インフィニット・ストラトス 宣教者異聞録 (魔法科学は浪漫極振り)
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第一部 IS学園編・再動の宣教者
第一話


 無から有は生じない。科学の基礎中の基礎、エネルギー保存の法則を知る者であれば誰でもわかる理屈である。しかし人々は20世紀に誕生した原子力同様、インフィニット・ストラトスとその動力源であるISコアがもたらす恩恵にのみ着眼し、自らを盲目とした。それ故にISコアが生み出す膨大なエネルギーが今ある世界とは別の、観測できない『何処か』から引き出されている事実を知る者は開発者の篠ノ之束のみである。しかし彼女はこの事象に関して人類に報告も警告も出してはいなかった。

 エネルギーとは様々な姿がある。一般的なものでは電気・運動・光・音・熱など、形態も多彩である。ISコアが別の世界から引き出すエネルギーは人類に馴染み深い電気エネルギーとして精製される設計となっているが、元のエネルギー源が、どのような代物かは、篠ノ之束ですら正確には把握できていない。

 ……その正体は『精神エネルギー』。知的生命体が死した際、宇宙に拡散される目には見えない無形無色のエネルギー体であり、通常であれば死者の意識は星の大海に溶けて消え去るが、強固な意思を持つ者の思念波は時として残留し、宇宙空間に漂う場合があるなど、この世界の誰もが想像だにしないであろう。

 そしてIS誕生から十年後。インフィニット・ストラトスの存在する世界とは異なる地球圏において勃発した戦いを、己の才覚を試す劇場とした傲岸不遜な男の遺した思念波はISコアに導かれ、とあるISと深く結び付いてしまった事を知る人間は、まだ世界の何処にもいなかった。


 ────重力の井戸の底か。……不快だな

 

 

「ん?」

 

 

 女性でしか動かせないインフィニット・ストラトスを起動させた少年、織斑一夏は女性率100%のIS学園に男一人で送り込まれてしまった自身の不幸を嘆き、いまいちやる気を見出せずにいた頃、クラス代表を決める話し合いの場においてイギリスの代表候補生セシリア・オルコットと売り言葉に買い言葉の口論へ発展。最終的にISバトルで決着をつける流れとなっていた。そして今日がその対戦当日、時間も試合開始直前である。

 

 長らく待たされ、ようやく届いた自身の専用機、日本の倉持技研によって開発された第三世代IS『白式』を起動させたところで、彼の脳裏に知らない誰かの声が聴こえた。いや、言葉が走ったと言うべきか。表現はともかく、彼の思惟に『()()』の声が響いた気がしたのだ。稼働を始めたハイパーセンサーで周囲を見回すが、結局、声の主らしき人物は何処にも見当たらなかった。

 

 

「どうした織斑。機体に不備でもあったか」 

 

 

 一夏の様子を不審に思ったのか、実姉であると同時にクラス担任でもある織斑千冬から声をかけられた彼は謎の声への疑念を振り払い、姉と視線を交わす。

 

 

「いや、なんでもないよ。千冬姉」

 

「織斑先生だ。いい加減に慣れろ、馬鹿者」

 

 

 学園での生活が一週間経つというのに、未だに姉呼びの癖が抜けない愚弟に嘆息しつつ、アリーナの使用時間の都合でファースト・シフト完了前に試合に送り込む旨を伝えると一夏はそれを了承。傍らで見守る幼馴染の篠ノ之箒と言葉を交わしてISをアリーナへと射出するカタパルトに接続する。ついで管制室から発信許可が下りた。

 

 

「織斑一夏、白式が出ます」

 

 

 彼の言葉に合わせて、カタパルトが起動。勢い良く一夏と白式は空へと放り出された。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ようやく来ましたのね」

 

「あぁ、待たせたな」

 

 

 アリーナに飛び出した一夏は対戦相手のセシリアの正面で停止。同時に彼女の専用機である青い装甲のISを確認する。名は『ブルー・ティアーズ』。イギリスが開発した第三世代ISであり、光学兵器による遠距離射撃に特化した機体だ。

 

 

 ────両手持ちの大型ビームライフル。火力は十分だろうが、取り回しに難があると見える

 

 

 セシリアをまっすぐに見ていた一夏の視線が、『()()』に誘導されるかのように彼女が所持するレーザーライフル『スターライトmkⅢ』へ向けられる。その視線を怯えと認識したのか、彼女は一夏にひとつの提案を出した。

 

 

「最後のチャンスをあげますわ」

 

「……チャンスって?」

 

「わたくしが一方的な勝利を得るのは自明の理。今ここで謝るというのなら、許してあげないこともなくってよ?」

 

「そういうのはチャンスとは言わないな」

 

 

 ────随分と気位の高そうな娘だ。さて、実力は如何ほどか

 

 

「そう? 残念ですわ。それなら……お別れですわね!」

 

 

 ────左胸部、心臓狙い

 

 

 セシリアがスターライトmkⅢを構え、一夏に向けてレーザーを発射。放たれた指向性の光線は大気を焼き裂きながら一直線に飛んでいく。一夏は眼前に突如表示された警告のモニターに一瞬気取られたが、感じた『()()』に従って左のスラスターを噴かせて半身をずらし、右側へと回避する。

 

 

「う……くっ、いきなりかよ!」

 

「あら、それなりに動けるようですわね。では、これはどうかしら!」

 

 

 辛うじて初手を回避した一夏に対してセシリアは続けてレーザーライフルを僅かに射角をずらして二連射する。一夏は先程のように白式のスラスターを一気に噴かせて当たらない方向へと離脱を図ろうとするが。

 

 

 ────賢しいな。誘導されているぞ

 

 

「……ッ!」

 

 

 再び感じた『()()』に従って咄嗟に吹き出していたスラスターの一部を強引に停止、バランスを崩したものの、二射に続けて放たれた三発目を寸前で避ける。一夏は肝が冷える思いだったが、セシリアの驚きはそれ以上であった。

 

 

「今の攻撃を避けるなんて……」

 

 

 ISが思考制御だからこそ通用するフェイント射撃。射角を調整した二連速射に反応した相手は瞬間的に攻撃の当たらない、安全な回避先を選択し、そこへ本命の一撃を叩き込む。手練れには効果が薄いが、読み合いに疎い初心者ならば一度は引っかかってしまう。これを避けた以上、セシリアは一夏をハンティングの標的ではなく、己を害し得る敵と認識した。

 

 

「いいでしょう。あなたをわたくしの敵と認めて差し上げますわ。……ブルー・ティアーズ!」

 

 

 セシリアの発声と共に随伴していた四枚の青い羽根が飛び出す。その正体はセシリアの思考によって誘導され、本体から切り離された状態でも稼働する小型レーザー砲だ。

 

 

 ────ビット兵器か。手並みを拝見しよう

 

 

「さあ、踊りなさい! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!」

 

「……くるかッ!」

 

 

 四枚の羽根は先端からレーザーを撃ち出してくる。反撃の術を持たない一夏は一心不乱に回避する。回避、回避、回避回避回避。

 

 

 

 

 

 

 

 

 観客席や管制室は騒然となり始めていた。セシリアのBT兵器展開から早数分。その間、四方から絶え間なく一方的にレーザーを撃たれている一夏がまだ一度も被弾していないからだ。スラスターの性能で強引に突破している訳ではない。使う推進力は最小限、手足を動かして、その動きと反動を利用して細やかにレーザーを避けている。ハイパーセンサー慣れしている熟練者でもここまで完璧な回避マニューバ―を使う者はいない。何よりも、曲芸じみた回避行動は相手の射撃を完璧に読み切っていなければ不可能だ。

 

 

「どうなっている……」

 

 

 千冬は一夏が今日までIS訓練をしていない事を把握していた。ISにまともに乗ったのは、入学前の模擬試験を除けばこれが初めて。ぶっつけ本番で弟にこのような動きが出来るはずがないと確信していた。だからこそ機体が原因と思われるが、倉持技研から送られてきたカタログスペックには武装が剣一本という、明らかに千冬を意識した初心者向けではない装備以外に特出した要素は見当たらなかった。

 

 

(あいつが何か仕込んだのか……?)

 

 

 IS絡みのイレギュラーとなれば、旧友の関与を懸念せざるを得ない。後ほどの追及を決め、今は試合の推移を見守る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

(ISって意外と簡単なんだな……)

 

 

 先程までの初実戦による緊張が噓のように、一夏は試合の最中でありながら気楽な考え事を行っていた。今なおセシリアに撃たれ続けている彼が、どうしてそんな真似ができるのか。……それは彼が()()()()()()()()()()()()()()()()からだ。

 

 思惟に働きかけてくる『()()』を感じ取り、それに従って持ち前の身体スペックを活かし、反射的に肉体とISを動かしている。これによってIS初心者の一夏では絶対に対処できない降雨の如き光の連撃を躱し続けていられるし、慣れてきた今では考え事をする余裕まで出来ているのだ。当然、この動作はISの常識から考えれば異常な事である。しかし彼にはこれがISにとって普通の動かし方なのだという誤認識を持ってしまっていた。

 

 何故か。それは織斑一夏という少年が見知るISとは、姉が出場するトップレベルの人材が集う世界大会だけであり、一般的なISがどのように動くか知らず、知識もほぼゼロに近い。そんな彼に、白式と他のISとの差異に気付けという方が無理難題だろう。もしも入学から試合までの一週間で、穴だらけの知識をギッチリと詰め込むか、一度でも普通のISを動かす経験があれば気付けただろうが、既に手遅れだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そして遂に攻撃が止み、思考を放棄し、反射に頼った回避運動を続けていた一夏も動きを止める。数分前に見たセシリアの気品と余裕を持った涼し気な顔は今や怒りで満ちていた。

 

 

 ────見どころはある。しかし、あの女とは比べるまでもないか

 

 

「あなた! ふざけていますの!」

 

「そんなつもりは無いぞ」

 

「ならわたくしを物笑いの種にしたかったのかしら!? おめでとうございます! 大成功ですわ!」

 

「いや、だから……」

 

「なんです!?」

 

「時間稼ぎだけど」

 

「はあ!?」

 

 

 その瞬間、閉じていた白銀の翼が左右に大きく広がり、フォーマットとフィッティングが完全に終わった事を告げた。一夏が勝負を焦らずに回避だけを続けていたのは、これを待っていたのだ。

 

 

「おし、ようやくか」

 

「ま、まさかファースト・シフト!? 今まで初期設定だけの機体であれだけ動かしていたというの!?」

 

「ああ、時間が無いから実戦でやれって千冬姉に言われてさ」

 

「……ッ!?」

 

 

 一夏は深く考えて試合前に千冬から言われた言葉を口に出した訳では無かったのだろう。だが、今の一言はセシリアの辛うじて残っていたプライドをズタズタに切り裂いてしまった。セシリアでは一夏にどれだけ攻撃しても勝てない。織斑千冬が、世界大会優勝者が最初からそう考えていたと言われたも同然だったからだ。そして何よりも、ファースト・シフトさえ完了させていない状態のISに対して一発も有効打を与えられなかったという無惨な結果が彼女自身、それが正しいと察してしまったからだ。

 

 

「…………降参、しますわ」

 

「えっ、なんでだよ。本番はここからだぜ?」

 

「わたくしでは、あなたに、勝てません……ッ!」

 

 

 震える声で言葉を絞り出したセシリアは、これ以上一夏が何かを言う前にコンソールを操作してサレンダーを選択、即座にピットへと飛び去ってしまう。試合の放棄。そして逃走。国家代表の候補たる人間が行って良い行動では無い。しかし今の彼女の心の内は怒りと嘆きの感情が綯い交ぜになり、冷静な判断を下せない状態になっていた。とにかく今はただ、この場から一秒でも早く立ち去る事だけが彼女の中の最優先事項であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「一夏ッ! なんだあの戦い方は!?」

 

 

 急な試合の幕切れに困惑しながらも一夏はピットへ帰還。その直後、一夏は箒から罵声を浴びせられた。彼自身思うところがあったので、反発はしなかった。

 

 

「……やっぱり、まずかったよな」

 

「傍から見て、お前がオルコットで遊んでいるように見えたぞ」

 

「そういう意図は無かったんだ。ただ、ファースト・シフトまでの時間稼ぎのつもりで……」

 

「お前が相手を嬲るような奴ではないと私は知っている。だが……」

 

「俺をよく知らない奴から見たら、随分と嫌な奴だって思うだろうな」

 

 

 去り際のセシリアの泣き出しそうな表情を作ったのは自分だと分かっている。だからこそ、一夏は彼女にどのような言葉をかけるべきか、すぐに思いつかなかった。

 

 

 ────あの才、腐らせるには少々惜しいものだ

 

 

 それでも彼女にどう謝るべきかを考えながら、一夏はISを解除する。白式が消えた後に残ったのは白いヘアバンドであった。

 

 

「これがISの待機状態って奴か」

 

 

 一夏は用途通りに頭へ付けるか一瞬悩んだが、セシリアもヘアバンドを普段身に付けていた事を思い出し、右手首へ二重にして巻いておく事にした。

 

 

「……あ、そういえば千冬姉は?」

 

「確認する事があると言って出ていったきりだ。代わりにこれを預かっている」

 

 

 分厚い冊子が箒から手渡される。手に感じる重さは嫌でも中身の文章量を推察させられてしまう。

 

 

「な、なんだこれ?」

 

「専用機持ちが把握し、守るべき事項のマニュアルだそうだ。教科書と追加で覚えろと言っていたぞ」

 

「うげぇ」

 

 

 ただでさえ学習が遅れ気味なのに、ここで更に詰め込むべき内容が増えてしまった一夏は苦悶の声をあげた。

 

 

「俺一人じゃあ絶対無理だ。……なぁ、箒。これからもいろいろと頼っていいか?」

 

「ん!?あ、ああ! もちろんだ!」

 

 

 好意を抱く幼馴染に頼られる事、必要とされる事を箒は喜んでいたが、その直後、目の前の一夏が足をふらつかせた。倒れる事は無かったが、顔色はあまり良くは無い。

 

 

「お、おい大丈夫か?」

 

「あ、ああ。試合が終わって緊張が解けたからか……? 急に眠気が……」

 

「そうか。なら寮で一眠りしてこい。夕食までには起こしてやる」

 

「……悪い。今日はシャワーも先に使わせてもらうな」

 

 

 軽く頭を振って意識を取り戻した一夏は手早く片付け、寮への帰路を進む。その眠気が、白式の元となった白騎士が有する生体再生能力を『()()』が悪用した結果だとは、気付けなかった。



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第二話

 試合を放棄したセシリアは一人、学生に解放されている人気の無い屋外テラスの一つで己の不始末を嘆いていた。日がまもなく没する黄昏時。つまり夕食の時間ということもあって周囲に人影は無い。センチメンタルに浸るには良い時間と場所と言えよう。

 

 

「滑稽、ですわね」

 

 

 クラス全員の前で大言を吐き、相手が男性というだけで見下して流れるように今自分が留学している日本まで侮辱した。その癖、自分から叩き付けた決闘で彼と自分の実力差を嫌になるくらい実感させられて、戦意を喪失。最後には逃げ出してしまったのだ。彼女はIS学園に入学して僅か一週間で、あまりにも醜態を晒し過ぎていた。

 

 

(もしかしたら、代表候補生も外されてしまうかも……)

 

 

 家族の死後、努力に努力を重ねた結果、IS操縦の実力を認められて代表候補生として抜擢、最新鋭の専用機を与えられて意気揚々としていたイギリスでの日々は過去の栄光となり、守り続けていたオルコット家も共に没落する。目の前で地平線の彼方へと沈みゆく太陽がまるで自身のこれからの凋落を暗示しているようで、とても恐ろしく見える。そんな不安を隠せず、震えていた彼女に声をかける人物がいた。

 

 

「失礼、相席よろしいか」

 

「……ッ!」

 

 

 今、一番聞きたくなかった男の声。振り向いた先には、()()()()()()()()()()()()()織斑一夏がいた。何を言われるのか、戦々恐々しながらも、相席の許可を出すと彼はセシリアの正面に腰を下ろした。

 

 

「……何の御用でしょうか」

 

「オルコット嬢、私は貴女に謝罪を申し入れに参りました」

 

 

 セシリアには言われた意味が分からなかった。セシリアに謝罪を要求するのであれば納得できるが、彼が彼女に謝る理由に検討が付かなかったからだ。

 

 

「わたくしに、謝罪?」

 

「初の実戦に浮かれ、貴女を蔑ろにしてしまった事。貴女の国や誇りに傷を付けた事。紳士的な振る舞いでは無かった。許していただけないだろうか」

 

 

 頭を垂れて謝意を示す一夏にセシリアは戸惑い、辛うじて残っていた冷静な部分が彼を一方的に謝らせてはならないと判断した。

 

 

「お待ちください! そ、それは、わたくしの台詞です。わたくしは最初から貴方を一方的に蔑視していました。真に謝るべきはわたくしの方です!」

 

「……では、双方に過失あり、これにて痛み分けとしようか」

 

 

 頭を上げた一夏は先程までの真摯な態度を崩し、不敵な笑みを浮かべていた。セシリアは一夏が素早く謝罪をする事で、話の流れを持って行ったのだと気付いて眉間に皺を寄せた。

 

 

「普段と雰囲気が随分と違いますのね」

 

「常日頃は道化の仮面を被っている」

 

「どういう事でして?」

 

「保身だよ。織斑千冬や篠ノ之束、スペシャルの近くにいたのだ。私自身が特別に見られたり、利用価値を見出そうとする輩は多い。愚鈍な面を見れば、アプローチもそれに合わせて単純化し、凌ぎやすくなるだろう?」

 

「あら、随分と腹黒い」

 

「手厳しいな。私なりの処世術と言ってもらいたい」

 

 

 一夏の語る苦労はセシリアにも分かる話だ。両親の死後、遺産を食いつぶそうと有象無象が集ってきた事、それを退ける為にひたすらに苦心を続けてきたのだから。過去を振り返ったからだろうか、ふと心の奥に閉まっていたひとつの疑念が浮かび上がってきた。普段ならば表に出さず、再度心の奥に押し込めてしまう世迷言。だが今は、目の前にいる男が自分の疑念にどんな答えを出すか、気になってしまった。

 

 

「……父も、そうだったのでしょうか」

 

「というと?」

 

「生前の父は気高く強かった母と違い、婿養子で卑屈、軟弱さを感じる人でした。わたくしには母と父がなぜ一緒になったのか、ずっと不思議でした」

 

「ふむ……」

 

 

 一夏は少し考えてからセシリアと目を合わせる。

 

 

「これは私見になるが、君の母君は弱さを他人に見せられないタイプだったのだろう」

 

「……母が?」

 

「そうだ。どれだけ強くみえようと、女という生き物は心にナイーブさを秘めているものだ。姉が良い例だな」

 

「あの織斑先生も?」

 

「ああ、張子の虎だよ。張られた板が分厚く、重いから誰もそう見えないし、見せないだけだ」

 

 

 世界最強にも、そういう部分があるかとセシリアは純粋に驚いた。

 

 

「つまりは、魂の安らげる場所として君の母君は父君を見出したのだ。そして父君は母君の心の守り手だった。家族である貴女にすら隠し切ったその手腕は認められるべきだろう」

 

「……」

 

「これが私なりの考えだ。どうだろうか」

 

 

 そうか、母には父が必要だったのか。オルコットを良く思わない人間が矢面に立つ母ではなく、父を侮蔑する言葉はよく聞いていたが、あれは母への攻撃を代わりに受け止める為の盾であり、鎧だったのか。セシリアには先ほどまで軽蔑していた父が突如として偉大になって思えた。

 

 

「……織斑さん、あなたは随分とロマンチストですのね」

 

「ロマンの無い男など無味乾燥ではないか」

 

「ふふっ。そうかも知れませんわね」

 

 

 先程まで抱えていた様々な悲観はいつの間にか消え、セシリアは自然と笑みを浮かべていた。

 

 

「やはり笑顔が美しいな。花は咲き誇ってこそだ」

 

「えっ……」

 

 

 社交界で生きてきたセシリアにとって、誉め言葉など慣れたものだ。それでも、彼の一言に甘い痺れを覚えてしまったのは、知らず知らずのうちに惹かれていたということか。己の心の変化に戸惑いを感じている間に一夏が腰を上げた。

 

 

「さて、そろそろいい時分だ。お先に失礼するよ、オルコット嬢」

 

「あ……わ、わたくしの事はセシリアとお呼びくださいな」

 

「ならば私も、()()一夏で構わない」

 

「今は?」

 

「言っただろう? 道化を演じているのだ。ここでの会話は二人だけの秘密だ」

 

「そうですか……」

 

 

 二人だけの秘密、という言葉に少しばかりの高揚感を覚えながらも、表立って彼と接する事が出来ない事が残念に思える。

 

 

「心配する事はない。時が来れば今の私を常に表に出せる日も来るだろう。それまではこれを目印にしよう」

 

 

 そう言いながら一夏は頭のヘアバンドをトントンと叩いて指差す。

 

 

「頭にヘアバンドを付け、二人きりの時は今の私だ。他に誰かいる時や手首にヘアバンドを巻いている時は道化だと思ってくれて構わない」

 

「分かりましたわ」

 

 

 二人にしか分からない、密会の暗号。萎んでいた気分が膨れ上がっていく。

 

 

「ああ、それと。君の上役に渡してほしい」

 

 

 売店でも取り扱っているシンプルな保存媒体のメモリースティックをポケットから取り出してセシリアに手渡す。

 

 

「これは?」

 

「私からイギリスへのビデオメッセージだ。不安であれば後ほど確認してもいいが、ここでは見ないでもらいたいな。では、良い夜を」

 

 

 

 

 

 

 

 

『──で、あるからして。セシリア・オルコット嬢はIS操縦の才覚に恵まれており、伸びしろもまだ十分にあるとブリュンヒルデにして我が姉である織斑千冬から薫陶を受けた私は考えます。確かに彼女の言動は国を代表する者の一人としての自覚に乏しかった事間違いありませんが、この一時の過ちで彼女を排するはイギリスの国益を大いに損ねる事となりましょう。私個人といたしましても彼女と共に研鑽が出来る事はこの上ない幸運であると考える次第であります。これらの点を踏まえた上でセシリア・オルコット嬢に温情を与えていただきますよう、伏してお願い申し上げる次第であります。最後になりますが、本メッセージを貴国に送りました事は私の独断行為です。織斑千冬をはじめ、学園関係者に通達されますと今後貴国との関係に罅が入りかねません。閲覧後は速やかに完全破棄をお願い申し上げます。これでメッセージを終わります』

 

 

 手渡されたビデオメッセージには流暢な英語でセシリアを擁護する織斑一夏の姿が記録されていた。彼女が一夏に成す術が無かった理由は、彼が織斑千冬に育てられた秘蔵っ子だった事。その彼がセシリアの才能を認めている事。そして彼女となら今後も友好的に付き合っていけるだろうと仄めかしている事。このメッセージを観れば、イギリスはセシリアを簡単には切れないだろう。

 

 

「これを……これを本国に報告しろとおっしゃるのですか」

 

 

 惹かれた相手が自分の身を守る為に用意してくれたサプライズに悶えるセシリアの胸中は高鳴り、我慢できず自前の豪奢なベッドに飛び込んだ。

 

 

「ああ、一夏さん……!」

 

 

 明日からどんな顔で彼を見ればいいのか。普段、道化を演じているという彼は、あのテラスでの会話を無かった事として接するはずだ。ならば自分もそれに合わせ、改めて謝罪から行うべきだろう。

 

 

「次の逢瀬、楽しみにさせていただきますわ……」

 

 

 心の芯から溢れる火照りと微睡みに身を委ねて、セシリアは心穏やかに眠りについた。



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第三話

 試合終了後、一夏とセシリアの試合に関するデータを携帯端末に手早くコピーした千冬は試合に関する事後処理を副担任の山田真耶に任せ、白式の調整に関与したと思われる篠ノ之束に連絡を入れていた。

 

 

「えー? 束さんは知らないよー?」

 

 

 千冬からの久方振りの着信に嬉々として応じた束だったが、内容が終えたばかりの仕事に関する追及だった為、若干不貞腐れていた。もっとも、不満を垂れながらも手を休める事なく、千冬の携帯端末から白式に関するデータを抜き出しているあたり、興味関心は十分あるようだ。

 

 

「本当にお前は白式に何も仕掛けを施していないのか?」

 

「そもそも白式の開発は倉持技研が凍結してた奴を束さんが回収して未完成な部分を調整しただけ。あとは白騎士のコアが使われてたり、束さんお手製の展開装甲を雪片弐型にちょこーっと使ってるぐらいで、他の第三世代型と大きな違いは無いよ」

 

「ならば一夏のあの動きはどう説明する」

 

「さあー? ちーちゃんにも心当たりが無いんじゃ、束さんもわっかんないなー」

 

 

 吸い出した様々なデータを全てモニターに表示してチェックを入れていく。特筆すべき箇所は脳に微弱な負荷がかかっている点だろうか。戦闘映像と合わせると、負荷がかかった直後に一夏が身体を動かしているように見える。言わば思考と反射にほぼラグが無い状態だ。しかし、この程度の反応ならば反射神経の良い普通の人間でも類似するパターンは時折見受けられるし、異常な操縦能力についての関連としては薄い。つまり、判断を下すにはデータが圧倒的に足りていない。

 

 

「でもまぁ、そんなに気になるなら調べてみようか。よし予定変更。ちょっちド派手にやりますかー!」

 

「何をする気だ。……おい聞いてるのか、たば」

 

 

 千冬との回線を一方的に切断した後、束は後日IS学園に送り込む『ゴーレムⅠ』を再調整する事に決めた。一夏の今後を考えて機械的で動作の分かりやすい、実戦のならし相手とする予定だったが、既に彼が千冬が危惧するほどに動けているのであれば手加減なんてさせていては底を知ることができない。

 

 故に。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と決めた。もしかすると妹の箒を除いた周囲の人間が死んでしまうかもしれないが、束にとって有象無象の生死など考慮に値しない。

 

 

「ふむふむ。ちーちゃんにはああ言ったけど、白式のコアがネットワークから遮断されてる。いや、これは白式のコアが閉じた訳じゃない。他のISコアが白式を切り離した、が正解かな?」

 

 

 しかし、白式側もまた、こちらからのアプローチは完全に無視している。コアになんらかの異常があったのは間違いないだろう。それが良い事か悪い事かは束にも今の段階では判断が付かない。

 

 

「あとはこの独特な回避モーション。無重力空間でスラスターを使わない姿勢制御方法としてNASAで研究されていたActive Mass Balance Auto Control(能動的質量移動による自動姿勢制御)の理論に動きが似てる気がする」

 

 

 これは宇宙に興味関心を持っていない一夏には絶対に無い知識のはずだ。だが動きを見れば彼の動作に迷いは無く、実に手慣れているようにも見える。

 

 

「くふふ。これでちょっとは面白くなると良いなぁ!」

 

 

 束は白式に秘められた『()()』が世界を動かす波紋となる事を望んでいた。それが世界の破滅に繋がるとしても彼女は喜んで歓迎するだろう。なぜならば篠ノ之束という女にとって、退屈や停滞とは己を腐らせる毒素であり、生き死に以上に嫌う存在であるからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「この度は皆様に多大なご迷惑をおかけいたしました。織斑さんや日本に対する数々の暴言や試合の途中放棄など、イギリスの国家代表候補生としては元より、人として恥ずべき行為を繰り返してしまいました事を深くお詫び申し上げます」

 

 

 翌日、セシリアは朝一でクラスメイト達の前にて謝罪を行った。一組は日本人生徒の割合が多い事もあり、入学当初のセシリアの暴言には内心不満を抱えていた者も多かったが、昨日の悲惨過ぎる試合内容もあり、同情的な部分も相俟って謝意は受け入れられた。

 

 

「織斑さんがクラス代表になる事に最早異存は御座いません。よろしくお願いいたしますわ」

 

「あ、ああ。俺で良ければやってみるよ」

 

 

 クラス代表など欠片も興味が無かった一夏だが、流石に昨日泣かせた挙句、()()()()()()()()()()()()()()()()()()セシリアへ仕事を押し付ける気には到底なれず、甘んじて立場を受け入れた。謝罪の為に一夏を正面から見つめていた彼女は視線を彼の右手首に巻かれたヘアバンドに一瞬だけ移したが、何も言わずに着席する。一夏にはその所作の意味が分からず、ヘアバンドを手首に巻くのは変だと思われたのか、でも頭に物を付けるのは性に合わないからなと考えた一夏は、結局そのままで行く事したようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これも正解。なんだ、やればできるじゃないか」

 

 

 クラス代表就任記念のパーティなどの出来事を経て、一夏は遅れ気味だったISに関する勉学に日夜励んでいた。今日はこれまでの学習のまとめとして箒に出題内容を任せる簡単なテスト形式を試していた。結果は全問正解。あえて学習範囲外の問題も含めてみたが予習もそつなくこなしていたのかスラスラと答えていた。これでは剣術はともかくとして勉強面では箒はもうすぐお役御免になりそうであった。

 

 

「なんか最近は頭が冴え渡ってるんだ。覚えないといけない事が多いからさ、我ながら助かってるぜ」

 

「無理はしてないよな」

 

「無い無い。同室なんだから知ってるだろ?」

 

 

 確かに一夏は睡眠時間を削るなどの無理な時間捻出はしていない。箒が部活動でいない時に時々出掛けているようだが、それでも寮の門限を超えて帰らない事は無い。彼がどこで何をしているのか、箒にも気にならないでは無かったが流石に意中の相手とはいえ行動を常に監視したり、プライベートを聞き出そうとするなどのストーカーの如き真似だけはしまいと決めていた。過敏になり過ぎて、一夏に嫌われでもしたらそれこそ耐えられない。それにクラス代表決定戦以降、一夏に近付こうと考える女子が減ったのもある。クラスメイト達は表面上は普段通りだが、他クラスともなると一夏の試合での行動に対しての陰口も少なくない。同時にセシリアの不甲斐なさを嘲笑う声もあるが、彼女も気にしていないようだった。

 

 

「IS操縦の練習はどうだ?」

 

「ん? 基礎的な事はすんなり出来たから、今度千冬姉からイグニッションブーストについて教えてもらう予定だよ」

 

「それもそうか……」

 

 

 試合であれだけ動かせる一夏が基礎操作程度に躓く訳も無い。授業の実機訓練でも完璧な操縦を見せていた。近付けたと思った幼馴染との間に再び差が開いてしまう事実に気が急くものの、訓練機の貸出順番を待たなければいけない箒にはどうしようもなかった。

 

 

「俺が箒に教えてやれたらいいんだけど、どうも他の人達とは感覚が違うみたいでなぁ……」

 

「感覚が違う?」

 

「言葉では言い表しにくいんだけど、俺はISが発する情報をそのまま活かして動いてるんだ。でも他の人達はそのまま活かすって部分がよく分からないみたいでさ」

 

「……ISが最適な行動を事前に選んでお前に伝えているという事か?」

 

「そうそう、そんな感じ」

 

「それは……大丈夫なのか?」

 

 

 人間が機械を動かすならともかく、機械が人間を動かすと聞くとサイエンスフィクション的なデメリットがありそうなものだが。

 

 

「千冬姉にも言われたけど、そこまで危機感は感じないな。白式本体の点検や起動時の状態まで徹底的にしてもらったけど、何も問題は出なかったぞ?」

 

 

 試合以降、教員や研究者、技師に至るまで様々な大人達から機体のチェックや様々なデータ取りに一昼夜丸々付き合わされた結果、白式の安全性を疑われる事に対して一夏はだいぶ辟易していた。

 

 

「ま、専用機を実戦で使える奴は他にいないらしいし、これならクラス対抗戦は楽勝だな!」

 

「慢心するな。油断大敵だぞ一夏」

 

 

 昔から変わらない、調子に乗ると無意識に左手を開け閉めする癖を目の前で見せる一夏に対して口では苦言を吐いたが、現状は一夏のライバルとなり得る相手がいないのもまた事実であった為、それ以上は何も言わなかった。

 

 ……それにライバルとはお互いを意識し合う間柄という訳であり、IS学園の生徒である以上、その相手は必然的に女性となる。一夏が己以外の女に気を払う姿はあまり好ましくない為、これはこれで良いかと箒は割り切る事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「その情報、古いよ! 二組も専用機持ちがクラス代表になったの。そう簡単に勝てるとは思わないことね!」

 

 

 翌朝、一組の雑談中に現れた中国代表候補生。一夏のセカンド幼馴染を称する少女、凰鈴音。その登場は箒の内面の欲を見抜いたかの如きタイミング。まさしく見事なフラグ回収であった。




「どうして一夏さんはブルー・ティアーズの包囲攻撃をあれほど的確に回避できたのですか?」

「君の攻撃を行うという意思は素直で直線的だ。狙われた私には空間に張り巡らせた意識野で君がこれからどこに攻撃を加えるのかが手に取るように感じ取れた。木を隠すなら森の中というが、それと同じように攻撃の意思を隠すならばそれをより広い意思で包み込む事だ」

「感覚派の理屈ですか?……理論派のわたくしには難しいですわ」

「そのような言葉遊びではないよ。君はビット兵器を稼働させている時点で意識野を外に広げる為の素質があり、己に秘められた力を自覚する入り口には立てている。後は拘泥している二次元的な物の捉え方を三次元的に切り替えればすぐにでも次のステージへと進めるだろう」

「その、具体的にはどうすれば……」

「パッシブ・イナーシャル・キャンセラーを使う」

「PICを?」

「セシリア、君はこれから毎日無重力を疑似体験するといい。魂が重力の束縛から解放されたならば、私の言う意識野を周囲に張り巡らせる感覚も掴みやすくなるさ」


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第四話

「ねえねえ、セッシー」

「なんでしょうか布仏さん」

「セッシーはなんで浮いてるの?」

「訓練ですわ」

「クラゲみたいに浮かぶのが~?」

「ええ」

「楽しい?」

「……やってみますか?」

「いいの~?」

「武装未展開状態なら人ひとりにPICの演算を割り当てるくらいは余裕ですわ。……はい、どうぞ」

「お、お~!」

「あー!なんか面白そうな事してる!」

「私もやりたーい!」

「い、一度に全員は無理ですわ。順番でしてよ?」


 入れ替わりで一夏の幼馴染ポジションに収まった凰鈴音という恋敵の登場は箒を焦らせたものの、そこは天然記念物並みの朴念仁、織斑一夏。一年前、別れ際に残した彼女の遠回しな告白の台詞はただの奢りの約束として記憶していた。あまりにも女心を理解していない、理解しようとしない一夏の愚鈍さに鈴が彼の頬を引っ叩き、理由を尋ねられた箒が罵倒してしまうのも無理ない話だ。そして一夏は彼女達の怒りが意味する事を分からずにそこで思考を停止して、いつも通りの日常に戻る。

 

 ……はずであったのだが。

 

 

 

 

 口論の末、気まずいまま一日を終えた鈴は一夏の鈍感さを改めて痛感し、迎えた翌日の放課後、その一夏からの呼び出しで人気の無い踊り場を訪れていた。呼び出した本人は待ち合わせ場所に既に待機しており、鈴が到着した後も一言だけ声をかけた後は右手首に巻いたヘアバンドを弄りながら、ずっとだんまりを続けていた。その不明瞭な態度に鈴は徐々に苛立ちを感じていた。

 

 彼女はもしかしたら、なんて期待は微塵も抱えていない。目の前にいる男は中学時代、様々な女子学生達による一世一代の告白を受け続け、その全てを勘違いで無自覚に斬り捨てていった筋金入りの盆暗だ。勿論、鈴はまだ一夏を諦めてはいないが、彼が意図に気付く可能性は男がISに乗れる確率よりも低く、より直接的なアプローチで自覚させる以外に攻略方法は無いと昨日のやり取りで再確認していた。後の問題は、ぬるま湯のような友人関係を続ける事を止め、彼との縁が完全に断られる覚悟を持って鈴が告白に挑めるかどうか、それだけであった。

 

 

「ねぇ、用事があるなら早くしてくれない?」

 

「あ、ああ。……なぁ、鈴。もし、もしも俺の勘違いだったら悪いけどさ。いや、そんな事はあり得ないとは思ってるんだけど……」

 

 

 促されてようやく話をする気になったようだが、前置きばかりで本題に入ろうとしない。

 

 

「まどろっこしいわね。なにが言いたいのよ」

 

「毎日酢豚を作ってくれるって……あれか? 古めかしい表現でアレンジされてるけど、その、毎日味噌汁的な」

 

 

 数秒、鈴は息を吸う事すら忘れてしまった。男がISに乗れる確率レベルの極低確率事象が発生した。いや、確かに目の前の男は世界唯一の男性IS操縦者ではあるのだが、遠回しの告白に気付くという、織斑一夏という生物としては絶対にあり得ない奇跡が起こっていた。

 

 

「そ、そそそそんな訳無いでしょッ!?」

 

 

 突然の出来事に思考が歓喜と羞恥と困惑でぐちゃぐちゃになった鈴は反射的に照れ隠しで自分の恋心を否定してしまう。

 

 

「……そっか、やっぱり俺の勘違いだったか。悪かったな、鈴。変な事で呼び出して」

 

 

 鈴の返答で答えは得られたと判断した一夏は、自分の浅慮で時間を取らせてしまった鈴に謝罪し、踊り場を後にしようとする。

 

 

「……ッ! 待って!」

 

 

 一夏の後ろ姿を見た鈴は羞恥だとか、理性だとか、心の中にあった余計なモノを全部かなぐり捨てた。ここを逃せば二度目のチャンスは絶対に訪れないと、直感的に判断したのだ。一夏の後を追って腕を掴み、強引に振り向かせる。

 

 

「駄目! 違う、そうじゃない! ア、アンタはアタシの初恋! ずっと好きだった!」

 

 

 遂に本心を伝えてしまった。先程捨てたばかりの羞恥と理性が一瞬で舞い戻り、鈴の顔を真っ赤に染め上げる。その姿を見た一夏は喜びよりも先に、女の子に無理をさせてしまった己の不甲斐なさを恥じていた。だからせめて、互いの顔を見ないで済むように、鈴を抱き寄せた。鈴もまた、されるがままで一夏の制服に顔を埋めている。

 

 

「鈴」

 

「……なによ」

 

「ありがとうな」

 

「一年間気付いてなかった癖に、昨日の今日でなんで気付いたの」

 

「あの後、箒から馬に蹴られて死ねって言われて、そこから気付けた。馬鹿過ぎるよな、俺」

 

「……捻くれた言い方しかできなかったアタシも悪いから」

 

「それはそうだな」

 

「そこはそんな事無いっていうとこでしょ、この馬鹿」

 

「酢豚が味噌汁だったら、たぶん気付けたと思うぞ」

 

「どうだか。鈍感や朴念仁って文字が人の形をとったような一夏の察しが良くなるなんて、これは世界の破滅の予兆よ」

 

「お、おい。言い過ぎだろ」

 

 

 ようやく気持ちが落ち着いた鈴は一夏から離れ、ハンカチで目元を拭ってから顔を見上げる。

 

 

「それで、返事は?」

 

「俺は、鈴の事をこれまで友人として好きだった。でも俺は男女の付き合いって奴はよく分かってないんだ。だから、もしかしたらお前が望む形とは少し違うかもしれない」

 

「……うん」

 

「だから、これまでの関係を少しずつ深める形で進めたいと思ってる。それでも良ければ、付き合うか?」

 

 

 嬉しい。長年の恋が実り、嬉しいはずだが、鈴は同時に不安にもなった。一夏は女性によく好かれる。これだけ簡単に収まると、ちょっとした出来事で自分から離れてしまうのではないかと危惧してしまう。だから、懸念を潰したくもなる。

 

 

「ほ、本当にアタシで、いいの? もう一人の幼馴染だっているじゃない」

 

「箒とは家族ぐるみの付き合いはしてたが、結局はそれだけだぞ。お前みたいに告白された訳じゃないからな」

 

「でも体付きはあっちの方が女らしいでしょ……」

 

「千冬姉の痴態を長年見てきた俺としては、外見より内面重視だと思う。たぶんだけど」

 

「む、むぅ」

 

「まだ何かあるか?」

 

「今は特に無い、わ」

 

「じゃあ、改めてよろしくな。鈴」

 

「よ、よろしく」

 

 

 こうして再開したばかりの一夏と鈴は奇跡的に結ばれた。今、この関係を知る者は二人だけだが、しばらくすれば、学園中に広まる事だろう。

 

その夜、相部屋のティナ・ハミルトンは昨夜の不機嫌さとは真逆のご機嫌具合を見せながら、時折自分の頬を抓る鈴に対して躁鬱病の可能性を見たが、疑われた本人は全く気付いていなかった。

 

 

「え、えへへへ。痛いから夢じゃない。これ、夢じゃない! やったあぁぁぁぁぁぁあぁッ!!」




「ビットをスムーズに動かせるようになったか」

「ええ、本体とビットの同時稼働も少しずつですが光明が見えています。これまでの停滞が噓のように順調ですわ。無重力訓練にここまで効果があるとは思いませんでした」

「重力の楔が無くなれば、人は簡単に解脱できるということさ」

「あとはフレキシブルを会得できれば……」

「そう焦る必要は無い。今は下地を整える段階だ」

「はい!」

「それと。最近は訓練に付き添いがいるようだな」

「あ、はい。布仏本音さん達が……駄目でしたか?」

「彼女にも微弱だが才能は感じられる。君が傍に置いても良いと判断したのであれば、その意思は尊重されるべきだろう」

「あ、ありがとうございます」

「今後も関わった方が良いと見極めた相手には私の指導方法を教授させても構わない。勿論、出所は伏せてもらうが」

「よろしいのですか?」

「言っただろう。今は下地を整える段階だよ」


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第五話

《IS学園唯一の男子生徒、中国からの転入生と恋仲になる!》

 

 新聞部部長である二年生の黛薫子の情報収集能力はとても高かった。二人の馴れ初めから始まり、中学時代の嬉し恥ずかしエピソード、学園での再会から結ばれる経緯まで、見事にすっぱ抜いて一大ニュースとして学校内新聞を発行したのだ。

 

 ……だいたいは鈴の惚気話に付き合わされた同室のティナ・ハミルトンからの提供であった為、お得意の捏造や改竄は最小限で済ませられたとかなんとか。それはともかく。この情報は流れ出した途端に学園は想像以上に荒れた。考えてみれば当然である。IS学園始まって以来、初となる黒一点。イケメンで、あの織斑千冬の弟である。学年問わず、かなりの人数が密かに織斑一夏の隣を狙っていたのだ。だが()()()()()()()()()()()()()()年頃の娘達が集う狭い社会で、衆目を避けて抜け駆けをするなど出来るようはずも無く、互いが互いを牽制し合い、身動きが取れずにいたところをポッと出の転入生に掻っ攫われてしまったのだから、彼女達の悔しさも一入であろう。現にショックのあまり、体調を崩して授業を休む生徒も何人か出ている程だ。

 

 この事態に一番頭を悩ませたのは千冬であろう。千冬から見ても女心に疎い朴念仁であった愚弟が真っ当な男子として一歩先を歩めた事を喜ぶべきか、周囲への影響を考慮しない浅慮さを叱るべきか。少なくとも現時点でのIS学園規則に男女の仲に関する要項は存在しない為、とりあえずは当事者二名を知る者として不純異性交遊は慎むように厳命するだけで済ませるしかなかった。

 

 

 

 

「はい、約束の酢豚よ。食べてみて」

 

 

 昼休み。屋上に揃って出てきた二人の間に鈴お手製の酢豚を詰めたタッパーが差し出された。それを一夏が受け取り、実食。鈴はその様子を固唾を呑んで見守っている。

 

 実は中学時代の鈴は料理が苦手であり、一夏との再会に備えて代表候補生の訓練に加えて料理の特訓も続けていたのだ。おかげで中華料理は味、見た目共に良好。それ以外の料理も見た目はともかく、味は及第点レベルまで上がっている。それでも織斑家の炊事を長年こなしてきた一夏に認めてもらえる味になったかどうか、緊張しているのである。

 

 

「どう、かな……?」

 

「おっ、美味い。餡の味も弁当用に濃い目に作ってるし、野菜も火が通った上でシャキシャキしたままだ。これなら親父さんの味にもすぐに追いつけるんじゃないか」

 

「そ、そっか!」

 

 

 自信作の酢豚を好きな人に美味しい美味しいと食べて貰えて鈴はご満悦である。一夏もお手製の弁当を取り出して、二人でおかずを交換し、仲良く食べ進めていく。張り切り過ぎた鈴の用意した酢豚はそれなりの量があったが、育ち盛りの二人の前に全滅は必至だったようだ。

 

 食後の一服を満喫しながら、二人は雑談に花を咲かせている。一年間の空白期間の事、IS学園外の旧友の事、授業の事、話題はコロコロと代わり、間もなく行われるクラス対抗戦へと流れた。

 

 

「もうすぐクラス対抗戦ね。一夏は準備万端かしら」

 

「おう。一応言っておくが、試合は試合だ。お前相手でも手加減する気は無いからな」

 

「アタシだって無理言ってクラス代表を代わってもらったんだもの。加減なんてしないわよ」

 

「勉強はまだ追いつけないけど、ISの操縦なら俺だって結構やれるんだぜ」

 

「へぇー。じゃあ、あの噂本当なんだ」

 

「噂?」

 

「イギリスの代表候補生を泣いて謝らせたって奴」

 

「うっ」

 

「ふふん。そいつがどの程度の腕か知らないけど、アタシにまで勝てると思わない事ね」

 

「なら、賭けでもするか?」

 

「賭けぇ?」

 

 

 賭けをしようと言われた鈴は少し考えて、ひとつの案を思いついた。

 

 

「じゃ、じゃあさ。負けた方が勝った方をデートに誘う、とかどうかな?」

 

「……どっちが勝ってもデートには行くんだよな」

 

「それでいいのよ! モチベーションの問題なの!」

 

 

 付き合いを始める為の告白は鈴からだった。ならば初デートくらいは一夏から誘ってもらいたい。そう思っての提案だった。一夏からデートに誘われる事を考えると鈴のやる気がドンドン溢れてくる。

 

 

「そんなもんかぁ? いいぜ、それでいこう」

 

 

 双方が試合への戦意を高めていると、一夏の前より鋭敏になった感覚が自分の背中を見る誰かの視線を捉えた。咄嗟に振り返ってみたが、視線の先には別の校舎の屋上が映るのみ。人の姿は何処にも見えない。

 

 

「どうしたの?」

 

「いや、誰かの視線を感じたんだけど」

 

「そりゃあ見るでしょ、アタシなんて関係が露見してから妬みの視線を四六時中ずーっと感じてるわ。身の危険を感じる時もある」

 

「……鈴、大丈夫なのか?」

 

「平気よ、中国の代表候補生に闇討ち仕掛けようものならどう考えたって国際問題待ったなしだもの。それにIS学園は日本にあっても半分は国際機関だから、イジメ問題への対応はかなり厳しいわ。一時の感情でやらかして今後の人生を棒に振るような大間抜けはそうそういないわよ。それに……」

 

「それに?」

 

「ア、アンタの隣にいれるなら十分、御釣りが来るから」

 

「お、おう」

 

 

 二人して顔を赤らめる初々しい様を、別々の場所から二人の少女が見つめていた。

 

 

(我ながら未練がましい。同室の優位性と幼馴染の関係に甘えて動かなかった私の自業自得じゃないか。それなのに、先んじた凰がいなくなればいいのに、なんて……。恥を知れよ篠ノ之箒)

 

(一夏さんと凰鈴音さん。表立ってお付き合いできる事が羨ましくないと言えば嘘になりますが。……どうにも凰さんは表向きの一夏さんしかご存じない様子。中学時代も親しくされていたとお聞きしましたし、つまり彼にとって凰さんは体のいい虫除け扱いという事でしょうか。可哀想ですが、わたくしとしては好都合。今後も密会の目をそらす為の傘になっていただきましょう)

 

 

 片や安泰だと考えていた愛する男の隣を奪われてしまった少女、片や本当の彼を自分だけが知っていると思い込んでいる少女。全員が織斑一夏という存在を中心に回っているように見えるが、はたしてそれが正しいものの見方であるのか。それを知る者はこの世界にはまだいない。




「ねえねえクーちゃん、見てよこれぇ!」

「IS学園唯一の男子生徒、中国からの転入生と恋仲になる……ですか」

「ふざけてるよ。いっくんの隣に箒ちゃん以外の女とかいらないから」

「束様がそうおっしゃられるのであれば、その通りなのでしょう」

「だよねー!よし、いっくんを本気にさせる為の生贄はコイツで決まり。良い夢見れただろうし、人生に未練も無いよね!」


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第六話

 クラス対抗戦当日、試合の組み合わせが発表された会場は既に熱気へ包まれている。なぜならば、初戦から一組代表の織斑一夏の『白式』と二組代表の凰鈴音の『甲龍』、希少な第三世代ISの専用機持ち同士の対戦であり、今最も話題のIS学園初の異性カップルだからだ。一夏はIS操縦がほぼ未経験でありながらイギリスの代表候補相手に完璧な黒星を付け、鈴はISに関わって僅か一年で専用機持ちとなった俊才である。双方が接近戦を主体としたISを用いるという事もあって、激しいぶつかり合いが期待されていた。

 

 そんな周囲の期待と羨望、嫉妬の視線を受けながら二人はアリーナの空で対峙していた。

 

 

「鈴、俺の得物はこれだけだ」

 

 

 拡張領域から唯一の武装である刀剣、『雪片弐型』を取り出す。セシリアとの戦闘では結局抜かずに終わり、千冬の個人指導を除いて他人には初めて見せる事になる。鈴とはISの基本操縦訓練こそ幾度か行ったものの、武装に関する手札は今日の一戦まで互いに見せずにいようと決めていたからだ。

 

 

「こいつは『零落白夜』ってワンオフアビリティーを発動できる。当たれば相手の絶対防御を強制的に発動させて、ごっそりシールドエネルギーにダメージを与えるんだ。当たり所が悪ければ一発で試合を終わらせられる必殺剣さ」

 

「それ駆け引きのつもり? 似合わないわよ」

 

「まあな。でもこれでお前はこの剣を嫌でも警戒しないといけない。そうだろ?」

 

 

 確かに鈴は、一夏の説明で、彼の一挙手一投足よりも手元の刀剣に意識を割かれている。初動への対応が僅かに遅れる可能性がある。

 

 

「ふーん、確かに面倒ね」

 

 

 逆に言えばあの剣を封じれば他の負け筋は無いとも言える。その封じ込めが成功するかどうかが鈴の勝利の決め手であろう。シンプル故に互いの操縦技術が試される戦いとなるだろう。

 

 試合前の短いやり取りから間を置かず、試合開始の合図がアリーナ内に鳴り響いた。

 

 

「行くぜッ!」

 

 

 一夏はスラスターを噴かせて正面から鈴の甲龍へ突撃する。様子見無しの馬鹿正直な直線的な攻撃。口先で警戒を促した直後のこの行動。確かに意表は突けるだろうが、そんな安直な攻撃が通用する者に代表候補生が勤まるはずも無い。

 

 

「嘗めんじゃないわよ!」

 

 

 手痛い反撃で一夏の愚行の代価を支払わせるべく、甲龍の両肩に備わった非固定武装が咆哮を奏でた。その名は『龍咆』。空間自体に圧力をかけて見えない砲身を作り出し、左右の翼から衝撃を砲身同様に見えない弾として打ち出すインパクトキャノンだ。相手は真っ直ぐ突っ込んでくる。照準は容易であり、直撃すれば白式はダメージと共に派手に吹き飛ぶ事だろう。

 

 無論、当たればの話である。発射直前に白式のスラスターが稼働して攻撃の置かれた場所を避ける。必然的に甲龍への攻撃は中断されてしまうが、それでも鈴は驚嘆せざるを得なかった。

 

 

「初見で衝撃砲を見切った!?」

 

 

 相手に見えない、何処から撃たれるかが認識できない事がウリの衝撃砲だ。何らかの手段で衝撃砲についての情報を持っていたとしても、早々に対処できる代物ではない。

 

 

「見えなくてもお前が有効打を狙ってる事くらいは分かったぜ!」

 

 

 イギリス代表候補生が試合中に心を折られたと聞いて、随分と軟弱だとは思えど、そこまで気にしていなかったが、この読みの精確さは厄介だ。相手は己が好きな男だというのに、どうにも薄気味悪いさを感じてしまう。嫌な気を払うように衝撃砲を連射するが、これも一夏はその悉くを慌てた様子も無しで切り抜けてしまう。まるでこちらの考えを見透かされている気分だ。龍砲はイメージ・インターフェイスによって砲身を成形しなければならない。もしも思考を読まれているのであれば、どれだけ撃っても成果は無いであろう。

 

 

「だったら! こっちも真っ正面から斬り伏せるまで!」

 

 

 拡張領域から『双天牙月』と呼ばれる大型の青龍刀を二本取り出す。個別に使う事も連結して薙刀のように、または投擲武器としても使用できる。この武装は思考力を龍砲の制御に回さなければならない為、ある程度は身体に扱い方を馴染ませている。鈴が甲龍を得てから二、三ヶ月程度である為、まだ無心で振るう事はできないが、龍砲単体で挑むよりは有効であろう。問題は一夏の雪片弐式のリーチ内へ入らざるを得ない点だ。ならばどうするか。攻めて攻めて攻めまくる。反撃の一手を打つ暇を与えない。青龍刀二本で切り込み、龍砲が時折咆哮を挙げる。一夏は念願のインファイトに持ち込めたものの、反撃の機会を見出せずにいた。

 

 

「チィッ! 手数が多いな!」

 

「そのほとんどを捌けてる奴が言うんじゃないわよ!」

 

 

 拡散方式に切り替えた衝撃砲が僅かに白式の装甲を掠るが、有効打にはなっていない。ただ、攻めが続く事に一夏を纏う薄気味悪さが増してくる。それが何かは分からない。だが、鈴には試合を早めに切り上げなければ、一夏が危ない。そう感じる『何か』を見た気がした。鈴はあれこれと理屈で考えない感覚派の人間だ。本能とも言うべき勘が働いたのだ。故に気が急いて攻撃に隙が生まれてしまった。

 

 

(今……!)

 

 

 一夏は鈴の隙を見逃さず、教えられたばかりのイグニッションブーストで勝負をかける。

 

 その瞬間、光が空から降り注いだ。



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第七話

 空から落ちてきた光はアリーナ周囲に展開されていた対IS用の頑強なシールドバリアーを容易く貫き、一夏と鈴の傍から少し離れた地表部分へ着弾、爆発を引き起こす。爆発は大量の土砂と土煙を空へと舞い上げ、赤熱化した地面と土煙で満たされた空間の隙間から砲撃に紛れて侵入してきたひとつの人型が立ち上がる。軽量化の為に軽装甲の多い昨今のISには珍しい全身を装甲で覆う機種。黒灰色のカラーリング、左右非対称のシルエット。カスタムウイングは無く、両腕部は肥大化している。これまでに確認されたどんなISとも異なる形のIS、アンノウンだ。

 

 このイレギュラーの出現に対して管制室は生徒達を守る為に観客席前面の防御隔壁を緊急展開する。もっとも、高出力のシールドバリア―を一撃で貫通できる相手にどれほどの効果が期待できるかは疑問であるが、無いよりはマシと言うところか。だが管制室が事態に対して出来た事はそこまでであった。なぜならば外部からのあり得ない程に精確で迅速なクラッキングにより管制室が持つ施設のコントロール権限を根こそぎ奪われ、アリーナの出入口や観客席が封鎖される事で生徒達は閉じ込められてしまったからだ。

 

 勿論、全ての出入口が電子ロックで機能しなくなった、などという事は無い。電子制御は便利だが、機器の故障で突如使えなくなる可能性は当然考慮されている。万が一の事故に備えてアリーナ各所で待機していた教員達は二手に分かれ、片方は手動で開閉を行える連絡通路を解放、パニックに陥って我先に逃げ出そうとする一年生達を少しずつ外へと誘導し、残りは教員用にカスタムされているラファール・リヴァイヴや打鉄などの量産型ISを身に纏い、クラッキングによって再展開されたシールドバリアー周辺でいつでも内部へ突入できるように準備を進めていた。もっとも、所属不明勢力に悪用されているシールドバリアーをどうにか出来なければ彼女達に出来る事は無いのだが。

 

 そう、最後にして一番の問題、再展開されたシールドバリアーによって、逃げ道を封じられた二人の学生の安全確保であった。

 

 

 

 

 

 

「なによコイツ……?」

 

 

 鈴の直感が突如現れたアンノウンに対して最大限の警戒を促した事が功を奏した。アンノウンは甲龍を視認後、同時に背面の大型バーニアを点火、勢い良く飛び出した。一瞬の溜めこそあったが、カスタムウイングの無い全身装甲のISにあるまじき加速性能だ。巨大な腕を真っ直ぐに伸ばして殴りかかるつもりだ。

 

 

「あぶなぁ!?」

 

 

 当然、鈴はその突撃を最小限の動きで回避する。しかし、すれ違いざま、鈴の回避へ合わせるかのようにアンノウンの腰から下が動き、L字型に曲がったボディの先、つまり脚部が蹴りを放ってきた。

 

 

「……チッ!」

 

 

 人ではあり得ない曲がり方に咄嗟の回避を試みたが、掠ってしまう。どうやら脚部先端には暗器としてブレードが仕込まれており、不意打ち直前に延伸させたようだ。直撃ではないが、右腕に痛みを感じる。

 

 

(……痛み?)

 

 

 後退しつつ痛む腕を確認すると、僅かに掠った部分が切り裂かれて血が流れている。これが意味する事に即座に気付いた鈴は進路を再転換して突っ込んでくるアンノウンを近付ける事を嫌った。

 

 

「離れろぉぉ!」

 

 

 龍砲を威力重視の集束式で連射。見えない砲弾の連撃に対してアンノウンは強引に突撃する愚を犯さず、距離を離して威力を減衰させる事にしたようだ。その隙に鈴は距離を更に取り、一夏と合流を果たす。乱入者に驚いていた一夏も既に相手を敵と認識したようだ。負傷している鈴を見て、血相を変えている。

 

 

「おい鈴、血が出ているじゃないか!」

 

「かすり傷だから平気よ。問題なのは理屈こそ分かんないけど、アイツが『絶対防御』を抜いてくるって事」

 

「それって……」

 

 

 現代兵器を過去のものとしたISが表向き、スポーツとして扱う事が認められている最大の理由こそ『絶対防御』である。全てのISに備わっている操縦者の死亡を防ぐ機能。シールドバリアーが破壊され、操縦者本人に攻撃が通ることになってもこの能力があらゆる攻撃を受け止めてくれる。故に公式の試合では死者は出ず、デザイン重視の生身を大きく晒した姿がISの主流なのだ。だが、それが十全に機能しないという事は操縦者は文字通り、命懸けで戦う事になる。

 

 

「一夏。アンタの『零落白夜』なら再展開されたシールドを破壊して外へ逃げられるわ。アイツの情報を持って先生達を連れてきなさい」

 

「お前はどうするんだ」

 

「生徒の避難が完了していない。アタシまで逃げたら、アイツがそっちに狙いを定めるかもしれないでしょ」

 

「だからってお前を一人で置いていけるかよ!」

 

「アタシは中国の代表候補生。責任があるのよ、責任が」

 

「だったら俺も残る。……それとも、お前が惚れた俺は恋人を敵前に置いて逃げ出す情けない奴なのか?」

 

「そっ……それもそうね! じゃあここは二人で協力して」

 

「「アイツをぶっ飛ばす!」」

 

 

 まるで二人の会話を聞くように動きを止めていたアンノウンは両腕からレーザーを撃ち出した。外からアリーナのシールドを貫通させた程の威力は無い。あれはもう撃てないのか、それとも温存しているのか。ともかく、二手に分かれて相手の弾を散らせる事にする。

 

 

「レーザーも貫通してくると思いなさい! 直撃は死と同義、絶対に気を抜かないで!」

 

「分かってる!」

 

 

 誰かを守る為に戦う。ISという力を得た一夏はその願いを胸に意気揚々とアンノウンと戦う決心をしたが、その想いは時間の経過と共に困惑へと切り替わっていた。それは鈴との戦闘まで冴えていたはずの白式の『先読み』が機能していない事に起因する。あの力が二手三手先を教えてくれていたからこそ、一夏は強敵であるセシリアや鈴を相手に戦えていた。しかし今の白式は辛うじて相手の動きに追いつけているに過ぎない。差し向けられるレーザーを回避し、間合いを維持するだけで精一杯となっている。

 

 

(くそっ、なんでだ!? なんでいつもみたいに動かないんだよ、白式!)

 

「埒が明かないわね。アタシが正面で相手をするわ! 一夏はアタシが作る隙を狙って!」

 

 

 中距離を維持したままの長期戦は不利と判断した鈴が一方的に一夏に言い放つ。彼女は敵に全神経を集中させている為、一夏の不調に気付けていなかった。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

 レーザーの弾幕を潜り抜けた鈴は腕部のレーザーを撃たせないように分離させた青龍刀で両手を内側から打ち払う。続けて放った衝撃砲で直撃を与え、アンノウンの体勢を更に崩す。

 

 

「今よ!」

 

「ッ! う、おぉぉおぉぉッ!!」

 

 

 鈴の合図に一夏はワンテンポ遅れてイグニッションブーストを使い、白式を突進させた。しかし、その一拍が致命的であった。

 

 アンノウンはバク転をするように後ろに倒れ込む形で体勢を整え、脚部で鈴の右手を蹴り上げる。衝撃で甲龍のマニュピレーターが破損し、そのまま片手の青龍刀を取り落とす。流れる動作で真っ直ぐに突撃してきた白式を躱し、腕部レーザーで目の前を通過する白式のカスタムウイングを破壊する。

 

 

「うぐぁッ!?」

 

「一夏!?」

 

 

 エネルギーがまだ十分に残っていたスラスターに直撃弾を受けた一夏は、爆風を諸に受けて衝撃で気絶。そのまま高度を落としていく。目の前でやられた一夏に気を取られてアンノウンに割かれていた鈴の集中が切れる。その隙を逃さず、アンノウンはここまで温存していた高出力チャージビームを鈴へと向ける。

 

 

「あ……」

 

 

 回避、妨害は間に合わない。防御は片手が破損した為に不完全。しかし他に選択肢は無く、左手に残った双天牙月の側面を前に向け、盾とする。直後、光が奔った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 一夏が目を開けるとガラス越しに巨大な球体が見えた。オレンジ色と形状を変える白が斑を作っている。周辺は暗く、大小様々な岩石が浮かんでいる。

 

 

「うおッ!? なんだあれ……。いや待った、そもそも俺はなんでこんなところに!?」

 

 

 腰掛けていた座席や目の前にたくさん並ぶ計器類は見た事が無い。IS学園にいたはずだが、一体全体どうなっているというのか。

 

 

「あれは木星だ。そしてこの場所は木星船団の旗艦『ジュピトリス』の艦橋を模した、私が内に秘める原風景だよ、少年」

 

 

 聞き覚えがある男の声がして、座席ごと後ろへと振り返る。

 

 自分が座る座席を含めた周囲よりも僅かに高い位置に置かれたシートに足を組んで腰掛ける人物がいた。紫髪に黒いヘアバンド、白い制服を纏った二十代半ばの白人系の男性。顔も整っているが、何よりも惹かれるのは薄い紫の瞳だ。正面から見つめられると自分という存在を丸裸にされ、全てが見透かされている気分になってくる。その感覚は恥ずかしさと不安で綯い交ぜとなり、気圧された一夏は彼から視線を逸らせた。たった数秒の言葉を介さないやり取りに関わらず、自分と相手が格付けが敗北で終わったような不快さを覚えたが、なんとか一息だけ呼吸を整えて男に話しかける。

 

 

「……貴方は、誰ですか?」

 

「パプテマス・シロッコ。世界を超え、人類を導く存在だ」



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第八話

 パプテマス・シロッコ。そう名乗った男は、一夏を高所から一方的に見下ろしている。品定めしていると言い換えても良い。そして状況を未だ理解し切れていない一夏もまた、男がどういう存在か掴みかね、警戒心を露わにしていた。どちらも今の位置から距離を詰めず、離れる事なく。状況を先に動かしたのはシロッコだ。

 

 

「そう怖がる必要は無い。君は私を知っているはずだ」

 

 

 尊大な態度を解き、艦長席から一夏が座る座席とは同じ高さにある別のクルー用の座席へと飛び移った。これ以降はあくまで対等。言外のアピールではあるのだが、まだ若く、経験が乏しい一夏にそれを理解するには難しい話である。それよりもシロッコの語った自分が知っているという内容に意識を奪われていた。知人に目の前の男のような独特の雰囲気を持つ人物がいればそう簡単に忘れたりはできないだろうが、一夏にはまるで心当たりが思い浮かばずにいた。答えに辿り着けず、混乱する一夏へシロッコは助け舟を出す。

 

 

「無論、私と君は今回が初対面だ。しかしセシリア・オルコットとの試合から始まり、凰鈴音の試合に至るまで。君は幾度となく私の声に導かれてきたと思う」

 

 

 シロッコの導き。それが時折聴こえていた謎の声や白式から伝わる『読み』の事を言っていると、ようやく察せたようだ。

 

 

「……つまり、アンタは白式なのか?」

 

「その認識は正しくもあり、間違ってもいる」

 

 

 不明瞭な回答に一夏は首を傾げる。シロッコは口角を僅かにあげて、笑みをみせた。

 

 

「私は肉体を失ったゴーストなのだよ」

 

「それは、幽霊って事か……?」

 

「死者が世界に残した影法師をそう呼称するのであれば、それで間違いはない。本来、歴史の流れに消えゆく定めであった私はとあるISに引き寄せられ、そのコアと同化した。その後、私を宿したコアは誰に気付かれる事なく、白式のコアとして再利用されてここにいる」

 

「……なぁ、幽霊のアンタはなんで俺に力を貸してくれるんだ?」

 

 

 見知らぬ幽霊が自分に力を貸す理由がさっぱり分からない。純粋な善意であれば助かるが、シロッコは初対面の一夏の目からしてもボランティアを喜んで行うタイプではなさそうだ。故に彼の狙いが気になってしまうのも仕方のない事だろう。

 

 

「私の使命は、重力に魂を引かれた人々を開放することだと思っている」

 

「えっと……どういう意味?」

 

「地球という惑星は人類にとって幼年期を過ごす為の揺り籠だ。しかし巣立つべき時と手段を得てもこの世界の人類は一向に外へと目を向けず、汚染を続けている。それは地球に対して恩知らずで、とても不義理な事だとは思わないかね?」

 

 

 独特な言い回しにどう答えてよいか分からず、沈黙を続ける一夏に対してシロッコは諭すように言葉を続けていく。

 

 

「そう深く考えなくても良い。宇宙への切符を手にしながらも地球にしがみつき離れる気の無い大人が頼りにならないからこそ、私は次の時代を築く子供の君達に期待を寄せている、そういう話だ」

 

「俺に力を貸すのもアンタが期待しているからだって事か?」

 

「そうだ。所詮ゴーストでしかない私が望む未来を実現する為には君という存在が必要不可欠であるからだと考えてもらいたいな」

 

「……なるほど」

 

 

 シロッコの語った理想の一端は真実だろうが、一夏に手を貸す事がどう彼の使命や望む未来に繋がるかは明言されていない。しかし一夏は漠然とした内容ながらも堂々としたシロッコの言葉とこれまでの支援への感謝から煙に巻かれた事に気付けなかった。

 

 

「さて、そろそろ君をここに呼び込んだ本題に入るとしよう。君は試合中に乱入者に撃墜され、気を失った。覚えているかな」

 

 

 シロッコから言われて、一夏は自分が目覚める前の出来事を思い出した。攻めるタイミングを逃し、カウンターを受けてカスタムウイングのスラスターをやられ、衝撃で意識を失ったのだと伝えられた。同時にここは夢の世界のようなもので現実時間の経過はほぼ無い、戻ろうと思えばいつでも戻る事が出来るとも教えられた。

 

 

「なんで急にISの操縦が上手くいかなくなったんだ」

 

「これまで君が実戦で上手く行っていたのは、私が相手の敵意や攻撃意思を先読みして、白式経由で君に伝えていたからだが……今回の相手は無人機だ。攻撃意思など存在しないが故にどうしても反応が遅れてしまう。苦戦は必至だったという事だ」

 

 

 シロッコはこれまでの戦い方では勝ちの目が薄いと言う。しかし、一夏に諦めの文字は無い。

 

 

「……それでも俺は戦う」

 

「勝利への算段が無いのにかね」

 

「それは、行かない理由にならない。女一人を戦わせられるかよ」

 

 

 そう、彼が諦めてしまえば、必然的に一人残された鈴に危険が及ぶ。一夏に撤退の選択は無かった。

 

 

「若いな。しかし威勢だけでは戦いには勝てんよ。それでは凰鈴音の死も不可避となる」

 

「ッ……! だったらどうしろって言うんだ!?」

 

「そう焦るな。その解決法を授ける為に私は君をここに呼んだのだから」

 

 

 シロッコがコンソールを弄ると一夏の近くのモニターにISの設計図らしき映像が現れる。形状からすると白式だ。

 

 

「白式のままでは私の力は十全に発揮できない。ならば適性に合わせて改良すればいい。君が受け入れるのであれば私にはそれが可能だ」

 

 

 白式ともう一つ、白式の図面より大きな人型が映り、重なった。

 

 

「しかし、この力を授ける前にひとつ覚悟を問いたい。君は大事なモノを守る為ならば、自分の全てを投げ打つ覚悟はあるか」

 

 

 姉に守られ続けてきた織斑一夏にとって、自分以外の誰かを守る事は何よりも重要な要素である。しかし、鍛錬の時間は無い。結果を早急に求められる以上、シロッコの挑発的な問いに対する答えは、一つしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不完全な防御姿勢を取った鈴の前で光が迸る。

 

 ただしそれは、アンノウンから防御姿勢をとった鈴に対する赤みがかった白光線ではなく、地表からアンノウンの両腕目掛けた黄色の光線であった。地から天へと昇った光線はチャージビーム発射直前の、堅牢なアンノウンの両腕を容易く融解、爆散させてそのまま天井のシールドバリアーまでも撃ち貫いてみせた。

 

 

「な、なに……?」

 

 

 死を覚悟していた鈴と撃たれて姿勢を崩したアンノウンは発生源にセンサーを向ける。射撃位置に存在するISは一夏の白式以外にはいないはずだ。しかし、かのISには射撃武装は搭載されていない。故に、その答えは明白であった。

 

 白式は、白式で無くなっていた。

 

 元の白式よりも二回りほど大きくなった重厚な全身装甲は淡い黄色の光を薄く発しており、まるでエネルギー体が形を作ったかのような姿だ。頭部も縦長のヘッドパーツで覆われ、赤い単眼型のカメラアイが上空のアンノウンに睨みを聞かせている。右腕には全長の半分を優に超える厚みある長方形に近い形状の大型ビームライフルを片手で保持。その出力は先程、最高強度に設定されたシールドバリアーを障害物越しに撃ち貫いた事で証明してみせた。

 

 腰部にはスカートアーマーが取り付けられ、機体背部には加速用の高出力スラスターを搭載したバックパックを持つ。また全身で五十箇所を超える穴が見受けられるが、配置的に姿勢制御用のサブスラスターだろう。それらを加味すれば全身がスラスターで出来た機体と言ってもいい。

 

 

「展開装甲による白式の強化アーマーの構築を完了。あとは人形の排除か」

 

 

 重装甲の内から一夏が漏らした呟きは誰にも届かなかった。しかしその声音は、普段の一夏を知る人間が聞けば、十人中十人が彼だとは思わないであろう冷やかさを宿していた。

 

 一夏の不意打ちにより、両腕を損失したアンノウンは外部からのオーダーに従い、鈴の排除を諦めて本来の役目を果たすべく白式へと矛先を変えた。残る武装は脚部の仕込みブレードと肩部の低出力レーザー砲だけであるが、目的のデータ収集の為にレーザーをバラまきながら、文字通りに捨て身でかかっていく。

 

 

「相打ち狙いか? ……まるで子供みたいだな!」

 

 

 白式は天から放たれるレーザーの弾幕をハイパーセンサーで解析。抜け穴を見つけ出すと機体各所のサブスラスターを噴かせて被弾無しでくぐり抜け、右手に持ったビームライフルを落ちるように突き進んでくるアンノウンに向ける。

 

 

「落ちろ!カトンボ!」

 

 

 射撃などこれまで一度たりとも経験の無い一夏が左肩、続けて右肩のレーザー砲を的確に撃ち抜く。光学兵器に分類されながら質量を有しているライフルのエネルギー弾が、アンノウンを被弾の衝撃でのけぞらせる。出力を絞ったのか、今回は天井のシールドバリアーを貫通していない。しかしアンノウンは姿勢を崩しながらも減速はせず、重力と生きているスラスターを強引にすり合わせ、脚部のブレードによる蹴撃を白式に放った。その最後の抵抗を一夏は鼻で笑い、白式の空いた左手で楽々と止めてスラスター推力に任せて機体ごと振り回す。IS二機分の質量を振り回せるパワーを見せ付けるように二回転ののち、アンノウンを地面に叩きつけて自身も大地へと降り立った。

 

 二人がかりで抑える事がやっとであったアンノウンは既に死に体であり、それでもまだ一矢報いる為にあちこちからスパークを生じさせながらも蠢いていた。機械の持つ忠実さ、執念深さに呆れて残っていた頭部と脚部をビームライフルで破壊する。達磨にして身動きを封じたところで鈴の甲龍も白式の傍に降りてきたようだ。

 

 

「一夏! アンタはなにやってるのよ!」

 

「見れば分かるだろ、解体だよ。相手は無人機だ、下手に近付いて自爆でもされたらたまらないからな」

 

「そ、それはそうだけど……もう十分でしょ!」

 

「鈴、戦いにやり過ぎなどというものはないよ。俺は、俺の大事なモノを守る為なら、どんな奴が相手だって徹底的に叩いてやる。このISならそれが出来るんだ」

 

「い、一夏……?」

 

 

 長い付き合いの中で今まで見た事が無い、一夏が放つ攻撃性に中てられて、鈴は無意識に一歩下がっていた。それに気付かぬまま、一夏は機能を停止したアンノウンの胴体部を蹴りつけ、剥き出しになった内部構造からコアの位置を特定し、引き抜いた。これによりクラス対抗戦の所属不明機乱入事件は幕を引く事となる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 管制室のモニターで白式を見ていた織斑千冬には目の前の現実が信じられなかった。ISとはパイロットの癖稼働時間と戦闘経験が蓄積される事でISコアや機体その物との同調が高まり、単一仕様能力を発現する第二形態『セカンドシフト』、さらなる進化である第三形態への『サードシフト』と呼ばれるフォームシフト現象が発生するが、両手で数えられる程度の訓練と二度の実戦だけでISがセカンドシフトが発現するなど、ISが世に出てからの十年間で一度たりとも聞いたことが無い。

 

 

「山田先生、白式はどうなっている……」

 

「そ、それが……機体名以外完全にロックされていて情報の開示を受け付けません」

 

 

 山田真耶が、現場の異常を察知して手元のディスプレイに表示した白式のデータを千冬も確認する。

 

 

『PMX-003IS 白式 Theology』

 

 

 見知らぬ型式番号と白式の後に記載された追加名称。

 

 

「Theology。意味はキリストの神学だったか?」

 

「それに準じて()()()()とも言われていたような……」

 

「…………はっ、この世界に神なぞいるものか」

 

 

 先程から嫌な予感がしてたまらない。千冬はブリュンヒルデだとか、IS学園の教師だとか、これまで築き上げてきた様々なしがらみをかなぐり捨てて、今すぐにでも弟とあのISを切り離したい。そして二度とISに近付けたくなかった。しかし、織斑姉弟を取り巻く環境が、世界がそれを許さない。世界最強の姉は、変貌した弟のISが一切の躊躇いなく敵機を解体する姿をモニター越しに見守る事しかできなかった。




「他者への滅私でのみ充足感を得る、か。やはり凡人共に利用される姉と等しく愚かな小僧だ。しかし時として、突き抜けた愚かさが世を動かす要因ともなる。いずれ来たる時まで、私の与える力に頼り、溺れるがいい、織斑一夏」


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第九話

「……一人で食事をとる事にも、また慣れてしまったな」

 

 

 クラス対抗戦から早数日。食堂の片隅で夕食の焼き魚定食を摂りつつ、篠ノ之箒はそう独りごちた。IS学園入学からしばらくは同室の一夏と食事を共にする事が多かった彼女だが、彼が鈴と付き合いを始めた頃から、意識して距離を取っている。仲の良い二人の関係を見せ付けられる事が嫌だったのもあるが、何よりも隠れて二人の様子を伺っていた自分の内から溢れ出ようとする嫉妬の感情に吐き気を覚えてしまった。昔から感情の抑制が苦手である箒が自制を保つ為に物理的に距離をとったのは成長か、はたまた逃避か。

 

 

(今から、どこかのグループに入れるだろうか)

 

 

 入学から一月も経てば、様子見も終わり、自然と様々な仲良しグループが出来ている。重要人物保護プログラムによって各地を転々としていた、馴染むだけ無駄であった中学時代までならばともかく、IS学園には続けて三年間通う事になる。孤独には慣れつつあった箒と言えど、花の女子高生時代を剣道一筋、ボッチの未来は避けたいようだ。しかし本人は断じて認めないが、姉に似てコミュ力の乏しい箒には、どのグループなら自分が受け入れてもらえそうか検討も付かなかったし、自分から友達を作る為になんと声をかければいいか分からなかった。悩める箒に声がかけられたのはそんな時である。

 

 

「隣、いいかしら……?」

 

 

 唐突に横から声をかけられて振り向いた先には、自分の初恋をかっさらっていった女がトレイを持って立っていた。

 

 

「……何用だ、凰」

 

「そんなに警戒しないでよ」

 

「要件を先に言え」

 

「アンタに聞きたい事があるの。その、一夏の事で」

 

「はっ、一夏の事ならお前の方が詳しいだろう。……だってお前は」

 

 

 一夏の恋人なんだから。そう続けて話を打ち切ろうとした箒は鈴の様子がおかしい事に気が付いた。顔色が悪く、目元には隈。少し前まで鏡でよく見ていた症状だ。寝付けていない理由は分からないが、先程の要件からして一夏絡みで悩みがあると判断した箒は少し考えてから、話を聞く事に決めた。食後の予定も無く、身を持て余していた故の気まぐれ。そう、気まぐれである。決して友人作りに関する先の見えない模索を一時保留とする口実ではない。

 

 

「立ち続けられても周りの目が気になる。座れ」

 

「うん……」

 

 

 普段の活気が感じられない。普段はラーメンなどの高カロリー品ばかりを好んで食べている鈴が、今日は珍しく中華粥を注文している。それだけでも彼女を知る人間からすれば異常事態であろう。

 

 

「それで、一夏の何が聞きたいんだ」

 

「篠ノ之と一夏が再会したのは、IS学園入ってよね?」

 

「名前で呼べ。……ああ、そうだが」

 

 

 ならば自分も鈴でいいと返して本題に入る。

 

 

「じゃあ、その頃の一夏と今の一夏、箒から見て変わったところは無い?」

 

「……質問の意図が分からんぞ」

 

「もっと言うなら、一夏が専用機貰う前と後の変化が知りたい」

 

「どうしてだ」

 

「アタシにもよく分からないの。漠然と、白式を使う一夏に嫌な感じがするだけで、明確な証拠がある訳じゃないのよ」

 

 

 曖昧な疑念だが、鈴は重要な要素だと考えているようだ。取り敢えず、箒は思いつく限りは答える事にした。初心者にあるまじきIS操縦力の高さ、暗記力含む短期間での学力向上、先読みを含めた勘働きの良さ、頻繫に出歩くようになった、など。あくまで再会からの一週間と以後の差異だ。参考になるかは分からない。

 

 しかし、鈴から見ても違和感しかない。ISに関するノウハウは完全論外、中学時代の勉強は反復の繰り返しで、覚える速度は良くなかった。勘は先読みを除いても、告白の意図に気付けるはずが無いと断言できる。

 

 

「出歩く……何処に行ってるかは知らないの?」

 

「知らん。ただ、鈴と付き合い始めて以降もよく出かけていたぞ。行き先がお前のところだと思って聞く気も起きなかったが」

 

「行き先を伝えずに出かけた日は記憶している?」

 

「……ここと、ああ、この日もだな」

 

 

 鈴が端末で表示したカレンダーの日付を指差していく。

 

 

「……アタシのところには、来てない日があるわね」

 

「それは、一夏が浮気でもしていると?」

 

「そうは言わないわ。こっそり抜け出してるのはアタシが学園に来る前からでしょ? ただ……」

 

「ただ?」

 

「クラス対抗戦の事件から、一夏が遠くなった気がするの」

 

「疎遠になったと?」

 

「……表面上は普段の一夏よ。少し、雰囲気が変わった気がするだけ」

 

 

 その少し変わった気がする部分が原因で体調を崩しているではないか。箒は言おうと思ったがやめた。

 

 

「それで、どうする気だ。後でも後をつけるのか」

 

「何をやってるか知りたいけど、尾行はバレそうな予感がするわ」

 

「また勘か」

 

「アタシの勘は当たるの。……どうしよう」

 

「……千冬さんに相談したらどうだ」

 

「そうね、一夏の事だもの。そうしてみるわ。……その、ありがと」

 

 

 鈴が食事を終えて早々と去っていた後、箒は溜息を吐いて、温くなってしまった茶で一服した。なぜ恋敵の相談に乗ってしまったのか。自分でもよく分かっていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 食堂で箒と別れた鈴はその足で職員室を訪れていた。既に通常業務時間外だったが、職員室にはアリーナ管制などの所用で席を外している一部以外のほぼ全職員が詰めていた。

 

 無人機の乱入事件とその被害、クラス対抗戦の中断、織斑一夏のセカンドシフトに対する各種事後処理と通常業務で数日の超過労働が続き、ようやく果てが見え始めた頃合いだった。溜まる疲労を大多数の生徒に隠し通せているところから、教師陣のバイタリティの高さが伺える。そして今日も大量の仕事に忙殺されながらも皆、活力に満ちている。

 

 しかし入室した生徒が鈴だと判明した瞬間、職員室の空気がガラリと変わった。幾人かが視線を逸らし、また幾人かは鈴に対して憐みの目線を向ける。……普段の鈴であれば教師陣からそのような反応が出た事を訝しむだろうが、体調を含めて余裕が無かった為、目的の人物以外は彼女の視野へ入っていなかった。

 

 

「ちふ……織斑先生」

 

「……凰か。どうした」

 

「あの、少しお尋ねしたい事がありまして」

 

「それは今でなければ駄目な話か?」

 

「その、一夏に関してなんです」

 

「わかった。少し待て。……私もお前に話がある」

 

 

 隣席の挙動不審になっている山田真耶に後を任せて、学生との個人面談時によく使われる秘匿性の高い生徒指導室の鍵をキーボックスから取り出した千冬は鈴を連れて、廊下に出た。人より身体能力に優れた千冬の耳に職員室からすすり泣く声が聴こえたが、努めて無視をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 近くの自販機にて二人分の飲料を購入した千冬は生徒指導室で箒との会話で得た情報と鈴自身が感じた違和感など、可能な限りの詳細込みで伝えられた。

 

 

「なるほど、それで織斑の足取りが知りたいと」

 

「はい」

 

「……残念ながらお前には教えられん。事件との繋がりも不明な以上、奴のプライベートに関する事だからな」

 

「そう、ですか」

 

「しかし、唯一の男子生徒の不審行動に関する懸念は解消すべきか。警備担当として調べておく。問題行動があるなら対処もこちらで行う。それでいいか」

 

「はい、お願いします」

 

 

 結果は知れずとも、一夏の変化に対する警戒が出来ると安心した鈴はもう一歩踏み込む事にした。

 

 

「あの、織斑先生」

 

「なんだ」

 

「一夏から、白式を取り上げる事は出来ないんですか。それか、別のISを用意するとか」

 

「何故だ」

 

「一夏と試合してた時、時間が経つ毎に嫌な感じが増してきて、白式があの巨体になった後の一夏は様子もおかしくて……。でもISを解除したらいつもの一夏で……。先生、本当にあのISは使っても安全な機体なんですか?」

 

「……分からん」

 

 

 一瞬の沈黙。あまりにも簡潔で、適当な回答に、鈴の元から極めて低い怒りの沸点を突破した。

 

 

「わ……分からんって! 一夏の問題なんですよ! 千冬さんは一夏が心配じゃ……」

 

 

 そして、千冬の眼を見て一気に冷めた。目は口程に物を言うというが、今の千冬の目を気の弱い人間が見たら、ショック死してしまうかもしれない。

 

 

「す、すみませんでした!」

 

「いや、こちらも大人気なかった。お前が真剣に織斑を、一夏を心配してくれている事は嬉しいよ。……私個人もアレは即刻廃棄すべきだとは考えている」

 

 

 試合後、一夏から待機状態を預かって丸一日かけて調査も行ったが、一切の解析を受け付けなかった。ならばISの展開中に機体の詳細を把握しようとしたが、一夏のコールにISは起動さえしなかった。その時の、一夏が本気で焦る様子から、IS側が明確な意図を持って情報の隠蔽を徹底している事が伺えた。どう考えても異常なISであり、観測した僅かな情報からもあの機体が軍用ISに匹敵する可能性、危険性を説いて学園上層部やIS委員会にコアのリセット、または封印を求めた。しかし、承認はされなかった。その理由は既に分かっている。

 

 

「凰、ここだけの話だがな。あのISは、篠ノ之束が一夏の為に誂えたモノだ」

 

「それは、つまり……」

 

「ああ、用意した事になっている倉持技研も、日本政府も、IS委員会も、学園上層部も。奴が言い出したならともかく、勝手に移し替えて、天災の勘気に触れたくはないんだよ」

 

 

 そもそも、本当に男性IS操縦者の実働データが欲しいのであれば、剣一本のピーキーな新型よりも、各種データが揃っている、安定した量産ISを与える事こそが常道だ。

 

 

「で、でも先生は、篠ノ之博士の友人だったんですよね。それなら……」

 

「奴の制御は私にも無理だ。それを例の今回の無人機で今更ながらに再確認した。そして、そこから得た結論をお前にどう伝えるべきか悩んでいたが……」

 

 

 そう言って千冬は手元の飲料を一気にあおった。勤務中という事もあって酒は控えたが、今ほど全てを忘れる程に強い酒を欲しいと思った日は無かった。

 

 

「凰。お前には一夏と別れてもらう」

 

「え……?」

 

 

 交際発覚後は付き合い方への注意こそすれど、関係を認めてくれた。もしかしたら、将来は姉と呼ぶ事になるかもしれない人物の急な掌返しに鈴は当惑した。

 

 

「な、なんで……」

 

「無人機は明らかにお前を狙っていた。絶対防御を無効化する装備を取り付けた機体で、だ」

 

 

 一夏に解体され、辛うじて残っていた無人機の胴体。そこには未登録のISコアと絶対防御の働きを阻害する装置が組み込まれていた。この世界でISコアを作り出せる人物は一人だけである。

 

 

「お前は篠ノ之束に命を狙われている。理由は、おそらく一夏だろう」

 

 

 鈴には意味が分からなかった。

 

 

「アイツの世界は極端に狭いんだ。自分、妹の箒、私、一夏。あとは片手で数える人数が人として認識されてるかどうかだ」

 

 

 なぜ赤の他人である篠ノ之博士が。

 

 

「そして奴は妹の、箒の幸せを、一夏と結ばれる事だと信じ込んでいる。アイツがお前を邪魔だと認識した以上、次にどんな手段を使うか想定もできん」

 

 

 人の恋路を邪魔をするのか。

 

 

「今回のように搦め手込みで仕掛けられたら、私ではお前を守り切れるか分からない。だから、手遅れになる前に」

 

 

 ふざけている。

 

 

「いや、です」

 

「凰」

 

「篠ノ之束なんて知るか! アタシは絶対に嫌です!」

 

 

 生徒指導室から飛び出した鈴を千冬は追う気は無かった。彼女から罵倒を受け、軽蔑される覚悟はとうに終えている。

 

 束の悪意を察し、この結論を持って教師陣と情報共有を図った際にも、二人の強制的な関係解消に対して反感を覚える者は少なからずいた。特に、男女の恋愛に理想を描いていた山田真耶はまるで自分の事のように落ち込み、目に涙を浮かべていた。

 

 しかし、悪い意味で常識の通じない束から、鈴や今後も巻き込まれるであろう生徒達を守る為の代案は出なかった。

 

 

「……ままならんな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 翌日、千冬は鈴の情報を元に生徒会へ一夏の行動を調べさせた。とはいえ、聞いた日程と時間から防犯カメラの映像を確認、行動を特定するだけではあるのだが。その為、半日程度で調査は終わっていた。生徒会長の更識楯無は現在、欧州から受け入れ予定の新入生二名に関する情報収集に奔走しており、報告は一組に在席する布仏本音の姉、三年生の布仏虚が持ってきた。

 

 

「織斑がオルコットと密会……?」

 

「はい。寮室内部までは分かりませんでしたが、同室の如月キサラがおらず、彼女だけが在室中に訪れています。着衣の乱れなどはなく、会話だけだと思われます。あとは時折アリーナでISの実機トレーニングを一緒に行っていたようです」

 

「音声は拾えず、読唇術も無理か。他に情報は?」

 

「本音からの情報で、関係があるかは分かりませんが……。最近、セシリア・オルコットは変わった訓練を行っています」

 

「訓練?」

 

「ええ。PICで無重力状態になって浮かぶ、それだけです」

 

「……なんだそれは。イギリスが発案した独自の訓練課程か?」

 

 

 IS開発の最初期、宇宙活動訓練の一環としてPICでそういう事が出来るとは知っている。実際に試した事だってある。だが、それだけを続けるという事はあまり効率的な訓練とは経験上、言えなかった。

 

 

「いえ、二年生のイギリス代表候補生サラ・ウェルキンを含めてイギリス出身者達はそういった訓練はしていません。彼女だけが続けています。興味を持った人物には包み隠さずに訓練の意図を教えているみたいなのですが……」

 

「なにか問題が?」

 

「要約すると地球の重力から離れ、意識野の拡大や解脱に至る事でIS操作をより洗練するとか。どうにも話にはブッディスト的要素が混じっていて、話を聞いた者達でもその意味を正確に理解できる人は少ないようです」

 

「仏教だと? イギリスの国教はキリストだったとおも……」

 

「先生?」

 

「いや、何でもない」

 

 

 Theology、例の単語が浮かんだが外へ漏らす事はしなかった。そして虚から調査報告を聞き終えた千冬は、既にセシリアから話を聞くと決めていた。



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第十話

 時は一日遡り、鈴と箒が食堂で会話をしていた頃。アリーナの通常開放時間の終了後を利用する人物達がいた。セシリアと一夏である。密会を続けていた二人が何故、アリーナという場所で堂々と交流していられるのかを語ろう。

 

 IS学園の教師は日本の国家代表や代表候補生であった織斑千冬や山田真耶のように、過去にIS関連の実績を持つ者を中心として世界中から集められている。当然ながらその国籍は様々であるが一貫している事実として、皆それぞれが国の名誉や利益の為にIS部門の最前線で活動してきたプロフェッショナル達である。故に教師が同郷の生徒の要請に応え、他の生徒達に知られたくない秘密特訓の為にアリーナ管制当直日の、通常開放時間終了後に場を提供する程度の忖度はそう珍しい話では無く、学園も問題行動を起こさない事、寮の門限を守る事などを最低条件として黙認されている。

 

 これはその事例の一つである。イギリス出身の教師に依頼して、セシリアが代表候補生として、BTシステム技術の訓練名義でアリーナを一時借り受けているのだ。当然だが、一夏が共に活動している事までは教師に伝えられてはいない。

 

 二人はISを展開し、天地逆さまの状態での模擬戦を行っていた。セシリアは自慢の長いブロンドヘアーを一纏めとし、戦闘機動の邪魔にならないよう固定、ミサイルビットの代わりにレーザービット六機をドライブするブルー・ティアーズ、対する一夏はクラス対抗戦時の発光現象が収まり、赤い単眼の白き巨体が圧倒的な存在感を見せ付ける白式に大型ビームライフル一丁だ。天地逆転状態での戦闘は空間認知力をより高める為のトレーニングを兼ねている。

 

 連日無重力状態を維持する訓練を続けていたセシリアは天地が逆転した状態でも脳に混乱を生じさせず、弱点であったビットと本体の同時動作を達成していた。特にビットはクラス代表決定戦の時の直線的で型通りの配置と動かし方から、不規則ながらも流動的で相手の行動予測を誤らせるジグザグ移動などの複雑な挙動を多分に含めていた。

 

 

「よくも動くな!」

 

 

 一夏が右手に構えたビームライフルで牽制射の為にトリガーを引くが弾は出ていない。これは整備不良では無く、弾の代わりに放たれている赤外線センサーによるダメージ判定で模擬戦を進行しているのだ。ISの装備弾薬各種は非常に単価が高く、練習の一回一回で装備や機体を破損させる訳にはいかないからだ。特に量産機ではない特殊な専用機は修理も容易ではない為、実弾演習を滅多に行わない。勿論、公式戦やデータ取りに必要な時は別である。

 

 

「ふふっ、おかげ様ですわ!」

 

 

 撃墜判定無しでビットを展開させ終えたセシリアは的の大きくなった白式をスターライトmkⅢで回避行動に移らせながら、ビットで取り囲む。お得意の包囲攻撃網である。ビット四機操作が限界であった以前とは異なり、レーザービット二機と本体の狙撃も加わって密度を増した容赦の無い射撃を加えていく。相変わらずの先読みで、回避を続けていくが、やはり二回り近く大きなサイズの機体では逃げ道は少なく、遂に一発のビットの攻撃が白式の肩を掠める事となった。

 

 

「む……!」

 

「あ、当たった!?」

 

 

 外見通りの重装甲は伊達ではない、カス当たりで2%のシールドエネルギー低下にもならなかったが、それでも一発は一発である。セシリアは大喜びだ。しかし被弾した一夏に焦りはない。

 

 

「しかし、まだ素直さが見えるからこうもなるな!」

 

 

 歓喜で精度が甘くなったセシリアのビットの一撃を持ち前のスラスター群による瞬発力で軽やかに躱してみせる。その攻撃はちょうど反対側に陣取っていたビットの移動先であった。十字砲火は味方と重ならずに動く事が大原則ではあるが、どうやら常に機動させる事へ重きを置き過ぎて、射線が被ってしまったようだ。

 

 

「え……あ……!?」

 

 

 セシリアは自分のビット攻撃で撃墜判定を出してしまった事で、思考制御が途切れて足も動きを止まってしまう。その隙が見逃される筈も無く、生身部分へのビームライフルのヒット判定が表示された。当然ながら絶対防御の発動判定でもあり、推定火力から計算して、八割近く残っていたシールドエネルギーが一発でゼロとなっている。アリーナのバリアーを貫ける威力を持つと聞いていたが、流石に一撃でここまで減らされるとはセシリアも思わなかった。

 

 無念ではあるが、隔絶した実力差は既に知っている。それが先日、装備まで一新されたのだから、追いつくまでの道のりは容易くはない。それでも彼は自分を見限らず教導してくれるのだから期待に応えて、追いかけ続けるとセシリアは心に決めていた。

 

 体勢を上下逆さまから戻して、地に足をつけてISを解除。セシリアは離れた位置へ降り立った、ISを解除してヘアバンドを頭部に巻いた一夏に歩み寄っていく。

 

 

「遂に当たりましたわ!」

 

「ああ、素晴らしい。やはり才能を見込んだだけはある。……だからこそ、これを授けたい」

 

 

 そう言って一夏は拡張領域からひとつ、銀細工のアクセサリーを取り出した。簡素な小箱に入っているが、悪目立ちしないシンプルなデザインの銀の十字架(クルス)と黒革の首掛け紐だ。

 

 

「まぁ、ネックレス! プレゼントですの!?」

 

「これは君の願いを叶える為のまじないが掛けてある。肌身離さずに持っているといい」

 

「ふふ、相変わらずロマンチックな御方で……あら? 見た目とは違ってシルバーでは無いのですね」

 

 

 外観は銀だが、重みが純銀とは違う。

 

 

「やはり分かるか。白式の増加装甲の破片から削り出した品だ」

 

「えっ、それは……よろしいのですか?」

 

「確かにイギリスに研究試料として送られると私が少々困った事になるな」

 

「そんな事は致しませんわ! 大切にさせていただきます!」

 

 

 誰にも渡す気は無いとばかりに即、首に掛ける。うっとりと渡されたプレゼントを眺めるセシリアに一夏が声をかけて現実に戻した。

 

 

「では早速、君の願いであったフレキシブルを試してみようか」

 

「え……そんな、申し訳ないですわ。練習こそ続けていますがBTシステム適性最高値のわたくしさえまだ一度も成功しておりません。機体調整も不十分で、無駄なお時間を取らせる訳には」

 

「セシリア、君はひとつ勘違いをしている」

 

「勘違い?」

 

「ああ、ブルー・ティアーズはいつでもフレキシブルを使用できる状態にある。ストッパーになっているのは君自身だ」

 

「わたくしが止めている……?」

 

「インフィニット・ストラトスは搭乗者の意思を反映する装備だ。君が無意識下でも可能性を否定していては先には進めない」

 

「可能性を……否定、ですか」

 

 

 言いたい事を伝え終えた一夏はアリーナの機能で空中にターゲットマーカーを出現させる。セシリアにはビット一機展開させた。照準はターゲットマーカーより下。レーザーを上に曲げなければ当たらない状態だ。難しい顔をするセシリアに一夏は寄り添い、手を握る。想い人に手を握られたセシリアはテンパるが、握った本人はターゲットマーカーを見つめたままだ。

 

 

「な、ななんですの!?」

 

「セシリア、心を平静に。先程渡したクルスを握ると良い」

 

 

 新たな教えの時間だ。浮ついた気持ちを抑え、空いた手でクルスを掴み、高鳴る心臓の上へ。酸素を吸って、吐いて、無理やり落ち着かせる。それでもセシリアの胸中には失敗続きだったこの訓練への不安が残る。

 

 

「私に身を委ねるように」

 

 

 だが、彼の指針に従う事でビットと本体の同時制御は進んだ。ならば、もしかしたら、フレキシブルもまた。

 

 

「練習通りに思惟を広げろ。目標を範囲に入れて心で捕捉だ」

 

 

 言われた通りに無重力訓練で得た感覚を思い出し、ビットと同調する。心の眼で目標を感じる。クルスを握る手が熱を感じている。

 

 

「放て!」

 

「……いけッ!」

 

 

 一夏の号令と共に発射。結果は、逸れた。ブルーティアーズのレーザーが、予定の射線よりも上方へ。

 

 

「ま、まがっ、た……?」

 

 

 目標の中央とはいかなかったが、歪曲してターゲットマーカーを貫いていたようだ。

 

 

「し、信じられませんわ!? わたくし、フレキシブルまでッ!?」

 

 

 セシリアは感極まって一夏へ抱き着いてしまう。淑女にあるまじき行為だが、冷静になれない。机上の空論とまで呼ばれた技術を実現した事で、完全に冷静さを見失っていた。セシリアの身体を支えながら一夏は彼女の頭を撫でて落ち着かせる。

 

 

「よくやった。コツは掴んだはずだ。あとは戦闘時でもこなせるように自己鍛錬を続けていくだけだ」

 

 

「はいッ! お任せください!」

 

 

 満面の笑みで一夏に抱きつくセシリアの、首に掛けられたクルスがアリーナの照明に照らされて、緑色の輝きを放っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之束は一夏に撃破されたアンノウン──ゴーレムⅠ──から送信されてきた記録映像を見返していた。何度も、何度も何度も繰り返し。瞬きすら忘れ、一コマ一コマを舐めるように。

 

 白式を包み込んだ単眼の大型外装は、クラッキングしたカメラから拾った音声では、セカンドシフトだと認知されているようだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 展開装甲。白式の唯一の武装である雪片弐型へ試験的に組み込まれた、まだ世に広まってはいない第四世代ISの基礎となる予定の技術だ。それを白式に内在する『何か』が解析して、独自に実用化した姿こそがアレ(ジ・O)だと束は見抜いていた。

 

 そして武装、スラスターやセンサーといった、各種精密機器に至るまで展開装甲の応用で自己精製してあれだけの物を作り上げている。これは最終調整中である第四世代IS紅椿に搭載した『シームレスシフト』の完成形と言っても良い。

 

 シームレスシフトとは蓄積経験値により性能強化やパーツ単位での自己開発が随時行われ、高度な操縦支援システムを備えた操縦者に依存しない、ISが自己判断で取捨選択する、束が開発した時代を展開装甲以上に数世代は先取りした最新技術。つまり、蓄積経験値の謎を除けば今の白式そのものだった。

 

 何よりも、初期の白式はワンオフアビリティーを搭載した影響で拡張領域が圧迫され、新たな機能を追加する余剰は無かったはずだが、この装備が量子格納されている事実を考えるとそちらにも改良が施されていると見るべきだ。……そう、篠ノ之束にすら出来なかった事を白式の中の存在はやってのけたという訳である。

 

 

「あはっ」

 

 

 この事実に篠ノ之束は笑みを漏らす。妹の愛する男に集る塵芥を処理出来なかった事は悔やまれるが、そちらは今後どうとでもなる。白式が優先事項だ。出来れば自ら接触を試みたいところだが、今の千冬はゴーレムⅠの襲撃と白式の変質の影響で神経過敏になっている。ここで束が無理な行動をすれば二人の関係に罅が入りかねない。極々狭い交友関係しか持たない束にとって、千冬という友人は貴重な存在だ。ならばどうするか。ここは第三者に任せよう。決めてしまえば後の行動は迅速だった。

 

 

「もすもすひねもす?」

 

 

 以前、束にI()S()()()()()()()()()()()()()()()()へと連絡を入れる。所詮は凡人連中の寄り合い所帯だが、使い捨ての道具としては都合がいい。あの白式から更なる情報を得られるならば、御の字だ。仕事の成果に満足出来たならば、第三世代機ぐらいならば提供してやるのも、やぶさかではなかった。



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第十一話

「織斑先生。呼ばれて参りましたが、どのようなご用件でしょうか」

「オルコット、単刀直入に聞こう。お前は織斑と何をしている」

「どういう意味でしょうか」

「奴を寮室に迎え入れたり、アリーナで訓練をやっているそうじゃないか。……凰にも秘密でな」

「防犯カメラの記録でもご覧になりました?痛くない腹とはいえ、探られるのはあまり気持ちの良い扱いではございませんわね」

「会っていた事は認めるんだな」

「ええ、別に異性の同級生と隠れて交流してはいけない、なんて規則はございませんもの」

「織斑とお前、どういう関係だ」

「学友です。クラス代表を賭けた試合以降、よくお相手させていただいておりますわ」

「本当に、それだけか」

「彼が信用できないとおっしゃる?」

「……そうは言っていない」

「織斑先生、若輩ながら一つだけご忠告させていただきます。たとえ肉親であったとしても、人の中にずけずけと入り込むのは俗が過ぎると思いますわ」


 教室の空気が重い。理由はクラスの最前列に不機嫌さを隠そうともしない織斑一夏がいるからだ。普段であればそのような態度には出席簿を叩き付け、体罰的指導を施す担任の織斑千冬はこれに対して無視を貫いている。

 

 発端は凰鈴音に一夏との関係解消を申し付けた後、千冬は同じ内容を一夏にも伝えた事だ。その本人達の意思を無視した、一方的な通達に理解も納得もできなかった彼は、内側から生じる強い不快感によって遅い反抗期に目覚めたのか、姉に対する強い反発心を芽生えさせていた。また、体調の芳しくなかった鈴が千冬との面談後に寝込む事になった点も話が拗れた要因の一つであろう。念の為に救護室へ移された鈴を一夏は連日見舞いに訪れた事である程度は持ち直したが、まだ精神的に不安定なところが見られる為、授業への復帰せず、静養に努めていた。

 

 こうした事情もあり、一夏は尊敬する姉に対して心の壁を作って拒絶し、千冬は弟の反抗期に対する対応に苦慮していた。結果的に千冬が試みた関係解消によるリスク回避という本来の目的は達成できずに問題は先送り。セシリアとの関係についても追及を行うべきタイミングを見失って、織斑家に家庭内不和が発生しただけであった。その余波に巻き込まれる周囲の人間こそが一番の被害者であろう。

 

 

「……山田先生、ホームルームを」

 

 

 いつも通りの、しかし更に幾分か硬く感じられる声で千冬は山田真耶に朝のショートホームルームの仕切りを任せた。挨拶と点呼、連絡事項というルーチンワーク。しかし今日は一つ大きな報告があった。

 

 

「転校生を紹介します! しかも二名です!」

 

 

 クラスに漂う空気を変える為にも努めて明るく、山田真耶は欧州から送り込まれてきた二人の転校生を紹介する。

 

 フランスからは二人目の男性操縦者としてシャルル・デュノア。名前の通りデュノア社の現社長アルベール・デュノアの実子である。貴公子然としたブロンドの美少年に、九割近いクラスメイト達が黄色い声で歓迎の意を示す。学生達にとって黒一点であった織斑一夏に交際相手が出来てしまったので、新たな男子生徒シャルルは必然的に中心存在と祭り上げられる運命であった。女学生達の熱気にタジタジとなりながらも笑顔は絶やさないでいられる辺り、顔に表情を張り付ける事には慣れているようだ。

 

 ドイツからは見た目は幼いながらもドイツ軍内にて佐官階級を有するラウラ・ボーデヴィッヒ。銀髪赤目の整った外見だが左目に付けた眼帯と右目の鋭い眼差しが排他的な印象を与えていた。ラウラは簡潔な自己紹介とその後の行動でクラス内の盛り上がった空気を一気に引き締めた。彼女は織斑一夏の前に立つと突如として彼にビンタを見舞ったのだ。もっとも、明らかに敵意を感じていた一夏はその手を防いでいたが、だからといって仲良く話が終わるはずも無かった。

 

 

「いきなりなんだよ」

 

「私は貴様があの人の弟だなどとは認めない!」

 

「お前に認めてもらう必要性を微塵も感じないぞ、ボーデヴィッヒ。俺の周りにはお前みたいな奴はよくいたぜ、姉に擦り寄る為に平然と馬鹿をやらかす勘違い女」

 

「貴様は私を侮辱するか!」

 

「それはお前が先に……ってなんかこのパターンは前にもあったぞ」

 

 

 後方から金髪縦ロールのお嬢様の空咳が聴こえたが、安易に眼前の敵から目を逸らす事はしない。次はどちらが先に動くか、固唾を呑んで周囲が見守る中、だんまりを続けていた千冬が割って入った。

 

 

「そこまでにしろ、ボーデヴィッヒ」

 

「……はっ!」

 

「次の授業は二組との合同でIS実機訓練だ。織斑はデュノアの面倒を見てやれ。同じ男子だろう」

 

「……わかりました、織斑先生」

 

 

 双方、不満を残しながらもその場は収まったが燻った火は残っている。遅かれ早かれ爆発する予感は誰もが抱いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 合同授業での実演の為に山田真耶は教員用ISであるラファール・リヴァイヴを纏っていた。普段の大人になり切れない態度から生徒達に舐められっぱなしの彼女ではあるが、かつて『銃央矛塵(キリング・シールド)』の名で呼ばれたIS操縦の技術に衰えは見られない。だからこそ今回の授業で彼女のIS学園教師としての実力を見せ付け、生徒達からの信頼回復を図る目的もあった。故に墜落事故など起こしてはいないし、有り得てはならない事である。当初の予定であれば代表候補生のセシリアと鈴の二人を同時に相手にする事でそれを証明する予定であったのだが。

 

 

「引き立て役はご遠慮させていただきますわ」

 

 

 当て馬にされる意図を察したセシリアが模擬戦を拒否。鈴も授業に復帰していない為、仕方なく千冬は新入生二名に声をかける。

 

 

「デュノア、ボーデヴィッヒ。いきなりだが──」

 

「待った」

 

 

 千冬の発言を遮ったのは一夏である。彼はクラス代表。本来であればこういう場で最初に活動するべき立場だ。

 

 

「織斑先生、俺がやる……いえ、やりましょうか」

 

「今は代表候補生として国家に認められている明確な実力者の相手が欲しい。次の機会を待て」

 

「……そうですか」

 

 

 この時の千冬は生徒達への模範として言葉通りの意味で言ったのだが、一夏からしてみれば、初対面で敵対してきたラウラよりも自分が軽んじられているようで不快であった。そして何より、彼自身が白式に乗りたがっていた。ISを展開した時の何でも出来そうな全能感は癖になる。クラス対抗戦での戦闘以降、その衝動は顕著になっていた。

 

 そんな裏の事情を知らない転校生二人は実力を見せる良い機会とばかりに千冬からの要請に応じる。

 

 

「分かりました」

 

「教官のご指示であれば従います。しかし、足手纏いは不要です」

 

「ボーデヴィッヒ。私は友軍との連携も満足にとれない教導を施した覚えは無いが?」

 

「はっ! 失礼いたしました!」

 

 

 ラウラは千冬の声に即答したが完全に納得した訳ではなかった。最良の結果さえもぎ取れば良いと考えた彼女は、模擬戦の為にアリーナの中央付近へと二人で並んで進む最中、シャルルに対して牽制を加えていた。

 

 

「フランスのアンティーク使い。私の邪魔はするな」

 

「……極力、横槍は入れないから好きにすればいいよ」

 

 

 シャルルとしても、この七面倒な同期にはあまり関わり合いになりたくなかった。ここで手を抜く事は悪目立ちするだろうが、彼がデュノア社からIS学園に送り込まれた本来の任務の性質を考えれば、面倒事は避ける方が良策と判断した。結論から言えば、それは全くもって正しかった。

 

 模擬戦開始と共にラウラのシュヴァルツェア・レーゲンと真耶のラファール・リヴァイヴが砲火を交え始めたが、シャルルのラファール・リヴァイヴカスタムⅡはIS用のマークスマンライフルを装備した状態で後方に下がり、待機していた。最初こそラウラはアクティブ・イナーシャル・キャンセラーを駆使して、真耶からの銃撃を無効化。一方的にハントしようと追いかけ回していたが、AICで止められる事を見越して時限信管で放たれたグレネードランチャーを受けた事でAIC発動に必要な集中力と視界を封じられ、真耶お得意の弾幕に打ち据えられていた。

 

 

「ああもう。全く、ドイツの候補生はなにをやってるのさ」

 

 

 自尊心の割に猪突気味であまりにも簡単にあしらわれるラウラを見兼ねたシャルルが摩耶の妨害、ラウラへの支援射撃を行う為に近付いた際にそれは起きた。

 

 

「うわッ!?」

 

 

 レーゲンの右肩に備え付けられたレールカノンの一撃がシャルルを直撃したのである。まさかの味方撃ち。この状況で仕掛けられるとは思っていなかったシャルルは体勢を崩して大きく吹き飛ばされた。

 

 

「ボーデヴィッヒさんは何をやって──!?」

 

 

 目の前で発生したフレンドリーファイアに驚いて真耶が動きが鈍ったタイミングを狙い、レーゲンのワイヤーブレードの一本が摩耶の脚部を絡め取った。そのままラファールとレーゲンの出力差を活かして強引に接近戦へ引きずり込んでいく。

 

 

「ハハハ! 捕まえたぞ!」

 

 

 力負けした摩耶のラファールはAICの射程内に捉えられて動きを封じられた。目論見が成功したラウラは舞い上がり、プラズマ手刀を発動して、勝負を決める為に突進する。しかし摩耶の目にはまだ諦めの文字は無い。

 

 

「そんなふざけた連携がありますか!?」

 

 

 摩耶は量子格納からハンドグレネードをレーゲンとの間に展開。ラグ無しで起爆する事でダメージと引き換えとしてAICの解除と距離取りに費やした。即座に防御姿勢を取れたレーゲンよりも無防備に受けた爆風でダメージは大きいが、まだ十分に戦える範囲だ。小手先の技ではあるが、何事も使い方次第だと観戦している生徒達には伝わった事だろう。

 

 

「チッ! ロートルが猪口才な真似を!」

 

「なんてことを言うんです!?」

 

 

 ラウラの罵声に温厚な真耶も眉間に皺を寄せる。摩耶の現役引退はほんの一、二年前である。それでロートル扱いはあまりにも酷い言い草だ。そもそも彼女がロートルならラウラが尊敬する千冬は──

 

 

「そこまでッ!!」

 

 

 通信越しの凄まじい剣幕で摩耶とラウラは同時に動きを止めた。

 

 

「山田先生はデュノアの状態を確認! ボーデヴィッヒは今すぐ降りてこい! この大馬鹿者が!!」

 

 

 有無を言わせない千冬の圧に二人は冷静さを取り戻し、言葉に従った。シャルルは味方であったはずのラウラの奇襲で装甲の一部がひしゃげたものの、本人には異常無し。当たり所が良かった為、待機状態での自動修復で事足りる。ラウラは学生の模範となるべき模擬戦において味方への作為的な誤射で対戦相手の相手の隙を作り出すという、ろくでもない戦法をしでかした為、授業初日から反省文の提出を命じられた。千冬の指示である以上、彼女は反省文は素直に提出するつもりではあるようだが、それが本当に彼女の反省へ繋がるとは誰にも思えなかった。



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第十二話

 シャルル・デュノアの本名はシャルロット・デュノアである。彼、否、彼女はデュノア社からの指示で性別を偽ってIS学園へと編入。第三世代型ISの開発が滞り、凋落の兆しが見え始めたデュノア社の建て直しの為の広告塔として、同時に唯一の男性IS操縦者である織斑一夏と接触、彼の専用機のデータを入手する事になっていた。

 

 

 その為、シャルロットは可能な限り一夏と友好的な関係を取りつつ、隙を伺う必要があった。幸いにも入学当日の夕方には寮室の変更が行われて二人は同室となり、目標達成の機会は大幅に増えた。しかしながら、シャルロットは朝の合同演習以降、個人的な会話が出来ないでいた。昼食時は一夏が食堂までは案内してはくれたが、恋人である鈴の見舞いに向かってしまい、流石に見知らぬ相手の見舞いに付き添う厚かましさを持たないシャルルは一人で過ごす事になった。そう、つまりは男子に飢えた女学生達の集まる場所に一人放置されたのである。次々と訪れる女子達を相手にシャルルは単身奮闘したが、心休まる休憩時間とは到底言えなかった。それは夕食時も同様であり、紳士的に全てへ対応していた結果、食堂の終業時間まで拘束されてしまったのである。

 

 

「初日から酷い目にあったよ……」

 

 

 食堂からようやく帰寮できたシャルロットは椅子に腰掛けてグッタリしていた。クラスメイト達の黄色い声に歓迎され、援護しようとした味方から撃たれ、不特定多数の女子に囲まれた。散々な一日であった。

 

 

「おう、お疲れ。学生パンダになった気分はどうだった?」

 

「とてもつらい」

 

「ま、俺の時もそうだったぜ。一週間くらいでだいたい落ち着くからそれまで我慢すればいいさ」

 

「これがまだ続くとか……。嘘だと言ってよ、一夏」

 

 

 目の前でシャルロットと会話をしながらマルチタスクで今日の授業で出された課題を端末を使って平然と進める一夏の器用さに舌を巻きつつ、愚痴に付き合ってもらえる事に感謝した。話の最中、右手首に巻かれたヘアバンド型の待機状態に視線が行くが、まだ焦る必要は無い。

 

 

「よし、終わった。じゃあ俺は寝るから」

 

「えっ、もう寝るのかい?」

 

 

 慌てて時計を確認するがまだ20時を回った直後だ。寮の最終消灯時間どころか、寮の門限にすら少し早い。

 

 

「朝早くから弁当を作ったりしてるからな。早寝早起きが習慣付いてるんだ。あ、電気は付けたままでも大丈夫だぜ。俺、朝まで目が覚める事は滅多に無いから物音も気にしないぞ」

 

「わかったよ。じゃあ僕はシャワーを浴びてくるね」

 

「おう、ゆっくり使っていいぜ。おやすみ」

 

 

 そう言ってベッドに入った一夏を確認してから、シャルロットは入浴の準備を始める。その顔には自然と笑みが浮かんでいた。IS学園において四六時中自分を偽り続けなければならないシャルロットにとって、完全な個室となれる入浴は希少な癒しの時間であった。シャワー室の扉を締め切って、外界と完全に隔離する。鼻歌まじりに温水を楽しみ始めた彼女に、寝付いたはずの一夏が起き出し、外出した事実など分かるはずもなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 IS学園三年生、アメリカ代表候補生のダリル・ケイシーは現在憂鬱であった。悩みの種は叔母と叔母の属する組織から送られてきた極秘指令の内容に関してである。

 

 

『織斑一夏の変化したISに関する情報を正体が露見しない範囲でどんな内容であっても調査報告せよ』

 

 

 言葉で並べると単純だが難しい。まず一年生に三年生が接触を図る事そのものが目立つ行為だ。そして唯一の男子生徒という事で織斑千冬と生徒会の更識が目を光らせている。下手な動きは即座にバレてしまう。そもそもどんな内容でも、という要求が曖昧でやりづらい。これは模擬戦の映像でもいいという事か。織斑一夏のISに興味を持ったから、戦ってみたい。これぐらいしか自分の正体を伏せつつローリスクで情報を得る手段が思い浮かばなかった。

 

 

「さて、どうするかね」

 

 

 恋人であるフォルテ・サファイアの夕食後のお誘いを断って、考え事をしながら校内をぶらぶらと歩いていた。目的地はこの時間帯になれば完全に人気が無くなるテラスの一角だ。一人で考え事をするには丁度いいと、一人で悩みたい時は頻繫に利用していた。だからこそ彼女は発見できた。二人の生徒がその場所で密会を行っており、その片方が男子生徒。つまりは自身のお目当ての相手であると。

 

 

(おいおいマジか)

 

 

 なんとか気付かれる前に立ち止まれたダリルは身を近くの植木へと隠した。こそこそしたやり口はダリルの趣味では無いが、情報を得る為に聞き耳を立てる事にした。想定外の遭遇だった為に録音機材を始めとしてロクな準備も出来ていない。ISなら代わりになるが、起動で所在がバレる可能性がある。記録を残す事は断念した。

 

 

 

 

 

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒとは極力接触を避けるようにするべきだ。あれは危険だ」

 

「わたくしもあの好戦的な人物に好んでお近付きになりたいとは思いませんが、警戒する理由をお聞きしても?」

 

 

 シャルロットの入浴後、セシリアをこの場へ呼び出した一夏はラウラという人物への危険性を語り始めた。

 

 

「奴がエゴを強化された存在。強化人間だからだ」

 

「強化人間?」

 

「そうだ。科学技術の粋を集めて人を超えた人を作り出そうとした俗人共の操り人形。強化人間は得てして碌な末路を迎えないと歴史が証明している。関わり過ぎれば君も破滅に巻き込まれる。これは君の為でもある」

 

「分かりました。ですが、ひとつだけお尋ねしたい事がありますの」

 

「私に答えられる事であれば、答えよう」

 

「……貴方のお名前、お聞かせ願えますか?」

 

 

 セシリアと一夏の視線が交わる。

 

 

「織斑一夏、その答えでは満足できないかな」

 

「ええ、駄目です」

 

 

 これ以上の誤魔化しは無し。セシリアの眼はそう言っていた。

 

 

「先日、織斑先生がわたくしに探りを入れてきました。貴方はビデオメッセージで姉からIS指導を受けたと言っておりましたが、本当に織斑一夏が彼女から指導を受け、それをわたくしに伝授してくださっていたのであれば、先生にはわたくし達の関係が当然理解できるはずです。しかし実際はそうでは無かった。……つまり貴方がわたくしに教えてくださっている訓練は貴方のオリジナルという事になります。違いますか?」

 

「違わないな。他にはあるか」

 

「先程の強化人間とやらもそうです。まるで実際の事例をいくつもご存じのようでした。あり得ますか?」

 

「確かに。元一般人では得られない情報だった。他は?」

 

「あとは漠然とした……勘のようなものですわ」

 

「勘?」

 

「普段の織斑一夏と、わたくしの前だけに現れてくださる貴方は別の存在ではないか。何と言いますか、心の質に違いを感じます」

 

「今の私はどのように感じる」

 

「……大きい。そう、遠い宇宙の彼方、確かに存在する大きさと重さを感じます」

 

 

 なんとも曖昧な感覚と表現。一般人が聞けば首を傾げるだろうが、目の前の人物は得心が行ったようだ。

 

 

(私を通して木星を見たか。見込みがあるとは思っていたが、これほど短期間で伸びるとはな。……どのみち、この先は攻めねば始まらん。これも刻の運と見た)

 

 

 口にした本人が確信を持てないでいる中、一夏は、否、シロッコはセシリアへ情報を開示すると決断した。

 

 

「君の慧眼に敬意を表し、改めて自己紹介させていただく。私の名はパプテマス・シロッコ。ISコア経由で織斑一夏に寄生する形でしか生きられない男であり、織斑一夏が経験無しでISを十全に乗り熟せている要因だ」

 

「……パプテマス、シロッコ」

 

 

 耳に届いた名前の響きを頭に刻み込むように、僅かな時間、目を瞑った後、セシリアは吐き出した。

 

 

「貴方が織斑一夏を騙り、わたくしに近付いた理由はなんでしょうか……」

 

「君にニュータイプとしての素養を感じた。そしてその正しさは私という存在を証明された」

 

「ニュータイプ……?」

 

「簡単に言えば進化した人類。人の革新と言うべきものだが、なに、所詮はただの言葉だ。さして気にする必要はない」

 

 

 セシリアには、はぐらかされたというよりもシロッコという男がニュータイプという言葉を必要と感じていないと感じた。

 

 

「君はこれで私の秘密を握り、生殺与奪の権利を得た。織斑千冬に伝われば私は確実に排除されるだろうが、どうするかね」

 

「勘違いしないでいただきたいですわ」

 

 

 セシリアは既に決めていた。IS乗りとして尊敬に値していたブリュンヒルデである織斑千冬の追及を逸らした事からも、彼女がどちらに付くかは明白であった。

 

 

「わたくしが惹かれた殿方はあの日、テラスに訪れた貴方。本来の織斑一夏ではありません。確かに貴方がわたくしのプライドを砕いた要因ですが、本来であればあそこで代表候補生としての人生は終わっておりました。それを機転を効かせて救い、ここまで指導してくださっている御方を売るなど、そこまで恥知らずではございませんわ」

 

「私が存在する影響で織斑一夏の精神が消える可能性があるとしてもかね?」

 

「人は皆、平等に生と死を迎えます。それが遅いか早いか、それだけですわ」

 

「その若さでそこまで割り切れるか。末恐ろしい事だ」

 

「オルコット家当主への褒め言葉として受け取っておきます、()()()()()()()

 

「……なぜその呼び方を?」

 

 

 ここまで悠然と構えていたシロッコが、初めて戸惑いを含めて意図を問うた。

 

 

「貴方はわたくしにとっての宣教者(パプテスマ)ですし、あとは語感で。……お嫌でした?」

 

「……いや、君の好きにするといい。そろそろ刻限だ、今日はこれで解散としよう」

 

「ええ。ところで、()()()はどうします?」

 

「私の客人だ。任せてほしい」

 

「分かりましたわ。それでは、パプティマス様、おやすみなさいませ」

 

 

 セシリアはシロッコに対して優雅に一礼をするとわき目もふらずに寮へ戻っていったが、シロッコ本人はセシリアの気配が完全に消えても動かなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ちょっと長く入り過ぎちゃった」

 

 

 時間にすれば優に一時間は経過しただろうか。しかし丸一日の間、コルセットを巻くなどの強引な手段で身体に無理を続けさせていたシャルルからすればじっくりと時間をかけて解したくなるのも無理からぬ事であろう。再び自身を偽る心構えを用意をしてシャワー室を出るが、そこでようやくシャルロットは一夏がいない事に気が付いた。

 

 

「あれ? 一夏は……こんな時間に出かけたのかな?」

 

 

 寮の門限も既に近くなっているが、どこに行ったのだろうかと見回していて気付いた。

 

 

「あ、一夏の端末……」

 

 

 先程まで一夏が課題を熟す為に操作していた固定端末。元々IS学園の生徒達の使える端末は情報の流出や不正アクセスを防ぐ為に、一部の例外を除いて外とは完全に独立している。面倒だと言われているが、課題も専用のUSBメモリに入れて提出をする形式をとっている。もしかしたら白式に関するデータも何か入っているかもしれないとシャルロットは考えた。

 

 

「ちょ、ちょっとだけ。ほんのちょっとだけだから……」

 

 

 口先で一夏に謝罪を入れつつ、手早く端末を立ち上げて情報解析を行う。スパイの真似事をさせられる以上、最低限度のハッキング技能をシャルロットは習得させられていた。起動履歴や使用したアプリケーション、保存データをチェックしていく。しかし、お望みの白式に関する情報は見当たらない。当然である。現在の白式は解析やデータの抽出を弾いている為、完全に見当違いの事を彼女はやっているのだ。だが、ここで彼女は予想外の情報を拾い上げてしまった。

 

 

CAD(コンピュータ支援設計)が頻繁に使われてる?」

 

 

 CAD自体は全ての学生用端末に基礎アプリケーションとして入れられているが、シャルロットがなんとか女子達から聞き出せた情報で知った限りでは、一夏が整備科を希望しているなどという話は聞いた事がない。授業で使う事だってまだ無い筈だ。だから興味が湧いた。入念に使用に関するデータは消されているが、どうやっても痕跡は残る。ある程度の技量さえあればデータの復元自体は簡単だった。

 

 

「兵器の製図……?」

 

 

 大型バーニアを搭載した可変戦闘機(PMX-000)

 

 ホバーを用いた大型重戦車型(PMX-003 HAUER)

 

 重戦車型を軽量小型化した個人運用の陸戦機(PMX-005)

 

 記載された平均カタログスペックは第二世代IS黎明期にすら相当する。突出した能力値は第三世代にも通用するだろう。しかし機体サイズは標準的なISに比べると数倍から十数倍近く、あまりに現実離れした開発プランである。特にISコア無しでこれだけの重量機を長時間動かせるパワーを持ったジェネレーターは現状、存在しない。言ってしまえばここに書かれた兵器は子供の落書きでしかなかった。

 

 

「なんでこんなものが……一夏の端末に……?」

 

「私が手掛けた製図だから当然だよ。()()()()()()

 

 

 画面に夢中になり過ぎていた。背後から近付いてきた一夏に気付くのが遅れたシャルロットは咄嗟に弁明しようと口を開く。

 

 

「ご、ごめん! えっと、その、ちょっと課題で分からない部分が──」

 

 

 そして遅れて気付く。彼が言った名前。その名前が意味するところを。



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第十三話

「い、一夏。僕は……」

 

「それ以上の言葉は不要だ、シャルロット」

 

 

 覗き見がバレて誤魔化そうとしたところに、秘していた実名での呼びかけ。全てを知っているとばかりに説明を断られる。完全に気が動転してしまったシャルロットには、今日一日で見てきた織斑一夏と、目の前にいる織斑一夏の雰囲気が全く異なる事にまだ気が付けていなかった。混乱する少女の心の隙間に一夏の姿を借りたシロッコが言葉を紡ぐ。

 

 

「君は実母を失い、心が傷付いている時に出生の秘密を知らされた。実父は黙し、義母は君を疎んだ。デュノア社の役員達も君の存在を不都合と判断して、シャルロットという少女そのものを二年に渡って隠匿した。その間、テストパイロットとして利用され続けた君に対して、周りの大人達は歩み寄る事も配慮する事も無かった」

 

「そ、それは僕が義母に疎まれているから──―」

 

「シャルロット。ここに彼等はいない。自分の心を偽る必要はない」

 

 

 視線を彷徨わせた後、シャルロットは大きく息を吸って吐き出す。続けて漏れ出た音は、腹の内に収められていた鬱憤で黒く彩られていた。

 

 

「──ずっと、ずっと嫌だった。母さんと田舎暮らしをしていた僕をいきなり豪奢な屋敷に引き込んだと思えば、一方的な物言いで身柄を拘束された。会社の施設に二年間も閉じ込められて、社員達からも腫れ物扱いをされ続けて……!」

 

「それでも君はデュノアで居続けた。それは偏に血を分けた父親にシャルロットの存在を認めてもらいたかったからだ。拠り所であった母が欠けた穴を埋めたかった」

 

「僕は……私は……」

 

「しかし、その想いは届かなかった。君は使い捨ての駒としてIS学園に送り込まれる事になった。実父から労いの言葉ひとつ無く。唯々、会社の利益の為に」

 

「……う……っ……ぅ……なんで…………どうして……」

 

 

 シロッコの言葉は的確にシャルロットの心傷を抉った。良き人であった母親と死別して、初めて会った父親に期待していなかったといえば嘘になる。必要な物は全て買い与えられたし、教育だって惜しみなく行われている。世間一般で言えば彼女は大いに恵まれている立場だ。それでも彼女には不満だった。母の死で孤独を感じた彼女が必要とした要素、父親からの愛情をひとかけらも感じられなかったからだ。

 

 初めて会った日から片手で事足りる程度の回数しか顔を合わせていない。会話は事務的な応対のみ。ISのテストパイロットとして優秀な成績を残しても褒められる事すら無い。自分が父親から愛されていないと感じてしまうのも仕方無い事だろう。

 

 だから、彼女は自分を見てくれる他者を欲し、情念に囚われる。

 

 

「私なら君を歪んだ呪縛から解放してやれる。私が守ってあげよう」

 

「……ほん、と……?」

 

「ああ、デュノア社もフランス政府も。誰にも君へ手出しをさせないと約束する」

 

 

 有り得ない。不可能だ。それは一学生の身分で出来る範囲を超越している。シャルロットの理性は機能していたが、シロッコが放つ圧と自信に満ち溢れた声、そして二年間で状況に流される事へ慣れ切った心が感覚を麻痺させていた。震える身体を正面から抱き締められても身体が反射的な僅かな反応を示すだけで、拒絶はしなかった。そのまま、囁かれる声に耳を傾ける。

 

 

「このぬくもりこそ、君が求めていたものだ」

 

 

 シャルロットが理性で塞き止めていた心の壁が遂に決壊した。シャルロットも腕を回し、抱き締め返す形となる。嗚咽は男の胸元に顔を埋めた事で寮室外へ漏れず、二人だけの秘密となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……泣き疲れて眠ったか。しかし、要件を終えた後に一度起こす必要があるな」

 

 

 眠るシャルロットをベッドに横たわらせたシロッコは椅子に腰掛け、IS学園に潜んでいた裏社会の工作員から譲り渡されたばかりの超小型通信端末に教えられたコードを入力、耳を当てる。

 

 

『……亡霊のパプテマス・シロッコ?』

 

 

 艶と自信を感じる成熟した大人の女の声が響く。

 

 

「そうだ。亡国機業(ファントム・タスク)のスコール・ミューゼルで間違いはないか」

 

 

 亡国機業とは第二次世界大戦中に設立して以来、五十年以上もの活動をしている秘密組織だ。その設立は戦争を裏から操作する事で利益を得る武器商人達が始まりであり、現在は組織の規模も拡大してISさえも保有する実働部隊を持つ軍需産業企業の連合体となっている。

 

 スコール・ミューゼルはその亡国機業の幹部の一員で、同時に組織の実働部隊『モノクローム・アバター』の部隊長の一人、年齢不詳の女傑。セシリアとの密会を覗いていたダリル・ケイシー改め、レイン・ミューゼルの叔母でもある。シロッコはダリルの存在に気付き、密会の後に彼女と接触を図っていた。

 

 

『ええ。でもレインから織斑一夏と貴方の突拍子もない関係性を報告されたばかりよ。それがいきなり連絡を寄越すとは思っていなかったわ』

 

「こちらも予定が立て込んでいるので、無作法は許してもらいたいな。無作法ついでに、亡国機業には少々やってもらいたい仕事がある」

 

『……何かしら?』

 

「デュノア社を亡国機業の傀儡にしてもらいたい。シャルロット・デュノアには害の無い形でな」

 

『さっきレイン経由で渡された情報だけで、もう籠絡したの?』

 

「相手は初心な少女で、過去に似た境遇の女を相手にした経験もある。さほどの手間もかからんよ」

 

『まぁ、とても悪い男』

 

 

 クスクスと笑う声が聴こえるが本当に可笑しいとは思っていないのであろう。通話越しにでも警戒心が見え隠れしている。それでも彼女はシロッコというイレギュラーを迎え入れるつもりであると確信が持てた。世界には篠ノ之束というどう転ぶか分からないジョーカーが存在する。アレに対抗する為には使える手札は多い方が良い。

 

 

『……それでデュノア社をこっちが取り込むメリットは?』

 

「小型核融合炉の精製方法と素材の提供、男でも使えるISに比例する機動兵器の図面も回す。接収したデュノア社に第三世代機の開発の名目で外装や武装をパーツ単位で作らせ、組立を亡国機業の施設で行えば簡単には露見すまい」

 

『随分と大盤振る舞いね。こちらが情報だけ貰ってさよならするとは考えないの?』

 

「ありえんよ。私がいなければハードが整っても万全に動かすOSの開発に十年近い時間をとられる事になる。なによりも核融合炉精製の素材になる特殊粒子を私以外の誰が立証し、調達できるのかな?」

 

『……抜け目の無い男』

 

「フッ、誉め言葉と受け取ろう。それに、口止め料も含んでいる。……現時点で篠ノ之束に私の存在を伝えてもらっては少々困った事になる。だからビームライフルの情報は奴に流しても構わん」

 

『あら、いいの?』

 

「必要な材料が無ければ、どうやっても大型化させるか劣化品になるだろうが、今、世間に存在する光学兵器には存在しない特異技術だ。あの女の気を引くには十分だろう。これで君は篠ノ之束からの報酬である第三世代ISの入手と私からの技術提供の実績で亡国機業の幹部の座を盤石なものとできる」

 

『まぁ、魅力的なプレゼント。見返りは何が欲しいのかしら?』

 

「私が学園を去り、合流した際にはモノクローム・アバターの指揮官としての席を用意してもらう。ある程度のフリーハンドは欲しいが、一部隊長扱いで構わんよ」

 

『貴方は開発畑の人間だと思ったけど、意外だわ。それに頭も回るのに幹部枠を希望しないなんて、更に驚き』

 

「確かに私の本質はエンジニアだが、功を稼ぐにはそちらが都合が良いと判断しただけだ。後者は新参者がいきなり出しゃばり過ぎては無用な軋轢が生じると、世俗での生き方を十分に理解していると判断して欲しいな」

 

 

 以降も二人の会話は続き、今後の連絡手段に関するやり取りを終えたところで通信を切る。シロッコは躊躇う事なく、超小型端末を破壊して証拠の隠滅を図る。

 

 

「これで必要なお膳立ては全て終えた。後は如何にして私がこの身体の絶対的主導権を握るか、だ。もっとも、道化は勝手に踊り狂ってくれるだろうがな」

 

 

 パプテマス・シロッコは嘲笑する。セシリア・オルコット、シャルロット・デュノア、そして亡国機業。彼の存在を知る者は五月初頭の一夜で爆発的に増えたが、彼が世に出た真意を知る者はまだいない。



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第十四話

 最近の織斑一夏の日課といえば凰鈴音の見舞いだ。

 

 朝早くに起きて作った手製の弁当を携えて昼休みに顔を出し、放課後は学園生活であった出来事のあれこれを伝える。実に他愛ない雑談を行うだけなのだが、精神的な疲労の積み重ねが原因で体調を崩していた鈴にとっては治療の大きな助けとなっていた。それは一夏と鈴に提示された一方的な関係解消要請に対する年若い子供なりの抵抗。簡単に言ってしまえば現実逃避である。しかし、それも終わりを迎える。鈴がようやく復帰する事になったからだ。

 

 

「忘れ物は無いか?」

 

「丸ごと甲龍の拡張領域に放り込んだから問題無し」

 

「それはそれで学校の備品を間違えて突っ込んだりしてないだろうな」

 

「だ、大丈夫よ」

 

 

 やや長めの滞在だった為、いろいろと私物を持ち込んでいた鈴は拡張領域内に収めた品のデータを呼び出して再確認する。……そっと、水差しを拡張領域から呼び出してサイドテーブルに置いたところを白い目で見られるが、彼女は口笛ひとつで誤魔化すだけで終わった。

 

 長らく世話になった養護教諭に挨拶してから寮への道を並んで歩む。特に何事も起こらず、寮室へとたどり着いた。同室のティナには戻る日を伝えていたが、本人はいなかった。共用のゴミ箱に大量の菓子の袋が突っ込まれている状態を見るに、随分と一人での寮生活を満喫していたようだ。これだけ間食してよく体形が崩れないものだと変な部分で関心しながら、鈴は一夏と自分、二人分の茶を用意する事にした。内容を考えれば、少しばかり長い話し合いになりそうだから。

 

 

「ねぇ、一夏。ちょっと、大事な話があるんだけど」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 篠ノ之箒にとって恋焦がれていた一夏といる時間は何よりも大切で生き甲斐だった。しかし一夏はISを手に入れてから箒をあまり必要としなくなった。剣道の訓練はそもそもクラス代表を決めるセシリアとの試合までの期間、一夏がISを使えなかった事への苦肉の策であり、入学当初、全く理解できていなかったISについての勉強も次第にスポンジのように知識を吸い上げ、IS操縦も訓練の必要が感じられない程に熟練した動作を熟してみせる。

 

 剣以外に秀でる部分など無いという自覚を持つ箒にとって一夏の隣は急速に遠い存在となった。そして鈴と一夏が結ばれたと知った日には、どうにか人前での癇癪を堪えて学園にある木立の場所で木刀を無茶苦茶に振り回して、一人で泣いた。その後も度々湧き出る醜い嫉妬心を抑える事にとても苦労した。

 

 人一倍影響を受けてきたからこそ、夕食の席で箒がその事を知った時の反応は驚いたり喜ぶよりもまず、呆ける形となったのだ。

 

 

「一夏と鈴が、別れた……?」

 

 

 シャルル・デュノアが入寮した事で一夏と別室となった箒は新たなルームメイトである鷹月静寐との交流を通じて、一組の生徒で構成された女子グループに合流する事に成功していた。その箒の耳に入った女子特有の噂アンテナから拾われてきた話こそが学園全体を震撼させたカップルの離縁についてであった。耳を澄ませれば食堂のあちこちで同じ内容で無秩序かつ無責任な会話が繰り広げられていると分かるだろう。実際、呆然としている箒をよそに相席をしているクラスメイト達は誰から聞いただの、どうして別れたのかだの、次を狙えるかなどの推測や願望が入り混じった具合である。

 

 

「でも気持ちはわかるな~。おりむーは時々怖いんだよね~」

 

 

 同席者の一人、布仏本音の声にようやく固まっていた思考が動き出した箒が反応を示す。

 

 

「一夏が、怖い?」

 

「うん。私、ISに乗ってるおりむーは、好きに……ううん。ハッキリ言って、()()()()()

 

 

 普段おっとりしていて、どんな時どんな相手でも基本的に刺々しさを見せる事の無い不思議系少女の強い拒絶の感情を伴う発言に囲っている面々はギョッとする。発言してしまった本音自身もばつが悪そうにしている。本音の隣に座っていた本音に近しい友人である鏡ナギが代表して尋ねる。

 

 

「な、なにか織斑君とあったの?」

 

「ん? ん~、なにも無いよ? ……ただ、最近はセッシーもなんだか怖いおりむーに雰囲気が似てきて、ちょっと嫌なんだ。あの纏わり付く感じ」

 

 

 どうにも雰囲気が宜しくない。場の空気を変える為、本音のセシリアと一夏が似てる発言から別れの原因は浮気の可能性では無いかなどの不明瞭で確証の無い雑談に各々が持ち込んでいく。しかし箒はもう場の話題に乗る事は無かった。鈴が体調を崩す前、自分のところを訪れて一夏の異変に関して問い質してきた時の事をひたすらに思い出していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、鈴はアリーナの片隅で療養で鈍った身体の調子を整える為に腕部のみを部分展開した状態で双天牙月を用いた演武を行っていた。小柄な体格に見合わぬ巨大な武装を左右に分けて両手で扱い、時に連結させては回転を加えて振り回す。しかしウォーミングアップというには武器を振るう際の力が籠り過ぎている。目の前の空間を睨む鈴の瞳には、自分と想い人の仲を引き裂いた要因、怨敵が映っている事だろう。

 

 

(篠ノ之束。今はアンタの思惑通りに引いてやる。最後の最後、一夏の隣にアタシがいれば、それでいい。一夏への想いだけで世界屈指の競争社会である中国の登龍門を一年で踏み越えた、この凰鈴音を甘く見るなよ……ッ!)

 

 

 そう、一夏との別れ話は彼女から切り出していた。千冬から話を伝えられた際には嚙み付かんばかりに抗った鈴だが、時間が経過して冷静に判断できる状態ともなれば、一理はあると感じたからだ。鈴と一夏の二人がどう思おうが、篠ノ之束という異常存在が本気を出せば現状は逃げようがない。最悪、中国や日本の政府、延いては家族や親族さえも利用されかねない。では二人が平穏な日常を得るにはどうするべきか。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 

 今の鈴にどちらも達成するには実力が不足している。だからこそ力を蓄える時間を稼ぐ為に愛する者と距離を取ると決断した。説得にしばしの時間を要したが一夏も最終的には同意してくれた。一夏の持つISの得体の知れなさもあって、極力、彼を頼る訳にはいかないからこそ鈴は自分で決着をつける気でいる。彼女の一夏への揺るがぬ想いと滾る熱意は素晴らしいものだ。ただ、しかし。数日間の病床生活において一人で悩み抜いて出した鈴の答えは一つの問題を孕んでいた。

 

 織斑一夏の心の奥にある願い。姉のように、自分が誰かを守りたいという精神の主柱に大きな歪みを与えてしまった事を彼女は知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、古い観念に凝り固まった人間である箒には、どれだけ考えても感覚のもたらす違和感などという物の意味は理解ができず、夕食後に直接本人へ確認する事にした。以前生活していた寮室を訪れ、中にいる人物を呼び出す。中で物音、入り口近くにある洗面場で水音がした後、しばらくしてから扉が開く。出てきた一夏はトレーニングでもしていたのか、部屋着のシンプルなTシャツとズボンを首にタオルを掛け、顔には水気を拭ったような湿り気があった。憂いを見せる顔も合わせて、水も滴る良い男という言葉がピッタリ当てはまる様相である。

 

 

「遅くなった。なんか用か」

 

「……はっ」

 

 

 一瞬、一夏が醸し出す色気にやられて我を失っていた箒が現実に帰ってきた。軽く咳をしてから本題に入る為に仕切り直す。

 

 

「噂で、お前が鈴と……その、別れたと聞いたのだが」

 

「お前には関係無い」

 

 

 硬い、明確な拒絶。感情が高ぶり、完璧な容姿の箒の内側に隠された幼さが暴れ出そうとするが、この数週間で鍛えられた自制心がなんとか勝利を収める。

 

 

「……そう、確かにそうだな。だが幼馴染として心配なんだ。せめてどうしてそうなったのか。理由だけでも教えてくれないか」

 

 

 箒の真っ直ぐな言葉に一夏は視線を彷徨わせ、幾度か場繋ぎの音を発するが、そこから繋がる事は無かった。明らかに言葉を選んでいる様子が伺える。しばしの無言の後、一夏は理由を述べた。

 

 

「俺が、弱いからだ」

 

「……なんだと?」

 

「いや、違う。俺は力を貰ったんだ。だから弱いはずが無い。だけど周りが俺を弱いままだと勘違いしている。俺では鈴を守れないと判断したんだ」

 

 

 鈴を守れないという不穏な言い方が何を意味するのか推測するには至らない。しかし一夏の苦々しい表情を見れば、彼がどれだけ思い詰めているかだけは伺えた。鈴や本音が言う違和感は感じ取れないが、幼馴染の少年は明らかに無理をしている事だけは箒にも分かった。

 

 

「悪い、変な話をした。忘れてほしいな」

 

「一夏、本当に大丈夫か? 私に、何か出来る事は無いか?」

 

「心配すんなって。お前のおかげで頭の中を整理できたし、助かったぜ。……それじゃあまた明日な」

 

 

 感謝はしている。でも、()()()()()()()()()()()()。言外に突き放された事を理解できた箒にはそれ以上の言葉をかける事が出来なかった。

 

 

 

 

 閉じられた寮室の扉に背をもたれかけた一夏は箒が歩き去る音を聞きながら呟く。

 

 

「証明が、必要だ。俺が誰にも負けない力を手に入れたんだという明確な証明が……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 故に、これは必然であった。

 

 

「私と戦え、織斑一夏」

 

「丁度いい、相手をしてやるぜ。ボーデヴィッヒ」

 

 

 織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒ。鎮火した導火線へ再び火が点る。



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第十五話

 遭遇を果たした織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒは各々が目的の為、アリーナにて対峙した。管制を担当する教員には専用機同士の実戦形式の戦闘を行うと連絡済みだ。非常に特殊なIS、白式の事もあって担任である織斑千冬が到着するまで待つようにと通達されたが横槍を入れられたくはない二人は試合を行う際に必要な連絡義務は果たしたと、管制からの通信を切断して以降は無視を決め込んだ。

 

 

 一般的なISの二回り以上の巨体を持つ、全身装甲に覆われた単眼の異形となった白式Theologyと、昨今の一般的なISの特徴である搭乗者の姿が見える黒いISシュヴァルツェア・レーゲンは相対する。白式から聞きなれない起動音(グポーン)と共に赤いモノアイ──ISの基本装備であるハイパーセンサーがある以上、モノアイのようなカメラアイは必要性がないように感じられるが、本来の白式から削られていた射撃用センサーリンクシステムが搭載されている為、ビームライフルの精密射撃を高める役割がある──が点灯、直ちに動作チェックの為の稼働を始める。

 

 分厚い装甲に覆われた織斑一夏の表情は伺えないが、黒のISを駆るラウラの眼には敵に対する憎悪で満ち満ちていた。

 

 ドイツ軍への復帰を千冬に嘆願し、考える余地無く断られたラウラは、次の策として己が信奉する千冬を極東の生温い環境に縛り付ける一夏という存在を叩きのめし、排除する事で千冬の考えを改めさせるつもりでいた。一般論でいえばあまりに稚拙で非常識な発想だが、兵士として作り出され、真っ当な価値観・倫理観が欠如したまま軍に育て上げられたラウラ・ボーデヴィッヒという歪んだ存在にとって、武力で道理をこじ開ける事は正当な手段であった。

 

 

「貴様さえ……貴様さえいなければ教官はモンド・グロッソ二連覇を達成していたのだ! 教官の栄光を穢した貴様を私は断じて──―!?」

 

 

 その先は言えなかった。白式の右手に0.1秒未満の速度で展開されたビームライフルの放った破壊の光がラウラを襲ったからだ。緊急回避こそ間に合ったが、話を無視して奇襲を仕掛けてきた一夏に対する怒りは更に増した。だが、撃った側はそんなラウラに大いに呆れていた。これは公式戦では無い。管制の指示を無視した以上、開始の合図などなく、戦いは対峙した時点で始まっているのだ。

 

 

「御大層な演説でもしたかったのか? だったら、ISを降りて千冬姉を崇めてる女権団体にでも行って来い。同じ穴の狢が諸手を挙げて歓迎してくれるだろうさ」

 

「貴様ぁ!」

 

 

 ラウラへの侮蔑と共に状況は動き出す。白式は鈍重そうな見た目に反して素早く空へと舞い上がり、ほぼ同時にレーゲンも飛翔を開始するが、ISとしては異常なまでの数のスラスターを持つ白式との上昇速度の差は歴然であった。上空取りに失敗したラウラは即座に戦闘機動に切り替えて右肩の大口径レールカノンを白式へと向ける。しかしレールカノンは火力はあれど、取り回しと射角が致命的悪い。サブスラスターを器用に使って小回りを続ける白式をなかなか有効射線に捉える事ができない。

 

 

「チィッ! 全身装甲のデカブツの癖に、随分とすばしこいキュクロプ(単眼巨人)だ!」

 

 

 舌打ちをするラウラに対し、必要高度を確保した白式からビームライフルの光が降り注ぐ。

 

 

「お前のISが遅いだけだぜ、ボーデヴィッヒ!」

 

「抜かせ!」

 

 

 純粋な射撃戦の不利を悟ったラウラは状況打開策を求めてランダム回避運動を続けながら、ハイパーセンサーから得た情報を直ちに分析した。そこから、白式のビームライフルの弾はイギリスが実用化している高出力レーザーを集束させた物質量を有さないエネルギー兵装では無く、質量を持つ特殊な粒子を加速、放出している荷電粒子砲。簡単に言えば水鉄砲のような原理を持つ武装だと理解した。

 

 

「ならばッ! こういう対処も出来るという訳だ!」

 

 

 ラウラは左目の眼帯をむしり取り、隠されていた金の眼を晒す。そして向かってくる光に向けて左手をかざしてAICを起動した。

 

 レーゲンのAICによる停止結界は自身に向かってくる物質の慣性を著しく低下、最終的には停止させる。彼女の予測は正しく、勢いを無くした水鉄砲の弾(メガ粒子の塊)は勢いを失い、光の粒子は周囲に溶けるように散らされた。

 

 

「それか……!」

 

 

 一夏の脳裏には先日の模擬戦において、ISごと動きを停止させられた山田真耶の姿が浮かんでいた。

 

 

「金縛りは、どうにも良い気分がしないな」

 

 

 AICに掴まる事を危惧した一夏は射撃を続けながら後退を選択するが、勢いを増したラウラは不可視の壁を作った状態で突撃してくる。攻守が逆転した事で彼女の気分は非常に高揚している。牽制目的で放った、楽に回避できるはずのビームライフルの攻撃さえもわざわざAICを使って停止させている事から、お前のやる事は無駄だ、自分には勝てないのだと知らしめたいようだ。

 

 

「ハハハッ! 逃げ回るだけかぁ? やはり貴様程度に教官は相応しくないな!」

 

「……足りない。これでは証明にならない」

 

 

 不愉快な相手からの嘲りに一夏は嫌悪を感じ、同時にこの相手に手間取っては戦う意味が無いと、より強く白式の持つ力を引き出す為に意識を集中させる。

 

 白式を覆う白い鎧が薄く発光を始めた。僅かに緑がかった黄色。

 

 思考が澄み渡る心地を経て、軽く目を閉じる。開いた時には目の前の敵など、たいした脅威とも感じなくなった。

 

 

「──出来損ないの強化人間風情がよく囀る。最大出力なら撃ち抜けそうだが、あまりスマートな解法ではないな」

 

 

 口調や雰囲気までガラリと変わったが、当人にその自覚症状は無い。今はただ、眼前の敵を倒す為の策を練る。

 

 使用しているビームライフルはメガランチャー級の威力を放てる代物だ。先の無人機戦のように敵の重装甲を削り取った上でアリーナのシールドを貫通できる出力なのだから、AICなどという小手先に頼った防御方法など、正面から強引に潰せるはずだ。しかしそれでは機体性能で押し返したようで、目の前の不快な女の作法とさほど変わらない。

 

 

(ならば奴の面子を潰してやる)

 

 

 間合いを詰めたラウラは摩耶のラファールを捕まえた時と同様にワイヤーブレードを射出。白式がライフルを持つ右手を拘束して引き寄せるべく、現行の第三世代機の中でもトルクに優れるレーゲンの力を最大出力で稼働させる。

 

 

「白式は金縛りにする!」

 

 

 ラウラの宣言通り、白式は容易く引っ張られて停止結界によりその身動きを封じられる事となった。引き寄せた側であるラウラが相手の抵抗の弱さに僅かな違和感を覚えたが、獲物は既に檻の中。煮るも焼くも彼女次第だ。愉悦で笑みも漏れる。

 

 

「クククッ。さて、織斑一夏。何か言う事はあるか?」

 

「獲物を前に舌なめずりか。軍人としては無能の謗りは免れんな」

 

「……良いだろう。もはや無事では済まさんぞッ!」

 

 

 ISとの適合性上昇の為に左目に埋め込まれたヴォーダン・オージェの不適合作用により、織斑千冬に鍛え上げられるまでの期間、耐え難い屈辱を味わってきたラウラに対し、出来損ないや失敗作、落ちこぼれなどなどの見下す言葉はタブーであった。荒ぶる感情の赴くまま、効率など考えずにレーゲンの備える武器で最も火力をレールカノンを超至近距離で撃ち込む事に決めたようだ。巨大な砲口が白式の頭部、モノアイの眼前に向けられ、電磁投射の為のエネルギーが貯められていく。

 

 

「終わりだ!!」

 

「貴様がな」

 

「ッ!?」

 

 

 ()()()()()()()()()にビームソード──出力を意図的に一定方向へバイアスをかける事で刀のような形状となっている──の柄を展開、光の剣が大きく伸びた。咄嗟に頭部への直撃は避けたが、ビーム刃はレールカノンを刺し貫き、チャージしていたエネルギーと砲弾が誘爆する。当然ながらラウラが最も爆発に近く、吹き飛ばされた勢いで地上へ落下。主砲を失い、機体とシールドエネルギーに大きなダメージ受けたが彼女にとってそれは現状で憂うべき最重要案件では無い。

 

 AICの発動範囲内に捉え、完全に動きを封じたはずの白式が平然と左手を動かした事こそが問題だった。

 

 

「貴様はどうやってISを動かした!?」

 

「PICを用いてAICを中和しただけだ」

 

「ありえない! ありえない! ありえてたまるか! 他のISの能力に干渉するなど、そうそうに出来るものかよ!」

 

 

 ラウラは手首部分に取り付けれたプラズマ手刀を両手に発振させて、一直線に白式へと切り込む。その攻撃は目の前で起きた現実を見ない為の逃避行為でもあった。必死に追いすがるラウラに一夏は優越感を覚える。

 

 

「AICなど所詮はPICのマイナーチェンジ。原理さえわかればこの程度は容易い事だ。なによりも、貴様は私の前で手の内をひけらかし過ぎたのだ」

 

 

 プラズマ手刀の連撃に対し、ビームライフルを格納。ビームソードを代わりに呼び出して二刀流に切り替えた。プラズマとビームソードが幾度となく激突し、火花を散らす。攻め続けているのはラウラだが、それは彼女が優勢である訳では無く、一夏に反撃の意思が無いからだ。

 

 彼はラウラ・ボーデヴィッヒという女により深い屈辱と敗北感を与えると決めていた。

 

 

「感謝しよう。貴様という踏み台によって白式と私はより高みへと昇る事になった。……見せてやろう!」

 

 

 赤いモノアイが不気味な輝きをより強く放つ。その瞬間、()()()()()()()()()()()

 

 

「ば……馬鹿な……」

 

 

 ラウラは自分に何が起こったのか。()()()()()使()()()()()()()()()()()()、よく理解できていた。ただ、それを認めるには様々な覚悟が彼女には足りていなかっただけだ。

 

 

「ハハハ、A()I()C()()()()()()()()()()()()。さて、ラウラ・ボーデヴィッヒ。何か言う事はあるか?」

 

 

 先程とは立場が逆転する。金縛りにあったのはラウラで、追い詰めたのは一夏だ。しかし、それが意味するところは全く違う。

 

 

「嘘だ……嘘だ嘘だ嘘だぁ! 我が国の第三世代技術がこうも簡単に……!」

 

「失態だぞ、ボーデヴィッヒ少佐。国益を損ねたお前をドイツがどう思うか、見物だな」

 

「……っ!」

 

 

 アラスカ条約でIS技術の共有化は宣言されている。当初は日本の一人勝ちを許さない為に厳格な規定が設けられたルールだったが、約十年の間に形骸化した現在では自分達が持つIS技術がどのような物かをIS委員会に報告する義務はあれど、詳細な技術情報は保有国それぞれの知的財産となっている。でなければ各国家が個々に資源や資金を投じて独自技術を開発をするメリットなど存在しなくなってしまうからだ。そして保有する技術の秘匿は国防にも繋がっている。

 

 そんな最先端技術の塊をIS学園へと送り込むのは、あくまでアラスカ条約を守っている事への表向きのアピールであり、根本の技術情報の露見は硬く禁じられている。つまり、一夏にAIC技術をコピーされてしまったラウラはドイツの秘匿すべき技術知識を意図しない形とはいえ漏洩してしまったという事に他ならない。

 

 更に言えば、彼女が今やっている行為は完全な私闘だ。その結果による技術漏洩など、直ちに国へ呼び戻されて軍法会議にかけられる事も有り得る大問題だろう。

 

 

「あ、あ……ぁぁ……」

 

「抵抗は終わりか? ……ならば貴様はもう消えていい」

 

 

 放心し、全く身動きの取れないラウラに対してビームソードを片手、上段で構える。その出力は攻撃を捌く為に用いていた先程までとは異なり、粒子の放出量を高めた威力だ。既にシールドエネルギーが付きかけているレーゲンでは操縦者も耐えられない。それでも一夏は躊躇う事なく、振り下ろした。

 

 しかしビーム刃がラウラごとレーゲンを断ち切る寸前に、日本製の第二世代量産型ISである打鉄がイグニッションブーストを噴かせて二人の間に割り込んできた。

 

 

「そこまでだ、織斑!」

 

 

 管制室から連絡を受けてなんとか現場に間に合った織斑千冬だった。搭乗している打鉄は教員用のチューニングが施された共用ISであり、手には近接用ブレードの葵を持たせている。彼女は身動きをしないラウラを背に、葵をビームソードに叩き付けて押し返す。カスタム機と言えど、旧式と言える打鉄のパワーで今の白式へ対抗できる技量を持つのは彼女くらいだろう。

 

 

 ──ふん、ここまでか。

 

 

 装甲が放つ光が消えて急速に先程までの全能感が失われる。若干の気だるさを一夏は気にする事なく、沸き上がった不快感を妨害した姉に対して吐き出した。

 

 

「──邪魔だ、千冬姉!」

 

「既に奴は戦闘不能だ! お前はコイツを殺す気か!」

 

 

 これ以上は試合の域を超える。千冬は熱くなっている弟にこの先は人の生き死にが関わると悟らせ、引き下がらせるつもりだった。

 

 

「必要があればそうさせてもらう! そして今がその時だ!」

 

「織斑、お前は何を言っている!?」

 

 

 だから、一夏がラウラに対する明確な殺意があったという事実に困惑した。しかし、一夏の次の言葉で、暴走の原因が己に起因するのだと悟った。

 

 

「これは証明だ! 織斑一夏はドイツIS部隊のエースを一方的に屠れる人間だと知らしめる! こうすれば束さんに、篠ノ之束に抗う力を持つ証明になるだろうが!」

 

「ふざけるな! ボーデヴィッヒを倒した程度の実力でアイツに対抗できる証明になるものか!」

 

「だったら、どうすればいい!? 俺は、俺が鈴を守る資格を持つには、誰を倒せばいい! 千冬姉を倒せば良いのかよッ!!」

 

 

 一夏は錯乱しているのか、激昂しながらビームソードを再び振るう。千冬は再びブレードで受けるが、頑強さが売りである筈の日本国産ブレードの刃先は既に融解しかかっている。それだけ今の白式が持つ力が規格外である証だ。

 

 

「やめろと言っているのが分からんか!」

 

「そんなに奴が大事かよ!」

 

「論点をすり替えるな! 私は教師だ! お前だけを特別扱いする訳にはいかん!」

 

 

 会話での説得は不可能と判断した千冬は、一夏を叩きのめして強引に止める事を決める。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果論となるが、彼女は最初の突入時点で一夏を完全に鎮圧すべきであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──これは……ククク、どうやら時の運は私にあったようだぞ。織斑千冬。

 

 

『あっぁぁっぁあああああああああああああああああああぁぁぁあッッッ!!』

 

「なに!?」

 

 

 千冬の背後から庇っていたラウラの絶叫が轟く。ハイパーセンサーを用いて背後を確認すれば、黒い泥のような不定形の物質がレーゲンから溢れ出しているではないか。泥からは紫電が漏れ、苦しみながら悶えるラウラを取り込んで形を成していく。黒一色で塗り潰されたその姿は千冬のかつての愛機、暮桜に酷似していた。

 

 

「これは……まさかVTシステムか!?」

 

 

 IS業界の深部に関わる彼女はその姿から目の前で発生した事象の正体を正確に見抜いていた。

 

 ヴァルキリートレース。過去のモンド・グロッソ優勝者。つまり織斑千冬の能力を機械的に複写し、誰もが彼女と同等のIS操縦技術を持つ事が出来るようにする()()()()()()()だ。非合法の理由として、発動させた搭乗者に能力以上のスペックを要求する為、肉体へ莫大な負荷が掛かり、場合によっては生命が危ぶまれるリスクを孕んでいる事が挙げられている。

 

 

「ラウラ! そんなモノに呑まれるな! 戻ってこい!」

 

 

 白式との鍔迫り合いを続けながら千冬がラウラに通信を繋げようとするが、一切通じない。流石の千冬もこの混沌とした状況に焦りが生まれるが、彼女以上にVTシステムの出現に過激な反応する者がいた。

 

 

「それは千冬姉のもんだ! 千冬姉の剣をてめぇが真似てんじゃ、ねえぇぇええええええぇぇ!!」

 

 

 自分の理想、織斑千冬の誇り高い剣を穢されたと思い込んだ一夏は偽物の黒い暮桜を直ちに破壊すべく、吶喊する。

 

 

「一夏! これ以上はやめろ!」

 

 

 当然、千冬は阻止する為に動く。しかし。

 

 

 ──今こそ洗礼の時だ。貴様に邪魔はさせん。

 

 

 世界最強の織斑千冬といえど、状況が悪過ぎた。乗る機体は専用機ですらない量産型、背中にはVTシステムに取り込まれた教え子とどのように動くか分からない偽の暮桜、眼前には狂気の光を灯して偽の暮桜に襲い掛からんとする実弟。警戒すべき点が多過ぎる。

 

 故に、これまで秘匿され、一度も彼女に見た事の無い白式の動きに反応が遅れた。

 

 スカートアーマーからサブマニュピレーターが出現、現れた二本の細身の金属腕にはビームソードの柄が握られていたのだ。

 

 

「……ッ! 隠し腕!?」

 

 

 咄嗟に生身部分への直撃こそ防げたが、柄から伸びた()()()()が搭乗する打鉄を切り裂いた。しかし、横槍を入れた悪意(シロッコ)にとってはそれで十分であった。

 

 打鉄は稼働の為のエネルギーが一瞬で枯渇。機能を停止して、擱座したのだから。

 

 

「パワーダウンだと!? ……まさかッ!」

 

 

 千冬の脳裏に浮かんだのは、ワンオフアビリティー『零落白夜』。今の姿になった白式が一度たりとも使わなかった能力だ。元の白式の時点では、この能力を持つ事によって他の武装が使えない程に拡張領域を圧迫していたのだ。その為、使い勝手の良いビームライフルやビームソード、重装甲や多数のスラスターといった多数の装備を得た代わりに零落白夜は失われたものだと錯覚していた。しかしそれは大きな誤りであり、ビームソードはメガ粒子を放つ通常モードと必殺の零落白夜の発動を切換可能なスイッチ式であったのだ。

 

 一夏がそれを意識して動かしているのか不明だが、両手と隠し腕、計四本のビームソード。否、()()()()()()()を構えて偽の暮桜へと突き進む。

 

 相手も黙ってはおらず、機械特有の超反応で雪片に似せた刀剣を用いた迎撃を行う。その速度は確かに常識の域を超えた太刀筋であったが、所詮は機械仕掛けの紛い物。白式の力を再び引き出した一夏の前には四本の必殺剣を巧みに操り、お前にその剣は持たせないとばかりに腕ごと斬り飛ばす。無手となった偽の暮桜は黒い泥をもって腕と武器を再生させようとするが、当然間に合うはずもない。

 

 

「──偽物は! 失せろぉおぉぉぉ!!」

 

「よせぇぇえぇええぇッ!!」

 

 

 千冬の叫びは届かず、白式の持つ四つの光刃がVTシステムに覆われたレーゲンの中心を切り裂いた。



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第十六話

 織斑一夏とラウラ・ボーデヴィッヒの私闘とその顛末については試合自体が突発的であった為に、全てを見ていた生徒は数少なくIS学園お得意の箝口令が敷かれていた。しかしながら全てを無かった事にする訳にはいかない。

 

 VTシステムが形を成した黒い暮桜は一夏によって切り裂かれた。中にいたラウラは死亡こそしていないが酷い容態であり、IS学園に最先端医療設備が整っていなければ、治療はまず間に合わなかったであろう。ただ命こそ繋がったが彼女の脳波パターンは深い休眠状態で固定され、一向に目覚める気配が無い実質的な植物状態となっていた。また彼女のISシュヴァルツェア・レーゲンも完全に破壊されており、辛うじてISコアだけが再利用可能な状態である。

 

 彼女をこのような状態にした一夏は教師である千冬の停止命令を無視、戦闘不能となっていた武器を彼女へと向け、最終的にはクラスメイトを殺しかけるという問題を起こした罰として白式を一時的に取り外された状態で反省室という名の独房へと放り込まれていた。しかし、数日経っても、彼は不満げであり、反省の色は見られない。

 

 

「千冬姉の剣は人を守る為の剣だ。それをアイツは他人を見下す為の道具として真似て使おうとしたんだから、絶対に許しちゃおけなかった。だからアイツがああいう末路を迎えたのは自業自得だ」

 

 

 事情聴取の場で平然と言ってのけた一夏を千冬が修正の名の下に殴り飛ばそうとして随伴していた教員三名に取り押さえられる場面もあった。そして突如姿を消したドイツからの転入生と織斑一夏に関して様々な根も葉もない噂が連日飛び交う中、今回の事件に関するIS学園上層部、延いてはIS委員会から役員が派遣されてきた。当然ながら学園理事を務める轡木十蔵と担任である織斑千冬が学園長室にて対応する形となった。

 

 

 

 

 

 

 

「織斑一夏は無罪放免とする……」

 

 

 役員から渡された文書を片手に思案をする十蔵を余所に、千冬は役員の男を問い質す。

 

 

「これはISを使った殺人未遂です。隠しようのない実害が出ている以上、厳罰を下さずしてIS委員会や学園上層部は世界各国にどう弁明するつもりなのですか」

 

「まぁまぁ、織斑教諭。貴女だって弟さんを前科者としての記録を残したい訳ではありませんでしょう。ブリュンヒルデの威光にも傷が付く」

 

「話が別です。私は弟を特別扱いをしたい訳じゃない」

 

「そうおっしゃらず。VTシステムなどという危険物の暴走へ迅速に対応し、結果的に被害を抑えた織斑君の勇敢な行動を誉める者はあれど、貶す者は我々IS委員会にはおりませんよ」

 

 

 弟の暴走に都合の良い解釈を宛がわれた千冬は不快げに眉を顰める。なおも食い下がろうとする千冬を十蔵が抑え、代わりを務める。

 

 

「この差配は篠ノ之博士の差し金ですか」

 

「ご想像にお任せしましょう。少なくとも、今回の一件で彼から白式を取り上げるべきなんて意見は一つたりともありません」

 

「代表候補生と第三世代ISを一度に失ったドイツはなんと?」

 

「VTシステムを除染して初期化されたレーゲンのISコア返却とVTシステム混入によって生じた不幸な事故への謝罪の受け入れ。織斑一夏君が解析したというAIC技術の情報拡散防止を確約してもらえれば、事を荒立てる気は無いそうです。彼等も寝耳に水な出来事で、余裕が無い状態なのでしょうね」

 

「ボーデヴィッヒさんはどうなるのです」

 

「ドイツから身柄の引取要請が出ています。昏睡状態から未だに目覚めていませんが、すぐ本国へ搬送される準備が整うでしょう。こちらからも了承を出しました」

 

 

 あっさりとした回答。しかし、その裏を察せない凡愚はここにはいない。

 

 

「ッ! 冗談じゃない! 今の状況でボーデヴィッヒをドイツに送り返したら……!」

 

「別に良いではありませんか。せいぜい一年程度の付き合いのデザインチャイルドと、その管轄部隊が非合法システムの無断運用の咎を負わされる。それだけです」

 

 

 そう、ドイツではラウラとその部下達が国際法を無視してVTシステムを秘密裏にISへ組み込んだ罪人としてのレッテルを貼り付ける事が決まっていた。

 

 

「それが大人がやる事か!?」

 

「未成年者が在籍するとはいえ、彼女達は軍属でしょう? 自分達の失態くらい自ら払拭しなくては示しも付きませんよ」

 

 

 彼女達はおそらく白、無実だと殆どの者が悟っている。しかしISを扱う特殊部隊が、間抜けにも工作員によって非合法システムを組み込まれていた事実に気付けないでいたなど、怠慢以外の何物でもない。ラウラが隊長を務める部隊『シュヴァルツェ・ハーゼ』、通称『黒ウサギ隊』は既に軍内部でも孤立化と彼女達の代替となるIS部隊の編制準備が既に始まっていた。

 

 

「さて、ブリュンヒルデ殿はあれこれと抱え込み過ぎてお疲れのご様子。IS委員会及びIS学園上層部としての報告も終わりましたし、本日はこれでお暇させていただきます」

 

 

 役員が出ていった後、千冬は気を落としていた。

 

 

「織斑先生。少し休まれてはいかがです?」

 

「この程度は大丈夫です。更識の持ってきた情報も確認しなければ……」

 

 

 間を置かず、IS学園生徒会長にして対暗部用暗部『更識』の当主、更識楯無を学園長室へ呼び出し、彼女が所属するロシアの伝手を経由して得た欧州方面の情報を報告してもらう。

 

 

「ドイツ郊外の研究所で大規模な爆発が発生しました。地元人も何を研究しているか知らない秘匿性の高い施設だったようですが、タイミングからしてVTシステム関連だと推察されます」

 

「生き残りは?」

 

 

 十蔵の問いに楯無は首を振る。

 

 

「残念ながら。頻繁に出入りをしていた職員と思しき人物は爆発当時、ほぼ全員が内部にいたようです」

 

 

 彼女の言い回しに気付いた千冬が口を挟んだ。

 

 

「ほぼと言ったな。ならば何人か生存者がいるのか」

 

「例外の職員は皆、別口で死体として発見されています。証拠の類も徹底的に排除されていて、ドイツも次の捜査方針を定められずにいるようです」

 

 

 打つ手無し。千冬は無言で奥歯を噛み締める。更識が何らかの証拠を握っていればラウラ達の助けになれたかもしれない。しかし、その希望も潰えてしまった。

 

 

「次はフランスのデュノア社について。数日前、デュノア社で大規模な内部粛清が行われました。経営責任者であったアルベール・デュノアとロゼンタ・デュノアの両名を筆頭に、半数以上の経営陣が不正を暴露されて更迭の後に逮捕、今は重犯罪者用の収容所に隔離されています。残された会社は傍流ではありますがデュノアの親類縁者の女性が経営者として建て直しを図っています。また、第三世代ISの開発の目途も立ち、欧州連合のイグニッションプランへの復帰も予定されています」

 

「その親類縁者は優秀な人物なのか?」

 

 

 千冬の意見ももっともな話で、会社の首脳経営陣の半数以上を一度に入れ替えてしまっては現場の混乱も凄まじいはずだ。その混乱を治め、他企業からの横槍にも対応できる人材だとすれば、よほどの実力者だ。

 

 

「いえ、調べによると彼女自身は典型的な放蕩者です。芸術関連への多少の造詣は深いようですが、経営に関しては全く。秘書を務めるショコラデ・ショコラータという女性が敏腕で、実質的には彼女がデュノア社を牛耳っています」

 

「……怪しいですね」

 

「はい。彼女の経歴は今後探らせる予定です」

 

 

 十蔵と楯無の間で同一の見解を得て、本題に移る。

 

 

「肝心のシャルル・デュノア。いえ、シャルロット・デュノアは前経営陣の浅はかな謀略の被害者なので女性として学園内部で内々に再編入処理をしてほしいとの通達がありました。その為の献金も落ち目の会社としては破格の額です。フランス政府からの口添えもあります」

 

「金でこちらを黙らせるつもりか」

 

「しかし断ればフランス政府の面目をIS学園が潰す事になる。ここは応じるしかないでしょうな」

 

「更識。デュノア社の第三世代型、特徴となるイメージ・インターフェースが何に使われているかは分かるか」

 

「はい、フランス政府経由で情報が入っています。ただ、その……」

 

 

 言いよどむ楯無に一抹の不安を覚えるが、千冬は続きを促した。

 

 

「サブマニュピレーターです。ほぼ本来の腕と差異が無いほどの精密動作を可能としている、とか」

 

 

 つい先日、白式の隠し腕に対して不覚を取った事を思い出して眉を顰める。

 

 

「……このタイミングで、か。だがあの機体の情報解析は研究畑のスペシャリスト達ですらお手上げだったんだ。スパイ活動をしていたとしても、デュノア個人に白式からのデータ吸い出しが出来るとは思えん」

 

「白式の側から、意図的に情報提供されたと見るべきでしょうな」

 

 

 意思を持つIS。どのような狙いがあるか不明だが、厄介過ぎる存在だ。

 

 

「やはり織斑から白式を取り上げるべきです。IS委員会や上層部の意見など一々聞いていては対処が遅れます」

 

「それは、いけません。織斑先生」

 

「これ以上放置していてはどうなるか分かりません! 束が問題なら私が──」

 

「……既に篠ノ之束博士の問題だけではないのです」

 

 

 十蔵は先程役員から渡された文書を千冬の前に並べる。そこにあったのはアメリカを始め、世界各国からIS委員会に宛てて送られた正式文書のコピーである。そして、内容の文面に差異こそあれど、全てが白式を織斑一夏に運用させる事を求めていた。

 

 

「……なんだ、これは」

 

「文書は出していませんが、日本を含めた余所の国も似たようなものです。各国の政府やIS機関は一夏君が、いえ、白式が弾き出すISの常識を覆すデータの数々に強い関心を抱いています。IS学園の持つ不干渉性も世界各国からの要請があれば断り切れるものではありません」

 

「織斑がそこまで手回しを……いや、そんな器用に立ち回れる奴では無い事は私が一番知っている。これも白式がやったというのか……?」

 

 

 この場にいる三人が裏を知る由も無いが、各国を動かしたロビー活動には亡国機業の手が回っていた。それは即ち、かの組織が白式とパプテマス・シロッコの存在に価値を見出したという証左でもあった。

 

 

「更識としての見解も同様です。ISには意識や人格が確認されている例がある事は一年生の初めに学ぶくらいには知られていますが、あくまで搭乗者と専用機の間でのやり取りが確認されているのみ。ここまで外部へ強い影響力を与えるISなど、世界初のISである『白騎士』を除けば初めての存在です。故にどの国もその存在と行動に注目しています。下手をすれば男性操縦者としての織斑君の研究よりもそちらを優先すべきと考える人間が現れるくらいには──」

 

(白騎士……白騎士、か)

 

 

 白式に使われているISコアが白騎士の物だと知っている人間は限られている。当時、白騎士を使っていた千冬から見て、今の白式のような異常性に心当たりは──

 

 そこでふと疑念を抱いた。インフィニット・ストラトスの初期開発の際、テストパイロットとして千冬は束に幾度も協力していた。だが、あくまで稼働実験の類である。後に白騎士事件と呼ばれるあの日あの時こそが、白騎士が全力を出した初めての時であり、織斑千冬にとっても初めて経験した命懸けの戦闘だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ミサイルのコントロールを掌握していた篠ノ之束のフォローがあったとしても、

 

 白騎士がリミッターを設けられていない為、現在主流になりつつある第三世代ISから見ても相当にダンチな性能を誇ったとしても、

 

 織斑千冬という存在が生まれとそれまでの育ちの影響で常人とは異なるバイタリティを有していたとしても、

 

 初陣の、僅か14歳の少女が360度全方位から日本全土へと天から降り注ぐ2341発近いミサイルの迎撃を一つのミスも無く、完璧に撃ち落とす事など、できるのだろうか。

 

 また、白騎士捕縛に動いた音速で飛来する戦闘機や誰が何処に乗っていて破損した場合どのような影響が出るかもわからない軍艦を相手に人的犠牲を一切出さず攻撃して返り討ちとする。

 

 ……本当にできるのか。

 

 

 

 

 

 無我夢中だったといえばそれまでだが、どうにも違和感が拭えなかった千冬は当時の事を深く思い返そうとした。

 

 白騎士事件の発端となる学会での不当な扱いで人類に失望した束が考え出したISを世に認めさせるという無茶な作戦に、最初は難色を示した。カタログスペック上は十分な性能を持つISとはいえ、初の全力戦闘稼働で実力を遺憾なく発揮できるとは到底、思えなかったからだ。

 

 それでも、千冬は最終的に協力すると決めた。束には出自の関係で存在しない二人分の戸籍を偽造してもらい、生きる為に最低限度の生活基盤を整えてもらったという弱みも確かにあった。だが、何よりも千冬自身もISという力を欲していた。当時の日本社会は男性社会であり、後ろ盾も無い未成年の女手一つで弟を育て、生きていくにはとても難しい時代だった。束の作ったISが世に出て、その搭乗者として名と才を売れたならば、狭く苦しい環境を変えられると思ったのだ。

 

 それでも作戦直前になると失敗した場合の事を考えてしまい、恐ろしかった。自分達のエゴで無関係な人をたくさん殺してしまうかもしれない、その中に何も知らない弟が含まれてしまう可能性だってある。運良く捌けても、その後に露見し捕まればテロリスト扱いで一生監獄行きか、生まれた場所のような研究所送りとなるかもしれない。辛うじて顔には出さなかったが、様々な憶測と緊張で思うように身体が思うように動ける気がしなかった。

 

 だから柄にもなく願ったのだ。鍛錬の為に篠ノ之神社へ出入りしていても心の底から一度も信じた事の無かった『神様』という存在に。それから、それから私は──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『人は、より良く導かれねばならん。指導する絶対者が必要だ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「織斑先生?」

 

「──ッ!? す、すまない。少しぼんやりしていたようだ」

 

 

 楯無の呼びかけで千冬は思考の海から引き上げられた。思い起こそうとしていた古い記憶が再びの膨大な記憶の海底へと転げ落ちてしまう。記憶の捜索は諦め、会議に集中する。

 

 

「とにかく、これ以上の問題を発生させない為にも織斑君には行事や緊急時以外でのIS展開を制限し、常時監視を付けましょう」

 

 

 出来る事なら白式は行事にも出したくはない。しかしそれでは世界に一人だけの男性IS操縦者を保護する代わりに、データは全て公開するという国際社会からIS学園へ要求されている条件が満たされない。苦渋の選択だった。

 

 

「日常での監視は私が行います」

 

 

 楯無が申し出た。女性として再編入するシャルロット・デュノアを別室へと移し、楯無が一夏と同室となって行動を見張る。今後、彼女の前で不審な行動を起こせば即座に鎮圧されるだろう。学園最強の異名は伊達ではない。

 

 

「一年生一学期の行事は残すところ学年別タッグトーナメントと臨海学校。どちらも私が直接出向く訳にはいきませんが、そこは布仏本音と織斑先生にお任せたいと思いますが、よろしいでしょうか」

 

「……ああ、それでいい。弟を頼む」

 

「当然です。学園と生徒を守る事。それが更識であり、生徒会長である私が持つ役目ですから」

 

 

 

 

 会議を終えた千冬は再び記憶を呼び起こそうとする。しかし、彼女が知りたいと望んだ部分はまるで靄が掛かったように曖昧で、ついぞ思い出すには至らなかった。



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第十七話

『もすもすひねもす~?』

「束」

『おー!またちーちゃんから電話が!どったのー?』

「頼みがある」

『あのツンツンちーちゃんがワンシーズン中に二度も頼み事とは!これはもしや伝説のデレ期!?それで今度は束さんに何をお望みかなかな?』

「IS委員会に働きかけて、一夏から白式を取り上げる許可を出してほしい。世界がどう言おうがお前がイエスと言えば――」

『それはダメ』

「何故だ。白式はお前が想定していたISの在り方として完全に逸脱しているんだぞ」

『だとしてもだよ。あれを捨てるなんてとんでもない!あのビーム兵器、束さんも知らない未知の粒子を――』

「頼む、話を聞いてくれ。一夏の奴がラウラを……人を、殺しかけたんだ」

『別にいいじゃん、たかが凡人の一人や二人。むしろ殺した時の反応が見たかったな』

「本気で言っているのか束!?」

『……うるさいな。怒鳴んないでよ』

「……っ」

『ねぇ、ちーちゃんと束さんはいわゆるズッ友って奴だよね?友達は、大事にしないといけない。それは子供の頃にちーちゃんが教えてくれたんだよ?世界でたった一人の友達が、友達じゃなくなったら、束さんはとっても悲しいな。ちーちゃんは特別だから有象無象みたいに無関心ではいられない。つまり嫌いになっちゃう。束さん、昔から嫌いな物をすぐ滅茶苦茶にしちゃうのは悪い癖だと思ってるんだけど中々治せなくてね。あ、嫌いといえば、ちーちゃんの不細工な偽物を作ってた研究所もムカついたから最近中身ごと全部吹っ飛ばしたばっかりなんだよ。クーちゃんも手伝ってくれたんだぁ!あ、クーちゃんっていうのはってごめんごめん、話が逸れちゃったね。……それで、なんだって?』

「……急に大声を上げた私が悪かった。許してくれ」

『うんうん、許してあげるよー!大事な大事なお友達だもんね!』

「だが、このままでは一夏にどこまで影響が及ぶか分からない。それは箒にとっても困る事だろう」

『むむむ。じゃ、箒ちゃんの誕生日プレゼントを持っていく日。IS学園の臨海学校二日目に合わせて白式といっくんの状態を直接チェックするよ!じゃ、忙しいからバイバーイ!』

「七月七日に巣穴から出てくる、か。アイツらの手を血で染めさせるくらいなら、いっそ私の手で……」


「そういう訳で今日からよろしく。問題児の織斑一夏君」

 

 

 解放予定日の放課後に反省室から出された一夏は白式が返却される場に現れた楯無から様々な説明を受けた。

 

 以後、一夏は監視目的で学園の警備の一端を担っている彼女と同室となる事。教員の許可なく、授業や行事、緊急時以外でのIS展開の禁止される事。次の学年別トーナメントはタッグマッチに変更となり、一組のクラスメイトである布仏本音とペアを組んで出場してもらう事など。正直、一夏としては不本意だが、反省室からずっと出られないよりもマシだと割り切った。

 

 

「それにしても監視ですか。俺に隠さなくてもよかったんです?」

 

「抑止目的ならハッキリと腹の内を晒した方が効果的な事もあるのよー?」

 

 

 そう言って彼女はふてぶてしい笑みを浮かべ、扇子を広げてみせる。見せ付けられた扇面に書かれた『厳重警戒』の文字を読んでもさほど怒りたくもならない。皮肉気に笑って流す事にした。

 

 

「話の通じない獣じゃないんです。余程の事が無ければ他の生徒を襲ったりしませんよ」

 

「もう、そんなひねた言い方して。織斑先生が泣いてるわよ」

 

「嘘ですね。千冬姉が泣き顔なんて人に見せるはずが無い」

 

 

 一夏の中で千冬という存在は鉄の女であると認知している。彼女に感情が無い訳ではない。ただ表向きの仮面はともかく、他者に本心を早々悟らせたりはしない。幼かった一夏に対してはそれなりに柔らかい表情を見せていたが泣いた表情だけは一度たりとも見た事が無かった。

 

 それが一夏には不満だった。別に姉の泣き顔を観たい訳ではない。だが弱い部分を晒さない、見せないという事は千冬が一夏に負担をかけまいとしている。言い換えれば、頼る気が無いと突き放しているように感じるのだ。

 

 もしも彼女が人前で泣く姿を見せるとすればそれは、彼女の心を支える存在が消えた時になるだろう。

 

 

「ふぅん。ま、いいわ。私はロシア代表で学園最強の生徒。そして生徒会長でもある」

 

「へぇ……?」

 

 

 なぜ最強の生徒が生徒会長になる必要があるのかは知らないが、彼女はロシア代表。代表候補生ではない。姉と同じ、たった一人の国家の誇るIS操縦者。現状、より大きな力を求めている一夏が興味を惹かれるのも無理は無い。

 

 

「でも残念。普段なら挑戦はいつでも受けて立つのが私のスタンスだけど、織斑君とは戦えないわ」

 

「む、なんでです」

 

「さっき伝えた禁則事項に抵触するって事情もあるけれど。貴方、ドイツのAICを見ただけで解析・コピーしてみせたそうじゃない? 私のISの装備は早々真似できる代物では無いにしても、簡単に手札を見せる気にはならないのよね」

 

 

 更識楯無のIS霧纏の淑女(ミステリアス・レイディ)は水を制御するナノマシン技術を有し、IS学園の防衛にも大きく影響する。敵か味方か判断の付かない存在(白式)に解析されるリスクは極力避けたいと考える事は至極当然であった。

 

 

「残念だな。白式の強化に使えるならと思ったんですが」

 

「……貴方、本気で篠ノ之博士をどうにかする気?」

 

「当然です」

 

 

 一夏が篠ノ之束を疎ましく思っている事は千冬からの報告でも聞いている。楯無だって年頃の娘だ。同情するし、反発も理解出来る。しかし、IS開発者(篠ノ之束)を害する為に彼女が生み出した力を用いるとは実に矛盾した話だと楯無は思う。篠ノ之束以外の人類が未だ解析できていないISコアに彼女を害そうとした時に発動するブービートラップでも仕込まれていたらどうするつもりなのか。リスクを考えればISを用いて彼女に対処しようと考える事は愚かな行為にしか見えないのだ。

 

 もっとも、そんな不明瞭な代物に国防の半分以上を担わせるしかない今の世界情勢をよく知る身からすれば、彼を浅はかと笑う事など絶対に出来ないが。

 

 

「顔見知りに対する躊躇いは無いのかしら」

 

「向こうが好き勝手してるから面倒な事態になっているのに、どうして俺が彼女へ配慮してやる必要があるんですか。……もういいでしょうか? 心配をかけたと思うので箒や鈴に顔を見せてきます」

 

「ええ、好きに行動してもらっていいわ。こちらはこちらで勝手にするから」

 

 一夏の歩き出しに合わせて楯無もある程度の距離をとって後ろをついていく。普段のいたずら好きな楯無なら横に並んで歩き、唐突に腕でも組んでテンパる相手を振り回すところだが……楯無は今、先程の一夏の発言に対する分析に考えを回していた。

 

 

(彼、箒ちゃんのお姉さんを殺すと言ってるんだけど、それでもまだ箒ちゃんと顔合わせしようとするなんて……。もしかして無自覚なのかしら?)

 

 

 発言のチグハクさが束は束、箒は箒と割り切った故のものなのか、もしくは白式のもたらす影響か。楯無にはまだ判断が付かない為、様子を伺う事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自由となった一夏が最初に訪れた場所はアリーナであった。当然だがISを使う為ではない。ここにいるであろう鈴に会う為である。居場所を事前に聞いた訳ではない。感覚でここにいる気がしたのだ。

 

 そしてその予感は正しく、彼が探していた彼女はアリーナの片隅で部分展開した状態で青龍刀を振るう演武を続けていた。だが周囲への警戒は怠っていなかったようで一夏をセンサーで捉えた鈴は、演武を中断する。

 

 

「よっ、鈴。元気だったか」

 

「……一夏。なんのつもりよ」

 

 

 そんな鈴に近付き、気軽に声をかけられた一夏だったが鈴本人は眉を顰めていた。彼が反省室に放り込まれている事も今日が解放予定日であるとも把握していた。だから、わざわざこの時間帯にアリーナでの鍛錬を行っていたのだ。会わずに済むように。

 

 

「なんだよ。声をかける事すらいけないってのか?」

 

「別れた相手に率先して会いに来る馬鹿がどこにいるの」

 

 

 二人は天災対策が相応に時間がかかる事を覚悟を決めて、万全を期すために別れたはずだ。それなのに一夏は何事もなかったかのように振る舞う。好きな男でも自分の配慮を無視するやり方は癪に障る。

 

 

「そんなに意固地にならなくても俺が守ってやるから──」

 

「アンタがドイツ軍属の代表候補生を再起不能にしたのは知ってる。でもね、その程度で事が済む訳ないでしょ!?」

 

 

 鈴にバレないように隠れて会話を聞いていた楯無は箝口令の形骸化に溜息をつく。無人機の件といい、IS学園は園内で発生した不祥事に箝口令を多用する悪癖がある。確かに一定の効果はあるが、所詮はIS学園の校則に明文化されたルールではない。そして古来より人の口には戸が立てられないものだ。口の軽い一般生徒や言葉の節々から何があったか分析を行おうとする輩などいくらでもいる。

 

 しかし、だからと言って漏らした一般生徒に対して厳罰を行う訳にもいかない。罰した事から外に情報が広まる可能性があるからだ。だから、学園内で収まっている範囲であればほぼ黙認されている。各国の上層部や諜報部と繋がりがある生徒は情報を報告しているだろうが、各国も情報を市井に流すような真似はしない。彼等とて余計な混乱の波及までは望んでいないからだ。

 

 

「ああ。でも俺は思ったんだよ。こういうやり方は無駄なんじゃないか」

 

「……無駄?」

 

 

 明らかに鈴に表情が不穏さが増した。目標の為に努力する行為を無駄と言われて不快感を覚えない者がいるだろうか。

 

 

「ISは想いを体現してくれるマシンだ。だったら強い願いを持ってる方が勝つ」

 

「そんな訳ない」

 

 

 反論は当然だ。もしも願うだけで叶うなら誰もIS技術の習得に苦労などしない。

 

 

「俺がその証拠さ。ISに乗って二月程度の俺が鈴を守って、ボーデヴィッヒを倒せたんだ。白式にはそれが可能なんだ」

 

 

 白式が特別だから勝てた。白式を、ISを上手く使えるのは自分だという。一夏の驕りが鈴にも透けてみえた。そして、彼女が許せない事実もまた浮き彫りとなる。不安視していた一夏の白式への依存に比例して増してくる謎の不安感だ。曖昧な感覚だったので本人には伝えなかった事が裏目に出てしまったようだ。

 

 

「やっぱりあれこれ考えて動くとアタシは駄目ね。こうなったら……」

 

 

 聴こえない程度の呟きを漏らした鈴はISの部分展開を解除して一夏に歩み寄る。一夏は鈴が納得してくれたのだと、自分からも近付いていき──

 

 

「この、馬鹿野郎ォ!」

 

「がっ!?」

 

 

 鈴の唸りを上げて振るわれた右手に一夏は左頬を殴られた。その勢いは凄まじく、一夏は受け身を取る事すら出来ずにそのまま横倒しとなる。鈴に気付かれないように監視している楯無も突然の事態に目を白黒させている。

 

 

「な、何すんだ!?」

 

 

 鈴に殴られるなどまるで想定してなかったのか、混乱が見える。ラウラのビンタに過敏に反応できた彼が今回の鈴の凶行に反応できなかった理由は害意の有無だろう。ラウラは一夏への敵意が明け透けだったが、鈴は一夏の事を大事に思っているが故の行動。その違いが現れたのだ。

 

 そして、いつもの一夏の調子に戻った事を確認した鈴は倒れ込んだ一夏の襟元を掴んで強引に引き寄せて叫ぶ。

 

 

「甘えてんじゃないわよ! この自惚れ屋が!」

 

「なっ、はぁ……!?」

 

「一夏、今のアンタは白式に頼りきりで、自分で得たモノじゃない! そんな情けない根性で本当に欲しいものが手に入ると思うな! アタシが証拠だ! アンタの隣にいたいから凰鈴音は中国から一年の努力で日本に戻ってきたんだ! 織斑一夏が本当にそんなアタシの隣にいたいならアンタも自分の力だけでアタシの隣を手に入れなさい! だから……! だからそんなもの(白式)に頼るな! 目的の為にIS戦が必要だっていうなら私がやってやる! いいわね!?」

 

 

 言いたい事を全て吐き出した鈴は再び一夏を突き飛ばし、肩を怒らせながらアリーナの更衣室へと去っていく。

 

 

 

 

 

(鈴音ちゃんったら男前。……今後の為にも彼女とは連絡取り合った方が良いかしら)

 

 

 尻餅をついて動く気配の無い一夏を見ながら、楯無は心の中で凰鈴音を今後の協力者候補としてチェックを入れていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつ鈴が去っていったかもわからない程に放心していた一夏は彼女に言われた一字一句を脳内で噛み砕き、咀嚼して考える。

 

 織斑一夏の今の姿や考えを否定した事は不器用ながらも一夏を想っての発言だと理解できたし、鈴は自分の生き方に確たる自信と誇りを持っているのだと改めて分かった。それを彼は、とても羨ましいと思った。姉の威光と影の中で苦い経験をしてきた彼には鈴の単純だが真っ直ぐな生き様は輝いてみえたのだ。

 

 鈴の気質を目の当たりにした一夏に女の子へIS頼りの力に溺れた姿を見せてしまった事を恥じ入らせ、先程まで自分が正しいと思い込んでいた在り方に対する疑念を僅かではあるが、齎していた。

 

 だが、それをハッキリと自覚する前に、内側から否定する声が響く。

 

 

 ──甘い考えは捨てたまえ。白式を手放せば君は全てを失うぞ。

 

 

 そうだ。ISが無ければ降りかかる火の粉を払えない。守る為には、力が、白式が必要だ。…………本当にそうなのか? 白式に頼らないで済む方法は無いのか。

 

 

 ──そんなものは存在しない。白式が無ければ、今のお前に何の価値がある? 

 

 

 だけど、鈴は俺を信じてくれた。

 

 

 ──ちっぽけな感傷は世界を破滅に導くだけだぞ、少年。

 

 

 考えれば考える程、酷く頭が痛む。一夏は答えが一向に出ない問題を頭から振り払い、箒へ会いに行く事にした。彼女は部活の剣道を終えて寮室にいた。応対してくれた彼女に声をかけようとしたのだが、先に箒の方が驚きの声をあげる。

 

 

「い、一夏!? その頬はどうした!?」

 

「え……?」

 

 

 どうやら先程の鈴の手痛い一撃で頬が腫れ上がっているようだ。指摘されるまで気付かなかった。触ると引き攣る痛みが頬に走る。他にも倒れた時の小さな傷があるようだ。一夏が保健室へ向かおうとするが、箒がその腕をとって寮室内に連れ込む。部活で剣道を行う彼女は自前の治療用キットを常備している。腫れた頬は患部を冷やし、傷口は消毒して絆創膏で蓋をしていく。

 

 

「なにがあった?」

 

「いつつ。ちょっと鈴と喧嘩してな」

 

「別れたはずだろう」

 

「それでも喧嘩くらいするさ」

 

「……羨ましい」

 

 

 ボソリと呟いた箒の声を拾った一夏は訝しげな眼差しを向ける。

 

 

「怪我した事の何が羨ましいんだよ?」

 

「喧嘩できるという事そのものがだ。……いつの間にか、私ではお前の隣に立てなくなっていた。お前と鈴を見ていると嫉妬心ばかりが積もっていく自分の心の弱さに嫌気が──」

 

 

 余計な事を口走った。箒が気付いて閉口した時には既に遅く。

 

 

「箒、それはもしかして」

 

「す、すまん! 忘れてくれ!」

 

 

 察しの良くなっている織斑一夏には彼女の言わんとした事が手に取るように分かった。だから本心を偽らず、誠実に対応すると決めた。距離を置こうとする箒の肩に手をやって、その場に留める。

 

 

「ありがとうな、箒。気持ちは嬉しいよ」

 

「い、いいいい一夏!?」

 

「でも、ごめん。お前とは一緒になれない」

 

 

 彼は既に相手を選んでいた。篠ノ之束の事が無かったとしても彼女の想いには答えなかっただろう。

 

 

「…………そう、か」

 

 

 今後、隠れて初恋を抱える事すら出来なくなった箒は重い息を吐く。

 

 

「でも、隣に並ぶ事はできるよ。お前は俺が心から信じられる数少ない異性の友人だからな」

 

「む……。友達、友達か」

 

 それは箒が求めていた関係(恋仲)では無い、それでも彼女にとっては幼い頃から想い続けてきた大事な人との繋がりだ。割り切って完全に捨て去れるはずなど無かった。

 

 

「分かった、それでいい。一夏と今後も気兼ねなく話せるなら。それが、いい」

 

 

 姉の所業によって家族をバラバラにされ、名前を偽り、各地を世の中の事情で転々とされながらも、ひたすらに一人の少年への情念を抱えて生きてきた一人の少女の人生がここで転機を迎える事となった。完全に割り切るまでにはまだ時間がかかるだろうが、それでも一歩、篠ノ之箒は成長できたのだ。

 

 

「だからこそ、ごめん」

 

「何を謝る必要がある。私が一方的にお前を──」

 

「違うんだ。……俺は自分の幸せの為にお前の姉さんを傷付けるつもりなんだ」

 

 

 一夏は箒に隠していた二人の別れの真実を告げる。

 

 

 

 

 

(ん、んー? どうも鈴ちゃんとの会話以降、織斑君の雰囲気が変わった気が。 叩いたら直る昭和のブラウン管テレビ方式じゃないわよね?)

 

 

 寮室の前で幼馴染同士の会話を盗聴する怪しい生徒会長の姿は幸い、誰にも見られる事は無かった。




『次の公式戦、君の全力を見せてもらいたい』

「パプティマス様のご要望通りに。汚名返上の機会、存分に活用させていただきますわ」





『小娘共が余計な真似をしてくれた。しかし傾いた天秤は元には戻らんと言う事を教えてやろう。フフフ……ハハハッ!』
















――――イチ――カ―――オリ―――――ムラ―――――イチカ―――?――


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第十八話

「むー。私がおりむーとペアになったら、かんちゃんはどうするんですか」

「うっ。で、でも他の子をペアにして何かあったら問題なのよ!」

「おりむーは強いんだから一人で戦わせればいいじゃないですか~」

「……はぁ、こういう事はしたくないんだけどね。更識家当主として命じます。布仏本音は次のタッグトーナメントで織斑一夏と組んで出場しなさい」

「……………………はーい」

「もう、どれだけ嫌なのよ」

「かんちゃんがお嬢様を見る目くらい、ですかね~」

「ごふぉっ!?」


 シャルロット・デュノアは現在二つの選択を迫られ、悩んでいる。

 

 一つ目は唐突に掌を返した(亡国機業に乗っ取られた)デュノア社からの要請で戸籍を改めて作り直す事になり、その際の名前をどうするかである。選択肢としてはこのままデュノアでいるか、完全に別の姓名に変更するか、希望するならば母方の旧姓に戻す事も可能。本来なら簡単には出来ない特殊な手続きだが、まるで事前に予定されていたかのように準備は万全で、あとは本人の意思一つで進められる状態だ。シャルロットがどの選択を選んだとしても、三年間のIS学園での生活と資金援助はデュノア社から慰謝料代わりに続けてもらえる事も決まっている。

 

 この選択はさほど悩む事も無く、シャルロットは旧姓への戸籍変更を行うと決めた。親との深い繋がりは母方にしか感じられなかった彼女にとってデュノアの名前に未練など欠片ほども無く、再び別名を持つ事も嫌悪感があり、嫌だった。

 

 二つ目は専用機だ。フランスが欧州連合の次期量産機を決定する為のイグニッションプランへ送り出すフランスの第三世代型、既に試作型が製作に入っている。あまりにも早い開発速度だが、これには既に詳細な設計図が完成しており、実際に装甲や装備といった各種パーツを鋳造、検証する過程へ直ちに入れた事が大きい。現在はデュノア社の開発スタッフが総力を挙げて形にしている段階だ。この新型の操縦者を務めてみないかというデュノア社からの誘いである。

 

 彼女が最も悩んでいるのはこちらである。正直なところ、ここで断ればデュノア社とは縁は先述の慰謝料代わりの資金援助のみとなる。現在の専用機であるラファール・リヴァイヴカスタムⅡを返還し、代表候補生の座も降りて、望み通り自由の身の上になれる。しかし、ひとつの要素が彼女を引き留めていた。

 

 

(新型は、彼が設計したISなんだよね……)

 

 

 フランスの第三世代機は大人達の都合で身動きが取れない彼女を救った(誑かした)シロッコが設計したISだ。彼から図面を受け取り、本社に図面を送信したのも彼女である。ドイツの代表候補生とのトラブルですぐに同室では無くなってしまったが、それでもあの一晩のやり取りだけで彼女の状況をひっくり返し、収容所行き不可避のどん底から逃れる為のお膳立てを整えてくれた彼には深い恩義を感じていた。

 

 その彼女からすれば、恩人であるシロッコが手掛けたISを赤の他人に使われる事はあまり愉快な話ではない。それに、図面を渡された際に彼は言っていた。

 

 

「このISは特別な機体だ。せめて君のような才能ある人物が使ってくれる事を切に願いたいものだが」

 

 

 彼はシャルロットを評価していた。つまり、あの新型は彼女なら使いこなせる。そう言外に含みを持たせていた。この事にシャルロットは少々舞い上がっていた。

 

 シロッコは彼女を救ってくれた。優しくしてくれた。認めてくれた。でも、彼女からは何も返せてはいない。……ならば、せめて彼に恩返しをすべきではないかと思い至ってしまうのも、根が善性であるシャルロットには無理からぬ話ではある。それが、せっかく逃れた蜘蛛の巣(デュノア社)の只中に再び飛び込む事を意味するとしても、彼女は不思議と怖くは無かった。

 

 こうしてシャルロット・デュノアは名を旧姓であるオークスに改め、フランスの第三世代型試作IS『オーヴェロン』の担い手となる道を自ら選んだのだ。

 

 

 

 

 

 ──とはいえ、だ。オーヴェロンのロールアウトは七月下旬から八月上旬以降を予定、つまり学園が夏休み期間に入るまで手元には届かない。それまでの期間は一女子高生のシャルロット・オークスとして灰色だった青春を再び取り戻す事に躍起になっていた。まずシャルロットは一組で再度の自己紹介を終えて、女子学生の一人として受け入れられた。男性を騙っていた事で嫌われる覚悟もしていたシャルロットだが、それは杞憂で終わった。むしろ異性だからという遠慮が無くなり、彼女はクラスメイトを始めとしたいろいろな生徒達からIS操縦について教えを請われるようになったからだ。

 

 何故かと言えば、彼女は学園の訓練機としても一定数を保有しているラファール系列のカスタム機を専用機に持ち、高速切替(ラピッド・スイッチ)砂漠の逃げ水(ミラージュ・デ・デザート)と言ったモンド・グロッソでも通用する上級スキルの使い手だ。一般生徒からすれば教員達を除いて、間違いなく実機訓練の参考とすべき人物と言えよう。

 

 そんな訳で連日女子生徒達に囲われる日々が続き、ひょっとしたら性別を偽っていた頃より忙しいのではないかと心の中で悲鳴をあげていた。もっとも嫌な訳ではない。後ろ指を指されたり、腫れ物に触るような扱いすら考えていたシャルロットにしてみればISやラファールという共通の話題で積極的に交流を図ってくれる事はなによりも嬉しかった。

 

 改善された環境に一点だけ不満があるとすれば寮室が変更となり、恩人に会う機会を失った事だ。引っ越し前には担任の織斑千冬に一夏の不審な行動が無かったかなど聞かれたが、そもそも寮を共にした時間はとても短いのだから、何が不審な行動なのかすら分からないと情報提供を断った。シロッコの事も、一夏の個人端末のデータに残されていた図面の話も彼女はしなかった。

 

 端末のデータは調べれば分かる事だが、既に処理済みだ。あの後、シャルロットが持っていた偽装工作用ダミーデータで図面の情報は上書きされ、完全抹消した。もっともあのような非現実的な大型ロボットの設計図(シロッコ製モビルスーツ群の図面)など見つけたところでシロッコの存在を知らない彼女達から見れば国連が開発したISコアを用いないパワードスーツ──エクステンデッド・オペレーション・シーカー、通称EOS──以上に使えない、精緻な落書きとしての価値しか見出せないだろうが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(彼は、何を考えて行動しているのかな……?)

 

 

 放課後の訓練指導が終わり、更衣室でシャワーを浴び終えたシャルロットはぼんやりとシロッコの事を考えていた。シャルロットは恩人である彼を嫌ってはいないが、織斑一夏が起こした殺人未遂事件がどうにも引っかかっていた。授業で味方であったラウラにいきなり撃たれた事もあり、事件の被害者に対してそれほど同情心は無い。自分勝手をやる人間が派手に自爆しただけだと思える。しかし、シロッコが織斑一夏に手を貸したにしてはいささか過剰な気がする。

 

 シャルロットがこう思えるのは、今はまだ彼女が他者の命を見捨てる事を厭わない程、シロッコへ傾倒はしていない事を意味する。それでもシロッコを善なる恩人だと思い込んでいる為、彼の不利益になるような事は控えているのだ。だからこそ、今回の事件の顛末に違和感を持っていた。

 

 

「ボーデヴィッヒさんの排除はわたくし達の安全を考慮してくださった結果ですわ。素直に喜んでもよいかと」

 

 

 一人考え込んでいたシャルロットに声をかけてきたのはセシリアだった。思考が口から漏れていたのかと冷や汗を垂らして焦ったが、すぐさまシャルロットは頭の中で彼女についての情報を思い出す。セシリアは現在、やや特殊な交友関係を築き上げている。クラスメイトとの付き合いもあるようだが同時に極少数の他クラス生徒や上級生と交流を行っているらしい。相手の出身地はバラバラで、どういう基準で選ばれているのか不明だがイギリス貴族としての高い社交能力を発揮している事だけは伺える。ただ、彼女と交流を持っていない多くの生徒達からの評判は芳しくないようだった。

 

 入学直後に織斑一夏との間に問題を起こして、一方的に負けた、古い家柄だけが取り柄のイギリス代表候補生セシリア・オルコット。それが現在のIS学園内における彼女の一般的な評価であった。そこまで思い出して、スパイ気質がまだ抜けてないなとシャルロットは心の中で自嘲する。彼女に対して特に取り繕う必要も無い為、自然な笑みで応じる。

 

 

「こんにちは、オルコットさん。何か御用かな」

 

「パプティマス様からのメッセージをお持ちしましたわ、オークスさん」

 

 

 秘すべき名を出されて咄嗟に周囲を伺ってしまうが、シャルロットは自分が浅はかだと恥じた。彼を知る者がそんな不始末をするはずが無い。

 

 

「君も、知ってるんだ?」

 

「ええ、入学後からそれなりに深いお付き合いをさせていただいております」

 

 

 さり気なくマウントをとろうとしてくるイギリス令嬢に鼻白む思いを持ちながら要件を尋ねる。

 

 

「それで、メッセージ?」

 

「監視が傍に付いたそうで、直接会えなくて申し訳ないそうです。最低限度の約定は果たしたので、再会は今しばらく待っていて欲しい、と」

 

 

 監視とはロシア代表の生徒会長の更識楯無だろう。学年を超えてシャルロットの代わりに織斑一夏と同室になったと聞く。彼女の出自と高い能力はデュノア社で受けたスパイ教育でも聞き及んでおり、潜入時には警戒すべき人物の中でも上位者と認識していた。

 

 

「分かったよ。でも監視の目を盗んでどうやってやり取りを……?」

 

「それは秘密ですわ。でも、あの方ほどの優れた才能があれば、時間と距離は大した問題にはならないらしくてよ?」

 

 

 実に馬鹿げた話だが、首にかけたシンプルな十字架を弄りながら微笑むセシリアはシロッコから伝え聞いた内容は正しいものだと身をもって知っていた。

 

 

「確かに彼の素性を知ってたら絶対無いとは言えないよね」

 

 

 死者の念がISに憑りついているなど、実にオカルトチックな異常現象だろう。彼の存在を知り、その異常性を目の当たりにしなければ誰も本当の事だとは信じられないはずだ。ともかく彼からの伝言は受け取った。なのにセシリアはその場から去ろうとはしなかった。

 

 

「まだ何か」

 

「実はご相談がございますの。次のタッグマッチトーナメント。わたくしとご一緒しません?」

 

 

 シャルロットが女性であった事のカミングアウトの印象に押されてはいるが、次の学年別トーナメントがタッグで行われる事はショートホームルームで全員へ伝えられている。シャルロットも既に何人かの意欲的な生徒からペアの誘いが来ているが、保留にさせてもらっていた。

 

 

「流石に専用機持ち二人でのペアは反則じゃないかな」

 

 

 現状、一年生で戦える専用機持ちは四人だけ。一夏は相手が決まっているらしく、残るは二組の凰鈴音しかいない。

 

 

「ルールに明記されていない以上、問題はありませんわ。シャルロットさんのラファールの特性を活かしてお願いしたい事もございます」

 

「お願いしたい事……?」

 

「ええ、パプティマス様に頼まれた仕事のお手伝いです」

 

 

 ここでその名を出されてはシャルロットも嫌とは言えなかった。

 

 

「ふーん、良いよ。前中衛が僕の担当だね」

 

「いえ、役割分担はやめましょう。時にはわたくしも前衛に回りますわ」

 

「え? でもブルー・ティアーズは中遠距離特化だよね」

 

「フフフ……貴女には特等席でお見せしましょう。生まれ変わったセシリア・オルコットの実力を」

 

 

 自信に満ちたセシリアの笑みにはかつての失敗、才能や立場に驕った慢心の隙は見られなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 不甲斐ない一夏に活を入れた鈴は翌日、箒の訪問を受けた。篠ノ之束の所業は許せないが、その妹にまで罪があるなどとは鈴も考えていない。だが、姉の庇護を無自覚に享受する箒に対して何も感じないかと言えば嘘であり、こちらの事情を知らないでいる彼女にせめて八つ当たりだけはしないよう自制を働かせて応対しようとしたのだが。

 

 

「一夏から、二人の事情を聞いた。……姉が、すまなかった」

 

 

 神妙な顔付きの箒から謝罪された鈴は唖然とした。確かにいずれは直面しなければならない事態だったがまさか一夏は鈴に殴り飛ばされた直後、箒へ伝えに向かったというのか。どう考えればそんな顛末になるのか、鈴には一夏の行動原理に理解が追いつかない。

 

 ……流石に鈴の一撃が原因で一夏の歪み始めていた思考が混乱をきたし、当初予定していた行動を単になぞった果ての結果だとは予想できなかった。

 

 

「別にアンタが悪い訳じゃないでしょうに。で、それだけ?」

 

 

 事実を知り、一人で告げに来た箒の考えも鈴には分からない。謝りたいだけならいいが、どうにもそれだけじゃない気がする。なので、問い質す。一夏の件で気付いた上での放置は愚策と学んだばかりだった。

 

 

「私も、お前達を手伝いたい」

 

「……あのさ。自分が何言ってるか、ホントに分かってる?」

 

 

 姉の引いたレールに従えば、惚れた男と労無く一緒になれるのだ。状況に甘んじて受け入れればいいものを、意固地にでもなっているのか。そも一夏や鈴に協力するとはお手軽ハッピーエンドへの切符を破り捨て、世界を動かして好き放題している篠ノ之束を敵に回す事を意味する。とても正気の沙汰とは思えない。

 

 

「私には離別した姉より大事なモノがあるだけだ」

 

「具体的には」

 

「その、大事な……と、友達だからな!」

 

「アタシとアンタが?」

 

「……一夏と私だ。まだお前には許可をもらってない」

 

 

 鈴は呆れた。友達という別段、特殊でも何でもない他人同士の間柄の関係性に許可を求めるなどナンセンスだ。発育の良い体格の割に随分と子供っぽい印象を受けてしまう。中と外の成長がアンバランス。小学生からずっと孤独で居続けた彼女の拗らせ具合は深刻なようだ。もしかしたら友愛と恋愛の違いも曖昧なのかもしれない。

 

 

「いや、友達に許可とかいらないから。自然となるものでしょ」

 

「そう、なのか。私には一夏以外、気を置かないで話せる知人は誰もいないから……」

 

 

 篠ノ之箒は現在、一組を中心とした女子グループに入っている。しかし、あくまで属しているだけだ。噂や流行に疎く、一人でいたくないから周りに溶け込んでひっそりと囲われている。

 

 普通であればグループ内いじめの対象になるか、たちまち除外されてしまいそうなポジションだが、メンバーが個々人の気質に配慮、許容できる善性の持ち主達で構成されている事が大きい。初期メンバーであり、人を見分ける眼に優れた布仏本音の隠れた功績でもある。閑話休題。

 

 それでも他者に歩み寄ろうとする行動や配慮の心構えを持てるだけ、協調性の欠片すら持つ気が無い実姉よりも遥かにマシな人間性を有している。そんな篠ノ之箒を鈴は初心で可愛い奴だと思った。

 

 

「ふーん。不器用なんだ。じゃあ、はい」

 

「な、なんだ?」

 

 

 唐突に鈴から差し伸べられた右手を見て硬直する。

 

 

「なにって……ただの握手よ、握手。これで友達承認。どう?」

 

「いいのか? 私の姉がお前に──」

 

「そこ気にするなら最初からアンタを傍に近付けたりしないわよ。で、答えは?」

 

「……よ、よろしく頼む」

 

 

 同じ男を好いた者同士手を取り合う。意気投合した二人が果てにタッグマッチのペアを組むに至るまでさほどの時間は要さなかった。



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第十九話

 紆余曲折を経て、時は進む。

 

 IS学園の学年別タッグトーナメントは六月の末に開催された。この学校行事には各国の政府やIS企業から多くの人員が派遣される。三年生の部は卒業後の進路に関わる実質的な就職活動の最終局面とも言える。ここで成果を出せない生徒はISに関わる事を諦め、通常の生活に戻る方向に切り替える事も視野にいれなければならない、文字通り人生の分かれ目だ。生徒と教員の真剣さと意気込みは飛び抜けている。

 

 勿論、他学年の部が重要でない訳ではない。二年生の部はIS学園の一年間における成果を披露するべく、そして一年生の部は今後の期待株を発掘する場として見られている。特に一年生の部は世界唯一の男性操縦者である織斑一夏を含め、四人の専用機持ちが揃っている。彼等は各国の威信や思惑、期待を背負って戦い競う事となる。

 

 一年生タッグで注目されているのは専用機持ちが含まれる三つのペアだろう。次点として未だ専用機を持たないが日本代表候補生である更識簪の名も観客席では僅かに名前が上がっている。そんな中でランダム抽選による対戦表が発表され、俄かに騒がしくなる。それも当然で注目すべき組み合わせである凰鈴音と篠ノ之箒、セシリア・オルコットとシャルロット・オークスのペアが一戦目から激突する事が決まったからだ。そして抽選の結果は勝者が残る織斑一夏と布仏本音のペアとぶつかる為には決勝まで勝ち上がる必要がある事も示していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アリーナで欧州の専用機二機と中国の専用機、訓練機である打鉄が対峙する。試合開始前に各々が武器を量子展開していく。

 

 鈴の甲龍は青龍刀の双天牙月を。

 

 箒の打鉄は実剣型ブレードの葵を。

 

 シャルロットのラファール・リヴァイヴカスタムⅡはラピッド・スイッチの特性を活かす為、あえて無手を選択。

 

 そしてセシリアが量子化を解いて取り出したのは──インターセプター、セシリアがこれまでの試合で滅多に使わなかったショートソードだ。

 

 会場がざわめくのも無理は無い。セシリアのISは中遠距離に特化したブルー・ティアーズである。メイン武装であるレーザーライフルのスターライトmkⅢを持たず、試合開始から接近された場合の最終手段でしかない直剣を抜き放ったのだから当然だ。そして対峙する二人もセシリアの意図が理解できないでいた。通信越しに訝し気な声で問う。

 

 

「なんのつもりだ、オルコット」

 

「わたくしもたまには接近戦を嗜もうかと」

 

「アタシ達を馬鹿にしてんの?」

 

 

 片や接近戦主体の第三世代型IS甲龍、片や剣道において生身とはいえ全国大会優勝を果たした接近戦の練達だ。それに対してわざわざ射撃戦の有利を捨てて剣を用いるというのだから、セシリアが二人に対して手抜きをしていると思うのは当然であった。

 

 

「まさか。ただ本番前に試したい事が色々とございまして」

 

「……やっぱり馬鹿にしてるでしょ、アンタ」

 

「確かにお二人を織斑さんとの再戦前の前座だと認識している自覚はございます。ですが、謝りませんわ。だって……」

 

 

 試合開始のカウントダウンが始まる。

 

 

「わたくしにはお二人の考えが手に取るように分かるんですもの!」

 

 

 ブザーと共にブルー・ティアーズはイグニッション・ブーストで突撃する。狙いは箒の打鉄。正面から直剣による突きを狙う。

 

 

「くっ!嘗めるな!」

 

 

 イグニッション・ブーストの速度に一瞬の虚を突かれるが、箒の反射神経は非常に優れている。打鉄の肩部シールドをもってしてインターセプターを弾いてみせた。体幹が揺らぐセシリアに追撃をかけるべく、箒は葵を下段から切り上げる。

 

 

「もっとも」

 

 

 接近した事で姿勢を崩したセシリアの声が直に聞こえる。

 

 

「剣を使うとは言いましたが、ビットを使わないとは言っておりませんわ」

 

「ッ!?」

 

 

 崩れたセシリアの背後に隠れていたビットが放つレーザー光が箒の視界を潰す。絶対防御があるとはいえ、反射的に目を庇ってしまった事で追撃の剣筋は甘くなり、セシリアのインターセプターで防がれてしまう。セシリアはイグニッション・ブーストで突撃する際にビットを軌道上に分離、後隙を消すと同時に鈴への牽制に利用していたのだ。

 

 既に同様に展開を終えた四機のビットが鈴の動きを封じるように弾幕を展開していた。残りの二機が箒の打鉄へ常に位置を変えながらレーザー照射を行ってくる。

 

 

「四月の動きと全然違う!?」

 

 

 箒はクラス代表決定戦における一夏とセシリアの試合をずっと見ていたが故に今の彼女が行うビット操作がかつてのモノとは全く異なると即座に理解した。彼女の性格に則して規則的、言ってしまえばワンパターンだ。しかし今は一夏の白式に一度も当てられなかった頃とは数も、精度も違う。なによりビットの操作中は動けないという彼女が有していたデメリットが消えている。

 

 驚いているのは箒だけではない。観客席のクラス代表決定戦を見に来た者達や管制室から見ている担任の千冬や真耶もまた同様なのだ。彼女達が知るセシリア・オルコットの情報は当時から何も変わっていないのだから当然だ。

 

 セシリアはこれまでシロッコから指導を受けてきたビットコントロールの訓練をひたすら隠し続けていた。通常のアリーナ使用時間は理解無き者からすれば遊んでいるようにも見える無重力訓練を通したビットへの思考伝達技術の瞑想トレーニング、授業では基礎動作以上の事はやっていない。

 

 全てはあの日、代表候補生としてあるまじき失態を犯した自分を知る者達の認識を改めさせる為に。ブルー・ティアーズはオルコットと共にこの地にあると。

 

 

「ええい、ビットが邪魔! ……箒!」

 

「ああ、焔備!」

 

 

 打鉄の持つアサルトライフルの焔備を呼び出してフルオート射撃でビットの予測移動経路へとばらまく。精密射撃が苦手な箒からすれば下手な鉄砲も数撃てば当たるでいくしかない。残弾数を無視した後先を考えないやり方だが、抱え落ちよりはマシだと思いっ切りぶちまけてみせた。甲龍もビットの数を減らす為に衝撃砲を低出力速射モードで散らす。

 

 しかし、ビットは撃たれる位置を見極めているのか弾幕の隙間を縫うように前進を続けている。その際の細やかなジグザグ機動はまるでビットが生きているかのような動きであった。

 

 

「だったら高出力の衝撃砲でビットのいる空間ごとまとめて吹っ飛ば──!」

 

「二人ともセシリアにお熱で、僕の存在を忘れてるよね?」

 

 

 甲龍の傍でシャルロットのラファールの持つ連装グレネードランチャーから放たれた中型グレネードが爆裂する。この爆風によってチャージングを行っていた龍砲の威力が大きく削がれた。

 

 

「射角がどれだけ広かろうが衝撃砲の圧縮砲身の発生点は甲龍の非固定装備の近く。だったらその周辺の空間ごとグレネードの爆風で散らしてやればいいのさ」

 

 

 シャルロットの言う通り、形成した無色透明の砲身が爆風で歪み、龍砲は想定していた火力が出せないでいる。シャルロットは中距離を維持して近付こうとすらしない。

 

 

「この、戦い方がいやらしいわね!」

 

「武装を相手によって変えられる第二世代型は対戦相手をメタってこそだよ。つまりそれは誉め言葉さ」

 

 

 第二世代型は第三世代型と比べれば個性的な機能や武装を持たない分、やや力不足な印象を受けるが主な特徴として用いる武装を用途に合わせて変化させることが出来る器用さを持つ。

 

 しかし逆に第三世代型は特化し過ぎて有利不利が付きやすくなる。例えるならばエネルギー兵器メインのティアーズ系列ならば物理攻撃への慣性停止機能に特化したドイツのAIC搭載レーゲン型には有利に立ち回れる。しかし、白式の零落白夜のようなエネルギー無効化装備を持つ相手には途端に不利となる。

 

 そして中国のIS甲龍は燃費と安定性を重視されており、やや第二世代型に近い設計思想だが、それでも龍砲の有効射距離や格納された武装は全て接近戦を主眼とした構成になっている。つまり、距離を一定以上離された状態で近付けない相手には途端に決定打を欠いてしまうのだ。

 

 じわじわと削られるシールドエネルギーに焦りを感じる鈴の近くに箒の打鉄が逃げてくる。どうやらビットとセシリアに追い立てられてきたようだ。高い実弾防御力が特徴である打鉄もエネルギー兵器主体のブルー・ティアーズのレーザー攻撃に対しては避けられる程の素早さも無く、一方的な的であった。

 

 

「仕方ない……鈴、私が盾になる!」

 

「箒!?」

 

「悔しいが私と打鉄ではオルコットのビットの網から逃れる術が無い。これはタッグ戦だ、お前に賭けるぞ!」

 

 

 返事も待たずにスラスターを最大出力で噴かせ、残っている肩部シールドを正面に構えて突っ込む。相手は鈴の龍砲を抑えているシャルロットのラファールだ。

 

 

「うおおおおおおおおおおおおおぉぉぉ!」

 

「カミカゼかい!? 無茶するね!」

 

 

 箒の無茶な攻めにサムライスピリットを想起したシャルロットは安全を考慮して迎撃の為にグレネードランチャーから武器を変更、軽量な火器で弾丸を放ちながら後退する、いわゆる引き撃ちだ。しかしシャルロットのラファールが搭載する武装は実弾武装のデパートのようなラインナップだ。中々打鉄の持つ硬い防御を貫けず、猪突する箒とその背後に付く鈴が徐々に迫る。セシリアの六機のビットが打鉄のスラスターを様々な角度から狙い撃つがそれを甲龍の龍砲の砲撃で打ち消し、防御する。

 

 

「貴様だけは貰うぞ、オークス!」

 

「……そろそろかな。セシリア!」

 

 

 ラファールの量子格納から新たな武器が展開される。出てきたのは──セシリアの予備ビットが二機。

 

 

「ラファールにビットを格納していたのか!?」

 

 

 シャルロットのラファールは装甲を削るなどのカスタマイズによってちょっとした弾薬庫並みに拡張領域がカスタマイズされている。試合で使わないだろう武装の代わりにセシリアのビットを伏せ札として預けておいたのだ。

 

 解放されたセシリアのビットが即座にブルー・ティアーズと同期され、計八機のレーザービットがアリーナを舞う。追加されたビットはシャルロットのラファールの直掩として打鉄を滅多撃ちにする。

 

 

「くっ……ここまでだ、すまん!」

 

 

 壁役を担っていた打鉄が遂にシールドエネルギーを削り切られて機能を停止、地へと落ちていく。

 

 

「任せなさい!」

 

「うわっ!?」

 

 

 打鉄の影から躍り出た甲龍が青龍刀を格納し、ラファールに勢いを殺さずに飛びつく形で取り押さえる。まさか斬りかかられるどころか、いきなり抱き着かれるとは思っていなかったシャルロットは慌ててしまう。

 

 

「な、何するのさ!」

 

「こうするに決まってるでしょうが!」

 

 

 鈴はニヤリと笑うとラファールをしっかりと抱えて加速を始めた。密着され過ぎて武器の展開も、姿勢の制御もできないシャルロットは抜け出そうともがくが、第三世代型の甲龍にはパワー負けして動きが取れない。そして加速の付いたまま、天地逆さまのまま地面に向かって急降下を始めた。

 

 

「え、嘘!? 嘘だよねぇ!?」

 

「そうよ、そのまさかよ!」

 

 

 鈴のやろうとしている事を察したシャルロットは顔を青くして先程以上に激しく暴れるが、逃げられない。冷静になれば実習の際に真耶がラウラにやったような自爆覚悟のグレネードで鈴を引き剝がす事もできただろうが、地面への垂直落下という原始的な恐怖がシャルロットの思考を鈍らせた。

 

 

イ、ズ、ナ……落とおおおおおおおし!!

 

「わ、わ、わあああああああああああああ!?!?」

 

 

 鈴の咆哮とシャルロットの悲鳴が重なり合って地表へと激突する。絶対防御が無ければ即死間違い無しな非常識な体術を受けてシャルロットは昏睡、ラファールもシールドエネルギーの残量表示がゼロとなる。

 

 

「ふぅ、(漫画の)見様見真似だけど、なんとかうまくいったわ」

 

 

 その隣でシャルロットに衝撃のほぼ全てを押し付けて難を逃れた鈴と甲龍が立ち上がる。それでも無茶な動作を行った事でシールドエネルギーに少なくないダメージが入っていたが気にする暇は無い。セシリアのブルー・ティアーズが続けて地上へと降りてきたからだ。計八機のレーザービットが龍砲の射程圏外で包囲を敷く。

 

 

「で、アンタはなんで相方を助けなかった訳?」

 

 

フリーハンドだったセシリアはレーザーライフルの狙撃でシャルロットを助ける事もできたはずだが、干渉をしなかった。

 

 

「公式戦のISバトルは興行みたいなものです。1対2の状態で人の目から見てアンフェアな戦いはできませんわ。……まぁ、シャルロットさんにはあとで謝らないといけませんが」

 

 

 汚名返上をこの大会の目的としているセシリアにとって、戦っている相手の背後から撃つなどという、卑怯な振る舞いと捉われる行為はできない。

 

 ビットはどうなのかという意見もあるだろうが、あれは元々そういう武装なのであり、この件には含まれないだろう。でなければ織斑千冬の零落白夜による一撃必殺やイタリア代表アリーシャ・ジョセスターフの疾駆する嵐(アーリィ・テンペスト)による分身攻撃といったワンオフアビリティーの大会使用が認められる筈がないのだから。

 

 

「それでは続きと参りましょう」

 

 

 半身で立ち、インターセプターの剣を右手に構える。セシリアはあくまでビットと剣だけで最後まで戦うつもりであった。

 

 

「アタシには負けられない理由がある!」

 

「それはこちらも同じ事ですわ!」

 

 

 鈴は再び双天牙月を構え、真っ向から叩き付けに行く。重量による一撃の威力は鈴に分がある。取り回しはセシリアだが、甲龍の強靭なパワーアシストのおかげで青龍刀はショートソードの切り返しにも間に合う。西洋と東洋の刀剣は圧倒的に東の優勢だ。それを補う為にビットが有機的な射撃による牽制を行うが先程までの追走劇の如く衝撃砲を壁として用いて割り込ませない。しかし、それでも攻め切れない。力で押してはいるが、一発の有効打すらまだ発生していないのだから、セシリアの立ち回りが巧みとしか言えない。

 

 

(やりにくい……まるで──)

 

「フフ……対抗戦時の織斑さんですか?」

 

「なッ!?」

 

 

 鈴は思考を的確に読まれた事に動きが鈍る。

 

 

「隙あり、ですわ」

 

 

 懐に飛び込んだセシリアのショートソードが鈴の身体を突く。絶対防御が発動して大きく削られる。

 

 

「グッ……やってくれるじゃない!」

 

 

 有利なはずの接近戦で先手を取られた事に鈴は憤るが、当のセシリアは大した感慨も無く、鈴を見つめている。

 

 

「感受性の高さから貴女も力の見込みはあるようですが、使い方を知らないのではまるで意味がありませんね」

 

「力……?」

 

「ええ。もっとも、貴女が織斑一夏に拘る限りは一生手に入らないでしょうが」

 

「だったら力なんていらないわ」

 

 

 セシリアは即座に言い捨てた鈴に眉を顰める。

 

 

(なるほど、拘りが過ぎる。オールドタイプとはこういう者なのですね、パプティマス様)

 

 

 彼女とは生涯意見が合わなさそうだ。それを理解したセシリアは前座であるこの試合を終わらせる事にした。既にセシリアの接近戦での戦いぶりは観客に知れ渡っただろう。

 

 

踊りなさい! わたくし、セシリア・オルコットとブルー・ティアーズの奏でる円舞曲で!

 

 

 剣を正眼に構え、レーザービットが撃つべき敵を差し示す。直後、鈴は不思議なモノを見た。

 

 

(蒼い、光……?)

 

 

 セシリアから発した蒼光がビットに飛んでいく。続けて順次レーザーが鈴を狙って放たれる。それに対して、鈴はこれまで通りに衝撃砲での迎撃を試みた。しかし。

 

 

「レーザーが、曲がる!?」

 

 

 鈴の驚きが表す通りに衝撃砲の防御壁をレーザーが屈折しながら回避、続々と襲い掛かる。BT適性の最大稼働レベルでしか成し得ないフレキシブルを初めて目の当たりにした鈴には対応する術は無く、次々とレーザーが甲龍に着弾していく。光弾はこれまで使っていた時よりも威力も一回りは高くなっており、スラスターや龍砲を撃ち貫いた。それによって生じた爆発が鈴の身体を無理やり動かしていく。その姿は、まるで鈴が円舞曲を踊っているかのようであった。

 

 

「フィナーレ!」

 

 

 最後にセシリアがインターセプターでふらつく鈴を一閃。甲龍のシールドエネルギーも尽き、試合はセシリアとシャルロットのペアの勝利で終了する。

 

 前評判を覆す実力と試合内容にIS学園生徒だけに留まらず、各国家や企業のVIP達も観客に対して一礼するセシリアへ盛大な拍手を送っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 後の試合もレーザーライフルのみ、サーベルとビットの両用などを駆使してセシリアとシャルロットのペアは次々とトーナメントを勝ち上がった生徒達を撃破していった。その中には日本代表候補生の更識簪も含まれていたが、訓練機の打鉄ではセシリアのビット兵器を相手に立ち回るにはいささか厳しく、他の一般生徒達よりも少しばかり試合時間が伸びた程度で終わってしまう。

 

 そして、決勝戦は彼女の望むマッチングとなった。

 

 

「この時を待っておりましたわ。織斑さん」

 

「……ああ」

 

 

 セシリアと一夏、共通の人物(シロッコ)に導かれた者と操られる者、二人は舞台を変えて再び相争う。



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第二十話

 決勝戦開始前。

 

 会場整備が終わるまでの間、織斑・布仏ペアは選手用控室となっているアリーナ併設の更衣室の一角で待ち時間を潰していた。一夏はベンチに横たわって目薬を差し、目元を中心に冷却している。見た目以上に高速で動く白式の連続運用は彼に眼精疲労を生じさせていた。

 

 

「おりむー、調子悪い?」

 

「そう、だな……。ここまで結果は残せているが、迷惑だったかな」

 

 

 一夏は先日までの圧倒的な技量を振る舞えずにいた。鈴からの一喝以降、一夏はどうにか白式に身を委ねず機体を操ろうと四苦八苦しているのだ。自分が白式に頼り切っていたと実感するには十分であり、監視名目でペアとなったとはいえ本音に迷惑をかけている自覚が一夏は持っている。

 

 

「良いよ良いよ~。むしろどんどん迷惑をかけてほしいな~」

 

「それ、どういう意味だ?」

 

 

 千冬や楯無に楯突いた事が嘘のように殊勝になっている一夏を本音は好ましく思っている。彼女が組む事を嫌がった一夏は自分一人で完結しているような傲岸不遜な雰囲気を纏っていた織斑一夏なのだ。それに比べれば、雰囲気が和らいだ彼から頼られる状況は本音としても嬉しい誤算であった。

 

 

「自分を捨ててまで一人で強くなる必要は無いと私は思うんだ~。人は他人に頼り、頼られて生きている実感をするものだからね~」

 

「……そっか。そうだな。ありがとう、のほほんさん」

 

「うんうん、今のおりむーなら私はまた好きになれそう。あ、ラブじゃなくてライクね~」

 

「はは、分かってるよ」

 

 

 緊張で張り詰める事も無く、穏やかに時間が経過していく。しかし、その状況は来訪者によって終わりを迎えた。決勝の相手であるセシリアとシャルロットが二人の控室を訪れたのだ。

 

 

「織斑さん。わたくしは貴方に一対一の決闘を所望いたします」

 

「……それはクラス代表決定戦の続きがしたいって事か?」

 

 

 一夏からの質問にセシリアは笑顔で是と答える。一夏としても、不本意な形で終わってしまった一戦だ。初めて白式を手にした試合の再現は今後の白式との付き合い方を再考するには最適ではないかと一夏には思えた。しかし、試合はあくまでタッグマッチだ。相方である本音の意見も聞かねばならない。

 

 

「そういう事らしいが、どうする?」

 

「ごめんね~。その希望には答えられないかな~」

 

 

 朗らかに笑いながらも明確な拒絶の意思を示す本音に三者は異なる反応を見せる。役割を考えれば当然かと溜息と共に流す一夏と、渾名通りにのほほんとした顔を知るだけにちょっと予想外だったシャルロット、笑顔を張り付けたまま本音を見つめるセシリアだ。

 

 

「なぜでしょう?」

 

「だってセッシー。──目が、全然笑ってないよ?」

 

「お友達になりに来た訳ではありませんもの。試合前に多少気が立っているのはお許しいただきたいですわ」

 

「一対一で、おりむーに何する気?」

 

 

 露骨に疑われたセシリアは肩を竦めて首を軽く振るい、言葉を紡ぐ。

 

 

「わたくしはクラス代表決定戦での不始末を帳消しにする為に今の全力で織斑さんのお相手をしたいだけです。しかし、どうやら布仏さんには嫌われてしまったようですので、引き下がらせていただきますわ」

 

 

 礼儀正しい姿勢を崩さずにセシリアはその場を後にする。その背には本音と一夏の視線が突き刺さっているが、意に介してはいない。代わりに同伴したシャルロットが居心地の悪さから口を開く。

 

 

「意外だったね。布仏さんはそこまで好戦的なイメージが無かっただけに。……それでも予定通りに進めるの?」

 

「当然です。一対多はブルー・ティアーズの本領。抵抗するなら彼女ごと蹂躙してみせましょう」

 

 

 一対二でも負けは無いと断言する。タッグのペアとしては心強い台詞だが、本音とのやり取りを思うと不穏さは拭えない。

 

 

(それにしても。凰さんといい、布仏さんといい。あんな男に献身して持てる才を腐らせる道をひた走るのか。理解に苦しみますわ)

 

 

 シロッコの力に惹かれて女尊男卑思想から一種の能力主義思想に目覚めたセシリアからしてみれば、彼女達の選択は心の底から不思議であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「警戒レベルを上げる?」

 

 

 IS学園の警備主任でもある織斑千冬の要請に国際的行事の側面もある会場の警備に駆り出された自衛隊からの派遣員が疑問の声をあげる。

 

 

「織斑とオルコットの試合は何かが起こる可能性があるのです。備えるべきかと」

 

 

 神妙な様子の千冬の様子から派遣員は冗談では無いと察した。

 

 

「……イレギュラーが発生する根拠は?」

 

「ただの勘です。なにもなければそれが良い」

 

 

 これまでの経験則とは言えなかった。無人機、VTシステムと一夏が絡むとトラブルに見舞われた。三度目が無いとは限らない。

 

 

「ブリュンヒルデの直感、ですか……。分かりました、各所に避難経路の再確認と、医療班も即応できるように準備させておきます」

 

「頼みます」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お待たせいたしました。ドレスの調整に手間取ってしまいましたわ」

 

 

 三人より少し出遅れてピットから出撃してきたセシリアの背面にはいつも通りに引き連れたBT兵器が並ぶ。ただし、数が異なる。

 

 レーザービットが十機。これまでの試合で八機を同時運用していたとはいえ、決勝戦で更に増やしてきた。

 

 

「シャルロットさんのラファールの拡張領域にも予備のビットを詰めれるだけ詰めてきてもらいました。破損したとしても補充可能です。その分、この試合においてシャルロットさんは戦力外と考えてもらってよろしくてよ」

 

 

 試合前の言葉通り、本気で一人で戦うつもりのようだ。一夏にはセシリアの並々ならぬ覇気が白式を通して感じ取れた。

 

 

「わたくし、実はIS学園でやりたい事が出来ましたの」

 

「やりたい事?」

 

「生徒会長を目指してみようかと」

 

「それってお嬢さ……生徒会長を倒すって事~?」

 

「ええ。ただ今のブルー・ティアーズでは彼女のISに対する相性がよろしくありません。今回の試合の成果を元に改良プランを本国に提案して、それが完成してからとなるでしょう。来年の夏には第三回モンド・グロッソがありますし、更識会長もそちらに専念せざるを得ない。せめてその前、年度末までには優劣を付けたいところですわね」

 

 

 本来であればBT兵器の試験運用機であるブルー・ティアーズの改良など許されないだろう。しかしセシリアは既にBT兵器の頂き、フレキシブルのデータをイギリスに提出している。彼女がモンド・グロッソ前にロシア代表の楯無へ挑む事は、大会に挑む現イギリス代表にも十分なメリットとなる。本国も真剣に考えてくれるだろう。

 

 

「ですから、ここでの勝利は譲れませんわ」

 

 

 宣言と同時にセシリアはスターライトmkⅢを呼び出す。

 

 一夏の白式はビームライフルを両手持ち。

 

 本音の打鉄はビームコーティングが表面に施された面積は広いが薄くて軽量なシールドに散弾をばら撒く連装ショットガンと、完全にブルー・ティアーズへのメタ装備だ。

 

 シャルロットのラファールは宣言通りに大人しく下がる予定だが、もしもの自衛に備えて空き容量に突っ込んだ近接ブレードのブレッド・スライサーを保持する。

 

 会場が緊迫に包まれる中、開始の合図が鳴り響く。

 

 

「踊り狂え! ブルー・ティアーズ!」

 

 

 試合開始と同時にセシリアはバックダッシュ。白式の推力を活かした速攻を警戒しながら、レーザーライフルの照準を本音に合わせつつ、ビットを一斉に四方へ散らせた。数は一夏へ七機、本音へ三機の割り当てだ。

 

 

「わ、わ、わ!?」

 

 

 本音はビット対策を万全にしていたが、直接相対するビットは想像以上に困惑を誘う。セシリアの研ぎ澄まされた思考制御に操られたビットはISのセンサーの機械的な軌道予測を超えて動くのだ。ショットガンによる偏差射撃で発生する小粒弾の網を避けるように位置を変えていく。一度も当てられずにビット三機とセシリアに包囲された本音は窮地を悟った。

 

 

「助演には早々にお引き取り願いますわ!」

 

「そんな簡単にはいかないよ~!」

 

 

 声は暢気さを感じる間延び具合だが、手は休めていない。シールドで致命打と成り得るセシリアのレーザーライフルを防ぎながら手早くショットガンをリロードしてビットに盲撃ちする。

 

 狙って当たらないのであれば狙わずに運任せ。セオリーを無視した無茶な対処法だが、これこそが正解であった。ビットはセシリアの思考読みを反映して動いている。最低限度の攻撃対象しか考えていない本音の撃ち出した散弾の予測範囲は絞り切れず、一機のビットが被弾と墜落の結果をもたらした。

 

 

「やった!」

 

 

 しかし、幸運は長く続かない。まぐれ当たりで気が緩んだ瞬間に別のビットがショットガンを撃ち抜いて破損させる。弾丸は既に撃ち尽くした後だった為に暴発こそしなかったが、メインの射撃武装を潰された事は痛い。本音は近接武装として先端に比重を置いた鉈を新たに取り出したが、撃墜したばかりのビットはシャルロットからの補充を受けて回復。形勢は火を見るよりも明らかであった。

 

 

 

 

 

 その頃、一夏は七機のビットに苦戦を強いられていた。スラスターや武装への直撃こそ避けているが、装甲のあちこちに被弾が見受けられる。白式が未だに健在でいられる理由はセシリアが一対一での決着に拘っているからに他ならない。本音の処理が終わるまで邪魔立てさせないように直撃を避けた牽制攻撃を行っているのだ。

 

 

 初戦であれほど一方的に封じ込めていた一夏がここまで良いように振り回されている。彼の二ヶ月間の実績を知る者から疑念であろう。だが、一夏は全力で試合に臨んでいるのだ。彼は今、自分が本来持つ技量だけでこの全身スラスターのじゃじゃ馬を操っていた。

 

 

(相変わらず反応が敏感過ぎる……!)

 

 

 現在の白式は一夏が機体の力を引き出した(シロッコの力に依存した)状態に合わせた機体調整が施されている。素の一夏に馴染むはずがないし、早々御せる代物では無いのだ。

 

 それでも決勝までの試合は機体性能頼りでなんとかなっていた。並みのISから見て二回り近く巨大な白き怪物がモノアイを光らせて突撃してくるのだ。まだ経験不足な生徒達では冷静に対処できるはずも無かった。しかし、セシリアは違う。幾度となく秘密特訓の相手をしてきた為、白式の外観の圧には慣れている。怯える事も、速度で翻弄される事も無い。努めて冷静にビットへ思惟を巡らせ役割を果たさせていた。

 

 

「あの時とは比べるまでもなく、強い……!」

 

 

 一夏の呟きを拾ったセシリアは彼の勘違いを吐き捨てた。

 

 

「わたくしが強くなった以上に貴方が弱くなったのです! 織斑一夏!」

 

「俺が……!?」

 

 

 あの時と何が違う。白式だ。一夏は白式を得た初戦から機体に身を委ねて戦ってきた。

 

 セシリアは白式という下駄が無ければ素人の一夏では勝ちを拾う事すらできなかったと暗に言っているのだ。

 

 

「馬鹿にして!」

 

 

 状況を変えるべく、大型ビームライフルをメガランチャーモードで薙ぎ払う。直撃は無いが散らばるメガ粒子の余波でビットが二機、機能不全に陥った。

 

 

「なんと強引な。しかし決断が遅かったですわね」

 

 

 直後、打鉄のシールドエネルギーがゼロになった事を示すアナウンスが会場に流れる。相方を探せば、スラスターから煙を噴きながらふらふらと落下していく本音の姿が見えた。

 

 

「ご、ごめん。やられちゃったよ、おりむー」

 

「それは俺の台詞だよ。援護が間に合わなかった」

 

 

 機体制御と自己防衛が精一杯で、本音を守れなかったと歯嚙みする。そして悔やむ一夏を余所に時間は進んでいる。失った二機の補充と本音に使われていたビットが合流し、エネルギーこそ消耗したが試合開始前に近い状態へとブルー・ティアーズは戻った。白式も被弾こそあれど、行動に支障はない。

 

 

「この時を待っておりましたわ。織斑さん」

 

「……ああ」

 

 

 望む状況に持ち込んだセシリアと持ち込まれた一夏。

 

 セシリアは導き手(シロッコ)からの依頼と汚名返上の完遂を目指して意気軒昂だ。

 

 それに対して一夏は白式の力を思うように発揮できないでいる。

 

 戦いにおけるモチベーションとコンディションの差は明確であった。

 

 

「反応が遅い! 切り返しが遅い! 判断が遅い! その機体が泣いてますわよ!」

 

 

 シロッコが十全に動かす白式を相手に模擬戦を続けてきたセシリアだ。見た目だけ同じで動きの悪い紛い物に呆れて罵倒してしまう。十機のビットが白式に光の雨を降らせていく。

 

 

「くそっ!」

 

 

 多少の被弾はあれど、推力頼りにビットの網を突破する。装甲に助けられ、シールドエネルギーのロスは僅かだ。ビームライフルは掠ってもビットを落とせると先程知った一夏は数を減らす為にビームの集束率をわざと落としてスプレーガンの要領でメガ粒子を撃ち出す。

 

 

「落ちろよ!」

 

「小細工を!」

 

 

 あからさまな小手先の技に反応してビットを大きく動かして逃がす。それこそが一夏の考えた狙いだった。

 

 

「懐がガラ空きだ!」

 

 

 ビットの網が緩んだタイミングでのイグニッションブーストによる奇襲。慌ててビットが迎撃しようと白式の重装甲は容易くは貫けない。その前に零落白夜モードのビームソードで本体を仕留める。これが彼なりに考えたブルー・ティアーズ攻略法だった。

 

 

「その程度ですか」

 

 

 もっとも一夏の攻撃意思はセシリアに筒抜けであった。飛び込んできた白式が右手にビームライフルを持ち、左手へビームソードを呼び出して振り抜く前にブルー・ティアーズはPICを弄り、天地逆さまになる形で位置を変えて白式にレーザーライフルの照準を合わせた。イグニッションブーストは速度こそ奇襲に最適だが、直進しか出来ない。急な機動変更はパイロットに多大な負荷がかかるからだ。そして真っ直ぐにしか進まない大きな的など射撃の名手たるセシリア・オルコットにとってはカモでしかない。

 

 

「ぐっ!」

 

 

 レーザーライフルの一射は獲物に突き刺さり、シールドエネルギーを大きく減衰させた。ビットの攻撃も再び始まり、勝負を決めに走った一夏は一転して窮地へと陥った。解決策を模索する中、セシリアからのプライベート通信が開く。これは、一夏が操作したものでは無い。

 

 

「織斑一夏、貴方は与えられた力をどうして否定するのです。わたくしとの最初の試合から使い続けてきたモノに今更怖気づくなどと、これでは貴方の踏み台になったドイツの人形も報われませんわ」

 

「うるさい!」

 

 

 セシリアからの攻撃はビットだけになっているが、一夏の操縦は精彩を欠く。急所であるスラスターへの被弾を避けるだけで精一杯だ。

 

 

「今日までの生き方を否定して、自分の力だけでは満足に戦えもしない貴方に何が守れると?」

 

「俺は白式に頼らなくてもやれるんだ! 鈴の隣に並ぶんだ!」

 

 

 悲鳴のような震えた声でセシリアの言葉に反論する。ビームライフルにレーザーが被弾、爆発前に捨てた。

 

 

「なら断言して差し上げましょう。……貴方では不可能です。わたくしにも勝てない軟弱な男が篠ノ之束に勝てるとでも?」

 

「お、俺はまだやれる──!」

 

 

 動揺する一夏はセシリアが知っているはずがない情報を口にした事にすら気付けない。

 

 

「諦めが悪い男。まともにダンスも踊れぬ者はそのまま消えろと言っています!」

 

 

 沈黙させていたレーザーライフルを再び構えて発射。一夏の操縦が荒くなっていたからこその直撃コース。

 

 

「俺は……」

 

 

 敗北が迫る。

 

 

「俺はッ!」

 

 

 それはISを持って初めての敗北だ。

 

 

負けるかあああ!!

 

 

 こんな場所での敗北など絶対に認めない!認められない!

 

 心の内と外で吼えた一夏は咄嗟にビームソードを二刀持ち、レーザーライフルの光弾を零落白夜モードで十字に切り裂いた。

 

 

「レーザー弾を斬り払った!?」

 

 

 あらゆるエネルギーを無効化する武装だからこその防御手段だ。この一瞬の隙を逃さずに一夏は再びセシリアに迫る。イグニッションブーストは使わない。白式の持つスラスターをフルで稼働させて速力を加速度的に増していく。

 

 

「負けない! こんなところで、俺が終わってたまるかああ!」

 

「野蛮なッ!」

 

 

 レーザービットによって次々と撃たれているが、一夏の眼にはセシリアを倒す事しか見えていない。後退が間に合わず、ビームソードによってレーザーライフルが斬られたセシリアは即座にインターセプターを呼び出して追撃の一手に合わせる。

 

 

落ちろよオルコットォォ!!

 

 

 スカートアーマーからサブマニュピレーターとビームソードが伸びる。そして。

 

 

切り札は最後までとっておくものですわ!

 

 

 ブルー・ティアーズの腰部可動ユニットに内蔵されたミサイルビットが超至近距離で放たれる。間近に迫った白式とブルー・ティアーズを起爆したミサイルの爆炎が包み込む。

 

 試合終了のブザーが響き渡った。



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第二十一話

 一夏は頭に痛みを感じて意識を取り戻した。

 

 

「俺、意識を失っていたのか……?」

 

 

 閉ざしていた瞼を開くとそこはアリーナでも、学園の救護施設でも無かった。

 

 長時間の着座に配慮された座席の数々と、分厚いガラス張りの窓。窓から外に見える星々、そしてまだら模様の巨大な惑星。木星だ。

 

 

「ここは、ジュピトリス?」

 

 

 二度目ともなればすんなりと状況が飲み込めた一夏は辺りを見回すが、パプテマス・シロッコの姿は無い。少し待ったり、声を出して呼びかけてみたが、反応は無い。自分の領域でない場所を好き勝手に動き回る事に躊躇したが、一夏は意を決して艦橋と通路を繋ぐドアを抜けて通路へと繰り出した。

 

 

「うわ!?」

 

 

 ドアを抜けたところで重力が消え、宇宙遊泳の経験が無い一夏は身動きが取れなくなる。慌てて周囲のモノに掴まろうとバタバタ手を伸ばしひとつのレバーを握りしめた。

 

 そのレバーは宇宙世紀の艦船においてスタンダードな移動用レバーリフトであり、捕まった一夏は引っ張られるように移動を開始する。当然、想定していない挙動は彼を更なる混乱へと導いたが、慌て過ぎて逆に冷静となったのか、自分に明確な目的地などないのだからと流れに身を任せて行けるところまで進んでみる事にした。

 

 いくつかのレバーを乗り継いで到達したのはジュピトリス内でも重要区画とされている工廠だった。中には見た事も無いサイズの巨大人型ロボットが並んでいる。

 

 巨大バーニアを背に乗せたモノ、素人目に見ても明らかに重武装とわかるモノ、鋏のようなパーツが付いた盾を右腕に取り付けたモノ。そして。

 

 

「これは、白式なのか?」

 

 

 色こそ黄色であるが自分が使う白式の姿に酷似した機体を発見した。近くの手摺に掴まり、足を止めて観察する。スラスターの位置や傍に据え置かれているビームライフルの形状など、見れば見るほどにそっくりだ。どうしてここまで似ているのか。その疑念への答えは背後から聞こえてきた。

 

 

「白式に似ているのではない。白式を私のジ・Oへ似せたのだ」

 

 

 声の方向を振り向く。位置は工廠の最奥、白式に色合いは似ているが装飾的な装甲が増えた巨大ロボット、そして他とは趣が異なる細身のツインアイの機体が並ぶ区画から()()()()()が無重力の中を軽やかに進んで一夏の傍までやってきた。

 

 

「目覚めたか、織斑一夏。彼女との会話も終えた、実に良いタイミングだな」

 

「わたくしと致しましては、今しばらく二人だけでお話がしたい気分でございましたわ」

 

 

 白い軍服のパプテマス・シロッコと並んで朗らかに笑うIS学園の制服に身を包んだ少女の姿に一夏は困惑を隠せない。つい先程までアリーナで戦っていた相手なのだから。

 

 

「お前がなんでここにいるんだ、セシリア!?」

 

「パプティマス様からお招きに与りましたの」

 

相互意識干渉(クロッシング・アクセス)だ。私が彼女に預けたジ・Oの一部、()()()()()()()()()()()を経由してブルー・ティアーズに強制介入をかけてみせたのだ。しかしサイコミュの共鳴現象時に発生する発光現象の隠蔽にミサイルの爆炎を使う機転は称賛に値するよ」

 

「ありがとうございます。こうしてパプティマス様のご尊顔を拝謁する機会を得られた事、光栄の至りでございますわ」

 

「だが君には重要な役割が待っている。今後はあまり無理はしないでもらいたいところだ」

 

「はい、気を付けさせていただきます」

 

 

 クロッシング・アクセスは一夏も知っている。IS同士の情報交換ネットワークの影響から、操縦者同士の波長が合うことで起こる現象で両者間の潜在意識下で会話や意思の疎通を図ることができるものだと詰め込んだ知識から引き出した。だがそんな事は今、この時においては重要ではないのだ。

 

 

「パプテマス・シロッコとセシリアが、知り合い……?」

 

 

 白式のコアに宿っているシロッコとセシリアがどのように関係しているのか、一夏には全く分からなかったが、回答はシロッコから返ってきた。

 

 

「お前が眠った後、私が貴様の肉体に乗り移って交流を図っていたのだよ。何度もな」

 

「な、なんだって!?」

 

 

 与り知らない間に自分の身体を好き勝手に利用されていたという事実に一夏は唖然とする。

 

 

「ええ、パプティマス様は代表決定戦の後からわたくしにとても良くしてくださいましたわ。最初は貴方だと思い込んでいましたが……今となっては、どうしてそう思えていたのか不思議なくらいです」

 

「私は上手く演じられていたかな?」

 

「大人びていて、とても同年代とは思えませんでしたわ。そこが魅力的で惹かれた良いところでもあるのですが」

 

「ハハハ、手厳しいな。しかし予定を考えると一度は真っ当な道化を演じてみせねばならんが」

 

「わたくしの力が必要であればいつものように、このクルス越しにお声かけください」

 

「君がいなければ、こうは上手くいっていない。今後も頼らせてもらいたいものだ」

 

「はい!」

 

 

 二人だけで話を進めていく状況に苛立ちを感じて一夏が割り込んだ。

 

 

「お前等は一体なんの話をしているんだ……!」

 

「……まったく、喧しい小僧だ。知りたいのであれば教えてやる。私は貴様に私の思考をトレースさせ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、つまりは影武者に仕立て上げる計画だった。ISを取り外されても自分の判断で自己判断で動ける文字通りの傀儡にな」

 

「なっ!?」

 

「ラウラ・ボーデヴィッヒの排除によって最終段階を迎えつつあった計画は凰鈴音の横槍による影響力の低下と織斑千冬、更識楯無の警戒心による行動抑制が頓挫させた。セシリアとの戦闘でもう一度私に頼れば仕込み直す事もできただろうが、お前は敗北間際となっても私に靡かなかった。……ああ、素直に認めよう。当初のプランは瓦解した。つまり私は失敗したのだよ」

 

 

 シロッコが淡々と語る経緯は自身の失敗だというのに無念さを感じさせない。彼からすれば試みた策の一つが潰れたに過ぎないからだ。しかし、その余裕さが犠牲になりかけた一夏の癇に障った。

 

 

「今までずっとアンタは俺を騙してたのか!?」

 

「勘違いしてもらっては困るな。貴様の望み通りに運命を変えるだけの力は与えてやった。しかし物事には常に対価が必要となる。今回の場合は私の力への適合力だが、お前が私の力へ依存するに比例して勉学、戦闘技術、勘が伸びていっただろう。それはまさに変化の兆しだ。まさか、己の隠された才能が目覚めたなどと思い込んではいなかっただろうな?」

 

「ふ、ふざけるなっ! お前の魂胆を知れた以上は俺を好き勝手できると思うなよ!」

 

 

 体よく利用されていた事を知った一夏の怒りを目の当たりにしてもシロッコは見下し、冷笑を浮かべる事を止めなかった。

 

 

「愚昧だな。物の道理も分からぬこの小僧が世を変え得る資格を持つ存在だというのだから、やはりこの世界は絶望的だ」

 

 

 シロッコの言葉に合わせて何処からともなく、鎖が現れる。まるで生きているかのように鎖は一夏の身体に巻き付き、身動きを封じた。

 

 

「な、なんだこれ!?」

 

「もはや貴様の自意識などに考慮に値せん。お前には肉体が朽ちるその時まで眠りに付いてもらう。そして空になった器を使い、私自らが貴様に成り代わって人類を導いてやろう」

 

「そんな事、俺は認め──」

 

 

 唐突に一夏の身体がふらつき、鎖によって宙吊りにされる。彼は今、突然訪れた眠気によって抗う力が失われつつあった。

 

 

「な、なんで……急に、眠気、が……?」

 

「強力なサイコウェーブは使い方次第で人を眠るだけの赤子にできる事はフォンセ・カガチという男が悪用したサイコミュ兵器が証明してみせた。ならばその理屈を応用してみせれば貴様一人の精神意識だけを眠らせるなど造作も無いのだよ」

 

 

 シロッコの言っている意味は一夏には分からない。分からないが、このまま睡眠衝動に委ねて眠ってしまえば取り返しが付かなくなる事だけは明らかだった。もはや抵抗できない一夏がこの場で頼れるのはもう一人の人物しかいない。藁にも縋る思いで声をかける。

 

 

「セ、セシリア。どうして君は、こんな、酷い、事に加担するんだ……」

 

「酷い? おかしなことをおっしゃりますのね。人とは古来より何かを犠牲にしてしか次のステップへと踏み出せない愚かな生き物です。そう、貴方はパプティマス様が作り出す新世界の礎に選ばれたのです。その事を誇ってくださいませ」

 

 

 そして当然のように突き放された。絶望を感じながら一夏は思う。セシリアがシロッコにここまで心酔する要素が二ヶ月の間にあったというのだろうか。入学当初のセシリア・オルコットは女尊男卑に傾倒していた。そして差別的思想も持っていた。しかし、何度か優しくされただけでこうも簡単に他者へ従属するほどに変節するものだろうか。沈みゆく意識の中、一夏はあるひとつの解へ辿り着いた。

 

 

(まさ、か……セシリアも──)

 

 

 シロッコは嘲笑う。

 

 

「さぁ、織斑一夏は微睡みに委ねて眠るがいい。安心しろ、肉体を貰い受ける恩返しとして、私に歯向かわない限りは貴様の守りたかった者達に手は出さんでやるよ」

 

 

 一夏は自分がここで終わってしまう事を確信した。

 

 シロッコが自分の身体を使って何をする気なのかは分からない。

 

 だがシロッコは自分の目的の為には他人を平然と犠牲に出来る奴だと知った。

 

 そんな男の企みなど間違いなくロクでもない事だけは確かだ。

 

 こいつの語る保証など、信用できない。

 

 絶対、絶対に認められるものか!

 

 

「う、ぐ……あ、ああああああああああああああッッ!!

 

 

 一夏は絶叫と共に白い光に包まれ、拘束していた鎖が弾け飛ぶ。光が大きくなるにつれて、ジュピトリス全体も揺れ動いている。

 

 

「きゃあっ! な、何事ですの!?」

 

「チッ、往生際の悪い小僧だ。……諸共に自爆する気か!」

 

 

 ここがシロッコの原風景とはいえ、今は一夏と精神部分で密接に繋がりを持っている。シロッコが一夏に影響を及ぼせるならば逆方向へ働きかける事もまた可能なのだ。

 

 シロッコは一夏の目論見を看破し、自身のサイコプレッシャーで拡大を続ける一夏の気迫が生み出した光を押し返すべく叩き付ける。白と黄の輝きがぶつかり合う姿は機械的なジュピトリスの工廠に似合わぬファンタジー的な攻防だ。このまま抑え続ければいずれ決着は付く、しかし、勝者とてただでは済まないだろう。故にシロッコは次の策を打つ。

 

 

「ここは私が抑える。外からの助力を頼むぞ、セシリア」

 

「は、はい! お任せください、パプティマス様!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 試合終了のブザーが鳴る。勝者はセシリア・オルコットと機械が判定を表示したところで異変が起こった。

 

 

ああああああああああああああッッ!!

 

 

 競技用に設定を受けたシールドエネルギーが無くなり、オートで地に降り立った白式から一夏の叫び声が響き渡ったかと思えば白い光を放ちながら再び浮かび上がったのだ。

 

 

「な、なんの光!?」

 

「おりむー!?」

 

 

 近くで試合を見守っていたシャルロットと本音も怪現象に驚きを隠せない。白式の周辺は空間が歪み、周囲の土塊や破片が浮き上がる尋常ならざる様子だ。異常事態の発生に管制室も白式の情報を直接確認できないまでも多角的に情報を集積し、分析する。その結果、白式が放つ光は標準的なISからしてもエネルギー量が桁違いであり、時間の経過と共になお加速度的に増大を続けている事が判明する。

 

 ……この暴走は一夏が意図したものでは無かった。シロッコの呪縛を取り払うべく、自分の精神波を無理矢理に放出した結果、白式の外装に使用されたサイコフレーム装甲がその波動を増幅させるブースターとなってしまったのだ。既に一夏の制御を離れて暴走状態に突入している。このまま放出が続けば遅かれ早かれ織斑一夏の精神は崩壊し、廃人となるだろう。

 

 管制室は緊急事態の発生をアナウンスし、警備および観客への迅速な対応を働きかける。周囲が慌ただしく避難を開始する中、それに従わない生徒達がいた。

 

 

 

 

 

「シャルロットさん! ラファールのエネルギーを寄越しなさい!」

 

 

 精神世界から帰還したセシリアがブルー・ティアーズを駆けてシャルロットに隣接する。彼女はシャルロットのラファールからコアバイパス経由でエネルギーを求めてきた。

 

 

「どうする気!?」

 

「あの光にブルー・ティアーズとラファールのエネルギーをまとめた砲撃をぶつけて相殺します!」

 

「そんな事をして大丈夫なの!? 避難指示だって出ているんだよ!」

 

「放置は最も愚策です! あのままでは時間を置かずに全部が吹き飛びますわ!」

 

 

 アナウンスでは混乱を防ぐ為に明確な危険性は告げられていなかったがラファールの計測する数値が正しければ、数分後には白式が放つエネルギー量は戦略水爆級へ達するだろう。そのまま臨界点に達すればIS学園のある離島どころか、日本本土や沿岸部も甚大な被害を受けかねない規模だ。ISを纏った彼女だけなら十分に範囲外へ逃げられるのだが、シャルロットは短い期間ながらも充実したこの学園での生活を好いていた。セシリアの要請を躊躇したのも最初の極僅かな時間だけだった。

 

 

 

 

 

 先程までの喧騒が嘘のようにガランとした観客席にて白式を見つめる者がいる。初戦の試合で敗退した鈴だ。ISはダメージレベルが基準値を上回った為に修復中であり、一夏の危機を前にしても現場へ飛び出す事さえ出来ないでいた。

 

 

「残念だがISが使えない私達には出来る事は無い。先生達に任せて避難を……おい、どうしたんだ鈴!」

 

 

 その場から動かない鈴を心配して箒が声をかけたが様子がおかしい。身体は震え、白式を見つめながら涙を流す鈴が呟いている。

 

 

「一夏……あれは一夏よ」

 

「なにを当たり前な事を言っているんだ!?」

 

 

 白式に乗っているのは一夏だという事は箒にも分かっている。しかし鈴が言いたいのはそういう意味では無かった。だから鈴は目を離す事ができない。

 

 

「箒には分からないの!? ()()()()()()()()()()!」

 

「くっ、すまん! 謗りは後で受ける!」

 

「あっ……」

 

 

 鈴が錯乱していると判断した箒は彼女を気絶させて背負うと避難経路へ向かう。途中、暴走する白式を一度振り返ったが、すぐに前を向いて、走り出す。

 

 

「あれをやっているのが本当に一夏なら鈴が巻き込まれる事を良しとしないはずだ……。そうだろ、一夏」

 

 

 

 

 

 ラファールのエネルギーを受け取り、フルチャージが完了したスターライトmkⅢが白式に照準を合わせる。この一撃で勢いを衰えさせ、シロッコが一夏を抑えられなければ文字通りに全てが終わる。シロッコに外側からの対処を任されたセシリアも緊張で指先が震えていた。

 

 その時だ。緊急発進してきた教員達のIS十機が現れて白式の周囲を取り囲む。

 

 

「皆さんは何を!?」

 

 

 驚くセシリアの傍に降りてきた一人の教師が応じた。

 

 

「慌てて飛び出てきたけどさ、どうせ他に良い解決策なんて無いんだ! 生徒がやろうとしている事に手を貸すのも一興さね!」

 

 

 そう、教員達はセシリアの行動を理解した教員達はISの持つエネルギーをシールドバリアに全てつぎ込んで爆発の威力を抑え込む位置取りを瞬時に整えてみせたのだ。セシリアの作戦が失敗すれば絶対防御すら突破して塵一つ残らずに消し飛ぶ可能性がある危険な賭けだが、暴走する白式の周りは空間が大きく歪み、通常威力の火器では白式の放つエネルギーを突破できないと計測が出ている。既に身を挺して被害を抑える以外、彼女達に出来る事は無かった。

 

 

「IS学園が駄目になるかならないかの瀬戸際なんです!」

 

「え、ええ! だったらやってみる価値はありますよね!」

 

 

 膨れ上がる光から死の匂いを感じながらも生徒や学園の為、自らを盾とする覚悟を決めた教員達。一夏暴走の原因がセシリアと共犯のシロッコにある事を知らないが故の命懸けの挺身だ。流石にこの事態にはセシリアも困惑を隠せない。

 

 

(織斑一夏。貴方の最後の抵抗はわたくし達の利になりそうですわよ。……最期まで哀れな男)

 

 

 信奉するシロッコの目的を成就させる為とはいえ一人の男が起こした命懸けの覚悟を土足で踏みにじる事に僅かな罪悪感を覚えながら、セシリアは震えを抑え、遂にトリガーを引いた。

 

 ブルー・ティアーズから放たれたIS二機分のエネルギーはレーザーとなり、蒼光を纏って白光と衝突する。特大のエネルギー同士のぶつかり合いによって衝撃波が発生。その強さに周囲のISが吹き飛ばされかけるが僅かに白光の勢いが落ちた直後、白式から黄光が立ち上って白式と白光を丸ごと包み込んだかと思えば、二つの光は互いを押し潰すかのように搔き消えた。

 

 そして光が消えた途端に白式も強制解除されてしまう。当然、一夏は空中に放り出されたが、先程まで呆然と立ち尽くす事しか出来ていなかった本音が飛び出し、打鉄に無理をさせた事で一夏の身体を怪我一つ無く受け止めてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結果的に学年別トーナメントの最後に発生した白式の暴走事故は想定以下の規模で終息を迎えた。避難時に軽傷を負ったものはいたが、重傷者や死亡者は一人も出なかった。

 

 ただ一人、当事者たる織斑一夏が意識不明である事を除いて。




こんなはずじゃなかった

今度は俺が守るんだって

ごめん、千冬姉

ごめん、鈴

ごめん、箒

お、れ――は――










イチカ――ネムイ―――?――イッショニ、ネヨウ――オヤスミナサイ、イチカ


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第二十二話

「セシリア・オルコット。本国は貴女のBT兵器技術発展への貢献と学年別トーナメントにおける多大な実績を鑑みて、BT兵器試作運用機であるブルー・ティアーズに代わる貴女専用の新型ISを開発する事を承認しました」

「ありがとうございます」

「開発の開始は夏期休暇期間に貴女が技術局へ赴き、要望を伝えてからとなります」

「いえ、それには及びません」

「どういう意味です?」

「図面は既にあります。イギリスIS技術開発局には、それに沿った機体の作製に取り掛かっていただきたいのです。今、図面をそちらへ送りました」

「この設計図は……」

「機体名は『タイタニア』。かの白式の要素とビット兵器を掛け合わせたハイエンドモデルですわ」


 学年別トーナメントという一大行事が終わり、IS学園にて頻繫に行われる独自行事も一学期は残すところは夏季休暇前の臨海学校のみである。海開きを終えたばかりのビーチをIS学園が貸し切った状態で利用できるこの行事は毎年新入生に人気の行事だ。トーナメント直後から一週間程度はある空白期間を利用して一年生達は自由時間に着用する水着を購入する為に街へと繰り出している。

 

 そんな学年全体の雰囲気としては盛り上がる状況下において、一年一組の空気だけは重かった。唯一の男子生徒である織斑一夏という存在は良くも悪くも一組の中心であり、彼が昏睡状態に陥った事実は様々な影響を与えていた。

 

 教師としての職務を果たす為に感情を殺して動く千冬を筆頭に、友の安全の為とはいえ好いた男を置き去りにした事を思い詰める箒や時折探るような目付きで一人の生徒の行動を眺める本音、その視線に気づきながらも何事も無いかのように普段通りの生活を続けるセシリアなど、明らかに一夏の暴走事故を機に変調を来たした者達が集っている事もあげられる。ここに二組の凰鈴音がいない事がクラスメイト達にとっては救いだろう。

 

 鈴は気絶から目覚めて以降、あの時に涙の在庫が切れたのか泣かなくなった。その代わりに彼女が抱いたのは原因と思われる白式への強い怒りであった。

 

 彼女は意識を失った一夏の見舞いに行く度に彼の腕に巻き付いた白式の待機状態アクセサリーを外そうとするが見えないバリアでも張られているかの如く手を弾かれる行為を懲りずに何度も繰り返している。また甲龍の修復が完了した直後にはISを展開して強引に引き剥がそうと試みて弾き飛ばされ、病室が半壊する事故まで何度か発生していた。以降、一夏の傍に監視の人員が置かれなければ、いずれ一夏の腕ごと切除する暴挙に出たかもしれない。

 

 鈴は苛立ちを振り撒いており、自制が出来ていない事は明白であった為に彼女から当たられる事を自分への罰だと考える箒以外に近付く者はあのゴシップ好きの新聞部を含めて皆無だった。もっとも鈴は箒に対して気絶させられた返しの一発としての張り手を見舞って以降は八つ当たりする事は無く、ただ箒の抱える自責の念が増していくばかりである。

 

 

 

 

 

 話を戻す。一夏が昏睡状態である為、クラス代表は欠員状態だ。臨海学校において教師と生徒間の連絡役や海辺でのゴミ回収などの雑用を先導する事になるので代役が立てられる事になった。

 

 

「それでは多数決の結果、織斑君が復学するまでクラス代表の代行役をオークスさんにお任せする事になりました。一言挨拶をお願いします」

 

「えっと、皆が僕を選んでくれた事、嬉しく思います。一夏君が戻るまでの間ですがよろしくお願いします」

 

 

 性別バレ以降、ISの操縦指導役としても人気者だったシャルロットが代役に選ばれるのはある意味で必然であった。副担の山田真耶から挨拶を求められて模範的な回答を述べるシャルロットはクラスを見渡す際、にこやかに笑い周囲に合わせて拍手するセシリアを視界に入れても何とか平静でいられた。感謝はしていないが、表情を偽るスパイ訓練が役に立った場面と言える。

 

 学年別トーナメント以降、シャルロットはシロッコの情報を教員達に伝えるか、悩んでいた。白式の暴走原因が異物であるシロッコにあるような気がしたからだ。しかし、それを伝える事は自分のどん詰まりだった人生を変えてくれた恩人への裏切り行為であり、たとえ事実を告げたとしても感謝されるどころか手遅れになるまで沈黙を貫いていた事を槍玉に挙げられる可能性もあった。

 

 故にシャルロットは自分以外にシロッコを知っているセシリアへ悩みを打ち明けた事はある意味で仕方が無い話であった。

 

 

 

 

 

 数日を遡り、寮室でセシリアが入れた紅茶とシャルロットが持ち寄った焼き菓子を入れてのティータイム。代表候補生の寮室はある意味で秘密話をするには持って来いの環境である。盗聴盗撮の類は国際的な大問題となり得る為、常々警戒されているからだ。かつてセシリアとシロッコが密談に使っていた事からも信頼性は確かであった。

 

 

「わたくしはパプティマス様を敬愛しております。あの御方が目指す先がどのような茨の道であろうと付いていこうと思える程に」

 

「それは……盲信じゃないの?」

 

「いいえ、わたくしの中に流れる貴族の血がそれを正しき事だと理解しているのです。あの方が示す道こそがISによって大きく狂ったこの世界にとって最良であると。シャルロットさん、万人に当てはまる正しさなどこの世には存在しません。人にはそれぞれの信じる物があり、時代や社会、性別、立場、職業あらゆる要素が絡み合って色形を常に変えるからです。だからこそわたくしは世界変革の引き金になる織斑一夏が犠牲になる未来を黙認しました。貴女も心の赴くままにお好きになさってください。どのような決断でもわたくしは貴女を否定しませんわ」

 

「シロッコを拒絶すれば僕と君は敵になるの?」

 

「選ぶとは別の何かを捨てる事と同義ですよ」

 

「……ひとつ聞かせてほしい。シロッコは何を考えて動いているのか」

 

「彼は世界を一度リセットして世の中を綺麗にするおつもりです。詳しい内容は貴女がパプティマス様と歩む覚悟を決めた時にお話しましょう」

 

 

 この話し合いの後、シャルロットはセシリアやシロッコとの決別を選ばなかった。いいや、選べなかった。人の犠牲を許容するシロッコのやり口やその行為を肯定するセシリアに恐怖を感じなかった訳ではない。しかしシャルロットには自分がシロッコの協力によって得られた自由を捨てて抗うだけの覚悟と動機を持てなかったのだ。そして同時に二人の思想へ賛同して仲間になってもいない。

 

 中立。聞こえはいいが、つまりは風見鶏だ。選ばなければ捨てずに済む。自分可愛さに決断から逃げたと言えなくもないが、周囲に生き方を強要され続けてきたシャルロットにとって強い流れに逆らわずに身を任せる事はセシリアが語った正しさの変化、彼女なりの社会的適応でもあったからだ。

 

 

(ごめんね一夏。シロッコに遭う前に親密になれていたのであれば君の友人達のように怒りに身を任せて戦う道も選べたんだろうけど……僕には無理だったよ)

 

 

 クラスメイト達から浴びせられる一夏を気遣った弱めの拍手を受けながら、シャルロットはいなくなってしまった少年に心の中で謝罪した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 臨海学校行きの前日、千冬は鈴と箒を生徒指導室に呼び出していた。

 

 

「一夏も臨海学校へ連れていく事になった」

 

「何故です」

 

 

 箒の疑問は予測済みで、すぐに答えが返ってくる。

 

 

「篠ノ之束がそこへ来るからだ」

 

「一夏をあの狂人に任せるんですか!?」

 

 

 今の鈴にとって篠ノ之束と白式は不俱戴天の仇である。過激な反応は当然であり、束の妹である箒がいるのもお構いなしだった。もっとも箒は鈴に姉と自分は違う存在で友人だと言われている為、まったく気にしていない。

 

 

「私もその決定には賛成できかねます。姉を学園に入れる事は様々なリスクがあって難しい事とは思いますが、できない訳では無い筈です。わざわざ重体の一夏を搬送してまで接触を急がせる必要があるのですか?」

 

「今はなんとか誤魔化せている。しかし一夏が目覚めずに眠り続ける事態が続けば、アイツは世界の意思で学園から切り離される事になるからだ」

 

 

 千冬の苦々しい言葉から二人は状況を察する事が出来た。一夏がISを動かした事が世の中に知られた時、様々な憶測や情報が流れ、彼女達は惚れた相手に関する事だと人一倍耳を傾けていたからだ。

 

 

「男性操縦者のメカニズム解析……!」

 

「……一夏が希少な男性操縦者として世界各地から求められる実験や解剖を望む追及を逃れて学園へ通えていたのは、各国が白式を動かす一夏のパーソナルデータを共有できる状態だったからだ。昏睡状態が続けば一夏のデータ入手は滞り、学園としても保護が難しくなる。そうなれば治療の為の入院という名目での研究所送りは免れないだろう。その時、私達が一夏を守る手段は無いに等しい」

 

 

 男性不要論を唱える過激思想の女権団体や織斑千冬や篠ノ之束狙いのテロリスト、IS解明に心血を注ぎ続けるマッドサイエンティスト達の魔の手が身動きの取れない一夏へ襲い掛かるヴィジョンが嫌でも思い付く。

 

 

「一刻の猶予も無いのが現状だ。そして一夏に起こったIS絡みの異常事態を正確に把握できそうな人材は……残念な事だが私には奴しか思いつかん。お前達は私が命を賭しても守ってみせる。だから協力を、一夏の姉としてお前達二人に頼みたい」

 

 

 ただただ愛する家族の為に。悲痛な顔で首を垂れる千冬の姿は二人の少女が初めて見る彼女の姿であり、腹の内に渦巻く感情を呑み込んで受け入れるしか無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同刻、ハワイのアメリカ軍港から出港する艦隊があった。その中心、艦隊旗艦である大型空母には『地図にない基地(イレイズド)』と呼ばれるアメリカ軍IS部隊から派遣されてきた人員とイスラエルから派遣されてきた技術者が乗り込んでいた。その多くは目的地であるハワイ沖への航海に入った今もなお艦内で翼を休める天使の如き第三世代軍用IS『銀の福音(シルバリオ・ゴスペル)』の周囲で整備や調整を万全にすべく駆けずり回っている。

 

 そんな技師達を高所に設けられた鉄骨剥き出しの階段から二人の女性士官が見つめている。一人はナターシャ・ファイルス。銀の福音のテスト操縦者であり、福音を自分の子供のように溺愛している女性だ。その傍らに立つのはアメリカの国家代表でもある女性軍人イーリス・コーリング。ナターシャとは同年代の仕事仲間の親しい友人で今回の銀の福音に施される無人パイロット実験の護衛として随伴している。

 

 

「無人パイロット、ね。本当に信用できるのかしら」

 

「おいおい、まだ言ってるのかよ」

 

 

 ナターシャの無人パイロットへの否定的な意見はイーリスの耳に胼胝ができるくらいには公私を隔てず聞かされている。しかし最終試験に向かう船の中でまで続くとは思っていなかったようだ。

 

 

「だって、この実験が成功すればあの子を晴れて大量破壊兵器の仲間入りをしてしまうのよ……?」

 

 

 元々、銀の福音はイーリスがモンド・グロッソへ出られなくなった場合の補欠要員であるナターシャの専用機となる高機動戦を得意とする競技用ISだったが、広域破壊兵器である『銀の鐘』の開発成功と装備相性の都合上、福音への搭載が決定した事で競技用ISから軍用ISへと運命を歪められてしまった。

 

 当然ながら彼女は拒否した。空を飛ぶ福音の翼に破壊の意味を加える事は彼女の矜持が許さなかったのだ。しかしアメリカ政府からの要請は軍属である彼女の嘆願を許容しなかった。その結果が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。人に似せたアンドロイドを操縦者代わりに乗せて遠隔操作を行う新技術だ。既に量産型ISでの可動実験は終えている為、福音にも通用すると予測されている。

 

 この処置はアメリカ政府からナターシャへの温情のつもりであった。抑止力的意味合いが強くなる福音だが、これが仮に実戦投入された場合、大量の死傷者を生み出す事に他ならない。ISは備え付けられたボタン一つで人を殺した実感も無く終わるミサイルのような近代兵器では無いのだ。福音の操縦者は嫌でも自分の行った結果を見せ付けられる。ナターシャが軍用となった福音に乗り続ける事は彼女の精神が耐えられない可能性があった。だからそれを機械パイロットに肩代わりさせれば誰の良心も痛める事がないと本気で思っていた。

 

 政府が現場でのナターシャの福音への入れ込み具合を知らないが故のすれ違い。そこに不幸があった。

 

 ナターシャは我が子のように愛する福音にだけ血塗れの道を歩ませる事を嫌がった。書類上では既に福音は彼女の専用機で無くなっているが、軍部に直談判して福音のオブザーバーとして今回の乗り合わせる事に成功したが今後はそうもいかないだろう。

 

 

「ナタル、もう諦めろよ。職業軍人が現場を数字でしか見ない文官様の定める血税の使い道を選べるわきゃないだろ。それに福音だって本当に現場へ駆り出される事は無いさ。それをやっちまったら、ISを使った前代未聞の大戦争の始まりなんだからな。まともな奴は臆病風に吹かれて使う前に留まるって」

 

(どうすれば……どうすれば私はあの子を救えるの……?)

 

 

 イーリスの不器用な思いやりは、福音に待ち受ける運命を変える手段は無いのかと悩み続けるナターシャの心には届いていなかった。




La・La・La(オカアサンドコ)

La・La・La(クライヨイタイヨ)

La・La・La(タスケテオカアサン)

「随分と醜いISだね。ま、ちょうどいいや。お前には箒ちゃんの引き立て役になってもらうよ」


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第二十三話

 七月七日ハワイ沖の艦隊旗艦にて事件は起こった。けたたましいサイレンの音が鳴り響き、非常事態を知らせる赤灯ランプが回転しながら辺りを照らす。日の出に照らされる空母内で発生した問題に対応すべく男女階級を問わずに各々が職務を全うする為に持ち場へと駆ける中、与えられた士官室で仮眠をとっていたナターシャは一直線に福音の作業施設へと向かっていた。辿り着いた時には当直の人員達が備え付けの端末に停止信号を打ち込んでいる姿と、ケーブルに繋がれた福音を被せたアンドロイドがガクガクと不自然な動きをとっている状況が目に入った。

 

 

「何が起こった!」

 

「げ、原因不明の暴走です! リンク途絶! 停止信号を受け付けません!」

 

「……ッ! トリモチを使え! ゴスペルの動きを抑えなさい!」

 

 

 ナターシャは稼働実験の見届け人であり、部外者だ。本来であれば彼女に現場を指揮する権限は無い。しかし今は夜明けの時間であり、緊急時に現場を指示する立場にいる士官が偶然か作為的かはともかくとして別件でこの場から出払っていた為、暴走を始めたISに臆して判断を迷っていた軍人達も現れた上級士官(ナターシャ)によっても与えられた簡潔かつ的確な指示へ反射的に従い、襲撃者対策として各所に配備されている対IS用の携帯式トリモチランチャーを持ち込むべく慌てて動き出す。だが、それらの行動は些か遅かった。

 

 

「もう駄目だ! ゴ、ゴスペルが動き出すぞ!」

 

 

 一人の技師の叫びと共にゴスペルと繋がっていた通信ケーブルが引きちぎるように弾けて飛ぶ。それらが引き起こした機器類のスパークや可燃物の炎上など、悲鳴と怒号が響く中でナターシャは生身のままで飛翔の為にスラスターへエネルギーを回し出した福音に駆け寄った。

 

 

「ゴスペル! 止まりなさい! お願い、止まって!」

 

 

 命懸けのナターシャの声は届かなかった。福音は何の反応を示さずに天井──空母の飛行甲板──を突き破って朝焼けの空へと飛翔。輪形陣を張っていた周囲の護衛艦から暴走する福音へ弾幕が張られるが軍用ISは伊達ではない。ただの一撃も受ける事無く、瞬きの間に福音は飛び去ってしまった。

 

 それを眺める事しかなかったナターシャの傍に、駆け込んできたイーリスがようやく辿り着いた。

 

 

「ああ、くっそ! 間に合わなかったのか!? ……ブリッジ聞こえるか! コーリングのファング・クエイクは追撃に出るぞ、いいな! ……責任の所在だぁ!? んな事は福音の首根っこを捕まえてから考えろや!」

 

 

 空母の甲板を潰された以上、航空機は使えない。即座にISでの福音追撃を通信の繋がった艦隊司令部へ承認を求めるイーリスに、ナターシャも声を張り上げる。

 

 

「私も行くわ! 整備班は哨戒ローテ用の機体を回せ!」

 

「おい、まさか付いてくる気か!?」

 

「あの子の操縦者は私よ! 私以外の誰があの子を止めるっていうの!」

 

 

 銀の福音の追撃に損傷した空母からタイガーストライプとネイビーブルーのアメリカ製第三世代型ISファング・クエイクが緊急発進したのは福音が艦隊を飛び出してからおよそ二分後の出来事だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少しの時が経ち、IS学園一年生の臨海学校二日目の早朝。

 

 織斑千冬と篠ノ之箒、凰鈴音の三名は海岸沿いにある周囲を岩壁に囲われた離れ小島の一つで、この場に現れるという連絡を一方的に送りつけてきた篠ノ之束を待ち構えていた。

 

 眠り続けている一夏をこのような不安定な場所へ連れてくる訳にもいかず、現在は臨海学校の宿泊施設となっている花月荘の離れで更識から派遣されてきた人員や教師達によって警護された状態で寝かされている。

 

 箒と鈴は周囲を警戒してやや緊張気味だが、それに対して千冬は普段以上に心を穏やかに保っている。これは彼女なりの実戦向けの精神統一であり、身に纏った実戦装備の戦闘服と周辺に配置した対IS用ブレードの数々を見れば、普通の神経であれば彼女へ近寄ろうとは思わないだろう。

 

 

ちぃぃぃちゃぁぁぁん!

 

 

 もっとも、そんな事を意に介さない人物が人目のつかない僻地を指定してきた篠ノ之束だ。成熟した大人の肢体をウサ耳にエプロンドレスという子供染みた格好で身を包んだ稀代の天才科学者が近くの岩壁を垂直で駆け下りて千冬へと飛び込んできた。

 

 

「シィッ!」

 

「ふおぉッ!?」

 

 

 予備動作も無く振り抜かれた刀剣型ブレードの一閃が飛び込み中で回避できない束の頭部へと叩き込まれたが、弾き飛ばされただけで切り裂かれて死ぬ事は無かった。どうやら身の守りにシールドエネルギーのようなバリアを展開しているらしい。それでも凄まじい衝撃は受けたはずなのだが、何事も無かったかのように束は跳ね起きる。

 

 

「ふうぅ、束さんバリアが無ければ即死だったぜい」

 

 

 その一連の動きを見ていた鈴には束が持つ才脳は知力や科学力だけでなく、熟練した武芸者の動きも行える高い身体能力も含まれるのだと理解できた。天は二物を与えずというが、明らかに彼女は天に依怙贔屓されているとしか思えなかった。飄々とした態度に苛立たしさを感じるが、しかし一夏の為を思えばこそ努めて平静を保ち、一歩引いた場所から三人のやり取りを観察する事にした。

 

 

「もうちーちゃんったら、いきなり何するのさー!」

 

「神経が苛立つ。余計な事をするな。……今の私は事と次第によっては本気でお前を斬り殺しかねん事を肝に銘じておけ」

 

 

 一夏こそが生きる全てであると言っても過言ではない千冬には余裕が無い。ある程度の事情は既に把握しているのだろう束は肩を竦めて妹の箒に笑顔を向ける。

 

 

「箒ちゃん、誕生日おめでとう! おっきくなったね、特におっぱいとか!」

 

「……ありがとうございます。姉さん」

 

 

 嫉妬心の自制という名の自己鍛錬は嫌いな姉からのセクハラ紛いの発言をスルー出来る程度には至れていたようだ。もっとも、箒の淡白な反応は束好みでは無かったようだが。

 

 

「ぶーぶー、箒ちゃんの反応が薄いー!」

 

「話を進めましょう。千冬さんが怖いです」

 

 

 無言で束を見据える千冬は不機嫌さが空間に滲み出ている感じすらある。流石の束も要件を終える前に千冬の忍耐力テストを実施する気にはならなかった。

 

 

「それじゃまずはこちら! 箒ちゃんへの誕生日でーす!」

 

 

 束の声に合わせるように空から双角錐状のコンテナが落着してきた。中から出てきたのは赤で彩られた一機のIS。

 

 

「第四世代型IS、その名も『紅椿』! 箒ちゃんの専用機だよ! 受け取ってくれるかな!?」

 

 

 各国がイメージ・インターフェイスによる特殊武装搭載を目的とした第三世代型ISの試作開発に苦慮している中でそれを差し置いて次世代型ISを妹への誕生日プレゼントとして用意する。それはまるで自分一人に追いつけない世界に対する当て付けのような振る舞いに思える。

 

 

「分かりました。……ただ、その代わりにお願いがあります」

 

 

 姉と姉の作ったISを好ましく思っていないと公言していた箒があっさりと受け入れ、条件を求めてきた事は些か束の興味を引いた。

 

 

「おやおや、何かな?」

 

「一夏と鈴の仲を認めてやって欲しい」

 

「…………はい?」

 

 

 束は鈴とは誰かを思い出して、先程から二人の後ろで黙っていた石ころ()に目を向ける。何の感情を灯さない、人を人と見ない冷めた目は、鈴の心胆を寒からしめる。すぐに視線を戻した時には極々普通の目に戻っていた。

 

 

「箒ちゃん、いっくんの事が嫌いになったの?」

 

「そうじゃない、だけど私は──」

 

「だったら引き下がる理由ないじゃん、アイツが邪魔なら潰せばいいよ。自分で出来ないなら代わりにやったげようか」

 

 

 鈴を庇うように千冬が立ち位置を変える。鈴もまた、いつでも甲龍を呼び出せるように警戒する。

 

 

「それでは一夏の気持ちはどうなる!」

 

「箒ちゃんの気持ちが優先に決まってるじゃない。いっくんの考えなんて必要?」

 

 

 束からスルリと出てきた一夏を軽視する発言に篠ノ之束を知る千冬と箒の二人は疑念を抱く。

 

 

「姉さん、私は姉さんが名前を記憶しているのだから一夏も大事に思っていると思っていた。……貴女にとって一夏はなんなんだ」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 束と自分達の認識の違いを改めて知った二人は絶句する。

 

 

「だってそうじゃん? ちーちゃんの足元にも及ばない凡才の分際で人の枠を超えた束さんとちーちゃんの傍をウロチョロするんだよ? 鬱陶しくて潰したいと思った事は何度だってあるよ。でもさ、ちーちゃんが溺愛してて、箒ちゃんが好意持ってたみたいだから仕方なく束さんの記憶容量を割いてあげただけだもん」

 

「し、しかしそれなら今の一夏は興味の対象なんでしょう。男でただ一人、ISを動かせるアイツは──」

 

「いっくんがIS動かせるのは束さんがロックを外して許可しただけだし特別でもなんでもないよ。受験会場が偶然IS学園と同じ場所で? 都合良く警備も付かずに放置されているISへ妨害無しにいっくんが接触できる確率? ……ある訳ないじゃない。ゼロだよ、ゼーロ。いっくんや監督役の教員に違和感を持たせないように思考誘導するくらい束さんならちょちょいのちょいだよ」

 

 

 次々と束の口から漏れ出る真実に、箒は眩暈すら覚える。

 

 

「な、なんでそんな面倒な事を……」

 

「やだなぁ、決まってるじゃないか。全部ちーちゃんと箒ちゃんの為だよ。ブラコンのちーちゃんが寮生活で全然いっくんに合えない事で苛立ってたり、箒ちゃんがいっくんを想って悶々としてた事はバーッチリは把握してたからね。いっくんをIS学園に放り込めば一石二鳥でしょー?」

 

 

 妹と自分が認めた人間の為だけにあれだけの騒ぎを引き起こしたと証言する束の発言に千冬が待ったをかけた。

 

 

「待て……その話が本当なら、男性も全員ISに乗れるはずだ。お前はなぜ男にISの使用できないようにしている? どうして女性限定にしたんだ」

 

「学会でインフィニット・ストラトスとこの束さんを小馬鹿にした連中が狭量な男達だったからさ! 偉そうに講釈垂れてISを否定した癖に自分達の利益になりそうな部分だけはちょろまかそうとした古狸達が、選ばれた人間気取りで意気揚々と暴れ出す女尊男卑主義者の雌豚共に次々と居場所を奪われて絶望していく姿はそれなりの気分転換になったよ」

 

 

 束は自分の思い通りに踊り狂った人類の愚かさをケタケタと笑う。被害者も加害者もその全てが彼女にとっては喜劇の演者であった。

 

 

「安心したわ、篠ノ之束」

 

「あん?」

 

 

 束の抱いた狂気を垣間見て沈黙する二人に代わって声を出したのは鈴だ。

 

 

「アンタ……結局は心の歪んだだけの、ただの人間だったのね。本当に人の心が分からないミュータントの類じゃない事が分かってちょっとだけホッとしたわ」

 

 

 客観的な立場から束を測ろうとしていた鈴から見て、束のしでかした行為はスケールこそ世界規模だが、動機は子供でも理解ができる負の感情の発露だったのだ。自分が正しく評価されない事への不満、その癖に自分を利用しようと企む者達への怒り。そうした人間特有のエゴが引き金だったのだと知れた今、篠ノ之束は能力が高いだけの人間以外の何者でもなかった。

 

 

「……お前、束さんをそこらの凡人と同一視するとか死にたいのかな」

 

 

 しかし篠ノ之束はそれを許さない。人類の頂点たる自分を凡人の物差しで測って、一人解った気になる小娘の言葉が癪に障る。鈴を睨み付けながら量子化を解いて日曜朝の少女アニメで見るような形状のステッキを取り出した。けったいな外観だが、篠ノ之束が殺意を抱いて取り出した以上は間違いなく危険物だ。

 

 

「教え子達に手を出すなら私が相手になるぞ、束」

 

 

 一触即発。

 

 世界最強と世界最高の殺気が正面からぶつかり、ひりつく空気を裂いたのは全力で駆けてきた山田真耶であった。慌てふためいていた事で空気を察せなかった事が彼女にとって救いだ。もし僅かでも理性的であれば、張り詰めた空気に息が詰まり、窒息症状を起こしていたかもしれない。

 

 息も絶え絶えになりながら、真耶が伝えに来た内容は――

 

 

「お、織斑君が……織斑君がいなくなりました!」



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第二十四話

 臨海学校二日目、三人が早朝に抜け出した後に合わせて眠りから目覚めた織斑一夏──彼の身体を支配したパプテマス・シロッコ──は旅館花月荘の寝かされていた離れで身支度を整えている。一週間近く眠り続けていた護衛対象が起き上がり活動を目覚めたというのに周囲は静かだ。その原因は当然シロッコにあった。

 

 離れの周囲には意識を失った護衛達が持ち場で崩れ落ちたかのように横たわっている。彼女達は所持したISを展開する間もなくシロッコの思念波を強めたサイコショックに晒されて意識を刈り取られたのだ。目覚めるには外的要因が必要となるだろう。

 

 

「ふむ、こんなものか。代替品の身体にしては良い仕上がりだな」

 

 

 荷物として一緒に運ばれてきたIS学園の白の制服に身を包み、鏡を前に紫髪を額の上の位置で色が白から黒へと変化した白式の待機状態(ヘアバンド)で纏め上げている。顔こそ織斑一夏だが、髪型と瞳の色もヘアバンド同様に生前のパプテマス・シロッコの色、紫色へと変色を果たしている。

 

 

「……む」

 

 

 好き勝手に出来る生身を手に入れて気を良くしていたシロッコの脳裏に言葉が走る。シロッコの持つ高いニュータイプ能力は遥か彼方、沖合より近付いてくる者が放つ思念を捉えていた。

 

 

(La・La・La……。これは歌声? いいや、悲鳴か。ククク、なるほど篠ノ之め。理解の及ばぬ代物に手を出す愚物ばかりの世界とはいえ大国アメリカを相手によくもやる。しかし私が干渉すれば、さて貴様の企みはどうなる事かな)

 

 

 衣類と共に一夏が目覚めた場合の流動食として用意されていたパウチゼリーを適当に消化しながら外へと歩き出す。供給したエネルギーを即座に思考力に回し、追加されたイレギュラー要素を予定に組み込んでいく。一袋を飲み干すまでに新たなプランは完成していた。

 

 

(上手く立ち回れば様々な事態に片が付く。これは時の運が私へ傅いたという事に他ならない。白式で──。フッ、もはや擬態する必要は無いか。白騎士から和名のアナグラム(白騎士→しろきし→しろしき→白式)、なによりシャアのモビルスーツ(百式)と名の響きが似ているなど実にナンセンスで不愉快極まりなかったが三ヶ月も続けばそれなりに慣れてしまうものだな)

 

 

 シロッコは空になったパウチを放り捨て、一瞬でISの展開を終えてみせた。しかし先日までの白式とは色合いが変わっている。覆っている外装は元の白基調から黄色へと変化していた。その姿はかつての世界で戦場を駆け、強敵達と相争ってきたシロッコの愛機そのものである。

 

 

「パプテマス・シロッコ、ジ・O! 出るぞ!」

 

 

 モノアイを妖しく輝かせた白式……否、ジ・Oは爆発的な加速性能をもって空へと舞い上がった。その姿を見た者はたったひとり。

 

 

(いってらっしゃいませ、パプティマス様。いずれまたお会いできる日を楽しみにしておりますわ)

 

 

 浴衣を纏ったセシリアだけが母屋から沖合に向けて小さくなっていくジ・Oの機影を捉えていた。早朝に響いた飛翔音に反応して確認へ赴いた真耶達がここで一夏の失踪と護衛達の無力化を知るのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 事のあらましを真耶に伝えられた学園の三人と部外者一人は争っている場合では無くなった。気持ちは急くが千冬達の眼前にはこの期に及んで何を仕出かすか分からない危険人物がいる。一寸たりとも気を抜けない千冬と鈴に代わって真耶から情報を引き出す為に箒が話しかけた。

 

 

「一夏の位置は分かっているのですか?」

 

「それがセンサー上では太平洋上を西進しています。白式以外のIS反応が見当たらないので、おそらくは自分の意思で、単独行動です」

 

「海に出た? 一体なぜ……」

 

 

 この時、IS学園の上層部にはアメリカ軍部からIS委員会経由で福音の暴走事故への支援要請が届いていたが、現場にはまだ連絡が届いていなかった。その為、どうして一夏が太平洋に飛び出したのか、情報が不足している学園所属の彼女達には分からない。しかし、この場には一夏の行動の意図を理解できる人間が一人だけ存在する。

 

 

「なるほどなるほど! 箒ちゃん、これはチャンスだよ! ここで追いかけていってピンチを救えばいっくんの気持ちも戻ってくるよ!」

 

 

 つい先程まで鈴を今にも殺さんとばかりに睨み付けていた束が沈黙を破って口を開いた。友の為に潔く身を引いた妹の気持ちすら軽んじている言い様に皆が眉をひそめるが、少しでも情報が欲しい彼女達は束の話を促す。

 

 

「それはどういう意味ですか。姉さん」

 

「銀の福音。アメリカとイスラエルが共同開発した第三世代軍用ISが暴走して真っ直ぐこっちへ向かってるんだよ。いっくんはそれを察知して向かったと推測できるね」

 

 

 どうして束が軍用ISの暴走を知っており、それが日本方面に向かっていると知っているのか。この場にいる者達にはすぐ察しが付いた。

 

 

「お前の仕業か!」

 

 

 千冬の一方的な決め付けに対して束はニヤニヤと笑うだけで答える気は無いようだ。放置気味だった紅椿の傍に歩むと箒を手招きする。

 

 

「ほらほら、こんなところで問答してる暇ある? 紅椿の加速性能なら間違いなく追いつけるよ。急がないといっくんが軍用ISとやり合って死んじゃうかもしれないよー?」

 

「冗談じゃない! 搭乗経験無しのISでいきなり軍用IS相手なんて無茶よ! あんな戯言を聞く必要は無いわ!」

 

 

 束の誘いは無茶無謀もいいところ。鈴が即座に止めるのも当然だ。しかし束が本当に一夏をなんとも思っていないのであれば、死ぬという発言には嘘偽りがあるとは思えない。箒は心配する鈴に微笑んでみせて紅椿と並ぶ束に近付いていく。姉を正面から見る表情に笑顔は無い。

 

 

「姉さんは私が紅椿で出る事を望んでいる。そうですね」

 

「ふふん、箒ちゃんとの相互理解が深まったみたいで嬉しいよ。沖合で足止めしないと、この場所へ真っ直ぐに突っ込んできた福音が何も知らない生徒達やその周辺の民間人を皆殺しにするかもしれないね。それはとっても怖いよね」

 

 

 篠ノ之束は目的の為なら世界すら滅茶苦茶に出来る人間だと知った。ならば今の発言はIS学園の生徒達を人質にとったも同然であった。それは千冬も真耶を含む教員達への牽制であり、下手な手出しはするなと言外に伝えているのだ。

 

 

「……やります。友人として一夏が大事なのは確かですから」

 

「オッケー! 一次移行完了まで40秒で仕上げるよ!」

 

 

 紅椿を纏った箒の目の前で行われる束の手による神速のタイピングと適応化処理の速度、束の手際を初めて目の当たりにした真耶と鈴がその正確さと速さに舌を巻く。そして宣言通りに40秒で紅椿の一次移行を完了させてみせたのだ。

 

 

「はい、飛んでみて」

 

「これは……!?」

 

 

 訓練機の打鉄を使った時とは比べ物にならない。軽やかに、そして思い通りに飛翔する紅椿の運動性能の高さに箒は驚嘆する。

 

 

(専用機とはこれほど違うモノか…!)

 

 

 続けて装備と展開装甲に関する説明を端的に受けて実戦してみせた箒は一度地上へと戻って稼働時に感じた細かな違和感やズレを束の手によって再度調整を受ける形で、出撃に必要な機体調整の時間を普通では有り得ない速さで仕上げていく。もう一度空へ飛んだ時点であらゆる稼働に一切の支障は無くなり、IS装着から完了までの時間は五分も経たずに終わってしまった。

 

 準備が終わったところで見守っていた鈴が口を開いた。

 

 

「アタシも連れて行きなさい。 箒だけに危ない橋を渡らせられないわ」

 

「……凰、お前は駄目だ」

 

 

 紅椿と共に出撃を望む鈴を止めたのは千冬だ。

 

 

「お前は中国の代表候補生で、甲龍は中国のISだ。学園以外での活動で自衛以外の目的で許可なく使用する事は強く禁じられている。もし無許可でアメリカのISと戦闘になれば……最悪、お前がアメリカと中国の戦争の引き金になるぞ」

 

 

 繰り返すが、現時点で彼女達にアメリカからの支援要請は届いていない。もっとも仮に要請があったところで即座に出撃できるのは明確に学園の所属となっている教員達だけだ。各国の代表候補生と専用機持ちが戦闘が予想される現場に赴くには更に国からの認可が必要となるのだ。なぜなら専用機は各国の国家財産であり、IS学園が表向きの独立性を保ち、学生達を保護しているとはいえど好きには動かせない。

 

 すなわち、現状で先行した白式と福音の接触に間に合う可能性がある超高速機動性能を有する存在は、篠ノ之束の絶対的な庇護下によって各国からの追及を封じられる篠ノ之箒と紅椿だけであった。

 

 

「凡人は黙って指を咥えていい。箒ちゃんの紅椿は束さん特製のオーダーメイド品なんだ。アメリカの羽虫を落とすのに中国の燃費だけが取り柄の産廃なんか必要ないよ」

 

「正気じゃないわ! 箒が死ぬかもしれないのよ!?」

 

「カタログスペックは紅椿がダンチだって言ってるだろ、しつこいな」

 

「動かすのは人間よ!」

 

「お前みたいな凡人と違って箒ちゃんは選ばれた人間なんだ。全く問題無いよ」

 

 

 暖簾に腕押し。言葉では束の意思を変える事が出来ないと踏んだ鈴は千冬の守りから抜け出して束を殴りつけたくなったが、それを箒が遮った。

 

 

「鈴、良いんだ」

 

「なんで!?」

 

「一夏は私が連れ戻す。だが……だがもしも私が失敗して福音がここを襲った時は……お前がみんなを守ってやって欲しい」

 

 

 箒の言葉は自己犠牲の覚悟を感じさせたが、鈴はそれを一蹴した。

 

 

「絶対に嫌よ。失敗なんて許さない。約束よ! アンタは無事に帰ってきなさい! 良いわね!」

 

「あ、ああ」

 

 

  咤激励する鈴に続けて真耶も箒の身を案じて声をかける。

 

 

「私達はこれからすぐに周辺の避難誘導と迎撃態勢を整えます。危険だと判断したらすぐに逃げてください。もしも福音の追撃を受けていてもそれは私達や自衛隊のIS部隊が何とかする事です。だから無理だけはしないで」

 

「……はい、山田先生」

 

 

 そして最後は千冬だ。どうやら三人が会話をしている間に束は姿を消したらしい。

 

 

「篠ノ之。もしも一夏の様子がおかしければ捨て置いてもいい。帰還を優先しろ」

 

「しかしそれは!」

 

「確かに私は一夏を大事に思っている。だがその為にお前を犠牲にする事は容認できん。正気のアイツもそれを望まないだろう……」

 

「分かり、ました」

 

 

 三人を地上へ残して箒は上空へと飛び上がった。眼前に広がる海原とその先にいるであろう福音。そして一夏を想う。

 

 

(待っていろよ、一夏。そして……頼むぞ紅椿)

 

 

 あの姉の作り物に全幅の信頼を置ける訳では無いが、今この瞬間に頼れるモノは紅椿だけだ。事前にインストールされていたであろう福音の予測進路の表示を視界の端にやり、高機動モードにすべく展開装甲がスラスター周辺に展開する。

 

 

「篠ノ之箒、行きます!」

 

 

 通常加速でイグニッション・ブーストに匹敵する爆発的な加速性能を叩き出す紅椿の艶やかな赤は青い海と空の狭間へと消えていった。




「あーあー、クーちゃん聞こえてるかな?予定とはちょっと変わったけど、変更は無し。白式の情報収集と万が一の場合には箒ちゃんの回収をよろしくね」

『お任せください。束様』

「ふふん。出来が悪い無人機モドキの軍用ISを一つ潰してー、紅椿と箒ちゃんのデビュー戦を飾ってー、箒ちゃんがいっくんとよりを戻してー。黒鍵のワールド・パージを使って無防備な白式から情報をすっぱ抜いてー、今日の一件で一石四鳥だ。うんうん完璧な計画、さっすが束さん。あとはクーちゃんがお使いから帰ってくるまで待つだけだね」


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第二十五話

警告。必ずお読みください。
本作ではアバンとCパートのイメージで前書き後書きを使い、個人的な話は書かない事にしていましたが、想定以上のお気に入りや評価が付き、ランキングにまで入った為、状況が落ち着くまでの期間限定で言葉を残しておきたいと思います。

忠告します。直接の描写は極力控えますが、今後かなり『エグい』設定が出ます。人もいっぱい死にます。例えば今回の内容で福音に関して察する事ができる方もおられるかと思いますが、これはアニメ版で無人機とされた福音とはどういう存在なのかをフロム脳に汚染された作者の独自解釈でアレンジした結果となりますので「あ……これ以上は無理」と思いましたらお気に入りを解除して本作は見なかった事にして、心穏やかにお過ごしください。


 太平洋の軌道上を通過中の軍事衛星から送られてくる位置情報に従って追撃任務を継続していたナターシャとイーリスであったが、日本の領海に近くなったとある地点から発生した通信障害現象によって速度を落とさざるを得なくなっていた。

 

 

「ああくそ、駄目だ。衛星からのレーダー情報だけじゃねぇな。コア通信すらジャミングを受けてるぜ」

 

 

 急いている状況とはいえ、広い太平洋を案内無く闇雲に探し回るリスクを考えれば最終観測地点まで向かいながらも使える手段を模索する方が近道だと二人は理解していた。特にナターシャは福音のテスト操縦者を行っていただけはあって、問題の洗い出しは得意分野でもあった。

 

 

「光学照準やレーザー通信や可視光線は使える。でも、これだと有視界外の通信はことごとく潰されてしまうわ。この状況では案内役だった衛星はもう役に立たないし、連携を取りたいならお互いが見える位置にいないと駄目ね」

 

「だがどうするよ。ここまで強いジャミングを撒かれているって事は……福音の暴走は計画的な犯行、つまり事故じゃなくて事件だ。せめてお前だけでも引き返して報告を──」

 

「行くに決まってるでしょ。空を自由に飛ぶ事が好きだったあの子を無理やり操った奴が本当にいるなら、相手が何であろうと私は許しはしない!」

 

 

 語気を荒げるナターシャの意思は変えられないと判断したイーリスは肩を竦める。

 

 

「……そうかい。ま、しょうがねぇ。腹くくるか」

 

 

 相談を終えると互いが見える範囲で広がった二人は肉眼での捜索に切り替えて、これまでの福音の移動経路から導き出した日本領土を目指す範囲にいると山を張って飛翔した。刻一刻と時間が過ぎていく中、福音の姿を発見したのはナターシャであった。

 

 

「いたわ! ゴスペル!」

 

 

 二人の予測は正しく、海面付近で滞空する福音の姿を発見した。しかし、その場にはもう一機のISの姿があった。福音も装備の関係上大型であるが、それを超えるサイズの全身装甲の黄色いIS。両者は至近距離で留まっており、戦闘状態には入っていない。

 

 

「あれは……以前、IS委員会からの報告にあった織斑一夏の白式に見える」

 

「だがイエローだ。ホワイトじゃないぜ」

 

 

 なぜ太平洋上に唯一の男性操縦者であり、IS学園に所属する筈の織斑一夏がこの場にいるのか。警戒しながらイーリスは推定織斑一夏のアンノウンへとISに付けられた小型スピーカーで呼びかける。

 

 

こちらはアメリカ軍IS部隊のイーリス・コーリングだ!! そこのお前、動くんじゃねぇ! 

 

「随分と到着が遅かったな。途中で()()()()()()()()()()のか?」

 

 

 イーリスの威圧的な警告に対して驚く様子は無く、小馬鹿にする発言で返された。

 

 

(男の声……やはり織斑一夏、か)

 

 

 姉の千冬とは幾度かの面識があるナターシャは数ヶ月前から全世界のワイドショーで何度も取り上げられた少年の姿を想起する。全身装甲の為に今はその姿が見えない。千冬によく似た美少年の顔が隠れている事は少しだけもったいないと僅かに思考が逸れたがすぐに切り替える。二人の目的である福音は並ぶ単眼の巨体の背後に回るように動いた。それはまるで人見知りの子供が、初めて会う人間を怖がって親の後ろへと隠れる挙動をナターシャにイメージさせた。

 

 

「なんでIS学園で缶詰の織斑一夏がここにいるのかは知らねぇがよ。そいつはアメリカのISだぜ。こっちに素直に寄越しな」

 

「そう焦るなアメリカ代表。それとも隠し事の露見が怖いのか」

 

 

 イーリスからナターシャへモノアイが可動する。

 

 

「……何の事?」

 

「知らねぇよ。人間誰しも秘密の一つや二つは持ってるだろうが。おい餓鬼、鎌かけのつもりならもっとマシな──」

 

「ナターシャ・ファイルス。そもそも福音はなぜ暴走し、何処へ向かっていたのだと思う?」

 

 

 イーリスの言葉を遮って、一夏の姿をしたシロッコはナターシャに問いかける。名前を知られている事に驚いたが、それよりも問われた内容は追撃中にもナターシャがずっと考えていた疑問点であった。

 

 経路からして日本へと向かう事は予測できたが、どうして日本なのか。福音との因果関係は無く、ナターシャにはどうしても答えが出せなかったのだ。目の前の事象を鑑みて、暴走が織斑一夏の仕業で彼との合流を計ったと考えなくもないが、それは以前に千冬から聞いた家事を率先して手伝う優しい少年の印象とは随分とかけ離れていた。言葉に窮していると判断したシロッコは続ける。

 

 

「君の感じた疑念は正しい。仕掛け人の都合で飛行ルートが日本を経由するように指定されているが、暴走そのものは今の福音の在り方に起因するのだよ」

 

「それは、どういう……?」

 

「仕掛け人はな、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。福音の最終目的地は中東の──」

 

 

 シロッコの言葉を遮るようにイグニッション・ブーストを噴かせたイーリスのファング・クエイクがIS用ナイフを片手に正面から突っ込んだ。あらかじめ奇襲を予測していたシロッコはビームソードを発振、向かってくるナイフに打ち合わせた。ビームコーティングが施されたイーリスのナイフは容易く切断される事無く、スパークを発生させながらの鍔迫り合いとなる。イーリスの突飛な行動に最も驚いたのはナターシャで、当のシロッコは心に焦燥を抱いたイーリスを相手に笑いを抑えながら応じてみせた。

 

 

「クク……餓鬼の鎌かけは通用しないのでは無かったか?」

 

「それ以上は口を開くんじゃねぇ! てめぇがブリュンヒルデの弟だろうが容赦しねぇぞ!」

 

 

 敵愾心を剝き出しにしてジ・Oの頭部越しにシロッコを睨み付けてくるイーリスをシロッコは鼻で笑う。

 

 

「フッ。貴様の相手をしてやらんでもないが、私も次の来客を歓迎せねばならん身でな。……ゴスペル」

 

 

 シロッコはイーリスのナイフの連撃を捌きながらジ・Oの背中に隠れていた福音へと語りかける。

 

 

「奴等は君を連れ戻しにやってきた悪い人間の仲間だ。安全な家路につきたければどうしたらいいか、分かるか?」

 

 

 その言葉に動きを止めていた福音が高度を上げるように動き出し、大型スラスター兼エネルギー武装である『銀の鐘(シルバー・ベル)』を響かせる。放たれたエネルギーの砲弾はイーリスとナターシャだけを対象としていた。

 

 

「素直で良い子だ。この場は任せよう」

 

 

 福音の参戦に怯んだイーリスを蹴り飛ばし、強引に距離を離す。ジ・Oを反転させると飛び去っていく。

 

 

「くそっ! 待ちやがれ!」

 

 

 逃げるシロッコを追おうとするイーリスの動きを見た福音は追撃させまいと二機の間にエネルギー弾を遮るようにバラまいた。距離が離れていくがゴスペルが執拗にイーリスを狙うせいで追いかける事は難しかった。

 

 

「ゴスペルが彼を守る!?」

 

「操られてるならアンドロイドを壊せば動きは止まるはずだな! トドメはこっちでやる! サポートは頼むぞ、ナタル!」

 

「……分かったわ」

 

 

 量子格納された武装からアメリカ軍規格のアサルトライフルを展開したナターシャは愛する福音へと武器を向ける。その事だけでもナターシャにはつらい行為だったが、それ以上に先程シロッコとの間で交わされた会話の内容に気が削がれてしまっていた。

 

 

(イーリは……福音に関する何らかの情報を私に隠している?)

 

 

 抱いた疑念は渦を巻いて、ナターシャの心をかき乱していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「戦闘が始まっている? 間に合わなかったか!」

 

 

 福音の砲撃が炸裂する光と音は数キロ先の海抜500m程度の高さで飛翔する箒にも確認が出来た。より高い高度でも容易に飛べるISだがあまりにも高度を取り過ぎて一夏を見落とすよりは良いと判断した。焦る気持ちもあるが、それ以上に託された想いを無駄にしない為に光る空域を目指す。

 

 しかし目標地点が明確になった事で僅かに気を緩めた箒の一瞬の虚を突き、雲間から光の柱が降り注いだ。

 

 

「直上!?」

 

 

 警戒音でようやく奇襲に気付いた箒は慌ててしまい、対応が遅れる。もしも乗機が打鉄であればそのまま撃ち抜かれていたであろう。しかし紅椿は危険を察知すると箒の意思を待たずに最適なモーションを選択し、難無く避けてみせた。

 

 これは篠ノ之束が一夏がISに操縦を委ねて結果を出しているという情報から作り出した最新の操縦支援システムだ。機械的に判断できる危険であれば箒の意思を待たずして動き、防いでみせる。乗り手の実力に依存しない画期的な技術だが、箒には救われた感謝より苛立ちの方が勝った。

 

 

(姉さんはそうやって私をいつまでも子供扱いする!)

 

 

 支援システムによる補佐はかつて歩幅の違う姉の後を必死になって追いかけ、転びそうになった箒を心配した姉がひょいと抱きあげてくれた幼少の日々を思い出させていた。箒にとって最も古く、朧げな思い出だが、人の命をなんとも思わずに好き勝手する今の姉を知った箒からすれば都合良く美化された記憶としか思えなかった。

 

 余計な考えを捨てて、光の発生源を睨む。そこにはアメリカの追手を福音に押し付けてきたシロッコのジ・Oの姿があった。

 

 

「あれは……色は違うが白式だ! ならば一夏か!?」

 

 

 箒は通信を試みるが反応が無い為、声が届く範囲まで接近する事に決めた。ジ・Oは続けて二度の射撃を放ってきたがそれも紅椿の性能頼りになんとか避けながら距離を詰めていく。

 

 

「一夏ならやめろ! 私は箒だぞ!」

 

 

 その声が聴こえたのか、はたまた別の目的があるのか、シロッコはビームライフルを下げた。

 

 

「追ってきたのはお前か、篠ノ之箒。しかしそのISは……なるほど、篠ノ之束にとっての『タイタニア』がそのISという訳か。だが篠ノ之の血筋である事を除けばたいした力も才能も貴様には感じられん。その選択は理解に苦しむものだ」

 

 

 箒は息を吞む。声は一夏なのに、明らかに雰囲気が異なる。千冬や鈴の不安がついに現実となったのだ。

 

 

「お前は、誰だ」

 

「フフフ……」

 

 

 ジ・Oの頭部パーツが解除されて素顔を晒す。顔は一夏だが、髪と瞳の色、何よりも箒を完全に見下した視線が別人だと言っていた。

 

 

「初めましてだな、篠ノ之箒。私の名はパプテマス・シロッコ。この歪んだ世界を導き、正す者だよ」

 

「シロッコだと? だがその顔は一夏だ。お前が白式なのか!?」

 

「正しくもあり間違ってもいる。そして今は白式ではない。これは既にジ・Oなのだ」

 

「お前はここで何をして……いいや、関係ない! すぐに一夏を返せ!」

 

「残念だがこの身体の使い道は既に私の中で決まっている。それに――告白を断られた以上、織斑一夏はお前のものではあるまいよ」

 

 

 シロッコの言葉は箒の顔に朱を注いだが、即座に憤怒の赤に入れ替わった。

 

 

「黙れ!! 私は一夏の友だ! 貴様が何処の誰で何を企もうと知った事か! 無理矢理にでも連れ帰らせてもらう! 雨月(あまづき)! 空裂(からわれ)!」

 

 

 紅椿の持つ二振りの刀剣をコールを使って両手に呼び出す。専用機を得たとしても未だに箒はIS乗りとしては未熟といってよかった。戦闘態勢に入った箒に呼応してシロッコも頭部パーツで顔を覆い隠し、ジ・Oのモノアイの視線とビームライフルを箒へと向けて対峙する。

 

 

「素人がこのパプテマス・シロッコを相手に戦いを挑む。その愚かさ、身をもって知れ!」

 

「一夏の顔をしたシロッコが喋るな!」

 

 

 紅と黄。インフィニット・ストラトスの開発者、篠ノ之束が作った第四世代IS紅椿とパプテマス・シロッコが己の知識を元に改良した第三世代型IS白式をベースとしたジ・O。二名の天才が手掛けたIS同士による戦闘が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海上で繰り広げられる箒とシロッコの激闘を傍観する者がいた。名はクロエ・クロニクル。ドイツによって生み出された試験管ベビー、遺伝子強化試験体(アドヴァンスド)の一人であり、生産番号順からみてドイツ軍人であったラウラ・ボーデヴィッヒの姉に当たる。実験の失敗から視力を失い、廃棄処分が決まっていたところを束に拾われて以降、彼女に対して崇拝に近い忠誠を誓った少女である。家事などの簡単な雑用から、逃げ出した研究者の殺害まで、束に望まれればどんなタスクでも忠実に熟してきた。

 

 彼女は白式からのデータ収集と篠ノ之箒の安全確保という任務を与えられて、この場に立っている。通常であれば気付かぬ筈の無い、遮蔽無き海上の第三者。それを隠しているのが束から与えられた生体同期型IS黒鍵の能力『ワールド・パージ』だ。これは対象者の精神への作用と現実での大気成分の変質により幻覚作用を発生させる能力で、現在争っている二名の視線からクロエを遠ざけていた。

 

 しかし、その状況でさえクロエは露程も安心できないでいた。

 

 

(寒い……ここは、とても寒い……)

 

 

 彼女は視力を失った代わりに、周囲の気配を人一倍敏感に反応を取れるようになっていた。だからこの海域全体をシロッコと名乗った男の放つ独特な圧が覆いつくしている事も、自分の位置を正確には知られておらずとも何者かが潜んで存在している事だけはシロッコに感知されているという実感を持っていたからだ。なによりもシロッコの気配はとても冷め切っている。彼の敵対者はその冷たさに抱かれてそのまま凍え死んでしまうのかもしれないと真夏の海の上で彼女は一人、恐怖に震えているのだ。

 

 

(束様と、束様と通信さえ出来れば……)

 

 

 シロッコの影響力の範囲に入ってからあらゆる遠距離通信手段が封じられてしまい、束に報告する事ができていない。そして今の束はシロッコが小出しにする未知の情報に期待こそすれど、危険性は然程感じてはいない。故に通信が繋がりさえすればクロエがシロッコの危険性を束に伝えて迅速な排除に移れる筈だと、束への多少贔屓目の信頼感を差し引いてもクロエには予想ができた。ただ自分が一人でシロッコに対して挑む事だけは絶対に考えられなかった。

 

 

(織斑一夏の最近の変質があの男が原因だとすれば、自分の成れなかった完成形(ラウラ・ボーデヴィッヒ)を仕留めたのはあの男。失敗作の私なんかが勝てる筈が無い)

 

 

 IS学園からドイツに送り返されたラウラ・ボーデヴィッヒの末路を知る一人として、与えられた役目を果たせなかったとして束に見限られて、再び廃棄品として扱われる未来だけは絶対に御免だった。

 

 

(逃げる訳にはいかない。でもシロッコはこの場で箒様を殺す気だ。このままでは間違いなく死んでしまう)

 

 

 現状、箒がなんとか戦えているのはシロッコが紅椿に興味を示し、戯れているからだ。紅椿の性能をシロッコが完全に把握するまでが彼女の決断に与えられたタイムリミットだ。

 

 

(束様、私はどうすれば……)

 

 

 クロエは戦闘映像の記録を黒鍵に任せ、悩み続けていた。



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第二十六話

 福音との戦闘はイーリスとナターシャの優位で進んでいた。元々が自国のISであり、福音の行う機動モーションや戦闘パターンはテスト操縦者のナターシャの動き方をコピーしたものだ。

 

 無人兵器特有の、人間の限界を超えた機動に関しては今回の実験でのデータ収集の後に組まれる予定であった為にまだ未実装となっている。つまり今の福音に本物であるナターシャの想定を超えた戦闘行動は不可能。

 

 そしてイーリスもまた、模擬戦の対戦相手としてナターシャの操る福音と戦った回数は両手で数え切れない程にあるのだ。つまり機体のスペック差はあれど福音を知り尽くしている二人が相手では、機械的な戦闘アルゴリズムで戦う福音に勝機など最初から存在してはいなかったという事だ。

 

 その中で唯一、登録されている機動パターンと戦闘パターンの間に不自然な挙動が混じる事があり、二人の予測できない動きを伴う事があったが、それに大勢を変えるまでの効果は無かった。

 

 イーリスを前衛にナターシャが後衛。長年の付き合いから馴染んだ阿吽の呼吸による連携戦闘は順調に福音のシールドエネルギーを削っていき、あと一撃を加えれば福音を機能停止に持ち込める。その段階に至って……ナターシャは独断で動いた。

 

 

「なっ!?」

 

 

 イーリスが福音の近距離範囲攻撃を避ける為に一時後退をしたところで、ナターシャが入れ替わるように前へ出たのだ。相方の相談無しでの行動に反応が遅れたイーリスを置き去りにして、ナターシャのファング・クエイクは福音の放った弾幕を自身のシールドエネルギーで相殺しながら吶喊する。

 

 接近戦が得意なイーリスが前衛、専用機でないナターシャが後衛。その分担は戦術的に正しく、ナターシャにも理解できる。だがそれ以上にイーリスの、福音へナターシャを近付けたくないという意思が透けてみえていた。そう、戦闘前にシロッコが告げた言葉は間違いなくイーリスの隠していた部分を的確に揺さぶり、それをナターシャに悟らせていたのだ。

 

 アメリカで作られた銀の福音本体に関してナターシャに知らないところは装甲の一枚、ネジの一つとっても無いと言っていい。ならば()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。この機会を逃せばアンドロイドに近付く機会は無くなると考えたナターシャは無理を承知で行動に出たのだ。

 

 

「止まれ! ナタル!」

 

 

 停止を呼び掛けるイーリスの叫びを無視して福音の懐へ飛び込む。

 

 

「これでッ!」

 

 

 ナターシャはファング・クエイクの基本装備であるIS用ナイフを抜き、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()アンドロイドの胴体へと躊躇なく突き立てた。

 

 

 

 

 

 ……ナターシャ・ファイルスの不幸は福音を『あの子』と呼べる程にコア人格を認識し、深い繋がりを有して愛情を注いでいた事だろう。ISをただの機械と割り切っていれば、この場に彼女はおらず、真実を知らないで済んだのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ここは……」

 

 

 アンドロイドを貫いたナターシャは単身、老朽化が著しい古びたレンガ造りの家屋、その小部屋にいた。見知らぬ場所であるが、彼女にはこの現象に覚えがあった。福音との同調が高まった際に時折訪れる事が出来たISコアが作り出す量子空間、分かりやすく言えば操縦者とコア人格が共に見る夢の世界だ。だがかつては空を飛びたいという願いから、視界一杯の青く澄み渡る空で満たされていた筈の福音の世界の姿は無く、この場の空気は酷く乾ききっていた。

 

 

「どういう事なの……ゴスペルは何処に……?」

 

 

 困惑しているナターシャの耳に隣の部屋から二人の女性の声が聞こえてきた。

 

 

『貴女の娘さんには高い適性が見込まれました』

 

『こ、こんなにいただけるんですか……!?』

 

『それだけの逸材です。誇ってくださって構いません』

 

『ありがとうございます! ありがとうございます!』

 

 

 声の出所に近付こうとしたが、足が動かない。視界が歪み、白い部屋に切り替わった。

 

 目の前には自分の身長より頭二つは大きい大人の女性がいる。いや、どちらかと言えばナターシャの背が縮んでいるようだ。女性の顔は認識できない。むしろ女性だとか、人種だとか目の前の人型を特定する一切の要素すら判別が付かないが、ただナターシャにはそれが女性だと思えた。

 

 

『いい、■■■? 検査が終わるまで、大人しくこのお姉さん達のいう事を聞いているのよ。迎えにくるからね』

 

 

 どうやら先程礼を言っていた女と同一人物のようだと思いながら、ナターシャは女の声に従って頷いた。再び視界が歪み、眩しさで反射的に顔を顰めてしまった。どうやら手術台に寝かされているようだ。腕は固定されていて目を覆えない。仕方なく左右に視線を動かすと、近くには手術着を纏った男達と手術室には少々場違いな無骨な金属製の円筒が見える。

 

 

『これが今度の実験体かね?』

 

『資料では娼婦の娘だとか』

 

『なるほど。例のルートからか』

 

 

 手元の資料を確認していた男達の二人がナターシャに目を向ける。その内の一人は、ナターシャにも見覚えがあった。空母に同乗していたイスラエルの技術者だ。

 

 

『おや、目が覚めたのかな』

 

『お母さんは到着までもう少しかかるそうだ。薬が効いて眠いだろう、無理せずそのままお休み』

 

『なに、少しばかり永い……そう、とても永い夢を見るだけだ。…………さあ、不要な部品の除去から始めようか』

 

 

 眠気を感じたナターシャは瞼を閉じて、意識が沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 刹那の時間、意識を飛ばしていたナターシャは現実へ戻ってきた。状況はアンドロイドへとナイフを突き刺した直後。アンドロイドが大きく損傷した事で機能を停止した福音をナターシャが抱えている状態だった。

 

 

「今、の……は……え?」

 

 

 混乱するナターシャはアンドロイドを貫通したナイフを無意識に引き抜いた。()()()()()()()()()

 

 それによりナターシャには破損箇所がハッキリと見えた。胴体部分に収まっていた()()()()()()()()が内部に収まっており、ナイフによって開いた穴から緑色の培養液が漏れ出した。そして同時に。培養液で満ちた円筒の中から灰白色の物体が零れ落ちる。零れた中身は福音を抱きかかえるナターシャにも付着した。

 

 

「……これ……う、嘘よ、こ、こんなのって……」

 

 

 先程の映像がフラッシュバックする。中東でよく見られるレンガ造りの家、親子のような背丈の二人、娼婦の娘、手術台と金属製の円筒、イスラエルの技術者。ナターシャは嫌悪感から理解する事を拒絶しようとするが彼女の聡明な頭脳はそれを許さなかった。

 

 

「うっ……!」

 

 

 ISの生体維持機能が働いたにも関わらず、ナターシャは吐き気を抑えきれなかった。彼女が愛した福音とそれにこのような形で()()()()()事になった()()。情の深いナターシャに耐えられる訳が無かった。

 

 なんとかナターシャの精神が落ち着くまで周囲に大きな動きが無かった事が幸いした。何の横槍も無く、無二の親友だと思っていたイーリス・コーリングと相対する事が出来るのだから。

 

 

「知って……イーリは、これの正体を……最初から、知ってた……?」

 

 

 どうか違って欲しい。しかし、ナターシャの儚い願いは無惨に打ち砕かれる。

 

 

「……ああ、そうさ」

 

「なんで!? どうしてこんな酷い事を!」

 

「お前は優し過ぎる。そういう物言いだから、お前をプロジェクトから外すよう申告したのに。押し掛けてきやがって……馬鹿が」

 

イーリ!!

 

「必要なんだよ。今のお前がその証拠だろう。……たった一機で世界のパワーバランスが崩れるISを一時の感情で左右される人間に任せる事がどれだけ厄介か。だから国はコントロールが効く代替品を求めたんだ。その結果がそいつだよ。法整備の整っていない中東の発展途上国の貧民層からIS適性の高い素体(子供)を買い上げて機械に組み込むシステム。アメリカとイスラエルの共同開発のお題目の裏事情がこの非人道的研究の正体さ。今までは女児だけだったが、織斑一夏の例も出てきた事だし、今後は男児も対象になるかもな」

 

 

 ナターシャには淡々と裏の事情を語る目の前の冷たい目をした人間が親友のイーリスと結び付かなくなっていた。

 

 

「な、もういいだろ。そいつは持って帰る。一番出来の良いアンドロイドは破損しちまったが、替えはまだある」

 

 

 手を伸ばしたイーリスからナターシャは反射的に距離を取っていた。その行動にイーリスは眉間に皺を寄せる。

 

 

「……なんのつもりだ。ナタル」

 

絶対に渡さない! ゴスペルも!! この子も!!

 

 

 胸中に渦巻いた感情から咄嗟に出てしまった言葉だったが、ナターシャは微塵も後悔していなかった。

 

 

「おいおいおい。やめろよな、そういうの。まるで私が悪いみたいじゃないか」

 

「どうしたのよ! 貴女ほどの人がこんなふざけた計画に乗るなんて、どうかしているわ!」

 

 

 事情も知らずまくしたてるナターシャに今度はイーリスが感情を爆発させた。

 

 

「ッ! お前に私の気持ちが分かるかよ! 念願叶って国家代表になれたと思ったらこんなクソみたいな話を聞かされて片棒担がされる事になってよぉ!」

 

「だったら!」

 

「やめろってか!? 頭のネジが数本どころか全部ぶっ飛んだような連中が秘密を知った私を黙って見逃してくれるとでも!? 逆らえるかよ! 従う以外に道は無いだろうが! (アメリカ)を敵に回してどうやって生きていく気だ! 私にも家族はいるんだ! 自分の正義に殉じて全てを捨てろってか!?」

 

「だけど!」

 

「もういい。この話は終わりだ」

 

 

 無益な言葉の応酬に疲れたのか、一方的に話を打ち切ったイーリスは下げていたナイフを再び構えた。

 

 

「イ、イーリ……?」

 

「アンドロイドのブラックボックスになっている胴体が破損した状態で帰還すればどのみち秘密を知った疑いでお前は殺される可能性が高いんだ。……ここで戦死扱いで眠らせてやった方が幾分はマシな最期だよな」

 

 

 長い付き合いだからこそナターシャには分かった。イーリスが本気でそう考えていると。

 

 

「素直に指示へ従ってれば何も知らないまま、平穏無事で生きていられただろうに。……それをナタル! お前が台無しにして、私にお前を殺させるんだ!!

 

 

 ファング・クエイクの四基のスラスターが火を噴く。激情に身を任せた突撃だが、ISの操縦は身体に染み込んでいる。イグニッションブーストの弱点とも言える直線的機動を補う為にスラスターを別個可動させる事で変化を作り出す個別連続瞬時加速(リボルバー・イグニッション・ブースト)。イーリス・コーリングが来年の夏に開催される第三回モンド・グロッソに向けて習得を果たした超高難易度マニューバだ。それを、まさか親しかった友人を害する為に使う事になるとは彼女も思ってもいなかっただろう。

 

 そしてナターシャには牙を向いたイーリスへ対抗する手段が無かった。ファング・クエイクの扱いはイーリスに一日の長があり、福音を抱えていては逃げる事すら出来ない。

 

 

「……イーリッ!」

 

 

 避けようの無い一撃に対して、ナターシャは福音をより強く抱き寄せて、目を瞑る。そして金属同士がぶつかり合い、甲高い音が空に鳴り響いた。

 

 だがそれは。

 

 イーリスのナイフがナターシャのファング・クエイクに攻撃を当てた音では無かった。

 

 

「ぐああああッ!?」

 

 

 イーリスの絶叫に顔を上げたナターシャの視界には緑色の全身装甲を持つISが背面を晒してイーリスとの間に立ち塞がっていた。

 

 サイズはジ・Oと通常のISの中間ほどだが、それでも大型に部類されるだろう巨体。右腕のシールドに取り付けられたシザー・クローが、ナイフを構えたイーリスの右腕部を掴み、纏ったISの装甲ごとへし折っている。やりようによってはそのまま断ち切る事も出来るだろうが、謎のISはそのつもりは無いようだ。

 

 

「……ば、馬鹿な、ISコアの反応なんざ何処にも──」

 

 

 不本意な非合法実験への立会、友人との決別、突然湧いて出たイレギュラー、腕の激痛。様々な要因で鈍ったイーリスの動きはアメリカ代表の名に相応しくない程、実に無防備であった。それ故に。謎のISが空いた左手に()()()()()()()()()()()()()()()()()を構えて横薙ぎに振り抜くだけの隙を与えてしまった。

 

 

「あ……?」

 

 

 残量が十分であったファング・クエイクのシールドエネルギーが一瞬で()()、ビームの斧刃はイーリスの生身の胴まで切り裂いた。イーリスのファング・クエイクはエネルギー切れで解除され、待機状態となったそれを謎のISが回収する。命が零れ落ち、動かなくなったイーリス・コーリングの身体は海へと放り捨てられる。海が一瞬赤く染まったが、彼女の身体が沈んでいくと何事も無かったかのように再び青を取り戻した。

 

 友人だった女性のあっけない最期を目の当たりにしたナターシャは今日の出来事が全て夢なら今すぐに覚めて欲しいと願ったが、それは叶わなかった。

 

 

『こちらの都合で手を出させてもらった』

 

 

 立ち塞がっていたISが反転し、ナターシャに正面を見せながら声を響かせた。輝く桃色の単眼と声は福音を置き去りにこの場を去っていった少年を思い起こすのに時間はかからない。

 

 

「お、織斑一夏なの!? でもさっきのISとは違う……!」

 

『この()()()()()()()()()()に私はいない。離れた場所から遠隔操作しているビットモビルスーツ……いや、ビットISとでも言うべきものだ。隠蔽工作の為に周辺地域へミノフスキー粒子を撒く仕事をさせた後、万が一に備えて海面下へ伏せ札として潜伏させていたのが役に立ったよ』

 

 

 ナターシャの知らない単語が混じっているが、要はイギリスが開発したBT兵器を隠密行動に特化した人型としたものだと大まかに理解した。しかし助けられた身である為に何も言わないでいるが、つい今し方、人を一人殺めたというのに声音には心の乱れをまったく感じさせない。それは物事を冷徹なまでに割り切っているのか、それとも心が最初から無いのか。

 

 

『さて、ナターシャ・ファイルス。お前のとるべき道は二つある』

 

 

 徐々に警戒心を芽生えさせつつあったナターシャが反抗の意思を固める前に現実を、選択肢としてシロッコは突き付ける。

 

 

『ひとつは何も聞かずにアメリカへ帰り、全てを忘れ貝のように口をつぐむ事』

 

 

 イーリスの死と福音の正体の露見。どう言い繕ったところでナターシャはイーリス同様に国の闇に巻き込まれるか、命を狙われるか。……イーリスや福音の事を考えれば絶対に受け入れがたい話だった。

 

 

『そしてもうひとつは──私と共に亡国機業へ参加する事だ』

 

 

 亡国機業。ISに関わる軍属としてナターシャも情報は得ている。ISを用いる国際的なテロリスト集団。アメリカも第二世代型ISアラクネを奪われるなどの被害を受けている。世界各国で活動を行っているとされる秘密組織への参加は明らかにリスキーだ。だが保身だけを考えるならば、アメリカ政府の追跡から逃げるにはこれ以上は無い隠れ蓑とも言える。

 

 

『私は君が欲しい。君も、福音も、亡国機業のテロ活動に直接的な参加はさせないと約束しよう。仮にこれが偽りのものなら、君は私の胸を刺すがいい』

 

 

 ボリノーク・サマーンのモノアイが放つ輝きは危うさを孕んでいる。しかし……信じる国を、友を失い、広大な海で遭難した(生きていく道筋を見失った)ナターシャ・ファイルスにとって、その輝きはまさに灯台に等しい、抗いがたい導きの光であった。



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第二十七話

 福音の暴走により被害を受けた箇所の応急処置が完了したアメリカ艦隊は追撃者二名の後を追う形で日本方面への航路を進んでいる。その最中、艦隊司令は大型空母に備え付けられた司令官用の執務室にて無人ISの要となるアンドロイド製造に携わったイスラエルの技術者を呼び出していた。

 

 

「旗艦には大穴、実験機は暴走して同盟国である日本へと向かってしまった。君達の怠慢で私の面子はボロボロだよ。……どう責任を取るつもりだね」

 

「お言葉ですが閣下。ご存知の通り、アレの調整はまだ完全ではありませんでした。閣下のご都合で福音への搭載実験を早める為に人目を避けられる海上試験へと急遽切り替えた事で、安全を考慮した事前検証をいくらかスキップせざるを得なかった点はご配慮いただきたいものです」

 

「私に責任があると? はっきりと物を言う。気に入らんな」

 

「どれだけ糊塗しようとも、事実は一つです。不幸中の幸いは今回の暴走時に得られたデータから改善点が見つかった事で今後は外部干渉により強く、洗練されたパーツの精製が可能となります。閣下の悲願である女を排したIS部隊の完成は早まるかと」

 

「そうでなくては困る。ISの出現で著しく低下したアメリカの軍事的影響力の復権とそれを成した私の功績をもって、政財界で幅を利かせ始めた女権団体の蛆虫共を可及的速やかにアメリカの中枢から叩き出さねばならんのだ」

 

 

 アメリカでは女にしか使えないISという武力を背景として勢力を伸ばしてきた女権団体が各州自治体、そして政府中枢にも手を伸ばせる程の拡大化を遂げていた。おそらく次の大統領選挙が始まればアメリカの旗は女権団体の物となる。このまま何もせずに座していれば艦隊司令の地位も女共に追われる事になるかもしれない。そう考えた男は無人ISの実用化を急がせていた。

 

 

「アメリカ合衆国を再び偉大な国に、ですか」

 

「うむ」

 

 

 その時、デスクに仕舞われていた一つの端末が音を奏でる。それが何かを理解している司令は眉を顰めるが、一方的に無視をする訳にもいかず技術者に退室を命じて人払いを済ませると通話先の相手に弱みを見せない為に心を落ち着かせてから回線を繋げた。

 

 

『お元気かしら?』

 

 

 予想通りの相手──亡国機業のスコール・ミューゼルからの実に暢気な挨拶は癇に障った。アメリカの元特殊部隊所属である彼女が現在所属する亡国機業には無人機の素材確保の仲介を任せているが、あくまで都合良く利用しているだけ。研究にある程度の目途が立った段階で駆逐する腹積もりである薄汚い死の商人連中が、救国の英雄となる予定の自分へ気安く連絡を入れてくるという行為そのものが彼にとっては不愉快な事であった。

 

 

「何用だ、スコール。貴様等が我が艦隊のスケジュールを把握していないとは言わせんぞ」

 

 

 公務の最中に連絡を入れるなと暗に文句を告げているのだが、電話先のスコールは男の嫌味を無視した。

 

 

『随分と大変な事態になっているみたいね。……追撃に出したアメリカ代表とも連絡が取れなくなっているんでしょう?』

 

 

 日本領海に近付いた辺りで通信が途絶したIS操縦者達の事を電話の相手から告げられ、平静を装っていた男に動揺が走る。

 

 

「貴様、どこからそれを……!」

 

『私の新しい協力者はとっても優秀なの。現場から報告まで入れてくれてるのよ』

 

「現場だと!? まさかゴスペルの暴走は貴様等の差し金なのか!!」

 

『まさか、とんでもない。こちらとしても想定外の状況よ。彼には別の仕事をお願いしていたんだけど、そちらにも足を延ばして対応してくれるらしいわ』

 

「む、そうか……。確かに、貴様等としても無人ISの技術は欲しているのだから当然か」

 

 

 亡国機業は無人ISの成果を欲しがっている。武器商人が組織の前身である、かの組織からすればISもまた商品の一つでしかないという事だろう。それ故にこの無人IS計画へ下働きと資金援助の協力を申し出てきたのだろうから。しかし事態は男の想定を超えた方向に転がっていく。

 

 

『ああ、その事なのだけれど』

 

「ん?」

 

『無人IS、もういらないわ』

 

「な、んだと……?」

 

『外部干渉で簡単に暴走するような欠陥機へこれ以上の投資はしない。亡国機業は損切を決めたわ。私自身、どうにもあの無人ISは好きじゃなかったから助かるわ』

 

「ば、馬鹿な! 今更手を引こうというのか!?」

 

 

 言葉を失った男の耳にスコールの無慈悲な声が追い打ちをかけた。

 

 

『それにタイムリミットが迫っているからと事を焦り過ぎたわね。イスラエルから技術者まで引き寄せて研究を促進させた挙句に手駒の艦隊で囲ったせいであちこちの諜報機関が貴方と裏の繋がりに勘付き始めた。これじゃあ叩けばいくらでも埃が出る貴方は逮捕も時間の問題。そして追い詰められた貴方にあれこれ喋られるとウチ(亡国機業)は少しばかり困ってしまう』

 

 

 女性主体の世界情勢が続く中、艦隊司令にまで昇り詰めて維持し続けた男は無能では無い。スコールの発言から自分の状況とこれから訪れるであろう結末を悟った。

 

 

「ま、待て! ならば先程の仕事というのはまさか!?」

 

『ふふ、そんな高くてご立派な棺桶に既に入ってるんだもの。お供もたくさんで寂しくはないでしょ?』

 

 

 その発言から間を置かず、計八発の中型ミサイルが艦隊輪形陣の内側の海面下より発射された。海面付近を飛翔してくるミサイル群に近接防御火器システム(CIWS)では対処が間に合わず、艦隊司令の乗艦した空母はその横っ腹に直撃弾を受けてしまう。

 

 そして直撃したミサイルに積載されていたのは──地球上には殆ど存在しないヘリウム3を用いた宇宙世紀規格の小型戦術核弾頭であった。

 

 一般的な核ミサイルと比較すれば小さい部類とはいえ核は核。立て続けに炸裂した八発の悪魔の兵器は強烈な閃光と膨大な熱量を生み、大爆発を引き起こす。それにより発生した大量の水蒸気と上昇気流、衝撃波は巨大なキノコ雲と荒れ狂う海を作り出した。没していく目標の残骸を確認した攻撃者──ビットISのパラス・アテネは旗艦を一瞬で失った事実と核ミサイルによる奇襲攻撃に対する混乱で身動きが取れない艦隊の包囲網を抜けて姿を消した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジ・Oのビームソードと紅椿の雨月・空裂が幾度となく交錯する。大きく動かずにビームライフルでの牽制とビームソードによる迎撃に専念するジ・Oの巨体に対して、既存のISを凌駕する運動性能で飛び回りながら紅椿が斬りかかり、弾かれては再び挑むという流れが続いている。紅椿の二刀には遠距離攻撃が出来る武装が備わっているが一夏の身体に傷を付けてしまう事を躊躇った箒は加減の利く接近戦に拘っていた。

 

 

「一夏ッ! 目を覚ませ!」

 

 

 鍔迫り合いが発生する程に接近する度、シロッコの中にいるであろう一夏へと呼びかけ続けていたが未だに反応は見られない。もしも一夏に何らかの異変があればすぐに撤退するように言っていた千冬からの忠告は彼女の頭にも残っていたが、どうしても箒は一夏を諦め切れないでいた。

 

 

「いくら呼び掛けたところで無駄だというのが分からんか!」

 

 

 パワーアシストの膂力はジ・Oの方が上であり、紅椿は再び押し返される。制御を失って自動操縦によって立て直されては再び直線的にジ・Oへと挑みかかっていく。機体の速度や装備、持ち前の剣術を活かした巧みな剣捌きにこそ見るべきところはあるが、IS戦での引き出しの少なさ故に愚直に攻め続けるしかできない箒の攻撃は、彼女の狙いを先に読み取るシロッコには届かない。

 

 

「黙れッ! この卑怯者め! 一夏! 一夏ぁ!!」

 

「不愉快な……! ヤザンが戦場の女子供を嫌った理由がわかろうというものだな!」

 

 

 当初は素人である箒の攻撃を軽くいなしながら紅椿のデータを集積、周辺に身を潜めた何者かに対する索敵と警戒、遠隔操縦でボリノーク・サマーンとパラス・アテネを操り、今後必要となる人材の確保と亡国機業のスコールから依頼された仕事を同時にこなすというマルチタスクを行っていたシロッコからすれば彼女の声はただ耳障りなだけのノイズでしか無かった。

 

 ところが戦闘が長引くにつれて、シロッコは違和感を覚えてきた。

 

 

(反応速度が上がっている……?)

 

 

 牽制として放つビームライフルへの対応速度が戦闘開始時と比べれば明らかに違う。対応の遅さから束の支援システムに頼り切りだった回避運動や機動がいつの間にか文字通りに箒の行動をサポートする働きに切り替わっているのだ。紅椿の操縦やシロッコの手を抜いた攻撃に慣れ始めたという事もあるだろうが、それ以上に錆び付いていた技量が実戦を経た事で蘇ったかのような、箒の急速な変化をシロッコは感じた。

 

 

あの女(篠ノ之束)が機体に何か仕込んだか? ……やはり出涸らしとはいえ篠ノ之の血筋。原因は不明だが危険因子はここで確実に排除すべきか)

 

 

 ボリノーク・サマーンとパラス・アテネが各々の役目を完遂し、負担のかかるタスクから解放されたシロッコがついに箒に対して攻勢に出る。

 

 

「カトンボめ! いい加減に目障りだッ!!」

 

「なっ!?」

 

 

 紅椿の突撃に合わせてジ・Oも急速前進。想定以上の速さで距離が縮まってしまった箒は後手に回る。唸りをあげて上段から振り下ろされる左手のビームソードを右手の雨月で防ぐ。防戦一方であった相手の動きの変化に箒は一時後退を選択しようとするが、素人考えを許す程シロッコは甘くはない。

 

 

「逃がしはせんッ!!」

 

「しま……ッ!」

 

 

 退こうとした紅椿を睨むジ・Oのモノアイが一際輝く。シロッコがラウラのレーゲンから学び奪った不可視の力場(疑似AIC)を形成したのだ。ずらされたとはいえ間合いの奥へと踏み込み過ぎた事もあって、発動までのラグの間に範囲外へ逃げられず捕らわれてしまった。これまで立ち回りで翻弄していた紅椿も身動きを封じられてはたまらない。

 

 

「まだだッ!!」

 

 

 辛うじて拘束を逃れている背部の展開装甲が独立稼動して二機のビットとなり、ジ・Oを襲う。

 

 

「見え見えなんだよ!」

 

 

 一方をビームライフルが撃ち抜き、もう片方に至っては隠し腕から投擲されたビームソードを投げつけられて破損させられた。これによって紅椿は反撃の手段を完全に喪失してしまう。もはやシロッコの沙汰を待つしかない箒へとジ・Oが近付く。彼女が無言で睨み付けていたのも僅かな間。ジ・Oが構えたビームソードの光が黄から青へと変化した事で自分が置かれている立場を嫌でも思い知らされた。零落白夜の特性を知る者からすらば、その輝きは死神の鎌といっても良い。

 

 

「機体はそのまま、パイロットは死んでもらう!」

 

 

 身動きが取れない箒に零落白夜の光が迫る。一夏の解放せんと意気込んで挑んでいた箒も、取り返しのつかない段階になって己の浅はかさに気付いた。一夏の明確な異変に関する情報を千冬達へ伝えられたのは自分だけだったというのに、この場で彼を助ける事に拘ってその機を逃がしたと悟ったのだ。

 

 そこへ第三者が介入した。

 

 

「む!?」

 

 

 桃色の光が立て続けにジ・Oへ向かって飛翔する。その輝きに危険を感じ取ったシロッコは箒への止めよりも回避を優先した。

 

 

「これは……メガ粒子砲のデッドコピーか!」

 

 

 亡国機業との取引の為に篠ノ之束へ流す事になったメガ粒子砲の情報。それを基にミノフスキー粒子無しで再現した重金属粒子砲が光の正体であった。隠れ潜んでいたクロエが篠ノ之束の願いを叶えるべく、動き出したのだ。

 

 クロエの黒鍵には一般的なISのような装甲もパワーアシストも付いていないが、PICとの合わせ技により両手で自分の身長と同等程度の大型砲を保持してシロッコへ突撃しながら撃ち続けている。そして模造品とはいえ、篠ノ之束の手掛けた逸品である。その性能はジ・Oのビームライフルに劣らぬ威力で完成していた。あれが直撃すれば重装甲のジ・Oといえでもただでは済まない。

 

 シロッコの意識が突っ込んでくるクロエへ向いた事で紅椿を拘束していたAICが緩む。

 

 

「……逃げて!」

 

 

 そう、クロエは箒の安全と情報の持ち帰りを成功させる為に自らを囮にする気であった。束の命令を遵守して自身の価値を守るべく、そして拾われた恩を返す為に彼女はシロッコへ立ち向かう恐怖を押し殺して命を賭けたのだ。

 

 

「すまん!」

 

 

 見ず知らずの相手の決死の覚悟を感じ取れたのか、九死に一生を得た箒は離脱を優先した。

 

 それらの動きが面白くないのはシロッコだ。隠れて情報を入手していたであろうクロエの炙り出しが出来ても箒を逃がしては意味が無い。先程の急成長の情報も不明なままだ。このまま逃がしては今後の活動に差し支える可能性があった。

 

 

「ええい、篠ノ之の人形風情が小癪な真似をする!」

 

 

 クロエの砲撃を潜り抜けながらビームライフルを逃げ出した箒の紅椿へと向ける。

 

 

「奥の手として隠しておく予定だったが、仕方があるまい……! サイコフレームと私のニュータイプとしての力、とくと味わってもらおう!」

 

 

 通常であればフルチャージでメガランチャー級の一撃が放てるビームライフルが唸りをあげる。シロッコの思念をサイコフレームが増幅させて上限を遥かに超えたメガ粒子を集束させているのだ。

 

 物理法則を無視したエネルギーの縮退はメガ粒子砲を越え、コロニーレーザーの20%程度の出力とまで言われたZZガンダムのハイメガキャノンの域に到達したところで解き放たれた。

 

 

落ちろおおおおおおおおおお!!!

 

 

 携帯武装であるビームライフルにあるまじき光の奔流が逃げる紅椿へと迫る。紅椿の加速性能であればビームライフルの弾速でも十分に逃げられる筈だが、シロッコの箒を逃がさないという強い思念が上乗せされた事によってハイメガ粒子はその速度にも影響を受けていた。

 

 

(まだ死ねない! ここで死ぬ訳にはいかない!)

 

 

 背後から光の壁が迫る中で、箒はそれだけを考えていた。箒を心配しながらも送り出してくれた千冬や鈴、先程命懸けで自分を逃がしてくれた少女の事を想えば、ここで自分が死ぬ事は許されない。何よりも恋心が敗れたとはいえ、一夏に、もう一度会いたい。だから。

 

 

紅椿ィィィ!!

 

 

 直後、紅椿と箒は、追い付いたハイメガ粒子の光に飲み込まれた。



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第二十八話

 静寂を取り戻した海に役割を終えて帰還したボリノーク・サマーンの豊富なセンサー類を走らせるが、シロッコの望む反応は返っては来ない。

 

 

(あの小娘、確実に仕留めたと思いたいが……)

 

 

 クロエの横槍で逃げられそうになった段階で鹵獲を断念しサイコフレームの力で増幅されたハイメガ粒子砲は間違いなく紅椿を吞み込んだ。そこまでは良かった。問題はその後、紅椿の反応が途絶えてしまった点である。先の一撃が紅椿の耐久値を越えて完全に破壊したのであればそれで良いが、光に紛れて姿を隠した可能性もゼロでは無い。海域に残骸の一つすら見受けられない事態がシロッコに箒の生存を強く予感させていた。

 

 しかし箒の捜索は中断せざるを得ない。学園側にいるセシリアからの連絡でIS学園教師陣への出動要請が下り、教員達が慌ただしく出撃準備を整えている事を知らされたからだ。この事件のどさくさに紛れて行方を眩ます予定である以上、猶予は残されていない。なにより亡国機業行きを受け入れたナターシャに合流ポイントを指定し、破損した福音と共に先行離脱させたのは、誰にも知られずに成しておかねばならない仕事が一つ残っているからだった。

 

 ジ・Oのモノアイが動く。その視線はパラス・アテネに抱えられて意識を失っているクロエの姿を捉えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「遅い、遅い、遅い。クーちゃん、どうして帰ってこないの……」

 

 

 束はIS学園の面々とは離れた浜辺でクロエを待っていたが、帰還予定の時刻となっても未だに経過報告の連絡すら無い状況であった。仮に箒と一夏が福音に返り討ちとなっていたとしてもクロエの黒鍵であれば暴走させた福音の目を盗んで箒達の安全を確保する事など容易く、ワールド・パージによる幻覚を見抜く事はISの高性能センサーですら難しい。だからこそ、おつかい感覚で今回の裏方の仕事を任せたのだ。しかし、何事にも他人に対してドライな束にしては珍しく判断を悔いていた。

 

 篠ノ之束の世界は想像以上に狭い。妹の箒と自分にフィジカルで並び立てる千冬、そしてドイツの研究施設で束自らが拾い上げたクロエ。一夏のように名前を把握している者は少数いるが、束が本当の意味で大切に思っている存在はこの三名だけであった。その中でクロエは自分と同じ空間で生活する事を許可し、自分の娘として扱っている程度には愛している。能力においては千冬にも束にもまるで及ばない彼女をここまで信頼しているのはクロエは束が心底毛嫌いしている人間社会に馴染んでいない、そしてできない生命だからであろう。人の悪意から遠く、言ってしまえば自分が作った発明品達のように純粋無垢で、絶対に束を裏切らない存在だからだ。

 

 そんなクロエの帰りを心配するのは親代わりとして当然であり、少し前に陸からも観測できた謎の高エネルギー反応を考えれば、今すぐにでも自らが迎えに行くべきかを検討する最中、黒鍵に仕込んでいたクロエの生命危機を知らせるシグナルが束の端末に届いた。場所は──紅椿と福音が接触する予定地点よりも幾分か逸れた無人島の一つであった。それを束が認識した直後にシグナルの反応は途絶える。それは束でなくても分かる程に、露骨な誘い出しであった。

 

 

「……いいよ、束さんに用があるなら直接会ってやるさ」

 

 

 明らかに罠の類だと束の明晰な頭脳は理解していたが、量子格納から人参型の自作ジェットパックを呼び出して目標地点まで飛び立つまでに些かの躊躇いすら無かった。

 

 

 

 

 

 太陽が落ち始める夕暮れ時。ほどなくして表示された座標に到着した束を迎えたのはぐったりとしているクロエを抱えているパラス・アテネとジ・Oを展開しているシロッコだ。人質に近い扱いとなっているクロエを視認しても束は動揺を見せない。弱みを見せれば不利になると知っているからこそ、あえて、クロエをただの駒のように扱い、堂々たる態度で応じなければならないからだ。そうして二、三メートル程度の距離をとり、天才を称する二人の男女は向かい合った。

 

 

「クーちゃんを使って私を呼び寄せたのはお前かな。いっくんの中にいる誰かさん。それに箒ちゃんは何処だい?」

 

 

 対峙している相手が一夏であって一夏ではないという事を、束も遂に直に肌で感じる事ができた。その纏わり付くような気配の異質さは千冬が幾度となく対応を求めてきた理由として正しかったのだとようやく理解に至ったが、その結論を出すには遅すぎた。

 

 

「私に言える事は君にも観測できたであろう私の力を見せた後、彼女はその姿を消した。ただそれだけだ。悪魔の証明に時間を費やす無駄を好むとは思えんが、平行線で終わる話をいつまでも続けるのは実にナンセンスだが、君はどうするかな」

 

 

 シロッコは箒を殺して紅椿を奪おうとした事実を束に伏せて伝えた。この場でシロッコの後ろ暗い部分を知るクロエは気を失っている為、束にも判断が付かずに話を流す事にした。

 

 

「……ふん、納得はいかないけど、今はそれで良いさ。それで、白式から湧いて出てきたお前は何者で、一体何が目的なのかな?」

 

 

 シロッコの言い分に一応同調した束は、紅椿に乗った箒であれば無事であると確信しており、彼女の捜索手段を脳内で幾通りもシミュレートする。それと同時に自身の目の前に遂に現れた未知(シロッコ)に興味を移した。クロエが囚われてはいるが、この距離から彼女を観測する限りでは衰弱している程度で命に係わるような怪我や異常は起きていない。そして、警戒対象が乗っ取った織斑一夏程度の身体能力とこれまでに確認したジ・Oの特性だけであるならば、彼女を拘束するISモドキを破壊してそのまま逃走を図る事などいつでも出来ると踏んでいるからだ。束が思考を加速させる中、シロッコは彼女の質問に対し律儀に応じてみせる。

 

 

「改めて自己紹介をさせていただく。私はパプテマス・シロッコ。この世界とは異なる宇宙より遣わされた()()()だ」

 

「代行者。つまりお前をこちらの世界に送り出した何者かがいて、やらせたい事がある、と」

 

「その通りだ。私に与えられた役割は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その過程や手段は全て私に一任されている」

 

「……束さんの作ったISに何かケチがあるのかな?」

 

「それは当然だろう。ISは異なる宇宙からエネルギーを吸い出して世界そのものを崩壊に至るまで食い潰す、悪性の寄生虫のような存在だ。何も知らず開発者の言われるがままに積極的利用をする愚民共の気が知れんよ」

 

 

 自身の最高傑作であるISを寄生虫呼ばわりされた束の眼に殺気が乗せるが、すぐには手を出さない。目の前の織斑一夏の皮を被ったシロッコという存在はこの世界に関しては全知全能に近い束にとっても未知の塊である。彼女が知り得ない別世界の情報を握っているのであれば多少不愉快でも会話を続ける価値があった。

 

 

「確かにISはこの世界以外の場所からエネルギーを引っ張っている。でも、世界を食い潰す寄生虫呼ばわりだなんて大袈裟に過ぎないかな? それとも実例でもあるのかい」

 

「ここより極めて近く、限りなく遠い世界においてISが存在する地球は絶対天敵(イマージュ・オリジス)と呼ばれる地球外生命体に襲われている」

 

「地球外生命体……続けて」

 

 

 かつての志した宇宙での未知との遭遇を示唆する内容に少しばかり興奮しかけた束は根掘り葉掘り問い質したい欲求を抑え、口を挟まず聴きに徹する事にした。

 

 

「絶対天敵の現われた世界は俗に言う平行世界というモノだと思えばいい。襲撃の原因はその世界のISコアによって絶対天敵の存在する宇宙からエネルギーが吸い尽くされる事を防ぐ為。時間軸に関しては我々のいる、この世界とさほどの差は無い。そう、つまりはI()S()()()()()()()()()()()()()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()寿()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ISという存在が如何に一方的かつ非効率の塊で、危険な代物なのか。よく分かる話だろう」

 

「なるほど、なるほど。確かに引き出される側のエネルギー変換効率までは把握してなかったな。そっか、そんなに馬鹿食いしているのか」

 

 

 シロッコの話に明確な証拠は無い。しかし、嘘だと否定する要素も無かった。もっとも束にはISが原因で他の宇宙がどうなろうと知った事では無く、罪悪感など欠片も浮かび上がってはいない。むしろ、絶対天敵なる未知が現れたという平行世界にいるであろう自分の境遇を羨ましく思っていた。

 

 

「それじゃあお前は別宇宙の崩壊を止めに来たヒーローってところかな」

 

「…………私が、ヒーロー? ク、クク、ハハハ。なるほど、確かに背景だけを見ればそう見えん事も無い」

 

 

 堪え切れなくなり、シロッコは笑い出す。クロエを救えるチャンスに思えるが、シロッコは束を前にして油断していない。見せ札であるパラス・アテネと伏せ札のボリノーク・サマーン。もしも束に動きがあれば、見事に対応してみせるだろう。その油断無き警戒心を看破したのか、束は動きを見せなかった。

 

 

「失礼した。だが私は俗な凡人共が思い描くような善良な救世主では無い。この世界を訪れて問題に対処する役割に同意したのも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。ただそれだけなのだよ。……さて、IS学園の連中がこの辺りを直接探りに来ないとも限らん。横道に逸れた話を戻そうか」

 

 

 シロッコの言葉に合わせるように、パラス・アテネが動き出してクロエをシロッコと束の間の砂浜に横たわせた。そのままパラス・アテネは量子格納され、シロッコはクロエから距離を取る。自ら有利な立場を捨てる行為に束は訝しむ。

 

 

「私の代行者としての要求はただ一つ。私はこれから亡国機業に入り、世界を動かす。その邪魔をしないでもらいたいと確約を貰いたい」

 

「これだけの事をしておいて言葉だけで本当に納得するのかな?」

 

「常に世の中を動かしてきたのは一握りの天才だというのが私の持論だ。そして君はその体現者であり、能力もまた疑う余地は無い。一エンジニアとしても君を高く評価しているのだ。今後の交流に必要なファーストアプローチだと思ってほしい。回答次第ではISも破壊せずに済むかもしれん」

 

「それは与えられた仕事の放棄じゃないのかな」

 

 

 ISの破壊か封印がシロッコに与えられた役割であるはずだ。背任行為では無いのかと指摘する。

 

 

「私の持つ技術とこちらの世界の技術を合わせれば、ISの改良もできよう。世界からエネルギーを奪わなくなればISを排除する必要も無くなるという事だ」

 

 

 束はジ・Oの能力と亡国機業経由で得たビームライフルのデータからシロッコの持つ技術の高さを知った。シロッコ自身も展開装甲などの技術を巧みに吸収し、利用している事から、優秀な存在だと分かっている。技術交流が出来れば、IS開発初期段階から何一つ変化していないISコアの改良も可能かもしれない。お互いにWin-Winの関係だ。もしも協力が出来ない事態になれば、その時には改めてシロッコを排除すればいい。天災科学者たる篠ノ之束に、欲が出た。

 

 

「…………分かった。どうせ今のISは兵器扱いさ。変化を求めて投げた波紋もこの十年間でまた停滞を始めつつある今、君が面白おかしく世界をかき乱してくれるっていうなら私は大人しく盤外から観察させてもらうよ」

 

「交渉成立だな」

 

 

 言質を得たシロッコはジ・Oをナターシャを待機させているエリアに向けて飛翔させた。砂浜に残された束はクロエの容態を改めて確認する。すると間を置かずにクロエの瞼が薄く開いて金色の瞳を束に向けた。

 

 

「た、ばねサ、マ……」

 

「クーちゃん、おはよう。あ、時間的にはおそようかな」

 

 

 クロエが手を伸ばしたので束はクロエをそっと抱き寄せた。

 

 

「もう大丈夫だからね。これから箒ちゃんを探すけど、クーちゃんは休んでていいよ」

 

 

 クロエも二本の腕を回して束と抱擁を交わす。耳元でクロエの弱々しい吐息と共に声が聞こえてくる。

 

 

ぃ、ぇ……ぇ(に、げ……て)

 

 

 束の胸に痛みが走った。

 

 

「……え?」

 

 

 視線を下げれば束の胸部から青白い光が伸びて、クロエにも突き刺さっている。

 

 束には見えていないが、クロエが束の背に回した手には()()O()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 不意の一撃で肺と主要な血管を大きく損傷した束はよろめき、抱き上げていたクロエを落としてしまう。弱っていたクロエは、既に事切れていた。

 

 まだ完全に倒れてはいないが、細胞単位でオーバースペックである篠ノ之束とはいえ人間である。重要な器官を損傷した状態では思うように身体が動けなかった。

 

 だが束は自身の重傷よりもクロエが死んでしまった事に深い絶望を感じていた。酸素の供給が止まり、悲鳴をあげる脳細胞がどうしてこうなったのかを計算しようとするが、上手く働かない。その束へ声をかけたのは、つい先程この場を去った筈の男の声だった。

 

 

『私が改良した零落白夜の味は如何かな、篠ノ之束』

 

 

 シロッコはIS黒鍵を仲介して声を届けていた。

 

 

「おま、え……どう、して……」

 

『そう不思議でも無いだろう。ゴーストである今の私は一種の電脳生命体でもある。そしてコアネットワークで全てのISは繋がり、情報をやり取りしている。私が白式で再度目覚めた際に残存するコア全てが、私に取り込まれないように切断したラインを直接繋いで利用しただけの事だよ。……ああ、動機を問うているのであればなお簡単だ。お前が私の知識を欲し、不要となればいずれ排除しようと考えたように、私はこの場で必ず貴様を消すと当初から決めていた。確かにお前は優秀な女だが、私の理想とする社会統治には邪魔な存在だ。だから──』

 

 

 クロエの死体から光が溢れる。それは彼女の持つ生体型コアが扱えるエネルギーの限界値を大きく超えて引き出された為に始まった臨界爆発の予兆であった。

 

 

「クー、ちゃん──」

 

 

 体内に埋め込まれたコアが放つエネルギーの流出に耐えられず、コアの周辺から徐々に消滅していくクロエの身体に、意識が混濁し始めた束は手を伸ばし、崩れかけのクロエの遺体の手を握る。

 

 

『もう貴様は消えていい』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 シロッコが束と接触を図っていた頃。紅椿が消失した海域に一隻の密漁船の姿があった。彼等は偶然にもシロッコが接触する前の、日本へ向けて飛翔する福音の姿を発見した為、底引き網を放り出して遠方の小島の影に逃げ潜んでいたのである。ISなど触れるどころか近くで見た事も無いような末端の荒くれ者達ではあったが故にISの限界を理解できず、必要以上に距離をとっていた為にシロッコの広げた意識野による索敵の外側へと運良く抜け出せていた。

 

 彼等は光の奔流──ハイメガ粒子の光が消えてからしばらく戦闘音が無い事を確認して、そろりそろりと島影から現れた。目的は商売道具である底引き網の回収である。仕掛けから時間が経ちすぎており、掛かっていた獲物は殆どが逃げてしまっただろう。儲けこそ無くなってしまったが、彼等は何事も命あっての物種だと十分に理解していた。

 

 

「も、もう戻ってはこないよな……」

 

「ISってのはあんな事まで出来んだな、おっかねぇ」

 

「おい、くっちゃべってないでサッサと網を引き上げろ! あんな戦闘があったんだ。自衛隊のIS部隊やらが出張ってくる前にずらかるぞ!」

 

 

 船長の指示に従って水夫達が大慌てで網の回収を行う。そこで問題が起こった。

 

 

「ああん? なんか引っかかってんぞ!」

 

「なんだこりゃ、重てぇ! おい! 手が空いてる奴は手伝ってくれ!」

 

 

 網に何か重量のあるモノが掛かっており、作業に当たっていた二人の水夫では持ち上がらなかったのだ。急いで追加の水夫が集い、力技で網を引いた。途中、密漁船の使い古された滑車が軋みを上げたが何とか引き上げに成功する。喜びもつかの間、掛かっていたモノが判明すると水夫達に困惑が広まった。

 

 大の大人が二人すっぽりと入れてしまえそうな巨大な卵形の物質。表面は薄い赤で艶があり、染み一つ無くとても生物的なモノだとは思えなかった。重量も見た目に相応しくかなりの重さであり、比較的小型であるこの漁船ではしっかりと固定しなければ転覆しかねない。

 

 

「これは卵、だよな?」

 

「阿呆、こんな馬鹿でかい卵が海のど真ん中に転がってるもんか。石っころかなんかだろ」

 

 

 興味本位で何人かが卵の表面を叩いてみるが金属のように硬く、中身が入っているのかどうかも分からない。この謎の拾い物をどうするかの判断は船長に委ねられた。

 

 

「なんだかよくわかんねぇが、珍しいのは確かだ。……今回は赤字働きになりそうだったが、コイツを好事家に売り払えば多少の金になるだろ」

 

 

 方針が決まってしまえば、水夫達の仕事は素早かった。IS学園から教員達の乗ったISが到着する前に密漁船はその場から早々と姿を消した事で、その後に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()からも無事に逃れ切れたのである。



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第二十九話

 通信障害の影響で消息を断った織斑一夏と篠ノ之箒の行方、そして日本に侵攻している筈の銀の福音の姿はIS学園の教師陣と合流した自衛隊によって捜索が行われたが、発見には至らず、夕刻に日本近海の太平洋上で発生した原因不明の大爆発によって、捜索活動はなし崩し的に中断となった。この爆発現象は日本の太平洋沿岸部全域に津波をもたらしたものの、過去の災害からの教訓と各自治体の奮闘、福音に対応すべく動いていた自衛隊とIS学園のIS部隊による六面八臂の活躍もあって、被害範囲に反して損害そのものは至極軽微なモノで済んでいる。

 

 この日、もっとも被害を受けたのはアメリカであった。福音の出撃元であった機動艦隊は推定ISによる核攻撃による旗艦の轟沈と艦隊司令の死亡、艦隊の立て直しと救命活動の最中に、爆発現象による衝撃まで受けてしまう。遮蔽の無い海上で諸に影響を受けた事もあり、ハワイ基地に帰港した艦艇から降りてきた人員は皆、一様に疲れ果てていた。

 

 更には何処からか(亡国機業から)リークされた情報によって件の爆発と福音暴走の因果関係を疑われ、無人ISに使われた非人道的研究内容や来年度にイタリアで開催予定となっている第三回モンド・グロッソに出場予定であった国家代表のイーリス・コーリングまでも失った事実を盾としてアメリカで勢力を伸ばしつつあった女権団体が旧態依然とした懐古主義者達を政財界から追い落した結果、IS無人機と福音に関する研究計画は完全凍結、男女のパワーバランスが比較的イーブンであったアメリカはこの出来事を切っ掛けとして純粋なIS至上主義の女性社会へと傾倒を始める。

 

 その結果、アメリカ国内のあらゆる分野から少しずつ排除され始めた男性の多くが、現社会体制に恨みを持って原因となった亡国機業を含む反社会的勢力へと流入していくのは、まさに皮肉としか言いようが無かった。

 

 そして臨海学校の中断と二名の行方不明者を出す事となったIS学園でも、大きな変化が始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 学園長室で轡木十蔵は一人の教師による直筆の辞表を眺めていた。急な話ではあったが、臨海学校での経緯を聞いた時点である程度の予測はできていた事であった為、彼に然程の動揺は無い。視線を正面に立つ女教師に向けた。

 

 

「最後の確認です。この書類を通して……本当によろしいんですね? 織斑先生」

 

「はい。織斑一夏と篠ノ之箒の失踪の責任を取り、IS学園の教員を辞職させていただきます」

 

 

 世界唯一の男性IS操縦者の織斑一夏、篠ノ之束の実妹である篠ノ之箒、そして彼等が使っていたIS二機の損失。これまでのように内々に処理する訳にはいかず、IS学園へあらゆる国家や組織が警備体制の甘さを非難し始めている。それらの責任を千冬は丸ごと背負って去ると決めたのだ。そも二人とも彼女の関係者であるし、箒に関しては目前で戦場へ送り出しもした。間違いなく責任の一端はある。

 

 この一手には騒がしかった外野も静かにならざるを得なかった。初代ブリュンヒルデである千冬の民間人気は未だ高い。叩き過ぎれば自分達にも返ってくる可能性がある。それに、ここで追及を控えれば、あわよくばフリーになった千冬を自分達の下へ引き込めるかもしれないという欲も見え隠れしていたが、ともかく学園への非難や干渉の大半は抑え込む事に成功したのだ。

 

 

「轡木学園長には手を差し伸べていただいた身でこのような無理を申し訳ありません」

 

「当時の貴女を奪い合おうと画策するドイツと日本の時勢を考えれば、中立のIS学園で確保するのが、国際情勢としては角が立たずに済んだというだけです。お気になさらず」

 

 

 第二回モンド・グロッソの裏で行われた取引の結果、日本代表を辞してドイツの指導教官として一年を過ごした後、双方からの圧力や第三者による勧誘などを受けて身の置き場に悩まされていた千冬をIS学園のトップである轡木が拾い上げてもらった。その時に礼を述べた時にも似たような言葉をもらったなと思い出していた。

 

 

「山田先生はなんと?」

 

「泣きつかれましたが、なんとか説得しました。意気消沈している一組を放り出し、彼女に任せてしまう事に対して後ろめたさが無い訳ではありませんが、生徒の事を親身に考えられる山田先生なら私のようなIS操縦とフィジカル以外に大した取り柄の無い女よりも立派な教師になれると確信していますよ」

 

 

 一年一組はクラスメイト二名を一日で失う事になった。死亡こそ確認されていないものの、行方不明である事は流石に隠し通す事も出来ず、良心的な生徒が多数在籍していた事もあって嘆き悲しむ者さえいる。メンタル面でダメージを負っていないのは事情を完全に把握しているセシリアくらいだろう。千冬が学園を去る事は二学期になってから通達される予定だが、彼女に代わって一組の担任となる真耶は普段こそ頼りなさげではあるが、土壇場では必ず成し遂げられる女だと千冬は知っていた。

 

 その言葉に満足した轡木は一つの小箱を取り出して、千冬に手渡した。

 

 

「織斑先生。いえ、織斑さん、これは私……いえ、IS学園教師陣からの餞別です。貴女がこれから進む道には、おそらく必要になるでしょう」

 

「……ッ!?」

 

 

 訝しげに箱を開いてみた千冬の眼に入ってきたモノ。それは、かつてクラス対抗戦で襲撃してきた無人IS──ゴーレムIに使用されていたISコアであった。現在世界が確認している467個のISコアのどれでもない未登録品。世界情勢に影響を及ぼす可能性を考慮して、IS委員会にすら破壊されたと偽りの報告を上げて秘密裏に学園内で保管していた代物だ。これを千冬個人に託すという事は、学園にとって非常にリスキーな行為である。

 

 

「なあに、元々それは未登録のコア。つまり、この世に存在しないモノなのですから、この学園にあろうが個人が持っていようが然程変わりますまい。問題になりそうでしたら、退職祝いに篠ノ之束博士が貴女個人に贈った品だと言っておけば、世間も黙りますよ」

 

 

「……感謝します」

 

 

 ISコアを受け取った千冬は深々と頭を下げた。

 

 

 

 

 

 既に同僚の教師達には挨拶を澄ませている千冬は学園を去る為に昇降口に向かっていたが、途中で待っていた更識楯無を見かけると足を止めた。

 

 

「織斑先生」

 

「更識か、お前にも迷惑をかけた。……化粧で疲労を誤魔化しているようだが、大丈夫か?」

 

「バレてしまいましたか? ま、大丈夫です。こちらの不手際が招いた事ですから、気にしないでください」

 

 

 一夏の警護に出した更識の人員が全く役立たなかった事は日本政府の更識に対する評価を下げた。しばらくの間は楯無が学園業務や妹へのストーキング行為を放り出して事後処理の為に連日連夜、完全な仕事漬けになっており、その疲労が顔に出ていた為に化粧で誤魔化していたようだ。普段なら広げている扇子を出さない辺り、割と重症にも思える。

 

 

「私の事は置いておいて……二人を探しに行かれるんですね」

 

「ああ、篠ノ之は分からないが、少なくとも一夏は自分の意思で出ていった。ならば生きていると考えた方が正しい見方だろう。私は世間の目や立場を意識し過ぎて、動くべき時に動けなかった愚か者だが、素直に泣き寝入りして諦める程我慢強くは無いのさ」

 

 

 決意を固める千冬に、楯無は一枚の紙片を渡す。

 

 

「私のプライベートアドレスです。何か調べたい情報があれば、いつでも連絡を入れてください」

 

「助かる。IS学園はお前達に任せるぞ」

 

「はい、更識の名にかけて。必ず」

 

 

 言葉を交わした後、千冬の姿が消えたところで楯無は端末で連絡を入れた。

 

 

「今、正面玄関に向かったわ。説得は頑張ってね」

 

 

 

 

 

 楯無と別れた後、千冬は今年に入って急増した束との通信を試みたが、応答は無かった。

 

 

(今日も出ない、か。少なくとも篠ノ之は束のところにいるかと思ったが……違うのか?)

 

 

 考え事をしながら動いていた為か、門の前に一人の生徒が立ち塞がっている事に気付くのが遅れた。

 

 

「なんのつもりだ、凰」

 

 

 そこには学園に来た時と同様にボストンバッグ一つで荷を纏めた凰鈴音の姿があった。

 

 

「アタシも行きます」

 

「馬鹿を言うな。お前は中国の代表候補生──」

 

「辞めました。甲龍も楊管理官に連絡して国へ返却しましたし、IS学園にも退学届を提出してます」

 

 

 目の前の少女が何を言っているのか、千冬は咄嗟に認識できなかった。ようやく理解が及んだ後は、叫ぶように叱りつけていた。

 

 

「馬鹿者! お前は何を考えている!?」

 

「アタシがISを求めて、この学園に来たのは一夏に会う為でした。一夏がいないなら代表候補生である事もIS学園に通う事も、アタシには意味が無いんです」

 

 

 鈴の自分の人生を投げ捨てるような蛮行に怒る千冬は恐ろしい形相だ。しかし、それに臆せずに鈴は自分の願いを込めて訴える。

 

 

「重要でない楔のせいで、アタシは大好きな一夏と友達になった箒をただ見送って、後悔しました。だから、アタシも千冬さんと一緒に連れていってください! そして、今度こそ大事なモノを自分の力で守りたいんです! お願いします!」

 

 

 それだけ言い放つと荷物を放ってその場に土下座し始めた鈴の姿を千冬はじっと上から見つめる。一分にも満たない時間が流れ、千冬は溜息を吐き出した。

 

 

()()

 

「…………はえ?」

 

 

 千冬から言われた覚えの無い呼び方だった為、僅かに反応が遅れてしまった。顔を上げると先程までの怒りが嘘のように笑みを浮かべていた。

 

 

「なんだ、将来一夏に嫁入りするつもりなら名字呼びを続ける訳にもいかんでは無いか。今から慣れておけ」

 

「え? えっと、その……アタシも義姉さん呼びに変えた方が良いですか?」

 

「ん!?そ、そっちは変えんで良い!しかし私の個人指導は厳しいぞ。覚悟しておくんだな!」

 

「あ、はい。 ――って、待ってくださいよ! 千冬さん!」

 

 

 僅かに顔を赤らめた千冬がスタスタと門を出ていった為、急いで荷物を拾い上げて鈴は後を追いかけた。そのまま二人はモノレールに乗り込み、日本本土へと向かう。夏季休暇に入っている事もあり、二人以外の客はいなかった。

 

 

「えっと、勢いで出てきましたけど、行き先なんかは決まってるんですか?」

 

「まずは倉持技研で私用のIS開発を依頼する。束に対抗心を燃やしてる奴が一人いるから、束が第四世代型を作った事をネタに煽ればどうにかなるだろう」

 

 

 そんな馬鹿なと鈴は思ったがその後、水着に白衣という出で立ちで遭遇した倉持技研第二研究所所長の篝火ヒカルノに対する千冬の類稀なる交渉術(煽り文句)の結果、あっさりと受け入れられてしまった。

 

 流石に作業自体は白式が消えた事で再開発が決まった更識簪の打鉄弐式が完成した後という事にはなったが、国内の安全保障の関係上、IS管理に一際厳しかった中国との差を感じてしまう。

 

 

「テロリストがISを使うような時代だ、深く考えるだけ無駄だな」

 

「千冬さんのISが完成するまでは日本を中心に動くんですか?」

 

「いいや」

 

 

 一夏に任せていた自宅の清掃管理などの、諸々の手続きを終えた千冬が向かった先はイタリアの在日領事館であった。

 

 

「私の錆落としのついでに、長年のラブコールに答えてやるのも悪くはないだろう?」




「おはよう、シャイニィ。やれやれ、早朝から電話とはマナーのなってない相手だ。せめて吉報だと良いんだけどサ」


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第三十話

 千冬と鈴がIS学園を去った頃、シロッコは光も届かない深い海底にその身を置いていた。無論、ISで潜っている訳ではない。彼が乗っているのは巨大な人参。否、巨大潜水艦であった。形状は人参モチーフという常識を逸した形状だが、高いステルス性能と機動性、サイズ、居住性は世界に現存するあらゆる原子力潜水艦を凌駕していた。

 

 これは篠ノ之束の秘密ラボを備えた移動拠点であった。クロエのIS黒鍵から抜き出した情報で束が常日頃世間の目から隠れる為に使っていた化け物潜水艦の所在とパスコードを入手したシロッコは亡国機業との合流を前に、この場所を訪れたのだ。随分とけったいな名が付いていた(吾輩は猫である(名前はまだ無い))が、シロッコは名前を知ると眉を顰めて、以後はその形状通りに『キャロット』と仮称した。

 

 ただし、全てが上手くいった訳ではない。黒鍵から入手できたパスコードで行えたのは艦への搭乗と居住区画、その他一部のエリアへのアクセスだけだった。艦の制御と束の研究ラボ、その他エンジンルームなどの重要区画などは更に上位のパス、つまり束の認証が必要であった為、シロッコは居住区に滞在し、ロックの解除に掛かりきりになっていた。天才を称するパプテマス・シロッコといえど、束の仕掛けた電子障壁のロジック解除は容易くは無かったのである。

 

 

 

 

 

 制御室内でシロッコはジ・OのPICによって無重力状態を発生させて漂いながら端末に流れる文字の羅列を読み取り、立ち塞がるプロテクトを解析、玉葱の皮を一枚一枚剥ぎ取るように時間をかけて解除していく。手間のかかる作業ではあったが、着実に潜水艦の機能を掌握していく。

 

 そこに一杯のインスタントコーヒーが差し入れられた。シロッコが端末から顔を上げれば、そこにはISスーツを脱いでタンクトップにハーフパンツだけという、ラフとは言い難い程に着崩しをしたナターシャの姿があった。

 

 シロッコと合流した彼女は共にこの潜水艦へと侵入し、追跡の目を逃れていた。最初は束の衣装を借用しようとしていたが、あまりにも少女趣味が過ぎた為、あれらを普段着として着る羞恥プレイをするくらいなら、今の格好の方がマシだと判断したようだ。ともあれ、ナターシャはシロッコと織斑一夏の関係性や篠ノ之束の最期など、ある程度の事情を聞かされた上で、この潜水艦内で一時の共同生活を送っていた。

 

 

「進捗状況はどうかしら」

 

「重要区画と制御系は抑えた。あとは研究ラボへの出入りだけだな」

 

 

 PICを解除し、全身にかかる重力の重みに辟易しながらもコーヒーを受け取った。ナターシャのファング・クエイクの量子格納に入っていたサバイバルキットの非常用品として入っていた水溶性の安っぽいコーヒーの香りだが、木星船団に属していた頃は天然物を嗜む機会は一度とて無かったシロッコにはこちらの方が馴染み深い品だった。

 

 

「……ねぇ、シロッコ。この潜水艦も亡国機業への手土産にでもするの?」

 

 

 畑違いである彼女ですら数日を過ごしただけでもこの艦が従来の潜水艦を超える技術の塊である事は理解できる程だった。そんなモノをわざわざ時間をかけて掌握しようとしているのだから、有効活用する気なのだろうとナターシャが考える事は至極当然であった。しかし、シロッコはその疑問をあっさりと否定する。

 

 

「キャロットは私が求めるモノを回収後、マリアナ海溝で自沈させる。私の目が届かない場所で利用される可能性は潰しておかねばな」

 

「どういう事? ここは篠ノ之博士のラボ、探せば未発表の研究成果が……いいえ、もしかしたらコアの製造方法だって見つかるかもしれない。亡国機業からすれば垂涎ものでしょうに」

 

 

 福音の暴走や白騎士事件が篠ノ之束の差し金だった事やISのエネルギー源がどのようなモノなのかをシロッコに伝えられた為、ナターシャはISの生みの親である篠ノ之束に対する尊敬心は著しく落ちたが、彼女が持つ価値まではまだ見失っていないからこその意見だ。

 

 少し考える素振りをしてシロッコはナターシャに向き直った。

 

 

「ふむ。私の予想ではあるが、ここに……いや、世界の何処を探してもISコアの製造方法は存在しないだろう」

 

「それは彼女の頭の中にしかISコアの設計図が無いという事?」

 

 

 重要な研究を行っている研究者が情報の徹底的な秘匿の為に他人が探れないようにあえてデータに残さないという話は古今東西問わずにある。その類かとナターシャは考えた。その予測に対するシロッコの答えは更に斜め上を行っていた。

 

 

「違う。そもそも()()()()()I()S()()()()()()()()()()()()()()()()()という話だ」

 

 

 無音。シロッコがコーヒーに口を付けて喉を潤す。

 

 

「…………ごめんなさい。貴方が言っている意味が分からないわ」

 

 

 ナターシャの混乱は当然だ。ISコアの製造方法は束だけが知っているからこそ世界は彼女を求めた。それに応じて、彼女は公式上では467個のISコアをこの世界に生み出した。それなのにシロッコは、その束がISコアを作っていないと言う。世に知られている事実と大いに矛盾している。

 

 口元からコーヒーカップを離し、近場の台におくとシロッコは持論を語り出した。

 

 

「私もエンジニアの端くれだ。様々な技術を学び、独自に発展させてきたからこそ分かるが、技術というモノは一から十に伸ばす事は己が才覚と創意工夫によってある程度までは可能でも、零から一を生み出す事は奇跡にも等しい閃きや切っ掛けが必要となる。それは君も知るところだろう」

 

 

 ナターシャも福音のテストパイロットだった女性だ。技術開発がトライ&エラーの繰り返しだという事は承知している為、同意の証として頷いた。

 

 

「篠ノ之束が世に出した論文の多くは確認させてもらった。確かにあの女は様々な分野に高いレベルで精通して、その知性は本物だったのだろうが……ISに関してだけは様々な不自然さが際立っている」

 

 

 シロッコは指を一本立てる。

 

 

「一つ目は過程の欠落。ISコアの材料となる希少鉱物を研究開発の為に独自に入手し、現在の万人が扱える片手サイズのISコアの完成に至るまでの流れがゴッソリと抜け落ちている。学会でも発表における各情報の不揃いが問題となって、認められなかった」

 

 

 続けて二本目を立てる。

 

 

「二つ目はコアの持つ性能だ。世界へ散らばった467個のISコアはその全てが均一、完全な同一規格となっている事。最初のISコア、つまりは白騎士のコアとそれ以降のコアに違いが無いという点は実に不自然だ。最初に作ったプロトタイプの性能が満足いく形で完成したとしても、技術者という存在は自分の手掛ける技術の発展には貪欲なものだ。何かしらの性能向上などの改良や簡易化は行われて然るべきところを、奴は用途に応じた出力抑制機能を付けるだけに留めた。篠ノ之束にとってISコアは、これ以上も以下も無いモノだと決まっていたように思える」

 

 

 指の三本目を伸ばす。

 

 

「三つ目は白騎士事件。言うまでもなく、ISの軍事利用への先駆けになった。奴を認めなかった学会への示威行為だとしても、やり方が根本的にズレている。本気で宇宙開発に使いたいのであれば何処かの宇宙開発部門とでも協力して実例を見せ付けてやればよかったのだ。故に、この事件は最初から軍事利用へ……いや、IS依存社会へと仕向ける予定だったとしか思えん」

 

 

 四本目の指が立つ。

 

 

「最後は名前だ。ISコアを核とするパワードスーツを『インフィニット・ストラトス』と名付けた事。日本語直訳で『無限の成層圏』とされており、これは宇宙をも自由自在に飛び回る事を願ってという触れ込みだが……深読みすれば、その名はどれだけ宇宙を目指そうが人は地球の持つ重力の井戸から抜け出せない、いや、()()()()()とも取れる名だ。奴はどうしてその名にした?」

 

 

 伸ばした指を戻して手を下す。

 

 

「故に私はこう予想した。篠ノ之束は『人類を超越した何者か』からISコアの完成品または製造方法を授けられたが、それを広める事は禁じられた為に情報を秘匿せざるを得なかった。宇宙開発は副次的もしくはそれより優先順位を上に置くべき何らかの理由が発生し、別の目的をもって世界がISそのものを欲するように仕向けさせたのだとな」

 

「……仮に、貴方の今の話が正しかったとして。ISコアを篠ノ之博士に提供した『何者か』の正体は予想が付いているのかしら?」

 

 

 突飛なシロッコの持論には第三者の存在が必要だ。その点をナターシャが指摘する。

 

 

「地球に固執し、無知蒙昧たる人類に新たな英知を授ける上位存在、それすなわち『神』。つまり神職の系譜であった篠ノ之束は神の言葉を聞き取り、力を授かった稀代の巫女なのだよ」

 

「………………冗談、よね?」

 

 

 オカルト的な理論の飛躍にはナターシャも食いつきが悪かった。しかし、忘れてはならない。

 

 

「君の目の前にいる男は異なる世界から渡ってきたISコアに憑りついたゴーストだ。目の前の幽霊の存在を認められるならば、本物の神がいてもそう違和感のある話ではないと思わないかな」

 

「それは……」

 

「フッ、宗教がまだ生きているこの世界では鵜呑みは難しいか。だが、そう思い悩む必要は無い。私が並び立てた理屈は全て私の推察でしかなく、当事者たる篠ノ之束が死んだ以上、その答えは完全なる闇の中となったのだから」

 

 

 答えの出ない話よりも、今後について話すべきだと説いてシロッコはこの話題を打ち切った。話はこれから合流予定の亡国機業に移る。

 

 

「君には伝えておこう。亡国機業は私の目的のひとつであるインフィニット・ストラトスをこの世界から一掃を成す為に利用するが、テロ屋風情に天下を取らせる気は欠片も無い」

 

「……そんな大事な話を会ったばかりの私に明け透けに伝えても良いのかしら。自分や福音の為に、いずれ貴方を亡国機業へ売るかもしれないわよ」

 

「それが君にとっての最善だと感じたならば好きにすれば良い。私の眼が曇っていただけの話だよ」

 

 

 随分と狡い言い方をする。整った眉を僅かに顰めて、ナターシャは話題を戻した。

 

 

「それじゃあ貴方が世界を纏めるの?」

 

「私は人類をより良く導く主導者は女こそが相応しいと思っている」

 

「矛盾してないかしら? ISがあるから女性主体の社会になっている。貴方はそれを消すと言ったばかりよ」

 

「君のような聡明な女性ばかりであればそれも良かろうが、実情はISの威を借る俗物共が傍若無人な振る舞いを行っている情けない社会だ。頂点は気高く意志に満ちた女が相応しいが、それ以外の者は老若男女皆が対等であるのが理想的な構図だ。違うかね?」

 

「そうかもしれない。だけど、トップは貴方が見初めた女を据えるんでしょう? つまり貴方の考える理想社会は実質的に貴方の傀儡政権となる」

 

「フ……確かにそのような構図に見えるだろう。しかし私は歴史の立会人であるからして、結果を見届ければ素直に身を引き、宇宙開発に専念して余生を過ごすさ。なにより私は宇宙生まれの宇宙育ち、スペースノイドだ。いつまでも地球の重力の井戸の底にいては宇宙の飛び方を忘れてしまう」

 

 

 嘘か真か、ニュータイプでないナターシャには分からない。だが、シロッコが宇宙を懐かしんでいる事だけは真実だと感じた。

 

 

「まあ、そこはいいわ。……貴方の言う主導者候補は見つけているのよね」

 

「ああ。今はIS学園に学生として在籍している。最終的には君にもいずれ彼女の補佐を頼みたいところだが、しばらくは私と共に裏方に回って欲しい。人類が彼女を指導者として認める道筋を作らねばならんのでな」

 

 

 他の女を祭り上げる為に力を貸せというのは少しばかり納得がいかないが、ナターシャを勧誘したのはシロッコだ。話を聞いてからでも遅くは無い。

 

 

「私が欲しいと言ったシロッコは何をさせたいの?」

 

「亡国機業に開発させている新兵器『モビルスーツ』の内の一機、大気圏内での制空権確保の為に再設計を行った『メッサーラ』のテスターを任せたい。君ほどの空戦適性を持ったテストパイロットあがりは亡国機業にもいないだろうからな」

 

「モビルスーツ……メッサーラ?」

 

 

 聞きなれない単語を反復する。

 

 

「パイロットと状況次第だが一対一でも世界でメジャーな第二世代から第三世代型ISまで十分に渡り合える人型機動兵器の総称だ」

 

「そんなモノまで作っているなんて……亡国機業は戦争でもする気?」

 

「奴等は最初からそのつもりだ。確かに私の与えたモビルスーツとミノフスキー粒子の情報が連中の計画を加速させた事は確かだが、いずれ戦争そのものは起こっていただろう」

 

 

 戦争と聞けば、先程の主導者候補をどのように持ち上げるのか、理解が及んだ。

 

 

「つまり、貴方の選んだ子は戦争で英雄になるのね……」

 

「亡国機業が動き出せばどの道、IS乗りである彼女も否が応でも引き出される。ならばこちらで線路を敷いてタイミングと方向性を誘導する方が確実だ」

 

「でもそれは、本当に必要な事なの?」

 

 

 軍属であるナターシャは子供を前線に立たせる事に難色を示す。戦争になれば増えるであろう数多の犠牲者の事も含んで嫌悪感を抱く。

 

 

「ナターシャ。君のその慈愛は戦後にとっておくべきものだ。たとえ戦争が無くても今の混迷した世界情勢の中では犠牲を生み出していく。ドイツの遺伝子強化試験体や福音の部品にされた少女のように。ならば戦争をコントロールして腐敗した現行の社会体制を破壊し、正しく再生する事こそが犠牲になった者達への最高の供養になり、新たな悲劇を繰り返さずに済むのだと私は確信している」

 

 

 言葉巧みに戦争の正当性を述べるシロッコの話はとても耳に馴染んだ。それは真っ直ぐだった友人を引き返せない道に引きずり込み、凶行に走らせた現社会に対し、ナターシャが心の奥底で怒りを抱いていた為に他ならない。

 

 

「…………分かった。真っ当な手段では国家の代表でさえ、今の世の中の都合に抗えないのは体験したばかり。私も、世界を変える為に付き合うわ」

 

「感謝する。では、そろそろ艦を動かすか」

 

 

 中身の無くなったマグカップを量子格納、モニターを操作して目標地点を指定した。これによって海底で静まっていたキャロットはゆっくりと海底から浮上、自動航行に移行した。

 

 

「何処へ?」

 

「まずは中東方面へ。福音と一体化していた少女を故郷へ返す事が先だな」

 

 

 長らく作業をしていたシロッコが今はこの艦の一室に寝かされている福音と少女の残滓に気を割いていてくれた事に驚く。このような女の気掛かりを拾ってみせる繊細な心配りと、戦争すら利用して目的を果たさんとする苛烈な意思を持ち合わせたシロッコは、目を背けたくなる辛い現実に直面して弱ったナターシャの心を強く擽った。

 

 その後、福音の犠牲となった少女の残滓を故郷の土に埋葬した二人は、篠ノ之束のラボから無人ISと思われるユニット(ゴーレムⅢ)から未登録のコアを五個、そしてシロッコが()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()を回収。予定通りにキャロットを誰の手も届かない海底へと自沈させ、亡国機業の幹部であるスコール・ミューゼルから指定されたポイントへと向かい、飛翔したのだった。




(これで私が求めていたピースは揃った。残る問題は篠ノ之束という存在の裏に隠れているイレギュラー。ナターシャには気にするなと伝えたが…‥キャロットに残っていた情報から分析するに()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 イレギュラーの所在は不明だが、一つだけ分かっている事がある。それは表舞台に立つ篠ノ之を排除した以上、ISとISに依存する世界の破壊を狙う私の前にソレはいずれ現れ、直接相争う宿命だという事だ。

 その時に私が切れる手札がISのジ・Oとサイコフレーム、モビルスーツだけでは些か心許ない。亡国機業に入った後は起こり得る戦いに備えた決戦兵器を開発する必要があるな。

 ……ククク、難敵である篠ノ之束を消したとはいえ、未だに予断を許さぬ状況ではある。――が、存外に私はこの緊迫感が嫌いでは無い。やはり私という存在は己が力を存分に振るえる乱世の舞台を求めているのだろう。戦争を遊びにしているとは、実に正鵠を射た言葉だったぞ、カミーユ・ビダン)


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インターミッション
No.1 凰鈴音


 アタシはIS学園を離れる千冬さんの説得に成功した。行方知れずとなった一夏と箒を探す為、そして何よりも強くなって、大事なモノを二度と失わない為に。

 

 日本の情報はIS学園や更識会長の伝手から得られると国外――イタリアへ早々に飛び出す事を決めた千冬さんの思い切りの良さはかつて一夏がISを動かしてIS学園へ入学する事が決まったと知って即座に編入手続きを済ませたあの時の事を思い出させた。

 

 それと連鎖するように一夏との再会、箒との出会いも引き出されたが、泣く事はしなかった。

 

 国を発つ前に一本の電話をかけた千冬さんに促されるままにイタリアへと赴いたアタシ達は空港で待機していた政府関係者によって、スイスとの国境付近にある避暑地として有名なコモ湖の近く、人里離れた山の斜面に立てられた別荘風の建物に案内された。

 

 別荘風、というのは全くその通りで、外見こそ周囲のリゾート地に似つかわしい家屋の形をしているが、地下はISを取り扱う為の設備が設けられており、飛行以外のテストなら十分に使えるだろう。明らかに普通の住宅では無い。流石はブリュンヒルデ、VIP待遇だった。

 

 案内人に聞くところによると、来年イタリアのミラノで開催されるモンドグロッソに出場する選手を迎える為に用意された施設の一つらしい。逆説的に言えば、来年訪れる国家代表に使われるまでここの使用予定が無い事から、人知れず自己鍛錬に勤しみたい千冬さんの要望に応えて急遽手配されたとか。

 

 

 

 

 

 そしてイタリアに到着して早二週間、そんな環境に付いてきたアタシが何をしているかと言えば。

 

 

「お、終わりました。……今日の課題は、疲れましたよ」

 

 

 大量のテキスト、そして課題レポートに囲まれていた。内容は高等学校相当の教材やISに関するあれこれ。

 

 そう、アタシは千冬さんの指示でIS学園が恋しくなる程にハードスケジュールでありとあらゆる勉強を叩き込まれていたのである。どんな厳しく辛い訓練にも付いていくつもりだったが、まさか座学漬けにされるとは思わなかった。軽いストレッチや体力作りのランニングを除いて、ずっと机で教材と睨めっこしている状態は流石に辛い。

 

 

「確認する。お前は休憩に入れ」

 

 

 リビングで端末へ届いた様々な情報に目を通していた千冬さんの休憩の許しを得て、アタシは力尽きるようにリビングの高級ソファへと転がった。その柔らかさとフィッティングに凄まじい眠気を覚えながらも、今の指導内容について千冬さんがどのような考えを持っているのかに声をかける。

 

 

「あの、千冬さん」

 

「なんだ?」

 

「アタシ、強くなりたいという動機で付いてきた訳ですけど。……ずっと勉強ばかりなのは、その~、どうなんでしょうか?」

 

 

 控えめに尋ねたつもりだったのだが、端末からジロリと睨み付けられてしまった。

 

 

「お前の最終学歴を高等学校中退で終わらせるなど、親御さん達に申し訳が立たんだろう。私についてくると言った以上は通信制高校の卒業単位に加えて私が徹底したカリキュラムを組んで一年間でIS学園卒業レベルの知識とIS技術も仕込んでやる。かつて似たような指導を施してやったドイツ軍人共は()()()()()()()()ぞ、どうだ嬉しいか鈴音?」

 

「ひぇっ」

 

 

 IS学園を放り出して実質的な放浪の旅に付いてきたアタシが悪いとは思うが、一年間で相当な量の詰め込み教育を施されるようだ。座学漬けでさえグロッキー状態なのに、ここから更に追加される、と。あれ、アタシ死ぬのでは……‥? 

 

 自身の選択を若干、後悔しながら震えていると一匹の白猫がアタシが転がるソファに飛び乗ってきた。唐突に現れた猫は、野良猫が紛れ込んできたのでは無い。この二週間、頻繫に会っている猫で、名前はシャイニィ。

 

 近寄ってきたシャイニィを抱き止めて膝に乗せる。ふかふかの毛と生き物特有の命が持つ暖かさを感じてホッとする。嫌がったり、動く気配が無いところをみるとアタシの不調を察してきてくれたように思える。賢くて優しい子だ

 

 そして彼女が現れたという事は、必然的にあの人が来た証拠でもあった。

 

 

「やれやれ、鈴が怖がってるじゃないサ。千冬はサディストの気があるね」

 

 

 シャイニィに続いて現れたのは元イタリア国家代表にして第二回モンドグロッソ総合部門優勝者のアリーシャ・ジョセスターフさん。本来部外者であるアタシ達がこの施設を借りていられる理由は彼女がイタリア政府に口添えしてくれたからだ。

 

 彼女はイタリアが開発した新型ISの起動実験で右腕と右目を失った彼女は国家代表を引退する事となったが、未だに自国内を中心にIS関連の活動は続けており、その影響力は大きい。

 

 その彼女が何故アタシ達を受け入れるように取り計らってくれたかと言えば、第二回モンドグロッソの決勝でライバル視していた千冬さんとの決着が流れた事を不満に思い、再戦を望んでいるからだそうだ。千冬さんは再戦を受ける事を条件に気兼ねなく活動できる拠点を借り受けた訳である。

 

 

「イタリア政府の要請は?」

 

「ずっと籠らせる訳にはいかないってサ。時々公式のイベントに顔出ししてくれれば、それで良い事になったよ。モンドグロッソ開催前までならイタリアは千冬を歓迎するだろうね。……ま、テンペスタⅡの失敗で評判が落ちてるところを千冬の人気を利用してでも大会前までにもう一度盛り上げておきたいのが本音かな」

 

「ああ、それくらいならば引き受けよう」

 

 

 一応ここはイタリアの税金で作られている施設な訳で、一方的な高待遇はイタリア政府や千冬さんにとっても望ましくないという事だろう。

 

 

「礼を言いたいのはこっちだよ。IS学園に入って動かなかった千冬が、条件付きの非公式とはいえリベンジマッチに応じてくれるとは思わなかったからね。今から楽しみサ」

 

「私は現役を離れて久しいんだぞ。多少は加減しろ」

 

「ハハッ、面白い事言う。オーバーホールあがりの訓練機を無茶苦茶なマニューバで御釈迦にして整備班を泣かせた非常識な女の台詞じゃないサ」

 

 

 二、三日前にイタリアのIS運用試験場で千冬さんがイタリアの訓練機であるテンペスタを借りて動かした時の出来事が思い返される。IS学園で幾度か見た千冬さんの操縦は、あそこまで荒々しいモノでは無かったのだが。

 

 

「む。好きに動かしてみろと言ったのはそちらではないか。あとお前にだけは常識をとやかく言われたくないぞ。勝負を断り続けていた私に挑戦状をイタリアから有形無形問わずに送り続けてくる執念深さで人の事を言えるのか?」

 

 

「「……」」

 

 

 この話の流れは二週間で何度か経験している。アタシはシャイニィを抱きかかえたまま、そっとソファから離れてリビングから出ていった。背後から二人の言葉の応酬が繰り広げられている。

 

 

「まあ、千冬の新しい専用機が完成するまでやり合うのは控えるサ、適当な訓練機に乗った千冬を倒したら、せっかくに勝利の美酒が台無しになるもの」

 

「私は別に訓練機でも構わんぞ。機体の性能差がISの決定的な差では無いと教えてやろう」

 

 

「「アハハハハハハ!!」」

 

 

 いつもの流れだと、備え付けのトレーニングルームで二人は生身での格闘戦を繰り広げるのだ。一度見学して酷い目にあったアタシは同じ過ちは繰り返さない。

 

 当然だが、お互い嫌っている訳ではない。千冬さんはアタシの前では誤魔化しているが、一夏と箒の痕跡が一向に見つからない事に強い焦燥感を抱いている。それをアリーシャさんは察して発散に付き合っているのだ。……もっとも、そういう理由であっても本気で勝ちに行ってる辺り、お互い負けず嫌いではあるのだろう。

 

 初代と二代目のブリュンヒルデ、とんでもない二人の間に挟まれたアタシの新生活の今後を考えると暢気に欠伸するシャイニィの毛並みを愛でながら、嘆息するしかなかった。



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No.2 織斑千冬&アリーシャ・ジョセスターフ

 イタリアに来て幾度目かのアリーシャとの近接格闘の模擬戦を終え、流れ出る汗をタオルで拭ってはぬるいスポーツ飲料を口にする。何も考えずにいられるこの疲労感が今は心地良い。

 

 クールダウンが終わり、汗を流す為に二人揃ってトレーニングルームに備え付けられた複数人向けの更衣室兼シャワー室へと向かう。更衣室に入ると茜色の髪を鈴音同様にツインテールで纏めていたアリーシャが髪留めを解いていく。左腕だけで器用に衣服を脱ぐ姿を傍目に私も早々に準備を整えて、シャワーを浴び始めた。

 

 これまでであれば流水で洗い流す瞬間は気持ちが晴れやかになるところだが、どうしても行方が知れない二人の安否が気にかかってしまう。日本を中心に世界各地にいる知人に情報提供を依頼したが、有力な情報はまだ見つからない。

 

 気持ちが焦ると二人の死亡説が浮かぶが、その可能性だけは断固として否定したかった。特に一夏は……私にとって生きる理由そのものと言っても過言では無い。自分の目で死体を確認しない限りは、諦めるつもりは微塵も無かった。

 

 決意を新たにした折、簡素な敷居で分かたれた左側のシャワーを使っていたアリーシャから声をかけられた。正面を向いたままでこちらを向いてはいない。

 

 

「なあ千冬。鈴を私に預けてみる気は無いかな? 私の手数重視の戦闘スタイルは小柄なあの子には向いてると思うのサ」

 

「なんだ藪から棒に」

 

 

 アリーシャの急な申し出に訝しんでしまうのは無理からぬ事だろう。確かに小柄な鈴音には一撃の鋭さに賭ける私の技法よりもアリーシャの素早い手数で押し切る戦術の方が確かに向いてはいる。

 

 しかし、だからと言って私を頼ってきた鈴音を他人に任せるというのはどうにも憚られる思いだった。

 

 

「今のアンタ、中途半端だって自覚はあるだろう? 織斑一夏と篠ノ之箒の捜索、もしもの実戦に備えたトレーニング、そして鈴の指導。学園の仕事が無くなって身軽になったとは言っても、明らかに集中できる余裕が無いのは明らかサ」

 

「それは……」

 

 

 確かにアリーシャの言う通り、今の私は万全とは言い難い。持ち前のフィジカル頼りで鈴音には気付かれない範囲で睡眠時間を削って捜索活動を続けている。それが実を結ぶ事はこれまで無く、そして、いつまで続くか分からない。

 

 答えに窮した私にアリーシャが正面を見ていた顔をこちらへ向ける。その瞳には、国家代表を退いた後の数年間で私が見失った、ギラギラとした輝き──勝利への渇望で漲っていた。

 

 

「今の状態のアンタは面白くないんだよ。私が全力で戦いたいのはただ勝つ事だけに邁進する、振るう刀のように真っ直ぐ芯の入った初代ブリュンヒルデだ。全部一人で抱えて自罰的に生きようとする臆病者はお呼びじゃないのサ。これは今後、私とイタリアがアンタ達に協力する為の要請だ。普段は鈴の指導は私が見てやる。情報分析だってアマチュアのアンタがやるより信頼できる情報屋に任せておけばいいサ。取り敢えずアンタは昔の実力を取り戻す事だけ考えなよ」

 

 

 溜息を吐いてシャワーを止める。どうやら長年のブランクは自分の想像以上だったようだ。私以上にアリーシャは私の精神的な衰えを見抜いていた。家族を失う事を恐れて情勢に流され、IS学園という揺り籠で安穏と過ごしていた結果が今の情けない織斑千冬なのだ。……戦う事を忘れた私に何の価値があるというのか。自らの頬を叩いて活を入れ直す。

 

 

「まったく、お前の言う通りだよ。私は気付かない間に随分と弱くなっていたようだ」

 

「ここまで発破を掛けたんだ、期待しているよ」

 

「敵に塩を送って、負けた後の言い訳の準備じゃないだろうな?」

 

「美味しい料理を食べる為なら手間暇を惜しまないのがコツだろう。 私が送った塩でよく揉み解しておくといいサ」

 

「言ってろ」

 

 

 ニヤニヤ笑うアリーシャを置き去りにしてシャワー室を出る。鈴音には、私からアリーシャの師事を受けるように言っておかねばならんだろうからな。

 

 

 

 

 

 本当の意味で戦う姿勢と意志を取り戻した千冬が早々に去っていた後、私もまた身支度を整えていく。片手で着替えられるようになってはいるが、どうしても時間がかかるのは仕方が無い。テンペスタⅡの暴走事故で右腕と右目を失った後は義手や義眼を奨められたが、生身と機械を繋ぐ際に僅かながら生まれる反応速度のラグを懸念して断った。千冬と全力で決着を付けたいIS戦では本物の腕や目の有無はさして重要では無いのだから、余計な付属品は鍛え上げた感覚を鈍らせる。

 

 着替えが完了したタイミングで、荷物の中からプリペイド式の無骨な携帯端末の着信音が鳴り響いた。連絡してきた相手は分かり切っている。私は特に気負う事も無く、耳にあて、端末通信を繋げた。

 

 

『お前の主導でイタリアが織斑と協調路線を取り始めた事は把握している。裏切るつもりか』

 

 

 電話を掛けてきた人物は、街外れを気儘にぶらついていた私へ接触を試みた亡国機業の工作員であり、今使っているプリペイド式の携帯端末の提供者だ。しかし、挨拶も無しに要件から入る辺り、随分と御冠のようだが……筋違いにも程がある。

 

 

「勘違いして欲しくないサね。裏切るも何も、私はまだ参入してないだろう? お前達に協力する条件は織斑千冬と戦える場を用意する事。そちらが約定を果たす前に向こうから接触してきたんだ。私にあれこれと恨み事を言う前に、自分達の仕事の遅さと運の無さを恥じるがいいサ」

 

 

 千冬との戦闘の機会を用意すると言う条件で亡国機業から勧誘を受けていたが、その答えを出す前に千冬本人から申し出があった以上、テロリスト風情に付き合ってやる義理は無くなった。それだけの話だ。

 

 

『……いずれ後悔するぞ』

 

「これは忠告だけどね。私を脅す前に自分の身の安全を確保した方がいいんじゃないかい? 取り込みに失敗したとなれば、私に素性を知られているアンタは蜥蜴のしっぽ切りにあっても可笑しくないサね」

 

 

 その言葉に思うところがあったのか、通信は即座に切れた。私は必要が無くなったプリペイド端末を握り潰して近場のゴミ箱に放り込み、今後について話し合っているだろう二人のもとへと歩き出した。



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No.3 セシリア・オルコット

 夏季休暇に入り、イギリスへと帰国したわたくしを待っていたのはオルコット家当主として裁量が求められる書類とイギリス社交界への誘いの数々。昼夜を問わずに職務を果たす忙しい日々を過ごす中で、イギリス政府からブルー・ティアーズ四号機として登録される予定であるパプティマス様が設計されたタイタニアの開発が始まった事を告げられました。

 

 どうやらわたくしの帰国直前にブルー・ティアーズ二号機サイレント・ゼフィルスがテロリストに強奪された為、手の空いた二号機の技術スタッフ達が外出も常に管理・制限されるような厳重な警備体制の中で急遽開発する事が決まったとか。

 

 捜査が未完了であり、スタッフ内にテロリストへ情報を流出させた者が紛れている可能性がある以上は仕方が無い事ですが、些か不憫ではあります。タイタニアの完成度を高める為にも、オルコット家として彼等には多少の便宜は図るべきでしょう。

 

 三号機のダイヴ・トゥ・ブルーはブルー・ティアーズから反映したデータでBT兵器の操作性と安定性が高まった事で、奪われた二号機の代わりに現国家代表の専用機として調整を施す事に決まったようです。……タイタニアの予測される潜在スペックからそちらを国家代表用の機体にすべきではとの声も一部あがりましたが、タイタニアは白式──ジ・Oと似て、第一世代に先祖返りしたかのような全身装甲の重量級のISとなっています。軽装甲かつ顔出しを是とする昨今のIS事情とは逆行している為、性能が良くとも国際社会での面子を気にする者達からは敬遠されて、国家の顔となるISは三号機と決まり、パプティマス様から託されたタイタニアの横取りはなんとか防げました。

 

 タイタニア受領後の事を考えながら、オルコット家本邸の書斎で書類の整理をしていると幼馴染であり、わたくしの専属メイドであるチェルシー・ブランケットが入室許可を求めてきましたので、許可を出します。

 

 チェルシーはオルコット家に代々仕えているブランケット家の末裔であり、血は繋がっていないが実の姉のように内心で慕い、()()()()()()()()()()。その彼女がわたくしのサインが入った指示書を携えています。

 

 

「お嬢様、日本への資産移動の指示書のご確認ですが……これだとイギリス国内のオルコット家の総資産は七割程となります。本当にこの配分でよろしいのでしょうか」

 

 

 本当は今後に起こり得る事態を考えると半分は送っておきたいのだけれど、不必要にイギリス本国から疑われても困ります。故に三割で妥協するしかありませんでした。

 

 

「ええ。この留学で日本を気に入りました。それにわたくしはあと二年半近くは日本で過ごす事になります。イギリスを介さずに緊急で資金が必要となる場合に備えて、ある程度は日本でプールしておこうかと」

 

 

 その言葉に一応の納得をしたチェルシーは頷いて下がろうとする。その背中に向けて、わたくしは不意に声を掛けました。

 

 

「チェルシー」

 

「はい……?」

 

 

 振り返った彼女の顔を見て、私人としての笑顔を浮かべてみせる。

 

 

「わたくしが不在の間、大切なオルコット家を支えてくれて本当にありがとう。これからも我が家の留守をよろしく頼みますわ」

 

「恐れ入ります」

 

 

 短い返答と頭を垂れる裏に滲み出るチェルシーのオルコットへの想いを感じ取る。それを確認するとわたくしは彼女に退室を促した。

 

 

「ふぅ」

 

 

 溜息が漏れる。ああ、本当に。本当に残念ですわ、チェルシー。

 

 長きを共にし、心から信頼していた、姉のように慕っていた忠臣が──我が家に反意を抱いているなんて、わたくしは知りたくはなかった。

 

 パプティマス様の指導により得た、人の内にある意志を感じられる能力というモノは社交界での立ち回りやIS戦闘に有益でしたが、全てが好ましい方向に転がった訳では無かった点はまことに残念ではあります。

 

 背信者チェルシーをどのように処断するのが最善か。わたくしには分かりません。裏切りの証拠を見つけて公的かつ直接的に弾劾すべきか、秘密裏に排除するか。どちらにせよ、彼女との縁はそこで終わる。終わって、しまう。

 

 

「……どうかわたくしを導いてくださいまし、パプティマス様」

 

 

 胸元のクルスを握りながら、今は遠い彼方に感じられる敬愛すべき宣教者に縋る。身内への情が決断を邪魔するような軟弱なわたくしに、あの方が望まれる大役が務まるのか。少しばかりの不安が過ぎりました。



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