく。いつ間に寝てたんだ俺は……というか、なんだか頭がぼーっとして記憶がはっきりしないな。寝る前の俺は一体何をしてんだっけか。

 

「兄貴?起きたんなら皿を運ぶのを手伝ってくれ」

 

「お、おう。分かった」

 

 士郎に呼ばれてた俺は取り敢えず立ち上がり、襖を開けてリビングへと──

 

「ん?珍しいね影辰がうたた寝とは。よく眠れたかい?」

 

「……は?」

 

 俺は思わず思考が停止してしまった。だって、その男は此処に居て良いわけがなく、あり得ない光景なのだから。信じられる訳がなかった。思わず、頬を抓っても目の前の景色が変わることはない。まだ寝ぼけているという訳ではない様だ。益々、何が起きているのか分からない。俺自身の記憶と目の前の光景どちらを信じてれば良いのだろうか。

 

「もしかして体調でも崩したかい?それなら取り敢えず、ご飯を食べて薬を飲むと良い」

 

 晩年の彼と同じ様にこちらを気遣ってくる優しさに思わず、泣きそうになる心を必死に押さえ込み俺は口を開く。もう直接、呼ぶことはないと思っていたその名前を告げながら。

 

「大丈夫だ切嗣。少し、寝惚けてるだけさ。らしくない事はするもんじゃないな」

 

「なに、君も人間だ。時には疲れが溜まる事だってあるだろう」

 

 そう言って目の前の男、切嗣は俺を見ながら優しく微笑む。あぁ……まさかもう一度その顔が見れるとは思わなかったよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご馳走様。うん、相変わらず士郎の料理は美味しいね」

 

「今日は切嗣の好きなハンバーグだからな。気合を入れて作ったよ」

 

 高校生の姿の士郎が切嗣に礼を言っている。違和感しか覚えない光景だが、この短時間で少しずつ見慣れてきてしまった。一体なにが起きたかは分からないが、俺は今あり得ざる世界を見せられている。切嗣が生存したまま士郎が高校生になっており、今の季節は春。恐らく、第五次聖杯戦争も起きていない。

 

「……なんだってんだ。魔術師の襲撃か?だとしたら俺に抜け出せる手立てはないぞ」

 

「影辰?さっきから随分と悩んでる様だが、本当に大丈夫かい?」

 

「あ、あぁ。大丈夫」

 

 落ち着け。現状、この切嗣も士郎も俺に何か危害を加える気配はない。それどころか、俺が心の奥底で望んでいた誰も不幸せにならない世界を歪に再現した様にただ、平和な時間を過ごしているだけだ。きっと、俺の意識だけがおかしい。この世界を歪だと捉えてる俺が。

 

「あぁ、そうだ。影辰、士郎。今度の休日に何処かに遊びに行こうかと思ってるんだけど何処が良い?」

 

「俺はまた料理器具を見れればそれで良いかな。包丁が少し古くなってきてるんだ」

 

「本当に士郎は料理が好きだね。分かった、折角なら堺まで行って良い包丁を見つけようか」

 

「良いのか!」

 

 にこやかに切嗣と士郎。それは間違いなく、普通の親子の光景で俺は思わず笑みを浮かべると、それに気が付いたのか士郎と切嗣が俺の顔を見た後、顔を合わせて笑い合った。なんだ?何か面白いことでもあったのか?首を傾げた俺に対して士郎が説明をする。

 

「漸く笑っただろう?それがなんだか面白くてな」

 

「うん。影辰はいつも、僕らが話してるのを優しい笑みを浮かべて見てるよね。そんなに僕らの事が好きなのかい?」

 

「うなっ!?」

 

 確かに二人の事は大切な家族として、好きだ。それでもこうして面と向かってそう言われると、恥ずかしい気持ちが込み上げてくる。そう言えば以前、大河にも似たような事を言われたな……もしかして俺って自分が思ってるより顔に出てるのか?

 

「良い大人を揶揄うなよな!ああくそ、顔が熱い」

 

 俺がそう返すと二人の笑い声が一段と大きくなる。二人が楽しそうに笑っているのを見ていると、俺もなんだか全てがどうでも良くなってきて一緒になって笑い合う。そんな事をして過ごしていれば、時間の経過は早いもので辺りはすっかりと暗くなり士郎は学校があるからと既に眠りについた。

 

「なんだか久しぶりにここまで笑った気がする」

 

「そうかい?君はいつでも楽しそうに過ごしてるじゃないか」

 

「後悔が無いようには生きてるつもりさ」

 

 あの日と同じ様に縁側に座りながら俺は切嗣と、一緒に夜空を眺めながら話をする。月は見えないが、憎たらしいぐらいに星は綺麗に輝いていた。

 

「決して歩みを止めないのが君だものね影辰」

 

「あぁ。だから、此処には居られない」

 

 俺は立ち上がり切嗣の前に移動する。下から見上げてくる彼は、変わらず枯れた顔をしているが何処までも優しい顔で俺を見ている。だからこそ、俺はこの平和を享受する訳にはいかない。それをきっと目の前の男は望んでいないから。

 

「もっとゆっくりしても良いんだよ」

 

「いいや、俺は行くよ切嗣。此処は何もかもが俺に優しい嘘だらけの世界だ。とても居心地は良いけど、世界はこんなに優しくないって俺はよく知ってるから。俺は俺の世界で生きるよ」

 

「そっか。うん、君らしい選択だよ影辰。いってらっしゃい」

 

「あぁ。行ってきます」

 

 切嗣に背を向けて俺は歩き出す。後ろを振り向く事はしない。足を進め家の前の門で足を止める。閉まっている門に触れ、開けようとするがビクともしない。鍵が掛かってる訳では無い。世界がこの先を拒んでいるそんな感じだ。

 

「……まだ拒むか」

 

 両手を置き全力で押すがこれでも開く気配はない。どうしたものか……魔術的な仕掛けだとしたら俺に打つ手はなにもないぞ?門の前で立ち止まり、悩んでいると背後に気配を感じた。

 

「何を悩んでいる。お前が出来る事など、一つだけだろう」

 

「……それで開かないから悩んでるんだろうが」

 

「ふっ。やれやれ、仕方ないな私が手を貸してやろう」

 

 奴が俺の隣に来る。決して、顔を見合わす事はしないが何をするかは理解した。合図も何もなく、俺達は同じ構えを取り、同時に全力で拳を門に叩き込む。破砕音が響き渡り眼前を遮っていた門は完全に消滅する。

 

「礼は言わないからな」

 

「なに、これからのお前で払って貰えれば構わん」

 

 相変わらず趣味の悪い野郎だ。俺は足を進め家の外に出ると、同時に全てが黒に染まっていく。それでも俺はただ前を向いて歩き続ける。

 

『抜け出すのが早いねぇ。もっと時間かかると思ったけど』

 

「そりゃ、残念だったな。暇潰しの相手は今度からは選べよフランチェスカ」

 

『……アッハハ!こわーい、殺気だね!今度君と会う時は新しい身体でも用意しておかなきゃ駄目かな?』

 

 視界が徐々に明るくなっていく。どうやらこの世界とも完全におさらばできるらしい。はぁ、全く4月の頭から最悪な始まりだな……ん?4月の頭つまり、1日……おいおいまさか。そこまで考えて急速に意識が浮上する感覚と光が差し込んだ。

 

「……ん?」

 

「聖書をアイマスク代わりにいい夢見れましたか?」

 

 呆れたカレンの顔が視界に広がる。そういや、教会でうたた寝してたんだっけか。今度はしっかりとある記憶に安心しながら、軽く身体を動かす。

 

「最高でクソッタレな夢だったよ」

 

「あら、そんな面白そうなものを私抜きで見ないでくださいな」

 

「難易度高い事を言うな!?」




無理やり理由付けするなら、偽りの聖杯のアルファテストみたいなものですかね?

え?エイプリルフールは午前中だけ?体調不良とか思いつきとかで、書いたからその辺の細かい事は忘れなさい。

では、またの更新でお会いしましょう。


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第四次聖杯戦争編
動体視力って上手く使えれば便利そう……まぁ、魔術なんてものがある世界なんですけど


深夜テンション会話から生まれたよ。面白そうって思いながら、話してたら書けるぐらいには設定が決まったから書いたよ。更新速度は、不明。ちなみにネタ寄りのシリアス有り話になる予定。


 目を開くとそこには、どくどくと鮮血を胸、眉間から流している男女の死体が二つと、恐らく下手人と思われる銃を構えている男が一人というなんとも言えない光景が広がっていた。さらに付け加えるなら、死んだ魚の目をした男の銃口がガッツリ俺を捉えてるじゃありませんか。転生して五秒で死にかける奴がいるってマ?

 

「いやだぁぁぁ!?!?!?死にたくなーい!!」

 

 どうしようもないほど哀れで情けない醜い悲鳴をあげるのは俺だ。どうしてこうなった!?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その日は確か大学に向かう途中だった。講義が午後からだったから、学食を利用しようと思ったんだったかな。うちの大学は、交通量の激しい道路に面しており、近くには公園なんかもある。よく学生も息抜きに利用している場所だ。なんて事はない一般人が送る普通の日だった。ちょうど俺が公園に差し掛かった時だ。目の前から、ふらふらと動きが怪しい車が来ていた。

 

「居眠り運転か?辞めてくれよ……」

 

 怖いとは思ったが、所詮平和な日本生まれの人間。呑気にその車を見ていた。すると、いきなり急加速し俺の方に向かってきたのだ。咄嗟に避けようとして足元に転がってきたサッカーボールが見えた。ボールが転がってきた方向には、全く車に気が付いていない子供が此方に向かって走ってきていた。それを見た俺は思わず叫んだ。

 

「こっちに来るな!!危ねぇぞ!!!!!!!!」

 

 俺の叫びに驚き、子供は動きを止めた。瞬間、俺は派手に吹き飛ばされた。そりゃそうだ、命の危機が迫ってるというのに、その場から逃げずに子供に注意をしたのだ。俺は吹き飛ばされながら、子供を抱きしめにきた親を見て━━

 

「心配なら……目を離してんじゃねぇよ……」

 

 そうちょっとだけ恨み節に言って意識を失った。

 

 その次の瞬間、何故か俺の意識は無くなっておらず真っ白な空間にいた。状況が飲み込めず、辺りを見渡していると、何やら話し声が聞こえそちらを見る。そこには、ダーツを持った髭を蓄えた男とその正面に大きなルーレット盤を回している小綺麗な男がいた。

 え?何してんのあれ??

 

「よーし、良いですよぉ!準備完了です」

 

「おっけー!さてさて、何になるかなっと」

 

 ダーツを持っていた男がダーツを放つ。目の前のルーレット盤に刺さる。回転が止まり、ダーツが刺さった部分に書かれていた文字は『転生特典:動体視力』そう書かれていた。え??なにしてんの??

 

「ん?おー、起きたか!ちょうどいい、お主に転生して貰う世界と特典が決まったところじゃ」

 

「え?……え?あの、状況が掴めないんですが……」

 

「説明しないとダメ?えーとな、お主は死んだ。だが、幸運な事に今、天界は転生者を送り出すのがブームになっててな、極悪人を転生させるのは流石にいかんし、勝手に善人を殺すわけにもいかん。そんな時にお主の様に命の危機に子供を助ける様な善性がある人間が命を落とした。これは転生させるしかなかろうてと云うわけでな。起きない間に準備してた」

 

 髭を蓄えたおっさんにウィンクされながら説明されるってなんて拷問?って違う違う。つまり、俺らの世界で流行ってた異世界転生物のリアル版に遭遇してるって訳か。

 

「そのまま生き返らせてはくれないんですか?」

 

「うん?既にお主の遺体は葬式から何まで済んでおるぞ。ほれ」

 

 モニターみたいなのが現れ、そこに泣いている俺の両親や友人達が映る。全員、喪服を着ているから葬式の場面なんだろう。映像が切り替われば今度は、火葬場になり最後は墓に入れられているところが映った。どうやら結構な時間、俺は意識を失っていたらしい。

 

「……とんだ、親不孝者になっちゃったなぁ」

 

「そうじゃな。さて、これで状況は理解してくれたかの?」

 

「あぁ、まぁね。それで俺はどこの世界に転生させられるんだ?」

 

「秘密じゃ。知ってたら面白くないじゃろう?」

 

 そう言うと同時に足元に穴が空き、俺は当然落下する。あれぇ??こう言うのってもっと説明とかあるもんじゃないの??あ、あいつら俺を転生させたくてずっとウキウキしてたんだもんな。そりゃ説明するのを惜しむよな。

 

「雑すぎるだろ神様ぁぁぁ!!」

 

 そうしてまた意識が消えていき、目を開いたらさっきの状況だったと言う訳だ。長々と回想してしまった訳だが……

 

「いやだぁぁぁ!?!?!?死にたくなーい!!」

 

 男の指がトリガーにかかるのが見えた。どうやらこの男、俺を殺すらしい。全力で身体を捻り、地面を転がる事で放たれた銃弾を避ける。その行動に、男は驚いた様に目を開くが変わらず、その銃口は俺を捉え直す。くそっ、なんで転生して早々に死にかけの場面なんだ。仕事しろよあの神様!また男の指がトリガーを引き絞るのが見えた。今度は、大きく跳躍して避ける。発射するタイミングが見えるなら、なんとか避けられる。……これが転生特典の動体視力ってやつか。微妙すぎませんかね!?

 

「……」

 

 無言で男が拳銃から、形状の違う銃に持ち替える。それはとあるアニメ作品で見たものだ。キャリコ M950A、見た目以上の内容量を誇り連射力に優れた銃。Fate/zeroに登場した魔術師殺し『衛宮切嗣』が使う銃。

 

「嘘だろ……あんた、衛宮切嗣か……」

 

「……驚いた。君みたいな子供まで僕の事を知っているとはね。腐ってもアインツベルンが、この大事な時期に殺せと命じてくる家系って訳か」

 

「子供?」

 

 大学生を子供と呼ぶか?いや、転生してるからもしかして身体がそのままって訳じゃないのか。何故か撃ってこない切嗣を警戒しながら、自分の両手を見るとかなり小さい。良くて10歳とかそこら位じゃないだろうか。マジか……

 

「マジで子供だ…」

 

「まるで自分が子供じゃなかったみたいな言い方だね。……もしかして、この家の生まれではないのか?」

 

 魔術師殺しと言われた人物の思考回路は理解できない。いきなり生まれを疑われるとは……とは言え、これは使えるかもしれない。多分、この切嗣はアインツベルンのぬるま湯に浸って機械になりきれてない。

 

「多分違う……誤解しないで欲しいんだけど、記憶が混濁してるんだ。あんたの名前は知ってるが、それ以外は分からないし、この家で暮らしていた記憶もない。だから、確証を持って否定も肯定も出来ないが、俺は死にたくない」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 殺そうと思えば殺せた。僕がアインツベルンの依頼を受けて、ここの魔術師達を殺した時は恐怖で意識を失ったのか目を閉じている子供がいる程度だと思っていた。恐らくこの子の親と思われる魔術師を殺し、子供も殺そうと思い銃口を向けたタイミングで、イリヤを思い浮かべてしまった。それによって生まれた数瞬で彼は起き、悲鳴をあげ僕の攻撃を避けて見せた。

 魔術が発動した気配は感じなかった。つまり、彼は子供ながらにただの身体能力で銃弾を避けてみせた。まぐれでないのは二発目も避けた事で分かった。なら、装弾数で殺そうとキャリコを構えた時、彼は驚いた様に目を見開き、言ったのだ。

 

「嘘だろ……あんた、衛宮切嗣か……」

 

 ここ何年かは活動を辞めていたし、僕は魔術師殺しとして恐れられているが銃を見た瞬間にバレるほど情報操作を怠ったつもりはない。彼に向ける警戒心を一段階引き上げながら、会話を行なった。普段なら絶対にしないが、イリヤを思い出し重くなった引き金と、聖杯戦争前の大事な時期にわざわざ依頼をしてきたアインツベルンの真意が知りたかった。だが、期待していた情報は出てこない。一つ推察するなら、彼がアインツベルンのホムンクルスに迫るレベルのホムンクルスである事だが、魔力を感じない彼からそれは無いと言える。

 

「多分違う……誤解しないで欲しいんだけど、記憶が混濁してるんだ。あんたの名前は知ってるが、それ以外は分からないし、この家で暮らしていた記憶もない。だから、確証を持って否定も肯定も出来ないが、俺は死にたくない」

 

 試しに聞いた質問に彼はこう返した。本当に子供らしくない。外見と中身が合っていない様に思える。……もしかして、彼はアインツベルンの悲願、その領域に足を踏み入れたんじゃないだろうか。そう考えれば、わざわざ依頼をしてくる理由にもなる。僕の攻撃を避けて見せた身体能力といい、彼は使える駒になるかもしれない。そう考えて僕はキャリコを下げる。

 

「死にたくないのなら、僕と共に来るか?僕の言う事を聞くのなら、助けてあげよう」 

 

「…!あぁ、分かった!なんでも引き受けよう衛宮切嗣」

 

「切嗣で良い。……舞弥、拾い物をした。迎えを頼む」

 

 こうして僕は後に衛宮 影辰と名乗る子を拾った。




主人公のスペック(現在)
名前:衛宮 影辰(命名主は切嗣)
年齢:肉体は10歳ぐらい、精神は肉体+20
転生特典は動体視力。動いてるものを捉える能力が跳ね上がっている。白銅色の髪を後ろに一房に纏めている。顔立ちは良くも無ければ悪くもない。薄ら青い瞳が特徴的。

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死にたくないから訓練する。魔術師やサーヴァントに通用するレベルになるのか分かんないけど

2話目ですわよ。
お気に入り、評価、感想ありがとうございます。


「うん。やっぱり、君に魔術の適性はないよ影辰」

 

「そっかぁ……」

 

 切嗣に拾われて三日後。俺は、魔術の適性を調べて貰ったがどうやら適正はないらしい。魔術回路が全くないと言う。なんで、Fate世界に転生されたのに魔術回路がないんですか神様??普通こういう時って、魔術回路が馬鹿みたいにあるとかそういう展開じゃないの?

 

「……まさか、こんなにも一気に廃れる魔術師の家系があるとはね。魔術が使えないなら、君にはその目を活かして貰って体術を仕込む。と言っても、僕はそんなに得意ではないからある程度使える状態になったら自分で上がって貰うが」

 

 切嗣にとって俺は道具だ。当然、道具のスペックは知りたがる。だから、動体視力が良いことは伝えたしテストも行った。結果は、0.1秒で表示された数字を10桁まで正確に見切った。流石の切嗣もこれにはかなり驚いていた。煙草を口からポロッと落とす姿なんて中々見れない。

 

「銃でも良かったが……これではね」

 

 50mほど離れた的から更に横に10mほどズレた場所に着弾している銃痕。はい、俺が撃った銃弾です。なんでか全く分からないほどに銃の才能がない。銃器のプロである切嗣が匙を投げるほどなのだから、筋金入りのセンスの無さだろう。人外魔境の魔術師が溢れ返る世界に俺は、動体視力を活かして体術で潜り抜ける必要がある様です。ふざけんなよぉ!

 

「まぁ、選択肢は多い方が良いだろうからこれを渡しておく。コルトパイソン.357、至近距離から放てば耐えられる奴は居ないだろう」

 

 ゴトっと黒で統一された厳ついリボルバー銃が目の前に置かれる。わーお、確かに至近距離で放てば耐えられる奴は居ないだろうね、撃った瞬間に恐らく子供である俺の腕が保たないけどな!けどまぁ、必殺の一撃をくれるというのは有難い。

 

「子供に渡す銃じゃないよな……」

 

「それを問題なく撃てる様になるのが、君の目指すべき最低限の状態だ。とりあえずは、身体を作って貰うよ」

 

「了解。なるべく早くあんたの道具になれる様に努力するよ」

 

「あぁ。使えないものを置くほど僕は蒐集家じゃないからね」

 

 そう言って切嗣が部屋から出て行く。彼が出て行った後、改めて部屋を見渡す。冬木の聖杯戦争において、始まりの御三家として名を連ねるアインツベルンだけあって金がある。ありとあらゆる訓練機器に、射撃場、更に恐らく魔術的な修行をする場。それらが纏まって存在してるとは。切嗣が此処に俺を置いて行ったってことは、早速訓練をしろと言うことだろう。

 

「……第四次聖杯戦争、そして第五次聖杯戦争。召喚されるサーヴァントは悉くやばい連中だし、マスターもやばい。そんな場所に俺は生身で行って、戦わなきゃいけない……人を殺す手伝いをしなくてはならない」

 

 平和な日本にいた時には考えもしなかった事だ。自分が人殺しの片棒を担う事になるなんて。だが、やらなきゃ出来なきゃ俺が死ぬ。もう二度と死んでたまるか。死に対する強い忌避感が今の俺にはある。転生をしてしまったから、思い出してしまうのだ。車に吹き飛ばされ、激痛に襲われていた事、血が流れ体温が下がり意識を保てなくなっていく感覚。そして、転生した直後に見たこの世界の両親の死体。俺はああなりたくない。今度こそ、生きて生き残って、俺という命を護りたい。それが俺の願い。

 

「……とりあえず、鍛えるか」

 

 まずは筋肉をつけよう。ただの筋トレだけど、それが将来の自分を救うかもしれない。そう思えば、只管に自分を追い詰めて行くのも苦ではなかった。

 

 極々普通の筋トレを行なってから、約半年。食事と睡眠以外の時間は、筋トレに使った為、それなりの筋力が手に入った。全くと言って良いほど鍛えていない大人と腕相撲をすればまぁ、勝てるだろうって感じの。この半年間で変化があった事と言えば、訓練室が半ば俺の自室になった事と、切嗣より体術が出来る舞弥さんから体術を教わる様になった事、そしてイリヤスフィールに存在がバレた事。

 接触する気なんてなかった。後々を考えれば、イリヤスフィールなんて分かり易い地雷原に誰が行くと思う?そんな子とまさか、トイレ後の廊下でばったり会うなんて思わないじゃないか!しかも、その時の俺ときたら……

 

「うおっ!?イリヤスフィール!?!?」

 

「んー?誰ぇ?どうして、私の名前知ってるのー?」

 

「あっ…」

 

 そう思いっきり自己紹介もしてないのに、彼女の名前を呼んでしまった。咄嗟に、切嗣から聞いたと答えようと思って、切嗣がイリヤスフィールの話を避けてたのを思い出す。これくらいの子は話したがり。もし、切嗣の耳に入ったら……間違いなく尋問に合う。むしろ、尋問で済めば良いレベルだ。やべぇ……どうしよう。

 

「……じゃあね!」

 

「あっ!まちなさーい!!」

 

 三十六計逃げるが勝ち。うん、馬鹿なのかなこいつ。全力で逃げる俺を鬼ごっこか何かと勘違いしてるのか待てーっと楽しげに追いかけてくるイリヤスフィール。ねぇ、あの子スタミナお化けなの?なんでついてこれるの??さて、ここで問題です。時間は夜。城内を走る子供二名。片方は、元気に声をあげながら走っている。この後、待ち受ける結末は?

 

「……何をしているのかな?イリヤ、影辰?」

 

 正解は絶対零度の保護者(衛宮切嗣)の登場です。この後、イリヤスフィールは軽く怒られ、切嗣と共に自室へ。俺は、切嗣から正座と言われ、朝日を迎えるまでその場に放置されました。この扱いの差は酷くない??

 まぁ、こんな感じでイリヤスフィールとの接点が出来てしまいました。切嗣達が恐らく聖杯戦争に向けての準備で忙しいので彼女の相手をするのが新しい日課になったよ。……第五次聖杯戦争が怖いなぁ。

 

「遠慮はいらない。今の貴方如きにやられる私ではありませんので」

 

「そりゃ、そうだが……」

 

 そして今、俺は模擬戦闘を行なっていた。舞弥さんの手には刃の潰されたナイフ。俺の手には刃が健在のナイフが握られている。他人に対して、躊躇いを無くさせる為と言っていたが……万が一があったらどうするんだ?

 

「もし、今甘い事を考えているのなら、今日1日は立てなくなるぐらいに痛めつけるとしましょう」

 

「うっ……分かったよ!怪我しても恨まないでくれよ!」

 

「そんな事は起きないので安心してください」

 

 一度深呼吸して、舞弥さんへと走り出す。子供と大人の体格差は、考えるまでもなく大きい。俺が攻撃を加えるには、可能な限り舞弥さんへと肉薄しなきゃならない。一応、腰にゴム弾を入れた拳銃があるけど正直、当たる気がしない。そして、当然、舞弥さんも拳銃を持っている。子供の俺が全力で走ったとしても、三十秒はかかる距離。彼女がまず拳銃を手段に選ぶのは、当たり前だった。構えられる拳銃。だが、俺の目にはしっかりと彼女がトリガーを引く瞬間が見える。引く瞬間に、ジグザグに動きゴム弾を避ける。

 

「切嗣が言ってた通りですね。よく見える目だ」

 

 距離を詰めて跳躍。舞弥さんに向けてナイフを振るうが、受け流される様にナイフで受け止められ避けられる。着地し、即座にその場を転がる様に避ける。着地点だった場所に舞弥さんの脚が通過していった。

 

「着地の勢いを利用して転がるのは正解です。ですが、相手を見てないのは愚策ですよ」

 

「がっ…!」

 

 右肩に痛みが走る。拳銃を俺に向けている舞弥さん。そして、地面を転がるゴム弾が状況を教えてくれた。くそっ、単純な受け身じゃ駄目か。俺が使えるのはこの目だけだ。もっとそれを意識しろ。相手をずっと捉え続けろ。

 

「もう一度、お願いします!」

 

「えぇ。どうぞ」

 

 この日、結局俺はかすり傷の一つすら舞弥さんに与える事は出来なかった。俺の全身は筋肉を酷使し過ぎた代償に筋肉痛に苛まれ、そこに舞弥さんが放ったゴム弾を受けた事による打撲の痛みが追加される事となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「舞弥、影辰はどうだった?」

 

 影辰が筋肉痛で苦しんでいる頃、切嗣と舞弥は二人きりで話していた。話題は、切嗣が拾ってきた影辰に関してだ。半年が経ち、彼が腹の底では自分達に害を為そうとしているのではないか?という疑いが消え、単純に戦力として運用する為に育ててきた。その進捗が気になる様だ。

 

「はい。今日の訓練で彼は初めて、私の髪を少し斬る事が出来ました」

 

「ほぅ。君相手に懐に入ったのか彼は」

 

 舞弥の短く切り揃えれた髪をよく見れば、一部僅かに不揃いな部分がある。彼女をよく知る人物でなければ分からない程度の変化だが、それが意味するのは、戦場で兵士として生きてきた人間相手にナイフの間合いまで近づけたという事だ。ただの半年、戦闘訓練を積んだだけの子供がだ。

 

「真っ向から放ったゴム弾は一発も彼に当たりませんでした。問題なく、戦いの最中でも使えるものです。そして、それを踏まえ彼は格闘戦闘に関して天賦の才があるかもしれません」

 

「なるほど……分かった。一年経って、彼を武装させたホムンクルス達と戦わせる。それに勝てれば、彼も戦力として聖杯戦争に連れて行こう。舞弥、そういう方向で調整を頼めるかい?」

 

「分かりました」

 

 こうして、影辰の知らないところで死にかねない戦いが組まれる。もし、一言彼に言うのなら、そう。頑張り過ぎた、これに限る。切嗣は体術を仕込むとは言ったが、聖杯戦争に連れて行くとは彼に言っていない。そもそも、魔術師殺しとして名を馳せている衛宮切嗣という男がそう簡単に誰かを信じる訳がなかったのだ。だが、こうまで優れた道具としてアピールしてしまえば悲願が待っているこの男がそれを使わない訳がない。戦力は一つでも多い方が良いのだから。

 

「僕は良い拾い物をしたものだ」

 

 切嗣にしては珍しく熱が感じられる声だった。

 




某赤い彗星「貴様らの頑張り過ぎだ!」

ちなみにサボって無能してたら、アインツベルン城に置いてかれるけど、その場合アハト翁に処理される可能性が高いので、これが生存ルート。

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試験内容鬼畜すぎませんか??俺、まだ子供ですよ切嗣さぁん??

評価が赤くなってる!お気に入り増えてる!
そんな感じでモチベが投下されたので出来上がった3話目ですよ。

評価・感想・お気に入りありがとうございます。


『影辰、君には12体のホムンクルスと戦って貰う。全てが戦闘用で調整されている。一日、此処を生き残る事が出来れば、僕は君を聖杯戦争の戦力として連れて行く。何か質問はあるかい?』

 

「……ないです」

 

 どうしてこうなったぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!

 一年、舞弥さんに訓練され、それなりに戦える様にはなったと思うよ?でも、これは酷くない?俺を取り囲む様に、中世の武器達を構える12体のホムンクルス達が配置されている。表情筋とかは動いてないから、全員無表情なのも相まって物凄く怖い。ドウシテ?

 

『……分かった。君の武器はそのナイフと拳銃が一挺だ。他に使いたければホムンクルスから奪ってくれ』

 

 難易度設定おかしくない??ねぇ、俺死ぬよ?人間一人の限界って知ってる切嗣?とは言え、これはやるしかないんだろうなぁ。恐らく、これぐらいで死ぬなら、聖杯戦争を生き残るなんて到底無理なのだろう。此処で、生き残って見せて道具としての有用性を証明しろって事か。はぁぁぁ……死にたくねぇのになんでこうなるかなぁ。

 

「やるしか、ないんだろ?なら、やってやる」

 

 ナイフを眺め、覚悟を決める。幸い、遠距離手段を使うホムンクルスは居ないみたいだ。それなら、目の前の奴に集中すれば十分に俺の目なら捉えられる筈だ。問題は、ナイフの刃渡りの短さと俺の射撃スキルの無さだ。長物の近接武器を持ってるホムンクルスに肉薄する必要があるし、血に濡れ過ぎればナイフが使えなくなる。その時に頼るには俺の射撃スキルは雑魚過ぎる!

 拳銃使う癖に、相手に肉薄しなきゃならないってどゆこと?12体全てに肉薄しなきゃ行けないんですか?

 

『では、始め』

 

 余りに短過ぎる切嗣の号令と共に、ホムンクルスが全て俺に襲いかかってくる。魔術による強化がされているのだろうかなりの速さで距離を詰めてきている。ああくそっ、作戦すら立てられてねぇよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……舞弥、やはり12体は少なかったよ」

 

 僕は眼下で行われている殺し合いを見ながら呟く。当初は、30体のホムンクルスを用意して戦わせるつもりだった。だが、教えているうちに情でも湧いたのか舞弥に止められ、半分以下の12体となった。アインツベルンが用意した戦闘用のホムンクルスだ。12体も用意すれば、並の魔術師では対処出来ない強さになるだろう。それを今、たった一人の子供が耐えているのだ。

 

『くっ──数が多いってのは見なきゃ行けない所が多いな!』

 

 多少の切り傷こそあるが、4体目のホムンクルスにナイフを突き立てる影辰。戦いを始めて、五時間が経過し討ち取られたホムンクルスは4体。初めは回避に徹していたが、その時間でホムンクルス達の動きを理解したのだろう。攻撃に転じてから、二時間で4体が葬られた。全ての死体が、急所を的確に狙われて死んでいる。1体目は、大剣を振り回していた所に首の動脈を斬られ、死亡。2体目は、1体目の後ろに隠れており、死ぬと同時に飛び出し短剣を突き出したが、影辰の拳銃に眉間を撃ち抜かれ、死亡。

 3体目は槍を使い、影辰の射程外から攻撃を行い彼を苦しめたが、突き出した槍を足場に利用され脳天目掛けて落下してきた影辰により首がへし折れ、死亡。

 録画とメモで彼の戦い振りを記録しているが、これを魔術師達に見せたら面白そうだと思えてくるレベルだ。

 

『はっ、はっ、漸く4体か……』

 

 画面の先では、僅かに息を切らした影辰が映る。やはり、魔術で補えるホムンクルスと違い限界が来ているらしい。仲間意識なんてものを持っていないホムンクルス達は、同族がやられようが動揺なんてしない。影辰と戦うという命令が出ている以上、動かなくなるまでそれを実行し続ける。派手に動いているが、魔術により補われている為同じような動きでも影辰の方が消耗して行く。

 

「徒に戦うだけでは、君の限界が来てしまう。そういう風にこの戦いは組んである」

 

 ただでさえ、相手に肉薄しなくてはならない影辰は体力と共に精神力も消耗している。一日、生き残るにはただ倒すのではなく、無力化するか、体力を使わない射撃で倒すか。影辰の場合、無力化するしかない。だが僕には確信、いや、正確には期待している光景がある。

 彼が12体のホムンクルス、その屍の上に立つ光景だ。彼の様な子供に何を期待しているのだろうか。誰かに聞かれれば笑われるかもしれない。恒久的な平和の実現。僕が願ってやまない夢、だが同時に不可能だと思っている。それこそ、聖杯戦争に参加し願望器たる聖杯に願おうとするぐらいには。きっと、僕はまだ人間の可能性ってやつを信じたいのだろう。

 

『ぜりゃぁぁぁぁ!!』

 

 影辰の叫びと共に意識が現実へと戻る。彼は落ちていた槍を投げ飛ばし、斧を持つホムンクルスを貫こうとした。だが、ただ飛んでくる槍を戦闘用のホムンクルスが打ち払えない訳がなく、簡単に打ち払われる。が、空中に舞い上がったその槍を同じく跳躍していた影辰が掴み、様子見をしていた別のサーベルを持ったホムンクルスへと振り下ろす。急に自分が狙われたホムンクルスは、反応が遅れ質量で勝る槍により盾にしたサーベルが砕かれ、地面と縫い合わされる。これで、5体目。

 着地の隙を狙った2体のホムンクルスが影辰を狙う。これを影辰は地面と縫い合わしたホムンクルスを盾にする事で凌ぐ。盾にしたホムンクルスの肉体に剣が突き刺さるが、隠れた影辰に当たる事はない。小さい身体を活かす良い隠れ方だ。ああいう隠れ方をする少年兵はとても厄介だ。大人が近接で攻撃するには、回り込むかしゃがみ込むかするしかないが、その隙を少年兵は突く事が出来る。

 

『6、7体目ぇ!!』

 

 そう。ちょうど影辰がやった様に。まず、死体から武器を引き抜こうとしているホムンクルスに対し、ナイフを投擲し眉間に突き刺す。その間に引き抜けた2体目が回り込むが、そこには既に拳銃を構えた影辰がいる。銃声が響き、脳を地面にばら撒くホムンクルス。刺しが甘くまだ息のある奴に落ち着いて、ナイフを押し込み完全に息の根を止めた。舞弥が仕込んだのだろうねこの辺は。

 

「……半日も経たずに半分を殺したか」

 

 かなり息の上がった影辰が画面に映る。既に合格ラインだが、まだ彼の目は諦めていなかった。放送機器に伸ばしかけた手を止め、近くの椅子に座り煙草を吸う。もはや、記録もいらない。彼は十分に使える。あとは、彼の活躍を見守るとしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁ……はぁ……つがれだぁぁぁぁ!」

 

 カッスカスの声をあげて俺は地面に倒れる。12体のホムンクルスを殺し終わったのでもう体力が微塵も無い!

 どんくらいの時間が経ったか分からないけど、もう全部死体だし大丈夫だろ。休むぐらいは許してくれるよきっと。……しかし、本当に12体殺せるとはなぁ。最初にたっぷりと見学してた甲斐があった。あれで戦闘用ホムンクルスとは言え、セラやリーゼリットほど戦える訳じゃないって分かったから無茶を通せた。なんて言えば良いかな……P○4にスーファ○の処理能力を搭載させたって感じ。武術って呼べる様なものじゃなかった。でも、魔術で強化して襲ってくるから、目が疲れた。酷使しすぎて頭痛すら感じるよ。

 

「…拳銃撃ちすぎて手が痺れてるし、ナイフは途中で使い物にならなくなったし……まだまだ弱いな俺は」

 

 軽く持ち上げた右手はプルプルと震えて、握り拳を作ることすら出来ない。もっと、もっと強くならないと……あの人外魔窟を生き残るなんて出来ない。でも、今回は良い経験になった。学んだ事をしっかり活かせる事が分かったし、俺が生命体を目の前にした時に躊躇わないってことも分かった。目的の為なら、意識を切り替えられる……切嗣の様な人間だったと理解できた。

 

「……ごめん」

 

 イリヤスフィールという完成形がいる今、この子達は廃棄される未来しかないのかもしれないけど、それでも俺は謝罪を口にした。これで少しでも命を奪ったという罪悪感から逃れたかったのかもしれない。

 

「影辰」

 

 後ろから声をかけられる。そこにはいつの間にか切嗣がいた。禁煙してた筈の煙草を吸いながら。

 

「……不合格ですか?」

 

 煙草を吸ってるという事実に嫌な予感が脳裏を過ぎる。切嗣が煙草を吸ってるという事は、ストレスや何かを感じてるかもしれないという事。つまり、俺が希望に沿わなかった可能性があるのだ。流石に、ここまで頑張ったからそれは無いと信じたいが……

 

「いいや、違う。君に合格を伝えに来た。来年、君を僕は戦力として聖杯戦争に連れて行く。その力、存分に奮って欲しい。……とりあえず、一週間は休んで良い。その腕じゃ訓練どころじゃないだろう」

 

「は、はい!!ありがとうございます!!」

 

 よっしゃあ!!どうやら俺の頑張りは認められたらしい。しかも、ずっと訓練漬けだったのに一週間も休んで良いらしい。切嗣、あんたは神か?表面には極力出さない様に内心でガッツポーズを取る。

 俺がそんな事をしていると切嗣は背を向けて歩き出す。動くのも辛いので、運んで欲しいがそれをあの人に願うのは無茶だろう。

 

「そうだ」

 

「はい?」

 

 途中で立ち止まった切嗣が俺を見る。煙草を地面に落とし消しながら、なんでもない様に言った。

 

「僕とアイリはこれから一週間、少し忙しくなる。イリヤの相手を頼むね」

 

 それ、実質俺の休みないじゃないですかぁぁ!!!!!!!!切嗣要素どこ?ってぐらいのおてんば姫の面倒見ろって、休めねぇぇぇ!!くそう!くそう!切嗣の鬼!悪魔!切嗣!!

 そして、この予想通り、俺は一週間、イリヤスフィールに振り回されるのでした。ナンデ??

 




戦闘用なのに、技術が伴っていないはアハト翁が急遽作ったホムンクルス達だからですね。数体は以前から鋳造されたのも居ましたが。
自己評価が低いのは、原作勢を知ってるからですね。魔術無いってのが本人的にとても評価をマイナスしてる要因な模様。

感想・批判お待ちしています。


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この願いが悪だと言うのなら、俺は……悪でいい

今回は短め。セイバー召喚による第四次聖杯戦争のプロローグの様なものです。

感想、評価、お気に入りありがとうございます!


 時間が過ぎるのは早いもので、あの試験から一年が経過した。俺は今、切嗣、アイリスフィールと共にアインツベルン城にある聖堂、つまり、セイバーを召喚した場所に来ている。切嗣の手には令呪が浮かび上がっているが、召喚されたサーヴァントがいきなり殺意を向けてきた時に、制止が間に合わないかもしれない。その時にアイリスフィールを守れと命じられ、この場にいる。いやあの、いくらなんでもサーヴァントの速度に俺が間に合うと思ってます?

 

「よし。アイリ、聖遺物を祭壇に置いてくれ。それで準備は完了だ」

 

 切嗣の指示に従いアイリスフィールが聖遺物。現存するエクスカリバーの鞘を祭壇に置く。あの鞘、間近で見たのは今日が初めてだけど存在感というものが圧倒的に違う。簡単に言えば、年季を一切感じず、それなのに呑み込まれる様な魅力と迫力がただそこにあるだけで感じられるものだ。流石はFate世界という事だろう。

 

「影辰。万が一の時は頼んだよ」

 

「分かった。アイリスフィールさん、俺の後ろに」

 

「えぇ。分かったわ」

 

 小さな俺の背中に守られるアイリスフィール。背後からチラチラと視線を感じるが、俺が彼女を守るというのは何度も説明した。見た目が子供だから心配されたが、なんとか下がってもらった。それでも、完全に納得していないのだろう。あり得ないけどセイバーが襲いかかって来たらアイリスフィールに手を引っ張られない様に気をつけよう。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で、王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 切嗣の詠唱を開始すると同時に、床に描かれた魔法陣が輝きだす。魔力を持たない俺でも分かるほど空間に魔力が満ちていく。

 

「閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ。

 繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する───告げる。

 汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのなら応えよ」

 

 満ちていた魔力が、詠唱と共に光を放ちだす。余りにも幻想的な光景に呑まれかけ、詠唱している人物が目の死んだおっさんである事を思い出し現実に意識を戻す。油断をする訳にはいかないんだった。

 

「誓いを此処に。我は常世総ての善と成る者、我は常世総ての悪を敷く者」

 

 切嗣の願いそのものの様な詠唱。詠唱者である切嗣がここだけ力を込めたのは偶然ではないだろう。そして、その切嗣に応える様に魔法陣が更なる光を放ち、風が巻き上がる。……これをあの聖杯が演出で行ってるとしたら酷く悪趣味だな。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来れ、天秤の守り手よーーー!」

 

 魔力と共に風が一点に集約していく。目を開けていられないほどの輝きと、吹き飛ばされない様に踏ん張らなければならないほどの風が吹き荒れ、そのサーヴァントは召喚された。

 鞘が正しく触媒として作用したのなら召喚された英霊は彼女だ。目を開けて確認する。まず真っ先に目を惹かれるのは、金髪翠眼の美貌。美しい美少年と言われればぎりぎり分からなくもないが、その顔立ちは女性的だ。なぜ、かの円卓の騎士達は男だと思ったのか不思議である。念のため視線を顔より下げれば、赤い甲冑という事はなく、予測通りの青いドレスに甲冑を身に纏っている。あぁ、良かった。俺が知っている通りの英霊が呼ばれた様だ。

 

「問おう。貴方が私のマスターか?」

 

 切嗣を真っ直ぐと見据えるセイバーのサーヴァント。切嗣やアイリスフィールは、その容姿に驚いている。それもその筈だ。彼女は、ブリテンを治めた俺が生きた時代でも一度は名前ぐらい聞いた事のある存在。アーサー王が女性だったのだから。

 

「……あぁ、遂に始まるのか」

 

 召喚されたセイバーを見ながら呟く。彼女が召喚されたという事はいよいよ俺が知る原作が始まるという事。その事実が、目で分かる事実が俺に恐怖と興奮を教えてくる。恐怖は言わずもがな、死に対するものだ。第四次聖杯戦争、他の戦争と同様に様々な思惑が絡み合う戦争で俺は、生き残れる可能性こそあのライダー陣営を除き一番高い陣営であるセイバー陣営で参加するが、その代わりに死の危険性が幾つもある。セイバーという作品の顔、絶対の主人公である衛宮士郎へ至る前日譚。メタいが、盛り上がりの為に危機にならない訳がない。

 

そして

 

 その恐怖心と共にある興奮は、あの聖杯戦争に自分が参加するという事実に対してだ。一つの時代、国を作り上げた英雄達が戦う戦場。神秘に満ちたそれを間近で体験出来るのだ。男として、興奮しない筈がない。格好いいは正義だ。可能なら絶対の安全が欲しいが、この陣営で、いや聖杯戦争にそんなものはない。やるかやられるか、生か死か。それしかない場だ。

 

「俺は生き残る……死ぬのは、ごめんだ」

 

「あぁ。僕は必ずこの聖杯戦争に勝つ。勝たなければならない。その為に君にも働いて貰うからね影辰」

 

 俺の独り言に切嗣が返答する。聞かれてたのは恥ずかしいが、別に困る発言じゃない。真っ直ぐと切嗣の目を見ながら口を開く。これから発する言葉は切嗣への誓いであり、謝罪だ。俺はこの聖杯戦争の結末を知っている。もちろん、俺がいるから結末は変わるかもしれないが大筋は変わらないだろう。だから、謝罪だ。

 

「分かっている。あんたが、最後の一人になるまで一緒に戦う。あんたの絶対の弱点を守ってみせる。どんな結末になろうと、俺はあんたを見届ける。道具の一つとして」

 

 痛む良心を、自分が生き残る為だと封殺する。結末を知ってるからと言って、俺にはどうにも出来ない。聖杯に対する知識も魔術も何も持ち合わせていないのだから。そう自分に言い聞かす。

 そして、舞台は聖杯戦争の地。日本──冬木市へと移動する。




現在の影辰のスペックは、歴戦の少年兵という感じです。切嗣の様に戦闘のプロにも、抗えるレベルですね。とはいえ、子供ゆえの体格差や筋力差は埋められない。あれ?確か聖杯戦争にやばい拳法の使い手がいましたね?

感想・批判お待ちしています。


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ここでの戦闘もガス爆発事故にされるのだろうか?どう考えても刃物とかの跡だけど?(前編)

えーと……この小説に何が起きたの??確認した段階で、日間ランキング8位になるとは。めちゃくちゃ評価とお気に入り増えてるし!?ありがとうございます!!
もう潜れよって感じのハードルになってる気がするけど、僕頑張るよ。

今回は予想外に長くなったので前後編に分けます。おかしいね、第四次聖杯戦争はあっさり目でいく予定だったんだけどな……まぁ、ここは外せないかなって。


 日が落ち、夜の帳が下りる。それはつまり、魔術師の時間が訪れたという事。昼間、セイバーと共にアイリスフィールに振り回された俺は一切の休憩なく、この時間を迎えてしまった。場所は冬木市郊外のコンテナターミナル。そう、キャスターを除く全てのサーヴァントが勢揃いする瞬間だ。既に切嗣、舞弥さんは所定の場所に着き、今頃スナイパーライフルのスコープでも覗いている頃だろう。

 

「これが英霊同士の戦いか……」

 

 目の前で行われるセイバーとランサーの一騎討ちに思わず言葉を漏らす。アイリスフィールを庇う様に彼らとの間に入っている。ランサーがいきなりセイバーのマスターであると誤認しているアイリスフィールを狙えば、子供の肉盾等なんの意味も為さずに殺されるだろう。こればかりは、ランサーの気質に感謝するしかないと思う。不可視の聖剣を振るうセイバーの攻撃をランサーは、2本の槍を以て凌ぐ。しかし、受け身に甘んじているわけではない。セイバーの攻撃の隙間を縫い、2本の槍を差し込んでいく。

 

「影辰……貴方の目はあれを捉えきれる?」

 

 アイリスフィールがいきなり質問してくる。耳に手を当てているところを見るに、切嗣からの通信だろう。子供の耳に合う小型通信機を切嗣が所有していなかった為、俺に直接連絡は来ない。

 

「捉えきれない事もないが……凌ぐだけの武術が未だ俺には無い」

 

 もし、あそこに放り込まれれば何も出来ずに死ぬだろう。人とサーヴァントの差を再認識させられる。時折ブレはするが、この目ならどこを狙われているか、どの様な攻撃か見切る事はできる。そう、出来るだけなんだ。見えているだけでは意味がないとはこの事。

 

『戯れ合いはそこまでだランサー』

 

 セイバーとランサーの距離が離れたタイミングで、突如ねっとりとしたイケボが響き渡る。ランサーのマスター、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトの声だ。典型的な魔術師タイプのマスターであり、ランサー──ディルムッド・オディナに嫁を寝取られる()可哀想な人。まぁ、元々純粋な愛は育んでいないし、ランサーも呪いの所為だから仕方ないのかもしれないけど。

 

『これ以上勝負を長引かせるな。そこのセイバーは難敵だ。速やかに始末しろ、宝具の開帳を許す』

 

 さて……どうしたものか。ランサーの宝具を俺は知っている。彼の持つ紅の槍、名は破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)。あの槍は、刃が触れた相手の魔力的効果を打ち消す能力を持っており、不可視の聖剣や魔力で編まれた鎧を身に纏うセイバーにとっては相性の悪い宝具だ。そして、ランサーの宝具は一つだけではない。もう一つの黄色の槍、名は必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)。この槍で傷つけられた傷は槍を破壊するか、使い手が死ぬまで癒す事が出来ないものとなる。どちらも厄介だが、癒す事の出来ない槍はこの後長くセイバーの足を引っ張る。

 それはつまり、俺が死ぬ確率が上がるという事。こちらの最大戦力が、不完全になるのは避けたい。しかし、原作改変なんてものをして俺の知る世界から離れられるのも困る。どちらもリスクがある行為だ。

 

「……アイリスフィールさん、何か魔術的なアイテム持ってませんか?投げられるもので」

 

 どっちもリスクがある?そんなの俺にとって直接的な脅威が減る方を選ぶに決まってんだろ!どうせ切嗣が外道な事とかして自害するランサーの事なんか、知らないもんね!交渉とか大変になる気がするけど、許してな切嗣。

 

「えーと……ちょっと待っててね」

 

 服をポンポンと叩いた後、針金を取り出し丸い形の何かに変えるアイリスフィール。アイテム無かったからって魔術でいきなり作らなくても。

 

「はい、これで良いかしら?」

 

 渡されたものは針金で作られた小動物。多分、ハリネズミ的な何か。小さくてめっちゃ可愛い。これから自分がやろうとしている事を思うとすごい抵抗感があるが仕方ない。英霊には神秘を秘めた攻撃しか通用しない。つまり、魔術が使えない俺は何かしらの魔術アイテムを使わなければならない。

 

「ありがとうございます。これなら……」

 

「影辰、貴方何をするの?」

 

 アイリスフィールが俺に尋ねてくる。質問と行動が逆じゃありませんかね?まぁ、そういう純粋なところに切嗣は救われたんだろうけど。正面を向き直せば既に、セイバーは破魔の紅薔薇(ゲイ・ジャルグ)を受け傷を負っている。俺の相手をしていた所為で確認が遅れたアイリスフィールがその傷を治す。

 

「そうか。その槍の秘密が解けてきたぞランサー、その紅い槍は魔力を絶つのだな」

 

 セイバーが宝具の効果を見抜く。今のうちに少し場所を変えよう。

 

「少し、俺は場所を変えます。アイリスフィールさんは、此処を動かない様に」

 

「え?ちょっと、影辰!」

 

 慌てるアイリスフィールを無視し、セイバーとランサーが戦ってる場所の少し斜め後ろに移動する。ランサーが俺を一瞥するが、ただの子供と思ったのかすぐに視線を外す。ほんと、騎士らしくてありがたいよランサー。セイバーが俺を咎める様な視線を向けてくるが努めて無視する。美形ってちょっと凄むだけでめっちゃ怖いのなんなんだろうね?

 無視する俺に対して諦めたのか武器を構えながら鎧にしていた魔力を解くセイバー。あの槍が魔力を絶つのだから意味が無いと判断するのは分かるけど、もう一つの槍のこと忘れてんじゃないかなこの騎士王。何やら賞賛する様な会話が行われるが、俺からすればよくランサーは笑い出さなかったなって思う。ここまで綺麗に術中に嵌る英霊も珍しいんじゃないかな。

 セイバーが風王結界(インビシブル・エア)を解除しその暴風を受け一気にランサーへと斬りかかる。その瞬間に俺は声をあげる。

 

「もう一本、忘れてるぞ!!セイバー!!!!!」

 

 ランサーが俺の方を見たのを確認。叫びながら、ランサーへ向けてハリネズミ的な何かを勢いよく投げる。場所を変えた理由は、セイバーの加速と共に起きる暴風を避けるためと、ちょうど取り出したもう一つの槍、それを握る左腕を狙うため。勢いよく飛んでいくハリネズミ的な何かはランサーの足元から飛び出した黄色の槍に握られる直前で、ぶつかる。それにより槍の軌道が僅かだが変わる。その程度の変化だが、一瞬のやり取りでは致命的だ。槍はセイバーの腕を切り裂き、セイバーの剣はランサーの腕を切り裂く。

 

「くっ……子供と無視した結果が手痛く返ってきたな」

 

 ランサーが鋭い視線で睨みつけてくる。が、俺の視線はセイバーに向けられた。視線の先のセイバーは血こそ流しているが、両手でしっかりと聖剣を握っている。軌道を僅かにずらした事で、腱を斬られる事はなくセイバーがその武を振るうに問題はない様だ。あぁ……良かった。テクテクと戻ってきたハリネズミ的な何かを回収する。頑丈だね君?目は無いけど、なんかすごい非難めいた視線を向けられてる気がする。

 

「アイリスフィール、治癒を!」

 

「かけたわセイバー!」

 

 呪いの効果で完治しないその腕。ぽたぽたと垂れる血が痛そうだ。ふぅと息を吐くと、ランサーが未だ俺を睨みつけていた。必殺の一撃を阻止されたのがよほど嫌だったのかな。

 

「セイバーの支援も俺の役目だ。一騎討ちに余計な邪魔をとか言わないでくれよランサー」

 

「ふっ、この程度で怒るほど俺は愚かではない。寧ろ、セイバーが引っかかった俺の宝具によく気づいたと褒めたいぐらいだ」

 

「寧ろ、アレに引っかかるセイバーがおかしいと思う。2本あるんだから、両方気をつけるのは当たり前でしょ」

 

「うぐ……影辰、もう少し言葉を選んでくれると」

 

 ただの子供におかしいと言われるのは流石のセイバーも堪えるらしい。

 

「ははっ、それはそうだな。俺も綺麗に引っかかるものだと思ったからな」

 

「ランサー!」

 

 こちらの会話に乗ってきたランサーの追撃によりセイバーが吠える。なんだか戦争の雰囲気ではなくなってきたところに、上空から落雷が落ち、戦場全体に響き渡るほどの大声が聞こえてくる。

 

「AAAALaLaLaLaLaie!!」

 

 ライダーのサーヴァント、真名をイスカンダル。彼がマスターを引き連れ、戦場に現れた。うん、可哀想にウェイバーくん。戦場のど真ん中に連れて来られて絶賛涙目のウェイバーくんに同情しながら、戦況は次の段階へと進んでいく。




ライダーに邪魔されるとキレるけど、子供(影辰)の邪魔なら許してくれるランサーまじ紳士。ほんと、マスターが奥さん持ちじゃなければね……
次回は、王様集合からの何やかんやでお送りします(予定は未定)

感想・批判お待ちしております。 

前書きでも書いたけど、みんなありがとね!


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ここでの戦闘もガス爆発事故にされるのだろうか?どう考えても刃物とかの跡だけど?(後編)

うーん……ちょっと上手く纏まらなかった気がする。ダイジェスト風に進めていくの難しいね。
感想・お気に入り・評価ありがとう!


「我が名は征服王イスカンダル。此度の聖杯戦争においてライダーのクラスで現界した」

 

 乱入したライダーが堂々と真名を名乗る。流石のセイバーやランサーも、これには驚きと呆れの表情を浮かべている。まぁ、そうだよね。聖杯戦争において、自身の真名と言うのは絶対に秘匿しなければならないものだ。何故なら、英霊の名というのは弱点に直結するからだ。分かりやすい例を挙げるなら、龍の血を浴び不死身の肉体となったジークフリート。しかし、背に落ちた菩提樹の葉が張り付いてしまった部分は血を浴びておらず、そこだけが人の身のまま。ジークフリートを倒すのならその背を狙えば良い。この様に名を知られるだけで弱点が露見してしまうのだ。実に、英雄らしい弊害だなと思う。

 

「むぅ。では、そこの小僧!ランサーとセイバーの戦いに見事介入して見せた者だ。どうだ?セイバーではなく、余に乗り換えんか?その豪胆さはこのマスターにも見習わせたいものだ」

 

 はい?なんでこの王様、俺なんか勧誘してんの?セイバーとランサーが目的じゃなかったん??というか、セイバーさん。顔が怖いですよ。視線だけで人を殺せそうになってますよ。ふざけるのもこの辺にして真剣に考える。確かにライダー陣営に鞍替えすれば、生き残る可能性は高い。この聖杯戦争で唯一、幸せに終わった組だから。だが、ここで同意すればきっと俺の頭は柘榴のように散る。

 

「征服王、その申し出を受ける事は出来ない。貴方の様な王に勧誘を受けた事は大変光栄だが、俺は道具だからな。主を選ぶ権利はない」

 

 切嗣を裏切る選択はない。勿論、裏切った瞬間に死ぬのもあるが、あの日切嗣に誓った事を嘘には出来ない。そんな事をすれば、俺は俺が許せなくなる。

 セイバーとアイリスフィールが安心した様な表情を浮かべている。君たち、意外と俺に対する好感度高かったりする?

 

「ハッハッハッ!道具と来たか。この征服王イスカンダルを前にして、自らを道具と。良かろう!ならば、征服王らしく略奪を以て奪うとしよう」

 

 豪快に笑うイスカンダル。なんでこの王様、俺なんか欲しがってるんだか。とりあえず、これ答え方間違ったな。普通に断れば良かったかもしれない。切嗣とイスカンダル、おっさんに挟まれる俺。おぇぇ……嬉しくねぇぇ。

 

「だがまぁ、この場は一先ず……」

 

 すぅぅと息を吸い込み、戦場どころかこの辺一帯に聞こえるんじゃないかというぐらいの大声で未だに姿を見せないサーヴァント達を挑発するイスカンダル。いくらなんでも、こんな馬鹿みたいな挑発に乗っかる英霊なんて本来なら居ない筈なんだけど、この聖杯戦争には馬鹿みたいにプライドの高い金ピカの王様が参戦している。

 視線を上に向ければ、街灯の上に一人の英霊が姿を現す。真紅の瞳を以て、眼下の俺たちをゴミのように見る英霊、この聖杯戦争三人目の王、英雄王ギルガメッシュ。

 

「我を差し置いて王を名乗る不埒者が二匹も現れるとはな」

 

 ほんと、プライドの塊ですね。英雄王。不機嫌な様子を隠そうともせず、イスカンダルとセイバーにのみ視線を向ける。俺やアイリスフィールは兎も角、ランサーすらあの王の眼には等しく雑種の様だ。後は、バーサーカーが乱入してギルガメッシュが帰るまでは安全の筈。少しぐらい休むと……あれ?ギルガメッシュさん、俺を見てません?

 

「ほぅ?一人、魂と肉体が噛み合わない者がいるな。神にでも狂わされたか?実に哀れだな」

 

 ギルガメッシュの背後に金の波紋が広がり、宝具が顔を覗かせる。それを見た瞬間に凄まじい寒気が全身を駆け抜ける。アレは駄目だ。擦り傷の一つでも負えば、俺という存在は消える。数多の宝具その原典を所有しているチート英霊。多分、あの宝具は俺の様に転生した者に効果を発揮する宝具だ。

 

「この我が自ら葬るのだ。光栄に思えよ」

 

「ッッ──ふざけんな!」

 

 見ろ見ろ見ろ見ろ!目に力を込めて、高速で放たれる宝具の射出タイミングを捉える。全力で身体を動かし、避けようとする。が、僅かに足りない。直撃を避ける事は出来るが、掠ってしまう。嫌だ、嫌だ、死にたく……死にたくない!

 

「影辰!!」

 

 横から暴風が俺を吹き飛ばす。派手に地面を転がる事になるが、ギルガメッシュからの攻撃を受けずに済んだ。あ、危なかった……

 

「良い目を持っている様だな。だが、我の裁定は絶対だ。覆すなどこの我が許さぬ」

 

 くそっ、流石に2回目は避けられないぞ。セイバーに吹き飛ばされたせいで、身体が痛い。しかも、目を酷使した代償か頭痛までしてきた。

 

「……早く来いよ。バーサーカー」

 

 思わずそう口に出した直後、真正面が黒い霧の様なものに包まれた。おいおい、まじかよ。セイバーに吹き飛ばされた先がバーサーカーの登場場所だったのか……!

 

「Arrrr」

 

 マスターである間桐雁夜に命じられているのかギルガメッシュを見上げるバーサーカー。当然、理性なき狂戦士に見つめられて機嫌が悪くならない筈がなく、浮かべていた宝具の狙いを俺からバーサーカーへと変える。

 

「後ろの雑種ごとせめて、死に際で我を興じさせよ」

 

 あーもう、ほんと質が悪いなこの王様!けど、この状況で俺が出来る事など何もない。精々、バーサーカーの邪魔にならない様に彼の背の隅っこに縮こまっているぐらいだ。頼むぜ湖の騎士。

 ギルガメッシュが剣と槍の宝具をバーサーカーへと放つ。最初に飛来した剣を掴み取り、槍を斬り伏せるバーサーカー。ほんとに理性ないんだよな?

 

「その穢らわしい手で我が宝物に触れるとは。そこまで死に急ぐか犬!その手癖の悪さを以てどこまで凌げるか見せてみよ!」

 

 ギルガメッシュがブチギレ大量の宝具が顔を覗かせる。これ……余波で俺死ぬか?逃げるにしても、バーサーカーの背後から少しでも動けばギルガメッシュに殺されるかバーサーカーに殺されるかしか待ってない気がする……どうせ、ギルガメッシュにキレられているんだ。もうどうにでもなりやがれ!

 バーサーカーが凄まじい力量で弾いていく宝具。その中で、奴が握り未だギルガメッシュの元に戻っていない宝具を掴み取る。そのまま見様見真似でバーサーカーの動きを真似て、流れ弾のように俺に飛んできた宝具を打ち払う。

 

「イッッ!?」

 

 右腕が悲鳴をあげる。動きに肉体がついて来れていないのか!そりゃそうだ、無窮の武練を保有しているバーサーカーの動きを劣化とは言え、真似たんだ。未完成である子供の体が耐えられる訳がない。だが!死ぬよりはマシだ。

 

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 

 宝具を打ち払い、持ってる宝具が壊れれば全力で身体を動かし、次の宝具を拾う。そしてまた打ち払う。大半がバーサーカーを狙っているからこそ成立しているが、もし俺だけが狙われていればあっという間に骸になっているだろうな……

 やがて、バーサーカーがギルガメッシュの足場にしていた街灯を破壊する。

 

「天に仰ぎ見るべきこの我を同じ大地に立たせるか……よほど死にたい様だな犬!」

 

 先ほど以上の宝具がギルガメッシュの背後に展開される。あぁ……漸く時間が来たか。持っていた宝具を地面に落とす。というか、もはや握るだけの力すらない。今日はとことん運が良いな。

 

「貴様もだ雑種!我の裁定を悉く無視しおって……まぁ良い。ただの雑種が魅せるには十分な程の見せ物であった。その褒美だ、受け取ると良い」

 

 目の前に金色の波紋が発生する。この距離で放たれれば俺は死ぬ。全力で身構えた俺の耳にコトンという音が響く。恐る恐る目を開けると、地面に何かの瓶が転がっていた。え?なにこれ……え?

 

「効果は教えん。好きな時に使うと良い。まぁ、次我の前に姿を現せば、此度の非礼をその身で払ってもらうがな」

 

 えぇ……ギルガメッシュの霊薬っていうと若返りの霊薬か?いや、それを俺に渡す理由が分からない。そもそも、あの王様の考えを俺が分かる訳ないんだけど。ただの人間に渡すには特級の危険物だよなこれ……

 

「……なに?時臣!貴様如きの諫言で王たるこの我に引けだと!……雑種共、次までに有象無象を間引いておけよ。我と見えるのは真の英雄のみで良い」

 

 俺が悩んでいる間にギルガメッシュが霊体化し消えていった。左手で霊薬を拾おうとして、目の前が明暗し始める。あ……不味いなこれ……

 

「影辰!!…くっ!」

 

 セイバーが俺を呼ぶ声が聞こえ、俺の意識が完全に途絶える。身体を酷使し過ぎた……すまない……切嗣。




無窮の武練(劣化)を習得。効果不明の霊薬獲得。
ギルガメッシュ、イスカンダルにマークされる。こいつ、加速度的に死に近づいて行くな……本当に生き残りたいの?(困惑)

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人は多くの矛盾を抱えて生きる生物だ。だからこそ、その時の感情を大切にしたい(前編)

おかしい。前後編に分けるつもりなんてなかった筈なのに……
見所さんの前のシーンが想像以上に伸びたので分けました。今回、影辰ふざけてないのでシリアス気味です。

感想・評価・お気に入りありがとう!


「……知らない天井だ」

 

 目を覚まして取り敢えず有名なセリフを言ってみる。知らない天井って訳じゃないけど。多分、此処は切嗣が拠点として用意したホテルの一室だ。

 

「起きましたか」

 

「うおっ!?舞弥さん、居たんですか……」

 

 声をかけられた方向に首を向けると、舞弥さんが珈琲片手に座っていた。机の上には、恐らくこのホテル周辺に仕掛けた隠しカメラの映像を映し出すテレビが置かれており、俺を見ているがそこから注意を逸らしてはいない。流石の視野の広さだな舞弥さん。

 

「サーヴァント同士の戦いに参加するなど、何を考えているんですか影辰?」

 

「うぐっ……い、いや、あれはその。アーチャーが俺を狙ったから対処しただけで……」

 

「対処しただけ?影辰、貴方に命じられたのは奥方の護衛。護衛対象から離れる護衛が何処にいるのですか?貴方の機転でセイバーが最悪の状態にならずに済んだ事は、事実です。それは褒められるべき事でしょう。ですが、道具であるのなら命令には忠実に。私達はそうある存在です」

 

 なんの反論も出来ねぇ……舞弥さん、無表情で淡々と叱ってくるから怖いんだよなぁ。まぁ、それだけの事をしてしまった俺が悪いんだけどさ。でも、頑張ったんだから少しは褒めて欲しいなぁと思ったり。

 

「ですが、セイバーが致命的な傷を負わずに済んだ事、アーチャー及びバーサーカーを貴方が惹きつけた事で此方の被害が軽微で済んだ事。そして、サーヴァント相手に生き延びた事。これは、褒められるべき結果です。よく頑張りましたね影辰」

 

「ッッ……そこで褒めてくるのは狡くないですか?」

 

 まるで俺の心を読んだように、いつもより若干優しい顔で褒めてくれた舞弥さん。肉体は兎も角、魂の年齢を考えれば良い歳した男が何をと思うかもしれないが、めちゃくちゃ嬉しい。思わず、目に涙が浮かぶぐらいには。

 

「大人は狡いですから。……あとは、切嗣から直接説明を受けてください」

 

 舞弥さんが立ち上がり、部屋を出て行く。すると、入れ替わりで切嗣が入ってくる。多分、交代で俺の面倒を見てくれていたのだろう。切嗣はアイリスフィールも居るから、きっと舞弥さんの方が長い時間見てくれていたはずだ。今度、何かお礼しないとなぁ。

 切嗣は何を言うわけでもなく、舞弥さんが座っていた場所へ座る。相変わらず、死んだ魚の様な目で俺を見てくる。が、その瞳の奥にしっかりと俺に対する心配を感じ取り、申し訳ない気持ちになる。ただでさえ、色々と背負ってる切嗣に余計な重みを上乗せしてしまった。

 

「腕は動くかい、影辰?」

 

「ちょっと待ってくれ……イッ!?すまん、無理そうだ」

 

 右腕をほんの少しだけ動かすだけで激痛が走る。こんなにダメージを受けてたのか。

 

「少しはアイリの治癒で回復させたが、彼女の治癒魔術は錬金術の応用。生きてる人間に対して使い過ぎると、治癒を受けてる筈なのに死んでしまう。だから少しだけにしたが、まだ完治には程遠いか」

 

 考える様に顎に手を置く切嗣。どこか悩んでいる様な姿を見ながら、俺はふと思った。こうして起きた今なら、アイリスフィールの治癒を受けても大丈夫なんじゃないだろうか?と。それを口に出そうとした瞬間、切嗣が俺を見る。

 

「まだやれるか?」

 

 その目は言葉は俺が必要だとしっかり伝えてきた。俺は道具として切嗣のお眼鏡に適った様だ。右腕は動かないが、左腕は未だ動く。それなら、答えは決まっている。同じように切嗣と視線を合わせ、言葉を伝える。

 

「もちろん。使い手が健在で動かない道具などいないだろう?」

 

「ふっ、そうか。なら、城に戻るよ。道中で君が気絶していた間にあった事を教えよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城に戻り、ギプスで右腕を固定したまま俺は切嗣達の話し合いに参加していた。とは言え、何か意見を求められない限り口を開く事はない。道中で説明を受け、今がキャスター陣営により聖杯戦争が中断されたタイミングだと分かった。という事は、既にケイネスの拠点だったホテルは爆破されてしまったのか。ちょっと見たかったなあれ。

 キャスター陣営に対してどうするかだが、セイバーをジャンヌと勘違いしているならキャスターが向こうから来るだろう。だから動かず、寧ろキャスターを狙う他の連中を倒そう(要約)となっている。それに対してセイバーが文句を言っているが、切嗣は全くセイバーを見ていなかった。まぁ、英霊嫌いだもんな。そのまま、切嗣の意見が採用され話し合いが終わった。

 

「影辰、少し良いですか?」

 

「あ、はい。今は切嗣からの指示もないので良いですよ」

 

 部屋を出ようとしたタイミングでセイバーに話しかけられる。くるりと向き直り、セイバーを見る。

 

「先ずはお礼を。貴方がランサーの宝具を見抜いてくれたお陰で、深傷を負わずに済みました」

 

「別に感謝される事じゃないですよ。でも、次からは相手の宝具が一個だけとか不意打ちが無いとか思わないで下さいね?」

 

「うっ、肝に銘じておく……それと、一つ聞きたいのだが貴方は、切嗣の方針に文句はないのですか?話し合いの間、ずっと無表情で聴いていましたが」

 

 あー、なるほど?Fate zeroのセイバーは騎士らしい高潔さを持っている。故に外道な切嗣と反りが合わない。だからあの話し合いで何も言わなかった俺の真意が気になったのだろう。別に俺が何か言ったところで切嗣が方針を変える事は無いと思ったからだけど、それを言ったところで納得しないだろうなぁ……嫌われるかもしれないけど、答えるか。

 

「切嗣の考えが間違っているとは思わないからだ。セイバーの時代の戦争を俺は知らないから何も言えないけど、この聖杯戦争は最後の一人になれば勝ちだ。切嗣には絶対叶えたい願いがある。だから、手段を選ばない事も納得できる。それに、俺は切嗣の道具だ。一々、持ち手に文句をつける道具なんていないだろう?」

 

 俺の答えにセイバーは目を見開く。そして、何かを言おうと口を動かすが声が出ていない。切嗣がセイバーと関わろうとしないから、俺もあまりセイバーと関わってこなかった。だから、彼女の中では多分、戦場に立つ可哀想な子供ぐらいの認識だったんだろう。

 

「……影辰、貴方は……多くの犠牲が生まれても良いと言うのですか?」

 

 捻り出したように聞かれる。その質問に俺はすぐに答える事が出来なかった。キャスターによって起きる被害は知っているし、魔術も使えない俺が何か出来るとも思えない。それに、顔を合わせて話した訳でもない人達に何か感情が動くかと言われれば、動かない。精々、可哀想とか思うぐらいだ。俺が転生する前の世界に生きてた人達もこんな感じだと思う。それぐらい現代は他人に対する興味が薄い。

 けど、すぐに答える事は出来なかった。なんとも言えない言い辛さがあった。それを無理やり呑み込み、言葉を伝えようとしたところで慌ただしく切嗣達が戻ってきた。

 

「敵襲だ」

 

 切嗣が端的に告げる。そうか、今来るのかキャスター。アイリスフィールが遠見の水晶で視界を確保すると、そこには子供達を連れたキャスターが映し出される。そして、悪趣味な鬼ごっこが行われると同時にセイバーがキャスターの元へと向かい、戦い始める。しかし、無限とも言える魔力で溢れ出てくる海魔達に両手を使えるセイバーとは言え、一気に押し切るのは難しい。だが、キャスターの顔を見るに、そこまでキャスターに余裕がある様にも思えない。うん、海魔もキャスターの顔もキモい。SANチェックしてる気分になってくる。

 

「アイリ、君は逃げるんだ。舞弥、影辰、護衛を頼む」

 

「了解」

 

 切嗣の指示を受け水晶から視線を逸らす。アイリスフィールを舞弥さんと共に護衛しながらセイバーが戦っている方向と別方向に向かう。途中でアイリスフィールさんが足を止め、新たな侵入者を教えてくれる。

 

「侵入者は言峰綺礼。ちょうど私達が向かう方向よ」

 

 あぁ……来ない事を祈っていたけどやっぱり無理か。言峰綺礼、Fateの世界において人間離れした戦闘力を保有する愉悦神父。この時点ではまだ愉悦に目覚めてはいないが、強さと性格が相まって悪役としてこの上ない適性を持つ男。繰り出す拳は一撃で心臓を破壊し、倍速で動く相手にそう弁えて間合いを測れば良いとか可笑しな事を当たり前の様に考える肉体派だ。此方に三人いるとは言え、一人は体術が使えない純粋な魔術師、もう一人は人の枠組みから外れてない女性。そして、右腕が使えないただの子供。勝てる戦力じゃない。

 

「影辰」

 

「ッッ……何か?アイリスフィールさん」

 

 ホムンクルスの人ではあり得ない美貌が俺を見る。覚悟が決まった強い瞳だ。ちらっと舞弥さんを見ると、アイリスフィールと同様の目をしている。罪作りな男だな切嗣。

 

「私達はこれから言峰綺礼を迎え撃つわ。衛宮切嗣の最大の障害になるあの男を。貴方はどうする?」

 

 どうするか聞かれるだけ俺はまだ子供扱いされているのだろう。抗ってどうにかなる相手ではない。この二人の覚悟がどうなるか俺は知っている。けど、そんな事を伝えた所でこの二人は言峰綺礼に挑むだろう。

 

「俺も付き合う。切嗣からの命令は、貴女の護衛だ。アイリスフィール」

 

 本当は嫌だが、此処で二人に同行しないほど俺は外道になれない。そもそも、逃げたって護衛の命令を放棄した俺はこの聖杯戦争で拠り所を失う。そうすれば待っているのは死だろう。なら、付き合う以外の選択肢はない。

 

「ありがとう、影辰」

 

 アイリスフィールが笑顔を浮かべながら礼を言う。やめてくれ、そんな綺麗な笑顔を受け取る資格なんて俺にはない。返事はせずに森を進む。ある程度進んだ所で言峰綺礼を迎え撃つ準備をする。アイリスフィールによって陣地構築が行われる中、俺は目を閉じ深呼吸する。覚悟を決める時間があるのはありがたい。

  

 そして、言峰綺礼が現れた。

 




後編は言峰綺礼VS影辰をお送りしたい。というか、そこも含めて書く予定だっんだけどね。
アイリスフィールの治癒を受ける前の影辰の状態を載せときます。
・右腕の複雑骨折、筋肉断裂。
・両脚の骨にヒビ
・心肺機能の低下による呼吸困難

こんな状態でした。アイリスフィールの治癒魔術により右腕の筋肉痛程度まで治りました。

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人は多くの矛盾を抱えて生きる生物だ。だからこそ、その時の感情を大切にしたい(後編)

後編なのに前編より長いぜ!
VS言峰綺礼、お楽しみ頂ければ幸いです。

感想・評価・お気に入りありがとね!


 衛宮切嗣。私は彼に問わねばならない。その人生の意味はなんなのか、聖杯に望む願いはなんなのか。その答えを知れば私の長年の問いにも答えを得られる筈だ。衛宮切嗣という男を知ってから、私の頭はこれしか考えていない。無論、時臣師の為に彼が聖杯を手に入れる手伝いをしなければと思っているが、正直興味が湧かない。私には根源への到達などなんの興味もないからだ。

 万人が美しいと言うものを私は美しいと思わず、家族を持っても幸せなど感じなかったこの身がただの師匠の目的に共感できる訳がなかった。だが、弟子とは師匠を手伝うもの。それが普通なのだからそうしなければならない。なんと生き辛い事か。

 

「……違う。私はそんな醜悪なものではない」

 

 そうだ。醜悪でないと知るために衛宮切嗣に会わなければならない。だから、命じられてもいないのに此処にいるべきではないのに来てしまった。一応、アサシンにセイバーの動向を見張らせてはいるが、英霊が本気で向かってくればアサシンの報告より早くこの場に現れ、私など簡単に死ぬ。

 

「ん?」

 

 銃声と共に弾丸が向かってきた。黒鍵を取り出し、発射場所と思われる場所に投擲するが効果はなく、弾もこの身に当たる事はない。二回目の銃声も同様のものだ。幻術の類か。そう当たりをつけ歩を進める。実態のない弾丸などに今更怯える様な精神ではない。

 背後から殺気と共に銃弾が飛んでくる。恐らくこれが本物だろう。術者を炙り出す為、衝撃が伝わると同時に倒れる。この身を包む僧衣は銃弾など通さない。ゆえに、わざわざ防ぐ理由もない。……かかったか。後ろから出てきた女に黒鍵を投擲する。

 

「舞弥さん!」

 

「……ほぅ」

 

 衛宮切嗣が二年ほど前に拾った子供。白銅色の髪で夜の闇を彩りながら現れ、左手に持ったナイフで私の黒鍵を弾き飛ばす。気づいた所でどうしようもない速さで投げていた筈だが、それを捉えたか。銃を構えた女は子供に礼を言いながら、ゆっくり距離を取る。ふむ、完全に私の間合いから外されてしまったな。

 

「やはり意味はないか」

 

 ものは試しに女に向かって投げた黒鍵は先ほど同様に子供によって弾かれる。これで確信した、あの子供は完全に私の投げた黒鍵を捉えている。まぐれで弾き飛ばした訳ではない様だ。あの衛宮切嗣がわざわざ拾ったからにはただの子供ではないと思っていたが、これは認識を改めねばならぬな。

 

「魔術師崩れが連れている者など簡単だと思っていたが、二対一の状態ではなかなか面倒かもしれないな」

 

 もう一人隠れているのは気づいているが、それをわざわざ教える必要などあるまい。右手が使えないのか少し不自然な構え方をする子供と銃を構える女を正面に見据えながら私も構える。黒鍵が意味をなさないのであれば、この身も使っていくしかあるまい。

 

「……少年、行くぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……少年、行くぞ」

 

 わざわざ指定しないでくれませんかねぇ!そうやって教えてくれるのは助かりますけど。動かない右手を庇いながら、左手でナイフを突き出す様に構える。近距離戦しか出来ない俺、全距離で戦える舞弥さん、魔術師のアイリスフィール。必然的に俺が言峰綺礼と接近戦を行い、その支援を舞弥さんが熟し、此処ぞと言うときに魔術で攻撃してもらうのがアイリスフィールの役目となる。

 

「頼みますよ。舞弥さん」 

 

 言峰綺礼に向かって走り出す。どう足掻いても無理ゲーな相手だ。せめて、先手ぐらいは取りた……かったです!俺の目が一歩踏み出しただけで、地面そのものを縮めたんじゃないかってぐらいに距離を詰めてきた言峰綺礼を捉える。短距離の瞬間移動みたいなものをこの男は魔術を用いずに己の肉体だけでやってみせる。あぁ、くそっ!この人外め!

 俺の腹部に向かってきた拳に手を置き、宙を舞う様に避ける。すれ違いざまに顔を狙ってナイフを振るってみるが、簡単に避けられた。結構、アクロバティックな動きで襲ったと思うんですがねぇ……俺みたいな目を持ってます?

 

「……」

 

 俺が触れた右手をチラッと見ながら無言で構え直す言峰綺礼。チッ、感情の一つも揺れ動かないかこの愉悦神父。いや、まだ愉悦神父じゃないんだっけ?本質に気がついてないだけで、生まれ持った性質は愉悦だよなこの人。でも、これで俺と舞弥さんで挟む事が出来た。挟撃となれば流石のこの男もやり辛い筈。

 

「……」

 

 あれ?全然、後ろの舞弥さんに意識向けてないな??切嗣みたいな死んだ目を俺に向けている言峰綺礼。背後から銃を向けられてるのに気にしないとかどんなメンタルしてんだこの人……あ、そういやあの服銃弾弾いてたな!?そうか、効かないから気にする必要がないのか!剥き出しの頭部を狙われたらどうするんだと思うが、きっと手があるのだろう。

 今度は奴から歩いて向かってきた。後ろから舞弥さんが銃を撃つが、その動きを止める事は出来ない。俺ごと撃ちそうになる距離になった為、舞弥さんの銃撃が止まる。俺と言峰綺礼の身長差はかなり大きく、俺は完全に言峰綺礼を見上げる形になる。

 

「……」

 

「ふっ!」

 

 真下から飛んできた膝蹴りを先程の拳にやった様にタイミングを合わせ、跳躍に利用する。銃弾すら通さない服だ。ナイフを通すとは思えない。ならば、狙うは剥き出しの顔だ。空中で言峰綺礼の目に狙いナイフを振るうが、その全てが弾かれ伸びてきた左腕に片足を掴まれてしまう。

 

「しまっ!?」

 

「……」

 

 棒でも振り回す様に地面に向かって叩きつけられる。流れに抵抗しない事でダメージを抑えるがそれでも、あまりの衝撃に一瞬、意識が消し飛ぶ。が、気絶してしまえばミンチになる未来が容易に想像できた為、気合いで意識を繋ぎ止め上半身の力だけで上体を起こし、ナイフを振るう。だが、空いてる手で受け止められあろう事かナイフがへし折られてしまった。人間の力じゃねぇ……

 

「影辰!」

 

「…だめだ……舞弥……さん……」

 

 掠れる様な俺の静止は届かず、投げ飛ばされ木に勢いよく激突する。崩れ落ちながら見た光景は、ナイフを振るう舞弥さんが言峰綺礼にあっさりと敗北し地面に叩き伏せられる姿だった。……化け物すぎるだろ……これが言峰綺礼か。

 あっという間にこちらが崩されてしまった。俺はまだ意識が完全に戻らず、視界は常に霞んでいる。舞弥さんも言峰綺礼に足蹴にされ動けない。となれば、うちの優しい姫さまが黙っていられる訳もなく姿を現してしまった。

 

「ただの魔術でどうにかなる相手じゃない!」

 

 舞弥さんが必死にアイリスフィールに伝えるが、アイリスフィールは俺たちの為に自身の魔術を行使する。取り出された針金が大きな鳥の姿となり、言峰綺礼へと向かっていく。あっさりと避けられ、言峰綺礼がアイリスフィールへと近づく。

 

「これだけではなくってよ!」

 

 だが、アイリスフィールの狙いはただの攻撃ではなかった。鳥の一部が針金に戻り、言峰綺礼の両腕を縛る。そのまま、近くの木へと巻き付け言峰綺礼を拘束した。はっきりとは見えてないが、原作通りの流れの筈だ。どうにか気力を振り絞って立ち上がり、二人の元へと向かう。この後の事から少しでも守らなくては。

 

「「影辰!!」」

 

 アイリスフィールと舞弥さんが同時に俺の名を呼ぶ。心配されている事を嬉しく思いながら、急かす様に二人に伝える。

 

「急いでそいつから離れて!その程度で拘束できる相手じゃない!!」

 

「ッッマダム、離れますよ!」

 

 アイリスフィールはまだ不思議そうな顔をしているが、舞弥さんには伝わった。アイリスフィールの手を取り、言峰綺礼を拘束していた木から離れてくれる。直後、腹に響く様な重低音が鳴り始める。

 

「嘘……」

 

 アイリスフィールが信じられない様に呟く。俺だって、実際に目の当たりにして恐怖している。ただの人間が、両腕を巻き付けられたからと言って、本当に大木をへし折ってしまうとは。ははっ、同じ人間だと思いたくないな。

 汗の一つすら浮かべず俺たちの方に振り向く言峰綺礼。もはやこちらに策などない。セイバーはキャスターを倒しただろうか?切嗣はケイネスに起源弾を放っただろうか?どちらにしろアサシンが報告に来ない以上、まだ救援は来ないのだろう。

 

「……舞弥さん、アイリスフィールさん。下がってて、前線は俺が保たせるから」

 

 勝利を確信しているのか歩いて距離を詰めてくる言峰綺礼。一歩一歩、奴が近づく毎に死を間近に感じて心臓が煩くなっていく。俺が使える武器は残り一つ。切嗣から受け取ったコルトパイソンのみ。

 

「……影辰。これぐらいはさせて」

 

 アイリスフィールの手には、ランサーにぶつけた時のハリネズミ的な何かが乗っていた。そいつが、元の針金に戻り俺の左手に巻き付く。見た目は簡易的なメリケンサックみたいだ。ありがたい、これなら奴の黒鍵を殴れる。

 

「ありがとうございます。では」

 

 腰を落とし、言峰綺礼に向かって全力で走る。歩いていた奴は、黒鍵を取り出し投擲してくる。それらを全て、左手で叩き落とし──目の前に言峰綺礼がいた。

 

「よく見える目だが、視野が狭いな」

 

「ぐっ」

 

 眼前に迫った拳を無理やり、自ら体勢を崩す事で避ける。この一撃を避ける事は出来ても、次に繋がらない。死を一瞬、先送りにした程度に過ぎない行為だ。だからこそ、ここで反撃に転じる!

 

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 

「なにっ!」

 

 地面に向かって前から倒れていた身体を気合で捻り、言峰綺礼へと向き直る。吹き飛ばされた時にギプスが外れ、自由になっていた右手でコルトパイソンを握り、言峰綺礼に銃口を向ける。激痛が右手に走るが、それを無視し引き金を引く。

 

 銃声と共に俺は蹴り飛ばされ、空中を舞った。

 

 地面を数回跳ねながら、俺は地面へと叩きつけられる。だが、まだ生きていた。俺が反撃に出た事で、言峰綺礼の蹴りはかなり威力が落ちており、俺の命を奪うほどの威力はなかった。それでも、身体中は痛いし叩きつけられた勢いで今度こそ完全に立ち上がる事が出来ない。

 

「……完全に殺したと思ったが、まだ息があるか少年」

 

 絶望の声が聞こえた。俺の決死の一撃は言峰綺礼を殺すどころか頬に一筋傷痕を残すだけだった。くそ……あの距離からでも狙ったところにいかないのか俺の射撃技術は。

 

「何故、そこまでしてあの男を守ろうとする?一体、あの男の何がお前たちを駆り立てている」

 

 ほんと、この時の言峰綺礼は切嗣切嗣うるさいなぁ。ここまでした理由?そんなん、俺だって知りたいわ。アイリスフィールや舞弥さんみたいに切嗣に惚れてる訳でもないしね。ただまぁ、一つ言うなら恩を返したかった。けど、それをコイツに教えてやる義理はない。そもそも、喋る体力なんて残ってないからね。何も答えない俺に苛立ったのか言峰綺礼が近づいてくる。そのタイミングで──

 

『キャスターとランサーが敗走致しました。程なく、セイバーが駆けつけます我が主人。ここは危険です』

 

 どこからともなく声がした。セリフ的にアサシンの声だろう。どうにか持ち堪えたか。あ、気を抜いたら急に意識が……俺、気絶してばっかりじゃね?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アサシンの忠告を受け、未だに私に敵意を向けている女達と気絶した少年を殺さずに立ち去る事を選択する。セイバーが来る以上、長居は無用だ。それにコイツらが生きていようが、障害にはならない。

 

「……今一度、調べる必要がありそうだな」

 

 頬を伝う血を拭いながら、視界の端で少年を見る。私に抗って見せた者。あの子供が居なければ、女達に時間をかける事はなく、もっと瀕死にさせる事が出来ただろう。生への嗅覚が鋭いのか私の攻撃をギリギリのところで致命傷にならない様に立ち回っていた。あれは訓練で身につくものではない。天性の才能であり、刹那のやり取りでは最も重要な能力。どんな人生を送ってきた、どの様な考えを持って生きてきた?そして、何故その果てに衛宮切嗣に味方する事を選んだ?

 

「影辰。そう呼ばれていたな」

 

 覚えておこう。奴も私が欲しい答えを持っているかもしれない。

 




再び気絶の影辰!むしろ生き残っただけで十分なんだけどね。
この時の綺礼は殺すつもりが(あんまり)ないので生き残れたみたいなところあります。なお、ロックオンされた模様。

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あかいあくまの冒険

今回はシリアスなんてない回だよ。ほんとだよ。

お気に入り、評価、感想ありがとね!


「暇で死にそう」

 

 一人ベッドで横になりながらぼやく俺。なんて悲しい絵面だろうか。言峰綺礼との戦いの後、気絶した俺をアイリスフィールと舞弥さんが魔術やら医術で手当てしてくれ、どうにか後遺症もなく生きている訳なんだけど。

 

『影辰、君は暫く休んでいてくれ。子供がボロボロになって運ばれてるのを何度も見れるほど、僕は人の心を無くしていない』

 

 まさかの切嗣に気遣われ、完全な休暇を送る事になったのだ。え?マジで?切嗣さん、何か変なの食べました?いつも食べてるハンバーガーじゃなくて泰山の麻婆豆腐食って味覚と一緒に外道さ破壊されたとかない?ここに来て気遣われるとは思ってなくて、驚いている間にあれよあれよとベッドに放り込まれました。

 

「まー……暫くは切嗣達に危険とかなかった様な気がするし。聖杯問答まで休んでるかー」

 

 ライダーが乗り込んでくれば流石に分かるし、あいつ喧しいからね。あー、でもライダーが来るって事は、アーチャーも来るしアサシンも来るのか。裁定の続きをするとか言ってたし、俺殺されない?背後からサクッとアサシンに殺されない?

 

「……平和だなぁ。少なくとも昼間は」

 

 窓から見える景色は至って平和なもの。アインツベルンの森は鬱蒼と広がる森林が特徴的で、朝や昼間にはここら辺を住処にしてる野生の鳥達が見える。穏やかに綺麗な鳴き声を俺の元まで届かせてくれる。こんなにゆっくり過ごしてるのはいつ振りだろうか。少なくとも、冬木に来てからは戦闘続きで気絶して、起きてまた気絶してを繰り返してたし、聖杯戦争に参加する為に昼間は寝てたりしてこんな光景は見てなかったっけ。

 

「よしっ。抜け出すか」

 

 外を見てたら唐突に出掛けたくなった。昼間なら聖杯戦争も行われないし、出掛けたって良いだろう。ベッドを抜け出し、着替える。いやぁ、自室が一応用意されてるってこういう時便利だよね。身体は少し痛いがその程度。今回はガッツリ治癒魔術を使ってくれた様だ。こっそり部屋を出て、周囲を見渡す……よし、誰も見張りとかはいない。

 

「冬木市探索行くぞー!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……あかん。はしゃぎ過ぎた」

 

 辺り一体に夜の帳が下りた。俺は今、アインツベルンの森にすら到達していない。理由?はしゃぎ過ぎたんだよ!!だって、あのFateの世界だぜ。衛宮邸とかマウント深山とか、冬木大橋とか、吹き飛んじゃったホテルとかこの目で見たいじゃん!!……はい、ごめんなさい。リアル聖地巡りにテンション上がり過ぎました……

 

「ヤベェよ……子供一人でウロウロしてるとか雨生龍之介とかに見つかったら殺されちまう」

 

 というか既にそれらしい害意を感じている。感じる度にウロウロ動いてなんとか撒いているけど、どうしたものかな。定期的にやってくるパトカーに保護を求めても良いんだけど、記憶操作とか切嗣に頼むのもなぁ。抜け出してきた事で怒られる覚悟はあるけど、だからって自分から怒られる事増やしたくない。

 

「ん?」

 

 視界の端に赤いコートを着た小さな女の子を見つけた。あれは……遠坂凛?おいおい、よりによって今日があの日かよ。関わりたくない……あの、なんであの子こっちに来てんの??

 

「ちょっと貴方、危ないわよ!」

 

「はい??」

 

 驚く俺になんの説明もなく、手を引っ張り駆け出す遠坂凛。この時点でもう強引だなこの子!?魔術なんて扱えない俺をなんでわざわざ捕まえたのか微塵も分かんないが、抵抗して傷つける訳にもいかないので大人しく引っ張られる。

 

「ここまで来れば安心かしら……ねぇ、貴方家は?この辺は変な奴が彷徨いてるから危険よ」

 

 あぁ、心配してくれたのか。ほんと、魔術師の家系らしくないなこの子は。まだ幼いが既に、整った容姿と将来あかいあくまになる片鱗を見せている小学二年生の遠坂凛。その目は俺に対する心配がはっきりと浮かんでいた。

 

「ありがとう。実は、その変な奴から逃げてる最中でさ。君もそうなの?」

 

 年齢的には俺の方が上だけど、頑張っても小学六年生と二年生の絵面だ。某名探偵の様に子供っぽい口調を心がけよう。

 

「そう気付いてたの。私は、友達を探しに来たの……ってきゃあ!?」

 

 彼女が持っていた懐中時計……確か魔力に反応するものだったっけ。それが勢いよく反応する。どうやら俺を連れて走る間に目的の場所に着いてしまったらしい。針が指し示す先を緊張した顔で見つめる遠坂凛。子供達の様子が可笑しいのは、既に気が付いていた筈だ。つまり、ここまでの反応を起こす場所に犯人、若しくは探し人が居ると判断したのだろう。

 

「……私はこの奥に行くから貴方は逃げなさい。私の事は心配しなくて良いわ」

 

 恐怖を隠しながら俺を気遣う遠坂凛。彼女に言われるがまま、逃げても良いんだけど。はぁ、男として震えてる女の子を一人には出来ないよな。

 

「俺も行くよ。一人より二人の方が何かあった時、対処出来るでしょ?これでも鍛えてるから任せて」

 

 この先に居るのは快楽殺人鬼だ。でも、正直言峰綺礼より怖くない。だって、人間の範疇だし。魔術アイテムは怖いが。多分触れたらアウト系の類だった気がする。

 

「駄目よ!この先は危ないかもしれないのよ!」

 

「その言葉そのまま返すよ?それに、ここで悠長に話してて良いの?」

 

「うぐっ……ああもう、分かったわよ!」

 

 尚も気遣ってくる良い子を無理やり丸め込む俺。時間が無いのは事実だし、許して。遠坂凛……いちいち長いな。ロ凛で良いか。ロ凛と一緒に下へと降りていく。ちらっと隣を見ると、だいぶ緊張した顔をしている。まぁ、この時はただの女の子だしなぁ。仕方ない、人生の大先輩が緊張をほぐしてあげるとしますか。

 

「……」

 

 こんくらいの子ってどうすりや良いんだ!?なんとも情けないが、子供を相手にした経験値が圧倒的に足りてない。イリヤ?あれは、人を振り回すお転婆姫だからノーカン。こっちが何か言わなくても、どんどん意見言うし。んー、効果があるか分からんけどやってみるか。

 ロ凛の肩をトントンっと叩き、何よ?って感じで俺の方を向いた彼女の頬ににゅっと伸ばした指がぷにっと触れる。

 

「「………」」

 

 まさかのノーリアクション!!何故か、無言で見つめあう俺たち。やがてロ凛の顔がどんどんと緊張から呆れ顔になっていった。

 

「いや、その緊張を解そうと思って……」

 

 突き刺さる様な冷たい視線に耐えられず行動の理由を告げる。だが、相変わらずロ凛は俺を絶対零度の目で見てくる。そんな目をしなくても良いじゃないか……

 

「気を張るのは良い事だけど、何事もちょうどいいとこがある。少しは余裕を残しておかないとね?」

 

 必死に動揺する内心を隠しながらしゃべる。余裕と聞いた瞬間にロ凛は、はっ!とした様な顔になる。

 

「常に余裕を持って優雅たれ……私とした事が遠坂の家訓を忘れてたわ。……ありがとう、もう少し良い手段はあったんじゃないのとは思うけど、お陰で余裕が生まれたわ」

 

 そういやそんな家訓でしたね。すっかり忘れてたよ。でも、これで元々の快活さは戻った様で降る足取りも軽い。そんな様子に一先ず安心しながら、俺もついて行く。下に降りるとどうやら地下を拠点とする飲み屋があったらしく中はごちゃごちゃとしている。壁に手を当てながら歩くロ凛の後ろをついて行きながら、周囲を警戒する。やがて、彼女が誰かを見つけた様で声をあげる。

 

「コトネ!?」

 

 どうやら目的の人物を見つけたらしい。だが、龍之介によって意識が無く声をかけても反応はない。周囲には同じ様な子供達が何人もいる。そして、その最奥に殺人鬼はいた。

 

「ちょうど良いや。今から俺たちパーティするんだ。君達も手伝ってくれない?」

 

 ゆらりと歩き近づいてくる龍之介。ブレスレットがついた手がロ凛に触れると同時に驚いた様に弾かれる。多分、無意識に洗脳をレジストしたんだろう。良いなぁ、魔術が使えるってのは。

 ロ凛が龍之介から逃げながら、ブレスレットを握る。あの一回だけで原因が分かる辺り、流石は遠坂の次期当主ってところか。さて、俺の出番はこの後だから準備しときますかね。

 

「壊さなきゃ!!」

 

 膨大な魔力がブレスレットに注がれる。子供なのに凄い魔力量だな。やがて、大量の魔力に耐えられなかったブレスレットが壊れ、次々と意識を失ってた子供達が目を覚ます。そうなれば、当然怒り出す龍之介。

 

「このっ!」

 

「今度は俺の見せ場ってね!」

 

 勢いよく走り出し、その辺の机などを足場に跳躍する。

 

「は?」

 

 突然の行動に驚いてる龍之介。やっぱり、ただの殺人鬼。言峰綺礼とは比べるまでもない。空中でサマーソルトを放ち、龍之介の顎を蹴り抜く。顎は、骨で直接頭蓋骨と繋がっている。ここが揺れると簡単に軽い脳震盪を起こす。何が起こったのかよくわからないまま龍之介は意識を手放し、倒れ伏す。

 

「よしっ。逃げるぞ凛ちゃん!」

 

「え、えぇ!ほら、みんな逃げるわよ!」

 

 コトネを含む子供達と共に階段を駆け上がっていくロ凛。それを見ながら、俺を自分の気配を断ち集団からこっそりと抜けた。もう俺が付き合う理由はない。これ以上居ると、遠坂の娘達大好き雁夜おじさんと出逢っちゃうかもしれないし。しかし、遠坂凛は遠坂凛だったなぁ。

 

「見つけました影辰。切嗣が待ってますよ」

 

「ハイ」

 

 逃げた先で俺を探しに来たセイバーとばったり出会い、運ばれる。え?この後だって?勝手に抜け出した罰で、切嗣、アイリスフィール、舞弥さんにこってり怒られ、見張りにセイバーが付けられたよ。あぁ……俺の楽しい聖地巡礼はもう二度と来ないのね……

 

「あ、名前聞き忘れた!」

 

「急にどうしたの凛?」

 

「えっと……ちょっと世話になった男の子が居たんだけど、名前を聞くの忘れちゃったの」

 

「あらあら、それは残念ね」

 

「うん……でも、あの子私の名前知ってたのよね。不思議」

 

「もしかしてクラスの子じゃないの?」

 

 あかいあくまのうっかりが伝染してた事に俺は全く気がついていなかった。そして、魔術師として半端な雁夜ですらあの時の凛を見つけ出す事が出来たのだ。元々監視の目を冬木全体に放っているこの男が気が付いていない訳がなかった。

 

「……遠坂凛の事すら調べていたか。ますます、その素性が気になるな影辰」

 

 神父服を来た男は愉しげに暗闇の中笑みを浮かべた。本人は自分が笑っているなど、気付きもしなかったが。




次回は聖杯問答かな。
聖杯問答→キャスター脱落→ランサー脱落→第四次聖杯戦争終結。みたいな流れを想定してます。予定なのでこの通りに行かない事もあるかもですが、もう少しFate Zero編にお付き合い下さいませ。

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願いは兎も角として、王としての在り方自体は間違ってないと思う

サブタイがネタバレしてるってマ?
いやぁ、遅くなりました。聖杯問答のシーンを何度も見ながら書いてたら時間かかってしまいました。王道とか一般人作者には難しいよ……


「なぁ、セイバー」

 

「はい。なんでしょうか。ずっと立ってて暇じゃないかという質問なら先程答えた通り、それが私の役目ですのでお気になさらず。それとも、また水を飲みたいのですか?それともトイレですか?無論、私がお供しますよ」

 

 スーツ着た美人にほぼ監禁されて数日。とても辛い。何するにしても、ずっとセイバーが後ろからついてくるし、少しでも伝えてない動きを見せると手を掴まれ、連行される。一回の脱走で警戒し過ぎじゃないですかセイバーさん?

 

「貴方は子供なのですから、平和な時間ぐらいはゆっくり過ごしてください」

 

「……聖杯戦争に参加してる以上、覚悟はしてるつもりだよセイバー」

 

「それでもです。本来、戦場に貴方のような子供が立つべきではないのですから」

 

 セイバーの様な王様からしたら子供は次代を担う宝物だから戦場には立たせたくないのだろう。実際、子供まで兵士にする様な国は長続きしない。仮に国が残っても、人不足で衰退していくのは必定だと思う。だが、それを切嗣の道具である俺に求めるかセイバー……

 反論をしようとセイバーを見れば彼女は視線をこの城の入り口の方へ向けていた。あぁ、来たのかライダー。

 

「影辰」

 

「俺の役目はアイリスフィールの護衛だ。それは邪魔しないでくれよ、セイバー」

 

 ベッドから降り、即座に着替える。腰にコルトパイソンをぶら下げ、念の為ギルガメッシュから貰った効果不明の霊薬を懐に入れる。アイリスフィールが軽く調べたけど、これなんの効果かも分かんなかったんだよなぁ。頼りたくねぇ……でも、飲んでないなら持ってないとあの王様キレそうだし。

 

「行こうセイバー」

 

「そうですね。行きましょう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ほぅ?再びこの我の前にその顔を晒すか。雑種」

 

「……貴方とは会いたくないが、俺も役目があるからな」

 

 もうやだこの王様!!徒歩でアインツベルン城にやってきたこの王様、キョロキョロと辺りを見渡して俺を見つけたら、口角を上げながら宝具を撃つ準備するんだもん!!

 

「アーチャー!」

 

 セイバーがギルガメッシュに向かって吠える。横目でそれを見たギルガメッシュは武器を納める……なんて事はなく、鼻で笑い変わらず俺に武器を向けている。アイリスフィールの前に出ながら、真っ直ぐギルガメッシュを睨みつける。めちゃくちゃ怖いが、此処で引き下がる訳にもいかないんだこっちは。

 

「アーチャー、先ずは駆けつけ一杯どうだ?此度は英雄の格を競い合う問答。此処で武器を振るうという事は、自らそれを辞退したと余は判断するが?」

 

「……ふん。良いだろう、此度は引いてやる」

 

 イスカンダルが突き出した酒を受け取り、飲むギルガメッシュ。その背に宝具は浮いていない。どうやら、イスカンダルが煽ってくれたお陰で俺から注意を逸らした様だ。た、助かったぁ……ほっと一息入れて姿勢を整える。

 

「うーむ、やっぱり欲しいな。なぁ、セイバー彼奴をくれないか?」

 

「断る。影辰は私達の同志だ。征服王、貴様にやる訳にはいかない。この場で奪うというなら、問答などせずに武器を交える事になるぞ」

 

「折角アーチャーのやつを落ち着かせたのに、そうなっては困る」

 

「おい。我をなんだと思っている。それと、なんだこの酒は」

 

 三人揃った王様達が何処となく楽しげに話し出した。多分、このままいけば……あ、ギルガメッシュが極上の酒を取り出した。金の杯に注がれるその酒の味に興味がない訳ではないが、今の俺は子供。我慢我慢。

 

 これより語られるは三人の王。それぞれが掲げる王道。

 

 アーチャー。英雄王ギルガメッシュ、孤高にして至高の王。全ての法を敷き、国を民を導く最古の王。

 

 ライダー。征服王イスカンダル、人々の憧憬を羨望をその身に背負い、人々の道標足らんとした絆の王。

 

 そして、セイバー。騎士王アルトリア、孤独にして理想の王。誰の理解を必要ともせず、清く正しくあろうとした騎士の王。

 

 誰が正しいとか間違っているとかはない。少なくとも俺はそう思う。何故なら、全員の生きた時代が、国が違うのだから。求められていた事が違うのだ。その時々に沿った王でなければ、国は育たず民は死に、歴史に名を残す事はできない。英霊として、反英雄でもなく名を残している彼らは皆、王として正しいのだと俺は思う。

 

「それで貴様は正しさの奴隷か?殉教などと言う生き方に誰が憧れる?」

 

 俺が思考の中に沈んでいる間に、話は随分と進んでいた様だ。確か、セイバーが聖杯に託す願い。ブリテンの滅びの回避を聞き、イスカンダルとギルガメッシュがそれを愚かだと否定する場面だったか。イスカンダルから浴びせられる言葉にセイバーは反論できず、どんどんその顔に悲痛を浮かべていく。願いは兎も角として──

 

「……セイバーの王道は別に間違ってないと思うけどな」

 

 三人の王の視線が俺を貫く。思わず、口に出してしまった言葉に反応した様だ。視線が訴えかけていた。続きを語れと。聖杯の所有権が誰にあるか語らうのが目的じゃなかったんですかね……仕方ない。ギルガメッシュに視線を合わせ、口を開く。

 

「発言をしても?」

 

「くくっ、誰に尋ねるべきかよく分かっている様だな。良い、許す」

 

「……俺は王ではなく、ただの平民だからセイバーの願いが間違ってるかどうかは分からない。だが、征服王の言う様にセイバーをただの小娘と思う事も出来ない。俺が平民として有難いと思うのはセイバーだから」

 

 セイバーが目を見開き俺を見つめてくる。俺の言葉に興味深そうに笑みを浮かべるギルガメッシュと、顔を顰めるイスカンダル。

 

「征服王。貴方は確かに多くの羨望を集めたのだと思う。けど、俺が貴方の時代にいれば貴方の様な王は余り好ましくない。俺は争いを望んでいない。ただ、生きていたいだけなんだ。貴方の様に戦争を起こしまくる王は俺みたいな人間には合わない。そして、アーチャー。貴方の様に貴方個人の面白さを優先されたら俺みたいな人間は振り回されて疲れてしまう。その点、セイバーは過保護だが俺の様にただ生きたい人間を守ってくれるだろうから俺としてはセイバーが有難いんだよ」

 

 長々と言葉にしたが、簡単に言えばこの三人の中で現代に適してるのはセイバーだったって話だ。まぁ、これも俺個人がそう思うってだけで正しいとは限らないが。

 

「ふははははは!!貴様、我の裁定を無視し、今なお慈悲にあやかっておきながらこの我に物申すか!しかも、その豪胆さを持ちながらただ生きていたいだと?根っからの道化か貴様!」

 

 楽しそうですねぇ英雄王。そんな変なこと言ったかなぁ?高笑いを続けるギルガメッシュを思わず怪訝な顔で見てしまう。だが、今の彼にはそれすらも笑いに変わるスパイスだった様で止まる事はない。

 

「むぅ……なぁ、貴様は救うだけで導くことをしない王でも良いと申すのか?」

 

 まだ顔を顰めているイスカンダルが俺に質問を投げる。ギルガメッシュからイスカンダルに視線を移し、俺は答える。

 

「あぁ。窮地を救ってくれればそれで良いよ。セイバーの近くにいた騎士達がどう思ったかは知らないけど、俺は導く事がなくても良い。ちゃんと生きられる様な治世をしてくれればそれで」

 

 かの円卓の騎士達がセイバーにどの様な感情を抱いていたかは知っている。近くでこんなにも綺麗な王様を見ていれば恐怖等を抱いても仕方ないだろう。けどそれは、近くにいたからこそだ。ただ仰ぎ見るだけの俺みたいな平民からしたら上等じゃないか。綺麗な王様なんて。

 

「影辰……有難うございます」

 

「おう。でも、聖杯に託す願いまで肯定した訳じゃないか…アイリスフィール!!」

 

 殺気に反応して振り向けば、アサシンがアイリスフィールに向けてナイフを振るおうとしていた。そのアサシンを殴り飛ばし、アイリスフィールを庇う。

 うん。分裂してるとただの一般人の俺でも反応できるし、殴り飛ばせる。しかし、本来なら包囲してくる筈のこいつらが一人とは言え、アイリスフィールを狙ってくるとは。何を考えている?言峰綺礼。

 イスカンダルが酒を掲げ、対話を問うがアサシンはそれを拒絶。イスカンダルが立ち上がり、セイバーとアーチャーに問う。

 

「ふむちょうど良い。アーチャー、セイバーそしてセイバーの従者よ。見るが良い、これが余の王道だ」

 

 イスカンダルを中心に風が吹き荒れる。同時に、イスカンダルの存在感が増した気がした。宝具発動の兆し。この王様は言葉ではなく、その生涯を通して自らの王道を俺たちに示すつもりの様だ。俺がセイバーを庇った事で、スイッチが入ってしまったか。

 一際大きく風が吹き抜けると共に、見慣れた景色は一変する。青空とどこまでも広がる砂漠の大地。征服王イスカンダルが駆け抜けた風景、それが固有結界として再現された。

 背後からイスカンダルの軍勢が姿を現す。一騎一騎がサーヴァントの軍勢、分裂して数がある程度いるとは言え、分裂しただけ性能が劣化するアサシンには辛い戦いだろう。というか、戦いにすらならない。

 

「彼らとの絆こそ我が至宝、我が王道!イスカンダルたる余が誇る最強宝具『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』なり!」

 

 圧巻の光景。イスカンダルに注がれる熱狂が肌を貫く。知ってはいたが、実際に見て触れると呑まれる。これが、イスカンダルの宝具。そして、これこそが歴史に名を残した王の生き様。なるほど、確かにこれはあの背に夢を見るのも分かる気がする。

 

「王とはッ──誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!」

 

『然り!然り!然り!』

 

「全ての勇者の羨望を束ね、その道標として立つ者こそが王。故に──!王とは孤高にあらず。その偉志は全ての臣民の志の総算たるが故に!」

 

『然り!然り!然りぃ!』

 

 イスカンダルの言葉に全ての軍勢が応える。乱れることのないその応答は、彼らに一切の迷いがない証明。イスカンダルの妄言というわけではなく、彼らが心の底からイスカンダルに従っている証左。

 バラバラに広がっていた筈のアサシンは固有結界が展開された事で軍勢の真正面に纏められている。隠れることすら出来ないこの場所で真っ向からの戦いにアサシンが勝てる道理はない。イスカンダルの号令と共に向かってくる軍勢にアサシンは、諦める者、逃げ出そうとする者、僅かな抵抗を示す者と分かれようとしていた。だが、突然諦めていた者達が武器を構え始めた。その姿に疑問を覚えていると彼らの叫びが聞こえてくる。

 

「馬鹿な!?この状況で抗えと!?!?楽な死すら与えられぬのか我々には!!!!!」

 

 全てのアサシンが一塊となり、王の軍勢に突撃していく。イスカンダルもその姿に疑問を感じた様だが、次々とアサシンを屠っていく。だが、アサシン達はそのイスカンダルすら見ていない。

 

「衛宮……影辰!!!!!」

 

「ちょ……なんで俺!?」

 

 確固たる殺意を持って俺に向かって突撃してくるアサシン。次々と屠られてはいるが、数を減らしながらも俺へと迫る。王の軍勢が弱い訳ではない。だが、軍勢であるが故に同士討ちを避け、それによる隙間を駆けてくるアサシン。最後の一人が俺の眼前へと迫る。拳を構え、迎撃を試みるがその必要はなかった。

 

「……傀儡の暗殺者とはこうも愚かか」

 

 ブケファラスに乗ったイスカンダルが俺の眼前へと迫っていた女性のアサシンを討ち取ってくれた。

 

「た、助かった。征服王」

 

「なに、これは余の戦場。関係のない貴様らが傷つくのは道理が通らんさ。それより、アーチャー、随分な差金だな?」

 

「ふん。時臣め、いらん事を。我のマスターでありながら、器の小さい男よ」

 

 どんどんギルガメッシュの中で時臣さんの評価が落ちていってる気がする。アサシンを討ち取ったことでイスカンダルが勝鬨を上げ、それに呼応し軍勢も勝鬨を上げる。最初の脱落者を演出したアサシンが本当に最初の脱落者になった瞬間だった。

 固有結界が解除され、見慣れた景色に戻る。イスカンダルが樽から酒を酌み、飲み立ち上がる。俺たちに背を向けるのではなく、正面から見据える。

 

「興醒めではあったが、今宵の語らいはこれで終いとしよう。アーチャーとセイバーよ。互いの王道を譲れぬと言うのなら、次は武を持って語らうとしようか。そして、セイバーの従者よ。余がセイバーを打ち倒した暁には余に付き従え。共に駆け抜ければ見える景色もまた変わるだろう。貴様の豪胆さは余の元でこそ生きる」

 

 返事は聞かずに飛び去っていくイスカンダル。本来、彼はセイバーを王と認める事はなかった。だが、少なくとも俺が彼女を肯定した事でそういう王道もあると思ったのだろうか。器の小さい王ではないから、その辺は柔軟なのだろう。

 

「さて、では我も帰るとしよう。道化、貴様は運がいい。今の我は貴様の裁定より優先すべき事柄がある。故に、宴が終わったが見逃してやろう。それにセイバー、人の身に余る王道を背負い込み苦しみに足掻くその苦悩、その葛藤。慰み物としては十分だ。精々、その道化と共に我を楽しませろ。さすれば、更なる寵愛に値するかもしれんぞ?フハハハハ!」

 

 ギルガメッシュが高笑いと共に消えていく。ふぅぅ、どうにか今回も殺されずに済んだな。

 

「まぁ、殺されなかっただけで更に面倒になりそうな気がするけど……」

 

「えぇ……同意します影辰。アーチャーは関わってはいけない類だ」

 

 これから待ち受ける未来を考えてセイバーと共に溜息を溢す。嫌だなぁ……あの王様。どの世界線でもあの王様は厄介事とセットだからほんとタチが悪いよ。

 

「……ねぇ、セイバー、影辰。あれ、どうすれば良いと思う?」

 

 アイリスフィールが指差した先には置き去りになった酒入りの樽。蓋が割られているから、早くしないとどんどん劣化していくだろう。飲みきれなかったからって置いていくんじゃねぇよ征服王!!この後、俺とセイバーとアイリスフィールで樽の中の酒を瓶に詰めて、一応保存する準備をする事となった。ちゃんと、持ち込んで消費しきれなかった物は持ち帰ろうね。俺との約束だよ(ヤケ)

 




アサシンは言峰によって『影辰に狙いを絞れ』と令呪二画を重ねて命じられてました。逃げたいのに逃げれなかったアサシンさん可哀想。

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海魔ってキモいよね……アレで劣化ってどういうこと

夏の暑さに自分がめちゃくちゃ弱いと認識した。頭がぼーっとして、動かないのなんの……
エアコン欲しいと、思う夏の暑さ。


「影辰、入るよ」

 

 ノックをし、俺の返事を待たず開かれる扉。別に見られてやましい物とかないけど、少しは待ってくれても良いんだよ切嗣。まぁ、いいか。片手で行っていた腕立て伏せから立ち上がり、近くに用意しておいたタオルで汗を拭いながら切嗣の前に立つ。

 既に椅子に座り、その手にはスポーツ飲料を持っている。どうやら俺への差し入れらしく、机に置いてくれた。さて、まだ日が昇っているけど何か用事だろうか?

 

「君に僕の理想を伝えていなかったと思ってね。この聖杯戦争で聖杯を勝ち取り、僕が何を願うのか。影辰、これを教えると言う事は君に対する僕の最大の信頼として受け取ってほしい」

 

 どうやら切嗣からもかなりの信頼を勝ち得ていたようです。原作知識を持っている身からしたら、こう非常に言葉にし辛いものがある。この世界に転生してから俺が一番関わっているのがこの衛宮切嗣という男だ。当然、情も湧くし報われて欲しいと思う。だが、それと同時にそれが叶わぬ夢であると俺は知っている。胸の奥がズキズキと痛むのを無視しながら、笑みを浮かべて切嗣を見る。

 

「道具としての責任は果たせていた様で良かったよ」

 

 自分自身を人間として扱わない事で痛みを無視する。自然な動作で差し入れのスポーツ飲料を手に取り飲みながら対面に座る……いや、座れたと思いたい。

 

「僕が聖杯に託す願いは、恒久的な平和だ。もう二度と、人類が血を流すことのない世界を聖杯に願う」

 

 ……知っているとも。子供の様に純粋な願いの癖に至るまでの道筋は血塗れのその理想。どれだけの苦悩を絶望を味わって、それでも尚目の前の男はこうして心折れずに立っている。俺にはとても真似できない在り方だ。

 

「可笑しいと思うかい?」

 

 沈黙を続ける俺が切嗣の理想に理解を示せないからだと思ったのか、機械を演じる男にしては悲しみを感じる顔を浮べている。たくっ……いい歳したおっさんがそんな顔するなよな。

 

「いいや。俺は良い理想だと思うよ。良いじゃないか、恒久的な平和。俺みたいに生きたいと願う人間にはとても好ましいよ切嗣」

 

 あぁ……自己保身しか考えてない奴が何を言っているんだ。だからって、聖杯は汚染されていると伝えて何になる?情報の出処を聞かれて別世界から、しかも貴方達が作品の中の一人として描かれている世界から来ましたなんて、言って誰が信じる?バーサーカーと言われても否定できない。

 

 違う。違わない。違う。違わない。違う。

 

 お前は自分が生き残る為に自分が知る物語から乖離させたくないだけだろう?

 

「影辰?顔色が悪いけど、大丈夫かい?」

 

 聞きたくない言葉(自身の声)が切嗣の声で中断される。それに安心/絶望しながら切嗣と視線を合わせる。その視線は優しく、俺なんかを気遣ってくれている。だからこそ、俺はなんでもない様に笑みを浮かべた。

 

「少しばかり疲れてるのかもしれない。夜には整えておく、そんな願い聞かされたら休んでいられないしね」

 

 大丈夫。自分に言い聞かせ、自分の為に他人を切り捨てる。俺はもう二度と死にたくないんだ。死ぬのなら、寿命で痛みなんてなく終わりを迎えたい。そんな綺麗すぎる願いを持つ男の近くにいるには俗物な欲に塗れた願いを、変わらず俺は抱くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……気色悪いな」

 

 あの後、宣言通り休みを取り今は夜。聖杯戦争の時間、俺はアイリスフィールの護衛……ではなく、別の役目を命じられ未遠川に来ていた。そう、キャスター、ジル・ド・レェが宝具を展開したあの川だ。巨大な触手の何か。あぁ、なるほどこれはただの人間の精神には優しくない。

 クトゥルフ神話。俺がこの世界に来る前の世界では、ラヴクラフトとその友人達の手で生まれた架空の神話形態だったが、このFate世界ではどうやら実際に存在しており干渉してくる様だ。とは言え、どっかの魔神柱がやらかさなければ、向こうが見る事も無かったが。少し話が逸れた。今、ジル・ド・レェが展開している宝具はそのクトゥルフ神話に登場する一柱の神、クトゥルフに関して綴られたルルイエ異本を用いたものだ。彼の友人であるプレラーティによって贈られたものらしいが、これで本物よりは劣化してると言うのだから恐ろしい。

 

「と、いつまでもアレに見とれている訳にはいかないな」

 

 川から視線を外し、集まってきた人達に目を向ける。どうせ、集まった英霊達によって打破される相手だこれ以上気にする必要もない。それよりも、切嗣の命令を達成しなければ。

 切嗣から受けた命令は、ジル・ド・レェのマスター、雨生龍之介を見つけペンライトで位置を知らせること。原作で簡単に狙撃していたけど、時短する手段があるならそれを選ぶ。実に切嗣らしい方法だ。

 

「舞弥さんの使い魔も放たれてるし、そう時間はかからないと思うけど……」

 

 気配を殺しながら人混みの隙間を駆け抜けていく。出来れば俺以外の人達が見つけてくれる事を祈るが……どうやら俺は神様に嫌われているらしい。川から離れていく人間とは真逆の動きをしている人間を見つけた。俺に蹴られた事で痛めたのか顎に包帯を巻いている男──雨生龍之介を見つけた。はぁ……また間近で人の死を見ることなるかぁ

 

「切嗣、マスターを見つけた。これから足止めを開始する、場所は冬木大橋、深山町側。川の中間ほどの位置」

 

『分かった。ペンライトで詳細の位置を教えてくれ』

 

「やぁ、お兄さん」

 

 背後から声をかけ、雨生龍之介の意識を俺に向ける。同時に、ペンライトを投げてこの場所が切嗣から見て分かる様にする。さてと、あとは撃たれるまでの間、この殺人鬼の相手をするだけ。振り向いた彼は俺の顔を見ると、驚いた様に目を見開く。

 

「あの時の子供……なんでこんな所に?」

 

「あ、覚えてたんですか。どうも」

 

 俺のことをしっかり覚えている様で襲ってきたりの素振りは見せない。そのまま俺だけ見ててくれ。

 

「そりゃこんな事してくれた相手だしね。で、俺になんか用?今は旦那のCOOLな芸術を見るのに忙しいんだけど」

 

 聖杯戦争が殺し合いだって分かってんのかなこの人?まぁ、魔術の知識とか無いしキャスターのジル・ド・レェがその辺教えてるかは知らないから良いや。

 

「えぇ、まぁ」

 

『目標を見つけた。貫通した弾に注意してくれ』

 

 切嗣からの通信が入る。距離が近いから聞こえたのか不思議な顔をしている雨生龍之介。悪いけど、これは殺し合いの戦争なんだ。それに、何人も殺しておいて最期は満足そうに逝くなんて気に入らない。

 

「さようなら、大量殺人鬼さん」

 

「は?さっきから──」

 

 俺が一歩右にズレる。同時に彼の眉間に穴が空き、弾が貫通する。文句なしの即死、流石は切嗣だ。人が死にまだ近くにいた人達が悲鳴を上げて更に混乱状態になる。それに便乗して俺もその場を離れる。この世界で何度目かの生物が死ぬ瞬間、それを見ても特に俺の心が動くことはなかった。

 チラリと空を見上げれば黄金の軌道が見える。よし、まだ時間はあるな。

 

「バーサーカーのマスター、間桐雁夜を探そう」

 

 急造のマスターなのに、この聖杯戦争で最後の方まで生き残り、使役するバーサーカーは最後までセイバーの邪魔をする。俺の安全の為にも排除したいマスターだ。このタイミングまで待ったのは、遠坂時臣によって焼かれてボロボロになるからだ。近接戦しか取り柄のない俺では、地味に大量の蟲は相手にし辛いのだ。あと、キモイから極力触れたくない。どっかの愉悦麻婆が助けなければここで死んだだろうから、トドメを刺すのは簡単の筈だ。

 

「問題は何処に居るか探さなきゃいけないんだけど……」

 

 確か路地裏ではある筈だからパルクールしながら探すとしよう。そんなこんなで、約30分ほど経過した。

 

「全然居ない!!」

 

 冬木市のビルとビルの間を駆けながら探しているのだが、まぁ、見つからない。浮浪者とかならいる。ギルガメッシュがいた位置からある程度、逆算して探したんだけどなぁ……これならビルの上を走って、遠坂時臣を探した方が速かったかな。

 

「ん?変な音ぉぉぉ!?!?」

 

 上を見上げると燃え盛る何かが落ちてきた。ちょうど、近くに壁があったから蹴って避ける。危ねぇ……激突してたらヤバかった。ん?このタイミングで燃えて落ちてくる人型って、間桐雁夜じゃね?

 

「神父に見つかるより早くトドメを!」

 

 慌てて地面に向かって降りる。遠坂時臣探そうかなとか思ってたから無駄に高めの位置にいたのが最悪だ。勢いを殺しながら降りても、時間がかかる。あーもう、こういう時に魔術が使えたらフワッと降りれるのに!!

 

「ッッ!?」

 

 腰からナイフを引き抜き、下から飛んできた黒鍵を弾き飛ばし、距離を取る様に着地する。どうやら遅かった。

 

「……それを助けるのあんたの立場としてどうなんだ?」

 

「……」

 

「ダンマリかよ……」

 

 黒鍵を構え、戦う気満々の言峰綺礼が既に到着していた様だ。不味い……逃げ切れるか?




サブタイの海魔の出番、めっちゃ少ないっていうね。切嗣の理想を直接聞かされるのは今後、大切な事なので今回挟んでおきました。
再び、愉悦麻婆さん登場です。おっさんの出番多いなほんと……

感想・評価・お気に入りありがとうございます。投稿遅くてごめんよ…

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お願いだから俺に関わらないでくれ……言峰綺礼

言峰綺礼との二回目の戦いです。
本当は戦いの後も書こうかなって思ったけど、ちょうど良い感じの文字数なので投稿。コイツらの戦い書くの楽しい。


 私は何をしている。間桐雁夜にトドメを刺さず、助けるなど明らかに時臣師への裏切り行為だ。ちょうど良く衛宮影辰も来たのだから、守らず殺させればそれで良いはずだ。それが、この聖杯戦争で時臣師に聖杯を取らせる為に参加した正しい私の姿のはずだ。

 だというのに、何故私は殺しに来た衛宮影辰にここまで心惹かれている?こんな子供が人を殺す事になんの躊躇いもなく現れた事に楽しみを見出している?

 

「……それも貴様に問えば分かるのか?」

 

「はい?あの、俺に過度の期待をしてるならやめて頂けると嬉しいんですが」

 

 思わず漏れた独り言に目の前の男は謙遜した態度で返答する。そういえば、あの時ただ生きたいというのが目的だと語っていたな。これほどの歪さを抱えてそれが叶うとこいつは思っているのか?それとも、私の様に苦悩して導き出した答えだと言うのか?ならば、その過程を私は知りたい。ただ生きたいなどと言う理想が腑抜けだと感じたから、思わずアサシンを嗾けたが、あの時死ななくて良かった。

 問いを投げるより前に先ずは、隙あれば逃げようとしている衛宮影辰を死なない程度に痛めつけなければな。

 

「ッッ!やる気かよ」

 

 僅かに漏らした殺気に素早く反応するその姿に思わず笑みを浮かべる。相変わらず、魔術の加護など何もないナイフを構える衛宮影辰。魔術の才能などカケラもない子供。生かして捕え、聖堂教会に連行すれば喜んで育て上げるであろう器。答えを得たあと、それをしてみるのも良いかもしれない。衛宮影辰の理想とは程遠い生活を送る事になるだろうが。

 

「悪人面も大概にしろよ……神父だろ、あんた」

 

「……なに?」

 

「無自覚かよ。はぁ、ほんとにタチが悪いな」

 

「タチが悪い……そうだな、そうなのかもしれない。故に、私は答えを欲している。先ほど、お前は何故助けるか問うたな。それに答えよう。この男に興味がある、自らの寿命を削り叶うことの無い理想にその身を捧げたこの男の結末がな」

 

 周囲はビルに囲まれ、一直線の道以外に道は存在しない。今、私がこの男から離れる事が出来る距離は精々、200m程度。サーヴァントは、未だ未遠川周辺。すぐに駆けつける事はないだろう。戦闘をする予定が無かった為、黒鍵の残数は先ほど投擲を差し引き8本。衛宮影辰が逃げ切るには、全力で私に反転するかここに来た時同様に、ビルを足場に飛び越えるか。彼の性格を考えれば──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 俺が持つ今の武器は、言峰綺礼に向けているナイフ一本と、ほぼゼロ距離まで近づかない限り当たることの無いコルトパイソンが一丁。こいつから視線を少しでもズラせば殺されるから、無線での救援を呼ぶのは不可能。セイバーは多分、まだ戦闘中か俺の捜索中。都合よく来てくれる事を望むのは無謀。俺と奴との距離は50mぐらい。全力で反転したところで、縮地でもなんでも使われて、一瞬で追いつかれてアゾられるのが関の山。となれば、俺が賭ける行動は一つ。

 

「それなら、ここで死ぬのも結末じゃないんですかね!」

 

 考えが纏まるまでの間していた会話を打ち切り、壁に向かって全力で走り蹴り飛ばす。これしかない。奴の上を通り、間桐雁夜にナイフを投擲する。ちゃんと急所を狙わなければ奴は無視する。だから──チッ、読まれたか!

 眼下では俺が投げたナイフを指先で掴んでいる言峰綺礼の姿があった。これでは時間稼ぎにすらならない。目的の殺害を諦め、完全に逃げようとするが目の前に同じように跳躍してきた言峰綺礼が現れる。

 

「ああくそっ!素直に逃げさしてくれませんかね!?」

 

「断る」

 

 空中で放たれた蹴りを身を捻り避け、壁を蹴り地面へと向かう。着地をしたら、後ろを振り向かずに真正面に向かって全力で走り出す。背後でアスファルトが砕ける音を聞きながら全力疾走だ。人の目が多いところに逃げる事が出来れば俺の勝ちだ。誰がどう見ても神父服の不審者に襲われる子供の絵面だからね!

 

「殺気!」

 

 咄嗟に跳躍すれば脚があったところを黒鍵が通過していく。危ねぇ……まず脚を潰すとかやっぱり戦い慣れてる奴は嫌だね!

 

「で、追いついてるでしょ!?」

 

 着地するより前に後ろに振り向き、放たれていた拳を受け流す。それだけで手が痺れる。人間が出して良い破壊力じゃないんだよなぁ……この目のお陰で捉える事が出来てるけど、マジで一対一とかやりたくない相手ナンバーワンだよこの人。

 

「でもまぁこの距離なら!!」

 

 コルトパイソンを引き抜き、顔面に発砲する。サプレッサーなんて付けてないから喧しい発射音と共に銃弾が放たれる。

 

「って、嘘だろおい!?」

 

「……お前が銃を扱うのは前回、見させて貰ったからな」

 

 確かに前回戦った時に俺がコルトパイソンを使うところは見せた。けど、その一回で顔に銃を向けられた瞬間から回避を開始するか!?俺は動体視力が馬鹿みたいにあるから、急に目の前に突きつけられたって避けてみせるさ。けど、普通、突き出されてからほぼノータイムでの発砲を避けるかよ。ほんとに同じ人間だと思っちゃダメだなこの男。

 

「ぐっ…!」

 

 苦肉の策で奴を蹴り、後ろに飛ぶ。怯んだりぐらいはしてくれると思ったんだがな。距離を詰めてくる様子の見えない言峰綺礼に細心の注意を向けながらチラリとこの路地の出口を見る。人の姿はちらほら見えるが、銃声に気づいた素振りはない。くそっ、やっぱり魔術で人祓いされてるか。便利だなぁほんと!使えたらなぁ!!

 

「……さてとどうする。ナイフはもう無い。あるのはコイツだけ」

 

 命中率に問題しかないコルトパイソンのみであの化け物を相手しなきゃいけない……ん?なんで言峰綺礼の奴、距離を詰めて来ないんだ?俺が今、実質丸腰なのを分かっているはず……待てよ?俺は前回、致命的な射撃の腕を見せたか?頬に傷を付けたのを射撃の腕の問題だと思っていたけど、さっきみたいに避けた結果だとしたら、言峰綺礼は俺がまともに銃を扱えると勘違いしてる可能性がある!しかも、前回もさっきも我ながら変な体勢で撃った。距離を詰めた時に俺に撃たれる可能性を考慮して今、ああしているのだとしたら、よしっ。言峰綺礼は俺の射撃の腕を勘違いしてる。もうこの可能性に賭けるしかない。

 

「何か策がある。そう言いたげな顔だな」

 

「へっ、まぁね。ところで、言峰綺礼良いのか?」

 

「何がだ?」

 

 俺に興味あるからって会話してくれてありがとう。最大限のブラフを張るとしよう。コルトパイソンを間桐雁夜に向ける。その動きに言峰綺礼が僅かに目を見開く。随分と俺を追ってくれたもんな、少しばかり護衛対象から離れすぎだぜ。

 

「まさか……」

 

「そのまさかさ。あんたの身体が少し邪魔だが、動かない間桐雁夜を射抜くのには何の問題もない。一発じゃ無理でも、まだコイツには残弾がある。数発纏めて撃てばいくらあんたでも守りきれないんじゃないか?」

 

 道は一直線だが、それなりに幅がある。狙って誘導した訳じゃないが、狙おうと思えば間桐雁夜を狙う事は出来る。そう、俺ほど致命的な腕じゃなければね!魔術のセンスと一緒に落としてきた射撃センスを恨むが無いもの強請りをしても仕方ない。

 言い切ると同時にコルトパイソンに込めてある弾全てを撃つ。一応、全部狙う場所は変えた。目標の間桐雁夜を撃ち抜く事は無いだろうけどね。結果は見届けない。そんな余裕なんて無い!言峰綺礼が俺の銃弾に意識を割いてくれる一瞬の時間が命を繋ぐのだから、着弾結果なんて見る気なし。逃げるが勝ちってね!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そのまさかさ。あんたの身体が少し邪魔だが、動かない間桐雁夜を射抜くのには何の問題もない。一発じゃ無理でも、まだコイツには残弾がある。数発纏めて撃てばいくらあんたでも守りきれないんじゃないか?」

 

 衛宮影辰の言葉と同時に銃声が何回も轟き、銃弾が放たれる。その瞬間、奴が背を向けて走り出すのが見えたが、追いかける訳にはいかない。黒鍵を取り出し銃弾を弾かなければならない。後ろの間桐雁夜に当てる訳には……?

 

「弾が飛んでこない?」

 

 放たれた弾丸の一発すらまともに此方に飛んでくる事は無かった。一番惜しくて私の近くの水道管に当たり、水を放出しているくらいだ。出鱈目に撃ったのか?いや、奴の殺気と銃口は確かに間桐雁夜に向けられていた。

 

「……銃の扱いが下手なのか?」

 

 だとしたら私は見事に出し抜かれた。衛宮影辰は持ち得る全ての手段を使って、私に当たる事のない銃弾を当たると思い込ませた。完全に待ち受ける形になっていたこの状況では走ったあの男を追いかけた所で追いつけないし、間桐雁夜から離れすぎる。

 

「此処で捕らえ、衛宮切嗣や奴自身の事を問うつもりだったが……私の負けか」

 

 瀕死の間桐雁夜を担ぐ。コレが生きているから、負けではなく引き分けかもしれないな。そんな事を考えながら、衛宮影辰とは真逆の方向へ歩き出す。次は互いに余計な物がない時に戦いたいものだ。

 




次回はどこかな。ランサー敗退かな?

そういえばいつのまにかお気に入り7000件突破してました。皆さん、ありがとうございます!
評価下さる皆さんもありがとうございます!感想をくれる皆さんもありがとうございます!
更新の励みになります。

感想・批判お待ちしております。また次回、会いましょう。


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ランサー陣営敗退。感情を殺すのは慣れないな

あっさり退場ランサー。主人公の黒い部分が出てるので苦手な人は注意


「私が運良く貴方の前を通ったから良いものの……どうやって合流するつもりだったんですか?影辰」

 

「うっ……いやぁ、その無線で呼べば良いかなって……まさか言峰綺礼と出会うとは思わなかったんです」

 

「貴方の独断専行にも慣れてきましたが……切嗣の道具としての役目を忘れずに。まだ仕事はあるんですよ」

 

「はい。すみません」

 

 言峰綺礼から無事に逃げ出した直後、俺はランサーのマスター、ソラウ・ヌァザレ・ソフィアリを確保した舞弥さんと合流。そのまま車に乗せて貰い次の戦場へと向かっていた。間桐雁夜の殺害(未達成)という独断専行を咎められながら、揺れる車中でソラウの応急処置を行う。到着するまでに死なれたら切嗣の作戦が意味を成さない。

 

「令呪を右手ごと切断。下手したら失血死ですよこれ」

 

「真っ当な魔術師相手には勝てませんから。それにこの後使えればそれで良いのですから。ソレの手当てが終わったら、荷台に弾薬が積んであるので、不備があれば補充しなさい。言峰綺礼からの逃亡はタダでは無かったでしょう」

 

 脇の下を強く縛り、血の流れをある程度抑制しとけばそれで良いだろう。ただの死の先送りでしかないし雑で良いや。舞弥さんの言葉を受け、荷台からコルトパイソンに合う弾薬を回収し、装填する。目的地に着くまで適度に弄っておく。……うん、特に歪んだりはしてなさそうだな。暫くして車が停まる。降りればそこには切嗣がいた。

 

「影辰、独断専行に関しては後で話をしよう。舞弥、ランサーのマスターは?」

 

「此処に。影辰が応急処置をしておりますが、そう長くはありません」

 

「構わないよ。交渉の間、生きていてくれればそれで良い。では、二人とも所定の位置に向かってくれ」

 

「「了解」」

 

 後で怒られるの嫌だなぁ……怒られるの嫌だからバーサーカーのマスター殺しましたって結果が欲しかったんだけど、あの麻婆神父め。仕方ない、任された仕事はしっかり熟して少しでも心証を良くしよう。どうせ、怒られるだろうけど。

 ランサーとセイバーが戦ってる音を聞きながら、この廃墟の2階に当たる部分に移動する。ケイネスに気付かれる可能性はあるが、今頃ランサーがセイバーとの一騎打ちに興じてる事に苛立っているだろうし、周囲に意識を割くだけの余裕はすぐに切嗣が奪う。瓦礫の山を駆け上り、二騎の英霊が戦っている場所を眺める。

 

「英霊の戦闘を見るのはこれで二回目か?うん、相変わらず規格外だな」

 

 セイバーの振るった剣が瞬く間にランサーの槍に弾かれたかと思うと、即座に剣が元の位置に戻るように振われ、今度はランサーの槍を弾く。距離や位置取りも同時に行いながら一瞬でこれを行うのだから恐ろしい。速いだけなら耐え切れるが、あの二騎の攻撃は威力もある。そんなの見えたところで潰されるだけ。

 

「……ランサー、楽しそうな顔してるな」

 

 此処からでも分かる。色々なストレスに苛まれてるあの英霊は今、純粋にセイバーとの戦いを楽しんでいるのが。ただ忠義を貫きたいという願いの為に聖杯戦争に参加したサーヴァント。だが、マスターとの相性が致命的に悪くその忠義が報われる事はない。そう、彼がどれだけ罵倒されようが、貶されようが嫉妬されようが最期の時まで報われる事はない。

 

「じゃあな、ランサー」

 

 真紅の槍がランサーの胸を貫く。突然の行動に、セイバーもアイリスフィールも、そしてランサー自身も理解が及ばない顔を浮かべている。セイバー達のちょうど反対側から切嗣と、気絶したソラウを抱き抱え、車椅子に乗ったケイネスが姿を現す。そして、ケイネスの手から消えゆく令呪を見て全てを理解したランサーは怨嗟の声を上げる。

 

「貴様らは……そんなにも……そんなにも勝ちたいか!?そうまでして聖杯が欲しいか!?……この俺がたった一つ懐いた祈りさえ踏み躙って……貴様らはッ、何一つ恥じる事もないのか!?」

 

 ランサーの恨みは尤もだ。彼の在り方からしたら最悪な手段で俺たちは勝ちを手に入れただろう。何故なら、これは聖杯戦争なんだ。たった一つの宝物を奪い合うこの戦いに、騎士道も何もない。負ければ全てを失う、誰かに願いを託す事も出来ない。国ではなく、個人が争う戦争だからこそ、使える物は全て使わなければならない。これはそういう戦いなんだ。

 でも、貴方の在り方は良いと思うよディルムッド・オディナ。怨嗟の声を上げるランサーと視線が合う。俺の顔を見てなにを思ったのかは分からない。だが、より強く恨みを抱いたのは間違い無いだろう。

 

「赦さん……断じて貴様らを赦さんッ!名利に憑かれ、騎士の誇りを貶めた亡者ども……その夢を我が血で穢すがいい!聖杯に呪いあれ!その願いに災いあれ!いつか地獄の釜に落ちながら、このディルムッドの怒りを思い出せ!」

 

 より目を見開き、より強く怨嗟の声を残し彼は消えていった。ディルムッドの最期に心を痛め、感傷に浸るのは此処までだ。俺は俺の役目を果たそう。切嗣の道具として。

 

「これでお前にはギアスが」

 

「あぁ、契約は成立だ。これで僕にはお前達を殺せない」

 

 切嗣が懐から煙草を取り出し、火を着ける。それを合図に俺はケイネスの背後に飛び降りた。

 

「なっ!」

 

 音に驚き振り返ろうにも今の彼は車椅子。当然、その動きが間に合う訳がない。素早く取り出したコルトパイソンをガラ空きの背中から二発撃ち込み、そして簡単に狙えるソラウの頭部に一発撃ち込み、まだ息のあったケイネスの頭部を舞弥さんが遠距離から撃ち抜いた。

 

「僕にはな」

 

 切嗣の言葉を聞きながら、ケイネスとソラウの死を確認する。まぁ、原作よりは苦しみを知らずに死ねたんだ。これでも良い方だろう。だから、恨んでくれるなよ。恨むならこんな戦いに参加した自分を恨んでくれ。

 

「ランサーのマスター、両名共に死亡」

 

「確認ありがとう影辰。此処からはいつもの様にアイリの護衛を頼むよ」

 

「分かった」

 

 切嗣からの指示を受け、セイバーとアイリスフィールの方に向く。セイバーは怒りに満ちた表情を浮かべており、アイリスフィールは顔色を悪くしながら車に全体重を預けている。あぁ、そう言えばこの時点で三騎の英霊が脱落してる訳だから、アイリスフィールの人としての機能が低下してるのか。

 

「……私は漸く貴様を外道と認識した。答えろ、切嗣。真に聖杯を求める理由はなんだ」

 

 セイバー達の方へ歩き出した直後にセイバーが切嗣に問う。清廉潔白なセイバーと切嗣の相性は悪い。今回の件で遂にセイバーの我慢が限界を迎えたらしい。アイリスフィールの言葉を信じてたらしいけど、うん。もう少し人を見る目を鍛えたらセイバー?

 

「答えて切嗣。今回はいくらなんでも貴方にも説明の義務がある」

 

 アイリスフィールの言葉を受け、切嗣が説明を始める。マスターだけ殺しては他のマスターと、サーヴァントだけ殺しては他のサーヴァントと再契約する可能性があり、同時に殺すのが最善の手だとアイリスフィールに説明した。

 

「私ではなくセイバーに。彼女には貴方の言葉が必要よ」

 

「いいや、栄光だの名誉だのそんなものを嬉々として持て囃す殺人者にはなにを語り聞かせても無駄だ」

 

「我が眼前で騎士道を貶すか外道!」

 

 切嗣の言葉は間違ってないと思う。どれだけ綺麗な言葉で飾ろうが、やっている事はただの殺人。同族殺しには違いないのだから。騎士道に則り戦うセイバーと願いの為に他者を殺す切嗣。その両者に違いを俺は見出せない。

 

「影辰!貴方も、切嗣に思うところはないのですか?貴方の様な子供を戦場に立たせ、その手を血に染めさせるこの男に」

 

 おっと、二人のとこに到着するや否や俺に飛び火したか。思うところ……思うところねぇ……俺は切嗣から理想を聞いてるし、こういう選択を取れる人だとも知っていた。なんならランサー陣営の辿る結末も。だからまぁ、答えなんて決まっている。

 

「ないよ。セイバー、前に言っただろう。俺は衛宮切嗣の道具だ。道具が一々使い手の行動に文句を言うか?言わないだろう」

 

 両手が血に濡れる事も、感情を殺さなければならない事も全て理解して俺は此処にいる。何故なら、そうしなければ、生きていけないから。

 

「ッッ……その目は決して貴方の様な子供がしていい目ではない」

 

「……悪いけど、俺はもう戻れない。これは俺が選んだ在り方だから」

 

 心配してくれるセイバーには悪いが、もう引き返す道なんて存在してない。ただの子供として、転生者として普通に生きる道もあっただろう。或いは、この戦いから逃げ出す事も出来ただろう。けど、そんな道なんて選んでない。可能性を考えたところで無駄だ。そんなもの理不尽に奪われるのだから。

 

「影辰」

 

 舞弥さんが車に乗って現れる。ちょうど良いタイミングだ、空気が重くなって来たから。

 

「切嗣、迎えが来たぞ。まだ仕事があるんだろ?」

 

「そうだね」

 

 顔色が悪そうなアイリスフィールをチラリと見て、切嗣は車に乗り込む。やっぱり、分かってても心配なんだな。

 

「……切嗣はもう行ったわね?」

 

 苦しそうに捻り出したその言葉を最後に、アイリスフィールは倒れていく。駆け込んだセイバーにより支えられ、声をかけられるが反応はない。アイリスフィールの体調悪化。それが指し示すのは、第四次聖杯戦争は後半戦に入ったということ。この先、どうやって生き残れば良いのか……

 

「セイバー」

 

 とりあえず今は、アイリスフィールを運ぼう。車の後部座席を開けながら、俺はセイバーに声をかけた。車中での会話は一切無かったのは言うまでもないだろう。




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覆水盆に返らず。されど少年は抗った

「……暇だ」

 

 ランサー敗退により、セイバーとの折り合いが悪くなりはや二日。俺は早朝から間桐の家を見張っていた。残りサーヴァントはセイバーを除けば、遠坂時臣のアーチャー、ギルガメッシュ。ウェイバー・ベルベットのライダー、イスカンダル。そして間桐雁夜のバーサーカー、ランスロットの3騎のみ。俺の同行はアイリスフィールと舞弥さんに強く反対されて行けなかったが、昨日遠坂時臣との一時的な休戦協定の話があったらしい。つまり、今日この時点で遠坂時臣は死に、アーチャーのマスターはあの言峰綺礼になっている事だろう。

 

「はぁぁ……嫌だなぁ。逃げ出してぇ……」

 

 考えても考えても俺が生き残れる未来が見えない。いや、正確に言えば考えてはあるが実行に移せていない。今、俺は何の見張りをつけられる事なく、こうして一人アンパンを齧っている。つまり、冬木市外に逃げるなら今がチャンスなんだ。けど、それが出来ないまま時間だけが過ぎてしまった。もちろん、色々と理由を考えれば実行できない根拠がある。

 

「けど……情が湧いてしまってるんだろうなぁ」

 

 一番はこれだ。生き残る為にほとんど関わってない人間を切り捨てる事に何の躊躇いもない俺だが、切嗣達は別だ。そういう覚悟を持つ前に関わり、命を救われた。笑えるだろ?この聖杯戦争の結末を知って黙っている癖にこれだ。情が湧いたなら、信じて貰えない覚悟で真実を話すべきだった。狂人の様に思われ、捨てられたり殺されたりする可能性を容認すべきだったんだ。けど、もう遅い。切嗣達というぬるま湯に俺は居心地の良さを覚えてしまったから。

 

「……こうなりゃ最後まで付き合って全てを運に……ん?」

 

 双眼鏡の倍率を弄る。間桐邸から、間桐雁夜が出てきて言峰綺礼と合流しているのが見えた。それを確認した瞬間に無線機を取り出し、切嗣に繋ぐ。

 

『どうした?』

 

 いつもより切嗣の声に暖かさを感じない。そうか、俺という不純物が居ても戻れたんだな暗殺者に。

 

「間桐雁夜が言峰綺礼と合流した。どうする?」

 

 俺の報告に息を呑む音が聞こえる。そして、しばらくなにかを考えていたのか無言の時間が続き、切嗣が返答する。

 

『気づかれない距離を維持しながら追いかけてくれ。舞弥にこの事を伝えておくから、定期的に報告してくれ』

 

「分かった」

 

 切嗣との通信が切れる。さて、どうしたものか。間桐雁夜はただの素人だから兎も角、言峰綺礼相手にストーカー出来る自信がない。だが、時間は早朝。昼よりは人通りが少ないとは言え、堂々と殺してくる事はないだろう。そうと決まれば早速行動しよう。隠れていた木から飛び降り、言峰綺礼達を追いかける。幸いな事に満足に歩くことすらままならない間桐雁夜のお陰で簡単に二人を視界内に捉えることが出来た。二人を見失わない程度に追いかけていると、やがて二人は言峰綺礼が用意したであろう車に乗り込む。っと、それは不味いな。徒歩で車に追いつく事は出来ない。視線を彷徨わせ、タクシーを見つけ、止まってもらう。

 

「こんな朝早くにどうしたの?親御さんは?」

 

「すみません、細かいことは良いので目の前の車を追いかけてくれますか?」

 

「悪戯かい?駄目だよ、ほら早く親御さんの所に戻って」

 

 くっそ、全然話が通じねぇ!子供の身体だからか?100%そうだろうな!きっと、善意で言ってくれてるんだろうけどその善意が今回ばかりは必要ないんだ。とは言え、言いくるめるだけのスキルもない。二人が乗り込み、既に遠くになっている車の外見と番号を覚える。車種?詳しくないからわかんない!

 

「あぁ、もう分からず屋!」

 

 タクシーの運転手にそう言って走り出す。そのまま無線機を取り出し今度は、舞弥さんと繋ぐ。

 

『どうしました影辰?』

 

「車に乗られたから見失った!時間の許す限り徒歩で探してみる」

 

『分かりました。ですが、無理はしないでくださいね』

 

「一時間置きに連絡します」

 

 無線を終わらせ、全力で街中を走る。到底追いつけるものではないが、今はこうして何かしてないと余計な事を考えてしまう。そんなこんなで冬木市内を走り回り、昼ご飯を食べまた走り回り、時刻は夕方になりつつあった。走り回りに走り回り、現在拠点としている後に衛宮邸と呼ばれる場所の近くまで来てしまった。

 

「いくらなんでもこっちには居ないよな」

 

 無我夢中で走り回っていたとは言え、自分達の拠点近くに戻ってくる奴があるか?帰巣本能じゃないんだぞ全く……っと、そろそろ定期報告の時間か。無線を取り出し、舞弥さんに連絡を取る。

 

「……出ないな」

 

 舞弥さんが連絡に出ない。マメな人だし、定期連絡すると言っておけば手放さないはず……

 

「ッッ!?そうだった!今日は……!!」

 

 記憶を辿り思い出した事実によって、走り出す。此処からなら10分とかからず戻れる筈だ。走れ、走れ、走れ!!今日ほど子供の身である事、考え過ぎた事を恨む日はない。舞弥さんが連絡に応じない。それはそうだ、今日この時間はライダーに化けたバーサーカーがアイリスフィールを拉致する日。そして、守る為に応戦した彼女が死んでしまう日なのだから。

 

「やっぱり……扉が砕けてる。舞弥さん!!」

 

 慌てて倉庫に駆け込めばピクリとも動かない舞弥さんが横たわっていた。既にセイバーが出て行ったあとなのか、弱々しく彼女が目を開ける。

 

「……影辰」

 

「喋らなくて良い!今、手当をする!」

 

 倉庫に入れておいた救急キットを取り出し、失礼だとは思うが舞弥さんの上着を脱がす。ざっと見た限り、一番深い傷は右胸近くの刺し傷。清潔な布を押し当て、包帯でキツく縛っていく。その際に脇をより強く縛り血流の流れを抑える。よし、次は頭だ。傷口は見つけづらいが、流れていく血を辿れば大凡の位置は分かる。

 

「少し持ち上げますよ」

 

 返事をする体力もないのか舞弥さんから返事はない。だが、胸が上下している為、呼吸はしている。それだけ分かれば十分。今度は頭に包帯を巻いていき、傷口を押さえる。出血は応急手当てでもどうにか出来るが骨折はそうもいかない。

 

「救急車を呼ぶから安静にしててくれ」

 

 舞弥さんが持っていた携帯を借りて、連絡しようと立ち上がる。その瞬間、足を舞弥さんに掴まれる。

 

「舞弥さん?」

 

「……かげたつ……あなたは、きりつぐといっしょにたたかって……あのひとのゆめを……てつだってあげて……」

 

 そう言って舞弥さんの手が俺の足から離れた。どうやら気絶したらしい。応急手当てはした、やれるだけの事はした。あとは救急に任せよう。震える手で119番を押し、此処の住所と怪我人がいる事を伝える。そのまま外に出て、救急車が到着するのを待つ。暫くして、救急車が到着。サーヴァントの事は伏せておき、轟音が鳴ったから気になって来てみたら舞弥さんが倒れていたと説明し、応急処置をした事も伝える。彼女が運ばれていくのを見送り、塀に背中を預けながら蹲る。

 

「影辰」

 

 どれだけの時間そうしていたかは分からないが、頭上から冷たい声の切嗣に声をかけられた。顔を上げて、彼と視線を合わせる。

 

「舞弥はどうなった?」

 

「応急処置をして、救急車に乗せた。その後は分かんない」

 

「そうか……僕はこのまま聖杯を呼ぶに足る霊脈を探る。お前はどうする?」

 

 俺?俺はどうすれば良いんだろうな。切嗣に問われた質問を頭の中で反芻させていると、さっき舞弥さんに言われた言葉が蘇る。

 

「……かげたつ……あなたは、きりつぐといっしょにたたかって……あのひとのゆめを……てつだってあげて……」

 

 なにもかも黙ってた俺が、原作を変えるかもしれない事に怯えてる俺が叶うことのない切嗣の夢をどうやって手伝えば良いんだ……分からない。分からないけど、今俺だけが知る情報で切嗣の危険を僅かでも下げる事が出来る。

 

「……バーサーカーのマスターを殺す」

 

「分かった」

 

 今夜、0時冬木教会。そこに間桐雁夜は現れる。バーサーカーが霊体化してるかもしれない。愉悦を求め言峰綺礼、ギルガメッシュが邪魔してくるかもしれない。けど、そんなの知ったことか。あの時、仕留める事が出来れば今日この事態は避けれたかもしれない。舞弥さんが死の淵を歩かずに済んだかもしれない。俺の不始末は俺が片付ける。

 

「君がどんな情報を握っているかは知らないが、君を信じよう。間桐雁夜の殺害、任せたよ」

 

「あぁ。任せてくれ」

 

 ごめん、舞弥さん。俺が知る全てを語るにはもう遅い。だけど、今の俺が出来る全力で切嗣を手伝うから。

 

 

 

 

 

 

 深夜0時。冬木教会へと繋がる道を間桐雁夜は歩いていた。並の魔術師であれば、この聖杯戦争の間、防御術式を展開していたり使い魔で視界を広く確保していたりするのだろうが、魔術の道において落伍者である彼はそんな芸当は出来ない。冬木教会まであと少し、形が見えて来たところで暗殺者は静かに忍び寄る。

 

「遠坂……時臣ぃ」

 

 見えて来た教会に間桐雁夜が溢れる呪詛を抑えきる事が出来ず思わず、立ち止まり恨みを吐いたところで暗殺者は仕掛けた。草むらから音もなく飛び出し、ただでさえ半身が麻痺しバランスの悪い間桐雁夜の足を蹴り砕く。

 

「ガッ!?」

 

 急に足から走る激痛に苦悶の声を上げながら間桐雁夜は、倒れ伏す。痛みに悶え、周囲の確認を怠った彼は霊体化しているバーサーカーへ指示を出せない。霊体化から実体に戻るには一瞬の隙があり、理性を失っているバーサーカーはその辺の判断が通常より鈍っていた。もちろん、それだけではかの湖の騎士が判断を見誤る事はないが、直前に令呪二画による命令でセイバーを無視しなければならずその事実に己の中で負の感情を募らせていたからこそつけ入る隙が出来ていた。

 

「死ね。バーサーカーのマスター」

 

 暗殺者──衛宮影辰は、懐からコルトパイソンを取り出し間桐雁夜を撃ち抜く。頭に風穴を空け、蟲と共に地面に間桐雁夜の血がぶちまけられた。ゴミを見る様な冷徹な目で間桐雁夜の死を確認した衛宮影辰は素早くその場を離れようとする。

 

「……まぁ、そう上手くはいかないよな」

 

「Arrrrr!」

 

「うるさいよ」

 

 間桐雁夜が死に漸く霊体化を解いたバーサーカーから振り下ろされた拳を避ける衛宮影辰。直後、1騎と一人の間に黄金の宝剣が突き刺さる。飛んできた方向にいるのはもちろん。

 

「その道化に裁定を下すのは、この我だ。勝手に触れるな、狂犬」

 

 英雄王ギルガメッシュだ。愉しげな笑みを浮かべバーサーカーと衛宮影辰を見ている。流石のバーサーカーもマスター死亡により魔力供給が途絶えた今、サーヴァントとの戦闘を避けたいのか唸ったまま動かない。ふと、影辰は気がついた。ギルガメッシュの近くに言峰綺礼が居ないことに。何処だと思った直後、彼の首筋に鋭い痛みが走る。

 

「しまっ……」

 

「ふっ、お前が釣れるとはな。海老で鯛が釣れるとはこの事か」

 

 木を隠すなら森の中。殺意を隠すなら殺意の中、バーサーカーとギルガメッシュ、そして影辰自身の殺意によって言峰綺礼が接近している事に全く気がつけなかった。遠のく意識の中、衛宮影辰は切嗣に対する謝罪を思うのだった。

 

「(ごめん……切嗣。ははっ、危険を犯したらすぐこれとか救えねぇなぁ……)」




感想・批判お待ちしております。


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狂宴のその始まり

今回は、拉致されてから最終決戦が始まるまでの間の話。次回から、最後の戦い。
あと、1話か2話でzero編が終わるかな。可笑しいね、当初は10話ぐらいで終わると思ってたよ。


 思えば、彼を拾ったのはずば抜けた身体能力を見せたのもあるが、イリヤと重ねてしまったからだったか。魔術師殺しと言われていた頃に戻れずに、アインツベルンから突然の依頼を受け殺しに行った魔術師の家系。詳しい理由に興味はなかったが、なぜ殺せと言われたのだろうか?まぁ良い、兎に角僕はそこで舞弥と同じ質の良い道具を手に入れた。

 

「……その彼からも連絡はない……舞弥は予断を許さない状況。また、一人になったな」

 

 彼が今更間桐雁夜如きに遅れを取るとは思えない。僕が無理やり命じたのなら可能性はあるが、あの時彼は確信を持ってバーサーカーのマスターを殺すと言った。なら、何かしらの自信があったのだろう。ともすれば、余計な邪魔が入ったか。

 

「言峰綺礼……奴を初めに殺しておけば……」

 

「あれから市内を探していますが、アイリスフィールと影辰は見つかりません。これから捜索に戻りますが、何かあれば令呪で召喚してください」

 

 セイバーが報告をして再び背を向ける。アレを数には入れてなかったが、事が起きてすぐに令呪で転移させてもアイリを見失い、宝具を使ったというのにライダーを仕留める事もせず、時間だけ浪費し影辰すら見つけられない。そんな役立たずを数に入れるほど僕は優しくない。

 

「最優のセイバーか……ふっ、笑わせてくれるな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……此処は……何処だ?」

 

「漸く目を覚ましたか道化」

 

 目を開け、真っ先に飛び込んだのは輝かしいまでの黄金──もとい、ギルガメッシュだった。黄金の鎧を着てなくても黄金なのかこの王様は。って、そんな事はどうでも良い。なんで、ギルガメッシュと1対1になってるんだ俺は?

 

「状況が飲み込めていないようだな。良いだろう、この我が説明してやる。貴様は、バーサーカーのマスター殺害後、綺礼によって気絶させられ、この場に連れて来られた。あぁ、安心すると良い今、綺礼は別の場所にいる」

 

 そうだ。思い出した、間桐雁夜を殺しに行って俺は背後から言峰綺礼に襲われたんだ。……なら、なんで生きている?俺に人質としての価値はない。その程度で切嗣が聖杯を諦める訳がない。そんな事、あの男からしたら分かるはず。

 

「なんで俺は生きている?」

 

「問いを許した覚えはないぞ道化。まぁ、良い。我が与えた霊薬を肌身離さず持っていたその礼儀を以て赦してやる。綺礼は貴様に執心でな、彼奴の内側が目覚めるのならこうして生かしてやるのも悪くない訳だ」

 

 いやいや、なんか妙に好感度高いな?とは思ってたけど、俺あいつに粘着されてんの??愉悦に対する答えなんて持ってないぞ?全くもって理由が分からん。切嗣だけが狙いじゃなかったのか?

 

「……なんで俺なんかに?」

 

 俺がそう言うとギルガメッシュは、これまた愉しそうな笑みを浮かべソファに深く座り込む。今、気が付いたけど此処下水道じゃないんだな。何処かのホテルか?いや、サーヴァントがホテル借りるなよ……あ、通販する英霊もいたか。

 

「道化、貴様は己の歪さに気づいているか?」

 

「歪さ?」

 

「そうだ。僅かに神の残り香を漂わせる道化よ、貴様と神の間にどの様な盟約があったかは知らん。だが、生を望んでおきながら、死地に飛び込むその矛盾はなんだ?死を恐れる癖に、死地には怯えない。はっ、随分と愉快な精神よな」

 

 死を恐れる癖に死地には怯えない……?何を言っている。俺は常に死にたくないと思って……

 

「よもや貴様、自分は真っ当に恐れていたとでも思っていたか?我の宝剣、魂そのものに呪いを齎す宝剣を見た時のみはっきりと怯えを見せた。つまりだ、それ以前に起きていた戦いそして狂犬の背にいた時、貴様は怯えていなかった。理由を聞かせてみせろ、貴様は何故生きようとしている?その為にこの場を用意したのだからな」

 

 ギルガメッシュが何を言っているか分からない。俺は生きたいと望んで……望んで?なら、俺は死に怯えていたか?死にたくないと言いながら何度も何度も俺は戦いに赴いた。本当に死にたくないなら、全てを投げ出す覚悟でこの冬木から逃げ出せば良かった筈だ。切嗣の道具だからと言い聞かせ、すぐ隣に死がある戦場に赴き今こうして、切嗣の為にマスターを減らそうとして捕まっている。

 

「お、俺は……生きたいから……」

 

「生きたいから生きるそんなものは獣以下だ。その先に何を望む?」

 

 ギルガメッシュの言葉に答える事が出来ない。この第四次聖杯戦争そして、起きるであろう第五次聖杯戦争を生き延びたとして俺は何を望んでいる?

 

「……ふむ。貴様も愉悦が何たるかを知らない様だな。さて、どうしたものか。導いてやるのも吝かではないが、貴様は流れのままに任せておいた方が面白い事になる気がするな」

 

 ガチャリと後ろのドアが開く音がした。振り返ってみればそこには言峰綺礼が居た。俺の顔を見て笑みを浮かべた後、近くにやってくる。彼から血の匂いがした。あぁ……アイリスフィールは死んだのか。

 

「随分と憔悴した顔だな。ギルガメッシュ、何かしたのか?」

 

「なに、少しばかり問いをな。喜べ、綺礼。此奴も貴様と方向性は違うが空虚な人間だ」

 

「ほぅ。既に答えを得たものだと思っていたが、今ならそれはそれで楽しめそうだ」

 

 言峰綺礼に片腕を掴まれ、持ち上げられる。何を考えているかは分からないが、随分と愉しそうな顔をしている。ただ、その手を振り払う気力も今はない。ギルガメッシュに問われた事が今もなお、脳裏から離れない。

 

「腑抜けになられては困るな」

 

 腕を掴んでいる右手が光輝き、しばらくして雑に離される。自由落下でソファに叩きつけれ、左手を見てみたら片翼の様な形をした令呪が宿っていた。……は?

 

「監督権限で今からお前をマスターと認めよう」

 

「ッッ、俺に魔術回路はないし、聖杯に託す願いもない!そもそも、サーヴァントがいない筈だ!」

 

 俺がそう言うと同時に言峰綺礼は笑みを深めながら口を開く。

 

「バーサーカー」

 

 その言葉と共に彼の横にバーサーカーが現れる。倒した訳でも、自然消滅を待った訳もなく再契約したのか?そんな魔力何処に……令呪か。言峰綺礼の腕には過去の聖杯戦争で使われなかった令呪が宿っている。それを魔力源とすれば戦闘もしないバーサーカーの維持は簡単だろう。ははっ……結局、何も……何も出来てねぇじゃねぇか……

 

「この通りバーサーカーの枠が余っていてな。私が契約を続けても良いが、既にギルガメッシュがいる以上、長くは維持できない。そこで、哀れにも我々に捕まったお前に白羽の矢が立った訳だ。無論、断る権利はあるがそれをすれば死ぬだけだ。首に触れてみると良い」

 

 ゆっくり首に手を伸ばせば、何かが触れる。首輪か?

 

「それはギルガメッシュから借り受けたものだ。お前が、バーサーカーとの契約を拒否したり、令呪で自害させたりすれば即座にその首を絞め上げるというものだ」

 

 この野郎……選択肢なんてないじゃないか。バーサーカーと契約をせずに死ぬか、バーサーカーと契約して命尽きるまで搾り取られるかの二択。どちらを選んでも俺に待っている結末は死。

 下唇を血が出るほど噛みながら、令呪をバーサーカーに向ける。

 

「……俺に従え。バーサーカー」

 

 令呪が光輝き、バーサーカーと俺との間にパスが繋がる。その瞬間、全身の血が沸騰したかの様な痛みに襲われる。碌な魔術回路を持たないものがサーヴァントと契約した場合、現界を維持する為に使われるのは自身の生命力。

 

「がっ……あぁァァァァァァァァァ!!!!!」

 

 痛い……痛い……痛い!ただ息をしているだけで、全身が裂けそうになる。無様にソファから転げ落ち、命そのものが削られる激痛に蹲る。バーサーカーの奴、現界ギリギリだったな。ああくそっ、一発で再契約が成立する時点で気づくべきだった。言峰綺礼の奴、バーサーカーと再契約なんてしてない。どうやったかは知らないが、霊体化させて魔力消費を極端に抑えてただけだ。

 

「ふっ、バーサーカーが消えるまでに起きなければ無理矢理にでも再契約させるつもりだったが、こうして苦しむ様を見ることは出来なかったな」

 

「は……はぁ……バーサーカー……霊体化してろ……」

 

 バーサーカーが俺の言葉に従い霊体化する。すると、違和感こそあるが徐々に痛みが引いていく。ぼたぼたと汗を落としながら言峰綺礼を睨みつける。

 

「いつまでその目が出来るか見ものだな。さて、そろそろ行くぞギルガメッシュ」

 

「此奴はどうする?此処に置いていくのか?」

 

「無論連れていくとも。ただ待つだけでは暇だからな」

 

「しかし、つくづく可笑しな奴よ。魔力を持たぬその身でバーサーカーを現界させ、未だ魂が潰えぬとはな」

 

 ギルガメッシュの言葉を聞きながら意識を失う。この先に待ち受ける運命に絶望しながら。




感想欄でも予想している方がいましたが、はい。最終決戦にはバーサーカーのマスターで参戦です。
バーサーカーを自害させたら一緒に死にます。アロンダイトなんて出されたらにはヤベェです。雁夜叔父さん以上に保ちません。
先の展開へのフラグとか、伏線とか撒きつつ今回は此処まで。次回は早めに更新して一気にzeroを駆け抜けたい所存(予定は未定)

感想・批判お待ちしています。


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愚者の抗う理由

思ってたより遅くなったぁぁぁ!
書き出しに沼ってました……ズブズブ沈むと中々戻ってこれない……


 転生した俺は結局のところ、自分の生存と切嗣達原作キャラ達の幸福。それらを天秤に乗せて、自分の生存を選んだ男だ。切嗣の道具として自分を扱う事で、結末を知っている親しい人物達が地獄に落ちていく様をただ黙って見ることを選んだ卑怯者だ。それはどう足掻いても変わらない。ただ生きたいとなんの目的も持たず、漠然と生きているだけの俺がこの聖杯戦争に全てを懸けている衛宮切嗣や他の参加者達に比べて生きていて良いわけがない。だから、これはその罰なんだろう。親しいと思える人間すら見捨てた俺に対する罰だ。

 

「ぐっ……ァァァァァ……」

 

 バーサーカーとセイバーの戦闘音が聞こえる。令呪一画を使って、セイバーと戦うようにバーサーカーには命じてある。令呪の魔力が無くなるまでは俺の魔力を吸い尽くす事はないだろう。脂汗をかきながら、なんの飾りもないただの冷たいコンクリートの壁を見上げる。令呪は残り二画。……なんで、俺はまだ生きようと足掻いているんだろうな?とっとと、自害でもすればセイバーは早々に聖杯に辿り着く。イスカンダルと戦ってるギルガメッシュはまだその場に居ないだろうし、聖杯の真実を切嗣が知るより前に気づけるかもしれない。そうすれば、あの清廉潔白な騎士は聖杯を、我欲に走る前に破壊して……なんて、希望論が過ぎるか。

 令呪を早々に使い切ればマスター権を失って、この地獄からも解放されるかもしれない。けど……

 

「解放されて……どうしろってんだ?」

 

 この最終決戦の場に居ては聖杯の泥から逃れる事は出来ない。仮に今から令呪を使い切ったとしても、泥の効果範囲から逃げ切れるとも思えない。なにせ、ただの子供の体だ。車並みに走れる訳じゃない。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 不味いな。呼吸がし辛くなってきた……生命力という名の魔力を吸われて、どんどんこの身体も死に近づいているらしい。このまま、魔力を吸い上げられて干からびて死ぬのだろうか?ハハッ、前世より最悪な死に方だな。

 

「……あぁ、いよいよ視界が霞んできやがった……くそっ、令呪の行使すら出来ないじゃないか。燃費の悪いサーヴァントだ……」

 

 他者を見捨てて、他者を平気な顔で殺して。そんな悪者にうってつけの結末だな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『切嗣はね、本当はとっても優しいのよ。貴方にはキツく当たる事もあると思うけど、あの人を誤解しないであげて欲しいわ』

 

 一面の銀世界、珍しく晴れた外の景色を見ていたアイリスフィールが同じく、外を見ていた俺に突然そう話した。外ではイリヤと切嗣が遊んでいる。俺の前世からしたら当たり前な幸福な光景で、彼女からしたらとても残酷で優しい光景。慈しむように微笑む彼女は拾われただけの俺にも同じ笑みを浮かべていた。そんな彼女の言葉に分かっていると答えれば、嬉しそうにまた笑みを浮かべた。

 

『ほんと!なら、切嗣を支えて欲しい。あの人は色々と溜め込んでしまうから。誰よりも優しいのに誰よりもこの世界が残酷だって知っているから。ふふっ、貴方の様な子供に頼む事じゃないわよね。でも、きっと貴方なら切嗣を支えられると思うの』

 

 何を根拠に言っているのだろうか?あの時も今も俺には彼女がどうして俺なんかに頼んだのかさっぱり分からない。吹雪が吹き荒れ、俺を飲み込む。吹雪が止んだ頃には景色が変わり、今度は舞弥さんが近くに立っていた。

 

『影辰。私達はあの人の道具です、それを忘れてはなりませんよ』

 

 分かっている。俺は切嗣に道具として拾われ、その機能を期待された。だから、頑張ってきたつもりだし、貴女に切嗣の夢を手伝ってくれと頼まれたからやれるだけはやったよ。結局、こうしてバーサーカーのマスターとして邪魔をしてしまっているけど。どうせそれもすぐに終わる。

 

『ですが、貴方は本来大切に守られるべき子供です。戦うだけの機能を期待され仕上げられた私と違って、貴方はまだ人として扱われています。きっと、それは切嗣の弱みなのでしょうが……私はそれを好ましいと思っています。切嗣の夢が叶った世界、そこには奥様もそして私も居ない事でしょう。その時は、貴方が切嗣と一緒に居てあげてください。あの人は、寂しがりやですから』

 

 なんで……なんで……俺なんかにそんな事を頼むんだ。確かに切嗣から理想を聖杯に託す願望を聞いた。けど、俺なんかが居て何になる?舞弥さん、貴女も居るべきだ。そんな悲しい顔をするくらいなら、自身の生存を諦めちゃダメだ。夢なのか現実なのか、それともこれが所謂走馬灯というやつのか?

 

『僕が聖杯に託す願いは、恒久的な平和だ。もう二度と人類が血を流すことのない世界を聖杯に願う』

 

 最後に切嗣が現れ、最大の信頼として聞かされた願いを言われる。この時俺は自分の中で葛藤していて、よく切嗣を見ていなかった。あぁ、こんなにも不安げなのを隠そうともせず願いを口にする男がいるのか。俺の記憶が正しければこの後、切嗣に心配され、会話を終わらせた筈だ。けど、どうやらあの時、俺が聞けなかった言葉があるらしい。

 

『僕が言うのも変なことだけど、恒久的な平和が実現したら、その世界で君は自由に生きて欲しい。僕の道具とかこれから手を染めるであろう血に縛られる事なく、ただの子供としてただの衛宮 影辰として』

 

 ……なんて、傲慢な願いなんだろうか。俺を道具として仕立て上げた男の言葉とは思えない。けど、あぁ……なんで俺はこんなにもスッキリとした気分でいるんだ。俺はこの世界で繋がりなんて作れないと思っていた。この世界にとっての異物であり、本来の在り方を歪める存在が俺なのだから。だから、親しいと感じた人達を見捨てて可能な限り原作のまま進行させようとした。ちょっとばかり、自分に有利になる様には立ち回ったつもりだけど。だけど、そんなの関係なしに彼らは俺に手を伸ばしてくれていた。

 

『影辰。貴方は子供なのですから、平和な時ぐらいゆっくりしていて下さい』

 

 セイバーの子供扱いだってズレてはいたけど、確かに俺を気遣ってのものだった。なんだ、俺はこんなにも沢山の人に手を伸ばされていたんじゃないか。それを取ろうともせず、何をやってんだ俺は……

 閉じていた目がゆっくりと開いていく。力なんて入らなかった身体が動き出す。身体より先に心が負けていた。走馬灯ってやつに感謝しなきゃな。もたれかかっていた壁から離れ、緩慢な動作で立ち上がる。まだやれる。まだ動ける。活力が戻ってきた身体が、一歩動くごとに激痛を知らせる。

 

「……こいつの飲み時か」

 

 懐からギルガメッシュに貰った謎の霊薬を取り出す。これの効果なんて知らない。もしかしたら飲むだけで死に至る猛毒かもしれない。そんなものあの王様からすれば、溢れるほど持っているものだろう。だが、あの慢心の塊とも言える王様が自身の知らないところで俺が死ぬのを是認するとは考えられない。裁定を下すと言ったのだから、俺を直接見て判断できる状態で殺す筈。

 

「ただの希望論……あの慢心王のプライドを信じるだけの行為。さっきまでの俺からしたら考えられない判断だな」

 

 けど、あの王様とも繋がりが出来たと言えば出来たと言える。俺を道化として面白がるつもりなら、この霊薬は毒じゃない。俺を更なる地獄へ導くものかもしれないが今だって地獄だ。そんなもんもう関係ねぇ!

 勢いよく、蓋を開けガッと霊薬を飲み干す。瞬間、全身に力が漲る。死にかけていた俺の魂が輝きを取り戻していくのを感じる。ハハッ!これなら全然動ける!戦いで歪んだ扉を渾身の力で蹴り飛ばし、セイバーとバーサーカーの戦いの場に乱入する。

 

「影辰!?此処にいたのですか!?!?」

 

 死んだ魚の様な目をしていたセイバーの顔が驚愕に染まる。そんなセイバーを見て、笑いながら令呪をバーサーカー……ランスロットに向ける。既に兜が壊され、狂気に支配された生前の美貌など一切感じられないその顔が俺を見ていた。俺は、Fate作品を見てて常々思っていた事がある。そう、円卓の騎士のコミュニケーション能力の無さだ!もっと話せよお前ら!何のための円卓だよ!!

 

「令呪を持って命じる。一時的で良い、狂気を取り払え!重ねて令呪を持って命ずる。バーサーカー、ランスロット!!自身の想いを騎士王に素直に告げろ!!」

 

「影辰!?」

 

「Arrrr!?!?!?」

 

 セイバーとランスロットの顔が揃って驚愕に染まる。ほらそこ、Arrrrじゃないでしょ!令呪が無くなってマスター権の無くなった俺から魔力を搾り取る事が出来ないんだからさっさと話をする!即座に俺を殺さない時点で令呪が有効に働いてるのは分かってるんだから。

 

「早く話すんだよランスロット。俺はちゃんとした魔術師じゃないんだから、令呪無しに貴方に魔力を渡す事は出来ないんだから。令呪の効果が切れたら消えるよ?」

 

「……私には狂気に堕ちる事すら……赦されないのか……私はただ、王に罰して貰えればそれで良かったのだ。騎士としても男としても半端であった私を……王よ、我らが騎士王よ。どうか……私に罰を……仮初のマスターの命が残っている間に」

 

 燃え盛る戦場の中、狂気を取り払われた不忠の騎士は膝を突き、王に罰を乞う。頭を下げるその姿は正しく、王に傅く騎士そのものであった。そんな騎士に対し、王は震えたまま言葉を紡がない。

 

「セイバー。想いは黙っていては伝わらないぞ、なにせ言葉にしても気づかなかった馬鹿が此処にいるぐらいだからな」

 

 本当は黙って見守るつもりだったけど、令呪の効果がいつまで続くのか分からない。此処でバーサーカーに暴れられたら俺が死ぬ。だからちょっとばかしセイバーを急かす。一度、俺を見たセイバーは覚悟を決めた顔になり口を開いた。

 

「我が騎士、ランスロットよ。私は、貴方こそ忠節の騎士であるという想いは変わらない」

 

 ビクッとランスロットが動く。

 

「……しかし、貴方が罰を求めていると言うのなら罰を与えるのが王としての役目なのでしょう。私は救うばかりで導く事をしてこなかった。その結末はよく知っている。我が騎士、ランスロットよ。今更だが貴方に罰を与える」

 

 聖剣が姿を現す。漸く裁かれる時がきたとランスロットは傅いたまま動かない。

 

「……ご苦労様ですランスロット。不甲斐ない王で申し訳ありませんでした」

 

 霊核をバッサリと斬り裂く聖剣。首を飛ばすのではなく、霊核を斬り裂く事を選んだのは例え仮初の身体であろうと、ランスロットの首が地面を転がるのを嫌ったのか。それはセイバーにしか分からない。崩れ倒れるランスロット。

 

「……やはり王は王ですね……あぁ、あの円卓に集った誰もが貴女を不甲斐ないなどと思った事はありませんよ……敬愛すべき我らが尊き王よ……私は、貴女の元で戦えて……」

 

 幸せでしたと消えいる様に残しランスロットは消滅していった。暫く、消えていったランスロットを見て涙か火災の煙に反応したスプリンクラーの水かどちらか分からないもので顔を濡らしたセイバーは、俺の元へゆっくりと歩いてきた。

 

「……その、なぜ貴方がマスターをしていたのかは分かりませんが、ありがとうございます。きっと、貴方がいなければランスロットの本心を知ることも理解する事も出来なかったでしょう」

 

「良いよ別に。余計な手間をかけさせたお詫びみたいなものだ。それより早く奥に行こう。多分、切嗣がそこに居て、聖杯もそこにある」

 

 お礼を言ってくるセイバーに背を向けて歩き出そうとする。直後、視界がぐにゃりと歪み耳鳴りも酷くなる。高揚感はあるのに身体はどうやらボロボロらしい。まともに歩く事すら出来ず、体勢を崩す。

 

「影辰!?」

 

 倒れそうになったところをセイバーに抱えられ、どうにか派手に地面へと激突する事は避けられた様だ。なんだ……この感覚……これ、前世で酒を飲みすぎた時に味わった感覚に似てる気がする……くっそ、霊薬の副作用か?まだやる事があるってのに……これは……不味いな。

 

「影辰、大丈夫ですか!?くっ……とりあえず此処は火の手が危ない。此方に」

 

 セイバーに抱えられたまま、何処かの部屋に案内された。そこにあったソファに降ろされると、流石に立てなくなる。

 

「影辰、私は……」

 

「良いよ……気にしないで……落ち着いたら俺も行くから……」

 

「はい。わかりました、影辰を信じましょう。大丈夫です、貴方がくる頃にはきっと聖杯を手に入れていますから」

 

 セイバーがそう言って立ち上がる。遠ざかっていくセイバーの背中を見ながら、気力を振り絞って口を開く。これだけは伝えておかないと。

 

「セイバー……俺を気遣ってくれてありがとう……楽しかったよ」

 

「……はい。私も散々貴方に振り回されましたが、楽しかったです」

 

 笑みを浮かべて今度こそ去っていくセイバー。きっともう、彼女を見ることはないだろう。目を閉じてソファの上で寛ぐ。正真正銘、もう俺に出来る事は何もない。あとはもう全て運命に任せよう。セイバー、切嗣、頑張ってくれ。

 抗う事も億劫になるレベルの睡魔に身を任せ、俺は目を閉じた。

 




霊薬がどんなものか分かる人はいるのかな?一応、オリジナルではなく存在してるものです。

身体より先に精神が折れかけていた影辰。彼の死に辛さ、Gの様な生命力にはちゃんと理由があります。と言っても、独自解釈もありますし、作中で明らかになるのは結構先の予定。

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生誕

「……このままだと消滅か。両方消えるなら俺が消えよう」


 火の手があちらこちらに回っており、黒煙が夜空すら覆い隠す。ほんの少し前まで人が暮らしていたとは思えない瓦礫しかない地獄の景色。燃え盛り、砕け散る音の中に人の悲鳴が、助けてと言う願望が掻き消えていく。

 衛宮切嗣によって、小聖杯が破壊され、第四次聖杯戦争は全てのマスター・サーヴァントの敗退ではなく賞品の消滅によって終わりを迎えた。今、起きているこの景色は衛宮切嗣が器たる小聖杯をセイバーの宝具で破壊した事により、既に穿たれていた孔から大聖杯を汚染している『この世全ての悪』──アンリ・マユの泥が溢れてしまった為にこの地獄は地上に具現した。その地獄にて一騎と一人が会話をしていた。一騎のサーヴァントは、この泥を受けてなお反転する事なく、受肉を果たしたアーチャークラスのサーヴァント、真名をギルガメッシュ。一人の人間は彼のマスターにして、今この瞬間不条理に囚われた男、言峰綺礼。

 

「これでは足りん。確かに問い続けるだけの人生に私は漸く解答を得た。ところが、問題が解かれる過程を省略してただいきなり解答を投げ渡され、何をどう納得しろと言うのだ?」

 

 内なる愉悦の答えを見せられてなお、求道者である彼は満足していなかった。この世の地獄とも言えるこの景色は確かに言峰綺礼にとっては、心地よく満足のいくものであろう。だが、解答だけでは物足りない。この世全ての悪がこの世界に具現し、その存在を証明する事が出来る瞬間こそ、真に己は満足する事が出来ると言峰綺礼は定めた。底無しの欲望、それを見せられ裁定者たるギルガメッシュは受け渡された布で裸体を隠しながら、満足げに立ち上がる。

 

「それで良い。神すら問い殺す貴様の求道、このギルガメッシュが見届けてやる」

 

 己を飽きさせない在り方を示す言峰綺礼を益々気にいるギルガメッシュ。普通の幸福を願う者たちにとっては、理解できない一組が出来上がった瞬間である。

 その場を去ろうと歩き出した、直後言峰綺礼は振り返る。そこには、燃え盛る火を越え、酷く草臥れた様子で歩く男がいた。この地獄を引き起こしてしまった衛宮切嗣だ。宿敵たる彼を見て闘志を燃やす言峰綺礼だが、切嗣はあっさりと視線を逸らし近くの瓦礫を退かし始める。恒久的な平和を望んでいた男だ。今、こうして起きている惨状にギリギリで保っていた心が精神が崩れていた。誰か一人でも救えるかもしれない。まだ生きている人がいるかもしれない。そんな幻想に取り憑かれた男は、もはや言峰綺礼など見えていなかった。

 

「どうしたのだ綺礼?」

 

「いや……」

 

 ギルガメッシュの問いに短く答え、前を向く。他人が苦しみ、絶望する様に愉悦を感じる言峰綺礼だが、この衛宮切嗣には愉悦より失望が勝った。そしてもう二度と衛宮切嗣を視界に入れる事はなく、彼はギルガメッシュと共に歩き出す。先ずはこの場を離れる為に。そしてふと、一人の少年が脳裏に浮かぶ。己と三度対峙し、答えを知っているかと期待したあの少年だ。

 

「そう言えばギルガメッシュよ。あの少年、衛宮影辰はどうなった?」

 

「知らないな。貴様は、我とパスが繋がっているから掘り起こせたがアレの目印は無い。それに、この惨状だ。流石のアレも死んだのではないか?」

 

 何かを試す様にギルガメッシュは綺礼に問いかける。まるで衛宮影辰の生存を疑っていない様な素振りを見せている綺礼の真意を探るが如く。

 

「……そうか。死んだか」

 

「ククッ、落胆が隠せていないぞ綺礼。そんなにアレが死んでいると考えるのが嫌だったか?」

 

「……どうだろうな。まだ彼奴が苦しむ様を見れていない。それが心残りなのかもしれんな」

 

 そんな会話をしている二人の近くで瓦礫が崩れる音がした。いや、正確には積み重ねられていた物が下から動かされ、崩れる音だ。その方向をギルガメッシュは愉しそうに、言峰綺礼は驚きの表情を浮かべ見る。崩れた瓦礫から覗くは余りにも小さな手、大人ではなく子供の手だ。煤に汚れ黒くなってはいるが、その手はしっかりと動き生きている事を証明する。瓦礫を動かし、隙間を作ればそこから一人の子供が姿を現す。酷く青褪めた顔をしているが生きていた。瀕死の重症という訳でもなく、この少年は地獄を生き延びていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 セイバーと別れてからの記憶がない。一体、何が起きた?切嗣は勝てたのか?

 なんだかはっきりとしない頭を押さえながら、辺りを見渡す。そこに広がっている景色は切嗣の願いとは正反対のものだった。もう此処に存在できる命は無いだろうと分かってしまうほどの風景。初めて見るはずなのに既視感を覚えるその景色の中に、彼奴らは居た。英雄王ギルガメッシュと、言峰綺礼だ。まさか、彼奴らが勝利者になったのか?その所為でこんな景色に?状況が飲み込めず混乱している間に、ギルガメッシュが近くまでやってくる。あの眩しい黄金の鎧は身に付けていない。見窄らしい布で身を隠す彼を俺は見上げる。

 

「ほぅ?生きていたか道化」

 

「……どうにかね。多分、貴方がくれた霊薬の効果もあるとは思いますが」

 

 俺がそう返すとギルガメッシュは目を細める。何かを考える様な素振りを見せた後、何かしらの解に至ったのか笑みを浮かべ、あの時と同様、いやそれ以上に存在感が増す。その王気に圧倒されるが視線は逸らさない。逸らせば死ぬと本能が告げていた。

 

「なるほど、適当に選んだ霊薬であったが、確かにアレならばこの泥と原典は同じだ。この世全ての悪を耐え切って見せても不思議ではあるまい。まぁ尤も、アレに精神を強化する仕組みなど無いから貴様の魂がその身体と見合っていなかったのが一番大きいといったところか」

 

 この世全ての悪?なんだそりゃ。俺は何かを忘れている?なんとも言えない喪失感が俺を襲うがその答えは分からない。ギルガメッシュが宝具を一つ取り出し、俺に突きつける。彼の機嫌を損ねれば俺は此処で死ぬだろう。それは嫌だ、俺はまだ死ねない。

 

「問おう道化。その様に成り果ててなお、貴様は何故生に執着する?」

 

 そんなもの決まっている。裁定者として俺を裁こうとしているギルガメッシュから視線を逸らさず、真っ直ぐと言葉を告げる。

 

「俺が、衛宮影辰がこの世界に生まれ、そうあれと願われたからだ!!」

 

 切嗣に拾われ、そこで出会った人達から衛宮影辰として生きて欲しいと、未来を願われた。そう願われたのなら死ぬ訳にはいかない。この命は俺一人のものではないのだから。

 

「ククッ……アーハハハハ!!!!!この世全ての悪という呪いに蝕まれてなお、生きてくれと願われた(呪われた)から生きるか!良かろう。ただ空っぽに生を望んでいた時より、よほど価値がある。喜べ、影辰。今この瞬間から貴様はこの我が支配するに値する雑種だ。その在り方、その強さを損なうな?損なった時は、その命我の手で終わらせよう」

 

 宝具が消えていくと同時に圧倒的な王気が鎮まっていく。無意識のうちに忘れていた呼吸を取り戻し、激しく呼吸する。何がどうしてか分からないが、俺はどうやらギルガメッシュに名前を呼ばれるほど気に入られたらしい。支配ね……支配か。

 

「俺が王として好ましいのはセイバーなんだけどな……」

 

「ふっ、なに。彼奴は我の物だ。つまり、俺に支配されるという事はセイバーに支配される事と同義よ」

 

「いや、絶対違うと思う。というか、え?いつの間にセイバーと結婚したの?一方的な勘違いじゃない?」

 

「戯け!この我がそう決めたのだ」

 

「つまり、セイバーの同意は得てないっと……」

 

 やっぱり一方的な決定じゃないですかやだー!というか恋愛下手かよこの王様。その理論が通るなら、この世界から未婚って単語は消えてるよきっと。傍若無人な王様に呆れながら、瓦礫の上に立ち上がる。少し瓦礫が崩れてバランスを崩すが体調に問題はない。

 

「どうする?我々と共に来るか?」

 

「いや、切嗣を探して合流する。あの人ならこの状況でも生存者を探してるだろうから」

 

「そうか。では行くが良い」

 

 ギルガメッシュの横を通り過ぎる。背中から宝具で刺される事はないだろう。不意打ちなら兎も角、それなりに仲良く?話してズドンなんて行為はしない。そのまま歩きながら言峰綺礼の近くを通り過ぎようとする。

 

「衛宮影辰」

 

 予想通り呼び止められる。早く切嗣を探したいんだけど……

 

「なに?」

 

「貴様はこの光景を見てどう思う?」

 

「はぁ?……地獄以外の何でもないよ。もういい?早く切嗣を探したいんだけど」

 

「……あぁ。行くがいい」

 

 何の為に呼び止めたんだ?まぁ、良いや。早く切嗣を探すとしよう。足場の悪い瓦礫の山を歩きながら今度こそ、ギルガメッシュと言峰綺礼から離れる。何度も殺気をぶつけられ、殺されかけた関係だが別れはとてもあっさりとしていた。

 

 その後、一人の少年を抱き上げていた切嗣と無事出会う事とができ、何度も生きてくれていてありがとうと言われるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー五年後ー

 

「……子供の頃、僕は正義の味方に憧れてた」

 

 縁側で月を見上げながら切嗣があの日助けた少年、士郎と話をしていた。なんとなく物陰に隠れながら二人の様子を見守る。別に混ざっても良かったんだけどなんとなくあの場に行くのが無粋な気がしたのだ。黙って聞いていると切嗣が士郎に対して、自分の夢を語った。士郎が自分の様にならないか不安だったのに結局、話すのか。そして、案の定予想していた言葉が続く。

 

「しょうがないから俺が代わりになってやるよ。爺さんはもう大人だからもう無理だけど、俺なら大丈夫だろ。爺さんの夢は」

 

 此処に願いは継承された。それと同時に俺の弟、衛宮士郎の在り方が定まった。はぁ、大変な事になりそうだ。隠れるのを辞めて、二人の元に向かう。

 

「はいはい、もうそろそろ士郎は寝る時間だぞ。月見も良いが、早く寝なさい」

 

「もうそんな時間か。ありがとう兄貴、じゃあおやすみ、爺さん、兄貴」

 

「おう、おやすみ」

 

 手を振って立ち去っていく士郎に同じく手を振りながら見送る。士郎が見えなくなったタイミングで切嗣の横に座り、持ってきた将棋盤を置く。俺の行動に少し目を丸くした切嗣を可笑しく思いながら口を開く。

 

「一局どうだ?」

 

「君は寝なくて良いのかい?」

 

「おいおい、もう17歳だぞ?少しぐらい夜更かししても問題ない」

 

 パチン、パチンと互いに無言で将棋の駒を動かし合う。うーん……無言で打ち合いたい訳じゃなかったんだけどな。あー……真面目に話すのはやっぱり苦手だな。ましてや士郎の話の後だし。ふぅぅっと息を吐き、覚悟を決めて口を開く。

 

「……もう、限界か?」

 

 俺の言葉に手を止めず切嗣は口を開く。

 

「うん。僕はもう死ぬだろうね」

 

 ただ当然のように言い切る切嗣に悲しくなりながら、いや素直に言おう。結構、心に来てる。親代わりに育ててくれたものだからね。

 

「……あんたは……その、良くやったと思う。あの戦争でも、イリヤスフィールに関しても。やれる事はやり尽くしたと思う。

 俺なんかに言われたところで、なんの意味も救いも無いのだろうけど」

 

 切嗣の手が止まり、驚いた様な目で見てくる。なんだよ、切嗣その目は。

 

「君が僕にそんな事を言うなんてね。てっきり、道具の様に使った事を恨んでいると思ったよ」

 

 今更だなおい!?そりゃ、正直恨みたい事とかあったけど、今更それを掘り起こすほど器は小さくないと思うぞ。はぁ……ほんと、この人はどう足掻いても善人だな。機械に成りきれなかった人間……こんなにも寂しい人だ。仕方ない、寄り添ってやるか。

 

「恨んでないさ。切嗣に道具として拾われてなかったら、俺はとっくの昔に死んでる。聖杯戦争に連れて行かれてなかったら、あのジジイに殺されてたと思う。あの大火災の後、切嗣が戸籍を用意してくれなければ今の俺は此処に居ない。そんな大恩人を恨める訳がないだろう?」

 

 そう言って最大限の笑みを浮かべて切嗣を見る。そうすれば、切嗣も僅かな微笑みを浮かべてくれた。

 

「そうか……僕は恨まれてなかったんだね」

 

「あぁ。士郎と同じ、俺は衛宮切嗣という正義の味方に救われたんだ。貴方が、どれだけ自分を責めて後悔したとしてもその事実は変わらない。……他の誰かが否定したとしても、俺は道具としての俺だけは認め続ける。切嗣は正義の味方だと」

 

「……聞かれてたか。盗み聞きは悪い事だよ影辰」

 

 綺麗な月を見上げる切嗣。その目に僅かな輝きを見たのを俺は黙っておく。それを言ってしまえば、俺が今溢しているものも突っ込まれるだろうから。

 

「影辰」

 

「何?」

 

「王手だ」

 

「げぇ!?」

 

 慌てて将棋盤を見ると、俺の玉がどう足掻いても取られる形になっていた。い、いつの間にこんな詰みの状況にされたんだ……やっぱり、切嗣には敵わないな。

 

「ありがとう。影辰、後は任せたよ」

 

「……おう。あんたの夢は俺が見届けてやる。だから、ゆっくり休んでくれ」

 

 士郎は俺が見届ける。あいつがどんな正義の味方になるのかしっかりと。だから、あんたはもうアイリスフィールに逢いに行ってこい。少し怒られて、たっぷりと甘やかされてこい。お疲れ様、衛宮切嗣(正義の味方)

 




取り敢えず、第四次聖杯戦争編終わりです!この後、幕間を少々書いて、第五次聖杯戦争編になります。
霊薬の正解は、インド神話に存在するソーマ。起源をゾロアスター教の神酒ハオマです。皆さんが感想欄で予測したりなど眺めててとても楽しかったです!

では、また次回お会いしましょう。

感想・批判お待ちしています。


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幕間:平和な日常

切嗣の死後、どんな生活をしていたか一部を切り出してお送りします。あ、こんな日常送ってるんだーって感じでお楽しみください。あと、もう1話ほど幕間を投稿して、第五次聖杯戦争編に移行しようかなと思ってます。


「兄貴、舞弥さんから手紙来てるぞ〜」

 

「ん?分かった、そこに置いておいてくれ」

 

 60kg、大体一人分の重さを身につけながら剣道場で腕立て伏せをしてると、士郎がやってきた。舞弥さんからの手紙か……確か、最後に会ったのは二年前ぐらいだったかな。切嗣の葬式に参列してくれたのが最後だったはず。重りを外し、近くに置いておいたスポーツ飲料を飲み喉を潤す。手紙は丁寧に梱包されており、お土産と思われるフランス語で書かれたお菓子の上に置かれていた。

 

『影辰へ

 切嗣と貴方の二人に言われた自由に好きな様に生きてみたらどうか?と提案されてはや四年、踏ん切りが漸くでき私は今、フランスでスイーツ巡りをしています。自分に何かを楽しむという機能が残っていた事に我ながら驚きを隠せませんが、少しずつこの世界というものを見ていきたいと思っています。

 其方はどうですか?士郎くんに家の全てを任せていませんか?私と同じで生活力が皆無なのですから、その家で暮らすのなら少しずつ出来ることを増やしてくださいね。それと、言峰綺礼に師事している様ですが、不必要に痛めつけられたりしていませんか?もしそうなら、早急に連絡を。ありったけの銃弾と火器を用意しますので。話が逸れましたね。影辰、貴方が貴方らしく生きていけるのならそれが切嗣の願いです。無理はせず、元気に生きてください。同封してあるお菓子は士郎くんとどうぞ、私のお気に入りです。舞弥より』

 

 手紙を読み切ると裏に写真があるのに気がつく。表を見て思わず笑みが溢れる。

 

「舞弥さん、自撮り下手すぎでしょ」

 

 ケーキと思われるものを食べていたのか口元にクリームをつけてぎこちない笑みを浮かべている舞弥さんが、ブレながら写っていた。きっとこれでもマシな部類なのだろう。けど、漸く舞弥さんも自分だけで動ける様になったか。あの第四次聖杯戦争終結後、舞弥さんが運ばれていた病院は大災害の影響を受けずに済み、一命を取り留めた。怪我の完治には時間がかかったが、それでも終結から一年後には動ける様になっていた。

 

「士郎がある程度育ってからは、一緒にイリヤのとこにも行ったな。無茶する切嗣を二人で引き摺ることになったっけ」

 

 養子に引き取った士郎がある程度育つと、切嗣は世界旅行と銘打ってイリヤを取り返そうとアインツベルンに向かっていた。俺もそれに同行するものだから、士郎と大河が駄々を捏ねるのも何度かあったが、それに退院し動ける様になった舞弥さんも同行していた。

 ……今でも思い出す。森の結界を解かないクソジジィのせいで吹雪の中、蹲った切嗣がとても悲しげにイリヤの名を呼んでいる姿を。

 

『イリヤ……イリヤ!!聞こえているか!!僕だ、父さんだ!!イリヤ!!……アイリ……僕は娘すら救えない……』

 

 ただでさえ弱っている彼をこれ以上弱らせる訳にもいかないので二人がかりで抱えて運んだ。あの時ほど、切嗣を寂しく感じた事はない。やがて、その世界旅行すら出来なくなった切嗣。面倒を見る為に同じ家に住めば良いのに、それは奥様に対する裏切りだと言って、近くに家を借りた舞弥さん。穏やかで平和な時間を過ごしたと思う。

 

「……っと、昔ばかり見てる訳にもいかないな」

 

 時間を見て立ち上がる。時刻は夕方、そろそろ夜が来るといった時間だ。この時間から先は、また別の用事が俺にはある。仕事は土日なのでない。穂群原学園の警備員だから学園が休みの時は同じく仕事が無い。まぁ、俺の勤務形態がそれってだけなんだが。

 

「士郎、これ舞弥さんからのお菓子」

 

「あぁ、冷蔵庫とかに入れとくよ。兄貴、そろそろ時間だろ?」

 

「おう。汗ながして教会に行ってくる」

 

「弁当はそこに置いてあるから」

 

「いつも悪いな」

 

 台所に立っていた士郎と会話しながら、風呂に向かう。これからの用事とは言峰綺礼との修行だ。切嗣の死後、時間が余っていた俺は筋トレとかの独自の修行はしていたが、それでは限界があると悟り、俺が知る中で最も強いあの男に教えを乞う事にした。魔術が使えない俺は、体術を鍛えるしかない。知り合いの殆どは魔術を扱う連中だから、アテに出来ない。となると、あの男に白羽の矢が立った。心底嫌だったが、もう一度聖杯戦争が起きた場合、俺は無力だ。前回はサーヴァントがいる陣営にいたからある程度は楽だった。だが、次があった場合、そうなるかは分からない。その時になす術なく殺される、そんなのは嫌だ。だから、サーヴァントは無理でもそのマスターを魔術の行使すらさせずに殺す若しくは無力化する為にあの男の強さがいる。

 

「ふぅぅ……だからって修行がハードすぎる気もするが」

 

 弟子入りして暫くは俺でも思いつく訓練を数倍ハードにした程度だった。ある程度筋力がつくと、その次にはヒマラヤ山脈を登山させられ、意識が飛びそうになれば治癒魔術で叩き起こされ、登った先で組み手をさせられたり、サハラ砂漠を全力で走り回らされたり、可笑しいな。普通その環境でやらない事をやらされてる気がする。苦しそうな顔したらあの野郎、笑みを浮かべやがるし。

 

「でも、成果はあるんだよなぁ……」

 

 低酸素状態で活動させられたから、どういう風に呼吸すれば良いかとか動きの無駄を削ぐ事も出来るし、足場の悪い場所での脚の使い方とか、重心の整え方とか学べたし。体もどんどん余計なものが削ぎ落とされていくし。

 

「ん?もう行くのー?」

 

 玄関で大河と出会う。俺より年上で俺より給料もあるのだが、飯を集りにくるタイガーだ。教師としては良いんだろうけど、もう少し私生活どうにかならないかねこいつは。

 

「あぁ。というか、また士郎の飯食いに来たのか。良い歳した女なんだから、もう少し抵抗を覚えたらどうだ?ショタコンって言われても否定出来ないぞ?」

 

「私は士郎のお姉ちゃんだからいいんですぅー!影辰だって、ご飯は士郎頼りじゃん!やーい、ブラコン!」

 

「弟が可愛くて何が悪い!?枯れた切嗣が狙いかと思ったら、実はショタの士郎狙いとか業が深いぞ」

 

「ちょっ……!?それは言わないでよ!!私は別に、切嗣さんが好きとかそういうんじゃ……」

 

「兄貴!藤ねぇ!何を言い争いしてんだ!近所迷惑だろう。そもそも兄貴は出かけるんだろ、早く行けって」

 

 大河と言い争いをしてると台所から士郎が飛び出してくる。確かに時間がない。大河は弄りやすいからついつい弄ってしまう悪い癖だ。顔を真っ赤にしてる大河の横を通り過ぎ、玄関の引き戸を開ける。

 

「んじゃ、士郎行ってくる。大河も食い過ぎんなよ、俺の夜食が無くなるからな」

 

「あぁ、いってらっしゃい兄貴」

 

「ふーんだ。食べちゃうもんねー!!いってらっしゃーい!!」

 

 士郎と大河の返事に笑いながら家を出る。

 

「ほら、藤ねぇ。早く手を洗ってこい。今日は藤ねぇの好きな料理だぞ」

 

「え?ほんと!」

 

 耳を澄ませば賑やかな声が聞こえてくる。切嗣達と一緒にいた時には全くなかった喧騒。それが今はとても心地よい。あの静寂さも嫌いではないが、楽しそうにはしゃいでいる声というのも悪くない。

 

「さてと……今日はどんな修行をさせられるのかね」

 

 またあの愉悦神父に無駄に精錬された無駄ではない全身を酷使する修行をさせられるのだろう。そう考えると足が重くなるが、俺はこの日常を平和を失いたくない。だから、今日も教会に足を運ぶのだろう。




次回の幕間は主に肉体戦闘能力の高い人が出番になるかと思います。
影辰くんは中学・高校と休み多めで過ごしながら卒業し、穂群原学園の警備員になりました。うん、どうして自ら死地に行くかなこいつは。
それと、切嗣がいた時には一緒にアインツベルンへ、死後は言峰綺礼に振り回されているので影辰がいる事で士郎と藤ねぇの仲の良さが損なわれたりとかはないのでご安心を。切嗣に負けず劣らず家を留守にしてる男。

では、また次回お会いしましょう。

感想・批判お待ちしています。


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幕間:いつか至る境地

主に言峰綺礼との絡み。それと現在の主人公の特異性がちょっと明らかに。
まぁ、霊薬飲んで泥浴びた奴が普通の人間な訳がないよね。


 戦闘において最も重要なものは何か?俺はそう聞かれたら、一撃の破壊力と答える。特に俺の様に遠距離武器をまともに扱えず、己の肉体以外の手段を持ち合わせていない者は。

 

「チィ、化け物が……」

 

「どうした?来ないのか?」

 

 俺が知りうる限りの化け物──言峰綺礼が拳を突き出した形で笑みを浮かべる。肉体は出来上がっているからと組み手をする事になったのだが、やはり俺とアイツの差を大きく感じる事となった。組手開始から一時間、まともに一撃を当てられていない。後ろに下がりながら、奴の拳を弾いた右手をチラリと見る。攻撃を弾き、逸らしただけで直撃はしていないというのに俺の手は痺れていた。何度か手を閉じたり開いたり繰り返せば無くなるものだが、あの拳をまともに食らっていたらと思うと背中に冷たいものが流れる。

 

「ただの組み手だろうに。殺す気か?」

 

「ふむ、そこからか」

 

 スッと戦闘態勢を解き、腕を組む言峰綺礼。俺も一旦、構えを解き腰に手を当てながら次の言葉を待つ。

 

「今のお前は肉体のみ完成している。これ以上、鍛えても余分なものがつくだけで意味はない。精々、それを維持する為のトレーニングを行うだけだ。さて、衛宮影辰。野球選手が肉体のみを鍛えあげればホームランが打てるか?陸上選手がフォームを完璧にしたからと大会で優勝できるか?」

 

「……あぁ、そういう。圧倒的に経験不足だからその経験を埋めるという訳か」

 

 言峰綺礼の例え話に俺がそう答えるとそうだと満足そうに頷く。直後、なんの予備動作もなく言峰綺礼の指から小石が飛ばされる。それを難なく掴み取り地面に叩きつける。

 

「いきなりなんだ!?」

 

「鍛えたお前の目であれば、例え銃弾に匹敵する速度であろうと捉える事が出来るだろう。恐らくサーヴァントの攻撃とて見切る目は上等だが、それだけではなんの意味もない。見えているものを理解し、行動の最適解を導き出し相手を破壊する。それがお前の目指すべき地点だ」

 

 再び目の前で言峰綺礼が構える。同時に鏡合わせの様に俺も構える。向けられる殺気はとても、ただの組み手とは思えない代物。気を抜き、油断すれば俺の命を持って行く。そういう気持ちがはっきりと伝わってくるほどだ。

 

「無論」

 

 瞬きの間に距離を詰められる。この野郎、使わないと事前に言ってた縮地を使いやがった。心臓目掛けて放たれる拳に対し、掌底を合わせる。ゴキっと嫌な音を立ててお互いの腕が弾かれる。お陰で心臓を潰されなくて済んだ。

 

「ッッ〜〜!!」

 

 いや、イテェ!!明らかに変な方向を向いてる掌を押さえながら痛みを堪える俺を愉しげに見てる言峰綺礼。被害を受けてるのは俺だけか。ああくそっ、この野郎趣味を満たしてんじゃねぇ!!立ち上がり、右脚を大きく振り上げ振り落とす。

 

「こんの野郎が!!」

 

「ふっ」

 

 両腕をクロスさせ、完全に受け止める言峰綺礼。そのまま競り合うなんて愚かな事はせずに、片足で跳躍して距離を取る。チラリと視線を手に落とし、元の形に戻り普段通り動く様になった掌の動きを確かめる。うん、ほんと常識から外れてるなこの身体。

 

「相手が言った事を素直に信じるその愚かさも叩き直さねばならんがね。さて、少しばかり休憩だ。その手も休ませねばならん」

 

 そう言って教会に用意されている椅子に座る言峰綺礼。さて、これは素直に休憩と見るべきか。チラリと言峰綺礼を見れば、聖書を読み始めている。それならまぁ、休めるか。言峰綺礼の隣へ少し間を開けて座る。無言で差し出された手に再生している手を乗せると何度か触られた後に解放される。

 

「ギルガメッシュから与えられた霊薬と聖杯の泥の結果が、その再生力とはな。私もお前もアレには随分と狂わされている様だ」

 

「ちょっと気持ち悪いけど、お陰でお前の鍛錬についていけるんだからタチが悪い」

 

「魔術回路を有していないというのにそこいらの魔術師以上の魔力をその身に宿す。ふっ、魔術協会からしたらホルマリン漬けにしてでも欲しがりそうな研究材料だ。いっそ、なってみるかね?」

 

「はっ!誰が。少なくとも士郎が大きくなるまでは冬木から離れる気はない」

 

 背もたれに背中を預けて聖母像を見上げる。神という奴はなんて残酷なものなのだろうか。俺みたいなただの一般人にこんな不条理を与え、言峰綺礼の様な破綻者を生み出す。いつも天上の世界から此方を見るだけで救いもしない神に存在価値ってあるのかね。

 

「……言峰綺礼」

 

「分かっているとも」

 

 黒鍵を投擲する言峰綺礼と、聖書の紙片を身に付けているグローブに走らせ灰錠を起動させる俺。そのまま、言峰綺礼が投げた黒鍵とは真反対に跳躍しソレを殴りつける。目的は一瞬で達成された。

 

『『ァァァァァ……』』

 

 人の形をしていた劣悪なソレは黒鍵と灰錠の効果により砂の様に崩れて消える。冬木の大災害以降、聖杯の泥に耐えきれずに死した人の中からゾンビの様に蠢く存在が現れていた。大半はそこにいる言峰綺礼に消されたが偶にこうして姿を現す。天敵であるはずの冬木教会に現れる理由は、俺や言峰綺礼の中にある泥に惹かれているのだとギルガメッシュが言っていた。

 

「後処理悪いんじゃないの?」

 

「あの状況から生き延びた人達に被害を出さなかっただけ褒めて欲しいものだ」

 

 両腕に装備された鎧甲に視線を落とす。俺の髪色と同じ白銅色のソレは不死の存在に対して効果を発揮する概念武装。通常の人間相手でも見た目通りの威力は約束されている。言峰綺礼が使う黒鍵は魔力を通す必要があるから、俺には扱えない。だが、この灰錠であるなら指定された聖書の紙片を触れさせれば即座に起動。嵩張らないいい武器になる。普段は、白銅色の手甲として装着している。うん、聖堂教会のアイテム超便利。

 

「それの扱いと悪霊の探知も上手くなったものだ」

 

「そう仕込まれたからな。しかし、良かったのか?俺は別に聖堂教会所属とかじゃないんだぞ?」

 

「なに、余っていたものを貸しているだけに過ぎん。気にするな」

 

 どういう理屈かは分からないが、灰錠は鎧甲から手甲に戻る。渡した本人が気にするなって言ってるなら良いか。椅子に座り、士郎が作ってくれた弁当を開く。中身は俺の好物である唐揚げをメインとしながら彩りで様々な野菜が入っており、別の器でデザートだろうかヨーグルトまで添えてあった。うん、流石は士郎だとても美味しそう。

 

「いただきます」

 

 時間が経ってもカリカリの食感を伝える唐揚げから溢れんばかりの肉汁が出てくる。にんにく醤油ベースに整えられた下味はとても美味しく、一個食べただけでご飯が進む。振り掛けも何もない純粋な白米だが、味の強い唐揚げと合わせるとこれでもかと美味い。そして、それを何度か繰り返すと流石に口の中が油っぽくなる。そういう時は付け合わせの野菜だ。瑞々しい野菜をさっぱりとしたレモンのドレッシングで食べると口の中が一気に清涼感に満たされる。しばらく野菜だけで良いのではと思えてくるレベルだ。きっと、鮮度の高い野菜を士郎が選んでくれたのだろう。

 

「ご馳走様……うん、士郎のご飯は美味い」

 

 一切、食事に対する飽きとかキツさを感じる事なく完食した。食後の腹ごなしに少し動くかと立ち上がり、教会の外に出る。綺麗な満月が夜空を彩っている星空を眺めながら歩いていると背後から声をかけられる。

 

「良い月ですね」

 

 この時間に相応しくない朗らかな子供の声だ。俺に霊薬を渡し、若返りの霊薬を飲み今は子供の姿をしている英雄王ギルガメッシュその人がいつの間にか背後に現れた。

 

「そうですね。ところで、俺なんかに何か用ですか王様?」

 

 振り向きながら彼にそう聞くと、何もかもを見通す真紅の瞳に楽しそうな色を浮かべて子供らしくない残酷な笑顔を浮かべて彼は宣言した。俺にとって最も好ましくなく、苦難の始まりの言葉を。

 

「そう遠くないですよ。聖杯戦争が始まるまで」

 

「は、早くないですか?」

 

「前回が小聖杯の破壊という前代未聞の結果ですからね。冬木の霊脈は衰えていませんし、前倒しみたいな事が起きても不思議じゃありませんよ。ボクという受肉を果たしたサーヴァント、貴方や綺礼の様に特殊な状態で前回を生き延びた人間。ふふっ、これは面白くなりそうですね。貴方もそう思いませんか?影辰」

 

 下を向いて深いため息を吐く。第五次聖杯戦争、始まるのか。どれくらいの時間が経てば始まるのかどうせこの場で聞いてもこの王様は答えないだろう。事前準備を許す様なそんなつまらない事をさせてくれるとは思えない。俺がどの様に抗うのか酒のツマミにもするのだろう。

 

「……思いませんよ。誰が死ぬかもしれない戦いを楽しみにすると思うんですか。あー、もう嫌だぁぁぁ……」

 

 この後、暫く警戒しながら日常を過ごすのだが聖杯戦争が始まる気配はなかった。そして、気を抜いた三年後に聖杯戦争は始まるのだった。無駄に早く知らせたの絶対、無駄に警戒する俺を楽しんでただろうギルガメッシュゥゥゥ!!!




第五次聖杯戦争時点での衛宮影辰のスペック
年齢:23
子供の時と変わらず白銅色の髪を一房後ろに纏めており、無駄なものを削ぎ落とした体格をしている。脱げば誰もが驚く肉体美を誇る。言峰綺礼曰く、体は完成しているとのこと。
霊薬と何故か聖杯の泥により、肉体の再生力が上がっており骨折程度であれば数分で完治する。アヴァロン程の再生力は無い。また、魔術回路は持たないがその身に宿る魔力は平凡な魔術師より多く、彼の魂を喰らえば例え退去寸前のサーヴァントであろうと、追加の1日を得る。霊薬の効果により、この世ならざる存在を探知することができ、修行の最中にそれらの対処方法も言峰綺礼から教わっている。なお、魔術回路はないので洗礼詠唱が使えず、灰錠で殴るだけである。

メイン武装は言峰綺礼より渡された概念武装である灰錠。拳の周辺を纏うだけの簡素な見た目だが、引き継がれたマジカル八極拳と合わせ、ただの人には十分すぎる程の武器となる。


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第五次聖杯戦争編
碌な気配をしない奴はその通り碌でもないから信用するな!!


今回から第五次聖杯戦争編スタートです。
え?この内容で第五次聖杯戦争って言うのかって?予想以上に伸びたんだ。許して


「しっかし、いつ来ても薄気味悪いな此処は」

 

 本日、菓子折りを手に訪れたのは間桐家だ。手入れされてるのかよく分からない鬱蒼とした外見とこの辺の空気だけ澱んでいる様な雰囲気のおどろおどろしい雰囲気の屋敷。聖杯戦争における御三家の一つであり、前回のバーサーカーのマスター間桐雁夜の生家だ。彼を殺した身としては訪れたい場所ではないのだが、少し前から娘さんである桜ちゃんが定期的に家に来て料理を作ってくれたり洗濯物をしたりしてくれるのでそのお礼でこうして菓子折りを手にやって来た。俺はそういう気遣いが出来るからね。

 

「……事前に伝えておいたんだけどな」

 

 屋敷内に入った瞬間、ピリッとした痛みが全身に走る。人払いの結界か何かが展開されていたか。悪いが、思考誘導や催眠の類の魔術は俺に通り辛いぞ間桐のご当主。聖杯の泥、正確にはこの世全ての悪を浴びその身に宿している都合上、それ以上の呪いでなければ精神に働きかける呪いの類はまず効かないし、それに近しい属性も同じく効きづらいのだ。

 

「クカカ、抵抗する素振りすら見せずに突破するか。ようこそ、雁夜を殺した男よ。何用か?」

 

 蟲が集まり間桐臓硯が姿を現す。少しは魔術師である事を隠したらどうですかね。まぁ、前回参加者の一人である俺相手にその必要なんてないか。と言うか、俺が間桐雁夜を殺したのを知ってたのか。

 

「電話で連絡したと思うんですけど、桜ちゃんには世話になってるのでお礼の菓子折りを届けに来ただけですよ。そう警戒されても困ります。別に貴方と戦おうとかそんなつもりはありませんから」

 

「つまり、ただのお礼の為に素性も知っているこの家に単身でやって来たと?」

 

「そうですよ。それに──」

 

 後頭部目掛けてから飛来して来た蟲を裏拳で叩き潰す。大きな蟲を潰すというのはかなり気色悪いが命には変えられない。

 

「蟲如き、大した障害ではないので」

 

「ハッ、言うではないか小僧……ふむ、茶の一つぐらい出そう。来ると良い」

 

 臓硯がクルリと背を向け歩き出す。めちゃくちゃ帰りたいが、断って魔術を行使されるのは嫌だ。仕方ない、着いていくか。彼の後を追いながら屋敷の中に入ると外見からは想像つかない豪華な内装が目に飛び込んできた。もうちょっと、家の外見に気を使えば良いのに。案内され暫く椅子に座ってぼーっと待つ。あのお爺さんにお茶を淹れるスキルがあるとは思えないが、本人が淹れに行くと行ったのだから客人としては大人しくしているしかない。

 

「げっ、なんでいるの影辰さん……」

 

「お、学園外で会うのは中々久しぶりじゃないか慎二くん」

 

 窺う様な気配は感じていたけど慎二くんだったか。あの士郎とも友人関係を構築してくれている奇特な子なのだが、最近は家に遊びにくる事も無かったから直接話すのは久しぶりだ。まぁ、ただの学生と警備員の間柄としてなら話しているけど。

 

「あぁ、まぁそうだね。で、なんで居るわけ?……いや、なんとなく分かったよ。桜でしょ?」

 

 部屋に決して入る事はなく、廊下から声をかけてくる慎二くん。机の上にあった俺の菓子折りを見て要件を理解した様だ。え?頭良すぎじゃない?別に俺が臓硯さんに用事があったかもしれないじゃん。あの爺さんに頼る時とかどんな時だよと自分でも思うけど。

 

「桜ちゃんには世話になってるからね。一度くらいはお礼を伝えないと。あの子にも直接は伝えるけど、ほら自己評価の低い子だからさ。外堀から埋めた方が良いかなって」

 

「……あいつはそれをした所でまともに感謝を受け取るとは思えないけどね」

 

「あー、かもねぇ。あ、ちょっと待って慎二くん」

 

 菓子折りから一つお菓子を取り出して、慎二くんに投げる。それを難なく受け止める慎二くん。

 

「え?なにいきなり」

 

「士郎から聞いたよ。弓道部の副部長になったんだって?凄いじゃないか。それはお祝い代わりにお兄さんからのプレゼント」

 

 俺がそう言うと一瞬キョトンとした後に照れ臭そうに顔を背ける。桜ちゃんもそうだけど、この家の子って褒められる事に弱すぎる。誰かに認められる、必要とされる経験が少ないのかね。

 

「……はっ!数ある菓子折りの中から一つだけをお祝いって貧乏くさいな!じゃあね!僕はやる事があるから!!……ありがとう」

 

 怒涛の勢いで言葉を並べた後消え入る様にお礼を残し、慎二くんが去る。それと入れ替わる様に臓硯さんが部屋に入ってくる。美味しそうな紅茶の香りを漂わせ、俺の対面に彼は座る。

 

「慎二のやつが何か無礼を働いたか?」

 

「いいえ。待ってる間の話し相手をしてくれただけですよ。良いお孫さんですね、学業は優秀ですしスポーツも出来るなんて」

 

「カカッ、確か奴が筋トレを始めたのはお前さんが原因だったか」

 

 紅茶とケーキを並べながら慎二くんので場を保たせる。慎二くんとは士郎を通して、交流はあったものの友達の兄貴という立場上そこまで仲良くはなかった。少なくともさっきみたいなやり取りは出来ない。関係が変わったのは、確か中学三年の時の運動会の時だっただろうか。その日はやたらと強風でお弁当を食べていた士郎と慎二くんの近くにある旗が風の勢いに耐えられず、二人目掛けて倒れてきてしまったのだ。そこに割って入り、鉄製のそれを片手で受け止めて助けた辺りから慎二くんの態度が変わった気がする。

 

「あわや大惨事って所でしたけどね。老朽化で古くなってたらしいですが」

 

「よくあれに間に合ったものよな。ただの身体能力で強化を施した魔術師に迫るというのだから末恐ろしいわい。だが、それが彼奴にとっては憧れに映った様でな。まさか、学業に必要なものではなく筋肉トレーニングの道具をせがまれるとは思わなんだ」

 

「通りで体幹がしっかりしている訳です」

 

 紅茶を一口飲む。……とりあえず身体に違和感はない。目の前の彼も同じように紅茶を飲む。

 

「さて、話は変わるがお主、桜の種になる気はないか?」

 

「ブッ──ゴホッゴホッ!」

 

 何を言い出すんだこのジジィは!?!?いきなり下世話にも程があるだろう。思いっきり噎せている俺をニタニタした顔で見ながら臓硯さんは続ける。

 

「魔術師にとって、血を残し魔術の研鑽を積むというのは命題だ。じゃが、雁夜を最後に間桐の血は死んでしまった。慎二には魔術回路が無い。儂としてはこのまま間桐の魔術が失われるのは避けたい」

 

「で、それがなんで俺と桜ちゃんに繋がるんですか?桜ちゃんに継がせれば良いじゃないですか」

 

「とりあえず聞け。桜は魔力、魔術回路共に優秀だ。番となる相手も魔術師であれば良いが、下手に質の悪いものを入れられ、腐り落ちては困る。そこでお主じゃ。魔術回路はないが、魔力は馬鹿げておるお主であれば数を産めば良質な子が生まれるやもしれん」

 

 本気で言ってんのかこの老人。常人からすれば狂ってるとしか思えない価値観の話だが、これがきっと魔術師という生き物なのだろう。何故そう判断できるのか。それは、臓硯さんの声も雰囲気も何もかもがさっきから変わってきないからだ。嘘や誤魔化しの類ではないし、多少は俺を弄る目的もあるのだろうが、言峰綺礼に比べればそういう気配も薄い。ただ単純に桜ちゃんに俺を充てがう事が間桐という家に有用だと判断しただけだ。

 

「お主が雁夜を殺さなければまだマシであったかもしれぬ」

 

「……よく言う。蟲で寿命も何もかも擦り減らしていただろうに」

 

「はてなんの事だか。それでどうじゃ?種となる気はあるか?」

 

「ない。悪いが、桜ちゃんは趣味じゃないしそれに」

 

 目を閉じ、うちで楽しそうに士郎と料理をしている桜ちゃんを思い浮かべる。士郎や、大河と関わって能面みたいな顔をしてた子が士郎の前だけとは言え、漸く笑える様になったんだ。彼女から良くない気配を感じる時はあるがそれでもあの光景は幸せそうだった。

 

「──俺は、あの幸福を捨てたくない」

 

「カ、カカッ!そうか、幸福を捨てたくないか。クカカッ!必要であれば他者を容赦なく殺すお主にそれを言える権利があるとでも?まぁ、良い。断られるとは思っておったわい」

 

 ほんと悪趣味な爺さんだ。とは言え、間違った事は言っていない。確かに誰かの幸福を壊す俺が幸福を捨てたくないと言うのはおかしいな事だ。けど、人間の手は誰も彼も救えるほど大きくはない。道具の俺も今の俺も、俺自身のエゴの為に他者を殺す事に変わりはない。

 

「そんなお主に一つ教えてやろう。この聖杯戦争に邪魔が入るかもしれん。儂が対策を講じてはあるが突破される可能性がある。今日か、明日の夜、冬木市の外を巡回してくれるか?」

 

「……その邪魔が入れば士郎達に良くない事が起きると?」

 

「あぁ。彼奴はそういう類の存在だからな」

 

 俺が間桐臓硯の依頼を引き受けるのはわざわざ説明する事もないだろう。どうやら仕事に関しては臓硯の方から口を聞いてくれるらしい。間桐家を去って一時間後に、休みの電話が入った時は流石に驚いた。

 

 

 

 

 

 依頼を引き受けたその当日の夜。冬木市の外周を歩く。臓硯は、対策を講じてあると言っていたから仮に出会えなくても良いと言っていた。そもそも、来るかも不明だと。だが、少しでも可能性があるのなら策を打っておきたいという話だ。

 

「来るかどうかも分からない存在に怯えるほど、厄介なのか相手は。まぁ、そうそう簡単に……」

 

 いたわ。冬木市の方向を見ながら、背伸びしてる怪しいのが。おかっぱ頭に切り揃えられた髪の美少年が一人。明らかに纏っているオーラが常人のそれではない。見ているだけで気持ち悪くなる様な悪辣さを孕んだその存在感。臓硯が言っていた存在はこいつだろう。違うと言われても信じられない。

 

「あれれ?いきなり現れたと思ったら僕にそんな強烈な殺意をぶつけてどうしたんだい?」

 

 くそっ、余りの存在感に警戒する余り殺気が漏れたか。だがまぁ、それならもう様子を窺う必要はない。このまま一気に殺して──

 

「はい、終わり」

 

 目の前の景色が一瞬で切り替わり、それと同時に形容し難い吐き気に襲われる。地面から生えるは無数の手。それら全てから甘く蕩ける様な香りを漂わせ、俺を俺という存在を溶かそうとしてくる。前後左右、全身の力、俺自身それら全てが一瞬で訳が分からなくなりおれはじめんへとたおれ──

 

「──は?」

 

 一歩踏み出した脚で、手を、それが生えている地面を砕きながら殺すべき外敵へと60mほど離れた距離を詰める。限界まで引き絞った腕を何が起きたのか分かっていない顔の敵の無防備な鳩尾へと叩き込む。何か膜を砕く感覚と臓物が破裂する手応えを感じながら敵を吹き飛ばす。

 危なかった。まさか、聖杯の泥を超えて俺を汚染しようとする呪いがこの世にあるとは。もっと本気で呪われていればどうなっていたか。

 

「アハ、アッハハハハハハ!!アハハハハハハ!!」

 

「……あれでまだ生きてんのかよ」

 

 くの字に曲がった高笑いを上げる。直後、全身に重りを付けられた様に重くなる。唇から血が出るほど力を振り絞ってもこの拘束から抜け出せない。どうやら、俺にではなく空間そのものに負荷をかける魔術を行使された様だ。楽しそうに狂った様に笑い続けるソレは更に続けて魔術を行使する。現れるは巨大な火球。火を発するだけの魔術なんて魔術が使えれば簡単らしい。簡単が故に術者の力量によって結果が大きく左右される。

 

「ぐ、がぁぁぁ!!」

 

 火球が俺を飲み込み爆発する。地面を転がりながら火を消すが、ほぼ全身に広がる火傷のせいで動けない。チラリと見れば、グジュグジュと再生しているがもう少し時間がかかるだろう。ただ先ほどの外敵はパタリと倒れ動かなくなっている。とりあえずは安心できる。

 

「チクッと〜」

 

「ッッ!?何処から……」

 

 いつの間にか真横に注射器を持っている長髪の女性が座っていた。雑に刺された注射器は俺の血を吸い上げ、その空の器を満たしていく。採血が終わりその注射器を懐に仕舞いながらその女は寒気が走る笑みを浮かべた。

 

「いやー、まさか新参のそれも魔術師ですらない人間に私が殺されるとは思ってなかったよ〜!アハ、念のため予備を直ぐ近くに用意しておいて良かった良かった。そ れ に し て も、そんな呪いを身に浴びてよく正気を保ってるね。それ、あの泥でしょー?君を拉致して納得いくまで解剖したいけど、蟲が五月蝿いから血で我慢しておくよ。じゃ、また会おうね〜」

 

 手を振りながらその女は何処かへ消えていった。悪辣なあの独特な存在感を感じなくなる。もう警戒しなくていいだろう。しかし、なんだったんだ?あの美少年とさっきの女は同一の存在なのか?そうじゃないならあんな存在感の奴が複数いる事になる。……想像しただけで嫌だわ。

 

ぶー、ぶー

 

「……よく無事だったな携帯」

 

 近くに転がっていた携帯に手を伸ばし、開く。そこには一通のメールが届いており、中身は電話番号が書かれただけのものだった。その宛名は『フランチェスカ』と記されていた。もしかしなくてもさっきの女の名前か?

 

「あぁ……月が綺麗だなぁ」

 

 溢れる面倒ごとの気配に俺は考えることを放棄して、月を見上げた。この時、俺は全く知らなかった。士郎が大変な事になっているとは。

 




この世界線のワカメは少しマッシブです。

はい、というわけで今回登場後、出番は相当先であろうゲスト『フランチェスカ』さんでした。お気に入りの身体より前の体を影辰くんに砕かれて貰いました。でも、別に力関係が影辰>フランチェスカという訳ではなく、慢心してたのでそこを影辰が突いただけです。近接戦なら影辰に軍配が上がるかもですが、これ以降戦う場合、そもそも間合いに入る前に魔術で殺されるでしょう。可哀想だね。

次回は衛宮邸での戦闘かしら。予定は未定。

感想・批判お待ちしています。


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始まりを告げる夜

セイバー召喚回


「うーん、士郎。少し辛辣になるかもだけどいいか?」

 

「はぁ……はぁ……あぁ、言ってくれ」

 

 兄貴から体術を習っていた時の事を思い出す。兄貴は素手で、俺は竹刀でもなんでもありで適性を測るとかなんとかで3時間ほどぶっ通しで行った模擬戦を。結果は、息の一つすら乱していない兄貴と立つのもやっとな俺という絵面になった。あの時はめちゃくちゃに悔しかったのを覚えている。

 

「お前に近接戦闘の才能はない。剣術が比較的マシなだけであとはその道の天才には確実に追いつけない」

 

「なっ……そんなに酷いのか俺は」

 

「あぁ。良く言えば器用貧乏。悪く言えば極めるのに向いてない、なまじ色んな事がそれなりに出来るせいで何か一つを極めようとするとそれ以外の動き方が邪魔をしているんだ。そうだな……」

 

 兄貴は転がっている竹刀を拾い上げ、持っている右手とは逆の手をその横に並べる。

 

「見て分かる通り、竹刀と拳じゃ間合いが違う。竹刀で届く距離で戦っていたら拳では届かない。何を当たり前の事をと思うかもしれないが、これが重要だ。良いか、士郎。選択肢が多いのは戦いにおいて重要だが、拳の時に竹刀の間合いを取る必要はない。竹刀の時と変わらない身体の使い方をしていれば拳は軽くなる。大河、少し付き合ってくれ」

 

「え?良いけど何するの?」

 

 俺たちの模擬戦を見てきた藤ねぇに竹刀を渡して、兄貴も同じく竹刀を手に取る。藤ねぇはそれだけで意図を理解したのか軽く頷いたあと、兄貴と向かい合う位置に移動する。

 

「今から見本を見せる。竹刀の時に拳の間合いをするのがどれだけ愚かな事か見ていると良い」

 

「影辰と試合するの久々だなぁ。私は本気で良いのー?」

 

「あぁ、その方がいい見本になるだろう」

 

「おっけー」

 

 兄貴も藤ねぇも竹刀を構えて、一息吐くと同時に空気が切り替わる。思わず姿勢を正す緊張感が剣道場に流れる。この二人の本気ってこんなに怖いのか……

 先に動き出したのは兄貴だ。竹刀を下段に構え藤ねぇとの距離を詰める。余りにも近い間合いから放たれる斬り上げを藤ねぇは軽々と弾き、兄貴の首元に突きを放つ。それを兄貴は逸らすことで避け藤ねぇから距離を取ろうとするがそれに対して藤ねぇが距離を詰めて、兄貴の頭目掛けて竹刀を振り下ろし、接触するギリギリで止めた。二人の張り詰めた空気が解かれていく。

 

「ふぅ……やっぱ、剣じゃお前には勝てないな大河」

 

「ふぅ……今回は士郎への見本でしょー?また今度、本気でやろうよー」

 

「気が向いたらな。で、士郎。見てて分かったか?」

 

「あぁ。兄貴は明らかに間合いが近すぎてあれじゃあ竹刀に力が全然乗らないし、下がるのも中途半端ですぐに藤ねぇの間合いに戻ってた」

 

 俺がそう答えると兄貴も藤ねぇも正解と言わんばかりに笑顔を浮かべる。

 

「観察眼はやっぱり良いな。武器にはそれぞれ特有の間合いが存在している。それらを無意識下で理解できるかどうか、それがまず才能を問われる箇所だ。場数を踏めばそれなりに改善されるだろうが、その為には士郎が一戦一戦で何が不味かったか考えなきゃいけない」

 

「その余裕があるかは分からない。一度の敗北で死ぬかもしれないって事か」

 

「そうだ。だからとりあえずお前は今から耐える事を覚えろ、死ななきゃ次に繋がる。と言うわけで立て士郎」

 

「今からやるのか!?」

 

「早いに越した事はないだろう?」

 

 あの時は兄貴が鬼に見えたよ。本気でやるからと拳で襲ってくる兄貴相手に疲労した状態で戦わなきゃいけなかったんだから。言葉で教えるより早いって思ったんだろうけど、スパルタが過ぎるよ兄貴。

 でも、それに今は感謝している。だって、スパルタで鍛えてくれてなきゃもっと早く俺は死んでいたかもしれない。

 

「はっ、良く凌ぐな坊主」

 

「ッッ!!」

 

 学校でも襲ってきた真紅の槍を持つ全身青タイツの不審者が突き出してきた槍を強化した壊れた窓枠の欠片で逸らす。それだけで痺れる腕から木片を手放さない様に力を込めて槍の間合いから距離を取る。既にこれを五回ほど繰り返している。

 

「はぁ……はぁ……」

 

「そろそろ限界か?惜しいな、もっと鍛錬を積めればそれなりの戦士になれたかもしれないが目撃者は消さなきゃならんのでね」

 

「なんなんだっ!お前は」

 

 その問いに返事はなく、ただ槍が突き出される。先ほどより早いそれを逸らすなんて器用な事はできず、自身との間に木片を死ぬ気でねじ込む。直後、槍が木片に触れかけていた強化の魔術も虚しく完全に砕け散る。その衝撃で俺は大きく後ろに吹き飛ばされ、開いたままの土蔵へと吹き飛ばされる。

 コツンと、両手に金属の感触が当たる。咄嗟にそれを取り、死の予感がする方へと振り上げる。火花を散らし、もう何度も見た槍が心臓ではなく肩を掠め斬り裂く。その痛みに耐えながら相手を睨みつける。

 

「この期に及んでも諦めていない目。つくづく勿体ねぇ、お前が七人目のマスターなら面白くなりそうだってのに」

 

 どうする?両手に持つ工具はただでさえ、上手くできない強化を分けたせいでもうボロボロだ。土壇場で強化を成功させてももうこの男が放つ槍を受け止める事は出来ないだろう。死ぬのか俺は?こんな、あっさりと訳もわからずに。俺は何のために助けられた?何のためにあの地獄を見送られた?ふざけるな俺はまだ──、何も出来ていない!

 

『士郎、俺はお前の夢が何であろうと否定しない。だが、これだけは教えてくれ。お前はどんな正義の味方になりたいんだ?』

 

 切嗣から受け継いだ夢も、兄貴から問われた理想も俺はまだ何も出来ていない!こんなところで死ねない、二度も死ぬわけにはいかない!

 

「ふざけるな……俺はまだ何も成せていない。そんな状態で死んでたまるかぁぁぁぁ!!」

 

 内側が熱く燃え滾る様な感覚と共に金髪の『彼女』は現れた。何もない空間に突如と現れた彼女は、その手に持つ不可視の何かで目の前の敵を吹き飛ばす。そして、雲が晴れ顔を覗かせた月の光が彼女を照らす。

 

「問おう、貴方が私のマスターか?」

 

 この日、俺の運命は漸く動き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん?やべ、寝てた」

 

 月を眺めているうちにどうやら俺は眠っていたらしい。全身を見ればあの火球で負った火傷は全て治っており、痛みもない。これなら動いても大丈夫だろう。身体を伸ばしていると握ったままの携帯が震える。開いてみればそこには言峰綺礼の文字。どうやら、起きる少し前に電話をしていた様だが、俺の反応がないからメールに切り替えたらしい。

 

『間桐の当主より話は聞いた。相対した感想を聞きたい、これを見たら冬木教会に来る様に』

 

 電話で良くね???まぁ、来いと言うなら行きますか。どいつもこいつも人使いが荒いんだよまったく。こちとら殺し合いをした直後だってのに。それなりの時間をかけて冬木市外周から冬木教会へと移動する。必要最低限の灯りだけを灯す教会は夜になると神聖より、不気味なそれになる。まぁ、住んでる神父がアレだし空気が漏れてるんだろう。

 

「戻ったぞ言峰綺礼」

 

「漸く来たか。座りたまえ」

 

 祈りを捧げた言峰綺礼のすぐ側にある椅子に座り、フランチェスカと名乗る不審者に関して説明をする。とは言え、殺し合いをしただけで余り会話をしていない為、容姿や使われた魔術など伝えるだけだ。ふと、反対側を見ると黒いライダースーツを着たギルガメッシュが居た。

 

「王様、子供は辞めたのですか?」

 

「漸く聖杯戦争も始まるのでな。子供の姿はお預けというものだ。ククッ、滑稽であったぞ始まらない戦争に警戒しまくる姿は」

 

「……つまり、七人目が決まったと?」

 

 彼らにそう問いかけると教会の入り口から人の気配を感じ取る。瞬間、ギルガメッシュは柱の裏に隠れ来訪者からは見えない位置となる。受肉してるんだからサーヴァントだとバレないと思うけどまぁ良いか。扉が開き来訪者が入ってくる。このタイミングであれば、新しい決まった七人目のマスターだろう。わざわざ見る必要もないだろうし、正面を向いたままで良いか。

 

「あ、兄貴!?」

 

「その声……士郎!?」

 

 聞き慣れた声に振り向けば何故か凛ちゃんと一緒にいる士郎が驚愕の色を浮かべた表情で俺を見ていた。oh、まさか七人目は士郎なのか……関わりたくねぇ……聖杯戦争なんて嫌なのになんで向こうから寄ってくるんだ……




次回は、雪の妖精と狂った戦士かな。

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届かない想い

予告通り雪の妖精登場回!
さてさて、どうなる事か。


「聖杯戦争がどの様なものかは衛宮影辰より聞いているか?」

 

「あ、あぁ。なんでも叶えるって言う願望器を巡る戦いだろう?英霊を召喚して7人のマスターで行う……殺し合い」

 

 士郎が正義の味方を目指すと言った時から、俺は聖杯戦争に関する説明をしていた。いずれ起きる避けては通れないものだと思っていたからだ。まさか10年という短さで再開されるとは思わなかったが。けど、そのお陰で士郎は聖杯戦争に関して無知ではない。

 

「その通りだ。衛宮士郎、お前はセイバーのマスターに相違ないか?」

 

 此処で士郎が拒否したら俺に令呪を押し付けようとか考えてそうな顔してんな言峰綺礼。残念だが、うちの弟はそんなに甘ちゃんじゃないぞ。士郎の方を見るとちょうど向こうも俺を見ており視線が交わった。

 

「兄貴……俺は」

 

「兄貴としてはお前に関わっては欲しくない。けど、好きにしろ。お前に命を賭ける理由があるのなら俺は止めない」

 

 令呪が聖杯によって与えられた時点でもう手遅れなところもあるが、兄貴として可愛い弟が死地に行くのは好ましくない。だが、この聖杯戦争であいつが正義の味方としての在り方を求めているというのなら止められない。

 俺の返事を聞いて覚悟が決まったのか士郎は真っ直ぐ言峰綺礼を見る。その顔を見て、奴は言峰綺礼という人物をよく知る者でなければ気が付かないほどほんの僅かに口角を上げる。はぁ、愉悦を見出したか?おそらく、士郎の中に切嗣を見たか。

 

「俺はセイバーのマスターとしてこの聖杯戦争に参加する」

 

「ふっ、承った。脱落する事があれば教会に来ると良い。脱落したマスターを匿うのも教会の役目だからな」

 

「んじゃ、俺も帰るかね。報告は済ましたし」

 

 椅子から立ち上がり、身体を伸ばす。その際、柱の裏にいたギルガメッシュと視線が合う。笑みを浮かべる彼に対しお辞儀をして士郎と合流する。

 

「衛宮影辰」

 

「なに?」

 

「お前の苦難楽しみにしているぞ」

 

「ハハッ、くたばれ」

 

 返事と共に親指を下に向ける。それに対し、肩を竦める言峰綺礼。

 

「貴方、アレに何か言われてんじゃないでしょうね?」

 

「辛辣ぅ。そんなに信用ない俺?」

 

 刺々しい言葉に軽く返す。凛ちゃんと俺は同じ師匠を持つ為、割と顔を合わす機会がある。しかし、凛ちゃんは魔術中心。俺は体術オンリーである為肩を並べて言峰綺礼を師匠と仰いだ事はない。が、それ故に言峰綺礼と同類に思われてる節がある。確かに使いっ走りを良くしてるけどこんな愉悦激辛麻婆と一緒にしてほしくない。

 

「まぁ良いわ。衛宮くん共々敵になるなら相手してあげる」

 

 ……んー、聖杯戦争を舐めてないかこの子?まぁ、実力は確かにあるし俺には使えない魔術を使える凄い子なんだろうけど、殺し合いだって事分かってるのかな。仕方ない、趣味じゃないけど少しばかり教えてあげるか。

 凛ちゃんを見ながら、自らの意識を切り替える。瞬間、溢れ出した殺気に凛ちゃんがビクリと震え、士郎が俺から距離を取る。

 

「……どうした?少しばかり、殺気を出しただけだぞ。先が思いやられるな、遠坂凛」

 

「ッッ……なんなのよやる気?」

 

 漸く構えた凛ちゃんを見て、殺気を霧散させる。距離をとった士郎がほっと胸を撫で下ろすのが見えた。

 

「なに、ちょっとした警告だよ。前回参加者として、聖杯戦争が甘くないって教えとこうと思ってね」

 

 たかが日本の一地方で行われる程度の魔術儀式と侮って、軽んじるのなら結構。だが、相手となり得る者全てを己より格下と見定める慢心は不味い。どんなに魔術の才能があろうがこの聖杯戦争ではあっさりと命を落とす。魔術師としての腕前だけで勝負が決まるのなら、前回の聖杯戦争はケイネスが勝利者だろう。

 

「じゃあ、帰ろうか士郎」

 

「お、おう。さっきのは怖かったぞ」

 

「本気で殺す気かどうか分からないなんて士郎はまだまだだな」

 

 近くに来た士郎の頭を撫でながら凛ちゃんと一緒に教会の外に出る。言峰綺礼は見送るつもりの様で後ろに着いてきた。

 

「喜べ少年。お前の願いは漸く叶う」

 

「……」

 

 立ち去る士郎の背中に向けて言峰綺礼が呟く。正義の味方……まぁ、どんな在り方を士郎が選ぶかは知らないが確かにこの聖杯戦争で何かしらの形は掴めるだろう。平和な日本で生きているだけじゃ絶対に経験できない非日常をこれから味わうのだから。その果てに士郎がどんな理想を掲げるのかは分からない。分からないけど、どうか切嗣の様な悲しい在り方を選ばない事を俺は願う。

 無駄に長い教会の入り口まで戻ると誰かが立っていた。そう言えば、凛ちゃんの近くには何かしらの気配があるのに士郎の近くには感じなかったな。サーヴァントを此処に待たせていたのか。なんで?霊体化で付き添わせれば良いのに。

 

「待たせたなセイバー」

 

「いえ、話は終わりましたかシロウ」

 

 んん?すごく聞き覚えのある声が聞こえた様な……いやいや、まさかそんな同じ衛宮の名を持ってるからって召喚したサーヴァントまで同じだなんてそんな馬鹿な事はないでしょう。セイバーに該当するサーヴァント候補がこの世界にどれだけいると思ってるの?偶々、似たような声だってそうだよね?そうだと言ってよ。

 

「ん?そちらは………………………影辰?」

 

 黄色い雨合羽のフードを外しながら彼女は凛とした綺麗な声で俺の名を告げた。随分と溜めて呼んだが、彼女と顔を合わしたのは10年前。それだけの月日が経てば、顔立ちなどが変わってすぐに分からなくても当然だ。それでも俺だと気付けるのは、彼女と過ごした時間が偽物ではない証拠だろうか。驚愕に染まっている彼女の顔を見ながら俺は口を開く。

 

「久しぶりだなセイバー。俺の弟を頼むぞ」

 

 はっきりと言えば気まずいところもある。前回のランサー陣営を殺した時、俺とセイバーの関係はとても良いものと言えるものではなかったから。聖杯も切嗣の事も彼女に託したが、結末はあの災害だ。どうしてと思う部分もある。だが、それは過去のこと。もう既に終わった話だ。

 

「はい。シロウは私が必ず守ってみせます。その、随分と雰囲気が変わったので一瞬、気がつきませんでした」

 

「そりゃ10年も経ってるからな。まぁ、詳しい話は後だ後。とっとと帰ろうぜ」

 

 少し無理やりだがセイバーとの話を切って、俺は一人で歩き出す。全く、今日は驚いてばかりだ。少しぐらい覚悟を決める時間をくれってんだ。後ろでセイバーと士郎の間でしっかりとサーヴァントとマスターの関係を構築してるのを聞きながら歩く。

 しばらくして、何やら凛ちゃんと士郎が会話をしているがなんとも青春らしい甘さたっぷりの会話だ。俺みたいな年寄りは夜空でも見上げて邪魔をしないで……と思ったんだが。はぁぁ……今日はほんと忙しいな。

 

「話は「ねぇ、お話は終わり?」……はっ、嘘だろおい」

 

 二人に声をかけようとした瞬間、可愛らしい声に被せられる。振り返った先に居たのは、筋骨隆々の凄まじい存在感を放つサーヴァント。そして、ソレと非対称の小さく愛らしい姿をしている雪の妖精、いや、嘗ての遊び相手。

 

「初めまして私はイリヤスフィール。そして、久しぶりねカゲタツ。キリツグと二人、何もかも放り出して楽しかった?」

 

「……開幕、言ってくれるじゃないか。何をどう聞いているかわからないけど、俺も切嗣もお前を忘れた事は一度もないぞイリヤ」

 

「あら、嬉しいことを言ってくれるじゃない。お母様を見捨てて、私をあのお城に一人ぼっちにしてそこにいるシロウと仲良くやっている癖に」

 

「爺が邪魔しなきゃお前も此処に居た。俺も切嗣も、あの吹雪の中イリヤの元に向かっているんだ!信じてくれ」

 

「嘘。だって、キリツグは私とお母様を捨てたもの。だから、こうしてシロウとカゲタツを殺しにきたの」

 

 駄目だ。全く話が通じない。俺を見るイリヤの目に色はなく、ただ純粋に殺意をぶつけてきている。あのクソ爺何を吹き込みやがった。いや、考えるのは後だ。どうにかイリヤに話を聞いて貰わなければ。

 

「だからね、やっちゃえバーサーカー」

 

「ッッ、セイバー!!士郎を頼む!!」

 

 膨れ上がる殺気と存在感に弾かれる様に俺はセイバーに士郎を任せ、凛ちゃんと士郎より前に出る。俺までの間に存在している障害物として二人が殺されない様に。結果として、俺とバーサーカーの距離はかなり縮まる事となった。

 

「サーヴァントの前に飛び出すなんて死ににきたの?」

 

 振り下ろされる圧倒的なまでの暴力が俺に迫る。何もしなければ、このまま俺は挽肉となるだろう。だが、こちとら子供の身でサーヴァントの戦いに横槍を入れた男だぞ。大人になればこんな事も出来る。自身のスピードを一切落とす事なく、その暴力に突っ込む。こいつは常人より明らかに図体がデカイ。振り回している得物も雑な作りで大きい。こういう相手にはむしろ間合いを詰めた方が立ち回り易い。

 

「兄貴!?」

 

「ちょ、アーチャー!!」

 

 二人が何か騒いでいるが関係ない。俺はバーサーカーと一気に距離を詰めて、その勢いのままスライディング。バーサーカーの股の隙間を通り抜けた。勢いそのままに立ち上がり、背後で聞こえる凄まじい爆音を聞きながらイリヤへと駆け出す。

 

「ッッ!」

 

「イリヤ!!俺は──!」

 

 背後から膨れ上がる殺気に振り返る事なく、跳躍する。さっきまで自分の胴体があったところをバーサーカーの拳が通過していった。着地してすぐにバーサーカーが飛んでくる。聖書の紙片を走らせ、灰錠を起動。今度は、バーサーカーが振るった石斧の上に両手を置き距離を取る。だが、これによりイリヤとの距離は元に戻ってしまった。イリヤを庇う様に立つバーサーカーと睨み合う。

 

「はぁ……はぁ……」

 

 流石に残っている体力が少ない。一度殺されかけてから一日も経過していないのだから、当然だ。しかも今対面しているのはサーヴァントの中でも屈指の存在だろう。一瞬でも何かを間違えればその瞬間、俺は大地に咲く血の花に成り果てる。さっきも横凪ぎに振るわれた石斧に軽く手を置いただけで手首が逝かれた。再生する身でなければその時点でチェックメイトだ。あいつがイリヤを守ろうとしているからどうにか成立している戦い。

 

「影辰!」

 

 セイバーが俺の横に並び立つ。既に近くに士郎と凛ちゃんの姿はない。どうやら無事にこの場から遠ざけてくれた様だ。

 

「二人は離れたところに。アーチャーに護衛を頼んであります」

 

「助かる。つまり、この場はこの四人のみって事か。バーサーカーを任せても?」

 

「無論です。影辰は存分にイリヤスフィールと話を」

 

「あぁ。任せろ、死ぬなよセイバー」

 

「えぇ、貴方も」

 

 拳を互いにぶつけ構える。背中を預けるにはこれ以上とない相手だ。全てを信じて、俺はイリヤを見る。どうやら向こうもこちらの同じ方法を取る様でバーサーカーはその目を俺からセイバーに向けていた。イリヤと視線が交差する。

 

「バーサーカーの攻撃を避けて見せたのは驚いたけど、貴方は此処で殺すわカゲタツ」

 

「殺されねぇよ。俺がどれだけお前を大切に想ってたか分からせてやるから覚悟しろイリヤ」

 

 過去の因果が一つ、今此処にぶつかる。




気まずいと思いながらもセイバーの強さは信頼している影辰。この二人の蟠りも解決すると良いですね。
バーサーカーの攻撃に更に突っ込むとか狂ってんじゃないの?この男。

次回はどこまで行けるかな。ちょっと未定。

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愚直なまでに突き進む在り方

今回、今までとは少し違う書き方をしています。


 先ずはセイバーとバーサーカーが駆けた。戦友と主を守る為、最大の脅威を弾く。バーサーカーはその身からも分かる通り、全身の筋肉を存分に使い、初速から最高速まで一瞬で加速しその手に持つ無骨な剣斧を自らの主人、イリヤしか見ていない影辰へと振り下ろす。が、そこに魔力放出により地面を滑る様に割り込み、バーサーカーの剣斧を受け止める。

 

「くっ……重い」

 

 本来のセイバーのステータスならバーサーカーの一撃を受け止めるぐらいはなんて事のない筈だが、魔術師として未熟な士郎はセイバーの魔力供給を十分に行えない。その結果、純粋な力比べにおいてバーサーカーには絶対に勝てない。

 

「……はぁぁ!」

 

 一瞬にして練り上げられた魔力がセイバーから溢れ出しバーサーカーを吹き飛ばす。単純な力比べで勝てないのなら、別の手段を用いれば良い。セイバーが行ったのは先ほどの加速同様、魔力放出だ。生前より所持している竜の因子により彼女は瞬間的に魔力を高め、その能力を数段跳ね上げる事が可能なのだ。

 

「今です影辰」

 

「おう」

 

 バーサーカーがイリヤまでの進路上から消えた事で影辰を邪魔する物は無くなった。イリヤへと駆け出そうとする影辰の動きを見て、彼女は白銀の綺麗な鳥の形をした使い魔が二体現れ、光線を放つ。

 

「死になさい」

 

「死なねぇって言っただろ」

 

 鳥型の使い魔から放たれた光線をその目で捉え切り、右方向に駆け出す事で避ける。陸上選手もびっくりな速度で走る影辰を追いかける鳥型の使い魔。次々と背後から放たれる光線を、発射源すら見ずにジグザグに走り避ける。驚く事にその速度は全く落ちていない。最高速度のまま駆け抜けているのだ。

 

「魔術を行使した気配はしてない……そんな身体能力があってなんで!」

 

 イリヤの使い魔の数が増える。二体が追加され、合計4体となり密度が増した光線が影辰へと降り注ぐ。それらの攻撃を躱しながら4体の攻撃が纏まったタイミングで勢いよく跳躍。さらにイリヤとの距離を詰める。

 

「来ないで!!今更、何様のつもり!!」

 

「友達だよお前の」

 

 その場で大きく脚を振り上げ、地面に叩きつける。渾身の震脚はアスファルトの地面を砕き、破片を空中に巻き上げる。巻き上がった破片を掴み取り、影辰は使い魔に向けてまるで散弾銃の如く投げつける。凄まじい速度で使い魔に向けて放たれる破片の幾つかは自律可動型の使い魔によって迎撃されるが、決して連射出来るタイプではなく、弾幕が足りず4体の内2体の使い魔が破片と衝突。コントロールを失い地に落ちた。

 

「確かに俺も切嗣も、イリヤを迎える事は出来なかったし、聖杯も勝ち取る事が出来なかった。だが、あの城で過ごした時間を忘れられるほど、薄情者でも無いつもりだ」

 

 残された使い魔は攻撃を再開しない。主人であるイリヤの困惑を感じ取っているからだろうか。それとも、衛宮影辰から欠片も殺意や害意が伝わってこないからだろうか。自分に向かってゆっくりと歩いてくる影辰を見て、イリヤは困惑を隠せない。自分は殺そうとしているのに彼は迎撃こそすれ、その拳を自分には向けてこない姿に。

 

「……すまなかったな。俺の力不足で、何もかも出来なかった。切嗣を勝利者にする事も、あの城からイリヤを助ける事も、こうして次の聖杯戦争を阻止する事も。何も、何一つ、俺は出来なかった」

 

 イリヤのすぐ近くまで来た影辰は両膝を地面につけ、その頭を下げる。所謂、土下座だ。この程度でイリヤが味わったであろう孤独感、絶望や苦痛に対して、謝罪が出来るとは影辰も思っていない。だが、今この時は土下座以外で彼女に向き合う術を見つけられなかった。震える身体、目から溢れる涙で地面を濡らしながら影辰は言葉を続ける。

 

「こんな何も出来なかった俺だが、これだけは信じて欲しい。どれだけボロボロになろうと、吹雪で凍死し掛けようとお前の父親は、衛宮切嗣という男は、抗える最後まであの城に……イリヤを迎えに行こうとしていた!!それは誓って本当だ!!お前はちゃんと愛されていたよ、あの不器用な父親から。世間知らずな母親から。そして、馬鹿な友達からも。イリヤ、君は決して孤独じゃない!」

 

 言える事言いたい事は言った。もしこれで駄目なら、今の影辰に出来る事はない。暫くの間、沈黙が流れた。セイバーとバーサーカーの戦いは、バーサーカー有利で進んでいるとはいえ、セイバーもよく耐え忍んでいる。両者共にイリヤと影辰の方を気にしており互いの戦いに集中していない。そんな中、イリヤが口を開く。

 

「カゲタツ」

 

 目の前で情けなく土下座をしている馬鹿な友人に声をかける。敵意の宿っていない声に影辰は思わず顔を上げてイリヤを見る──泣いていた。子供の様に泣きじゃくる訳でもなく、その気持ちをただ静かに涙として彼女は溢していた。影辰の言葉がイリヤの心に届かなかった訳ではない。無償の愛に飢えている彼女からすれば、思わず縋ってしまいたくなるくらいには魅力的な言葉だった。

 

 だが、それは出来ない、赦されない。

 

 アインツベルンの悲願をそして、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンという最高傑作を生み出す為に犠牲になった数々のホムンクルス達の命を無駄にする選択を彼女は取れない。だから、何もかも投げ捨てて影辰に伸ばしたくなる手を、感情を押し殺しそれでも殺しきれないものが涙として彼女の頬を伝ったのだ。

 

「……イリヤ」

 

「残念だけど……もう遅いの。私はこの聖杯戦争を勝たなくちゃいけないの。だから、邪魔する敵は殺さなくちゃ」

 

「イリヤ!!」

 

 残された使い魔が形状を剣に変化させる。殺気よりも悲しみの勝るそれに反応が遅れ、迎撃の体勢を取るのが遅れる影辰。だが、それでもただ飛来するだけの攻撃など彼が最も迎撃しやすい攻撃だ。例え、遅れようが何の問題もなく弾く事が出来るだろう。

 

「ッッ!?」

 

 立ち上がった彼の右手にイリヤが抱きついていなければだが。イリヤという弱々しい命を投げ捨てれば影辰は飛来する剣を弾ける。そもそも、自分を拘束するには余りにも軽い彼女をそのまま盾にすれば良いだけなのだから。だが、彼の手はピクリとも動かない。イリヤを助けたいのに串刺しにしては意味がないのだ。余りにも軽く、そしてどんなものよりも枷となる重みを今、彼は右手につけられてしまった。それなら、左手で迎撃すれば良いのではないか?飛来する剣が一本なら、或いは同じ方向からくる攻撃ならそれで良かった。だが、剣は2本あり左右から飛んでくる。とても左手一本で且つ、イリヤを庇いながらでは迎撃出来ない。

 無論、イリヤもタダでは済まない可能性がある。だが、魔術が使えない影辰より魔術の使えるイリヤの方が致命傷を受けようともどうにか出来る可能性が高い。……イリヤはこれから来るであろう痛みと恐怖からギュッと目を閉じた。

 

 そして、彼女は自分が抱きしめられる感覚と肉が裂け血が溢れる音を聞くのだった。

 

「……え?」

 

「……ああ全く、流石は切嗣の娘か……とんでもなく有効な手を打ってきやがって……」

 

 白銀の綺麗な剣が、鮮血に染まる。急所こそ貫いていないが右肩と背中に突き刺さる2本の剣は明らかに致命傷だ。そして、抱きしめられているイリヤには一切の傷がない。これが指し示す事は、影辰が自分ではなく、イリヤを優先し攻撃を受けたという事。

 

「鍛えといて良かった……貫通はしてないか……イリヤ、怪我してないか?」

 

 どうしてこの男は自分を気遣ってくるのか?そんな状態になってしまったのは自分の所為なのに。

 

「どうしてって顔だな。お前は俺を敵だと言ったが、俺はお前を友達だと思ってる。友達が傷付くのを黙って見てられる訳がないだろ?」

 

 ゆっくりとイリヤを抱きしめていた手が解かれる。触れていた暖かな熱が離れ、イリヤは後ろへと下がっていく。

 

「影辰!!」

 

 バーサーカーと戦っていたセイバーが、影辰を抱き抱える。同時に、バーサーカーもイリヤの元に戻り主人を見る。もうイリヤの心情はぐちゃぐちゃになっている。様々な感情がイリヤの中で入り乱れるが、既にそこには殺意や復讐心という感情は消えていた。けど、残っていた繋がりを自分の手で切ってしまったと思っている彼女はこういう時にどうすれば良いのか分からない。この聖杯戦争が始まるまでは、ずっと閉じた世界で生きてきたのだから。故に彼女はこの場で最も簡単な方法を取ってしまった。

 

「……バーサーカー、戻ろう」

 

 主人にそう言われれば従う以外の選択肢はない。バーサーカーはイリヤを抱え、その場を離れる。セイバーはこの瞬間に襲われなかった事に安堵しながら影辰に声をかける。

 

「無事ですか!影辰!!すぐに凛のところに」

 

「いや……刺さってるこれを抜いてくれ」

 

 通常、刺し傷に対して刺さっている物を抜くのは悪手と言われる。理由は、溢れ出る血を刺さってるものが止めているからだ。故に抜く場合は止血を済ました上で行うのが一般的だ。セイバーも戦場で戦った英霊なのでそういった知識がある。勿論、影辰に反論するが大丈夫だからと押し切られ、白銀の剣を引き抜く。

 

「ッッ……いてぇ」

 

「急ぎ……え?」

 

 そこでセイバーは驚く物を見る。ゆっくりとではあるが影辰の傷が塞がっていくのを。

 

「説明して貰いますからね」

 

「せめて、休ませてくれませんかねセイバーさんや……」

 

 家に戻るための体力すら使い尽くした影辰を、お姫様抱っこの形で運ぶセイバー。少しばかりの気恥ずかしさを感じながら影辰はイリヤが去っていた方向を見つめる。

 

「想いを伝えるのって難しいなセイバー」

 

「そうですね……とても難しいです」

 




今回はここまで。
次回は、衛宮家で諸々の会話かな?予定は未定です。

感想・批判お待ちしています。


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過去と今、そして未来

やりたい事詰め込んだらちょっとごちゃごちゃになったかも。許して


「サーヴァント相手に真正面から突っ込むって馬鹿なの!?」

 

「ぐぉぉ……鼓膜が破れるぅ」

 

 セイバーに運ばれたまま帰宅した俺を待っていたのは、凛ちゃんによる説教タイムでした。いやまぁ、凛ちゃんの言い分は凄く分かる。実行した俺だって馬鹿だと思うもん。けど、あの時イリヤと会話をする為にはああするしかなかった。仕込んだ士郎なら兎も角、覚悟が不十分の凛ちゃんがいる状況で戦う訳にもいかない。そもそも、イリヤと会話をしたいのは俺のエゴだ。巻き込んで良い道理はない。

 

「前回も参加してたのなら、私以上にサーヴァントってものを知っているでしょ!?何をどう考えたらあんな行動になる訳!?ずっと、敵マスターの近くにいるからアーチャーで援護する事も出来ないし!!」

 

 けど、この子は心の底から俺を心配してくれている。余計な心配をかけてしまったのは、俺の責任だ。凛ちゃんの目を真っ直ぐ見た後に勢いよく頭を下げる。

 

「ごめん!余計な心配をかけた。相談する暇とか無かったとは言え、確かにあれは無茶な行動だった」

 

「わ、分かれば良いのよ」

 

「けど、ごめん。もし、またイリヤと話をする機会があれば多分、同じ様な事をすると思う。こればっかりは何を言われても譲れない」

 

 火に油を注ぐ言葉だとは分かっている。だが、俺はイリヤを殺す事は出来ないし、彼女に士郎を殺させたくない。だって、残酷じゃないか。何一つ果たす事が出来なかった切嗣の希望と夢が本当に、無くなってしまうのは。

 

「……はぁぁ、分かったわよ。あの子と訳ありなんでしょ。だったら、私に無理やり辞めさせる権利なんてないし。その代わり、一つ良いかしら?」

 

「俺に出来る事なら」

 

「前回の聖杯戦争に関して、知ってる事教えなさい」

 

 真剣な顔をして凛ちゃんが言う。前回の聖杯戦争に関して、何か知りたい事でもあるのだろうか?

 

「分かった。士郎にも話そう。セイバー、構わないか?」

 

 黙って会話を聞いていたセイバーに確認を取る。彼女も前回の参加者ではあるし、話したくない事があれば事前に教えて貰う必要がある。綺麗な正座をしていたセイバーは、少し考える素振りをした後、頷いた。

 お茶を淹れて戻ってきた士郎を座らせ、俺は10年前の聖杯戦争に関して、二人に話をする。既に士郎には話した内容もあるが改めて聖杯戦争がどんなものか確認する為に話す。先ずは、いきなりライダーが真名をバラした港での戦いを話し、意外とセイバーがポンコツな所を教え、次に快楽殺人を行なっていたキャスターに関して話し、士郎が握り拳を作り、凛ちゃんが思い出す様な顔をした。その次に、切嗣の手法でランサーを殺した事、俺の手が既に血で汚れている事、そして俺が文字通り命を削りながらバーサーカーのマスターを務めセイバーと戦った事を俺から話した。

 

「そこで俺は一回、気絶してる。その先は俺も知らない。セイバー、頼めるか?」

 

「分かりました。影辰と別れた後、私はアイリスいえ、聖杯の元に辿り着きました。そこにはアーチャーが既におり、影辰の助力があったとは言え疲弊していた私は彼に勝てませんでした。幸い、求婚がどうとか愛がどうとか錯乱していたので殺されはしませんでしたが」

 

 王様さぁ……殺されはしなかったって事は攻撃はされたんでしょ?何処の世界に攻撃しながら求婚する馬鹿がいるのさ。あー、でもセイバーが何言っても我の決定だとか言ってる姿が目に浮かぶわ。さて、俺が気になるのは此処から。どうして、切嗣が願いを叶えられなかったのか教えて貰おう。

 

「そして……詳しい事は彼と殆ど会話をしなかった私には分かりませんが、切嗣は残っていた二画の令呪を用い私に宝具を使わせ、聖杯を破壊させました。何が起きたかは貴方方の方が詳しいかと」

 

「切嗣があの大火災を引き起こしたって言うのか……?」

 

 セイバーから告げられた真実に士郎の顔色が真っ青になる。憧れ目指したいと思う姿をしていた人が大勢の人を死なせた災害の引き金を引いた事実に士郎は動揺を隠せていない。俺も同じくその事実に驚いているが、俺の身体を常識から外したと思われる聖杯の泥が出てくるような結末を切嗣が望んでいたとは到底思えない。だとするなら、異常があるのは聖杯側か。

 

「士郎、切嗣は切嗣なりに出来る事をした結果が大火災だったんじゃないか?」

 

「どういう事だ兄貴」

 

「俺の身体に起きている異常にも関わる事だが……そうだな、一つ一つ説明しよう」

 

 そう言って俺は立ち上がり、台所に向かう。そこから士郎が普段使っている方ではなく、予備として取ってある包丁を片手に戻ってくる。その場にいる全員が包丁片手に戻ってきた俺を不思議そうに眺める。

 

「とりあえずこれを見てくれ」

 

 そう言って俺はなんの躊躇いもなく、左手の掌を包丁で勢いよく斬り裂く。ちゃんと包丁に血が付いているのを確認し、みんなの方に左手の掌を向ける。そこには既に血は出血しておらず、傷口も塞がり始めていた。

 

「セイバーはさっき見ただろうし、士郎は俺が怪我をする所も見てただろう。そして、今見せた通り俺は傷の治りが異常に早い。昔から頑丈ではあったが、受けた傷が即座に治る様なものではなかった。俺がこうなったのは、大火災の時に聖杯から零れ落ちた泥をその身に浴びたからだ。最も、さっき説明した通り意識を失っている間の出来事だったがな」

 

「……確かに異常だけど、すぐに傷が治るのなら便利なものじゃない。それと火災が繋がるとは思えないのだけど」

 

「凛ちゃんの疑問は尤もだ。だが、この泥は本来、人間には猛毒なんだ。その存在を歪ませてしまうほどにな。俺以外にもこの泥を浴びたものはいるが、ただの人間は死ぬか、まるでゾンビの様な生命体に成り果てた。そして、人間ではないもの……セイバーもよく知る前回のアーチャー、ギルガメッシュは泥を浴びた結果、受肉し今もなお現世にいる」

 

「なっ!?」

 

「そして、俺の自論に繋がる訳だが、これだけ数多くの不条理を引き起こすものがとても万能の願望器には思えない。何処でそれを知ったのかは分からないが、切嗣はそれを理解し被害が出る前に破壊しようとした。切嗣の性格的にこれが最も合ってる気がする」

 

 心の底から愛したアイリスフィールを、人生の全てを賭けて挑んだ願いを切嗣がなんの理由もなく、破壊するとは思えない。もし、破壊しなければならないと判断したのならそれは、あの聖杯と切嗣の正義が合わなかった。盲目的過ぎるかもしれない。だけど、俺には切嗣がなんの理由もなく、多くの人間が死ぬ様な結末を祈るとは思えない。

 

「……かもな。兄貴の言う通りだ。切嗣があんな地獄を願うとは思えない」

 

「あぁ」

 

 切嗣に救われた者同士、切嗣を信じたいという思いが勝る。この中で一番無関係な凛ちゃんはどう思ったのかと疑問に思い、視線を向けると何やら考えていたらしく俺が視線を向けた同時に弾けた様に顔をあげる。

 

「衛宮くん、私と共闘関係を結びましょう。もし、今の話が合ってるのだとしたら聖杯を顕現させる訳にはいかないわ。聖杯を起動させるには、サーヴァントの魂が必要。それなら、サーヴァントを死なせなければ良い。やむ終えず殺すとしても最小限に。その為の選択肢と戦力は多いに越した事はないわ。私は遠坂の当主として、この地を守る義務がある。あんな大災害をもう一度起こさせて堪るもんですか」

 

「……分かった。一緒に戦おう遠坂」

 

 士郎と凛ちゃんが握手をして共闘関係を結ぶ。笑みを浮かべながらそれを見ていると凛ちゃんの視線が俺に向く。なんだ、何か用か?

 

「貴方も協力してくれるかしら?」

 

「魔術も使えない脳筋に何か出来るとは思えないけど、まぁ良いよ。本当は聖杯戦争に関わりたくないんだけど、関わる理由が多過ぎるからね。この後は二人で話でもしててくれ。俺はちょっと外に行ってくる」

 

 携帯片手に家を出る。さっきから屋根上にいる気配が気になっていた。多分凛ちゃんのサーヴァントだとは思うけど。跳躍して屋根の一部に手をかけてそのまま攀じ登る。霊体化している様で目に見える姿はない。けど、いる場所は分かる。その場所を見ながら俺は声をかける。

 

「少し話をしないか?」

 

「……やれやれ、霊体化すら意味を成さないとはな」

 

 赤い外套を纏った色黒で白髪の男が姿を現す。その姿を見て、俺は思わず言葉を失う。胸に飛来する感情は、喜びと悲しみだった。見慣れた姿とは違うけれど、強い既視感を覚える男の姿。 

 

「し、──」

 

 思わず出かけた言葉を止める。英霊にとって真名は隠さなければならないもの。それをバラしてしまえば、この場で俺が襲われる可能性を考慮して我慢した。途中で言葉を止めた俺を怪訝そうに見るその姿はより一層、俺に一人の男を連想させた。

 

「それでわざわざ何か用かね?共闘関係の話なら、私のマスターから聞いている。全く、あんな未熟者と協力するなど愚かだと止めたのだがな」

 

「……あぁ、確かに士郎はまだまだ未熟だからなぁ。えっと、用かそうだな」

 

 ずっと霊体化してるからどんな相手かと気になっただけだった。でも、今は違う。聞きたい事が山ほどある。だけど、なんて言えば良いのか分からない。余りにも急で準備が出来ていなかった。口をパクパクさせるだけの俺に呆れたのか溜息を吐く男。

 

「貴方の方から来てその態度は可笑しいと思うがね。まぁ良い、私も聞きたい事があったのだ。貴方はあの未熟者の夢を知っているか?」

 

「あ、あぁ。知っているとも。正義の味方になりたいという夢だ」

 

「それに関してどの様に考えている?」

 

 士郎の夢に関してか……俺は士郎が正義の味方を目指すと言うのなら止める気はない。ただ、どの様な形であれ誰かを傷付ける事にはなるだろうからその時、士郎は士郎でいられるのかが少し心配だ。

 

「目指すと言うのなら好きにすれば良いと思っているよ。どんな正義の味方になるかは分からないし、俺が関わる事じゃない。ただ、正義ってのは人それぞれで、正解は無いだろうから異なる正義とぶつかった時彼奴は大丈夫なのかって心配はあるよ」

 

「……もし、その果てに何も得るものが無かったとしても、ただの殺戮者に成り果てたとしてもお前は気にしないと?」

 

 目の前の男が殺気混じりに告げてくる。それと同時に確信する。目の前の男を見た時に感じた想いは何も間違っていなかった。今問われている言葉は、間違いなく俺の大切な弟、士郎が辿る結末なのだろう。何故なら、他ならぬ士郎がそう言っているのだから。

 

「得るものが無いって事はないだろう。なんであれ、士郎が正義の味方になったのであれば救われた人間は必ずいる。もし、それが誰も救わない何も救わないただの殺戮だとするなら、その時は俺が士郎を止める。まぁ、そんな事はないと思うけど」

 

「何故だ?何故、そう言い切れる。借り物の理想を掲げるだけの男に何かが出来るとでも?」

 

「お前がどんな景色を見てきたかは知らない。けど、例え借り物であろうとそれを貫き通したのであればそれは本物だと思うし、そもそも誰かを救いたいって想いが間違いなはずが無い。それでも間違いだと言うのなら、俺が肯定する。誰よりも士郎を見てきた俺が、その理想に間違いはないと」

 

 士郎、お前がどれだけ絶望したのかは分からない。あんなに憧れていた理想をそんな吐き捨てる様に言えてしまう様な事があったのだろう。なら、お前が裏切られた数だけ俺が肯定しよう。士郎は正義の味方であると。人を救った英雄だと。

 

「ッッ!……まぁ良い。分かった。少し、一人にしてくれ」

 

「あぁ。もし辛ければお兄ちゃんが話を聞いてやるからな」

 

「ふん。お前に話す事など──おい、待て!今なんと言った!?」

 

 そう言って俺は屋根上から飛び降りる。少し散歩をしよう、電話もしたいし。そう考えて俺は家から離れて歩き出す。だいぶ落ちてきた綺麗な月を見ながら、俺は電話をする。暫くして電話を取った相手に俺は声をかける。

 

「よう、ウェイバー。今、良いか?また、聖杯戦争が始まったぞ」

 




もし、士郎が鉄心ルートを選びイリヤを殺そうとした場合、最大の敵として影辰が立ち塞がります。まぁ、士郎を殺す事はできないので負けます。

ウェイバーくんとは、あの老夫婦のとこにいる間に知り合い仲良くなってます。事件簿にも関わったかもしれないですね。なお、胃痛枠はウェイバー。

感想・批判お待ちしています。最近は皆さんのここ好きを眺めるのが楽しみの一つです。


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独白:ある少年の理由

今回は、ちょっと短めでとある陣営に関して話を。


 誰かに憧れるなんて感情を僕は持っていなかった。何故なら、少しでもその分野を齧ればある程度の事は出来てしまうし、ほんの少し努力をするだけで僕以上に努力した人間を超えるなんて当たり前だった。僕は、優秀で選ばれた人間だと本気で思っていた。……あの日までは。

 

「無事か?士郎、それに慎二くん」

 

 魔術なんて使わず、ただ当たり前のように一瞬で僕らと支柱の間に入ってきたあの人。心底やりたくなかったが、手伝いであの支柱を運んだ事がある。その時、僕を含めた数人で運んでも重かった記憶がある。それを、難なく片手で受け止め涼しそうな顔をしているあの人。その姿を見た時、自分がそういう風になれる姿を想像できなかった。けど、格好いいと感じた。服の下から覗く筋肉は間違いなく鍛え抜かれたものであると素人の僕でも分かった。どれだけの努力をすればその領域に至れるのか想像もつかない。

 

「ありがとう兄貴。だけど、随分と無茶したな……手、痛くないか?」

 

 一緒に飯を食べていた士郎が尋ねる。その心配にも笑みを浮かべてあの人は応えた。

 

「この程度、弟のお前やその友人が傷つく事に比べたら屁でもないさ。心配すんな、兄貴だからな。弟は護ってやらないと」

 

「そ、それは嬉しいが……俺だってずっと護られてるような存在じゃないからな」

 

「ハハッ、俺より良い身体になってからそういう事は言うんだな」

 

 慌てて駆けつけた教師達に支柱を預け、手が空いたあの人は士郎の頭を撫でる。不服そうな顔をしながらも、嬉しそうに緩んでいる頬を見ながら僕は思う。僕は、ちゃんと桜の兄貴をやれているのだろうかと。その答えはすぐに出た。間違いなく出来ていない。間桐の後継者として、お爺さまに魔術の教導を受けているのは僕ではなく、桜だ。僕は、選ばれた人間ではなく憐れみを向けられる人間だったと知ってから、随分荒れた気がする。桜にも酷い態度を取っていた。

 

「慎二くん、怪我はないか?」

 

「え!?あ、はい。大丈夫です」

 

 急に声をかけられるものだからだいぶ上擦った声が出た。士郎、笑ってるの見えてるからな……

 そんな僕の頭も士郎と同様に撫でるあの人。大きな手だった。単純に大きさという意味ではなく、頭から伝わる感覚はゴツゴツとした武骨な手であると教え、彼が積んだ経験を物語っていた。

 

「なら良かった。じゃ、この後も頑張れよ。応援してるからな!」

 

 立ち去っていくその背中を今でも鮮明に思い出せる。助けられただけ、今日この瞬間まで深く関わって無かった人に僕は憧れた。生まれて初めて、あの人の様に成りたいと思った。その日、家に戻ってからお爺さまに筋トレ器具を買って欲しいと頼んだ。自分でも驚きの行動力である。だって、あのお爺さまだぜ?顔を合わせて話すのすら怖かったのに、話すどころか物を強請るのだから。あの時、お爺さまが一瞬理解できないみたいな顔をしてたのをよく覚えている。

 

 それから数年。やっぱり、僕ではなく桜の手に令呪が浮かび上がった。その事実に悔しいとは思ったが、当然だと受け入れる自分がいた。才能無しの自分に比べたら、桜の才能は圧倒的だ。錬金術で作った薬品を持たせて見て、まぁ、綺麗に光るのだから。その光を見て、綺麗って言ってたからくれてやったけど。

 

「シンジ、時間です」

 

「ん」

 

 桜は聖杯戦争を拒絶した。僕が欲しい物を全部持ってる癖に、それを活かす気がないらしい。その態度に怒りを覚えなくは無いけど、誰かを傷つけようとかそういうのが出来ない桜じゃ仕方ない。けど、僕が調べた限り一度マスターになったものは本人が聖杯戦争を拒絶しようが、その命を狙われる可能性があると分かった。マスターを失ったサーヴァントと契約をする可能性があるからとかなんとか。

 近くに置いておいたお爺さまお手製の偽臣の書を手に取り立ち上がる。仮眠で凝り固まった身体を解しながら、ライダーと向き合う。……やっぱり、桜が呼んだ直後の方が存在感あったな。

 

「今夜も簡単に襲えそうな人を探す。参加者と思われる人間がいれば、どんなサーヴァントを連れているか分かるまで手出しは無しだ」

 

「分かりました。ランサーの様に自ら襲ってきた者以外は、無視します」

 

「それで良い。それともう一度言っておくが、吸い過ぎて殺すなよ?意識不明程度に抑えておけ。僕に、認識阻害とか記憶改竄なんて方法は取れないからな。くれぐれも慎重にやれよ。やり過ぎて他の陣営に狙われるとか嫌だからな」

 

「勿論ですシンジ。それでは私達の目的が果たせませんから」

 

 僕と、本来のマスターでは無い僕に付き従うライダー。この関係は偽臣の書があるからという訳ではない。ある一点の目的において、僕らは合致しているからこそ手を組んでいられる。

 

「あぁ。桜がこの聖杯戦争に関わらなくても良い様にする。それが僕らの唯一にして最大の目標だ」

 

 例え憐れみの目で見られようとも。例え、下に見られていたとしても。僕は、桜の兄さんだ。兄さんであるなら、妹を護らなくちゃ。きっと、僕が憧れたあの人ならそうする筈だ。使える物はなんでも使って僕が勝利者になるんだ。

 

「ふぅぅ」

 

「うひゃあ!?い、いきなりなんだよライダー」

 

「ふふっ。何やらとても緊張している様でしたので。過ぎた緊張は身を硬くしますよシンジ」

 

「だからっていきなり耳に息を吹きかけるなよ。びっくりするだろうが」

 

「なるほど。シンジは耳が弱いのですね」

 

「ライダーァ!!」

 

 本当に大丈夫なんだろうなこのサーヴァント……

 




なんだこの綺麗なワカメ???
ぬめりを貰ったのかぬるぬる書けたので投稿しましたが、このワカメ綺麗すぎるな?

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一夜明け、始まる日常

まだ、何も起きてない平和な時間です。


「音がすると思ったら、随分と朝が早いのですね影辰」

 

「……ん?あぁ、セイバーか。そういうお前も早いな」

 

 いつもの様に剣道場で身体を動かしているとセイバーが現れる。ちらっと時計を見た限り、まだ朝の5時だ。夜遅くまで話し合っていたにしては起床時間として早すぎる。俺はもうこの時間になると勝手に身体が起きるから仕方ない。

 

「本来、サーヴァントに休息は必要ではありませんから。しかし、影辰。10年前とは見違えるほど鍛えましたね」

 

 俺の上半身をまじまじと見つめるセイバー。彼女に言われ、視線を下に落とすと見慣れた筋肉がある。そういや、昨日出会ったフランチェスカとかバーサーカーとかを仮想の相手にして動いてたからテンション上がって上着脱ぎ捨ててたな。スッとセイバーの視線から身体を隠す様に丸める。キョトンと俺の行動を見ているセイバーに一言。

 

「……セイバーのえっち」

 

「影辰!?い、いえ、私はそういうつもりでは」

 

「ぷっ、あははははは!」

 

 予想していた通りに慌て出すセイバー。本当に馬鹿真面目だ変わっていない。そもそも、男の上半身という暑苦しいもの見せてるのは俺なのだから文句を言われるべきは俺のはずだ。

 

「…むぅ。揶揄いましたね影辰」

 

「すまんすまん。暑苦しいものを見せたな。ちょっと昨日あった強者達を思い浮かべながら身体動かしてたら、テンション上がってな」

 

「なるほど」

 

 スタスタと歩きながら近くにあった竹刀を手に取り、俺と向き合うセイバー。手に持つ竹刀を勢いよく俺に突き付ける。

 

「強者なら此処にも一人、いますが?」

 

「……ほぅ。付き合ってくれると?」

 

 セイバーが竹刀を通し、俺に鋭い剣気を向けてくる。俺もそれに合わせ、闘気を向ける。恐らく俺のソレは、セイバーの様な鋭くも綺麗なものではなく、荒々しく禍々しいものだろう。互いに剣気と闘気をぶつけ合わせ、最高潮に達した時合図もなく同時に駆け出す。

 

「「いざ!!」」

 

 振り下ろされる竹刀とメリケンサックを付けた俺の拳が派手にぶつかり合った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠坂と今後の方針を話し合い、ただでさえ色々あって疲れていた俺は沈む様に寝ていた。それこそ普段なら飯の準備のために起きている時間ですら完全に寝過ごしていた。そんな怠惰を極めていた朝だったが、突然の寒気で俺は飛び起きた。

 

「な、なんだ……」

 

 耳を澄ませば、剣道場の方から何が派手にぶつかり合う様な音や砕ける音が聞こえてくる。こんな朝からサーヴァントの襲撃かと思ったがそれにしては、わざわざ剣道場に行く理由が分からないし、感じる気配は殺し合いと言うより手合わせみたいなそんな感じがする。取り敢えず、近くに置いておいた竹刀を手に取り剣道場へと向かう。距離が近くになるにつれどんどん音が大きくなる。

 

「む」

 

「ん?」

 

 剣道場の入り口には遠坂のサーヴァント、アーチャーが立っていた。俺を見ると同時に呆れた様な表情を浮かべる。それにムッとしているとアーチャーが無言で剣道場の中を指し示す。アーチャーと向かい合う様に立ちながら、中を覗くと俺では捉えきれない光景が広がっていた。

 

「はぁぁ!!」

 

「ふん!」

 

 セイバーが振り下ろした竹刀を片手で弾いた兄貴がカウンターで放った拳をセイバーが半身をズラして避ける。そして、いつの間にか引き戻していた竹刀で突きを放つが、それを兄貴は横から掴み取り喉元ギリギリで竹刀が止まる。伸びたセイバーの腕に拳を突き出そうとした兄貴がぐんっと上に飛び宙を舞う。兄貴がセイバーの竹刀を掴んだ為、セイバーがそれを使い圧倒的な膂力で兄貴を上に飛ばした様だ。

 

「空中では自由が効きませんよ。どうしますか?」

 

「はっ、舐めんな!」

 

 空中で身を捻り、セイバーに向けて落下していく兄貴。それを迎え撃つ様に、竹刀を横に構えるセイバー。振り下ろされる拳と振り上げられた竹刀が激突し、兄貴とセイバーが交差する。

 

 パキン!

 

 セイバーの持つ竹刀、兄貴が着けていた右手のメリケンサックが砕け散った。その時に見えた兄貴は犬歯を剥き出しにして、楽しそうな顔をしていた。兄貴が懐から何かを取り出し、手に走らせると白銅色の手甲が両手を覆い、振り返りながら立ち上がりセイバーに拳を振り抜くと同時にセイバーは不可視の剣を兄貴へ突き出そうとする。

 

「待っ」

 

「そこまでだ」

 

 いつの間にかアーチャーの奴が二人の間に割り込み、黒い方の剣を兄貴の喉元に、白い方の剣でセイバーの剣を受け止めていた。ほんの少しだけ時間が経ち、兄貴とセイバーの雰囲気が普段通りに戻っていく。その様子を見ながら二人に近づいていく。

 

「強くなりましたね影辰。まさか、竹刀が4本も折られるとは思いませんでした」

 

「鍛えてるからな。しかし、やっぱりサーヴァント相手は無理だな。セイバーが殺す気なら幾らでも死んでたぞ」

 

「どうでしょうか。影辰の方から誘っていた数の方が多い気がしますが?」

 

「人間相手と思ってくれれば、チャンスはあったんだけどなぁ……ん?士郎、起きてたのか」

 

 俺には到底追いつけない理解の外側の話をしている二人。俺はそんな凄い二人に一言。

 

「正座」

 

 剣道場で暴れすぎだ。木製の床が砕けてる所もあるし、竹刀を4本折った?修理費も購入費も馬鹿にならないんだぞ。

 

「「あ、はい」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「怒ると怖いよなぁ士郎」

 

 士郎達より早く学園に到着し、いつもの様に入り口に立つ。生徒達が登校してくるのを待ちながら、セイバーとの戦いを思い出す。徐々にお互いのテンションが上がり戦闘が派手になったが、結局セイバーの本気を引き出すには足りなかった。打ち込んだ拳の悉くが竹刀で弾かれるか天性の勘で避けられた。完全に死角から放った筈の一撃を避けられるとは思わなかったな。

 

「けど、良い経験になった」

 

 10年前から知ってるセイバーと手合わせをして改めて、サーヴァントと人間の差は大きいと理解できた。言峰綺礼に師事してから血反吐を吐く様な鍛錬を積んできたがそれでも届かない。全く、人類史に名を残した英雄と云うのは本当規格外だな。あれが昔は生きていたとは考えられない。

 

「考え事ですか。衛宮さん」

 

 いつの間にか目の前に葛木先生が立っていた。纏う雰囲気が明らかに一般人じゃないから、初めて顔を合わせた時は大変だった。お互いに構える事はなかったが、出方を伺いまくって凄く疲れた。結局、葛木先生は教師としての、俺は警備員としての生徒に対する考え方を素直に話し、雰囲気は兎も角立派な人だと認めた。

 

「えぇ、少しばかり。この世界はまだまだ学ぶ事ばかりだなと思った次第です」

 

「……良い相手を見つけたのは何よりですが、無意識に漏れてるものが。生徒が怯えるので注意してください」

 

「あ、マジですか」

 

「はい」

 

 周りを見れば武道系の部活に所属してる子らが俺を遠巻きに見てる気がする。しまったな、命を賭けてない戦いを初めて楽しんだから管理が甘くなってる。俺もまだまだ未熟だな。深呼吸を一つ入れ、自分を落ち着かせる。聖杯戦争が始まる夜なら兎も角、今は魔術師とは縁遠い時間。大人しくしていよう。

 

「では、本日も頼みます」

 

「はい。葛木先生も、お仕事頑張ってください」

 

 葛木先生とすれ違う。その瞬間、変な違和感を覚えたが、余りにも一瞬過ぎてなんだか分からない。遠ざかっていく葛木先生の背中を見るが、特に不審な気配はせず気の所為かとまた正面を向く。この時の違和感をもっと追求していれば、俺は大河を危険な目に合わさずに済んだのかもしれない。




前話の綺麗なワカメが、想定よりかなり好評で嬉しい限りの作者です。彼の見せ場と出番はしっかり用意してあるのでお楽しみ下さい。

それと、恐らくですが第五次聖杯戦争編ですが、視点主が変化する場面が多いかもしれません。苦手な人とかいましたらご容赦下さい。

感想・批判お待ちしてます。


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お仕事お仕事。え?サーヴァントは帰ってくれると嬉しいです

学校、夜、この二つから導き出される答えは。


「人影なしっと。鍵もしっかり施錠されてるな。真面目な生徒ばかりで何よりだ」

 

 一日の業務が終わり、俺は今校内を歩きながら一つ一つ教室を確認していた。窓が開いたままになっていないか、誰か校内に残っている生徒はいないか、不審者が侵入していないか等、広い学園内を虱潰しに見ていくのは結構、時間がかかるがそれなりに気楽に出来るので俺は嫌いではない。まぁ、今が聖杯戦争の真っ只中でなければね。

 

「士郎と凛ちゃんに頼まれた刻印探し……ぶっちゃけ何一つも見つけられる気がしてない」

 

 霊薬のお陰で霊的なものとかは発見できるよ?でも、魔術は無能なので隠されたりしてたらなーんにも分かんない。取り敢えず、二人が既に発見した所は見て行くか。そんな事を考えながら学園内を歩いて、一つ一つ見て行き図書室の近くになった時だった。

 

「……誰だ」

 

「鋭い勘ですね。いいえ、視えていると表現した方が正しいでしょうか」

 

 紫色の長髪に両目を隠す眼帯を身に付け、長い鎖が付いた短剣を装備したサーヴァントが後方に現れる。彼女の方を向きながら、灰錠を起動させる。二日連続でサーヴァント戦とか勘弁してくれよ……

 

「マスターからは、貴方と戦うなと言われていますが折角、描いた要を消されるのも面倒ですし。何より、その魔力を逃す訳にはいきません」

 

「その口振り、お前はキャスターか?」

 

「さぁ、どうでしょう」

 

 使い道のない俺の魔力が狙われるとは……いやまぁ、知ってたけど。どうせ、こういう厄介ごと引き寄せるんじゃないかって予想してたけどさ。あーもう、神様の顔をぶん殴りてぇ。

 

「ふっ」

 

 短剣が投擲される。余りにも直線的で仕掛けもないただの投擲に疑問を覚えながらも、その場から動かずに避ける。うねる蛇の様に引き戻される短剣を見ながら相手の次の動きに備える。今度は、2本の短剣を構えたまま俺に向かってくる。10mもない距離だ。サーヴァントの脚力を持ってすれば一瞬で詰められる。常人には姿が掻き消え、いきなり目の前に現れた様に見えるだろう。だが、俺の目なら迫ってくるその姿がはっきりと捉えられる。

 

「見えてるぞ」

 

「えぇ。そうでしょうね」

 

 突き出した拳がスルリと避けられ、彼女の長髪に触れるだけとなる。油断はしていなかったが、あっさりと背中を取られ俺は蹴り飛ばされる。空中で体勢を整え、床に手を置き跳躍する事で勢いを完全に殺し距離を詰めてきていた彼女と向き合う。

 

「完全に不意を突いたと思いましたが、当たる直前に自ら飛びましたか。頑丈さと言い本当に現代の人間ですか」

 

「人を化け物みたいに言うのはやめてくれ」

 

 キャスターかと思ったが、こんなゴリゴリに肉弾戦してくるキャスターが居てたまるか。となると、他のクラス……ライダーか?アサシンなら俺が声をかけて乗ってくる訳がないし、鎖付きとは言え短剣でランサーでは無いだろう。征服王と比べるとライダー感ないなぁ。まぁ、良い。相手が肉弾戦をしてくれると言うなら俺の得意分野だ。短く息を吐き、意識を切り替える。

 

「漸くやる気になりましたか」

 

 ライダーに向かって加速。廊下にゴムが焦げる臭いが漂うが、気にせず加速して行く。迎撃する様に放たれる短剣を弾きながら、距離を詰め拳を放つ。ライダーがそれを腕を交差し受け止めたのを確認し、深く身を沈める。下から彼女の顎をかち上げる。上体の上がった彼女を鉄山靠で吹き飛ばす。瞬間、俺の左肩に痛みが走る。そこを見ればいつの間にか短剣が刺さっており、抜こうとしたタイミングで引っ張られ吹き飛ばされたライダー同様に近くの壁に叩きつけられる。

 

「カハッ!?」  

 

 馬鹿みたいな力で叩きつけられ、体中の空気が抜ける。再び引っ張られる前に短剣を引き抜き、立ち上がる。向こうも俺と同じタイミングで体勢を整えたらしく、引き抜いた短剣がスルスルっと戻って行く。窓から差し込む月光が俺達の中間を照らし出す。互いの姿が薄らと暗闇に浮かび上がり、それと同時に突撃する。先ほどの焼き回しの様に俺の拳は避けられるが、今度は此方も背後を取ったライダーの蹴りを避ける。真正面から向き合った俺とライダー。同時に攻撃を開始し、短剣と灰錠が火花を散らす。ライダーが上から短剣を振り下ろせば、俺がそれを横から叩き弾き、俺が拳を突き出せばライダーが短剣で弾く。そんな応酬を数度行い、ライダーの蹴りが飛んでくる。好機と判断し、避けると同時に更に間合いを詰める。ライダーの短剣では戦いづらい拳の間合いだ。しかも、ライダーは蹴りによって対処が遅れている。

 

「ふぅぅ!」

 

 完全に捉えた必殺のタイミング。振り絞った一撃を放とうとして、俺は放てなかった。自分でも理解が及ばず、何が起きたのか把握が出来ない。まるで、身体が石になったが如く動かなくなる。

 

「まさか、これを使わされる事になるとは……」

 

 自由に動く目だけ動かしライダーを見る。彼女は目を覆っていた眼帯を外しており、その両眼から凄まじい圧力を放っている。蛇に睨まれた蛙の如く、動けないでいると原因が分かる。俺の体の一部が石化していた。要因は考えるまでもない、ライダーのあの眼だろう。石化の魔眼……だと。

 

「サーヴァントでもないただの人間に使うものでは無いのですが……あのままでは私が殺されていたでしょうから」

 

 歩いて俺の背後に回り込み、つぅぅっと首筋を撫でるライダー。

 

「完全に石になる前に頂くとしましょう」

 

 くそっ、身体が動かない。石化は再生力で解除されているところもあるが、解除された瞬間からまた石化して結局意味がない。ライダーが俺の首に顔を近づける。何をする気だと思っていると、彼女は思いっきり俺の首に噛み付いた。

 

「ガッ、アァァ!?」

 

 血が吸われる感覚と共に末端から力が抜けて行く。このままでは不味い……身体が動かないのもあるが、何処かの伝承で読んだ吸血行為と云うのは対象が暴れない様に快楽を齎すと云う。今の感覚は正しくそれだ。不味いと思っているのに、身体はライダーに血が吸われるのを心地よく感じ始めている。これでは石化が解除されてもすぐに動けない。

 

「──全く、お前も不幸だな」

 

 窓を割りながら紅い影が飛び込んでくる。ライダーはそれと同時に吸血を辞め、俺から距離を取り、ライダーとの距離が離れると同時に石化が解け、身体が動く様になる。それに安心しながら紅い影、アーチャーに声をかける。

 

「どうして此処に?」

 

「マスターからの命令でな。帰宅予定を過ぎてるお前の様子を見て来いと。セイバーでは霊体化が出来ないからな、私が来たというわけだ。まさか、敵のサーヴァントと仲良くやっているとは思ってもなかったよ」

 

「あれが仲良くに見えるか?俺が喰われかけただけな気がするぞ」

 

「ふっ、ふふっ」

 

 アーチャーの嫌味に返しているとライダーが不気味に笑い出す。アーチャーと一緒に構えながら、ライダーの方も見ると、いつの間にか眼帯を装着しており、威圧感の感じる眼は隠れているが先ほどより明らかに存在感が増している。俺から魔力を吸ったからか?だとしても、たったあれだけで倍以上の存在感になるものなのか?

 

「どうやら貴方の血は私ととても相性が良い様です。化け物と言われた私によく馴染む澱んだ魔力。これで貴方が私好みの容姿なら申し分ないのですが、少々むさ苦しいですね」

 

「なぁ、なんで血を吸われて罵倒されなきゃいけないんだアーチャー」

 

「私に聞くな……なるほど、確かに反英霊であるお前なら、衛宮影辰の魔力は馴染むのだろう。だが、吸いすぎはお勧め出来ないな。その姿で呼ばれた一欠片の矜持すら失う事になるぞ」

 

「えぇ。ですので、アーチャー。貴方に妨害していただき感謝しているところです。あのままでは最期まで吸っていたでしょうから」

 

 え?なんなの俺の魔力ってそんな合法ドラッグみたいな効果あんの??と云うか、なんで何もかも分かったみたいな顔で会話してんだこの色黒士郎。俺も会話に混ぜろ、何がなんだかさっぱり分からないぞ。

 

「では、私はこれにて失礼。そろそろ、命令を守らなかったマスターの機嫌を取らないといけませんから」

 

 そう言い残し暗闇の中に消えて行く。チラリとアーチャーを見ると、追撃する気は無いらしい。白黒の剣を消し、俺の方を見る。何かを言いたそうにするが、結局顔を逸らしてしまった。

 

「帰るとしようか」

 

「そうだな……あ、でも帰りにちょっと教会に寄って良いか?」

 

「何故だ?」

 

 アーチャーにそう言われ、割れた窓やライダーの短剣で穴が空いた壁、思いっきり俺の靴の跡が残っている廊下を見る。

 

「言峰綺礼に隠匿を頼もうかと」

 

「……分かった。入り口までは護衛しよう」

 

 この後、無事に言峰綺礼に隠匿を頼む事は出来た。しかし、誰もいない学校で暴徒が現れたってのは些か雑すぎないか?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ライダー……あの人は辞めとけと言っておいただろう。魔眼まで使用しやがって……真名がバレたらどうする気なんだ?」

 

「すみませんシンジ。ですが、リスクはありましたが収穫は大きいですよ。あの者が校内にいる時に、宝具を起動すれば桜に呼ばれた時と同様かそれ以上に戦える様になります」

 

「そうか……アーチャーは確か遠坂のサーヴァント。それがあの人を助けに来るって事は、士郎と同盟関係か?ライダー、二騎のサーヴァント相手に戦えるか?」

 

「もう一騎次第ではありますが、恐らく可能かと。それに宝具を切れば霊体化で連れてきてない限り、侵入は難しい筈です」

 

「分かった。なら、明日。仕掛けるぞ」

 

 ライダー陣営との激突の日は近い。兄として妹を守るため、少年は憧れの人であろうと利用する。




正解は、ライダー襲来でした。
そして、影辰の魔力は泥の影響で澱んでいる様ですね。絶対、気付いてて言わなかったなあの神父。反英霊には親和性の高い魔力ですが、純正の英霊にはちょっと悪くなってしまう可能性がある魔力です。

何やら不穏な気配がしますね……さてさて、ライダー陣営はどうなるのでしょうか。待て、次回!

感想・批判お待ちしています。


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友人だからこそ

今回は、後書きも文なので先にこちらでいつものを。
感想・批判お待ちしています。


 その日は至って普通の日常だった。人目のない時間、秘密裏に行われる聖杯戦争の影なんて微塵も感じていなかった。生徒達も、教師達も与えられた時間をあるべき姿で受けていた。ただ、少しだけ違う事があるとするなら授業を今まで一度もサボった事のなかった親友の姿がなく、その妹も体調を崩したとかで休んでいる事だ。

 

「お見舞いの品、何が良いだろうか」

 

 そんな日常の当たり前を考えながら外を見た瞬間だった。視界の全てが真っ赤に染まった。まるで、血をばら撒いたが如く。それに驚いていると、教室にいる生徒や教師達が次々と倒れていく。そんな光景を見ていた青年も視界がぐらりと歪むが、全身の魔術回路を励起させ魔力を循環させる事で耐える。

 

「なんなんだ……一体。何が起きてる!?」

 

 焦る青年だが、一つ心当たりがある。聖杯戦争だ。この学校には、何かしらの刻印が至る所に刻まれており、何個かは同盟関係の彼女と破壊したがそれでも、全てを破壊する事は出来ていなかった。だが、まさか日中のしかもまだ大勢の人がいる学校で事が起きるとは考えもしていなかった。聖杯戦争は夜、人目のつかない場所でしか行われないと油断していた。確かに、神秘の秘匿の概念から目立つ時間帯を避けるのは当たり前だ。しかし、戦争がそんな賢いものである確証なんて存在していない。

 

「衛宮くん、無事!」

 

「遠坂!何が起きてるんだ!」

 

「結界が発動したのよ。しかも、かなり悪辣なものがね。早く、術者を見つけ出さないと最悪、みんな死ぬわ」

 

「なっ!?」

 

 起動した結界は結界内部の人間から魔力を強制的に汲み上げるもの。魔術の心得がある人間なら兎も角、ただの人間では抗うこともできずその魔力と共に命を吸われ尽くし死に至る。これはそういう類の結界だと遠坂は説明した。聖杯戦争に無関係な者達を巻き込む、そんな悪意ある行動を取れる術者に士郎は怒りを覚えた。

 

「遠坂、心当たりの場所とかあるか?」

 

「無いわ。この手の起動が厄介な結界は恐らく、術者の場所を固定する必要がない。ただ、離れすぎても効率が悪くなるから校内の何処かにはいる筈よ」

 

「分かった。虱潰しに探そう!」

 

「ちょ、衛宮くん!」

 

 士郎は言うや否や教室から走って出ていく。それを慌てて追いかける遠坂。二人は近くの教室から順番に一つ一つ見て行く。だが、何処を見ても倒れ伏す生徒や教師ばかりで術者を見つける事は出来ない。焦りだけが二人の心の中に蓄積して行く中、新たな異常が顔を出す。

 二人が一階に降りた時だった。霧の様なものが廊下に現れ、その中から骨で出来た兵が現れたのだ。身体から手に持つ武器まで、骨で構成されたその兵は二人を見ると、嘲笑う様にカタカタと音を立てると同時に二人を包囲する。いつの間にか廊下には、骨の兵が数えきれないほど現れていた。

 

「竜牙兵!?用意するのがめんどくさい触媒をたっぷり使ってくれたわね……」

 

「こうなったら令呪でセイバーを……」

 

 士郎が令呪を使おうとした瞬間、校門側の方から竜牙兵だったものが勢いよく吹き飛んできた。

 

「「は?」」

 

 二人が驚きで固まっている間にも、次々と竜牙兵が吹き飛び粉々になりながら他の竜牙兵と衝突して行く。二人を包囲していた竜牙兵達も校門の方を見る。破砕音を響かせながら音の発生源が現れる。白銅色の手甲を身に付け、警備員指定の服を着ている男──衛宮影辰。

 彼が現れると同時に他の竜牙兵が飛び掛かる様に襲いかかるがその全てが、一瞬のうちに粉々に成り果てた。色のない瞳をしていた影辰は士郎達を視界内に捉えると、平坦な声で話す。

 

「一階は全部見た。此処は俺に任せろ。お前らはお前らがやるべきことをやれ」

 

 自身の背後に現れた竜牙兵と正面から飛んできた竜牙兵を打ち砕く。彼が扱う八極拳の中でも、得意とするのが重心を落とし強力な一撃を叩き込むこと。自ら向かう事もなく、勝手に突っ込んでくる竜牙兵との相性はとても良かった。その場からほとんど動かず竜牙兵達を粉々にしていく。

 

「任せた兄貴!遠坂、上だ。上を見るぞ」

 

「え、えぇ。分かったわ」

 

 士郎達は階段を駆け上がっていく。追いかけようとした竜牙兵にはその背後から竜牙兵だったものが飛んでいき、動きが阻害される。後を追いたければこの男を殺すしかないと竜牙兵達の意識は一つとなる。

 

「来いよ。骨、警備員の恐ろしさたっぷり味わわせてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 階段を駆け上がる。3階を見たが、やっぱり術者は居なかった。それならもう考えられる場所は屋上にしかない。遠坂と一緒に駆け上がってり、屋上の扉を勢いよく開け放つ。太陽の眩しい光に一瞬、顔を顰めるがそこには俺が最も居てほしくないと願っていた男が立っていた。

 

「思ったより速かったな。やぁ、気分はどうだい士郎?」

 

「あぁ。最悪だよ慎二」

 

「そう怖い顔するなよ。これは聖杯戦争だぜ、使えるもの全部使ってるだけさ」

 

 ポケットに手を入れたまま笑みを浮かべる慎二。そこには微塵も自分が悪いとは思ってなさそうだった。馬鹿なことをしている親友を殴りたくなるが、その瞬間、慎二の横にサーヴァントが現れる。

 

「……そう。そういう事、あんたがこんな大結界出来るとは思ってなかったけど、そのサーヴァントが使ってるって訳ね」

 

「ご名答。流石は、遠坂の当主だな」

 

「本当は今すぐにでも、ぶん殴ってやりたいけど間桐くん、一つ聞きなさい」

 

「聞いてやるよ」

 

 サーヴァントを連れている余裕か慎二が遠坂の話を聞く姿勢を見せる。そして、遠坂は慎二にあの日、兄貴から聞いた事それから予測される聖杯が、万能の願望器等では無い可能性を急ぎ足で説明した。これで慎二が敵対を辞めてくれるそう思って、俺は慎二の方を見るがあいつはさっきまでと一切、変わらない顔をしていた。

 

「あっそう。でも、僕に叶えたい願いとかそういうの無いから。聖杯が手に入ればそれで良い」

 

「なっ──話を聞いてなかったのか慎二!聖杯は」

 

「悪いものかもしれないんだろ?聞いてたさ。けど、僕には引けない理由がある。例え、汚染されていようが聖杯は聖杯だ。僕は何としても聖杯を手に入れる。その為にこんな事をしているんだからね!」

 

 慎二が何処からともなく、本を取り出す。

 

「もう話し合いは終わりだ。大丈夫、殺しはしない。ただ、気絶した後に令呪を奪うだけさ。やれ、ライダー!!」

 

 慎二にも何か理由はある。けど、例えどんな理由であろうと無関係の人間を巻き込んで良いはずが無い。慎二はそんな事が分からない奴じゃなかった。だから、きっとこの行動には慎二なりの何かがあるのだろう。だけど!俺はそれを認められない。認めて良いはずがない。

 向かってくるライダーがやけにゆっくりに見える。頭は澄み渡り、何をするべきか即座に導き出せた。あぁ、これは聖杯戦争だ。これが聖杯戦争なんだ。俺は令呪が宿る左手に力を込め、全力で叫ぶ。

 

「来い!セイバー!!!!!」

 

 瞬間、俺の目の前が光り輝き彼女が現れる。令呪を用いる事で可能となる奇跡、瞬間移動。それによって現れたセイバーは、俺たちに向かってくるライダーを不可視の剣で吹き飛ばす。空中で、体勢を整えたライダーが慎二の横に着地した。

 

「……はっ」

 

 セイバーを見て、一瞬慎二が乾いた笑みと共に声を出した。自らを嘲笑う様な姿だった。

 

「シンジ」

 

「心配するなよライダー。僕の決意は何一つ変わってない。お前こそ、あっさり吹き飛ばされてくれるなよ?」

 

「無論です」

 

 顔を見合わせ頷き合うライダーと慎二。そんな二人を見ながら俺は遠坂より一歩前に出る。

 

「衛宮くん?」

 

「遠坂、今回は俺とセイバーに任せてくれ。友人として馬鹿した奴はぶん殴ってやらなきゃな」

 

「……分かったわ。でも、負けそうになったら手を出すからね」

 

「ありがとう。遠坂」

 

 更に一歩前に出て慎二の距離を詰め、セイバーと肩を並べる。

 

「遠慮なく行くからな慎二」

 

「ふん。来いよ、士郎」

 

 本を広げる慎二。思えば、しっかりとした慎二との喧嘩はこれが初めてかもしれない。いっつもどっちかが引くから喧嘩なんて事にはならなかった。けど、今回はどちらも引かない、引けない。

 

「慎二ぃぃ!!」  

 

「士郎ぅぅ!!」

 

 俺たちが叫ぶと同時にセイバーとライダーも戦いを始める。きっと、前代未聞だろう。聖杯戦争でただの喧嘩をする馬鹿二人は。




時間は少し、遡る

「なにこれ……凄く気持ち悪い……」

 校舎の壁に両手を当てながらゆっくりゆっくりと歩く。教室を見れば生徒も教師も皆んな、苦しそうに呻きながら倒れている。さっきまで、授業が行われていたのに。一体何が起きて……

「とりあえず……外に出て助けを……」

 はっきり言って私も倒れてしまいたいぐらいには気持ち悪い。こうしている間にもどんどん力が抜けていくし。でも、もし此処で倒れてはい、お終いとか嫌だ。まだやりたい事も食べたい物も沢山あるんだ。死んでたまるか……!

「……ん?」

 目の前で霧みたいなのが集まっていく。やがて、それは形を取る。全身骨で不気味な姿をした化け物。手には同じく骨で出来た剣みたいなものを持っているのが3体。それらは何故か私を敵と見ているのか瞳のない顔を向けて、近づいてくる。

「……あぁ、もう。最悪」

 私が一体なにをしたというのだろうか。あぁ、もう知らん。喧嘩なんてした事ないけど、全身に力なんて入らないけど──

「かかってこいや……!」

 私の言葉が分かるのか同時に3体が向かってくる。拳を構えて殴る準備をして──

「岸波!!」

 衛宮が鉄パイプで纏めて吹き飛ばしてしまった。私を守るように庇ってくれるその背中に安心感を抱く。当然、張り詰めた気が抜ける訳で……

「岸波!?おい、岸波!?」

 私を助けてくれたヒーローを見ながら意識を手放したのだった。


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馬鹿な兄の覚悟

お待たせしました。
またしても書きたいことを詰め込んだ回です!


 先ず、攻め立てるのはライダーだ。学園の屋上という開けた土地を存分に使い、その機動力を活かしセイバーを攻める。慎二が代理のマスターとなり、低下していた能力は衛宮影辰より吸収した魔力と今尚、汲み上げている学園の人達の魔力によりほぼ本来の彼女の能力に戻っていた。

 

「くっ……速い」

 

 それに対して半端なマスターにより能力が低下しておりライダーが展開している宝具、鮮血神殿によって魔力を吸われ続けている状態では強気に攻めることが出来ない。縦横無尽に走り回り、攻撃してくるライダーの迎撃に手一杯であった。令呪での転移直後迫るライダーを吹き飛ばした以降、まともに攻撃が出来ていない。しかし、ライダー有利が絶対かと言われるとそうではない。

 

「(流石は最優のクラスだけはありますね)……守りばかりでは勝てませんよセイバー」

 

 鮮血神殿を起動し、校内の人間から魔力を吸い続けるライダー。もし彼女が本当に極悪非道で、他者などどう成り果てても構わないというマスターに召喚されていれば今の有利は維持されていただろう。だが、此度のマスター慎二はライダーに誰にも死なすなと命じている。その為、吸い上げられる魔力には限度があり戦闘が長続きすれば今の優位など一瞬で瓦解する。仮のマスターである慎二の命令を守る義務は、ライダーにない。令呪を用いて命じられている訳でもないのだから。だが、それでもライダーは誰も死なすなという甘いマスターの命令を守る。

 

「優しくは殺しません。そんな余裕こちらにありませんから」

 

 ライダーがその身を深く鎮め、最高速度でセイバーに突っ込む。今までの翻弄する形からの急な正面戦闘。虚を突かれる形になったが、セイバーの身体は理性より早く、迎撃を選択した。幾ら速くても真正面から来るのなら対処は簡単だ。不可視の剣をバットの様に傾けライダーに向けて放つ。このまま斬り伏せられるかと思われたライダーだが、不可視の剣の前で更に体勢を沈め、地面スレスレとなりセイバーとの距離を詰める。

 

「見様見真似ですが」

 

 距離を詰めた事で鎖が付いている短剣では扱いづらいほど肉薄し、蹴りによる攻撃は沈めた体勢を支える為に行えない。であるなら、拳かと予測したセイバーが自身の霊核を守る為に籠手を心臓に移動させる。が、ライダーが選んだ手段は拳ではない。ライダーがセイバーに近づく為に加速した速度は未だ生きている。所謂、運動エネルギーというやつだ。セイバーの目の前でライダーはその独特の態勢を取る。あの夜見た、あの男の体勢を。

 

「体当たり!?くっ!」

 

 鉄山靠。影辰がライダーを吹き飛ばして見せた様に、ただの人間が出せる速度でもサーヴァントを吹き飛ばし壁に叩きつける事が出来るほどの破壊力を有する。もし、それをサーヴァントが影辰以上の速度を持って実行したらどうなるか?

 空間が破裂する様な音を立てて、セイバーが勢いよく吹き飛ぶ。殴り合いの泥臭い戦いをしている士郎と慎二の間を通り抜け、屋上のフェンスへ勢いよく衝突し、当然ただのフェンスがそんな破壊力に耐えられる訳がなく金属が折れる音を出しセイバーは、空中へと放り出された。

 

「セイバー!!」

 

 士郎の叫びにも似た声が響き渡る。思わず、落下していくセイバーの方に駆け寄ろうとする士郎だがそこに慎二が立ち塞がる。

 

「余所見とは良い度胸だね、士郎」

 

「慎二、ぐっ!」

 

 ガラ空きの士郎の腹部に慎二の蹴りが突き刺さり、士郎を蹴り飛ばす。その方向にはライダーがおりセイバーが居ない今、士郎の命運は決まった様なものだ。正面からは慎二が歩きながら距離を詰め、後方ではライダーが短剣を構える。絶体絶命の状況だが、士郎の目に諦めは無い。思わず駆け寄ろうとしてしまったが、セイバーは自分より強い。兄貴との戦いを見たのだからよく分かる。だからこそ、彼女はまだ負けていない。地面に叩きつけられていないという確信が士郎の中にはあった。

 

 風が吹き荒れる。

 

 校庭の砂を巻き上げ、砂嵐となった風はライダー陣営の動きを止めて見せた。巻き上がった風のその先、眩しい限りの太陽を背に彼女は戦場に舞い戻る。その手に輝く黄金の剣を手にしながら。

 

「はぁぁぁぁぁ!!」

 

「……」

 

 慎二に向けて振り下ろされる剣を、ライダーが無言で慎二を抱え避ける。再び、マスターとサーヴァントが並び合う形になった両陣営。セイバーが戻ってきた事に安堵している士郎と、変わらず警戒した顔でライダー達を見ているセイバー。そして、バイザーで眼こそ見えないが恐らく、隣に立っている慎二同様落ち着いているライダー陣営。

 

「私が戻って来ることも折り込み済みでしたか」

 

「あの程度でサーヴァントが殺せるなんて思っていないさ。戻って来るのにもう少し時間はかかると思っていたけどね。ライダー」

 

「まだいけます。アーチャーが様子見に徹している以上、此処は落としてしまいたい。シンジこそ、大丈夫ですか?顔、腫れていますよ」

 

 ライダーの言う通り慎二の顔は腫れている。士郎と殴り合いをしていたのだから、当然ダメージはある。が、その程度で慎二の闘志は衰えない。

 

「馬鹿にするなよライダー。この程度何とも無い」

 

「そうですか。では、早々にマスターを気絶させてくれると嬉しいですね」

 

「……士郎、その右手」

 

「ん?あぁ、折れてる。慎二に折られた」

 

 士郎は慎二に比べて腫れてるなどといった外傷はないが、右手が明らかに曲がってはいけない方向に曲がっていた。ライダーとセイバーが戦っている時、同様にマスター同士も戦っていたのだが、慎二は開幕士郎の右腕を折っていた。士郎は影辰から肉弾戦の手解きを受けている為、慎二との殴り合いになった時にある程度の自信は有していた。だが、その自信を腕ごと慎二は叩き折った。

 慎二と士郎の戦いは泥臭いの一言に尽きる戦いではあったが、二人ともただの喧嘩するには戦闘スキルが高すぎた。影辰に憧れ身体を鍛えた慎二。その過程で一つの体術を彼は身につけていた。独学で身に付けたものである為、本来のソレとは違うかもしれないが彼が身に付けた格闘術の名前は『パンクラチオン』であった。

 

「普通、折れた直後に逆の手で顔面殴って来る奴はそう居ないぜ、士郎?」

 

「その後、怯むことすらしないで蹴ってきたのはどこの誰だったか慎二」

 

「魔術師相手に、悠長な事は出来ないからね。触れたら壊すに限るんだよ」

 

 慎二がパンクラチオンに目を付けた理由がこれだ。他の武術ではどうしてもルールに縛られるし、型と呼ばれる構えを見せてしまう。だが、ルール無用のなんでもありなパンクラチオンであれば、魔術師に魔術を行使させる事なく倒せるかもしれない。そう考えた。直接、手解きを受けていないのに考える事が憧れの人物と同じであった。ただ、一つ違いがあるのなら影辰の武術は相手を殺すのに重きを置いているが、慎二は相手の無力化に重きを置いている。非情になりきれない慎二の甘さが滲みでていた。

 

「ライダー、場合によっては宝具の使用も許可する」

 

「分かりました」

 

「士郎」

 

「あぁ、分かってる。もしもの時は俺から遠慮なく持っていってくれ」

 

 暫しの沈黙の後、再び両者は激突する。今度は、サーヴァントより先にマスター同士がぶつかり合う。折れた右腕を庇いながら、士郎が左手で戦うが単純に減った手数では慎二を倒せない。右腕を庇っている事で、重心がズレ力の入らない左手はあっさりと受け流され慎二の拳を鳩尾に受ける。

 

「がっ…!」

 

 下がった頭を手に取り、慎二は勢いよく顔面に膝を叩きつけようとするが士郎の左手が間に割り込み、不発に終わると慎二は士郎の顎を殴り飛ばす。だが、それと同時に慎二の腹部に士郎の蹴りが突き刺さる。顎を殴られ、平衡感覚が狂っているというのに士郎は、気合だけでそれに耐え、慎二を蹴り飛ばした様だ。

 

「(ああくそっ、馬鹿みたいな精神力しやがって。気合いで耐えるかよ普通)」

 

「負けて……たまるか。慎二ぃぃ!」

 

 フラつく身体を両脚でしっかりと支え、士郎は慎二に向けて走る。腹部を蹴られ、乱れた呼吸を整え慎二は士郎を迎え撃つ。右腕一本折っても、平衡感覚を狂わせても止まらないと云うのなら、もう一本の腕か脚でも貰っていく。そう覚悟した慎二は次の瞬間、その顔を驚愕に染める。士郎は、拳も蹴りも使わなかった。使ったのは頭、頭突きだ。士郎は慎二が命を奪う事に抵抗があるのを知っている。だから、骨を折るなどすれば死に繋がる頭を攻撃手段に用いた。完全に虚を突かれた慎二は士郎の頭突きを顔面に喰らう。

 

「がぁ!!」

 

 鼻っ面に放たれた一撃。骨でも折れたか慎二の鼻から鮮血が舞う。そして、慎二のこの戦いが始まってから一度も止まる事のなかった思考が、呼吸を損なう事によって完全に停止した。

 

「しまっ……」

 

 慎二は戦う者では無い。だからこそ、絶えず思考を回していた。隙を見逃さない様に、勝ちを確実にするために少し先の未来を読む為に。だが、その思考が今、この瞬間に完全に停止した。不味いと判断するが、慎二は隙だらけの体勢を立て直せない。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 そこを一気にたたみかける士郎。折れていない左手で慎二を殴り飛ばす。そこから左手一本で士郎は連撃の様に慎二を殴っていく。

 

「お前にどんな理由があるかは知らない!けど、こんなに大勢を巻き込むやり方は間違っている!!」

 

 間違っている。その言葉を聞いて、慎二の目に力が戻る。

 

「そんな事は分かってんだよ!!」

 

 連撃の隙間を縫う様に慎二の拳が士郎の顔面を殴る。

 

「けどな、これ以上最良の手段が僕には思いつかなかった!!例え、間違ってようが僕はこうするしかないんだよ!!」

 

「なら、なんで俺に相談しなかった!!」

 

 返す士郎の拳が慎二の拳とすれ違う様に互いの顔面を殴る。

 

「お前に出来る訳がないだろ!!お前に相談すればそれがトドメになる。ギリギリのところで耐えてるあいつの精神が限界を迎える!」

 

「じゃあ、俺じゃなくても良い!兄貴でも良い!全部一人で背負おうとするんじゃねぇ!!」

 

「それをお前が言うかよ、馬鹿士郎!!」

 

「馬鹿はそっちだ、馬鹿慎二!!」

 

 再び互いの拳が互いの顔に入る。二人揃って、よろけながら距離を取る。叫びながら戦っていたのもあるが、二人とも息を切らしており肩を大きく上下させていた。慎二の右目は大きく腫れ、既にほとんど見えていない。対して士郎は左目が腫れているが見えない程ではない。だが、右腕が折れており耐え難い痛みが襲っていた。ボロボロな男二人、だがそのどちらも諦めていなかった。

 

「……ライダー」

 

 このまま、殴り合いで決着をつけるのか。見ている遠坂すらそう思っていた時、慎二がライダーの名を呼ぶ。

 

「宝具を使用しろ、セイバーを倒せ」

 

 その言葉と共にライダーがセイバーから距離を取る。瞬間、溢れて出す魔力。慎二の指示通り、ライダーが宝具を放つ体勢になる。これは聖杯戦争。マスターだけで、雌雄を決するものではない。

 

「士郎!」

 

「あぁ、分かって……」

 

「士郎!?」

 

 セイバーの近くが最も安全である為、そちらに行こうとした士郎が膝から崩れ落ちる。執拗に顎を狙われたダメージが今となって士郎に襲いかかっていた。視界は歪み、身体は震えて力が入らない。そして、そんなマスターを見てしまったセイバーは、迎撃の為の宝具発動が遅れてしまう。

 

 既に天には純白の天馬とそれに跨るライダーが現れていた。我に帰った遠坂によるアーチャーの呼び出しももう間に合わない。これ以上なく、最高に仕上がったタイミングでの宝具だ。

 

騎英の手綱!!(ベルレフォーン)

 

 純白の流星が地に放たれる。




さてと、決着は次回です!
聖杯戦争じゃなきゃ、屋上で殴り合う男共なんて青春の一コマ。

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独白:桜の少女

次回で決着と言ったな!あれは嘘だ!
ごめんなさい、予想以上に桜の話が伸びたんです。許してください、何でもしませんから。


 今思えば予兆は幾らでもあった。何年か前から、妙に私に優しくなった兄さん。口調に変わりはないけど、態度がまるっきり変わって私を打つ事も、暴言を吐く事も、達成が不可能な無理難題をぶつける事も、そして先輩の家に行くのを辞めさせるなんて事もしなくなった。

 

「桜、これあげる」

 

「はい、ありがとうございます……えっと何か特別な日でしたっけ?」

 

「……いや、兄貴が帰り道で妹に差し入れ買っちゃいけない訳?良いから素直に受け取れ」

 

 少し、ううんかなり特殊な兄妹だけどそれなりに仲良く出来ていた気がする。兄さんが私を見る度に、後悔の様な感情を浮かべる事はあったけれど私を差別する様な目はしていなかった。家族としてただの妹として見てくれた。初めは気持ち悪かったけど、慣れてくれば困惑して今は捻くれてるけど私を気遣ってくれる面倒臭い兄さんだと思える。

 私の手に令呪が浮かび上がった。それを見たお爺様が、私に経験を積ませるとか言いながら私の意見も聞かず、淡々とサーヴァント召喚の準備を整えていた。それが怖くなった私は兄さんにその事を相談した。すると、兄さんがため息を吐きながら部屋を出て行き戻ってくると一言、私に言った。

 

「僕が代わりに矢面に立つ。桜は戦わなくて良い」

 

 兄さんがライダーのマスターになった。そこからの兄さんはずっと思い詰めた表情で家に帰ってくるのも遅くなったし、雰囲気も昔の兄さんに戻った様で凄い居心地が悪かった。そして何より、私が嫌だったのは。

 

「に、兄さん……その夕食の準備が出来ました」

 

「……あぁ、ありがとう。今行くよ桜。今日は何を作ったんだ?」

 

「今日は唐揚げを」

 

「へぇ、良いじゃん」

 

 私の前では何もなかった様に普通の兄さんとしての態度を貫く姿でした。きっと、兄さんは優しいから私に心配をさせない様になんでもない様に振る舞ってくれているんだと思います。けど、聖杯戦争が始まってから兄さんは私を見てくれなくなった。それが堪らなく嫌だった。

 

「桜、今日は学校を休め」

 

「え?どうしてですか?」

 

「良いから、休め。良いね」

 

 あぁ、きっと学校で何かする気なんだと分かった。私を見ている様で見てない目をする兄さん。私の為に心を犠牲していく兄さんを、私は見送った。兄さんが言った事を守るため、こうして家で朝着た制服を脱ぐこともなく、ベッドに座っている。

 カチ、コチ、と時計の音が部屋に響き渡る。ふと、時計を見れば兄さんがくれた光る液体が目に入った。吸い寄せられる様にそれを手に取る。あの時と同じように淡い光を放つそれはとても綺麗だった。

 

「兄さん……」

 

 突然兄さんが私に手渡した液体。私が手に取った瞬間光るのを見て、何かを諦める顔と辛そうな顔、そして雁夜叔父さんと同じ顔をしていた。兄さんはこの時にもう死ぬかもしれない覚悟を決めていた。その事に気づかないフリをして、無邪気に綺麗と言った私に対して呆れる様な笑みを浮かべながら兄さんはコレをくれた。

 

「……兄さん。兄さん……」

 

 気がつけば私は部屋を飛び出していた。兄さんの言い付けを破る行為だ。それでも、私は今、無性に兄さんに会いたくなった。もう嫌だ。誰かが私の為にと言って死んでいくのは。勝手過ぎる。勝手に助けに来て勝手に死んでいく。心を殺してしまえばなんともないけど、今更兄さんを失う?それは嫌だった。

 

「何処に行く桜よ」

 

「お爺様……私は、学校に……」

 

「慎二の所に行くと?桜よ、それは慎二の覚悟を想いを踏み躙る行為ぞ。それで良いのか?」

 

 お爺様は兄さんが何をしているのか知っているみたい。相変わらず、何を考えているのか全く分からない不気味な表情をしているけど、今日この今だけは何処か雰囲気が柔らかい気がした。

 

「……それでも兄さんに会いたいんです。兄さんはきっと凄く怒ると思うけど」

 

「……カカッ、まぁ良い。好きにすると良い。わしはこれからPTAの会議で配る資料の準備がある故、飛び出す孫娘に構う余裕はない」

 

 そう言ってお爺様が背を向ける。あのお爺様が私達を気遣ってくれている?そんなあり得ないけど、否定しきれない事を思いながら私は家を飛び出した。いつもなら歩いてても、遠いとは感じない距離を全力で走って、走って、走って、まだ着かないのかと焦りながら全力で走った。近所の人やすれ違う人たちが不思議そうな顔をしていたけど、何か言われるのはお爺様だから気にしない。そうして、学園に到着する。

 脚が一歩前に出るのを拒んでいる。外観からは分からないけど、私の魔術師としての勘が脚を踏み入れるのを躊躇わす。けど、今更脚を止める訳にはいかないんです。

 

「兄さん……!」

 

 光る薬瓶を握りしめ一歩前に踏み──

 

「桜ちゃん?」

 

「影辰さん?」

 

 学園の中から外に出てくる影辰さんが声をかけてきた。さっきまで気が付かなかったけど、校庭には倒れた生徒や先生達がブルーシートの上に寝かされていた。もし、影辰さんに声をかけられず踏み込んでいたら私は……

 

「桜ちゃん?今日、確か学校は休んでた筈じゃ……っとそんな話をしてる場合じゃ無いな。何をしに来たか分からないけど、今は敷地内に入らない方が良い。その、危険が一杯だから」

 

 この人は善意で警告してくれてるのだろう。でも、ごめんなさい。私は行きたい場所があるんです。

 

「はぁー……ふぅぅぅ……」

 

 胸に手を置いて魔術回路を稼働させる。瞬間、体内の刻印蟲達が魔力を食べていくけど、それより速く魔力を生成すればきっと大丈夫。後は、兄さんの所まで耐えられるかって問題だけど。

 

「……桜ちゃん。行く気?」

 

「はい。止めても無駄ですよ」

 

 私の目を真っ直ぐに見つめ、影辰さんが小さく息を吐く。そして、影辰さんの目から光が消えていき、雰囲気が物々しくなる。

 

「最短で屋上に連れて行く。捕まれ」

 

「え?」

 

 私が返事するより早く、米俵を担ぐ様に私を持ち上げる。いきなりの事に私が混乱している間に、影辰さんが身を沈める。

 

「適当に捕まっててくれ。それと、かなり手荒だからな。覚悟しとけ」

 

「あの、もう少し説明をきゃっ!?!?」

 

 急な加速が私を襲う。おそらく、影辰さんが私を運んだまま走り出したのだろうけど、その速度が明らかに可笑しい。流れて行く景色が車に乗っている時と大差がない。え?え?人って、車並みの速度で走れるの?理解が追いつかないまま、今度は景色が真下を向く。校庭の見慣れた砂が、真下に見えるという不思議な光景。視線と並行になる様に校舎の白い壁が映る。

 

「口開くなよ」

 

「え──」

 

 浮遊感が襲ったかと思えば、影辰さんが2階の窓の縁を片手で掴み、そのまま登り脚をかけたと思えば、また浮遊感が襲う。今度は3階の窓に手を置き、私を雑に落とし空中で私の手を握る。正直言って、その辺のジェットコースターより怖いです。頭が理解してないから耐えられてるだけな気がします。

 

「そら、行ってこい!!」

 

「きゃぁぁぁぁぁ!?!?!?」

 

 影辰さんが勢いよく登ったかと思えば、全力で真上の屋上に投擲される。私を投げた体勢のまま落下していく影辰さん。でも、あの人ならどうにか出来る気がして、私は上を向く。ぐんぐん近づいて行く屋上のフェンス。それを飛び越え、私は眼下の光景を見て、此方を驚いた顔で見ている兄さんに声をかける。

 

「兄さん!!!!!」

 

「桜!?ライダー!!桜を受け止めろ!!」

 

「分かってます!!」

 

 落下する私をライダーが、真っ白な天馬に跨ったまま優しく抱き止めてくれる。ライダーがゆっくりと地面に降り、私を降ろしてくれる。今更、空中に投げ出された恐怖を思い出したのか脚が震え出し、崩れ落ちそうになる。

 

「桜!」

 

「あ、兄さん。ありがとうございます」

 

 兄さんが私を支えてくれた。表情は驚きに満ちており、私は言い付けを破った事を怒られるのかと身構えたが兄さんの第一声は違いました。

 

「怪我してないか?魔力は大丈夫か?というか、どうして空から来たんだ!?」

 

 久しぶりに私を見て、私を心配してくれる兄さん。それがなんだか嬉しくて、流れる涙を隠す為に私は兄さんを強く抱き締めた。

 

 




ちなみに自然落下していった影辰は、何事もなかった様に着地して救出作業に戻ってます。

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間桐兄妹

はい!今回こそ、決着です!!


 少しの間、慎二と桜は互いを抱きしめ合っていたが、慎二の方からゆっくりと優しく桜を離す。驚きが勝って中ば忘れ掛けていたが、今は戦闘中。守りたい妹がこの場に居て良いはずがないのだから。

 

「桜、色々と言いたい事はあるけど今は離れてろ」

 

「兄さん、私は」

 

「僕を止めたいんだろ?けど、桜のお願いでもそれは聞けない。僕はなんとしても──」

 

 パァン!と乾いた音が響く。桜が慎二の頬を平手打ちした音だ。その行動に、桜を除いたこの場にいる全員が目を丸くして彼女を見る。一番、驚いているのは慎二であり、何度も瞬きをして状況が飲み込めていない。対して、士郎は何処か落ち着いている。

 

「……まぁ、意外とやれるからな桜は」

 

 慎二を除けば一番付き合いが長く、そして何の壁もなく付き合い続けた士郎だからこそ一番、驚きが少なかったのだろう。

 

「兄さん。確かに私は、聖杯戦争の事に関して相談しました。戦いたくない事も伝えました。でも、代わりに兄さんに戦って欲しいとは言ってません!私は我慢ばかりで意志も弱いけど、そんな死にに行く様な顔をした兄さんを見るのは嫌です!間桐の人は、どうして私を守ろうとして死のうとするんですか!残される気持ち、考えてください。……優しくなって私を見てくれる兄さんが死ぬなんて……嫌なんです……」

 

 間桐桜は常に劣等感と共に生きてきた。そして、間桐慎二も身体を鍛え、違う道を見る事である程度マシにはなったが、憧れていた魔術師になれないという現実に彼は劣等感に蝕まれている。故に、自覚する事がこの時まで無かった。慎二が兄として桜を大切に想っているのと同様に、桜も妹として慎二を大切に想っているという事に。互いに互いを大切に想っているのに、その生まれから自身が愛される者だと思えなかった二人の想いが交わった。

 

 そして、それと同時にライダーが展開していた鮮血神殿が解除される。

 

「シンジ」

 

「……タイムオーバーか。まぁ、時間をかけ過ぎたな。ライダー、死人はいないだろうね?」

 

「はい。病人がこの場に居ない限り死人は居ないはずです」

 

「居ない事を祈るしかないね……さてと、どうするか」

 

 鮮血神殿が解除されたという事は、この瞬間から慎二の勝ち目は消えたという事。素直に敗北を認めて楽になれればどれだけ良かったか。自分を大切だと言ってくれた桜を見る。そしてまた、桜も慎二を見た。二人の視線が交わり、やがて慎二が笑みを浮かべ偽臣の書を取り出し、桜も笑みを令呪を光らせる。

 

「「ライダー」」

 

「はい」  

 

「「やるぞ/やりますよ」」

 

「なっ!?もう勝負は決まった様なものでしょ!?どうして」

 

 慎二と桜が戦闘の意思を見せた事に凛が驚く。この中で一番、魔術師である凛はライダーの弱体化をしっかりと感じていた。そして、結界が消えた事で自身のサーヴァントがこの場に干渉が可能になった事も。弱体化したライダーと、サーヴァントの中でも優れていると言われる三騎士の内、二騎が揃ったこの状況で戦おうとする二人が理解できなかった。

 

「そうですね、兄さんから私に契約を戻しても既に消耗しているライダーでは勝ち目が無いと思います」

 

「なら!」

 

「でも、兄さんが戦うというのなら兄さんを死なせない為に私も戦います。私の我が儘の責任ぐらい果たしたいんです」

 

 強い意思の篭った瞳で桜は宣言する。兄の想いを無駄にしてしまった愚かな妹の責任として、この場に来てしまった者として戦う覚悟を決めたんだと。

 

「別に我が儘の責任とか咎める気もないけどさ。妹が戦う気なら、兄の僕が引くわけ行かないでしょ。それに、僕達は勝利を諦めた訳じゃないぜ。なぁ、ライダー?」

 

 縋るように向けられた視線を一蹴する慎二。それに呼応する様に士郎が口を開く。

 

「諦めが悪いな慎二は……けど、さっきより今の方がお前らしいよ」

 

「余計なお世話だ士郎」

 

 桜が現れた瞬間、慎二が戦う事に固執していた理由が理解できた。聖杯と桜がどう繋がるのかは分からないけど、妹を守る為だったんだと。友人は外道になんて堕ちていなかった。ただ、いつもの様に捻くれて全部自分で背負おうとしただけだと。

 

「けど、やっぱ無関係な人を巻き込んだのは許せない。だから、手加減なんてしないぞ慎二」

 

「はっ、碌に魔力供給も出来てないくせに偉そうに」

 

「俺もお前もまだ未熟だからな。少ない魔力だけど遠慮なく持っていってくれセイバー。出し惜しみとかしてたら負けるのはこっちだ」

 

「そうですね。私も同感です」

 

 セイバーが聖剣を構える。それと同時に天馬を上空へと走らせるライダー。桜という乱入者によって阻止された宝具が再び、放たれる。上空でどんどん加速していく天馬。地上では魔力がセイバーに集う様に光り輝き始める。

 

「ライダー……令呪を持って頼みます。私と兄さんに勝利を。もう一つの令呪を持って重ねて頼みます。どうか、勝利を!」

 

 桜の手に残っていた2画の令呪が光り輝き、ライダーへと魔力を注ぐ。それを見て、令呪を行使しようとする士郎。だが、それはもう一人のライダーのマスターによって阻止される。

 

「偽臣の書。僕に力を貸せ!」

 

 令呪を用いて作られた偽臣の書。慎二はただの命令権の様なものだと思っていた。けど、本を捲っていくうちにある事に気が付いた。命令権以外にも何か機能があると。そして、桜が令呪を使った事でライダーに全力を使う必要が無くなった為、この偽臣の書が消えても問題はない。故に、残った魔力を全て行使する。

 

 それは予め偽臣の書に記されていたものなのか、それとも祖父が仕組んだものなのか慎二には分からない。本が怪しく光ると同時に、影の様な刃が何本も士郎へと向かって飛んでいく。それを士郎は避けるが、その為に令呪の行使は間に合わない。

 

「「いけぇぇ!!ライダー!!!!!」」

 

 不思議な気分だ。反英霊であるライダーが応援される立場になるとは。けど、その声援はとても心地よい。ライダーは、天馬に乗りながら笑みを浮かべる。

 

騎英の手綱!!(ベルレフォーン)

 

 最大限に加速した純白の流星が放たれる。それを迎え撃つは、人々の願いを一身に託され、兵達が今際の際に夢みる幻想。星の息吹にして、最強の聖剣。

 

「エクス……カリバァァァッ!!」

 

 黄金の輝きが純白の流星へと放たれる。空中で両者は激突し、一瞬の膠着を見せた後流星が飲み込まれた。そして、輝く光が何もかも消えた後、地上にボロボロのライダーが落ちてくる。令呪によって、僅かでも勝利の可能性を残す為ギリギリで離脱したが、ライダーは最早、数分も経たずに消滅するだろう。

 

「……まだ、立ち上がりますか。ライダー」

 

 それでもまだこの身が残っているのなら。大切な二人がまだ、私を応援してくれるのなら。

 

「私は……まだ……戦える!」

 

 正真正銘、最期の攻撃だ。僅かに残った短剣を構えて、セイバーへと走る。魔力もなく、全身もボロボロなライダーではその速度は先程までとは比べられないほどに遅い。それでも、セイバーは油断なく、聖剣を構え自らライダーへと走り出し、一刀で斬り伏せた。

 

「見事です。ライダー」

 

 地に崩れ落ちるライダー。そんな彼女にセイバーの横を通り抜け、慎二と桜が駆け寄る。桜がライダーを抱きしめ、慎二は近くにしゃがんだ。

 

「ありがとうライダー……そして、ごめんなさい。私が余計な事をしなければ……」

 

「良いんです桜……貴女が来てくれなきゃ、シンジは何処かで壊れてたでしょうから」

 

「余計なお世話だ」

 

「ふふっ……シンジ。顔を近づけてくれませんか?」

 

 慎二は無言でライダーに顔を近づける。ゆっくりと慎二の顔を眺めた後、ライダーは慎二の額にキスをした。

 

「なっ!?」

 

「……頼る事を覚えてください。後悔してからでは遅いのですから……」

 

「……善処するよ」

 

「それと……桜にとって……良い兄でいて下さいね」

 

 その言葉を残しライダーは消滅した。聖杯戦争、最初の脱落者が生まれた瞬間だ。暫くの間、桜も慎二もその場を動くことはなかった。




「ふっ、ふははは!!!!!!!!此度も召喚されたかセイバー!良い、良いぞ。今度こそ、我が手で存分に愛でてやろう。綺礼!我は勝手に動くが構わないな?」

「余計な手間を増やさなければ何をしても構わん。事の顛末、衛宮影辰を呼び出して聞くしかあるまいな。全く、日中に宝具など。私の手間を考えて欲しいものだ」



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一休み一休み……え?俺の休みは無いの??嘘でしょ……

サブタイから分かる通り、平和回です。


 言峰綺礼に呼び出された。昨日の騒ぎで学校は休み、教会側の隠匿によりいつものガス事故という扱いになった。生徒や教師などあの時学校にいた人達も死者はおらず、早ければ三日以内には全員元通りの生活が送れる様になるらしい。士郎が、岸波さんの様子を見に行くとか言ってたな。事の顛末は、士郎達から聞いた。別段、俺が慎二くんに対して言う事も思う事もない。

 

「で、此処か。泰山」

 

 中華飯店『泰山』あの言峰綺礼が気に入った麻婆豆腐を提供する店だ。此処が指定されたという事は既にアレを食っているのだろう。引き戸を開けて、俺も入店する。綺麗な店内には言峰綺礼一人が座っており、入ってきた俺を見ると少しばかり目を開く。どうやら未だ麻婆豆腐は運ばれて来てない様だ。

 

「思っていたより早いな」

 

「仕事が無くて暇なんでね」

 

 正面に座り、コップに水を汲み一気に飲み干す。もう一度水を淹れていると特徴的な刺激臭が鼻をつく。どうやら麻婆豆腐が届く様だ。店長が持ってきた麻婆豆腐は二つ。俺と言峰綺礼の前に置かれる。

 

「……これを食うとは言ってないが」

 

「なに、私の奢りだ。気にするな」

 

 レンゲを手に取り麻婆豆腐を掬う。さて、この泰山の麻婆豆腐は凄まじく辛い。明らかに万人が食える辛さを超えている。前に士郎に騙して食べさせたら、気絶した。それ以来、俺がお土産に持って行く食べ物は必ず警戒する様になってしまった。悲しい。

 と、話は逸れたがこの泰山特製麻婆豆腐。辛いだけのマゾ料理では無い。地獄の様な辛さの先にしっかりとした旨味が存在しており、一度これにハマってしまうと他の麻婆豆腐では物足りなくなる。

 

「戴きます」

 

 一口。たった、一口それを口に入れただけで、全身から汗が噴き出し麻婆豆腐という劇物に対して、全身が喚き立つ。凄まじい辛さに水を飲みたくなるが、それはBADEND直行コースだ。もう二度とこの麻婆豆腐を食おうとする手が動かなくなる。そしてその時が来る。幾千幾万の辛さという軍勢を超えていき、たどり着く極上の旨み。砂漠の中でオアシスを見つけた様な感覚。これを味わってしまってはもう手が止まらない。

 

「「……はふっ……あぐっ……」」

 

 言峰はカソックを緩め、俺は着ていた上着を脱ぎ捨てる。圧倒的な香辛料という暴力が俺たちの体温を跳ね上げているので、厚着などしていられない。話をする為に集まったというのに俺と言峰の間に会話は一切ない。互いに、この麻婆豆腐に魅入られている為食い切るまで話すことはないだろう。真っ赤な餡に絡まる豆腐を、一気に口に運び出来立ての暑さが辛さと共に舌を蹂躙していくが、美味い。無言で男二人が汗を流しながら、麻婆豆腐をカッ食らうという異様な光景が少々続き、同時にレンゲを置く。

 

「「おかわり」」

 

「はーい!待ってるアルよ」

 

 こいつら会話する気あるのか?とか思うが、流石に二回目は麻婆豆腐の魅了にも抗える。取り敢えず、新鮮な状態でこれから来る麻婆豆腐を食べる為に水を飲んでおく。

 

「で、話はなんだよ?」

 

「セイバーとライダーの戦闘。アレの隠蔽にかなりの人数が割かれている。理由は、両者の宝具が目立ち過ぎた。神秘の秘匿を破ったとして、ライダーのマスター及び、セイバーのマスターが処罰されてもおかしくはない」

 

 聖堂教会からしたら日中の宝具は許されない行為だったか。そりゃそうだ、神秘の秘匿に過激派な連中の集まりなんだから怒り心頭でも不思議じゃないというか寧ろ、ここまで刺客が送り込まれてない事に驚く。

 しかし、そんな事の為にわざわざ伝えには来ないだろう。送り込まれた刺客とかに戦ってる俺を眺めてニヤニヤするのがコイツだ。視線で続きを促せば言峰が言葉を続ける。

 

「お前は足りない人員を補って貰う。とは言え、魔術が使えない一応一般人に重役は任せん。日が落ちてから、明るくなるまで冬木市を見回りすれば良い。神秘の秘匿を疎かにする様な輩がいれば私に報告しろ」

 

「……それが見逃す条件って訳か。はぁ、なんでこうなるかなぁ」

 

「感謝しろ。私の方からこの程度で済む様に頼んだのだからな」

 

「お前が純粋に善行するとは思えないけどな。ま、助かったのは事実だありがとう」

 

 俺が礼を言うと微妙に眉間に皺を寄せる。へっ、長い付き合いだからなお前がどんな事されれば嫌がるか理解してんだよこっちは。

 

「……取り敢えず、日が落ちたら教会に来ると良い。護衛を用意してある」

 

「魔術師か?」

 

「ふっ、会ってからのお楽しみだ」

 

 詳しいことを問い詰めようとしたタイミングで、麻婆豆腐が運ばれてくる。互いに視線を麻婆豆腐に落とし、レンゲを手に取り口に運ぶ。誘惑を断ち切れるとはなんだったのか。結局、碌に会話をする事なく、麻婆豆腐を食し連絡事項は既に終わっている為に、そのまま解散となった。駄目だな、麻婆豆腐は。思考力を奪われる。

 日が落ちるまで時間がある為、一旦家に戻る。仮眠の一つでも取ろうと思いながら、自室に向かっていると何やら居間が賑やかだ。そういや、玄関に靴が多かったな来客か?

 

「士郎、お客かー?っと、凄いなこりゃ」

 

 居間には何やら分厚い本が乱雑に広げられており、それを凛ちゃんと桜ちゃんと、慎二くんが目を通しており士郎とアーチャーが三人の様子を見ながら、お茶を淹れたり間食を用意したりと忙しなく動いている。

 

「小僧、焼き過ぎだ!それでは中まで熱が通り過ぎる。そんな事も分からないのか戯けめ!」

 

「ああもう!お前が横でごちゃごちゃ言うから気が散るんだろうが!」

 

「そこ煩いわよ!!仲良くしなさい」

 

「兄さん、此処は?」

 

「どれどれ……少し違うな。僕達が求めてるのとは」

 

「士郎、アーチャー。デザートはまだですか?」

 

 ……一人ただ、食ってるだけの奴居ないか?まぁ、これなら邪魔はしないでおくか。そっと部屋を出ながら、士郎とアーチャーを見る。ギャーギャー何かを言い合っているが二人とも楽しそうだ。束の間の幸福だろうと、それが救いになってくれるのなら嬉しい。

 

「良かったな士郎」

 

 さぁて、俺は寝ますかね。あー……俺も混ざりてぇなぁ。でも、言峰に頼まれた事もあるから寝ないとしんどいし、仕方ない。青春とは程遠いおじさんは社畜になってるとしますか。背後から聞こえてくる楽しそうな声になんだか悲しくなりながら、自室に入り寝るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よぉ、あんたがアイツの言ってた衛宮影辰かい?」

 

「……一応、聞くけど。サーヴァントだよな?」

 

「おうよ。ランサーのクラスで現界してるぜ。なんだ?この格好が変か?」

 

 言峰に言われた通り、教会に来て先ず驚いた事は護衛って言ってた相手がサーヴァントであった事。付近にマスターの姿が見えないから、監督役であるアイツのサーヴァントなのだろう。おい、職務はどうしたエセ神父。いや、うん、100歩譲ってサーヴァントなのは良いとしよう。

 

「妙に似合ってるから困惑してんだよ……そのアロハシャツ」

 

「良いだろこれ!俺も気に入っててよぉ。っと、そうだほらよ」

 

 ランサーが紙袋を投げてくる。中身はランサーの色違いのアロハシャツと、サングラスだった。

 

「着ろと?」

 

「変装らしいぜ。お前さん、結構ツラ割れてんだろ?」

 

「あぁ……なるほどね……」

 

 なんかもう既に疲れた。考えることを放棄しながらその場で、アロハシャツに着替え上着を羽織る。流石に半袖のアロハシャツ一枚じゃ夜は少し肌寒い。サングラスはどういう仕様か全く視界を阻害していない。地味に魔術道具だったりするんだろうか。

 

「で、着替えてる間人の身体ジロジロとなんだ?そういう趣味かお前?」

 

「いやぁ?鍛え抜いた良い身体してんなと。どうよ、仕事が終わったら手合わせでも」

 

「……お前、それが狙いで言峰から引き受けたな?」

 

 俺がそう言うとニヤッとした笑みを浮かべる。

 

「よく気がついたな兄ちゃん」

 

「戦いたいですーって感じの殺気ずっとぶつけられてたらそりゃな。はぁぁ、手加減してくれよ」

 

「なに、気さえ昂らなきゃ手ぇ抜いてやる。安心しろ」

 

「何一つ安心できない言葉だ」

 

 どう考えてもランサーは、戦うのが大好きな奴だ。こういう奴の手を抜く発言ほど信用できない言葉はない。どれくらい信用できないかって言えば、行けたら行くと答えられたぐらいは信用できない。

 

「そろそろ行くか。しかし、あれだな」

 

 俺とランサーの格好を交互に見て言う。ランサーが不思議そうに俺の顔を見て続きを促す。本当にどうでも良いことなんだが。

 

「ヤクザか何かに見えるな俺ら」

 

「はっ、一般人が寄り付かないって意味では良いんじゃねぇの?」

 

 ガタイが良く、アロハシャツの下から筋肉が見えており、青い長髪とそれに比べれば短いが結ぶ事は出来る白銅色の髪にサングラス。序でに纏ってる雰囲気も一般人ではない。何処からどう見ても、ヤクザとかそういう連中に見える気がする。

 この日は結局、街に不思議なところは何もなく無事に終わった。え?ランサーとの手合わせだって?……やっぱり信用できないよ!!死ぬほど疲れたわ。あー、もう暫くこれが続くと思うと憂鬱だ。




さてさて、士郎達は何をしてたんでしょうかね。お楽しみに。

ちなみにランサーとの手合わせは、見たいなーって人がいれば番外編みたいな形で書きます。今回の話に入れなかったのは、平和回にしたかったので。

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幕間:槍兵が如く

龍が如くのBGM聴きながら書いた。説明は以上です。

という訳で、ご要望も頂いたのでランサーと影辰の手合わせ回です。内容は微塵も進んでません!


「うし、じゃあ行くぞ。準備は良いか?」

 

「あぁ。いける」

 

 街の見回りを終え、今俺は約束通りランサーとの手合わせを行う事となった。場所は教会の地下にある無駄に広い空間。マジでなに此処?割と長い期間教会には厄介になってたけど一度も来たことがない。こういう手合わせをするにはお誂え向きの場所で、柱などの障害物はなくただただ広い空間となっている。学校の体育館より僅かに狭いぐらいだろうか?

 朱槍を手に持つランサーと灰錠を展開し構える俺。緊迫感こそあるが、互いの格好がアロハシャツなのは最早ネタだな。

 

「じゃあ、行くぜ!」

 

 ランサーが言葉と同時に掻き消える。いや、正確には一瞬で俺の後ろを取った。嘘だろ、俺の眼でも捉えきれないだと……これが最速が選ばれるというサーヴァントの実力か!!後ろから突き出される槍を半ば反射で避ける。顔の横スレスレを通過する槍に手加減はなんなのかと思いながら、追撃で飛んできたランサーの蹴りに合わせ、飛び退く。軽く、手が痺れるが直撃を避けた分、かなりマシだ。

 

「相性が悪い……」

 

 今の一回だけで分かる。俺とランサーの相性は悪いと。速度という意味では、ライダーも相性が悪かったがまだ廊下という閉鎖空間であった為に、戦えた。けど、此処は広い。ランサーがその速度を活かすには十分だろう。それに加え、もう一つランサーとの相性の悪さを拍車掛けているのが手数だ。

 

「チッ!」

 

 飛んできたランサーが次々と放つ槍の突きを弾いていくが、完全に弾ききれないものが俺の斬り裂いていく。浅い傷が幾つか出来ては消えていく。明確に急所を狙わない辺りが手加減だろうか。とはいえ、一度に飛んでくる攻撃が多いのは辛い。セイバーやバーサーカーみたいに一撃でどうにかしてくるタイプは、腕の一本でも犠牲にして攻勢に出れば良い。けど、ランサー相手にそれをしても意味はない。

 

「そらそらどうしたよ!」

 

「ふぅぅ……」

 

 突き出される槍に合わせ、全力の右手で上に弾く。そのまま踏み込みと同時に振り上げていた右手を勢いよく落とす。狙いはランサーの頭部、そこに向けて一直線に振り下ろすが、それを難なく掴み取られ投げ飛ばされる。そのまま追撃にくるランサーの槍を空中で体勢を直し、足場にして跳躍。落下の勢いをつけて踵落としを放つ。

 

「良いねぇ!」

 

 引き戻した槍を盾に防ぎ、獰猛な笑みを浮かべるランサー。単純な力勝負をしてサーヴァントに人間が勝てる訳がない。槍に足を滑らせ、支えとする事でもう片方の足を地面から離し、ランサーの胴体を蹴る。手応えは皆無だが、これで両足が地面に着いた。槍の間合いに離される前に再度、距離を詰め──

 

「………は?」

 

 気が付けば俺は真反対の壁へと叩き付けられていた。無駄に頑丈でそして、再生する身体じゃなければ死んでいた気がする。全身のありとあらゆる場所が痛みを教えてくるが、それらが忽ち修復していき痛みが消えていく。

 

「やっぱり、再生する身体か。魔術って訳じゃねぇよな、それ生まれつきか?」

 

「……それを確かめる為に……遠慮なく攻撃しやがったなランサー」

 

 詰めようとした瞬間、俺の警戒が疎かになったところに一撃ってところか。あー、嫌になる。どれだけ鍛えても人間じゃサーヴァントに勝てないと分からせられる。ちょっと特殊な身体になったぐらいじゃ差は埋まりませんってか。

 

「わざわざ説明するかよ。こっちの数少ない手札なんだからな」

 

「それで良い。ちょっとやり過ぎたかと思ったがなんだ、良い眼をするじゃねぇか。そういう眼をする奴は大好きだぜ俺は。一切、諦めてねぇ喉元を食いちぎってやろうって魂胆の眼。そんな眼されたら、ノってきちまうじゃねぇか!」

 

 心臓目掛けて突き出された槍を両手で掴み取る。そのまま押し返すつもりで、力を込めていく。

 

「オォォォォォ!!!」

 

「良いぜ、ノッてやるよ。もっと魅せてみなぁ!」

 

 ランサーが槍を上に振り上げる。当然、掴んでいた俺も勢いに乗ったまま上へと吹き飛ぶ。こいつ、俺の考えを理解した上でやってきやがった。まぁ、そういう奴だって分かった上で俺もやってるけどな!

 自分の跳躍も合わせ、天井スレスレまで吹き飛ぶ。クルッと体制を変え、両足を天井に合わせ膝を曲げ、勢いよく蹴り抜き今出せる最高速度でランサー目掛けて落下する。

 

「オラァ!!」

 

「っと!」

 

 全力で叩きつけた拳から灰錠を超えて、抜けたダメージによって嫌な音がなる。だが、そんなのは関係ない。横に避けて躱したランサーにそのまま左手を腰だめに構え、掌底を放つ。ランサーの腹部に直撃し、彼が一歩仰反る。そのまま、再生した右手でランサーの顎を下から殴り付ける。

 

「ふん!」

 

 それを自ら迎え撃つランサー。力が完全に乗り切るより前に、阻止された拳。犬歯を剥き出しにしたランサーと視線が交差する。楽しげなその目を見ながら、俺は頭をランサーに叩きつける。お互い、一歩後ろに下がる。額が切れ、血が流れるがやがて止まるものを気にする余裕はない。

 

「お前の戦い方に合わせてやる」

 

 槍を消して、拳を構えるランサー。

 

「……」

 

「別に手を抜こうって訳じゃねぇ。こっちの方がより楽しめそうだと思っただけさ」

 

「確かに槍を持ち出されるよりは戦いやすいな」

 

 同じく構えようとして、ボロボロになったアロハシャツに腕が引っかかる。もう着てる意味をないだろう。勢いよく、脱ぎ捨てながらランサーを睨みつけ、吠える。

 

「ウォォォォ!!」

 

 突き出した拳がランサーの頬を叩く。同時に、俺の頬にもランサーの拳が刺さる。一瞬で脳を揺らされながら、手を止めない。どうせ、サーヴァント相手に一撃を重くしたところで通用しない。それなら、ランサーと同じく手数を増やす。ランサーの右脇腹を抉る様に俺の左拳が当たる。俺が殴られ、頭を元の位置に戻す事すらせず反撃するとは思っていなかったのかランサーの顔が一瞬、驚愕に染まるが次の瞬間には俺の頭を片手で掴み引き寄せる事で俺の体勢を崩し、腹部に勢いの乗った膝を叩き込む。

 

「ガッ!?」

 

「そら、どうしたぁ!」

 

 上半身を丸める俺に更なる追撃として、拳を突き出すランサー。それを避け、掴み身を捻る。一本背負いの要領でランサーを持ち上げ、地面に叩きつける。だが、叩きつけられたランサーは、そのまま掴んでいた俺の手を逆に掴み取り立ち上がりながら位置関係を逆転させる様に、俺を叩きつける。咄嗟に腕を盾にして、頭を守るが衝撃から全く動けない俺はランサーにサッカーボールの様に蹴り飛ばされる。数度、地面を跳ねながら転がりどうにか立ち上がる。

 

「……はぁ……はぁ……」

 

 傷が治ると言っても痛覚が消えた訳じゃない。全身から発せられる痛みに頭が悲鳴をあげる。飛びそうになる意識を気合いだけで保ちながら、ランサーの動きを注視する。あと、一度でも直撃を貰えば脳が痛みに耐えられず意識を手放す。経験からそう理解できた。俺自身でもそう思える状態、ランサーが気づいていない訳がない。なら、次の一撃で終わらせるつもりでくる筈だ。

 脳内でここまでのランサーの動きを思い返す。そして、一つ絶対の共通点を思い出した。ランサーは必ず距離を詰めるとき、予備動作として右脚に重点を乗せる。なら、それに合わせれば!!

 

「オラァ!!」

 

 ランサーの動き出しに合わせ、俺からも距離を詰めランサーの攻撃より早く、カウンターを叩き込む。生身の人間相手なら、昏倒間違いなしの良い一撃が顎に入っただろう。だが、相手はサーヴァント。

 

「仕返しって訳か。そういう根性嫌いじゃねぇぞ!!」

 

「ゴフッ……少しは手加減しろってんだ……馬鹿が」

 

 避けるだけの体力など残っていない。深々と鳩尾に放り込まれた一撃に俺は意識を手放す。地面ではない感触がしたから、倒れる前にランサーに支えられたのだろう。あー、くそ。負けた。




明確にサーヴァントに負けるシーン初めてでは?

影辰の戦闘能力に関して、明らかに逸般人ではありますが、これは私がFate世界なら人間鍛え抜けばいけるのでは?って思ってるからです。再生能力は端っこに置いておいて、Fate世界に於いては魔術とはその時代の科学によって再現可能なものと定義されてます。それなら、身体強化の魔術で到達できる領域は人間が至れる領域だと判断しました。もちろん、これが適用されたので他の方々もまぁ、可笑しい戦闘力を発揮するシーンがあると思いますがご容赦を。

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逆鱗

決して、触れてはいけない場所がある


 『油断大敵』ということわざがある。たいしたことはないだろうと油断すると、思わぬ失敗を招くという意味だ。自分より格下の相手だからと警戒を怠り、窮地に陥るなんて良くある事だ。だが、それでも人という生き物は目に見えて分かる差に囚われる。例えば、体格や性別など挙げればキリが無い。そして、この聖杯戦争において最も分かりやすい差は、人間かサーヴァントかだ。サーヴァントは人間を殺す手段を豊富に持ち合わせているが、人間はそうでは無い。サーヴァントには、物理攻撃など意味がなく神秘が宿った攻撃でなくてはダメージを与えることが出来ず、更にそもそもの基礎スペックに大きな差があるため、人間がサーヴァントに勝つのは『ほぼ』不可能だ。

 

 故に、キャスターは油断していた。己のマスターから聞いた情報を頼りに目の前の男に対して、最も有効的な人質まで用意したのだ。如何にあの学園での出来事で大群の竜牙兵を殲滅し尽くした者であろうと自分に逆らえず、従う事になるだろうとそう思っていた。

 

「がっ……ぐっ……」

 

「……」

 

 そのキャスターは今、首を掴まれ、地面に叩きつけられていた。光が全くと言っていいほど宿っていない無機質な目をした男、衛宮影辰によって。なぜこの様な事態になったのかは、1時間ほど時間を遡る。

 

 

 

 

 

 

 1時間程前、影辰は一応、護衛役のランサーと共に冬木の街を歩いていた。前の手合わせがよほど楽しかったのか、またやろうっと言ってくるランサーに辟易としながら。相変わらず、街に異常はなく人々の数は少ないが大量の行方不明者や意識不明の者が出るなんてことは無い平和そのものだ。

 

「なぁー、一回で良いからまたやろうぜって!」

 

「どうせ、その後一回が永遠に続くんだろ?嫌だって」

 

 そんな何度もした話をしながら歩いていると、ピタリと二人の足が止まる。視線を色んな方向に飛ばしながら、警戒状態に入る。理由は単純、今まで僅かにいた人が、一つの通りに入った瞬間居なくなったこと。一歩でも引き返せば、人がいる。まるでこの場所だけが世界から隔離されたかの様な雰囲気すら感じられた。

 

「どうするよ兄ちゃん?」

 

「進む。この先で犠牲があったら言峰になんて言われるか分からん」

 

「報告に戻る手だってあるぜ?」

 

「分かってて聞いてるだろ。俺らが出ようとしたら誘う様に殺気が飛んでくる。無視する方が危険だ」

 

 そう言い影辰は歩き出す。例え罠であろうと臆せず進む漢の背にランサーは笑みを浮かべながら着いて行く。道中これと言った邪魔はなく、通りの中でも一際広い場所に出る。人間の街らしい四方をビルに囲まれた場所だ。

 

「あら、逃げずに来たのね」

 

 そこに紫のローブを着た女性が地面から少し離れた宙に浮きながら来訪者である影辰とランサーを待っていた。少ない街灯が辺りを薄く照らしている。

 

「……何が目的だ?キャスター」

 

 前回の様に快楽殺人をするタイプには見えない。それなら、陣地に引きこもっていた方が圧倒的に有利なキャスターが外に出ている?それが理解できない影辰は質問を投げかける。それに対し、キャスターは微笑を浮かべたまま答える。

 

「交渉をと思って。貴方、私と手を組まないかしら?サーヴァントにすら届き得るその力、私ならより上手く使ってあげられるわよ。勿論、そこのランサーもね」

 

「なるほど。奸計を巡らせねば勝てない英霊らしい考えだ。悪いが断る、お前と手を組むメリットが無いからな」

 

「随分な言い草ね。でも、これを見ても同じ事が言えるかしら?」

 

 キャスターが指を鳴らすと彼女の横に今まで隠されていたものが明らかになる。徐々に現れるそれに、どんどん影辰が目を見開いていく。現れた者は、彼にとって最もこの場所にいて欲しくない存在だった。

 

「ふふっ、その反応を見る限り貴方にとって大切な人なのは間違いない様ね。悪くはしないわよ、貴方が頷いてくれるならね?」

 

 日常の一コマ。切嗣や言峰と共にいる時間では、決して味わう事のできない優しい時間。死にたくない影辰が、唯一それと同様に失いたくないと思い、例え非日常に身を置くことになろうと、血反吐を吐く事になろうと求めた力で護りたいと願う存在。

 

『あー、影辰また私のご飯食べたぁ!』

 

『狡い!!私も切嗣さんと一緒に行きたいのにどうして、影辰だけ!』

 

『んー?どうしたの影辰。お酒、一緒に飲む?』

 

『あ、お帰りー!今日は唐揚げだよ。早くしないと全部食べちゃうからねー!』

 

「……大河」

 

 病院で寝ている筈の藤村大河がそこに居た。意識は失っており、魔術か何かで拘束されている。

 

「さぁ、返事を」

 

 キャスターが続きを言えなかった。口を開いた直後、腹部に凄まじい衝撃が走ったからだ。

 相手がただの一般人であれば、相手が普通の魔術師であればキャスターの策は成功していただろう。だが、相手が悪かった。生身でありながら、サーヴァントに匹敵する男の事を甘くみすぎていた。大河が人質に取られていると分かった時点で、衛宮影辰は意識を切り替えた。今までの受け身の姿勢から攻めの姿勢へと。外敵を自らの手で始末する状態へと。

 

「ランサー」

 

 聞くものが聞けばそれだけで失神してしまいそうなほど、冷え切った言葉でランサーを呼ぶ。それだけで意図は通じるだろうという判断なのだろう。呼ぶと同時に影辰はキャスターへと飛び掛かっていた。身を焦がすほどの怒りを宿しながら、淡々と影辰は如何するべきか判断を下した。人質を殺させない為の策、相手がキャスターだと言うのなら何かを唱える余裕がないほどに攻め立て、その間にランサーが大河を回収する。徹頭徹尾脳筋な作戦だ。

 

「……」

 

 さっきの一撃は速さを求めた為、灰錠を起動させず蹴り飛ばした。故に、車に匹敵する速度で走りながら灰錠を起動させる。急な衝撃で混乱していたキャスターも漸く、自身が攻撃されたのだと理解した。

 

「こキャア!!」

 

 また言葉を発するより早く影辰の拳がキャスターへと飛来する。未だキャスターは、上空へと逃げれていない。2メートルほど地面から離れているだけなら、影辰は跳躍で追いつける。キャスターが咄嗟に展開した障壁によって、振りかぶった拳は防がれる。落下し、地面に足が着いたかと思えば再度跳躍。再び、キャスターに拳が迫る。

 

「無駄よ!魔術も碌に使えない貴方に破れ……なっ!?」

 

「……」

 

 一回目で強度は理解した。両手を合わせ、大きく振りかぶった一撃は一瞬の抵抗を見せた後、キャスターの防壁を破り腹部へと叩き込まれた。逆くの字に曲がったキャスターは地面にへと勢いよく叩きつけられる。

 

「……」

 

「がっ……ぐっ……」

 

 詠唱させない為にはどうすれば良いか。発音させなければ良い、首を掴み締め上げる。これが冒頭までの経緯だ。

 

「回収したぞ!」

 

 大河を抱きかかえたランサーが報告する。それならば、最早キャスターを生かしておく理由もない。キャスターの死で発動する魔術があるかもしれないから、詠唱させないという状態を維持しただけだ。このまま、首をへし折って殺してしまおう。そう判断し力を込めた時、もう一人。大切な者の為にその行為を見逃せない男が現れる。

 

「……」

 

「……避けたか」

 

 突然、背後から現れた暗殺者の一撃を影辰は避ける。キャスターを解放してしまうが、そもそも素手の暗殺者が接近するまで気が付けない己が悪い。薄明かりの中、姿を現した男の名を影辰は呼んだ。

 

「葛木宗一郎」

 

 何をしに来たなどと言う無粋な事を言うつもりはない。そんなものは分かりきっているからだ。影辰から解放され、呼吸を整えているキャスターを気遣う素振りを見せる葛木。彼が、キャスターを助けに来たという事実はそれだけで分かった。互いに互いが普通ではないと気づいていた二人、いずれこうなるのは必然だったのかもしれない。

 

「やはりもっとキャスターを強く止めておくべきだったな」

 

「いえ、宗一郎様は悪くありません……私があの男の力量を見誤っただけで」

 

「戦いが本業ではないお前がそれを理解するのは難しいだろう」

 

 葛木がキャスターより前に出る。それを見て、影辰は構える。自分が大河を人質に取られ、ここまでキャスターを追い詰めたのと同様に、葛木もまたキャスターを傷つけられた事に憤りを感じていた。

 

「「……」」

 

 両者無言のまま、拳を突き出せば触れてしまう距離まで近づく。構えを取る影辰と無形のままの葛木。両者が使う武術はどちらも殺す事に重きを置いているが、それぞれの性質の違いが構えに現れていた。影辰は正面から堂々と相手を殺す武術。対して、葛木は効率良く相手を殺す事に特化した暗殺の武術。

 

「宗一郎様……」

 

 キャスターが名を呼ぶと同時に、両者の目が開かれ同時に拳を放つ。影辰の拳は、葛木の右手に受け流される。そして、葛木の拳もまた影辰が避けた事で当たらない──筈だった。

 

「がっ…!?」

 

 確かに身を捻り、避けた筈の拳が影辰の横腹を抉っていた。キャスターによって強化が施されたその拳は十分な破壊力を有しており、影辰は骨が数本折れたのを感じていた。だが、その程度で止まる男ではない。葛木の追撃が来るより早く、振り上げた蹴りが葛木を蹴り飛ばす。しかし、手応えが薄い。どうやらタイミングを合わせられた様だ。

 

「まともに食らえば此方が死ぬな」

 

 蹴られた箇所を触れながら葛木が呟く。完璧なタイミングで後方に飛んだにも関わらず、呼吸に差し支えが出るほどの痛みが残っていた。もし、まともに食らえばどうなっていたか想像に難くない。

 

「……動きが甘い」

 

 影辰は今のやり取りで葛木が鈍っていると理解した。理由がなんであるかは知らないが、葛木の武は衰えている。蹴りを受けた時の反応がそうだ。タイミングこそ合わせられたが、反応そのものは遅かった。自分の武術に自信があって等という慢心するタイプには見えない。だとすれば、勘が鈍っている。今もわざわざ敵の目の前で、食らった場所を触れるなどそこにダメージが残ってますと知らせる様なものだ。

 

「……」

 

 影辰はまるで地面を滑るかの如く、加速し距離を詰める。独特な歩法によって距離を詰められた葛木は反応が遅れてしまう。突き出された拳を葛木は、避けるのではなく左手で受け止める。

 

「ぬぅ…」

 

 キャスターの強化があっても手に返ってくるダメージは相当な様で葛木は顔を顰める。対して、影辰は葛木の腕を破壊できなかった事に内心で舌打ちをする。随分と過保護なキャスターだと。普段そういう使い方はしないが、牽制の意味も込めて右手を振るう葛木。それにより追撃が中断され、影辰は一度距離を取ろうとするがそれを狙い、葛木が距離を詰め独特な軌道で左拳が襲い掛かる。

 

「……チッ」

 

 見えていた軌道は避けたが、やはり何かあるのか影辰の頬が浅く切れる。

 

「やはり目が良いようだな。だが、それだけでは避けれまい」

 

 右に避ける。何故か、左横腹にダメージがくる。避けた筈の拳が腕を掴み、影辰を投げ飛ばす。軌道が読めない。葛木の宣言通り、見えている攻撃を避けても何故か攻撃を食らう。不思議な武術があるものだと影辰は思う。だが、決め手がない以上自分を殺すことはできない。

 

「ふん!」

 

 そう思った矢先、今まで使われてこなかった右拳が放たれる。首元に放たれたそれを影辰は避け、首の骨がへし折られた。何が起きたのか分からないまま、影辰はその場で崩れ落ちる。

 

「……」

 

 首の骨が折れた者の結末など分かりきっている。葛木は影辰だった物に背を向け、キャスターの元へと歩き出す。胸中に宿る一抹の寂しさを感じながら、だが決して泣くことはない。葛木にとってはキャスターが一番なのだから。

 

「キャスター、戻るぞ。もう十分休めただろう」

 

「えぇ。そうですね──宗一郎様!!」

 

 翼の様にマントを広げたキャスターが葛木を抱き抱え、空を飛ぶ。何をそんなに慌てているのか分からなかった葛木は下を見て驚愕する。

 

「……」

 

「あれで死なぬか……」

 

 右拳を振り抜いた状態で立っている衛宮影辰が居たのだから。もし、キャスターが葛木を持ち上げていなければ、葛木は無防備に背中から攻撃を受け、恐らく帰らぬ人となっていただろう。既に影辰が攻撃可能な高度にキャスターは居ない。この位置から攻撃すれば一方的に勝てるだろう。

 

「キャスター、戻るぞ」

 

「宗一郎様今ならあいつを」

 

「ランサーが戻ってくる。今のお前では相手をするのはキツイのではないか?」

 

 大河を安全なところに運び終えたランサーが戦場に戻ろうとしているのを葛木は見えていた。マスターにそう言われては、キャスターは抵抗しない。葛木を運んだままキャスターは戦場から消えていった。

 

「……はぁ、葛木先生強かったな」

 

 彼らが消えていった場所を見ながら影辰は呟いた。雰囲気を普段のものに戻して、その場に座り込む。暫くして戻ってきたランサーと大河の話をしながら、影辰もまた帰るべき場所へと戻っていくのだった。




キャスターが油断なく、絨毯爆撃してたらそれで詰みです。
そして、初見殺し先生やっぱり強いですね……

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雪曇

年内最後の投稿。みなさん、良いお年を


「よぉ、調子はどうだ大河?」

 

「めっちゃ元気!身体を動かしたくてしょうがないよぉ〜」

 

「明日には退院で、仕事にも復帰だろ?大人しくしとけって」

 

「えー、ひーまーだー」

 

 キャスターとの戦いがあった次の日。俺は大河の見舞いに来ていた。こいつの事だから元気だとは思っていたが、案の定元気が有り余っている。まぁ、大人しくベッドで横になってる姿なんてカケラも想像してなかったが。近くにあった椅子を適当に引っ張り出し座る。

 

「ほらよ見舞いの果物だ。適当に食ってくれ」

 

「わーい、ありがとう」

 

「もう一度聞くが、特に身体に異常はないんだな?大河」

 

「ん?無いよ。心配性だなぁ影辰は」

 

「ん、なら良かった」

 

 キャスターに拉致された時に何かされてたらと思ったが、とりあえず大丈夫そうで安心する。一応、大河が気絶してる間に言峰に確認はして貰ったが、あいつだからな。信じきれない。ふと、何やら生暖かい視線を貰ってる気がして大河の顔を見るとニヤニヤした笑顔を浮かべていた。いきなりどうしたこいつは気色悪いな。

 

「なんだ?」

 

「んー?そんなに私の心配してくれてたんだなぁって。気がついてる?すっごい優しい顔してたよ影辰」

 

「なっ!?」

 

 そんな顔してたのか俺。なんだかとても恥ずかしくなってくる。

 

「いつもは眉間に皺寄せて、難しい顔してるのに。ふふっ、心配してくれてありがとうね影辰」

 

「……たくっ、人誑しめ。兎に角休んでろよ、俺はもう行くから」

 

 なんだか全身がむず痒くなってきた俺は立ち上がり病室を出ようとする。すると、大河もベッドから出て立ち上がろうと何してんだこいつ!?休んどけって言ったの早速破る気か?

 

「下まで送るよー。なんだか、喉乾いちゃったから売店行きたいし」

 

「お前なぁ……はぁ、行くぞ」

 

 元気が有り余ってる大河と一緒に病室を出る。取るに足らない雑談をしながら、病院の廊下を歩いていると聞き覚えのある声がとある病室から聞こえてきた。俺と大河は顔を合わせ、ニヤッと笑うとコソコソとその病室を覗き込む。

 

「見舞いに来たのだから、私を喜ばしてくれても良いだろう?士郎」

 

「いや……分かったよ。ほんと、その眼鏡好きの原動力は何処から来てるんだ岸……白野」

 

 クラスで3番目ぐらいの美人さんと仲良さげに話してる士郎が居た。どうやら俺の知らない所で、何やら上手いことやっていたらしい。

 

「もう学校始まっちゃうのか。もう少し、こうやって休んでいたかったなあ」

 

「休み過ぎは良くないぞ」

 

「だって、毎日士郎と話が出来るし。学校だと柳洞がすぐ士郎連れて行っちゃうし」

 

「……分かったよ。学校でもちゃんと話すから」

 

「言質取った」

 

「あのなぁ……」

 

 あの士郎が押されている。あの子、やるな。しかし、士郎からは仲の良い女の子がいるなんて話聞いてないけどなぁ。精々、家で関係があるから桜ちゃんぐらいかと思ってたけどこれは士郎の嫁候補が増えたかな?

 頬を掻きながらタジタジになっている士郎とぐいぐい話しかけたりしている女の子。自己評価がとてつもなく低い士郎にはもってこいの子だ。

 

「乱入なんてさせないぞ大河」

 

 二人のところに突撃しようとした大河の首根っこを掴む。折角、良い雰囲気だってのに何乱入しようとしてんだこの虎。そんなんだから、彼氏の一人も出来ないんだぞ。

 

「なんか失礼なこと思われてる気がする!」

 

「はいはい。いいから、下にとっとと行くぞ」

 

「あー!折角、面白そうなのにぃ〜!」

 

 思春期の子供かっての。バタバタと暴れる大河を引き摺りながら士郎たちの病室から離れる。いい歳した子供を引き連れ、売店に到着。俺は、序でに缶コーヒーを買い、大河がコカ○コーラを買う。

 

「じゃ、安静に……いや、せめて大人しくしてろよ」

 

「私そこまで子供じゃないんですけどー!?」

 

「日頃の行いのせいだ」

 

 心外と言わんばかりの表情の大河に呆れる。今こうして、俺の見送りをしてる時点で、大人しくしてない事の証明だというのに。まぁ、大河らしいか。手をブンブンっと振っている大河に手を振り返しながら病院を出る。

 

「任せたよ」

 

「任せたまえ」

 

 すれ違う紅いコートを着た男に大河を託して帰路に着く。その途中で俺は予想していなかった人物と遭遇する。まるで、雪が人の形を成した様に白い真っ白な髪に、真紅の瞳。可愛らしい紫のコートを羽織る小さな友人。

 

「……イリヤ」

 

「私の城に招待するわカゲタツ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「格付けはこれで十分だろう」

 

「くっ……宗一郎様だけでも……」

 

 柳洞寺にて、手足を剣に貫かれ地面と縫い合わされているキャスター。その肌には浅い切り傷が幾つも刻まれており、戦闘があった事を物語っている。対して、下手人であるギルガメッシュには傷の一つもなく、砂埃すら付いていない。両者の実力差を分かりやすく表していると言えるだろう。また、ここからでは見えないが山門の方ではまともに刀を振る事すらなく、拘束された雅なアサシンがいる。

 

「……何が目的だ」

 

「ん?我に何度も同じ事を言わせるな」

 

「手駒になれか……これだけの力があれば我々の力など必要ないと思うが」

 

 ギルガメッシュとの力量差を理解し、また彼にキャスターを殺す気がない事にも気が付き、早々に戦うのを辞めていた葛木の言葉に、睨みつけていた視線をまるで悪戯をする子供の様にニヤつかせながらギルガメッシュは口を開く。

 

「お前らも先日味わっただろう?影辰の力量を。アレは我が支配するに値する雑種だ。その雑種が再び、我が嫁をこの世に呼び出したらしい。であれば、然るべき褒美を与えるべきだろう?そこで、我が蔵にある聖杯をと思ったが空の器を与えてもアレに使い道はない。故に、中身を与えてやろうと思ってな。10年前のあの日の様に」

 

「それと私達が何の関係がある?」

 

「そこのキャスターであれば、受け皿を切り替えるぐらい出来るであろう?」

 

「私が……それを了承する理由がないわ……」

 

 呻きながらキャスターが答える。興味のない視線をギルガメッシュがキャスターに飛ばすのと同時に、彼女の目の前に黄金の波紋が現れる。

 

「この場での生存、此度の勝利品に最も近くなる。これ以上の理由が必要か?影辰を殺せば、聖杯はお前らにくれてやろう」

 

 聖杯の譲渡。とても分かりやすいメリットにキャスターが驚く。全てのサーヴァントを殺す必要もなく、ただの人間を殺せば聖杯が手に入る。聖杯を欲するサーヴァントには抗えない甘い、とても甘い提案であった。

 

「……分かったわ」

 

 故にキャスターは了承する。もし、聖杯がこの場にあると他の参加者に知られれば、他の全ての陣営が一時的な共闘すら不可能な敵となる。その危険を覚悟の上で、キャスターは己の願いのため英雄王の誘いを受けた。

 

「では、あとは任せよう。我は行くべきところがある」

 

「何処に行く気だ?」

 

「決まっているだろう?本来の小聖杯を破壊する」

 




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忘れ雪

新年、一発目の投稿。まっったく、明るくない話です!
うん、まぁ、タイミング的に仕方ないんだ。許してほしい。

では、本年も宜しくお願いします


「和やかにお茶会って雰囲気でもない様だけど、用件は何かなイリヤ?」

 

 イリヤの向かい側に座りながら出された紅茶を飲む。俺の背後には、ゴツい斧を持ったホムンクルスが俺の動きを見張っており、俺が不審な動きを見せれば即座に攻撃してくるだろう。当然、俺にイリヤを害する気はないのでこうして優雅に紅茶を嗜んでいる訳だが。やっぱ、流石はアインツベルンだな良い紅茶だ。

 

「あら、ゆっくり飲んでくれて良いのよ。硬い態度のまま、昔話なんてしても楽しくないでしょう?」

 

 同じ様に紅茶を飲むイリヤの背後には、微動だにしないバーサーカーが待機しており、もう一体の鋭い目つきのホムンクルスに至っては俺への敵意を隠せていない。……うん、これで和やかにお茶会しようって思える訳がないだろうに。

 

「昔話……俺の話しを聞いてくれるって訳か?一体、どういう風の吹き回しだ。いや、俺としては聞いてくれるなら嬉しいがイリヤの説得はあの日に失敗したものだと思っていたが」

 

「別に私がカゲタツの話しを聞いて、考えを変えるとは言ってないわ。ただ、聞いてみたくなったのよ。命を賭けてでも、私に聞かせたいキリツグの話しを。……キリツグは、狡くてなんだか頼りないけど優しくて私やお母様をちゃんと愛してくれてたと思うの。それをあの日、貴方に庇われて思い出したの。配下のホムンクルスの説得に時間がかかったけど、こうして話し合いの場を設けたのよ。分かってくれたかしら?」

 

 散々な言われ様だけど、間違ってないと思ってしまう……可哀想な切嗣。でも、彼の不器用な愛し方はしっかりと伝わっていた様だ。イリヤが俺への心象を良くする為に嘘を吐いてるって感じもない。

 

「……戻って来て泣いてたイリヤ」

 

「それは言わない約束でしょ!リズ!」

 

 顔を赤くしながら、リズと呼ばれたホムンクルスに指摘するイリヤに安心する。あぁ、あの城で過ごした時のままだ。

 

「ははっ、じゃあ何から話そうかイリヤ?」

 

「微笑ましいみたいな顔するなぁー!」

 

 紅茶が飲み終わるとすぐにホムンクルスが注いでくれる。ありがとうっと礼を言うと無言で頭を軽く下げて、イリヤの所へ戻っていく。新しく淹れてくれた紅茶を一口飲み、俺は第四次聖杯戦争後の切嗣に関して話し始めた。何もかも失った男が唯一、手元に残った幸福()の時間を。

 あの家に住む様になってからの話、士郎の料理が美味しくあの切嗣が笑みを浮かべた話、共に将棋を打った話し。思いつく限り、切嗣の日常を話し、それに対するイリヤの反応を見て、和んだのを見てから恐らく聞きたかったであろう切嗣がイリヤの為にしてきた事を話し出す。

 

「先ずはそうだな……イリヤ、この冬木市の霊脈を確認したか?」

 

「それはこの地を管理する遠坂の役目よ」

 

「そうなのか。まぁ、機会があったら調べると良い。本来の聖杯戦争の周期に合わせて発動する様、切嗣が組んだ罠があるんだが、まぁ、勿体ぶっても仕方ないか。大聖杯がこの地に現れない様に、霊脈をズタズタに破壊する仕掛けだ」

 

「……どうしてそんな仕掛けを?」

 

 イリヤが小首を傾げて俺に問う。彼女の背後にいるホムンクルスは気が付いたのか、小さくあっと言葉を溢していた。聖杯戦争中なら兎も角、全てが終わってからそんな仕掛けをするなんて理由は一つしかないだろう。いや、気づいてても俺の口から聞きたいのかイリヤは。

 

「君を守る為だ。余り詳しくないが、大聖杯は何処にでも現れる訳じゃないんだろ?遠坂が提供したっていうこの土地だから、大聖杯は降臨するに値する。その土地を壊してしまえば、聖杯戦争そのものを中止若しくは、破壊でき小聖杯の器としてイリヤが冬木に来ることもない」

 

 ボロボロの身体で切嗣は愛娘であるイリヤの為に残せるだけの策を残してきた。もし、大聖杯が完全に破壊されていれば、もし、魔力が残されていなければ今ここにイリヤは居ない。

 

「そんな面倒な事をしなくても……」

 

「自分を迎えに来れば良いか?それが叶うなら、切嗣もそれが一番良かっただろうな」

 

 俯くイリヤに言葉を続ける。戦っていない今だから、言葉を尽くして俺は想いを伝える。

 

「第四次聖杯戦争、その聖杯から零れ落ちた泥は、その呪いによって切嗣の身体を蝕んだ。結果、切嗣はもう魔術の行使が不可能になったんだ。アインツベルンの城、その守りはイリヤも知っているだろう。吹き荒れる吹雪の結界を、切嗣は踏破出来なかった。それでも、凍死する寸前まで何度も、何度も切嗣はあの城に向かった。けど、イリヤを救う事も出来ずただでさえ、ボロボロな身体を更にボロボロにするだけだった」

 

 動けているのが不思議なぐらいボロボロな人間が、意志だけで身体を動かしあの極寒の城に訪れる。それがどれだけ大変な事か、馬鹿でもわかる。それでも、手を伸ばし歩みを止めなかった。

 

「愛する人を失い、長年の理想にも裏切られ、救いたいと願った数多の命は失われ、それでも切嗣は愛する娘を片時も忘れなかった。忘れてしまえば、楽に生きられるのに。俺や士郎と過ごす毎日の中で、あの人はずっと影のある笑顔しか浮かべなかった」

 

 今でも思い出せる切嗣の姿。士郎に爺さんと揶揄されるほど、気力がなく草臥れており生きていると言うよりは、ただそこに居るだけど表現する方が正しいと思えた。それが、誰よりも争いという物を嫌い戦いによって流れる血が無くなって欲しいと願った正義の味方の末路だった。

 無意識に紅茶を持つ手に力が加わり、僅かにヒビが入る。

 

「だから、俺はあの人の道具としてあの人が最期まで守ろうとしたイリヤを戦わせたくない。聖杯戦争の方も、士郎や凛ちゃんが大聖杯を顕現させない様に頑張ろうとしてくれている。……我儘な願いなのは分かってる。けど、頼む。もう戦いから手を引いてくれないか?」

 

 血に濡れた道を歩いた者は幸せになってはならない。なんて、事は一切思っていない。自分の快楽の為に行ったのなら兎も角、切嗣の様に顔も知らない誰かの為にその手を血に濡らした者が、幸福にならない。そんな結末は余りにも報われないと俺は思う。当時、何の力も無かった俺に切嗣を助ける事は出来なかった。なら、今はせめて彼が残した幸福(イリヤと士郎)のためにやれる事はしたい。

 

「……カゲタツ、私は──ッッ!?」

 

 イリヤが返答しようとしたタイミングで、この場所全体を飲み込んでしまう様な圧倒的な重圧感が場を支配した。イリヤの背後にいたバーサーカーも臨戦体制となっており、この城の中庭がある場所に視線を向けていた。この重圧感……凄く既視感がある。具体的に言うのなら、あの慢心が服を着て歩いてる様な黄金の王様。あの人が放つ存在感だ。

 

「イリヤ!!」

 

 中庭から放たれた殺気に身体を動かす。豪勢なテーブルに土足のまま乗り、イリヤを抱き抱える。直後、部屋の壁を沢山の宝剣が破壊しながら現れ、俺たちの元に飛来する全てをバーサーカーが弾き落とす。他のホムンクルス達も運良く無事だった様でこの攻撃による被害者はいない。だが、これはあくまで王が邪魔な壁を破壊する為に行った行為、攻撃ではない。

 

「此処に居たか。聖杯の器、ん?そこにいるのは影辰か。悉く、運のない奴よな」

 

「なんでこんな所にいるんですか?王様」

 

「なに、少しばかり聖杯の器に用があってな」

 

 碌な用事じゃないのだけは分かる。加虐的な笑みを浮かべている王様は、大抵俺にとって有益な事はしない。まぁ、そもそもあの人が有益だった事なんてほぼないけど!けど、なんで今、イリヤを気にかける?聖杯の器が欲しければ始まった当初から、仕掛ければ良かったのに。言峰の所にいるから、何処にどの参加者がいるかなんて簡単に分かる事だろう。何か、今ではなければならない理由が生じたのか?

 

「影辰よ、今すぐソレを差し出せばお前の命は見逃してやろう。死なぬ事がお前の望みであろう?」

 

 ギルガメッシュが俺に向けて手を差し出す。未だ俺の腕の中にはイリヤが居るため、差し出そうと思えば簡単に差し出せるだろう。俺を見るイリヤの頭を撫でてから彼女を下ろし、俺は一歩前に出てバーサーカーと肩を並べる。

 

「断る。イリヤを狙うと言うのなら、ギルガメッシュ。あんたは俺の敵だ」

 

 そう宣言するとギルガメッシュは加虐的な笑みを更に色濃く浮かべ、俺を見る。あぁ、この視線を俺は知っている。裁定者として俺を値踏みし、気に食わなければ容赦なく殺すつもりの視線だ。久しぶりに向けられたその視線に冷たいものが走る。

 

「バーサーカー」

 

「ちょっ!?待て!!イリヤ、なにをするつもりだ!?!?」

 

 バーサーカーが俺の首根っこを掴み上げる。突然の行動にさっきまで流れていた冷たいものは消えるが、嫌な予感に包まれる。

 

「これは私が始めた戦い、その責任は私が取るわ……ありがとう、影辰。私を愛してくれて」

 

 バーサーカーの圧倒的な膂力で後方へと投げ飛ばされ、勢いよく窓を突き破り俺は外に放り出される。突然の事で全く理解が追いついていない。小さく遠ざかっていく背に俺は届かない手を伸ばし、声をかける事しか出来ない。

 

「イリヤ!!!!」

 

 直後、背中に強い衝撃を感じて俺は意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なぜ、影辰を放り出した?アレはお前を守ろうとしていただろうに」

 

 目の前のサーヴァントが不思議そうに私を見ていた。それもそうだろう、自分から戦力を減らしたのだから。目を閉じれば私を気遣ってくれる影辰の姿がたくさん、思い浮かぶ。あのまま、差し出された優しい手を握っていても良かっただろう。けど、それをしたら影辰は私を守ろうとして目の前のサーヴァントに殺される。

 

「余計なお世話よ。そもそも、サーヴァント同士の戦いに魔術も使えない人間が役に立つ訳ないでしょ」

 

 抱き締められた身体から、彼の熱が消えていく。これで彼の提案を拒絶したのは二度目。もうきっと、彼が私の為に無理をする事も無いはずだ。これだけ拒絶すればきっと諦めてくれる。

 

「そうか。では、死ね」

 

「死なないわ。だって、バーサーカーは世界で一番強いんだから!!」

 

「■■■ーーー!!!」

 

 影辰、私の愛しい友人。どうか私を忘れて生きて欲しい、こんなあと一年も生きられるか分からない私の為に貴方が命を費やす必要はない。私が生きる事の出来ない時間を生きて、その優しさをいつか出来る血を分けた家族に向けてあげて。

 

「……幸せに生きて欲しい」




次回、「晴雪」


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晴雪

 それは懐かしく、もう二度と戻って来ない日の記憶。窓を叩く、白く白く、真っ白な雪が降るある日の日常。年が近いと云う事で城の外に出ず、友達が居ないという子の遊び相手をしていた。外は吹雪だから、暖炉がある暖かい室内で一緒に子供向けの本を読んだり、大きなぬいぐるみでごっこ遊びをしたり、子供二人には十分すぎるほどの広さで二人だけの鬼ごっこをしたり。

 

「ねぇ■■■■!今度はなにするー?」

 

「元気だな……とは言え、そろそろネタ切れだぞ」

 

「え〜!!まだ遊び足りないよぉ」

 

 思えば訓練ばかりしていたのに、どこで学んだか分からない遊びの提案を自分から良くしていた。しかし、物が少ない城でお転婆なお姫様を満足させるほどの遊びを思いつけない■は、せがむ彼女にどうしたものかと頭を悩ます。服の袖を引っ張り続ける彼女に揺らされていると、外から足音が聞こえ部屋の扉が開かれる。そこには、一人の男が立っていた。彼は、彼女を見ると厳しい顔から一転、優しい父親の顔となる。

 

「■■■■!」

 

「おっと……余り、■■を困らせてはいないかい?」

 

 勢いよく走り出し、抱き着く彼女を彼は手を広げて受け止める。そのまま、綺麗な銀髪を掬う様にまるで壊れ物でも扱うが如く、優しい手つきで彼女の頭を撫でる。それに対して、満足そうな笑みを浮かべ彼女は額を彼の胸に埋める。

 

「うん!■■■、良い子にしてたよ。それにね、■■■■ってばすごいんだよ。私が知らない遊びを沢山、教えてくれるの!」

 

「そうか。それはよかったね」

 

「あら、もう戻って来てたのね」

 

 いつの間にか戻って来ていた母が、父と娘の中に加わる。娘を中心に仲慎ましい様子の家族を見て、■は思わず笑みを浮かべた。あぁ……もし叶うのなら、永遠とこのままであって欲しい光景だ。普通の家族の様に、ただそこにある幸福を享受している。そんな当たり前が、どれほど遠く、幻想なのかを『俺』は知っている。

 

 瞬きの間に全てが雪に包まれた。豪華絢爛な城は、見るも無惨に凍りつきとなり砕け落ちた。先ほど、夫と娘を見ていた母親は、跡形も無く消え去り、娘はそんな地獄の中、一人で歩いていた。そして、男は俺の前に立ち、俺を無言で見下ろしていた。

 

「……随分と都合の良い夢もあるもんだ」

 

 俺の独り言を男は、黙って聞いている。返事が返ってくるとも思っていないが、俺は座った状態から立ち上がる。すると、さっきまで子供の姿だったと云うのに、大人の姿となる。大人になった俺は、男の身長を抜いておりほんの少しだが男を見下ろす形になった。

 

「……」

 

 無言で男と視線を合わせた後、俺は男を追い抜く刹那──

 

 頼んだよ

 

 そう聞こえた気がした。思わず後ろを振り向けばそこにもう、男の姿はない。一つ、息を吐いて俺は凍りつく地獄の中、たった一人で歩く友達の方に歩き出す。俺が差し出した手は、二度拒絶された。けど、それがどうした。その程度で友達を諦める事が出来るのなら、俺はとうの昔に死んでいる。

 

「イリヤ」

 

 たった一人で地獄を歩く友達の手を取る。直後、視界は光に飲み込まれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それは正しく神話の戦いであった。黄金の波紋から放たれる数多の宝具。それら全てが、大英雄の命を奪うに足る宝具であり、一切の余裕を大英雄から奪い去る。だが、それらを迎え撃つ大英雄は、その程度では簡単にやられない。不撓不屈、諦めると云う概念を捨て去った神話の大英雄は、飛来するそれらの宝具をたった一本の無骨な、飛んでくる宝具達とは比べ物にならないほど粗末な武器で弾き、叩き落とす。

 

「これで6。半分を使い切ったぞヘラクレス」

 

 だが、無限とも呼べる宝具を持つこの王は、数を以ってその絶技を超える。飛び交う宝具の一つでもまともに擦れば死んでしまうか弱き、マスターを守りながら戦う大英雄はどうしても防ぎきれない隙が生じてしまう。そこを圧倒的な数で撃ち抜く事が可能なのだ。

 

「■■■ーー!!」

 

「やれやれ、理性を奪われては大英雄と言えど、この程度か」

 

 咆哮と同時に駆け出したヘラクレスの背中に沢山の宝具が突き刺さり、それらは強靭な肉の鎧を超え霊核を砕き、消える。直後にヘラクレスは再び傷が再生し動き出すが、今度はマスターの方へと駆け出し射出された宝具を弾き落としていく。たった一人、されど大きな差が両雄には存在していた。ギルガメッシュには守るべき存在がいない。己が持ち得る全てを目の前の敵へと放てる。だが、ヘラクレスはマスターであるイリヤを守らなければならない。既に共に戦っていたホムンクルスは敗れ去り、この場にいない。彼女らを頼れないとなると彼が、守らねばならないのだ。

 

 もし、狂化していなければそれくらいの事成し遂げていたかもしれないが狂化によって、生前の技量に枷を付けられている現状、ヘラクレスにはどうする事もできない。

 

「これで残り4。どうだ、少しは荷物を捨てる気になったか?」

 

 故に命を散らし守るしかない。そんなヘラクレスの覚悟などどうでもいいのか冷めた目で見るギルガメッシュ。切り札を見せていない現状でこの体たらくな現状。勝ちが決まっている戦いほどつまらない物もない。死の淵から蘇り、自分を睨み付ける大英雄なぞに興味が失せていく。ただ再生し向かってくるだけなどあの男でも出来る。同じ半神半人であれば楽しめると思ったが、これなら早々に小聖杯の器を壊しておけば良かったと落胆するギルガメッシュ。

 

「もう良い飽きたわ。疾く失せよ、大英雄」

 

 ヘラクレスがどう足掻こうと、守ろうとしているマスター共々殺すために囲む様に、黄金の波紋を生成するギルガメッシュ。そこから宝具が顔を覗かせる。全てが必殺の一撃にして回避不可能な攻撃。

 

「バーサーカー……」

 

 絶望的な光景にイリヤは、バーサーカーの名を呼ぶ。不安と恐怖心に満ち、震えた声で放たれたその声にバーサーカーが振り向き、再び前を見る。己を鼓舞するため、そして何より不安そうなマスターの為に吠える。

 

「■■■ーー!!!」

 

 それを合図に宝具が放たれるその刹那、乱入者が現れた。

 

「バーサーカー!!こっちは任せろ!!」

 

 白銅色の髪を靡かせながら神話の戦いに乱入する愚か者が一人。ヘラクレスから死角となっている場所に着地し、放たれる宝具をその動体視力によって見切り、前回のバーサーカーの様にギルガメッシュの宝具を掴み取りそれを使いながら、イリヤへと飛来する宝具の悉くを弾き落とし、手元に残った宝具をギルガメッシュに向けて投げる。攻撃を許可したのは王の矜持か。投げられた宝具を回収するのではなく、首を傾げる事で避けてみせるギルガメッシュの顔には笑みが浮かんでいた。

 

「……どう……して……」

 

 今にも泣き出しそうな声でイリヤは自分を守ってくれた逞しい背中に問う。今度こそ、自分を諦めてくれると思っていた男は、振り向きながら見るものを安心させる笑みを浮かべながら答える。

 

「託されたからな。それに、困っているなら手を貸すのが友達ってもんだろ?イリヤ」

 

「……かげ……たつ……」

 

 堪えていたイリヤの涙がポロポロと溢れ始める。狡いと思った。何度も、差し出された手を拒絶したのは自分なのに、それも一回は攻撃だってしたのに。それなのに、影辰は変わらず優しい顔で私に手を伸ばしてくれる。たった2年、一緒に過ごしただけの友人の為に死ぬ気で身体を張ってくれる。そんな事を何度も見せられたら、もう認めるしかない。嘘偽りの無い本心を。

 

「……私を……助けて」

 

「あぁ。任せろ」

 

 白銅色の手甲を展開しながら影辰は、笑みを浮かべながら答えた。

 

「くくっ、ふはははは!態々、死にに戻って来るとは酔狂よな影辰!バーサーカーに投げ飛ばされ、頭でもぶつけたか?」

 

 心底楽しそうに笑うギルガメッシュ。もし、自分の言葉に従い聖杯の器を差し出す様な事があれば即刻、首を刎ねて殺すつもりであったし、ヘラクレスとの決着がついてからこの場に現れていればやはり、首を刎ねて殺すつもりだったが、見事舞い戻り反撃した影辰に興奮が隠せない。

 

「頭はぶつけたけど、別に狂っちゃいないさ。言っただろう?イリヤを狙うなら、あんたは俺の敵だって」

 

「ふっ、そうであったな。ならば、その手癖の悪さをもって何処まで凌げるか試してみると良い!」

 

「どっかで聞いたなそんなセリフ!!」

 

 ヘラクレスを殺す為なら最上級の武具が必要だが、たかが人間の影辰を殺すのにそんな大層なものは必要ない。格の低い宝具であろうと、宝具であるのなら全てが影辰を殺し得る。無論、ヘラクレスへの対処も忘れてはいない。先程までと同様にヘラクレスを殺せる宝具達が、展開される。それらを見ながら、影辰はイリヤを抱き抱えヘラクレスに声をかける。彼に残された枷を外す為に。

 

「バーサーカー、イリヤは俺が死ぬ気で守る!だからお前は、存分に暴れてやれ!!」

 

 その言葉に、本来理性がなく応じる事が出来ないはずのバーサーカーが笑った様に見えた。

 

「■■■■ーーー!!!!!!」

 

 今までとは比べ物にならないほど力に満ちた咆哮が響き渡る。今、この瞬間をもって大英雄は己の主をただの人間に託す事を決めたのだ。一度武を交わし合い、二度想いの丈を聞いた。それだけで、ヘラクレスには十分すぎるほど衛宮影辰という男の覚悟が伝わっていたのだ。故に己の役目は盾として、主を守護する事ではない。暴れ狂う天災の矛として、主とその友の敵を穿つと定めたのだ。

 

 狂気に浸されどなお、衰える事を知らない武芸。それを何の憂いもなく引き出せるのなら、ヘラクレスは正しく最強だ。

 

「■■■ーー!!」

 

 ただの人間に出来て大英雄に出来ない通りはない。今まで身体で受けていたギルガメッシュの攻撃、その悉くを叩き落とす。繊細な技量を発揮するには余りにも向いていないその無骨な斧剣で。自分の身を守るだけなら、たかが四方八方から飛来するだけで芸のない剣戟など一呼吸で叩き落とせるのがヘラクレスという英霊だ。

 

「捕まってろよイリヤ!」

 

「ふぇ!?」

 

 片手にしがみ付くイリヤを庇いながら、100近く降り注ぐ宝具の雨を駆け抜ける影辰。時に壁を垂直に駆け上がりながら、時に空中にその身を翻しながら、時に片手で宝具を叩き落としながら駆け抜ける。瓦礫を蹴り上げ盾にもしながら迫り来る死を先送りにしていく。

 

「フハハハハハ!死に物狂いで足掻いてみせよ!」

 

「■■■ー!!!!!!」

 

 宝具の雨を越え、ヘラクレスがギルガメッシュへと迫る。先程までヘラクレスを見ていなかった真紅の瞳がギロリとヘラクレスに向けられると同時に、ヘラクレスとギルガメッシュの間に、幾つもの盾が現れ砕かれながらも勢いを削ぎ、その間にギルガメッシュはヘラクレスから距離を取ってみせた。また、着地と同時に影辰が投擲した剣を今度はいつの間にか纏っていた黄金の鎧で防ぐ。

 

「見えておるわ戯けめ」

 

「全く、引き出しが多くて羨ましいな!」

 

 バーサーカーとして召喚されたヘラクレスと影辰にはギルガメッシュの様な手数の多さは全くと言って良いほど無い。どちらも鍛え抜いたその身体が武器だ。故にギルガメッシュに勝利するには彼の手数を超えるほど、圧倒的な力を示す他ない。

 

「■■ー!!」

 

 駆け出したヘラクレスが凄まじい勢いで後ろに飛ぶ。何が起きたかと周りを見れば、黄金の鎖がヘラクレスに向けて放たれていた。狂気に支配されたヘラクレスにはソレがなんだか分からないが、本能が触れるなと告げていた。それもその筈だ。今にもヘラクレスを拘束せんとする鎖は、ギルガメッシュがエアと同様に信頼する宝具『天の鎖』その効果は、神を律するというもの。

 

 つまり、半神であるヘラクレスにとっては天敵の様な宝具だ。もし一度でも捕まれば、その神性の高さ故に逃れる事は出来ないだろう。故に全力で天の鎖から逃れようと足掻く。だが、その程度で逃げ切れるのなら天の鎖は、ギルガメッシュに信頼などされていない。着地した僅かな硬直の瞬間に鎖が両手足、首に巻き付きヘラクレスを縛り上げる。

 

「■■■ー!?!?」

 

 彼がどれだけ足掻いてもその拘束からは逃れられない。脱出の手助けを影辰はしたくても変わらず降り注ぐ宝具が邪魔をしヘラクレスの元に辿り着けない。影辰が来たことで生まれた優位性など、ギルガメッシュが少し本気を出せばこの通り。あっという間に無くなってしまう。

 

「バーサーカー、戻って!」

 

 影辰に運ばれるイリヤが令呪で帰還を命ずるがヘラクレスは戻らない、いや戻れない。天の鎖による拘束は令呪による転移すら許さない。

 

「終わりだなヘラクレス」

 

 拘束され身動きの取れないヘラクレスに凄まじい勢いで宝具が突き刺さっていく。ヘラクレスをまるで不死の如く、蘇らせているのは彼の伝承が宝具となった『十二の試練』によるものだ。つまり、彼は11回の復活が可能だ。だが、既に残り4にまで減らされ、あの様に拘束されたまま宝具で針の筵にされてしまえば、復活した直後にまた死んでしまう。その状態の4回分の命など誤差でしかない。

 

「バーサーカー!バーサーカー……バーサーカー!」

 

 イリヤがどれだけ悲痛な声をあげても現実は変わらない。宝具が彼の額を貫くと同時に暴れていたヘラクレスは、膝を着き動かなくなる。爛々と光っていた赤い瞳も色を失ってしまった。誰がどう見てもヘラクレスという大英雄はここで終わりを迎えた。

 

「……イリヤ、少し痛いかもしれないけど許してくれ」

 

「カゲタツ?待って、待ってカゲタツ!!」

 

 嫌な予感がしたイリヤは必死に影辰に声をかける。だが、影辰は笑みを浮かべるばかりでイリヤの目を見ようとしない。そして彼は、降り注ぐ剣をわざと大きく避けギリギリ戦場ではないところにイリヤを投げる。可能な限り優しく、そして瓦礫などが無い場所に投げたつもりだが、それでも擦り傷は付いてしまうだろう。もし、生きてまた会えたら傷の事を謝ろう。

 

 心臓の音が煩い。自身の身体の限界を感じる影辰。彼がここまでイリヤを抱えながら、数多の宝具を避け続けられたのには理由がある。優れた動体視力のお陰もあるが、今の彼は意図的に人間が無意識でかけている脳のリミッターを外しているのだ。故に余裕そうに見えて、彼の身体は再生と破壊を繰り返し、その痛みとリミッターを外した負荷で脳は焼き切れようとしていた。

 

 だが、そんなのは関係ない。一度、守ると誓ったのだ。ならばそれを破る訳にはいかない。

 

「いくぞ……ギルガメッシュ!!」

 

「さぁ、何を見せてくれる?衛宮影辰」

 

 身を沈めギルガメッシュに向けて跳躍。今までのどの時より速く、彼はギルガメッシュへと迫る。振りかぶる拳を見ながら、ギルガメッシュはその交戦可能距離の短さに哀れみを覚える。確かに速い。何処で学んだのかあの槍兵が如き、速度だ。だが、拳しか攻撃手段を持たない影辰は相手に接近するしかない。その為、いくら速くても攻撃する場所など分かりきっている。黄金の波紋を自らの近くに出しながら、ギルガメッシュはその程度か?と落胆する。それが分かったのか影辰はギルガメッシュを見ながら笑みを浮かべた。

 

「バーサーカー!!」

 

「なにっ!?」

 

「■■■ーー!!!」

 

 イリヤを守ると誓った者は一人だけじゃない。あの大英雄もそうなのだ。影辰はヘラクレスの不屈の闘志に己の全てを賭けた。彼なら、理屈を超えて再びこの場に舞い戻ると。そして、その祈りは届いた。

 復活したヘラクレスは、天の鎖をその筋力で引きちぎり、足元に転がっていた無骨な斧剣を影辰目掛けて投げる。空気を切り裂きながら飛んでくるそれを影辰は、空中で掴み取る。これで、ギルガメッシュに隣接しなくても攻撃が届く!

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

「ぐっ!?!?」

 

 全力で振るわれた斧剣は黄金の鎧に阻まれるが、ギルガメッシュをまるで野球のボールが如く、吹き飛ばした。直後、ギルガメッシュが予め開いていた黄金の波紋から宝具が射出され、影辰の腹部を貫く。崩れ落ちる彼をヘラクレスが支える。

 

「……ふっ、ふはははははははははははははははははははは!!!」

 

「まぁ……死んでないよな」

 

 土埃の中から高笑いが響き渡る。やがて、煙の中から、現れるギルガメッシュ。影辰の一撃を受け、僅かに凹んだ黄金の鎧、受肉しているが故に即座に止まらないのか額から僅かに血を流している。だが、その圧は王気は今までで一番大きく、重い。ギルガメッシュがそこに居るだけだと云うのに、呼吸が乱れ意識が飛びそうになる。

 

「よもや、死に損ない共にここまでしてやられるとはな。くくっ、死後己の神話を乗り越える英雄に、あの泥を耐えてみせた人間の諦めの悪さを甘く見ていたか。良いだろう、ここまで我を楽しませた褒美だ」

 

 鍵の様な何かが現れ、空中でギルガメッシュはそれを捻る。すると、何かの回路の様なものが現れ、それを辿る様に一つの光がギルガメッシュの手元へと落ちていく。隙だらけの光景だが、俺もヘラクレスも身動き一つ取れない。そして、ソレは現れた。

 持ち手があり、それだけを見ればまるで剣の様だが、本来剣があるべき場所は螺旋状となっており剣として機能するとは到底思えない。また、ソレが現れると同時に感じている重圧感が跳ね上がる。存在するだけで威圧されるもの。そんなものがこの世界に存在しているのか。

 

「起きよエア。お前の威光を知らしめる時だ」

 

 エアと呼ばれた武器がまるで機械の如く、唸りを上げる。嫌な予感と共に、死の恐怖が訪れる。アレに抗う術も俺達は持っていない。ギルガメッシュがアレを解放すれば俺達はゴミの様に消えるだろう。そんな直感と共に影辰は動かない身体を無理やり動かし、イリヤの元へと走る。だが、遅い。とうに限界など超えていた身体は鉛の様に重く、影辰の意志に応える力はない。

 

「さぁ、消えると良い」

 

 ギルガメッシュのその言葉と共に、エアは解き放たれ辺りを悉く吹き飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 瓦礫が崩れ落ちる。そこには、影辰とイリヤを瓦礫の山から庇ったヘラクレスが佇んでいた。エアの風圧を受けて、その辺の枯れ木の如く吹き飛んだ影辰を掴み、イリヤを抱えたヘラクレス。そのまま身を丸め、崩れる城から見事二人を守ってみせた。だが、限界を超えて活動したヘラクレスは退去が始まっていた。今なお、この場にいるのはただの意地でしかない。

 

「……ほぅ、守りきったか大英雄」

 

 バーサーカーは英雄王の言葉に応じない。否、もう応じるだけの力すら残っていない。ここでギルガメッシュが二人を殺そうとすれば、ヘラクレスは黙って見ている事しかできない。

 

「そう睨むな。此度の戦いは中々のものだった。故にその力を認め、この場は我が下がってやろう。光栄に思えよヘラクレス」

 

 満足そうなギルガメッシュはそう言い残し、何もかも吹き飛んだアインツベルンの森を後にする。この規模の隠蔽にどれだけの労力がかかるのか……監督役の胃にはご愁傷様という言葉を送っておこう。

 

「……ん……生きてる……のか?」

 

「……何が起きたの??」

 

 ギルガメッシュが去ってからすぐ気絶していた二人が目を覚ます。痛む身体を押さえ、立ち上がり周りを見て二人とも絶句する。城が跡形もなく崩れているのは兎も角、周囲の森すら抉られた様に荒れ果てているのだから。

 

「……あっ、バーサーカー!身体が」

 

 イリヤが退去しかけているヘラクレスに気がつく。涙を浮かべながら駆け寄る主にヘラクレスは、狂気が取り払われた優しい目で見つめ軽く、本当に軽く頭を撫で、影辰を見る。

 

「……お前が守れ」

 

 そう言い残し余力を全て使い切ったヘラクレスは消えていった。

 

「あぁ、任せろバーサーカー」

 

 影辰はそう答え、泣きじゃくるイリヤを抱きしめる。何もかも消えた場所で、抱き合う二人を優しく晴天が照らし、光の粒子となった魔力が二人の周りに降り注ぐ。まるで、雪の様に。

 



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些細な切っ掛けでも運命は変わる

前話で軽い燃え尽き症候群になってましたが、復活しました。
今回は平和回。シリアスなんてないよ!


 来客の多い衛宮家。その家に元々住む人達の人柄ゆえか、ぽつりぽつりと人が立ち寄っては留まっていく。そんな、衛宮家だが今は、まるで冷戦の如く喧騒が消えていた。

 

「カゲタツ、それなに?」

 

「これか?蜜柑だ。美味しいぞ」

 

 士郎、凛、慎二、桜、セイバーにアーチャーの視線に晒されながら、この冷戦を生み出した主犯格の二名は仲睦まじく蜜柑を食べている。心臓に毛でも生えているんじゃないだろうかと考えずにはいられない豪胆さである。

 ギルガメッシュとの壮絶な戦いを終わらせた影辰とイリヤ。バーサーカーを失うという悲劇はあったものの、あの英雄王を目の前にして全滅しなかっただけで御の字である。だが、戦いでまともに動けない影辰の回復を待っているうちに日は沈み、夜となりそれでもフラフラな彼をイリヤが支えつつ、人避けの魔術を行使しながら衛宮家に来たのである。ちなみに、身長差故に支えるというよりは引き摺るに近い形だった。

 

 どうにかこうにか衛宮家にたどり着いた二人だが、士郎達からしたらいきなり敵だった人物と一緒に現れるのだ。しかも、兄貴である影辰はボロボロ。新手の宣戦布告かと一触即発の空気が流れた。しかし、イリヤが戦闘体制をとらない事、前回からの付き合いで影辰が知らないところで無茶をするのに慣れているセイバーが制止した事で、殺し合いになることは無く今に至る。

 

「……」

 

「ちょっとアーチャー??貴方、凄い顔になってるわよ大丈夫?」

 

 とある紅い弓兵は、美味しそうに蜜柑を食べている■の姿に、安心感と哀しさを織り交ぜたかの様な表情を浮かべ、普段仏頂面か人を小馬鹿にした様な笑みしか浮かべない従者の見たことない表情に驚きを隠せないあかいあくま。

 

「あの人も人誑しだよなぁ」

 

「先輩のお兄さんですから」

 

 敵だった人物と仲良くしている姿になんだか重なるものを感じる兄妹は、何かが起きても自分達では対処出来る事がないので遠巻きに彼らを眺めながら、ちょうど良いと言わんばかりに休憩を享受する。

 

「シロウ」

 

「うぐっ……分かったよセイバー……あー、兄貴。そちらの方は?」

 

 そして、影辰達に向かい合う様に座っていたセイバーが隣に座る士郎に発言を促し観念した様に士郎が影辰達に問うと、イリヤに食べさせる為に剥いていた蜜柑の皮剥きを一度止めてイリヤを見る影辰。ちょうどイリヤも影辰を見ており、二人の視線が交差しほぼ同時に頷く。

 

「イリヤ。切嗣の実の娘で、俺の大切な友人。漸く説得に成功したので、連れてきたところ」

 

「こんばんわ。シロウ以外と仲良くする気はないけど、馬鹿な友人に拉致されたから厄介になるわ」

 

「おう、馬鹿とは何だ馬鹿とは。あと、士郎以外とも仲良くしなさい。そんなんだから友人が居ないんだぞ」

 

「なっ!?失礼ね!そもそも、私はあの城から出た事がないの。友人が居なくても仕方ないわ」

 

 ニヤリと意地悪い笑みを浮かべてイリヤを見る影辰。その表情に思わず、引くイリヤ。

 

「ほーう?なら、城に居ない今なら友人が作れるんだよなぁ?」

 

 明らかに挑発している言葉と態度。こんなの乗っかるなんて、余程の世間知らずか本能で生きてる大河くらいだろう。だが、悲しきかな。イリヤは圧倒的な前者だ。影辰の言葉に、頬をピクピクさせるイリヤ。

 

「出来るわよ友人の一人や二人ぐらい!!」

 

「はい。じゃあ、ちゃんとここに居る人達に挨拶しような」

 

 セイバーはこの時ほど、勝ち誇った笑みを浮かべる影辰の顔を殴りたいと思ったことはない。見る者全てに殴りたいと思わせるそんな笑みだった。士郎ですら内心でそれは無いわぁっという感想を抱いていた。

 

「イ、イリヤスフィール・フォン・アインツベルンです……よろしく」

 

 あっさり乗せられてしまったことに対しての屈辱に顔を歪ませながら、イリヤはこの場の全員に挨拶をし、それをニコニコとした表情で影辰は見ていた。一先ず挨拶が終わった事に安心してお茶を飲もうと湯呑みを手に取った影辰は、力なくそれを取りこぼしてしまった。

 

「やべっ……」

 

「うおっ!?兄貴がそんな凡ミスするなんて珍しいな」

 

 すぐに士郎が台所から布巾を取って、溢れたお茶を拭き取る。その間、影辰は自身の手を見つめるがその手は、震えておりダメージが抜けきっていない事を分かりやすく示していた。

 

「カゲタツ、もう休んだら?私が心配なのは分かるけど、子守りされる程子供じゃないわよ?」

 

 それを横目で見ていたイリヤが休む様に声をかける。イリヤには分かっていた。今すぐにでも、倒れて寝てしまいたいほどボロボロな友人が、自分の為にこの場に居続けている事に。心配しているつもりが逆に心配されてしまった影辰は、申し訳無さそうに頬を掻きながら答える。

 

「そうだな。俺は休むとしよう。士郎、後は任せた」

 

 そう言って影辰は立ち上がり、一瞬ふらっとしたものの歩いて自室へと戻って行った。帰ってきてから風呂などは済ませている為、この後彼は横になり、爆睡する事だろう。そんな彼が大人しく自室に戻ったのを気配で確認してから、イリヤはこの場の全員を見る。

 

「……色々と言いたい事とか聞きたい事はあると思うけど、少し話をしても良いかしら?」

 

「いいぞ。イリヤの話を聞かせてくれ」

 

 士郎がイリヤの分のお茶を新しく淹れ、彼女の前に置きながら答える。その表情はとても優しいものだ。調子が狂うというか毒気が抜かれるというか、お人好しの気配を感じる弟から差し出されたお茶で喉を潤し、自身に起きている異常を話し出す。

 

「先ずは、そうね。私のバーサーカーが脱落したわ、訳が分からない程の宝具を持ってる黄金のサーヴァントに。なんだか、カゲタツと親しそうだったけど、知ってる?」

 

「恐らく、前回の聖杯戦争で受肉を果たしたというギルガメッシュですね。影辰と親しいという話は聞いてないのですが……これは問い詰める必要がありそうですね」

 

 ギルガメッシュのことを知っているセイバーが、何やら黒いオーラを放ちながら答える。彼があの傲慢で人の話を一切聞かない王と仲が良いなど聞いていない。王であるなら、私が一番ではなかったのですか。と内心で拗ねる騎士王。

 

「そう。でも、そこは重要じゃないわ。重要なのはバーサーカーが脱落したという事。普通、敗北したサーヴァントの魂は、直接大聖杯に注がれるのではなく、一定数までは小聖杯である私に注がれる筈なの。大聖杯が顕現する為に必要な穴を開ける為にね」

 

 ここからが本題よと彼女は前置きし、再びお茶で喉を濡らす。

 

「けど、バーサーカーの魂は私に注がれていない。恐らく、別の器が用意されたわ。しかも、距離に関係なく私から奪える程に精巧な小聖杯を。貴方達の中に、何か大きな物を注がれた感覚だったり、五感とかが不調になった人はいる?」

 

 その問いに全員が首を横に振り、それに一安心したイリヤ。少なくとも、ここに居る誰かが代替わりの器にされた訳ではない様だ。

 

『なるほどのぅ』

 

 突然、部屋の中に嗄れた声が響き渡る。それに反応した慎二が桜を庇う様に背中に隠しながら懐から小瓶を取り出すが、それは飛来した蟲によって横から奪われてしまう。やがて、全員の視線が集まる先に蟲が集まり人の形を取り、それは間桐家現当主、間桐臓硯であった。

 

「くっ……」

 

「全く、魔術回路も持たない不出来な孫だと言うのに油断のならない。じゃが、安心せい。別に危害を加える為にこの場に現れた訳ではない。アインツベルンの娘よ、その代替わりした聖杯で願いを叶える事は可能なのか?」

 

 此度の聖杯戦争はイレギュラー過ぎる。その為に、ありとあらゆる監視の目を放っていた臓硯。当然、アインツベルンの城で起きた戦いも見守っており、こうして見事、アインツベルンの娘を守りきった影辰に賞賛の一つでも送ろうかと思っていた矢先、先ほどの内容が桜を通して耳に入った。座視はできぬと急ぎこの場に現れたという訳だ。

 

「……答えてあげても良い。けど、その前に一つ問うわ。マキリ、貴方が聖杯に託す願いはなに?」

 

 感情というものが抜け落ちた顔でイリヤは、いや彼女の中に残されたユスティーツァが問う。その問いに自らの願いである『不老不死』を答えようとして、口を閉ざす。そのまま、桜を守ろうと震えた手で彼女の前に立っている慎二をチラリと見た。正真正銘、間桐の血筋を終わらせた生まれつき不出来な孫だと言うのに、愚かにも自分に抗おうとしている。魔術が使えないからと身体を鍛え、最近は魔力を使わずとも出来る錬金術にまで手を伸ばす様になり、この聖杯戦争が始まってからはどうせ使えぬと思って偽臣の書に記した魔術を、桜の魔力を利用して行使するまで至った。

 

 それに使えもしないのに未だ間桐の家にある魔術書を読み漁り、まさか令呪の契約を分ける方法を理解しきるとは思わなんだ。実に泥臭い、絶望し諦めてそれでもなお足掻き続ける愚かな孫。だが、その姿に言い表せぬ懐かしさを覚えた。結果、らしくもなく孫達の勝手な行動を許していた。

 

「……耄碌したと笑うが良い。儂は、今の儂はな、ユスティーツァ。儂の願いがなんだったのか分からんのじゃ」

 

 自嘲する様に、吐き捨てる様に臓硯は答えた。500年もかけて、儂はなにをしていたんじゃろうなと。それに対し、かつての同胞は僅かに本当に僅かに哀しそうな表情を浮かべた。それは、ユスティーツァという人物をよく知るマキリ・ゾォルケンにしか分からない変化だった。

 

「本来与えられた以上の時間を生きるからそうなるのです、マキリ。……ですが、その諦めの悪さがマキリの数少ない美徳でしたね。良いわ、教えてあげる。本来の方法と違う手段で起動させられた聖杯が正しく機能するかは分からないわ」

 

 ユスティーツァからイリヤに戻り、臓硯の問いに答える。何事にも正規の手段というものがあり、正規の手段はそれによる結果が正しく起きるからこそ、正規なのだ。今現在起きている現象は、正規の手段からほど遠く、聖杯に精通したアインツベルンであっても正しく機能するかは分からないと言う。

 

「けど、少なくとも大聖杯へと通じる孔を空ける事は出来ると思うわ。そうでなければ、小聖杯に魔力を集める意味が分からないもの」

 

「であれば、起きるのは10年前の再来か。ふむ、慎二よ」

 

「な、なんだよ……」

 

 突然名を呼ばれた慎二はビクビクしながら、答える。今でも心の奥底に根付いた恐怖の象徴なのは変わらない。

 

「主に、策を一つ授ける故、家に戻って参れ。あぁ、桜は良い。セイバーと距離を取りすぎるのは、まだ早かろうて」

 

「「なっ!?」」

 

 セイバーにしていた事が一目でバレてる事に驚きを隠せない間桐兄妹。しかも、それに対して何か罰を与える訳でもなく策を授けると言うのだから、もう二人の中の印象と目の前の人物が違いすぎて、二人は完全に混乱気味だ。

 

「別に来ないのなら来ないで構わん。その時は、今の様にお荷物のままじゃからのぅ。では、邪魔したなアインツベルンの娘よ。それと、衛宮の倅よ、言伝を1つ。主の兄に、良くぞアインツベルンの娘を守ったと、桜の婿になりたければ歓迎するとなカカッ!」

 

 場を掻き乱し、爆弾を残して臓硯は蟲の群れとなり、消えていった。

 

「「さ、桜の婿!?一体、どういう事!?!?」」

 

「き、聞いてません!一切、そんな話聞いてませんから落ち着いてください兄さんに、遠坂先輩!」

 

「話が大きすぎて俺はもうよく分かんないぞ……」

 

「シロウには私がもう少し詳しく教えてあげるから安心して」

 

 結局、喧しくなる衛宮家であった。何処からともなく、カカッ!っと愉しげな声でも聞こえてきそうな程、カオスな空間になったのは言うまでもない。




家が賑やかになる中、爆睡をキメる主人公

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やっぱり、お前のこと嫌いだわ

ちょっとした説明会的なやつです。聖杯戦争自体は何も進んでません。


 良い天気だと思った。なんの気兼ねなく睡眠を取ったのはいつぶりだろうか、少なくともこの聖杯戦争が始まるとギルガメッシュに言われてからは、常に気を張っていたから、3年振りの熟睡か。よくもまぁ、身体を壊さなかったな俺。立ち上がり、軽い柔軟をしてから敷いてある布団を片付け、換気のために小さく窓を開けて部屋を出る。庭が一望出来る廊下から、差し込む陽の光の暖かさがとても心地よい。

 

 あぁ、平和って良いな。そんな事を思いながら、今日も士郎が朝飯を用意してくれているであろう居間に通じる扉を開ける。

 

「おはよう、士」

 

「ちょっと!!桜の婿ってどういう事よ!?事と次第に寄っては、今ここで貴方をぶちのめすわよ!?」

 

「影辰!貴方にとっての理想の王は、私ではなかったのですか!!あの金ピカと親しいとは、裏切りですか?」

 

 スッと視線を士郎に向ける。無言で逸らされた。逸らされたので、色黒の士郎に視線を向ける。フッと笑みを浮かべたまま、霊体化されたので、桜ちゃんに視線を向けようとして、今それをすればややこしくなると無理やり、部屋の中央に置いてある机に項垂れているイリヤに視線を向ける。ニコッと大変愛らしい笑みを返された。

 

「……なんでさ」

 

 久しぶりの平穏は、バーサーカーの様に荒れ狂う凛ちゃんと、黒いオーラを放ち続けるセイバーを宥めるのに消えていくのであった。取り敢えず、間桐の御当主と、俺の事を見捨ててくれやがった士郎ズは許さんと固く心に誓った。この後、二人の説得にかなりの労力を費やしたのは言うまでもない。

 

「ん?士郎達、出かけるのか」

 

「あぁ。今日、藤ねぇが退院してくる日だろ?少しぐらい豪華な食事を用意しようと思ってな」

 

「なるほどね。セイバーが護衛で、凛ちゃんと桜ちゃんは手伝いかな。イリヤは行かないのか?」

 

 コートを着て出かける準備をしてる人らを見る。俺の言葉に全員が頷いていたので、予想は合っていたのだろう。そして、だらだらした姿勢から微動だにしないイリヤは、俺を一度見るために身体を起こして首振った後、また横になる。

 

「私はパス〜、だって外寒いもの〜」

 

「極寒育ちがなんか言うとるわ……まぁ、ダラダラしたいって気持ちはよく分かる。という訳で俺もゴロゴロしてるわ士郎」

 

 横になりながらテレビを点ける。よくあるニュース番組のネタコーナーがちょうどやっており、お笑い芸人やゲスト達が楽しげに笑いながら番組を盛り上げていた。それらに笑っている間に、士郎達は家を出て行く。特に俺とイリヤの間に会話はなく、いつの間にか俺と同じ様にテレビを見ていたイリヤと俺の笑い声が時折、重なるぐらいだ。

 

 そんなまったりとした時間に来客だ。家のインターホンが鳴り、居留守をする訳にもいかないので玄関へと向かうと、曇りガラスの先に影が見えた。とても身長が高い。なんとなく来客に予想を付けながら扉を開けると、そこには予想通り言峰綺礼が立っていた。

 

「……直接、来るなんて珍しいな」

 

「それだけの用事という訳だ。入っても良いかね?影辰」

 

「暴れたりするなよ言峰」

 

「私がそんな赤子に見えるかね」

 

 言峰綺礼を家に招き入れる。心配はあるが、こいつは突発的に此方に害を与える男ではない。やるなら、準備をして自分が最大限愉しめるところで行動する。それは恐らく、このタイミングではない。まぁ、ただの付き合いの長さから来る予測だから間違ってるかもしれんが。言峰綺礼の前を進みながら居間に戻ると、さっきまでダラダラしてたイリヤが毅然とした顔で座っていた。……来客が来たからって取り繕ってやがる。

 

「あら、誰が来たのかと思ったら監督役じゃない」

 

「失礼する、バーサーカーのマスターよ。いや、元か。教会の庇護に預かるかね?」

 

 俺はキッチンへ移動し、少し冷めてしまったヤカンを温め、お茶を淹れる。しかし、あの野郎、態と元って後から付けやがったな。淹れ終わったお茶を言峰綺礼とイリヤの前に置き、俺はイリヤの隣に座る。

 

「ありがとうカゲタツ。そうね、敗北したのだから本来ならそうするべきなのでしょう。でも、嫌よ。監督役、私の居場所は此処だから」

 

「ふっ、そうか。では、本題だ。何故か、前回で受肉を果たしたギルガメッシュが裏で暗躍してるのは知っているな?」

 

「白々しいなお前……」

 

 前回の生存者でもあり、あんたらが仲良くしてる所を目撃した俺を前にしてよく言えたなお前。呆れながら睨みつけてやると、大袈裟に肩を竦めて惚けてみせた。あぁ、はい。もうそういう感じで行くのね。

 

「知ってるわ。それが何?」

 

「聖杯戦争のルールを破るものは、等しく教会にとって敵だ。故に手伝いをしに来た」

 

 そう言って言峰綺礼は懐から地図を取り出す。とある場所、柳洞寺に印が付けられている。

 

「そこが今、ギルガメッシュと奴に協力するキャスターの居城だ。偵察を軽く行ったが、キャスターの陣地作成により、もはや要塞と言っていい程の防御力を有している。ああなってしまえば、現代の魔術師が解除する事も出来ないだろう」

 

 キャスターと聞いて、脳裏に葛木さんの姿が過ぎる。もし、言峰が言う様な防御力を有した拠点だとしたらそこにあのキャスターによって強化された暗殺拳が加わり、サーヴァントですら対処のキツい敵となる事だろう。

 

「更に、独特な守りによりサーヴァントが侵入出来るルートは、裏門のみ。そこをキャスターが例外的な手段を用いて召喚したアサシンが守護している」

 

「アサシン?って言うと、ハサンか?」

 

 聖杯戦争において召喚されるアサシンは、その語源ともなったハサンだ。前回の時はイスカンダルによって、あっさりと殺されていた。そもそも、マスター殺しが専門のアサシンが門番とは運用方法を間違ってないか?キャスターのやつ。だが、言峰の返答は俺の予想を覆すものだった。

 

「例外だと言った筈だ。あそこを守護しているのは、ハサンではない。長い日本刀を携えた英霊だ、確か真名は佐々木小次郎と言っていたか」

 

「ササキコジロウ?」  

 

「物干し竿って呼ばれる長い日本刀を使ったとされる剣客だ。宮本武蔵との巌流島での決闘が有名だな」

 

「ふーん」

 

 知らなそうなイリヤに説明するが、本人は興味なさそうだ。まぁ、俺も詳しく知ってる訳じゃないが、アサシンで呼ばれる様な伝承持ってたか?セイバー以外に適性があるとは思えないが。

 

「かなり技量の高いサーヴァントだ。枷を付けてはいたが、神代のランサー相手に一歩も引かずに打ち合うとはな」

 

「やっぱり、偵察ってランサーだったのか……それで、お前が手伝うってのはこの情報だけか?」

 

 相手の情報をゼロから調べずに済む分有難いが、こいつが態々出てくるまで教会にケツを叩かれた割にはしょぼい。そう思って、言葉を促す。

 

「私は別件で手伝えないが、ランサーを貸し出す。存分に扱き使ってやると良い」

 

「あいつに同情するよ俺は」

 

 ニヤリとした笑みで言い切った言峰。歴戦の英雄だってのに扱いは完全に小間使いのランサーに、同じく目の前の男に雑務をやらされてた俺は同情を禁じえない。漸くお茶に手を付けたかと思うと、一息で飲み干し立ち上がる言峰。どうやら話は終わりの様だ。

 

「聖杯の器に問題が無いのも確認したし、私は帰るとしよう。あぁ、見送りは必要ない。残り少ない時間を共に過ごすと良い」

 

「貴方に言われる必要はないわ。用が済んだのならとっとと帰りなさいしっしっ」

 

 言峰を雑に扱うイリヤ、良いぞもっとやれ。内心でイリヤにエールを送っていると、言峰が部屋の入り口で止まり、思い出した様に口を開いた。

 

「衛宮影辰。教会の門はいつでも開いているぞ?」

 

 ……あぁ、そういう事。はっ、やっぱりいけ好かない奴だ。

 

「ラッパが鳴る頃に行ってやるよ、言峰綺礼」

 

「ふっ。愉しみにしていよう」

 

 笑みを浮かべると今度こそ、あいつは家を出て行った。あー、いけ好かない……マジであの野郎。あいつの手の上で転がされてる感じがしてとても腹立つが、変に拒絶しようものならあいつが何をやらかすか想像も出来ない。俺と言峰のやり取りを聞いて、不思議そうな顔で俺を見るイリヤ。

 

「……もしかして仲良いの二人?」

 

「な訳あるか。あいつと仲良くなるぐらいなら、その辺の肥溜めに浸かる方がまだマシだわ」

 

 取り敢えず、士郎達が帰ってきたら言峰から聞いた情報で作戦会議だな。




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平和な時間を大切な人達と共に

続くよ平和回


「えー、それじゃあ藤ねぇの退院を祝って、乾杯ー!」

 

「「「「「「「乾杯ー!」」」」」」」

 

「かんぱーい!えへへ、みんなありがとう!」

 

 退院した大河を祝うべく、普段のメンツに加えてなんと、士郎といい感じに話していた女の子も来ていた。名前は岸波白野、軽く挨拶をしたが何というか独特な子だった。良い子なのは分かるが、距離感の詰め方が独特で俺も眼鏡をどう?と提案されるとは思っていなかった。

 机の上には、士郎とアーチャーが腕に寄りをかけ作った豪勢でお洒落な料理の数々が並んでおり、とても美味しそうだ。作った本人であるアーチャーは今この場に居ないから後でみんな喜んでいたと教えよう。

 

「うわぁ……貴方、本当にそれが食べれるのね」

 

「ん?そんなに変か。これでも本物に比べればまだまだなんだけどな」

 

「兄貴好みの麻婆豆腐なんて再現できるか!」

 

 俺の目の前にしかない麻婆豆腐を食べていると凛ちゃんが引き攣った顔で聞いてきたので、答えると士郎が文句を言ってきた。うーん、泰山の麻婆豆腐に比べれば半分にも満たない辛さなんだけどなぁ。

 

「お義兄さん、それ私も食べて良い?」

 

「辛いの好きか?」

 

「うん」

 

 なんだか発音に違和感を感じたが、食べたいと言うなら食べさせてあげよう。士郎が慌てているが、無視して一応用意されてた小皿に取り分ける。どの程度が良いか分からないから、少量で良いか。泰山に慣れてなければ、常人には辛い辛さだろう。

 

「ほい。無理はしない方が良いからな」

 

「大丈夫。辛いもの好きだから」

 

 レンゲを流れる様に麻婆豆腐に入れ、掬い上げる。軽く眺めた後、彼女はそれを口に運ぶ。俺と凛ちゃん、士郎の間に謎の緊張が走り、士郎はいつでも水をあげられる様に待機していた。彼女が咀嚼し終わり、ごくりと飲み込む。

 

「──うん、美味しい」

 

「「なっ!?」」

 

「そうか!なら、もっと食べると良い!」

 

「ありがとう。お義兄さん、いただく」

 

 食べる速度の上がった彼女にどんどん麻婆豆腐を追加していく。その手が止まらない事から、言葉に一切の嘘がないことが分かる。そして、俺もそれに影響され、麻婆豆腐を食していく。黙々と二人で麻婆豆腐を食していき、机の上にあるどの料理より早く空っぽになる。

 

「とても美味しかった。流石は、士郎が作る料理。とても美味」

 

「お、おう。それは良かったけど……辛くなかったのか?」

 

 士郎がそう聞くと満足そうに口を拭いていた彼女がキョトンとした顔で首を傾げる。

 

「士郎の料理ならなんでも美味しいけど、もっと辛くても私は大丈夫」

 

「今度、俺が気に入ってる麻婆豆腐を提供する店があるんだが、白野ちゃん行くかい?これ以上に辛いよ」

 

「ふむ……それは大変魅力的な提案だな。ん、良ければご同伴をお願いしたい」

 

 ペコリと頷きながら同意してくれる彼女にとても嬉しくなる。何せ、あの麻婆豆腐は慣れもあるがとても美味しいというのに、言峰以外と食す事が出来ず、感想や気楽に話しながらとは無縁の食べ物になってしまっていたから、白野ちゃんという言峰のクソ野郎以外と食すチャンスが来たのだから。

 

「は、白野。兄貴が、ごめんな。断っても良いんだぞ?」

 

 おいこら、士郎。新しい同志の確保を邪魔するんじゃない。

 

「ん?心配はいらないよ。例え、どんな麻婆豆腐が出てこようが私にとっては士郎の料理が一番だから」

 

「……ありがとう。白野」

 

「なんだ、士郎。照れてるのか?」

 

 この子、女の子だけどイケメンだわ。士郎が顔真っ赤で、抱かれたみたいな顔になってるもん。

 

「先輩!私も先輩の料理が一番だと思ってます!」

 

「……そうだよな、士郎の料理に比べれば僕の料理なんてまだまだだよな……」

 

 対抗意識で突っ込んで来た桜ちゃんの言葉が慎二君に突き刺さり、項垂れる。だが、そんな兄の姿に桜ちゃんは気がつくことなく、白野ちゃんと一緒に士郎と楽しく会話をしていた。うん、料理で士郎と競い合うのは無理があると思うよ慎二君、でも君本当に多才だね。

 

「か〜げ〜た〜つ〜うちのクラスの子、デートに誘ったって本当?」

 

「うわっ、酒臭っ!?お前、もう相当飲んでるな??」

 

「こんぐらい平気よ〜!そんな事より、私の事、ショタコンとか言っておきながらそっちも年下に手を出そうとしてるんじゃん。やーい、ロリコーン」

 

「あぁ?言ったな、この枯れ専!上等だ、酒もってこい。飲み比べで勝負してやる!」

 

「あっはは!そうこなくっちゃ。よーし、飲むぞー!!」

 

 大河が抱えていた焼酎を互いのコップに並々に注ぎ、二人して一気に飲み干す。アルコールが一気に身体を熱くさせるが、そんな事は関係ない。負けてたまるか。枯れ専でショタコンとかいう業の深い大河に。その後も、互いに騒いだり罵り合ったりしながら、どんどん瓶を空っぽにしていった。正確に覚えているのは、五本くらいでそこから先は全く覚えていない。決着がどうだったか?セイバーに二人揃って、気絶させられたから引き分けだと思う。というか、セイバーのやつ、大河には優しく一瞬で意識奪っておいて俺には全力腹パンしやがって。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……頭痛い」

 

 自室で横になるが、頭が痛すぎで寝れる気がしない。アルコールも急速で分解して、元通りの身体に戻してくれて良いんですよ?聖杯の泥さん。宴は終わり、もう全員は寝静まっただろうか。水でも飲もうかと思っていたら、扉が開きアーチャーが入ってきた。

 

「……起きていたかね」

 

「誤魔化すならその手に持ってる水は隠そうね?でも、ありがとう。ちょうど欲しかったんだ」

 

 身体を起こしアーチャーから水を受け取り、ちびちびと飲む。わざわざ来たのだから何か話があるのだろうと思って、待っていると視線を彷徨わせたり、落ち着きのない動きを繰り返した後、大きく深呼吸をして漸く口を開く。

 

「私は、未来の衛宮士郎なのだが」

 

「え?そこから??もうとっくに気がついてるよ」

 

「ンンッ!良いから黙って聞きたまえ!……未来の衛宮士郎が故に、彼奴が辿る愚かな結末を知っている。10人を救ったとしてその裏で、5人を地獄に叩き落とす。そんな、哀れな正義の味方に成り果てる結末をな。だから、私はこうして未熟な己がいる世界に呼ばれた時には、未熟な己を殺すつもりでいた。その方が、私という空っぽな正義の味方に狂わされる人が居なくなるからな。だが、貴方に会って驚いたよ。私に兄などいない筈だったからね」

 

 どういう結末になったかは想像出来ないが、士郎は士郎で理想の壁にぶつかったらしい。内容的に多分、切嗣みたいな事をしていたのだろう。天秤は常に重い方に傾く。それも正義の一つだろう。だって、大勢の命を救った事に変わりはないのだから。けど、どうやらそれはこの士郎にとって、正義の味方足り得なかったのだろう。

 

「……ここで生活してる衛宮士郎を見ている内に、こいつは本当に私になるのか分からなくなった。だが、もう悩んでいる時間は無くなった。故に今夜、あいつの覚悟を見定める。殺さない様に加減はするが、構わないか?」

 

 なるほど……そういう事か。士郎が自分の様になるか今に至るまで、判断がつかなかった。だからこそ、最後に最も分かりやすい手段に出た訳か。

 

「良いよ。でも、殺さない事は約束しろ。出来ないのなら、今この場でお前を殺してでも止めるぞ」

 

「ッッ!……あぁ、約束しよう。だから、その殺気は抑えてくれ」

 

「ん。じゃあ、あとは好きな様にしていいよ。確かに、士郎には目指すべき姿をしっかり決めて貰う必要があるからね」

 

 水を飲み干しアーチャーに許可を出し、俺は横になる。

 

「見に来ないのか?」

 

「漢が自分の道決める時に、保護者がいる意味あるか?」

 

「……なるほど。それが貴方の方針か。では、私はこれで」

 

 アーチャーが霊体化して部屋を出て行った。もし、士郎が道を誤るなら、俺自身が叩き直すさ。

 

「……止めなくて良かったの?」

 

「起きてたのかイリヤ」

 

「隣の部屋だもん。聞こえるよ」

 

 あー、此処の部屋襖で遮れてるだけだからな。会話してれば聞こえるか。

 

「士郎の道は士郎が決める事だ。それに、アーチャーも悩んで自分殺しなんて決めた筈だ。けど、あいつは殺さないと覚悟を見定めると俺に約束した。なら、俺の敵じゃないし、漢って馬鹿だからな。前に進むにはああするしかないんだろ」

 

 俺がそう言うと襖越しからイリヤの笑い声が聞こえてくる。俺、何か変なこと言ったかぁ?

 

「ふふっ……なら、影辰も馬鹿なのね」

 

「えぇ……どういう事……」

 

「自分の行いを振り返って見れば良いと思うわ」

 

 楽しげな気配のイリヤ。突然、馬鹿と言われたけどまぁ、良いか。楽しそうだし。なんだか、目が覚めてしまったのでこのままイリヤが眠くなるまで他愛のない雑談を続けた。

 

「あ、そうそう。神父さんからの話は貴方が酔い潰れている間に話しておいたわよ」

 

「おぉ、ありがとう。お礼は何が良い?」

 

「もう十分に貰ってるわ」

 




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その理想を示す

アンケート協力ありがとうございました。その結果につき、1話に纏めました!
戦闘シーンはとても少ないです。問われているのは、その覚悟ですので。


 嘗て、男には理想があった。■■から引き継いだ正義の味方という理想だ。その果てに、誰もが笑って過ごせる世界になれば良いなと夢を抱いていた。そう、全ては思い出すことすら叶わない遠い過去の話だ。今の男は、身も心も費やした程の熱意はとうに失われ残骸となった。決して、満たされることの無い渇いた夢のなれ果てでしかない。

 

I am the bone of my sword(身体は剣で出来ている)

 

 世界との契約。死後を差し出すことで、例え死んだとしても誰かを救う事が出来る。そんな、馬鹿な思いに取り憑かれた結果、体のいい掃除屋と化した自分を男は嘲笑する。身体は剣で出来ている?それはそうだろう。そういう在り方しか出来なかったのだから。目の前で、一切動かない過去の己を見ながら、男は詠唱を続ける。

 

Steel is my body, and fire is my blood(血潮は鉄で、心は硝子)

 

  I have created over a thousand blades(幾たびの戦場を超えて不敗)

 

   Unknown to Death(ただの一度も敗走はなく)

 

    Nor known to Life(ただの一度も理解されない)

 

 世界がゆっくりと塗り替えられていく。

 男の不幸は幾つもあるが、その中でも特に不幸なのは、夢物語の理想をある程度形に出来るほどの力があった事だろう。ただの人間、それも一人だけで出来ることなど高が知れているが、こと解決方法を荒事に絞った場合、男はただの個人が持つには強大すぎる力を手にしていた。故に、敗走は無くその理想は誰にも理解される事も無かった。

 

Have withstood pain to create many weapons(彼の者は常に独り 剣の丘で勝利に酔う)

 

  「Yet, those hands will never hold anything(故に、その生涯に意味はなく)

 

 誰一人、隣に立つことは無く、後ろに続くことも無かった。もし、世界との契約が無ければ英雄としてこの場にいる事も無かっただろう。男からしたらそれはどうでも良いことだが、頑張ったのに何一つ報われないその姿は契約者の少女の同情を買うには十分だったが、男がそれに気付くことはないだろう。

 

So as I pray, unlmited blade works(その体は、きっと剣で出来ていた)

 

 だから、見せてみせろ衛宮士郎。私には居なかった先を歩く者がいる貴様が、どの様な正義を抱いているか!

 

 ──世界は塗り変わり、男の心象世界が展開された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然、連行されて最初は何かと思ったが、固有結界?ってやつを見せられてはっきりと理解した。俺がアーチャーの奴に感じていた既視感や、こう胸がザワザワとする感覚を。頭ではまだ完璧に理解していないが、こいつは俺だ。いつか至る可能性の俺、それがアーチャーの正体なのだろう。

 

「あの男から殺すなと言われているから、殺しはしない。だが、お前が抱く理想が何一つとして変わっていないのなら、その心が折れるまで叩き潰す」

 

 アーチャーを止める遠坂も、俺を守るセイバーも今はここに居ない。俺とあいつの正真正銘一対一だ。あいつが白黒の剣を握り、構える。同じ様に俺もそれを投影し、構える。消えない投影が異常だって話は遠坂から聞いた。きっと、これが俺に許された魔術なのだろう。

 

「ふん。形だけの投影なぞ……まぁ良い。答えろ、お前が目指す正義の味方とはなんだ?」

 

 アーチャーの問いにすぐ答えることは出来ない。俺は切嗣に憧れ、正義の味方になりたいと願った。そして、兄貴から切嗣の正義とは何か、昔聞いたことがある。徹底して、数の多い方を救うのが切嗣の正義だと兄貴は言っていた。そこに切嗣本人の感情は無く、ただ機械の様に数が多い方を救い続けるのだと。そして、兄貴にとっての正義も聞いた事がある。兄貴は、少し照れた様に頬を掻きながら答えてくれた。

 

『大切な人達と自分の命を守る事だ。その為なら、俺は大勢を殺す事も厭わないよ』

 

 兄貴は自分の感情に従って決めていた。機械の様な切嗣と人間的な兄貴、二人の男の正義を聞いて俺はそのどちらも正しいと思った。大勢の人を救えるのは良い事だ。線引きが存在しているのは悲しい事だが、より多くの命を救えているのだから。対して、兄貴は大勢を殺すかもしれない。けど、大切な人達を守っているのだ。それは一概に悪と断じて良いのだろうか。

 

「……俺は」

 

「ここで迷うだけ、私とは違うという事か。だが、はっきりとした答えが出ないというのなら少々手荒にいくしかあるまい」

 

「なにをっ!!」

 

 アーチャーがサーヴァントとしての身体能力を存分に活かし、俺に斬りかかる。それを咄嗟に手に持つ夫婦剣、干将・莫耶で受け止めようとするが、奴の干将・莫耶に触れた瞬間、硝子細工の様に砕け散った。そのまま、斬り裂かれるなんてことは無く、アーチャーの蹴りをモロに喰らい地面を転がる。

 

「言った筈だ。形だけの投影などと」

 

「くっ……トレース・オン!」

 

 再び、硝子細工の様に砕け散る干将・莫耶。当たり前の話だ、使える様になってからさほど時間の経ってない俺の投影と、英霊に至るまで使い込んだ奴の投影が同等な訳がない。けど、そんな事で諦められる夢じゃない。

 

「トレース・オン!」

 

 また砕かれる。考えろ、俺と奴の投影の差を。もっとだもっと、あいつの持つ干将・莫耶をいや、この世界に無数に突き刺さる剣を見ろ。形だけの投影に意味を持たせろ!

 

「……あまり私を失望させるなよ衛宮士郎。借り受けた偽物の理想など捨ててしまえ」

 

 ガキンッと音を立てて、奴の干将・莫耶が俺の干将・莫耶に切れ込みを入れその場に刺さる。硝子細工の様に砕けはしなかったが、結局俺の投影は奴に負けている。技術も足りない。なら、もっと奴と波長を合わせて──

 

 地獄を見た。

 何もかもが死に絶えた世界で、ただ一人武器を握り立ち尽くす男の姿を。

 

 そこにカケラも希望はなく、ただの作業の様に屍を積み重ねる男の姿を。

 

 誰もが怒りに顔を歪めながら、男を非難し、友だと思っていた者に裏切られ処刑台に立つ自分の姿を。

 

 果たして、この男は一度でも誰かを救えたのだろうか?人としての心を持たず、ただ闇雲に争いに加入しては人を殺していく者を同じ人間と定義して良いのだろうか。地獄とも呼べる光景を生み出し続ける者を果たして、正義の味方と言って良いのだろうか。

 

 パキンっと砕ける音が響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少し話は逸れるが、衛宮影辰という男は異常だ。どれだけ命の危機であろうと、どれだけ相手が強大であろうと、どれだけ自分がボロボロになろうと諦めるという事をしない。聖杯の泥にその身を犯されようともだ。そもそも、あの男に諦めるという機能が備わっているとは思えない。何せ、あの衛宮影辰という男は非日常を日常と受け入れている男だ。昔から非日常が当たり前、相手は格上という状況が当たり前だった男はいつの間にか、諦めるという機能が消滅していた。

 

 対して衛宮士郎はどうだ?その精神性こそ普通とはズレているが、あの大災害以降、これと言って事件に巻き込まれること無く育ってきた。日常は極々ありふれた平和なもので、武器を持ち戦わなければならない聖杯戦争は彼にとって非日常である。故に兄とは違い、諦めるという機能は備わっている。その上で、そんな資格はないと断じるのが衛宮士郎という男なのだが。

 

 だが、それでもアーチャーからいつか辿る未来を見せられ、未だに具体性に欠ける理想はその景色を否定出来なかった。膝を着き、このままずっと抱いてきた夢を諦めるのもアリかもしれない。そんな甘言が一瞬、脳裏に過ぎる。

 

『僕はね、正義の味方に憧れてた』

 

 ──綺麗だったから憧れた。全てが失われて、空っぽだったあの日に救われた衛宮士郎は、その理想に憧れた。そんな風に生きられたらどれだけ良いかと。だからあの日、少年は養父の願いを継承したのだろう。誰も傷付かない世界なんて無いと分かっている。正義の味方に救う事が出来るのは、加担した側の命だけだと。

 

 兄貴、俺はあんたみたいに賢く生きる事は出来なさそうだ。きっと、俺は目の前で誰かの命が失われそうなら、それが無関係な奴だとしても身体が動いてしまうだろうから。

 

『士郎、俺はお前の夢が何であろうと否定しない。だが、これだけは教えてくれ。お前はどんな正義の味方になりたいんだ?』

 

 もう一度、言おう。衛宮士郎は衛宮影辰と違い、諦めるという機能を失っていない。だからこそ、アーチャーとの差、いずれ辿る可能性を前に膝を着きたくなってしまった。

 

 けれど、一度諦め、砕けてしまったものをかき集め、それを再び形に出来る強さを衛宮士郎は持っていた。

 

 錬鉄に火を灯し、ただの鉄の棒を剣にする。そういう強さが衛宮士郎には備わっていた。

 

 兄貴、決めたよ。俺は正義の味方になる。切嗣の様に、数を救う訳でも、兄貴の様に一部しか守らない訳でもない。例え、おとぎ話の世界であろうと

 

「俺は、自分の手が届く人達には、笑顔でいて欲しい。そういう正義の味方に俺は、なるよ」

 

 砕けた心に熱が宿る。衛宮士郎は、その手に持つ干将・莫耶でアーチャーを吹き飛ばした。吹き飛ばされたアーチャーは、士郎の言葉に顔を歪める。何一つ分かっていないのかと。

 

「その果てにあるものを見た筈だが?」

 

「あぁ。だが、俺はお前と違う。大勢を救う為に安易な方法は取らないし、俺が選ばなかった側の命も背負ってみせる。切嗣から受け継いだ理想が間違ってるなんて思わない!例え、偽物であっても俺がそれを貫き通せば本物だ!」

 

「ッッ」

 

 偽物であっても貫き通せば本物。それは奇しくも、アーチャーが屋根上で衛宮影辰に言われた言葉と同じであった。衛宮士郎は、覚悟を持ってその言葉を口にする。その言葉が、理想に裏切られた男のものであったとしても、それは間違いなく衛宮士郎の言葉なのだから。

 

「体は剣で出来ている」

 

 今までとは比べ物にならない存在感を放つ干将・莫耶が握られる。それが指し示す答えは、アーチャーの領域に士郎が辿り着いたという事。その切っ先をアーチャーに向ける。

 

「俺がお前の様にならないか心配なら、かかってこい。その全てを背負って俺はお前の先を行く!」

 

 俺はお前にならないと宣言する士郎。その姿は先程と打って変わり、強気であり充足感に満ちていた。間違いなく、己のあり方をしっかりと定めた一人の漢がそこに立っていた。それを見て、アーチャーは自身と近いが決して交わる事のないあり方を選んだと直感で理解した。だが、それをはい、そうですかと返せるほどアーチャーは大人ではなく、また素直でもなかった。

 

「ふっ、ならばついて来れるか。俺の剣製に!」

 

「ふざけんな、お前の方がついて来やがれ!」

 

 アーチャーが背中に浮かべた剣を全て同じ様に投影する士郎。自分対自分というこの二人以外見れなさそうな戦い、いや、意地の張り合いという喧嘩は、無限に剣を投影するアーチャーに対して、同じ様に無限に剣を投影する士郎という絵面になり、全く決着の兆しを見せないまま続けられた。いつの間にか曇り空であった固有結界は晴れ渡り、暖かな陽射しが差し込んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「士郎ー?アーチャー?朝ご飯はー?ってうわっ、何してんのよ二人とも」

 

 翌日の朝。剣道場でボロボロになったまま大の字で倒れてる士郎と、何処か納得の表情を浮かべ庭を眺めているアーチャーを凛が発見した。どうやら士郎は寝ている様で、凛は声をアーチャーに近寄り、何があったのか聞く。

 

「……そうだな。ただの喧嘩さ」

 

「サーヴァントと人間が?呆れた、何やってんのよあんた」

 

「ふっ、許せ凛。私達には必要な事だったんだ」

 

 人を馬鹿にする笑みでも、自虐に満ちた笑みでもない。ただただ純粋な笑みを見せられ、凛は固まるが、相棒の何処か憑き物が落ちた様な態度に、安心して隣に座る。

 

「そ、じゃあ良いわ。あ、そうだ膝貸しなさいよ。何故か、魔力が減ってるのよ。不思議ね」

 

 見惚れる様な綺麗な笑顔で言うものだから、アーチャーは特に反論する事なく自分の膝を払う。

 

「男の硬い膝で良ければ存分に使いたまえ」

 

「ふふっ、ありがと……良かったわねアーチャー」

 

 ポンっとアーチャーの膝の上に頭を乗せる凛。確かに硬いが、これはこれで安心感があると、満足そうに目を閉じる。

 

 冬にしては心地の良い暖かさを感じる朝の出来事だった。




上手く書けてるか心配ですね……

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終わりが始まる夜

最終章スタート!


「ッッ!?」

 

 全身に寒気が走ると同時に、身体の内側が熱くなり何かが溢れでる様な感覚が駆け抜けた。訳の分からない感覚だが、俺は直感でそれを理解した。俺の体内を流れてるあの泥が、歓喜する様に祝福する様に、長い間外に出る事が出来なかった己の誕生を讃美しているのだろう。それが指し示す答えはただ一つ。

 

「クソが……サーヴァントの数足りてないだろうが。どんな裏技使いやがったあの王様」

 

 ただまぁギリギリで作戦会議は済んでいる。士郎とアーチャーが回復した後、言峰の奴から伝えられた内容からある程度の作戦を練っていた凛ちゃんと慎二君のお陰で、大所帯だと言うのに滞りなく作戦会議は進んで行った。今から向かおうと家を出た時、このクソッタレな感覚が襲って来たのだ。

 

「兄貴、大丈夫か!?」

 

 俺の異常に気がついた士郎が駆け寄ってくるのを手で制しながら、空を見るように促す。柳洞寺上空に、黒い孔が開いていた。そして、そこから少しずつだが、赤黒い液体がこぼれ落ちていく。あの下がどうなっているか正直、考えたくない。

 

「あれは……10年前に見た孔……」

 

 士郎の顔が青白くなり、驚愕に染まっていく。こりゃ、同時に嫌な記憶まで引き摺り出してるな。背中でもど突いてやろうかと思ったが、アーチャーが士郎の横を通り過ぎ、ふっと嘲笑う様な笑みを浮かべると、士郎の顔色がどんどん戻って行き戦士の顔になる。

 

「……分かってる。こんなところで俺は止まれない」

 

「ならば良い。震えてる正義の味方などその辺の犬より使えないからな」

 

「はいはい。そこいがみ合わないの。手はず通り、急いで行くわよ。どうやら、悠長にしてる時間は無さそうだからね」

 

 凛ちゃんは良いストッパーだ。士郎はああいう子に弱いからな。柳洞寺に向かうのは、イリヤと桜ちゃんを除いた全員だ、サーヴァントの居ない慎二君を連れて行くのは危険だと思うが、何やら臓硯さんが秘策を授けたらしいので彼を信じる事にする。……はぁ、悩んでたけどこの感覚がある以上は仕方ないか。あぁ、本当に仕方ない。

 

「凛ちゃん、悪いけど俺は先約を思い出した。だから、柳洞寺には一緒に行けない」

 

「……今更、貴方が逃げるとも思えないから好きにすると良いわ。独断行動は今に始まった話じゃないし」

 

 酷い言われ様である。とは言え、否定できないのも事実なんだよなぁ。

 

「あはは、まぁという訳で。みんな、行ってらっしゃい。生きて帰ってくるんだよ」

 

「当たり前よ。私を誰だと思ってるの」

 

 俺の言葉に自信満々に返す凛ちゃん。相変わらずの強気で安心するよ。

 

「桜の白無垢姿を見るまで死ぬ気はないよ僕は」

 

「兄さん!?」

 

 本当に桜ちゃんの事が好きだねぇ慎二君は。斜に構えた態度は健在だけど、うん。いい漢の目をしている。

 

「本来ならその言葉に、サーヴァントは含まれては居ないのでしょうが、貴方の事です。どうせ、私達の生存も祈っているのでしょう。任せてください。シロウやみんなを守り通し必ず戻ってきます。それが貴方の王として相応しい姿でしょうから」

 

 俺の事がよく分かってる様で嬉しいよセイバー。前回の時から色々と振り回してごめんね、本当に。でも、あなたならそれでも大丈夫だと思ったんだ。みんなを頼むよ我が王。

 

「……」

 

 ここで無言で頷くだけなのが君らしいねアーチャー。

 

「兄貴も生きて戻ってこいよ」

 

「……あぁ。頑張るよ」

 

 士郎が突き出した拳に俺の拳を合わせる。背を向けて走り出す彼らを俺達は見送る。どうか、誰一人として欠けずに戻ってきてほしいと思うのは、過ぎた願いだろうか。遠のく背中が見えなくなった辺りで、俺は桜ちゃんの方を向く。

 

「それじゃあ、悪いけど留守の間頼んだよ」

 

「はい。心配しないでください、イリヤさんや遠坂……姉さんが結界を張ってくれて居ますから」

 

「魔術の事はさっぱりだけど、それなら安心だな」

 

「はい!」

 

 背を向けて歩き出そうとして目の前にイリヤが立っていた。その顔は何かを覚悟した顔だった。

 

「カゲタツ」

 

 あぁ、なんでこの子はこんなに重いものを背負っちゃったかなぁ……俺たちが前回で聖杯を手に入られなかったからだよな。でも、手に入れたところであの汚染された聖杯じゃ、アインツベルンの悲願?ってやつもどうなっていたことか。

 

「行くのか?」

 

「えぇ。だって、私にしか出来ないことだもの」

 

 なんでそんなにさっぱりとした態度で居られるんだよ。いっそ、辛そうな顔をしてくれればこっちだって引き止められる口実に出来るのに。イリヤはまるで、何事もない様に1日の挨拶をする様な態度のままだ。

 

「……ごめんな」

 

 その姿があまりにも痛々しくて、なんの力にもなれない無力な自分が悔しくて謝罪の言葉が出た。それを聞いたイリヤは困った風に微笑みながら、俺を安心させる様に優しい声で言った。

 

「ううん。良いんだカゲタツ、あの日貴方に助けて貰ってからずっと決めてた事だから。それにね、私はカゲタツが私に死んで欲しくないって思うのと同じくらい、みんなに死んでほしくないの。リンは、負けず嫌いの癖にお節介だし、サクラは意志が弱そうに見えて凄く強いし、シンジは捻くれてるけど、優しいし、シロウは……シロウはやっぱりキリツグの息子なんだなって。何でもかんでも自分の事後回しにして、でもみんなが楽しそうにしてるのを誰よりも嬉しそうに見てて。あと、やっぱりカゲタツはお馬鹿だし」

 

「俺でオチをつけるな!どこで学んだそんな会話術……」

 

「ふふっ、内緒。私ね、そんな場所が大好きなの。一緒に過ごした時間は少ないけど、それでも冷たいあの城じゃ手に入らない暖かい思い出をくれたみんなが。だから、みんなが戻って来れる様に私が出来ることをしに行くの」

 

 そのみんなの中にはお前だって居るんだぞって言おうとして、それをイリヤが視線だけで止めてきた。そうか、もう全部理解した上で決めたんだな。全部覚悟の上で、そう決めたのならもう俺に言える事はない。

 

「……分かった。みんなを頼めるか?イリヤ」

 

「えぇ。任せてカゲタツ」

 

 ゆっくりと歩き出すイリヤの背中。叶う事なら手を伸ばして、抱き止めたい。けど、それは出来ない。俺にも行かなければならない戦場があるのだから。だから、こうしよう。

 

「イリヤ!帰ったら、また遊ぼうな!鬼ごっこでもなんでも付き合うぞ!」

 

「もう!私はそんなに小さい子供じゃないわよカゲタツ!でもそうね、久しぶりに全力の鬼ごっこでもしたいわ!!」

 

「あぁ!約束だからな、破ったら針千本な!!」

 

「それは大変ね。約束破らない様にしなくちゃ!」

 

 ただの子供の様になんのしがらみがなかったあの日の様に、遊ぶ約束をする俺とイリヤ。結ぶ事はできないけど、お互いに小指を天へと向ける。子供の約束なら、守る守らないなんて自由だし気楽に出来る。辛気臭い別れは俺とイリヤには合わないだろう。

 口約束を結んだ俺は、ゆっくりと目的地に向かって歩き出す。体内の泥が喧しいせいで、体が動かし辛い。こんなんで大丈夫か?……いや、骨折した腕抱えて、戦ったりした時に比べれば全然マシか。

 

「……誰だ?」

 

 進路方向の物陰に碌でもない奴の気配を感じ足を止める。暫く、反応がなかったので殺気を飛ばして脅しをかける。

 

「やー、怖い怖い。また、私の身体を曲げられちゃうのかなー??あれれ、でもなんだか凄く体調が悪そうだねぇー!前の身体を甚振ってくれたお礼をするチャンスかなぁ?ねー、どう思うー?」

 

「知るか……というかお前ならこうしてわざわざ現れなくてもそれくらい出来るだろう」

 

 物陰からひょっこり顔を現したのは、臓硯さんに頼まれて見回りをした時に出会った碌でなしだが、多分凄い魔術師のフランチェスカだった。薄暗い街灯しか灯りが無いというのに、どろっとした光を通さないその目はなんとも気色悪い。

 

「あっははは!その状態で凄むとかほんと、君の精神は肝が据わってるね。っとお喋りしてる時間もないんだっけ?そうだよねぇ、聖杯戦争も終点が見えてきてるもんね。ねぇ、私と取引しない?その身体の不調を取り敢えず治めてあげるよ」

 

「対価は?」

 

 利点だけ言われても決められる訳がないだろ狂人。俺が内心でそう思ったのが伝わったのか張り付いた気色の悪い笑みを更に深めるフランチェスカ。

 

「今度、私のお願いを聞く事」

 

「そんな事か。代わりに命でも要求されるかと思ったわ。良いぞ、それくらいなら」

 

 俺がそう答えるときょとんとした顔になった。なんだ、薄気味悪い笑み以外にも浮かべられるのかお前。得体の知れない奴から一本取れた様でちょっとだけ嬉しくなる。

 

「…アハ、アハハハハハハハ!私がどんな奴か理解してるのにあっさり一つ返事とか。あー、もう本当に君は面白いなぁ。君の視界で君がやってきた事は全部見てたけど、うん!期待以上だね君は。ふふふっ、ここでぐちゃぐちゃに出来ないのが残念だよ」

 

 なーんか今、プライバシーもクソもない発言が聞こえた気がするんだが?目の前で絶賛、腹を抱えて笑ってるフランチェスカを見ながら、一つ返事で了承したの失敗だったかな?なんて思う。

 

「ふぅ、笑った笑った。さてさて、ほら手を出して」

 

「あいよ」

 

 とは言え、もう遅い。ここでやっぱり止めるわ!って答える方が絶対に良くない。フランチェスカに手を差し出すと、彼女は暫く何かボソボソと呟く。一瞬、視界が揺れたが蠢いていた泥の感覚は消えていた。

 

「はーい、終わり☆君の体内と外の境界線を騙して、君の体内の泥が外を知覚出来ないようにしておいたよ。まぁー、この1日ぐらいしか保たないけどそれで十分でしょ君?」

 

「あぁ。身体がすごい楽だ。お前、凄い魔術師だったんだなやっぱり」

 

「あれれ?あの蟲使いから何も聞いてないの?」

 

「臓硯さんから?何も聞いてない。やばい奴って事ぐらいっと、雑談はここまでだな。フランチェスカ、ありがとうな。メールか何かでお願いを教えてくれ。じゃあな!」

 

 ゆっくり歩く理由がなくなったので走り出す。フランチェスカは、俺に向かって手を振り見送ってくれた。絶対に碌でもない奴だが、ああいう奴には気に入られてる限り、殺されないと経験則が告げている。だからまぁ、お願いってやつも直接俺の命に関わる事ではない筈だ。とびっきり危険なのは確かだろうけど。

 こうして、予想外に乱れていた体調をこれまた予想外の奴の手によって取り戻し俺は目的地を目指す。あの野郎がいる教会へと。

 




本格的な戦闘は次回から。
さてさて、どうなるのかお楽しみに!

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それぞれの戦いの幕開け

暫く影辰くんの出番は、無いです。


「……ふむ。漸く来たか。山門から動けぬ身ゆえ、待ちかねたぞ」

 

 柳洞寺の山門に士郎たちが到着した時、そこには和服の英霊が佇んでいた。数の不利を背負っていながら一切、気にした様子を見せず口元に笑みを携えたまま男──佐々木小次郎は、眼前の侵入者を見定める。そして、彼らの中にキャスターから聞いた風貌の人物が居ない事に些かの落胆を感じながら、口を開いた。

 

「悪いが、この山門を通す訳には行かぬ。全員でかかってくるか?無論、私が勝てる道理はないが時間は稼がせて貰うぞ。お前たちには時間がないのだろう?」

 

 佐々木小次郎は別に勝つ必要がない。山門を守護する者として、ただ時間を稼げばそれで良いのだ。事実、孔から生まれ出ようとしているモノを阻止するのが士郎達の目的なのだから。聖杯に願いなどない英霊にはうってつけの役目だ。

 

「此処は私が」

 

「おっと、待ちなセイバー」

 

 手筈通りセイバーが佐々木小次郎を引き受けようとした瞬間、背後から声がかかる。階段を登り、セイバーを追い越すのはランサーだ。言峰綺礼が貸し出すと言っておきながら作戦会議には一切、顔を出さなかったランサーがこの場に現れた。

 

「あの野郎に従うのは癪だが、こうして強い奴と本気で戦える機会を寄越したんだ。勝敗が決するまでは許してやらぁ。つう訳で、先に行きな坊主ども。此奴は、オレが引き受けてやる」

 

 ランサーは槍を構えながら、此処に至るまでの経緯を思い出す。無理やり令呪で従わせてきたあの言峰綺礼が、その縛りを解除してランサーに自由を与えていた。流石のランサーもこれには困惑し、自分に殺されるとは思わなかったのか?と問えば当然の様にあの男は言った。

 

『無論、その可能性は理解しているとも。だが、私は奴と何の憂いもなく戦いたいのだ。その時に、お前に魔力供給をしていたから負けた、などという結果は望まない。そして衛宮士郎が心配だからと奴の気が取られるのも望まない。故に、令呪でお前を自由にしギルガメッシュの元に向かわせる。私怨に駆られ、此処で私を殺すかランサー?その時は、私共々、詰まらない戦いに幕を下ろすだけだ』

 

 殺される可能性を認めた上で、自分を自由にしたのならと槍を向ける。それを言峰綺礼は避ける素振りも見せなかった。その態度にランサーは、舌打ちをしながら槍を引っ込め、背を向ける。

 

『全部が終わったら、テメェを改めて殺す事でその令呪に従ってやる』

 

 全く、何もかも気に食わないマスターだと思ってたが最後に面白い面見せやがって。と思い出した内容に小さく舌打ちをした。

 

「助かる。ランサー!」

 

 ランサーにお礼を言って、士郎達が佐々木小次郎の横を通り過ぎていく。不思議なことにそれを佐々木小次郎が妨害することはなかった。雅な笑みを浮かべランサーを真っ直ぐ見たまま見送ったのだ。

 

「随分素直じゃねぇか」

 

「なに、あの夜に本気を見せず私の剣を凌いだ男の本気、確かめずに心臓を取られる訳にも行かぬのでな」

 

「そうかよ。んじゃあ、始めようかぁ!!」

 

 生きて生還しろなどと云うふざけた令呪の縛りはもう無い。そして、目の前のサーヴァントが舐めてかかれば殺される相手だと理解している故に、ランサーは初めから本気で佐々木小次郎に襲い掛かる。ランサーのクラスの中でもずば抜けて高い敏捷性から繰り出される圧倒的な加速度は、一瞬でランサーと佐々木小次郎の間にあった距離を詰め、間合いに入った瞬間目にも止まらぬ速度で槍を突き出す。

 

「ふっ──」

 

 それを佐々木小次郎はその場から一歩も動くことなく、その余りにも長い日本刀で受け流し、両者の間に火花が散る。そのまま、返す勢いで佐々木小次郎の刀がランサーの首へと迫るが、引き戻された槍がそれを弾く。上へと弾かれた日本刀が、流れを変えそのままランサーへと振り下ろされるが後ろに飛び退きそれを避けるランサー。

 

「上を取られてるってのはやっぱり厄介だな」

 

「なに、こちらは山門から離れられぬのだ。気にするな」

 

 最終決戦に備え、キャスターから強化を掛けられている佐々木小次郎だが、元々正規の手段では呼ばれていない事に加え、ガチガチにキャスターが強化した事で更に活動範囲が縮小し、本当の意味で山門の近くでなければならなくなった。

 

「だがまぁ、そのお陰でその槍の様な宝具と打ち合ってもこの刀が歪む事はあるまいて。伝承も碌にない私では持ち得るのはこの刀と術理のみ故」

 

「それだけでサーヴァントとして成立する時点で、可笑しいんだがな!」

 

 再び加速して距離を詰めたランサーの槍を、先ほどの再現の様に弾く佐々木小次郎。弾く事に専念しているのは、単純な力比べにおいて勝てる道理がないと分かっているからだ。闇夜に、槍と刀が散らす火花が踊り狂う。未だ、互いに奥の手を見せる事はない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「凛!」

 

「分かってるわよ!」

 

 矢に見立てた剣を番えるアーチャーの元に光線が迫る。凛が宝石を投げそれを防ぐが、アーチャーがキャスターに向けて矢を放つ事はない。何故なら、葛木がアーチャーにその拳を振るった為だ。悔しげに顔を歪めながら、アーチャーが一度凛の隣へ戻る。

 

「単純だが、得意距離をそれぞれ補っていると云うのは面倒だな」

 

「そうね。しかも、あのキャスター。ずっと空を飛んでるから攻撃するにはあんたの弓じゃないと無理。あー、もう。せめてキャスターじゃなきゃ私の魔術が通じるかもしれないってのに!」

 

 凛の魔術は挨拶代わりに放ったところ、キャスターが手を翳すだけで無力化された。それだけ、現代と神代では魔術師の腕に差があるのだ。また、無言で構えている葛木も厄介だ。キャスターによって強化された彼は、サーヴァントであるアーチャーと真正面から殴り合えるほどであり、彼の暗殺拳を知っているアーチャーでも、そう易々と突破出来ない。数度の打ち合いで手の内がバレていると悟った葛木が、攻めるのではなく守りに徹しているのも理由の一つだろう。

 

 キャスターに人間だからと凛を舐めてかかる慢心は無い。そんなものは衛宮影辰にボロボロにされたあの日に捨てている。例え片手で打ち消せる程度の魔術であろうと、一切手を抜かない。万が一格闘戦を仕掛けてきても良い様に、彼女の周りには常に防御用魔術が展開されていた。

 

「(負ける事はない。けど、勝ちも遠い。あの弓兵は一体どこで宗一郎様の武術を見たのかしら。それにあのマスターも厄介ね。隙あれば宗一郎様を狙おうとしている。そのせいで弓兵に集中できない)」

 

 だが、状況がキャスター有利かと言えばそうではない。キャスター自身も気が付いている通り、アーチャーを暗殺拳で早々に殺す事は出来ず、マスターである凛も魔力を蓄える宝石魔術の恩恵によって、守りであればキャスターの攻撃をギリギリで防いでいる。魔術に対して一切の抵抗力を持たない葛木も守らなければならないキャスターにとっては、それが中々にキツい。

 

 キャスター陣営もアーチャー陣営も勝利するための手段はあるが、どちらも発動させるまでに時間がかかる為、その手段を取れない。それが今の膠着状態を生み出しているのだった。守らなければならないものを放棄すれば、その均衡は容易く崩れるだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 柳洞寺に入ってもギルガメッシュは居なかった。士郎、慎二、セイバーの三人は手分けをして探すが、やはり姿はない。アーチャー達が戦ってる音を聞きながら、思考の海に潜っていた慎二がある事を思い出した。此処、柳洞寺がある山。円蔵山の地下に大聖杯が設置されている事を。これを慎二が告げると、セイバーが地面に向け魔力放出で穴を開け二人を連れて、飛び降りた。

 

「ん?随分と雑な方法で来たではないか。そうまでして、我に会いたかったかセイバー?」

 

「誰が貴方なんかと会いたいと思いますか」

 

「クックッ、素直になれない愛い奴よ」

 

 無敵かこの男。平坦な声で明らかに照れてる要素などないセイバーの言葉を、自分に都合の良い方向に判断するギルガメッシュ。そんな彼の背には光り輝く大聖杯が設置されていた。

 

「……ふむ。やはり影辰はこの場に居ないか。であれば、今頃言峰の所に向かったか。全く、奴への褒美を用意していると云うのに我の所に来ないとは。つくづく不敬よな」

 

 言葉の割にとても楽しそうな顔のギルガメッシュ。王様などと呼びながら、ただの一度も自分に恭順していないあの男を思い浮かべ、やはりこうなったかと納得していた。

 

「仕方あるまい。セイバーとの婚儀を済ませたら、我自ら迎えに行ってやるとしよう」

 

 ポケットに手を入れたまま、ギルガメッシュは大量の宝具をセイバー達に向ける。

 

「喜べ、雑種ども。今宵の我は気分が良い、故に苦痛を与える事なくその生を終わらせてやろう!」

 

「偉そうに勝手に決めてんじゃねぇ!」

 

 士郎が全ての宝具に目を通す。瞬間、ギルガメッシュが展開しているものと全く同じ宝具群が士郎の背後に展開された。それらを不愉快そうに眺めるギルガメッシュ。

 

「ふん。贋作か、小癪な真似をしおって」

 

「得意の戦術を潰されるのはそんなに不満ですか英雄王」

 

 セイバーが一歩前に出て不可視の聖剣を構える。それを見て、ギルガメッシュは蔵から双剣を取り出し手に取った。その双剣は『終末剣エンキ』と呼ばれる宝具だ。かつての戦いでは一度も見せなかったギルガメッシュ自身が武器を取る姿をセイバーは予想しておらず、驚く。そんなセイバーに笑みを浮かべながら、ギルガメッシュは眼前の敵に向けて宣言する。

 

「フハハハ!この程度で勝ったつもりなど片腹痛いわ!!良かろう、偶には王自ら戦に臨むものだ。魅せてみるが良い雑種ども。貴様らが、あの男同様に生きる価値があるかどうか!」

 

 黄金の鎧を身に纏い、セイバーに向ける殺気と同様のものを士郎達にもぶつける。

 

「恨むぞ……兄貴」

 

「全くだよ……!これ絶対、あの人のせいで難易度上がってるよね!」

 

 それでも膝をつかない二人。確かに英雄王が放つ殺気は恐ろしく、気を抜けばそれだけで意識を手放してしまうだろう。だが、それは出来ない。夢のために、大切な人を守るために、憧れたあの背に少しでも近づくために。戦う前から生を放棄するなどという愚は犯さない。──戦いは未だ、始まったばかりだ。

 




佐々木小次郎VSランサー

アーチャー陣営VSキャスター陣営

セイバー陣営+慎二VSギルガメッシュ

それぞれの戦いを次回から書いていきます。

感想・批判お待ちしています。


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月下の死闘

佐々木小次郎とクー・フーリンの戦いの行く末は如何に


 月下の下、火花が二人の男を照らす。

 片方は、野生溢れるその顔に犬歯を剥き出しにした獰猛な笑みを浮かべ、決して広くない柳洞寺山門の空間をその敏捷を活かし、縦横無尽に駆け巡り槍を振う戦士。それに対し、整った綺麗な顔に薄く笑みを浮かべながら対称的にその場から殆ど動かず、扱いづらいであろう長すぎる日本刀を用いて四方八方から振るわれる槍を弾いていく剣士。

 

「どうした、そろそろ私の目もお前の速度に慣れる頃合いだが、未だ心の臓は脈打っているぞ?」

 

「はっ、抜かせ!守ってばっかりじゃねぇか!」

 

 刃を打ち合わせた回数は20を数え、剣士──佐々木小次郎は戦士の動きに目が慣れ始めていた。元より、空を自在に飛ぶツバメを斬ろうと考える男だ。縦横無尽に動き回る相手を捉える目は生前から肥えている。

 

 ーーされど、攻めきれぬはこの男が私より圧倒的に戦い慣れているからかーー

 

 佐々木小次郎とて、戦士に隙があればその首を落とそうと刀を振るっている。だが、それらは全て紙一重で避けられるか槍によって始点を潰されるなどして成果を得ることは出来ていない。今こうしている瞬間にも、取れると確信し首へと振るった刀が下から殴られる事で逸らされ、髪を数本散らすだけとなった。これにより佐々木小次郎は確信した。技量においては己が優っているが、それらを含めた総合的な戦いのセンス。それは今目の前の戦士の方が優っていると。

 

「ふっ……だからこそ滾るというものよなぁ」

 

 飄々とした雰囲気のまま、佐々木小次郎はその身に闘志を滾らせ、大きく戦士の槍を弾く。止まっていたままの足を動かし距離を詰めながら刀を振るう。守ってばかりだった剣士がいきなり攻勢に出たことに驚きながら、戦士──クー・フーリンは突き出された刀を槍で打ち払う。突き、斬る、払う。大凡槍が行える戦い方を高次元で納めているクー・フーリンは、例え生前では一度も見なかった武具であろうと対応してみせた。そして、目の前の剣士が技量こそあれ、戦い慣れしている訳ではない事も早々に見抜いていた。多くの戦でその武勲を立てたクー・フーリンは、剣士から漂う独特の新兵の様な不慣れさの気配を感じ取っていたのだ。

 

 よっぽどあの兄ちゃんの方が場数は踏んでるな。と、刀を弾き槍を突き出すと即座に距離を取る剣士を見ながら、クー・フーリンは思い、背筋に薄ら寒いものが走る。もしも、この剣士が戦いというものをよく知っていたら、自分の首は今こうして繋がっている事はあり得ないだろうと。

 

 ーーこいつは、使えるもん全部使わねぇとオレが不味いなーー

 

 間合いを互いに計りながら睨み合う。クー・フーリンの速さに慣れたという剣士の言葉に嘘はなく、数分前なら虚を突けていた奇襲じみた動きは最早、完全に見切られている。そして、徐々に剣士から新兵の様な雰囲気は薄れ始めている。クー・フーリンとの戦いで戦いというものを知った為、確実に無駄が削ぎ落とされてきているのだ。

 

「良いぜ、使ってやるよ。その方がもっと楽しめそうだ」

 

「ほぅ。ここまで手を抜かれていたという訳か」

 

「ちげぇよ。ただの好みの問題だ。だが、お前はオレの全てをぶつけるに値する敵の様だからな!」

 

 その言葉に思わず笑みが溢れる佐々木小次郎。目の前で槍を構える、間違いなく強者であるクー・フーリンに強者と認められた事が堪らなく嬉しく、またそれがより一層闘志を滾らせる。全てをぶつけてくると言うのなら、あっさりやられて落胆されぬ様にと。その何処までも真っ直ぐ澄んだ闘志をぶつけられて、クー・フーリンはこの退屈な戦争に応じた甲斐があったと思えた。

 

「いくぞ、剣士ぃ!」

 

「来い!戦士」

 

 クー・フーリンが駆けると同時に、槍から火が噴き出し佐々木小次郎を襲う。もう一つの手段が魔術だと思っていなかった佐々木小次郎は、完全に虚を突かれ、不必要に大きくその攻撃を避けてしまう。当然、それを見逃すクー・フーリンではなく、重心が乱れた状態で着地した佐々木小次郎へと槍を突き出す。

 

「やるじゃねぇか」

 

 槍は心臓を穿つーーなんて、事はなく槍と身体の間に刀の鞘が割り込んでいた。槍による一撃を避けられないと悟った佐々木小次郎は、空中で背中に背負っている鞘に手を伸ばし、詰めてくる刹那の間に動かしていた。クー・フーリンなら心臓を狙うという判断と、不利を即座に理解して最善の立て直しを計る。それは、既に戦いを知らない新兵が取れる動きではなかった。

 

 片手という力の乗らない状態で一呼吸の間に、二閃。クー・フーリンに刀が振るわれる。このまま鞘という守るには適していないものを砕き、心臓を貫くことを諦め、距離をとる。物干し竿と呼ばれる長すぎる刀は、避ける為にどうしても佐々木小次郎の技量も相まって距離を取るしかなく、その度に状況がリセットされてしまう。

 

「まさか妖術いや、魔術と言うのが正しいのか?お前がその類を使えるとはな」

 

「師匠に叩かれながら覚えたからな。まっ、あんまし趣味じゃないんだが」

 

「なるほど。良い師匠に巡り会えたのだな」

 

「……あー、うん。良い師匠なのは間違いねぇな。死ぬほどスパルタだが」

 

 修行の日々を思い出したのか戦いの最中だというのに顔を青くするクー・フーリン。そんな彼を見ながら、どこか羨ましそうにする佐々木小次郎。彼にも師匠はいるが、技を直接教わった事はただの一度もない。最初に見た演舞、それだけを何度も何度も思い返しながら得た我流でこの頂に立っている彼は、師弟というものに一抹の憧れを持っているのかもしれない。

 

「さて、話も良いがそろそろ戦うとしよう」

 

 それも一瞬のことであり、佐々木小次郎は元の飄々とした態度に戻り刀を構える。例え憧れようとも、それは遠い過去のこと。今のこの至福の時間には一切、関係のないことだ。

 

「おう。お前のそういうところ嫌いじゃないぜ」

 

 応じる様にクー・フーリンも槍を構える。全てが溶け込んでしまいそうな静寂の中、両雄は睨み合う。永遠に続くと思われた時間は、山門の奥、柳洞寺から轟音が響き渡る事で終わりを告げた。その音を合図に、ルーン魔術により更に速度を上げたクー・フーリンが佐々木小次郎へと飛びかかる。肉を潰す音が聞こえるわけもなく、避けた佐々木小次郎の刀が槍を叩きつけたクー・フーリンへと迫るが、一度槍を手放し上半身を逸らす事で、その一閃を避けてみせた。

 

 槍を手放したクー・フーリンへと追撃しようと佐々木小次郎が刀を引き戻し振り下ろそうとするが、刀の下から勢いよく槍が当たり阻止される。器用に足元の槍を蹴り上げ、追撃を阻止し槍を手元に戻したクー・フーリン。横凪に槍を振るい、佐々木小次郎を吹き飛ばそうとするが身軽に飛び上がり身体を捻ってそれを避ける。着地点にルーン魔術で生み出された太い植物の根が2本襲い掛かるが、それを一閃で斬り伏せ、何事も無かった様に着地した。そして、今度は佐々木小次郎を挟む様に植物の根が左右から襲いかかり、中央からはクー・フーリンが槍を構えて突撃してくる。同時に三方向からの攻撃。根を防げば、槍に。槍を防げば根にやられるだろう。

 

「ここが使い所か」

 

 半身になり、自身の首元近くまで物干し竿を引き絞る。今までとは違い、何かしらの意図がある構えを見せた。それを警戒するが、構わず走るクー・フーリン。

 

 ーー秘策があるのなら魅せてみなーー

 

「秘剣、燕返し」

 

 かつて、空を自由に飛び回るツバメを刀一本で斬ろうと考えた男がいた。だが、相手は空を自由に飛び回り、振るった刀が起こす空気の流れを読み容易く避けてしまった。さて、どうするべきか考えながら、それでも時間は腐るほどあった男は、ただツバメを斬るという一念で刀を振い続けた。そして、その剣は魔法の域へと到達した。

 

 クー・フーリンの目には『全くの同時』に振るわれる3本の太刀筋が見えていた。そして、それらは根を両断しながらクー・フーリンを剣戟の檻に閉じ込めた。攻勢に出ていた筈なのに、一瞬でクー・フーリンは追い詰められた。

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 もし、持っている武器が槍でなければクー・フーリンは迫る剣戟の檻に斬り裂かれていただろう。驚異的な反射神経で引き戻された槍は棒高跳びの様にクー・フーリンを持ち上げ、その槍を斜めにする事で3本の内、2本を防ぐ。だが、残る1本はどうする事も出来ない。可能な限り致命傷を避け、剣戟の檻から抜け出したクー・フーリン。その左腕は斬り飛ばされていた。

 

「これでも命を絶てぬとはな。驚いたぞ、戦士」

 

「クー・フーリンだ」

 

 片腕を失ってもなお闘志は衰えず、寧ろ強くなっているクー・フーリンが真名を告げる。これほどの相手を前にして、そういやずっと隠してたなと今更思い出した様だ。

 

「クー・フーリン殿。私は……本来、名など無いが、この身は佐々木小次郎と呼ばれている」

 

「そうか。んじゃあ、佐々木小次郎。もう一度、構えな。オレも宝具を使うからよ」

 

「なるほど。そういう趣か、良いだろう。その申し出を受けようか」

 

 再び、燕返しの構えを取る佐々木小次郎と、片腕が無いため少し不恰好だが槍に魔力を走らせ、構えるクー・フーリン。

 

「秘剣」

 

「ゲイ・」

 

「「燕返し/ボルグ!!」」

 

 全くの同時に振るわれる剣と、因果逆転の呪いの朱槍が眼前の敵を殺さんと雄叫びをあげた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 残された刀と槍、そして暗闇を照らす月だけが結末を知っている。

 

 




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葛木宗一郎という男

この小説での一番可哀想なのは、全然出番がないアーチャー陣営かもしれないと思う今日この頃。
戦闘のせの字が薄らとあるアーチャー陣営VSキャスター陣営回。


 初めてあの男と出会ったのは、私が暗殺組織から逃亡し穂群原学園で教鞭を取るようになった日だった。警備員として、朝から生徒達が来るのを見守っている明らかに浮世離れした血生臭い雰囲気の男。私は、当初、組織からの追手かと思っていたが私を警戒する素振りこそあれ、襲ってくる事はただの一度もなかった。

 

「少し、時間をもらってもいいだろうか?」

 

「えぇ。良いですよ、何か俺に用事ですか葛木先生」

 

 だから、生徒会関連で遅くなったあの日、私は衛宮影辰へと声をかけた。もし、この男が何かを企んでいてそれが生徒達に被害を齎すものなら、教師である私が対処しなければならない。そう感じたからだ。だが、結果的にそれは杞憂で終わった。私が彼の雰囲気について問えば、警戒していた気配を霧散させて答えた。

 

「あー……やっぱり葛木先生ぐらいの手練れならバレますよね。隠す事は望んでないと思いますので全部言ってしまうと、俺の両手は血に染まってます。誰に強制された訳でもなく、俺が正しいと思って自分からやった事です。けど、今此処で警備員をしている俺はこの力で生徒を守れれば良いと考えてます。葛木先生もそうでしょう?」

 

 私を見る彼の目はとても真っ直ぐで言葉に嘘偽りが無い事を告げていた。だからこそ、私は迷った。確かに彼を呼び止めたのは、生徒を心配してのことだ。だが、それは教師という役職であるが故だ。望みのない私が、本当に心の底からそう思ったのかが分からない。ならば、教師として答えることにしようと結論を出した。

 

「……そうですね。私も同じです」

 

「それは良かった!では、俺はこれで失礼します。お互い、形は違えど生徒の為に頑張りましょう」

 

 頭を下げて衛宮影辰は去って行く。ただそれだけなのに一部の隙も見えない辺り、やはり只者では無い。

 

「たとえ、血に濡れようとも守りたいと願う……」

 

 贖罪として余生を生きている私とは違う考え方だ。彼の様な生き方があるなど考えたこともなかった。何故なら、私に何かを望むなどという人らしい感情など無かったのだから。

 

 

 そんな、朽ち果てた心に一つの疑問が訪れた。それは本来なら出会うことのない人間と出会ったからだろうか。元々、心の奥底に眠っていたものに偶々気がついたのか。それは神にだって分からないだろう。それでも、その疑問は確かに男の思考を乱したのだ。

 

ーー何故、教師として生徒を守る。それを当たり前だと思ったのかーー

 

「……スター!!マスター!!起きてください、宗一郎!!」

 

「キャスター……」

 

 空を飛んでいた筈の背中が私の目の前にあった。何故?と思うと同時に、背中に痛みが走る。周囲を見渡せば、どうやら私は柳洞寺の外壁に勢いよくぶつかりその痛みで意識を飛ばしていたと理解した。徐々に記憶が戻ってくる。アーチャーとそのマスターと戦っている時に突如地面が揺れ、運悪くそれでバランスを崩した私は、アーチャーから蹴りを貰い吹き飛んだ。

 

「良かった!目を覚ましたのですね」

 

 安心した声を出しキャスターが結界を維持したままチラリと私を見る。思えば、彼女に出会わなければ、私はこうして戦いの場に立つ事もなく枯れ果てていただろう。あの夜、明らかに不審者である彼女を助け、自分には理解することも必要もない聖杯戦争の話を聞き、彼女へ協力する事を決めた。使い道が無くなった道具として、ただ朽ちていくと決めていた私が差し出された彼女の手を取った。

 

「宗一郎様?」

 

 立ち上がらずじっと見ている私を不思議に思ったのだろう。顔を隠しているローブの下に目を丸くしている彼女の顔が頭に思い浮かぶ。それほどまでに私は、この女に入れ込んでいた。そうだ、衛宮影辰に彼女がボロボロにされるのを見て、柄にもなく怒りを抱いた。何も望まないと決めたというのに。

 

「……あぁ、そうか」

 

 あの日の疑問も、キャスターに此処まで力を貸す理由も漸く思い至った。贖罪でも、義務でもない。

 

「アーチャー!あれ、破って!!」

 

 アーチャーが矢を構え、放つ。それをキャスターの結界は止めるが、徐々にヒビが入っていく。必死にキャスターがそのヒビを埋めて行くが、私が気絶している間も攻撃を受け続けた結界の限界は近いらしく、苦悶の声をあげるキャスターに諦めの色が少しずつ混じり始めていた。

 

「キャスター。拳の強化を頼む」

 

 立ち上がり、彼女の前に立つ。すぐ目の前で矢と結界が火花を散らしていた。だが、私の心に恐怖は一つもない。漸く、私の願いに気がつきそれを活かせる時なのだ。かつてないほどの充足感が身を包んでいる。

 

ーー私は、誰かの為になりたかったのだーー

 

「無茶です宗一郎様!!」

 

「信じろ」

 

 言葉を尽くすと云うのは得意ではない。それは求められてこなかったからだ。故に態度で示す。拳を構え、キャスターの強化を待つ。

 

「……分かりました。マスター」

 

 全身に力が満ち、拳が暖かいもので包まれる。どうやらキャスターは言葉足らずの私を信じてくれた様だ。そして、キャスターが私の強化に魔力を使った事により僅かな拮抗を保っていた結界は崩れ去り矢が飛来する。

 

「──ふっ!」

 

 正面ではなく、側面を殴る。飛んでくる矢を弾くなど初めての経験だ。そもそも、暗殺拳にそんな事は求められていない。だが、それでもやるしかあるまい。キャスターを死なせない為にも、此処で私が踏ん張るしかないのだ。

 

 全力で奮った右手が矢の側面に触れる。瞬間、激痛が走るが無視し吹き飛ばされそうになる身体を両脚が支える。激痛が走る腕を全力で振るって、矢を弾き飛ばす。右手があらぬ方向に曲がっているがこの程度で守れるのなら何も問題はない。

 

「なっ!」

 

「……サーヴァントの攻撃を正面から防ぐ奴が、アレの他にもいるとはな」

 

「なに、あの男に比べれば私は長い時間をかけて、漸く願いに気がつく程度の愚か者だ」

 

 何も空虚に生きることが贖罪の全てではない。殺人は間違いなく悪だ。それを実行した私も同じく悪だろう。だが、それを良しとしたのは他でもない私だ。いずれ、あの日奪ってしまった命には謝る必要があると今なら思える。この命が潰える時にそれを果たせるのなら、せめて私はキャスターの願いを叶えてから逝きたい。

 

「それでも、私はキャスターの願いを叶えたい。故に此処は譲れない」

 

 治癒の魔術で動く様になった右腕の動きを確認しながら構える。それに対応する為にアーチャーも白黒の剣を構え、睨み合う。

 

「アーチャー!分かってると思うけど、無力化が目的よ。決して殺さないで!あの孔がこれ以上広がるのは避けたいわ」

 

「分かっている。とは言え、手を抜けばこちらが首を飛ばされそうだがな」

 

 アーチャーと私の拳が交わろうかという瞬間、再び地面が揺れる。今度はバランスを崩さずに耐えたが、急に足元の感覚が消える。どうやら穴が空いた様だ。しかも、私達の真下にだ。

 

「宗一郎様!!」

 

「凛!」

 

 サーヴァントに庇われながら私達は落下する。そこで私達は目撃することになる。自分達が逆立ちしても勝てる未来が見えない規格外と称するしかない戦いを。




殺そうとしないアーチャー陣営との戦いだと相性もあって、千日手になりそうだなって思ってこんな形になりました。誰だよ主人公の出番ないとか言った奴。回想で出てきてるやん。

次回はセイバー陣営+慎二VSギルガメッシュ回だと思います。

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英雄王に示せ

少々体調を崩していましたが、復活しました。今回は、VS英雄王です。長いです!!


「フハハハハ!!足掻いてみせよ、雑種!」

 

 黄金の波紋が開かれその数、実に100以上。それら全てを完璧に投影するには今の、衛宮士郎の技術では足りない。故に、ギルガメッシュが展開した宝具その全てに目を通し、その中からより優れた物を選び取り自身の背後に投影したがその数は、10にも満たない。彼一人では、圧倒的な物量の差の前に無様な屍を晒すだけだろう。

 

「セイバー!!」

 

「お任せを」

 

 だが、彼は一人ではない。最優の騎士が駆ける。筋力ではない魔力の放出により地面を滑る様に、素早くギルガメッシュへと向かっていく。その迎撃に100の宝具の半分が使われるが、それらは全て不可視の聖剣に纏っていた風を解除することで、より圧倒的な速度に至ったセイバーには当たらない。ギルガメッシュの圧倒的な宝具による物量は、確かに強い。だが、鍛えられた技術ではない為に相手の行動を読み、放たれている訳ではない。故に接触より早く、ギルガメッシュの認識より速く駆け抜けてしまえば放たれた宝具はただ、地面に打ち捨てられるだけだ。

 

「はぁぁ!」

 

「ふっ、甘いわ!」

 

 上から振り下ろされた聖剣はギルガメッシュが手に持つ二刀で受け止められる。直後、セイバーの聖剣からジェット機のエンジンの様な音を立てながら、吹き出す。本来のマスターである士郎ではとても賄えきれない魔力放出。それを可能にしているのには理由がある。

 

『セイバーさん。私が魔力供給を担当します。そうすれば、遠慮なく戦えますよね』

 

 ライダーが敗北した日、彼女のマスターであった間桐兄妹は安全を求め、衛宮家に転がり込む事になった。兄である慎二は桜を聖杯戦争に関わらせたくなかったが、我儘を言うことを覚えた桜は想い人である士郎の力になりたいと隠さずに慎二に告げ、暫くの口論の後見事に了承させた。可能な限り妹の安全を守りたかった慎二は、過去に読んでいた書物の中から令呪に関する記述を思い出し、契約の分担を士郎と桜に教えたのだ。

 

 そこからは話が早く進み、魔術を使えないが知識のある慎二と、魔術師として底知れぬ資質を持つ凛が令呪の仕組みを解き明かし、令呪を士郎に宿したまま魔力供給先を桜に見事変更させていたのだ。

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

「くっ、流石に単純な力比べは分が悪いか」

 

 違う霊基で呼ばれていれば真っ向から競い合う事も出来たかもしれないが、今のギルガメッシュでは魔力放出を行うセイバーの剣を受け止め続けるのは不可能だった。故に、真っ向から競い合う気などギルガメッシュには全くと言って良いほど無い。そもそも、二刀流は本来、攻めるより守りの方が優れているのだから。ぶつけ合っていた刀身を傾け、セイバーの剣を綺麗に受け流す。そこには、王ではなく戦士として培った確かな技量が存在していた。

 

 逸された力が音を立ててギルガメッシュのすぐ横の地面を砕く。剣が逸され、生まれた隙間にギルガメッシュが蹴りを入れるが、籠手でそれを防ぎ両者の距離が互いの刀身の少し外へと離れた。

 

「この距離であれば、貴方が宝具を放つより早く私の剣が貴方を貫きます。英雄王」

 

「ふっ、その様な無粋な真似はせんよ。しかし、良いのか騎士王?お前のマスターは、我の宝具を凌ぐのすらやっとの様だが」

 

 驚く事にセイバーと戦いながら、ギルガメッシュは残り50の宝具を士郎と慎二へと放っていた。セイバーがチラリと視線を向けると、切り傷を作りながらも立っている士郎とその後ろで、彼が投影した剣を持ち同じく切り傷が身体中にある慎二が立っていた。

 

「一度凌いだ事は評価しても良いが、足りんな。影辰は、倍の数を放たれてもなお無傷だったぞ。その手に小聖杯の器を抱えながらな。それがどうだ?贋作を作りながら、二人がかりでなお、傷を負っている。あと何度攻撃を防げる?」

 

 今でも鮮明に思い出せるあの日の情景。ただの人間が、ボロボロになりながらも自らに一矢報いた勇姿。あの時間はギルガメッシュを存分に楽しませた。宝物庫の奥深に眠り、滅多に使わないエアを抜いたところからもそれは分かるだろう。だからこそ、あの男の弟という雑種には期待した。同様に自らも楽しませてくれるだろうと。だが、現実はどうだ?たった一度の攻撃を凌ぐのすらやっとではないか。

 

 その落胆とも言える言葉と表情を見ながら士郎は笑みを浮かべた。開幕の一撃、それさえ防げればそれで良かったのだ。

 

「……体は剣で出来ている」

 

 詠唱を開始しながら士郎は兄の言葉を思い出す。

 

『王様はめちゃくちゃに強い。ここにいる奴らが束になっても勝ち目は薄いだろう。けど、あの人には余りにも大きすぎる欠点がある』

 

 兄貴が言った通りだった。無限にすら思える宝具は確かに強い。選りすぐりを投影したけど、全然保たずに体で受ける事も考慮しながら弾かなければならなかった。それでも、士郎と慎二はまだ生きている。あの英雄王の攻撃を受けてなお、五体満足で生きていた。

 

「血潮は鉄で、心は硝子。幾たびの戦場を超えて不敗。ただの一度も敗走はなく、ただの一度の勝利もなし」

 

 何かを察知したギルガメッシュが宝具を放とうとするが、そこにすかさずセイバーが斬り込む。それに対処しなければならないギルガメッシュは、狙いを定めて士郎に向け宝具を放つ余裕はない。

 

「故に担い手はここに一人。剣の丘で鉄を鍛つ。ならば、その生涯の果てに意味は生まれ」

 

『あの王様は、絶対であるが故に慢心する。特に、評価に値しない雑種だと分かればな』

 

 王の慢心を誘うために奥の手を先に使わず、一回攻撃を死ぬ気で凌ぐ必要があった。見事、策は通り今のギルガメッシュに士郎の固有結界の展開を阻止する余裕はない。

 

「この体は、無限の剣で出来ていた!!」

 

 詠唱が完了し、士郎の心象世界が現実世界を塗り替える。どこまでも吹き抜ける雲一つない綺麗な青空、頬を撫でる風は優しくまるで、晴れた日の草原に立ってる様な気にすらなってくる。だが、地面には草木はなく代わりに無数の剣が突き刺さっていた。争いのない世界を望みながらも、現実はそう優しくないと理解した士郎の心象世界は、優しくけれど敵対者には容赦が無い。

 

「……ほぅ。固有結界か、面白いタネを仕込んだものだな雑種」

 

 ギルガメッシュはいつの間にか自身の目の前にセイバーと並び立つ士郎を見る。白黒の二対の剣を握る士郎は圧のあるその視線を真っ直ぐ見つめ、セイバーと共に構える。サーヴァントと共に白兵戦を行うその姿にギルガメッシュは、真紅の瞳を細め興味深そうに見て気がつく。雑種が一人足りないと。

 

「慎二は向こうに置いてきた。俺一人じゃ、お前の攻撃を防げないかもしれないから連れてきただけだしな」

 

「そうか。まぁ良い。では、裁定の時だ。いくぞ、セイバー。そして、フェイカーよ」

 

 ギルガメッシュが黄金の波紋を生成しながら、二刀を構える。セイバーと士郎を取り囲む様に展開された波紋から、宝具が顔を覗かせれば士郎の固有結界にある宝具達がどこからともなく、飛来しその全てを叩き落とす。贋作である士郎の宝具達は砕けていくが、ギルガメッシュの最も使い勝手のいい攻撃手段を完全に潰し、士郎とセイバーが左右から同時にギルガメッシュへと斬りかかる。

 

「……舐めるなよ。この我を」

 

 息の合った同時攻撃という幾ら二刀流でも防ぎきれない連携攻撃。士郎の固有結界によって宝具の波状攻撃を防げなくなったギルガメッシュに、打つ手は無いかと思われた。だが、この程度で死んでいれば原初の英雄などと彼は呼ばれていない。新たに開かれた波紋から、勢いよく鎖が飛び出し士郎へと襲い掛かる。彼が信頼する宝具、天の鎖である。まるで意志を持っているかの如く、縦横無尽に動き回り士郎が弾いたとしてもまた舞い戻り襲い掛かる。

 

 そこから視線を移し自身の首元にまで迫っていたセイバーの剣を二刀で器用に弾く。その一撃は先ほどより軽く、魔力放出をしていないのは士郎を気遣っての事のだろう。優しいが故にそれが隙となった。焼き回しの様に再びセイバーを蹴り、今度は自らセイバーに斬りかかるが、そこに士郎が自らの意思で動かした剣が何本も降り注ぎ、ギルガメッシュの動きを止める。

 

「はぁぁぁ!」

 

 そして足を止めたギルガメッシュの元に天の鎖を掻い潜った士郎が斬りかかる。神性などカケラもない士郎に対しては天の鎖の動きも悪く、抜け出せた。だが、人間の筋力でサーヴァントの筋力に勝てる訳がなく降り注ぐ剣を避け続けるギルガメッシュの片手で、防がれ弾き飛ばされる。地面を転がりながら、士郎は空いた両手に再び白黒の剣──干将・莫耶を投影し、ギルガメッシュへと投擲する。当然、真正面から投げられたソレは簡単に弾かれる。

 

 そして、空中で回転したまま不自然に停止し再びギルガメッシュへと襲い掛かる。4本の剣戟となって。

 

「セイバーぁぁぁ!!」

 

 ギルガメッシュに簡単に防がれ、地面を転がりながら士郎は最初に投影した干将・莫耶を投擲していたのだ。そして、互いに引き寄せる性質を持つこの剣は、もちろん後から投げられた干将・莫耶とも引き寄せる。結果として、左右からギルガメッシュを挟む様に干将・莫耶は互いを引き寄せていた。そこに背後からセイバーが斬りかかり、正面からは士郎が別の剣を投影し斬りかかるという合計四方向からの攻撃だ。

 

「「はぁぁぁぁ!!」」

 

 今度こそ届くという確信を持ってセイバーと士郎はギルガメッシュへと走る。

 

 

 その、連携を、策を、決死の覚悟を、原初の英雄は賞賛し、それでも届かぬ輝きがこの世界にはあると示す。

 

「ふっ、フハハハハハ!!大した策だ。だがな、騎士王にフェイカー。素直に貴様らにこの首をくれてやるほど我は甘くないぞ?」

 

ーー起きよ、エアーー

 

 ギルガメッシュを中心に赤い渦が全てを飲み込んでいく。飛来していた4本の干将・莫耶は渦にあたると同時に粉々に砕け散り、やがてその渦は士郎とセイバーを飲み込もうとしていた。魔力放出で、あり得ない挙動をしながらセイバーが士郎を抱き抱えギルガメッシュから離れる。そして、ギルガメッシュを中心に世界は壊れていく。

 

「乖離剣エア。まさか、一度の聖杯戦争で二度も抜く時がくるとはな。流石の我も予想していなかったぞ」

 

 渦の中から士郎をもってしても鑑定できない宝具を手にしたギルガメッシュが現れる。身に纏っていた黄金の鎧を上半身だけ解除し、その美しい肉体を顕にしていた。

 

「ッッ!!セイバー、令呪をもって命じる、宝具を放て!!」

 

「良い選択ですシロウ!」

 

 目の前の英雄王から感じる圧倒的な重圧感から士郎は令呪を使って、セイバーに宝具の使用を命じる。そうしなければ死ぬと、本能が教えていたからだ。それでも全身の震えは止まらない。濃密すぎる死の気配が士郎を包んでいた。そんな士郎を安心させる様に、黄金の輝きが顕現する。

 

 かつて、その輝きを一人のホムンクルスはこう表現した。

 

『輝ける彼の剣こそは

過去・現在・未来を通じ戦場に散ってゆく全ての兵たちが今際の際に懐く、哀しくも尊き夢』

 

 正しくその通りだ。悲しくも尊きこの輝きは絶望の中でこそ、その真価を発揮する。相対する渦に向けてセイバーは、両手で聖剣を掴み天へと掲げる。

 

約束された勝利の剣(エクス……カリバァァ!!)

 

 それに応じる様にギルガメッシュが、エアを構える。今なお、士郎の固有結界を破壊しながらうねる赤い渦が一点へと収束していく。正しく世界を斬り裂くその渦は、圧倒的な破壊力をもって聖剣の輝きへと放たれる。

 

天地乖離す開闢の星(エヌマ・エリシュ)

 

 安心感すら覚える輝きと全てを飲み込み破壊する渦が両者の中央でぶつかり合う。その余波はただでさえ、崩壊していた士郎の固有結界をさらに壊していく。そして、固有結界が消失すると同時に、圧倒的なエネルギーは、爆ぜて両者を吹き飛ばした。消えていく固有結界が放出されたエネルギーの何割かを受け持ったが、抑えきれないエネルギーは、現実世界で放出され大空洞の一部を崩落させた。この程度で済んだだけマシだと言えるだろう。

 

「ぐっ……」

 

 セイバーが膝をつく。規格外の威力を誇る宝具のぶつかり合いは、僅かにギルガメッシュが勝利し打ち消せなかった余波がセイバーを襲ったのだ。魔力消費の激しい宝具を使ったことで、減った魔力を急ぎ桜から吸収し、傷を治すセイバー。しかし、幾ら桜と言えど、全て賄うのは難しく後一度、全力で撃てるかどうかと言った具合だ。

 

「「セイバー!!」」

 

 膝をつくセイバーに士郎と、そして崩落と共に落ちてきたアーチャーが声をかけると、同時にギルガメッシュが立っていた方向から数えきれないほど沢山の宝具が顔を覗かせ、放たれる。上半身に僅かばかりの傷があるギルガメッシュが、全てを終わらせようと圧倒的な物量でセイバー達を押し潰そうとしていたのだ。

 

「「熾天覆う七つの円環!!(ロー・アイアス)」」

 

 先ず、先んじて走り出していた士郎がセイバーの前に立ち、4枚の花弁が展開される。次にアーチャーが、大きく一枚の花弁を展開し、自身のマスターである凛、かつての友人慎二、そして先ほどまで敵対していたキャスター陣営を護る。放たれた宝具群は、花弁に当たると激しく火花を散らしやがて、勢いを無くし地面に散らばっていく。

 

「くそっ……」

 

 一枚、また一枚と士郎の盾が散っていく。投影という技術の練度において、士郎はアーチャーには遠く及ばない。故に、ランクの高い宝具が衝突すれば容易くヒビが入り、やがて壊されてしまう。だが、諦めてなるものか。背後には自分の相棒がいるんだ、手が届く人を護るのが衛宮士郎の理想だろう!

 

「うぉぉぉぉぉ!!」

 

 展開された花弁が輝くと、新たに5枚目の花弁が展開される。それは、士郎の想いに応える様にギルガメッシュの宝具を受けてなお、傷一つ付かず士郎とセイバーを護る。それをアーチャーは笑みを浮かべ見ながら士郎へと指示を出す。

 

「衛宮士郎!」

 

「なんだ、アーチャー!!」

 

「死ぬ気で投影しろ!この宝具を全て、凌ぐのは私達でなければ不可能だ。分かるな!!」

 

「分かった!!けど、遠坂は平気なのか!!」

 

 士郎はこの戦いに参加するにあたり、凛から魔力の供給を受けていた。その言葉に僅かに顔色を悪くしながら、凛は親指を立てて向ける。

 

「令呪をもって、命じるわアーチャー!!貴方の真髄を私に見せて!!」

 

「ーーふっ、了解した」

 

 令呪の光が駆け抜けると同時に、アーチャーの背後に大量の宝具が投影され、一斉に射出され、ギルガメッシュの宝具と激突。花火の様に視界を埋め尽くすほどの爆発が起きる。だが、それでも無限とも呼べるギルガメッシュの宝具は再び攻撃を再開するだろう。その僅かな隙間を士郎の投影が駆け抜ける。士郎の優れた観察眼は、ギルガメッシュの宝具の射撃から、煙幕で見えなくても彼の位置を特定していた。そして、位置さえ分かれば的確に射抜くのが衛宮士郎という男だ。

 

「そこだ!」

 

「ぐっ……やるではないか。フェイカー!」

 

 ギルガメッシュの右肩に士郎が投影した剣が刺さる。攻撃を受け、不満に満ちた顔でギルガメッシュが士郎を見る。そこには、彼に護られていた筈のセイバーが姿を消しており、それにいち早く気が付いたギルガメッシュは視線を走らせ天井から、斬りかかるセイバーを捉える。咄嗟にエアを起動させ、その風圧でセイバーを吹き飛ばす。ここまでしてもなお、一手、ギルガメッシュには届かない。

 

「む?」

 

 ギルガメッシュは、反射的に自らに投げられた小瓶を斬り裂く。中身はなんて事のないただの水であった。正しく、水を差されたギルガメッシュは不機嫌そうに投げられた場所を見ると、この戦いであっても損なう事なく描かれている魔法陣の上に立つ慎二が居た。その雰囲気からヤケになった訳ではないのが分かる。

 

「一番大事な役目を、魔術師でもない僕に任せるってほんと、どうかしてるよね」

 

 震えた手で祖父から渡された特別性の偽臣の書を開く。既に、召喚の術式は刻まれており魔力を流すだけで術式は起動するだろう。だが、その肝心な魔力を生成する術を慎二は持っていない。ならばどうするか?持っているものから借り受ければいい。何処からともなく、羽虫にしては大きな蟲が二匹、慎二の横に現れる。

 

「力を貸せ。刻印蟲」

 

 間桐臓硯が与えた秘策の一つ、彼の本体に成り代わる事すら可能なほど成長した刻印蟲だ。その中でも、慎二に懐いた二匹は相性が良く慎二が手に持つ偽臣の書に触れると蓄えていた魔力を効率よく流し込む。これにより術式は完成し、足元の魔法陣が光り出す。何かしようとしている慎二をみすみす見逃すほど、ギルガメッシュは甘くない。宝具が彼に向けて放たれるが、それらは全てアーチャーと士郎によって叩き落とされる。

 

 話は変わるが、キスはする場所によって意味が変わるという。分かりやすいところで言えば、唇は愛情。手の甲へのキスは敬愛など言った具合だ。では、あの日慎二がキスされた額の意味はと言うと、『祝福』だ。そして、祝福というのは古今東西様々な女神が、数多の勇者に施してきたものでもある。女神に祝福を受けるというのは名誉でもあり、呪いでもある。何故なら、勇者の行く末を女神はいつでも見ているという事なのだから。

 

 そして、メドゥーサは神性こそ低いが立派な女神の一柱だ。なら、今この瞬間も慎二を見ているのではないだろうか?

 

「お前の力が必要だ。もう一度、力を貸してくれ!!メドゥーサ!!」

 

 本来、一度敗退したサーヴァントが再び召喚される事はない。そもそも、召喚される席が埋まっているのだから。だが、此度の聖杯戦争はキャスターがルールを破った事で、本来のアサシンの枠が埋まっていない。その枠を利用し、慎二に最も縁が深い彼女を呼ぶ。それが間桐臓硯が慎二に託した秘策だ。本来なら、ハサンが呼ばれる筈だがその当たり前を諦めず足掻いてきた慎二の可能性と、メドゥーサとの縁が打ち破るのを期待した。

 

 そうして、那由多の可能性の先から女神が応える。

 

「……全く、シンジは我儘ですね」

 

 アーチャーと士郎が防ぎきれずに慎二の元に飛んできた宝具を鎖が弾く。慎二には聞き慣れた気だるげな声と共に。

 

「サーヴァント、アサシン。メドゥーサ、召喚に応じて参上しました。ご命令をマスター」

 

「ッッ……ああ!あの王様の動きを止めてくれ!!アサシン!」

 

 ライダーではない為、学園で見せたあの宝具は使えない。だが、代わりにアサシンとして召喚された事で彼女が持つ最高峰の魔眼が完全に制御可能となり、指向性を持った石化の魔眼がギルガメッシュを襲う。

 

女神の抱擁(カレス・オブ・ザ・メドゥーサ)

 

「既に敗退したサーヴァント風情が!!」

 

 ギルガメッシュの対魔力を容易く突破し、ギルガメッシュの四肢が石化。完全に動かなくなる。サーヴァントも持たず、特別な力もない慎二だからこそギルガメッシュは、無意識の内に警戒すべき対象から外し、何故士郎が慎二を固有結界内部に取り込まなかったのか考えなかった。全てはこの一撃の為に。足りない一手を補う為に入念に準備された策だったのだ。

 

「後は任せたぞ、士郎!!」

 

「あぁ!令呪をもって命じる、セイバー!!ギルガメッシュを倒せ!!!」

 

 エアの風圧で飛ばされていたセイバーが令呪を受け、ギルガメッシュに突撃する。その聖剣を黄金に輝かせながら。余裕が一切、無くなったギルガメッシュは、再びエアを起動させその風圧をもって何もかも吹き飛ばそうとするが、それを聖剣が斬り裂く。本来、膨大なエネルギーとして放たれるそれをセイバーは、聖剣に留まらせていたのだ。令呪とそして、神像兵装として造られたエクスカリバーの魔力を宿らせた剣戟はエアの風圧すら斬り裂き、ギルガメッシュを右から斜めに斬り裂いた。

 

「……クッ、フハハハ!!実に見事だ。よくこの我を踏破したな……騎士王よ」

 

「私だけの力ではありません。皆が死力を尽くしたからこそ、届いた一撃です英雄王」

 

 背中合わせで二人の王は最期の問答をする。致命傷を受けてなお、地に伏す事のない英雄王は満足気に自らを超えた者達を見る。

 

「良い臣下を得たものだ……」

 

「臣下ではありません。かけがえのない友です」

 

「そうか。友か。ふっ、であれば我が破れるのも理解してやろう」

 

 どこか儚気にそう呟いたあと、ギルガメッシュは天を見上げる。孔は開かれているが零れ落ちる泥は10年前より少ない。これでは、彼奴への褒美には足りぬなと思いながら、此度の現界で新しく出来た二人の臣下の行く末を気に掛ける。奴が生きるか、共に死ぬか。なんともまぁ、憐れな定めよなぁ。

 

「……ではな、騎士王。美しく可憐で、そして憐れな女よ、良い戦いであった」

 

 ギルガメッシュは、満足そうに笑みを浮かべ終わりを迎えた。此処に、最古の英雄は打倒されたのだ。自らの死後、生きた者達の手によって。それは過去に名を残した英雄にとって、間違いなく最も尊い結果であっただろう。

 




次回はちょっとした幕間を投稿します。

感想・批判お待ちしています。


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幕間:より良き幸福を貴女に

 嘗て、この世界に命を授かった男がいた。彼はその世界で起きる未来を知っていたが、自らの為に改変を望まずただ、その世界にとっての異物として生きた。

 その果てに男は自らの消滅を容認し、あれほど生きたいと思っていた願いを手放し消えた筈だった。けれど、世界はそれを許さず、男は罪悪感を抱えたまま外で生きるもう一人の自分を見続ける事となった。

 これは、そんな男に与えられた贖罪の物語であり、ほんの僅かに赦された世界に生きるただの一人として、生きた物語。



「なんだ、行くのか?」

 

 立ち上がった俺を見て、アンリがやっぱりかみたいな顔して呼び止めた。なんだよ、全部お見通しってか?

 

「まぁな。これでも、善性が見込まれて転生してるんだし。最後くらい善行したって神様の期待通りだろうさ」

 

「自分が生き残る為に原作キャラの死を見送ったアンタが今更、自己犠牲ってやつか。それはちょっと遅いんじゃねぇか?」

 

 こいつ、本当に的確な所を突いてきやがるな。実際、アンリの言う通り俺が今からやろうとしてる事はただの自己犠牲だし、それをするならもっと早くやっておけば良かった。その方が犠牲が少なかっただろう。

 

「罪滅ぼしとか、向こうのアンタへの同情とかそういうので動こうってしてるなら辞めとけ。それはアンタの生きたいって願いを放棄するには釣り合わねぇよ」

 

 この世全ての悪。そう呼ばれてる割には、優しいこの世界でただ一人の俺が心の底から、友人と思える相手が俺を止めようとしてくる事に思わず笑ってしまった俺をアンリが不機嫌そうに見てきた。仕方ないだろ?俺が止まらないって分かりきってる癖に態々止めてくるのが面白かったんだ。

 

「そうだな。確かに、そういう感情がある事は否定しないさ。俺は、世話になった切嗣を救えなかったし、衛宮士郎の平穏を奪ったし、イリヤに地獄を進ませてしまった。全部、知ってて回避しようとしなかった俺の責任だ。けど、俺はそんな独善的な理由で動いてない」

 

 俺が抜けて、楽しそうに生きる『俺』を見て、羨ましいと思った。ずっと、死の恐怖に怯えて何も出来なかった俺と違って、全力で生きてる『俺』は眩しかった。

 

「聖杯が解体されるまでずっとお前と此処で、話してるのも悪くないと思ったさ。けど、それを選んだら、俺は結局何一つしないまま生きたクソ野郎になっちまう。それは嫌だ。もう何もかも遅い?そんなもん生きてりゃ関係ない。人間、何度転ぼうが好きな時に立ち上がって歩み出せばそれで勝ち組さ。アンリ、俺は俺が生きた証を残したい。あの輝かしい英霊達のように……ってのは無理でも、どっかの誰かさんみたいにこの世全ての悪を引き受けて、その先に誰かを救ったんだと。そういう自己満足が欲しいんだよ」

 

「……けっ。そんじゃあ、さっさと行っちまいな。散々、地獄を味わった癖に一握りの幸福で満足するなんてアンタも欲がないねぇ」

 

「違うな間違ってるぞアンリ。俺は欲の塊さ、だから逝くんだよ。異なる結末を見る為にな」

 

 そもそも俺はあの日、消える事を選んだんだ。何故か、大聖杯に取り込まれてこうして追加の時間を貰ったが、結局のところそれは死に損ないが一人生まれただけのこと。色々と押し付けた現実世界の『俺』が折角、頑張って彼女を助けたんだから、結末はハッピーエンドじゃなきゃ報われないってもんだろ?

 俺は光の方へと歩き出す。足元の泥がピチャピチャと音を立てるが、ここ10年で慣れ親しんだ音だ。むしろ心地よく安心する。

 

「あぁ、そうだ。もし、お前がこのまま消えようとする俺に友情を感じてるなら、一つ頼まれてくれないか?」

 

「おいおい、厚かましいなアンタ」

 

 その厚かましい面を殻にして被ってるのはお前だろうにアンリ。

 

「いつもの事だろ?……『俺』を頼むよ。どうせ、厄介毎に首突っ込むだろうから適当に手助けでもしてくれ」

 

 背後から返答はない。だが、それで良い。否定しないという言質が取れたのだから。止めてた足を再び動かし、今度こそ俺はこの場所から外に出て、あの小さい姿が見えるまで待つ事にする。

 

「……10年間。良い暇つぶしだったぜ」

 

「それは良かった。俺も楽しかったよ、アンリ」

 

 顔を見合う事なく、背中越しに最後の友に別れを告げ、それを最後に俺が出てきた穴は消える。これで良い、俺が、■■■■が紡いだ物語の結末は最期に、彼女の代わりになって終わりを迎える。あぁ……良い人生だった。

 

「え?」

 

「よぉ、久しぶりだなイリヤ。残念だけど、此処から先は行き止まりだ。後は、俺が引き継ぐ」




……聖杯よ。もし、俺の願いを叶えてくれるのなら、イリヤが他の人達と同じ時間を生きられる様にしてください。


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二人の悪党

言峰綺礼VS衛宮影辰。私が最も書きたかった回です。


 あいつとの因縁は何処から始まったのだろうか。あいつに訓練を頼んだ時か、切嗣が死んだ時だろうか、それともあの泥を浴びた時だろうか。いいや、きっと違う。10年前、初めて出会った時から俺とあいつの奇妙な因縁は生まれたのだろう。死力を尽くしたとしても勝てる未来が見えない相手であり、いずれ越えなければならない師匠でもあり、この世でもっともいけすかない奴だ。

 

「来たぞ。言峰綺礼」

 

 何度も通った道を通り、見慣れた扉を開けるとその先には、聖母像に祈りを捧げているあの男がいた。奴は片膝をつけていた体勢から立ち上がり、ゆっくりと此方に振り向く。蝋燭という決して、明るくない灯りの先に立つその姿はまるでラスボスの様でもあり、ムカつくほどに似合っていた。髪を切ったのか昔の様にさっぱりしている言峰は、その顔に昔とは違う板についた悪役らしい笑みを浮かべながら腕を開く。

 

「この様な夜更けに何用かね。衛宮影辰」

 

 この白々さがまた腹立つんだよなこいつ。

 

「分かりきってる事聞くなよな。お前が呼んだんだろうが」

 

「ふっ、そうであったな。立ち話も何だ、こちらに来るといい」

 

 そう言って奴は、いつもここで鍛錬をした時に座る先頭の長椅子に腰掛ける。顔を合わすなり殺し合いになると思ったが、どうやら向こうにその気はないらしい。とは言え、無警戒で接して良い相手でもない。警戒しながら、奴のところに向かうと俺と奴の間に、ワイン1本とグラス2個が置かれていた。

 

「……こういう事する奴だっけ?お前」

 

「10年の付き合いだ。少しぐらいは付き合ってくれても良かろう?」

 

「へいへい。酔って負けましたなんて言い訳は聞かないからな」

 

 言峰の隣に座ると、奴がワインを向けてきたのでグラスを近づけ傾ける。ゆっくりとワインが注がれていき、注ぎ終わると今度は奴がグラスを手に取ったので、俺がワインを言峰のグラスに注ぐ。

 

 カチンッと静かな教会に甲高い音が響く。

 

「……美味いなこれ」

 

 一口飲むだけで、芳醇な香りが口内を支配する。ワインは詳しくないが、濃厚で果実の甘さがあり、舌で転がしている内に味が変わっていき、次の一口が欲しくなる。多分、相当に良いワインだろう。

 

「ギルガメッシュから守り通した逸品だ。味わいたまえ」

 

 俺の言葉に満足そうに言峰はワインを飲む。俺が言うのもあれだが、味覚が可笑しいのか優れてるのかどっちなんだこいつは。

 

「よく守り通したな……それで、態々なんだ?」

 

「酒のツマミ程度に答えろ衛宮影辰。お前にとって悪とはなんだ?」

 

「今更俺らでそんな話するか?確かに酒でも飲んでなきゃ話せない内容だな……悪ね、俺の命を奪いそして俺の大切な人達を傷つけるものかね」

 

 ワインを飲みながら分かりきっている事を答える。俺にとって悪とは俺自身や周囲に害を齎すものであり、そうでないのなら関係ない。別に隣で殺人事件が起きようが知ったことではない。

 

「その大切なものを守る為なら、手段を選ばないと。それは紛れもない悪ではないか?」

 

「だろうな。でも、そんなのは視点が違うだけだ。俺にとっての正義が悪だって言うのならそれで良いさ」

 

 俺は切嗣の道具だが、切嗣や士郎の様に無関係な者まで護るために命を賭ける気はない。無関係な連中が害を成すと言うのなら、そいつらを俺は息をする様に当たり前に殺すだろう。そういう事が出来てしまう人間だと俺は理解している。

 

「……くくっ、やはりお前は私とは違うな衛宮影辰」

 

「当たり前だ。誰がお前になるかよ言峰綺礼」

 

 どこか楽しげな言峰の声を聞きながら注がれたワインを飲みきる。それを元あった様にワインの横に置く。どうやら、同じタイミングで飲み終わったらしく、言峰もグラスを置いていた。

 

 直後、俺達はなんの合図も無しに立ち上がり、相手に向かって殴りかかる。チッ、これで油断してくれれば良かったのに。鏡合わせの様に放たれた拳は、俺たちの間で激しくぶつかり合い、その衝撃で座っていた長椅子が吹き飛ぶ。力比べをしていても、埒が明かないので一度距離を取り睨み合う。ちょうど、俺たちの中間地点で舞い上がったワインが落下していく。それをゆっくり眺め、教会の床に落下し赤いシミを作ると同時に、駆ける。

 

 互いに手の内は知れている。何故なら、俺は奴の弟子であり奴は俺の師匠だ。どの様に戦い、どんな攻撃を好むのかは目を瞑っていても分かる。だからこそ、裏を読む必要も裏をかく必要もない。ただ単純に真正面からぶつかり合う以外に道はない。

 

「言峰……綺礼!!」

 

「衛宮……影辰!!」

 

 拳が届く距離になると同時に、俺は勢いよく足を叩きつけ発生した力を右手に流し言峰の心臓めがけて放つ。泥によって生きている言峰を俺が殺すには、生きる源になっている泥を奪うしかない。つまり、どこでも良いから身体の一部をあいつの心臓に突き刺す。それが俺の勝ち筋だ。

 

「無論、分かっているとも。お前は重心を落とした一撃の方が優れている」

 

 突き出した拳を真下から逸らされ、生まれた隙間に言峰が入り込む。俺と違って足を止めていない奴は、その勢いのまま体当たりを繰り出し俺は教会の壁に勢いよく叩きつけられる。パラパラと僅かに崩れる壁の音を聞きながら、真横に転がり教会の入り口側へ飛び退く。そこへ言峰の拳が飛んでくるのを顔を逸らして避け、カウンターで蹴り飛ばす。そのまま、奴が体勢を整える前に詰め寄り踵を顔面目掛けて落とすが、捕まれ振り回す様に片側が壊れている教会の入り口へと投げ飛ばされ、扉を完全に破壊しながら外に出る。

 

「呆れた頑丈さと馬鹿力だな。それに、ランサーの動きを真似たか」

 

 暗闇の向こうから言峰が現れる。満天に輝く月に照らされ、歩いてくるその姿は神秘と同時に隠しきれない醜悪さが混在しているなんとも、奴らしい雰囲気だった。

 

「聖杯戦争は学ぶ事だらけだったからな」

 

「やはりお前が化けるには、強者との戦闘経験が必要だった様だな」

 

 両脚に力を込め、その全てを余す事なく地面へと流し得られた力で一気に加速し、言峰に詰め寄る。獣の様に身を屈めて駆け寄り、一気に跳躍。言峰の真上を取り、落下の勢いも含めた踵落としを腕を交差する事で、防ぐ言峰。奴の足元を見ると、石畳の通路にヒビが入っている。チッ、力を流して受け止められたか。宙返りをしながら離れ、地面に足が着くと同時に再び、攻め込む。足を止めるな、加速で得た力を効率よく使え、ランサーの様に。

 

 勢いに乗ったまま言峰の顔面に拳を突き出すが、はたき落とされ右から奴の蹴りが飛んでくるのを引き戻した右腕を盾にして防ぎ、左脚で言峰の顎を狙う。だが、半歩下がる事で避けられた為、振り上げた脚を勢いよく落とし、地面に叩きつける。直後、叩きつけられた力が波紋の様に広がり、その振動で言峰がバランスを僅かに崩す。震脚によって、力で突き出した拳が言峰の腹部に当たり奴を吹き飛ばす。

 

「さっきの仕返しだ」

 

 と言っても手応えはそんなにない。攻撃が当たる瞬間に上手く力を逃されたのだろう。言峰の方へ歩きながら、灰錠を起動させ飛んできた黒鍵を弾く。視界の先には予想通りまだ生きていた言峰綺礼が、片手に黒鍵を携え立っていた。口元には僅かに血の拭った跡がある為、無傷という感じではなさそうだが、笑みを浮かべているところから考えるにまだまだ余裕なのだろう。

 

「そう言えば聞いていなかったな。何故、私のところに来た?」

 

「お前から誘っておいて何言ってんだ?」

 

 何を今更ながら事を言ってんだこいつは。全力で顔を顰める俺を見ながら、言峰が追加で説明する。

 

「誘いを断る。その選択肢だってあっただろう。これから起きる規模においては、私よりギルガメッシュの方が大きいだろうに」

 

 あぁ、そういう事。王様が孔を開けている以上、最優先すべきは王様の方だろう。だが、そっちには士郎達が向かったし、魔術が使えずサーヴァントも居ない俺が行ったところで出来ることはたかが知れているし、それに──

 

「はっ。俺が此処に来てなきゃ、お前は全てを覆して最悪を齎すだろうに。そりゃ、お前が望む最良よりは程度が低いだろうが、それでも俺にとって最悪な事に変わりはない。お前は間違いなく、厄災を起こす。それがお前という男だ」

 

 目の前のこの男を放置する理由が俺には無かった。前回の経験ゆえか、それとも付き合いの長さからくる予感なのかは分からない。だが、放置すれば必ず良くない事がこの男によって引き起こされると云う絶対の予感が存在していた。

 

「くっくっく、そうだな。だからこそ、私はお前を此処に呼んだ。お前が向こうにいては、ギルガメッシュが勝利したとしても私が望む最良は訪れない。なにせ、お前は最善の結果を手繰り寄せる事は出来なくても、最悪の結果を阻止するぐらいは一人でやってのける男だ」

 

 どうやら思う所は同じだったらしく、何が面白いのか笑いながら話す言峰の闘志と殺気が膨れ上がる。それに応じる様に俺の内側からも、闘志と殺気が抑えきれないほどに膨れ上がっていく。

 

「ハハッ」

 

「くっくっ」

 

「「ハハハハハ!だから、お前は今此処で死ね!」」

 

 無関係の人間から見れば異常な光景だろう。俺たちは、互いに笑みを浮かべ挨拶の様に殺気をぶつけ合い、握手の様に互いに殴りかかる。飛んできた黒鍵を弾きながら距離を詰めれば、互いの拳が笑みを浮かべる顔面に横から思いっきり突き刺さる。凄まじい衝撃と共に視界が揺らぎ、歯が折れる。邪魔なそれを地面に吐き捨てながら、俺と言峰は殺しの武術を止めることはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 我ながらとんだ化け物を育て上げたことだと思う。殺意と闘志に満ちた笑みを浮かべ、拳を向けてくる衛宮影辰の指導を引き受けたのには、理由があった。一つはあのギルガメッシュが私とは違うが、空虚だと評価し気に入った男に私と同じ時間を与える事で、私と同じ様な存在が出来上がるのではないかと考えたからだ。だが、先ほどの問答で、いいやするまでもなく分かっていた事だが、衛宮影辰は私の様には成らなかった。

 

 そしてもう一つ。これはただの趣味だが、手間と時間をかけて育て上げた才能ある者を、自らの手で摘むと云う悪徳を味わいたかったからだ。漸く巡ってきたこの好機を今、私は存分に楽しんでいる。とは言え、サーヴァント相手に戦闘経験を積んだ事で私の予想より遥かに手強くなっているこの男を殺すにはかなり苦労するだろう。どこまでも私の予想を裏切ってくれるなこの男は。

 

「ふん!」

 

 捻りを加え、威力を底上げした下からの拳を容易く受け止める衛宮影辰。見覚えのあるコートを翻し、一度離れる奴からかつて嗅いだことのある煙草の匂いがした。

 

「見覚えがあるとは思ったが、そのコート。衛宮切嗣の物か」

 

「お前ほんと、切嗣の事好きだな……」

 

「その様な趣味はない」

 

 呆れた顔をする影辰に否定を入れておく。なるほど、衛宮切嗣のコートであれば何か仕掛けがあるかもしれん。致命的な腕前だが、前回の聖杯戦争で影辰は銃を扱っていた。あのコートの内側に仕込まれていても何も不思議ではない。であれば、試してみるか。

 

「ふっ!」

 

 両手に取り出した黒鍵を奴に向けて投げ、私自身は正面から黒鍵を構えて駆ける。衛宮切嗣との戦いでも使った不可避の攻撃だ。銃を持っているのなら、正面の私に向けて放つはず。さぁ、どう対処する衛宮影辰?

 

「ふぅぅぅ……はぁぁ!!」

 

 深呼吸の後に片脚を叩きつけ、指向性を持った振動が私に向かって飛んでくる。それを跳躍して避け、眼下の影辰は左側の黒鍵を弾き飛ばし、右側の黒鍵を掴み取り、そのまま背後に着地した私に斬りかかった。それを持っていた黒鍵で防ぎ火花を散らす。

 

「投擲は最もお前が対処しやすい攻撃だったな」

 

「目に見えない震脚を避けるお前に言われたくねぇな」

 

 パキンっと私達が持つ黒鍵が砕け散る。元々、投擲用に作られた黒鍵は斬り合い、鍔迫り合いには向いていない。ましてや馬鹿力のこいつの力を受け止めきれる性能はしていない。ほぼ柄だけになった黒鍵を投げ捨て、再び至近距離で拳をぶつけ合う。私以上に泥に適合し、桁外れの再生力を有するこの男を殺すのは容易ではないが、痛みで気絶させ洗礼詠唱を唱えれば私の勝ちだ。理由は分からんが、ギルガメッシュ曰く、衛宮影辰の本質はその魂にあるらしい。霊体の様なものであれば私にとって、これほど殺しやすい相手はいない。

 

「はぁぁ!」

 

 態と拳を横腹に受ける。骨が折れる音が聞こえるが無視し、その腕を掴み逃さない様にし渾身の一撃を奴の鳩尾に放つ。防ごうとした腕を無理やり突破し、当たった拳は間違いなく奴の臓器にダメージを与えた様で、口から多量の血が噴き出す。臓器を潰すつもりだったが、私の身体も奴からのダメージで力を振り絞れていない様だ。だが、この好機を逃す訳にはいかない。

 

 片手を掴んだまま、何度も殴打を繰り返し奴が再生したところから破壊していく。地面が奴の血で濡れるほどそれを繰り返した時だ。掴んでいる拳に力が入り、ほぼ接触してる状態から私に攻撃をしてきた。

 

「ぬぅぅ!?」

 

 どこにそんな余裕があった……折れた骨が臓器に刺さるのが分かる。このまま、掴み続けるは愚策か。手を離すと同時に蹴りが飛んできて私を踏み台に距離を取る。だが、ダメージが抜けていないのか立ち上がる事はせず、地面に崩れ落ちるだけだった。終わる時は呆気ないものだ。

 

「私の勝ちだな」

 

 だが、こいつの事だ。何か隠してるかもしれない。さぁ、何を仕込んでいる衛宮影辰?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 人のことボコボコに殴ってくれやがってこの野郎……地面に倒れながら少しでも身体を休める様に心掛ける。ゆっくりと奴は俺に向かって近づいてきている。懐から取り出したコルトパイソンを身体で隠しながら握る。あれからも練習はしているが、相変わらず俺の射撃の腕は死んでいるから、奴が近づいてくるまで待つしかない。コツコツと足音が近づいてきて、俺の近くで止まった。集中すれば気配で手が近づいてきているのが分かる。首に触れるか触れないかと言ったところで、身体を逸らしコルトパイソンを放つ。

 

「なっ……」

 

「知っているとも。何度もお前がソレに頼るのを私は見てきたのだから」

 

 コルトパイソンと共に突き出した手を奴は、掴み逸らしていた。多少、逸らされても問題ない様に心臓を狙っていた筈なのに、放たれた弾丸は虚空へと消えていった。

 

「ガァァ!」

 

 ただの握力で骨を折られて、コルトパイソンを落とす。言峰は落ちたコルトパイソンを遠くに蹴り飛ばし、俺が再び手に取るのを阻止する。折られた手は解放されるが、再生するまでは動かないだろう。とっくに脳は痛みに耐えられずに俺の意識を落とそうとしていた。今の俺はそれをただの気力だけで抗っているだけに過ぎない。これ以上の負担は本格的にヤバいだろう。兎に角、一度立ち上がらなければ話にならない。

 

「万策尽きたか?」

 

「俺の諦めの悪さ、甘く見るなよ言峰」

 

 ふっと折れた歯を言峰に向けて吹き飛ばし、奴がそれを防ぐと同時に片腕の力だけで身体を起こしそのまま離れる。折られた腕が動く様になったのを確認しながら自分の血が目に入り視界の半分が赤くなった状態で言峰を睨む。肩で息をして、吐き出した血から考えて貧血で倒れてもおかしくない。そんな俺が──

 

「来いよ言峰綺礼。これで、終わりにようぜ」

 

 片手で煽る様に言峰を挑発する。それを見て、より凶悪な笑みを浮かべる言峰は体勢を沈め間違いなく必殺の一撃を放つ構えを見せた。あぁ、助かるよ。動く気力は奥の手に取っておきたいんだ。まぁ、奥の手と言う割にはただの博打。成功するかも分からない代物だが。

 

「では、行くぞ衛宮影辰」

 

 いつぞやの様にわざわざ宣言する言峰綺礼。地面を滑る様に距離を詰めてきた言峰を見ながら俺は、俺が使えない筈の神秘の言葉を紡ぐ。

 

「Time alter──double accel」

 

 言峰の顔が驚愕に染まるのがゆっくりと見えた。魔術を使えない俺が魔術を行使したのだ、当たり前の反応だろう。とは言え、何も不思議な事じゃない。俺の友人、ウェイバーに無理言って頼み込み、切嗣の遺体から壊れた魔術刻印を摘出。それを魔力だけはある俺に、埋め込んだのだ。魔術刻印はその血筋のものでなければ、適合しない。だが、それは埋め込めないという訳ではない。拒絶反応による障害を再生力で治し、絶えず襲い掛かる痛みは慣れてしまえば気にならなかった。なお、これだけの事をしても一度使えば、完全に魔術刻印は壊れてもう二度と使えなくなるらしい。まぁ、やってる事は壊れかけてる回路に正規の手段を使わず、一切調整されてない電気を流すみたいなもんだからな。

 

 電話越しに使えば、どんな反動が待ってるか分からないと散々言われたが、すまんなウェイバー。こいつには俺が使えるもん全部使わないと勝てねぇよ。倍速で動きながら奴の背後へと回り込む。こっちは倍速だというのに振り返り、迎撃しようとしている辺り言峰のイカれ具合がよく分かる。けど、遅い。これなら、等速に戻っても俺の方が早く攻撃が出来る!!終わりだ、言峰綺礼!!

 

 奴が防ごうと突き出した拳をすり抜け、俺の手刀が言峰の心臓を貫く。それが、等速の世界だというのにやけにゆっくりと見えた。

 

「……私の敗北か。まさか、魔術を行使するとはな。考えもしなかったぞ」

 

「たった一度だけの虚飾の魔術だけどな」

 

 言峰の心臓から泥を吸い上げ引き抜く。そして、奴が倒れると同時に魔術行使の反動が俺を襲い凄まじい吐き気と耐え難い痛みが訪れ、俺もその場に倒れる。浅い呼吸を繰り返していると、視界の端で苦しんでる俺を愉しそうに見ている言峰と目があった。これから死ぬってのに最期まで趣味に走ってやがる。

 

「……その状態で聞こえているかは分からんが、今に思えば私は悪性を自覚しながらも、当たり前の幸福を享受しているお前が羨ましかった。ずっと側で幸福そうなお前を見る度に、何度壊してやろうかと思ったことか」

 

 最期に言い残す言葉じゃねぇだろそれ……話せるのならそう反論したが苦しみに捥がくことしか出来ない。

 

「だが、お前はそんな私と共に居ても、時折楽しげにしている事があった。まるで、あの女の様に。私の様な破綻者の側にいて、なぜお前もあの女も楽しげにいられた?その想いに報いる事など出来ない私の側で」

 

「……その女性が誰かは知らんから……勝手な事を言うし……認めるのも気に食わないが……お前の事は嫌いだし死ねとも思っていたよ。けど、お前のお陰で……今の俺が居るんだ……全く楽しくない時間を何年も過ごせるほど……俺は聖人じゃねぇよ」

 

 ちょうど僅かに楽になったから疑問に答えてやる。普段なら絶対に言わないが、どうせ最期だ。なんでもかんでも言ってやるよ。俺の言葉に目を丸くした言峰は、力のない笑い声をあげる。自嘲する様な悲しい様ななんとも言えない声だ。

 

「……クラウディア。私はお前を──」

 

 天に手を伸ばしていた言峰綺礼が最期に何かを呟いたが、俺は聞き取れなかった。暫く奴の横で苦しみに耐えてると、ゆっくりと楽になっていき俺は立ち上がる。既に、空は白み始めており空に空いていた孔は消えてなくなっている。地面で横たわる正真正銘、ただの骸になった言峰綺礼を俺は、抱き上げる。このまま、人の目につくところに放置しておく訳にはいかないだろう。奴の自室まで運び、ベッドの上に置く。

 

「……なんなんだろうな。お前が死ねばもっと俺はスッキリすると思ってたんだが」

 

 涙が流れる事はない。言葉が見つからない感情に別れを告げ、言峰綺礼の自室を出ようとする。恐らく、聖堂教会の連中が上手く誤魔化すのだろう。俺が出来るのはここまでだ。ふと、必要なもの以外何もない殺風景な部屋に造花の紫陽花が置いてあるのが目に止まった。

 

「……」

 

 なんとなく俺は紫陽花を手に取り、言峰綺礼の遺体の上に置いた。願わくば、あの男への手向けとなりもう二度と現世に戻ってこない事を期待する。じゃあな、言峰。天国でも行って、目一杯苦しむんだな。

 




言峰の最期の言葉はなんだったんでしょうかね。

感想・批判お待ちしています。


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月下の誓い

 長い夜だった。けど、思い返せば一瞬で過ぎ去っていった様な気もする。俺、衛宮士郎にとってこれからの人生を決める事になったであろう第5次聖杯戦争の顛末を俺の視点で纏めようと思い、こうして日記を書いている。最後の敗退者は、英雄王ギルガメッシュで終わりを告げた。傲慢で不遜で、兄貴への褒美にこの世全ての悪を再び呼び起こそうとしたが俺はあの英雄を恨むことは出来なかった。今でも目を閉じれば思い出すほど、あの英雄は俺の脳裏に焼き付いているのだ。数においては、劣勢であるはずの英雄王は、その事実に一切恐れを見せる事なく、俺たちに英雄とは王とはこう在るべきだという姿をまざまざと見せつけ消えていった。

 

 そして、全ての戦いに決着が着いた後残されたキャスター陣営と俺たちは話をしたが、どちらも平行線を辿るばかりで有益な結論にはならなかった。当然なことではあるのだが、俺たちは汚染されている可能性のある聖杯を起動させたくなく、キャスターは願いの為に聖杯を使う必要があった。お互いに譲れない部分が、重なっているのだから着地点なんて見つかる訳もない。一触即発の空気が流れた時、何処からともなくイリヤが現れて事態は解決の方向へと向かいだす。

 

「キャスター、貴女の願いはなに?」

 

 この時の俺は知らなかったが、天の衣というドレスを身に纏ったイリヤは何処か神秘的で儚き雰囲気を漂わせていた。彼女の問いにキャスターは、やや詰まった後に葛木を一度見た後、「故郷に帰ること」と答えたがそれに対しイリヤは首を傾げた。

 

「本当に?万能の願望器が起こす奇跡が二度も貴女に微笑むことはないわよ。確かにその願いを叶えてあげる事はできるけど、本当にそれで良いの?」

 

 誰もがイリヤの神秘的な雰囲気に呑まれ、口を開くことが出来なかったが葛木が何かを考えた後、キャスターの前に立ちローブを捲り、視線を合わせた。 

 

「そ、宗一郎様?」

 

「キャスター。もし、私を気遣っているのならその必要はない。お前が願いを叶えた後、この場から消え衛宮達に殺されたとしても私に悔いはない。お前がこの世界に復讐をしたいと言うのならそれに付き合おう。だから、偽る事なくキャスターの心の底からの願いを叶えると良い」

 

 何処となく葛木に兄貴の姿が重なって見えた。大切な人の為なら、全てを敵に回す事が出来るそんな俺とは違う正義の味方の姿だ。葛木の言葉に暫く沈黙を貫いていたキャスターだったが、やがてとても愛おしそうに葛木の頬に手を伸ばし少しばかり背伸びをし、その唇に自身の唇を軽く触れさせた。

 

「キャスター」

 

「宗一郎様。私は今から我が儘を言いますね、私は貴方と一緒に居たいです。聖杯戦争なんて血生臭い事ではなく、ただの日常を貴方と一緒に。朝、朝食を用意して貴方と一緒に食べて、見送って。仕事から帰ってくる貴方を家で出迎えてなんて事のない話をしながら、夕飯を食べて。休日には貴方の隣に立って、街中を散策したり買い物をしたりして……愛した貴方と一緒に、普通の日常を過ごしてみたいのです」

 

 震えた声で、それでも口にした未来への楽しさを滲ませたキャスターは、俺たちの時代ではとてもありふれた細やかな願いを葛木に伝えた。綺麗な姿勢で立ったままの葛木は、キャスターの告白を聞いてもなお無愛想な顔を少しも動かさなかった。その顔を見て、キャスターは自身の願いが拒絶されたと感じたのか、葛木から離れようとしたがその手を葛木は掴んだ。

 

「……先ほど、漸く願いに気づいた私にはお前の想いにどの様に答えるべきか言葉が見つからない。だが、キャスターの願いが私と共にあるというのなら、私はそう在ろうと思う。そしていつか、答えを見つけた時に必ずお前に伝える事を約束しよう。キャスター、それでも構わないか?」

 

 キャスターの嘘偽りの無い言葉に葛木も嘘偽りの無い言葉を返すと、キャスターが目に涙を浮かべて抱き着いた。葛木もゆっくりと彼女を抱きしめる。それが彼らの答えだった。

 

「……私の願いは宗一郎様と共にある事。だから、願いは受肉するわ」

 

「それくらいなら、器に満ちてる魔力を使って簡単に出来るわ。他のサーヴァント達も受肉したいのなら可能よ。私は一仕事あるから、キャスター。貴女に任せても良いかしら?」

 

「えぇ。大丈夫だけれど、貴女はどうするの?」

 

 キャスターがイリヤにそう問い掛けると、空に空いた孔を指差しながら見惚れる様な笑みを浮かべて答えた。

 

「アレを閉じてくるわ。貴女に任せても良いんだろうけど、これは私達、アインツベルンの不始末だから」

 

 ゆっくりとイリヤは光り輝く大聖杯の方へ足を進める。あの笑みに嫌な予感がした俺は、走ってイリヤを止めようとして足から崩れ落ちた。ギルガメッシュとの戦いで魔力が底を尽き、強烈な殺気を受けていた身体は俺が思っていたより疲れていた。

 

「イリヤ!!」

 

「心配してくれてありがとうシロウ。それに、皆んなも。でも、もう決めたの。カゲタツに助けられてから、私は皆んなの為にこの残された命を使うって。私は、カゲタツもシロウも皆んなも大好きだから。辛くて苦しくて悲しい事しか無かった私が笑って過ごせたあの場所を守りたいの」

 

 ーーだから、さようなら。皆は、早く死んじゃダメだからねーー

 

 光が一際強くなりイリヤを飲み込むと、光の柱が空の孔へと繋がる。そして、孔が一度脈動した後に、こぼれ落ちていた泥の流出が止まり黒く禍々しい孔がゆっくりと閉ざされていく。再び、光の柱が強く輝いたかと思うと、まるで窓から物を投げ捨てるが如く、ポイッとイリヤが光の中から飛び出してきた。危ないと思った瞬間には、紅い影が飛び出しイリヤをお姫様抱っこで抱えていた。あの野郎、格好つけやがって。

 

「無事かね、イリヤスフィール」

 

「アーチャー……待って!!カゲタツは!?あの光の中で、カゲタツと会ったの!!」

 

 その言葉に全員が混乱するが、やがて全員が兄貴の事だからと済まし後で確認を取ることにした。なんとなくだが、兄貴は生きているという直感があったのだろう。今考えても酷い扱いな気はするが、事実兄貴は生きていたのだから問題ない。そして、キャスターが聖杯を弄っている間誰が受肉するかという話になり真っ先に慎二が呼び出したアサシンいや、メドゥーサが手を上げた。

 

「シンジ、私に受肉して欲しいですか?」

 

「は!?この流れで僕にそれ聞く?……凄く恥ずかしいんだけど」

 

「その言葉で十分です。それに、貴方達兄妹の行く末を見届けたいですし」

 

 そう言って微笑むメドゥーサに慎二は顔を赤らめており、こりゃ、尻に敷かれるなと思った。

 

「私にも願いはあるのですが、以前影辰にその願いを肯定する訳では無いと言われた事を思い出しました。ここで出来た新たな友と別れるのも悲しいですし、考える時間も欲しいので私も受肉します」

 

 続いてセイバーが俺たちを見ながら受肉を宣言した。ギルガメッシュにも言っていた通り、どうやら俺たちを掛け替えのない友と思ってくれている様で、一人一人の顔を見て笑みを浮かべていたのを覚えている。残っているアーチャーはというと、暫く考えた後俺の顔を見た。なんとなく彼奴が考えている事が俺には分かったというか、考えるまでもない。あいつが受肉した場合、衛宮士郎が二人いる事になり、気に食わない自分の顔を見続ける事になる。それが嫌なのだろう。

 

「アーチャー」 

 

「ん?どうかしたかね凛」

 

「ずっと働いてたんだから、少し休暇を貰いましょう?」

 

 遠坂の言葉にアーチャーが目を丸くした。どうやら彼奴は一切、そんな事を考えていなかったらしい。同じ俺だからよく分かる。

 

「別に受肉を選ばなくても良いわ。貴方、一人ぐらい私の魔力で賄えるし。勿論、無理強いはしない。けど、少しぐらい一握りの幸せを手に入れて欲しいの。世界とかそういうのを抜きにしてね。どう?アーチャー」

 

 優しい笑みと共に遠坂は、アーチャーに選択を委ねる。俺と同じ様に彼奴の過去を知っていたらしく、純粋な願いでアーチャーの幸せを願っていた。ずっと戦いを共にしてきた彼女の言葉には、弱いのか困った様な顔をしながら遠坂の顔を見て笑顔が返されると同時に諦めた様にため息をついた後、両腕をあげた。

 

「降参だ凛。私も此処に残ろう。君の言う幸せを掴めるかは分からないがね」

 

「掴めるわよ。だって、私がいるんだから」

 

 全てのサーヴァントが受肉を選び、キャスターが自分を含めて受肉させる頃には、夜は終わりを迎え空は白み始めていた。犠牲なく決着が着いた事を喜びながら帰路についていると、ちょうど家の前でやっぱり生きてた兄貴と出会った。この時の兄貴は何処となく、暗い雰囲気をしていた気がするがイリヤを見ると同時に、無言でボロボロと涙を流し始めた。

 

「あ、あはは。生き残れちゃった」

 

 照れ臭そうにイリヤがそう言うと同時に兄貴はすごい速度で詰め寄り、彼女を抱きしめた。「良かった……本当に良かった」と繰り返す兄貴の姿は、切嗣コートを着てるのも相まって、俺を助けてくれた時の切嗣みたいでなんだか可笑しくて、思わず笑ってしまった。

 

「また、貴方に助けられちゃった。でも、聖杯の中にまで居るなんてどういう手品を使ったの?カゲタツ」

 

「聖杯の中に俺が?……いや、多分気のせいじゃないか?俺はずっと教会に居たしな」

 

「んー……まぁ、カゲタツがそう言うならそう言う事にしてあげる。それで、どうする?約束は」

 

 イリヤがそう言うと兄貴は、鼻を啜って涙を拭いた後、いつもの見る者を安心させる優しい笑みを浮かべて、こう言った。

 

「どうせなら皆んなで鬼ごっこするか!」

 

 その言葉に全員が、まずは休ませろ!って言ったのがとても面白く、全員で笑っていると家に残っていた桜や寝ていた藤ねぇが家から出てきて、これまた皆んなで顔を合わせて笑い合った。非日常が終わり、新しい日常が戻って来たのをこの時俺は感じて、本当に全てが終わったんだなって思えた。

 

「よしっ。こんなもんかな」

 

 筆を置いて日記帳を閉じる。手加減なしの鬼ごっこで、疲れていたけど案外、寝れないものだな。寝ている皆んなを起こさない様に、外に出ると兄貴が縁側で、座って月を眺めていた。俺に気がつくと、手をあげる。

 

「よ。どうした寝れないのか士郎?」

 

「そういう兄貴こそ」

 

「漸く全てが終わったんだって実感がきてな。寝る気にもなれず、こうして月見しながらお茶を飲んでたんだよ。飲むか?」

 

 兄貴の隣に座りながら差し出された湯呑みを受け取り、二人で月を見上げる。

 

「どうだ。聖杯戦争を通して、お前の理想は定まったか?」

 

 切嗣から受け継いだ俺の理想をカケラも笑わず、兄貴はずっと形になるのを待ってくれていたからこそ、久しぶりに二人っきりになったこのタイミングで聞いてきたのだろう。真剣な顔で真っ直ぐと見てくる兄貴の目を見ながら俺も恥じることのない理想を答える。

 

「俺は俺の手が届く人達を守る正義の味方になるよ。切嗣の様に大切な人達を斬り捨てる事は出来ないし、だからと言って兄貴の様に目の前の無関係な人を見捨てる事も出来ない。だからこそ、この手が届く人達は守りたいと思う」

 

 言い終わると同時に兄貴は俺の頭に手を伸ばし、優しくゆっくりと撫でてくる。久しぶりの感覚だった。少なくとも高校生になってから、こうして兄貴に頭を撫でられる事はなかった。

 

「ん、そうか。良い理想だ」

 

 俺の頭から手を離した兄貴が懐から拳銃を取り出す。確か、切嗣から貰ったって言ってたコルトパイソンだったか?少しの間、それを弄ったり構えたりした後にクルッと回し、持ち手を俺の方に向ける。

 

「魔術が使えるお前には必要ないかもしれないが、コレを使うか使わないかはお前が決めろ。魔術とは違って、純粋に人を殺す為だけに存在している武器だ。いいか士郎、誰かを守るという事は誰かを守らないという事であり、必要ならその手を血で汚す行為だ。その時、コレは役に立つだろう。だからコレをお前に託す。いざという時に使うか、血濡れの戒めとして持ち続けるか好きにしていい。俺にはもう必要のない物だからな」

 

 使い込まれたコルトパイソン。それに手を伸ばし、受け取るとズシリとした重さがあった。鉄の塊としての重さだけじゃなく、切嗣や兄貴の想いも宿っているから重いのだろう。

 

「重いな」

 

「それくらいでちょうど良い」

 

「兄貴」

 

 何処か遠くを見ていた兄貴を呼び止めると、一拍置いて俺の顔を見て首を傾げる。

 

「俺はちゃんと俺が決めた道を歩く。だから、心配しなくても大丈夫だ。任せろって、俺は切嗣の息子で兄貴の弟だ。尊敬できる大人が身近に二人も居るんだから、道は踏み外さないさ。だから、兄貴は兄貴の時間を生きてくれ。誰かの為じゃない自分の時間をさ」

 

 兄貴をずっと縛ってきた冬木の聖杯戦争は、もう終わりを迎えた。零れた泥で周辺の木々とかに被害は出たけど、第四次と違って人的被害はない。だから、切嗣の理想を継いだ俺をずっと見守り続け、今回で忘れ形見のイリヤを助け出した。これから先の人生は、兄貴だって自由に生きていい筈だ。

 

「ふっ、ふふ。そうだな、先ずは趣味の一つぐらい見つけるとするか」

 

 そう言って兄貴は困った様にけれど、嬉しそうに微笑んだ。




次回、最終回(それ以降も後日談的なのは投稿予定)


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最終回:運命の夜

……ふっ、まさかお前があの女に惚れるとはな


 あの野郎との死闘が終わって数日後。俺は、趣味探しの一つとして読書をしていた。何をすべきか思い出して、先ず真っ先に言峰から無理やり読まされて、今では暗記した聖書から連想して読書に思い至る辺り、あの野郎の影響を受けていると実感したものだ。

 

「……駄目だ。やっぱり身体を動かさないってのはムズムズしてくるな」

 

 まだ数ページしか読んでない本を閉じる。慎二くんが薦めてくれた本なんだけど、彼らしいと言うか何というか。小難しい話で飽きてしまった。さてと、どうするかな。今、この家には炬燵の住人になってるイリヤしかいないけど、思いっきり寝てるし。何処かに出掛けるにしても、特にこれと言った候補はない。

 

「何も思い浮かばねぇなぁ……」

 

 聖杯戦争が終わって、何かに追われる事も必死になって足掻く必要も無くなった。ただそこにある平和な時間というのはとても良い事なのだが、そういう明るい日常から遠い時間をずっと過ごしてたから、暇な時に何をすれば良いかが分からない。鳥の囀りが聞こえる中、俺は何をする訳でもなくただ縁側に座って、空を眺める。そんな非生産的な時間を過ごしていると、玄関の方から人の気配を感じた。士郎たちのものではないソレに首を傾げながら、立ち上がり玄関に向かい、寝ているイリヤを起こさない様にインターホンが押されるより早く扉を開ける。

 

「っと……これはこれは。私は、聖堂教会の者です。別に争いに来たわけではないので、殺気を収めてください」

 

 カソック服が見えて反射的に漏れてしまった。軽く息を吐き、相手の顔を見るが特に見覚えはない。しかし、聖堂教会の人間がこの家には何用だ?

 

「壊れていた教会の修理が完了した事を知らせるのと、遺品整理中に見つけたこちらを貴方に渡しに来たのです」

 

 そう言って、目の前の男は懐から手紙を取り出す。そこに記された名前は、間違いなく俺の名前であり差出人が誰かなど考える必要は無かった。今更、何を遺したというんだあいつは。礼を言いながら、手紙を受け取り内容に目を通す。

 

『さて、お前がこの手紙を読んでいると言うことは私は、無様にもお前に負けたのだろう。そんな事は万が一にもあり得ないと思うが、その万が一の為にこの手紙を記しておく。

 先ずは、おめでとう。お前の働きで最悪は阻止され、この世が悪に満たされる事は一先ず無いだろう。だが、お前が知り合ったというフランチェスカという魔術師には気を付けておけ。彼奴は、碌な魔術師ではない。いずれ、何か最悪を引き起こすことになるだろう。その時のお前の苦難を見れないのが実に残念だ。

 そして、これが本題だが私が貸し与えた灰錠を覚えているか?アレは、歴とした聖堂教会の武装でありただの一般人に貸し出すものではない。お前が無断使用したとあれば、さぞ教会は怒ることだろう。だが、喜ぶと良い。私としてもそんなつまらない結末は認められない。故に、私の死後あの教会を引き継ぐ者としてお前を任命している。教会には話を通して、お前を弟子にした時から神父見習いとして聖堂教会に登録しておいた。

 

 おめでとう。私という巨悪は討ち滅ぼされ、君は正しく神の使徒となった。衛宮影辰、お前のこれからの苦難を祈っている』

 

「言峰ぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

 思いっきり手紙を地面に叩きつける。あの野郎、なんて事をしてくれやがった!!なんで、死後も人の苦労を愉悦にしようとしてんだあいつは。どうやって愉しむつもりなんだよ……なんだ?死んでも見られてるのか俺はあの野郎に?嬉しくねぇぇ……心底嬉しくねぇぇぇ。

 あのにやけ面を思い出して荒ぶる俺を、残念な人間を見るようにちょっと引いていた聖堂教会の人が咳払いをして意識を向けさせる。

 

「中身を私は見ていませんが、その反応で大体察せられます。心の整理をつける時間も必要ですが、待っていられるほど私も暇ではないので。本日の21:00。貴方が継ぐ事になる教会に新米補佐として、聖堂教会本部よりシスターが派遣されますので、定刻までに教会で到着を待っていてください。それと、貴方が勤めていた職場の方にはこちらから連絡しておきましたのでお気になさらず。では、私はこれで」

 

 言うだけ言ってさっさと立ち去っていく男。いやいや……少しは話をさせろって。聖堂教会ってなんだ、コミュニケーション能力に難がある人間しか居ないのか?そもそも、コミュニケーションする気ある?ってレベルだけど。

 

「はぁぁ……つか、なんで21:00。夜ばっかりじゃねぇか」

 

 叩きつけた手紙を手に取り、一応見間違いを祈って、もう一度目を通す。整った字は時として、とても腹立つと言う学びを得るだけだった。

 

「……クソ野郎め。分かったよ、やってやるよ。神父だろうが、代行者だろうがなんだろうが。今更、それくらいなんだ。サーヴァントと戦ったり、お前と戦ったりするよりは簡単だ。何もかもやりきって、満面の笑顔でもう一度ぶん殴ってやるから覚悟しとけよ言峰綺礼」

 

 ありったけの呪詛を込めてあの世の野郎に向けて言う。玄関を閉めて、家に戻ると俺の叫びで起きてしまったイリヤがひょっこりと顔を覗かせていた。なんでもないと伝え、ついでに20:00ぐらいに起こしてくれと伝え自室に向かう。夜に動くなら、今のうちに睡眠時間を確保しておくに限る。あまり眠くないが、聖杯戦争で身に付いた癖は抜けず俺はあっという間に意識を手放した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……タツ……カゲタツ……きて……カゲタツ起きて!!」

 

「……ん?時間かイリヤ?」

 

「あ、漸く起きた。最近、ちゃんと寝てないからすぐに起きれないんだよ」

 

 そう言って、彼女が指差した時刻は20:50……ってマズっ、寝坊したのか。飛び起きて、起こしてくれたイリヤに礼を言いながら部屋を出て貰う。神父服など持っていないので適当なものに着替え、部屋を出る。この時点で時刻は待ち合わせ時間まで5分となっていた。全力を出せば間に合うか?いいや、間に合わせてみせる。両脚に力を込め、夜の街を駆け抜ける。聖堂教会から頼まれた内容をすっぽかしたとなればどんな厄介事が起きるか分からんから、必死だ。

 

 見飽きた道を駆け抜け、綺麗に修復された教会が見えて来る。ちらっと時刻を確認すれば、残りは1分。門に手を掛けて、開き教会の敷地に脚を踏み入れる。

 

「間に合──」

 

「フィッシュ」

 

 えらく気の抜けた声が聞こえると同時に赤い布が俺の脚に絡み付くと、同時に空中へと引き揚げられる。なんだ、この布!?避けた筈なのに、空中で軌道を変えて巻き付いてきたぞ!?抗う事すらできず、巻き付いた布と共に地面に向かい叩きつけられた。どうにか手をクッションにしたが、痛いものは痛いし、治るとはいえ無闇に傷を負うのも好ましくない。未だに巻きつく布のせいで立てない為、視線だけで布を追い下手人を見つける。

 

「──」

 

 こんな事をしてくれた文句を言ってやろうと思っていた口は、その人物のあまりの美しさに動かなくなった。月の淡い輝きを受けて、夜の闇にその光を反射する美しい銀の髪に、まるでそこに星があるかの如く、見る者全てを吸い込むあの王様とは違い、儚くも優しい金の瞳。そして、見る事を辞めてしまえば、夜の闇に溶けて消えてしまいもう二度と見れないのではないかと錯覚するほどの儚い雰囲気を漂わせたシスター服の女性。

 

「いきなりなんの真似だとか怒るかと思ってましたが、随分と間抜けな顔をしていますね。そんなに驚きましたか?」

 

「あ──いや、アレくらいなら確かに驚いたけど、別に怒ることじゃない」

 

 その雰囲気に見惚れていた俺は、声をかけられて漸く意識が戻る。

 

「む……そうですか。随分とお人好しなのですね貴方は」

 

 俺の返事に何処となく不機嫌そうな彼女はそう続け、俺の脚の拘束を解く。そんな不機嫌な顔ですら、絵になると言うのだから美人は狡いと思うというか、なんだろうなその反応。なんとなく見慣れたものな気がする。立ち上がり、服に付いた砂埃を払う。

 

「俺がお人好し?いやいや、それは無いよ。それで、君は誰か聞いてもいい?」

 

「そうですね。私としたことが自己紹介がまだでした。本日より、この教会に派遣された見習いシスターのカレン・オルテンシアです。以後、よろしくお願いしますね。衛宮神父」

 

 俺の予想通り、どうやら彼女が俺の補佐役として送り込まれたシスターらしい。というか、見習いと言ったか?新米の俺に見習いのシスターを与えるって……人材居ないのか?聖堂教会。

 

「衛宮神父……慣れないな。せめて、影辰の方で頼むよ。っと、知ってるようだけど俺は衛宮影辰。事後承諾で前任者の言峰綺礼からこの教会を引き継ぐ事になった新米だ。色々と教えてくれると助かる、カレンさん」

 

「さん付けは必要ありませんよ、影辰神父。事後承諾……なるほど、では中で詳しい話をしましょう」

 

 そう言って歩き始めた彼女の背中をしばらく眺めた後、ある事に気が付いた俺は走って彼女に追いつき見えていないであろう右側に立ち、彼女の手を取る。その行動に驚いたように俺を見るカレンに、俺は弁明を口にする。

 

「右眼、見えてないんだろ?それに重心もズレてる。この教会は、微妙に足場も悪いし視界の通りが悪いところもある。何か起きてからじゃあ、遅いからな。余計な心配だったか?」

 

 俺がそう言うとカレンは、その綺麗な金の瞳を逸らす。黙ってしまう。明確に拒絶しないのなら、このままにするか。無言のまま、彼女の手を引っ張り教会の中へと入る。見慣れた聖母像に五月蝿いぐらいに脈打っているこの心臓の音が、彼女に聞こえていない事を祈る。

 

 これが、生涯を共にするカレン・オルテンシアという聖女との初めての出会いだった。

 




これにて、一先ずは完結となります。
時系列をごちゃごちゃにした後日談などは、引き続き投稿しますが、衛宮影辰の物語は一先ずこれまで。

ご愛読ありがとうございました。


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後日談
カレンと影辰の日常1


今回はカレン視点なので、影辰くんの出番は少ないですよ。あと、ゲストも居ます。
あ、独自解釈モリモリなので嫌な人は注意を。……今更な気がするけどね


1日目、晴れ

 

 あの聖杯戦争が行われていた土地で、長らく監督役を行なっていた言峰綺礼神父が突如、後継として指名した影辰神父と話をしました。彼は、聖堂教会が何をする組織かは知っていたけれど、具体的に所属している者が何をするのかは殆ど知っておらず前任者の監督不行き届きが、明らかになりました。見習いのシスターからの説明を嫌な顔一つせず、真剣に聞き一度で理解していたので頭の方は悪くないと思われます。

 ただ、私の様な者にまで優しいのは気になりますが。

 

3日目、晴れ

 

 彼は信仰心がある様には見えませんが、表向きの仕事は完璧と言って良いほどに行える様です。言峰神父を頼って足を運んだ信者の皆さんに、残念がられても嫌な顔一つせず、1時間も話せば溶け込み信者1人1人の個人的な悩みや懺悔にも、耳を貸していました。信者の皆さんが、満足そうに教会を去って行くのを見送ると、まるで定位置の様に聖母像の一番近くの長椅子に座り、聖書片手に暇そうに読んでいる姿が時折り見られた事からも、信仰心の無さが伺えます。

 

 この日から、彼も教会で寝泊まりをする様になりました。毎日というわけではありませんが、1週間の内、3日は教会に泊まって行きます。理由を聞いたら、「女性1人は何かと危ないだろ?」などと言ってました。神のお膝元で愚を犯す不届き者などそうそう居ないと思いますが。

 

15日目、雨

 

 怒られました。私からすれば慣れていた事なのですが、悪魔に取り憑かれた者を別行動で探す時に体質を利用していたのがバレ、それはもうこっ酷く叱られてしまいました。どうやら、聖杯戦争中に飲んだ霊薬の効果で彼の目には悪魔が見える様で自分と一緒にいる時は、そんな無茶をするなと泣きそうな顔で伝えられました。……本当に不思議な人です。

 

18日目、月の見えない暗い夜。

 

 ……屍鬼と遭遇することになるとは思いませんでした。聖堂教会からの指令は、低級霊への対処だけだったので影辰神父と共に指定された場所へと足を運んでいました。彷徨っていた霊が影辰神父によって1回殴るだけで消えていくのを隠れながら見ていると、そんな私を狙って魔術か何かで隠れていた屍鬼が飛び掛かってきたのを、彼が殴り飛ばしました。

 

「……」

 

 普段は人懐っこい笑顔を浮かべている彼が、冷たいまるで塵を見る様な目で屍鬼を見下しているのが分かりました。殴り飛ばされた屍鬼が何かを喚いていましたが、その全てを無視し再び殴り押し倒した後、立ち上がる事を許さず灰錠で顔を殴打。やがて、潰れた柘榴の様に屍鬼は頭の中身を地面にばら撒いた。動かなくなった後、心臓を抉り取り潰すと返り血に身を染めた状態で振り返り、私を見る。

 

「……怪我はない?」

 

 冷め切った瞳に熱がゆっくりと宿り、私を気遣うその姿は今まで一度も見る事がなかった姿でした。体質を利用している事も、ボロボロになる私の事も一切気遣う事なく、あくまで道具として使い潰すのが今までの聖堂教会の方々でした。私もそれで良いと受け入れていましたが、彼に気遣われる度に胸の奥が暖かくなるのを感じていた。

 

「えぇ、大丈夫です。慣れていますからお気になさらず」

 

 その暖かさを表に出さない様に冷たい物言いをしても、彼は優しく微笑み安心した様に「良かった」と言うのだから反応に困るのです。

 

 ですが、これで漸く確信しました。私の体質は、影辰神父の近くにいると正しく機能しない事を。そもそも、本来であれば向き合うだけで感じられるほどの濃い呪いを身に纏っている彼の近くにいるだけで、死んでもおかしくないのですが、今こうして生きていられるところを考えるに、正しく機能していない若しくは、機能した上でこの状態なのではないかと考えられます。明日、聞いてみましょう。

 

 19日目、夜。

 

「……タイミングを逃して結局、聞けてないですね」

 

 聖母像に祈りを捧げながら、私は今日1日のタイミングの悪さを思い出す。朝から、来訪する信者達にお昼は彼の友達というイリヤスフィールさんが遊びに来たりして呪いに関して聞くことが無いまま、夜になってしまった。今日、彼は教会に泊まっていくから聞いても良いのですけど先程、部屋を訪ねた時には既に寝ていましたし……なんなんですかね本当に。

 

「……はぁ」

 

「ため息を溢すと、幸せが逃げるらしいぜシスター?」

 

「……」

 

 後ろから聞こえてきた言葉に思わず、マグダラの聖骸布を向けると慌てたように両手を挙げる不審者。

 

「待て待て!ただでさえ、こいつの強靭すぎる魂抑えて出てきてるんだから、ソレ使われたら引っ込んじまうよ。オレは弱いんだから」

 

「……誰ですか。その身体は、影辰神父の物ですよね」

 

「オレの正体なんて後で分かるさ。それより、呪いの事とか気になってるんでしょ?オレなら俺以上に詳しく答えてあげられるよ」

 

 どうしてと問うより早く彼が手に持つ日記帳が目に入る。聖堂教会への報告書を書く時に参考になればと今日まで書き残した中身を読んだというのなら、私が影辰神父の呪いを気に掛けていた事が分かっていても不思議ではない。……話を聞けるのなら良いでしょう。敵意も感じませんし。聖骸布を回収し、立ち上がり彼を見る。見たことのない模様が身体に浮かび上がっている以外に私の知っている彼との相違点はない。相変わらず、霊障が再現される兆しもなかった。

 

「さてと、じゃあ何が聞きたい?シスター」

 

「そうね……単刀直入に聞くわ。何故、彼の呪いは私に再現されないのですか?」

 

「そうだな……質問を返す事になるが、アンタ、呪いと願いの違いって分かるか?」

 

「誰かを害する為だけのものと、誰かの救いになるものかしら」

 

「意外とロマンチストだなアンタ……別にそれが間違ってるとは言わないけど、本質的には呪いも願いも同じさ。結論から先に言えば、この衛宮影辰という男は、多くの人間に生きろと願われ、そして呪われたのさ。別に誰かに生きて欲しいと思うのは悪い事じゃない、親が子供に、友達に、恋人に、そして親にそう願う事は誰だって思う事だ」

 

 何か失礼な事を言われた気がするけれど、目の前の存在が言っている事は間違いではないと思った。人は1人では生きていけないから、周りにいる人間の幸福を祈るのだから。

 

「けどまぁ、それって余りにも身勝手じゃないか?もし、祈られた側が死にたいと思っていたらどうする?機械に繋がれてでも、自分で何かをする事が出来なくて死にたいと思っていても、周りが生きて欲しいと願うから生きる。そんなのそいつにとって、呪い以外の何物でもないだろう」

 

「それは……」

 

「此処からが本題だ。冬木にはなんでも願いを叶える聖杯があって、コイツはその聖杯戦争に二度関わった。もしも、聖杯が正常であればこいつの人生はとっくの昔に終わりを迎えていただろう。けど、正常ではなくなった聖杯の中身はその終わりを認めず、生きて欲しいと願われていた普通の男を呪い、何があっても死なない身体へと仕立て上げたのさ。その身にどれだけの苦痛、災厄が降り注ごうとも生きて欲しいと願われた男から死の救いを奪ったのさ。アンタの体質と同じで、欲しいと願って手に入れたものでもなんでもない」

 

 きっと彼に生きて欲しいと願った人達は彼の幸福を祈っていた筈。それなのに、その願いが彼から当たり前の幸福を奪い、血塗れの日常へと引き込んでしまった。なんて、残酷な結末なのでしょうか。

 

「なるほど。彼の身体を蝕む呪いの本質は、生きて欲しいというもの。私の体質はそれを正しく再現していたからこそ、彼が近くにいる時は他の呪いを発現せず、受けた傷も治っていたと」

 

「そういう事。あぁでも、なんでも治せる万能じゃないぞ。軽い傷なら治せるが、出会った時からのその目や、足は治せない。それが正常の状態だと呪いが認識してるだろうからな」

 

「別に構いませんよ。漸く、彼に気遣われるのにも慣れてきた頃合いですし。それが無くなったら、言い訳に困ります」

 

 私がそう言うと、目の前の存在はニヤリと笑みを浮かべた。そういう顔も影辰神父はしなそうですね。なんというか、顔も声も同じだというのに表情や言葉遣いではっきりと別人だと分かるのも不思議な気分ですね。

 

「まっ、こんな感じだ。細かいところは話してないが、別にそこに興味はないだろアンタ。他に何か聞きたい事はあるか?」

 

「彼に宿る呪いを解呪する方法はあるのですか?」

 

 私がそう聞くと驚いた様な顔をする。何か不思議な事を言ったでしょうか、聖職者として神に仕える者として呪われている者を救うのは役目です。例え、それが私自身を手助けしていたとしても。

 

「……さぁね。宿った直後なら兎も角、ここまで一体化したものを取り除く術はアンタらにもないだろう」

 

 いくら聖堂教会と言えど、完全に発現した呪い。いえ、悪魔を取り除く術はない。だからこそ、代行者と呼ばれる者達は悪魔の除霊ではなく、宿主を殺すのです。完全な消滅ではなく、一時的な退散として。既に代行者として歩き始めてる彼を殺さない理由は、殺す以上に有用な価値があると聖堂教会が判断しているからですし。

 

「けど、救いを与える術はあるぜ。それはアンタにしか出来ない」

 

「見習いのシスターですよ私は」

 

「ハハッ、そういう事じゃないのさ。まぁ、精々頭を悩ませるこった。オレのお節介はここまでだからな」

 

 私が呼び止めるより早く、彼の顔に浮かび上がっていた模様が消えていき、完全に消えると力なく彼が倒れていく。急いで聖骸布で倒れるのを防ぎ、いつも彼が座っている長椅子に座らせ、私も隣に座る。本当にこの場所はよく聖母像が見えますね、信仰心のない彼には勿体ない場所です。

 

「……んんっ……カレン……」

 

 私の名前を呼びながら、彼が私の肩を枕代わりに倒れてきたので、そっと頭を掴み膝へと誘導する。肉の無い身ですが、肩よりは寝やすい筈です。狸寝入りをしていたら、怒ろうかと思いましたが安らかな顔で気持ち良さそうに寝ている彼を見て本当に眠っているんだと分かる。そっと艶やかな白銅色の髪を撫でる。

 

「……私が貴方の救いになる。どういう意味でしょうかね」

 

 返答はない。当たり前だ彼は寝ているのだから。ゆっくりと彼の頭を撫でながら、私も目を閉じる。思いの外、身体は疲れていた様で閉じた目が開かなくなる。このまま私も寝てしまおう、膝から感じる体温が心地よいですし。

 このまま、眠っていつか朝が来て、自室で寝ていた筈なのに私の膝の上で寝ているという不思議状況に彼はどんな反応をするんでしょうね。何が起きたのか分からないと目を丸くするでしょうか。顔を真っ赤にして飛び起きるでしょうか。それとも、私への謝罪を口にするでしょうか。

 

「ふふっ」

 

 どの結果でも面白そうで私は小さく笑ってしまう。明日が楽しみだと思うのは、初めてです。貴方も、そう思ってくれているのなら嬉しいですね影辰神父。




聖杯の中での約束通り、見守る(物理)してるアンリくんでした。

後日談はまったりと更新していくのでお楽しみに。それでは、またお会いしましょう。

活動報告で完結後の挨拶してるので良かったら読んでね。


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カレンと影辰の日常2

「見事に咲いてるもんだなぁ。綺麗だ」

 

「桜の下には死体が埋まってるとも言うそうですよ」

 

「……カレン、お前なぁ」

 

 見事に咲き誇る桜を士郎の提案で、俺たちは皆んなと一緒に花見に来ていた。ここら辺の桜は満開になると綺麗だと、有名で周囲を見れば所々に花見客が来ているが分かり、それらを狙いとした屋台も多く出ている。それだけ立派に咲く桜への感想に対して、死体が埋まってるそうですよと返すカレンの捻くれ具合と言ったら無いだろう。

 

「ふふっ、冗談です。あまりに間抜けな顔をしていたので揶揄いたくなりました」

 

 春の日差し、桜の下でそう言って微笑む彼女の顔は、満開の桜より美しいと思った。けど、それを素直に口に出せば揶揄われるだけなので言わないが。そもそも、大河とかに聞かれたら死ぬほど弄られるしな。

 

「それ、元ネタ的には桜を美しいと褒める内容だからな。怖がらす目的じゃないぞ。確か、死者の魂を花として咲かせそれがヒラヒラと散っていく。そこに言葉では言い表せない美しさを見出したらしい。日本人らしい感性だな」

 

「貴方はそう思わないんですか?」

 

 カレンが俺の横に座りながら聞いてきたので俺は桜をもう一度見上げる。そこには変わらず、美しく咲き誇る桜と、青空を背景に花びらが舞っていた。それは確かに綺麗だと思えたけれど。

 

「俺は満開の桜を見る方が好きだな。散りゆく桜に思うところがない訳ではないけど、花としての命を終えていく所より綺麗に咲き誇り輝いている姿を見ている方が俺は好きだな。散るところを見ると、どうしても寂しくなってしまう」

 

「……貴方らしい感想ですね」

 

 ヒラヒラと舞い散る花びらの一枚をカレンはそっとその手に優しく乗せる。それをしばらく見つめた後、上へと投げてまたヒラヒラと舞い散る花びらの仲間入りを果たし、今度はゆっくりと地面へと落ちる。

 

「私は散る所も好きですよ。命が尽きる最期まで、誰かの心の中に残るのは寂しいですけど、とても美しいと私は感じますから」

 

 見ず知らずの誰かの為に自らを使い潰せるカレンからしたら、何か感じる所があったのだろう。憂こそあれ、何処か満足そうな彼女の横顔を見ていると胸が締め付けられる。俺は、君にそんな顔をさせたくて連れてきた訳じゃないんだ。

 

「そうだな……なら、目一杯桜を堪能するとしようか。美しい姿を俺たちが記憶して、また次の春に一緒に見に来よう」

 

 消えそうな彼女を繋ぎ止める為に、彼女を見失わない様にその顔をじっと見つめながら来年の約束を取り付ける。そんな俺に気がついたのか桜を見ていた顔が真っ直ぐと俺に向く。少し驚いたのか目を見開く彼女は徐々にその顔に愉しげな表情を浮かべ始める。あれ?

 

「まるで告白みたいですね?影辰神父」

 

「こっ!?いやいや、そんなつもりはなくてだな!?」

 

「あら。女性に来年も一緒に桜を見る約束を取り付けるのは、どう聞いても告白だと思いますよ?」

 

 慌てる俺の顔がそんなに面白いのか愉しそうに追い討ちをかけてくるカレン。それなりの時間を過ごしていて分かった事だけど、カレンには弄ると決めたらとことん弄ってくる悪癖がある。こうやって弄られるのも初めてではない。

 

「分かって揶揄ってるだろお前!」

 

「流石に鈍い神父様でも、気が付きますか。偉いですね」

 

「そんなんで褒めるな!と言うか、何度も弄られてたら分かるわ……たくっ、まぁお前が楽しそうならなんでも良いんだけどさ」

 

「……そう言う所ですよ鈍神父」

 

 俺が一体何をしたと言うんだ……反論はせずに再び桜を見上げるとカレンも同じ様に桜を見つめる。この時ばかりは散る桜も素直に美しいと思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、桜。アレ、どう思う?」

 

「……さぁ、私に聞かれても」

 

 凛と桜はヒソヒソと目の前の光景に関して話をしていた。士郎提案の花見は、場所取りに彼の兄である影辰と士郎達が直接話をするのは初めての同僚、カレンが先に向かってその後、お弁当とかを携えた彼女らが来ていた。初めの内は別に変な所などなく、顔合わせも至って普通に行われたのだが、時間が経つに連れてその違和感に気がついた凛は、思わず桜に問いかけていたのだ。

 

「カレン、陽射しは大丈夫か?」

 

「心配しなくても辛ければ言いますから。それに、貴方が近くに居れば軽い不調ぐらい平気です」

 

「誤解を招く言い方を態とするのはやめなさい」

 

「本当の事を言ってるだけですよ?」

 

「あーもう、分かったよ。それで良いよ」

 

 花見が始まってからずっと、食べている時もみんなと話している時も、飲み物や屋台の食べ物を買いに行く時も影辰とカレンは、片時も離れる事が無かった。その事実に気が付いてないのは、花より団子をしているセイバーと、視界の端で白野に迫られている士郎ぐらいだろう。

 

「ん。やっぱり士郎の料理は美味しい。毎日食べたいぐらいだ」

 

「そりゃ良かった。折角、皆んなが揃ってる花見だからな。気合を入れたんだ、そうそうこっちは白野にお薦めしたくてな」

 

「麻婆豆腐!しかも良い色をしている……お重と分けたのは私専用だからか?」

 

「あぁ。ほら、食べてくれよ」

 

 毎日という発言に反応しないのは突っ込むべきか。いや、士郎の事だから言葉の通りに受け取っているのだろう。言った張本人の白野ですら、特に残念がっている様子は見られないし、麻婆豆腐をとても美味しそうに食べていた。

 少し話は逸れたが、凛と桜の本題は影辰とカレンの距離感に関してだ。聖杯戦争を通して、影辰という男と関わった二人だがその評価は気の良いお兄さんであり、そして深く自分から関わってくる人ではないと思っていた。何処か一線を引かれているというか、ある程度までは仲良くなれるけどその先に進むには難しい人。そんなイメージの人が、特定の誰かに近づいているのが不思議であり、また年頃の彼女らからしたらそういう関係じゃないのかと思っていた。

 

「もしかして、恋人同士なのかしら?」

 

「カゲタツとカレンは、今のところただの神父とシスターって関係よ。リン」

 

 いつの間にか会話を盗み聞きしていたイリヤがお団子を食べながら話に加わる。時折、教会に遊びに行く彼女はこの場の誰よりも影辰とカレンの状況を知っていたのだ。

 

「どう見てもカゲタツはカレンに惚れてるし、カレンもそれを悪くは思ってなさそうなんだけど……あの二人、自分の幸せを求める気がないのよ」

 

 その顔と声に呆れを浮かべながらイリヤは言う。影辰は、今までずっと当たり前から身を遠ざけていたから、今のところはカレンと一緒に居られるだけで幸福と感じてそれ以上を求めていないし、カレンもカレンで彼が近くにいるだけで満足してるからアレ以上進展しないと。

 

「はっきり言って近くで見てるともどかしいわよあの二人」

 

「それはなんとなく分かります。兄さんなら、ブラックコーヒー片手に逃げ出しそうですし」

 

「そう言えば慎二はどうしたのよ?」

 

 凛の質問に桜が無言で指を刺す。その方向の先には、メドゥーサに膝枕をされて眠っている慎二の姿があった。日頃の鍛錬であったり魔導書を読んでいたりと寝不足がデフォルトになりつつあった慎二は春の陽気に当てられ、船を漕ぎ始めそこをメドゥーサに回収された様だ。

 

「……なるほどね。なんというかさっさっとくっついてくれないかしらね」

 

「リンはお子ちゃまね。ああいう期間も大切なのよ。まぁ、それはそれとして後でカゲタツは弄るけど」

 

「何よ!貴女だって、そういう経験がある訳じゃないのに偉そうに!」

 

 売り言葉に買い言葉。ギャーギャーと喧しくなる凛とイリヤ。なんともまぁ、負けず嫌いな二人である。そんな二人を桜は呆れた様に見ながら、お茶を飲み、先輩のところに行こうか考えるのだった。

 

「賑やかだな」

 

「そうですね」

 

 まさか自分たちの話をされていたとは思ってもいない影辰とカレンの二人は呑気に、騒いでいる二人を見ていた。血生臭い非日常から最も遠い、ありふれた平和な光景が此処には広がっている。世界の何処かでは、悲しみに暮れている人もいるだろう。だが、男が望んだ世界は今此処に確かに存在しているのだ。

 

 さて、楽しい時間と云うのはあっという間に過ぎていくもので日も落ち始め、少し冷たい風が吹いてきた頃解散の流れとなった。途中から顔の広い大河は別のところに顔を出して見事、出来上がった状態で戻ってきたがそれは話の隅に置いておこう。今日は家に戻る予定の影辰は教会へとカレンを送っていた。勿論、彼女が転ばない様に右側に立ち手を握りながら。

 

「皆さん、善い人達でしたね」

 

「だろう?人の縁には恵まれて……うんまぁ、恵まれている方だと思うよ」

 

「何か含みがありそうですね……もしかして前任者の事ですか?」

 

 言い淀んだ影辰に対してカレンが質問すると図星のように視線を逸らした。影辰の脳裏には、主に二人の人物が浮かび上がっており一人はキラキラと輝く黄金の王様、もう一人はいけすかない笑みを浮かべる神父だ。

 

「そう言えば聞いてませんでしたね。前任者の事はどう思ってるんですか?」

 

 そんな彼を見てふと気になったカレンは問いを投げかけた。

 

「うん?なんでそんな事を聞くんだ?」

 

「少しばかりの興味です。聖堂教会でも貴方は有名でして、言峰綺礼神父が突如名を登録し、後継に宣言した人。私は知りませんが、とても後継をわざわざ指定するような人ではなかったらしいので」

 

「なるほど?んー、そうだなぁ、好きか嫌いかで言えば嫌いな奴だった」

 

「え?」

 

「人の不幸を喜ぶ奴だし、その為なら努力は惜しまないし、訳わからないほど辛い麻婆豆腐食わせてくるし、まぁ今では好物だけど。あと、加減なんて考えてない鍛錬を押し付けてくるし。何度あいつの愉しそうな顔を見たことか」

 

「……」

 

 言葉の割には何処か楽しそうに話す影辰に言葉を挟めないカレン。彼がこういう話で嘘吐く人物ではないと分かっているからこそ、その声と表情に込められた複雑な心境を察してしまう。やがて、彼は少し寂しげな表情を浮かべて言葉を続けた。

 

「……ただ、同時にすごく悲しい奴だと思った。どれだけありふれた幸福を望んでも自らそれを壊してしまう。満ち足りている癖にこの世界の誰よりも渇いていたあいつが、俺を後継に指名した。それすら俺が苦しむのを眺めたいだけだろうけど、少々特殊な俺が生きるには合っているものだ。悪人が気まぐれに起こした善意。そう捉えれば無碍には出来ない」

 

「貴方はあの人を恨んでいないと?」

 

「そうだなぁ……そういうのはあの時に全部置いてきた。今は俺にとって、最も因縁があって嫌いで可哀想な奴だよ」

 

 何処か遠くを見た後、カレンの顔を見て笑みを浮かべる影辰。その表情が何よりも後悔はないと物語っていた。だから、カレンはもうじき教会に着くというのに影辰の手を今までより強く握った。なんとなくそうするべきだと思ったから。

 

「……随分と甘い事を言うのですね。ですが、それが1番の仕返しでしょうね」

 

「うん?よく分かってるじゃん。言峰綺礼に会ったことあるの?」

 

「いえ、ありませんよ。ですが、想像できるだけです」

 

「んん?そういうものか」

 

「そういうものです」

 

 話していると早いものでもう教会に到着した。カレンを自室に送り届けると、名残惜しそうに二人の手は離れ影辰は部屋を出て行こうとする。その背中を眺めながらカレンは、ふと昼間の事を思い出し口に出した。

 

「来年も桜を見に行きましょう。影辰」

 

 その言葉に彼が笑みを浮かべて、嬉しそうに応じたのは言うまでもない事だろう。ゆえに彼は気づかなかった。その言葉を口に出したカレンの耳が少し紅く染まっている事に。

 




こいつら、もどかしい。


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カレンと影辰の日常3

Fate界屈指の脳筋、参戦


 拳が空を切る。発生した拳圧が彼女を強者であると告げていた。あの野郎のせいで乗り気はしないが、聖杯戦争が終わって鈍っていたこの身体を叩き起こすのには心地よい殺気だ。追撃で振るわれた拳を叩き落としながら重心を落として拳を突き出すが、持ち上げられた膝で受け止められる。

 

「……やる気になりましたか」

 

「黙って殺されてやるほど、甘くないんでな」

 

 相手は隻腕とは言え、魔術師だ。その時点で俺の不利は決まりきっており、油断や慢心などしている余裕はない。好都合なのは、遠距離だったりフランチェスカの様に空間を固定してきたりなどをせず、グローブを強化し体術で攻め込んでくる所だ。実体化しない魔術だと叩き落としたり掴んだりができず、相手の土俵で戦う事を強いられるが、今回は俺の土俵でもある。

 

 灰錠を展開して構えると同時に、目の前の魔術師──確か、バゼットと名乗った彼女が一直線に俺に向かって駆け出してくる。搦手など用いず、真正面から殴り飛ばすその姿には好感を得るが、余り俺を舐めてくれるなよ。彼女が間合い内に入ってくると同時に、その場で震脚を行い彼女の体勢を崩し、ガラ空きの胴体を狙い拳を突き出す。瞬間、自分の身体が前に崩されたのを理解した。

 

「器用な事をする!」

 

「隻腕ですからね!」

 

 引き込む様に俺の拳を下に逸らした彼女は膝を俺の鳩尾に向けて放つ。それを空いている方の手で受け止め、そのまま膝の骨を砕く為に力を込めていくと、片足立ちという力の入れ辛い体勢から俺の側頭部目掛けて裏拳を放たれたので半歩身を逸らし避けるが、その間に後ろに飛び退き体勢を立て直される。

 

「「……」」

 

 互いに拳を構え、睨み合う。先ほどまでは正確に力量を測れていなかったが、数回拳を交えて互いに相手の力量を把握した。突撃してこないところをみるに、考えている事は同じだろう。迂闊な攻撃は敗北を招くと。

 両脚に力を込め、一度の跳躍で距離を詰め拳を叩きつける。数歩下がる事で避けられるが、勢いよく振り下ろした拳は地面を砕き、巻き上がった石片がバゼットに攻撃する隙を与えない。そのまま、両手で跳躍し肘鉄を放つが土煙で視界が悪い中驚異的な反射神経で反応したバゼットに受け止められた。やっぱり、こいつ目も良いが反射神経がズバ抜けている。

 

「しっ!」

 

 短い息と共に繰り出された蹴りが俺の顎を掠めると同時に、掴まれている肘に力が加わり俺の身体が宙に浮く。投げられたと即座に理解し、空中で身体を捻り、壁に着地すると同時に斜め前へと移動。瞬間、先ほどまで居た場所にバゼットの踵落としが落ちた。視線だけは俺の方を向いている辺り、避けられると理解した上での攻撃だったのだろう。ならば、この後の攻撃など自ずと分かる。

 即座に攻撃体勢になったバゼットが突き出した拳を先程の仕返しとして態と自らの方へ引き込み、その勢いを下へと逸らす。

 

「この!?」

 

「見様見真似は得意でね!」

 

 俺の時より勢いのあった彼女は大きく体勢を崩している。そして、俺の狙いを理解した彼女は頭を逸らそうとするが、俺の拳の方が早く彼女の元へと到達し、勢いよくその顎を叩き教会の方へと吹き飛ばす。もし、彼女が隻腕でなければこの戦いどうなっていたか。

 

 しゅるる。

 

「うん?なんだこの気の抜ける音と共に身体がめちゃくちゃ痛い!?」

 

「教会の神父が来客を殴り飛ばして、挙句気絶させるなど何をしてるんですか。少しは加減をしなさい」

 

 教会から出てきたカレンが、俺に聖骸布を巻き付けながら呆れた顔をしている。どうやら神父である俺がバゼットを殴り飛ばした事にお怒りらしい。でも、多分この人殴り合いしないと話を聞いてくれないタイプだと思うんだ俺は。

 

「……反省の色なしですね。では、このまま連行します」

 

「ちょ!?それは待って!これ、苦しいんだって!!」

 

 ズリズリと聖骸布で簀巻きにされた状態で引き摺られていく俺。ジタバタと暴れたところで男性を縛り付けるこの聖骸布からは、逃れられない。やがて、抵抗を諦めて大人しく引き摺られる俺はバゼットの事を思い出し、辺りを見渡すと同じように簀巻きにされているバゼットが目に入り、なんだかとても虚しい気持ちになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ん。此処は……」

 

 寝ていた身体を起こし辺りを見渡すと、すぐに聖母像が目に入り此処が教会の中だと理解した。なんでこんなところに……そう思うと同時に顎に痛みが走り全てを思い出す。そうだ、私は言峰神父に会おうと思って教会に訪れて……そこで知らない男と戦闘になり敗北した。

 

「くっ……また此処で負けたのか私は」

 

「あ、起きた?」

 

 下から聞こえてきた声に勢いよく飛び退きながらその場所を見ると、簀巻きにされて横たわる先程の男が居た。……どういう状況ですかこれは。顎の痛みとは別種類の頭痛を感じながら彼を見ていると、奥から水を持った銀髪のシスターが現れ、その手に持つ布は簀巻きの男へと繋がっていた。

 

「……もしかしてそういう趣味ですか?」

 

「違うわ!なにいきなり勘違いしてんだ!?」

 

「あら、でも抵抗を辞めて大人しくしてるじゃないですか影辰神父」

 

「聖骸布に抵抗するだけ無駄だって、カレンが一番よく分かってるだろ!」

 

「まぁまぁ、ほら疲れているでしょう。先ずは水分補給をどうぞ」

 

 そう言って彼女は手に持っていたコップを私の前に置き、彼の前には犬に餌をあげる器に入れた水を置き、少し離れた場所にある椅子に座る。余りの状況に私は言葉を発する事が出来ない。一体全体これはどういう状況なのでしょうか。チラッと影辰神父の方を見ると、もう全てを悟った表情でただただ横たわっており、そこに私と戦っていた時の覇気は一切ない。

 

「先ずは自己紹介でもしましょうか。私は、カレン・オルテンシアと言います。新米神父である彼の補佐役として、この教会所属のシスターとなりました。よろしくお願いしますね」

 

「……衛宮影辰だ。言峰綺礼から後継に指名され、この教会の神父になった。決して、そういう趣味はないからな」

 

 やはり、彼が言峰神父の後継だったのですね。

 

「えぇ、分かりました。私は、バゼット・フラガ・マクレミッツです。隻腕にこそなりましたが、執行者です」

 

「それで本題ですけど、なぜこの教会に訪れ、影辰神父と戦闘を?」

 

「そうですね。説明します」

 

 私は彼らに第五次聖杯戦争にランサーを召喚し参加していた事を教え、その際に言峰神父の騙し討ちに遭い、左腕ごと令呪を奪われた事を説明する。この時、影辰神父があの野郎……って恨み言をぼやいていた。その後、何者かに助けられ意識不明の重体のまま聖堂教会に保護された後、色々とあり元の魔術協会に戻れた事を話す。

 

「すっごい、来歴だな……大変だったろ」

 

「えぇ、まぁ。それでもどうにかこうして生きています。腕に関しても義手という手段もありましたが、これは戒めとしてせめて言峰神父にお礼参りをしてからと思ったのですが、まさか既に死んでいるとは……あっ、それと突然の無礼申し訳ありませんでした。貴方が、悪人かもしれないと思ったので」

 

 明らかに普通の神父とはかけ離れた気配を放っていた彼を私は悪人かもしれないと思ったのですが、今のあまりにも可哀想な姿にそれは無いと判断して頭を下げる。すると、彼は気にしないでと笑いながら私を許してくれる。

 

「突然襲われたのは驚いたけど、殺す気がないのは分かってたし、楽しかったからな。義手だっけか。それで、両手になったバゼットとはまた戦いたいぐらいだ。今回は隻腕だったから勝てた気がする」

 

 簀巻きで床に転がっているというなんとも情けない姿だが、私を強者と認め再戦を申し込んでくる彼の姿に胸が熱くなる。あぁ、この人は言峰神父とは違い、良い人間だ。可能であれば良好な関係を築いていきたいと思う。

 

「はい!義手に慣れ、満足のいく仕上がりになればまた此処に来ます。その時、再戦しましょう影辰」

 

「おう。俺も鈍った身体を十分に解してお前を待つ事にするよ」

 

 私の返事に嬉しそうに返す影辰神父。その表情から嘘偽りなく私との再戦を楽しみにしてくれている事が分かり、私の方も釣られて笑みを浮かべる。この日はこのまま教会に泊まることとなり、影辰とカレンの二人との親睦を深めた。……その間ずっと簀巻きにされてたけど、本当に趣味じゃないんですよね影辰?

 

「それでは私はこれで失礼します」

 

 翌日、共に朝食を食べた後私は魔術協会に戻る事にした。次の仕事があるのもあるけど、今すぐにでも義手の調整を依頼したいのが一番大きい。流石に朝からは簀巻きではなかった影辰と、そんな彼に手を握られながらカレンが私を見送ってくれる。極めて自然にカレンの右側に立ちその手を握っていたところから、それが自然体になるまで繰り返し行われている行為なのだと分かり微笑ましくなる。

 

「っと、そうでした。影辰、連絡先を教えて貰っても良いですか?」

 

「あぁ、まだ教えてなかったか。良いよ」

 

 互いに携帯を取り出し、連絡先を交換する。そのままカレンとも交換しようと思いましたが、どうやら彼女は携帯を持っていないようで、契約した時に影辰から教える事になった。

 

「これで思い残す事はないですね。では、暇な時や何かあれば連絡する事もあると思いますが、その時はよろしくお願いします」

 

「おう。そっちも頑張れよ」

 

「えぇ。そちらこそ」

 

 互いに突き出した拳を軽くぶつけ合う。そうして、二人にお辞儀をした後教会を離れる。真っ直ぐ歩き、教会の敷地を出てから後ろを振り向く。そこには、言葉は聞こえないが互いに笑みを浮かべて話している影辰とカレンの姿があった。

 

「……カレン、早く恋人同士にならないと私が横から奪ってしまいますよ?」

 

 目的こそ果たせなかったが、より良い成果が手に入った私の二度目の冬木市訪問は終わりを告げたのだった。……今になって思えば、私を助けてくれた人に何処となく雰囲気が似ている気がしますね彼。

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

「どうしたカレン?」

 

「いえ、なんだか宣戦布告された様な気がしまして」

 

「んん?」

 




壊れた教会敷地内の壁や床を補修する神父の背中がそこにはあったという。


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カレンと影辰の日常4

エルデンリングに囚われてるマスターBTです。


 代行者。聖堂教会における異端狩りのプロフェッショナルであり、血生臭い人生から逃れる事が出来ない者達を指す言葉。それは当然、言峰綺礼から冬木教会を預かった衛宮影辰も例外ではなく、時折、教会本部からの司令を受け異端と定められた者達を狩っていた。

 

「……こんなものか」

 

 物言わぬ魔術師とその弟子達の亡骸を眺める影辰。相変わらずその瞳に光はなく、持参してきた可燃性液体をばら撒き、マッチで着火し、全ての証拠を燃やすとその場をゆっくりと離れていく。事前に聞いた情報では死を冒涜し、死徒を生み出しかねないとの事だったが影辰にとってはなんの興味もない情報だった。

 返り血すら浴びていない彼はそのまま、人通りの多い道へと歩き出し魔術協会から送られてきたであろう追跡者を掻い潜る。彼とすれ違った街の人達は少しだけ焦げ臭い様な臭いを感じたが、彼が口に咥えている煙草を見てその臭いかと納得し即座に気にしなくなる。こうして、追手も一般人も全て誤魔化し聖堂教会名義で確保していたホテルへと戻った。

 

「お帰りなさい。予定より早いですね」

 

「思ったよりは簡単な仕事だった。まぁ、連中の拠点にバイクを突撃させて爆破させたからだろうけど」

 

「相変わらず手段を選ばない人ですね。珈琲淹れておきましたので好きにどうぞ」

 

「あぁ、助かる」

 

 当然の様に二人同室で予約していた部屋で、カレンが淹れておいた珈琲を飲む影辰。濃いブラックという彼の好みも完全に捉えた珈琲は、疲れた身体に染み渡り、冷え切った彼に熱を与えていく。現在、彼らは住み慣れている冬木を離れ遠くスウェーデンのルンドまで来ていた。本来なら日本の冬木にいる彼らに連絡が来ることはないのだが、何者かによって聖堂教会の神父が殺されちょうど手が空いていた二人が選ばれた。

 

「その話を聞く限り、教会の人間を殺したのはその魔術師達ではなさそうですね」

 

「あぁ。仮に神父を殺す算段があったとしても低級の死霊を操る程度しか出来ない魔術師に到底殺せるとは思えない。ただ……」

 

 影辰はそこで言葉を止める。拠点を潰すついでに軽く調べた時に気掛かりな点が幾つかあったのだ。ただ、それをカレンがいる場で口にする事を恐れていた。もし、自分の予想が当たっていたとしてそれを伝える事で、嫌な縁が結ばれる事を懸念したのだ。

 

「何か思い当たる節があるんですね?でも、それを言いたくないと……分かりました。無理に聞くことでもないですから」

 

 そんな彼の胸の内を見透かした様にカレンが近くに座りながら言った。影辰は思わず、驚いた顔で彼女を見る。

 

「なんですか。今更、そんな事が分からないとでも?」

 

「いや……良いのか?自分が所属する組織に関して隠し事をしようとしてるんだぞ?」

 

「他の人がどうかは知りませんが、別に私は構いませんよ。貴方が不必要に隠す人だと思ってませんから。話しても良いと思ったらその時に教えてください」

 

 そう言ってカレンはそっと彼の右腕に寄りかかる。そのあまりの軽さに影辰は心配になりながら腕からゆっくりと伝わっていく優しい暖かさが心地よいと思うのだ。暫く、そのままどちらも口を開く事なく、静かな時間を堪能しふと、影辰が思いついた様に口を開いた。

 

「そうだ、まだ日数余ってるし明日は、何処か行かないか?ルンドの大聖堂とか観たがってたよな?」

 

「貴方は退屈かもしれませんよ?」

 

「お前と一緒に居てそれはないだろう」

 

 心の底から何を言ってるんだという笑みを浮かべて影辰はカレンの顔を見ると、そこには呆れた様な顔をしながらも頬を赤く染めているカレンの愛らしい顔があった。嘘偽りが無いという事が分かってしまうのも、また心臓には優しくないのだ。

 

「人誑し……そうやって誰も彼も落とすんですね変態」

 

「なんでそうなる!?」

 

 だから、仕返しにちょっとだけ意地悪をするカレン。立派な衛宮の人間である影辰にはとても刺さる言葉なのだが、あの家で育った以上気付けという方が難しいだろう。意地悪をされて、子供の様になんだよぉ…ってぼやきながら拗ねる彼の手を引き共にベッドで横になる二人。

 

「あのー、カレンさん?手を離して頂けると有難いんですけども?」

 

「……明日のエスコート、楽しみにしてます影辰」

 

 耳元でそっと囁かれ、こそばゆい感覚に思わず身体を震わせる影辰だったが、直後にカレンが掴んでいた腕が僅かに重くなるのを感じ、慌てて彼女を見るとそこには規則正しいリズムで寝息を零す聖女の姿があった。

 

「……素数数えてたらその内寝れるだろ…うん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ふわぁ……眠い」

 

 寝れる訳がないだろ!?一仕事した後に徹夜になるとは思ってなかったよ。惚れてる相手に抱きつかれた状態で熟睡できる奴が居たら、是非とも顔を見せて欲しい。そんな訳で、カレンには申し訳ないが道中での移動手段で少しだけ休ませて貰い俺達はルンドの大聖堂に来ていた。

 

「ちゃんと寝ないからそうなるんですよ」

 

「お前なぁ……」

 

「なんですか?その非難するような視線は。私のせいではありませんよ」

 

 しれっと言ってくるカレンの態度に思わず、眉間を押さえつつ空いている手でしっかりと彼女の手を握る。見知らぬ土地で離れるというのは流石に避けたい。

 

「しかし、歴史がある建物ってのは迫力があるな」

 

 重厚感を感じる黒ずんだ石造りの大聖堂は、これといって神を信仰していない俺でも厳かな雰囲気を感じ取れた。

 

「12世紀の中旬に完成した北欧最大のロマネスク様式の建築ですね。その時代においては、知識、技術そして、芸術が最も要求されるものです。こうして今でもしっかりと現存しているのにはそういった背景があるのでしょう」

 

「ほー、流石に詳しいな。俺にはさっぱりだ」

 

「日本に戻ったら勉強の時間を設けましょうか?神父様」

 

「お手柔らかに頼むよシスター」

 

 そんな会話をしながら教会の中に入る。中も外に負けず劣らず、神秘的な雰囲気を醸し出しており、軽く首を動かすだけでカレンが言っていた通り作り込まれている事がよく分かる。ゆっくりと動かしていた視線が大きな時計に止まる。

 

「アレは、14世紀に作られた天文時計と呼ばれるもので、月の位置や満ち欠け、星座や太陽が沈む位置が分かるらしいですよ」

 

「また古いな」

 

「驚くのはまだ。そろそろ……」

 

 カレンの言葉を待っていたかの如く、時計が動き出し何処に隠しているのかオルガンの音が鳴り、讃美歌が流れ出す。時計の天辺では、騎士のカラクリ人形が戦い、赤子を抱く女性恐らく、マリア像の周りを人形達が行進していく。

 

「おぉ……」

 

「指定の時間になるとああやって動くんです」

 

 一通り流れた後、人形達が動きを止めていき元の大きな時計に戻る。周りで聴いていた人達もそれを合図に各々好きな様に動き出すのが、少しだけ面白かった。

 

「さてと、私達もお祈りをして次に行きましょうか」

 

「そうだな」

 

 教会の奥まで二人で歩いていき、キリストの絵が描かれた場所の近くで足を止め祈る。まぁ、俺には特に祈る事も何もないのだが。一応、神父なので形だけは祈りを捧げておく。隣で熱心に祈りを捧げているカレンと対照的な状態だな。やがて、カレンが祈りをやめて俺の手を取る。

 

「何処に行きますか?影辰」

 

「調べた限りだと……クルトゥーレンランドって所が博物館があったり敷地内にカフェとかもあるから、行こうかなって思ってる」

 

 日傘を差しながらカレンと共に歴史ある街並みを歩く。片足が不自由な彼女に合わせ、周りに比べ明らかにゆっくりとした速度だがそれがとても心地良い。いつもの様に俺がカレンに弄られたり、弄られたりまぁ、弄られたりしていると目的の場所に着く。

 

「結構広いんだよな此処。確か、北地区に当時を再現した建物と庭があった筈だからそっちから行こう」

 

「任せますよ」

 

 先程と同じようにカレンと一緒に歩く。教会に関する建築ではないため、カレンの蘊蓄がある訳でもなく互いに知識のない俺達はただ珍しいものに感心しながら散歩を続ける。……聖杯戦争のことしか考えてなかった頃の俺に教えてやりたいな。お前は将来、呑気に観光をするぐらい余裕が出来るって。まぁ、どうせ信じないだろうけど。

 

「……教会の仕事で来たのに傷付かず、こうして観光できるってのも不思議な感覚ですね。私は傷付くのが当たり前でしたから」

 

「その体質を利用した悪魔探しか……やっぱり好きじゃないなそのやり方。でも、それがカレンにとっての誇りだもんな、すまん」

 

「どうして謝るんですか?」

 

「俺はお前に傷付いて欲しくない。だから、こうして必ず近くにいる様に心掛けてるし、仕事の時は可能な限り俺が一人で向かう。けど、それは今までのカレンの誇りを否定してる様なものだろう?だから、謝ったんだよ」

 

 ふと言葉を溢した直後のカレンは何処となく迷っている感じだった。俺と違って見知らぬ誰かの為にその命を使い、それが自分の役目だと納得していた彼女から俺はその役目を奪っている。それはきっと、とても残酷な事だろうと理解はしていた。そんなつまらない罪悪感を俺は謝罪として口に出したのだ。

 

「今更ですね。なら、その役割を返してほしいと私が頼めば貴方は、返してくれますか?」

 

 狭い日傘の下、俺達は向き合う。そして、その問いに対する答えは決まっていた。

 

「いいや、例えお前が望んでも俺はお前が傷付く未来を認めない。カレンと出会った時からそう決めてる」

 

「……全く、貴方は本当に強欲ですね。謝罪をしても変える気はないと」

 

 カレンがジッと俺の顔を見つめる。繋いでいた手が解かれ、両手が俺の顔の方に伸びてきたので僅かに屈むと、頬にカレンの白く細い指がゆっくりと触れていく。

 

「……でも、それで良いです。漸く、大切に扱われるというのも慣れてきましたし。貴方のその強欲を赦せてしまうぐらいには、私もこの暖かさに慣れたので。今更、それを失うのは……凄く嫌ですね」

 

「ありがとう。カレン」

 

 ゆっくりと微笑むカレンに俺も笑みを浮かべる。……ああもぅ、本当にカレンは狡いなぁ。俺が欲しい言葉を返してくれる。

 

「さぁ、行きますよ。まだ観光は途中ですから」

 

「あぁ。ゆっくり見て回ろう。時間はたっぷりとあるからな」

 

 こうして俺とカレンはルンドを十分に観光した後、日本と戻った。帰りの飛行機の記憶は一切ない。起きた時にカレンと寄り添う様になっていたので寝ていたのだろう。まぁ、互いに結構はしゃいだからなぁ。

 




「暇潰しに手伝ってあげた所に彼が来るなんて運命は面白いねぇ」

 水晶玉に映った衛宮影辰を見ながら、女は妖しく微笑む。此度の神父殺しの黒幕は、愛しのおもちゃを眺めながら当時の自分が起こした気紛れを褒め称える。

「でもまだ、舞台が出来上がってないから会えないんだよねぇ。衛宮影辰、やっぱり君の真価は聖杯戦争の中でこそ、輝くものだよ。だから、準備が出来たら真っ先に呼んであげる、全てが偽りの聖杯戦争。そこでも君が、潰れなければ、私の寵愛をあげても良いよ?」

 加虐性に満ちた笑みを浮かべながら女は呪いを紡ぐ。男が契約のツケを払うことになるのは、まだ先の物語。


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カレンと影辰の日常5

影辰大暴れ回


 その日も変わらず、影辰とカレンは教会でいつもの日常を過ごしていた。いつもと違ったのは信者達の来訪が終わり、清掃を始めた時だ。教会全体が結界に包まれ、5人の武装した神父が教会に入ってきたのだ。

 

「……何だお前ら。格好から見るに同業者っぽいが、武器をチラつかせながらとは、随分な態度じゃないか」

 

「お前が此処の神父、衛宮影辰だな。我々が来た理由は簡単な話だ。そこのシスターの身柄を引き渡せ。散々、悪魔探しの為に使いたいという要求を拒否しおって」

 

 影辰の言葉など、聞こえていないという態度で酷く横暴な物言いでカレンの身柄を要求する神父。発言をしている者以外も、この数に逆らうと思っていないのか影辰を見下した目で見ていた。神父としてそれはどうなのかとは思うが、彼らからすれば祓うべき絶対悪である悪魔を探知するのにこの上なく有用なカレンを、占有し挙句利用しないという聖堂教会の人間として役目を放棄してる落伍者という認識なのだから仕方がない。

 

「同業だから一回だけ忠告してやる。今すぐ帰れ」

 

 その言葉と共にドス黒い殺気が影辰から放たれ、そのあまりの禍々しさに神父達は戦闘体勢に入り1人が黒鍵を影辰に向けて、投擲してしまう。

 

「……そうか。それが返答か」

 

 投げられた3本の黒鍵は容易く影辰に受け止められ、言葉と共に投げ返される。その反撃に反応できなかった神父は、神父服を壁に縫われ完全に動けなくなった。凄まじい衝撃と共に壁に激突した神父は、自らの黒鍵を解除することなく、そのまま意識を手放してしまう。

 

「ッッ……我々、聖堂教会に逆らうか!!」

 

「……」

 

 自身の近くにあった長椅子を蹴り上げる影辰。落下してくる長椅子を敵に向けて、蹴り飛ばそうとしたそのタイミングで、背後から赤い聖骸布が影辰の身体に巻きつき、その効果により完全に拘束された。驚きに顔を染めながら倒れていく影辰。赤い聖骸布の出所は、見間違うことすら無い彼が守ろうとしているカレン、その人であった。

 

「……カレン?」

 

「影辰神父。これ以上は貴方の立場を悪くするだけです。私の様な一介の見習いシスターの為に、無理をする必要はありません。……聖堂教会、神父の皆様方。私は大人しく貴方達に同行します。ですから、彼の問題行動はどうか不問にして下さい」

 

「おい!カレン!!」

 

 能面の様な顔で一方的に影辰に告げ、神父達に頭を下げるカレン。そこには時に影辰を弄り、時に共に笑い、怒り、そして寄り添ったカレンの姿はなく、出会った時の様な義務感しかないシスターが立っているだけだった。

 

「ふ、ふん!最初からそうすれば良かったのだ。不問かどうかは我々ではなく、本部が決める。今は大人しく着いて来い」

 

「はい」

 

 神父の言葉に従い、カレンは影辰から遠ざかっていく。

 

「カレン!!頼む、行かないでくれ……カレン!!!!」

 

「……」

 

 マグダラの聖骸布は捕らえた男性を決して逃さない。サーヴァントの如き、力を有している影辰であっても男性である以上逃れる事は出来ず、無様にジタバタと暴れるだけであった。それでも、彼は喉が枯れるほどいや、枯れる度に再生する喉を潰しながら遠ざかるカレンの名を呼び続けた。やがて、教会から彼を残し、人が居なくなり日が昇る頃漸くマグダラの聖骸布による拘束が解けた。

 

「……」

 

 暫くの間、力なく倒れていた影辰だが、やがてゆらりと立ち上がり、懐から携帯を取り出すとこういう時に最も頼りになる人物へと連絡を入れると、数コールの後に電話は繋がった。

 

『貴方から連絡とは珍しいですね。影辰』

 

「すみません舞弥さん。最速で、聖堂教会本部行きのチケットっていつ頃になりますか?」

 

『……はい?』

 

 突然の申し出に電話先で固まる舞弥。魔術に関わる者なら、聖堂教会がどれほど敵に回したくない組織かよく知っているし、電話の相手である影辰が今はそこに所属している神父だという事も知っている為、底冷えする様な声でその提案をしてくる理由が分からなかった。

 

「大切な奴がそこに行った。俺はそれが許せない、なんとしても連れ帰る」

 

『……止めても無駄でしょうね。2日で貴方の元へ届けます。だから、早まらない様に』

 

「ありがとう。舞弥さん」

 

 目的を果たした影辰は通話を切り、鬱陶しそうに神父服を脱ぎ投げ捨てる。感情の色が一切窺えないまま彼は教会を出て行った。

 

 聖堂教会は身をもって知る事となるだろう。竜から、宝を持ち去る、それがどれだけ恐ろしい事かを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー聖堂教会本部ー

 

 厳粛な空気が流れる教会をゆっくりと歩くカレン。足が悪く、片目の視力が著しく弱い彼女を気遣う者はおらず、ただ彼女が逃げ出さない様に四方を囲み同行する代行者達。冬木から、聖堂教会に戻ったカレンは2日ほど休息が与えられ今日、悪魔憑きを探す為の道具として大司教の元に差し出される事になっていた。

 

(誰も私を気遣う者は居ない。歩きが遅いのを怠そうに見て来る者達ばかり……少し前までこれが当たり前だったのに。今は、違和感しか覚えないですね)

 

 物としての扱いには慣れていたはずなのにと、カレンは思う。今まで過ごしてきた時間より、圧倒的に影辰と一緒に過ごした時間は少ない。その筈なのに、胸にポッカリと大きな穴が空いた気分になる。私が私で居られる場所を捨てたのは、自分自身だというのにカレンは苦しくて苦しくて、仕方がなかった。

 

「着いたぞ。入れ」

 

「はい」

 

 でも、後悔はありません。私は彼と出会って、随分と人らしい生活を送る事が出来ました。そんな時間、本来なら私如きに与えられて良い時間ではなかったのです。ですが、過去を返上する事は出来ません。だから、私に人らしい時間をくれたあの人の未来に少しでも恩返しが出来たのならそれで良いのです。

 

 そんな自己犠牲の考えをしながらカレンはそっと大司教が待つ部屋への扉に手を伸ばすが、その手は震えていた。その震えをもう片方の手で無理やり止め、カレンは部屋へと入る。そこには大司教と、代行者2名と悪魔憑きを疑われている者が1名居た。そして、即座に入ってきた扉を聖堂騎士団の騎士1名が塞ぐ。

 

「……カレン・オルテンシア。只今参りした」

 

「よく来た。早速で」

 

 大司教が口を開いた直後、この場所に届くほど表が騒がしくなり、勢いよく扉が叩かれる。大司教が扉の前にいる騎士に指示を出し、扉を開けさせると、ボロボロの神父が駆け込み大きな声で報告した。

 

「敵襲です!黒いコートを着た人物が、ヘリコプターから勢いよく降下し此処、聖堂教会本部に乗り込んで来ました!!!敵の目的はただ一つ、見習いシスターであるカレン・オルテンシアの引き渡しです!!!!」

 

 時は少し遡る。

 便を手配した舞弥と共に聖堂教会本部のあるローマへと来た影辰は、そのまま舞弥が用意していたヘリコプターに乗り込んでいた。感覚を取り戻す為に、セイバーやアーチャー相手に戦い、勘を取り戻した彼は自らの内にある激情を抑え込んでいた。

 

「本当に援護はいらないんですね?」

 

「はい。必要ありません、これは俺の我儘ですから」

 

 ヘリコプターは聖堂教会本部の真上で静止する。下から、聖堂教会の者達が何やら文句を言っているがそれら全てはプロペラの音に掻き消され、彼らには届かない。舞弥に礼を言って、影辰は立ち上がりヘリコプターの淵に立つ。

 

「影辰」

 

「なんですか?」

 

「切嗣のコート。よく似合っていますね」

 

「……ふっ、ありがとうございます。舞弥さん」

 

 笑みを浮かべて影辰はヘリコプターから飛び降り、所謂ヒーロー着地で聖堂教会の面々の前に降りる。舞弥の乗るヘリコプターが飛び去ったのを確認してから、彼は自らの内に荒ぶっていた感情を爆発させ、禍々しい殺気を放つ。ただそれだけで、戦う事が専門ではない者達は意識を手放し代行者や騎士団の者達は各々の武器を構えた。

 

「俺の目的はカレンだけだ。邪魔をするなら、全員ぶっ飛ばす」

 

 地獄から聞こえてくる様な声はその場にいる者達に冷や汗をかかせた。だが、それだけで引き下がる者も居らず先ずは聖地の守護者たる騎士団が、陣形を整え数を用いて影辰に攻め込む。

 

「「「「うぉぉぉぉぉぉ!!」」」」

 

 全くの同時に四方から襲いかかるという相手の逃げ道を完全に無くす見事な連携を見せる騎士団。常人であれば、此処で死んでいるだろう。だが、運の悪い事に目の前の男は、常人ではない。生身でサーヴァントと戦う異端だ。

 

「……」

 

「「「「なっ!?」」」」

 

 振り下ろされる剣が影辰の間合いに入ると同時に、片足を軸に影辰は一回転。回し蹴りを放った。ただそれだけで、騎士団が持つ聖別された剣は半ばからポッキリと折れてしまう。そのまま、影辰は真正面にいる騎士の顔面を身に付けている兜の上から殴り飛ばす。錐揉みもしながら吹き飛んだ騎士は当然の事ながら意識を手放した。

 

「殺しはしない。一応、同業だ。ただまぁ、今俺は虫の居所が死ぬほど悪い。半殺しにされても文句は言うなよ?」

 

 歩くのに邪魔な騎士を殴り飛ばした影辰はそのまま教会へと足を進める。当然、黙って見送る訳も行かない騎士達が襲いかかるが、悉くその武器を破壊され歩くのを邪魔すれば、一撃で吹き飛ばされていった。中には盾で進路の邪魔をしようとする者もいたが、受け止める腕が折れるか構えている盾を掴まれ投げ飛ばされるかの未来しかなかった。

 

「騎士団下がれ!数が通用する相手ではない!」

 

 黒鍵や灰錠を装備した代行者達が今度は立ち塞がる。だが、影辰は全く臆する事なく足を進める。そんな彼に次々と黒鍵が投擲されるが、飛来する武器の対処は最も彼が得意とするもの。その視力で見切り全てを掴み取り、投擲した者へと投げ返す。自らの元へと帰ってきた黒鍵を叩き落とす代行者達。その間に灰錠を装備した代行者が影辰へと襲いかかる。

 

「喰らえ!!」

 

「……言峰のやつの方が速い」

 

 半身になり攻撃を避け、伸びきった肘を逆方向に曲げる。痛みに顔を歪める代行者の顎を下からかち上げ飛ばす。落ちてきた代行者は脳震盪により意識を失った。その代わりに影辰の攻撃後の隙を突き、腹部を殴る代行者だがその硬さに驚く。まるで、鉄の塊を殴った様だと。そして、それが彼の最後の思考となる。振り下ろされた手刀により地面と熱いキスを交わし、気絶したのだ。

 

「くっ……この化け物が!」

 

 黒鍵を構えた3名の代行者が影辰へと襲いかかる。代行者と割には連携を取る彼らの剣戟を余裕で避けていく影辰。だが、攻勢に出ないその姿に勝ち目を見出したのか代行者達の動きがより苛烈になっていく。徐々に追い詰められていくかと思われたが。

 

「黒鍵の使い方は、そうじゃないだろ」

 

 一瞬で3名の手から黒鍵を掠め取る影辰。手から突如消えた事に驚き、自身の手と影辰のところに握られている黒鍵を交互に見る代行者達。隙だらけな彼らに背を向けながら、影辰は黒鍵を先ほどより素早く投擲する。その速度に反応できなかった3名の代行者は、壁に縫い付けられ動けなくなった。

 

「そこだ!」

 

 気配を消す事に特化した代行者が背後から影辰の胸を貫く。明確な手応えに勝利を確信するが、直後、正面の存在から向けられる殺気に反応し顔を見上げる。そこには首を横に向け己を見ている絶対零度の視線があった。

 

「ひっ!」

 

 その視線に怯えると同時に蟀谷(こめかみ)に影辰の裏拳が当たり、吹き飛ばされる。影辰はゆっくりと刺さったままの黒鍵を引き抜き、地面に落とす。既に傷口は塞がっていた。残された灰錠を装備した代行者は、恐怖に震えながら殴りかかるがあっさりと殴られ吹き飛んだ。邪魔が消えた影辰は、教会の内部を歩いていく。カレンが何処にいるか分からないため、手当たり次第部屋に入っていく。そこで、邪魔をする者がいれば殴り飛ばし歩き続ける。

 

(強者の気配は感じるが、こっちに来る様子はない。真面目な埋葬機関の連中は今、この場には居ないって訳か)

 

 そもそも、従う義理のない埋葬機関の者達だがそれでも万が一、邪魔をされれば敗北すると影辰は思っていたが、どうやら様子見を続けるらしい。それに安心しながら歩いていると、一際豪勢な扉が目に入る。 

 

「そこまでにしておけ。侵入者」

 

「……誰だ?」

 

 柱の影から右眼に派手な装飾の眼帯を身に付けたスパニッシュ系の男が立ち塞がる。殺気を向ける影辰だが、目の前の男はそれを涼しい顔で受け流し、口を開く。

 

「おぉ、怖いな。俺は、ハンザ・セルバンテスという者だ。過去に類を見ない侵入者、お前は何しに此処にきた?」

 

「俺の目的はただ一つ。カレンを連れ戻す事だ、そこを退け。ハンザ」

 

「カレン?……あぁ、少し前に日本から連れ戻されたシスターか。最後にこれだけ教えろ。そのカレンってのはお前にとって、大切な人か?」

 

「答えるまでもない。此処にいる事が何よりの答えだ」

 

「……そうか」

 

 腕を組み、少しの間考えるハンザ。影辰も目の前の男がいつまで経っても戦う意志を見せない為、攻撃することはないが歩きを止める事はしない。影辰の歩く音だけが廊下に響き渡る。そこまで距離のある廊下ではない。すぐに豪勢な扉の前に立つハンザの元へ影辰が到着するのは分かりきっていた事だった。

 

「「……」」

 

 目を開けたハンザと影辰の視線が交差する。ゆっくりと組まれていたハンザの手が動き、それを影辰は目で追う。動いていた手は、戦闘姿勢を取る事はなく、豪勢な扉を僅かに開いた。

 

「良いのか?」

 

「さて何の事だか。俺は同業者に道を譲っただけだとも、ほら何も不思議なことではあるまい?」

 

「……ふっ、そうか。俺は影辰という、機会があればまた会おうハンザ」

 

 そう言って影辰は扉を開き、中に入っていく。それを見送ったハンザは、口笛を吹きながらその場を去ったのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 随分と久しぶりに感じた。俺の顔を驚いた様に見ているカレンを見ながら俺は笑みを浮かべ、手を振る。何やら横で喚きながら剣を振るう騎士がいた気がするが片手で殴り飛ばし、カレンの方へ歩を進める。左右から代行者が襲いかかってくるが、攻撃を避け2人をぶつけ合わせ塊になったところを蹴り飛ばし、気絶させた。

 

「ぶ、無礼者!此処を何処だと心得る!?」

 

「……あ?聖堂教会の本部だろ知ってるわ。その身なりから察するに大司教かアンタ?」

 

「そうだ!要求は、このカレン・オルテンシアと聞いたが?真か!」

 

 カレンと俺の前に立ち塞がってんじゃねぇぞ?チッ、だが話し合いで済めばまだ楽で良い。落ち着け、俺。

 

「あぁ。その通りだ」

 

「渡すと思うかね?漸く、取り戻した便利な道具だぞ!……ん?よく見れば貴様、衛宮影辰ではないか。異端狩りの力を我々に向けるとは……破門に処すぞ!」

 

 道具だと??何ふざけた事を吐かしてんだこいつは。全身から制御の効かない殺気が溢れ出していくのを感じるとともに、目の前の大司教の顔がどんどんと青褪めていくのが見えた。

 

「も、文句があるのか!!」

 

「……訂正しろ。カレンは道具じゃねぇ……カレンはなぁ、俺と違って見ず知らずの他人の為にその身を使う覚悟があって、神父の俺以上に神って奴を信仰してる癖に、人を弄るのが大好きで、他人の幸福を見ると潰したくなる厄介なサディストで……けど、こんな碌でなしの俺に寄り添ってずっと俺の心臓を五月蝿くさせるただの女の子だ!!!!決して、便利な道具なんかじゃねぇ!!!」

 

「ゴフッ!?」

 

 死なない程度に全力で大司教の顔面を殴り飛ばす。その辺の豪華な椅子にぶつかり彼は意識を失う。あっ、やべぇやり過ぎた……

 

「カレン!」

 

 だが、後悔をしている暇はない。背後から、殺気だった団体が此処に向かってる気配を感じる俺は、カレンに向けて手を差し出す。もし此処で、カレンが俺を選ばないのなら、俺は本当に全てを諦めるつもりだ。ここまでやらかして、カレンを巻き込む訳にはいかない。

 

「……影辰」

 

 カレンは迷った様子で俺の手と大司教を交互に見ていた。俺はじっとカレンを見つめ続ける。もう俺に言える事は何もない。時間ギリギリまで此処で手を伸ばし続けるだけだ。時間は刻一刻と過ぎていく。それでも俺は焦る事なく、カレンの決断を待ち続けた。

 

「……折角、自由になれた貴方を縛らない様にしたのに来てしまうんですね。本当に、悪い人です」

 

「あぁ。俺は悪党だからな」

 

「ふふっ、本当に仕方のない人」

 

 怒号が迫る。けれど、そんなのがどうでも良いくらい見惚れる綺麗な笑みを浮かべるカレン。

 

「でも、そんな貴方だから私は側に居たいと思ったのかもしれません。どうか、連れて行ってくれますか?」

 

 カレンが俺の方に手を伸ばす。当然、俺はその手をしっかりと握りしめる。もう一度取り戻せた温もりに手だけではなく、心が暖かくなっていく。

 

「あぁ!もう二度と離すなよカレン!」

 

「えぇ。離しませんよ影辰」

 

 カレンを優しく引っ張り、お姫様抱っこで持ち上げ、その辺にあるものを足場にステンドグラスを破り外へと飛び出す。そのまま、全力で走っていると目の前に舞弥さんの乗ったヘリコプターが現れた。流石、タイミングバッチリですよ!

 

「乗って!!」

 

 開かれた入り口から飛び込み、ヘリコプターに乗り込む。カレンを優しく座席に座らせた俺は、安心した事で此処までの疲れが一気に身体に現れ、あっさりと意識を手放す。大丈夫だ、此処には舞弥さんがいるし、離れないと誓ったカレンも居るんだから。

 

 気がついた頃には日本に戻ってきており、俺とカレンは暫く冬木の教会には立ち寄らずホテルや家で、寝泊まりをした。そして、数日の月日が流れたある日、家に青髪で眼鏡をかけた女性が訪れると、俺を呼び出し軽い挨拶の後、手紙を渡してきた。どうやら俺が起こした無茶に対する処罰が決まったらしい。覚悟しながら手紙を開くと、そこには簡潔にこんな言葉が記されていた。

 

『衛宮影辰。以上の者を埋葬機関、予備役として任命する』

 

「は?」

 

「まぁ、暴れ過ぎましたね。でも、偶々あの場所に居たメレム・ソロモンさんが貴方の事を気に入ったらしくて、掛け合ってくれたらしいですよ。これから、同僚として宜しくお願いしますね」

 

 そう言って目の前の女性、シエルさんは微笑んだ。……うっそだろおい。

 




なーにしてんだろうねこの男。

感想・批判お待ちしております。


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一人の悪と聖女の物語

 俺が聖堂教会で大暴れしてから1年の月日が流れた。埋葬機関の予備役に命じられたとは言え、もっと罰則やなんなら処刑とかあるかと思っていたがこれと言ってお達しはなく、言峰から引き継いだ教会も引き続き神父として預かれている。まぁ、ただの神父をしていた時より明らかに危険な仕事を任されているが、大体シエルさんとの同行だし相手が危険すぎてカレンの出番もないから俺としては有難いぐらいだ。

 

 そんな訳で俺は相変わらずの時間を過ごしている……いや、1つだけあの事件を境に変わったことがある。

 

「影辰。隣失礼しますね」

 

「お、おう」

 

 いつもの様に教会の長椅子に座っていると、カレンがやって来て肩が触れ合うほどの近くに座る。そう、変わった事はこれだ。今までは近過ぎず、離れ過ぎないぐらいの距離感を維持していたのだが、あの事件以降少しずつ俺との距離が物理的に近くなり今では、誰も居なければ至近距離にいるのが当たり前となったし、誰かが居ようとも俺を影辰と呼ぶのが当たり前となった。最初は、弄る目的かと思ったけどどうにもそういう感じではないんだよなぁ。

 

「何一人で百面相しているんですか?元々、面白い顔が更に面白くなっていますよ」

 

「ねぇ、それって褒めてる?絶対、貶してるよね」

 

「いえ。退屈しないいい顔だと褒めているんです」

 

「本当でござるかぁ?」

 

 まぁ、彼女が近くに来てくれて何か困る事と言えば心臓が煩いぐらいだし、別に問題はない。休日なんてものが存在していない仕事だし、カレンも寂しい思いをしているのだろうなんて思えば、こうして甘えられるのも微笑ましいと言える。

 

「そう言えば、弟の士郎さんはイギリスに留学するんでしたっけ?」

 

「あぁ。凛ちゃんと桜ちゃんと一緒に時計塔に行くよ。魔術師になるつもりはないみたいだけど、自分の持つ力をもっと使い熟すのには魔術師達が集まる場所で訓練したいんだと。凛ちゃんと桜ちゃんも一緒だし、何より時計塔にはウェイバーの奴もいるからそれなりには安心して預けられる」

 

 高校卒業後の進路として、士郎は時計塔を選んだ。自分の持つ力をアーチャーとは違う方法で育てる為だ。面倒ごとに巻き込まれてなければ良いけど、まぁ無理だろうな。士郎のことだし、目の前で困ってる人が居れば手を差し出すだろうしウェイバーの教室所属になれば、トラブルが向こうからやってくる。

 

「となると家には大河さんとイリヤさんだけと?」

 

「いや、イリヤもイギリスに向かうよ。士郎が寝泊まりする場所で、一緒に寝泊まりするって。流石に時計塔に入るのは、イリヤ自身も危ないと判断してくれたようだ。それでも危ないって俺は止めたんだが、鳥籠の中で生きるのはもう嫌だ、私も世界を見たい!って言われてな。そんなこと言われたら引き下がるしかない」

 

 止まっていた時間が動き出した様にイリヤは少しずつ成長しているが、それでも見た目はまだ子供。アインツベルンの生まれなのもあって、魔術師の多いイギリスに行くのは辞めて欲しかったが、俺は過保護になり過ぎていたのかもしれない。自由に生きる事が許されるのなら、自由に生きたいのが人間だ。大切だと思う余り、あの爺と一緒になるところだったよ。

 

「つまり……あの家には大河さんしかいない?」

 

「そうなるな。まぁ、あと一、二ヶ月ぐらい先の話だけどな」

 

「なるほど。それは良い事を聞きました」

 

「ん?」

 

 何が良いことなんだろうか?うーん、まぁ良いか。何やら企んでる気配を感じるけど、今更彼女が何か害を成すとは思えないから放っておこう。……なんて、この時の俺は考えていた。

 

 二ヶ月後。士郎達は荷物を持って、イギリスへと旅立った。勿論、セイバーやアーチャーもそれぞれのマスターに着いて行った為、この家を利用するのは正真正銘、俺と大河ぐらいだろう。訪ねて来る人らは居ても、泊まったりする人は居ない。

 

「みんな成長したねぇ」

 

「そうだな。この家も随分広く感じるよ」

 

 大河と共に家に戻った俺は、広くなったと感じられる居間で寛いでいた。成長期と呼ばれる時期はとうの昔に通り過ぎ、青春も彼方へ消え大人になった俺たちにあいつらの輝きは眩しすぎるものがある。成長したなぁ……きっと隣で大河も同じ事を考えているのだろう、満足そうにけど何処か寂しげな笑みを浮かべていた。

 

「士郎が出て行ったが、お前はどうする大河?」

 

「んー、どうしよっかなぁ。このまま、此処に居続けるってのもなーんか違う気がするのよねぇ」

 

「別に居たいのなら構わないというか、今まで通りなだけだしな。部屋も余ってるし」

 

 俺より少しだけ年上という理由で、面倒を見ると言ってウチに入り浸っていた大河。彼女が今更、この先も家にいると宣言しても何も今までと変わる事はない。何せ、ほぼ毎日寝泊まりして仕事行ってるからなこいつ。だが、当の大河には何かしらの考えがあるのか俺と言葉を聞いてもまだ悩んでいる様だった。

 

「……ねぇ、影辰?」

 

「なんだ?」

 

「カレンさんのこと、好き?」

 

「ゴフッ!?」

 

 突然の質問に咽せる俺。いきなりなんてこと聞いてきやがるこの虎!顔を顰めながら大河を見ると、普段ならこんな露骨な反応を取った俺を弄る彼女がじっと真剣な顔で俺を見ている事に気がつく。……はぁ、恥ずかしいけど正直に答える以外選択肢はなさそうだな。

 

「出会った時から惚れてるよ。けど、それを言う気はない。あいつには、俺みたいな人でなしより相応しい人間がいる筈だ。そいつと出会うまでの間、カレンが死なない様に、守れれば俺はそれで良い」

 

 カレンの体質が明らかになった時から、俺はそう決めていた。俺の様な人を殺す事になんの躊躇いもない人でなしは、真っ当に生きてあいつを愛してくれる奴が現れるまでの盾に過ぎないと。だから、カレンが笑って生きてくれているのを見れるだけで俺は満足できる。

 

「……気がついているんでしょ?カレンさんの気持ち。士郎と違って、影辰は鈍くないもんね」

 

「それは……」

 

 明確な時期は覚えてないが、カレンが俺に異性として好意を向けてくれている事に俺は気がついていた。けど、今更俺が人並みの幸せを手に入れる権利もないと思っていたし、彼女の好意は壮絶な人生の中で初めて向けられたであろう優しさからくる勘違いの様なものだと目を逸らしてきた。

 

「私は影辰じゃないからどんな事を想っての行動なのかは分からないけど。女の子の気持ちには真っ直ぐ向き合ってあげて。どんなに頑張っても、相手にされず好意を受け取ってすら貰えないのって、凄く辛いんだよ?」

 

 そう言って儚げに微笑む大河。あぁ……散々売り言葉に買い言葉で言い合ってたけど、大河は切嗣の事が好きだったんだな。そりゃ、相手にされない気持ちも分かるよな。あの人の心にはずっとアイリスフィールが居たんだから。

 

「……少し考えてみる。流石に今すぐ返事を出せるものじゃない」

 

「うん。それで良いと思うよ」

 

 さてとどうしたものか……そう考え始めた直後、家のインターホンが鳴り来客を告げる。俺はとても対応できる気がしなかったので、大河に任せ思考の海に潜ろうとしたのだが、大河がすぐに来客を居間に連れてきたので中断された。

 

「暫く此処でお世話になりますね影辰」

 

「……なんでさ。いやいや、聞いてないぞ!?」

 

「じゃ!私はこれで失礼!!あ、私の部屋にある荷物は後で取りに来るから気にしないでねー!」

 

「待てや大河ァァァァ!!」

 

 先程までの空気は何処へ。来客の正体はカレンであり、寝泊まりする為の旅行鞄を持ってきており、おそらくその事を知っていたであろうクソ虎は脱兎の如く、この場から逃げ出した。あの虎……神妙な顔しながらカレンが来るまでの時間稼ぎをしてやがったな。

 

「……とりあえず言いたい事は沢山あるが……なんで黙ってたカレン?」

 

「無様に驚いている顔と、今の疲れ切った貴方を見たかったからですよ?」

 

「キョトンとした顔でさも当然です!みたいなリアクション取るんじゃない!はぁ……部屋は幾らでも空いてるから好きな所を使ってくれ」

 

 あーもう、疲れた。適当に部屋を使う様にカレンへ伝えて立ち上がり、彼女の元へ向かい荷物を預かる。軽いな……本当に必要最低限しか持ってきてない感じか?なら、後で日用品の買い物をしなくちゃいけないか。

 

「貴方の部屋は何処でしょうか?」

 

「此処を出てすぐ突き当たり、その右側の部屋だ。隣はイリヤが使ってた部屋だから荷物は置けないぞ」

 

「なら向かい側にしましょうか」

 

「あいよ」

 

 カレンを部屋まで連れて行き、荷物を置く。荷解きが終わったら飯でも行こうと伝えて、部屋を出る。そのまま、自分の部屋に行き着替え、財布を持ってカレンが来るまでの居間で寛ぐ。あー……家が大河だけになるって聞いてこのサプライズを思いついたなカレンのやつ。

 30分ほど待っていると、カレンが荷解きを終えて居間にやってくる。いつものシスター服でも、あの穿いてる?って言いたくなる仕事服でもない。赤で統一され、私服を着ていた。ぱっと見軍帽か?と思えるこれまた赤い帽子も、カレンの銀髪に彩りを加え似合っている。

 

「赤いな」

 

「そういう貴方は黒いですね」

 

 そう言われて自分の格好を見る。黒のパンツに、白いパーカー、その上に黒いチェスターコートを羽織っている。……確かに黒い。夜の闇に背中を向けてたら溶け込めるんじゃないんだろうか。

 

「でも──」

 

「まぁ──」

 

「「──似合ってると思うよ(思います)」」

 

 同時に同じことを言った俺たちは目を丸くしながらお互いを見る。そして、これまた同時に笑い出した。ひとしきり笑い合った後、俺たちはいつもの様に手を取り合い、冬木市の新都へと向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……さて、いよいよ逃げられないな」

 

 家に戻った頃にはすっかり陽が落ち、空には月が昇っていた。もはや、悩む時は必ずここに来てると言える場所、縁側で俺は座りながら大河に言われた事を思い出していた。ただの勘でしかないが、カレンがこの家に来た以上俺はもう逃げる事は出来ない。カレンの想いに答えなければならないだろう。

 

「はぁ……確かに俺はカレンの事が好きだ。愛してると言っても良い」

 

 初めこそただの一目惚れだった。こう言うのはなんだが、アイリスフィールや、舞弥さん、セイバー等と言った美人達を散々見てきた俺が、ただ見ただけで好きになるとは想っていなかった。浮世離れした容姿ではあるが、それこそアインツベルンで見慣れたと言って良いほどそういう容姿は見てきている。だから、一目惚れだけはしないだろうと思っていたんだがなぁ。それに今では、カレンの性格にも惚れている。

 

 まぁ、シスターらしい性格もあるが加虐趣味で俺の事を散々弄ったりしてきているが、そういう所も愛おしいと思えてしまう。もし、カレンを逃せばこの先、俺は誰かを愛する事はないだろう。

 

「……惚れた人には幸せになって欲しい。それだけなんだけどなぁ……明日消えてしまうかもしれない俺と一緒になっても、カレンは幸せになれない。ずっと報われない人生を生きてきたんだ、この先は幸せに生きて欲しい」

 

 俺の命なんていつ消えるか分からない。埋葬機関の仕事で、跡形もなく死ぬかもしれない。明らかに人の枠組みを超えた再生力も、突然消えて今までのツケを払わされるかもしれない。フランチェスカみたいな魔術師との戦いに巻き込むかもしれない……ありふれた幸福を過ごすには俺という男は余りにも向いてない。あぁ、だからこのまま──

 

「私の幸福は私が決めます。影辰、貴方が決める事ではありません」

 

「……もしかして全部聞いてた?」

 

「はい。初めから全部聞きました」

 

 そう言ってカレンは俺の隣に座る。お風呂上りの為か彼女からは、甘い良い匂いがしている。恥ずかしさで俺は彼女の方を見る事が出来ないでいた。考え事に集中しすぎた……カレンの気配に気づけないなんて。

 

「……私は生まれてきた時からずっと、誰かに愛されるという経験をしてきませんでした。ずっと、腫れ物の様に扱われ、聖痕が現れてからは貴方も知っている通り、聖堂教会の都合が良い存在として扱われました。ですが、私はそれでも構わないと思って生きてきたのです。この身が誰かの役に立つ事が主によって定められた私の運命なのだと。

 

 その果てに人ですらない死が訪れたとしても、そしてその亡骸さえも利用されて構わないと思っていた私を道具ではなく、人として接する奇特な人と出会いました。その人は、教会の神父で悪魔を祓わなければならないのにその為に便利な私を使う事すらせず、挙句の果てに力を使う事を怒りました。それはもう修羅の如く。私は、胸の内側が暖かくなるのを無視してなんて背信者が神父をやってるのだと思いましたが、彼はその態度で笑みで確かに救っていたのです。教会に訪れる信者を……そして私を」

 

 月を見上げながらカレンは語る。その胸に隠された感情を。

 

「初めて向けられた優しさに初めは、困惑していましたが慣れてくればこれほど心地の良いものはありませんでした。ずっと観察をしていれば、その優しさは彼本来のものであり、私が好きだからなどという特別なものでもない事は気付けました。だって、彼の周りは沢山の笑顔がありましたから。けど、ある日、私に向けられる優しさは他の人と違うと気づいたんです。彼は、優しいけれどそれは求められた時に応じるもの。私に向けているいっそ独善的とすら言えるものではないのです。

 

 だって、彼の優しさが他の人と一緒なら自ら離れた私を全力で取り戻しになんて来ませんから」

 

 カレンは自分の手に視線を落とす。そして、その手を大切なものを落とさない様に器の様にした後自身の胸の前に持ってくる。それはまるで、祈りの様だった。

 

「……主よ。どうか、私が私の道を歩むのをお許しください」

 

 そう呟いた後、カレンはゆっくりと俺の方を向いた。彼女の独白を聞いているうちに更に熱が灯った俺は相変わらず、彼女の顔を見れずにいたが俺の頬に彼女の手が添えられ、強制的に顔を合わす事になる。いつもの様に澄ました顔をしていると思ったが、カレンは耳まで真っ赤にし俺の顔を見ていた。それに気を取られた瞬間だった。

 

「!?」

 

 カレンの唇と俺の唇がそっと触れ合う。時間にして数秒程度の出来事だったが、完全に俺の頭は真っ白になった。

 

「これが私の嘘偽りのない気持ちです。これでも貴方は、私が幸せでないと言いますか?」 

 

 俺はその言葉を聞いて心の底からもう抑えることも、目を逸らすことも出来ない衝動に駆られてカレンを抱きしめる。華奢な彼女の身体を壊さないようにけれど、この暖かさと愛しさを感じられる様に強く俺は彼女を抱きしめた。そして、彼女の方からも手が伸び抱きしめられる。

 

「……痛いですよ影辰」

 

「ごめん……だけど、もう少しこのままでいさせてくれ」

 

「しょうがない人ですね」

 

 カレンが俺を抱きしめる力が強くなる。そんな些細な事すらも嬉しく思えてしまう。あぁ……もう駄目だ、カレンの想いを聞いて献身を受けてなお、この気持ちが抑えられる訳がない。

 

「カレン」

 

「はい」

 

「例え、世界が滅ぼうとも俺は君を守り抜く。だから、どうか俺が君の人生を歪める事を許して欲しい」

 

 そっと溢すように俺は彼女の耳元で囁いた。俺という男と共に生きるという事は、間違いなくカレンの生き方を歪めるだろう。何故なら、俺は悪で本来ならカレンの様な聖女と一緒にいて良い訳が無いのだから。それでももう俺は、我慢できなかった。

 

「はい。私は貴方という悪性を受け入れます。これから先の時間を貴方と寄り添い共に歩む事を誓います。この身が、影辰の救いになるのなら喜んで地獄の底でもお供します」

 

 そんな俺の告白をカレンは嬉しそうに愛おしげに了承する。ゆっくりと身体を離すと、今度は指が絡み合いそして、互いに見つめ合った後再び、唇が触れ合った。

 

「……好きだカレン。この世の誰よりもお前を愛している」

 

「ふふっ……私もですよ影辰」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こうして、悪は気高き白い聖女を堕とし、人となりまた、聖女も一つの悪を救いその役割を全うした。繋いだその手は、愛は例え二人が死んだとしても互いを結び合う事だろう。

 



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Fate/strange Fake
偽りの聖杯戦争……もう、聖杯戦争は勘弁してくれ


はい。というわけで、FGO編に詰まってしまったのでFake編を始めていきたいと思います!
まだ完結してない聖杯戦争という事で、色々と難しいですが何の為にプレラーティーと接点を作ったんだ?ってなるので頑張ります。

注意
今作において、舞弥さんが生存している為にシグマくんは彼女の元にいます。なので、登場するにしてもバックアップ人員になると考えております。


 聖杯戦争は終わりを告げた。俺にとって死んでほしくない人達は皆、生き残り最上の終わりを迎えたと思う。これで漸く、聖杯戦争とか言う危険な物から離れて生活が出来ると思っていたんだがなぁ……

 

「……聖堂教会に縛られるのは自業自得だから納得しよう。死徒共を殺す事もまぁ、100歩譲って理解しよう。だが、なんでこんな冬木から離れた地でまた聖杯戦争に関わらなきゃならないんだ!?」

 

 アメリカ合衆国、西部ネバダ州にあるスノーフィールドに今、俺は来ていた。妻であるカレンを今も目の前でニヤニヤとしている奴に会わせたくなかったので単身で来たが……はぁ、カレンの温もりに癒されてぇ。常に隣にいる存在ってやっぱり大切だわ。

 

「あれれ?まさか、忘れたなんて言わせないよ。あの日、君がこうなる運命が決定された日に私と約束したでしょ?」

 

 瞬きの間に俺の間合いに入り込んだフランチェスカは、愉しげな笑みを浮かべたまま俺のお腹の下から細い指を走らせ心臓の付近でクルクルと回し、言葉を続ける。

 

「その『泥』を大人しくさせてあげるから、私のお願いを聞くって!そ れ に、電話に出て素直にここまで来た君だって実のところちゃーんと覚えていたんでしょう?」

 

「……聖杯戦争絡みだと知ってれば断ってたわ」

 

「アハハ!!アレ以外の選択肢が無いって分かりきってるのにその小さい反抗続けるぅ?ま、私が呼び出すより早く教会の狗にされたのはちょっと気に食わないけど、相変わらず反抗的な様で何より」

 

 子供の様な見た目をした年齢不詳の女はクルリと回り、距離を取り言葉を続ける。

 

「ようこそ。私が用意した偽りの聖杯戦争の舞台へ。君が君らしく、輝き活躍して泥に塗れ物言わぬ骸……ってのはその身体じゃあ無理だね。苦痛に歪んでいく様をたっぷり魅せてくれると嬉しいな☆」

 

 俺の知り合いは人格が破綻してないといけないルールでもあるんか?あぁ、いやそれは一部に失礼か。フランチェスカは自らの箱庭を誇示する様にスノーフィールドを一望できる窓へと手を広げそこに視線を誘導する。冬木とは違い、活気のある夜の街並みが広がる光景は到底聖杯戦争が行われる舞台には見えず、何も知らずにこの街へと来ていれば観光の一つや二つカレンと共にしていた事だろう。

 

 だが、この街で聖杯戦争は起きる。夜になってもこれだけの人が活動している街だ。多くの人が死に、その殆どが隠蔽される事になり沢山の悲劇を生み出すのだろう。今、目の前にいる奴の手で。

 

 そっと静かに息を吐き、気持ちを切り替えフランチェスカを見て口を開く。

 

「お前の要望など知ったことではない。けど、約束してしまったからな。糞みたいな遊戯に付き合ってやるよ」

 

 消えゆくだろう命になんの興味も関心も抱かない俺は、間違いなく目の前のこいつと同類なのだろうな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……なるほど。いつも通りの貴方らしい選択ですね影辰』

 

「うぐっ……なるべく早く帰れる様にするから許してくれカレン」

 

 聖杯戦争に巻き込まれた事を伝えると電話越しに大きな溜息を吐かれて、呆れた口調で言われてしまった。いや、ほんとすまん。完全な自業自得な上にカレンからすれば事後承諾でしかない事柄だ。

 

『教会の方は私がやっておきますからご安心を。寧ろ、敬虔な信徒だけになりますから主も喜ぶと思いますよ?』

 

「それ遠回しに帰ってくんなって言ってませんかねカレンさんや……」

 

『教会は本来その様な場所ですから。……冬木から遠く離れた地で行われる聖杯戦争……二度も経験している影辰に言う言葉ではないのでしょうけど念のため。気をつけてください』

 

 そっと小さく呟く様な声でカレンは俺の身を案じてくれるのを嬉しく思うと同時に冬木に帰りたい気持ちが強くなったが、グッと堪える。

 

「あぁ、カレンを悲しませる様な結果にはしないよう最大限足掻くつもりだ。だから、冬木で待っててくれ」

 

『待つのは慣れてますから……それではそろそろ教会の準備があるから切ります』

 

「そっか時差があったな……すまんな、明朝から」

 

『いえ、影辰からの連絡ならいつでも構いません』

 

 そう言って電話が切られた。あー……これ電話向こうでカレンの顔が赤くなってるのが容易に想像できるわ。まぁ、俺は俺でニヤケが止まらないんだが……今なら切嗣の気持ちがよく分かる気がするなぁ、この暖かさを手放したくはないよな。

 

「……今回は過去の2回より黒幕に近い立ち位置だ。面倒ごとに巻き込まれる頻度はこれまで以上と思っていた方が良いだろうな」

 

 とりあえず、シャワーでも浴びて今日はもう寝てしまおう。携帯に充電器を繋ぎ、備え付きの浴室に入る。高いホテルだからだろうか、隅々まで手入れが行き届いており綺麗だった。日本で慣れてるとギャップが凄いからな……そして、いざ寝ようと軽く体を伸ばした時だった。左手の甲にピリッとした痛みが走った。

 

「……嘘だろおい」

 

 確かにあの時に比べれば泥の影響で魔力を有してはいるだろう。だが、ただそれだけで魔術回路も何も持っていない俺に再び『令呪』が浮かび上がるだと……何故、俺を選んだ聖杯。俺より相応しい人間なんて幾らでもいるだろうに……!!三枚の羽根が三角形を作るような令呪を睨み付けるがその行為には何も意味はない。

 

「灰錠の待機状態でとりあえず令呪は隠せるか……」

 

 フランチェスカに電話でもと思ったが、なし崩し的にサーヴァント召喚の用意なんてされたら堪ったものではないので向こうから何かあるまでこっちからのアクションは無し。可能なら来るであろう聖堂教会の神父とコンタクトを取ることだが……カレンとの一件で基本的に恐れられてるからなぁ。

 

「……よし、もう寝よう!」

 

 考えるのが面倒になった俺は勢いよくベッドに倒れそのまま意識を投げ捨てた。とりあえず、聖杯の馬鹿野郎!!




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二度聖杯戦争を生き延びた男

書いてたら予想以上にスルスルっと書けた。
ちなみに時系列としては、ギルガメッシュが召喚される三日ほど前に影辰はスノーフィールドに来てます。


 令呪が浮かび上がるという現実から目を逸らし、不貞寝した次の日。スノーフィールドにある警察署、その入り口に影辰の姿はあった。埋葬機関でも、聖堂教会としてではなく、フランチェスカの使いパシリとしての彼はカソックではなく黒いスーツに身を包んで来ていた。

 

「……歓迎会をしてくれるって空気じゃなさそうだな」

 

 警察署から漂う魔力と殺気を感じ取りながら、どうせ逃げたところでフランチェスカに連れ戻されるだけと諦めて警察署へと歩を進める。入った瞬間、署長が用意した人払いの結界に触れるがピリッとしたのちに足を止める事なく影辰は堂々と歩き続ける。元より、聖杯の泥をその身に宿し続けている彼は魔術による呪いの類を一切受けないのだが、今彼が着ているスーツはフランチェスカお手製の魔術礼装であり防御力は例え、銃弾の雨に晒されても穴が空くことはなく、触れた結界の効果を着ている本人には無効化する事も出来る優れものだ。

 

 まぁ、そんな事は一切影辰に伝えられておらず、着ていってね!の書き置きと一緒にいつの間にか部屋に用意されていたのだが。そして、ついでに言うのならこれを着ている限りフランチェスカにありとあらゆるものが筒抜けなのだが、そんなものは一切知らないのである。

 

「当然の様に人影は無しっと……」

 

 人払いの結界が張ってあるのだから当然だが、警察署内部に人はなく本来なら受付が立っているであろう場所や、無料で飲める珈琲エリアなどが物寂しい存在感を放っていた。周囲の気配に気を配っていると、影辰がちょうどホールの中央に到着したと同時に反対側から日本刀を携え、軍服の様なものを着ており左目の上にある傷が特徴的な男性とそんな彼に付き従う様に怜悧な表情をした女性が現れた。

 

「確認を取りたいのだがお前は衛宮影辰であっているか?」

 

「同姓同名がいなければ合っているな。そういうあんたらは?」

 

「スノーフィールド警察署署長、オーランド・リーヴ。こっちは私の秘書のヴェラだ」

 

 剣呑な雰囲気を隠さないままに彼らは互いの名を明かす。自身のフィールドである警察署で行われる会話はオーランド主体で話が進むと思われたが、挨拶もそこそこに影辰が発した言葉で一気に会話の主導権を握られる事となる。

 

「なるほど……それで?わざわざ物陰に二十数名ほど隠している理由は何かな。俺はまだ犯罪を犯していないと思うが」

 

「ッッ!?……一体、何の事だ」

 

「具体的な数を言ってやろうか?俺のすぐ後ろの柱、一本ずつに隠れる様に三名。そして、左右に六名ずつと残りは二階でこの場を取り囲む様に配置……こんな感じか。魔術で隠れてるのは良いが、本人らの殺気が漏れ出ているし俺みたいに神秘に鋭い奴からすれば、どの辺を魔術で隠したのか丸わかりだ。それで?こんな厳戒態勢の理由を聞きたいのだが、教えてくれるか署長」

 

 かつての聖杯戦争で飲んだ霊薬よりもたらされた効果は未だに消える事なく、その恩恵を発揮しておりその鋭い霊感から魔術による違和感を見抜き、歴戦の勘から自身に向けられる殺気を完全に把握している影辰は色のない瞳でオーランドを見つめる。

 

「……これが二度、聖杯戦争を生き抜いてきた男、我々が目指すべき到達点か」

 

 スッとオーランドが片手を挙げるとそれが合図だったのかゾロゾロと隠れていた者達が姿を現す。総勢、二十八名。オーランドがこの偽りの聖杯戦争の為に用意した戦力であり、全員がその手に強力な神秘を宿す武具を持っていた。

 

「非礼を詫びよう。あの女からは聞いていたが、実際にどの程度の実力なのかこの目で確かめたかった。伏兵に気付かない様であれば、襲わせるつもりだったが……その選択を取らずに良かったと安堵している」

 

 やっぱりフランチェスカのやつ態と隠してやがったなと内心で毒を吐く影辰だったが、今目の前で頭を下げている男を無碍にするわけにもいかず顔を上げる様に促す。

 

「あいつが全部言ってればこんな事にはなってないし、事実俺は襲われてないから気にしなくて良い。それで、力試しが終わったのならもう帰っても良いか?」

 

「いやそれは困る。衛宮影辰、我々との手合わせを願う」

 

「……死なない程度で頼むぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 広々とした地下空間に連行された訳だが、おいおい連中が持ってる武器ってどう考えても宝具の類だよな?生身の人間が宝具……バゼットみたいなもんか?だとすれば見た目に騙されるとやばいな。極力触れず、回避が可能ならしていく方針でいこう。

 

「二十八対一ってのも、中々におかしい気がするが」

 

「あの女から君のことは、サーヴァントの様に思えと言われているのでな」

 

 本当にトンズラしてやろうかな……あいつ、適当言うにも程があるだろうに。俺はサーヴァントと違って、戦車の砲弾とか直撃すれば木っ端微塵だってのに。

 

「はぁ……んじゃ、いつでも良いぞ」

 

 手合わせを申し込まれた側として先手は譲ろう。はっきり言ってしまえばそんな余裕はないが、向こう側の士気が明らかに高いし不意打ちとかしたら不服でもう一戦!とかの流れが見えるし。っと、早速か。

 

「嘘っ!?」

 

 背後から放たれた矢が顔のスレスレを通過していくのを感じながら次の攻撃への対処へと移る。槍、薙刀、そして直剣……その背後に短剣持ちか。左右から挟み込む様に突き出された槍と薙刀を、避け彼らの体勢が伸びきったタイミングで刃では無い部分に手を添えて振り下ろされた直剣とぶつけ合わせると、同時に飛び出してきた短剣持ちを殴ろうとして、大きく後方へと飛び退く。

 

「……」

 

 避けられても即座に拳銃のリロードか。流石は副官と言ったところか。っと分析している暇はないか。槍を構えたかと思えば凄まじい速度で刺突が放たれる。もちろん、見えているので上体を逸らし避けながら肢の部分を蹴り上げ彼女を動かし追撃しようとしていた男の動きを封じる。連携を取りはするが、自分の持つ武器の破壊力を恐れて全員一斉に来るわけではないのか。

 

「んじゃ……そろそろ此方からもいくぞ」

 

 灰錠を起動させグッと腰を落とす。先ずは、大将首を狙わせて貰うとしようか。視線を真っ直ぐにオーランドに向ければ意図を理解した様で刀を抜刀し、構える。そして、そんな彼に連動する様に道を塞ぐ様に人の壁が生まれた。ハハッ、いいね戦士として守るべき者は理解している様だ。

 

 低姿勢のまま真っ直ぐに駆け出すと大楯を持った大男が立ち塞がる。その瞳には通さないという確固たる意志と自信が浮かんでいた。そういう瞳は嫌いじゃないが、俺をサーヴァントと同等と見ているのなら避けるべきだったな。

 

「んなっ!?」

 

「馬鹿正直に激突すると思ったか?」

 

 目の前の大男が腰を落とし衝撃に備えようとした瞬間に、走って生まれたエネルギーを全て震脚によって地面に向けて放ち体勢を崩させ彼が俺を見ていないうちに跳躍、背後に回ると同時に蹴り飛ばす。

 

「……仲間を案じずに攻撃に転じるのは一つの選択肢だろうな。ただ、覚えておくと良い。遠距離攻撃は対処されやすいぞ」

 

 曲射で放たれた三本の矢を掴み取り鎚と、鎌で攻撃しようとしてきた者達に投げ放ち駆け抜ける。オーランドとの距離が近くなると先程同様に副官からの射撃が飛んでくるが、急停止と方向転換を繰り返し避けると弾切れを起こし、リロードの隙を晒す。それをカバーする様に短剣を持った若者が斬りかかってくるのを避け、腕を掴みリロード中の副官へと投げ飛ばすと見事に激突し、両者共に体勢を整えるのに時間がかかるだろう。

 

「ふーっ……しっ!」

 

 刀の間合いに入ると同時に刀が顔面目掛けて突き出される。殺す気満々じゃねぇかおい。顔を横に傾け避け、刀身に触れない様に彼が持つ刀の鍔を叩こうとしたが、それより早く突き出した刀が振り下ろされる。斬られる訳にもいかないので、横に転がる様に飛び退きそのまま足払いを放つがこれも跳躍で避けられてしまった。

 

「やるな署長」

 

「食らい付くのに必死だとも!」

 

 彼が着地するのと俺が立ち上がるのはほぼ同時だった。斬り払う様に振るわれた刀を一歩、下がる事で避け彼が次の攻撃に移るより早く距離を詰めるが、攻撃するより早く横槍が飛んできた。一発だけリロードしたのだろう、彼の副官が倒れたまま銃弾を放った。雑な体勢、そして俺とオーランドが近い事もあって弾は明後日の方向へと飛んでいったが、銃声に気を取られ攻撃は行えなかった。その間に引き戻された刀が、俺から距離を取ると同時に振るわれる。

 

「オォォォ!!」

 

 くそ、刀身に触れる気はなかったが仕方ない。首元に迫る刀の間に腕を割り込ませる。スパンっと斬られない事を祈っていた俺だが、そこで予想外な事が起きた。

 

 ガキンッ!

 

「「……は?」」

 

 なんとスーツによってオーランドの刀が防がれたのだ。これには俺もそして、オーランドも同時に呆気に取られたがフランチェスカが渡したものだったなと考える事を放棄した俺の方が立ち直りが早く、ガラ空きの腹部を軽く殴り飛ばしこの腕試しの終わりとした。

 

 暫くの休憩の後に俺はオーランドから彼の方針を聞いた。なんと、人間の身でサーヴァントを打倒するらしい。その為のサーヴァントを呼び自身が選んだ部下達に宝具という下駄を履かせているらしい。

 

「……可能だと思うか。人の身でサーヴァントを打ち倒す事が」

 

 真剣な顔で問われ思わず唸りながら考える。サーヴァントが如何に人間と比べて規格外か俺はよく知っているが、もし人間側にサーヴァントと同じ武具が有ればどうなるかなんてはっきり言って分からない。だから、悩んだ末にこう伝えた。

 

「条件次第……としか言えんな。先ず、サーヴァントってのは俺たちより格上だ。宝具があっても無くてもな。そもそも、人類史に名を残した英雄と正面切って戦うなんて正気じゃないだろう。そうしなければならない理由があるなら兎も角。……もし、お前達が持つ宝具を使い熟せる様になれば可能性はあるだろう。だが、低い確率だぞ」

 

 仮に力量で並んだとしても、相手はマスターの魔力が続く限り疲れる事なく動けるし、戦いの余波で発生した瓦礫などに当たってもダメージはない。けど、ただの人間は違う。疲れるし、瓦礫が直撃すればそれだけで死ぬ。可能性があるとすれば、相手がただの人間だからと気を抜いているうちに倒す事だろうか。それも難しいとは思うが。

 

「それでも構わん。可能性がゼロではないのなら、我々は勝利の為に足掻く」

 

「……そういう考えは嫌いじゃない。んじゃまぁ、頑張ってくれオーランド」

 

「君も我々に協力しないか?」

 

「いやぁ……基本的には深く関わる気は今のところないんだすまんな」

 

 じゃあなと挨拶を交わして、俺は警察署を去った。よくよく見ればあれだけ動いたのに、破れてないし汚れもないなこのスーツ……絶対、良くない効果も隠されてんだろうなぁ……

 

 

 

「我々と戦い終わってなお、息切れも無しか……全力ではないとは言えここまで差があるとはな」




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 その日は珍しく何も無い日だと思っていた。厄介事を持ってくる彼女からの連絡もなく、普通に起きて飯を食い鍛錬をし腹が空けばまた飯を食いここに来ても連絡がないからとスノーフィールドの地を観光し気に入った景色を写真に撮り時差を考慮してちょうど良い時間にカレンに送ろうとかそんな事を考えながら彷徨いていれば、時間は早いもので夕食を食べた。適当にジャンクフードにしたが日本の物とはまた違った感じで美味しかった。

 

「呑気に観光なんていつぶりだっけなぁ」

 

 夜になっても携帯に連絡はなく、街にも強烈な違和感を覚える場所はなかったから酒でも買って帰ろうかーなんて自分が何の為にこの場所に呼ばれたのか忘れた事を考えた時だった。

 

「ッッ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を感じ俺は考えていた晩酌の事など放り投げ、店の外へ飛び出す。あぁ……嘘だろ……嘘だと言ってくれ。そんな事を祈りながら、街の人間達に奇異な視線を貰うのも気にせずに可能な限り魔力の発生源に向けて全力でひた走る。途中から裏路地へと入り込み、建物と建物の隙間を駆け上り屋上からより高い建物を目指す。

 

「……間違えるはずがない。だが、間違いであってほしい」

 

 思い出すのはあの傲然たる瞳。常に愉悦を求め、幾度となく俺を裁定したあの真紅の瞳。魔力の元へ近づくたびにその光景ははっきりと思い出された。忘れられる訳がない、間違いなく俺という人間の形成に大きな影響を及ぼし俺が最も畏れたあの英雄を。砂漠が見えるギリギリで立ち止まり、俺は夜の闇に目を凝らすがその必要はなかった。夜という漆黒の闇においてなお、その黄金は煌びやかに輝いていたのだから。

 

「は、ははっ……そんなんアリかよ……関わる事になった聖杯戦争。その全てにあんたがいるなんて……」

 

 空に浮かぶその英雄は手に持つ宝具を掲げた。直後、膨大な魔力が唸り声をあげ暴風が吹き荒れる。俺はその光景を見ながら、自分の呼吸が荒くなっていくのを理解したが俺にアレをどうにかする術はない。王がアレを解放しているという事は、それに値する相手が地上にいるのかもしれないが俺の目は王から動く事を赦さず、理性が戻ってきた時には砂漠の大地は砂塵が巻き上がり既にあの地で根強く生きていた生物の悉くは死に絶えたという事実だけが認識できた。

 

「……()()()()()()()

 

 蔵から放出される宝具の雨を眺めながら俺はその名を口にした。第四次聖杯戦争では、何度も彼から裁定を受け俺が今こうして生きている返しても返しきれぬ恩人であり敵対者。第五次聖杯戦争が始まるまでの間何だかんだと十年間を共に過ごし、始まった第五次聖杯戦争においてはイリヤを巡ってバーサーカーと共に戦った相手であり別れを告げる前に別れてしまった王様の名前を。

 

 会いたいと思っていた訳ではない。何故なら、彼に会うと言う事は俺にとって苦難の始まりだからだ。誰がもう一度好き好んで言峰やギルガメッシュに出会いたいと思うのか。きっと、そんな奴がいればよほどの物好きだろうと俺は思う。だが、それでもこの胸に宿る興奮を熱を俺は否定できなかった。あの黄金の輝きが俺の目に焼き付いて離れない。

 

「ッッ!」

 

 ……見えてるって訳かギルガメッシュ。たった一本だけ俺の方に差し向けられた宝剣が俺の居たコンクリートの屋根に深々と刺さっている。真下に人がいない事を祈るのみだ。あぁ……そうだよな、ここまで視線を無遠慮に向けておいてあんたが気付かない筈がないよな。それでも追撃がない事を考えればこれはただの挨拶か、それとも王自ら虫を払っただけか。ただの一般人である俺にそんな事は考えても分かるわけがない。

 

「だからこうさせて貰おう」

 

 未だに消えない宝剣を手に取り、ビルのギリギリまで下がる。深く深く、息を吐き目を閉じ荒ぶる心を整え、脳のリミッターを外す。昂っていた自身の気配が大人しくなったのを理解した瞬間、全力で走りその勢いのままに飛んできた方向へと投げ返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 死の気配がすると口にしたエルキドゥに向け再会の約定として宝具を放ったギルガメッシュは無遠慮にだが只管に真っ直ぐ、相対していたエルキドゥにすら一欠片も視線を向けなかった者へ『不敬』として宝剣を放った。それで死に絶えただろうとその存在を思考の外へ捨ておこうとした際、彼は自らの元へ飛来する自身の宝剣をその目に捉えた。

 

「ほぅ」

 

 籠手で容易く弾き万物を見通すその千里眼でビルの屋上に佇む男を視た。先ほどの投擲のせいだろうが、右腕はまるで内側から爆ぜたように肉と骨が顔を覗かしており、痛々しく鮮血を垂らしている。だが、暫くすればまるで逆再生の如く溢れ出た肉が、骨があるべき場所へと戻り何事もなかった様な鍛え抜かれた腕がそこにはあった。

 

「フ、フハハハハハ!!!!飽きもせず、呪いを宿したまま生き永らえていたか。だが、相も変わらず不敬な奴よなぁ()()

 

 英霊は召喚時の記憶を持ち越さない。英霊の座に時間の概念はなく、英霊にとっては今この瞬間も何処かで呼ばれ敗れているのと同義だ。その度に押し寄せる記憶を正確に覚えていれば、記憶は混濁し余分な執着が生まれ英霊は悪霊へと堕ちる可能性だってあり得る。故に、英霊はそんな事もあったかもしれないという朧げな記憶を有するに留まり具体的な物事は一切、覚えていない筈である。

 

 だが、今しがたギルガメッシュははっきりとした言葉で影辰の名前を口に出した。本来であればただの人間一人の名前を覚えているのは異常な事態ではあるのだが、この英霊が言いそうな言葉を用いて言うのなら『王が自らの臣下の名を覚えている事の何が不思議だ?』となるだろうか。

 

「ククッ、世界広しと言えどこの我に宝剣を投げ返す者はそうそう居らぬぞ。全く、貴様という男は何処までもこの我を飽きさせぬ男よ」

 

 さてこのまま宝剣の三、四丁ほど賜るのも悪くないと考えたギルガメッシュだったが今宵は、些か魔力を使い過ぎた。自身のマスターを使い潰し折角、友と臣下に巡り会えた好奇をつまらぬ結果で終わらせるのもなと思い直し再びビルの上を見る。

 

「次に会う時は、礼儀の一つでも覚えておくが良いぞ影辰」

 

 そう言い残し消えていくのだった。そして、ギルガメッシュの存在は影辰の今回の聖杯戦争に向ける態度を一変させるには十分すぎる要因だった。間違いなく今の自分では成す術もなく死ぬであろうという直感に従い、影辰は携帯を取り出し連絡する。

 

「よぉ、フランチェスカ」

 

『良い夜に君から連絡してくれるなんてね。いやぁー嬉しいなぁ!嬉し過ぎてどうにかなっちゃいそうだよ!』

 

「……全部見てたんだろ。サーヴァントを呼ぶ、だから場所貸せ」

 

 ケラケラとしたフランチェスカとは対照的に何処までも冷たい影辰の声。だが、それも当然だろう。何せ今から彼は、積極的に関わる気の無かった聖杯戦争に自らの意思で参加しようとしているのだから。

 

『あれれ?まさか、聖杯戦争のマスターになるには令呪がなければならないって基本的な事を忘れた訳じゃないよねぇ?』

 

「白々しいな……俺にも令呪が宿っている。今なお、消えていないのなら聖杯はサーヴァントを求めている。違うか?」

 

『うんうん!合ってる合ってる!……でも、君のお願いにわざわざ私がうんいいよー!って答える理由はないよ』

 

「サーヴァント不足で終わり。なんて、つまらない結末はお前だって嫌だろ。それとも、一緒に表舞台で踊り狂うか?黒幕」

 

 影辰の返答の後、一瞬の沈黙が続いた。頼み事をする立場だというのに脅しを仕掛けてくるその態度が面白く無言で、バタバタとベッドの上で転がり回っていただけなのだが。

 

『はーっ……良いよ。場所と召喚陣は私が用意してあげる。でも、触媒を用意してあげる事は出来ないよ?流石の私と言えどそこまでしてあげる義理はないからねぇ』

 

「構わない。何処に行けば良い?」

 

『そこからほど近い裏路地にある寂れたホテルにおいで。用意して待ってるから』

 

 ぶつりと通話が切れると影辰は指定されたホテルへと歩き出す。その手には隠す必要がなくなった令呪が爛々とした光を放っていた。



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祈りを聞き届けたのは……

絵心が皆無通り越して、虚無の私の雑説明を聞きながら友人が描いてくれた令呪です。ありがとな!

【挿絵表示】


今回はサーヴァント召喚回ですわよ


 入った瞬間、その場所が碌でもない場所だと理解した。目の前の女の手に掛かれば、一般人が経営するただの寂れたホテルの一室など容易く己の領域に変える事が出来る。この女の事だ、自分の趣味の為に俺の召喚が正式に行われるまでは決してただの魔術師程度が介入出来ないような結界を構築しているのだろう。

 

「やぁ、もう準備は出来ているよー新たなマスター君?」

 

「準備が早いようで何よりだな。で、同席するのか?」

 

「あったりまえだよ☆こんな面白い所を私が見ない訳ないもの」

 

 聞くまでもない分かりきった解答を楽しげに返すフランチェスカにため息を溢しながら用意された魔法陣の中央に立つ。ゆらゆらと揺らめく赤い蝋燭は何やら特殊な作りなのか薔薇の匂いが漂っていたのが気になったが、こいつを頼った以上何か仕込まれていたとしても俺は文句の一つも言う権利はない。

 

「刃物を貸してくれ」

 

「いいよー」

 

 ぽいっと投げられたその辺で売ってそうなナイフを受け取り令呪が宿っている左手で刀身をぐっと握り血を用意された魔法陣へと垂れ流す。傷が治るってのも不便だな……ずっと握り締めてないと血がすぐに止まる。

 

「召喚の呪文は覚えてる?」

 

「あぁ。切嗣のところで聞いた」

 

 目を閉じれば思い出すのはセイバーが呼び出されたあのアインツベルンの城での光景だ。用意された聖遺物の輝きと魔力を込められ光輝いた魔法陣……あの常識からかけ離れた神秘的な光景を。だが、きっとこれから行われる召喚にあの様な見惚れる綺麗さはないだろう。何故なら、フランチェスカが用意した魔法陣で聖杯の泥によって澱んだ魔力を宿す俺が召喚を行うのだから。どんな化け物が出てきてもおかしくはないだろう。

 

「素に銀と鉄。礎に石と契約の大公。

 降り立つ風には壁を。四方の門は閉じ、王冠より出で王国に至る三叉路は循環せよ」

 

 そんなものは覚悟の上だ。あの王様相手に生存を勝ち取らなければならない以上、どんな化け物であろうと俺は手を組まなければならない。生半可な英霊じゃあ抵抗する暇もなく、消されるのがオチだ。だから、どの様な存在でも良いギルガメッシュに対抗し得る英霊よ来てくれ。

 

「閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ、閉じよ。

 繰り返すつどに五度。ただ満たされる刻を破却する

──告げる。

 汝の身は我が元に、我が命運は汝の剣に。聖杯の寄るべに従い、この意、この理に従うのなら応えよ」

 

 魔法陣に落ちた血が泡立つ様に蠢き出し、意志が宿った様に魔法陣全体をなぞる様に広がっていき魔法陣を覆い尽くした刹那、黒い魔力が暴風の様に荒れ狂い始めた。予想していた通り、セイバーの時とは全く違う禍々しさがそこにはあった。

 

「キハッキハハハハ!!凄い凄い、並の人間ならこの光景を見るだけで気が狂ってしまうんじゃないかな!!」

 

 喧しい声が耳に入るが体内の魔力が引き摺り出される感覚に言い知れぬ気持ち悪さを感じている俺は詠唱を閉ざさない様にするのに必死だ。この次は確か……今更俺がそんな事を口にする権利があるのか?

 

「……誓いを此処に。我は常世総ての悪を認める者、我は常世総ての悪を宿す者」

 

 例え正規の詠唱と異なると分かっていても、例えこの結果失敗する可能性が大きくなったとしても俺が善であり悪を支配する者だとは言いたくなかった。……この身は間違いなく悪だ、それを理解してなお手を貸してくれる者よ応えてくれ。

 

──ドクンっと心臓が高鳴った。もはや、楽しげに笑っていたフランチェスカの声も聞こえない。分かるのはただ、この瞬間も己から魔力は流れ出し禍々しく暴れている事だけだ。それでも記憶のままに口は動く。

 

「汝、三大の言霊を纏う七天、抑止の輪より来たれ、天秤の守り手よ!!」

 

 蠢いていた魔力が俺の詠唱が終わると同時に一つに纏まり空へと昇っていき、泥の様に降り注ぎ一つの形を成す──

 

 

 ()()()()()()()()()()()()

 かつて、この世全ての悪となる泥をその身に浴び、彼自身からその記憶は失われその魂の一部は聖杯内部へと回収され、雪の少女を救い消えていった。だが、彼の魂のその本質はこのFateと呼ばれる世界の外側から神の遊戯の為に転げ落ちた産物であり、この世界のものではない。彼がどれだけこの世界で思い出を作ろうが、誰かを愛そうがその魂は決定的にこの世界のものではない。

 

 ──此処ではない何処かの世界には人類救済の為に動いた獣がいた。彼らはとある人間に敗れる事になるのだが、そこは重要ではない。その獣を構成する魔神の一柱は逃げその先でも人類を救おうと画策し、届いてしまった。その魔神の最期はただの少女を心配しての事だったがその為に外なる存在に視られてしまいその世界では新たな、サーヴァントのクラスが生まれてしまった。

 ──時間や並行世界の概念が存在しない英霊の座に一度でも登録されてしまえばその世界とは異なる世界においてもそのあまりにも特殊すぎるクラスは召喚される可能性を有してしまう。

 

 もし、影辰がフランチェスカではない人物に手伝いを頼んでいたら。もし、面白いもの見たさでこの場にいるかの神秘に一度触れたフランチェスカがいなければ。もし、召喚の詠唱を正確に唱えていれば。もし、この聖杯戦争が歪なものでなければ。あらゆるifを考えれば恐らく、この世全ての悪とされる英霊が立っていた事だろう。だが、そうはならなかった。

 

「マスター。貴方の悲痛な叫び声、自らを悪と嘆く懺悔を聞き届けたわ。例え、罪人であろうとも救いは等しく齎されるべきよ」

 

 この場に似つかわしくない愛らしい少女の声が響く。蠢いていた澱んだ魔力は全て、その少女に注がれており何より令呪の繋がりが影辰とその少女の関係を指し示していた。先程より強くなった薔薇の香りを従えてひたひたと少女は己のマスターの元へと歩を進める。彼女が歩く事でカチャリカチャリ揺れる背中にある大きな鍵束。

 

「……君は」

 

 フランチェスカですら言葉を挟む事が出来ないほどの狂気とよほど影辰の魔力との相性が良いのだろう。暗く澱んだ存在感を放つ可憐な少女は影辰から投げられた短い質問に笑顔で応えた。

 

「私はアビゲイル──アビゲイル・ウィリアムズよマスター」

 

 例え悪党でも救済は与えられるべきとまるで穢れを知らない無垢な子供の様に微笑むアビゲイルに思わず、影辰は呆気に取られてしまう。それでもその様子に気を悪くした様子はなく、アビゲイルは召喚で疲れ腰をついている自身のマスターへと手を伸ばす。

 

「さぁ、マスター。手を取って?それで契約は完了するわ」

 

 差し出された手を取ろうとして影辰は自身のサーヴァントの背後に何処までも何処までも広がる深淵。そしてその果てにある蠢く何かすら理解できない存在を見てしまうが、()()()()()()()()()ただ小さく、おおう……っと驚いた様な声を出すだけで差し出された小さな手を取った。

 ぐっとその小さな身体から想像出来ない力で引っ張られ少しバランスを崩すが持ち前の体幹でアビゲイルに倒れ掛かる事はなく、影辰は立ち上がり彼女を見下ろす。

 

「……一応、君を呼び出したマスターになる衛宮影辰だ。確認だが、君はサーヴァントなんだよな?」

 

「ふふっ。マスターの貴方が一番理解しているのではなくって?」

 

「それもそうだな……そういや、真名は聞いたがクラスは聞いてないぞ。キャスターか?」

 

 ぬいぐるみが器用に乗っている魔女の様な帽子と杖の様に持つ鍵を見ながら影辰は思い至ったクラスを呼ぶがアビゲイルは静かに首を振った。

 

「私のクラスは、フォーリナー。降臨者って意味よマスター」

 

「聞いたこともないクラスだな……」

 

 既存のクラスには全く当て嵌まらないクラスを聞き早々に考える事を放棄する影辰。どんな魔術師であろうとそのクラスを理解するのは先ず無理だろう。何せ、本来なら決して応じることのないサーヴァントなのだから。

 

「とりあえず……そうだな、これでも着ててくれ」

 

 そう言って影辰は着ていたスーツの上着をアビゲイルに羽織らせる。キョトンと首を傾げる彼女に幼い子供がするべきではない余りにも露出した格好をしている自覚はないのだろう。

 

「明日、適当な服を買いに行こう……ってそうだ、フランチェスカ……っていねぇ」

 

 召喚の手伝いをしてくれた彼女に一応礼を言おうと思った影辰だったがそこに彼女の姿はなかった。召喚を見たがったのは彼女のでは?と思ったが、一々彼女の行動を考えても仕方ないかと影辰は思考を切り替えアビゲイルへと視線を戻す。

 

「なにはともあれ、よろしくフォーリナー」

 

「アビーって呼んでくださいな。マスター」

 

「んー……まぁ良いか。分かった、よろしくアビー」

 

 真名を捩った様な呼び方は危険ではと思ったが、サーヴァントの方からの望みならとアビーと呼んだ影辰にアビゲイルは嬉しそうに笑みを浮かべる。今此処に例外中の例外である陣営が誕生した。

 

「服を買うついでに街でも見るか。何か希望はあるか?」

 

「そうね……我が儘を言って良いのならパンケーキが食べたいわ」

 

「ん。探しとくよ」

 

「本当!?ありがとうマスター!」

 

 最も和やかにパンケーキに話を膨らませている彼らにその自覚は一切ない。




真名:アビゲイル・ウィリアムズ クラス:フォーリナー

ステータス:筋力B 耐久A 敏捷C 魔力A(影辰から供給される魔力との相性が良く本来より一段階上昇)幸運E(影辰の幸運に引き摺られ最低値)宝具:A

詠唱に手を加えた為に、例え悪人であろうとも救われるべきと思える英霊のみに召喚の対象が縛られ、外なる存在である影辰に呼応する形で召喚された。常人であれば彼女を見るだけで狂う可能性を秘めているが、既に精神構造が常人のそれではない影辰にとっては軽い驚きだけで済んでしまった。なお、フランチェスカはアビゲイルを見て嫌な予感を感じ取り自分が視られるより早くあのホテルを去っている。

「いやまぁ、本来なら確かにオレが行くべき場面よ?けどさぁ、間違いなくオレより影辰の方が強いしどうすっかなぁーとか考えてたら先越されちまったわ。ケケケ、相変わらず奇縁ばかり引き寄せるねぇ」


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平和な日常と問題児

色々と詰め込んだ回。話はほとんど進展してません!


 フォーリナー、アビゲイル・ウィリアムズの召喚はスノーフィールドに集う魔術師及び、サーヴァント達の間に言い知れぬ悪寒を齎した。黒幕の一人を担う魔術師は己が監視の為に用意した魔術の多くが澱んだ魔力を検知すると共に汚染され使い物にならなくなるか、無理矢理破壊される形で無効化された事に冷や汗をかく事になりまた、人間によるサーヴァントの打倒その裏で宝具を生み出し続ける小説家はその作業の傍らで増えていく報告書を盗み見る事でかの神話的存在を知り、楽しげに自身のマスターへと電話をし彼なりに警告を促した。

 

「随分と気味の悪い魔力だ……マスターとの約束があるから積極的には狙わない。けど、もし此処に来るようなら対処しなくちゃいけないね」

 

 傷だらけの合成獣を腕に抱く麗しき兵器はスノーフィールドの街を睨みながら静観を決め込む。彼あるいは彼女の桁違いな探知能力は澱んだ魔力にこそ警戒心を抱いたが、その魔力を発する者の本質が白にも黒にも如何様にも染まる事を見抜き自身のマスターが安全であるのならと判断したようだ。そして何より、あの街には彼がいるのだから。

 

「うっ…!?」

 

 スノーフィールドの地を古くから守り続けた一族の幼き長は土地を通して自身へと流れる魔力の澱みにより思わず口元を抑え、吐きそうになるのを必死で我慢する。土地と深い縁を結んでいる彼女だからこそ今しがた召喚されたサーヴァントがただそこに居るだけで狂気を振り撒く存在だと身体で理解してしまったのだろう。

 

「クッ……貴様は悉く人類にとって厄災と呼べるモノと縁があるようだな」

 

 そんなマスターの様子など気にも留めずに原初の英雄は喉を鳴らして笑い、臣下が辿るであろう凄惨な結末を想像し無いなと首を振った。普通の魔術師であればアレを御せずにその精神を擦り減らし、その果てに狂い死ぬであろうが奴に限ってそれはないなと。人の世を案ずるのであれば真っ先に殺しに行かねばならない存在であり今この場にいるのがもっと後年の王であればソレもあり得たかもしれないが、暴君である王は一切の確認を取らずに勝手に決めた。

 

「我は忙しい。故にお前にその厄災を任すぞ影辰、御せなければ分かっておろうな」

 

「ギルガメッシュ様……?」

 

「ティーネよ。慣れておけ、アレはいずれ眼前に現れるかもしれぬぞ。その時に吐いたとあれば、とんだ笑い者よ」

 

 未だ己自身で歩く道すら見えてないマスターへ言葉を投げながら王は酒を取り出し飲み始めた。

 無論、彼ら以外にも多くの魔術師達がその澱んだ魔力に驚いていたがその中でも召喚場所に近く使い魔でホテルから出てくる彼らを視てしまった者は一部例外を除き発狂し、自らの命を絶っておりただ召喚されただけでこれほどの被害を齎した存在はそう多くないだろう。そんなイレギュラー達はというと、呑気にパンケーキの話をしながらホテルを出て、マスターである影辰が初めに泊まっていたホテルで一睡し次の日、昼近くからスノーフィールドの街を二人で散策しているのだった。

 

「取り敢えずは服だな。いつまでも俺のスーツを羽織らせておくわけにもいかないし」

 

 ウェイバーに作って貰った視線逸らしの効果がある煙草を咥えながら歩く影辰。こんなものは生粋の魔術師相手には通用しない子供騙しなのだが、危ない格好の幼子を連れ歩いていると通報されても面倒なので頼っている次第だ。

 

「これがアメリカ……現代って凄いのね!色んなものが輝いて見えるわマスター!」

 

「サーヴァントから見れば何もかも新鮮な光景か。今じゃ、人が多い場所は何処行ってもこんな景色だよ」

 

「私が居た頃とは全然違うわ……」

 

 キョロキョロとスノーフィールドの街中を眺めて楽しそうにするアビゲイルと、スマホにある地図アプリ頼りで煙草を吹かす影辰の組み合わせはとても微笑ましいもので、もし影辰が日本人ではなくアメリカ人であれば親子の様に見えたかもしれない。

 

「お、此処だ。アビー、こっちだ」

 

「今行くわマスター」

 

 影辰が足を止めた場所は大衆向けの服を多く取り扱っている何一つ変哲のない服屋だ。アビゲイルの名前を呼び、今までは自由に歩かせていたが店内で迷子になっては大変だと彼女と手を繋ぎ店内へと足を運ぶ。当然、店内に入れば禁煙である為煙草は消している為二人の存在は店員や客にバレる。側から見れば、大人用のスーツを羽織っている子供とどう見ても血が繋がっている様には見えない日本人の組み合わせだ。嫌でも目立ち、様々な憶測が彼らの耳へと届くが全て無視し、服を選んでいると不審に思ったのだろう店員が話しかけてきた。

 

「あの、すみませんがこちらの子とはどう言ったご関係で?」

 

 警戒した様子の店員へと作り物の笑顔を向けながら影辰が流暢な英語で返した。

 

「あぁ、遠い親戚の子なんです。少しの間、日本で面倒を見ていた事がありまして。それで仕事の関係でアメリカに来て久しぶりに会えたものですから、服でも買ってあげるよって連れてきたんです。な、アビー?」

 

「えぇ!お兄さんは、とっても優しい人で今日もこの後、パンケーキをご馳走してくれる約束なの!」

 

 予め予定していた通りの会話をする二人。アビゲイルは遠い親戚の子で、影辰は日本に来た時にその面倒を見ていた優しいお兄さん。久しぶりに再会したから親交を温めているという筋書きだ。仲の良さをアピールする為に笑顔を忘れず、また店内の人間に聞こえるようにアビゲイルには大きな声で返事をし貰っている。二人の仲良さそうな態度に安心したのか店員は失礼しましたと言って戻って行った。

 

「さて、どんな服が良い?」

 

「そうね……あ、良い方法が思いついたわお兄さん!お兄さんが選んでくださるかしら?きっと、良いものだと思うわ」

 

「困ったな……そういうセンスには自信が無いがアビーの為だ頑張るとしよう」

 

 仲の良い二人だという事をアピールする為に演技半分、本心半分で会話を続け演技とは言えど並んだ服をじっくり吟味してどれがアビゲイルに一番似合うか真剣に考える影辰。そんなやり取りを見て、聞いていればその内二人を疑う者は居なくなっていた。そして、その間悩んでいた影辰は漸く納得がいくものを見つけたのか組み合わせ、アビゲイルへと手渡す。

 

「試着室は向こうだから着ておいで」

 

「えぇ、楽しみに待っていて」

 

 試着室へと向かったアビゲイルの後ろをゆっくりと着いていき、待つ間に周囲の気配へと気を配る影辰だったが魔術師特有の嫌な気配を感じることはなく一安心し、スマホで美味しいパンケーキに関して調べ始める。その三分後、着替え終わったアビゲイルが試着室のカーテンを開けた。

 

「どうかしらお兄さん」

 

 召喚時の時より小さな黒いハット帽子を被り、フリルの付いた白いブラウスに黒いチュールのスカートという組み合わせはアビゲイルの愛らしい雰囲気とマッチしておりとても似合っていた。少しお洒落なヒールを履かせてやればこれも良く似合っており店内にいる何人かはアビゲイルの可愛らしさに和んでいた。

 

「あぁ、可愛いぞよく似合ってる」

 

「ふふっ、ありがとうお兄さん。私もこれがとても気に入ったわ!」

 

「そう言ってくれると嬉しいよ……あぁ、店員さん。これこのまま着て帰ります、タグとかお願い出来るでしょうか?」

 

「はい。分かりました、少々お待ちくださいね」

 

 店員が服に付いているタグを取り外し、その場で影辰から料金を受け取る。お釣りを返すと、影辰はお礼を言いアビゲイルの名を呼ぶ。呼ばれた彼女はトテトテと駆け寄り差し出された影辰を手を握る。

 

「もう少し見るか?」

 

「いいえ、これで充分すぎるわ。それより早くこの服で外を歩きたいわ」

 

「そうか。なら、ちょうど良い。さっき調べたパンケーキ屋が少しだけ此処から遠いからな」

 

「まぁ!それはとても好都合ね」

 

 来た時と同じく仲慎ましい様子で服屋を出る二人に店員達はすっかりと騙されており、仲の良い二人だったわねぇなどと和かに話をするのだった。

 

「〜〜♪〜〜♪♪」

 

「随分と楽しげだなアビー」

 

「えぇ!だって、こんなにも可愛らしい服を着て歩けるんですもの。呼ばれた時は全く、予想していなかったわ!」

 

「まぁ、あんな格好ちょっと見逃せなかったからな……俺が犯罪者で捕まる方が先だよ」

 

 影辰の言葉を聞いて、あっ!っと隣でアビゲイルが言葉を発した。どうかしたのか?っと彼女の顔を影辰が見ると、気まずそうに視線を泳がした後、小さく消えゆく様な声で彼女は続けた。

 

「その……普段は私が霊体化していれば良かったんじゃ……ないかしら……」

 

「あっ」

 

「マスターも全く考えになかったのね……ごめんなさい、私ったらすっかり浮かれてマスターに迷惑を」

 

 そこまでアビゲイルが言葉を発すると同時に影辰は彼女の柔らかな頬を片手で挟む様に摘んだ。口が少し突き出す様な形になるアビゲイルの顔は可愛らしいが何処のなく間抜けであり、思わず影辰は笑い突然の事でアビゲイルは混乱した。

 

「君に服を買うことなんて、大した問題じゃないさ。そもそも、俺が俺の都合で君を呼んだんだからこれくらいは寧ろ、支払うべき報酬だよ。この後行くパンケーキ屋でもそうだけど、俺に一切遠慮をする必要はない。その分、いざという時は頼りにさせて貰うからね」

 

「……マスター」

 

「戦いは辛いし痛いし怖いものだ。だから、こんな何もない日常くらい楽しんでくれ。その方が俺も嬉しいから」

 

 サーヴァントをただの道具ではなく、一個人として尊重する影辰。そこには裏切られない様にするなどの打算的なものは一切、含まれていない。第五次聖杯戦争で、セイバーやアーチャー、そしてギルガメッシュと接した様に良き隣人として接しているだけだ。

 

「……マスターって優しいのね」

 

「いいや、俺は優しくないさ。優しければこんな戦いに参加してない」

 

「私はそう感じたわ。ふふっ、ありがとうマスター!」

 

 そう言って微笑むアビゲイルは影辰と繋がっている手を握る力をそっと強める。優しい彼の熱を、生きているという証を感じ取る為に。そして何より今彼と話している自分を繋ぎ止める為に。そんな事は露知らず、握られる力が強くなったと感じた影辰はアビゲイルの頬から手を離しながら握り返す。理由は分からないが、そう求められている気がしたから。

 

「そう言えばマスターは何をしている人なの?」

 

「んー?そうだなぁ……表向きは神父で裏で化け物退治をしてるかな」

 

「神父様!?マスターって神父様だったの?」

 

「あぁ、全然そう見えないだろ?まぁ、神は居るだろうが祈り頼る存在だとは微塵も思ってないから仕方ないんだが。よくうちのシスターに怒られてるよ。『せめて信者の前ではそれらしく振る舞いなさい』と」

 

「まぁ、でも私もそう思うわマスター。だって神父様なのだからしっかりしないと駄目よ」

 

「うぐっ……そ、それでも悩み相談とかはこれでも上手くやってるんだぞ」

 

「懺悔とかかしら?確かにマスターはとても上手そうだわ」

 

「だろ?まぁ、庭の柿の木が大きすぎて邪魔だとか子供が外で遊びたいけど遊び場がないとか、ガス爆発とか。お悩み相談を装った頼み事が多い気がするけど」

 

「……何故かしら。私の中の神父様像が音を立てて崩れていく気がする。でも、全部やってあげてるんでしょう?」

 

「手が空いてる時はな。それにカレンあぁ、うちのシスターなんだけど。彼女が本格的な悩みとかそれこそ懺悔は聞いてくれるからうちの教会はなんだかんだ成り立ってるよ」

 

 そんなたわいのない話をしていると案外早いもので目当てのパンケーキ屋へと彼らは到着し店内へと入ろうとした瞬間だった。

 

「見つけた!!おーい、そこの人、止まってください!!」

 

「ん?」

 

 声がした方に視線を向けると彼らの元に金髪の男性が駆け寄ってきていた。白昼堂々仕掛けてくる輩か?と影辰が警戒の色を強くすると、予想もしていなかった言葉が駆け寄ってきた彼から放たれた。

 

「そう怖い顔しないでください!えっと、俺はフラット・エスカルドスって言います。時計塔のエルメロイ教室出身です!」

 

「……あだ名をなんでも一つ」

 

「グレートビックベン☆ロンドンスター!」

 

「なるほど。俺の記憶とも一致するよ問題児筆頭くん」

 

 脳裏に先ほどの名前を聞いてキレるウェイバーを浮かべながら影辰は頷く。なお、アビゲイルは彼の勢いに押され影辰の背中へと隠れてしまっている。

 

「やっぱり貴方が先生のご友人で、脳筋バカって呼ばれてた影辰さんですね!」

 

「本人を前にして馬鹿と呼ぶか普通……なるほど、アホだなお前。んで、なんの用だ?」

 

「少しお話をと思いまして。昨夜の気持ち悪い魔力に関して」

 

 時計塔、エルメロイ教室が誇る筆頭問題児。フラット・エスカルドスとやることなす事問題だらけの影辰。ある意味似ている要素を持つかもしれない二人の邂逅はどの様な結末を引き起こすのか。




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衛宮影辰とフラット・エスカルドス

「こちらのお席でよろしいですか?」

 

「あぁ」

 

「それでは注文が決まりましたらお呼びください」

 

 パンケーキ屋の前では鉢合わせた影辰達は店内に入り広々としたテーブル席へと案内され、影辰とアビゲイルが店内の入り口に近い椅子へ座りフラットを店内の奥、ソファの方へ座らせ何かあれば自分達が逃げやすくかつ、相手が逃げ辛い形へと自然な形で誘導されていた事にフラットは一切気が付いておらず、影辰は目の前の男は本当に殺し合いの場だと理解しているのか首を傾げたくなった。

 

「それで話とはなんだ。フラット・エスカルドス」

 

「あ、それですけどちょっと待ってください。先に注文をしてしまいましょう」

 

「……分かった。アビー、どれが食べたい?」

 

 メニュー表を手に取りアビゲイルに見えやすい様に広げる影辰。どのパンケーキも美味しそうと目を輝かせるアビゲイルに微笑ましく思いながらも彼の意識はフラットに向けながら警戒を続けており、それに一切気が付いていないのかなんとも空気が読めないフラットは何事もなく、パンケーキを注文するのだった。暫くの間、無言であったが注文したパンケーキが届くと共にその沈黙は破られた。

 

「これで漸く話せますね」

 

 そう言ってフラットが呟くと同時に、周囲の音が遠ざかり雑音の類が一切聞こえなくなった。アビゲイルは突然の魔術に驚いていたが、身に覚えのある影辰は特に驚く事なく、フラットを見た。

 

「どっかの先生より簡単に使うもんだな。楽天的かと思ったが、なるほど。それに付随するぐらいの実力はある様だ」

 

「あはは、褒めてくれてありがとうございます。早速、本題なんですけど昨夜の気持ち悪い魔力の出どころ貴方ですよね?」

 

 直球で問われた事で影辰は内心で、目の前の人物が腹芸の類は不得意だと判断を下す。そして、彼の目が真剣ではあるものの魔術師らしい好奇心の色が浮かんでいる事から隠し事をしても無駄だと悟った。

 

「そうだ。とは言え、その表現が悪い言い方はこれっきりにして貰おうか。俺の魔力が澱んでいる事は重々理解しているが、呼び出されたのは見ての通りの子供だ。幼い精神に配慮してくれると助かる」

 

「マスター……私は大丈夫よ。自分がどの様なモノかはよく理解しているわ」

 

 純真無垢な姿ではなく、だからと言って神に魅入られた姿でもない姿で呼び出されたアビゲイルは自身がどういう存在かを最も客観的に理解し、受け入れている。故に自分が気持ち悪いと評される事も、悪であると判断される事も全て受け入れるつもりでいた。それがどれだけ自分の心に傷を生み出す事になろうともそれこそが自分の受けるべき罰として。

 

 だが、そんな少女の幼気な献身も懺悔もただ黙って見逃す気のない男は、机に備わっている紙ナプキンを手に取りパンケーキを頬張った事で汚れてしまった彼女の口を拭いながら、自分勝手な言葉を投げかける。

 

「さっきも言っただろうアビー。なんでもない時間くらいは楽しんでくれって。今は戦いの場じゃないんだから……よしっ、綺麗になったな。こういうソースは時間が経つとベタベタして大変だって弟が言ってたからな。早めに落とすから気になったら言ってくれ」

 

「……マスター。分かったわ、貴方がそう望むのなら今この時間を目一杯、楽しむ!」

 

「おう。それで頼む」

 

 自分の近くで暗い顔をされても嫌だからという理由が彼の根底にはあり、それを決して優しいとは受け取らないだろう。けど、彼の本心は置いておいてその行動は他人から見れば、子供を気遣うものであり歴とした優しさとして映る。少なくとも、魔術師らしからぬフラットには好意的に見られた様で、目の前で繰り広げられる微笑ましい光景に思わず笑い声が漏れた。

 

「ふふっ、仲が良いんですね、先生の友人ってのが分かる気がしますよ。あ、さっきの気持ち悪いって言葉は訂正しますえーと……そうだなぁ……おどろおどろしい感じとか!」

 

「あんまり意味変わってねぇ……」

 

「でも格好いいと思うわ。とても凄い!って感じがして」

 

「でしょ!」

 

「アビーが気に入ってるならそれで良いか……」

 

 アビーの言葉にフラットが笑い、影辰がそれに呆れる。そんなありふれた景色へと瞬く間に空気は切り替わり、即座に動ける様に椅子から少し腰を浮かしていた影辰は静かに座り直す。

 

「しかし、よくエルメロイII世が聖杯戦争の参加に許可出したな。あいつ、絶対認めないと思ったんだが」

 

「口酸っぱく止められましたよ……『君は魔術師同士の闘争というのがどういうものか理解しているのか?』とかそれはまぁ色々と。でも、流石は先生です!俺にサプライズで、用意してくれていたんですよサーヴァントを呼ぶ為の聖遺物を!透視で偶々、見ただけなんですけどこうしちゃいられない!って此処まで来たんです」

 

「……そう、か?」

 

 フラットの話を聞き、影辰の脳裏に過ぎった考えは『あいつがそんなことをするか?』という疑問だった。確かに目の前にいるフラットは自分のペースで話し、生きる典型的な自由人であり言って駄目なら諦めて相手の言い分を認めるウェイバーとは悪い意味で相性が良いと思う。だが、だからこそ不思議なのだ。弟子として面倒を見ている彼を見殺しにする様な選択を取るのか?仮に参加を認めるのなら、あの聖遺物を渡している筈という疑問が影辰の歯切れを悪くしていた。

 

「やっぱり歴史に名を残した英雄というのは凄いですね。昨日の戦い、明らかに規模がおかしいですもん。そして、その後におどろおどろしい魔力……あの英霊達と貴方は何か関係があるんですか?」

 

 そんな影辰の様子に気がつくことなく質問するフラットに一旦、疑問を脳裏から追い出し口を開く影辰。

 

「あぁ。あの黄金の英霊は少しばかり因縁があるからよく知っている。あいつから生き残る為に彼女を呼んだんだ」

 

「相手の方は知らないんですか?」

 

「ん?……あぁ、そうか。戦ってるなら当然、その相手がいるか。まぁ、多分見ていても分からなかったと思うから気にしなくて良い」

 

 本当にギルガメッシュしか見えていなかった男である。

 とは言え、彼の性質からあの宝具を即座に抜く相手は限られている事にすぐに思い至るがフラットには教えなかった。良くも悪くも行動力のあるフラットに教えすぎると、ギルガメッシュの眼前に踊り出そうで危ないと判断した為だ。

 

「そうですか……あ、そうだ!」

 

 一瞬、残念そうな表情を浮かべるがなにかを思いついたのか一瞬で表情を切り替え、携帯を取り出す。

 

「連絡先!交換しましょう!!」

 

「……それは、聖杯戦争に参加する者同士、同盟って訳か?」

 

「いえ、こうして知り合えたので折角なら友達として関わりたいなと。それに先生のご友人なら、きっと貴方も凄い人でしょうから!」

 

 どこまでも聖杯戦争に向いてない男だなと思いながら影辰は携帯を取り出し、フラットと連絡先を交換する。どうせ、この聖杯戦争が終われば破棄する端末だ。もし、彼がこの聖杯戦争を生き延びたのなら普段使っている方の連絡先を教えようと考えながら。

 

「わぁ、ありがとうございます!」

 

「おう」

 

 疑問が解けて納得したのかフラットは魔術を解除し、そこからは周囲にも会話が聞こえてしまう為こういう時の話題、ウェイバーに関するアレやソレを食べ終わるまでの間話す二人。フラットがどれだけウェイバーが凄いかを話すと、影辰がウェイバーの笑い話(主に絶叫)を話す。

 

「ふーっ、先生の面白い話をたくさん聞けて満足です。ありがとうございました影辰さん」

 

「あれくらいなら幾らでも話やるさ。んじゃ、今日のところは解散だな」

 

「はい。では、また会いましょう!」

 

 店の入り口で手を振って去っていくフラットを見送り、懐から携帯を取り出す影辰。もちろん、連絡先は彼だ。

 

『このタイミングでお前から連絡か……嫌な予感しかしないぞ』

 

「ハハッ、正解だウェイバー。良い話と悪い話、どっちから聞きたい?」

 

『……悪い話からだ』

 

「既に把握してるとは思うが、聖杯戦争が開催されている。そこに、お前の生徒。フラット・エスカルドスが参加してるぞ」

 

 ウェイバーが何かを落としたのか電話口がうるさくなる。そっと耳から離し、怒声に備える影辰。

 

『あの馬鹿……!こっちでも出国確認が出来た。色々と突っ込みたい事はあるが、先ずはお前の話を聞こう。良い話とはなんだ?』

 

「心中察するよ。良い話はな、俺もその聖杯戦争の参加者だ。で、どうする?」

 

 なにがとはウェイバーは聞き返さない。このタイミングでこの男が自分に聞きたい事など分かりきっているからだ。ストレスでズキズキと痛む胃を服の上から撫でながら、ウェイバーは口を開く。

 

『頼む。フラットの奴の面倒を見てくれ、あいつ自身が自分で決めて納得のいく死を受け入れるというのならその場にいない私が出来ることはない。師として無責任なのは重々理解しているのだが、せめて理不尽な死から守ってくれないか?』

 

 聖杯戦争がルール無用の殺し合いだというのをウェイバーはよく知っている。だからこそ、誰かを殺す覚悟のないフラットを止めたのだ。けれど、その甲斐なくフラットは聖杯戦争の舞台に登ってしまった。サーヴァントを持たない三流魔術師の己では単身で乗り込んでも死体が一つ増えるだけ。であるなら電話先の男を頼るほかない。ウェイバーが知る限り、殺し合いというものに最も長けている影辰を。

 

「先に言っておくぞ、確約は出来ない。なにせ、この聖杯戦争にはあの王様がいる。彼と鉢合わせば、俺に誰かを守るなんて余裕はない。だが、フラット・エスカルドスが俺という道具を頼った時はお前の顔を立てて付き合ってやる。だから、あいつによく言い聞かせてやれ」

 

 影辰にとって最も優先すべき事項は生きてカレンが待つ冬木に戻る事だ。フラットを一々気に掛ける必要性はない──ないのだが、友人が頼むと言うのなら手助けぐらいはしてやろうと決めた。

 

『あぁ……それで良い。あいつは殺す覚悟こそ出来てないが、魔術師としては間違いなく一流だ。もしお前がその方面で困れば頼ると良い。私の方から話を通しておこう』

 

「おお、それは助かる。まぁ、やっぱり予想通りお前に無断で出てきてたか。征服王があいつの隣に居ない時点で、察してはいたが」

 

『なにをどう勘違いして飛び出したのか問い詰めたいぐらいだ……すまないな、影辰。余計な手間をかける』

 

「あぁ本当だよ。今度、イギリス行く時は美味い飯でも奢ってくれ。それでチャラにしてやる」

 

『財布に余裕を持たせておかなければならんな。では、私はフラットと話をしてくるとしよう』

 

「ちゃんと言い聞かせよ」

 

 分かっていると返事が返され、通話が切れる。携帯を懐にしまうと影辰を見ていたアビゲイルと視線が合い、どうした?と問えば握られた手をぎゅっと握り返しアビゲイルは口を開く。

 

「マスター……フラットさんはいい人だわ」

 

「そうだな俺もそう思う」

 

 人の話は聞かないし、ずば抜けた行動力とそれに伴う警戒心の無さはあるがただ一人の人間として見た時、影辰はフラットをそれなりに気に入っていた。きっと、善人の側に立っている人間なのだろうなと。けれど、此処は聖杯戦争の舞台であり殺し合うかもしれない相手だ。余計な感情は邪魔になる。

 

「……出来れば殺し合いたくないわ」

 

「向こう次第だな。俺も不必要な殺しはする気ないさ」

 

 それはフラットの態度次第では殺すと言ってるのと同義だったが、アビゲイルはそれに何か反論をする訳でもなく、ただ握る手を強めた。




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死徒、ジェスター・カルトゥーレ

 フラットと別れて数時間後、すっかりスノーフィールド全域に夜の帷が下り辺り一体は真っ暗……とはならずカジノやそれに伴うホテルの明かりなどにより冬木とは違い、人が多く明るい夜の街へと顔を変えた街中を影辰は歩いていた。職質を受けるのは面倒なので、アビゲイルは現在霊体化し彼についている。

 

「……まぁ、知ってたが此処が戦場になるとは全く思えん景色だな」

 

『夜だけどとても綺麗ね。まるで、星があるみたいだわ』

 

 アビゲイルの言葉に内心でなるほどと思う影辰。空を見上げれば、そこに満天の星空はなく地上の明かりが空の灯りを掻き消しているこの光景は人が生み出した人工の星空と呼べるかもしれない。そんならしくない事を考えながら、街中を歩きながらマスター及び、サーヴァントを探していると予想外な人物に出会う事になる。

 

「ん?」

 

「お?」

 

 カジノから神父服を着たまま現れ、四人の女性を連れる眼帯と男と視線を合わせ同じ様なリアクションをする。暫く、無言の空気が流れた後に両者は腕を伸ばし──ガシッとお互いの肩を組み、嬉しそうに口を開いた。

 

「ハンザ、久しぶりだな!元気にしてたか?」

 

「俺が体調を崩す訳がないだろう?影辰」

 

「ハハッ、それはそうだな。それで──」

 

 組み合った状態から自身の首を絞めようと迫っていたハンザの手を退け、そのまま拘束から抜け出し返しと言わんばかりにハンザの喉元へ手刀を突き出し、ギリギリの所で止める。そこまでして、漸く控えていたハンザの部下のカルテットと呼ばれるシスター達が動く。

 

「──随分な挨拶の理由を聞こうか。監督役」

 

「全く、お前の勘の良さは嫌になるな。……なに、マスターとして参戦してるとは思えなくてな。偽物か確かめさせて貰っただけだ。だから、そのサーヴァントを大人しくさせてくれるか?彼女達を失いたくはないのでね」

 

「大丈夫だ。だから、霊体化しててくれ()()()()()()

 

「分かったわマスター」

 

 カルテット達の心臓を背後からいつでも貫ける様に準備していたアビゲイルが再び、消えていく。自らが死の淵に立っていた事に気がついたカルテット達は冷や汗を浮かべるが、そんな事はお構いなしにハンザと影辰は話を続ける。

 

「まぁ、そりゃ俺が参戦してるとは思わんわな。だからって、いきなりに首締めはどうかと思うぞ」

 

「考えてみろ。予備役でかつ、嫁大好きなお前が嫁を連れずに居るってお前と交友を持ってる奴が想像できるか?先ず、偽物の線を辿るだろ」

 

「そう言われると否定出来ないな」

 

「だろ」

 

 はっはっはっと顔を見合わせて笑う二人と完全に置いてけぼりにされるカルテット。暫く、笑い合った彼らはスッと真面目な顔になり口を開く。

 

「此度の聖杯戦争、監督役を拝命した。今回、聖堂教会は完全に後手に回っているのが現状だ。何か知っている事があれば共有を頼む」

 

「ふむ……そうだな、俺に関する情報は教えられるがそれ以外はどの様な監視が俺にあるか不明だ。故に、俺は俺自身の為に情報を秘匿するが構わないか監督役」

 

「致し方あるまい。なら、それで条件を飲む代わりに同行を願おうか。これから俺達は黒幕と思われる一人の男に会いに行く」

 

「了解した。では、道中話そうか」

 

 二人揃って歩き出し、影辰は自身がこの聖杯戦争に参加する事になった経緯と召喚したサーヴァントの真名を隠し伝えた。フォーリナーという聞いたこともないクラスにハンザは一度首を傾げるが、目の前の男の異常性を考えればまぁ、そういう事もあるだろうと失礼な納得をした頃合いに彼らは黒幕の一人とされる警察署所長オーランド・リーヴの元へと到着した。

 

「……手引きしたのか?」

 

「いやいや、唯の付き添いだよ」

 

 顔を合わすと共に怪訝な顔と共に睨まれた影辰は首をぶんぶんっと振って否定する。オーランドからすれば、自身のサーヴァントから齎された警告の相手が影辰である為、本拠地に乗り込まれた事に警戒を隠せなくなっていたのだ。

 

「んじゃ、俺は適当に寛いでるから話ししててくれ」

 

 備え付けの珈琲を淹れに行く自由人はオーランドとハンザの間に流れる剣呑な空気を一切、気に留めずに珈琲を飲み始める。早々に影辰に関して、考える事を放棄し取り敢えず、監督役を名乗るハンザへの対処をする為に二十八人の部下、クラン・カラティンを呼び出した直後オーランドの携帯が鳴り響いた。

 

『今すぐそこから逃げな兄弟』

 

「……なんでさ。運無さ過ぎだろ俺」

 

 瞬間、警察署の結界が砕かれ空より暗殺教団の狂信者が訪れる。その身に宿した先達の力かアサシンクラスでありながら、結界を砕くという力技で侵入した彼女と迎撃の為に襲い掛かるクラン・カラティンの面々が交戦を開始する中影辰はというと。

 

「おー……俺と戦った時より連携がしっかりしてるなというか手の内を隠してたのが正解か。とは言え、真名解放には至ってない状態でサーヴァントを倒すのは無茶じゃないか?」

 

 呑気に珈琲片手に観戦と洒落込んでいた。アサシンに狙われないのなら彼が参戦する理由は一切なく、ただただ冷酷に冷淡に彼らの勝利条件を考察していく。八割くらいが、死んで残りの心が折れなきゃ勝ち目があるか?いや、あのアサシンが全てのスペックを明らかにしてるとは限らない以上、全滅の線が濃厚か?などといった具合に。

 

「混ざらないのか?顔見知りだろうに」

 

「いや、手伝う義理も理由もないな。あれはアイツらが望んだ戦いだろう」

 

 組み手の相手として言葉は交わしたし、どういう人間達かも少しは知っている。が、ただそれだけだ。影辰からすれば、今こうしてハンザと話している間にも失われる可能性がある命は、等しくどうでも良い。目の前で惨たらしく死のうが、あぁ死んだか程度の感想しか抱けない。そこに嫌悪感も、忌避感はなくただ当たり前の事実として、死体という物が増えたという認識しかしない。

 

「冷たいな」

 

「俺の手はそんなに広くない。愛する人でもう一杯だ」

 

 冷え切った瞳で戦場を眺めるこの男が自発的に動くとしたら自らの命が狙われた時、大切な人が狙われた時、そして──

 

「やぁ良きかな良きかな!中々に私好みの泥試合だ!」

 

 仕事柄倒さねばならない存在が現れた時だろうか。

 警察署を取り囲む結界を破壊する事なく、まるでなんの障害もない様に擦り抜けて室内に入ってくる一人の男。彼は室内にいる人間達を全て塵のように見ながら、堂々の中央を歩きながら演説する。

 

「いやいやお見事お見事。如何なる手品で宝具の力を解放しているか知らんが、まさか人の身で英霊に挑むとは!なんとも身の程知らずと思ったが、どうだ!良い勝負になりそうじゃないか!」

 

 声量の割にはそこに込められた感情は薄く、まるで場末の劇場で行われる三文芝居の様な軽薄さで言葉が紡がれていく。

 

「闇に生きる術を持ちながら正面切って挑む愚かで愛らしい英霊に!自らの英霊を後方に置き、自らが矢面に立つ血気に満ちた魔術師か!……中々に面白い見せ物だ」

 

 ニヤリと嗤った後に先ほどの影辰と同じような推察をし、英霊に対して勝利する可能性がある事を匂わせる発言を放つ。それを聞いていたクラン・カラティンの一人、正義感に満ちた青年ジョン・ウィンガードが背後から手に持つダガーで斬りかかり──その手を武器ごと切断され、諸共に食われる。宝具を食らった化け物はオーランドが呼び出した使い魔を触れずに殺した後に、まるで従者の如く恭しく片膝をつきながらアサシンを見た。

 

「自己紹介が遅れたね我が愛しの君よ。私の名はジェスター・カルトゥーレ。マスターとして君の全てを肯定し……」

 

 初めてこの場にいる存在に向けて感情の宿った瞳を向けるジェスターはアサシンに向けて、言葉を続ける。

 

「人ならざる『死徒』として君の全て!?」

 

 言葉の途中でジェスターの顔面が殴られ、勢いよく吹き飛んでいく。地面で数回跳ねながら、警察署の壁に勢いよく叩きつけられ漸く彼の吹っ飛びは停止した。その突然の出来事にアサシンも含め、その場の全員が驚きの表情を浮かべその下手人へと視線を注ぐ。

 

「……アイツ風に言うなら『楽しそうな顔をしていたから歪めたくなった』って感じか。俺も運が無いが、お前も運が無いな死徒」

 

 側にアビゲイルを控えさせながら灰錠を起動させた影辰が呟いた。代行者そして、埋葬機関の人間として死徒が現れたというのなら対処しなければならない。まぁ、最も目の前で死徒と名乗らなければ無視する気満々だったのだが。

 

「ハンザ、周辺の人払いを。署長、余計な被害を出したくなきゃそれを手伝え」

 

「了解した」

 

 指示を聞き足速に外へ出るハンザと、状況の変化について行けず動けないオーランド。だが、既に彼らの事は影辰の脳裏になくハンザが走り出すと同じタイミングで瓦礫の向こうにいるであろうジェスターへと容赦なく近づき、拳を振り下ろすと巻き上がる土煙の中から白いスーツを汚したジェスターが飛び出した。

 

「チィ──油断した。まさか、こんな所に代行者が居るとはなぁ!」

 

「……」

 

 囀るジェスターに向けて手近にあった瓦礫を掴み砕き、投擲する。細かく砕かれた事で散弾銃の様になったその瓦礫をジェスターは避け、お返しと言わんばかりに来客用の大きな椅子を掴み上げる。

 

「死ねぇ!!」

 

「……」

 

 死徒の全力で投げられ高速で迫る椅子を冷めた瞳で見ながら、真正面から拳をぶつけて一歩も下がる事なく粉砕。直後、直近まで迫っていたジェスターの手刀を受け止め正面から組み合うとその力の余波で、彼らの足元の地面に大きくヒビが入った。暫くの拮抗の後、影辰がふっと力を抜き僅かに前傾姿勢になったジェスターの額に頭突きが見舞われると、同時に未だに掴み合っている手を引き込み怯んだジェスターを回転しながら投げ飛ばす。

 

「……戦い慣れしてる辺り、相当長生きだなお前」

 

「貴様……本当に人か?私を外に出さない様に考慮しながら戦うとはな。そんな奴、初めて見たぞ」

 

「失礼だな。何処をどう見ても人間だろうに。お前らみたいに吸血衝動の様なものは抱えてない」

 

 天井からぶら下がる電灯の上から影辰を見下ろすジェスターと、逃走してもすぐに追える様に構える影辰は一時的に言葉を交わす。

 

「死徒を何故、そこまで敵視する?貴様、途中までここに居る連中を見殺しにする気満々だった筈だ」

 

「……代行者にそれを聞くか?まぁ良い。仕事ってのもあるが、お前の様に呪いを振り撒く奴はな邪魔なんだよ。アイツが自由に外を出歩けない、お前らが居るだけで傷付く。だから、とっとと絶滅してくれよ死徒」

 

「……なるほど。貴様から血を奪い、その愛しい者を貴様自らの手で殺させるってのも面白そうだ」

 

 悪趣味極まりない事を発するジェスターであったが、それは明らかに愚策だったと知る事になる。ジェスターの言葉が影辰の耳へと届いたその瞬間、彼から凄まじいまでの濃厚な殺気が溢れ出し、それだけでオーランド達は全身から冷や汗が吹き出し手足が震え出す。ジェスターは急変した影辰を見ながら愉しげな歪んだ笑みを浮かべる。

 

「フォーリナー」

 

 名を呼んだ直後、門が形成され影辰がその中へと入ると出口がジェスターの真横に出現し驚きも束の間に頭を鷲掴みにされて一気に床へと叩きつけられる。そのまま引きずられるがジェスターは人体には不可能な体勢から影辰を蹴り飛ばし、無理やり拘束から抜け出すと距離を取るが次の瞬間にはアビゲイルが呼び出した触手を足場にして、跳躍した影辰が目の前に現れ再び勢いよく顔面を殴り飛ばされ警察署の外へと弾き出される。

 

「……」

 

 それを追い、影辰は警察署を出て行った。外で人払いの結界を構築し、人を逃していたカルテットを監督していたハンザはそれを見ながら一言溢す。

 

「完全にキレたなアレは」




狂信者ちゃん「( ゚д゚)」

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正義の系譜

ジェスターさんの未来は如何に


 俺はカレン・オルテンシアという一人の女性を心の底から愛している。どれだけ時間が経とうとも、初めて会った日の美しさと気持ちを通じ合わせた時の胸を焦がすほどの愛しさ、そして俺が生きる目的となっている彼女と共に過ごす思い出は色褪せる事はないと断言できる。

 

『愛しい者を貴様自らの手で殺させるってのも面白そうだ』

 

 それだと言うのに今、凄まじい形相で俺を睨み付ける目の前の死徒の言葉を聞いて俺は想像してしまった。俺に心臓を貫かれ、首を噛まれ血を吸われ、どんどん俺の腕の中で冷たくどこまでも冷たく冷え切っていくカレンが、俺に恨みを言うでもなくむしろ俺を抱きしめながら言うのだ。

 

「……全く仕方のない人、堕ちるところまで堕ちてしまったのですね。寂しい人、愛しい貴方の温かい手を握れないのは残念だけど代わりに私の熱をあげます。だからどうか、これ以上苦しまないで……一緒に堕ちてあげますから」

 

 分かっている、これはただの想像で現実になった事じゃない。俺はまだ、俺でいられている。けど、あぁこんな最低で最悪な想像が鮮明に出来てしまうのがなによりも腹が立つ。自分がどうしようもなく終わっている存在だと再認識できてしまう。

 

「……だからこれはただの八つ当たりだ。俺の職務でもなんでもない、強いて言うのならそこにお前が居た」

 

「意味が分からん!!そんな下らんもので殺されてたまるか!」

 

 死徒が顔めがけて突き出して来た手刀をはたき落とし、代わりに綺麗な顔面を真正面から殴り飛ばす。そのまま、頭と胴体をさよならさせるつもりで殴ったが、繋がったまま五メートルほど後方に吹き飛んだだけだった。最初に殴った時も思ったが、頑丈だなコイツ。歩きながら奴が吹き飛んだ場所へと向かっていると死徒が飛んでいった方向から周囲の瓦礫が巻き上げられ、大小様々な瓦礫が飛んできた。

 

 速度は車ほどあるが、まぁ全部しっかり見えている物に一々当たる馬鹿はいない。必要最低限の動きで、瓦礫の雨の中を進んでいると諦めたのか瓦礫が止まり、今度は俺の周囲を取り囲む様に風の壁が出来上がる。なるほど、簡易的な目潰しには有効だな。

 

「死ねぇ!!」

 

「肝心のお前が殺気ダダ漏れでは何一つ意味がないが」

 

 背後から迫る死徒の方を向きながら震脚。これによって生じたエネルギーを全身に流し、軽く肩を斬られながら死徒のガラ空きになっている腹部を殴り飛ばす。

 

「カッ…!」

 

 面白いようにくの字に曲がった死徒の口から溢れる血が俺の顔に数滴ほど、落ちてきた。今更、血がどうとかで騒ぐ精神はしてないが汚ねぇな……

 

「……まだ死なないか。臓物の一つや二つ引き摺り出した方が正解だったか?」

 

「人間如きが……この私を見下すなよ……!」

 

「見下す?いや、そんな余裕はない。さっきも言ったが、これはただの八つ当たりに過ぎないとは言え、種として人より優れた能力を持つお前を見下せる訳がないだろう。特に俺は魔術も使えない肉体で戦うしか能のないか弱い人間なのだから」

 

 埋葬機関予備役になってから俺は俺の力量をよく知ったよ。正直、末席とは言えあんな化け物連中と同じ場所に居て良いとは思えん。ただまぁ、今の立場が最もカレンにとって役立つ以上、譲る気も降りる気もないが。……さてと、灰錠の力に任せて殴り続けるだけじゃコイツは殺せそうにないな、疲れるからあんまりやりたくないが仕方あるまい。

 

「……ふぅぅ」

 

 全身に意識を巡らせる。俺はこの身に宿る魔力を魔術師達が使う魔力として認識し、使用する為には魔術回路が備わってなければ使えないと思っていた。だが、埋葬機関に入りある人物に言われたのだ。

 

「古来より、日本には『気』と呼ばれる概念があるのは知っていますね。それは西洋において、魔力と呼ばれるものと等しいとされていますが魔術という概念が持ち込まれるより、古く存在しているのです。もちろん、資質の有無はあるでしょうからこれで解決とは言いませんが貴方が自らの内側で蠢くその醜悪な魔力を、感じ取れればある程度は自在に扱える様になるかもしれませんよ?宜しければ、私がお手伝いしましょうか。快楽の向こう側へ連れて行くかもしれませんがうふふ」

 

 最後はともかく、それ以外は試してみようと思える価値がある言葉だったため、物は試しと普段の鍛錬に加え瞑想の時間を用意し試してみた。結果、なんとなくだが形を掴む事に成功した。

 

「──告げる。

 私が殺す。私が生かす。私が傷つけ私が癒す。我が手を逃れうる者は一人もいない。我が目の届かぬ者は一人もいない」

 

「ッッ──貴様、何を!」

 

 お前らを殺す為の、いや滅する為の詠唱だとも。まぁ、俺がしたところで本来の効果はないのだが。詠唱と共に黒い魔力が迸り、俺の髪色と同じ白銅色の灰錠がゆっくりと黒に染まっていく。詠唱を切る事は出来ないため、丁度よく合流してきたアビーに視線を向ける。

 

『門を開けば良いのね?』

 

 さっきの戦闘もそうだが、察しが良くて助かるよ。聞こえてきた念話への合図として小さく頷くと彼女は大きく頷き、手に持っていた鍵を構えた。張り切るのは有難いが、やり過ぎないでくれよ。

 

「打ち砕かれよ。

 敗れた者、老いた者を私が招く。私に委ね、私に学び、私に従え。休息を。唄を忘れず、祈りを忘れず、私を忘れず、私は軽く、あらゆる重みを忘れさせる」

 

 神に頼る気はないが代行者として、怠惰な神に代わり仕事は全うしよう。俺の様な存在に代行されたくないのなら、俺の様な存在を生み出し死徒をのさばらせてる貴方の責任だ。故に赦したまえ、我が蛮行を。

 

「その不快な詠唱を止めろ!!」

 

 先程、瓦礫を飛ばしたのと同質の力だろう。周囲にあった車が宙を浮き始めた。幸いな事に未だ、ハンザに頼んだ人払いの結界の内側な様で、被害を受ける人間はいないが、全部が終わった時隠匿するのはかなり大変だろうな。

 

「休息は私の手に。貴方の罪に油を注ぎ印を記そう。永遠の命は、死の中でこそ、与えられる」

 

「黙れぇぇぇ!!」

 

 凄まじい勢いで飛来する総勢、五台の車。それを俺は見据えたまま詠唱を続ける。本来なら、避けなければならないがその必要はない。何故なら俺は、一人で戦っているのではないのだから。

 

「マスターの邪魔はさせないわ!」

 

 虚空から突如と現れる無数の触手がアビーの叫び共に顕現し、迫るすべての車を叩き落とす。それを見て、敗北を予想したのだろう。死徒が撤退しようと夜の空へと飛び上がる……逃げるのならもう少し早くするべきだったな。

 

「──許しはここに受肉した私が誓う」

 

 腰を落とし走り出すと目の前に門が現れる。一切の躊躇いなくそこに飛び込み、まるで宇宙の如き昏き深淵を前だけ見て突き進む。やがて、現れたもう一つの門から勢いよく飛び出すと、眼前には死徒がギョッとした顔をしておりそれを見ながら俺はニヤリと笑い最後の言葉を紡ぐ。

 

この魂に憐れみを(キリエ・エレイソン)

 

「代行者ァァァァ!!!!!」

 

 耳を劈くような叫びを上げながら心臓を貫かれた死徒は俺を巻き込む形で爆ぜた。この野郎……道連れにしようとしやがったな……

 空中で爆風をモロに受けた俺は当然、吹き飛んだが何かに衝突する前にアビーの触手がクッション代わりをしてくれ血の花になる事は避けられた。まぁ、全身に火傷とかは負ったが放置してればすぐに治る。

 

「マスター、ご無事!?怪我はって凄い火傷……どうしましょう……」

 

「大丈夫だ、落ち着けアビー。よく見ろ、勝手に治り始めてるだろ?」

 

「あっ、本当だわ。凄いのね、マスター!」

 

 キラキラとした表情で喜ばれるとなんとも言えんな。はしゃぐアビーに上手い言葉が思い付かなかった俺はスッと視線を逸らしながら立ち上がり、軽く埃を落とす。……あの最後の爆発、本当にアイツは死んだのか?もしも肉片一つからでも再生する様な奴ならまだこの街のどこかに。

 

「……まぁ良いか。とりあえず、警察署に戻ろうアビー」

 

「分かったわ!」

 

 歩き出したアビーの後ろを続こうとして、眩暈が起き俺は軽くバランスを崩す。倒れる事はなかったが、乱れた足音を聞いてアビーが振り返ったので笑顔で誤魔化し、歩き出す。やっぱり、無理矢理魔力を引き摺り出すのは疲れるな……もっと上手くなれば反動も減らせるし威力も上がるんだろうけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、良かった。ハンザ、まだここに居たか」

 

「お前が報告に来ると思ったからな。それで、首尾はどうだ?」

 

 警察署に戻ると壊れた柱に寄り掛かっていたハンザを見つけた。多少は意識してたが、俺と死徒の戦いで怪我したものもいた様で警察署内は戦闘の跡と負傷者で大変な事になっている。

 

「至近距離で自爆された。超再生の持ち主とかじゃなきゃ心臓は抉ったから死んでると思う」

 

「……なんで生きてるって聞くのは野暮か?」

 

「怪我は負ったぞ。もう治ったけど」

 

 肩をすくめて呆れた表情を浮かべるハンザにちょっとだけイラッとしたが、オーランドを見つけた為彼の方へと歩いていく。リーダーらしく周囲に指示を飛ばしていた彼は俺に気がつくと、少し驚いた表情を浮かべながら此方に歩いてきた。なんだ、お前ら少し傷つくぞそういうリアクションは。

 

「敗戦の気分はどうだオーランド」

 

「……苦いさ」

 

「だろうな。それで考えは変わったか?」

 

「変わらん。私の方針に一切の変更はない」

 

 一切の迷いなく断言したか。まぁ、こういう覚悟をしている奴ってのは今更外野がどれだけ口を挟もうが考えを変える事はない。どういった理由でそんな覚悟を背負ったかは知らないが、これ以上口を挟むのは無粋か。

 

「そうか。んじゃ、頑張れよオーランド」

 

「あ、あの!」

 

「ん?」

 

 背後から突然呼びかけられて振り返るとそこには、死徒によって片手を失った青年が立っていた。ふむ、何か約束とかしていたか?そんな事を考えていると彼は言葉を続けた。

 

「俺、強くなりたいんです!!警官として、あんな化け物認められません!!だから、お願いします。俺に戦い方を教えてください!!」

 

 ……なるほど、自分の手を喰われ用意された宝具を失ってもなお、心は折れていないのか。

 

「死ぬ思いをした筈だ。相応の絶望も抱いた筈だ、それなのにお前は幸運にも拾った命を投げ出すのか?」

 

「ッッ……分かってます。俺が今こうして、生きているのはあの死徒が苦しませる事を趣味にしていた事、そして貴方が代わりに戦ってくれたからだと。でも、だからこそ今度は俺がアイツと戦える様に……いや、倒せる様になりたいんです。今の俺の様にこの街の人がならない様に!!」

 

 間違っている。この街の人間を守りたいのなら、聖杯戦争が開始されない様に足掻くべきだった。参加するのではなく、情報を知った上で避難誘導にでも徹するべきだ。……だが、こいつは武器を取り戦う事を選んだ。警官として、街を守る正義の味方として。

 

「隻腕というのは大きいハンデだぞ。ただでさえ、お前が立つ戦場は格上が跋扈している。それでもなお、お前は自らの正義の為に殉じる覚悟があるのか?人らしい死など与えられないのかもしれない。仮に全てを成し遂げたとしてもお前の偉業を褒め称える人はいない。それでもか?」

 

「──覚悟はこの戦いに馳せ参じる時に既に終わらせています!」

 

 馬鹿な男だ。一切、迷う事なく真っ直ぐに俺の目を見ながら力強く宣言するとは。仮に今から全力で鍛え上げたとしても、何かしらのアシストは必要だろう。短い期間鍛えたところで、人の限界はそう簡単に越えられない。故に断るのは簡単だ。

 

 だが、まぁ俺はこういう正義の味方(馬鹿)をどうにも見捨てられない性分らしい。

 

「名前は?」

 

「え?えっと、ジョン・ウィンガードです!」

 

「そうか。ジョン、死ぬ気で食らえつけよ。じゃなきゃ、俺の鍛錬は死ぬぞ」

 

 俺がそう返すと思わず耳を塞ぎたくなるほどの声量でジョンははい!っと返事をするのだった。




ジョンに士郎の影がチラつく兄貴でしたね。

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邂逅の時は迫る

「そら、どうした!!疲れたと悲鳴をあげる時間などお前にはないぞジョン!!」

 

「は、ハイっ!」

 

 重心が左に偏った型も何もない不恰好な体勢で振るわれた拳を避けて掴み取り、地面に叩き落とすとジョンからこぼれ落ちた汗がボダボタとマットの上に染みを作る。すぐに立ち上がらず、口を大きく開けて呼吸をしているジョンを叱責してやれば震えながらも立ち上がり、再び殴りかかってきたのを同じように避け叩き落とす。

 

「……教練開始から何時間経った?」

 

「えーと……朝の5時から初めて今が昼だから……ざっと七時間くらいかしら。ちなみに彼ら、一切休んでないわ」

 

 副官と途中から見学に来たガタイの良い男が何か話しているが放置だ放置。ジョンの教練を引き受け、流石に腕を失った直後というのは可哀想だった為軽く休ませた後、寝ているジョンを叩き起こし教練という名のぶつかり稽古を始めたのだが存外に耐えるなこいつ。初めこそ、文句を言っていたが今は無駄口を叩くことなく、俺に何度も叩き伏せられても立ち向かってきている。

 

「はぁ……はぁ……はぁぁぁ!!」

 

「動きが遅い、もっと自分の戦闘可能距離を理解しろ。普通に攻撃して、サーヴァントが素直に一撃受けてくれると思うなよ。最短で、最速に間合いに入り一撃を食らわせる事だけを考えろ……こんな風にな!」

 

 分かりやすくジョンの一撃を避け、あえて距離を取った後に縮地でジョンの懐へと入り込み手加減に手加減を加えた鉄山靠で吹き飛ばす。重心のズレた状態にも慣れ始めてきたのかどうにか受け身を取るジョンだったが、流石に限界が来て立ち上がる事を身体が拒否していた。

 

「はぁーーっ……はぁ……はぁ……くっ……」

 

「無理すんな。それ以上は本当に限界だ」

 

 さきほどああは言ったが、体を壊し歪めてしまっては本末転倒だ。言峰みたいに治癒魔術が使えればまだ稽古する事は出来るが俺にそれは無理だしなぁ。警察署の魔術師に頼んだとしても流石にこの様子のジョンに使う気にはならんだろ。

 

「で、ですが!!」

 

 納得がいかないって顔だな。まぁ、分かるよその無力感に苛まれる感覚は。チラリとジョンを見てから、俺は倒れたままの彼の隣へ座る。

 

「人とサーヴァントには、どう足掻いても差がある。連中は、マスターが魔力供給さえしていれば怪我や疲労とは無関係だ。対して、俺らは怪我も疲労もする。その時点で圧倒的に不利だってのに向こうには伝承が形になった宝具なんてとんでも兵器があるときた。人の身でサーヴァントに勝つ……それは凄まじく無謀で愚かな試みだ」

 

 突然、自分達の方針を全否定されてポカンっという表情を浮かべるジョンやガタイの良い男。副官は少しばかりムッとした表情を俺に向けてきているな。まぁ、最後まで聞け。

 

「だが、連中と違って俺達は今を生きる人間だ。力も技量も勝てないってなら、あとはもう気持ちで勝るしかないだろ。ちなみに昔俺はずっと生き残りたいって気持ちで戦ってそれだけを考えて、鍛え抜いたし抗った。今は追加で愛する人の元に戻りたいって気持ちだな。お前らもそういうのあるだろ?」

 

「俺は……この街の平和のために……戦ってます!」

 

 ジョンが最も早く自信満々に口を開くと次にガタイの良い男が口を開いた。

 

「俺は……そうだな。家族のために盾になる」

 

「お前は確か盾の宝具だったな。その気持ちは相性が良いかもしれんな」

 

「私は……尊敬できる姉に並び立ちたいでしょうかね」

 

 こういった願いを口に出すのは慣れていないのだろう髪を少し弄りながら小さくつぶやく副官。それを珍しいものを見たと顔にはっきりと書かれている男二人が彼女をジッと見ていると、彼女は顔を赤くし部屋を出て行ってしまった。

 

「それで良い。この戦いの果てに何を望むのかそれをしっかり胸に秘めておけ。なんとしても生きる覚悟を持って自分が出来る最大限の足掻きをしろ、それが今を生きる俺達の力になる。だから、今は休めジョン。命の張り所を間違えるな」

 

 他人を導くなんてらしくないからこう真面目なこと言ってるとむず痒くなって仕方ないな。とは言え、俺の言葉に納得してくれたのかジョンがそのまま脱力し、マットの上で横になって、目を瞑り始めた。寝たわけではないから、ちゃんと休息をしてくれる──

 

「ッッ!?なんだ、この殺気!!すまん、ちょっと失礼する!!フォーリナー!」

 

「いるわマスター」

 

「オーランドの所に先ずは向かうぞ。いつでも、戦闘できる様に準備していてくれ」

 

 ──アビーと共に警察署を走りながら殺気の出どころに疑問を覚える。詳細な場所が分かった訳ではないがかなり遠くなのは確かだ。少なくとも、このスノーフィールドの街中から放たれたものではない。それなら、もっと方向や具体的な場所が分かるはずだ。だとすれば……郊外からか?そんな芸当が出来るのはアーチャーのクラスに該当するサーヴァントの筈だが、王様がこんな白昼堂々超遠距離狙撃なんて態々する訳がない。

 相手に認識すらされない遠くからの不意打ちなど、王の所業ではないとか言いそうだし。あぁ、くそ!アーチャーのクラス以外にこんな真似は出来ないはずなのに、該当するアーチャーの性質と合わない事がこんなにも気持ち悪いとはな。

 

「オーランド!!今のはなんだって、何してんだフランチェスカ」

 

「聖杯戦争の見せ場は、やっぱりマスターとサーヴァントじゃないと!って語ってたところに良いタイミングだよっ!ねぇねぇ、気になるよね?この砲撃じみた攻撃がどのクラスによって放たれたのか」

 

 割れた窓ガラスの破片をするするっと避けながらフランチェスカがいい笑顔で、近寄ってくるので半歩下がるとアビーが俺とフランチェスカの間に割り込んでくれた。

 すると、今までの笑顔が嘘の様に気持ち悪いものを見た様に顔を顰めて立ち止まるフランチェスカ。なんだ、こいつアビーの事苦手か?意外だな、可愛いし次の肉体にしよう!とかやるかと思ったが。

 

「そりゃまぁ気にはなるが、どうせお前教えないだろ」

 

「それはそう。だけど、場所くらいは教えてあげようかと思って。此処から北の渓谷、そこに行けば今回の襲撃者に会えるよ」

 

「わざわざ丁寧に教えてくれてありがとう……とでも言うと思ったか。あのな、フランチェスカ俺が」

 

 死ぬ様な場所に行く訳がないだろうと続けようとした言葉は次の瞬間、フランチェスカが発した言葉によって止められるのだった。

 

「──同じモノを宿す君達なら仲良くやれると思うんだけどなー」

 

 同じモノ?一体何の事だと思った瞬間、身体が脈打つのを感じた。同時に、本能で今目の前にいる女が何を言ったのか理解した。俺の身体がこんなことになっている原因にして、運命を捻じ曲げた根源。かつて、第四次聖杯戦争で浴びてしまった『聖杯の泥』それを宿したサーヴァントがいる。

 俺の顔が険しくなっていくのを見て、答えに辿り着いたのを察したのかフランチェスカは愉しげに顔を歪めていく。

 

「アレがどういうものかは君が一番よく知ってるよね。もし、アレを宿した英霊が勝利者になって願いを叶えたらどうなっちゃうかなー?

 あの事件の再演とか起きちゃうかも!?あぁ!それは大変大変。今度は、どれくらいの規模でこの世界を地獄に変えちゃうかな。もし、また大元の泥に触れた時、もう一度君が耐えられる保証は何処にもないよ?さぁさぁ、どうする?」

 

 もう一度、あの泥が溢れ落ちてしまえばどうなるか。冬木を焼いたあの災害……いや、本当の意味で悪意を叶えるのだとすれば際限のない地獄がこの世に具現する筈だ。あの男が欲したモノはそういう醜悪で最低な存在なのだから。

 ならもう考えるまでもなく、答えは決まっている。

 

「……北に行けば良いんだな」

 

 その答えを聞いたフランチェスカは、邪悪な満面の笑みを浮かべて頷いた。全く……俺の周りにいるのはこんな奴ばっかりだなクソが。

 

「フォーリナー、頼めるか?」

 

「魔力が許す限り、貴方を連れて行くわマスター」

 

 俺の横に並び手を握るアビーに頼もしさを感じながら握り返す。本当にこの身一つでサーヴァントと対峙しなくて良いのは助かるよ。

 

「そういう訳だ。この件は、俺が動く。兵隊を向かわせるかは好きにしろオーランド」

 

「おい待て──」

 

 オーランドの制止を無視し、アビーを抱き抱えながら割れた窓から飛び出す。当然、落下して行くが途中でアビーの門が出現し落下しながら入ると視界に捉えていた最も遠い場所に出る。そのまま、着地し走りながら再び門に入るのを繰り返して行く。

 この方法は魔力の消費は多いが仕方がない、可能な限り早く矢を撃ったサーヴァントの元に辿り着く必要があるのだから。もしもあの泥を使い熟していれば他者を呪い汚染するのも容易い。矢の襲撃を受けたサーヴァントが迎撃に向かい、汚染される……そんな事態は避けたい。

 

「アハハハハ!!さぁさぁ、ポップコーンの用意は十分?残念だけど、無いって言ってもあげられないよ。キヒッ、人の業、人の悪意に沈み変質した神代の英雄と、遍く悪意を人はそんなものと全て受け入れた狂人と彼に付き従う外なる存在の戦いの幕が上がるんだからね!!」

 

 影辰が飛び出した署長室でフランチェスカは今この瞬間、この世界の誰よりも愉しげに嗤いながら語る。自分自身の目的はあるが、それはそれとして聖杯戦争を貶め、玩具として気に入っている男が苦悶に顔を歪めるであろう機会を得た事に喜ばずにはいられなかった。彼から血と僅かな泥を掠め取り、それを媒介に見学した第五次聖杯戦争。彼の物語は良い見せ物だったけど、特に何処が気に入ったかとフランチェスカに問えばこう答える。

 

『神話の英雄の戦いに混ざったあの戦いかな。彼らしく実に愚かで、勇ましい戦いだったもの』

 

 自身のサーヴァントから得た情報であの場所には奇しくもあの戦いに関与した者達が形を変えて揃っている。なら、今度こそ守る者が居ない彼らの戦いを人の限界を超え足掻く愚か者を見て愉しみたくなるのがフランチェスカなりの乙女心というやつだろう。

 

「どんな顔をするかなぁ。返せないほどの恩があり無意識に憧れすら抱いている相手が、あんな泥に汚染されて堕ちてる姿を見て!!失望するかな?それとも怒るのかな?まぁ、なんでも良いか!きっと君なら私を愉しませてくれるって信じているよ。衛宮影辰」

 

 一つ、フランチェスカにとって気に食わない事があるとすれば彼に付き従う存在だ。衛宮影辰(アレ)は自分の玩具であって他の誰にも渡すつもりはない。もしも玩具が壊れてゴミになるのなら、そこまでの過程を存分に堪能したいしお膳立てした上で見届けたいのに突如、盤外から掠め取られるなんて認めてなるものか。

 

「……期待しているよ。英雄王に堕ちた大英雄」

 

 歪んだ独占欲から生じた願いは聞き届けられるのか。それは皮肉な事に神にしか分からない。




歪んでんなぁ……

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心の在り方

本日、二回目の更新


 傲岸不遜にして唯我独尊。己が歩く道、それ即ち王道と憚らん金色に輝く王がその財を惜しみなく撃ち放てば、対する人の究極、不撓不屈の最強の名を欲しいままにする戦士が、戦う事に特化した生まれながらの戦士にして彼らにも劣らぬ輝きを持つ女王が飛来する宝具を瞬く間に撃ち落とす。彼ら一人一人が、神と人の間に生まれた者達であり人の領域ではあり得ない規模の戦いがスノーフィールドより二十キロ離れた北の峡谷で行われていた。

 

「来いカリオン!」

 

 女王が弓の撃ち合いでは拉致が明かないと自らのクラス──ライダーに恥じない馬を呼び出し、戦士によって巻き上げられた瓦礫を空中で駆け上がり、戦士の頭上を取る。戦いにおいて、上を取るのは極めて有利に働く事であり頭上からの一撃は致命傷となり得る。だが、その程度で討ち取れるほど容易いものでは無いと女王は理解していた。

 

「アーチャァァァ!!」

 

「……そうか。貴様か裏切りの女王」

 

 戦士がそう呟いた後、矢は放たれ戦士に当たるより早く閃光と共に爆ぜた。閃光と煙が晴れた時、頭上に女王の姿はなく戦士の背後から矢は必殺のタイミングで放たれる。一寸の狂いなく、戦士へと迫るその矢は王のマスターであるティーネから見れば勝負を決める一撃に見えた事だろう。

 

「砕け散った…!?」

 

 だが、そうはならない。戦士が纏う魔獣の皮から剥ぎ取り生み出された皮衣に触れた瞬間、容易く砕け散ったのだ。もちろん、戦士へのダメージはない。そしてその光景を見て、王は戦士の真名を予想し気を昂らせ期待する。自らの宝物を打ち払うなどという無礼を働いてなお、王が気にかけるだけの価値が戦士にはあった。それは本来であれば大変栄誉であり、栄光であっただろう。

 だが、神という存在に並々ならぬ憎悪を燃やす戦士にとって半神である王からの栄誉など塵にも等しい無価値な物であり、それは宝具として持っている神気の濃い布からも伺えた。

 

「神の力は己に宿すものではない。ねじ伏せ、踏み躙り、人の腕で支配するものだ」

 

 神をそして、神から生み出された己すら怨み、憎悪する戦士とそんな戦士に生前殺された女王の人智を超えた戦いにより渓谷の彼方此方は傷付き、その地形を矢が放たれる度に書き換えていた。そして、再び王と戦士、女王の攻撃が再開される一瞬の刹那にソレは現れる。

 

「ほぅ。この場に名乗りをあげるか」

 

 三騎の中間に出現した奇怪な門を見据えながら王は笑みを浮かべる。

 

「……」

 

 妙に身体が騒つく感覚を覚える戦士は弓に矢を番えながら現れる者を待つ。

 

「なんだ……これは」

 

 門が異質なものである事を理解し無意識の内に冷や汗をかく女王は警戒心を高める。

 

「王よ。御身の前に姿を現す許可を」

 

「ふっ、構わぬ。来るが良い」

 

 常人であれば向けられる神気そして魔力に意識を投げ捨ててしまうこの場所に足を運ぶただの人間が一人、門よりその姿を現す。黒いスーツに身を包み、己の武器である白銅色の灰錠を起動させその手の先に自らのサーヴァントを繋げた男が。

 

「ッッ……!」

 

 男の姿を認識した瞬間、戦士は番えたままの矢を放つが虚空より突如として出現した無数の触手が壁となり男を貫く事はない。それでもなお、矢を番えようとした戦士は男と目が合いその動きを止めた。

 

 憧憬、感謝、喜び、失意、憐れみ、そして怒り。己に向けられる数々の感情を戦士は男から読み取り思わず動き止めてしまったのだ。どれか一つだけであれば理解も出来よう。それだけの偉業を功績を妬みを、恨みを生み出したのは他ならぬ自分なのだから。だが、今こうして相対している男は自らの偉業を認め、まるで憧れの人物に出会った様に喜びながら同時に己を憐れみ、怒っている。意味が分からない……これほど混ざった感情を向けられた事はないのだから。

 

「……此処に来ながら戦いを見ていたよ。貴方を忘れる事はなかったからその様に成り果てていても、すぐに理解した」

 

 湧き上がる衝動を抑えながら男──影辰は口を開く。言葉を紡ぐごとにゆっくりと両手に力が篭っていくのを影辰は感じていたが、それでも問わずにはいられなかった。

 

「認めたくなかった、全力で見間違いだと自分自身を騙したかった。けど、王様が興味を抱く姿を見て現実を理解した。なぁ……なんでだ?どうして、あんたがそんな姿になってるんだ!!そんな泥、ただの人間の一側面だろうに!!そんなもの腐るほど見てきているだろう!?」

 

 その叫びを聞き戦士は目の前の影辰が愚者である己を知っている者だと理解した。なるほど、確かに己を知る者なら斯様な態度も理解出来ると思いながらも、その神経を逆撫する下らない叫びを黙らせるために矢を放った直後、戦士の視界から影辰と奇怪な触手を操るサーヴァントが消えた。

 

「速いな。人にしてはだが」

 

「……」

 

 ティーネには瞬きの瞬間の出来事にしか捉えられなかった。消えたかと思えば次の瞬間には、先ほどまでの激情が嘘の様に能面の如き表情で戦士の頭上から踵を落とす影辰とそれを矢で受け止める戦士の姿が広がっていた。その事実に驚く間も無く、彼らがぶつかりあった衝撃で戦士の足元の地面には大きな亀裂が入る光景を目撃する事になる。これには、流石の女王も驚きつつマスターの一人から入った悲鳴の混じりの警告に従い彼らから離れる。

 

「……」

 

「暗く澱んだ瞳だ。なるほど、貴様も同類か」

 

 影辰の瞳の色を見ながら呟く戦士だったが言葉を発した直ぐに、王から放たれた宝具を避ける為に影辰と同じタイミングで左右に分かれ避ける。戦士はチラリと王を見るが、影辰が王を見る事はない。その態度に笑みを浮かべながらその背に多くの宝具を浮べ王は両者を狙う。

 

「そこな道化を貴様と同じなどと括るな戯け。どこまでいっても、運命に抗い続ける筋金入りの道化よ!さぁ、此度の沙汰も生き延びてみせよ」

 

「……」

 

 自身へと迫る無数の宝具を一度見た後に影辰は戦士に向けて駆け出す。戦士は己に迫る宝具を手にした弓で撃ち落とす為に一度影辰から意識を逸らす。この時、戦士は油断していたのだろう。まさか、降り注ぐ宝具の雨の中一切、立ち止まる事なく迫る訳がないと。

 

「本当に人間なのか彼」

 

「フハハハ!!サーヴァントを得てもなお、変わらぬか。つくづく、道化よな影辰!」

 

 女王と王の言葉を聞き、戦士が見た光景はとても現代と思えるものではなかった。一切の加減なく、降り注ぐ宝具をまともに見る事すらなくただの人間が走る勢いを落とす事なく、避け時には掴み次に迫る宝具を打ち払いながら己に迫るその姿の何処に現代足り得るものがあるのだろうか?

 戦士が影辰を見た直後、掴み取られた宝具が戦士へと投げられる。矢による迎撃──不可能、ならばと弓矢本体で受け流す戦士だったが投げられた宝具を弾いたその瞬間、勢いよく自らの手が反対方向へと弾き飛ばされる。

 

「なんだと……」

 

 埋葬機関にのみ、伝わる投擲技法の中に鉄甲作用と呼ばれるものがある。抉り込む様に射つべしとされるソレは、投擲物が着弾した時の効果を劇的に増加させることが出来、此処ではない世界では真祖とされる吸血鬼ですら直撃すれば、吹き飛ばしなんらかの魔術による強化を施していると錯覚させるほどの体術であり、今正しく戦士の腕を弓ごと弾いた衝撃の正体である。

 

「……」

 

 魔獣の衣がない部分に新たに掴み取った宝具を投擲しながら戦士の懐へと入り込む影辰。投擲の衝撃を理解した戦士が投げられた宝具に当たる事はないが、全てを避けた事で影辰の攻撃を阻止する手段を失い──皮衣の上から顔面を勢いよく殴られる。走りながら放たれた渾身の一撃は、その衝撃を戦士に伝え、その場から数歩後ろに仰け反らせる事に成功する。

 

「ッッ!」

 

 咄嗟に腕を胸の前でクロスし戦士の蹴りを防ぐが骨が折れる音を発しながら、凄まじい勢いで後方へと吹き飛ぶ影辰。ただの人間であれば、柘榴へと変わる一撃も、並の英霊であれば衝撃で暫く動きを止める一撃も、戦士の前では数歩仰け反らせるだけで即座に反撃されてたのだ。先ほどの戦いで鋭く尖った岩場に激突するより早く、アビーが呼び出した触手で事なきを得る影辰だったがその両腕は見るも無惨にひしゃげていた。

 

「ヒッ……」

 

 ティーネが小さく悲鳴をあげる。

 幼い彼女の精神にはあまりにも衝撃的な光景だったのだろう。見るも無残にひしゃげてしまった影辰の腕が音を立てながら元の形へと戻るその光景は。その光景を見ながら戦士は弓をしまい無手で構えながら、影辰へとミサイルの如く突撃する。

 

「……」

 

「……」

 

 ミサイルの様な突撃によって舞い上がる瓦礫の中、戦士と影辰は無言で睨み合いほぼ同時に距離を詰め、ゼロ距離となる。己の首を掴み取り、へし折ろうと迫る戦士の腕をしゃがんで避け、蹴り上がる脚を足場に跳躍。背後を取った影辰は心臓を抉り出そうと手刀を放つが、向けられる殺気だけで場所を特定した戦士に腕を掴み取られ、握力で砕かれながら投げ飛ばされるが空中でアビーの触手を足場し反転。戦士の顔を横から蹴り飛ばし、砕かれた方と反対の手で腹部を連続で殴ると抱き潰されないうちに、一度離れる。

 

「……」

 

 治る自身の腕を眺めながら影辰は、目の前の戦士──ヘラクレスとの力量差を痛感していた。激情に支配されたまま、戦って勝てる相手ではない事は理解している為、即座に意識を切り替えたがそれでも勝ちの目が見えない。攻撃を当てるだけならどうにか出来るが、それだけで仕留められるかと言えば話が変わってくる。確かに先ほど、影辰の攻撃はヘラクレスを仰け反らせ数歩後ろに後退させるほどの威力はあったがそれは彼自身の油断も加味してだ。それに、仰け反らせる事が出来ても霊核が砕ける訳じゃないのだから。

 

「……」

 

 現代にも未だこれ程までの人間が居たのかと神と己に対しての憎悪しか抱いていないアルケイデスは思った。もし、目の前の男が自分と同じ時代を生き、同じ船に乗っていたのなら確実に歴史に名を残す英雄になっていただろう。だが、悲しい事に今の彼は英雄ましてや、英霊ですらないただの人間だ。そう、ただの人間だ……己と同じ。

 

「一つだけ問おう。貴様は何故、人の業をその身に宿しながらその様に振る舞える?」

 

 ただの人間がこの泥を、悪意を拒める筈がない。それほどまでにこの毒は人に仇なすものであり、魂の在り方すら塗り替える人の膿なのだ。故に不思議でしかない。狂った様子もなく、然りとて己の様に憎悪に身を焦がしてる訳でもない。それがアルケイデス(ヘラクレス)には不思議だった。故に問う、その在り方を。

 

「……人から悪意は切り離せない。人が人である限り、それは無理だ。けど、悪意があるならまた善意もある。だってそうだろう?誰かを妬んで、恨んで殺したいと願って……もし人がそんな願いしか抱けないならとうの昔に滅んでる。

 けど、そうじゃねぇだろ……悪意を抱きながら人はより善い世界が欲しいって願うんだ。その祈りが今の俺達に繋がってまた次代へと歴史を紡いでいく。この泥みたいにどうしようもない悪があるのなら、光輝く善もまたある。なら、絶望するのは諦めるのは早過ぎるだろうよ。たった一側面、見て知っただけの話じゃねぇか」

 

 聖人が悪を成そうと、悪人が気紛れに善を成そうと影辰にとっては等しく同じものだ。何故ならその矛盾こそが人を人たらしめると知っているから。初めから神に救いを求める気などなく、己の力だけで運命に立ち向かうと決めた男は何処までいっても、『人』しか見ていなかった。

 

 故に、『神』とそれに迎合する『人』を憎むアルケイデスと相容れる事はない。

 

「そうか。では、死ね。何処までも綺麗に人への幻想を抱く者よ」

 

 矢を構えると同時に魔力がうねりを上げていく。泥によって変質し汚染された魔力が、番えられた矢へと注がれていくその光景は正しく、宝具発動の兆しだ。女王は影辰を助けようと動くが、二人の闘気に呑まれていた事もあり今からでは間に合わない。王は、この状況ですらどの様に影辰が足掻いてみせるのか見守るのみで動く気配がない。

 迫る死から視線を逸らす事なく、影辰は自らの気を整える。逃げる事も間に合わないと判断した彼はあろうことか迎撃を選んだのだ。しかし、いくら膨大な魔力を宿していようとも神代の大英雄が放つ宝具を防げる道理はない。故に、どう足掻いても彼の身は跡形もなく消えていた事だろう。

 

「駄目よ、マスター。今ここで貴方が死ぬのは許されない事だわ」

 

 彼を背後から抱きしめながらアビゲイルはその手を前に翳すと彼方への祈りを紡ぐ。

 

「イグ・ナ。イグ・ナ、トゥフルトゥクンガ」

 

 小さき魔女は繋がれた温かな手を手放さない。悪い人なのかもしれないけどずっと繋いでくれているこの手を自分から離すことはしたくない。そんな願いが、何処にでもあるありふれた子供のささやかな願いが大英雄の放つ宝具を防がんと展開された。




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夢幻の如く

多分、一番の被害者は合衆国です。


 『ソレ』は決して、人の言葉を発さず理解する事もない。過去と現在、未来そして並行世界の全てに存在する人が理解してはならない化け物或いは、神と呼ばれるもの。

 

 『ソレ』に明確な性格があるのかは定かではないが、悠久の時を生きる存在であるために退屈を覚える時もあれば呼ばれた声に応じる事もある。だから、そう。言ってしまえば運が悪かったのだろう、彼方で蠢いていた『ソレ』は認識しづらい世界から届く『声』を聞いてしまった。そして、あぁそうだ暇だから行ってしまおう。そんな気軽さでその声に応じた。制約は色々とあるが、なんと都合の良い事に干渉しやすい準備が出来上がっていた。

 

──だから、運が悪かったのだ。スノーフィールドにおいて、戦いを見学していた魔術師の実に八割が発狂してしまったのは。

 

 

 

 

 

 時は戻り、アビゲイルが呪文を唱えた場面。

 小さな彼女に抱かれながら影辰は自らの目の前に、今まで利用していた門より大きなものが現れたのを見ていた。それと同時に自分からアビゲイルへと多くの魔力が流れ込んでいる事も。そのパスを通して理解する、この門から呼び出される存在は良くないものだと。恐らく大半のマスターがソレを理解すれば令呪を使用してアビゲイルを制止するのだろうが、彼にその気は一切なく寧ろ拒絶されるかもしれないと恐怖に震える自身の肩へ乗せられている震えた小さな手を握りしめる。

 

「……!」

 

「大丈夫」

 

 たった一言、それだけでアビゲイルの震えは止まった。それと同時にアルケイデスは、皮肉な事に神話に語られる英雄としての直感が現れ出る『ソレ』を出してはならないと告げ、狙いを人間である影辰から門へと切り替える。

 

 アルケイデスの弓から禍々しい聖杯の泥の魔力を乗せた矢が放たれるとまるで、蛇の如く畝りながら門へと迫るその数は、実に九つ。それらが門に迫るのが妙にゆっくりと見えていた影辰の後ろからアビゲイルが突き出した鍵を回すと音も立てずに門が開き、そこから人が理解出来ない超常の生物が触手と共に現れる。

 

 『その生物はどんな鳥ともコウモリとも違っていた……何故なら体は象よりも大きく、馬に似た頭部がついていた』

 

 二匹の生物は門から凄まじい勢いで現れると霜と硝石に塗れた翼で羽ばたきながらアルケイデスの放った矢と勢いよく衝突し──

 

「キリュァァァァァ!!!!!」

 

 ──聞く者の耳を蝕み精神を軋ませる不気味な悲鳴を上げながら、半分の矢を引き受け地に落ちていく。その直後、山と形容できるほどの強大な泡立つ触手が迫る残り半分の矢を絡み取りその門の内側へと戻って行くのだった。

 

「うっ……オェェェ……」

 

 この場において最も正常な精神をしていたティーネが、王の船を汚す訳にはいかないと耐えていたが正気を削るその光景に堪える事が出来ず腹の中の内容物を全て溢してしまう。それでもなお、嘔吐だけで済んだのはこの土地が彼女を護ったのかギルガメッシュの、大きすぎる存在感が故か。

 役目を終えた門はまるで、その場所には何もなかった様に消えていき地に落ちた筈の生物もまるで夢幻の如く、消えたのだ。

 

「……ッッ!?おい、彼らは何処に消えた!!」

 

 女王の叫びに釣られてその場にいた全員が影辰とアビゲイルが居た場所に視線を向けるとそこに二人の姿はなく、スノーフィールドに吹く風が砂を巻き上げるのみだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まさか……これほど人の精神にとって毒と呼べる存在がいるとは……上も混乱状態で連絡がつかず此方の兵も見ただけで自死を選んでしまいました」

 

 アサシンが見るなと警告を出さなければ自分もどうなっていた事か。紙に書かれた警告文に視線を落とすと同時に響き渡る絶叫や、拳銃の発砲音果てには自らが持つ武器で近くの人間との殺し合い……それら全ての()()はどうにか終わりましたが、街中でも魔術師が自殺したりで混乱が起きている。この程度なら、原因不明の集団自殺としてまだ誤魔化せられますがこれ以上となればどうなるか。

 

「……作戦の放棄にはまだ早計ですがすぐに手を打つのも儘ならない」

 

 アサシンを差し向けるのも手ですが英霊と真っ向から戦えるイレギュラー相手に幾らずば抜けた気配遮断能力があろうと通じるのか……参加者である立場を失う事は構いませんが、襲撃者だとバレて此方に危害が加わり万が一にも聖杯が破壊される様な事態は避けなければならない。

 

──魔術師であっても理解が及ばない怪物の被害を受けファルデウスは判断を迫られていた。明確に、衛宮影辰とそのサーヴァントは合衆国にとって不利益を齎す存在であるが彼らが平常は何もせず、ただ街を散策しパンケーキに舌鼓を打つという一般人と大差がない事も理解しており殺すよりこれ以上聖杯戦争に関わるなと対話をした方が有益ではないかと考え始めていた頃、更なる知らせが彼の耳に届く。

 

「ディオランド部長……更なる異変が起きました……」

 

「今度はなんですかアルドラさん……」

 

「スノーフィールドを出ようとする魔術師、そして一般人が同じ時間を境に街へ引き返しています」

 

「……先ほどの怪物の影響ですか?」

 

 もしそうなら早急に対処しなければなりませんが、アルドラさんは静かに首を横に振る。彼女から告げられる時間はあの化け物が出現するより数分後の出来事であり、化け物の影響とするには些か遅すぎる。……はぁ、胃が痛くなってきましたね……

 

「ん?」

 

 カサリと突然、手の中に入ってきたメモを広げるとそこには『心せよ、此処の結界より外は忌むべき厄災が蠢いている』と、アサシンからの警告が書かれていた。

 

「……厄災なら先ほども起きましたが」

 

 ──アビゲイル・ウィリアムズが理解の出来ない超常的な厄災であるのならば、これより起きる厄災はまだ人が理解できる範疇の厄災である為、心優しいのかもしれない。尤も、その風に触れた者の身を蝕み内側から死に至らしめる人類史とは切っても切り離せない『呪われし死病の風』なのだが。人の心を殺す厄災と、肉体を殺す厄災。その二つがスノーフィールドの地を蠢くこととなる。

 

 

 

 

 

 

 

「……何処だ此処?って、アビー!?大丈夫か?おい!?」

 

 目を覚ましたら森の中とか意味が分からん状況で頼りになるサーヴァントは、なんかぐったりしてるし魘されてるとか俺に一体、どうしろと。暫くの間、苦しそうにしているアビーに声をかけるが反応はなく霊体化する様子も無い為背負うと鼻に強く薔薇の匂いを感じた。

 

「……そういや初めて召喚した時も薔薇の匂いだったな」

 

 魔術に詳しければ何か分かるのか?まぁ、俺が考えたところで意味はないか。

 しっかし、此処は本当に何処だ?全く見覚えがないし、雰囲気からしてさっきまで戦ってた谷じゃないだろう。王様の気配も感じ取れないし……となると、アビーが門を開けてあの場から逃走して此処に連れてきたって事か。やっぱり、サーヴァントの力って凄いな。

 

「ありがとうアビー、あの時の俺は明らかに冷静さを欠いてたから助かったよ」

 

 魘されてる彼女の助けになればと思いながら礼を言い森の中を歩く。サーヴァントだとしても小さく軽い存在を暖かく感じながら、俺の思考は泥によって汚染されたヘラクレスへと移っていく。……分かっているさ、座から召喚される英霊は例え同じ存在であっても俺が知る存在とは全くの別だと。けど、信じたくなかった、俺と共にイリヤを助ける為に戦ってくれ命を救ってくれた英雄がこの身に蠢く泥に屈している姿というのは。

 

 俺と言峰のクソ野郎、そして王様。俺が知ってる限り、あの泥を受けてなお変質した様子はない。まぁ、アイツに関しては元々が泥みたいな性格してるから影響がなかっただけかもしれないが。……強いて言うなら俺はあの日からどうにも何かを忘れている感覚と、このアホみたいな再生力が変化した点と言えるか。

 

「……ん?サーヴァント……か?」

 

「そうだよ。君達が突然、侵入してきたから迎撃に来たんだけど。どうやらその気は無さそうだね」

 

 まさか、こんな森を工房にしている魔術師が居るとは思わなかったな……だが、結界の類を超えた感覚も何もなかったしもしかしてウェイバーみたいな魔術師が呼んだサーヴァントか?取り敢えず、敵意はないと分かってるみたいだが黙っているのも変だな。

 

「あぁ。見ての通り、意識不明のサーヴァントを抱えてるただのマスターさ。許可も取らずに侵入した事は謝るから、どうか見逃してくれないか?」

 

「それは君の保身のためかい?」

 

 そう問われて背中に背負うアビーをチラリと見る。相変わらず何かに魘されている様で、可愛らしい顔を歪めている。返答次第で攻撃される事も考え、そんな彼女を背負い直してから答える。

 

「その気持ちは勿論ある。けど、今はこの子の為だ。こんなマスターの為に全力を出し逃がしてくれた礼をまだ伝えてない」

 

 俺がそう告げると僅かに目を丸くする目の前のサーヴァント。そんな間抜けな表情さえ、一枚の絵画の如き美しさを誇りながら次の瞬間にはまるで、子供の様な無邪気な微笑みを浮かべる。

 

「君は本当に不思議だね。君から感じる空気は間違いなく悪人だけど言動がまるでそれに見合ってない。……それならそこの彼女を任せても良いかもしれないね」

 

「任されるも何も俺はマスターでフォーリナーはサーヴァントだ。初めから一連托生だろうに」

 

「ふふっ、その感性を捨てないでおくれよ。それがきっと彼女を繋ぎ止める鎖になる」

 

 何を言いたいのかさっぱり分からないが目の前のサーヴァントから感じる殺気は霧散していった。どうやら許されたらしい。

 

「……ふぅ。取り敢えず、何処か休めるところが欲しいんだが知ってるか?」

 

「そうだね、それならこの先にある建物を使えば良いと思うよ。ただ、どうやら君に来客の様だ」

 

 彼、或いは彼女に促されて視線の先を見ると木の影からコソッと警察署で見たサーヴァントが現れ、それとほぼ時を同じくして後ろから現代の服を着た金の髪に赤いメッシュの入ったサーヴァントと金髪の女性が現れた。おいおい、こっちのサーヴァントは絶賛気絶中だってのになんでそう集まるかな。

 

「あっちは僕への来客ぽいね。君は向こうの彼女の相手をすると良い」

 

「お、おう」

 

 何故か森にいたサーヴァントに指揮られて話し合いが始まるのだった。……疲れてるから休ませて?

 




Q:何故、エルキドゥのところに飛んだの?

A:谷から遠く目印になる大きな魔力があったから。

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僅かでも穏やかな時間を

EDF6楽しいです。


 職業は何かと聞かれればまぁ、神父と答えるしかない。当然の事だが、化け物殺してます!とかウェイバーやフランチェスカに頼まれて魔術世界に首突っ込んでる傭兵紛いとか言えるわけがない。まぁ、そんな訳で事実冬木教会でシスターのカレンと一緒に聖書を読んだり信者達の懺悔とか悩みを聞いているのだから神父という職業が当たり障りなく答えられる正解なのだが、そもそも言峰の奴に押し付けられた様なもので恐らく世間一般の神父らしい考えは持ってないのだ。

 サーヴァントなんて規格外な連中を見ているし、王様やヘラクレスみたいな事例も知っているからこの世界には神は居ると思ってはいる。けど、俺らが祈ったところで態々、手を差し伸べてくれる存在だとは思っていない。だって、そんなんで解決するならとっくの昔にそうしてるしな。

 

「宗教の鞍替えをするつもりはないか?」

 

「いや……悪いが、そういうのに興味はない」

 

 だからまぁ、宗教のどうのこうのって話をされても困るんだわ。

 アサシンに鞍替えを要求されたが断ると少しばかり残念そうな表情を浮かべたが、俺の答えは分かりきっていたのかすぐに表情はキリッとしたものに戻った。

 

「聖杯に興味はないと言っていたが、ならば何故この地に立ちサーヴァントを従えている?」

 

 チラリと俺の膝の上で魘されているアビーに向けられた視線は敵を見るのもではなく、幼子を見る優しいものであった。恐らく宝具の発動を見ていたのだろう僅かな警戒心こそ宿っているがそれだけで俺にはこのアサシンが善い人なのだと思えた。

 

「過去の約束だ。俺にとってどうしても譲れない一戦に挑むために握った手が、悪趣味な奴だったってだけさ。本当はこの地に居るだけでサーヴァントを召喚するつもりもなかったんだが、令呪が宿りギル……王様が参戦してるのなら自衛の為にサーヴァントを召喚する必要があっただけの話だ」

 

 そんな善い人だからこそ俺も嘘偽りなく答える。視線の先では、ランサーとクラス不明の英霊が何やら話し合いからの戦いに移行しそうな空気を出しているがまぁ、俺らを巻き込まない様にはしてくれるだろう。

 

「──では、聖杯に望む願いは無いということか?」

 

 空気が変わった──なるほど、それが真に問いかけたい主題か。

 ゆっくりとアビーの頭を撫でながら俺は視線を戦っている英霊二人からアサシンへと切り替えて、彼女の目を見る。

 

「ない。俺の都合で呼んでしまったこの子が何も望まないのなら、俺に聖杯を勝ち取る意志は一切ない」

 

 暫くの間、無言で見つめ合う俺とアサシンだったがやがてアサシンの視線がアビーに向けられると彼女の張り詰めた空気は完全に霧散していった。どうやら俺は敵ではないと理解してくれた様だ。

 

「ならば頼みたい事がある。私は私を呼び出したあの魔物を討ち滅ぼしたい、手を貸してくれないか?」

 

 魔物……ジェスターの奴の事か。チッ、やっぱりあの野郎生きてやがるのか。手応えは微妙だったし、こうして今目の前に奴に呼び出されたアサシンが居るのが何よりの証拠だな。

 

「あぁ。奴は俺も仕事柄倒さなければならない敵だ。手伝える事があれば協力しよう」

 

「そうか。それなら早速頼みたい事が──!?」

 

 アサシンと共に急に高まった魔力の方に視線を向けるとそこには、黄金に輝く剣を……違う。アレはただの木の枝だ。間違いなく木の枝である筈なのに俺の目にはそれがある剣に見えて仕方がなかった。忘れる筈がない、俺の原点とも言える第四次聖杯戦争において関係は決して良好とは呼べなかったがその輝きを俺は目に焼き付けている。海魔をそして、ランスロットを打ち倒したかの剣の名前は──

 

「悲しくも尊き夢は──決して何者にも阻まれぬ果てへ至る──!今、ひとたびに刻む!その()──それこそは──」

 

 黄金の輝きが()()()()の詠唱と共に激しくなっていく。その輝くに惹かれる様に、視線が離せなくなった俺は無意識に呟いた。

 

「……約束された勝利の剣(エクスカリバー)」/「──永久に遠き勝利の剣(エクスカリバー)!!」

 

 記憶にある威力よりは弱いと言えるがそれでもランサーが生み出した周囲を取り囲む武器を破壊しランサーと斬り結ぶその光景は、決してただの木の枝で起きて良いものではない。手に持った宝具があの聖剣になる宝具なのか?だとすれば、どんなものであれあの英霊にとっては剣となり得る規格外な宝具だ……あのランスロットにも利便性という点で決して負けていない。

 

「あの宝具を再現出来るのなら……なるほど、セイバーのクラスに相応しいな」

 

 騎士王の宝具を再現出来るその一点だけで、セイバーと名乗っても申し分ない。それほどまでにあの聖剣は有名なのだから。……ん?なんか俺の事を見てる様なというかすっごい勢いで迫ってきたな!?

 

「君!先ほど、俺が真名を解放するのとほぼ同時に名前を口にしたよな?まさか、かの王を知っているのか!?」

 

「うおっ!?すっごい、キラキラした目を向けるなこの英霊!?……俺は二度聖杯戦争を経験しているんだ。そこで騎士王と同じ陣営に居たんだよ」

 

 宝具になるぐらいだから薄々勘づいてはいたが、この英霊相当な騎士王ファンだな……今も俺の返事を聞いて羨ましいって言葉が漏れ出てるし。まぁ、間違いなくアーサー王伝説は人々に夢を抱かせ、その心に熱を宿させるものだからこういう英霊もいるよな。

 

「くぅぅ……アーサー王と肩を並べて戦場を走る……想像しただけで身に余る幸運だな!よしっ、決めたぞ。君達も同盟を結ばないか?どうにもこの聖杯戦争には嫌な気配を感じているんだ。それを片付けてから聖杯の取り合いを行いたい、そう俺は考えている」

 

「……ついでに俺から話を聞こうとか思ってないかお前」

 

「あぁもちろん!」

 

 良いお返事ですねぇ……しかし、同盟を組めるというのは願ってもない申し出だな。確かにこの聖杯戦争の裏にはフランチェスカの影がある以上、何が起きても不思議ではないし、俺やヘラクレスが宿す泥が何かをやらかす可能性も当然ある。というか、聖杯戦争が何一つ問題なく終わる訳がないと確信を持って言える以上、対策は多いに越したことはない筈だ。

 

「分かった。俺はその申し出を受けよう、アサシンお前はどうする?」

 

「……こちらとしても利がある提案だ。但し、そちらのマスターかお前かどちらでも良いが私に魔力供給を頼みたい。あの魔物によって生かされているというのは拒否したいんだ」

 

 そう言って怒りの表情を浮かべるアサシン。倒すべき敵によって生かされているというのは確かに気に入らん事態だろうな。

 

「その状況には同情するが俺はオススメしないぞ。俺の魔力はそのなんというか、澱んでるらしいからな。アサシン、君が善い人物でなければ俺の魔力でも良かったのだろうが……」

 

「えっとそういう事なら私が……」

 

 俺の返事に残念そうな顔を浮かべるが続けて、セイバーのマスターが了承の返事を返すと安心した様にこの場で魔力供給をする為のパスを繋げる。そのやり取りを横目に見ながら、未だに魘されて起きないアビーの事を考える。原因は恐らく、あの宝具を使った事だろう。あの時、アビーに持っていかれた魔力は普段より明らかに多く宝具を使ったのだと分かったが、アレは本来の使い方ではないのだろう。根拠も何もなくただ漠然とそう思うだけだが、本来の使い方でないのであれば相応の負担がアビーを襲い、結果この様に魘されていると考えれば納得がいく。

 

「ううっ……」

 

「……何もしてやれなくてすまないな」

 

 魔術が使えない俺に魘されているアビーをどうにかする術はない。精々、目が覚めるまでこうして頭を撫でてやる事ぐらいだ。心配ではあるが今は信じて彼女が戻ってくるまでの間、この聖杯戦争を生き抜くしかないと覚悟を改めるのだった。

 

 

 

 

「此処は……何処かしら……」

 

 先の見えない暗闇をただ一人で歩いていた少女は突如として明るい場所へと辿り着きました。其処は、何処となく手を繋いでくれる優しいお兄さんと一緒に歩いた街と似ていましたが少女はあの時のワクワクとした感情ではなく、寂しいという感情を胸に抱きました。何故かは分かりませんがそう感じたのです。

 

「……マスター、一人は寂しいわ」

 

 周囲の雰囲気に感化されてしまったのかずっと歩き続けていた少女はその場で立ち止まり、可愛らしいぬいぐるみを抱きしめて呟きます。けれど、その手を掴んでくれる人はこの世界にはいません。

 

「あなたはだあれ?わたしは、くるおかつばきです」

 

 不意に幼い声が少女の耳に入りました。ゆっくりと顔を上げるとそこには黒髪の子が一人後ろに大きな大きな黒い影を従えながら立っていたのです。黒い影に導かれてこの場所に来た女の子は一欠片の警戒心もなく、目の前の少女へと手を差し出す。

 

「私は……アビゲイル。アビゲイル・ウィリアムズ」

 

 少女は自分の名前を名乗り、女の子の手を取る。……こうして彼女達は出会ってしまいました。幸運な事は、少女には目の前の女の子が現実世界で何をしているのか、女の子には手を握った少女がどれほど異質な存在か知る術がなかった事だろう。けれど、けれどね此処はいつか壊れる偽りの世界。いずれ、知る事になるだろう。己の罪を、己の歪みを。

 

「アビゲイル……うん!ながいからアビーってよぶね!」

 

「えぇ!私はツバキって呼ぶわ。良いかしら?」

 

「うん!」

 

 ──どうか、無垢なる少女達に救いあれ。




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ズレゆく歯車

「こんな所があるとはな。助かった、感謝するよアサシン」

 

 アビーをベットに寝かせ毛布をかけながら俺はアサシンに礼を告げた。どうやら此処は彼女が呼ばれた場所らしく、魔物が居た場所に案内するのは気が引けるが街に戻るよりも近く、アビーの休息に使える場所として使用してさせて貰う事になった。それにしても、歴としたサーヴァント相手に幼子を無理させる訳にはいかないと断言する辺り本当に善い奴だな。

 

「構わない」

 

「礼ぐらい受け取ってくれ。さてと、俺のせいで具体的な話が遅れて悪かったな、同盟を結ぶにしても具体的な内容や期間はどうするんだ?」

 

 そう言ってこの部屋に集まっているセイバーとそのマスターと思われるサジョウ・アヤカ。そして、ランサーに声をかける。流石に人語を介す訳ではないからあの狼には声を掛けなかったが問題ないよな流石に。

 先ず、俺の問いかけに答えたのはセイバーだった。彼は分かりやすく手を挙げてから立ち上がるという学生か?というツッコミをしたくなる動きを見せてから話し出す。

 

「先程俺とランサーの方で話したのだが、この街は泥と病の危機に晒されているらしい。それらの対処をするまでがランサーとの同盟関係となった。次に魔物を討ち倒すまでがアサシンとの同盟関係としたいのだがどうだ?」

 

 セイバーがそう問いかけるとアサシンは同意の意を示す。どうやら、過去に彼女が連なる教団の長があのセイバーと協力し死徒を討ち倒した事があるらしくその例に倣う様だ。全く、どの時代にも蔓延っている様だな連中などと考えているとセイバーの視線が俺に向けられる。

 

「貴方とは可能であれば、あの王の話を聞かせてほしい!特に期限を定めるつもりはないのだが、駄目か?」

 

「……ふむ、それなら一旦先送りだ。ランサー、お前は俺になにを望む?」

 

 無期限なら無期限で話がややこしいから先送りにし、ずっと黙っているランサーへと質問を投げかける。アサシンの目的は理解している以上、共に死徒を倒すだけだが泥を危険視している彼或いは彼女が俺を見逃す理由が分からない。将来的に利用されるだけされて、お役御免と殺されるのは避けたい。

 

「そうだね。君のその身を流れる泥は確かに脅威だけど、死んだとしても聖杯に流れ込む事はないからどうにかするつもりは今のところないから安心して欲しい。僕もそっちの彼同様、無期限でも構わないさ。但し、君の連れているサーヴァントがマスターにとって有害だと認識したら容赦なく君達を敵と捉える事は覚えていて欲しい」

 

 やっぱり、こいつはアビーを警戒している。彼女のなにがそこまでこの神代を生きたであろう英霊を警戒させているのかは分からないが、出会った時の言葉を考えるに今までのままなら見逃してくれるのだろう。……少なくとも今は敵ではないか、その事実が確認できただけ良しとしよう。

 

「分かった。実質、二人とも無制限だと言うなら俺から制限をつけよう。俺がお前らに敵意を向けられた、そう判断した場合どの様な状況であろうと俺はお前たちの敵になる。その時は先ず真っ先にマスターを狙うから覚えておいて欲しい」

 

「ッッ……」

 

 セイバーに守られる様に彼の背中から離れていなかったサジョウが差し向けた殺気に怯え、小さく息を呑む。狼の方はランサーが守っているのだろう、差し向けた殺気に気が付いた様子はない。代わりに咎める様な気がランサーから向けられている。

 

「敬愛なる騎士王の輩に敵意を向ける気など無いと約束しよう。だから、その気を下げてくれるか?アヤカが怖がっている」

 

「輩という括りに入れて良いか分からないけどな。すまない、怖がらせたな」

 

「い、いえ……大丈夫です」

 

 ……なんというか戦う覚悟が出来ておらず、人らしく怯えるタイプと久しぶりに会ったせいか調子が狂うな。こう言った同盟とかは譲れないものをはっきりとしておくのが大切だから空気が一時重くなったりなんて当たり前だと思っていたが、そうか普通は怯えるよな。

 

「おっと、すまない。連絡だ」

 

 そんな事を話していると携帯に連絡が入る。ある意味タイミングが良く、空気を切り替えるのには都合が良いだろうとアヤカの元へ向かうセイバーを見ながら思う。さてと、連絡は誰からだ……この番号はフラットか。

 

「衛宮だ」

 

 ──運命の歯車がまた一つ、イレギュラーによって崩れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 ヒクッと頬が引き攣るのを感じた。麗しの暗殺者の為に意識なく街を地獄へと変えていく小娘を利用しようと考えていたが、なぜお前がここに居る!?此処は小娘とその英霊が作り出した空間の筈。そう容易く侵入できる場所ではない筈だ。

 

「……もしかして何処かで会ったことあるかしら?」

 

 ッッ……落ち着け。今の『僕』は死徒としての能力が使えぬ代わりに代行者供の監視すら振り切れる無力な子供の姿だ。この様な質問をしてくると云う事はこの忌々しい英霊はまだ軽度の疑念を抱いた程度という事だ。幸い、私の心臓を蝕む呪いを注ぎ込んでくれやがったクソ野郎はこの場には居ない。ならばこの程度の幼子、英霊であろうと誤魔化すのは容易だ。

 

「んー?多分会っていないと思うよ。君みたいに可愛い子だったら一度見るだけで、きっと覚えているだろうし!」

 

 偽りの笑みを貼り付けて無垢な子供を演出する。本来なら肉体に引き摺られてこの様な事をしなくても良いのだが、あまりにも予想外すぎて僕の在り方が揺らいでしまったよ。あーあー、よしよし。僕は今、ただの子供だ。その様に振る舞おう。

 

「……それなら御免なさいな。私の勘違いだったみたい」

 

「いや、大丈夫だよ。それより僕も犬を撫でて構わない?」

 

「ツバキに許可を取れば良いんじゃないかしら。私は……怖いから近づきたくないの」

 

「そっか。それじゃあそうするね!」

 

 警戒を完全には無くせなかったけど、どうやら今この場でどうする気はないみたいだ。あー、良かった良かった。今、あの子に狙われたら僕の命がまた一つ消えるところだった。とは言え、ジェスターの名前を名乗る事は出来ないし──ッッ!?!?

 

「──あら。勘が鋭いのね、嘘吐きさん」

 

 何故だ何故だ何故だ!?偽装は完璧だった、さっきまでこの女は微塵も私を疑っていなかった筈だ。それなのにどうして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ニヤリと悪い笑みを浮かべながら数本の触手を従える英霊を睨みつけながら、動揺を可能な限り抑える。くそっ!繰丘椿を操るつもりだったが、此処は一度逃げるが吉か?だが、この空間で今の姿以外を取ればあの黒い影まで私を敵と見てしまうだろう。

 

「……手品か何かかな?どうやって出しいるのか分からないけど凄いねその触手。でも、いきなり僕に向けて放つのはちょっと駄目じゃないかい?」

 

「うふふ……駄目よ。嘘を吐くならもっと上手く周りを利用しなきゃ。相手をちゃんと見てどの様に騙すのが最適か瞬時に考えなくちゃ。そうしないと、魔女裁判は生き残れないわ」

 

 魔女裁判……?人間共の愚かしい儀式がなんだって?

 

「ツバキはとても良い子よ。悪意なんて一欠片も持っていないの。だからね、嘘吐きさんみたいな悪い人を近づけさせる訳には行かないわ。それにマスターの敵は私の敵よ」

 

 嘘つきはどっちだ!と吐き捨ててやりたいが、触手に貫かれるのは御免だ。転がる様に左右から突如として現れた触手を避けながら繰丘椿の元へと走る。あの女とて、あの姿を見られるのは嫌がる筈だ!ならば、今の私が出来る事はただ一つ!

 

「あら……鬼ごっこ?良いわ、付き合ってあげる──せいぜい、逃げ回りなさい」

 

 ジェスター・カルトゥーレとアビゲイル・ウィリアムズの鬼ごっこが始まりを告げるのだった。──カチリと、歯車がまた一つズレていく──

 




感想など待ってます。


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全てを飲み込む黒き風

今回、視点移動がちょっと多め。


 スノーフィールド中央病院前。

 夜も10時を回り、空には太陽の光を名残惜しく携え、輝く月が人の居ない大通りを照らしていた。聖杯戦争の戦いが起きる時は必ず、神秘の秘匿の為に魔術師が戦場となる場所に人払いの結界を張る為何度も聖杯戦争に参加した俺にとっては見慣れた光景とも言えるだろう。次々に揃う警察署の面々の中にジョンが居るのを少し離れた建物の屋上から確認した俺は、意味がないと思いつつそっと煙草に火を付けた。

 

「俺はお前達の戦いには加われない。英霊を討ち倒すと覚悟したお前達の意地、見せてみろ」

 

 警察署の面々は今回の戦いにおいて仲間と言えるが守るべき相手ではない。俺の役割は、フラットの護衛と彼らが立てた作戦にイレギュラーが生じた際の予備役であり、言ってしまえば此処で警察戦力が減るのならそれに越したことはない。

 そんなヒトデナシの考えを巡らせながら暗視機能を備えた米軍製の双眼鏡をとある場所に向けるとそこには象の成獣ほどはある大きな三つ首の犬が青い吐息を揺らめかせる姿と──その背に立つ彼が居た。

 

「……誰かはくると思っていたが、貴方か。ヘラクレス」

 

 狙いはどうやらフラット達が救おうとしている幼いマスターである様で警察署の面々の前に降り立つが、その視線はすでに病院のとある一室に向けられており、未だその狙いに気がついていないのか彼らが阻止に動く素振りは見られない。……あれじゃあ、救えないな。となれば、フラットも戦う理由を無くすだろうしこのままアビーの元に帰らせて貰おう、そう考えた時だった。視線の先では、ヘラクレスが全力で振り絞った矢を放った後に漸く警察署の面々が動き出したところで、このままいけば幼い少女は遺体の一つも残すことなく消え去る事になるその筈だった。()()()()()()が現れるまでは。

 

「そこに居たのか。アビー」

 

 病室を守る様に自ら割った窓を覆い隠す触手を見ながら俺は戦場に向かって歩き出した。道中に居る米軍の兵士を殺しながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 時は少し遡り、繰丘椿の夢の中。そこには、全身に浅い傷を浮かべながら全力で常識外の鬼から逃げる吸血鬼の姿があった。鬼はゆっくりと、狩りを楽しむ上位者の様に緩やかな足取りで吸血鬼を追いかけている為、先ずは全力で距離を取り目的である椿へと近づく事を優先した吸血鬼であったが見ていない間にいつの間にか目の前に現れ、触手に吹き飛ばされるという時間を何度も繰り返していた。

 

「クソッ……空間跳躍か?思い出せばあの時の戦いも代行者は突然、現れていたな……」

 

 死徒としての力を最も振る姿を影辰によって奪われているジェスターがサーヴァントであるアビゲイルに対抗するには人狼の姿を取るか六連男装を放棄し本来の姿に戻るかしなければならないが、それを行えば椿の利用は不可能になりアビゲイルに加え、ペイルライダー……椿の契約しているサーヴァントとも戦わなければならなくなる。

 

「考え事?駄目よ、足を止めたら鬼が追い付いてしまうわ」

 

「くっ……いい加減、僕に構うのはやめて欲しいな!」

 

 物陰に隠れ思考を回していたジェスターの目の前に無垢な悪意に染まった笑みを浮かべながら、アビゲイルが現れる。その異質な空気に死徒である筈のジェスターが恐怖し更に正常な思考を奪われていく。何か大掛かりな儀式をするまでも無く、眠りにつく椿の夢の中に入れるジェスターであればそもそもこの様な鬼ごっこなどという遊びに一々付き合う理由はない。入ってきた時と同様に、出てしまえばアビゲイルに彼を追いかける術はないのだから。だが、その様な正気は目の前の狂気によって奪われていた。

 

「……はぁ……はぁ……くそっ!」

 

「ふふふ。いいわ、もっと楽しませて?」

 

 必死にジェスターが足を動かし走りながら生まれた距離も、安心感も嘲笑う様にアビゲイルが鍵を捻れば一瞬で詰め寄られてしまう。手を伸ばせば触れられるほどの距離であっても、うふふと微笑むばかりでジェスターの命を刈り取る様子を見せないのが彼にとっては酷く不気味であり彼、いや彼女に被捕食者の気持ちを思い出させるには十分であった。

 

「はっ…はっ……はっ……」

 

 その恐怖はやがて、心を蝕み呼吸が短くなり足の動きが鈍っていく。死徒ではあるがその力は上位である親と比べるまでもない彼女は己が人であった時に持っていた恐怖の感情を大きく揺さぶられ、もはやただ走る事すら出来ずその場に崩れ落ちた。恐怖に歪んだ表情で振り返れば、そこには深淵を携え、ひたり……ひたり……と裸足でゆっくりと近づいて来るアビゲイルの姿が映る。

 

 ひたり……ひたり……ジェスターとアビゲイルの距離が五メートルから四メートルになる。震えた手足は思い通りに動かない。

 

ひたり……ひたり……距離が三メートルになる。心臓がまるで、耳元にある様に五月蝿くもはや、焦点は定まらない。

 

 ひたり……音が止んだ。近寄って来る音が止まった事、そして自分に向けられていた圧の様なものが消えた事に気がついたジェスターはいつのまにか閉じていた目をゆっくりと、開く。そこには完全に立ち止まっているアビゲイルがいた。視界に飛び込んできた彼女に思わず、小さな悲鳴が漏れるが彼女の視線が自分ではなく何処か遠く空を見ている事に気がつき、その瞬間死徒としての勘が戻って来る。

 

「(何かは分からんが、ちょうど良い。逃げさせて貰おう!!)」

 

 心の中で逃げる判断を下したジェスターは、アビゲイルの目を盗み即座に椿の夢の世界から逃げ出した。その刹那、アビゲイルが呟く。

 

「マスター……其方にいるの?」

 

 彼女を中心に無数の触手が生み出され、それら全ては凄まじい勢いで椿の夢の世界を侵食していきやがてその一部が外へと飛び出す。気配を感じ取った己のマスターの元へと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「こちらA1!!本部、作戦は失敗だ──あの化け物を従えている男に手を出すべきではガッ…」

 

「……これで最後か。まさか、魔術師ですらない兵を忍ばせる勢力が居るとは思わなかったが遠距離に徹すれば正解と言える」

 

 最後に何処かへ通信を行なっていた様だが拾い上げた通信機は既に反応がなく、これを奪ったところでもう二度と通信が入る事はないだろう。そんなゴミを持っている理由はないので、死体と共にその場に放置する。人払いの結界により目撃者は無く、監視カメラの類も邪魔なものは全て壊してある。この場を隠匿しなければならない以上、此処で死ぬ兵士は死亡を通達される事もないだろう。念のため、指紋の類は一切残していないが。

 

「ん?……ッッ、あんの馬鹿!!」

 

 処理に手間取っていたのもあり思っていたより時間が経過していた。視線を主戦場の方に向ければ、悪魔の如き姿になったヘラクレスの目の前にフラットがその姿を晒していた。無策で突っ込む奴ではないと思うが、あの時の通話の内容を考えれば相手を信頼し過ぎている。

 

『衛宮だ』

 

『僕です、フラットです。先生から貴方を頼る様に言われました』

 

『そうか。それで、用件は?』

 

『22時に一人の女の子を助けに行きます。具体的な作戦はこちらで決めてあるので、貴方にお願いしたい事はただ一つ。貴方が、参加するべきと思ったタイミングで参戦してください』

 

 何処の世界に出会ったばかりの人間に自分の命全てを賭けると思える奴が居るんだと思ったよ。けど、一切の迷いなく澄んだ声で頼まれては毒気も抜けるというもの。アビーをあの場所に一人にしてしまうが、それでもフラットの提案を受けようと思うくらいには心が動かされてしまった。

 

「むっ」

 

「はぁァァ!!」

 

 矢が当たり崩れて落ちたフラットを無視し、ヘラクレスへと渾身の力で蹴りかかる。数メートルほど後方に飛ばし隠れ潜んでいる()()()()()()()の策に気づかれない様に全力の殺気をヘラクレスに放つ。

 

「……サーヴァントも連れずに私に挑むか。悪泥を宿す人の子よ」

 

「あの日は悪かったな。冷静さを欠いた状態で戦うなんて無礼すぎた」

 

 あの日の激情はもう無い。いや、正確に言うのなら心の奥底にはあるのだが凍り付いた水面から底が見えないのと同じで今の俺にとってあの激情が表に出てくる事はない。

 

「私に向けるべき礼儀など──ぐっ!?」

 

「介入開始」

 

 ヘラクレスが苦しみ出すと同時に、フラットの声が聞こえた。魔術に疎い俺には何が起きているかさっぱり分からないが、身体を押さえ苦しみに喘ぐその姿は誰がどう見ても攻め時なのは明らかだった。

 次の瞬間には、突如としてアスファルトが砕け地面から轟音を立てて水と砂が柱となって幾つも噴き上がる。それを見ながら駆け出したのは俺とジョンの二人だった。俺は正面から、ジョンは回り込む様にヘラクレスへと肉薄する。水と砂という不愉快な膜を破りに抜けた眼前には矢が突きつけられていた。実力を知る俺と、知らないジョン。苦痛に歪むその頭でヘラクレスは、俺を脅威と選んだらしくその事実に思わず心が躍りそうになるが堪えて大きく横に飛び退く。それでも爆破による衝撃は凄まじく、背を押されヘラクレスとの距離がゼロになり俺の心臓を抉ろうと構えた直後、後に知ることになるのだがジョンの義手に仕込まれたヒュドラの猛毒が塗られている短剣が刺さった。

 

 伝承によると英雄ヘラクレスの最期は、ヒュドラの毒が塗られた衣をその身に纏いその毒性により自死を選んだとされる。その死の呪いは英霊であるが故に逃れる事はできず、呆気ないほどに人の力でヘラクレスは打倒された──誰もがそう思った事だろう。口からゴポリと、粘性の高い血を溢す姿は死にゆく者でしかない。

 

「この穢れた私の血を……我が魂が抱く復讐の炎を!死毒程度のもので染められるものか!!」

 

 そうヘラクレスが叫ぶと同時に、俺の魔力と同様赤黒い禍々しい魔力が全てを飲み込む竜巻の様に巻き起こる。

 

「──そうだろうと思ったよ」

 

「だろうな。斯様な目をしていた」

 

 ただの勘であったが親和性の高いその魔力を取り込みながら暴風を越え、毛皮の上からヘラクレスを殴る。その一撃を圧倒的強者として受け止めたヘラクレスが邪魔な羽虫を払う様に腕を薙ぐ。反射的にその腕を掴み取り、流れる勢いに逆らわないことで耐える。

 

「……貴様を先ずは殺そう。忌々しい男を常に宿すその瞳は邪魔だ」

 

「殺されてたまるかよ。あの人の輝きをお前如きに奪わせない」

 

 掴んでいたヘラクレスの腕を鉄棒の様に利用し勢いをつけた蹴りで顔面を蹴り飛ばし空中で懐から盗み取ったナイフを三本、徹甲作用を乗せて投げる。米軍の兵士達から回収した物である為、神秘など一欠片も宿っていない為当たった所で衝撃しかないがそれで構わない。着地するだけの時間が稼げれば──

 

「ふっ!」

 

 瞬きの間に射られた矢でナイフは粉々に砕け散りその勢いのまま、未だ空中の俺に矢が飛来する。ダメージを覚悟し、空中で身を丸め少しでも被弾を避けようとした俺の視界に飛び込んでくる者がいた。

 

「うぉぉぉぉ!!!!!!!!」

 

 警察達の一人、大きな盾の宝具を持っていた男が俺と矢の間に魔力を纏いながら入り込み矢の全てを引き受けた。その衝撃で、派手に吹き飛んだがやはり宝具の守りは素晴らしく矢は貫通しておらず肉体が受け止めきれなかったのが分かった。お陰で俺はダメージを負うことなく着地出来たのだが、そんな俺を庇う様にジョンを筆頭に警察隊が並んだ。

 

「お前ら……」

 

「戦いの参戦遅れてすみません!俺たちがこの街を守ると決めたのに、恐怖に呑まれていました!これより、貴方の援護に回ります!!」

 

 ……見捨てようとした連中に守られてちゃ世話ねぇな。カッコつけるジョンの背中を勢いよく叩き、俺は前に出る。

 

「正直言えばお前らを見捨てる気満々だったよ俺は」

 

「えぇ!?」

 

「これを聞いて、文句を言いたい奴も武器を向けたい奴も居るだろう!そんなものは此処を生き延びたら幾らでも受けてやる。だから、死ぬなよ馬鹿ども!!」

 

 臆してなお、自らの理念の為に立ち上がり武器を取れるというのならお前らは立派な英雄だ。背後で警察隊が各々の宝具を構える音を聞きながら、俺も構える。ヘラクレスとの戦いの火蓋が切られるその刹那、教会から怨嗟の叫びが聞こえそちらに意識を取られた瞬間、黒い風が巻き起こりすぐ近くにいた筈のジョンすら認識できなくなり、遠のく意識の中俺は声を聞いた。

 

 『マスター』と呼ぶ彼女の声を。

 




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集うは厄災

遅くなりました。ちょっと、色々なものに浮気してました。


 人の姿はなく、明かりもなく喧騒もない、ただ静けさだけがそこに熱もなく佇んでいた──この時までは。

 スノーフィールドという街から切り取った様に街を構成する無機質なものだけが存在し、動物は全て同じ動作を繰り返すだけの命なき夢の世界に轟音が響き渡っていた。

 

「……オォォォ!!」

 

「……」

 

 ビルの窓を破り地に足を着けるが、ゴムの焦げる嫌な匂いを充満させながら背中から反対の窓を破り勢いよく飛び出す影辰を弓も従えていた地獄の番犬も何一つ持たないアルケイデスが追走する。

 空中で追いついたアルケイデスを迎撃するべく身を捻り蹴りを入れる影辰であったが、ただの人間が真正面から放つその一撃は英霊であるアルケイデスにとっては、蚊を叩くほど容易い事であり狙った胸部へと当たるより早く、横から掴み上げられそのまままるで人を棒の様に振り回し、落下しながらビルへと叩きつける。

 

「ふん!」

 

 人体から大凡鳴って良い音ではない音を響かせながら掴まれている足を自ら曲げる事で、灰錠を展開した拳でバーサーカージャック・ザ・リッパーの宝具を奪った事で悪魔化しているアルケイデスの顔面を勢いよく殴り着ける影辰。

 本来であれば意に介す必要のない一撃であるのだが、悪魔を取り込んだ事で神からの聖別を施されている灰錠による攻撃はその肉体に僅かばかりのダメージを与える事が可能となっており、そこに加え未だ身を蝕むヒュドラの猛毒そして両者が身に宿す泥の魔力を纏った一撃はアルケイデスの拘束を緩める事に成功する。

 

「……その身で聖職者。ふん、笑わせてくれる」

 

 目の前で逆再生の様な動きで元の形へと戻っていく影辰の足を見ながら、アルケイデスは追撃の一手として両手を合わせ脆い頭を砕こうと振り下ろす。

 常人の目では決して捉えきれないその攻撃を持ち前の動体視力で見切った影辰は直撃コース上に空中で掴んだ瓦礫をねじ込み盾とすることで衝撃を緩和し受けた力を最大限利用する事でアルケイデスより数瞬早く着地。

 その力でコンクリートの地面に波紋上のヒビが広がるが、それは抑えきれずに溢れた余波に過ぎず得られた暴力的な力を自分の身体全体に流し右手の一点に収束させ空から降りるアルケイデスへと真っ直ぐ正拳突きを放つ。

 

「ぬぅん!!」

 

「はっ!」

 

 鋼鉄の城門でさえ、砕くであろう影辰の一撃をアルケイデスの剛腕が迎え撃つ。

 両者の拳が触れ合った刹那、その力のぶつかり合いから突風が巻き起こり影辰が弾かれる様に外側へと飛ばされていく。

 その腕からは血が垂れておりぶつかり合った衝撃が影辰の右腕の血管をズタズタにし破裂した事が窺える──それほどまでのダメージを受けてなお、傷は再生していき未だに痛覚から影辰が意識を失う様子はない。

 

 黒い風にアルケイデス諸共、飲み込まれた影辰は今警官隊の援護もなくただ一人でアルケイデスという災害と戦っている。

 この場所がどの様な場所なのかは分からないがそれを考える必要性も余力も影辰にはなく、自分という存在に焼き付いたヘラクレスを殺そうとしているアルケイデスに全ての神経を注いでいた。

 

「ネメアの獅子であれば、首を三日三晩絞め続ければ殺せる。だが、再生する貴様はそうもいかぬか」

 

「……だったら使えば良いだろ?猛毒を」

 

「ふっ、確かにあの死毒も使えるが──」

 

 ただの筋力を用いた移動でまるで、瞬間移動の如く距離を詰めるアルケイデスをいつもの様に決死の覚悟で迎え撃つ影辰。

 震脚により巻き上がる衝撃波とコンクリートの破片が散弾銃の様にアルケイデスへと迫るが、暖簾を潜るが如く軽い動作で全てを防ぎきり影辰の腹部を殴り飛ばすアルケイデスだったが、その手応えの無さに攻めの手を緩める事はなく顔を掴み地面に叩きつける。

 常人であれば頭部が柘榴の様になり血の花を咲かせるところであるが、影辰は一瞬たりとも動きを止めるとなく身体を反りアルケイデスの圧倒的な力で上半身が固定されているのを利用しバネの様に力を溜めた蹴りで、アルケイデスの顎を下から揺らす。

 

「ぐっ……」

 

 顎に受けた振動がアルケイデスの脳を大きく揺らすがそれでも手を離さずに影辰の頭を掴んだまま、持ち上げ近くの建物へとフリスビーの様に投げつける。

 激突した場所はどうやら花屋だった様で、大量に飾られていた花が衝撃を僅かに和らげ舞い散る花弁の中から手入れに使われていたであろう花鋏が五本ほど勢いよく飛び出しアルケイデスへと飛来する。

 投げたのはもちろん、影辰でありそれら全てが徹甲作用の要領で投げられておりアルケイデスの頭部と四肢それぞれに向かいながら飛んでいき中央を影辰が走りながら迫るという必中の攻撃である。

 

「舐めるな」

 

 全くの同時ではなく、ほんの僅かにズレて飛来する花鋏の全て隙間を縫う様に避けたアルケイデスは真正面から突っ込んでくる影辰に向けてじっくりと腰を落とし構える。

 それに対し、影辰も真正面から突っ込む形は変えずに腰だめに両手を引き間合いに入った瞬間に突き出し刹那の拮抗の後、影辰が後方へと弾き飛ばされるが激突するかと思われたビルを駆け上っていく。

 

「……上の利を取ったところで貴様に何が出来る?」

 

 それでもアルケイデスは影辰を追いかけて同じようにビルを駆け上がっていく。

 己がその名を穢し、地の底へと叩き落としたい男をいつまでも鮮明に映し続ける影辰の心からヘラクレスという栄光を奪い去り、その命を絶つ為に──それは、英雄ヘラクレスではなくただ人の復讐者であるアルケイデスであったからこそ見せた執着であり隙であった。

 

 確かにアルケイデスに通用する遠距離手段を持たぬ影辰が己から距離を取ったところで出来る事は何一つ無いという判断は間違っていない。

 

「俺一人じゃ何も出来ない、それは間違ってないぞ。けど、それは人間誰しも当たり前な事だろ?」

 

 ──影辰とアルケイデスが駆け上がったビルの屋上には戦闘音を聞きつけ、馳せ参じた警官隊の一部が待機しておりその全員が手に持つ宝具をアルケイデスへと向けていた。

 人が一人で成し遂げられる事など対して多くはない……何故なら人はその様な進化を選ばなかったからだ。

 強靭な牙も爪も、頑強な皮膚も捨てたが故に得た知能と群としての力。

 

 所謂、人の力が復讐者として再誕した大英雄へと襲い掛かった。

 

「オォォォォ!!」

 

「はぁぁぁぁ!!」

 

 槍の宝具を持つ二人が飛び出し、アルケイデスの両足を刺し貫かんと迫る。

 

「しっ!」

 

 それを援護するべく弓の宝具を持つものがアルケイデスへと連続で矢を放ち続ける。

 

「……」

 

 大鎌の宝具を持つものが迎撃の為に振るおうとしたアルケイデスの右腕を刺し貫き、無理やり動きを止めた事により矢の雨がアルケイデスへと降り注ぎ、その多くは皮衣によるダメージ与える事はないが剥き出しになっている肌に浅く突き刺さる事で僅かに行動を阻害、結果的に槍持ち二人の宝具がアルケイデスの両足へと刺さった。

 

「全員、巻き込まれるなよ!!」

 

 アルケイデスの意識が完全に正面に立っている警官隊達に向いた直後、彼の真上から影辰が叫びそれに反応したアルケイデスが見た光景は、大楯の宝具を持つ者と一緒に魔力を纏い落下してくる影辰の姿だった。

 

「「オォォォォ!!」」

 

 鈍い音を響かせ、アルケイデスは大楯の警官と影辰と共に登ってきたビルを勢いよく落下していく。

 重力に従いながら落ちていくアルケイデスは、その胸中に己という災害に全力で抗っている人間達への賛辞を抱きながらその身に宿す暗き炎を激らせる。

 

「ぬっ!?うぉぉぉぉ!?!?」

 

 大楯持ちがアルケイデスの動きに気がつき、振るわれた剛腕を盾で受け止めるがその勢いを殺しきれずアルケイデスの上から退かされてしまうが、そのお陰で影辰が吹き飛ばされる事はなく、地面に到着し轟音と共に大きな土埃をあげる。

 その煙の中からアルケイデスを足場にする事で衝撃を緩和した影辰が飛び出し、着地するとそのまま膝を着いた。

 

「……」

 

 傷こそ塞がっているが受けたダメージが無くなる訳でも、大英雄と対峙している精神的負荷を減らしてくれている訳でもない。

 大きく肩で息をしながら土煙を向こう側を睨みつける。

 

 ──絶望の底から黒い腕が現れる。

 完全に決まった様に見えた一撃も、大英雄を討ち滅ぼすには足りず地獄から蘇る幽鬼の如く土煙の向こうに見える影が大きくなっていく。

 

「……名を聞こう」

 

「……衛宮影辰」

 

「そうか。では、影辰よ。我が身を滅ぼすに値する人の戦士、この一撃を手向に送ろう」

 

 バーサーカーより簒奪した宝具で生やした翼で土煙を払うとその手に持つ弓を構えるアルケイデス。

 向けられた明確な死を前にしても影辰の心が折れる事はなく、震えながらも立ちあがろうと足掻き──崩れ落ちる。

 最早、その身は限界をとうの昔に超えており闘おうとする影辰の意志に応えるだけの力は残されおらず、いくら人の身を超えた力を有していようと所詮は、人に下駄を履かせただけで根本から作りの違う存在には抗えぬと示していた。

 

「……死んでたまるか……俺は、帰るんだ……カレンの居る家に……!」

 

 それでもなお、醜く這いずってでも立ちあがろうとする影辰の背中に黄金が舞い降りる。

 

「──ほぅ、女の名を呼ぶか影辰」

 

 幾重にも開かれた金の波紋から無数の宝具が射出され、弓を構えていたアルケイデスはその迎撃に追われる。

 カシャリ、カシャリと金属の擦れる音を響かせながら珍しく地に足をつけて歩く原初の英雄王──ギルガメッシュが倒れ伏した影辰の一歩前に立つ。

 

「色を覚えた様だが変わらずその在り方は、我が認めたままか。良かろう、褒美だこの場はこの我自ら戦ってやる。一瞬たりともこの栄誉を見逃す事を許さんぞ」

 

「……は、ははっ……珍しい事もあるんすね王様……」

 

 王の気配がこの世界にもある事は悟っていたがそれでも自分の為に現れるなど微塵も想像していなかった影辰は、何度も向かい合い正面から見て来た英雄王の気高き背中を見ながら締まりなく笑みを浮かべる。

 

「戯け。貴様はただ黙り、この我の庇護下にある事実を噛み締めておけば良いのだ」

 

「──それなら、マスターは私が貰って行っても大丈夫かしら。黄金に輝く王様?」

 

 無垢なる声が戦場に響き渡ると共に世界が塗り替わる。

 現代のコンクリートで作られたビルの街並みが17世紀末の素朴で質素な街並みへと。

 

「マスターを呼んだつもりなのに、私の所に来ないから随分と探すのに苦労したわ」

 

 黒き風の向こう側から影辰を呼んだアビーが突如としてこの戦場に現れ、笑みを浮かべながらギルガメッシュとアルケイデス両者に触手を放つがギルガメッシュはその無数の宝具で、アルケイデスは自身の技量で持って触手を無力化した。

 

「あら」

 

「……ただ座して待つのを辞め自ら参加する事を選ぶか外なる巫女よ。だが、それは賢い選択ではないぞ」

 

「ふふっ、だって私だけじゃないもの。もう一柱、我慢が出来なかったみたいよ?」

 

 その言葉に顔を顰めるギルガメッシュだったが直後にこの場にいる全員を踏み潰さんと言わんばかりに上空から舞い落ちる英霊というよりは巨大なロボットそう表現するのが正しい鋼で出来た『真なるバーサーカー』が現れた事で動けぬほどに疲弊した影辰を掴み上げ、その場を一度離れる。

 

『── ─ ────』

 

 この世界の全てを呪う化け物の歪な叫び声が響き渡る。

 とあるサーヴァントが、幼きマスターの為に生み出した夢の世界にて、アーチャー・ギルガメッシュ、アヴェンジャー・アルケイデス、フォーリナー・アビゲイル、そして真なるバーサーカーの四つ巴の戦いの火蓋が今、切られようとしていた。




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少女と死神

Fake最新刊を読んで、方向性を定めた故の投稿。
相変わらずの不定期ですわ。


 ただ一騎存在するだけでも、全ての人類を殺し尽くせそうな英霊達が四騎、その顔を見合わせていた頃。

 

「……こわいよぉ……まっくろさん、そばにいて……」

 

 夢の世界の主である、繰丘椿はベッドの上で身体を丸めて、布団を被り魔術師としての本能が告げる圧倒的な恐怖に怯えきっていた。

 本来であれば、彼女を怖がらせる者達を滅ぼしに行きたいまっくろさんであるが、その性質から機械的に主である椿の『側にいて』という願いを聞き届け、彼女の近くをただ佇んでおり、その姿はこの世界に彼らを招いた者とは思えないほど消極的であった。

 

【────】

 

 まっくろさんは、機械的に考えを巡らすが側にいてという願いを実行しながら、規格外な英霊達を屠る策は何一つとして、思い浮かぶ事がなくただ静かに、その身をゆらゆらと揺らし椿が落ち着くのを待っている。

 ──そこに、突如として侵入者が現れた。

 

「……マスター使いが荒いサーヴァントだな全く」

 

 乾いた血でその身を染めながらも、傷一つないその身体で最初からこの場に居たように、現れた男は疲れ切った様子で呟き、黒い影──まっくろさんを視界に捉えながらも、己がこの場所に連れて来られた役目を果たすべく立ち上がり近くにあったぬいぐるみを一つ掴み上げる。

 敵対行動かとまっくろさんは黒い影を広げるが、その動作に怯える事なく男は椿へと視線を合わせると慣れない裏声を使って無駄に甲高い声を出しながら、ぬいぐるみの腕を持ち上げる。

 

「ヤァ!僕の名前は、影辰って言うんだ!君の友達、アビゲイルに頼まれてやってきたお兄さんだよ!!」

 

 ポカンと口を開けてしまった椿はきっと、何も悪くないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「外なる巫女よ。この我の決定を覆すとはどういう了見だ?」

 

「あら怖い怖い。マスターは王さまの民なのかもしれないけど、今は私の愛しきマスターよ。頼み事を聞いて貰っても罰は当たらないでしょう?」

 

 倒れたままの影辰を門に落とす事で、椿の元へと送り届けたのはやはり、アビゲイルだった。

 王の視線を嘲笑をもって受け流すアビゲイルによって両者の間を流れる空気はただ一人の男を巡って、険悪なものへと変わる。

 

「戯け。この我が見ていろと言ったのだから、何があろうとあの男には我を見上げる義務があった……貴様の行いによって不利益を生じるのはあの男だ」

 

 選択の余裕なく拉致された影辰にとっては、是が非でも否定したい事なのだが悲しきかな、この場に居ない者の言葉は届くことがなく、雑談などを許すほど他の二騎も我慢強くはなかった。

 先手を取ったのは真なるバーサーカーの虹色の光線であった。

 戦場を裂くように降り注ぐ光線は、その場の全員に等しく降り注ぎ王は財を、巫女は触手を、復讐者は技量で持って光速の攻撃を躱し、放たれた矢と黄金に輝く宝剣が同時に、バーサーカーに降り注ぐがその外皮を傷付ける事は出来ずに地へと転がった。

 

『── ──!!』

 

「悲しい叫びね。でも、力で悲しみを訴えても何も伝わらないわ。ねぇ、戦士さん?」

 

「一緒にするな魔女」

 

 音すらを置き去りに放たれる三連の矢を虚空より現れた触手で受け止めながら、バーサーカーを縛り上げるアビゲイルは変わらず、嘲笑を浮かべたままギルガメッシュを見ており、その視線は挑発の様にギルガメッシュを苛立たせた。

 眩いばかりの波紋が、ギルガメッシュの背中に広がる景色を覆い隠すほど広がると全ての敵に対して荒狂う嵐の如く降り注ぐ。

 

「あははは!まるで流れ星の様ね!」

 

「財を投げ放つだけなら取るに足らん」

 

 門を用いて、短距離ワープをしながら降り注ぐ宝具達を楽しげに嘲笑うアビゲイルと谷での戦いの様にその場から一歩も動く事なく、打ち払うアルケイデス。

 

『── ──!!』

 

 そんな彼らと違い、触手に縛り上げられていた事で身動きの取れていなかったバーサーカーは避ける事も迎撃も思う様にいかず、数多の宝具を身に浴び、その中に混ざっていた怪物殺しの武器を受けて苦悶の叫びを漏らすと共に七色の光線が見境なく放たれた。

 一つは火を巻き上げる暴風となり、一つはありとあらゆるものを凍てつかせる氷柱となり、一つは雷霆となり……七つ全ての光がそれぞれの厄災となり全てを破壊せんと迫る。

 ギルガメッシュとアビゲイルがそれぞれ防御の構えを見せる中、生前にこれ以上の試練を受けた大英雄の成れの果ては、ただ一人攻勢に出る。

 全ての厄災を躱しながらギルガメッシュへと迫り、取り出した矢に毒蛇を、黒い呪いを纏わせると迎撃に向けられる武具達を見ながら、何一つの迷いなく放つ。

 

「──『射殺す百頭(ナイン・ライブス)』──」

 

「ふん……」

 

 ギルガメッシュは自らの眼前へと迫る宝具に何一つ、表情を崩す事なく赤い瞳で一瞬のうちに自らを死に至らしめるであろう矢を見つめ──地面へと脳髄が散らばる事はなかった。

 

「やはり時間稼ぎが目的か。巫女」

 

「うふふ、なんの事かしら」

 

 毒蛇の矢は横から伸びてきた触手によって絡め取られ、へし折られていた。

 通常とは異なる理屈を持つ触手は例え、大英雄すらも死に至らしめる激毒であろうとも犯し殺される事はない。

 

「私の目的がなんであれ、王の裁決を無に返し、戦士の殺し合いを妨害し……まぁ、貴女は分からないから良いとして。そんな敵を見逃してくれるほどお優しい方々ではないでしょう?」

 

 全てを嘲笑う外なる神の巫女の言葉を戯言と聞き流した王に返答はなく、代わりに宝具の雨が放たれる。

 それら全てを触手を盾に受け止めながら、じっと王の瞳を見つめ続けると溜息と共に雨が止む。

 

「興醒めだ。元より、我が戦う理由は既にこの場から消え失せている。あとは貴様らで好きな様に殺し合うと良いわ」

 

 背を向けて立ち去ろうとするギルガメッシュの背に矢が放たれ、黄金の波紋から現れた盾が受け止め金属音が響き渡り、七つの厄災の一つが降り注ぎ、去ろうとした進路に氷の壁を作り出す。

 アビゲイルとギルガメッシュの間に、言葉にせずとも伝わった取り決めがあろうともそんなものは第三者には関係がなかった。

 

「逃すと思うか」

 

「……良いだろう。貴様らが働いた様々な無礼の報いを」

 

 ギルガメッシュの怒りが我慢の限界を超えた瞬間、世界が大きく歪み燃え盛る『冬木』の街並みに切り替わったかと思うと、その次の瞬間には眩いばかりの光を放ち、戦っていた者達の目を一時的に潰す。

 

 そして、彼らが気がついた頃には元いた場所であるスノーフィールドの病院前に立っていた。

 

「な、なんだ!?」

 

「戻ってきたのか!?」

 

 巻き込まれた全ての者達が驚いた表情で周囲を見渡すと、日が上り僅かに明るくなった病院の入り口から濃密な死の気配を漂わせる男──衛宮影辰がその姿を現し、一目見ただけで彼の身に起きた変化を見抜いたギルガメッシュは高らかに笑う。

 

「ふははは!!なるほど、考えたな!元より、幾千幾万の人間を殺しきる呪いをその身に宿す貴様だ。ソレは方法が違うだけで、等しく人を殺す存在そのもの。貴様の身体にはよく馴染むであろうが……くくっ、そうか、そうまでして守るべきものを見つけたのだな影辰?」

 

「楽しそうで何よりですよ……えぇまぁ、友と重なって見えてしまったのが運のツキでしたね」

 

 繰丘椿が呼び出したサーヴァント、『ペイルライダー』をその身に宿しマスターでもあり、サーヴァントでもある状態へと変化した衛宮影辰はそう言って苦笑しながら、ギルガメッシュとアルケイデス両者を見据える。

 

「俺たちフォーリナー陣営は、英雄王ギルガメッシュと復讐者アルケイデス。貴方達、二人との停戦および同盟を希望するが如何か?」




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魔眼蒐集列車
友になった二人の事件簿1


カレン編を完結させてからと思っていましたが、アニメを見直していたら書きたくなったので。
と言うわけで、魔眼蒐集列車編スタートです!


 あれは今から10年前、聖杯戦争が終わりを迎えてから一ヶ月近く経った日だった。手持ち無沙汰で街をウロウロしている時に、同じく暇そうにしている見たことある顔と出会った。

 

「えーと、確かライダーのマスターだよな?まだ、冬木に居たのか」

 

「アンタはセイバーのとこの……カゲタツ?」

 

 思えば、共に同じ聖杯戦争という舞台にいながら直接話したことはなかったなと、男の割には愛らしいに分類される顔付きの男、ウェイバーを見る。向こうも何か思うところがあったのか、顎に手を当てて少し考えたあと近くにあるMの文字が目立つファストフード店を指差す。

 

「ここで何かあったのも一つの縁だ。少し、話をしないか?」

 

 拒否する理由もなかった俺は、二つ返事で了承しウェイバーと一緒にファストフード店に入る。魔術師の割には慣れた様子で、注文していく彼を見ながら俺もハンバーガーとブラックコーヒーを注文して席に着く。席に着いたウェイバーが何かしら細工をすると周囲の声が少しだけ遠のいた。魔術ってほんと便利だなぁ。

 

「簡易的な魔術だけど、これで僕達の話し声は周りに聞き取り辛くなった筈だ」

 

「便利だねぇ魔術」

 

「アンタは使えないのか?倉庫で、アーチャー相手にバーサーカーと派手に立ち回ってたじゃないか」

 

 ポテトを食べながらウェイバーが少し驚いたような表情で聞いてくる。そう言えば、俺が魔術使えないの知ってるのってセイバー陣営の人らと言峰綺礼ぐらいか。切嗣の情報隠蔽能力の高さを感じるな。

 

「使えないよ。少しだけ人より目が良いだけさ」

 

「目が良い……もしかして魔眼か?」

 

「魔眼?そんな、大層なものじゃない。動体視力が良いだけだよ、試しに手に持ってるポテト何本でも良いから適当に投げてみてよ」

 

 俺の言葉に素直に従ったウェイバーが、手元のポテトを5本手に取り投げてくる。それら全てを掴み取り、ウェイバーに向ける。ほぼゼロ距離で投げられたポテトを正確に掴み取るという分かり易い証明方法だ。

 

「……驚いた。目に魔力が集まった感じはない。本当にただ動体視力が良いんだな」

 

「分かってくれたようで何より。っと、ところでライダーのマスター。名前、教えてくれる?一々、ライダーのマスターって呼ぶのもめんどくさい」

 

「既に知ってると思ってたんだけど……まぁ、良いか。ウェイバー・ベルベットだ」

 

「ウェイバーね。よろしく、知ってるようだけど俺は衛宮影辰だ」

 

 手元の紙布巾で手を拭き、ウェイバーに差し出す。しばらく手と俺の顔を交互に見た後に照れ臭そうに手を取る。もしかして、こいつ友達いない?まぁ、魔術師って奇人変人ばかりだし見るからにマトモそうなウェイバーじゃ友達もいないか。

 

「あのさ、影辰って僕より年下だよな?」

 

「ウェイバーの年齢を知らないんだけど……まぁ、正確には不明だけど大体10~13ぐらいだと思うよ」

 

「僕より最低でも6つ年下……ってちょっと待て。不明ってどういう事だ?」

 

 グイッと詰め寄ってきた顔を押し退けながら俺は、過去に切嗣に拾われた事を教える。その時に記憶が混濁したのか失ったのかは分からないが、切嗣と出会う前の自分に関する記憶を全て失い、死にたくない一心で交渉した結果切嗣の道具として生きてきたことを。話し終えるとなんとも言えない顔を浮かべるウェイバーを見ながら言葉を続ける。

 

「同情とかそういう類は必要ないぞ。俺はこうしなければ生きていけなかっただけで、納得もしている。お前だって、そうだろう?ウェイバー。聖杯戦争をマスターとして、生き延びたお前はその時間を何も知らない人間に憐れみや同情を向けられて、気持ちが良いか?」

 

「……そうだな。今のは僕が悪かった。けど、1つ訂正させてくれ」

 

 右手の手の甲を1度見てから、俺の目を真っ直ぐ見つめるウェイバー。そこには征服王の背中で悲鳴を上げていたあの時の情けないウェイバーは居らず、確かな意志を携えた1人の漢が居た。

 

「僕はただの一度もマスターとしてあの人と肩を並べられていない。僕は、あの人の背中に見果てぬ夢を見た1人の臣下だ」

 

 セイバーが王として1番好ましいと言っておきながら、決して良好とは呼べる関係を築いていなかった俺には決して辿り着く事のない場所に立っているウェイバーを少しだけ羨ましいと思いながら、俺は笑みを浮かべる。

 

「な、なんだよ何か可笑しいか!」

 

「いや、やっぱり人生経験を多く積んでる人は違うなと思っただけですよウェイバー先輩」

 

「急に敬うなよ……あとそれ、なんか気持ち悪いから辞めろ」

 

「酷いな!?」

 

 折角歳上だからと敬ったというのに酷い言い様だ。しかし、これでお互いの壁が取り払われたのか俺達の話は意外と弾んだ。第四次聖杯戦争中に何をしてたとか、ウェイバーが居座っていた家の人に孫では無いとバレた話とか、俺がセイバーや舞弥さんに叱られた話とか、時計塔での話や修行時代の話など歳の差こそあれ、友人同士の様に俺達は気楽に話を続けた。

 

「あのさ、影辰。僕、しばらくしたら世界を見て回ろうと思ってるんだ。良かったら、一緒に来ないか?」

 

 話し込み日が落ち、そろそろ解散かなって時にウェイバーが旅に誘ってきた。世界を見て回る旅……多分、征服王の足跡を辿るつもりなのだろうな。ウェイバーと一緒に旅かぁ……楽しそうだなとは思うけど。

 

「いや、辞めとくよ。冬木から離れたくないし、何より切嗣や士郎が心配だ」

 

「そっか、そうだよな」

 

 返事の予想はついていたのだろう。特に残念がる様子は見せずに引き下がるウェイバー。そんな彼に俺はメモ帳に連絡先を書いて破り、彼に渡す。

 

「魔術が使えない俺でも何か手伝える事があれば、そこに連絡をしてくれ。その時に友達のお前以上に優先する事柄がなければ、なんでも手伝ってやる」

 

 俺が差し出した連絡先をしっかりと受け取ったウェイバー。彼もメモ帳に何かを書き、渡してくる。そこにはやはりウェイバーの連絡先が書かれており、俺はそれを落とさない様にしっかりと懐にしまう。

 

「冬木に残るなら、厄介ごとも多いだろう。非才の僕に何が出来るか分からないけど、お前の助けになるなら連絡してくれ」

 

「魔術が使える時点で俺より才能があるさ。んじゃ、旅行楽しめよウェイバー」

 

「言われなくても!そっちこそ、冬木に残るなら死ぬなよ影辰」

 

 こうして俺とウェイバーは友達になり時折、連絡をし合う仲となった。たった数ヶ月で、バビロニアの遺跡にて厄介事に巻き込まれたという話を聞いた時は腹を抱えて笑ったものだ。何故なら、魔術師対魔術師となれば魔術戦で決着を着けたがるのが、魔術師だというのに死霊を活性化させ自分は、もう一人の魔術師と一緒にバイクで逃げるとか、やり口が切嗣の様な魔術師の思考の穴を突く作戦だったのだから。

 

 そして、俺がギルガメッシュから第五次聖杯戦争が始まると予告され、切り札を手に入れる為に頼ったのも当然、ウェイバーだった。彼からの紹介でメルヴィンとも知り合い、親交を深める事になるがまぁ、これは置いておこう。第五次聖杯戦争が始まる数ヶ月前、俺はウェイバーに呼び出されあの時計塔に来ていた。此処、ただ居るだけで呪いとかそういうのが寄ってくるから長居したくないんだよなぁ。

 

「それで、態々イギリスまでの旅費まで払って俺を呼んだ理由を聞いてもウェイバー?突然の呼び出しだから、グレイちゃんやライネスちゃんへのお土産すら用意できなかったぞ」

 

「ライネスをちゃん付けで呼べるのはお前ぐらいだよ影辰。……早速で悪いが本題だ。私が保管していたイスカンダルの聖遺物が何者かに盗まれ、代わりにこれが入っていた」

 

 ウェイバーが差し出した手紙には、聖遺物を盗んだ旨と魔眼蒐集列車に乗れという内容が記されていた。……なるほど、道理でウェイバーに余裕が無い訳だ。

 

「これを見せたって事は」

 

「あぁ。私達と一緒に魔眼蒐集列車に乗ってほしい。恐らく、荒事になるだろう。その時の戦力は可能な限り多い方が良い」

 

 ……聖杯戦争が始まるまでの猶予がどれくらいかは分からないが、言峰の奴が俺を止めなかった辺り近日中って事は無いだろう。ウェイバーには借りもあるし、手伝ってあげるとしますか。それに友達の余裕のない顔を見て断れる程、外道でもないし。

 

「あいよ。かのロード・エルメロイが困ってると言うなら、魔術の使えぬこの身がどこまで役に立てるかは分からないが手伝おう」

 

「II世付けろ。態とだろお前」

 

「こわーい顔をしてるから和まそうかとね。時間までまだ余裕があるんだろ、寝とけって。弟子に心配される師匠ほど間抜けなものはないぞ。ね?グレイちゃん」

 

「えっと……その……師匠は情けなくないと思います」

 

 うーん、相変わらずウェイバーの事が大好きだねグレイちゃん。ニヤニヤした視線をウェイバーに向けると、呆れた様にため息を吐く。

 

「……分かった。少し休む」

 

「それが良い。んじゃ、俺は外で時間を潰すから連絡よろしくなウェイバー」

 

 ソファで横になるウェイバーを見ながら、俺は部屋を出て急足で時計塔の敷地外へと出る。本当に落ち着かないな此処は。さてと、時間までロンドン観光と行こうか。こうして、俺はウェイバーと共に魔眼蒐集列車で起きる事件に巻き込まれていくのだった。




カレン編も引き続き書いていきますので、両方とも楽しんで頂けると幸いです。


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友になった二人の事件簿2

書き出しが定まらない病を罹患してましたが、無事書けました。


「……奴はまだか?」

 

「先輩達からは連絡したと……」

 

 しきりに腕時計を確認しながらエルメロイII世は、未だにこの場に現れない馬鹿を待っていた。グレイはどうにかそんな彼を落ち着かせようとしているが、オロオロするばかりでどんな言葉をかければ良いか分からない。

 

「相変わらず貴方は、余裕がないですねぇエルメロイII世?その魔眼殺しの眼鏡、似合っていますよ」

 

「化野菱理!また君か……」

 

 そこに現れた蛇の如き、目の女性。時計塔、法政科に所属しており、数々の事件で腐れ縁とも呼べる間柄の化野。嫌味と共に言葉を投げかけるエルメロイII世に涼しい顔で笑みを浮かべる化野。見えない火花が一瞬散ったかと思うと、更なる人物がこの場に足を運び現れた。

 カツンカツンと足音を響かせ、現れる少女。白髪の髪をなびかせ、後ろに従える従者と共に歩く姿はその育ちの良さと共に気品を露わにしていた。だが、少しでも彼女に踏む込めばそれが虚勢である事は理解できるであろう。

 

「何処かのロードまで来ているかと思えば、噂の現代魔術科とはね」

 

「ご無沙汰していますレディ」

 

「ふーん、ノーリッジのお飾りでも私の顔は覚えていたって訳?オル「危ねぇぇ!!間に合った!!」ガ……誰よ?」

 

 天体科を率いるロードの家系、アニムスフィアのご令嬢。彼女の自己紹介を遮り現れたのは、軽く汗を浮かべながら何故か片手にドーナツ屋の印がされている箱を持った影辰であった。そんな彼を見ると同時にエルメロイII世は、彼に無言で近寄りその胸ぐらを掴む。

 

「お前は、今まで何をしていた!!なんで、ドーナツを買っているんだ!!」

 

「いやぁついつい、イギリス観光をしてしまってな。ほら、土産にドーナツも買ってあるから許してくれよ?な?」

 

「あのなぁむぐっ!?」

 

 まだ文句を言うべく口を開いたエルメロイII世の口に砂糖たっぷりのドーナツが放り込まれる。

 

「それ食って少しは栄養にしとけ。っと、悪いな。会話を遮ってしまって。お詫びにドーナツ食うか?」

 

 エルメロイII世の腕を外しながら、真横で得体の知れないモノを見ている様な視線を向けていたオルガマリーへとドーナツを差し出す影辰。時計塔の内部事情など知らない彼からしたら、ロードの一族とかそんなものは関係ない。そして、そういう大雑把な人間だと理解しているエルメロイII世は、諦めた顔でドーナツを食べ、グレイやカウレスは驚いた顔を浮かべ化野は面白そうに笑みを浮かべるのだった。

 

 暫く、ドーナツと影辰を交互に見てオルガマリーはその無礼にプルプルと震え出す。

 

「私は時計塔のロード、アニムスフィアの娘、オルガマリー・アニムスフィアよ!!少しは畏まったらどうなの!?」

 

「オルガマリーちゃんか。よろしく、俺はこいつの友人。衛宮影辰だ。はい、ドーナツ」

 

 話を聞いていたのかなんなのか。にこやかに挨拶をしながら手を取り、オルガマリーにドーナツを渡す。呆然と手渡されたイチゴ味のドーナツに視線を落とすオルガマリーを放置し、影辰はグレイとカウレスにドーナツを渡して行き、化野の前に立つ。

 

「私にもくれるのですか?」

 

「そのつもりだったんだけど、残念。売り切れ」

 

 空箱を見せて売り切れを示す。何個か予備を買ってはいたが、思ったよりエルメロイII世の人脈が広くその予備すら無くなってしまった。

 

「あら、見事に空っぽですね。もしかして狙ってやりました?」

 

「まさか!もしかして、友人を苦しめてる人へのささやかな仕返しとでも思いました?」

 

「可能性はゼロではないでしょう?とても、友人思いな人の様ですし」

 

「ウェイバーは友人ですからね。まぁ、次の機会がありましたら貴女の分も買っておきますよ化野さん」

 

「そうですか。えぇ、お願いしますね衛宮さん」

 

 何やら不穏な空気を醸し出す影辰と化野。初対面ではある2人だが、その名前はエルメロイII世から聞いていた。事件を通し、目を付けられ色々と胃痛の原因になっている事。神秘の世界で、魔術を用いず暴れる者として時計塔が監視しようとした時にあの手この手で誤魔化した友人との事。1度、会っておきたいと互いに思っていた2人だったが、どうやら相性は悪くなかったようだ。

 

「ンンッ!兎に角、今回の魔眼は私達、天体科が貰うからね!行くわよ、トリシャ」

 

「はいお嬢様」

 

 放置されていたオルガマリーが咳払いと共に再起動し、この場から逃げる様に宣言をし去って行く。その際、従者であるトリシャが影辰に視線を合わせ、お辞儀をしていった。それに手を振りながら影辰の耳には、「あ、意外に美味しい」という言葉が聞こえた。

 オルガマリーとその従者が離れてすぐに、灯りの灯っていなかった列車から光が溢れ、起動を知らせる汽笛と共に目の前の扉が開く。

 

「よし、行くぞ。影辰、いつまで化野と睨み合っている」

 

「ん?了解。今行く、ウェイバー」

 

 列車に乗り込む影辰達。様々な、思惑を乗せた魔眼蒐集列車。その行き先は、未だ誰の手の中にもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「乗ったは良いけど暇だな……」

 

 流れる景色を窓から眺める。ウェイバーの奴から聞いたが、この列車は線路の上ではなく霊脈の上を走っているとかなんとか。そのせいか、見える景色は人間の生活圏からは程遠く、綺麗ではあるがずっと見ていれば流石に飽きるというもの。列車の中で筋トレをする訳にもいかないしなぁ。

 

「乗ってる乗客と、運航に必要な人員以外不審者は特にいなかった……立ち入り禁止の場所や魔術で誤魔化していたら俺には分からないが」

 

 現状、ウェイバーの近くにはグレイちゃんや他の乗客も居る。聖遺物を盗んだとかいう奴が行動を起こすのにはリスクが高い。もし、俺が犯人なら列車そのものを壊す仕掛けか、闇討ち出来そうな場所に潜むと思い、暇潰しを理由にウェイバーから離れて調べていたが特に変なところはなかった。だが、どうにも監視されてる様な何とも言えない気持ちの悪さを感じる。あーくそ、せめて一般客も利用する列車ならこの気持ち悪さを辿っていくのもアリだったけど、魔術師ばっかりのこの列車でそれをしても意味がない。大抵、魔術師は気味が悪い気配を漂わせているからな。

 

「あぁ、漸く見つけました!」

 

「ん?」

 

「先ほど、先生の所に手紙が届いたんです。夕方に、貨物室に来いと」

 

 貨物室?さっき調べた限り特に不審な物も、人も無かったはず。護衛の立場からすれば、ホイホイとそんな所に行って欲しくはないが、アイツの事だ。唯一の手掛かりを追って貨物室に行くのだろう。なら、今の内にもう一度貨物室を調べておくとするか。

 

「分かった。教えてくれてありがとう」

 

「いえいえ、俺に出来る事なんてこれぐらいですから」

 

「そう謙遜するな。魔術を使えるだけ十分、俺より優れているよ。じゃあ、俺はもう一度貨物室を調べてくるから、ウェイバーにも伝えておいてくれ」

 

 そう言って俺は貨物室に向かった。丁寧に調べても、これといった成果は無く少なくとも俺が分かる範囲ではやはり此処にも何か仕掛けがあるとは言えないようだ。さてと……どうしたものか。完全に手掛かりが消えたな。

 

「キャァァァァァ!!」

 

「ッッ!?この声は!」

 

 貨物室を飛び出し、廊下を駆ける。既にウェイバーが来ており、俺も何が起きたか目撃することになる。いや、少し前から廊下を漂う嗅ぎ慣れた鉄臭い臭いで何が起きているかは理解していた。

 

「トリシャ!ねぇ、なんでこんな所で寝ているのよ!?」

 

 首のない死体を揺すりながら泣き噦るオルガマリーちゃんの姿を見ると同時に、俺は気配を断ち近寄り彼女を気絶させる。倒れる彼女が、血に触れない様に抱き上げると同時に、外に出ていた者達もこの場に合流した。

 

「お前の部屋で良いな?」

 

「あぁ、任せた」

 

 彼女の従者、確かトリシャさんと言ったな。俺がこの場に居ても出来ることはない。ウェイバーに死体の検死を任せ俺は、オルガマリーちゃんを部屋に運ぶ。犯人の狙いはこの子の可能性だってある以上1人には出来ない。盗人と、殺人……同じグループなのかそれぞれの目的があるのか……兎に角今は、彼女を守る事に専念しよう。

 




化野菱理さん、結構推しキャラです。

感想・批判お待ちしています。


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友になった二人の事件簿3

予定ではフェイカーとの戦闘まで行くはずだった。


 オルガマリーちゃんをベッドに寝かせ、近くの椅子に座る。些か、乱暴な手で気絶させた彼女の顔は、未だに零した涙で濡れていた。一体、何が目的で彼女の従者を殺したんだ犯人は。涙を拭いながら、犯人の目的に対して思考を回すが、オルガマリーちゃんにも被害者であるトリシャさんにも、俺は今日出会ったばかり。碌に会話もしていない人物の繋がりなんて、全く分からない。

 

「……ん……」

 

 眠っていたオルガマリーちゃんの目がゆっくりと開かれていく。最初は、頭も動いておらずボーッとした顔をしていたが、やがて状況を理解しトリシャさんが死んだ事を思い出したのか、目に涙を浮かべ怯えた顔で俺を見る。

 

「ヒッ……あ、貴方は……」

 

「俺は君に何もしないよ。さっきは、手荒ですまなかった」

 

 可能な限り、声を優しくし頭を下げる。暫く、無言でオルガマリーちゃんに頭を下げる時間が続き、決心をした彼女が口を開いた。

 

「顔を上げてちょうだい。貴方に私を害する気がないのは分かったから」

 

 その言葉を聞き、俺は頭を上げる。視界に映る彼女は自らの手で溢れかけていた涙を拭っており、目元を僅かに赤くしながらも怯えを押し殺し、気丈に振る舞っていた。……強い子だな君は。

 

「その様子を見る限り、全部覚えているんだね?」

 

「……えぇ。トリシャが殺され、検死も何もせずただ泣き噦る私を貴方が、気絶させて連れてきた。そして、トリシャを殺した犯人が私を殺すかもしれないから、ずっと側に居てくれた。違う?」

 

「この短時間でよく分かるね。でも、君がトリシャさんを検死出来なかった事を悔やむ必要はない。そっちはウェ……ロードエルメロイII世が引き継いだだろうし、何より君は大切な従者を失ったんだ。冷静に行動できないのは当然だよ」

 

 大切な人が死んでるのを目撃して、冷静に動ける人間は決して多くない。そんなのは、俺や切嗣の様に心を殺すことが身近にありそれを生業としてきた人間くらいだ。そんなの目の前にいる12歳ぐらいの少女が出来て良い芸当ではない。

 

「本当は私がやるべきだったのよ!!犯人が残した痕跡が、すぐに消える様なものだったら私しか検死するタイミングはなかった!それに、魔術師が身近な人1人失ったぐらいで取り乱してたら、失格よ……そうよ……私は魔術師失格だからお父様にも……」

 

 徐々に声を窄めていきながらオルガマリーちゃんは、自分を責める。ただでさえ、傷つきボロボロな心を自らの手で更に傷付けていく。

 

「俺は魔術を扱えないから、多分きっと君の悩みの殆どは理解できない」

 

「……何よ。理解できないから私に何も言うなって言いたいの?」

 

「違う。魔術師からは縁遠い俺は、君のその大切な人を失ったことに対する悲しみも、その時に自分が何も出来なかった悔しさも理解できる。俺にもそういう経験があるからな。そしてその感情は魔術師として失格なのかもしれないけど、人として失ってはいけないものだ。君は、いずれ時計塔のロードとして人の上に立つ人間だ。きっと、君の元には多くの人が集まるだろう。その中には、悩みを抱えた人間だって居るはずだ。そんな人間に何かを言う時に自分の痛みすら分からなくなった人間に何が言える?」

 

「それは……でも……」

 

 第四次聖杯戦争で、俺は己の無力さを知った。たかが10歳程度の子供に何が出来たのかと問われれば、何も出来なくて当然なのだがアイリスフィールを失い、切嗣は願いを叶える事も出来ずただ静かに息を引き取った。もし、俺がもっと何か出来ていればと悔やみ続けている。だからこそ、今、オルガマリーちゃんが感じている無力感や悔しさは理解できた。

 

「オルガマリー・アニムスフィア」

 

「ッッ……何よ」

 

「もし、君がトリシャさんの死の真相を突き止めたいのなら、俺やエルメロイII世を頼ってくれ。俺は荒事が得意だし、エルメロイII世は知っての通り数々の事件を解決している。きっと、君の力になるだろう」

 

 そう言うと驚いた様に俺の顔を見るオルガマリーちゃん。余程、俺の言葉が予想外だったのだろう。

 

「なんで……出会ったばかりの人にそこまで入れ込むのよ?」

 

「なんでってそりゃ、君が子供で俺は大人だからだ。未来ある子供の助けをするのは、当たり前だろう?」

 

 まぁ、本当は君にイリヤの姿を重ねてしまったのもあるんだけど。それでも放った言葉に嘘偽りはない。次代を担う子供は大切だし、オルガマリーちゃんの様に溜め込んでしまう子なら特に、大人の手助けが必要だと俺は思う。

 

「……」

 

 俺の返事を聞いて黙り込んでしまったオルガマリーちゃん。どうしたものか……とりあえず、目を覚ました事だしウェイバーの奴を呼んでくるか。俺は椅子から立ち上がり、エルメロイII世を呼んでくると彼女に伝えて部屋の外へ向かう。扉に手を掛けたところで後ろから消え入る様な声で話しかけられた。

 

「手伝いの件……考えておくわ」

 

「ん。今はそれで十分」

 

 あとはウェイバーの奴に任せよう。部屋を出て、不審な人物や気配がしない事を確かめた俺は、ウェイバーが居るであろう事件現場へと足を運ぶ。どうやら、一通り確認は終わった様で俺が入るとウェイバーは、カラボー神父と話をしていた。

 

「オルガマリーちゃんが目を覚ましたぞ」

 

「分かった私達も向かうとしよう。お前はどうする?」

 

「俺は少し知り合いと話す時間を貰おうかな」

 

 そう言って俺はカラボー神父を見る。彼も俺の視線に気がつき、無言で頷いてくれた。

 

「……お前の人脈が末恐ろしいよ」

 

「お前も大概だと思うぞ。って、早く行ってやれ。確認はしてきたが、時間をかけ過ぎると彼女の身が危ない」

 

「そうだな」

 

 ウェイバー達が部屋を出ていき、この部屋には俺とカラボー神父、そして、化野の合計3人となった。……いや、出てけよ化野。視線で訴えれば綺麗な笑みで返された。この野郎……

 

「お久しぶりです。カラボーさん」

 

「息災か?影辰くん」

 

「はい。その節はお世話になりました」

 

 カラボーさんには、2年前と出会っている。言峰から1週間の間、特別講師を用意したと言われその時の相手がカラボーさんだったのだ。高齢ではあるはずなのだが、そんなのを感じさせない動きと熟達された武を存分に味合わせてくれた。

 

「そう畏まるな。頼まれたから手伝っただけに過ぎん」

 

「相変わらず謙虚ですね。ところで、この列車に乗られたのはやはり?」

 

「あぁ。この魔眼を摘出する為だ。まさか、こんな事件に巻き込まれるとは思っていなかったよ。あの少女の様子はどうかね?」

 

「強い子ですよあの子は。俺を見て、一度は泣きましたがそれでも気丈に振る舞っています。少々溜め込むきらいがありますが、自分なりにガス抜きはしておきました。しかし……カラボーさんでもトリシャさんを殺した犯人は分かりませんでしたか」

 

 此処でウェイバーと話していた辺り、カラボーさんの魔眼、過去を見る能力でも犯人は分からなかったのだろう。

 

「あぁ。ロードの話を聞く限り、トリシャ・フェローズは未来視の魔眼を持っていた様だが、抵抗する素振りもなく殺されている辺り、犯人は過去からも未来からも見えない存在らしい」

 

「なるほど……」

 

 過去視でも、未来視でも見えない犯人……駄目だ、魔眼も魔術もよく知らん俺が幾ら考えても無駄だろう。とは言え、そんな不可視の犯人がまた行動を起こさないとは限らない。俺は兎も角、ウェイバー達に被害が出るのは避けたいな。

 

「化野さん、1つ質問しても良いですか?」

 

「えぇ。構いませんよ、私にお答えできる事であればですけど」

 

 ニコニコと笑みを浮かべながら答える化野。なーんか、この人苦手というかなんというか。謀略とか大好物でしょこの人。もうそういうのはお腹いっぱいなんで可能ならお関わり合いにはなりたくないけど、ウェイバーが接してる以上逃げれないんだよなぁ。

 

「魔眼ってのは、その眼鏡みたいに対策する術がありますよね?そんな感じで、過去視や未来視で見ることになる光景を誤魔化したり改変したりするそんな魔術や道具ってあったりするんですかね?」

 

「……不可能と言い切るのは難しいですね。魔眼はそれ単品で魔術回路を有するもの。視るだけで、本来詠唱が必要な魔術の代わりやそれ以上の結果を起こせる特殊な魔術刻印の様なものと思って頂ければお分かりになるかと。明らかに魔術とはかけ離れていますが、手間を掛ければ同じ現象を魔術で起こす事も可能でしょう。その為、卓越した魔術師であれば衛宮さんが言った魔眼すら騙し切る何かがあるかもしれませんね」 

 

 なるほど……こいつがアッサリと簡単に教える辺り今回の犯人はこの手法を使った訳ではないのだろう。もちろん、卓越した魔術師であれば誤魔化す事も可能と言った事にも嘘偽りはないだろう。こちらを値踏みする様な視線……直接的な犯人が化野や化野の手下ではないにしろ何か目的があるのは確かか。こんなのを毎回、考える職場にいるのかウェイバーの奴、凄いな。俺だったら半日で胃がやられそうだ。

 

「なるほど……教えてくださりありがとうございます。参考になりましたよ化野さん」

 

「それは良かったです」

 

「はぁ……では、俺はこれで失礼します。カラボーさん」

 

「そうか。くれぐれも気を抜くなよ」

 

「はい」

 

 俺が部屋を出ると化野も一緒に部屋を出てきた。思わず顔を顰めると、笑みを浮かべたまま立ち去っていく。さてと……夕方までする事ないなウェイバーの部屋にでも行くか。そう思い、俺が部屋に戻るとそこにウェイバーは居らず、グレイちゃんからオルガマリーちゃんの為に部屋を用意する様に車掌に頼んでくると外に出た様だ。あいつ、護衛される気ある???

 

「まぁ良いや。じゃあ、ちょっと時間あるしチェスでもする?オルガマリーちゃん」

 

「……どうせ、嫌だと言っても聞かないでしょう貴方」

 

「ご名答。じゃあ、時間潰しに一局」

 

 そんな感じで夕方になるまで俺は、オルガマリーちゃんとチェスに興じた。戦績?全敗ですよ、いやぁ敵陣に入った駒が悉く取られていくのはもう乾いた笑いしか出なかったよね。そんな感じで、時間を潰していると空はオレンジに染まった。さてと、お仕事の時間と行こうか。 




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友になった二人の事件簿4

ウェイバーのメンタルケア担当みたいになってるな影辰?


 定刻となり俺とウェイバー、グレイちゃんの3人は貨物室の外まで来ていた。相変わらずの平原は眺めていても飽きるなぁ。

 

「外部への脱出は不可能か」

 

「そうなのですか師匠?」

 

「おいおい、外は目と鼻の先だぞ?冗談だろウェイバー」

 

 手を伸ばせばそこには風を感じられるし、その気になれば手摺りなんて簡単に攀じ登れる代物だ。何処をどう見ても脱出が不可能には見えない。が、そういやこの列車は魔術的な存在だったか。となれば、見えてる景色が合ってる保証もないな。

 

「この列車は半ば異界化している。だからこその招待状だ。つまり、こちらから招待状を使って門を形成させてやれば……」

 

「その講義は俺たちに必要か?ウェイバー……」

 

「む。すまん」

 

 呆れた声で注意をすればウェイバーが謝罪をする。職業病ってやつか?それとも教師って奴は講義はするチャンスを伺って……どうやらウェイバーをここに呼んだ奴が来たようだな。灰錠を起動させ、列車の上へと飛び上がり、空を睨む。殺気も気配もだだ漏れ……少なくとも暗殺を得手とする奴が相手ではなさそうだな。

 

「……ほぅ。事前に私の気配に気が付いたか。願うのならお前が征服王のマスターであって欲しいが……違うな」

 

 空が曇り赤い雷と共に一人……いいや、この気配はサーヴァントか。ウェーブのかかった黒髪に、赤い革鎧を纏った戦士であり、右目が黒、左目が青の瞳をしているのが特徴的だ。

 

「ご名答。魔術も使えないただの人間さ。征服王のマスターだったのはこいつだ」

 

 そう言って俺は後ろにいるグレイちゃんの支援のもと上がってきたウェイバーを指差す。……あのさ、ウェイバー?もう少し身体鍛えたらどう?

 サーヴァントは俺に向けていた比較的、好意的な視線を呆れの混ざった失望の眼差しに変えた。どうやら、彼女のお眼鏡にウェイバーは叶わなかったようだ。ふっ、こいつ人を見る目ないな。

 

「貴方が師匠から聖遺物を盗んだ犯人ですか!」

 

「その盗賊の郎党ではあるな」

 

「じゃあ返して!」

 

 飛び出そうとするグレイちゃんを手で止めると同時にウェイバーもグレイの名を呼び制止した。後ろ目で見てやれば、目の前の存在を理解できないという顔だ。何を考えているのか俺にも分かる。盗んだ聖遺物で呼ばれたのであれば、当然征服王に連なる者であろう。だが、あの征服王の宝具の中に俺は目の前のサーヴァントの顔を見た記憶はないのだ。俺はともかく、臣下として征服王を慕っているウェイバーからしたら知らない顔というだけでショックだろう。

 

「……お前は誰だ?」

 

「ふーん、気に入らない顔だな。ケチ、せせこましい、暗くて偏屈、寝起きが悪い。さも苦労人でございって顔をしているくせに終われば一番事態をかき回している……どうだ?当たっているだろう?」

 

 おぉ、凄い見事に当たってる。さっき、見る目ないって言ったことを少しだけ心の中で詫びておくよ。でもまぁ、少しばかり言葉が足りないから足してやるとしようか。

 

「ついでに言うなら、諦めが悪く魔術師らしくないお人好しで意志が強い。例え、その道がどれだけ厳しいと理解していても、辿り着くと決めた場所で立つために努力を惜しまない稀有な人間ってのも追加しておこうか」

 

 いくら王に忠誠を誓ったからと言ってその為に全力で動ける人間がどれだけの数いる?しかも、その人の目があるのならまだしもウェイバーを監視することを征服王は出来ない。既にこの世に居ない存在なのだから。頑張ることを辞めても咎める人間は居ないという状況で、どれだけの人間がその足を止めずにいられるのだろうか。

 

「まぁ、それが良い方向に転がるかは知らないけど」

 

「……褒めるか貶すかどっちかにしろ馬鹿者」

 

 少しだけ顔色が良くなったか。まぁ、予想外の相手で動揺するのは仕方ないけども。意志が強いのにメンタル弱いよなぁこいつ。

 

「ふん。まぁ良い、それで?お前はお友達に庇われるだけで何も言わない臆病者か?」

 

「……そうだな。お前のいう通り、私は臆病者だ。だが、今此処で、あの王の臣下の1人として引き下がって良い場面ではないな。答えろ、貴様は何者だ」

 

 宣言と共にサーヴァントを睨みつけるウェイバー。その顔からはとりあえず動揺が消えており、一先ず安心としておこう。ウェイバーに割いていた意識をサーヴァントに向けて、臨戦体制を取っておく。どうも臣下という言葉を聞いてからサーヴァントの雰囲気が荒々しくなった。これはいつ仕掛けてきてもおかしくないと勘が告げている。

 

「臣下だと……貴様が?……下らないな!

 貴様を呼んだのは私の興味を優先して貰ったからだ。だが、その甲斐はまるで無かったな。こんなのはもううんざりだ!!」

 

 腰に装備されていた短剣を勢いよく引き抜くサーヴァントの動きを見ると同時に、距離を詰めて殴りかかり、灰錠と短剣がぶつかり火花を散らす。刀身には俺の顔が、灰錠の表面にはサーヴァントの顔が火花によって映し出された。

 

「ほぅ?戦士の顔だなお前」

 

「くっ……サーヴァントと真正面からぶつかるのはやっぱり、不利だな……という訳で任したグレイちゃん!」

 

「はァァ!」

 

 俺の背後から鎌を手に飛び出すグレイちゃん。視界に捉えていなかったのか驚きの表情を浮かべながら、後ろに飛び退くサーヴァント。仕掛けは単純。飛び出すグレイちゃんより早く、俺がサーヴァントとぶつかり合い俺の身体でグレイちゃんを隠す。そして、声による合図と共に攻撃して貰った訳だ。即席の連携としては良い方だろう。

 

「逃すか!」

 

 追撃のために俺とグレイちゃんは同時に駆け出す。その瞬間、両目の色が変わったサーヴァントが真っ直ぐ俺達を見ると同時に、俺の身体は一瞬動きが鈍り、グレイちゃんは完全に立ち止まってしまった。精彩を欠いた動きでサーヴァントを捉えられる訳がなく、俺は左肩から斜めに大きく斬られてしまい、蹴り飛ばされ列車の上を転がる。同時に雷も食らったか?身体の動きが鈍い……

 

「強制の魔眼に抗うとはな……だが、お前も戦士なら一瞬の隙が勝敗を分けると理解しているだろう。残念だ、お前があの男の友人で無いのならその命を救っても良かったが」

 

 サーヴァントは俺を貶しながら歩いていく。どうやらグレイちゃんを操ってウェイバーを殺させたいらしい。幸いな事にウェイバーは魔眼殺しの眼鏡によって影響を受けていないが、視界の先でグレイちゃんの持つ鎌がゆっくりと持ち上がっていくのが見える。ああくそ、傷は塞がったけど雷撃のダメージが抜けない……ほぼ全身に影響が出てるから回復が遅いのか?

 

「ほぅ?その鎌で魔術回路を洗浄したか。良くやる!?」

 

 動けるようになった俺の蹴りを避けるサーヴァント。チッ、油断してる今がチャンスだと思ったんだがな。

 

「お前……!」

 

「グレイちゃん!!」

 

 俺の方を見たと同時にグレイちゃんがサーヴァントに向けて走り出す。だが、僅かに遅い。ウェイバーの方を向いていたこともあり、グレイちゃんの攻撃はサーヴァントに届くことなく、サーヴァント目掛けて落雷が起きる。咄嗟に後ろに飛び退いた俺の視線の先には、骨で作られた戦車と翼竜が現れていた。間違いなく、宝具だろう。

 

「あれは……神威の車輪(ゴルディアス・ホイール)!?」

 

「師匠アレは……」

 

「イスカンダルの宝具だ!」

 

 やっぱり宝具か。完全に攻撃が届かない空へと飛んでいくサーヴァントを見送る事しか出来ない。今はウェイバー達を避難させるのが先か。彼らの方へ走り出すと同時に背後から迫る圧を感じる。あぁ、戦車となれば轢き殺すのが当たり前か!?

 

「我が名はへファイスティオン!史上最も偉大なる征服王、イスカンダルの第一の腹心なり!」

 

 真名をバラした!?そんなところまで征服王とそっくりかよ!!というか間に合ねぇ……あいつらを安全に逃すだけの時間がない。初撃を飛び退き、列車の淵を掴む事で避ける。ウェイバーは……グレイちゃんが機転を効かせたお陰で無事か。だが、今のは様子見。次が本気だ。

 

「逃げろ!!ウェイバー!!」

 

 この身を盾にする事ももはや叶わない。せめてもの抵抗として叫ぶが、視界の先ではウェイバーが覚悟を決めた顔で一歩前に出ていた。ああくそ、あいつ無茶をやる気だ。

 

「貴様にイスカンダルの臣下足る資格があるものか!」

 

 ……なら、護衛を頼まれた俺が無茶をしない訳にはいかないよな。ウェイバーを視線を合わせ、俺が今からやる事を気にせず、お前の責務を果たせと伝える。それにウェイバーが小さく頷いたのを確認し、身を屈め、脳のリミッターを外す。後は、タイミングを合わせるだけという得意分野だ。へファイスティオンの動きを目で追いながら、狙ったところへ跳躍。

 

「それを決めるのはお前じゃねぇ!!」

 

 全身に雷を受けながらへファイスティオンの顔面を勢いよく殴ると同時に、視界が光に包まれる。気がつくと俺は列車の出っ張りに引っ掛かっており、落下等を免れていた。奇跡的なバランスだなこれ……

 

「あー……負けたな。ちくしょう」

 

 雲が消え、星が顔を覗かせた夜空を眺めながら自身の敗北を理解する。あの時、へファイスティオンは避けられる筈の俺の攻撃を笑みと共に受けた。あれはただ、最後の抵抗を受け入れた勝者の顔だった。そりゃそうだ、宝具に突っ込むアホなんて歯牙にも掛けないだろうよ。ウェイバーが何かをしてなければ、俺は雷で炭になっていただろうし。

 

「というか……誰かーーー!!回収してくれーー!!」

 

 この数時間後、魔眼蒐集列車のスタッフである女性に無事、回収されましたとさ。眼帯で見えなかったけど、絶対呆れてたよねあの人。部屋に戻るとウェイバーが背中の火傷を治療して貰っていた。意識はないようだが、パナケアとかいう塗り薬をオルガマリーちゃんから貰い、命に別状はないようだ。

 

「そう言えば影辰さんは、怪我大丈夫なんですか?」

 

「ん?あぁ、そうか知らなかったよね。見ての通り、無事だよ。再生力には自信があるからね」

 

「……本当に傷が一つもありませんね」

 

「ん。まぁ、疲れたから流石に休ませて貰うよ。ごめんね、ウェイバーを守りきれなくて」

 

 そう言ってフードの上からグレイちゃんの頭を撫でた後、適当にソファの上で横になり、俺は意識を手放したのだった。




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友になった二人の事件簿5

「起きなさい!いい加減、貴方達に何があったのか教えなさいよ」

 

「グェ!?」

 

「あわわ……オルガマリーさん、もう少し慎重に……」

 

 ソファでぐっすり眠っていた影辰さんがオルガマリーさんに引っ張られ、床に落下した。何度か呼びかけても起きませんでしたが、もう少し優しい起こし方があったのではないでしょうか……机に頭をぶつけてジタバタしていた影辰さんでしたが暫くしてのっそりと起き上がりました。

 

「ふわぁ……おはようみんな」

 

「おはようじゃないわよ全く……」

 

 影辰さんが寝ていた場所にオルガマリーさんが座り、拙とカウレスさんは影辰さんに促され、彼女の対面に座った。影辰さんはというと、立ったままカウレスさんの椅子に寄りかかっていた。疲れが抜けていないのなら拙達に譲らず、ご自身で座れば良いのに。

 

「気にしなくて良いよグレイちゃん。今この中で外敵に即、対処可能な人間が立ってるのは当然のことだから」

 

「え、えっと分かりました」

 

 考えている事がバレてしまいました。笑顔で手を振る影辰さんをオルガマリーさんが咳払いで注意し、話が始まった。拙達は、師匠と既に傷はありませんが影辰さんをあんな目にした下手人がサーヴァントである事を伝えました。聖杯戦争でもない場所でサーヴァントが姿を現している事にオルガマリーさんはとても驚いていました。

 

「そうなると益々無関係では居られないわね」

 

「え?」

 

「「サーヴァントが居るのなら召喚したマスターがいる」……ちょっと、言葉を被さないでくれる?」

 

「ハハッ、ごめんごめん。なんか言いたくなってね」

 

 オルガマリーさんと影辰さんが同時にマスターの存在を明かす。そうでした、召喚したサーヴァントにはマスターが魔力を注ぐ必要がある。そうしなければ、現代を生きる存在ではないサーヴァントは消えてしまう。

 

「そのマスターがトリシャを殺した犯人かもしれない……というか、貴方魔術師でもないのによく知ってるのね?」

 

「俺も聖杯戦争の関係者だったからな。というか、ウェイバーと知り合ったのがそこだ」

 

「え!?そうだったんですか!?」

 

 師匠からは古くからの友人とは聞いていましたが、同じ聖杯戦争の参加者だったとは……もしかして拙の顔を見た時に気まずそうに顔を逸らしたのと関係があるんでしょうか。

 

「魔術も使えない人間が?」

 

「ウェイバーと違ってマスター枠じゃないぞ。とあるマスターの道具として参加していただけさ。っと、俺の過去話は暇な時にいくらでもするよ、そんな事よりへファイスティオンに関してだが、奴のクラスは不明。真名に聞き覚えがある人はいるか?」

 

 誰も手をあげる人はいない。オルガマリーさんですら知らないとなると、無名に等しい英霊なのでしょうか。

 

「……征服王の臣下である事だけは確か。なら、盗まれた聖遺物もマスターが所持していると見て間違い無いだろう」

 

「なるほど。やっぱり、貴方達は魔眼を求めて列車に乗ったわけではないのね」

 

「あぁ」

 

 影辰さんが返事を返すと同時に外に視線を向けると、列車が大きく揺れる。拙は慌てて、ベッドで眠る師匠を支えに行く。揺れが落ち着くと同時に放送が入り、列車がアインナッシュの仔という場所に入った事を伝える。……何処なんでしょう?

 

「……グレイちゃん。これを渡しておく」

 

 近寄っていた影辰さんが黒い端末を拙に渡してくる。

 

「これは……通信機?」

 

「そうだ。通話ボタンを押すだけで、俺の持つ端末に繋がるように設定されている。何かあれば、すぐに連絡してくれ」

 

「わ、分かりました。何処かに行くんですか?」

 

「列車を再び調べ直す。状況が変わったのなら、このタイミングで何かを仕掛けるかもしれない。トリシャさんの殺害、列車の行き先変更……犯人はどうにもウェイバー個人を狙っているとは思えない。纏めて消せれば、満足なのか……何にしろ、不審な人物や仕掛けがないか調べてくる」

 

 そう言って彼は足速に部屋を出て行ってしまった。そのすぐ後にオルガマリーさんも自室に戻ると言い、拙とカウレスさんだけが部屋に残る事になりました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……外は極寒。序でに化け物も一緒か」

 

 視線の先で黒い木を焼き払おうとした魔術師3人が串刺しにされ、消えて行った。完全に列車は立ち往生……串刺しにされた魔術師以外に外に出ている者もいない。列車の外壁、視認可能な線路に爆薬の類もなしか。

 

「ウェイバーを狙ってる訳ではないのか?……そういや、へファイスティオンがウェイバーを呼んだのは個人的な興味がどうとか言っていたな。なら、何が目的だ。トリシャさんの魔眼を奪い、化け物の巣窟に列車を誘導」

 

 なら森そのものに狙いがあるのか?なら、少しばかり森の方に足を進めるか。ほんの少しばかり奥に進んだ直後だった。顔を傾けると黒い木がそこを抜けていった。はぁぁ……俺は別に何もしてないだろうに。聖杯戦争の泥にでも反応してるのか?ただ侵入しただけで、外敵扱いとは。死徒の仔というのも器が狭いな。

 

「いや、ただでさえ有利に立ち回れる相手に対して、更に追い込んでから攻めるお前の方が器が小さいと蔑むべきか?」

 

「勘違いして貰っては困るな。別に私はコイツらの味方という訳ではない。条件は同じさ」

 

「人間とサーヴァントの性能差を見なければな」

 

 灰錠を起動させ、構える。四方を取り囲むアインナッシュの仔に正面にはサーヴァントか。とんだ悪条件での戦いだなおい。即座に戦いは始まると思ったが、へファイスティオンは未だ武器を構えずこちらを真っ直ぐと見ている。なんだ、また魔眼でも使うつもりか?

 

「1つ、お前に聞きたい事がある」

 

「なんだ?」

 

「お前は我が王の背中に何を見た?」

 

 ……これはまた予想外な質問をされたものだな。とりあえず、警戒すべき相手の中からへファイスティオンを外し、思い出すは酒宴の最後に見たイスカンダルの宝具だ。

 

『王とはッ──誰よりも鮮烈に生き、諸人を魅せる姿を指す言葉!』

 

 切嗣の道具として生きている俺でもあの背を見た時は、胸に熱が宿りその背中の行き先に羨望を抱いた。数多の勇者の羨望を束ね、見果てぬ夢への駆け抜けた1人の王。同じ男として憧れる気持ちがない訳ではない。だが、それでも俺はあの王の背中に続く道は選ばなかった。

 

「呑まれるほどの夢を見た。間違いなく、あの王は人を率い魅了する力に満ちていた」

 

「だが、お前はあの男と違いその背に続くことはなかった」

 

「あぁ。既に俺には歩むべき道があった、例え道具として使い潰されようとも勝利に導かねばならない相手がいたその人を裏切る真似は出来ない。それに──」

 

 俺を刺し貫こうと四方から黒い木が迫る。それらを叩き落としたり、掴んで避ける。その際にへし折っておいた枝をへファイスティオンに向けて投げるが、当然短剣で弾かれる。

 

「──あの王の理想と俺の理想は合わない。それが一番大きな理由だ」

 

「ふっ──そうか」

 

 その返答を以って俺たちは同時に相手に向かって走り出す。邪魔をする黒い木を弾いたり、折ったり、雷を落としたりしながら俺たちの距離はゼロとなり、真っ直ぐ突き出した俺の手刀はへファイスティオンの喉元に。へファイスティオンの短剣は俺の心臓に突きつけられた。

 

 へファイスティオンは笑みを浮かべ、俺は変わらず無表情で睨み合った後、互いに命を奪う凶器を弾く。至近距離のこの状況であれば、へファイスティオンが短剣を振り直すより早く、俺の拳が霊核を砕く。だが、物事はそう上手く進まない。

 

「ッッ!?」

 

 身体が一瞬硬直する。魔眼による拘束だ、即座に動けるようになるがその隙に短剣は引き戻され、俺の頭蓋を真っ二つにしようと振り下ろされるのを蹴り飛ばす事で阻止する。追いかけながら足元の雪を片手でかき集めながら距離を詰め、再び魔眼が使われるより早く雪を投げる。

 

「視界潰しか。考えたな!だが、所詮は浅知恵だな」

 

 近寄れないように落雷が降り注ぎ、回避を強制させられる。それならと跳躍し、アインナッシュの仔を足場にする。勿論、その場で立ち止まるなどという愚を起こさず、次のアインナッシュの仔へと飛び移り、それを繰り返していく。

 

「私からの視線が通らない様にするのは良いが、どうやって攻撃をするつもりだ?」

 

 そう質問するへファイスティオンへとへし折った枝を次々に投げつけていく。当然、枝がヘファイスティオンを貫く事はない。

 

「さぁさぁ、次はどうする!!」

 

「そう急かすな。すぐに見せてやる」

 

 木から飛び出し、俺は本来何もないはずの空中で方向転換し、へファイスティオンへ向けて勢いよく落下していく。魔術師でもない人間が空中で切り返した事に不意を突かれたへファイスティオンは、短剣での迎撃ではなく雷を選んだ。空から雷が落ちると同時に、俺は懐から枝を俺より高い空中へと放り投げ、そこに雷を誘導する。

 

「その頭蓋、砕かせて貰うぞ。へファイスティオン!」

 

 振りかぶった拳に感触はなく、ただ雪の冷たさだけが伝わってきた。……霊体化。あのサーヴァントが進んでやった訳ではないな。恐らく、マスターの令呪か横知恵か。

 

「さてと……アインナッシュの仔に殺される前に戻るとするか……」

 

 空中で何本もの枝が折り重なっているのを見ながら急いでこの場を離れる。枝を折りまくって、キレるのを狙ったけどそれなり上手くいって良かったな。失敗したら、俺が串刺しにされてたけど。攻撃してくるアインナッシュの仔を避けながら列車に戻るとそこにグレイちゃんの姿はなかった。部屋にいた男に話を聞けばどうやら、カラボー神父達と共にアインナッシュの仔を退かすために霊脈巡りに向かったという。

 

「なるほど……つまり、二人きりって訳か」

 

「そうなりますね……」

 

「偽り続けるというのも面倒だろうに」

 

「……はい?」

 

 適当に座って持ってきた新聞を読む。今ここで争うつもりはないという意思表示だ。

 

「汚職政治家の記事だよ。さっき、目に入ってね」

 

「あぁ……なるほど」

 

 何にしろウェイバーが起きなければどうにもならないな。やがて、カラボー神父達の作戦が成功したのか列車が動き出す。何故かそのメンツの中に乗った直後には居なかった筈のメルヴィンがいる事に驚いたが、それよりもグレイちゃんがスノボーの要領で戻ってきたのが印象的だった。

 




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友になった二人の事件簿6

話が進まねぇ!
謎解きになると、口を挟む余地のない男影辰。ウェイバーくんの推理などを全部見たい人は原作へGo!


 列車に戻ってすぐに化野の奴に呼び集められ、今回の事件に関する推理を聞かされた。どうせ、こういう輩の推理は状況を掻き回したり、真相とは関係のない化野自身の目的があったりなど。どちらにしろ真相を騙るという茶番劇に過ぎないと俺は、一番離れたところで腕を組みながら化野の話を聞いていた。奴は、今回の事件と似ているロンドンで起きた魔眼目的だと思われる殺人事件を説明し、その調査に聖堂教会からカラボー神父が派遣。その魔眼の真価が見た事象を記録し、現実の世界に浮かび上がらせるものと説明した。

 

「……予めトリシャ・フェローズが座るであろう場所に斬撃を記憶させておき、あのタイミングで実行したと。確かに今と過去からの斬撃であれば未来視では予見出来ない可能性が高いのか」

 

「えぇ。そうです衛宮さん」

 

「聞こえてるんかい……」

 

 笑顔で俺を見てきた化野の地獄耳に呆れる。それなりに距離離れてるんだがな。林檎を片手に推理を進めていく化野。確かにカラボー神父の魔眼の能力が化野の言う通りなら、辻褄が合う推理だと思える。

 

「待ってほしい!Ms.化野、貴女の推理には些か疑問がある」

 

 漸く起きたか寝坊助。グレイちゃんに連れて来られたウェイバーは、化野の推理の疑問点を次々と挙げていき、その中に一つ俺も気になっていた事があった。そう、あの魔眼が本当に過去の出来事を現実に浮かび上がらせるものなのかどうかだ。それをウェイバーが指摘してもなお、化野の顔に揺らぎはない。あぁ……本当に嫌な奴だ。

 

『その魔眼であれば可能でしょう』

 

 魔眼のプロフェッショナルと言える魔眼蒐集列車の支配人代行が、カラボー神父の魔眼の力を肯定した。この時間すら見定めて推理を始めたのだろう化野は。そして、そのままカラボー神父の魔眼は摘出され、『泡影の魔眼』として行われるオークションの商品とされる事になった。

 

「ところで皆さん、出ていきましたけど貴方は宜しいのですか?衛宮さん」

 

「残ってるのは謎解き。それは俺の仕事じゃない、そうだろう?化野」

 

 軽く睨みつける様に視線を化野に飛ばすと彼女はにこりと微笑みを返した。それなりに殺気も込めたが、時計塔で揉まれているだけあって揺らぐ気配も無しか。まぁ良い、それが目的じゃないのだから。

 

「まぁ怖い。そっちが本当の貴方ですか?」

 

「こっちも俺だよ。人は誰しも仮面を持つ、ただそれだけの話さ」

 

「なるほど。それで、ワトソンが私に何か用件でも?」

 

 ワトソンって……あぁ、ウェイバーの奴が名探偵だからホームズ。その相方って意味でワトソンか?俺がそんな役柄に見えるかね。良くて、モリアーティ教授の右腕、モラン大佐がだろうよ。

 林檎を片手に彼女の横に並び立つ。横目で化野の視線を合わせ、素手で林檎を半分に割り片方を渡す。

 

「何が狙いだ?俺でも突っ込める程度の穴だらけの推理を披露してまで何を考えている」

 

「それをお話しして何か私に得がありますの?」

 

「この場で首が折れずに済むかもしれないな」

 

「まぁ……そうですね、私が望む結果に彼が辿り着くのであれば貴方達に害を与えるつもりはありませんとだけ。私が進んで害を与えようとするのと、貴方達が勝手に突撃するのはまた別問題ですので、その件で私を責めるのは辞めてくださいね?」

 

「……そう。なら、結局ウェイバーの奴を信じるしかない訳か。話は以上だ、無駄な時間を取らせたな化野」

 

 林檎を齧りながら俺はその場を去る。ウェイバー達は……多分、オルガマリーちゃんの所だろう。現状、謎解きをするのであればトリシャ・フェローズに関して調べるのが一番だ。もし居なきゃ、またチェスの相手でもして貰おう。

 

 

 

 

「……隠し事をすれば本当に首を折るつもりでしたね彼」

 

 誰も居なくなった部屋でそっと化野は自身の手を首元に当てる。何処となく気が抜けた一般人を装っていた影辰の裏側には何かあると思っていた彼女だが、これほどのものを秘めていたとは思っていなかった。信用を得るため、近づいてくる彼に対し何もせず懐まで入れたが返事一つで運命が変わる危ない橋を渡ったものだと自身に対して僅かばかり呆れる。

 

「衛宮……魔術師殺しの男の道具。今一度、調べるぐらいはしておきましょうか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー……タイミング悪かったか?」

 

「お前はこうどうして……はぁ、まぁ良い。それでどうする?オルガマリー」

 

 部屋に入った直後、ウェイバーが「世界に向かって証明したくないか」っと格好つけている所に出くわしてしまった。いやいや、ごめんて。だって、ここの扉防音か知らないが、余程大きな声を出さない限り外に漏れないんだって。お前が格好つけている場面だと思わないじゃん。

 

「……良いわ。でもこれは取引よ、貴方がただのオルガマリーを必要としたのならソレに応えてあげるロードエルメロイII世」

 

「あぁ。分かっている」

 

 おぉ、良かった良かった。やっぱりあとはウェイバーに任せておいて良かった……ん?なんでこっちに向かって歩いてくるんだ?オルガマリーちゃん。俺の目の前まで来てじっと俺を見つめるオルガマリーちゃん。

 

「えーと……何か?」

 

「貴方も、私を手伝ってくれるんでしょう?報酬は要相談、可能な限り貴方の要望に応える事を約束するわ」

 

 なるほど、俺という存在の扱い方をよく心得ているな。大方、ウェイバーとのやり取りで理解したか?話す機会も多かったし、自力でどういう人間か辿り着いた可能性もあるか。そんな事を考えながら俺はしゃがみ、オルガマリーとの視線を合わせる。

 

「どの様な道具をご所望で?」

 

「私の代わりにこの事件の犯人をぶっ飛ばして。誰を敵に回したのか分からせてやるわ。それがアニムスフィア家の礼儀よ」

 

 ただのオルガマリーはウェイバーが肯定し、家名を含めた彼女を俺は肯定した。今までずっと欠けていた二つを認められた彼女は何処か自信に満ちており、トリシャ・フェローズが死亡した時の危うさを感じさせない。ならば、俺も応えるとしよう。

 

「了解した。必ず、その意志を犯人に届けると約束する」

 

「えぇ。頼んだわよ、そうと決まれば早速話し合いよロードエルメロイII世!」

 

「あ、あぁ。分かった」

 

 元気が出た様で何より。俺も立ち上がり、話し合いに混ざるがぶっちゃけ特に何も思いついていない俺は、黙ってオルガマリーとウェイバーのやり取りを見守っていた。その中で、冬木の聖杯に関して意見が出たが黙っておいた。あの聖杯が不良品かどうかはまだ確信が持ててないのだから。やがて、オルガマリーの一言で何か確信を得たウェイバーは、作戦を詰めていき時間は夜となった。

 

「お前、既に犯人に目星がついているんだろう?」

 

 化野の部屋へと向かう最中、ウェイバーがいきなり話し出す。俺だけ連れて行く事に疑問を感じてはいたが、なるほどね。

 

「俺の意見が必要か?名探偵」

 

「揶揄うな。答えは分かっていても、自分以外の意見が欲しい時もあるだろう?」

 

「ほーん。まぁ、仕方ないから教えてやろう。あの眼鏡くんだ」

 

 そう答えると横で満足そうにふっと笑うウェイバー。こいつ、本当にロードやる様になってからそういう顔が似合ってて腹立つ。もっとギャーギャー喧しい奴なのに。

 

「私も同意見だ。全く、私とした事が聖遺物の事で頭が一杯で、お前が出してるサインに気づかないとはな」

 

「別に俺のはただの勘でしかない。お前みたいに推理した訳じゃないさ」

 

 眼鏡くん……カウレスに関しては列車に乗る前からどうにも気に食わない雰囲気を感じていた。確証も何もないから行動に起こす事はなかったし、直接ウェイバーに伝える事もしなかった。まぁ、ずっとカウレスに関しては名前を出さないっていう合図は出してたんだが。

 

 コンコンとウェイバーが扉をノックし、中からどうぞと声がかかる。扉を開ければそこには相変わらず笑みを浮かべた化野が立っていた。

 

「さて、ではずっと騙してきた輩を我々で騙そうじゃないか」

 

 罠を講じる軍師の様に愉しそうな顔を浮かべるウェイバーを化野は楽しそうに見、俺は呆れた顔で見るのだった。こうして、決戦の舞台。魔眼オークションが開催される事となる。




次回、ちょっと長めに書いて最終回にしようかしら(未定)

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それぞれの戦場へと

事件簿編、最終回です!


「ハックシュ!!……夜の列車上は流石に冷えるな」

 

 ガチャガチャと用意していた道具を指定された場所に仕掛けていく。そろそろ、真下ではウェイバーによる推理ショーが行われている頃合いだろう。それにしても魔眼オークション自体を時間稼ぎに利用するとはウェイバーの奴も性格が悪いなぁ。

 仕掛けが粗方終わると同時に通信機が起動し、ノイズの後小さくトントンっと2回音が鳴る。漸く合図が来たか。此処で待機されているのをバレない様に気配を断ち、列車の縁にぶら下がる。暫くして、列車が振動し穴が開き、へファイスティオンと犯人が下から現れ、破裂音と共に彼らに向かってネットが飛んでいく。

 

「チッ、なんだこれは!」

 

 防犯用のネットですよ。当然、サーヴァントを捕獲するほどの力はないけどね。でも、君が後生大事に抱えていたマスターはどうかな?飛び出したネットはへファイスティオンが斬り裂き、抱えていたマスターを下ろすがその位置はダメだ。

 

「なるほど……魔術師殺しの道具。君ですね?」

 

 防犯用のトリモチを落とし穴の様に仕掛けていたところに見事、マスターの足が着地し、その場から動けなくなった。ソレを確認してから縁から飛び上がり、聖遺物であるマントを回収し、距離を取った。その間も、マスターである男は薄ら笑みを浮かべたままだ。

 

「俺のことまで調べているとは。光栄ですね、Dr.ハートレス」

 

「ハッハッハ、聖杯戦争は大変面白かったからね」

 

 へファイスティオンがこちらに来るより早く下からウェイバーとグレイちゃんがやって来る。ほらよと回収した聖遺物を渡してやれば、嬉しそうに丁寧に懐へしまうウェイバー。今度は奪われるなよ。

 

「さて、このまま逃してくれると嬉しいんだけど?」

 

 トリモチから足を外したハートレス。ほんと、魔術って便利だな。あれ、簡単に外せない様に調合したヤツなんだけどな。

 

「フェイカー。お前に聞きたいことがある」

 

 ハートレスの言葉を無視し、へファイスティオンへ話しかけるウェイバー。あいつが語る内容は当然、俺が気がつくことはなかった訳だがへファイスティオンいや、フェイカーは征服王の影武者であり、その人生は初めからその為だけにあり名前も何も無いと言う。もし、切嗣が俺に名付けをしなければ彼女の様な存在になっていたのだろうか?……いや、今は考えることじゃないな。

 俺が考えている間にもウェイバーの推理は続いていき、その話はフェイカーが征服王の宝具に顔を出さなかった事を言及していく。一瞬で激昂したフェイカーを俺とグレイちゃんが受け止め、更に推理は続いていく。

 

「イスカンダルの軍勢に居なかった理由、それは貴女自身が王の軍勢を憎んで居たからだ!」

 

「それ以上、口を開くなメイガス!!」

 

「おっと、それ以上は進ませないぞ」

 

 蹴り飛ばされたグレイちゃんを片手で支えながら、フェイカーの剣に蹴りを合わせる。一瞬でも動きを止めればグレイちゃんが体勢を起こし、フェイカーへと斬りかかる。魔術を行使する気配があればグレイちゃんの持つ鎌がその魔力を喰らい、魔眼を使えば動きが鈍るものの完全に止まらない俺が、攻撃をする。そうして、ゆっくりとだが確実にフェイカーを追い詰めていくが、ハートレスの策が発動する。

 

「アインナッシュの仔……っと、カラボー神父交代してくれ!!」

 

 現れると同時に視界を埋め尽くすほどの枝が俺に襲いかかる。ほんと、器が狭いな死徒の落とし子!!フェイカーと戦った時に散々枝を折ったのを覚えている様で、絶えず動いていなければ凄まじい勢いで俺に襲いかかって来る。視界の端で、フェイカーとカラボー神父が戦っているのを確認しながら、俺はハートレスの方へと向かい、殴りかかる。

 

「おっと危ない危ない」

 

「チッ、避けんな」

 

 フラッとした動きで攻撃を避けたハートレス。使役者の関係なのか、それとも最初から俺しか襲う気がないのか枝はハートレスを襲わずに俺にのみ飛んでくる。

 

「おぉ、凄い凄い。まるでサーヴァントの如き、動きですねぇ」

 

 飛び出してきた枝を足場にして跳躍。空中で無防備な俺を貫こうとする枝を掴み、方向転換し別の枝を足場にハートレスの真横へと跳躍し、再び拳を放つが同じ様にフラッと避けられる。だが、一度見れば避けるのは織り込み済みだ。背後に回り込んだハートレスに対して、先ほどの拳を足場にしている枝に置き、軸して回し蹴りを放つが今度は、強化の魔術でも使ったのか細い腕で受け止められる。

 

「……」

 

 更に力を込めてハートレスの腕を弾く。そのまま、殴る行動をフェイントにもう片方の手で懐から、コルトパイソンを取り出して放つ。轟音と共に放たれた弾丸は相変わらず、目標を貫く事は無かったが今まで接近戦しか見せていなかった男が遠距離武器を用いた事に驚いたのか薄ら笑みを辞めているハートレス。

 

「こいつは、トリシャさん、カラボー神父。そして、オルガマリーちゃんの分だ!!纏めて受け取りやがれ!!!!」

 

 気に食わない面に今まで届かなかった俺の拳が深々と突き刺さり、ハートレスを殴り飛ばす。ただの人間ならアレで首が折れる筈だが、結界か何かしらの魔術を施していた様で何かを砕く音はしたが、骨を折った感触は一切しなかった。

 

「ッッ……しかも、反撃までしてきたか」

 

「大丈夫か影辰!」

 

「これぐらい大丈夫だ!!だが、仕留め損った!!」

 

 脇腹を抉られたが既に再生は始まっている。放っておいても問題はない。だが、ハートレスを仕留める事は叶わなかった。追撃に行こうとしたが、枝が進路を塞ぐ。ああもう、めんどくさいなと思った直後だった。空から無数の流星が降り注ぎ、アインナッシュの仔を焼いていく。耳を澄ませば、オルガマリーちゃんが詠唱する声が聞こえて来る。何処が失格だよ、いい魔術使えるんじゃないか。

 

「二の矢の頃合いだな!」

 

 全く、こういう時は活き活きとしてるんだからこいつは。魔眼蒐集列車が、凄まじい勢いで変形していき、先頭車輌が砲門の形になる。いやいや、なんか世界観違くね?って言いたくなる光景だな。直後、アインナッシュの仔本体に向けて、濃密な魔力が放たれ名状し難い悲鳴と共にアインナッシュの仔が完全に消えていった。

 

「酷いな。何という興醒めな結末だ」

 

「ただの殺人鬼に上等な結果が与えられると思ったか?」

 

「それを君が言うかね。第四次聖杯戦争において、そこのロードの先代。ケイネス・エルメロイ・アーチボルトを殺した君が」

 

 後ろでグレイちゃんが息を呑む音が聞こえた。そういえば彼女には教えていなかったな。ケイネスを殺したコルトパイソンに視線を一度落とし、懐にしまう。今更、動揺などない。そもそも、目的の為に人を殺した俺にそんな権利はない。

 

「聖杯戦争は文字通り、戦争だ。そしてそれは、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトも了承して参加していた筈だ。命を奪いに来てるんだ奪われもするだろうよ。だが、その覚悟もない人間を殺したお前は俺以上に屑だよ」

 

 俺がそう言うとハートレスは一瞬真顔になった後、再び薄ら笑みを浮かべ背を向け、フェイカーに帰る様に促す。だが、ウェイバーに散々煽られた彼女はそれを拒否。何かを放つ気配を見せ、それをグレイちゃんが阻止すると同時にカラボー神父とグレイちゃんの動きが止まる……っと不味い!

 

「カラボー神父!!」

 

「邪魔をするなぁぁ!!」

 

 カラボー神父に向けて蹴りを放つフェイカーとの間に割って入り自らを盾にする。右腕が嫌な音を立てて曲がってはいけない方向に曲がっていくが、その痛みを無視しフェイカーを弾き飛ばす。魔眼の支配は続いている様で後ろの二人が動き出す気配はない。

 

「……気色の悪い身体だな」

 

「はっ、もう慣れたわ」

 

 時間を巻き戻す様にゴキゴキと音を立てて折れた腕が元の形に戻る。フェイカーに向かって真っ直ぐと駆け出し、互いに拳を交える。魔術や剣を使っていたから体術は得意ではないかと思っていたが、フェイカーには体術の心得もある様で的確に俺の攻撃を潰して来る。顔面を狙い放った拳は下から、かち上げられ、狙いをズラされ、懐への侵入を許してしまう。肺に向かって掌底が放たれ、俺は呼吸が一瞬出来なくなるが、反撃として肘を頭頂部に落とし、追撃を防ぐ。

 

 迫り上がってきた血を地面に吐き捨てながら、腰を落とした右ストレートをフェイカーに向けて放つ。彼女はそれを跳躍しながら避け俺に雷撃を落とす。雷を纏うのが見えていた俺はそれを横に転がりながら避け、地面に落ちていた石を拾い投げる。着地と同時に飛んでくる石をフェイカーは、一部食らいながらも俺の顔面を殴り飛ばす。当たる直前に自ら引くことでダメージを最小限に抑え、追撃しようと構え俺はそれを止める。

 

「熱くなりすぎたな、フェイカー!」

 

「なっ!?」

 

 彼女の目は既にグレイちゃんとカラボー神父を見ていない。背後から、カラボー神父が黒鍵を投擲するが、フェイカーはそれを避け代わりに黒鍵は俺に向かって飛んでくる。好都合だな、三本の黒鍵を掴み取り、流れる様にフェイカーに向けて投げる。片手を盾にする事で直撃を避けるが、避けるルートを限定されたフェイカーの着地地点にはグレイちゃんが待機しており、大きく斜めに鎌によって斬られる。霊核には届いていないがダメージは今までで一番大きいだろう。

 

「ぐっ……」

 

 再度、魔眼を使用しようとするフェイカーだが、そこにウェイバーが何かを投げ込み魔眼は不発に終わる。

 

「王の影!例え、歴史から抹消されたとしてもその意味は消えないんだ!だからこそ、今私は此処にいる!」

 

 何でこいつはこう相手を煽るかな。フェイカーは、貨物室で見せた様に空に手を掲げて骨で出来た戦車を呼び寄せる。こうなってしまえば、俺やカラボー神父に出番はない。膝をついたウェイバーを支え、グレイちゃんの近くに立つ。

 

 黄金の光を纏い、詠唱を始めるグレイちゃん。そこにカラボー神父が近寄る。

 

「その槍には祈りが詰まっている。13の形に凝縮された祈りだ。耳を澄ましたまえ、槍の声に。古く誰かが祈った在り方に」

 

 ……あぁ、なるほど。あの槍はその為の武器か。ならば、俺からも一つ言える事があるだろう。

 

「為したい事を思い浮かべると良い。嘗ての持ち主もきっとそうした筈だ」

 

 そうなんだろう?セイバー。もし、見ているのならその槍に宿っているのなら、ほんの少しで良い。貴女と同じ、ただの少女であったグレイちゃんに力を貸してあげてくれ。

 

「拙は……師匠を守りたい!!」

 

 グレイちゃんの本心と共に手に持つ槍が輝き本来の形を取り戻す。俺には見えない槍に宿った13の祈りが、グレイちゃんに力を与え、顕現するは星を繋ぎ止めるとも謳われる嵐の錨。

 

最果てに輝ける槍(ロンゴミニアド)!!」

 

 黄金に輝く光の奔流は赤い雷光に一瞬の拮抗すら許す事なく、全てを飲み込んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ、俺はそろそろ帰るわウェイバー」

 

「あぁ。世話になったな」

 

「友達の頼みだ。力貸してやらなきゃ嘘だろう」

 

 魔眼蒐集列車での戦いから、2日後。無事に聖遺物を取り返し、ウェイバー達を時計塔に送り届けた事で依頼完了とみなし、冬木に戻るため最後の挨拶をしていた。と言っても、特筆すべき事は何もない。

 

「無茶も程々にしろよ?俺と違って貧弱なんだからお前」

 

「煩い。お前が頑丈すぎるだけだ……死ぬなよ影辰」

 

 恐らく第五次聖杯戦争を案じての事だろう。いつになく真剣な顔で見てくるウェイバーに俺は勢いよく彼の背中を叩きながら答える。

 

「死なねぇよ。お前こそ、時計塔で戦っていくんだろ?暫くは手を貸せないからな?」

 

「ゲホッゲホッ……問題ない。聖杯戦争(そっち)はお前の戦場で時計塔(こっち)が私の戦場というだけの話だ。とうの昔に覚悟は出来ている、違うか?」

 

「はっ、そうだな。互いに戦い抜いていこう」

 

「あぁ」

 

 拳を突き出し軽く、ぶつけ合う。そのやり取りを最後に俺は荷物を持って、部屋を出る。ハートレスにフェイカー……色々と心配ではあるが俺にもやらなければならない事がある以上、ロンドンに居座る訳にもいかない。時計塔を出て、タクシーを乗り継ぎ空港に到着した俺の目の前に予想外の人物が現れる。綺麗な白髪の長髪に気の強そうな表情を浮かべた女性、オルガマリー・アニムスフィアだ。

 

「よくこの時間の飛行機に乗るって分かったね?」

 

「知り合いから教えて貰ったのよ。全く、お礼をすると言ったのに全然私に会いに来ないんだから。仕方ないからこっちから来てやったのよ感謝しなさい!」

 

 そういやそんな事も言ってたな……魔眼蒐集列車の後は色々と疲れてたから忘れてたよ。ごめんごめんと謝ると別に良いわと返される。

 

「と言ってもお礼なんて特に思いつかないのよね……だから、はいこれを渡しておくわ」

 

 そう言って差し出された紙には誰かの連絡先が書かれていた。深く考えるまでもない目の前の彼女のものだろう。

 

「貴方には貸しが沢山あるから、何か困った時は私が無償で力になってあげるわ。だから……その……連絡しなさいよね!」

 

 顔を真っ赤にしながらだけど、自分が思っている事を素直に口に出す様にしたんだな。まだ少し上から目線な気がするけど。俺は微笑みながら携帯を取り出し、彼女の連絡先を登録し、よろしくというメールを打っておく。

 

「これでよし。んじゃ、頑張ってねオルガマリーちゃん」

 

 飛行機の時間が近づいている為、彼女との会話を此処までにして頭を撫でてから立ち去る。後ろを見れば、オルガマリーちゃんが手を振っていたから見えなくなるまで振り返し、俺は飛行機に乗り込んだ。……さて、帰ろう。俺の居るべき場所へ。




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炎上汚染都市 冬木
祈り願いはその先へ 上


FGO、炎上汚染都市冬木にて、サーヴァントとして影辰が召喚されたストーリーです。二話完結です。


 炎の熱と巻き上がる煤に肺を痛めながらも彼女は軽く力を込めるだけですら、崩れていく煤の地面を全力で走る。背後からカタカタと音を鳴らし、粗末な武器で彼女を追いかける10数体以上の骨の怪物から逃げる為に。

 どうしてこうなった……訳が分からない。私は私が出来ることをただしてきただけで、その結果がこの命を賭けた追いかけっこなんてあんまりじゃない!!そう心の中でいや、口にも出しながら逃げる彼女だが今まで以上に力を込めすぎたのが原因なのだろう。ただでさえ、不安定な足場に足を取られ派手に転んでしまう。

 

「きゃぁぁ!……来るな!来ないでよぉぉぉ!!」

 

 優れた魔術師である彼女はガンドと呼ばれる魔術を放ち、近くに迫ってきた骸骨兵を砕く。だが、所詮は焼け石に水。次々と現れる骸骨兵を処理し続けるだけの力はない。

 

「いやぁ……レフ!!何処にいるの!!私を助けなさいよぉ……いや……こんな所で死にたくない……誰でも良いから私を助けてぇ!!」

 

 足を挫き立ち上がる事が出来ない彼女は力一杯叫んだ後、頭を抱えてその場で蹲る。そんな彼女に向けて骸骨兵がその手に持つ凶刃を勢いよく彼女に向けて振り下ろし──

 

「その役目、引き受けよう」

 

 男の声が聞こえると同時に女性に振り下ろされようとしていた凶刃は突き出された拳によって砕かれ、そのままの勢いで骸骨兵は粉微塵となる。そのまま動きを止めず、凄まじい勢いで次々と骸骨兵を砕いていき、一切の抵抗を許す事なく数分後には追加で現れた骸骨兵も含めて塵と消えていった。

 

「はぁ……ただでさえ色々と状況が分からないというのに。怪我はしてないか?オルガマリー」

 

「え……どうして私の名前を……貴方、誰?」

 

 オルガマリーが安堵からか涙を流しながら自分を助けてくれた存在を見る。体格は平均的な男性より大きく、草臥れた黒いコートを着ており、そこに白銅色の髪が彩りを添えていた。オルガマリーの言葉を聞いてか、少し目付きは悪いが優しい印象を与える顔に困惑と寂しさを浮かばせていた。

 

「あー……なるほどね。とりあえず、自己紹介といこうか。俺はサーヴァント、バーサーカーのクラスで現界したらしい。あー、名前は影辰と呼んでくれ。そっちの方がしっくりくるから頼む」

 

「バーサーカー!?そんなにはっきりと喋れてるのに?……それに影辰なんて英雄を聞いた覚えはないわよ。助けてくれた事に感謝はしているけど、嘘を吐いて背後からなんて考えてるんじゃないでしょうね……」

 

「違う違う!サーヴァントではあるけど、今こうして話してる人格や姿は真名の方とは違うんだよ。だから、呼び慣れてる肉体の名前を教えたんだ」

 

 オルガマリーから向けられる疑いの視線を手を大きく振ってまで否定する影辰。その何処となく気が抜ける動作を見て、オルガマリーはとりあえず疑うことを辞め、目の前の存在に当たりをつける。恐らく、彼は擬似サーヴァントと呼ばれる類で本来、英霊として姿を現す事が出来ない神霊や半端な存在が適正のある人間を依代に顕現したというもの。

 

「……擬似サーヴァントねぇ。ニワカには信じられませんけど。そういう事にしておきます」

 

「お?少しは落ち着いた?なら結構。君の他には誰かいないの?」

 

 影辰がそう聞くと同時に遠くから少女達の声が聞こえてきた。どうやらオルガマリーには心当たりがあるらしく、マシュ?と溢していた。

 

「あっちか。んじゃ、ちょっと失礼して」

 

「え、ちょ!?な、なにするのよ!!」

 

 倒れたままのオルガマリーを横抱きで抱き上げる影辰。俗に言うお姫様抱っこというものだ。当然、いきなりそんな体勢で持ち上げられた彼女は顔を真っ赤にしながら、大して威力のない拳を影辰の胸に向けて放つが、ポスポス鳴るだけでなんの意味もない。

 

「足、怪我してるんだろ?魔術で治せるだろうけど今は合流が先だ」

 

 そう言って影辰は聞こえてきた声の方向へ歩き出す。今までの扱いから苦手意識のある部下の目の前にお姫様抱っこの状態で行きたくないオルガマリーは必死に抵抗するが、残念な事に全力で走ってきていたマシュと藤丸立香にがっつりとお姫様抱っこをされ顔を真っ赤にしている所を見られるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 危ねぇ……あと少し遅れてたらオルガマリーちゃんの頭が柘榴になってる所だったよ。しかし、突然召喚された場所が燃え盛る冬木で逃げ惑うオルガマリーちゃんの近くってどういう偶然?というか、俺がサーヴァントって何かの冗談かよ。

 

「……まぁ、此処が俺の知ってる世界線じゃないってのは確かだな」

 

 魔眼蒐集列車で知り合い、その後もちょいちょい呼び出されては雑用を任された俺の顔をオルガマリーちゃんが覚えていない訳がない。それに俺の記憶が正しければこんなに冬木が燃え盛る景色も見ていない。士郎がアーチャーの士郎の様にならなかった様に並行世界の一つか。

 

「あの、影辰さん……」

 

「ん?どうかしたマシュちゃん」

 

「差し支えが無ければ宿ってる英霊の真名を教えていただけますか?」

 

 あー……まぁそりゃ気になるよな。ただ、俺自身納得が出来てないというかなんで依代に俺を選んだ?って言いたくなってるからなぁ。ぶっちゃけ俺もこの状況に混乱しているから落ち着けるまで待って欲しいというのが現状だ。助けてくれないかなオルガマリーちゃん……助けて欲しいなーって感じの視線を彼女に向けると呆れた顔でため息を吐かれた。

 

「マシュ、それに藤丸とロマニ。彼も少々、特殊な状態だから落ち着くまで待ってあげなさい。少なくとも、協力的だし宝具を使わずにシャドウサーヴァントを倒せるぐらいの強さはあるのだから真名は後回しでも良いわ」

 

 そう言って歩き出すオルガマリーちゃんは俺とのすれ違い様に「借りは一つ、返したからね」と言っていた。その姿があまりにも俺の知るオルガマリーちゃんと一緒なものだからついつい笑ってしまうと、キッと睨まれてしまった。世界が違っても変わらないねぇ君は。

 

『霊脈の確保は完了したから少ないと思うけど、こっちからも物資を渡すよ。所長の分はないけど、とりあえず藤丸ちゃん。戦闘服を送ったからそれに着替えて欲しい。それでその君は』

 

「唯一の男は周囲警戒でもしてますよ。女の子の着替えを除く趣味はないから、というか妻子持ちですし」

 

「へぇ、意外。妻子とかいる風には見えなかったわ」

 

「失礼な……オルガマリーちゃん、少し話をしようか」

 

「え?えぇ、良いわよ」

 

 突然の申し出に首を傾げるオルガマリーちゃんを連れてその場を離れる。その間、ずっと頭にハテナマークを浮かばせ続けるオルガマリーちゃん。ごめんね、説明してる時間がなくてね。この辺で良いかな。

 

「……大人しく釣れてくれて何よりだよ。なぁ、クー・フーリン?」

 

「けっ、濃い殺気をぶつけて誘った癖によく言うぜ。お前さん、どうして此処にいる?冬木の聖杯は既に枠が埋まってサーヴァントを呼び出す余裕はないはずだぞ」

 

「サーヴァント!?ちょっと、影辰。気が付いてたのなら教えなさいよぉ!」

 

 そそくさと背後に隠れるオルガマリーちゃんの小心者っぷりに微笑ましくなりながら俺は目の前の英霊、クー・フーリンを見る。記憶と違って手に持つのは杖だが、あの容姿は何処からどう見てもクー・フーリンだ。

 

「さぁ?色々とイレギュラーが起きてるから、この地が俺を呼んだんじゃない?幸いな事に俺は、縁がたっぷりですし」

 

「……まぁ、そういう事にしといてやるよ。確かにこの聖杯戦争は事実、イレギュラーが起こりまくってるからな」

 

 さて未だに構えずに話してくれてる感じ、クー・フーリンは敵ではないな。強者を見つけたら戦いたくなるのがケルトだから、その辺は心配だけどシャドウにもなってないしその辺の理性は……おいおい、マジか。

 

「は……嘘だろおい、なんであの野郎が動いてやがる!?」

 

「俺のせいじゃなきゃ良いなぁ……とりあえず、オルガマリーちゃん。後で謝るから今は許してくれ!」

 

「ちょ、なんなのよぉぉぉぉーーー!?!?」

 

 彼女の手を取りクー・フーリンに向けて投げ飛ばし、彼が無事に受け止めたのを確認してから此方に向かってくる強烈な殺気に意識を向ける。進路に変更はない……明らかに俺を狙ってると見て間違い無いだろう。勝てるのか……かの大英雄に俺は。

 

「受けに回ってたら勝ち目はゼロだろうな……なら手は一つか」

 

 身を屈め俺も全力で走り出し、そのまま圧倒的な暴力を振り翳す天災が持つ無骨な斧剣と俺の拳がぶつかり合い互いに停止する。

 

「……」

 

「■■■■■ーーーー!!!!」

 

 シャドウ化……ただでさえ薄い理性が完全に無くなっている。あぁ……分かっていたがこの世界のイリヤはもう……

 

「■■■■■!!!!」

 

「ッッ……あぁ、分かってるよ。貴方、相手に余計な思考を割く余裕はない!」

 

 大英雄の持つ斧剣を一度、受け流し側面を取る。凄まじい反応で引き戻された斧剣をいつぞやの様に手を置き、軽業師の様に避け空中で身を捻り、ガラ空きの顔面を下から蹴り飛ばす。……軽いな、当たる直前に引かれたか。着地してから一度、後方に飛び大英雄の出方を伺う。頭を揺らしているところから見るにダメージは通っているし、即時にそれが回復していない感じ宝具すらも失われているみたいだな。

 

 大英雄が身を屈め、獣の様な体勢から飛びかかってくる。さっきの様な攻撃を潰す為だろうが、その程度ならなにも問題はない。後方に下がるのは愚か、姿勢を低し前に足を出し敢えて距離を近くする。頭部スレスレに武器が通過したのを確認してから、ガラ空きの胴体を蹴り上げ、持ち上げた後手刀を彼の心臓に向けて放つが、武器を持っていない反対側の手で横から掴まれる。

 

 例え、その理性が完全に失われようとも一流の戦士であれば本能が最適解を導き出す。

 

「■■■!!!!」

 

「ぐぅぅ!」

 

 簡単に持ち上げられ、地面に叩きつけられそのまま引き摺られる。数百メートル引き摺られたかと思うと、今度は勢いよく壁に向かって放り投げられる。可能な限り身を丸め、受け身を取りながら急ぎ立ち上がり大英雄が突き出した斧剣を白刃取する。首元まで突きつけられたソレを力任せに左へと逸らし、位置関係を入れ替える。

 

 肩で息をしながら体の調子を確かめる。流石はサーヴァントになった身か。多少のダメージこそあれ、問題なく動ける。しかし、本当に狂ってるのかって言いたくなるな貴方は。

 

「……その嘆きは主を守れなかったからですか?この世界線に俺は居ないか、既に死んでいるのに俺を狙ってきたのは、彼女の残り香でも感じましたか?」

 

 当然、答えはない。返ってくるのは言葉にすらならない呻き声のみ。それが酷く痛々しいものに俺には感じられた。

 

「ちょ!?嬢ちゃん、危ねぇぞ!!」

 

「影辰……いいえ、バーサーカー!!負ける事は許さないわよ!!貴方が負けたら、私は誰に守って貰えば良いのよ!!」

 

 あまりな言葉にポカーンっとしてしまう。そこにクー・フーリンも、戻ればマシュちゃんも居るのに君は……ふと、正面を見れば大英雄の視線がオルガマリーちゃんに向かっているのに気が付いた。同じくその視線に気がついたオルガマリーちゃんはひっっと情けない悲鳴をあげ、涙目で俺を見る。隠れなかっただけ良しとしますかね?

 

 そして、大英雄が俺に視線を戻し、見慣れた構えを見せる。左手を前に出し狙いをつけ、右手を後ろに引いた。その姿に驚きつつも、応じる様に俺も構える。

 

「■■■■ー!!!!!!!!」

 

 一瞬の内に詰め寄られ、神速の勢いで9回。その武器が振るわれる。曰く、ギリシア神話に語られる大英雄ヘラクレスは、その難業に立ち塞がる死なずの化け物を殺す為に編み出した技があるという。例え、何度蘇ろうとその悉くを鏖殺するための技、最もその真価を発揮する武器は弓とされているがただの擬似サーヴァントを殺すだけなら今の武器でもなにも問題はないと言える。

 

「バーサーカー!!」

 

 あぁ、分かっているとも。一度、助けた以上此処で放り出す選択肢は俺にはない。振るわれる圧倒的な暴力を、生前から得ている動体視力で全て避ける。正真正銘、正気の大英雄が振るったのであれば見えたからなんだとなるが、目の前のシャドウ化した大英雄が振るうソレは俺の目でも捉え切り、隙間を縫うのが間に合う。

 

「……宝具。限定解放」

 

 真名を告げず、宝具を起動。その力が及ぶ範囲を自身の右手のみに定め、その心臓を穿つ。貫かれた胸から、ヘラクレスの身を蝕んでいた穢れはゆっくりと消えていく。

 

「……お守り出来ず……申し訳ありません……お嬢様」

 

 消えいる声でそう残し、大英雄ヘラクレスは消えていった。……休む時間が座にあるのかは分からないが、ゆっくり休んでくれ大英雄。

 

「影辰!」

 

 こっちに向かってくるオルガマリーちゃんをしっかりと受け止める。ペタペタと俺の身体を触る彼女は俺が消えていかないか確かめているのだろう。全く、心配性だな。そんな彼女を安心させるために軽く頭を撫でながら視線を合わせる。

 

「無事に勝ったぞ。オルガマリーちゃん」

 

「そうね……でも、一言ぐらいは言いなさい!何か援護とか出来たかもしれないでしょう」

 

「ハハッ、そんな時間はなかったんだ。次からは気をつけるよ」

 

 この後、マシュちゃん達が合流するまでの間、拗ねているオルガマリーちゃんの機嫌を戻す為に奔走するのだった。本当に変わらないね君、そういうところ。

 




続きは明日、18:00に投稿したいと思ってます。

感想・批判お待ちしています。


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祈り願いはその先へ 下

炎上汚染都市冬木編最終回です。


「アンサズ!」

 

「よいしょっと」

 

 クー・フーリンが放った火球が進路を塞ぐ、敵エネミーを燃やし開いた空間を俺が駆け抜け、残り2体の敵エネミーを一息で蹴り砕く。数だけ多いけど、1体1体は非常に脆くて助かる。

 

「マシュちゃん、そっちは大丈夫か!」

 

「は、はい!お二人が大半を倒してくれてますから……っと!」

 

 地面から湧く性質上、俺やクー・フーリンが抜けた後の道でも平気で敵が湧くが、それを立香ちゃんの護衛担当であるマシュちゃんが大振りではあるが盾で潰してくれる為憂いはない。現在、俺たちはクー・フーリンから聞いた情報からこの特異点の発生理由が狂った聖杯戦争に在ると定め、シャドウサーヴァントの元締めという騎士王がいる大聖杯の元へと向かっていた。……セイバーが考えも無しにこんな事をするとは思えないが、その辺は直接会って問いただすとしよう。まぁ、その前にアイツと話をする事になると思うが。

 

「戦闘を避けるって手段はなかったのかしら……」

 

「それも良いけど、キャスターとバーサーカー、それにシールダーが隠れる事に適してると思う?」

 

 それに騎士王の守護をしているという弓兵。俺の予想通りの相手であれば、何処に隠れたとしても射抜かれるだけだろう。最大の脅威であるバーサーカーを退けた今なら、寧ろ敵が準備を整えるより早く進軍した方が早い……ってクー・フーリンが言ってた。

 

「幸い、敵は弱いしね。それとも疲れた?運んであげようかオルガマリーちゃん」

 

「べ、別に大丈夫よ!」

 

 言葉通りオルガマリーちゃんに疲れた様子はない。チラッと立香ちゃんの方も見るが、彼女も同様にあまり疲れてなさそうだ。カルデアに来る前に陸上でもやっていたのだろうか?まぁ、これなら大空洞まで休まずにたどり着ける。

 

「危ない!」

 

「え?」

 

 オルガマリーちゃん目掛けて放たれた剣を弾き飛ばす。後方でもマシュちゃんが剣を防いだ様だ。サーヴァントではなく、マスターを真っ直ぐに狙い飛来する剣……やっぱり、騎士王の守護者という弓兵はお前だな士郎。となれば……遮蔽物が無い此処をこのまま進むのは愚かか。瓦礫と化した建物越しぐらい簡単に射抜けるとは思うが、物理的に視界を遮るのは有効だ。

 

「マシュちゃん、立香ちゃんを運べる?」

 

「はい!大丈夫です」

 

「キャスター、可能な限り攻撃を防いで貰っても良い?」

 

「たくっ、しょうがねぇな。任せろ、アイツとは長い付き合いだ。射撃のコースを見極めるぐらいやってやるよ」

 

 よし、確認すべき事は終わった。第二射を弾くと同時にオルガマリーちゃんを抱き抱え、全力で走る。こちらに向かって飛んでくる剣は、クー・フーリンによって燃えていき、俺たちは無事に見えていた建物群へと辿り着く。此処から大空洞まではそこまで離れている訳じゃない……人間の頃は無理だったけどサーヴァントになった今なら行けるか?

 

「暫く、此処で待っててくれ」

 

 オルガマリーちゃんをその場に降ろし、手頃な瓦礫を持ち上げ、彼女の静止も聞かずに俺は少し離れたところから飛び出す。予想通り、俺に向かって剣が飛んでくる。その発射先をしっかりと確認しながらフェイクで持っていた瓦礫を落とし、剣を空中で掴み取り、屋根上へと着地。

 

「そこだぁ!!」

 

 先程確認した発射先へと、全力で剣を投げ返す。力の込めすぎで足場にしていた建物にヒビが入り、崩れて落ちるが投げた剣は追撃で放ったと思われる剣と空中でぶつかり、大きな花火となった。暗い辺り一面を照らすほどの閃光だ、きっと今頃アイツは目をやられた筈だろう。某大佐の様に目を押さえている士郎を想像し、思わず笑いが溢れた。

 

「楽しそうね……最初はバーサーカー?って思ったけど貴方、バーサーカーが適任よ全く」

 

 笑っているところをオルガマリーちゃんに見られ、凄い呆れた声で言われてしまった。むぅ……そんなに狂戦士っぽいかな俺。

 

「っとそうだった。そんな事より早く進もう。今なら、あの閃光で目がやられて攻撃は来ないだろうし」

 

「そうね。マシュ、藤丸!動ける?」

 

「「はい!」」

 

「良い返事ね。それじゃ、行くわよ」

 

 予想外に弱く、色々と慌てふためいてしまうがこうして落ち着いていれば、立派なリーダーだなぁ。先陣切って歩き出す彼女にマシュちゃんと立香ちゃんも心強いと感じているのか不信感など見せずに続いていく。この世界でも無事に育ってくれたオルガマリーちゃんにほっこりとしていると、先頭を歩いていた彼女がクルリと振り返り俺を見る。

 

「何してるの?貴方は、こっちよ」

 

 そう言って彼女は自身の隣を指差す。一応、仮契約は立香ちゃんなんだけどなぁと思いつつそれを口に出さずに彼女の隣へと並ぶ。だって、そんな事を言ってしまえば絶対に拗ねる姿が目に浮かぶのだから。

 

 目が回復したら攻撃が再開されると思っていたが、そんな事はなく無事に俺たちは大空洞の前まで来ていた。だが、当然その入り口にはアーチャーが立っており、此処から先に進ませてくれる気配はしていない。

 

「飽きもせず騎士王の守護者か。よくやる」

 

「別にそのつもりはないがね。侵入者の排除くらいはするさ」

 

「へっ。やってる事変わってねぇじゃねぇか!っとなんだ、兄ちゃん」

 

 杖を構えてアーチャーと戦う素振りを見せるクー・フーリンの肩に手を置く。その行動に振り返り俺を見た彼は、たくっしゃあねぇなと言いながら、杖を納めてくれた。

 

「んで、オレはあんたの代わりに嬢ちゃんを守れば良いのか?」

 

「あぁ頼む。アイツとは少し話がしたいからな」

 

 そう話した後、俺は一歩前に出て構える。アーチャー……士郎も俺の構えを見て弓から干将・莫耶へと武器を持ち替えた。その行動、合ってるとは思うがアーチャーがやる行動じゃないな。

 

「お前らは先に。此処は俺が引き受ける」

 

「ちょ、バーサーカー!?」

 

「オルガマリー。戦う場所を間違えるな、君はカルデアの所長としてこの先に進まなければならない。違うか?」

 

 俺を引き留めようとする彼女に忠言をし視線を士郎へと戻し、自分が動く気のない事を伝える。俺の方に僅かに手を伸ばしかけていた彼女だったが、すぐに手を下ろし、立香ちゃん達に指示を出して先へと進んだ。以外な事に士郎がそれを邪魔することはなかった。

 

「侵入者の排除、それが仕事じゃなかったか?」

 

「そうだとも。だが、彼女らを撃とうと私が隙を見せれば貴様は、即座に霊核を砕きに来ただろう?これだけの殺気をぶつけられれば、余程の愚か者でもない限り分かるとも」

 

 肩をすくめて答えるその姿は記憶にある士郎のもので、懐かしさを感じながらも俺は気を抜かない。何故なら、士郎から放たれる殺気は先程から全く変わらずに向けられているのだから。

 

「それで?私に話とはなんだね。折角だから聞いてあげよう」

 

「それはどうも。と言っても、そんなに長々と話す内容でもない。騎士王に味方し続ける理由、あるんだろ?」

 

「……ふっ。話すと思うかね?」

 

「いいや、その返事で十分だ。それじゃあ、始めようか。兄弟喧嘩を」

 

 否定しなかった。それだけで十分な回答だ。そして、この冬木の特異点はオルガマリーちゃん達が考えているより根深い問題なのだろう。だが、現状彼女らに解決するだけの力はないし、当然俺にもない。なら、士郎は騎士王を守るため、俺はオルガマリーちゃんと合流するために戦うだけだ。それに、ちょっとばかり兄弟喧嘩ってやつに憧れてたんだ。

 

「殺し合いをそう表現するのは貴様ぐらいだろうな!」

 

 先手は士郎からだ。干将・莫耶を構え俺に接近、莫耶を振り上げ俺をそれが避けると同時に干将を突き出してくる。二刀流という手数を活かした陽動と本命を織り交ぜた攻撃だ。既に引き戻した莫耶を構え直している辺り、連撃で俺を仕留めるつもりなのが伺える。だが、まだまだ甘いぞ士郎。突き出された干将を弾き、上に上がった腕を取り士郎の懐へ入り込み、そのまま一本背負いの要領で投げ飛ばす。

 

 空中でクルリと身を捻り着地する士郎。そのタイミングを狙い、詰め寄りその勢いのまま殴りかかり、盾代わりに構えられた干将・莫耶を砕く。だが、それにより頭部をズラすだけの時間が生まれ俺の攻撃は空振りに終わる。真下から新たに投影された干将が振り上げられたのをその場から動かず身体を逸らす事で避け、士郎を蹴り飛ばし莫耶での追撃を防いだ。

 

「ぐっ……全く、本当にバーサーカーなのか?」

 

「一応そうだよ。Dくらいだけど」

 

 ほんとなんでバーサーカーのクラスなんだろうね俺。力を貸してくれてる存在にもそういう要素はないと思うんだけど。……ん?つまりこれって俺が狂ってるって言われてるのか?いやいや……俺で狂ってるのなら他はどうなるのよって知り合いが多いぞ全く。

 

「宝具が使えれば多少マシなのだが……仕方あるまい。セイバーに敗北した私の責だ」

 

 干将・莫耶が俺へと投擲されるが、攻撃範囲に入ると同時に全てを叩き壊す。視界の先で士郎が、弓を構えているのが見えた為、身体を捻り矢を躱し、詰めようとした直後真上から剣から降り注ぐ。話しながら器用に投影してやがったなこの野郎。バク転をしながら、降り注ぐ剣を避け適当な一本を蹴り上げ拝借。回転しながら落ちてくる剣の持ち手の部分を殴り、士郎へと飛ばす。士郎がそれを避ける為に投影が一瞬中断されたのを利用して、跳躍し、踵落としを士郎の頭部に向けて放つ。地面にヒビを作りながら、士郎は干将・莫耶で俺の攻撃を受け止めた。

 

「ぉおおおおおお!」

 

「おっと」

 

 咆哮と共に弾かれ、その場で軽く一回転し着地する。今度は士郎がその瞬間を狙い、干将・莫耶を俺に向けて突き出す様に放り投げた。殺気と共に置き去りにされたそれに気を取られた俺は反応が遅れ、不味いと思った直後に士郎が笑みを浮かべ干将・莫耶が爆ぜた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ゲホッ!ゴホッ!……流石に爆破が近すぎたな……」

 

 衛宮影辰を倒す為にあらゆる陽動を仕込み、放った壊れた幻想(ブロークン・ファンタズム)だが些か距離が近すぎたな。私まで爆破の影響を受けてしまうとは。生前の事を踏まえれば、奴の対魔力は決して高くない筈だ。バーサーカーとして召喚されたのも有り有効打になる筈。

 

「だと言うのに不思議とあの煙幕の中から飛び出す姿が目に浮かぶよ」

 

 座に持ち帰られた記憶を見て驚いたものだ。私に兄など居なかった筈だが、その世界の私はいつの間にか彼を受け入れており、その時間は数少ない幸福と呼べる代物だったのだから。……あぁ、やはり貴方はこれでも倒せないか。

 

「ゲホッ……全然使ってこないから使えないかと思い込んだじゃないか」

 

「その為に仕込んだのだからね。尤も、今ので私の魔力は底を尽きこれ以上の抵抗は出来ないがね」

 

 正確に言えばまだ戦えるが、今の一撃で倒せなかった以上同じ手は使えないし、固有結界の展開ができない今彼を倒すだけの策は私にはない。事実上の敗北という奴だ。

 

「そうか。んじゃ!?」

 

 私に向けて最後の攻撃を放とうとしていた彼が背後から突如として溢れた魔力に驚き、動きを止めた。黒い光が見える……なるほど、セイバーの奴宝具を使ったか。だが、あの盾はきっと君の攻撃を防ぐ事ぐらい分かっただろうに。……一時的とは言え、彼らに任せるということかね?ならば私も君の判断に従うとも。

 

「ほら、早く私にトドメを刺し先に進むと良い。心配なのだろう?あの女性が」

 

「……そうだな。んじゃ、またな士郎。楽しかったよ」

 

 楽しかったか……全く、こちらは全力だったというのに。衛宮影辰の右手が光り輝き、私の霊核を貫く。私の身体を蝕んでいた泥が消えていくのを感じながら私は去っていく兄の背中を見送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アーチャーとの戦いの後、急ぎ影辰が向かった先にはオルガマリーが悲鳴を上げながら、シバへと吸い込まれようとしている場面だった。当然、それを見逃せるわけもなく、本気で走り見事にオルガマリーがシバに触れるより前に助け出す。

 

「……なるほどね。俺なんかが御大層な神格の力を渡されて、サーヴァントになってる理由が今の今まで分からなかったけど、こういう時の為か」

 

 シバへと引き込まれそうになるオルガマリーを助け、地面に降ろしながらこの汚染都市冬木にて召喚されたサーヴァントは、己の役目を理解した。本来、サーヴァントと足りえる伝承も無ければ、神格の力を引き渡されるほど高尚な人物でもない男であったが、漸く合点がいく。この時のために呼ばれたのだろうと。

 

「影辰……?」

 

 思えば随分と懐かれたものだ。あの列車での出会いはこの世界線では無いと言うのに。でも、だからこそこの身を賭けるだけの価値が彼女にある。涙を拭いそっと頭を撫でて、彼女の信頼を裏切りその心を絶望に落としたレフを睨みつける。

 

「ふん!なんだその目は、たかがサーヴァント如きに今更何が出来るというのだ!」

 

「今ここでお前を殺すのは無理さ。時間も力も足りない。けど、何もかも思い通りに進められると思うなよ?」

 

 愚かと蔑むのは結構。だが、それは時として自らを蝕み愚かと蔑んだ者より愚かな者へと成り果てる毒だ。

 

「魔力が高まった?……貴様、宝具を使うつもりか!」

 

 目の前のサーヴァントの宝具の発動を阻止しようと魔術を使おうとするが、その判断はあまりにも遅かった。目の前のサーヴァントはレフが準備を整える間もなく、周囲の穢れを浄化しながら光輝き始めた。

 

「今此処に我が真名を高らかに告げる!この身は、衛宮影辰の物なれど、宿し力、その真名は神直日神!!穢れを払い、禍を直す神なり。今此処に、その力を解放しよう!冬木を汚染せしめし聖杯よ。その穢れを我が身に!!『黄泉禊』」

 

 サーヴァント、神直日神が宝具を発動させると同時に大聖杯から黒い穢れが溢れ出し、その全てが神直日神へと吸い込まれていく。霊体であるサーヴァントが、濃すぎる穢れに耐えられる訳もなくその霊基は加速度的に崩壊していくが、神直日神は笑みを浮かべていた。

 

「さぁ、穢れなき純粋無垢な大聖杯よ。魔力は十分に得ただろう?願いを叶えろ、此処にいるオルガマリー・アニムスフィアに確固たる肉体を与えよ!!」

 

「なぁ!?」

 

 レフが驚愕に染まると同時に何処か存在が希薄であったオルガマリーが、しっかりとした存在となる。願った通りにオルガマリーに肉体が与えられたのであろう。

 

「影辰!!」

 

 何度も自身を助けてくれた逞しい背中が消えていく中、オルガマリーは涙を流しながら呼びかける。そんな彼女の声を聞きながら彼は振り返り、最後の言葉を残す。

 

「オルガマリー・アニムスフィア!!君は、叫んでいい!!誰かの影に怯える事もなく、ただ生きていいんだ。君という個人の人生は、自由に決めていい。好きなように生きて、好きなように死ぬと良い!そうして、宣言するんだ。オルガマリーの生き方を!!……すぐにこっちに来たら、怒るからな?」

 

 様々なしがらみや、悲しみに囚われ立ち止まったままのオルガマリーを激励と共に優しい笑みを浮かべ、サーヴァント神直日神は消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……格好良く消えたからそこで終わりで良くない?あ、駄目?はぁ……サーヴァント、神直日神。召喚に応じ参上しました。俺という道具をしっかり使いこなせよマスター?」

 

 新たに紡がれた縁を元に彼はカルデアへと召喚される。視界の端で、オルガマリーが生きているのを確認し笑みを浮かべながら目の前の少女へと手を差し出す。彼の新たな戦いが始まりを告げるのであった。




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カルデア探検

サブタイ詐欺な気がするけど、許して。


「筋力B+++、耐久A、敏捷B、魔力E-、幸運E、宝具EX……君、本当に戦闘の逸話がない神直日神の擬似サーヴァントなのかい?」

 

「あの神様は俺に力を与えるだけ与えて、スヤスヤしてるから多分そのステータスはサーヴァントになったからって理由で底上げされた俺自身のステータスだと思う」

 

「……本当に現代を生きた人間?」

 

「そうですよ?逃げ腰ドクター?」

 

 カルデアにて再召喚された俺は、ロマニ・アーキマンとあのレオナルド・ダ・ヴィンチに軽く質問をされていた。人理修復という前代未聞のミッション、その先駆けになる戦力で呼ばれたのが神の名前を名乗る擬似サーヴァントって事で色々と心配なのだろう。オルガマリーちゃんは、完全に俺を信用してるからこの場に入る資格与えられなかったよ……絶対、拗ねてるけど良いんだろうか。

 

「うぐ……そういう態度なのは認めるけどもう少し言葉を選んで欲しいなぁ」

 

「そう言われてもな。アンタを見た時から、思った事を口に出しただけだし」

 

 俺の言葉に更に凹むロマニ。まぁ、なんなとなくってだけだから安心してくれよ。言峰の奴みたいに引くほど破綻してる気配は感じてないから。

 

「会話が成立するのも不思議だね。まぁ、君の狂化はDランクだから短い会話なら不思議なことではないが……しかし、この保有スキルの脳筋振りはケルト神話とかの方が似合うんじゃない?」

 

 端末を叩きながらダ・ヴィンチが見せてくる俺の保有スキル。狂化D、鋼鉄の決意A、神性C+、不撓不屈EX、無窮の武練B……あの時盗んだランスロットの技能、生涯をかけてここまで伸ばしたんだな俺。っとここまでは至って普通だ。これと言っておかしなところはない。

 

「しかし、この二つ。黒き聖杯の祝福EXと千里眼(動)Aは明らかに異質だね。何か思い至る事は?」

 

 心当たりしかない。前者は間違いなく、生前身に宿し何度も苦痛を与えてきたモノであり、最も俺が頼りにした存在だ。そして、後者はこれが無ければ子供の頃に死んでいたと思うズバ抜けた動体視力の事だろう。

 

「……そうだな。此処とは違う世界線だが、生前俺は聖杯戦争に関わりを持っていた。そこで、汚染された聖杯、人を呪う為だけに存在する様な泥に触れて何故か生き延びた。それがスキルになったのが黒き聖杯の祝福で、千里眼は遠くを見るのも、ましてや過去や未来も見る事は出来ない。代わりに、ほぼゼロ距離から放たれる音速の攻撃であろうと見切る目、それがスキルになってるんだろうな」

 

 精神的な呪いに対して優れた耐性を得る代わりに幸運が著しく下がる祝福と、動体視力のみを強化する千里眼の亜種スキル。どう考えても生前の俺である。もう少し何かなかったのか神直日神よ。そんな事を考えていると、目の前にいるロマニとダ・ヴィンチの呆れた視線が刺さる。

 

「え、なに?」

 

「現代の人間ってなんなんだろうって思っただけだよ」

 

 酷いなぁ。まぁ、元々規格外だらけだからこの説明で納得した二人は俺を解放してくれた。しかし、人理修復か……世界は此処カルデアを残し全てが焼かれて人類が存在していたという形跡は何も残ってないという。つまりだ、カルデアがいや最後のマスターである藤丸立香に人類全ての命が託されている。魔術師でもなければ、士郎の様に正義の味方を目指してる訳でもないただの女の子に。

 

「……世界の命運はただの1人に託されたか……はぁ、気に入らない展開だな」

 

 自らその在り方を選んだと言うのなら、何も文句はない。士郎がそして何より俺がそうだったのだから。だが、彼女の場合はそれしか選択肢がなく巻き込まれ、逃げる事も出来なくなった先に強制的に選ばされただけだ。そんなの人柱と何が違うと言うんだ。そんな事を考えていると、目の前から少女達の話し声が聞こえてくる。霊体化でやり過ごそうと思ったが、それより早くマスターは俺に気が付き手を振るのだから霊体化は諦めた。

 

「あ、話し合い終わったんですね影辰さん!」

 

「お疲れ様です影辰さん」

 

「おう。マシュちゃんに案内されて施設探索ってところか?俺の事は気にせずに探索続けてくれて良いぞ」

 

 俺がそう言うと図星だったのかマシュちゃんが驚く。分かりやすい子だな。

 

「よく分かりましたね……はい、先輩はカルデアに来てから時間が経っていませんから案内をしていたところです」

 

「マシュが自分から案内してあげるーって言ってくれたんです。凄いんですよマシュってば、結構広いカルデアを迷いなく歩いて何処の施設を見ても詳しく教えてくれるんです!あ、そうだ!影辰さんも一緒にどうですか?サーヴァントも施設の事は知っていた方が良いですよね?」

 

 元気だなおい……淀みなく口を動かし距離を詰めてくる彼女。その気迫に思わずたじろぎながらも、マシュちゃんを見るが、彼女はその視線の意味が分からずにキョトンと首を傾げるだけだった。どうしたものか……ぶっちゃけ一人で色々と考えておきたいのだが。

 

「ダメですか?折角、召喚に応じてくれましたしもっと影辰さんと仲良くなれればなぁ〜って思ってるんですけど」

 

「んー……その気持ちは大変嬉しいけど俺はサーヴァントだし、召喚の時にも言ったけど戦う時の道具みたいな扱いで良いよ?」

 

 時にはそういう非情な判断も問われるだろうと思っての発言だったが、マスターには嫌な言葉だったのが顔を顰めてしまう。まぁ、見るからに優しいもんなこの子。

 

「うーん……それはそうかもしれないんですけど……私は、サーヴァントのううん英霊の人たちの力を借りないと何も出来ない子ですから。力を貸してくれる人達とは仲良くしたいんです!それくらいの恩返ししか出来ませんから!!」

 

 ……サーヴァントと同じ目線に立ってくれようとしてくれるのは良いけど。それは君が傷付く要因を増やすだけだぞ。戦いは非情なものであり、ましてやサーヴァントは友好を育んだとしても敵として姿を現す事があり得る存在だ。そんな存在に過剰に心を砕くのはあまりお勧め出来る行為ではない。だけど、その甘さが、その優しさがなんだか士郎と似ていて俺は言えなかった。

 

「ちょっと部屋の前で何騒いでるのよ……って貴方達、何してるの?」

 

 俺が黙りを決めているとオルガマリーちゃんが眉間に皺を寄せながら部屋から出てきた。此処は所長室じゃなかったと思うけどっと思いながら視線を向けると、資料室の看板が見えた。何か調べてたのかな?

 

「あ、オルガマリー所長!今、カルデアを探検してるところです。所長も一緒に行きませんか?」

 

「え……いや、良いわよ。私は此処を知り尽くしてるし何より、上司が居たら楽しめないでしょう?」

 

 自分が誘われたことに驚きながらも嬉しさを滲ませていたオルガマリーちゃんだが、即座に自分の立場を思い出し申し出を断った。だが、それに凹む事はなく、マスターは俺をチラリと見る。……なんだろう、凄く嫌な予感がする。

 

「今なら影辰さんも一緒ですよ!所長」

 

「おい行くとは「本当!?なら、私も行くわ。ほら、行くわよ影辰」……はい」

 

 俺の手を掴み歩き出すオルガマリーちゃんに抵抗する事を放棄する。恨みがましくマスターを睨むが、あはは〜っと受け流されてしまった。結局この後、マシュちゃん、オルガマリーちゃん、そしてマスターである立香ちゃんと一緒に最後までカルデア探索をする事になった。まぁ、息抜きになったのならそれで良いか。

 




次回はオルレアンかな。多分、ダイジェスト気味になる予定。


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特異点レポート 第一特異点&第二特異点

沼沼してたFGO編が少し書けたので投稿。多分、こんな感じで行きます(予定)


 優れた戦闘能力にマスターやカルデア上層部に忠実でありながらも、英霊としての経験から間違っていると判断できる事柄に対しては意見する事が出来る思慮深さ。そして何よりも、マスターである藤丸立香の命を最優先に動いてくれるサーヴァントの加入は戦力の足りないカルデアにとって大きく特異点修復は当初の予定より、順調に進んでいた。これはその作戦記録である。

 

─第一特異点

 

 本来の歴史ではフランスの為に尽力を尽くしたものの魔女として処刑される事となったジャンヌ・ダルクが蘇り竜とバーサーク・サーヴァント達を従え祖国フランスを火の海にしたとされる特異点。彼女達との邂逅は予想外なものでサーヴァントとして召喚されたジャンヌと合流し、訪れた町の跡地で遭遇する事となった。

 

「……気に入らないな」

 

「は?」

 

「気に入らないって言ったんだよ、この似非聖女が。裏切った祖国、国民、この世の全てを憎悪して復讐?そんな、真っ当な人間らしい感情を抱けるならお前は聖女なんて尊いものじゃねぇよ」

 

 戦闘時に見せる何処までも冷え切った光の届かない深海の様な瞳ではなく、烈火の如く燃え滾るマグマの様な怒りを感じさせる瞳で竜の魔女を名乗ったジャンヌ・ダルクを睨み付ける影辰。復讐を語り、今の自らの行いが正しいと断じて嘲笑うその姿は彼がこの世界の誰よりも愛し、そして堕としてしまった穢れなき白い聖女とは程遠く、聖女という存在を馬鹿にされている様で──シンプルに言ってしまえば、愛する人を貶められて心底腹が立った。

 

「何を言って……私は歴としたジャンヌ・ダルクよ!」

 

「……なぁ、ジャンヌ・ダルク。アンタは、その身を差し出して誰かを守り礼を言われた時になんて思う?」

 

 竜の魔女ではなく、自陣にいるジャンヌを見ながら問いかける。自分を無視するその姿に竜の魔女は苛立たしく言葉をぶつけるが何一つとして、影辰の耳には届いていない。

 

「当然の事をしたまででしょうか。勿論、お礼を言われて嬉しいという気持ちはありますが」

 

「だろうな。それが聖女と呼ばれる人間の思考回路だ、俺達が呼吸をして食事をするのと同じ様に目の前で困っている誰かを救う、救ってしまう。そして、その果てにどの様な結末が訪れようと助けた人達を憎む事はない。自分に出来る事を精一杯したのだと、報われない結果を受け入れて満足そうに逝く」

 

 自分という悪を受け入れ、万人を救う事はなかったけれどただ一人の男を救って満足そうに微笑む彼女を思い浮かべながら影辰は言葉を続ける。竜の魔女にとって致命的な一言を。

 

「聖女、ジャンヌ・ダルクが抱くことのない想いを抱いている竜の魔女、お前は誰だ?」

 

「ッッ……知った様な口を!良いわ、そんなに死にたいのならお望み通り、此処で死になさい!!」

 

 激昂した竜の魔女により、バーサーク・サーヴァント達が一斉に影辰へと襲いかかる。特に速かったのは、バーサーク・ランサーであるヴラド三世であった。本来ならあり得ないが、吸血鬼である事を受け入れている彼はその身を霧に変えて影辰へと迫り未だに動く素振りを見せていない影辰の血を啜ろうと槍を振り下ろそうとし、殴り飛ばされた。たった、一撃を胸元に受けただけだというのに自身の存在が揺らぐほどの攻撃を狂気の熱に浮かされながらもヴラド三世は理解し叫ぶ。

 

「この力……神に類するものか!」

 

「──吸血鬼殺しは専門でな」

 

 生前、埋葬機関に所属し英霊となった後に神の力を宿した今の影辰と吸血鬼の相性は考えるまでもなく吸血鬼が圧倒的不利だ。ましてや、狂気により生前の武が衰えている者達に止め切れる訳もなく、バーサーク・セイバーとバーサーク・ライダーの攻撃はあっさりと避けられ未だに動けぬヴラド三世にトドメが刺されようとしていた。その隙を背後からバーサーク・アサシン、カーミラが襲い掛かるが。

 

「ガハッ……どうして……」

 

「……」

 

 後ろを見ることもなく、カーミラの爪を避け無防備な霊核を手刀で貫きその存在を終わらすとヴラド三世を殺すべく腕を振り上げたところで竜の魔女が乗る邪竜が吐き出した火炎の邪魔が入り、舌打ちと共に跳躍し距離を取った。

 

「完全にタイミングを逃してしまったけれど、今だと思うわ。アマデウス」

 

「はしゃいで見ていたのは君だと思うけどねマリア」

 

 そのタイミングで人理に呼ばれた英霊、マリー・アントワネットとヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトがその姿を現し宝具にて竜の魔女と残りのバーサークサーヴァント達を足止めしカルデア一行はその場を逃げ出した。竜の魔女に怒りを抱く、影辰を除いて。

 

 結果的にカルデアの追撃に向かったバーサーク・ライダー以外のバーサークサーヴァント達を討ち倒し邪竜とジャンヌ・オルタを死ぬその瞬間まで足止めした事でカルデア一行はかなりの戦力を保持したままオルレアンでの最終決戦に挑む事となった。

 

「……あのね、怒りは分かるのだけど貴方も逃げてくれればもう少し楽になったのよ?」

 

「それはすまん、オルガマリー。どうしてもあの竜の魔女を許せなかったんだ」

 

「はぁ、助かったのも事実だからあまり強く言えないわね……というか、貴方随分と聖女に対して想いが強いのね。現代ならあまりそういう人居ないでしょうに」

 

「言ってなかったか。俺の妻が聖女なんだ」

 

「……え?貴方、聖女を口説き落としたの?」

 

「いや、どちらかと言えば口説き落とされた」

 

「え?」

 

「ん?」

 

 以上、カルデアに再召喚された時の小話。続いて、第二特異点へと話は移る。

 

─第二特異点

 

 レフによって複数のローマ皇帝を名乗る者達が率いる連合ローマ帝国と時の皇帝ネロが率いるローマ帝国が戦争を行っている特異点。レイシフトしたカルデア一行は連合ローマ帝国が特異点の原因と判断し、ネロ皇帝の申し出に同意しローマ帝国軍として戦争に参加していった。この戦いにおいても、単騎で軍勢に匹敵する働きを見せ、影辰は戦場で暴れ尽くす事となる。そして、そんな彼の目の前に友人が立ち塞がった。

 

「……うん。不完全燃焼かもしれないけど、此処で許して欲しい皇帝」

 

「好き放題言った上で、余に辞めろと申すか大王」

 

「そうだよ。君も皇帝なら分かるでしょ?臣下の願いは、叶えてあげたくなるって」

 

 アレキサンダーがネロを煽る様に激励し戦い始めネロ有利となったタイミングで動きを止めた。後ろに控えているとあるサーヴァントとの約束でこのまま消える訳にはいかないアレキサンダーは、ネロの覚悟を確かめた事で満足し約束を違える訳にはいかぬと武器をしまった。

 

「……むぅ。色々と言いたい事はあるが皇帝の在り方を言われてしまえば、武器を下げるほかあるまい。此方の臣下も先程から熱を発しているしな」

 

「あはは、そうだね。じゃあ、先生今度は君の番だよ」

 

 アレキサンダーのその言葉に英霊らしからぬスーツを着て現代的なライターと葉巻を持った英霊が前に出るとそれに呼応する様に草臥れたコートを着ている影辰も前に出る。お互いに手を伸ばせば握手が出来る距離まで近づき、その光景を見ている周囲の者達がごくりと唾を飲んだその瞬間、彼らは子供のように笑い出した。

 

「ふっ、ははははは!お前が神霊を宿す英霊になるとはもはや呆れを通り越して笑いが込み上げてくるな影辰」

 

「はははははっ!どうだ、凄いだろ!つか、お前は誰の力を借り受けてるんだ?軍師系なのは予想が付くが」

 

「聞いて驚け。諸葛孔明だ、まぁ力だけ継承したにすぎないがな」

 

「ほー、三国の大軍師か。流石は、ロードエルメロイII世殿だな」

 

 一頻り笑いあった後、互いの状況を確認し合い影辰は懐から一本の煙草を取り出すとそれにロードエルメロイII世が火を点ける。先ほどまでの騒がしさとは打って変わり、煙草を咥え漢の顔になった二人はどちらからともなく、切り出した。

 

「「んじゃあ、やるか」」

 

 ニヤリと笑い、エルメロイII世が軍扇を振り下ろすと影辰の頭上に岩が降り注ぐ。それらを影辰が砕いている間に、距離を取ったエルメロイII世が再び軍扇を振るうと突風が刃の様に襲いかかる。

 

「ふっ!」

 

 その風の刃を拳圧だけで打ち消すと影辰は腰を沈め、獣の様にエルメロイII世へと接近しその邪魔をする魔術を全て力づくで突破していく。やがて、その拳がエルメロイII世へと当たる瞬間、横からアレキサンダーが現れ剣で影辰の攻撃を防ぎ、弾き飛ばす。軍師の戦力に兵であるアレキサンダーが含まれるのは当然の事であり、影辰はより楽しそうにエルメロイII世へと視線を飛ばす。

 

「期待は裏切らんさ。──これぞ大軍師の究極陣地、石兵八陣(かえらずのじん)

 

 空から石柱が降り注ぎ、影辰がいるその場所をエルメロイII世にとって有利な環境へと一瞬で作り替える。諸葛孔明となった彼が持つ宝具は三国志演義にて侵入した者を死に追い込んだとされるもので精神負荷に対して圧倒的耐性を誇る影辰でなければ、この宝具が発動した瞬間に動きを封じ込められていただろう。

 

「影辰さん!」

 

 石柱により視線が遮られ、不安に駆られた藤丸が大声を出して彼の名を呼ぶ。

 

「大丈夫だ。それより、魔力を少しばかり多く貰っていくぞ」

 

 彼女の心配を他所に力強い返事を返すと同時にマスターから魔力を普段より多く持っていく。それら全てを身体強化に使い、石兵八陣のカラクリを知能で解くのではなく、目の前の石柱をがむしゃらにぶん殴る事で踏破しようとしていく影辰。

 

「……脳筋具合に拍車がかかってないかアイツ」

 

 その行動に素が出るほど呆れるエルメロイII世だったが、即座にアレキサンダーに指示を出しブケファラスに乗った若き王が臣下の友と刃を交える事となる。石兵八陣によって、有利な環境をブケファラスの機動力を活かし縦横無尽に駆け回るアレキサンダーと軍師の息が合った攻撃を単純な力と、戦闘センスを持って抗う影辰。それでも決して浅くない傷が次々とその身体に刻まれていく。

 

「……ふぅぅ」

 

「空気が変わった?……先生!」

 

「あぁ、分かっている!!畳み掛けるは今だ、その男にやりたい事をさせるな!!」

 

 ブケファラスに乗ったアレキサンダーが一度、大きく距離を取り魔力を高める。腰を深く落とし、石柱へと正拳突きを放とうとしている影辰へ向けて宝具を高らかに謳う。

 

「いずれ、彼方に至るため──始まりの蹂躙制覇(ブケファラス)

 

 真名解放によりその力を解放したアレキサンダーとブケファラスが影辰に迫るその刹那──

 

「令呪を持って命じる!マシュ、影辰さんを守って!!」

 

「はい、先輩!!」

 

 軍師の力に兵が含まれるのなら逆もまた然り。兵である影辰を守る為に、軍師である藤丸は令呪を使いマシュを強化し影辰と背中を合わせる様にマシュが降り立ち、その盾でアレキサンダーの宝具を防ぎきってみせた。

 

「あとはお任せします!」

 

「おう。ありがとな、マシュちゃん」

 

 返事と共に轟音が響き渡り石兵八陣が粉々に砕け散る。巻き上がる石埃の向こう、己に迫る影辰を見ながらエルメロイII世いや、ウェイバーは悔しそうにしながら握り拳を作り構える。そこに軍師としての姿はなく、ただ友に負けたくない一人の漢の意地があった。

 

「ぐあっ!」

 

「良い拳だ」

 

 影辰の拳は思いっきりウェイバーを殴り飛ばし、ウェイバーの拳は影辰の頬にぺちっと軽い音を立てた。全てを出し切り、清々しい気持ちで青空を眺めていたウェイバーへと近寄り影辰は手を差し出しそれをウェイバーが掴み、立ち上がった。

 

「あー、負けた負けた!たくっ、サーヴァントになった今ならもう少しやれると思ったけど戦闘に関しちゃお前が上だな」

 

「抜かせ、俺一人の勝ちじゃない。マスターとマシュちゃんのお陰だ。頭の良さじゃ、どう足掻いても勝てねぇな」

 

 互いを称え合う様に背中を叩き合うと──ウェイバーは咳き込んでいたが──時間が来た様でアレキサンダーとウェイバーの身体がキラキラと光を放ちながら魔力へと変わり始める。元より野良サーヴァントの二人、ネロと戦いその後休憩もなく影辰と戦った事で魔力が枯渇した様だ。

 

「なんだ、協力してくれないのか?」

 

「そちらに呼ばれれば手を貸すさ。此度は、私も王も満足してしまったからな」

 

「そうか。んじゃ、仕方ないな。待ってるぞウェイバー」

 

「あぁ、お前と肩を並べる日を楽しみにしているよ影辰」

 

 パンっとハイタッチの音を響かせ友を見送った。二人の間に悲しみも寂しさもなく、『まぁ、また会えるだろう』そう確信して別れる。そんなまるで青春の一ページの様なやり取りをした後、捕らわれていたブーディカを救い出すといよいよカルデア一行は黒幕であるレフ・ライノールと再会する事になる。神祖、ロムルスを破ったカルデアの前に彼は現れた。

 

「いや、いやぬおっ!?!?」

 

「チッ、油断してれば首の一つでもへし折ってくれたものを」

 

『……ンンッ、久しぶりねレフ。王の危機を無視するとは、裏切り者はどこまでいっても裏切り者ね。それと影辰、怒ってくれるのは嬉しいけど彼からは聞きたいことがあるから話を終わらせた後にしてくれる?』

 

「……分かった」

 

 オルガマリーに嗜められる形で不服そうに影辰はレフの首をへし折ろうと未だに伸ばしていた腕を下げマスターの元へと戻る。こういうところがバーサーカー足る所以なのだろう。

 

『さてと、ねぇレフ。貴方の後ろに居るのは誰?まさか、貴方一人で人理焼却なんて大事を引き起こした訳じゃないわよね?』

 

「それを答えると思うかね?全く、抵抗しても意味がない、既に結末は定まっているというのに。そんな事すら分からない無能は問いかけすら無能だな!やはり、君はあの時に死ぬべきだったよ!そうすれば、この様に生き恥を晒す事はなかったのだからね」

 

 かつて己が最も信頼していた者に嘲笑われながらもオルガマリーは、毅然とした態度と声で言葉を紡ぐ。

 

『そう。本当に堕ちるところまで堕ちたのね。それと、勘違いしないでレフ・ライノール。貴方は私達、カルデアの命を全て奪えなかったまだ生きている者がいる。なら、未来は誰にも分からないわ……生き恥を晒さないと良いわね?』

 

「ふっ」

 

 見事に煽り返されるその姿を見て影辰が我慢出来ないと言った様子で吹き出す。それに顔を赤くしながら、レフは真の姿を現した。人理焼却を目論むもの、七十二柱の一柱、フラウロスとしての姿を。だが、諦める事をしないカルデアはこれを見事に撃破、続いて召喚されたアルテラによってレフは両断され聖杯は彼女の手に渡った。ローマの首都へと向かう彼女をカルデアは全力で戦い、そして

 

「今だ、ネロ皇帝!」

 

 マシュがアルテラの攻撃を防ぎ、生じた隙に影辰がアルテラを背後から羽交締めにし拘束する。そこをネロ皇帝が一閃し、見事にアルテラを撃破する事に成功。無事に第二特異点は修復される事となった。

 

「あ、影辰さん!お疲れ様です」

 

「あぁ、マシュちゃんお疲れ。あ、そうだ特異点では助かったよありがとう」

 

「い、いえ先輩の指示に従っただけですからお構いなくってきゃっ!?」

 

「そこは素直に受け取って良い場面だぞ。マスターには会った時にお礼する。俺は君に助けられたと思ったから礼をしているんだ」

 

「……はい。ありがとうございます」

 

「マシュちゃん、お礼を言われた時の返事は?」

 

「どう、いたしまして……」

 

「ん。よく出来ました」

 

「……良いなぁ、私も頭撫でられたい」

 

「素直に言えばアイツは撫でてくれると思うぞオルガマリー・アニムスフィア」

 

「うわぁぁ!?ロードエルメロイII世!?」

 

 以上、第二特異点攻略後の一コマである。




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