TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです【本編完結】 (GT(EW版))
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チートオリ主暗躍編
複数転生者の取り扱いは非常に難しい


 僕の名前はT.P(テンプリ).エイト・オリーシュア。ご覧の通り転生者だ。

 

 例によって女神様っぽい人からチート能力を貰い、アニメの世界に放り込まれた転生者である。

 女神様っぽい人が言うには、彼女が趣味で執筆している二次創作SSがスランプで思うように捗らないので、何か新しい着想を得る為に僕を物語の世界に放り込んだんだそうだ。神様がケチな二次創作作家だったとは死後最大の驚きである。

 

 もちろん、「物語の世界」とは言ってもそこは神様が管理しているれっきとした現実世界らしく、全体が紙のように平面になっているわけではない。現地人として暮らしてみれば生の感覚は同じで、案外前世の世界も神様が戯れに作った物語なのかもしれない。その場合、僕は物語の背景で雑に死んでいくモブキャラだったのだろうが。

 

 まあそんなこんなで僕が転生したこの世界は、前世の世界では全26話放送していたアニメの世界だった。

 

 そこは超能力的な異能が日常化している世界で、異能犯罪を取り締まる特殊部隊に所属する主人公たちが、悪の組織や異世界からやってきた怪物と戦う由緒正しいヒーロー物語である。

 少年漫画が原作な為か友情、努力、勝利の構成を徹底した作風であり、当時の子供たちの記憶にもほどほどに留められたものだ。大人に成長した後で再放送を見た時、「ああそう言えばこんなアニメやっていたな」と、そう認識される程度には人気があった作品である。

 

 おそらくは僕がそのアニメ「フェアリーセイバーズ」の一ファンだったからこそ、女神様っぽい人は僕を転生させたのだろう。そんな僕に彼女が求めた役割と言うと、さしずめ「原作知識持ちのチートオリ主」という二次創作の黄金パターンだろうか。

 

 それ以上の思惑まではわからないが、そんな世界に放り込まれた僕には「他人の異能を盗み、ノートに収めて使役できる」というスタイリッシュな異能、チート能力を与えられていた。

 

 一昔前のアニメ「フェアリーセイバーズ」のオリ主になるべく放り込まれた僕だが、それ以降、神様っぽい人からの指示は何も無い。行動を制限するよりも、オリ主には好き勝手自由に行動してもらった方が新しい着想を得られるのだそうだ。

 原作に介入してストレートに暴れるのも良し、介入しないで一人孤独なスローライフを送るのも良し。チート能力を持つ主人公が怠惰な日常を送るだけのSSも、それはそれでアリだと彼女は言っていた。ありがたいことに、女神様っぽい人は放任主義だったのだ。

 

 ……で、そうなると僕は僕の意志で行動しなければならないわけで──とても嬉しかった。

 

 だってよ……オリ主なんだぜ? チート能力持ちオリジナル主人公、略してチートオリ主。それはもはや、中高生が思い描いた夢の権化みたいなものだ。

 所詮は一度死んだこの命、女神様っぽい人からしてみれば都合の良い道化だとしても、せっかくオリ主になったのだから楽しまなきゃ損だ。やれやれ僕はエンジョイした。

 エンジョイのあまり、僕は町のいかにも頭悪そうなチンピラやマフィア、汚職警官などを相手にチート能力をひけらかし、彼らの異能を盗みに盗みまくった。

 その結果多彩な異能を操る万能チートウーマンへと進化した僕は、その足で意気揚々と原作主人公の住む町へと向かい、チートオリ主による原作介入を実行しようとした。

 

 あっ、言い忘れたけど僕の性別は女である。女神様っぽい人に用意されたこの身体はショートカットが似合うボーイッシュな美少女で、いわゆる「TSオリ主」というジャンルだった。彼女も実に良い趣味している。

 

 閑話休題。話を戻すが、そういうわけで僕は原作介入には乗り気だった。

 「フェアリーセイバーズ」は子供の頃好きだったアニメだし、これでも前世は役者志望だったのだ。何ならこの人生全部を捧げて、神様っぽい人が喜びそうなオリ主ムーブを演じてみるのも、それはそれで楽しそうだと思っていた。

 フィクションみたいなこの状況に頭が適応する為か、かつて患った厨二病が再発したのだろう。まあそんなしょうもない感情で僕は、ごっこ遊びを超えたレベルで完全にオリ主になりきっていた。

 T.P(テンプリ).エイト・オリーシュアというけったいな名前も、自分自身で命名した名前である。「エイト」と呼ばれるぐらいなら特に世界観を壊すほどでもないし、我ながらナイスネーミングセンスだ。

 

 そんな僕っ子美少女チートTSオリ主なエイトちゃんは、ポジション的には原作主人公に対してバリバリ味方するつもりだった。原作主人公のことは好きだし、敵対ルートを辿るアンチ系SSはあまり好きではないのだ。

 初対面からフランクに話しかけて友達ポジションを狙うのも、お互いに高め合うライバルポジションを狙うのも良いだろう。いずれにせよ僕は味方ポジションに座り込み、チート能力を使ってこう、いい感じに目立ってやろうと考えていた。

 

 ……が、しかし、原作の主な舞台である「明保野(あけぼの)市」にたどり着いた時、僕が目にしたのは思いがけない光景だった。

 

 その時、原作主人公「暁月(あかつき) (えん)」がドラゴンっぽい怪物と戦っていた。

 その身には彼が所属する特殊部隊「セイバーズ」の戦隊的コスチュームを纏っており、対峙している怪物の姿にもまた、前世の記憶に見覚えがあった。

 あれはそう、第二クール最初の話に登場した異世界の聖獣「エレメント・ワイバーン」だ。案外しっかり覚えていた原作知識を引き出すことで時系列を整理すると、僕は一人苦虫を噛み潰した。

 

 ──完全に出遅れとるがな!と。

 

 出来ることならば、原作主人公の炎とは第一話が始まる前に接触しておきたかったのだ。

 状況を見るに、物語は既に第二クールが始まっている。想定内ではあるが、最良からは掛け離れた時系列である。

 

 

 原作主人公の暁月炎はその名前とは正反対で、物語開始時点では口数が少なく物静かな高校生である。

 本来は熱いハートの持ち主だったのだが、幼少期に実の父親を悪の組織に殺されており、トラウマでその心を凍らせてしまっていたのだ。そんな彼は復讐の為、悪の組織を追って異能専門特殊部隊「セイバーズ」へと入隊し、やがては父の仇である悪の組織のボスと対峙していく。

 王道的なシナリオだが、ここで大事なのはその過程である。初期の頃は誰にも心を開かなかった炎が、献身的な幼馴染ヒロインやチームの戦友たちとの絆を経てトラウマを克服し、覚醒した異能の力で悪の組織のボスをぶん殴るシーンは爽快の一言だった。第一クールのラストシーンであるその場面は、僕の最推しである。

 

 しかし、その場面は既に過ぎ去っていたようで、物語は第二クールが始まっている様子だった。

 

 フェアリーセイバーズの一ファンとして、炎の覚醒シーンに関われなかったショックは大きい。が、もっと痛かったのは、原作主人公の成長イベントに絡めなかったことだった。

 それは原作主人公、暁月炎の成長イベントはほとんど第一クールに詰まっていたからだ。

 何せこの男、トラウマを乗り越えた第二クールではもはや抜群の安定感を誇るセイバーズのリーダーであり、名前に恥じない熱いハートでチームを引っ張っていた。

 初期の頃は台詞も少なくたまに喋ったと思ったら迷言や奇行が目立ち、もはや主人公……?という扱いのネタキャラだったのだが、第二クールではヒーローとして立派なナイスガイに成長していたものだ。それでいて時折天然ぶりを発揮するから、うちの姉者をお腐れ様にした元凶でもある。

 

 しかし、そうなってくるとオリ主として付け入る隙が無いわけで……

 

 これは僕調べの持論だが、原作主人公が不安定なほどオリ主にとっては都合の良い原作だと思っている。原作主人公には人格、能力面で付け入る隙があった方が、オリ主に役割が持てるのだ。

 例えば優柔不断なハーレム主人公であればオリ主がビシッと一発締めて関係に変化を与えることができる。決断の末、余ったヒロインをゲットするのもいいだろう。

 例えば戦力的に未熟な主人公であれば、オリ主が師匠ポジションになって鍛えることができる。美味しい場面に出てきて横から活躍を掻っ攫うのもいいだろう。

 いずれも、原作主人公の足りないところを補う模範的オリ主になる方法である。第一クールの暁月炎にはその隙があったのだが、成長した第二クールの彼はその辺りすっかり盤石になっている。

 彼の想い人に関しても、自分が塞ぎ込んでいた頃にも甲斐甲斐しく寄り添ってくれた幼馴染ヒロイン一択である。最終回にはラスボスに囚われた彼女を助け出すと男らしく告白し、希望の未来へ無事レディー・ゴーしていた。これではTSを生かしてヒロインポジを狙うのも不可能である。

 戦闘能力に関しても、彼はこの頃には既に日本で三本の指に入る異能使いであり、最終回では異世界の神様と殴り合い勝利するほどにまで成長していた。

 

 というわけで、今更師匠ポジションに就こうにも無理があるというわけだ。

 

 さてどうしたものか。日常の象徴か或いは相棒枠を狙っていたのだが、開始早々出鼻をくじかれてしまったエイトちゃんである。

 それでも、それだけならまあ想定の範囲ではあったのだ。第二クールからでもいい感じに彼と接触するプランは幾らでもあったわけだが……それら全てを無に帰す最大の問題は、今彼の横に居る見覚えのない少女の存在にあった。

 それは、どう見ても原作に登場していないキャラクターだった。

 知らない人が原作主人公と一緒に戦っている……

 

「誰!? 誰なの!?」

 

 突如現れた、存在しない筈のヒロイン!

 盗んだ異能の一つである「千里眼」を使って戦闘状況を眺めていた僕だが、全く見覚えのない少女の姿を見た途端、初めて大声を発した。

 危うく立っていた電波塔の上から滑り落ちそうになる。原作主人公の横に居る謎の存在に思わず取り乱した。

 フェアリーセイバーズにはヒロインである幼馴染ちゃん以外にも、何人か女性キャラはいる。いるのだが、主人公と肩を並べて戦うヒロインは存在しない筈だった。

 一昔前のアニメなので僕の原作知識も完全ではないが、大事な場面は覚えているつもりだ。元々女性キャラはそんなに多くないし、いるのなら絶対に覚えている筈である。

 と、言うことは間違いなく、あの少女はフェアリーセイバーズのキャラではないというわけで……

 

「まさか……夢女子か!」

 

 炎の夢女子、即ちオリ主である。

 これはどういうことだ女神様っぽい人! 僕の他にもオリ主を送り込んでいるなんて聞いていないぞ……!

 苦々しい顔で女神様っぽい人に抗議しながら、僕はその少女の姿を注視する。

 容姿は銀髪碧眼。浮世離れした儚い容貌は、幻想的で美しい。あと貧乳。僕と同じぐらいの貧乳である。

 オリ主は貧乳率が高い。それと銀髪率。それらを鑑みて彼女が女オリ主であることは確定的に明らかだ。

 なんてことだ……! その少女の存在は、細かな問題の全てを些末ごとにしてしまうイレギュラーだった。

 「オリ主が二人いる」という事実はそれほどまでに、オリ主たらんとする僕にとって致命傷になり得たのだ。

 あれが女神様っぽい人の考えた現地人オリ主ならばいいが、最悪なケースは僕と同じ転生者だった場合だ。仮にそうだとしたら、既に僕の存在意義が消滅しているも同然である。

 複数転生者──それはSS作家にとって、最も調理の難しい題材の一つだからだ。

 

 人それを「地雷要素」と言う。

 

 

 

 

 

 

 二次創作界隈において、複数転生者とは地雷要素の一つである。理由は調理の仕方が非常に難しいからだ。

 何故調理が難しいのかと言うと、「読者を置いてきぼりにする」危険性が高いからである。

 オリ主とは言わばスパイスである。原作という完成した料理の上に少し足すことで、その味付けを変え、素材とはまた違った味で読者というお客様の舌を楽しませてくれる。

 複数転生者とは、そのスパイスを過剰に投与するようなものだ。もはや料理は香辛料に埋もれ、素材の味がわからなくなり、お客様の想像を超える劇物と化す。

 それはそれで美味い、という発見も時にはあるのだが、大半のお客様は原作を下地にちょっとしたスパイスを加えた料理を望んで来店してきたわけで、突然予想だにしない味が出てきたら驚いて立ち去ってしまうのがほとんどである。……ごめん、ちょっと例えがわかりにくかった。

 

 

 要するに、スナック感覚で作中に転生者を増やすと原作の世界観が壊れて没入感が無くなるよって話だ。もちろんこの題材でも面白く調理されているSSはたくさんあるけど、いずれにせよ取り扱いには細心の注意が必要である。

 事前に入念な警告をしておくのはもちろんだが、最低限読者を納得させられるだけの伏線やバックボーンを用意しておくのは必須だろう。

 複数転生者の取り扱いに失敗し、エタっていった作品の数々は過去に何度も見たし僕も書いた。そう、ここまで複数転生者を恐れるのは、僕自身のSS執筆経験も理由の一つである。

 

 僕は恩神である女神様っぽい人が書くSSをエタらせたくはないし、糞SSにもしたくない。

 

 しかし、彼女がどうしても複数転生者を書きたいのならば、僕はその御心に従うしかないわけで。

 そうなると急ぎ、プランの修正が必要だ。まずはあの少女が転生者かどうか確かめて、それから……

 

 あんまり気が進まないけど……最悪の場合は、僕がいい感じの踏み台転生者になるのも手だろう。その場合はオリ主のライバルにオリキャラを宛がうことになるのでひっじょーに不安だけど。

 まあ、しょうがない。女神様っぽい人の為に精々演じきってやろう。

 

 

「成し遂げてみせるさ……僕はチートオリ主だからね」

 

 

 何この……何……? って感じの、僕の転生ライフの始まりである。

 嗚呼、複数転生者の取り扱いは非常に難しい。

 

 



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嘘吐きは勘違い物の流儀

 異能が日常化した現代社会であるが、それは元々この世界に備わっていた力ではない。

 多くの人間が異能を得ることになったきっかけは世紀末のある日、突如として異世界とのゲートが開かれ、その向こうから一体の龍が現れた時のことだった。

 現代では「聖龍」と呼ばれているその龍は来訪から僅か数日で異世界へと帰ったものの、その時を境に地球の人々は続々と異能に目覚め、100年以上経った今では世界規模で異能使いの存在が一般化していた。

 人々は新たに会得したこの力を、自身と社会の発展の為に行使してきた。

 

 しかし、全ての人間が異能を正しく使いこなしているわけではない。

 

 力を制御しきれず暴走させてしまう不慮の事故であったり、己が利益の為だけに犯罪に利用する者たちであったりと、過ぎた力は人の心を思わぬ方向へと捻じ曲げ、世の中に痛ましい事件を引き起こした。

 

 そして、そんな者たちに楔を打ち込む者たちがいた。

 

 異能対策特殊部隊「セイバーズ」。

 

 彼らは数々の異能犯罪に立ち向かい、創設以後絶え間なく戦い続けていた。

 直近では異能研究の為に非人道的な人体実験を繰り返していた犯罪組織「PSYエンス」との戦いが有名で、激闘の末これを壊滅させたのが人々の記憶に新しい。

 正義の味方として悪と戦う姿は世界を守る平和の象徴とも言え、子供たちの間では将来なりたい職業のベスト3に名を連ねていた。

 そんなセイバーズの機動部隊隊長である暁月炎は、PSYエンス以来となる強敵との一戦を終えると、戦いの跡地に佇み先ほど撃退した相手のことを振り返る。

 

 エレメント・ワイバーン、異世界の聖獣。

 

 聖獣とは、この地球に蔓延った異能の起源である。かつて地球へ来訪した聖龍もまた、異世界に住む聖獣の一種だと推測されている。

 彼が異能という力を人類にもたらしてから始まったこの世界。聖獣たちが住む異世界と人間が住むこの世界は本来交わる筈がないのだが、聖龍が来訪した世紀末以来、二つの世界を隔てるゲートは度々開かれていた。

 それが最近になって各地で頻発しているのが、目下セイバーズを悩ませている問題だった。

 これまでは一年に二回程度の頻度だったのが、近頃では一週間に数回の頻度で開門し、異世界から聖獣たちが来訪してくるのだ。それは、明らかに異常な事態だった。

 

 しかも、問題はそれだけではない。

 

 これまで地球に迷い込んできた聖獣の多くは、あちらも意図してゲートを通ったわけではなく、意思疎通さえとれれば穏便に送り返すことができた。

 しかしこの頃来訪してくる聖獣たちは、人間たちに対して明確な敵意を抱いていたのだ。

 先程炎たちが撃退したエレメント・ワイバーンもまた、その内の一体である。突如として開かれた異界のゲートから出現した彼は、迷いなく町々に襲い掛かってきた。どうにか最小限の被害で食い止められたが、炎の出動が遅れていたら大惨事になっていた事件である。

 

「ワイバーン……アイツは、俺たちに何か怒っている様子だったな……」

 

 地球の人間が何か、向こうの聖獣たちに恨まれるようなことをしてきた覚えは……ある。

 代表的な一例は悪の組織「PSYエンス」──彼らが行なっていた非合法の実験だ。

 異世界から無理矢理連れてきた聖獣たちを捕獲し、道具として扱う為に生きたまま改造や解剖を繰り返していた。

 この世界だけでは飽き足らず、向こうの世界にも迷惑をかけ続けていたのが悪の組織と呼ばれる所以である。聖獣たちも全ての人間がそんな者たちばかりだとは思っていないだろうが、被害を受けた聖獣たちからしてみれば怒りの矛を収めるのは難しいだろう。

 

 異世界と地球をつなぐゲート……科学の進歩によってその研究が進んでしまったのは、禁忌に触れるようで恐ろしくもある。

 行き着く先を想像すると良くないものを感じ、思わず表情が強張る。過去のトラウマは克服したが、炎は基本的に繊細な性格だった。

 そんな炎だったが、ふと上着の裾を掴んできた小さな手によって、意識を引き戻された。

 

「エン、怖い顔してる……」

 

 下に目を向ければ、不安そうな顔でこちらを見上げている銀髪の少女の姿があった。

 怖がらせてしまったかと、炎は苦笑を浮かべながらも不器用に彼女の肩に手を置いた。

 

「大丈夫だよ、メア……ちょっと疲れただけだ」

「本当?」

 

 無垢な目でこちらを見上げる少女の名はメア。

 年齢は不明だが、外見から判断して大体十歳ぐらいだろう。あどけない容貌ながら浮世離れした雰囲気は、同年代の子供たちにはない奇妙な存在感があった。

 

 彼女と出会ったのは丁度一年前のことだった。

 

 セイバーズの任務により違法組織「PSYエンス」の研究所へ突入を仕掛けたあの日、人体実験が行われた形跡のある薄暗い地下室の中で、試験管に眠る彼女と炎は出会った。

 捕らえた聖獣の因子を人間に定着させることで、人を超えた異能の力を身に付けさせる「PSYエンス」悪魔の実験……彼女はその被験者「フェアリーチャイルド」の一人だったのだ。

 今でも胸糞悪い話だが、研究員たちは全員捕らえ、ボスもこの手で叩きのめした。

 それからのこと、組織の被害者である彼女は身元が不明なこともあり、今はセイバーズが保護している身分である。

 彼女には実験以外の過去の記憶が無かった。知っているのは自分の名前と敵との戦い方だけだと言っていたその言葉が、炎には痛ましく聞こえた。

 記憶はいつ取り戻せるかわからない。それでも彼女には、これからの人生を普通の少女として生きてほしかったのだが……その平穏は、今日この日に破られてしまった。

 

 ゲートから現れ町を襲ったエレメント・ワイバーンは、メアの存在に気づくと執拗に彼女を狙ってきたのである。

 

 おそらくは、彼女の身体に埋め込まれた聖獣の因子が影響しているのかもしれない。

 また事件に巻き込んでしまった上に、肉体的にも精神的にも幼いメアを戦わせてしまったことを炎は悔やんでいる。彼女のことを妹のように思っているからこそ、その心には罪悪感が広がっていた。

 

「駆けつけるのが遅れてすまなかった。怖い思いをさせたな……」

「メアは、大丈夫。エンの方がつらそう……」

「俺は平気さ。なんたって俺は、平和を守る剣だからな」

「ありがとう、エン」

 

 出会った時は人形のように表情の変化が乏しかったメアだが、そんな彼女が今では微笑んで感謝の言葉を伝えてくれる。

 炎は元々、父親の復讐の為に戦う道を選んだ男だが……今では彼女のような存在こそが、セイバーズとして戦う一番の理由であった。

 町の人々の笑顔を守りたい。その一心だったのだ。

 

 

 

「そうか……キミの焔は立ちはだかる者を焼き払う為ではなく、寒さに震える子供たちを温める為にあったんだね」

 

 

 事後報告の為、彼女と共に本部へ帰還しようとしたその時だった。

 

「っ、誰だ!?」

「!」

 

 即座にメアの身を背中で隠しながら、炎が声のした方向へと振り向く。声は二人のいる東側、倒壊した建物の陰から聞こえた。

 戦闘の直後で高まっていた筈の感度が、その瞬間まで気配に気づけなかったのだ。それ故に炎の警戒心は高く、睨むような視線をそこに向けていた。

 

「綺麗な目をしているね。一度は悲しみに打ちのめされたその瞳も、乗り越えた今では誰よりも強く輝いている……とても真っ直ぐで、宝石のような美しさだ」

 

 炎の警戒もどこ吹く風で、そこにいた人影は悠然と壁に寄りかかっている。その手には吟遊詩人の如き銀色のハープが携えられており、言葉の後にポロロンとさざ波のような音を鳴らしていた。

 紳士的な燕尾服の上にロイヤルブルーのマントを羽織っており、小顔の頭には白いリボンが巻かれた黒いシルクハットを目深に被っている。一見すると体つきは起伏が少なく声質も中性的であったが、ロングスカートを穿いていることから炎は即座に女性であることを認識した。

 直前まで全く気配を感じ取れなかったことと、メアとは別の意味で浮世離れしたその雰囲気。明らかに、偶然通りがかった一般人のそれではない。

 それに……言い回しが妙に回りくどいが、先ほどの言葉は明らかに炎の素性を知っている様子だった。

 少女は睨み付けるような炎の眼差しにクスリと微笑み、背中に庇うメアの顔をほんの少しだけ一瞥した後、楽しげな口調で答えた。

 

「ボクが誰かって? ボクは……その子だよ」

「何?」

「そう、ボクはその子で、その子はボク。キミの描くキャンバスに紛れ込んだ、二人で一つの色……本来ならきっと、この世界には存在し得なかった異色」

「何を……言っている?」

 

 要領を得ない言葉だった。問い詰める炎の言葉に彼女が返したのは、曖昧な笑みと申し訳程度のハープの音色だけだ。

 そんな少女の翠色の瞳を、炎の背中からひょっこりと顔を出しながらメアが覗き込んだ。

 

「それは……メアのこと……?」

「……メア?」

 

 メアが問い掛けると、少女はハープを鳴らす指を止め、その目をシルクハットの下から見つめ返す。

 少女の唇が小さく動く。

 

「そうか、メア……メアか……キミは、メアと名付けたのか。ふふ……これはまた、因果なものだね」

 

 彼女の名前を聞いた瞬間、一瞬少女は驚いた素振りを見せた。しかしすぐに楽しげに唇を弓形につり上げると、上品に微笑んだ。

 それはまるで彼女には本当の名前が別にあり、それを知っているかのような口ぶりだった。

 

「メアのこと、知っているの?」

「キミのことかい?」

「メアには、昔の記憶が無い……貴方は……メアのこと、知っているの?」

「……記憶……そう、キミは記憶を失ってしまったんだね……」

 

 メアには研究所にいた以前の記憶が無い。自分が何者かわからず、そのことに苦しんでいたことを炎は知っている。

 この少女はもしや、何か知っているのだろうか……? ただの不審者とは思えなかった炎は、メアの問い掛けに追従するように少女の返答を待った。

 少女はメアから記憶喪失であることを聞くと、悲しそうに目を伏せ、数拍の間を置いて口を開いた。

 

「キミの記憶、キミの正体……その真実はきっと、彼らの中にある筈だよ」

「エンたちの?」

「? 俺たちの中に、だと?」

 

 意味深なその台詞が、言い残していった言葉だった。

 少女が自らのマントを翻した次の瞬間、その姿が幻影のように消え去っていったのだ。

 

 一瞬にしてその場から移動する、転移系の異能だろうか……記憶を失う前のメアと何らかの関係があるようだが、幾ら怪しかろうと犯罪者でもない者を執拗に追い掛けるわけにはいかない。

 

「何だったんだ……アイツは」

 

 立ち去った少女に対して、炎が率直な感想を呟く。

 強敵だった筈のエレメント・ワイバーンとの戦いの記憶が霞むほど、謎の少女への印象は彼の頭を困惑させてくれた。

 ふとその時、何かに気づいたメアが指差して言った。

 

「あっ……エン、あそこ、何か落ちてる」

「ん? あれは……カード?」

 

 謎の少女が先ほどまでいたその場所──亀裂の入った建物の壁に、一枚のカードが突き刺さっていたのだ。

 抜き取って確認してみると、それが少女の書き綴った置き手紙であることがわかった。

 

 

《また会おう、焔の救世主と名も無き姫君よ ~T.P.エイト・オリーシュアより祈りを込めて~》

 

 

 それはおそらく、あの少女の名前だろう。

 上司に報告すべきか否か、本部に帰還した後のことを考えて溜め息を吐く。

 

 頻発する幻獣たちの襲来に、メアの記憶。

 そしてT.P.エイト・オリーシュア。

 

 ようやくPSYエンスとの戦いが終わったばかりだというのに……新たなる動乱の予感が、エンには拭えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 こんにちは、T.P.エイト・オリーシュアです。

 オリ主が上手くなるには、活動内容が大切です。今日は私がおすすめするオリ主ムーブを紹介します。

 やり方は簡単、カッコいい活躍で原作主人公またはヒロインを引っかけ好感度を調節。後は原作沿いで無双するだけ!(ZIP HIT!) この前初めてランキングに載ったの!(虚勢) これでもうエタったり、感想欄で叩かれたりしません!(大嘘)

 

 

 ……はい、一仕事終えて変なテンションになっている僕です。

 原作主人公である炎君とのファーストコンタクトが、まさかあんな形になるとはね。全く複数転生者物のオリ主は気を使うぜ。好きだけど。

 今回は準備期間も無くほとんど即興で実行したオリ主ムーブだったが、自己採点で90点と言ったところかな。10点の減点は、あちらのオリ主のバックボーンが想定外だったからだ。思わずびっくりして、予定よりハープを鳴らす回数が増えてしまったものだ。

 ん? あのハープ何だよって? ああ、あれは誤魔化し用の小道具だよ。ほら、困った時は楽器でも鳴らしておけば間が持つじゃない。楽器はテンパった心を鎮めてくれるし一石二鳥だ。演奏の心得は無いが、意味深な雰囲気作りにはこれからも重宝すると思う。

 

 ……で、どうしてあのような回りくどい意味深なムーブをかましたのかと言うと、それはもちろんあのオリ主のことを探る為だ。

 

 直接的に前に出て「お前誰だよ!? お前も転生者か!?」なんて訊いてみなよ。彼女がどう答えるにせよ、原作の雰囲気は台無しになるだろう。それはアニメキャラに興奮している人の横で「絵じゃん」って突っ込むのと同じレベルの冒涜である。

 フェアリーセイバーズというアニメは、もっとこう「スタイリッシュ」な作品なのだ。他の誰かの前でメタなことは言いたくない。

 

 だからこそ僕は、原作の雰囲気を壊さないようにこんな衣装も用意して、スタイリッシュに登場してみせたのだ。我ながらこの格好をした僕の姿はナイスデザインだと思う。相手の異能を盗むというチート能力から連想し、怪盗的なイメージでコーディネートした次第だ。TS美少女の初めてのスカートだぜ? 嬉しいだろ。ごめんなさい調子扱きました。

 ロールプレイではあるが素の自分ともさほど乖離していないので、これからもエイトちゃんはこんな感じのミステリアスキャラで行こうと思う。

 元々チート能力の内容を理解してからはミステリアスムーブでお助けキャラをこなし、物語の要所で炎たちのもとに駆けつけることを考えていた。

 

 ……が、その場合にも最大の懸念はあのオリ主である。

 

 先ほどの接触で大まかに探ることができたが、あの子はおそらく原作知識の無い転生者か、元々この世界に住んでいる現地人のオリ主だろう。

 ここに来る前に予めマフィアの幹部っぽい人から「嘘を見破る異能」を盗んでおいたのが幸いした。少なくとも彼女、メアが言った記憶喪失という話が真実であることは保証できる。

 記憶喪失のヒロインと言えば、古くから伝わる王道中の王道である。丁度フェアリーセイバーズが放送していた頃は他のアニメで流行っていた要素であり、それ故に彼女の存在はオリ主として「浮いている」ことはまあないんじゃないかなと思う。実際便利な設定であり、僕自身もあの子と会うまでは記憶喪失設定で炎に接触するプランもあったほどだ。

 

 複数転生者物の問題点の一つとして、作者が投入するオリキャラの造形を原作の世界観に適合させるのが難しくなることが挙げられる。

 そもそも原作者が考えた世界観なのだから別人が考えたオリキャラを適合しにくいのは当然である。それが一人分ならまだしも複数人ともなればなおのこと難易度が跳ね上がり、収拾がつかなくなるケースが目立つ。

 

 ともあれあのオリ主が原作知識を持っていないのは喜ばしいことだった。

 その上、記憶喪失ヒロインなど物語の終盤で重要な役目を担うことになるのがほぼ約束された王道ポジションである。

 そんな彼女がオリ主であるならば……僕も用意していたこのプランを実行できるというもの。

 

 それは、複数のオリ主をコンパクトにまとめてスマートに活躍するプラン……名付けて「二人で一人のオリ主大作戦」だ。

 

 

 三人目が生えてこない限り、これで勝てる。明るいオリ主生活の将来設計図に僕は恍惚とした。

 



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原作キャラの活躍は頂いた by怪盗オリ主

 これを書いている私自身がこのSSで難しさを実感しているっていう



 僕は別に、自分以外のオリ主の存在を許さないとか、そういうことは考えていない。寧ろ同じオリ主同士メアちゃんとは仲良くWin-Winな関係を築きたいと考えている。

 複数転生者物……と言うかオリキャラが複数人出るSSにおいて、オリキャラ対オリキャラの構図には特に気をつけなければならないからだ。これらは前に言った「読者を置いてけぼりにしてしまう」症例の一つであり、オリキャラ一人一人によほどの魅力を感じさせなければ誰得な展開に陥ってしまう危険があるのだ。

 例外として最初から「俺はオリキャラ中心の外伝的なSSを書きたいんだ!」という目的でオリ展開のみ書いていたのならアリだと思う。原作開始前のオリジナルストーリーだったり、原作終了後や空白期の捏造話とか僕は大好きである。寧ろ、そういう作品は原作に入らない方が面白かったりするからSSの世界は難しい。

 

 しかし原作沿いのSSにおいて、物語の途中からこの手の展開に切り替えるのは特大の死亡フラグである。

 

 何せ原作沿いの物語を読み始めた時点での読者は、オリ主がこの先の展開にどんな影響を与えるのかに注目していたからだ。そんな折に「突然現れる知らないキャラ!」「原作そっちのけで始まるオリキャラ対オリキャラ!」と畳み掛けられては多数の読者の理解が処理落ちし、とっ散らかってしまう。

 作者からしてみれば何とも悲しい話である。オリ主の影響で強くなった味方陣営とバランスを取る為に、敵陣営にオリジナルの敵を足しただけなのに……それが一番書きたい展開で、その為にいい感じの設定を考えたのに……と。わかるよ……

 

 もちろん、そういった要素を含みながらも最後まで面白かった作品はあるし、読者からしても全く需要が無いわけではない。これらの地雷も実力のある作者ならば起爆させずに処理することもできるのだ。実力の無い僕は炎上したけど。

 

 そういうわけだから僕は、この世界でオリ主対オリ主の展開を広げる気は無い。オリ主同士の衝突はとことん避けていく方針だ。そうでなくてもメアちゃんは近くで見たらちっちゃくてかわいい銀髪ロリだったし、敵対するなんてとんでもない。非転生者であれば、なおさら争う理由が無かった。

 

 そうとも、求めるのは完璧なオリ主! それがチートオリ主たる者の使命。

 

 だからこそ僕は、僕とメア、両方がオリ主として活躍するSSを所望する。どちらが踏み台になることもなく二人三脚でオリ主となり、この物語をいい感じに導いていこうじゃないか。それこそが、「二人で一人のオリ主大作戦」の概要だった。

 そうなると、僕のポジションは影のオリ主だ。既に記憶喪失ヒロインといういい感じのポジションに収まっているメアちゃん先輩には、そのまま原作主人公を照らす光のオリ主になってもらう。

 僕は彼女の影として、この物語を支えよう。影の実力者って感じでいいよね……いい。俄然やる気がみなぎってきた。

 という方針に決まりましたが、こんな感じでどうでしょう? 女神様っぽい人。過去の貴方に対して、僕をオリ主に選んだことを英断だったと感謝しておいてください。

 相手が神様であろうと、イキることを諦めない。それが僕だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ」は全26話。第一クールと第二クールに分割して章分けされており、物語の方向性はそれぞれ異なる。

 

 第一章は父親の仇打ちを目的に悪の組織と戦う主人公の成長物語だったが、第二章では舞台が異世界へと移り変わり、第一章よりも冒険ファンタジー色が強いシナリオとなる。

 まず人間の恥である第一章のボスがやらかした悪事にとうとう聖獣の神様が怒り、地球への総攻撃を決断した。

 そんな神様の企みを阻止しようと動いたのが、戦争を止めたいと願った穏健派の聖獣たちだった。ゲートから来訪した彼らから事情を聞いたセイバーズ一同は、聖獣の神様と和平交渉を行うことを決断する。

 主人公一行は親善大使の護衛として、共に異世界へと渡る……という内容だ。

 そして炎たち親善大使護衛隊は神様のもとへ向かう道中で度々妨害を受けたり、事件に巻き込まれることになる。少なくとも、異世界編に入ったらしばらく地球に帰れなくなるのは間違いなかった。

 

 ……と言うわけで、今僕がオリ主としてやることは、間もなく始まる異世界編に向けて備えておくことだ。

 

 即ち、修行回である。今後激化することになる物語の中で完璧なオリ主ムーブを貫く為には、短期間で戦闘力を仕上げておく必要があるのだ。

 その為の異能、その為のチートである。女神様っぽい人がどこまで考えているのかはわからないが、その点僕のチート能力はチートの名に違わず、お手軽に強くなれる異能だった。

 僕のチート能力は「他人の異能を盗み、自在に使役する能力」だ。一昔前のなろうとかではそこそこ流行っていた気がする、強奪系の能力である。

 この力を使いこなすには、肉体の鍛錬はそこまで重要ではない。それなりに鍛えた方がいいのは間違いないが、それよりもとにかくたくさんの異能を盗み、あらゆる状況に対応できるようにストックしておくことの方が大事だった。

 

 

 

 故に僕は、早速異能狩りに向かうことにした。

 

 もちろん、手当たり次第というわけにはいかない。効率的に有用な異能を盗む為に向かった場所は、「明保野市」の名物である「異能バトルスタジアム」だ。

 

 そう、少年漫画でお馴染みの……みんな大好き闘技場である。

 

 異能が日常化しているこの世界の娯楽では、異能使い同士による武闘大会が男性に人気だった。かく言う主人公チームの一人も、こういった催しを好むバトルマニアである。

 ここで日々行われている武闘大会では当然戦闘向きな異能が惜しみなく披露されている為、今の僕にはおあつらえ向きの品評会だった。

 場内に詰めかけた野蛮人たちの間を掻き分けながら、僕はノートとペンを手に観客席へと腰掛ける。僕のチート能力の関係上、闘士として大会に参加するよりも観戦者として観に徹した方が都合が良いのだ。

 

 僕に与えられたチート能力、他人の異能を盗み、自在に使役する──面倒だな、わかりやすく「怪盗ノート」と名付けておこう。この能力は生成したノートに盗みたい異能の概要をアナログで書き込んだ後、ターゲットに向かって馬鹿正直に「貴方の異能盗みますよ」という旨を伝え、身体に触れることで発動する。

 二つ目の手順は予告状を出すのが手っ取り早いだろう。まさに怪盗オリ主である。

 そして一つ目の手順であるが、この時ノートに書き込んだ異能の概要が杜撰だったり、的外れだったりした場合には異能を完全に盗むことができない。盗む際にはターゲットに対する高度な分析力が要求された。

 また、ノートである以上書き綴れるページには限界があり、ページ数以上の能力を盗むことはできないし、ノートを二冊以上同時に作ることも当然できない。もちろん、ノートを破壊されたらおしまいという弱点もある。

 女神様っぽい人は最強厨ではないらしい。万能に近い能力だが、無敵ではない塩梅だった。

 

 個人的にオリ主のチート能力はある程度制限があった方が好みである。限られた手札でやりくりするのも、こうして盗む異能を吟味するのも、元来蒐集癖のある僕としては楽しいものだった。

 因みに、異能を盗まれた被害者は完全に異能を使えなくなるわけではなく、数日経てば元に戻るらしい。もちろん、ノートから自動的に能力が返却されるわけではない。異能使いの身体にとって、異能とは血液のようなものだからだ。しっかり食べて眠れば回復する。井戸の水を汲んだぐらいでは、川の水が無くならないのと同じということだ。

 強奪系の能力としては偉く良心的だが、おかげで僕のちっぽけな良心が痛まずに済むというものだ。犯罪であることに目をつむれば問題はなかった。

 

 そう言うわけで僕は、男たちの熱狂に包まれたスタジアムの中、戦う闘士たちの姿を観察しながら気に入った異能の概要を「怪盗ノート」に書き込んでいた。

 これまでにも能力を使ってきたが、最初のうちに転移系異能の「テレポーテーション」と探知系異能の「千里眼」を手に入れられたのはつくづく幸運だった。これらの能力は怪盗オリ主ムーブにおいて、最も重宝することになるだろう。

 因みにテレポーテーションは下着ドロボー、千里眼は覗き野郎から頂いた異能である。被害者は僕だよコンヤロー。

 この世界、少年漫画が原作の癖にしょうもない変態が多いな……まっ、僕に言えた話ではないけどね。

 

 

 

 

 そうして観戦してみた異能使いたちのバトル大会だが、盗みを抜きにしても最高にエキセントリックな催しだった。

 それはそうだろう。屈強な男たちの身体から当たり前のようにビームや火炎が飛び交い、鍛え上げた技と技をぶつけ合うのだから。超人社会が生み出したド派手な殴り合いに、男として興奮しないわけがない。今は女だけど。

 大会では競馬同様賭けが行われていることもあり、満員のスタジアムは常に熱狂の渦にあった。

 

《さあ皆さんお待ちかね! 決勝戦の始まりです!》

 

 DJの選手入場コールに対し、僕以外のみんながスタンディングオベーションで出迎える。僕も気持ちとしては立ち上がりたかったが、ターゲットたる異能の概要をノートに書かなければならないのでそういうわけにもいかない。

 座ったままだと前の席の背中で武舞台が見えないので、仕方なく「千里眼」を使って眺めることにした。スタジアムに来なくても、最初からそうすればいいじゃんって? それはそうなんだけど、こういうのは現地で見てこそ趣があるのだ。

 

《東、ハーンフ・リー選手! 西、リキドー・チョータ選手! 両者構え……始め!》

 

 カーンッ! とゴングが鳴り響き、これまでの試合に出てきた中で最強の闘士たちがぶつかり合う。

 二人は僕イチオシの闘士である。特に面白いと思ったのは、優しげな顔立ちをした糸目の青年「ハーンフ・リー」さんだ。何が面白いかって言うと試合開始直前になると公衆の前でおもむろに怪しいスープを飲み干したと思えば、直後、細身の肉体がパツパツのシャツをはち切らしてゴリマッチョに変貌したからだ。絵面が僕の腹筋に悪かった。

 

「キャー! リーさーん!」

「DCSよ! リーさんのDCSよー!」

 

 ドーピング・ファイター、ハーンフ・リー。スタジアムでは恒例なのか、彼が変貌した途端辺りから野太い歓声が響き渡った。

 この大会でもステロイドや興奮剤の使用は禁止されているが、彼のそれは「調合」という己の異能の力を駆使して生み出した合法の増強剤である為、これも異能による技の一部として容認されていた。大会規程は懐が広かった。

 TSオリ主がムッキムキになるのはイヤだが、自在に薬を生み出す力はサポート面での汎用性が高い。故に、彼宛ての予告状も用意しておこう。

 彼の戦いを見ながら気づいたその能力の性質を、僕はペンを走らせて怪盗ノートに書き綴った。

 

 ……だが、この試合に勝つのは彼の対戦相手の方である。

 そのことを僕は、入場時点から既に確信していた。

 

「遅ぇぜおっさん!」

「っ、むう……!」

 

 名前は「力動 長太(リキドー チョータ)」。染めた金髪をリーゼントに固めたいかにも90年代の不良と言った風体の彼は、原作主要人物の一人であり、セイバーズの一員だった。

 粗暴な雰囲気で見た目は悪そうだが熱血漢の快男児であり、視聴者からの人気も高いキャラクターである。

 曲がったことは許さない性格であり、それ故に捻くれた初期の主人公とは度々衝突していたが、仲間として戦う中で二人はお互いの人間性を認め合い、作中随一の固い友情で結ばれた相棒となった。

 アニメ「フェアリーセイバーズ」の主要人物は定番の三人体制である。天然の炎に熱血の長太、この二人に皮肉屋な二枚目キャラを加えた三人組が、「フェアリーセイバーズ」のレギュラーだった。

 当然、この力動長太も今後始まる第二クールの異世界編でも親善大使護衛隊に加わる重要人物の為、オリ主である僕には慎重な接触が求められた。

 

 そんな彼が扱う異能だが、見た目に反して氷属性である。

 氷を生成する異能を持ち、氷で作ったモーニングスターやトマホークを振り回し、パワーファイトで制圧する戦闘スタイルであり、スタイリッシュかつわかりやすい造形のキャラクターだった。

 

「食らえや! 究極戦槌! アイシクル・クラーッシュ!」

「ぬ、ぬおおおおっ!?」

 

 振り下ろした氷のモーニングスターが、爆肉強化されたハーンフ・リーの身体を吹っ飛ばし、そのまま武舞台の場外へと背中を叩き落とす。

 大会のルールでは身体の一部が場外についた者か、レフリーが戦闘不能と判断した者の負けとなる。激しい戦いの末、優勝者は力動長太に決まったのだった。

 

 流石はメインキャラ。その実力は他の闘士たちとは格が違う。

 

 生で見た彼の戦闘力に、思わず目を輝かせる。それに……今、目の前に推しのキャラがいるのだ。欲しいなぁ……と、抑えきれぬ興奮に息を呑むが、彼の異能を盗むわけにはいかない。数日経てば元に戻るとは言え、盗んだことで能力が一時的に使えなくなった結果、原作展開にどんな影響を及ぼすかわからないからだ。

 異能を盗むに当たって、優先的に狙うのはやはり、原作キャラ以外の人間が安パイである。それこそあのハーンフ・リーのような男が最適だ。

 彼に関しては原作に登場したキャラではないし、転生者ということもないだろう。

 根拠は……これはメアと炎に会った時に気づいたことだが、どうにもオリ主や原作で活躍する重要人物の姿には、何というかそういう雰囲気を感じるのだ。

 感覚的な話になって申し訳ないが、会えば何となく、重要人物かそうでないかの違いがわかるということかもしれない。これもまた僕に与えられたチート能力なのかもしれないが、女神様っぽい人の加護だとしたら正直助かる。知らない人を見る度に転生者であることを疑わなきゃならないのは地獄すぎるもの。

 

 

 ──だから僕は、遠慮無く舞台に上がることにした。

 

 影のオリ主としての、クールな晴れ舞台である。

 

 

 

 

 

 

 

 その日を境に、明保野市を中心に怪事件が発生した。

 

 町の住民の何人かが、突如として異能を使うことができなくなったのである。

 警察に確認された被害者は同日に犯罪を犯し逮捕された男たちと、武闘大会に出場した闘士のべ十三人。

 事情聴取によって呼び出された彼らは、一様に青ざめた顔でこう証言したという。

 

「俺の異能が、怪盗に盗まれた」と。

 

 彼らから提出された証拠品──犯人が意図的に残したと思われる一枚のカードには、共通して差出人の名前が書き綴られていた。

 

 

「異能怪盗T.P.エイト・オリーシュア、只今次元の壁より参上いたした」と……。

 

 

 世界中の人々が彼女(オリ主)を知ることになるのは、もう少し先の話である。

 

 

 

 






【挿絵表示】


 朝霧細雨殿から3Dファンアートをいただきました!
 これはわからせたい……


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荒らし・嫌がらせ・混乱の元

「怪盗だって?」

 

 セイバーズ本部明保野。

 昼飯の時間、食堂にポツンと一人ホットドッグを咀嚼していた暁月炎のもとに寄せられたのは、何とも反応に困るユニークな話題だった。

 その話題の提供者である「風岡 翼(かざおかつばさ)」が許可なく向かいの席に座ると、長い足を組んでキザったらしい笑みを浮かべる。

 

「ルパン三世でも現れたのか?」

「さてな、怪盗キッド様かもよ?」

 

 冗談めかしたお互いの言葉はおどけているが、その目は笑っていない。

 セイバーズは異能犯罪の取り締まりにおける実行班のようなものだ。公共に不利益をもたらす者がいるのなら、エンタメ感覚で聞き流せる話ではなかった。

 巷で噂されている存在、怪盗。その件について不敵な笑みを浮かべる翼は、既に事件の詳細を掴んでいる様子だった。

 

「その怪盗とやらについて、何か知っているのか?」

「盗む物が金銀財宝じゃなく、「異能」ってことはな。活動範囲は不明だが、そのうち国内中に広まるだろうよ。何せ、闘士やマフィアの連中からもあっさり盗んじまうような奴だ」

「! 異能を盗むのか……?」

 

 異能を盗む怪盗。確かに、興味を引かれる話題である。

 警察関係者と独自のパイプを持っている風岡翼は、炎の元に時々こうしてユニークな事件の情報を持ってくる。そうして話題に上がった事件は後々セイバーズの任務として正式に回ってくることが多い為、炎は食事中ながらも真面目に耳を傾けていた。

 そんな彼の反応に気を良くしたのか、件の「異能怪盗」について翼が続けた。

 

「被害者はみんな、並の人間より遥かに鍛えられたレア能力持ちの連中だ。そんな奴らさえまんまと異能を盗まれたんだから、相当な使い手だろうな」

「……PSYエンスの残党か?」

「可能性は否定できない。だが、奴らだとしたら少々手口が生ぬるいかもな。被害者は全員無傷で健康体そのもの。異能を盗まれた以外何かされた形跡も無いそうだ」

「そうか……」

 

 マフィアや闘技場の異能使いからあっさりと異能を盗むほどの実力者がこの町にいたとは、にわかには信じがたい話だ。炎が真っ先に疑ったのは、それがセイバーズ因縁の敵「PSYエンス」絡みの事件である可能性だった。

 彼らは「異能」について何者よりも手段を選ばない研究を行い、メアのような「フェアリーチャイルド」が代表するように、非合法な研究により強力な異能使いを人工的に生み出すことさえ行っていた組織である。

 ボスは逮捕され、半年前には残党構成員たちも一斉検挙された筈だが、まだその残滓が残っているかもわからない。

 尤も、翼の話が確かなら可能性は低いだろう。その異能怪盗がPSYエンスの者ならば、被害者全員をそのまま拉致して実験室送りぐらいにはしている筈だと、経験に基づいた嫌な信頼があったからだ。

 心底胸糞悪い、と組織のことを思い出した炎は渋い顔をしながら缶コーヒーを啜った。

 

「幸い、被害者は数日経ったら元通り異能を使えるようになったそうだ。丁寧にも怪盗が返してくれたのか、被害者たちの自己治癒力が働いた結果なのかはわからない。医者が調査しているようだが、後者だとしたら脅威度は低いかもな」

「いや、十分脅威だろ。そういう異能を持って生まれたのだとしても、許可無く人の物を盗るのは犯罪だ」

「ははっ、違いねぇ」

 

 セイバーズの任務、それもエース部隊である炎たちに回ってくる任務となると、緊急的な脅威度が高い案件が回ってくる。テロリスト相手の出動であったり、人命救助系の任務が優先的に回ってくるのだ。それこそ最近では、聖獣暴走事件の対処に掛かりきりである。こうしてのんびりとランチタイムを過ごせたのですら久しぶりのことで、幼馴染の「光井 灯(みつい あかり)」からは頻繁に「ちゃんと休んでいるの?」「このままだと留年するよー!」などとお節介メールが送られてくる始末である。

 確かに炎はまだ十七歳であり、本分は学業の高校生である。同時にセイバーズという公務員的な立場に所属している身だが、このままでは身が持たないのではないかと心配されるのも当然だった。

 今日も学校に行けなかったなと、遠い目をしながら溜息を吐く。そんな炎の顔を見て、翼がニヤニヤと軽薄な笑みを浮かべた。

 

「今、灯ちゃんのこと考えたろ?」

「……別に」

「目が泳いでるぜ。まっ、お前も社畜体質だよなぁ。司令だって、お前が「学業に専念させてくれ」と言えばちゃんと配慮してくれるぜ?」

「必要だと思っているからここにいるだけさ。俺の留年なんて、町の平和に比べたら大した問題じゃない」

「へいへいそうですか」

 

 天涯孤独の身である炎は、学費だって自分で稼いでいるのだ。留年して被害を受けるのは自分だけだと言い切る炎に対して、翼は呆れた顔で頭を掻いた。

 

「鈍いやっちゃな……思春期の癖に」

「灯のことはいい。それより異能泥棒のことだ」

「怪盗と呼んでやろうぜ? 泥棒呼ばわりはなんかショボく見える」

「確かに」

 

 幼馴染周りの話題になるとバツが悪かった炎は、やや強引に異能怪盗へと話題を戻す。

 この話を持ち出してきたのは、若干十九歳にしてトップクラスの情報収集能力を持つ風岡翼という救世主(セイバー)だ。そんな彼がわざわざ昼飯時に話題に出してきた以上、単なる世間話に終わる話だとは思えなかった。

 

「お前はどう見ているんだ? その怪盗」

 

 炎の問いかけに対して、翼が端正な顔立ちにニヒルな笑みを浮かべながら答える。

 

「普通なら警察が解決する案件だが、遠からずや俺たちのところに回ってくると思うぜ俺は」

「根拠は?」

「あるよ。俺、今から楽しみなんだよねぇ」

 

 こんな時にやれやれだぜと肩を竦めるが、その表情はどこか楽しそうだ。

 怪盗というフィクションのような存在との対峙を想像して、沸き立つ気持ちを抑えられない様子である。

 そんな彼に対して、炎の反応は冷めたものだった。

 普段彼らが対峙している重罪人ほどではないが、それでも怪盗が行ったことは異能で他人に危害を及ぼす犯罪である。犯罪者との対峙にエンタメ性を感じる感情が、炎にはわからなかったのだ。

 そんな彼は、ただ真面目に首を傾げた。

 

「司令部が聖獣たちの暴走事件より優先する案件だとは思えないが……それでも回ってくるのか?」

 

 炎個人の信念としては、困っている人間がいるのならどんな事件にも出動したいと思っているが、それでもセイバーの身体は一つしかない。既に聖獣暴走事件という重大な事件を抱えている現状で、司令部がどこまで胡散臭い怪盗に本腰を入れるのか甚だ疑問だった。

 そんな炎の問いに、今度は真面目な表情で翼が返す。

 

「その聖獣暴走事件に関わっているかもしれないからだよ、怪盗が」

「何?」

 

 盗み聞きされない小さな声量で、耳打ちするように言った。

 眉唾物の話だが……と前置きを入れた上で、翼が続ける。

 

「怪盗が残した声明文に書いてあったんだよ。「只今次元の壁より参上いたした」ってな」

「次元の壁……? まさか、ゲートか!」

「ああ、このご時世、次元の壁と言ったら誰もがそれを連想するだろうよ。もちろん、そう思われることを狙った愉快犯の可能性もあるが……わざわざ俺たちがいるこの町での犯行だ。俺は、やっこさんが単なる構ってちゃんだとは思えないね」

 

 よりによってセイバーズの本部があるこの町で、その上度重なる聖獣暴走事件で組織がピリピリしているこのタイミングで、大胆な犯行を決行したのだ。それは、あまりにも合理的ではない。異能を盗むのが目的なら、他にやりやすい時期は幾らでもあった筈である。そう考えるとどうにも、怪盗の行いは不自然に思えた。

 単に自己顕示欲を満たしたかったのか、セイバーズへの挑発か、それともただの馬鹿か。

 仮に異能を盗んだことが手段に過ぎず、怪盗の目的が他にあるのだとしたら……もしそれが、何かの間違いで聖獣暴走事件に関わっていたのだとしたら。

 深読みでも可能性がゼロではない以上、確かに翼の言う通りセイバーズが動く案件である。仮に翼の仮説が当たっていたとしたら、件の事件を解決する糸口が掴めるかもしれないのだから。

 

「翼はもう手掛かりを探しているんだろう? 俺も手伝う」

「やめておけ。今の時点じゃまだ警察の案件で、正式なオーダーじゃないんだ。お前はその時が来た時の為に備えておけばいい」

「……なら、せめて怪盗の名前を教えてくれ」

 

 怪盗を捕まえることで、聖獣暴走事件が進展するかもしれない。僅かでもその可能性があるのなら、炎は時間外労働を辞さないつもりだった。

 翼はそんな彼を見て「コイツやっぱ社畜体質だわ」と呟きながら、どうせすぐにわかるだろうと観念して名を答えた。

 

「T.P.エイト・オリーシュア……だってよ。声明文にはそう書いてあったらしい」

「っ!」

 

 予想だにしない名が放たれた瞬間、炎は思わずコーヒー缶をテーブルに落とした。

 飛沫から逃げるように翼が立ち上がり、ただならぬ炎の反応に慌てる。

 

「お、おい、どうした? まさか聞き覚えのある名前なのか?」

「……ああ」

 

 炎は愕然と目を見開きながら、先日出会った燕尾服の少女の姿を脳裏に想起する。

 T.P.エイト・オリーシュア──メアと自分に対して意味深な言葉を残して立ち去っていった、あの少女の名前と同じだ。

 偽名だろうが、同名の別人ということもあり得まい。

 つまり、あの少女が怪盗だということ。炎には自然と、納得することができた。思えばあの格好も、それらしい装いだったような気がするし。

 しかし炎にとってそれ以上に衝撃的だったのは、彼女の正体が件の怪盗であることを前提に考えると、今しがた翼が語った仮説とあの時彼女が言っていた意味深な言葉の二つが、不自然なくつながってしまったからであった。

 

『ボクはその子で、その子はボク。キミの描くキャンバスに紛れ込んだ、二人で一つの色……本来ならきっと、この世界には存在し得なかった異色……』

 

 T.P.エイト・オリーシュアが告げたあの言葉は、メアと自分が同じ存在であることを仄めかしていたように思える。

 その時点では彼女もメアと同じ、PSYエンスが生み出した「フェアリーチャイルド」の一人である可能性を疑っていたが、その場合、引っ掛かるのは怪盗として言い渡した「次元の壁より参上いたした」という言葉だ。

 試験管から出てきたフェアリーチャイルドが皮肉を込めて言うにしては、次元の壁という言葉の表現はあまりに不自然。つまり彼女は、フェアリーチャイルドではない。

 ならば、「自分がメアで、メアが自分だ」と言ったその言葉はもっと本質的な意味を指していて……それがメアの身体の中にある「聖獣の因子」を意味していたのだとしたら。

 

 もしかしたら……

 

(T.P.エイト・オリーシュア、アイツは……)

 

 これは本当に、もしかしたらの話だ。

 

 我ながら荒唐無稽な推理であるが、一度疑ってしまうとそうである可能性が高いように思えてならなかった。

 

「聖獣、なのか……?」

 

 ──あの少女、T.P.エイト・オリーシュアの正体は、異世界からやってきた聖獣なのではないか、と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「マジで!?」

 

 僕、聖獣だったの!?

 うわーびっくりしたぁ……そうか、炎君にはそう見えたのか。なるほどね、これは予想外である。驚いてビュティさんみたいな目をしてしまった。

 

 すっげえ! 僕今すっげえ勘違い物のオリ主してる!

 

 いや、状況証拠から考えて確かにそう考えられなくもない。実際のところ「次元の壁より参上いたした」という一文は、もちろん三次元から二次元にやって来ましたよって意味だったんだけど。

 だけど確かに、異世界へのゲートという次元の壁の存在が物理的に認知されている世界なら、そういう解釈になる方が自然である。浮かれていたあまり、余計なことを書いてしまった僕が迂闊だった。一応、あの一文にはメアの他にも転生者がいるかどうかあぶり出す意味もあったんだけどね。ただカッコいいから書いただけではないのだ。

 

 しかし、いいね……そう言う勘違いはどんどんやっちゃいなよ、炎君!

 勘違い系SSと言えばテンプレが確立されるほどの人気ジャンルだからね。ふっ、また一つ、いい感じにオリ主してしまった……やれやれ、本当は目立ちたくないんだけどなぐふふふっ。

 

 

 はい。以上、千里眼中継によるセイバーズ明保野本部の様子をお送りいたしました。リポーターのエイトちゃんです。

 

 いやあ、やっぱりこの異能チートすぎるわ。千里眼って言うほど射程は広くないんだけど、建物の外からでも中の様子を覗くことができるのはヤバすぎる。ただの痴漢野郎から盗んだ能力にしては有能すぎて、もうこれ無しでは生きられないね。

 異能狩りに勤しんで早数日、巷ではぼちぼち僕の噂が流れており、大々的に捜査網が敷かれるのも時間の問題だろう。

 もちろん、警察相手に遅れを取る僕ではない。と言うかこの手の物語にありがちな通り、基本的に警察は前世の世界より無能である。闘士たちから盗んだたくさんの異能をストックしている今の僕を捕まえられるのは、それこそ全力を出したセイバーズぐらいだろう。

 警察とセイバーズでは、それほどまでに決定的な差があるのだ。捜査力はともかく、実力行使の面ではね。

 なので僕は大した危機感も無く犯行を行っていたが、思わぬきっかけで炎たちにタゲられたようだ。彼らは聖獣暴走事件に掛かりきりだったので、今のところ重罪人ではない(彼ら基準では)僕の逮捕には本腰を入れてこないだろうと見ていたが、その事件に掛かりきりだったからこそ僕に注目してきたのは盲点である。

 だが、悪くない……どころか、予定よりも良い状況だ。

 前にも言ったが、二次創作においてオリキャラを複数登場させる場合はそれぞれ相応のバックボーンを用意しておく必要がある。登場するオリキャラの存在そのものに意味を持たせておかなければ、どんなに戦闘力が高い強キャラであろうと読者には「コイツいる?」と辛辣な印象を受けてしまう。理由無き力は確かに強力だが、誰からも理解を得られないのでやがて悲しい結末を引き起こすということだ。

 

 その点、今、僕の存在は重要人物として原作主人公に理解してもらえた。しかも、図らずもその勘違いがもう一人のメインオリ主であるメアちゃんとの関係性を補強してくれたものだから笑いが止まらない。おまけに僕が人間の姿をした聖獣説まで流れてしまった。確かにTSオリ主と言えば性獣だけどね。

 うん、率直に言って炎君の推理は都合が良かった。本当に僕がそういう設定のオリ主だったら、なんかこういい感じの物語が作れそうなぐらいである。女神様っぽい人はどう思うかな? ワイトはそう思います。

 

 ……よし、いいよ。こういう後付けの設定も、有用なら寛容な精神で取り入れていく度量が大切だ。

 最初の時点でガチガチに設定を固めていなかったのもいざこういう展開が始まった際、柔軟なアドリブを返せるようにする為である。もちろん、プロットは丁寧に用意しておくに越したことはないけどね。

 

 

 なので聖獣さん、勝手に知らない同族を増やしてごめんなさい。

 

 だけど、僕はオリ主だからね。そういうことになった。

 

 そういうことになった。

 



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いたいけな少年の初恋をTSオリ主お姉さんが頂いていくのいいよね……

 警察からの追っ手をやり過ごしながら、今日も今日とて怪盗ノートを書き綴る超高校級のオリ主ことT.P.エイト・オリーシュアちゃんです。

 

 ファーストコンタクトの際、炎君の前に白昼堂々と姿を現したせいか、警察の間では既に僕の姿は周知されているらしい。流石は正義の男暁月炎。彼はあの後司令部としっかり情報共有してくれたようで、随分犯行がやりにくくなってしまった──と言いたいところだが、そこはチートオリ主たる者の面目躍如だ。

 一部の人間に僕の正体がバレたところで、問題なく活動を続ける方法は幾らでもある。例えば怪盗キャラの伝家の宝刀、超変装術を手に入れればね。

 

 この世界に蔓延る異能は実にバリエーションが豊富であり、町を出て一日ぐらい探し回れば変装におあつらえ向きな異能「擬態」を持つ異能使いがいることがわかった。レアな能力を持つ異能使いほど、近隣住民の噂になっているものなのだ。

 

 そんな噂話を元に探し出した異能使いは、僕が今まで盗んできた相手とは違い、齢十歳ぐらいの一般ショタっ子だった。レア能力を持っていること以外はどこも他と変わらない、至って平凡な少年である。

 そんな善良な子供から異能を盗むのは、流石の僕も少しだけ良心が痛む。

 

 しかもその少年、夕暮れ時にポツンと一人公園のブランコで俯いていたのだ。何か悩み事をしている様子は、誰が見てもわかるほどに元気がない。

 

 うーん……あのような子供に危害を加えるのは、非常にマズい。何がマズいかって、そういうのは踏み台転生者やかませ犬のムーブだからだ。僕は彼らと同じような行いをして、自ら進んで自分の格を落としたくはなかった。

 清く正しいオリ主として、子供には極力優しくした方がいい。あわよくばその対価に異能を頂きたいという下心はあったが、ここはオリ主らしくお節介を焼いてみることにしよう。

 そういうわけで僕は彼の隣のブランコに腰を下ろすと、少年の顔を覗き込むように声を掛けた。

 

「もし。こんな時間にどうしたんだい? そろそろ夜が訪れるよ」

「……え」

 

 その時の僕はいつもの怪盗衣装とは異なり、簡単な変装で少しおしゃれな女子大生みたいな服装をしていた。

 普通ならびっくりして逃げられたところかもしれないが、僕の外見が親切な美少女である以上、そうそう第一印象から警戒心を与えてしまうことは無い。やっぱ強ぇぜ……美少女補正!

 明らかに訳ありの様子の少年は、そこで初めて僕の存在に気づいたようだ。逃げるどころかそもそも逃げる気力すらないようで、思い詰めた顔で俯いている。

 

「孤独な夜は危険だよ。君のような少年がこんな場所で俯いていたら、いつ誰が襲いに来るかわからない」

「……うん、わかってる……」

 

 時系列的に悪の組織PSYエンスは滅んでいるが、それでも前世の日本ほど治安は良くないのだ。閑散とした夜中の公園に一人でいるのは危ないというのは、割と本心からのお節介ではあった。

 

「悩み事かい?」

「っ!」

「わかるよ。そういう顔をしているからね。差し出がましい申し出だけれど、良かったらお姉さんに話してみないかい? 時にはお父さんやお母さんよりも、赤の他人の方が言いやすい話もあるだろう」

「あ……うん……」

 

 儚く微笑んだ美少女スマイルで彼の緊張をほぐしてやると、少年はぽつり、ぽつりと、時に涙を浮かべながら語り出した。

 

 少年、翔太君は「擬態」の能力を持つ異能使いである。望む姿に完璧に擬態することができるというその力は、捜査官や工作員の誰もが羨むレア能力だ。少年自身もこの異能を誇りに思っていて、以前までは憧れのヒーローや怪獣に擬態したりしてよく友達と遊んでいたらしい。

 

 しかし最近、能力を使うと「頭の中がおかしくなる」のだと言う。

 

 自分ではない誰かに擬態する際、身体だけではなく心までも他の誰かになってしまう感覚がその心を襲う。このまま能力を使っていたら自分が自分でなくなる気がして……酷く、恐ろしいのだと語った。

 

「ふむ……」

「……昔は、そんなことなかったのに……変なんだ。変身したときも、変身したあとも……僕が誰なのかもわかんなくなってきて……怖いんだ……!」

 

 語れば語るほど語気が荒くなっているのは、両親にさえ言い出すことができなかった悩みだからであろう。確かにそれは、同じ能力を持つ者でなければ理解するのは難しい悩みかもしれない。

 察するに、それは彼の異能が幼少期よりも強く成長しているのが原因だと思う。異能は血液のようなものだと前に言ったが、肉体の成長に従って異能もまた強く成長していく。

 彼の「擬態」という異能は、以前は見た目だけだったのが細部にまで及ぶようになっているということだ。これは噂以上に、強力な力の持ち主なのかもしれない。

 

「こんなことなら……こんな能力、いらない……!」

「…………」

 

 何者にでもなれるが故に、「本当の自分がわからなくなる」というシリアスな悩みだ。日常的にロールプレイしている僕も似たようなものかもしれないが、僕は精神が成熟した大人……うん、大人だし、一定の線引きを弁えているつもりだ。

 その点、彼はまだ幼い。自分自身のアイデンティティが定まっていないが故に、演技と素の自分の境界がわからなくなっているのだろう。

 そんな彼の為に僕がしてあげられることは……思いつかなかったので、とりあえずハープを鳴らすことにした。

 

「?」

「音楽はいい……挫けそうになった時、荒んだ心を癒してくれる」

 

 彼が思いの丈を打ち明けている間に怪盗ノートへの書き込みを終えた僕は、シルクハットとマントを身に着けると即座にミステリアスな怪盗衣装へと早替わりする。異能とは関係ない僕自身の早着替え技術だ。替えるのは上着だけだったから、そう難しいことではない。

 何故今になって怪盗モードになったのかって? その方がカッコいいからだ。

 もちろん、今の少年の話を聞いて盗むのに遠慮が無くなったのもある。

 

「異能はね……心なんだ」

「……え?」

 

 まあ真剣に悩んでいる少年の姿がお労しくて見ていられなかったのも事実なので、僕はこのまま親切なお姉さんムーブを続けることにした。

 

「異能は心の持ち様で、その力を正にも負にも変えていく……キミがその力を正の側へと傾けたいのなら、今一度その力と向き合うことが大切かもしれないね」

「こころの、もちよう……?」

 

 それは本当である。ソースは原作アニメ。自分自身の異能との向き合い方一つで、その力の性質は幾らでも変化する。まあ、作中でそれができたのは主人公たち一部の人間だったけど嘘ではない。

 

「例えばキミの言うように、一度その力を失くしてみるのも一つの手だ。丁度ここに、異能を盗む悪いお姉さんがいることだしね」

「怪盗……!?」

「ご名答」

「わぷっ」

 

 彼が要らないと言ったのをいいことに、怒涛の攻勢を畳み掛ける盗っ人の鑑である。そこで彼も僕の正体に気づいたらしく、順調に怪盗オリーシュアの名前が広まっているようで何よりである。

 僕は彼の反応に気を良くしながらブランコから立ち上がると、呆然とする少年の顔と目線を合わせるように屈み込み、ハグを交わしながらその頭を優しく撫でる。一人孤独と戦っていた少年のことを労るように、慈しむように。

 

「ボクの名前はT.P.エイト・オリーシュア。キミの異能、頂戴するね」

「あ……」

 

 ノートの完成に犯行予告、そしてこうして彼の身体と接触したことで発動の条件が揃った。まあ接触するのにハグまでする必要は無かったのだが、その場の勢いという奴だ。

 僕の翠色の瞳が輝き、盗みが成功したことを確認する。大人のお姉さんの抱擁という天国と異能の強奪という地獄を同時に与えるとは、我ながら鬼畜の所業だぜ。

 堪忍してこの胸から引き離してやると、翔太君はあどけない顔を赤らめ、次に盗まれたことに気づいたのか、その目を大きく見開いた。

 

「ああ……ああ……っ」

 

 ……そんな顔するなよぉ。こっちが悪いことしたみたいじゃないか。

 いや、悪いことしているわ。ごめん翔太。だけど君にとっても悪いことばかりではない筈だし、どうか人間不信にはならないでくれ。

 

「少しはスッキリしたかい? だけどキミの異能のこと、そう邪険にしないであげてほしい」

「……っ!」

 

 僕が盗んだことにより異能が彼の身体から無くなったことで、副作用的な反応も無くなり頭の中がスッキリした筈……と思うんだけど、実際どうなのかは知らない。経験無いもん。

 ただ、今はスッキリしてもその内異能が戻ってきた時にどう感じるかは不明だ。デリケートな問題なので偉そうなことを言えた義理ではないが、どの道彼と異能は切っても切れない関係なので、上手く受け入れて乗り越えてもらいたいものだ。

 

「それもまた、キミがキミである証なのだから」

「待って!」

 

 待たない。怪盗オリ主はクールに去るぜ。

 マントを翻し、丁重に少年の手を払う。

 

「大丈夫、キミの力は応えてくれるよ。キミがキミであろうとする限り……その想いがある限り」

「怪盗……さん……」

 

 いい感じの説法を聞かせると翔太君の足音が止まり、追い掛けてこないことに安堵する。

 目当ての異能を頂いた以上、長居は無用だ。早速公園の外が慌ただしくなり、僕はやれやれと肩をすくめた。

 

「いたぞ! 怪盗オリーシュアだ!」

「奴め、とうとう子供まで毒牙に!」

 

 やっべ、思ったより早いな警察の動き。前回は無能だと言ったが、この対応の早さは彼らのことを少し見直した方がいいかもしれない。

 しかし僕はチートオリ主だ。炎たちならまだしも、名の無い県警に捕まってやる気は無い。

 

「では、ご機嫌よう」

 

 シルクハットを外して少年に振り向き、一礼。

 怪盗ノートを取り出し、いつもの異能テレポーテーションを発動。公園から他の町まで一気にオサラバだ。

 

 

 

 

 これは余談だが、あの後一週間ぐらい経って無事に異能が復活した翔太君は、前のようなアイデンティティの崩壊に悩まされることはなくなったらしい。

 それは僕に異能を取られ能力が使えなくなった期間、冷静になった頭で自分自身の在り方とか、異能に対する考え方とかを思い直し、自分なりに受け止めることができたのだそうだ。

 鬱になっている時は思考が回らないからね……だけど自分の力で乗り越えてみせた彼は、まだ幼いのに立派な子である。

 

 ……で、その後これまでより遥かに上手く擬態の異能を使いこなせるようになった彼は、どういう思惑か「捕まえたい人がいる」と警察官になることを決意。

 十数年後には公安お抱えの若手捜査官として大活躍することになる──らしいから、世の中何が起こるかわからないよね。

 

 しかしそれは残念ながら、オリ主たる僕が絡む物語とは別の番外の物語(サイドストーリー)である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そういう経緯で、変装に最適な「擬態」の異能を手に入れた僕は、その後の数日も効率的に怪盗ライフを送ることができた。

 擬態した姿で直接情報収集を行いつつ捜査の目を攪乱し、ターゲットに近づき鮮やかに異能を盗む。参考文献は超メジャー作品である往年の大怪盗たちである。僕は彼らほど頭は良くないが、足りない頭脳は異能で補うことができる。

 チートオリ主が何故強いかって? チート能力を持っているからさ。

 「擬態」で姿を変えてターゲットの元へ忍び寄り、テレポーテーションで離脱。大体この二つと千里眼があれば、警察相手にピンチになることもなかった。おかげでその間、原作介入の準備を滞りなく進めることができた。

 一向に捕まらない僕に増え続ける被害者の数、それと僕に聖獣関係者である疑いが掛かったことでとうとうセイバーズも動き始めたようだが、残念ながら既に時間切れだ。

 

「……来たね」

 

 原作アニメとの時系列を整理することで「その時」が訪れる日時を正確に把握していたボクは、街灯やイルミネーションが照らし出す煌びやかな夜景の中、一人アケボノタワー(通天閣的な建造物)の頂上に佇み、夜空を見上げてそう呟いた。

 定番の「馬鹿な……早すぎる……!」という台詞もいいが僕は何でも知っている感じのチートオリ主である。例えそれが予定通りであろうとなかろうと、どんな時でも余裕を見せつけるのが僕の流儀だった。

 

 そんな僕の視線の先──雲一つない快晴の夜空に、扉が開いた。

 

 この地球と聖獣の世界「フェアリーワールド」をつなぐゲートである。それは「フェアリーセイバーズ」における異世界編開始のワンシーンだった。

 

 

 話の内容はこうだ。

 

 直径50メートルに及ぶ異次元のゲートから、突如現れた巨鳥型の聖獣。

 炎たちは「また聖獣による強襲か」と身構え出動するが、巨鳥型の聖獣はもう一体の天使型の聖獣「コクマー」に襲われ撃ち落とされた。彼らは聖獣同士で仲間割れをしていたのだ。

 その場に残った天使型の聖獣は地上人類に向かってテレパシーを放ち、宣戦布告する。「お前たち人間は神の怒りを買った。心して我らの裁きを受けるがいい」とか、そんな感じの台詞である。

 人間とコミュニケーションができる聖獣が初めて地球に現れ、さらに明確な敵意を表明して町を焼き始めたのだ。当然、炎、長太、翼のいつもの三人が応戦するわけだが、天使型の聖獣は今まで彼らが戦ってきた相手とは段違いの強さであり、セイバーズは追い詰められていった。

 

 そこで、彼らを助けたのがこの物語のメインヒロインである炎の幼馴染「光井 灯(みつい あかり)」である。第一クールでの彼女は主人公の日常を象徴する民間人のヒロインであり、この世界では珍しく異能を使えない無能力者の人間だったのだが、第二クールからは思いっ切り本筋に絡んでくる。

 彼女は町の避難誘導に従っていたが、突如として頭に響く「助けて……」という声。その声に呼び出され、灯が向かった先にいたのは──先ほど天使型の聖獣に撃ち落とされた巨鳥型の聖獣だった。

 

 その巨鳥型の聖獣こそが異世界編のキーパーソンであり、前に話した穏健派の聖獣「ケセド」である。

 

 ケセドは天使型の聖獣「コクマー」の一撃を受け死に瀕していたが、灯と契約し、融合することによって生きながらえることができると言う。

 狼狽える灯だが、契約すれば聖獣の力を使えるようになり、追い詰められた炎たちを助けることができるというケセドの言葉を信じ、切羽詰まった状況から彼女は契約に至る。

 そんな魔法少女的な展開で誕生したのが、セイバーズの追加戦士光井灯である。

 異能使いとも聖獣とも違うフェアリー戦士。その身体に聖獣ケセドを宿した灯は炎たちのピンチに駆けつけ、四人掛かりで辛くも聖獣コクマーを撃退したのだった。

 

 

 

 ……で、セイバーズ一行は灯の身体に宿った聖獣ケセドの口から、聖獣世界の神様が総攻撃の準備をしている旨を聞くのがこの回の流れである。

 つまり、アニメ「フェアリーセイバーズ」のターニングポイントとなるめっちゃ重要な回だ。録画の準備はできている。

 流石の僕も緊張してきた。ただでさえそういう重要な話である上に、今回は炎以外のセイバーズへのエイトちゃんお披露目回でもあるからだ。

 この回で彼らが戦う天使型の聖獣「コクマー」は、新しいステージの敵キャラとして強烈な存在感を与えたものである。最強クラスの異能使いが揃って敵わず、追加戦士の加入でようやく撃退できたのだからその強さがよくわかるだろう。

 

「オリ主らしく圧倒したいところだけど、マー君強いからなぁ……」

 

 まさしく、僕のデビュー戦に相応しい相手と言える。元々今日まで盗んできた異能の多くは、彼を仮想敵として選別した能力だったのだ。僕の介入時期が第二クールであることを知った時、特に憂鬱を感じた存在である。

 

「だけどアカリンの覚醒シーンが見れるのは嬉しいね。リアル魔法少女の変身シーンって、本当に裸だったりするのだろうか……」

 

 そんなことを呟きながら、僕は開いたゲートから現れるであろう二体の聖獣を待ち構える。

 どこで介入するかは臨機応変に対応したいが、基本原作アニメのファンである僕は、いざその時が来るとなると観に徹してしまいそうだった。

 

 そんな僕が見守るゲートから、それは現れた。

 

 八枚の翼を持つ美青年の姿をした天使型聖獣「コクマー」が。

 ゲートの向こうから一体だけ(・・・・)出てきた彼は、殺意を込めた光線を真っ先に町へと放った。

 

「えっ」

 

 

 馬鹿な……(町を焼くのが)早すぎる……!

 

 えっ、なんで? なんでコクマーだけ!? ケセド一緒じゃないの!? ケセド君どこ!?

 

 それは記憶違いか、それとも僕の原作知識が間違っていたのか。

 或いは僕の存在か、メアの存在が引き起こしたバタフライエフェクトか。

 ともあれ目の前で起こった事象は、原作の展開とは明らかに異なるものだった。

 

 

 

 

 

 




 少年少女の初恋を奪うTSオリ主のSS増えてほしい(願望)
 その後少年少女が調子に乗るSSは減ってほしい(穏健派)

 朝霧細雨殿が夕暮れ時の悪いお姉さんを3Dファンアート化してくれました。これは性癖こわれる


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タグ:青山不在

 オリ主系SSにおいて、原作ブレイクのやり方は多岐に渡る。

 一つは、作者の意向により先天的に世界観を改変するパターンだ。登場人物の境遇や性格等、最初から「そういうもの」として設定を変えた創作である。わかりやすい例を挙げると、原作主人公やライバルキャラをTSしてヒロイン化したりするSSがこれに当てはまるだろう。

 そしてもう一つは、オリ主の介入によって後天的に原作の物語に変化を起こすパターンだ。こちらは一般的なオリ主物に多く、読者的には馴染み深い展開であろう。

 言ってみればそもそもオリ主という異物がいるのだから、物語が原作と全く同じ展開を辿る方が不自然な話ではある。故に、僕たちがいることでこの世界がある程度乖離するのは何らおかしくないのだが……流石にこの展開は想定外である。

 

 ──それでも僕は自己弁護したい。僕はこれに関して一切関与していないと。

 

 「フェアリーセイバーズ」異世界編のキーパーソン、穏健派聖獣のケセドが警告に来ない。異能怪盗として僕がしてきた行動が、巡り巡ってそのような結果につながるとは思えない。

 確かにセイバーズに関しては多少振り回してしまったかもしれないが、聖獣さんサイドの事情にはノータッチだった筈である。

 元々大筋は原作沿いの方がチートオリ主らしいことしやすいと思っていたし、重要な展開までブレイクする気は無かったのだ。

 

 ……うん、やっぱり僕のせいじゃないな。そうなるとこの状況は僕よりも先んじてこの世界にいたメアによる影響か、設定レベルで何らかの改変を入れた女神様っぽい人の意向か。

 後者であれば、女神様っぽい人はやはり上級者である。

 

「まさか、ね……」

 

 SSの原作ブレイクには、こういうパターンもある。

 それは、オリ主の存在自体が原作キャラのポジションに成り代わる場合である。

 あれから僕もメアについて詳しく調べてみたが、彼女のことでわかったのはPSYエンスに改造された聖獣の因子を持つ人間だということだった。オリ主的には実に「らしい」設定である。仮面系の特撮は人気ジャンルだからね。

 彼女はそれ故に人間と聖獣、二つの種族に対してこの世界で最も近しい関係性を持っている。

 

 そんな彼女なら、ケセドがいなくても代わりが務まる……と言うか、思えば彼女の立ち位置はなんだかケセドと契約した原作のフェアリー戦士「光井灯」と微妙に被っている気がしてきた。

 

 故に、この物語自体が実は「オリ主であるメアがケセドの代わりにセイバーズを導く内容」のSSだった可能性があるのだ。

 

 何ということだ……まさかタグに「ケセド不在」が付いていたとは……! 

 

 ポッと出のチョイ役ならまだしも、よりによって原作のキーパーソンが除籍されているとは思うまい。と言うか、考えたくない可能性だったので頭から除外していたのだ。だってよ……ケセド……出番が! 

 

 ……いけない。推しの一人がいないショックに錯乱してしまった。

 

 

『裁きの時だ……人間共よ覚悟しろ! ブルアアアアアッ!!』

 

 コクマーさん、原作より荒ぶっておられる。イイ声だぁ……。

 白翼の天使がその手に携えた槍を振り上げると、空から稲妻の嵐が降り注ぎ、一瞬にして町を火の海に変えていく。

 いけないいけない……僕がパニクっている間にも、現実という物語は容赦なく進行しているのである。

 

 天使コクマーによる宣告の後、拡大していく被害。

 間も無くセイバーズ三人が出動し、人智を超える激闘が始まった。

 

 しかしその戦場の中に、光のオリ主たるメアの姿は無い。

 ええい、あの子は何をやっているんだ? アカリンの代わりに炎たちを助けに行ってよ役目でしょ! 

 

 僕が行ってもいいが、今は待ちの姿勢である。もちろん、生で見る超常の存在に怯えているわけではない。メアがいない中で僕だけが一方的に活躍するのは、オリ主同士のバランスを崩すことになりかねないからだ。

 オリキャラ複数物のオリ主とは神経を遣うものなのだ。

 

「仕方がない……」

 

 オリキャラ同士、一対一の対面はしたくなかったんだけど……こうなってしまっては、確かめなければなるまい。

 

 僕は千里眼で彼女の現在地を探し出すと、急ぎテレポーテーションで向かうことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 炎が燃え、氷が弾け、風が吹き荒れる。

 

 暁月炎、力動長太、風岡翼が戦っているのだ。

 セイバーズきってのエース部隊であり、世界でも有数の実力を持った異能使いが三人も集まれば、どんな相手も制圧できる筈だった。

 しかし、ゲートから現れた新種の天使型聖獣はあまりにも強さのレベルが違った。

 人間と聖獣、二種族の壁はこんなにも大きいのかと打ちのめされるほどに、三人は出力の差で完全に力負けしていたのだ。

 

 このままでは、みんなやられてしまう……。

 

 混乱する町の住民たちと共に避難誘導に従いながら、姉代わりである光井灯に手を引かれ、メアは明保野の町を駆け抜けていた。

 過去の記憶も身寄りも無いメアの後見人になったのが、セイバーズの司令官を務める灯の父光井明宏である。そうして光井家で暮らすことになったメアのことを、事情を知る灯は姉代わりとなって可愛がってくれた。

 

「メアちゃん、大丈夫だから……今度もきっと、炎や翼さんたちがやっつけてくれるから!」

「……うん」

 

 ……今だって、そうだ。

 戦う力を持たない無能力者である灯が、戦う為に作り出されたフェアリーチャイルドを怖がらせまいと励ましている。

 

 

 ──何故、こうも彼女は……彼女らは、こうもメアに関わるのか? 戦う為の、使い捨ての道具に過ぎないメアに。

 

 薄暗いPSYエンスの実験室にいた記憶しか持たないメアには、初めは彼女らの思考が全く理解できなかった。

 しかし、明宏の方針でこの一年間、市井で平穏に暮らしてみてわかった。何となく、少しだけわかったような気がするのだ。

 それはきっと人間が持っている当たり前の心──「優しさ」という感情なのだと。

 

「メアちゃん?」

 

 足を止め、灯の手を離す。そうするとやはりと言うべきか、灯が戸惑った表情でメアの瞳を窺う。

 

 温かかった……人の心の優しさが。

 守りたいと思った……彼女のような人間を。

 救いたいと願った……炎たちのような戦士を。

 

 戦いたいと思った。この世界と、優しい人たちの為に。

 

 そう思ったからこそメアには、灯たちと一緒に避難することができなかった。

 

「メアは……行かなくちゃ、いけない」

「っ、だ、駄目だよメアちゃん! 貴方はもう……!」

「メアが戦わないと、エンが死ぬ」

「っ!」

「ごめん、なさい……おねえ、ちゃん」

「! ……メアちゃん」

 

 気が付いたら、走り出していた。無能力者の灯では、どう頑張っても追いつけないスピードで。

 メアはその小さな身体では到底考えられない脚力で道路を踏み越え壁伝いに走り抜けると、住宅街の屋根上へと跳躍し最短距離で炎たちの元へ向かっていく。

 

 わがままを言ってしまった……嫌われてしまっただろうか? 

 もしかしたら灯とは……お姉ちゃんとはもう、会えないかもしれない。

 

 あのゲートが開かれ、聖獣の天使が現れてからずっと、メアは身体中が疼いていた。それは自身の身体に組み込まれた聖獣の因子が、あの聖獣に反応しているからなのかもしれない。

 

 だとしたら、自分は……自分の記憶も、おそらく……

 

 

 

「答えは出ているのだろう?」

「!?」

 

 

 屋根伝いに戦場へ向かって走っていたメアの前に、一人の少女の姿があった。

 少女、と言ってもメアから見れば十分大人の女性に見える姿だ。姉の灯よりも大人びた雰囲気を纏う黒髪の少女は、焦るメアの心を落ち着けるようにハープの音色を響かせると、薄い笑みを浮かべてメアを見つめていた。

 

「貴方は……」

「T.P.エイト・オリーシュア。エイトでいいよ、メア」

「エイト……」

 

 待ち構えていた様子は、まるでメアがやってくるのを初めからわかっていたようだった。

 急がなければならないのに、思わず足を止めてしまう。

 佇まいは静かなのに、メアの姿を見つめるエイトのエメラルドのような瞳は、心の中が吸い込まれるような感覚だった。

 その視線を逸らさずメアの瞳を捉えながら、シルクハットを目深に被ったエイトが問い掛けてくる。

 

 

「キミは、この世界で何を見た?」

「……っ」

 

 

 問いが、心を抉った。

 

 

「キミはこの世界で……何を為すんだい?」

「……メアは……」

 

 

 実験室にいた頃は、生まれてきた意味もわからなかった。

 そんなメアの心には今、炎や灯たちの優しさを受けたことで、新たな感情が芽生えていた。

 その感情の正体がわからず、メアはずっと戸惑っていた。

 

 でも、もう違う。

 メアは力強く頷き、問い詰めるエイトの目から視線を逸らさずに言い切った。

 

「メアは……助けたい! エンやアカリたち……人の、優しさを、信じたい……っ」

 

 初めて知った人の愛。

 その優しさに、少女は目覚めたのだ。

 

 少女の中に眠っていた()と共に。

 

 そんなメアの決心を前に、エイトがハープの音を止めてくすりと微笑む。

 月下に照らされたその笑顔は、儚く眩しいものだった。

 

 

「そうか……キミは選んだんだね。キミ自身がその役目を果たすことを……ケセドが信じた未来を」

 

 

 安堵したように息を吐くと、エイトの姿が朧のように搔き消える。

 まるでそこにいたのが幻影だったかのように、彼女が消えた痕には何も残らなかった。

 言葉を交わしたのはほんの僅か。しかしメアにはその時、彼女が言い残した言葉の意味が何となくわかるような気がした。

 

 彼女の言葉からはどこか、懐かしい響きを感じたのだ。

 

「ケセド……? そう、だったんだ……それが、この子の……」

 

 ストンと胸に落ちたように、心に掛かっていた靄が一斉に晴れるような感覚だった。「ケセド」というその名前を反芻した瞬間、疼いていた身体が熱く燃え滾っていく。

 

 今、理解した。

 メアは、そして彼は思い出した。

 その役割を……自分たちが為すべきその使命を。

 

「メアの名前っ!」

 

 身体の熱さが臨界点を超えたその瞬間。

 その時が訪れるのをずっと待っていたかのように、メアの身体が光に包まれ猛々しい唸りを上げて広がっていく。

 その光は闇夜を照らす一条の光芒となって拡散していくと、戦場の戦士たちの意識をも釘付けにする。

 

「何!?」

「何だ!?」

「あの光は……!」

 

 溢れ出る光が収まった時、そこにいたのは背中に二枚の翼を広げた、銀髪の天使だった。

 天使は碧眼の右眼と黄金の左眼をゆっくりと開き、虹彩異色の瞳で聖獣コクマーを見据え、告げる。

 

「去って、コクマー。ここは、貴方のいるべき世界ではない!」

『……! 貴様ァ……その眼は、まさか!?』

 

 ──目覚めし者が今、この世界を祝福しようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あーメアちゃん、聖獣になっちゃったよー。

 違うよ、人間と聖獣の心を持つ、オリ主マンだ。

 

 いやあ、なんか凄いことになったな……と他人事に思いながら、僕はメアちゃんマンのスーパーオリ主タイムに圧倒されていた。何というかこう、予想外な事態の連続に頭脳がオーバーフローしたのである。

 

 原作の大事なシーンだというのに、重要な役目をこなす筈のオリ主がいない。そんな中で僕だけが目立ってしまうのはオリキャラ複数物としていただけないので、彼女にも見せ場を与える為に焚き付けたまではいい。

 もちろん、今一度彼女のオリ主としてのスタンスを見極めてみたかったのが先ほど接触した理由だが……全く、よもやよもやである。

 

 ──どうやらあの子、ケセドだったらしい。

 

 正確には、ケセドの因子を埋め込まれた改造人間である。

 一体全体どういう経緯でそうなったのかはわからないが、彼女の身体に組み込まれている聖獣の因子とは、「フェアリーセイバーズ」の重要人物ケセドのそれだったのだ。おいおい、灯ちゃんの出番消滅したわ。

 しかしオリ主物SSにおいて、オリ主が特定の原作キャラと密接な関係にある作品は珍しくない。「オリ主はあの原作キャラの親類ですよ」とか「オリ主はあの最強キャラの弟子です」とか、そういった関係性を設定することで、物語に絡ませやすくなるのだ。この手法は実際便利で、バトル物から日常系まで幅広く応用されている。

 

 それが彼女の場合、「オリ主はケセドの因子を持つ改造人間です」という設定だったというだけだ。わかるかそんなもん。

 

 ……だけど、冷静になって判断するとそう悪い展開ではない。

 SSとしては、実に王道的な原作ブレイクだろう。

 

 前にも言ったが、オリ主がいることで崩れた戦力バランスを、オリ敵を増やすことで調整するSSは失敗することが多い。しかしその逆で、味方側の戦力を減らすことでバランス調整するSSは、意外にも割と生き残るものなのだ。

 それは、いなくなった原作キャラのポジションに成り代わることで、オリ主が明確な役割を持てるからである。

 無論、いなくなった原作キャラが好きな人からすると非常に残念であり、作風として好みが分かれるところはあるが、作者サイドからしてみれば都合の良い舞台設定だったりする。

 

 故にメアがオリ主(ちから)を見せつける展開として、この状況は最高の舞台だった。

 

 正直僕も楽しみにしていた灯ちゃんの出番が消えたのは残念だが、これはこれで尊いのでヨシとする。流石は美少女補正、相手に回しても恐ろしい。

 

 

「やるね、メア」

 

 炎たちのピンチに純白の翼を広げて駆けつけたメアは、三人に代わってコクマーと壮絶な空中戦を繰り広げていく。

 流石は彼と同格の聖獣、ケセドの力を宿しているだけのことはある。原作の灯ちゃんの役目を完全に奪ってしまっているが、メア自身の戦闘技術は高く、彼女以上に力を使いこなしていた。

 これは凄い。僕が入り込む余地が無いほどである。

 

『いい気にィ……なるなぁぁ!!』

「ッ!」

 

 しかし、コクマーは強い。

 思わぬ増援に動揺し、最初は互角だった戦いにもすぐに順応してみせる。

 戦況はやがてメアが圧され、劣勢になり始めていた。

 

 

 ふっ、やれやれ……いよいよ僕の出番かな? 

 

 ウキウキとその時に備えてストレッチを始めるが、ふと思いつく。

 

 ……ここで僕が加勢してあっさり強敵を倒してしまうのは、それは二次創作として如何なものかと。

 

 原作主人公たち三人が歯が立たなかった相手に、オリ主が参戦して善戦する。ここまではまあいいが、そこに謎のオリキャラが加勢して、敵を撃退する……ああ、これは少しマズい。

 

 客観的に見て、原作キャラ一同がオリキャラの引き立て役になってしまうからだ。

 

 あっぶな、危うく複数転生者物SSの罠に嵌まるところだったぜ。

 そうだ。原作へのリスペクト的に考えて、このまま炎たちに何の見せ場もないまま終わってしまうのは非常によろしくない。

 原作主人公たちにも見せ場を作った上で、オリ主としての力も見せつける。両方やってこそ、僕が望む完璧なチートオリ主だ。TSオリ主は欲張りなのだよ。

 まさしく慢心の権化、合掌。そんな僕が今やるべきことは、口惜しいがメアというオリ主に加勢して敵を倒すことではない。

 

 いざ行かん、テレポーテーション! 

 

 

 

 

「キミの可能性はここで終わるものではない筈だ。アカツキ・エン」

「……お、お前は……!」

 

 向かった先は、原作主人公暁月炎のところだった。

 わお、思ったより大分酷くやられているわコレ……

 炎たちは皆虫の息で倒れ伏しており、痛みに震える身体でなんとか立ち上がろうとしている様子だった。

 そんな彼らの前で僕はスカートを折り畳みながらその場に座り込むと、僕の登場に驚く炎の額をつんつくつんと小突いてやった。

 

 ホラホラ、このエイトちゃんが激励に来てやったぞ。がんばれ、がんばれー。

 

 

 




 ヒロアカ二次における青山君の雄英合格率が気になる今日この頃。
 ヒロアカに詳しくないので度々不在になっている青山って子はひょっとしてレジェンド誠並に嫌われてるのかな?って思ったけど、特にアンチ青山君がいるわけでもないのは驚きました。


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ガチャ報告は作者の特権

 日間一位取れた。感謝感激です。
 それにしても前回からのこの伸びは……青山君はやっぱり大人気キャラだったんですね!


 あの子が……メアが、一人で戦っている。

 

 早く助けに行かなければ……と傷だらけの身体を起こそうとする炎だが、その身体は神経の至るところが麻痺しており、身動きすらままならなかった。

 他の二人も同じだ。力動長太も、風岡翼も、あの天使型聖獣の雷に貫かれ、瓦礫の下で這いつくばっている。

 サフィラス十大天使が一柱、コクマーと奴は名乗った。

 なるほどこの力は聖獣世界の天使と呼んで相応しい……圧倒的な強さだ。

 PSYエンスのボスやエレメント・ワイバーンらの聖獣も含め、今まで戦ってきた誰よりも圧倒的に強い。高位聖獣の実力をまざまざと見せつけられ、炎たちは血を吐いた。肋骨が折れているかもしれない。

 しかし、この心までは折れていない。

 

「ま、守らなければ……俺が、この町を……みんなを!」

 

 コクマーの怒りは尤もだ。

 PSYエンスのような一部の人間たちは、彼ら聖獣に対して一方的に危害を加えた。その報復がこれだというのも……わかる。

 炎とて復讐者だったのだ。自分の復讐はきっちりと成し遂げて、他人に復讐するなと言っても説得力は無い。

 

 だが、それでも彼の行いを許すわけにはいかない。

 

 関係の無い人々を、善良な人間まで巻き込むのは間違っている。

 例えこの身が燃え尽きようとも、俺が奴を倒す。そう決意し、PSYエンスのボスを倒したあの時の力を解放しようと全身に力を入れた──その時だった。

 

 

「その意気だよ。立ち上がれ、エン」

「!?」

 

 

 声が聴こえた。

 穏やかで緩やかな、この場に似つかわしくない声だ。

 先日一度だけ聴いたことがあるその声が耳に入ると、うつ伏せながら顔を上げた炎の前に、膝を抱えながらしゃがみ込んでいる黒髪の少女の姿があった。

 

「キミの可能性は、こんなところで終わるものではない筈だ」

「お……お前は……!」

 

 T.P.エイト・オリーシュア。

 判明している時点での罪状は多数の異能取締法違反、住居不法侵入、窃盗等、この数日間警察関係者を悩ませていた異能怪盗である。

 

 思えばようやくセイバーズにも彼女の拘束命令が下された矢先に、この事態だ。

 元々ある疑念を抱いていた炎には、彼女とあの天使型聖獣コクマーの降臨が全くの無関係だとは思えなかった。

 ……そんな彼の胸中を知らぬ少女は、最初に出会った時と何ら変わらない態度で言った。

 

「本当に綺麗な目だ……こんな時でも希望の灯火を絶やさない。キミはやはり、ボクの知るアカツキ・エンなんだね」

「何……?」

 

 身動きが取れない中警戒心を露わにする炎に向かって、エイトが左手に一冊のノートを開きながら右手を伸ばすと、その人差し指で炎の額を小突いた。

 

 そんな彼女の柔らかな指先が触れた瞬間、信じ難い異変が炎の身体を襲った。

 

 

「!? 痛みが……」

 

 一瞬にして、身体中の痛みが消え失せたのである。

 

「ヒーリングタッチ。この指で触れた相手を癒す異能さ」

「……盗んだ能力か?」

「ふふっ」

 

 少女が触れた部位を起点に傷が癒えていく。効き目は劇的だった。

 セイバーズお抱えのドクターに匹敵する、強力な治癒系異能である。いや、使い勝手を考えれば彼の異能さえも凌駕しているかもしれない。

 盗んだ異能で助けられるとは、犯罪の片棒を担ぐようで面白くない。しかし、今はそんなことを気にしていられる状況でなければ、立場でもなかった。

 

 炎は麻痺と傷が癒えた身体を起こすと、手足の動きを確認し少女の姿を見下ろす。シルクハットで水増しされているが、実の身長は160センチよりやや低かった。

 助けられたことに対する感謝と猜疑心が合わさった複雑な表情を浮かべる炎に対して、エイトは何が面白いのか微笑むばかりだ。初めて間近で見たその顔はまさに月下美人もかくやという美貌であり、状況が状況であれば魅力的な少女に見えたのであろう。しかし生憎にも炎は元々硬派である上に、今はじっくり観察している余裕もなかった。

 

 少女はシルクハットのつばで目線を隠しながら踵を返すと、左手に持ったノートを宙に浮かし、空いた手にどこからともなく銀色のハープを取り出した。

 

 

「人が得た異能にはね……その人にしか引き出すことができない無限の可能性が眠っているんだ」

 

 

 唐突に語り始めると、宙に浮いたノートのページから淡い光が放たれる。

 そしてその横で彼女は、炎を癒したその指でハープの演奏を始めた。

 

「「調合」の異能を使い、治癒の異能と不朽の銀琴を調合……そうして完成した癒しのハープが奏でる音色は、人々の身体を癒す福音となる」

「な……っ」

 

 それは形容のし難い、不思議な音色だった。

 炎は音楽センスのある人間ではない。しかし彼女のハープが奏でる演奏が、今まで聴いたことのあるどのメロディーとも合致しない独特な調律であることを耳に感じていた。

 それでいて何故か精神が落ち着く──心が癒される音色である。

 

 そしてそれは精神だけではなく、聴いた者たちの肉体にも作用していた。

 

「この曲は……」

「な、なんだこれ? 身体の痺れが消えた……!?」

 

 突如として怪我が治り、不思議そうな顔で立ち上がる長太と翼。

 

 ……同じだ。先ほど彼女の指が、炎の額に触れた時と。

 彼女が奏でるハープの音は癒しの異能となり、倒れていた二人の身体を癒やしたのである。

 してやったりと言いたげないたずらっぽい顔で、怪盗少女は振り向いた。

 

 

「ね? 異能は、使う者の心の持ち様で姿を変えるものなんだ。それはきっと、キミの焔も同じさ」

「……あんたは……」

 

 

 指先に触れた対象の身体を癒すヒーリングタッチと、音楽を聴いた者の身体を癒す今の異能は元は同じ力だと、彼女はそう語った。

 炎にはそれが、「異能」の本質的なことを言っているように聞こえた。

 

 炎自身、経験があるのだ。

 

 炎の異能は「(ほむら)」。

 紅蓮の焔を自在に操ることができ、放射したり身体に纏ったりすることができる能力だ。

 

 最初は応用の幅こそあれそれだけの能力だったのだが、PSYエンスの戦いの中で少しずつできることが増えるようになった。

 そして父の仇である組織のボスを前にした時──絶対に負けられないと心の極限を超えた時、炎の異能は一時的に次のステージへと上ったのである。

 

 ……その時のことを思い出した炎の心を盗み見たかのように、エイトが告げた。

 

 

「正しい心を持った異能使いは、やがて次のステージへと進んでいく。それが聖龍アイン・ソフの望み……」

「!? なんだ、その話は……!?」

「おっと、喋りすぎたかな」

 

 

 忘れてくれ、と少女は夜風に揺れるシルクハットを押さえながら言う。

 この状況で無ければ、どれほど問い詰めたかったか。尤も、問い詰めたところで煙に巻かれる気しかしないが。

 観念したように、炎は立ち上がった仲間たちの側へと意識を向けた。

 

「回復系の異能か……? サンキュー!」

「礼には及ばないよ。何故ならボクは本来、キミたちに追われる筈だった身……善良な市民から異能を盗む、悪いお姉さんなのだから」

「……! あんた、怪盗か」

「だったらどうする? 今ボクを拘束するかい?」

「……はぁ」

 

 彼女のハープに助けられたことで素直に礼を言う力動長太と、即座に彼女の正体に勘づく風岡翼。

 翼はつかみどころの無いエイトの態度を受けて助けを求める目を炎に向けてきたが、炎は黙って首を振った。

 この状況で彼女を拘束する余裕がある筈もない。今優先すべきなのは聖獣コクマーだ。

 しかしそれでも、彼女には最低限今の自分たちにとって敵か味方なのかをはっきりさせておきたい。明確な裏付けは無いとは言え、彼女が聖獣の仲間かもしれないという疑惑もあるのだ。

 

 リーダーポジションとして炎が訊ねると、彼女は浮遊させていたノートを手元に戻しながら言った。

 

「そうだね、取引と行こうじゃないか」

 

 そのままおもむろにページをめくった次の瞬間──どこからともなく漆黒の巨鳥が現れ、それが三体、それぞれ炎たち三人の元へと付き従うように鎮座した。

 

「な、なんだこの鳥は!?」

「影を実体化する異能か……これも、盗んだ能力かい?」

「さあてね」

 

 鳥に目や鼻は存在しておらず、まるで闇そのもので作られたオブジェクトのようだ。

 しかしそれは問題なく物体として触れることができ、丁度成人男性が一人背中に乗れる大きさがあった。

 

「人呼んで、闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)ってところかな。ボクが足場を用意してあげるから、キミたちは無垢なる天使を助けてあげてほしい。ついでに、ボクのことも見逃してくれたら嬉しいね」

 

 それは三人にとって、願ってもない提案だった。

 先ほどは三人掛かりでコクマーに挑み、歯が立たなかった。その原因は単純な力の差もあったが、そもそも自由自在に空を飛び回る相手では地の利が無く、こちらの攻撃がほとんど通らなかったことにある。

 

 盗んだ能力の一つだとしても、彼女がこうして飛行手段を用意してくれるのは非常にありがたい申し出だった。

 

「……あんたは俺たちに味方してくれるんだな?」

「うん。今のコクマーは暴走している……彼をこのままにしておくのは、ボクの本意ではないからね」

「わかった、提案を受けよう」

「ご利用どうも」

 

 時間が惜しい。こうしている間にも、メアがたった一人であの天使の相手をしているのだ。

 炎は迷わず不死鳥の背中に乗り込むと、そんな二人のやりとりを見て、翼も続いて乗り込んだ。

 長太はと言えば、とっくに自身に割り当てられた不死鳥に乗り込んでいた。「奴をぶん殴れるなら何だっていい!」と、こういう時は考えるより先に動く馬鹿の方が強いのである。

 

「その子たちの命令権はキミたちに渡してある。どの子もとても利口だから、ちゃんと言うことを聞くよ」

「そうか? よし、メアちゃんのところへ飛べ! うおおっ!? 速えぇ──!」

 

 早速長太を乗せた不死鳥が舞い上がり、一気に闇夜へと上昇していく。

 ハイテンションな彼を見て翼が呆れたような、或いは感心したような表情で溜め息を吐いた。

 

「……あんたには聞きたいことがあるが、今はどう考えてもあんたに構っている状況じゃねぇ。ここは信じさせてもらうよ、怪盗さん」

「感謝するよ、カザオカ・ツバサ」

「へっ」

 

 彼女が当たり前のように自分の名を知っていたことに薄気味悪そうな顔をしながら、翼を乗せた不死鳥が飛び立っていく。

 

 最後に残った炎は、自分たちに味方をしていると言ったその言葉が偽りではないことを信じ、初めて本心から礼を言った。

 

「……協力に感謝する、怪盗」

「エイト」

「?」

「エ・イ・ト」

「??」

 

 少女が返したのは、茶目っ気を込めた要求だった。

 

 

「キミには、そう呼んでほしいな」

「…………」

 

 

 炎は、何も言わずに飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……連れないね」

 

 人知れずしょんぼり。どうも月下の闇使いことT.P.エイト・オリーシュアです。

 

 推しの口から名前で呼んでくれないかなーと思い要求してみたのだが、流石に炎君は警戒心が強かった。

 それはそうだ。どう見ても不審者だもの僕。寧ろ、そう簡単にデレられた方が原作ファンとして困惑したところだろう。性格改変物のSSも確かに面白いが、僕は原作キャラは原作に忠実な方が好きなのだ。

 

 まあ、それはそれとして推しに名前を呼ばれるのは嬉しいのである。お前推しばっかりだな目移り気味なアイドルオタクかよって? 原作のキャラはみんな推しなのだから仕方が無い。我ながら、ファンの鑑である。

 

 一人残った廃虚の地でポロローンとハープを鳴らし、今の寂しい気持ちを音にしてみる。

 うむ、前世は演奏の心得などなかった僕だが、休憩時間で練習した成果もあり、それなりに様になってきたものである。

 因みに、さっき弾いた曲はアニメ「フェアリーセイバーズ」のエンディング曲をイメージしたものである。雑な耳コピで弾いたのでちょっと不安定だったが、次にやる時はもっと上手く調整しておこう。

 このハープにヒーリングタッチを「調合」して弾いたのは、他の二人までいちいち触りに行くの面倒だなと思った結果のアドリブである。

 それと、僕の演奏を伏線に炎君たちに「異能」にはその先のステージがあるよ、っていうのをそれとなく仄めかしておきたかったのだ。原作だと灯ちゃんと契約したケセドが教えてくれたことだからね……

 

 

 さて、唐突ですまないが、ガチャの報告をしよう。SSの前書きか後書きには、ガチャ報告を入れるのがトレンドなのだ。作者という生き物は共感を求めるものなのだよ。

 

 僕が引いたガチャと言うか、いつも引いているのはもちろん異能ガチャだ。引く前に自分の目で厳選できるのでソシャゲのガチャのような闇の深いものではないが、それでも盗んだ後になって実は自分には使いこなせない異能だった。使ってみたら思っていた以上に凄い異能だった、ということが稀にある。

 

 今回は後者──SSR異能「調合」について説明しよう。

 

 スタジアムの闘士ハーンフ・リーから盗んだこの能力、実は薬以外も調合できる超優れものだったのだ。

 それに気づいたのは予告状を出す直前のことで、「よくよく考えたらこの能力要らないんじゃないかなぁ」と思い始めた時である。

 彼の異能により副作用の無い強力な薬物を調合できるのは確かに凄いが、治療目的の薬なら指先一つで傷を癒やす「ヒーリングタッチ」があれば十分事足りるのである。

 彼のように肉体を強化するドーピングに使うのは、もちろんTSオリ主的に考えてNG。それでも色々と使えそうではあるのだが、ノートのページ数は限られているのだ。この世界には原作の登場人物以外にも面白い異能はたくさんあり、役割が重複している能力はなるべく避けた方が良いかと判断していた。

 

 コクマーの強さを実際に見てみて、その判断は正しかったのだと再確認した。あのレベルの敵と戦うなら、使わない能力を盗む余裕は無い。

 

 しかし諦める前に僕が考えたのは、「調合」という異能の応用範囲である。いかにも色々悪さできそうなその能力、別の使い方は無いのか?という疑問だった。もしかしたらその異能には、持ち主すら気づいていない応用の仕方があるのではないかと。

 

 

 たとえば調合の対象に、「異能」そのものを選べるのではないか? 選べたらいいなーぐらいの感覚で、僕は願望全振りの解釈をノートに付け足したのである。あまりにも僕に都合が良すぎる解釈だったが、もしそうならば異能をストックする怪盗ノートとのシナジーが非常に高い。失敗してもページの一枚程度の犠牲なら、ガチャを引いて試してみる価値のある能力だと思い直したのだ。

 

 

 ──で、それは的中していた。

 

 答えはその通り、彼の異能の力は一定時間内であれば僕が盗んだ他の異能を対象にすることができ、盗んだ能力同士を「調合」して組み合わせ、別の能力へと昇華することができた。

 この使い方ならば調合と言うよりも、「合成」と言った方がしっくりくるかもしれない。先ほど使った力もその賜物である。

 

 異能【ヒーリングタッチ(指先で触れた者を癒やす能力)】と【どこでもハープ(異空間からハープを呼び出すことができる能力、錆びない)】を調合し、癒やしのハープという全体回復技を編み出したり。

 

 異能【闇の呪縛(闇を実体化する能力。引きこもりの幼女から盗んだ)】と【念動力(その名の通り、サイコキネシスで物を動かす異能。スカートめくりをしていたクソガキから盗んでやった)】を調合し、ケセド君シャドー的な乗り物を作ることができたのだ。

 

 「調合」により僕のチート能力の応用の幅は一気に増え、夢が広がった。

 正直SRぐらいだと思った能力が人権SSR並の性能だったことにびっくりした。そりゃガチャ報告もしたくなるものよ。

 あまりにも嬉しかったので、盗んだ後で本来の持ち主であるリーさんところへ戻り「キミの異能、最高だったよ!」とわざわざ報告しに行ったぐらいである。そしたら、なんか泣かれた。「こんな俺にも、誇れるものがあったんだ……!」とか口溢しながらめっちゃ泣かれた。

 いきなり大の大人に泣かれたのでつい女の子らしい悲鳴を上げそうになったが、どうどうとなだめすかしながら「スタジアム準優勝者が何言ってんねん」的なことを言ったらもっと泣かれた。情緒不安定だったのだろうか……人生色々と、悩む人は多いということだろう。

 

 

 閑話休題。

 

 さっき三人に渡したケセド君シャドー的な鳥型の乗り物「闇の不死鳥」は、彼の「調合」の異能が無ければ作れなかったものだ。

 造形の参考にしたのはもちろん、存在を抹消されし重要人物「ケセド」。彼の姿を小型化して疑似再現したものである。

 ごめん……やっぱケセド君いねぇのつれぇわ……

 

 いやね、僕だって色々考えたからここに来たのだ。

 ケセド不在という思い切りの良すぎるタグ付けには、正直女神様っぽい人に色々言いたいことがある。しかし、この世界ではそうなっているのだから仕方が無い。

 大事なのはこれからのことだ。僕は未来を生きるオリ主なのだから。

 

 

「希望は蹂躙された……可能性を掴むのは彼らか、それとも……」

 

 

 間を持たせる為、とりあえず気になったことをカッコ良く呟いておく。

 初めはこの戦いでデビューする予定だったが、エイトちゃんの謎の怪盗キャラは続行! 続行します!

 と言うのも、自分の演奏で心を落ち着けてみて疑問に感じたのである。それは今、メアの元へ三人が合流したことで無事コクマーを撃退できそうになっているのを見て、確信に変わった。

 

 ──今はまだ、僕が無双する時ではないな、と。

 

 三人を回復させ、再び戦場に送り出したことで状況は原作の展開に近づいたしね。

 原作ブレイクを最小限に抑え、横から割り込んで軌道修正する。まあ、そういうオリ主がいてもいいんじゃないかなと思う。

 

 物語の影で人知れず世界を救うやれやれ系オリ主……フッ、カッコいいぜ僕。勝ったな、ランキング見てくる。

 フフフ、僕が男オリ主だったらちょっと鼻につく人もいたかもしれないが、かわいいTSオリ主なら案外許されるものなのだ。即ち、TSオリ主はオリ主が進化した究極体転生者なのである。必殺技は無自覚シチュ。

 

 チートオリ主としてはもうちょっとこう、パンチの効いたことをしたい気持ちはあるけど僕は我慢できるオリ主だ。ここはもう少し、様子を見よう。

 女神様っぽい人の思惑を読み取るまで、闇雲に無双するのは危険だからね。十分存在感は示せたと思うし、僕はこれでも石橋を叩いて渡るタイプなのだよ。

 

 だがこの「物語の要所で敵かな? 味方かな? と煽るように出てくる謎のお姉さんポジション」は使えるぞ。

 原作を彩るささやかなスパイスでありたい僕としては、今の立ち位置は手放したくなかった。正直くっそ楽しいからだ。

 

 ……よし、メアがああして王道チートオリ主をしている間は、僕は彼女の対を為す存在でい続けよう。

 

 おあつらえ向きにケセドの力を持つ彼女は光属性の技を使うらしく、先んじて闇属性の異能を盗んでいた僕には丁度いいロールだった。

 オリ主は闇属性が多い。これはまあ、僕の勝手な印象だけどね。

 

 

 

 そんなこんなで僕は、四人が力を合わせてコクマーをゲートの向こうへ押し込んだのを見届けると、一礼をして立ち去っていった。




 異能を盗まれた子供たちは、何故か周りの大人に怪盗のことを話さないらしい。


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この中に、オリ主がいる!

 異世界から現れた聖獣コクマー。雷を操る大天使の攻勢に、炎たちセイバーズは苦戦を強いられる。

 絶体絶命の窮地を救ったのは、聖獣ケセドと契約しその力を得た炎の幼馴染、光井灯だった!

 そして四人の力を合わせた全力の一撃により、セイバーズは辛くもコクマーの撃退に成功する。

 しかし、去り際に彼が残していった怨嗟の言葉……それは、新たなる戦いを告げるものなのか?

 疲労困憊の炎たちに向かって、ケセドは警告する。

 

『彼らの名はサフィラス十大天使……この世界は、滅びます』

 

 

 以上が、本来辿る筈だった原作アニメ「フェアリーセイバーズ」の展開である。

 

 そして次が、この世界で起こった現実だ。

 

 

 異世界から姿を現した高位聖獣コクマー。自らをサフィラス十大天使と語る彼は、圧倒的な力で炎たちを苦しめた。

 このままでは町の全てが焼き尽くされてしまう……! 三人の戦士が倒れ伏したその時、光の中から現れたのはその背中に白い翼を広げたメアだった。

 

「去って、コクマー。ここは貴方のいるべき世界ではない」

 

 思わぬ救援の登場に辛うじて持ち堪えるセイバーズ。メア、君は一体何者なんだ?

 しかし、コクマーは強い。メアの力でさえも及ばず、町は絶体絶命の窮地に陥った。

 その時、怪盗T.P.エイト・オリーシュアが現れた!

 突如として姿を現した彼女は不可思議な異能で炎たちの傷を癒すと、天使と戦う為の力「闇の不死鳥」を授ける。

 彼女の目的は一体なんだ? 疑問冷めやらぬ炎たちだが、エイトの助けを借りて遂に強敵コクマーを退けるのであった!

 

「希望は蹂躙された。可能性を掴むのは彼らか、それとも……」

 

 天使たちの降臨は、地球を襲う未曾有の危機の前兆か──。

 

 

 

 

 はい、大体こんな感じの要約になります!

 

 情報量が……情報量が多い。

 SSにおけるオリキャラ複数物の難しさを、まざまざと見せつけられた気分である。僕としてはそうならないように上手く立ち回っていたつもりだが、こうして文章にするとどうしても原作よりわちゃわちゃしてしまう。

 今回のオリ主ムーブの自己採点は、大体75点ぐらいかな? イレギュラーが重なった中では及第点だが、終わった後になってもっといい感じのことできたのではないかと後悔している。期末試験の直後みたいな気分だ。

 まあ、さっさと切り替えよう。今回の活動の反省は、次に生かせばいい。それがオリ主の特権だ。

 

 

 ──それで、次の問題はこの後の展開である。

 

 原作イベント的に考えて、ここで重要なのは人間世界が聖獣たちに狙われていることと、サフィラス十大天使という存在が明かされること、そして灯ちゃんが追加戦士になることである。原作では全部ケセド君がやってくれた。ははは、やっぱ重要人物だわあの子。ははは……

 まあこの三点においては概ね原作沿いになっているだろう。

 人間世界が狙われていることとサフィラス十大天使の名前は、何故か原作より荒ぶっていたコクマーが高らかに告げていたのでクリア。よっぽどキレてたんやろなぁ。

 灯ちゃんが追加戦士になるフラグは、残念ながらポッキリ折れた。これは後々めっちゃ響くので、今から対策を考えなければならないだろう。

 ともあれ現状の流れは大きく乖離していないので、次も概ね原作沿いの流れになる筈だ。

 

 

 そう、セイバーズによる親善大使護衛隊の結成&炎たちの異世界入りである。異世界編の突入だ。

 

 

 翌朝から早速始まるので、僕も現場へ行くぞー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先の激闘により町の大部分が廃墟と化した明保野市。

 その大空には、この惨状を引き起こした元凶である異世界に繋がるゲートが渦巻いていた。

 コクマーが通ってきたゲートはこれまで観測された中で最も大きく、一夜が明けた今も残り続けている。

 そのゲートの下で、セイバーズ本部では無事な者たちを集め会議を行っていた。

 

 背中に白い翼を生やした銀髪の少女──まさに天使と呼ぶべき姿に生まれ変わったメアが一同の前で、自らが知る全ての情報を打ち明けたのである。

 

「……では、聖獣の世界──フェアリーワールドでは、我々の世界への総攻撃が計画されていると?」

 

 語り終えた彼女に対し、最初に問い掛けたのは、セイバーズの司令である「光井明宏」である。

 メアの後見人でもある彼は、彼女が記憶の一部を取り戻したことに喜びながらも、今は組織の長という立場で彼女と向き合っていた。

 彼の問い返しに、メアが深く頷く。

 

「うん……です。計画を主導しているのは、サフィラス十大天使……フェアリーワールドの守護天使で、コクマーとケセド……メアの中にある聖獣の心も、その一人、です」

「なるほどな。つまり今のメアちゃんの中で、その「ケセド」って天使の記憶が目覚めたんだな!」

「そう、です。ケセドもサフィラスの天使だけど、ずっと迷っていた……確かに聖獣に酷いことした人もいたけど、優しい人もいるから……」

「あちらも、一枚岩ではないということか」

 

 この会議の主役であるメアは、慣れない状況におっかなびっくりとした様子で一同に聖獣たちの情報を開示していく。

 聖獣の世界と人間の世界の衝突──それを防ぐ為にこの世界にやってきたのがケセドという天使である。

 しかし彼は不幸な遭遇からPSYエンスの手に落ち、採取された因子を通して彼の心がメアの身体に宿ったのだ。

 

 彼女から語られた真実に、炎たちは目を閉じて黙祷する。

 和睦の使者だったかもしれない聖獣が、悪人に利用されていた。その事実に、一同は怒りを噛み殺した苦々しい表情を浮かべていた。

 

 重苦しい沈黙を破ったのは、力動長太だった。

 

「……で、これからどうするんだ?」

 

 後悔など、いくらでもできる。

 今考えなければならないのは、人間世界を襲う危機にどう立ち向かうかだ。

 長太の問い掛けに司令の明宏が顔を上げ、もう一つメアに対して問い掛けた。

 ここにいる者たちの中で最も幼い彼女だが、情けないことに今は彼女の情報だけが頼りだった。

 

「……計画が実行されれば、我々はこの町を守る為に応戦するしかない。メア君、聖獣たちとはもはや、交渉の余地は無いのか?」

 

 サフィラス十大天使──あのコクマーと同等の実力者が、ケセドを除いてもあと八体いるのだ。国中の戦力を一カ所に集めても、正面からの戦闘では勝ち目は無かった。

 故に、戦争になる前に何としてでも対話による解決を図りたかった。

 

「ある、です。聖獣の多くは人間を嫌っているけど、みんなが戦争をしたいわけじゃない……ケセドのように、迷っている天使もたくさんいたから、です」

 

 たどたどしい敬語で語りながらも、強い決意を込めた眼差しでメアが明宏の目を見据える。

 僅か一年ながら後見人として父親代わりをしてきた彼には、彼女がその次に言う言葉がわかってしまった。

 

 ……それしかないという現実も、痛いほど理解していたのだ。

 

「メアは、フェアリーワールドに行く」

「……そう、か……」

 

 到底、喜ぶことはできなかった。

 

「聖獣と人間だって、話し合えば、きっとわかりあえる筈だから……ケセドの思いを、メアが伝えに行く」

 

 それが自分の使命なのだと言い切る彼女の顔は幼くとも、今まで町の悪と戦ってきた戦士たちと同じだった。

 大人としては断じて許可するわけにはいかない提案だが、彼女の決意が揺らがないであろうことも知っていた。

 

 理想と現実。ままならなさに溜め息を吐くと、翼が明宏に代わって問題点を指摘した。

 

「と、言ってもな。果たして連中が聞く耳持つだろうか? あのコクマーなんて、メアちゃんの説得に「人間が聖獣の言葉を語るのか」ってブチ切れてたし……」

「……うん、わかってる……」

「翼、言い方を考えろ」

「もちろん、メアちゃんの思いが本物なのはわかってる。だが、言葉を押しつけるだけじゃ伝わらないのも事実だろ」

「それは、そうだが……他に手は無いだろう」

 

 聖獣が人間と同じ感情の生き物である以上、その怒りが簡単に鎮められないことも理解できる。

 一方で人間世界だって無関係の人間が被害を受けているのだから、こちらにも彼らへの言い分はいくらでもあった。

 

 

「問題はそこだ」

 

 相手に対する信用が最底辺の状態で説得しても、あちらからしてみれば煽られているようにしか聞こえないだろう。

 それでも一部の穏健派は話を聞いてくれるかもしれないが、天使たちの代表としてコクマーを引き合いに出すと、全員が口をつぐんでしまった。

 

 

「なあ? そのサフィなんとかって天使の上にさ、親玉はいねぇのか?」

「え?」

 

 

 会議が平行線になったその時、ふと面白いことを言い出したのは力動長太だった。

 

「ケセドってのと、あのコクマーって奴は聖獣の天使なんだろ? ってことは、その上に聖獣の神様とかいるんじゃねぇかって」

「神様に、天使たちとの対話を仲介してもらおうって? 甚だ図々しいが……それができるなら、交渉まで通るかもな」

「だろ!? いやあ流石俺だ」

 

 取り付く島もないのなら、上司から言って聞かせてもらおうという提案だ。

 将を射んと欲すればまず馬を射よ、ということか。しかしこの場合、格の違いが正反対であることに大きな問題があった。

 

 しかし、ケセドを通して聖獣世界の事情を知っているメアが言った。

 

「……いける、かもしれない」

「! 本当かね?」

「うん。今のフェアリーワールドを管理しているのは、サフィラス十大天使の王「ケテル」。だけど、ケテルを含めて、天使たちにはお父さんがいる……聖龍アイン・ソフが」

 

 聖獣世界の大天使たちをも上回る権力者──すなわち神。

 

 それは、今日の人間世界にも多大な影響を与えた聖獣でもあった。

 一同が一斉に息を呑んだ。

 

「聖龍……! まさか、その名前が出るとはな」

 

 頭痛を堪えるように額を押さえながら、司令の光井明宏が再び溜め息を吐く。胃の痛さが一周回って心地良いぐらいだった。

 

「アイン・ソフだと……? エイトが知っていたのは、やはりアイツは……」

 

 その名前に聞き覚えがあった炎は、パズルのピースが少しずつ合わさったような感覚を催しながらぼそりと呟いている。

 

 知らぬ者のいない「異能」の起源と呼ぶべき存在、聖龍。人間世界にもかの存在を崇める者は多い。

 

 その聖龍の……知る者のいなかった真名を聞いて、この場にいる者たちの多くが話のスケールの大きさにめまいを覚えた。

 

「大物中の大物じゃねぇか……要するに伝説のドラゴンは、聖獣たちの神様だったってことだな!」

 

 唯一平常運転だったのが、この場において最も単純な思考回路をしている力動長太だった。

 彼の解釈を、メアが肯定する。

 

「アイン・ソフは今、フェアリーワールドの管理を十大天使に任せて眠っている。だけど眠る前までは、人間と聖獣たちが仲良くなれないか、ずっと悩んでいた……だから、メアがケセドの気持ちをアイン・ソフに伝えれば、協力してくれると思う。コクマーたちも、アイン・ソフの言葉なら、きっと……」

「……賭けるしか、ないか……」

 

 あまりにも分の悪い賭けだ。

 交渉の相手が強大すぎて、失敗すればどうなるか考えるだけでも恐ろしい。

 

 流石に尻込みする一同の中で、一歩踏み出したのがセイバーズの機動部隊隊長──暁月炎だった。

 

「行こう。聖獣たちの世界へ」

「炎?」

「たとえ可能性が低くても……それで天使たちと交渉して、戦争を起こさずに済むのなら……今動ける俺たちが行くしかない」

「よし、決まりだな!」

「待てよ、俺たちだけで行く気か?」

「仲間を集めている時間が無い。コクマーが使ったゲートだって、いつ消えるかわからないんだ。それに……次にゲートが開いた時が、開戦の時かもしれない」

「……ちっ」

 

 もはや一刻を争う事態なのだ。

 この世界を滅ぼしうる存在との全面戦争など、何が何でも止めなくてはならない。

 炎の決意に明宏が頷くと、デスクを叩いて立ち上がる。

 

「わかった。その方向で話を進めよう」

「司令!」

 

 重い腰を上げて「上は俺が説得する」と言い放つと、彼はメアの頭に手を置いてわしゃわしゃと撫で回す。力加減がわからず不器用な撫で方だったが、メアは嬉しそうに満面の笑みを浮かべた。

 セイバーズの司令光井明宏は仏頂面で強面の男だが……その表情は、ただ子供の身を心配する父親のものだった。

 

「あ、ありがとう……! お……おとう、さん……っ」

「……必ず生還しろよ。それが俺の出す唯一の条件だ」

「うん……うん……!」

 

 全責任は自分が取ると、明宏を覚悟を決めて言う。

 神との交渉が成功するにせよ、失敗するにせよ……これがセイバーズの、最後の戦いになるだろう。

 作戦への参加は強制しない。最後にそう締めくくって、一旦この場での会合は切り上げた。

 

 

 ──その後、最終的に代表の明宏と親善大使のメア。メアの護衛として三人の救世主(セイバー)の異世界行きが決定することとなる。

 

 

 しかし決定する直前になって「遅れてサーセンっしたあああ!」と勢い良くドアを開けて会議室に乗り込んできた「力動長太」の姿に、一同は驚愕に目を見開いたものである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 騒然とする会議室から一人抜け出した男がいる。

 

 筋骨隆々のリーゼントヘアーの男、力動長太である。そんな彼は外に出て日の光を浴びると、背伸びをしながら首を回す。

 そんな彼に向かって声を掛けたのは、程なくして彼の後に続いてきたセイバーズ、風岡翼だった。

 

「待てよ怪盗」

「……んー?」

 

 去りゆく彼──否、彼女の背中を呼び止める。

 

「もう帰っちまうのかい? 昼飯ぐらい食ってけよ」

「ふ……」

 

 呼び止めた背中に語り掛け、少女(・・)の忍び笑いが漏れ出てくる。

 すると彼は、姿形から身長体型まで完全に「力動長太」だった筈の姿から、マジックのように華奢な少女の姿へと変貌していった。

 

 燕尾服のような上着に掛かるロイヤルブルーのマントを振り払った後、ロングスカートの皺をポンポンと叩いて伸ばし、身だしなみを整えた彼女がゆっくりと振り向く。

 

「流石だね、いつから気づいていたんだい?」

 

 感心した様子で問い掛けてきた言葉に、翼が答える。

 

「あんたが聖獣の神様の話を、メアに振った時からだな。長太にしちゃ頭の回転が早すぎるし、思い返せば会議中おとなしすぎた。本物なら、もっとギャーギャー騒いでいただろうよ」

「それはちょっと、彼に失礼じゃないかな?」

「そういう奴だよアイツは。伊達に何度も共闘してねぇさ。それにな……」

 

 もっと言えば、遅刻の常習犯である彼が定刻通りの時間に会議に訪れた時点で引っ掛かっていたまである。翼は「もう一つの職業」柄、日頃から疑り深い男だったのだ。

 明らかに変装を超えたレベルの擬態に気づけたのは、奇しくもある少年と面識があったからである。

 

「元々、あんたが擬態の異能を持っていることは知っていたんだ。それを使って、いつかここに潜入してくるだろうと思っていた」

「ふふ、そうか……それは迂闊だったね」

 

 大胆不敵な侵入の目的は、会議内容の傍聴と修正(・・)か。

 思い返せば長太に変装した彼女の言葉は、どれも会議の方向を都合良く進めていく為のものだったように思える。

 

 メアの口から聖龍アイン・ソフの名を引き出し、かの神との交渉に乗り出した炎に対して真っ先に同調したのも、おそらく彼女自身がその展開を望んでいたからであろう。

 

 ……尤も、翼自身も異世界には乗り込むつもりだったので、そこに口を挟む気は無かったが。

 強行して問い詰めるまでもなく、あっさりと自らの正体を明かした怪盗少女。エイトは翼から目を外すと、そのシルクハットを外して自らの黒髪を弄り始める。「擬態」を解除した自身の身体に、異常が無いか確認しているのだろうか?

 面識の薄い男性の前で行う仕草としては些か女性らしくないが、仕草自体はどことなく妖艶な女性らしさを感じる。女性経験豊富な翼の目にはどうにも、あどけなさと大人びた雰囲気が混在した雰囲気がアンバランスに見えた。

 

(なんか、ペースを乱されるな……)

 

 噂通り、つかみどころの無い性格をしているようだ。

 そんな彼女は自らのシルクハットをクルクルと回転させながら、次に放たれる翼の言葉を待っている様子だった。

 

 ならば、ここは一つ言っておくとしよう。

 

「翔太が世話になったな」

「……翔太君? ああ、知り合いだったんだ」

「親の仕事の関係でな。あのガキと来たら、あんたと会ってから明らかに男の目になり始めた。全く、善良な市民からとんでもないものを盗みやがって……」

「?」

「……いや、不思議そうな顔するなよ」

 

 何も存じませんと言いたげに首を傾げる少女の姿に、一体どこまで計算済みなのだろうかと空恐ろしく感じる。

 彼女が「擬態」の異能を盗んだことは、盗まれた少年翔太と直接会って知っていた。

 そして件の少年が、彼女と接触して以降良い方向に変わっていたことも。

 巷では彼女のことを悪人や自分の異能に苦しんでいる人からしか異能を盗まない義賊だという声も上がり始めているが……果たして真実はどうなのやら。

 

 風岡翼はセイバーズの一員である。

 

 そんな彼には警察お抱えの「探偵」という、ごく一部の者にしか知られていないもう一つの顔があった。

 

 

「率直に聞きたい。あんた何者だ?」

 

 先ほどの礼は少年の兄貴分としての言葉であり、ここから先はセイバーズの一員兼探偵風岡翼としての言葉だ。

 

「いや、こう聞いた方がいいな。あんたは聖獣……それも、サフィラス十大天使の一人なのか?」

「……ふふっ」

 

 彼女、T.P.エイト・オリーシュアに関する情報はあまりにも少ない。

 大胆不敵な犯行を重ねておきながら仮面を付けてもいないその容姿は既に割れており、調べれば過去の経歴など幾らでも出てくる筈なのに、不自然なまでに過去の情報が無いのだ。

 この情報化された社会で、彼女ほど目立つ存在でありながらである。多彩な異能の応用で隠していたのだとしても、それこそ「最近になって他所からこの世界にやって来た」と言われた方がすんなりと納得できるレベルの隠蔽ぶりだった。

 

 ……いや、この質問自体がもはや白々しいものなのだろうか。

 

 翼にとって、疑いが決定的になったのは昨夜のことだ。

 彼女の異能「闇の不死鳥」に乗ってコクマーに挑んだ時、あの聖獣は怒りの形相でこう叫んだのだ。

 

『それは我ら十大天使の力の筈だ。人間如きが何故それを使っているのだァ!?』と。

 

 その時点で既に、翼の疑問は九割がた確信に変わっていた。

 ただ……それでも何故なのか、彼女の正体をまるで暴けた気がしないのだ。

 まるで深淵を覗き込んでいるかのように、翼には彼女の底がわからなかった。

 そんな少女は翠色の瞳で翼を見つめると、「しーっ」と人差し指を立てながら言い返した。

 

 

「ここで答えてしまうのは面白くない。キミも探偵なら、ボクの全てを当ててみてはどうかな? ボクの正体……このT.P.エイト・オリーシュアの素顔を、ね」

 

 

 立てた人差し指で自らの頬を突き、不敵な笑みを作りながら翼を挑発する。

 妖艶かつ無邪気な仕草と勇猛な風格と行動。そんなエイトの姿に一瞬だけ見とれていると、まばたきする間に彼女の姿はこの場所から消え去っていた。

 それを追う気の無かった翼は、彼女が去り際に残していった一枚の紙切れを拾い上げながら、その顔にどっと疲労を滲ませながら息を吐いた。

 

「……マセガキ共が夢中になるわけだぜ」

 

 彼女が盗んだ異能は、数日したら元に戻る。

 しかし彼女が盗んだ者たちの心は、何年経とうと戻る保証はないのである。

 怪盗の被害に遭った者たちの多くは何故か彼女についてその口をつぐみ、捜査協力に対して消極的になるのだと言う。被害に遭ってもそのことを報告しない者も多いらしい。

 普通の犯罪者なら脅迫を疑うのだが、彼女の場合はその逆だ。

 

「犯罪者でなけりゃ、俺も口説いたんだけどなぁ……」

 

 割と本気でそう呟く翼は、自他共に認める「チャラい男」だった。

 

 




 一見クールで中身は熱いハートの主人公!
 馬鹿だけど熱血ヤンキー筋肉の三枚目!
 皮肉屋でチャラい、便利屋の二枚目!
 不思議系大天使幼女の追加戦士枠!
 敵か? 味方か? 謎の怪盗お姉さん!

 我ら!!! ……記号にすると原作主人公が薄い気がするわコレ


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原作死亡キャラ救済はオリ主の使命

 アニメ「フェアリーセイバーズ」の異世界編に、参戦するメンバーは五人。

 

 主人公の暁月炎。

 親善大使の光井灯(ケセド)。

 力動長太と風岡翼。

 そして、セイバーズ司令官光井明宏(みついあきひろ)だ。

 そう、親善大使となった娘と共に、司令自ら異世界に乗り込んだのである。そんな彼自身も元はセイバーズの戦士であり、既に全盛期は過ぎているものの今でも戦える力を持っていた。

 ……と言うか、下級聖獣ぐらいなら殴り倒せるぐらい強い。闘技大会に出ても、ハーンフ・リー未満の闘士相手なら普通に勝てそうだ。

 彼の姿は会議に潜入した時初めて見たが、ヤクザの首領の如き風貌は威圧感がパなかったのである。

 そんな彼の異能はシンプルな身体強化であり、その上KARATEを修めているのだから強さに説得力があった。

 

 

 ──しかしこの男、クライマックス付近で死ぬ。異世界編で殉職してしまうのである。

 

 

 それは物語における重要なターニングポイントとなる。

 不謹慎な話ではあるが、物語において「人の死」とは言わばアクセントだ。たとえば双子の弟の死をきっかけに主人公が野球をする決意を固めたり、心優しき人造人間の死で最強の戦士に覚醒したり、逆にトラウマを植え付けられた作中のキャラが闇落ちしたり暴走したりするきっかけになったりもする。

 アニメ「フェアリーセイバーズ」においても、元々がバトル漫画らしく人の死は描写されている。名無しのモブキャラや炎の父親をはじめ、回想で死ぬキャラもそれなりに多かった。

 

 そんな中で、最も派手に散った名有りキャラが光井明宏である。

 その回のサブタイトルの時点で既に「明宏死す! 邪神ケテル覚醒」なのだから、当時の僕が受けたインパクトは大きかった。

 

 そして明宏の死が物語にどのような影響を与えたかと言うと……味方の覚醒フラグではなく、セイバーズにとって悪い方向に働いていた。

 父親を目の前で失ったことで娘の灯ちゃんが暴走し、しかも彼女に宿るケセドの力を肉体ごとラスボスの「ケテル」に取り込まれてしまったのだ。

 

 そして遂に最終形態となったケテルが、炎たちに襲い掛かるではありませんか! 果たして、炎たちの運命はいかに!? 

 

 

 はい。

 因みに最終回のサブタイトルは「フェアリーセイバーズ」である。タイトルを回収したシンプルなサブタイトルであり、流石にネタバレは抑えていた。しかし当時のアニメは最終回だろうと堂々と勝敗を発表したりするから困る。僕は原作の漫画を読んでいなかったので、放送当時は終始ハラハラしたものだ。

 

 

 ──もちろん、結末は無事ハッピーエンドに終わっている。

 

 

 最後は主人公の炎がケテルから灯の身体(もちろん全裸。炎の焔に隠されていたが、とてもお世話になった)を抉り出し、豪快に救出してみせる。最後はラスボスを炎、灯、ケセドの三位一体の一撃で打ち破ったのだった。

 

 その後、地球へ帰還していくセイバーズの戦士たちをまどろみの中で見届けた灯の父明宏は、そこで死んだ奥さんと再会し共に冥界へと旅立っていく。

 

 未来は若者たちに託された──いい感じの特殊エンディングが流れ、物語は終了する。全26話の完結に当時の僕はただただ感動し、涙を流したものだ。今はこんなスレた大人になってしまったが、当時の僕にはそんなかわいげがあったのだ。TSオリ主である今の僕はもっとかわいいけどね! 

 

 

 

 ……そういうわけで、物語の盛り上がり的に彼の死は重要な意味があったわけだ。

 

 しかし、それが主人公たちの目的に必要だったかと言うと、もちろん否である。彼だって満足して死んだわけではないのだから当然だ。

 

 僕はチートオリ主である。故に、この世界で僕がやるべきことは決まっていた。

 

 

 即ち「原作死亡キャラ生存」──古くから定められている、オリ主最大の使命である。

 

 

 もしもあのキャラが生き残ったら……そういったIFを自分自身で成し遂げることは、二次創作最大の醍醐味なのではないかと思う。

 それは原作沿いオリ主SSにおいても同じであり、このポイントを押さえている作品は非常に多い。正義のオリ主パワーにより原作死亡キャラを救済するIFは長い長い二次創作界の歴史の中、今も産声を上げ続けているのだ。

 救済対象になるキャラはやはり美少女が多いが、僕はできるTSオリ主なのだ。女だけを助けて、良いおっさんを見殺しにするわけにはいかない。

 炎がいるとは言え、残される灯ちゃんがかわいそすぎるしね……鬱展開や曇らせは、僕好みのSSではないのだ。

 

 フフフ……ということで、異世界まで待ってください。本当のオリ主ムーブを見せてやりますよ。

 

 眼鏡の代わりにシルクハットのつばをクイッと持ち上げながら、僕は不敵に笑む。

 今までは下準備を優先してきたが、異世界編では僕も本気を出す。と言うか今後はケセド不在の影響がさらに強くなる為、僕が積極的に介入しなければ炎たちが終わってしまう危険があるのだ。

 

 それで、肝心の救済方法であるが……僕は明宏を押しのけ、親善大使護衛隊五人の枠に入り込もうと考えている。

 炎、長太、翼、メア、僕。このイカれたメンバーをフェアリーワールドの神様に紹介してやろうと言うのだ。これだけで明宏の死亡フラグは完全に折れるし、戦力もアップ。あちらにとっても断る理由は僕の胡散臭さしかない。

 異世界に突入する際、最悪擬態の異能を使ってでも明宏と成り代わる。明宏は置いていく。この戦いに付いていけないことはないけど、ね。

 

 僕は前に原作キャラ不在設定からの成り代わりについて肯定的な意見を語ったが、それは僕自身原作キャラの立場に成り代わる予定があったからでもある。

 タグ的には「明宏不在」になるのかな……いや、存在を抹消するわけじゃないから許してほしいな、女神様っぽい人。

 対象の原作キャラを救済する結果につながるのなら、消極的な不在要素もアリだと僕は思うのだ。メアが灯ちゃんのポジションを奪ったのも、異世界編最大の曇らされキャラだった彼女のことを思うと救済されたと言えなくもないし……

 

 なお、ケセド君は見せ場とか以前にかわいそうだったので昨日の夜僕は泣いた。おのれPSYエンス! 僕が第一クールにいたら無敵のオリ主パワーで何とかしたのに。流石に手持ちの異能では彼を救済することは不可能だった。

 

 僕は彼のことをすこぶる気に入っていた。昨夜は泣きながらハープを奏で、夜空にレクイエム(ケセドのキャラソン)を捧げたぐらいである。いっぱい悲しい……メアちゃんの身体には彼の残滓が残っているとは言え、本人は既に死んだようなものなのであまりにもあんまりだ。

 

 その時、僕の泣き顔を通りすがりの幼女に見られてしまったのは少し恥ずかしかったが、小さい子だったので適当に誤魔化して親元へ送り返してあげた。

 コクマー戦ではなるべく死人が出ないようにこっそりと流れ弾を処理していたんだけど、避難時のいざこざまでは防げなかったようだ。まあ、それはしょうがないよね。

 

 

 ……それはともかく。

 

 あの時、風岡翼に「五人目の戦士には、T.P.エイト・オリーシュアをよろしく」と書いた手紙を渡すことができたのは僥倖だった。

 しかし良かった。彼が匿名の名探偵だという設定を覚えていて。

 作中随一の便利キャラである風岡翼は、SSにおいても変わらず便利キャラだったらしい。彼なら明宏にもきっといい感じに僕の参加を認めさせてくれるだろう。

 仮に拒否られたとしても、僕は彼らに付いていくけどね。

 オリ主的な考えを抜きにしても、フェアリーワールドがどんな世界なのか気になっているのだ。

 ふふ、今のうちに着る物とか買い溜めしておかなきゃね。確かすっごい綺麗な泉とかあったし、水着も用意しておこう。TSオリ主には水着イベントが必須なのだ。キミたちもそう思うだろう? 

 

 いやあ楽しみだな異世界訪問……あっ、この世界も前世からしたら異世界だったわ! 馴染んでるなー僕も。ふっ……僕の心も転生オリ主的な現象「肉体に精神が引っ張られている」のだろう。やれやれ、また一つ、オリ主らしいことをしてしまったようだ。

 

 そういうわけで僕は、彼らの準備が終わるまでの間荷造りをしておくことにした。

 その為にはまず何でも収納できる四次元ポケット的な異能を誰かから盗んでおきたいな。

 ん? どこでもハープの強みが無くなるって? あれの一番の強みはカッコ良さだからいいのだ。性能も良いし、しかも錆びない。SSR異能である。

 僕はオリ主として常に意識を高く持っているつもりだが、根本的にカッコ良さは全てにおいて優先されるものと思っている。

 

 

 ……え? 普通にセイバーズと行動して良いのかって? メアちゃんの影としてどうたらこうたら高説していたのは何だったんだって? まあ、待ちたまえよ。忘れてはないが、その段階はもう過ぎたと思うのだ。出会って間もない頃ならともかく、そろそろ僕とメア(オリキャラ同士)が一緒にいても、知らない人がわちゃわちゃしているようには見えないんじゃないかなーって。

 先ほどの会議でメアの中にケセドの心があることを知った僕は、彼女のことを「知らないオリキャラ」ではなく「ケセドの代行者」として扱うことにした。そんな彼女と行動する僕は、丁度良く名探偵が疑ってくれたし聖獣側の観測者的な感じでフカしておこうかな? これなら敵か味方か謎のお姉さんポジを守りつつ、いい感じにオリ主できる筈だ! 

 

 ふふ、我ながら完璧なムーブよ……流石は僕、T.P.エイト・オリーシュアである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──それは、昨夜の出来事である。

 

 

 

 先の戦いで明保野市が受けた被害は大きかったが、人的被害だけはどういうわけか奇跡的に最小限に留められたのは不幸中の幸いか。

 しかし、それでも全員が何事も無く済んだわけではない。

 避難所に向かう道中で親元とはぐれた子供もおり、今も幼い子供が涙を浮かべて両親を探し回っていた。

 

「ヒグッ……おとーさん……おかーさぁん……!」

 

 それでも闇雲に泣き喚くことなく懸命に捜索を続ける少年は、五歳になったばかりとしては聡明な子供なのだろう。大人でもパニックになりかねない状況でも、彼は自分にできることを必死に行っていた。

 

 ──ふと何処からか、彼の耳に音楽が聴こえてきたのはその時である。

 

「……?」

 

 聴いたことのない音楽だ。

 緩やかなメロディーに乗せて、誰かが歌っている。

 綺麗な声だ……ただ純粋に、少年はそう思った。

 灯の光に吸い寄せられるように、少年は透き通るような音色につい誘われてしまった。

 そんな彼がたどり着いたのは、廃虚となった町の瓦礫の山である。

 

 その頂上に一人、ちょこんと座り込みながらハープを演奏している女性の姿があった。

 

 

「おや?」

「……っ」

 

 ひとしきり歌い終えると、そこでようやく少年の存在に気づいたようだ。

 満月の輝く快晴の夜空から目線を外し、女性は少年の姿を見下ろしてきた。

 

「これは失礼。せっかく観客が来てくれたのに、気づかなかったよ。こんばんは」

「こ、こんばんはっ」

 

 急に話しかけられた少年は慌てて挨拶を返すと、彼女は「よく言えました」と言ってにっこりと笑う。

 彼女は近くに埋まっていた屋根の破片を足場にすると、器用にもそれをソリのように扱い、ロングスカートの裾を膝上まで翻しながら瓦礫の山を滑り降りてきた。

 

 そうして少年の前に立った女性は、腰を屈めてお互いの目線を合わせる。そこまで近づいてようやくはっきりと女性の顔が見えた少年は、彼女の翠色の瞳がほんのり赤くなっていることに気づいた。

 

「キミ一人かい? 迷子になったのかな?」

「……うん」

「そっか……じゃあ、ボクと一緒だね」

「えっ?」

 

 はぐれた親が見つからず、困り果てていた少年は彼女の言葉に首を傾げる。

 思ったことをそのまま、口に出して訊ねた。

 

「オトナなのに、マイゴなの?」

「うん、実はそうなんだ。ボクは今まで、ずっと迷子なんだ」

「そうなんだ……」

 

 いつも優しいお父さんとお母さんがいない夜は、こんなにも寂しい。それがずっと続いているなんて、とてもかわいそうだと少年は目尻を下げた。

 

(そっか、だから……)

 

 聡明な少年は、女性の目が赤くなっている理由を理解した。

 

「だから、泣いていたんだね」

「えっ?」

「ほら、やっぱり泣いてる!」

 

 今度は、女性が驚く番だった。

 彼女自身、自分で気づいていなかったのだろうか。女性はその指で目元を擦ると、拭き取った雫に目を見開き──微笑みを浮かべた。

 

「ふふ、そっか……恥ずかしいなぁ。これは一本取られたね」

「わわっ、な、なんだよー!?」

 

 そう言って女性は自らの帽子を少年の頭に被せると、うりうりと押し付けながら照れくさそうに笑った。

 イタズラにムッとした少年が帽子のつばを起こして文句を言ってやろうと顔を上げるが、その時に見えた女性の顔はどこか寂しそうだった。

 ……何となく、文句が言いづらかった。

 それは、照れ隠しの仕草がどことなくおとーさんに似ていたからだ。目の前のおねーさんは女の人なのに、変だなぁと思った。

 

「ねえ、おねーさんは女のひとなのに、どうしてボクっていうの?」

「……キミは鋭いことを聞くね。だけど、お姉さんから一つだけ忠告しておくよ」

「?」

「女の子の秘密は、秘密のままにしておいた方がいいってこと」

 

 少年の頭から帽子を回収し、被り直す。

 

「だから、ボクが泣いているところを見たことも、秘密だよ?」

「あ……う、うん……」

 

 少年の鼻先を指先で突きながら言い聞かせる。

 その仕草はイタズラを叱る時のお母さんと似ていて、少年は思わずコクリと頷いてしまった。おとーさんみたいだと思った直後に、今度はおかーさんみたいだと思ったのである。変な感覚だった。

 

 いい子だ……そう言って、女性は少年を抱き上げた。

 

「わっ!?」

「歩き回って疲れただろう? 抱っこしてあげるから、一緒にお母さんたちを探そうか」

「……ありがとう、おねーさん」

「よろしい」

 

 少年を抱きかかえる彼女の腕はおかーさんのそれよりもずっと細くてすべすべしていたが、力は強かった。

 何の揺れもなく、とても居心地が良い。

 もたれ掛かるように、少年はその頭を彼女の胸に預けた。

 

「おねーさん、ゆれないねー」

「こう見えて、力は強いんだ。レディーのエスコートはお手のものさ」

「れでぃー?」

 

 知らない人に付いていってはいけませんと、両親や幼稚園の先生からいつも言われている。

 しかし、この時の少年は疲労困憊だった上に、彼女の穏やかな雰囲気に安心を感じていたのだ。

 それに……あんなに綺麗な歌声をしていた人が、悪い人なわけがないと心ながらに思ったのである。

 

「ん……」

「おやすみ、お嬢さん」

 

 僕は男の子だよ……と、心の中で訂正を要求する。少年は髪が長いからか、周りから間違えられることが多かったのである。そういう時はいつも怒って反抗するのだが、不思議とこの人には言い返す気になれなかった。

 それは眠気か、それとも母性のせいか。

 その身体を包む柔らかな感触と、ゆっくりと歩を進める彼女の足音が心地良い子守唄のリズムになり、気づいた頃には少年の意識はまどろみに落ちていた。

 

「……おかーさん……」

 

 リラックスした顔で溢した少年の寝言に彼女はピクリと反応するが、すぐに微笑みを返した。

 

「それも、いいかもね……」

 

 誰にも聞かれることのなかった呟きは、満月の夜空に消えていった。

 

 

 それから少年が目を覚ますと、彼の身体は既に母親の腕の中だった。無事で良かったと、父と母が喜ぶ。

 二人は避難の時にはぐれたことをしきりに謝ったが、少年にわだかまりの心は無かった。

 

 

 ──何というか、すこぶる寝覚めが良かったらしい。

 

 

 

 




エイト「(おかんポジか……)それも、(オリ主ムーブとして)いいかもね……」

 人気な男オリ主は割とそういうタイプが多いのではと勝手に思っています。ソースは累計ランキング


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掲示板ネタはサクッと読めるからいいよね……

 今回は掲示板ネタです。忠告しますが私はここ3年ぐらい5ch見ていないのでセンスが古いです(予防線)
 時系列はコクマー襲来前。


【貴方の】異能怪盗T.P.エイト・オリーシュア被害報告()スレpart200【性癖です】

 

1:名無しの被害者 ID:Tq+jYTEJ0

 明保野市から始まり全国各地に参上した異能怪盗T.P.エイト・オリーシュアの性癖被害者スレ……要するにファンクラブ会員のスレです

 ガチの被害報告はこちら↓

 異能怪盗T.P.エイト・オリーシュア被害報告スレpart30

 

 

2:名無しの被害者 ID:5MbjFefRE

 >>2

 

3:名無しの被害者 ID:38eo+qVC6

 盾乙

 

4:名無しの被害者 ID:KJS1jfd7Y

 フハハハ!

 >>2geter参上!

 >>2は頂いた!

 返してほしくば>>3と>>4と>>5は怪盗の画像を渡せ!

 

5:名無しの被害者 ID:KJS1jfd7Y

 クソが!

 

6:名無しの被害者 ID:4SGoiFjss

 1乙

 

7:名無しの被害者 ID:9V1Pv44RO

 これは乙じゃなくて目からヘビが出る異能がうんたらかんたら

 

8:名無しの被害者 ID:pD6fL51AJ

 >>4おじいちゃん画像はさっき貼ったでしょ?

 

9:名無しの被害者 ID:x1EJ7GS6j

 とても盗まれた

 

10:名無しの被害者 ID:DU0ruEqXa

 なんかえっちだった

 

11:名無しの被害者 ID:530GYHc9N

 あー子供にもどりてーなー一日だけでももどれねーかなー

 

12:名無しの被害者 ID:60iyy9MVF

 ラスボス乙

 

13:名無しの被害者 ID:BsQM1Qw1p

 >>10

 露出度低いボーイッシュな嬢ちゃんなのになんでエッチなんやろ

 おっぱいも小さいのに

 

14:名無しの被害者 ID:Ljt/1LHfR

 >>11

 んんwwwwボカチュウはありえないwwwwヤティオスですぞwwwwww

 

15:名無しの被害者 ID:dy/fQlOnF

 >>11

 子供は役割持てるからな……

 大人は役割持てないからゴミですなwwwww

 

16:名無しの被害者 ID:F76iLj8oq

 ぼくはようちえんせいだからだいじょぶなんだ

 

17:名無しの被害者 ID:3X29JrtPH

 ぁたしょぅじょだから……

 

18:名無しの被害者 ID:juZ7+2aah

 みんなおっさんなんだよなぁ

 

19:名無しの被害者 ID:BzqUcd8zU

 おっさんのところに怪盗は来ない

 エイト姉ちゃんはサンタクロースみたいなものなんだ

 

20:名無しの被害者 ID:WA6lVbBQD

 >>1乙

 ガチの方の被害報告スレが全然伸びてないの草

 

21:名無しの被害者 ID:Tw7KFB9tp

 ファンスレのこっちが早くも200スレ目か……並の闘士より人気だな

 まあオリーシュア様は犯罪ということに目を瞑れば何も悪いことしてないからな

 

22:名無しの被害者 ID:jC/geap/g

 >>19

 ホームレスのおっちゃんのエピソードは泣けた

 ちびっ子たちから見たら親切なお姉ちゃん、同年代からはミステリアスな美少女、おっちゃんから見たら姪みたいに見えるのあざとすぎ

 

23:名無しの被害者 ID:CqMQyu77h

 怪盗事件から復帰したハーンフ絶好調なんですが、これは……

 

24:名無しの被害者 ID:JHTg5CkYB

 >>22

 いたいけな少年たちの性癖ねじ曲げるのは犯罪じゃないけど重罪だと思う

 

25:名無しの被害者 ID:Cf8onxItk

 >>23

 この前の勝利インタビューで語ってたな。能力を盗まれたことで自分の原点を思い出せたんだとか

 

26:名無しの被害者 ID:QbuAMs5WX

 さっきニュースでやってた

 あんな強い人でも自分の異能に悩んでたんだな……

 

27:名無しの被害者 ID:hUiXqbmVH

 >>24

 逆転されて友達も呼ばれてスマブラされてほしい

 

28:名無しの被害者 ID:hl/XTfu60

 >>20

 過去ログ見てきたけど異能盗むとか怖っ早く捕まえろよコイツ……→美少女やんけ!→なんだ盗まれた異能使えるようになってるやん→あれ、なんか元より強くなってね……?→なんだ、怪盗っていい奴じゃん!の流れが1スレ内で起こってて草

 そこに続々追加される美少女怪盗のぐう聖エピソード&ショタコン説&画像投稿祭りで別の意味の被害者が拡大してこのスレが出来たんだったな

 

29:名無しの被害者 ID:cENx66D6j

 能力が強くなるのは一度失ったことで自分の異能への意識が変わったからなんだっけ?

 

30:名無しの被害者 ID:W5cZBVBBc

 実際、異能を失うのってどんな気持ちやろな

 戻るってわかっていても怖すぎる

 

31:名無しの被害者 ID:edPZcpHWq

 >>29

 異能管理局の見解だとそうらしい。あとエイトお姉ちゃん本人が言っていたとか

 

32:名無しの被害者 ID:2Irr5OFPr

 そんな簡単に強くなるもんかね?

 だったらずっとストイックに修行しているベテラン闘士なんかもっとくそ強くなりそうだけど

 

33:名無しの被害者 ID:edPZcpHWq

 人によるとしか言えん

 だけどPSYエンスが壊滅してなかったら、怪盗の力を使えば強くなれると思って自分たちで怪盗捕まえようと躍起になってただろうな

 

34:名無しの被害者 ID:rPMXr4xPS

 本が薄くなるな……

 

35:名無しの被害者 ID:AE19E02G9

 かわいそうなのはぬけない

 

36:名無しの被害者 ID:K5iNtEfAp

 僕らの怪盗は最強なんだ!

 わるいやつなんかにつかまらないんだ!

 

37:名無しの被害者 ID:xZCWcxG3q

 そして敗れる怪盗……

 乱れる着衣……

 壊される子供たちの性癖……

 

38:名無しの被害者 ID:NJS6eN813

 >>33

 寧ろ残党炙り出すのに役立ってるんじゃないかって交番のあんちゃんから聞いた

 

39:名無しの被害者 ID:rsgB9ANxZ

 警察、セイバーズ、悪人のみんなから狙われている僕っ子美少女怪盗お姉さん

 この時点で強いわ

 

40:名無しの被害者 ID:Sd0hhfVRY

 しかしあんなに堂々と顔出してるのになんで未だに捕まらないんだろう?

 警察に連行される姿は見たくないから捕まるならセイバーズがいいな……

 

41:名無しの被害者 ID:+b6uchRQC

 警察に見つかったらテレポートで即逃げ

 変身系の異能で擬態しているのでそもそもその気になったら見つからない

 町の人が見つけてもかわいいのでついつい見逃してしまう

 

42:名無しの被害者 ID:D3AKpv9Bh

 セイバーズが捕まえても警察に引き渡されるだけだぞ

 

43:名無しの被害者 ID:DNDGZXC7o

 >>41

 悪人が人質作戦で誘き寄せようとしたらセイバーズにボコられたしな

 

44:名無しの被害者 ID:bwUaFp8Ql

 こうして見ると怪盗とセイバーズが実はグルだったとしてもおかしくない

 

45:名無しの被害者 ID:kk9Px0g7C

 マジかよセイバーズ最低だな

 入隊試験受けてくる

 

46:名無しの被害者 ID:SVWtARFLA

 今倍率ヤバいからやめときな

 

47:名無しの被害者 ID:Bg0SDHLgL

 倍率300倍って文字が何度見ても感度300倍に見える件

 

48:名無しの被害者 ID:rj8TLEFxi

 感度300倍のエイト様ちゃん見たい

 

49:名無しの被害者 ID:1FSyuW8CP

 私はキザな怪盗が冷たい監獄にぶち込まれているところ見たいですわ

 

50:名無しの被害者 ID:VaYhArmc0

 被害者のスレなのにクソ野郎しかいねぇな

 

51:名無しの被害者 ID:P5e7rGM36

 (お前もだろ)

 

52:名無しの被害者 ID:hjPwKmWW9

 (お前だよ)

 

53:名無しの被害者 ID:nM55zQCTc

 怪盗エイト、奴は我々からとんでもないものを盗んでいきました。それは……

 

54:名無しの被害者 ID:26C6Vzjbw

 あ

 

55:名無しの被害者 ID:5nGm0um98

 ろ

 

56:名無しの被害者 ID:hS3JgJ4NP

 ま

 

57:名無しの被害者 ID:3g34Jpc5O

 の

 

58:名無しの被害者 ID:sG4uQgf25

 お

 

59:名無しの被害者 ID:EqGuTicPM

 姉

 

60:名無しの被害者 ID:xDvcI4VlS

 さ

 

61:名無しの被害者 ID:6RJCGSdy8

 ん

 

62:名無しの被害者 ID:edPZcpHWq

 イ

 

63:名無しの被害者 ID:NKy2e1+uW

 イ

 

64:名無しの被害者 ID:r70+H5Edy

 ネ

 

65:名無しの被害者 ID:c8iPiEn1F

 >>41

 一番下が大きい

 ワイもこの前会ったし話もしたけど見逃しちゃったもん

 ワイでなくても見逃しちゃうね……

 

66:名無しの被害者 ID:McCDvTUz2

 あろまのお姉さんイイネ完成してるの初めて見た

 

67:名無しの被害者 ID:5sGZ5EZIS

 >>65

 詳しく

 

68:名無しの被害者 ID:qVwd0+oCU

 話すんだ。どこで会った?

 

69:名無しの被害者 ID:iGOFAmbtm

 目撃情報たすかる

 

70:名無しの被害者 ID:BrHiSxj3m

 割と警察もこのスレ見ているらしい

 いや、異能犯罪総合スレの方がしっかりしてるけども

 

71:名無しの被害者 ID:CigBREPgH

 いい匂いした?

 

72:名無しの被害者 ID:c8iPiEn1F

 うちの店に買い物に来たんや

 >>71

 アロマのお姉さんの香りやったで

 

73:名無しの被害者 ID:mtxBMdXX8

 音楽室乱入事件以来の目撃情報か

 

74:名無しの被害者 ID:4loy+/qOO

 >>72

 何買ったん? ってか変装してなかったの?

 

75:名無しの被害者 ID:3/WY6X1K8

 明保野市民だけどこの前公園でハープ鳴らしているの見たよ

 近づこうとしたら消えていたしあれは幻だったのかもしれない……

 

76:名無しの被害者 ID:PJZH9KoWj

 あの格好で来たの!?

 それとも変装を見抜いたのか

 

77:名無しの被害者 ID:Itp1oYv76

 >>73

 あの時のスレの流れは凄かったな

 怒涛の怪文書ラッシュが

 

78:名無しの被害者 ID:m7VpvugDT

 >>75

 妖精さんかな?

 

79:名無しの被害者 ID:ogB+EB5DV

 >>74

 夏用の服とか、多分マントに使うのであろう布とか色々

 変装していたけど100%エイトちゃんだった

 ワイは看破の魔眼の異能使いやし

 

80:名無しの被害者 ID:VUyrk3YAj

 エイトちゃん様プライベート抜かれててかわいそう

 もっと抜かれてほしい

 

81:名無しの被害者 ID:cIGOH2vV6

 俺はエイトちゃんでぬ

 

82:名無しの被害者 ID:cIGOH2vV6

 失礼、手が滑った

 

83:名無しの被害者 ID:5MbjFefRE

 その先を書き込んでいたら俺の異能「サイバーコネクト」であんたの個人情報解析してクソコラ顔写真を拡散してた

 

84:名無しの被害者 ID:edPZcpHWq

 怖すぎて草

 

85:名無しの被害者 ID:7xVD03Em4

 これだからネットに強い異能使いは……

 

86:名無しの被害者 ID:y3TiHUgYu

 >>83

 そんなレア能力ある奴がこんな掃き溜めに書き込んでたらいかんだろ

 

87:名無しの被害者 ID:K1On8PKFW

 いいなぁレア異能

 嘘だろうけど

 

88:名無しの被害者 ID:5MbjFefRE

 >>86

 怪盗に盗みに来てほしいから書き込んでんだよ!

 いえーい、オリーシュア様見てるー?

 この前俺の友達助けてくれてありがとなー!

 

89:名無しの被害者 ID:cA/5JC4Kd

 なんだ、模範的被害者か

 

90:名無しの被害者 ID:c8iPiEn1F

 >>79だけど話していい?

 

91:名無しの被害者 ID:eSxOgIdj+

 駄目

 

92:名無しの被害者 ID:DBuru/Sin

 いいよ

 

93:名無しの被害者 ID:tq0R48cx0

 >>90

 ほんとならしょうこはってやくめでしょ

 

94:名無しの被害者 ID:c8iPiEn1F

 ええで、写真撮らせてくれたし許可も貰った

「画像」

 

95:名無しの被害者 ID:5MbjFefRE

 !?

 

96:名無しの被害者 ID:K0ObF6m8g

 許可も!?

 

97:名無しの被害者 ID:NJZp9zYQK

 男装風のコーディネートだな

 あたし女だけど惚れるわ

 

98:名無しの被害者 ID:dKGVPPLpQ

 あーこのエメラルド・アイはエイトちゃんだわ間違いない

 俺は詳しいんだ

 

99:名無しの被害者 ID:Us9gy0HF3

 イケメンすぎわろた

 よく見れば簡単な変装なのに存在感強杉

 

100:名無しの被害者 ID:+iFsJmyGI

 この子意外に派手好きだよな

 案外怪盗活動も目立ちたいだけなのかも試練

 

101:名無しの被害者 ID:c8iPiEn1F

 >>97

 こんな子が可愛い系のミニスカート買いに来たんだぜ?

 これが商品の写真

 「画像」

 

102:名無しの被害者 ID:5MbjFefRE

 !?!?

 

103:名無しの被害者 ID:pEoZgwMD

 ふむ……

 (*´ー`*)

 

104:名無しの被害者 ID:c8iPiEn1F

 紹介したのワイやけどな!

 

105:名無しの被害者 ID:RjG6lX4HE

 やるやん

 

106:名無しの被害者 ID:en8rseDe7

 >>104

 おいおい神か

 

107:名無しの被害者 ID:PMnyjTv1H

 >>100

 目立ちたいだけの愉快犯が引きこもり少女のトラウマを救ったり少年誘拐犯をぶちのめしたり公安相手に大立ち回りするかな……

 

108:名無しの被害者 ID:LvzeoBnpn

 短い……短くない?

 

109:名無しの被害者 ID:SSXEK2yaU

 これを穿いているエイトちゃんがショタをよしよししているのを想像すると幸せになれそう

 

110:名無しの被害者 ID:c8iPiEn1F

 >>108

 本人も最初はそう言って困惑してたぜ!

 同じ年頃の子じゃフツーですよフツーと説得したら「うーん……よし」と何か決心したような顔で試着してくれた

 最終的には気に入ってくれたみたいでお買い上げあざーっした!

 「画像(ツーショット写真)」

 

111:名無しの被害者 ID:vHim+7SiP

 >>109

 普通にありそうなんだよなぁ

 

112:名無しの被害者 ID:we6uqM8eP

 よし、でかした!

 

113:名無しの被害者 ID:CwAgtA9qU

 ふむ、オリーシュア様は意外に押しに弱いと

 

114:名無しの被害者 ID:osgLCSjXu

 >>110

 すまし顔に見えてよく見ると着慣れていない感じなのが微笑ましい

 

115:名無しの被害者 ID:Bdt/Gm0Tr

 今からでもアイドルに転向してみたら警察も許してくれないかな……

 てかあんた女だったんだな

 

116:名無しの被害者 ID:XAMRhxILD

 >>110

 やるなおばちゃん、褒めてつかわす!

 

117:名無しの被害者 ID:0KRtBvrrg

 >>110の画像と指名手配中のカリスマ怪盗様の写真を並べるとなんかこう、いいよね……

 

118:名無しの被害者 ID:9YtGv3etg

 軽く変装しているけどこうして見るとJKぐらいに見えるな

 雰囲気的にJDぐらいだと思っていたわ

 

119:名無しの被害者 ID:c8iPiEn1F

 >>113

 礼儀正しい素直な子だったよ

 でもちょっと世間知らずな感じ。いいとこの嬢さんなのかも

 >>114

 普段はズボンかロングスカートだから、夏用に短めのも欲しかったらしい

 >>117

 いい……

 

120:名無しの被害者 ID:1+YvdUMi+

 こんな子が犯罪者なんて……性癖が歪められそうだよぉ

 

121:名無しの被害者 ID:pkiWNvo1z

 強くなるのが目的にしたって、よっぽどの理由があるんやろな

 

122:名無しの被害者 ID:zAa/2nLqW

 知り合いの息子の友達も助けられたみたいだし、今のうちに減刑の署名集めておくか……

 

123:名無しの被害者 ID:m7VpvugDT

 >>110

 怪盗的な演技で普通の子を装ってるのかもしれないけど、滲み出るミステリアス感がそそるわ

 

124:名無しの被害者 ID:9YtGv3etg

 >>121

 俺らですらこうなんだから子供達は今後生きづらいやろなぁ

 

125:名無しの被害者 ID:mDwektv1

 うちの姉と交換してほしい

 

126:名無しの被害者 ID:v68/jtnxh6

 >>110

 どこの店? やっぱ明保野?

 

127:名無しの被害者 ID:5MbjFefRE

 >>125

 そんなこと言うなよ

 

128:名無しの被害者 ID:gthG/efpw

 どうでもいいけど異能管理局って名前胡散臭いよな

 

129:名無しの被害者 ID:c8iPiEn1F

 >>126

 教えない

 今更思ったけど画像まで載せたのはヤバかったわ……警察来るわコレ

 

130:名無しの被害者 ID:41gt/uMdn

 >>73

 これ前スレでも話題になってたけど何があったん?

 

131:名無しの被害者 ID:5MbjFefRE

 変装して通っているぐらいだしお気に入りの店なんだろう

 特定しようとする輩は弾いてやるから安心しろ

 警察は知らん。てめーで対処しな

 

132:名無しの被害者 ID:tLPm/xjDp7

 >>130

 このスレ民の通う高校の音楽室に怪盗らしき美少女がいた

 二、三言だけ啓蒙的な話をしたけどまばたきの間にいなくなっていた

 あまりにも不思議な遭遇だったので白昼夢だったのかもしれない

 そのスレ民の異能は盗まれなかったが心は盗まれた。音楽室を訪れる度に今もその時のことを脳裏に浮かべるらしい

 俺らは嫉妬の嵐で嘘松連呼

 

133:名無しの被害者 ID:+iFsJmyGI

 >>128

 異能の支配者とも取れる名前だからな

 

134:名無しの被害者 ID:1+YvdUMi+

 それはない

 

135:名無しの被害者 ID:gthG/efpw

 そうか……

 

136:名無しの被害者 ID:Akpu333/q

 >>131

 やだ、かっこいい……

 

137:名無しの被害者 ID:m7VpvugDT

 レア異能の有効活用

 

138:名無しの被害者 ID:41gt/uMdn

 >>132

 はえーそんなことあったのか

 あれ? 学校ってどこもテロ対策で転移系の異能は遮断されるんじゃなかったの?

 

139:名無しの被害者 ID:Tq+jYTEJ0

 >>128

 PSYエンスの前身なんじゃないかって言われてるぐらいだし実際胡散臭い

 

140:名無しの被害者 ID:SVWtARFLA

 >>138

 それが怪盗のヤベーところ

 学校だけじゃなく町の要所には転移対策がされている筈なのに、あんなにポンポンジャンプできるのはおかしいんだ

 異能の元々の持ち主(不法侵入常習犯)はそんなに使い勝手がいい能力じゃないと証言していたそうだ。盗んだ上に元の持ち主より使いこなすとかやっぱ強ぇぜ、僕らのエイトお姉ちゃんは!

 

141:名無しの被害者 ID:5MbjFefRE

 >>138

 普通は無理

 オリーシュア様なら出来る

 

142:名無しの被害者 ID:rnhEcgyFV

 怪盗ってすごい、そう思った

 




 


 異能の出力=異能への意識の高さ

 エイトは意識高い系オリ主なので異能の出力は安定して高いです


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最終決戦直前のイベントに割り込むヤツ

 今回は短めです。


 

 いざ、異世界へ。

 

 出発の準備を終えた炎たちは、セイバーズ本部の屋上に集まっていた。

 明け方の空に見えるのは、渦巻く異世界フェアリーワールドへのゲートである。天使コクマーが通ってきた直径50メートルほどのそれはこれまでに発見されたゲートとは規格外の大きさであり、今も空に残り続けている。

 しかし、とは言っても時間経過により徐々に縮まっているのは間違い無く、その収縮スピードは昨夜から今に掛けて上昇を始め、今日を逃しては完全に閉じてしまう可能性があった。

 

「いよいよだな」

「ああ……」

 

 普段はテンションの高い力動長太も、この時ばかりは緊張を隠せない。風岡翼も同様だが、そんな彼は時折何かを警戒するように周囲へ視線を張り巡らせていた。

 

 セイバーズの者たちで、異世界行きを志願した人員は多い。

 しかし、ゲートを潜ることができるのは五人までだと、案内人であるメアが説明したのである。

 通常、人間はゲートを通れない。ゲートからフェアリーワールドへつながる通路となる超空間は、地上のあらゆる物理法則を凌駕する為、仮に生身で突入した場合には窒息しその四肢は粉々に引きちぎれるだろう。もちろん研究は進められているが、今はまだ人類が初めて宇宙へ飛び出す以前の時代と同じ手探りの段階だった。

 

 しかし、今のメアには聖獣ケセドの力が宿っている。

 

 メアがその力を解放することで光のバリアを展開し、彼女の周りにいる者たちだけは超空間からその身を守ることができるのだ。これは聖獣たち独自の力であり、彼らがゲートの向こうからこの世界にやって来られる理由だった。

 しかし、メアのバリアで守ることができる人数は限りがあり、確実に守り切ることができるのは五人までだ。それが突入メンバー、すなわち親善大使護衛隊の人数が志願者の中から厳選された理由だった。

 

 そうして決まったメンバーがメア、暁月炎、力動長太、風岡翼、そして司令官の光井明宏である。

 

 それぞれ見送りに来た大勢の者たちと出発の挨拶を交わし、ある者は握手を、ある者は拳を突き合わせ、またある者は抱擁を交わしていた。

 

「気をつけてね、メアちゃん。貴方の居場所はここよ。だから、必ず帰ってきて……」

「……うん。行ってきます、お姉ちゃん」

 

 去るメア、残る光井灯もまた慈しみながら抱擁を交わす。

 その光景に涙する者たちは少なくない。しかしそれが今生の別れではないことを、皆は信じていた。

 

「灯……」

「パパも絶対帰ってきて。私を……一人にするんじゃないわよ?」

「約束する。まだ俺も、こんなところで死ぬ気は無い。必ずメアを守り、皆で帰ってくることを誓う」

 

 一人、地球に置いてくることになる娘を想い、親子もまた抱擁を交わす。

 信頼と心配、様々な感情が混み合っていてもなお、作戦の成功は疑っていない。

 今までもずっと、救世主たちは乗り越えてきたからだ。

 たとえ、どんな困難が襲い掛かろうとも。

 

「……灯」

「炎……」

 

 光井灯は、ヒーローを知っていた。セイバーズというヒーローたちのことを。

 そしてセイバーズの男たちもまた、守るべき者たちを知っていた。守るべき者があったからこそ、今まで自分たちが戦って来れたのだということを。

 

 見送る者と見送られる者。

 

 光井灯と暁月炎。

 

 この時までどこか他人行儀で、胸中複雑な想いを抱き続けてきた者たちが、最後に向かい合った。

 

「…………」

「……あ」

 

 数拍の間を置いて、先に動いたのは炎だった。

 炎は何も言わずに灯の身体を抱き締めると、そんな彼の行動にしばらく驚いていた灯もまた抱き返す。

 幼い頃からずっと傍にいて、お互いがお互いのことを誰よりも理解していた。

 超常社会における例外の無能力者であり、社会的弱者だった灯の生きる場所を、戦うことで守り続けてくれた暁月炎。

 不器用で、かつては戦うこと以外に自分の気持ちを表現することができなかった男だ。

 そんな炎の帰る場所を……一度は憎しみに取り憑かれ、全てを捨てようとまで思った彼の心を守り続けてくれたのは、いつだって光井灯だった。

 そんな彼女だからこそ、彼は誰よりも愛していたのだ。

 

「帰ってきたら、伝えたい言葉がある」

「……うん」

「俺はこれからも、お前の居場所を守る。だから……」

「……行ってきなさい、炎。たぶん、私も同じ気持ちだから……あんまり、待たせんじゃないわよ?」

「ああ、わかってる」

 

 お互いに微笑みを浮かべ合いながら、その手を離し別れを済ませる。

 さよならではない。再び出会う為の別れだ。

 一同はそんな二人を温かい眼差しで見つめながら、落ち着くべきところに落ち着いた関係に苦笑を浮かべる。

 

「やれやれだな」

「けっ、カッコつけやがって……」

 

 一方明宏はと言うと紅潮した娘の表情を見て感じるものはあったのだろうが、彼女の気持ちを汲み、炎の人となりをよく知るどころか息子のようにさえ思っていた彼としては、特に何か言うことはなかった。

 ただ、絶対に作戦を成功させ、生還してやるという思いが一層強くなったことは語るまでもないだろう。

 コホンと咳払いし、セイバーズ司令の顔へと切り替わる。

 

「では行くぞ。メア君、頼む」

「ぐすっ……うんっ」

 

 二人のことをそれぞれ姉と兄のように思っていたメアは、彼らの進展に涙ぐみながらも頷くと、その虹彩異色(オッドアイ)の瞳に強い決意を宿した。

 自らの胸に手を当てて、黄金の光を解き放つ。

 

「ケセド……力を貸して」

 

 その瞬間、メアの頭上に甲高い鳴き声と共に光の巨鳥が姿を現した。全長10メートルに及ぶ大きさである。

 巨鳥は一同の前で翼を広げながら腹這いに鎮座すると、メアの指示に従って五人の騎乗を待ち構える。

 メアは体内に備わった天使ケセドの力を解放し、エネルギー体で構成された光の巨鳥を生み出したのである。

 そしてそれこそが、地上から空のゲートへ向かう為の乗り物「光の精霊鳥(ライトニング・ガルーダ)」だった。

 

「似ているな、やっぱり」

「……ああ」

 

 複数人乗れる分大きさはこちらの方が圧倒的に大きいが、先日炎たちが騎乗した「闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)」を彷彿とさせる外見である。異世界突入に備えてメアの力は昨日も確認していたが、改めて見てもそれは炎と翼が抱く疑念を確信に近づけるものだった。

 

 

 ──そうして二人の脳裏にシルクハットの少女の姿が浮かんだ、その時である。

 

 

 今五人の救世主(セイバー)が光の精霊鳥の背に乗り込もうとした瞬間、軽快な琴の音がセイバーズ本部の屋上に響き渡った。

 

「!?」

「この音楽は……」

 

 突如として聴こえたその音色は、ハープの演奏によるものだった。

 曲は戦場に向かう戦士たちを鼓舞するようなアップテンポの曲であり、暢気な長太やオペレーターの娘たちなどは知り合いの誰かが応援に来てくれたのかと思ったほどだ。

 しかしセイバーズの大人組と炎、そして風岡翼は音楽が聴こえたその瞬間から既にその可能性を頭から捨てており、既に戦場の中にいるのと同じ警戒を音源に向けている。

 

「……来たか」

 

 静まりかえった一同の前に、演奏者は姿を現す。

 白いリボンをあしらった黒いシルクハットに、燕尾服のような装束にロイヤルブルーのマントを着飾った少女。上品なロングスカートから一歩ずつ足音を重ねながら、黒髪の少女はエメラルドグリーンの瞳を覗かせて言った。

 

 

「やはり、キミたちはその未来を選んだのか……」

 

 

 ハープを弾く指を止めて沈黙が場を支配すると、少女が悲しそうに目尻を下げる。

 この場所に救世主たちの激励の為集まった者たちの中には、警察の者も多い。そんな彼らは動揺しながらも職務を全うし、いつでも取り押さえられるように身構えるが、セイバーズ司令官の明宏が右手で制した。

 

「キミたち五人がフェアリーワールドへ行く……その未来は、本当の希望にはなり得ない」

 

 メアの出した光の精霊鳥の姿を一瞥した後、その足を止めて優雅に一礼する。

 喝采の拍手に足る見事な演奏であったが、一同の心にあったのは演奏に対する興味よりも彼女がこの場に訪れたこと自体への困惑だった。

 

「T.P.エイト・オリーシュア……何故ここに?」

「ふふ……」

 

 異能怪盗T.P.エイト・オリーシュア。相手の異能を盗み、自在に自らの力として使役する異能使いである。

 一ヶ月にも満たない僅かな期間ながら、数十人にも上るレア異能者たちから異能を盗んできた指名手配犯だ。

 異能を盗むということ以外に目的は不明。怪盗以前の経歴や住居さえ情報が無く、神出鬼没で大胆不敵な犯行を行うカリスマ的異能犯罪者と呼ばれている。警察の捜査網を嘲笑うように掻い潜り、強力な転移対策さえも歯牙に掛けない底知れぬ実力者である。

 そんな彼女は推定十代の少女の顔立ちに似つかない妖艶な微笑みを浮かべると、セイバーズ司令官光井明宏の目を見て言い放った。

 

「ミツイ・アキヒロ、キミを止めに来た」

「……何だと?」

 

 明宏が眉をひそめ、怪訝な目でエイトを見下ろした。

 並の闘士よりも鍛え上げられた肉体は180センチをゆうに越す大柄な体格であり、160センチに満たない華奢な少女と相対するとお互いが身に纏う雰囲気は対照的である。

 しかし月光のような儚さを纏っている筈の少女は、彼の静かな熱気に触れても何ら動じることもなく、はっきりと言い切った。

 

「彼ら四人がフェアリーワールドへ行くことは、ボクが歓迎しよう。だけどキミは……キミがあの世界に渡った場合、どうしたって死んでしまうんだ。サフィラス十大天使の王、ケテルに裁かれてね」

「……!」

 

 何の躊躇いも無く、預言者のように語られたその言葉に、一同の目に動揺が走る。娘の灯などは、不安にその瞳が揺れていた。

 明宏は目を閉じてすうっと息を吐くと、腹式呼吸で気を鎮めて言い返した。

 

「彼らに比べて、私が力不足であることはわかっている。だがセイバーズ司令として、彼らだけを行かせるわけにはいかん」

 

 セイバーズのエースたちをたった一体で翻弄したコクマーの強さから鑑みて、たった五人で彼ら聖獣たちの本拠地に乗り込むことがどれほど危険かなどは痛いほどわかっている。もしものことがあった時、最初に犠牲になるのが五人の中で最も劣る自分であることも。

 しかし、それをわかっているからこそ己が行くことを決めたのが、光井明宏という男だった。昨夜、娘たち(灯とメア)や部下たちから猛反対を受けることになったとしてもだ。

 

「それが……」

「大人としての責任と、キミは言うのだろう?」

「……っ」

 

 言い放とうとした言葉の先を、怪盗が盗み取る。

 彼女は淡々と、彼の心情に対して否定を並べた。

 

「力は及ばずとも、キミにはその並外れた頭脳がある。或いはこの世界であれば、その能力で彼らを導くことができたのかもしれない。しかしそんなキミでも……この世界の人間である以上、フェアリーワールドは初めてだ。天使たちに管理された未開の領域で、果たしてキミはその力を発揮できるだろうか?」

 

 正論ではあった。

 聖獣たちの世界フェアリーワールドは全く未知の世界であり、相手のホームである以上如何なる頭脳を以てしても後手に回ってしまう可能性が高い。その場合は、最も頼りになるのは炎たちのような自衛力である。

 セイバーズ司令官として培ってきた経験や知識というアドバンテージが全く生かせないと……そう断言する彼女の言葉に、明宏は自信を持って否定を返すことができなかった。

 

 だが、他に誰が行くと言うのか? 

 

 誰がこの勇敢なる若者たちの盾となり、対話への道を切り拓くのだと言うのかと、明宏は揺るがぬ思いで彼女に反論した。

 

「……何が言いたい? この期に及んで、何を」

 

 怪盗少女は彼の悲壮な決意を察したように、悲しげな目をして答える。

 

「お願いしにきたんだ」

「お願い、だと?」

 

 そして怪盗少女、T.P.エイト・オリーシュアは自らがこの場に参上した理由を明かした。

 

 

「ボクを……貴方の代わりに連れて行ってくれないか?」

 

 

 風岡翼が警戒していた通りになったと、明宏は見極めるように少女の姿を見据えた。

 

 




 セルフBGMの習得は音楽室での練習の成果です


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勘違いさせる系のSSは非常に難しい

 セルフBGM(フェアリーセイバーズOP)を引っ提げて、伝説の超オリ主ことエイトちゃん参上っ!

 

 内心エンダアアアイヤアアアと高らかに祝詞を上げたかったところだが、幸せなキスは持ち越しのようで少し残念。いや、寧ろ後のお楽しみが増えたと言うべきか……今日も今日とて気ぶりのオリ主様は元気です。

 いやあ、ええもん見せてもらいましたわー。実を言うと陰でスタンバっていたのだが、原作よりも早く動いた原作公式カプの進展に見入ってしまい、危うくまた出遅れてしまうところだった。

 かーっ、第一クールから介入できたらなー! 二人のキテるシーンの積み重ねとか、ちゃんと見たかったのになー! やっぱ第二クールからの参戦はつれぇぜ! かーっ。

 

 因みに先ほどのハープの演奏には、指先の器用さを上げる補助魔法的な異能を使っていた。

 流石に僕も異能の補正無しではここまで上手く演奏できなかったからね。それでも、短期間で人前に出せるレベルに仕上げるのは楽じゃなかったけど……そのうち異能を使わなくても演奏できるようになりたいなと思っている。初めは街中でゲリラライブをしていたホームレスのおじさんを見て「何アレかっけぇ!」と思い衝動的に盗んだ異能だったのだが、気づけば趣味レベルまで気に入っていたようだ。こんなことなら前世の時点で興味を持っておけば良かったかな。

 えっ、ハープの練習なんてお前いつの間にそんなことやってたのって? オリ主の修行シーンはサラッと流すものなのだよ。商業誌の世界でもそうだが、反復練習をひたすら繰り返すことになる修行回はどうしても絵面が地味であり、読者人気を得るのが難しいのだ。そこを上手くやっている大人気バトル漫画の偉大さがよくわかると言うもの。

 あの時はハープを練習する為に適当な学校の音楽室に侵入したはいいが、うっかり鍵を掛け忘れて学生と鉢合わせるガバがあったものの、上手く誤魔化せたので良しとしよう。

 まあ、その話は後にして。

 

「どうかな? 受け入れてもらえないだろうか……」

 

 ……さて、最終決戦直前のイベントに水を差すような形で乱入してしまった僕だが、原作主人公メンバーに協力を取り付ける為にはこのタイミングがベストだと判断したのだ。

 見渡してみればそこには、司令官の明宏以外にもサブヒロイン枠である双子のオペ子、なんか胡散臭い雰囲気だけどめっちゃいい人だった副司令官、お馴染み機動部隊の皆さんまでセイバーズ明保野本部の顔ぶれが揃い踏みなこの状況である。ネームドキャラがこんなに集まっているのだから、こちらも顔を見せなければ無作法というものだ。

 

「……それは、我々に協力するという申し出かね?」

「うん。ボクはある事情で、フェアリーワールドのことはそれなりに知っている。メアのおぼろげな知識を補完するぐらいなら、役に立てると思うんだ」

「ある事情、ねぇ……」

 

 うん、ある事情というのはもちろん、転生オリ主最大のアドバンテージである「原作知識」だ。

 僕のことをサフィラス十大天使の一人だと疑っている風岡翼は訝しげな眼差しを向けてくるが、そんなにじろじろ見るなよ緊張するじゃないか。

 もちろん、ここでわざわざ自分が「原作知識」を持つ転生者などという事実を明かしたりはしない。そういう誠実なオリ主は個人的には好感が持てるが、オリ主たる者原作の世界観を台無しにする発言には細心の注意を払わなければならないのだ。

 故に、唐突なメタ視点はあくまでも僕の中だけに留めておく。そういうわけだから僕は、彼らの言及を躱す為に「怪盗ノート」という便利なチート能力を活用することにした。

 

「ボクは未来を占ったんだ。キミたち五人がフェアリーワールドへ向かった場合、辿り着くことになる未来をね」

「……盗んだ異能の一つか」

「そう受け取ってもらって構わないよ。ただボクの占いの的中率は高くてね……放っておけば、100%当たってしまう。キミやボク自身がいくらそれを否定しても、決まってしまう事実なんだ……」

「……そうか」

 

 実際、世の中そういう異能があってもおかしくないだろう。流石にまだそのような未来視的な能力を盗めてはいないが、ボクがストックしている異能を全部把握している者は僕しかいないわけで、このブラフを看破できる者はいないわけである。シュレディンガーのエイトちゃん、覗いてみなければわからないってことだ。

 ただ、やはりと言うべきか、自らの死の運命を突きつけるだけでは明宏という男は揺らがなかった。後ろにいる灯ちゃんはすんごい不安そうにしているけど……ごめん、君のことは原作よりは曇らせずに済むだろうと思っていたけど、早速曇らせてしまったようだ。しかしもう少し、もう少しだけ辛抱してくれ。

 頑張れ僕、何とかして言いくるめるんだよー!

 

「志半ばでキミを失った結果……メアたちは聖龍のもとまでたどり着けず、ケテルの計画は実行される。そして聖獣たちの総攻撃を受けたこの世界は甚大な被害を受け、大勢の命を失うことになる。占いには、そう記されていた」

 

 可能性は実際、高いかもしれない。メアの頑張り次第では、そうならない可能性ももちろんあるが。

 実際キーパーソンのケセドが不在なので、代わりに入ったメアがどこまで彼の役割を果たすことができるのかはわからなかった。

 まあ、原作の難易度を100とすると、150ぐらいはハードモードになるだろうというのがこの辺りの僕の見立てだ。

 ハッピーエンド厨の僕としては、そんなことはもちろん許せないわけで。

 

「ボクはこの世界が好きなんだ。だからその未来、実現させるわけにはいかない」

「…………」

 

 さて、反応は……うーん、駄目かな。やっぱり疑っている顔だ。

 やはり、これでも彼は納得しなかったか。

 

 やむを得ない。ここは強硬手段を取らせてもらうことにしよう。僕はオリ主であっても善人ではなく、エイトちゃんは悪いお姉さんだからね。

 

 僕は怪盗ノートを具現化し、盗んだ異能を発動する。

 

 障壁を展開する異能「バリアー」と「闇の呪縛」を「調合」、影で覆い尽くされた闇のバリアーを目の前に展開すると、その中に彼の身体を閉じ込めてやった。

 

「!? 貴様っ」

「司令!?」

 

 すまぬ、みんな。

 いや、ここまでしないとこの司令、筋肉で突破してくるだろうから……救出に動いた者たちの動きも同じく闇のバリアーで封じておいた。うわ、今の僕すごい悪役っぽい……失望しましたアンチになります。

 しかし、これでも僕は君たちに害意は無いのだ。

 

「ゴメンね……大丈夫、少ししたら消えるから。あとは、ボクと救世主たちのことを信じてほしい」

「君を、信用できると思っているのか?」

「だけど、他にこの世界が助かる道は無い」

「……ッ!」

 

 そう、他に方法が無いのは紛れもない事実である。

 司令官として合理的な思考を持つ彼自身の言葉を、そっくりそのまま伝えてあげると、明宏は苦虫を噛み潰した顔で言葉を飲み込んだ。

 うーん……助ける為と言っておいて、さっきから曇らせてばっかりだな僕。やっぱコミュ力だよコミュ力。こればかりは異能を盗んでもカバーできないらしい。

 なんとかフォローしなければ……そうだ!

 

「……炎たちが出撃してしばらくしたら、あちらの世界から大量の「敵」が送られてくる」

「何っ?」

「キミが残らなければ、この世界の犠牲も増えるんだ……だから、キミにはこの世界に残って、町を守ってほしい。人の世界を……キミたちの生きる場所を」

「エイト・オリーシュア……君は……」

「わかって、ほしい」

 

 誠意を、誠意を見せよう! 光井明宏は顔は厳ついが人情派だ。ホラ僕の顔見て嘘ついているように見える!?

 帽子を外し深々と一礼しながら、全霊の祈りを込めて頼み込む。

 そしてこの後、念の為原作でこの先残された者たちの地球で起こる展開を闇のバリアーに囚われた彼にだけそっと耳打ちして伝えると、明宏はしばし考え込み、決心したように顔を上げて僕に問い質した。

 

「君は一体……何者なのだ? 人々の異能を盗んできたのも、この時の為だったと言うのか?」

 

 今一度、得体の知れない怪しい人物としてではなく。

 目の前に立つ僕を、僕だけを見て問い掛けてきた言葉だ。

 それはなんだか……なんだろうな? 昔、父が荒れていた頃の僕を叱ってくれた時のような感覚だった。

 ……転生オリ主が、原作以外の記憶を思い出すとは情けない。

 僕は人差し指を立てながら、彼の質問に対し正直に答えた。

 

「ボクは怪盗さ。異なる次元の世界から、キミたちを導きに来た……恥知らずで、傲慢な小娘だよ」

 

 おそらくその言葉は、聖獣側の世界からこの世界を助けに来た存在のように受け止められるだろう。

 彼はシリアスな顔で、僕の言葉に偽りが無いか確かめるようにじっと目を見つめてきた。

 嘘は吐いていないが、本当のことも話していない。

 我ながら、とんだ詐欺師である。勘違い系SSは多くとも勘違いさせる系のSSが少ないのは、意図的に人を騙す行為に対する読者の抵抗感が強いからなのだろうと僕は考えている。案外、嘘吐きが主人公を張るのは難しいのだ。

 

 やれやれだ。複数転生者の取り扱いにビビる以前に、僕の性格そのものが地雷要素だったかな?

 

 だけど完璧なチートオリ主を目指す以上、僕に自分を曲げる気は無い。怪盗らしく、このしょうもない本心は誰にも明かさないまま、少なくとも女神様っぽい人のSSが完結するまではメアといい感じのダブルオリ主をこなしてみせよう。

 

 上手くできなかったけど、昔から結構好きだったんだ。こういう風に、自分が周りを動かす中心になるのってね。

 

 僕は言い捨てた後、踵を返し、光の巨鳥に乗り込んだメアたちの元へ向かう。

 正直彼らが明宏を助ける為に僕に攻撃を仕掛けてきたらどうしようかと思っていたが、根回しの甲斐があったのか風岡翼が三人を制止してくれた。

 

「そういう訳だから、よろしくしてくれるかな?」

 

 暁月炎が、溜め息を吐いて返す。

 

「あんたには恩がある。ついてきてくれるなら、正直頼もしい……だが、話は聞かせてもらうからな。あんたの正体と、本当の目的を」

「いいよ、向こうに着いたら教えてあげる」

 

 実際、彼らから見ても現場の戦力としては明宏より僕の方が適任だしね。おまけに聖獣疑惑のある僕なら、メアと共にフェアリーワールドの案内人が務まるかもしれない。そう判断してみると、司令官が直々に前線に乗り込むよりも合理的なのだ。

 尤も世界の平和が掛かった任務を未成年だけに任せるのか?とかそう言う常識的な思考や、バリバリの犯罪者である僕自身の信用の低ささえ度外視すればの話だけどね。

 だから僕は、穏便に矛を収めてくれた探偵君に礼を言っておくことにした。

 

「ありがとね、ツバサ」

「さて、何のことかね? 俺はこのむさ苦しい連中に一人くらい、イイ女が旅についてくれた方が嬉しいと思っただけさ。メアちゃんはまだ小さいし……」

 

 戯けたように言う彼の態度は、原作を見た通りの解釈一致である。が、それは場を和ませる彼なりの冗談だということはわかっている。

 これで実際のところ、下半身がだらしないわけじゃないのだから彼も中々罪な人柄(キャラ)をしている。

 

 いたずら心で、そんな彼に向かっておもむろに手を差し出してみると一瞬驚いた顔を浮かべるが、翼はすぐに気を取り直したように僕の手を引いて光の精霊鳥の背中までエスコートしてくれた。

 

「どうも」

「一人で飛び乗れるだろ?」

「野暮なことは言わないでほしいな。それがボクが、キミたちのことを信頼している証でもあるのだから」

「そうかい」

 

 あと、この高さで飛び乗ると大胆にスカートがめくれそうだし。

 TSオリ主である僕に女子的な羞恥心は無いが、絵面的にかっこ悪いと思ったのだ。

 ともあれ後から乗り込んできた僕の姿を見て、一同はそれぞれ何か言いたげな顔をしていた。

 

「仮にあんたを置いて四人で出発しても、あんたは一人で付いてくるだろ?」

「……ふふっ」

 

 流石に、お見通しだったか。

 僕は帽子を被り直しながら綻んだ頬を隠すと、鋭い探偵さんの目から逃れるように、顔を上げてケセドの代行者メアと目を合わせる。

 銀髪オッドアイの天使少女……これはオリ主ですわ、間違いない。一昔前に流行りすぎたせいか今時露骨なのは逆に珍しいが、女オリ主の銀髪率に関して言えば依然人気である。

 そんな彼女は、オロオロと言った擬音が似合いそうな顔で、僕に対してどう対応するべきか困っている様子だった。

 僕は彼女の肩にそっと手を置くと、同じオリ主のよしみで言ってあげた。

 

 

「共に行こう。ボクとキミが導くその先に、誰もが笑える未来がある」

「……! うん……っ」

 

 

 そうだ、踏み台転生者なんてどこにもいない。オリキャラ全てがオリ主なんだ。僕も君もオリ主なのだ。

 ケセドと灯と明宏が不在の異世界編、未来という物語の結末をいい感じに導けるのは僕たちだけだ。

 その為には君も僕もどちらも必要な存在なのだと、お互いに存在意義を示すことで初めてオリキャラ複数物のSSを成り立たせることができる。僕はそう思っていた。

 

「よっしゃ、行くぜ! フェアリーワールドへ!」

 

 おうとも、力動長太の快活な言葉が気持ち良い。

 

 いざ行かん! 聖域フェアリーワールドへ!

 

 光の精霊鳥が舞い上がり、僕たちメアちゃん守り隊は空のゲートへ飛び込んでいった。

 

 




 勘違い系より勘違いさせる系のSSが少ないのって、一歩間違えると主人公に不快感を感じてしまうからではないかと勝手に思っています。
 完成度高いのは腹筋が破壊されますが。


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世界の修正力って何だよ!

 

 

 青い空。

 白い雲。

 黄金の太陽。

 

 空を見上げれば、太陽の色が少し違う以外は人間の世界である地球とそう変わりはない。空気があることも、重力も地球と同じだ。

 しかし、周りを見ればその世界はまるで違う。

 10の島によって成り立つ地形とその島々を覆う雲の海が、ここが地球ではないことをまざまざと見せつけてくれた。

 

 ここはフェアリーワールド。聖獣たちの住む天上の世界だ。

 

 都会の空気とは比べ物にならないほど澄んでいる。見たことのない植物を始めとする大自然に覆われた領域は、まさに聖域と呼ぶに相応しい景色だった。

 いやあ、まさしく「ファンタジー世界にやってきましたー」って感じだ。

 僕はフェアリーワールドへの念願の到着に心が踊り、この気持ちをハープの音でポローンと表していた。

 

 

 

 ただ、ね……嬉しくないこともあるんだ。

 

 

 ここは、芝生に包まれた丘の上。

 一本の大木に寄り掛かって座れば、生い茂る森林やこの世界の特徴である「雲海」が一望でき、遠くには10の島の中心部である世界樹「セフィラス」が見える。ここからでも見えるってすげー大きさだ。流石は神様アイン・ソフが住む木だわ。

 いざという時は敵の襲撃も察知することができるこの丘は見晴らしが良く、ゲートを潜った先の着地点としては恵まれた地形である。

 

 しかし問題は……ここにいるのが僕と、原作主人公である暁月炎の二人だけだということだった。

 

 炎君? 彼なら寝ているよ? 僕の膝の上で。もちろん卑しい理由ではなく、気絶している彼を介抱しているだけだけどねー。

 

 

 

 

 

 ……いや、どうしてこうなった? 

 

 いや、わかっている。

 こうなった二割の責任は僕とメアの努力が足りなかったからだ。そして残り八割はあの天使のせいだった。

 

 

 時は、少し前に遡る。

 僕と炎が他の三人と逸れてしまったのは、ゲートの中で起こった想定外のアクシデントのせいだった。

 

 空のゲートへ突入し、メアのライディング必殺技「光の精霊鳥(ライトニング・ガルーダ)」でしばらくの間超空間を航行していた僕たちのもとへ、その動向を嗅ぎつけていた聖獣たちが襲い掛かってきたのである。

 

 それ自体は、原作アニメ通りの展開だった。

 

 あれは……原作の話数にすると第17話ぐらいの話だったかな? 炎たち五人は灯が解放したケセドの力「光の精霊鳥」に乗って、空のゲートに突入する。

 しかし、そこで彼らを待ち受けていたのは聖獣エレメント・ワイバーンの軍勢だった。

 炎たちはフェアリーワールドへ向かう超空間の中で、聖獣たちによる奇襲を受けたのだ。

 カーチェイスさながらの脱出劇で炎たちは辛くも出口まで到達するものの、到着直前になって敵の砲撃に撃ち落とされてしまい、炎と灯、他三人がそれぞれバラバラにはぐれてしまうのだった。

 

 つまりフェアリーワールドへの到着早々、炎たち親善大使護衛隊は強制的に別行動になってしまうわけだ。

 

 辛うじて炎だけは超空間の中でもずっと繋いでいた灯の手を離さなかったので、異世界編の序盤は炎と灯withケセドの三人旅視点で展開していくことになる。

 旅の中で彼らはお互いの絆を深め合いながら、聖獣たちの世界の真実を知っていく……というエモいシナリオになっていた。

 

 しかし、この世界にはオリ主がいる。

 

 ケセド不在という不確定要素がある以上、わざわざセイバーズが不利になる原作の再現をするわけにはいかない。

 確かに原作から外れすぎるのは先の展開が読めずに収拾がつかなくなる危険性があるが、だからと言ってとことん原作沿いに拘るのは、それこそ何の為のオリ主かわからなくなる。

 原作のグッドイベントは頂戴するが、バッドイベントは悉く破壊する。気持ちの良いIFを求める読者にとって、鬱フラグクラッシュはオリ主の使命なのだ。

 完璧なチートオリ主を目指す者として、そこは譲れなかった。

 

 

「くっ……メア、もっと速く飛べねぇのか!?」

「やってみるっ!」

 

 光の精霊鳥(ライトニング・ガルーダ)を駆るメアはゲートの中で原作通り奇襲を仕掛けてきたエレメント・ワイバーンの軍勢と熱いデットヒートを繰り広げていた。超高速で超空間を疾走する足場の上で、炎たちは彼女の横で火炎や疾風を繰り出し、それぞれの遠距離攻撃で敵を牽制している。

 しかし超空間内での機動力は聖獣側に分があり、次第に彼らの口から放たれる熱光線がメアのバリアを捉え始めていた。

 

 やれやれ……僕の出番かな? 

 

 それまでハープの演奏で彼らを応援していた僕だが、いよいよその時が回ってきたようだ。

 このまま行けばメアの精霊鳥(ガルーダ)は撃ち落とされ、原作通りメンバーが離散してしまうか、最悪の場合ここで全員あの世逝きになるかもしれない。

 そんな誰得なバッドエンド、アンチヘイターは許してもエイトちゃんは許しませんよ! 

 

「さて……」

 

 そろそろ狩るか……♠と意気込み、僕は前に出る。

 皆さんお待ちかね、チートオリ主による無双の始まりである。

 そんな僕の初動に気づいた翼が、訝しむような視線を向けてきた。

 

「何をする気だ?」

「なに、手伝おうと思ってね」

 

 これから一緒に冒険することになる炎たちに、僕の誠意を見てもらう必要がある。

 それに……ここらで僕のSUGEEEところを見せておかないと、「アイツ思わせぶりなだけで何もしてねぇな……」と女神様っぽい人に怒られそうだからね。

 

 僕はハープを異空間に収納すると、それと入れ替えるように怪盗ノートを取り出す。

 盗んだ異能を使役する為には必ずしもノートを出さなくてもいいのだが、出しておいた方が精度が上がるのだ。これについては僕の中で「能力を引き出すという意識」がわかりやすく固定されるからだろうと考えている。「フェアリーセイバーズ」の世界における異能とは、創作活動同様イメージが大切なのだ。

 

 あと、ノートを片手に戦うのってくっそカッコ良くね? ぶっちゃけ片手が塞がるデメリットを補って余りあるメリットだと思う。

 

 

闇の障壁(ダーク・バリア)展開……闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)と同調」

 

 明宏たちにも使った闇のバリアーでこの身を覆うと、同時に闇の不死鳥を召喚しその上に飛び乗る。引きこもり少女から盗んだ異能「闇の呪縛」の酷使である。

 そうして身に纏ったバリアーを闇パワーで強化し、さらにその他色々の異能を混ぜ込み地球と同じ空気をバリアー内に充満。これで超空間内でも、地球の空と同じぐらい動ける筈だ。

 

 まあ要するに、盗んだ異能でケセドの加護を疑似的に再現したのである。

 予めこのオリ主介入ポイントを知っていた僕は、この時の為に使えそうな異能を集めていたのだ。

 

 因みに、このバリアーの持ち主も引きこもりだった。何だろう? レア異能の持ち主は引きこもりが多いのかな。

 尤もこちらは好きで引きこもっていたんじゃなくて、過剰な防衛意識が少年の異能を暴走させてしまい、自分自身のバリアーから脱出することができなくなっていたという不可逆な引きこもりだったけど……まあ、その辺りのことは追々話そう。幕間の話を頻繁に入れた結果、本筋が全然進まず女神様っぽい人のSSがエタるのはゴメンだからね。

 この手の本筋に関わらないエピソードは、また暇な時に語るとしよう。

 

 さあそんなことより今はオリ主タイムだ。

 

「よく見ておくといい、メア」

「?」

 

 もちろんみんなを乗せた光の精霊鳥(ライトニング・ガルーダ)の運転を最優先してもらいたいが、君にも今一度見せてあげよう。

 

 純粋なチートオリ主のみが成立させる、真実の俺TUEEEを! 

 

 ……どうでもいいけど「TUEEE」を「TSUEEE」って書くと「TSうえええ」って読めて、なんだかTSに拒否反応起こした人みたいになるな。いや、今気づいたマジでどうでもいい話だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よく見ておくといい、メア」

 

 

 そう言って光の精霊鳥から飛び出したのは、不敵な笑みを浮かべたT.P.エイト・オリーシュアだった。

 人間が聖獣の加護から逃れ、この超空間に飛び出すなど自殺行為だ。慌てて止めるメアの言葉も待たずして、振り向けば既に闇のオーラに包まれたエイトがメアのバリアから離れた後だった。

 

 ──しかし、エイトの肉体には何事も起こっていない。

 

 人間であれば決して耐えられない筈の超空間を縦横無尽に駆け巡り、エレメント・ワイバーンの軍勢に対し単独で大立ち回りを演じていた。

 これもまた、彼女が盗んできた異能の力なのだろうか? それとも……

 

闇の稲妻(ダーク・スパークリング)

 

 猜疑心が募る一同の前で、エイトは開いたノートのページから漆黒の稲妻を放射する。

 稲妻は発射と同時に拡散すると、それぞれ散開したワイバーンへと襲い掛かり、その身体を的確に撃ち抜いていく。色は禍々しいが、その力はまるで三人のセイバーを苦しめたサフィラス十大天使「コクマー」のようだった。

 

「エイトちゃんすげぇな……」

「ああ……」

 

 怪盗としての悪名はあれど、戦士としての力量は未知数だったT.P.エイト・オリーシュアの実力を目の当たりにして、闘技場のS級闘士である力動長太が素直な賞賛を溢す。隣の炎も……メアもまた、光の精霊鳥(ライトニング・ガルーダ)を操縦する傍ら彼女の動きに見入っていた。

 

 一体でも町に放たれれば甚大な被害を及ぼすエレメント・ワイバーンの複数体を、たった一人で相手取り、圧倒している。覚醒前とは言えワイバーンとは一度交戦しており、その強さをよく知っているメアはエイトの実力に戦慄さえ覚えていた。

 

『よく見ておくといい、メア』

 

 飛び出す際にそう言った彼女の言葉が、メアの脳裏に過ぎる。

 その言葉が示す通り、エイトの戦い方はまるで自らのマジックショーを群衆に見せつけているかのように派手なものだった。その光景で感じた意識の一つ一つが、瞳を通してメアの頭脳へと刻み込まれていく。

 

 そうしてエイトが繰り出す多彩な技の数々を見て、メアはようやく彼女の意図に気づいた。

 

 

「エイトは……メアに、天使の力の使い方を教えている……?」

 

 

 わかるのだ。メアには。

 完全ではないものの天使ケセドの因子が目覚めた今のメアは、彼女が使っている技が自分にも使える技なのだと思い至った。

 闇か、光かの違いはあるものの……稲妻を走らせる程度の技なら、メアにも同じことができる筈だった。

 そう考えると、漆黒の不死鳥を駆る彼女の動作一つ一つがメアへの指南に見えた。

 

「続けていくよ」

 

 漆黒の稲妻で痺れさせ、動きの鈍った敵に対してもエイトは追撃の手を緩めない。

 今度はおもむろに左手を振り上げると、その前方に三体の闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)を召喚し、それを弾丸のように射出してみせた。

 

「調合・爆熱……」

 

 ぼそりと詠唱を唱えた瞬間、射出された不死鳥たちが一斉に紅蓮の炎を放ち、赤く燃え上がる。その姿はまさしく不死鳥の名に相応しく、ワイバーンたちの身体に次々と撃ち込んでは炎上させていった。

 

 ワイバーンたちからしてみれば超空間という圧倒的に優位だった筈の戦場で、たった一人の相手に防戦一方である。彼らの動揺は手に取るようにわかり、聞こえる唸り声は目の前の存在に怯えているようだった。

 

「グルル……!」

「キミたちでは勝てない。命までは取らないから帰りなよ……在るべき場所へ」

 

 彼女が涼しい顔で呼び掛けると、鱗とプライドをズタズタにされたワイバーンたちは完全に萎縮していた。

 それはまるで、本能で彼女との「格」の違いを理解しているかのようだった。

 上級と下級。

 高位と下位。

 彼らの間に窺える強制力にも似た力関係の正体を、天使ケセドの知識を受け継ぐメアは知っていた。

 

「天使様、なの……?」

 

 その「格」は、自分のようなまがい物とは違う、本物の天使のものなのだと。

 同じ疑念は炎や翼も抱いていたが……メアがそう思ったのは推理とは違う感覚的な部分で、別の視点から及んだ理解だった。

 

 しかし同時に、メアの中にあるケセドの心は彼女が天使であるという疑いを否定していた。

 彼らサフィラス十大天使はその名が示す通り、全員で十体存在している。

 

 1は王の天使ケテル。

 2は知恵の天使コクマー。

 3は理解の天使ビナー。

 4は慈悲の天使ケセド。

 5は峻厳の天使ゲブラー。

 6は美の天使ティファレト。

 7は勝利の天使ネツァク。

 8は栄光の天使ホド。

 9は基礎の天使イェソド。

 10は王国の天使マルクト。

 

 4の天使ケセドは他の十大天使全員と顔を合わせたことがあり、彼の記憶を受け継ぐメアもまた天使たちの姿を知っている。

 

 そしてその中に、T.P.エイト・オリーシュアの存在から感じ取れる存在はいなかった。

 

 仮にエイトの姿が擬態であったとしても、十大天使同士なら感覚でわかるのだ。

 そのケセドの心が彼女に対して何も感じていない以上、その正体はサフィラス十大天使のいずれかではない筈だった。

 

 ……なのだが、自信が持てない。メアの思考はこんがらがった。

 

 

「メア、今はここを突破することだけを考えよう」

「……うん」

 

 考えれば考えるほど、頭の中がぐちゃぐちゃして余計にわからなくなる気がした。謎を解明すると、別の謎が生えてくる。わけがわからなかった。

 そんな心情を見かねた炎の指示に頷き、メアは首を振って前方に集中する。

 

 彼女が何者であろうと、一緒に来た以上彼女も仲間だ。

 そして仲間である以上、とても頼もしい存在であることに違いはなかった。

 

 エイトの奮戦により光の精霊鳥(ライトニング・ガルーダ)の操縦に専念することができたメアはそのまま一気に加速し、後ろの追っ手たちからみるみる内にその距離を空けていった。

 

「よし、行けるぜ! 羽トカゲ共め、ざまあ見ろ!」

 

 品の無い長太の雄叫びが響く。

 超空間の向こうから、まばゆい光が差し込む。出口が近づいているのだ。

 

 これで、無事にフェアリーワールドへたどり着く。一同が安堵した──その時だった。

 

 

「……っ!? メア、避けろ!」

「えっ?」

 

 ──横合いから、暴力的な光の奔流が飛来してきたのである。

 

 ワイバーンの熱光線とは比べ物にならない、凄まじい威力だ。

 一番最初にそれに気づいた炎が慌ててメアの前に立つと、その両手から異能「焔」を放出する。

 彼が放出した火炎は飛来してきた光条と真っ向から衝突する──が、数秒の拮抗もあえなく押し返されてしまい、強烈な光の衝撃がメアたちを襲った。

 

「くっあああっ……!」

「な、なんだってんだよおおお!?」

 

 メアのバリアにより辛うじて四人を焼き尽くすことはなかったものの、それでも威力を殺しきることは叶わず、四人を乗せた光の精霊鳥(ライトニング・ガルーダ)はその制御を失い、為されるがまま押し返されていった。

 

 そんな四人の前で、砲撃を放った金髪の天使が舞い降りるように姿を現し──その八枚の翼を優雅に広げた。

 

「コクマー……じゃない!」

「ティファレト……!?」

「何っ!?」

 

 サフィラス十大天使、6の天使「ティファレト」──信じられない者を見る目で驚愕するメアに向かって、「美」の名を冠する金髪の女性天使が右手の錫杖を振り下ろした。

 

 ただ無慈悲に、その美しい瞳に怒りを滾らせて。

 

 

 ──そうして下された裁きの光は、メアたち四人の姿を飲み込んで滅ぼしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……僕がいなければ、の話だが。

 

 まあ致命傷は庇えたけど、完全に守り切ることはできなかったんだけどね。

 

 

 

 はい。そういうわけで僕たちは原作通りはぐれました。

 ものの見事に各自バラバラに、地上へ撃ち落とされたのである。

 

 しかしあの時、急いでテレポーテーションで戻って僕が盾にならなければ、炎たちの存在はフェアリーワールドにたどり着く前に超空間の彼方に消え去っていたことだろう。いやあそれを防いだ僕ってなんて凄いんだ! キャーエイトサンステキ──はぁ……

 

 

 なんてことだ……なんてことだ……! 

 

 無双の余韻が吹っ飛んだわ! おのれサフィラス十大天使! 

 僕にとってそれは望んだ展開では断じてなく、全ては原作には無かった出来事が二つ発生した結果だった。

 

 一つは、超空間の中で妨害を仕掛けてきたのがエレメント・ワイバーンたちだけではなく、サフィラス十大天使の一柱が直々に殺しに掛かってきたこと。

 

 そしてもう一つは、その天使がよりにもよって「ティファレト」だったことである。

 

 サフィラス十大天使6の天使「ティファレト」。

 十大天使の中で数少ない女性天使である彼女は、彼女が出るだけで作画のクオリティーが数段上がることで評判な美人キャラだった。僕も大好き。

 で、その地母神の如きご尊顔ととても素晴らしい母性の象徴を併せ持つ彼女は、天使の鑑とも言うべき穏やかな性格で、ケセドと共に戦ってくれた穏健派の一人だった。即ち、味方ポジである。

 

 ……そんな彼女が思いっきりメアたちを殺しに掛かってきたのだから、マジ怖かった。ビビり過ぎてちょっと漏れたかも。何がとは言わんが。

 いや、そう考えるとよく生きてたよ僕ら。イレギュラー発生にも硬直せず、彼らの助けに入った自分を手放しで褒めたいぐらいである。

 

 しかし、盗んだ異能を組み合わせたチートバリアを持ってしても彼女の大天使ビームを受けきることができなかった僕は、あえなく四人と一緒に吹っ飛ばされてしまい、各自バラバラにはぐれて地上に落ちることになった。

 一番近くにいた炎の腕を引っ張ってこなければ、僕も一人寂しくこの世界のどこかに不時着していたところだろう。

 

 世界の修正力、とは転生オリ主物SSでよく使われていた表現である。オリ主が突飛な行動をしても、何らかの理由で結局原作に沿った流れになってしまうという面白みの無いアレだ。僕は今、まさにそれを受けているような感覚だった。

 何というかまあ、ままならないものである。原作沿いに暴れようと思えば原作と違った展開が起こって、原作から外れようと思った矢先にこの始末だ。何だか物凄く、徒労に終わった気分。

 

 せっかく気持ち良く俺TUEEEを満喫していたというのに……消沈する僕は、気晴らしに膝の上に乗せた炎の髪を弄んでいると、いつの間にか僕の右肩に一匹の小動物が乗っかっていることに気づいた。

 

 おおう、額に輝くルビーが眩しい君はカーバンクル! 伝説上の生き物だ。実に異世界って感じの聖獣さんである。

 

「まあ……これはこれでボクらしいかな。キミもそう思うだろう?」

「キュー?」

「不思議そうに首を傾げるなよー。うりうり」

「キュキュッ」

 

 可愛らしいリスのような生き物は、僕の手にされるがままだ。

 ふはは、モフモフである。いやあ、疲れた心にこの毛並みはよく効く。

 

 ああそうだ、気を取り直していこう、僕。原作通りにみんな落っこちたのなら、この後の展開が予想しやすいということでもあるのだ。

 僕たちがここに落ちた以上、他の三人もこの世界のどこかに不時着している筈。

 

 それに……これはチャンスである。そう、オリ主チャンスだ! 

 

 何故ならば今の僕は原作主人公である炎と二人きり。これはもう、来てますわ。原作主人公のトラブルに巻き込まれる由緒正しきオリ主チャンスが! 

 

 もう一人のオリ主であるメアとはぐれたからこそ、彼と二人きりでいる間は何のしがらみなくオリ主することができる筈。

 フフフ、早く起きてくれよ炎君。僕は彼が目覚めた後、どんなオリ主ムーブをしようか? ワクワクした気分で待ち構えていた。

 




 本作はコメディーなので曇らせ展開はありません。現時点で曇っている奴ならいますが。


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【回想】そんなことよりおねショタだ(前編)

 幕間回です。


 原作アニメでは味方サイドだったティファレトが、敵に回っていた。

 これは由々しき事態である。一体、何故彼女が……ああ。

 

 アレだわ、どう考えてもメアちゃんだわ。

 いや、正確にはメアの中に感じたのであろうケセドの力か。

 

 原作ではケセドの命は光井灯と一体になっていた。それは彼が望んで彼女と融合し、その力を授けたからではあったが──融合後も彼の意識はちゃんと残っており、何なら小鳥型の使い魔として灯ちゃんの周りをパタパタ飛び回っていたぐらいである。専ら魔法少女のマスコット枠だった。

 

 そして、だからこそティファレトもケセドが信じる人間を信じることができ、聖龍との対話に協力してくれたのだ。

 

 それが、この世界では何だ?

 ケセドの力はメアと共にあるが、そこに彼の意志はあっても意識は無い。望んだ契約ではなく、PSYエンスにより強制的に融合されたからだ。

 

 ……そりゃあ仏のティファレトさんもキレますわ。いや、心優しい穏健派の彼女こそ、裏切られたと感じた気持ちは他の天使よりも強い筈だ。おのれPSYエンス!

 

 寧ろケセドのことを作中にて「出来損ない」と切り捨てていたラスボスのケテルの方が、「あーアイツなー、人間なんかと話し合おうとするからなー」と、怒りより呆れの方が勝っているまでありそうだ。その点、コクマーは意外とツンデレだったのかもしれない。いや、ケセドは原作で彼に殺されかけていたんだけどね。

 

 せめてケセド本人の意識が残っていて、話ができればなぁ……ティファレトまで敵に回っているとなると、いよいよ穏健派が存在しない。やべーぞハードモードなんてレベルじゃない。ルナティック級の難易度である。

 もしかして女神様っぽい人のSS、糞なのでは……?と思い始めたがその思考をカットする。まだだ、まだ良作には間に合う。

 

 その為にはどうにかしてケセドの意識を引っ張り出せないだろうか……ん? 引っ張り出す? 引っ張り出す……抜き取る……盗み取る……ハッ!

 

 

「なるほど、ね」

 

 

 見えた……見えたぞ、僕のオリ主ムーブが!

 そうだよ! オリ主たる者、オリ主にしかできないことがあるのだ。一番肝心な時に役に立たなくて、何がオリ主か。女神様っぽい人は初めから知っていたのだ。この原作よりハードモードな世界で、僕だけが物語のキーパーソンになれる存在だということに!

 だからこの「怪盗ノート」を僕に渡した。つまりこれは、そういうこと……!

 

 メアからケセドの意識を盗む──それこそがこの僕、異能怪盗エイトちゃんとしてキャラ立ちした僕がすべきオリ主ムーブなのだろう。

 

 できるかできないかで言えば……実際にやってみなければわからない。そもそも異能というものは聖龍が振り撒いた聖獣の因子がどうたらこうたらしたものが人類に宿ったもの、という設定があった筈だ。

 ということは、大元的にメアから異能を奪うことでケセドの因子を引き摺り出すことも不可能ではない筈だ。くっそ……ここに来る前に試しておくべきだったなぁ。

 盗んだ因子をそれらしい異能と「調合」したら、どうにかケセド復活まで持って行けないだろうか? いや、それらしい異能をどうするかが問題か。

 

 あーもうやだやだ! やーだ! こんなシリアスに悩みとうない! 僕は気持ち良くオリ主したいんだよっ!

 

 ギャグ作品がいきなりシリアスなノリになるような、唐突な思考の切り替えは苦手なのだ。

 そうとも、僕が求めるのは完璧なチートオリ主! ケセドもティファレトも、僕が無敵のオリ主パワーで何とかしてやるよぉ!

 

「助けて……あげない、と……」

「キュウ?」

「ん……眠く、なってきたね……」

 

 いかん、考え過ぎたら一気に疲れが出てきた。

 春の陽気みたいで気持ちいいんだよここ。肩に乗ったカーバンクルの尻尾も、後頭部に当たって枕みたいだし。

 もちろん、それだけが理由ではない。ティファレトの攻撃からみんなを庇った時、僕も怪我をしていたのだ。すぐにヒーリングタッチで治したとは言え、身体の疲れは大きかった。

 まあ、少しぐらい仮眠してもいいか。どうせ炎もしばらく起きないだろうし。原作だと灯ちゃんと一緒に丸一日気絶していたのだ。

 

 ……あれ? 今の僕って灯ちゃんポジ? ってことはこれオリ主と言うよりヒロ……

 

 あっもう駄目だ寝る。

 炎が起きたら起こしてねカーバンクル公。すやぁ……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──夢を見ている。

 

 

 まどろみの中で見たそれは、夢らしい荒唐無稽な内容ではなく、僕自身の過去の記憶である。

 オリ主の過去回想キター!と歓喜する僕だが、過去の記憶とは言っても僕自身の掘り下げではないらしい。

 

 あれは……そう、僕の主力異能の一つ「闇の呪縛」を手に入れた時のことだ。

 

 その時、僕は困っていた。ケセドの力を持つメアは光属性、そんな彼女と対の存在になる為にはいい感じの闇属性異能が必要だったのだが……持ち主の捜索が思い通りに捗らなかったのである。

 いやね、それは僕にとっても誤算だった。だって闇属性だぜ? RPGの攻撃魔法では光属性と対を為すメジャー属性だし、この世界でも似たような力を使う者は実際アニメ「フェアリーセイバーズ」にも登場していた。まあそのキャラは悪役で長太の登場回でぶちのめされ、今は収容所の中にいるんだけどね。

 流石の僕も収容所に侵入するのは嫌だった。脱獄対策によりあそこには特に強力な異能対策が施されており、入ったが最後出られず囚人の仲間入り、などという薄い本みたいな展開は御免被る。

 そこまでして盗んだ能力がメアとタメを張れるほど有用かと言うと、多分そんなことはないだろうしね。

 既に底が知れた異能よりも、まだ見ぬ異能を盗んだ方が面白いしリターンも大きい。そんなわけで僕は日本各地をテレポーテーションで旅回り闇系異能使いを厳選したのだが、いずれの地にも僕に相応しい能力者はいなかった。

 

 あーどこかに異能だけめっちゃ強い一般人落ちてねーかなぁ……そう都合の良い呟きを胸の中で溢しながら、僕は見知らぬ小学校の屋上でハープを鳴らしていた。

 

 なんてことはない気晴らしである。

 何故四階建ての校舎の屋上を選んだのかと言うと、僕は高いところが好きだからだ。高いところから町を見下ろしながら、ハープを演奏する。うん、客観的に見てカッコいい上に、純粋に気持ちが良かった。

 時刻もとっくに下校時刻を過ぎている為、部活動も無く閑散とした小学校の屋上はオフの時間に最適である。

 

 

 その筈だったのだが……僕のいるこの場所で、おもむろにドアが開いたのはその時だった。

 

 

「おやおや……」

 

 招かれざる客という奴である。いや、小学校に不法侵入しているやべー奴は僕の方なんだけどね。

 客人は一人だ。一瞬用務員さんか何かかな、と思ったが相手は子供。この学校の生徒であり、帰宅のランドセルを背負った四年生ぐらいの少年だった。

 その少年は階段を走って上がってきたのか、僕の前に現れてははあはあと息を切らしている。大人だったら速やかに撤退するところだが、相手が無力そうな子供だったのでもう少し様子を見ることにした。

 

「はあ……はあ……っ」

「落ち着きなよ。ほら、深呼吸深呼吸」

「すう……ふー、あ、ありがとうございます……」

 

 全力疾走の後、いきなり話すのは健康に良くないからね。ポンポンと背中を擦ってあげると少年は呼吸を整え──るが、また忙しなく口を開いた。

 

「じゃなかった! あ、あのっ」

「うん?」

 

 慌ただしいが、このぐらいの年頃の子はそういうものだろう。変に落ち着いている方が不気味なので、僕は微笑ましいものを見る目で先に続く少年の言葉を待った。

 

「か、怪盗オリーシュアさんですよね!? 下の階にいたら突然ハープの音が聴こえてきたから、それで!」

 

 あれま、ドアは閉めていたのだが、音が漏れていたらしい。

 いや、教室の窓から聴こえてきたのか。生徒は既に下校したと思っていたが、我ながら杜撰な危機管理に苦笑した。

 

 しかし、突然ハープの音が聴こえてきたから僕がいると思ったのか……確かにこの時既にエイトちゃんの名前は有名になり始めていたが、この広い日本で、たったそれだけの情報で僕の登場まで結びつけるのは流石に早計すぎやしないだろうか。

 ……いや、それこそ、このぐらいの年頃の子なら普通か。僕だって子供の頃はいつも、教室に悪者が攻め入ってきた時のことをシミュレーションしていたものだ。

 彼が自分の学校に怪盗がやってくることを日常的にシミュレーションしていたのだと思うと、なんだかとても光栄な気持ちだった。

 

「キミも、ボクを捕まえに来たのかな?」

「い、いえっ」

「おや、違ったか」

 

 さしずめ、悪者の怪盗を捕まえてヒーローになりに来たのかと思ったが、それは違うらしい。

 じゃあ、YOUは何しに僕のところへ? 疑問に思い首を傾げると、少年はきょどった様子で顔を赤らめる。

 

 歳上のお姉さんに間近で見つめられて照れているのだろうか……いや、この反応はアレか。

 

「それじゃあ、もしかしてボクのファンなのかな?」

「え……あ、はい! 実はそうなんです!」

「そうなんだ。それは光栄だね」

「は、はい……」

 

 おーやっぱりか、嬉しいのう。

 僕の瞳を見つめる彼の顔はマセガキのそれと言うより、憧れのプロスポーツ選手に出会って恐縮している時の反応に似ていたのだ。

 

 いやー、人気者はつらいなー! かーっ。

 

 そういうことなら、丁重に扱わねばなるまい!

 オリ主にとってファン──すなわち、お気に入り登録者とは最も大切な存在だ。SS作者であれば真っ先に目が行くことになるお気に入り登録者数は、ぶっちゃけUA数より遙かに気になる。

 お気に入り登録をしてくれた大切なファンに、幻滅されるわけにはいかない。

 僕は失望されないように、いつも通りのオリ主ムーブで彼に応対した。

 

「それじゃあボクのファンであるキミは、ボクに何か、話したいことがあって来たのかな?」

「……はい。実は……」

 

 ええよ、怪盗エイトちゃんに対する質問でも人生相談でもどーんと来なさい。何でも答えてあげるとも!

 なんなら恋愛相談だろうと付き合ってあげよう。TSオリ主故に男女の視点を併せ持つボクならば、きっと為になる答えを返せる筈だ。僕自身の恋愛経験? あるわけないだろ。

 

 屈み込んだ僕は少年の目を真摯に見つめて、その先に続く言葉を待つ。

 そして……

 

 

「……異能を、盗んでほしい人がいるんです」

 

 

 ──放たれた言葉は、ちょいと予想していない内容だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なるほど、妹さんがね……」

 

 意外なお願いから始まった少年の話は、浮ついた思考を一瞬で冷やすヘビーな内容だった。

 なんなのこの世界、ちょっと訳ありの子供多過ぎない?

 

 少年──「闇雲カケル」君には、「アリスちゃん」と言う一才歳下の妹がいるらしい。その名前を聞いた時は苗字に「闇」が付いているなんてカッコいいなぁと厨二心がくすぐられたものだが、彼が語った話の内容は一切合切茶化すことができないものだった。

 

 妹のアリスちゃんは今、学校に通っていないらしい。それどころか部屋から出ようともしないのだと言う。いわゆる引きこもりという奴なのだが、その理由がまたお労しかった。

 

 一年前、二人は母親を亡くした。

 

 交通事故からの、轢き逃げ事件である。

 その時、カケル君たちのお母さんはアリスちゃんと買い物に出掛けていて、道端を歩いていたところを暴走車両に轢かれたらしい。それも、アリスちゃんを庇ってだ。

 

 

 母親は病院に搬送されたものの、既に息は無かった。

 

 ただほんの少し打ちどころが悪かった為に、あらゆる治癒系異能も役に立たず、アリスちゃんの目の前で息を引き取ったのだそうだ。

 

 

 ……重いわー。流石の僕も真顔になる。

 だって、そういう話をするとは思わないじゃん? いや、僕に話すことでほんの少しでも彼の気が軽くなるんならいいけどさ。

 

 しかし、目の前で母が死んだのか……それも状況的に、アリスちゃんは自分のせいだと思い詰めている可能性が高い。

 

 トラウマになるのも当然だろう。この世界は前世の世界より治安は悪いが、だからと言って命が軽いわけではないのだ。彼女が受けたであろう心の痛みは、立派な大人だって一生引き摺っていくことになる傷である。

 

 それも、アリスちゃんは当時小学二年生。僅か一年で心の整理などできる筈もなかった。

 

 

「……妹はそれ以来、異能で作った壁の中に閉じこもって……誰も、中に入れてくれないんです……僕やお父さんさえも……」

 

 うーん……ご飯を食べているのなら自棄になっているわけではないと思いたいが、これは僕の手には余る話だ。

 時間が心を癒やすのを期待するには妹さんは幼すぎるし、もしかしたらこのまま一生塞ぎ込んでしまうかもしれない。

 彼女が引きこもった部屋の壁が普通の壁ならばまだ、カケル君やお父さんがドア越しに話し掛けるなりして打つ手があったかもしれない。しかし「異能」まで行使して完全に拒絶されてしまっては、家族すら悲しみを共有してあげることができなくなる。

 ずっとひとりぼっちで、誰も寄せ付けない。そんな妹の姿を見てカケル君が感じた胸の痛みは、赤の他人である僕に推し量れるものではなかった。

 

「アリスはいつだって元気で……強くて、凄くて……無能力者の僕なんかと違って、妹は凄い奴なんです! だから、一生このままなんてイヤだ……! お願いします! 妹を……アリスを助けてくださいっ!」

 

 両手をつきながら蹲るように頭を下げて、カケル少年が必死な顔で僕に頼み込む。

 

 なるほど……僕に異能の盗みを依頼したのは、そういう理由か。納得したがどうするべきか悩んでしまい、腕を組んで考えた。

 

 そんな僕に、カケル君が続ける。

 

「エイトさんは異能を盗めるんでしょ!? エイトさんがアリスの異能を盗めばまた前みたいに、オレたち家族でちゃんと話ができる……! オレと父さんが、傍にいてあげられる筈なんです……! だから、お願いします! アリスを! アリスの異能を……!」

「カケル君」

「……っ」

 

 まあ……なんだ。熱くなっているところ悪いが、僕の口からはっきり言わせてもらおう。

 なんだか君は、僕について何か勘違いをしているように見えたからだ。

 怪盗T.P.エイト・オリーシュアとしての、僕のスタンスって奴を。

 

 

「キミがボクのことを、どう思っているのかはわからない。だけど……ボクは怪盗だ。義賊でもなければ正義の味方でもない。そもそも誰かにお膳立てされた獲物に食らいつくのは、怪盗の流儀ではないんだ。怪盗は自由で気まぐれで……心の底から欲しいと思ったものだけを、ただ自由に奪い去る存在。それがボク、T.P.エイト・オリーシュアなんだ」

 

 

 僕がそう言い放つと、カケル君は絶望した顔で僕の姿を見上げる。

 

「それじゃ……」

「まあ、待ちなよ」

 

 だが、勘違いしないでほしい。

 

 僕は完璧なチートオリ主として必要なことを、いつだって自由に、自分の意志で取り組んできた。ガバもあったけど。

 故に怪盗としての僕の意志に他の誰かの意志を混同させる気は無い。今も、これからもだ。

 そして、だからこそ……この時もいつもと同じく、僕は僕の意志で行動に移すことにしたのである。

 

「丁度今、無性に盗みたい気分なんだよね。そうだね……今回のターゲットは家族を拒絶する少女の異能と、少年が抱いた絶望の二つにしようかな?」

「! あ……」

 

 気を利かせて、クールに微笑んでみせる。

 堪らずカケル君が泣き崩れたのを見て、僕は慌ててこの腕で彼の身体を支えた。下はコンクリートだからね。ぶつけたら痛い。

 男の子が人前で泣き出すもんじゃない……と言うべきなのだろうが、それは勘弁してあげたい。彼はいっぱいいっぱいだったのだ。妹のことを話している時の顔を見れば、聡い僕にはわかった。

 逆に僕は、誰も見ていない今ならば存分に泣くべきだろうと思っている。

 そう言って、僕は彼に涙を促した。

 

「今までよく耐えたね。偉いぞ、お兄ちゃん」

「う……あああああっ、ああああああっっ!」

「おう、泣け泣け。人は、涙を流すことができるのだから……」

 

 泣き崩れた少年に寄り添いながら、僕は彼の背中をポンポンと叩き、頭を撫でてやる。

 泣きたい時は泣いていいのだ。お兄ちゃんは頑張ったんだから、と。

 そう言いながら僕は胸を貸し、これまで頑張ってきた彼のことを労い、溜めていたものを吐き出させてやった。

 

 実を言うと彼が「妹の異能を盗んでほしい」と言い出した時は、気の毒だが断る気満々だった。

 

 しかし母親を失って辛いのはカケル君も同じなのに、それでも自分のことよりも妹のことを救いたいと想うお兄ちゃんの心意気に、つい感情移入してしまったのである。大概、僕もチョロいのかもしれない。

 

 それに……トラウマの解消まで僕に任せることはせず、本質的な問題自体はあくまでも自分たち家族で寄り添い合うことで救ってみせると言った彼の言葉には、僕なりに思うところがあったのだ。

 

「長男か……つらいよね、本当に」

「……そんなこと、ない……! オレは、アイツの為なら、なんだって……!」

「そっか……強い子だ、キミは」

「僕は……っ! オレは何もできなかった! 母さんが苦しい時、一緒にいなかったのに! アリスにも、何も……! 何も……っ」

「……大丈夫。大丈夫だよ、カケル。時間はいくらでもあるさ……できることは、きっと見つかる」

「……! ……っ!」

 

 赤子のように泣き喚く彼を、みっともないとは言わせない。

 

 何度も言うが、僕はチートオリ主だ。

 チートオリ主とは、その力を利己的に使ってナンボなのである。

 物語とは何ら関係ない寄り道だが、たまにはこういうのもいいだろう。そう思い僕は怪盗モードに入り、妹の為に僕のところまでたどり着いた少年の努力に報いることにしたのだった。

 

 

 目が覚めるまで残り時間は僅かだが、夢の続きはもう少し続きそうだ。

 

 しかし、何だろうな……さっきから何かが引っ掛かっている。

 少年と少年の妹の名前を聞いた時から妙なデジャヴと言うか、記憶の隅に引っ掛かるものはあった。それがこの夢を見たときから大きくなっているのだ。

 

 

 

 

 闇雲カケルに、闇雲アリス……この名前の響きと、それぞれ美少年美少女だった彼らの姿はどうにもただの一般人には……あ。あー!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──あの子たち、劇場版のキャラだったわ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 マジか、夢で回想している時に気づくとは何たる不覚ッ! もう終わっているよ一連の事件は!

 

 衝撃の事実に今さら気づいた僕は、道理で強かったわけだと「闇の呪縛」のルーツに納得した。

 




 東映マンガ祭り的なアレです。


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【回想】そんなことよりおねショタだ(中編)

 念の為にボーイズラブタグを付けた方がいいのでしょうか……
 TSおねショタ(おね側に恋愛感情無し)はどういう判断になるのかこれがまた難しい


 アニメ「フェアリーセイバーズ」には、一作だけ劇場版作品があった。

 

 「日本アニメ祭り」という企画である。フェアリーセイバーズが放送されていた当時、日本では恒例行事として夏休みなどの長期休みシーズンに合わせて、各種子供向け映画が数本纏めて公開されていたのだ。

 

 「劇場版フェアリーセイバーズ 〜覚醒のフェアリーバースト!! 闇を打ち破れ〜」もまた、その企画により他のアニメ映画との同時上映で公開された映画であり、尺は20分程度と短いが劇場版作品に相応しい美麗クオリティーで炎たちの活躍を拝むことができた。

 

 作品の内容はこうだ。

 

 少女「アリス」は母親を失ったトラウマにより、自らの異能である「闇の呪縛」を暴走させてしまう。

 闇はやがて町を覆い尽くすほど肥大化し、自身の家をダンジョンのような暗黒の居城に変えてしまったのだ。命からがら逃げ出した彼女の兄「カケル」はアリスを助ける為に、無能力者でありながら単身城に乗り込んでいく。

 そこに出動するのはお馴染みセイバーズの機動部隊。炎たちはカケル少年と協力し、暴走するアリスと対峙することになる。そして激闘の中で炎は第一クールのボスを倒したかつての覚醒フォーム「フェアリーバースト」を発動し、なんやかんやでアリスの闇を祓うのだった!

 

 

 その「なんやかんや」の部分が具体的に何だったのかは覚えていない。僕はこの映画に対して、記憶が非常に曖昧なのだ。

 それは決して、映画の内容がつまらなかったわけではない。もっとこう何と言うか、メディア展開の面で色々と不遇作だったのである。

 この作品はアニメ「フェアリーセイバーズ」唯一の劇場作品ではあるものの、日本アニメ祭りの中では脇役であり、メインである超人気アニメの陰に隠れることが多かった。

 再評価しようにも後で見直す為の円盤化や配信もされることなく、放映終了後には当時のVHS以外にこの作品を視聴する手段がなかったのだ。

 決して駄作だったわけではないが、強いて言えば間が悪かったのだろう。特別インパクトのある内容でもなかったので、この作品の知名度はあまり高くなかった。

 作中の時系列も例によってパラレル時空であり、炎たちが第一クール時の年齢なのに既に灯ちゃんwithケセドが合流していたりと辻褄が合わず、特に本筋に絡む展開でも無い為無理に視聴しなくても困らない作品だったのも大きいだろう。

 僕も放送当時はちゃんと見ていた筈なのに、大人になるに連れて記憶が薄れていったのである。

 アリスの家が真っ黒な城になっているのを見た時は、流石に「なんか見た覚えあるぞこれ……なんだっけ?」と喉元まで出掛かっていたんだけどね……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夢の続きである。

 

 カケル君に連れられて彼らの自宅に向かった時、既にそれは起こっていた。

 彼らの自宅が暗黒の闇に覆われ、平凡だった筈の民家の姿は禍々しい城へと変わり果てていたのである。シンデレラ城を彷彿とさせる立派な城だったものだから、夢の国にでも迷い込んだのかと思ったぐらいだ。ハハッ。

 

「これがキミの家かい? 随分立派なおうちだね」

「違います! これは……アリスの異能……?」

 

 渇いた笑いを浮かべながら僕が冗談を口にすると、カケル君が青い顔で走り出す。

 なるほど、これがアリスちゃんの異能ね……奇遇なものである。まさに僕が求めていた「闇属性」そのものではないか。

 

「父さん!」

「カケル!?」

 

 こんなヘビーな話でなければ、ガチャの目玉を引き当てた時のように喜んでいたんだけどね。子供の手前、今は自重しよう。オリ主は傲慢だが空気を読めるのだよ。

 駆け出したカケル君が向かった先には、城の前で項垂れているおじさんの姿があった。すっかりやつれているその顔を見て、僕は彼の心中を察する。

 

「父さんこれは……どういうことなの?」

「……アリスだ。アリスの異能が暴走し、家を覆ったんだ。お父さんはあの闇に弾き出されて……カケル、ここは危ない。すぐにセイバーズが来るから、お前は逃げるんだ」

「イヤだ!」

「カケル……」

 

 にしても、本当に凄い異能だなコレ……カケルパパの話によると、この城全部がアリスちゃんの仕業らしい。闇そのものを自在に操作するのはもちろんとして、闇に取り込んだ物質さえ思い通りの形に変えているのか。

 それにしても、異能の暴走ね……異能は持ち主の意識によってその強さの形を変えるが、それはもちろん負の感情にも左右される。

 

 例えば今回のように、異能使いが念じた「誰も近づけたくない」、「誰とも話したくない」などという意識が魂の限界を超えれば、異能の力は持ち主の思惑さえも超えて肥大化することになる。それは優れた資質を持つ異能使いにしか発動しないものだが……これを「バースト状態」と呼ぶ。

 

「アリスちゃんが、バースト状態になっているのか……」

 

 バースト状態になった異能使いは有り余る力を抑えることができず、最悪の場合、自らの命が燃え尽きるまで力を発散してしまう。全国的にも稀な症状だが、こうなってしまうと非常に危険な状態である。

 自身の許容量をも超えた力を完璧に制御できる異能使いは、世界中を探しても覚醒した炎たちぐらいなものであり──作中後半で彼らが至った「フェアリーバースト」こそが、聖龍アイン・ソフの狙いだったりするのだが……まあその辺りの話は、また追々。安易なネタバレはオリ主的にNGだ。

 

 アリスちゃんがその「バースト状態」に陥った原因は、ここにいる全員が察している。

 カケル君がパパの目を見て叫んだ。

 

「この闇は、アリスが作ったんだろ!? アイツがオレたちを近づけたくないから! 誰にも話しかけられたくないと思ったから!」

「……っ」

 

 つらいなぁ……原作アニメにも、自分自身の異能を暴走させた人々を救う為に炎たちが身を削って戦う回があったものだ。

 今アリスちゃんの身に起こっていることは放っておけば彼女自身はもちろん町中にも被害をもたらすものであり、カケルパパの言う通りどう考えてもセイバーズ案件である。

 到底、一般人である彼らに対処できることではない。速やかに避難して、邪魔をしないようにセイバーズの到着を待つべきだろう。

 

 しかしカケル君は今この場で、自分だけが逃げることを良しとしなかった。

 

「オレはもう逃げない! 逃げちゃいけないんだ……! だってアリスは大切な家族で……オレの妹なんだからっ!」

「お前……」

 

 青臭くて、男らしい啖呵だ。

 彼の覚悟の程を叩きつけられて、カケルパパの目が震えている。

 

 

 …………

 

 

 ──やべ、見入ってしまった!

 

 一人だけ部外者であることに疎外感を感じたので、とりあえずハープを鳴らして存在感をアピールしておく。お姉さんを仲間外れにするなよー。

 

「!」

 

 カケル君とパパ上殿が振り向き、いつの間にか後ろにいた僕の存在に気づく。ちゃお。

 僕はそんな彼らを一旦落ち着ける為、穏やかな言葉遣いで呼びかけてあげた。

 

「大変なことになっているね。だけど、ここから先は怪盗の仕事だ……お姉さんに任せてよ」

「エイトさんっ」

「君は……!」

 

 こういう時、ウィスパーボイスの地声が役に立つ。

 父と息子の間でヒートアップしそうだった場の空気は、僕の一言で落ち着きを取り戻す。うん、ある意味これが一番のチート能力な気がする。

 空気を読めなくてすまない、チートオリ主すぎてすまない。仕方がなかったという奴だ。

 

 しかし、闇に覆われたアリス城に向かって歩みを進めた僕の背中を呼び止めたのは、きっと将来ナイスガイになるであろうカケル少年の顔だった。

 

「オレも行きますっ!」

「!? 待ちなさい、カケル!」

 

 彼の言葉にテンションが上がった僕は、満足げに笑みながら振り向く。

 しかし、勇気を出して一歩踏み出した彼だが……流石に恐怖を隠せないのか、顔色が悪く見える。

 このまま連れて行くと、なんだか良くない予感がするな。

 

 うーん……そうだ!

 

 彼の様子を見かねた僕はおもむろに帽子を取り外すと、このシルクハットを彼の頭にとんと被せてやった。

 

「わっ、と……エ、エイトさん?」

「これを被るとね、キミはヒーローに変身できるんだ」

「……っ」

 

 ウインクを決めながら、安心させるように言う。

 もちろんただの気休めである。僕のシルクハットにそんな機能は無い。

 だが、帽子の中にはまだ少し、僕の体温が残っている筈だ。人のぬくもりというものは、いつだってリラックス効果を与えるものだからね。ヒーローにはなれなくても、被っていた方が安心できる筈だと僕は思った。

 

「行こうか、勇者カケル。アリス姫を攫いに」

「……! はいっ!」

 

 共に来ることを快く承諾してあげると、カケル君の顔がパァーッと明るくなる。ショタコンのお姉様方を一斉に虜にしそうな笑顔だな……うん、やはりこのぐらいの年頃の子に辛気臭い顔は似合わない。そう思った僕はお返しに笑みを返すと、彼は慌てたようにプイッと目を逸らした。おやおや……姫を救いに行く勇者を、子供扱いするのは失礼だったか。

 

 本来なら、無能力者が「バースト状態」の異能使いに近づくなど自殺行為もいいところである。

 

 良識のある大人ならば断固として止めなくてはならないのだろうが、生憎僕は善良な大人ではなく悪いお姉さんだった。

 だから、悪いねカケルパパ。このエイトちゃんは一人用なのだ。一緒に城内に入っても確実に守ってあげられるのはカケル君だけなので、一緒に連れていくことはできない。

 

「カケルお前……」

「アリスのこと、連れてくる!」

「…………っ」

 

 彼は父親としての感情の整理が追いつかず、咄嗟に止めることができなかったのだろう。走り去っていく息子の姿を、カケルパパは追うことができなかった。

 哀愁漂うその姿には良心が痛まなくもないが、君の息子のことは怪盗らしく、少しばかり預かっておくとしよう。アディオス!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 城の中は真っ黒だった。

 真っ暗ではない。真っ黒なのである。

 

 中にある物全てがおどろおどろしく、軽くホラーが入った内装になっている。闇雲さん家自体が元々そういう趣味なのかと聞いてみたが、カケル君が当たり前のようにこれを否定した。

 ここは彼らの家であって、家ではないってことか。

 

 うわぁ、半端ないなこの異能……アリスちゃんが操る闇の中自体が、固有の結界のようになっているのか。

 恐るべきは彼女の資質と、心の闇の深さか。

 持ち主の意識の影響が諸に出る異能において、この闇の城は彼女の心の闇そのものを表していると言えた。

 

 不謹慎ではあるが、俄然手に入れておきたい能力である。

 

 これほどの力……メアの光と対を為すに相応しい異能だ。

 その桁外れな規模を見て、アリスちゃんは僕たちと同じオリ主なのだろうかと疑ったぐらいである。

 カケル君が話す彼女の人物像を聞くにその可能性は低そうだが、よくもまあこれほどの逸材がいたものだと感心する。

 

 

「アハハハハッ!」

 

 あっ、野生の黒ウサギが飛び出してきた。何だこいつ、不気味な笑い声なんて上げやがって。

 

「アリスの闇人形です! アリスは放出した闇の形を自由に変えて、それを動かすことができるんです!」

 

 解説サンクス。君を連れてきた甲斐があったというものだよワトソン君……あっそれ探偵の台詞か。

 今しがたカケル君が説明してくれた異能の概要を、僕は怪盗ノートの白紙に向かってツラツラと書き連ねていく。

 危険地帯であるこの場所にカケル君を連れてきたのは、半分は善意だが、もう半分はこの為である。

 怪盗ノートの仕様上、アリスちゃんの異能を盗む為にはまず彼女の異能の概要をノートに記入しなければならない。その点、彼女の能力について誰よりも詳しいカケル君は、情報収集にはうってつけの相手だったのだ。

 

「き、気をつけて!」

「大丈夫」

 

 闇の城内を徘徊していた黒ウサギが侵入者である僕たちに気づくと、歯茎を剥き出しにして襲い掛かってくる。

 その姿は禍々しくグロテスクであり、ウサギの癖にちっとも可愛くない。二足歩行で全長も200cmぐらいあるし、どう見ても化け物である。

 この城を覆う闇で肉体を構成された化け物は、その腕を刃状に変化させながら血の気盛んに飛び掛かってきたが、僕は落ち着いて対処に当たった。

 

 

 エイトちゃんのサイコキネシス! 黒ウサギは倒れた!

 

 

「……!?」

 

 後ろでカケル君が息を呑んでいる様子が伝わってくる。

 襲い掛かってきた一匹の黒ウサギを、異能「念動力」で爆砕したのだ。

 それを受けてこの城は警戒レベルを上げたのか、どこからともなくさらなる黒ウサギが一匹、二匹、三匹とポップし、僕たちに襲い掛かってきた。

 

 まるでその有様はRPGのモンスターハウスのようだ。

 

 無限湧きは経験値に良い。しかもオリ主の無双チャンスにもなる。

 僕は左手でカケル君を下がらせながら右手に怪盗ノートを掲げると、念動力による遠隔操作で使用するページをめくって唱えた。

 

「裁け、雷の槍」

 

 気分はさながら、勇者パーティの賢者である。女賢者、いいよね……検索はするな。

 ノートから放たれた雷撃は一斉に黒ウサギの姿を捉え、薙ぎ払うように片っ端から弾き飛ばしていく。

 やっぱ雷属性は強ぇぜ! 闘技場のA級闘士から盗んだだけのことはある。リーさん以外の闘士から盗んだ異能はどれもSSR級とまでは行かないものの、使い勝手の良い能力が数多くあった。

 

「凄い……!」

 

 ふふん、もっとだ。もっと僕を褒めてくれ……!

 知っているとは思うが、僕は承認欲求がすこぶる強いTS娘である。正直食欲や性欲より強いまである。煽てられれば天にも昇るし、褒められれば褒められるほど力を発揮する現金な人間だった。

 そんな僕にとって後ろから目を輝かせながら応援してくれるちびっ子の存在は、お世辞抜きにバフ要員として有り難い存在である。

 

 ──気持ちEEEEEEEEE!! まったく、原作に関係ないところで無双するのは最高だぜ!

 

 今回はまわりに気を遣う必要が無いからと、この時の僕は枷から解き放たれたようにチート能力を解放し、無双の限りを尽くしていた。

 

 それに加えてこの雑魚敵、程よく強い上に生き物ではないのが素晴らしい!

 

 殺してしまっても殺生にはならないので、普段使うことができない最大火力の技を惜しみなく投入することができた。新技の実験にはもってこいの相手である。

 尤も、アリスちゃんの容体が気になるので遊んでいるわけにはいかない。

 僕は道を阻む闇の人形たちをバッサバッサと蹴散らしながら、この城の主であるアリスちゃんの居場所を探す。

 

 千里眼発動──あっアレかな?

 

 一番上の階に、何も見えないぐらい真っ黒な部屋がある。

 明らかに他とは違う威圧感が放たれており、そこに囚われのアリス姫がいると見て間違いないだろう。

 

 螺旋階段は見事な造形だが、一々歩いて上るのは面倒だな。

 

 よし、一気に飛んでしまおう。

 

 

「失礼」

「え……ちょ!?」

 

 思い立ったが即行動。

 僕の戦いに見惚れていた隙に、カケル君を横抱きに抱えて大ジャンプする。

 

「わ、わああああ!?」

 

 そして異能「念動力」を発動。僕自身をサイコキネシスで浮かせることにより、擬似的な飛行能力を得たのだ。

 

 

「はい、到着」

「は……はぁ……」

 

 いきなり浮遊感を与えて申し訳なかったが、最短距離でアリスちゃんの部屋の前に着いたのだ。許してほしい。

 これがRPGなら風情も糞もないショートカットだが、僕はアリスちゃんというお宝に興味があるのであってダンジョン攻略には興味が無いのだ。ならば律儀に、順路を歩く意味も無い。

 

「あの、エイトさん……」

「うん? どうかしたかい?」

「……いえ、なんでもないです……なんだろ? この感じ……」

 

 横抱きに抱えたカケル君を下ろすと、彼は何やら僕に言いたげな顔をしていたが……何を言えばいいのかわからない様子で胸を押さえると、結局その口を閉じてしまった。

 ああ、恥ずかしかったのかね? 確かに男の子がお姫様抱っこされるのは、プライド的にキツかったろう。

 ならば、ここは気づかないフリをしてあげた方がいいだろう。気遣いのできるエイトちゃんは彼の顔を見てきょとんと首を傾げると、カケル君は僕の貸した帽子のつばに目線を隠しながら足早に歩き出した。

 

「あああ! 行きましょうっ! アリスのところへ!」

 

 おう、気合い入ってるなぁ兄ちゃん。

 その意気だ。異能の無力化は僕がしてやるから、君は存分に妹さんを説得するといい!

 そう言ってあげると、カケル君は決心を決めた顔で前を見る。

 

「ここが……アリスの部屋……」

 

 感じるぞ……魔王の魔力を!と言いたくなるほどのプレッシャーが、闇の扉から放たれていた。

 




 【悲報】小学四年生の少年を暗い城の中に連れ回す事案


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【回想】そんなことよりおねショタだ(後編)

 事態は急を要する。

 扉を破壊して強引に中へ入り込むと、暗黒の闇で作られただだっ広い空間にそれはいた。

 

「アリス……なのか……?」

 

 一瞬、カケル君の言葉が詰まったのも無理は無い。

 そこにいたのは小学三年生の可愛らしい女の子ではなく、名状し難いウネウネした黒い闇そのものだったのだ。

 

「外なる世界からやって来たのかい? いや……ボクに言えた話ではないか」

 

 違う世界からやって来た転生者が語ることでもないが、アレは何か世界観が違う感じがする。

 見ているだけで引き摺り込まれてしまいそうな、何と言うかSAN値がゴリゴリ削られていくような気がした。

 ふむ、異能「サーチ」発動。ああ、あれ人間だわ。と言うことは、やはりあの中にアリスちゃんがいるのか。

 

「それじゃ、説得は任せたよ。ボクはあそこからお姫様を引き摺り出す」

「はい……! 気をつけて」

「平気さ。お姉さんは強いんだ」

 

 こんなことなら闇対策に光属性的な異能を盗んでおけば良かったかな。いや、それではメアと被るな。オリ主としてキャラ被りはNGである。

 それに、盗んだところで使いどころが限定される異能はページ数の無駄遣いに終わるリスクが高かった。

 

「アアア……」

 

 名状し難い闇から、悲鳴のような声が響く。

 近づこうとするボクに向かって、その身体から闇の触手を打ち出してきた。

 大人しく捕まってやるつもりはない。僕は念動力で自分の身体を動かすことで機動力を底上げし、放たれる無数の触手の乱打を掻い潜っていく。

 彼女はよほど、僕のことが嫌いなのだろう。

 近づけば近づくほど触手の勢いは加速していき、一発脇腹を掠めてしまった。体勢を立て直す為、一旦後退する。

 

「エイトさん!」

「心配無用。掠り傷さ」

 

 ごめん、実は結構痛い。この身体のスペックは基本的に高いが、痛いものは痛いのである。

 僕は服が裂かれ露出した地肌に「ヒーリングタッチ」を施すと、傷口を塞ぎ引いた痛みに安堵する。

 掠っただけでこれとは、あの触手の一本一本が闇で作られた剣山のようなものだということか。

 さて、どうするオリ主。

 

「アリス、もうやめよう!」

 

 苛烈になるアリスちゃんの攻撃を止める為、僕のバリアーに守られたカケル君が必死に呼びかける。そうそう、君はそれでいい。

 どこまで聞こえているのかはわからないが、何事もやってみなければ始まらないのだ。

 SSだって書いてみなければ始まらないのと同じように。

 

「……いや、お前をそんなに追い詰めたのは、オレのせいなんだろうな……母さんがいなくなって、誰とも話さなくなったお前になんて言えばいいのか……全然、頭がまわらなくて……本当に、ごめん!」

 

 念動力で触手の動きを妨害しながら、間髪を容れず稲妻を浴びせる。

 相手は不定形の闇そのもの。案の定念動力の効き目はイマイチだったが、稲妻を放つと触手の動きが僅かに鈍くなったような気がした。

 やはり、光か。

 

「……母さんを轢いた奴は、捕まったよ。異能使いの悪者で、逃げ回った後……セイバーズの人が捕まえてくれたらしい」

 

 定説通り、やはり闇は光に弱いということである。他にも殴ったり水をぶっかけたりと色々な攻撃を試してみたが、一番手応えを感じたのは雷属性の異能により、稲妻のまばゆい閃光を受けたその時だった。

 異世界編に登場する天使たちとの戦いに備えて、多種類の異能をストックしておいた甲斐があったというものだ。

 雑魚敵同様、稲妻を中心に攻撃を組み立てていけば、アレを弱らせることは十分にできそうだ。

 

「オレさ……その時、思ったんだ。オレもいつか、あの人たちのようになりたいって……何の異能も無いオレだけど、お前みたいに、悪いヤツに苦しめられてる人を助けたいと思ったんだ」

 

 だが、盗む際には華麗な動きが必要である。

 力技すぎるのは怪盗というより強盗っぽいし、何よりカッコ悪い。

 

「母さんがずっと、オレたちにしてくれたように」

 

 カッコ良さは全てにおいて優先する。

 これは僕の行動原理の一つであるが、何より僕が思い描く「完璧なチートオリ主」とは、どんな鬱展開だろうと鮮やかにハッピーエンドを奪い取る、最高にカッコいい漢たちのことだからだ。僕はTSオリ主だけどねHAHAHA。

 

「母さんは……お前を恨んでなんかない。お前が無事で良かったって……そう言ってるよ、絶対」

 

 なので、僕は今最高に昂っていた。

 奇妙な話である。今僕がやっていることは本命の原作介入ではなく、言ってみればただの下積みである。

 にも拘らず、これほど高揚している自分の心に僕自身が驚いていた。

 

「……でも、お前はそうじゃないんだよな。許せないんだよな? 母さんを死なせてしまった自分が……誰もお前を責めなくても、お前はお前を許せなかったんだよな……? わかるよ……オレだってそうだ」

 

 そうだな……これはきっと──

 

「悪いのは轢いたヤツだけだと言われても、そんなことでオレたちの気持ちが晴れるわけなんてない。そうだよ……お前の心の闇は、慰めひとつで晴れるもんじゃないんだ……」

 

 ──今こうして、バッドエンドになろうとしている家族を気まぐれで救う自分のカッコ良さに酔いしれているからだろう。

 

「でもな、アリス……決して晴れなくたって、悲しみを分け合うことはできるんだ! 頼りない兄ちゃんかもしれないけど……お前の心の傷は、オレと父さんも一緒に背負っていくよ」

 

 だから──

 

 

「だから……一緒に苦しもう、アリス。オレがついてるから」

 

 

 これからも僕はオリ主していく。

 女神様っぽい人の意志は関係ない。僕自身の意志で。

 

 

「孤独の闇に囚われた絶望の姫よ……キミの異能、頂戴する」

 

 

 鏡の前で何度も練習したキメ顔で、僕はターゲットに予告状を叩き付けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 結局、戦闘終了まで掛かった時間はおよそ30分ぐらいだった。

 

 もちろん、当初の想定を遙かに超えた激闘である。

 あまりにも壮絶……と言うか、こちらはアリスちゃんに怪我をさせないように威力を抑えていたのだが、それに対して彼女の闇が頑強過ぎた為、どうしても決め手に欠けてジリ貧になってしまったのだ。

 しかし、そこはチートオリ主たるT.P.エイト・オリーシュアちゃんの真骨頂。

 雷属性の稲妻異能を中心に「調合」や「念動力」、「テレポーテーション」等の異能をテクニカルに織り交ぜることによって、遂に全ての触手を封じることができた。

 戦闘の中で何度か脚や腕を絡め取られそうになるアクシデントはあったものの、その度に稲妻を「調合」した雷属性のハープでぶん殴って切断したので薄い本的な展開は最後まで無かった。残念だったな紳士諸君、僕は触手プレイは好かんのだよ! 咄嗟の思いつきだったが、案外ハープも殴ると痛い。いや、楽器を武器にするのは駄目なんだけどさ。

 

 そうして触手をやり過ごした僕は、後は念動力ジャンプで一気に詰め寄り、闇の中にいるアリスちゃんに触れるだけという状況まで追い込んでいた。

 

 

 しかしその時、アリスちゃん──いや、この城全体に変化が起こった。

 

 

「闇が、吸い込まれていく……? アリスッ!」

 

 城を構成していた黒い闇が、名状し難い闇の元に唸りを上げて吸い込まれ始めたのである。

 もしかしてこれは城の闇を取り込んで、第二形態にでも変身するのか!?と身構えたが、それにしてはどうにも様子がおかしいことに気づいた。

 

 名状し難い闇の姿まで、どんどん小さく収縮していったのである。

 

 追い詰められて闇が強くなったのではない。寧ろその逆……

 アリスちゃんは自らの意志で、ここに充満した闇の全てを抑え込もうとしているのだ。

 

 

「そうか……受け入れることができたんだね……キミ自身の心の闇を」

 

 

 中身が視認できるほど薄れ掛かっていく名状し難い闇の中で、僕はアリスちゃんと目が合った。

 辛くて、悲しくて、憎くて、数多の感情がグチャグチャになっているような、そんな目をしていた。

 カケル君もそんなアリスちゃんの目を見て一目散に駆け寄ったが、無能力者である彼の手では、異能の闇に覆われた彼女の身体に触れることすら苦痛を伴った。

 

「ぐ……! あああああ!!」

 

 彼女の身を覆う闇に触れた瞬間、激痛に苦悶の叫びを上げるカケル君。

 しかし、彼はその手を決して離さなかった。どんなに痛くても、苦しくても、絶対に妹の気持ちを共有してやるのだという意志で、彼はアリスちゃんの身体を強く抱きしめていく。

 

 なんだよお前、カッコいいじゃねぇか……!

 

 本当のヒーローには特別な力なんて要らないのだとすら思わせるその姿は、チートオリ主である僕とは実に対照的だったが……それもまたヒーローだと、賭け値なしに推せる姿だった。

 

「ぅ……! っあああああっっ!!」

「頑張れアリスッ! 負けるな!! オレが……オレがついてるからっ!」

 

 その小さな身体に膨大な闇を取り込もうとするアリスちゃんの口から、もがきあがく悲鳴の声が響き渡る。

 お兄ちゃんはそんな彼女の身体を傷だらけの姿になりながら強く抱きしめ、何度も、何度も励ましている。

 

 彼の行動は彼女の異能に対して、明らかな変化を与えていた。

 

 闇が晴れていく。

 

 城が消えていく。

 

 吸い込まれていく闇は、アリスちゃんの身体と再び一つとなろうとしていた。

 

 異能を盗むのなら絶好のチャンスである。

 それが成功すれば、すぐにでもこの闇を消し去ることができるだろう。

 しかし、僕にはできなかった。

 何だろう。何なんだろうかね……僕はこんなにハートフルな奴じゃなかったと思うのだが……

 

 この「物語」の結末は、彼ら家族の手でつけなければならないような気がしたのだ。

 

 ただ、このままではアリスちゃんよりも先にカケル君が死んでしまいそうなのも確かなわけで──

 

 

「ボクもついているさ」

「!!」

 

 

 ──僕は不躾ながら、手を貸してあげることにした。

 

 異能を盗むのではなく、文字通り「手を貸して」あげたのである。

 アリスちゃんの身体を抱きしめるカケル君の身体を、後ろから覆うように支えてやった。

 同時にヒーリングタッチを発動すると酷使された二人の身体がもう一踏ん張りできるようになり──数分後、闇の城が消滅し、全ての闇がアリスちゃんの身体に収まったのだった。

 

 

 

 

 

 

 全てが終わった時、僕たち三人の姿は平凡な民家の屋根の上にあった。

 アリスちゃんが作り替えていた闇の城が、本来の闇雲さん宅に戻ったのだろう。

 しかしそんなことを気にしている余裕は今のカケル君には無く、彼は危険な足場を物ともせず僕が抱きかかえているアリスちゃんの元へ駆け寄ってきた。

 

「アリス!」

「大丈夫。疲れているだけだよ」

 

 ご心配無く。ヒーリングタッチを使ったのもあって、アリスちゃんの玉の肌には傷一つ付いていない。ただ、あれほどの力を解放したこともあり、今は極度の疲労に襲われている筈だ。彼女の将来有望な顔は、力無くぐったりとしていた。

 バースト状態の時には気づかなかったが、アリスちゃんは何も着ていなかった。一糸まとわぬその姿は、暴走時の反動で身につけていた衣服が弾け飛んでしまったからだろう。幼いとは言え、流石にそのままでは可哀想だったので僕は慌ててマントを外し、タオル代わりに彼女の身を包んであげた。完璧なチートオリ主は幼女相手にも紳士なのである。

 

 そんな彼女は僕の腕の中でゆっくりと目を開くと、カケル君の姿を見るなり大きな瞳に涙を浮かべた。

 

「おにい……ちゃん……わたし……っ」

「アリス……良かった……」

 

 声は震えていても、彼女には意識がある。

 先ずはそのことに安堵するカケル君だが、アリスちゃんはただただ申し訳なさそうに、ポツポツと言葉を紡いだ。

 

「わたし……イヤだったの……わたしのせいでママ、死んだのに……そうじゃないって、思おうとしてる自分が……イヤだったの……」

「うん……うん……!」

「ひとりに、なりたかったんじゃないの……わたしは……わたしの、こと……っ、ゆるせなくて……」

「いいんだよ……いいんだ……! 許したって! 生きようとしたって!」

「ずっと、眠っていたかった……そうしたらまた、ママにあえるかもって思ってたのに……あえなかったよ、おにいちゃん」

「当たり前だ……当たり前だよバカアリス! そんなことしたら、母さん怒って会わないに決まってるだろッ!」

「そう……そう、だね……」

 

 兄妹のシリアスな話には、空気を読んで口を挟まない。って言うか二人のやり取りにちょっとうるっとしてそれどころではなかったのだ。

 そんな僕は母親代わりをするつもりはないが、腕に抱き抱えた少女を寝かしつけるように静かに揺すってやった。そうすると、アリスちゃんは安心した顔で僕の目を見て、ゆっくりと目を閉じた。

 

 

「つらくて悲しくてたまらなくても……みんなで一緒に、生きていこう」

「ごめん、ね……お兄ちゃん……」

 

 

 ──ミッション、コンプリートである。

 

 

 

 

 

 

 ただ、僕はお尋ね者の怪盗である。

 もちろんその事後も、色々あったわけで。

 

 まず、一連の流れが終わった後で「遅れてすまない!」とようやく駆けつけてきたセイバーズの人が、まさかの力動長太だったりした。お前管轄外だろなんでいるの?

 そんな彼はアリスちゃんを抱き抱えている僕と疲労困憊のカケル君、証人として前面に立って一部始終を語る闇雲パパを見て事態を把握すると、「えーっと、報告された事件は、勇気ある民間協力者のおかげで無事解決ッ! 感謝の極みッス! また後日、事情聴取に来ますんで……今日のところは休んでください! そんじゃ!」と言い残し、僕が怪盗T.P.エイト・オリーシュアであることに気づいていながら全力で見逃してくれたのである。

 まあ、この時点ではまだアリスちゃんから何も盗んでないしね。カケル君がそう弁護した時は、長太は「言いてぇ! あのセリフ言いてぇよ!」と何やら悶えていた。何だったんだろあれは?

 

 僕が言うのも何だが、治安維持組織の一員としてどうなんだろう?という思いもあったが、彼は原作からしてそんな感じだったので解釈一致である。おかげでテレポーテーションを使わずに済んだ。

 この日は僕も疲れたからね。テレポーテーションを使った先で警察や悪い人たちに出待ちでもされたら、流石にマズかったかもしれない。

 

 

 

 彼の粋な計らいによって見逃された僕は、パパさんとカケル君の強い要望もあって闇雲さん宅に招かれ、その日は夕食を共にすることになった。何ならお風呂も借りたし、途中で起きたアリスちゃんと一緒に背中を流し合ったりしたものだ。役得であるが今の僕の性自認はTSオリ主なので、その行為に性的な何かを感じることは無かった。年齢も年齢なので、仮に感じたら性自認以前にペドフィリア確定である。僕は健全なオリ主なのだ。

 風呂の中では色々と相談に乗ってあげたりした。その結果アリスちゃんに懐かれ、是非泊まっていってほしいと言われたものだが……僕は怪盗だ。そういうわけにはいかなかった。

 

 その日の深夜の内に目を覚ました僕は、仲良く眠る闇雲兄妹の姿を微笑んで見届けた後、一人物音も立てずに寝室から抜け出した。

 

 そして着替えを終えるなり二階のベランダから外に出ようとすると──後ろには、眠っていた筈のカケル君の姿があった。

 

「エイトさん……」

「おや?」

 

 勘の鋭い子である。

 川の字で寝ていたつもりが、カケル君だけ一人寝たふりをしていたのだろうか? あれだけ疲れていて、寝付けなかったわけでもあるまいし。

 抜け出した僕を呼び止めた彼の手には、僕が彼らの寝室に置いていったシルクハットとマントが抱えられていた。

 

「……忘れ物です」

 

 名残惜しそうに、彼はそう言って律儀に届けてくれたが……まあ、僕が置いていったのはわざとである。

 

「あげるよ」

「えっ」

「キミにあげると言ったんだ。同じ帽子とマントは、まだ何着か持っているしね」

 

 それは本当。しかし嘘も吐いていた。

 マントはアリスちゃんが、シルクハットはカケル君がそれぞれ凄い気に入っている様子だったから、最後にサービス精神を働かせたくなったのだ。

 寝る前に洗濯したそれらを二人で仲良く手入れしている姿を見て、なんて言うかほっこりしたのである。こう……僕の存在が、オリ主的存在感を持って二人の絆を繋いだんやなぁって。

 実のところ仮眠をとる前に、アリスちゃんの説得に関しては終始お兄ちゃんに投げっぱなしジャーマンだったので、その辺りオリ主的に気にしていたのである。

 

「……今日一日で、貴方からもらってばっかりですね、オレたち……本当に、ありがとうございました」

「さて、それはどちらだろうね」

 

 貰ったのはこちらも同じだ。アリスちゃんからは寝かしつけた後にちゃっかり異能を貰い受けたし、カケル君からはこの件に関わらせて貰った。

 うん、その報酬として僕が彼らを助けてあげたと思えば、お互いに得をしたので万々歳ではないか。

 そう言って踵を返し、窓を開けて夜風に身を晒す。ふわりとショートカットの黒髪が靡いた。

 うむ、大変心地が良い気分だ。今日はテレポーテーションで移動するよりも、この夜空を念動力ジャンプで跳びながら駆け抜けていくのもいいだろう。

 僕が身を乗り出したその瞬間、カケル君の強い言葉が響いたのはその時だった。

 

「あの……! オレ、貴方のようになりたい!」

 

 少年の決意が込められた言葉に、思わず反応してしまう。

 

「オレも貴方みたいに……大切な人を助けられる人になりたい……オレは無能力者で、一人じゃ妹も助けられなかったけど……そんなオレでもいつか、貴方みたいになれますか!?」

「無理だ」

「……!」

「この先、どんなに頑張ろうとキミはボクにはなれない」

 

 ……うん、びっくりしたが、そんな質問されたらこう答えるしかないわ。

 僕はチートオリ主でカケル君は無能力者。彼が僕みたいになるには、一度別の世界で死んで女神様っぽい人に謁見するところから始めなきゃならないし……そんなことを笑顔で奨められるほど、僕は鬼畜ではない。

 それに、チートオリ主はこの世に二人として存在してはならないのだ。この世界にはメアちゃんいるけどあの子は先輩なので例外です。

 

「と言うか、なってはいけないよ。ボクは怪盗だからね」

「……あ」

 

 そこのところ、大事だかんね? 確かに今日の僕は君らを助けることに乗り気だったけど、そうもキラキラした顔で英雄視されるのは胸の中がムズムズする。

 だから僕は今一度、はっきり言い聞かせる為に振り向くと、彼の頬に手を当てて目線を合わせ、間近に見つめ合いながら伝えた。

 

「誰でもヒーローになれる。簡単なことでいいんだ……傷ついた少年の肩にコートを掛けて、世界はまだ終わりではないのだと教えてあげればいい」

「──っ」

 

 言ってやった! 言ってやった!

 オリ主と言えばコレよコレ! 有名なヒーローの名言を引用するアレである!

 いやはや、よもやこの台詞を言える場面がやってくるとは思わなかったものだ。

 そう言う意味では紛れもなく、カケル少年は僕にとっての救世主であった。

 

「異能なんて無くたって、誰よりも人の弱さを知っているキミなら……そういう存在になれる筈さ」

「……エイト、さん……!」

 

 ヒーローの名言をバッチリ決めた後は、ちゃんと自分自身の言葉も付け足しておくのは忘れない。こうすることでオリ主の誠実さをアピールすることができるのだ。

 ボクはそう言って彼の手からマントを奪い取ると、それを彼の襟元に括り付けてやる。頭には帽子も被せて、小さなヒーローの完成である。

 

「頑張れ、男の子。キミの戦いは、これからだよ」

 

 そう言い渡して僕は、今度こそベランダから飛び出していった。その際、脳内にいい感じのエンディングテーマを流しておくのは忘れない。止めて引く演出、いいよね……。

 

 そうとも、少年の戦いはこれから。

 

 

 そして、僕の戦い(オリ主ライフ)はこれからだ!

 

 

 

 

 




 こういう話を無性にやりたくて始めたのが本作です。
 なお、カケル君の性癖は間に合わんもよう。


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チートオリ主介入編
冒険者のハーレム物は序盤で二人旅している時が面白い


 ……ような、気がします。異論は受け付ける。


 朝、目が覚めると、そこには美少女の寝顔があった。

 

 暁月炎がラブコメの一幕のような体験をするのは、これが初めてではない。基本的に相手側の過失で発生することが多いのだが、クラスメイトの男子たちや力動長太などからはよく嫉妬されたものだ。

 

 しかし、これほどまで心臓に悪い体験をしたのは、おそらくこれが初めてのことだった。

 

「すー……すー……」

「…………」

 

 そんな彼はバッチリ目が覚めてしまった今、その思考に何を浮かべていたかと言うと……フリーズしていた。

 

 と言うか、考える余裕も無かったのだ。

 端的に言うと、脳がバグっていた。

 

 えっ何これどういう状況だ?

 ここは異世界? みんなはどこだ?

 俺はどれぐらい眠っていた? どこで眠って……膝?

 顔近っ、綺麗な顔してるなコイツいい匂いするしなんなんだコイツ、なんなんなんなんだこの感じは……

 

 謎めいた異能怪盗と、間近に見るシルクハットの少女の無防備な寝顔が重なるまで、炎は彼女に膝枕された体勢のまましばらく固まっていた。

 珍しく父と母が生きていた頃の夢を見たかと思えば、現実で初めて目にした光景がこれである。混乱を声に出さなかっただけ、鍛え上げられた彼の精神が人並み外れていることの証跡だった。

 

 

「……ああ」

 

 それからしばらくして、炎はようやく眠る前の記憶を思い出した。

 

 

 ──負けたのだ。超空間を脱出する直前になって現れた、天使の攻撃を受けて。

 

 

 同時に思い出す。

 あの時、全員が死ぬ筈だった。今こうして自分が五体満足なのも、既(すんで)のところで彼女が攻撃に割り込み、バリアーを張ってくれたからなのだと理解している。

 額に掛かる小さな寝息と後頭部を支える柔らかな感触。間近に広がる少女の美貌と慎ましい双丘の誘惑に打ち勝ち、通常の精神を取り戻すまでに掛かった時間は約十五秒である。

 咄嗟に激怒する幼馴染の姿を思い出さなければ、セイバーズのエースである彼とて危なかったかもしれない。

 

 全て計算尽くでやっている魔性の女なのか、ただ単に天然なだけなのか。炎には判断がつかない。

 つかみどころのない女性は、彼の苦手なタイプでもあった。

 

「ん……ん、んん……」

「……T.P.エイト・オリーシュア」

「んー……うん? あ……」

 

 気持ち良く──それこそ起こしてしまうのが気が進まないほど気持ち良い寝顔をしていた彼女だが、炎はこの状況に甘えることなく淡々と呼び掛けてやった。

 三十センチも離れていない位置に彼女の鼻先があったからか、起床を促す為に大きな声を出す必要はなかった。

 少女の名前を呼ぶと、彼女──T.P.エイト・オリーシュアが炎の額に添えていた手を離し、その目を擦りながらゆっくりとまぶたを開いた。

 

 そんな彼女は睫毛の長いエメラルドグリーンの瞳を、膝上の炎の赤い瞳と交差させ──数拍の間を置いて、にこやかに微笑んだ。

 

 

「おはよう、エン。そしてようこそ、フェアリーワールドへ」

 

 

 炎は自身の額に掛かっていた彼女の手が離れたことで、逃げるようにその場から身を起こした。

 あのままだと何か、自分の中で大切なものが壊れてしまう気がしたのだ。

 怪盗T.P.エイト・オリーシュア──彼女には色々と言いたい言葉があったが、生真面目な彼はそれらの感情を飲み込むと、「ああ、おはよう……」と律儀に挨拶を返した。

 そして彼女の膝枕から解放された炎は、立ち上がって周囲を見回す。

 

 熱帯林に似ているが、見たことの無い植物。

 遠くに見える巨大な大樹。

 そして、水平線に広がる雲の海。

 どれも地球上に存在するものではなく、自分たちがフェアリーワールドに来たのだという事実をこの上なく示すものであった。

 

「ここが、フェアリーワールド……聖獣たちの世界か」

「そうだよ。メアたちもきっと、どこかに落ちているだろう」

「落ちている……ってことは……俺たちははぐれたのか、やっぱり」

「そうなるね。ごめんね、ボクがもう少し早くキミたちのところへ戻っていれば、防ぐことができた状況かもしれない」

「いや、いい」

 

 女の子座りと呼ばれる正座の状態から少し崩した姿勢のまま、困ったようにエイトが笑う。

 そんな彼女と向き合い、炎はまず言わなければならない言葉を先に述べた。

 

「助けてくれて……ありがとう。あんたがいなかったら、全員やられていた」

 

 正直な感謝の気持ちである。

 炎はそれまで、彼女に対してはずっと猜疑的な視線を向けていた。もしかしたら彼女は天使の仲間で、こちらを罠に掛けようとしているのではないかと疑っていたのだ。

 彼女が人外の存在である──という疑いは未だあるにせよ、後者の部分に関しては見当外れだったのかもしれない。「あれだけの力を持つ天使が、俺たちを倒す為だけにわざわざそんな真似をするとは思えない」とは風岡翼の言葉だったが、この件に関しては彼が正しかったのだろう。確かに、サフィラス十大天使に密偵など不要だろう。

 

 それに……決して無防備な寝顔にほだされたわけではないが、あの時身を挺して自分たちを守ってくれた彼女の姿は、間違いなく本気だった。

 

 真意は不明でも、彼女は自分たちを助けてくれた。その事実だけで、助けられた者として頭を下げる理由には十分だった。

 

「ん……ふふっ」

 

 そんな殊勝な態度を見て何を感じたのか、エイトは唇を弛緩させる。

 

「当然の行いさ。キミたちの世界とこの世界、両方を守る為にはね」

 

 そんなエイトの見つめる目線は自身の膝の上。

 炎が先ほどまで眠っていた場所には入れ替わるようにしてリスのような小動物が乗りかかっており、その小動物は彼女のスカートに体毛やしわを付けるのも厭わず丸くなっていた。

 あまりにも野生を失ったその姿に炎たちは緊張感を削がれてしまい、呆気にとられるようにお互いに目を見合わせ、ふっと息を漏らしながら微笑み合った。

 

 

 ──どの世界でも、小動物の寝顔とはリラックス効果をもたらすものなのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──脚、しびれたでござる。

 

 しーびーれーたー! あああああ前の人生も含めて初めてやってみたが、膝枕というものがこんなにも脚が痺れるものだとはっ! このエイトちゃん、一生の不覚ッ! 身体が柔らかくても全く関係ないわ!

 あわよくば起きた時、炎の照れ顔というレアなものが見れるのではないかと期待していた気持ちはゼロではなかったが、そんなことを言っている場合じゃねぇ! きちいぜこの痺れはよー!

 

 仮に今僕の足の裏を指先で突いたら、絶対変な声が出るわ。少なくとも今こうして保っているすまし顔が一瞬で崩れる自信がある。なんてこった、勘違い物SSの勘違いバレなどというアンタッチャブルな展開が、そんなことで起こるなんて許さんぞ! 意地でも耐えてやる! 僕は絶対に屈しないぞ!

 

「キュー」

 

 ……だからそこのカーバンクル公、申し訳ないけどそこ退いてくれませんかね? 炎に膝枕していた時よりかは幾分楽な姿勢だけど、今はちょっと脚がヤバいのである。んんっ。

 

 そんなことを考えながらも、僕は完璧なチートオリ主。シュールな内心は決して曝け出さないのである。

 ましてや今は原作主人公の面前。そういうギャップ萌え的なものは、僕の役割ではない。

 

「あんたの言う「占い」という奴で、他のみんなの居場所はわからないか?」

「占い、ね……そうだね、わからなくはない。だけど、もはやボクの占いを当てにするのは難しいかもね。実を言うとこの展開は、当初の占いにはなかった事象なんだ。おそらくはボクがキミたちのメンバーに加わったことで、本来訪れる筈の未来が早速ズレ始めたのかもしれないね」

「そうか……だが、それならお前が言った破滅の未来とやらも、俺たちの行動次第で変えられるってことだな?」

「もちろん。そうでなかったら、ボクもこんなことはしていないさ」

 

 「占い」と言った彼の言葉に僕は一瞬何のことだ?と疑問符を浮かべたが、それが光井明宏と話していた時の僕の台詞を指しているのだと理解すると、即座に話を合わせる。

 僕は事情通でカッコいいオリ主なのだ。この程度のアドリブなら息を吐くように容易いもの。けど物理的な苦痛は勘弁な? 正直、バーストアリスちゃんやティファレトの攻撃よりもこの脚の痺れの方がキツい。一日が始まったばかりでヒーリングタッチを使うのも、体力的にアホらしいしね。

 そういうわけだから、今は座りながらですまない炎君。

 そして僕は、彼が気にしている占いの内容について思い出す。

 

 

『志半ばでキミを失った結果……メアたちは聖龍のもとまでたどり着けず、ケテルの計画は実行される。そして聖獣たちの総攻撃を受けたこの世界は甚大な被害を受け、大勢の命を失うことになる。占いには、そう記されていた』

 

 

 占いには、そう記されていた(キリッ)

 

 だっておwwwwwと机をバンバン叩くやる夫のAAが脳裏に過ぎり、思わず笑いが漏れてしまう。出力の際、その笑みを愛らしいエイトちゃんスマイルに切り替えるのは僕が完璧なTSオリ主である所以だった。可愛いは正義。ケセドもそう言っている。

 

「こんなこと、か……」

 

 ふーっ……やっと痺れが抜けてきたぞ。

 ホラ、今から動くから起きてカーバンクル公ちゃん! よし、いい子だ。乗るなら膝じゃなくてそうやって手のひらの上か、肩に乗っかってくれよな? よーしよしよしよし。

 僕がお利口な小動物を手のひらで弄んでムツゴロっていると、炎君が何やら難しい顔で考え込んでいた。

 

「あんたが人から異能を盗み回っていたのも、全てその為だったのか?」

 

 おう、君ならそう思うよな。クールぶっているけど、根っからのお人好しだもの。

 実際その通りなので、僕は肯定する。

 

「そうだよ。素の力では、とても彼らを止められそうになかった。望んだ未来を盗み取るには、それが一番の近道だったからね」

「何故、それを先に言わなかった? ……いや、あんたは試していたのか。セイバーズが、あんたの見た未来を覆す存在に足り得るかどうかを」

「……ふふっ」

 

 えっ、そうだったの?と僕は内心他人事のように驚くが……改めて僕の行動を顧みると、確かにそう受け取れるムーブをしていた気がする。

 

 まず彼らに認知される最初のきっかけになった予告状からして、「次元の壁より参上いたした」とかいう意味深なヒントが隠されていたのだ。

 それから相次いで発生する異能強奪事件。

 メアの覚醒の前に突如として意味深に登場する美少女怪盗。

 天使との戦いでは表立って参戦はしなかったが、力を貸した。

 その次は力動長太に擬態して会議を異世界行きへと誘導し……本当にヤバくなった時には、身を挺して庇ってくれた。

 

 ……うん。彼らからしてみれば、なんだか試されている感じだよねコレ。もはや露骨すぎて考察もされないレベルである。

 

 いや、僕は鈍感系主人公ではないので、自分がどう見られているかはわかっていた。オリ主として一目置かれる為にミステリアスなお姉さんムーブを貫いていた以上、すんなり仲間入りする気は無かったし、なれないだろうなとも思っていた。原作キャラがチョロいのってなんか嫌だし……しかしそうか、炎には試しているように見えたのか。

 

 なるほど、師匠ポジションなんて言うのは第二クールからの参戦となった時点で諦めていたが、これはひょっとしてひょっとするかもしれない。

 

「俺は……あんたのことを、普通の人間だとは思っていない。あんたが残してきた言葉は、どれもあんたが聖獣側の存在であることを仄めかしていたからな……」

「ふむふむ、それで?」

「……だが、あんたはあのコクマーのように、人間の世界を攻める気は無いんだろう。その気があったとしたら、ここまで俺たちに協力的な意味が無い」

「行動に意味の無い、トリックスター気取りの狂人かもしれないよ?」

「あんたはそういう奴じゃない。……そう、感じる」

「そうかい? それは、嬉しいね」

 

 ふっ、参ったな……ちょっとこれまでの僕のムーブがカッコ良すぎたようだ。

 いやー楽しいわー! 原作に介入できた時間は少ないのに、彼らの心に(オリ主)を刻み込むことができて楽しいわー!

 やだ、すっごい嬉しい。

 そう扱われるように仕向けたのは僕だけど、これほど強い印象を与えていたとはオリ主冥利に尽きると言うものだ。

 僕はワクワクした心持ちで、彼の考察を聞き届けた。

 

「あんたはメアに力を貸してくれた「ケセド」って天使と、同じ目的で動いているんじゃないか? 聖獣側の存在だが、あんたは天使たちが人間世界に侵攻するのを止めたがっている。だから俺たちを導いた」

「よく考えているね」

 

 その考察は、僕が彼らにそう勘違いしてくれたらいいなぁって思っていた通りのものだった。

 ふっ、流石僕の調整力だ。彼らから見ても、非常に美味しいポジションを確立していたらしい。

 流石にサフィラス十大天使の一柱だと思われるのはケテル激おこ案件なので、それとなく否定しておきたい。それでも彼の考察に点数を付けるなら95点と言ったところで、概ね合格点である。

 

 しかし、ここで「正解だよ」と全てを認めてしまうのはナシだ。そんなことをすれば、せっかくここまで積み上げてきたミステリアスなお姉さん像が台無しになってしまう。秘密は女を女にするという言葉があるように、基本的にミステリアスキャラは謎めいていた時の方が魅力があるものなのだ。

 故に僕は、今回も煙に巻くことにした。

 

 

「敵側の存在だけど、キミたちに味方をしてくれるって? ボクってそんなに都合の良い女に見えるかな」

 

 

 脚の痺れが落ち着いてきたので、僕はゆっくりと立ち上がり、気持ちちょっと高圧的になりながらシャフ度を決めて言い放った。

 そうすると炎はハッとしたように言葉を止めて、申し訳なさそうに俯いた。

 

「……そうだな。あんたが聖獣側の存在なら、俺たちの世界の人間に対して思うことがあって当然だ。おこがましいことを言って、すまなかった……」

 

 優しいかよ。

 優しいよ、この原作主人公!

 口調はちょっとぶっきらぼうだが、言葉の節々から聖獣側への思いやりを感じる。そして失言をしたと思ったらしゅんとした子犬みたいな顔をするとは……あざといぜ……流石は前世の姉者を夢女子にした男!

 僕は彼の真摯な態度に驚いて目を見開いたが、慌てて苦笑に切り替える。

 

「謝る必要は無いさ。もしかしたら本当に、ボクが無償の善意でキミたちに味方する、都合の良い女かもしれないだろう?」

 

 都合の良い展開は大好きだけどね。二次創作も一次創作も、多少強引でもハッピーエンドの方が好きである。

 

「……いや、あんたは俺たちの思い通りにはならないだろう。俺の想像だが……見極めているんだろう? 俺たちのことを」

 

 ん……見極める?

 登場人物の活躍的には、確かに色々と見極めていくつもりだ。これからも原作の展開と変わっていくだろうから、その度に彼らがどう動くのか見極めなくてはならない。

 

「そうだとしたら?」

「認めさせたい。俺たちの行動で。俺たちの世界には、確かにろくでもない人間もいるが……そんな奴ばかりじゃないってことを、あんたたちにわからせてやる」

「……キミって、案外強引なんだね」

「よく言われる」

 

 わからせだなんて、そんな……! 流石原作主人公の炎君、さす炎!

 

 ……と言うのは、もちろん冗談である。

 彼がそう言ったのは話の流れ的に考えて、僕がいかにも天使っぽい感じに「人間の善悪」とかを見極めていると思ったからであろう。

 だからこそ今、「俺たちを見ておけ」的な発言をしたのか。その心の熱さはまさにヒーローである。そういうわからせなら大歓迎だ。

 僕は手のひらのカーバンクルを木の上に移しながら、挑発的に言い放った。

 

 

「わかった。ボクはキミたちからこの瞳を逸らさない。だからキミは……ボクを、失望させないでくれたまえよ?」

「ああ、もちろん」

 

 

 チートオリ主による、ささやかなマウント取りである。原作主人公に対しても強そうな風格を見せておかないとね。

 ただし、この手の挑発は高圧的になりすぎると顰蹙を買ってしまうから注意が必要だ。冗談めかしたように人差し指を立てながら、ウインクを決めてにこやかに言うのがポイントである。こうすることで原作主人公に自分を大きく見せつつヘイトも緩和する寸法よ!

 

「……何なんだろうな、一体……」

 

 まあ実際の話、失望されないように気をつけなくてはならないのは僕の方なんだけどね。

 僕は前途多難な異世界二人旅に、期待と不安を半分ずつ抱いていた。

 

 




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冒険物にマスコットキャラは必要

 さて、これからのことを考えよう。

 

 脚の痺れが治まり、無事動けるようになった僕はカーバンクル公に別れの挨拶を告げた後、炎と共に歩き出した。

 それに合わせて、後ろからついてくる小動物。

 

 そ……そんなに名残惜しそうな鳴き声を出しても、連れていかないからね? 確かに可愛らしい小動物に理由なく懐かれたのは嬉しいけど、この旅は危険なのだ。まあ小さくても聖獣だし、自分の身は自分で守れるのかもしれないが……

 

 ……いや、待てよ。

 

 未知の世界で初めて会った動物と心を通わせ、共に旅する仲間となる。これ、なんか主人公っぽくね?

 フェアリーセイバーズにおけるそう言ったマスコット枠はケセドが担当していたが、彼が不在であるこの世界ではその枠が空いている状態だ。そう考えるとこの子は、現状で不足しているもふもふ分を補完する存在感になり得るかもしれない。

 ……アリだな。それでなくとも美少女と小動物の組み合わせは鬼に金棒、女騎士にオーク、黄金バッテリーのようなものだ。この子がついてくるなら、オリ主的に考えて受け入れるのもやぶさかではなかった。

 

「……来るかい?」

「おい」

 

 トコトコとついてくるカーバンクルに振り向いて手を差し伸べると、横から炎が冷静にツッコミをいれてきた。

 まあ確かに、常識的に考えて野生動物を連れていってはいかんだろう。

 しかし、僕には秘策がある。第二クールの暁月炎は昔より遥かに改善されているが、それでも話術は得意ではないのだ。その点僕にとって翼より相性が良い。

 と言うわけで、僕は無理矢理やり込めることにした。

 

「道案内してくれるってさ。ここは彼の厚意に甘えよう」

「……そいつの言葉がわかるのか?」

「何となくだけどね」

 

 嘘です。流石に動物と話せる異能は盗んでいない。

 しかしそう言うことにしておけば、これから行う予定の千里眼と原作知識を活かした道案内を誤魔化すことができる。味方とは言え、ストックしている能力はなるべくバラしたくないからね。

 手際の良い地理の把握は、全て原生生物であるこの子の功績にするのだ。そうすれば彼視点でもカーバンクル公を連れて行くメリットになる。

 

「おいで」

「チチッ」

 

 呼びかけるとこちらの言葉がわかっているように、小さな道案内人(ということになった)カーバンクルがポフっと僕の胸に飛び込んでくる。小さくてすまない。かわいい。前世では猫を飼いたかったのだがアレルギー体質で飼えなかったことを思い出し、十数年分の悲願を果たした僕はその時間を埋めるように彼の頭に頬を埋めてモフりまくった。かわいい。

 流石聖獣、野生動物のくせに清潔な匂いしよるわ。

 

「……そうか……」

 

 そんな僕らの姿に毒気を抜かれたのか、炎はそれ以上何も言わなかった。或いは呆れて何も言えなかったのかもしれないが、必要な時は僕もちゃんと対応するので許してくれ。むふふふ……この毛並みがたまらんのですよ。

 

 

 

 

 

 

 

 ──この時の原作アニメ「フェアリーセイバーズ」で起こった出来事である。

 

 

 炎たち灯ちゃん護衛隊は超空間にて聖獣たちの奇襲を受け、炎と灯、他三人がそれぞれバラバラにはぐれてフェアリーワールドへと不時着することになる。

 炎と灯が落ちたのはこの世界を構成する10の島の一つ、第7の島「アドナイ」にある小さな村だった。

 森の中で気絶していた二人は、聖獣コボルド族の親切な老人に拾われ、介抱される。目を覚ました二人は自らを取り巻くその状況に驚くが、彼らの話を聞いて聖獣たち全員が人間のことを敵視しているわけではないのだと知った。

 

 しかし、突如として彼らの住む村が「怪物」に襲われる。

 

 人間にも聖獣にも当てはまらない、スライムのような不定形の姿をしたそれは、もはや生物とすら呼べるのかわからない禍々しい存在だった。

 出現した「怪物」は、触れた物全てを灰にしながらコボルド族の住民に迫ってくる。

 炎と灯は村人たちに加勢し、協力してこれを撃退する。

 村人たちから感謝される二人は、彼らの口からこの世界に現れた「怪物」、そして今のフェアリーワールドを取り巻いている恐るべき事情を知るのだった。

 

 

 ……と、細部までの情報は覚えていないが、大まかな内容はそんな感じの回である。

 

 そんな原作知識を「占いで知った未来」ということにして炎に伝えると、彼は頭痛を催したように頭を押さえた。

 全く未知の世界である、フェアリーワールドの新情報を開示されたのだから当然の反応だろう。しかも原作と違って説明役が不完全なのだから、今までそれとなく知る機会も無かっただろうし。

 もちろん灯ちゃんが出てくるところはメアに置き換えて誤魔化したが、それにしたって彼にとっては全てが聞き流せない情報だった筈だ。

 

「……その、「怪物」というのは……?」

「深淵より現れ出た、無の使者……天使たちからは「アビス」と呼ばれている、聖獣にとって天敵種と呼ぶべき存在だよ。キミたちの言葉で言うと、魔物とか魔獣と呼んだ方がわかりやすいかもね」

「アビス……魔獣か。いよいよ、ゲームみたいだな……」

「げえむ? 意外だね……キミもああいうの、やってるんだ」

「小さい頃にな」

「へぇー」

 

 そう、アビスだ。

 フェアリーワールドに存在する聖獣とは全く異なる邪悪な存在は、ファンタジーRPGで言うところの魔物みたいな存在である。

 そういう表現で彼に伝わったのは意外だったが、原作を思い出してみると確かに暁月炎という青年は昔から今のようにストイックだったわけではない。両親が生きていた頃の回想シーンなんかでは普通の少年として元気に過ごしていたことを、僕は思い出した。

 

「会ってみたかったね。子供の頃のキミというのにも」

「俺は会いたくない」

 

 えっ、そう?

 なんだよーそんなに冷たく言うなよー。

 

「……ガキの頃にあんたと会っていたら……何というか駄目になっていた気がする」

「?」

「そんなことはいい。それより、あんたが占った未来のことだ。今の状況は、その未来とどれぐらい近い?」

 

 ふむ、情報の擦り合わせか。確かにそれは最優先に行っておくべきだろう。

 安心せい。このオリ主、抜かってはおらぬわ。言われるまでもなく、森の中をこうして歩きながら僕は「千里眼」の異能と「サーチ」の異能を調合し、ハイパーセンサー的な能力によって有効距離内の地形を大体把握していた。

 そこから算出した情報でわかったことだが……この状況は、割と占い(原作)通りである。

 

「落ちた場所に関しては、ほとんど同じだね。占いと違うのは、キミの隣にいるのがメアではなくボクという点ぐらいかな」

「そうか……と言うことは、あんたが見た占いでは、俺たちは元々あそこで全滅するわけじゃなかったんだな」

「うん。キミたちが力尽きる未来は、もう少し先だよ。あの時も、ボクが見た未来では襲ってくるのはワイバーンたちだけで、もう少し楽な展開になる筈だったんだ」

「天使、か……」

「美のサフィラス、ティファレト。彼女がやって来るのは、占いにはない未来だった」

 

 思わぬアクシデントがあったとは言え、僕たちが落ちたこの場所はフェアリーワールドの第7の島「アドナイ」の森のどこかだ。原作で炎と灯ちゃんが落ちた島と同じである。ハイパーセンサー的な能力で探知したところ、森を出た付近の場所に集落っぽいものがあった。おそらくあれが、原作にも登場したコボルド族の村であろう。

 

「コボルド族と言うのは? 聖獣とは違うのか?」

「この世界の生き物という意味なら、彼らも聖獣だよ。キミたちで言えば、人種のようなものかな? このフェアリーワールドだってキミたちの世界と同じように、多くの種の生き物と文化がある。たとえばこの子はカーバンクル種という聖獣で、他にはオーク族や竜人族もいるね。天使は神様が生み出した特殊な存在だけど、大枠で言えば彼らもまた聖獣だ。緑の自然と一体になっているこの島の住民には、コボルド族が多いようだね」

 

 モフモフがいっぱいあって、原作では灯ちゃんがすっごい目をキラキラさせていたことを思い出す。

 僕たちが落ちたこの島「アドナイ」はとにかく緑が多い為、都会暮らしの彼らからしたら特に非日常感が強いエリアかもしれない。

 

「行ってみるかい? 彼らの村に。この子が言うには、そう遠くない場所にあるらしいよ」

「キュー?」

「……そうだな。意思疎通ができるなら、メアたちの情報も何か掴めるかもしれない」

「彼らならできるよ。コクマーが使っていたように、テレパシーが使えるからね」

「よし。案内頼む、えっと……その子の名前は?」

「カバラちゃんだよ」

「カバラちゃん? ……少し、ゴツくないか?」

「そんなことないさ。ね?」

「キュッ」

「そうか……」

 

 うむ、この子の名前は今からカバラちゃんだ。種族名のカーバンクルにゴジラを足してカバラ。見た目は可愛らしい小動物だけど、ゴジラを足せば強そうな響きになるだろう? 僕について来るのなら、可愛いだけじゃいけないからね。何となく、この名前が一番しっくり来たのである。勝手に名付けてしまったが、カーバンクル公改めカバラちゃんも気に入っている様子だ。

 そういうわけで原作では炎、灯withケセドで始まった二人旅は、炎、僕withカバラちゃんの二人一匹の旅として始まったのである。こうしてみるとまるで僕がメインヒロインに成り代わったみたいだけど、安心してほしい。元の性別以前にそもそも僕はNTR系SSは苦手だし、何より義理深い彼のことだ。仮に僕が誘惑しても歯牙にも掛けないだろうね。

 そう考えるとイベントの絶えない原作主人公と二人っきりの状況は、やはりオリ主的に最良の展開だった。

 

 そう思っていたのだが……

 

 

『見つけたぞ、人間共。貴様たちはネツァク様の筆頭天使、ハニエルが始末する!』

「!?」

 

 

 森から出てさあコボルド族の村へ行こうとした矢先、空から知らない天使が降ってきた。筋肉ムキムキな美青年である。

 何だお前新手のオリ主か? いや、本人が自己紹介した通り筆頭天使という大天使の部下か。

 

 フェアリーワールドを構成する10の島を管理しているのは、それぞれの島に割り当てられたサフィラス十大天使である。

 この第7の島「アドナイ」なら、勝利の天使「ネツァク」がこの島の管理者となる。聖龍アイン・ソフによって直々に生み出された大天使たちはそれぞれ、島のヒエラルキーの頂点に君臨する。

 その下には大天使に仕える天使たち、その下にコボルド族のような他の一般聖獣が来るという序列だ。

 今唐突に空からやって来た四枚羽の天使は、大天使に仕える天使たちの中でトップに立つ男──即ちサフィラス十大天使に最も近い課長職のような立場ということか。お勤めご苦労である。

 

「天使……サフィラスの仲間か?」

「そうだね」

「わかった。俺が話す」

 

 おそらくこのフェアリーワールドに侵入した病原菌を排除しに動いたのだろう。原作では穏健派だったティファレトまでも殺意マシマシになっていた以上、他の天使も殺気立っていると思ったが悪い予想が当たってしまった。

 炎はこちらに敵意が無いこと、戦いを止めてもらうように対話しに来たのだということを真摯に呼び掛けるが……案の定、筆頭天使殿は取り付く島もなかった。

 

『黙れ痴れ者が! もはや貴様たちに交渉の余地など無いわ!』

「……やはり、そうなるか……!」

 

 うん、そうなるわな。初めから上手く行くぐらいなら、皆だって決死の思いでこの世界には来なかっただろう。

 ネツァクの筆頭天使と称するハニエルという天使は怒り心頭の様子で、その両手にホーリーロッド的な上品な棒を携えて殴り掛かってきた。おおう、流石ネツァクの部下、武闘派である。

 

「ふっ!」

『む!?』

 

 対する炎はその手に異能「焔」で形成した焔の剣を携え、彼の一閃を受け止める。カッコいい。彼の異能は単純に焔を放出するのはもちろん、拳に纏ったりこうして剣を作ったりすることもでき、派手な上に応用の幅も大きい画面映えする能力だった。流石主人公と言うべきか、彼の異能じゃなかったら真っ先に盗んでいたぐらいである。尤も、今は「闇の呪縛」で似たようなことができるから要らないけどね。

 そんな彼は単身前に出て、不器用ながら説得の言葉も交えてハニエルとの交戦に入る。

 僕はそれを見て──間が持たなかったので、とりあえずハープを鳴らして応援することにした。こら、カバラちゃん! ハープをゴシゴシしちゃ駄目でしょ。ドングリあげるから下がってなさい。

 ……小動物を肩に乗せたまま演奏するのに、慣れておいた方が良さそうだ。

 

「話は聞いた……この世界にはアビスというあんたたちの敵がいることを」

『ふん……ケセド様の紛い物から聞いたか!』

「俺たちも、そいつらの退治に協力する! だから俺たちの世界への攻撃をやめてほしい」

『笑わせるな! 貴様たちの協力程度何になる!? フェアリーを無礼(ナメ)るなよ小僧!』

 

 うーん……この会話のドッジボール。炎らしい正義感と実利を併せ持った説得だが、それをするなら今回は相手が悪かったな。もっと上の偉い天使、ネツァクのような十大天使に持ち掛けるのならともかくとしても。

 しかし炎も相変わらず、自己犠牲精神が強いと言うべきか。実際にアビスの脅威を見る前にそんなことを提案するとは、なんか一人にするのは凄い危ない感じがする男である。視聴者目線ではカッコ良くて推せたが、こうして近くで見ると「私が支えなきゃ」となる灯ちゃんの気持ちがわかるというもの。うむ、やはりあの二人はベストカップルである。

 ん、そんなことを考えている場合か、お前も戦えだって?

 いや、まだその必要は無いかなって。だって炎君、勝つし。

 

『己の利用価値を示し、交渉の材料にしたいのなら! 貴様の力を見せてみろォ!』

「……わかった」

『!?』

 

 ──瞬間、炎の身体から爆発的な量の焔が奔流し、その色が紅蓮から蒼に変わった。

 

 

 おお、キタキタキタキタ──ッ!!

 

 

 ポロローンという音でハープの演奏を締めながら、僕は訳知り顔で微笑む。いや、実際訳知ってるんだけどね、原作知識的に考えて。

 そんな僕は、蒼炎を纏い圧倒的なパワーで一気にハニエルを圧していく炎の姿を見て、いい感じにミステリアスな雰囲気で呟いた。

 

 

「フェアリーバースト……それは、アイン・ソフが託した唯一の希望」

 

 

 エイトちゃんスマイルで次回へ続く──というわけだあ!

 

 

 

 




 オリ主とは動物に懐かれやすいもの……


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第三勢力はお手軽な和解フラグ

 実際便利


 フェアリーバーストとは、身も蓋もない言い方をすると異能使いにおけるハイパーモード的なアレである。

 一定のレベルまで力を育てあげた異能使いが、純粋な意識の爆発により異能の力を完全解放した形態だ。原理的には異能の暴走モードであるバースト状態と同じだが、決定的なのはその力を使い手側が完全に制御下に置いているという点だった。

 一歩間違えれば自分たちを破滅に導きかねない力を、高潔な理性でコントロールした姿とも言える。アニメ「フェアリーセイバーズ」では第一クールのボス戦で炎がその力に目覚めた時、僕は幼いながらに厨二心を刺激され興奮したものだ。

 って言うか、今でも興奮している。いけー炎、そんなよくわからん天使なんてやっちゃいなよー!

 

『ぬぅ……その力、まるで大天使様のようだ……! ば、馬鹿な……人間が何故、これほどまでに!』

 

 いいぞハニエルさん! いい感じのかませ犬ムーブだ!

 そうそう、これだよコレ。主人公が本来の力を発揮し、こちらを見下していた敵をパワーアップした力で叩きのめす。こういうのでいいんだよこういうので。最近鬱展開の兆しがチラホラ見え始めていたので、僕は爽快な気分で炎の超パワーを見つめていた。

 

「力は見せつけた。これでも俺は、協力相手には不足か?」

『……貴様、正気で言っているのか?』

「俺たちに敵対の意思は無い。あんたたちの上司に伝えてほしい……俺たちにできることは協力するから、人間世界には手を出さないでくれと」

『……確かに、それほどの力があれば、奴らアビスとも戦えるだろう。だが、人間世界への攻撃は決定事項だ』

 

 交渉の席に持ち込む為には、自分たちが対等な存在であることを示さなければならない。自分は戦うことしかできないと考えている節のある炎は相変わらず不器用な物言いだが、その在り方は十大天使きっての武闘派であるネツァク傘下の天使に通じるものがあるかもしれない。

 フェアリーバーストを発動し今しがた圧倒的な力を見せつけたことで、ハニエルの雰囲気が明らかに変わっている。

 しかし、彼は聖獣たちにとっては中間管理職の身分に過ぎない。そのロッドの矛先は、一切揺らぐことはなかった。

 

『力こそを至上とするネツァク様ならば、お前の言葉に耳を傾ける可能性もあるかもしれん。しかし仮にあの方を説得したところで、ケテル様の決定は絶対だ!』

「そうか……なら!」

 

 うん、確かにあの脳筋天使ならパワーさえ見せつければ話を聞いてくれそうだ。しかし彼が脳筋な上司を補佐するタイプの中間管理職ならば、この場はやはり駄目そうである。いや、炎の提案を受けてもらうのは、それはそれで困るんだけどね。彼の戦奴隷コースなんて嫌だよ僕は。

 四枚の翼で飛び上がったハニエルは、空中で勢いをつけると一気に降下してきた。

 

『いくぞ! 人間ッ!!』

「……来い!」

 

 蒼炎を纏う炎は冷静に、カウンターを決める体勢でそれを迎え打つ。

 そうとも、それこそが男と男の対話である。わかりやすい感じで、僕はそういうの大好きだ。

 

 しかし、その決着は水を差される。

 

 突如として彼方から、つんざくような轟音が響いたのである。大地が揺れ、雲海が割れ、それを見たハニエルが動きを止めた。

 

 あっやべ、アビスが出てくるの今だったわ!

 

『こんな時に……チィッ! 人間、貴様との決着は後だ!』

「なに?」

 

 上空から視線の先に何かを映した瞬間、ハニエルは炎に対する矛先をあっさりと収め、慌てた様子で何処かへと飛び去っていった。

 彼の変化を見た炎が怪訝な表情で見送ったが、原作知識を持つ僕には離脱の理由がわかっていた。

 

「なんだ……?」

「アビスが現れた。彼が飛び去っていった方向から判断すると……占い通り、コボルド族の村が襲われているようだね」

「! ……例の、魔獣か」

 

 第三勢力という存在は、いつの世も物語を動かしてくれる。いや、語っている場合じゃないなこれは。

 こんな原作介入ポイント、見逃してはオリ主の名が廃るというもの!

 闇の呪縛と念動力を調合。僕の思念で忠実に動く「闇の不死鳥」を召喚すると、僕はスカートを押さえながらその背中に飛び乗った。

 

「ボクは彼を追い掛けるつもりだけど、キミは?」

「行くさ。アビスとやらがあんたの占い通りに動いているなら、そのコボルド族たちを見殺しにはできない」

「わかった。なら、早く乗りなよ。飛ばすよ」

「……助かる」

「カバラちゃんもしっかり掴まってて」

「キュッ!」

 

 お利口なカバラちゃんが僕の肩にしがみつき、フェアリーバーストの状態を解除した炎が僕の後ろへ乗り込んだのを確認すると、僕は闇の不死鳥を一気に上昇させていく。

 そして千里眼でハニエルの向かった先を確認し、そこで繰り広げられている混乱を見て、急いで発進させた。

 誰かのピンチには必ず間に合う。それができてこそ、完璧なオリ主なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 第7の島アドナイ、幻獣の森付近に居を構えるコボルド族の村は襲撃を受けていた。

 

 彼ら聖獣にとって不倶戴天の敵、アビス。

 それは雲海の遥か下、聖獣たちが寄り付けない深淵の世界に生まれた存在だった。

 彼らは100年以上前から活性化を始めており、一時は全てのアビスが深淵から出て天界の世界に溢れ出そうとしていたが、聖龍アイン・ソフの力により今日まで封印されていた。

 しかしここ数年、彼らを抑え込んでいたアイン・ソフの力が弱まったことで再び封印が解けようとしていたのだ。

 その影響により封印から漏れ始めたアビスが、雲海から顔を出すようになって数年。フェアリーワールドは来たる未曾有の危機に備えていた。

 

 アビスは根本的に生物の本質から外れた存在である。ただ本能のままに周囲の者を喰らい尽くす文字通りの怪物だった。

 その液状型のスライムのような身体は目的によって自在に姿形を変え、聖獣たちさえも喰らい尽くそうとする生態は天使を含む全ての聖獣にとっての天敵であり、聖獣たちは異なる種族同士力を合わせてコレを撃退して過ごしていた。

 

 そして雲海が近くにあるこの村では、近頃アビスの発生が特に激しくなっていた。

 

 そんな日にアドナイ内を巡回していたハニエルが、地球からの侵入者を見つけてしまったのはおそらく不運だったのだろう。

 想像を超える人間の強さに手こずってしまい、肝心なアビスの発生を危うく見逃すところだったのだから。

 

『そらぁ!』

 

 急いでコボルド族の村に舞い降りたハニエルが、住民たちを襲っていたアビスをロッドの一撃ですり潰す。

 アビスは液体状の怪物であるが、不死身ではない。切断や爆砕により一定以下の体積になった場合、アビスはその行動を停止し塵になって消滅する。

 逆に言えばそこまでしなければ死なないという存在であり、真っ二つにした筈が他のアビスとひっついて再生したり、逆に切り離して分裂したりとその厄介さには際限が無かった。

 

『ハニエル様っ!』

『早く逃げろ! ここは私が引き受けるっ!』

『はい……! で、ですが、あっちにもアビスの群れが……』

『なんだと!? ええい!』

 

 アビスは個体にして群体である。

 基本的に一体だけがその場に出現することはなく、雲海の下から噴水のように現れては分裂して島へと拡散し、波のように広がって聖獣たちの生活圏へと襲い掛かってくるのだ。武力で排除しようにも個人の力では限界があり、その扱いは人間などよりもよほど質の悪い害虫だった。

 本音を言えば、今の聖獣たちに人間の相手をしている余裕は無いのだ。

 

『あの人間……我らに協力できると言っていたが……』

 

 もしそれが嘘では無いのだとすれば、アビスの発生が多発しているアドナイの現状、ありがたい話ではあるのだ。戦力は幾らあっても足りるものではなく、かの聖龍とてかつては人間世界と協力してアビスを根絶することを期待していた。

 しかし。

 

『信用に足らぬ!』

 

 不可侵だった筈のゲートの研究に、聖獣たちの拉致、非人道的な実験、そして大天使ケセドの慈悲を踏みにじったPSYエンスなる組織の存在。それらの過去、現在が聖獣たちの心に不信感を募らせていた。

 こちらの手が回らないことをいいことに調子に乗った人間たちが同胞にしてきたことを、ハニエルたちは激しく嫌悪している。

 先ほどの人間との戦いも不完全燃焼に終わり、その怒りをぶつけるようにハニエルは一騎当千の活躍でアビスの軍勢を薙ぎ払っていった。

 だが、数が多すぎる。

 アビスは戦い方を知らない。その液体状の身体で進行し、相手に取り付き、飲み込んで捕食するだけだ。故にハニエルのような達人からしてみれば恐るるに足らないが、それが物量に任せて際限無く襲い掛かってくるのだから彼一人ではどうあっても人手が足らなかった。

 コボルド族の若者たちも村を守る為にその爪や「聖術」で応戦しているようだが、進行を僅かに抑えるのが精一杯で町の被害は広がる一方だった。

 

 このままでは……!

 

 生者に群がる亡者の群れのように、全長三メートルを越す液体状の怪物がハニエルの姿を取り囲んで食らおうとしている。

 しかもその内の数体がスライム状の姿から形を変えて、羽を生やした人型──天使の姿へと変貌していった。

 

『得意の猿真似か……!』

 

 これこそアビスの特性の一つ、「模倣」である。

 アビスは戦闘の中で自らの身に危険が迫っていることを理解した時、その液体状の身体で敵の姿を模倣することで対抗してくる。それが彼らの戦闘形態だった。

 姿は所詮模倣であり、こちらの能力を完全に再現したものではない。しかしその立ち回り、攻撃方法の洗練具合は通常形態の比ではなかった。

 

『そんなものでッ!』

 

 咆哮を上げたハニエルがロッドを振り回し、自身の姿を模倣した怪物の顔面を叩き潰しては「聖術」ライトニング・ナックルで心臓部を打ち抜いていく。天使が持つ光の力を集束させた鉄拳は、アビスに対する致命的な有効打となった。

 

『ぐはっ!?』

 

 しかし、その直後、ハニエルは自身が放ったものと同じ技を背中から受ける。

 そこには彼の姿を模倣した数体ものアビスが居り、ハニエルは地を転げながら怒りに震える目を敵らに向けた。

 

『邪悪な存在が、私の技を……!』

 

 これもまた、アビスの特性の一つである。

 彼らの模倣はオリジナルの力を完全に再現したものではないが、劣化コピー程度には再現することができる。彼らは今、ハニエルが放った聖術ライトニング・ナックルを自らの技として再現したのだ。

 劣化コピーとは言え、圧倒的な物量を持つアビスがそれを行えば悪夢となる。ハニエルは吐き気を催すほどの憎悪を抱きながら立ち上がり、自らを十数体以上の数で囲む天使型アビスの集団を相手に身構える。

 

 一人で先行しすぎたのは、やはり拙かったか……この窮地に、ハニエルは思考の隅でそう反省する。

 

 しかし、彼は天使だ。それも天使たちの最高位であるサフィラス十大天使ネツァクに仕える筆頭天使。「勝利」の名を冠するかの大天使に最も近しいものとして、敵に背を向けることはできない。

 

『来い……アビス! 私は誇り高きネツァクの筆頭天使、ハニエルだ!』

 

 天使にして戦士。その誇りを胸に、ハニエルがロッドを握る手を強める。

 

 

 ──空から降り注いだ蒼炎が目の前の怪物を焼き滅ぼしたのは、その時だった。

 

 

「バニシング・セーバー!」

 

 一閃、突如として飛来してきた男が振り下ろした蒼炎の剣が、天使型アビスを三体纏めて切り裂く。

 その光景にハニエルは驚愕し、目を見開いた。

 

 何故、この男が……この人間が、ここに現れたのだと。

 

 

「コイツらがオリーシュアの言っていた魔獣……アビスか。確かにこれは、想像していたより遙かに恐ろしいな」

『人間……何しに現れた? 今は貴様に構っている隙は無いのだぞ』

 

 つい先ほどまでハニエルと剣を交えていた筈の人間である。

 大天使ティファレトからの報告に上がっていた、あちらの世界からの侵入者だ。

 そんな人間がこちらの事情に介入し、あまつさえ敵である自分を助けに来た。その事実に怪訝な表情を浮かべながら──ハニエルはロッドを突き出し、背後から彼を狙っていた天使型アビスの顔面を打ち砕いた。

 蒼炎を纏った人間は振り向き様に焔の剣を横薙ぎに払い、頭を失ったアビスにとどめを刺す。示し合わせたかのような、滑らかな連携だった。

 

「わかっている。だから俺たちは、この世界に来た。お互い、戦争をして得るものは無い筈だ」

『何を、今更……』

「こんな奴らがウロウロしている限り、俺たちの世界に構っている余裕も無いだろう。さっき言ったが人間世界から手を引けば、俺たちだって化け物退治に協力できる」

『ふん……同胞の罪滅ぼしのつもりか』

「それもある」

 

 背中合わせになりながら、それぞれがロッドと炎の剣を振るい、周囲を取り囲むアビスの群れを薙ぎ払う。

 ハニエルは彼の真意を測りかねていた。この男は状況を理解していないのか、それとも状況を理解しているからこそ対話を求めやって来たのかと。

 後者だとしたらそれは、ハニエルの人間観を揺らがせるものだった。

 

「同じ人間がやらかしたツケは俺が払う。だからあんたたちも、関係のない人間を襲うのだけはやめてくれ」

『……人間、貴様の名は?』

「暁月炎」

『……アカツキ、まずはコイツらを倒す。力を貸せ』

「言われるまでもない」

『ふん……』

 

 この人間は、自分が知っている人間たちとは……少し、違うのかもしれないと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 む? あの様子は……アイツ、また何かカッコいいこと言っているな!

 

 闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)から降りてコボルド村。

 予想以上に激しい規模で湧いていた聖獣の天敵ことアビスの大群をエイトちゃんサンダーで焼き払いながら、僕は千里眼で炎たちの様子を見て苦笑する。

 村の上まで到着した時、「俺はハニエルを助ける」と言うなり一人で飛び出していった彼には参るね……まったく。

 何というか、完璧なチートオリ主になりたい人間と、既に主人公である男の差をまじまじと見せつけられた感じである。いやね、そういう姿に嫉妬したりだとか、そういうのではないのよ全然? 流石プロだ、違うなぁと、自然な彼の在り方に純粋に尊敬しているだけだ。何ならサインをねだりに行きたいぐらいである。

 

 しかしそういう差を理解してもなお、自分の存在を示していくのが完璧なチートオリ主というものだ。

 

 と言うわけで僕は、ハニエルの周りにいたアビスを彼に任せてコボルド族の若者たちが苦戦している方のアビスの迎撃に向かうことにしたのだった。

 

 

「深淵に帰るんだ……ここは、キミたちの居場所ではない」

 

 

 数体召喚した闇の不死鳥に、爆燃属性をエンチャント。文字通り火の鳥と化した闇を次々と撃ち出し、劣勢に陥っていたコボルドたちに熱い援護射撃を送っていく。カイザーフェニックスは男のロマンである。僕はTS美少女だけどね。

 

『なに!?』

『なんだ……!?』

 

 避難場所を襲うアビスの軍勢と交戦していたコボルドの若者たちが、突如として横切ってきたつよつよな攻撃に驚いて振り向く。むふふふ、そうそう、そういう反応を求めていたのだ。突然出てきてフリーダムに大暴れし、敵味方の視線を釘付けにする。まさにオリ主無双! 気持ちいいいいっ!

 僕は空気を読めるミステリアスなお姉さんなので、この興奮を露わに絶頂したりだとかそういう下品な顔はしない。すまし顔で、慈悲深く、ただひたすらにクールでカッコいいオリ主をイメージしながら全力で能力を発揮していた。

 

『これは、ケセド様……?』

『違う……あの方とは違う力だ。しかし、これは……』

 

 コボルド族の皆さんも誰あの素敵な美少女は!?と混乱している様子だ。

 僕はそんな彼らに外面上は目を向けることなく徹底的にアビスだけを攻撃し、貴方がたと敵対する気はございませんとアピールしておく。

 いや、にしてもアニメで見た時以上にモフモフだね皆さん。助けてあげたお礼に触らせてもらえないかな? あの胸のモフモフなところとか、犬みたいな鼻先とか。僕はケモナーではないが、彼らを見ているとこう、犬を飼いたかった前世の幼少期を思い出すのだ。近所の犬に噛まれてからは猫派に転身したが、今でも犬は好きなのである。……む、犬耳エイトちゃん? 潜入捜査で聖獣の町に入る時とか、いけんじゃねコレ。

 そんなことを考えながら目についたアビスを手当たり次第消し去っていくと、残る数は少なくなっていた。あっ、やべ、空にもう一匹いるわ。しかも避難所狙ってる!? 誰も気づいてないし!

 

「……!」

 

 調子に乗っていたら一匹見逃しました。その一匹が避難所の村人全滅させました──そんな鬱展開許しませんよ!

 原作知識によって危険なことが起こるとわかっていながら、みすみす犠牲者を出すような奴は完璧なチートオリ主ではない。それはシリアス物SSのオリ主である。そういうSSも確かに重厚で面白いが、僕が目指すオリ主は違うのだ。

 僕にとって完璧なチートオリ主とは、ご都合主義の権化なのである。楽しく読んでいたSSがバッドエンドに終わった時は、一週間寝込んだものだ。

 故に僕は、ハッピーエンドの為ならば予定に無い行動も躊躇わなかった。

 

 「闇の呪縛」に「加速」の異能を調合。

 背中に闇で形成した黒い翼を生やした僕は、直接その場から飛翔すると、空から避難所を狙っていた天使型のアビスへ接近しボコスカと殴り倒した。ハープで。……いや、咄嗟に使える武器これしかなかったんだもん。

 絵面的にシュールなので急いでハープをしまった僕は、空を浮遊しながら避難所の無事を確認するべくその様子を見下ろした。あっ、この角度だとスカートの中見えるな……闇で隠さないと。

 しれっとした顔の裏でそんなことを考えていると、やはりそこにいたコボルドたちは僕の姿に注目しているのが見えた。ふはは、余は救世主であるぞ、ひれ伏せい!

 

 ……いや、ひれ伏さないでください。なんでみんなそんな恐れ多そうな顔してるのやめて恥ずかしい。僕が浴びたいのはキャーエイトサンステキー的な賞賛であって、崇拝ではないんだよやめて!

 

 

『大天使さま……?』

 

 

 避難所の中にいたコボルド族の子供の一人が、テレパシーでそんな言葉を僕に呼び掛けてきた。

 ああ、今の僕、空を飛ぶ為に闇の翼を生やしているからね……それも咄嗟だったので気合いを入れすぎてしまい、十枚ぐらいこう、バサバサと。

 

 因みに、「フェアリーセイバーズ」にはこういう設定がある。

 フェアリーワールドにおける天使の階級は、翼の枚数によって決まっている。

 そして天使の最高位であるサフィラス十大天使の翼の枚数は、王のケテルが最高の十枚で、他の皆さんは八枚である。

 

 

 

 ふっ……また一つ、勘違い要素を作ってしまった。やれやれだぜ。

 

 

 

 ……どうしよ流石にマズいかもコレ。今の僕最高天使じゃねぇか黒いけど。十大天使を騙るなんて、せっかく炎君がいけそうだった天使との対話が台無しだよどうしよう!

 とりあえず十枚はマズいので、降下しながらこっそり四枚減らして六枚にしておいた。デキるオリ主は謙虚なのだ。だからさっき十枚に見えたのは見間違いですよ皆さん!

 

「キュー」

「……大丈夫。ありがと、カバラちゃん」

 

 黄昏れながら降りた僕の頬を、肩に乗っていたカバラちゃんが慰めるように舐めてくれた。

 ありがとう、君に出会えて良かったよ。

 




 朝霧細雨殿からエイトの3Dファンアートをいただいたので貼らせていただきます。とてもとてもテンション上がります。ありがとうございます!


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 大体こんなイメージですね。うむ、わからせたい。


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とある世界線のお話 謎の美少女怪盗を見た旧作ファンの反応

 要望があったので


 

 

 一児の父ですが、息子の性癖が心配です。

 

 それは、今年から始まったとあるアニメのことである。

 20年前に放送された知る人ぞ知る名作厨二アニメ「フェアリーセイバーズ」の企画が再始動し、まさかのリブート作品「フェアリーセイバーズ(インフィニティ)」の放送が開始されてより数ヶ月。

 当時子供だった視聴者は今や一児の父となり、毎週日曜日の朝は八歳の息子と一緒に新作アニメを楽しんで視聴していた。

 血は争えぬと言ったところか、息子もかつての父同様、派手な戦闘シーンが輝きを放つこのアニメを気に入ってくれたようだ。そんな息子を横で見ながら、父は自分が子供の頃に体験したワクワクを共有することができてこの上無い幸せを感じていた。

 

 そして、新しいアニメを楽しんでいるのは父自身も同じだった。

 

 放送前の情報では「所詮はリブート作品、思い出の焼き直しに過ぎない」という冷めた感情もあった彼だが、いざ始まってみれば当時とは比較にならない動きを演出する最新の作画クオリティと、当時のままほとんど変わっていない有能なスタッフ、原作者直々に関わった脚本という熱意に突き動かされ、大人になった筈の彼は20年前と何ら変わらぬ気持ちで作品を楽しんでいた。大人になっても、好きなものは好きということだろう。

 

 しかもこの「フェアリーセイバーズ(インフィニティ)」、彼のような旧作ファンの大人に向けた要素として、かつてのアニメとはいくつもの変更点があった。

 

 象徴的なのが、「メア」という追加キャラクターの存在である。

 

 「PSYエンスの実験体」というヘビーな出自を持つ十歳の彼女は、主人公の炎によって研究所から救い出されてから初めて人並みの生活と幸福を知る。

 初めは誰にも心を開くことなく、戦うこと以外に己の存在意義を見出すことができなかった彼女だが、不器用ながらも兄代わりを務める炎と父親代わりの明宏、そして姉として献身的に接してきた灯たちの優しさに触れ、徐々に人間らしい感情を獲得していく姿には保護者心を刺激され、そのホームドラマに大変ホッコリしたものだ。

 物語は既に30話を過ぎてなお絶賛放送中であり、全26話で完結した旧作よりも贅沢な尺に恵まれていたことから、彼女らの日常を丁寧に描写してくれた内容は親御さんとしても安心できる内容だった。

 

 

 ……雲行きが怪しくなってきたのは熱い死闘の末、PSYエンスを倒した翌週のことである。

 突如開いたゲートからエレメント・ワイバーンが襲来し、旧作における第二クールが始まった時、それは現れた。

 

 

『そうか……キミの焔は立ちはだかる者を焼き払う為ではなく、寒さに震える子供たちを温める為にあったんだね』

 

 

 なんかまた、エラく濃い新キャラが出てきた。

 

 第一クールではメアという新キャラの存在と、それに伴って炎と灯の性格や関係性が少し変化した点はあったが、基本的な大筋自体は旧作とそう変わりなかった。

 そんな時、今までとは決定的に違う展開が巻き起こったのだ。

 

 その象徴として扱われているのが新章のヒロイン、「怪盗T.P.エイト・オリーシュア」である。

 

 異能使いの異能を盗む異能使い。

 ボーイッシュな怪盗衣装に身を包み、中性的な少年のような雰囲気を放つ僕っ子だが、デザインは作中一の美少女であり、仕草の一つ一つがこれまでのヒロインたちにはない色気を感じさせるキャラクターだった。貧乳なのに。

 

 その新キャラクター──T.P.エイト・オリーシュアは物語のエンディングが終わった後、Cパートに毎話欠かさず登場し、存在感を放っていた。

 

 登場初期にはロッカールームの闘士たちから突如として異能を盗んでいく不穏さを見せつけた一方で、次の登場では違法取引を行っている反社会勢力を単身で叩きのめしたり、自らの異能に苦しんでいる人間を手助けしてあげたりと、その行動は徐々に義賊的な面が目立つようになっていく。

 

 特に幼い少年少女の危機に颯爽と現れるミステリアスな姿は、ビジュアル的にもカッコよく美しく、そしてどこか儚げだった。

 

 スタッフさん、気合い入れすぎじゃね?──と、大人目線で見ていた父が軽く引いたレベルである。

 確かにリブートアニメの新キャラクターというのは制作が特に気を遣う要素なのだろうが、彼女を描く時だけ異様に気合いが入っていると言うか……なんかエッチだったのだ。

 

 特に夕暮れ時の公園に現れては悲しみに暮れる少年を優しく抱きしめ、異能と共に心を盗んでいったシーンには、何か子供の頃の自分が置いていったものがグッと込み上がってきた気分だった。

 

 ああそういえば、俺の初恋も小さい頃に会った親切なお姉さんだったなぁと──いい感じにノスタルジーに浸れたのである。因みにその時の初恋のお姉さんが、今現在共に暮らしている彼の妻である。一児の父は勝ち組だった。

 

 そんなエイトの視聴者人気であるが、やはり大きなお友達的には非常に高いものがあった。

 ホームページで行われた登場キャラの人気投票では、登場から数話にして早くも一位暁月炎、二位メア、三位風岡翼、四位光井灯に次ぐ五位の結果を叩き出している。

 

 そして話数が進むに連れてエイトの登場シーン、活躍シーンは増えていき、再びレギュラーメンバーに絡み、メアの覚醒シーンに現れた時には聖獣たちとの何らかの関係性を仄めかしていた。

 旧作でメインを張っていたケセドがまさかの扱いと言い、リブート作だった筈の「フェアリーセイバーズ(インフィニティ)」はこの頃から旧作と大きく流れが変わり始め、後の展開に対する予想できない期待と不安がさらに大きくなったものだ。

 リブート作における大胆な変更は、大きなリスクを孕む難しいものだ。全体としては新規のファンや肯定派の方が大きかったが、「こんなのはフェアリーセイバーズじゃない」と新作を受け入れられない旧作ファンもやはりそれなりにいた。懐古が絡むと、どうしたって否定意見は出るものである。

 

 しかし、彼としては不平不満よりも新しい物語を見れる喜びの方が大きかった為、新作の内容は概ね好評に受け止めていた。

 

 そして「∞」からの新規視聴者である息子も放送時間を毎週楽しみにしていたのだが……ある日、事件が起こった。

 

 

 【TVスペシャル フェアリーセイバーズ(インフィニティ) 闇の呪縛を祓いし者】の放送である。

 

 

 一時間の放送時間で送られたその回は、かつて放映された唯一の劇場版作品のリブート作であり、無能力者の少年「闇雲カケル」を主人公にしたスピンオフ形式の物語だと言う。

 その内容は心に深い傷を負った妹を救う為、無能力者の少年闇雲カケルが怪盗T.P.エイト・オリーシュアと共に心の闇と戦う……という新キャラを軸にしたストーリーだった。

 

 話としてはそこまで特別な内容ではない。

 何が問題だったのかと言うと、描写の数々がメイン視聴者層である少年たちの性癖を無差別に破壊し回ったことだった。

 

 その日の呟きのトレンドに上ったのが「頑張れ男の子」、「おねショタ」である。

 

 スペシャル版ということで、スタッフの皆さんが有り余る力を注ぎ込んで作り上げたこの回──劇場版級のクオリティーで描かれた美少女怪盗の作画は、普段にも増してさらに艶めかしかった。

 ミステリアスで底知れない雰囲気を放つ少女がふとした拍子に漏らすお茶目な言動の数々は、それまでも作中の少年たちの性癖を手当たり次第掻き乱していた。

 ネット上では以前から度々ネタにされていたものだが、このTVスペシャルではとうとう画面の前のちびっ子たちにも影響を及ぼしてしまったのである。

 ある意味公務員的なしがらみに囚われているところがあるセイバーズとは違い、エイトは怪盗行為に躊躇いを持たないアウトロー気質の少女である。そんな彼女が自分では私欲の為と言いながら、身を削ってでも少年の盾になるシーンには爽やかなツンデレみを感じ、心が揺さぶられたものだ。

 その際、敵の攻撃を受けた際には普段露出の少ない衣装がところどころ破けたり、大胆な回避アクションを行えば普段は見えない白い太ももがチラチラ見え隠れしたりと、大人としても何かクるものがあった。隣を見ればやはりと言うべきか、息子が照れている様子だった。微笑ましい。

 

 本編では敵か味方かはっきりせず、ファンの間では様々な憶測が飛び交っていたT.P.エイト・オリーシュア。そんな彼女をヒーローポジションに添えたこのTVスペシャルは、主人公である暁月炎が出てこないという前情報に最初は不満がっていた息子も、終盤には前のめりになって視ていた神回である。

 

 このTVスペシャルでは主人公のカケル君が小学生の為、息子には高校生である炎よりも感情移入しやすかったのだろう。そんな自分に似た少年が妹の為に奔走し、どうしようもなくなったところに美少女怪盗の登場である。時には優しいお姉ちゃんのように、時には強いお兄ちゃんのように振る舞うエイトちゃんのムーブは、子供たちの心をとても狂わせた。

 

 元々は派手な戦闘シーンに惹かれて「フェアリーセイバーズ(インフィニティ)」を視ていた口である息子にとって、彼女が放つ多彩な技の数々は見栄えが良く、それまでは年上のお姉さんキャラであることに恥ずかしがってグッズを持っていなかった彼が、放送後には即行で父にねだってきたほどだった。

 

 後日、グミの付録に付いてきた夕暮れ時のエイトちゃんが描かれたキラカードは、息子の部屋の額縁ケースにしっかりと収まっていた。

 あまりにも堂々と美少女のカードが飾られていたので驚いたが、息子はクラスメイトの間でも人気だったので恥ずかしがるのをやめたらしい。

 遊びに来た息子の友達も普通に羨ましがっていたことから、何かジェネレーションギャップを感じる。父が子供の頃は「あーアイツ女のカード持ってるなんてエロだぜー!」とからかわれるのが通例だったものだが、時代は変わったのだろうか。それとも息子のクラスメイトたちだけが特別なのか。

 ともあれ「ちげーし、オレはブラック・マジシャン好きだからガール飾っているだけだし!」と言うような無駄な虚栄心は無くなったようで何よりである。

 この前など一緒に買い物に行ったおもちゃ屋の店頭にエイトのフィギュアが並んでいたのを見つけた後、父に向かって言い訳もせず「エイト買って!」とストレートにねだってきたことを思い出す。

 その言葉がいかがわしく聞こえてしまったのは、おそらくは父の心が汚れているからだろう。

 

 うん、息子は充実した少年期を過ごせそうで何よりである。

 

 欲しいと決めたものは、どんなものであろうと試しにねだってみるものだ。買ってあげるかはもちろん別問題だが、つまらない意地を張って硬派なフリをしても人生マイナスでしかない。

 もちろん八歳にして美少女フィギュアを欲しがるのもそれは個人の趣味なので、好きにしていいのだが……まさかクリスマスプレゼントにもエイトの可動フィギュア(キャストオフできる高い奴。やたら出来がいい)を要求してくるとは思わなかったものだ。

 

 サンタさん困惑だよ。最近の小学生ってすごい、そう思った。

 

 

 

 

 

 

 そして盛り上がっているのはもちろん、初めてフェアリーセイバーズに触れた少年たちだけではない。と言うよりも、ネット上では旧作放送当時のファンによる考察議論が活発に行われていた。

 当時を知る者としては、なんとも感慨深い再ブームである。

 

 この日、父は自室のパソコンを弄り動画サイトで「フェアリーセイバーズ∞」と検索してみると、そこには謎多き美少女怪盗T.P.エイト・オリーシュアについての考察を纏めた動画が数多くあった。

 

 

【怪盗オリーシュアの正体は堕天使だった!? 闇の呪縛はブラフ】

 

【T.P.エイト・オリーシュアの正体はアビス!? 人間になりたかった深淵】

 

【エイトの正体! エイト涙の理由】

 

【ショタコン僕っ子怪盗お姉さん エイト・オリーシュアの正体がヤバすぎるwwwwwwww】

 

【エイトお姉ちゃんは極悪人だった!? ケセド、お前の身体ボクに馴染むぜ!】

 

【何故エイトは子供に甘いのか!? サフィラス十大天使との共通点】

 

【11番目の天使ダァト エイトちゃんの本名がわかる伏線が大量に出ていました】

 

【エイト=8の天使ホドの関係者説濃厚 ホドの娘!?】

 

【T.P.エイト・オリーシュアの正体、ダァトなの バ レ バ レ 】

 

【エイト=ビナー 旧作では未登場の大天使か】

 

【ケセドは2人いる!? とんでもない新事実が発覚!】

 

【コクマーのセリフにエイトの正体が!? 99.9%が見落とす激ヤバ伏線】

 

【正体はサタン!? フェアリーセイバーズ∞の新キャラT.P.エイト・オリーシュアを徹底解説】

 

【エイトの正体、アイン・ソフ確定】

 

【エイト、未来のメアちゃんで確定か】

 

 

 

「いや、多すぎだろ常識的に考えて!」

 

 その画面に対し、思わずツッコミを入れてしまう。考察系の動画って、確定という言葉をサラッと使うから困る。

 動画の一覧にはトンデモ考察が多すぎて、サムネイルはもはや大喜利合戦になっていた。

 因みに彼はダァトだろうなぁと思っている。旧作も原作漫画も、セフィロトの樹をモチーフにしたサフィラス十大天使の中で、隠された十一番目のサフィラスだけが露骨にスルーされていたのだ。これを真っ先に疑わなくて一体何を疑うのだという、面白みの無いメタ読みだった。

 

 そんな彼は試しに一覧の上から順に視聴してみるが──実際に視てみるとこれが中々、奇っ怪な見出しに反してどれも真面目な根拠に基づいて尤もらしく考察されたものだった。

 

 一見滅茶苦茶に思える考察も、教養の暴力で神話を紐解いていく内に本当にそんな気がしてくるような説得力があり、セフィロトの樹などアニメ等の媒体で知った程度の知識しか無かった彼ですら、真面目に神話の勉強になったものだ。

 さながら「フェアリーセイバーズで学ぶセフィロトの樹講座」というところか。とりあえず高評価ボタンをクリックしておいた。

 

 

 

 

 そんな彼は何本か動画を視た後で「せっかくの休日になんで俺はこんなに頭を使っているんだ?」と我に返り、リフレッシュの為に動画サイトを閉じ、別のサイトを開くことにした。

 

 それは素人によるイラストや漫画、小説の投稿や閲覧が楽しめるイラストコミュニケーションサービスのサイトだった。

 

 彼自身には人前に自分の描いたイラストや漫画を晒せるような絵心や度胸は無い。もちろん、小説を書く気力や文章力も同じである。そんな彼がこのサイトを開いたのは、「フェアリーセイバーズ」のイラストが新作「フェアリーセイバーズ∞」の放送に伴い、どれほど増えたのか興味があったからである。

 その結果、検索してみるとやはりと言うべきか、新アニメ放送の効果は大きかった。

 自分のように旧作時代に思い入れのあるファンが、新作を機に新しいイラストを次々と生み出していたのである。やはり公式からの供給とは、ファンの創作意欲を最も掻き立ててくれるものなのだろう。

 

「おお、やっぱ新キャラ組は人気だな」

 

 中でも一番多かったのは、メアのイラストである。

 父に明宏、姉に灯、兄に炎を添えて描かれた疑似家族的なイラストに優しい気持ちになり、心を癒やされた彼は無言の「いいね」を押してその他の名画を探し回った。

 

 メアの次に多かったのは同じく「∞」からの新規キャラクターであるT.P.エイト・オリーシュアである。

 

 彼女のイラストはこの頃爆発的に増えているようであり、日間ランキングにも関連イラストをちらほら見かけた。

 おそらく大半は萌え効果とは言え、一度終わったコンテンツが再び盛り上がるのならば何も言うことは無い。フェアリーセイバーズのファンは案外民度が高かった。それだけファン全体が歳を取ったということでもあるのだろうが。

 

「……ふむ」

 

 そんな彼は時にカッコ良く、時に可愛らしいエイトお姉さんの美麗なイラストを見回しながら、ふとあることを思いつき検索欄をクリックする。

 

 

 【T.P.エイト・オリーシュア R-18】

 

 

 彼は日頃のデスクワークで培った、鮮やかなタイピングで目的の単語を打ち込んでいく。

 なに、ほんの好奇心である。自分は興味無いが……自分は興味無いが! そういう類いのイラストはどれぐらいあるのかなぁと気になったので、打ち込んでみたのである。やましい気持ちはこれっぽちも無いのだ!

 

 

「ほう……!」

 

 

 そして検索結果であったが──想像以上であった。

 神絵師と呼ばれる剛の者たちが生み出した芸術的な官能絵の数々は、彼のような人間が一口に語るにはおこがましすぎるほどに見事な出来だったのだ。

 

 その累計数、同作品内でぶっちぎりの一位である。

 

 これだけは息子には見せられないなと思った彼は、「子供の視るアニメのキャラになんてことを! まったくけしからん!」と悪態をつきながら、それらを淡々と自分用の鍵付きフォルダへと保存していった。

 

 

「貴方……何見てんの?」

「ゲッ」

 

 画像を見るのに夢中になっていた一児の父は、背後から近づいてくる一人の妻に気づかなかった!

 その衝撃たるや、鉄パイプの打撃を後頭部に受けるよりもよほどショッキングなものだった。

 呼び掛けられた瞬間慌ててページを閉じようとした彼だが、無情にもそのカーソルは右上の「×」ボタンを外れ、向かい合うデスクトップパソコンの画面には今も開かれっぱなしになっている人気ヒロインのあられも無い姿が広がっていた。

 

 幼女とお風呂に入っている美少女怪盗の無修正イラストである。

 

 それをはっきりと目にした妻は目を見開きながら無言で画面を見つめた後──破廉恥な夫に向かってぴしゃりと言い放った。

 

 

「それ私が描いた絵よ」

「マジで!?」

 

 

 衝撃の事実に、一家の大黒柱はこの事実を決して外に漏らさぬことを……必ずや、息子の性癖を守り通してみせると誓ったのだった。




 それ(父の画像フォルダ)を見たら、(息子の性癖)が終わり


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クラスのみんなには内緒だよ?

 なんだかボクのこと、みんなが良くない目で見ている気がする……

 

 

 思わず、心の中まで怪盗モードになってしまった。

 その場にいたコボルド族の村人たちが、僕に対してある者は崇拝を、ある者は憧憬を、ある者は畏怖の視線を向けていたからだ。

 わからなくもない。彼らの視点では自分たちのピンチに颯爽と現れ、圧倒的な力でアビスの群れを蹴散らしてくれたのだ。うん、我ながら見事なオリ主ムーブである。

 しかし僕としてはそんな激重感情よりも「なんだーあの美少女はー!」「凄ェ! 流石オリ主さんだ!」「流石ですわお姉様!」「さすおね!」と言った感じの純粋な賞賛が欲しかったのだ。

 流石の僕も、周りの人間たち(聖獣だけど)を一斉に跪かせたいわけではない。調子に乗ったドS気取りのオリ主って苦手だし……マウントは取りたいけどね!

 

 彼らはすっかり僕が大天使様であると思い込んでいる様子だ。さて、どうやってこの場を乗り切ろうか。

 やだなー……いくらエイトちゃんが魅力的だからって、天使扱いが似合うのはどちらかと言うとメアの方である。僕は常にミステリアスの怪盗キャラでいきたいのだよ。

 

 故に、これは死活問題だ。

 

 こうして彼らから天使扱いされることで、マジモンの天使にまでこのことを知られるのもかなりマズい。

 僕が十枚の翼を生やしたことを丁度この村にいる筆頭天使様に知られてしまったら、「大天使を騙る不届き者め! 成敗してくれる!」となること間違い無しである。

 大人しく成敗される気はないが、そういう勘違いはチートオリ主らしくないだろう。

 

 さて、どうするか……地上に降り立った僕は闇の呪縛で作った翼を解除すると、ロングスカートに付いたホコリを右手で払いながら周囲を見渡す。

 駄目だ……闇の翼を消しても、彼らはバッチリさっきのことを記憶している。大人たちは伏して僕を拝んでおり、子供たちはそれに倣って頭を下げながらチラチラとこちらの姿を窺っていた。そんな目で見るなよー。

 

 そして一番の懸念材料であるマジモンの天使ハニエルは何をしているのかと言うと──この村のアビスを全滅させた後、炎とのガチバトルを再開していた。何そのライバルムーブ、かっけぇ!

 

 ヤバい……今すぐちょっかい掛けに行きたい……! 炎の後ろで後方師匠面をしながら、「遂に完全にモノにしたんだね。無限に至る可能性……キミ自身のフェアリーバーストを」という感じに、訳知り顔で呟きたい……!

 

 だが、そうすることはできない。

 本音を言えば直ちにこの場を立ち去ってあちらの様子を見に行きたかったが、ハニエルが戦闘に集中し僕のことに意識を向けていない今が誤魔化しのチャンスである。

 

 僕はその場に屈み込んで平伏した彼らに視線を合わせると、一番前にいた少年に向かって人差し指を立てながら「しーっ」と黙秘を促した。

 

 

『ボクの姿を見て、言いたいことがあるのはわかるけど……今はさっき見たこと、内緒にしておいてくれないかな? 特に、天使のみんなには知られたくないんだ』

『!?』

 

 

 人間の言葉でも通じるのだが、より万全を期す為に僕は「念動力」の異能をいい感じに調合することで彼らのテレパシーを模倣し、直接脳内に僕のお願いを叩きつけてやった。ファミチキください。

 テレパシー能力は内緒話に最適である。その発声手段は絶大な効果をもたらしたようで、コボルド族の皆さんは全てを察した顔で顔を上げると、長老と思わしき代表者が立ち上がって前に出てきた。

 おっ、このお爺さん、アニメで炎たちを助けてくれた人じゃん!

 

『御客人よ……村を助けていただいたこと、感謝します。すぐに歓待の用意をします故……』

「いいよ。それより、彼らに喰われた建物を直すのが先だろう? それに……歓待するなら、あそこでハニエルと戦っている彼も招いてほしいな。彼こそがキミたちを守る為、村のアビスと戦ってくれた救世主なのだから」

『なんと!? 人間ですか……! そのような人間がいたとは……なるほど……だから貴方は、そのようなお姿になってまで……! 承りました』

 

 何がなるほどなのかはわからないが、炎のことも客人として受け入れてもらえたようで何よりである。

 ティファレトに続いて彼らまで敵意マシマシだったらどうしようかと思っていたが、アビスのことで精一杯な一般聖獣たちには、人間に対して過激な思想を抱く暇も無いのかもしれない。

 

 あれ? もしかしてアビスって和睦の使者なのでは……?

 

 全生命の敵である筈が、今の僕たちにとっては都合の良い存在だった。

 共通の大敵というのは、いつの世も和解のきっかけになるものだ。最初はなし崩し的に共闘していたのが、戦いの中でお互いを知り、次第に絆されていくアレである。

 よし、いける! 共にアビスと戦う中で炎たちの本質を理解して貰えば、天使たちともきっと仲良くできる筈だ。

 

「それより……村の犠牲者は?」

『いないよ! みんな無事っ』

『ええ、貴方様がたのおかげで、犠牲者はゼロです。こんなこと初めてで……一体どれほど、お礼を尽くせばいいのか』

「ボクとしては、さっきの約束を守ってくれれば十分かな。強いて言えば、美味しいお水でも頂けたら」

『ええ、用意させましょう』

 

 先ほどの戦いで村の犠牲者──死人がいないのなら、僕も気兼ねなくアレができる。そう、楽しい宴会だ。

 原作アニメではこの世界の料理がとても美味しそうだったのを、ふと思い出したのである。アニメの料理や酒は妙に美味しく見えるものだ。キャベツは知らね。

 

 この機を逃すわけにはいかない。その為には夜までに、村の建物を修復させておこう。小さな村だ。死人さえいなければこのエイトちゃん、無敵のオリ主パワーでパパッと元通りである。

 

 炎たちの決着がつく前に、さっさと終わらせるとしようか! 肩のカバラちゃんを撫でながら、僕は怪盗ノートを発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 エイトちゃんが五時間で終わらせました。

 

 小さな村ぐらいもっと短い時間で直せるかなーっと思っていたが、建物の被害はアビスにより大部分が喰われていたので思ったより時間が掛かってしまった。

 ただ破壊されるだけなら修復は簡単なんだけど、アビスに捕食された物となると継ぎ接ぎで修繕することもできず、森から資材を持ってきて一からマインクラフトするしかなかったのだ。

 そう言うわけで、僕が盗んだ異能を使って仮設住宅のクラフトを行う代わりに、資材の回収は村人たちと喧嘩が終わった炎とハニエルさんに手伝ってもらった。

 特にハニエルさんの助けは大きかった。異能の原型である聖獣の力──「聖術」によって、いい感じの金属とか出してくれたのだ。本来は天使用の武器を作る為の技らしいが、それを建物の資材にしてはいけないという決まりはない。

 寧ろ、天使御用達の素材など御利益がありそうなのでこっそり崇めておいたほどである。

 

 そのハニエルさんだが、炎との共闘と決闘を通したことで、彼の真摯な思いを受け止めてくれたらしい。

 見るからに生真面目そうな天使だし、誤解さえ解ければまともに話をするのは簡単だった。

 そんな彼は宴会の席で僕に近づくと、開口一番に避難所を守ったことへの礼を告げてきたものだ。

 

 見られていたのか? やべーぞ……とお酒を片手に内心ヒヤヒヤで身構えていた僕だが、話を聞くに翼を生やしてからの僕の姿は見ていなかったようだ。エイトちゃんの戦う様子は、コボルド族から人伝に聞いただけらしい。セーフ!

 

『しかし人間にも、天使に匹敵する力を持つものがいるのだな……あちらの世界の者が、お前たちのような人間ばかりなら……何の苦労も無かったのだが』

 

 ハニエルは炎との戦いで憑き物が落ちたのだろう。僕と話す頃には晴れやかな顔をしていた。この天使、原作に出ていたら人気があったかも。堅物ではあるが、話してみると気持ちの良い好青年だった。

 

「誰かが犯した過ちは、誰かが責任を取らなければならない。それがボクらの務めだよ」

『……ままならぬものだな、お互い』

「ふふ、そうだね」

 

 言ってみれば悪の組織の尻拭いでこの世界にまでやって来た僕たちに対して、彼は憐れみの視線を向けて言った。

 僕はそれに対して知った風な口を利いたが、ごめん。炎と違って僕にはそんな高尚な意識は無いんだ。ただ僕は、完璧なチートオリ主になりたいだけで。

 

 …………

 

 ああっ、むず痒い!

 なんか居心地が悪かったので、僕は謙遜して言い返してやった。

 

「必要があると思ったならばそうするだけさ。それは、キミたちだって同じだろう?」

『……そうだな。私はこの世界の為、必要だと思ったからケテル様の思想に従っていた。それはこれからも変わらないだろう。だが……』

 

 僕の言葉にハニエルは生真面目な顔で受け止め、何か思うところがあるように考え込む。流石にたった一日の出来事で王様に逆らうようなことはしないだろうが、せめてこの世界に来訪した四人のことだけは考慮してほしいものだ。彼らは皆いい奴なのだから。

 そんなことを考えていると、ハニエルが意を決したように言い放った。

 

 

『アカツキ、オリーシュア。聖都「ツァバオト」へ来い』

 

 

 お、これは……

 

「ツァバオト?」

『そこに今、お前たちの仲間を捕らえている』

「!! 誰だ!? メアか!? みんながそこにいるのか?」

『いるのは一人だ。空から町に落ちてきたところを、衛兵が引っ捕らえた。名前はリキドーと言ったか……奇怪な髪型をした、筋骨隆々の男だ』

「リキドー……長太か」

『案ずるな、まだ手荒なことはしていない。落ちてきたのがネツァク様の島で良かったな。あの方はコクマー様がたとは違い、捕縛した人間を処するようなことはしない。大人しくはしてもらっているがな』

 

 向かいの席で黙々と料理を食べていた炎が、彼の言葉に大きな反応を見せる。

 一方で僕は、机の下で小さくガッツポーズを取っていた。

 この流れは僕の知っている「フェアリーセイバーズ」の状況と共通していたからである。尤も原作でその情報を知ることになるのは、彼が今言った「聖都」に到着してからのことだったが。

 ともかく仲間の一人の居場所がわかった。RPG的には、これでフラグが立ったという奴だろう。

 

 

 

 

 ──コボルド村を襲うアビスを殲滅した後の、原作の展開である。

 

 

 村を救ってくれた救世主としてコボルド族の長老から熱い歓待を受けた炎と灯は、アイン・ソフの眠る場所が世界樹「サフィラ」の祠にあると聞く。

 聖龍を求め、きっと仲間たちもそこへ向かっている筈だと信じた炎たちは、世界の中心である世界樹の島へと向かった。その道中、立ち寄ったアドナイの聖都「ツァバオト」で力動長太の噂を聞く。

 フェアリーワールドでは武の都として誉れ高い聖都「ツァバオト」では、この日も鍛え抜いた武術を聖龍アイン・ソフに捧げるという名目で聖獣たちによる闘技大会が開かれていた。

 町の噂からトーナメントに参加している人間がいることを知った炎と灯は、そこにはぐれた仲間がいる筈だと考え、闘技場へ向かう。

 

 しかし、そこでは長太が大活躍をしていた!

 

 フェアリーワールドに不時着するも、聖都の衛兵によってあえなく捕縛されてしまった力動長太。

 独房の中で一日を過ごした彼だが、翌日、サフィラス十大天使の「ネツァク」から釈放の条件を提示されたのである。

 

 それはこの都で開かれる闘技大会に出場し、自身への挑戦権を掴むこと。

 

 ネツァクは己の拳を通すことで、人間という存在がフェアリーワールドにとって本当に害悪な存在なのか試したかったのだと言う。

 長太もまた天使の真意を探る為、二つ返事でその条件を呑む。

 そして闘技大会を順調に勝ち上がった長太は、約束の大天使ネツァクとの戦いで自分自身の拳の意味を見つめ直し、氷結のフェアリーバーストへと至るのであった!

 

 

 

 ──と、そんな内容の回がこの後に始まる。

 

 何だかいきなりIQが低くなったように感じるが、彼のメイン回は大体いつもこんな感じであり、少年バトル漫画的な暑苦しいストーリーが多かった。

 コボルド村の事件を解決した次の回は、聖都ツァバオトに囚われた力動長太との合流回だったのである。

 

 色々予定外のことはあったが、この分なら彼との合流は原作沿いにいけそうである。

 しかも……しかもだ!

 その回は原作沿いでもオリ主の見せ場が作りやすい「トーナメント回」なのだ。

 オリ主の強さを大舞台で大観衆に晒すことができるトーナメント回はSSでも人気であり、数々の作品を葬ってきたエタフラグでもある。しかしチートオリ主的参戦メリットは大きく、これは乗るしかない! ビッグウェーブに!

 

 

 

 

 

 ……いや、駄目だわエイトちゃんのキャラじゃないなそれは。

 

 暑苦しい闘技場に自ら出て自分の能力をひけらかすなんて、その手のショータイムは怪盗のキャラではないだろう。下手をすれば今まで積み上げてきたミステリアス感がパーである。あっぶね、久しぶりに酒を飲んだせいで、うっかりキャラが崩れるところだった。今の無し今の無し!

 僕はどんな時でも冷静でカッコいいお姉さん。身体は未成年っぽいが、この程度の酒に酔う筈が無いのである。

 

『もうお戻りになられるのですか?』

『ああ、報告すべきことがあるのでな』

『それでしたら復興にお付き合いなされなくても……』

『民を守るのが、我らの務めだ』

 

 僕たちは遠慮なくコボルド族の皆さんの歓待を受けていたが、筆頭天使殿は聖都へお戻りらしい。

 それを聞いて炎が焦った顔で立ち上がり、自分もついていくと言ったが──ハニエルはその申し出をやんわりと断った。

 

『守衛には、貴様の仲間に余計な手出しはしないように言っておく。ネツァク様には私から紹介状を渡しておくから、来るのは明日にしろ』

「だが!」

『アドナイでは強き者が正義だ。その身体では、ネツァク様の印象を無駄に悪くするだけだ』

「……くっ」

 

 仲間が聖都ツァバオトという場所にいると聞いて、いてもたってもいられない様子である。

 せっかく美味しいお酒に未知の料理を振る舞ってくれたのだから、食べてからにすればいいのに……うむ、お酒は美味しいが味付けは薄いな。

 

「ふふ、ありがとう。美味しいよ」

『!』

 

 僕はコボルドのちびっ子から出されたジャーキーのような料理を囓って自前のナフキンで口元を拭いた後、味の感想を伝えてちびっ子の頭を撫で回した。もふもふじゃー、獣人っ子のもふもふじゃー、ありがたやありがたや。

 そんなことをしていると、流石に不躾だったのかその子は尻尾を立てながらパタパタと逃げていった。酔っ払いでごめんね。

 

 横を見る。炎はまだ食い下がっているようだった。

 仕方ない奴だな君は。第二クールの彼はもう少し落ち着いていた気がするのだが、何故だか原作よりも責任感が強すぎる気がする。

 

 リラックスしようよリラックス。

 

 見かねた僕はおもむろにどこでもハープを取り出し、それをポロンと鳴らした。

 突然の音にコボルド族の皆さんがビクリと獣耳を立てるが、これは炎に向けた琴音なので許してほしい。

 お馴染みの音に反応した炎が不服そうな顔でこちらに振り向いた。

 

「エン、彼の言う通り、聖都に向かうのは明日にしよう。キミも体力を消耗しているんだ。今日は早めに寝て、回復に専念した方がいい」

「……長太が捕まっているんだぞ。そんなわけに行くか!」

「わかっている筈だよ。今日だけで、慣れないフェアリーバーストを三回も発動したんだ。ハニエルの前で言うのは何だけど、異能を全く使えない状態で聖都へ行くのは危険すぎる」

 

 あそこ、野蛮人の聖地だもの。まあ気のいい兄ちゃんの集まりでもあったが。

 町は強そうな男同士の目と目が合ったら決闘が始まるバトルキチばかりであり、そんな場所に消耗した彼を向かわせるのはマズい。

 

「フェアリーバースト……?」

「キミが解放した青い焔の姿さ。それは異能使いにとっての到達点だけど、使い時を考えないとね」

 

 そう、覚醒フォームであるフェアリーバーストは肉体の限界以上の力を引き出す為、その燃費はすこぶる悪い。戦闘中に困ることはあまり無いだろうが、間違っても連戦に向いた力ではないのだ。

 

 現に彼はアビス討伐後のハニエルとの戦いでは、勝利目前のところでその状態が切れ、引き分けに終わった──と聞いている。

 

 

 

『アカツキ・エン、貴様との決着はいずれつける。それまで、つまらんところで倒れてくれるな』

「ハニエル……」

 

 

 疲労困憊の炎を彼なりに気遣っているのだろうか? そんなことを言い渡しながら彼は宴会場を離れ、四枚の翼で飛び去っていった。

 あれ、いいな。僕は彼の後ろ姿にいい感じのライバルキャラを見て、彼がオリ主でないのを少しだけ惜しく感じた。いや、これ以上オリ主は要らないけどね。




 指が軽い……こんなスピードで投稿するなんて初めてだからよ……


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困ったらハープを鳴らしておけばいいと思っている

 サフィラス十大天使は、聖龍アイン・ソフが表舞台に出られなくなって久しい今、このフェアリーワールドを管理している守護者である。

 十枚の翼を持つ王ケテルによって束ねられる彼らは、全員が各々の正義のもとに活動している。

 彼らは雲海の底からやって来た深淵よりの破壊者、アビスに対抗できる最高の戦力でもあり、島の聖獣(フェアリー)たちはそんな彼らを慕い、崇め、尽くすことを喜びとしていた。

 

 それは大天使ネツァクの庇護下にあるこの村も同じである。

 

 王ケテルが決定を下した人間世界への報復には消極的であるものの、雲海の近くにあるこの村から幾度となくアビスの襲撃を退けてくれたのは他でもない聖都の天使たちであり、村人たちは代々彼らを信奉し、感謝を捧げていた。

 

 村長の息子である、コテツもその一人である。

 

 物心ついた頃からアビスを薙ぎ倒す天使たちの姿を見ていた彼は、「将来僕はあの方たちに仕える戦士になるんだ!」と強く決心し、九歳の今に至るまで日々鍛錬に精を上げていた。

 しかし、それは成人したら真っ先にこの村を出て行くということでもあり、村長を継いでほしい父からは反対されている目標だった。

 

 彼らコボルド族は聖獣(フェアリー)の中でも特別強いわけではない。コテツの目標である天使仕えの戦士の大半を占めるのは、身体能力に長けたオーガ族や天使同様飛行能力を持つ竜人族の若者たちである。コボルド族には俊敏性が高く鼻も利くという長所はあるものの、他種族と比べると寿命が短く老いやすい為、長寿種の多い組織で成り上がるのは困難だったのだ。

 

 だが、それでもとコテツは思う。

 

 かつて抱いたその夢は、今日になってさらに大きくなった。

 それは村を襲った最大の危機に、心からお仕えしたいと思った本物の大天使を見たからである。

 

 十枚の黒い翼を持つ大天使様。

 

 何らかの事情で正体を隠しているのだろう。普段の姿はまるで人間だが……コテツたちコボルド族は騙されなかった。

 他種族よりも嗅覚に優れた彼らには、わかるのだ。T.P.エイト・オリーシュアと名乗った翠色の目の少女から嗅ぎ取れる匂いは、ほんの僅かだが以前見たサフィラス十大天使のそれと似ていた。

 とても優しくて、安心を感じる匂いである。他の聖獣(フェアリー)には一切懐かない筈の森の幻獣カーバンクルを手懐けていることもまた、彼女が普通の聖獣(フェアリー)では及びつかない存在であることを示していた。

 

 その変幻自在な聖術でアビスの群れを一掃した姿を思い出す。彼が見たどの天使よりも強く、島の王であるネツァク様にも匹敵する強さだった。

 その次は聖術を振るい、村人たちが運んできた木材を次々と家に変えていった姿を思い出す。ハニエル様の出した特殊金属さえ素材に変えてみせた彼女の力は、絵本で見た創世記の伝説の一節のようだった。

 最後は宴会の時、村人たちの歓待を照れ臭そうに受け、村の料理を食べてくれた姿を思い出す。お酒でほんのり赤くなったその顔は、眺めていると何故だか胸が高鳴るような不思議な気持ちになった。初めて天使に仕えたいと思った時にすら感じたことの無いその気持ちに、ああ僕が仕えたい主様はこの天使様なのだろうと何となく理解した。

 そして料理を褒めた後、お皿を届けに来た僕をあああああああああああ!!

 

「きゅう……」

 

 優しく微笑み掛けながら頭の毛をワシャワシャと撫でてくれた柔らかい感触を思い出し、思考がオーバーフローを起こしたコテツが両目を回しながら変な声を漏らす。しばらく、頭は洗いたくない。

 この時幸いだったのは、そんな彼の百面相を目にする者が周りにいなかったことだろう。

 

 時刻は夜中。空に決して欠けることの無い銀色の月が浮かぶ夕食後の夜に、喧騒から一人抜け出したコテツは茹だった頭を冷やす為、外に出て散歩していた。

 

 アビスの襲撃を受け致命的な被害を受けた筈の町は、既に七割がた元の姿を取り戻している。これも全てお忍びの大天使、T.P.エイト・オリーシュアのおかげだ。

 

 ……だけどあの方の正体って、誰なんだろう?

 

 一人夜道を歩きながら、冷静になってコテツは考えた。

 サフィラス十大天使はその名の通り、全部で十人いる。彼らは基本的にそれぞれの管轄の島から離れないが、例外的な事情のみ他所の島に上がることがあった。

 この島の大天使であるネツァクでないことだけは間違いない。彼は男の子の誰もが憧れる筋肉モリモリマッチョマンの紳士だし、細かな手を好まない豪快な性格の為、姿を変えるような真似はしないだろう。仮に彼の擬態だとしたら一生物のトラウマである。尤も、コテツも村のコボルドたちも彼の匂いは知っており、擬態していたとしても間違えることは無かった。

 

 コボルド族の美的センスにも反応する美女天使と言えば、美の大天使ティファレトが思い浮かぶ。

 彼女は十大天使の中でも温和な性格であることで有名であり、聖獣(フェアリー)たちに対して分け隔てなく接する姿はエイトと共通する部分が多い。

 しかし彼女は先日ケテルの計画に賛同を示したのが記憶に新しく、人間を嫌悪する今の彼女が人間の姿に化けて人間に同行するとは思えなかった。

 

 同じく女性天使である10の天使「マルクト」も同じである。彼女は王ケテルに対する際立った忠誠心を持つことで民からも有名であり、人間の味方をすることはまずあり得ない筈だった。

 

 そうなると必然的に他の7人の内の誰かになるが、村長である父は3の大天使、「ビナー」様ではないかと疑っていた。

 

 サフィラス十大天使の長女である彼女は、他の大天使と比べて極端に露出が少なく、彼女の管轄である第3の島「エロヒム」の中でも滅多に姿を現さず、単独行動を好む秘密主義者であることで有名だ。

 擬態に長け千の姿を持つと言われており、彼女の素顔は聖龍を除き限られた天使しか知らないらしい。その上神出鬼没で行動範囲がとにかく広いと聞いた。

 「理解」の名の通り聖獣観察が趣味であり、相手のことを理解する為に姿を変えて会話をしたり、時には試練を課したりすると言う。サフィラス十大天使の中でも特に掴みどころの無い性格をしていると絵本には描かれていた。

 そんな彼女ならば、他の大天使たちが敵視する人間の側にいてもおかしくはない。人間の本質を理解する為に取った行動がそれだったのだろうと、ハニエルが帰った後父が大人たちと話していたことを思い出した。

 

 強くて優しくてカッコいい。そして美人で謎めいた大天使……そんな存在と出会ってコテツは、自身の夢を想う気持ちを諦められなかった。きっとこの胸の高鳴りは、そんな熱い思いから来ているのだろう。

 誰に反対されたって諦めるものかと、絶対に天使様にお仕えするんだという強い思いが少年の心を燃やしていた。

 

 

 そんな時、彼は復旧された村の中で、不自然に光る一点を見つけた。

 

 

 それは、アビスに喰われなかった村一番の大木にあった。高さ20メートルを超す大きな木だ。村で最大のパワースポットと言えるその場所はコテツのお気に入りの場所だったが、そこには既に先客がいた。

 地上から三メートルぐらいの高さの枝の上、そこに光の正体、カーバンクルがいたのである。

 そしてそこにいたのはカーバンクルだけではない。かの幻獣を肩に乗せながら、それを光源にして楽器を見つめ、手入れしている天使様……T.P.エイト・オリーシュアが座っていたのだ。

 

「あっ……」

 

 空に浮かぶ月と肩に乗る幻獣の光。

 神々しい二つの光を浴びた彼女の姿を見て、綺麗だ……と、改めて思った。

 木の上に膝を立てて座るなど、本来なら行儀が悪い筈の姿勢が、まるで完成された絵画のように美しく見えた。それは光に当てられた黒い髪と白い肌が、月の夜そのものをイメージするような儚さを表しているからだろうか。

 

 T.P.エイト・オリーシュア。

 

 そんな彼女の御姿は、擬態で作られたものではあり得ないと……コテツは無意識的に理解してしまった。

 

 

「ここは良い場所だね」

『っ! は、はい!』

 

 しばらく茫然と彼女の姿を眺めていたコテツは、当の女性に呼びかけられて我に返る。

 頭を撫でられた時は色々限界で逃げてしまったが、二度も同じ過ちを繰り返すわけにはいかない。

 コテツは恐る恐るながら彼女の端麗な顔に目を合わせ、気をつけの姿勢で返事をした。

 彼女はそんな彼を見て、微笑ましいものを見るようにふふっと笑う。コテツの顔は真っ赤だった。

 

「好きなのかい? キミもこの場所が」

『はい! えっと……僕のお気に入りの場所なんです!』

 

 この村で最も高い丘に立つ大樹は、村で最も永く生きたシンボルである。大樹は村で生きたコボルドたちの暮らしを遠い先祖の頃から見守ってくれていた。

 そんな歴史ある大樹が今回も無事だったことに、コテツは胸を撫で下ろす。

 そして守ってくれた大天使様に、改めて礼を言った。

 

「……キミたちは律儀だね。ボクはただ、ボクがやりたいと思ったことをしただけなのに」

 

 既に村人たちから何度となく感謝の言葉を贈られてきた彼女は、コテツの礼を聞いて苦笑を浮かべた。

 そうは言われても、コテツだって義務感で言っているわけではないのだ。

 

『僕も、お礼を言いたいから言ったんです! 本当にありがとうございましゅっ』

 

 ……噛んだ。聖獣(フェアリー)のテレパシーは口に出す言語を相手の脳内で翻訳変換しながら送り込む仕組みになっている為、噛む時は噛むのである。

 そんなコテツの失態に、彼女は口元に手を当てながら微笑みを漏らす。穴があったら入りたいほど恥ずかしかったが、それで彼女の笑顔を見られたのならヨシと、おこがましくも開き直ることで彼は致命傷を免れた。

 

「もう遅い時間だけど、大丈夫なのかい? ……ああ、キミたちの場合は、寧ろこの時間からが本番か」

『? いつもはもう寝る時間ですよ? 他の村のコボルド族は夜に活動してるみたいですけど、僕たちの村では天使様にあわせて、ひいひいおじいちゃんの頃から今の暮らしになったみたいです』

「へー、そうなんだ。100年ぐらい前からね……キミたちは、とても信心深いんだね」

『えへへ』

 

 信心深いと、天使様から褒められた!

 その喜びに思わず笑みが零れると、そんなコテツの反応に彼女は一瞬不思議そうな顔をした後──何かに気づいたように、また苦笑を浮かべた。

 

 

「意識の変化は、世界を変える」

『……え?』

 

 

 細い指で手元の琴の線を調整しながら、彼女が語り出す。

 

「本来は真夜中こそ真価を発揮する種族だったキミたちも、今では天使と同じ夜に眠り朝に起きる生活が当たり前になっている。ボクはそれを、とても凄い進化だと思うんだ」

『そう……ですか?』

「うん。できない筈だと思っていたことが、ただ一つ、天使に近づきたいと思っただけでできるようになったんだよ? たった一つの意識の変化が、キミたちに新しい可能性をもたらしたんだ。もしかしたらそう遠くない未来には、キミたちも天使になっているかもしれない」

 

 いや、そんなことはあり得ないでしょ……とコテツは思ったが、口に出すことはできなかった。

 琴の手入れを行いながらそう言う彼女が、今は戻れない遠い故郷を見るような横顔をしていたからだ。

 数拍の沈黙を置いた後、彼女は琴の糸をピンと張り直しながら問い掛けてきた。

 

「ねぇ、キミの将来の夢って何かな?」

 

 唐突な話題転換に、コテツはたじろぐ。

 だが天使お仕えの戦士になることを夢に見ている少年は、すぐにそう答えた。

 

「そっか……キミは天使が好きなんだね」

 

 感心した様子で、彼女がそう言った。

 大天使様の前でこの夢を語るのは、怖いもの知らずのコテツにとっても激しく緊張するものだった。

 伏し目がちに、コテツは「コボルド族の僕でもなれますか?」と訊ねる。

 その質問に彼女は「ん……」と息を漏らした後、手元の琴からコテツの目をじっと見つめた。

 やはり彼女の瞳は、吸い込まれるような綺麗な色だ。その視線を、懇願とせめての男の意地を込めて見つめ返す。

 そうしているとしばらくして、彼女の唇が動いた。

 

「ボクはキミの夢に対して、無責任なことを言える立場じゃないからね。ただ一つアドバイスさせてもらうとしたら、「思い込み」もそう捨てたものではないってことかな?」

『思い込み?』

「諦めない。ボクは勝つんだって意識を強く持ち続けることさ。難しいことだと知っていても、その夢は他の誰かに否定されるものではない。強い意識は世界を変える……キミたちのご先祖様が天使に近づくために、コボルド族の生態をひっくり返したように」

『あ……』

「もちろん、一人じゃできないこともある。縋るものがある間は、近くの誰かに助けを求めるのも大事だよ?」

 

 そう語った彼女の話は、コテツの胸にストンと落ちた。

 諦めるつもりなど初めから無かったが、もしかしたら今までずっと不安に思っていたのだろう。この村は子供が少なく、夢を応援してくれる大人が身の回りにいなかったことが、思っていた以上に苦しかったのかもしれない。

 

 しかし、彼女は否定しなかった。

 

 他でもない、自分が仕えたいと思った目の前の大天使様は、この夢を肯定してくれたのだ。

 たったそれだけのことが鬱屈した心の靄を打ち払い、生きる活力を高めてくれたような気がした。

 

『あのっ……!』

「よっと」

『わっ!?』

 

 「僕は貴方に仕えたいです!」と……そう言いかけた言葉を、思わず止めてしまう。

 彼女は木の上からおもむろに立ち上がったかと思うと、マントとスカートを翻しながら一気にコテツの目の前まで飛び降りてきた。その時鼻孔をくすぐった彼女の匂いに、つい意識が逸れてしまったのだ。

 そんなコテツを前に、彼女はその手に持った楽器を掲げて言い放った。

 

「良かったら、少しだけ聴いていかないかい? 悪いお姉さんの為に、夜更かしに付き合ってくれないかな。ボクの酔いが醒めるまでの間……ね?」

 

 茶目っ気を出してそう提案した彼女の言葉に、コテツの尻尾がピクリと動く。

 宴会場で彼女の持っている楽器を初めて見た時から、どんな曲を鳴らすのだろうと気になっていたのである。

 

 ぶんぶんと尻尾を振りながら勢い良く頷くと、お忍びの大天使様による一晩限りの演奏会が開かれた──。

 




 高い木があったらついつい登ってしまう。
 罪悪感を感じた時はついつい音楽に頼ってしまうのがエイトです。


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安易な人化は許されない(ケモナー並の感想)

 ちょっと毒が強い気がしたのでサブタイ変えます。


 カバラちゃんピッカピカで助かった。昨夜初めて知ったけどこの子、暗いところにいると頭のルビーがいい感じに光ってくれるのだ。おかげで街灯の無い村の中でも安全に移動することができたし、木の上でもハープの調律ができて大助かりだった。アビスを倒す時に武器に使ったので、壊れていないか心配だったのである。楽器は大切にね。

 

 それにしても、夜のご神木の上に一人座って村を見下ろしている僕……超カッコ良くね?

 

 とても大きな木なので枝もぶっとく、美少女が一人座るくらいならビクともしないだろう。膝を立てながら幹に寄りかかるといい感じに姿勢が安定し、座り心地が良かった。

 いやあ流石は異世界、そこらの木の大きさからしてスケールが違うよね。

 それに、鬱陶しい羽虫とかあまりいないのも助かる。おかげでカバラちゃんの後光を独り占めすることができた。

 

 そんな上機嫌の僕に、一人話しかけに来たコボルド族のちびっ子の相手をしたのが、昨夜のことである。

 

 こんな夜中に子供が出歩いて大丈夫なのかと思ったが、寧ろオオカミ的に考えて彼らも夜行性なのかなと思い直し、問い掛けてみた。そしたら、コボルド族は基本的に夜行性だけど、この村のコボルド族だけは例外的に天使と同じ生活スタイルになっているのだとちびっ子は言った。

 

 それが天使様への信心深さが理由だって言うのだから、僕はビビる。これは……僕が天使でもなんでもないただの美少女怪盗であることがバレるわけにはいかないと、ガチ焦りである。

 

 いや、そうでなくても罪悪感が物凄かった。

 だってさ……ちびっ子の僕を見る目が、夜中でもわかるぐらいキラキラしていたんだもん。あの目を裏切るわけにはいかねぇからよ……僕は明言を避けつつ、いい感じの大物ムーブで誤魔化し続けることにしたわけである。

 途中、間が持たなかったので急な話題転換でちびっ子に将来の夢を聞いてみたり、そこから真面目な人生相談になったりした。

 彼の天使トークを聞いていると、やっぱりサフィラス十大天使は偉大な存在なんだなぁということがよくわかった。ケセドがいた原作アニメの炎たちが、すぐに村人たちから受け入れられたわけである。

 

 途中、ちびっ子が何となく不穏なことを喋りそうな雰囲気だったのでハープを見せびらかしながら演奏会を開くことでそれをシャットアウトした。

 

 ふふふ、ちびっ子の興味は珍しい物で引くに限る。

 演奏を聴きつけて終わる頃には彼以外にも何人か集まってきちゃったのは流石に予想外だったけど、盛り上がったので良しとする。

 演奏終了後には畏怖や崇拝とは違う素直な賞賛を、彼らから頂戴した。エイトちゃんは承認欲求旺盛なので、褒められると嬉しいのである。

 

 

 

 

 

 そんな一夜を過ごした後、僕たちは村長さんが手配してくれた宿を借りて一夜を明かした。

 もちろん部屋は別々である。僕はTSオリ主だがヒロインではないので、ラキスケをされる側ではないのだ。

 

 僕も炎も朝は早く、炎の力もそこそこ回復したようなので早速出発することにした。

 目的地はこの島アドナイの聖都「ツァバオト」だ。言いにくいなこの名前……僕も舌を噛まないように注意しないと──と、昨日のちびっ子のことを思い出してふふっと笑った。そんな僕に向かって、目の下にクマを付けた炎が怪訝そうな目を向けてくる。

 

「何を笑っているんだ?」

「いや……いい村だった、と思ってね」

「……そうだな。あんたのおかげか知らないが、人間の俺にも随分良くしてくれた」

「何のことかな? それは、キミ自身の人徳のおかげだよ」

「……どうだろうな……」

 

 んもう! 主人公のくせに謙虚だな君は!

 ……いや、主人公だからこそ謙虚なのか。思えば原作アニメの暁月炎も、この時代流行ったナーバス系主人公の一人だった気がする。

 SSでもそう言うタイプの主人公は読者も自己投影しやすいので人気が出やすいが、行き過ぎると卑屈で鬱陶しく感じるから注意が必要だ。

 

「そうやって一歩引いて自分を見れる冷静さと、必要な時には躊躇わず力を振るえる勇敢さはキミの美点だよ。だからこそキミは、もっと自分に自信を持った方がいいと思うな」

 

 元気づけるようにバンバンと背中を叩きながら、炎にもっとイキれイキれと言ってやる。

 こう言った原作主人公へのちょっとしたメンタルケアも、デキるオリ主の役目なのだ。そうしていると彼は、馴れ馴れしいなコイツ……と言わんばかりに目を細めて僕を見てきた。怖い。

 

 ごめん、ちょっと機嫌が良かったからさ……ウザがらみしてごめんねー。

 

「この村を守ったのはキミさ。ボクはただ、その行為に感謝したい」

「……そうか」

 

 そうだよ。

 ええい、灯ちゃんのようにはいかないな! いや、いっても困るんだけどね? ボクはヒロインではなくオリ主なのだから。

 炎は色々と思うところがありそうな顔で、復旧した村と見送りに来てくれた村人たちの姿を眺める。

 原作アニメほど手厚い見送りではなかったものの、何人かはちゃんと炎にも感謝の言葉を浴びせていた。こういう感じに他の場所も救済していけたら、原作レベルまでどうにか人間のイメージを回復できないだろうか……厳しいかな、人望のあるティファレトが敵に回っているのはかなり痛い。

 原作でも非戦派の民を味方に引き入れるに当たって、彼女の影響力は非常に大きなものだった。そんな彼女の怒りを鎮めて対話を行う為には、やっぱりケセドを復活させるぐらいしないと厳しいだろう。その為には、さっさとメアと合流する必要がある──か。

 

 

『お気をつけください、エイト様』

『楽器のお姉さん、またねー!』

『大天使様の旅路に、敬礼ッ!』

 

 おう、サンキューな! 大天使様じゃなくて申し訳ないけど!

 村長さんがきっちり箝口令を出してくれたようなので、外に広まる危険は無いと思いたい。僕も多分、この村には二度と来ないだろうからこれ以上ボロを出すことも無いだろう。

 もっと腕を上げてまた演奏会をしたい気持ちはあるし、本音を言えばもっと滞在したいぐらいだったが、名残惜しんでいる時間は無い。チートオリ主は多忙──世界が僕を求めているのだよ。

 

『エイト様、必ず夢を叶えます!』

『うん、頑張れ少年。意識を強く持ってよく学び、よく遊ぶといい。キミが踏み記す旅の記憶は、キミの目指す明日へと繋がっているのだから』

『っ……はいっ!』

 

 元気があってよろしい。

 僕も頑張る子は好きなので、クッソ当たり前なことを偉そうにアドバイスしてみた。人生には惜しみない努力も大事だが、それだけで生きていくのは難しい。時には寄り道もしないと、潰れちゃうからね。転生前のオリ主がブラック企業勤めで、よく過労死するように……ああ、僕は全然そんなことないからね? 僕は悲しい過去を持たないオリ主なのだ。

 

 名残惜しさを断ち切った僕は踵を返し、大きめの闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)を作ると、カバラちゃんと共にその上に飛び乗る。

 少し遅れて炎も乗り込み、朝焼けに染まった青い空に僕たちは上昇した。

 

「キミたちに、サフィラの祝福があらんことを」

『っ!』

 

 原作でケセドやティファレトが言っていたイカした別れの挨拶を告げた後、僕たちはコボルド族の村を飛び立っていった。

 

 向かう先はこの島の聖都ツァバオトだ。うん、やっぱ呼びにくい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 同じ島の中ではあるが、ツァバオトへの道のりは遠い。

 アニメではサラッと移動していたが、その距離は日本列島の端から端を合わせたよりも遠いぐらいである。流石にそれほどの距離となると僕の千里眼でも一回で見通すことができず、ナビは原作知識だけが頼りだった。

 その原作知識であるが、ご安心ください。ちゃんと覚えています。

 村を北に向かってずーっと先に向かったところにあると、作中においてケセドが言っていたのだ。不在のくせに存在感すげぇや。ある程度の距離まで近づいたら、千里眼とサーチを駆使して見つけられるだろう。

 因みにツァバオトからさらに北の方へ進むと、雲海を挟んでケセドの島へと上陸するらしい。

 肝心なところは手探り運転になるが、このスピードで行けば昼ちょっと過ぎには辿り着くだろう。

 原作では尺も押しているので移動描写はあっさりと流していたが、僕たちも到着までの間は思い思いに寛ぐことにしよう。

 今回作った闇の不死鳥は背中が大きく八畳分ぐらいの広さがあり、風圧は全体に張り巡らせた透明バリアーで完全にカットしている。多少の揺れはあるものの、もはや鳥形飛行機同然であり、快適なフライトを楽しむことができた。

 

「テレポートは使わないのか?」

 

 移動をする為にここまで頑張った僕に対して、炎が尤もな意見を浴びせてくる。

 確かにテレポーテーションで二人一緒にジャンプできたら楽だったんだけどね。この異能も、そこまで万能ではないのだ。

 

「ボクのテレポーテーションには、質量制限があるんだ。一緒に連れて行けるのはカバラちゃんで精一杯かな」

 

 体重にしたら、僕を含めて大体100kgぐらいが上限になる。子供一人分ぐらいなら連れて行けるが、炎の体重を60kgとするとギリギリアウトだった。それは「重力操作」の異能で重量を弄くったり、「擬態」の異能で形状を変化させても無効にならないのは既に実験済みである。

 おまけにカバラちゃんの質量も合わせたら完全にダメ押しだ。仮に僕たちが真っ裸になって限界まで質量を落としても、テレポーテーションを使うことはできないだろう。いやそんなことは絶対にしないししたくないけどね。

 それに……テレポーテーションの発動条件として、「ジャンプ先の場所を正確に把握しておかなければならない」というものがある。要するに、一度も行ったことの無い場所には飛べないのだ。僕の場合は千里眼を使って飛びたい場所を事前に確認することでこの条件をクリアしていたが、この異能を持っていた下着ドロボー犯は同じ場所にしか飛べない為、待ち伏せして引っ捕らえることができたのである。エイトちゃんは頭もいいのだ!

 

 僕は何でも知っている事情通のオリ主なので、ジャンプ先の場所を正確に把握していないことは教えなかった。訳知り顔のくせにツァバオトの場所がわからないなんて、噂されたら恥ずかしいし……

 

 

「そうか……」

 

 今すぐ長太を助けに行きたい炎としては、もどかしくて仕方がないと言いたげな顔だ。

 そんなに心配しなくても大丈夫だと思うけどね。ハニエルさんも悪いようにはしないと言っていたし。

 まあ、確かに僕一人ならテレポーテーションをひたすら繰り返して移動することで空を飛ぶよりもずっと早く辿り着くことができるが、それではSS的に面白くないのでそんなことはしない。

 一匹狼なオリ主物SSも好きだけど、せっかく原作主人公と二人きりで同行する展開になったのだから、今は無理に別れたくないのが正直な話だった。

 それと……今の炎の顔を見て、彼を一人にするのは危険だと感じたのもまた、単独行動をしたくない理由の一つだった。

 今にも死にそうな顔してるんだもんこの子。

 

「ヒト一人にできることには限りがあるんだよ、エン。昨夜はあまり眠れなかったようだし、到着までの間眠っているといい。酷く、顔色が悪いよ?」

「……そんなに悪いか?」

「うん、悪い」

 

 そんなに悪いよ今の君は。

 一夜を越したことで異能の力はある程度回復したようだが、肌のハリは悪く目も充血している。単純に寝不足な顔だった。

 気絶の分を差し引けば、環境どころか世界自体が変わって初めの一夜である。仲間たちのことを思えば、彼の気持ちもわからなくはなかった。僕はぐっすり眠れたが。カバラちゃんを抱き枕にしたらとても気持ち良かったです。

 

 何、気にせず寝ちゃいなYO! 寝心地はまあまあだけど、闇の呪縛製のベッドも作っておいたよ! モフモフの抱き枕は貸せないけどね。

 

 流石に膝枕はもうしない。あれは脚が辛すぎるからね。

 因みに僕は今、同じ要領で作った闇の呪縛製のソファーに座りながら、カバラちゃんのブラッシングを行っていた。右手に持っているのは、コボルド族の愛用品だと言う土産物の特製ブラシである。

 僕の膝の上でぐでーっと背筋を伸ばしながら横たわってるカバラちゃんは、僕のブラシにされるがまま気持ち良さそうに目を細めていた。流石に野生の本能が拒否するのか、お腹の方のブラッシングは嫌がったが、それ以外は快く受けてくれた。伝説上の生き物がただの人懐っこい猫である。かわいい。

 不躾ながら寝転んだ際にチラッと股の間が見えたが、アレは付いていなかった。と言うことは、この子はオスではなくメスだったようだ。

 今から人化して美少女になるのは勘弁な!と切実に願いながら、僕は小さなレディーに対し丁重に奉仕していた。

 

 

「……好きなのか、動物」

 

 おうよ。

 ケモナーではないが、常識的な範囲で大好きだ。

 ただし、人外転生物のSSでハーレムの為に安易な人化をするのは絶対に許さない。ああいうのは物語上の必要性がある上で、丁寧に段階を踏み、最終盤に満を持してやるからイイのだ。そういう展開なら全力で許すけど、人外主人公という触れ込みで始まって早々に人になるのは許されざるよ! ケモナーではないが。ケモナーではないが!

 

 

「好きだよ。うん、大好きだ」

 

 

 カバラちゃんの耳の付け根辺りの部分を揉みしだきながら、僕は穏やかな心情で言い切る。

 ここか? ここがええんか? むふふふ、前世では飼えなかったが猫のツボはきっちり勉強してきたのだよ! カーバンクルにも適用できて良かった。

 

 ……おっと、モフりすぎて思わずだらしない顔をしそうになった。危ない危ない。

 

 僕はクールでカッコいいオリ主なので、原作キャラの前で簡単に破顔してはやらない。クールなエイトちゃんはいつだって大物らしくキメるのだ。

 

 

「動物だけじゃない。ボクは、キミたちの生きるこの世界の全てが好きなんだ。善も悪も関係無く……たまらなく、全てが愛おしい」

 

 

 これは本音である。

 この世界は前世からファンだった「フェアリーセイバーズ」の世界なのだ。僕にとってはこの世界に見える全てのものが新鮮でキラキラしていて、愛おしいと感じている。

 主人公チームである炎たちのことは言うまでもなく大好きだし、何なら同情の余地なき悪党であるPSYエンスのボスだって結構好きだ。もちろん、気持ち良くぶちのめせる悪役としてのLIKEだが。

 メアのことは保留である。同じオリ主としてシンパシーは感じているしもちろん嫌いではないが、好きと言えるほど彼女のこと知らないからね。

 

 

「エン、だからキミには……」

 

 

 君にはもっと頑張ってもらいたい。

 原作主人公らしく、もっともっと頑張って、僕を完璧なチートオリ主に導いてほしい。

 まあ、導かれなくても僕は勝手に突っ走るけどね。

 

 そんなことを考えていると、彼の呼吸音が急激に小さくなっていることに気づいた。

 

 不思議に思った僕は膝上のカバラちゃんから彼の側へと視線を移すと、そこには僕の作った闇のベッドの上で、俯き加減に座り込みながら寝息を立てているツンツン頭の姿があった。

 

 

「ふふ……」

 

 

 横になって眠ればいいのにと、思わず笑みが溢れる。

 しかし、僕の目の前で彼が眠ってくれたことが、少し嬉しかったのだ。

 寝顔を晒せるほど信用してくれた──とは思わないが、少なくとも眠っている間に異能を盗まれる心配はしていないのだろう。気絶していた時ですら険しい顔をしていた彼が、初めて見せてくれた安らぎの顔に、僕は心底安堵した。

 

 

「……おやすみ、エン。良い眠りを」

 

 

 しかし、あの姿勢ではよく眠れないだろうし腰も悪くする。

 気遣いのできる僕は一旦ブラッシングをやめてカバラちゃんに退いてもらうと、ソファーから立って彼の元へ近寄る。

 その上半身をそっとベッドの上に横たえてやると、僕はマントを脱いで布団代わりに掛けてやった。

 

 ふっ……今の僕、歳下の女の子を優しく寝かせるオリ主みたいでカッコいいな。

 

 惜しむらくは彼がヒロインではなく主人公、しかも野郎であることだが僕のカッコ良さを示すことができたので良しとする。カッコ良さは全てにおいて優先する。それがチートオリ主のポリシーである。

 

 

「さて……また、一人になっちゃったな……」

 

 

 ……話し相手が寝落ちして、ツァバオトに着くまでの間手持ち無沙汰なエイトちゃんである。

 今もフェアリーワールドの空を猛スピードで飛んでいる闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)は自動操縦モードになっているが、僕まで寝落ちするのは流石にマズい。さて何をして時間を潰すか……僕は途方にくれた。

 

 賑やかし(力動長太)ー! はやくきてくれー。

 

 オリ主と原作主人公の二人旅も心躍るけど、彼は会話が弾むタイプではないのでこういう時辛い。

 いつもならハープを鳴らして間を持たせるんだけど、せっかく眠ってくれた炎の横で物音は立てたくない。自分が招いた状況に苦笑すると、僕は存在感をアピールするように足元でぐるぐると回っていたカバラちゃんを抱っこしてあげると、二人で外の景色を楽しむことにした。

 

 

「そうだね……キミがいて良かった」

 

 

 カバラちゃんがついてきてくれて良かったとしみじみ思いながら、彼女を胸に抱きしめる。

 温かくて心地の良い、とてもいい匂いがした。




 電柱をへし折りながら灯ちゃんが見ています


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※本作にメス堕ちはありません

 


 空の旅は快適だった。

 

 大きな島そのものが馬鹿デカい一本の木になっている世界樹「サフィラ」を筆頭に、僕にとっては全てが目新しいものであり、高いところが好きな僕としては空から世界を見下ろしているだけでも気持ちいいものだった。

 

 道中、面白そうなものを見掛けては思わず寄り道しそうになったり、危うく道を間違えて別の方向に行きかけたりしたけど、千里眼先輩の安心ナビゲートのおかげで無事軌道修正することができた。

 

 そうして数時間の飛行を経て、僕はそれらしい場所を見つけた。

 

 自然が豊富なこの島の中で、明らかに栄え方のレベルが違うローマ的な町が広がっていたのだ。なんかこう、見るからに神聖そうな奴である。

 真ん中辺りにはアリスちゃんの城とは比べ物にならない立派なお城が建っていたり、周りの空域には町を外敵から守るようにワイバーンの騎兵隊や天使さんたちが駐留していたので、ここが聖都ツァバオトとやらで間違いないと判断した。

 

 確認の為、千里眼を広げて町の中を確認すれば、アニメ「フェアリーセイバーズ」で見たことのある煌びやかな町並みが見えた。

 そういうわけで聖都到着の確信を得た僕は、移動の間、闇のベッドの上で爆睡中していた炎をゆさゆさと揺さぶり起こす。

 

「起きて、エン。到着したよ」

「……ん……そうか……そんなに眠っていたのか」

「日頃の疲れが溜まっていたのだろう? はい、お水」

「……助かる」

 

 異世界編の為に予め盗んでおいた「アイテムボックス」の異能を発動すると、異空間から洗面器とペットボトルに入れた洗顔用の水、それと手鏡を彼に手渡しておく。炎はこういうところ絶対自前で用意していないだろうし、エイトちゃんは気遣いのデキるオリ主なのだよ。

 

「……便利だな」

「ボク自身の力じゃないけどね。使いやすい能力に育ててくれた、元の持ち主のおかげだよ」

 

 実際、超絶便利である。これのおかげで着替えの為にいちいちアジトとか宿泊施設に行かなくて済むんだもの。

 つくづく出発前にこの異能が見つかって良かった。非生物限定ではあるが、キャパシティー内ならどんな物でも収納し、自在に取り出すことのできるこの異能はもはや冒険者の必需品である。一番使用頻度の高い怪盗ノートとどこでもハープにはデフォルトで備わっている能力だからそこまで重要視していなかったのだが、あると無いのとでは格段に違う。いつかこの異能を使って、怪盗的なマジックショーを披露するのもいいだろうと思っていた。

 

「それじゃ、行こうか」

「……T.P.エイト・オリーシュア」

「ん?」

 

 彼が顔を洗ったのを確認し、さあ出発──というところで、後ろから炎に呼び止められた。

 なに? 昼飯なら向こうで食べようぜ。まだ眠いならもう少し待つけど……

 

 

「ありがとう。あんたがいて助かった」

 

 

 ………………

 

 …………!

 

 ……!?

 

 何だよその顔ギャップ萌えかてめー! そういうのは灯ちゃんにやりなさいとオペ子たちからよく言われていたでしょ君!

 恋人がいるくせに、TSオリ主相手にデレるとか誰得だよこの野郎! 女神様っぽい人のSSのジャンル変わっちまったらどうすんだよおい!? お前そんなチョロいキャラじゃないでしょ夢小説特有のキャラ崩壊かよっ!?

 

 はーつっかえ! はーっ、つっかえ!

 

 

 ……まったく。

 

 

「何のことかはわからないけど、ボクにも心があるから……そうやって真っ直ぐに感謝されるのは、嬉しいね」

 

 

 今の表情を見られたくなかったので、シルクハットを目深に被り直しながらそっぽを向いて言い返す。

 危なかった……原作のキャラ、それも主人公から真っ直ぐ感謝の眼差しを貰ったのは初めてだったから、つい動揺してしまった。この賞賛は世のオリ主様がたが夢中になるわけである。正直、くっそ気持ちいい。

 いや、メス堕ちとかそういうのではないからね? TSオリ主である今の僕の性自認は、男とも女ともちょっと違うと思っているし、そもそも僕はヒロインではなくオリ主なのだ。それ以前にメインヒロイン視点ではNTRになってしまう事態など、もはや有無も言わせない切腹案件である。介錯も許されぬ。

 尤も、彼氏彼女持ちのキャラがほんの少し他のキャラに絡んだだけでやれNTRだ中古だなどと騒ぎ立てるのは好きではない。だから大丈夫だよね……? 許して女神様っぽい人!

 

 

 

 

 

 原作主人公のデレという予想以上の衝撃を受けた僕だが、カバラちゃんのもふもふに神経の大半を向けることで正気度を取り戻す。

 そんな僕は闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)を地上に下ろし、聖都ツァバオトの前に着陸する。

 闇の不死鳥を解除する際には「ありがとう、お疲れ様」とお礼を言ってしまうほど、この力にはお世話になっている。ケセドの「光の精霊鳥(ライトニング・ガルーダ)」の模倣技とは言え、これからの旅路にも欠かせない能力だ。どんどん酷使していく。

 アリスちゃんには足向けて寝られないな。地球に帰ったら、改めてお礼を言いに行くのもいいだろう。カケル君共々元気にしているといいが……そうだな、そろそろ夏だし、海にでも連れて行ってやろうか? アリスちゃんの外出リハビリも兼ねて。そんなことを考える辺り、僕はあの二人のことを結構気に掛けていたようだ。いや、実は劇場版のキャラだったことに気づいたからかもしれないが。

 ふむ……「転生したらアニメの世界でモブキャラたちを救済無双! ~気まぐれで助けたキャラは実は劇場版のメインキャラでした! ぞんざいに扱ってしまったと後悔するが、もう遅い~」とか、こんな感じの小説割とありそうだな。やべっ、それだと僕がアリスちゃんたちに突き放されて破滅する奴じゃん! 気をつけとこ。

 

 

 

 

 数時間ぶりに地面に足をつけた僕たちがそのまま前に進んでいくと、程なくして物々しい関所の姿が見えた。それを見て炎が警戒を浮かべるが、原作と違ってアポを取っていないわけでもないのだ。いざとなったらチートオリ主的対処をすればいいと気楽に考え、僕は構わず関所へ向かっていく。

 門番は皆、身長2m以上ある筋骨隆々の男たちだった。

 その頭には共通して二本のツノが生えており、肌の色は赤かったり青かったりする。生で見るファンタジーRPGさながらのオーガ族の姿に、僕はコボルド族に会った時とはまた別のときめきを感じた。アビスにも3m超えの個体はいたが、158cmぐらいの僕から見れば全員が巨人に見える。

 ほえーっと感心の眼差しを向けていると、彼らはそんな僕たちに気づき、途端に彼らは険しい顔を浮かべたものの、「ハニエル様から話は伺っている。しばし待たれよ」と待合室まで通してくれた。

 サンキューハニエル様! 持つべきものは筆頭天使殿の口利きである。

 例によって門番まで情報が伝わっていなかったらどうしようかと思っていたが、ツァバオトの兵たちにはしっかりと報連相ができているようで安心した。

 

 数人の監視と共に待合室まで通された僕は、感謝の気持ちでハープを鳴らす。すると、彼らはギョッとした顔でこちらを覗き込んできた。

 どうにもハープはこの世界には無い楽器らしく、コボルド族の村と同じく彼らの興味も引いてしまったらしい。また僕何かやっちゃいましたね。路上ライブのおっちゃん! 君のハープは異世界で人気だよ!

 

 音楽で世界を変えられはしないが、音楽の魅力は次元を跨いでも万国共通ということだろう。

 彼らからの注目に気を良くした僕は、耳コピだが作中で流れていたネツァクのテーマを始めとするフェアリーセイバーズサントラ演奏会を開くことになった。炎からは何とも言えない顔で見られたものだが。

 陽気な曲調が彼らの気質上大変お気に召したのか、衛兵の皆さんは途中からノリノリでリズムを取り始めていた。

 それは聖都からの案内人が来るまで続き、終わった頃には露骨に名残惜しそうな顔でしょんぼりしていたのが印象的だった。このおっちゃんたちかわいいな。

 

 うむ、解釈一致である。

 

 このネツァクの民は良くも悪くも喜怒哀楽の表現がめっさ激しい。

 原作では闘技大会に参加した力動長太に対して初めはブーイングの嵐だった観客の皆さんが、試合の度に熱い戦いを見せ続けていた彼に感化され、ネツァクとの決戦時には彼が人間であることも関係なくスタジアム中が熱狂の渦に陥っていたことを思い出す。

 言ってみればそれは純粋な実力主義であり、「武芸に何らかの可能性を見せれば種族関係なく受け入れる」というネツァクの方針そのものを表していると言えた。

 

 実に脳筋思考だが、頭を使わなくていいのでとても気持ちが良い。オリ主的には生きやすい雰囲気があった。炎の方はついていけない様子だったが。

 

 演奏会が終わった待合室まで僕たちを迎えに来てくれたのは、ハニエルさん直属の部下である二枚羽の天使さんだった。

 原作の炎たちはお尋ね者の身の為、町にはケセドパワーによる変装で忍び込んでいたものだが、僕たちは正式なアポを取っていたのでコソコソ隠れて移動しなくていいのはありがたかった。ハニエルさんマジ筆頭天使。

 個人的にこう言った細かい部分の改変が、原作沿いのSSで好きなポイントだった。人間が堂々と町を歩いている分、町の人たちは露骨に訝しげな目を浴びせてきたのはちょっと辛かったが。

 エイトちゃんは人に注目されるのは好きだが、そういう目で見られるのは好きじゃないのである。さり気なく炎や案内人さんの背中に隠れることで、彼らの視線をやり過ごしていた。

 

 

 

 

 

 

 

『……こちらです』

「ご苦労様」

「ここか……」

 

 案内人の天使さんによって通されたのは、思った通りの場所である。そこは町の中心に聳え立つ──ネツァクの城だった。

 

 信心深いコボルド族の村をアビスから救ってくれた客人として招かれた僕たちは、大天使の城の大広間で金髪リーゼント男と再会した。

 

 

「長太!」

「おっ、やっぱアイツらが噂していたのはお前らだったのか! 助かったぜ! おかげでやっと狭い部屋から出られたぜ!」

 

 囚われの身になっていた筈の、力動長太その人である。

 フェアリーワールド到着から間も無く衛兵に取り押さえられたと言う彼だが、見た限り血色は良く顔は清潔に保っている。ハニエルの言う通り、手荒なことはされていないようだ。

 「落ちてきたのがネツァク様の島で良かった」と彼は言っていたが、それが皮肉ではなく事実であることはよくわかった。ネツァクの株急上昇である。

 

 闘技大会中のスタジアムで再会した原作とは少し形が違うが、力動長太と概ね原作通りに合流することができた。後は風岡翼と、メアだけだ。翼の方は放っておいても何とかなりそうだが、メアのポジションが光井明宏に置き換わっていたらと思うと少し心配である。

 しかし今は目の前の仲間との再会を喜ぼう。

 戦力的な意味ではもちろんとして、賑やかし的に考えても彼の加入は頼もしかった。これで闇の不死鳥の上が明るくなる。闇だけど。

 

 

 ──ただ、これで何事もなく旅を再開するわけにはいかない。

 

 

 再会を喜ぶ僕たちの前で、遅れて城の大広間に降りてきたのは、筆頭天使ハニエルを傍らに伴う八枚羽の大天使様の姿だった。

 大広間の壁際に待機していた兵たちが、一斉に跪く。

 

 サフィラス十大天使が一柱、勝利の天使ネツァク。

 

 オーガ族よりもさらに大きく、雄々しい肉体を持つその男は、一人だけ画風が違うと言うか、天使を含む町の聖獣たちとは一目で別格とわかる存在感を放っていた。

 そのガチムチなレスラー体型は、彼の陽気な性格を知っていてもビビってしまう迫力である。ガチで殺しに掛かってきたティファレトほど怖くはなかったが、それでもキュッと身が引き締まってしまう。「おっさんがこの国の王か?」と軽口も叩けない雰囲気である。長太なら叩いてそうだが。

 そんな彼──ネツァクが丸太のような腕を組みながら僕たちを見下ろす。

 

『うむ! 君たちがハニエルの報告にあった、コボルド族の村を守ってくれた人間だな!? 私がこの島の管理者であるネツァクだ! この時勢手厚い歓迎はできないが、その行為に感謝しよう! ありがとうッ!!』

 

 米国人のように彫りの深い顔立ちをしたネツァクはいい感じのバリトンボイスでそう言って、まず最初に炎の姿を見た。

 無駄に声が大きいが、紳士的な彼の言葉に裏は感じず、寧ろここまで普通に感謝されるとは思わなかったので原作を知る僕まで驚いてしまった。

 それに……彼ほどの筋肉モリモリマッチョマンから間近に見下ろされるのには慣れていない為、僕は思わず炎の後ろにコソコソ隠れるような位置に退いてしまった。ああオリ主のくせに何やってんだ僕っ!

 いや、彼の視線が怖かったわけではない。何もかも身長差がありすぎるのが悪いのだ。同じ理由でカバラちゃんも縮こまって自己主張を弱めていた。よしよし、怖くない怖くない。

 

 そんなネツァクは僕の顔を見るのは僅かな一瞥に留まり、前に立つ暁月炎にこそ興味津々な様子だった。

 お、この視線はもしや……

 

『それで……君かな? ハニエルと互角以上に渡り合った人間と言うのは!』

『……私の方が強いです』

 

 おお、やはり炎の力に興味を示している!

 戦いたくてウズウズしているように見えるその眼差しは、原作で長太の力を見て、闘技大会への出場を彼に命じた時と同じ眼差しだった。

 後ろで対抗心を燃やしているハニエルの報告により炎が天使級の力を持っていることを知った彼は、快活な笑みを浮かべて言い放った。

 

『君たちに一つ言っておこう! 私は君たちがこの世界で何をしようと、それが民を害するものではない限り一切関与する気は無いッ!』

 

 ビリビリッと、物理的に空気がひび割れそうな声で言い放ち、次に長太の顔を見てネツァクが頭を下げる。

 思わぬ大天使の態度に、周囲の天使たちが一斉に慌てていた。

 

『リキドー君には二日ばかり軟禁のような真似をしてしまったが、コクマーたちの目もあり、本当に危険が無いか確かめなければならなかったのだ! すまなかったッ!!』

 

 ハニエルさん後ろでめっちゃ焦ってて面白い。

 王様直々の声の張った謝罪に対して被害者である長太は何か言い返すかと思ったが、そんな彼ですら「お、おう」と彼の勢いに呑まれるように謝罪を受け入れていた。やっぱり言うほど酷い扱いではなかったようだ。

 同時に、僕も心の中で安堵の息を吐く。ケセド関係のPSYエンスやらかし案件のせいで、ティファレトを筆頭にサフィラス十大天使の殺意が軒並みMAXになっていると思っていた中で、彼だけは僕の知っている通りのネツァクだったのだ。これを安心せずしていられるか。

 

 そう、原作でも人間に対する彼のスタンスは中立的だった。

 

 他の天使の影響は受けず、自らの目で見て拳で感じたものだけを信じるのがネツァクという男である。

 とにかく拳で語りたがること以外は、まさしく筋肉モリモリマッチョマンの紳士だった。

 

『ハニエルの報告を聞いて、君たちが争いを止める為にこの世界に来たのだということはわかった! 私は勇敢なるその行為を、邪魔するつもりは無い!』

 

 正直、それだけでもくっそありがたい。彼を味方につけなくてもアイン・ソフさえ味方につければこっちのものだし。

 彼が原作通りなら、こちらもパーフェクトオリ主プランを考えやすく、炎たちもこの島で動きやすくなる。

 しかし当の炎はと言うと、今まで会ってきた天使たちが有無も言わさず襲い掛かってきた者たちばかりであった為、イマイチ信用しきれないような、釈然としない顔をしていた。

 

「貴方は……俺たちを憎んでいないのか?」

『? 何故他の人間がしたことで、君たちを憎むのかね!?』

 

 キャー! ネツァク様ー!

 

 僕は内心で惜しみない拍手を送りながら、このクールな顔に満足げな笑みを浮かべた。

 ネツァク様三角形。炎と長太は心の底から不思議そうに問い返してきた彼の言葉に、逆に驚かされている。

 

『慈悲の天使ケセドのことは気にするな! アレの不幸は、アレ自身の行動が招いた結果だ! ハッキリ言って、悪い人間にしてやられる方が悪いッ!』

『ネツァク様、しかし貴方はこの間……』

『仇はこの拳で捻り潰してやりたいが、それとこれとは別の話だッ! ハニエル、良い人間もいるとわかった時点で、過剰な報復に正義は無い』

『……はい』

 

 ……うん、勝利の天使ネツァクとは、こういう天使様なのだ。

 ある意味天使らしいとも言える。見た目は暑苦しいし何でも拳に訴え掛けてくるが、根本的には理性的な考え方の持ち主だった。ゴリラが理性的なのと同じ道理である。

 

『故に私には、島の管理者として君たちに処罰を下すつもりはない! だが、それとは別に私個人の頼みを聞いてくれないだろうか!?』

「……何です?」

 

 それはそれとして、という奴だろう。

 サフィラス十大天使としてではなく、ネツァク自身の言葉で彼に頼んだ。

 

 

『私と戦ってもらいたい! 何なら君とリキドー君の二対一でも構わんッ! 私に勝てば、君たちの活動に全面的に協力しようではないか!』

 

 

 ……マジですか。

 えっ、マジでそこまでしてもらっていいんですか?

 

 ハニエルの仲介があっただけにしては、ちょっと気を許しすぎではないかと別の意味でビビる僕。

 そんな僕に彼はチラリと一瞥くれて微笑むが、微笑んだ顔がちょっと怖かったので思わず視線を逸らしてしまう。いやこの大天使様が優しい奴なのは知っているけど、見た目の圧が凄いのである。

 

 しかし、こういう誤算なら大歓迎である。

 今回は頭を使う必要は無さそうだと、僕は心の中で勝利宣言をあげた。

 





 やったー総合評価自己記録更新だー!
 大変ありがとうございます! 何度か止まったりはするでしょうが、本作も完結を目指して引き続き投稿していきたい所存であります


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オリ主age回は実際大事

 ネツァクという大天使は、気難しい者が多いサフィラス十大天使の中で最もわかりやすい男である。

 「勝利」の名を冠する彼は一貫した実力主義者であり、何らかの分野でその実力や将来性を示せばいかなる種族であろうと受け入れてきた。アドナイの首都「ツァバオト」が武の都として栄えてきたのも、そんな彼が管理者として君臨しているからである。

 故に、暁月炎を引き合わせた際に彼がどのような対応をするか、ハニエルには大凡察しがついていた。捕虜の力動長太共々、拳を突き合わせて確かめるのだろうと──ツァバオトの民にはお馴染みの肉体言語である。

 

 結果は概ねその通りになった。

 

 彼は炎と長太に決闘を挑み、彼らはそれを引き受けた。本来予定していた闘技大会が散発するアビスの発生により延期していなければ、彼らにその大会への出場を要請していたところかもしれない。

 

 筆頭天使たるハニエルは、この町で最もネツァクを理解していると言っていい忠臣である。

 

 しかしそんなハニエルにも、時折彼のことでわからなくなることがあった。

 今しがた決闘の約束を取り付けたことはいい。その対価として示したものが、流石に思い切りが良すぎではないかと感じたのだ。

 

「よろしかったのですか? あのような約束を……」

 

 客人たちを退出させた後、しばらくしてハニエルが訊ねた。

 もちろん、主君であるネツァクが負けるなどとは思っていない。だが、今しがた顔を合わせたばかりでまだ拳で語ってもいない彼らに対して、早々に対応が甘すぎるのではないかと思ったのだ。

 彼らに借りがあるハニエルとしては、毅然とした対応をしてほしかったわけではない。

 しかし見た目に反して判断が甘い時があるこの主君には、億劫ながら進言させてもらうことがしばしばあった。

 そんなハニエルの問い掛けに、ネツァクが苦笑する。

 

『君の気持ちはわかる! しかし、わざわざ姉上(・・)が手を貸すような人間たちだ。協力してやってもいいと思っているのは本当さ!』

 

 姉上──その言葉に、ハニエルがハッとする。

 サフィラス十大天使は数字が低い者から順にアイン・ソフによって生み出された存在だ。1の天使ケテルが長兄に当たり、10の天使マルクトが末妹となるように。その中で7の天使ネツァクは、7番目に生まれた五男に当たる。

 尤も、大天使内の序列は十枚の翼を持つケテルが最上位であること以外、基本的には横並びである。故に同胞ではあるものの、大天使たちの間で家族的な意識を持っている者は少なかった。そう言った意識が強いのは、それこそネツァク以外には次男の「コクマー」と亡き三男の「ケセド」ぐらいである。

 実力主義に従った結果でもあるが、ネツァクは大天使の中では上の兄姉に対して弟目線での敬意を払っている。

 サフィラス十大天使としての使命に関しては拳という名の己の正義で行動するネツァクだが、兄姉から頼まれごとがあれば個人的な善意で手を貸したりすることがあった。流石に人間たちの扱いに関しては、コクマーに少し物申していたが。

 

 そんな彼が、「姉」と呼称する存在は二人いる。

 

 一人は、次女のティファレト。

 そしてもう一人は、長女の──

 

 

『……どういうことでしょうか?』

 

 ──サフィラス十大天使、「理解」の天使ビナー。

 

 ネツァクの筆頭天使であるハニエルさえも、未だ目通りを許されたことのない3番目のサフィラスである。

 彼女こそが、ネツァクが「姉上」と慕っている大天使の名前だった。

 それがあの人間たちに手を貸していると語るネツァクに対して、ハニエルが問い掛ける。自分が見た限り、彼らには一切その様子が見えなかったからだ。

 そもそも、サフィラス十大天使の協力が得られたのならもっと効率的に動けた筈である。

 

『どういうことも何も、そのままの意味だ! ほら、あのアカツキ君の傍にいたあの子……彼女から、僅かだが姉上の気配を感じた。秘密主義の姉上は、お喋りな私のことが嫌いだからね。視線を向けてみたら、露骨に目を逸らされたよ!』

 

 HAHAHA!と豪快に笑いながら、しかしその目は少し悲しそうに頭を掻く主君。彼はこれで自分の顔が怖いことを気にしているからお労しい。臣下としては彼のような甘い主君には厳つい顔で丁度良いと思っているぐらいだが、そのフォローが逆効果になることを過去の経験から知っている為、ハニエルは何も言わなかった。

 ……島民の誰もが慕っているがネツァクはこういう性格である。嫌われているということは流石にないと思うが、他の大天使たちとの相性はお世辞にも良いとは言えない。

 特に秘密主義で有名なビナーが伝説通りの天使なら、彼に「余計なことをするな」と釘を刺していそうだなとハニエルには想像ついた。

 

 ……しかし、アカツキ・エンの傍にビナー様がいたとは。

 

 ネツァクがそう言った瞬間、ハニエルはどこか腑に落ちるような感覚だった。

 彼の隣にいた翠色の目の少女、ただの人間にしては、どことなく雰囲気が超然としていた。

 T.P.エイト・オリーシュアと、そう名乗っていた彼女は。

 

『ビナー姉上はよく会合をサボり、趣味の聖獣観察に没頭しているが……アビスの発生が頻発しているこの期に及んでまで、私情を優先する天使ではない! 彼女自身が人間を認めたか、或いはアイン・ソフの密命を受けての行動だろう! ならば私が邪魔するのはあり得ないな!』

『聖龍様直々の命ですか……!』

 

 サフィラス十大天使は基本的に横並びの関係だが、生みの親である聖龍アイン・ソフとの間にだけは明確な上下関係がある。そのアイン・ソフからの密命でビナーが彼らに協力しているとなると、事はアドナイのみならずフェアリーワールド全てを揺るがしかねない事実だった。

 

 何故ならばこの世界の神たる聖龍は、大天使の王たるケテルの計画に賛同できないということなのだから。

 

『しかしそれなら、条件を付けず初めから全面協力すべきでは……?』

『そこは彼ら次第だよ、ハニエル! 私が拳でしか答えを出せない男なのは知っているだろう?』

『はい』

『はっきり言うね……改める気は無いけど!』

 

 そうでなくても大天使全体への命令ではなく、あくまでもビナー個人に下された密命なのだとしたら……そこには何か必ず理由がある筈だ。

 聖龍アイン・ソフは意味の無い命令は下さない。かの神が他の大天使に伝えず理解の天使ビナーだけを動かした目的を推察した時、思い浮かぶ可能性は一つだった。

 

『我々もまた試されているのだろう! 我らの神アイン・ソフにッ!』

 

 神の意思が人間に味方していると気づいた時、サフィラス十大天使がどう動くのか。或いは、気づかないふりをしてケテルに同調するのか。神はフェアリーワールドの民のみならず、ネツァクたちにさえ試練を与えようと言うのだ。

 

 聖獣と人間。事態はもはやその二つだけでは測れないところまで来ているのかと、ハニエルの心に震撼が走った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サフィラス十大天使の一柱、ネツァクとの決闘を控えた今、暁月炎と力動長太は城下の定食屋で腹ごしらえを行っていた。

 腹が減っては戦はできぬ。炎はまだ昼食を摂っておらず、長太もまた二日間の軟禁生活で食事にも気分が乗らなかった。つまるところ二人とも空腹であり、彼らはハニエルに紹介された店で少し遅めのランチタイムと洒落込んでいた。

 

「お、うめぇなこれ! ちっとばかし肉が固いがコイツはいい!」

 

 闘技場の闘士たち御用達の店ということもあり、メニューはスタミナのつく肉料理が充実していた。何の肉なのかはわからないが、もしかしたらこの世界にも聖獣以外にも牛や豚と言った動物がいるのかもしれない。

 コボルド族の村で食べた料理は薄めの味付けだったが、この店の料理は寧ろ味付けが濃く、激しい運動をする若者たちにとっては有り難い味わいになっていた。

 久しぶりに腹一杯食べたと舌鼓を打ち、長太がここにいない少女について残念そうに呟いた。

 

「オリーシュアも来れば良かったのになぁ」

「アイツは他に用事があるそうだ。俺たちと違ってネツァクとは戦わないからと」

「ふーん」

 

 ネツァクとの決闘を約束し城を後にすると、彼らにはすぐ自由行動のお墨付きが貰えた。

 そしてこれから昼飯を摂ろうという時間になって、T.P.エイト・オリーシュアがテレポーテーションにより一人何処かへと飛び去ったのである。

 「決闘が始まる頃には戻る」と言っていたが、秘密主義な彼女の本質故に集団行動向きではないのだろう。

 しかし不思議と、今の炎にはそんな彼女に対する不信感は薄かった。この単独行動にも、何か理由があるのだと思っていたからだ。

 

「言っておくが、最初は俺一人でやるからな! こっちに来てからろくに暴れてねぇんだ。奴がどんだけ強いか試してみてぇしよ」

「……ヤバくなったら割り込むからな」

「ならねぇよ!」

 

 ……それに、今は決闘の方が大事だ。

 

 ネツァクに勝てば彼の全面的な協力が得られる。最終目標であるサフィラス十大天使との和平交渉や聖龍アイン・ソフとの対話──辿り着く為には、立場のある男が味方になってくれるのは非常に心強い。はぐれた仲間たちの情報も得られるかもしれないし、受けない理由は無かった。

 炎も今のうちに精をつける為に肉料理にパクつく。そんな彼の向かい側の席に座る長太が、一段落したところで戦いや食事とは別の興味を彼に向けてきた。

 

「で、どうよあの怪盗嬢ちゃんは。お前ら二日間二人きりで旅してたんだろ? こっちはむさ苦しい連中に監視されっぱなしだったってのに、羨ましいぜまったく!」

 

 冗談めかして……というわけではない。これは、本当に羨ましがっている奴だ。

 彼とも一年以上の付き合いだ。考えていることはよくわかった。

 その上で、炎は言い返した。

 

「ああ、アイツには助けられた」

「お?」

 

 本心からの、素直な感謝の気持ちである。

 いつもなら彼女はそんなんじゃないと否定していたところかもしれないが、この世界に来てから炎は寧ろ申し訳なさを感じているぐらいだった。

 

「色々と謎が多い奴だが、いい奴なんだろう。話してみるとそれがわかった……」

「…………」

 

 二日間、共に行動してみてわかったことがある。

 彼女はこちらの問い掛けに対して嘘は言っていないし、どれも真摯に向き合っている。聞かれたくないことは煙に巻いてくるが、誰にだって知られたくない事情はあるものだし、それ自体は責めるほどのことではないだろう。

 それに、彼女はコボルド族の村を守ってくれた。

 夜中には村長の息子の悩みを聞いてあげたり、彼の為に演奏会を開いてあげたり──終わった後で子供たちに囲まれて困ったように笑っていた彼女の顔は、いつもよりずっと穏やかで……優しいお姉さんにしか見えなかったのだ。

 それに……よく自分を気遣っている。

 彼女はそれを、一切特別なことだとは思っていない。しかし闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)の上で睡眠を取った時、彼女が布団代わりに掛けてくれた温かなマントの感触が、焦燥感に駆られていた炎の心を癒してくれたのだ。

 意識が完全に落ちる前に炎が聞いた声が、今も耳に残っている。

 

 

『おやすみ、エン。良い眠りを』

 

 

 宥めすかしながら優しく寝かせてくれた彼女の声は、まるで小さな頃に亡くなった──母親のようだった。

 

 

「……何故殴る?」

 

 そう思った次の瞬間、額に痛みが走った。

 向かいの席の長太から拳が飛んできたのである。

 もちろん椅子の上から転げ落ちない程度には手加減されていたが、こちらを睨む彼の顔にはビキビキと青筋が浮かんでいる。何故に?

 

「うるせぇ! 本当に羨ましい野郎だなてめーはよォ! 灯ちゃんというものがありながら! クッソ! なんなんだこの扱いの差はッ!?」

「灯は関係無いだろう」

 

 何故、関係の無い幼馴染の名前が出てくるのかわからない。

 自分がT.P.エイト・オリーシュアに恋愛感情を抱いているならいざ知らず、彼女のことをある程度信用できると思った根拠を懇切丁寧に、体験したエピソードを交えて話しただけで殴られるのは流石に理不尽ではないか……炎は額を押さえながらそう思った。

 

 だが、二日間軟禁状態だった彼のことを思うと、確かにこの世界に落ちてからの待遇には格差を感じざるを得ない。そういう意味では彼の嫉妬も真っ当に感じたので、炎はあえて何も殴り返さなかった。

 

 そんな炎の顔を見て呆れたように溜め息を吐きながら、長太が口を開く。

 

「……ったく。ま、悪い奴じゃねぇってのは確かだろうよ。警察に追われていた時ですら、異能に苦しめられていたガキをことごとく助けてきたような奴だ。それに、一人でワイバーンを薙ぎ倒してたあの強さだ。いざとなったら俺たちになんざついていかなくても、一人で何でもできるんじゃねぇか?」

「そうだな。この町にも、アイツの能力で来た。俺はアイツに連れて行ってもらっただけだ……」

 

 そう、問題はそこなのだ。

 彼女の力は異能を盗むだけにしてはあまりにも強力すぎる。翼の情報では、盗んだ異能の全てを元の持ち主より使いこなしているそうだ。

 コピー系のレア異能使いとは過去に何度か戦ったことがあるが、炎の知る彼らは元の持ち主の力を上回るようなことはなく、悪く言えば器用貧乏な性能だった。その点彼女の力は、もはや神に愛されていると言っていいほどに万能が過ぎる。

 

 ……考察を並べてみると、やはり彼女はこの世界側の存在であることに間違いなさそうだ。

 一人で何でもできるのに、あえてこちらを観察するように同行していることも、余計にそう感じさせた。

 

「アイツの正体ははぐらかされたが、多分天使なんだろうな。それもかなりの大物……ネツァクがアイツだけには決闘を申し込まなかったところを見るに、あの男は何か知っているかもしれない」

「んーそうかぁ? 俺にはちょっと悪ぶっただけの可愛い姉ちゃんにしか見えねぇけどな。俺たちとは何か違う目的はあるんだろうが」

「悪ぶった……だけ?」

 

 長太の推察に虚を突かれたように、炎が目を見開く。

 その発想は無かったと、時々鋭いことを言う目の前の脳筋に感心した。

 

「……時々、俺はお前のことが羨ましくなる」

「あん?」

「そうか……そうだな。そんな単純な奴ならいいんだが……どの道、ここまで来たら一蓮托生か」

 

 ミステリアスが服を着て歩いているような彼女が、アレの本質がただ悪ぶっているだけの善人だとしたら……今までの行動全てが見栄っ張りが生んだ結果ということになり、なんだか急に微笑ましくなる。

 

 ──が、そんなことはあり得ない仮定だ。

 少なくとも炎が見たT.P.エイト・オリーシュアという少女は、そのようなかわいい奴ではない。

 

 

 ただ、本人が言っているほどの悪いお姉さんだとは思えないこともまた、炎の頭を悩ませている。

 一人で考え込んでいると沼に嵌まってしまう気がする。早く翼とメアと合流したいという思いが、さらに強くなっていく炎だった。

 

 







ビナー「えっ……」


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闇落ちキャラ救済もオリ主の使命

 作者のマッチポンプとは言っていけない。


 

 

 商店街食べ歩きツアー美味しかったです。饅頭うめえ。

 

 

 はい。ネツァクから破格の条件を提示されてから、とんとん拍子に二人が戦うことになって僕は上機嫌。

 しかもトーナメント戦を勝ち抜く必要も無く、直接二人纏めて掛かって来いという武闘派大天使様の貫禄である。単純に時間短縮になるし、トーナメント戦というSS三大エターフラグを回避できたのはオリ主としても有り難かった。

 

 どうにもこの世界では、闘技大会自体やれる状況ではないらしい。

 

 アビスの発生が激しい中、優秀な戦士を一箇所に集めるのは如何なものかという真っ当な考えだ。

 商店街を食べ歩きがてら情報収集も行っていた僕は、屋台のおっちゃんたちからそういう話を耳にした。そう言うわけでこの時間の内にこっそり島の地図とか買ったり、最近のフェアリーワールドの現地目線での出来事とかある程度調べておいたりと、事情通なミステリアスキャラを保つ為にやることは多かった。いざという時狼狽えるオリ主はカッコ悪いからね。

 

 ……ん、お金はどうしたんだって? 待合室で演奏会を開いた後、その辺にたくさん落ちていたのだ。僕は怪盗なので欲しい物は盗る主義なので、落ちていたおひねり……もといお金を頂戴したわけである。うむ、アウトローな僕カッコいい。

 

 しかし、町を歩いているとカバラちゃんが僕の頭の上によじ登り、シルクハットの中に入り込んできたのは困ったものだ。ぷにぷにした肉球が額に当たってとても気持ちいいのだが、いかんせん髪が乱れるし中が蒸れるのである。後で解かしておかないと。

 シルクハットからはみ出した尻尾がポニーテールみたいになって首の後ろがこそばゆい。まあ、かわいいからいいか。TSオリ主がSSにて最強なのと同じように、かわいいとは正義なのである。

 

 ああ、もちろん町を歩く時は擬態して姿を変えている。

 

 住民たちはオーガ族に竜人族、コボルド族にエルフ族とグローバルな感じに入り乱れているので、僕は体格的に変化の少ないエルフ族に扮していた。エルフ族なら森の生き物であるカーバンクルと一緒に行動しても違和感が無い為、前みたいに嫌な視線を浴びることもないというわけだ。

 尤もそれとは別の──単純に僕の美貌に見惚れる視線が多かったのは、とても心地が良かった。野郎から口説かれるのは御免だが、民衆から注目を浴びるのは大好きなエルフ耳エイトちゃんである。

 

 そして決闘が始まる夕方の時間まで歩き回ってみたツァバオトの感想だが、印象ほど戦闘狂の町ではなかったのが正直な感想だ。

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ」では目と目が合ったらそれは決闘開始の合図というぐらいハジけた野蛮人たちの聖地だったものだが、僕と目が合った聖獣たちには特にそういう素振りは無い。

 それは僕の見た目がか弱いエルフだったからか、原作と違って大会が開催されていない為なのかはわからない。

 

 まあ、全く無いわけではなかったけどね。

 決闘をしていたのはオーガ族の子供同士だったけど、学校施設近くの公園でバチバチやり合っているのを見かけた。

 決闘と言うよりはあまりにも一方的に見えて可哀想だったから、ついつい負けた方の怪我を治してしまったよ。すっごい落ち込んでいたけど、励ましてやったら無事元気になってくれて良かった。

 

 ……うむ、どの世界でも、頑張る男の子はいいものだ。

 僕ももっともっとチートオリ主を頑張ろうと思った。今の僕は男の子じゃなくて、TSオリ主だけど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──さあ、決闘だ!

 

 

 原作アニメでは闘技大会決勝戦まで勝ち上がった力動長太と激突したサフィラス十大天使ネツァク。

 フェアリーバーストに覚醒した長太と拳で語り合い、彼が「人間も捨てたものではない」と認識するようになる重要な回である。

 この世界では闘技大会の要素がまるごと抜けて、ネツァクからの挑戦ということで長太と、そして炎による二対一のバトルになった。しかも、勝てば大天使の全面協力が得られるという報酬が何故か約束されている。

 

 これは、アレだな……やっぱり僕のチートオリ主?って奴の? バタフライエフェクト的な変化が?出ちゃった?みたいなー!?

 

 やれやれ……僕ったら、また理想のオリ主ムーブをしてしまったようだ。流石エイトちゃん、敗北を知りたい。

 

 派手に原作ブレイクするのもいいが、後々のことを考えると今はその時ではない。こういう原作の流れ自体はあまり変わっていないけど、過程が違う感じの改変は今回も最善である。

 

 

「さて、運命はどちらに味方するか……」

 

 

 実際、二人掛かりで戦っていいのなら、今の炎たちなら十分勝てるだろう。

 もちろん、この戦いで力動長太が「フェアリーバースト」に覚醒するのが前提だが、元々原作「フェアリーセイバーズ」では彼一人でいいところまで戦えていたのだ。フェアリーバーストを発動した二人が一斉に掛かれば、相手がサフィラス十大天使であろうと勝機はある。

 

 あっ、ケテルとコクマーには勝てないわ。

 

 基本的に横並びの十大天使の中で、あの二人だけは三人掛かりでようやく勝ち目がある別格の強さだった。

 特に先陣を切って登場し撃退されたコクマーが、本気で戦ったら普通に十大天使最強クラスだったのは鮮烈に覚えていた。

 

 

「お手並み拝見させてもらうよ。エン、チョータ……」

 

 

 ネツァクに挑戦されなかった僕は、上から目線で彼らの戦いを刮目させてもらうことにしよう。

 擬態を解き、観客席の更に上──甲子園球場で言うところの銀傘の上に立ちながら、僕はハープを鳴らし二人を応援する。がんばれ二人ともーオリ主がついてるぞー。

 

 いや、普通に最前列に招待席を用意されているのだが、僕としては前列の席よりもこういう高いところから見下ろしている方が好きなのだ。

 うっかり足を滑らせたら危ないし、そもそも立ち入り禁止の区画なのだがそもそも僕は怪盗。最近はあまり悪いことしていなかったが、カッコ良さの為なら犯罪上等のアウトロー系オリ主なのである。カッコ悪い犯罪は嫌だけど。

 

 

 試合開始だ!

 

 立会人であるハニエルさんの手から、決闘開始のゴングが鳴り響く。

 ネツァクは「勝利」の名前を冠する通り、自分の強さには絶対の自信を持っている。二人掛かりでも構わないというのは、そんな彼の自信の表れだろう。

 

 武舞台に三人の男が上がると、一人は後方に待機し、向かい合った二人だけが動き出す。

 

 予定通り、まずは長太が一対一で戦う心積もりのようだ。フェアプレイの精神である。いいよいいよ、そういう男臭いのは大好きである。

 スタジアムの観客席には大天使様が人間と戦う噂を聞きつけたのか、近隣住民たちがぞろぞろと集まっている。声援は圧倒的にネツァクを推している。当然だろう。

 故に、闘技場は完全にサッカーワールドカップさながらのアウェームードである。ネツァクはそうなることをわかって観客を入れたのだろうが、それは狡猾な作戦ではなく、町の一般聖獣たちにも二人の戦いを見せたかったのだろう。この決闘を通して、一同に人間に対する偏見を変えてもらいたいのかもしれない。

 脳筋キャラだが、彼も島の管理者。その辺りのことはよく考えている男だった。

 

 

 ──案の定、試合が進むと場内の雰囲気は次第に変わり始めた。

 

 最初は「ネツァク様ー! 人間なんてぶっ殺しちまえー!」と、過激な空気だったのが「あれ? アイツ強くね?」という困惑が流れ始め、次第に「人間もやるじゃねーか! どっちも頑張れー!」と、手首をモーターにして応援し始めたのである。

 奇しくもそれは、アニメ「フェアリーセイバーズ」と同じ展開だった。

 

 いいぞ、この流れは原作通り長太がフェアリーバーストに覚醒する展開だ!

 

 そう、今回は力動長太の覚醒回である。

 後々の戦力的にクッソ重要な回である以上、僕も今回は余計なことをせず後方オリ主面に留まっていた。チアリーディングエイトちゃんである。ミステリアスキャラが崩壊するので、流石にコスチュームはいつも通りだし露骨な声援も送らなかったが。

 

 

「そのままではキミはネツァクに勝てない。さあどうする? リキドー・チョータ」

 

 

 序盤はネツァクも探りを入れる段階だったのか、ウォーミングアップ程度に動きを抑えていた。とは言ってもその時点から既にワイバーンや天使型アビスとは比較にならない強さだったが。

 

 そして予想を上回る長太の実力に敬意を払うと、ネツァクが徐々に本気を出し彼を圧倒していった。

 

 この流れもまた、原作通りである。

 原作ではこの後長太は圧倒的な力の差を前に膝をつき挫けそうになるが、観客席から聞こえてきた灯ちゃんと炎の声援を受けて立ち上がり──こんなところで負けてたまるかと火事場の馬鹿力を発揮し、氷結のフェアリーバーストを発動する。そんな展開だ。

 

 

 しかし原作と違うのは、観客席ではなく長太のすぐ後ろに暁月炎が控えていることだった。

 

 

 彼がとった行動は常識的には最善だったが、メタ的な視点では愚策だった。

 いい感じに追い詰められるよりも少し早い段階で、炎が選手交代を告げたのである。

 

「っ!」

「交代だ、長太! 後は俺がやる!」

 

 敵の拳に圧倒されダウンを取られたところで、ネツァクの前に主人公()が躍り出る。

 

 そして次の瞬間、彼の身体を蒼色の炎が覆った。

 

 炎のフェアリーバースト──やっぱり炎は異能の天才である。コボルド村でのハニエルとの戦いで、その力を完全に引き出せているようだった。

 そんな彼の背中を見て、長太が大層プライドの傷付いた顔をする。

 見るだけで圧倒的な力の差を体感してしまう。それほどまでにフェアリーバーストを習得した者と、していない者の差は大きかったのだ。

 

 

「相変わらず楽しそうに戦うね……勝利のサフィラスは」

 

 

 筆頭天使を圧倒したその力を見て、ネツァクがそれを見たかったのだ!と喜悦に笑む。ザ・戦闘狂って感じの顔である。爽やかなんだけど顔が怖い。

 本気を出してぶつかり合う二人の力を受けて武舞台が弾け飛び、怪物同士の戦いに場内の歓声は騒然としたものへと変わっていった。凄すぎて引くという反応である。

 

 炎はその手に蒼炎の剣を形成し、ネツァクは己の拳で迎え打つ。十人いるサフィラス十大天使の中でも、ステゴロで戦う大天使は彼だけだ。

 

 蒼炎の剣と唸る豪腕がぶつかり合う度に、衝突の余波が観客席まで飛来してくる。僕が立っているのは客席よりさらに離れた銀傘の上だというのに、迸る波動がスカートの裾をふわりと捲り上げた。念の為さりげなく押さえるが、誰も見ていないし見えもしないのでセーフである。

 しかしそんなことより彼らの激闘だ。

 

 すっげ……これが大天使級同士の戦いか。

 

 初めて見る人知を超えた限界バトルに、「これぞフェアリーセイバーズ!」と心の中で湧き立つ。

 そんな僕は、自身のオリ主ムーブを保つ為のいい感じの呟きすら忘れて見入っていた。これが、熱い漢たちのパトスという奴だろう。

 

 ……いやいや、駄目だこれでは! こんなんじゃ僕は、ただの背景ではないか! 何か言わなきゃ! マウントを取らなきゃ! 何か言って、オリ主的存在感をアピールしなきゃっ!

 

 

「……ヒトはもはや、こちらの舞台まで昇り詰めようとしている……さて、君たちはどうするのかな? 大天使諸君よ」

 

 

 ──よし、いい感じにマウントが取れたな。オリ主ポイント90点だ。

 

 

「キュー……」

 

 おっとカバラちゃん、もう帽子から出てきても大丈夫だよ。ここには僕一人しかいないし。

 おや、そんなつぶらな目で見つめてどうした? 構ってほしいのかねあざとい奴め、うりうり。おお、ほっぺが柴犬みたいによう伸びるわ。

 

 

 

「俺を見ろォーッ!!」

 

 

 むっ!? 急に寒くなった。これは長太の異能「氷結」の余波だ!

 力動長太が放つ「氷結」の異能の力が暴走し、爆発的に上昇している。彼が猛々しい咆哮を上げると一瞬にして武舞台が氷に覆われ、ここまで冷気が伝わってきたのである。

 

 生成した氷が吹き荒れていく様子はまるで猛吹雪だ。それを受けて僕はカバラちゃんマフラーのおかげで首元は大丈夫だったが、下半身はスースーで思わず内股になる。

 あちらもこの世界も初夏ぐらいの気温だったから丁度良かったけど、こういう時はスカート衣装の心許なさを実感するね。前世では有り難みを感じていたけど、冬でも短いスカートを穿いている女の子ってすげーと思う。世の女性たちの、オシャレに対する執念を感じるよね……さぶっ!

 

 

 ……しかし、この力の無差別な奔流は間違いない。バースト状態だ!

 

 目の前で繰り広げられる異次元の戦いに溜まった苛立ちが、臨界点を超えて長太の意識を高めたのか。

 これは原作通りの覚醒イベント……か? いいや、駄目だ。

 なんかアイツ白目剥いてヤバい顔してるし、これはバースト状態の力を制御できていない!

 すなわち、あの時のアリスちゃんと同じ状態である。ネツァクと炎もそんな彼の異変に目を見開き、思わず戦いを中断して立ち止まっていた。

 

 オイオイ、やべーぞこれは……!

 

 

 マジかー……覚醒イベントが闇落ちイベントになっちゃったかー……

 

 あのさー、女神様っぽい人って、曇らせ展開好きなの?

 魔性のサディストだとしたら、僕もちょっと身の危険を感じるんだけど。

 

 

 ……だが、待てよ?

 

 

 逆に……逆に考えよう。これは今回蚊帳の外だった僕が一気に目立つチャンスだ。活躍を怪盗的に頂戴するオリ主チャンスだ!

 

 予想外な緊急事態だが、オリ主の見せ場的に考えるとこの状況──アリなのである。

 オリジナル展開で負の感情を高め、闇落ちした原作キャラを救う……メタ的に見るとなんだかマッチポンプ臭があって個人的には好かないけど、この際贅沢は言っていられない。

 女神様っぽい人のSSが糞になるかならないかなんだ。やってみる価値はありますぜ!

 

 僕は口元を引き締め、「テレポーテーション」を発動して武舞台へと向かう。

 

 カバラちゃんは置いてきた。首元が寒くなるが、猛吹雪の中心部へ連れていくのは可哀想だからね。僕の大切な友達を苦しめたくない。

 

 

「長太……これは、バースト状態?」

 

 炎君は絶賛動揺中。そらそうだ、この状況には僕もびっくりである。

 しかし起こってしまったことはしょうがない。僕は彼の前に、颯爽と姿を現した。

 

「はい、悩める青年の前にボク参上」

「エイト!」

 

 おっ、初めて名前を呼んでくれたね。いっぱいうれしい。

 だけど主人公は退いてな! ここから先はオリ主の出番だぜー!

 

 

「エン、キミは決闘に集中しているといい」

 

 

 T.P.エイト・オリーシュアによるハイパーオリ主タイムの始まりである。

 長太レベルの異能使いが発症したものとは言え、発動直後のバースト状態ぐらい無敵のオリ主パワーで何とかしてあげますよ。

 

 具体的な方法は……アレだな。カケル君のように呼び掛けてみるか。彼がこうなった理由は、原作知識で何となく推測できるし。正直、彼のようなキャラがバースト状態になるほどコンプレックスを持っていたのは意外だったが。

 

 ……最悪、彼の異能を盗む必要があるかもしれないな。

 いずれにせよ、この場を速やかに鎮められるのは僕だけだ。

 

 

「ここはお姉さんにお任せってね」

「……頼む」

 

 

 おうよ、頼まれた。

 オリ主らしく余裕を見せながら、僕は全身にバリアを展開し、猛吹雪の発生源へと飛び込んでいく。

 アリスちゃんの時と同じだ。ここは雪山かと思うほど、目の前が見えないぐらい荒ぶっていた。

 

 うわっ、やっぱ寒っ!

 

 後で絶対カバラちゃんをもふってやる。それだけを思いながら、僕はターゲットへと歩を進めた。

 





 どこでもハープの大きさは持ち運びできる小型サイズの奴です。
 書き始めた時は脳内イメージをリラと間違えていたのは内緒だ(´・ω・`)


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極端なビジュアル変更は難しい

 ──誰よりも、強くなりたかった。

 

 

 六歳の頃、異能使いのテロにより両親を失った。

 自分を庇って死んだ二人のことを、長太は今でも覚えている。

 それは生涯刻み付けられた、決して癒えることのない傷痕だ。

 テロは当時のセイバーズのエース──暁月炎の父、暁月豪によって鎮圧され、家族でただ一人長太だけが救出された。

 

 ──二人の亡骸の前で、泣き喚くことしかできなかった。

 

 悪党を前に何もできなかった自分がただ情けなくて、悲しくて、許せなかった。

 そして、そんな自分を助けてくれたヒーローを──カッコいいと思った。

 幼い長太は思った。自分もあんな風に強かったら、守りたいものを守れたのだろうか?と。

 

 

 その気持ちがきっと、力動長太という青年の原点なのだろう。

 

 

 力の無い自分が何よりも嫌いで、己の弱さを恐れていた彼は、あの時出会った憧れのヒーローのようになりたくて、闇雲に力を求め続けた。

 

 どんな悪党だろうとねじ伏せる、圧倒的な暴力こそが理想であり正義だった。

 そんな歪んだ考えを持っていた彼は、中学に上がる頃にはくる日もくる日も喧嘩に明け暮れる問題児へと成り果てていた。

 

 長太にはきっと、才能があったのだろう。

 

 その身体から氷を生成する異能「氷結」はあらゆる形の氷を生み出し、自在に氷の武器を作ったり、相手を直接氷の中に封じ込めることもできた。

 体格にも恵まれており、この身を覆う鋼のような肉体は鍛えれば鍛えるほど吸収し、強くなっていく実感を得られた。

 しかしその事実を誇らしく思う一方で、そんな自分をどこか冷めた目で見ている自分もいた。

 

 俺が強いのは当たり前だ。生まれながらに両親から譲り受けた身体と異能が、ここに宿っているのだ。

 その自負だけが、彼の心を支えている強さでもあった。故に、彼にとって己が弱いという事実はあってはならず、絶対に許されなかった。

 

 そんな長太の相手になる人間は、闘技場でもほとんどいなかった。

 

 高校に上がる頃には負け無しのS級闘士となり、それでも物足りなさを感じていた彼はセイバーズからスカウトを受け、憧れのヒーローへの第一歩を踏み出した。

 

 しかしそこで彼を待っていたのは大海──最強でなければならない筈の自分すら、足元にも及ばない男たちだった。

 

 暁月炎、かつて長太をテロから救ってくれた暁月豪の息子。

 風岡翼、ウザったいロン毛がいけ好かないキザ野郎。

 

 今は同僚として良き友であり、仲間でもある二人だが……初めて会った時、長太は彼らのことが憎くて堪らなかった。

 その一方で、これで自分ももっともっと強くなれると期待を抱いた。

 越えるべき壁はいつだって乗り越えてきた。目の前に分厚い壁があるほど、力動長太という男は熱くなれる人間だったのだ。

 そう言った逆境に負けない不屈さこそが、彼が辛い過去から立ち直ることができた一番の理由かもしれない。

 

 そうだ……力動長太にとって暁月炎という男は、彼の亡き父親への感謝の気持ちも含めて、いつか必ず乗り越えなければならない壁だった。

 

 その壁を乗り越えた時、長太は「あんたに救われたガキはこんなに強くなったんだぞ!」と、初めてそう伝えられる気がしたのだ。

 

 そしてそう思ったからこそ、長太は炎のことをライバル視し、これまで切磋琢磨して己を高めてきた。

 

 ……だが、遠い。

 

 遠いのだ。彼の背中が。

 セイバーズの任務で実戦経験を重ねるに連れて、長太は入隊前とは比較にならないほど強くなった。

 風岡翼共々かつての力の差は縮まり、やがて追いついた。そう思った矢先に、目標の彼は遥か先まで走り抜けていったのである。

 

 自分がまるで歯が立たなかったネツァクを相手に互角に渡り合う彼の背中を見て、長太は目指す壁の遠さを理解してしまった。

 

 だからこそ、彼は吠えた。俺はここにいる、俺を見ろと。遠ざかっていくライバルの背中に手を伸ばす彼の心は、他ならぬ自分自身への怒りに染まっていた。

 

 力が欲しい。

 

 悪党よりも、炎よりも、翼よりも……聖獣よりも強くなって、両親の子供として生まれ、最高のヒーローに救われた自分が最強であることを示したい。

 

 身体ばかり大きくなっても、その心はどこまでも子供の頃のままだった。

 そしてただひたすらにどこまでも純粋なその意識は、彼の異能の力を限界以上まで引き出すことに成功した。彼の力は、間違いなく次の次元へ向かったのだ。

 

 しかし、その意識は純粋すぎたが故に──長太は際限の無い力の渇望を制御できなかったのだ。

 

 獣のように荒ぶる心を抑えられず、このザマだ。情けなくて笑えてくる。

 暁月炎にできたことが、自分にはまるでできていない……その事実が、泣き喚くことしかできなかったあの頃の自分と何も変わっていない事実を知らしめていた。

 

 

 ……いや、本当はとっくにわかっていたのだ。

 

 

 セイバーズの任務で多くの敵と戦い、それこそかつての自分のような悲しい事件にも関わって、長太は世界を知った。

 経緯は違うが、同じく力以外に心の拠り所がなかったメアの成長を間近で見て、長太は自分に無いものを客観的に思い知ったのである。

 彼女が変わったのは……変われたのは、己の力以外に大切なものを得たからだ。

 力だけを盲信しているこの価値観だけでは、これ以上の成長も無いことに気づいていた。

 

 それでも、長太はずっと気づかないふりをしていた。

 

 自分は馬鹿で、単純な人間だ。

 だから馬鹿は馬鹿らしく、最初にこうなりたいと思ったことに、闇雲に走り続けてきた。

 これは、そんな馬鹿な自分らしい惨めな最期だと……荒れ狂う氷の吹雪の中で、長太は自嘲する。

 

 

 ──その時である。

 

 

『弱いことは、罪ではないさ』

 

 

 声が聴こえた。

 頭の中に直接響く、囁くような穏やかな声。

 どこか死んだ母親にも似ているその声は、赤子をあやすようにこちらへ呼びかけてくる。

 

 

『キミはたくさん頑張ってきたんだ……ただひたすら真っ直ぐ、己が信じた道を突き進んできた。その行為はきっと、誰にも否定することはできない』

 

 

 力動長太の今までの全てを肯定してくれるその言葉は、心地良くて優しかった。

 だが、彼は首を振る。

 違う……違うんだ。

 俺は他の誰かに認めてもらいたかったわけじゃない!

 俺自身が俺を許せないんだ! 強くなれなかったら俺は、一体何の為に戦ってきたんだ!?

 そう叫び、長太は拳に血を滲ませる。

 声の主はその手を、そっと抱き寄せるように両手で包み込んだ。

 泣き出したくなるような目をしながら顔を上げ、いつの間にか目の前まで来ていた少女の顔を見た。

 彼女はただ慈しむように、諭すように言った。

 

 

『いいんだよ、弱くたって……誰もがきっと、弱さを抱えている。挫けたり、心の闇に沈みそうになる。だけどそれは、決して悪いことなんかじゃない』

 

 

 何を……!

 

 

『強さだけじゃ駄目なんだ。強さしか持たない者は、弱い者たちのことを理解できない。弱さを認められない者は、自分の心の闇を受け入れられないから……』

 

 

 闇を……受け入れる?

 それは、弱さを受け入れろってことか……? 冗談じゃない!

 弱くちゃ何もできない……何も守れない! だから俺は、誰よりも強くなきゃいけないんだ!

 氷に閉じ込められた姿のまま、長太は叫ぶ。

 彼自身の心の闇──それは望んだ強さに一生辿り着くことがないまま朽ち果て、大切なものを何一つ守れなくなることへの不安だった。

 

 

『本当にそう?』

 

 

 声が、彼の慟哭に問い掛ける。

 翠色の真っ直ぐな瞳に、長太は思わず言葉を詰まらせた。

 そんな彼に対して、声が深く問い詰めた。

 

 

『キミは望んだ強さに届かなくても……それでも、今までだって大切な誰かを救ってきたじゃないか』

 

 

 ハッと息を呑む。

 思い出したのだ。これまでセイバーズで活動してきた中で、守り抜くことができた人々からの感謝の笑顔を。

 自分と同じようにテロの被害を受けた子供たちがいた。そんな子供たちを長太は──あの時の救世主(セイバー)のように守り抜くことができたのだ。

 「お兄ちゃんありがとう!」と守り抜けた子供たちは言ってくれた。彼らの両親からも、息子をありがとうと涙ながらに称えられた。

 その時、思ったのだ。

 単細胞の馬鹿で腕っ節しか自慢できるものがない自分でも、未だ理想の強さに届かなくても、それでも確かに救えた命があったことを。

 そうして彼らにとって憧れのヒーローになった自分を否定することは、かつての自分をも否定することになる。

 長太は「ああ……」と泣きながら、笑った。肩の力が抜けるような感覚だった。

 目線を合わせるように背伸びをした少女は、身長差からそれでも届かない彼の頬に手を伸ばし、指先を添えながら問い質した。

 

 

『キミは憧れの救世主になる為に、力を求め続けてきたのかい?』

 

 

 ……違う。

 誇る為に、強くなりたかったのではない。

 あの頃の自分と決別する為に、鍛えてきたのではない。

 力動長太が力を求めたのは、もっと単純な理由だ。

 

 それは、困っている誰かを救える自分になりたかったのではなく──困っている誰かを救いたかったからだ。

 

 本当は力に拘る必要も無かったのだろう。

 長太は思い出す。そして、気づいた。いつの間にか自分の中で、手段と目的が入れ替わっていたことを。

 戦うのは好きだ。

 勝つのも好きだ。

 負けるのは嫌いだ。

 理不尽が嫌いだ。

 感謝されるのは好きだ。

 拒絶されるのは嫌いだ。

 そして自分を生んで、育ててくれた両親のことが大好きだ。

 彼らのことを言い訳に使っていた自分が、腸が煮えくりかえるほど許せなくなるぐらい。

 

 

 ……炎や翼に敵わないわけだ、と長太は苦笑する。

 

 自分自身すらまともに受け入れられていない男が、異能を使いこなせるわけがないという話だ。

 ほんの少し立ち止まって考えれば、いつだって気づくことができたのに。

 

 

『そうさ……キミに助けられた子供たちから見たキミは、とっくに誰かのヒーローなんだ』

 

 

 愚直に突き進んでいるだけでは見えなかったものがある。

 時には立ち止まり、振り返ることも必要だった。

 

 

『シャキッとしなよ、ヒーロー』

 

 

 トン、と少女が長太の胸板を小突く。

 その瞬間、心の底から込み上がってくる思いがあった。

 そうだ、彼女の言う通りだ。

 こんなところで、挫けているわけにはいかない。

 

 

「……は、はは……そうだな。俺は力動長太! 立ち上がる男だッ!」

 

 

 己の原点を見つめ直し、自身の弱さを受け入れた男は──その時、本物の救世主になった。

 

 

 

 

 

 

 

 吹雪が鎮まっていく。

 

 否、集束しているのだ。それまで周囲を無差別に巻き込んで奔流していた「氷結」の異能の力が、確かな指向性を持って一か所に集まっている。

 力動長太の身体のもとに。

 集まった吹雪は一つの氷となって固まり、全長五メートルほどの大きさの紅蓮の結晶へと姿を変える。

 

 そして──

 

「オオオオッ! はああああああっっ!!」

 

 雄叫びと共に結晶は爆散し、中から一人の男が姿を現した。

 それは、灼熱の如き氷。

 その身体を覆うのは燃え盛る炎のような紅蓮の……氷の鎧だった。

 

 灼熱の氷という矛盾を一身に併せ持つその姿は、彼自身が己の心の闇を受け入れたことによる、真の力の覚醒だった。

 

 フェアリーバースト──力動長太もまた、その領域に至ったのだと、暁月炎は理解した。

 

 そしてそんな彼の前には、彼の目覚めを慈愛の眼差しで祝福する少女の姿がある。

 T.P.エイト・オリーシュア。「お姉さんにお任せってね」と言いながら、先ほど吹雪の中に飛び込んでいった謎多き少女である。

 

 

「ありがとう、チョータ……その身に宿るキミの力を、受け入れてくれて」

 

 

 彼女自身も、あの吹雪の中で相当な無茶をしたのだろう。

 その身に纏う怪盗の衣装はところどころが破損しており、彼の氷結の爆心地に触れたことでシルクハットの下の黒髪から靴底まで、ゲリラ豪雨を浴びたようにびしょ濡れになっている。

 しかし夕日の光に照らされた水滴がキラキラと輝いているその横顔は、女神のように美しく見えた。

 

 そんなエイトに向かって、炎が己の焔で温めてやりながら呼びかける。

 

「長太は、大丈夫なんだな?」

 

 エイトが小さく頷き、微笑みを浮かべる。

 その時の彼女はこう言っては変な表現だが、子供の成長を喜ぶ母親のような目をしていた。

 

「……また、助けられたな」

「なに、ボクはほんの少し問い掛けただけさ。彼自身が受け入れた結果だよ。彼自身の、本当の可能性を」

 

 優しげな視線の先で、氷結のフェアリーバーストを発動した力動長太がその鋭い眼光を開く。

 

「騒がせて悪かったな。こっからが本番だ」

 

 その言葉を受けたネツァクもまた、闘気の笑みを浮かべ楽しそうに応じた。

 

「さあ行こうか、第二ラウンドだ!」

「応ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 やったぜ。エイトちゃん大勝利!

 

 フェアリーバースト力動長太の完成である。僕は武闘家でも何でもないが、その力の圧はビンビン身体で感じている。

 蒼炎を纏う炎のフェアリーバーストに対し、彼の変化は全身に紅蓮の氷でできた鎧を纏うことで顕れる。これも原作通りの現象だ。

 闇落ちのピンチを覚醒のチャンスに変えるとは、チートオリ主の面目躍如と言ったところではないか。その闇落ちのピンチ自体が原作には無いオリジナルの要素であることに目を瞑れば、これは良SSと言ってもいいだろう。ふへへへ。

 

 

 一見クールだけど心には熱いハートを持っている炎とは対照的に、力動長太は一見熱血漢の馬鹿だが、本質的にはそんな自分のことを冷めた目で見ているという設定がある。彼もまた、主要人物らしい重い背景があったのだ。

 

 まあ根の部分は見た目通りの単純馬鹿なので、原作アニメ「フェアリーセイバーズ」ではそのような内面を描かれるシーンはあまり無かった。それこそ、今回に当たる覚醒回ぐらいなものである。

 実際、色々とシビアな異世界編で三枚目担当である彼までお辛いことになると、お話が暗くなりすぎてしまうので意図的にそういう描写を抑えていたのだろう。女神様っぽい人は「そんなの知るか曇れ曇らせろ!」と荒ぶっていたようだが……いい気味である。完璧なチートオリ主は鬱展開もクラッシュするのである。あーあ、ケセドにも間に合ってればなー。

 

 

 しかし寒いっ、バリアを張っていたとは言え、猛吹雪のど真ん中に飛び込んでいったのはやっぱりキツかった。

 衣装は破れるし、身体も濡れるし散々である。

 

 と言うわけでサンキュー炎! フェアリーバースト中に放たれる蒼炎を、僕の服を乾かす為に使ってくれるとはなんて紳士なんだ君は。感謝のエイトちゃんスマイルを贈ってしんぜよう。

 む、目を逸らすなよー、確かに思春期男子の目に毒な濡れっぷりだけど、このシャツは水程度じゃそこまで透けない材質できているから気にしなくていいのに。

 ま、じろじろ見られるのもそれはそれで嫌だけどね。

 

 それはそうと試合再開の前に、レフリーに確認しておこう。

 

「今の、ルール違反にはならないよね?」

 

 長太もネツァクもさらにやる気満々な様子だ。

 この空気の中で、「乱入者が現れたので乱入ペナルティーです」とか言われたら流石の僕も悲しい。

 炎の蒼炎で即行で服を乾かした僕は、レフリーであるハニエルさんのところへ駆け寄り、念の為訊ねてみた。

 ツァバオトはおおらかな町だ。ここは一つ、筆頭天使様の寛大な措置をどうか!

 

『……あのまま続けていたら面倒なことになっていたでしょう。貴方の介入は救護行為として認めます。決闘はそのまま続行です』

 

 よっしゃ、流石ハニエルさん。話がわかる天使だ。

 僕を見た彼が妙にかしこまっていたのが気になるけど、彼はきっと公私をきっちり分けるタイプなのだろう。ともあれ違反にならなくて安心した。

 

 じゃあ、僕も銀傘の上に戻るか。寒い中頑張った自分へのご褒美に、カバラちゃんもふりたいしね。

 

 

「姉ちゃん」

 

 

 ん、どったの長太?

 

 

「そこで見ていてくれ」

 

 

 ……?

 

 お、おう……わかったよ。

 

 真剣な眼差し、かっけーなオイ。まさに一昔前に流行ったイイ不良みたいな眼光である。

 しかも普段はリーゼントヘアーに固めている髪型が、フェアリーバーストの影響により崩れて今はナチュラルに下されたものになっている。

 そうなると、彼の元々の高身長も相まっていよいよただのイケメンにしか見えなかった。

 

 女神様っぽい人ってもしかして、長太推しなの? 夢女子なの? 彼の纏う紅蓮に染まった氷の鎧も、なんだか原作よりディテールが凝っている気がするし、端から見ていてイケメン騎士感が半端なかった。

 マジかお前三枚目担当のくせに……ポテンシャル高かったんだな。

 

 うーむ……だけど、僕としては解釈違いかなー。

 「そのままのキミが一番素敵だよ」って後で伝えておこう。

 

 うん。キャラが成長した影響でビジュアルもスタイリッシュに変化するのはいいのだが、やりすぎると元の個性が無くなって没個性になってしまうのが二次創作の難しいところである。善かれと思ってカッコ良く描いたつもりが、読者から「これじゃない感」を受けてしまうアレだ。

 それは二次創作だけではなく、漫画やアニメでも割とよくある奴だけどね。キャラクターの変化を寂しいと感じる気持ちがそうさせるのかもしれない。なんて言うかこの、思春期女子みたいな難しい読者心である。

 

 まあ、それはそれとして蒼い焔と紅蓮の氷が並び立つ姿はクッソカッコ良かった。

 厨二心を刺激して……いいよね。それは、「僕がこの世界に生まれて良かったと感じた瞬間ベスト5」には入る光景だった。




 もう少ししたらまた三次元回やります

 それとタイトルで敬遠していたという意見があったのでいい感じの新タイトルを脳内審議中です。己のネーミングセンスの無さがうらめしい


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原作での出番が少ないほど活躍が盛られる

 特に、美少女キャラは強い。


 長太が強い。

 

 いや、マジで長太が強い。

 女神様っぽい人は長太推しで確定。そう思えるほど、氷結のフェアリーバーストに目覚めた力動長太は凄まじかった。

 具体的に何が凄まじかったかと言うと、その戦い方である。

 氷を生成する異能で氷の武器を作り出し、それを鍛え上げた筋肉で振り回すのが彼の基本スタイルだった。しかし、今の彼はそれに加えて多彩な応用技を使いこなしているのだ。

 それはネツァクの四方に無数の氷柱を生成し、それを遠隔操作してビット攻撃のように撃ちまくったり。

 背中に氷の翼を作ったかと思えば、どういう原理なのか水蒸気を撒き散らしながら空を飛び、ネツァクと壮絶な空中戦を繰り広げたり。

 

 ──で、それを見た炎まで背中に蒼炎の翼を展開して飛び上がったりとそれはもう凄かった。

 

 炎に関しては原作でも使っていた技なのでまあいい。

 飛行能力は本当はもっと先の回で習得する筈だったのだが、ライバルの奮闘に触発されて原作よりも成長が早くなるのはSSではよくあることなので何も言うまい。

 

 しかし長太、お前それ何だ!?

 お前そんなIQ高い戦い方できたの!?

 

 ……いや、彼もお馬鹿キャラだが戦闘に関しては元々天才である。機転が利き、その発想力で窮地を切り抜けることは原作でも何度かあった。

 それを思えばおかしなことではないのだが、イケメンに覚醒したと思えばこうも立て続けにスタイリッシュな新技を見せられると、僕も理解が追いつかなかった。

 

 

 ──まあ、カッコいいからいいか!

 

 

 混乱する思考を落ち着けた後、僕が導き出した答えはそれである。

 異能の到達点であるフェアリーバーストの力は色々と特別であり、彼が編み出したいずれの技も設定的に無理のあるものではない。寧ろフェアリーセイバーズならやるわ……と、僕は目の前の戦い方が忘れていただけで公式でもこうだったのではないかと疑い始めている。

 

 しかし、そうか……もう三人の中で一人だけ単独で飛べないとネタにされることはないんだね。ううっ、長太君が立派になってお姉さんは嬉しいよ。

 

 

『ウオアアアアッ!』

「ぐっ……!」

 

 だが、ネツァクも強い。

 長太の新フォームお披露目回なのだから、もう少し圧されてもいいのに。そう思ってしまうほど本気になった彼は強く、二人を同時に相手取りながら対等に渡り合っている。長太の氷も炎の焔も己の拳一つで相殺していく光景は、まさしく「勝利」のサフィラスに相応しい姿だった。

 

 その力のぶつかり合いを間近に受けて、僕のシルクハットが飛びそうになる。

 念の為バリアを張っているとは言え、体重の軽い僕では近くで見ているだけでも吹っ飛ばされてしまいそうだった。

 いや、「そこで見ていてくれ」って言われたから、ここで見ているけどね? 僕としてはやっぱり、近くで見るよりも高いところから見下ろしている方が性に合っているんだなと再確認した。

 

 

「合わせろ炎!」

「わかった!」

 

 だが、彼らの決闘もそろそろ決着がつきそうだ。

 発動したばかりのフェアリーバーストという強大な力の連携である為か、最初はどこか手探り感があった二人だが、戦いの中で相方の動きを把握したようだ。その連携は、徐々に洗練されてきた。

 流石はセイバーズのエースである。ネツァクの顔からも、完全に余裕が消えている。彼も自分が追い詰められていることがわかっているのだ。

 

「氷壊弾!」

『なんのッ!』

 

 周囲に展開した無数の氷柱を、ミサイルのように次々と射出していく。

 空に飛び上がったネツァクは八枚の翼を羽ばたかせながら巧みにかわしていくが、全ての氷柱をかわしきることはできない。直撃コースで入ってきた何発かは、受けざるを得なかった。

 自身の動きを捉えてきた氷柱を、豪快なパンチで粉砕していく。

 

 だが、それこそが二人の狙いだった。

 

『何ッ!?』

 

 氷柱攻撃、「氷壊弾」と名付けられた長太の技は牽制である。

 射出された無数の氷柱の嵐を隠れ蓑に、本命が──蒼炎を纏った炎が、横合いから切迫してきた。

 右手に携えた蒼炎の剣がネツァクの身体を打ち抜き、上空から氷漬けの武舞台へと打ち落としていく。

 その先に待ち受けていたのは、氷で作った斧を構えた力動長太の姿だった。

 

「決めろ、長太!」

「おうよッ!」

 

 やっちまえー!

 僕は固唾を呑んでその決着を見守る。

 長太は斧を振りかぶりながら、武舞台の上に叩きつけられたネツァクの元へ飛び掛かっていく。

 フェアリーバーストを発動した二対一では、やはりこちら側に分がある。しかし彼の決めたルールだ。卑怯とは言うまい。

 ネツァク、君は確かに「勝利」の名に相応しい大天使だった。

 だがこの決闘、セイバーズの勝利だ!と、僕はその決着を確信した──その時だった。

 

 

 ──突如として空から、閃光が走った。

 

 

 落雷かと見間違うほどの威力だった。しかし空は晴れており、雲一つ浮かんでいない。

 何故ならば今しがた轟音と共に頭上から飛来してきた閃光は自然現象ではなく、一人の天使によって放たれた砲撃だったのだから。

 

 ……危ないところだった。

 

 咄嗟に僕が「稲妻」の異能を割り込ませて軌道を逸らしておかなければ、長太はその光に巻き込まれていたことだろう。氷の鎧がダメージを軽減させるとは言え、予想だにしない不意打ちは致命傷になりかねない。

 

 

 誰やねん楽しい決闘に水を差してきたのは!

 

 

 興醒めもいいところである。僕は介入するのはいいが、介入されるのは嫌いなのだ。

 ムッとしながら空を見上げると、しかしそこにいた思わぬ人物の姿に、僕は驚きの声を漏らした。

 

 

「サフィラスの女性陣がそろい踏みとはね……」

 

 

 ヤバいってこれ……あかん奴や。

 空からゆっくりと降下してくる二人の大天使の姿に、流石のチートオリ主も焦りを浮かべる。

 

 本当、どうしようこの状況。

 

 

『勝利のサフィラスの名が泣いていますよ、ネツァク。人間如きに、貴殿がそこまで追い詰められるとは』

『……邪魔をしないでほしいな、マルクト』

 

 最初に目視できる距離まで降りてきたのは、その手にマリンブルーの宝剣を携えているオリーブ色の髪の美少女だった。

 小柄な背中には八枚の翼が広がっており、膝下まで下ろされた長い髪が、自身の攻撃によって発生した風圧によってゆらゆらと靡いている。

 ネツァクに向かって呼び掛けるその言葉遣いは丁寧だが、小馬鹿にしたように見下ろす姿からは高圧的な印象を受ける。

 ネツァクはボロボロになった上着をちぎり捨てながら立ち上がると、少女たちの姿を抗議の眼差しで見上げる。

 

 

 ──サフィラス十大天使10の天使、王国の「マルクト」。

 

 

 彼女もまたネツァクと同格の大天使であり、ケテル最後の剣とも称される王の懐刀だった。

 あと、かわいい。かわいい(重要)。

 

 原作アニメ「フェアリーセイバーズ」では登場が終盤だったので出番は数分しか無かったが、貴重な女性キャラ──それも丈の短い純白の法衣と、ロングブーツの間に光る絶対領域が印象的なミニスカ美少女だったので、短い出番の中でも目に焼き付いていた。かつての僕の性癖の目覚めである。

 更に言えば、どいつもこいつも独自の正義を持っているが故に今一つまとまりの無かったサフィラス十大天使の中で、彼女だけは徹頭徹尾ケテルに一途だったものだ。故にかわいい。ケテル爆発しろ。

 

 そんな彼女──マルクトがツァバオトに現れたことは衝撃的ではあったが、それもまたケテルへの忠誠心を考えれば納得できる展開だった。

 

 しかしそれ以上にマズいことになったのは、彼女の他にもう一人──超空間で僕たちが分断される要因を作った、殺意MAXの大天使様が降臨なされたことである。

 

『さあ、一網打尽にしますよティファ。貴方と私が組めば無敵です』

『……ええ。そうね、マルク』

 

 オリーブ色の美少女の後ろには、身長180cm近くの妙齢の金髪美女──同じくサフィラス十大天使ティファレトの姿が見える。

 天使たちは基本的に長身である。女性天使であるティファレトですらスーパーモデル級であり、僕から見れば地面に立っていても見上げる形になる。

 しかしそんなサフィラス十大天使の中にいて、身長150cmぐらいしかないマルクトの体型は未成熟な末妹感が強くて大変よろしかった。

 顔立ちは凛々しいけど、おかげでそこまで威圧感が無くて助かる。

 

 招かれざるスペシャルゲストが二人も姿を現したことで、むさ苦しい闘技場が一気に華やかになる。

 場内の観客たちは皆、どよめきながらも恍惚とした眼差しで彼女らを眺めていた。……うん、ネツァク様を悪く言うわけじゃないけど、ザ・天使って感じの神々しさだもの二人とも。わかるよその気持ち。後光差してるし。

 

 

 しかしこの状況、僕たちからしてみれば悪夢みたいな状況である。

 

 三人のサフィラス大天使が集まり、二人はネツァクとの戦いで疲弊している。

 おまけに、マルクトとティファレトはお互いを愛称で呼び合うほどの仲良しさんである。足の引っ張り合いも期待できそうになかった。

 

 原作では主義主張の違いから敵対していた二人だが、ここではティファレトが人間許すまじの感情に染まっている為両者の思惑が一致している。おかげで仲睦まじい二人の姿を見れるのはファンとして嬉しかったが……この状況で二人が揃うのだけはちょっと勘弁してもらいたかった。

 

 でも、僕には女神様っぽい人の気持ちわかるよ……二人とも貴重な女性キャラだもん。そりゃ出番を増やしたいよね!

 

 仮に僕がフェアリーセイバーズのSSを書くとしたら、ヒロインはこの二人にするよね。特に原作の出番が少ないマルクトは、色々と捏造設定を盛りやすいのだ。

 

 

『待ってもらおうかご両名! 今は決闘中ッ! それに、ここは私の島だ! 君たちの出る幕ではないな!』

『人間共の見極めは済んだ。ただちにこの世界から抹消しろというのが(ケテル)様の命令です。貴方の話は聞けませんね』

『む、むう……』

 

 二人の乱入により水を差されたことでネツァクが抗議の声を上げるが、小柄な大天使様は嘲るような視線で彼を見下ろしながら、ピシャリと言い捨てた。その言葉に、ネツァクは歯切れ悪く口籠もった。

 

 ネツァク様弱っ、勝利の大天使のくせにレスバトル弱いな! もう少し頑張ってよお兄ちゃんでしょ!?

 いや、お兄ちゃんだからこそ、末妹には弱いのか……ええい! 人情派が裏目に出たな。

 

 

「……うるせぇ」

 

 ボソリと呟いた声が、耳に入る。

 もちろん僕の声ではない。心底苛立たしげなその声は、彼女によってネツァクとの決着を台無しにされた張本人が吐いたものだった。

 

「何が見極めは済んだ──だ……あんたらの王様は、俺たちの何を見た!? 血反吐吐きながらあのド畜生をぶっ倒したのは、一体どこの誰だと思ってやがる……!」

 

 ペッと唾を吐きながら、空からこちらを見下ろす少女の姿を睨む。あっ、見せパン見えた。流石に穿いているよな。

 おっといかんいかん、今は彼女の絶対領域に注目している場合ではないのだ。

 

『……何ですか? 我々に何か文句でもあるのですか? おに……ケセドを殺した貴方がた人間が、我々に? 痴れ者め、恥知らずも大概にしなさいっ!』

 

 あっ今ケセドのことお兄ちゃんと言いかけたな。

 原作では「貴方は出来損ないの裏切り者ですね……」だとか「王様の気持ちもわからない半端者!」だとか、「バーカ! 死んじゃえ! 大っ嫌い!」とか言って彼のことをボロクソに貶していたものだが……うん。特に敵対しているわけではないこの世界では、それなりにいい関係を築いていたのだろう。

 

 ケセド君優しいし、末妹のことすっごい大事にしてそうだもんね……お労しや。

 

 しかし、人間を憎む理由が彼女にあるように、人間側にも彼女らに物申したいことはあるわけで。

 今回は白熱していた男同士の決闘に水を差されたことも相まって、彼女から一方的な糾弾を浴びた力動長太はイライラゲージがMAXになっていた。

 見た目通り、彼は我慢弱い。堪らず叫び出した。

 

「恥知らずはどっちだこのガキ! 人のクソな部分だけ見て、人の全部をわかったと思うなよ! 俺を……俺たちを見ろ! 俺たちはまだ、てめえらに見限られるほど捨てたモンじゃねえっっ!!」

『っ!?』

『マルク、離れなさい!』

 

 瞬間、長太の纏う氷の鎧がまばゆい輝きを放つ。

 僕は「サーチ」の異能により彼の異能の力が集束していることに気づいたが、同じことをティファレトも察知したのか、マルクトに呼びかけながらその場から飛び退いていった。

 

 しかし完全に彼を見下し、侮っていたマルクトは、即座に回避行動へと移ることができなかった。

 

 

「これが……人間の力だあああああっっ!!」

 

 

 咆哮と共に、紅蓮の鎧からおびただしい量のエネルギー波が解き放たれる。

 余波を受けただけで、身体中が凍えそうになる。後でまた炎に温めてもらえないかなーと思ったそれは、彼の身体から放たれた猛吹雪の一点照射だった。

 原理としては単純だ。バースト状態の時には手当たり次第放出していた氷結の力を、一点に絞って爆発させたのである。

 

 その砲撃はまるで光線のように長太の鎧から迸り、咄嗟に剣を盾にしたマルクトの身を瞬く間に飲み込んでいった。

 

 

『っ、きゃああああああ!?』

 

 ……うむ。

 

 うむじゃないが、迫真の悲鳴である。こんなことを言うと物凄く犯罪臭いが、こちらを見下しきっている勝ち気な美少女が、予想外な仕打ちに女の子らしい悲鳴を上げるのって、いいよね。

 決して痛めつけてやりたいわけではないのだが、何故だか胸の辺りがこうぞわっとするのだ。

 そんなことを思考の隅に置きながら、僕は長太の知らない新必殺技を見届けた。

 

 

「へっ……どうだ……」

 

 得意げに笑いながら、紅蓮の氷で作られた長太の鎧が崩れていく。

 凄まじい威力であるが故に、氷の鎧を形成していた分の力も消費してしまったのだろう。

 その力はバースト状態の時の猛吹雪とすら比較にならない。多分、僕が受けたらダメージは免れなかっただろう。

 

 しかし、それを正面から受けた筈のマルクトは──身体の各所が凍りついていたものの、未だ健在だった。

 

 ただし、身体は無事でも……という奴だ。

 侮っていた人間から悲鳴を上げさせられた羞恥心からか、その顔は真っ赤に紅潮している。剣がバリアの働きをしていたのか僕のようにびしょ濡れにならなかったのは、少しだけ羨ましかった。やっぱ強いなあの剣。

 そんな彼女は怒りに燃えた大きな瞳で長太を睨み、強く言い放った。

 

『ふ……ふざけないでください! 我らの神アイン・ソフから授かったこの聖剣マルクトがある限り、その程度の攻撃、そよ風にも及びませんっ!』

 

 そよ風にも及びません(キリッ)って、貴方……今めっちゃ悲鳴上げていましたやん。

 キリッとした顔で言っているけど、僕見ていましたよ千里眼で。貴方攻撃を受ける瞬間「ぴっ」って怯えていましたよね?

 くっ、ツッコみたい……! 「そこのところどうなんですかマルクト様ー! 大天使マルクト様ー!」と、執拗にツッコんでプルプルさせたい……!

 

 だけどやらない。

 今はシリアスな展開だし、そういうのはミステリアスなお姉さんのキャラではないのだ。

 

 

「10の天使はまだ、幼いね……」

 

 

 ただ僕は、そんな彼女のことを温かい眼差しで見つめていた。

 

 

「顔真っ赤にして何言ってんだ嬢ちゃん?」

『……! ──ッ!』

 

 い、言ったー! さ、流石長太さん! 僕が言えなかったことを躊躇いも無く! そこにシビれて憧れるぜー!

 

 顔真っ赤にしてプルプルしているマルクトの姿は、大変よろしかった。

 心なしか彼女を見つめる場内の観客の皆さんの空気も生暖かい。降臨した瞬間はそのカリスマに拝むように仰ぎ見ていたのにこの変わり様である。

 この子、自分の島ではアイドル的な存在として見守られているんだろうなぁと何となく感じた。人望は厚そうである。

 

 そんな末妹の姿に溜め息を吐きながら、美の大天使ティファレトが彼女の翼をトンと叩く。

 

『落ち着きなさい、マルク。子供じゃないんだから』

『ふ……ふん! 落ち着いてますよ私は! 私はケテル様最後の剣ですから!? 今でも全く冷静ですよ私は!』

『どこがよ。ほら、後ろ向いて。髪の毛に氷ついているわ』

『……! う~!』

 

 かわいい(確信)。

 こんな天使様、味方だったら一生推すわ。

 お高くとまってすまし顔だった美少女が羞恥に崩れるのっていいよね……そう思いながら、僕は髪先に付いた氷をティファレトに払ってもらうマルクトの姿をほっこりと眺めていた。

 あの子、こんなに愉快なキャラだったんだなって。つくづく原作では出番が少なかったのが勿体無いと思った。

 

 

 しかし、そうも呑気に言ってられない状況だ。

 

 

 見た目はこのように可愛らしい美少女だが、マルクトの戦闘力は本物(ガチ)である。というかあの剣がヤバい。

 今しがた長太が放った全力の一撃さえも、聖剣マルクトの護りの前では大したダメージにならなかったのだから、その恐ろしさは推して測るべきだろう。

 一方で長太は今の一撃で大きく消耗し、フェアリーバーストの状態が解けてしまった。まともに戦えるのはもはや炎しか居らず、その炎もネツァクとの戦いで疲弊している。

 

 うん、冷静に考えて絶体絶命である。

 

 そしてそれは、チートオリ主の出番を意味している。

 よっしゃ、僕に任せな!

 

 

『待ちたまえ、T君ッ!』

 

 T君? ああ、T.P.エイト・オリーシュアだからT君か。初めて聞いたわその呼び方。なんか寺生まれみたいだな。

 再びターンが巡ってきたことにウキウキな気持ちで前に出ようとした僕を制したのは、末妹に論破された大天使ネツァクの声だった。

 

『ここは私が引き受ける! 君は彼らを連れてここを去るがいい!』

 

 

 ──!?

 

 ここは任せて先に行け、だと……!? それはオリ主として一度は言ってみたい台詞ベスト3に名を連ねる台詞ではないか!

 その言葉を受けた僕は、雰囲気を台無しにしないようにあえて問い返した。

 

「……いいのかい?」

『なに、前からケテルの計画には乗り気でなかったのだ。全面的な協力はできないが、この場ぐらいは私が収めよう! 君にも果たすべき使命があるのだろう?』

 

 サンキューネツァク様!

 あんたの株、ちょっとケチが付いたけどずっと頼もしかったぜ!

 

「ありがとう、ネツァク」

『ふっ……君たちに、サフィラの祝福があらんことを!』

 

 彼が引き受けてくれるのなら、僕はそれを受け入れるだけだ。

 この展開で僕も残ってしまうのはそれはそれで熱い展開かもしれないが、そうなると炎たちを連れて行ける者がいなくなる。

 地味な役割だけど、原作のキャラに何かを託されたりすることもまたオリ主の役目である。僕は「闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)」を発動するとその背中に飛び乗り、すかさず「念動力」で長太を回収した。

 

「おお!?」

「エン、キミもこっちに!」

「……ああ」

 

 長太は一人ティファレトの前に立ちはだかるネツァクを見て何か言いたげだったが、フェアリーバーストが解除されてしまった彼では万に一つも勝ち目は無い。僕は有無を言わせず闇の不死鳥を発進させると、その先でハニエルと何やら話し合っていた炎の手を掴んで引っ張り上げてやった。

 

「離脱するよ、しっかり掴まってて」

 

 力動長太と合流するという当初の目的は既に果たしているのだ。

 後少しでネツァクを味方に引き込めたのは惜しかったが、大天使が直々に二人も押しかけてきた以上、長居は無用である。

 ネツァクは……大丈夫だろう。アビスの対処もある以上、酷いことにはなるまい。建前としても、「決闘を邪魔したから」と言い張れば裏切り者認定も受けない筈。ケテルは何だかんだで身内に甘いのだ。

 

 そういうわけで僕は怪盗らしい逃げっぷりを存分に発揮し、この場を飛び去っていった。

 カバラちゃんはごめん! 炎たちを降ろしたらすぐにテレポーテーションで迎えに行くので待っててほしい。

 

 

 

 

 

『逃しません!』

 

 

 黒い巨鳥──今は亡きケセドに似た力を使って飛び去ろうとする人間たちを追撃し、マルクトは八枚の翼で闘技場を置き去りにすると一気に上空まで飛び上がっていく。

 既に距離は遠く闘技場からも離れているが、10km程度ならマルクトの射程範囲である。肉弾戦に特化しているネツァクとは違うのだと自負しながら、彼女は聖剣マルクトの柄を両手で握り、その剣先に聖術のエネルギーを溜めていく。

 先ほど彼らの決闘を妨害した技とは比較にならない威力だ。これで忌まわしき人間共を撃ち落とし、二度とフェアリーワールドに来れないようにしてやるとマルクトはその光を解放しようとした、その時だった。

 

 

『っ……なに!?』

 

 

 下──闘技場の屋根の方から飛来してきた一本の光の矢が背中を刺し、マルクトの剣戟を妨げたのである。

 

『この、矢は……ビナー……?』

 

 それに気を取られた数秒の間に、憎き敵はこの場から離脱していった。

 

 




 アンケートご協力ありがとうございます!
 タイトルは変えない方がいい、いい感じの候補があるなら変えた方がいいの意見を多く貰ったので、基本的にはこのままで、よほどいい感じのタイトルが思いついた時に変えるかも、というつもりでやっていきたいと思います。本当神機能だなこれ……
 なお、よほどいい感じのタイトルは思いつかん模様

 アドナイ編が一区切りなので次回は三次元回を予定しています


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とある世界線のお話 最近のフェアリーセイバーズ∞を視たオタクの反応

 味を占めたので


 フェアリーセイバーズが20周年記念にリブートされると聞いた時、オタク野郎は「マジかよ」と呟いた。

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ」とは彼の少年時代の青春の1ページである。

 当時の彼が厨二病に目覚めたきっかけと言ってもいいかもしれない。脂が乗ったセル画が魅せるスタイリッシュな戦闘シーンに心を鷲掴みにする印象的な音楽、中の人たちの演技。それらは彼がオタク人生を歩むことになるきっかけの一つでもあった。

 原作の漫画やアニメの円盤も全巻完備しており、ドラマCDまで把握しているほど思い入れの強い作品である。

 

 しかし、それ故に彼の心には「思い出は思い出のままにしてほしいなー」と感じるネガティブな気持ちもあった。

 

 それは最近頻発している、一昔前の作品のリブート自体への不安である。

 もちろん評判の良いリブートアニメもあるのだが、「フェアリーセイバーズ」に関しては特にセル画のクオリティーが評価されていた作品であり、現代のデジタル作画やCG技術を使って焼き直すことに抵抗感があったのだ。

 これは他のアニメのことだが、放送当時はリアリティーのある過激な描写がウリだった作品が、当時と比べて規制やしがらみの多い現代に蘇ったことでマイルドな内容に変更され、当時の視聴者としては何か物足りない──箸にも棒にも掛からない薄めたカルピスのような作品にされてしまったと憤ることがあった。

 

 オタクは面倒臭いタイプのオタクだった。いわゆる懐古厨という奴である。

 

 そんな彼は、フェアリーセイバーズのリブート版として発表された「フェアリーセイバーズ(インフィニティ)」も、そのような面白みのない作品にされてしまうのではないかと不安視していたのだ。

 

 

 ──だがいざ放送が開始されると、彼はスタッフ陣の本気に度肝を抜かれた。

 

 

 シナリオ構成には原作者が直々に関わっており、キャラクターの中の人や演出担当は当時のまま変わらない。

 その上放送期間も一年ほどあり、尺の関係から前作では端折らざるを得なかった原作のエピソードもみっちり丁寧に描写してくれたほどだ。

 

 しかも、この時代に当時と同じ日曜朝の枠を確保するのは並大抵なことではない。

 その時間はどうせ暇である独身の彼は、おかげで旧作当時と同じ習慣で視聴を続けることができた。

 

 そこでようやく彼は、「ああ、これ俺の知っているフェアリーセイバーズだわ……」と──やっぱりプロは違うなぁと喜び、安心感を抱いたのである。

 フェアリーセイバーズ∞は思い出を汚すなど、とんでもない。

 

 これは良リブートである。

 

 自他共に面倒臭いオタクだと認める彼だが、自分でも意外なほど新作を受け入れることができた。

 ネット上の評価を見てみると「賛寄りの賛否両論」と言った感じであり、批判意見は本作に追加された新要素を受け入れられなかった者たちに多いようだ。

 

 そう、その新要素である。

 

 旧作フェアリーセイバーズ長年のファンである彼は、それについては概ね快く受け入れていた。

 

 元々彼は旧作の内容そのままの焼き直しには反対していた口であり、原作者が監修してくれているのならドンドン新しい要素を出してくれた方が視ていて楽しかったのだ。

 

 それと、彼はロリコンなので新キャラの「メア」がツボに入ったのも大きい。そんな彼の旧作での推しはマルクトである。

 

 「アニオリで追加される知らない新キャラ」というものは、古来から続く不安要素である。

 しかし、彼女の場合はアニメスタッフやスポンサー側が強引にねじ込んだキャラではなく、原作者が直々に考案したキャラであることが大きいのだろう。

 何よりデザインと声が素晴らしい。

 彼は拗らせたオタクだが、己の性癖にはいつだって正直だ。故に、かわいい新キャラは常にウェルカムだった。

 新要素以外にも「フェアリーセイバーズ∞」では旧作と違って尺に余裕がある為、力動長太や光井親子など当時割を食っていたキャラの活躍が多くなっていたことも彼には嬉しかった。

 もちろん「メア」に関係する新規エピソードもまた出来が良く、不器用ながらも兄貴している主人公やお姉ちゃんしているヒロインの姿も新鮮で面白かった。

 同じく子供の頃フェアリーセイバーズを視ていた同世代の友人もそう言っている。親子で仲良く一緒に視ていると聞いて、既婚者である彼のことを羨ましく思ったものだ。

 

 旧作の主要メンバーに「メア」を加えた悪の科学組織PSYエンス編のリブートは、薄めたカルピスどころか濃厚な仕上がりでシナリオを盛り上げ、無事好評に終わった。

 グッズ展開も早く、オタクは新しく出たプレミア版メアフィギュア(ランドセルver)をパソコンの前に飾り愛でていた。

 

 しかし、空気が変わったのはその後の展開である。

 物語が二期へ移行し原作以上にケセドが可哀想な目に遭っていたり、メインヒロインである光井灯が追加戦士入りしないという思いがけないサプライズがあった。

 この時アンチスレは伸びていたものだが……その時点から既に、察しの良いフェアリーセイバーズガチ勢の頭にはある疑念が浮かんでいた。

 

 

 ──もしかしてこのアニメ、リブートではなく完全版なのでは? と。

 

 

 そう思ったきっかけは、二期から登場したメアに次ぐ新ヒロイン「T.P.エイト・オリーシュア」の存在である。

 

 こちらも原作者直々に考案した新キャラクターであり、例によって素晴らしいデザインである。

 キービジュアルの時点から注目されていたが、動く姿はそれ以上に美しく、「戦うヒロインを描きたい病を患っている」と揶揄されるスタッフの皆さんのおかげで登場の度に男の子の性癖を掻き乱す獅子奮迅の活躍をしていたものだ。

 

 しかし、聖獣ケセドの因子を持つメアとの関係性を匂わせ、自らが聖獣であることを意味深な台詞で仄めかす彼女の存在は、漫画、旧アニメと視てきたフェアリーセイバーズガチ勢であるオタクの頭をより困惑させた。

 

 

 あー、コイツ天使かな? 天使だわ……と、考察の果てに彼が導き出した結論はそれだった。

 

 彼の言う天使とはもちろん、フェアリーセイバーズの二期、「異世界フェアリーワールド編」に登場するボスキャラ集団サフィラス十大天使のことだ。

 彼らは全員で10人もいる為、旧作では尺の関係上で個別のエピソードをごっそり削られたり、そもそも未登場のまま終わったキャラもいた。

 その辺りの掘り下げが少なかったのが、旧作における数少ない不満点であり、特に彼の推しであるマルクトはその筆頭だった。

 原作の漫画では彼女の健気さ、ツンデレな描写が少年時代の彼の性癖を目覚めさせたものだが、主人公には絡まないのでアニメではその辺り削られ、「ただかわいいだけの敵A」みたいな扱いに終わっていた。

 その不満は∞にて解消されるかもしれないが……それはともかく。

 

 

 「T.P.エイト・オリーシュア」という新キャラには、旧作ファンの間で様々な憶測が囁かれている。

 

 

 作中の人物を含め、もはや誰も彼女のことを人間と思っていないエイト聖獣説。

 旧作に未登場の大天使ビナー説。

 大天使のモチーフからのメタ読みで11番目のサフィラスではないかという説。

 黒い翼を出し、闇を受け入れることを諭していたことから推測した堕天使説。

 堕天使説から派生したルシファー、或いはサタン説。

 異能を盗む彼女の能力と、能力を模倣するアビスの特性の共通点から見出したアビス説。

 未来ある子供たちに優しく、人々を導こうとする姿勢から人間を高次へと進化させる無限光なのではないかと言うタイトル回収の意味も含めたアイン・ソフ・オウル説。

 同じ理由からフェアリーワールドの神アイン・ソフか、アイン・ソフの嫁、或いは端末ではないかという説。

 エイト=8というこじ付けから天使ホドの関係者ではないかという説。

 かわいい説。かわいい。

 おねショタの伝道師説──おねショタに脳を溶かされた人間が辿り着いた説であり、現在これが最有力説だ。

 そしてこれまでのフェアリーセイバーズを知るオタクが最も混乱した考察──ケセドへの追悼曲に彼のキャラソンを歌うなど、ファンサービスの類いとは思えない「前作」を想起する発言を残していたことから未来の天使、或いはパラレルワールドからの来訪者ではないかという説もある。

 

 因みに、アニオタ必修科目である「セフィロトの樹」について履修していた彼には、彼女が天使らしい一面を見せたその時から彼女の正体には大凡察しがついていた。

 

 そんな彼は自身のチャンネルで【T.P.エイト・オリーシュアの正体、ダァトなの バ レ バ レ】【ケセドは2人いる!? とんでもない新事実が発覚!】という二本立ての考察動画を上げてみたり、オタク目線から新アニメ「フェアリーセイバーズ∞」をエンジョイしていた。

 新しいものをその都度拒んでいては人生損するだけだと、三十路近くになってようやく気がついたのである。

 

 

 ──いずれにせよ、彼女の存在は旧作ファンにとっては未知の領域となる、今後の物語の根幹を為すキーパーソンになるだろう。

 

 

 故に、「∞」の物語は旧作をなぞるだけには留まらない筈だ。

 

 実の話、原作漫画フェアリーセイバーズは作者いわく、本来構想していたものではなかったらしい。

 

 それは連載当時、原作ではいよいよ最終章が始まるというところで作者が病気を患ってしまい、文字通り血反吐を吐きながら死に物狂いで強引に完結させた作品だったからだ。

 故に本当に描きたかったものが描けなかったのが心残りであると、病気が完治した後のインタビューで彼は語っていた。

 アニメの終盤が駆け足だったのは確かに尺の都合も大きいが、連載当時の状況も無関係ではなかったのだと思える。

 

 尤も、作者がそう語った割にはアンケートも落ちることなく綺麗に完結させてくれたので、読者としては不満はなかったが。

 

 そんな原作者が直々に舵を取った「フェアリーセイバーズ∞」は、彼が当時描きたかったもののリベンジ作でもあるのだろう。

 もしかしたら本作の新キャラであるメア&エイトもまた、本当は原作の連載時点から主要キャラとして出したかったのかもしれない。

 

 それらを考察してオタクは、「T.P.エイト・オリーシュア」という天使らしき少女は、原作漫画や旧作アニメに不足していた天使サイドの掘り下げを行う為のキャラなのではないかと推測していた。

 そう言う意味では彼女もまたケセドである。やはりケセドは二人いる!

 

 

 

 ……しかし、考察は所詮考察だ。

 

 フェアリーセイバーズの原作者は画力とコマ割り能力に特化したタイプの漫画家なので、実はそこまで考えていなくて、ただ単にかわいい女の子を出したかっただけだったとしても驚かない。20年来の付き合いである為、その辺り彼は理解のあるオタクだった。

 

 そんな彼でさえ問題のTVスペシャルを視た時は「原作者が当時描きたかったものって、濃厚なおねショタだったのでは……?」と思い始めたものだが、主人公たちが異世界に突入する際──旧作で死亡した明宏の死亡フラグをへし折るように割り込んできたエイトを見て、オタクは自身の考察に確信を得た。

 

 このアニメはリブートであってもリメイクではなく、寧ろ続編や完結編に近い立ち位置の作品であると。

 

 

 そしてその推測通り、放送が始まった「フェアリーセイバーズ∞」の異世界編はまるで別物となった。

 

 まずケセドが人に裏切られたことで、旧作では味方だったティファレトが殺意MAXの状態で敵に回ったのは衝撃的な展開だった。

 ケセドの扱いと同じく大胆な改変に掲示板は荒れたが、その次の回で明かされた彼女の回想シーンを視てオタクたちは納得した。

 

 旧作では女神のように優しかった彼女が心を鬼にする最後の決め手になったのは、ケセドの死に生まれて初めて涙を流すマルクトの姿を見たからだったのだ。

 

 20年来のマルクト推しであるオタクは公式との見解の一致に歓喜した。いや本人は滅茶苦茶曇らされているのだが、旧作アニメ以上に彼女の性格がしっかりと描写されていたのである。

 声を上げて泣いたマルクトに対して、泣くことができない自分に悔しがりながら抱きしめるティファレトのシーンは、旧作ファンとしては納得するしかないエモさだった。

 

 他には旧アニメでは省略されたネツァクの筆頭天使「ハニエル」の存在や、オムニバス形式で並行して展開していくメアサイドの物語で姿を現した8の大天使「ホド」の存在。

 

 そして、原作では舞台装置としての働きが多かった「アビス」が既に人間世界にも発生し始め、その対処に残された明宏や灯が奔走したりと明らかに前作より描写が盛られていた。

 

 中でも個人的な推しであるマルクト様ちゃんが早期に登場してくれたのは嬉しかった。

 自主規制過剰な現代でも怯えることなく短いスカートを穿いており、最新の作画で彩られたオリーブ色の髪もとても美しい。中の人の演技も20年で成長したことで当時とは比べ物にならないほど上手くなっている。思えばそういう部分もリブートアニメの醍醐味なのだと気づいた。これを機に、食わず嫌いをしていた他のリブート作も視ようかなと思ったほどである。

 20年前、少年だった頃の彼を「小柄少女の絶対領域フェチ」という性癖に目覚めさせてくれたそのキャラは、現代に蘇ってより一層眩しくなっていた。

 

 メアパートではお兄ちゃんたちとはぐれたメアが自立して一人で頑張る姿にほっこりしながら、炎パートでは熱き漢たちの戦いに燃えて、推しの降臨に萌える。

 

 そういうわけでオタクは、最近アニメが面白かった。

 

 

 しかし性癖と言えば、今の子供たちにとってその担当は件の怪盗オリーシュア様になるのだろうか。

 そんなことを思いながら、オタクは日本の未来を儚んだ。

 だが、致し方なし。

 

 いかに賛否両論あろうと、人は己の性癖(エッチなもの)には勝てないのである。

 

 

 そしてオタクは思う。

 包み隠さぬ性癖こそが、己の創作意欲を掻き立てる人類の叡智なのだと。

 

「よし、書くか」

 

 オタクの趣味は絵描きと二次創作小説──すなわちSS書きである。

 彼はクリエイティブなオタクだったのだ。

 得意ジャンルは性癖を前面に押し出したラブコメとハードなR-18。

 己が書いた叡智な絵を挿絵にすることで、自給自足を行うことができる稀有な才能の持ち主である。

 彼の書く主人公は自己投影したものぐさなオリ主であり、寄り添うヒロインは大体マルクト。「∞」の放送が始まる前──個人サイトで自作SSを書いていたほどの古参だった。

 R-18作品では高潔で生意気な大天使の少女が見下しきった薄汚い人間共に屈服させられる話とかが好きだった。推しを己の文で汚すことも厭わぬ畜生である。

 

 そんな彼は現在放送中の「フェアリーセイバーズ∞」の展開を着想にすることで、この日、新たなSSの執筆とセルフ挿絵の同時進行を行うことにした。

 

 その着想を得たのはしかし、マルクトが20年ぶりにアニメに登場する一つ前の回のこと──男臭い力動長太の覚醒回の放送時である。

 視聴後の彼を掻き立てたのは、性癖を狂わされた苛立ちを己の創作にぶつけるという、クリエイティブなオタク精神だった。

 

 

【R-18 びしょぬれエイトちゃんがバースト長太にバーストされる話】

 

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

 

 全20000文字の短編小説である。最後に自作の挿絵も載せて、投稿ボタンをクリック。

 ひと心地ついた彼は、賢者のように小さく息を漏らした。まったく、やれやれだぜ。

 

 ──かの美少女怪盗は、幾度となく少年たちの性癖を壊してきた。

 

 今やその被害は画面の中だけに留まらず、友人の話によるとテレビの前のよい子の皆さんにも広がっているらしい。

 スマホから聞こえる彼の言葉は何とも言いがたい悲壮感に溢れていたものだが……オタクは寧ろ、それを進化の過程と歓迎していた。

 

 ハッピーバースデー、男の子。それは新たなる君の誕生だ。

 

 そして新しい性癖の目覚めとは、いつどんな時だって起こり得る。

 故に、大人だって新しく目覚めるものなのだ。

 クールなお姉さんのびしょ濡れ姿って、いいよね……という性癖が。

 

 ロングヘアーのロリとか好きだった彼は、その日、ショートカットのお姉さんでもイケるように進化した。

 

 世界に満ちる果てしない性癖──その全てに、還る場所があるのだろうか。

 今は信じたい……たどり着いた場所にある、最善の悦びを。

 その為に、僕らは創作を続けるのだと──。

 

 

 

 

 

 

 なお、小説は「長太はこんなことしない」、「エイトおねえちゃんをいじめるな」という感想を貰い、0評価を10個以上連続で受け無事凍結。絵だけ描いてろと言われ彼は崩れ落ちた。

 

 一方で考察動画の方は100万再生を突破し、それ以降彼はしばらく動画投稿に専念することになったという。

 

 

 ──そして友人からは程なくして「マモレナカッタ……」という電話を受け、オタクはニヒルに笑うのだった。




【こそこそオリ主話】

 オタク君のR-18小説は10と0しか評価がない模様。
 仮にエイト本人に見せたら真っ赤な顔で逃げ出すぐらい危険物らしい。


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伝家の宝刀、その名は「SEKKYOU」

 


 旅と言えば、野宿である。

 

 町から町へと渡る際、一日でたどり着けない場合には道端にテントを張り夜を過ごすのは異世界冒険の基本である。その際にたまに親切なおじさんに泊めてもらったり、そのおじさんが狼男的な怪物だったりするのもまたお約束の展開だった。

 

 もちろん、僕はオリ主なのでその辺りも抜かりは無い。

 

 キャンパーとしての基本知識は履修済みであり、快適な野宿ライフを過ごす為の能力も完備している。と言っても大体「闇の呪縛」と「バリアー」があれば雨風を凌ぐには十分であり、そこに「アイテムボックス」を足せば頑丈な仮設住宅の完成である。

 

 外は日が落ちて、地球よりも月の光が強い森の中。

 僕が作った闇のテントの中で腰を下ろし、それぞれ身体を楽にした僕たち三人は、炎が点けてくれた蝋燭の火と僕の隣にちょこんと座るカバラちゃんの光に照らされた7畳半のスペースで向かい合っていた。

 

 カバラちゃんはマルクトとティファレトの追跡を撒いた後、テレポーテーションできっちり迎えに行ってきた。

 カバラちゃんは本当に賢いカーバンクルなので、物陰に隠れながらも僕を待っていてくれたのだ。いやー良かった良かった。

 僕は彼女に「ありがとう」とお礼を言った後、この胸に飛び込んできたもふもふを堪能しながら回収してきたわけだ。君は僕の胸が好きなのかな? 僕も君のこと好きだからどんどん飛び込んでいいよ。

 

 そして今、カバラちゃんは大人しく待っていてくれたお礼とお詫びの気持ちを込めて、僕が差し出したチュールっぽいおやつを肉球に掴んでちゅるちゅると食らいついていた。

 リスというより猫みたいだなこの子。大変可愛らしいので疲れた目の保養になる。

 

「にしてもよく光るなそいつ。蝋燭の火が要らないぐらいだぜ」

「それより、このテントだろう。異能の組み合わせ次第で、こんなものが作れるんだな」

 

 ふふん、もっと褒めたまえ主人公たちよ。

 だけど崇め讃えるのは勘弁な! モブキャラ相手でさえむずむずしたのだ。原作主要キャラにまでそれをやられた日には、解釈違いで僕が暴れ出す恐れがあった。

 僕はオリ主的に上に立ちたいとは思っているが、それはそれとして君たちとは対等に関わりたいのである。

 

「ああ、これで野宿もばっちしで、おまけに風呂に入る必要も無いってのが助かる。姉ちゃんがいてくれて良かったぜ」

「褒めても夕食しか出せないよ。欲しい?」

「あるのか? サンキュー!」

 

 一家に一台、旅のお供にエイトちゃんである。

 僕としてはこうなるってことが最初からわかっていたのだから、長旅に備えて日常用の能力を作っておくのは当然だ。

 それはそれとして褒められるのは嬉しいので、僕は二人にツァバオトの商店街で買ったお土産「ネツァク様弁当」を手渡しておく。

 僕は既に食べているので、今は手元の作業に集中していた。

 ああ、因みに彼が今言った「風呂に入る必要も無い」という言葉は、僕が「浄化」という異能を持っているからである。

 つい先ほどその力で汗臭い二人の身体を清めたばかりであり、この異能は僕自身にも日常的に使っていた。

 

 因みに、原作アニメでは長太が作った氷を炎が溶かすことで人力露天風呂を作っていた。灯ちゃんの貴重なサービスシーンにはそれはそれはお世話になったものである。

 

 まあ、それはそれとして僕もお風呂に入った方が当然気持ちがいいので、後でこっそりテレポーテーションで町の銭湯にでも行ってみるかな。

 いやあ一人しか移動できなくて申し訳ない! チートすぎて申し訳ないなー!

 あっ、調子に乗っていたら指に針刺さった。地味に痛い。だけど、クールなエイトちゃんはポーカーフェイスを維持するのである。痛い。

 

「……あんた、さっきから何しているんだ?」

「? 裁縫だけど?」

 

 なんだよ長太。見ればわかるじゃん、マントを縫っているんだよ。君を助ける為にボロボロになったから。

 今着ているのは既に着替え終わった同じ衣装の新品であるが、直せるものは直すに越したことはない。

 そういうわけで僕は、今日着ていたロイヤルブルーのマントをさっきからチクチクと縫っていたのである。

 

「器用だな」

「そういう異能を使っているし、こう見えて好きなんだ。服を作るのは」

「ほーん……」

 

 そうとも、何を隠そう裁縫は前世から続く得意分野なのだ。

 趣味でコスプレ衣装とか作っていたし、この衣装自体既製品を改造してアレンジしたものだったりする。

 元々の趣味が高じていたものに、ハープ演奏にも使っている指先の感覚を鋭くする異能をブーストしている。

 故に作業効率は通常の三倍以上であり、鮮やかに布を修復していく僕の手捌きはまるでミシンだった。二人はそんな僕の作業を意外そうに、感心しながら見ていた。照れるなぁ。

 

「俺の服は直せないのか?」

「流石にそれは無理かな。キミたちのバトルスーツは特殊な材質でできているから、普通の布じゃ見た目しかカバーできないよ?」

「いや、それで十分だ。あんたのが終わってからでいいが、ついでに頼んでもいいか?」

「……いいの? 何か仕込むかもしれないよ?」

 

 彼らセイバーズ機動部隊が着ているバトルスーツは特別製であり、特にエースである二人が着用しているそれはこの世に二つとして無いオーダーメイド品である。故に、手持ちの素材では完全な修復は不可能である。

 バースト状態でも全裸にならずに済む不思議材質には興味が無いわけでもないが……自分の命を預けた道具をセイバーズではない人間に差し出してくるのは、流石に警戒心弱すぎではないかと思った。

 ちょっと心配になったので皮肉っぽく問い掛けてみたが、長太の反応は実にあっさりしていた。

 

 

「姉ちゃん、そんなことしないだろ? 優しいし」

 

 

 …………

 

 ……ふ、ふーん?

 

 ま、まあね。

 僕は君たちに協力的なオリ主だからね。あわよくばストックした異能を使って原作より強化できないかなーとは思っていたが、悪いようにする気が無いのは事実である。

 しかし、そうも見透かされたように言われるのはマウントを取られたようで気分が悪い。

 

「キミはもう少し、考えて喋った方がいいと思うよ」

「えっ? なんで?」

「……くっ」

 

 本当に、これだからおバカキャラは……僕は溜め息を吐くように苦笑した。

 おい炎、お前何わろてんねん。

 

「わかった……わかったよ。炎のもついでに直してあげようか?」

「いや、俺はいい。応急修理くらいなら俺もできる。それに……ここまであんたに頼っていると、自分が何しに来たのかわからなくなるからな……」

 

 さよか。ああ、そう言えばこの男、むっつりした見た目に反して結構家庭的なんだよな。光井家にステイしていた時期もあったが、子供の頃から独り暮らしをしてきた暁月炎のスキルは豊富なのである。

 そんな炎に、「つまんねー意地張ってんなよ」と呟く長太。お前もつまらない意地張るタイプだろ何言ってんだ。

 まったくこれだから脊髄で生きている脳筋は厄介なんだと、僕は天然の炎とはまた違った厄介さに嘆息する。

 

 丁度修復が終わったマントをせっせと膝の上に折り畳んだ後、このテントの中ですっかりリラックスした様子である長太の顔をまじまじと見つめた。

 

「な、なんだよ姉ちゃん?」

「んー」

 

 流石の彼も、無言で美少女に見つめられるとたじろぐようだ。

 戦っていた時とは違って初々しい反応を見せる彼の姿は微笑ましく思うが、それはそれとして僕は一つ小言を言うことにした。

 

 丁度いい。君には言いたいことがあったのだ。

 それはオリ主的伝家の宝刀「SEKKYOU」である。

 

 

「マルクトに言ったこと」

「?」

 

 あの時は、あえてツッコまなかった。

 ツッコまなかったと言うか、マルクト様ちゃんの絶対領域に目が行っていたのでツッコめず見過ごしてしまったわけなのだが……振り返ってみると、あの時の彼の態度はオリ主的に頂けないものがあった。それを思い出したのである。

 

「マルクト……あのチビ天使のことか」

「うん。キミの言ったこと、間違ってはいないけど、行動とは合っていないと思うよ」

「……行動、ねぇ」

 

 筋肉ムキムキのマッチョマンが小柄な美少女を恫喝するという、絵面的に頂けなかった光景はともかくとして。

 TSオリ主である僕は男女平等主義なのだ。あの時の彼の啖呵はセイバーズの誰もが思っていたことだろうし、胸がスカッとする叫びでもあり僕としては「よく言った!」と褒めてやりたいぐらいである。

 

 しかし今回指摘したい問題は、彼が啖呵を切った次の瞬間、全力の一撃をぶっ放したことである。

 

 僕の言いたいことを先に理解したのか、彼の横では炎が頷いていた。

 

「ああ、あれは俺もどうかと思う」

「「俺を見ろ!」って言った直後に攻撃を仕掛けて、キミの思いを受け止められるのはネツァクだけだ。キミの攻撃を受けたあの子は「やっぱり人間は野蛮じゃないですか!」とさらに人間のことを軽蔑していると思う」

「……あー」

「声真似上手いな」

 

 うん、危うく勢いに誤魔化されそうになったが、冷静に振り返るとあの時の彼の行動は煽りにしかなっていなかったのではないかと思う。

 

 特に、マルクトは一番若い大天使である。

 

 精神年齢はいいところJCぐらいに思える。彼と言い合う彼女の姿はとても可愛らしかったが、その心情を思うと辛いものだ。

 

「ネツァクみたいに、拳で語ればわかってくれるかなーって……正直、悪かったとは思ってる」

 

 まあアドレナリンドバドバで最高にヒートアップしている決闘の真っ最中に、いきなり出てきて邪魔されたらキレるわな。

 相手がいくら美少女でも関係ない。そこは彼の方が全面的に正しいだろう。

 それでも彼女との関係をできるだけ穏便に運びたいと思うのは、「フェアリーセイバーズ」ファンとしてのエゴなのだろうか。いや、単に美少女だからだわ。僕のようなチートオリ主は、美少女に対してだけは理不尽に優しいのである。

 

「うん、わかればよろしい。次に会った時は謝ろうね」

「ああ、わかった」

「俺は会いたくないが」

 

 炎は黙っていなさい。

 確かにあんな強敵と何度も会いたくはないだろうが、彼女とは間違いなく再会することになる。原作的に考えて。

 しかしそれならば尚のこと、君たちの目的は大天使たちとの闘争ではなく対話なのだから、余計なわだかまりを増やすようなことはするべきではないだろう。

 

「拳で語り合うキミたちのコミュニケーションはとても素晴らしいものだと思うけど、それは誰にでも伝わるものじゃないからね。相手を見るのは、対話の第一歩だよ? 俺を見ろって言うのなら、尚のことね」

「……スン……」

 

 返す言葉もないように、僕のSEKKYOUを正座で聞く長太の姿は面白い。本当にスン……って言いながら落ち込む奴初めて見たわ。

 そう言えば、こうして理詰めで攻めてくる女の子は苦手だったなこいつ。

 

 まあ、根は素直だしマルクトに撃ったのも悪意とかではなかったのもわかっている。

 自分の弱さを実感した瞬間バースト状態に陥ったように、この男は良くも悪くも純粋すぎるのだ。

 わかってくれたのならいい。僕が討論においても最強オリ主であることを示した以上、これ以上アンチ系オリ主みたいに突いてやるのは勘弁してあげよう。

 

 ……いや、ちょっと言い過ぎちゃったかなーコレ……戦いの時はあんなに弾けていた彼が、まるで叱られた大型犬である。そんなに落ち込まなくてもいいのに。

 

 その頭に似合わない犬耳を幻視し、僕はクスリと笑みを漏らした。

 

 

「そんな顔をするなよ、チョータ。キミは正しいことを言ったんだ」

「……っ」

 

 最終目標に対する行動としては間違っていたけど、「人間全員を聳え立つ糞(PSYエンス)と一緒にするんじゃねぇ!」という意見はほんとそれである。

 

 申し訳なさそうな顔で項垂れている彼の元へ歩み寄ると、僕はポンポンとその背中を叩いて元気づけてやる。

 彼が小さい子供だったのならオリ主らしく頭でも撫でてやったかもしれないが……彼は17の青年だし、僕も夢女子ではないのでそのような露骨な真似はしない。エイトちゃんは無自覚系ハーレム主人公とは違うのだよ。

 

 僕は彼の頬に手を添えながら目線を合わせた。

 

 

「キミの気持ちはよくわかる。だけど天使にだって心がある。特にマルクトは喜怒哀楽が激しくて、キミと同じぐらい純粋な子なんだ」

 

 

 彼のおかげでマルクト様ちゃんの赤面プルプルが見れたのでGJである。

 その一方で、彼女を可哀想だと感じている気持ちも嘘ではない。

 

 そしてそれは、長太の方も同じ感情だったようだ。

 いや、寧ろ彼の方が──

 

「……気づいていたさ、そんぐらい。アイツの目は、昔の俺とそっくりだった」

「チョータ……」

「メアに埋め込まれたケセドって奴、アイツらの家族なんだろう? それを奪った人間そのものが憎いって気持ちは、俺にはよくわかる」

 

 ──彼は想像以上に、マルクトの気持ちを考えていたようだ。考えた上でああしたのは、彼の不器用さ故か。

 

 思えば元々復讐者だった炎も含めて、今の彼女は君らと似た境遇だもんね。

 それを思えば、彼女が叫んでいた怒りの意味もわかる筈である。

 

「アイツが人間を恨んでいるなら……俺たちは、その怒りを受け止めなきゃならねぇ。奴が家族の仇を憎むのなら、その怒りを向けるのはPSYエンスをのさばらせていた俺たちだけで十分だ。だからアイツの怒りの全部を、俺に向けてやりたかった」

 

 ……ん?

 

 何言ってんだお前。

 

 何もかも悪いのはPSYエンスだって、自分で言ってたじゃないかお前。

 なんでセイバーズが責任を取る必要があるのかと、ちょっと言っていることがわからないエイトちゃんである。

 僕はその気持ちを、スタイリッシュな言い回しで伝えた。

 

「キミたちだって人間さ。器以上のモノまで背負う必要は無いんだ。キミたちだって、神様にはなれないのだから……」

「……そう、かねぇ……」

 

 そうだよ。お前までそんなグラビティーな考えになるなよな。お前の目指すヒーローだって、そこまで自己犠牲の塊じゃないだろうに。

 大体、そういうキャラは原作主人公様で間に合っているのだ。キャラ被りイクナイ。

 

「俺だって、そこまでおこがましいことは考えちゃいねーさ。まっ、どっかの誰かが移ったんだろうよ」

「……何故、俺を見る?」

「そっか、そっくりなんだねキミたちは」

「「どこが?」」

 

 その主人公──暁月炎の影響を受けたことで無駄に責任感が強くなったのだと語る長太に、当の本人が心外そうな顔をする。

 尊い。

 物語の中で積み重ねてきた男と男の絆って、いいよね……変な意味じゃなくて。

 惜しむらくは、僕が第一クールから絡めなかったことである。一生言い続けるからな、女神様っぽい人! 僕は貴方には感謝しまくってるしマジリスペクトだけど、それとこれとは話が別なのだ。

 

 

 それからもしばらく談笑し、闇のテントの中にリラックスした空気が流れ始める。

 そろそろ頃合いか。

 本題に入り、僕たちは今後のことを話し合うことにした。

 

「で、どうする? あの感じじゃ、いつでもテレポートできる姉ちゃん以外ツァバオトには戻れねぇぞ」

 

 それなんだよなぁ……サフィラス十大天使のティファレトとマルクトが揃ってこの島に乱入してきた以上、今後のプランには大きな修正が必要だ。

 

 

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ」ではこの後、四人目の仲間である「光井明宏」の情報を掴むことになる。

 

 そして彼がコクマーの国である第2の島「ヨッド」に囚われていることを知り、三人で救出作戦を敢行するのがこの後の展開だった。

 

 

 ──はい。そういうわけでそもそも前提からして明宏がフェアリーワールドに来ていないので、このシナリオは最初から破綻しているのである。やったぜ。

 

 

 SSのお約束的に考えて、明宏の代わりに他の誰かがコクマーの島に囚われているのではないかという懸念はある。だが、今のところその情報は掴めていなかった。

 

 仮にそうだとしたら、この後少ししたらフェアリーワールド中にその情報が通達される筈である。

 コクマーは自ら先陣を切って人間世界に攻撃を仕掛けてきたことからも察せられるように、サフィラス十大天使の中でも屈指の武闘派である。

 しかし、「知恵」の名を冠する彼は十大天使きっての策謀家でもあり、作中では捕らえた明宏の処刑通告を餌に炎たちを自国に誘い込み、一気に殲滅しようと企んでいた。原作における灯ちゃん曇らせ展開の一つである。

 なので、いかにコクマーの人類への殺意が高かろうと──殺意が高いからこそ、誰かを捕らえたとしても即座に処刑はしない筈だ。

 

 

 ……そう思っていたのだが、こうも原作と乖離してくると流石に心配になってくる。

 

 

 これは慎重になった方が良さそうだ。

 すっごく疲れるけど、連続テレポーテーションを使って僕一人だけでも偵察に行った方がいいかもしれない。

 

 風岡翼はいざとなったら彼の異能「疾風」により神速のスピードで離脱できるし、メアはオリ主だ。二人のうちどちらかが捕まっている可能性は低いと思っているが、こればかりは原作キャラの命が関わっているからね。

 

 二人のうちどちらかが捕まっていたら、一人で救出作戦を実行してみるのもまたオリ主だろう。

 それを思うとモチベーションが上がってくる。

 

 

 そうして一人頭の中で今後のプランを練っていると、セイバーズのリーダーとして炎が切り出した。

 

 

「エロヒム」

 

 

 えっ、エロが何だって?

 と言う冗談はさておき。

 エロヒム──それはこのフェアリーワールドを構成する10個の島の一つの名前である。原作アニメには出ていなかった名前だが、僕はツァバオトで買った世界地図からその島のことを予習していた。

 

「なるほど……」

 

 第3の島「エロヒム」はサフィラス十大天使の中で設定のみがチラッと語られただけで作中未登場だったキャラ、「理解」の大天使「ビナー」が管理している島だと言う。

 その名前が炎の口から放たれたことに、僕は内心驚きながら彼の言葉に耳を傾けた。

 

「ハニエルからはこの島を出て、「エロヒム」という島に行くことを勧められた。そこに行けば、大天使ビナー様が味方してくれる筈だと」

「大天使が味方!? 本当かよ、その話……!」

「……アイツは、嘘を吐いて罠を仕掛けてくるような奴じゃない。どの道、この島は出なきゃならないんだ。行ってみる価値はあると思う」

 

 マジかよ……ティファレトまで敵になっているのに、うちらに味方してくれる天使がいるのか?

 

 だけど、ハニエルさんのお墨付きか……生真面目なあの天使のことだから、確かに嘘は吐かないだろうなと思う。

 「エロヒム」という島の場所は地図によるとここから見える世界樹サフィラよりもさらに遠く、ティファレトの島を経由して行かなければならないところにある。

 しかしそこにいる「理解」の大天使様の協力を得られるのであれば、メアと翼の居場所ぐらい教えてくれそうなものである。原作に出ていないので、どういうキャラなのかまるでわからないのが不安要素だが。

 

 しかし、これは……遂に来たな、完全オリジナル展開っ!

 

 完全オリジナル展開とは原作沿いの対義語であり、原作の展開から完全に逸脱した独自の物語のことである。

 必要とあれば登場人物さえオリジナルで用意する必要がある為、SS作者に要求されるハードルは原作沿い以上に高い。しかしそれ故に自由で幅広い展開を行うことができる為、SS読者としては劇場版ストーリー感覚で読むことができた。僕の好きな形式の一つである。

 

 遂に、その時が来たというわけだな。くくく、オリ主として血がたぎるわ!

 

 

「そうか、エロヒムね……わかった。移動はボクに任せてよ」

「キュー!」

「ほら、カバラちゃんも道案内してくれるって」

「キュー?」

「ありがとう、カバラちゃん」

「ちょ待て! あんたそいつの言葉わかるの!?」

「何となくだけどね」

 

 

 わかるわけないじゃん。

 ん、どうしたカバラちゃん? 僕の脚を叩いてジタバタして……トイレでも行きたいの?

 おっけ。僕も外の空気を吸いたいから一緒に行こうか。

 

「そうかよ……しっかし、なんだ。姉ちゃん何でも知っているな! 今更疑っているわけじゃないが、あんた何モンなんだ?」

 

 そう、僕は何でも知っているTS美少女怪盗ミステリアスなエイトお姉さんなのだ。

 僕は今回も訳知り顔に微笑みながら、カバラちゃんを胸に抱き抱えて言った。

 

 

「ボクはT.P.エイト・オリーシュア。今はまだ、そういう存在であるとしか言えないかな?」

 

 

 じきにわかるさ……いや、絶対わからないし教える気も無いが。

 僕に開示することができる僕自身の情報は、あまりに少ない。一緒に旅をする彼らからしてみれば我ながら不誠実極まりないが、その分移動手段とか大天使たちとの戦いとかで働くから許して。

 

「そっか……まっ、あんたが何モンだろうと関係ねぇ。あんたは俺を信じてくれた。だから俺はあんたのことを信じることにするよ」

「ありがとう、チョータ」

「いや、なんだ……こっちこそ色々、ありがとよ! えーっと……姐さんって呼んでもいいか?」

「ボクとしては、お姉さん呼びの方が好きかな」

「じゃ、今まで通り姉ちゃんって呼ぶわ。これからよろしく、エイトの姉ちゃん!」

「ふふっ……」

 

 流石長太。そういうさっぱりした対応好きだよ僕は。

 いやしかし、何だか照れるな。原作のメインキャラ二人に受け入れられるとこう、世界全体に許されたみたいで自然と笑みが零れてしまう。エイトちゃんのデレ顔である。謹んで受け取り給えよ。救世主諸君。

 

 

 ──あっ、言い忘れていた!

 

 

「そう言えばキミの髪型、今のも嫌いじゃないけど……ボクはいつものキミの方が好きかな。強い男の子って感じがして」

 

「!」

 

 

 ──よし、これで明日の朝には元のリーゼントヘアーに戻してくれるだろう。

 

 いかにも強い男の子(ヤンキー)と言った感じがする不良っぽいリーゼントヘアーは、今となっては時代遅れな古くさいヘアスタイルだ。

 しかしそれは、力動長太を力動長太たらしめる象徴なのだ。それを捨てるなんてとんでもない。

 覚醒演出のみ、たまに今のイケメンスタイルになるのはアリだけど……普段はいつものキャラを守り続けてほしい。アニメの頃から彼のことを見続けてきた、エイトお姉さんのささやかなお願いだった。

 

 



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オリ主は豆腐メンタル

     【第1の島(エヘイエー)

 

第3の島(エロヒム)】     【第2の島(ヨッド)

 

     【世界樹(サフィラ)

 

第5の島(ギボール)】     【第4の島(エル)

     【第6の島(エロハ)

第8の島(ヒムツァ)】     【第7の島(アドナイ)

 

     【第9の島(シャダイ)

 

     【第10の島(メレク)】 

 

 

 

 

 雑ですまないが、この世界の大体の位置関係である。

 最北端にケテルの島「エヘイエー」があり、真ん中ぐらいのところにティファレトの島「エロハ」と世界樹「サフィラ」がある。

 

 そして僕たちの次なる目的地である第3の島「エロヒム」は、このアドナイを出て北西へずっと進んだ方向にあった。

 

 地球で言えば、日本からイギリスぐらいの距離になるかもしれない。まあ遠いですわ。全力で飛んで都合良く誰にも妨害されないとしても、丸一日ぐらい掛かるのは覚悟しておいた方がいい。

 普通ならそんな長時間の異能の発動は身体が持たないのだが、盗んだ異能を発動するのはノートの力だからか、僕はチートオリ主らしく燃費の良さにも定評があった。疲れることには疲れるのは確かなので無駄遣いはしたくないが。

 

 ──が、ここから素直に北西へ進んだ場合、道中には現在敵対中のサフィラス十大天使ティファレトの島「エロハ」がある。

 彼女の敵意的に考えて、島の空域には厳戒態勢が敷かれていることだろう。

 

 どうするかねー、これは。

 最大スピードを発揮すれば、一気に強行突破することもできなくもない。僕の闇の不死鳥は、ジェット機に近いスピードを出せるのだ。RTA的にはこれが最短である。

 

 

「キミたちはどう思う?」

 

 明朝、睡眠をしっかり取った僕たち三人は早速エロヒムへ向かうべくルートの設定を行っていた。

 

「それしかねぇだろ。どっちにしたってずっと逃げ回るわけにはいかねぇんだ」

「他にルートは無いのか?」

 

 もちろん、無いわけじゃない。

 寧ろ安全性と僕の今後の予定を考えると、そっちよりも都合の良いルートがあった。

 

「他のルートだと、ここから北にあるケセドの島「エル」から、世界樹を隠れ蓑にエロヒムへ向かう方法があるね。こちらは多少時間が掛かるかもしれないけど、エロハの空域には入らずに済む」

「いいじゃねぇか! そっちにしようぜ」

「ケセドの島、か……」

 

 どちらを選んでも危険なことには変わりないが、ティファレトの本拠地を横断するよりかはまだ安全だと思っている。

 しかし、懸念事項はある。それは今炎が難しい顔で呟いたように、そこが人間に味方しようとして人間に裏切られたサフィラス4番目の大天使、「慈悲」のケセドの島であることだ。

 

 正直、人間に対する島民心情の悪さはこのアドナイの比ではないだろう。

 原作アニメでは温厚な聖獣たちだったが、主への忠誠心は非常に高かったし。

 

 ……正直、すっげえ行きたくない。

 

 やだよ、アニメで人柄を知っている心優しい聖獣たちから罵詈雑言浴びせられるの。

 知らない連中から嫌な目で見られるのすら辛かったのだ。それが見知った連中からのものになると、僕は今から憂鬱だった。そういうことに関しては豆腐メンタルなのである。

 

 そう考えると、そんな憂鬱をもkawaiiで相殺してくれたマルクト様ちゃんの尊さは流石である。

 ティファレトに攻撃された時はくっそ怖かったけど、この違いは一体何なんだろうね? やっぱり元々敵ポジションだから、気持ちの準備的なものが違ったのだろうかと分析してみる。

 

「こちらのルートだと一気にエロヒムまで行くのは流石に疲れるから、一旦降りて休憩することになるけど……町には行かない方がいいだろうね」

「……ケセドがいない今、他の大天使が管理している可能性はあると思うか?」

「ふむ……そうだね。その可能性は低くないと思う。「エル」の向こう側にはコクマーの島「ヨッド」がある。この島にマルクトとティファレトが来たように、もしかしたらコクマーが来ているかもしれない」

「あの野郎か! 丁度いい、リベンジしようぜ炎っ! 今の俺たちなら勝てる!」

「長太、エイトも言ったが俺たちの目的は戦いじゃない。どうしようもない時以外、無用な戦いは避けるべきだ」

「むう……」

 

 地球で散々やられた相手に再戦したい気持ちはわかるが、炎の言う通りである。エイトちゃんもそうだそうだと言っています。

 実際、原作アニメより長太が明らかに強くなっている以上、二人掛かりで挑んでも良い勝負はできるかもしれない。それでも勝てるとは思えないが、勝敗がどうなるにせよ今のセイバーズの大目標とは外れていた。

 

 SSでも、当初の目標からズレた行動をするのはエターの原因になる。あっちもこっちも描写して話の進行が遅くなるからだ。かと言ってシンプルにまとめすぎるのはそれはそれで味気ない作品になってしまうのが難しいところであるが……女神様っぽい人の腕が未知数なので、オリ主であるボクはできるだけ寄り道せずにシンプルに行きたいものだ。

 シンプルに完璧なチートオリ主になりたい。それがエイトちゃんの大目標なのである。

 

 故に、敵対しているサフィラス十大天使は基本的に関わるだけ損な相手である。

 仮にコクマーと接触した場合も、僕は全力で逃走するつもりだ。あいつクッソ強いし。

 

 

 ──だが、得るものがあることもまた確かだった。

 

 

 コクマーと会えれば、原作のように彼の島で仲間が囚われていないか確認することができる。

 なので僕はケセドの島「エル」に着いたら一旦、休憩の名目で島に降りようと考えている。

 それから二人の目を盗んで連続テレポーテーションで一人コクマーの島「ヨッド」へと潜入し、彼の町で情報を探ろうという算段だ。

 これならエロヒムに向かいつつ、二人の情報も得ることができる──完璧な作戦だ。

 一石二鳥のルートであり、僕としてはこちらの方が都合が良かった。

 

 昨夜寝る直前に考えたプランだけど……うん、案外イケるのではないか。

 

「エイトはどっちにしたい?」

「どちらでも構わないけど、ボクとしてはこちらの方が助かるかな。今はまだ、ティファレトの島の上を通りたくない」

「わかった。じゃあそっちにしよう。長太もいいな?」

「おう!」

 

 ほんと、ティファレトが敵じゃなかったらなー……彼女が管理している島とか絶対綺麗で観光しがいがあるだろうに、口惜しい。

 まあいい。全てが終わったら一人でこの世界を回ってみるのもいいかもしれない。擬態すればそうはバレないだろうし、翔太君様々である。

 

 ──というわけで、ルート決定。ここから北上して、向かうはケセドの島「エル」だ!

 

 僕は再び大きめの「闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)」を召喚する。

 風圧対策のバリアーを張ると、三人で八畳分ほどのスペースに乗り込み、一気に上昇させた。

 

 さらばアドナイ。世界が平和(ハッピーエンド)になったらまた行こう──そう思いながら僕は、自然と闘争の大地を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 大天使ネツァクが統治する勝利の聖都ツァバオトは、勝利こそを至上とする実力主義社会である。

 

 ──と言っても、敗北した弱者が理不尽に虐げられたりだとかそういうわけではない。

 

 弱者は弱者なりに生きる道を見つけ、時に別の分野で勝者を助け、時に助けられる。全ての民が強者では世の中回っていかないように、管理者ネツァクは弱者を守ることができる島を目指していた。

 そんなツァバオトは住民の満足度が高く評判がいい。大規模な闘技大会が開催される日には少々野蛮な町になることはあるものの、概ね生きやすい島であった。

 

 だが、全ての民がそう感じているわけではない。

 

 特に精神が未熟で視野もまだ狭い子供の社会では、偏った思想や自身が弱者であることにコンプレックスを抱える者も少なくなかった。

 

 オーガ族の少年「ゴブリー」もその一人だった。

 

 大天使ネツァクの親衛隊に所属する聖戦士を父に持つ彼は、アビスや外敵と戦う父の背中を見ながら育ち、いつかは自分も父のような戦士になるのだと夢に描いていた。

 

 しかし、彼は小柄だった。

 

 オーガ族は10歳になる頃には頭角を文字通り表し、身長も大きく伸び13を過ぎる頃には大人と遜色無い姿に成長する。

 種族的に最も体格に恵まれており、平均的な戦闘力は竜人族にも匹敵するほどである。故に彼もまた、自分もすぐにそうなるものだと信じていた。

 

 だが、彼の成長は遅かった。

 

 今年で10歳になり、周りのクラスメイトたちの背がすくすくと伸びていく中で、ただ一人彼だけがほとんど成長していなかったのだ。

 両親は成長期には個人差があるだけだと言っていたが、彼にはそれが不安だった。純粋な筋力が一番の武器であるオーガ族にとって、体格の良し悪しは戦闘力に直結する。

 そんな中で一人成長期に取り残されたゴブリーは、焦りを感じていた。もしかして俺だけこのまま、一生チビのまま大人になってしまうのだろうかと。

 その焦りはストレスになり、少しずつ彼の心を蝕んでいく。

 そんなある日、彼はクラスメイトのガキ大将に地雷を踏みつけられた。

 

「お前がちっこいままなの、母ちゃんのせいじゃねぇの?」と。

 

 普段なら落ち着いて聞き流していた筈のその言葉は、薄々自分でもそう思っていたが故にこの時冷静ではいられなかった。

 

 ゴブリーの母はエルフ族だった。

 

 エルフ族の女性はオーガ族の女性よりも身体が小さく、か弱い。その分聖性──聖術を発動する為の器官に関しては上位に発達した種族であったが、彼にその性質は受け継がれなかった。

 彼はハーフエルフであったが、その身体はよく見なければ気づかないほどオーガ族に寄っている。しかし小柄な体格はエルフ族に寄っており、彼の目標からしてみれば二つの種族の悪い面を受け継いだ形になってしまっていたのだ。

 

 ゴブリーはそれを、心のどこかで認めてしまっている自分が許せなかった。

 その鬱屈した気持ちは不安定な精神に表れ、彼はガキ大将の胸ぐらを掴んで無謀な決闘を挑んだ。

 俺は二人の悪いところを受け継いだんじゃない。良いところを受け継いだんだと……それを証明する為に、彼は同級生ながら身長180cmを超えるガキ大将に挑んだのだった。

 

 

 ──その結果が、このザマである。

 

 まだ10歳であり、本格的に聖術を学んでいない子供たちの決闘で物を言うのは、単純な筋力と体格差だ。本来ならば何かしらのハンデを付けなければならなかったところを頑なに固辞し、無謀な挑戦を行い当たり前にボロ負けした。それだけである。

 

 やはり、ハーフエルフだから……

 

 エルフの母とオーガの父の性質をちゃんと受け継がなかった半端者だからなのか……と、変えようのない現実を直視し、ゴブリーの心は折れた。

 自分は父のような戦士になれない──その事実をはっきりと理解してしまったのだった。

 

 その時である。

 

 

『大丈夫?』

 

 

 唐突に、声を掛けられた。

 散々な負け方をし、観戦者すら誰もいなくなった決闘場の中一人消沈していたゴブリーの元に、一人の女性が歩み寄ってきたのである。

 いつからそこにいたのか、声を聞いて初めて存在に気づいた彼はゆっくりと顔を上げ、そして驚いた。

 

 女性はエルフ族だった。

 

 母と同じ、混じり気のない純粋なエルフである。

 肌は白く耳は尖っており、その瞳は宝石のように美しい。大人の雰囲気を放っているが体型はオーガ族の女性より遙かに慎ましく、触れればかすれてしまいそうな儚い姿だった。

 

 そんな彼女が被った帽子の下からは、チラチラと幻獣カーバンクルの視線が窺っている。彼女の後頭部で揺れ動いているのはポニーテールかと思ったが、どうやら彼の尻尾だったらしい。

 邪な者には決して懐かないとされるカーバンクルがこうも懐く相手とは、大天使様のようによほど高潔な者なのだろうか?

 特に外からは「野蛮人の聖地」などと揶揄されているこの町では、カーバンクルを飼っている者の目撃例は無く、それがこの島では珍しいエルフ族だったこともあってゴブリーはしばらく硬直してしまった。

 母も元々第4の島「エル」から移住してきたらしいが、彼女もその口なのだろうか。そんなことを思いながら、ゴブリーはこの町には似つかわしくない女性の姿を茫然と見つめた。

 

 そんな彼女は、どこからともなくその左手に一冊のノートを取り出す。

 

 ページには彼の知らない文字が書き綴られており、表紙には世界樹「サフィラ」に似た不思議な形をした木が描かれている。

 何でそんなものを取り出したのかと不思議に思っていると、彼女はおもむろに右手を伸ばし、ゴブリーの頬に指を添えてきた。

 

「──っ? !?!?!?」

 

 突如として視界に飛び込んできた間近な彼女の顔に、ゴブリーは動揺する。

 母以外の女性にここまで顔を近づけられたのは初めてのことだった。それも、彼女ほどの美人に。

 エルフ族は総じて美形が多いと言われているが、母や写真で見たことある他のエルフと比べても彼女の容姿は群を抜いて綺麗だと感じる。そんな彼女から発せられるアロマのような香りと息遣いに心拍数を上げながら、ゴブリーはさらにその身を硬直させてしまう。心なしか、そんな彼を見つめるカーバンクルの瞳が呆れているように見えた。

 しかししょうがない。オーガ族は成長が早い為、本能的になんかこう、反応してしまうのだ。

 心の中で百面相を浮かべていると、女性は「よし」と言って指を離した。

 それと同時にパタンとノートを閉じてどこかへとしまうと、ゴブリーはその時初めて自分の身に起きた変化に気づいた。

 

『……!? 身体が治ってる!?』

『ボクが治したんだ。凄く痛そうだったから……勝手なことしてゴメンね』

 

 ガキ大将に痛めつけられた身体の傷が治っている。

 流石に疲労感までは回復していないが、それでも驚嘆に値することだった。

 町の治療聖術師でもここまで早くは治せないだろう。それを彼女は指先で触れただけで、ほんの数秒で完治させたことにゴブリーは驚く。

 

 これが純粋なエルフ族の力──彼は初めて目の当たりにした母以外のエルフ族の力に驚愕し、そして顔を伏せた。

 

 それが半端者のハーフではどうあってもたどり着けない領域なのだと……見せつけられた気がしたからだ。

 

『……ありがとう、ございます……すごい、ですね……俺とは大違いだ。やっぱ、本物は違うな……』

『……本物?』

 

 感謝を告げながらもどこか皮肉みたいに呟いてしまった自分が嫌で、ゴブリーは余計に表情を曇らせる。

 違う、そうじゃないだろ俺! 助けてくれた聖獣(フェアリー)になんてこと言っているんだ! と、ゴブリーは自分自身に憤る。

 そんな彼が溢した言葉の意図を察したのか、エルフ族の女性は困ったように笑った。

 

 

『本物だから、すごいのかな?』

 

 

 鈴を転がしたような声で、女性が言う。

 

『本物だから凄くて、強くて偉い……それは少し、ボクは違うと思うな』

『だけど……本物と偽物はどうしたって違うじゃないですか……俺はハーフエルフだから……いや、エルフって名乗ること自体おこがましいですよね……そんな俺には、あなたみたいな聖術も使えなければお父さんみたいに強くもなれない……半端者なんだ』

『ハーフエルフ? ああ、なるほど……そういうことか』

 

 そう、半端者である。

 どちらか片方の良いところさえ受け継ぐことができれば良かったのに、どちらも受け継がなかった紛い物。偽物のオーガであり、偽物のエルフだ。

 今回の決闘でゴブリーは、その事実をまざまざと思い知らされてしまった。

 

『その歳でよく考えているんだね……キミは見た目よりも、心の成長が早いのかもしれない』

『心の……?』

『大人の考え方に近づいているってこと。だけどまだ、悟り始めるのは早いかな? 悲嘆的すぎると言うか』

 

 成長が早いなんて初めて言われた。

 そんなものよりも彼が求めていたのは肉体的な成長だったのだが……それでもこの時少しだけ、ゴブリーは彼女の何気ない言葉に救われたような気がした。

 そんなゴブリーの姿を見てエルフ族の女性は、頭から顔を出したカーバンクルを優しく撫でつけながら言った。

 

 

『可能性は、いくらでも転がっているものさ』

 

 

 そう切り出した語りに、ゴブリーは不思議と聞き入ってしまう。

 

『本物だけが正しくて、偽物だから間違っている……ボクはそんなこと、絶対に無いと思う。ただみんな、気づいていないだけなんだ。その子にはその子の、キミにはキミにしかできないことがある可能性に』

『可能性なんて……そんなの……』

『あるさ。キミで言ったら、そうだね……その年で早くも悟り始めている聡明さや、それでも諦めず強い相手に挑んだことかな。気づいていないのかい? キミがあそこまで痛めつけられたのも、彼がキミのことをライバルだと思っていたからなんだよ』

『ライバル……? 俺が?』

『彼は多分、それを認めたがらないだろうけどね。だけどキミの可能性を信じている子は、キミが思っているよりも案外いるものなのさ』

『…………』

 

 信じてくれる可能性、か……だとしたら、余計に申し訳なくなってくる。

 自分はその期待に応えられない。これから先、ガキ大将のような純粋なオーガとの成長差はさらに激しく広がっていき、一生掛かっても追いつけなくなるだろう。

 半端者のハーフエルフが、生きる場所か──身の丈に合った目標に変えるべき時が来たのだと、ゴブリーは感じる。

 

 ただ……

 

 

『諦めたくない?』

『──! ……!!』

 

 

 そうだ、まだ夢を諦めたくない。

 まだ俺は全然、力を出し尽くしていないと。

 ゴブリーはその目に涙を浮かべながら、反骨の精神を胸に言葉も無く彼女の問いに頷いた。

 血統がなんだ……半端者がなんだ! そんなものを言い訳にする前に自分にはやることがある筈だと、少年は自らの心を鼓舞し、立ち上がった。

 

 そして女性はそんな彼の姿を見て満足げに笑むと、彼に向かって進むべき道を指し示すように告げた。

 

 

『マルクト』

 

 

『えっ……』

 

 マルクト──それはサフィラス十大天使、「王国」を冠する大天使の名前である。

 このアドナイから遙か南西第10の島「メレク」を管理するその大天使の名は、この聖都の主であるネツァクと同格の存在であり、子供でも知っている雲の上の人物だった。

 そんな彼女を指して女性が語る。

 

『知っているかい? 10の天使マルクトは背が小さく、他の大天使と比べれば体格に大きなハンデがある。腕力も一般的なオーガ族に劣るだろう。しかし、近接戦の強さはネツァクと同等だ。それがどうしてかわかる?』

『……武器、ですか……?』

『うん、それも大きいね。聖剣「マルクト」を持った時の彼女は、他の大天使たちとの体格差を埋めてなお有り余る。ただ、それだけじゃないんだ。彼女の強さの秘密は』

『それは……何ですか?』

 

 まるで大天使と友達みたいな口ぶりで語っているが、何故だかそれが不敬には思えなかった。

 寧ろその逆で、彼女の言葉の一つ一つがマルクトという大天使に対して惜しみない敬意を払っているように思える。

 武器の扱いと、他には何なのか……何か大事なことを話すに違いないと感じたゴブリーは、その先に続く言葉を待つ。

 

 そしてエルフ族の女性は──自らの唇に人差し指を当てて、その口を閉じた。

 

 

『ボクの口からは言わない。それは、キミが気づかないといけないことだからね』

『えー……』

『調べてみるといいよ、大天使マルクトのこと。キミが強さを求めるなら、あの子の在り方はとても参考になると思うから』

 

 

 茶目っ気を出しながら告げられた寸止め宣言に、ゴブリーがガクリと項垂れる。

 そんな彼の姿にクスクスと微笑みながら、彼女は施設に掲示された時計を一瞥した後、エメラルドのような目で見つめて言った。

 

『さて……そろそろ時間だからボクは行くけど、キミにはまだまだたくさんの時間がある。色んな可能性を探すといい。どうしようもないと思った時は、諦めて別の道を探したっていい。だけど、キミ自身の心には負けないで。その時は本当に、キミの負けになってしまうから』

『……俺の、心に……?』

 

 それは、自分の才能を見限るなということなのだろうか。

 全てを悟り、負けを認めるのは早いということなのだろうか。

 

 まだ……諦めなくても、いいということなのだろうか。

 

 ゴブリーの目に光が戻り、彼はその目で頷く女性の姿を見据えた。

 根本的な問題は、何も解決していない。

 だがそれでも、ゴブリーはこれまでと違う自分になれそうな気がした。

 体格は駄目、聖術も駄目。しかしそれでも、俺にはまだ見つかっていない武器がある。幼いながらも聡明なゴブリーの思考が見出した可能性は、今しがた彼女が語った話の中にあるように思えた。

 

 ──導いてくれたのだ、この女性は。

 

 ゴブリーは深々と頭を下げて、その場からがむしゃらに駆け出していった。

 向かう先はこの聖都一番の図書館だ。

 マルクトが残した伝説から彼女の戦い方やその技能を、一から調べ尽くし頭脳に叩き込もうと考えたのである。

 

 彼は自分が「勝利」する為の鍵を、自らの頭脳に求めたのである。

 

 

「……そう。勝利の為の道筋は、力だけではないんだ。キミ自身の可能性を探して走ろう、少年」

 

 

 彼女が最後に呟いたその言葉は、ゴブリーの行動原理の礎を築いたのだった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──数十年後、彼はハーフエルフ最強の剣聖として語り告がれることになる。

 

 後に「小鬼王」と称されることになる彼は、「エルフ並の体格」と「オーガ並の聖性」という両種の劣等部分を受け継いだハーフエルフであったが──彼にはそれを補ってあまりある卓越した剣技と、彼自身が鍛え上げた神秘の武具、そしてマルクトに倣った負けん気の強さによって数々の英雄的勝利をもたらしたのである。

 

 そんな彼は「マルクト様ファンクラブ」の第100代会長を勤め上げ、エルフ族とオーガ族の長寿性を受け継いだことで長年メレクでマルクトの親衛隊長として活躍することになるのだが──その詳細は、語るまでもないだろう。

 

 ただ大人になった彼の心には、あの時自分を導いてくれたエルフのお姉さんへの感謝がいつまでも絶えなかったらしい。そんな余談である。




 なお、大人になった後でどんなに探し回ってもエルフのお姉さんは見つからなかった模様。一体何者なんだ……?


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チートオリ主動乱編
CVは○○○○


 サフィラス十大天使ケセドは、「慈悲」の名を冠する通りとにかく慈悲深い。

 

 とてもとても強いが、あまりにも優しすぎるのだ。心穏やかな少年のような大天使様である。

 その素顔もまた優しさが滲み出た柔和な顔立ちをしているので、本人はそれをコンプレックスに感じているほどだった。うん、実にあざとい。

 そんな彼は大天使としての威厳を保つ為に、常に巨大な鳥の姿に変身している。

 滅多に人型にはならないので、人外詐欺も安心のモフモフ仕様だった。

 

 ──で、そんなケセドが管理する第4の島「エル」の住民は、彼の影響を受けて気性の穏やかな聖獣や、逆に彼らを引き締める厳格な聖獣の両極端に分かれている。

 種族は天使と言うよりも鳥に近い姿をした「鳥人族」や「ハーピィ族」、竜の翼を持つ「竜人族」など飛行能力のある翼人族種が多く住んでいる。

 立地が高く、崖のような地形になっていることから常に強風が吹き抜けている為、空を飛べる種族にとっては快適な島らしい。

 アドナイ同様多種多様な種族が共存している島であるが、誰もがケセドを慕っているのは共通認識だった。

 

 

 

 ──はい、そういうわけでエルに到着である。

 

 

 道中、雲海の空を飛んでいた時に鳥型聖獣を模倣したアビスに襲われたりもしたが、今回はサフィラス十大天使の襲撃を受けることもなく、昼頃には無事目的地へと辿り着くことができた。

 僕の「闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)」のフルスピードを見てリーゼントヘアーをばっちりキメ直した長太なんかはその速さに「すげー! すげー!」と子供のようにはしゃいでくれたので僕も鼻が高かった。エイトちゃんは賞賛コメントが好きなのである。

 炎も今回は睡眠もばっちりで仮眠を取らなかったし、二人との空旅は充実した時間を過ごすことができた。

 

 

「あれが、ケセドの島か……」

「なんか伝説のドラゴンとか住んでそうな島だな」

「聖龍がいるのは世界樹だけどね」

 

 空から見下ろす断崖の島とも言うべきエルの全貌に、二人がごくりと息を呑む。

 わかるよ……アレがヒュンとなりそうな地形だもんね。僕は高いところが好きなお姉さんなので住み心地が良さそうである。

 

「じゃあ、予定通りここで休憩させてもらうね」

「おう、お疲れ姉ちゃん!」

 

 なーんて、本当はそこまで疲れていないんだけど、一旦ここらでコクマーの島に寄りたいからね。

 二人とも紳士だし、「休憩中は一人にさせてね? お願い」と少し甘い感じに頼めば何も言わずにそうさせてくれるだろう。僕は自分が美少女であることを有効に活用できるTSオリ主なのだ。

 そしてその隙に、コクマーの島「ヨッド」へテレポーテーションするという寸法よ。

 フフフ、怪盗は嘘吐きなのだよ。こっちに来てから全然怪盗らしいことしていないけど、それでも初期設定は大事にしたい。

 僕の「怪盗ノート」、盗むのは人間の異能であって聖獣相手に使うとどうなるか未知数なのだ。異能のルーツ的に考えると、聖獣たちは存在その物が異能みたいなものだし。

 それ故に盗んだ結果何か危険なことが起こるかもしれないし、そもそも何も盗めないかもしれない。予告までしておいて何も盗めなかったら実にカッコ悪いし、中々試す気にもなれなかった。

 天使も含めて、みんな根は良い奴だからなー。そういう情報を知っていると強硬策をとるのも気が引けるのだ。

 

 

 それはさておき、どこに降りようかね。

 

 最低でも標高300m以上の高さに陸地があるので、着地するにも手頃な位置を探すのが面倒だ。でもいいなぁケセドの島……ああ、あの灯台とかすっごい登りたい……っ! 頂上に立ったら気持ちいいだろうなー。いいなぁ行ってみたいなぁ……おっと、駄目だ照明に寄りつく羽虫じゃないんだから! 我慢我慢っ。

 えーっと、町からいい感じに離れていて、隠れるのに最適な場所は……

 

 

「……なあ炎」

「どうした?」

「あれ、何だ?」

 

 ん? 何だい長太。今降下するところだからあんまり動くなよ。

 

 あ。

 

「あれは……!」

 

 気づいた炎がハッと息を呑む。

 長太が指差した方向──そこにはまばゆい光を放つ二つの光点が、左に右にもつれ合うようにして飛び回りながら交錯している様子が見えたのだ。

 さながらそれは、エルの空を縦横無尽に駆け巡る彗星のようだった。

 

 ──ってか……アレ、大天使じゃね?

 

 空を飛び回るスピードが、今まで見てきた鳥型の聖獣とは明らかに段違いだった。

 警戒した僕は「千里眼」を発動してその全貌を確認する。

 

 そんな僕の目に映ったのは、四枚の翼を持つ小さな天使と、八枚の翼を持つ橙色の騎士がぶつかり合っている光景だった。

 

「っ、メアッ!」

「え!? メアなのかアレ!?」

 

 おお、流石炎。千里眼も無いのにわかるとは、視力良いなお前。

 

 そう、前者の光の正体はメアだった。

 銀色の長い髪に、紺碧と黄金のオッドアイ。そんな厨二感凄まじい容姿を持つ美少女オリ主である。

 

 しかも──背中に生えた翼は、この前会った時よりも二枚増えて四枚羽になっていた。

 

 流石は僕よりも先に原作介入していたオリ主である。

 どうやら彼女もまた、この世界に来てから彼女自身のオリジナルストーリーを展開していたようだと察した。

 シビれるぜ……流石は夢女子! 僕はオリ主(ちから)が更に上がったメアの姿を見て、戦慄と同時に興奮を抱いた。

 

 

「天使らしくなったね、メア」

 

 

 メアが立派になってお姉さんは誇らしいよと、思わず後方師匠面になる。腕を組む代わりにカバラちゃんを抱き抱える形になってしまったが……何でいつも丁度いい場所にいるのかね君は。手触り気持ちいいからいいけど。

 

 そんなメアはその手に青白い光で形成された光の剣を携えながら、左右にフェイントを入れつつ接近していき、向かい合う橙色の甲冑騎士へと挑み掛かっていた。

 

 その騎士の背中に見えるのは、サフィラス十大天使の一人である証の八枚の翼だ。

 

 僕としてはメアがいたこと以上に、彼がこの島にいたことの方が驚きだった。

 コクマーじゃなくて、そっちだったかー……という驚きである。

 

 

「そうか……ここに来ていたんだね、栄光のサフィラス──ホド」

 

「ホド?」

 

 

 8番目のサフィラス十大天使。名を──栄光の「ホド」。

 二メートルほどある長身の全身を常にオリハルコン製の甲冑で覆っている騎士然とした姿は、聖龍アイン・ソフに深い忠誠を尽くす大天使様である。

 

 ……いや、なんでお前そこにいんの?

 

 僕は炎たちの手前、表面上こそ訳知り顔でその名を呼んだが……はっきり言って予想外である。

 だってよ……アイツの本拠地ここから真逆じゃん。

 彼の管理している島「ヒムツァ」は、このエルから正反対と言っていい場所にある。

 ケセド亡き今、代わりにこの島を管理下に置く可能性がある大天使と言えば、彼と仲の良かったティファレトかご近所のコクマーの二択だと思っていたのに……これは想定外である。

 ……誰だ今、僕の想定いつもガバガバじゃねぇかとか言った奴っ! SSのプロットなんて、多少壊れるぐらいで丁度いいのだよ!

 

 

 ただ、あの大天使ホドもまた、原作からして行動が読みにくいキャラだった。

 そこを考慮していなかったのは僕の落ち度である。ごめんなさい。

 

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ」に彼が登場したのは第23話。時系列的に、今よりもっと後のタイミングである。

 

 仲間が全員揃った炎たちがアイン・ソフの下へ向かう為、かの聖龍が眠る世界樹「サフィラ」へと突入した際に、彼は姿を現した。

 それは物語がいよいよ最終決戦に入った辺りでの登場であり、主人公の炎からしてみればラスボス一つ前に戦った敵である。

 彼は世界樹「サフィラ」の最下層にて大量発生していたアビスの大群を蹴散らした後、炎のことを神に謁見するに足る人物か見極める為に戦いを挑んでくる──という内容だった。

 

 

 ……うん、この説明だけだとわかりにくいよね。だって、そこに至るまでの流れがまるっきり飛んでいるんだもの。大丈夫、後でちゃんと説明するから今はこのぐらいで勘弁してほしい。

 

 ま、要するに彼はセイバーズの仲間が五人揃った後、最終決戦の時になってようやく姿を現したキャラだということさえわかってくれればいい。

 

 人類に対するスタンスは中立。

 マルクトのようにケテルに忠誠を尽くしているわけではないが、ケセドのように味方になってくれることもなく、ただ一人アイン・ソフの意思にのみ従う筋金入りの騎士(ナイト)だった。

 そんな彼は滅多なことでは彼の拠点である第8の島「ヒムツァ」を離れることはないが、主であり父である聖龍アイン・ソフを害する出来事を察知した時だけは、誰よりも早くその場へ駆けつけると言う。

 本人的には民を導く天使と言うよりも、神の騎士という自覚の方が強い性格だった。

 そのアイン・ソフを害する出来事と言うと、原作では「世界樹の最下層に大量のアビスが発生した」という、物語の佳境に相応しいフェアリーワールド未曾有の危機が該当していたものだが……詳しくは後日語ろう。

 

 ──そんなお堅い大天使が、自分の持ち場を離れてまで、この島にいる。

 

 その事実は何か、アイン・ソフを害するほどのことがこの島で起こっていることを意味していた。

 

 

「どうしようかな、これは……」

 

 

 うーん……不穏な展開になりそうだ。

 少なくとも、まだヨッドの偵察には行けそうにないなと、僕は今後の方針を考え直すことにした。

 

「エイト、もっと近づいてくれ! メアが危ない!」

 

 おっと、そうだね。今は考え込んでいる場合じゃない。

 相手はサフィラス十大天使。それも、個人的にはコクマーに次ぐ実力者なのではないかと思っている栄光の大天使ホドである。

 彼は強い。橙色のナイトだから当然だが、純粋に固くて強いのだ。ただでさえ凄まじいフィジカルを持っている上に、全身にファンタジーRPG御用達の最強金属「オリハルコン」の甲冑を纏っているのがまたいやらしい。

 原作では炎が火事場の馬鹿力を発揮してどうにか突破したものだが……いかにオリ主とは言え、メアが一人で勝てる相手かと言うと難しい相手だ。

 

 そう思って僕も加勢に入ろうとしたのだが──どうにも、それにしては二人の様子が少し気になった。

 

 同じことを、長太も感じたようである。

 

「まだそんなに心配しなくてもいいんじゃねぇか? アイツ、良い勝負してるぜ」

「いや、だが……それは……!」

「……確かに、今手を出すのは野暮かもしれないね」

 

 そう、地球にいた時よりメアは明らかに強くなっていた。長太がフェアリーバーストを習得したように、彼女もまたオリ主的な覚醒イベントをこなしたのかもしれない。

 背中の翼が二枚増えているのは伊達ではなく、この世界に来てから何かあったのか以前よりケセドの力を引き出せていたのだ。両手に纏った青い光をビームにして放ったり、剣にして振り回したり、挙げ句の果てには僕がよく使うカイザーフェニックス的な技を作って射出したりしている。

 

 うん、見事っ!

 オリ主的なスタイリッシュさ、派手さ共にナイスである。

 

 おそらくは、女神様っぽい人の書くSSでは彼女の視点でいい感じの物語が綴られていたのだろう。

 ダブル主人公物の基本、オムニバス形式である。

 この形式は各登場人物の様子を詳細に描けるのが利点だが、片方のクオリティーが極端に低かったりすると、「これいる?」と読者の反応が露骨に悪くなるから難しいものだ。

 

 それに……もう一つ、二人の戦いで気になることがあった。

 

 

「ホドも試しているのかな、あの子を」

「試す?」

 

 

 何となくだが、彼女に繰り出すホドの攻撃の数々は、コクマーやティファレトのような殺意が込められているように見えなかったのだ。

 サフィラス十大天使の殺気はこう、第六感的なものがビリビリッと来るのである。

 それと比べると今のホドの雰囲気は……そうだ。何というか、試練を課しているように見えたのだ。

 原作アニメから鑑みたホドのキャラから推測するに……その可能性はありそうである。

 ラスボス一つ前に主人公と戦うことになる彼のポジションは、言わばアイン・ソフの門番だ。

 彼は門を潜ろうと訪れた炎に自身との決闘という試練を課し、その試練に応えると潔くアイン・ソフとの謁見を許してくれた。

 聖龍至上主義者であるホドは、王ケテルの決定だろうとアイン・ソフの意思にそぐわないものであれば断固として拒否する堅物であり、王からしてみれば扱いにくいことこの上ない大天使だった。

 

 

 そんなホドは左手に構える円盤状の大盾でメアの斬撃をいなした後、右手の槍で彼女を打ち付ける。

 体格差通りの膂力で強引に吹っ飛ばすと、彼は自身の聖槍を突きつけながら高らかに叫んだ。

 

『ケセドの力を受け継ぎし者よ……お前の力はその程度か? ならば志半ばで朽ち果てた彼奴も、さぞ無念であろうな』

 

 うむ、イイ声だぁ……。

 僕はホドが発するアニメと変わらない声色に内心恍惚とする。50年以上も前から数々の名作アニメで主演をこなしてきた(でぇ)ベテラン声優が中の人をこなしていた彼の台詞は、登場期間は少ないものの鮮烈なインパクトを与えてきたものだ。

 演技の幅が怪物すぎるのよね……幼い子供から陽気な青年、渋い騎士まで完璧に演じ分けていた唯一無二のレジェンド声優だった。

 僕は死んだけど、あの人はまだ元気だろう。いつまでもどうかご健康に、長生きし続けてほしいものだ。

 

 

「……っ、まだ……!」

 

 厳かな語りで見下ろされたメアは、四枚の翼で踏ん張りながら光の剣を構える。

 そんな彼女をホドがどのような眼差しで見ているかは、頭部を覆う兜に隠れて窺うことができない。原作でも中身は見えなかったが、イケメンか渋いおじ様だろうなと想像している。実は美少女だったパターンは個人的に食傷気味なのでやめてほしい所存だ。

 依然、彼の動きには殺意を感じないが甘さも感じず、ホドは右手に携えた聖槍を容赦無く振り上げてきた。

 

『マーキュリー・セーバー!』

 

 聖槍に銀色の光を纏わせると、槍は天の雲を裂くような長さの光の長剣へと姿を変える。

 閃光は天を裂くように雲を散らしながら、ホドの右腕によって豪快に振り下ろされる。その暴力的な斬撃は、砲撃と見間違えるほどの射程と範囲を以ってメアの身に襲い掛かっていった。

 

「やめろォォォーッ!」

 

 その瞬間、居ても立っても居られなかった炎が僕の闇の不死鳥から飛び出していった。

 通常ならそのまま地上へ落下してミンチより酷いことになるところだが、彼は自由落下と同時に即座にフェアリーバーストを発動。

 ネツァク戦で習得した焔の翼を生やすとその翼を羽ばたかせて急行し、メアの前に割り込んで光の長剣を白羽取りしてみせたのである。

 

『何……!?』

「あっ……」

 

 それに驚くのはホドとメアだ。

 ホドは自分の必殺技が受け止められたことに、メアはこの状況に頼れるお兄ちゃんが助けに来てくれたことに目を見開いている。

 因みに僕は興奮している。経緯は全く違うが、炎がホドの必殺技を蒼炎を纏った両手で白羽取りするシーンはアニメ「フェアリーセイバーズ」でも見た光景であり、作中ではここから炎のターンとなりその拳でホドの鎧を粉々に打ち砕いたものである。

 僕と違ってそんなメタ知識は無いだろうが、ホドは炎の蒼炎に嫌なものを感じたのか即座に必殺技を解除し、大盾を構えながら油断なく彼の姿を見据えた。

 

『その力……そうか、其方がアカツキ・エンだな?』

「メアに……妹に、手を出すな!」

「……っ」

 

 キャーオニイチャンカッコイイヤッター!

 

 ……と、冗談は置いておいて。

 

 そうか、メアは光井家に引き取られた子供。言わば灯ちゃんの妹だ。

 そして灯ちゃんは近い将来炎の嫁になる。そうなると晴れて、メアは彼の義妹になるというわけだ。

 

 やっぱすげぇよメアは……この僕でも入れなかった主人公の家族ポジションを、確固たるものにするとは……!

 

 やはり彼女と共存することを選んだ判断は正しかった。

 ネット小説界隈には「主人公のオリジナル兄弟をアンチするオリ主物SS」という変則アンチ物作品などもあるが、オリジナル兄弟はあってもオリジナル姉妹をアンチする系のSSはほとんど見たことがない。ざまあ系悪役令嬢物ではしょっちゅう目にするがそれは別として。

 フェアリーセイバーズは少女漫画でも乙女ゲームでもない。よって、彼女をアンチするのは最初から得策ではなかったのだ。

 

「ここからは、俺が相手だ!」

『面白い。コクマーを退けたその力……どれほどのものか、見せるがいい!』

 

 頑張れー炎、大分原作を先取りしている対戦カードだけど、二人の戦いが間近で見られるなんてオリ主冥利に尽きるというものだ。

 僕は加勢するよりもアニメの好きなシーンを見届けるような感覚でハープを取り出すと、即座に応援の姿勢に入った。

 その時である。

 

 

「待って、エン! ホドは敵じゃないっ!」

 

 

 ……うん、そんな気はしていた。

 流石僕だ。やれやれ、観察眼もチートオリ主である。

 一方で戦闘態勢に入った途端思わぬ発言を後ろから受けた炎は、出鼻をくじかれながら驚きの眼差しを鎧の大天使に向けた。

 

 そして僕は彼らの後ろで、これまた訳知り顔でハープを鳴らしたのだった。

 

 





 最近は人物紹介でCVを紹介するオリ主が減ってきていると思ったので本編で紹介してみました!


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説明回は感想欄が伸びにくい

 印象があります。なんとなく


 ケセドの止まり木──そこはこの第4の島「エル」の管理者ケセドが根城にしていた場所である。

 

 ケセド自身が島の居住区画を見渡す為に高い丘の上に建設したその場所は、非常に見晴らしが良く島全体どころか他の島々や世界樹の姿まで綺麗に見渡すことができた。

 島の管理者の拠点のくせに大天使の威光を示す城ではなく、簡素な止まり木を構えるだけに留めたのは何とも彼らしい謙虚な姿勢である。と言うのも日常的に巨鳥の姿で過ごしているからか、ネツァク城のようなものを作られても本人が困るのだろう。実用的に考えても、彼用の建造物は止まり木程度で十分なのかもしれない。

 

 だけどわかる……わかるよケセド君っ!

 何せこの高さがいいよね! 雲海から標高2000m以上のところに建っているから眺めが良くて実にいい。

 いいなぁ……あの止まり木の上に止まってみたい。復活させることができたら、僕もあの上に座れるようにお願いできないかなー羨ましい。

 

 そう思いながら僕は──僕たちは、半ば現実逃避のようにケセドの止まり木を眺めていた。

 

 今現在、僕らの周囲には、翼人種族の皆さんがズラリと並んでいる。

 僕らは完全に包囲されているという奴だ。まるで立てこもり事件現場である。

 

 ここはエルの聖都「ゲドゥラー」。ホドとメアに連行されてたどり着いたのは、今は亡きケセドの聖都だった。

 

 

 ──で、そのような大勢の目がある場所で僕たちが行ったのは、メアとの情報交換だった。

 

 一頻り再会を喜び合った後、炎の口からこちらで遭ったことを伝えるとメアは「ほえー……」という感じに深く驚いていたものだが、こちらとしてはメアが体験した数日間の出来事に驚かされていた。

 

 

 

「そうか……頑張ったな、メア」

「うん……でも、メアはもっと頑張らないと」

 

 超空間の中ではぐれた後、メアが落ちたのはこの島エルだった。

 しかし僕と同じく単独での飛行能力を持ち、ケセド由来のおぼろげな異世界知識があるメアは即座に島を飛び回り、炎たちを捜し回ることにした。

 

 しかし、そこで彼女が見たのは島の周辺の雲海を覆い尽くさんばかりに発生している、大量のアビスの姿だった。

 

 その場には既にサフィラス十大天使のホドが駆けつけていたが、それでもなおアビスの侵攻は収まらず、聖獣たちの住む町は甚大な被害を受けようとしていた。

 

 

 ──そこで颯爽と舞い降りたのがメアちゃんである。

 

 

 アビスの脅威に怯えすくむ聖獣たちを見て、メアは居ても立っても居られなかった。

 それは彼女の中にある「慈悲」の天使の因子がそうさせたと言うよりも、彼女自身が元々そういう性格だからだろう。

 困っている者を見たら放っておけない……まさしくオリ主の在り方である。僕は目立てそうなシーンを見たら放っておけないが。

 

 そうしてメアはフェアリーチャイルドとして持つ己の能力を全力で解放し、町を襲うアビスたちを慈悲の光で一掃してみせた。背中の翼が四枚に変わったのはその時である。

 その時、そんな彼女の姿を見て、守られた町の聖獣たちは思ったのだ。

 

 ケセドだ! サフィラス十大天使の魂っ!──と。

 

 町の者たちの間では「ケセドは人間に殺された」という情報が既に流れていたが、町の聖獣たちがその力の正体を見間違える筈が無かったのだ。

 極限状態だったこともあり、メアに救われた聖獣たちは彼女のことを「ケセドの意志を継ぐ者」として受け入れたのである。それには浮世離れした彼女の容姿が天使のそれとよく似ていたことも大きかったのだろう。どこの世界でも、見た目が占める第一印象の比重は大きいのである。

 

 ケセド様が帰ってきてくれた!と、満面の笑みを浮かべる町の聖獣たちから予想外な歓待を受けたメアは、戸惑いながらも彼らに事情を説明した。

 

 自分が人間であること。

 悪い人間たちに改造され、ケセドの因子を埋め込まれた存在であること。

 その影響により、今の自分にはケセドの記憶や力が朧げに残っていること。

 この記憶が、今でも聖獣と人間が争うのを善しとしていないこと。

 そして自分と仲間たちは、そのことをサフィラス十大天使と聖龍アイン・ソフに伝える為にこの世界にやってきたのだと──彼女は包み隠さず全てを打ち明けたのだった。

 

 大事なことは原作の雰囲気を壊さないように、常に秘匿し続けている僕とは偉い違いである。

 誠実な情報ブッパにはこれが記憶喪失キャラ……そして非転生者故の実直さかと僕は感心した。ひがみでもなく僕にはできない判断なので、その話にはとても唸らされた。

 

 しかし、それを聞いた町の聖獣たちはと言うと……まあ彼女に同情した。

 

 うん、改造については被害者だからね、メアも。何の躊躇いも無く自分たちを助けに来てくれた彼女の善性を間近で見てきた聖獣たちは、彼女のことを邪悪な人間だとは思えなかったようだ。

 彼女はケセドではない。だが、今は亡きケセドに誰よりも近しい存在だった。こうなると、聖獣側が抱く認識は二通りである。

 

 彼女を大天使を騙る紛い物と否定するか……ケセドの忘れ形見として受け止めるかだ。

 

 住民たちの心境は複雑であろうが、多くの者は後者を選んだ。

 それにはやはり、彼女が見せた慈悲の精神がケセドと似ていたのが大きかったのだろう。聖獣たちは彼女のことを主として拝みこそしなかったが、憎き紛い物として拒絶することもしなかった。

 

 ただ少しだけ、人間に対する印象が変わったのは間違いないだろう。悪い人間もいれば、良い人間もいると。それだけで、今は十分である。僕たち三人に突き刺さる疑いの視線は快いものではなかったが、これについてはもしかしたらメアのことを心配しているからなのかもしれない。

 直接的な嫌悪感を見せないのは彼ら元来のお人好しぶりと、この場にいる「栄光」の大天使の存在故か。

 

 

「……それで、あの天使とはどういう関係なんだ?」

 

 微妙に聞きづらい空気を破りながら、後ろの木陰で腕を組んでいる騎士を一瞥して炎がメアに訊ねる。

 彼としてはそんな気は無いのだろうが、なんかいかがわしい訊き方である。

 過保護な炎お兄ちゃんの問いを受けて、メアは「敵じゃない」と語った彼について言い放った。

 

「ホドは、メアを鍛えてくれている。メアはまだ、ケセドの力を上手く使えていないから……」

「鍛える?」

「やっぱりそうか。でも、なんだってそんなことを?」

 

 思った通り、さっきの戦いはガチンコバトルではなく組み稽古だったようだ。

 しかし、そうなると確かに理由が気になる。ホドは確かに原作では中立的な立場だったが、メアの出自を考えるとサフィラス十大天使にとっては嫌悪の対象になり得る存在だからだ。

 

 それは酷い言い方になるが、純粋な大天使である彼らからしてみれば彼女の存在は、存在そのものが同胞の尊厳を踏みにじる気味の悪い異物に見えるからだ。

 

 感知能力が高いからこそ、大天使たちは目で見るものよりも気配を頼りにしがちである。それ故に二つの存在が混じり合った彼女の存在は実に歪で、不快に感じることだろう。

 僕たちは彼女が健気な性格だと知っているからいいが、初対面の大天使からしてみれば存在自体が彼らの地雷を踏んでいると言ってもいい。

 その点、彼女が会った大天使が頓着の薄いホドで良かったと思う。少なくとも喜怒哀楽の激しいマルクトや、アンチ人類化した今のティファレトには会わせたくない存在だった。

 

 ──だがそんな事故物件みたいな彼女を見て、ホドが語る。

 

 

『それが、この世界にとって必要であると判断したからだ』

 

 

 木陰から離れ、僕たちのもとへ歩み寄りながら言った。

 騎士然とした厳かな口調は、言葉の一つ一つに不思議な説得力を感じる。

 

『かつて、我らが神アイン・ソフはこう言った。「人間と聖獣が互いの力を束ねたその時こそ、初めてアビスを打倒することができる」と』

「アビスを……?」

『アレには、明確な「死」が存在しない。我らの住まうこの天界に上がってくるアビスは、消滅と同時に深淵の世界へと還り、さらに進化した存在となって再び天界へと舞い戻る。数百年、数千年掛けてな』

「それは……転生するってことか?」

『そうだ』

 

 ……えっ? 待って、ここで言っちゃうのそれ!?

 

 アビスを完全に葬り去る為には聖獣の力を持った人間──すなわち「異能使い」の力が必要だというのはアニメ「フェアリーセイバーズ」でも語られた設定である。

 

 それは、遡ること初めて異能使いが誕生した時代──そもそも聖龍アイン・ソフが人間の世界に現れたのも、人類に真の異能使いへの覚醒を促し、共にアビスと戦ってほしかったからというのが理由だった。

 そしてその到達点である「フェアリーバースト」こそが彼が人類に求めたアビス打倒の可能性であり、サフィラス十大天使にはいつかその調停者として人々を導いてほしいという願いをアイン・ソフが語っていた。

 

 アビスは放っておくと人間の世界にまで侵攻してくるので人類にとっても見過ごせない脅威であり、聖獣と人間の共存はお互いの世界の為にも必要だったのだと炎たちは理解することになる。

 

 その一方で、「なんで人間なんかと協力せなあかんねんアホちゃう」というのがラスボスであるケテルの考えだった。

 サフィラス十大天使の王である彼は聖龍が眠りにつく際、人間がいつか到達することになる「フェアリーバースト」こそがアビス打倒に必要な最後のピースであることを聞いていたが──以来、彼は拗らせてしまった。

 

 人間の世界で毎日欠かさず発生している異能犯罪──その光景を見て、彼は人類に失望したのである。

 

 父アイン・ソフがそれほどまでに期待して与えた異能を、人間たちは誰一人碌なことに使っていないではないかと。

 そのようにしか見えなかった彼には、人類が本当に天使たちが導くべき存在だとは思えなかったのだ。

 その上「PSYエンス」のボスが余計なことをしてしまったせいで、最後のブレーキまで外れてしまったのである。

 

 ──アイツら駄目だな。痛い目に遭わせて言うこと聞かせよう、と。

 

 ケテルが出した結論は聖龍に命じられた人類との対等な共存ではなく、人類を聖獣の下に隷属させアビス戦用の尖兵として扱うという実にラスボスらしい発想だった。

 支配しやすいように人類の半数ぐらい死滅させようとか淡々と言い出した時は、忠誠心の高いマルクトですらドン引きしていたほどである。

 

 そんな彼は、最終局面にて灯ちゃんwithケセドを自らの身体に同化吸収することで一方的に人間の力を利用し、アビスを完全に葬り去ることを目論んで邪神ケテルへと進化するのが物語の最終イベントだった。

 

 それらの設定は「フェアリーセイバーズ」の物語の根幹を担う重大情報なので、オリ主的にこう、いい感じのタイミングで明かそうかなーと考えていたのだが、ここで触れることになるとは全く想定外である。

「嫌だい嫌だい! 事情通のキャラはボクだけでいいんだい!」と心の中のちびキャラエイトちゃんがじたばたしながら、戦々恐々と彼の言葉を聞いていく。

 頼むから喋りすぎて、あまり僕の役割取らないでくれよ……役割を持てないオリ主にはなりたくないでござる。

 

 

『故に、我らとアビスは古くから戦い続けてきた。初めは大して危険な存在ではなかったのだがな……奴らは何度も転生を繰り返す内に進化を続け、今や我ら聖獣(フェアリー)をも脅かす存在になった。この世界の全てを喰らい尽くすほどの存在にな』

「……それほどの相手なんだな、アレは……」

『そうならぬよう、聖龍アイン・ソフが奴らを封印したのがかつてのことだ。そして我らサフィラス十大天使には、眠りについた神の代行者としてこの世界を守護する使命がある』

 

 

 ……よし、設定の開示はまだそんなにしていないな!

 

 ここで明かされるのがアビスの生態だけならば、寧ろこの先の物語をわかりやすくする為にありがたい情報である。ええどホド。

 

 しかしあれかな? 女神様っぽい人はどうやら、原作でも謎の多かった存在「アビス」について深く掘り下げたいようだ。大変便利に解説してくれるホドの姿を見て、僕は彼女のSSの方針について察した。

 ならば僕は、その意志に従うことにしよう。ホドがアイン・ソフを慕っているように、僕は女神様っぽい人を慕っているのである。エイトちゃんは孝行娘なのだ。

 

『このホドには、其方らの世界にまで攻め入る気は無い。今優先すべき敵は人間ではなく、アビスなのだ』

 

 アビスは時間を置くほどヤバくなる。まだ対処できるうちに完全に葬り去ってしまいたいのが、作中に登場した穏健派たちが王ケテルに刃向かった概ねの理由だった。それはそれとして人類への慈悲で協力してくれたケセドは、やはり大天使たちの中では異端だったのだろう。

 

 そしてこの男──ホドはアビスの活性化が激しくなった今、ケテルよりもアイン・ソフの側に理があると判断しているようだった。

 彼が協力してくれるのなら、とても心強い味方である。

 勿論、ただで……というわけにはいかないことは、原作時点から察していた。

 

「俺たちは、あんた……貴方たちとの戦いを止めたい」

『その点では、其方らと私の利害は一致している。が、協力する前に見定めたいことがある……それ故に今は、この者に試練を課しているところだ』

「どういう試練だ?」

『ふ……この者が、我が盟友ケセドの力を完全に引き出すことだ』

「そうか……それでさっきのか」

「うん、そう。だからメアは、もっともっと頑張らなくちゃいけない」

 

 ふんす、と表情の乏しい顔で握りこぶしを作るメアの姿が微笑ましい。

 原作では真のフェアリーバーストを発動した炎を見て初めて人間が協力するに足る存在だと信じ、矛を収めてくれたものだが、この世界ではそれらの可能性をメアに見出したのかもしれない。

 流石オリ主である。僕も負けていられないな。

 

『この者こそ、かつてアイン・ソフが言った「人間と聖獣(フェアリー)が束ねし力」の体現者だ。私は神の意思に従い、その存在の有り様を見定めなければならない』

 

 そして……と、彼は続ける。

 

『その力が本当に世界を救えるものならば……このホド、聖龍アイン・ソフの命に従い、其方らの仲介に全力を尽くすと約束しよう』

 

 アイン・ソフに忠誠を誓っているからこそ、相手の見定めをきっちり行うのが彼である。

 主の言うことだからって何でもかんでもYESと受け入れていたら、いずれ主を破滅に導きかねない危険まで招き寄せてしまうからね。時にはNOと言うこともまた、忠臣の大事な役割なのである。

 ……特に聖龍様、善かれと思って人類全体を覚醒させちゃったり、コミュニケーション不足でケテルが拗らせたりしてしまったように、実はポンコツなのではと疑われるぐらい見通しの甘いお方だし。

 ともあれかの神が偉大であることは間違いない。

 

「……改めて思うが、とんでもねぇところに来ちまったな俺ら」

「世界を救いに来たんだ。こういう話にもなる」

 

 彼の話を聞いて、二人は本当の敵がアビスであることをはっきりと理解したようだ。

 ここで及び腰にならない辺りが、まさに救世主たち(セイバーズ)の名に相応しい存在である。

 

 ……でもね、僕としてはそれよりもまず気になることがあるんだ。

 

 

「一つ、いいかな?」

『む? 其方は……』

「ボクはT.P.エイト・オリーシュア。今の話を聞いて、気になったことがあるんだ」

『……何だ?』

 

 

 挙手をした後、向かい合うホド先生の視線を受ける。

 ……なんか怖いな。顔は見えないけど、何だか僕のこと訝しげに見られている気がする。

 でも、しょうがないよね。プラスに考えよう。訝しげに見られているということは、ミステリアスなオリ主ムーブが上手くできている証である。

 

 そう思うと、この視線も勲章みたいでちょっと嬉しい。

 エイトちゃんは人を弄ぶのが好きなお姉さんなのだ。

 そんな僕は、僕自身の今後の予定に差し支えがないかどうか確認を行うことにした。

 

 

「それって、ボクが彼女から力を盗み──ケセドを蘇らせたら、無効になるのかい?」

『……ッ!』

「!?」

 

 

 そう、僕は今からやる気満々だった。

 前に語った、ケセド因子の摘出によるケセド復活チャレンジである。僕としてはもう少し先になるかなぁと予想していたメアとの合流をここで果たせたことで、試してみるチャンスが回ってきたと思ったのだ。

 言い放った瞬間、周囲の聖獣たちからどよめきが広がった。

 当然、そのことを事前に言っていなかった二人も大いに驚いている。

 

「えっ……」

「エイト、あんた何を……!」

 

 ふふふ……キミたち、ボクを誰だと思っているんだい?

 ただの親切なお姉さんとでも思っていたのかな?

 

 怪盗モードになりながらそう言うと、僕はキョトンとした顔でこちらを見上げるメアの姿を真っ直ぐに見つめた。

 

 

「そうとも……ボクとメアが力を合わせれば、慈悲の大天使様を復活させられる筈さ」

「……ほんとうに?」

 

 

 多分、きっと、できたらいいなぁって。ここまでカッコつけてできなかったらダサいが、その時はもっともらしい言い訳で誤魔化すので大丈夫である。

 だから見ていてくださいよ、女神様っぽい人!

 貴方が僕に求めるオリ主的使命、果たしてやんよ!

 絶え間なく吹き抜ける強風にパタパタと揺れるシルクハットとスカートを押さえながら、僕は挑発的な笑みを一同に浮かべた。




 世界観説明になるとどうしてもキャラの出番が少なくなるからかもしれない……
 それはそれとしてTSおねロリもいいよね……


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PTAがアップをはじめました

 すごい視線を感じる。今までにない何か熱い視線を。

 風……なんだろう吹いてきてる確実に、着実に、僕の方に。いや吹きすぎだよ帽子飛ぶっ!

 ……中途半端はやめよう、とにかく最後までやってやろうじゃん。

 メアの身体の向こうにはケセドがいる。決して一人じゃない。

 信じよう。そして共に戦おう。

 バタフライエフェクトや世界の修正力は入るだろうけど、絶対に流されるなよ!

 

 はい。

 

 僕が異能を盗む異能使いであること、そしてその力を使えばメアの身体からケセド因子を抽出し復元できるかもしれないことを告げると、ホドからは無事に『いいだろう、やってみせるがいい』と許可を得ることができた。

 良かった。成功したらメアが力を失う可能性もあるから、せっかく立ったホドの仲間入りフラグをへし折ってしまわないか心配だったのだ。

 

 そして当のメアはと言うと、それを聞いて涙を浮かべながら僕に頼み込んできた。

 

「お願いっ……ケセドを救ってあげて……! ケセドに生命を返してあげて……っ」

 

 ……正直、そこまで真っ直ぐに頼まれるとは思っていなかった。

 彼女のような特殊な存在に能力を使ったことはないし、結果的に危険なことになるかもしれない。

 それに、仮に成功したらせっかく得た大天使の力も失うことになると言うのに──メアは断るどころか懇願してきたのである。

 そんな彼女の態度には、内心成功すれば儲け物程度に考えていた僕は居た堪れなさにあわあわとたじろぐところだった。危ない危ない。

 僕は普段はミステリアスだが、いざという時には頼りになるT.P.エイト・オリーシュア様なのだ。ふっ、僕としたことが……ダメ元で動くのはらしくなかったな。

 

 僕はメアの頭をそっと撫でると、彼女の心を落ち着けてやる。カッコいい大人のムーブという奴である。

 或いは、撫でやすいところに頭があったからとも言う。ロリコンのオリ主はみんなそう言うのだ。

 ふむ、やっぱサラサラだなこの子の髪……ま、僕も負けていないけどね!

 

「あ……」

「そんな顔をするな。ボクは怪盗だ。狙った獲物は逃さない」

 

 オリ主とは言え、転生者ではない彼女はただの子供だ。

 僕は腰を屈めて目線を合わせると、緊張を解くように間近で見つめ合いながら穏やかに微笑み掛ける。エイトちゃんスマイルには、セラピー効果があるのだよ。

 そうしているとメアの息遣いが落ち着いていくのがわかり、僕は頷いて顔を離すと炎たちからの質問を捌いた。

 

「あんたの言うことは死者蘇生だぞ。そんなこと、本当にできるのか?」

「流石のボクにも、死という現象は拭えない。だけど、形が変わってしまったものを元に戻すことならできる。そういう異能を持っているからね」

「でもよ、ケセドって天使はPSYエンスに……」

「死んじゃいないさ、限りなくそれに近いとは言えね。メアから発せられる彼の気配がその証拠……そうだろう? ホド」

『……そうだ。気配と力を感じる以上、彼奴はまだ完全に滅んではいない筈だ。我らサフィラス十大天使は死を迎えた時、世界樹サフィラに還り永い時を掛けて生まれ変わる。このホドもまた、幾度となく繰り返してきた生命だ。ケセドの生命がサフィラに還っていないということは、彼奴の魂はその者の中で生き続けているのであろう』

 

 転生する為にも彼奴には死なせてやった方がいいというのが、他のサフィラスの意見だがな……とホドは続ける。

 そう、サフィラス十大天使という聖獣もまた、アビス同様明確な死が存在しないのだ。サフィラという世界樹がある限り、寿命を迎えてもいつか再び生命を得るのだという設定がある。

 尤も、蘇った大天使は記憶も姿もリブートされるので、前と全く同じ存在になることはないのだが……長生きしている割に大天使たちの精神が老成していないのも、その為だろう。

 或いは、権力者の老害化を防ぐ為の自浄作用とも言える。

 

 しかし、そんな彼らの中で唯一一度も転生することなく創世期から生き続けているのが十枚の翼を持つサフィラスの王、ケテルだった。

 

 それ故にケテルは他の大天使とは比較にならない隔絶した力を持っているが、長く生き過ぎた弊害により精神が摩耗しており、永い年月により数々の文明の破滅を見届けてきたことから鬱になっていた。

 アニメを視ていて、彼のシーンだけなんだか不気味に怖かったことを覚えている。かつての僕も中年になってから視たら感情移入できたのかもしれない。

 

 ともあれ、ケセドが完全に死んでいるわけではないという裏付けを取れたことに僕は安堵する。この時点で外れていたら、ケセド復活チャレンジが初めから頓挫していたところである。

 

「聖獣の因子と異能の因子はよく似ているからね……理論上、可能な筈なんだ」

「そっか……うん、そうだね」

 

 台詞の頭に「理論上」って付けると何だか頭良さそうだよね。その後「馬鹿な!? 僕の計算が……!?」とイレギュラーな出来事に動揺するのがインテリ系眼鏡キャラの様式美である。僕は眼鏡を掛けていないので大丈夫だ。眼鏡姿の僕もそれはそれで良さそうだが。

 

「と、言うわけだメア。ボクは今からキミのお宝──ケセドを頂戴する」

「うん……お願い、エイト」

 

 これで対象への犯行予告は完了。合意の上なのが怪盗らしくなくて気に入らないが、断っても悪いお姉さんはやるつもりだったのでヨシとする。

 後は肝心の「怪盗ノート」への書き込みが必要なんだけど……その前に、彼女には確認しておきたいことがある。

 

「そうだ、キミ自身の異能は何か教えてくれないかい?」

「閃光──光を操る異能。ケセドの力と、少し似ている」

「なるほど、わかった」

 

 メア自身の異能について知っておかないと、間違えてケセド因子じゃなくて彼女の異能を盗んでしまうからね。そこは把握しておかなければならない。

 しかし、「閃光」のメアちゃんか……元々光属性だったんだね君。てっきり身体強化系だと思っていたが、あの時屋根の上を跳び回っていた身体能力も人体改造の産物だったようだ。

 元々が天使のそれに近い異能の持ち主だったのは、おそらく意図的なものだろう。PSYエンスは初めからケセドの適合者にする為に彼女を素体にしたのだと推察できる。

 こんな胸糞悪いことをするのはあの組織しかいないし、あの男なら間違いなくやるだろう。女神様っぽい人とは、嫌な解釈が一致してしまったものだ。

 

 ……多分、僕の力ならやろうと思えば彼女を改造人間から元の人間に戻すこともできるだろう。

 

 今は不確定要素が大きいからやらないけど、全てが終わった後で彼女が望むのなら僕も全力を尽くそうかなと思うぐらい、僕はメアという少女に絆され始めていた。

 

 だってこの子の悲痛な顔、全然オリ主らしくないんだもの。寧ろ、アリスちゃんと同じ匂いがする。

 ハッ……まさかこの子も劇場版キャラ!? ……いや、無いな。こんなインパクトのあるキャラなら流石に覚えている筈だ。僕が死んだ後で続編が始まったわけじゃあるまいし。

 

 

 ──さて、それじゃあノートに書き込みましょうかね。

 

 

 左手に広げた怪盗ノートと向かい合い、僕は右手の万年筆でツラツラと発動に必要な情報を書き綴っていく。

 ここで書き綴る概要は彼女の能力のことではなく、「ケセド」のことだ。

 メアの中にあるケセドの存在を、「異能」として判定するのである。そうすれば盗むことは可能な筈だ。

 勿論、その為には彼の詳細な情報が必要だったが……僕はアニメ「フェアリーセイバーズ」のファンである。

 こういう時は、原作でのメタ知識が役に立つ。

 二次創作界隈では原作未視聴でも二次知識を基にSSを書く猛者もいるが、その点僕はアニメ派だけど全話視聴済みなので安心してほしい。ケセドのことならWiki要らずである。

 

 空白のページを埋めていくように、僕はケセドの巨鳥形態、天使形態両方の身体的特徴と彼の能力、人物像などの概要を思い浮かぶ限り書き込んでいった。その際「加速」の異能を使ったので端の目には物凄いスピードで速筆しているように見えただろう。世の作家たちが羨むような能力である。

 

 おっと、筆がノリすぎて真実しか書いていない記事のアンサイクロペディアみたいなことになってしまった。

 勢い余って怪文書が完成しそうになり、ノートの全ページを埋めてしまうところだったよ。やれやれ、僕のケセドへの愛が大きすぎたようだね。

 あ、もちろんキャラクターとしての愛情だから誤解無きように。

 

 

 だがこの挑戦、それだけの価値がある!

 

 

 僕は豪快に10ページぐらい使ってケセドの概要を書き終えると、ペンをしまった右手でメアの手を握る。

 対象との接触──異能発動の最終ステップである。小さなおててだなと意識するよりも早く、怪盗の能力が発動した。

 

 

 ──その瞬間、右手から激痛が走った。

 

 

「──ッ!」

「エイト!?」

「…ぁっ……」

 

 な……何これ……!? めっちゃ痛いんですけどー!?

 

 指先から電撃を浴びたような痛みが身体の中まで伝わってくる。突如としてビリビリと全身が痺れるような感覚が襲い掛かり、想定外の現象に思わず片膝を突いてしまった。

 

「ん……くっ、ぁぁっ……!」

「エイト……!」

「ど、どうした姉ちゃん!? 大丈夫かオイ!」

 

 それでもメアの手は外さず、プライドが許さないので意地でも悲鳴を上げないように平静を装っていたが、身体中の体温が一気に上昇し視界までぼやけてきた。

 

「ぁ……ん……くっ……」

 

 なにこれ、吐きそう……! すっごい目眩するんだけど!?

 能力を発動した瞬間ただならぬ反応を見せた僕を見て、炎たちが焦って呼び掛けているようだが頭に入らない。

 苦悶に堪える僕は、青ざめた顔で見ているメアの姿を認識するので精一杯だった。

 

 

 ……そんな顔するなって言ったろ。

 

 僕はオリ主だ。チートオリ主なんだ! こんな痛みに負けるものか!

 

 

「……手を、離すな……大丈夫、だから……っ!」

「でもっ!」

「ボクを、信じろ……っ、だって、ボクは──」

 

 

 ──この為に生きてきたのだから。

 

 

「……っ!」

『T.P.エイト・オリーシュア……其方は、まさか……』

 

 いつものカッコいいオリ主ムーブでもあるが、僕の本心でもあった。

 そうとも……女神様っぽい人がオリ主に求めた役割とは、きっとこれだったのだ。

 彼女は自分のSSがどうにもこうにもならない時、チートオリ主が欲しいと僕をこの世界に送り込んだ。

 

 ならばその使命、投げ出すわけにはいかない!

 

 あと、必死で痛みと戦う今の僕って超カッコ良くね?

 そう思いながら、これもまた完璧なオリ主ムーブだと僕は自画自賛する。

 どんな時でも余裕を見せつけるのがチートオリ主だが、態度の裏には泥臭い努力が隠れているのもまたオリ主である。

 

 つまり何が言いたいかと言うと、今の僕は最高にイカしてるってことだ!

 

 ……正直、ナルシシズムにでも浸っていないとやっていられないほどキツい。

 身体の外ではなく内側から来る痛みがこんなにキツいとはね……大天使という膨大な存在を受け止める代償か。ぶっちゃけ、前世で死んだ時より遙かに辛かった。

 

 でも、僕は頑張る。セイバーズだって頑張っているんだから!

 

 

「……これが生まれ変わった意味ならば、今こそボクは、使命を果たそう……! キミの魂を頂戴する……っ、ボクのもとへ来い! ケセドッ……!」

 

 

 

 嘔吐感と拷問染みた身体中の痛みを耐え抜き、高熱で意識を朦朧とさせながらも僕はやり抜いた。そうとも、やり抜いてみせたのだ。

 この日の為にずっと考えていた啖呵を切ると、僕はメアの手からウルトラレアカードを引き抜くような勢いで一気に右手を引き離していった。

 

 

 

 ──そして次の瞬間、膨大な量の「闇」が溢れ出した。

 

 

 

 

 えっなにそれ怖い。

 

 

「な、何だこれ!?」

「大丈夫かエイト! メア!」

 

 僕が異能行使を終えた瞬間、メアの身体から突如として溢れ出したのだ。

 得体の知れない、ナニカが。

 

「……っ!」

 

 間近にいた僕はその「闇」に弾き飛ばされてしまい、受け身を取れず尻もちをついてしまった。アテテ……

 しかし、お尻の痛みよりも今はヒリヒリする右手の方が気になり、僕はノートを回収するなり患部を左手でさすった。見た目は特に腫れてないけどまだ痛い。くっそ痛いわ!

 

「キュー……」

 

 おっ、ありがとうカバラちゃん、心配してくれて。

 あと、君がそこに立っているおかげで駆け寄ってきた炎にスカートの中身を見られなくて済んだよ。今気づいたけど、強風の中吹っ飛ばされたせいで今の僕酷い格好してる。衝撃で太ももの付け根辺りまで裾がめくれてエラいことになっていた。男のロマンを理解しているTSオリ主である僕は、マルクトとは違って下には穿いていないのだよ──短パンとか見せパンとか。いや、パンツは穿いているからねもちろん。

 

 ……カバラちゃん、後でチュールをあげるから、もうちょっとだけじっとしててね?

 

 被ラキスケは許さない。何故なら僕はオリ主だから。

 急いで脚を閉じてロングスカートの裾をきゅっと直した後、僕は気を取り直して空に滞空する「闇」の姿を見上げた。まだ少し顔が熱いのは、もちろん痛みのせいだ。

 

 

「何とおぞましい……」

「な、何なのだアレは! ケセド様が蘇るのではなかったのか……?」

 

 

 ……いや、マジで何だよアレ……僕知らないんだけど。

 

 

 何か凄く僕が疑われそうな流れだが、実際僕の手にはケセドの力を盗んだ感触はあった。

 抜き取った直後あの闇に弾き飛ばされたので詳しくは確認していないが、それは間違いない筈である。

 

「っ、メアの中に、アレが……? どうして? どうして!? メアは、一体……?」

「気をしっかり持って、メア。大丈夫だから」

「エイト……っ」

 

 禍々しく巨大な闇が、霧のように空に掛かっている。

 バースト状態の時のアリスちゃんよりも遥かに危険な臭いがする闇が、メアの身体から溢れ出したのだ。他でもないメアちゃん自身でさえ何が起こったのかわからず、唖然とそれを見上げていた。

 

 ──だが、その闇から感じる気配には見覚えがある。

 

 異能「サーチ」によってあの闇の正体を即座に読み取った僕は、静かにその名を呼んだ。

 

 

「アビスか……」

 

 

 深淵よりの怪物、アビス──鑑定の結果はすぐに出た。

 スライム状の姿ではなく純粋な「闇」と言った姿だが、アレもまたアビスの一種であると「サーチ」の異能が示している。

 

「アレが……アレも、アビスなの?」

「……その筈、なんだけどね。キミの中に、アレほどのアビスが混じっていたとは……」

 

 地べたにへたり込んだままでカッコつかないが、今はどうかこの姿勢のまま解説させてほしい。

 いやね……ちょっと身体がダルくて、立ち上がれそうになかったのだ。目眩は治まり熱も下がっているし、激痛も嘔吐感も引いたのだが、今は腰が抜けたように全身が脱力していた。

 そんな僕のことを心配そうに支えるメアもまた、その闇──頭上に広がるアビスの姿から目を離さなかった。

 

 

『そういうことか……』

 

 

 いつの間にか横に立っていたホドが呟く。

 何!? 知っているのかホド!?

 い、いかん……このままでは僕の事情通なオリ主ポジションが揺らぐ! だけど、邪魔するわけにもいかない……! 表面上は平静を装っているが、この状況は僕にもわけがわからないよ。

 彼が何か知っているのならそれを教えてほしかった。

 そんな僕の期待に応えるように、彼は語った。

 

 

『妙だとは思っていた。いかに甘さがあったとは言え、我が盟友ケセドが人間に遅れを取るなどあり得ぬと』

 

 

 おお、声も合わさって何だかホド様キレ者感が凄い。

 確かに、そう言われると妙な話ではあったのだが……ケセドだからなぁ。

 大天使らしく強大な存在だが、判断が甘いうっかり屋さんでもあるので、ひたすら無慈悲なPSYエンスのボスにしてやられるのは十分あり得るだろうと僕は解釈していた。

 

 

 しかし、これは……もしかして僕は、オリ主ともあろう者が──とんでもない思い違いをしていたのかもしれない。

 

 

『だが、貴様が潜んでいたのなら話は別だ!』

 

 

 ギリッと「闇」を睨むホドの眼差しが鋭くなる。

 瞬間、彼はどこからともなく取り出した大盾と槍を構えると、これまでマントのように下ろしていた八枚の翼をバサリと広げた。うむ、カッコいい。

 そして彼が戦闘態勢に入った瞬間、頭上に霧のように広がっていた「闇」が一ヶ所に固まり、全長40m以上に及ぶ巨大な鳥の姿へと変貌していった。

 

 まるで慈悲の大天使ケセドの姿を模倣し、さらに強化したかのように。

 

 

『貴様が元凶だったのだな……! 深淵のクリファ──アディシェス!』

 

 

 

 …………

 

 ……?

 

 !?!?!?!?

 

 

 誰っ!? 誰なの!? 何よ「深淵のクリファ」って!? カッコいい肩書きじゃないかくそう!

 

 アディシェス――知らない敵の名前を聞いて、僕はメアの時よりも激しく狼狽えた。

 ちょっと女神様っぽい人さ……貴方のSS、オリジナル要素強すぎませんかね?

 

 彼女のSSはもう、駄目かもしれない……明らかにヤバそうな怪獣の如き黒鳥が咆哮を上げたその瞬間、僕は最悪の展開を覚悟した。

 

 

 




 本作とは何の関係もありませんが特殊タグには喘ぎ声ジェネレーターなんていうのがあるんですね今。本作とは何の関係ありませんが
 一SS作者として、ハーメルン様の機能には頭が下がるばかりです


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面白ければそれでいい

 明らかにヤバそうな奴が出てきたことで、町の皆さんは阿鼻叫喚の様子で避難していった。

 その場に残ったのは炎たちとホドら戦闘能力のある聖獣たちだけだ。

 彼らは島に被害を与えないように黒鳥を空高くまで誘導すると、雲一帯を吹き飛ばしながら神話染みた超絶バトルを繰り広げていた。

 

 そんな彼らの下で、僕は俯くようにへたり込んでいた。身体と精神がちょっとついていけなかったのだ。

 メアはそんな僕の様子を心配してくれたのか、オロオロしながらもカバラちゃんと一緒に僕の傍についていてくれた。ええ子や……後で飴ちゃんあげよう。

 だが、今は無理だ。今の僕の気持ちを率直に語ろう。

 

 

 もうダメだ……おしまいだぁ……

 

 やめろ! 完結できるわけがない! アイツは伝説の超エターフラグなんだどー!

 

 

 女神様っぽい人のSSを応援する者として、僕は目の前の光景から発せられる「やっちまった感」に項垂れていた。これはもう駄目かもしれない。

 

 漫画やアニメを題材にした公式のゲーム作品においては、要所のボスキャラにオリキャラが配置されることはよくある。話題になるし、新鮮で楽しいからね。数々のロボットアニメが共演する人気クロスオーバーシミュレーションゲームなんかはシリーズの度に行っているほどだ。

 

 だが、二次創作界隈においては人気を出すのが非常に難しい題材である。

 

 もちろん、それが駄目というわけではない。元々のSS人気がとても高く、原作知識が無くても書けるぐらいのテンプレが確立されていたSSほど、その手の作品は変化球として案外多かった。

 

 それも当然だろう。作者だってオンリーワンでナンバーワンになりたいのだから。

 

 はなから二次創作を書いておいて何言ってるんだと思う者もいるだろうが、人気ジャンルを書き続けていると書く方も飽きが来るのだ。初めは個性的なオリ主と原作キャラの掛け合いを楽しんで書いていたのだが、なんだか最近マンネリ化してきてスパイスが足りない気がする……そうだ! ここでインパクトのある最強オリジナルボスを出そう!という感じに。

 

 その結果、読者には確かに絶大なインパクトを与えることができたが、与えすぎて「お、おう……」と置いてきぼりにしてしまうケースが多い。この辺りの問題は前に熱弁した「複数転生者、複数オリキャラ物SS」と同じである。

 しかも物語のボスキャラというのは作劇上特に目立つポジションなので、これの出来は作品そのものの評価に直結してしまうのだ。

 プロット段階からオリボスありきで緻密に構成された作品ならば登場に必然性があり、架空の劇場版感覚で読めたりするので案外受け入れやすかったりもするのだが……いずれにせよ、万人受けはしにくい要素である。

 

 この世界の女神様っぽい人オリジナルのボス──深淵のクリファ「アディシェス」。

 

 思い返せばホドの言う通り、登場に至るまでの伏線は張られていたように思える。

 なんと言うことだ……「ケセド不在」のタグが伏線だったなんて……! 女神様っぽい人め、騙したな! やっと脳天気な僕でも呑み込めたよ!

 全てはこの展開の為だったのだ。

 原作をなぞるテンプレ通りの物語にはなぁんの執着も無い。

 オリジナルボスを登場させたいと思ったからこそ、アビスを利用したのだ。

 女神様っぽい人の狙いは、新しいSSの着想を得ることなのだからな! フヮァ~ハッハッハッハッハッハッ!

 原作の中で一番舞台の整った弄りやすい異世界編に移行し、そこをメインとして原作の物語を破壊するのが、女神様っぽい人の本来の計画なのだよ!

 その為には、テンプレ好きな僕をPSYエンス編に介入させるわけにはいかんからなぁ。

 独創性を高める為に、こぉんな改造人間まで作らせて、ホドまで呼び寄せたのだ。

 完璧なチートオリ主などと、その気になっていた僕の姿はお笑いだったぜ。

 オリジナルボスを炎たちと戦わせれば、女神様っぽい人の敵はもはや一人もおらん!

 完結はもちろん、ランキングも! 累計ランキングも! わけなく支配でき! 女神様っぽい人のSSはァ……えぇぇぇ遠に不滅になるというわけだぁ!

 

 さっ、エタの恐怖に怯えながら、アディシェスと戦うがいい。腐・腐。

 

 

 

 ……あまりの衝撃に、脳内怪文書を受信してしまったエイトちゃんである。泣きたい、泣く。

 

 恐れていたことが、またしても起こってしまった。よりによって倒さなければならない敵にオリキャラを配置するとは、これではメアの時のように舞台が整うまで待つことができない。どうする? どうすればいいんだ!?

 

 だからオリキャラ対オリキャラの構図は危険だって言っているでしょ女神様っぽい人っ!

 どうしていつも、貴方は高望みするんだ!? オリジナル展開にダブルオリ主にオリボスとかさぁ……そりゃね、確かに上手くやれば凄い作品になるよ? オリジナリティーに溢れてるもん。完璧に調理すれば「もうこれが公式でいいよ」という感想だって貰えるかもしれない。

 

 しかし、それは爆死と表裏一体の大博打だ。

 

 テンプレに沿った定石通りの物語はテンプレになるだけあって安定感は高い。しかし所詮はウン番煎じなので新鮮味は薄く、爆発力に欠けるという意見もあるだろう。どうあっても偉大な先駆者には勝てないからね……作者的に退避したくなる気持ちはわかる。

 

 その点、他と被りようの無いオリジナル要素をマシマシにすることで、今まで誰も見たことの無いオンリーワンでナンバーワンな作品に仕上げるというのはテンプレに頼るよりよっぽどクリエイティブだろう。

 

 ただ、そういうSSを読むと読者は率直に言うのだ。「オリジナルでいいじゃん」って。

 

 そして作者は折れる。テンプレを外した筈の行動が、不評展開のテンプレになってしまうという作者の物語(ユアストーリー)である。

 

 二次創作はどこまで行っても二次創作だからね。読者の多くは原作の延長線を期待して読みに来ているのだ。まさしくライトなノベルって奴を。その点、オリジナル要素が強まると情報量が多くなり、読んでいるうちに「あっ、これ合わん奴や」とギブアップする読者が続出してしまう。そのオリジナル要素が原作の世界観を壊すことなく緻密に練られているものならば熱心なファンが付いてくれるかもしれないが、結構マニア向けである。たくさんのUAやお気に入り数を求めるのなら、オリジナル要素はオリ主ぐらいに留めておいた方が無難と言えた。

 

 

 ……いや、そもそもそういった前提から間違っていたのかもしれない。

 

 

 女神様っぽい人、貴方はガチだ。

 

 SS作家である彼女がスランプだと聞いた時、僕はてっきりUAやお気に入り、評価が伸び悩んでいるのだという意味で受け止めていた。

 女神様っぽい人の実力についてはよくわからない。だって彼女の作品、読んだことないし。しかし「スランプ」という言葉は一流が使う言葉である。単に実力不足ではないのなら、とにかく成果を出すことが一番わかりやすい克服の条件だと思っていた。

 

 だから、僕は女神様っぽい人が人気SS作家になりたいものだと考えていた。

 思えば僕と女神様っぽい人の思惑は、その時点からすれ違っていたのだろう。

 

 僕はその時、認識を改めた。

 女神様っぽい人──彼女の本心では、自分のSSがどう評価されても構わなかったのだと。

 

 これまでの展開で見せたフリーダムなスタイルから、僕はようやく理解した。すなわち、彼女は膨大な作品愛を持ったガチのエンジョイ勢。

 彼女は僕よりも遙かに純粋なフェアリーセイバーズファンだったのだ。

 評価や数字なんてどうでもいい。自分が書きたいものを書く。あの時スランプであることを僕に相談してきたのも、実は単に夏バテ的な感じで指が動かなかっただけで、アイディアには特に悩んでいなかったのである。それならそうと言ってよね女神様っぽい人。

 

 そう、つまり彼女が書きたいSSとは──大好きなセイバーズの皆さんと、自分が考えた最強のオリジナル勢力の戦い……!

 

 

 

「そうか……そういうことだったんだね……だから、貴女は……」

「エ、エイト……? っ」

 

 

 ふ、ふふふふ……と、思わず忍び笑いが零れる。

 グスッ……情けなくて、涙まで出てきたよ。

 

 その時、僕の口から怖い声が漏れてしまった。普段癒し系のウィスパーボイスを出してるキャラが、急に冷淡な口調になるのって凄く怖いよね。突然泣きながら笑い出した僕を見たメアちゃんが、ビクリと肩を震わせた。

 

 ……ごめん、怖がらせるつもりはなかったんだ。ただちょっと、自分自身の空回りっぷりとか、的外れな思考に呆れたというか……情けなくてね。

 

 ──僕の負けだ、女神様っぽい人。貴方はガチだ。ガチすぎて引くレベルのフェアリーセイバーズオタクである。原作の世界観にこれほど落とし込んだいい感じのオリジナルボスを考案するなんて、何も知らなかったら公式のキャラだと勘違いしていたところだろう。

 うん、フェアリーセイバーズはこういうキャラ出してくるアニメである。理解度高ぇな。

 

 SSにおいて、作者がわざわざオリジナル勢力を捏造する目的はざっくり二つに分かれる。

 

 一つは、単純に俺のオリジナル勢力SUGEEEEを書きたいヒーロー願望。

 そしてもう一つは、推しに徒党を組んで俺のオリジナル勢力をぶっ倒してもらいたいという悪役願望である。

 

 要は倒したいか、倒されたいかの欲望である。

 そして僕はこれまでの展開を見てきて、彼女が後者であることを見抜いた。

 女神様っぽい人は、セイバーズとサフィラス十大天使が共闘する姿を書きたかったのだろう。僕にはその気持ちがよくわかった。

 根拠は敵味方問わず、原作よりも丁寧に盛られた原作キャラのカッコいい活躍描写である。

 オリ勢力による蹂躙が目的なら、わざわざ炎たちを強化する意味が無い。

 そしてセイバーズとサフィラス十大天使、二つの勢力の調停者という役目が、僕たちチートオリ主の存在意義だったのだろう。いや、もしかしたら本当は、僕たちはオリ主ですらなく……単なる原作キャラのお助けキャラでしかなかったのかもしれない。

 

 いや、違うな……そんなことはない筈だ。

 僕とメアはオリ主だ……誰がなんと言おうとオリ主なんだ……!

 

 

「メア、キミは大いなる存在の意思を感じたことはあるかい?」

「? 神様……アイン・ソフのこと?」

 

 

 唐突な質問ですまない。

 ちょっとお姉さん、流石に精神的に参ってしまってね……いや、できれば避けたかった事態が起こってやる気が無くなったとか、そういうわけじゃないんだ。ただちょっと自己嫌悪に浸って。

 君に自覚は無いだろうが、同じオリ主のよしみであわよくば慰めてくれないかなぁと声を掛けたのである。エイトちゃんは寂しがり屋なのだ。グスン……

 

 

「神様とはまた少し違うね。自分自身の宿命とでも言うのかな? 運命とは違って、決して変えることのできない……人々に与えられた、存在意義のようなものさ。キミは、そういうものを感じたことはないかい?」

「……この前までは、感じていた。つらくて、苦しくて……どうしてメアは、みんなと違うんだろうって。そういう風に生きるのが、メアなんだって思ってた……」

「思ってた? 今は違うのかい?」

「うん。エンと、お姉ちゃんと、お父さんと……みんなと会ってわかった。メアのことを決めるのは、メアなんだって……メアが決めて、いいんだって」

 

 しょんぼりした僕の顔を見て思うことがあったのか、メアちゃんは僕の脈絡の無い問い掛けにも真摯に付き合ってくれた。

 彼女は改造人間として作られた自分自身の過去を振り返るように目を閉じると、数拍の間を空けて僕の目を見つめた。

 

 

「だから、メアの未来はメアが決める。他の誰かはもう、関係ない」

 

 

 ……そうか。

 

 うん、そうだよね。自分の生き様は自分で決めるべきだ。

 だからこの展開はマズいから避けるべきと保身に走るのではなく、自分のやりたいようにやればいいのだと──僕は彼女の力強い眼差しを受けて、慰められる以上に励まされた気がした。

 よし、モチベーションが上がってきた。

 僕は彼女の言葉に満足すると、まだちょっとプルプルする脚を微笑みの裏で奮い立たせながら立ち上がった。ロングスカートで隠れているが、内股の辺りはガクガクである。なんだか怯えているみたいでカッコ悪いな。

 

 

「そうか……うん、それでいい。君は、それで……この使命は、ボクの意思で果たそう。このT.P.エイト・オリーシュアただ一人の意思で」

 

 

 そうだ……僕はチートオリ主、T.P.エイト・オリーシュアだぞ……こんぐらいなんてことはねぇ……!

 SSのタブー? 地雷要素? エターフラグ? そんなもの、無敵のチートオリ主がねじ伏せてくれるわ!

 高望みした難しい題材だって、作者が書きたかったんだから仕方ないじゃない! それが一番書いていて楽しく、作者なりに原作をリスペクトした結果なのだから。その信念があるのなら、他人からあれこれ言われたからと変えるべきではない。

 だから女神様っぽい人は女神様っぽい人の意思でスランプを抜け出し、迫真のオリジナルストーリーを完成させればいい。

 そして僕は、僕の意思でオリ主を全うする! お気に入り登録は誰にも外させない!

 

 僕は苦笑を浮かべながら顔を上げると、今も我が物顔でエルの空を飛び回っている大怪鳥の姿を見上げる。肋骨が剥き出しになっていたり、翼がボロボロになっていたりとダークな外見がとてもカッコ良かった。オリジナルボスのくせに公式レベルのクオリティーである。すげえ。

 そして、戦闘力もだ。

 女神様っぽい人渾身のオリジナルボスは、洒落にならない強さだった。フェアリーバーストを発動した炎と長太、サフィラス十大天使の一人であるホドやその他エルの天使の皆さんが束になっても苦戦している様子で、その光景はまるでMMORPGのレイドバトルである。

 

 

「あまり、調子に乗るなよ……」

 

 

 誰にも聞こえない声で、僕はぼそりと呟く。我ながらブーメラン突き刺さっている台詞だが、今は許してほしい。

 僕はエタるのが嫌いだ。面白いSSの続きが見られなくなるのは悲しいし、作者側の立場としても申し訳なくて心苦しい。それ故にエターを呼ぶ過剰なオリジナル要素をずっと危険視していた。

 

 ──でも、もっと大事なことがあるのだ。

 

 それは僕たちがSSを読み始めた頃、書き始めた頃は当たり前に思っていた筈のことで。

 オリ主である僕が全てにおいてカッコ良さを優先してきたように──SSとは、面白ければそれでいいのだという真理だった。もちろん、規約は守らないといけないが。

 

 初心に返って新たな自分を見つける。これは……オリ主の覚醒イベントである! そういうことになった。

 

 怪盗ノートを取り出した僕はイキッた目で黒鳥アディシェスを睨むと、奴の脳内にダイレクトメールで煽ってやる。

 

 

『滅びが宿命づけられた哀れな道化よ! 去れ! ここは貴様のいるべき場所ではないっ!』

──!? だァと……? そうか、おまえが……そこにいたのかダぁぁァとぉォォっッ!!

 

 

 うおっ!? 煽り耐性低いなお前!

 念動力テレパシーで挑発した瞬間、アディシェスは秒速で僕をタゲって降下して来た。なんでお前がキレてんねん、キレたいのはこっちだよ。

 しかし、流石は僕……ヘイトタンクとしてもチート級である。

 ソニックブームを撒き散らしながら急降下してくる禍々しい黒鳥を前に、僕は不敵な笑みを浮かべた。

 

 

 オリキャラ対オリキャラは読者が置いてけぼりになると言ったな? アレは本当だけど、嘘だ。

 

 

 正しくは、面白ければいいんだよ面白ければ! 面白くするのが難しくて上手くいかなかったSSが多いだけで、結局のところ実力のある作者にとっては数あるジャンルの一つでしかないのだ。

 

 と、言うわけで……

 

 

「ボクは……貴女を信じていますよ」

 

 

 僕は彼女を信じることにした。

 ガチのフェアリーセイバーズエンジョイ勢である女神様っぽい人が、この難しい題材をいい感じに仕上げてくれることを。

 またの名を丸投げと言う。

 いつもはSS作者にも気遣いのできる優しくて聡明なオリ主だが、今回ばかりは女神様っぽい人に押しつけることにしたのだ。不機嫌エイトちゃんである。

 それに、このオリジナルボスはSSの出来映えを気にしながら戦える相手ではないだろう。もちろん、次からはちゃんと協力するので許してほしい。

 

 いくぜぇ! エネルギーフルパワー!!

 

 僕は「闇の呪縛」、「念動力」、「身体強化」、その他諸々の戦闘用異能を出し惜しみ無く、盗ったばかりのケセドパワーも加えて全開に引き出してやった。

 見るからに闇属性だし、ケセドの光パワーならマウントを取れると思ったのである。

 

 ……しかし、それがマズかったのかもしれない。

 

 いつもならもう少し慎重に動いていたのだが、メアに鼓舞されたのと女神様っぽい人に決意表明を示したかったので、ついつい未知数な力を引き出しすぎてしまったのである。すなわち、ガバ。

 その影響により、なんだか僕の頭の中にケセド君のものっぽい変な記憶も流れてきて……あばばばばばば。

 

 

 

 ……大丈夫。僕はオリ主なので、それがきっかけで人格が変わるようなことはない。僕は僕だ。

 

 

 ただちょっと──僕の背中に黒と白の羽が六枚ずつ、合計十二枚の羽が生えてきたのには思わず悲鳴が漏れそうになった。ナニコレ。

 

 ……いや、でもイカすなコレ。

 カッコいい美少女に黒と白との翼が合わさって最強に見える。正義の堕天使キャラとかカッコ良すぎるだろ厨二病的に考えて。

 

 ふっ、勝ったな。今の僕はスーパーオリ主である。

 

 そんな僕は襲い来るアディシェスに一歩も退かずに右手を振り上げると、そこから放つ光と闇の洗礼を浴びせ掛かった。

 

 

 ──瞬間、深淵の闇が割れた。

 

 

 






 長々と語っていましたがエイトの活動方針はこれまでと全く変わりません。今までだってやりたい放題やっていたので


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エイトホドアディシェス大天使総攻撃

 フェアリーワールドに伝わる「サフィラ神話」の一節である。

 

 遥か古。若かりし頃の聖龍アイン・ソフが創世期より戦い続けてきたという原初の闇──それこそが「深淵のクリファ」と呼ばれる存在だ。

 幾度となく姿を変えて生まれ変わるその存在は、十柱からなる厄災の化身とも呼ばれており、今この時代に深淵の世界から解き放たれようとしている液体状のアビスもまた、元はこれから生み落とされた存在だった。

 

 雲海の下の世界が誰にも踏み入れることができない深淵となったのも、全てはクリファの存在が元凶である。

 

 故に彼らは深淵の起源として恐れられ、かつては聖龍と原初の天使たちによって半数が討伐され、もう半数が封印されたという記録が残っている。

 しかし討伐されたクリファはアビスと同様に時間を掛けて何度でも生まれ変わり、その度に天界へと舞い戻り厄災を撒き散らしていた。

 寿命以外の大天使の死因は、ほとんどが深淵のクリファの仕業と言われているほどである。故に栄光の大天使ホドは盟友ケセドの死に対しても、頭のどこかでは彼らの介入を疑っていた。

 

 ──それは当たっていた。

 

 深淵のクリファ、第4の悪魔「アディシェス」。

 遙か昔に討伐されたかの存在は、この時代に蘇っていたのだ。

 以前よりもさらに力を付けて。

 

 

 

『ぐっ……! このホドが……アイン・ソフの危機を感じたわけだ』

 

 真っ先に敵と認識し、ホドは果敢に挑んだものの圧倒的な質量を前に弾き飛ばされる。

 後方の高山へと叩き付けられたホドはひび割れた仮面から露出した片目で暗黒の巨鳥の姿を睨むと、今まで戦ってきたアビスとは桁違いの戦闘力に戦慄する。

 そんな彼の眼差しに気づいているのかいないのか。暗黒の巨鳥アディシェスはゆっくりと天空を旋回し、逃げ惑う聖獣たちの姿を舌舐めずりをするように見下ろしていた。

 

あっははははっはははははっはははは!!

 

 ……耳障りな声だ。天使であるホドには、とても言語とは思えない奇声だった。

 独特な甲高い周波数は、まるで無数の生物がバラバラに悲鳴を上げているかのようで薄気味悪い。

 そんなアディシェスは闇一色の眼光をこちらに向けると、道端の蟻を踏み潰すような気安さでさらなる攻撃を仕掛けてきた。

 おもむろに開いたくちばしから、漆黒のブレスを吐き出したのである。

 

『──っ!』

 

 ホドは急いで立ち上がり、その場から飛び退く。

 自慢の大盾は持っているが、アレを受けるのはマズいと直感的に察知したのである。

 そして、その判断が正しかったことを彼が飛び退いた跡が証明した。

 

『山が……? やはり、毒か!』

 

 放たれた漆黒のブレスが着弾した場所は、その一帯の土地が腐り落ちて崩壊し、余波を受けた周辺の木々までもあっという間に枯れ果てていったのだ。

 伝承とは姿が違うが、概ね記録通りである。

 第4のクリファ、アディシェスの力は「猛毒」──猛毒の息を吐き、ありとあらゆる生命を腐蝕させるのだ。

 彼がこの世界の如何なる生命とも相容れぬ危険な存在である証だった。

 

 故にサフィラス十大天使の名において、ホドは絶対に許すわけにはいかない。

 

 たった一人になろうと奴を仕留めてみせる──強い使命感を抱き、槍の柄を強く握りしめたその時だった。

 横合いから紅蓮の冷気と蒼い焔が飛来し、アディシェスの身へと殺到していったのである。

 

む……!? ダァとか!?

 

 不意を突くような形でそれらの攻撃が着弾すると、アディシェスは身を捩らせながら吠えた。

 しかしそれは痛がっていると言うよりも、嫌がっているような反応だった。

 やはり……と、ホドはその様子に聖龍アイン・ソフの言葉を思い出した。

 

ちがう……このテイドではナイ。だぁトはどこだ!?

 

 ダメージを受けた様子では無いが、アディシェスは己に攻撃を仕掛けてきた二人の人物──暁月炎と力動長太を警戒するように見据えた。

 

 

「手を貸すぜ!」

『其方ら……』

「これを見過ごしておくことはできない。正直、何が何やらだが……俺たちの異能がアビスに有効なら、手伝える筈だ」

『……ふっ、いいだろう。遅れるなよ救世主(セイバー)!』

 

 二人の人間が宿す瞳の色は、どちらも嫌いではなかった。

 使命に燃えていて、正義感に熱い男の目だ。個人的には好ましくさえ思っていた。

 ケセドの死の真相が見え始めたとは言え、人類は未だ発展途上で全てが信じ切れるものではないが……この二人とメアのことならば、信じても良いのではないかと思い始めている。

 

 人間と組んで深淵のクリファと戦う──まさしく聖龍アイン・ソフの思し召し通りになったなと、ホドは現在置かれた状況に苦笑を浮かべた。

 

 神として甘いところはあるが、やはりあのお方は偉大である。ホドは改めてそう思った。

 

『ホド様、我らも戦います!』

『お前たちは都の者たちの防衛を優先しろ。奴の相手は二人の救世主殿と、このホドが引き受けた!』

 

 目的が同じである以上、共闘することに異存は無い。寧ろこちらから頼みたかったぐらいだ。

 長年続いたアビス──深淵のクリファとの因縁を、遂に断ち切る機会が巡ってきたのだから。

 

 

 しかし、アディシェスの力は凄まじい。

 

 全長40mを越す巨体で空を飛び回れば、羽ばたき一つでソニックブームを巻き起こし甚大な被害を地上にもたらしていく。

 その有り様はまさしく厄災の化身であった。

 加えて、厄介なのはそれだけではない。

 

「うおっ!? っぶねぇ!」

『奴の吐息に触れるな! 触れれば死ぬぞ!』

「なんて奴だ……!」

 

 一瞬で対象を腐蝕させ、絶命させる猛毒のブレスである。

 その脅威を前にしては、いかにオリハルコンの鎧を纏っているホドであろうと油断はできない。生身の人間では、触れるだけでも致死級の攻撃だった。

 近距離戦ではその巨体を使い、遠距離では猛毒のブレスを使ってくる。いかなる距離でも狡猾に立ち回るアディシェスの姿には、これまでのアビスとは明らかに違う知性が感じられた。

 だが、知性はあっても意思疎通を行うことはまるで不可能である。

 これまでにホドは念の為何度かテレパシーを送っているのだが、アディシェスからは全く反応を得られなかった。

 故に、対話は不可能だ。その上巨大な翼を持つこの悪魔は、世界中のどこにだって移動することができる。ここを取り逃がせば、一体だけでも世界各地にどれほどの被害を出すかわからなかった。

 ──ここで倒す。これ以上の犠牲は許さない。

 

『合わせろ、アカツキ!』

「っ! バニシング──」

『マーキュリー─―』

「セーバァァァァ!!」

っ!? おおおおおおおおお?

 

 ──人間と天使、蒼炎と閃光。

 

 二人の力を合わせた必殺の剣戟がアディシェスの身体を捉え、その胴体に「X」の字を刻み込んだ。

 瞬間、光と火の粉が混じった激しい爆発が巻き起こり、アディシェスのくちばしから絶叫が響き渡った。

 

 手応え有り。サフィラス十大天使ですら、まともに受ければただではすまない一撃である。

 

 ──しかし、爆煙の中から姿を現した暗黒の巨鳥は健在だった。

 

ゆるさんぞ……このできそこないどもが……!

 

 身体に傷はついている。全く効いていないというわけではないのだろう。

 しかし二人の必殺技を合わせても、致命傷に至っていないのが事実だった。

 奴を倒すには、この技ですら力不足なのである。

 

「マジかよ……!」

 

 力動長太が驚愕の声を漏らす。

 渾身の一撃は、アディシェスの闘争本能をより刺激する結果に終わったのだ。

 アディシェスは漆黒の翼を大きく広げると、甲高い咆哮を上げながら一同の全身に突き刺さるような殺気を浴びせた。

 

 ……来る。

 

 大きい一撃が、来る──長年の経験から次に移す敵の動きを警戒し、ホドが大盾を構える。

 しかしその直後、アディシェスの動きが何故か止まった。

 まるで誰かに呼び掛けられたようにハッとすると、彼はキョロキョロと辺りを見回し始めたのである。

 

 そしてその視点は「ケセドの止まり木」のある地上の一点で止まり、雄叫びを上げた。

 

──!? だァと……? そうか、おまえが……そこにいたのかダぁぁァとぉォォっッ!!

『っ……!?』

 

 身の毛がよだつとはこのことか。

 アディシェスはこれまでの奇声よりも遙かにおぞましい咆哮を上げると、ホドたちには目もくれずに睨んだ方向へ急降下していった。

 

『いかん!』

 

 せっかく被害を最小限に抑える為に上空へ誘導したというのに、彼がこの勢いで地上へ降りたら周辺一帯が大惨事になる。

 一同は急いで後を追い掛け、彼の向かう先へと回り込もうとした。

 しかしその瞬間、ホドは彼が向かっている先にいる存在に気づいて呼吸を止めた。

 

 ──そこには数千年生き抜いてきた彼でさえも未だ会ったことの無い、十二枚の翼を持つ大天使の姿があったのだ。

 

 その姿を認識した時、ホドは彼女のことを初めて見た際に感じた違和感の正体に気づいた。

 あの時は彼女自身の気配を香水のように覆い隠していた「理解」のサフィラスの気配が、ホドの判断を鈍らせていたのだ。

 

 だが今は、今の彼女からははっきり感じる。

 

 このホドが今まで感じたことのない──今や伝説の中にしか残されていない、「大いなる者の存在」を。

 

 

『やはり、そうなのか……原初の大天使よ』

 

 

 確信は無かった。故にこの目で見るまで半信半疑だった。しかしこれはもはや、信じなければならないところまで来ているのかもしれない。

 今、このフェアリーワールドには未だかつてない何かが起ころうとしている。

 ホドはそう確信し、敬うような眼差しで少女の姿を見据えた。

 その視線の先で少女──T.P.エイト・オリーシュアが放つ光と闇の閃きが、アディシェスの肉体を貫いた。

 

ぬっおおおオオオオ!?

 

 これまでとは明らかに違う悲鳴を上げながら、彼女の攻撃を受けたアディシェスが吹っ飛ばされて仰向けに倒れていく。

 三人掛かりでも致命打を与えられなかった彼が、たった一発の攻撃に悶えたのである。

 彼女と旅をしていた者たちですら、その光景に言葉を失っていた。

 

「姉ちゃん、すげぇ……」

「エイト……あんたは……」

 

 彼女への反応は二種類である。

 力動長太とメアはただ純粋に感激したように目を見開き、ホドと暁月炎は得心したように頷いていた。

 そんな彼女は一同の視線もどこ吹く風か、十二枚の翼でふわりと空へ浮き上がると、凛とすました顔でアディシェスの姿を見下ろしていた。

 

 

……ダァト……あいたかったぞダァト

「……何故、キミは出てきてしまったんだ。闇の歴史の奥底に、封じ込められたままで良かったのに……何故キミは、この世界に」

おまえをころすためだ! われわれはおまえをアイしているのだッ!!

「誰もキミを愛さない。キミを求めている者はどこにもいない……いないんだ。還りな……キミの在るべき場所へ」

イヤだ……イヤだぁぁぁぁぁっっ!!

 

 

 彼の発する声は相変わらずまるで聴き取れないが、彼女の方はアディシェスの言葉がわかっているかのようだった。

 その言葉には彼の存在そのものを否定する天使のような冷淡さが込められていたが……寂しげな表情は、まるで彼のことを哀れんでいるような慈悲の色が浮かんでいた。

 

 そしてアディシェスは彼女の言葉を受けると怒り狂ったように咆哮を上げ、エルの大地と大気を震わせた。

 

あああアアアアアアアアッッ!!

『力が集中している……これは……!』

 

 瞬間、アディシェスの全身から激しい闇が無差別に迸り出ていく。まるで嵐だ。

 おびただしい闇が渦を巻くそれは、巻き込んだ全ての植物を腐蝕させると跡形も残さず粉々にしていった。

 

 ブレスと同じだ。即ち、この闇は猛毒のガスである。

 

 辺り一面が一瞬にして腐り落ち、直視できないほどの異臭が立ち込めていく。

 これが本気を出したアディシェスの力なのだと、慄然としながらもホドは理解した。

 

『ぐっ……! はああああっ!』

 

 これを広げるわけにはいかない。

 ホドは再び全力の光刃マーキュリーセーバーを繰り出し、応戦していく。

 

「っ! なんて力だ……!」

「何だってんだよ、クソッ!」

 

 猛毒のガスの乱流はアディシェスの全身を起点にしながらハリケーンのように勢力を拡大していく。

 炎と長太もホドに続いてそれぞれの必殺技を撃ち出していくが、アディシェスの力はまるで止まる気配が無かった。

 

 これでは、ここにいる者全員がガスに飲み込まれてしまう。

 いや、際限無く増大していくアディシェスの力を鑑みれば、彼らどころかこの島全てが死の大地となり果てるだろう。

 

 この事態を乗り越えられる可能性が一つだけあるとしたら、それはきっと──ホドは仮面の下から縋るような眼差しを向け、十二枚の翼を持つ原初の大天使の姿を見据えた。

 

 そして少女が、応える。

 

 

「調合……浄化」

 

 

 左手のノートを宙に浮かび上がらせると、空いたその手にどこからともなく銀色の堅琴を取り出す。

 そして彼女が光る右手で糸を弾くと心地良いメロディーが響き渡り、同時にアディシェスの毒ガスの嵐がみるみるうちに勢力を弱めていった。

 

 

『これは……?』

「浄化の音色さ……これで、彼の毒は無効化された」

「こんなこともできるのか……」

 

 

 それは、一分野に特化した人間特有の能力──「異能」ではない。

 この性質は「聖術」のそれである。しかも大天使並か、それ以上に純度の高い力だ。

 程なくして猛毒のガスは完全に消滅し、そこには呆気にとられたように茫然と立ち尽くすアディシェスの姿があった。

 

 

「毒はこのままボクが封じ込める。キミたちは、この隙にとどめを──引導を渡してあげて」

「っ、わかった!」

『感謝する……T.P.エイト・オリーシュア』

「よっしゃあっ! 反撃開始だ!」

 

 

 毒を無効化すれば、近づくことができる。こちらも積極的に攻撃を仕掛けることができる。

 ホドたち三人はお互いに頷き合うと、その場から一気に加速してアディシェスの身へと斬り掛かっていった。

 

おのれ……おのれおのれおのれえええっ! なぜまたしてもワレワレをこばむ!? ワレワレはこんなにも、おまえをアイしているというのに!!

「っええい! うるせぇ!」

 

 力動長太が放つ氷の弾丸が打ち付けられ、飛翔するアディシェスの羽を凍りづけにして鈍らせる。

 仰け反った敵の後頭部をホドの槍が超高速で突き刺すと、その先端部から光の弾丸を接射して仰け反らせていった。

 そして、そこへ追撃を仕掛けたのが上空のポジションからアディシェスを狙う暁月炎だった。

 

「ありったけを食らえ……インフィニティ・フレアッ!」

「──!?」

 

 全身に纏ったありったけの蒼炎が、振り上げた彼の両手へと伝っていき、そこにアディシェスの直径30mに及ぶ太陽の如き火球を生成していく。

 

 おそらくその力、フェアリーバーストの全てを一撃に注ぎ込んだのだろう。通常の敵を相手にするには、あまりにも過剰な威力だった。

 しかし、この怪物を消し去る為にはこれしかないと、彼は賭けに出たのだ。

 

 人間の強さ……しかと見せてもらった。

 

 ホドはその賭けを支持した。今がその時だと。

 彼の奥の手に満足げに笑むと、ホドは巻き添えを喰らわぬようにその場から飛び退き、力動長太と共に援護射撃を浴びせてやった。

 

お、おおおおおおおおおおおおおッ!?

 

 直後、炎が投げつけた蒼炎の特大火球がアディシェスの身体を捉えた。

 

 気温が一気に上昇し、エルの空域全体に広がっていく上昇気流に耐えながら、ホドたちもまた一斉に技を打ち続けていく。

 

 しかし、アディシェスは翼が消滅し、その身を焼かれながらもなお抗った。

 

ふざけるな……! オレはヤツのなかでふっかつのときをまちつづけ、やっとのおもいでよみがえったんだぞ! オレはもっとちからをつけ、カンゼンにふっかつするはずだったのに……ダァとォ!!

 

 まるで怨嗟の叫びのようだった。

 幾世に渡って増幅し続けてきた、この世の全てを呪うような叫びである。

 その熱情は火事場の馬鹿力のように食い縛る彼の力を高めていき、その身を焼き尽くす蒼炎を弾き飛ばそうと抗い続けていた。

 

「くっ! 駄目だ……まだ俺たちの方が弱い!」

「くそが! ここまでして死なねぇのかよ!?」

 

 このサフィラス十大天使をしても、理不尽に感じる異常な生命力。深淵のクリファとは、それほどの力の持ち主なのだ。

 一同は敵を完全に消し去る為の攻撃に手を緩めないが、徐々にアディシェスの抵抗が上回り始めているのを感じていた。

 原初の大天使(T.P.エイト・オリーシュア)の助力で弱体化させてもなお、まだ力不足だと言うのか?

 奴の力は底無しかと、ホドたちの力が底を尽き掛けた──その時だった。

 

 

 ──煌めいた一本の光の矢が、アディシェスの背中に突き刺さった。

 

ガッ!?

『っ──ビナーか!』

 

 今さら遅いわ!と、軽く苛立ちながらホドは後方からの援護射撃に感謝を告げる。

 しかし、弓矢の横槍があったところで形勢は変わらない。ほんの僅かに、立て直しを図るアディシェスの動きを遅らせただけだ。

 

 

 ──しかしその僅かな時間こそが、彼らの希望をつないだ。

 

 

 空から二つ、暴力的な光の奔流がそれぞれの方向からアディシェスを挟み撃ちにしてきたのである。

 

 

ばかな……!? こんなことが……このオレが……!

 

 それは、錫杖を携えた「美」の大天使ティファレトと──聖剣を携えた「王国」の大天使マルクトによる攻撃の光だった。

 ホドが仮面の下でほくそ笑む。どうだ見たか我らの力を──と。

 

 この事態を察知して、二人のサフィラスがアドナイから駆けつけてきたのである。

 全速力で飛んできたからか、それともアディシェスから漂う異臭からか……二人はいつになく息を切らしていた。

 

『これはどういうことか……後で聞かせてもらいますよ、ホド』

『承知した。だが今は』

『わかっています。マルク!』

『お兄ちゃんの紛い物め……消え去れ!』

 

 強大な力のせめぎ合いに駆けつけた大天使二人の加勢が、この戦いの決定打となった。

 総掛かりの光の砲撃に後押しされた暁月炎の蒼炎の大火球が、暗黒の巨鳥の身体を灰も残さずに一気に焼き尽くしていく。

 聖龍アイン・ソフの思し召し通りであれば、これで奴は二度と蘇ることはないだろう。

 それをあちらも理解しているのか、消えゆく直前のアディシェスの叫びは酷く怯えていたように聞こえた。

 

 

われわれはおマエを……ダァトオオオオオオッ!!

 

 

 最後は狂乱の叫びを上げながら、第4のクリファアディシェスは完全なる「無」へと還っていった。

 

 こちらが払った犠牲はこの島の一部と、聖獣の被害はおそらくケセド一人のみ……深淵のクリファが現れたにしては、奇跡のような結末だった。

 




エイト「在るべき世界(女神様っぽい人の黒歴史)へ還りな……」

ちはやしふう殿から暁月炎のイラストをいただきました!

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容姿の描写が無いキャラをここまで私のイメージ通りに書いていただき感謝感激です!


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作中最強キャラが強いから安心して盛れる

 鬼滅SSはその点オリ主を盛りやすくなっている一因ではないかとワイトは思います。


 生物全て腐蝕させるとか世界樹メタじゃん、こっわ。

 

 そして美少女キャラメタでもある。これアレでしょ? 近づいたら衣服溶ける奴でしょ僕は詳しいんだ。

 嫌だぁ……近づきたくないでござる! やべー臭いするし最悪やわ。

 

 アディシェスは僕を見て何か言っている様子だが、やかましいし耳障りだし何を言っているのかさっぱりわからなかった。

 と言うことで、僕はエイトちゃんビームを一発喰らわせたら言いたいことを言わせてもらって後は炎たちにお任せすることにした。バリアーがあるので本当は近づいても大丈夫だけどね。本当だよ?

 今回に限っては、オリボスとオリ主がタイマンを張る状況にビビったわけでもない。その辺りは流石に覚悟を決めていた。女神様っぽい人はそういう展開をご所望だとわかった今、必要とあらばこれからは積極的に前に出るつもりだ。

 

 故に、今回後方支援に回った理由は二つ。一つは僕の体調面だ。ただでさえ気分が悪いのに、立ち込める強烈な異臭がせっかく上がった僕のやる気をぐえーっと萎えさせたのである。帰って風呂入って寝たい。火山とかあるし温泉とかないかなこの近くに。

 

 ──で、もう一つは戦術的に考えて、後方支援に回った方がいいと判断したからだ。これだけのタレントが揃っている以上、僕が前に出なくても前衛の火力は問題無い筈だ。

 ここは僕にしかできない役割──猛毒ガスの対処が最優先だと考えたのである。やれやれ、本当は目立ちたいんだけどな。

 そう言えばパーティ追放物ではよく頭の悪い勇者様によって後方支援職が追放被害に遭っているけど、その点炎たちは頭がいいので僕を追放することはないだろう。したら性格改悪型アンチヘイト創作である。それでなくとも炎は幼い頃RPGやっていたみたいだし、後方支援職の重要さをわかっている筈だ。

 

 

 ──そう言うわけでエイトちゃんは、対アディシェス用のデバフ要員として大活躍したのである。ぶい。

 

 

 手始めに異能「浄化」を「どこでもハープ」と調合して得意の毒攻撃を完全に無効化。

 後はこっそり「重力操作」を仕掛けてアディシェスの動きを鈍らせたり、避難民や建物を襲う流れ弾を「稲妻」で処理したりと目立たないところで働いていたのだ。褒めて。

 

 そうしていると、アディシェスがこちらを見てすっごいキレた。

 

 アレぐらいわかりやすいと、流石に何を言っているのかわかるというものだ。あれは僕のことを呼んでおり、「こっち来てワイと戦わんかいゴルァ!」と言っているのだろう。

 行かないからね? 近づきたくないし、こうして後ろで見ていると共闘する炎たちの姿が尊くてどうでも良くなってきた。炎の新必殺技マジパネェ……フェアリーバーストのエネルギーを一点に集中させて放つあの技は、前回の長太の必殺技を参考にしたのだろう。流石は戦いの天才である。

 そんなヒーローたちの姿を見ていると、僕のご機嫌メーターがぐんぐん上昇していった。エイトちゃんは現金なのである。

 

 ケセドパワーを盗んだことで僕の動体視力も上がっており、目に見える新たな発見が新鮮で楽しい。

 異能の出力も桁違いに上がっているし、やはり今の僕はスーパーオリ主だった。

 

 

「ん……?」

 

 異能「サーチ」や「千里眼」による知覚領域も数倍に跳ね上がっており、アディシェスの動きを押さえ込んでいると接近してくる二人の気配に気づくことができた。

 

 二人の女性大天使──ティファレトとマルクトである。

 

 元々は僕たちを追い掛けてきたのだろうが、二人はアディシェスの存在に気づくと即座にターゲットを変更してくれた。大天使の本分を全うする、理性的な判断に天晴れである。善きかな善きかな。

 僕も彼女らが味方してくれるのは嬉しかったので、二人にもバフを掛けて加速させてあげた。彼女たちからしてみれば申し訳程度のスピードアップだが、そのおかげでアディシェスを倒せるギリギリのところで間に合ってくれた。

 

 

 ──その果てに僕、炎、長太、ホド、ティファレト、マルクトが放った六人掛かりの攻撃により、深淵のクリファ「アディシェス」を打ち破ったのだった。

 

 

 ……いや、盛りすぎだろ女神様っぽい人。オリボスが強すぎる件。

 原作ラスボスのケテルだって、ここまで強くは……うん、もっと強かったなアイツ。公式のラスボスが強いと安心してオリキャラの強さを盛れるというのは凄くわかる。なのでそこはツッコまないであげよう。エイトちゃんはSS作者に理解のあるオリ主なのだ。

 

 もちろん、僕の目の前に出てきた以上はオリボスであるアディシェスにも、ほんの少しぐらいの理解は示しているつもりだ。これでもね。

 

 だからこれは、僕なりの慈悲である。

 消えゆく彼の姿を見下ろしながら、僕はテレパシーで呼び掛けてやった。

 

 

『またいつか、どこかで生まれよう。ここではない、遠い世界で……その時はきっと、キミの存在を祝福するから』

……ほんと……? ダァ……ト……

『ごめんね……おやすみ』

 

 

 ここではない遠い世界──要するに、女神様っぽい人がオリジナル作品を書いた時に登場できたらいいねって。その機会があるかは知らないが。

 オリジナルキャラはオリジナルであるが故に、何度でも使い回す(よみがえる)ことができるのが強みである。気に入ったオリキャラでスターシステム的なことをやっているSSだって珍しくはない。

 だからこそ、彼にだってそういう機会が巡ってくる可能性はある。僕みたいに、女神様っぽい人がどこかへ蘇らせてくれるかもしれないのだ。

 その時もこうして僕の前に出てくるのは勘弁だが、他所の世界に登場することについては何も言うまい。

 

 

ああ……よかった……

 

 

 哀れみを込めて冥府へ送ってあげると、アディシェスは寂しそうに何かを言いながら消滅していった。

 何だよそういうの、可哀想になるからやめろよ……僕はスッキリ勝ちたいのにさぁ。

 

 

 

 あっ。

 

 

 

「──ッ」

 

 

 急にガクッと、身体中の力が抜けた。

 その瞬間、僕の背中から十二枚の翼が消失する。

 いかんこれエネルギー切れや。えー……

 

 あー……あれか。もしかして、慣れない力の反動とかそういう……うん。

 

 そういうパワーアップの代償はカッコいいと思うが、今はちょっとお姉さんやめてほしいなぁーって。

 だってさ……今気を失ったら僕落ちるよ? ここ空だよ? 高度3000mぐらいの。

 オリ主の死因が空からの落下死ってそんなことある? 僕は……嫌だね。

 

 

 …………

 

 

 だ、誰か―! 誰でもいいから受け止めてー!

 

 

 ヘルプ! 炎! 長太! ホドさーん!

 

 

 もはや帽子が飛んでいくことも気にならない。

 僕は絶体絶命の危機にあわあわと虚空に手を伸ばしながら落下していく。あばばばば。

 こんな死に方嫌だよカッコ悪い。死ぬのならもうちょっとカッコ良く死にたかった……たとえば推しを守って死ぬとか、そういうのいいよね。

 

 しかし、これがオリ主の分際で女神様っぽい人のSSを否定した罰ならば……僕は甘んじて受け入れるしかないだろう。信心深さがタランカッタ。

 

 

 だけどよ……止ま(エタ)るんじゃねぇぞ……!

 

 

 ここで僕が死すとも女神様っぽい人のSSは死せず!

 僕のオリ主ムーブが女神様っぽい人に新しい着想を与えたと信じて、エイトちゃんの冒険はここで──

 

 

「エイトッ!」

 

 

 ──終わらなかった。

 

 

 よっしゃ、まだやれる!

 サンキューメアちゃん愛してるー!

 

 ふふふ、天は僕を見放さなかったようだ。

 ……いや、そうじゃないな。僕のことを見捨てずに助けてくれた、親切な人がいたということだけだ。

 世の中捨てたものではない。僕は彼女の善意に感謝することにした。

 

 

「……ありがとう、メア。生まれてきてくれて」

「──! エイト……? エイトー!」

 

 

 ……いや、本当ごめん。

 最初会った時、「僕以外のオリ主なんて要らないんだよ!」と頭の中で少しでも思ってしまった僕を許してくれ。

 君もまた本物のオリ主だ。誰が何と言おうとオリ主だ。生まれてきてくれてありがとう。

 

 僕はただ、その存在を祝福しよう。だからどうか生き続けてくれ。この美しい世界で──

 

 

 

 ……あれ、もしかして今の僕、思考がちょっとケセドに寄ってね?

 

 

 やべぇ、さっさと蘇らせてあげないと僕が慈悲深くなってしまう……!

 逆に憑依される系のオリ主はジャンル違いなのである。

 そう焦りながら僕は……しかし全身に襲い掛かる脱力感と睡魔には勝てない。人間だからね。

 故に僕は、僕を人生初のお姫様抱っこで受け止めてくれたメアちゃんの腕の中で寝落ちすることになった。

 

 

 今ならわかる……あの時のカケル君の気持ちが。くっそ恥ずかしいなこれ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 日が落ちて月が昇ったエルの聖都「ゲドゥラー」。

 

 雲海が見渡せるその高台の上で、栄光の大天使ホドは二人の大天使と向かい合っていた。

 元は人間たちを追ってこの島に来たと言う二人、ティファレトとマルクト。二人の女性天使が彼に向ける眼差しは厳しかったが、ホドが今回の一部始終を語り終えると彼女らの顔には戸惑いが浮かんでいた。

 

『……そんなことが……ではケセドの死は、深淵のクリファが原因だったと?』

『信じられません』

 

 慈悲の大天使ケセドが悪しき人間の手に落ちたのは、その直前までアディシェスと交戦していたからなのではないかとホドは考えていた。

 おそらくその傷口から侵食され、寄生のような形で取り込まれていたのではないかと。アディシェスほど強大な存在だ。深淵の世界から抜け出していたのなら即座に察知できた筈であり、その時点ではまだ大した力を持っていなかったのではないかと推測できる。

 

『つまり深淵から出てきたアディシェスは、おに……ケセドを取り込むことで力を取り戻し、彼の中で完全に復活する時を待っていたと……?』

『だが、そこでイレギュラーが発生した。傷ついた身体で人間の世界に逃れたケセドは、PSYエンスという邪悪な組織の手に落ちた。そこで抽出された因子と共に隠れ潜んでいたアディシェスまでも、あの少女「メア」の身体に取り込まれてしまったのだ。推測だがな』

『……確かに、クリファの性質を考えるとあり得ますね。本人に直接、詳しい話を聞く必要があるわね』

『何ですかそれは? 結局悪いのは人間じゃないですか! やはり報復しなければ……っ!』

 

 深淵のクリファは闇そのものであり、本来は実体を持たず自由自在に姿を変えていく。

 アディシェスが巨大な黒鳥の姿として顕現したのも、戦う為の姿としてケセドの姿を不格好に模倣した為であり、以前は聖龍を模倣した龍の姿をしていたという伝承が残っている。

 

 すなわち、ミクロ単位の姿になって天使の体内へと隠れ潜み、そこで力を蓄えていたというのも十分に考えられる事実なのだ。

 

 ……とは言うものの、今は情報不足だ。この仮定には想像による部分が多いのもまた事実だった。

 

『悪しき人間の組織が許されぬことをしたのは事実だが、今は報復よりも先にすべきことがある。あの者、T.P.エイト・オリーシュアのようにな』

『……原初の大天使様ね。間違いないの?』

『本人は隠したがっている様子だがな。ケセドの力を盗ったとは言え、十二枚もの翼を得るのは元から天使であったと考えるのが自然であろう』

『何をデタラメな……私たちの知らない天使など、この天界には存在しません!』

『だが、「深淵の世界」ならばどうだ? あそこは我々さえも踏み入れることができぬ禁忌の地……我らが神の封印が弱まったことで、共に封じ込められていた原初の大天使が抜け出してきたのだとしたら?』

『──ッ!』

 

 大天使たちが息を呑む。

 今現在この世界を管理しているのは聖龍アイン・ソフによって生み出された十柱、サフィラス十大天使である。

 しかし今よりも遙か古──深淵のクリファが初めて姿を現した時代には、彼らよりも前にフェアリーワールドの守護を担っていた存在がいたのだ。

 

 ──それこそが、「原初の大天使」である。

 

 ホドたちは伝承でしかその存在を知らないが、聖龍を除けば彼らの長兄ケテルこそが唯一の生き証人だった。

 そしてケテルの後続として生まれてきたホドたちは、彼の言伝によりかつて深淵の世界へと消え去った大天使の名を聞かされていた。

 

 故に──T.P.エイト・オリーシュアと名乗るあの少女こそが、その大天使なのではないかと……ホドはそう言ったのだ。

 

 あまりにも荒唐無稽で、にわかには信じがたい話に二人の女性天使が訝しんだ。

 

『あり得ないでしょう。だって、あの方はとっくに……!』

『私はこれより我らが君(ケテル)に報告する。杞憂ならそれでいい。しかしこのホドの推測が正しかったとするならば……』

『……そうね……わかったわ。私はここに残って、件の者から情報を聞き出します』

『ちょっとティファ!? 信じるのですかそんな話を!』

 

 確定情報は、本人に聞いてみないことには得られない。

 しかしその彼女は今疲弊しており、救護所で休んでもらっている状態だ。こちらとしても、アディシェス討伐最大の功労者をひっぱたいて起こすような真似はしたくなかった。

 それでなくても高潔な騎士道精神を持つホドという大天使は紳士的な男なのである。

 起きた彼女から話を聞くには、同じ女性天使の方がいいという判断もあった。

 尤も、ティファレトとしては「あの時殺しに掛かった私が一体どの面下げて……」という心情であり、非常に気が進まなかったが……それでも彼女は元来、理を優先できる天使だった。

 

『真実だとしたら、見ないふりはできないわ。そうでしょうマルク?』

『……そう、だけど……!』

 

 人間は嫌いだ。

 たとえケセドを殺した元凶がアディシェスだったとしても、その認識は何も変わらない。

 しかし、深淵のクリファの一体が目覚めた今、アビスによる被害はこれからさらに広がっていくだろう。

 過去に例外なく、深淵のクリファが現れた時にはアビスたちはまるで王の帰還を喜ぶかのように活性化を高めていたのだ。

 もはや世界は人間と聖獣という二色では分けられなくなった事実に、マルクトが納得いかない顔をする。

 彼女の気持ちはわかる……ティファレトとて同じ気持ちだ。

 だが、事が重大すぎるのだ。これに関しては。

 

 

『ああ、言い忘れていたが……』

 

 そんな彼女に向かって、今この場から飛び上がりケテル住む第1の島「エヘイエー」へ向かおうとしたホドが、振り向き様に言い残していった。

 

 

『ケセドは蘇るかもしれぬぞ? あの者たちの手によって』

『──!』

 

 

 ……最後に爆弾を残していったホドは、一体どういう心情だったのだろうか。

 してやったりと思っているのなら、ティファレトは彼のことが嫌いになりそうである。絶対あの仮面引っぺがしてビンタしてやる、そう思った。

 

 

 そして一番心配な末妹はと言うと、小刻みに震えながら俯いていた。

 

 

『原初の大天使、ダァト……私たちのお母さんなら、お兄ちゃんを助けてくれる……?』

 

 

 かつて、古のアビスと共に深淵の世界へと消えた原初の大天使──「ダァト」。

 

 それは第3の島「エロヒム」に残された創世期の記録と、ケテルからの伝聞でしか知られていない神話の中の大天使の名だ。

 王様(ケテル)の言うことに間違いはない。その存在が実在したことは紛れもない事実なのだろう。

 

 しかしあの少女がそのような大天使であれば、それほどの存在が人間の側に立っているということになる。

 

 ……そう考えるとどうしても、マルクトには信じることができなかった。

 






 ……語らねばなるまい。

 本作でエイトが地の文で「ワイトはそう思います」と言っていたことについて「エイトはそう思います」の間違いではないかという誤字報告を何度か受けました。ご指摘ありがとうございます。誤字じゃないけどなんだか私にも誤字のような気がしてきました。紛らわしい名前だったわこいつ……


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冒険ファンタジーでは気にしない方がいいコト

 知らない天井だ──その一言で大体の状況がわかるのは、情景描写として優秀この上ない。

 そのワードは一昔前のSS界隈では頻繁に飛び交っていた記憶がある。

 

 だからこそ僕も、あえて言おう。知らない天井だ……

 

 あれ? なんで僕こんなところで寝て……ああ、思い出した。

 ケセドパワーも合わせて全能力を解放したスーパーエイトちゃんは、その反動で気を失ったのだった。

 あわや落下死するところを助けてくれたのが、マイソウルフレンドのメアである。

 ん、メア?

 メアちゃんなら隣で寝ているよ。

 

「すー……すー……」

 

 規則正しい寝息を上げながら、彼女は僕が横たわるベッドの隣で見舞い用の椅子に座りながら眠りこけていた。

 その眠り方は炎お兄ちゃんとそっくりだ。やはり血ではなく、心でつながった家族と言うことか。

 だけどその姿勢は腰を悪くするからやめた方がいいと思うよ。見舞いに来てもらって言うのはなんだけど。

 

「ふふっ」

 

 しかしそんな格好なのに、気持ち良さそうに眠っている彼女の姿に思わず笑みが溢れた。

 癒し系だね、この子は。夢女子のようにみんなから愛されるわけである。

 僕のことを心配して、つきっきりで看てくれたのだろう。何か温もりを感じると思ったら、僕の左手は彼女の両手に固定され、ぎゅっと握り締められていた。

 ぬう……これでは身動きが取れない。こういう時は二度寝した方が良いのだろうが、おあいにく様僕は寝起きがいいので一度起きたら眠りに入るのが中々難しい。しかもちょっと催している。

 世のチートオリ主たちは割と眠たげにしているのが多いが……僕は朝も強いのである。やれやれ、こんなところでも最強を証明しちゃったな。

 

 ……言っている場合じゃないな。どうしようこの状況。

 

 これはマズい。何がマズいかって、少し催しているコレがマズい……! まだ余裕はあるけどさ。

 何が催してきたって? 言わせんなよ恥ずかしい。

 ま、まあ? TSオリ主はトイレになんて行かないから平気だし? いざとなったら下腹部辺りに「浄化」を使えば一発である。アイドルの世迷い言すらガチにできるとは、便利だよね異能って。こちらが指定したものをピンポイントで浄化してくれるので、旅のお供に最適だった。

 

 そんなことを考えながらしばらく手持ち無沙汰にしていると、僕の布団の上に見知った小動物の身体が乗り掛かってきた。おお、君はカバラちゃん!

 

「キュッ」

「ありがとう。キミも看ていてくれたんだね」

 

 僕が目を覚ますと同時に、健気にも存在感をアピールしてきたカバラちゃんに礼を言う。

 気配り上手な相棒を持って、お姉さんは嬉しいよ。

 でもね、カバラちゃん……僕が目を覚ましたのが嬉しいからって、今はちょっと、お腹の辺りでぴょんぴょん飛び跳ねるのはやめてくれないかな? 浄化しなくちゃいけないから。加速する尿意を浄化しなくちゃいけないから。

 そんな僕の祈りが通じたのか、お利口なカーバンクルはその場を立ち退くとメアの肩の上へと飛び乗り、彼女の頬に向かってコツンと軽い頭突きを見舞った。

 気遣いの達人かよ。カバラちゃんから与えられたモフモフの刺激によって、メアがぱちくりと目を開く。

 すると同時に、仰向けに横たわる僕と目が合い──普段無表情な彼女の顔がパァッと明るくなった。

 

「エイトっ」

「うん、エイトだよ」

「よかったぁ……!」

「心配かけたようだね……大丈夫だよ、メア。ごめんね、ありがとう」

「ううん……っ、メアこそ、エイトになんて言えば……」

 

 僕が目を覚ましたことで笑顔を見せたメアだが、すぐに悲しげな顔に変わる。

 僕が倒れたのは、ケセドの力を譲り渡した自分のせいだと思っているのだろう。強く責任を感じている様子だ。

 

 だが、それには及ばない。僕は僕の意思で行動している。メア、君が言ってくれたようにね。

 

 そう告げると、彼女はハッとした顔で驚き、しかし変わらず申し訳無さそうな顔で俯いた。

 何だよもう……僕は心配ないってのに。

 申し訳ないのは、寧ろこちらである。まさか彼女の身体からケセドの力を抜き取った瞬間、あんな物が出てくるとは思わなかったからね。

 深淵のクリファ「アディシェス」──その存在が彼女の中に潜んでいた理由は、今の僕にはわかる。

 盗んだケセドの因子が教えてくれたのだ。中々にぶっ飛んだ「真相」って言う奴をね。

 

「不安なのかい?」

「え?」

「キミ自身のこと。自分が何者か、不安そうな顔してる」

「……うん」

 

 やっぱりそうか、僕への罪悪感ともう一つ──彼女が情緒不安定になっている理由は。

 そりゃあね……自分の身体の中にあんな物が潜んでいたなんて知ったら、誰だってビビる。僕だって泣くわ。それも、彼女の場合は昔の記憶が無いのだ。

 

 今までは改造人間だと思っていたが、もしかしたら自分の正体は、人間ですらないのかもしれないと──そんな不安に襲われるのも至極当然の話だった。

 

 実際、僕も彼女のことは人体改造を抜きにしても特殊な存在だと思っている。

 ケセドの力を盗んだ筈なのに、彼女の背中には今もまだ四枚の翼が残っている。力を完全に失っているわけではないのだ。

 アディシェスとの戦いに加勢しなかったところから察するに弱体化はしているのかもしれないが、彼女自身の体質はほぼ天使と変わらないように見えた。

 

 そうとも……メアは変革しようとしている。多分これ、彼女の覚醒フラグだ。

 

 身も蓋も無い話だが、僕は今のメアを「サーチ」してそう思った。

 だから本当は、心配など要らないのである。

 

 うーん……よし、少し元気付けてやろうかな。カウンセラーエイトちゃんの再登場である。

 

「こっちへおいで、メア」

 

 メアが手を離してくれたことで上体を起こせた僕は、ポンポンとベッドの横を叩いてそこに腰掛けるように呼び寄せる。

 すると彼女は小動物よりも小動物らしく躊躇いがちに、おそるおそるちょこんとその場に座り込んだ。

 それと同時にカバラちゃんも、彼女の肩から僕の膝の上へと飛び乗ってくる。うっ……ん、んん……!

 だーかーらー! あんまり下腹部押すなっちゅうに! 余裕無くなってきたやろが!

 

 ふーっ……ふーっ……よ、よし、大丈夫。まだ戦える。

 

 今浄化を使うと僕が毒を患っているのかと勘違いさせてしまうからね。無駄にメアちゃんを曇らせるわけにはいかないのだ。幼女の目の前で処理するのは流石にどうかと思うし。

 オリ主はトイレに行かない。オリ主はトイレに行かない。オリ主はトイレに行かない……OK。

 心の中で反芻した後、僕はメアの肩をそっと抱き寄せた。

 

「あ……」

 

 メアを元気付ける為、そして僕自身の気を紛らわせる為によしよしと頭を撫でてやった。使い古された完璧なオリ主ムーブである。

 女の子同士だし、歳の差もあるし大丈夫でしょ。健全健全。

 アリスちゃんにもお風呂の中で同じことしたら喜んでくれたしね。

 TS美少女であることを生かした距離感で、僕は彼女に語り掛ける。

 

「キミはよく頑張ってるよ、メア。ボクが保証する。キミは凄い子だ」

「……本当?」

「ほんとに本当さ」

「でも……メアは、怪物かもしれない……人間じゃない、かもしれない……っ」

 

 むむむ……頑なだな。君は自己否定が強いオリ主なんだね。

 だが、それは良くない。そういうオリ主もいて良いとは思うが、いつまでもずっと悩んでいるわけにはいかないだろう。

 特に彼女のように、既にたくさんの味方がいる子はね。

 諭すように、僕は言ってやった。

 

 

「大事なのは、心の在り様だよ」

 

 

 ──これは持論だが、自分のことを「俺って怪物なのかな……」と疑っているような怪物は、その時点で本当の怪物ではないと思っている。

 

 ほら、異形の怪物が主題の創作とかで、よく教訓にされるじゃない。「人間の方がよっぽど怪物だ」とか、そういう話。某悪魔の力を身につけた正義のヒーローなんかがいい例である。

 

 そう──「心」だ。

 

 

「こころ?」

「そうさ。もとは普通の人間だろうと、心の在り様が歪んでいたら容易く怪物になってしまう。だから姿や形なんて、大した問題じゃないんだ。たとえキミの身体が他の子たちと違っていても、キミの心が優しく在り続ける限り、キミは誰よりも立派な人間だよ。……ボクなんかより、よっぽどね」

 

 

 うん、そう考えると他の何よりも完璧なチートオリ主に拘っている僕が怪物なのではないかと思えてくる。そんなことないのにね。

 しかし、誰がどう見ても無茶苦茶なことをやっているのに、自分のことを真人間だと思い込んでその悪行に一片の疑いを持たないような人間は、もはやモンスターだと思う。

 

 フェアリーセイバーズで言えば、PSYエンスのボスがそれだ。

 

 彼は種族的な意味では確かに人間だが、その思考性はラスボスのケテルよりも遙かに怪物である。

 それに比べれば、メアちゃんなんてかわいいものよ。クリファの一匹や二匹身体に飼っていたところで、怪物を自称するにはまだ地味すぎるぜ。

 

 

「不安だったら、たくさん甘えるといいさ。エンだって、チョータだって、キミを助けてくれる筈だよ」

 

 

 もちろんボクも、その時々で相談ぐらいは乗ってあげるつもりだ。

 なんたってメアちゃんは、僕の命の恩人だからね。彼女に嫌われない限りは協力してあげるつもりだ。

 

「だからキミは、もっとキミのことを信じて。ね?」

「……うん……うんっ……」

 

 パチンとお茶目なお姉さん的なウインクを決めて励ましてあげると、メアは頷きながら嗚咽を溢した。

 そのオッドアイの瞳からは、何かが決壊したように止めどなく涙が溢れてくる。

 

 

 ……えっ、え? 泣かせた? 僕のせい……? えっ、えー……

 

 

「あ……えっ、大丈夫?」

「……だい、じょうぶっ……グスッ……ひぐっ」

「そ、そう? 飲み物あるよ? お菓子とかたくさんあるよ? 食べるかい?」

「……ううん……いい……メアは、へいき、だから……っ」

 

 

 あわわわわっ、どうしよう? どうしよう!?

 アイテムボックスを駆使して手品のように日本製のドリンクや駄菓子の数々を取り出しながら、僕はあの手この手で彼女の涙を引っ込めようと策を打つ。てんやわんやだった。

 

 いやいや、全然平気じゃないでしょ君!? 泣きたい時はたくさん泣いた方がスッキリするよ? 泣こう泣こう!

 

 う、うーん……男の子ならもうちょっと対応しやすいんだけど、メアちゃんぐらいの女の子になるとどう慰めるのが最善なのかわからんのだ。アリスちゃんの時は、カケル君がいたし。

 ええい! この際カバラちゃんでもいいから助けて!

 

「……っ」

「大丈夫、大丈夫だから……キミを責める者なんて誰もいない。そうだろう? カバラちゃん」

「キュイ!」

 

 よし、流石カバラちゃん! 空気が読めるカーバンクルである。

 僕の腿を踏み台にしてメアの肩まで跳躍した彼女は、ペロリとその頬を舐めて優しく励ましてあげる。

 それにしても会ったばかりなのに仲いいね君ら。僕を一緒に看ていた時にでも絆を深めたのだろうか。

 ……うむ。幼女と小動物は由緒正しきゴールデンコンビである。彼女らのツーショットは、正直僕よりも似合っていた。

 

 

「キミは他の誰でもない、一人の人間だ。キミがキミである限り」

「……っ、メアが……メアである限り?」

「ボクは何度でもキミを祝福しよう。「生まれてきてくれてありがとう」ってね。それでも辛かったら、ボクの前では泣きなよ。遠慮なんていいから」

「──っ……エイト……お母さんみたい……」

「ん、そう? まさか、そんな大それた存在じゃないよ」

「ううん……そんなことない。エイトは凄い人……強くて、優しくて、温かい」

 

 

 肩を抱き寄せながらよーしよしよしと小動物を撫で回すように宥めてあげると、メアの呼吸が少しずつ落ち着いてきた。良かった良かった。

 彼女の泣き方は同年代のカケル君と比べるとまだぎこちなかったが……まあ、なるようになるだろう。元の世界に帰ったら、灯お姉ちゃんのあかりっぱいにでも慰めてもらうといい。アレはいいものだ。

 

 

 ──さて、僕とメアの関係である。

 

 今まではオリ主同士ということもあって直接的な接触は控えていたが、女神様っぽい人の方針がわかった以上もはやSS的な配慮は必要無い。

 

 新しい関係構築の第一歩として、それからしばらく世間話でもしてメアとのコミュニケーションを深めていった。

 

 そうしていると彼女は泣き疲れたのか、それとも僕を看てくれた疲労が残っていたのだろうか、コロリと寝落ちしてしまった。まだ小さいものね、メアちゃん。

 

 

「ゆっくりおやすみ、メア」

「ん……」

 

 

 僕と入れ替えるように彼女の身体をベッドの上に寝かせてあげると、布団を掛けてそっとその傍を離れていく。

 パーフェクトコミュニケーション達成である。メアは心の傷を癒やせてハッピー。僕も彼女と仲良くなれてハッピー。お互いが幸せになれた有意義な会話であった。

 そんな彼女のことを微笑みながら後にして、僕は澄んだ瞳で前を向いた。

 

 

 

 さて──トイレに行こうか。

 

 

 

 いいや、もう浄化使っちゃお。メアも眠ったし、ここでやっちゃってもいいだろう。

 今からテレポーテーションでトイレに行くよりも、「浄化」を使って処理した方が早い。美少女はトイレになんて行かないのだ。

 

 

「……んんっ……!?」

「?」

 

 あうちっ……! た、立ち上がったら急に来たわ。

 あ、あかんて……! メアちゃんの涙を心配するよりも、こっちの涙の心配するべきだったなってうっさいわボケ!

 

 頭の中で自分自身にノリツッコミしていると、カバラちゃんから不思議そうな目で見られた。ごめん、そうでもしないと出そうだったのだ。アレからアレが。

 でもこう、限界が来た時って変なテンションになるじゃない? そういうのはわかってほしいんだ生き物として。

 そう言うわけで僕は、右手を自らの下腹部に当てて異能「浄化」を使ったのである。

 

 

 

 

 ──ふう……よし、全部処理したな。

 

 何とも嫌な気分である。眠っている幼女の横でイケナイことをしている気分だった。

 「浄化」の異能でアレを処理した時、感覚的には漏らしたのに何故か漏れていないみたいな、何と言うか……夢の中で漏らした時みたいな微妙な気持ちになるのだ。需要がある人にはあるのだろうが僕にそんな性癖は無い。あるわけねーだろ。

 しかし、脂汗が凄い……余裕噛ましていたら危ないところだったわ。エネルギー切れで落下した時と言い、なんだかここのところ予想外なところで窮地に陥っているな僕。駄目だこんなんじゃ。

 

 と言うか、そもそもあの時迂闊に気を失ったのが発端である。

 「好事魔多し」という言葉があるように、調子が良い時ほど落とし穴に気を付けていこう。エイトちゃんは同じ過ちを繰り返さない、反省するオリ主なのである。

 

 

 さて、スッキリしたし外に出ようかね。

 外は明るいが、僕は自分がどれぐらい気を失っていたのかもわかっていないのだ。一日ぐらいならいいけど。

 

 メアは寝ちゃったから、炎にでも聞いてみようかな。そう思い、僕はこの部屋の出口へと向かった。

 

 

 しかしその時、僕はいつからそこに立っていたのか、見覚えのありすぎる金髪美女と対面したのであった。

 

 

『T.P.エイト・オリーシュア……貴方っ』

 

 

 それは八枚の翼を持つサフィラス十大天使の一柱──「美」を司る6番目の天使ティファレトである。

 彼女はその目を大きく見開きながら、驚いた顔で僕を見つめていた。

 

 

 ……見られちゃったね。

 

 

「ああ、来てくれたんだ。おはよう。それとも、こんにちはかな?」

 

 

 大丈夫。冷静に、冷静に。内心ちびキャラエイトちゃんがのたうち回るぐらい恥ずかしかったが、僕はクールでミステリアスなオリ主なので平常心である。

 寧ろ、見られたのが彼女で良かったと言えるだろう。今のところ敵対関係である彼女が相手なら、僕も気兼ねなく嘘を吐く……もとい、口八丁で誤魔化すことができる。

 

『今のは浄化の聖術ね……どうして、それを自分に?』

「ボクの身体に、アディシェスの毒が残っていたからね。大丈夫、もう完全に消えたから」

『…………』

 

 そういうことになった。

 うん、今僕が浄化したのはアディシェスの毒だ。いいね?

 実際本当の可能性も何%かあるだろう。毒なんて潜伏していたらわからないからね。

 この誤魔化しは証明できないが故に誰にもバレないという利点があるが、仲間相手だと無意味に曇らせてしまう危険があった。

 特にメアちゃんが聞いたら、自分のせいで僕にそんなものを背負わせてしまったとさらに悲しんでいたところだろう。

 

 その点、ティファレトなら大丈夫だ。

 

 彼女にとって僕は憎き人間。ちょっと毒を喰らっていたからと聞いても、「あっそ」で終わる話である。原作のティファレトを知る僕としては塩対応をされるのもキツかったが、ここは現実の世界なので都合良く切り替えて考えることにした。

 決して羞恥心でそれ以上頭が回らなかったわけではないので悪しからず。

 

 

 ──その筈なんだけどね。

 

 

『……申し訳ありません。貴方には不要な負担をお掛けしましたね……』

 

 

 何故に……何故に曇っておられるのですかティファレト様!?

 手のひら返しというには不気味過ぎない?と、予想だにしない殊勝な態度に僕は身を竦めた。

 



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クリティカル連打で裏ボスフラグをへし折る奴

 ティファレトによる事情聴取を受諾した僕は、炎たちも一緒に集めて会合を開くことにした。

 場所はケセドの止まり木があるあの丘でいいだろう。あそこ気持ちいいし。

 

 

 そうして集合したのは僕とティファレト、炎、長太、マルクト、そしてこの島の管理者代行であるケセドの筆頭天使さんとその他お付きの天使さんたちだった。

 

 マルクトは僕が長太を呼びに行った時、彼と一対一でしばき合っていた。

 

 しかし驚いたのはその戦いが以前のような殺伐とした空気では無く、試合形式による模擬戦だったことだ。

 あれかな、共通の大敵を相手に共闘したから、絆が芽生えたとか……無いか。無いな。

 

 「ケテル最後の剣」と呼ばれる彼女は見た目と態度こそかわいらしい末妹だが、一度敵と認識した相手には滅多なことで情けを掛ける子ではない。原作でのケセドとの関係は、まさにそんな感じだったのだから。

 長太を打ちのめす彼女の顔には目に見えて怒りが滲んでおり、和解した様子は微塵も無かった。

 

 しかし、そんな彼女の剣戟を受ける長太の顔はなんだか楽しそうだった。

 

 いや、誤解無きように言うが彼は決して美少女にボコボコにされて喜ぶ趣味があるわけではない。武闘家気質の彼は、ただ単に強い相手と戦えるのが嬉しいのだろう。

 まあ確かに、二人とも典型的な直情型という共通点があり、性格的な相性は案外良いのではないかと思う。

 原作では絡みの無かったキャラの掛け合いを楽しむのもまた、二次創作の醍醐味だろう。

 

 ん、長太×マルクトキテるって? いや、同じ空間にいただけでCP認定するのはどうかと思うよ僕は。ライバルフラグならキテると思うが。そもそも彼女にはケテルがいるし……ケテルとキテるって響き似てるよね今気づいた。

 

 流石の長太も一対一では大天使に勝つことはできないようだが、僕が目覚めたことに気づき、観戦する僕の前で彼女から一本をもぎ取った時には子供のように喜びはしゃいでいたものだ。やるじゃん、パチパチ。

 

 で、それを見たマルクトが予想外な一撃に呆気にとられた後、『は? 今のは惨めで哀れな人間に慈悲を掛けてあげただけです! 貴方より私の方が強いに決まっているでしょう! 調子に乗るな!』とムキになって口撃していたのは微笑ましかった。なんで一々からかい甲斐があるんだこの子。

 

 

 一方、炎の方はと言うと僕が招集を掛けるまでもなく既にケセドの止まり木の近くにいた。

 

 丘の上で修行僧のように、彼は瞑想していたのである。

 どうやら炎はアディシェスとの戦いで何かを掴んだようで、「サーチ」を使ってみると彼の力がまたさらに上がっているのがわかった。流石は主人公、隙があれば強くなるよね。

 そんな彼は瞑想が終わった瞬間、ひょこっと視界一面に飛び込んできたエイトちゃんフェイスに驚きながらも、すぐに僕が目を覚ましたことを喜んでくれた。おう、心配掛けて悪かったね。

 だけど「いるなら声を掛けてくれ……心臓に悪い」と言い、なんだか僕が悪いことしたような物言いには少しムッとしたものだ。何だよー。

 

 

 ──まあ、そんな感じに僕は二人と合流し無事を報告したわけだ。

 

 

 因みにカバラちゃんはついてこなかった。ベッドの枕元で丸くなっており、メアちゃんと一緒にお昼寝中である。

 ハッ……まさかこれがNTR……? 僕はカバラちゃんのことをよく抱き枕にして寝ていたので、文字通りメアちゃんに寝取られてしまったわけである。なんてこったい。

 

 ……それはともかく。

 

 ケセドの止まり木に全員集まったことを確認すると、僕はケセドメモリーによる真相の説明会を開催したのである。

 因みに、ホドは今回のことをケテルに報告しに行ったらしい。

 故に、彼は既にこの島にはいない。よっしゃ、それを聞いて安心したぜ。

 僕より解説の上手い解説役がいなくなった今、ここからは僕の独壇場だった。

 

 快調な気分になった僕は、吟遊詩人風にハープを鳴らしながら弾き語ることにする。

 おふざけではない。その方がカッコいいからだ。

 

 そしてハープを鳴らした瞬間、ティファレトの目が僅かに輝いたのを僕は見逃さなかった。

 「美」を司る大天使である彼女は、文化芸術への造詣が深い。この世界ではハープは未知の楽器の為、興味津々の様子だった。

 僕自身としてはそんな彼女の演奏や生歌の方にこそ興味があるので、お願いしたいものである。

 

 

 ──まあ、説明会の後はもう、そんな空気じゃ無くなるんだけどね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──慈悲の大天使ケセドはただただ運が悪かった。

 

 聖獣たちが受けた拉致被害によりケテルが人間世界を敵視していることを知ったケセドは、人間たちにこれ以上フェアリーワールドに関わることを止めてもらう為、ゲートを渡り人間世界へと警告に向かったのである。その代わりとして、人間世界に迷い込んだ聖獣の対処は全て自分が行うつもりだった。

 

 しかしその時、事件が起こった。

 

 フェアリーワールドから人間世界へつながる超空間の中で、突如として巨大な「闇」が出現しケセドへと攻撃を仕掛けたのである。

 

 

 闇の名は──「カイツール」。

 

 

 かつてフェアリーワールド創世期の時代、聖龍アイン・ソフによって次元の裂け目「ぺオル」へと封印された深淵のクリファの一柱である。

 

 この時、一時的にその封印を破ったカイツールは、人間世界へ渡ろうとするケセドと接触し交戦に入った。

 

 そして彼はケセドに致命傷を与えた後、隠し持っていた同胞たるクリファ「アディシェス」の魂を彼の身体に打ち込んだのである。さながらそれは、一粒の種のように。

 

 全ては転生直後でまだ不完全体だったアディシェスを、完全な状態で蘇らせる為だった。

 

 カイツールは生まれ変わったアディシェスの魂に大天使の力を取り込ませることによって、究極のクリファを誕生させようと企んだのである。

 

 

 ──しかしその計画は、予定外な出来事が発生したことにより出鼻からくじかれた。

 

 

 カイツールによって致命傷を受け、人間世界に不時着したケセドは本来そのまま内側からアディシェスに喰らい尽くされる筈だった。

 しかしそんなケセドを、よりによって「PSYエンス」が最初に発見してしまったのである。

 聖獣の力を研究していたPSYエンスにとって、彼の存在はまさにうってつけだった。最強のフェアリーチャイルドを生み出す為、瀕死状態で捕獲した彼の因子を抽出し、適性のある一人の実験体に埋め込んだのである。

 

 それこそが、「メア」という少女だった。

 

 しかし、その因子の中に深淵のクリファ「アディシェス」が潜伏していたことには、メア自身も含めて誰一人気づかなかったのである。

 イレギュラーな事象によりケセドの身体から彼女の体内に移住することになったアディシェスだが、今は雌伏の時と判断し復活の時が訪れるのをじっと待ち続けた。

 

 待ち続けた結果──その時は訪れた。

 

 コクマーの襲来によりメアがケセドの力に覚醒し、天使の力を得たのは彼にとって僥倖だったのだろう。

 おかげで彼自身も予定通り大天使の力を得ることができ、あのような姿にまで成長することができたのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 ……はい。それが真相です。

 

 ケセドの記憶を手に入れたことで、僕はケセド不在の真実がわかった。

 

 これも全て、「カイツール」って奴のせいなんだ。

 

 ああ、PSYエンスは普通に極悪なので残党を見つけ次第好きにしてええで。そこはどうぞご自由に。

 しかしメアちゃんが自分の中にいたアディシェスの存在に気づかなかったのはあれだろう。なまじケセドの力が大きすぎたが故に、その裏で慎重に隠れていた彼のことが見えなかったのだと思われる。

 

 

 すなわち──

 

 

 危ねぇ……! メアちゃんから裏ボスが生えてくるところだったわ!

 

 

 とんでもない爆弾が仕掛けられていたものである。

 あのアディシェスとかいうオリボス、実は完全に成熟していない状態であれだったのだ。

 もっと時間が経って自力でメアちゃんから出てきた日には、一体どれほど恐ろしい存在になっていたのか想像もつかない。怖すぎる。

 

 しかし、そんな彼からしてみれば最大の誤算は僕だったのだろう。

 

 何故ならあの時、僕がメアちゃんの身体にちょっかいを掛けさえしなければ、彼はそのまま彼女の中で成長を続けられたのだ。

 当然、僕たちには気づく由も無いわけで。原作通りラスボスのケテルを倒してさあ地球へ帰ろうって時になって、メアちゃんの身体を食い破りながら「裏ボス登場! 究極完全態グレートアディシェス爆誕!!」なんてことになったら僕だって一生寝込むわ。

 

 恐るべきは、女神様っぽい人の仕込みか……やはり貴方はガチである。

 

 大団円で終わりかけた物語の最後に幼女を殺し、炎たちをガン曇らせるなんて──もはや鬼畜の所業だ。お姉さんちょっとドン引きです。

 

 

 ……ま、その企みは僕に阻止されたんだけどね! ざまあみろ女神様っぽい人! ざまあみろカイツール!

 

 自慢のアディシェスもこのT.P.エイト・オリーシュア様の身体には移住できなかったようで、行き場を失った彼は予定より早く覚醒してしまい、不完全な状態での戦闘を余儀なくされたというわけだ。

 意図せずして裏ボスフラグを未然に叩き折るとか、僕凄くね?

 まさしく完璧なチートオリ主である。いやまあ全部偶然なんだけど、そういうことにしておこう。これでエイトちゃんの株はさらに急上昇である!

 

 ……いや、結果オーライってことにしないと、あの化け物を呼び出したのは僕のせいってことになりそうだからね。

 被害に遭った島民たちに弾劾裁判を開かれたらと思うと、いっぱい悲しい。

 

 ともあれ、僕の計算ミスで町の聖獣さんが誰も死ななくて良かったよ。これも本心である。

 ティファレトからそのことを聞いた時が、何より一番安堵したものだ。人的被害が出ていたら、流石の僕も萎えていたからね。僕が曇らせ展開を好まないのは、僕自身が曇らされたくないからというのが最大の理由だった。

 

 

 

 

 一通り話し終えると、会合は重苦しい空気に包まれた。

 うん、知ってた。誰が聞いたってそんな顔するわこんな話。

 

「確かに、おかしいとは思っていた……だが、そんなことが……」

「PSYエンスのボスよりも、どう考えてもネツァクのおっさんやこいつらの方が強ぇよな。手合わせした今だからわかるが……そのケセドって奴が、PSYエンスなんぞにやられるわけがねぇ」

『ほとんどホドの推測通りね……だけどカイツール──他のクリファも絡んでいたなんて……』

『…………』

 

 やはりと言うべきか、全員が困惑の顔を浮かべていた。

 僕だってびっくりである。アディシェス登場の時に女神様っぽい人の方針を理解していなければ危なかった。

 ケセドの記憶から脳内に奔る知らない記憶を受けて、取り繕えないぐらいあわあわエイトちゃんになっていたかもしれない。メアちゃんに泣かれた時も十分あわあわだった気がするがそれ以上である。

 

 その点、こんな話を聞いても取り乱すことなく冷静さを保っているティファレトとマルクトは流石大天使様である。

 

 そうとも、カイツール──改造ツールみたいな名前してやがるそいつがケセド不在の黒幕である。

 PSYエンスは普通に真っ黒だが、棚ぼたでケセドを手に入れられただけで、メアちゃんに至っては徹頭徹尾可哀想な被害者でしかない。その辺りも含めて炎と長太、僕の三人掛かりでアデリーペンギンのコラ画像のように囲んで説教すると、元来人情派であるティファレトは「あうっ……」と言葉を詰まらせていた。

 罪悪感を盾にして、美人なお姉さんにマウント取るのって凄く気持ちいいと思いました。

 

 一方、マルクトは終始無言だった。

 

 それはもう、僕の解釈ではぷんすかと黒幕に対して怒りを露わにするのかと思っていたのだが、説明の間彼女は不気味なほど静かに、最後まで大人しく聞いてくれたのだ。

 なんだか何かを言いたそうな顔でチラチラと僕の顔を見ていたが……流石の僕も読心まではできないので彼女が何を考えているのかはよくわからなかった。

 そんな彼女のことを横目にしていると、まずは炎が問い掛けてきた。

 

 

「エイトは全部知っていたのか?」

 

 

 ──来た。

 

 ふっ……だけどその質問は計算済みだよ。

 僕は心の中の眼鏡をクイッと上げながら、予め考えておいた解答を返す。

 

「メアが特殊な存在であることには気づいていた。あの子の裏に、大いなる存在がいたことも……それを確かめることもまた、ボクの目的の一つだったからね」

「やはり、そうか……」

「じゃあ、なんで今まで黙ってたんだ? あのアディシェスって奴がメアの中にいることを知ってたなら、もっと早く取っ払っちまえば良かったのに」

 

 強キャラの極意「気づいていたよムーブ」である。

 

 誰も気づかなかったことに僕一人だけ気づいていたことをアピールすることで、格付けチェックを乗り越えることができる。

 しかし嘘は言っていないよ嘘は。彼女の裏に大いなる存在(女神様っぽい人)がいることには、最初から気づいていたし……オリ主的に考えて。

 

『……そうね。あのメアという子がホドの試練を受ける前なら、アディシェスもまだあれほどの力を持っていなかった筈。それを邪魔した私が言うのはなんだけど……他のタイミングではできなかったの?』

「そうだね……うん、このタイミングでなければならなかったんだ。寧ろ以前までは、アディシェスの存在が微弱過ぎて摘出することができなかったんだよ。それに、あの子はああ見えて慎重な性格だ。メア自身の抵抗力を鍛えておかないと、彼女のことを人質に取って厄介なことになるかもしれない。その点、ホドが彼女を鍛えてくれたのは渡りに船だったね」

『だから、一昨日の時点で行う必要があったと……そういうことね』

 

 そういうことになった。

 

 一昨日ってああ、やっぱり僕は丸一日眠っていたんだね。まあ、そのぐらいなら問題無いか。ツァバオトで闘技大会が開かれなかった分、原作の時系列よりもスケジュールには余裕がある。

 尤も、こうなってしまったらもはや原作の時系列も当てにできないけどね。そもそも辿ってきた歴史すら違うのだから当たり前の話か。

 思えばこう言った原作相異点との対峙もまた、チートオリ主の使命である。そのことを失念していた。

 今までの僕の頭の固さに反省しながら、しゅんと項垂れた。

 

「……必要があったとは言え、ボクがアディシェスを呼び出したようなものさ。そのことは責められても仕方ないけど……アディシェスはアレでまだ成長途中の幼生体。今後さらに手に負えなくなることを考えたら、ホドやボク、エンとチョータがいるあのタイミングしかなかったんだ……」

「アイツ、アレで子供だったのかよ!? とんでもねぇな深淵のクリファって奴は……」

 

 うん、ケセドの知識によると、アディシェスというクリファは時間を置いたらもっとデカくてたくましい姿に成長していたらしい。転生する前は全長200mぐらいの超巨大ドラゴンだったとか……出る作品間違えてるわアイツ。

 

 なので、そうなる前にここで仕留めることができたのは僕のファインプレーである。

 

 その分で島を危険な目に遭わせたことはチャラにならないかなぁ……と、僕は痛々しい傷痕が残っているゲドゥラーの町を見下ろしながら溜め息を吐いた。

 

 

「……ごめんね、みんな……」

『貴方……』

 

 心底申し訳なくて、町に向かって頭を下げる。

 いや、もう、本当にね……せめてもの救いとして、誰も死ななくて良かったと思っているのは本心である。

 僕はいい子ちゃんではないが、好き好んで周りに被害を出したいとは思っていない。そういうのは気持ち良くオリ主できないからだ。

 筆頭天使さんたちにもありがとうと一礼する。彼らは戦闘では役に立たなかったが、避難民の誘導や流れ弾の処理でいぶし銀に活躍していたのだ。彼らの働き無しではいくら僕のフォローがあっても死者ゼロは難しかっただろう。

 

『い、いえそんな……っ』

 

 せめてもの償いとして、これが終わったら寝ていた分復旧作業を手伝ってあげよう。無敵のオリ主パワーならば、綺麗な町に戻すことぐらいできる。僕もここいらで何かしておかないと、オリ主として駄目な気がした。

 

 

『……ねえ』

 

 

 そんな僕に、この会合中初めて口を開いたマルクトが呼び掛ける。

 何だい? カイツールの居場所ならまだ次元の裂け目ってところにいると思うよ。完全に封印が解けているわけではなさそうだったし。

 

 

『貴方は……ケセドを救ってくれますか……?』

 

 

 普段勝ち気な彼女が、目尻を下げながらそう訊ねてくる。健気にお兄ちゃんのことを思う姿には、僕も……「僕の中にいるケセドの心」にも響くものがあった。

 うん……そうだね。彼女らには黒幕「カイツール」のこととか色々聞きたいことはあるかもしれないが、第一はそれだろう。

 

 不在になったケセドを健在にする。僕はそれこそが女神様っぽい人から与えられたオリ主的な使命だと思って、メアからこの力を抜き取ったのが発端である。

 

 しかし、今──僕の中でケセドは言っていた。

 

 

「今はまだ、その時ではないらしい」

『……っ、なんで!?』

 

 

 僕もできることならすぐに復活させてあげたいところなんだけど……どうにも彼は、今はこのままでいたいらしい。「この方が、この世界を助けられるから」と──僕の中のケセドは、そう言って拒否しているのだ。やはり、サフィラス十大天使は頑固者の集団らしい。

 

 

 えっ? 僕の妄想じゃないよ。何だか奇妙な感覚だが、身体に力を入れると彼の意思が何となく頭の方に伝わってくるのである。ついさっき気づいたことだが。

 なので僕はこの時、その声に気づく前にさっさと彼を復活させておけば良かったと後悔していた。

 

 あっ、でも僕の中にもう一人誰かいるこの状況……なんだか厨二っぽくてカッコいいかもしれない。今回ばかりは現実逃避的にそう思った。

 





 次回は温泉回です


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温泉へ行こう

 ケセドは心から申し訳なさそうにしている。力及ばずカイツールに敗れたことを気にしているのだろう。今さら自分が蘇ったところで、フェアリーワールドの役には立たないと思っているようだ。

 実際、戦力的な意味で言えばそうかもしれない。

 今のケセドは断片のような存在であり、僕の手で復活に成功しても全盛期より弱体化するのは免れない。

 故に──自分が半端な強さで蘇るよりも、このまま僕にバッテリーとして扱ってもらった方がこの先役に立てる筈だと、慈悲の大天使ケセドは考えていた。

 

 うーん、自分自身に対してドライと言うかガンギマリすぎると言うか……「慈悲」を司っている彼だけど、この辺りの合理的な判断はいかにも天使らしいよなぁと思う。

 

 ってか、マジかー……やっぱり今後は、深淵のクリファとの戦いが待ち構えているのかねー。

 クリファの数はサフィラスと同じく全部で十体。半分は封印中でもう半分は転生を待っている状態のようだが、僕の中のケセドはアディシェスの復活を皮切りにクリファたちの転生ラッシュが始まると思っているようだ。

 そうでなくともアビスの活性化は一層激しくなることが予想される為、今この世界には何より戦う力がほしいのだと彼は言っていた。

 そんなケセドの気持ちを伝えると、デタラメ抜かすなと怒られるかなぁと思ったものだがティファレトは溜め息を吐き、呆れながら言った。

 

『相変わらずね……少しは薬になったと思ったのに、まだそんなこと言っているのね貴方は』

 

 大天使として長年付き合ってきた彼女からしてみれば、彼の自己犠牲精神の高さは解釈一致だったのだろう。僕もそう思う。

 けどね……ケセドもそんな風に、彼女らの気持ちを無碍にするような言い方は無いと思うんだ僕は。彼に身体があるのなら、僕が思いきりSEKKYOUしてやりたいところだった。

 

 

『馬鹿っ! ほんっとうに救いようのない馬鹿ですね! やはり、貴方は出来損ないです……もう、知らない!』

 

 

 案の定、マルクトはキレた。

 僕の中にいるケセドにそう叫ぶと、彼女は怒ってどこかへと飛び去っていった。

 まさかここで原作の台詞を回収してくるとはね……うわっ、僕の中のケセドが凄くしょんぼりしている。

 だから大人しく蘇っておけば良かったんだって。ほんとに君はさぁ……

 

「……直接話す方法が、あればいいんだけどね……」

 

 彼にも彼の思惑があるのだろう。しかし僕が代弁する形になると、どうしてもお互いの気持ちが伝わりにくくなる。やはりこういうことは、本人同士で話さないと駄目だろうね。

 どうしたものか……何とか上手いやり方は無いかと考えていると、ティファレトが僕の目を見つめて言った。

 

 

『T.P.エイト・オリーシュア……貴方に、我々と敵対する意思はありますか?』

 

 

 それは、彼女なりに見極めたいと思ったのだろう。

 開幕ぶっぱで殺しに掛かってきたことを思うと「何を今更」と言いたい気持ちもあるが、エイトちゃんは推しには甘いので言わないでおいた。

 

 

「キミが優しい心を持った美しいティファレトで在り続ける限り、ボクはキミのことを否定する気は無いよ」

『──っ』

 

 

 ニヒルな笑みを浮かべながら口説き文句のようにそう答えると、彼女は僅かに頬を赤くしながら視線を逸らした。かわいい。

 元が美白だから、照れている時はすぐにわかるんだよねかわいい。キリッとした美人によるギャップに溢れたその顔は、横から見ていた真面目な男たちも思わずたじろいでいた。

 そんな二人のことをジロリと一瞥しながら、僕は続ける。

 

 

「彼らもそうさ。キミたちと戦う気なんて誰にも無い……本当は、敵なんてどこにもいないんだ」

『…………』

「だからね、ティファレト。キミたちの王様に伝えてほしい。倒すべき相手を見誤るんじゃないよってね」

 

 

 サフィラス十大天使に反省を促すエイトちゃんである。

 元々は僕たちに対して殺意MAXだったティファレトだが、度重なるストレスを受けてしおらしくなっている今こそ和解のチャンスだと見極め、強気な姿勢で畳み掛けていく。

 アディシェス、カイツール──彼らのような共通の大敵は、強すぎるが故に和睦の使者になり得る。

 彼らの存在を叩き台にして、人間への悪感情を有耶無耶にする巧妙な作戦だった。

 

『……私には、まだ人間という存在を信用できません』

 

 ……が、不発……! まあそうだよね。

 この程度で「人間って素晴らしい!」と手のひらを返すようでは、この世界の聖獣さんたちが可哀想である。

 

『でも……救えない者たちばかりでは、ないのよね……ケセド』

 

 貴方のような存在が期待を掛けて、導きたがっているほどに──ボソリとそう呟いたティファレトが、炎と長太に対して向き合った。

 そして、彼女のサラサラな金髪が揺れる。

 

 頭を下げたのだ。彼女が。

 

「……!」

『いきなり有無も言わさず撃ったことは謝るわ。もっと貴方たちのことを知るべきだった……ごめんなさい』

 

 うん、妥協できるところは謝らないとね。

 ああ、因みに長太はあの時マルクトを煽ったことを、ちゃんと謝ったらしい。えらい。

 尤も彼女の場合はそれが逆に逆鱗に触れたようで、『貴方私を馬鹿にしているのですか? いいでしょう、表に出なさい!』と先のタイマンを行うきっかけになったようだ。

 

 やっぱ貧乳は駄目だな……僕はティファレトの豊満な双丘を見て、改めて大きさの違いを再確認した。器のことだよ?

 

 そして、器が大きいのは我らが主人公たちも同じである。

 二人は彼女の謝罪を真摯に受け入れ、大天使との和解はまた一歩前進したと言えるだろう。

 

「まっ、今さらどうこう言わねぇけどよ……」

「あの時撃ち落とした俺たちの仲間……翼って奴のことなんだが、どこにいるかわかるか?」

 

 おお、流石は炎。リーダーはやはり抜け目が無いね。

 

 そうだ、翼──風岡翼の所在である。

 

 彼が原作で言うところの明宏ポジになっていたとしたら、コクマーの島「ヨッド」に囚われていないか心配していたが……撃ち落とした張本人であるティファレトならば、何か知っているかもしれない。僕たちは期待の眼差しを向ける。

 そんなティファレトは、彼の問いにほんの少しだけ嫌そうな顔をしながら答えた。

 

『エロヒムよ……貴方たちが向かおうとしている島に、貴方たちの仲間はいるわ。怪我一つ無くね』

「本当か!? 丁度いいぜ!」

「やはり無事だったんだな……流石翼だ」

 

 それは僕たちに翼の居場所を教えることを嫌がったのではなく、「エロヒム」という島の話題を出すことを嫌がっている様子だった。

 仲悪いのだろうか?

 

『……あの島には私も向かったけど、彼は既にビナーに匿われて入島すらできなかったわ。貴方たち、随分と気に入られているみたいね』

「えっ……」

 

 ビナー──エロヒムの管理者である、「理解」を司る3番目の大天使の名だ。

 そうか、それはいいことを聞いた。ビナーのことは原作に登場していないし、ケセドメモリーにも残っていないから未だによくわからないけど、翼を匿ってくれているのならハニエルさんの言う通り、僕たちに味方してくれそうだ。

 大天使は間違えることは割とあるけど、嘘は吐かない。原作知識でもティファレトの実直な性格を知っている僕は、その言葉を信じて感謝の笑みを浮かべた。

 

 

「ありがとう、ティファレト」

 

 

 ケセドもそう言っているし、丁度良かった。

 

『……私は貴方たちの敵よ。お礼を言うのはおかしくないかしら?』

「おかしくなんてないさ。だってキミもマルクトも、ケセドの島を守ってくれただろう? だからありがとう。彼もそう言っているよ」

『……サフィラスとして、当然のことよ』

 

 ホドを見た限り、確かに主の欠けた島を守るのもサフィラス十大天使の仕事なのだろうが……彼女の場合はそれだけではない筈だ。

 だってティファレト、ケセドのこと好きだし。

 欠けたのが他でもないケセドだったからこそ、彼女は動いた。そして彼の為を想えばこそ、僕たちに攻撃を仕掛けることに躊躇いを持たなかったのである。

 うーん、青春っ!

 二人の関係はお互いに強く結びついた同志であり、近しい間柄であることはアニメ「フェアリーセイバーズ」作中でも仄めかされていた。

 

 ……ああ、だから原作のマルクトは、怒りを剥き出しにしてケセド──灯ちゃんに襲い掛かってきたのか。

 

 アニメの後半は尺が足りなかったのもあってマルクトの心情がわかりにくかったが、アレはケテルに逆らったことだけではなく、自分の傍から離れていった仲のいいお兄ちゃんとお姉ちゃんに苛立っていたのも大きかったのだろう。

 リアルタイムで視ていた時は僕も小さかったので気づかなかったが、大人になると新しいことに気づくのもまた子供向けアニメの面白みである。

 

 ……ふむ。よし。

 

 

「いいものだね、愛という感情は」

『……は、はあ……』

 

 

 あれ? 気ぶってみたのに困惑されたぞ。

 

 ……もしかして二人は、何百年も一緒に居すぎたせいで逆に恋愛対象にならなかったのだろうか。

 ケセドはどう思う? ケセド? ケセドー? ……駄目だ、僕の声は聞こえていないようだ。

 ケセドの声を僕は受信できるのに、僕の心をケセドが受信できないとは難儀なものだ。まあ、おかげで僕の内面が彼に知られることも無いのでラッキーか。そう思うことにした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから少し話をした後、ティファレトは「カイツール」について調べることがあると言い、彼女もまた何処かへと飛び去っていった。

 自前の翼がある人は、気軽に国家間を跨いでいくから凄いよね。僕もその気になれば同じことができるが、今日のところはまだこの島「エル」でやることがあった。

 

 それは気持ちばかりの罪滅ぼし──この島の復興作業である。

 

 壊された建物に関しては僕が眠っている間にティファレト主導で建て直したようだが、「千里眼」と「サーチ」を使って確認した限り、この島にはまだアディシェスの毒が残留しているのがわかった。

 

 そういう場所を浄化するのが、僕なりの島民たちへの贖罪である。

 

 そんなわけで僕は、今日は丸一日使って空飛ぶ浄化ツアーを開催することにした。

 翼の居場所がわかったことで、当初予定していたヨッドの偵察が必要無くなったのが大きい。おかげで僕は目の前に集中することができた。

 

 

 ──そーら、綺麗になれ綺麗になれー。

 

 

 白と黒の翼を五枚ずつ──合計十枚の翼を生成した僕は、町一帯を見渡せる高度まで上昇すると、「浄化」と「どこでもハープ」を調合した浄化のハープをより増強して大音量で鳴らしていった。

 ケセドの力をフルパワーで解放した前回は十二枚の翼が生えたものが、今回は気絶しないようにエネルギーを調整して引き出してみたらこの枚数になったのである。

 そんな僕の姿はコボルド族の村を助けた時と同じだったが、今回は本物の天使さんがたからも許可を得ているので恐れることなくエイトちゃんの大天使モードを披露することができた。

 だけど、なんだ……空からハープの音を鳴り響かせながら島を縦断していく僕の姿は、なんだか選挙カーとか屋台販売みたいである。

 浄化の音色を島全体へ響き渡らせる為には必要な工程なのだが、通常時であればやかましくてたまらない騒音お姉さんだった。

 

 しかし、今は非常時である。

 僕に向けられる下の島民たちからの視線が怖いが、これも君たちの為なのでどうか我慢してほしい。風がびゅんびゅん吹き荒れる空では、僕だって我慢しているのだ。だから僕のことを訴えるのはやめてよね。

 

 

 

 

「……はい、ご静聴ありがとうございました」

 

 

 アディシェスが残していった爪痕を全て浄化した頃には既に、夜空に月が輝いていた。

 今までで一番の長時間演奏だったので、今回は流石の僕もお疲れである。持ち曲も全部弾いてしまった。

 

 でも、僕はやり遂げたのだ。

 

 腐蝕した大地は今はまだ完全に元通りとはいかないが、新芽が顔を出して再び生命が宿り始めている。

 僕が異能で活性化させておいたので、被害を受けた場所も数ヶ月経てば元に戻るだろう。

 アディシェスの毒に苦しんでいた聖獣たちも全員無事完治したようで、地上に降りた僕を町の皆さんは想像以上に喜んで出迎えてくれた。

 

 ……今回ばかりはマッチポンプみたいで、あまり喜べない。

 それでも『お姉ちゃんありがとう!』と言って笑う子供たちの屈託無さには勝てず、僕はシルクハットを目深に被り直すと、顔を隠しながら居心地悪い気持ちで復活した町を歩いた。

 

 チートオリ主である僕が、まさかの敗北である……なんてこったい。

 

 その時、頭の中では「や、やめろぉ……僕はただオリ主したいだけなんだ……!」と巻き込まれ系主人公のような悲鳴を上げていたものだ。褒められるのは大好きなエイトちゃんだが、今回ばかりはひたすら恥ずかしかったのである。

 

 

 ──でも、空飛ぶ浄化ツアーでは僕自身にもご褒美があった。

 

 

 それは島の空を飛び回ったことで、この島の「隠れた名所」を見つけたことである。

 そんな僕はアイテムボックスから桶とタオルを取り出すと、すぐさまメアちゃんのいる部屋へと突入し意気揚々と言い放った。

 

 

「メア、温泉へ行こう!」

 

「ぇ……?」

 

 

 メアちゃんは丁度、目を覚ましたところらしい。うむ、ぐっすり眠れたようで何よりである。

 寝起きなら丁度いい。一仕事終えてテンションが上がっていた僕は、目をしぱしぱさせる彼女に掻い摘んで説明してあげた。

 

 

 ──温泉である。

 

 

 ──温泉、である!

 

 

 場所は、標高3000mぐらいある大きな活火山の麓。

 人気の無い秘境の地に、いい感じの眺めが拝める天然の露天風呂を見つけたのだ!

 

 これは見過ごすわけにはいかないだろう。温泉好きの日本人的に考えて!

 

 身体の汚れは浄化によって落とし、僕は旅の間も常に清潔さを保っている。だが、どんなに身綺麗にしていても、心の汚れや精神の疲れは浄化できないのである。

 

 しかし、温泉は別だ。

 

 身体の芯まで温まり、同時に新鮮な異世界の景色も楽しむ。

 それにより心は洗われ、精神もホクホクと癒やされるのだ。

 

 これ以上の娯楽はあるか? いや、無いッ!

 

 日頃の僕はオリ主ムーブを楽しんでいるが、あれは僕の生活そのものであって娯楽ではない。

 故に僕は今、身体と心の両方が温かい温泉を求めていた。空、めっちゃ寒かったし……贖罪だからって、格好つけてバリアを解除しなきゃ良かった。ぶるぶる。

 

 ──そんな僕の今の服装だが、怪盗衣装から事前に用意していた温泉浴衣へと着替えており、既に準備万端だった。

 おかげで身体は余計寒くなったが、コレも全て温かい温泉をより楽しむ為の投資と思えば悪くない。

 

 ふふふ……こんなこともあろうかと、いい感じの浴衣を厳選しておいた甲斐があったね!

 

 浴衣姿のエイトちゃんの美少女感たるや、この部屋を訪れる前にすれ違った炎たちが思わずキョドりながら「似合っている……」と褒めてくれたほどである。おう、サンキューな!

 基本的に花より団子である二人からの純粋な賛辞は珍しく、僕は綻ぶ頬を抑えられなかった。二人にはメアちゃんと一緒に温泉まで出掛けてくることを伝えると、その勢いのまま彼女を誘いに来たわけである。

 さあ行こう。すぐに行こう。僕が風邪を引く前に。引かないけど。

 

 

「そういうわけだから、ボクと一緒に温泉へ行こう。ほら、キミの分の浴衣も作っておいたから」

「えっ? えっ……?」

 

 

 メアの分の浴衣はついさっき仕上げた。

 流石の僕も子供用の浴衣は持っていなかったので、彼女の浴衣は僕用の予備に取っていた浴衣をチョキチョキして縫い、一時間ぐらい掛けて加工したものである。

 だが、完成した造形に手抜き感は無い。寸法も間違っていない筈だ。こういう時は「サーチ」の異能が頼りになる。PSYエンス残党の、いかにもインテリぶった眼鏡男から盗み取った甲斐があったというものだ。

 

「……温泉行くのに、その服は必要?」

 

 ん、必要に決まってるだろ何言ってんだ。

 温泉と言えば浴衣でしょう! どうせすぐに脱ぐとは言え、こういうのは風情が必要なのだよ風情が!

 

 

「人間ってそういうものだろう? キミの為に用意したんだけど……ダメかな?」

「う、ううん! そんなことない! あ……ありがとう、エイト」

「良かったぁ……!」

 

 

 良心につけ込むようにあざとい感じで頼んでみたら、快く引き受けてくれた。やったぜ。メアチャンカワイイヤッター!

 

 

「着付け方はわかる?」

「……去年、お姉ちゃんに教えてもらった。けど、あまり覚えていない……」

「じゃあ、ボクが手伝ってあげるよ。まずは右側を入れて──」

「……ふふ……」

 

 

 ボクはTS美少女オリ主である。

 故に浴衣の着付け方など、行き着けの服屋の店員さんからとっくに教えてもらっておるわ!

 あの店で服を買うと、よく「写真を撮っていいですか?」と要求されるものだが、僕は自分のお気に入りユーザーもといファンは大切にしたいオリ主である。彼女には素敵なコーディネートを紹介してもらったり恩もあるので、なんならネット上の友達に自慢する程度ならじゃんじゃん許可してあげたものだ。あの人も元気にしているだろうか。

 

 まあそんな感じに僕も下積みしている為、女児相手でも頼れるお姉さんムーブを貫き通すことができるのだよ。どうだすごいだろう。

 

 

「できたよ。はい、チーズ」

「? ん……」

 

 

 帯も結んでバッチリ。うむ、よく似合っていてまるで妖精さんである。銀髪ロリの浴衣姿、いいよね。

 それに……僕が着ているのと同じ柄なので、こうして見ると僕の妹みたいだな。なんだこの子魔性の妹か。すげえ。

 

「綺麗だろう? 似合っているよ」

「キュー」

「わあ……!」

 

 元々彼女の為に選んだ柄では無かったのだが、やはり素材がいいからだろう。その姿は予想以上に似合っていたので、アイテムボックスから取り出したデジカメでパシャリと一発、僕とのツーショットを撮って見せてあげた。

 僕はリアルタイムの雰囲気を大事にするオリ主なので、普段はこのような記録媒体は使わないのだが、今日だけは特別である。

 

 ……単純に、メアちゃんのことを元気づけてあげたかったのもある。彼女を曇らせたのは僕の責任だからね。これで手打ちにしてくれたらいいなって。

 

 そんな僕の企みは功を奏し、写真を見せたメアちゃんはオッドアイの瞳を輝かせて喜んでくれた。

 

 

「じゃあ、行こうか。外は寒いけど、ボクのテレポーテーションならひとっ飛びさ」

「あ……うんっ」

 

 

 彼女に向かって手を差し伸べると、メアは向日葵のような笑顔でその手を取ってくれた。

 この島はやたら風が強いので、夜は浴衣を着るには適さない。だが、僕には一瞬で目的地へと移動することができる「テレポーテーション」があるのだ。

 問題の質量制限も、ボクとメアちゃんの二人なら余裕でクリアしている。いつの間にか僕の肩に乗り込み、ツーショットに割り込んできたカバラちゃんの質量を合わせても何ら問題は無かった。

 故に、外が寒かろうが問題無い。すぐに、温かい湯に浸かれるからね。

 ……正直、女の子にとって浴衣ってこんなに寒かったのかと、内心驚いているのは内緒である。

 うーん……下着をつけないことから来るこのひんやり感は、ちょっと危ない気がするが……それが常識だと店員のお姉さんは言っていたのでそうなのだろう。前世でもそういう話、聞いたことあるし。

 

 

 ……あれ? 待てよ……さっき見たところ、メアちゃんは普通にパンツ穿いていたような……?

 

 

 まあ、いっか。

 今からメアちゃんの前で僕が下着を穿くのも、メアちゃんの下着を脱がすのもどちらも絵面が酷いのでやめておこう。どうせ温泉に着いたら脱ぐしね。

 

 

「では、ご案内」

 

 

 そうとも、これは至高の娯楽。細かいことは気にしない! あったかい温泉が僕らを待っているのだ。

 雑念を振り切った僕は、「テレポーテーション」を発動する。そして僕たちは、秘境で見つけた名湯のもとへ一瞬で到着したのだった。

 

 

 

 

 

「あっ」

「おや……」

「キュッ?」

『!?』

 

 

 温泉に着くと、そこでは思わぬ先客が待ち構えていた。

 彼女としては一人で湯船に浸かって寛いでいたところ、突如として乱入してきた僕たちにびっくりした反応である。

 

 そんな彼女──マルクトの一糸まとわぬ姿が、僕たちの目の前にあった。

 

 

 ……ふむ、身長は小さいけど、僕よりちょっと大きいかもしれない。意外にあったんだね君。

 

 

 膨らみかけだけど。

 TSオリ主となった僕は、アリスちゃんの時と同じく欲情することはなかったが……彼女の神秘的なお姿を目にしたその時、僕はとても幸せな気分になった。

 

 ──綺麗なものを見るのって、性欲とは関係なく叡智だからだね。

 

 やはり、温泉はいいものだ。

 僕は前世でも好きだったこの開放的な空間を、さらに好きになれた気がした。




 次回はケセド君への風評被害が凄そうな回になりそうです。


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 この境界がよくわからないですが念の為


 ──極楽である。

 

 ほのかに感じる硫黄の匂いに、立ち上る白い湯気、身体の芯まで温まるこの感覚。

 まさに、温泉にやって来たという感じだ。事前に「サーチ」を使って効能や成分は調べていたが、異世界でも温泉の質は変わらないようだ。この心地良さは世界共通である。

 しかし立派な温泉である。寧ろ、大自然の中の天然の露天風呂としては、綺麗に舗装されすぎているぐらいだ。

 もしかして……

 

「この温泉は、キミが作ったのかい?」

『……私は環境を整えただけです。温泉自体は自然のものです』

「やっぱりそうか。もしかして、ボクらが入るのはマズかったかな?」

『……別に、私専用ってわけじゃない。野生の動物とか、たまに入ってきますし』

「そうか」

 

 へえ、やっぱり普通の野生動物もいるんだこの世界。猿とかカピバラさんとかが入浴しにくるんだろうかねー。動物と一緒にお風呂でくつろぐマルクト様ちゃんの姿を想像し、僕は一人ほっこりする。ぶつくさ文句言いながらも、丁寧に身体を洗ってあげたりしてそうである。

 あっ、カバラちゃんもぷかぷかと仰向けに浮かびながらスイーッと湯に浸かっている。かわいいね。

 

「いいところだね。キミも好きなんだ、温泉」

『……嫌いじゃ、ないです』

 

 ほほほ、照れるでない照れるでない。

 島の絶景を堪能しながら外からは見られることなく、いい感じに木々の衝立が周りを囲んでいる環境を整えてくれたのは、全て彼女のおかげだったようだ。

 このレイアウトも、実にいい趣味しているね。僕はこれだけでもう、彼女への好感度が鰻登りだった。

 手で汲んだ湯をちゃぷちゃぷと自分の肩に浴びせながら、よりすべすべになった肌の感触を確かめて僕は微笑む。

 やはり、いいものだね温泉は。到着と同時に全裸の先客がいるという実にオリ主らしいラッキースケベイベントを満喫した僕だが、この温かな湯の中ではその時抱いた邪な感情も洗い流されるようだった。

 

 

「はい、もう大丈夫だよ」

「ありがとうエイト」

 

 程よく上気した顔でひと心地つきながら、僕はハラリと崩れ掛けていたメアちゃんの頭のタオルを巻き直してあげた。

 この子のように髪が長い子は、湯船に入らないように気を遣わなきゃならないから大変だよね。

 その点、エイトちゃんは肩に掛かる程度のショートカットなので楽である。

 そしてマルクト様ちゃんの髪も相当に長かったが、こちらの世界では文化が違うのか彼女はノーガードでお湯に浸かっていた。

 

「マルクトの髪も結い上げようか? 髪の毛、中に入ってるよ」

『……そんなもの、気にしなくてもいいでしょう。中に入った髪は聖術で掃除します』

「でも、髪が傷むよ?」

『それも聖術でケアできます。私なら余裕です』

 

 ふふん、とちょっとドヤ顔で言うマルクト様ちゃんである。便利だね聖術。異能の原型と呼ばれているだけのことはあるわ。

 聖術と異能は原理で言えば変わらないけど、イメージ的に聖術は使う者によっては何でもできる万能の力で、異能はよりオーダーメイド的に使い手に合わせて特化した能力のような感じかな。基本的には聖術の方が優秀だけど、一分野に関しては聖術以上の力を発揮することがあるのが人間の異能である。

 まっ、僕の異能は両者のいいとこ取りみたいな性能だけどね。聖術並に応用範囲が広く、異能並の出力がある。まさしくチートオリ主に相応しい能力だった。

 

 でも、何でもかんでも不思議な力に頼るのはそれこそ風情が無い。

 特にこのような温泉に入る時などは、ありのままの姿でいたい自分がいた。わかる? このフィーリング。

 

「それでも大切にするに越したことはないと思うけど……せっかく綺麗な髪をしているのだから」

『ティファみたいなこと言いますね、貴方は……』

「ん、そうかい?」

 

 髪は傷んでも一瞬で治せるし、中に入った髪もすぐに掃除できるので問題ない。寧ろ美少女大天使の毛とか御利益があって良さそう……と言うのはセクハラだな、ごめん。

 合理的に論破されたので大人しく引き下がるが、それはそれとして彼女のうなじが見たかったので僕は残念だった。

 

 

 ……邪な心、洗い流せてねぇな僕。

 

 ちゃうねん、何もかんもマルクト様ちゃんがえっちすぎるのが悪い。

 上と下の秘部は折り畳んだそれぞれの羽に覆われ巧妙に隠されているのだが、それがまた余計にフェティシズムをくすぐるのである。

 流石は僅かな出番ながら原作ファンからは、灯ちゃん、ティファレトと並ぶ三大セックスシンボルに数えられていただけのことはある。マルクト、恐ろしい子……!

 弁明させてもらうが、僕は決してハアハアと性犯罪者みたいに欲情しているわけではない。浴場で欲情……ごめん何でもない。

 子供の時の僕の性癖を破壊した美少女天使が、今僕の前で裸身を晒している。この背徳感が何か、物凄く感慨深かったのである。ケセドもそう思うだろう?

 

 ……あっ、そう言えばケセドから見たこの状況どうなっているんだろう。いや、気にしない方がいいな彼の名誉的に考えて。

 

 

 ──さて、この状況。

 

 せっかくの温泉、雰囲気を悪くしたり難しいことを考えて脳を働かせたくない。故に僕は実にリラックスした姿勢で湯に身体を預けていた。

 しかし、マルクトとメアはお互い警戒し合っている様子であり、チラチラと窺う表情はぎこちなかった。

 

 むむむ……いただけないなこれは。僕だってそんなつもりでメアちゃんをここへ連れてきたわけではないのだ。

 よし、ここは僕が一肌脱いで二人をリラックスさせてあげよう。

 

「てい」

「……?」

 

 まずはメアちゃんからだ。

 僕は彼女の背中に生えている白い羽の一枚に触れると、付け根の部分から優しく揉みしだいてやった。

 突然の感触に、彼女の肩がピクリと揺れる。

 

「ぁぅ……っ、エ、エイト?」

「メア、表情固いよ? 肩肘張らないでほら、リラックスリラックス」

「う、うん……」

 

 天使の羽って痛覚とかどうなっているのだろうと思ったが、その反応を見る限り身体機能の延長線として神経が通っているようだ。どうやら僕とは違うらしい。

 僕が力を使う時に背中から出している羽は、見た目こそ本物と遜色無いが、あくまでも「闇の呪縛」をベースにしたエネルギー体だからね。だから僕の羽に神経は通っていないのだ。

 

 しかしそうなると、天使の皆さんって肩が凝りそうな種族である。

 いや、それも癒しの聖術とかでどうとでもなるんだろうけどさ。

 

 だけどメアちゃんは聖術使いとしてはまだ未熟なわけで……ああ、やっぱり凝っておられる。

 そりゃあつい最近まで生えてなかったものが、背中から四枚も生えてきたのだ。いかに強化された肉体だろうと、凝るものは凝る筈だろう。

 それに、彼女の白い翼はよく見ればところどころ色がくすんでおり、この世界に来てから相当酷使しているのがわかった。頑張り屋さんである。

 

「ああ、ここのところの毛が傷んでいるね。治してあげるからじっとしてて」

「ん……ありがとう……ぁ……」

 

 ほうほう、手触りは思ったよりもふもふしているね。コボルド族の少年やカバラちゃんの毛並みと似た質感である。

 ならば、村長さんから貰ったこのブラシが役に立つというもの。

 僕はヒーリングタッチで彼女の羽の傷んだ部位を修復しつつ、カバラちゃんの為に練習中のブラッシング技術でその羽毛を手入れしてやった。

 もちろん、抜けた羽は全てアイテムボックスに回収しているので、湯を汚すこともない。やっぱりあって良かった、この異能。

 

「ん……ぁ……ふふ……エイト、気持ちいい」

「そうかい? お褒めに預かり光栄です、お嬢さん」

『…………』

 

 メアちゃんは喉元をゴロゴロと揉まれた子猫のように、目を細めながら気持ち良さそうにしていた。時折漏れる声が少し艶やかな気がしたが、それはまだ僕の心が洗い流されていないからに違いない。

 それではいけない。今の僕は綺麗なエイトちゃんである。いつも綺麗だけど。

 サーチを使いながら即興で試してみたマッサージだが、上手くいったようで何よりである。

 人体とは不思議なもので、身体の緊張と心の緊張は強く結びつく。その点身体をほぐしたことでメアちゃんの心も同様にリラックスしてくれたようだ。

 綺麗な景色に温かい温泉、そこにエイトちゃんマッサージを合わせれば、どんな荒熊だってテディである。自分の才能が怖いなー!

 

 そして僕たちがそのようにキャッキャウフフと安らぎの時間を過ごすことで、そんな僕らを見たマルクトの緊張も解れないかなぁと期待していたのだが……漠然と僕たちのやりとりを眺める彼女は、意外な反応を寄越してきた。

 

 

『……お兄ちゃん……』

 

 

 彼女は昔を懐かしむような、寂しそうな顔で小さく笑ったのだ。

 お兄ちゃん──とは、ケセドのことだろう。しかし首を捻る。

 えっ、今の僕たち、ケセドと重なるようなところあった?──と。

 

 まさかケセド、お前……

 

 

「キミも、誰かにこうしてもらったことがあるのかい?」

『……昔のことです。あの時のケセドは……嫌いじゃなかった。温かい手を、していたから……』

 

 

 お、おう……ケセド君、君は妹と一緒に風呂入りながら、毛繕いまでしていたのか。マジかー……

 その時のマルクト様ちゃんはもっと幼かったのかもしれないが、なんだかインモラルな気配がする。

 びっくりして「えっ……」と声を漏らした僕に対して、彼女が赤い顔で訂正した。

 

『い、一緒に入ったことなんてあるわけないでしょ!? 翼のことです翼の!』

「ふふっ、そうだよね。すまない」

 

 良かった……安心した。危うく僕の中で、ケセドに対する酷い解釈違いが発生するところだったよ。

 だけど『ケセドは私の翼をこう治してくれたのです!』と実演する最中、彼女の羽がピコピコと動き、その度に隠されていた秘部がチラチラと見えていたのは指摘した方がいいのか迷ってしまう。

 いや、どうなんだろう? 流石の僕も、こういう時の女の子のマナーはわからんのである。

 そんなセクハラ染みた思考に気づかれることなく向き合った僕に、マルクトは語った。

 

 

『……貴方たちを見ていると、妙なことを思い出します』

 

 

 昔、彼女がまだ未熟で怪我ばかりしていた頃──彼がその度に癒やしの聖術を掛けて治療し、さっきのメアちゃんのように羽の綻びを手入れしてもらっていたと。

 そのおかげで彼女は美容に気をつけるようになり、ティファレトとの仲が深まったらしい。へえ、そんな経緯があったのか。

 なんだケセド君、いいお兄ちゃんじゃないか。僕は聞こえていないだろうが僕の中にいる本人を褒め称えてやった。

 

 そしてそんなマルクトの隠しきれないお兄ちゃんへの親愛は、メアちゃんにも伝わったのか……彼女は意を決したように目を開き、言い放った。

 

「ケセドは……戦いを止めたがっていた」

『ふん、だからあの天使は愚かなんです! 王様(ケテル)の決定は、身の程を弁えず禁忌に触れた人間の自業自得。何故そうも反対するのか、理解に苦しみます!』

「それは貴方の為……貴方を戦わせたくないと、思っていたから……」

『……は?』

 

 ……うん?

 

 あれ? ケセドが人間世界との衝突を止めたかったのって、罪の無い人間を守りたかったからじゃなかったの?

 

 おーいケセドー……駄目だ。僕の中にいるからって、なんでもかんでも教えてくれるわけではないか。彼にだって選択の自由があるのだから当然である。

 メアちゃんにだけは教えたのはアレか……凄くいい子だもんね、この子。姪感覚で相手をしていたら、ついつい口が軽くなったのだろう。

 

 そんなメアちゃんが、呆気に取られたマルクトに続けてポツポツと語り出した。

 

「マルクトは、とても優しい子だから……戦っていくうちに良い人間もいることを知ったら、きっと誰よりも苦しんでしまうって……だからそんなことは、貴方にさせたくないと言っていた」

『……! な……な……っ』

 

 あー、なるほどね。

 

 わかる。確かにフェアリーワールドを守る為とは言え、かわいい妹の手を汚したくはないだろう。

 しかも、マルクトはサフィラス十大天使の中でも特に感情的なタイプだ。

 今の彼女が人間のことを言葉通り嫌っているのは間違いないのだろうが、だからと言ってこの子がコクマーのように無慈悲にその他大勢の人間を殺しに掛かれるかと言うと、ちょっと想像つかなかった。今の時点で僕に対してはちょっと絆されているもの。

 

 まあ、それでもケテルの命令ならば忠実に働くのがマルクトという大天使だが、もしも人間サイドの事情を理解したらお互いに辛いことになると、ケセドは思ったのだろう。

 彼の慈悲とて無償ではない。彼なりに自分たちの為を思って戦いを止めたがっていたというのはわかる話だった。愛されているなぁ末妹。

 

 しかし、そんなことを言ったら彼女がどう思うかは火を見るより明らかである。

 案の定、マルクトは湯しぶきを上げながら立ち上がると、凄まじい剣幕で僕──の中にいるケセドへと詰め寄ってきた。

 

 

『舐められたものですね! たかが人間にいいようにされた貴方と違って、私は貴方より強いんです! 馬鹿にするなっ! 人間なんて、今すぐにでもこの手で……!』

「マルクト」

『──ッ』

 

 

 それ以上いけない。

 

 続く言葉に危険な空気を察した僕は、マルクトの両肩に手を掛ける。

 そうして彼女の顔を、息が掛かるぐらいの距離でじっと見つめてやった。

 

 

「落ち着いて、マルクト。キミはそんな子じゃない」

『……! ……っ』

 

 

 はい、僕の目をよーく見て深呼吸、深呼吸。

 幼女の前で「殺す」とか、そう言う言葉は言わないでよね。原作知識とは関係無く、それは何となく君のキャラではないと思うのだ。

 

 

『わ、わかったから離してくださいっ』

「うん、わかったならいいんだ。少し、頭を冷やそう」

 

 

 一旦立ち上がって湯船から身体を出すと、僕は足だけを浸けながら端にある岩場の上へと腰を下ろした。ふぅ……あー風が気持ちええ。

 

 メアちゃんはと言うとそんな僕を真似するようにちょこんと隣に腰掛け、一方カバラちゃんはのぼせたのかお湯から出てブルブルと身体中の水分を飛ばしていた。

 

 そしてマルクトは僕の向かいの岩場へと座り込み、すぅっと息を吐いて気を鎮めた。

 

 マルクトの人間嫌いは筋金入りだと思っていたが、真っ正面から言ってみれば聞いてくれるものだ。

 それともコレも、僕のオリ主補正って奴が出ちゃったかな? やー参ったなー。

 

 僕はこの温泉から下に広がる景色へと視線を移す。大自然と一体化した、険しくも美しい世界に溜め息混じりに感嘆の声を漏らした。

 

「ここはまるで、彼の心を表したような島だね」

『……当たり前でしょう。ケセドの島なんですから……』

「うん、そうだね。そしてここは、彼が守ってきた場所でもある」

 

 いやあ、素晴らしいね本当に。僕この島好き。温泉あるし、綺麗だし、あと立地が高いのがいい。こういう高いところに住むのは前世からの夢だったんだよねー喘息だったから無理だったけど。

 まあ、前世のことはどうでもいい。個人的に、SSでもそういう設定にはあんまり触れてほしくないと思っている。ああいうの、現実に引き戻されるようで少し苦手なのだ。

 

 

「ふー……空気が気持ちいい。いい湯だった」

 

 

 立ち上がって僕は、両腕を広げながら風を感じた。

 こんなにも神秘的で壮大な大自然の中で、こうして真っ裸でいると悟りを拓けそうになる。

 生命の素晴らしさとか、そんな感じのテーマである。僕の行動目標は完璧なチートオリ主になることだが、今この時だけはそれ以上にこの世界に浸っていたい気持ちに溢れていた。

 身体の火照りが収まったことで、賢者モード的な何かになったのである。何だろうかねこの切り替わり。

 

 ふふ……と、思わず笑みを漏らし、僕は月に照らされた大自然の景色を眺めながらマルクトに訊いた。

 

 

『マルクト……キミは、この世界を憎いと思ったことはあるかい?』

『……?』

 

 

 彼女のことを説得したいとか、そういうわけではなかったが、今は何となく真面目な話をしたい気分だった。

 なので僕は月に照らされた裸のエイトちゃんもカッコいいなと思いながら、湯けむり舞う場所で彼女と語り合った。

 

 

 

 そして翌日──マルクトはセイバーズに決闘を挑んだのである。

 

 

 ……何故に?




 とある世界線では、神懸かり的なカメラワークにより放送時間の変更を阻止されました。今にしてビビるらんま1/2の温泉回のモロっぷり


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○○に相応しい男かどうか確かめさせてもらいます!

 ○○に娘を入れると家元みたいになる風評


 T.P.エイト・オリーシュアという人間……人間?について、サフィラス十大天使10の天使「王国」のマルクトは計りかねていた。

 ホドは彼女のことを原初の大天使「ダァト」ではないかと疑っており、ティファレトも半信半疑の様子だった。

 

 昔、王様──ケテルはよく、その「ダァト」について語ってくれたものだ。

 

 ダァトとは遙か昔、滅亡の危機に陥ったフェアリーワールドを深淵のクリファたちから救ったとされる伝説の大天使である。

 彼女が生きた時代唯一の生き証人であるケテルは、ダァトが残した偉業の数々を完全に記憶しており、幼い頃のマルクトに幾度となく昔話を語っていた。

 それらの話は兄たちにもしていたようで、サフィラス大天使が世界樹から生まれ変わる度に、ケテルは「我々もダァトのようにフェアリーワールドを導いていこう」と言い聞かせていたらしい。

 

 さながらそれは、かの原初の大天使をサフィラスの母親と見定めているかのようだった。

 

 そのダァトが深淵の世界から帰ってきたのだとしたら、この世界を揺るがす大事件である。

 しかもあろうことか人間の姿になりすまし、人間たちに味方しているなど理解し難い話だ。

 謎多きT.P.エイト・オリーシュアという女性だが、聖龍やケテルと引き合わせれば真実は自ずと白日のもとに晒されるだろう。彼女がダァトかどうか確かめるには、その時を待つのが確実だった。

 おそらく、ホドとティファレトはそのつもりなのだろう。

 彼女が本当にダァトだとしたら、この世界を揺るがす大事件だからだ。

 

 しかし、そんな二人の判断をマルクトは気に入らなかった。

 

 王様はとても忙しいのだ。

 毎日毎日一秒だって休むことなく、この世界を守る為に働き続けている。マルクトが生まれる前からずっと。

 そんな彼を助ける為の最後の剣として、マルクトは世界樹より生み出された。故にマルクトにとって王の力になることこそが存在意義であり、王こそが世界の全てだった。

 もちろん、王以外の者たちがどうでもいいなどとは考えていない。

 サフィラス十大天使の仲間たち……兄姉たちのことは大好きだし、島民たちのことも愛している。わざわざ口にしたことはないが……彼らを困らせる「人間」という種族が大嫌いになるぐらいには、彼女は周りに目を向けていた。

 そんなマルクトにとって、T.P.エイト・オリーシュアの問い掛けは不思議なものだった。

 

 

『マルクト……キミは、この世界を憎いと思ったことはあるかい?』

 

 

 何の意図かと思った。

 わざわざマルクトたち聖獣の使うテレパシーでそう訊いてきたのは、近くにいる天使擬きに聞かれたくない話だからか。

 マルクトはふん……と鼻を鳴らした後、彼女の意思を汲んで答えてやった。

 

『あるわけないでしょう』

 

 腹が立つことや憎たらしい相手はいくらでもいるが、世界全体を憎いと思ったことは一度も無い。

 マルクトはこの世界が好きなのだ。王様や皆が守り、受け継いできたフェアリーワールドを。

 そう答えると、エイトは満足そうに笑った。

 

 

『良かった』

 

 

 ……不覚にも、マルクトはその笑顔が綺麗だと思った。

 

 彼女が本当にダァトかはわからないが、人間でないことだけは間違いないとマルクトは思った。

 でなければ、自分は人間如きに思わず見惚れたことになる。それを認めるのは、マルクトのプライドが許さなかった。

 しかし、そんな内心を見透かしたように微笑むエイトの顔は、どうにも苦手だ。こちらのペースを乱されてしまう。

 どこか理解の天使ビナーに似た雰囲気がある。自分からは何一つ明かそうとしないところも、マルクトがサフィラスの中で唯一苦手意識を持っている彼女と似ていた。

 最初見た時は、あの大天使の擬態ではないかと思ったほどである。実際、彼女の身体には香水のようにビナーの気配が漂っていた。

 しかし、今のT.P.エイト・オリーシュアからは感じない。ケセドの力を取り込んだからか、今の彼女から感じる気配はどうにも歪だった。

 

 ……だが、それを悪くないと感じている自分もいた。

 

 彼女からはどこか、懐かしい気配を感じるのである。

 まるで本当に、自分の母親であるかのように。

 

 鉢合わせた時、すぐにこの場から逃げず居残った上に今も裸身まで晒し続けているのも、彼女に対して無意識に安心を感じているからなのかもしれない。

 だが、T.P.エイト・オリーシュアという存在はビナーとは決定的に違うところがある。

 それは会話をする時の目だ。

 エイトは彼女と違って相手の目を見てくれる。吸い込まれるような翠色の瞳で。

 彼女は一秒一秒を大切に焼き付けるように、今もマルクトから目を離さない。

 その瞳は嫌いではなかった。

 

『……王様(ケテル)は私に言いました。人間に慈悲を払う必要は無いと』

「うん」

『メアと言いましたね、そこの天使擬きがいい例です。人間は同胞の命さえ弄び、貴方のようなモノを作り出した。彼らは無知で愚かで、私たちが守ってきたものを簡単に踏み躙る……そのような者たちを私は許しません』

「……っ」

 

 サフィラス十大天使としてのマルクトのスタンスだった。

 ケセドのことを抜きにしても、はっきり言って気に入らない。人工的に天使を作る種族など、生理的に受け付けなかったのだ。

 

 

「なら、この子は生まれてはいけなかったと言うのかい? 存在価値さえも無いと?」

 

 

 嫌悪感を露わにするマルクトに対して、エイトが真っ直ぐに問い掛ける。

 その隣で表情を伏せたメアの頭を、悲しそうな顔で撫でていた。

 そんな二人の様子に、マルクトは口ごもった。

 

『ちがっ……そんなことは言っていません! ただ、私は……!』

「わかってる」

「メア?」

 

 マルクトとて担当する島の管理者であり、百年以上に及んで聖獣たちと関わり続けてきた大天使である。

 寿命の少ない人間と比べれば対人経験は遙かに豊富であり、メアという人間が特別悪者ではないことには気づいていた。

 しかしそう訂正しようとしたマルクトの言葉を、メア自身が否定した。

 

「わかってる……メアは天使ではない。人間でも、ないかもしれない……生まれるべきでは、なかったのも……わかってる」

『……っ』

 

 それは何か、頭の中が冷えつくような感覚だった。

 激した感情が萎えていく。興ざめだ。

 マルクトは溜め息を吐きながら湯船を離れると、身体に付着した水滴を聖術で払い、どこからともなく取り出した大天使の法衣を下着から順に身につけながら言った。

 

 

『……存在意義に悩んでいるのなら、人間世界など見捨ててメレクに来なさい。そうすれば、私の島で見習い天使として面倒を見ないでもありません』

「え……?」

 

 

 ずっと何かを躊躇って、迷い続けている姿がムカつく。

 自分が不幸だと思い込んでいるような顔が、気に入らない。

 助け船を出したわけではない。何と言うか、そのおどおどした性格を矯正してやろうと思ったのである。

 

 しかし、そんなマルクトを見て黒髪の少女はニヤニヤと笑った。

 

「やっぱり優しいじゃないか、キミ」

『う、うるさいですね! 何者にもなれない子供が哀れでならなかっただけです!』

 

 彼女が胸を張って人間だと言うのなら王様の言いつけ通り敵と見定めて、あの力動長太のように聖剣でぶん殴っていた。聖獣だと言い張るのなら、サフィラスに逆らわない限りは自由にしてやろうと思っていた。

 だが、どっちつかずは腹が立つ! だから強引にでも居場所をくれてやろうと思ったのである。

 そんなマルクトの意図をどこまで理解しているのか、メアはポカンと口を開けた後、脳天気そうな顔で頬を緩ませた。

 

「ケセドの言う通り、マルクトは優しい天使様なんだ……」

『だから! そんなんじゃありませんっ』

「ありがとう、マルクト()

『……っ』

 

 だけど……そう続けて、メアが真っ直ぐにマルクトと向き合う。

 迷いは残っているが、意思の強さが感じられる。今度の瞳は悪くないと、マルクトは思った。

 

「お姉ちゃんが言ってくれた。メアの居場所はあっちの世界にあるって……必ず帰ってきてって、約束した。だから……」

『なら、貴方はそのことだけを考えなさい』

「あ……うん……うんっ、そうだね……」

 

 何だ、帰る場所があるならつまらないことを言うなとマルクトは肩を竦めた。

 自分自身の甘さに呆れ、溜め息が零れてしまう。

 

『まったく……』

 

 迷える者を見るとつい導きたくなるのは、大天使として生まれた者の性か。

 コクマーや「峻厳」のゲブラーのように時には突き放すことも大事な導きだということはわかっているのだが、中々彼らのようにできない自分の甘さが嫌になる。

 原初の大天使も同様に、随分と甘い性格をしているようだが──マルクトには彼女のスタンスに興味があった。

 

『T.P.エイト・オリーシュア』

「なんだい?」

『私はケセドのこと、諦めていません。本人が何と言おうと、必ず連れ戻します』

 

 だが、これだけは譲れない。

 譲ることなどできはしない。

 確かに彼女が原初の大天使ならば、断片となった己の力を彼女に託したいという思いは理解できる。

 しかし、そんなものは彼の独りよがりだ。

 

 一体、貴方の為に私がどれだけ涙を流したと思っているんです!?──と、マルクトはエイトの中にいる兄に対して訴えたかった。ティファレトに羽交い締めにしてもらった後、何発でもビンタを食らわせて。

 

 しかし、彼女には上手く言葉にすることができなかった。

 それはきっと、悔しいからだろう。

 彼が自分の傍から離れ、人間の側へ回ったことが。

 

 

 ──人間の世界に行く前に、自分に声を掛けてくれなかったことが。

 

 

 それが非常に人間臭い「嫉妬」という感情であることを理解するには、マルクトはまだ天使として成熟していなかった。

 

『王国の大天使、マルクトが知らしめてあげます。愚かな人間たちなど、貴方や慈悲の大天使が導くに足る存在ではないのだということを』

 

 

 だから心して、待っていなさい──そう言い残し、マルクトは八枚の翼を広げて夜空へと消えていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そうして別れたマルクトは、翌朝、この島を出発してエロヒムへ向かおうとしていた僕たちの前に現れたのである。

 

 

 その手には聖剣「マルクト」が携えられており、切っ先をセイバーズのリーダーである暁月炎に向けながら彼女は告げた。

 

 

『マルクトの名において、貴方たちがこの島から出ることを認めません!』

 

 

 凜とした目で一同を見据え、彼女は剣を構える。

 無視してこの場から飛び立とうと動けば、すぐにでも叩き切るような剣幕だった。

 その姿に僕とメアちゃんが困惑しているが、炎と長太は何となくこうなるのではないかと思っていたように落ち着いていた。

 

「そいつは受け入れられねぇな。俺たちは最後の仲間と合流して、聖龍さんのところへ相談しに行かなきゃいけねぇんだ」

 

 そりゃそうだ。

 エイトちゃんも昨日の療養で完全復活である。身体は温泉効果でぴっかぴかのつやつや。エネルギーが満ち溢れており、昨夜は調子が良すぎて中々寝付けなかったぐらいだ。

 

 

 ──なので僕は、あれから浴衣姿のまま夜のエルを一人で歩き回ったりして、有り余るエネルギーを僕流のやり方で発散したものである。

 

 島に到着した時から気になっていた灯台の上に登ってみたり、そこで一人秘密の飛行訓練をしていた鳥人族の少年と出会い、手伝ってあげたり。失敗して落下した彼のことを、何度か受け止めてあげたりしたものだ。ポロリと溢さなかったのは幸いである。少年のことだよ?

 少年は過去のトラウマで空を飛べなくなっていたようだが、何度かトライアンドエラーを繰り返していくうちに努力が身を結び、日付が変わる頃には無事に飛べるようになったので実に良かった。『やった! やったよ天使様っ!』と喜びを表した彼の姿にはホロリと心打たれたものである。天使じゃないんだけどね。

 

 どこの世界でもいいものだよね、頑張る男の子って奴は。元々は気持ち良く眠るための散歩だったのだが、僕も今後の活力を頂戴した気がした。怪盗だけに。

 

 

 ──で、今朝も快調な気分で起床した僕は早速皆と共にエロヒムへと飛び立とうとしたのだが、そこで駆けつけたマルクトが聖剣を片手に「待った」を掛けたわけである。

 その顔つきは、昨夜温泉の彼女とはまるで別物だった。

 油断なく僕たちを見据える瞳は凛々しく、かわいいではなく「カッコいい」と感じる眼差しだったのである。

 

『無理な相談ですね。私は認めません』

「……どうしてもか?」

『どうしてもです。王様の決定は絶対……そして、私自身も貴方たちを信用していません』

「そうか……ならどうすれば信用してもらえる?」

『どうもしなくていい。貴方たちはここで待っていなさい』

「何?」

 

 元来の真面目さを発揮しながら、彼女は職務を忠実に全うしようとする。

 しかしこれまでと違うのは問答無用で攻撃を仕掛けるのではなく、彼らの眼差しをしっかりと見つめた上で言い切ったことだった。

 そんなマルクトが、僕たちに命じる。

 

 

『エロヒムにいる貴方たちの仲間は、私が引き取りに行きます。合流したら、早々に人間世界へと帰りなさい』

 

 

 危害を与えるわけではなく、穏便に始末することを考えた言葉だった。

 彼女のこれまでの態度からは明らかに違っており、意外そうに目を見開いた長太が薄く頬を緩めた。

 

「……あんた、思っていたよりいい奴だったんだな」

『はあ? 人間如きが何をほざきますか』

「そういうところがなけりゃなぁ……」

 

 それが彼女の個性とも言えるが、いちいち一言多いのが彼女の欠点である。僕もツンデレは用法、容量を守るべきだと思う。

 ただ何というか、相手の本質を見抜くのに長けている長太が思わずそう言ってしまうほど、マルクトという大天使からは隠しきれない人の良さが見えていた。

 思えば昨夜、悩めるメアちゃんに対して自分の島で面倒を見てやると誘ったのもそうだった。

 原作アニメでは容姿ばかり目立っていたものだが、彼女もまた本質的にはケセド君の妹なんだなぁと思った。

 

 

「炎」

「ああ」

 

 炎と長太がお互いに目配せを行い、頷き合う。

 そして次の瞬間、炎は蒼炎を、長太は氷の鎧を身に纏った。

 この前よりさらに洗練されている。いいぞ二人とも。

 そんな二人の姿を見て、マルクトがシリアスに呟く。

 

『フェアリーバースト……アイン・ソフが望んでいた人間の到達点ですか』

 

 見極めるように目を細めながら、マリンブルーの刀身をカチャリと傾ける。

 やっぱカッコいいなぁ聖剣マルクト。小柄少女に身の丈ぐらいの長さの武器はロマンですよロマン。寧ろ芸術と言ってもいい。

 そんな彼女の姿を心のカメラに記録していると、マルクトは僕の方をチラリと一瞥した後、再び二人へと視線を戻した。

 ん?

 

「人間世界への攻撃をやめさせるまで、帰るわけにはいかない。道を塞ぐというなら、俺たちはあんたを突破する」

「邪魔するなとは言わねぇ……あんたたちにはあんたたちの正義があるんだもんな。だけど俺らは、俺ら流のやり方で通させてもらうぜ?」

『来なさい。貴方たちが本当に大天使が導くに足る存在かどうか、確かめさせてもらいます!』

 

 これは決闘かな。

 決闘である。デュエッ!って奴だ。

 

「さてと……」

 

 ようし、レフリーは任せろー。バリバリッとアイテムボックスの中からゴング代わりにハープを取り出す僕の横で、メアちゃんが身を乗り出す。

 そんな僕たちに向かって、マルクトが煽るような高圧的な眼差しを向けてきた。

 

「マルクト様っ!」

『貴方たちも混ざってもいいですよ? 我が聖剣の前では、四人掛かりだろうと物の数ではありません』

「そんな無粋なことはしないよ。それじゃあキミも、意味が無いのだろう?」

 

 わからせてぇ。

 彼女の舐めた発言を受けて、生意気な少女を屈服させたいという僕の中の僅かなサディズムがピクリと反応するが、オリ主的な理性で踏み止まる。

 僕の理想とするオリ主はそんなことしない。それに彼女の目を見る限り、彼女のターゲットはどう見ても炎と長太である。

 これは──アレだな。洞察力の高いエイトちゃんは即座にマルクトの意図を察する。

 故に、僕はメアちゃんの肩に右手を掛けて制止を促した。

 

「エイト?」

「ここは二人に任せよう。何せこれは……」

 

 ──これは二人に与えられた大天使マルクト様の試練なのだ。

 

 僕たちがターゲットから外されたのはアレだろう。裸と裸の付き合いで僕たちの高潔さを理解してくれたからと推測する。いやあ清廉すぎて申し訳ない。貧乳同盟設立である。三人合わせてもティファレトっぱいには勝てそうにないが。

 

「大丈夫、二人は負けない。ボクらが知っている救世主たちならきっと」

「……うん」

 

 あと、四対一で美少女をボコるとか絵面が酷すぎるので駄目です。

 二対一だって側から見ると犯罪チックな光景なのだ。これ以上増えるのは主人公チームとしてどうかと思う。

 

 そういうわけで僕は、メアちゃんと一緒に、三人の応援に専念することにした。チアリーディングエイトちゃん再びである。幼女もいるよ。

 

 そんな僕たちの視線の先で、炎たちによる大天使の試練が始まった──。

 



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ツンデレは用法・容量を正しく守ってお使いください

 失敗すると妙なヘイトを買うから難しい。


 マルクト様つえー。

 

 二人のフェアリーバーストと互角以上に渡り合うオリーブ色の髪の美少女の強さに、僕は内心驚いていた。

 今の二人の力はネツァクと戦った時よりもさらに洗練されており、その戦闘能力はまた一段と高まっている。正直、今の二人なら二対一にさえ持ち込めればマルクトにも問題無く勝てると思っていた。

 しかしどうだ? 自ら不利な条件を突きつけたマルクトは、数の差などまるで問題にせず歴戦の二人を見事に翻弄している。

 

 原作アニメ「フェアリーセイバーズ」において、マルクトが登場したのは第22話。世界樹へ向かおうとするセイバーズをコクマーと共に妨害しようと攻撃を仕掛けてきたのが初のお目見えだった。

 彼女は主人公の炎と我らがヒロイン灯ちゃんに勝負を挑み、灯ちゃんの中にいるケセドに人間の価値を問い掛けた。思えばアレも、彼女なりにお兄ちゃんを引き止めようとしただけだったのかもしれない。

 

 しかし、説得はご存じの通り失敗に終わる。

 

 彼女に何を言われようと人間の可能性を信じたケセドは、灯ちゃんと共に聖獣と融合したフェアリー戦士にしか使えない「慈悲の戒律」という新奥義を発動し、パワーアップした灯ちゃんと炎のケーキ入刀的な一撃がマルクトを打ち破るのだった。

 退場の際、落ちながらケセドに言った「バーカ! 死んじゃえ! 大っ嫌い!」という台詞には当時視ていた僕は語彙力に笑ってしまったものだが、今にして思うと大好きなお兄ちゃんに拒絶されてぐちゃぐちゃになった頭では、そんな言葉しか出てこなかったのだろうと哀れみを感じてしまう。

 「かわいそうはかわいい」とは言うが、彼女とは文字通り裸の付き合いをした仲だ。せっかくオリ主として原作介入しているのだから、彼女のこともどうにか原作よりも救われてほしいと思っていた。

 

 なので僕はこの決闘の結末がどうなろうと、僕の中にいるケセド君をどう扱うかは決めている。

 

 でも今は、三人ともいい感じに戦っているので動かない。

 炎と長太からしてもサフィラス十大天使との戦いには得るものが多い。特に実戦の中でどんどん新しい技術を取得して強くなっていくチート染みたバトルセンスを持つ彼らは、これまで原作以上に強敵と戦い続けてきたことで異世界入りする前までとは比べものにならない強さになっていた。

 これにはエイトちゃんも後方師匠面である。

 

「みんな、すごい……!」

「よく見ておきなよ、メア。特にマルクトの力の使い方は、キミのいいお手本になる」

「うん」

 

 メアちゃんの前でも教官的なムーブは欠かさない。いやよく考えると僕、彼女に迷惑ばっかり掛けている気がするけど僕だってオリ主なのだ。ダブルオリ主物である以上、どちらかが割を食うことになるのは必要経費である。後でちゃんとフォローするので許してほしい。

 ケセドの力を盗ったことで彼女も弱体化しているが、四枚の羽が残っている以上天使の力を完全に失ったようには見えない。僕の分析では、今まで僕が異能を盗んできた異能使いのように、彼女が持っていた天使の力もしばらくしたら復活するのではないかと思っていた。

 ……いや、そうなるとケセドが二人いることにならないか? うーん、どうなんだろう。要検証である。今朝は彼女にサーチを使って触診のようなことをさせてもらったが、今後も途中経過を調べさせてもらった方がいいのかもしれない。

 流石にもう、これ以上変なものは入っていないと思うが……しかし幼女の中に色んなのが入っているとか冒涜感凄いな。PSYエンス最低である。

 

『どうしました? 私には傷一つ付いていませんよ? ケセドやあの者が導く貴方たちの実力は、その程度ではない筈です!』

「くっ……!」

「つ、つええ……! ネツァクのおっさんよりやりにくいぜ……!」

 

 三人の戦いをはえーって感じで真剣に見つめているメアちゃんの横顔を眺めていたら、炎と長太が仲良く地面に叩き落とされていた。彼らの頭上には後光が差しているキラキラのマルクト様がいた。

 

 うむ、今日も眩しい絶対領域である──じゃなかった、今は真面目な話をしているのだ。

 

 マジで強いわねマルクト様。思えば原作の彼女は、ケセドへの執着心と王命の板挟みで精神的に不安定だった印象がある。要は、結構隙だらけだったのだ。

 その隙が、今の彼女には一片も見当たらない。昨夜の温泉パワーで吹っ切れたのか、「ケセドを連れて帰る」という確固たる目的の為に雑念を排した彼女は、まさしく「王国」の名に恥じない大天使様だった。うん、カッコいい。かわいくてカッコいいとか最強かなこの子。

 

 ネツァクの時は闘技場の武舞台という限られたスペースであることも相まって、炎たちの攻撃に対して真っ正面から応戦していた彼と違ってマルクトは小柄な体格を巧妙に生かし、聖剣で受け流せない攻撃はことごとくすばしっこい動きで回避している。今まで戦ってきた相手の中では珍しいタイプであり、豪快な戦い方を好む長太からしてみれば戦いにくそうな相手だった。

 

 しかし、彼はああ見えて狡猾な戦い方が結構上手い。

 彼自身の好みではないのだろうが、アディシェスを相手に上手いこと牽制してくれたように、相手の動きを封じることに関しては寧ろ「氷結」の異能の得意分野だった。

 それに気づかせる為、僕も少しだけオリ主的なちょっかいを掛けてみる。

 

 

『チョータ、フェアリーバーストで出力が上がったからと言って、キミ自身の強みを忘れちゃいけないよ。エンも、相手に余計な気を遣う必要は無い。マルクトはやる気だよ、本気で応えてあげて』

「……!? 姉ちゃんか? おう、わかった!」

「聖獣と同じように、テレパシーも使えるのか……ああ、わかっている」

 

 

 ……あれ? 炎にはテレパシーで話したこと無かったっけ? ああ、そう言えば無かったかも。大体聖獣さんたちとの密談でしか使っていないもんね。

 長太にはバースト状態になっていた時に使ったことがあるので、彼の方が反応が早かった。

 いやね、戦闘時とか忙しい時でも確実に伝えられるから便利なのよ。他の誰かには聞かれたくない内緒話をする時とかも役に立つので、パーティプレイにも有用だ。

 

 そう、これぞ傍観系オリ主の存在感アピール──戦闘中のアドバイスである。ぶっちゃけ二人なら僕が何も言わなくてもじきに修正するのだろうが、彼らの戦いを応援しているだけだと今回僕の役割が薄すぎると思ったので、そのテコ入れだった。

 

『ふん……何か内緒話をしているようですが、無駄なことです。貴方たちでは勝てません!』

「そうかな? やってみなきゃわかんねぇぞ!」

 

 僕が男オリ主だったら間違いなく口説きに行っていたであろう美少女大天使は、勇ましさを浮かべたその瞳で二人の姿を見下ろしながら、太陽の光で煌めく聖剣「マルクト」を天空に掲げる。

 そんな彼女に啖呵を切り、氷の翼を生やした長太が飛び向かい、氷柱のビットを四方から射出した。

 

「炎! わかってるな!」

「ああ! 足止めは任せる!」

 

 お、動きが変わったな。二人の役割分担がくっきり分かれた。

 思い切ったことをしたものである。長太が一人でマルクトの動きを抑え込み、隙を見て炎の必殺技に託す戦法に切り替えたようだ。

 その証拠に長太だけがマルクトに挑み掛かり、その間に炎は目を閉じて精神統一を行い、全身に向かって蒼炎のエネルギーを集約させていた。

 

 この二人が組むと強いのはこういうところである。

 

 長太が氷に閉じ込めた相手を、炎の馬鹿火力で押し潰す。そのような思い切った戦い方は、原作でも格上の敵に対して決定打になっていたものだ。

 しかもこの世界では長太の応用技の多彩さがえげつないことになっており、二人だけで不足している役割を完全に補完していた。ここにオールラウンダーの風岡翼が戻ってくれば、これはケテルともガチれるのではないか。勝てるかどうかは知らんけど。

 

 

 ……あれ? 僕の役割薄くない?

 

 

 あちゃー、僕としたことが……原作よりもパワーアップした彼らの強さに浮かれて、肝心のオリ主無双がやりづらくなっていたことに今さらになって気づいてしまった。迂闊である。

 物語の介入ポイントを自ら狭めてしまった事実に、僕は愕然と打ちのめされた。そんな気持ちが表に出てしまったのか、横からメアちゃんが心配そうな顔で覗き込んでくる。

 

 

「エイト、寂しそうな顔してる……」

「えっ、そうかい? ……ふふ、彼らの成長が嬉しいだけさ」

 

 

 寂しそう、か──チートオリ主の強さにどんどん近づいてくる彼らのことを僕はそんな顔で見ていたのか。優秀すぎるが故の悲哀である。いやあ優秀すぎるオリ主で申し訳ない。えへへ。

 

 本当に寂しい気持ちと照れ笑いしたくなる気持ちを半分ずつ抱きながら、僕はこの気持ちを誤魔化すようにメアちゃんの髪を撫で回す。彼女は慣れてきたのか、最初の頃は躊躇いがちだったものだが今では気持ち良さそうに目を細めてくれた。かわいい。

 

 

「……ボクの役割は、やはり……」

「……?」

 

 

 しかしここまで彼らが強くなると、僕の介入ポイントは大体アビス絡みになりそうだ。

 つくづく、オリ主物SSのパワーバランスとは難しいものである。オリ主の介入により主人公陣営が原作よりパワーアップすることはSSの醍醐味の一つだが、やり過ぎるとメイン敵との戦いに消化試合感が出てしまい、盛り上がるべきシナリオの後半ほど面白みが無くなってしまう。さながら前半にレベル上げし過ぎてしまったRPGである。

 世のSSではそれが原因で筆を折った作者も数多く、故にこそ、後半のお話を作りやすくする為にオリジナルの敵を追加するという試行錯誤が各所で繰り広げられてきた。

 

 そう、この世界で言うところの「深淵のクリファ」がまさしくそれである。

 

 僕的には未だに女神様っぽい人の方針には納得行っていないが、理解はしている。こうなってしまった以上、僕はもうオリボスと戦うことに対する不満は無い。

 

 

「頑張れー! みんなー!」

 

 

 そう言うわけで、天使絡みの問題は任せたぜみんな。まあ、隙があったらどんどん介入していくんだけどね。

 そんな意思を込めて手のひらでメガホンを作り、僕はテレパシーではなく肉声で声援を送ってあげる。メアちゃんもそれに倣って「がんばえー!」と声援を送り、僕たちの足元にいたカバラちゃんも興味津々と言った様子で三人の戦いを見つめていた。

 

 

「!? よっしゃあああ!!」

『っなんですか、この……!』

 

 

 あっ、長太の技が決まった。やったぜ!

 

 いいぞいいぞ。氷柱ビットが命中した翼から伝って、じわじわとマルクトの身体を凍りづけにしようと氷が広がっている。うん、味方サイドが使うにしてはえげつねえわこの技。

 マルクトはその顔に初めて焦りを浮かべながら、片手のひらを自身の身体に当てて聖術の力を解凍に回していた。

 

 しかし、それこそが僅かな隙となった。

 

「隙有りィー!!」

『っ! このっ……!』

 

 彼女の聖剣が片手持ちになった瞬間、一気に懐へと飛び込んだ長太が、その両手に巨大な氷のハンマーを生成して思い切り叩き付けていった。聖剣の刀身に向かって。

 その攻撃自体は聖剣を傷つけることは出来ず、寧ろハンマーの方が無残に抉れていった。恐るべきはアイン・ソフから授かった聖剣「マルクト」の業物っぷりである。彼女がアレを握っている限り、如何なる攻撃も彼女には通らなかった。

 

 ──だが、だからこそ彼は僅かな隙を突いて、徹底的に彼女の剣を狙ったのである。

 

『ぁぅっ……! や……野蛮人めっ!』

「上品な奴じゃねぇってことは、散々知ってるだろうがよォ!」

『きゃ……!?』

 

 砕かれたところからもう一度再生し直し、何度も何度も執拗に氷のハンマーを叩き付けていく。

 密着したその姿勢では、単純なフィジカルの差が出た。

 

 こぼれ落ちたのである。

 

 マルクトの手から、聖剣が。

 

 これで彼女の身を守る物は無くなった。

 長太が思わずと言った様子でほくそ笑むが、その反応は少しいただけなかった。

 

『このっ……無礼者っ!』

「おわっ!?」

 

 剣を弾き落とされた手のしびれに顔を赤くしながら、マルクトがそのおみ足で長太を蹴り飛ばしたのである。

 その光景は、何だか長太が痴漢さんみたいな扱いで可哀想だった。

 

 しかしこれは決闘。お互いが本気でぶつかり合っている以上、僕も無粋なことは何も言わなかった。

 

「わりぃな……俺たちの、勝ちだ!」

『──!? あっ……』

 

 蹴り飛ばされた長太が、落ちながら確信の笑みを浮かべる。

 フルパワーになった暁月炎が必殺の火球を彼女に撃ち込んだのは──その直後だった。

 

「インフィニティ・フレアッ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──負けた。

 

 腸が煮えくりかえるような感情を受ける筈だったマルクトは、遠ざかっていく青空を見つめながらその事実をはっきりと認識していた。

 脳筋のネツァクが認めるわけである。こちらが見下しきっていた人間の勇者たちは、確かに強かった。

 それに、ただ強いだけではない。彼らの攻撃はひたすらに真っ直ぐで、熱い信念が込められていた。サフィラス十大天使へと手が届くほどに。

 

 悔しい……悔しい悔しい悔しい悔しい悔しいっ!

 

 己の敗北を実感した時、マルクトが最初に抱いたのはそんな感情だった。

 100年も生きていない人間などに負けたのも悔しいし、自分から数人掛かりを許可しておいてこのザマだったのも悔しい。王様(ケテル)の思いに応えられなかったことも悔しくて、己の未熟さに舌を噛み切りたいとすら思った。

 

 そして何より一番悔しかったのは、こちらの気持ちを知りもしないで「ね? 人間も凄いでしょ?」としたり顔を浮かべているであろうケセド(お兄ちゃん)を引っ張り出せなかったことである。

 

 ……それを認めそうになっていた自分自身に対しても、悔しくて堪らなかった。

 

 

 ふとその時──いつだったか昔、滅多に会うことのない「理解」の大天使ビナーから言われた言葉を思い出す。

 

 

『私たちの本質は「導くこと」だよ、マルクト。恐怖に怯える誰かの背中を押してあげたり、道に迷って間違った方向に行きそうになった誰かを小突いてあげたり……後は、そうね。寒さに凍える子供の肩に、そっと毛布を掛けてあげたりするのが私たちの使命であり、本質なのだよ』

 

 

 フェアリーワールドの存在としてはコクマーの次に古株であり、サフィラス十大天使の長女であるビナーはかつてそう語っていた。

 自分たち天使はそうやって、民に対してほんの少しだけ勇気を貸し続けてあげる存在なのだと。そうすることで自分たちは喜びを感じる存在であり、創世期から続くこの世界の摂理なのだと偉そうに説いていたものだ。

 あの時はマルクトも幼かったので素直に聞き入れたものだが、長女のくせに困っている王様(ケテル)を何一つ助けようとしなかった彼女に愛想を尽かして以来、マルクトは意図して頭から切り離していた。

 

 しかし、その言葉を今にして思い出したのは、今この瞬間において思い当たる節があったからか……マルクトは敗北の悔しさと同時に、心の中では僅かながらも充実感を抱いている事実を認識していた。

 

 認めたくない……だが、認めなくてはならないのかもしれない。

 

 少なくとも、このフェアリーワールドに来たこの人間たちだけは、ケセド(お兄ちゃん)に酷いことをした連中とは違うのだろう。

 このように自分に対して、丁度良く殺せない程度のダメージしか与えてこなかったのがいい例である。

 

 散々彼らに当たり散らしていたこちらを相手に、何とも甘い者たちだと思う。

 だからこそ……導き甲斐を感じたというのだろうか、あの二人──いや、三人は。

 自らの敗北によってケセド(お兄ちゃん)と、エイト(大先輩)の正しさを証明してしまった事実に、マルクトは心の中で俯いた。

 

 

 ──申し訳ありません、王様(ケテル)……だけど、もしよろしければ一度会ってみてください。

 

 

 本当にエイト(大先輩)ダァト(お母さん)だとしたら……そして彼女があの人間たちを導いているのだとしたら……彼女はもしかしたら、貴方を救ってくれるかもしれません。……苦しめることにも、なるかもしれませんが……

 

 王に対する懺悔の言葉を胸に紡ぎながら、マルクトはまぶたを下ろした。

 その脳裏に焼き付いていたのは、誰よりも立派で、誰よりも温かくて……いつも寂しそうにしていた王様(ケテル)の姿だった。

 生命を失った時には世界樹へと還り生まれ直す自分たちと違って、寿命さえも克服した王は遙か古より生き続けてきた孤高の存在である。

 それ故に本当の理解者はどこにもいない。他の大天使たちはそんな彼の内心を誰もが労しく思っていた。此度の人間世界への総攻撃計画も、そんな彼の乱心だとケセド(お兄ちゃん)は言っていたものだ。

 

 ケテル最後の剣として彼を補佐するべく生まれたマルクトは常に王の味方であり、慈悲の大天使の言葉の方こそ乱心だと思っていた。

 しかしこれでは──大天使としてどう動くべきか、マルクトにはわからなくなってきた。

 

 導くことこそが大天使の本質なら、誰かに導いてほしがっている自分は大天使失格なのだろう。

 それが悲しくて、マルクトの頬に一筋の雫が伝う。

 それは大好きなお兄ちゃんが死んだと知らされた時、初めて流したものだった。

 

『お兄……ちゃん……』

 

 愛憎混じった感情を抱きながら、マルクトはその口から家族の名を呟く。

 そんな彼女の言葉に答えたのは──二度と聞けないと思っていた、年端の行かない少年のような声だった。

 

 

『ごめんね、マルクト……君が、僕なんかのことでそこまで思い詰めていたなんて……そうだね、僕はお兄ちゃん失格だった』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──えっ。

 

 

 

 

 

 

『えっ?』

 

 

 思わず、真顔で目を開いた。

 そのまま気を失いそうだった意識が、頭が冷えるような感覚で急速に戻っていく。

 えっ、今の幻聴? お兄ちゃんの声はっきり聞こえたけど、これ幻聴なのですか?と──マルクトはあまりにも現実味のありすぎる声に意識を引き戻されたのだ。

 

 そんな彼女の背中には、何かに乗せられている感触がある。

 あえなく地面に墜落する筈だったこの身が、何者かに受け止められていたのだ。

 

 起き上がりながらその物体に視線を移し、正体を確認したマルクトは──咄嗟に聖剣「マルクト」を手に引き戻すと、なけなしの力で踏ん張りながら剣を振り上げた。

 聖剣とマルクトは一心同体だ。それ故に、彼女の意識一つで自由自在に手元へ転移させることができるのである。尤も呼び出しから転移してくるまでタイムラグがあるので、それをやったところで先ほどの戦いの結末は変わっていなかっただろうが。

 そして彼女がそのように聖剣を呼び出したのは、今自分が乗っている者の正体──かなり縮んでいるが、その姿がどことなく、先日戦った深淵のクリファと似ている気がしたからだった。

 

『アディシェス! しぶといですね、貴方は……! お兄ちゃんの真似してそんな姿を……! どれだけお兄ちゃんのことを侮辱すれば……っ』

『ま、待ってマルクト!? 僕だよ! ケセドだよっ! ダァ……エイト様に呼び出してもらったんだ!』

『……は?』

 

 マルクトを乗せた暗黒の巨鳥は、危うくマルクトの聖剣に突き刺されそうになったことに焦りながらそう弁明する。

 

 

 

 

 

『は?』

 

 

 

 

 

 混乱するマルクトは聖剣を振りかぶった体勢のまま、そう言うしかなかった。

 そんな彼女の後ろで、いつの間にいたのやらシルクハットの少女が少し疲れたような顔で呟いていた。

 

 

「まさに……闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)だね」

 

 

 そしてしばらくの硬直の後、巨鳥から感じる気配が自分の知るお兄ちゃんの物と完全に一致していることを理解したその瞬間、マルクトは剣を放り捨てて巨鳥の首元に抱きついた。

 

 

『──!! ────ッ!!』

『……ごめん、ごめんね……マルクト』

 

 

 ──その時は自分が大天使であることも忘れて、声を上げて泣いた。

 

 

 




 一段落ついたし、そろそろ書くか……♠(とある世界線)


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とある世界線のお話 闇の深いコラボキャンペーン

 今回は地味です


 おねショタ──それはカップリングの中で進化した組み合わせである。

 

 由来はお姉さんとショタ(年端もいかない少年)の略称。

 もちろん、ここでの「お姉さん」とは広義的な意味で年上の女性を指す言葉であり、少年とある程度歳の離れた組み合わせなら、たとえお姉さん側の年齢が十代の少女だろうと「おねショタ」に当て嵌まるのである。

 

 故に、おねショタとは個人間において解釈に差があり、様々な思想や派閥があった。

 

 たとえば同じ組み合わせでもショタ側が主導権を握っている場合は「これはおねショタではなくショタおねなのではないか?」と解釈違いを訴える者がいたり、「ショタは性知識の無い美少年でなければならない」だとか「ショタがゴブリン顔なのは許さない」、「寧ろゴブリン顔がたくさん集まってお姉さんをいじめるのがいいんやろ!」などという論争が日々絶えないジャンルである。

 さながらそれはTS物好きという同好の士で集まりながら、メス堕ちを推奨する者とメス堕ちを許さぬ者が分かれているのと同じように──おねショタとは、業の深いジャンルなのだ。

 

 その他にも「ショタ側は見た目が幼い少年であれば極端な話成人でもOK」という解釈もあれば、「ショタの正体が実は逆行して子供になったおじさんだったりするのはダメです!」と純粋な少年でなければ許さないという意見も少なくない。

 

 もっと言えば「俺はエッチなおねショタが見たいんじゃねぇ! お姉さんとショタの仲睦まじい様子にほっこりしてぇんだよ!」と神聖なおねショタをR-18で汚す行為自体を毛嫌いしている層も居り、落としどころは見つからなかった。

 

 間違いなく違うと言いきれるのは、おねショタと聞いて「おねしょしたショタ」という意味で解釈することぐらいだろう。この言葉を初めて聞いた時、そちらの意味で連想した者は少なくないだろうが。

 

 有名なイラストコミュニケーションサービスサイトにおいても「おねショタ」は人気のある一大ジャンルの一つであり、同タグの付いた作品は約60000件にも上る。

 年上のお姉さんとあどけない少年という組み合わせがそれほどの人気を博しているのは、男性向け創作のみならず、少女漫画などにおいてもそう言った要素を含むショタコンの女性向け作品も多いからだろう。

 

 つまり、おねショタとは──

 

 

「おねショタとは、一般性癖だったんだよ!」

 

「なっ……」

「なんだってー!?」

 

 場所は、回転寿司の人気チェーン店。

 全店舗では現在放送中のアニメ「フェアリーセイバーズ∞」とのコラボキャンペーンが実施されており、いい歳した男たち三人はそれを目当てに仕事帰りに集まって近場の店に来店していた。

 最初に言い出して招集を掛けたのは、この中で最もコアなフェアリーセイバーズファンであるロリコンのオタクだった。

 

 彼らの目的はもちろん、今週から配布が始まった数量限定の原作者書き下ろしのイラストカードである。

 

 当店では2000円以上の注文につき一枚、フェアリーセイバーズの原作者が描いた特別なイラストカードを貰うことができた。

 なお、カードは全部で八種類ほどあり、どれも色つきのパックに封入されている為、引くまで何が入っているかわからないという闇の深い商法である。

 閉店間際の時間にそんな戦いに挑むことになった彼らは、三人とも20年前の旧作「フェアリーセイバーズ」をリアルタイムで楽しんでいた同好の士であり、今夜はロリコンオタクの招集を快く引き受けたのだった。

 そんな二人の熱量はロリコンオタクほどではないものの、それぞれ一児の父である彼らもまた、子供と一緒に「フェアリーセイバーズ∞」を楽しんで視聴しているファンの一人だった。

 この中ではロリコンオタクだけが独り身ということになるわけだが、理解のある友人たる彼らはそれについて何か言うことはない。今の時代、独身のアラサー男性など珍しくも何ともないからだ。

 

 そして彼が三次元の女性を愛せない体質──すなわち二次元に操を立てた男であることも二人は理解していた。故にその眼差しは優しかったのだが……そんなロリコンオタクが食事中に言った「おねショタもいいよね……」という発言に、二人は思わず目を見開いた。

 

「えっ? どうしたのお前? 「大人のお姉さんなんてなァ! ババアなんだよォ!」って気持ち悪く語っていたあの頃のお前はどこいったんだよ!?」

「偽者じゃあ! 偽者がいるおここに!」

「お前ら、酷くね?」

 

 一斉にロリコンオタクの正気を疑う二人。

 彼のロリコンぶりを知る二人の友人にとって、彼が年上のお姉さんの魅力を語り始めるなど天地がひっくり返るような感覚だったのだ。

 ロリコンに対しておねショタなど、何の接点も無いどころか正反対の属性である。

 唐突に宗派を変えるような奇行に、友人思いの二人は何か嫌なことでもあったのかと親身に応じ、彼の為にビールをもう一杯注文してやった。

 

 当の彼はバンッと今しがた飲み干した二杯目のグラスをテーブルに下ろすと、手元の皿の鉄火巻きを一つ口の中に放り込んで飲み込んだ後に言った。

 

「いやね、俺もこの30年、もったいないことしてたなって思ったわけよ」

「どうした急に?」

「チミたちは俺の性癖を知っているな?」

「ああ、ロリコンだろ知ってる」

「だから今日は娘を連れてこなかったんだお」

「おい」

 

 そう、彼は自他共に認めるロリコンである。無垢であどけない少女とかが好きだった。

 誤解無きように言うが、対象はもちろん二次元限定である。現実の幼女ももちろんかわいいとは思うが、健全な意味であって性的にどうこう感じることはない。その辺りの事実を冷静に訂正しながら、ロリコンオタクは一児の娘を持つメタボの男を小突いた。

 

 このメタボ男──大学時代まではロリコンオタクと同レベルかそれ以上のアニメオタクだったのだが、高校時代から付き合っていたお人形さんのようなツンデレ美人な恋人と大学卒業と同時に入籍したことを期に、今後の決意表明としてそれまでのオタク趣味を一切合切改めてみせた漢だった。

 それまで蒐集していたフィギュアやゲーム、薄い本の数々を纏めて泣く泣くロリコンオタクに譲り渡していったほどであり、ロリコンオタクは大人になるって悲しいことなのねと友人ながら思ったものだ。

 

 昔からいじめられっ子気質で手の掛かるデブだった彼が、こんなにも上手くやるとは……と、披露宴では涙ながらに盛大に祝福したものである。

 

 そんな勝ち組に囲まれながら、ロリコンオタクは自らの性癖について熱弁する。

 彼の年齢を考えると地獄のような会話だった。

 

「俺はな、大人のお姉さんなんてババアだと思っていたんだ。そんな賞味期限の切れた連中よりも、クッソ生意気だけど性根は優しくて正義感の強いちっちゃい美少女とかの方が好きだった」

「すまん、よくわからん」

「一昔に流行ったツンデレっ子だお。アレはいいものだった……」

「今は廃れ気味だけどな。そう、この鬱屈した現代社会では、不器用ながらも強気で背中を叩いてくれるヒロインよりも、いつでも器用に優しく寄り添ってくれる包容力溢れるヒロインが求められているのだよ。そう、T.P.エイト・オリーシュアのように!」

「お、おお……」

「うんうん、わかるお。ツンデレなんて毎日いると疲れるだけだお……愛してるけど」

「のろけおつ」

 

 ロリコンオタクは熱弁する。今の時代における、理想のヒロイン像というものを。

 確かに2005年辺りの年代ではオタクの間で「ツンデレ」という概念が非常によく流行った。

 普段はツンツンして素っ気ない態度を取りながらも、要所では破壊力の高いデレを見せつけてくる女性の二面性──そのギャップが、数々の中高生たちを落としてきたものだ。

 

 この「ツンデレ」もおねショタと同様、数々の解釈があり論争が絶えないのだが、代表的なツンデレキャラを想像すると小柄で子供っぽいキャラを思い浮かべる者が多いだろう。

 男性キャラにおいても、某野菜王子や某邪眼妖怪などは女性ファンが特に多く、小柄で子供っぽいツンデレキャラとは男女共に根強い人気があることが窺える。

 

「お前、マルクトが最推しとか言ってただろこの前」

「もちろんマルクトは好きだけど、エイトもいいよね!」

「変わってねーなおめー……」

「ふっ……あまり褒めるな」

「褒めてねーお」

 

 フェアリーセイバーズにおけるツンデレキャラと言うと、最近「フェアリーセイバーズ∞」でも活躍したマルクトがそれに当たるだろう。

 何を隠そうロリコンオタクがツンデレの概念に目覚めたのが原作漫画版のマルクトであり、彼もまたツンデレに脳を溶かされた男の一人だった。

 メタボの元オタクも、今でこそ一歩引いた感じでスカしているが、かつては彼も同じ理由でツンデレ美少女を愛し、三人で一緒に某神社へ聖地巡礼したこともあるほどのツンデレオタクであった。その結果、リアルでツンデレの嫁さんを捕まえた猛者でもある。

 今も友人と話す時には語尾に「だお」を付けているのも、重度のオタクだった名残である。そんな彼の学生時代のあだ名は専ら「YARUO」だった。

 

 そんな彼の成長を腕を組みながら称えるのは、彼と同じく一児の父である常識的な男だ。

 彼は学生時代から二人に比べればライトなオタクであり、当時は暴走気味の彼らを纏める立場であった。そうは言ってもむっつりスケベで彼にも残念なところは多いが、見ての通り頭のいい奴だった。

 そんな彼のあだ名は「YARANAIO」──甚だ遺憾である。

 彼だけはツンデレキャラの魅力については今ひとつピンと来ていなかったが、それは彼自身の好みが小柄な子供っぽい女の子ではなく、物腰落ち着いた大人のお姉さんだからである。

 最近の悩みは小さい頃の初恋が実り、結婚に至った愛しのマイワイフが、自分以上にコアなオタクだったという衝撃の事実を知ったことだ。それはそれとして夫婦円満な関係を築いている以上、彼はやはり勝ち組だった。

 

「エイトね……俺も「∞」は娘と一緒に視てるけど、最近凄いおね。昔のとはもう別物だお。いい意味で」

「ああ、凄いよな……うちの息子もこの間の回は、食い入るように見ていたし」

「意外にちびっ子たちも、エイトみたいな綺麗なお姉さんキャラ好きなんおね……ん? あれ? この間の回って、確か温泉回……」

「んん! で? ロリコンオタクともあろうものが、お前もエイトお姉ちゃんに惚れたのか?」

「お、おう、そういうことになるな」

 

 クールで強くてカッコいい美人なお姉さん、「T.P.エイト・オリーシュア」というミステリアスなキャラクターは、幼女先輩の目にも魅力的に映っているようだった。

 ロリコンオタクは一児の娘を持つメタボ男の貴重な情報に感謝するが、一方で常識的な男の息子の性癖が手遅れになっている事実を知るロリコンオタクは、親友のよしみで露骨な話題転換に付き合ってあげた。

 

 

「ぶっちゃけ俺、貧乳が好きだっただけっぽい」

 

 

 そう言って、ロリコンオタクは最近になって理解した自身の本当の性癖をカミングアウトする。

 それは二人の頭脳に衝撃を与え──ることもなく、二人して「そんな気はしてた」とあっさりした反応を寄越してきた。

 これにはロリコンオタクも動揺する。

 

「えっ、うそ、お前ら気づいてたの!?」

「そりゃ気づいてたお。だっておめー」

「ロリじゃなくても、セイバーとか好きじゃんお前」

「お、おおう……なるほど、やっぱそうだったんだな俺……」

 

 自分自身の本当の性癖というものは、案外気づかないものなのかもしれない。外から見ていた友人たちの方が自分のことを知っていたのだなと軽くショックを受けた。

 店員から二杯目のビールを渡されたので、それをヤケクソ気味に飲みながら気を取り直してロリコンオタク改め貧乳オタクが語る。

 

 時刻は閉店間際の21時50分。性癖剥き出しの話をするにはいい時間であり、いい酔い具合だった。

 

「いやさ……巷のお姉さんキャラって巨乳多いじゃん? 俺そういうビジュアルには何も惹かれないのよ」

「わからん。大人のお姉さんならでっかい方がいいだろ常識的に考えて。エイトお姉ちゃんはカッコいいお姉さんだと思うが」

「わかるお……あんまり大きいと下品に感じるお。俺はあのくらいが丁度良いお」

「だろ!?」

 

 アニメのお姉さんキャラと言うものは、大人のお姉さんという要素を印象付けるために意図してスタイル良く描かれることが多い。それは世間一般の理想のお姉さんというものが、大体そのようにイメージされているからだ。

 だが、貧乳オタクは最近になって気づいたことがあった。

 それはたとえ小さくても、人は理想のお姉さんになれるのだということを……

 

 

「エイトお姉ちゃんはな……何かこう、頑張って大人のお姉さんを演じている感じがいいんだよ!」

 

 

 思わず、二人が目を丸くする意見だった。

 それは彼女の登場シーンが増えた最近の「フェアリーセイバーズ∞」において、子供と一緒に視聴していた二人にはなかった視点である。

 

「演じている? そんなシーンあったっけ?」

「ないお。エイトは出会った子供たちをさらっと助けたりしているけど、いつも余裕そうな顔してるお? うちの子なんて、エイトちゃんみたいなお姉ちゃん欲しいーって言っていたお」

「ふふん、それが間違っているのだよチミたち!」

 

 演じていると言うには素敵なお姉さんムーブが堂に入り過ぎていると感じていた為、彼らは特別エイトに対してそのような印象を感じていなかった。

 子供たちが憧れるヒーロー性とヒロイン性を併せ持ったキャラではあるが、それを彼女が意図的に演じているようにも見えなかったのだ。

 首を傾げる二人に対して、貧乳オタクはチッチッチッと指を振りながら20枚目の皿を平らげる。ビール分の値段と合わせればとっくにノルマは達成しているのだが、嫁さんから摂生するように言われているらしく10皿程度に抑えているメタボの友人の分まで食べてやっていた。

 せっかく集まったのだから、どうせなら二人とも特典を持って帰りたい筈である。自分が貰うにせよ、子供に譲り渡すにせよ。貧乳オタクは唯一の独り身ではあるが、気遣いのできる男だった。

 

「あの子は余裕なんかじゃない。余裕のふりして裏では必死な顔で頑張っている……そんなタイプに見えるね俺は」

「ソースは?」

「お姉さんキャラのくせに貧乳なこと」

「???」

「包容力がありそうなのに、おっぱいが小さいこと」

「いや二度も言うなよ、閉め出されるぞこの店から」

 

 T.P.エイト・オリーシュアとは、清廉そうに見えて内実混沌とした人物であるというのが貧乳オタクの分析である。

 子供たちや主人公たちを相手には太陽のように温かく照らしている一方で、彼女自身は闇を受け入れることこそを喜び、自らも「闇の呪縛」という禍々しい能力を好んで使用しているように見える。

 

 元々、旧作からフェアリーセイバーズという作品は登場人物の「矛盾」というものが裏テーマとして設定されていた作品である。

 

 主人公の炎からして炎属性のくせに初期は熱血漢とはほど遠い性格だったり、長太にしても一見熱い男に見えて心の奥底ではそんな自分を冷めた目で見ていたという矛盾を抱えていた。そして風岡翼も同様、飄々とチャラチャラしているように見えて、虚無的な感情を抱え続けながら生きてきた悲しい男だった。

 そんな主要人物たちのように、新キャラであるエイトも何かしらの矛盾を抱えているのだろうと、20年来追い続けてきたファンである貧乳オタクは見ていた。

 

 

 ──それこそが、「お姉さんキャラなのに貧乳」という矛盾である。

 

 

「……いや、二人揃って「何言ってんだコイツ……」みたいな顔してんなよ! 地味に傷つくんだが」

「だって、ねえ?」

「何言ってんだコイツ」

「なんだよノリ悪いなぁ。昔はノってくれたのによー」

「大人になったから俺ら」

「おめーと違ってな!」

「うぜー」

 

 学生時代はよく、真面目な顔してこんな馬鹿な話をしていたものだ。

 既婚者である今の二人は昔よりも落ち着いたせいか、かつてほどノリは良くなかったが、それでも遠慮無く和気藹々と軽口を叩き合える関係であることは変わっていない。

 フーッと嘆息した後、貧乳オタクは気を取り直して語った。

 

「俺はね、エイトが貧乳なのには理由があると思うんだ」

「その心は?」

 

 元より「作者の人そこまで考えていないと思うよ」というマジレスは覚悟の上である。

 しかし作中の描写から何かしらの意味を考察してしまうのが、オタクというものの性だ。極まった考察厨は何気ないパンチラシーンにすら何らかの意図を見出してしまうから恐ろしい。エイトはパンチラしたことはないが。残念ながら。ええ、残念ながら。

 

 そんな彼にとっては「T.P.エイト・オリーシュア」というキャラクターが子供たちを導く包容力のあるお姉さんキャラでありながら、前回の温泉回で明らかになったようにマルクト並みに胸が小さいこと、そして彼女自身お姉さんキャラと言うには十代後半程度の容姿に見えて、炎たちとタメぐらいであることも重要な考察ポイントだった。

 

 

「なんて言うか母親になりきれない母性……姉って感じだろ?」

 

 

 同意を求めながら、貧乳オタクはそっと箸を置いた。ご馳走様である。

 久しぶりの回転寿司だが、中々美味しかった。今回は特典目当ての来店だったが、たまにはこうやって友人たちを誘うのもいいだろう。

 昔懐かしのアニメをきっかけに旧交を温める。それはそれでいい時間であった。

 

 

 ──なお、勘定の際に貰った肝心の特典のイラストカードであるが……常識的な一児の父がチアコスチュームのエイトちゃん、メタボの元オタクが同じコスチュームのメアちゃんを見事に引き当て、貧乳オタクは抜群の胸囲を誇るマッスルネツァク様カードを引き当て無事終了した。

 こう言った限定特典では、作中でまずしないような弾けたキャラのイラストが描かれるから困る。貧乳オタクとしては是非とも貧乳美少女を引き当てたかったので、一枚のカードに浮かび上がるキラキラしたネツァク様のスマイルには項垂れるものがあった。いや、ネツァク様も好きなんだけどね?

 

 

 

 そんな彼を見かねたのか、やれやれと息を吐いたメタボの元オタクが「俺はあんまり食べてねーからやるお」とチアリーディングメアちゃんのカードを押し付けるように手渡してきたことに対して、貧乳オタクはあまりの男気に号泣した。

 

 そして最近息子の性癖に悩む一児の父は、「これを持っていると色々ヤバい気がする。そろそろ息子のムスコがヤバい」とお互いの利害の一致により、ネツァク様カードとのトレードが無事成立し、目的通り二人の貧乳を手に入れた貧乳オタクは、彼らとの友情に深く感謝したのだった。

 

 因みにコラボ第二弾は浴衣衣装のマルクトのカードが出るらしい。あこぎな商売をすると愚痴を溢すが、財布の紐はやはり緩んでいたと言う。

 




 つまり何が言いたいのかと言うと、貧乳美少女の健全なおねショタ絵がもっと増えてほしいということだ……

朝霧細雨殿から再び3Dファンアートをいただきました!
チアリーディングエイトとメアです。

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メアちゃんの羽は心の目でどうか……


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カップリングの間に挟まるオリ主

 TSオリ主ならば良し!(錯乱)


 ──僕、頑張った。

 

 超頑張りましたよ僕。

 エイトちゃん式異能クッキングにより、僕の中にいるケセドと意思疎通を行うことができる自立行動可能な器を作ったのだ。我ながらクリエイティブなオリ主である。

 使用した材料はこれ。肉体を構成する「闇の呪縛」に、彼の思考を飛ばす「念動力」、そこへ五感として応用する「千里眼」や「サーチ」を筆頭に、今まで僕が盗んできた異能の数々を詰め込んで「調合」し、奇跡的なバランスで完成させたものだ。

 「闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)」のハイエンドモデルと言ってもいいそれは、もはや僕の子供と言っても過言ではない!

 

 ……自分より数千歳年上の子供とかヤバいな。やっぱ今の無し! 認知はしません。

 

 そうして誕生したNEWケセド君であるが、製造工程ではもちろん不安があった。

 本来光属性である彼を、「闇の不死鳥」という闇属性の器に入れてしまったことだ。

 相反する属性の相性は悪く、彼が闇を嫌う性格だったらえげつない尊厳破壊になっていたところである。

 できればもう少し色々と検証してからやりたかったのだが……お兄ちゃんが傍にいるのに会えないマルクトがあまりにも可哀想だったので、急ピッチで仕上げることにしたわけだ。

 何はともあれ、無事に終わって良かった。

 復活したケセド君は僕の知っている通りの性格であり、闇の器に入れたことでバグっている様子も無い。こういうことなら、ティファレトがどこかへ行く前にやっておけば良かったな。つくづく丸一日気絶していたのが悔やまれる。

 

 しかしこれで、晴れて「ケセド不在」のタグは消滅したわけだ。ハハハ、僕の勝ちだな女神様っぽい人! マルクトの心はケセドの重力に引かれて落ちる! 君の頑張りすぎだ!

 

 

「グスン……良がっだぁ……」

「ああ、良かったな……!」

 

 復活したケセドはマルクトと何か二人きりで話したいことがあるようなので、クールなエイトちゃんは気を利かせて遠目から兄妹の再会を喜ぶことにした。

 

 そこでは感受性の高いメアちゃんが貰い泣きしており、長太がそんな彼女の肩をポンポンと叩きながら目を擦っていた。お人好しな連中である。そんな彼らの反応を見ると、僕もやってみせた甲斐があったというものだ。

 

 ただ、流石の僕も疲れたのでこういうのは今後勘弁願いたい。

 

 

「……また、あんたに助けられたな。ありがとう」

 

 そんな僕のことを労いながら話しかけてきたのは、心優しき主人公である暁月炎だった。

 口数は少ないが、やはり紳士である。そりゃあ年上女性からもモテますわ。

 

「なに、当然のことをしたまでさ。ボクには彼を助けられる力があった……それだけだよ。流石に今回は疲れたけどね」

「できるからやる、か……だが、何でもかんでも抱え込む必要は無いだろう」

「ん?」

 

 お礼と共に掛けてきた彼の発言に、僕は首を傾げる。

 言うほど、何でもかんでも抱え込んでいるかな僕? 自分で言うのも何だけど、この世界に来てからやりたい放題自由にやってきたつもりだ。そんな、誰かの重荷を背負っているなどとんでもない。僕はライトなオリ主なのである。

 

 ……ああ、もしかして炎は、僕がケセド復活チャレンジを内密に進めたことを言っているのだろうか?

 

 それは確かに悪かったとは思っている。責任感が特に強い性格である彼は僕に気苦労を掛けたと思い込み、申し訳なく感じているようだ。

 アニメでも知っていたが、難儀な性格である。まあ、そういうところが好きなんだけどね。ファンとして。

 

「勘違いしているようだけど……」

 

 そんな彼をフォローする為に、僕の方こそ同じ言葉を返そう。

 

「ボクは、仲良し兄妹に悲しいすれ違いが起きてほしくなかっただけさ。だからこれは、ボクの自己満足……キミの方こそ、何でもかんでも背負おうとするんじゃないよ。てい」

「っ、むう……」

 

 人のフリ見て我がフリ直せってね。

 責任感が強すぎるのは彼の方だと思っていた僕は、その額に軽くデコピンをお見舞いしてやり、灯ちゃんの気苦労をわからせてやった。

 そんな彼の耳元で、囁くように言い放つ。

 

 

「ボクはボクの使命を果たすだけさ。キミたちはキミたちの使命を果たすことを考えればいい」

「……そうか」

 

 

 女神様っぽい人の為に完璧なチートオリ主を目指している僕だが、前提として僕自身が楽しいからというのが先に来る。

 無償の善意とか、そんな高尚な気はさらさら無いのだ僕は。エイトちゃんは理想を追い求めるロマンチストだけど、現実的な判断も理解できるリアリストでもあるのだ。渋いぜ僕。

 その辺りのスタンスをはっきり明言しておかないと、ちょっと変な行動をしただけで「コイツぶれすぎじゃね?」と辛辣なツッコミを受けてしまうからオリ主は大変である。

 

「言ったろう? ボクはそんなに都合の良い女じゃないって」

 

 そう、T.P.エイト・オリーシュアは過剰な馴れ合いを好まないクールなオリ主なのである。

 だからこそ、メインキャラたちには間違っても僕のことを聖人君子か何かだと勘違いされないようにしていきたい。

 悲しげな何かを背負っている大物ムーブはクール系オリ主としてカッコいい描写だが、周りから無償で助けてくれる都合の良い聖人だと思われるのは、後々苦労することになるのが目に見えているのだ。だからこそ僕は彼らの行く末を特等席で眺めつつも、一定の距離は保っておきたかった。いや、近づくのは嬉しいんだけどね? 彼らのこと好きだから。

 

 

「悪ぶっているだけの、かわいい姉ちゃんか……アイツが正しかったのかもな……」

 

 ん? 何か言ったかねキミ。

 僕は難聴系オリ主ではない。その時は単純に彼の呟いた声が誰にも聞かせる気の無い大きさだったので、上手く聴き取れなかったのである。

 とりあえず「かわいい」という言葉までは聴き取れたので、メアちゃんか何かのことを呟いたのだろう。彼の視線はやはり、長太に宥められているメアの方へと向いていた。

 僕はかわいいではなくカッコいい美少女なので、kawaiiの対象にはなり得ないのだよ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『皆さんすみません……僕の為に、お騒がせしました。僕がサフィラス十大天使4の天使、「慈悲」のケセドです』

「ああ、よろしく頼む」

 

 マルクトとの会話が落ち着いたのか、文字通り「闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)」と化したケセド君が改めて僕たちの前に舞い戻ってきた。

 今の彼の身体は全身が漆黒の闇でできているが、特別仕様でデフォルメしておいたので目とくちばしもあり、両翼も本物の鳥のように折り畳むことができた。

 その姿は全長約4mぐらいある巨大なカラスのようだ。僕が力を注ぎ込めば今の姿よりも大きくすることも、小さくすることもできる。いやあ、我ながら傑作である。フィギュア作りが趣味だった前世のノウハウがこんなところで生かされるとはね。

 

 そうだな、せっかくだし彼の器に名前を付けてあげよう。丁度、良いのを考えてきたのだ。

 

 

「その器──慈悲の不死鳥(マーシフル・フェニックス)の調子はどうかな?」

『はい! 素晴らしいですね、この器。何と言うか、エイト様と繋がっているみたいでとても温かいです!』

「そっか。試験運用も不十分だったから心配していたけど、それは良かった」

 

 マーシフル──英語で「慈悲深い」という意味である。

 ふふん、僕にもカッコいい名前を考えられるセンスはあるのだよ。だけど、英語よりもドイツ語の方が何となく仰々しい響きで厨二心を刺激するよね。アインだとかツヴァイとか、ただの数字が超カッコいいのはずるいと思うよ僕は。

 そんなことを思いながら、僕は闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)のハイエンドモデル改め「慈悲の不死鳥(マーシフル・フェニックス)」の感触を確かめるように、こちらの意図を察して頭を下ろしてくれたケセド君の頬に右手を伸ばすとポフポフと撫でてやった。

 

 ……うむ。身体の質感はカバラちゃんの毛並みを参考にしたので、闇でできているとは思えないモフモフ感である。

 

 今もマルクトが彼の身体に抱きついて離れないように、何かこう、カバラちゃんとはまた違う癖になる感触がNEWケセド君にあった。

 そんな彼に対抗意識を抱いたのか、カバラちゃんが僕の脛にスリスリして甘えてきた。卑しい奴よ。僕は最近甘えん坊になってきた気がする小動物を左腕に抱き抱えると、その頭に頬ずりしながら二つのモフモフを堪能することにした。

 

 いやあ、頑張った自分へのご褒美である。理想のモフモフパラダイスがここにあった。

 

 そんなケセドは僕とマルクトにされるがままの状態でありながらも、大きな翼でマルクトの頭を慎重そうに撫でながら感謝を告げてきた。

 

『ありがとうございます、エイト様。僕のわがままを聞いていただいて……』

「大切な妹と話したいと願うことが、わがままなものかな。キミの選択は正しいよ、ケセド」

『……そう言っていただいて、救われる思いです』

 

 随分とかしこまった態度である。ショタボイスの癖に。

 いや、実際彼の意思をこうして表に出すことができたのは僕のおかげであり、彼から感謝される謂れは物凄くあった。それはそれで素直に嬉しかったので、僕は内心鼻高々だった。やっぱ褒められるのは気持ちいいぜ。

 

「今はまだその時ではないなんて言い出した時、どうしようかと思ったよ」

『……それは、すみません。このような方法で再びマルクトと話せるなんて、思いも寄らなかったので』

 

 そもそもケセドが復活したがらなかったのは、僕の中から大天使の力が無くなることを良しとしなかったからである。

 その点、この「慈悲の不死鳥(マーシフル・フェニックス)」であればそんな彼の要求をも満たしている。最初に気づいたのは、やはりメアだった。

 

「エイトの中から……ケセドの力を感じる? ケセドはまだ、エイトの中?」

「そう言うことになるね、メア」

 

 ホドとの鍛錬で天使の気配がわかるようになってきたというメアは、目の前にケセドがいるのに今も彼の力が僕に宿っていることを不思議がっていた。

 もちろん、これには理由がある。

 

『そう、この身体は器に過ぎないんだ。こうして話すのは初めてだね、メア』

「……っ、──!」

 

 

 言ってみれば今のケセドは通信デバイスのようなものであり、彼の本体はあくまでも僕の中にあった。

 

 それ故に、たとえあの時マルクトが勢い余って彼をブッ刺したとしても、僕の中にいるケセドがどうこうなるわけではなかった。

 もちろん、闇の不死鳥にケセド君を突っ込む工程自体がくっそ疲れるので何度もやりたくはない。

 体力は疲弊しており、この島を出発するのはもう一時間以上待ってもらいたい心情だった。

 尤も、休憩は短い時間では済まなそうだ。何せ島の主である大天使様が擬似的とは言え蘇ったのである。

 マルクトとセイバーズの決闘を眺めていた島民たちは彼の存在に気づき、あちこちからケセド様を呼ぶ声が上がっている。あっ、筆頭天使の人が今にも駆け出しそうだけど、マルクト様に気を遣って自制したね。できた天使さんである。地味だけどいい人だね彼。

 

 

「ケセド……ケセド……!」

『おふっ……!? ちょっ、ちょっと皆さん離れてもらっていいですか……? 五感もきっちり再現していただいているので、とても苦しいと言いますか……いえ、迷惑というわけではないのですがっ』

『うるさい馬鹿っ! もっと困れ馬鹿ケセド! 唐変木! 負け犬! お風呂覗き魔っ!』

『いや、あの時は眠っていたから外の様子は聞こえていないし見ていないよ? 痛い痛いそんなに絞めないでマルクト!? メアも一旦離れよ? ね?』

「……やだ」

 

 

 ……ふむ。

 

 

 ずっと会いたかった、話したかった聖獣との再会に喜び、遠慮無く抱きついてスキンシップを取る美少女が二人──来るぞ。キテるわ。

 

 事実を陳列すると「もう散体しろ」と嫉妬したくなるような光景だが、僕からしてみれば彼に対するヘイト感情は無かった。

 

 ──そう、(もふもふ)ならね。

 

 両手に花を携えた優男という、見る者が見ればきつい光景であろう。

 しかし、それが思考性から人間と異なる人外ならば許されるのだ。人化しなければね。

 ケセド君だってもう天使形態にはなれないし、これぐらい寛大な心で許してあげようじゃないか。彼だって、肉体を失って辛かったのである。僕だったら絶望だ。

 

 そう言うわけで僕は、俗に言う踏み台転生者的な嫉妬をケセド君相手に抱くことは無かった。

 

 

 寧ろ、僕はその逆で──

 

 

「わっ」

『きゃっ』

『!?』

 

 

 左手にメアちゃん、右手にマルクト様ちゃん、頭の上にカバラちゃん、そして正面にマーシフルケセド君。

 この完璧なフォーメーションに対して僕は内なるパトスを抑えることができず、まるごとみんなを抱きしめるように密着していった。

 

 これぞ完成されたTSオリ主にしか許されない禁忌の奥義──「間に挟まりてぇ」である。

 

 ……いや、カップリングの間に挟まるのはTSオリ主であろうと本来許されざる暴挙なのだが、仕方ないじゃないか!

 

 僕はこの尊い光景の為に頑張ったのである。

 

 もはや包み隠さなくなったマルクトの「お兄ちゃん大好きオーラ」に当てられて、僕自身涙腺に来るものがあったのも事実だ。

 こんなん泣くわ……フェアリーセイバーズファンとして!

 

「エイト……」

「姉ちゃん……」

 

 そんな今の僕の姿を見て、男二人がハッと息を呑む様子が後ろから伝わってくる。

 くっ……マズい。このままでは僕のキャラクターが……! クールでミステリアスなエイトちゃんのキャラクターが崩れてしまう!

 ええい、涙よ鎮まれっ! いつものように余裕を見せつけ、ニヒルに微笑まなければ! やるんだよ僕っ! 完璧なチートオリ主とは、いつ如何なる時も原作キャラの前では涙を流さないというのにっ!

 

 

 ……あっ、でも悲しそうな儚い眼差しをするのはアリかも。

 

 

 その場合はオリ主の目を見たヒロインが「なんて悲しそうな目なの……」とオリ主のことを気に掛け、恋愛フラグが立つからだ。

 しかしやり過ぎると男版アテクシ系みたいにしつこく思われるから気をつけろ、女神様っぽい人!

 

 

 

 うーん……ああ、駄目だ。やはりいつものSS高説で気を紛らわせようとしても、こればかりは抑えきれない……!

 

 やれやれ、僕は涙した。

 

 

「ごめん……ごめんね……っ、ケセド、マルクト、メア……!」

 

 

 すまぬ……すまぬ、女神様っぽい人!

 多分貴方の推しカプはケセド×マルクトだったろうに、オリ主が間に挟まってごめんなさい!

 メアちゃんと一緒に混ざってごめんなさい! 何ならメアちゃんも巻き込んでごめんなさい!

 ケセドとマルクトも、邪魔してマジでごめん。

 

 ああ、尊いよぉ……

 

 

『……ダァト様……』

『お母さん……なの……?』

 

 

 自らのオリ主ムーブの不完全さと、フェアリーセイバーズファンとして最高に尊いものを見ることができたこの熱情──まさしく「愛」だ。

 

 女神様っぽい人よ……これが愛だ。手に入れたことの喜びだ……失うことへの恐怖だ!

 原作キャラを救済したことを、感謝したいか……? それが尊さを求める者の祝福だ……女神様っぽい人……!

 

 その他諸々、様々な感情が綯い交ぜになった僕は、情緒不安定な感情から溢れ出る涙を抑えられなかった。

 空想に塗れ自由を求めすぎた今の僕の脳内は、ケセドやマルクトから発せられるテレパシーの内容すら何を言っているのかわからないほどまでに、ぐちゃぐちゃだった。

 

 

 

 ──そうだ、僕は……この為に生まれてきたのだ──。

 

 

 

 頭の中のちびキャラエイトちゃんが真っ白い背景に一人佇みながら、僕は静かに真理を悟った。

 あらゆる理不尽を乗り越えた果てに尊い光景を生み出し、自らもその中へと入り込む──それもまた、僕が求めていた「完璧なチートオリ主」の在るべき姿なのだと。

 

 

 

 

 TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです──完。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──嘘です。

 

 ちょっと達成感があったので、言ってみたかっただけだ。炎たちの物語は何一つ終わっていない以上、僕がやるべきことはもちろんたくさんある。

 

 寧ろ、ここからが地獄だぞ! ……いや、天国か。フェアリーセイバーズファン的に考えて。

 自分の性癖をまた一つ知ったことで、僕は再びプランの修正を行うことにした。

 

 

 そうだな……どうせなら目指してみるか──ラスボス(ケテル)救済!

 

 

 そもそも「完璧なチートオリ主」という大目標自体、アドリブが利くようにフワッと定めたものだったので、物語的に折り返しを過ぎた今、ここらで具体的な方針が一つ欲しいと思っていた。

 今は目下の問題である風岡翼との合流が最優先だが、最終的には原作通りラスボスをやっつけて終わりというのは、僕の流儀に反するのではないかと思ったのである。

 

 ──人生とは、自分自身の物語である。誰かに迷惑を掛けない限り、僕たちは自由な発想でオリ主していいのだ。

 

 もちろん、ライブ感を重視してキャラが勝手に動き回る物語だっていい。それもまたSSの面白さだ。

 ただし、終着点ぐらいはちゃんと決めよう。エイトお姉さんとの約束だぞ!

 

 




 次回でこの島のお話はおしまいです
 最近イケるんじゃね……?と気にしながらひっそりと目指していた目標の総合ポイント20,000ptが見えてきたのでガンバリマス。これも皆さんのおかげでございます


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祝20,000pt達成!

 ……僕としたことが、カッコ悪いところを見せてしまったな。

 

 しかも、目撃者多数のこの状況である。

 穴があったら入りたい。ベッドの上でゴロゴロしたい気分だった僕は、涙が枯れたところで二人と一緒にケセドから離れると、泣きはらした両目と紅潮した顔をシルクハットで隠しながら、気を落ち着ける為にスゥっと深呼吸する。

 

 そんな僕に対して二人のセイバーズは紳士であり、何も言わずにそっぽを向いてくれた。

 でも、なんで君たちまで僕を見て恥ずかしそうにするのかね?

 アレか、共感性羞恥心って奴か。わかるよ……僕もアニメとかで主人公が大衆の面前で急に大声を出した時とか、ついつい画面から目を離してしまうんだよね。自分には関係ない筈なのに不思議だよね人間。

 

 

 

 

 ──さて、蘇ったケセドである。

 

 

 原作よりも酷い目に遭った彼は、流石に人間に対する悪印象は免れないかなぁと思っていた。

 その為、彼が今後僕たちにどのようなスタンスでいてくれるのかとても不安だったが──彼は真面目な顔でマルクトに言った。

 

『マルクト、僕は彼らと共に行く。アイン・ソフに会って、ケテルと話をつけなければならない』

『……っ、どうしても……しなければいけないの?』

『うん、どうしても必要なんだ』

 

 一点の曇りも無い目でそう言い切った彼の姿は、まさしくぐうの音も出ない聖獣だった。

 そんな彼の言葉をマルクトは予想していたのか、声を荒らげて反発することはなかったものの、ショックを隠せない様子だった。

 その傍らではケセドがついてきてくれることにメアちゃんと炎、長太が少し戸惑っていた。

 

「ケセド……いいの?」

「あんたがついてきてくれるのは、この先助かるけどよ……」

「いいのか? あんたはそれで」

『? 何のことです?』

「……カイツールのことがあったとは言え、俺たち人間が碌でもないことをあんたにしたのは事実だ。あんたは、それを……」

 

 思うところがあって当然の話である。和平の交渉に行こうとした相手が、自分の身体を好き勝手弄くったのである。僕だったらイキりも忘れてキレちゃうね……

 正直、サフィラス十大天使の中で一番人間を憎む資格があるのはこの子なんじゃないかと思っている。

 炎がそんな僕たちの労りの気持ちを代弁して訊ねてくれると、ケセドは苦笑して答えた。

 

『でも、僕を救ってくれた君たちもまた人間だろう? 君たちの世界にいるのが悪人ばかりではないことは、メアと君たちに教えてもらったよ。だから、僕の気持ちに変わりはない』

「すまないな……」

『完璧な存在なんて無いよ、エン。僕たちだって間違えることはあるし、悪いところだってたくさんある。今回のことは流石にびっくりしたけど……これだけで、人間そのものを見限るなんてことはしないさ。僕たちは導く者だからね』

 

 すげぇ……まさしく大天使様である。

 さっきまで鈍感なハーレム主人公の如く引っ付く二人の美少女に困らされていたとは思えないほど、清々しく言い放つ彼の背中は後光が差しているように見えた。

 

 尤も、その発言に隣のマルクトはとても不安そうにしているが。

 そんな彼女を見て困ったように笑いながら、ケセドが語った。

 

『それに……人間は強い。ケテルの計画が実行されれば、僕たち聖獣だって無事では済まないだろう。たくさんの生命が傷つく……そんなことは、僕もアイン・ソフも望んでいないよ』

 

 ポンポンとマルクトの肩を翼の先で叩きながら、ケセドは嘘偽りの無い気持ちを明かす。カッコいいぜお兄ちゃん。

 

『もちろん、マルクトやみんなに人殺しをさせたくないって気持ちも大きい。お互いの世界の為にも、ケテルの計画は絶対に止めなくちゃいけないんだ』

 

 ……ええ子や。

 

 流石は僕の推しである。

 解釈一致の生ケセド君にホロリとしながら、僕は労りのハグをする。

 うーん、毛布のようなこの感触が堪らない! 寄りかかって眠りたいぐらいですよ僕は。

 

『エ、エイト様?』

「ケセド、キミは優しい子だね……ありがとう」

 

 存在してくれてありがとう。不在じゃなくてありがとう。

 これよ……この安心感よ!

 原作で炎たちを導いてくれた彼こそが、慈悲の大天使ケセドである。

 いやあ嬉しいなー。原作とは姿が変わっちゃったけど、本物のケセドだぜ。

 それに、推しに「様」呼びされるこの背徳感は、今の僕にむず痒さと同時に妙な快感を味わわせてくれた。別にいいんだけどね呼び捨てで。そう言っているのだが彼が改めないのだ。

 よーしよしよしと撫で回してやると、ケセド君は照れくさそうに身を捩らせた。何だよー。

 

 

『……王様は認めませんよ』

『マルクト、さっき言った通りだ。天使だって間違える。ケテルだってそうなんだ』

『…………』

 

 ケセドの思想はケテルの為に生まれ、ケテルの為に生きてきたマルクトにとっては面白くないだろう。

 しかし、大好きなお兄ちゃんの言葉とあっては当たり散らすこともしない。

 それは彼とまた話せたことで、精神的に安定したのが大きいのかもしれない。

 一番の被害者が寛大すぎるが故に、彼女は人間に対する恨みつらみをどう晴らすべきか迷っているのだろう。PSYエンスのボスとか生け贄に差し出してあげるから、どうにかそれで手打ちにしてくれないかな……と思ってしまうが、そこは今後の交渉で詰めていけばいいだろう。

 

 炎たちがこの世界で行うのは、あくまで交渉の舞台を整えることである。サフィラス十大天使の王様はテコでも動かないだろうから、その為にはどうしても聖龍の仲介が必要だった。

 

『王様が道を誤った時、間違いを正すこともまた僕たちの使命なんだよ。その為に必要な力を、僕たちは持っているのだから』

『今の貴方、雑魚じゃないですか』

『うっ……それを言われると辛いな、はは』

『……わかりました。それがケセドの気持ちなら、もう何も言わない。そこの人間たちに負けた以上、ここは引き下がります。引き下がってあげますよ! 貴方の妹ですから! ……だけど、王様やコクマーはこの程度じゃないからっ』

 

 マルクト個人としては一番彼女を突き動かしていたケセドがこうして帰ってきたことで、表情は複雑ながらも炎たちに対する敵意だけは収めてくれたようだ。

 僕も、彼女とは戦いたくないからね……できれば次に会うのは、全部解決してこの世界が平和になってからにしたいものだ。

 そんなマルクトは、深く溜め息を吐いた後、ケセドと目を合わせて言った。

 

『……気をつけてね、お兄ちゃん』

『うん、ありがとうマルクト』

 

 FOO! まったく、ツンデレは最高だぜ!

 あんなに執着していたのに、素っ気ないとは言うことなかれ。二人は人間とは比べ物にならない年数を共に過ごしてきた兄妹であり、固く結ばれたその絆は一時的に敵味方に分かれた程度では本来揺らぐものではないのだろう。

 思えば原作「フェアリーセイバーズ」で拗れてしまったのも、お互いのコミュニケーション不足が原因ですれ違ってしまっただけなのかもしれない。

 ケセドもマルクトも言いたいことを言えた分、別れ際の表情はスッキリした笑顔だった。

 

 

『では行きましょう、皆さん。エロヒムまで僕が案内します』

「ああ、助かる」

 

 僕の手から直々に闇エネルギーを注入し、ケセドの器たる「慈悲の不死鳥(マーシフル・フェニックス)」を巨大化させていく。あっという間に10mを超す巨体になった姿だけは、全盛期のケセドと比べても何ら遜色無かった。

 その背中に僕たちが続々と乗り込んでいくと、島の皆さんが手を振りながら見送ってくれた。

 あっ、昨日の飛行少年もいる。やっほー。

 僕が手を振りながら彼らの見送りに感謝を告げると、彼らの代表として筆頭天使さんがビシリと敬礼してくれた。渋いねぇ。

 

『ケセド様、救世主がたもお気をつけて!』

「おう、世話になったな!」

『島のことを、頼んだよ。僕は必ず帰る……たとえこの生命が、生まれ変わろうとも』

 

 だから重いんだよこの大天使は!

 これは末妹が心配するわけだ。彼が不穏なことを口走った瞬間、頑張ってスッキリ別れようとしたマルクトがまた怖い顔になったし。

 

『心配するなよ、マルクト』

『……?』

 

 仕方がない。危なっかしいお兄ちゃんを持つ末妹に向かって、このチートオリ主様が宣誓してあげよう。

 彼女個人に向かって、プライベートテレパシーで言い放つ。

 

 

『ケセドは必ず無事に帰す。このボク、T.P.エイト・オリーシュアの誇りに懸けてね』

『……お願い……お兄ちゃんを、頼みます』

 

 

 おう、任された。

 ケセドがこの先どんな死亡フラグを建てようと、それを有り余る力で捩じ伏せるのがチートオリ主のチートオリ主たる所以である。

 だから僕が関わった者は、何人たりとも曇らせはしないさ!

 

「では行こう。理解の島エロヒムへ」

 

 出発の合図はオリ主が締める。完璧なムーブだ。リーダーは炎だけど。

 そうすると気持ち良さそうに青空へ舞い上がったケセドが、僕らを乗せて一気に飛翔していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──行ってしまった。

 

 遠ざかっていく兄の背中に乗った人間たちの姿を、マルクトは複雑な心境で見送っていた。

 言葉では快く送り出してやったが、本当なら大好きな兄と二度と離れたくはなかった。縛り付けて、部屋の中に閉じ込めてやりたいぐらいである。

 

 しかし、彼が何を言っても止まらないことをマルクトはわかっていた。

 同じサフィラス十大天使であるが故に、彼にも譲れない信念があることぐらいは。

 

 自分がケテル最後の剣として生まれてきたように、ケセドにとっては人間たちと共に旅立ち、争いを止めることこそが使命だったのである。

 難儀なものだと思う。誰かを導きたくて仕方がない、天使として生まれてきた者の性というものは。

 

 彼らの姿が見えなくなった後もしばらくその場にポツンと佇んでいたマルクトの頭に、ふと女性の声が響いたのはその時だった。

 

 

『一緒に行かなくて良かったのかい?』

 

 

 それは、懐かしい声だった。

 その者の声を聞いたのは、今から100年ぐらいは前になる。

 何故ならば、彼女は滅多なことではサフィラス十大天使の前に姿を見せないからだ。

 ……自分も大天使のくせに。

 

『……私はケテル最後の剣。今は戦う余力が残っていないので彼らを見逃してしまいましたが、王様(ケテル)の言葉に背くことはしません』

 

 形容しがたいこちらの心境を見透かしたような問い掛けに、軽く苛立ちながらマルクトが答える。

 その言葉に、後ろに立つ女性はやれやれと肩を竦めているようだった。

 

『不器用な子ねぇマルクトは。君は生真面目すぎると言うか、いじっぱりというか』

『貴方にだけは言われたくありません。放っておいてくだ──?』

 

 今さらノコノコと出てきて、何しに来たと……そう思いながらマルクトが、振り向いて物申そうとする。

 しかし、その姿を見て思わず言葉を止めた。

 

 そこには八枚の翼を持つ黒髪の女性──サフィラス十大天使3番目の天使、「理解」を司る大天使が真の姿で佇んでいたのだ。

 

 それは日常の大半を擬態した姿で過ごしている彼女にとっては、非常に珍しい光景だった。

 尤も、真の姿とは言えその顔は頭部を覆う漆黒のヴェールに隠されており、相変わらず素顔を窺うことができない。

 ウエディングドレスのような漆黒の衣装を身に纏う彼女の素顔を知る者は、サフィラス十大天使の中でも限られていた。少なくともマルクトは、未だにベールの中身を見たことがない。

 その辺りも彼女のことを個人的に嫌う理由である。

 

『……懐かしいですね、本当の姿で来るなんて』

『そうかい? ああ、この姿で君と会うのは……大体、300年ぶりくらいかな?』

『そんなに昔じゃないです』

 

 確かに随分と久しぶりではあるが、マルクトの記憶が正しい限り精々150年かそこらである。

 マルクトは──この世代(・・・・)のマルクトに関しては、彼女と違って300年も生きていない若輩なのである。

 

 だからこそマルクトは、自身の島にいて彼女のいい噂を碌に聞いたことが無かった。

 

『いつもみたいに擬態していないなんて珍しいですね。どういう風の吹き回しですか?』

 

 可愛らしい子犬に擬態して擦り寄ってきたことをマルクトは一生忘れない。

 それに気づかず、一緒に風呂まで入ってあれこれと遊んだこともだ。幼い頃のトラウマが響くのは、大天使と言えど変わらなかった。

 

『さてね……大好きなお兄ちゃんに対して、ようやく素直になった誰かさんに触発されたのかもしれないね』

『……っ、ふ、ふん! 見ていたんですかいやらしい!』

『特等席でね。とてもほっこりしたよ』

 

 いやらしいこの大天使が、島のどこかで見ているとは思っていた。

 ネツァクも言っていたが、T.P.エイト・オリーシュアからは僅かに彼女の気配を感じていたのだ。

 おそらくは、彼女のことをお得意の観察で「理解」しようとしていたのだろう。

 そして今彼女の元から離れたことで、大凡の「理解」を終えたのだろうとマルクトは察していた。

 ならば丁度いい。理解の天使には、聞きたいことがあった。

 

 

『……ダァトなの? あの方は』

 

 

 T.P.エイト・オリーシュアの正体である。

 ホドが語っていた原初の大天使ダァト説。

 マルクト自身が彼女から感じた──何か心がポカポカするような不思議な感覚。

 それを見ていた理解の天使が、彼女のことをどう見ているのか気になったのだ。

 理解の天使はマルクトの問いに、曖昧な言葉で答えた。

 

 

『可能性は高いと思うよ。もちろん、確定とは言えない。彼女にはまだ隠されている謎が多いからね。私が見ている間、他の聖獣(フェアリー)たちにちょっかいを掛けてほしくなかったからマーキングしていたんだけど……だんだん効き目が弱くなっているし、私以上の大物なのは間違いないと思うよ。私の目にも気づいていたしね、彼女。その正体は母なるダァトか、それとも……』

 

 

 そこまで語り、理解の天使は言葉を止めた。

 はぐらかすような物言いに眉をひそめる。こう言うところもマルクトは好きではなかった。

 

『それとも、何ですか?』

 

 問い質すマルクトに対して、彼女は人差し指を立てながら言った。

 

 

『それを確かめるのも天使の仕事だよ、マルクト。じゃあね、ケテルによろしく』

 

 

 まるで師匠気取りである。

 文句の一つでも言ってやろうかと思ったが、その前に彼女の姿はこの場から消えていた。

 テレポーテーション──彼女の得意とする聖術の一つである。

 神出鬼没で、気ままに現れては消えていくのが彼女という大天使だ。

 マルクトはぼそりと恨み節を溢した。

 

 

『だから王様(ケテル)に怒られるんですよ、ビナー。そういうところが……』

 

 

 やはり、長女のことは苦手だ。

 理解の大天使ビナー。

 その翼は他のサフィラス十大天使と同じく全部で八枚宿しているが、左側の四枚が半分ほど欠損しているのが他の大天使と異なる特徴である。

 彼女が擬態ばかりして真の姿を晒さないのは、そんな自分の醜い羽を見られたくないからだというのがティファレトの推察だが……マルクトにはそうは思えなかった。

 

 彼女の左翼は昔、愚かにも王様(ケテル)に喧嘩を吹っ掛けた結果そうなったと聞いているが……今も良からぬことを考えているのなら、マルクトは長女である彼女にも剣を向けるつもりだった。

 

 ──そんなことは、したくないけど……

 

 マルクトは溜め息を吐き、兄の消えた空を名残惜しい思いで振り仰いだ。

 

 




 朝起きたらたくさんポイントが増えてて驚きました。
 おかげさまで目標達成です! ありがとうございます!


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チートオリ主理解編
深夜の空に9歳の少年を連れ回す事案


 今回は本筋です


 あれは嵐の日のことだ。

 

 一年前、事故で空から落下し、重傷を負った。

 それ以来、鳥人族の少年ロスは空を飛べなくなった。

 治癒術師には「生きているだけでも儲け物だよ」と言われた。事故当時の状況はそれほど酷く、まさに九死に一生を得た命だった。

 身体的な後遺症が残らなかったのも、奇跡と言っていいだろう。実際、その後は日常生活を送る分には何の問題もなく過ごすことができたのだ。

 

 ──しかし、精神的な傷痕は今も残り続けている。

 

 怖いのだ。

 九歳になり、身体もすっかり元気になった今、ロスは空を飛んでいると無性にあの時の恐怖が蘇ってしまう。

 パニックになってしまったロスは水の中で泳ぎ方を忘れたように羽の使い方が無茶苦茶になり、目指す方向とは明後日の方向に飛んでしまい、最終的には地面に降りてしまうのだった。

 それは、心理的な外傷──事故時のトラウマが原因だった。

 

 だが、このままで良いわけがない。

 

 鳥人族は空で生きる種族だ。昨今五歳児でも大空を自在に飛び回っているのに、九歳にもなって飛べない鳥人族など一族の恥である。

 特に自分は健康体であり、身体は何ともない筈なのだ。それなのにいつも申し訳なさそうな目で見てくる両親の目が、ロスには苦痛だった。

 

『大丈夫、大丈夫……』

 

 町から少し離れた灯台の上。

 雲海を見下ろせるその施設の屋上に立つと、ロスは深呼吸をしながら自分自身に言い聞かせるように反芻した。

 リハビリは十分であり、治癒術師からも太鼓判を押されている。飛ぶこと自体はできるのだ。ただ一定の高度を超えると急に怖くなり、羽ばたけなくなるだけで。

 大丈夫、僕はできる。元々同世代の中では飛ぶのが得意な方だったのだ。ロスは目を閉じて怪我をする前の自分を思い出し、意を決して目を開く。

 

 そして一歩前に足を踏み出し、灯台の屋上から飛び降りるように空へ飛び出した。

 

 風は丁度いい強さで吹いている。

 暗闇ではあるが、絶好の飛行日和だった。

 そんなエルの空で、ロスがもがくように翼を羽ばたかせる。すると、その小さな身体が風に乗って滑空し、ロスは鳥人族としての本能に高揚を覚えた。

 

 イケる……これなら!

 

 翼は問題無く動く。手応えを感じたロスは高度を上げてさらに上昇していき、飛び降りた灯台よりも高く舞い上がった──その時だった。

 

『──ッ』

 

 不意に、景色が変わった。

 それは、落雷が轟く大雨の中。

 乱れ狂い、制御を失った自分自身の翼。

 迫る地面。

 

 事故当時の記憶が一秒一秒スローモーションとなって、ロスの脳内へと呼び起こされたのである。

 それは彼が空に怯えるようになった記憶の、鮮明なフラッシュバックだった。

 

『あああ……あああああっっ!』

 

 フラッシュバックに思考を塗り潰されたロスは錯乱し、絶叫する。

 駄目だ……何度試してもこうなる。

 鳥人族にとって当たり前の空が、ロスにはあまりにも遠く、恐ろしかった。

 そんな彼は溺れたように翼をばたつかせながら、地上に向けて高度を下げていく。彼の中の防衛本能がこれ以上の飛行に危険を察知し、震える脚で灯台の屋上へと舞い戻ったのである。

 

 ロス自身はどうやって戻ってきたのかわからないほどに、頭の中が真っ白だった。

 

 

『がっ……はぁーっ……はぁ……はぁ……!』

 

 呼吸を激しく乱した彼は、着地した途端両膝を突いて崩れ落ちる。

 苦しさと悔しさに打ちのめされ、ロスはその拳を自分自身に向けるように地に打ちつけた。

 心の中はひたすらに情けなくて、泣き出したくなるほど苛立ちに染まっていた。

 飛べるのに、飛べない。目指す空はどこまでも遠かった。

 

 ふと前からそんな自分の姿を心配そうに見つめている眼差しに気づいたのは、それから数拍の間を置いた時のことだった。

 

 

 

「大丈夫? 治療しようか?」

 

 

 その時──月の輝く灯台の上で、ロスは天使と出会った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黒髪の女性、「T.P.エイト・オリーシュア」と名乗った彼女が人間に擬態した天使であることは、このエルの島民たちにとって周知の事実だった。

 

 その背中に王様(ケテル)に並ぶ十枚の翼を広げ、空から深淵のクリファ、アディシェスが撒き散らした毒を悉く浄化してくれたのである。そんな御業ができるのは聖龍かサフィラス十大天使しか有り得ず、その時の彼女が見せた慈愛の心や美しい姿はこの島の主だったケセドに通ずるものがあった。

 

 それ故にロスは、彼女のことを人間だと思っていなかった。

 

 大天使の一人を相手にするのと同じ気持ちで畏まっていた彼に気を遣ったのか、エイトという女性はこちらの緊張を解くようにロスの背中を擦ってくれた。

 そんな彼女は生地の薄い民族衣装のような華やかな衣装を身に纏っていることから、ロスの心をドキリと跳ねさせたものだが……密着した彼女から発せられる心地よいアロマのような香りが、次第にロスの神経を落ち着かせていった。

 

 ロスは彼女に促されるままに、自分のこと──自分が鳥人族なのに空を自由に飛べないこと、その原因であるかつての事故のことを話した。

 その間彼女は項垂れるロスの顔からじっと目を離さず、親身な態度で一言一句相槌を打ちながら聞いてくれたのが、ロスの心を少しだけ楽にしてくれた。

 

「そっか……大変だったんだね……」

「……うん」

 

 気づけば二人横並びになりながら夜空に浮かぶ満月を眺め、灯台の上で三角座りをしていた。

 ロスが語り終えると、エイトは悲しそうに目尻を下げながら労るように彼の肩を叩いた。

 その指先から伝わってくる柔らかな感触が、彼女の優しい心を表しているように感じた。

 

 大天使様に、何を言っているんだ僕は……そう思い、ロスは余計に自分が情けなくなる。

 

『ダメだな、僕……空が怖いなんて……鳥人族失格だ……』

 

 心から、そう吐き捨てた。

 何度舞い上がろうとしても、ロスはこの大空に羽ばたくことができない。

 彼女のように優雅に飛ぶことなど夢のまた夢で──残酷な現実に打ちのめされたロスを襲ったのは、鳥人族としてのアイデンティティを喪失したことによる激しい自己嫌悪だった。

 そんな彼に対して、エイトは夜空の月を見つめながら言い放った。

 

 

「明けない夜はないよ」

 

 

 月に照らし出された横顔から、囁くような声で彼女が続ける。

 

 

「この世界の月はとても明るくて、美しい。だけど時が過ぎればやがて沈み、暖かな日が昇る。何事も同じだよ」

 

 

 懐かしむような顔で、T.P.エイト・オリーシュアが穏やかに微笑む。

 再びロスの視線と交錯し、彼女は諭すように言った。

 

「今は苦しくても、諦めなければ救いの時は必ず訪れる。そのチャンスを生かせるかどうかはキミ次第だけど……キミはこうして自分の将来に思い悩んで、苦しみに打ち勝つ為に努力できる子だろう?」

 

 ポンッと、ロスの肩に手を掛ける。

 それは彼が心のどこかで、ずっと欲しがっていた言葉だった。

 

 

「エラいぞ、少年」

『──ッ、あ……』

 

 

 嬉しさと照れ臭さで顔が赤くなる。

 褒めてもらった。大天使様に。

 

『へへっ』

 

 まだ何も成したわけではない。しかし自然と笑みが漏れてしまった。

 結果は何も出せておらず、ロスは飛べない能無しのままだ。

 しかし、彼女ほどの人物に努力を肯定してもらえたのは、申し訳なさ以上に込み上がってくるものがあったのである。

 

 赤くなった顔を伏せたロスの横でエイトが立ち上がり、「ん、んー……っ」と艶めかしい声を漏らしながら背伸びをしてチャーミングに仰け反る。

 動きにくそうな格好だが、ストレッチのつもりなのだろうか。彼女が着ている衣装の袖の余りが、風に吹かれてパタパタと揺れ動いていた。

 僅かにめくれた膝下に目が入ってしまったロスは、慌てて視線を逸らしながら立ち上がった。

 

「うーん、そうだね。キミは何も、空が嫌いになったわけじゃないんだろう?」

『は、はい……ただ高くなると、急に心臓がバクバクしてダメなんです……』

「ふむふむ……よし。じゃあさ、まずは空を楽しむところから始めようか」

『え?』

 

 そう言いながら人差し指をピンと立てて、エイトがイタズラっぽく笑う。

 それは何か、先程までの儚い表情と違って悪友めいた雰囲気があった。

 

 

『わぁ……!』

 

 ──そして今、ロスは空高くから島を見下ろしていた。

 

 灯台よりも、ずっと高い。

 飛んでいるのだ彼は。

 しかし、彼自身の翼ではない。彼の両脇から両手で抱き抱えながら、T.P.エイト・オリーシュアが十枚の翼を広げてロスを空中旅行に連れていってくれたのである。

 

「どうかな? ボクのエスコートは」

『最高ですっ! こんなに高いところ、初めて……!』

「ふふ、いいものだろう? 夜空のフライトって言うのも」

『うん!』

 

 背中から伝わってくる感触と赤子のように抱きしめられた体勢に最初は恥ずかしがっていたロスだが、その際に浮かべたエイトの不思議そうな顔に邪な気持ちは霧散し、彼はこのフライトを受け入れることになった。

 そしてロスは、彼女の提案を受けて本当に良かったと思った。

 大空から見下ろす島の景色は美しくて、懐かしくて──自分が空が大好きなのだと身に染みて理解することができたのだ。

 その瞳をキラキラと輝かせて下界を見渡すロスの顔に、エイトが嬉しそうに笑った。

 

「かなりの高さだけど、今は空が怖いと感じるかい?」

『ううん、大丈夫です。何でだろう……? 天使様がついているからなのかな……全然怖くないです! 寧ろ……』

「寧ろ?」

『な、なんでもないですっ』

 

 きょとんと首を傾げる彼女から視線を外し、ロスの顔が再び赤くなる。

 僕は今何を言いかけた? なんで言葉を止めた?

 ロス自身が彼女に対する挙動不審な自分が理解できず、不思議に思いながら島の景色へと視線を戻した。

 ダメだダメだダメだダメだダメだ。天使様は僕の為にここまでしてくれているんだ。変なことは考えちゃいけない。

 かーさんより慎ましいけど柔らかい感触とか、耳元に掛かる吐息の甘さとかそういうのは!

 聖獣にとって、一般的に九歳という年齢は幼いながらも異性に関心を持ち始めても不思議ではない年齢であったが、ロスは耐えた。持ち前の精神力で耐え抜いてみせた。

 しかし自身の身体を包み込むように後ろから抱きしめる彼女の温かさこそが、彼の空への恐怖を打ち消しているのは確かだった。

 寧ろ、安心を感じている……それが今のロスの、惜しみない感情である。

 

 そうして彼らは十分ほど空の旅を満喫し、再び灯台へと戻った。

 

 その時のロスは既に、折れかけた心は立ち直っていた。

 

『僕、やります』

 

 前を向いて、力強く言い切る。

 それは空を飛ぶことを諦めた少年の顔ではなく、夢に向かって覚悟を決めた「男」の顔だった。

 そんな彼の視線を受けて、エイトが満足そうに頷いた。

 

「乗りかかった船だ。あと一時間ぐらいなら付き合うよ。危なくなったら受け止めてあげるから、頑張ろう少年」

『っ、はい!』

 

 そうして、ロスの挑戦が始まった。

 空を飛ぶ気持ち良さ……先ほどエイトに連れられた時に感じたものを忘れぬうちに、ロスは自分に打ち勝とうと思ったのだ。

 そんな勇気に応じるように、エイトが彼の秘密の特訓に付き添ってくれた。

 

 それから始まった飛行訓練は、何度も失敗した。

 一定の高度へ上がった途端翼の動きが固くなり、落下していくところをエイトの見えない力──念動力に受け止められたり、時には彼女の胸に直接受け止められたりということもあった。

 特に後者は何度も繰り返してたまるかと闘争心を掻き立て、ロスをより必死の形相で空へと復帰させたものだ。これ以上受け止められたらもう自分がおかしくなる。まだ幼いながらも、ロスの心は立派な男の子になりつつあった。

 

 そして──

 

 

『やった! やったよ天使様っ!』

 

 

 挑戦すること三十回目。

 ロスは遂に成し遂げた。

 地上から1500m以上の高さを飛び回っても、フラッシュバックは起こらず動悸も無い。翼の羽ばたきは非常に滑らかで、手足のように自由自在に羽ばたかせることができた。

 そんなロスと並走して飛行していたエイトが、無邪気な彼の喜びを祝福する。

 

「頑張ったね。凄いな、キミは」

『天使様のおかげです! 本当の本当にありがとうございますっ! 天使様がいなかったら、僕は……』

「ボクはほんの少しだけお節介を焼いただけさ。キミがまた飛べたのは、空が好きだって気持ちがあったから……それにね、昔はボクもキミと同じだったんだ」

『え?』

 

 興奮するロスに対してそう返したエイトの言葉に、思わず首を傾げる。

 天使様が、僕と一緒?

 その言葉の意味するものがわからず困惑するロスに、エイトは遠い過去を懐かしむように語る。

 

「小さい頃、何度も落ちて叱られた。お前は身体が弱いんだから、無理をするなと言い聞かされたよ」

『っ……それって……!』

「ふふ……秘密だよ? だから、周りには言い触らさないでほしいな」

『は、はい!』

「よろしい」

 

 この立派な大天使様も、昔は上手く飛べなかったと言うのである。

 それはきっと今より遥かに大昔の話で、今の彼女からは想像もつかない過去だが──恥ずかしそうに笑う彼女の顔に、ロスは意外な一面を見たような気がした。

 そしてその事実を知った自分が、なんだか特別な存在になれたようで少し嬉しかった。

 

「そんなボクだけど、それでも好きだった。高いところがずっと大好きだったから……ボクはその気持ちを、諦めたくなかった」

 

 だから、キミにシンパシーを感じたのさと彼女は語る。

 未熟だった頃を懐かしむその言葉は、ロスに勇気を与えた。

 こんなに凄いお姉さんでも、そういう時期があったのだと。ならば自分も、今からでも頑張り続ければ立派になれるのではないかと。

 

 そして、その時は──改めて、お礼を言いたいと思った。

 

 簡単に会えるような天使様でないことはわかっている。

 だがそれでも、ロスは心に誓った。

 何年か先になっても、必ずこの翼で会いに行くと。

 

 ──そんな少年の、成長の一幕である。




エイト「昔はボクも(木登りをして)よく落っこちたものだよ……」

ショタ「天使様も(飛行中に)落ちたのかー……」


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準オリキャラは案外受け入れられやすい

 何故かはわかりませんがそんな気がします


 落ち着いた移動時間なので、アニメ「フェアリーセイバーズ」について振り返ろう。

 

 ツァバオトから飛び立って以来、僕たちが辿ったロードは原作の展開から随分と乖離してしまった。

 「深淵のクリファ」というイレギュラーが発生した以上、僕の微妙な原作知識などもはや何の参考にもならないかもしれないが、おさらいをする意味でも語っておきたいのである。

 

 そう、原作におけるツァバオトを発った後の展開であるが──あれは作中第19話、サブタイトルは「コクマーの罠」とか、そういう感じの回だった。

 ネツァクと拳で語り合い和解を果たした長太と合流した炎たちは、コクマーによる広域テレパシーにより第2の島「ヨッド」の聖都にてセイバーズ司令官「光井明宏」が囚われていることを知る。

 彼により『夜明けと共に処刑するゥ』と告げられたことで、焦る三人が全速力でヨッドへ赴き奪還作戦を実行するが、それは彼らを誘き寄せる「知恵」の大天使コクマーの罠だった!

 

 牢獄の中で待ち伏せを食らった三人は大量の聖獣軍団に囲まれ、絶体絶命のピンチに陥る。

 しかし、そこへ現れたのは鳥型の聖獣軍団を引き連れた「風岡翼」だった!──というところで次回の引きになる。

 灯ちゃんは曇るし、明宏と翼が出てきたり緊迫感のある回だったものだ。

 

 そして次が第20話、「ケセドのもとに集え!」とかそんな感じのサブタイトルである。

 前回登場した翼と明宏との合流回であり、ケセド派の大天使「ティファレト」が登場するのもこの回である。

 彼女と連係を取り、いつの間にかフェアリーバーストを習得していた翼の働きにより、再集結したセイバーズは友情パワーで明宏の奪還に成功する。

 

 ヨッドから脱出したセイバーズ一行はその足でケセド派の聖獣たちと共に慈悲の島「エル」へと向かい、灯の中にいるケセドはティファレトと力を合わせて発動した広域テレパシーにより、フェアリーワールド全土に対して演説を行ったのである。

 不倶戴天の敵「アビス」を倒すには人間との協力が必要であること、人間も悪い者ばかりではないこと。そして慈悲の大天使ケセドと美の大天使ティファレトは王命には従わぬと──全世界に向けてケテルに対する反意を訴えたのだった。

 

 そして次が第21話、サブタイトルは忘れた。

 しかし、内容は覚えている。この回は、前回ケセドの演説でも触れられたアビス打倒の為の「異能の真実」について明かされた回だった。

 ケテル派の会合シーンや炎たちの作戦会議等、聖獣サイドの情報が粗方開示される箸休め的な説明回である。灯ちゃんとティファレト様の入浴シーンもあるぞ。

 そこで明らかになったのが、フェアリーワールドが今非常に不安定な情勢だということだ。

 アビスの被害に対してサフィラス十大天使の力をもってしても対処が追いつかなくなっており、最悪の場合は聖獣たちによる人間世界への移住も考えているとケテルが語った。

 

 そもそもアビスを完全に止めるには人間と協力する必要があり、その為に聖龍が人類に与えたのが「異能」と呼ばれる力だった。

 

 しかし人間という種族に失望し、心から軽蔑しているケテルにとってそれは理解し難い決断だった。

 

『父よ、何故なのだ……? 何故……を見捨てた貴方が、今更人間などに……』

 

 虚無感バリバリの眼差しでそう呟くケテルの顔のアップを最後に、この回は締められる。

 超絶イケメンで声も渋カッコいいのに全く覇気を感じず、常に死んだ目をしているラスボスの容姿が明らかになった回でもあった。

 あと、ところどころボソボソ話していて彼の台詞はよく聞き取れなかった記憶がある。そんなラスボスのキャラには、子供心に不気味さを感じたものだ。

 

 一方、五人揃ったセイバーズは聖龍アイン・ソフとの謁見を果たす為、世界樹「サフィラ」へと向かうのであった。

 

 そして次の第22話がサフィラス十大天使界のアイドル、「マルクト」様ちゃんの登場回である。

 

 ティファレトたちケセド派の聖獣の力を借りて、世界樹へと向かうセイバーズ御一行。

 その道を阻むのは、「王国」の大天使マルクトと再び現れた「知恵」の大天使コクマーだった。

 セイバーズ五人は二手に分かれ、コクマーを翼、明宏、長太の三人が、マルクトを炎と灯ちゃんがそれぞれ相手取る。

 

 そこで遂に本気を見せたコクマーの圧倒的パワーに僕は驚き、マルクトの絶対領域に性癖を狂わされたものである。

 

 マルクトはケセド──灯ちゃんに対して執拗に攻撃を仕掛け、人間にいかほどの価値があるのかと問い掛ける。

 しかしどれほど末妹のなじりを受けようと人間の可能性を信じ抜いたケセドと、そんな彼のことを信じ抜いた灯ちゃんの心が一つになり、奥義「慈悲の戒律」を発動する。灯ちゃんの髪がぶわーっと青色に変わった時は子供心に「ふつくしい……」と呟いたものである。

 

 そうして覚醒した灯ちゃんと炎の合体攻撃により、セイバーズは見事マルクトを打ち破るのだった。

 

 当時はマルクト様ちゃんの見事なやられっぷりに萌えて燃えたシーンだったが、今視たら印象が変わる回かもしれない。まあ、視れないのだが。

 

 

 ──以上がおそらく、この世界では今後も起こらないであろう大まかな原作の流れである。

 

 

 第23話からは僕たちが世界樹に着いてから語ろう。その辺りのことは、まだ原作知識が使えるかもしれないしね。

 

 しかしアレだね。

 ここまで振り返ってわかる女神様っぽい人の原作ブレイクぶりよ。やっぱつえーなオリジナル要素。

 もちろん僕たちの前に現れた「深淵のクリファ」などという存在は原作には影も形も無いし、ティファレトの立ち位置なんて全く違う。あーやっぱりケセド君引き合わせたかったなぁ……僕はケセド×ティファレトのカップリング推しなので、その期を逃したことを滅法悔やんでいた。まあ、生きていればいくらでも機会はあると思うが、是非とも生のケセティファを拝みたいところである。ああ、でもマルクトとティファレトに挟まれるケセドも見たいかもしれない。

 まったく、チートオリ主はやること多いぜ。

 

 そして改めて感じる、原作アニメのコクマー優遇と女神様っぽい人のマルクト優遇ぶりである。

 僕はコクマーもマルクトも好きだからいいんだけどね、サフィラス十大天使は十人もいる以上、どうあっても扱いに格差ができてしまうものなのだ。

 だが、そこを何とかするのがSS作者の見せどころである。僕は女神様っぽい人にいい感じの着想を与える為に、これからは炎たちだけではなく敵サイドの見せ場にも気を付けていきたいと思う。

 

 

 さて、その点これから会いに行く「理解」を司る3の大天使ビナー様は、原作アニメ未登場のサフィラス十大天使の一人である。

 

 どんな人なんだろうなー……ケテル派の会議シーンですら、彼女の存在は影も形も無かったのである。最近性別が女性であることを知ったぐらいであり、彼女については言わば公式設定だけはある「女神様っぽい人の準オリキャラ」と言っていい存在だった。

 彼女の他にはもう一人、「基礎」を司る「イェソド」という9番目の大天使も作中未登場に終わっていたが、こちらは画面外でアビスと戦っているとコクマーさんから手厚くフォローされていたものだ。何ならケテルからも手堅い奴と高く評価されていた。

 女神様っぽい人のことだから、そちらも僕たちの前に出てくるかもしれないね。

 

 ん? そういうオリキャラの追加はいいのかって? まあ、僕はいいと思うよ。

 

 公式が設定だけ出したキャラを、SS作者が独自解釈で肉付けしていくのは二次創作界では割とよくある。

 そういったキャラは読者視点ではまっさらな印象から始まるオリキャラと違って、原作でも立場自体は確立されているのでキャラ付けに説得力があり、新規で追加してもある程度受け入れやすいのである。この理屈は正直僕も不思議に思っている。

 流石にフェアリーセイバーズで言うところのビナー様ぐらい極端な例はあまり無いかもしれないが、名前とサフィラス十大天使の一人というポジションだけでも公式が出していたのなら、それは半分以上原作キャラと言っていいだろう。

 

 

 

「理解の大天使ビナーって、どんな人だろうね。みんなはどう思う?」

 

 

 「慈悲の不死鳥」に乗ってエロヒムへ向かう空路の道中、僕たちはケセド君の背中に作った休憩室の中で、思い思いに寛ぎながら時間を潰していた。

 

 ……と言っても、本当に寛いでいたのは僕と、僕の膝の上で丸くなっているカバラちゃんだけだったが。

 

 長太は汗水垂らしながら筋トレ中。炎とメアはそれぞれ仲良く二人で瞑想し、精神統一を行なっている様子だった。なので僕一人退屈である。

 世界樹サフィラの横を通りすぎる時はその大きさと神聖さを前に皆して目を輝かせたものだが、峠を過ぎるとどうしたって時間が余るのである。

 

 そんな中で僕はカバラちゃんの毛繕いをしたり、メアちゃんの衣装を裁縫で直してあげたりと時間を潰していたりしたが、それらも終わり流石に手持ち無沙汰だったので、僕の考察に皆を巻き込むことにした。

 そろそろエロヒムが見えてくるだろうしね。コクマー辺り邪魔しに来るかなと思っていたが、不気味なほど順調な空旅だった。

 

「さあなぁ……コクマーは怒りん坊将軍だろ? ネツァクのおっさんは熱血ヒーローって感じで、ティファレトは冷たいねーちゃんだったな。マルクトはクソガキ」

「クソガキは言い過ぎだ。子供っぽいとは思ったが……」

「みんな優しい人……だと思う。もちろんケセドも」

『ありがとう、メア』

 

 ふむ……セイバーズの皆さんから見た今までのサフィラス十大天使はそんな印象だったのか。

 うん、原作との立ち位置が180°変わっているティファレト以外は、彼らが受けた印象も概ね僕と同じようだ。

 

 それらの情報を鑑みると──自ずと、ビナーのキャラ付けもある程度絞れてくるというものだ。

 そうだね……僕は眼鏡を掛けた知的美人と見るね。そのタイプのキャラはまだ出てきていないし。

 

 これもメタ的な話になるが、創作においてメインキャラのキャラ被りとはなるべく避けたいところである。

 特に小説という媒体上、既存の登場人物と似たような性格だと一堂に会した際、会話シーンで誰が喋っているセリフなのかわかりづらくなってしまうのはよろしくなかった。

 ライトノベルでは特徴的な語尾を付けて喋るキャラが多いのも、おそらくその為だろう。まったく、世知辛い話でザウルス。

 

「そうだ、ケセドならなんか知っているんじゃないか? そのビナーって奴のこと」

 

 サフィラス十大天使のことはサフィラス十大天使に聞くのが一番だと判断した長太が、1000回目の腕立て伏せを終えるなりケセドに話を振る。

 こういう時、彼の存在が頼りになる。同行者が増えた分、ホドの時のように僕の物知り解説役ポジションが再び揺らいでしまっているのは非常に困るが。

 

 そんなケセドは、飛行速度を維持したまま長太の問いに答えた。

 

『ごめんね……彼女の島は離れているし、僕もビナーとはちゃんと話したことがないんだ。どうにも彼女は昔ケテルと喧嘩したみたいで、大天使の会議にも全然来ないし、みんなの中で一番マイペースなのは間違いないと思う。エロヒムに住む島民たちの評判を聞くに、本質的には優しい人なんだろうけどね』

「なんだそりゃ……あ、でもいいのか! ケテルに従わねぇってことは、元々率先して逆らってるってことだろ? 頼もしいじゃねーか」

『味方にできれば、頼りになる存在なのは間違いないと思うよ。彼女は僕たちの中でも、王に次ぐ二番目を争う実力者だからね』

「ん、じゃあ俺たちが今まで会ってきた中だと一番強ぇのか?」

『コクマーと同じぐらいかなぁ。ケテル、コクマー、ビナーの三人は、僕たちの中でも抜きん出た力を持っているんだ。僕たちより一回り年上だし』

 

 ほえーマジか……そんなに強かったのね理解の人。

 まあ序列三番目のお姉ちゃんだもんな。サフィラス十大天使は必ずしも上から順に強いというわけではないが、ケテルとコクマーが頭一つ抜けているのは解釈一致である。そこに食い込んでくるとはビナー様……やはり盛ってきたな、女神様っぽい人!

 

 

『性格で言うとそうだね……神出鬼没で、自由気ままにふらっと現れては消えていく。聖獣観察や人助けが趣味の謎めいた女性で、詩的な言い回しをよくしてて……髪の毛は黒い。ああ、エイト様に似ているかも』

「お? マジか!」

 

 

 えっ。

 

 

 新キャラの被り対象が、僕──だと……?

 馬鹿な……正気か女神様っぽい人! 僕はオリ主だぞ!?

 

 エイトちゃんは戦慄した。

 オリ主と準オリキャラのキャラ被りすら恐れない、女神様っぽい人の熱い勇気に。やはりガチ勢は格が違うと言うのか……

 

 ……いや、違うな。

 

 今回の場合、被っていたのは僕の方だ。

 僕の意味深ミステリアスムーブが、たまたま既存のキャラと被っていたパターンである。

 やっちまったなぁ僕……まあ、過ぎたことだ。僕はオリ主としてのこの強キャラムーブを気に入っているし、今さら言っても仕方ない。

 

 ビナー様はミステリアス美人、僕覚えた!

 

 

「早く会ってみたいよね」

「キュー」

 

 

 カバラちゃんのもちもちした頬を両手でムニムニとしながら、僕は「ねー?」と呼びかける。

 こうしているとテディベアみたいだな。そう思いながら僕は、もふもふと戯れることでエロヒムまでの時間を潰した。

 

 



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最強の敵、キャラ被り

 丸一日掛けた飛行で、遂にやって来ましたよエロヒム。

 いやあ、流石に島の近くまで来るとコクマーの部下っぽい聖獣たちの妨害とか色々あったけど、みんなもこの世界に来て随分と強くなった。

 何せ全員単独で飛べるのがいいよね。僕はサポートに徹するだけで十分だったし、炎と長太が待ち構えていた聖獣たちを全て返り討ちにしてくれた。

 もはやエレメント・ワイバーン程度では相手にならないという感じだ。物語も後半になって、天使以外なら楽勝と言った感じである。

 

 ──そして空を進み、エロヒムの陸地が見えてきたところで、僕たちの前に一人の天使が現れた。

 

 

『セイバーズの皆さんですね? お待ちしていました』

 

 

 何も無い上空に、一瞬にして姿を現したのである。

 これは……テレポーテーションだな。聖術でもできるのか……やっぱ本家本元はすげえや。

 しかし、何の前置きも無く唐突に現れるのは些か心臓に悪いよね。もう少しさりげなく登場してほしいものである。

 えっ、お前が言うなって? 僕はいいのだ。オリ主だから。

 

 

『私の名はザフキエル。ビナー様にお仕えする、この島の筆頭天使です』

「暁月炎だ。それと、力動長太、メア、T.P.エイト・オリーシュア」

「よろしくね」

 

 テレポーテーションで僕たちの前に現れた天使の青年はご丁寧に自らの名を名乗ると、炎が僕たちを代表して挨拶を返す。

 それにしても、筆頭天使か。

 羽の枚数は四枚。ネツァクさんのところのハニエルさんと、ケセド君のところの筆頭天使さんと同じ枚数である。

 いきなり島のナンバーツーがお出迎えしてくれるとは、ビナーという大天使はそれほど僕たちのことを買っているのだろうか。これは期待できそうである。

 

「強ぇな、アイツ……」

『ザフキエルはよくビナーの代わりに十大天使の会議に出席してくれたり、この島の政務を執り仕切ったりしている筆頭天使なんだ。戦闘能力もかなりのものだよ』

「ほー……」

 

 ……なんか、今のを聞いて、ビナー様への不安がちょっと高まったのだが大丈夫だろうか。

 まあ、一番偉い人が必ずしも島の全部を管理しているわけじゃないのは当たり前の話か。マルクト様ちゃんが政治している姿とか、想像つかないもんね。いや実際どうかはわからないが。

 天皇陛下と総理大臣が別々に存在しているように、ビナー様は適材適所の人事配置を是とする合理性の高い性格なのだろう。

 

 うん……ザフキエルというこの天使さん、目の下にすっごいクマができているけど大丈夫かなこの人。他の天使の例に漏れず彼も人間基準ではエラい美形さんだが、その顔色からは疲労の色が隠しきれていなかった。

 

 彼を見ているだけで、ビナー様の知的美人な想像図が一瞬にして中間管理職の扱いが悪いブラック社長みたいな印象になったんだけど。

 これは注意しておいた方がいいかもしれない。

 

『慈悲の大天使様にお褒めに預かり光栄です。ビナー様からお聞きした通り、再誕されたのですね。ケセド様』

『この方たちのおかげでね。彼らと一緒に入島したいのだけれど、ビナーのところまで案内してもらえるかな?』

『もちろんです。私はその為にお迎えに上がったのですから。ビナー様は聖都「ベート」でお待ちしております』

「おお、助かるぜ!」

 

 ほうほう、話が早くて助かるね。ケセド君の自動運転と言い、今回は随分楽をさせてもらったエイトちゃんである。

 しかし筆頭天使さんにももうケセドの復活が伝わっていたとは、ビナー様は随分と情報が早い……流石は「理解」の天使である。

 一体、どんな情報網を持っているのだろうか……それとも、僕みたいに千里眼的な能力でエルの情報を遠くから監視していたとか? もしそうだとしたら油断ならない大天使様である。この世界に来てから僕はずっと気を付けていたけど、誰も見ていない時だろうとキャラを崩壊させるわけにはいかないねやはり。

 サフィラス十大天使トップクラスの実力者なのだから、心を読むぐらいのこともしてくるかもしれない。今のうちに「念動力」と「バリアー」その他色々な異能を合わせてマインドシールド的な物を作っておこう。完璧なオリ主ムーブにおいて、読心対策は基本中の基本なのである。

 

 ともあれ最高権力者が僕たちのことを把握済みなのは有り難い。

 いや、この場合はケセドが味方についているのも大きいのだろう。それだけで聖獣目線で見る僕たちの信頼度は段違いな筈である。

 現地住民と無益な衝突を避けられるのは、僕たち人間にとって都合のいい展開であった。

 

 トントン拍子に話を進めると、ビナー様の筆頭天使ザフキエルさんの先導により「慈悲の不死鳥(マーシフル・フェニックス)」に乗った僕たちはエロヒムの聖都「ベート」へと案内された。

 

 さて、どんな島だろうね?

 ビナーが未登場だったように、彼女の島であるエロヒムももちろん原作未登場である。

 基本的にフェアリーワールドの景観はファンタジー世界でお馴染みのイメージである中世ヨーロッパ風な感じだけど、ケセドの島エルの標高が高かったように、各島ごとにそれぞれ特徴が異なるのは地球と同じである。

 メタ的にも、全部似たような島だと冒険感が薄くなるしね。背景にもある程度変化が必要なのである。

 

 しかし空からゆっくりと降下し、地上に向かって近づいていくこの感覚は何度体験しても心が躍る。

 離陸と着陸、僕は両方とも好きなのである。うむ、空を飛ぶのはいいもんだ。あの夜、ロス少年とはそんな会話で盛り上がったものだ。

 

 新しい島の風景に興味があった僕は、カバラちゃんを両手に抱きかかえながらケセドの背中から下の景色を見下ろした。

 そして地上の町に建つ特徴的な建造物が目に入った瞬間、一同は目を丸くした。

 

「なあ、炎」

「ああ」

「……?」

 

 三人の顔には一様に困惑の色が浮かんでいる。

 かく言う僕も驚いている。彼らのように困惑はしなかったが、「そうきたか!」と感心したのである。

 僕は目に映った町の景色から、この島の管理者であるビナー様の趣味趣向を把握した。同時に、彼女が他の大天使たちから嫌われている理由も察する。

 これは、人間嫌いな彼らが気に入らないわけである。

 

 

「あれって、東京タワーだよな?」

 

 

 エロヒムの聖都「ベート」。

 そこには、僕たち地球人にとって見覚えのある観光名所があちこちに建ち並んでいたのだ。

 もちろん、どれも偽物(パチモン)である。

 

「東京タワーだけじゃない。エッフェル塔に自由の女神像、五重の塔やスフィンクス像もあるね。あっ、視線の先にはちゃんとKFCがある」

「なんだ……? この手当たり次第感は……」

「でも、すごくよくできてる」

「ああ、よくできたパチモンだな」

「見た目だけじゃないよ。中身もよく作られている」

 

 「サーチ」で分析したところ、外見以外のクオリティーも非常に高い。

 盗作でなければエロヒムの模倣技術を手放しで褒め称えていたところである。

 しかし一つ一つは見覚えのある建造物が一つの都市の中にごった煮になっている光景は、何と言うか子供のおもちゃ箱をひっくり返したみたいなカオスな街並みだった。

 いや、精巧なことは精巧なのだが……模倣元の国々の文化をよく理解していない者が、上辺だけ理解したつもりになって一カ所に集めてしまった残念感である。

 

 SSで例えるならそれは、にわかレベルの原作知識しか持っていない作者が多重クロス物の執筆に挑戦してしまったような、そんな状態である。

 

 

 このカオスな町づくりを推し進めたのが島の管理者だとするならば、そこから推察できる彼女の人物像は一つ──第3のサフィラス十大天使ビナーは、グローバルな地球マニアのようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 聖都「ベート」の町の造りは、地球の先進国を参考にしているのが見て取れる近代的なものだった。

 

 和洋中様々な様式の住居が入り乱れている姿は、日本のそれに近い町並みである。

 驚くほど精巧なパチモン建築物には強烈な印象を受けたものだが、それらの数自体はそこまで多くはなく、アドナイやエルで見たようなフェアリーワールドらしい様式の建物も同じぐらい多かった。

 割合的には半々ぐらいか。地球の雰囲気と融合しているのがわかる街並みである。

 

「まるで日本だな」

「ああ、地方にはあるよなああいうの。チャチなパチモンが建ってる町」

 

 雰囲気は現代日本の地方のようだが、ところどころに聳え立つ大樹や街を行き交う聖獣たちの姿が、ここが日本ではないことを知らしめてくれる。

 そんな町の皆さんから見上げられる視線はザフキエルさんに連れられる僕たちに向かって物珍しそうに注がれていたが、いずれも敵意は感じない。友好的かどうかまではわからないが、ツァバオトの民ほど敵対的ではなさそうである。

 

 

『あちらがビナー様の宮殿です』

 

 

 そして門番たちからザフキエルさんの顔パスにより通された場所には、この島の管理者様の拠点が広がっていた。

 エジプトの宮殿を彷彿させる宮殿である。

 ネツァクの城と比べればやや小さいが、日本人からしてみると異世界感を感じる造形で何よりだ。ビナー様の拠点と紹介されたものがホワイトハウスや江戸城的な建物だったらどうしようかと思っていたところだ。

 

『ありますよ』

 

 あるの!? マジかよビナー様……異国の文化を盗作しなくては権力を示せない、情け無い奴なのだな!

 

 ……あっ、他人の異能盗みまくっている僕が言うのはブーメランだったね。

 しかし、アレだな。こうも地球の文化に精通していると、ビナー様には人間世界を観察する方法、もしくは次元のゲートを開く手段を持っているのかもしれない。是非とも確かめておきたいところだ。

 

「後者なら、帰りの便は確保できるかもしれないね」

「俺たちに協力してくれるなら、な……」

 

 僕が今後の展望を楽天的に呟くと、炎が含みのある言い方で返す。

 まあ、問題はそこである。僕たちの出迎えにわざわざお疲れ中の筆頭天使さんを遣わしたことと、地球の文化をリスペクトしているこの街並みを見ればある程度期待できるとは思うが、完全に警戒を解くのは迂闊だろう。正直これまでの道中で胡散臭さが上がったし。

 

 ほら、カバラちゃんも立派な建物に萎縮しているのか僕の肩でソワソワと尻尾を揺らめかしている。大丈夫だよー僕がついてるからねー。

 

「キュー!」

 

 よろしい、後でチュールあげるから今は辛抱だよ。何なら前みたいにシルクハットの中に入ってもいいからね。

 

 低空飛行から着陸した僕たちは宮殿の門を潜ると、広々とした屋内に広がるレッドカーペットの上を真っ直ぐに通っていく。因みにケセド君には小鳥ぐらいのサイズまで縮んでもらっている。身体は闇でできているので、僕のさじ加減次第で縮小も自由自在なのである。

 屋内で整列していた騎士さんがたの姿はオーガ族が主力のネツァクのところとは違い、見目麗しいエルフ族の聖獣が多かった。

 ふむ、ビナー様は面食いか……ますます残念な感じがしてきたわ。翼を匿ってくれたのって、もしかしてそういう……残念な眼鏡美人も、僕はアリだと思いますがね。

 

 

『緊張なさらずとも大丈夫ですよ、メア様。ビナー様は気さくなお方です。いつも通り楽にしていただければ』

「う、うん……」

 

 玉座の間が近づいてきたところで、メアちゃんの緊張を察したザフキエルさんが歩きながら呼びかける。

 一度も彼女の方を見ていないのに、大した洞察力である。

 そもそもメアちゃんは表情の変化が乏しいと言うのに、初対面でよく気づいたものだ。

 流石はブラック上司に鍛えられた中間管理職か。酷使枠のブラック労働者と覚醒したいじめられっ子がチート級に強いのはSS界隈では常識である。

 

 

『こちらです』

 

 ザフキエルさんに連れられた先で行き着いたのは、小さくなった名探偵のアイキャッチみたいな大きな扉だった。

 彼がその前に立つと扉は自動的に開き、僕たちの前に広々とした玉座の間が広がった。

 

 しかしその場所に待機していた聖獣さんは、一人しかいなかった。

 

 それはレッドカーペットの先にある玉座の傍らで佇むくたびれた青年──ザフキエルさんの姿だった。

 

 

「えっ……?」

 

 まず最初に、メアが困惑の声を漏らした。

 

 前を見る。ザフキエルさんがいる。

 

 向こうを見る。ザフキエルさんがいる。

 

 ──ザフキエルさんが二人……来るぞエイトちゃん!

 

 僕がそんな電波を受信していると、長太が僕たちを案内してくれた方のザフキエルさんに向かって問い掛けた。

 

「あそこにいるの、あんたの双子か?」

 

 双子の天使とか、普通にありそうだよね。アニメの話だけど、ハルートとマルートとか聞いたことあるし。

 ザフキエルさんにもそういう感じの兄弟がいたのかと思ったが……長太の質問に目の前の彼はふっと意味深な笑みを浮かべると、向こうのザフキエルさんは露骨に嫌そうな顔をしていた。

 

 おや? これは……

 

 

『姿を借りただけさ。私はシャイなのだよ』

「!?」

 

 

 ふと脳内に、囁くような女性の声が聴こえた。

 

 発せられたのは目の前のザフキエルからだ。彼はそう言うと、堅物そうな表情とは似つかないイタズラっぽい笑みを浮かべてレッドカーペットを歩き進み──我が物顔で玉座へと腰を下ろした。

 

 そして右手でパチンッと指を鳴らした瞬間、彼の姿がくたびれた青年のそれから華々しくも凛々しい漆黒のドレスを纏った女性の姿へと変化していく。

 

 そうして姿を変えた黒髪の女性は、玉座の上で脚を組みながら言った。

 

 

『本当の姿で会うのは初めてだね。私がビナー、「理解」の名を冠する3番目のサフィラスだ』

 

 

 頭のティアラから下ろされた漆黒のベールに覆い隠された顔を向けながら、彼女は「ビナー」と名乗った。

 お隣のザフキエルさん(真)はそんな彼女に対して何か言いたげなジト目を向けているが、彼女は素知らぬ顔で肩を竦めている。

 

 これまで案内してくれた青年が彼女の擬態だったことに気づき、息を呑む一同の様子が伝わってきた。

 同じように僕も内心では驚いていたのだが、マウントを取られたくなかったので訳知り顔に苦笑を浮かべておく。

 そうしていると僕とベールの中の彼女の視線が、一瞬だけ交錯した気がした。

 

 ……なるほど、そういうキャラで来たか。

 

 僕は彼女の姿を油断無く見据えながら、原作未登場の準オリキャラ「ビナー」の姿をねっとりと観察した。

 

 漆黒のウエディングドレスのような衣装──ゴスロリ風な衣装を身に纏い、スカートから覗くストッキングの脚線美は中々に艶めかしい。

 お胸の方は──マルクト様以上灯ちゃん未満ってところかな。いやこの範囲だと広すぎるけど、とりあえず貧の者でないことだけは間違いない。

 背丈は大体160cm後半。天使の中では小柄だが、日本人女性を基準にすれば長身の部類である。目元はベールに隠されているが、セミロングヘアーの髪は黒髪で、肌は色白だった。

 大人のお姉さんというには少し若そうだけど、人間で言えば大体20歳ぐらいの外見かな。素顔は見えないが、そんな気がした。因みに今こうして発動している僕の「サーチ」は彼女の不思議な力に打ち消されている。やりおる……彼女も僕と同じで警戒心が強いようだ。

 そして彼女にはもう一つ、他のサフィラス十大天使とは決定的に違う特徴があった。

 

「羽が……」

 

 メアちゃんがハッと気づき、思わず口漏らす。

 そう、彼女の羽である。

 その背中には彼女が大天使であることを示す八枚の羽が広がっていたが、左側の四枚だけは先端から半分までの部位がごっそり欠けていた。

 まさしく片翼の天使と言ったところか。羽の色は白いけど、黒いゴスロリ風衣装と相まってその姿はダークな堕天使感に溢れていた。

 

 正直くっそカッコいい。何アレすげえ!

 

 僕の好みにどストライクである。厨二感あるお姉さんとか最強かよ!

 いいなー、僕の羽もあんな感じにすれば良かったかも。まあ、僕の場合はそこまで思い通りに羽の形を変えられるわけではないので難しいか。厨二度なら左右で色が分かれている今の僕も負けてないぜ。

 しかし、片翼の大天使様とは女神様っぽい人の理解度には参るね。うん、フェアリーセイバーズはこういうキャラ出すわ。何なら「これが公式のビナーです」と言われてもすんなり納得できる。つくづく原作に出てこなかったのが惜しいと思った。

 

「キュッ!」

「あっ」

 

 お、どうしたカバラちゃん? 急に駆け出して。

 僕の肩から飛び出したカバラちゃんが、一直線に玉座へと向かっていく。僕以外には警戒心が高く、お利口な彼女にしては珍しい粗相である。驚きのあまり、反応できなかったぐらいだ。

 しかしビナー様はそんな小動物を微笑みながら見つめており、側近であるザフキエルさんも制止することはしなかった。何だい君ら寛大だね。カバラちゃんの可愛らしさに二人してほっこりしたのだろうか?

 

 そんなことを考えながら状況を見つめていると、カバラちゃんはビナー様の前に鎮座し、何かを待ち構えるように首を垂れた。

 すると、ビナー様はその右手を彼女に差し向け──

 

「……?」

 

 ぽわーっと、カバラちゃんの額の宝石から光の玉が放たれると、ふわふわと宙を漂っていく。

 そしてその光の玉は、ひとりでに動きながらビナー様の手のひらに吸い込まれていった。

 

 僕たち一同は何のこっちゃと唖然とする。

 するとビナー様はふむふむと一人頷いた後、ハッと驚いたように息を呑んで僕の顔を見つめてきた。

 な、何だよ?

 

 

『なるほど……やはり私が最初に感じた通り、貴方の正体は……』

 

 

 僕の正体? T.P.エイト・オリーシュア──オリ主さ。いや、そう答えるわけにはいかないけどね? 原作の雰囲気壊すから。

 ビナー様はどうにも僕に興味津々なようで、意味深な感じに呟いていた。

 

 

『……いや、まだ理解には至らないか』

 

 

 何だよお前、やめろよそういうの……僕とキャラ被ってるじゃないか!

 

 ビナー様、噂に違わぬ強敵だ。

 容赦無くオリ主とキャラを被せていくスタイルに、僕は慄く。これであのベールの下が僕とそっくりな顔だったらいよいよ危険である。

 ……いや、それはそれで案外美味しいかもしれない。SS界隈では、とある原作キャラと容姿が似ていることから物語を発展させていくオリ主もいるのだ。逆に……逆に考えてみると、キャラ被りというのは使い方次第でいい感じの絡みができる個性でもあるのである。

 僕的にそういうのは、最後の手段として考えたいところだが。

 

 

『情報ありがとうね、観測者──いや、今はカバラちゃんだったね』

「キュー」

 

 ビナー様はふふっと微笑を溢しながら玉座から立ち上がると、カバラちゃんを両手に抱きかかえながら語り出した。

 それは今までカバラちゃんのことを賢くて可愛らしい小動物だと認識していた僕たちに対して、衝撃を与える発言だった。

 

 

『驚かせてしまったかな? 実はこの子、アイン・ソフから重大な使命を受けた特殊な存在なんだ』

「!?」

「え……」

 

 

 何ですと……?

 嫌な、予感がする。もしかして正体は人化できる聖獣とかじゃないよね? ひっそりと警戒していたんだけど、もしそうだったら僕は丸一日寝込む自信がある。

 

 ……ま、いっか可愛いし。

 

 僕はビナー様の胸で心なしか得意げな顔をしているカバラちゃんに向かって、肩の力を抜きながら微笑む。

 性別がメスであることがわかっている以上、正体が小汚いおっさんでないことは明らかなのでエイトちゃん的にはそれで十分だった。

 

 そんな僕たちに向かって、ビナー様はカバラちゃんの正体を──そして、自分自身の目的について語ったのであった。




 言ったと思いますがカバラちゃんは人化しません(言ってない)


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キリト 俺 似ている

 カバラちゃん──幻獣カーバンクルはフェアリーワールド各地に生息しており、この世界の守護者に対して各地の情報をお届けする「観測者」の役目を担い、古より聖龍に生み出された特別な聖獣である。

 

 無機質的な言い方になるが、大天使たちにとっては端末的な存在と言えるかもしれない。

 戦闘能力は皆無だが、カーバンクル種は自身が目視した情報を頭の宝石の中に鮮明な記録として蓄積し、それを天使に譲り渡すことで円滑に情報交換を行うことができるのだと言う。

 

 頭のそれ、USB的な物だったんだね……衝撃の新事実である。

 

 尤もそれは今よりウン万年前に誕生した原初のカーバンクルが備えていた能力であり、現代を生きるカーバンクル種は長い年月の間にアイン・ソフの手を離れて野生化していった者たちの末裔であり、ほとんどの者が使命を忘れ、「観測者」としての能力も退化しているとのことだ。まあ、それだけ年数が経てば当然の話である。寧ろ種として残っているのが凄いよね。

 

『そういうわけで、今ではカーバンクルと言えばとても珍しくて警戒心の強い、か弱くて可愛らしい聖獣という認識が一般的だね。しかし一般市民ならまだしも、大天使たちもそう思っているぐらいで……嘆かわしいよね。ねぇケセド?』

「キュー」

『……そう言われると面目ない。僕も知りませんでした』

 

 因みに、アイン・ソフは自身が与えた崇高な使命をすっかり忘却の彼方に置いている現代のカーバンクル種に対して、「寧ろそれも進化の過程」と歓迎しているらしい。やはり神様は寛大だった。

 彼としては天使の為に情報を集める端末として生み出した筈の存在が、この世界に生きる立派な生命として活動するようになったのが嬉しかったのかもしれない。あの神様はそういう性格である。

 

『この子はそんなカーバンクルたちの中でも、原種への先祖返りを果たした数少ない個体なんだ。そして、天使にも負けないぐらい使命感に燃えていた。だから私はこの子に加護を与えながら、二人で協力して世界中の情報を集めていたんだよ。たとえば、この世界に初めてやって来た「人間」の監視とかしたりしてね』

「監視……? カバラちゃんは、俺たちのことを見張っていたのか?」

「キュッ」

 

 炎の問い掛けに、カバラちゃんが肯定するように鳴き声を返す。

 あれま、カバラちゃんったら可愛い顔してやるじゃない。そんなことを思いながら、僕は内心冷や汗を垂らしていた。

 

『時々、私が直接指示を出して動いてもらったこともあるね。本当にいい子だよ、カバラちゃんは』

 

 良かったー、カバラちゃんの前でもオリ主ムーブを徹底していて!

 誰もいないところでも気を抜かなくて良かったよ。おかげでボロを出すことなく、世界の観測者とビナー様の監視を乗り切ることができたというわけだ。

 勘違い物SSでもそうだが、こんなことでオリ主の内面を見抜かれるようでは駄目である。しかしカバラちゃんと会うのが転生して間もない頃の、時々緩んでいた僕だったら危なかったかもしれない。

 

 

「それで……あんたのお眼鏡に、俺たちはかなったのか?」

 

 セイバーズの皆さんは自分たちが一方的に監視されていた事実に思うところがあるのではないかと、僕的には一番抗議しそうだと思っていた長太が、意外にも冷静にそう問い質した。

 最近の長太、なんだか少し大人っぽくなったよね。これがアニメなら、女性ファン諸君は昔とのギャップでドキリとしていたかもしれない。僕はしないが。

 エイトちゃんの性別はTSオリ主であって、それ以上でも以下でもないのだよ。

 

『試すようなことをして悪かったね。カバラちゃんの目を通して、私も君たちのことを見ていた。危険な時は、後ろから援護したり助けてあげたりしていたんだよ?』

「……マルクトたちから逃げる時と、アディシェスと戦っていた時のことか。あの光の矢は、あんただったんだな」

『うん、そうそう。なんだ、気づいていたんだ』

 

 あれ? そんなことあったっけ? ……あー、言われてみればあの時遠くから援護射撃が来たような気も……あの時はあまりのさりげなさに見逃してしまったものだが、ビナーの技だったのかアレ。

 と言うことは、彼女は陰ながら今まで炎たちの危機を幾度となく救ってくれたわけだ。

 渋く、さりげなく、ミステリアスな感じに。

 

 

 …………

 

 

 やっぱ僕とキャラ被ってるじゃないですか! やだもー!

 

 やめてよそういうの! そういういい感じのポジションは、僕が狙っていたんだからさぁ!

 それは僕のポジションなの! ボークーのっ!

 

 ……いかん、あまりのオリ主的ピンチに頭の中が幼児退行してしまった。

 不安な気持ちを抑えきれず、目がちょっと潤んでしまったじゃないか。あっ、ビナー様にめっちゃ怪訝そうに見られている。見るなよーそんな目で僕を見るな。

 駄目だ……こんなことではいけない。

 ワクワクを思い出すんだ僕。

 ピンチの時ほど余裕を見せつける。そうだろう? T.P.エイト・オリーシュア!

 

 

 ──よし、落ち着いた。この間大体10秒。僕は切り替えのできるオリ主なのだ。

 

 

 

「大したものだろう? 人間というのも」

『……ふふっ』

 

 

 心の動揺に打ち勝った僕は、あえて余裕を見せつける為に微笑みを浮かべながら言った。チートオリ主の奥義、ナチュラルな上から目線である。震え声じゃないからな!

 「炎たちを得意げに見守るのはボクなんだからね!」と──彼女にここらでキャラ被りはいい加減にしろと釘を刺してやったのである。要するにマウントの取り合いだ。

 

 残念ながら、ミステリアスなお姉さんポジは間に合っているのだよ。君の出る幕はないな!

 

『……そうだね。君たちやツバサのことを見ていると、人間も言うほど捨てたものではないと思ったよ』

「寧ろ、キミは元々人間のことが好きだったのだろう? この町の造りも、人間世界によく似せていたね」

『悪くないだろう? 合理的な上に独創性の高い人間の文化を、私はリスペクトしているのだよ。本当はもっとああいうものを建てたかったのだけど、部下に止められたよ』

『当然です』

 

 苦笑を浮かべながらそう語るビナー様の姿には、そこはかとなく大物感が漂っている。

 

『人間は時に恐ろしく、時に残酷だ。しかし人間は、ともすれば聖獣以上のスピードで発展を続けており、これまでも幾度となくユニークな変化を見せてくれた』

「その変化こそが人間の素晴らしさなんだよ、ビナー。だからどうか、これからも長い目で見守ってあげてほしいな」

『元々、私はそのつもりだったよ? ただ、残念ながら人類全体が成熟するまで待っていられない聖獣たちが多数派だ。何せ王様がその筆頭だからね。アビスの活性化も後押ししているし、今この世界は非常に不安定だ』

 

 ええい、何なんだコイツの口調は……! 僕と似すぎだろいくらなんでも!

 ぐぬぬ……まるで鏡と話している気分である。

 負けじと大物感を出して人間トークを行ってみたが、これはマウントを取るのが至難である。

 すると、そんな僕たちの横で長太とメアがヒソヒソ内緒話をしているのが聴こえた。

 

「なんか、あの二人似てね……?」

「メアもそう思う」

 

 お黙り!

 オリ主は唯一無二でなければならない。他人と似るなどもってのほか。

 それでもキャラ被りを避けられないのなら、マウントを取るしかない。オリ主たるもの、戦わなければ生き残れないのだ。存在感的に考えて。

 しかし、だからと言ってビナー様に敵意を剥き出しにしてはいけない。

 そんな理不尽なことをしては今まで僕が貯めてきたオリ主ポイントは激減し、踏み台オリ主になってしまうからだ。

 キャラ被りは嫌だが、寧ろ僕は初対面だがビナー様のことが結構好きだ。僕に似ているのだから当然だが、カッコいいし、ナイスデザインだし、脚綺麗だし、絶対美人だしこの人。何せ、声がいい(重要)。

 

 あれ? ビナー様に対する賞賛がそのまま僕にも返ってくるこの感じ……案外気持ちいいかも。

 

 

 

『このビナーは、君たちに協力したいと考えている。ケセドが居る以上、間に合っているかもしれないけど……世界樹の祠で眠っているアイン・ソフの元へ赴く時は、私が他のサフィラスから君たちを守ってあげるよ』

『君が味方をしてくれるのは助かるよ。今の僕は抜け殻のようなものだし、君がついてくれるなら祠の認証(・・)も突破できるしね』

「いいのか? 俺たちもそのつもりで頼みに来たが……そんなにあっさりと決めて。他の大天使と敵対することになるんだぞ?」

『今さらだよ。私は嫌われ者のお姉さんだからね。それに……君たちの人となりは、カバラちゃんに与えた加護を通して既に把握している。戦争を止める為にたった五人でこの世界に乗り込んできた勇敢さも、個人的に好ましいと思っているよ。そうでなければ、自分からこの島に招き入れたりはしないさ』

「サンキュー! 何だよ、ビナー様って話がわかるいい大天使じゃん!」

『ふふん、それほどでもあるよ』

 

 

 ──僕が一人オリ主としてのアイデンティティに苦悩していた間、話は順調に纏まったようだ。

 

 その手際の良さはまるでRTAである。

 そういう聖術の類いなのだろうが、カバラちゃんというフィルターを通して炎たちのことを見ていたというビナー様は、初対面から一定の信用を彼らに置いてくれたらしい。

 炎たちに対する態度は都合が良すぎるほどに友好的なもので、ベールの下に薄らと見える口元はリラックスしている様子だった。

 

 むむむ……やはり僕と似ているなちくしょう。

 

 もしも彼女が公式のキャラとしてバリバリアニメに出演していたのなら、前世の僕は「ビナー 俺 似ている」というワードでネットの海を検索していたかもしれない。

 それほどまでに、僕と似た個性を持つ彼女は親しみやすかったのだ。僕より大きいくせにずるいぞ。

 

 そんな彼女がこの先メインキャラに昇格してしまったら、それはもう大変である。

 

 まず間違いなく、彼女とキャラ被りをしている僕が肩身の狭い思いをすることになるだろう。

 そうなった場合どうするべきか、真面目に悩んで脳内シミュレーションを行っていると、そんな僕の内面が表に出ていたのかメアちゃんが心配そうな目で覗き込んできた。

 

「エイト?」

「……何でもないよ。彼女がついてきてくれるのなら、そろそろこの旅路も終着かなって」

「ああ、元々アイン・ソフに間を取り持ってもらうように頼みに来たんだもんな俺ら」

 

 今後の展開次第ではあるだろうが、キャラ被りに対する有効な策としては……あえて僕がパーティから抜けて単独行動に移るのも一つの手である。同行さえしなければ、キャラ被りも何も無いということだ。

 

 それでなくてもケセド君復活でパーティメンバーが増えてきたからね。

 メインキャラが増えた際、新キャラと属性が被っている古い者から出番が無くなっていくのは必然である。そういった世知辛い事情もまた、僕がキャラ被りを恐れている理由の一つだった。

 

 ……だって寂しいじゃん、そういうの。

 

『アイン・ソフに仲介を頼むのは有効だと思うよ。特にケテルとコクマーの心は、アイン・ソフの言葉でもなければ動かないだろうからね』

「やはり、聖龍か……」

「聖龍って、どんな神様なんだ?」

『お優しい方だよ。優しくて、不器用で、偉大な神様だった……疲れ果てた王の心を蝕むほどにね』

 

 そうだ聖龍……聖龍アイン・ソフである。アニメ「フェアリーセイバーズ」では仲間が揃い戦力が集まり次第、かの神が眠る世界樹「サフィラ」へと突入していった。

 サフィラス十大天使のティファレトは仲間入りしなかったが、その代わりとしてビナー様が加わってくれるのなら現在の戦力は原作の突入メンバーを遙かに超えている。

 ちゃちゃっと翼と合流して聖龍様のところへ乗り込めば、長いようで短かったこの「フェアリーセイバーズwithエイトちゃん」の物語も完結まで一直線だった。

 

 ……まあ、原作エピソードを消化したところでまだ「深淵のクリファ」という不穏なフラグが残っているのは気掛かりではある。ケテルを何とかして終わりにはならないだろうなぁって。

 尤も今の僕は、原作通り彼を倒しておしまいにする気は毛頭無いけどね。マルクト様ちゃんとケセド君の和解に味を占めたエイトちゃんである。完璧なチートオリ主を目指すのなら、意識を高く持って原作以上の大団円を迎えたい。その為の具体的なプランは未定であるが。

 

 

『私は王様のこと好きなんだ。彼にはこれ以上変なことをしてほしくないし、その為なら是非とも君たちに協力したい。ただし』

 

 

 ──うん?

 

 

『一つだけ、条件を提示させてほしい。それが終わったら、私は頼りになる兵も連れて君たちに同行するとしよう』

「それは……大天使としての試練という奴か?」

『うーん……試練と言うよりは、個人的なお願いかな。君たちにも関係のあることだ』

「俺たちに?」

 

 

 ……次のことを考えていたのがフラグになってしまったようだ。

 まあ、いいけどね別に。せっかくのオリジナル展開なのだ。ここであっさり「ビナー様を引き込んで戦力アップ! 翼と合流! おしまい!」とこの島のイベントを消化してしまうのは味気ない。

 僕は巻き込まれ系のオリ主ではなく、巻き込まれに行く系のオリ主なのである。人死が絡むような激重イベントでなければ、トラブルは寧ろウェルカムだった。

 完全受け入れ態勢の僕の前で、ビナーはまどろっこしくもったいつけた言い回しでその条件を語る。

 

 

『救ってあげてほしいんだ……君たちの仲間──カザオカ・ツバサのことをね』

 

 

 




 説明回はやはり話が進まないから難しい


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今明かされるオリ主の真実……!

 風岡翼を救ってほしい──意味深にそう告げられた後、炎たちはビナー様の指示を受けたザフキエルさんによって翼の居場所へと案内されていった。

 どうやら翼は島内でもこの聖都から離れた場所にいるらしいが、ケセドの背中に乗っていけばひとっ飛びだろう。

 僕が一時的に彼らから離れても移動に支障は無いわけで……だから僕は、直後に掛けられたビナー様の要求に従うことができた。

 

 

『ああ、エイトと言ったね。君とは一対一で話をしたい。少しだけ残ってくれないかな?』

 

 

 ビナーから直々のご指名、二者面談の要求である。

 いかにも意味深というか、怪しい雰囲気だった。彼女の格好自体ダーク系なので尚更胡散臭い。好きだけど。

 炎たちは彼女の申し出に訝しんでいる様子だったが、僕はそんな彼らに手をひらひらさせながら言ってやった。

 

「……というわけだから、みんなは先に行ってて」

「あ、ああ」

「ツバサのこと、よろしくね」

「エイト……」

 

 散々友好的な態度を見せた手前、ビナー様も良からぬことをする気はないだろう。

 仮に何か起こったとしても、僕はチートオリ主なので何とでもなる。

 別れ際にはメアちゃんが心配そうな眼差しを向けてきたので、「心配は要らない」と言い切り、僕は彼らを見送ることにした。

 

 僕からしても、原作アニメ「フェアリーセイバーズ」に登場しなかったサフィラス十大天使の一柱、ビナーとはじっくり話をしたいと思っていた。

 

 翼のことは気になるが、彼女の申し出は渡りに船だったのだ。

 

『さて……』

 

 ザフキエルさんの先導によりセイバーズ御一行が退場した後、この部屋の周りから人の気配が消えたことでビナーはおもむろに玉座から立ち上がると、適当な位置に手をかざして聖術を発動した。

 その聖術が何か、似たような能力を持っている僕にはわかる。

 異空間から荷物を引っ張り出す力──アイテムボックスである。

 彼女が取り出したのは六畳ぐらいの大きさの質素な絨毯と、一台のちゃぶ台だった。向かい合う位置に一枚ずつ、座布団まで設置している。

 

 なんだい君、ここに座れと? いいじゃない。

 

「おや、まさかこの世界で目にするとはね」

『いいだろう? 人間のデザインセンス──特にニホンジンの奥ゆかしさは、とても興味深く思っている。ま、彼らの文化については君の方が詳しいか』

 

 明らかに西洋風な宮殿の中で、それも玉座の間にいかにも日本庶民的なちゃぶ台と座布団を召喚したのである。

 何と言うか、フェアリーワールドの世界観を無自覚に蹂躙している気もするが、最初にこの街のユニークな建造物を見ていたのが功を奏したのか案外不快感は感じなかった。いい感じにIQがバグらされたのだろう。

 寧ろ日本の文化をリスペクトしてくれるのは、日本人として嬉しかった。

 そんな彼女はパンプスを脱いで和風の絨毯に上がると、座布団の上に脚を崩しながら座り込み、ちゃぶ台の上を軽く叩いて呼び掛けてきた。

 

『少し長くなりそうだからね。座って話そうよ』

 

 合点承知。

 僕も彼女に従ってブーツを脱ぐと、向かい側の座布団の上に腰を下ろし、ひと心地つくことにした。

 すると、ビナーの肩に乗っていたカバラちゃんが颯爽と飛び出してちゃぶ台の上に乗り込むと、その場で尻尾を丸めて鎮座した。

 そうだね、君がいたわ。これでは二人きりの面談ではなく、二人と一匹きりである。

 

「日本のお茶とお菓子もあるけど、食べるかい?」

『本当かい!? 是非頂きたいね』

 

 おうよ、せっかくちゃぶ台を挟んでいるのだから、上に乗っけているのがカバラちゃんだけでは寂しいだろう。冬だったらこたつとミカンを用意していたところだ。

 僕はアイテムボックスから日本製の駄菓子を盛り合わせたバスケットを取り出すと、それを台の上に置いてあげた。ご自由にお食べくださいという奴だ。

 

『おお! これが地球の駄菓子というものかー!』

 

 日本でお馴染みの10円菓子や20円菓子を見たビナー様は、ベール越しからでもわかるほど興味津々な目をしているのがわかった。

 クールで掴みどころの無い性格の美女が、子供みたいに目をキラキラさせるのっていいよね。顔は見えないけど、その様子はとても微笑ましかった。

 僕も食べたかったので彼女の興味を引く為だけに出したわけではないけど、会話の種になるなら何よりである。日本知識でマウントも取れたし万々歳だ。

 ついでに出したコップの中にペットボトルから緑茶を注いであげると、彼女の分も横に置いてやった。

 おうおうカバラちゃん、「私の分は?」と言いたげに物欲しそうな目をしているね。いいだろう。ゲドゥラーでハーピィ族のおばちゃんから貰った、このチュールっぽいおやつをあげようじゃないか。

 

 ビナー様がな!

 

 

『お、おー……おおお!』

 

 

 ビナー様が恐る恐るチュールを差し出すと、カバラちゃんは両手の肉球で袋を掴みながら乳瓶を啜るようにモキュモキュと食らいついていた。かわいい。

 カバラちゃんはご満悦。愛くるしい姿にビナー様も感動しており、無邪気に喜んでいた。

 なんだよビナー様。さっきは長年の付き合いみたいに語っていたくせに、チュール一つあげるのにまるで未知なる挑戦みたいじゃないか。

 

「今まで、食べさせてあげたことなかったの?」

『うん。カーバンクルの主食は果物だからね。猫用のおやつも好きだったなんて、初めて知ったよ。ね? カバラちゃん』

「キュー!」

 

 なるほどね。僕としては「カーバンクルも猫も似たようなものだろう」と試してみたのだが、その発想は僕が地球人的な感性を持っていたからこそだったようだ。

 

 ……あれ? もしかして僕、今までこの子に対して失礼なことしてた?

 

 ……まあいっか、チュールを食べるカバラちゃんいつも幸せそうだし。

 人間だって、猿の好物であるバナナが好きなのだ。そう思えば、彼女にチュールをあげるのも崇高な使命を持つ聖獣への無礼には当たらないだろう。

 

 

『私は「理解」の名を冠してはいるが、ご覧の通り何でも知っているわけではない』

 

 

 僕がカバラちゃんの食事風景にほっこりしていると、ビナーが語り出した。

 理解の大天使様だからってカバラちゃんの好みを理解していなかったことに知識マウントを取れたと思っていたが、あっけらかんとした態度を見るに彼女自身はプライド的などうこうは持ち合わせていないらしい。

 見た目通り、マルクト様ちゃんと違って大人っぽいようだ。いや、人間とは桁違いの年数を生きている偉人さんに言うことではないか。

 

『そう、私が理解しているものなんてほんの一握りに過ぎない。貴方を見ていると、つくづく身に染みるよ』

「ボク? それは、どういう意味かな?」

 

 カバラちゃんが手持ちのチュールを全て食べ尽くすと、彼女は空きの袋をちゃぶ台の上に置くなりこちらへ向いてそう言ってきた。

 「理解」のことを言うなら、カバラちゃんの好物より僕の存在諸々の方が気になるのだろう。だからこそ、僕と二人きりで話すことをご所望したと見受けられる。

 カバラちゃんのおかげで雰囲気が和やかになると、ビナーが本題を切り出した。

 

 

『T.P.エイト・オリーシュア──種族は不明。年齢も不明。違法異能研究組織PSYエンスの壊滅から約一年後、地球では異能怪盗として活動するものの、それ以前の経歴も一切不明』

 

 

 不明だらけじゃないか僕。いやあ参ったねー。

 謎めいた美少女すぎて申し訳ない。「理解」の大天使様が理解できないぐらい、僕の立ち回りが完璧すぎたと言うかー? かーっ、つれーわ。

 

 僕はこの時ほど、ミステリアスなオリ主ムーブを貫いて良かったと思うことはない。

 そうそう、僕はこうやって、作中の大物人物に「何者だ!?」と一目置かれる存在になりたかったのだ。

 最近はこのキャラ設定が足を引っ張る状況も多かったが、それ以上のリターンがこれである。

 ああ、エラい人から向けられるこの視線が気持ちいい。僕は内心してやったりとほくそ笑みながら、外面的には彼女の言葉を凜とした態度で受け止めていた。

 

「随分調べ上げたね。ツバサから聞いたのかい?」

『ざっくりとね。「わからないことがわかること」は、理解への第一歩だからね。そういう意味でも彼を確保できたのは嬉しかった。ニホン文化も知れたし』

「じゃあ地球の建物を真似したのも、人間のことを理解するためだったのかい?」

『そういうことになるね』

「勤勉なんだねビナーは」

『ふふ、照れるね』

 

 わからないことを認めなければ、何も理解できないということか。知ったかぶりは一番駄目だという真っ当な考えである。

 まあ、僕だったら知ったかぶりでその場を乗り切った後、後で調べて知識を補完してから「最初から知っていましたよー」とアピールするのだが。その方がカッコいいし。

 社会ではもちろん彼女の考え方の方が大人だし、大切だと思うが、オリ主的には「わからないことを認めないこと」で物知りキャラを維持できると考えている。もちろん、相手に「コイツ博識ぶっているけど何も知らねぇな」と思われた時点で威厳が地に落ちるので、そこはエイトちゃんの業の見せ所だが。

 

 

『エイト、私は君のことを理解したい』

 

 

 お、愛の告白かな。

 ……と言うのはもちろん冗談で、僕は彼女の言葉に困ったように笑いながら駄菓子を口に入れた。

 やっぱサラミ味は美味しいね。喉は渇くけど、それは10円菓子共通の話なので気にならない。

 

 

『君の仲間たちは君に気を遣っているのか、同行している間は細かな詮索を避けていたようだけど……私は今日が初対面だから遠慮しないよ? 訊いていいかな、君のこと』

「いいよ、ボクに話せることまでなら明かそうじゃないか」

 

 

 もちろん、オリ主諸々のメタな事情は一切明かす気は無いが、こんなこともあろうかと、それっぽく誤魔化す為のカバーストーリーはいくつか考えてきていた。

 せっかくこうして一対一の面談をセッティングしてくれたのだ。

 僕は澄ました表情を崩さないまま、堂々とした態度で向き合った。

 

 するとビナーから、ベール越しから強く睨まれているような視線を感じた。

 

 

「……どうしたんだい? 少し、怖い顔をしているよ?」

 

 な、なんだよ……? なんか僕やっちゃいました?

 真面目な話し合いの場に、チュールだの駄菓子だの持ち込んだのはマズかったかな? いや、だってさっきまでの雰囲気ならイケると思ったんだよ。仕方ないじゃないか、ちゃぶ台と座布団なんか出したビナー様が悪い。

 彼女から掛かる圧が内心ちょっと怖かったが、そのような心情を気取られぬことがないように表面上は飄々とした態度を維持する。もちろん、読心対策のマインドシールド的な異能も使っていた。

 

 そうしてしばらく沈黙が場を支配していると、ビナーが僕の言葉に感心したように口元に手を添えて呟いた。

 

『怖い顔……? ふふ、そうか……やはり貴方の前では、隠していてもわかるか』

 

 いや、わかるでしょ。そんな殺気一歩手前な気配を漂わせていたら。

 僕が疑り深いオリ主なら、この面談が彼女に仕組まれた暗殺の罠だと疑ったかもしれないぞ。それほどの視線だ。

 

 まあ、流石にこんな状況でおっぱじめたら露骨に怪しすぎるし、先ほどまでの彼女を見たらその可能性は無いだろう。

 

 寧ろ今の彼女を見ると、何だか──僕に対して、罪悪感を感じているようだった。

 そんな彼女が、漆黒のベールがついた頭のティアラに手を掛けながら言った。

 

 

『ケテルから「二度とその顔を見せるな」と言われて以来、言いつけ通り隠し続けていたけど……貴方が相手なら、こんな物は必要ないよね』

 

 

 彼女はおもむろにティアラを外すと、同時に目の前を覆うベールも解かれていく。

 そしてビナーはその素顔を、僕の前に晒したのだった。

 

 

「……そっか……そういうことか……」

 

 

 彼女のご尊顔を拝んだ瞬間、僕は思わずそう呟いた。

 これぞ、先ほど紹介した僕の物知りムーブ──知ったかぶりの術である。

 

 いや本当、マジかよお前……

 

 

『そういうことだよ、T.P.エイト・オリーシュア』

 

 

 どういうことだよ女神様っぽい人!

 

 彼女と出会ってからずっと恐れていたことが、現実となった。

 ビナーが晒したその素顔は、あろうことか、このエイトちゃんと瓜二つだったのである。

 目の色が翠色ではなく鉛のような銀白色であることや、髪が僕よりも少し長いことから全体的に大人っぽく見えるという点は違うが、顔立ちはまるで双子のようにそっくりだったのである。

 

 ……本格的に、僕を(キャラ被りで)潰しにきやがったな。

 

 だが、僕は負けないぞ。ビナー様がなんだ。ちょっとミステリアスなお姉さんポジションが被っていて、僕より背が高くて大人びていて、僕よりおっぱいが大きくて人間に味方している超絶美人なだけじゃないか!

 

 ふ……僕の上位互換じゃねぇか。

 

 あわわわっ、どうしようどうしよう……!?

 これはアレか、やはり一周回って「似ている」という点を、僕自身のキャラ付けに利用するしかないのか?

 でもなぁ。僕は孤高なオリ主だからなー。

 クローン設定とか生き別れの妹設定とか、そういう要素は好きだがやりたくないのだ。そういうハッタリは彼女の心を傷付ける嘘になるので、僕的には無しである。

 それに、この好奇心旺盛な理解の大天使様を相手にそのムーブで誤魔化せるかと言うと、果てしなく微妙だし。

 

 そう頭の中で喚き散らすこと8秒。

 素顔を晒した銀白色の瞳でじーっと僕の顔を見続けてきたビナーが、溜め息交じりに言い放った。

 

 

『もう私たちを欺くのはやめましょう。エイト──いや、原初の大天使「ダァト」よ』

 

 

 

 

 ……?

 

 

 誰!?

 

 誰だよダァトって……何言ってんだコイツ。まるで意味がわからんぞ!

 

 えっ、もしかして僕のこと?

 女神様っぽい人に遣わされた完璧なるチートオリ主である、僕のことを言ってる!?

 

 エイトちゃん大混乱である。

 謎の固有名詞の対象はどういうわけか僕のことを指しているようだ。

 僕自身のことなので、オリボスのアディシェスが出てきた時よりも動揺が大きかった。

 最近慌てふためいてばかりだけど、何なの女神様っぽい人……貴方、僕のこといじめて楽しいの?

 オリ主を曇らせたい人? オリ虐愉悦民なの? ひくわー。

 

 ……落ち着け、冷静になれ。

 

 転生直後ならいざ知らず、僕だってここに来るまであらゆる修羅場を乗り越えてきたのだ。

 大丈夫、諦めない限り今回もいい感じに切り抜けられる筈。エイトちゃんは負けない! 女神様っぽい人の謎設定なんかには絶対負けない!

 

 

「……さて、何のことかな?」

 

 

 とりあえず相手の出方を窺う為、お決まりの問い返しで場を持たせてみる。

 心の動揺を悟られぬように、意味深に微笑みながら言うのがポイントだ。

 一気に糖分が欲しくなったので、僕はバスケットの中から20円チョコを頂戴する。やっぱり、20円チョコはミルク味が美味しいね。地球に帰ったらコンビニ寄っていこう。

 

 

『……依然として明かす気は無い、か……最も気高い心を持つ大天使様からしてみれば無理もないけど、私たちのこと……そんなに信用できないかな?』

 

 

 お、おう……どうしたそんなしょんぼりして。しょんぼりビナー様かわいいな。マルクト様ちゃんとはまた違った魅力があって、変な扉開けそう。

 ……いや、そんな呑気なことを考えている場合ではない。マジで何のことかさっぱりわからんのである。「ダァト」って誰やねん。

 

 さっき、原初の大天使とか言っていたね。

 そこから推測すると……もしかしてアレかな? 「今明かされる11番目のサフィラス……!」って感じの、日本アニメ祭りでよくあった奴かな。

 それで、映画ではそいつを倒す為に「クククッ、セイバーズよ……今回だけは協力してやるぞ」と利害が一致したコクマーさんたちが颯爽と駆けつけて共闘してくれるんだろう? 僕知っている。風岡翼を処刑せよ。

 

 ──もしかしたら、始まってしまった感じか……? 女神様っぽい人が考案した「劇場版フェアリーセイバーズ風オリジナルストーリー」が。今回は、そういう方向性かな?

 

 それならばいい。

 よくわからない問題は、全部アビスとか深淵のクリファとかにぶん投げておけばいいからね。

 そうすれば「今明かされるサフィラス十大天使の真実……!」とかいう前振りをしておきながら、本編では結局何も明かされないPV詐欺映画みたいに、最後まで僕の正体を有耶無耶にしたまま切り抜けることができるだろう。

 

 

 ──だが最悪のケースは、ビナー様の考察が真実だった場合だ。

 

 

 どういうことだ女神様っぽい人! もしかしてだけど、貴方から授かったこの身体、いわくつきじゃないだろうね!?

 僕の魂が入る前はこの世界に生きていた誰かの肉体だったりとか、実は転生物じゃなくて「憑依乗っ取り物」だったとか、そういう展開じゃないよね……!?

 

 

 ……なんか怖くなってきたんだけど。

 

 やめてよそういうの、SAN値削れるから。

 やだー……僕は楽しくオリ主したいんだよぉ……そんないわくがついていたら、これからどんな顔してオリ主すればいいんだよー。

 

 

『……ごめんなさい……言い過ぎた。悲しい顔しないで、エイト』

「……ビナー……」

 

 

 お願いだから、望んでもいないシリアス展開で僕を正気にさせないでほしい。

 今回ばかりは内面に隠しきれなかったのか、表情に出てしまったようだ。

 しょんぼりビナー様の次は、しょんぼりエイトちゃんである。はぁ……

 

 

「悲しいんじゃない……戸惑っているんだよ。キミになんて説明したらいいのか、わからなくて……」

 

 

 この身体が仮に「ダァト」とかいう謎の天使のものだったとしたら、マジでその人のことを知っている彼女に、なんて言ったらいいのかわからない。

 彼女にとって「ダァト」がどのような人物であるかにもよるが、肯定しても否定しても何となく重い話になりそうな雰囲気があった。

 

 

『……カバラちゃんの記憶を通して聞いたよ。貴方はアディシェスと対峙した時、「この為に生まれてきた」と言った。そして、「これが生まれ変わった意味ならば、今こそボクは、使命を果たそう」とも。あの言葉は……原初の大天使である貴方も、生まれ変わったということだろう? 私たちサフィラス十大天使と同じように』

 

 

 あれー? そんなメタなこと言ったかな……言ったわ僕! 何やってんだよ僕!?

 

 あの時はついテンションが上がっちまって。いやでも、そうやって僕の台詞を一言一句詠み上げられるの恥ずかしいな。

 これはマズい。

 他の台詞はどうとでも誤魔化せるが、「生まれ変わった」という言葉は言い訳がつかない。

 この世界でそんなことを言ったら、サフィラス十大天使である彼女は間違いなく誤解するじゃないか。

 

 

『貴方は……大天使なんだろう? 古の時代に生まれ、聖龍やケテルと共に創世期のフェアリーワールドを守り続けた原初の大天使、ダァト。世界樹との繋がりを断ち……クリファを封印する為、自分自身の存在さえも消し去った0番目のサフィラスの生まれ変わり──それが貴方だ』

 

 

 説明サンクス。理解の大天使様は気遣い上手かよ。

 OK、「ダァト」とやらはそういう人物ね。

 例によって「フェアリーセイバーズ」の作中では聞いたこともないが、この世界ではそんな大天使がいたのだろう。流石にもう慣れた。

 

 彼女の話を纏めると、サフィラス十大天使の前に「原初の大天使」という存在がいて。

 

 わけあってその大天使様は大昔の深淵のクリファとの戦いで犠牲になっていて。

 

 で、その生まれ変わりが僕と──うむ、チートオリ主が生まれながらに隔絶した能力を持っている背景としては、いかにも王道的な話である。

 

 0番目とか原初とか、その言葉だけでもう強そうだもんね。

 僕はダァトだった……? いや、違う違う。僕はT.P.エイト・オリーシュア、誰が何と言おうとT.P.エイト・オリーシュアなんだ……!

 

 

『……ずっと、会いたかった……だけど貴方は、私と会いたくなかったんだね……』

 

 

 ウワァー! 急にしおらしくなるなよ! 僕が久しぶりに再会した旧友相手に、素っ気ない態度を取っているみたいじゃないか!

 

 どうしよう? どうしようこれ!? どうなっているんだよ!!

 

 女神様っぽい人は僕に何も教えてはくれない……オリ主としてこんなに美味しい設定があったのなら、彼女ならちゃんと説明してくれた筈なのだ。それが無かった以上、僕がダァトとかいう大天使であるなどという世迷言は、ビナー様の勘違いである可能性が高い。

 しかしねぇ……ヤバいってこれ。SS的な意味でも。

 彼女視点では「もう会えないと思っていた同胞と再会した」みたいな、非常にシリアスな展開になっているのはわかるんだけど……僕自身が把握していない事情なので完全に置いてきぼりにされている。

 

 この温度差……まるでほのぼの日常系かと思っていたSSが、急に陰謀蠢くシリアスバトル物に路線変更したような感覚である。

 こうなると0評価の一つや二つは覚悟しなければならなくなるからSSは難しい。

 

 う、うろたえるな僕! 僕はチートオリ主、T.P.エイト・オリーシュアであるぞ!

 何かしなきゃ……オリ主らしいことをしなくちゃ!

 

 ──そうだ!

 

 

『あ……』

 

 

 大概の問題は、相手の頭を撫でてやれば何とかなるものだよ。

 僕はこの秘技、「撫でポ」に頼ることにした。いや彼女を惚れさせる気は毛頭無いが、それでなくても人の体温は動揺した心によく効くのだ。

 カバラちゃん相手でも良かったが、彼女がとても寂しそうな顔をしていたので思わず手が出てしまったのもある。おお、メアちゃんに負けず劣らずサラサラやね。強引かつナチュラルなセクハラだが僕の撫でテクに免じて見逃してほしいものだ。

 

『へへ……』

 

 ……よし、ビナー様は落ち着いたな。僕も落ち着いた。カバラちゃんが物欲しそうな顔をしていたのでもう片方の手でモフってやった。

 両方の手で女の子たちの頭を撫で回す。これぞ、オリ主的天地魔闘の構えという奴だ。知らんけど。

 

 気を鎮めたところで僕は、ビナーのことを悲しませないようにしつつ僕自身も追及から逃れる方法を頭の中でシミュレートしながら、丁寧に言葉を選んだ。

 

 

「……ボクはずっと、キミたちに会いたかった。こうして手を触れられる日が来るなんて、夢にも思わなかったよ」

『あ……』

 

 

 偽りの無い真実(画面で見ていたフェアリーセイバーズのキャラに会いたかった的な意味で)を語りつつ、古の同胞と再会したと思っている彼女を落胆させないようにしながらも、僕の口からは直接「ダァト」と明かさないテクニカルな言い回しである。

 

 いや、だってわからないんだもん。

 

 僕は絶対に違うと思っているけど、本当に僕の身体がダァトとやらに関係しているかもしれないし、していないかもしれない。可能性が100%ではない以上、こんな寂しそうな顔をしている彼女に無責任な発言はしたくなかった。

 

 ──これは調べてみる必要があるな、「ダァト」のことを。

 

 真実を確かめる為にはもう一度女神様っぽい人に会う必要があるが、その他にもできることはある筈である。いかにも藪蛇な臭いがプンプンするが、ここで知らないフリをする方が気持ち悪かった。

 

 もちろんオリ主ムーブは続けるよ? これもまた、僕が気持ち良くオリ主する為の努力である。

 

 

「ボクには言えない秘密がある。だけどそれは、キミたちを信用していないからじゃない。今は、どうしても言えないんだ……ごめんね、ビナー」

『ダァト……』

 

 

 そう言うわけで、これ以上の追及はやめてくださいお願いします。

 ちゃんと調べますので! 僕≠ダァトを証明できるようになったらちゃんと否定しますので!

 それまでは申し訳ないが、この話は先延ばしにさせてほしい。そんな願いを込めて、僕は彼女に微笑んだ。

 

 

『……本物は、違うな……』

 

 

 ……いや、偽物だよ多分。

 うーん、偽物だと証明した時、彼女がどう動くかわからないのでその辺が怖い。僕の危険センサーがビンビン反応しているし。

 これは「ダァト」とやらに対する彼女の感情とか、関係性とかも調べないといけないようだ。

 なんで怪盗なのに探偵みたいなことしなきゃならないんだ……と思う気持ちもあるが、これもオリ主である。

 

 やれやれ。完璧なチートオリ主への道のりは、かくも険しい。




 今明かされるT.P.エイト・オリーシュアの真実……!(明かされない)


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退場したキャラが再会後、別人みたいにハジケている現象

 不満足。


 ダァト。ダァトねぇ……そこはかとなくどこかで聞いたような気がするのは、サフィラス十大天使のモチーフが他作品でもよく使われている「なんとかの樹」っていう神話だからだろうか?

 僕はそういったアニメ作品の元ネタとなる神話の類いには詳しくないのだが、いつだったか昔、中学時代のマイフレンドがサフィラス十大天使について元ネタのうんちくを語っていたものだ。

 まあ、アイツのうんちくってどれもウンチみたいにくっそどうでもいい話ばかりだったから聞き流していたけど、こんなことになるならちゃんと聞いておけば良かったな。

 

 ……もう会えない奴のことを気にしても仕方がないか。

 僕は今を生きるオリ主なのだよ。

 そういうわけで、僕は一時間ぐらいまったりとビナーとの世間話を楽しんだ後、自分が今すべきことをやるべく座布団から立ち上がったのだった。

 

「さてと……」

『行くのかい?』

「そろそろ、エンたちがツバサのところに着く頃だろうしね。楽しいおやつタイムをありがとね、ビナー」

『こちらこそ、貴重な時間に感謝しよう』

 

 ビナーとの世間話で聞いたが、このエロヒムは「理解の島」と呼ばれているだけあって、フェアリーワールドの歴史とか成り立ちについてどこよりも詳しい情報が集まっているらしい。

 古代の遺跡とかそういうロマンをそそられる施設も多いようで、件の「ダァト」についての記録も僅かながら残っているとのことだ。

 そこらで僕が「ダァト」ではないことを証明する決定的な証拠でも掴めればいいんだけどね……まあ、RPGで言うところのサブクエストのような心構えで探すとしよう。

 

 今はそれより、物語的に一番重要なメインクエストと呼ぶべき事柄、セイバーズ最後の仲間「風岡翼」との合流が大事である。

 

 いやあ、久しぶりだなぁ。

 実際はそれほど日にちは経っていないのだが、彼とは一か月ぐらい会っていないような気がする。それだけこの数日間が色々と濃すぎたわけだが、流石は原作でも高密度を誇っていた異世界編と言うべきか。

 彼と合流する場所も流れも原作とは大分変わってしまったが、五人の中で一番最後に合流するという点だけは原作通りと言えた。

 

「カバラちゃんはこれからどうする?」

「キュッ」

『君たちといたいそうだ。私としても、今後も君たちの動向を知りたいので連れていってくれるとありがたい』

「そっか。ふふっ……おいで、カバラちゃん」

「キュー!」

 

 僕が手招きすると、カバラちゃんは嬉しそうな鳴き声を上げて僕の胸へと飛び込んできた。

 よーしよしよし。僕たちはもちろん一緒だよ?

 実は僕、カバラちゃんのことを獣化した人ではないかと心配していたのだ。人外物のSS的に考えてね。

 しかし、晴れてれっきとした小動物であることを知った今、僕はこの子のことを遠慮なく可愛がることができた。いや、今までも遠慮なく可愛がっていたけどね? 99.9%の安心が100%に変わるだけでも心情的には大分違うのである。

 

『カバラちゃん、か……世界樹の根から運命を占うフェアリーワールドのデータベース、「カバラの叡智」から取るとは粋だね。いい名前を与えられたね、カバラちゃん』

「キュー」

 

 ん? カバラの叡智? なんやそれ。

 カバラちゃんの名前の由来はカーバンクルにゴジラを足せばもっと良くなると思ったからなんだけど……そういう固有名詞は、既存の何かにあったのかね。偶然の一致である。

 まあ、そんなことはどうでもいいか。要するに僕がカバラちゃんと名付けた名前は、大天使ビナー様も絶賛するナイスネームだったということだ。流石は僕。

 

「ビナーは来ないのかい?」

『私はこれでも忙しくてね。ツバサのことは君たちに任せるよ』

「うむ、任された」

 

 「風岡翼を救ってほしい」と言った彼女の意味深な発言の意図は気になるが、まあアイツなら問題あるまい。セイバーズきっての万能キャラである風岡翼なら、寧ろ画面外で色々な問題を解決しているのではないかという期待すらあった。

 

 和風の絨毯から離れ、僕はブーツを履き直す。このブーツは走りやすく怪盗活動でも逃走中に脱げることがないような構造をしている為、やや履きにくいのはご愛嬌である。

 んしょっと……よし、OK。では行こうかね。

 

「サフィラの祝福があらんことを、ビナー」

『……うん。気を付けて、ダァト』

 

 だからダァトじゃない……筈なんだけどなぁ。

 こうもしっとりした感情を僕に向けてくるビナーの銀白色の瞳を見ていると、迂闊に否定するのも怖い感じがした。

 

 そういうわけだから……おめえの出番だぞ、翼!

 

 そう、セイバーズ随一の万能キャラ、風岡翼の本職は探偵だ。

 しかも、頭に名がつくほどの探偵である。アニメ「フェアリーセイバーズ」でも彼がメインの回はいつも「なんか作風違くね?」と子供心に思ったほどだ。

 翼のメイン回では冒頭で異能による怪事件が発生し、探偵として先行した彼が黒幕を突き止め、機動部隊である炎と長太が出動し三人で解決する流れが基本となる。

 どれも一話完結で終わる都合上、Aパートの間でテンポ良く謎解きをしていく彼の姿は非常に頼もしかったものだ。

 

 まさしく、このようなミステリーを調べさせるのにはうってつけな人材である。

 

 よし、彼をいい感じに誘導して、サフィラス十大天使0番目の大天使とかいう「ダァト」について調べさせよう!

 

 名探偵の彼ならば、すぐにダァトの全貌について調べがつく筈だ。

 そして僕は自分の正体がダァトとは無関係な美少女TS異能怪盗パーフェクトオリ主エイトちゃんであることを再確認し、安心して否定することができるのである。

 

 その場合、ビナー様には旧友との再会をぬか喜びに終わらせてしまうことになるが……そこは僕の管轄外である。オリ主はオリ主であり、いかにチート能力を持っていようと他人にはなれないのである。

 

 そうと決まれば、尚更合流を急がないとね。

 僕は「千里眼」と「サーチ」を調合することで発動したハイパーセンサー的な異能によって、この聖都「ベート」を中心に円を描くように隅々を探索していく。

 ケセドパワーを手に入れたことによって、「テレポーテーション」共にその有効範囲は以前とは段違いである。

 もちろん、今から炎たちに追いつくのも楽勝だった。

 

 えーっと、炎たちは……ああ、いたいた。

 

 炎たちはザフキエルさんに連れられて、ここから1000kmぐらい先の町に降り立っていた。こうして見ると、「慈悲の不死鳥(マーシフル・フェニックス)」のスピード半端ないな。

 

 彼らが降り立った町は、どこかの渓谷の下にある小さな村のような場所だった。このベートとは異なり、人工物も少なく末期的な荒廃感がある。

 自然も茶色だらけで緑が極端に少ない。何と言うか、ウエスタン映画のテキサスみたいな雰囲気だった。

 ここに翼がいるのか……どちらかと言うと、田舎よりも都会が似合う彼からすると、イメージと違う居場所である。

 

 

「……行くか」

 

 ともかく、実際に行ってみなければ始まらない。出発進行だ。

 僕はカバラちゃんを肩に乗せながら「テレポーテーション」を発動した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ベートから1000kmほど離れた場所にある閑散とした町「ヘット」は、かつて理解の大天使ビナーと峻厳の大天使ゲブラーが協力して深淵のクリファ「シェリダー」と壮絶な戦いを繰り広げたとされる古戦場の地である。

 

 遥か古に起こったその戦いの爪痕は現代に至っても未だ刻まれ続けており、中心部には今もなお草木一本生えないことから、当時の戦いの凄惨さを物語っていた。

 

 そしてヘットのすぐ側に広がっている大地の裂け目は「ルキフゲスの檻」と呼ばれており、まばゆい光の檻によって閉じ込められたその中には、深淵のクリファ「シェリダー」が当時の姿のまま眠りについていた。

 

 偉大なる大天使が邪悪を打ち破った聖地にして、邪悪が眠る封印の地。そんな「ルキフゲスの檻」を監視するのが、古来から続くヘットの民の使命だった。

 それ故にこの町は、古来から封印の力を受け継ぐ特別な血を持つ者でなければ住まうことが許されない聖域であった。

 

 

「そんな場所に、俺たちを連れてきて良かったのか?」

 

 閑散としたヘットの町に降り立つと、ビナーの筆頭天使ザフキエルの口からこの町の説明を受けた炎たちが、聖地に人間を連れてきたビナーの判断に首を傾げた。

 カバラちゃんの目を通して監視していた自分たちのことをそれほどまでに信用してくれるのはありがたいが、余所者に対して寛大に過ぎるのではないかと思ったのである。

 そんな炎の問い掛けに、ザフキエルは苦笑を浮かべながら答えた。

 

『ビナー様は、寧ろ貴方がたが人間だからこの地に招いたのでしょう。ここには深淵のクリファが眠っており……その為か、この島では最もアビスの発生が多い地です』

「そいつらを、俺たちに退治してほしいと?」

『ええ、あの方は合理的なお方ですので』

 

 人間を招くことは、彼らにとっても益があるのだと言う。

 何故ならば深淵のクリファを含む全てのアビスにとって、人間の異能使いは大天使以上の天敵だからである。

 

「この前、ホドが言っていた。アビスは何度倒しても生まれ変わり続ける存在で、その輪廻を唯一断ち切れるのが人間の異能だと」

『ええ。故に、アビスの脅威を完全に取り除く為には人間と聖獣が協力し合うことが必要だと、ビナー様はお考えになられています』

『アイン・ソフもね。でもそうか……ビナーも僕と同じ考えだったんだ』

 

 天使がアビスを倒しても、それは一時凌ぎにしかならない。

 アビスは死してなお生まれ変わり、そして生まれ変わる度に以前より力を増していく。

 そうしてアビスが誰の手にも負えない力を身につけてしまったその時が、フェアリーワールドの最期だと炎たちは聞かされていた。

 なればこそ、今は聖獣と人間で争っている場合ではないのだ。

 

『尤も、多くの人間はまだ異能の力を完全に引き出せていません。アビスを討てるようになるにはまだ未成熟であり、実現するのは数世代先だと思っていましたが……貴方と貴方、そしてカザオカ・ツバサは既に完成された異能使いのようですね』

「フェアリーバースト……」

 

 アビスとの戦いで鍵を握るのが、極まった異能使いによるフェアリーバーストへの覚醒だ。

 炎はPSYエンスのボスとの戦いで、長太はネツァクとの戦いでその力に目覚めた。

 そして三人目──ザフキエルが語った言葉に、二人は反応した。

 

「翼も使えるのか? この力を」

『ええ、ビナー様の試練を受けたことで、彼もまた貴方がたのように力に目覚めました』

「おお! くそう、一人だけ使えないアイツを煽りたかったんだけどなぁ」

「チョータ、酷い……」

「じょ、冗談だよメア!」

 

 流石は風岡翼か、頼りになる男である。仲間たちから孤立しても、彼にとっては慣れたものだったのかもしれない。

 協調性が無いわけではないが、元々彼はセイバーズの中でも単独行動が多く、それがことごとくプラスの方向に状況を転じさせるトリックスター的な存在でもあった。

 そんな彼は他のメンバーさえも欺きながら敵のアジトに忍び込み、PSYエンス壊滅にも一役買ったものだ。

 尤も、付き合いが浅いうちにはそんな彼のことは酷く胡散臭い人間に見える為、三人が今のように仲間意識を抱くようになるまでは時間が掛かったものである。

 或いは炎にとって、仲間たちの中で最も味方で良かったと感じている人物が風岡翼という男だった。

 そんな彼がフェアリーバーストに目覚めたのなら、もはや鬼に金棒である。

 仲間のパワーアップを頼もしく思う炎たちに向かって、ザフキエルはある方角に目を向けながら告げた。

 

 

『カザオカ・ツバサはその力を得たことで、ビナー様に忠誠を誓う同志となり、アビスを討つ剣となることを選びました。あちらのように……』

「……!?」

「あれは……!」

 

 

 ──突如として、町に突風が吹き抜ける。

 

 その風に髪を靡かせながら振り向いたザフキエルの視線の先には、遠くからでもわかる大災害の風景が広がっていた。

 

 

「竜巻……?」

 

 

 殺風景な景色が広がる荒野の先──積乱雲の下では、地上から天空に掛けて細長く延びていき、高速で渦を巻きながら上昇していく気流が発生していた。

 

 ──それは、直径100mに及ぶ巨大な竜巻だった。

 

 まさしく竜のような猛烈な暴風を撒き散らしていくと、その竜巻は地上から液体状の黒い物体を巻き込んでは霧散させていく。

 自然現象だとしても驚愕すべきことであるが、さらに恐ろしいのはその竜巻は明らかに意思を持っており、周囲の聖獣たちには誰一人として被害を出すことなく、的確に「敵」だけを襲って葬っていることだった。

 その事実に一同が気づくと、即座にこの現象の正体を看破する。

 

『……! あれは、異能だ! 人がアレを起こしているんだ……!』

「すげぇ……アビスの群れを全部纏めて吹き飛ばしてやがる……!」

「あれが、フェアリーバーストに目覚めた翼の力……?」

 

 竜巻は自然現象ではなく、異能の力だった。

 よく見れば竜巻の中心部に誰かがいるのが見える。

 呆気にとられながらその光景を眺めていると、やがて全てのアビスが一掃されたことで突風は収まった。

 

 

『終わったようですね。行きましょう』

「あ、ああ」

 

 これが、今の風岡翼の力だというのか……味方である筈のその力が、本能的に恐ろしいと感じる光景だった。

 気を取り直した一同はケセドの背に乗り込むと、ザフキエルが飛び向かったその場へと飛翔していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ヘットの町から見えたその荒野は、遠くから見る以上に何も無い場所だった。

 もはや砂漠と言ってもいいかもしれない。大地には先ほどの竜巻で抉れた痕が広範囲に渡って刻まれており、その現象を起こした者の力の凄まじさを表していた。

 

 思った通り、そこには一人の青年がポツンと佇んでいた。

 

 彼の他にもアビスと戦っていた聖獣の戦士はいたのだが、そんな彼らさえもあの暴風の前には迂闊に近づくことができなかったのである。

 

 

「翼!」

 

 

 ケセドの背から降りながら、炎がその場に佇む青年の名を呼び掛ける。

 衣装はセイバーズのバトルスーツの上に、何故か西部劇のガンマンのようなポンチョとブーツを着こなしているが間違いない。

 そこにいたのは間違いなく、整った顔立ちの長髪の青年、風岡翼だった。

 

「ん……」

 

 そんな彼は炎の声に気づくと、それまでどこか遠くを眺めているようだった視線を一同に向けて言った。

 

「……ああ、お前らか。ビナーの言う通り、無事だったんだな」

「ああ、エイトも一緒だ」

「聞いているよ……お前ら、俺を迎えに来たのか?」

「おう。これで全員集合だな!」

 

 たった数日ぶりの筈が、随分と久しぶりな気がする。

 この数日間、お互いに濃密な時間を過ごしたものだが、ともかくティファレトやビナーの言う通り、五体満足の仲間の姿を見て炎たちは安堵した。

 だが同時に、炎は今の彼から何か不思議なものを感じていた。

 

 それに……引っ掛かるのだ。ビナーが言っていた、「救ってほしい」という言葉が。

 

「そんじゃあ行こうぜ! フェアリーバーストに目覚めた俺たち三人で、聖龍さんのところによ!」

 

 何はともあれ、セイバーズはこれで全員集合である。

 エイトと合流次第、すぐにでも聖龍の眠る世界樹へと向かうことができる。

 丁度、この島は世界樹サフィラと近い位置にある。旅の終わりはすぐそこだと、皆は喜んだ。

 

 しかし──

 

 

「お前らはそうしろ。俺はここに残る」

「え……」

 

 

 翼は陽気に言い放った長太の言葉を、冷たく振り払うように言った。

 嫌な、予感がする……炎は彼の目をじっと見据える。

 そして、思わず息を呑んだ。

 今の風岡翼は何かが──今までの彼とは決定的に違う感じがしたのだ。

 

「アビスが湧いてるからか? なら俺たちで全員ぶっ倒して……」

「どうでもいいんだ」

「は?」

 

 彼の目は──炎たちを見ていない。

 どこまでも虚無で、光を失っているようだった。

 

 ──まるで家族を失い、希望の全てを失った子供のように。

 

 

「もう、どうでもいいんだよ……人間の世界なんて」

 

 

 深い絶望に染まったその顔を見て、炎たちは初めてビナーの言葉を理解した。

 一体、何があったと言うのか……? いつも飄々として肝心な時にはずっと頼りになる男だった彼の変わり果てた姿に、炎たちは言葉を失った。

 










【次回予告】

炎「翼、何があった? 旧作の頃のお前は、もっと輝いていたぞ!」

翼「堕ちたのさ、闇より深い地獄にな……炎、お前はいいよな? 仲間に囲まれて、さぞ楽しい日々を送っているんだろう。俺は違う……今の俺には闇すら眩しすぎる」

炎「次回 フェアリーセイバーズ∞【翼救出! さまよえる理解の島】」

翼「忘れちまったぜ……救世主なんて言葉……」


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原作キャラ性格改変物の改変経緯

 


 翼の様子がおかしい。

 

 うん、明らかにおかしいねアイツ。

 今の彼の心は、目の前の炎たちに無い。

 「ヘット」というウエスタン風な町に一足遅く到着していた僕は、適当な民家の屋根上に立ちながら、荒野に集まってきた炎たちの様子を千里眼で観察していた。

 

 そうして目にした最後の仲間、風岡翼は炎たちとの合流を拒絶し、並々ならない態度で彼らを突き放していたのだ。

 

 

 一体どうしたんだ翼!? 原作のお前はそんなキャラじゃなかっただろ!

 

 

 これは……女神様っぽい人がまたやってくれたようだね……。

 確かに物語の途中で仲間とはぐれる展開は、再会後に誰かが離脱したり、闇落ちしたりするフラグの一つである。

 原作アニメ「フェアリーセイバーズ」では尺的な都合で起こらなかった展開だが、最後の仲間との合流には何かしら一悶着が発生するのは定番の要素だった。

 

 しかし……よりによって翼かー。

 みんなの便利屋さんである風岡翼をそのポジションに持ってくるとは、僕としたことが完全に想定外である。これは一本取られたわ。

 

 

 原作アニメ「フェアリーセイバーズ」における風岡翼というキャラクターは、前にも言ったが作中随一の便利キャラである。

 

 潜入活動や諜報など、大概の面倒臭い状況は大体彼が独自の行動で解決し、戦闘員である炎たちが思う存分力を発揮できる状況を整えてくれるのが彼という男だった。

 異能使いとしても超一流であり、彼の異能「疾風」は風を自在に操ることで攻撃にも高速移動にも応用することができる。セイバーズ最速の男として数々の難事件を解決してきたものだ。

 内面も最初期から安定しており、三人の中で最も年上の19歳(そろそろ20歳)ということもあってか皮肉屋ではあるもののなんだかんだで面倒見が良く、物語の初期では暴走しがちだった炎と長太を諌める苦労人ポジションが板についていた。それこそ炎が自分よりよっぽどリーダーに相応しいと思うほどに。

 見ようによっては死亡フラグの権化みたいな存在だが、あらゆるフラグを回避し最終回も堂々と生き残った男が彼である。苦労性故にアシストに徹することが多く、フィニッシャーは他の二人に譲ることが多かった彼だが、何ならセイバーズ最強キャラ疑惑もあったほどの男だった。

 

 そんな風岡翼が……なんだか邪気眼を発症したように仲間たちを冷たく拒絶している姿を見て、僕の頭脳に戦慄が走った。

 

 

 ──これは……原作キャラ性格改変物だと。

 

 

 性格改変物SS──それは古くから続く、二次創作のメジャージャンルである。

 個人サイト時代ではオリ主よりも先んじて広まっていた人気の高いジャンルで、当時は多くのファンが慣れ親しんできたものだ。当時の掲示板でも台本形式のSSがよく流行っていたものであり、しみじみと懐かしさに浸る。

 

 もしもあの作品のキャラがこんな性格だったら……そんなIFを想像して書き連ねた作品は、性格の改変によって独自の展開を広げて読者を唸らせたり、時に痛快なギャグとして笑わせてくれた。SSではないがかのブロリーMADなんかもコレに当てはまるだろう。

 

 SSにおいて改変対象となる原作キャラは例によって魅力的なヒロインが多数存在する作品が多いが、それらの創作では原作主人公が薄幸なほど大胆な想像力を掻き立てられる傾向があるというのが僕調べである。

 

 たとえば主人公のことを虐待の如き陰鬱な展開で曇らせていた原作で、主人公の性格を熱血スーパーヒーローのような性格に改変することで爽快なハッピーエンドを迎えさせたり。

 

 たとえば原作ではひたすら周りに振り回されていた不幸な主人公を、ハードボイルド度の高い性格に改変することで渋くカッコ良く困難を乗り越えさせてあげたり。

 

 オリ主物SSと同じく、それらのSSは「性格改変」というスパイスによって原作とはまた違うストーリーを楽しませてくれたのだ。

 もちろん、改変対象になるキャラは主人公以外のキャラも多く、原作では悪人だったキャラがマイルドな性格になっていたり、または原作では真面目なキャラがド変態になっていたり、時には迂闊で足元がお留守なかませ犬だったキャラが自重を覚えていい感じの活躍をしたりとその改変スタイルは千差万別である。

 そんな「性格改変物SS」は、僕の好きなジャンルの一つだった。

 

 

 だけどね……

 

 

「彼までも、その対象になるとはね……」

 

 

 お姉さん、予想外です。

 まさか、彼が性格改変の対象になるとはね。うーん、どうだろうかこの展開は。

 確かに元が貧乏くじを引きやすい性格だった分、弾ける下地はできていたと言えなくもない。

 だけど、作中随一の便利キャラの性格を変えてしまうのはリスキーだと思うよ僕は。

 ……いや、原作主人公である暁月炎が落ち着いた性格に成長した後期だからこそ、元々まとめ役だった彼のことを弄りたくなる気持ちはわからなくもない。レギュラーメンバー全員が完成された性格だと、話を作りにくいからね。問題を起こす奴ばかりだとヘイトを買うが、全くいないとなると長期連載は難しいものだ。

 似たような事例はツァバオトでの長太の時にもあったが、今回は翼のターンと言うことだろうか? SSのイベントで言うと。

 

 ……いいよ、そういうことなら僕にも考えがある。

 

 アディシェスとの戦いを乗り越え、キャラ被り(ビナー様)との対面も経た今、ちょっとやそっとのことで動じる僕ではない。フフフ、動揺すると思った? 残念エイトちゃんでした。

 

 

 寧ろ、これはチャンスである。ハイパーオリ主チャンスだ。

 

 

 なんだか知らないが突然拗れた原作キャラの性格を、オリ主のSEKKYOUによって華麗に元通りにするのも一興である。作者のマッチポンプ感は否めないが、それもまたオリ主に与えられた見せ場と言えなくもない。

 もちろん、「いや、勝手に原作キャラを崩壊させちゃ駄目だろ原作ファン的に考えて!」と指摘する者はいるだろう。元が空気キャラだったならばいざ知らず、原作の時点で魅力的だったキャラを改変するのであれば尚更である。僕自身、翼の性格はそのままでいいだろJKと思っているので、長太のリーゼント問題の時と同じように「そのままのキミが素敵だよ」と言ってやるつもりだ。

 

 

 だが、風岡翼が新しい一面を見せてくれるというのもそれはそれで嬉しく思っていた。

 だって彼、めっちゃ苦労性だし……

 

 

 炎も長太も今でこそ立派なヒーローだが、初期の頃はそれはもう問題児だった。

 炎は無口の癖に切れたナイフみたいに仲間とのコミュニケーションを拒絶していたし、父親の仇に関係する者を見つけたら連絡も取らずに独断行動に出るのはご愛嬌。長太も長太で風貌通りの問題児であり、猪突猛進な性格が悪い方向に出て、翼がフォローに回ることも珍しくなかった。

 もちろん、今ではそんな二人も過去の過ちを恥じて猛省しているし、その後の目覚ましい活躍は語るまでもない。民間人にも実害は無かったので、それも近い将来やんちゃだった頃の若気の至りとして笑い飛ばせるようなかわいい過去である。

 

 ──だが、そうなると翼の心に溜まった心労の行き場が問題になる。

 

 彼らの成長を間近に見てきた彼なら、まあ昔のことだし流してやるかと寛大に許してくれるだろう。彼は皮肉屋を気取っているが、過ぎた過去を蒸し返してねちっこく糾弾する男ではないのだ。

 しかし、人のストレスなどというものは本人の自覚が無いところでもどんどん積み重なっていき、根が真面目な人間ほど完全には抜けきらないものである。

 

 

 そんな彼が、無自覚なストレスに追い詰められていた状態で……異世界という新しい環境で一人になったとしたら?

 

 

 しがらみから解放された自由な環境──それはまさに、はっちゃけるには絶好の機会である。

 例えるなら、誰もいない無人島に一人取り残された時、全力でかめはめ波を撃ちたくなるのと同じ心理である。

 お労しや……僕は静かに目を閉じて黙祷を捧げた後、千里眼に映る彼の姿を生温かな目で見つめてあげた。

 

 そんな彼は今──「どういうことだ!?」と問い詰める炎たちの元から、風となって飛び去っていったところだった。

 

 風岡翼の異能、「疾風」の応用である。彼は自らの身体に風を纏うことによって、超スピードでの移動が可能になるのである。それは、彼をセイバーズ最速の戦士たらしめる力だった。

 そんな能力を逃走に使われてしまったら、追いつくことなど不可能である。

 早々に翼の行方を見失ってしまった炎たちはその場に取り残され、自分たちの元から立ち去った仲間の足跡を呆然と見送るのであった。

 

 

 しかし、このエイトちゃんは別である。

 

 

 たとえどんなスピードで移動したところで、この島にいる限り今の僕のサーチ&千里眼からは逃れられない。

 空気を読めなくてすまないが、僕だけはバッチリ翼の行方を追っていた。しかし、はえーな翼君……流石にテレポーテーションほどではないが、これは全力を出した「慈悲の不死鳥(マーシフル・フェニックス)」より速いかもしれない。

 

 

 そんな彼は、程なくしてある場所で足を止める。 

 

 彼が先ほどまでいた荒野とは真逆の方向──僕のいるヘットを挟んで10kmぐらい離れた場所だった。

 そこはこの辺りと違って緑がある。不毛な土地の中で、唯一その地域だけは自然の恵みが生い茂っていた。

 それこそ砂漠の中にポツンと輝くオアシスのように……あっ、泉があるね。完全にオアシスである。

 泉を中心に、豊かな草木が1㎢ぐらい囲っていた。不思議な地形をしているね。流石は異世界。

 

 そんなオアシスの地に到着した翼は、一片の迷いも無くスタスタと歩を進めると、泉の景色を一望できる丘の上へと跳躍するなり足を止めた。

 

 おっ、眺め良いなあの場所。

 なんだよ翼ー、お前も高いところ好きなの? いい趣味しているじゃないか!

 僕はそう思いながら千里眼越しにオアシスの景色を観察していたが、立ち止まった彼の視線がその泉に対しても無いことに気づいた。

 

 ならYOUは何しにこんな場所へ……と訝しんだ僕に答えるように、彼は丘の上にある大きな石碑の前で足を止めた。

 

 

 

 ……ふむ。なるほどね。

 

 

 察しのいいエイトちゃんは、その光景を一目見て彼の目的を理解した。経緯はわからないけどね。

 彼の変化は社会のしがらみから一時的に解放された故の若気の至りかと思っていたが……どうやら彼の心を蝕む問題は、思った以上に根深いようである。

 

 ──よろしい、ならばオリ主だ。

 

 僕はそこで観察を止めると、即座に「テレポーテーション」を発動し、実際に彼の居場所へ向かうことにした。

 

 おお、いきなり匂いが変わったね。

 岩場だらけの荒野から一気に自然豊かなオアシスに移動した僕は、泉から吹き抜ける心地良い風に思わず目を細めた。

 こう、一瞬で全く違う環境に移動すると温度差で風邪を引く恐れもあるのが普通だが、あいにくエイトちゃんボディーは頑丈なので滅多なことでは体調を崩す心配は無いのだ。

 

 そんな僕は、石碑の前で語り掛けるように座り込んでいる翼の背中に、遠慮無く呼び掛けてやった。

 

 

「お墓参りかい? ツバサ」

 

 

 彼が向かい合う一つの石碑には、フェアリーワールドの言葉で誰かの名前が彫られていたのだ。その光景は、どう見てもお墓である。

 

 えー、「サーチ」で翻訳翻訳っと……ああ、「ラファエル」って書いてあるね。神話に詳しくない僕でも聞いたことのあるメジャーネームである。いかにもエンジェル的な名前だ。

 

 目の前の石碑を切なげに見つめている彼の瞳を覗き込めば、彼がこの場を訪れた目的も察することができた。

 

「…………」

 

 僕の問い掛けを受けた翼は、こちらに振り返ることもせず小さく頷く。

 その姿を見ると、何だろうな……僕もシリアスな顔にならざるを得なかった。

 

 

「……そっか……」

 

 

 顔を見れば、翼にとってこの下に眠る人物がただならぬ存在であることは何となくわかる。それほどまでに、石碑を眺める彼の顔は思い詰めている様子だったのだ。

 

 空気の読めるオリ主である僕は、最低限の礼儀としてシルクハットを外して前に出ると、彼の隣で倣うように腰を屈めて一分ほど黙祷を捧げた。

 

 どうか安らかに……ってね。

 

 黙祷を終えて目を開くと、立ち上がってから虚ろな目で僕の横顔を眺めている翼の視線に気づいた。

 な、なんだよ? そんな怖い目で見るなよビビるじゃないかっ。

 

 も、もしかして僕やらかしちゃった? デリカシーなかったかな……いや、でも、この下にいる人の冥福は真面目に祈っていたよ……?

 

 ううっ……「見ず知らずの赤の他人が図々しいぞ」とか言われたりしたらショックである。恐る恐る彼の方に顔を向けると、翼はふぅっと息を吐いて再び石碑に向き直った。

 

 

「……この下には、誰もいない……」 

 

 

 虚無的な眼差しで見つめながら、彼はぼそりと呟く。

 その声は僕の知る風岡翼とはあまりにも似つかない、弱々しい声をしていた。

 

 

 

 

 

 

 ……やべぇ。なんか想像の100倍以上重い事情がありそうなんだけど。

 

 

 何なの? 一体どうしちゃったの翼君。言うて君、まだこの世界に来て数日でしょ?

 僕の知らないところで、何があったというのだろう。一体どんな関係だったのよこのラファエルさんって人と。

 

 うーん……何があったのかさっぱりわからないが、彼の表情から窺える感情は意気消沈という言葉すら生易しい状態である。これは怖い……ヤバい目をしている。

 ど、どうしよう……こんなんじゃオリ主できないぜ……これでは、いつもみたいにミステリアスな感じに助言して去っていくのは無理そうだ。

 

 せっかく再会したというのに、僕に対する翼のリアクションはびっくりするほど薄い。言葉には出さないが、その様子は「ああ、いたの君」ともはや空気キャラを相手にするような扱いである。むぅ……

 

 そしてそんな扱いをされたのに、彼に対して抗議したい感情が浮かんでこないほど場の空気は重苦しかった。いい眺めとオアシスの風さえも、どこか虚しく感じるほどに。

 

 ……やめてよ、そういうシリアスなキャラ改変は。

 こういうのを見ると、僕のところにお見舞いに来てくれた前世の家族やマイフレンドたちのことを思い出すんだよ。

 

 どうしたらいいものかポーカーフェイスの裏で思考を巡らせながら彼の横顔を見つめていると、ふと翼はポツリ、ポツリと語り出した。

 

 

「俺さ……思い出したんだよ。この世界に来て、ビナーの試練を受けて……」

「思い出した?」

「……俺が、ヒーローごっこをやり始めた理由を」

「ヒーロー……ごっこか……」

 

 

 な、何の話だよ……?

 ヒーローごっこ──と言うのはもしかして、セイバーズに入ったことを言っているのだろうか? そうなると、つまり彼がセイバーズに入った理由か。

 うーむ……そう言えば、原作アニメでもその辺りは特に語られていなかったんだよな。炎や長太がセイバーズに入る前の経歴とかはそれなりに作中で明かされていたものだが、風岡翼に関しては登場時点から既にセイバーズの一員であり、頼りになる二枚目キャラだったのだ。

 

 因みにこのように、原作で語られていないキャラクターの過去を捏造する──と言うのはSSの王道である。

 しかし今回のように唐突に、それも同僚の炎たちではなく僕に語り出すとは思わなかったのでびっくりしてしまった。

 

 ……だけど、せっかく語り出したのだから聞こうじゃないか!

 

 僕はオリ主だからね。オリ主が自分の過去を原作キャラに語りたがるのが王道ならば、原作キャラの過去話をオリ主が聞き届けるのも道理であろう。

 僕は彼の横顔をじっと見つめながら、続く彼の言葉をゆっくりと待つことにした。

 そして翼は、何度も沈黙を挟みながら語った。

 

 セイバーズの風岡翼が誕生する前の出来事を──そのルーツを。

 

 それは、幼い頃の彼が出会った一人の女性との思い出だった。

 

 彼の行動原理の礎を築いた師匠であり、母であり、姉でもあった──今は亡き天使「ラファエル」との出会いと、別れである。

 



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脇役の過去回を引っ張るのは難しい

 主人公登場しないからね……


 風岡翼は赤ん坊の頃、血の繋がった両親に捨てられた。

 

 生まれてから無償の愛を受けることなく生きてきた彼は、物心ついた頃には孤児院で暮らしていたものだ。

 院長や孤児院の人たちには世話になったと思っている。何も持っていなかった翼を庇護し、生きる術を教えてくれたのは他でもない彼らだからだ。兄弟分との関係もそう悪くはなく、幼いながらに賢かった翼は、どのように振る舞えば周りの人間に気に入ってもらえるのか何となく理解していた。

 

 赤ん坊の頃の記憶は覚えていないが、もしかしたら「二度と捨てられたくない」という無意識な恐怖心がそうさせたのかもしれない。

 

 ──だが、いつまでもそんなのは嫌だ。

 

 幼心に翼は自分の将来を不安視し、一生このまま目に見えない何かに怯え続けるのは嫌だと思ったのだ。

 或いは、そんな日常で溜め込んでいたストレスを、一時でもいいから思う存分発散したかったのかもしれない。

 その為の方法が上手く思いつかなかった彼は、ある夜、衝動的に孤児院を抜け出したのである。

 

 

 それは、満月の夜のことだった。

 

 自由になりたい、何者にも怯えたくない。

 孤児院での生活が嫌だったわけではない。ただその一心だった彼は、自分で自分の気持ちを整理できないまま、風のように暗闇を走り抜けていった。

 拙い異能を使って風を感じている時だけは、自分が自分でいられる気がしたのだ。

 

 

 3kmぐらい一気に走り抜けて、とうとう息が限界になった翼はその場に広がる河川敷の傾斜をゴロゴロと転がっていき、大の字に身を投げ出して芝生に背中を預けた。

 呼吸はぜぇぜぇと掠れており、横っ腹も足も痛い。体育の時間でも、ここまでがむしゃらに走ったことはなかった。

 

 しかし、何故だかとても気分が良かった。

 

 今の自分は自由で、何も恐れていないと……そう思えたのである。

 

 鈴虫の鳴き声が響く。

 目下に見える川の流れも穏やかで、夜空に輝く満月と星々は掴みたくなるほど美しかった。

 時刻は夜中の10時。幼い彼は、いつもならもう寝ている時間だ。

 

 そんな時間にこうして一人空を眺めていると、なんだか自分が少しだけ特別な存在になれたような気がした。

 淡く輝く満月さえ自分を応援してくれていると──子供らしい感傷に浸っていた。

 

 

 ふと横から、音楽が聴こえたのはその時である。

 それは自分と同じように河川敷の傾斜に身を委ねている者が鳴らす、ハーモニカの音だった。

 

 「何故こんな時間にハーモニカ?」と普段の彼なら不気味に感じていたところだろうが、この時の翼少年は夜中に孤児院を抜け出した興奮から、寧ろ非日常感が増したと雰囲気に喜ぶ感情があった。

 その演奏の曲調が、彼の好みだったのも大きいだろう。

 それ故に彼は好奇心に負けて仰向けの身体をゴロンと横に倒すと、その音楽の発生源に対して目を向けた。

 

 ──ハーモニカを吹いていたのは、輝くような緑色の髪を下ろした一人の女性だった。

 

 その容姿は翼が見たことがないほど美しくて、浮世離れした雰囲気のある妙齢の美女である。 

 心なしかしんみりとしたメロディーの演奏は、初めて聞いた曲なのに不思議と胸に馴染む気がした。

 彼女が演奏を終えた瞬間、思わず身を乗り出して拍手を送ってしまったほどである。その瞬間、女性は初めて翼の存在に気づいたようで、彼女はハッと目を見開くときょとんとした顔で翼と目を合わせた。

 

 最初は、翼が彼女に話しかけた。「今の演奏、すごかったね」と。

 

 彼女は苦笑を浮かべながら返した。「ありがと。だけどこんな時間にどうしたの? お父さんとお母さんは?」と。

 

 こんな時間にハーモニカを吹いている人に言われるのはどこか釈然としなかったが、子供の自分を真剣に心配している彼女の表情にバツが悪くなり、思わず目を背けた。

 今の自分が悪いことをしていることは、はっきりと自覚していたからだ。この町の治安は良い方だが、それでも真夜中の出歩きは危ないと大人から言い聞かされている。

 

 だけど……そうしたかったのだ。

 

 翼は俯きながら言った。自分には両親がいないこと。今は孤児院を抜け出してきたということを。当てもなく走り続けた先に気づけばここにいたのだと、美女に対して懺悔するように語ったのである。

 

「そう……坊やも、迷子なの」

「迷子じゃねーです。道は覚えているし、孤児院にはいつでも帰れるし……」

「そうじゃなくて、自分の生き方に迷ってるんでしょ? だから闇雲に走りたくなった──違う?」

「あ……うん……」

 

 ほんの少し身の上話をしただけで、彼女は翼の心情を的確に当ててきた。それは、初めてのことだった。

 

 翼は物心ついた頃から何も無かった。

 両親からの愛情という普通の子供が当たり前に貰っている筈の物を、一切与えられていなかった。父と母は赤ん坊の自分を院長に預けて蒸発したと聞いており、その事実はどこまでも彼の心を虚ろにしていた。

 それは「自分なんて誰にも愛されるわけがない」という、一種の諦念だったのかもしれない。

 今はまだ、こうやって走り出したように反骨心が残っているが、それさえもいつまで続くかわからない。もう少し大きくなったら、それさえも無くなって、ただ機械的に生きていく自分を想像するのが怖かったのだ。

 

 孤児院の仲間たちと一緒に遊んでいる時ですら、ふと我に返る時がある。

 そして考えるのだ。「俺はなんで捨てられたんだろう?」と。

 捨てられて、生きる価値も無い自分がなんで生きているんだろう?と。

 

 ……そしてそんなことを考えていても、心の中は全く悲しいと感じていない自分が嫌だった。

 

 だから翼は今まで一度も涙を流したことはなかったし、自分を捨てて蒸発した両親に憤りを感じることもなかった。彼らに対して大した関心を抱いているわけではないのに、ふと自分自身の在り方に疑問が浮かんでしまう。解決策の見えない鬱屈した思いを抱えてばかりの毎日だった。

 

 先ほど何も考えずに走った時、心から気持ちいいと思った。

 しかしこの熱が冷めた時、またいつもの自分に戻ってしまうのだろうと思ってしまう自分がとても気持ち悪く感じていた。

 

 生き方に迷っている──そうだ、確かにその通りである。

 彼女に言われて初めて気づき、翼は「俺って迷子だったんだ……」と呟きながらポンと手を叩いた。

 

「迷った時は好きなことをするといいわ。私のように楽器を演奏したりね。あっ、でもそういうのはこの場所みたいに、周りに家が無い場所でお願いね? この前、近所迷惑だーって怖いおじさんに怒られたの」

「……好きなこと……?」

 

 そんな迷子の自分に具体的な解決策を提示すと、女性は自らの失敗談を語って苦笑する。

 彼女の好きなことは今実演したハーモニカの演奏なのだろうが、翼は楽器には関心が無い。音楽の成績は悪くなかったが、趣味にしたいと思うほどではなかった。

 

「何だっていいわ。あるでしょ? えっと、ここまで走っていた時は気持ちいいと思ったなら、走ることとか好きだったりしないの?」

「走ることは別に……でも、風を感じるのは好きだ」

「風?」

「うん、俺の異能、風を使うんだ」

「風の異能!?」

 

 改まって考えてみると、唯一趣味と呼べるようなものはそれぐらいのものである。

 翼は自分自身のことは好きではなかったが、自分の異能だけは好きだった。

 風の異能を使っている時だけは、素直に楽しいと感じた。そう告げると、女性は嬉しそうな顔で翼の手を掴む。

 唐突な反応にドキリと胸が跳ねるが、そんな翼に彼女は言った。

 

「わあ……私と一緒! いいじゃない風の異能っ!」

「えっ?」

「私も聖術……じゃなかった、異能は風を使うのが得意なの。えいっ」

  

 彼女は前方に手をかざすと、その瞬間、今まで何も無かった場所に小さなつむじ風が発生した。

 その光景に翼が呆気に取られていると、女性は自らの手で発生させたつむじ風を右へ左へ意のままに動かしてみせた。

 まるでそれは、自然現象すら意のままに操る神の御業である。

 思わず「すげぇ……」と感動の声を漏らすと、能力のアピールを終えた女性はつむじ風を消してニコリと微笑みかけた。

 

 

「ね?」

 

 

 成人した大人の女性なのに、どこか子供のようなイタズラっぽい笑顔だった。

 そんな彼女の顔に向かって視線が吸い込まれていくように見とれた翼は、ほんのりと頬を赤く染める。

 自分と似た異能を持ちながら、自分よりも遙かに高い練度を誇る力を見て興奮しているのだろうか? 自身の今までに無い感情に戸惑う翼に向かって、彼女は提案した。

 

 

「異能を使うのが好きなら、私が貴方の異能を見てあげよっか?」

「っ、いいの!?」

「内緒だけど……貴方のような迷える子羊を導くのが、お姉さんの仕事なの。あっ、ちゃんと院長さんに許可を取らないと駄目だからね? 流石に今みたいな時間に出歩くのは駄目だけど……夕方ぐらいならいつもこの辺りにいるから、見かけたら言ってほしいわ」

「うん! お願いしますっ!」

 

 

 迷い無く、翼は彼女の提案を受けた。

 自分と同じタイプの異能使いに異能の使い方を教えてもらえる機会など滅多に無い。

 そしてこの時翼は、一目で彼女が並大抵の実力者ではないことを見抜いていた。

 同じ風を操る者として、先ほどのつむじ風を発生させるのにどれほど繊細な力のコントロールが必要なのかわかっていたからだ。そんな彼だからこそ、彼女のことを自分の師匠になってくれるかもしれない存在だと見抜いたのである。

 帯を締めるように立ち上がって畏まる翼に対して、女性はふふっと微笑みながら名乗った。

 

 

「私はラファエル。見ての通り怪しいお姉さんだけど……よろしくね」

 

 

 ──それが、風岡翼が不思議な女性「ラファエル」と出会った瞬間である。

 

 彼女との師弟関係は、それから小学校を卒業するまでの三年間続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ラファエル姉さんは、すげぇ実力者だった……それに……赤の他人に過ぎない俺に、いつだって親身に接してくれた優しい人だった」

 

 

 遠い目で昔のことを懐かしみながら、翼が語る。

 ラファエルは彼に色んなことを教えてくれたらしい。

 孤児院でも生きる術を身につける為の教育は受けていたが、彼女が開いてくれた異能の特別レッスンは学校で習うよりも遙かにわかりやすく、そして明らかに進んでいた。

 異能使いの極致、その時代ではまだ誰も知らない「フェアリーバースト」の存在を教えてくれたのも彼女だったのだと言う。

 

 うん、どう見ても聖獣ですわその人。しかもケセド君と同じで慈しみの心に満ち溢れた天使さんである。

 

 

 幼い頃に天使と出会い、師事していたとは……まるでオリ主みたいな過去だ。すげえ。

 今明かされた翼の過去に、僕は驚愕する。

 登場時点で既に抜群の安定感を誇っていた風岡翼の実力には、そのような過去に裏打ちされたものだったのかと納得した。

 それも、師匠キャラが謎めいた美人のお姉さんとか最高かよ……よくまともな性癖の青年に成長したものだと、別の意味でも僕は感心していた。

 

 ……ん、お前が言うなって? なんでさ。

 

 

「あの時は知らなかったが、姉さんは聖獣……天使だったんだろうな。普段はあんたのように羽を隠していたが……俺が危険なことをしていると、四枚の羽を広げて大急ぎで駆けつけてくれた……あの時は異能の応用だと誤魔化されたが……姉さんは誰よりも早く駆けつけて、俺のことを助けて……時には叱ってくれた……世間一般で言う、母親みたいな人だった」

「そう……」

 

 

 なるほどね、人に擬態した天使か。

 僕の場合はその逆で、天使に擬態した人みたいなことになっているけどね今。まあ、これはこれで美味しいと思ってはいるが。

 サフィラス十大天使以外にも天使は一定数存在しており、僕の知らない天使が原作開始前の時点からゲートを潜り、人間世界に潜入していたとしても何ら不思議では無い。

 

 しかし気になるのは、そんな濃厚な過去があったのに、何故翼は最近になって思い出したのかという話である。

 

 いくら彼がその後波乱万丈な日々を過ごしたとしても、子供の頃に三年間も師事していた美人なお姉さんなんて一生忘れない筈である。一日や二日程度の関係ならまだしも。

 特に名探偵として活躍している彼の記憶力を以ってすれば尚のことだ。

 

 と言うことは、考えられる可能性としては──

 

 

「その記憶は、今まで誰かに消されていたのかい?」

「……ああ。ラファエルに……姉さんに封じられていたんだ。あの時……私のことなんて思い出すだけでも辛いだろうからって、別れ際にな……あの人の、最後の気遣いだった……」

「最後の……ね」

 

 

 ふむ、なるほど。

 ここまでの話をまとめると、翼には「ラファエル」って言う異能の師匠がいて、その人は天使で、翼は母親のように慕っていて……何かが起こって死に別れた。それで、別れ際に彼の将来を案じた彼女によって今まで記憶を封じられていたというわけだな!

 

 

 ……おおう、想像したくなかったがヘビーな事情である。

 

 目の前の墓を見つめながら言った彼の言い回しに、大凡の事情を察した僕は彼の背中を宥めすかすように擦ってやった。

 よーしよし、君は頑張った。お姉さんが慰めてあげよう。君とはそんなに歳変わらんけど。

 

 

「……T.P.エイト・オリーシュア……あんた、どこか姉さんと似ているんだよな。そうやって、自然な気遣いをしてくれるところとか……自分のことは全く明かさない癖に、人の弱さに寛容で、話しやすいほど優しく聞いてくれるところとか……それも、天使の性って奴なのかね……」

「買いかぶりすぎだよ。困っている人が近くにいたら、できる範囲で助けてあげたいと思うのはキミも同じだろう? そう言う意味なら、ボクなんかよりもキミたちの方がよほど天使だよ」

「……そうかい」

 

 そうだよ。

 

 僕はオリ主だからね。基本的にはその時その時で一番カッコいいと思った行動を採るのがエイトちゃんである。

 僕の場合はそういう俗な感情ありきなので、そんな虚ろな目で「エイトちゃんマジ天使」と言われてもその……困る。オリ主ageは嬉しいし照れるけど、今の彼に言われるのは何とも微妙な気分だった。

 

 

「だけど、俺は違う……俺は、アイツらとは違うんだ。救世主(セイバー)なんて、名乗るのもおこがましくて……俺は一番大切な人さえも守れず……それどころか、自分が戦う意味さえも忘れていたんだからな……」

「だから、ヒーローごっこか」

「そうだ……俺にはアイツらのような確固たる信念も無ければ、未来をこうしたいっていうビジョンもねぇ……」

 

 

 う、うーん……これはかなり自罰的になっているなぁ。

 よろしくない。よろしくないぞ……自分が無価値な存在だと思い込んでいる、鬱病患者の傾向である。これが構ってちゃんの厨二病患者なら「あっそう、じゃあの」と梯子を外してやることで化けの皮を剥がすことができるだろうが、今の彼は明らかにマジだ。

 

 

「……俺はここで死ぬ。アイツらには、世話になったと伝えておいてくれ……」

「イヤだよ。キミが言いなよ」

「……はっ……それもそうだな……悪い……」

 

 

 彼とラファエルの間に何があったのか、彼の口から無理に聞き出す気は無い。

 一体どのような別れ方をしたのか、非常に気になるけど聞かない。

 彼がここまで参るほどの悲しい過去は、本人の気が向いた時に語り出すのを待つしかないのだ。

 

 今の彼はそこまで語りたがっている様子ではない。

 そもそも僕がそこまで彼に信頼されているかと言うと、まあ無いだろうし。だってよ……探偵と怪盗だぜ? カウンセリングをする仲と言うのは違和感バリバリであり、寧ろライバルフラグの方が相応しい関係だった。

 

 だからこそ、僕にできることは限られていた。

 完璧なチートオリ主は傷心な青年への気遣いも完璧なのだよ。

 

 

「ボクはキミの過去に何があったのかは知らない。だけど……後悔しないようにね」

「……ああ」

 

 

 と言うわけで、今は彼自身の心に訴えかけておくだけに留めておく。

 いや、これで本当に彼がこの場所に残り、セイバーズから離脱してしまうのは駄目だけどさ。この手の問題は、僕がいい感じに慰めたところで根本的な解決にはならないからだ。

 

 だけど僕は信じている。

 

 非常に無責任な話だが、僕の推しである風岡翼なら、きっと──

 

 

「ツバサなら乗り越えられるよ……悲しみも……苦しみも」

 

「……あんたこそ、買いかぶりすぎだよ」

 

 

 そうかね。それでも僕は、僕がそう思っていることだけははっきりと伝えておきたかったのだ。

 屈み込んで石碑を見据えていた彼の両肩に手を添えた後、僕は今は一人にしてやった方がいいだろうと判断しクールにその場を去る。

 

 このオアシスの景色を楽しみたい思いもあったが、彼の目から静かな風景を邪魔するのも悪い。

 名残惜しいが、今は一先ずテレポーテーションで「ベート」に戻ることにした。

 聞いておきたいことがあったのだ、彼女に。

 

 さて──

 

 

「どういうことかなビナー?」

『……お早いお戻りで』

 

 

 うん。数分前にいい感じに送り出してもらったばかりだが、戻らせてもらったよ玉座の間へ。テレポーテーションの正しい使い方である。

 僕はビナーが言った「風岡翼を救ってほしい」という言葉の意味を、今の彼を見たことで詳しく聞いておきたいと思ったのである。おそらく、炎たちも同じ思いでザフキエルさん辺りに問い詰めているところだろう。

 原作主人公とは別のアプローチで問題解決に当たっていくこのスタイル──実にオリ主である。

 

 僕が翼と会ってきたことを告げると、ビナーは付け直していたベール越しでもわかるほどオロオロした感じで視線をあちこちに彷徨わせていた。

 

 ……いや、そんなイタズラが見つかった子供みたいな顔するなよ。別に僕、怒ってないし。

 

『ほ、本当かい?』

 

 怒るわけないじゃん。

 その様子からすると、察するに彼がラファエルの記憶を思い出したのは君のせいなんだろうけど……だからと言って、僕にブーイングを送る資格は無かった。

 挙動不審なビナー様もそれはそれで可愛らしかったが、今はからかうことはせず真面目な顔で言う。

 

「ボクがキミに怒るわけないだろう」

『良かったぁ……』

 

 ──ただ、返答次第ではオリ主的にチクリと一言物申すかもしれないがそこはご容赦願いたい。

 

 そう言うわけで、今は翼本人に踏み込むのはマズいと思った僕は、代わりに一番事情に詳しそうな大天使様を問い詰めることにしたのだった。

 島の王様に向かって気軽に直談判するこのフットワーク……この恐れの無さは、かなりオリ主してない? エイトはそう思います。




 フェアリーセイバーズ∞では翼視点でのラファエルとの出会いから別れまで、2、3話かけて回想しているようです。


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二次設定をさも公式のように語る奴

 あれは……マシンチャイルド!


 ラファエルは優秀な天使だった。

 

 正義感が強く、常に真実を見極めようとする理性を持ち、必要とあらば民の為に力を振るうことができる模範的な天使だったと言う。

 ただ、そんな彼女はサフィラス十大天使並に我が強く、頑固なところがあった。

 彼女は元々栄光の大天使ホドの筆頭天使を務めていた身だが、聖龍アイン・ソフが人間の肩を持っていると知るなり自らその任を退き、単身人間の世界へと乗り込んでいった。

 

 そんな彼女は身分を隠しながら未熟な人間を導くべく行動に移った──とのことだ。

 人間で言えば、お勤め先の一流企業の幹部を退職し、海外で起業するようなものだろう。中々ロックなお方だったようだ。

 

『ラファエルは私の友人でね……何度かこの島に来たこともあるよ。人間世界に渡ったのも、幼少期に面倒を見てあげた私の影響も少なからずあったらしい。ただ、あの子がツバサの面倒を見るようになったのは、100%彼女の善意だった。どうにも心に深い闇を抱えながら、自らの意思で闇から抜け出そうともがく彼のことを気に入っていたようで……』

 

 翼も言っていたが、迷える子羊を導きたがるのは天使の性なのだろう。

 なので、ラファエルさんは断じてショタコンではないのだ。いや、真夜中で出会った見知らぬ九歳児と密会を約束するなんて、現代社会では事案だけどさ……彼女の名誉の為に弁護しておく。

 

「なるほど……もしかしたらラファエルは、ツバサこそが人類初のフェアリーバースト到達者になると見込んだのかもしれないね」

 

 フェアリーバーストの発動には、ただ単純に身体を鍛えて修練を重ねていけばいいわけではない。

 異能とは心の在り様によって左右されるものだ。故に、自分自身の心を客観的に理解しなければ、本来の力を引き出すことはできないのである。

 

『……その心は?』

「心の闇だよ」

『心の闇?』

 

 僕の発言に、ビナーが興味を示す。うん、いい反応である。

 つまりそれはどういうことかと言うと……フェアリーバーストを発動できるレベルまで能力を育てていく為には、自分の心の良いところだけではなく悪いところ、即ち「心の闇」と向き合わなければならないということだ。

 

 暁月炎は父の仇に対する復讐心と向き合い、乗り越えることで覚醒した。

 

 力動長太は自分自身の弱さと向き合い、受け入れることで覚醒した。

 

 到達者である二人の例を挙げて、僕は「フェアリーバースト」とは自分自身の心の闇に対するアプローチがトリガーになっていると考えていた。

 尤も、それが公式設定なのかどうかまではわからない。あくまでも、作中描写から判断した僕の考察である。

 SSの素晴らしいところは、一ファンの見解をさも公式設定のようにさり気なく盛り込めるところだ。ブラックサレナに相転移エンジンが搭載されているのはみんなも知っているよね?

 

 そう言うわけで、僕はこの世界でも「公式では明言されていない公然の二次設定」が反映されている可能性は高いと考えていた。

 

『……なるほど。私たちより負の感情が一層激しい人間だからこそ、至れる領域ということか』

「不完全であるが故の強さを持っているのが人間さ。感情とは侮れないものだよ、ビナー。それは、キミたちだって同じことさ。感情的な年頃の子供ほど成長が早い……マルクトのようにね」

 

 大天使の中でぶっちぎりの最年少であるマルクトが既に他のサフィラスと遜色ない実力を持っているのも、彼女が他よりも特に人間臭い性格だからというのもあるのだろう。

 無論、本人の努力が一番だとは思うが、感情の強弱は異能の原点である聖獣の聖術にも影響していた。

 まあ、これも僕の考察だけどね。公式設定かはわからない。

 

『ふむ、興味深い話だね……だとしたら、私たちの中で負の感情が一際強いケテルが誰よりも圧倒的な力を持っているわけだ』

「彼の場合は単純に経験値の差じゃないかな? ボクから見れば心の闇というよりも、善意の暴走に思える」

『善意……? アレが……?』

 

 な、何だよ……信じられない物を見るようなその反応は。そこまで驚かなくても。

 

 うーん、実際どうなんだろうね?

 彼の場合は長生きしすぎて「俺がやらなきゃ誰がやる!」的な行き過ぎた正義感の暴走で強くなったようにも見える。

 まあ、力を育てるにはきっかけが心の闇だろうと心の光であろうと極端な話、どちらでもいいのだと思う。善意も悪意も方向性が違うだけで、感情の強さとしては似たようなものだしね。

 

 肝心なのは自分自身の心と向き合うことであり、心とは異能や聖術を支えている力なのだと僕は言いたかったのだ。

 

 そう語ると、ビナーはふむふむと頷きながら関心深そうに聞いていた。

 とてもいいリアクションをしてくれるので、僕も話しやすい。この考察が間違っていたら非常にカッコ悪いが、僕的には自信があるし証明できる人は聖龍ぐらいしかいないので大丈夫だろう。

 

 まあ、それはそれとして。

 

 

「それより、ツバサの記憶のことなんだけど」

『……っ』

 

 

 個人的に親交があったらしいビナー様の話により、ラファエルがどういう天使だったのかは大体わかった。だが、彼女に訊ねたかった本題はもちろん翼のことである。

 

 ラファエルは別れ際に、自分と過ごした時間を彼の記憶から封印したのだと言う。天使という者は変に思い切りが良すぎると言うか……残された彼には残酷なことをしたものである。

 彼女がどのような意図で彼の記憶を封印したのかはわからないが、よりによって時間が経った今になって解かれてしまったのが彼を拗らせてしまったと見るね僕は。

 

 今の彼は、彼女と死に別れたのが昨日のことのように感じている筈だ。

 本来ならば時間がじっくりと彼の心を癒し、頭の中で整理して受け止める筈だった感情が一気に襲い掛かってきたのである。まともでいられる筈がない。

 

 ……で、ここで気になるのは「何故封印が解けてしまったか」だ。

 

 この僕ですら気づけなかったほどの封印に気づき、尚且つそれを解くことができる人物と言えば彼女を措いて他にいないわけで。

 

 ──そこのところどうなんですかね? ビナー容疑者。

 

 そんな意図を込めて意地悪げに僕がじーっと見つめると、ビナーは再び挙動不審になる。まさにギクリッという音が聴こえてくるようだった。

 その反応は僕のことを「ダァト」というサフィラス十大天使の姉だと思っているからであろうが……ビクビクしているビナー様の姿はとても良かった。

 マルクト様ちゃんとはまた違う魅力である。厨二感をそそるカッコいいお姉さんが子供みたいにビクビクしている姿は、ギャップ萌えをいい感じに誘うのだと僕は理解した。

 

 なんだよ君、時々微笑ましくなるクールビューティーとか、僕と差別化できているじゃないか!

 

 ふふん、僕は完璧なチートオリ主だからね。そういうよわよわなところは一切……一切じゃないけど、内面はともかく態度には表さないのだッ!

 ダァトのおかげで最強の敵、キャラ被りとの戦いを避けられそうで何よりである。

 そんな彼女は僕に叱られまいと、伏し目がちに俯きながら言った。

 

『……彼の封印を解いたのは、察しの通り私だ』

 

 おっ、認めた。えらいえらい。

 正直な子は好きだ。僕は嘘吐きだけどね。

 よく話してくれましたという意図を込めて優しげな眼差しを送ってあけると、ビナーは僕が本当に怒っていないことを理解してパァッと雰囲気が明るくなった。

 つくづくベールに隠れているのが惜しい。おのれケテル! こんなに可愛い妹に顔を隠させた挙句、羽を捥ぐとかどういう了見か!? 彼と会ったらきっちり説教しなければならない。SEKKYOUではなく説教だ。プンプンエイトちゃんである。

 まあ、その時の行動はその時に考えよう。今はともかく翼の問題だ。

 

『知っての通りフェアリーバーストの覚醒には、己の心と向き合うことが必要になる。ツバサがフェアリーバーストに目覚める為には、彼に施されていた封印を解く必要があったんだ』

「彼の成長に、ラファエルの封印は邪魔だったと?」

『うん、カバラの叡智はそう判断したらしい』

「キュ?」

 

 なんでそこでカバラちゃんが出てくるの……?と不思議に思いながら、僕の肩で大人しくしていた小動物に目を向けると可愛らしく小首を傾げた。

 あっ、そう言えばなんか言っていたな。カバラちゃんの名前の由来を勘違いしたビナーが、「カバラの叡智」がうんたらかんたらと。

 

「なるほど……そういうことか」

 

 カバラちゃんの頭を撫でながら、僕はいつものように知ったかぶりで相槌を打つ。

 この時、間違っても「カバラの叡智って何?」と返してはいけない。僕は物知りなチートオリ主だからだ。

 今回も説明上手なビナー様がいい感じに補足してくれることを信じて、僕は余計な横槍を入れず言葉の続きを待った。

 

『カバラの叡智は、触れた者に望んだ知識を与えてくれる。世界樹の根は、封じられた記憶の解放が彼の覚醒に必要だと判断したのだろう』

「世界樹の根……ということは、サフィラの判断なのか」

『そういうことになるね。ツバサを覚醒させる為に何が必要なのか知る為に、私は彼を世界樹の根のもとに──「カバラの遺跡」へと連れて行った。その結果、カバラの叡智は彼の封印を解き放ったんだよ』

 

 むう……固有名詞が色々出てきたせいで、ところどころわかりにくいな。

 だが、大体ニュアンスはわかったぜ。

 話をまとめると、この島には「カバラの遺跡」という場所があり、そこへ行くと「世界樹の根」というものを拝むことができる。で、それを何とかするとカバラの叡智とやらを授かることができるということか。

 あいわかった。僕ほどファンタジーSSやフェアリーセイバーズの世界観に精通している人間ならば、この世界にはそのように便利な物があるという話は何となく察することができた。

 

「有効な使い方をするね」

『使える物は何でも使う主義でね。私が貴方のことを──ダァトのことを知ったのも、カバラの叡智が教えてくれたからだった』

 

 へぇ、そうなんだ。

 

 ……うん?

 

『ケテルの考えを理解する為に、私は創世期のフェアリーワールドで起こった出来事を知りたいと思った。世界樹の根はそんな私の意思を汲んでくれたのか、私に原初の大天使ダァトのことを教えてくれた』

 

 ほうほう。

 あーなるほど、わかったぞ「カバラの叡智」とやらの概要が。

 

 アレだ……グーグル先生的な奴だ。

 

 そう言えばデータベースがどうのこうの言っていたし間違いないね。

 彼女の話によるとグーグル先生的なシステムが古代のファンタジー的な遺跡にあって、それを使うことで日常では手に入らない情報を得ることができるというわけである。

 と、言うことは……なんだ。彼女は「ダァト」本人には会ったことがないらしい。

 ああ、良かった。僕がボロを出しても気づかれる危険が無くなったぞ。

 

『貴方は世界樹が教えてくれた通りの人だった……だから、会えて本当に嬉しい』

 

 ビナー様は実際に「ダァト」に会ったわけではなく、カバラの叡智先生の検索によって古代の世界を守っていた原初の大天使ダァトの伝説に行き着き、憧れた感じだったのかもしれないね。

 それならば彼女の前で「ダァト」を演じても、バレる心配は無さそうである。尤もなりすましとかどう考えても後で登場する本物にぶちのめされるフラグだし、そもそも彼女ほどの人物を相手に長続きするものではないか。

 

「……キミの期待に応えられるかは、わからないよ」

『それでも、だよ』

 

 後々僕がダァトではないことがバレても怒らせないように、一応の予防線は張っておく。詐欺師みたいな手口だが、僕の方からは一切明言しないのがポイントである。

 しかし、ビナーは食い下がる。何だよお前、お姉ちゃん好きすぎだろ。

 

 

『人間だって、母親に会えたら嬉しいだろう?』

「……母親、ね」

 

 

 Oh……お姉ちゃんじゃなくてお母さんだったのか、ダァトとやらは。

 

 ……マジで? サフィラス十大天使って世界樹から生まれてくるもんでしょ。そのシステムを作った聖龍アイン・ソフは父と呼んで差し支えないけど、母親って何さ。

 いや、オリ主的にバブみを感じられるのは悪くないけどね? 人気なオリ主ってオカン気質のキャラ多いし。

 ただ……大人版エイトちゃんみたいな容姿をしている彼女にそう思われるのは、何と言うか……駄目な気がする。精神衛生上よろしくない。

 イヤだよ、そんな頭の悪い薄い本みたいな関係。僕が変な目で見られるじゃないか!

 

 

「まあ、思うのは自由だけど……それはそうと、カバラの遺跡まで案内してくれないかな? ボクもツバサの過去を知りたいんだ」

『──!』

「ボクはこの島の地理に疎くて……ダメかな?」

『任せてよっ!』

 

 

 ともかくフェアリーワールド版グーグル先生と言うべき「カバラの叡智」とやらには興味がある。

 彼女から母親扱いされる背徳感にもじもじとしながら頼むと、彼女はびっくりするほど快く引き受けてくれた。

 その様子はまるで、久しぶりにお母さんに構って貰えた思春期前の長女みたいな反応である。くっそ可愛いなオイ。誰だよキャラ被りなんて言ったの。僕だ!

 

 ……どうしようかね。

 この先、どうやって穏便に僕がダァトではないことを明かそう? 今から不安になった。

 

 そうだ。

 彼女は先ほど「カバラの叡智はその者が望んだ知識を与えてくれる」と言った。

 それが事実なら、僕がカバラの叡智を利用することで翼の過去を調べるついでに、僕のこの身体がいわくつきでないかどうか教えてもらえないだろうか? そこさえはっきりすれば、僕もいい感じのカバーストーリーをでっち上げて彼女を納得させることができる。

 その際、「実はダァトのクローンだったんだよ!」という設定にしてもいいし「実はさっきまで自分のことをダァトだと思っていたけどカバラの叡智が教えてくれました! 本当はそう信じ込まされただけの改造人間でした!」という設定にしてもいい。僕が記憶している限りでは、いずれの設定も今までの行動と矛盾していないからだ。

 

 ふふふ……こういう時ほど僕の意味深ミステリアスムーブが役に立つというものよ。ただ単にその方がカッコいいからやっていただけだが、オリ主的伏線回収もしてみせるとは流石のエイトちゃんである。これは神SSですわ。

 

『じゃあ、今から跳ぶから掴まって。カバラの遺跡なんて、私の転移術でひとっ飛びさ!』

「ふふっ……ありがとう。じゃあ頼むね、ビナー」

『転移は私の得意技なんだ。貴方ほどじゃないけど……見てて!』

「うん、見てる見てる」

 

 ……あかん、僕の手をウキウキしながら掴む彼女の姿が大好きなお母さんと一緒に出掛ける園児みたいで頬が緩むわ。

 一応彼女も表面上は取り繕っているし、顔もベールで隠されているのだが、忙しなくピコピコと動く羽の動きがなんだか幼く見えるのだ。

 

 そうして僕の手を繋いだ彼女は、僕のテレポーテーションと同じ力を発動する。

 

 視界が玉座の間から一瞬にして切り替わり、僕たちの目の前に神秘的な景色が広がっていった。

 

 

「ここが……カバラの遺跡か……」

 

 

 ──そこは辺り一面に無数の水晶石が煌めいている、美しい鍾乳洞のような場所だった。

 

 

 




 わかりにくい固有名詞は直球で説明していくスタイルです。


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僕の名前はT.P.エイト・オリーシュア

 カバラの遺跡──それはエロヒムの聖都ベートの地下に広がる、古代遺跡の一つである。

 そこは世界樹サフィラから切り離された根が存在する唯一の場所であり、エロヒムを「理解の島」たらしめる施設であった。

 天使は死を迎えた時、その生命を世界樹に還す。同時に、生前に身につけた知識も世界樹に還元され、それが世界樹サフィラの叡智となって積み上げられていく。

 そうして膨れ上がったサフィラの叡智は星そのものの記憶、アカシックレコードと言って差し支えない。

 もちろん、聖獣がサフィラの叡智を源泉のまま頂こうとすれば、凄まじい情報の乱流に押し潰されて頭の中はボンッである。

 

 

『サフィラの叡智はあまりにも膨大すぎて、現代の聖獣では受け止めることができない。だけどその昔、古代カバラ族は世界樹から分離した根の破片からなら、希釈された叡智を受け取ることができると気づいた。アイン・ソフはそんな彼らの理解に敬意を表し、これを「カバラの叡智」と名付けたそうだ』

「詳しいね。流石は理解の大天使様だ」

『ふふん……』

 

 

 僕は少し説明を頼んだだけなのに、ビナーは楽しそうに名前の由来や世界樹サフィラに関する豆知識を語ってくれた。その様子はまるでオタク知識をひけらかすオタク君のようだったが、僕の知らない設定だし熱心に語る姿が可愛らしいので助かる。

 なるほどね……天使が死んだら世界樹に生命を還すのは知っていたが、知識まで還すとは。後で訳知り顔で炎たちに教えてあげよう。

 しかし、それなら天使の為に世界各地の情報を集めるカーバンクルという生き物に「カバラちゃん」と名付けたのは確かに粋なネーミングである。全くの偶然というのが信じられないほどマッチしていた。

 やっぱすげぇぜ僕。ふふん、完璧なチートオリ主には運も味方するのだよ。

 

「ボクは高いところが好きだけど、こういう場所も趣があっていいね」

『──! そうだろう、そうだろう! 私もよく、気分転換で訪れるんだ』

 

 彼女のテレポーテーションで移動したこの場所は、町の地下にあるらしい。

 それ故に空は見えず周囲は土の壁に覆われていたが、水晶のように煌めく無数の鉱石が360°から天然の光源として鍾乳洞内を照らしている光景は、まるでクリスマスシーズンの街のイルミネーションのようだった。

 高いところではないが、これはこれで絶景スポットである。ビナー様は僕の賞賛にいたく共感してくれたようで、その声は弾んでいた。

 その姿は何と言うか、自慢の秘密基地を紹介する子供みたいでほっこりした。

 

 

 ビナーが少しの間僕の手を引きながら前に進んでいくと、そこには広々とした鍾乳洞の突き当たりに一本だけ佇む大樹があった。

 無数の光る鉱石によってライトアップされたそれを指して、彼女が言う。

 

『アレが、世界樹の根だよ』

「うん、そうみたいだね」

 

 全高は20m以上あり、天井まで届く長さの立派な大樹だった。

 えっ、コレが世界樹の根っこの破片なの? 苗木から育てた第二の世界樹とか、そう言うのじゃなくて? 

 そう思えるほどに、彼女に紹介された物体は「根」と呼ぶには立派すぎた。

 確かに大元の世界樹が桁違いの大きさである以上、破片でも相応の大きさになるのだろうが……それにしては綺麗な形をしている世界樹の根を見て、僕は呟いた。

 

 

「……立派に成長したんだね……」

 

 

 しみじみと呟きながら、前に出て世界樹の根に触れてみる。

 何だろうね。こういう立派な木に触れると、不思議な力を貰えるような気がするよね。まさにパワースポットという奴である。

 元々は普通の破片だったのが、長い時間を掛けて今の美しい形に成長したのだろうか……植物は逞しいね。

 それにしても見事なものである。太くて長くて、立派な木だ。地下にあるのが惜しいぐらいである。是非とも上に乗ってみたい。

 

『ダァト……』

「おっと、いけないいけない。感傷に浸るのは後だ」

 

 の、乗らないよ? 

 この木のてっぺんに乗ってハープを弾いたら気持ちいいだろうなぁとは想像したが、僕だってTPOは弁える。いつもいつも趣味に走るわけではないのだ。もちろんその方がカッコ良ければやるけど、今はその時ではない。

 僕はビナーの呼びかけに意識を戻すと、手のひらで触れた木の幹に視線を注ぐ。

 彼女から「ダァト」と呼ばれていることについては、あえて訂正しない。呼ばれる度に一々否定するオリ主は、SSという媒体になるとテンポが悪くなってちょっとウザいからね……ギャグシーンの様式美ならばともかく。

 オリ主的に考えて、ここはシリアスに行きたい場面である。

 

 

 ──と言うわけだから、世界樹の根さんよ。

 

 

「今こそ、ボクに叡智を貸したまえ」

 

 

 カバラの叡智とやらが触れた者に欲する情報を与えてくれるフェアリーワールド版グーグル先生ならば、僕にもその叡智を分けてくださいな。

 

 具体的には翼の悲しい過去とか、僕の身体がダァトとは無関係である証拠とか……その辺りでお願いします。

 

 僕は謙虚なオリ主なので、この先チートオリ主をする為に必要なことまでは教えて貰わなくて結構である。

 それは僕自身の手で見つけるもの。

 僕のオリ主ムーブは僕のもの。

 たとえグーグル先生が親切に導いてくれようと、このT.P.エイト・オリーシュアが切り拓いた栄光のロードでなければ意味が無いのだ。

 

 ……おっ、今のフレーズ主人公っぽくてカッコいいかも。ケテルとのラストバトルでは、そんな感じの啖呵を切ろうかな。

 

 そんなことを考えながら僕はこう、片膝を突いて神様に祈りを捧げるような姿勢で目を閉じた。

 

 ファンタジー的に考えて、神聖な場所ではこうやって神父様的なことをしておけば何か起こるだろうという、サブカル知識によるアドリブである。

 

 やってから思ったが、失敗したらカッコ悪いなコレ。

 

 だが……上手くいったようだ。

 チラリと薄目を開けて確認してみると、僕の身体をいい感じの光がポワーっと包み込んでいるのが見えた。何の光!?

 

 すげぇ、なんか今の僕の姿めちゃくちゃ神々しいぞ! その格好、まさしくゴッドエイトちゃんである。

 そんな僕の様子を見て、後ろのビナー様から驚いている様子が伝わってきた。

 

 あれ? また僕何かやっちゃいました? いやあ参っちゃうなぁハハッ。大天使様を差し置いて、神々しすぎて申し訳ない。

 

 そんなことを考えていると、ふと頭の中にビナー様ではない誰かの声が聴こえてきた。

 

 

『私はカロン……おかえりなさい、ダァト』

 

 

 ……あれ? この声は──何言ってんの、女神様っぽい人。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 サフィラの叡智を数千億倍に希釈する為、聖獣でも情報を受け止めることができるように作られたのが、世界樹の根の破片を利用した「カバラの叡智」である。

 

 しかし、それでもなお、全ての叡智を受け止めることができる者は今のフェアリーワールドには存在しない。

 

 サフィラス十大天使の中で最も高い情報処理能力を持ち、ケテルに次ぐアクセス権限を持っているビナーですら、未だ全てを理解することはできていないのだ。彼女以前の「歴代のビナー」さえも、獲得できる叡智の量には常に限界があった。

 

 しかしフェアリーワールドの歴史には、ただ一人だけ例外の大天使がいた。

 

 それこそが原初の大天使にして0番目のサフィラス──「知識」を司る大天使ダァトである。

 

 ビナーはこれまで観察してきた人物像から鑑みて、「T.P.エイト・オリーシュア」と名乗る彼女が人間に擬態したダァトであることを確信していた。

 そうでなければ説明がつかないほどフェアリーワールドの事情に詳しすぎるし、その上彼女は聖龍アイン・ソフが提唱した「フェアリーバースト」について、誰よりも踏み込んだ考えを持って実践していたのだ。

 

 暴走する力動長太を導き、覚醒に至らせたように。

 

 彼女が先程提唱した「心の闇」へのアプローチこそがフェアリーバーストを発動させるという説は、ビナーが考察して行き着いたのと同じ仮説であった。

 人類初のフェアリーバースト到達者である暁月炎が初めて覚醒した瞬間を、ビナーは人間世界に放っていた密偵の目を通してこの世界から見ていたのだ。

 

 図らずも知識の大天使ダァトと答え合わせができたことは、ビナーにとって幸運だった。

 幼い頃、王ケテルから創世期の伝説を聞かされてからずっと憧れ続けてきたのが、かつてこの世界を未曾有の危機から救ったと言う伝説の大天使ダァトである。

 その頃のビナーはカバラの叡智をも利用して「ダァト」にまつわる伝説を調べ尽くし、その所作や仕草を心身に染みつくほど真似していたぐらい彼女の存在に憧れていた。

 それはまるで、母親の真似をする幼な子のように。

 

 その結果、ケテルの怒りを買い、羽の半分を消し炭にされるほどの大喧嘩に発展してしまったのが昔のことである。

 

 しかしビナーはそんな自身の過去を一切恥じていないし、何ならケテルに対して悪びれてもいなかった。

 もちろん、長兄であるケテルのことは大好きである。

 元々は「あの王様が大好きだった原初の大天使とは、一体どんな天使だったのだろう?」と興味を抱いたのが、ダァトの伝説を調べようとした最初のきっかけだった。ビナーはそのぐらいケテルのことを慕っていたのだ。

 

 そんな彼女も、今ではケテルとダァト両方同じぐらい大好きだと言い切ることができた。

 

 ……とは言え、ダァトに関するビナーの知識は所詮、「カバラの叡智」を当てにした仮初の知識に過ぎない。

 本物のダァトに会ったことがあるのは聖龍を除けばケテルしか居らず、そう言う意味では永久に彼とわかり合うことができない事実をビナーはずっと悔しく思っていた。

 

 ──だが、今ビナーの目の前には本物のダァトがいる。

 

 本物のダァトが、遙かなる時を経て自分に会いにきてくれたのだ。それは彼女の人生最大の喜びだった。

 カバラの叡智が教えてくれた通りの姿を一目見たその時から、ビナーはベールの下で涙ぐんでいた。素顔を晒した時は堪えていたが、今も大分ヤバい。

 

 

『ああ、ダァト……私たちの母……』

 

 

 女神然とした神々しい光を放つ彼女の背中に、思わず手を伸ば──そうとしたところで、畏れ多いと思いそれを拒む。

 今の彼女はカバラの叡智を授かっているのだ。邪魔はいけない。母の邪魔をしてはいけない。

 カバラの叡智を授かる際、このように身体が光に包まれるのは世界樹からの情報を受信している最中であることを意味する。

 

 通常ならば五秒ぐらい経ったところで受け取り手側の容量が持たなくなる為、世界樹の根の判断によりセーフティーが掛かり、情報の送信が止まる仕組みになっていた。

 

 

 しかし、今のT.P.エイト・オリーシュアは既に五分以上受信し続けている。

 

 

 誰よりも神々しく、聖女然とした佇まいで膨大な情報を受け止めてなお、涼しい顔をしている。

 それは世界樹の根から情報を受け止める彼女の器が、ビナーとは桁違いに大きいことを意味していた。

 

 流石は「知識」を司る伝説の大天使である。

 伝承通りの能力を垣間見て、ビナーは興奮する感情を抑えきれなかった。

 

 

『だから言ったんだよ、ケテル……ダァトは生きているって』

 

 

 やはり、彼女は本物だ。本物のダァトだったのだ。

 ビナーのベールに隠された目から、一粒の涙が滴り落ちる。

 古のクリファとの大戦以降行方不明になり、終ぞ世界樹に還ることが無かった大天使ダァトの存在。

 未だ世界樹に還っていない以上、ケテルと同じく彼女は今も生き続けているのではないかと。ビナーはそう思い、ダァトの生存を信じ続けていた。

 

 しかし幼い頃のビナーがそう言い張ると、ケテルはいつも困ったように笑い、否定していたものだ。

 そして、決まってこう言うのである。

 

 

 ダァトはいない。

 もう……彼女はいないのだから、我々がこの世界を守らなくてはいけないよ──と。

 

 

 今は亡き古の人物に思いを馳せるよりも、目の前の世界を見るべきだというのは正論である。もちろん、ビナーも納得している。

 

 

 しかし、事実としてダァトは生きていた。

 

 

 その上彼女は人間を認め、素晴らしいと思っていたのだ。

 

 他でもない彼女に今まで同胞たちから否定され続けてきた意見を肯定されたその時、ビナーはどれほど勇気づけられたことか。

 

 そして今日、数千年待ち続けた対談は為された。

 その際に自分が人間の味方をしていることを知った彼女が、感極まってその目を潤わせた時──ビナーは己の判断が間違っていなかったと、泣きたくなるほど嬉しく思った。

 

 これは人間たちには言っていないが、おそらくダァトが「人間に手を出すのはやめなさい」と一声掛ければ、聖龍に頼るまでもなくケテルを説得することができるだろう。

 

 それなのに彼女は何故正体を明かさないのか? と疑問が浮かぶが、ビナーはこう考えている。

 

 彼女はお忍びで人間たちに同行することで、サフィラス十大天使にも試練を与えているのかもしれない──と。

 

 大天使が自らの力で真実にたどり着くことを期待して。

 それはネツァクがこちらの監視に気づいた時、「これは聖龍の試練なのではないか?」と疑ったように、ビナーは母なる大天使ダァトが「T.P.エイト・オリーシュア」という道化を演じる理由について、そのように見ていた。

 

 

 最近知ったことだが、日本の言葉ではそのような行動を「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」と言うらしい。

 

 人間の世界にいる「獅子」という動物は、生まれたばかりの子を深い谷に落とし、這い上がってきた生命力の高い子供だけを育てる生態を持つ残酷な生き物らしい。

 

 しかし、それもまた親が我が子に向ける愛情の形であり……本当に深い愛情を持つ相手にあえて厳しい試練を課すことで成長を願う考えが、人間たちの間ではポピュラーらしい。現に人間たちの働く会社を見ると、期待する部下に対しての上司の扱いはまさにその言葉通りだった。

 

 非合理的で変わった文化だと思うが、それを知ってビナーは人間の成長が早いわけだと納得した。

 ネツァクの島の民などは日常から身体を鍛えたりしているが、流石に親が子を谷底に落とすまでの例は無く、その子育てに憧れている者もいない。大天使では「峻厳」のゲブラーが近い考えを持っているが、以下同文である。

 寿命が短いからこそ人間は聖獣よりも生き急ぎ、生き急ぐからこそあっという間に強くなる。聖龍の言葉を抜きにしても、これから先のことを考えて彼らを敵に回したいとは思えなかった。

 人間が本気で聖獣を殺す気になったら、こちらが考えつかないようなことをしてくるのではないかと恐れてもいた。

 

 ダァトはおそらく、長い間人間の世界にいたのだろう。人間に対する彼女の豊富な知識と、かつてのラファエル同様流暢に人間の言葉を使っていることから察するに、間違いなさそうだ。

 そんな彼女は「獅子は我が子を千尋の谷に落とす」という人間の精神を見習って、心を鬼にしてこのような行動に出たのだろう。

 

 ……だがそれでも、ダァトの言動にはいつだって隠しきれない優しさが滲んでいた。

 

 あの時──自らが残酷な試練を課したことを懺悔するように、ケセド、マルクト、メアの三人を抱き締めて泣いていた彼女の姿が、今も頭から離れない。

 ダァトの姿はあまりにも労しすぎて、ビナーこそそんな彼女のことを抱き締めてあげたいと思ったものだ。

 

 

 だから彼女も、苦しんでいるのだろう。

 今のケテルと一緒で。

 

 カーバンクル──カバラちゃんから受け取った彼女の日常風景を見ると、不甲斐ない子供(わたし)たちをどう導いてあげればいいのか、常に苦悩しているように見えた。

 

 

『もっと……もっと理解したいな、貴方のことを……』

 

 

 この世界の為、自分ではない他の誰かの為に今もカバラの叡智を引き出し続けている健気な姿を見て、ビナーはぼそりと呟いた。

 初めて出会ったダァトの溢れ出る包容力を前にすると、ついつい甘えてしまいたくなる。

 そんな感情に突き動かされ、先ほどまで手まで繋いでもらっていたビナーだが、彼女も年長の大天使の一人だ。いつまでもそれでは駄目なことには気づいていた。

 

 彼女相手だけではない。神にも、王にもだ。

 

 サフィラス十大天使もまた、彼らへの甘えを捨てて一人で自立しなければならない時が来ているのだと、ビナーは感じていた。

 

 

 「王」によって生み出されながら、人間として「王」に逆らおうとしているあの少女──メアのように。

 

 

 決意を決めた目でダァトの背中を見つめていると、彼女から放たれる光がより一層強烈なものとなって視界に広がっていく。

 

 そして──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ん……?

 

 んんー……あれ?

 

 なんだよ僕、いつの間に眠っていたんだ?

 

 キラキラした神々しい光が僕の身体を包んで、とても聞き覚えのある女性の声が聴こえたところまでははっきり覚えている。

 ……うん、記憶は正常だな。なのに気がつけば、僕は地面の上に寝そべっていた。

 やだなぁはしたない。僕は上品なオリ主なので、自分の意思でお外で寝そべるなんてことはしない筈である。

 ──と言うことは、気絶したんだろうね。うわぁ……僕としたことが、やれやれである。

 

 暗闇から意識が戻った僕は、ゆっくりと上体を起こして目を開けた。

 ってか、寒いな!? 鍾乳洞の中でも割と暖かかった筈なんだけど、いきなり一月とか二月ぐらいの寒さである。

 ケセドの島エルも寒かったが、ここはそれ以上である。ああ、カバラちゃんがいないからそのせいかな。特に首元やスカートの下半身が冷えてガクガクだった。うー、さぶっ……バリアバリアっと。ヨシ。

 空を飛ぶ時と同じように異能を使って体温調節すると、僕は立ち上がって背伸びをする。軽くストレッチもして身体の動きも確かめた。

 

 うん、気絶の影響を少しだけ心配したが、特に異常は無いな。これならヒーリングタッチも不要だろう。

 

 

 

「さて、ここはどこかな?」

 

 

 おーい、ビナーさーん。

 カバラちゃんもどこー?

 心の中で呼び掛けながら、僕はこの地域に「サーチ」と「千里眼」を掛けて二人の居場所を探す。

 おそらくは、カバラの叡智とやらを手に入れる際に何らかの異常が起こって気絶したのだろう。オリ主的には死ぬほど恥ずかしいので、今からどう誤魔化すか考え中である。

 

 しかし気絶した僕をこんな場所に置いてどこかへ行ってしまうなんて、ビナー様ちょっと薄情ではないか……いかんね、この世界に来てから一人で行動することが少なくなっていたから、少しだけ心細くなっているのかもしれない。

 

 あっ……でも原作キャラの影響を受けて孤高のオリ主が少しだけ絆されていく展開……アリじゃね? そう思いながら、僕はふふっと微笑みを溢す。流石は僕、弱ささえも強みに変えるとはやはり天才か。

 

 まあ、それはそれとしてやっぱり寂しいのでカバラちゃんだけでも合流しよう。

 こんな寒いところ、モフモフが無ければやってられんで……っ!?

 

 

「……えっ?」

 

 

 ──その時、僕は思わずいつもの余裕をかなぐり捨てて声を漏らした。

 

 僕が今立っているこの場所は、どこかの高原のようだ。

 馴染み深い富士の山の景色を眺めることができる……そう、前世の僕のお気に入りの場所で──いや、なんでだよ!?

 

 

 

 ──なんで僕、地球にいるの?

 

 

 

 それも、フェアリーセイバーズの世界の超常蔓延る地球ではない。

 馴染み深い空気に、馴染み深い景色。五感で感じる全てが僕の記憶に焼き付いている世界のものであり──冷えた頭で千里眼を使って少し離れた場所を確認してみれば、そこには予想通り、前世で僕が暮らしていた町の姿があった。

 少し、町並みは変わっているが……間違いない。あれは僕の故郷だ。

 

 なにこの急展開……読者どころか、オリ主の頭が置き去りになっているんですけど。

 女神様っぽい人? これは一体……

 

 

「フッ……」

 

 

 とりあえず僕は、クールに微笑んでみた。

 落ち着け……落ち着くのだ僕。

 僕はT.P.エイト・オリーシュア、ご覧の通り転生者である。……よし、落ち着いた。

 いつだってクールでカッコいい僕だが、今は一つ言わせてもらおう。

 

 

 ──オリ主が元の世界に帰ってくるタイプのSSって、どうすればいいの?

 

 

 作者が作中に登場するSSはちょくちょく読んだことがあるが、キャラが現実の世界に登場することは現実的にあり得ないわけで。いや、そういう創作のネタはあるけども。

 

 だけどね……それをフェアリーセイバーズのSSに……僕に望む人っているのかね? エイトちゃんは訝しんだ。

 

 






 カバラの叡智はエイトが本当に欲しがっていた情報を的確に教えてくれるようです。


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とある世界線と転生オリ主のお話 オリジン

 今回は真面目な話です



 知っている高原だ。

 

 何がどうしてこの世界に戻ってきてしまったのだろうか。

 まるで、フェアリーセイバーズの世界に転生してからのことが全て夢だったかのようである。

 

 ハッ……もしかしてあの世界は、VRゲームの中だった……? ないな。

 

 その可能性は今の僕の身体が前世の僕ではなく「T.P.エイト・オリーシュア」のままであることから鑑みてあり得ない。

 夢落ちやVR落ちではないとなると、尚更意味不明の展開になるわけだけどね……カバラの叡智とやらが、僕に幻覚を見せているのだろうか?

 

 ともかく、ここは慎重に動いた方が良さそうだ。

 そう判断した僕は、とりあえずマントを脱いでアイテムボックスの中にしまっておいた。

 マントがあるとこの世界ではコスプレみたいになるが、マントを脱げばオシャレな大学生みたいなものである。郷に入っては郷に従えという言葉があるように、僕もその辺りのTPOは弁えていた。

 

 

 それにしても、この場所に来るなんてね……

 

 

 ここに来るのも久しぶりな感覚である。

 僕が転生してからそこまで時間は経っていないのだが、エイトとして見る景色は懐かしく感じた。

 

 前世では、ここから見渡せる富士山の景色をよく眺めていたものだ。

 思えば小さい頃は目標だったんだよなぁ、あの頂上に登るの。今なら山どころか、空だって飛べちゃうけどね。そう言う意味ではチート能力ほど味気ないものはないだろう。だからこそチートと呼ばれているのだから、当然だが。

 

 

 ……おっと、感傷に浸るのは後にしよう。

 

 フェアリーセイバーズの世界から離れてしまった今、この状況において有効なテンプレ行動は思いつかない。正直、途方に暮れたい気分だった。

 でも僕は切り替えの早いオリ主だ。じっとしていても事態は進展しないのである。

 

 とりあえず、町に降りて詳しく確認しようかね。

 エロヒム上陸の際に見えた盗作建造物群のように、ここから見える景色も全てビナーの模倣という可能性もないことはないのだ。

 

 そう思い、僕が富士山の景色から踵を返したその時だった。

 

 僕の「サーチ」の異能が、こちらに走り寄ってくる慌ただしい足音を感知した。

 

 

「富士山だぁー!」

 

 まさに、ダダダッという感じである。

 これは……なんだ、ただの子供か。

 現れたのがビナー様やカバラちゃんじゃなくて残念である。

 

 しかし、子供は元気だねー。富士山を見てああも無邪気に興奮しているのを見ると、同じ富士山好きとして嬉しく思うよ。

 

 富士山を新鮮な目で見ている姿から察するに、外の県からの観光客だろうか。

 小学校低学年ぐらいに見える小さな男の子の背中には、絵柄の付いたリュックサックが載っていた。……ってあれ、フェアリーセイバーズのイラストじゃん! まだグッズ化されてるの!? すげえ!

 

「あっ」

 

 ──そう思った瞬間、少年の身体が大きく傾いた。

 富士山に気を取られる余り、足元の小さな窪みに気づかなかったのである。このままいけば、彼はおむすびのようにすってんころりんだろう。

 

 

 だが──やらせないよ?

 

 

 僕がいて良かったね。

 ぽふんと、僕の腕に少年の身体が収まった。

 

「……あれ?」

 

 少年も転ぶと思っていたのか、僕に支えられた彼はキョトンとした顔を浮かべていた。

 オリンピック選手でも今の転倒には間に合わなかっただろう。しかし僕はチートオリ主である。目にも止まらぬ高速移動で彼を受け止めるのは朝飯前だった。

 目の前で転ばれるのも縁起が悪いし、せっかくの観光で痛い思い出を作ってほしくなかったしね。

 オリ主的な気まぐれである。僕の知るSSのオリ主たちだって、同じ状況なら同じことをしていた筈だ。

 ただ、今回は無事だったからと言って、なあなあにするのも良くない。

 僕は少年と間近に目を合わせて、やんわりと諭してやった。

 

「富士山は確かに素晴らしいものだけど、足元にも気をつけようね?」

「あ……う、うん……っ」

「よろしい」

「あ、ありがと……です」

「どういたしまして」

 

 ふふ、このぐらいの年頃の子供は素直だからいいよね。

 僕が「めっ」と説教してやれば、彼は嫌な顔一つせず頷いてくれた。

 親の教育が行き届いている証拠だろう。すぐに礼を言った彼のことをよしよしと褒め称えながら、僕はバランスを崩した少年の身体をそっと抱き起こすと、ついでにリュックの肩紐のズレを直してあげた。完璧なチートオリ主はアフターケアも完璧なのである。

 

 ……それにしても、この場所で転ぶとはね。なんて言うか、ノスタルジックな気分になるなぁ。

 

 僕も小さい頃は、さっきの彼のように富士山の景色に興奮するあまり段差につまずいて転んだものだ。

 すりむけた膝が痛くて痛くて大泣きしていた僕を、姉さんが苦言を呈しながら抱き起こしてくれたものだ。「男の子がみっともなく泣き喚いてるんじゃねーですよ!」とか言ってさ。

 

「ふ……」

 

 少年の姿に昔の自分が重なり、思わず笑みが溢れる。

 おっと、失礼。突然笑った僕の顔をぽかんと見つめながら、目の前の彼は呆けていた。

 僕は誤魔化すように少年の肩をポンと叩くと、屈んで目線を合わせた体勢から立ち上がりクールにこの場を去ろうとする。

 

 その時、前方から彼の両親と思わしき二人の大人がこちらに向かっているのが見えた。

 

 

「コラッ! 気をつけなきゃダメじゃない! すみませんねぇウチの子が……」

「まあ、こんなに綺麗な富士山を見たらな。男の子ならこのぐらい普通だろ。どうもすみません、ありがとうございます!」

 

 

 大人のフェロモンムンムンな美人な奥さんと、ひょろ長い夫の夫婦だった。

 二人は息子さんの怪我を未然に防いだ僕に感謝すると、恐縮そうにペコペコと頭を下げてきた。

 それを受けて僕は、いつもなら「いいってことよ」と爽やかに返していたところであろうが……二人の顔を見た瞬間、思わず固まってしまい、言うタイミングを逃してしまった。

 

 

「ふふ……っ」

 

 

 シルクハットを目深に被り直すことでこの顔に浮かべた深い笑みを隠した後、僕は再びおしどり夫婦に向き直った。

 

「ええ、ボクもその通りだと思いますよ。日本の男の子的に考えて、元気な証拠ですよね」

「お、わかりますか」

 

 芝居がかった口調で言い放った。

 特に夫の方の顔を見ていると、思わず口に出てしまうものだ。「○○的に考えて」──というのは出会った頃から続く彼の口調だからね。

 色白の肌にひょろ長い風貌、加えてその口癖……これはもう、あからさまにもうアレだと思った。故に僕は、彼を「YARANAIO」というあだ名で呼んでいた。

 その名で呼んでいると、クラスの間でも割と流行ったものである。ふふん、登校できない日は多かったけど、僕はクラスの中心人物だったのだよ! ……まあ、クラス一の美少女だった姉さんの影響だろうけどね。

 

「常識的に考えて、富士山は最高ですよね。ね? 坊や」

「うん! 僕富士山大好きー!」

「おうおう、そっかそっか。地元民として嬉しいね」

「あら、地元の方でしたの。実は私たちもこの町で育ったんです」

「そうだったんですか」

「ああ、帰省がてら、息子にもこの景色を見せてやりたくてな!」

「ここからは、この町で最高の眺めが楽しめますからね。晴れて良かったね」

「うんっ!」

 

 まさかね……よもや、よもやだよ。

 ビナー様いわく、カバラの叡智は触れた者が欲する情報を与えてくれるとのことだ。

 

 と、言うことは……これはもしかしたら──そういうことなのかもしれない。

 

 頭の中に浮かんだ仮説に対して、何より僕自身が笑ってしまう。

 これは一本取られたわ。そりゃあ、一番欲しかった情報だわ。翼やビナーには悪いけどね。

 緊張感が綻びきった顔で僕は少年の目を見つめると、前世の思い出を懐かしみながら語りかけた。

 

 

「ボクもね、キミぐらいの時は、よく転んだりして周りの人を困らせたよ」

「……お姉さんも?」

「うん。今思えば、色んな人に迷惑をかけていたなぁ……坊やも、お父さんとお母さんのこと、あまり悲しませないであげてね?」

「? うんっ!」

「いい子だ」

 

 

 僕は素直に歯切れのいい返事をくれた少年に感謝すると、その頭をわしゃりと撫でた後、今度こそ踵を返してこの場を後にした。

 これ以上この場に留まっていると、僕がT.P.エイト・オリーシュアでなくなってしまうような気がしたのだ。

 

 ……不意打ちは、ズルいよね。思わず感極まりそうになったじゃないか。

 

 

「大学生ぐらいかな? しっかりした嬢さんだったなぁ……」

「……でもあの子、どこかで見たことあるような……?」

「ん、そうか?」

 

 

 ……女神様っぽい人は、書いたSSにリアルのネタを持ち出すなってパパとママに教わらなかったのかね?

 全く、困った作者さんである。やはり彼女のSSのオリ主は、このエイトちゃんにしか務まらないようだ。やれやれである。

 

 

 ──やれやれである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 全く予想していなかったマイフレンド夫婦との再会だったが、おかげで確認が取れたよ。

 

 この世界は間違いなく、前世の僕が生きた世界である。

 

 正確には、僕が死んでから何年か経った世界なのだろう。あの子は僕が知っている息子さんより大分大きくなっていたし、二人も一層夫婦らしくなっていた。

 奥さんの美貌も相変わらず……と言うか、更に磨きが掛かっている様子だし、ひょろ長の癖に羨ましい限りである。全くもって、お似合いの夫婦だ。一生幸せになりやがれ。

 

 

 それがわかった上で町を見渡してみると、ところどころ変わっている部分に気づいた。

 僕の知らない家やお店が建っていたり、潰れて無くなっている店も幾つかある。

 僕がいなくなっても時間が止まることなく回っていたこの世界を見て、少しだけ感慨に浸る。

 こんな感傷を抱くのも僕ぐらいなものだろう。ある意味貴重な体験である。

 

 

 ……みんな、元気そうで良かった。

 

 

 千里眼で市街地の方も確認してみたが、父と母は共にお変わりなく、昔と変わらず元気に商売しているようで安心した。

 僕の最期を看取った時、二人して申し訳なさそうな顔していたからなぁ……確かに僕は短命だったけど、全力で楽しみ尽くした人生だったので二人に謝られても困るのだ。寧ろ二人には、今でも感謝の気持ちしかない。

 

 前にエイトちゃんは悲しい過去を持たないオリ主だと言ったな? あれはその通りだ。

 だって僕、最高に幸福だったもの。

 僕自身は終始ポジティブだったので、必死で生き抜いた前世の人生を何ら悲しいと思わなかったのである!

 

 

 ……まあ、親より先に死んでしまったことや、周りの人たちを泣かせてしまったことは本当に申し訳ない。こればかりはどう詫びたらいいのかさえわからなかった。

 

 

 

 

 

 

 ──そういうわけで、やって来ました。僕のお墓です。

 

 

 先ほどの高原から徒歩で移動すること30分。

 人通りの少ない静かな道の先に、富士山の姿を一望できる霊園があった。

 その一角に、先祖代々納骨されている僕の一族のお墓がある。

 僕が高いところが好きなことはみんな知っていたし、そう言う意味では納骨先としてこの霊園はまさにうってつけだった。

 前世の僕はここの傾斜を登るのにいつもヘトヘトになっていたものだが……あえて他の場所に、僕の骨を納めることはないだろう。

 

 元の世界に帰ったら、一度行ってみたいと思っていたんだよね。

 

 世界広しと言えど、自分自身のお墓参りに行ったことのある人間はいないだろう。

 好奇心旺盛なエイトちゃんとしては、後学の為にそういう体験も一度はしておきたかったのである。

 

 そうして霊園の中に入り、僕のお墓の元へたどり着くと──墓石の周りはびっくりするほど賑やかだった。

 

 花瓶の花がみずみずしい。つい最近、他の誰かが来たばかりなのかもしれない。

 もしかしたら、あの夫婦が来てくれたのかな?

 両脇の瓶には色とりどりの花束が添えられており、その間には飲み物がずらりと並んでいた。お酒もある。生前は肝臓が弱かったので22の時にはドクターストップが掛かっていたものだけど、死んだ後ではもう我慢する必要も無いと、解禁させてくれたのだろうか? 花瓶の横には、僕が飲みたかった銘柄のお酒がお供えされていた。

 

 うーん、これは僕、愛されていますねぇ……

 

 

「……ありがと、みんな」

 

 

 ガラにもなく、しんみりとした感情が内側から込み上がってくる。

 そして僕は、今この時だけはいつものように表面を取り繕うこともしなかった。

 

 両目から滴り落ちてきたものを袖で拭った後、僕は片膝を突いて黙祷を捧げる。

 捧げる相手はもちろん、僕の骨ではない。

 本来なら僕が同じ場所に行く筈だった──ご先祖様たちのところである。

 

 おじいちゃんとおばあちゃんが逝ったのは、前世の僕が小学校に入る前のことだった。それでも僕は、二人が幼い頃の僕をとても可愛がってくれたことを覚えている。

 

 僕の魂がまだそっちに逝っていないこと、二人は寂しがっているかな? それとも、安心しているだろうか? 後者だったらいいなと思う。

 

 親より先に死んだ親不孝者だけど、せめてご先祖様のことは安心させてあげたい。

 僕が本当の意味で貴方たちの仲間入りするのは、もう少し先だよ、と。

 女神様っぽい人のおかげで、僕にはまだやりたいことがあるからね。

 

 

「僕はここにいるよ、ご先祖様。見ての通り、こーんな美少女に生まれ変わっちゃったけど……今でも僕は、自分がやりたいことに全力さ。おじいちゃんとおばあちゃんの言いつけは、今でも守っているよ?」

 

 

 人はどうあっても、死ぬ時は死ぬ。だからそれまでに少しでも後悔を残さないように、自分がやりたいと思ったことに全力で取り組みましょう。代々伝わる我が一族の家訓である。

 

 僕がやりたいことと言えば、もちろんアレだ。完璧なチートオリ主──最高にカッコ良いボクが存在感を放ち続けること!

 

 僕は昔からカッコいい自分を演じるのが大好きで、友達同士のごっこ遊びでも全力で演じきっていたものだ。ヒーロー役でも、悪役でも。

 怖いものなしの頃は将来ハリウッドスターになるんだと意気込み、役者を目指していたこともあった。

 尤もそれは虚弱体質すぎたせいで叶わなかった夢だけど……もはや何度目になるかもわからない病欠で自室から動くことができなかったある日、僕はヒマでヒマで仕方がなく、数日前に姉と一緒に買って貰ったガラケーをベッドの中でポチポチしていた。

 新規登録のサービスにより、パケットが無料期間だったのである。

 

 

 ──そんな時に出会ったのがネット小説、すなわちSSの世界だった。

 

 

 ……と言うのが、僕がSSの沼に嵌まった経緯である。

 あの時は携帯小説サイトやら、やる夫スレやら、手当たり次第読み漁って爆笑していたものだ。

 時間すら忘れてのめり込みすぎていた時には、姉さんから「いい加減にしやがれです! 病人なんだから大人しく寝ろ!」と正論を浴び、ドアを蹴りながら怒られたものである。何事もほどほどが一番なんだけど、あの時は中学生だったので抑えが利かなかったのだ。

 

 え? 今でも利いてないだろって? 照れるなぁ。

 

 

 

 

 お? ……噂をすれば来たようだ。

 

 我が愛しの──最高のマイシスターが。

 

 

 

「──!?」

 

 

 黙祷を終えて立ち上がると、僕は今しがたやって来た一人の女性と向き合った。

 一度も染めたことがないツヤツヤな黒髪と、淡く緑がかった大きな瞳。

 妙齢に育っても十代の頃と全く変わらず、エイトちゃん並の胸部と言い、僕の記憶とほとんど変わっていなかった。

 いやはや二十代前半にしか見えないわ。流石僕の姉さん。子供を産んでから体型が激変するお母様は多いと聞くけど、彼女は今も維持しているようである。ぽっちゃり担当は、夫だけで十分ということだろう。

 ……そう言えば彼はアレから本当にオタク趣味をやめたのだろうか? 今ではスリムになっていたら超ウケるんだけど。

 

 

「どうも」

「ど、どうもですっ」

 

 

 先手を打ってこちらから挨拶すると、その女性──前世の僕のお姉ちゃんは虚を突かれたようにあたふたと髪を揺らした。自分ちの墓の前に知らない女の子がいたら、そんな反応にもなるわな。

 しかし、僕の方は偶然ではない。

 彼女が墓参りにここに来ることは、千里眼で知っていたのだ。わかっていて先回りした。

 彼女に会いたかったから。

 

 

 本当に……元気そうで良かった。

 

 

 目尻にまだ残っている涙を拭いながら、僕は爽やかなエイトちゃんスマイルを浮かべた。

 このような機会を与えてくれたのが女神様っぽい人か、カバラの叡智とやらの仕業なのかは知らないけど……酷いことをするものだ。

 

 それとも、試練のつもりなのかな? 僕が前世の未練を断ち切って、完璧なチートオリ主になれるかどうかの。

 

 だったらひくわー……これから貴方のことは女神様っぽい人ではなく、悪魔っぽい人と呼びますよー。

 エイトちゃんは人の心を弄ぶ輩は嫌いなのである。

 

 ん……お前が言うな? なんでさ。

 

 






 TS前はナードの方がいい派
 TS前はジョックの方がいい派
 TS前は普通の男の子がいい派
 TS前は筋骨隆々なイイ男がいい派
 TS前は女の子みたいな男の子がいい派
 TS前はおっさんの方がいい派
 TS前は描写しない方がいい派

 みんな違ってみんないい……TSとはそういうものだとエラい人が言っていました
 因みにエイトの前世は体質上線が細かったので、クラス一の美少女だった双子の姉とそっくりだったようです


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美少女顔の主人公

 流行ったよね……(´・ω・`)


 姉さんはマルクト並に口は悪いが世話焼きのツンデレさんであり、虚弱体質の弟を疎むことなくいつも気に掛けてくれた優しい人だった。

 

 世間一般的な姉というものがどういうものかは知らないが、立派なお姉ちゃんだったのは間違いない。近所での評判もすこぶる良かったし、僕にとって姉さんはいつだって自慢のお姉ちゃんだった。

 それを本人にちゃんと伝えることができたのは今際の際ぐらいなものだったけど、姉さんこそが僕の理想とするカッコ良さをナチュラルに持ち合わせている人物だったのだ。

 転生してチートオリ主になった僕だが、こうして顔を合わせてみると安心感が違うよね。この世界に遺した中で一番会いたかった人の顔を見て、僕は安堵の息を吐いた。

 

 しかし、姉さんから見た今の僕は、弟の墓の前にいた見も知らぬ謎の美少女である。

 

 前世の僕が結んでいた交友関係は大体姉さんにも知られている為、彼女視点ではどこで接点を持ったのかもわからない怪しい人物だろう。

 そんな不審者との対面に姉さんはとても驚いている様子だったが、墓石の前に供えられている豪華な花束を見た後、彼女はふっと微笑みを浮かべた。

 どうやらいい感じに勘違いされたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そう、弟とは入院中に知り合ったんですか」

 

 

 謎の美少女T.P.エイト・オリーシュアちゃんの正体は、そういうことになった。

 今の僕の設定は、前世の僕が入院中に知り合った友人Aである。

 ここで馬鹿正直に「僕は貴方の弟の生まれ変わりですよ」などと言ったら間違いなく正気を疑われるし、姉さんにそんな目で見て貰いたくもなかったので、僕はそれらしいストーリーをでっち上げることにした。

 この設定なら、僕の交友関係を大体把握していた姉さんが知らなくても納得できるだろう。自分のアドリブ力が怖いなー。

 

「ありがとうございます。アイツも、貴方みたいな美人さんに花を供えてもらって喜んでいると思いますよ」

「あはは……」

 

 ……ごめん、その花束僕が供えた奴じゃないんだ。多分あの夫婦。

 訂正したら「じゃあお前は何しに来たの?」と怪しまれるので、あえて姉さんの勘違いを正さないでおいた。僕は高原から直行でここに来た為、お供えの品は持ってきていなかったのである。お菓子とかも全部ビナー様にあげちゃったし。

 僕の語ったバックストーリーに納得し、姉さんの警戒心が露骨に緩むのを感じた。

 姉さんは気が強いけど、結構人見知りなところがあるからね。初対面で彼女とスムーズに話をする為には、前世の僕のことを共通の話題にするぐらいのことをしないと駄目なのだ。

 そんな彼女が今の旦那さんと仲を深めることが出来たのも、何を隠そう僕の仲介が一役買っていた。キューピットエイトちゃんである。……あっ、前世だからエイトちゃんじゃねぇや。

 

 ……まあ、僕の方はそれどころじゃないレベルで、姉さんから色々貰ってたんだけどね。

 

 それを生前に伝えきれなかったことが、僕の数少ない心残りだった。

 

 ──と言うわけで、唸れ僕の演技力!

 

 今のワタシは前世の僕君と同じ病院に入院し、その心を通わせた薄幸の美少女である。

 子供の頃、ワタシは自分の身体の弱さに悩まされ、不貞腐れていた。自暴自棄になりそうになっていたところを同じ病院で出会った前世の僕に励まされ、立ち直った過去がある。

 最近病気を克服したワタシは僕に感謝の言葉を伝える為、僕の墓参りにやってきた──うん、これはしんみり系のボーイミーツガール系SSみたいで、ナイスな設定じゃないか?

 

 惜しむらくはヒーローとヒロインを演じる役者が僕自身だということだ。何という自作自演。

 

 オリ主であるエイトちゃんとしては、ヒロインムーブなんてものは絶対にやりたくない十項目の一つだったが、この場合はヒーローも僕が兼任しているのでギリギリ許そう!

 たかが一言二言話すだけで凝りすぎじゃね?と思う者もいるだろう。しかし姉さんは鋭いので、このぐらい説得力のある設定を詰めておかないとすぐにボロに気づくのだ。

 

 そうやってワタシがあたかも前世の僕のことを恩人のように、入院中の出来事をあることないこと語っていると、姉さんは僕を見て可笑しそうに笑った。何だよー。

 

「くすっ……アイツも、スミに置けないですね……少し、安心したです。社交的なフリして、あの子ったら自分のことはあまり話さなかったから……病院にもちゃんと、話せる人がいたんですね」

「え……あ……」

 

 うーん、そうかなぁ……? 僕は自分のこと大好きだから、良いことをした時とか遠慮なく自慢してた気がするけど。

 

 ……まあ、全く気を遣わなかったかと言うともちろんそうではないが。

 

 この際だから、洗いざらい吐いちゃおうかね。

 あの夫婦の子が小学生になるぐらい時が過ぎている今、姉さんにとっては今更な話かもしれないが……僕としては僕のいなくなったこの世界で、彼女に伝えておきたいことがあった。

 

 

「あの人は、貴方に感謝していましたよ」

「えっ……?」

 

 

 前世の僕の代弁者として、エイトちゃんは語る。

 

 

「中学の時、入学早々体調を崩して、一週間ぐらい遅れてようやく登校できるようになったあの人に友人ができたのは、お姉さんがみんなに僕を紹介してくれたからだって……あの人は、言っていました」

「……アイツが、ですか……」

 

 そう、彼女にとっては昔のことだが、僕にとってはつい最近のことのように感じている。

 虚弱体質の僕が長くない人生を楽しく過ごすことができたのは、気の合うマイフレンドたちとの学校生活がすこぶる充実していたからだ。

 

 そして彼らとその関係を構築するきっかけになったのが、既にクラス一の美少女として人気者だった姉さんのおかげだった。

 

 思春期真っ盛りの男の子にとって、一際輝く姉さんの存在は恰好の話題だったからね。

 おかげで僕は姉さんを潤滑油として、するするとクラスメイトたちとの仲を深めることができた。

 それは、ほとんど登校することができなかった小学校の時も同じだった。姉さんがいなければ、流石の僕も孤立は免れず、あそこまで楽しく学校に通えていたかわからない。

 だから僕は、姉さんにはずっと感謝しているんだ。もちろん、今でもね。

 

「……それは、こっちのセリフですよ」

 

 前世では当たり前すぎて伝えそびれた気持ちを伝えると、姉さんが苦笑を返した。

 

「弟が登校できるようになるまで私、女子の間ではあまり馴染めていなかったんです。ほら、私ってクラスで一番可愛かったですから。二番目に美人だった偉そうな人のグループからは、それはもう蛇蝎の如く嫌われていたんですよ」

「え……そうだったんですか?」

「弟には秘密にしてましたけどね」

 

 マジかい……衝撃の新事実である。

 自分で一番可愛かったとか言っちゃうところはまさに僕の姉さんだが、女子の間では嫌われていたとか初耳だ。だって、僕が登校した時から人気者だったじゃんアナタ。

 僕の前ではみんな仲良しだったのに……本当だったら、女の子って怖いと思う。

 

「だけどあの子の体調が落ち着いて登校できるようになったら、初顔合わせの日からクラスの女子は一斉に手のひら返しです。アイツ、私に似て可愛い顔してましたからねー。見た目だけはそれはもう深窓の王子様って感じでしたから、お近づきになりたい二番目の人を筆頭に、あっさりと和解しにきたんです。みんな、弟に嫌われたくなかったんですねぇ」

「へ、へぇ~……」

 

 なにそれ怖い。戸締りしとこ。

 

 しかし姉さんは初対面の人、それも故人のことで嘘を吐くような人ではない。それは事実なのだろう。

 えっと、中一の時のクラスでナンバーツーの美人さんと言うと……ああ、あのおでこの広い子か。姉さんの大親友に、そんな過去があったとはね。

 

 あっ、でもあの子も結構強かだったからなー。言われてみれば、そんな二面性があることも納得できた。

 しかし意外である。あの子僕のこと好きだったんだね。

 

 

「ぼ……あの人も、意外にモテていたんですね……」

「王子様として見られていたのは、最初のうちだけでしたけどね。素の性格がガキっぽいところが知られると、「男としてはちょっと違う」って言われて、進級する頃には専らクラスのマスコット扱いでしたね」

「マ、マスコット……?」

「二番目の人もそんな感じで、最初は恋する乙女だったのが中学を卒業する頃には飼育員みたいになっていたです。定期的にチョコや卵焼きをプレゼントして餌付けしたり……まるでペンギンでしたね」

「ペンギンの、飼育員……?」

 

 ひどい! あの子は昼休みの時、僕に美味しい食べ物を譲ってくれる優しい人だったのに、そんな言い方無いだろー!

 

 むぅ……死人に口なしというのが残念なところだ。否定したいけど、否定するわけにもいかない。

 まあ、姉さんにとっていい思い出ならそれでいいや。僕の残念な思い出を語る彼女の顔は、見ていてとても楽しそうだったし。

 それはもう、当事者である僕さえも思わず笑顔になってしまうほどに。

 

「……そんな感じに、最初は下心見え見えでしたけど、私がクラスに溶け込むきっかけになりました。それ以来、なんだかんだ接しているうちにみんな悪い人じゃないと気づいて……二番目の人は、今では掛け替えのない一番の大親友になりました。やー懐かしいですねぇ」

「そうだったんだ……」

 

 姉さんと二番目の人は、僕から見てもずっと仲良しさんだった。

 もしかして百合の人なのかと思うほど彼女は姉さんによく絡んでいて、姉さんが今の旦那さんと付き合い始めた頃は「うちの子はあげません!」的な言葉を告げて悉くインターセプトしてきたぐらいである。

 その剣幕は常に必死であり、両親の説得よりも彼女を説得することの方が難しかったものだ。

 

 その際、僕とYARANAIOともう一人の友人が一肌脱ぎ、彼がいかにいい男なのか懇切丁寧にプレゼンしてやったのがいい思い出である。

 

 姉さんの旦那さん、すなわち僕のお義兄さんはおデブな見た目で損していたが、清潔なデブであり優しくて温和なデブである。

 あと、とにかく一途で行動力のある真っ直ぐな男だった。姉さんは彼のそんなところに惹かれていたし、僕もそんな彼だからこそ生涯の友として、義兄として認めた。そんな青春である。

 

 

「今の私があるのはあの子のおかげで……何度も救われていたんです。なのにアイツは、自分だけが救われたみたいに言い残して……今でもムカついているです」

「手厳しいですね。けど、自業自得かな……」

 

 

 そうか、姉さんは僕に救われていたのか。迷惑ばかり掛けていたから、ちゃんと謝りたいと思っていたのだが……そうか……

 

 謝罪の必要が無くなったことに、僕は安心を感じる。

 そりゃね……絶対無いとは思うけどさ。誰だって、自分が死んで大好きな人が喜んでいたらいっぱい悲しいでしょ? たまにそういう糞鬱SSを読んだりすることもあったけど、そういうのはフィクションだけに留めておきたいよね。

 

 オリ主が死ぬことを惜しまれるのは、かのメアリー・スーでもそうだったように、なんかこう、いい感じに自己肯定感を満たしてくれるのである。

 僕もこの瞬間、めっちゃ救われていた。やっぱカッコいいな、僕の姉さんは。世界一だ。

 

 

 

 

 そうして姉さんと僕は、前世の僕のお墓の前でしばらく思い出話に花を咲かせた。

 

 僕は自分で作ったワタシの設定を遵守する為にどんな話も初めて聞いたように装ったが、姉さんの話にはその必要が無いぐらい新情報が混じっており、双子の姉弟と言えどお互いプライベートでは知らない一面があったんだなと今更になって思い知らされたものである。

 

 こんなことならもっと姉さんと、踏み込んだことを話しておけば良かったなと思ったが……まあ、過ぎたことである。

 

 姉さんの弟はあくまでも墓の下で、今の僕はT.P.エイト・オリーシュアという転生者だ。

 僕の人生はあの時、大好きなみんなに看取られて終わった。綺麗に完結した物語なのだ。……だから、それでいい。それでいいのである。

 

 

 何だろうね……やっぱり「死」を体験したことで、この辺りの感覚が変わっているのかもしれない。

 

 自分でも不思議なほどドライな考え方に気づき、僕はオリ主的な自嘲の笑みを浮かべる。

 そうしていると、ふと向こう側から姉さんを呼ぶ声が聞こえた。

 

 

「おーい、花束買って来たおー」

「お線香も持ってきたのー! あと、猫ちゃんもー!」

 

 

 声の主は二人──一人は聞き覚えのある男の声で、もう一人は初めて聞く女の子の声だった。

 

 僕は霊園に入ってきた今もメタボ体型の男の姿に安心感を抱いた後、その隣で黒猫を抱えている幼女を見て思わず目を見開いた。

 

「猫!? なんで猫!? どうしたですかそいつ!?」

「ここの寺で保護されている猫らしいお。ヒナに懐いちゃったみたいで……」

「もふもふなのー! とってもかわいいの!」

「あっ、本当ですね……随分人懐っこい猫ちゃんですねぇ」

「ヒナの手が気持ちいいみたいだお」

 

 双子でもアレルギーのあった僕と違って、姉さんは普通に猫を触ることができるので猫と向き合っても特に問題無い。単純に動物が苦手なタイプではあったが、大人しい動物相手なら大丈夫な人だった。

 そんな姉さんは抱っこされた姿勢のまま前足の肉球でぺたぺたと幼女の顔をマッサージしている黒猫の姿を見て、思わず頬を綻ばせた。僕も一緒に綻ぶ。

 

 だがこの時、僕の視線は可愛らしい黒猫の姿には向いていなかった。

 黒猫よりも、黒猫を抱き締める女の子の顔を──姉さんの面影を宿した天使のような幼女の姿を見て、僕は海よりも深い感慨を抱いたのである。

 

 

 ──ああ、よかった。

 

 

「ふふっ……」

 

 

 これはもう、僕はお邪魔虫でしかないな。だけどそれが嬉しくて、思わず笑った。

 子猫と戯れる無邪気な子供と、その子を微笑ましげな目で見つめている父と母。

 僕ではどうあってもたどり着けない、平穏で暖かな光景がそこにあった。

 

 ……尊いよね、やっぱり。

 

 それ以上は何も言うまい。僕はクールなオリ主なのだ。

 ただ僕は、そんな光景を見て穏やかに微笑み姉さんに言った。

 

 もうお母さんになっていた、姉さんに。

 

 

「可愛らしい娘さんですね」

「ええ、目に入れても痛くないです。アイツが生きてたら、猫可愛がりしてたですねきっと」

 

 

 流石は姉さん。僕という弟のことをわかっておられる。

 

 大好きな姉さんと大好きな親友の子だ。そんなの、デロンデロンに甘やかすに決まっているじゃないか!

 

 

「ええ、もちろん!」

 

 

 ……ありがとう、女神様っぽい人。

 この光景を見せてくれたのがオリ主を頑張っている僕に対する貴方からのご褒美なのだとしたら、僕は最後まで貴方を崇めよう。

 

 これで僕は、もっともっとオリ主できる。

 

 いやあ、子供って素晴らしいね。無垢な子供で僕のパワーがムクムクである。

 一生見ることができないと思っていた姪っ子の姿を見て、僕は昇天する思いだった。

 

 

 

 ──その結果、本当に天に昇ってしまったのだろうか?

 

 

 気づけば僕の目の前には、真っ白な世界が広がっていた。

 僕がT.P.エイト・オリーシュアとして生まれ変わった時と同じ、神聖で真っ白な世界が。

 そしてその世界にはポツンと一人、あの時と同じく一人の女性がいた。

 

 

『私はカロン……数多の「物語」を語り継ぐ者……』

 

 

 おひさー。




 とにかく薔薇乙女とは無関係だ……

 気づいたら本作も60話近く。おかげさまで累計100位圏内がほんの少しだけ見えてきたので頑張ります。タカキも頑張ってたし
 


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オリ主と転生神様は漫才をするようです

 流行ったよね……(´・ω・`)


 真っ白な世界で女神様っぽい人と再会した僕は、彼女の口から衝撃の事実を知らされることとなった。

 

 

 僕を出迎えた女神様っぽい人が唐突に「真実を見せよう」とか言い出すと、何も無い真っ白な空間にテレビとBDプレーヤーを召喚し、おもむろにディスクを挿入したのがつい先ほどのことである。

 現実離れした人形のような銀髪美人が真顔で採った俗な行動は控えめに言ってシュールだったが、再生されたアニメを見て、僕の目が点になった。

 

 最新の美麗なデジタル作画で動き出したキャラクターはどう見てもフェアリーセイバーズの主人公「暁月炎」だったのである。

 呆気に取られているうちにアバンタイトルから軽快なオープニングソングと共に、そのアニメのタイトルが画面に映し出された。

 

 

【フェアリーセイバーズ∞】

 

 

 蒼天に輝く太陽をバックにどーんと広がるタイトル画面を見て、僕はようやく理解した。

 

 それは、僕が死んだ後の世界で放送された作品であると。

 

 

 

 

 

 ──どうやら僕が死んでからしばらくして、アニメ「フェアリーセイバーズ」の新シリーズが放送されたらしい。

 

 

 僕が死んでも時の流れが変わらないことは自分自身の墓前でしみじみと確認したばかりであるが、僕は何よりその事実に一番驚かされた。

 

 だってよ……15年以上前の作品だぜ? あのロリコンオタクとか大喜びだろうなぁ。彼とは学生時代、マルクト様ちゃんの見えそうで見えない至高の絶対領域について熱く語り合ったことが思い出深い。

 

 確かに同年代のアニメがデジタル作画でリメイクされることは僕が生きていた頃にも何度かあったが、まさかフェアリーセイバーズでもやるとはね。リアルタイムの視聴者としては喜びと困惑が半々である。

 

 知る人ぞ知る厨二能力バトルアニメ「フェアリーセイバーズ」の人気は長期シリーズ化した国民的アニメには遠く及ばないものの、当時の僕のようなスタイリッシュさに憧れる男の子には根強い人気があった。

 同作品に影響を受けた世代が丁度大人になってアニメ会社で働くようになり、偉いポジションについたことでリブートの企画が通ったのかもしれない。

 そう思うと、なんだか自分が歳を取ったことを自覚するものである。

 まあ、エイトちゃんは生まれてからまだ1年も経っていないけどね! 僕は赤ちゃんだった……?

 

 

 そして今、僕は女神様っぽい人──「カロン」と名乗った銀髪の女性と共に、カーバンクル型のぬいぐるみクッションを抱えながら、横並びになって件のアニメを鑑賞していた。

 こうしてうつ伏せにゴロゴロしながらアニメを視るのは至福の時間であるが、女神様っぽい人はその体勢によりただでさえ長い髪の毛が思いっきり床についてるけどいいのかな?

 

『良いのだ』

 

 さいですか。

 まあ、これだけ何も真っ白な世界ならホコリも付かないだろうが、隣で見ている僕が何より気になったので、彼女の髪を結ってあげることにした。

 おお、流石女神様っぽい人、メアちゃんやビナー様に負けず劣らず、浜辺の砂みたいにサラサラである。見た目はウェーブが掛かった感じだけど、面白い髪質だね。

 

 これは……ツーサイドアップとか良さそうだね。

 申し訳程度だが、真っ直ぐ下ろしたストレートヘアーよりは地べたにつかないだろうし。

 

『感謝する』

 

 いいってことよ。

 こう見えて、僕は女の子の髪の扱いには姉さんの髪で慣れているのだよ。姉さんったら僕と違って朝はよわよわであり、中学生の時まで僕の体調が良い朝はいつも代わりに髪を結ってあげたものだ。

 この世界でもエロヒムまでの移動中、メアちゃんの髪を手入れしてあげたのは僕なんだぜ。僕自身の髪はそこまで長くない上に癖が無いので弄る余地は無いが、エイトちゃんの手先は素でも結構器用なのである。

 

 そうして僕が女神様っぽい人に転生の感謝の気持ちも込めて奉仕していると、テレビ画面に流れていくオープニングムービーの中で、数カットに及んで顔を出したキャラクターの姿に思わず手が止まった。

 

 えっ、今映ったのって……ええ……?

 

 それは僕の知る「フェアリーセイバーズ」には存在しない人物──僕がもう一人のオリ主だと思っていた存在、メアちゃんだったのである。

 

 

 

『メアはこの世界の民だ』

 

 

 

 な……

 

 

 なんだってー!?

 

 

 

 衝撃の新事実に僕はクワッと目を見開き、うつ伏せになっている女神様っぽい人と視線を合わせた。

 この世界の住民って……現地人ってことだよね?

 確かに彼女と接してきたことで最初の頃に疑った「記憶を失った転生者」とは思えなくなり、現地人系のオリ主なのかな?……とは想像していたが、メアちゃんってそもそも貴方のオリキャラですらなかったの?

 

 

『そう……メアは調律者ではない』

 

 

 あいやー、それはびっくりである。

 フェアリーセイバーズのリブート以上に驚かされたわ。って言うか、この数十分で驚かされてばっかりだな僕。もっと言えば、エルからこれまでの間ずっと受け身に回っている気がする。

 

 むむむ……これは由々しき事態である。僕は完璧なチートオリ主になりたいのであって、ポンコツなリアクション芸人になりたいわけではないのだ。

 

 しかし……メアちゃんはオリ主じゃなかったのかー。

 女神様っぽい人が語るには、彼女は僕の知らない公式の存在だということだ。

 彼女は「フェアリーセイバーズ」の20周年記念リブート作「フェアリーセイバーズ(インフィニティ)」に登場するヒロインキャラの一人であり、れっきとした公式のキャラクターであると。

 

 

 ──実際にアニメを視聴してみると、確かにメアちゃんはがっつり登場した。

 

 

 第三話という早い時期に登場した彼女だが、エンディングのキャスト順も灯ちゃんの次の三番目と中々美味しいポジションにいるようだ。

 

 なーんだ! 僕の勘違いだったのかー。

 

 とんだ取り越し苦労である。複数転生者、複数オリキャラ物は難しいとは何だったのか。ごめんねー。

 

 てへっとお茶目に笑いながら、僕は自分の頭をコツンと叩く。おっちょこちょいなエイトちゃんを許してくれ。

 いやあ、女神様っぽい人もそれならそうと先に言ってくれればいいのによぉ。人が悪いんだから!

 

 

 ……と言うことは、今まで僕は前提からして色々間違っていたということだね。

 

 

 僕は「フェアリーセイバーズ」のオリ主ではなく、フェアリーセイバーズの新作アニメ「フェアリーセイバーズ∞」のオリ主だったのだ!

 

 

 うん、そんなの気づくわけがないわ。

 勘違い物ではよくあるネタだが、オリ主である自分自身が誰よりも深いところで勘違いしていたというオチである。やっちまったな僕。ドジっ子エイトちゃんである。

 

 

 ……ん? でもそれなら、メアちゃんと会った時にビビッと来たのは何だったんだろう?

 

 

 あっ、もしかしたらアレか。

 あの子の雰囲気が、ちょっとだけ女神様っぽい人と似ていたからか。

 

 最初に会った時は僕も魂だけだったので女神様っぽい人の姿をじっくり見る余裕も無かったが、こうして見ると独特な存在感と人を安心させるぽわぽわした雰囲気が少し似ていることに気づいた。

 体型に関しては流石にまだ子供のメアちゃんでは比べ物にならないが、メアちゃんがあと10年ぐらい成長したら大分そっくりになるかもしれない。

 僕は目の前の不思議系ぽわぽわ真顔銀髪美女の姿を見て、うんうんと頷きながらそう思った。メアちゃんがこんな感じの超絶美人になったらいいなぁ……美女は何人いてもいいのである。

 

 女神様っぽい人はその黄金の瞳でアニメの映像をじーっと見つめながら、静かに語った。

 

 

『物語は分岐した。汝の介入により、観測した世界に新たな可能性が生まれようとしている』

 

 

 おう、当然だよな。

 僕というオリ主が介入したのだから、本来の原作アニメ「フェアリーセイバーズ∞」と展開が変わるのは当たり前である。

 

 しかし、そうなると僕に原作知識が無いのが怖いね。

 見たところ新キャラを追加しただけのリメイク作品って感じだから、大筋は僕の知るフェアリーセイバーズとそこまで乖離していないとは思うが……僕の介入によってあらゆる事態が本来より悪くなっていたら困る。

 

 その辺り、どうなんですかね女神様っぽい人……じゃなかったカロン様?

 

 

『汝の介入は事態を良化させている。あらゆる可能性を見させてもらったが、汝が調律した世界はこれまでに無い光を見せ始めている』

 

 つまり僕の介入で、原作以上のハッピーエンドに向かっているってことか。

 今までずっと旧フェアリーセイバーズの世界だと勘違いしていながら、そこまでいい感じに介入できていたとは流石僕である。慎重に動いていたのが幸いしたね。

 

 

 ま、僕ってチートオリ主だから? 文字通り、役者が違うのである。えへん。

 

 

 ……しかし、カロン様の口調ってちょっと面倒くさいな。

 言い回しが独特なせいで、噛み砕いて理解するまで時間が掛かってしまう。

 彼女の方は僕の心を読んでいるというのに、不公平なものだ。

 

『……私の読心も完璧ではない。話せるのなら、話した方が有り難いと考えている』

「あっ、そうなんだ」

 

 意外……!

 カロン様は女神様っぽい人だから、僕が頭に思考を浮かべるだけでも意思疎通が成立していたのだ。

 しかしそんな彼女をしても会話がしたいと思うのは、結局のところ言葉に勝るコミュニケーションは無いってことかね。

 

 思えば最初に会った時は僕も魂だけだったからね。言葉を発せられる肉体を持って会うことができたのは、今回が初めてである。

 

「じゃあ改めまして、ボクはT.P.エイト・オリーシュア。キミの物語を導く者だよ」

『知っている。汝は私が思っていた以上に、我が世界に多くの功績を残してくれた』

「まだまだこれからさ。ボクにはもっともっとやりたいことがあるし、貴方にもたくさん恩返しをしたいと思っている」

『そう……』

 

 僕の心は筒抜けだろうけど、一応言葉でも伝えておくね。

 僕は完璧なチートオリ主を目指している。それは僕にとっての完璧であるが、彼女にとっての完璧でもあるのだ。

 お互いの思惑が一致して始めた僕たちの物語だ。だったら僕とカロン様、両方が満足できないとね。

 SSというものはね……誰にも邪魔されず、自由で、何というか救われてなきゃいけないんだ。

 僕たちが生きる世界もまたれっきとした現実だけど、オリ主として生きている以上はずっとそう思っていた。

 そんな僕に、カロン様が何か考え事をするように目を瞑りながら言う。

 

 

『しかし、汝は以前の世界を愛している。汝が望むのなら、私の力でその魂を元の世界に還すこともできるが……』

「今更だよ、カロン様。──はもういなくなった。あの時、生きたことに満足して死んだんだ。

 だから、もういい……素敵なご褒美をくれて、ありがとね。おかげで、一生会えなかった筈のかわいい姪っ子の姿を見ることができた」

『そう、か……』

 

 

 うん。その口ぶりからすると、やっぱりあの世界に送り出してくれたのは貴方の善意だったんだね。

 部下の働きに一番嬉しい褒美を与えるとか、理想の上司かよ。

 よっ、カロン様! 優しい! 美しい! カッコいい! 世界一! あっ、ツーサイドアップ完成したよ。半分ぐらい直感で試してみたけどめっちゃ似合うやん。ツインテールとは違って幼い印象になりすぎないのが、彼女の容姿にマッチしている。まさに深窓の美女って感じで綺麗だぜ!

 

 

『……それほどでもない』

 

 

 心の中であらゆる賞賛の言葉を彼女に浴びせると、人形のように無表情だったカロン様の顔が少しだけ綻んだ。

 その様子はどこか照れているみたいでかわいい。いや、そう思うのは不敬か。おかわいらしいでござる。

 女神様っぽいカロン様は再び視線を外してアニメを視る。

 

 僕もこれまで彼女と話しながら、その目ではしっかりアニメ「フェアリーセイバーズ∞」を視ていたが──くっそ面白いじゃんコレ!

 

 まだ序盤であり旧作とあんまり展開が変わっていないが、リメイク作として実に完成度が高い。セル画派の僕がデジタルもすげぇって感動するぐらいには、最新の映像技術に驚いていた。

 

 無言で画面を見つめていると、「風岡翼」の初登場回である第四話が終了しいい感じなエンディングが流れた。新作はいつもの三人が揃うのに四話も使うのか……尺も前回より余裕があるのかもしれないね。前世の世界で僕が生きていたなら、毎週童心に返って楽しみにしていたかもしれないね。叶わぬ仮定であるが。

 

 

『調律者エイト。汝は私に聞きたいことがあったのではなかったのか?』

 

 

 ──おっと、そうだった。てか、オリ主のことを「調律者」って呼ぶのスタイリッシュな呼び方でカッコいいな。今度僕も使ってみよう。ハープ弾いてるし、丁度いい表現である。

 

 暗闇の中からマントを翻し、どこからともなくパッと現れて「ボクはエイト……ただの調律者さ」とかキメ顔で言うの、めっちゃいいじゃん? 女神様っぽい人はどう思う。

 

『わからない』

 

 何だよー、SS作者ならそのぐらいわかっておかないと、後々大変だよ?

 なんだかんだで僕みたいな読者層は根強いのである。SS作者的に考えて、需要を押さえておくのは大事だ。

 

『わからない……』

 

 むぅ……しょうがないね。

 

 おっと、また脱線してしまった。いけないいけない。

 初めて知った「フェアリーセイバーズ∞」という新作アニメの存在に、頭の中がハッピーセットになってしまったようだ。あっ、メインメニューに戻った。このディスクは終わりだね。一枚に四話も収録されていれば、アニメBDとしては十分すぎるだろう。

 

 是非続きも視たいところだが、その前に僕は女神様っぽい人に聞きたいことがあった。

 

 本当は「カバラの叡智」とやらに聞くつもりだったのだが、こうして彼女に会えた以上手間が省けたね。

 ん? 待てよ……妙だな。確かビナー様は、カバラの叡智って世界樹サフィラの根っこの破片だと言っていたよね?

 

 ……で、僕がそこにアクセスした瞬間、不思議なことが起こって前世の世界に移動してしまったと。

 

 そして今も不思議なことが起こり、突如として真っ白な世界へ移動し女神様っぽい人と対面した。

 

 

 ……ふむ。

 

 

 これは、あくまでも僕の想像だが。

 もしかして女神様っぽい人──カロン様の正体って……

 

 

「サフィラなのかい?」

 

 

 再生が終了したディスクを寝転んだ体勢のまま抜き取っている彼女の姿を見つめて、僕はそう問い質した。

 その瞬間、彼女の身体がピタリと止まる。……いや、こっちにお尻を突き出した姿勢で止まるのはやめなよはしたない。スカートの中見えてるから。

 そう心の中で指摘すると、彼女はキョトンとした顔でペタンと座り込むと、寝転んだ姿勢から女の子座りに切り替わって僕と向き合った。

 不思議系美女か! なんだか、フェアリーセイバーズの一キャラクターとしてもやっていけそうなほど濃いなアンタ。

 

 ……いや、ある意味では彼女もフェアリーセイバーズのキャラなのだろう。僕は今しがた、その事実に思い至ったのである。

 

 

『何故そう思う?』

「これまでの状況から考えて、だね。別に隠す気もなかったでしょう?」

『……ふむ』

 

 

 なんでも教えてくれるカバラの叡智に願った瞬間、僕の前に彼女が現れた。

 その事実を鑑みて、これまでの流れから彼女こそが「世界樹サフィラ」の管制人格的な存在なのではないかと思ったのだ。

 

 ほら、みんなも好きだろう? 物凄い力を持った無機物に宿っている、美女の姿をした管制人格って。世界樹が無機物なのか、有機物なのかは知らないけど。

 しかしそういう要素を持つ銀髪美女とか、存在からしてもう薄幸のヒロイン感があるよね。同じ銀髪キャラのメアちゃんと激しくキャラ被りしてしまっているのが惜しいところである。

 その事実を悲しく思いながら労りの眼差しを送ると、彼女は抑揚の薄い声で答えた。

 

 

『如何にも。私は世界樹の代弁者……サフィラの意思そのものだ』

 

 

 ……一つ、思ったことがある。

 

 そんなことを、アニメのイラストが描かれたディスクを持ちながら言っても威厳が無いし、全くカッコつかないなって。いや、僕にとっては中々衝撃的な筈の新事実なんだけどね?

 ただ、彼女の行動のシュールさが勝り、思ったほど衝撃を受けることができなかったのが残念だった。

 

 なっちゃいない……ミステリアスムーブがなっちゃいないよ、カロン様……見ているのが僕だけで良かったなと、僕は心からそう思った。

 




 私的に銀髪のヒロインの目の色と言えば大体金色のイメージがあります。


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原作知識で無双する為には下積みが必要

 不思議な女性ラファエルと出会った風岡翼少年は、その翌日から彼女と交流を深めることになった。

 

 「疾風」の異能を持つ翼と同じく風を操る能力に長けた彼女は懇切丁寧に、誰よりもわかりやすく彼に指導していた。

 そんな彼女のことを翼は表面上は師匠として慕っていた。

 

 そして彼は1年後、10歳の頃に起こったある事件をきっかけにそれ以上の想いを抱くこととなった。

 

 自身が巻き込まれた悪の組織「PSYエンス」による異能使いの連続誘拐事件を、彼女が颯爽と現れて解決したのである。

 不幸にもその事件の被害者の一人になってしまった翼は、冷たい蔵に押し込められた諦めの中で、そっと手を差し伸べてくれた彼女の姿を見て、その瞳を震わせた。

 

「ラファエル、姉さん……」

「帰ろう、ツバサ。貴方のいるべき場所は、ここじゃないわ」

「……うん……うんっ……!」

 

 彼が孤児院から攫われたと聞くなり大急ぎで駆けつけてきたラファエルの背中には、四枚もの純白の羽が広がっていた。

 

 その時の彼女は「異能の応用だよ」と誤魔化していたが……視聴者目線では中々無理のある誤魔化しである。

 いや、作中の時系列的にまだ天使型の聖獣の存在は知られていないから、それで誤魔化せると言えば誤魔化せるんだろうけどね? 僕だったら「実はボク、キミを助けるために空の彼方からやってきた天使なんだ」って感じに、寧ろ開き直ってあることないこと語って丸め込んでいたところである。 

 

 しかし、そんな誤魔化しの下手なところが……いいよね。

 

 翼の為に身バレを一切恐れず、人外の生き物である自らの正体を晒した彼女の姿を僕は尊く思った。

 うーん、カッコいいなぁラファエルさん。僕もあんな感じにキメてみたいものである。僕もPSYエンスに攫われたクソガキを助けてあげたことはあるけど、あそこまでスタイリッシュに決められたかは微妙だった。

 

 おっ、エンディング始まったね。今は懐かしい、昔ながらの止めて引く演出である。

 

 この曲の伴奏、ハーモニカを使っているとは中々粋だね。ラファエルさんのテーマにぴったりな曲である。特殊エンディングなのかな? 映像も翼とラファエルが中心で、セイバーズの皆さんがちょこっとしか登場していないし、まるで翼が主人公みたいなエンディングである。

 

 

 ……だけどこの過去回、思ったより長いな。前回のBパートと今回の一話を丸々使って、まだ次回に続くとは。カロン様の編集でカットされていなければ中々の時間になっていたところである。

 

 

『次が最後だ』

 

 あらそう。じゃあ次で事の顛末がわかるのかね。

 ラファエルさんが故人であることを知っている以上、約束されたバッドエンド臭がするが……これは、僕も気を確かにして視なければ! 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい。

 

 

 僕は今、女神様っぽい人こと「世界樹サフィラ」の意思、カロン様の意向に従って二人仲良くアニメを鑑賞していた。

 

 先ほど視聴した回は「フェアリーセイバーズ∞」の第37話「翼とラファエル」である。

 つい先ほど第4話を見終えたばかりであるにも関わらず、間をすっ飛ばしてその回を視ることになったのは、この回で僕が知りたかった話──翼の過去が明かされたからという話だった。

 

 それは市販のBDではなく、カロン様所有のハードディスクに録画されていたものであったが……CMをカットしているのはもちろん、翼とラファエルの登場シーンだけを抽出して編集されたおあつらえ向きな内容だった。

 こんなものを用意しているなんて、カロン様って翼推しなの? あの子に女性人気があるのはわかるけど貴方もその口か。

 

 

『救世主たちの行動は、全て個別に纏めている』

 

 

 おおう……全員が推しのガチ勢でしたか。生言って申し訳ございませんでした。

 

『カザオカ・ツバサとラファエルの過去を、汝が求めていることはわかっていた。故に、用意していた』

 

 僕の為に事前に用意してくれたのね。気遣いの女神様かよ。助かります!

 うん、実に助かるね。「ツバサの過去に何があったの?」と訊ねた僕の質問に対して、彼女がおもむろにリモコンを取り出してハードディスクの中を漁り出した時は何事かと思ったが、まさかこんな方法で教えてくれるとは。

 僕の知らない「フェアリーセイバーズ∞」という新作アニメでは、旧作では語られなかった風岡翼の過去がしっかりと描写されていた。

 これを視ることで、僕は原作介入に役立つ本来の「原作知識」を獲得することができたのだ。

 

 確かに実際に原作アニメを視聴するこの方法ならば何よりも情報が正確であり、原作知識で無双するチートオリ主としてはオリ主らしくはある。

 

 だけど、もっとこう……僕としては何とも言えない顔になった。だって、ねぇ?

 

 リアルの世界で本物の風岡翼とそこそこ話している身としては、このような方法で過去を覗き見ることに少しばかり罪悪感を感じているのもある。

 いや、今まで散々原作知識をひけらかしておいて何言ってんだとは僕自身も思うが、何と言うか彼の大切な思い出を覗くのは微妙な気分だったのだ。

 

 

 だが……それはそれとして、すごく出来が良いじゃないかフェアリーセイバーズ∞! 

 

 

 安定した作画のクオリティーは言わずもがな。

 当時と変わらないキャスト陣はかつてより声優として円熟している為か、より高くなった演技力でシーン一つ一つを鮮やかに彩っていた。

 カロン様の編集により何故か後期オープニングはカットされていたが、BGMも軒並み良いし、どうせなら前世の僕が死ぬまでにやってほしかったぐらいだった。

 

 それに、先ほど「第37話」とサラッと言ったがこの話数はとっくに旧作「フェアリーセイバーズ」の全話数を超えている。

 

 もしかして好評につき、全50話ぐらいやっちゃう感じなのかな? 僕の世代のアニメが今の子供たちにもウケているとしたら、とても嬉しい話である。

 やっぱりキャラかな? 炎、翼、長太カッコE! 灯ちゃんとメアちゃんかわE!とかそう言う方向でもウケていそうである。

 

 因みに、次の第38話が直近で放送された最新話らしい。

 これは翼の過去回だから他の回とは完全に独立している感じだが、ここまでクオリティーが高いと本編がどうなっているのか激しく気になるところだ。

 もしかして今は、旧作で駆け足だった異世界編をじっくりやっている感じなのかな? だったら面白そうだ。

 

 ……ねーカロン様ー、ここで全話視ていってもいい? 

 

 

『そこまでの時間は無い。流石の汝も、残り30分が限度だろう。それ以上過ぎれば汝は、元の世界に帰れなくなる』

 

 

 あらら、それは残念だ。一話から四話までのんびり視ていたのがマズかったね……時間に限りがあるのなら、重要そうなところだけピックアップしてもらえば良かったわ。

 

 あっ、もしかして僕がこうしている間、カバラちゃんとビナー様はずっと外で待っている感じ? 

 

『そうだ』

 

 あちゃー……なら一旦戻って、事情を説明した後にまた入ろうかね。

 

 それならいいだろう? 

 

『駄目だ。ここにいる私はサフィラより一時的に割り込んだ分体に過ぎない。汝が次に来る頃には、ここにいる私は消滅している』

「そっか……」

 

 ふむ……ということは、貴方の本体は世界樹サフィラにいるってことだね。

 どちらにせよこの島の次はあそこに行く予定だから、丁度良いか。

 

 

 ──よし。それじゃあ次の話を視たら帰ろうか。

 

 

『……わかった。私は汝の要求に従う』

 

 

 シリアスな間を置いた後、カロン様は神妙な顔でテレビのリモコンを操作する。女神様っぽい顔をして、やることが庶民的すぎるわ。

 しかしその表情はまさしく決戦に赴く戦士のようだったので、僕は無粋なツッコミを入れることなく無言で流し、風岡翼の追憶編最終回を見届けることにした。

 

 サブタイトルは……【そして天使は風となった】か。

 

 なんだかこの時点で不穏な予感がする。おっ、始まった始まった。

 

 

 

 …………

 

 

 ……! 

 

 

 ……!? 

 

 

 がんばえー! ラファエルさーん! 

 

 

 …………

 

 

 ……っ

 

 

 ……ああ……ああああ……!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「グスッ……」

 

 全てを見終わった後、僕は泣いていた。

 

 なんてこった……天使ラファエルさんの儚くも美しい最期に、僕の目から涙がこぼれ落ちる。

 フェアリーセイバーズ∞第38話「そして天使は風になった」──この目でしかと見届けたよ。

 そうか……翼にこんな過去があったんだ。

 ラファエルさん……最初から最後まで、いい人だったね。まさしくエンジェルである。

 

 ラファエルさんは風になった。

 

 自らの全生命を捧げて、人間世界を襲った「深淵のクリファ」を封印したのである。

 

 

 

 

 ──そう、アビスだ。

 

 翼が12歳の頃、丁度小学校の卒業式の日にそれは起こった。

 

 翼とラファエルの師弟関係も3年目となり、順調にすくすくと育っていく愛弟子の成長を見て、そろそろ独り立ち──フェアリーバーストに至る日も近いと喜び、ラファエルは目を細めていた。

 前話だとまだショタショタしかった翼少年も、この頃にはちらほら今の面影が見え始めている感じで、あどけなさとカッコ良さを両立させたいい感じの男の子になっていた。

 

 

 ──そんなある日、彼らのいる町に、突如として異世界のゲートが開いたのである。

 

 

 禍々しいゲートから姿を現したのは、迷い込んできた聖獣ではなく……スライム状の不定形存在──アビスだった。

 

 アビスは通りすがりのチンピラを捕食すると、町の人々を無差別に襲い始めた。

 地元のセイバーズも出撃するが、対応が間に合わない。

 最初に出現したアビスを皮切りに、次々とゲートから現れるアビスの群れに町中がパニックとなった。

 

 

 ──そこに駆けつけたのが、我らが天使ラファエルさんである。

 

 

 敵の正体がアビスであることを即座に見抜いた彼女は、人間への擬態を解除し六枚の翼をお披露目して町に降臨した。四枚ではなく六枚である。翼の面倒を見るようになってから、彼女自身も天使として一段階上に進化していた。

 

 もちろん、翼は置いてきた。彼も自衛手段は持っているが、渦中に飛び込むにはまだ未熟すぎるからだ。「オレも行くよ!」と言った彼の申し出をラファエルは断り、再会を約束して単身その場に飛び込んでいったのである。

 

 そして──その町のセイバーズすら手こずるアビスの群れを相手に、たった一人で獅子奮迅の活躍を披露する彼女の姿は圧巻の一言だった。

 

 翼と約束した時は露骨な死亡フラグを立てたように思われたが、「あれ? これは普通に生き残れるんじゃね?」と思うほどに、彼女は大立ち回りを演じていたのだ。

 

 しかし気色が変わったのは、粗方片付いたところで更なる増援がゲートから現れてからのことだった。

 

 

「深淵のクリファ……カイツール!」

 

 

 通常のアビスとは別格の禍々しさを放つその姿を見て、作中のラファエルさんが叫んだ。

 その瞬間、僕は「またお前か!」と驚いた。

 

 カイツールってアレやん……ケセドを不在にした黒幕じゃないか。なんて奴だこんちきしょう。

 

 感情の行き場が無かった僕は、じーっと女神様っぽいカロン様の姿を見つめる。

 カロン様はどこか居心地の悪そうな顔で画面を眺めていた。

 

 そうか……「深淵のクリファ」という存在も、メアちゃんと同じで「フェアリーセイバーズ∞」の新規キャラクターだったんだね。

 

 そうなるとこのアニメは、リブートであっても過去そのものの焼き直しでは無いということか。

 旧作のアニメ視聴者としてはその方が新鮮で面白みがあるが、その世界にリアルで生きている身としては非常にキツい展開だった。

 敵が旧作より圧倒的に強いとなれば、僕のようなチートオリ主を突っ込みたくなるのもわかるというものだ。

 

 ……って言うか、カイツールって次元の裂け目とやらに封印されているんでしょ? それにしては頻繁に出入りしすぎじゃない彼。一体どうなっているんだ!? 説明しろケテル! 

 

 

『アレはカイツールであってカイツールではない。カイツール本体が、自らの存在を切り離した分体だ。サフィラにおける私に当たる』

 

 

 おっ、解説サンクス。

 一番詳しそうで一番やらかしてそうなケテルに聞いてみようと思っていたことを、隣の彼女が親切に教えてくれた。

 言ってみれば、世界樹サフィラは大天使と密接に関係するお母さんみたいなものだからなぁ……情報源としてはアイン・ソフ並に信用できるだろう。

 

『おかあ、さん……?』

 

 なんやそんな鳩が豆鉄砲食らった顔して。

 しかしカイツール……封印された身でありながら、分体を作ってお外に放ってくる存在か。何と言う傍迷惑な奴。

 

 本体は封印されているのだから、ケテルやコクマーなら軽くやっつけられないもんかね? 

 

『倒すことは可能だが、消滅させることは不可能だ。フェアリーバーストに至った異能使いの力でなければ、何度倒されようと生まれ変わるのみ。より強力になって』

 

 ああ、そうか……だから倒すに倒せないということだね。

 厄介だなぁ……アディシェスを見た感じ再生力も高いから、暴れそうになる度に半殺しにして放置することもできないだろうし。生かさず殺さず無力化する為には、封印するのが最適解というわけだ。

 ……無力化できていないけどね、現状。

 

『……すまない』

 

 い、いや、カロン様を責めているわけじゃないよ? 

 僕はオリ主だけど、善人の頑張りに対して上から目線でSEKKYOUするのはパワハラ上司みたいで好かんのである。

 

「しかし、これは……」

 

 カイツールの分体はラファエルさんの姿を模倣すると、本物以上に強大な力を解放していった。

 天使のラファエルさんに対応して、まるで堕天使のような姿である。

 画面ではそんな二人の劇場版さながらの超作画による壮絶な戦闘が繰り広げられ、町一帯巨大ハリケーンに襲われたような光景が広がっていく。

 

 どちらも強い。

 ラファエルさんはサフィラス十大天使に迫る力を披露していたし、カイツールの分体も通常のアビスとは比較にならず、分体とは思えないほどの力を発揮していた。

 

 

 そして──

 

 

 ラファエルさんは全ての力を解放し、カイツールの分体と相打ちになった。

 

 彼女は腹を貫かれながらも必死で組み付き、その身体の半身が光の粉に成り果てようとも風の槍で敵の頭部を刺し貫いたのである。

 

 そしてカイツールの分体と共に消えゆく彼女は、息を切らしながらその場に駆けつけた愛弟子──風岡翼少年に対して優しく呼び掛けたのだった。

 

 

「ツバサ、私は肯定する。たとえ他の誰かが貴方を否定しても、私は貴方を愛している。そんな私のように、貴方もいつか……貴方のことをちゃんと理解してくれる人と、出会える筈。だから私は、貴方の行く末を祝福するわ……いつまでも」

 

 

 無音の演出の中で大粒の涙を流して叫ぶ翼を前に、ラファエルさんは最期まで笑顔だった。

 そんな彼女が言い残していったのは、愛弟子に対する最後の指導だった。

 

 

「だから、私のことは気にしないで。貴方は未来を生きなさい、ツバサ」

「……! 姉さん……っ、姉さああああん!!」

 

 

 泣き叫ぶ彼を見て、ラファエルが嘆息する。

 そして自分の死が彼のトラウマとして刻まれ、一生引き摺ることを恐れたのか……彼女はそんな彼を見て、最後の力で彼の記憶に封印を施したのである。

 

 そうして眠りに落ちた少年の前で、彼女は──心優しき天使ラファエルは風となって、世界から消滅したのである。

 

 

 そして流れていくいい感じの特殊エンディング。

 幼い翼を甲斐甲斐しく指導する彼女の一枚絵を見て、僕の涙腺が崩壊したというわけだ。

 僕は翼本人から聞かされた情報により彼女と死に別れる展開になることはわかっていたし、覚悟もしていた。

 

 しかし、こんな……前回であれほど丁寧に彼女との交流を描いておきながら! 脚本の人には人の心が無いのか……!? 

 

 うう……なんてことだ……なんてことだ……

 

 

「……ラファエル……っ」

『調律者、エイト……』

 

 あっ、背中を擦ってくれてありがとねカロン様。

 昔から、こういうの弱いんだよ僕。

 みっともなくびえんびえん泣いている僕を見て、カロン様は自身も悲しそうな顔を浮かべていた。

 

 ──だけど、僕は戦うよ。戦ってみせるよ。

 

 これで風岡翼のことを、前よりも理解することができた。

 落ち込む彼に対して具体的な解決策は何も浮かんでいないが、これを視る前と後では行動のモチベーションが段違いなのである。

 

 

 そうとも、原作キャラの救済こそがオリ主の使命ならば……お姉ちゃんを失い、悲しみに沈む彼の心を立ち直らせることが、今の僕がやるべきことだ! 

 

 

 ……僕にも、大好きな姉さんがいたからね。

 そう言う意味でも彼には少しでも寄り添ってあげたい思いもあった。

 

 僕のオリ主力をたっぷりと味わわせてやる! 覚悟しておけよ、翼ァ!

 



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原作主人公の背中を押すのはオリ主の使命

 光が消えていく。

 

 それは、T.P.エイト・オリーシュアがカバラの叡智に触れて一時間が経過した時のことだった。

 これほどの時間を持ちこたえられるとは、まさしく桁違いの器である。彼女は一体、どれほどの叡智を引き出したのかとビナーは驚嘆する。

 

 だが、それ以上に驚いたのが、事が終わった際に見えたエイトの顔である。

 

 彼女は泣いていた。

 悲しみの涙を流し、嗚咽を漏らしていたのだ。

 それを見てビナーのもとで待っていたカバラちゃんが慌てたように駆け出すと、肩に飛び乗って彼女の涙を舌で拭った。

 エイトはカバラちゃんの頭をそっと撫でて微笑む。大丈夫、大丈夫と言い聞かせ……誰にも心配を掛けさせまいとする、気丈な笑みを浮かべていた。

 

『どうやら……真実を知ったみたいだね』

 

 彼女が泣くほどの真実──すなわち、彼女は見たのだろう。

 風岡翼の過去を。

 天使ラファエルの最期を。

 エイトは小さく首肯し、カバラちゃんを抱き抱えると立ち上がってビナーと向かい合った。

 

「この目で見せてもらったよ。ボクが一番知りたかった真実を……共に、乗り越えなければならない過去を」

 

 カバラの叡智は触れた者によって、与えられる叡智が異なる。

 翼の過去を心から知りたいと願った彼女は、その真実にたどり着いたようだ。

 彼にとってはあまりに残酷すぎる、真実に。

 

『……忘れたままにしてあげた方が、良かったのかな……』

 

 今しがたエイトが流した涙と、かつて翼がここで浮かべた絶望の表情を思い出し、ビナーが呟く。

 翼がフェアリーバーストを発動するに当たって、己の失った過去を取り戻すことは必要不可欠だった。

 しかし、今あのように苦しんでいる彼の姿を見ると、その判断が間違っていたのではないかと感じていた。

 

「カバラの叡智は無限の知識を与えてくれる」

 

 そんなビナーに、エイトが言った。

 

「ツバサも世界樹の根に祈って、封じられた記憶を取り戻したのだろう? と言うことは、彼は記憶を封じられながらも心のどこかではずっと求めていたんだ。優しいお姉さんとの思い出を」

 

 ……そうだ。

 翼もこのカバラの叡智に触れた。その結果、彼が心の奥底で何よりも欲していた情報──ラファエルとの出会いと別れを思い出させた。それは彼をフェアリーバーストに至らせるビナーの目論見通りであったが、他でもない風岡翼自身の望みでもあったのだ。

 

「大丈夫だよ、ビナー。彼は必ず乗り越える……ボクの知るカザオカ・ツバサなら、必ずね」

 

 その顔に不安と罪悪感を浮かべたビナーに向かって、エイトが澄んだ瞳で言い放った。

 迷いの無いその言葉に、ビナーがたじろぐ。

 どこまでも彼のことを信じ切っているその目は、まるで生前のラファエルを見ているようだった。

 

「たとえ一人では乗り越えられなくても、彼には彼を信じる仲間がいる。そして……ボクがいる。ボクがいる限り、どんなお悩みも解決さ。嫌いなんだ、バッドエンドは」

 

 すれ違うように歩き出し、彼女がビナーの肩にポンと手を添える。

 自信満々な物言いは、こちらまで安心を感じるほど頼もしく聞こえた。

 やはり、彼女なら救うことができる。そう思えるほどに。

 ビナーはエイトの迷い無き瞳に、確かな希望を見つけた。

 

『ダァト……』

「ふ……」

 

 真実の名を呼ぶと、彼女は困ったように小さく笑う。

 T.P.エイト・オリーシュアはこれまで自分がダァトであることを、一度として肯定していない。

 しかし、明確に否定することもしなかった。まるで「ダァト」という名前は人物のことを指すのではなく──その行動によって示されるものであると、語っているかのように。

 人間の世界には、「男は黙って背中で語る」という言葉がある。本当に強い男は言葉では無く、行動を以って寡黙に示すという意味だ。彼女は男ではないが、彼女の背中にはまさにその言葉が当てはまっているように思えた。

 

『敵わないな……』

 

 ケテルが愛していた原初の大天使、ダァト。

 音に聞こえた彼女に少しでも近づければ、ケテルも自分を認めてくれるのではないかと思った。

 でも、駄目だった。

 その考えは間違っていたのだ。

 「本物」を見て、ビナーは理解した。何故、あの時ケテルが激昂し、この片翼を消し去ったのか。

 ケテルが怒るのも当然である。見た目が似ているだけで、「本物」に近づける筈もない。

 本物のダァトはこれほどまで気高く、麗しく、誇り高い存在なのだから。

 

「行ってくる」

 

 そして、T.P.エイト・オリーシュアはカバラの遺跡から飛び去っていった。

 テレポーテーションを使い、再び向かったのだろう。風岡翼の居場所へ。

 ビナーはその頼もしき背中に、賭けてみたいと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 やべぇ……ダァトのこと訊くの忘れてた……

 

 

 

 し、仕方なかったんや……!

 いきなり前世の地球に放り込まれたと思ったら、マイフレンドたちや姉さんと再会して、夢にまで見た姪っ子の姿も見てヘブン状態である。

 それから女神様っぽい人ことカロン様と会って、まさかの「フェアリーセイバーズ」のリブートを知り、アニメ「フェアリーセイバーズ∞」を見せてもらった。そして感動の風岡翼追憶編を見終えたとなれば、もう頭の中は何も考えられないに決まっているでしょ!?

 なんもかんも、あそこで受けた衝撃の数々が濃厚すぎたのが悪い。

 そりゃあそれらの情報と比べたら、僕の身体の正体なんて優先順位は低いよ。だからカロン様に訊くのをうっかり忘れてしまっても仕方がない。仕方がなかったんや! だから僕は悪くないっ。

 

 ……誰? 今メガトンコインとか言った奴。

 

 

 ま、まあ大丈夫。

 

 僕の身体の正体は訊きそびれたが、その代わりと言っちゃなんだがカロン様の正体を知ることができた。

 彼女の正体は「世界樹サフィラ」の管制人格的な存在。その本体は世界樹にある。と言うことは、世界樹に行けば彼女ともまた会うことができるのだ。

 その時にでも訊ねれば、「ダァト」についてははっきりするだろう。ビナー様もあまり詮索しないようにしてくれているみたいだしね。RPGで言えば、所詮はサブクエストよ。

 僕はゲームをする時はメインクエストを粗方片付け終えた後、サブクエストをじっくり攻略していくタイプのプレイヤーなのである! 推奨レベルを大きく上回った状態でやってみると、俺TUEEE感があって楽しいからね。

 

 よって、この状況におけるメインクエスト──今僕が一番優先するべきことは風岡翼のお悩み解決だ。

 

 そう言う意味ではカロン様との対面で得た知識は、これ以上無く役に立つものだった。

 彼を慰めるにせよ、発破を掛けるにせよ……彼の過去を理解しておかなければどうすることも難しいからだ。

 僕もまだ、具体的にどうするかはまだ決めていない。もう一度話した後、彼の反応を見て臨機応変に対応しようとは考えていたが。

 

 

 そう言うわけで、再びやって来ましたオアシスの地。

 

 

 結構長い時間向こうにいた気がするが、こちらではそれほど時間が経っていないのだろう。まだ日は高く、空は明るかった。

 さて、翼はどこかな? 気配はこの辺りに感じるから、まだ近くにいる筈……ん?

 

 

「うあああああっっ!」

 

 ……暁月炎と風岡翼が、二人で取っ組み合いながら坂道をゴロゴロ転がっていた。何やってんのお前ら。

 

 

「しつこいんだよ! もう構うな!」

「……っ」

 

 あ、炎君ぶん投げられた。

 

 美しい背負い投げで、そのままオアシスの泉にドボンッ!である。うーん、いい投げっぷりだ。

 ぷんすかと苛立たしげに吐き捨てた後、翼はこちらを一瞥して一瞬だけ目を見開いたかと思えば、風を纏ってこの場から飛び去っていった。あらら、逃げちゃったよ。残念。

 

 ……これは、炎がやっちゃった感じかな。バッドコミュニケーションって奴を。

 

 しかし話し合いの結果翼の怒りを買ってしまったのなら、まだ何とかなる。何事も、無関心が一番駄目だからね。怒っているうちには説得の芽はあるものだ。

 特に暁月炎は新アニメ「フェアリーセイバーズ∞」でも旧作と変わらず主人公を務めている男だ。僕がカバラの叡智に触れている間二人に何があったのかは知らないが、何かしらの進展はあったと思いたい。

 

 

「……翼……お前は……」

「大丈夫?」

「……エイトか」

「カバラちゃんもいるよ」

「キュー」

 

 泉の浅瀬から顔を出した炎に向かって、僕とカバラちゃんが呼びかける。

 あっ、やっぱ凄い綺麗だねこの泉。中が透け透けである。

 空気を読めなくて申し訳ないが、泉の水に肩まで浸かっている彼の姿を見て、僕はとても気持ち良さそうだと思った。

 本当はアイテムボックスに持ち込んできた水着を着て泳ぎたかったところだが、遊泳禁止かもしれないからやめておこう。

 

 僕は謙虚なので、ブーツを脱いで素足で浅瀬に浸かるだけに留めておく。

 

 ふー……冷たくて気持ちいいね。海とか川とか、ほとんど行ったことなかったからなぁ。エイトちゃんはクールなオリ主なので無邪気に走り回るようなことはしないが、水遊びには興味があった。おっと、水しぶきがスカートに掛からないようにしなきゃ。

 

「他のみんなはどうしたんだい?」

「……近くの町、「ヘット」に戻った。俺はここにアイツがいることを知って、追いかけてきたが……上手くいかなかった」

「そっか」

 

 スカートの裾を膝まで上げながら、パシャパシャと水を蹴って冷たい感触を足で楽しむ。

 そうしていると泉から上がってきた炎が陸地に腰を下ろすと、自身の指に着火した焔で自らの身体を服諸共乾かし始めた。うーん、便利!

 

「ボクも前に世話になったけど、便利だよねキミの力。雨の中でもすぐに乾かすことができるだろう?」

「……ああ」

 

 長太が暴走した時のことを思い出して今一度その力を讃えてみるが、炎から返ってきたのは薄い反応だった。

 テンション低いなぁ! 取っ組み合って泉にぶん投げられたぐらいだから、翼を説得しようとして盛大に失敗したのはわかるけども。くよくよしても始まらないよー?

 マッチのように人差し指に灯らせた焔で自らの身体を乾かしながら、炎は意気消沈した顔で泉を眺めていた。黄昏れる男の子って感じである。青春の1ページ感があっていいよね……話がここまで重くなければ。

 

 そう、重いのだ。

 

 炎もおそらく、説得に踏み込んだ結果、翼から返ってきた予想以上にヘビーな事情を受けて困惑しているのだろう。わかるよその気持ち。

 だけど、君は主人公だ。僕もオリ主だけど、そこで挫けているわけにはいくまい。

 

 

「やまない雨は無いよ、エン」

「……?」

 

 

 僕が浅瀬の上を踊るように歩き回っていると、カバラちゃんも水面に興味を持ったのか、下に降りて泉の上をぷかぷかと泳ぎ始めた。温泉の時も思ったけど、泳ぐの上手いね君……三十分間回泳ぐらいなら軽々達成しそうな雰囲気がある。僕はできなかったけど。小学生の頃、水泳の授業は楽しそうだったが、碌に参加できなかったのが心残りである。

 そういう意味ではこうしてまともに水と戯れることができるのは、僕にとって得難い体験だった。

 もうね、思わず笑みが浮かんじゃうよね。

 

「……! おいっ」

 

 あっ、やべっ、はしゃぎすぎて深いところまで落ちちゃった。

 

 だ、大丈夫だし……今のは滑って転んだんじゃなくて、わざと飛び込んだだけだし。スイミングエイトちゃんである。

 足どころか全身まで泉の水に浸かってしまった僕は、開き直って泉の中の景色を楽しんだ後、浅瀬に出てぷふぁーっと深呼吸するなり炎のもとへと歩いていった。

 

 水の中も、やっぱり綺麗だったよー。

 んー? なんだよその目……ああ……ごめんね。

 

 彼のもとに向かった際、目のやり場に困っている炎の様子に気づかないほど、僕は鈍感ではなかった。

 うわっ……長太が暴走した時より酷いことになってるね僕。

 これは良くない。衣装の構造上透けてはいないけど、衣装に水が染みこんでピッチピチである。ピュアな男の子なら反射的に目を背けてしまう光景だろう。

 

 と言うわけで……

 

 

「乾かして」

「あ、ああ……」

 

 

 にこりと笑って頼み込む。いやあ、君も濡れているのに余計な仕事を増やして悪いね。

 それも全て、この泉が綺麗すぎるのが悪いのだ。澄み切った川とか海に目が入ってしまうあまり、思わず中に飛び込んでしまう子供っているよね。僕は子供じゃないが。

 

 ああー……炎君の焔、温かいのう。まるで真冬に点けた家のストーブのようである。冬場のシーズンは一家に一台、暁月炎をよろしくと言いたい感じだ。

 

「よいしょっと……」

「ん……?」

 

 おもむろに彼の隣へと腰を下ろすと、僕は体育座りの姿勢で泉の景色を眺めた。

 うむ、美しいね。あと、水面をスィーッと背泳ぎで横切ってくるカバラちゃんの姿がちょっと面白かった。

 それに、こうして炎の近くに座ると彼の焔がより温かくて気持ちいい。

 ふふっと笑みを溢しながら、僕は賞賛した。

 

「キミの焔は、温かいね」

「……そういう異能だからな」

 

 おいおい、使う異能に対して対応がクールすぎるだろ。

 そういう意味で言ったんじゃないんだけどなー……思えば彼は、僕の知る「フェアリーセイバーズ後期の暁月炎」とはまた少し違う性格になっているのかもしれない。具体的にどう違うかと言われると、パッと浮かんではこないが。

 

 ……よし、ここはオリ主である僕が君のことを客観的に評価してあげよう。

 

 

「異能の性質は、心の在り方で変わるものだよ、エン」

「心の……?」

「キミの焔は敵を焼き尽くす為だけの力ではない。誰も傷つけることなく、優しく温めてあげることができる……こんな風にね」

「っ、おい」

「大丈夫」

 

 そう言いながら、僕はこの両手で包み込むように彼の右手に触れた。

 まだ指先から真っ赤な焔が灯っている、その右手にだ。

 そんなことをすれば僕の手が燃えてしまうと炎は焦るが、心配することはない。

 フェアリーバーストにまで至った彼の異能だ。異能の力は、己の意思で自在にコントロールできる筈。

 それを証明するように、彼の指先に灯った焔は僕の手に火傷一つ与えることなく、今も優しく僕たちの身体を温め続けていた。

 

 

「ほらね?」

 

 

 ドヤ顔で微笑みながら、僕は言い聞かせた。

 キミの焔が温かいのはそういう異能だからではなく、キミ自身がそういう心の持ち主だからだと。

 

「キミは温かくて、優しい子なんだ」

「…………」

 

 本質的に、彼は誰かを傷つけることよりも誰かを守ることの方が向いている人間でもある。

 こちとら何年ファンをやっていると思っているのだ。暁月炎の力なら、リブート作だろうとお見通しである。

 

 

「あんた……これを伝える為にわざわざ飛び込んだのか?」

 

 

 ?

 

 あ、ああ、そう! もちろんだよ! 勢い余って泉の深いところまで落ちてしまうなんて、そんな子供みたいなことクールなお姉さんがするわけないじゃないかー! ははっ……

 

 ……そういうことになった。

 

 はい。

 そういうことになったが、まんまと的中させられるのもミステリアスオリ主的に微妙な気分だったので、いつものようにはぐらかしておくことにした。

 

 

「さてね……もしかしたらこうして、キミに甘えてみたかっただけかもしれないよ?」

「……あまり、揶揄うな。俺にそんな真似はできない」

「そうかな? キミはところどころ不器用だけど、包容力がある人だと思うよ」

 

 

 包容力が無かったら、あんなに気立ての良い恋人なんてできないよね。灯ちゃんもしっかり者に見えて、甘えたい時にはしっかり甘えるタイプの子なのだ。まさにベストカップル!

 そんな意図を込めて言ってやったが、炎はピンと来ない様子だった。むー……自分のことだからなぁ、そういうものなのか。

 

 ただ、僕としてはそういう隠れた包容力を、仲間たちに活かしてもらいたいと思っているわけで。

 

 

「今のツバサは雨の中、びしょ濡れの身体で彷徨う子犬みたいなものさ。キミの焔ならきっと、温めてあげることができる」

「……俺の焔で、か……」

「それは、キミにしかできないことなんだよ」

「俺にしか、できないこと……」

 

 

 オリ主にもできることだとは思うが、空気を読んで言わないことにする。

 今は彼のモチベーションを上げる一言が重要なのだよ。ほら、頑張れ頑張れー。

 彼の手を両手でぎゅっと握りながら、粋な一言を告げてやる。

 

 

「リーダーなんだろう? 仲間が落ち込んでいるなら、励ましてあげなきゃ」

「ああ……そうだ。その通りだ……!」

 

 

 おっ、目に力が戻り始めたね。

 ナーバスになった原作主人公の尻を、叩いて元気づける。これもまたオリ主の役目である。

 立ち直ったところで、翼のところへ行こうか。

 なに、オリ主と原作主人公が揃えば、彷徨える子犬ぐらいお茶の子さいさいよ。

 服も乾いたし髪も乾いた。カバラちゃんも泉から上がって準備万端である。

 

 ようし、ヘットの町を千里眼千里眼っと……おや?

 

 

 ……なんかあの町、いかにも禍々しい真っ黒の霧に覆われているんですけど……なんだいアレは。

 

 

 押し寄せる知らないイベントの数々に戦々恐々なエイトちゃんだが、もはや僕に動揺は無い。

 この世界の原作が「フェアリーセイバーズ」ではなく、「フェアリーセイバーズ∞」という知らないアニメなのだから、イレギュラーが起こって当然なのである。

 寧ろ、真実を知ったことでやりやすくなったよ。

 僕の信仰する女神様っぽいカロン様がオリジナル要素を手当たり次第ねじ込む上級者ではなく、原作沿いSSを好む手堅い作者である可能性が高まったからだ。

 

 まったく、チートオリ主は最高だぜ!

 

 僕はブーツを履きながらニヒルな笑みを浮かべ、見果てぬ先まで続くオリ主ライフに思いを馳せた。

 僕のオリ主はこれからだ!





【挿絵表示】


ヨロニモ殿からファンアートを頂きました!
あまりにもイメージ通りで完璧すぎたので、本作の表紙にも設定しました!
何が完璧かと言うとデザインはもちろん、ほどよくめくれ上がったロングスカートから見える腿のラインがね……これは完璧なチートオリ主です。本当にありがとうございます! ヨロニモ殿の叡智に感謝


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ここは任せて先に行け!

 事件的なイベントの発生である。

 ウエスタン風の町ヘットを中心に、半径5㎞ぐらいの区域がくっきり円を描くように霧のドームに覆われていた。

 それは、明らかに自然発生したものではなかった。

 

「ふむ、相当な硬さだね。これはバリアーか……それとも牢獄かな?」

 

 オアシスの地から異変に気づいた僕と炎はすぐさまその場所へ急行するものの、闇の霧は僕たちの来訪を拒んだ。

 気体に見えた真っ黒の霧は、踏み入ることを許さぬ障壁になっていたのである。

 軽く手の甲でノックをしてみると、コンコンッと小気味の良い音が返ってきた。中々に強力なバリアーである。

 千里眼やサーチを使ってみる。中の様子は真っ黒で何も見えない。むむ?

 テレポーテーションを使ってみる。飛ぶ先の場所がどうなっているのかわからないので、発動すらできない。むむ……

 殴る、蹴る。殴る、蹴る。オラァ! ……駄目だ。硬すぎて一発や二発ではどうにもならない。むぅ……

 

「怒っているのか……」

「怒ってないよ? 試してみただけさ」

 

 キレてないっすよ? 僕をキレさせたら大したもんですよ。

 僕はただ、たかがよくわからん霧に能力を二つも無効化されたのが軽くイラッと来ただけさ。だから炎、そんな引きつった目で僕を見ないでくれ。

 

 うーん……しかしこの硬さ、尋常じゃないぞ。

 この中から強烈なアビスの気配を感じるし、この霧自体にもアビスの力を感じる。アディシェスに続いて、今回も来たのかもしれない。

 

「深淵のクリファの仕業かな……これも」

「何だと……?」

 

 チートオリ主である僕の能力を二つも弾く防壁なんて、クリファぐらいじゃなきゃあり得ないっしょ。

 大天使の力にしては、どう見ても見た目が禍々しすぎるしね。これを見たカバラちゃんが、体毛を逆立てるほど不機嫌になっているのもその証拠だ。

 深淵のクリファかどうかはわからないが、それと同じくらい強大なアビスが関わっているのは間違いなさそうである。

 

「町の人たちはどうなっているんだ……」

「心配だね。だけど焦ってはいけないよ、エン。中にはツバサもいるし、他のみんなだっている」

「ああ、だがこれでは……」

「わかってる。ボクたちで、これをどうにかしよう」

 

 霧の中からはアビスの気配以外にも翼や長太、メアちゃんやザフキエルさんの気配も感じる。あの子たちがいるのなら、すぐにどうこうなる心配は無いだろう。

 しかし、だからと言ってボクたちがここで手をこまねいているわけにはいかない。

 

 だってオリ主の見せ場が無くなるじゃん。

 

 もちろん、炎の見せ場もだ。

 翼にスポットライトが当たっている現状、彼もここいらでガツンと活躍しておかないと「主人公(笑)」などと散々な謂れを受けることになってしまう。

 いつの世も、読者の目は主人公に厳しいのである。弱いオタクが増えた昨今、主人公のちょっとしたクソムーブが即炎上案件に繋がってしまうから大変だ。

 あと、僕自身が炎のこと好きなので、ジャンジャン活躍してほしいと思っている。だからね……

 

 

 ──ついてこれるか?

 

 

「当然だ」

 

 ならば良し!

 いや、駄目でも無理矢理連れていくんだけどね。ともあれ、一度拒絶されただけでいつまでもへこたれている彼でなくて何よりである。

 さて、それじゃあいっちょやってみっかね。

 

「来たれ、我が半身」

 

 ……と言いながら、毎度お馴染み怪盗ノートを召喚する。チートオリ主的な意味では本当に半身なので、この呼び方は実際正しいのだ。

 久しぶりの実力行使である。心なしか僕のノートもいつもより嬉しそうに輝いている気がする……なんてね。

 右手に怪盗ノートを携えた僕は、更に「闇の呪縛」、「念動力」、ケセドパワーを重ねがけして発動する。あっ、そう言えばケセド君の端末慈悲の不死鳥(マーシフル・フェニックス)も霧の中にいるんだったわ。使えるかなこれ……うん、使えるね。良かった。

 

 そうするといつも通り、僕の背中に黒と白の十枚の羽が展開した。

 

 その際、羽とかさばるのでマントだけはアイテムボックスの中へこっそり回収しておくのは忘れない。

 羽を出す必要性であるが……この方がより力を発揮できるのである。

 もちろんカッコいいからというのが一番の理由だが、もはや羽の生えた姿はエイトちゃんのファイターモードと言って良かった。

 そうだね……ここは女神様っぽい人にあやかって──

 

 

「怪盗T.P.エイト・オリーシュア様の、「カロンフォーム」ってとこかな」

 

 

 シルクハットを目深に締め直し、芝居がかった口調で言い放つ。

 そう、今からこの姿の名前は「カロンフォーム」だ。いいでしょこのネーミング! スタイリッシュだし、カロン様への忠義も示せて一石二鳥である。彼女の喜んでいる姿が見えるよこれは。

 

「カロンフォーム……前の島で見た時も思ったが、メアよりも派手だな」

「知らなかったのかい? 大胆不敵な怪盗は、派手なことが好きなんだよ」

「そうか……大仰そうな名前を付けたのもそういうことか?」

「それもある。ま、名前を付けた方がより力が洗練されるのは確かだからね。キミたちだって、必殺技にはカッコいい名前を付けているだろう?」

「確かに」

 

 うむ、ロマンのわかる男の子で助かる。

 そう、異能の性質的にも名前を付けておいた方が発動の際に必要なイメージを固めやすいので、実用的にもやっておいて損は無いのだ。

 

 ──さあ、それはさておきこの闇の霧である。

 

 ヘットというウエスタン風の町を閉じ込め、翼を始めとするセイバーズの仲間たちを封じ込めたこの霧の牢獄。壊さなければ先には進めないと来た。

 厄介な障害である。しかし、ここにオリ主がいたのが運の尽きだ。

 

 十枚の羽でふわりと浮かび上がり、僕は左手を前にかざして「力」を使った。

 

 

「浄化!」

 

 

 何か、見るからに不浄な感じだし、今回も「浄化」の異能でいけるだろうという判断である。

 この異能はメアちゃんから盗んだケセドパワーとは特に相性が良いようで、神秘的なまばゆい光がパァーっと広がって闇を中和していった。

 ふはは、闇の霧など、オリ主の力で振り払ってやろう。姪っ子から力を貰った今の僕は、誰にも止められんぞー!

 

 

 

 

 ……あっ、ごめんちょっと無理だわこれ。

 

 

 僕の浄化は確かに目の前の霧を吹き飛ばした。

 しかし霧の再生力はこちらの予想を大きく上回り、ちょっと力を抜くと欠損した部位を他の部分が補うように塞いできた。

 間違いなく効果はあるのだが、全てを消し去るには少なく見積もっても一時間以上は掛かりそうだった。

 これは……アディシェスの毒並のしつこさである。マジで深淵のクリファかもしれないね。

 

 となると、中の戦力だけでは少々心許ないかもしれない。この中にアディシェス級の敵がいたとしたら、長太と翼、ザフキエルさんだけでどこまでやれるか……メアちゃんもいるが、あの子にはまだ僕が盗んだ力が戻ってきていないし、戦力として当てにはできないだろう。マーシフルケセド君は言わずもがな。

 

 ──と、言うわけで。

 

「エン!」

「?」

 

 来たぜ、これは……僕が「一生に一度は言ってみたかったセリフシリーズ」第2位のセリフを叫ぶチャンスが!

 

 僕はフェアリーバースト状態になって霧に攻撃を仕掛けようとしている炎に呼び掛けると、高らかに言い放った。

 

 

「霧はボクが払う。だけど、全てを払うには時間が掛かりすぎる。だから……キミは先に行け! ここは任せて先に行け!」

「……!?」

 

 

 ここは任せて先に行け──男の子なら、一度は言ってみたいよねこのセリフ。僕はTSオリ主だけど。

 創作では幾度となく使い古されてきたセリフだが、それ故に風情があって実にイイ。テンプレートを愛する僕にピッタリのセリフだ。

 そんな言葉を受けては、主人公たる暁月炎が燃えぬ筈もない。

 僕が彼を快く送り出すようにドヤ顔で頷いてあげると、彼はその瞳に熱い責任感を宿し、頷きを返した。

 

 そして僕は、再び「浄化」の異能を使う。

 

 今度はフルパワーだ。彼が通る道を全力で切り開く!

 

 

「いっけえええ!」

 

 

 クールなオリ主である僕は普段あまり叫ばないが、ここぞという時には熱い一面を見せるのもいいだろう。

 そういうあざといキャラは、今でもなんだかんだで大人気なのである。原作主人公の彼がそうであるように……あれ? もしかして僕、炎とキャラ被った……?

 いや、ないか。僕は美少女なので色男である彼とは最初から被りようが無いのである。

 

 

「ありがとう! 行かせてもらうっ!」

 

 

 おうよ、早く行っちゃえ行っちゃえ。

 僕のアイコンタクトを受け取った炎は、開けた道を一気に突き進んでいった。紅蓮の翼の羽ばたきにより散っていった火の粉だけがその場に残り、僕は彼の勇ましい背中を慈愛の眼差しで見送ってあげた。

 

 

「ツバサや町の人たちのこと、頼んだよ……」

 

 

 あっ、だけど僕の見せ場はちゃんと残しておいてよね!

 

 できれば彼らが苦戦しているところに颯爽と駆けつけ、遅れてやって来たヒーローエイトちゃん的な活躍をしてみたい。

 僕を差し置いて彼を先に行かせたのは、「一度言ってみたかったシリーズ」第2位を言ってみたかったというのもあるが、そういったオリ主的な打算も含まれていたのだ。ランキングは気分によって変動制。因みに今の第1位は「地球ごと消えて無くなれぇー!!」である。前世では文化祭の演劇で言えたので大変満足である。今生では流石に言うことは無いだろうが、思いっきり叫んでみたら滅茶苦茶気持ちいいだろうなぁと思っている。

 いや、地球さんのことは大好きだけどね?

 

 

 ──さて、気を取り直してここからは真面目な話だ。僕はいつも真面目だけど。

 

 

 実はこの霧、サーチした時にわかったが、これ自体にも嫌な感じの毒が含まれている。

 アディシェスの腐蝕毒ほど即効性は高くないが、毒を喰らっていることに気づかせず、じわじわと嬲っていくタイプの性質の悪い毒である。

 もちろん、そんなもので作られた霧の中に長時間閉じ込められてしまえば、中の人たちの命は無いだろう。

 直ちに問題は無いが、数時間もすれば症状に表れる筈だ。

 

 そしてこの手の毒の厄介なところは、気づくのがどうしても遅れてしまうことだ。「サーチ」の異能を持つ僕は一発で気づいたが、症状が出る頃には手遅れになってしまう危険がある。

 

 強固な牢獄と潜伏系の毒を併せ持ったこの闇の霧──放置すれば町の聖獣さんたちは全滅だし、セイバーズの皆さんも危ない。

 

 ん、なんでそのことを炎に伝えておかなかったのかって?

 

 必要無いからだよ。だってこんな霧、僕が取っ払うし。

 

 完璧なチートオリ主というのはね……原作キャラが気持ち良く戦える状況を作ってあげるのも、求められる大事な役目なのである。

 実力では勝っているのに、汚い罠で劣勢に陥るというもどかしい展開……覆したいじゃない? オリ主ならさ。

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ∞」ではどうなっているのかは知らないが、このような回りくどい霧を作ったような敵だ。よほど性格が悪いに違いない。そんな性格の悪い悪役を真っ向からねじ伏せてスッキリ討伐するのが、チートオリ主物SSの楽しみなのだよ!

 

 

「みんなに毒が回る前に、こんなものは片付けないとね」

 

 

 ちくしょう! こんなものを作るから、全部取っ払わないと僕が介入できないじゃないか!

 ああもう、毒を浄化できる人が他にいればなー! 贅沢言わないけど、僕と同じぐらいの浄化能力を持つ人が一人ぐらい他にいれば、一時間以内に全ての毒を浄化できるのになぁー!

 

 なーんてね。

 

 ふふふ……こういう皮肉屋っぽい悪態も、中々オリ主らしいだろう?

 これもまた、自分にしかできない仕事という意味では何ともオンリーワンでやり甲斐のあるムーブではある。

 地味だが。

 やることは単純な作業であり、空の上からひたすら光を撒き散らして浄化するだけなので、今ひとつ面白みが無いが。

 それでも、僕がやらないと炎たちが詰んでしまうのでやるしかないのである。

 まったくもう、メアちゃんの身体にアディシェスが潜んでいたことと言い、「フェアリーセイバーズ∞」の脚本の人は、ちょっと性格が悪いのではないかと思う。

 この世界には僕がいるからいいけどさ、原作ではどうしたんだろうねこの霧? こんなもの、なんとかできる人いるの?

 

 

『手を貸すよ、ダァト』

 

 

 ……いたわ。サンキュービナー様!

 

 

「これは心強い……カバラちゃんが呼んでくれたのかい?」

「キュッ!」

 

 そう言えば、カバラちゃんの目を通して僕たちの様子を見ていたんだったこのお方。

 やっぱ味方にすると頼りになるぜ……サフィラス十大天使!

 あっ、だけど良かったのかな? 僕は今の彼女の顔を見て、何か心境の変化でもあったのかと疑問を浮かべた。

 

 

「いいのかい? この青空の下で、その素顔を晒してしまって」

『……いいんだ。どう頑張っても、本物にはなれない。気づいたから……私は、私だって」

「そっか」

 

 

 今ビナー様はその頭のティアラからベールを下ろしていない。

 僕とそっくりなご尊顔を青空の下、堂々と晒していた。

 話を聞くに彼女は誰かに擬態してばっかりで、滅多に素顔を明かしたことがないようだが……それをやめたということだろうか?

 

 彼女が顔を隠すようになったのはケテルからの言いつけだと聞いたが、あえて無視するということか。なんという──いい判断だ!

 

 

「良かった! ボクはキミの素顔が好きだから、とても嬉しいよ」

『そ、そうかい? ……へへっ』

 

 

 かわいい。

 

 そりゃ僕と同じ顔なのだから当然だが、青空補正も相まって笑ったビナー様の顔はとても麗しかった。

 アニメでも大人気なんだろうなぁこの人。その活躍を二次元で見られなかったのは、とても残念だ。

 

 

 ──だがそれ以上に、僕はリアルで君たちと触れ合えるこの世界が楽しい!

 

 

 僕とビナー様の力が合わさった聖なる浄化のシャワーが、ヘットの周辺区域を覆う闇の霧を照らしていく。

 

 コクマーと同格の力を持つサフィラスという前評判に違わず、彼女の力は凄まじいものだった。

 僕だけでは一時間以上掛かると思っていた全ての霧の浄化も──彼女の協力により、僅か三十分程度で終息することとなった。

 

 あまりにも早すぎて、途中から「あっこれあまり美味しくない展開で炎たちと合流しちゃう奴やん」と思ったほどである。まあ、人の命が掛かっているので浄化の手は休めなかったけどね。

 

 

 しかしこのムーブ、ヘットの住人たちからはどう見えていたかな? 箇条書きしてみよう。

 

 

 突如として町を覆う闇の霧!

 空は見えず、目に見えぬ毒とアビスによって町の人々は為す術も無く襲われていく!

 外からの救援は見込めず、頼りにできるのは筆頭天使と人間の戦士たちのみ!

 

 

 ──そんな時、まばゆい光と共に闇を振り払い、空から舞い降りる二人の美少女! ふたりはオリシュア!

 

 

 

 勝ったな! 炎たちのところへいい感じに駆けつけるタイミングは逃したかもしれないが、これはこれで最高にカッコいいオリ主ムーブである。

 

 おっ、早速町から僕たちのことを仰ぎ見る住人たちの姿を発見! さあさあ笑顔で褒め称えよ! そこのけそこのけビナー様とオリ主のお通りだー!

 

 

 

 ……いや、なんでそんな、大の大人までわんわん泣いてるのよみんな……怖いよ……

 

 

 

 

 



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王の財宝ください

 それは虹の時代……かつて標準装備だったもの。


 知っていると思うが僕たちの容姿はとても美しい。

 そんな美しい女の子たちが殺伐とした町の危機に、神々しい光を撒き散らしながら降臨したのだ。視覚的に考えて、感動的なのは当たり前である。歓迎の反応は望むところだった。

 

 だけど天使さんがた──それも、筆頭天使さんまで泣き出すとはね……

 

 ザフキエルさんは僕たちを見上げて、特にビナー様を見て感極まったように男泣きしていた。片膝を突いて懺悔するように、彼女の姿を拝み倒している。

 そんな彼の姿を見て、ビナー様が困ったような顔で苦笑いしていた。どこかお姉ちゃんみを感じるその表情からは、彼女の複雑そうな感情が読み取れる。

 

『ザフキエル、この私に仕える一番の天使よ。何を泣いている?』

『はっ……申し訳ありませんビナー様……しかし私はっ! あの日以来、貴方が再び仮面を外したことが嬉しくて堪らぬのです……!』

『……そうか。苦労を掛けたな、ザフキエル。ここまで、よく私を見限らなかった。理解のサフィラスの名のもとに、汝を祝福しよう』

『有り難きお言葉……!』

 

 なるほど、忠臣としての感慨かー。

 随分と長い間顔を隠し続けていたみたいだからね、ビナー様。泣いている人たちは皆、その事情を知っている聖獣さんたちということか。逆に泣いていない聖獣さんたちは、彼女の顔を見て戸惑っている様子だった。

 

『あれが、ビナー様の素顔……?』

『なんとお美しい……』

『俺、この島に生まれて良かった……』

『一生お仕えします』

 

 何人か、自分の気持ちを正直に呟いている紳士聖獣さんがいた。

 わかるよその気持ち……自分の住む島の最高権力者がこんな美人さんなら、誰だってテンションが上がる。僕だって上がる。

 そして、彼らが彼女の素顔を美しいと受け止めるということは、彼女とそっくりな僕の容姿も遠回しに絶賛されているということでもある。

 ふふん、照れるなぁ。

 出会った時はキャラが被りすぎていると心配したけど、案外いいものだね……セット商法という奴も!

 

 ただ、そんなビナー様の素顔と僕の姿を見合わせて、戸惑う人たちが多いこともまた確かだった。

 

 上空から町を見下ろしている僕の姿に気づいた彼らの一部は、なんだか僕にも崇拝の眼差しを送ってきた。いや、そういうのはいいから。やめて。やーめーてっ。

 

『ビナー様と瓜二つなあの方は……』

『ケテル様と同じ、十枚の羽……?』

『あの方は……まさか……!』

 

 はい、はい! このお話はおしまい!

 天使みたいな十枚の羽が生えた僕のカロンフォームは大天使様公認の姿なので、パクリという指摘は受け付けません! 終了ー。

 

 

 ……それはともかく、町の状況は思っていた以上に切迫していたようだ。

 

 

 ビナー様のおかげで予定の二倍以上の早さで霧を払うことができたが、30分という時間はアビスが町に甚大な被害を与えるのに当たるには十分すぎる長さだったのだ。

 

 建物の多くは崩壊し、ほとんどが世紀末状態である。

 

 そこら中にアビスの気配を感じるし、見上げれば空にも気持ち悪いぐらいうじゃうじゃいた。

 エルフ族や鳥人族、天使を模倣した姿のアビスが、数百体以上に及んで溢れていたのだ。

 

 これは……久しぶりに、ハイパーオリ主タイムがやってきたという感じだ。

 

『今のボクの力では、下のみんなも巻き込んでしまう。そちらは任せたよ、ビナー』

『……! ああ、任された!』

 

 確実に言葉を伝える為に念動力通信でビナー様に伝えると、僕は十枚の羽をはためかせて空へ上昇していく。

 地上のアビスは彼女に任せて、僕は空を担当しよう。印象に残る戦闘シーンとは、単独行動の時ほど生まれやすいものなのである。

 最近はイレギュラーな出来事が多く受け身に回ることが多かった僕のもとに、おあつらえ向きに巡ってきたオリ主無双のチャンスだ。ここで躊躇わずに行けるのがチートオリ主のチートオリ主たる所以である。

 

 一度こうして、たった一人で数百の軍勢に飛び込んでみたかったんだよね。まるで無双ゲームの主人公みたいな眺めである。

 

 

 ──と言うわけで消えてくれアビス! オラッ! 天使や鳥人さんたちをいじめてるんじゃないぞー!

 

 

『っ!?』

『なんだ……!?』

 

 飛べる戦士が限られているので、空は味方側の存在が少なく劣勢だった。

 そこでチートオリ主の登場である。

 飛行能力を模倣した羽の生えたアビスを、ノートから放つ極太のエイトちゃんビームで20体ぐらいまとめて消し炭にしていく。

 ひゃっはー!

 

『何という威力だ……』

『凄い……』

 

 圧倒的火力を見て唖然とする聖獣戦士さんたちの視線が気持ちいい。

 そうそう、こういうのでいいんだよこういうので。グラビティーな崇拝は要らない。僕を見て驚き、褒め称えてくれれば嬉しいのである。

 ノッた気分がさらに高揚し、僕は怪盗ノートを念動力で浮かせながら、左右に伸ばした両手から闇の力を付与した稲妻「闇の稲妻(ダーク・スパークリング)」を発射した。

 ケセドという天使の力を盗んだことで、今の僕の火力は以前までの比では無い。闇の稲妻を照射しながら飛び回るだけで、広範囲の敵がバタバタと爆散していった。

 

 ふ……今の僕、魔王感があって実にカッコいいぜ!

 

 一見禍々しくてダークな技を、あえて正義側のポジションが振るうのって最高に厨二感があってイイよね。同じ趣味を持つYARANAIOの嫁さんとは、古き良き厨二系スタイリッシュさについて熱く語り合ったものだ。

 ふはは、闇の稲妻に貫かれて爆ぜよ! アビスは消毒だぁー。

 

 おっ、何体か抜けてきた奴がいるな……あれは、天使を模倣したアビスか。しかも四枚羽! こいつは中ボスって感じだな。強そう。

 

 尤も、天使と違って姿は真っ黒で美しくはなく、二本の腕はあるものの足はチェスの駒のように一本に簡略化されている。

 異形系の敵としては悪くないデザインだが、中途半端に天使に似せられた分なんか気持ち悪い。元のスライム状の姿の方がよっぽど愛嬌があってかわいいぐらいだった。やっていることはどちらもえげつないので、危険度としては同じだが。

 

 うわっ、こいつビーム撃ってきた!? 危ねぇ!

 

「……ボクの技も模倣するのか」

 

 この天使型アビス、右腕をキャノン砲みたいに変えて撃ってきよったわ。

 天使とは似ても似つかないビジュアルだけど、これはこれで無骨な戦闘人形感があってカッコいいな。「フェアリーセイバーズ」では舞台装置的な面が大きかったアビスも、新作になって随分と強くなったものである。

 

 だが、バリアー! 効きませーん。そんな劣化版エイトちゃんビームが本物に効くわけないよね。

 

 技を盗むという行為は、異能怪盗として賞賛せざるを得ない。だけど所詮は三番煎じ、チートオリ主の敵ではないとイキりエイトちゃんである。

 

「模倣する相手を、間違えたね」

「……!」

 

 しかし、狙撃能力のある敵は放置すると厄介だ。早めに始末しておくに限る。

 僕は「テレポーテーション」を使って即座に背後へ回り込むと、その背中につん、と銃を象った二本の指を突きつけた。

 

 いくぜ新技、「爆熱浄化」!

 

 触れた相手をヒートエンドして爆発させる異能「爆熱」と、お馴染みの「浄化」、それにケセドの天使パワーを調合した必殺の一撃である。

 「爆熱」の威力は僕がストックしている異能の中でも特に高いが、密着しなければ発動しない性質上自分自身も爆発に巻き込まれてしまう為、これ単体では常に自爆を覚悟しなければならないピーキーな異能である。

 それはそれでロマン溢れる能力なのでとてもカッコいいが、以前から僕はこの異能を小型の「闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)」にエンチャントすることでカイザーフェニックス的な物を作ったことがあるように、「調合」前提の運用を行っていた。調合素材としては非常に扱いやすい異能なのだ。デメリットも組み合わせ次第で打ち消すことができる。

 

 そして今回組み合わせた「浄化」とのシナジーであるが、これが中々相性がいい。

 

 まず指で触れてヒートエンド、アビスは死ぬ。この時、本来なら至近距離の爆発に僕自身も巻き込まれて自傷してしまうのだが、爆発と同時に広がる衝撃波や熱をケセドパワーの宿った光で「浄化」することによって、爆発そのものがキラキラと舞い散る淡雪のようなエフェクトへと変換されるというわけだ。

 威力はそのまま、攻撃範囲とエフェクトだけとても穏やかになるのである。逆の言い方をすると、「爆熱」の破壊力を持った「浄化」みたいなものか。見た目も綺麗だし、自傷を避けることができるのは非常に実用的で気に入っていた。

 

 

「深淵に還りな」

「あ……」

 

 

 はい、消滅確認!

 端から見れば僕が触れた瞬間、アビスがサーッと淡い光に包まれて消滅したように見えるだろう。

 実際は普通に爆発させた方が派手なのだが、何事も緩急が必要なのだよ。派手な技ばかり連発していると見ている方も飽きてくるし、間に地味な技を挟むからこそ派手な技がバエるのである。

 あと単純に、これなら爆発の煙で視界を塞ぐことがないので、大勢に囲まれた時とか戦いやすい。今がまさにその状況だった。

 

「……よくやってきたね、ここまで」

 

 中ボス風の天使型アビスを片付けると、同タイプのアビスを含めて息つく暇も無く彼らは畳み掛けてくる。僕を集中的に狙っているようだ。エイトちゃんはアビスにも人気だということを証明してしまったな、やれやれ。

 クリファはどうか知らないが、大多数のアビスは知性が無いので恐れもしなければ怖気づきもしないということだろう。

 しかし、残念ながら彼らはここで止まる。何故ならそう、チートオリ主である僕がいるからだ。

 よし、今度はド派手なの行くぞー!

 

 

「ここは行き止まりだ。去れ!」

 

 

 怪盗ノートを掴んで高々と掲げると、僕の頭上に「O」の字を描くような光の輪が出現する。

 その光輪は一秒ごとに二倍、三倍と巨大化しながら上昇していくと、直径十メートルぐらいまで大きくなったところでその動きを静止させる。

 そして次の瞬間、Oの字の光輪の中心部から闇の空間が出現し、禍々しい渦を巻いた。

 そう、これぞエイトちゃんの新必殺技──

 

 

「踊れ、【光と闇の円舞曲(ワルツ)】!」

 

 

 神話の天使のような神々しい輪っかの中に禍々しい闇の空間を作り、その中で生成した無数の剣を次々と撃ち出していくこの技──「光と闇の円舞曲(ワルツ)」。ワルツって言葉、響きがカッコいいよね。

 それは対多数のアビス用に開発した、今の僕の技の中で一番派手な攻撃である。調合した異能の数もぶっちぎりの一位で、「闇の呪縛」とケセドパワーは言わずもがな、「念動力」とか「アイテムボックス」使用頻度の高い異能はほとんどつぎ込んでいた。

 特に苦労したのは、ケセド君の光の力と「闇の呪縛」の闇パワーが完璧な配分になるように調整することだった。いや実際そこまでしなくても威力はそこまで変わらないんだけど、光と闇、片方が強くて片方が弱いのは駄目なのだ。

 今の僕は光と闇が合わさって最強に見える、カロンフォームのエイトちゃんである。だからこそ、今の僕が扱う必殺技もこの姿に似合うよう光と闇、両方を同じ配分で混ぜ込む必要があった。

 

 因みに射出する無数の剣は、「稲妻」を凝縮して作った奴である。

 

 しかし見た目を加工する上ではもちろんケセドパワーと「闇の呪縛」を使っており、外見はいい感じに、光と闇が綺麗に混じり合った会心のデザインに仕上がっていた。

 

 それらの剣が、一斉に突き刺さっていく。

 数百ものアビスの軍勢に向かって。

 彼らの物量さえも上回る圧倒的な物量を持って、無数の剣が敵のもとへ殺到していったのである。

 

 稲妻をベースに作った光と闇の剣には先ほど使った爆熱浄化の異能も調合しているので、その切っ先が突き刺さった瞬間、アビスたちはキラキラしたエフェクトを撒き散らしながら消滅していった。グッバイ。

 すばしっこく逃げ回る中ボス風の天使型アビスたちにはこっそり「念動力」で剣を遠隔操作しながら、アナログで追尾し念入りに仕留めていった。

 それはまさしくチートオリ主の名に相応しい、一方的な蹂躙であった。

 

 ……うん、ちょっとアビスさんたちがかわいそうになってきた。自分でやっておいてなんだけど。

 

 しかし、オリ主の必殺技として外せないのだよ。謎のゲートからいっぱい剣を撃ち出していく必殺技は! かつて多くのチートオリ主が使いこなしてきたこの技を、僕も手持ちの能力でやってみたかったんだよー。

 

 実際、圧倒感は凄まじい。その場から一歩も動くことなく数百もの敵を蹴散らしていく今の僕の姿は、控えめに言って王様みたいである。

 

 尤もその場から動かずとも僕は射出する剣を味方に誤射しないように念動力で制御しなければならないので、腕を組みながらふんぞり返っている余裕は流石に無かったが。

 しかし威力は絶大だ。視覚的にもド派手で非常にカッコいい。

 ただ一つ難点を挙げるならば、戦いが一方的すぎて罪悪感が湧いてくるという点である。

 

 いや、僕は無敵のチートオリ主だけど……ねぇ?

 

 高みから見下ろしながら相手が果てていく様を見届けるこの技は、頑張って作ったのはいいが、いざ使ってみるとなんて言うか僕向きじゃない気がした。これっきりでいいかな……燃費も悪いし。

 こういう技はやはり、常に偉そうで、実際偉い王様に向いている能力なのだろう。僕は謙虚なチートオリ主なので、他ならぬ自分自身の技に解釈違いを感じていた。

 

 

「……ごめんね」

 

 

 ごめんね、やりたい放題やって。

 難しいなぁ必殺技製作は。だけど、とても気持ち良かった。

 やりきった思いで深く息を吐いた僕は、右手に開けていた怪盗ノートのページをパタンと閉じる。

 

 その瞬間、光と闇の剣を無限に生成し撃ち出していた巨大光輪は消滅し、空のアビスも綺麗さっぱり消え失せていた。

 

 うーん、綺麗な空だぁ。

 危険が去ったことでボクはシルクハットを外し、中に隠れていたカバラちゃんを手元に抱き抱えるなり目を合わせて笑った。

 

 あっ、地上はどうしているかな……おお、ビナー様すげえ。なんか地上全体に光が広がって、十字架を刻んだ巨大な地上絵みたいなのが見えた。

 なんだろあれ? サーチっと──ああ、あれビナー様の聖術なのか。なるほど……あの光で、僕の浄化と同じように地上の人たちの解毒を行っているわけだね。

 なんだか、僕ばかりはしゃいじゃってごめんなさい。

 そこのみんなもね。

 

 

 ──どうも、T.P.エイト・オリーシュアでした。

 

 

 呆然とした顔で僕のことを見つめている味方の聖獣さんたちに一礼しながら、僕は円舞の終了を告げたのだった。ぱちぱち。

 

 ……さて、次はセイバーズのところへ行こうかね。

 敵はまだ残っている。

 下の町に一体だけ、明らかに力の強大さが別格の敵がいたのだ。

 

 しかし。

 

 「千里眼」を使ってその姿を確認してみると、僕は思わず息を呑む。

 そのアビスの姿が、つい先ほど見たばかりだったからだ。カロン様のところのテレビで視たのと、同じ奴である。

 

 カイツールの分体──天使ラファエルが倒した筈の存在だった。

 

 

「……ツバサ……」

 

 

 そんな敵を前にして風岡翼はやはりと言うべきか、怒りを剥き出しにして戦っていた。

 フェアリーセイバーズファンである僕ですら、「こんな彼は見たことがない」と言いたいぐらい悲痛な表情を浮かべている。

 

 

「頑張れ、ツバサ。ファイトだよ」

 

 

 そんな彼に対して、今のところ僕は心の中でエールを贈るだけに留めておいた。

 ここは加勢に行くべきではないと、何となくそう感じたのである。

 そういうわけで僕は、カロン様のところで視たアニメの真の完結編を視るように、手を組んで祈りながら彼の戦いを見届けることにした。

 

 

 そして──

 

 

 







 しつこいかもしれませんが、語らねばならない……
 表紙絵がどうなっているのか確認する為にTwitterアカウントを作りましたが、これは……
 想像以上に絶妙な感じで映っていて笑ってしまいました。この視認性天才すぎる……重ね重ね本当にありがとうございます


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TSオリ主は完璧なヒロインムーブをしてしまったようです

 カイツールの分体。

 

 それは八年前のあの日、死んだ筈の存在だった。

 風岡翼にとって師匠であり母であり、姉でもあった恩人ラファエルが、その命を引き換えにして仕留めたのである。

 その敵が今こうして翼の前に現れたのは、アビスの特性により生まれ変わったからであろう。そのスパンはあまりに短すぎたが、かつての宿敵はさらに力を増して現世に舞い戻ったのである。

 

 翼は、その姿を忘れる筈が無かった。

 

 六枚の羽を持つ、天使ラファエルの姿を模倣したその姿。

 ヘットの町を闇の霧が覆った直後、大量のアビスと共に現れた漆黒の堕天使の姿を目にした瞬間、翼は我を忘れて飛び掛かっていった。

 

 ──コイツが……コイツがラファエル姉さんを! 

 

 理解の大天使ビナーの計らいによりカバラの叡智に触れた翼は、そこで封印されていた少年期の記憶を取り戻すことができた。

 

 彼女と出会ったこと。

 彼女に師事したこと。

 彼女に助けられたこと。

 彼女と笑い合ったこと。

 彼女と……死に別れたこと。

 

 そして全てを思い出した翼の心を襲ったのは、もはや過ぎ去りし過去に対してどうすることもできない無力感だった。

 

 だから翼は、何もかもがどうでも良くなってしまった。

 

 大切な記憶を失っていたからだろう。翼は今まで心の底では何をやっても満たされない虚無感を抱えながら生きてきた。

 セイバーズや探偵の仕事で人助けをやっていたのも、一番は自分自身の心を何かで満たしたかったからであり、何より自分自身の心を救う為だったのだ。気に入った女性を軽々しく口説いていたのも然りである。

 しかしそれは、全て的外れな行いだった。

 

 何も持っていなかった自分を、初めて肯定してくれた女性──ラファエル。

 彼女の代わりなんて、どこにもいなかった。

 

 他でもない彼女に記憶を封じられていた間、思えば無意識的に彼女の幻影を追い掛けていたのかもしれない。

 生きていて一度として張り合いを感じなかったのも、求めていた存在が既にどこにもいないことを知っていたからなのだろう。

 それはあまりにも虚しすぎて──彼の心を果てしない虚無に堕とした。

 自分が戻る場所なんて、どこにもない。

 セイバーズの仲間たちのように、翼の心には世界を救おうとまで自身を突き動かす感情が浮かばなかったのである。

 

 それに……この世界で死ねば、またラファエルに会えるのではないかと思った。

 

 天使は死を迎えた時、この世界の世界樹「サフィラ」にその生命を還す。あの女性も今は、この世界にいるのだ。

 そんな地で自分も死ねば今度こそ……ずっと一緒にいられると思った。

 それが今の風岡翼が、他の何よりもやりたいことだったのである。

 

 そうか、俺は……ただあの人とずっと一緒にいたかっただけなのか──そこまで考えて初めて、翼は己の本当の思惑を理解した。

 

 職業柄、肉親を失った者たちの姿は過去に何度も見てきた。その度に絶対に犯人を暴いてやると躍起になり、自らの手で捕縛し続けてきたのが翼だ。

 しかし、事件が解決しても被害者の家族が本当の意味で救われることはない。それでも虚しさを抱えたまま生きていく覚悟を決めた彼らを見て、翼は「凄いな」と、強く尊敬したものである。

 

 今になって、彼らへの尊敬がより強くなったように思う。

 

 自分は彼らのように前を見て生きることはできない。

 失ったらそこで終わりだ。

 だからもう、誰の姿も目に入らなかった。

 

 

 その筈……なんだけどな。

 

 

 右手に携えた拳銃を持ち上げると、翼は続け様にトリガーを引き絞った。

 銃口から放たれた二発の弾丸が、敵の右腕と左脚を吹っ飛ばす。

 風岡翼の異能は「疾風」。自在に風を操ることで、風自体を叩き付けることはもちろん、自らが暴風を身に纏ったり、物質に対して付与することも思いのままだ。

 そんな彼が操る武器が、文字通りのこのエアガンである。銃口から疾風の弾丸を放ち、圧倒的な弾速と破壊力で敵を粉砕していく。技名は「ウィンド・リボルバー」。

 既に「フェアリーバースト」を発動し、その身に緑色の渦を纏う翼の姿は、額からおびただしい血を垂れ流しているものの五体満足だった。

 それに対して女性的な姿をした漆黒の堕天使型のアビスはもはや虫の息である。

 三十分ほど続いたこの激戦も、これでチェックメイトだった。

 

ふー……ふー……!

 

 右脚だけとなった敵がバランスを崩し、辛うじて片膝を立てて身を起こしている。

 彼の恩師ラファエルの姿を模倣した敵の姿を見て、翼の心に感じ入るものが無い筈が無い。その心は激しい憎悪で煮えたぎっていた。

 後ろでは傷だらけの炎と長太が固唾を呑んで見守っているように、今の彼は平静ではないのだろう。

 頭部から不格好なモノアイを露わにした堕天使型のアビスが、恨めしげに自分を睨んでいるのがわかる。姿は似ても似つかないが、ほんの一瞬だけ、翼はその背後にラファエルの姿を幻視した。

 

 

『もう、いい……もういいのよ、ツバサ……』

「──っ!」

 

 

 幻聴が聞こえた瞬間、目を見開いた翼が最後のトリガーを引き絞る。

 それでも銃口を逸らすことなく、彼が放った疾風の弾丸は敵の頭部を撃ち抜き、とどめの一撃となって完全に消滅させた。

 あの時は、何もできなかった。

 しかし異能使いとして成長して強くなった翼は、その手で姉の仇を討ったのである。

 異能使いの手で葬られたアビスは二度と蘇ることは無い。

 これで、姉の無念を少しでも晴らすことができた……

 

 

「ああ……」

「翼っ!」

「翼!?」

 

 

 フェアリーバーストの状態が解除され、翼の身体がフラリと倒れていく。暁月炎と力動長太の慌てた声が響く。

 しかし、崩れ落ちる筈だったその身体は最後の最後で抱き留められた。

 気力と共に立つ力を失った彼の身体を支えたのは、柔らかくて、安心を感じる感触だった。

 

 

「……終わったね、ツバサ……」

 

 

 T.P.エイト・オリーシュア。

 いつものようにテレポーテーションで現れた彼女が、倒れる翼を抱き留めたのである。

 放っておいてくれればいいものを……周りを囲む炎と長太と言い、この天使(・・)もお人好しな奴だと、疲れ果てた顔で苦笑を浮かべる。

 

 ああ──この場所は、居心地が良すぎる。

 

 傷ついた身体を包み込む優しい腕に、自らの心が解けていくような感覚に陥る。

 お人好しな彼らは、未だにこんな自分を見限らないでいる。

 それは、成り行きとは言え今まで助け合ってきた仲間だからだろうか。

 だったら、俺にはその手を取ることはできないな……と、翼は思う。

 完全に霧が晴れた夕焼け空の下、凄惨な戦闘の跡が広がる瓦礫の山の片隅で、丁度良い機会だと翼は駆け寄ってきた彼らに全てを語ることにした。

 

 

 自らの過去を。

 

 風岡翼が、今までセイバーズとして戦ってきた理由を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうか……お前にも、そんな過去が……」

 

 

 疲れ果てたその身をT.P.エイト・オリーシュアに支えられながら、翼は全てを語った。

 子供の頃に会った天使ラファエルのこと。

 アビスが地球にもやってきていたこと。

 先ほど戦ったアビス、深淵のクリファ「カイツール」の分体と相打ちになり、ラファエルと死に別れたこと。

 この世界に来るまでそれらの記憶を彼女に封じられており、その間ずっと虚無感を抱えて生きていたこと。

 

 真実にたどり着いた今、全てがどうでも良くなり──彼女の故郷であるこの世界で死のうとしていることを、全て明かした。

 それは、嘘偽り無い思いである。

 

 

「……お前らが仲間だと思っていた男は、そういう奴だ。自分勝手で、いつまでも亡くした女のことを引き摺っている……情けなくて、弱い奴なんだよ……」

 

 

 語るだけ語ったことで少しだけ心が楽になったのは、開き直って自棄になったからだろう。

 もはや流す涙も無く、翼の顔には笑みすら浮かんでいた。

 それはもちろん、他ならぬ自分自身への呆れ笑いである。

 

「俺は、お前たちとは違う。戦う理由が無いんだ……誰かを守ろうという気も無ければ、掴みたい未来も無い……どこまでも薄っぺらで何も無い、空っぽの人間さ……」

 

 何の為に戦っていたのか、今までどうやって生きていたのかもわからなくなった。

 異能は強くなっても、無力だったあの頃と何も変わっていない。翼は虚ろな目でかつての仲間たちの姿を見つめ、そう自嘲した。

 

「笑っちまうよな。俺は今まで記憶にもなかった姉さんの幻影を追い掛けてきたんだ……偉そうにヒーローの真似事なんてしてさ……救世主(セイバー)なんて、どんだけおこがましいんだって話だよ」

「翼……」

 

 ここにいるのは彼らのような光の心を持った救世主などではない。叶わぬ願いを求めて意味も無く踊り続けてきた、哀れみの価値すらもない道化だ。

 そんな翼にとって、炎たちの姿は眩しすぎた。自分の薄っぺらさが浮き彫りになり、もう一緒に戦えないと感じたのである。

 

 彼らには未来がある。自分が手に入れられなかった未来が。

 

 だから翼は、彼らには自分など放っておいてくれればそれで良かった。

 こんな死に損ないの恩知らずのことなど、ここに捨て置いて……

 

 

「炎、長太……お前らは守れよ、大事なものを。俺みたいには……」

 

 

 俺みたいにはなるな──そう言いかけた言葉を、止めた。

 

 思わず、止めてしまったのだ。

 その先を言わせまいと物理的に遮るように自らを抱き締めた、黒髪の少女の手によって。

 

 

「ダメだ」

 

 

 背中に腕を回しながら抱き締めた少女は、翼の耳元で言い放った。

 いつものような囁くような声ではない。

 強く言い聞かせるような──叱りつけるような響きを以って、T.P.エイト・オリーシュアが叩き付けたのである。

 

 

「ダメだよ、ツバサ。そんなの、ダメだ……あの人が浮かばれないよ」

「浮かばれない……?」

「ラファエルがどうして記憶を封じたのかわかる? キミに真っ直ぐ生きてほしかったからに決まっているじゃないか」

「……!」

「イヤだよ……やめてよ……可哀想だよ。あの人も……キミも」

「……あんた……」

 

 

 引き離そうとする翼を押さえ込むように、エイトが強く抱き締めて語り出す。

 その瞬間、彼の身体が震えた。彼の心の内で最も触れられたくなかった部分を、彼女に突かれたからであった。

 そして、彼女自身の腕が震えているのも伝わってきた。

 それがどこか……悲しそうだと思った。

 だが……それでも、翼は──

 

 

「あんたに何がわかる……俺には、何も無かった……俺にとって人生の全てが、あの人だったんだ。それを、あの人は……ラファエル姉さんは……!」

 

 

 他ならぬ自分の全てを捧げたいと思った相手によってその思いすら封じられて生きてきたのが、風岡翼という男だ。

 もはや生きる目的も意味も失い、自分自身に何の価値も見出せていない。

 だから、もういいのだ──そう拒絶しようとした翼の視線と、エイトの翠色の瞳が真っ向から交錯する。

 思わず心が跳ねる。心臓が鷲掴みにされたようだった。

 

 

『ダメよ、ツバサ。そんなことをしたら』

 

 

「……っ」

 

 再び、言葉が詰まった。

 翼の姿を映すエイトの瞳が似ていたからだ。

 子供の頃、異能の間違った使い方をした自分を叱りつけた時の、彼女の目(ラファエル)の瞳と。

 

 そんな彼女は翼の両肩を掴みながら、まばたきも許さず言った。

 

 

「遺された者の気持ちは……ボクにはわからない。だけど、遺していった者の想いはわかる。ボクも、そうだから……」

 

 

 大切な人たちを……遺してしまったから。

 そう言って、今度は慈しむように翼の手を両手で掴んだ。

 ハッと目を見開く翼を見据えて、エイトはここにいない誰かと彼の姿を重ねているかのように、申し訳なさそうな顔で言った。

 

 

「キミにとって、ラファエルの置き土産は呪いだったのかもしれない。だけどあの人は、それでも自分の存在がキミを縛り付けるのを良しとしなかった……キミのことが、一番大切だったから。ずっと忘れられたままでも、それで良かったんだ」

「違う……俺は……っ」

「思い出して、ツバサ。あの人が最後に遺した言葉を」

「──ッ」

 

 

 わかっていた。

 彼女の行動の意味なんて、あの時から。

 自分の死をいつまでも引き摺ることがないように、風岡翼という空っぽの人間が本当の意味で成長してほしかったという思いには、気づいていたのだ。

 だけど、彼女がそうまで大切に想うほどの価値が、自分にあるとは思えなくて……今こうして生きている自分がただひたすらに申し訳なくて、自分自身がいなくなりたいと思っていた。

 

 何も手に入れることができなかった……何も守れなかった自分のことを、許してはいけないと──そう思っていたのだ。

 

 しかし、彼女は。

 そんな自己否定が強く、いつもナーバスだった風岡翼のことを思えばこそ、最後に言い残していったのだ。

 

 

『ツバサ、私は肯定する。たとえ他の誰かが貴方を否定しても、私は貴方を愛している。そんな私のように、貴方もいつか……貴方のことをちゃんと理解してくれる人と、出会える筈』

 

 

 俺は……! 

 

 

「キミは、未来の為に生きなきゃダメだ。逃げるなんてボクが許さない」

『貴方は未来を生きなさい、ツバサ』

 

 

 エイトの言葉と、ラファエルの言葉が重なった。

 

 

 その瞬間、翼の瞳から一筋の雫が滴り落ちていく。

 それは八年前のあの日から一度も流すことがなかった──涙だった。

 

 そんな彼のもとに歩み寄りながら、翼の左肩に手を置いて、力動長太が言う。

 

 

「そうだぜ翼。お前にはまだ、何も借りを返してねぇんだ。……俺たちは、何度もお前に助けられた。お前が自分のことを無価値に思っていようとなんと思おうと、俺にとってお前は乗り越えたい壁の一つなんだ。決着も付ける前に勝ち逃げするなんざ、俺だって許さねぇ」

 

 

 次に、翼の右肩に手を置きながら暁月炎が言い放つ。

 

 

「お前がいなかったら……俺は自分の望みを何一つ叶えることができず、PSYエンスにやられていた。頻繁に暴走して当たり散らしていた俺のことを、いつも諫めてくれたのがお前なんだ。だから、お前は空っぽなんかじゃない。俺たちにとって掛け替えのない……大切な──仲間だ」

「……いいのか? 俺なんかが……一番大切な人さえ守れなかった、俺なんかが……」

「それでも、前を向いて生きていくんだ。未来に向かって。そうだろう? 風岡翼」

「……未来に……か。……そうだな……ああ……お前らの、言う通りだ……っ」

 

 

 仲間たちの手の温かさで、空っぽだった心が少しだけ満たされていくのを感じる。

 その時、声が聞こえた。八年前まで共にいた最愛の人──ラファエルの声だ。

 

 

『だから私は、貴方の行く末を祝福するわ……いつまでも』

 

 

 翼の顔に、自然と笑みが浮かんでいた。

 

 そうか、俺は……

 

 

「……俺は……生きる……」

 

 

 貴方のいない、この世界で。

 この仲間たちの中で。

 貴方に託された世界で。

 

 

「世界に吹き抜ける……貴方のような、一陣の風になって……」

 

 

 そうして再び、少年の時が動き出した。

 依然、罪悪感と深い悲しみは残り続けていく。だがそれでも、まだ自分にできることを探してみたいと──そう思ったのかもしれない。

 それとも……

 

 

「……姉さん……」

 

 

 自分ではない。

 ぼそりと呟いた少女の言葉に、翼は目を閉じて小さく息を吐く。

 

 

 姉さん、か……もしかして、あんたも……

 

 

 ヒーローごっこはまだ続いているということなのだろうか……自らの胸の中で、ほんの一瞬だけ寂しそうな顔を浮かべた彼女の姿が、何故か放っておけないと感じていた。

 悲しい思いは誰にだってしてほしくはない。そう思っている感情もまた自分自身のものであることに、翼は気づいたのだった。

 








 勝因 おっぱい


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厨二の心を忘れちゃいけない

 たとえ、黒歴史が襲ってきたとしても……


 やっべ、完全に素が出ちゃったわ。

 

 いや、普段のエイトちゃんも素の僕とそこまで違うわけじゃないんだけどね? 言い回しを気をつけているだけで。

 しかしうっかり前世のあれこれを引き摺ってポロポロっと弱みをお漏らししてしまったのは、これが初めての失態だった。僕としたことが、ちょっと冷静ではなかったね。

 

 でも……そんな僕の本心からの訴えだからこそ、翼の心に響いたのだと思いたい。

 

 今にも死にたそうにしていた彼に向かって僕が語った言葉は、どれも本心だ。あれではラファエルさんも翼も可哀想だと思ったのも。

 死んだ人に引き摺られて目の前が見えなくなっている人を見てとても悲しかったのは事実だし、ラファエルさんだってそれを望んでいないと思う。

 何を隠そう、僕も姉さんたちを置いて真っ先に死んだ人間だからね! 経験者は語るという奴である。

 

 ……ま、これっぽっちも偉くないけどね。そんなの。

 

 今苦しんでいるのは、遺された側である。

 かつての僕が自分の死期を悟った時は、案外穏やかな気持ちだったことを思い出す。その心情はきっと、ラファエルも同じだろう。

 

 もちろん、後悔が無いわけが無い。

 だが、それでも……幸せな人生だったと受け入れたから。

 

 満足して死ぬことができた僕たちは十分救われていた。

 だから、遺された者が気に病む必要は本当に無いのだ。僕たちが彼らに望むのは、前を見て明るく楽しく生きていくことだけだ。

 

 もちろん、ふとした時に僕のことを思い出してもらえたなら、それはそれでとても嬉しいけどね。

 そういう意味ではあの世界で見た姉さんたちのその後は、僕にとって理想的な姿と言えた。

 

 

 ──そう、思っていたんだけどな……

 

 

 ビナー様主導のもと、数時間で復興を進めたヘットの町。

 その景色を少しでも高いところから見下ろす為に、僕は適当な民家の屋根の上に跳び乗ると、両足を投げ出しながらそこに座っていた。

 そんな僕は、おもむろにハープを取り出す。

 時刻は大体夜中の七時ぐらいだ。この時間になると流石に辺りは暗く、闇夜の空に月が浮かんでいた。エルの夜ほどではないが、中々肌寒い。

 今宵は三日月か……この世界では満月よりも珍しいかもしれない。この世界に来てから初めて見た月の形だった。

 

 

「……よし」

 

 ポロロン、ポロロンと調律を済ませると、僕は今回演奏する曲を決める。

 そうだな……ここはやはり、風岡翼のテーマにしようか。

 その曲は旧作「フェアリーセイバーズ」において翼の登場シーンでよく流れていた渋い感じのメロディーであり、「フェアリーセイバーズ∞」ではラファエルが初登場時にハーモニカを使ってアレンジ版を流していたものである。

 まさに、この状況にピッタリの選曲だろう。

 

 僕はその曲をしんみりとした感情で弾くと、三日月の空の下でしばらく演奏を行った。

 

 今ここにいるのは僕だけだ。カバラちゃんは無事だったメアちゃんのところにいるし、マーシフルケセド君もそこにいる。今頃は、ビナー様たちと一緒にささやかな晩餐会を楽しんでいる最中だろう。

 何を隠そう、僕はその会食をこっそり抜け出してきたのである。そういう気分だったのでね。

 そんなわけで僕は一人、静かな町の中で孤独の演奏を楽しんでいた。

 

 その時である。

 

 演奏に熱中していた為すぐには気づかなかったが、気づけば僕の後ろに人の気配があった。

 おうおう、やっぱり気になってやって来たか。

 彼の来訪を想定していた僕は特に動じることもなく、翼のテーマを最後まで弾き終わった後でハープを横に置くと、屋根の傾斜の上にだらりと背中を預けながら仰向けの姿勢で来訪者を出迎えた。

 

 

「よっす」

 

「おう」

 

 

 軽い感じで挨拶すると、彼も同じように返す。

 そんな彼はウエスタン映画に出てくるガンマンみたいなコスチュームに身を包むロン毛の色男、風岡翼である。

 彼は少しだらしない姿勢の僕に対して何とも言い難い表情で見下ろしたかと思えば、僕の隣に静かに腰を下ろした。おう、座れ座れ。いい眺めだよここ。あと、この傾斜が寝そべるのに快適すぎてイイ。

 

 

「勝手に人様の屋根に登っちゃいけないんだぞー?」

「あんたが言うのか……」

「ボクは怪盗だからね。アウトローなオリーシュア様は、法で定められたルールも恐れないのさ」

「そうかい」

 

 

 アウトロー気質はチートオリ主の特権である。

 もちろん、この住居の住人が嫌がっているなら退くけどさ……高いところが好きなのだから仕方ない。

 その点、この町はエルと違って高所が少ないのが残念である。もちろんこれはこれで風情があっていいと思っているし、ウエスタン映画は好きなので、町の雰囲気自体は結構好きだったりする。

 

 おっ、流れ星みっけ。この世界にも普通にあるんだね。日本の都会よりも空が綺麗なので、とてもよく見える。

 

 そう考えると、夜はこうして屋根の上でのんびり寝転がるのもアリだな。

 新しい楽しみを発見してちょっと嬉しい。もちろん、屋根の上は「浄化」の異能を使って綺麗にするのは忘れない。割と汚れが酷いからね、どこの家も。

 その点僕の「浄化」を使った後ならこのように後頭部を付けても髪にホコリ一つ付かないから快適である。ひんやりしていて結構気持ちがいい。

 そんな風にだらだらとリラックスした姿を意図的に見せつけると、翼が小さく溜め息を吐いた。

 

 よしよし、緊張が解れたようだね。ちょっと露骨かもしれないが、こうして他人がリラックスしている姿を見ると、人間というのは不思議なことに影響を受けるのである。それは彼に対する、僕なりの気遣いでもあった。

 

 そんな彼は僕から視線を移して同じように夜空を見上げると、煌めく星々を漠然と眺めながら言った。

 

 

「俺は、恐れてばかりだ……」

 

 

 法も恐れないと言った僕に対して、自嘲の響きを含んでいるようだった。

 独白するように、翼は続ける。

 

「……他でもない自分自身が、何よりも怖かったんだろうな。だから恐れて、恐れて、恐れ続けて……逃げようのない相手から、無駄な逃避をずっと続けていたんだ」

 

 それは、ラファエルのことを吹っ切ろうとする自分が怖かったってことかな。

 遺されたが故の悩みか……アリスちゃんと似たことを言う。

 幸せだった過去を大切にしているからこそ、前を向いて生きるのが後ろめたくなる。

 

 ……何だかな。彼を見ていると、さっさと死んでしまった前世の僕の罪を思い知らされるようで耳が痛い。

 これが転生者の背負った業という奴なのだろうかと、否が応でもシリアスな気分になる。

 

 でも……だからこそと言ったらいいのか。僕は彼と反対の立場──遺していった者の一人として、持論を語ることにした。

 

 

「それって、いけないことかな?」

「え?」

 

 

 あくまでも、僕の考えだ。

 もちろんそれを彼に押し付ける気は無いし、今回に限ってはSEKKYOUですらない単なる一個人の意見だった。

 だからこそ僕は、リラックスした姿勢のまま気楽に語った。

 

「ボクはね……辛いことや、怖いことから逃げるのは悪いことじゃないと思うんだ。誰もがそれに打ち勝てるほど強くはないし、逃げたって構わない。それを責める資格は、誰にも無いんだよ」

「……あんたは責めたじゃねーか」

 

 確かに。

 

 いや、でもあれはそういう意味で言ったんじゃないし!

 逃げるのはいいけど死んで逃げるのだけはやめてほしかっただけだし!

 言葉って難しいね……改めてそう思うエイトちゃんでした。

 

 

「ボクは未来から逃げるなと言っただけで、辛くて悲しい過去から逃げるなとは言っていないよ。誤解させたなら、ごめんね」

「……いや、いい。あんたに謝ってもらうほど、性根は腐っちゃいねぇさ」

 

 

 生きていることで味わうことになる多くの苦しみから死に逃げしたと言えなくもない前世を持つ僕としては、「お前が言うな案件」になりそうで難しいところだ。

 

 でも、どうせ最後に人は死ぬのだから、それまでの人生なるべく楽しいことをして生きたいじゃん?

 

 僕はそれだけを伝えたかったのだ。

 悲しい過去に立ち向かって乗り越えることだって、結局はその後の人生を楽しく生きる為に必要だからである。

 彼の場合は、過去から逃げても幸せになりそうにないと思った。だから未来から逃げないでほしかった──それだけだった。

 

 ふふん、僕はチートオリ主だからね。破滅のルートを歩もうとしている推しの姿を見ていると、お節介とわかっていてもスルーすることができないのだよ。

 

 そんな僕に対して、翼は改まって言い放った。

 

 

「すまなかった……あんたにも、無駄な苦労を掛けちまったな」

「苦労って、ボクは別に。そういうこともあるでしょ? 男の子だもん」

 

 いいってことよ、でも一応礼は受け取っておくぜ。

 なあに、僕にとってはどうということもない。君が突然キャラ変した時はやべーぞこれは……と思ったものだが、理由を知ってみればそこまで複雑な話ではないし、無理のあるキャラ改変でもなかった。

 それはどんな人間でも陥るものであり──要はアレだ、思春期の男の子がよく悩む奴。

 

 ──そう、自分探しの旅をしている真っ最中なのだ。今の彼は。

 

「なんだそりゃ……かっこ悪っ」

「恥じることはないさ。失っていた多感な時期の記憶が、今になって戻ってきたのだから無理も無いよ」

「……ビナー様から聞いたのか。はは……確かに今の俺は、思春期のガキそのものだな。不安定で、不器用で、面倒くさい。そういうのはとっくに卒業したと思っていたが……今になって帰ってきたってわけか」

 

 うんうん、そういうのは本人が自覚するまで時間が掛かってしまうのが厄介ではあるが、それ自体は深刻な話ではないと僕は思う。

 ゆっくりと時間を掛けていけば、それも自分だと受け止めて、乗り越えていける筈だ。僕もそうだったし。

 

 

「思春期は、いつ訪れたっていい。その分だけ新しい自分が見つかる……可能性が広がるのだから」

「可能性、か……」

 

 

 思えば僕が厨二病に対して一切敬遠していないのは、その辺りなのかもしれない。

 僕としては過剰にそういうものを嫌悪している方こそ、人生の中で楽しめるものが少なくなってもったいないと思っている。まあ、僕の場合は「そういうところがガキっぽすぎるです!」と姉さんから苦言を呈されたものだけど……その考え方は死んでも治らないどころか、さらに悪化しているのが今の僕である。えっへん。

 ……言うて僕たちの中で中学二年生の頃、一番酷かったのは姉さんなんだけどね。その過去を一切弄らなかった僕たちは偉かったと思う。

 

 

「……あんたが弾いていた曲」

「ん?」

「天使の間じゃ有名だったりするのか?」

 

 ああ、アレは君のテーマだよ──って言うわけには、流石にいかないか。

 うーむ、やはり訊いてきたか。

 そりゃあ、ラファエルがよく弾いてた曲だもんね。興味が湧くのは当然の話だ。

 寧ろあの曲を弾いたのは、彼の興味を引く為という理由でもあったのである。

 

 

 ほら、キミとこうして二人きりで話したかったから。

 

 

「お、おう……そうか」

 

 ……なんだい挙動不審に。そんな変なこと言ったかね?

 

 もしかして美少女から話し合いに誘われて照れているとか! ……ないか。ないな彼に限って。

 それこそ思春期の童貞男子じゃあるまいし、彼はまだ二十歳とは言え女の子の扱いに慣れたチャラ男さんだ。挙動不審に見えたその反応は、おそらく気のせいだろう。

 

 えっと、何のことだっけ? ああ、さっき弾いていた曲の意味だったね。

 

「頑張る少年に贈る祝福の曲だよ。平静を装っているけど心の中はいつも寂しがっていて、それでも前に進もうと頑張っている……そんな気持ちを表現した曲さ」

「……そうかい」

 

 ごめん、適当ぶっこきました。100%僕の想像である。

 実際に翼のテーマを作曲した人が、どのような意図で譜面を作ったのかはわからない。

 僕が感情を込めて弾いてみた会心のイメージなので、そこまで的外れではないと思いたいが。

 実際に歌ってみたり、弾いてみるとイメージが変わる曲ってあるよね。しんみり系だと思っていた曲が、実は節々に力強い曲調が隠されていることに気づいたり……そんなフィーリングだ。

 

 そう伝えると翼は、今度はその曲を僕が弾いていたことに対して意味を求めてきた。

 

 

「あんたも寂しいのか?」

「……えっ」

 

 

 僕は思わず、虚を突かれた顔でポカンと口を開いた。

 マジかい……僕が寂しがっているとかどこ情報よ。今一番寂しいのは君の方だろう?

 思いがけない問い掛けに、僕は屋根の傾斜の上に仰向けに寝そべりながら聞き返した。

 

 

「何故、そう思う?」

 

 

 名探偵である彼が今の僕から何を感じたのか気になったので、あえて否定せず訊ねてみた。

 すると、彼にしてはしどろもどろな、曖昧な態度で語った。

 

 

「……そんな気がしたんだ。あの時、あんたも大切な誰かを亡くしたような……そんな顔をしていた。姉さんって呟いたのも、もしかしてあんたは……」

 

 

 ああ、そういうことね。

 

 

「はい、そこまで。それ以上はだーめ」

「っ」

 

 

 ナーバスになっていても、流石は風岡翼か。全く、探偵という生き物は鋭いったらありゃしない。油断も隙もないぜー。

 僕は目にも留まらぬ早業で起き上がると、言いかけた彼の口元にぴとっと人差し指を押しつけた。

 

 

「……お預けか」

「そういうこと」

 

 

 残念ながら、その先はNGということで。

 死んだのは僕の方なんだけど、この調子で姉さんのことをまたポロッと漏らしたら真実にたどり着きそうで怖いよこの男。

 そうなると、エイトちゃんのミステリアス感が無くなってしまうので論外である。

 完璧なチートオリ主を目指す僕としては、自分で決めた自らのアイデンティティーを失うわけにはいかないのだよ。

 だから駄目ですー。僕は答えません。

 

 

「教えないよ。うん……ボクの口からは言えない」

 

 

 一方的に情報を遮断すると、翼は露骨に残念そうな顔を浮かべる。

 おいおい、何て顔をしているのかね君は。

 怪盗に答えてもらう探偵とか駄目だろ、お約束的に考えて!

 

 僕は僕の美学に従って、ここらで彼に発破を掛けておくことにした。

 

 

「ボクは怪盗だからね。大切な謎は、謎のままにしておきたい年頃なのさ」

「……ああ、そうだったな」

「その謎を暴くのが、キミだろう? ボクはキミと、そんな関係でいたい」

「……はっ、そうかい」

 

 

 なにわろてんねん。

 人がせっかくいい感じにキメたと言うのに、何だその「そう言えばお前怪盗設定だったな……」とか言いたげな、微笑ましいものを見るような顔は!

 

 全くもって心外である。

 実際、全てが終わったら異能怪盗として「あばよとっつぁん」とばかりに彼から逃げ回る生活を送るのも悪くないとは思っている。

 SSで言えば完結後の日常編って奴になるけどね、そういうのは。

 物語は長く楽しみたい派である僕としては、できればそういうのも楽しみたいわけでして……

 

 

「だから……キミも、早く元気になってくれたら嬉しい。大怪盗には名探偵がいないとね。ボクも張り合いがないんだ」

 

 

 翼の顔はまだ少し暗いが、何はともあれ今日でセイバーズは全員揃ったというわけだ。

 僕の知らない「フェアリーセイバーズ∞」ではどうなっているのか知らないが、時系列的に明日から僕たちを待っているのは旧作で言うところの第22話以降──すなわち、世界樹「サフィラ」での最終決戦である。

 

 どうしよっかなぁ……せっかくだし、今この場で「コレが終わったらうんたらかんたら」的な、いい感じの死亡フラグとか立ててみようかな?

 もちろん僕に死ぬ気は全く無いが、その手のベタなフラグは死んでも死ななくても美味しいので基本立て得なのである。SS的に考えて。

 

 よし、ここはオリ主らしくバッチリキメようか!

 

 

「……今回の件が片付いたら、俺に楽器を教えてくれないか?」

 

 

 お前が言うんかーい!

 

 思わずズコーッと屋根を転がりそうになったが、口に出さなくて良かった。

 僕は全く同じ言葉を僕が言おうとした矢先の、あまりのタイミングの悪さにふっと噴き出してしまった。

 

 

「おい、なんで笑う?」

「あははっ、いや……意外だったから。キミがそんなことを言うの」

「……そうか?」

 

 

 そりゃあ笑うしかないでしょうよ。

 だけど……笑い事じゃないよな。

 今日までずっと死にたがっていた奴が生きようと決めた途端、死亡フラグを立てるとか──これもう作劇的には役満じゃねぇか。

 

 ま、彼は死なないけどね。原作「フェアリーセイバーズ∞」がどんな展開なのかは知らないけど。

 

 なんたってここには女神様っぽいカロン様に遣わされ、死亡フラグを叩き折ることを宿命付けられたオリ主がいるのだから。

 

 そう言うわけで僕は、あえて彼がおっ立てたフラグにノってあげることにした。

 

 

「とっておきの新曲を作って、待っているよ」

「……! 生きる理由が増えたな……」

 

 

 死亡フラグには死亡フラグをぶつけるんだよ!作戦である。

 お返しにより露骨なフラグを立てることで、彼の不穏なフラグを中和したのだ。

 咄嗟に切り返すこのアドリブ……我ながら惚れ惚れするぜ、僕。

 翼もそれをモチベーションにしてくれたようで何よりである。僕も俄然、明日からも頑張ろうという気持ちになったのだった──。

 






 次回はとある世界線のお話です


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とある世界線のお話 とある掲示板の日常

【FS∞】T.P.エイト・オリーシュアは怪盗かわいいpart70【かわかして♡】

 

 

600:名無しさん ID:CGSqXCqOt

 最近のこの子卑しすぎね? 

 

601:名無しさん ID:sk8AcxX93

 >>588

 前作に出てこなかったのはビナーとイェソド

 原作の人が反省したのか今作では二人して出番盛り盛りの大活躍

 

602:名無しさん ID:EBXoCbXzb

 >>590

 履修しておいて損は無い

 カケルが出てくる映画以外ならダニメで見れるよ

 

603:名無しさん ID:iOawfvDwu

 >>590

 視てマーさんの強さにびびってこい

 あとマルクト様ちゃんのやられっぷりに笑ってこい

 そして今一度、誰がフェアリーセイバーズのヒロインなのか思い知るといい(´・ω・`)

 

604:名無しさん ID:RYyKbxik3

 前作視ると記憶よりマルクトの出番少なくて驚く

 

605:名無しさん ID:8kedFieNE

 原作ではそれなりにあったんだけどね……尺が足りないから仕方ねぇんだ

 

606:名無しさん ID:F78wSkU+G

 >>600

 何を今さら

 

607:名無しさん ID:CbgTuJUXI

 前作にエイトちゃんがいたらどうなってたんだろうとは思う

 

608:名無しさん ID:Ot1umm1Zn

 >>600

 見返すと初登場回から既に卑しかった気がする

 

609:名無しさん ID:Sy1oKBF/L

 結局「ボクはキミだ」って何だったんだよ

 

610:名無しさん ID:Q5AaMG4IJ

 ラファエル&灯「寝取られやんけ〜」

 

611:名無しさん ID:iOawfvDwu

 メアの中にいたアディシェスのことを言っていた説

 そうなるとエイトちゃん=深淵のクリファが成り立つが

 

612:名無しさん ID:nPwuROkaZ

 まだアビスだと思っている奴はそれなりにいるらしい

 

613:名無しさん ID:KNEZE0t0q

 >>610

 寝てから言え

 

614:名無しさん ID:Ot1umm1Zn

 >>610

 ラファエル姉さんの目の前で翼を寝取るエイトちゃん本はよ

 

615:名無しさん ID:CbgTuJUXI

 エイトお姉ちゃんはそんなことしない

 

616:名無しさん ID:DnJn9Pnw0

 するかしないかで言えばすると思う

 ラファエルを焚き付ける為の演技とかならするんじゃないかな善意で

 

617:名無しさん ID:l+aFU1Sw6

 しかし本気になった翼に組み敷かれ……

 

618:名無しさん ID:FA13c51yh

 ちがっ、ボクはそんなつもりじゃ……やめっ……許してツバサ……っ

 

619:名無しさん ID:CbgTuJUXI

 エイトお姉ちゃんはそんなことし……てほしい

 今の翼ならそんなことする

 

620:名無しさん ID:MN0Rxn1tz

 わからせ適性……だと……? 

 

621:名無しさん ID:p/Wzk4omK

 あると思う

 

622:名無しさん ID:fybmGhey5

 エイトお姉ちゃんは無自覚でも自覚しててもいい

 

623:名無しさん ID:I4e+3Tnux

 >>612

 ここまできて実はアビスだったらビナー様かわいそう

 

624:名無しさん ID:KHKTBG9UC

 >>620

 メスガキじゃないけど子供っぽさはあると思う

 水遊びめっちゃ楽しそうだったし移動中にメアとカードゲームしてるシーンも楽しそうだった

 

625:名無しさん ID:aBTBsY1w+

 高いところ好きだしな

 

626:名無しさん ID:mCKGbufnz

 時折見せる無邪気な男の子みたいな仕草が俺を狂わせる

 

627:名無しさん ID:SQbZRTUXd

 ショタが好きなのは単純に波長が合うからという説もある

 

628:名無しさん ID:RVxXAfW8K

 メアちゃんが泣き出した時はどうすればいいのかわからずあわあわしてたのもそういう……

 

629:名無しさん ID:Ei0Vo+gCY

 泣き出した女の子の対処なんて幼い男の子にはわからんからな

 カケル君はマジ紳士

 

630:名無しさん ID:NzQvR8jBn

 >>627

 エイトお姉ちゃんは無邪気な男の子だった……? 

 あっ、エイト男の子説既にあったわ

 

631:名無しさん ID:Pyms8q2Jm

 今何種類ぐらいあったっけ……

 

632:名無しさん ID:8X6VTUTtn

 最近上がってるのは大体例の投稿主で笑える

 バーチャルデキルオってなんだよ……

 

633:名無しさん ID:CGSqXCqOt

 >>631

 流石にダァト確定だろと思うけどまだ増えてて草

 

634:名無しさん ID:MN0Rxn1tz

 最近は「かわかして♡」をひたすらループする動画を見てからカップ麺を食べるのがマイブーム

 

635:名無しさん ID:4edyyhKZm

 びしょ濡れのエイトお姉ちゃんは健康にいいからな

 

636:名無しさん ID:RrJlREyxr

 久しぶりのガチ戦闘で無双した回よりも泉に落ちた回の方が伸びてるのがなんともこのスレらしい

 

637:名無しさん ID:oCLZzT3Eu

 温泉回よりも伸びたのは興味深い

 

638:名無しさん ID:w8EokFAhy

 すまない、全裸は解釈違いなんだ

 

639:名無しさん ID:lVZk79A7F

 それでも墜ちない炎君は偉い流石主人公! 

 後の二人は残念ながら……

 

640:名無しさん ID:TwIjKcNbv

 PSYエンス編はメア主人公の乙女ゲーとか言われてたけど今はエイトお姉ちゃんの乙女ゲームみたいになってんね

 

641:名無しさん ID:MN0Rxn1tz

 >>637

 マルクトスレはキャプ貼りまくってハッスルしてたのにここは冷静だったのは賢者にでもなってたのかなみんな

 

642:名無しさん ID:PfRYzUsAT

 >>632

 最近上がってたテンプレートオリ主A説には唸らされた

 言われてみればssの主人公みたいなムーブしてるわこの子

 それにしてもVチューバーデビューは草。何が今日から僕はバーチャルデキルオやねん

 

643:名無しさん ID:xHzrTadIx

 最近はヒロイン力が高すぎてオリ主感が無くなっているがな

 

644:名無しさん ID:w8rDnpgxv

 >>642

 テンプレエイトオリーシュAとは目から鱗やね

 バーチャルデキルオになった人無駄にハイスペックで笑うわ

 

645:名無しさん ID:NM60SjSK/

【画像】

【画像】

【画像】

 すまない、自慢させてくれ

 出張の帰りに寂れた模型屋に寄ったら売ってた

 やったぜ

 

646:名無しさん ID:h1uwrsSKJ

 >>641

 マルクト様、意外とあったから……

 エイトちゃんは、その……

 

647:名無しさん ID:NzFf39CfX

 は? 

 

648:名無しさん ID:hcp+mlrO/

 >>645

 羨まC

 

649:名無しさん ID:H2xrojBry

 えー? フル稼働エイトちゃんフィギュアが一般販売なんて都市伝説信じてる奴まだいんの? 

 ……マジやんけ。俺も明日探してこよ

 

650:名無しさん ID:glIBpUti9

 ニートの俺は発売日に出待ちしてなんとか買えたわ

 30分後には無くなってたからまだあったのはマジで凄い

 どんだけ寂れてたんだその模型屋

 

651:名無しさん ID:Yc0drNe9S

 再販はよ……はよ……

 

652:名無しさん ID:d1LPee0rz

 >>645

 パンツ見せて

 

653:名無しさん ID:/M1XQq0sz

 >>645

 天使メア共々予約瞬殺だったからな……

 俺は来週のカロンフォームを予約する為に有給とったわ

 

654:名無しさん ID:rvsffb0Gw

 カロンフォームとビナー様の予約が同時に始まるの闇が深くて嫌い

 俺はどっちも欲しいんじゃ

 

655:名無しさん ID:MN0Rxn1tz

 お高いシリーズだしこんなに売れたのはお店も予想外らしい

 最近はプラモやフィギュアの需要高いからなぁ

 あと転売屋(´・ω・`)

 

656:名無しさん ID:7YI+wkWrl

 転売屋より先に手に入れられないのは購入する努力がうんたらかんたら

 

657:名無しさん ID:NM60SjSK/

 >>652

 えっ///やだよ恥ずかしい……

 

658:名無しさん ID:d1LPee0rz

 お前のじゃねぇフィギュアのだよ! 

 

659:名無しさん ID:HIvE8zY74

 >>656

 何もしていないのに長期休暇が明けたら突然降格処分が下された上司の人かわいそう

 

660:名無しさん ID:clBJ7oT5S

 >>657

 エイトお姉ちゃん頼まれたら多分こんな反応する

 

661:名無しさん ID:zulK5ECb9

 >>655

 もう20000円程度じゃ高いと思わなくなったな

 

662:名無しさん ID:KSt/Aw9Ba

 >>660

 相手がショタなら見せてくれそう

 そういう漫画渋にあった

 

663:名無しさん ID:NM60SjSK/

 しょうがないなぁ

 あんまりおイタしちゃダメだよ☆

【画像】

【画像】

【画像】

 

664:名無しさん ID:d1LPee0rz

 有能

 

665:名無しさん ID:NSCye5ajK

 >>662

 あの絵師はエイト×闇雲家のR18絵を定期的に供給してくれるからすき

 

666:名無しさん ID:zbhtWIfUM

 うほっ、いい眺め

 買えなかったからたすかる

 

667:名無しさん ID:XILx0rn1M

 >>663

 ふーんエイトじゃん

 こっちのフィギュアは大人向けだからパンツもきっちりしてんね

 

668:名無しさん ID:65RzqdsS2

 >>663

 フィギュアの何がいいかって、子供向けアニメとかの、作中じゃ絶対に見えないキャラのコレが見えることだと思う

 いや、作り込みすげぇな

 

669:名無しさん ID:GvNDtYvdW

 >>663

 水色か……

 エイトちゃん空とか海とか好きそうだからこれは解釈一致

 

670:名無しさん ID:pZ6OhNwsq

 買えた奴は独占欲が強いのかなかなか貼ってくれないからこれは貴重

 再販早くきてくれー

 

671:名無しさん ID:cJjbObwgp

 いいフィギュアってのは、見えないところまで作り込んでいるものなのさ

 

672:名無しさん ID:p4IgprPRN

 >>663

 実は穿いてない説もあったがちゃんと穿いてるな

 穿いてなかったら売りに出せねぇもんな……

 

673:名無しさん ID:NaMSDT4LI

 三枚目、わざわざ手鏡の上に乗せて上から覗いているのに叡智を感じる

 

674:名無しさん ID:jyo4ikiTk

 >>663

 おっ、これ俺が息子のクリスマスプレゼントに買った奴じゃん

 そんな貴重だったんだ……

 

675:名無しさん ID:NM60SjSK/

 このフィギュアは表情も多くて値段以上の価値あるよマジで

 なんとカバラちゃんまでついてくるんだ

 

676:名無しさん ID:Qscn7LLYo

 >>672

 浴衣着ていた時は上も下も穿いてないの確定してる

 ソースは例の考察動画

 発覚後ここと渋は弾けた

 

677:名無しさん ID:DUZ9CoQ4q

 >>675

 現行のフィギュアで唯一カバラちゃんが付属してるんだよな

 トレーナーのフィギュアと並べてポケモンバトルできそう

 

678:名無しさん ID:NM60SjSK/

 カロンフォームは絶対予約取るんだ……

 ビナー様も欲しい並べたい

 

679:名無しさん ID:+se0bP24n

 >>676

 これマジ? 

 鳥人の子最低だな

 

680:名無しさん ID:DMK3sBITU

 最初の頃は理想のお姉さんって感じで幼女目線で見ていたけど、最近は無防備すぎてお父さん不安になるよ……

 

681:名無しさん ID:NM60SjSK/

 >>675

 しかもカバラちゃんの造形もしっかりしているからなコレ

 首に尻尾を巻きつければ色んなフィギュアの肩に乗っかるぞ! 

【画像】

 

682:名無しさん ID:d1LPee0rz

 最近は最初の頃より表情が柔らかくなった気がする

 翼と話している時はなんか誘ってるの? って感じでとてもえっちだった

 

683:名無しさん ID:GRsPdq3tu

 ラジオ情報いわくアレは翼をリラックスさせる為にわざと自分もリラックスした姿勢になっていたらしい

 

 ……いやどう考えても逆効果だわ俺ならあそこまでリラックスしたエイトちゃんを見たら絶対ガチガチになるぞ俺は

 

684:名無しさん ID:8KADxF9iu

 なんだかんだで一線は越えない翼のメンタルはさすがだな……

 

685:名無しさん ID:d1LPee0rz

 >>674

 お前の息子見る目あるよ

 性癖狂わされてるけどな

 

686:名無しさん ID:wXI+dPiVX

 正直誰かとはくっつかないでほしい

 

687:名無しさん ID:h0JlQv+rs

 まあ恋愛するキャラじゃないわな

 

688:名無しさん ID:tEc+fZoR+

 誰に対しても、それこそアビスにさえ慈愛を見せるエイトお姉ちゃんの愛がたった一人に向いたらどうなってしまうのか……私気になります

 

689:名無しさん ID:CtFY3bFNN

 俺は闇雲兄妹にサンドイッチされてほしい

 

690:名無しさん ID:Oo6adaiSp

 エイトちゃんにはメア、マルクト、ビナー、ティファレトに埋もれてほしい

 

691:名無しさん ID:vWqIkF2sg

 恋愛フラグとしては散々仄めかされてるケテル次第かね

 もしかしたらケテルとキテルかもしれない

 

692:名無しさん ID:jyo4ikiTk

 >>685

 小三の一人息子なんだ

 スポーツができて女の子の友達も多いみたいだけどもうダメかもしれない……

 

693:名無しさん ID:BpNEh4ikH

 >>688

 ドロッドロに甘やかすおねショタプレイみたいなことになりそう

 

694:名無しさん ID:5h3PcEEvy

 おいおいエリート親子か

 

695:名無しさん ID:Qd1nJ2inH

 ええ……

 

696:名無しさん ID:d1LPee0rz

 >>692

 子供は親の背中を見て育つものさ

 好きなものは尊重してあげてほしい

 間違ってもここや渋は見せるな俺みたいになるから

 

697:名無しさん ID:SOVKr99z2

 あー俺にもエイトお姉ちゃんみたいなお姉ちゃんがいたらなー

 

698:名無しさん ID:8KADxF9iu

 軽く死亡フラグ立ってるけど、エイトちゃんには最終回後も探偵や成長したショタっ子たちから逃げ回る使命があるので生き残ってほしい

 

699:名無しさん ID:C5FN2mgrx

 だけど最後には捕まってほしい

 

700:名無しさん ID:Hd5XDJMKt

 そして今まで自分が性癖を狂わせてきた子たちにわからされるんだ……

 

701:名無しさん ID:pvoBMwczy

 今年の夏コミが楽しみ

 

702:名無しさん ID:G1EHvhjn4

 >>700

 おねショタ逆転は許さない

 たとえショタが成長しても許さない

 エイトお姉ちゃんにはいつまでも手の届かない、強くて儚い存在でいてほしいなって

 

703:名無しさん ID:CUwZGy4G+

 穿かないだけにな

 

704:名無しさん ID:NaMSDT4LI

 つまんね

 

705:名無しさん ID:CGSqXCqOt

 誰か>>681のウッディにツッコんでやれよ……

 

 

 

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 次回もこの世界線のお話になります
 今一度オリジナルの累計作品を読み直して研究した結果、本作が上位ベスト20に食い込む為に必要なのは配信……!配信要素は全てを解決する……!と判断したので、次回はバーチャルできる夫と化した貧乳オタクの考察配信回を予定しています(´・ω・`)


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とある世界線のお話 人気フィギュアを手に入れた男の配信

「フッザコカァ!」

 

 PCと向き合いながら、独特なイントネーションで吐き捨てる。

 その発言を翻訳すると「ふん……雑魚か」になる。至ってシンプルな煽りだった。

 煽りの対象は今しがた眺めていたスマホの画面である。彼はPCとスマホ、両方を同時に操作していたのだ。

 一方でPCの画面では、そんな彼の一挙一動に呼応するように文字列が流れていた。

 

【うるせぇ】【他人のレスで稼ぐ視聴回数は嬉しいか?】【今のデッキーの声?】【殿下の声真似無駄に上手いな】

 

「殿下の物真似は僕の十八番です」

 

 100人以上に上る視聴者たちが思い思いにコメントを書き込んでいるのである。

 それは数日前、動画投稿サイトに流行りの「Vチューバー」としてデビューしたサブカル系動画投稿主による生配信の光景だった。

 しかし配信画面に映し出されているのは彼の姿ではない。

 彼が自らのアバターとして用意した3Dモデル、「バーチャルデキルオ」の姿だった。

 その真っ白でふっくらした身体、饅頭のような頭に点と線だけで描いたようなゆるキャラめいた顔は360°ほとんどが某アスキーアートを3D化したデザインだった。

 一般受けするVチューバーというものはそのほとんどが可愛らしい美少女の姿をしたアバターであるが、彼の場合は人間ですらないクリーチャーという数少ない例外である。控えめに言っても癒され目的で視聴する者はいないイロモノであった。

 尤も、「バーチャルデキルオ」の中の人こと貧乳オタクは、一般受けや収益化については全く考えていない。寧ろ告知無しの配信で今こうして100人以上の視聴者が視に来てくれたことに内心驚愕しているほどであり、照れ隠しに「皆さんヒマなんですねぇ……」と呟いたぐらいだった。

 

【ヒマ……?】【暇つぶしに来ました】【某スレで話題になっていたので】【初見】【同じく初見】【マジでできる夫じゃんすげー】【まだ生きていたのかAA文化】【←普通に現役だぞ】【やらない夫の方が好き】

 

「ふむ、そうですか。ああ、初見の方はようこそ僕のデッキーチャンネルへ。アスキーアートがバ美肉した超絶イケメン紳士ことバーチャルデキルオが歓迎します」

 

【美肉……?】【やらない夫の方がイケメン】【白豚じゃねーか】【立ち方で草】【淡々と話しながら真顔でジョジョ立ちするのやめろ】

 

 彼の配信枠では基本的にオタク趣味関係の雑談が行われており、特に今熱いのが現在放送中の「フェアリーセイバーズ∞」についての考察や玩具レビューなどである。

 元々動画投稿主として人気な動画を何作も出していた為か、企業からのバックアップの無い個人勢のルーキー配信者としては好調なスタートを飾っていた。

 

 ──と言うのも彼のアバターであるバーチャルデキルオの姿が無駄に完成度が高くヌルヌル動くところだろう。淡々とした敬語口調で話しながら、今もこうして背中から通した左手で右脇腹を押さえながら、右手で左の側頭部を抱えてクロスステップを踏むという謎のポーズを取っていた。某アスキーアートの動きを正確に再現した精巧な動きである。

 

 そんな彼の元ネタのアスキーアートに対する奇妙なリスペクトと個人製作とは思えないモデリングの完成度の高さが一部の者たちにウケたのか、それに気を良くした彼は浮かれそうな気持ちを堪えて配信を続けた。

 

「はい、前置きでずらっと某掲示板のまとめ映像を流しましたが、今回の配信はコレです。スレでも話題に挙がっていたフル稼働フィギュア「T.P.エイト・オリーシュア」ちゃんのレビューになりまーす」

 

【ちっ】【チッ……】【おー】【俺が買えなかったやつ】【今転売の値段が7万とかいってる奴じゃん】【かわいい】【キャーエイトサマー】【いーなー】【俺の嫁がなぜここに……!?】【美しい……ハッ……?】【これが2万5000は安いと思う】【なんやその動き】【やらない夫の方がキビキビしている】【一般販売とか都市伝説やろ】【転売品乙】

 

 バーチャルデキルオが頭の上で指先をピコピコ動かしながらコミカルな歩行で画面の端に寄った瞬間、リアルの机の上に置かれた一体のフィギュアが映し出された。

 掲示板でも話題に挙がっていた精巧なフィギュアの姿に視聴者たちが沸き立つ。

 呟きの投稿では一時トレンドにも上がっていたほどであり、発売から程なくして在庫切れが多発した話題の品であった。

 

「いやーつい最近買えましたよー! 僕がエイトちゃんに惚れ込んだのは予約の受注が締め切られた後で完全に出遅れたんですけど、なんと出張帰りに寄った模型屋に一つだけ置いてあったんです! あっこれ証拠の札。転売品じゃないですよ?」

 

【あのレスお前だったのか】【かわいい】【マジやんけ】【誰か返品したとか】【この挑発的な表情がたまらぬのだ】【いい太もも】【だから隣のウッディは何なんだよ】【かわかっこいい】【スカートのめくれ具合も調整できるのか……】

 

「ウッティです! 彼はサイズの比較用です。ガンプラで言えば、大体1/100と1/144の中間ぐらいの大きさですかね? この通り、カバラちゃんも乗りますよ!」

 

【乗せるな】【ウッディ欲しい】【相変わらず味のある顔してんな】【最近の稼働フィギュアは関節に溝無いんだな】【かわいい】【普通にガンプラと比較しろよわかりにくい】【下から見せて♡】

 

「見せません! 当チャンネルは健全なので。代わりにウッティフィギュアをローアングルでどうぞ。あと一人かわいいしか言っていない人がいますね……僕もそう思います」

 

【見せるな】【そしてこの表情である】【ウッディの顔怖すぎて草】【←よく間違えられるけどウッティな】【エイトちゃんはかわいい。当然だよなぁ】

 

 配信開始から時間が経つに連れて、視聴者の数はさらに伸びていく。

 しかし彼としては単に先日偶然購入することができたレアな商品を自慢したかったのがこの配信の主旨であり、視聴者の数にはさほど興味は無く数字の変動に目を向けていなかった。

 期待していた反応を大勢の者たちが返してくれたことに、バーチャルデキルオは愉悦にワインを傾けるような仕草でほくそ笑む。

 同時に中の人はフィギュアを見つめながら、購入した日のことを思い出し感慨に浸った。

 

「どうもどうも、強運すぎて申し訳ない。いやあ、運命を感じますねー! 出張の後、友人の墓参りの帰りに出会うとは……これは天国の友人が、僕にプレゼントしてくれたのかなって思っています」

 

【お、おう……】【急に重くなるな】【やめろ】

 

「あっ、なんだか微妙な空気に……ごめん」

 

 聞きようによっては不謹慎に聞こえる発言がポロッと漏れて、コメント欄の回転速度が落ちる。

 それは配信者の声がリアルタイムで共有されるが故の失策だった。

 露骨な空気の変化に冷や汗を垂らしていると、最初に踏み込んできた一つのコメントに返信する。

 

【その友人も、FS好きだっん?】

 

「ああ、うん。実はその友人、旧作「フェアリーセイバーズ」の話題で仲良くなった関係でして……15年ぐらい前かなぁ。あの時はマルクト様の絶対領域について熱く語ったものですよ」

 

【マルクト様の絶対領域はエロいからな……】【何の話題で盛り上がってんねん】【デッキーマルクト推しなん?】【草】【マルクト様ちゃんじゃ仕方ない】【デッキーの動画の最後は毎回マルクト様のえっちな絵で飾るのが恒例】【あれ全部手書きなん?】

 

「もちろん僕の手書きですよ? 僕は多才なので!」

 

【ドヤ顔がムカつく】【これはドヤが夫】【やらない夫の方がドヤってる】【←お前やらない夫だろ常識的に考えて】【サムネに使えばいいのにって毎回思う】【実際多芸で羨ましい】【サムネも作れる上に薄い本も描ける男だぞ】【このモデルも自作】【デッキーすげー!】

 

「それほどでもありますよ、僕はデキる男ですからね。ええ、ええ、マルクト様のことは漫画を読んだ時からの推しです。だけど僕はえっちなサムネで釣るよりも、内容で勝負したいなって……」

 

【えらい】【えろい】【妙にストイックなところ正直好きだよ】

 

「ありがとうございます」

 

 微妙な空気を修正できたことに安堵し、バーチャルデキルオはフィギュアのレビューに戻る。

 特に企業からの案件でもなく作品の一ファンとしての配信に過ぎない為、彼は製作側に忖度することなく歯に衣着せぬ批評でエイトちゃんフィギュアの長所、短所を容赦無く挙げて紹介していった。

 彼自身がクリエイティブなオタクであり凝り性でもある故か、それらの批評は概ね的確であり、実のあるものだった。

 特に20年来のフェアリーセイバーズファンである彼の雑学は「∞」から入った新規ファンにとって新鮮なものだったようで、旧作放送当時に販売された古いグッズとの比較やフィギュアの進化の歴史を語る際には熱が入り、さらには精巧な立体化により初めて発覚した「T.P.エイト・オリーシュア」の新情報から鑑みてのキャラクター考察など、批評中のコメント欄は心なしか急にIQが高くなったように感じたほどだ。

 

 

「つまりこのフィギュアで明らかになったエイトちゃんのおパンツが水色なのは、彼女がフェアリーワールドにおいて母なる海に当たる存在だということを意味しているんですよ!」

 

【な、なんだってー!?】【やはりエイトはママだった……?】【納得】

 

 

 ……感じたが、気のせいである。

 

 無駄に教養の高そうな考察から糞みたいな結論を出すのが、彼の得意とするトークスタイルである。

 それはそれとして割と一考する価値自体はある内容だったりするので、動画勢からは根強い人気があり、ネタ半分、真面目な考察半分の心持ちで視聴者は楽しんでいた。

 

【この考察をエイトちゃん本人に聞かせてあげたい(ゲス顔)】【だからそのパンツを見せてよ】【諦めろ、ここは健全なチャンネルだ】【どう見ても不健全】【エイトおねえちゃんをそんなめでみるな】【苦笑した後でやんわり否定されそう】【いいや、俺は意外に顔を真っ赤にして逃げ出すと見るね!】【なにそれ見たい】【フェアリーセイバーズの男たちは紳士だということがよくわかる考察】【セクハラまがいなこと言ってた奴はいたな、サーチ盗まれてボコられたメガネの人とか】【思えばエイトちゃんが普通に怒った貴重なシーンだったな】【←ショタを誘拐されたらそらキレるわ】

 

 今回の配信は表題を「バーチャルデキルオはT.P.エイト・オリーシュアのフィギュアをレビューするようです」と設定している為、集まった視聴者たちは全員がアニメ「フェアリーセイバーズ∞」を視聴済みである。

 やたらとエイトちゃんのフィギュアを下から映せと叫んでいる紳士も何人かいるが、キャラクターの話題になるとコメントの伸びが加速度的に上がることからも彼女の人気の程は窺えた。

 一応、棲み分けはできているということだろう。コメントを書いている者たちの多くは、二十歳を超えた大きなお友達のようで、バーチャルデキルオの語るコアなオタク知識にも悠々とついてくるエリート視聴者たちばかりであった。

 それは「フェアリーセイバーズ」というコンテンツ自体が、彼らの世代に馴染み深いという証だろう。

 

 

 ……アイツも生きていたら、俺の話に共感してくれたのかな?

 

 

 些か品が無いが、そんな和気藹々としたコメント欄を見てふと感傷に浸る。

 そして、目の前のフィギュアの顔を見て思わず苦笑を浮かべた。

 

 いつも自信満々で、飄々としていて、儚そうに見えるけど強くて、意外にガキっぽい。そんなT.P.エイト・オリーシュアの浮かべる挑発的な笑顔が、どこかかつての友人と重なったのだ。

 

 もちろん、彼は男で姿も似ていないが、立ち振る舞いや雰囲気には似ているところがある──ような気がした。それはこのフィギュアを買った日が丁度彼の墓参りの帰りだったことで気づいた、何とも言えない発見である。

 

 

「青、か……」

 

 

 ボソリと呟く。

 そう言えばアイツも、青い色が好きだったなと。

 昼休みの時には屋外のベンチに寝転がって空を見上げたり、虚弱な身体でよせばいいものを、何度も高い木の上に登ろうとしては姉に怒られていた。

 

 思えばT.P.エイト・オリーシュアも、そんな過去があることを鳥人族の少年に語っていた気がする。

 

 「エイト 僕 似ている」……アイツなら天国でそう検索していそうだなと想像して笑う。

 華奢だが強く気高く美しいT.P.エイト・オリーシュアの姿は、女の子ではあるがいかにも彼が憧れそうなキャラクターである。

 

 ……いや、流石にこれを言ったら「美少女フィギュアのパンツを見て僕を思い出すなよ」と怒られそうだが、それはそれとして共通点を見つけてしまったのは事実である。

 

 そうなると考察厨である彼としては、思い浮かべずにはいられないわけで。

 

 

 ──T.P.エイト・オリーシュアは俺の友人の生まれ変わりだった……!? エイトテンプレートオリ主A説、ここに完結──!

 

 

 

 ……いや、駄目だろそれは常識的に考えて。そんな動画は不謹慎すぎて炎上待ったなしである。

 

 動画内では弾けている彼だが、社会人として一般的な良識はあるのでその話題は企画にも上がらず脳内で却下される。

 

 だが、死んだ人も何らかの形で、いつかどこかで幸せに生まれ変わるとしたら──そう考えると少しだけ心が救われる気がしたのは、事実である。

 転生物のライトノベルがこれほど流行っているのもきっと、そんな人々の来世への願いが関わっているのかもしれない。……そう思うのは感傷的すぎるか。

 

 宗教に嵌まったわけではない。だが、バーチャルデキルオは──かつて受験が失敗し落ち込んでいた自分に「できる男【DEKIRUO】」というあだ名を付けて、温かく励ましてくれた亡き友人のことを想い、静かに黙祷する。

 

 

 そんな彼はこの時──カウボーイの姿をした世界的に有名なフィギュア、ウッティ・ブライトにいやらしい顔をさせてエイトちゃんフィギュアのスカートの下に横たわらせながら、儚く切なげな笑みを溢した。

 

 

【覗くな覗かせるな】【無言でウッティに変なことさせるな】【絶対やると思った】【正直期待してた】【ウッティ&美少女フィギュアは鉄板よ】【生配信でデ○ズニーとピ○サーに喧嘩を売る男】【これはひどい】【ウッティそこ変われ】

 

「実は僕、一般アニメのセクハラシーンは好きじゃないんですよね。だけどそれはそれとして、そろそろエイトちゃんのヒロピンを見てみたい。デッキーチャンネルでしたー!」

 

 

 ゲラゲラと下品に笑いながら、バーチャルデキルオはバンバンと机のオブジェを叩いてこの動画にオチを付けたのだった。

 




 ウッティ・ブライト

 個性的な表情と自由自在な挙動が可能な幻のフィギュア。発音のしやすさから度々ウッディと間違われるが世界的に有名な某人気キャラクター、ウッディ・プライドとは何の関係も無いのであしからず。


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チートオリ主対話編
最終章の冒頭はラスボスの過去回想から始まる


 あると思います。何となく。


 夜の寝床はビナー様が用意してくれた。

 

 ……と言うか、ビナー様の寝室だった。

 

 もちろん、やましい話ではないので悪しからず。

 僕とビナー様は一瞬で遠くまで移動できる「テレポーテーション」が使えるので、遅くなった時間でもすぐに聖都へと飛ぶことができるのである。

 復旧を進めたとは言えアビスのせいで町はボロボロだ。不必要に避難所のキャパを圧迫するわけにはいかないし、大天使である自分たちがそこにいると皆が気を遣いすぎてしまうからというビナー様の計らいだった。僕は大天使じゃないけど。

 

 実際、彼女の周りは助けに来てくれた感謝やら初めて晒した素顔についてのことやらで、てんやわんやだったからね……あれではビナー様はもちろんだが住人たちの気も休まらないだろう。

 因みに僕の周りでも同様だった。聖獣さんたちから善意でちやほやしてもらうのは正直くっそ気持ちいいけど、今日のところは色々あった彼らにはちゃんと休んでもらいたいなというのがこちらの心情である。僕たちが浄化したとは言え、皆さん毒を喰らっていたわけだし。

 

 それにしても、今回の事件で死亡者が出なかったのは幸いである。毒性のある闇の霧の中に三十分も閉じ込められていたにしては、住民たちが受けた被害は奇跡的と言っていいほどに抑えられていた。

 

 何でもヘットの町の住民たちは先祖代々谷底に封印されている「シェリダー」という深淵のクリファを見張る使命を受けた選ばれし民のようで、非戦闘員を含めてやたらとタフなプロ市民だったらしい。アビスの侵攻にもクワ攻撃カマ攻撃で応戦していたようで、そこはかとないライフコッドみを感じる。

 

 もちろん、それでも多勢に無勢であり時間がもう少し経っていたら人的被害は免れなかっただろう。

 クワもカマもアビスに喰らい尽くされいよいよヤバくなってきたところで、僕とビナー様のエントリーである。

 ふふん、僕たちが乱入するタイミングは住民たちにとって完璧だったらしい。いやあ参ったなー。

 

 

 ──まあ、そういう感じで僕たちはすっかり英雄扱いである。

 

 

 あの時、会食を抜け出して屋根の上にいたのは、一頻り受けた彼らの歓待に満足したからという思いもあった。

 

 あっ、もちろん事後処理としてやるべきことはやったよ? 

 事件が終息した直後には、ビナー様と一緒に封印されし深淵のクリファ「シェリダー」とやらの様子を見てきた。ドデカイ谷底の裂け目の奥深くから覗く、光の檻によって厳重に施された封印は、数千年維持してきたのも納得の強固さだった。流石は大天使たちが本気で施した封印である。あれは解けねぇわ。

 そんなレベルの封印ともなると檻の中までサーチすることはできなかったが、中にとてつもなく巨大な気配があることはわかった。あれが「シェリダー」の気配なのだろう。封印されている筈なのに何だかすっごい視線を感じたし、アディシェスよりも身の危険を感じてしまう、ヤバそうな雰囲気だった。正直二度と近づきたくない。

 

 だが、おかげで封印に不備は無いということがわかった。

 

 ビナー様と翼は今回のアビス大量発生には件のクリファが関わっているのではないかと見ていたようだが、依然封印されたままだということがわかって何よりである。これが「アビスが町にたくさん出てきたのは、実はシェリダーの封印が解けた影響だったんだよ!」というのが真相だったら目も当てられなかったところだ。僕もハープ弾いている場合じゃねぇ。

 

 ビナー様からは現地の司祭様に何かあったらザフキエルに報告するように言い含めておき、今日のところは僕たちも寝ることにしたという経緯だ。夜も遅いし、僕たちも疲労していたからね。

 

 そう言うわけで僕は聖都に戻り、今一度ビナー様の城へと案内されたわけである。

 因みにお風呂もビナー様と一緒に入りました。とても気持ち良かったです。

 

 僕は温泉の時に着た浴衣を寝巻きとして着用すると、ビナー様も似た柄の浴衣を着ていた。

 日本の文化に理解のある彼女は、自分用の浴衣を持っていたのである。僕の前でくるりと一周してその姿を見せびらかす彼女の姿はとても綺麗で、得意げな顔をしていた。ドヤ顔ビナー様である。

 しかし背中に八枚も羽が生えている為か、背中の部分はメアちゃん以上に大胆に開かれており、僕としては失礼ながらちょっとえっちだと思った。いや、彼女が元から着ていたドレス自体、そんな感じではあったんだけどね? 

 これはアレかな。日本人スピリッツとして、浴衣とはこういうものだという先入観が強く働いたんだろうね。スタイルの良い外国人さんが浴衣を着ている時に感じる奇妙な背徳感に近い感覚なのかもしれない。

 まあ、それはそれとして。

 

「うん、バッチリ似合ってるね」

『っ! ありがとう、エイトみたいに着こなせているか不安だったんだ』

「ふふ、綺麗だよ。ビナー」

 

 もちろん、僕の方が完璧に着こなしているのは当然さ。完璧なチートオリ主は、見た目にも常に気を配っているのだよ。

 そんな僕と同じ顔をしているだけあって、彼女の浴衣姿もとてもよく似合っている。今から寝るだけなのが惜しいぐらいだった。

 

「キミはとてもファッションセンスがある」

『へへ……そうかい?』

 

 僕は鈍感系の男オリ主ではなく女の子の気持ちにも聡いTSオリ主なので、彼女の浴衣姿を見て思ったことは正直に伝えるのである。

 褒めたいことは照れずに褒めた方がいいことは、姉さんで学習済みだった。

 そんなこんなで和気藹々と城の浴場を後にすると、その足でビナー様の寝室へ直行する。

 重ねて言うがやましいことは何も無い。袖を引っ張りながら嬉々として案内する彼女の顔を見て、誰が拒めるものか。

 あと大天使様がどんな部屋で寝ているのか普通に気になったのもあった。

 

 

『さ、ここが寝室だよ。私も普段はあまり使っていないんだけど、メイドさんたちにバッチリ綺麗にしてもらったからね』

「おおー」

 

 ……普通だ。

 

 僕の分のベッドもちゃんと用意してくれたのはありがたいが、そこに広がっていたのは二人分のベッドが備えられているだけの意外と質素な部屋だった。

 もちろん清潔感に溢れている綺麗な部屋だったのだが、大天使の寝室と聞いて想像していたものと比べてやや地味に感じてしまった気持ちは、誤魔化すことができなかったようだ。

 そんな僕の反応を見て苦笑するような顔で、ビナーが言った。

 

『他のサフィラスで言うとマルクトとティファレトの寝床は見たことがあるけど、ここよりもずっと豪華な感じだったね。だけど私は、このぐらいが一番眠りやすいんだ。あんまり派手な部屋は落ち着かなくて』

「へぇ、意外だね。キミは派手好きな子だと思っていたよ」

『地味な部屋でごめんね。要望があれば、もっといい部屋もあるけど……』

「ううん、ボクはここがいい。ボクも眠る時は、落ち着ける部屋の方が好きなんだ」

『……良かったぁ』

 

 うむ、いいよね寝るだけって感じの部屋も。チートオリ主である僕は派手なものが好きだが、睡眠に関しては落ち着ける場所ならなんでも良かったりする。何なら木の上とかでも眠れるし。薬の臭いは嫌いだけど、病室とかも割と好きだったりする。

 しかし、普段からウエディングドレスみたいな派手な服を着飾っている彼女にしては意外だった。てっきりおとぎ話のお姫様みたいに、天蓋付きのベッドとかで寝ているのかと思っていたよ。

 

「よっと……おお?」

 

 僕は柔らかなベッドの上に寝転ぶと、後頭部に感じたふわりとした柔らかい感触に意表を突かれた。

 おお、これは凄い。

 

「いいね、この枕。優しい感じがして、とてもふかふかだ」

『ふふん、私の羽根で作った枕だからね。弾力には自信があるよ!』

 

 つまりセルフ枕か……すげえ! 

 うーん、こういうことができるのはまさに人外の強みである。

 しかも大天使の羽根で作った枕とか、御利益凄そうで贅沢すぎるんですけど。ありがたやありがたや。

 

 ……ん? でもこれって、人間で言うと「私の髪でマフラーを編んだの(はぁと)」的な……ビ、ビナー様? 

 

 

『?』

 

 

 ……ごめんなさい、僕が不純でした。

 

 不思議そうな顔で小首を傾げる彼女の姿を見て、僕は微笑みを返しながら枕に頭を預け、胸元まで掛け布団を掛けた。そこにするするっと入ってくるカバラちゃん。布団をふみふみする小動物の姿ってなんでこんなに癒やされるんだろうね? 小動物と添い寝する僕を見て、ビナー様も羨ましそうだった。やらんぞ。

 

「キュー……」

「ふふっ、カバラちゃんも気持ち良さそうだね」

 

 この布団にもビナー様の羽根が使われているのかね-。こちらも柔らかくて温かい。おお、ぬくぬく……

 

「いい寝心地だよ、ビナー」

『それは何よりだ。よければあげようか? その二つは、私が作ったアイテムの中でも会心の出来なんだ』

「物作り、好きなんだ。気が合うね……ありがとう、大切にするよ」

『……よしっ』

 

 貴重な一日を過剰な睡眠時間で無駄にしたくない僕としては、日々の寝心地についてはあまり考えたことはなかった。

 だけど寝心地が良いに越したことはないからね。彼女が善意で譲ってくれるのなら、僕はありがたく頂戴することにしよう。

 と言うわけで、僕はカバラちゃんと一緒に遠慮なくぽふーっと枕に顔を埋めると、その感触に身を委ねていった。

 

 あーこの感触はたまらんぜよ。

 

「おやすみ、ビナー」

『うん、おやすみダァト……』

 

 ……すまぬ、今日は色々あって流石の僕も実は疲れているんだ。

 だからその呼び名にツッコむ余裕もなく、僕は程なくして眠りの世界に落ちていった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──夢を見た。

 

 

 殺風景な世界の夢だ。

 

 大地は荒れ果てており、空は青いキャンパスに黒い絵の具をぶちまけたかのようにデタラメなほど青と黒が入り混じっている。見ていて不安になる色が頭上に広がっていた。

 

 そして地上に聳え立つ山よりも大きな木は大部分が枯れ果てており、今にもへし折れてしまいそうだった。

 

 そんな木の下で、二人の天使が何やら話し合っていた。

 それぞれ白と黒の装いをしている女性の天使である。

 

 

『……ボク、わかったよ』

 

 

 黒い方の天使が言った。

 

 ビナー様に似た漆黒のドレスを着ている、黒髪の少女の姿をした天使だ。

 艶やかな髪は肩に掛かる程度のショートカットで、瞳の色はエメラルドのような綺麗な翠色だ。容姿はとても整っていて、凛々しさと儚さを完璧に両立させた感じのカッコいい──って言うか、僕じゃん! あからさまにエイトちゃんなのである。

 

 しかしそんな少女の背中には、十枚もの漆黒の羽が生えていた。

 闇の呪縛を応用した僕のそれとは違って、天使のものと同じれっきとした羽である。

 服装と言い、僕はその時点で彼女が僕とは似て非なる別人であることを理解した。

 

 少女はその黒い羽を小さく揺らしながら、微笑みを浮かべて振り向く。

 

 

『何故、ボクだけが黒い羽を持って生まれたのか……何故、ボクだけが闇の力を操ることができたのか……全ては、この為だったんだね』

 

 

 彼女がおもむろに振り上げた右手に、淡い光に包まれた一冊の本が現れる。

 その表紙には僕の怪盗ノートと同じく何かの木のような絵が描かれていたが、ページ数の方はノートとは呼べない分厚さである。まるで六法全書である。

 

 取り出したその本を、彼女は振り向いた先にいた銀髪の女性に向かって手渡していく。

 白銀の髪に白い肌、黄金の瞳に豊満なバスト──って、カロン様じゃん! 何やってんのあんた!? 

 

 

『サフィラの書はキミに託すよ、カロン。次に生まれくる天使たちと、世界樹の未来を……任せたよ』

『……心得た』

 

 

 差し出した分厚い本を賞状の如く両手で受け取ると、カロン様はその腕で大切そうに抱え込んだ。……なんか気持ち的に、少しだけ雰囲気が幼い気がする。

 

 そして何より、この夢のカロン様は僕の知る彼女と違って背中に十枚の白い羽が生えていた。

 

 今しがた黒い少女が呼んだ名前とその容姿から判断して白い方はカロン様で間違いないのだろうけど、常に無表情な顔からは相変わらず感情が読み取りにくかった。

 しかしその黄金の瞳が僅かに揺れていることから察するに、悲しんでいるように見える。

 そんな目で少女を見つめながら、カロン様が言い放つ。

 

 

『ダァト……私は、汝のことを忘れない』

 

 

 寂しそうに送り出す、今生の別れのような光景だった。

 カロン様が言ったその言葉を聞いて初めて、僕は目の前にいる黒髪の超絶美少女の正体を理解した。

 

 ダァト──そうか、この人がダァトか。

 

 ビナー様が度々僕のことをそう呼ぶわけだ。

 確かにこの姿を知っていれば、エイトちゃんの容姿はダァトそのものである。うーん、美少女! 

 カロン様が「ダァト」と呼んだ少女はキャラ被りとかそういう次元ではなく、それこそ一人称や息遣い、仕草まで僕とそっくりだった。ちょっと怖いぐらいである。

 

 ただそうなると、ふむ……僕は外側からこういう風に見えているというわけだね。これはなんとも……

 

 

 ──いいじゃない! 

 

 

 僕はダァトではないが、本物の彼女を見て僕はとてもカッコいいと思った。

 いや、僕の着ている怪盗衣装も当然カッコいいんだけど、彼女が着ている漆黒のドレス──女神様っぽさをこれでもかというほどに詰め込んでいるカロン様の衣装と対になるような装いは、何と言うかビナー様以上にダークヒロイン感があった。ビナー様ももちろんカッコいいんだけど、何かこう、隠しきれない人柄の良さとかが逆にダークな感じを薄めているのである。僕と違ってね! 

 

 その点、ダァトという天使は僕の理想とする雰囲気に誰よりも近かった。

 

 強いて言うならば十枚の羽に合わせてガバッと開いている背中とか、僕やビナー様よりもずっと短い膝上15cmぐらいのスカートとかはその……肌の露出度は僕よりも数段高く、カッコ良さの表現として女の子としてのかわいさが合わさっている為、TSオリ主である僕とは方向性が違う感じがするが。

 しかし厨二系ファッションとしてはとても参考になるので、是非とも今後の参考にさせてもらうとしよう。

 

 そんな不思議な夢の中で僕が「ダァト」の姿をまじまじと見つめていると、彼女はふっと微笑み、カロン様の身体をその腕で優しく抱き締めた。

 

 おお、キマシタワー……とは言わない。

 二人の間は何か、そういう風にはやし立てる雰囲気ではなかったのだ。

 オリ主たる者、シリアスな場面では相応の態度をとるべきだ。SSでは常識である。

 

 

『姉さん……ボクも、キミのことを忘れない。いつかまた、ボクの生命が世界樹に還った日に会おう』

『……待っている』

『うん……それまで待っててね』

 

 

 何やらボソッと話している様子だが、残念ながら僕の位置までその声は届かなかった。

 不躾に近づくこともできたが、白と黒の女性が仲睦まじそうに抱擁を交わしている光景を見て、僕はあえてその必要を感じなかった。

 話している会話の内容よりも、この光景の尊さを大切にしたいと思ったのである。

 

 そういう心持ちで二人の抱擁を見守っていると、二人がお互いに離れたところで空から一人、誰かがやってきた。

 

 それは少年の姿をした天使だった。

 

 その羽の枚数は、彼女らと同じ十枚だ。

 おいおい、サフィラス十大天使の八枚を超える天使が三人もいるとか高位天使のバーゲンセールかよ。子供まで十枚羽とか、まるでインフレさせすぎてしまった残念な二次創作ではないか。これはちょっと雲行きが……

 

 

『ダァト!』

 

 

 僕が何とも言えない顔で状況を見つめていると、少年は一目散にダァトのもとへ駆け寄った。

 そんな彼──カロン様よりも真っ白な髪をしている美少年の来訪に気づくと、ダァトが「仕方ないな……」とでも言いたげな苦笑を浮かべる。

 

 

『キミも来てくれたんだね』

『行くなダァト! たった一人で深淵の世界に行くなんて、無茶だっ!』

 

 

 酷く焦った様子で、白い髪の少年が詰め寄る。

 

 

『僕も行く! 僕もダァトと一緒に戦うよっ!』

 

 

 彼女に対して、少年は何か必死に訴えかけていた。

 そんな少年の言葉を受けて、ダァトは困ったように笑いながら首を横に振る。

 目線を合わせる為に腰を屈めると、彼女は少年の両肩を掴んで諭すように返した。

 

 

『……違う。違うんだ。ボクは戦いに行くんじゃない』

 

 

 彼女がそのまま顔を間近に近づけると、ダイヤモンドのような透き通った少年の黒目と交錯する。

 二人はお互いに一歩も下がることなく、譲れないものがあるかのように微動だにせずじっと見つめ合っていた。

 

 そうしているとしばらくしてダァトの方が笑みを溢し、彼の白い髪にスッと手を伸ばして撫でていった。

 恐ろしく自然な撫でポ……僕でなきゃ見逃しちゃうね。という冗談はさておき。

 

 慌てて駆けつけたことで乱れていた彼の髪を整えるように何度も撫でながら、ダァトは語る。

 

 

『ボクはアビスたちと、わかり合いに行くんだ。それが、ボクの生まれた意味だから』

『わかり……あう……? アビスと……?』

『彼らは何も知らない。虚無から生まれ、全てを虚無に還す本能だけで生きている彼らは、悲しいほど真っ白で、真っ黒な存在だ。だから知識を司るボクが、彼らに教えてあげたい。ただ一つ、生命にとってとても大切な……「愛する」という感情を』

『……愛する、こと……』

 

 

 少年はとても不安で悲しそうで、僕でも思わず頭を撫でたくなるような顔でダァトを見つめていた。

 彼女もまた、そんな彼の眼差しを受けて寂しそうな顔をしていた。

 

 

『それが、ボクの……ボクにしかできない使命なんだよ』

 

 

 そう言って、彼女はカロン様にしたのと同じように、少年の身体を抱き締めた。

 少年の顔は彼女の胸に押し付けられたことで見えなくなったが、ダァトの顔はこちらからも見えた。

 彼女の語る言葉はどこまでも穏やかで、僕と同じ聞き心地の良いウィスパーボイスである。

 しかしその表情は──彼女の方こそ、何かを堪えているように見えた。

 

 

『キミにはキミの使命がある。だから、一緒には行けない』

『使命なんて……そんなものより、僕はっ!』

『ふふ、ありがとう。そう言ってくれて、嬉しいよ』

『……っ』

 

 

 泣きじゃくるような声を溢す少年の背中を、優しく宥めるようにポンポンと小さく叩く。

 そしてダァトは、少年の耳に囁くように告げた。

 

 

『愛してるよ、ケテル。この世界を明るく照らす、立派な天使になるんだぞ』

『──ッ、ダァト!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……え。

 

 

 あの子、ケテルなの!? 

 

 

 ダァトが述べた衝撃的な一言に唖然としていると、いつの間にか夢は途絶えていた。

 

 そんな、睡眠中の出来事である。




 総合2.5000ptありがとうございます!
 ここまで行けるとは思っていなかったのでありがたや……感謝感謝です。
 最終章になるかはわかりませんがフェアリーセイバーズ∞の物語も最終クールに入りそうです


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それはそういうものとして世界観を受け止める

 夢というものは不思議なことに、どれほど印象深くとも起床後にはほとんど忘れてしまうものだ。

 それは多分、起床後には身支度やら何やらで何かと忙しかったりするので、他のことに神経を傾けている間にどんな夢を見ていたのか忘れてしまうからなのだろう。

 身支度ではないが……僕もこの朝、早速忙しい目に遭った。

 

 ──目が覚めたら、目の前にビナー様の寝顔がありました。

 

 朝一番に受けた衝撃である。僕の居場所は寝る前と変わっていないので、どうやら彼女の方から僕のベッドに潜り込んできたらしい。

 あまりにも積極的な姿勢に僕は、ビナー様ってそっち系の人なのかな……って一瞬だけ疑念を抱いたものだが、縋るような寝顔で僕の浴衣をぎゅっと掴んでいる姿はレの字の人と言うよりも、大好きなお母さんに甘える娘みたいな雰囲気を感じた。

 

 そんな彼女を相手にしている僕自身、ベッドの中で密着し合ったこの状況でイケナイ気持ちよりも至って健全な、微笑ましい気持ちを感じていた。

 既に意識が覚醒した僕はうんうんうなされている彼女の身をおいでおいでと抱き寄せると、夢の中で見たダァトのようにその髪を撫でてやった。

 

 ──そう、僕は今朝見た夢をはっきり覚えていたのである。起きている時に直近で起こった出来事と同じぐらい、鮮明に。

 

 あれは何だったんだろう? 

 夢にしては荒唐無稽感が無さすぎたし、具体性がありすぎた。

 ビナー様以上に僕とそっくりなダァトに、羽の生えたカロン様。そして、まだあどけないショタっ子のケテル。色々とツッコミどころはあるけど、ただの夢として切り捨ててしまうには違和感がありすぎる光景だった。

 

 そもそもオリ主が見る夢なんて、普通の夢ではないと相場が決まっているのだ。

 

 オリ主にとって夢とはこう、いい感じの過去回想であると同時に、今後発生するイベントのフラグを担っていることが多い。

 たとえば悲しい過去を持つオリ主が昔の出来事を悪夢で見て「くっ、また同じ夢を見ちまった……」と訳ありな事情を仄めかすシリアス感を演出したり、意味深な伏線を張っていくものだ。

 

 それを踏まえると僕が今朝見た不思議な夢も、僕自身に対する何らかの伏線が隠されているのかもしれない。女神様っぽいカロン様め、憎い演出をする。 

 

 しかし、流石は僕だ。僕ほどのチートオリ主ともなると、今朝見た夢の一つさえ重要なシーンになるということだ。

 詳細の確認は……まあ、直接カロン様に聞けばいいかな。

 世界樹「サフィラ」の意思である彼女なら、これから行くことになる現地で再び接触することができるだろう。そこで今度こそ問い詰めて伏線回収よ。

 

 しかし仮にあの夢がこの世界の……彼女が見せた過去の歴史だったとしたら、流石の僕も腹を割って話さなければなるまい。主に、ダァトと僕の関係についてとか。今度は忘れないからね。

 その時どんな答えが返ってくるのか、正直ちょっと怖かったりもするが……僕がやることは変わらない。

 

 そうとも……とにかくオリ主したい。

 エイトちゃんはブレないのだ。

 

 

 

『ゃ……ん……っ、ダァト……いかないで……っ』

 

 カロン様の意思を考察しながら僕の胸に押し付けてきたビナー様の頭をよしよししていると、彼女は一層強く僕の浴衣を握った。あっ、ちょ、ちょっとそんなに引っ張るとおっぱいこぼれ……るほど無くて良かった。貧乳の勝利である。

 布団の中にはお見せできない光景が広がっていたが、彼女の寝言があまりに迫真だったので、その手を払うこともできなかった。ううむ……

 それにしても寝言までテレパシーで発信してくるなんて、どんな夢を見ているんだろうね? 

 僕と違って、彼女は眠りが浅いのかもしれない。大天使様だもんねー、ストレスも激しそうである。彼女はこの寝室にはあまり来たことがないと言っていたが、もしかしたら普段はこうしてベッドで眠ることも少ないのかもしれない。お労しや……

 

 

「大丈夫、大丈夫だよ、ビナー」

 

 

 ビナー様はうなされながら不安そうな声で呟いていたので、僕は彼女の背中を擦りながら抱きしめてあげた。

 ベッドの中で抱き合う女の子……これは百合の花が咲き乱れていますわ。

 というのは冗談だが、今の僕がこうして冷静なのはおそらく、転生当初よりも女性としての自分に馴染んでいるからなのだろう。そう考えると感慨深い。

 

 えっ? 割と最初から馴染んでいたって? ……否定はできないね、うん。

 

 もちろん、前世から女の子の身体に興味が無かったとか、そういうわけではない。友人たちほど開けっぴろげにはしていなかったけど、性欲はあったと思うんだよねー。

 だけどそういうのが激しい思春期の頃は何かと家族に過保護にされていたから、現実の女性に対して興奮する機会自体が少なかったのである。なので必然的に二次オタになったわけだ。

 

 そういう意味ではこの状況に置かれたのが前世の僕ならば、間違いなく頭がフットーしていただろう。それほどまでに男心をくすぐる色気が、今の彼女にはあった。

 

 ま、今の僕はT.P.エイト・オリーシュアであって、それ以上でも以下でもないんだろうけどね。

 

 

「ボクはここにいるよ」

『ん……』

 

 君の望む「ダァト」ではないけど、君が望んでいる以上は僕にこのベッドを離れる意思はない。

 紳士かつ淑女な精神を持つ高潔なTSオリ主は、いかなる古典的なトラブルであろうとクールに対処するぜ。

 寝ぼけてベッドに潜り込んできた美少女を、優しく抱擁してあげる精神が大切なのだよ。巷の鈍感系主人公たちには是非とも今の僕の姿を見習ってほしい。イキリエイトちゃんである。

 

 

 ……あれ? 今思ったけどこの状況、めっちゃオリ主じゃね? 

 

 

 おやおや、僕としたことが……ベタすぎてスルーするところだったぜ。絶好のオリ主チャンスを。

 朝起きたら目の前に美少女の寝顔があるという、王道的添い寝イベント──これを生かさずして何がチートオリ主か。

 今日の僕凄いな。朝から絶好調である。これは今日もいい一日になりそうですわ。

 

 

『……あ』

 

 

 あっ、ビナー様起きた。

 

 

『あ……えっ、あの……ひゃっ』

 

 

 寝ぼけながらもぞもぞと動き出したビナー様は、布団の中で結構はだけてしまった僕の胸に頭を擦り付けてからしばらくして目を開くと、そこで彼女を見つめる僕の目と視線が交錯した。おはよー。

 

 

『え……? ああああああっ』

 

 

 パチパチと目を瞬かせた後でようやく自身の状況を理解したのか、彼女は銀白色の目を大きく見開いてカァァァっと顔を赤くした。いいぞ、教科書みたいな反応だ!

 

 さあ来い! 僕にビンタをするのだ! 僕が今、チートオリ主による完璧なラッキースケベイベントを見せてやろう! 

 

 まず彼女が「キャーエイトサンノエッチー」的なビンタをかましたら、僕はやれやれと首を振るだろ? 

 そしたら僕はオリ主的クールな正論を返し、勝手にベッドに潜り込んできた彼女のことを華麗にSEKKYOUすることができるという算段である。

 

 そう、それは古来から続く由緒正しき主人公イベントである。

 

 だから遠慮せずに来い! カモーン! 

 

 

『わわわ……あわわわわわわ……っ』

 

 

 ……あれ? ちょっと君、動揺する時間長くない?

 

 ビナー様、僕が想像していた十倍ぐらい赤くなってぷるぷるしていた。何だこのかわいい生き物。あ、あのー……僕そっくりな顔でそんな顔されると、エイトちゃんとしては非常に変な気持ちになるのですが……

 

 だ、だがまだ諦めないぞ! そのまま熱くなった頭でつい動転してしまい僕の頬を打つのだビナー! 打て! 打つんだー! 

 

 

『!?!!?!???!???』

 

 

 駄目だこの子……どんどんバグり方が酷くなっておられる。

 よ、よし、だったらここは、軽く煽って意識を引き戻してあげよう。

 単純な親切心と華麗なオリ主ムーブをキメる為の前フリとして、僕はイタズラっぽい笑みを浮かべて彼女に耳打ちしてやった。

 

 

「見かけに依らず……ビナーは甘えん坊さんだね」

『きゅう……』

 

 

 あっ、ビナー様動かなくなった……あれー? 

 うーん……どうやら頭の中がパンクして突っ伏してしまったようだ。本当にきゅう……とか言う人初めて見たわ。カバラちゃんの鳴き声みたいな声が出たね。

 そんなことを思っているといつの間にか僕のベッドの横に座っていた本物のカバラちゃんと顔を見合わせて、二人で笑い合う。

 

 まあ、これはこれでオリ主らしい朝のイベントなのではないかと思う。

 

 しかし、ビンタではなくそっちのパターンだったかぁ……ビナー様は暴力系ヒロインじゃないから仕方ないか。寧ろその手のイベントは、ツンデレなマルクト様ちゃんの方が似合いそうである。

 ちょっとだけ残念に感じていると、しばらくして復帰したビナー様が、布団の中で猫みたいに丸くなりながら言い訳を述べた。

 

『……違う、違うんだ……私はそういうんじゃなくて……!』

「わかってる、わかってるよビナー」

 

 大丈夫。君がレの字ではないのは寝顔を見てわかっている。

 なので心配は無用だ。仮にそうでも、そんなことで君を気持ち悪がったりしないからね。これは本当だ。

 

『ぜ、絶対誤解されてる……いい歳こいて、何やってんだよ私……っ』

 

 

 フッ……かわいい。

 

 うん、かわいい。

 

 大事なことなので二回言いました。

 何なら三回目を言ってもいいが、それ以上は無粋である。朝から幸せな気分になったわ。

 

「誰にだって、そういう一面はあるものさ。恥ずかしがらなくたっていい」

『……ほ、本当かい?』

「うん、本当さ。ボクも……いや、何でもない」

 

 僕にも大きくなってからもそういう時期はあった──と言いかけて、彼女より遙かに年下の僕が言っても何のフォローにもならないなと思い直してやめておく。

 ビナー様はちょっと距離感がバグってそうだけど、彼女の場合は僕のことを母親的な存在「ダァト」だと思い込んでいるからね。

 ようやく会えたお母さんなら、ちょっと魔が差してしまうことぐらいあるだろう。僕が本物かどうかはさておき。

 

 

 何はともあれいい朝だ。

 僕は彼女よりも早起きしたことで、三文よりも遙かに上質な得をした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はい。

 

 

 それからところ変わってヘットの町。

 それぞれいつもの衣装に着替えた僕たちは、城の中で朝食を摂った後で再び「テレポーテーション」でこの町に戻り、ザフキエルさんたちやセイバーズ一行と合流することにした。

 

 その際、僕たちの方が早起きで時間もあったので、彼らの支度が整うまでほの暗いヘットの町を歩いていた。

 朝のことをまだ気にしているのか僕への目線がぎこちなかったビナー様は、『わ、わたしは町長に挨拶するから後でねっ』と言い渡すなり単独行動を開始し、一人手持ち無沙汰になった僕はカバラちゃんとのんびり散歩に出掛けたわけである。

 

 昨日の今日ではアビスが残していった爪痕は目立つものの、町の聖獣さんたちはその事実に悲嘆しておらず、驚くほどポジティブな様子だった。

 僕とすれ違ったおじいちゃん聖獣なんかは助けてくれた感謝の気持ちとばかりに美味しい飴ちゃんをくれたし、町の中で瓦礫の掃除を行っていたガタイのいい兄ちゃんたちなんかは僕に気づくと、軽い感じで「エイト様うぇーい」と笑顔で手を振ってくれたものである。

 僕もいい朝を迎えてとても気分が良かったので、「いえーい」と手を振り返してあげたらとても喜んでくれた。そうそう、こういうのでいいんだよ。苦しい時ほど明るい気持ちでいこう。

 

 

 ──で、そんな早朝のヘットの町並みを飴ちゃんを舐めながら歩いていると、閑散とした広場で一人、木刀を振り回している少年の姿を見つけた。

 

 人間で言うと九歳ぐらいかな? 女の子みたいに肌が綺麗な、エルフ族の子供だった。

 

 

「熱心にやってるね……朝から精が出る」

『えっ』

 

 

 某日午前5時30分頃、ヘット1丁目2番付近で、声かけ事案が発生。

 女は16~19歳位、身長160センチ位、黒色上衣、黒色スカート、黒色帽子。

 遊んでいた男子少年に対して、「肌が白くて綺麗だね。この世に悪はいない」と声を掛けたもので、女は徒歩で西方へ立ち去り──こんな感じの事案、前世の世界にあったな。

 

 冗談はさておき木刀ですよ木刀! ジャパニーズ・カタナである。

 

 この世界にもあったんだね。もしかしたらこの島では、他の日本文化と一緒にビナー様経由で広まったのかもしれない。昔、修学旅行先で僕たちが買ったのと似ている奴だ。

 木刀、ペナント、ドラゴンっぽいキーホルダーと言えばその場のテンションで買ってしまう三大謎土産だからね。異論は認める。いやー懐かしい。

 

 

「自主鍛錬かい?」

『は、はい……』

 

 

 はえーまだ幼いのに、こんな時間から立派なものである。

 流石はアビスの襲撃に耐え抜いたプロ市民と言ったところか……幼い子供でも自主的に鍛錬に励むとは、そりゃあタフなわけである。

 そんな少年を見ていると僕もお節介心が湧いたと言うか、エルフ族の鍛錬風景というものにも興味があったので僕も広場に留まることにした。土地は広いので少年の邪魔にもならないだろう。

 

 

「さて、と……」

 

 少年の鍛錬を見守りながら、僕自身も鍛錬しましょうかね。そう……音楽の鍛錬だ。

 僕は適当な場所に腰を下ろすと、異空間から「どこでもハープ」を取り出した。本当は地べたではなく木の上とかに座りたかったのだが、あいにくにもこの辺りはそれに適した木が一本も生えていなかったのである。残念。

 なので今回は地べたに座って演奏することにする。

 おう、カバラちゃんもたまには地面に降りな。あまり僕に乗ってばかりいると太るよ? 丸々した君もかわいいと思うけど。

 

「キュー……チチッ」

 

 そんな僕の思考を読み取ったのか、僕の肩から地に降りるなり広場を駆け回り始めたカバラちゃんの姿を微笑ましげな眼差しで見届けた後、僕は体育座りのように立てた右膝にハープをもたれ掛けた。

 大人しめな感じだけど暗い感じではなく、まだ寝ている人が多いことも配慮して静かなメロディーに調律して「ポロロン」と鳴らしてみる。我ながら様になってきたものだ。

 

 しかし、新曲を作るのは流石に背伸びだったかも……と、僕は一夜明けてその難題に頭を悩ませていた。

 

 だけど翼との約束だからねー。半分ぐらいノリだったとは言え、予想以上に期待されている感じなので反故にするわけにはいかない。しかし彼に似合いそうな新曲となると、派手めなのよりも地に足の着いた渋めの曲調の方が似合うかもしれないね。

 そう思いながら気ままにハープを弾いていると、木刀の少年が素振りの合間に僕の方をチラチラ見ていることに気づいた。

 

 ……うん、いきなり広場に乗り込んで見慣れない楽器を弾き始めたら気になるよねそりゃ。

 

 僕としては鍛錬の邪魔をするつもりはないので、どうかお気になさらず続けてほしい。

 何なら頑張る少年に対して、応援のメロディーでも贈ってあげようかなと思っていた。

 そんな意図を込めてニコリと微笑む。すると少年はガチガチに緊張した様子で目を逸らした。

 あれま、もしかして逆効果だったかな? 彼は人に見られると緊張するタイプでしたか……僕は見られると嬉しいタイプの子なので、お互いの価値観の齟齬が招いた悲しいすれ違いである。

 

 これは、悪いことをしたかな……反省して演奏を止めると、振りかぶった少年の木刀がその手からすり抜けていった。危ない! 

 

 

『……!?』

 

 宙に回転しながら飛んでいった木刀が彼自身の脳天目掛けて落ちてきた瞬間、僕は慌てて「念動力」を発動する。

 飛んでいった木刀を念動力で受け止め、そのままふわふわと僕の手元に誘導したのである。ふう、危ない危ない。

 僕自身が飛び出して身を挺することもできたけど、それだと僕も痛いし少年を突き飛ばして怪我させてしまう危険もあったので一番安全な手段をとらせてもらった。やっぱり便利だね念動力。

 我ながら冷静で的確な判断である。流石僕だ。

 

 

「ボクのせいで気が散ってしまったのなら謝るけど、しっかり握らないと危ないよ?」

『ご、ごめんなさいっ』

「うん、素直でよろしい。気をつけてね。せっかくカッコいいんだから」

『か、カッコいい、ですか……?』

「? もちろんだよ」

 

 

 刀はカッコいいものだろ常識的に考えて。

 

 なので、少年が木刀を振っていたのは何も悪くない。この世界では子供が広場で木刀を振り回すことも違法ではなさそうなので、そこには突っ込まないでおくのが大事だ。

 SEKKYOUをする時はね、世界観に配慮した指摘が大切なのである。

 たとえば世界の平和を守る為に九歳の少女が警察組織で働いている魔法少女ものの世界に転生したチートオリ主が、その警察組織に対して少年兵がうんたらかんたら殺す覚悟もない子供が出てくるな云々と冷静に指摘したりするのは理屈の上では正論だけど、物語的には野暮なのである。もっと言うと、ナチュラルなアンチヘイトになってしまうからね……

 

 それを避ける為には、転生した世界では無理に転生前の常識に当てはめようとしないのがデキるオリ主のポイントである。

 

 

「……子供たちが、武器を振り回さなくていい世界、か……」

『えっ?』

 

 

 うん。いっそその路線を突き詰めて、殺伐とした世界の中で平穏を望むオリ主が自ら指導者として立ち上がり、少年少女が武器を振り回さなくて済む世界をつくる為に奔走するお話であれば、それはそれでアリかもしれない。

 野暮なことには変わりないが、時々そういうSSを無性に読みたくなることがあるんだよね。それもまた、二次創作の仕組みの深さだと僕は思った。





 布団の中は映像化されていないのでセーフです。


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最古の被害者

 木刀──と言うか刀というものは、どうしてこう男の子の心をくすぐるのだろうね。

 

 念動力で回収した木刀の柄を掴むと、僕は昔、修学旅行で買ったお土産のことを思い出した。

 購入経緯としてはその場のテンションでつい買ってしまったものだけど、前世の僕はそれでもまだ有意義に使っていた方である。

 剣道やら剣術やらを習っていたわけではないが、文化祭で演劇を行う際、僕は殺陣の練習にブンブン振り回していたのだ。

 残念ながら前世の僕は女の子よりもガス欠が早い虚弱体質だったので、あまり長いシーンを演じることができなかったけど、それでも並の人より見栄えの良い演技をする素質はあったと思う。ささやかな自慢である。

 そして久しぶりに握った木刀にテンションが上がったからだろうか。僕は今猛烈に、あの頃のように豪快に得物を振り回したくなった。

 

 

「秘技……冥界斬烈剣」

 

 

 とくと見るがいい! ぼくがかんがえたさいきょうの剣術を!

 

 童心に返り当時のテンションでカッコつけると、僕は三日月の弧を描くように華麗なステップを踏みながら、「闇の呪縛」によっていい感じのエフェクトを撒き散らしながら木刀を振り回す。

 闇を纏わせた木刀を一閃する度に、漆黒の闇が渦を描くように弾けて消えた。うむ、カッコいい。

 

 まったく、邪気眼真っ盛りの頃に編み出したイメージをそのまま再現できるなんて、この異能は最高だぜ!

 

 地球に帰ったら改めてアリスちゃんたちにお礼しに行こう。これは決定事項である。

 しかしネーミングに「冥」が付く必殺技って、なんかいいよね。冥道残月破とか最高である。

 

 そんなことを考えながら前世の僕が演劇用に編み出したひたすら見栄えの良い剣技を披露すると、少年からキラキラした尊敬の眼差しを頂戴した。

 わかるよ。カッコいいもんね!

 

『同じ木刀なのに……おねーさんすごい……』

 

 ふふ、そうだろうそうだろう!

 厨二フレンズとの遊びで習得し、文化祭で完成させたこの無駄に洗練された無駄の無い無駄な動き──見せ物としては中々、大したものだろう。

 しかも、それを前世より遥かに体力があり、尚且つしなやかなエイトちゃんの肉体で行うわけだから効果は絶大だ。案外見栄えだけではなく、実戦でも割といけんじゃね?と思うほどに。

 もちろん炎やマルクトみたいなその道の達人を相手にチャンバラするには、色々と技量が足りていないのは間違いないが。それでもカッコ良さは全てにおいて優先されるのである。

 

「ボクからしてみれば、得物は関係ないかな。聖術を応用すれば、キミにだって同じことはできるさ」

『僕にも?』

 

 うん、エルフ族はMP特化みたいなイメージあるし、このぐらいならいけるいける。

 と言うわけで、君もやろう! レッツ・厨二剣術!

 目指せ魔法剣士である。少年が何を目指して木刀を振っていたのかは知らないけど、普段は剣で戦っている剣士が実は魔法的な分野の方が本領だったりするの、滅茶苦茶カッコ良くない?

 距離を取って戦うことで優位を取ったつもりになっている相手に向かって、「いつから私が、聖術を使えないと錯覚していた?」とかドヤ顔で告げたら滾るよね。底知れない実力者感溢れるムーブで、大変ナイスである。

 

「勝手に振り回してごめんね。はい、返すね」

『あ……どうも』

 

 一頻り運動したことで満足した僕は、清々しい笑みを浮かべながら手渡しで木刀を返す。

 エルフ族の少年は畏った態度で受け取ってくれた。うむ、聖獣の子供はみんな礼儀正しくていいよね。たまたま僕が会う子供がいい子ちゃんばかりなのかもしれないが、心の綺麗な人を見ると自分の心も洗われるようで気分がいい。

 尤も、あまりにも綺麗すぎるとその眩しさにこちらがダメージを受けることになるので、容量用法を守る必要があるが。

 

「ほら、頑張ろう」

『……うんっ』

 

 気分が乗った僕はそれからもしばらく、少年の鍛錬風景を眺めることにした。

 

 その際、少年は無邪気な態度でさっき見せた僕の動きを教えてほしいって言うものだから、僕も嬉しくなって文字通り手取り足取り教えてあげたものである。後ろから腕や足を掴んで動作を指南したり、まるで師匠になったようでワクワクする。

 もちろん、所詮は見栄えだけの素人剣術なので、実用性が無いことは伝えておいたよ? 真面目に剣を練習している子に、変な癖が付いたら悪いしね。

 しかし男の子にとってカッコいい振り方というのは、それだけで大きな意味があるものだ。少年はそれでも構わないと、僕に教えを乞うてきた。

 

 それに……元々少年は、本格的に剣で戦いたいからという理由で朝から木刀を振り回していたわけではなかったらしい。鍛錬を始めたのも今日が初めてなんだそうだ。

 それにしては木刀を振る姿が様になっていた気がするが、きっと筋が良いんだろうね。素人目線ながらそう褒めてあげると、少年は謙虚に照れた。おやおや顔を赤くして微笑ましいねー。

 

 少年が早朝から木刀を振っていたのは、昨日の事件で自分たちを颯爽と助けに来てくれたセイバーズの影響らしい。

 

 焔の剣を振るう戦士──暁月炎のことだね。彼に助けてもらった瞬間、少年はいつか自分も彼のように仲間を守る戦士になりたいと思ったのだそうだ。

 人間と聖獣の垣根を越えて、主人公に憧れる少年──いいね。まさに少年漫画の「王道」って感じだ。続編があったら次回作の主要キャラを張りそうな設定である。

 尤も炎たちはここに来るまで既に何人も救ってきたので、同じ理由で鍛錬を頑張っている子は他にも何人かいるだろう。やれやれ、彼も罪な男だね。

 

 

『もちろん、おねーさんの活躍も見たよ! あんなにいた空のアビスを、一人で全部やっつけるの凄かった……! みんな、おねーさんが一番カッコ良かったって言ってますっ!』

 

 

 

 ……

 

 

 

 ……!?

 

 

 そ、そう? い、いやー流石僕だね! 原作主人公以上にカッコ良くキメてしまうとは、どうやらまた僕やっちゃったらしい。

 

 ふふ、そうかそうか……

 

 うん、控えめに言って嬉しいよね。

 オリ主と言えどあまりにも原作主人公たちの活躍を食い過ぎてしまうのは僕の美学的にどうかと言う場面もあるが、昨日僕がやったのは所詮雑魚散らしだったし、あの状況で空のアビスをなんとかできるのは僕だけだったので仕方ない。

 そう自己弁護していたが、現地の子供からこうして直接屈託の無い笑顔で感謝されるのは……悪くない気分だった。

 しかし、あまりにも真っ直ぐな気持ちに当てられた僕は、一旦心を落ち着ける為に耳に掛かった自身の髪をいじいじしながら視線を彷徨わせる。照れてないよ? うん、クールなオリ主は簡単には照れないのだ。

 

 

 ……よし、落ち着いた。

 

 

 内面はともかく、外面も調子に乗って喜ぶのはオリ主的に小物っぽいムーブで嫌だからね。

 エイトちゃんは謙虚なチートオリ主なのだよ。

 それに……こうして僕をカッコいいと言ってくれた子供の夢は、守らなきゃいけないよね。

 

 

「ありがとね。そう言ってくれると、ボクも救われるよ」

 

 

 民度が高い市民でお姉さんは嬉しいよ。

 助けてもらっておいて助けた側を糾弾するような、よくある勇者迫害物系の市民と違って、ここの人たちは一人で町を破壊し尽くせるような力を持っている僕を見ても特に疎んだりすることはなかった。

 こんなんじゃ僕、ここの人たちを守りたくなっちゃうよ……さらに気分が良くなった僕は、少年の頭にぽふぽふと手を置いて荒々しく撫でてやった。

 

『あっ……へへ……』

 

 無邪気に笑う少年の反応に癒される。

 僕はショタコンだった……? いや、誰だって健やかで無垢なエルフっ子に褒め称えられれば気分が良くなるだろう。よって今の僕の感情は至って正常です。はい、証明完了。

 

 

 

 

 

 

 

 それから数分ぐらい少年の鍛錬を手伝った後、「千里眼」で炎たちの準備が整ったところで僕たちは別れた。

 その際、少年がいつか僕みたいにこの町を守れるようになりたいと宣誓したのには思わず目を丸くしたが、僕はその夢をあえて否定せず微笑みで受け止めてやった。

 

 いやあ、我ながらスーパースターになったような気分で鼻が高いよ。

 

 何だろう、この……今日は朝からハッピーすぎない?

 今日の僕、星座占いとか絶対一位だろう。間違いないね。そのぐらい今日は、立て続けに良いことが続いていた。

 

「~♪」

 

 そんな気分だったので僕は、あえて「テレポーテーション」を使わず自分の足で炎たちのもとへ向かうことにした。

 ルンルン気分でフェアリーセイバーズのOPの鼻歌を口ずさみながら、カバラちゃんと横並びで道を歩きながら空を見上げる。

 

 ああ、空も大分明るくなってきたね。ほら、太陽があんなに輝いて──

 

 

 

 ……輝きすぎじゃね?

 

 

 

 好事魔多し、という言葉がある。

 調子が良い時ほど邪魔が入りやすいという意味だ。僕が調子に乗って怪我をしないように戒める目的で、昔何度か姉さんに言われたことがあるのを思い出す。

 

 ビナー様との添い寝に町民たちからの温かい感謝の気持ち。そんな僕得のイベントが重ねて続いた以上は、何かしらのバッドイベントは起こるものだろう。

 

 SSでも最初から最後までいいこと続きなお話というのは、実は滅多に無かったりする。

 チートオリ主がひたすら無双する最強系SSだって、オリ主に叩きのめされる悪役が何かしらの悪事を行うバッドイベントが発生するものなのだ。バッドとグッドは表裏一体で、どちらか片方だけというのは作者側としても作りにくいのである。

 

 はてさて、これは僕にとってバッドイベントか。

 それともさらなるグッドイベントか。

 

 

 警戒半分、期待半分の気持ちを一度に浮かべながら、僕は空に輝く太陽──に見えた、一人の大天使(・・・)の姿を見上げた。

 

 

 

「……その輝きは世界を照らす光か。それとも……」

 

 

 まばゆい光はこれ見よがしにこちらに向かって、ゆっくりと降下してくる。

 その姿を見届けながら、僕はいい感じの言葉を呟いて間を持たせる。あっ、カバラちゃんは危ないから下がっててね。

 

 僕がその眩しい光点の正体が大天使であることに気づけたのは、もちろん異能「サーチ」のおかげである。

 「サーチ」によって観察したところ、その光がビナー様たちの扱う神聖な天使パワーであることがわかったのだ。

 しかし、解せないのはそれ以外の情報が一切合切見えてこないことだった。

 闇の霧の中を調べようとした時や、深淵のクリファ「シェリダー」を相手に異能を使った時と同じ感覚である。相手から明確に、僕の「サーチ」を拒絶されている。

 一方的に覗いたのはまあこちらが悪いのだが、その時点で僕が警戒心を抱く理由になった。

 

 しかし、あれが大天使なら誰だろう? 今まで会ってきた誰かでないことは間違いない。

 そうなると5の大天使ゲブラーか、或いは9の大天使イェソドか……と思ったところで、光が収まりその正体を直視できるようになる。

 

 そして全てを理解した僕はフッと笑い、したり顔でその姿を見据えて言った。

 

 

「キミが来るとはね……王様」

 

 

 十枚の白い羽。

 僕と同じぐらいの長さの白い髪。

 その色に馴染む純白の法衣を纏った男は、その瞳に生命力溢れる神々しい光とはあまりにも正反対な──覇気の無い死んだ眼差しを宿している。

 それこそがサフィラス十大天使の「王」にして最強の天使、アニメ「フェアリーセイバーズ」のラスボスこと「ケテル」の姿だった。

 容姿は二十代後半ぐらいの美青年と言った感じだが、その実何億年以上も生き続けている天界最古の大天使様である。

 

 ……いや、なんでラスボスが直々にやってくるのよ。

 もうじきこっちから行く予定だったんだから、大人しく待っていなさいよ。

 

 そんな内心をひた隠しにしながら僕の前に降りてきた彼の姿をじーっと見つめていると、彼の方も同様に僕の姿をじろりと見つめ返してきた。

 

 まるで運命の出会いのように、見つめ合うオリ主とラスボスである。

 

 色々と予想外かつ唐突な登場に僕の頭はパニクるかと思ったが、こうして向き合ってみると意外なほど冷静な自分に感心した。

 僕は今、初めて対面した最強の天使の存在感に、はっきり言って呑まれそうになっていた。

 しかし昨夜見た夢の記憶が残っているからか、心のどこかではこの出会いを予感していたのかもしれない。生で見るラスボスを前に、フェアリーセイバーズファンとして興奮している自分もいた。

 

 

『…………』

 

 

 白髪の大天使、ケテルは今も無言で僕の姿を見つめている。

 ダイヤモンドのような瞳は輝きが無く死んだ色をしているが、その顔立ちには夢で見た少年の面影が少しだけ残っているように感じる。

 しかし、ダァトに覆い被されるように抱き締められていた小さな少年が、随分と大きくなったものだね……いや、あの夢が実話なのかは知らんけどね?

 今朝見た夢を脳裏に浮かべながら、二メートルに及ぶ長身の引き締まった身体を見て、僕は思わず呟いた。

 

 

「……立派になったね」

『────』

 

 

 あっ、ちょっと顔色変わった。

 

 目を閉じて静かに息を吐いている。それは何か、心を落ち着けようとしているような仕草に見えた。

 しかし僕の知るケテルと言えば常に淡々としていて、何と言うか感情の起伏が乏しいイメージがある。

 そんな彼が、思わず動揺しかけるほどの展開となると──並大抵ではない何か、因縁を感じる。

 

 カロン様……せめてここに彼が来るのが「フェアリーセイバーズ∞」の展開なのか、貴方のオリジナル展開なのか教えてくれませんかね……?

 

 ラスボスが前倒しで僕の前に現れたこの状況。

 どう動くべきか判断しかねている僕の前で、白い大天使が長い沈黙を経てようやく口を開いた。

 

 

『……今更……僕を笑いに来たのか……ダァト……』

 

 

 僕よりもずっと大きな図体に似合わず、独り言みたいに小さい声でそう呟いた。

 しかし、エイトちゃんイヤーは地獄耳。渋カッコいいイケメンボイスのその言葉を、僕の聴覚ははっきりと聞き取っていた。

 そして僕は、今朝からそうかもしれないと疑っていたことを改めて理解した。

 

 

 ああ──あの夢、やっぱり実話だったんだね。

 

 

 これはひょっとすると女神様っぽいカロン様は、僕にとんでもないポジションを与えていたのかもしれない。そう思った僕は、この状況をどうオリ主っぽく切り抜けるか頭を悩ませた。

 僕、ダァトじゃないんだけどね……

 






 最古の(おねショタ)被害者。
 因みにケテルは少年との一部始終を全部見ていました。


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「あんたがこの国の王か?」「ほっほっほ……」

 ビナー様は言っていた。

 「ダァト」はサフィラス十大天使にとって母親的な存在で、彼らよりも古い時代に生まれた「原初の大天使」であると。

 原初とか0番目とか、オリ主としては何とも心惹かれるワードであるが、今は置いておこう。

 今回は、相手が相手だからね。何せアニメ「フェアリーセイバーズ」のラスボスだ。迂闊な言動が世界全体に与える影響は、下手をすれば主人公である炎たちよりも大きい。

 

 つまりオリ主が絡む相手としては、この上無いポジションでもあるわけだ。

 

 僕もSSでは原作主人公とラスボスが対立する原作で第三勢力として介入し、両方に対していい感じの影響を与えるオリ主物が好きだったりする。もちろん原作にもよるが、ラスボスさえも救済する真のハッピーエンドという奴がね。

 そんなエイトちゃんだからこそ、あの時最終目標に定めたわけだ。

 カロン様が執筆するSSに、「ケテル救済」のタグを付けることを。

 故に、僕は実践しなければならない。ケセドを甦らせた時のあの感動を──尊さを手に入れる為に! 

 

 

『ケテルッ!』

 

 おや、ビナー様のエントリーだ。

 そうか、カバラちゃんの目を通して見ているんだったね。ケテルの来訪に気づいた途端、彼女がテレポーテーションを使い、どこからともなく慌てた様子で駆けつけて来た。

 

『……ビナーか』

『まさか、貴方が直々にやって来るなんてね……島の管理者として、ちゃんとお出迎えするべきだったかな?』

『必要無い』

 

 ケテルは僕とそっくりな彼女の顔をチラリと一瞥すると、ほんのわずかに眉を顰める。話には聞いていたけど、本当に嫌われているんだね……

 彼は彼女が自分の言いつけを破り、素顔を晒したことに対してやはり快く思っていないようだ。ビナー様も態度こそ飄々としているが、その頬はいつもより強張っている。僕の目には機嫌の悪いお父さんにビクビクする娘みたいに見えた。

 

 それはよくない。

 

「萎縮しないで、ビナー。何年も素顔を隠し続けてきたんだ。懲罰はもう十分だろう」

『エイト……』

 

 ビナーが素顔を隠していたのは昔ケテルと喧嘩したからという話だが、聞いた限りでは彼女がそこまでの仕打ちを受ける必要は無いと思うんだよね。

 それに何百年も何千年も律儀に言いつけを守っていたのなら、流石に時効で良いのではないか。

 もちろん僕が当事者じゃないからこそ気軽に言ってしまえる話ではあるものの、彼女はこの通り善人なので、彼には王様らしい寛大さを見せてほしいものである。

 

「ね? 王様」

『…………』

 

 抗議の気持ちを視線で訴え掛けると、ケテルは無言を返し無表情で応えた。いや、どんな感情だよその顔は。

 しかしはっきり拒絶もしないと言うことは、案外それほど怒っているわけではないのかもしれない。

 もちろん彼がビナーの目をひと睨みするだけに留めていたのは、「ダァト」だと認識している僕の手前だからという理由もありそうだが。

 

 ……そう、僕にとってはそこが一番の問題である。

 

 あの夢が女神様っぽいカロン様が見せた昔のフェアリーワールドの実話だとするならば、「ダァト」という大天使はまだ幼い頃の彼と随分親しかったように見える。

 夢で見たのは切なさを感じる別れの光景のようだったが……僕には彼女に対するケテル少年の態度が、尊敬するお姉さんに対するそれのように感じた。

 

 僕にも尊敬する姉さんがいたからね。経験則からそういう感情は、何となくわかるのだ。

 

 

『……何故……戻ってきた?』

 

 

 そんなケテルはビナーから視線を外すと再び僕の目を見つめ──くっそ長い沈黙を置いて訊ねてきた。

 いや、君……ちょっとアニメと違くない? 

 アニメ「フェアリーセイバーズ」でも確かに生気の薄い死んだ目をしていたが、僕の記憶ではもう少しハキハキした喋り方をしていた気がするのだが……ううむ、新作「フェアリーセイバーズ∞」ではこういうスタイルなのだろうか。

 作中においてケテルは間違いなく重要人物だったが、ラスボス故に登場回数が少なかったからね。そういう意味では彼についてはどういうキャラなのか解釈が分かれる人物だった。

 

 オーケー、カロン様。把握した。そういうことなら僕も合わせるよ。

 

 物静かで喋りが遅い相手こそ微笑みながら相槌を打ち、急かさず焦らせずじっくりと相手のペースで言葉を待つのが大事である。たとえ、言っていることがよくわからなくてもね。

 前世でも病院で知り合ったおじいちゃんたちにはこうして僕が笑顔で相槌を打っていると、初めはゆっくりだった喋りが段々饒舌になっていったものだ。ふふふ、僕は聞き上手なのだよ。翼も話しやすそうにしていたし、実際効果はありそうだ。

 

 

『何故、ここにいる?』

 

 

 流石にケテルはシリアスな態度を崩さなかったが、そうしていると少しずつ言葉を発するペースが早くなってきた。

 しかし、これは……

 

 

『何故、人間共に味方をしている? 何故……』

「…………」

 

 

 渋いイケメンボイスから畳み掛けてくる何故何故ラッシュに圧倒され、僕は笑顔の裏で返答に詰まる。

 うーん、何故と言われましても……僕オリ主だし。ケテルの方こそ、ラスボスが何故ここにいるのか聞きたいところである。原作の時系列的に考えれば、今のケテルは世界樹の深層──聖龍アイン・ソフの居場所に一足早くたどり着いている筈だからだ。

 

 そう──彼は世界樹「サフィラ」というラストダンジョンで律儀に待っている、由緒正しきラスボスなのだ。

 

 彼が自ら他所の島に乗り込んでいることの方こそ、僕には想定外だった。

 

 

『……何故、今更……』

 

 

 ……むー。

 

 どうしよ……何やらとてつもなく重い感情を感じるんだけど。

 これは、下手な返答は厄介なフラグになると見るね。これがアドベンチャーゲームなら、死亡フラグに直行する選択肢が浮かんでいるところだろう。ならば尚のこと、慎重に受け答えしなければ。

 一応マインドシールド的なものを張って心は読まれないようにしているけど、それもどこまで通用しているのやら……僕の目を見つめる彼の瞳はまるで深淵に覗かれているようで、正直怖かった。

 

 

「世界がボクを求めていたから……かな?」

 

 

 なので、彼の前では嘘を吐かないことにする。訊かれた問いには真摯に答えることにした。

 もちろん全てを明かすこともしないが、嘘八百で誤魔化すこともしない大体いつも通りの意味深ミステリアスムーブである。

 

『世界が……?』

「どうか新たな可能性が生まれるようにと、世界が願った。今、ある一人の女性が紡ごうとしている物語を……少しでも、手助けできればと思ってね」

『世界樹の意思に……カロンに会ったのか?』

「うん」

 

 コイツ……エイトちゃんのミステリアス言語を速効で理解した……!? 

 

 さ、流石ラスボスだね……嘘はマジで吐かない方がいいなこれは。

 しかし、やっぱりカロン様とお知り合いでしたか……あの人もこの世界出身なのだから、そこまでおかしい話ではないか。夢にも出てたしね。

 

 流石に、ケテルまで原作知識を持っているとかないよね? 

 

 原作のメタ知識が現地人にも広まっているのは、SS的にはあまりよろしくない展開だ。

 理由は原作知識持ちの転生者が複数いるSSと同じである。世界観がぐちゃぐちゃになって、収拾つきにくくなるのだ。

 

 ……うーん、しかしカロン様はどういうポジションなのかわからなくなってきたな。これも後で本人に確認しておこう。

 

 

『……そういうことか』

 

 おう、そういうことだよ。

 知らんけど。

 

 流石に二次創作のオリ主云々までは言えないので、今はこの言い方に納得してもらうしかない。

 カロン様と彼がどういう関係なのかは知らないが、お互いに知人同士だとするなら僕の知らない面倒ごとはカロン様にぶん投げておこう。それぐらいのフォローをしてもらってもバチは当たるまい。いいよねカロン様? 

 

 

 

「エイト! ビナー様!」

 

 おっ、炎たちもやってきたね。おはよー。

 

 一番足の速い翼を先頭に、炎と長太、メアちゃんとケセドの順に空から降りて来た。

 ビナー同様大急ぎでやって来たのだろう。お馴染みの三人はそれぞれ既にフェアリーバーストを発動した姿をしていた。

 

「一体何が……っ!」

『……セイバーズ……ダァトに導かれた来訪者たちか』

 

 僕たちのもとにぞろぞろと合流してきた面々を一瞥し、ケテルが淡々と呟く。

 主人公チームとラスボスの、満を持しての会遇である。

 いいね……こういう展開は、いよいよ物語が佳境に入ったという感じで、とても昂ぶる。

 彼らは僕たちの前に立っている白い大天使の姿に気づくと、そこから発せられる圧倒的な威圧感を前に警戒の表情を浮かべた。

 緊迫した空気の中で、氷の鎧に身を包む力動長太が訊ねる。

 

 

「あんたがこの世界の王様か?」

 

 

 お約束のセリフキター! 

 

 信じていたぜ長太! 君なら絶対言うと思ったわ! 

 そうとも、異世界で王様に会ったら一度は言ってみたい言葉である。地球からやって来たチート主人公が、謁見の第一声として乱暴な言葉遣いで素性を問い質すのはファンタジーRPGやネット小説では定番である。

 そしてお付きの人が無礼な言葉遣いを窘め、王様がそれを制止して「ほっほっほっ、良い。面白い男じゃ」と主人公に一目置くのが、古往今来から続く黄金パターンである。

 

 ──この場合も例外ではなく、長太の発言に憤ったかのように空からお付きの人がわらわらと飛来してきた。

 

「なに……?」

「っ……あれは……!」

 

 空から次々と降り注ぐ四本の光の柱。

 その中からド派手に姿を現したのは、いずれも八枚の羽を持つサフィラス十大天使の姿だった。

 

「栄光」の名を冠する8の大天使ホド。

「王国」の名を冠する10の大天使マルクト。

「知恵」の名を冠する2の大天使コクマー。

 いずれも会ったことのある大天使の中で、今回初めて姿を現した「峻厳」の名を冠する5の大天使「ゲブラー」の姿もある。

 ゲブラーの姿は「峻厳」のイメージに沿うような、強面なヒゲ面のおじ様である。いかにも宣告とか警告する姿が似合いそうな、見た目で言えば一番神様っぽい容姿をしていた。

 

 そんな四人が僕たちを取り囲みながら戦隊ヒーローのようにシュババッと着地すると、彼らを代表してコクマーが言った。

 

『躾のなっていない無礼者がァ……王の御前であるぞ! 控ェい!』

 

 おおー! いいぞ、いい流れだ。

 後は王様たるケテルが、ビキビキするコクマーをやんわり諭せばストレートフラッシュと言ったところだが……

 

『…………』

 

 あっ、うん何でもないです。

 ケテルが温厚なキャラなら、そもそも人間世界に攻撃なんてしないもんね。

 だけど、期待するぐらいいいじゃないか……そんなに怖い顔しないでよー。

 ちょっとだけしょんぼりしたエイトちゃんである。

 

『…………っ』

 

 しかしサフィラス十大天使の内、七人が一堂に会するとは……ほとんど全員集合とは流石の僕も読めなかったわ。

 ネームドキャラがこれほど集まるのは小説的には読みづらくなってしまう展開であるが、金輪際お目に掛かれるかもわからない壮観な光景である。ありがたやありがたや。

 みんな、揃いも揃ってビジュアルがいいからね。フェアリーセイバーズファンとしては大変眼福だった。

 

 だが、セイバーズの状況的にはよろしくない展開である。

 

 僕のことを無言で見つめてばかりで、その真意が一切見えないケテル。

 殺意バリバリで今にも攻撃を仕掛けそうな、不機嫌オーラ全開のコクマー。

 ケテルの視線を遮るように前に出て、頼もしい背中を僕に見せているイケメンなビナー。

 メアちゃんの肩に留まって、話し掛ける機会を窺っている小鳥姿のケセド。

 コクマーほどではないが、こちらに対して厳しめな眼光を覗かせているゲブラー。

 後方で腕を組みながら傍観の体勢に入っているホド。

 ケテルとセイバーズ、両方に目配せしながら不安そうにそわそわしているマルクト。

 

 ……うん、パッと顔色を見回しただけでも、僕たちに対するそれぞれのスタンスが窺えるよね。

 

 僕たちがこの世界で会ってきた大天使たちは積極的に前に出たくなさそうな感じだが、逆に会ったことのない三人が人間に対して激しい嫌悪感を抱いている様子である。わかりやすくて何よりだ。

 しかしそんな彼らの間でも共通していたのは、メアちゃんの肩に留まっている黒い小鳥を見て驚いていたことだった。

 マルクトは知っているが、それ以外はまあびっくりするよね。死んだ筈の仲間が、生き返って黒い鳥になっていたのだから。

 

 

『ふむ……慈悲の字は本当に生き返っていたのじゃな』

 

 

 口元にモサモサと広がっている自らのヒゲを撫でながら、興味深そうな顔でゲブラーが呟く。

 その言葉に『意外ではない』とクールに返したのは、僕を一瞥して訳知りげな態度をしている鎧の天使ホドだ。僕、やっぱりアイツ苦手。好きだけど。事情通の物知りキャラは僕と被るので、もう少し控えめにしてほしいものだ。好きだけど。

 そんな彼らに向かって、奇跡の復活を遂げた張本人である「慈悲」の天使ケセドが返した。

 

『君たちの嫌っている人間たちと、マルクトとエイト様のおかげでね。少しだけ姿は変わったけど、この通り僕は蘇ったよ』

『この期に及んで……貴様はまだ人間の味方をする気か? ふん……馬鹿は死んでも治らぬようだな』

『コクマー、全ての人間が悪いわけじゃないんだ。だから僕は、今でも君のやり方を認めない』

『愚かな……そのような情けない姿になってまで、何をほざくか!』

 

 む……情けない姿なんて言うなよ! かわいいやろが! 

 

 今のマーシフルケセド君省エネモードの姿を見て辛辣な感想を浴びせるコクマーに対して、僕は内心ムッと来た。

 彼の器、「慈悲の不死鳥(マーシフル・フェニックス)」は確かに元の彼と比べれば貧弱極まりないが、それでも僕が作った最高傑作なのだ。

 経緯を無視してそうも嘲られるのは、創造主として納得いかなかった。

 

 ──だがこの時、そんな僕よりも苛立っている者がいた。

 

 

『……コクマー……お前は、ダァトが作った器に不満があるのか?』

『王!?』

 

 

 意外ッ! 

 彼を諌めたのはまさかのケテルである。いやお前、どちらかと言えばケセドに対していの一番に苦言を呈するキャラだろう。これは解釈違いである。

 先ほどまで表情の変化が乏しかったのが何だったのかとでも言うように、サフィラスの「王」はコクマーの態度に対して露骨に不快感を表していた。

 思わぬところから梯子を外されたコクマーの姿がちょっと面白かったので、僕も溜飲を下げる。

 

 なんだ、ケテルっていい奴じゃん!

 

 意外な一面に目を見開く僕の内心を他所に、ケテルは初めて炎たちに顔を向ける。

 そして、こちらにも意外な言葉を発した。

 

 

『人間の来訪者たちよ。先ずはこの町を守ったことを、感謝する』

「!?」

 

 

 普通にお礼を言ったよこのラスボス。

 えっ、なんか随分殊勝じゃない? まさに王。って感じじゃないかどうしたんだアンタ。

 アニメ「フェアリーセイバーズ」での彼はもっとこう、思考体系からして別次元な感じがして話が通じなさそうなキャラだったが……新作の「∞」では時代に合わせて、少しマイルドになったのかな? リメイクあるあるなキャラ改変は、個人的にあまり好きではない。

 

 ……だけどこうして現実の世界として向き合うなら、そちらの方が大分都合が良いのも確かである。

 

 同じようにセイバーズ御一行も、ケテルの発言に驚いていた。

 

「お、おう」

「意外だな……噂に聞いていたよりまともそうだが……」

 

 敵対勢力の親玉から真っ当に感謝されると思っていなかった炎たちは、何とも困惑した様子である。

 僕でも驚いているのだから、彼らはもっとだろう。あっ、だけどマルクト様だけホッとした顔をしている。君って、感情隠すのほんと下手だよね……かわいいので許すが。

 

 ……しかし原作と違ってケテルが話の通じる王様なら、もしかしてアイン・ソフに仲介を頼まなくてもこの時点で対話できるのでは? エイトちゃんは訝しんだ。 

 

 うむ。

 そうなったらそうなったでお話的に盛り上がらないのでアレだが、万事平和に解決できるのなら僕もワンチャン見守ってみることにした。騒ぎは好きだけど、僕だって好き好んで騒ぎを起こしたいわけじゃないからね。

 

 えっ、僕が直接説得しないのかって? 

 

 いや……今はまだその時ではないと思ったから。

 原作主人公たちもいる場所で、僕だけがでしゃばるのはなんか違う気がする。それがオリ主の流儀だった。

 

 ──そんなわけでリーダー、君に任せたよ! 

 

 原作主人公である暁月炎にアイコンタクトで伝えると、彼は力強く頷いて前に出る。

 しかしそれを見てケテルは、何故か睨みつけるような眼光を彼に向けた。なんか今ちょっとキレてなかった? 

 普段無表情な男だから、ちょっとした変化が目立つものだ。

 そんなサフィラス十大天使の謎反応に、僕は首を傾げるばかりだった。

 



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帝国の逆襲が一番すき

 聖獣たちの住むこの町を守ったことにケテルが感謝しているのは、おそらく本当だろう。

 しかし、わざわざ礼を言う為だけにサフィラス十大天使が五人でやって来たとは考え難い。

 それも、王様が直々に動き出したぐらいだからね。基本ポジティブな僕としても、これは何か理由があるなと察していた。

 

 そんな僕たちの代表として炎が前に出ると、青空の下、原作主人公とラスボスが対峙する。

 

 顔立ちの整ったムッツリ顔の二人が向かい合った瞬間、ふと気づいたように長太が何やらこそこそと翼に耳打ちしていた。

 

「炎とあっちの王様、ちょっと似てねぇか?」

「……言われてみれば、昔のアイツに似てるな」

 

 あー……なるほど、言われてみれば確かに。

 

 そうか……先ほど僕が「ケテルってこんな奴だっけ?」と疑問を抱いた割には思ったよりすんなり受け入れることができたのは、元々既視感があったからか。

 

 うん、確かに「フェアリーセイバーズ」初期の炎はこんな感じだったね。

 

 当時の彼は常に表情が固く、身体中から辛気臭さが滲み出ているように暗い雰囲気があった。そんな彼がたまに口を開いたと思ったら言葉足らずで周りを振り回したりしていたものだ。

 僕がカロン様のところで序盤だけ見た新作アニメ「フェアリーセイバーズ∞」でも、そんな初期の主人公の様子は特に変更されていなかった。

 かつての彼を思えばこうして自分から前に出て立派に対話を行うようになったことに成長を感じ、胸が熱くなるものである。

 

 それはそれとしてラスボスと主人公に共通点があるアニメは名作だと個人的に思う。

 安易なキャラ被りと違って、意図的なキャラクターの対比とかそういうところで重ねてくるのは結構好みだった。

 

 そんなことを思いながら二人のやりとりを眺めていると、二人の間では当初予想していたよりも遙かに穏便な話し合いが行われた。

 

 ──と言うのも、ケテルはこの世界でセイバーズが行ってきたことについて高く買っていたのだ。色眼鏡を抜きにして。

 

 確かにこの世界でのセイバーズはコボルド族の村を救ったことから始まって、復活した深淵のクリファ「アディシェス」の完全消滅。そして、今度はカイツールの分体率いるアビスの軍勢に襲われたこの町を救ったと来ている。

 アニメ「フェアリーセイバーズ」ではこの時点ではまだ、フェアリーワールドに対してそこまで貢献していなかったからね。それと比べると彼らがこの世界で残した功績は多い。

 特に「深淵のクリファ」というアビス側の強大勢力の存在により、それを討ったセイバーズの功績が旧作よりも一層大きくなり、王の目にも無視できないものになったのだろう。いい感じのバタフライエフェクトである。

 ホドやマルクトたちからの証言もあっただろうし、多少は人間のことを見直してくれたのだと思いたい。

 ケテルは確かに物語のラスボスだが、彼自身は純粋にフェアリーワールドを守ろうとしている存在であり、それ自体が悪というわけではもちろん無いのだ。彼のそういうところがオリ主としてこう、救済したくなったところでもある。怖いけど。

 

 もしかしたら戦わずに済むかも……と少しの期待を抱きながら成り行きを見守っていると、彼らは話し合いを続けた。

 

 

『お前たちがこの世界へ来訪した目的は聞いている。その真意も。アディシェスの討伐に貢献した事実も理解している』

「ええ……俺たちに、聖獣たちへの敵意は無い。セイバーズは……多くの人々は、無益な争いを望んでいません」

 

 炎の口から紡がれた嘘偽り無い言葉を聞いた途端、強硬派のコクマーとゲブラーは「何を今更……」と言いたげな顔を浮かべる。

 だけど聖龍抜きでは取り付く島もないだろうと推測していた中で、ケテルがここまでまともに話を聞いてくれたのは驚嘆に値する光景だった。

 

 うーん……どういう風の吹き回しかわからなくて怖いなぁ。

 ケテルの表情は「サーチ」を使っても全く読み取れないし……そんな彼は仏頂面のままチラリと僕、そして何故かメアちゃんの顔を一瞥して言った。

 

『お前たち個人は……善人ではあるのだろう。しかし、余はこの世界の守護者だ。お前たちがいかに善行を積み重ねようと、「人間」という種族全体がこの世界にとって危険な存在であることに変わりはない。神により世界の管理権限を預かった「王」として、これ以上人間世界の勝手を見過ごすことはできない』

「……っ、それは……!」

 

 ケテルは炎たちのことを善人と認めた上で、人間世界に対する方針を変える気は無いと言い切る。

 それを聞いて僕は、やっぱ簡単にはいかないよなーと苦い表情を浮かべる。

 全ての人間が悪いとは言わないまでも、人間の世界に聖獣に被害を与える悪人がいたことは事実だからね。大体PSYエンスのせいだけど。

 人間である彼らによって聖獣たちが被害を受けたのは事実なので、その遺恨が今も響いている感じか。

 そこを突かれると、彼らの犯行を止められなかった警察組織の一員として炎たちも苦い顔をしていた。

 

『そういうことだ、愚か者共め。我らが何年待ってやったかも知らず、今更どの面下げて見逃してくれと言うのだ!』

 

 コクマーが吐き捨てたその恨み節には、同胞を苦しめられた聖獣としての激しい怒りが滲んでいた。

 本当なら、今すぐにでも再び攻撃しに行きたいぐらいなのだろう。そんなことはさせないが。

 

 ……どうしたものかねこれは。

 

 設定的には彼らの言う通り、先に酷いことを仕掛けてきたのは人間の方なんだよね実際。

 ケセドをはじめ異世界のゲートから迷い込んできた聖獣さんたちに酷いことをしたのもそうだし、そもそも両世界のゲートが開いてしまったこと自体、元を辿れば人間たちが引き起こした迂闊な研究成果によるものだったりする。

 現代の人間にとっては生まれる前に起こった昔の話なので当事者の家系からもすっかり忘れられているが、寿命の長い天使たちにとってはつい最近のことだという時間感覚の齟齬もあった。

 

 ──ただ、僕としては「全部人間のせい」、「全部人間が悪い」という言い分はちょっと腑に落ちない。

 

 個人的にそう言うのは一方的というか、フェアじゃないよねという意見だ。

 オリ主のSEKKYOUも似たようなものだけど。

 

 

「伝わっていなきゃ、意味が無いよ」

 

 

 と言うわけで、ここらで存在感申し上げるぜ! 

 

 炎たちは過去の経験から揃いも揃って自罰的な性格をしており、「PSYエンス」を最近まで制圧できなかった負い目も合わさって強く出れないところがある。

 しかし、オリ主である僕には関係ない。

 僕には天使を含む聖獣に対して特に負い目も無いので、遠慮無く前に出ることにした。

 

 そんな僕が割り込ませた言葉に、コクマーが『何ぃ?』と眉を顰め、大天使たちとセイバーズ御一行の視線が集中する。

 

 ふふふ、これだけの顔ぶれに注目されているこの状況──超気持ちEEE。

 これよ……この存在感を申し上げる為に、僕はオリ主を楽しんでいた。

 

 

「キミたちは確かに寛大なのだろう。実際、ケセドが陥れられるまでは我慢していたのだろう? 聖龍アイン・ソフが言ったように、いつか人類全体が成熟すると信じて」

『……ふん、とんだ見込み違いであったがな。もはや、人間共にその価値は無い! 我らが神に与えられた力を愚行にしか用いぬ者たちには、楔を打ち込む必要がある。それが我らサフィラスの導きよォ』

「それは行き過ぎだよ、コクマー。その為に多くの命を犠牲にするのは間違っている」

『何を甘いことを……そうでもせねば何も変わらぬのが奴らなのだぞ!?』

 

 

 イイ声だぁ……こう、心にズシッと響いてくるよね。

 原作アニメではそれはそれはインパクトの強い敵役だったコクマーだけど、現実として向き合うとやっぱり彼のことも結構好きなんだなと自覚した。

 思わず、笑みが零れてしまうほどに。

 

 

「ふふ……思っていたより真剣に、人間のことを考えていたんだね。そういうところ好きだよコクマー」

『…………』

『……王?』

 

 

 しかし、なるほどね。

 コクマーはてっきり「人間など皆殺しじゃああ!」というノリで暴れ回っていたのかと思っていたが、彼には彼なりの正義があったようだ。

 いくらなんでもやり方が過激過ぎだが、聖龍様の言いつけ通り彼も己の意思で人間を導こうとしていたようでちょっとだけ安心する。

 

 しかし、それでも……やっぱり善良な市民まで巻き込むのはとばっちりすぎるし、楔を打ち込む相手として違うと思う。あくまでも、平和な国で生きていた人間の平和ボケした倫理観ではあるが……それでもね。

 

 

「人間だから悪いのではなく、やらかした人たちが悪いんだよ」

 

 

 「PSYエンス」の組織運営に関わった者たちに対しては全く以て彼の言う通りなんだけど、それでも人類全体に連帯責任を与えるには主語がデカすぎる。

 慎ましく真面目に生きていた善良な市民たちが、一部の戦犯のせいで巻き込まれるなんてこれほど不憫なことはないよ。

 彼らからしてみれば「なんで俺たちが知らない奴らのやらかしの為に裁かれなあかんのだ」という話だ。俺は悪くねぇ!(マジ)という奴である。

 

 「無知は罪」という言い分もあるかもしれないが、全ての人たちに常にそこまで気を回して生きろというのも酷な話である。

 

 世の中、明日生きるだけで精一杯な人たちだっているのだ。そんな彼らからしてみれば、身に覚えの無い罪を糾弾されて聖獣たちに襲われるのは天罰として受け止められない。誰も納得しない。

 

 

「だから、行動が早すぎると思うんだ。攻撃するよりも先に、キミたちは遺憾の意でも表明するべきだったと思う」

「遺憾の意って……」

「それ、具体的に碌な対処をしない奴じゃねーか……」

 

 

 お黙り! 公務員的な立場である彼らには印象の悪い言葉かもしれないが、空気の読めない長太と翼にエイトちゃんは大変遺憾の意である。

 

 だが、お気持ちを表明するのは実際大事だ。

 伝えるだけで何も行動しないのはもちろんアレだが、現状、人間の世界では聖獣たちがなんで怒っているのかも伝わっていないからね。ここを疎かにしてはいけない。

 

 ぶっちゃけ人間世界から見たら、彼らの行動は侵略宇宙人みたいなものだし……それではせっかく彼らにも高尚な理念があるのに、お互い不幸だと思う。

 

 

『ふん……警告で済ましてやれば百年も経たず罪を忘れ、つけ上がるのが人間だ。痛みを伴わなければ、奴らは頭を下げた裏でヘラヘラと笑いながら愚行を積み重ねるだろう!』

「大丈夫だよ。それを窘める為に、彼らセイバーズのような存在がある。人間の世界だって、自浄作用は立派に働いているんだ。だから人間の可能性も、決して捨てたものではない。キミたちの神様も言っていただろう? 今はまだ未熟な人類だけど、どうか導いてあげてって」

『ぬう……』

「T.P.エイト・オリーシュア……あんたは……」

 

 おっと、喋りすぎたね。ごめん炎。

 

 会話中に割り込むのは存在感を示せるのでいいが、やりすぎるとひたすら原作主人公の邪魔になったり、お話のテンポが悪くなってしまうのでその塩梅が大事である。

 僕は何か言いたげにしている炎に向かってくすりと微笑み掛けると、頃合いを見計らって元の位置に下がった。あーすっきりした!

 

 そんな僕の背中に、コクマーとのお話中ずっと黙っていたケテルが口を開き、問い掛けてきた。

 

 

『……お前は、人類の覚醒を信じているのか?』

 

 

 非常に神妙な顔をしているのは、僕が「ダァト」だと思っているからだろうか。

 なりすましは後が怖いので僕もさっさと真相を知りたいのだが……そのおかげで彼が僕の話をちゃんと聞いてくれるのは皮肉な話である。

 しかし、不本意な状況だろうとそれを使いこなすのが、トリックスターなチートオリ主、T.P.エイト・オリーシュアの本領である。ふふん、僕カッコいい。

 

 

「全ての人が、となると流石に難しいだろうね。だけど、キミたちサフィラス十大天使を含めて色んな人たちで助け合っていけば……いつかきっとできる筈だよ。ここにいる人間たちだって、仲間と助け合うことで境地に達したんだ。他の人たちだって、きっと」

『……フェアリーバースト、か……』

 

 

 全人類がフェアリーバーストに至ったらそれはそれでどんなインフレだよという話になるが、原作の設定的には理論上不可能ではないだろう。尤も、何年先になるかはわからないけどね。それでも天使からしてみればそこまで長い時間ではない筈だと言っておく。

 オリ主故にそんな感じに無責任で楽観的な私見を述べると、風岡翼が何かに納得した顔でこちらを見つめていることに気づいた。

 

「……やっぱり、怪盗行為の目的はその為だったんだな……」

 

 ? 何言ってんだアイツ。

 異能怪盗としてのムーブはいい感じの能力をカッコ良く盗む為であって、それ以外の何物でもないんですが……まあ、いいか。何か知らないが、納得してくれたのならそれでヨシ! 

 

 

『そうだ……余はこれまで、人間の世界を静観してきた。異能を手にした人間こそが、我ら聖獣(フェアリー)不倶戴天の敵であるアビスへの切り札になると、神は言っていた……余は、それを見極めようとしていた』

 

 

 彼は目を閉じて、過去を省みるように呟いている。いい流れである。

 僕の言葉はケテルに効いたようだね。ダァト効果すげえ。

 まあ、僕が言ったのは難しい話ではない。長々と語ったが、要約すれば「不満とか怒りとかぶつけるのは殴る前に話し合いでやろうぜ!」という至って当たり前の意見である。

 謝罪と弁償の要求とか、そういうガチな感じの生々しい話は好みのジャンルではないので偉い人に丸投げしたとも言える。流石にそこまで首を突っ込みたくないし……

 その際には人間側の代表が誰になるのかはわからないが、セイバーズが関わるなら下手な交渉にはならない筈だ。

 

『その点から言っても、人間世界に攻撃を仕掛けるのは悪手だよケテル。僕たちはお互いに、お互いのことを話し合う必要がある』

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ」では同じことを言っていたケセドが、メアちゃんの肩から同調して言う。なんだい君……ちょっと見ない内に、いつの間にかメアちゃん専属のマスコットみたいになっているね。

 

 ……いいもん、僕にはカバラちゃんがいるし。

 

 少しだけ拗ねながら、僕は足元に擦り寄ってきたもふもふを見下ろして微笑む。

 しかしケセドの言葉に対して真っ先に反応したのは、呼び掛けたケテルではなくコクマーとマルクトだった。

 

『ふん、人間に一方的に利用されてまだ言うか。だから貴様は愚かなのだ! カイツール程度に不覚を取りおって……この間抜けが!』

『そうです! ケセドはもっと人間に怒るべきなんですよっ!』

『え、ええ……』

 

 仲良いね君たち。

 実は僕、コクマーさんってケセドのこと好きなんじゃね? と思い始めている。もちろん、腐的な意味ではない。彼にはこう、古き良きツンデレライバル的な波動を感じるのだ。見方によってはケセドと話をしている彼、ちょっと楽しそうだし。

 

 そんな彼らを他所に、ケテルに対して追撃とばかりに暁月炎が言った。

 

 

「……アビスと戦うなら、俺たちも協力する。だからこれ以上、俺たちの世界に攻撃するのは──」

 

 

 やめてくれ──と、そう言いかけた言葉を遮るように、ケテルが言い放ったのはその時だった。

 

 

『その必要は無い』

 

 

 その瞬間──僕はぞわりと、なんだか背筋が底冷えするような感覚を催した。

 

 え? なに? なに? なんで今怒ったの? 

 この王、情緒不安定なのでは……?と、様子が急変した彼に疑いの眼差しを送ると、彼は冷淡な眼差しをセイバーズ一同に向けて語った。

 

 

『そう……もはや人間と協力する必要も、その力を利用する必要も無い』

 

 

 それは、僕が知っている「フェアリーセイバーズ」のラスボスとはっきり重なる冷徹な姿だった。

 目を開けた彼はその場から数歩歩き出すと、その足はセイバーズの中にいる一人の少女の前で止まる。

 

 そして彼は、少女の姿を見下ろして言った。

 

 

『迎えに来たぞ、夢幻光メア──我が娘よ』

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ? 

 

 

 !? 

 

 

 !?!?!?!??

 

 

 えっ、ケテル……今メアちゃんのこと娘って……娘って言った!? 

 

 あいあむゆあふぁーざー? 

 

 嘘だ……そんなの嘘だ……! 

 No……! 僕は頭の中で帝国的なBGMを流しながら、王の爆弾発言を聞いた僕たちは驚愕の目で二人を見つめた。

 

 

 ──メアちゃん、最近目立ってないと思ったらそんなことに……マジかよ。

 

 

 僕はオリ主として「フェアリーセイバーズ∞」を履修できなかったことを、今ほど悔やんだことはなかった。

 







【おまけ】

 サフィラス十大天使が一人除いて出揃ったのでそれぞれの天使から見たエイトの印象を置いておきます。



ケテル・・・ダァトほぼ確定。感情が複雑骨折。どんな顔で何を言えばいいのかわからぬ……

コクマー・・・ダァトらしい。正直信用していないが人間や聖獣にはない怖さを感じるので苦手意識

ビナー・・・ダァト確定。憧れの天使なので助けたい。ちょっとだけ甘えたい。すき

ケセド・・・ダァト確定。恩人なので命に懸けても助けたい

ゲブラー・・・ダァト半信半疑。峻厳とは正反対の甘さを見て苦手意識

ティファレト・・・ダァト半信半疑。恩人なので好印象。趣味が合いそう。ハープのこと聞きたい

ネツァク・・・えっダァトだったの? そりゃ予想外だぜHAHAHA

ホド ・・・ダァトほぼ確定。好印象。ダァトじゃなかったらそれはそれで面白そうだと思っている

イェソド・・・現在出張中なので存在を知らない

マルクト・・・ダァト確定。王様と一緒にみんなで仲良くしたいなぁ……



 大体のキャラに好かれている……これがチートオリ主の人徳よ(´・ω・`)


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今明かされる記憶喪失ヒロインの真実……!

 大概の記憶喪失キャラは、物語において重要な設定を抱えているものである。

 そもそも記憶が無い時点で、メタ的に言ってしまえば「このキャラには重大な秘密がありますよー」と宣言しているようなものだからね。最後までその伏線を回収しないのはせっかく仕込んだギミックを無駄にすることになるので勿体ないし、読者からも完結後、「結局コイツはなんだったの?」と消化不良感を与えてしまう。

 だからメアちゃんの秘密も、どこかで明かされるだろうとは思っていた。

 アディシェスのことはあったが、記憶喪失の伏線はまだ残っていると言えなくもなかったからね。

 

 しかし……ケテルの娘だったのかぁ。そいつは予想外である。このエイトちゃんの目を以てしても見抜けなかったわ。

 

 確かにケセドパワーに覚醒してから銀髪オッドアイになったメアちゃんの容姿は、白髪のケテルと似ていなくもない。もしかしたら彼女の姿が天使っぽくなったのも単にケセドの力を宿したからではなく、元々備わっていた天使パワーがケセド因子の影響を受けて覚醒したからとか、そういう理由だったのかもしれない。

 容姿以外にも言われてみれば彼女のたどたどしい喋り方なんかはケテルと似ている気がするので、その正体には案外すんなりと納得いった。

 

 

 しかし僕と違ってメタ読みができない炎たちには思いも寄らなかった筈であり、衝撃の新事実に彼らは皆愕然としていた。

 

 

「メアが……あんたの娘だって……?」

「嘘だろ……」

 

 PSYエンスの研究所から救出した記憶無き少女、メア。

 その身に慈悲の大天使ケセドの因子と深淵のクリファアディシェスを宿していた彼女の正体は、サフィラス十大天使の王ケテルの娘だったのだ。

 うん……いくらなんでも設定が積載過多すぎるわ。小さな身体に色々なもの背負わせすぎではないかと、僕は思わず哀れみの眼差しを彼女に送った。

 当のメアちゃんはふるふると首を振りながら、震える瞳でケテルの顔を見上げている。

 

 信じられない。

 だけど、否定することができない。

 

 薄々と勘づいていたような、そんな心情を彼女の目から感じた。

 そんな彼女の前で、ケテルが淡々とした口調で語り出す。

 

『ビナーから聞いていなかったのだな。お前の存在理由を』

「メアの、存在理由……?」

 

 ……ん、あれ? その口ぶりからすると、ビナー様は知っていたのかね。

 

 彼女を見た時の他の大天使たちの反応から察するに出会った当初のコクマーやホドたちは知らなかったように思えるが、今しがたケテルから放たれた言葉にビナー様は苦虫を噛み潰したような顔を浮かべていた。それは何と言うか、意図的に隠していた秘密がバラされてしまったことを悔やむような……そんな反応である。

 

 しかしそれが事実なら、メアちゃんはサフィラス十大天使の王の娘──すなわち王女(プリンセス)ということになるわけで。

 

 

 これ……PSYエンスの罪状がさらに大きくなった奴なのでは……?

 

 

 

「……聖獣たちが俺たちの町で暴れ出したのは、自分たちのお姫様を探していたからだったのか?」

「マジかよ!? それじゃあ、俺たちは家族を引き裂いた邪魔者じゃねぇか……!」

 

 名探偵の翼が、僕と同じ考察に行き着く。それを聞いて心の真っ直ぐな長太は、セイバーズは親子の再会を邪魔していたのかと罪悪感を露骨に浮かべていた。いい奴だね君。

 因みに僕はと言うと、さらに積み上がったPSYエンスの余罪にドン引きである。

 聖獣のプリンセスを拉致って研究所送りにしたとかさ……なんだよその糞鬱同人みたいな展開。そんなもの、健全なオリ主は認めませんよ!

 

 ……そりゃあ攻撃されるわ人類。

 

 寧ろ今まで散発していた聖獣たちの襲撃さえメアちゃんが目的だったとしたら、これはいよいよマズいかもしれない。

 

 これでは「フェアリーセイバーズ∞」の二次創作界隈で、人間世界のアンチヘイトSSが流行ってしまうぞ……!

 

 

「貴方が……メアの、本当の……お父さん……?」

『そうだ』

 

 

 そう……二次創作界隈において、かわいい幼女は常に正義だからね。

 大概のオリ主はロリコンなので、幼女の味方をするのは当然である。逆に言えば、原作の展開が幼女に厳しめなほど必然的にアンチヘイトSSが増える傾向があった。

 オリ主が薄幸幼女を救済する過程で敵対勢力をアンチする創作は、僕にも馴染みがある。

 

 それはとてもマズい。

 

 「フェアリーセイバーズ∞」は僕が前世で視たアニメではないとしても、大好きな「フェアリーセイバーズ」のリブート作であることに変わりはない。

 どのような形であれ、その作品の中でアンチを作ってしまうことは認めるわけにはいかなかった。

 

 しかし、どうするこの展開……!? 仮にそれが真相だとしたら、人間側の立場でこれ以上正論を述べても役に立たないだろう。

 いや、「娘を探していたのなら尚更無差別攻撃はやめろよ娘も巻き込まれるところだったじゃないか!」とか、ツッコミどころはあるんだけどさ……!

 

 古往今来、娘を思うが故の非情な行動という奴は同情を買いやすいからね。理屈と感情は別という奴である。この僕も今、ラスボスの新しい一面を見て彼のことを見直したと言うか、ちょっと感動していたりする。

 

 普段冷酷なキャラが見せるそういう姿って、いいよね……とても胸が熱くなる。僕もベジータが超完全体セルに飛び掛かっていくシーンとか大好きだし、不良が捨て猫に優しくするシチュエーションが今でもなんだかんだで人気があるように、そのようなあざといギャップは悪役のキャラ人気に繋がっていた。

 

 そんな微笑ましい感情でケテルの背中を見つめていると、その視線に気づいた彼は心外そうに言う。

 

 

『人間世界への攻撃はそれとは別の理由だ。メアは確かに余が作り出した娘であるが……余に、お前たちの想像する感情は存在しない』

「えっ……」

 

 

 実の父親との対面に戸惑いながらも肯定しようとする彼女の前で、ケテルは冷たい眼差しで見下ろしながら言い捨てた。

 

 ううん、これは……ツンデレ乙──とは言えないな。見たところ、照れ隠しではなさそうだ。

 僕たちの想像する感情──と言うと、家族愛的なものかな。それが無いってことは、もしかして……

 

 

『夢幻光はかつての余が夢想に描いた可能性の一つに過ぎない。余が「神」の座へと至るべくヒトの世界に播いた種子だ……よもやここまで成長し、余のもとへ戻ってくるとは……』

 

 

 ……ごめん、何を言っているのかさっぱりわからないや。

 

 流石、億年もの間ミステリアスキャラを続けていることはある。

 このエイトちゃんの頭脳を以てしても、ケテルの説明になっていない説明の意味はさっぱりわからなかった。

 しかし、メアちゃんを見下ろす彼の眼差しや雰囲気を見て、僕は即座に不穏さをキャッチした。

 それは娘との感動の再会を喜ぶ態度と言うよりも──熟した果実を乱暴にもぎ取るような、そんな反応に見えたのだ。

 

 

 そして次の瞬間、彼はまさにその通り──メアちゃんの細首に掴みかかるように、その右手を無造作に伸ばしたのである。

 

 

 

「メアに何する気?」

 

 

 ──その腕を、僕が止めた。

 

 ケテルが無表情で行おうとした凶行にメアちゃんを含めて誰も反応できなかったその瞬間、僕だけが颯爽と動き、彼の腕を横から掴み取ったのである。

 おかげでケテルの指先は手前で止まり、メアちゃんの首は無事だった。

 

 まったく……油断も隙も無いんだから。

 

 

「ねえ」

 

 

 おっ、我ながらすっげードスの利いた声が出てる……僕怖っ。

 いや、でもしょうがないじゃん。今のケテル、明らかにマジだったし。

 

 ケテルは今、本気で──メアちゃんを殺そうとしていたのだ。

 

 そんなの、オリ主どうこうを抜きにしても怒るでしょ普通。

 僕はロリコンではないが、こう見えて子供は好きだしメアちゃんのことも友人だと思っている。

 

 

「エ、エイト……?」

「メア、大丈夫だから。ここはボクに任せて」

 

 

 メアちゃんは聡明な子だ。自分の首が掴まれる寸前だったことも、はっきり理解している。その顔にははっきりと怯えの表情が浮かんでおり、父親(ケテル)を映すその瞳には絶望の色を宿していた。

 

 おい……やめろよ、そういうの。そういう曇らせ展開を僕の前で見せるな。

 僕が気持ち良くオリ主できなくなるじゃないか!

 

 

「今、何をしようとしたの? ケテル」

『…………』

 

 

 掴んだケテルの右腕をギュッと強く、強く握りしめて彼の顔を睨み付ける。

 体格差故に上目遣いに見上げる形になってしまうが、今の僕は阿修羅すら凌駕しそうなテンションである。こうして頭の中で自分自身の感情を茶化していなければ冷静でいられないほどに……怒っている自分がいた。

 

 そんな僕と相対しても、依然冷淡な態度を崩すことなくケテルが返す。

 

 

『……余が与えたものを、返してもらうだけだ……邪魔をするな、ダァト』

「与えたもの?」

 

 

 なんやねんお前……お前の命は父親である俺が与えたものだから返してということか? どんな毒親だよ……怖い。

 

 いやさ……確かに真っ当に父親しているケテルというのは解釈違いと言わないが、想像しにくかったのはあるよ?

 炎たちを差し置いて僕が誰よりも速く動くことができたのも、(ケテルってそんなにハートフルな奴だったかな?)というアニメのイメージ由来の先入観があったからでもあった。悲しいことに。

 

 多分、原作知識が無かったら僕も彼の暴挙を止められなかっただろう。そして、みすみすメアちゃんを死なせていた。その首を引っつかまれて。

 

 もう、何なんだよ……もしかしてメアちゃんって、原作「フェアリーセイバーズ∞」では死ぬキャラだったの? まさか、彼女こそが旧作の明宏ポジションだったとか……ありそうである。

 だとしたら、気をつけないといけないね。

 最近までは彼女もオリ主だと思っていたから何も心配していなかったが、彼女が主人公と死別する系のヒロインだったとしたら僕が守護(まも)らねばなるまい。原作キャラ救済はチートを持つオリ主の使命なのだ。

 

 

『えっ……? 王様(ケテル)……今、なんでメアを……』

『王よ、話が違うぞ。夢幻光を迎えに来たのではなかったのか?』

 

 

 意外なことに、ケテルの行動に動揺していたのは僕たちだけではなかった。

 彼がメアちゃんをノーモーションで殺害しようとしたことに驚いているのは、サフィラス十大天使の皆さんも同じである。マルクトは思いも寄らない王様の行動に慌てふためき、ホドは仮面の下から不機嫌そうな声で問い掛けていた。

 

『邪魔するな次男。王様を撃てないじゃないか』

『馬鹿な真似はやめろ長女。貴様、王を裏切る気か?』

『王が私を裏切るなら撃つさ……その後で私も死のう』

『……相変わらず、愛の重い奴よ』

 

 ビナー様はなんかサラッと糞重い言葉を吐いたかと思えば、その手に弓を携えながら今にもケテルの背中を射貫こうと光の矢を構えている。そんな彼女の前にはコクマーが佇んでおり、彼女の射線を遮っていた。

 同じように、同時に飛び出しかけたセイバーズの三人の前ではゲブラーがその身を挺して阻んでいる。そんなゲブラー自身も、怪訝な顔で王に横目を向けていた。ケテルに向かって放とうとしたのであろう、長太の拳をその手で受け止めながら。

 

 

 しっちゃかめっちゃかな彼らのこの反応……さてはケテル、他の大天使にもちゃんと説明していないな? と言うことは王様の独断行動か。

 

 

「メアを……自分の娘を、殺そうとしたのか? 何故……っ」

 

 

 元々は仇討ちの為にセイバーズの一員となったほどの男である暁月炎には、自身の抱える父親像とはあまりに逸脱したケテルの行動が理解できない様子である。

 気が合うね、僕も同じ気持ちだ。

 しかし、ケテルだって意味も無くこんなことをする男ではない筈だ。

 周りの反応を見て少し落ち着いた僕は、一旦威圧を抑えて真意を問い質した。

 

 

「キミは言葉が足りない。もう一度訊くよ……今、ボクの友達に何をしようとしたの?」

『……友、か……』

 

 

 言葉が足りないと言うか、実は「フェアリーセイバーズ」でもそこまでセリフは多くなかったんだよねケテルって。

 ラスボス故に登場回数も多くなく、エイトちゃんではないがポエミーで意味深なセリフを呟くことも多かった。それがまたいい感じの考察要素にもなっていたものだが、現実の世界で対峙するとなるともう少しちゃんと喋ってくれと思ってしまうところだ。

 

 と言うわけで説明はよ。はよ!

 多分、納得しないだろうけど……何も聞かないのもアレなので、教えて王様。

 

 

『……そうだろうな……貴方はそういう女だ。だから、僕を止めてくる……』

 

 

 は? メアちゃんを殺そうとしたら止めるに決まっているだろ何言ってんだ。

 オリジナルキャラだろうが原作キャラだろうが、今やこの子はセイバーズの仲間なんだ。個人的に気に入っているし、さっき言った通り友達だと思っている。同じお風呂に入った関係なめんなよ。

 君がこの子の父親でこの子の何を知っているのか知らないけど、そちらの都合であっさり殺されてたまるかという話である。

 

 

「……っ、エイト……」

 

 

 よーしよし、怖くない、怖くないからねー……いや、流石にそれは子供扱いしすぎか。

 

 だが今のメアちゃんは衝撃的な出来事の連続に、目を回しそうなほど動揺している。瞳孔が開いているし顔色も酷い。

 これは……しっかりケアしておかないと、後にも響きそうである。

 

「ケセド、メアを頼む」

『……はい』

 

 僕は不安そうなメアちゃんの頭を左手で一撫ですると、右手はケテルの腕を掴んだまま再び彼の目を見つめた。睨むような目つきになってしまったが、今回は相手が相手だからね……余裕を見せつけようにも限度がある。

 

 

 それから沈黙が続き、数秒後。

 ケテルはメアと僕の顔を交互に見た後で、ほんの少しだけ悲しそうな目をしながら口を開いた。

 

 

『……いいだろう。言わぬが慈悲のつもりであったが、原初の大天使の申し出とあっては致し方ない』

 

 

 おう、説明してくれ。

 流石の僕も今回は余裕も無く警戒心を剥き出しにしていたが、その視線を受けながらもケテルは動じず毅然とした態度で語り始めた。

 

 

『夢幻光メアとは、余がフェアリーバーストの力を得る為に作り出した存在だ。かつてこの世界に栄えていた唯一の人族である「カバラ族」の遺伝子を基に、余がサフィラに力を注ぎ創造した──生け贄である』

 

 

 そして彼の口により、怒濤の情報開示が行われることとなった。

 それは、まさしく物語が佳境に入ったことを思い知らされる展開だった。

 

 

 

 

 

 ──そうして彼の語りが一通り終わった後、ほどなくしてこの場所で大乱闘スマッシュセイバーズが始まってしまったのは……多分、必然だったのだと思う。

 

 

 

 

 

 






 T.P.エイト・オリーシュア、気持ち良くオリ主できる状況じゃない方がオリ主っぽいことできる説……あると思います


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原作ラスボスの扱いは非常に難しい

 ──結果から言おう。話し合いは決裂した。

 

 見てくれよ僕の周り……怒り心頭のセイバーズの皆さんと天使の皆さんがあちこちでマッチアップしており、ヘットの空は人知を超えた者同士がぶつかり合う大乱戦状態に陥っていた。その光景は花火大会よりもずっと派手で煌びやかで、僕も画面越しの視聴者だったら何も気にせずに興奮していたところだろう。

 しかしこの世界は現実として僕の目の前に広がっている世界であるわけで。そうなるとこの状況は、ワイワイとはしゃげるものではなかった。

 

 まったく……やれやれだぜ。

 

 騒動の中心に立ちながら、思わず巻き込まれ系主人公みたいな溜め息が溢れるエイトちゃんである。

 そんな僕の後ろには衝撃の事実を知って茫然自失としている少女が一名と、そんな彼女に向かって懸命に呼び掛けている小鳥さんが一羽。

 そして目の前にはダイヤモンドのような瞳の奥に冷酷な眼差しを宿す十枚羽の大天使がいると来た。

 

 

『……余の前に立ち塞がる最後の障害が、お前とはな……』

 

 

 感慨深そうに呟いたその言葉に、どれほどの思いが込められているのかはわからない。

 だが、僕からしてみればこの状況……「フェアリーセイバーズのラスボスケテルと相対する」という点においては、この世界に放り込まれた時から想定していた展開であった。

 

 

「ボクはわかっていたよ。いつかこうして、キミとぶつかり合う刻が訪れることを」

『……だろうな……』

 

 

 僕はフェミニストではないが、オリ主にとって美少女とは等しく尊いものである。

 ただ一人の少女を守る為に戦う──ラスボスに挑むに当たって、これほど上等なシチュエーションはあるまい。

 いつの世も、主人公とはたった一人の少女の為に立ち上がるものなのだよ。

 故に、僕もかつて読み漁ってきた数々のオリ主に倣い全力で立ち向かうことにした。

 左手に怪盗ノートを開き、マントをアイテムボックスにしまうと同時に十枚の羽を展開する。

 白と黒の羽が合わさって最強に見えるカロンフォームのご披露である。ケテル側からは朝日に照らされていい感じに神々しく見えるように角度を調節しながら、僕はキリッとした顔でカッコいいポーズで構える。

 そんな僕をじっと見つめると、ケテルは虚空に向かっておもむろに手を振り上げた。

 

 

『……来い、王の十字杖(クロス・セプター)

 

 

 彼の手元に魔法陣のようなものが広がると次の瞬間、その中から一本の杖が引きずり出される。

 十字架のような形をした、如何にも聖なるパワーがビンビン漂っていそうな白い杖である。

 色合いとネーミングは実にシンプルだが、それ故に着飾った俗な感じが無く、大天使の武器に相応しい荘厳さを感じる造形だった。

 その武器を見た僕が、思わず微笑を浮かべてしまうほどに。

 

 ──何その杖知らない……だけど、超カッコいい……!

 

 実はアニメ「フェアリーセイバーズ」では諸事情あって、素のケテルが本気で戦うシーンは無かったりする。

 今しがた彼が取り出した白い十字杖も原作にはなく、初めて見るものだった。

 シリアスなこの状況で考えてはいけないことなのだが……僕は彼と一対一で戦える状況に、興奮している自分に気づいた。

 

 

「さあ、やろう!」

『……ああ』

 

 

 挨拶代わりに右手からエイトちゃんビームを放つと、ケテルも負けじと十字杖から極太のビームを発射してくる。

 二つの砲撃は真っ向から互角の威力でぶつかり合い、相殺の爆炎を上げていく。

 

 

 ──僕とケテルによる、チートキャラ同士のマッチアップだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……はい。なんでこうなったのか、ちゃんと説明するね。

 

 

 こういった「時は少し前に遡る──」という巻き戻し形式は、その回で一番重要なシーンを開幕に持ってくることで展開を確実に進めることができるので、作者的にはとても書きやすかったりする。

 しかし、乱用すると頭の中で時系列がごっちゃになって読みにくくなってしまうのが難点だ。用法用量を守ることが大切だね。

 

 だが、今回に関してはあえて細かなやりとりを省略させてもらった次第である。

 

 ケテルが僕たちに語った真実──それは詳細に語って気分がいい内容ではなかったし、何より……ケテルの言い回しがちょっと回りくどくて、現代人にはわかりにくかったのである!

 

 なので、彼の説明から要点を押さえて僕が回想することにしよう。

 ふふん、気遣いのできるオリ主に感謝するがいい!

 

 

 

 

 

 まず、メアちゃんの正体だが──彼女はケテルが、ケテルの為に作り出した生贄だった。

 

 

 

 十年前のことだ。

 人間の異能使いこそが唯一アビスを完全に打ち倒すことができる存在と知ったケテルは、秘密裏にある計画を進めていた。

 

 それこそが「夢幻光計画」である。

 人間に対して強い不信感を抱く彼が追い求めていたのは、人間に頼らず自らの手でアビスを消し去る手段を得ることだった。

 

 そう……彼は自分自身が「フェアリーバースト」の力を得る方法を模索していたのだ。

 

 そんな彼は異能使いという聖獣にとって特異な存在を研究する為に、かつてこの世界に一大文明を築いた古代人「カバラ族」に注目した。

 その種族はこのフェアリーワールドの歴史上唯一存在していた「人族」だったと言う。遙か昔に絶滅し、今では遺伝子情報だけが世界樹サフィラのもとに保存されているとのことだが……ケテルはそれを利用したらしい。

 

 僕もカバラ族──という名前はビナー様から聞いたことがある。

 

 「カバラの叡智」も、彼らが生み出したものだと言っていたしね。しかし、その種族が僕たちと同じ人間だったとは初めて知ったものだ。この世界にもいたんだね、人類。絶滅しちゃったみたいだけど。

 

 ……で、ケテルは世界樹に保存されていたそのカバラ族の遺伝子情報を基に、自らの力を分け与えた人造人間を生み出した。彼の説明に僕はクローン技術的なものをイメージしたものだが、概ねそんな感じなのだろう。

 

 ともかく彼はそうして、自分に従順で協力的な異能使いを人造的に作り出すことに成功したわけだ。

 ケテルはそのプロトタイプに、夢幻光計画から一文字取って「(メア)」と名付けた。

 

 

 すなわち──メアちゃんはPSYエンスの改造人間ではなく、ケテル製の人造人間だったのである。

 

 

 そのような存在が何故フェアリーワールドではなく人間の世界にいたのかと言うと……それもケテルの仕業だと自白した。

 初めて誕生した人造異能使いであったが、その力は想定を大きく下回る欠陥品だったと彼は語る。

 

『生誕時のメアは余に進化をもたらす夢幻光足り得なかった。その娘には感情が無く……それ故に、余が与えた力の半分も引き出すことができなかったのだ。無論、フェアリーバーストに至ることもなかった』

「……っ」

 

 ケテルがお手製の人造異能使いに求めていたのは、深淵のクリファすらも消滅させるフェアリーバーストの力だった。彼が要求する出力に遠く及ばなかったプロトタイプは、致命的な欠陥品であることが判明したのである。

 

 そこで、ケテルは理解した。

 

 異能使いの力はその者の持つ感情──心が密接に関わっていると。その事実が明らかになっただけでも、彼が行った研究には成果があったのかもしれない。

 

 そして、ケテルは今一度考えた。

 

 人間の扱う異能が自分たちの聖術とどう違うのか……聖龍アイン・ソフが求めるフェアリーバーストとは何なのか?と。

 

 もう一度必要なデータを得る為に、ケテルは現地で調査を行うことに決めた。

 その為の偵察用端末として白羽の矢が立ったのが、人間と同じ姿をしているメアちゃんだった。その身体は誰がどう調べても人間という結果しか出ない彼女は、本来の用途を思えば出来損ないの失敗作であるが、極秘の偵察機としては最適任者だった。

 故に彼女を、人間の世界に放ったのである。その役割は、ビナー様が語っていた原種のカーバンクルたちと少し似ているかもしれない。

 

 しかし送り出した先の人間世界にて、彼女の身に予定外のイレギュラーが発生した。

 

 

 メアの中に、生誕当初には存在していなかった強い「感情」が生まれたのだ。

 

 

 あちらで遭遇した「PSYエンス」による拉致改造。

 防衛措置として働いた計画に纏わる記憶の抹消。

 リセットされたところで始まった光井家での平穏な生活という度重なるイレギュラーによって、彼女の中に本来存在し得なかった「感情」が芽生えたのである。

 

 それをケテルは……超越者としての感性で喜んだ。

 

 

 ──感情を獲得したメアを見て彼が抱いたのは、これで頓挫していた「夢幻光計画」が実行できるという安堵だったのだ。

 

 

『サフィラスの力と人間の心……その二つを併せ持つ今のメアは、余を「真のフェアリーバースト」に至らしめる夢幻光そのものだ。それはお前たち人間では、どうあっても辿り着けぬ領域であろう』

「真のフェアリーバーストだと……!?」

『不純物となっていたケセドとアディシェスも、もういない。お前のおかげだ、ダァト』

「……それはどうも」

 

 

 君の為にやったんじゃないんだけどね……ツンデレ的な意味ではなく、マジで。

 しかしケセドとアディシェスが混ざっていたのは生贄として都合が悪かったのだろう。それが無くなったからこそ、こうして迎えに来たというわけか。

 僕がケセドパワーを盗んだ影響で今は戦う力を失っているメアちゃんだが、ケテルが言うにはその身体には元々炎たちさえも遠く及ばない力が眠っているらしい。

 確かに最強の大天使であるケテルから直々に与えられた力を持つメアちゃんの身体には、その事実だけでもとてつもない潜在能力が備わっていることが読み取れる。

 その力の全てがフェアリーバーストによって完全に解放された時、天使の天敵である「深淵のクリファ」さえも滅ぼすことができるだろう。

 

 それはすなわち、聖獣が人間の力に頼る必要無くアビスを葬り去る手段を得たということで。

 

 

『そして完成した今のお前を喰らうことで、余は新たな「神」に至る……』

 

 

 そこまで聞いて僕は、「原作知識」を久しぶりに役立てる。

 アニメ「フェアリーセイバーズ」の知識を踏まえることで、ケテルのやろうとしている「夢幻光計画」とやらの全貌を把握することができたのだ。

 

 先ほどの彼は、メアちゃんを殺そうとしたのではない。

 文字通り、彼女を喰らおう(・・・・)としたのだと。

 

 もちろん、嫌らしい意味じゃないよ? それには、サフィラス十大天使の王である彼にのみ備わっている特別な能力が関係している。

 

 

 さて……ここでその説明をする為には、原作「フェアリーセイバーズ」の内容を理解する必要がある。少し長くなるぞ。

 

 

 確かこの前語ったのは、アニメ「フェアリーセイバーズ」における第22話までの流れだったね。

 第23話からは世界樹に着いてから語ろうと思っていたものだが、そこで出てくると思っていたケテルが想定以上に早く出てきたので予定が変わった。

 

 よし……ここはケテルの能力を解説する為にも、一気に最終回までのあらすじを説明するぜ!

 

 

 

 

 

 

 

 

 覚醒した真ヒロイン(最重要)の灯ちゃんと炎の合体攻撃により、見事マルクトを打ち破ったのが第22話のことだ。

 そして、続く第23話である。サブタイトルは「世界樹サフィラ」。その名の通り、セイバーズがラストダンジョンである世界樹の内部へと突入した回である。この旅の目的である、聖龍アイン・ソフに会う為に──。

 

 

 マルクトを倒し、遂に世界樹の中に突入する炎たち。

 

 世界樹の最下層に眠っている聖龍を求めて、一同はケセドの案内のもとそこへ向かう。

 

 しかし、そこで彼らが見たのは、世界樹の深層内に大量発生しているアビスたちと、それを打ち祓う栄光の天使「ホド」の姿だった。

 

 ホドは自身に加勢しアビスたちを殲滅する炎たちの姿を見て高潔さを感じながらも、王命を受けたフェアリーワールドの守護者として厳かに言い放つ。

 『お前たち人間の世界がこれまでアビスの脅威に曝されなかったのは、聖龍がここのアビスたちを抑えていたからだ』と。

 そして、『その聖龍の想いを踏み躙る人間を、このホドは許さない』と言い切り、ホドは炎に槍を突きつけた。セイバーズ──人間の世界を守る為に来訪してきた勇者たちの信念を、その目で確かめる為に。

 

 その試練を受けた炎は仲間たちを先に行かせ、ホドに単身挑む。

 そして彼は、橙色の騎士甲冑に蒼い焔を叩きつけるのだった──。

 

 

 第24話「サフィラス十大天使」。

 

 炎の蒼炎はホドの心に届いた。

 元々中立的な思想を持っておりケテルの計画には賛同しかねていたホドだが、人類全体は信じられないが炎たちのことは信じてみたくなったと言う。『……願わくば、其方らと共に戦う未来を見たいものだ……』と呟く彼のもとを後にして、炎は焔の翼をはためかせて仲間たちのもとへと向かった。

 

 一方、翼と長太は聖龍の祠の前で立ちはだかる最後の門番、峻厳の天使ゲブラーと相対していた。彼らは壮絶な戦いを繰り広げる。

 二人がゲブラーを引きつけているうちに、灯と明宏は遂にフェアリーワールドの神、聖龍アイン・ソフのもとへと辿り着いたのだった。

 

 しかし、そこにはサフィラス十大天使の王ケテルが待ち構えていた──。

 

 

 ……そして、いよいよ問題の回である。第25話「明宏死す! 邪神ケテル覚醒」。

 

 

 大地と見間違うほど巨大な龍、アイン・ソフの前で三人を待ち構えていたサフィラス十大天使の王ケテル。

 ケセドと灯、明宏が「王」たる彼と対話を行った。

 これまで出会ってきた聖獣たちと人間たちのことを想いながら、三人は言う。「自分たちは共存することができる。そうすれば、アビスの脅威にも打ち勝てるはずだ」と。

 

 しかし、ケテルは頑なに拒絶した。

 

 人間たちと共に歩む気は無いと……この世界の平和を託されたのは余だけだと。

 その責務を果たす為に自分はここにいるのだと冷たく言い捨てた。

 

 そして、ケテルは人間たちを糾弾する。

 

 人間たちはフェアリーワールドの神たる聖龍から力を授かっておきながら、その意味を碌に調べようともせず愚かにも我が物顔で力を扱い、悪事にすら利用している。それがお前たちの本質だと。

 

 そして、ケテルは問い掛けた。

 

 『……お前たちは……お前たちの世界が、誰のおかげで成り立っていると思っているのだ?』と。

 

 そんな彼に、セイバーズの司令官光井明宏が答えた。

 

 「誰か一人ではない。そこに住まう一人一人の意思によって、我々の世界は成り立っているのだ」と。

 

 一人の存在がどれほど強大な力を持っていようと、自分たちの世界は成り立たないのだと言った。……言ってしまったのだ。

 

 

 ──その瞬間、彼の答えが何かを踏み抜いたようにケテルは豹変した。

 

 

 それまでの冷淡な態度から一変して激昂したケテルは、その勢いのまま明宏を殺害したのである。

 

 その結果、灯ちゃんの力が暴走する。

 

 自らの身を庇い、その腕の中で冷たくなっていく父親を見て、彼女はバースト状態に陥ったのである。

 

 そして暴走した灯ちゃんに呼応するように、世界樹の深層から祠まで溢れてきた液体状のアビスたちが殺到してきた。

 

 彼らはケテルをも飲み込みながら肥大化していくが……そこからさらなるジェットコースター的展開が物語を襲った。

 

 

 ──バースト状態に陥った灯ちゃんとその場に殺到してきたアビスたちを、纏めてケテルが「吸収」していったのである。

 

 

 それが明かされたケテルの能力の一つ。「王の剥奪」だった。

 僕の怪盗ノートが「相手の異能を盗み、自らの力として操ることができる」能力なら、彼の力は「相手の存在そのものを喰らい、自身の進化の糧にする」能力である。

 お前のものは俺のものとでも言うような、ジャイアニズム感溢れる能力だった。

 

 かく言う彼の寿命が他の大天使よりも圧倒的に長いのも、その能力で自らを進化させていった結果でもあるらしい。「フェアリーセイバーズ」の設定に詳しいマイフレンドが教えてくれた。

 

 

 そうして灯ちゃんとその場にいた全てのアビスを喰らい尽くしたケテルは、最悪の邪神へと進化したのである。

 

 

 そして──最終回。サブタイトルは「フェアリーセイバーズ」。

 

 

 炎が祠にたどり着いたと同時に、暴走する灯がアビスと共に取り込まれた。

 邪神誕生の余波を受けて崩壊していく祠。

 炎は明宏を抱えながら仲間たちと共に脱出するが、ケテルは世界樹サフィラさえも吸収してしまい、山よりも大きな異形の姿へと変貌していた。そのおぞましい姿はまさしく邪神だった。

 

 

 その光景を見ながら……セイバーズの司令官であり、炎にとって父親代わりでもあった光井明宏が、彼に最後の言葉を遺して息絶えていく。

 お茶の間の僕が号泣したシーンである。姉さんも泣いていた。

 

 明宏から二つの世界の平和を託された炎たちは、彼を安全な場所に置いて邪神ケテルに挑む。

 

 一方、ケテルはフェアリーワールドの空に巨大なゲートを開き、世界中のアビスを一斉に地球へと送り込んでいた。

 灯ちゃんだけではなく大量のアビスまでも取り込んでしまった彼は、既に理性を失っている状態である。アビスさえも制御下に置いて暴走し続けるアレは、もはやケテルではないのかもしれない……変わり果てた彼の姿を見てそう判断したサフィラス十大天使は、王の暴走を止めるべく立ち上がった。

 

 ──そして、最終決戦が始まる。

 

 最後の敵は邪神ケテル。

 このままでは人間世界だけではなくフェアリーワールドも危ないと、ホドを始めとする余力のある天使たちは皆セイバーズと休戦し、共に応戦した。ネツァク様やマルクト様ちゃんも協力しオールスター状態である。

 

 ──しかし、力の差はあまりにも大きすぎた。邪神ケテルの圧倒的な力を前に、炎はとうとう撃ち落とされたのである。

 

 

 愛する女も守れず、何も為せずに死ぬのか……と、炎の頭に走馬灯が過ぎる。

 

 薄れゆく意識の中、これまでなのかと諦めかけたその時──地上の聖獣たちや、ゲートの向こうから戦いを見守る地球の人々の声が彼のもとに集まり、奇跡が起こった!

 

 

 フェアリーバーストを超える──「真のフェアリーバースト」の発動である。

 

 

 それは、自分一人の心だけではない。

 多くの人間や聖獣たちの「想い」が暁月炎という器のもとに集まり、限界を超越した虹色の焔を呼び起こしたのである。

 絶望の淵から蘇り、クッソカッコいい挿入歌と共に発動したその演出に、僕のボルテージも最高潮を超えてバーストしたものだ。一緒に見ていた姉さんも興奮のあまり、犬のぬいぐるみを殴っていたなぁ……ぬいぐるみさんかわいそうである。

 

 正真正銘の最終フォームに覚醒した炎は、その身に溢れさせた太陽の如き力を以って、異形の邪神と化したケテルの身体に一閃を叩き込む。

 そして刻みつけた傷の中から灯ちゃん(全裸)を抉り出し、見事救出に成功してみせたのである。

 

 灯ちゃんを失ったことで、ケテルは邪神としての肉体を維持できなくなる。

 そんな哀れなラスボスに向かって、互いに頷き合った二人は最後の仕上げとばかりに(ほのお)()の一撃を繰り出し、戦いが終結するのであったとさ──めでたしめでたし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……以上が、アニメ「フェアリーセイバーズ」のクライマックスである。

 

 もちろん詳細な内容や見どころは他にも色々あるが、推しの活躍を語りすぎると際限が無いのでここらでやめておこう。

 

 ……まあ、とにかくこれらの内容を鑑みればリブートと言えど、ケテルの「夢幻光計画」とやらがどういうものかは察せられる。

 

 そうだね。ケテル視点でのここまでの流れを想像して、現状を整理しよう。

 

 

 

 ケテルはアビスを滅ぼしたいぜ!

 

 その為には強い人間が必要だぜ!

 

 聖龍が言っていた「フェアリーバースト」って力が鍵だぜ!

 

 だけどフェアリーバーストは人間にしか発動できないぜ!

 

 なら、昔この世界にいたカバラ族っていう人族のデータを使ってフェアリーワールド産の異能使いを作るぜ!

 

 できたぜ、人造異能使い! 名前はメアだぜ!

 

 あっ、駄目だこれ失敗作だぜ! 感情が無いからフェアリーバースト発動できないぜ!

 

 もったいないから人間世界に偵察機として送り込むぜ!

 

 悪の組織に捕まったぜ!

 

 不測の事態が起こった瞬間、防衛機能が発動し、メアは記憶を失うぜ! これで情報漏洩の心配は無いぜ!

 

 セイバーズとかいう正義の味方に助けられたぜ……親切な人間たちの家でしばらく暮らしたようだぜ! サンキューな!

 

 なんか感情手に入れてるぜ……なんでだぜ……

 

 だけどPSYエンスに入れられた不純物が邪魔しているせいか、これじゃまだフェアリーバーストできないぜ!

 

 エイトとかいう美少女怪盗が不純物取り除いてくれたぜ! さすエ!

 

 これでメアもフェアリーバーストを発動できるぜ!

 

 いい感じに育ってくれたからそろそろ収穫するぜ! お前のものは俺のものだぜ──という感じか。

 

 

 

 

 バチンッ──と、乾いた音が響く。

 

 

 ケテルから聞き出した説明をそこまで要約した瞬間、彼の顔面に一発を叩き込んでやった僕は、今一番オリ主らしいことしているのではないかと思う。

 ……いや、衝動的な行動だったので、そこまで考えていたわけではないけどね?

 

 だけど……とても胸糞悪い話で、そういうのは嫌だと思った。そんなの、求めていないって言うか……

 

 メアちゃんという子供が……僕の友達が、こうも良いように利用されていたと知ったらね。

 仮に僕が引っ叩かなくても、炎にしろ長太にしろ同じように彼をぶん殴って開戦していたところだろう。

 

 対話の場だから我慢していたのだろうけど、みんなみんな、すっごい怖い顔して拳を握り締めていたしね。

 

 

 ……まあ、身も蓋もない言い方をすると「夢幻光計画」というのは要するに、異能使いの養殖である。

 

 

 彼は失敗作として切り捨てたメアという自家製異能使いが予想以上に育ったので、僕たちのもとに引き取りに来たのだ。そして「王の剥奪」を発動し、原作で灯ちゃんにやったようにメアちゃんを吸収しようとしたというわけである。

 

 なんだよ……そんなの……それでは、まるで──

 

 

 まるで追放物の悪役じゃないか!

 

 

「もう遅いよ、ケテル」

 

 

 思わず指摘してしまった。

 メアちゃんの物語にタイトルを付けるなら、「生け贄として作られた命ですが失敗作として捨てられました~異世界で強くなったので引き取りに来たが、もう遅い~」って感じかね。おう……これは酷い。

 

 それはいかん……いかんよケテル。追放物は追放した側がおめおめと引き取りに来たところでまんまとフラれ、最後には破滅していくのが常識である。

 それは約束されたハッピーエンドフラグとして安心して「ざまあ」を待つことができるので、ネット小説界隈においてとても人気の高いジャンルである。

 

 ──しかし、僕は彼にその展開を望んでいなかった。

 

 彼の話を聞いた時はこうして、思わず手が出たほど胸糞悪くなったが……彼に破滅してほしいとは思っていないからね。僕はアンチヘイト系オリ主でも無ければ、ざまあ系転生主人公でもない。そういうのはなんか違う気がした。

 

 うーん……何だろうねこの気持ち? 原作とかラスボスとか関係無く、彼に対しては何かこう、奇妙な哀れみを感じている自分がいた。

 

 

「それに……そのやり方では、キミが救われないじゃないか……」

『…………』

 

 

 ケテルは悪役だが、オリ主的に考えると最大の救済対象であることも事実だしね。

 ラスボス救済物のSSは、原作さえもなし得ないトゥルーエンド感があっていいよね……ご都合主義と笑いたければ笑うがいい。しかしその為のオリ主であり、その為のチート能力だ。

 原作のバッドイベントを力技で捻じ曲げてこそ、チートオリ主(僕たち)チートオリ主(僕たち)でいられるのである。

 

 

「そんなことを続けていたら、苦しいばかりだ……だからボクは、キミのことを引っ叩いても否定するよ。その為にボクは、ここにいるのだから」

『……同じ、か……』

 

 

 メアちゃんを犠牲にする展開はもちろん許さないが、それが引き金となってケテルが小物化し、破滅していくのもなんか嫌だ。チートオリ主の格はラスボスの格が高いほど高くなるのである。

 そんな思いを込めてケテルを見つめると、彼は深く息を吐いて呟いた。

 

 

『……今の余は、救いを与える者だ。求めてなどいない』

 

 

 僕に叩かれた頬を無表情で擦る彼は、一体何を考えているのやら。

 少しぐらい痛がってくれたら嬉しかったんだけど……それはそれで小物に見えてしまうのでラスボスの扱いは難しいところだ。まあ、いいけどね! 今からもっとキツい攻撃するし!

 

 

『夢を守りたければ剣を取れ。世界を守りたければ幻を斬れ。余はケテル、夢幻さえも支配する──この世界の守護者なり』

 

 

 おっ、そのセリフ回しいいな……頭の中にメモっておこう。

 しかし言い回しはカッコ良くても、セリフの中身は最低である。

 要は世界をアビスから守る為には、メアちゃんのことを犠牲にしろと言っているのだろう? 冗談言うなって。

 

 だけどね……嬉しいことにこの場にいる人間は、誰一人として彼の言葉に賛同していなかった。

 

 

「断る」

「おととい来やがれ」

「夢幻光だか何だか知らねぇが、メアは俺たちの仲間だ馬鹿野郎!」

『バーカバーカ!』

 

 

 リーダーの暁月炎がきっぱりと拒絶し、翼、長太、ビナー様が追従する。長太とビナー様に至っては中指を立てながら子供のように煽っておられる。長太はともかくビナー様も!?と内心驚いたが、よくよく考えれば彼女も羽を半分消し炭にされているし、王様に対して一番鬱憤が溜まってそうである。

 

 ……うん、やっちゃうか! こんな王様なんて!

 

 

 

 しかし彼らも、ケテルの言葉に悩む素振りすら見せないところがまた男らしくて素敵だ。やはりセイバーズは僕のヒーローだと改めて思った。

 

 ほら、見てみい! メアちゃんったらあんなに涙を流して……ケセド君、マジで頼むよ。こんな事実、彼女にとってはあまりにもあんまりだ。

 

 

「自分と自分の子供すら救えない人が、果たして本当に世界を救えるものかな?」

『……よくも、言えたものだな……』

「言えるさ。だってボクは……いや、何でもない」

 

 

 危ねぇ、だってボクはオリ主だから!って言いそうになったわ。勢いって怖い。

 そうだ。オリ主だからこそ、僕はここぞとばかりに偉そうなことを言ってみたのである。せっかくラスボスとオリ主が対峙したのだから格好つけさせてほしいよね。

 

 

 

 ──そんな、開戦時のいざこざである。

 

 

 








 二次創作だからこそ原作ラスボスの格を落としたくない気持ち
 答え合わせ回なので今までで一番の難産でした。だけどまだオリ主の答え合わせが残ってるぜ!
 色々矛盾が無いか自分で読み返したりしてたら投稿が遅れたぜ! 文字数も増えたぜ!
 これまでお話の中で小出しにしていた原作フェアリーセイバーズの流れとか、一ページに纏めておいた方がいいかもしれませんね


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オリ主と原作キャラのパワーバランスは難しい

 黒い少女の拳が、白い天使を捉える。

 T.P.エイト・オリーシュアがボクシンググローブのように右手に纏った闇の拳で、ケテルの身体をガードの上から殴り飛ばしたのである。

 エイトの全身を漆黒のオーラが覆う。瞬間、少女が凄まじい速さで詰め寄り、追い打ちを仕掛けた。

 闇を纏った拳で再び顔面を殴りつけようとしたが、それはケテルが構えた十字杖によって阻まれた。

 だが、エイトの攻撃は終わりではない。

 十枚の羽を広げながら素早くその身を半歩分ほど退かせると、エイトは左右に反復するように飛び回り、敵の目を攪乱する。その右腕に纏っていた闇は、拳の形ではなく剣の形へと変化していた。

 

「せい!」

『ふ……』

 

 闇のオーラを剣に変えたエイトの一閃と、白光の輝きを纏うケテルの十字杖がつばぜり合う。

 二人の斬撃が交差する度に轟音が鳴り響き、火花のような力の波濤を空に拡散させていった。

 

 ──十枚羽を持つ大天使同士の戦いは、いっそ美しいほどに壮絶だった。

 

 片方が弾き飛ばされればもう片方が弾き返し、闇と光が見えざる壁を足蹴に反転していくようにもつれ合いながら、二人の大天使は同等の速度で上空を駆け巡る。

 体格差故か、真正面からのぶつかり合いで押していたのはケテルの方である。

 棒術を行うには不向きな十字杖を扱いながらも、彼の一閃はエイトの操る闇の剣を押し切り、がら空きにした胴部に向かって空けた左手から一条の光線を放つ。

 体勢を崩していたエイトは咄嗟に身を反転させると、空中で逆上がりをするような要領で右脚を振り上げ、ケテルの左腕を蹴り上げる。それにより放たれた光線の射線を逸らすことはできたが、依然体勢が不利なのはエイトの方だ。

 その隙を見逃さずケテルは右肩からタックルを浴びせ、彼女の身体を突き飛ばした。

 

「っ、やる……!」

『…………』

 

 吹っ飛ばされながらも、T.P.エイト・オリーシュアは余裕の笑みを絶やさなかった。

 風に煽られ大胆に捲れ上がったロングスカートの裾を押さえながら、彼女は再び身を捩り体勢を立て直す。

 挑発的な表情を浮かべるエイトの姿を見下ろしながら、ケテルは周囲に直径五十センチメートルもの大きさの光球を同時に十発生成し、それらを射出した。

 一発一発が人間にとっては必殺の威力が込められた光の弾丸である。

 それを見て口元を引き締めたエイトは雷の如き速さで弧を描くように飛翔しながら、鋭角的な軌道で全ての光球をかわしきった。

 

「お返しっ!」

 

 反撃に転じたエイトは自身の周囲にカラスのような闇の鳥を十体召喚すると、それらに爆炎を付与させながら一気に射出していく。

 己の攻撃を全てかわしきったエイトに対して──ケテルはエイトの攻撃を全て粉砕することで応えてみせた。

 その手に携えた十字杖を巧みに振り回すと、襲い来る全ての鳥を叩き潰したのである。

 ケテルにとって、その程度の攻撃は避けるまでもないという余裕の表れか。しかしその直後、彼の後頭部を痛烈な打撃が襲った。

 

「隙ありってね」

 

 弾幕に紛れてテレポーテーションで回り込んできたエイトが、背後からケテルの後頭部に膝蹴りを浴びせたのである。

 この戦いにおいて、エイトが初めて与えたクリーンヒットだった。

 

 ──が、それでエイトにしたり顔を浮かべさせることを、ケテルは許さなかった。

 

「わっ、それズルい!?」

 

 ケテルは振り向きもせず自らの十枚羽から暴力的な閃光を放つと、エイトの身を的確に捉えてきたのである。

 思いも寄らぬところから放たれた反撃に、エイトは慌てて闇のバリアーを展開してダメージを最小限に留める。損傷は皆無ではないが、身につけた衣装の胴や肩の部分がところどころ破損した程度に収まった。

 

「ふぅ……危ない危ない」

『…………』

 

 

 この間僅か数分と経っていない中でも、二人の力と技は何度衝突したかもわからぬほどだった。

 最強のサフィラス相手に、T.P.エイト・オリーシュアは一歩も退いていない。

 スカートを翻しながら振り上げた右脚の蹴りでケテルの身を弾き飛ばすと、エイトは白と黒の羽を羽ばたかせながら追撃を仕掛けていく。

 ケテルは体勢を立て直しつつ上空に浮かぶ雲の上を滑るように背面飛行しながら光の弾丸を連射してくるが、エイトはひらりと舞う蝶の如き軽快な動きでそれらをかわしてみせた。

 凄まじい威力の光弾が肌の数センチ横を通り抜けていく度に、エイトはその顔に闘気の笑みを深めていく。それはまるでスポーツの試合で爽やかな汗を流しているような顔つきであり、ケテルとの戦いをどこか楽しんでいるように見えた。

 

 さらに飛行速度を上げたエイトが、急迫し闇の剣を振り下ろす。

 ケテルが十字杖でそれを防ぎ、反撃の一閃を走らせる。

 

 斬りつけ、薙ぎ、防がれ、時折襲い掛かる光弾をいなし、再び打撃を見舞う。

 相手の攻撃が踊る度、攻撃と防御の衝撃がそれぞれの肉体に響いた。

 

 

 まるで二人だけの世界とでも言うような……誰にも割り込むことができない領域がそこにあった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 暁月炎VSホド。

 力動長太VSゲブラー。

 風岡翼VSマルクト。

 ビナーVSコクマー。

 

 そして、僕VSケテル。

 

 以上が、今回始まったそれぞれの対戦カードである。

 お互い綺麗に一対一のマッチアップに分かれたのは、戦略的にまんまと分断されてしまったとも言える。しかし、セイバーズの面々はこの世界に来た当初より一段も二段もレベルが上がっている。戦況は割といい感じに拮抗して見えた。

 彼らだってこの世界でフェアリーバーストを会得し、その力を使いこなせるようになったのだ。今の彼らなら、サフィラス十大天使とも良い勝負に持ち込める筈である。

 その上……敵側でもマルクトとホドに至っては、王の語った真実に色々と思うところがあるのだろう。二人の動きには迷いがあり、明らかに本調子ではなさそうだった。

 故に、彼らと相対した炎と翼なんかはそのまま勝ってしまいそうな雰囲気があった。

 

『余を前にして……神経を他に割く余裕があるのか?』

 

 おっと、それもそうだね。ごめんごめん。

 僕はチートオリ主だけど、相対するケテルは公式最強のラスボスである。

 これは僕の個人的な意見だが……オリ主の戦闘力はラスボスと善戦できるけどちょっと及ばないぐらいのパワーバランスがSS的に一番楽しみやすいと思っている。異論は認めるが、チートオリ主だって何でもかんでも圧倒すればいいわけではないのだ。もちろんオリ主最強設定も好きだけどね!

 

 その点、僕とケテルは……どうなんだろうね?

 

 僕はこれでも結構本気を出しているが、今のところ完全に互角である。

 それでも後先を考えて余力を残してはいるが、それは彼も同じだろう。僕が放つ漆黒の稲妻を前方に展開したスタイリッシュな光のカーテンで防いでみせる彼の表情は涼しげであり、全力を出しているようには見えなかった。しかし彼の技はどれもオーロラみたいに綺麗なエフェクトを放ってるな……色合い的には、あっちの方が主人公っぽいかもしれない。

 まあ僕はダークな雰囲気も魅力的なオリ主なので、それで良しとする。

 

「……そうだね」

 

 しかしケテルは、全くポーカーフェイスを崩さないね。

 仮に本気を出していたとしても、表情に出すタイプではなさそうだ。

 

 その辺りはどんな時でも余裕を見せつける僕の流儀と通ずるものがあり、中々気が合いそうだ。

 そう思うと僕の理想とするミステリアスでカッコいい強キャラ像って、ケテルと通ずるものがあるのかもしれない。僕の憧れはケテルだった……? まさかケテルこそが完璧なチートオリ主だったとは……見抜けなかったわ……!

 

 

 冗談はさておき。

 

 

「ボクはいつでも、キミのことを見ているよ」

『……ならば、今は余だけを見てもらいたいものだ』

「ごめんね、それは無理だ。ボクには守るものがあるからね。今はそっちが優先さ」

『……だろうな』

 

 

 ただでさえオリ主にはやることが多い上に、この状況である。今の僕がケテルの相手に全集中できるかというと、正直な話とても厳しい。

 

 特にメアちゃんのことが心配だ。

 

 メアちゃん自身の精神状態はもちろんだが、コクマーとゲブラーなら隙あらば王様の代わりにメアちゃんを攫おうとするぐらいしてくるかもしれない。

 ヒロインのピンチに動けぬようではオリ主の名が廃るというものだ。

 

 そうなった時にはすぐにでもテレポーテーションでメアちゃんのもとへ向かう必要がある為、僕はケテルを相手取りながら千里眼を応用しつつ、彼女の様子をチェックしていた。ケテルには気づかれていたようだが。

 

 そのメアちゃんだが……彼女は依然、茫然自失とした様子で蹲っている。

 ケセド君が懸命に呼び掛けているが、この場で立ち直れなくても彼女のことは責められない。

 

 

 自分の命が捧げられる為にあったなんて──そんなこと、誰が受け入れられるものか。

 

 

 ……それが当たり前なのだ。

 

 だからこそ、僕は彼に説教する。

 呆れた王だ生かしてはおけぬとまでは言わないが、今の僕は結構怒っていた。

 今回ばかりはSEKKYOUではなく、説教である。

 

 

「ケテル、キミは間違っている」

 

 

 雲よりも高く飛び上がった大空の下で、僕たちはお互いに間合いを取りながら向かい合う。

 数拍の沈黙を破って放ったのは、オリ主によるラスボスへのマジレスだった。

 

 

「誰かの為に命を捧げる……そんな運命を、誰も彼もが受け入れられるわけじゃない。たとえキミが生み出した命であろうと、使命を強要する資格は誰にも無い」

 

 

 彼がメアちゃんに強いる理不尽は、とてもではないが許容できるものではない。

 そう告げると、彼はほんの少しだけ表情を変えて睨んできた。こわい。

 

 

『……他者から与えられた使命に()じた貴方が何を語る』

「ん、ボク? なんでボク? ……ああ……うん……確かに、それを言われるとキツいね……」

 

 

 確かにT.P.エイト・オリーシュアとしての人生は、カロン様という他人に与えられた使命に()じて生きていると言えなくもない。

 しかし僕自身としてはカロン様がくれたボーナスタイムみたいなこの時間を、彼女の為に捧げるのも悪くないと思っている。

 初めて謁見したあの時……カロン様は僕にお願いはしても強要はしてこなかったけど、仮に彼女が何らかの理由で僕に死ねと命じたならその時は受け入れる所存である。すっごい嫌だけど。

 

 病的なほど心酔しているわけではないが、僕は彼女からそれだけのものを貰ってきたのだ。彼女の為に命を捧げることに不満はない。だけど……

 

 

「だけど、メアは違う。とっくに終わっているボクの人生と違って、あの子はまだこれからなんだ。今のあの子は、ボクじゃない」

 

 

 最初に会った時は彼女も同じオリ主なのだと思っていたから、自分と同一視しているところはあった。

 しかし、それは違ったのだ。彼女もまたこの世界に生きる一人の立派な命であり、僕はそんな彼女の存在を──尊く思う。

 

 尊いものを守るのがオリ主という存在である。そうだろう? カロン様。

 

 

「キミはさ……メアがその尊い命を捧げるに足る対価を、お父さんとして今まで、一度だって与えたことがある?」

『存在を与えた。あの娘がこの世界に生きているのは、余がその存在を生み出したからだ』

「だったら、ちゃんと面倒見てあげてよ」

『…………』

「見ていたのなら、わかるだろう? あの子が感情を手に入れることができたのは、優しい人間たちの心の温かさに触れて……彼らから愛情を受け取り、それに応えたいと思ったからだ。誰にも命令されず、人間みたいに」

 

 一度目の人生を思う存分生きた僕だからこそ、悔いは無かった。だから二度目の人生は大恩あるカロン様の為に役立てたいという気持ちに嘘は無い。それはそれとして全力でエンジョイしているけどね。

 

 だけど、メアちゃんは転生者でなければオリ主でもない。たった一度だけの人生なんだ。

 

 そんな貴重な時間を捧げてもらいたいのなら、王様だろうともっとちゃんとした、誠意ってものがあるのではないかと思うのですよ。

 半ギレ気味に抗議の眼差しを送ると、僕は決めゼリフのように力強く言い放つ。

 

 

「生まれた頃のメアに感情が無かったのは、あの子が失敗作だったからじゃない。キミが何も教えなかったからだ。教えてもらわなきゃ……何もわからないんだよ!」

『……余の、失態だと?』

 

 

 そうだよお前。なに「今初めて考えたわそんなこと」って感じにキョトンとした反応しているんだお前。

 本当にもう……相変わらず世話の焼ける子だなぁキミは……ん? あれ、今何考えた僕? ……まあいいか。

 

 何はともあれここは論理的に考えてマウントを取るチャンスである。逃さずにはいられない。

 

 あわよくばオリ主の説教で、いい感じに漂白されてくれないかなーと期待を込めながら、僕はケテルの目をじっと見つめる。

 そんな僕の前で、ケテルは何やら考え込んでいるように顔を伏せた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 確信した。

 

 

 

 T.P.エイト・オリーシュア──その正体はダァトだ。

 

 

 

 その可能性をホドから聞かされた時、ケテルはその考察を信じていなかった。

 彼女はもういない……いる筈が無いと思っていたから。

 現存する最古の大天使であるケテルは、それ以前の時代を生きていた原初の大天使のことをこの世界で誰よりも深く知っており、「王」としての自分の存在理由の一つでもあったのだ。

 

 原初の大天使「知識」のダァト──かつてこの世界に未曾有の被害をもたらした「深淵大戦」を終結に導いた英雄の名を、ケテルは同胞たる大天使たちにずっと語り継いでいた。生まれ変わる度に、何度も……

 

 ダァトという大天使はサフィラスにとって母のような存在である。

 そして古の時代は天界に現れた十体の深淵のアビスにより滅びかけたフェアリーワールドを救い、自らの命を捧げた最高の大天使であったと。

 

 若き日のケテルにとっては天使を統べる「王」としてサフィラに生み出された自分よりも、よほど王座に相応しいと思っていた女性だった。

 

 そうだ……彼女は若かりし日のケテルにとって理想の大天使であり、憧れであり──姉だったのだ。

 

 彼女と最後に交わした言葉は、幾億年過ぎた今でも忘れていない。

 彼女のことを大切にしたいという思いはある。この狂おしさも、残っている。

 

 しかし、今のケテルが彼女との再会を喜ぶには、あまりに遅すぎたのだ。

 

 彼女の存在を素直に受け止めるには、彼の心は磨り減りすぎていた。

 

 

『今更……貴方が現れて何とする。今になって、余に何を説くのだ……』

「……?」

 

 

 ケテルにとってこの再会は、あまりにも遅すぎた。

 あの日決めたこと──決まったことを覆すには、自分はこの世界の中で変わってしまった。その事実を自覚しているからこそ、何も変わっていない少女の姿に心の整理が追いついていない自分がいる。

 

 

『そうしてお前は……また余から奪うつもりか……? 余は……僕は……っ』

「ケテル……?」

 

 

 十字杖の柄を握る指を強めて、ケテルは伏せた顔を上げる。

 ダイヤモンドのようなその瞳は、目の前の少女を越えるべき壁として睨んでいた。

 

 

『……今の余は、不完全だったあの頃とは違う。貴方が戻ってこようと、余は王で在り続ける……その為に余は強く……強くなった』

 

 

 この世界の誰よりも。

 そうだ……不倶戴天の敵にも、侵略者にも、何者にも奪われることのない絶対的な頂点がフェアリーワールドの「王」だ。

 今の自分は誰よりも強いと確信している。だからこそ、ケテルは──

 

 

『ダァト、余は貴方を……』

「──っ、メア!?」

 

 

 ケテルが自らの感情をぶつけようとしたその瞬間、少女がハッと目を見開き、その場から姿を掻き消した。

 

 彼女が得意とする技の一つ、転移系の聖術である。

 気配が向かった先は地上──白熱する戦闘の中で置き去りにしたヘットの町の一角にして、ターゲットであるメアがいる場所だった。

 

 

 ──そこでは、小さな恒星のような凄まじい光の奔流が渦巻いていた。

 

 

 メアの力が解き放たれたのである。

 尋常ではない力だ。並の天使を遙かに超えた力が顕現している。

 それは今回の来訪により発生すると予測していた、ケテルからしてみれば想定内の事象だった。

 

 

『やはり、メアはバースト状態になったか……』

 

 

 「真実」を語れば彼女の感情は爆発し、「夢幻光」は本来の力を解放する。全て計算した上での行動だった。

 

 後はその力を剥奪し取り込めば、ケテルの夢幻光計画は達成される。

 そう……全ては順調だった。

 

 ……しかし順調に運ぶ計画の中で、今のケテルの心には耳障りな雑音が絶えず響いていた。

 

 ああ、そうか。

 

 メアの異変に気付くなり自分との戦いをあっさり放棄して彼女の元へ向かった黒い少女の姿を見て、変わり果てた自分自身に対して惨めさを感じたのかもしれない。

 

 

『……やはり、僕を見てはいないのだな……ダァト……』

 

 

 変わり過ぎた自分と、何も変わらないダァト。

 ケテルの心には今、どう表現すればいいのかもわからない感情が混沌としていた。




 評価者1000人達成ありがとうございます! 目標にしていたわけではありませんが、何か一つ達成感がありますねこれは……感謝感謝です


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キャラのイメージが一人歩きする

キリトかなー


 まばゆい閃光と共に地上から巻き起こっていく光の奔流は、空中で戦っていた戦士たちの視線さえ釘付けにするものだった。

 

「メア!?」

『……クッ』

 

 ホドと激闘を繰り広げていた暁月炎は、即座にその異変がメアの居場所で発生していることに気づくと、戦場から離脱して一目散に彼女のもとへと向かっていった。

 そんな彼の背中を追い掛けるように、僅かに反応が遅れてホドが飛翔していく。

 

「あれは……!」

『バースト状態だ……錯乱したメアの感情が、異能の力を暴走させたのであろう』

「あそこにメアが……くそッ!」

 

 バースト状態に陥るほど錯乱した理由は、言われなくてもわかる。

 彼女の生みの親であるケテルから語られた残酷な真実。それが彼女にとってどれほどの衝撃を与えたのかは測り知れない。

 過剰なストレスは異能を暴走させる。それは、なまじ力のある異能使いほど引き起こしてしまう異能の事故だった。

 しかし……

 

『メアの潜在能力が、あれほどのものとは……我ら以上の凄まじい力だ』

「あれが、メアの本当の力なのか……?」

 

 バースト状態に陥ったメアの力は、闘技場での力動長太よりも桁違いの力を発している。

 メアの身体から放たれている膨大な光は日照りのようにどんどん増大していき、その姿を光の繭へと変えた。

 程なくして繭の中から二対の翼が浮かび上がる。同時に悲鳴のような雄叫びを上げながら、黄金の龍が姿を現した。

 

 メアの身体から吹き荒れた光そのものが、龍の姿になったのである。

 圧倒的なその威容は、まるでフェアリーワールドの神「聖龍アイン・ソフ」のようだった。

 

「……待っていろ。今、助ける!」

『…………』

 

 時間が経てば経つほど、姿を現した光の龍は巨大化し続けていく。バースト状態になったメアの力は尽きることなく増大し、まるでデタラメだった。

 瞬く間に40メートルを超える大きさになった黄金の龍は見た目こそ神々しいが、一度暴れ回ればその脅威はアディシェスをも上回るかもしれない。

 そんな怪物と化してしまったメアを見た途端、暁月炎は考えるより先に動き出していた。

 

『小娘一人に気を取られ、このホドの前に背を晒すとは……人間とは、そういうものなのか?』

 

 ホドとの戦いを放棄し、脇目も振らずメアのもとへと向かっていく炎の背中はガラ空きである。ホドがその気になれば、すぐにでも撃ち落とすことができるだろう。

 しかし、炎は彼を信じたかった。

 彼ならばわかる筈だと。わかってくれる筈だと思っていたのだ。

 メアが独りぼっちでこの世界に落ちた時、彼女のことを認めてくれたホドならば。

 

「人間も聖獣も関係ない! 俺はただ、大切なものを守りたいだけだ! それは、あんたたちだって同じだろう?」

『……そうだな』

 

 種族は関係ない。人間だから感情的に動くのではない。

 大切だから守りに行く。大切だから助けたい。それだけだった。

 それは人間も聖獣も変わらない理屈だと、炎はこれまで見てきたフェアリーワールドの聖獣たちの姿を脳裏に浮かべながら問い掛けた。

 その上で、彼は訴える。

 

「メアは俺たちの大切な仲間で……俺の妹なんだ! 道具なんかじゃない!」

 

 もがき苦しむように、黄金の輝きを放つ光の龍が咆哮を上げる。

 暴走した彼女は近づく者全てを敵と認識しているのか、その口から手当たり次第暴力的な閃光を撒き散らしていた。

 その威力は見た目に違わず、触れただけで地面を抉り取っていくほどだった。

 そんな閃光の一発が、彼女のもとへ向かう炎の姿を狙い、直撃コースで入ってきた。

 

「──っ」

 

 まばたきする暇も無い。

 ハッと息を呑み、炎は衝撃に備えるが……閃光が彼の身体に突き刺さることはなかった。

 橙色の鎧の騎士が割り込み、大盾で遮ったのである。

 

「ホド、あんた……」

『奴の中に飛び込め。あの龍は異能の力がその姿を象っているだけで、実体は無い。故に、あの光の中に飛び込めば、その先にメアはいる筈だ』

「そうか……!」

『急げよ……このまま力を発散し続ければ、この町はもちろんあの娘も危ない』

 

 王命に背き、栄光の大天使ホドは自らの意思で炎を助けたのだ。

 その判断に期待していなかったわけではないが、炎は驚く。次に、感謝の笑みを浮かべた。

 そうだ……大天使にも思いは伝わるのだ。人間と聖獣の争いを対話で解決することもまた、決して不可能ではないという事実を示していた。

 

 それはあの子が──メアが望んだ未来だった。

 

「感謝するが、あんたはいいのか?」

『ふっ……この尊き世界に、死ぬ為に生まれる命などあるものか。たとえ王に刃を向けることになろうとも……王の誤りを正すこともまた、アイン・ソフへの忠誠の証だ。真実を見極めるまで、時間が掛かってしまったがな』

 

 故に、これは裏切りではないとホドは言い切る。

 サフィラス十大天使は皆各々が各々の正義を持って活動しているとは聞いていたが、まさにその通りだったということだ。

 彼は八枚の翼をはためかせて先行すると、炎に襲い掛かる龍の閃光を自慢の大盾で受け流してみせた。

 

『龍の懐への水先案内人は、このホドが引き受ける! 其方は隙を見て飛び込め!』

「ああ!」

 

 命じるなり、ホドは弾丸のような速さで前進し光の龍の射線へと突っ込んでいった。

 鈍重そうな鎧を全身に纏っているホドだが、空中を翔け抜けるスピードは炎のそれを上回る。

 戦闘能力こそ拮抗している二人だが、やはり飛ぶことに関してはフェアリーバーストの状態でやっと飛べるようになった炎たちと違って、生まれながらに自前の羽を持っている天使たちの方に一日の長があるようだ。

 そんなホドが前に出て危険な攻撃を捌いてくれるのは、その鎧に恥じない頼もしさを感じた。

 

 だが、近づけば近づくほど光の龍──暴走するメアの攻撃は苛烈を極めていく。

 

 彼が閃光を大盾で受け流せるのも、数発が限界だった。

 だが、数発でもヘイトを引き受けてくれれば動くことができる。

 炎は彼が引き受けてくれた龍の攻撃の隙を逃さず、蒼炎の翼に蓄えていた力をジェット噴射のように解放すると、一気に加速して飛び出していった。

 

『くっ……行け! アカツキ・エンッ!』

「おおおおおっっ!!」

 

 光の龍の閃光に弾き飛ばされたホドが、入れ替わるように前に出た炎の名を呼びながらその行方を見届ける。

 彼が切り開いてくれた道を疾走しながら、炎は黄金に輝く光の龍の胸部──力の発生源であるその中へと、蒼炎の矢となって飛び込んでいった。

 

 暁月炎は進んでいく。

 

 大切な仲間を。

 自分自身の存在に怯えるたった一人の妹を助ける為に、光の龍の中に侵入していった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そこは、辺り一面真っ白な世界でした。

 

 

 アディシェス並の大きさの光の龍を具現化するほどの力の発生源なのだから、内部にはそれはもう直視できないぐらい眩しい光がキラキラのピッカピカに煌めいているのではないかと思ったが……いざ飛び込んでみると割と目に優しい空間が広がっていた事実に、九割の安心と一割の肩透かし感を抱く。

 

 

 そんな僕がいるのはメアちゃんの居場所である。

 すなわち、光の龍の中なう。

 

 

 いやあ、びっくりしたわー。

 

 精神状態的に彼女がバースト状態になる危険は戦闘中も常に頭の中にあったけど、まさかここまでド派手な現象を起こすとは。

 本当にもう……バースト状態になると大怪獣サイズの光の龍が現れるってどういうことだよ……しかもそのシルエットはどこか聖龍アイン・ソフに似ていたし、あからさまにヤバい感じがしていたものだ。

 同じバースト状態でも、アリスちゃんや長太のそれが可愛く見える規模である。

 そんなメアちゃんの異変にクールなエイトちゃんはいち早く気づくと、ケテルとの勝負を一旦預けて「テレポーテーション」で駆けつけたというわけだ。間に合わなかったが。

 しかしそれでも、難なく光の龍の中に入り込むことができたのは幸いである。

 うーん、やっぱり便利だねこの能力。つくづく攻略RTAには欠かせない異能である。僕は走者ではないが。

 しかし、いかんせん便利すぎて味気がないのが難点だ。

 

 今さっきここへ突入してきた原作主人公みたいに、「主人公が障害を突破してヒロインのもとへ駆けつける」という燃える展開を、僕の場合は全カットしてしまうわけだからね。谷が無いので山ができない、チートオリ主故の悲哀である。

 

 ……まあ、今は流石にそんなことを気にしている様子は無いし、そもそも僕は主人公ではなくオリ主だからね。

 クールでミステリアスなエイトちゃんとしては、そのような熱いシーンは原作主人公にお任せすることにしていた。

 原作主人公とオリ主は、お互いに適材適所の役割分担が大切なのだよ。

 

 

「っ、エイト? あんたもここに……そうか、テレポーテーションで来たのか」

「うん、そういうこと」

「……ずるいな」

「ふふっ、それほどでもないさ」

 

 テレポーテーションにより先んじて光の龍の中に侵入していた僕に対して、炎は理不尽なものを見るような目で見つめてくる。

 彼からしてみれば、ホドさんの熱いアシストによって辛くも突入に成功した先に、涼しい顔で回り込んでいたオリ主という構図である。

 うーん……これはちょっと、マウントの取り方が露骨だったかなぁ。もちろん狙ってやったわけではないんだけどね。だが、これはこれでミステリアスでカッコ良さげなムーブなので良しとしよう。行く先々で主人公のことを先回りして待っているのはミステリアスキャラの定番である。

 

 しかし、光の龍の中がこんな空間になっていたとはね……真っ白で何も無い。

 まるで、オサレな精神世界のようだ。

 

 ……いや、この感じはつい最近見たことあるぞ。

 これはあれだ。カバラの叡智に触れた時に飛ばされた、女神様っぽいカロン様のいたあの世界に似ている。あそこもこのぐらい真っ白で殺風景で、何も無かったものだ。テレビとか必要なものはカロン様がどこからともなく召喚していたけど。

 

 何も無い空間だが足場はあり、カロンフォームを解除すると僕の足は下に落ちることなく真っ白な地面に着地していた。

 同じく蒼炎の翼を解除した炎と並びながら、僕たちは先を目指して歩き進んでいく。メアちゃんの名前を呼び掛けながら。

 

 

「ここが、あの光の龍の中なのか……? 穏やかで、何も無い」

「台風の目と一緒さ。荒れ狂う力も、根源まで赴けば大人しいものだよ。案外」

「そういうもんか」

「何事もね。人間の心も聖獣の心もアビスの虚無の先も……行き着くところは案外、真っ白なのかもしれないよ?」

「…………」

 

 知らんけど。多分、そんな感じだろう。

 ……いや、アリスちゃんや長太の時は怪我したり凍り付きそうになるぐらい、異能の力が一番激しい場所だったしどうなんだろうね実際。 

 メアちゃんのバースト状態が二人のそれと性質が違う感じがするのは、おそらく彼女が半分天使みたいな存在だからなのかもしれない。

 何せサフィラス十大天使の王様から直々に力を授かって生まれた存在だからね。他の人間のバースト状態で見たものは、あまり参考にならなそうだ。

 

 

 ……いや、それでもやっぱりおかしいわ。なんやねんこの空間は。

 

 

 40メートルぐらいの光の龍の中に、1キロメートルをゆうに越える大きさの謎空間が形成されているのは明らかにおかしいだろう常識的に考えて。

 これではまるで──

 

 

「もしかしたらボクたちは、あの子の心の中に飛び込んでしまったのかもしれないね」

「ここが、メアの心の中だと……?」

 

 

 先ほどはこの場所をオサレな精神世界のようだと形容したが、ビンゴかもしれないねこれは。

 異能使いの異能はその人間が持っている「心」と密接な関係にある。バースト状態で拡張された異能が、彼女自身の心象風景を物理的に顕現させたのだ──という説は、あながちイイ線いっているのではないかと思う。怪盗エイトちゃんの名推理である。

 

 しかし、仮にこの真っ白で何も無い空間がメアの精神世界だとしよう。

 そう考えると彼女の心は、何とも……

 

 

「……寂しいよね……」

 

 

 僕が周囲を見回しながら呟いた言葉に、炎が同調して返す。

 

 

「……そうだな。ここがアイツの心を映しているのだとしたら、こんなに寂しいことはない」

 

 

 異能はその者が持つ「心」を表している。

 ならばこれは、メアちゃんの心が何も無いことを意味している──ということになってしまう。それは、あまりにも残酷な話だ。

 メアという人物が、まさにケテルの言った通りの存在であるということを肯定することになってしまうのだから。それこそ夢幻のように儚く、実体の無い存在のように。

 

 或いは彼女自身が自分のことを心の中でそう思っていたのだろうか……そこまで考えた上で、僕は思った。

 

 

「だけど、そうじゃない」

「ああ、そんなわけがない」

 

 

 おっ、やっぱり炎も同じ考えだったか。

 思わず笑みが浮かび、お互いに顔を見合わせた。その時目にしたむっつりとした彼の表情が面白くて、また笑みが溢れる。

 

 

「ふふっ、気が合うねボクたち」

「……そうか?」

 

 

 心の無い虚無的な存在──仮にメアが自分のことをそのように受け止めているのだとしても、僕たちにそれを認める気はさらさら無いわけで。

 人並みに泣いたり笑ったりしていた彼女を外から見てきた僕たちとしては、到底受け入れられる話ではなかった。

 

 

 

「聞こえているんだろう!? メア!」

 

 

 ひゃっ!? い、いきなり叫ぶなよ炎っ! 耳がキーンとしたじゃないか……! 

 

 まったくもう……叫ぶなら前もって言ってくれよね。意図はわかるけどさ。

 この白い世界がメアちゃんの精神世界だとするならば、多分いくら探し回ってもここに彼女はいないだろう。

 いや、そもそも会う必要すら無いのかもしれない。

 ここが彼女の心の中ならば、僕たちの言葉がダイレクトに伝わっている筈だから。炎はそう思って今、上を振り仰ぎながら大声で呼びかけたのであろう。

 

 

「お前の心は空っぽなんかじゃない! お前には家族がいて仲間がいる! 帰りを待つ人だっているんだ! だから、一人じゃない! たくさんの繋がりを持った立派な人間だ! 泣いたり笑ったり、人を思いやって優しくすることだってできる! それが俺たちの知るメアだ! 光井メア(・・・・)という女の子だ!」

 

 

 ……やるじゃん。僕が言いたいこと大体言ってくれたわ。もっと言え。

 

 しかしこの状況……普通の人なら、いきなり叫び出した彼の奇行にびっくりしたところであろう。僕が理解のあるオリ主で良かったね。

 そうツッコみたかったが、今は空気を読んで黙っておく。僕は原作主人公のターンを尊重できるオリ主なのだ。

 

 

 これでアリスちゃんや長太の時のように丸く収まってくれればいいが……はてさてどうなることか。

 

 

 もしもの時に備えて、僕は怪盗ノートとペンを携えながら事の成り行きを見守ることにした。

 これは何となくな感覚だが……いよいよこのノートの全ページを埋める時がやって来そうな、そんな予感がしたのである。

 




 この一週間、映画に向けてSAOをオーディナルスケールまで履修していたので更新遅れました(今回の言い訳)
 初めて視ましたがキリト君、最強チーレム主人公の代表格みたいに扱われているのが不思議なぐらいお辛い目に遭ってるのね……言うほどイキっていないし毎回ボロボロになっているのになんでこんなに風評被害を……やはり例の構文のせいか


 因みに私はユウキ推しです(隙自語)


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父母兄妹感動の再会シーンにしれっと混ざっている奴

 声が聴こえる。

 懸命に自分を呼ぶ、誰かの声が。

 

 自らの存在理由を思い出し、その役目を知ったメアは一人絶望の底にいた。

 真っ白で何も無い世界で膝を抱えて座り込み、虚ろな目で虚空を見つめている。

 

 何も──何も考えられなかった。

 

 

『エンの声だ……エンが呼んでいるんだよ、メア』

 

 メアの肩に止まった黒い小鳥、ケセドもまた必死に呼びかけてくる。わかっているのだ。

 彼の声も……どこからか自分を呼ぶ暁月炎の声も、メアの耳には聴こえていた。

 

 だが、駄目だ……駄目なのだ。

 心の悲鳴が、それらの温かい言葉さえも掻き消してしまう。

 

 彼らの声を聴く度に、メアは頭の中がどうにかなりそうだった。

 この胸も苦しくて、張り裂けそうなほど痛い。

 ずっと辛くて、悲しくて……いっそこのまま、どこかへ消えてしまいたいとさえ思った。

 

 メアは──王への捧げ物として生まれ、死ぬ為に生かされていた。

 

 優しい人たちに囲まれて幸福を知り、こんな自分でも人間らしくなれたと思っていた。

 人並みに泣いて、笑って……いつの日か自分も、彼らのように心豊かな人間になれるのではないかと希望を抱いていた。

 

 しかし、それは違った。

 自分は改造人間どころか、人ですらなかった。

 初めから、そんな希望を抱いていい存在ではなかったのだ。

 

 

「……結局……メアは空っぽだった……」

 

 

 満たされたと思っていたことは、全てまやかしだったのだ。

 そこにいたのは愚かにも人間になろうとした身の程知らずで空虚な木偶人形だった。それが、現実だ。

 

 そう塞ぎ込んだメアの声に、荘厳な男の声が応える。

 

『そうだ……どこまでいってもお前は、余の為に死ぬことを宿命づけられた存在だ。余を神の座に至らしめる贄でしかない』

『ケテルッ! 貴方は……!』

 

 メアの生みの親、ケテルの声だ。

 彼の姿は見えない。

 どこからか淡々と言い聞かせるように語る言葉に、ケセドは抗議の眼差しを送り、メアは虚ろな視線を返した。

 そんな二人の思いをどう受け止めているのか、ケテルの声からは感情を読み取ることができなかった。

 

 

『……だが、喜ぶといい。お前には生きる意味があった。その生命は紛れもなく、この世界を救う為に使われるのだから』

 

 

 ──そうだ。

 

 救いがあるとするならば、生まれてきたことが無意味ではなかったということだ。

 彼の視点では、間違いなく価値のある生命ではあったのだろう。

 最高天使ケテルがフェアリーワールドを守る為にフェアリーバーストへと至らしめる為の贄がメアならば、彼女の生命はまさしくアビス根絶に役立つことになる。

 それは間接的に、メアの生命がこの世界を救うという事実であり……空虚な存在にしては、名誉な末路に思えた。

 

 初めから、その為の生命だったのだ。

 

 ならば、いい……それでも。

 それが役割なら、果たすのが正しいことなのだろう。

 ただ──

 

「……一つだけ、約束して」

 

 この一年間は幸せだった。それこそ全てが夢や幻だったかのように。

 だからその時間を噛み締めながら、この命を終えるとしよう。そう思えば少しは救われた気持ちで、この運命を受け入れることができるような気がした。

 

 だから。

 

 

「メアを食べたら、もう人間の世界を襲わないって、約束して」

 

 

 運命に従うから、犠牲はこれっきりにしてほしいと──切なる願いだった。

 人間も天使も、本当はみんな優しい人たちなのだと信じている。そんな彼らが憎み合って争うような未来、メアには悲しくて認めることができなかった。

 メアがケテルの望む贄、「夢幻光」という存在になれたのは他でもない人間のおかげだ。

 ケテルがそんな人間たちに対して少しでも恩を感じているのならば、金輪際人間の世界に手は出さない要求を通す道理はあると思った。

 それが今のメアにできる、せめてもの抵抗だった。

 

『な、何を言っているんだメア!? そんな自己犠牲が……』

「いいの、ケセド……ありがとう。これが、メアの生まれた意味だから……みんなの役に立てるなら、それでもいい」

 

 最強の大天使であるケテルが、アビスに対抗できる力を得る。それは長期的に考えればお互いの世界にとってプラスに働くと思っていた。

 寿命の無いケテルが人間に頼らずアビスを倒すことができるのなら、この世界をいつまでも安定して守ることができるし、天使同士がお互いの方針の違いで対立することもなくなる。

 

 思ったのだ、メアは。

 彼らがこんなにも人間を疎んでいるのは人間が聖獣たちに行った罪への報復や危険視もあるのだろうが、その発端はこれまでもこの世界に積み重なってきた多くの災いから生まれた焦りや不安なのではないかと。

 だから目下最大の脅威であるアビスの問題さえ解決することができれば、大天使たちも今より心に余裕を持って人間世界と向き合うことができ……そうすれば優しい者同士、きっとわかり合うことができる筈だと信じていた。

 

 無論、アビスを倒したら次は人間を倒す──という方針に切り替える可能性はある。

 故にメアは、王であるケテルと交渉した。

 自身の生命という、己に差し出せる最上の対価を示すことで。

 

 

『……承知した。余の血肉として生き続けるがいい。誇り高き夢幻光よ』

 

 

 長い沈黙を経て、ケテルの声が応える。

 この時、顔が見えれば彼がどのような心情でそう応えたのか察することもできたのかもしれないが、依然この不可思議な真っ白い世界にはメアとケセド以外誰の姿も無かった。

 

 そのケセドがメアの覚悟を目の当たりにして言葉を失う中で──聴き覚えのない女性の声が響いた。

 

 

『私はそれを、容認できない』

 

 

 言い放ったのはメアでも、無論ケセドでもなかった。

 

「!?」

『何……?』

 

 一同がハッと息を呑む。

 ケテルからはその声が聴こえてきたことに対して、初めて動揺した雰囲気を感じた。

 今の声は誰……?とメアは困惑の顔で虚空を見上げる。

 ケセドも同じく、怪訝な顔でキョロキョロと辺りを見回していた。

 

 ──次の瞬間、メアの前にどこからともなく一枚の葉っぱが舞い落ちてくる。

 

 その葉が地面についた時、ぼんやりとしたホログラムのように一人の女性が姿を現した。

 それはこの真っ白な世界のように、白くて儚い姿だった。

 地面に届くほどの長さの白銀の髪に、夕日のような黄金の瞳。

 純白のドレスを身に纏った絶世の美女は「美」の大天使ティファレトと同じぐらい均整とれた体つきを持ち、一目で大天使なのではないかと疑ってしまうほど人間離れした神秘性に包まれていた。

 

 しかし、その背中には天使の象徴たる羽が生えていない。

 

 その全貌が真っ白な世界のもと露わになると、直後にケテルの声が響き渡った。

 

 

『何故だ……何故邪魔をする!? カロンッ!』

 

 

 カロン──それが女性の名前なのだろうか。

 その名を呼ぶケテルの声には、彼がこれまでに見せてきた無機質な態度とは打って変わって激しい感情が込められていた。

 豪雷のような重々しい響きを放つ叫び声からは、この空間全てが痺れつくような威圧感を感じた。

 

 その声を頭上から受けた白銀の女性──カロンは悲しげな顔で瞳を伏せるとメアの前で屈み込み、彼女の頬にそっと手を添えながら言った。

 

 

「あ……」

『すまない、ケテル……我が娘を、死なせたくないと思ったのだ』

「……え?」

 

 

 メアを真っ直ぐに見つめる慈愛の籠もった眼差しは、どこかT.P.エイト・オリーシュアに似た雰囲気を感じた気がした。

 そんなカロンの表情を茫然としながら見つめ返して、メアは今しがた彼女が呟いた言葉に驚く。

 

 我が娘と──彼女は今確かにそう言った。

 

 その言葉に対してメアとケセドが問い詰めるよりも先に、()であるケテルが返した。

 

 

『戯けたことを……貴様が……っ、ダァトを見殺しにした貴様が何を今更!』

 

 

 彼の叫びには、激しい憎しみと怒りが込められていた。

 王がそのような態度をする瞬間を生まれて初めて見たのだろう。ケセドがその目を驚愕に染めている。

 一体、この女性は何者なのだろうかと二人は訝しんだ。

 

 ……しかし、頬から伝わってくる彼女の指先の感触は、不思議と悪い感じはしなかった。

 

 寧ろ何故だか妙に……安心を感じている自分がいた。

 まるで炎や灯、エイトに頭を撫でられている時のような──そんな感覚に近かったのだ。

 震える声で、メアは訊ねる。

 

 

「あなた、は……?」

『私はカロン……世界樹サフィラの意思だ』

『世界樹の……!? まさか貴方は、原初の大天使の──』

 

 

 彼女の手が自分に触れている間、メアは錯乱していた自身の心が少しずつ落ち着いていくのを感じていた。その感情が何なのか、どこから来るものなのかはわからない。

 しかし……とても、温かいと思った。光井家の家族のように。

 

 カロンはメアの身体を包み込むように抱き締めると、今までよく頑張ったと労うかように彼女の背中をポンポンと優しく叩く。

 そうしてされるがままのメアに向かって、彼女は独り言のように呟いた。

 

 

『メアにとって私は……母親のようなものなのだろうか……』

「……お母さん……?」

『……汝は世界樹に遺されていたカバラ族の遺伝子情報に、ケテルの力を注ぎ込んで生まれた存在だ。故に……世界樹そのものである我から見て、汝は私とケテルの間に生まれた子と言っても過言ではない』

「え……えっ?」

 

 

 ふふっと頬の輪郭を僅かに歪めながら微笑む彼女の姿は、いたずらっぽさと言うには妖艶すぎる雰囲気を孕んでいた。

 思春期の男子が目の当たりにすれば間違いなく赤面していたところであろう表情だったが、幸いにしてこの場にいる者たちの中で彼女にそのような感情を抱く者はいなかった。

 メアとケセドは突然現れて場を支配した彼女の存在にただただ困惑するばかりであり、ケテルに関しては、寧ろ──

 

 

『気味の悪いことを言うな』

 

 

 彼はカロンの言葉を戯れ言として聞き流すように、冷たく切り捨てた。

 その瞬間、メアの背中を擦る手がピタリと動きを止め、無表情に戻った彼女の顔が頭上を振り仰いだ。

 

 

『悲しい』

 

 

 メアにだけ聞き取れる声でポツリと呟いた言葉は、その一言にあらゆる感情が凝縮されているように思えた。

 カロンの表情は凜としていたが、今しがた彼女は少なくないショックを受けたのではないかとメアは感じた。

 そんな彼女のことを見下ろすように、ケテルの声が問い掛けてくる。

 

 

『メアを余の力から匿っているこの空間は、貴様の仕業だな?』

『そうだ。この子の精神が壊れる前に、私の力でこの子の心をサフィラの領域に招き入れた』

『余計なことを……貴様に邪魔をされるとはな』

 

 

 その口ぶりから察して、メアは自身の置かれている本当の状況を理解した。

 

 

「貴方は……メアの心を、守ってくれたの……?」

『そういうことになる。放っておけば汝は精神を壊したところを、ケテルに剥奪されていた』

 

 

 メアの質問に、カロンが淡々と答える。

 暴走したメアがこの空間で五体満足で立っているのは、人知れず彼女が介入してきたからだったのだ。

 カロンはメアから手を離して立ち上がると、どこかで見ているのであろうケテルに向かって語り掛けるように言い放った。

 

 

『ケテル……汝は今、誤った道を歩もうとしている。故に、止めに来た』

『今や世界の観測者に過ぎぬ貴様に何ができる? 何が守れる? あの時、高みの見物を決め込んだ身ならば……今まで通り、黙って見ていろ』

 

 

 ケテルの冷たいながらも激情の籠もった言葉に、カロンの横顔に陰が差すのが見えた。

 今初めて会ったメアには、彼女のことも彼女と彼の関係もよくわからない。

 しかし彼女が今、自分を助ける為にやって来たのだということは──その手の温かさから染み入るように伝わってきた。

 お母さんだと明かしたその言葉を、素直に感じることができたほどに。

 

 

『汝の言う通りだ。私は介入しすぎた……言われずともいなくなる。だが、時間は稼いだ』

『……っ! 貴様……』

 

 

 睨み合うような事態が動いたのは、その時だった。

 

 メアの前方──カロンが立っている場所のすぐ横に、火山の噴火のような凄まじい爆炎が噴き上がったのである。

 

 吹き荒ぶ爆風が彼女の髪とドレスの裾を靡かせる。

 それはメアにとって見知った焔だった。

 蒼い焔が柱となって空間を突き破ってきたのだ。

 

 その瞬間、ガラス窓のように巨大な亀裂が走った空間をこじ開けて──救世主(セイバー)は現れた。

 

 

 

「メアッ!!」

 

 

 その手に携えた蒼炎の剣を解除しながら、大穴の空いた空間の向こうから暁月炎が勢い良く飛び出してくる。

 

 彼の姿を目にしたその瞬間、笑みと共にメアの心に浮かんだのは大きな歓喜と──ただ「生きたい」という純粋な思いだった。

 

 

「エン……? エンっ!」

「ボクもいるよ。キミを助けに来た」

「エイト……ありがとう……っ」

『ほら……言った通りじゃないか、メア』

「……うん……ごめん……ごめんね、ケセド。みんな、大好き……っ」

 

 

 力技でこの世界に入り込んできたと炎の後ろから、やれやれと言いたげな呆れ顔を浮かべながらT.P.エイト・オリーシュアが続いてくる。

 

 二人が──こんな自分を助けに来てくれた。

 その事実がただひたすらに嬉しい。それがメア自身の、正直な感情だった。

 

 ケセドの身体をぎゅっと胸に抱き抱えるメアの頬には、自分でも気づかないうちに大粒の涙が滴っていた。

 

 

「もう大丈夫だ……俺たちは絶対にお前を死なせない。知っているだろう? お前の兄は無敵だ」

「うん……うん……っ」

 

 

 メアの瞳に光が戻る。

 そうだ……何も無かった自分にも、大切な人たちがいる。帰る場所がある。

 その背中を後ろから優しく押したカロンの姿を一瞥した後、自らの心に従ったメアは正直な気持ちで炎の胸に飛び込んだ。

 

 これが本当の──ケテルへの答えである。

 

 

「メアは……いたい。エン……お兄ちゃんと、お姉ちゃんと、みんなと……一緒にいたい……!」

「ああ、いつまでも一緒にいよう。アイツが何と言おうと、俺たちはお前を守る。もう二度と、家族を見殺しにするものか……!」

 

 

 その小さな身体を抱き留めた炎は、決心の目で強く頷いていた。

 

 そんな二人の、血では無く心で繋がった兄妹の様子を優しく微笑みながら見守った黒い少女エイトは──後方で一人佇んでいる白い女性のもとに歩を進めながら、内緒話をするように小声で呼び掛けた。

 

 

「……なんでいるの?」

『その必要があると思ったのだ。すぐいなくなる……故に、手短に告げる』

「……なにさ?」

 

 

 エイトは女神然とした白い女性──カロンがこの場にいることに驚いている様子だったが、そんな中でも飄々と彼女に呼び掛ける気安さは二人が既知の間柄であることを仄めかしているようだった。

 

 そんなエイトの姿を一瞥した後、ぼんやりと輪郭が薄くなったカロンは炎の腕に抱き締められたメアの姿を見つめて言った。

 

 

『エイト、「知識の書」を開け。今こそ汝の手に、無限(・・)光を収めるのだ』

「……!」

 

 

 命令口調で告げられた言葉に、エイトが僅かに目を見開く。

 どんな時でも余裕の表情を崩さない彼女にしては珍しく、驚きを露骨に表した反応だった。

 そんな彼女は自身の左手に携えた一冊のノートを後ろから順にめくると、口元に右手を添えながら長考に入った。

 

 

「うーん……残りのページはあと十ページもないけど……ま、そろそろ埋めちゃってもいい頃かな? 必要な能力は集まったし」

『急ぐべきだ。そろそろ私はいなくなり、この空間が崩れる』

「りょーかい」

 

 

 深くまばたきすると、エイトは何かを決意した様子でどこからともなく右手にペンを取り出し、シルクハットの下から覗くエメラルドグリーンの瞳を鈍く輝かせた。

 そして彼女は一人、自らに言い聞かせるように宣言する。

 

 

「さて……それじゃあ異能怪盗T.P.エイト・オリーシュアちゃんの、最後のひと仕事といきますかね」

 

 

 それからエイトは物凄いスピードで右腕を動かすと、開いたノートのページにそのペンを走らせた。

 数分と掛からずあっという間に全てのページを埋めていったエイトは、役目を終えたペンを手元から消失させるとすかさずメアのもとに向かった。

 

 そんな彼女の表情には常の余裕は無く、ただならぬ緊張感が漂っていた。

 

 

「エイト?」

「この力を同じ相手に、二度も使うことになるとはね……だけど他ならぬ麗しの女神様からのお願いだ。そして何よりキミを救う為だから、今回も許してほしい。メア──今からボクは、キミの力を頂戴する」

「あっ──」

 

 

 光り輝くその右手で、エイトは赤子の髪を撫でるような手つきでメアの頭に触れたのである。

 それこそが、異能怪盗である彼女の本領だった。

 






カロン「作者降臨」

エイト「!?」


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ヒロインの離脱イベント

 弱いオタクなので短い方が助かる奴です


 ──あっ、あの辺りの空間が怪しいね。

 

「そうか! 喰らえ!」

 

 異能「サーチ」を使い、この白い世界の中で微妙に歪んでいる空間を見つけた僕は、ここ掘れワンワン的に指差して教えてあげると、炎はノータイムで焔の剣を振りかぶり叩きつけていった。

 うーん、判断が早い! 僕の言うことを少しも怪しまず信じてくれたのには驚いたが、それだけ僕も順調に信頼関係を築くことができたということであり、何と言うか感慨深かった。僕はミステリアスキャラだけど、推しに信頼されるのは嬉しいのである。

 振り返ってみれば僕はこの世界に来てから、彼らにとって都合の良いことしかしていないからね。

 誰だよ「ボクってそんなに都合の良い女に見えるかな?」とか意味深に問い掛けていた奴……僕だよ。

 むー……クール系ミステリアスオリ主であるエイトちゃんとしては、今更だが少しばかり距離を縮めすぎたかな? でも今は仕方ない。

 これが平時ならもっと回りくどい言い方でヒントを出す程度に留めていただろうけど、今は何よりメアちゃんの命が懸かっているからね。救出は最短ルートで行かせてもらう。

 

 

「メアッ!!」

 

 そして怪しい空間を物理的に破壊した炎は、脇目も振らずその穴の中に飛び込んでいった。

 流石は僕が認めたヒーローである。考えるより先に身体が動くという奴だ。そんな恐れ知らずな彼の行動は、常に冷静沈着でクールな僕にはできないスピーディーさだった。

 

 そして飛び込んだ結果は、ビンゴである。

 

 彼が飛び込んだ穴の先には、探し求めていた銀髪オッドアイの妹キャラ──メアちゃんの姿があった。あっケセドも一緒だね。あと、カロン様もいる。

 

 

 カロン様もいる。

 

 

 

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

 !?!?!???

 

 

 

 

 

 なんでいるの!?

 

 抱き合う炎とメアちゃんの様子を後方訳知り顔で眺めている彼女の姿を見て、思わず問い掛けてしまった。久しぶりにビュティさんみたいな心境である。

 

 いや、だって予想できるわけないじゃない……この世界の観測者である彼女自身が、こんな重要そうな場面で介入してくるなんてさ。

 確かにSSにおいて、作者自身が登場する作品は何度か読んだことがある。それこそオリ主の名前が作者のペンネームそのものだったりすることぐらい珍しくも何ともない。寧ろ、自己投影を一切誤魔化さない男らしい姿勢には清々しいとすら思っていた。

 因みに作者自身が作中に登場するのは商業作品にもあり、特にギャグ漫画では某嵐を呼ぶ五歳児の映画とか、昔は恒例行事のように原作者が作中に登場してはひろしにぶん殴られていたものである。あのシーンほんとすき。僕が一番好きなのはオトナ帝国だけど、一番笑ったのは暗黒タマタマである。以後の作品ももちろん面白いんだけど、初期の作品はどれも方向性の違う名作だから大人になっても楽しめるんだよね。夏休みには我が家でマイフレンドたちと上映会を開いたものだ。いやー懐かしい。

 

 ……ただ、そういうメタ的な作者降臨シーンは当然ながら、作者自身にネームバリューがあってこそ面白くなるお話である。基本的には「なんで作者さんが!?」と視聴者が腹を抱えながらツッコむことで初めて成立するギャグだからね。

 

 なので素人が書いたネット小説に作者自身を登場させても、大抵は作者の身内か本人ぐらいにしか上手く伝わらないのが難しいところである。

 そういう意味では悲しいことに、作者降臨ネタは無駄に作中世界観を台無しにするイタいネタとして扱われていたりするのだが……ま、まあこの世界はれっきとした現実だし、カロン様は女神様っぽい人ではあるが「世界樹の意思」といういかにも重要そうな役目を背負ったこの世界の現地人でもある。

 故に、彼女がひょっこり原作キャラたちの前に姿を晒してもそれ自体が世界観をぶち壊すネタにはなり得なかった。

 ……いや、バックボーン的には登場しない方が違和感を覚えるぐらい壮大な設定をお持ちになっているのだ。なんでいるの?とは思ったが、いること自体が世界観的におかしいというわけではなかった。びっくりしたけど。そりゃあびっくりしたけど!

 

 

 やるね、カロン様……自分自身を登場させても微妙な空気になりそうでならない、絶妙なラインを突いてくるとは……! 流石は僕の信仰する女神様っぽい人である。

 

 

 尊敬の眼差しを送る僕に向かって、彼女は時間が押しているからと手短に語った。

 この世界がサフィラの領域──という、彼女が作り出した精神世界的な空間であることを。

 似ているとは思っていたが、この白い世界は僕が以前彼女と会った場所と同じ空間だったようだ。ってことは、ここはメアちゃんの心の世界というわけではなかったんだね。僕としたことが推理を外すとは。

 僕は上位存在っぽい雰囲気を纏うカロン様の介入に「それは反則だろ……」とひきつく感情と同時に、サンキューな!と感謝の気持ちを抱く。

 話によると今回は、壊れかけたメアちゃんの心を守る為の一時的な避難所としてこの不思議空間を使ったようだからね。優しい。

 

『あくまで余の邪魔立てをするか……カロン』

 

 うん。

 さっきからケテルの声が聴こえても本人がここに入ってこれないのも、彼女のおかげなのだろう。外から聴こえてくる声は呪詛ばりばりに忌々しげだった。

 ラスボスへの嫌がらせとヒロインの救出を同時に行ってみせた彼女の機転に、僕は流石カロン様、さすカロ!と心の中で褒め称えた。

 

『それほどでもない』

 

 うわっ、僕の女神様っぽい人……謙虚すぎ……? こんなん女神様やんけ一生崇めるわ。

 

 

『私も汝を愛している』

 

 

 ……素直クールっていいよね。

 

 姉さんやマルクトみたいなツンデレっ子も好きだけど、僕は対極の属性も同じぐらい推せる口である。

 まあ女神様っぽいカロン様は僕の恩人兼信仰対象であって、メインヒロインではないので彼女を褒め称えるのはこのぐらいにしておこう。

 

 

『エイト、「知識の書」を開け。今こそ汝の手に、無限(・・)光を収めるのだ』

 

 

 さて、そんな彼女から与えられた直々のオリ主オーダーである。ならば従うしかない。

 だけど「知識の書」って言うのは、僕の「怪盗ノート」のことだよね? これ、そんな名前だったんだ……と初めて知った事実にふぅんと感心するが、僕としては書と呼ぶよりノートと呼んだ方がやっぱりしっくり来るのでこの呼び名は継続させてもらおう。

 

 ──で、そんな怪盗ノートの力でメアちゃんから「夢幻光」とやらの力を盗め──と言うんだね。

 

 わざわざそれを伝える為に降臨なさったのだろうが……僕は言われる前からやるつもりだった。

 だってそれがこの事態を収めるのに、一番手っ取り早い手段だし。

 ケテルがメアちゃんのことを生贄にしようとしているのは、あくまでも彼女が「夢幻光」という特別な存在であるからなわけで、僕が盗むことで特別でなくしてしまえば彼女を狙う理由も無くなるというわけだ。

 

 

 

 ──理由も無く誰かを傷つけるような、そんな子じゃないよね? ケテル──

 

 

 

 

 

 

 ……んー? なんだっけ?

 

 ああ、彼女から「夢幻光」の素養を盗むとなると、彼女の代わりに僕が生贄の価値を持ってしまう危険があるって話だっけ。そうなるとケテルに狙われるのは僕になってしまうわけだ。

 それに関しては……まあ、何とかなるだろう。何故なら僕はオリ主だから! ケテルにだって負けないし。

 

 もちろん、あくまでも異能を盗む能力である僕の怪盗ノートで、「夢幻光」というよくわからんものを都合良く盗めるのかという懸念はある。

 しかし、そこはカロン様が直々に命じてきたぐらいだから大丈夫なのだろう。エラい人のお墨付きを貰った僕は、ここに来るまで考えていたプランを自信を持って実行することができた。

 

 だから大丈夫だよ、メア。

 

 

「エイト……!?」

「大丈夫。今度も上手くいくさ」

 

 

 残るページを全て捧げることでメアちゃんの概要を高速で書き上げると、僕は「怪盗ノート」最後の発動条件を満たす為に彼女の身体に触れた。

 僕の狙いを察した彼女はハッと目を見開くと、不安げな顔で僕の手から離れようとした。

 

 

「駄目……っ、そんなことしたらエイトが……!」

「大丈夫だよメア、後はプロに任せな。キミは王の生贄でも、フェアリーチャイルドでもなく──今度こそ、ただ一人の人間として生きるんだ」

「……っ」

「助け合う家族と一緒に、ね」

 

 

 全てのページが埋まった以上、今回は絶対に失敗が許されないので触れた手を離さないようにガッチリホールドしてやる。

 メアちゃんは小さいのでこのように、すっぽり覆い被さるように抱き締めて固定することができる。幼女を無理矢理抱き締めるとか前世の僕なら間違いなくセクハラで通報される案件だが、美少女であるエイトちゃんならば絵面的に美しいのでどうか許してほしいものだ。ふふん、尊いは正義なのだよ諸君。

 そんな僕を見て戸惑う炎。神妙な顔で頷くカロン様。そして……

 

 

『やめろ……貴方はまた……全てを背負うつもりなのか……?』

 

 

 頭に響くケテルの声は震えており、なんだか酷く慌てている様子だった。

 うむ、やはりこの行動は彼にとって面白くないらしい。流石カロン様のご指示だぜー。

 

 しかし、僕はやめない止まらない。

 

 ふはは! いい気分である。

 ねえどんな気持ち? 美味しくいただこうとした生贄が目の前で掻っ攫われてどんな気持ち?

 そうとも……まさに今がオリ主として至福のひと時──ラスボスへのNDKであった。

 何だか楽しくなってきたので、ここらで一ついい感じの名言を残してみようか。

 

 

「背負うんじゃない」

 

 

 背負うんじゃない……刻むんだ。この心に──……ぁっ……んっ!?

 

 っ……に、二度目だけど……やっぱりくっそ痛いなこれはっ!

 

 アディシェスの時と同様、盗む対象が異能とは別の力だからか、能力を発動した瞬間全身に激痛が走った。

 

 だが今回は大丈夫、悲鳴を上げるのは心の中だけだ。醜態は晒さないぜ!

 

 アディシェスの時は、全く予想していないところで襲い掛かってきた痛みだったからね。だから耐えられずのたうち回ることになったけど、今回はその経験もあってしっかり備えることができていた。

 と言っても、それは気構えとかそういう部分での心の準備の違いであったが……これが案外馬鹿にできなかったりするのだ。

 身構えている時には死神が来ないように、身構えている時の痛みは案外我慢できるのである。

 

 痛いには痛いけど、時間が経てば落ち着くのはわかっている分、闘病生活ほど苦しくないって言うか……前世の経験を力に変えることもまた転生オリ主特有の強みという奴だろう。

 

 なので今の僕はあの時と違って、痛みに負けて苦悶の声を漏らさずに済んだ。くっそ痛いけど。

 平静を装い、今も腕の中で離れようともがくメアちゃんに向かって微笑みかけてあげられる程度には、十分な余裕があった。くっそ痛いけども!

 

 

「刻むんだ。この心に……ボクがボクである証を」

『──ッ』

 

 

 あともう少しで盗めそうな感覚になると、僕は言いかけた名言を最後まで言い切り、一踏ん張りとしてキリッとした表情で締める。カッコいいぜボク! わーい!

 

 ……ちょっとだけヤケクソ気味になっているのは内緒だ。うわっ、脂汗出てきた。ヤバい意識飛びそう。

 でも、メアちゃんの為、カロン様の為、そして完璧なチートオリ主となる為に僕は耐え抜いてみせる! そんな心情が気迫として表に出てしまったのか、ケテルが息を呑んでいた。

 

 

『……もう……やめてくれ……ダァト……』

 

 

 フッ……ラスボスすら唖然とさせるとは、流石は僕である。

 これはもう大々的に「完璧なチートオリ主」と名乗って良いのではないか? カロン様はどう思う?

 

 

『……そうだな。汝こそ、私が求めていた真の調律者だ……ありがとう』

 

 

 へへ、ありがとね。

 貴方からそう評価してもらえて、僕も全力でエンジョイしてきた甲斐があったというものだよ。

 彼女の望みに応えることができた僕は、救われた気持ちでその役目を全うし──

 

 

『……だから、眠るといい。本当にこれまで、よくやった』

 

 

 えっ、何その不穏な言い回し怖い。

 それが僕の、この白い世界で聴いた最後の言葉だった。

 

 

 瞬間──この白い世界の全てが、「黒」に染まる。

 

 

 ノートの中から突如として溢れ出てきた膨大な量の闇が、僕の身体を覆い尽くしていく。

 落ちていく意識の中で、僕はその闇の中に誰かの姿を見た気がした。

 

 炎でもメアちゃんでもケテルでも、カロン様でもない誰かの姿を。

 

 

『……ごめんね、────』

 

 

 ……そんな顔するなよ、ボク。

 

 闇の中で佇む「ボク」は前世の僕の名前を呼びながら、悲しそうな顔で謝っているような──そんな気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その時──それまで狂乱の限りを尽くし、暴走し続けていた光の龍の動きが止まった。

 

 その様子を外側から眺めていた一同は、中で何かが起こったのだろうと察する。

 内部に突入した暁月炎が上手くやったのか、それとも何か別のイレギュラーが発生したのか……いずれの者も期待と不安が入れ混じった視線を送っていたその先で、光の龍の身体が弾け飛ぶように消滅していった。

 

 巨大な龍の姿を象っていた光の残滓が雪のように舞い散っていく光景は、まさしく神秘的で美しいものだった。

 

『ふむ、これは……』

「炎の奴、やったのか……?」

 

 光の龍が消滅したということは、アレを生み出していたメアの身に何らかの変化が起こったということだ。

 その光景を目にした一人である力動長太もまた、以前はバースト状態に陥り自らの手で暴走を解いた当事者であった。

 そんな彼は、「メアもエイトに呼びかけられた自分のように、炎の言葉を受けて復帰し、バースト状態を制御できるようになったのではないか?」と目の前で起きた光景に希望的観測を抱いていた。

 

 しかし。

 

 

『ふむ……上手くやったようじゃな。我らの王が』

「!?」

 

 いち早く状況を理解した峻厳の大天使ゲブラーが、自らの白髭を撫でながら呟く。

 その瞬間、長太は光の中から飛び出してきた人物の姿に目を見開いた。

 

 光の中から出てきたのは彼らセイバーズのリーダーではなく──十枚の羽を広げた白い大天使、ケテルだったのである。

 

 それだけではない。

 彼の両腕には、一人の少女の姿が抱き抱えられていた。

 まるで眠り姫のように目を閉じながら、意識も無く彼の腕の中でぐったりと横たわっているその姿は──

 

「姉ちゃん!」

 

 T.P.エイト・オリーシュア。

 力動長太がスタジアムでの一件以来、姉貴分のように慕っている少女だった。

 

「あの野郎っ!」

 

 深く考えるよりも先に、身体が動いていた。

 その衝動が怒りから生まれたものなのかは定かではないが、彼はエイトを抱き抱えて飛行するケテルに向かって真っ先に飛び掛かっていったのである。

 

 しかし、彼に振り下ろす筈の氷の斧の切っ先は、まるで見えない壁に阻まれたかのように進行が止まった。

 

 防がれたのではない。

 長太の身体自体が、思うように動かなくなったのである。

 

「……っ!?」

 

 ケテルはただ、彼と目を合わせてひと睨みしただけだ。

 たったそれだけ──ダイヤモンドのような瞳に睨まれた瞬間、長太の身体はまるで蛇に睨まれたカエルのように硬直してしまったのである。

 もちろん、恐怖を感じたのではない。もっと物理的に、全身の筋肉が麻痺させられたような感覚だった。

 

『おお……久しぶりに使ったな、「王の威圧」。目を合わせればいかに強靭な意思を持つ者であろうと逆らうことができぬ七つの「王権」の一つ──いつ見ても、恐ろしい力じゃのう』

 

 黙するケテルに代わって解説するゲブラーの言葉に、喉の筋肉すら思うように動かない長太は「なんだそりゃ反則じゃねぇか……!」と二重の意味で言葉を失う。

 

 ここまで戦って気づいたが、どうやらゲブラーは喋るのが好きな性格のようだ。「峻厳」という言葉のイメージ通り、説教説法を趣味とするが故の性分らしい。

 

 そんな彼が、誰も頼んでいないこの場で長々と王の話を語っていく。

 

『そう、カバラの叡智にも記されていたことだが……あの力を受けてなお王に刃を向けられる存在など、原初の大天使をおいて他におらぬ。

 何を隠そう、今は昔。それはまだ王が幼かった頃……己の強大すぎる力を制御することができなかったかつての王は、周囲の存在に対して無差別に「威圧」してしまうが故に、誰とも目を合わせることができなかったと言う。そんな幼き王と唯一まともに目と目を合わせて語り合うことができたのが、原初の大天使の中で唯一王と同格の存在であられた知識の大天使……そう、今王が抱えておられる最強にして最高の大天使こと、ダァ──』

 

『ゲブラー、余はサフィラへ戻る。ここは任せたぞ』

『仰せのままに』

 

 王の話をすればどこまでも続いていきそうだった彼の語りは、王自身の言葉によって遮られる。

 そんな爺の目は少し残念そうだったが、その構えには一切隙が無く上手く身動きの取れない長太の姿を今も油断なく見据えていた。

 

 そんな彼に一言掛けると、エイトを抱き抱えたケテルはさらに上昇していき、この世界の中心部である世界樹「サフィラ」に向けて進路を取った。

 

 

 待て、逃げるな──そう呼び掛けようともがく長太の意思を代行するように、視界の端から疾風が過ぎっていく。

 

 

「てめえ……エイトをどこへ連れて行く気だ!」

 

 

 凄まじい速度でケテルを追い掛けていくのは、セイバーズ最速の戦士である風岡翼だ。

 メアを喰らう為にやって来たサフィラス十大天使の王は、何故かエイトを攫ってこの場を飛び去ろうとしている。そんな節操なしな男を追跡する彼の形相は凄まじく、長太が今まで見たことがないほどに激昂していた。

 

 だが、それは長太とて同じ気持ちだ。

 

 

「……っ、やっちまえ! 翼ァ!!」

『む? もう復帰したのか……やるのうお主』

 

 ケテルがその場から離れて「王の威圧」から身体を動かせるようになった長太が、翼の背を押すように大声で叫ぶ。

 フェアリーバーストを発動しその身体に嵐を纏っている今の翼のスピードは、飛行能力においてもサフィラス十大天使と比べて何ら劣っていない。

 彼はその自慢の快速を飛ばすと、ケテルとの間合いを一気に詰めていった。

 

 しかし……その姿を一瞥して、ゲブラーが無情に告げた。

 

『無駄じゃよ。お主ら程度の力では、たとえわしらとやり合えても王には通じぬ』

「なっ……」

 

 エイトを返せと叫びながら追いすがる風岡翼は、鬱陶しげに振り向いたケテルの杖の一振りで呆気なく弾き飛ばされていった。まるで、小バエでもあしらうかのように。

 武術の達人である長太だからこそ、その一振りに込められたケテルの実力の片鱗を察することができた。

 風岡翼の神速を以てしても、防御や回避の動作がまるで追いつかなかったのだ。それはあまりにも衝撃的な光景だった。

 

 

『この世界のこともお主らの世界のことも、王に任せておけ。なに、長い目で見れば人間たちにも、そう悪い話ではない筈じゃ』

「……長生きしすぎると、楽観的なこと言うんだな。今日だけで、あんたらの評価がガックリ落ちたぜ。まっ、炎を助けてくれたホドや、あそこでしょぼくれているマルクトのことは許すがよぉ」

『ふむ、それは残念じゃな。わしはこれでも主らを買っておるのじゃが』

「伝わんなきゃ意味ねぇよ」

 

 ケテルの姿はもう見えない。

 だが、世界樹「サフィラ」に向かったことは明らかである。元々みんなで行く予定だった場所だ。目的地がわかっているのなら、追い掛けることはできる。

 本音を言えば今すぐにでも追い掛けたいところだが、目の前の峻厳の大天使はそれを許してはくれないようだ。

 

 ──なら、コイツを倒して追い掛ける! それから姉ちゃんを取り返してあの野郎をぶん殴る!

 

 はっきり言って長太は今、この世界に来て最高潮に腸が煮えくりかえっていた。

 数々の修羅場を乗り越えてきた成長の証か、怒りに任せた動きで愚行を犯すことはなかったが、今の彼が冷静かと言うと間違いなくNOだ。

 

『……ほう。見事なものじゃな……激しい怒りの中でも、その神経が研ぎ澄まされているのがわかる。僅かな時間ながら、よくぞそこまで育ったものよ。件の大天使が見込んだわけじゃ』

「黙れジジイ!」

 

 あの光の龍の中で何があったのかはわからない。だがそれは、今ようやく姿を現した炎とメアにでも聞けばいいだろう。

 しかし、自分が何をすればいいのかは聞かなくてもわかる。

 

 燃える闘志と凍てつく力をその手に、力動長太は死闘に臨んだ。

 

 




 次回はとある世界線回です


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とある世界線のお話 最終章のOPEDに対する視聴者の反応

 匿名掲示板を模した電子空間のレイアウトに、一人のクリーチャーが姿を現す。

 

 足元から光の粒子が集まり、徐々に具現化していくのは無駄に精巧なグラフィックで象られたVチューバー、バーチャルデキルオの姿だった。

 そんな彼は動作確認のつもりなのだろうか、真顔のままサタデーナイトフィーバー的なポーズを取りながら腰を左右にクイックイッと動かすと、もはや定位置となった画面の端に移動するなり深々と一礼した。

 

「皆さんの初恋は誰ですか? 僕は中一の頃に出会った隣の席の子でした。とても人懐っこい子でして、クラスのみんなから好かれていた人気者でした。ガリ勉すぎてクラスで孤立して陰キャ道まっしぐらだった僕に対しても無邪気に、フレンドリーに声をかけてくれましてねー……生まれて初めて、僕は同級生のことをかわいいと思ったんですよ。……まあ、惚れた後になってその子が男の子だと気づいて初恋は終わったんですけどね。バーチャルデキルオです」

 

【こんできー】【こんでき……ってマ?】【ホモよ!!!!】【開幕から酷い話で草】【なんだそれはたまげたなぁ】【ねえ、デッキーの学生時代濃すぎない?】【こういう話では定番だけど俺は保育園の先生だったなー】【わしは名前も知らない先輩のおねえさんじゃった】【俺さんじゅっさいだけどエイトちゃんが初恋です】【近所のお姉さんだろ常識的に考えて】【キリトかなーやっぱw】【この話題で例の構文使う女初めて見た】【俺男だけど】【え】【えっ】【キリトさんならしょうがないな……】

 

 バーチャルデキルオの動画配信チャンネル「デッキーチャンネル」である。

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ∞」の放送翌日には毎週欠かさず配信が行われているそのチャンネルは、配信者の軽快なトークとコミカルなアバターがほどほどの人気を博し、開設から数週間経った今も順調に登録者数を伸ばしていた。

 このまま行けば投げ銭の解禁ラインにも届くかというところであるが……チャンネルの主であるバーチャルデキルオは収益化はしないと公言しており、あくまでも趣味の範囲で視聴者と楽しんでいきたいというスタンスだった。

 そんな彼はこの日もゆるキャラめいたアバター通り、マイペースな配信をゆるりと行っていた。

 

「僕はノンケですが気持ちはわかりますよ。ハーレム物のラノベ主人公などは読み進めていくと「あれ? もしかしてヒロインたちよりコイツの方がかわいくね?」と思うことはしばしばあります。そこで僕は、ハーレム主人公をTSさせたら誰よりも完璧なチートヒロインになる説を提唱します」

 

【確かに】【一理ある】【ハーレム作れるぐらいモテる男なんだから、TS化したら野郎にモテるのは当然だろ常識的に考えて】【ごめん、よくわからない】【わからない時は登場人物の性別を逆転して考えるのだポッター】【ごめん、よくわからない】【とりあえずTSワンサマーがIS界最強のヒロインであることに異論は無い】【すまない、TSは管轄外なんだ】

 

 配信の開始時には挨拶の前に前置きとしてくっそしょうもない雑談で場を温めていくのが彼のスタイルであるが、彼のそれは特に意識して視聴者を笑わせようとしているわけではない。もちろん、のっけから滑り倒すことも珍しくはなかった。

 しかし、どんな時でも「デキる男」のロールをこなし、あらゆる変態的な話題を真面目な顔で丁寧に処理していくスタイルは独自のファン層を開拓しており、彼が発する無駄にイイ声も相まって「なんかクセになる」と視聴者の心に表現し難い魅力を感じさせていた。

 

 そんな彼は、今日も来る者拒まずの姿勢で視聴者たちの訪問を受け入れていく。

 その来場者の数は、既に三桁を超えている。

 

「僕と皆様が世の為人の為にならないクソ知識を共有するのが、僕のデッキーチャンネルの趣旨なので。……さて、初恋と言えば皆さん──今週の「フェアリーセイバーズ∞」について語り合いましょうか。いやあ、ケテルの初恋は美しかったですねぇ」

 

【待ってた】

 

 半ば強引に前置きを切り上げると、早速今回の本筋に入る。

 彼の配信は配信者の定番であるゲーム実況などを行うこともあったが、アニメ「フェアリーセイバーズ∞」の翌日には必ずアニメの感想、ガチとネタ両方の意味で個人的な考察を行うのが恒例行事であった。

 二十年間作品を追い続けてきた年季の入ったフェアリーセイバーズファンである彼は件のアニメに掛ける熱量は人一倍強く、そんな彼のガチとネタ両方面に力の入った雑談は同じフェアリーセイバーズファンにとって非常に興味深い内容だったのだ。

 そんな彼の話題転換には視聴者も慣れたものであり、待っていましたとばかりにコメント欄が沸き立った。

 

【TS炎はいい感じのバトルヒロインになりそう】【前置き乙】【今回は自然な導入だったな】【昨日もいいおねショタだった】【新OPと言い、∞はケテルの扱いが良くて嬉しい】【ケテダァいいよね……】【成長しすぎたかつてのショタと変わっていないお姉さんの悲哀】【脚本の人ケテルに歪んだ愛情持ってそう】【今までにないしんみり系のOPで、FS∞ももう終わってしまうのか……と寂しくなった】【新OPの情報量の多さにこれ本当にあと一クールで完結すんの?と不安で夜しか眠れません】

 

「わかります。今作は話数が多いので終盤の尺も大丈夫だと思っていましたが、原作の人がさらに新要素をぶっ込んできましたからね……はてさてどうなりますことやら」

 

 昨日放送された「フェアリーセイバーズ∞」は最終章の始まりということで明かされた新情報が多かったからか、共に語りたがる視聴者たちの熱量も特に激しい様子だった。

 中でもインテリ貧乳オタクを自称するバーチャルデキルオが注目したのは、コメント欄にも挙がった新しいオープニングについてである。

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ∞」では大体一クールごとに新しいオープニングに切り替わるのだが、昨日の放送では舞台が本格的に最終章に入ったことで、また新しいオープニングソングと映像が公開されていた。

 その映像が、彼らにいよいよ物語が佳境に入ったことを強く印象付けたのである。

 考察好きなバーチャルデキルオとしては、特に興味を惹かれていた。

 

「新OPと言えば、気になるシーンが盛りだくさんでしたね。こう見えて僕、新しいOPやEDの映像から本編の今後の展開を想像するの大好きなんですよ。今日はその辺りの考察をメインに雑談していきたいと思います」

 

【わかる】【新しいOPに知らないキャラや知らない新フォームが先行登場するの好き】【ネタバレだけど盛り上がるからねー】【わしはタイトルバックを飾った真フェアリーバーストの姿に二十年前の感動が蘇ったわい】【炎の真フェアリーバーストと互角にやり合うケテルの新形態、なにあれ……】【無印でもアイツ、絶対邪神にならない方が強かったろ】【羽が黒くなって十二枚になっていたところを見るに、あれってエイトちゃん吸収してるんじゃ……】【ケテルの新フォームくっそカッコいいけどくっそ不穏な姿やったね】【それでもフェアリーセイバーズなら! フェアリーセイバーズならエイトちゃんの吸収シーンをねっとり描写してくれる筈……!】【王様はそんなことしない】【ねっとり吸収した後で死ぬほど後悔するのがケテル】

 

「バーチャルデキルオもそう思います。余談ですが18号さんの吸収シーンに性癖を壊された子は多いようです。人気アニメを作るに当たって、何かしらの性癖破壊要素は必要なのではないかと思っています」

 

【ジャンル名:スポポビッチの概念を作った国民的漫画は格が違う】【そもそも一話からJKが漏らしてるからな】【あれは別格】【エイトちゃんがリョナられたり漏らしたりするとこ見てみたいワイがいる】【ええ……】【おめえぶっころすぞ】

 

「ふむ……思えばクリエイターというのは、自分の性癖を上手く曝け出す者ほど大成しているような気がしますね。大御所のアニメ映画監督だってロリコン趣味だったり、或いはケモショタ趣味だったり、放送禁止用語で女性キャラを批評する人だったり、NTR大好きな性癖だったり……やはり受け手側に対して伝えたいもの、自分の性癖を強く表現できる者こそが強いのでしょう」

 

【芸術と一緒やね】【インタビューを聞いてもみんなしてやべーこと言ってるからな……】【大御所さん方は作中の登場人物よりも作者自身の方が濃いもんな】【あれだけたくさん濃いキャラを描ける人間なんだから、本人も濃くて当たり前と言えば当たり前なのかもしれない】【何かしら尖っている作品ほど強烈な印象が残るものね】【つまりこの先おねショタブームが起こる可能性があるというわけだな!】

 

「せやな!」

 

 バーチャルデキルオは自らの性癖を隠さない。変態と紳士、両方の心を持つデキる男だ。

 そんなスタイルを貫いている影響か、彼のチャンネルへ来場する視聴者たちも性癖を開けっ広げにしているのがこのチャンネルの特徴だった。地獄のようなチャンネルである。

 それ故に雑談になると頻繁に脱線するのがご愛嬌であったが、今回は性癖を壊された作品自慢はほどほどに、バーチャルデキルオが話を進めていく。

 

 

 今回話題に挙がったのは、アニメ「フェアリーセイバーズ∞」の新OPである。

 それまでは同作品ではいかにもアニソンらしい盛り上がる曲調の曲が多かったのだが、最後のオープニングソングは物語が最終章に突入することもあってか、しんみりとしたバラード系の曲だった。

 その曲に合わせて、オープニング映像もまた視聴者の感動を誘うカットが頻繁に差し込まれていた。

 

 それに対して、バーチャルデキルオは熱弁していく。

 

 

 ──まず、イントロ。

 

 荒れた大地の上で俯きながら一人佇んでいるT.P.エイト・オリーシュアの姿からオープニングは始まる。

 彼女の背中から禍々しい色をした紅の空へと映像が切り替わると、そこには目を瞑りながら静かに飛び上がる暁月炎の姿が。

 既にフェアリーバーストを発動していた炎がその瞳を大きく見開くと同時に、紅の空に「∞」の字を描く蒼炎の翼が広がっていき、その文字から展開して「フェアリーセイバーズ∞」というタイトルが映し出されていった。

 

 Aメロでは「もうみんな知っているよね?」という製作者の意図か、メインキャラの紹介映像もほどほどにテンポに合わせて映像が次々に切り替わっていく。しかし、そのカットの中にT.P.エイト・オリーシュアの姿だけはなかったりと不穏に映していた。

 

 Bメロではサフィラス十大天使が全員登場する。最後に枯れ果てた大樹から飛び上がったケテルの姿が映し出され、その姿が漆黒を纏った十二枚羽の姿へと変貌した。

 

 ──瞬間、手を組んで祈りを捧げる光井灯のワンカットを挟んで曲はサビに突入する。

 

 サビの映像では、超絶的な激しい戦闘シーンが繰り広げられていた。

 イントロ時に披露した真のフェアリーバーストの姿で焔の剣を振るう暁月炎の姿と、漆黒の十二枚羽を羽ばたかせる新フォーム姿のケテルによる激しい攻防。

 

 間には枯れ果てた大樹を背景に佇む深淵のクリファと思わしき謎の異形生物や、それらと戦っている長太、翼、メア、ビナー、マルクト、ケセドの姿などが美麗な作画で描かれていた。

 

 ──そしてサビが終わると同時に、曲の終わりに掛けて紅に染まった空は澄み渡る「蒼」へと変わっていく。

 

 白と黒の花々が広がっている花畑の中で、立ち尽くすエイトは顔を上げて、何処かに向かって手を差し伸ばす。

 

 

 そして、その手を誰かが受け取った瞬間──彼女の姿は一枚の羽根を残して消えていった。

 

 

 

 

 

 ──以上が、オープニングソング一分三十秒の間に収まったフェアリーセイバーズ∞新OPの内容である。

 

 

「さて……今回のOPは僕得なカットが盛りだくさんで、実に幸せになりました。曲の素晴らしさは僕如きが語るまでもないとして、映像の方はケテルの新形態や真のフェアリーバースト、それとメアちゃんの新形態だったり枯れ果てた世界樹だったり……最終章ではとにかく、旧作ファンもおったまげの新要素が溢れているようですね」

 

【お、おう】【……これ、本当に尺足りる?】【主人公の真最強フォームかっけー! ラスボスの新フォームかっけー! ヒロイン美人すぎー! 新しいクリファ誰だお前ら!? 最終章のOPなんてそんなもんでいいんだよ】【灯ちゃんあんまり映ってなかったね……】【フェアリーワールド編のヒロインはエイトだから仕方ない】【既に親の顔より再生したわ】【OP、最後までエイトちゃんの顔が見えないのがこわい】【それでも最後の青空と花畑でハッピーエンドを確信したよ俺は】【歌詞が合いすぎて凄いけど、原曲は二十年前の曲なんだよな】【←これマジ?】【←二十年前、FSのアニメ放送開始時にリリースされた曲らしい】【それをエイトちゃんの中の人がカバーして歌ったのが今回のOPである】【作中でも何度か歌っていたけど、やっぱうまいね中の人。本当にデビュー作……?】【チラリと見えたメアちゃんの新フォームが霞む情報量ですわ】【髪の毛オレンジ色になっているし、ホドと契約するんかねメアちゃん】【いかないでエイトおねえちゃん……(;。;)】

 

 透き通ったメロディーから映し出されていく不穏な映像の数々に、視聴者たちの反応は様々な熱い感情が入れ混じっているようだった。

 まさに最終章を飾るに相応しいOPであったが、考察好きなバーチャルデキルオとしても今後の展開が気が気でないという感想だ。

 

「ええ、OPも衝撃的でしたが、僕が一番気になったのは……と言うか、心に来たのはEDの方ですね。これから何が起こるのか、今から涙腺が心配ですよ」

 

【わかる】【既に泣いた俺の話する?】【妾、EDの演出がOPと繋がっているの好き!】【エイトちゃんこれ絶対○ぬ奴じゃん……って思った】【ノートを広げて旧作と今作の思い出を振り返るのはズルい】【まだだ……まだ僕はエイトお姉ちゃんの生存を信じている!】【新衣装も可愛かった。いつ着るんだろう?】【本編でも見せたことのない幸せそうな笑顔を浮かべた後、光の中に消えていくエイトちゃん美人すぎる】【エイトお姉ちゃん絵も上手くてだいすき】【エイトちゃんのノートって絵日記だったのか……】【いや、EDで開いていたノートは別の奴だね。表紙が違うし】【ほえー】

 

 新要素盛りだくさんで視聴者の情報処理能力に挑戦していたOPに対して、新しいエンディングはフェアリーセイバーズシリーズの総決算のような演出がしみじみと行われていた。

 こちらもエンディングテーマを飾るに相応しい心に訴えかけるようなバラード曲であり、歌手は旧作「フェアリーセイバーズ」のOPを歌っていたボーカルが担当している。

 二十年の成長を経て、今では紅白常連の大物歌手に成長した彼女が新しい主題歌を担当することは公開前からファンの間で話題を呼んでいたが、曲もさることながら映し出された映像も二十年来のファンの心を揺さぶってきたものだ。

 

 ──と言うのもエンディングの映像には花畑に立つエイトがノートを広げて、そこに描かれた絵日記から二十年前の旧作を含めたフェアリーセイバーズの名シーンを振り返るという演出がされていたのだ。

 

 

「ここに来て前作の要素を前面に出してきたのは我々の世代に向けたファンサービスなのかもしれませんが、それを読んでいるのがエイトちゃんというのも大きな考察ポイントですよね。他所様の考察動画にも挙がっていましたが、もしかしたらエイトちゃんは旧作「フェアリーセイバーズの世界線」からやって来たのか、或いは数多の平行世界を観測してきた上位存在だったのかもしれませんね」

 

【あの動画も面白かった】【デッキーの動画より面白かっただろ常識的に考えて】【次元の壁を越えてやって来たという意味が変わるな】【OPEDすら考察要素になる女】【ああ、終わっちまう……このアニメ終わっちまうよーって気持ちになって寂しい】【そんなことよりエイトちゃんの新しい衣装がとてもよかったです】【白い服のエイトちゃんもいいと思った】【えっちだよね……】【やっぱりわしはロングスカートの方が好きじゃ】【麿はミニスカ派】

 

「ふふっ、君らブレないね」

 

【当然だよなぁ!】【もっとエイトちゃんっぽく言って】

 

「ふふ……キミたちは本当、ブレないよね」

 

【にてない】【反応に困る上手さ】【無駄にイイ声】【微妙に上手くて草】【俺は似てると思うぞ】

 

「いや女の子の声真似とか無理だろ常識的に考えて」

 

【それな】【逃げるな】【だからってやらない夫の真似するな】【どうでもいいけどやらない夫の声ってピッコロさんの声で再生されるんだよな俺……】【マジでどうでもいい】【盲点】【ちょっとわかるだろ】【わかるお】

 

「僕もその声で脳内再生されます。やる夫はどっちかと言えば高めの声質で妄想していました」

 

【脳内声優を勝手に決めて読めるのが読む創作の強みよね】【小説書きました! 第一話の前に登場人物を紹介します! 主人公のCVは○○です!】【←古傷が痛むからやめろ】【恥ずるな、誰もが通った道だ】【かっこいい】

 

 本編の外から得た情報をもとにここらで新たな考察を語ろうかと思っていたバーチャルデキルオであったが、どうにもチャンネル視聴者には「エイトちゃんの新衣装」という視覚的に破壊力のある新要素に惹かれた者が多いようで話が逸れていく。

 そんな野郎たちのをコメントを見て彼はやれやれと呆れたように溜め息を吐いたが、彼自身も同意見だったのでそれも良しとしておいた。

 

 それどころか彼は、話題がそちらに向かうことを待ち構えていたかのように配信画面に一枚の絵を掲出していく。

 

「はい、というわけでこれ僕が描いたエイトちゃんのアチアチ新衣装の絵ね。放送終了後から一夜で仕上げました」

 

【待ってた】【描いたのか!?】【おせえんだよ!】【待ちかねただろ、常識的に考えて】【仕事が早い!】【アチアチじゃなくてエチエチなんだよなぁ】【いや、マジで絵は上手いなこの白饅頭】【才能の使いどころを間違えた男】【かわいい】【ミニスカエイトちゃんで風邪が治りました】【こうして見ると女賢者感強い】【ブーツとミニスカ、手袋とノースリーブの黄金比がたまらぬのだ】【画面に女神様がいると思ったらエイトお姉ちゃんだった】【こうして見るとマルクト様ちゃんに似てるね】【さりげなく書かれたデッキーのサインに目が行く】

 

「サインは僕が描いたことを皆さんに証明したくて……プロっぽく書けるように練習しましたよ。渾身のデキです。デキルオだけに」

 

【は】【は?】【つまんね】【やめたらこのチャンネル?】

 

「ひどい。まあそんなことよりよく視姦して……じゃなかったよく視てくださいよこのイラスト」

 

 公式イラストと見間違うかのような出来映えの美少女イラストは、彼が描いたT.P.エイト・オリーシュアの姿である。

 闇を自在に操る彼女のパーソナルカラーは「黒」であり、「フェアリーセイバーズ∞」の作中でもこれまで黒を基調とした露出度の少ない怪盗衣装を身に纏っていた。

 

 

 ──しかし、新OP及び新EDに公開された彼女の姿は、これまでとは別の衣装を着ていた。

 

 

「まず、色が白い!」

【うむ】

 

 空のような青い差し色の入った衣装は白を基調としたカラーリングであり、全体的に暗い印象を与えた怪盗衣装とは対照的に、それこそ彼女の神秘性を強調しているかのような明るい配色をしていた。

 おそらくは作中で彼女の正体が原初の大天使「ダァト」であることが判明したことで、これまでよりも「天使感」を強調する狙いがあるのだろう。或いはこの衣装自体が天使ダァトとしての正装なのかもしれない。

 

「そして、露出度が高い!」

【うむ!】

 

 怪盗衣装ではロングスカートにマントと露出度を抑えられた装いであったが、新OP新EDではどちらもまるっきり変わっていた。

 下半身を覆うスカートは立っているだけでもチラリと太ももが見えるぐらいの丈に変わっており、上半身も同様に露出度が増しており、マントも無く大胆に胸元や肩を出したノースリーブの装いになっている。

 腕は肘まで覆う長めの手袋、脚はふくらはぎまで覆うブーツをそれぞれ纏っており、全体を見ればそこまで過剰な露出度というわけではないのだが、これまで以上に「女」を感じさせる新衣装は視聴者の目に色々な意味で強く焼き付くものであった。主に、性的な意味で。

 

 頭にも白い薔薇のコサージュがつけられており、ミステリアスで中性的な印象を受けた怪盗衣装とは打って変わり、華やかな女性の姿をしていたのである。

 

 そんな衣装を着た新しいT.P.エイト・オリーシュアのイラストをじっくり見せびらかした後で、バーチャルデキルオはそれに対する一つの見解を延べた。

 

 

「この衣装、もしかしたらケテルかマルクト様ちゃんが着せるのではないかなーと思います。ビナー様の協力を得られた以上、エイトちゃんの能力はもはやチート染みているので、最終章ではそろそろケテル辺りに攫われるヒロイン拉致イベントが起こるのではないでしょうか? 敵の手に堕ちたヒロインが新しい衣装を着せられるのっていいですよね……背徳感凄くて」

 

 

【やめろ】【わかる】【マジかよケテル最低だな】【俺の性癖を壊したイベントだな】【NTRに近い感情が芽生えるやつ】【エイトちゃんの場合は似合っているからいいけど、似合っていない衣装だと着せた奴のセンスを疑う奴】【エイトちゃん抜けたら六日間視聴やめるわ】【←翌週には間に合うな】

 

 半分は冗談で、半分は本気の展開予想である。

 

 そんな有識者を気取るバーチャルデキルオの考察が見事的中してしまったのが──次回のことだった。

 

 

 

 そう……T.P.エイト・オリーシュアは攫われた。

 

 

 メアの暴走を止める為に消耗したところを、セイバーズの抵抗虚しくケテルに世界樹サフィラへと攫われたのである。

 これはメインヒロイン離脱イベントやでぇ……と、いざ目にしたその放送終了後、貧乳オタクは狼狽えた。

 

 そんなこんなで次回の配信で語りたいことが多くなりすぎた「フェアリーセイバーズ∞」の展開である。

 

 

 

 ──そしてストーリーはしばらくの間、セイバーズにエイトを欠いた状態のまま進むこととなる。

 

 

 

 異世界編からの出番なのに、気づけばセイバーズの中にいるのが当然だと思っていた自分に気づき、貧乳オタクは少し苦笑した。

 

 いて当然だと思っていた存在が、いなくなることへの感情──その点で言えば彼は、作中の登場人物に対して悲しいほど感情移入することができたのかもしれない。

 

 

 




 OPとEDが本編のネタバレになっているアニメは名作


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とある世界線のお話 囚われヒロインとラスボス?の顔見せ回

 エイトが退場した。

 

 それは、サフィラス十大天使の王ケテルに身柄を攫われるという──一部の視聴者の間では予想されていた展開の一つだった。

 

 

 問題の回の内容である。

 

 バースト状態に陥り、光の龍となって暴走するメアの力の向こうに飛び込んだ炎は、先んじて突入していたエイトと合流し彼女の精神に呼びかけた。

 妹である彼女の存在をただひたすらに肯定し、戻ってきてほしいという思いを伝えた。

 

 そしてエイトの導きを受けて突き進んだ炎は、そこにいたメアとケセド……そして「世界樹サフィラの意思」を名乗る女神然とした謎の美女、カロンと対峙することになる。

 

 ──あっ、この人、ケテルの回想にいた人だ! これまでの「フェアリーセイバーズ∞」を視てきた視聴者たちは、彼女の姿を一目見て気づいたことだろう。

 最終章に入って冒頭には、必ずと言っていいほどの頻度でケテルの過去回想が挟まっていたのだ。

 

 

 カロンは既知の間柄であるような態度でエイトと目配せすると、彼女に命じる。「知識の書を開け」と。

 エイトは悟った顔でその言葉に応じると、能力を発動するなりメアの身体を優しく抱き締めた。

 

 そして──エイトのノートから解き放たれたおびただしい闇によって、白い世界は瞬く間に禍々しき暗黒に埋め尽くされていった。

 

「なんだ……何が起こっている!?」

『これは……エイト様の力が暴走している……?』

 

 突如として解き放たれた闇の力の奔流を前に、炎たちは狼狽える。

 おびただしい闇を放出し続ける一冊のノートは、所有者であるエイトの手を離れて独りでに宙に浮かび上がり、引き寄せられるように白銀の女性──カロンの手に収まっていった。

 カロンがその表紙──歪な木が描かれたノートの表紙を指先で撫でながら静かに語る。

 

『これは暴走ではない。完成した「知識の書」から、余剰分の力が溢れ出ただけだ』

「何……? 何を言っている……?」

『知識の書……?』

 

 知識の書──それは、異能怪盗T.P.エイト・オリーシュアが相手の異能を盗む際、または自らの手で行使する際に用いていた一冊のノートのことだろう。

 カロンが開きっぱなしになっていたページをパタンと閉じると、闇の放出は収まる。

 

 それと同時に渦中の視界が晴れると、炎とケセドはそこに倒れている二人の少女のもとに慌てて駆け寄った。

 

「メア! エイト……っ」

『心配は無用。二人とも、眠っているだけだ』

 

 二人とも意識は無い。カロンはそんな二人の状態を淡々と述べるが、その無表情さ故に炎は初対面から既に不信感が芽生えていた。

 彼からしてみれば、彼女のことは今初めて出会った見も知らぬ存在である。

 今しがたケセドから暴走状態に陥っていたメアの心を守ってくれたのだとは聞いたが、それでも平然とした顔で闇のノートを手中に収めた彼女の姿はセイバーズとしての勘が、何か嫌な予感を訴えていた。

 

『……僕が、二人を乗せていきます』

「……ああ、頼む」

 

 腑に落ちない状況であったが、炎とケセドは今自分たちが行うべきことを最優先し、二人の介抱に動いた。

 ケセドは今しがた広がった闇の一部を自身に吸収することで、小鳥サイズだった自らの身体をみるみるうちにダチョウ並の巨体へと変化させていく。

 炎はそんなケセドの背中にメアの身体を乗せてあげると、次にエイトを乗せようとその身を抱き抱えようとした──その時である。

 

 

『ダァトに触れるな』

「──!?」

 

 

 一閃。

 光の弾丸が炎の目の前を横切る。

 

 反射的にエイトから距離を取ることでその攻撃を避けた炎は、目を見開いて闖入者の姿を見据えた。

 十枚の羽を持つ白い大天使──ケテルであった。

 この白い世界──を塗りつぶした闇の世界に、遂に彼自身が姿を現したのである。

 

『サフィラの領域に自らの力で入り込むとは……ケテルは強くなった』

『……死に損ないが作った領域などに、いつまでも跳ね返される余ではない』

 

 自ら乗り込んできたケテルは、最初にカロンの姿を睨むと次にメアと、エイトの姿へと目を向けた。

 警戒心を露わに、炎が前に出てその視線を遮る。

 

「メアを攫うつもりか……!」

『その必要は無くなった。そこにいるカロンと……ダァトによってな』

「何?」

 

 当初の予定通り「夢幻光」であるメアのことを喰らいに来たのかと警戒する炎の言葉を、ケテルは不服そうな態度で否定する。

 

 

 ──そして次の瞬間、眠り姫の身体がふわりと浮かび上がった。

 

 

「っ……待て!」

 

 炎は即座に彼の目論見を察して手を伸ばすが、その手が届くよりも先に彼女──T.P.エイト・オリーシュアの身体は無抵抗にケテルの腕の中へと落ちていった。

 それはエイトも盗んだ異能の一つとして何度か披露したことのある聖術、「念動力」による力か。

 ノートを手中に収めたカロンのように、ケテルはエイトの身体をその腕に収めたのである。

 

『ダァトに感謝するのだな。ダァトによって力を抜き取られた今のメアは、異能の力も持たぬ無能力者も同じ……余が剥奪する価値は既に、完全に無くなった。夢幻光計画は失敗だ』

「ダァト……ビナーも何度か言っていたが……それが、エイトの本名か」

 

 エイトが「夢幻光」として与えられたメアの力を盗んでしまった今、彼女から剥奪する物は何も無い。

 ダァト──エイトは初めからそれが目的で能力を行使したのだろう。

 彼女はメアを守る為、ケテルに喰われないようにする為の手段として、彼女から力そのものを盗み取るという怪盗らしいやり方で救済してみせたのである。

 

 ──だがそれは、生け贄の価値がメアから彼女に移ったことを意味していた。

 

 彼女の健気さに感謝しなければならないのは、全く以てその通りだった。

 

「言われるまでもない。今回だけじゃない。この旅で俺は……俺たちは何度もエイトに助けられてきた。感謝しても、し尽くせないと思っている」

『エン……』

 

 このフェアリーワールドでの旅をしみじみと振り返って、炎はそう呟く。

 もとは正体も目的もわからない得体の知れない存在として強引に乗り込んできた彼女だが、そんな彼女が仲間として共に行動することに、気づけば何の疑問も抱かなくなっていた。

 そこにいるのが、当たり前のように感じ始めていたのだ。謎めいた存在でありながら、まるで近所の親切なお姉さんのような気安さがあったのである。

 振り返ってみればそう長い時間ではなかったが、同じ時間を過ごしていく内に炎たちは全員、彼女の人となりには気づいていた。

 

 T.P.エイト・オリーシュアという少女は何かと回りくどい言い回しをしたり、質問すれば答えをはぐらかしたり、いたいけな子供たちの心を振り回したりする困った人物だが……本質はとても優しい女の子で、いつも誰かのことを救いたがってウズウズしているお人好しであることに。

 

 そんな彼女──T.P.エイト・オリーシュアのことを見てきた彼だからこそ、もはや彼女の目的が何であろうと既に不安は無くなっていた。

 彼女が何者であろうと──正体が何であろうと信じてみたいと思えるほどには、彼らセイバーズはこの「ちょっと悪ぶっただけのかわいい姉ちゃん」を信頼していたのである。

 

 その気持ちに改めて気づいたからこそ、炎は横から割り込むように彼女の身柄を抱き抱えたケテルのことが気に入らなかった。

 

 

「だから、ちゃんと礼をしたい。彼女と話をさせてくれないか?」

 

 

 彼女の正体がビナーや彼の言う「ダァト」という大天使なのだとしたら、初めからサフィラス十大天使の仲間だったのだろう。

 ならばケテルもメアの力を盗んだからと言って流石に仲間のことを喰おうとはしないと思いたいが、それはそれとして暁月炎はケテルのことが嫌いだった。

 

 ──ああ、嫌いだ……俺はこの男がいけ好かない。

 

 今一度向かい合って、炎はそんな自分の子供じみた思考を理解する。

 この世の全てを諦めたような悲しい瞳、虚無の眼差し──そんなものを浮かべているケテルの姿を見ていると、この世の誰よりも不幸ぶっていたかつての誰かを思い出して仕方がないのだ。

 

 第三者から見ればそれは──どの口が言うのかと滑稽に思うほどの、激しい同族嫌悪だった。

 

 

『断る』

 

 

 ケテルは炎に対して軽蔑の眼差しを送りながら、にべもなく言い捨てる。

 その腕で無防備な寝顔を晒しているT.P.エイト・オリーシュアの姿を一瞥し、彼は続けた。

 

『やはり度し難い存在だな、お前たち人間は。散々導いてもらいながら、まだダァトに頼る気か?』

「そんなおこがましいことは考えちゃいない。俺はただ、俺たちを助けてくれた恩人に礼を言いたいだけだ」

『そんなものはコレが目を覚ました時、余の口から幾らでも伝えてやろう。お前たちはもう、関わるな』

「何故だ? あんたこそ、何故そう言える? エイトが俺たちに関わりたくないとでも言ったのか?」

『……言わぬだろうな。コレはそういう女だ』

「あんた……」

 

 ケテルはエイトが人間の側につくことを、よほど気に入らないらしい。

 徹底して突き放すような言い方をする大天使の王に、炎は食い下がった。

 しかしエイトの姿を見つめている時の表情を見て、ハッと何かに気づく。それ故に炎は、熱くなっていた感情の熱を落として冷静な頭で彼に問い掛けた。

 

「エイトはこの世界を……人間も含めて好きだと言っていた。善も悪も、聖獣も人間も関係なく、この世界に生きる全てが愛おしいと……戦いを止めたがっていたんだ。あんたがエイトのことを大切に思っているなら、なんでその想いをわかってやれない?」

 

 エイトをその手に攫ったのは最初、メアの力を取り込んだ彼女を喰らう為なのではないかと思った。

 しかし炎は眠り姫となった彼女の姿を見つめるケテルの眼差しの変化に気づき、すぐにそうではないのだと察した。

 虚無的な彼の瞳は、エイトを見ている時だけほんの僅かだが穏やかになっているような気がしたのだ。

 

 自分が生み出した存在──娘として認識している筈のメアにはあれほど冷たくしていたのに、エイトに対しては明らかに特別な感情を抱いている。

 

 見る者が見なければわからない表情の乏しさでありながら炎がその二面性に気づくことができたのは炎自身もかつて心に傷を負って以来、特定の人物──光井灯以外の全てに対して心を閉ざしていた経験があったからでもあった。

 

 

 もしかしてケテルにとってエイト……ダァトという天使は、俺にとっての灯なのではないかと──その可能性に思い至ったのである。

 

 

 

『不愉快だ』

「──っ!?」

 

 

 ケテルの返答は、言葉ではなく力だった。

 エイトを抱き抱えたまま十枚の羽を羽ばたかせると、そこから発生した暴風が炎の身体を吹き飛ばしたのである。

 そんな炎の身体を後ろから止め支えたのは、この白い世界の創造主である白銀の女性──カロンだった。

 

 

『まだ、足りない』

「なに……?」

 

 表紙に描かれた歪な木の模様が鈍く輝いているエイトのノートを右手に携えたカロンは、吹き飛ばされた炎の身体を左手一本で受け止めたのである。

 そんな彼女は、囁くように言った。

 

 

『まだ、ケテルに挑むには足りていない。アカツキ・エン……汝はまだ、真の解放者に至っていない』

「真の解放者……? 何のことだ? 何を……!?」

 

 

 彼女の言葉の意味を問い詰めようと振り向いた瞬間、カロンはつんっと、炎の額をその指で小突いた。

 その瞬間、触れた額から光が広がっていき、瞬く間に炎の全身を覆っていった。

 

 

『T.P.エイト・オリーシュアと名乗った人の子は、自らの可能性を示し、真の調律者となった。次は汝の番だ、アカツキ・エン……私は、汝の覚醒を願う』

「待っ──」

『エン!?』

 

 

 何一つ理解できない状況に炎が声を上げようとした瞬間、暁月炎の姿はこの場から消えた。

 まるでテレポーテーションのように、一瞬にして掻き消えたのである。

 それに対して驚愕するケセドの側を一瞥すると、カロンは淡々とした態度で言い放った。

 

『慈悲の子よ、心配は無用だ。今、アカツキ・エンに試練を与えた……私もここからいなくなる』

『あっ──』

 

 そして弾き出すように、メアを背中に乗せたケセドの姿もこの白い世界から消えていった。

 一瞬にして静かに戻ったその場に二人残ったのは、カロンとケテルの二人だけである。

 そんな二人はしばし無言で見つめ合った後、ケテルの方から先に口を開いた。

 

 

『ダァトは渡さない。……もう、二度と』

『……そうか』

 

 

 黒髪の少女を抱き抱えたケテルは、彼女の身体を支える腕をほんの僅かに震わせていた。

 そんな彼はカロンの持つ闇のノートに目を移し、鬼も殺すような視線できつく睨み付ける。

 

『「知識の書」を完成させて……貴様は、再び受肉でもするつもりか?』

『そういうことに……なるのだろう。しかし、それは手段であり目的ではない』

『……今更、貴様が何を企んでいようがどうでもいい。しかしその行いがこの世界に災いをもたらすのであれば……たとえアイン・ソフや世界樹の意思であろうと、余が必ず討ち滅ぼす』

『汝はそれでいい。だが、案ずるな。私の計画はこの世界を今より貶めることはない』

『そうか』

 

 断定的にそう言ったカロンの言葉に眉を顰めたケテルであったが、彼は踵を返し歩を進めた。

 もはや彼女に対して、これ以上の問答は不要とでも判断したように。

 

 

『……二度とその顔を見せるな』

 

 

 そう言い残してケテルがその場を立ち去った瞬間、白い世界は消滅していく。

 外では丁度、光の龍が消滅した時のことだった。

 

 

 

 ──それからのことは、前回の展開に繋がっていく。

 

 エイトを抱き抱えたケテルはセイバーズの追跡を軽々とあしらうと、そのまま世界樹「サフィラ」へと飛翔して離脱していく。

 それは物語において転換期となる──「ヒロイン離脱イベント」であった。

 年季の入ったファンたちは、同時にこれは物語の佳境に訪れた「主人公最後の強化イベント」であると察する。

 

 テレビの前の者たちは、ある者は心にぽっかりと穴が空いたような喪失感を抱いた。

 ある者は、怒濤の展開と意味深な会話、謎の新キャラの登場に頭の整理が追いつかなくなっていた。

 そしてある者は自らの新しい性癖に気づいたり、何故か興奮したりしていた。

 

 だが、それでもこの回は終わらない。

 

 エイトが連れ去られた後も、この場に残ったサフィラス十大天使との戦いは続いていた。

 メアの暴走は収まり彼女自身もケセドの背中に乗せられて救出することができたが、暁月炎はカロンによってどこかへ飛ばされ行方不明。

 風岡翼はケテルによって撃ち落とされ、長太はゲブラーを相手に苦戦中。

 そして彼ら側の最大戦力であるビナーはコクマーと対等に渡り合ってはいたものの、ケテルにエイトが連れ去られた光景を見て動揺した隙を突かれ、劣勢に陥ってしまった。

 その時である。

 

 

 

 ──時は来た。

 

 

 唐突に、戦う者たち全ての頭に声が響いた。

 視聴者視点ではわかるその声は、カロンの声だった。

 彼女が一同に対して意味深に告げた瞬間、エロヒム中の大地が揺れた。

 

 そして、地底深くからそれは現れた。

 光の檻の中に封印されていた深淵のクリファ──名は「シェリダー」。

 

 全長100メートルに及ぶ名状し難い異形の魔神が、カロンの声に呼応するように、長き封印から解き放たれたのだった──。

 

 

 

 




 まるで真のラスボスみたいなカロン様の糞ムーブ
 まるで真の主人公みたいなケテルの謎ムーブでお送りしました


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二次の彼方に

 ──えっ……なにこれ、こんな世界があるの……!?

 

 

 ネットの海で初めて二次創作小説というものに触れた時、僕の心に浮かんだのは「なにこれなにこれ!?」「すっごーいたのしー!」と言った無垢な好奇心だった。

 

 それほどまでに、二次創作という存在は当時の僕の世界を大きく広げたものだったのである。

 ネットの中に、自分の好きなアニメや漫画の知らない物語が、名前の知らない誰かによって幾つも紡がれている。

 あの頃の僕はGTの続編にAFがあるものだと真に受けてしまうぐらい純粋な子だったから、公式とファン創作の区別が甘く、その価値観が良い方向に働いた結果何と言うか二次創作を読むことは「夢の続き」を見ているようで温かい気持ちになったのだ。

 

 初めて界隈に入門したあの頃──僕は一年やそこらではとても読み切ることができない膨大な作品群の中で、あらゆる物語を楽しんで読み漁っていた。

 

 中でも、オリジナル主人公──縮めて「オリ主」の概念に触れた時なんかは、寝る時間すら忘れてドハマりしたものだ。我ながら、悪い遊びに目覚めた思春期少年という感じである。

 当時の僕は今もそうだが、原作のバッドイベントをオリ主のチートパワーで粉砕する姿に高揚を覚えたのである。それはネット小説という界隈が発展した今にして振り返れば「最低系オリ主」と揶揄される無茶苦茶なSSだったのかもしれないが……僕の目にはその物語が、とても輝いて見えた。

 

 確かにプロと比べたら文章力は拙いし、オリ主の格好良さありきな物語の内容も支離滅裂だったかもしれない。だけどそこには作者さん自身の原作に対する想いや創作に対するひたむきな想い、何より「自分が好きな原作の物語をああしたい」とか、「あの原作の悲しい展開がこうなっていたら良かったのに」とか、そういう想いが何かこう、僕自身の自己投影も相まり心に強く訴えかけてきたのである。

 或いはそれはネット創作故の、良くも悪くも作者と読者の距離が近いという性質がもたらした感情なのかもしれない。

 

 当時の僕は悪い子になっちゃったなぁとピュアな罪悪感を抱きながら、初めて日が変わるまで物語を読みふけったものである。

 無垢な好奇心から初めて読んだネット小説は、国語の教科書よりもずっとずっと、すらすらと読めてしまった。

 

 最終回まで読んだ頃には夜が明けていて、その時には今までに感じたことの無い何か、強くて不思議な興奮を感じていた。

 

 

 僕はそれまで、本を読むのはあまり得意ではなかった。

 

 両親からは療養中にも楽しめる娯楽として読書を薦められたことはあったけど、どうにも集中力が続かず途中で投げてしまっていたのだ。嫌いなわけではなかったんだけどね。

 そんな僕を見て姉さんが「おめーは落ち着きがねーですからねぇ……せっかく本が似合う見た目してるのに」と呆れていたのが良い思い出である。

 まあ、そういう姉さんこそ少女漫画ばかり読んでいて小説とか一切読まなかったんだけどね。しかも、そこはかとなく薔薇の香りがする奴とか……僕はデキる弟なので決してツッコまなかったが、初めて姉さんの愛読書の表紙を見た時は軽くひいたものである。

 

 

 ……まあ、今にして思えば純文学的な本が読めないならライトノベルを読めばいいじゃんという話ではあるのだが……そちらは何故か、読むのが恥ずかしかったのである。当時の僕には。

 

 

 あの頃の僕は純情なピュアボーイだったからね! ラノベと言ったら美少女キャラみたいなイメージがあり、昔の僕には短いスカートを穿いた美少女の姿が見えそうな角度で表紙に描かれている本とか、何かもう本屋で手に取ることさえとても恥ずかしかったのである!

 

 そういうのを読んでいるのを誰かに噂されたら恥ずかしいし……という見栄っ張りなところもあったし、そもそもラノベという文化に対する無意識の偏見があったのかもしれない。

 店頭に並んでいるのを見かけた時とか、内心めっちゃ興味があったくせにね! 小学校六年生の頃、家族と町の本屋に出かけた時、(なにあの表紙のお姉さん綺麗……あの本欲しいなぁ)と思いながら誰にも言い出すことができず泣く泣く店を出て行ったのは、どこの誰だって言う。

 

 当時の心情を例えるならそう、本当はお師匠様よりもマジシャンガールの方が好きだけど、クラスメイトに「こいつエロだぜー!」と思われたくない男の子が、「おれは師匠が好きだからガールもデッキに入れてるんだぜー!」と言い張るようなものである。

 この心理には普段常識的なキャラを自称しているマイフレンドも同意してくれたから、おそらくは珍しくもない体験なのだろう。

 

 そんな可愛らしい過去も、僕にはあったのだ。今では違うベクトルでカッコつけだけどね。

 

 

 ……まあ、その点で言えば、僕たちの中で一番のオタク男子だったメタボの……義兄のことは、一目ですげえ奴だと思ったよ。

 僕が初めて登校したらアイツ、クラスの一番前の席に陣取りながら、堂々とお色気的なラノベの表紙を広げてるんだもん。ブックカバーも付けずに。

 己の趣味に何ら恥ずることはないと言わんばかりの姿勢を目にして、僕は「うわあ同級生の男の子ってみんなこうなんだぁ……」と新しい価値観を見せつけられたものである。一緒に登校した姉さんから「そんなわけねーです」と即座に否定されたが。

 

 しかし僕はその時の、「オタクとはかくあるべきだお」とでも言うような男らしい姿に感銘を受けた。ピュアボーイな僕は色々と影響を受けやすい年頃だったのである。

 

 だけどその体験が、僕を幸せな人生に導いてくれたことは間違いない。

 好きなものは、好きでいていいのだと──そんな当たり前のことを教えてくれたのが、アイツだったから。彼のそんな一途で、自分というものをしっかり持っているところに好感が持てたから、僕も安心して姉さんを任せることができたわけで……まあ、そんな思い出である。我ながら「YARUO」とはナイスなニックネームを名付けたものである。

 

 そんな同学年の義兄をはじめ、中学校生活で出会った愉快な友人たちの影響を受けて僕もオタク趣味をオープンにしていくようになったわけだが、それはそれとして話を戻そう。ネット上の二次創作小説──すなわちSSに。

 

 

 ライトノベルに興味を持ちながら購入することができなかった当時の僕は、ネット小説という媒体により初めて「ライトな文章から綴られた分厚い物語」というものに触れたわけである。

 

 絵本は薄いしそういう歳でもないので読まない。

 分厚い本は集中力が続かないので読めない。

 ライトノベルは表紙が恥ずかしいので読んでいるところを見られたくない。 

 

 そんな注文の多い糞みたいな読者である僕の望みを叶えるに当たって、ネット小説はまさにうってつけの媒体だったのだ。

 

 案の定僕は沼に沈み、そう時間も掛からず自分でSSを書くようにもなった。まあ、これっぽっちも面白くなかったがな……だけど、楽しかった。

 うん、楽しかったんだ。アニメや漫画に次ぐほどに、僕の中でSSという趣味は己の人生に彩りを与えてくれた。役者さんになりたかった小さな頃から僕はきっと、「空想の物語」というもの自体に憧れがあったのだと思う。

 たとえそれが、ペンギンが空を飛びたがるようなものだとしても、ね。

 

 

 

 ──僕も生まれ変わったら……誰かの描いた物語のオリ主(ヒーロー)になりたいなぁ。

 

 

 

 病状が悪化した僕を見舞いに来てくれた友人たちに向かって、いつだったか僕が、そんな戯言をほざいたことを思い出す。「いいですね! あと100年ぐらいしたら一緒にやりましょう!」「そう言えば天寿を全うしたジジイ共が一斉に異世界転生する話って見たことないお」「需要が無いだろ常識的に考えて」と粋な言葉を返してくれたあの時のみんなは、彼らにしては大人の対応をしてくれたものである。

 

 もちろん、苦しい現世からさっさとおさらばしたいとか、マイナスな理由で言ったわけではない。

 だけど、異世界転生をしてみるのもいいなと思っていたのも確かなわけで。機会が巡ってくるならばと消極的に祈っていた。

 

 

 ただ、まあ……その時はもう────(前世の僕)としては生きないとは決めていた。

 

 

 身体は弱かったけど、周りには大好きな家族がいて、友人たちがいて、幸せな思い出があって……そんな大切な一生を生き抜くことができたのが、前世の僕だ。────という男だ。

 

 だから僕は、前世の人生を否定するようなことはしたくないし、僕が生きた僕自身の物語を下手な蛇足で汚すのも嫌だった。

 

 

 永遠の眠りの先でカロン様に出会い、転生オリ主となることを受け入れた今でもその気持ちは変わらない。

 

 

 前世の僕の人生は前世の僕の人生。T.P.エイト・オリーシュアの人生はT.P.エイト・オリーシュアの人生である。

 全部同じじゃないですかと言うこと無かれ……僕は僕なりに、自分の二つの人生をきっちり線引きして両方全力でエンジョイしたつもりだった。

 

 だから、いつもいつでも胸を張って言える。────という男は幸せに生きたよ、とね。

 

 そうとも、エイトちゃんは悲しい過去を持たないオリ主なのである。

 

 

 

 ──だから……君が負い目を感じる必要は無いんだよ? ダァト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は今、空みたいな場所にいた。

 

 女神様っぽいカロン様の真っ白な空間に、突如闇が広がったかと思えば、気がついたらそこに青空が広がっていたのである。

 

 なのに、重力に引っ張られている感じが無い。飛んでいるわけでもないのに、何だろうかねこれは……ああ、アレだ、幽体離脱的な奴だ。

 肉体から解放された魂がフワフワとここに浮かんでいるような、不思議な感覚だった。

 

 それは前世の僕が死んでカロン様にこの身体を与えられる前──魂だけになって白い世界を漂っていた時の状態に近い感じである。

 

 今、そんな僕の目の前には、僕と同じ姿をした──と言うよりも、ルーツ的にはあっちが本家本元になるのだろう。露出度の高い黒いドレスを華麗に着こなした、美しい黒髪の少女が佇んでいた。

 

 うーん……こうして見るとやっぱり美少女だよねー。まるで鏡を見ているようだよ!

 

 そう思いながら僕がまじまじとその姿を見つめていると、黒い十枚羽を持つ大天使さんは何故か泣き出しそうな顔で僕の前にいた。

 

 ……まあ、その理由は大体察しがつくけどね。

 

 この世界に入り込んで彼女と対面した瞬間、まるで記憶の枷が外れたかのように、僕の頭の中に新情報が次々と溶け込んできたのである。

 

 その結果、僕は色々な事情を知ることができた。

 僕自身のこととか……彼女のこととか。

 

 彼女──ダァトは顔を上げて苦笑を浮かべると、そんな僕の前で初めて口を開いた。

 

 

「……キミは健気だね」

 

 

 儚く微笑む顔がお美しい。大天使って、ほんとみんな綺麗だよねー。……ネツァク様は筋肉が美しいのでセーフ。

 って言うか、ダァトは普通に人の言葉で喋るんだね。他の天使や聖獣さんたちのように、テレパシーを使わないんだ。

 

 

「うん、キミを通して人の言葉を学んだから。ふふ……実は、ボクも初めてなんだ。他の誰かとこうして、言葉を使って話すのは。ちゃんと発音できてる?」

「うん、完璧に発音できてるよ。流石ダァト」

「ふふん、凄いだろー?」

「さすダァさすダァ」

「……それはやめて」

「わかった」

 

 

 うん、僕も言いにくかったので、さすダァはやめておくよ。だけど異世界の言語を使いこなすのは実際凄い。

 ま、君も僕なんだから(・・・・・・・・)人の言葉を使えるのは当然なんだけどね。

 だけどそうやってナチュラルに心を読んでくるのはやめてほしいと言うか……カロン様と言い、君たち原初の大天使ってそういうところあるよね。

 僕相手ならいいけど、不快に思う人もいるから気をつけようね。

 

 

「……そうだね。心が読めても、それで相手のことを理解できるわけじゃない……天使も人間も、アビスたちも」

 

 

 ……ふむ。軽く忠告しただけなのに勝手に曇っておられるぞこの人。

 

 あからさまに大物っぽい雰囲気を纏っている割には、案外繊細な天使なのかもしれない。そう思うと僕はなおのこと、彼女に対して親しみを覚えた。

 僕の立場として彼女にそう思うのは、変な話ではあるのだろうが。

 

 さて、それはそれとして……どうしようかねこの状況。

 

 今の僕自身としてはまるで悟りを開いたようなわかるマン状態だが、かと言って自分が今陥っている状況全てを理解しているわけではない。

 客観的に見てもこの状況は、「その時不思議なことが起こった」で片付けるには無理がありすぎるぐらい奇妙な展開だろうからね。

 

 

 暴走したメアちゃんを助ける為に渦中へ飛び込みました。

 飛び込んだらそこはカロン様の領域で、彼女に怪盗ノートを使えと言われました。

 怪盗ノートを使ったらノートからえげつない量の闇が溢れました。

 闇に飲み込まれた後目が覚めたらこれまた不思議な空みたいな場所にいて、そこには僕と同じ姿をしたダァトがいました──と。

 

 

 淡々と状況を整理してみたけど、なんだこれは……まるで巻きに入った打ち切り漫画みたいじゃないか!

 

 むむ……これはマズい。これがSSだったら「作者さんもしかして面倒くさくなったのかな」とエタの香りを嗅ぎ取るところである。

 

 だが、僕はデキるオリ主なので、読者さんにも理解してもらえるようにわかりやすい説明をするぜ! 今こうして初めて出会ったダァトと一緒になぁ!

 

 

「初めまして……って言うのは変かな? ボクはダァト。フェアリーワールドの「知識」を司る、原初の大天使──だった者だよ」

「初めまして、ダァト。えっと……キミの前では、いつもの話し方はやめた方がいいのかなぁ?」

「ん? ビナーちゃんの時のように、キャラ被りを気にしているのかい? ボクは気にしないけど……」

「ボクが気にするの! パクりは駄目だろう!?」

「あ、うん……怪盗名乗ってるくせに、パクりは嫌なんだねキミ……」

 

 

 ? 何を当たり前なことを言っているのだ。そんなの当然じゃないか。

 ダァトと会話するに当たって、これはオリ主的死活問題である。僕たちがいつもの調子で話し合うと、SS的にビナー様よりややこしいことになってしまうからね。

 だけど……むー。

 

 

「……やめたくない。ボクはやっぱり、このままでいたい」

 

 

 うん、せっかくここまでT.P.エイト・オリーシュアという最高にカッコいいオリ主をやってきたのだ。例え目の前に本家本元が現れたとしても、このキャラまで彼女に譲るのはなんか嫌だ。モノマネ歌合戦に本人が登場するのとは違うのだよ。

 

 そういうわけでSS的にはここから先、僕たちの会話シーンが非常にややこしくなってしまうが、エイトちゃんはエイトちゃんのキャラを全うすることにする。反論は聞かん!

 

 

 覚悟を決めて真剣な目を浮かべた僕は、彼女を見つめて一つお願いすることにした。

 イレギュラーな事態の立て続けとは言え、せっかくダァトに会えたのだ。

 彼女にはここで、僕たち(・・・)の存在についてきっちりネタばらしをしてもらおう。インタビュアーエイトちゃんである。

 

 

 

「それじゃあダァト。キミには改めて色々聞かせてもらうけど……キミは──ボクなんだよね?」

 

 

 

「……うん。キミの魂の一部はこのボク──ダァトと同一の存在だよ」

 

 

 

 

 

 ──そういうことになっていた。

 

 

 

 うん、そういうことなのである。

 

 ふふふ、どうよ。今明かされる衝撃の真実って奴である!

 

 ……大丈夫、ちゃんと順を追って説明するから。ダァトが。

 僕もさっき知ったばかりだから、実はまだちょっと頭の中で整理しているところだ。さっき色々振り返ってみたのもその一環だったりする。彼女と会って全てを知った今、僕の原点を再確認してみたくなってね。

 

 

 しかしついさっきまで僕自身も知らなかったオリ主の秘密が明かされるとは、これは物語の最終章に向けて、いかにも盛り上がりそうな展開ですわ。勝ったな、ああ。

 フェアリーセイバーズ∞のお話はまだ続いていくのだろうが、オリ主であるT.P.エイト・オリーシュアの物語は……もしかしたらここで、巻きが入るのかもしれない。

 

 ──それでも僕は、最後の瞬間まで完璧なチートオリ主を追い求めたいと思う。

 

 それはきっと、全ての真実を知ろうと知らなかろうとこの先ずっと変わらない「僕自分」なのだろうと、今は感じていた。

 さて、じゃあ始めようか……

 

 

「ボクの名前はT.P(テンプリ).エイト・オリーシュア。ご覧の通り転生者だ」

 

 

 僕は改めて自己紹介を行い、彼女との対話を行った。

 

 

 




 第一話につながる話が最終局面で出てくる話すき
 毎度見積もりがガバガバな作者ですが、100話以内には完結する……筈


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TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです
裏設定を明かすのはタイミングが大事


 ──以上が、僕のこれまでの旅の記録である。

 

 

 いやあ自分語りは気持ちいいねー。

 彼女があまりにもニコニコして聞いてくれたものだから、僕も気分が良かったよ。ダァトは聞き上手だね。

 まあ、「僕」の中にいたダァトなら、こうして語らなくても大体ご存知だったろうけどね。

 

「そうでもないさ。ボクの意識がこうしてはっきりするようになったのは最近のことで、それまではずっと夢を見ているような感じだった。だから、キミがこうして語ってくれたのは嬉しい」

 

 ふむ、なるほどね。

 しかしそんな状態でよく人間の言葉をマスターできたものだと、改めて賞賛を贈る。流石大天使様である。頭良い。

 

「えっへん」

 

 かわいい。カッコいいエイトちゃんと違って、ダァトはかわいいもイケるのか……流石だ。

 

 さて、僕のことは一通り語り終わった。次は君の番だ。

 説明プリーズ。よーし、ここはわかりやすく、インタビュー式に行くぜ!

 

 

 ──貴方のお名前は何ですか?

 

 

「? ダァトだよ」

 

 

 ──職業は?

 

 

「元大天使をやっていました。死んだ後は、キミの守護霊的なことを少々。ほとんど疫病神だったけどね」

 

 

 ──死んだ後とはどういうことですか? 貴方は死人なんですか?

 

 

「うん、100年ぐらい前に消滅したよ。それまでは深淵の世界で、キミの言う女神様っぽいことをしていたんだけど……深淵のクリファ──「バチカル」って子と戦って……相討ちになってね」

 

 

 ──そうだったんですか……100年ぐらい前と言いますと、もしかして聖龍アイン・ソフが人間世界にやって来た時期と関係が?

 

 

「……そうだね。多分だけどアイン・ソフはボクが消滅したことを知って、アビスの活性化を察したんだと思う。だから来るべき時に備えて、人間たちにボクの力──異能を授けたのだろうね」

 

 

 ──異能が貴方の力!? それはつまり、異能の起源はダァトにあったということですか? ジェネシックダァトちゃん。

 

 

「今ではほとんど別物だけどね。だけど、間違いないよ。小さいけど、異能使いからはボクと同じ力を感じる」

 

 

 ──これは驚きです。しかし当の貴方は死んだのに、聖龍はどうしてそんなことができたんですか?

 

 

「ボクが完全に消滅する前に、なけなしの力を一冊の本に移して、世界樹に還したんだ。……で、世界樹の意思であるカロン姉さんがそのことをアイン・ソフに伝えて、人間世界に力を振り撒いたんだよ」

 

 

 ──なるほど、わからん。そもそも貴方たち原初の大天使って何なんですか? 突然生えてきたオリ設定とか、これがSSだったら読者の皆さん着いていけませんよ?

 

 

「手厳しいね。うーん……どう説明したものかな? ボクとカロンは天使の中でも少し特殊でね。ボクたち姉妹は今よりずっと大昔の時代、当時の世界樹サフィラを支える為に生まれた存在だったんだ」

 

 

 ミステリアスキャラが満を持して真相を明かす時って、それまでの行動がミステリアスであればあるほど見ている人が混乱するし、開示するべき情報が渋滞してややこしくなるから難しいよね。ダァトったらおっちょこちょいなんだから。

 ま、頭の良い僕はその辺りのバランスをちゃんと考えながらミステリアスムーブをしていたからいいけど、今さっき突然舞台に上がってきた彼女の場合は大変である。

 

 そう思いながら僕が同情の眼差しを送っていると、彼女はふっと息を吐いた。

 何か良い説明方法を思いついたようである。

 

 

「そうだね……ここは年配のお婆ちゃんらしく、一つ昔話をしようか」

 

 

 推定年齢が数億歳まで行くと超越的な存在すぎて、逆に「お婆ちゃん」って感じがしないから凄いよね。

 だけど昔話とな? ……いいね、絵本みたいに語ってくれるならわかりやすいと、僕は背筋を伸ばして興味津々に聞き入った。

 美少女すぎるお婆ちゃん天使であるダァトは、僕に促されるまま穏やかな声で語り出した。

 

 

 

 

 昔々、ある世界に一本の木がありました。

 

 この星が生まれた頃から世界の真ん中に佇んでいたその木は、天界に生命を生み出す豊穣の大樹として全ての生き物たちに欠かせない存在でした。

 

 そんな生命の木を聖獣たちは「サフィラ」と呼び、世界樹として崇めていました。

 

 しかし、世界樹とて永遠ではありません。そんなサフィラにも、他の植物と同じように寿命がありました。

 緩やかな死が、世界樹のもとに訪れようとしていたのです。それはサフィラによって栄えていた聖獣たちにとって、世界の危機を意味していました。

 

 サフィラ自身もまた、徐々に力を失い、己の存在が枯れゆくことを恐れました。

 滅びが──自らの死が引き起こすことになる世界への影響が、何よりも怖かったのかもしれません。

 

 

 ──そんなサフィラの意思は、自身の枝から光と闇の果実を落とし、二人の天使を生み出しました。

 

 

 光の果実から生まれた天使を「カロン」、闇の果実から生まれた天使を「ダァト」と名付けると、サフィラの意思は二人の天使に使命を与えたのです。

 

 

 ──それは、二人に与えたその力で自身の存在を……世界樹サフィラを存続させていくことでした。

 

 

 最後の力を振り絞って二人を生み出したサフィラの意思は、古き友である聖龍アイン・ソフに二人の父親代わりを任せると、永遠の眠りにつきました。

 二人の天使は生まれながらにして、その身体に世界樹の存続に必要な力を宿していました。

 

 カロンが持つ「光」とダァトが持つ「闇」の力。

 その二つがあれば、サフィラは生き永らえることができたのです。

 

 残された光と闇の姉妹は自らの使命を理解し、いつ如何なる時も世界樹を恒久的に存続させていく為に、古き友アイン・ソフや仲間たちと協力し合いました。

 そうしてフェアリーワールドは、初めて訪れた世界樹サフィラの危機を乗り越えていきました。

 

 

 ──しかし、それからしばらくして再び災いが降り注ぎます。

 

 

 雲海の深き底から、恐怖の魔王が現れたのです。

 

 魔王は十体の怪物を引き連れ、聖獣たちの住む天界に来訪しました。魔王は非常に凶暴な性格であり、ありとあらゆるものを消し去るその力で破壊の限りを尽くし、天界を破滅に陥れようとしました。

 

 

 ──その脅威に立ち上がった聖龍アイン・ソフと姉妹たち原初の大天使は、永遠と疑うほど長き時を彼らと戦い続けました。

 

 

 彼ら「アビス」は元々、世界の脅威と呼べるほど恐ろしい存在ではありませんでした。

 機械的に目の前のものを破壊していくその習性は危険ですが一般の聖獣たちでも対処は可能であり、初めは然程の脅威ではなかったのです。

 しかし、彼らには完全な「死」が存在せず、ひとたび消滅すればより強い力を得て幾度も転生するという能力が備わっていました。

 

 特に「魔王」と呼ばれた存在は、アビスの中でも原初の大天使が生まれる以前の時代からこの世界に存在しており、気が遠くなるほどの果てしない時を転生し続けたことで神にも匹敵する力を得た特別な存在でした。

 

 

 長い長い時を戦い続け──聖龍アイン・ソフは遂に、魔王を封じ込めることに成功しました。

 

 

 それと同時に、魔王が率いていた十体の怪物の身にそれぞれ変化が訪れました。

 それまで機械的に目の前のものを破壊するだけだった怪物たちが、各々に自分の意思を持ち始めたのです。

 そんな彼らはある者は深淵に帰り、ある者は天界に残って聖獣たちと争い続けました。

 彼らにとってそれは、自らの存在を確立する為の戦いだったのかもしれません。やがて彼ら十体の怪物は「深淵のクリファ」と呼ばれ、天界中の者たちから恐れられました。

 

 

 クリファたちとの争いに終わりが見えた頃には、世界は崩壊の窮地に立たされました。

 世界樹サフィラがそれまでの戦いで傷つき、再び絶命の危機に陥ったのです。

 それには本来世界樹を支える筈だったカロンとダァトの力が、長い間魔王との戦いに利用されてしまったことが原因の一つでした。

 

 

 ──この危機を前に、二人の大天使はそれぞれ決断を下しました。

 

 

 一人は自らの存在を捧げることで世界樹と一体化し、サフィラを延命させること。

 そしてもう一人は深淵の世界へ赴き、二度とこのような戦いが起こらぬようアビスたちとの対話の旅に出ることに決めたのです。

 前者はカロン。後者はダァト。二人はそれがこの世界で二人にしか果たすことができない本質的な解決策であり、自らの存在に課せられた使命だと理解したのです。

 

 ダァトはサフィラの存続に必要な闇の力の大半を一冊の本に込めると、それをカロンに手渡して託しました。「サフィラの書」と呼ばれるその本を、カロンは大切に抱えていました。

 それによりダァト自身は力のほとんどを失ってしまいましたが、心配は要りません。

 何故なら光溢れる天界と違って、彼女が向かう深淵の世界には彼女にとって居心地の良い「闇」が溢れていたからです。

 

 

 ──二人は別れ、天界の仲間たちに見送られながらダァトの姿は雲海の底へと消えていきました。

 

 

 そして姉妹の片割れとして天界に残ったカロンはボロボロの世界樹にその身を捧げると、新たな世界樹の意思として同化することで崩壊寸前のサフィラを安定へと導きました。

 

 天界復興の目処が立ったところで、大戦で大きく疲弊した古き友アイン・ソフと世界樹の意思となったカロンは今回の反省を踏まえ、二度とこのような争いが起こらぬよう自分とダァトから託された力を基盤に、自分たちに替わって天界を守る新たな守護者を生み出しました。

 

 

 そうして生まれた「サフィラス十大天使」は、先に生まれた王のもとに集うと、聖龍やダァトの代わりに十人でこの世界を導くことをその胸に誓うのでした──。

 

 

 

 

 

「めでたし、めでたし」

「……いや、めでたくないでしょ何言ってんの」

「あれー?」

 

 あれー? じゃねぇよ。僕がしたいわその反応。

 

 どこでもハープを弾きながら大昔のフェアリーワールドで起こった出来事を語ってくれたダァトに向かって、僕がクールにツッコミを入れる。

 彼女の昔話とは、かつてフェアリーワールドを襲った「魔王」とかいうなんだか裏ボス感のある存在との大戦の記憶と、その顛末である。

 結末としてダァトは一人寂しく深淵の世界へ旅に出て、カロン様は人柱になった。それによって世界の破滅は避けられたとは言え、大団円とは言い難いビターエンドである。

 

 ……これがきっと、今朝僕が見た夢の詳細なんだろうね。

 

「そうだよ」

 

 そうか……いや、しかし、なるほどね。

 サフィラス十大天使にそんなルーツがあったとは……サフィラス十大天使がダァトの力をもとにして生み出されたということは、僕と似たような誕生経緯でもあるわけか。あっ、でもあの夢には既にケテルが生まれていたから、正確にはケテル以外の九人がダァト由来の大天使になるわけだね。

 

 ……あれ? それならダァトの力をその身に定着させた人間世界の異能使いも、サフィラス十大天使と大元は同じなのか。異能使いは天使だった……?

 

「はは、ケテルたちは嫌がりそうだけど、そういう考え方もあるね」

 

 ほほーう、カロン様もそれならそうと教えてくれれば良かったのに。

 そんなバックボーンを知っていたら、僕も堂々と天使っぽいムーブをしていたのになぁ。「ボクはT.P.エイト・オリーシュア……その正体は地球の大天使ダァト二世!」とか言いながら、原初の大天使お墨付きの第三勢力になることもできたのに。

 

 

「……その必要、ある? キミ、今までだって十分天使っぽかったじゃない。ボクなんかよりよっぽど」

 

 

 そ……そう? ふ、ふふーん、参ったなー!

 僕ったら何も知らなくても完璧な立ち回りをしてしまうから困る。カッコ良さが無意識レベルに刻まれているって言うか? かーっ。

 

 

「……なんかムカつく」

 

 なんでさ。

 

「嫉妬だよ、嫉妬。昔は、姉さん相手にも抱いていた感情だけど……ボクもキミぐらいカッコ良くやれたら、もっとたくさんの生命を助けられたのかなって思ってさ」

 

 ……いや、そんなこと言われても困るって言うか……その、畏れ多いです。

 

 何せ君は、僕と違って生まれながらに特別な使命を与えられた存在だからね。

 僕のように好きなように生きて、好きなことばかりしていれば満足できる生き物じゃないでしょ君ら?

 

「ボクもボクなりに、自分の好きなようにやっていたさ。だけど、キミは……」

 

 おおう……どことなく空気が重くなる。

 ダァトは神妙な顔で、悲しいものを見るような目で僕を見つめてきた。そんな彼女の目は聖母の如き慈愛に満ちていて美しく見えたが、それを茶化す場面でないことぐらいはわかる。

 

 今彼女が思っていることには察しがつく。

 たとえ僕自身にとってそれが大した問題ではなくても──心優しい彼女にとっては納得することができず、ずっと謝りたかったことなのだろう。

 だから僕は、何も言わずに彼女の言葉を待った。

 

 

「……ごめんね、────。キミが病に苦しめられていたのは全部、ボクのせいだったんだ」

 

 

 前世の「僕」の名前を呼びながら、ダァトが深々と頭を下げる。

 いや、その……やめてよそういうの。丈夫な子に産んであげられなくてごめんって、隠れて泣いてたお母さんのこと思い出すから。やめて……

 

 彼女の真摯すぎる態度には僕の方が恐縮してしまうが、そうして挙動不審に視線を彷徨わせていると彼女はさらに申し訳なさそうな顔を浮かべた。

 

 彼女が語る前世の僕の死因──それは病死である。

 

 それは現代医療でも治療法の無い、原因不明の不治の病だったが……まさかここに来て、原因が判明するなんてね。世の中何が本当のことかわからないものである。

 

 

「深淵の世界でボクが死んだ時……サフィラに還る筈だったボクの魂の破片が、次元を越えてキミたちの世界に迷い込んでしまった。その結果、正しく循環する筈だった輪廻にボクの魂が紛れ込み……やがて、キミが生まれた」

 

 どうやら僕のいた前世の世界にも、「魂」という概念は実在していたらしい。

 ダァトが言うには通常、一つの存在にはその器に適応した魂が定着して生命が生まれるようだが、前世の僕の場合は僕以外にもう一人の魂──異世界から迷い込んできたダァトの魂が混ざり込んでしまったのである。

 

 その結果、人間一人の器に二人の魂を宿した歪な存在が生まれてしまったのである。

 それが、今も続く僕の正体だ。

 

 

「人間一人の器に天使の魂を宿すには、その負担はあまりに大きすぎた……それが不治の病として僕の身体を蝕み、最後は死に至らしめたってことだろう?」

「本当に……ごめん……っ、ごめんね、────! ボクのせいで、こんなことにも巻き込んで……!」

「……いいさ。君だって、僕になってしまったのは事故だったんだろう? しょうがないよ」

 

 そう、いわゆる「転生事故」って奴である。お互い、奇妙な体験をしたね。

 

 ダァトの魂だって故意に混ざり込んできたわけではないし、彼女の方こそ故郷の世界でちゃんと生まれ変わりたかった筈だ。

 だから、この件は誰かが悪かったわけではない。心からそう思っている僕としては、真相を知った今も彼女のことを恨む気持ちは無かった。

 

 

「……やっぱキミ、ボクより天使らしいよ」

「天使じゃないよ、オリ主だよ」

「オリシュってすごい……」

 

 

 そうさ、オリ主は凄いんだ。もっと褒めていいよー。

 

 ……まあ、そんな僕も人の子だし、思うところが何も無いわけではない。

 だけど、例えるならそう。綺麗に完結した物語の余韻に一頻り浸って満足した後、しばらくしてから公式から微妙な裏設定を明かされるのと似たような心境である。

 

 その設定、いる?──と。

 

 お話に整合性を持たせる為とは言え、それで物語をつまらなくさせてしまっては本末転倒だと僕は思う。

 もちろん、微妙な裏設定があろうと無かろうと、物語が完結した時に感じたあの温かな感情が汚されることは全く無いわけで──まあ、思い出になってしまった時点でそれは永遠のものなのである。要は全て、終わった話だということだ。

 

 

「だから僕には、君を恨む理由なんてない」

「──っ」

「それに……前世の()は、幸せだったんだ。確かにみんなより身体は弱くて、元気に活動できた時間も少なかったけど……そんな僕も優しい家族や気の合う友人たちに囲まれて、すっごく楽しかった! 君やカロン様にも、あの時感じた気持ちを分けてあげたいぐらいだよ」

「…………」

 

 

 ()はかつて感じていた本心を脚色無く伝えると、不敬に当たるのも承知の上で彼女が下げた頭をぽふぽふと撫でてやった。

 ……うむ、エイトちゃんヘアーと変わらない筈なのにこうして触れると中々どうして、違う感触がするものである。自分の髪じゃないからかな?

 

 そうして真っ正面から向き合った僕は顔を上げた彼女と間近に顔を見合わせながら、そっと微笑み掛けてやった。

 

 

「だから君も、そんなこと言うなよ。確かに、僕のことを助ける為に頑張ってくれたみんなには申し訳ないことをしたけど……それは僕の罪であって、君のじゃないし」

 

 

 かつての僕自身が、他の誰よりも自分の人生に納得しているつもりだ。

 身の回りの人たちに向ける罪悪感だって、僕のものだ。僕の大切な気持ちだ。だから、渡さない。

 

 

「僕の人生は僕のものだ。誰にも文句は言わせない。ダァトにも……エイトにもね」

「……そっか」

 

 

 はい、そういうわけでこの話はおしまい!

 前世の僕に関する湿っぽい話は、これにて完結です。いいね?

 

 

「……ありがとう、エイト」

 

 

 ? なんでお礼言うねん。寧ろ僕の方こそ君に感謝しているっての。

 

 

「それはこっちの台詞だよ、ダァト。君は今まで、僕のことをずっと見守ってくれていたんだろう? 今まで幸せな時間をくれて、ありがとね」

 

 

 実を言うと……僕の中に誰かいることに気づいたのはついさっきのことではなく──メアちゃんからケセドの力を盗んだ時から、ずっと違和感を感じていた。

 

 なんか僕、慈悲深くなってね?──と。

 

 それはケセドの影響かと最初は思っていたけど、今にしてみれば君が「力」を取り戻し、目覚め始めていたからだったのではないかなと思う。

 

 

「……気づいていたんだ」

 

 

 あれだけ違和感があれば、流石にね。僕はこう見えて聡いのだよ……脳天気なオリ主かと思った? 残念エイトちゃんでした。

 ……まあ、そういうことも含めて色々話そうか。

 僕がそう言うとダァトは困ったように笑い、それを受け入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 ……その結果、色々あって何故かこの場で「フェアリーセイバーズ∞」の一挙上映会が始まったのは何と言うか……流石カロン様の妹だなぁと思いました。

 

 

 

 

 



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TSオリ主は裏ボスと対面したようです

 ケセドの力を盗んだ時に感じた違和感は最初、彼の影響を受けたからだと思った。

 だけど、それだったらもっと拒否反応とか僕の中であってもおかしくないのではないかと少し引っかかってもいたのだ。

 もちろん、ケセドのことを受け付け拒否とか思っていないよ? ただ何と言うか、違和感を抱いている割には僕もすんなり受け入れすぎではないかと自分自身の思考に疑問を感じていたのだ。

 そしてその疑問はビナー様やカロン様と会って、今朝のあからさまに重要そうな怪しい夢を見て、なんとなくわかってきた感じである。エイトちゃんわかっちゃった……

 

 そう、今こうしてダァトと顔を合わせて語り合ったことで、僕の中で何か大切なピースがガッチリとハマったように感じた。パーフェクトエイトちゃんの完成である。まあ今までも十分パーフェクトだったけどね。前世の前世を知って、さらに完璧になったということだ。

 しかし……改めて思うとすげえな僕。前世の前世はサフィラス十大天使の母親的な存在でしたとか、予想外な方向で格が高すぎである。ふふふ……前前世までカッコいいとは、これはもう転生ガチ勢と名乗っても良いのではないか? 鼻高々である。

 

「そうかな……」

「そうだよ」

 

 もちろん、前前世がいかに格の高い存在であろうと、それだけで今の僕が偉大なる者かと言うともちろんそんなことはない。

 僕はダァトでダァトは僕だけど、僕は僕でダァトはダァトだ。

 この僕、T.P.エイト・オリーシュアが偉大なる大天使の来来世に相応しい存在であったかどうかは、これまでに僕が起こしてきた行動の全てが示してきたと思う。

 その点どうかな、審査員のダァトさん?

 

 

「キミは立派だったよ」

 

 

 ……ありがとね。

 君にそう思ってもらえたのなら、僕も完璧なチートオリ主を目指してきた甲斐があったと言うものだ。

 彼女の言葉に満面の笑みを返した僕は、心の中がとても晴れやかになった。

 僕自身のことについては、これで納得した。もはや何の引っ掛かりも無い。

 

 まあ、もっと他に大事なことは色々あるんだけどね。

 例えばここの外のこととか。

 

 

「エンくんたちのことが、気になるのかい?」

 

 

 そりゃあもう、彼らだって僕の友人たちだもの。気になるに決まっているでしょう。

 ぶっちゃけこの身体の秘密なんかよりも、僕には今彼らがどうなっていて、何をしているかの方が心配だった。僕はいつ如何なる時も冷静沈着で頼りになるクール系オリ主だから慌てないけど、特にメアちゃんのこととか結構心配しているのである。……うん、心配だなぁあの子……大丈夫かなぁ。

 

「メアちゃんなら大丈夫だよ。あれからも五体満足で、彼らのところにいる」

 

 おお、それは良かった。

 頼れるお兄ちゃんたちと一緒なら、二度と暴走することもあるまい。ケテルが欲しがっていた力も僕が頂戴しておいたし、今後は実の父親に狙われる心配も無い筈だ。……無いよね?

 

「ケテルは理由も無く誰かを殺すような子じゃないよ。……まあ、そうでなくても状況はあまりよろしくないけどね」

 

 えー……状況、悪いの? もしかして僕が離脱しちゃったせいで?

 

「それもある……けど、仮にキミが離脱しなかったとしても、フェアリーワールドは根本的に大きな爆弾を抱えている世界だからね。ケテルと姉さんはそれぞれのやり方で対応しているようだけど、お互い上手く行っていないのが現状かな」

 

 ふむ……その心は?

 

「キミが離脱した直後、深淵のクリファ「シェリダー」が目覚めた」

 

 えっ。

 シェリダーってあれでしょ? ヘットの近くに封印されている深淵のクリファって言うあの。

 昨夜ビナー様と一緒に確認しに行ったけど、封印は完璧だったじゃん。なんで……ああ、封印が完璧だったからか。大体そう言うのって、近い内に何らかのイレギュラーが起こって解除されるものだもんね。

 完璧な封印とか、満を持して復活する前フリだろフラグ的に考えて。

 

「それにしては長い前フリだったね……」

 

 それな。完璧という前フリに恥じず、数千年間も封印を維持できていたのが寧ろ凄いって言うか……

 あっ、そう言えば光の檻の中をサーチで覗いた時、シェリダー君からなんかすっごい嫌な目で見られたけど、心当たりとかある? 彼と面識があったりとか。

 

「あるよ。ボクが彼に、感情を教えた」

 

 なるほど。と言うことは、深淵の世界の旅路で出会った関係か。

 ふむ……君が感情を教えることができたのなら、君が会えば穏便に解決できたりする?

 

「それは難しいかな……彼が初めて知った感情は、深い怒りと憎しみだったから。彼は深淵の外──天界に生きとし生けるもの全てを憎んでいた。ボクのことも、ずっと殺してやりたいって憎んでいたよ」

 

 怖っ……うーん、元々憎しみに生きていたクリファがその上何千年も封印されていたのだから、さらに酷いことになってそう。ラスボスの設定かなこれ。

 しかし思ったけど、ラスボス候補多すぎだろこの世界。もしかして僕、今までずっと勘違いしていた?

 「フェアリーセイバーズ∞」でのケテルって、ラスボスじゃなくて中ボスなのかしら……気持ち的に、元祖ラスボスは丁寧に扱ってほしいところだけど。

 

 

「おっと、こんなところにカロン姉さんが録りためた録画ディスクが」

 

 

 よし、でかした!

 僕が炎たちのこと、「フェアリーセイバーズ∞」について思考を巡らせていると、ダァトがおもむろに数枚のディスクを取り出すなり目の前にちらつかせてきた。

 

 だけど……なんでそんなの持ってるの? 姉妹の間で流行ってるの?

 

 

「丁度キミが来る前に、姉さんがここに顔を出してね。これを置いていったんだ」

 

 

 おや、入れ違いだったのか。再会してたんだね君ら。それは良かった!

 だけど原初の大天使の再会を祝するお土産が、自分たちの世界をアニメ化したBDってかなりシュールすぎない? もう少しこうさ……雰囲気とかそういうのを大事にしようよと、エイトちゃんは劇場型オリ主として苦言を呈する。

 

 

「やだ。ボクだって娯楽好きだもん」

 

 

 ディスクを抱き抱えながら、駄々っ子みたいな顔で言うなよ……かわいいけど。

 まあ、それを言われてしまえば僕に返す言葉は無い。

 どこぞの亡霊も言っていたけど、意識が永遠に続くなんて拷問だからね。暇を持て余した彼女がいい感じに時間を潰すことができる娯楽としては、カロン様のお土産チョイスは理にかなってはいた。俗っぽいが。

 

「ふふ、姉さんは昔からそう言うところ、気が利いていたからね。他のフェアリーたちからは「アイツいつも無口で何考えているかわからない」と言われていたけど……誰よりも気遣いができて、誰よりも優しかったのがカロン姉さんなんだ」

 

 わかる。カロン様、いいよね。

 

「いい……」

 

 いえーいとハイタッチする僕たち。二人揃ってカロン様ファンクラブである。

 うん、カロン様がめっちゃ優しくていい人──いい女神様っぽい人だと言うのは、今更な話である。何より僕がここにいることがその証拠だし、彼女も何か企んではいるのだろうけど悪いことはしないと信じている。

 それは別に、僕が彼女にそう思うように洗脳されているとかそういう黒い伏線ではない。紛れもない僕自身の本心である。

 

 そんな素敵なカロン様を姉に持つダァトは、子供みたいにニコニコしながら手元のディスクをチェックしていた。その姿はこれから視るアニメの内容にワクワクしているようにも見えたし、姉から貰った久しぶりすぎるプレゼントにウキウキしているようにも見えた。

 つまり何が言いたいかと言うと、クール系美少女が見せる子供っぽい一面っていいよねという話だ。

 

「……キミにそう思われるのはなんか釈然としないけど、一緒に視ない? エイト」

 

 もちろん、そのつもりだよ。

 カバラの叡智の時は途中だったし、外の世界の状況把握を原作のアニメを視聴することで行うのも乙なものである。

 それに……カロン様がわざわざダァトのところに届けてきたということは、今の僕にはこれを視ることが必要だと判断したのだろうしね。彼女が。

 興味津々にディスクを弄ぶダァトを前にして、僕はやれやれと苦笑を浮かべた。内心はもちろん、ノリノリだけどね。

 

 

 ダァトの手によって、怪物が長年の封印から解き放たれるように──そのディスクが再生された。アニメ「フェアリーセイバーズ∞」一挙上映会の開始だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いっけー! フェアリーバーストだーっ!

 

 そこだそこだそこだ! 負けるな炎! がんばえー! おおおお!? おおおお……よしっ! やったー!

 

 

「おー……これがエンくんのフェアリーバーストか。凄い凄いカッコいい~」

 

 

 ディスクの再生から数時間後、そこには空のような世界に二人仲良く寝転びながら「フェアリーセイバーズ∞」の上映会を楽しんでいる僕たちの姿があった。

 テレビとBDプレイヤーはカロン様と同じような手順で、どこからともなくダァトが召喚してくれた。電源とかどこに繋がっているんだよとか気になる光景ではあったがわざわざツッコミを入れるのは野暮ってものである。視れるものは視れるのだから、仕方ないよね!

 

 いやあ、熱中しすぎてつい第一部──旧作で言うところのPSYエンス編のラストまでノンストップで視てしまったよ。歳甲斐も無く、応援上映みたいに興奮してしまったものだ。

 ここまで、控えめに言って神アニメである。リメイクされてもフェアリーセイバーズは、やはり名作であることを再確認した。ふふ、みんなカッコいいなー。

 

 しかしこうして改めて視聴してみると、シナリオ面に関してはPSYエンス編の方が完成度高いなぁと僕は思う。

 それはきっと、主人公である暁月炎の物語としては、この章でほとんど完結しているからなのかもしれないね。

 物語の中では早い段階からPSYエンスが聖獣を改造して作った「怪獣」をけしかけてきたり、コクマーがぶち切れる伏線が張られていたのだが、「組織のボスを倒す」という物語開始当初における主人公の大目標に対して常に一貫しているシナリオはわかりやすくていいものだった。

 個人的にキャラクターのビジュアルとかは異世界編の方が好きだけど、起承転結が綺麗に纏まっていて完成度の高いバトルアニメだった。

 

 いいものを視たわー。メアちゃんをはじめとする新キャラたちもさることながら、クオリティの高いデジタル作画で描かれた新しい「フェアリーセイバーズ」の物語は新技術で蘇ったリブート作として百点満点の出来だった。アニメの進化ってすげえや。

 そんな興奮冷めやらぬ熱い想いを胸に適度にIQを落としながら視聴していた僕とは対照的に、ダァトの方はと言うと初めて目にした現代アニメにふむふむと相槌を打ちながら識者的な視聴スタイルで冷静に視聴していた。

 そんな彼女が溢した率直な感想が、これである。

 

 

「人間って凄いね」

 

 

 確かに。

 「異能」というファンタジー的な力を科学的に解明することで、さらなる力を引き出そうとしたPSYエンスのボスも。

 そんな彼の傲慢な面を、覚醒したフェアリーバーストの拳でぶん殴った暁月炎も。

 どちらも凄いわ、同じ人間なのに。

 人外の存在かつ異能の起源でもあるダァトから言わせてもらえば、二人の戦いを視た感想はそこに帰結するのだろう。

 

 ……うん、改めて見ると人間って凄いね。特に、PSYエンスのボスは天才すぎる。彼のたどり着いた叡智も真理の一つではあったし、人格さえまともなら稀代の天才科学者として人類史に名を刻んでいたことだろう。そう思うと実に惜しいと言うか、残念な男だった……作中でも言われていたが。

 

 

「もちろんそれも凄いけど、ボクは何より、アニメーション映像という媒体でボクたちの世界を完璧に具現化した作者さんの想像力にびっくりだよ」

 

 

 ……? あ、ああ、そっちの話ね。

 確かに制作事情は不思議である。こちらの世界で起こった出来事が別の世界ではアニメとして放送されているなんて、冷静に考えるとどういうことだと言う話である。

 あれかな? もしかして原作者とか脚本家とかが、この世界から変な電波を受信しているのだろうか?

 

 

「当たらずとも遠からずってところかな。姉さんが言うには、このアニメを作った人たちはかつて、ボクたちの世界に関わっていたらしい」

 

 

 ほえー、それはそれは。案外原作者とかの魂のルーツが、こちらの世界の住人だったりしたのかもね。

 僕とダァトという両世界を行き来した存在が実際にいる以上、あながち荒唐無稽な説ではなさそうだ。

 ま、そんなのもう関係ないけどね。そんなことよりアニメの続きだ! 次のディスクの用意をしろ、ダァト!

 

 

「ガッテン承知っ」

 

 

 ノリいいね。そうこなくちゃ。

 僕と比べれば冷静な顔でアニメを視聴していたダァトだが、続きが気になるようで彼女は鼻歌を歌いながらディスクを交換していた。

 察するに、「フェアリーセイバーズ∞」のメインターゲットは旧作の視聴者を親に持つ男の子ってところなんだろうけど、れっきとした女の子……子?であるダァトも楽しめる内容だったようだ。良かった良かった。

 

 

「ふふ、そんなに気を遣って女の子扱いしなくても、ボクのことは時代に取り残されたお婆ちゃん扱いでいいんだよ? とっくの昔に世界から居場所のなくなったロートルだし……」

 

 

 ? 君の居場所は僕の中だろ何言ってんの。

 

 

「…………」

 

 

 そんな僕たちの関係だ。実年齢をアピールして、わざわざ自分から距離を取りに行く必要はなかろう。転生オリ主と言えば精神年齢でマウントを取ることもあるが、君にはしてほしくないなそういうの。

 何ならエターナル美少女という利点を生かして、君はもっと僕のように、自分自身の外見的魅力を生かしていくべきだと思う。こう、スタイリッシュな感じに!

 

 

「……考えたことなかったな、そういうのは」

 

 

 あらら……それは勿体ない。じゃあ、今度僕が色々教えてあげるよ。最高にカッコいいオリ主ムーブって奴をね!

 

 

「……やっぱキミの方が、天使に向いているよ」

 

 

 さ、そんなことよりフェアリーセイバーズ∞の時間だ! はよ! はよ!

 

 

「わかってるわかってる。そう急かしなさんなって」

 

 

 D・V・D! D・V・D!

 ……この場合、本当はB・D!と叫ぶのが正しいんだろうけど、D・V・Dの方が語感がいいよね。腕を振りながら連呼するととても気持ちがいい。昔、マイフレンドたちとアニメの上映会を開いた時、男共が楽しそうに叫びながら何故か上着を脱いで踊り回っていたことを思い出す。

 

「……アレって、何か元ネタとかあるのかな?」

 

 さあ? アイツらのことだし何かしらの元ネタはあるとは思うけど、何故かみんな、僕に教えてくれなかったんだよねー。僕も無理には聞き出さなかったけど。

 

「えっちな奴だったりして」

 

 あー……もしかしたら、そうかも。

 僕は男友達とする猥談とか結構楽しいと思っているけど、何故か僕相手にはみんなして避けたがるんだよねそういう話。デッキーは気にせずバンバン話してくれたけど。そこでわかったけどアイツロリコンらしいぜ。本当は貧乳が好きなだけだと思うけど、僕は指摘しないであげたよ!

 

「偉い違い。あの子、凄く面白い子だったよね」

 

 うん。だけどとても頑張り屋で、本気になれば何だってデキるナイスガイだったぜ。

 

「そうだね……キミの友人たちは、みんな個性的で楽しい人間たちだった」

 

 当然だろ……ま、今はそんな話よりアニメを楽しもう。さあフェアリーセイバーズ∞だ!

 PSYエンス編が終わったら、次はお待ちかねの異世界編である。ラファエルさんの回だけ先に視せてもらったけど、旧作とは色々展開が変わっていて面白そうである。

 

 チートオリ主である僕がいない原作の異世界編が果たしてどう進行していたのか──見せてもらおうじゃないか!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 異世界編は──僕にとって予想外な展開の連続で、とても面白かった。

 

 

 

 PSYエンス編の内容も大変素晴らしかったが、「フェアリーセイバーズ∞」が送る全く新しいフェアリーワールドはクオリティーの高い作画も含めて覇権的な出来映えであり、風景を眺めているだけでも心が躍った。

 PSYエンス編よりも大人っぽくなった炎たちのビジュアルも男らしくてカッコいいし、より人間らしくなったメアちゃんも可愛くて素晴らしい。旧作のように戦うヒロインではなくなってしまったけど、炎の帰る場所を健気に守っている灯ちゃんの姿も由緒正しきメインヒロインの風格が漂っていたし、明宏はムキムキであった。

 そう、彼は今作では異世界組に同行することなく地球に残り、地球に侵攻してきたアビスたちをサフィラス十大天使9の天使「イェソド」と協力し合いながら元気にしばき回っていたのである。

 アビスがこの段階で人間世界に進出していたのは旧作と異なる展開であったが、それより驚いたのは「基礎」を司る大天使イェソド──サフィラスの中で一人だけ見かけないと思っていたら、人間世界にいたんだね君。

 最後の大天使は、僕たちの知らないところで大活躍をしていたというわけである。これは一本取られたわ。

 

 ……で、物語はそんな人間世界の様相と並行しながら、炎たちセイバーズ機動部隊+メアちゃんがフェアリーワールドの空を飛び回り、はぐれた仲間たちを捜しながら聖龍アイン・ソフのもとを目指す──というのが「フェアリーセイバーズ∞」の異世界編の内容である。

 大筋は旧作「フェアリーセイバーズ」とそこまで変わらないけど、尺が贅沢に使える分、登場キャラクターの掘り下げが断然増えているのがいいよね。特にマルクト様ちゃんやホドの扱いは旧作とは偉い違いである。

 他には「深淵のクリファ」や「T.P.エイト・オリーシュア」と言った新キャラたちの活躍も見どころである。

 特にT.P.エイト・オリーシュアの活躍ぶりと言ってはまさに新章のヒロインって感じで華々しい! 今までいなかったタイプのボーイッシュなボクっ子お姉さん系美少女である彼女は、PSYエンス編が終わった後の日常回から姿を見せ始め、意味深なセリフを呟きながら子供たちの異能を次々とかっ攫っていた。

 そんな彼女は闇雲カケル君が主役を張る外伝的なテレビスペシャルのメインヒロインとして大々的に活躍すると、その存在感を一気に爆発させていった。

 ミステリアスな黒髪美少女は異世界編にも主要人物として参戦すると、炎たちセイバーズを導くような立ち振る舞いをしながら幾度となく彼らのことを助けてくれた。

 

 その強さとカッコ良さは、一視聴者として「このT.P.エイト・オリーシュアってキャラ、目立ちすぎじゃね?」と思うぐらい獅子奮迅の活躍で物語の中心人物になっていたのだ。

 戦う新ヒロインとして颯爽と現れたボーイッシュお姉さんである。彼女の愛用するロングスカートも戦闘中には程よくめくれて脚線美が美しく……みえ……みえ……

 

 

「……無理しなくていいんだよ、エイト」

「……っ」

 

 

 ……あ。

 

 

 あああ……あああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!

 

 

 なんで!?!?!?!?!?!!?

 

 なんでボクいるの!? ボクオリ主でしょ!? オリ主がナンデ原作にいるの!?

 わからない……わけわからないよぉ……! なんでお前そこにいるんだよぉ違うだろぉ灯ちゃん差し置いて何ヒロイン面してんだよお前……ばかぁ! ばかー!! そういうの誰得……圧倒的誰得……っ、お前のせいで名作アニメがクソアニメの仲間入りじゃ! 二次創作オリ主が公式面するとかお前……っ、それをやったらダメでしょうがあああああああああああっ! うわああああああああああああっ!!

 

 

 

 

 

 

「……やだぁ……っ」

「よしよし、大丈夫だからね……キミはオリ主だから。エイトは完璧なチートオリ主だよ」

「……うう……ボク、おりしゅ……こうしきじゃないよ……」

 

 オリ主だと思っていた自分が、オリ主じゃなかったかもしれない。

 そんな許されざる光景を目の当たりにした僕は、現実逃避から帰ってきた途端存在の矛盾と羞恥心が綯い交ぜになったカオスな感情に悶え苦しみ、ジタバタと暴れ回った後ダァトの膝の上で泣いた。泣いた。

 

 それはもう、思わず幼児退行してしまうほどに泣いたよ。前世で余命宣告された時より泣いたんじゃないかってぐらい……いいもん、どうせダァトしか見ていないんだから存分に泣かせてよ。

 

 

「あ、うん……泣きたい時は泣いていいんだよ。だけどその顔は悲しんでいるって言うよりも、完璧なヒロインムーブを客観視したことによる羞恥心に悶えていると言った方が……」

 

 

 そうだ……それが一番の問題なのだ。

 僕が……T.P.エイト・オリーシュアが公式のキャラになっていることも泣けたが、それ以上に泣けたのは僕が作中において、まるで真のヒロインみたいに扱われていることだ。なんでや……どう見てもミステリアスなイケメンお助けキャラポジションやろが!

 綺麗に描かれているのは嬉しいけどさ……ちょっと、そう言う対象に見られるのはその……やだ。

 

 

「……あざといなキミ」

 

 

 うるさい。とにかく僕はこんなものを認めない! オリ主のブランドに傷がつくからな……

 

 そう……それは僕の前に、「公式からお出しされた致命的な解釈違い」という──オリ主にとっての最悪の敵(裏ボス)が襲い掛かってきたことを意味していた。

 

 

 




 オリ主の裏ボス(公式からの後出し情報)降臨!
 なお絶対に勝てないもよう


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それでも僕はオリ主である

 ……わかった。そうか、そういうことだったのか。

 要は、こういう話なのだろう。重大な事実を悟った僕は、アニメ「フェアリーセイバーズ∞」の制作事情を例のコピペ風に想像してみた。

 

 

 

 

 

スタッフ「よし、このアニメも形になってきたな!」

 

プロデューサー(カロン様)「んほぉ~このオリ主たまんねぇぜぇ~」

 

プロデューサー(カロン様)「エイトちゃんの設定だけで抜けるわぁ……」

 

スタッフ(うわぁ来たよ……)

 

プロデューサー(カロン様)「シナリオの進行はどうだい?」シコシコ

 

スタッフ「現在PSYエンス編完結まで進んでいます。次は異世界編なんですが……」

 

プロデューサー(カロン様)「異能使いである主人公が無能力者のヒロインと共に旅をする物語……ふんふん……」

 

プロデューサー(カロン様)「このヒロインの子誰?」

 

スタッフ「前作通り灯さんですね」

 

プロデューサー(カロン様)「そっかぁ……」

 

プロデューサー(カロン様)「このアニメなんか違うんだよね……リブート前に忠実すぎるというか……ひねりがないよねぇ」

 

スタッフ「うわぁ……」(そうですか…)

 

プロデューサー(カロン様)「そうだ! このヒロインを途中で離脱させて別の真ヒロインをカッコ良く登場させようよ!」

 

プロデューサー(カロン様)「もちろん真ヒロインはエイトちゃんね! これは面白くなるぞ!」

 

 

 

 ……多分、こんな感じの真相である。

 そう──有り体に言うと「んほった」のだ。番組のプロデューサー、すなわちカロン様が。

 

 おのれ……おのれカロン様Pっ!

 

 よりにもよって、僕でんほることはないだろォ……女神様っぽい権力を使うのはいいけど、公式化をゴリ押すのはやめてよ……ううっ。

 確かに僕はチートオリ主としての魅力には自信があるが、オリ主にはオリ主に相応しい舞台ってものがあるのだ。適材適所という奴である。

 ぼくがかんがえたさいきょうにカッコいいキャラクターというのは、活躍する舞台が二次創作SSだからこそ存在が許されるのである。公式でやったらダメでしょうよー!

 

 それも「フェアリーセイバーズ」という二十年来の名作アニメで「んほる」なんて、百害あって一利なしである。

 やだなぁ……絶対向こうの視聴者に嫌われてるよアニメの僕。

 灯ちゃんを差し置いて、突然出てきて真ヒロイン面してくる新ヒロインなんて、長年のファンほど許容し難い筈である。メアリー・スーの公式化など笑い話にもならないのだ。

 そもそもなんで僕がヒロインポジションなんだよ……おかしいだろ。なんだよこのOPに出てくる薄幸そうな美少女は……これがT.P.エイト・オリーシュアとか解釈違いです。せめてもっとこう、ヒーロー然とした感じに扱ってほしいよね!

 

 ああ……僕は今、初めてカロン様に対して憤りを感じている……!

 

「いや、濡れ衣だから。カロン姉さんは一切この世界のアニメに関わっていないからね? 何のことだよプロデューサーって……」

 

 えっ、そうなの?

 

 ……そっか、ごめんなさいカロン様。冤罪でした。

 あまりにも想定外な事態に、ついヒートアップしてしまった。正気じゃなかったのは僕の方だったね。申し訳ない。

 

「キミって急に落ち着くよね」

 

 そうかな? 切り替えが早い方だと言われたことはあるけど。

 

 ……いや、やっぱつれぇわ。僕は自分の黒歴史ノートとか見られても平気な方だけど、ここまで規模が大きくなると流石に堪える。

 例えるなら仲の良い友人が善かれと思い、自作のネット小説を「アイツこんな小説書いているんだぜー!」と知り合い全員に拡散してきたような気分である。悪気が全く無いのだろうから質が悪い。

 

 はぁ……みんなも僕のこと、そういう目で見ているのかなぁ……?

 

 作中でヒロイン扱いされているのが解釈違い過ぎて恥ずかしいのもあるが、何よりあっちの視聴者さんたちにどう思われているのかが不安すぎて怖いよね。

 きっとマイフレンドみたいな往年のファンたちからは、「このエイトとかいう新キャラのせいでせっかくのリブートが台無しじゃ!」とか思われているんだろうなぁ……悲しい。

 

「キミって妙なことでナーバスになるよね……そういうところだぞ」

 

 どういうところだよ?

 

「いじらしくて、とても可愛らしいってことだよ」

 

 やめろ、微笑ましいものを見るような目で見るな。

 何だその慈愛に満ちた眼差しは。天使かって言う……天使だったわ。マジモンの大天使様でしたわ。だからもう少しこのまま甘えさせてもらうねおばあちゃん。ご慈悲を。

 

「よしよし、怖くない怖くない」

 

 あ~ダァトの膝の上は快適よのう。

 これが巷で聞いたバブみって奴かね? 幼児退行した思考が元に戻るまで、僕はしばらく彼女の膝枕に身を任せて微睡んでいることにした。うむ、役得である。脚が痺れたらごめんなさい。アレは辛いからね……

 

「膝枕にはコツがあるんだよ。慣れるとそんなに痺れないよ」

 

 なるほど。やっぱりダァトお婆ちゃんは頼りになるぜー。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ふぅ……少し楽になったよ、サンキューダァト。マイエンジェル。

 

「お安い御用さ」

 

 パチンと爽やかなウインクを返す彼女に、僕はフッと微笑みを浮かべる。かわいいダァトとクールなエイトちゃんの対比である。イカすぜ。

 常の冷静さを取り戻した僕は起き上がって顔をぺしぺしと叩くと、ようやく現実と向き合う覚悟を決めることができた。この間、約三十分。ダァトセラピーを持ってしても立ち直るまでにこれだけの時間が掛かったのだ。彼女がいなかったら、丸一日中布団の中に引きこもっていたかもしれない。

 

 そう……エイトちゃんの心の傷は深いのである。

 

 この真実は僕にとってあまりにも残酷で、甚だ不本意であった。正直もっとダァトに甘えていたい気分であったが、残念ながらこのアニメが放送されている事実は変わらない。

 

 それに──画面上のT.P.エイト・オリーシュアを見た時、僕の心には不安や羞恥心以外の感情も浮かんでいたこともまた、事実だった。

 

 この気持ちを抱いたという事実自体もまあ……恥ずかしいと言えば恥ずかしいんだけどね。

 

「恥じることはないよ。カロン姉さんも言っていただろう? 次元の外には、ありとあらゆる可能性を持った無限の世界が広がっていると。かつてのキミがいた世界──これも、その可能性の一つだ」

 

 それは都合良く、僕のいた世界はここで起こっている出来事がアニメになっているという世界だってことかね。まあ「そういう世界」という解釈は実に万能で、SSの設定でもあらゆるツッコミに対応することができる便利ワードである。こちらがどれほど「そうはならんやろ……」と冷静に指摘しようと、そこは「そういう世界」なのだから何も言い返すことができない。完璧な理論武装である。

 

「それに……キミはこのアニメでも結構人気らしいよ? グッズとかフィギュアとか、凄い勢いで売れているらしい」

 

 ……マジで?

 

「マジマジ。カロン姉さんが言うには、最新の人気投票ではエンくんたちを抑えて一位を取ったみたいだよ」

 

 ええ……話盛ってない?

 確かに僕はチートオリ主として魅力的な存在であるべく常日頃から立ち振る舞いには気をつけていたが、主人公メンバーすら抑えて一位とかちょっとピンと来ない。

 そこは四位とか五位ぐらいに付けて「神に感謝」とか渋いコメントを残すぐらいのポジションの方がおいしかった。

 フェアリーセイバーズの主人公はあくまでも暁月炎だからね……二次創作なら人気一位で最高なんだけど、これが公式化されると解釈違いなのである。

 

 

「そう言う割には口元がニヤついているけど?」

 

 

 …………

 

 ……!?

 

 ニ、ニヤついていませんけど!? 僕が公式化されて綺麗に描かれていて、フェアリーセイバーズファンの皆さんから思いの外高い評価を貰えたことにびっくりして冷静なフリをしているなんて、貴方の言いがかりなんですけどー!

 

 ふ、ふん……そもそもアニメキャラの人気投票なんてネット文化が発達した昨今、組織票で固まればネタキャラだって一位に担ぎ上げられるガバガバシステムである。そんなので結果を出したところで大した自慢にもならないし、正当な評価にも値しないっつーの。

 

 ふへへ。

 

 

「やっぱり喜んでいるじゃないか」

 

 

 ……うん。正直めっちゃ嬉しくてドッタンバッタン大騒ぎしたい気分です。

 

 恥ずかしいけど嬉しい。嬉しいけど恥ずかしい。なるほど、照れ隠しで暴力を振るうツンデレヒロインとか、きっとこんな気持ちなんだろうね。恋愛経験の無い僕にはどうにも彼女たちに感情移入することができなかったが、人は喜びが天元突破すると無性に身体を動かしたくなる生き物なのかもしれない。

 

「まあ、思ったより落ち込まなくて良かったよ。ボクはてっきり、「公式になったらもうオリ主じゃなくなっちゃうじゃないかー!」って悲しむかと思った」

 

 それな。

 

 確かに見ようによってはこのアニメの存在は、オリ主である僕のアイデンティティーを根本から揺るがす事実になるだろう。

 しかし、大丈夫だ。僕には完璧な理論武装がある。

 物は言いようである。いくら公式だからと言っても、この場合は絶対に勝てないものがあったのだ。

 

 ──それは、世に出てきた順番である。

 

 すなわち、僕が自分自身の起源を主張すればいいのだ!

 僕がアニメ「フェアリーセイバーズ∞」のキャラクターなのではない。「フェアリーセイバーズ」のオリ主である僕をあちらのアニメが逆輸入したんだとね!

 

 実際、T.P.エイト・オリーシュアが世に出てきたのはこの世界の方が先である。先に出てしまえば僕が「フェアリーセイバーズ」のオリ主だと言い張って支障は無いのだ。確かにもう「フェアリーセイバーズ∞」のオリ主ではなくなってしまったけど、それなら僕は、この世界が僕たちみんなで書き綴った「フェアリーセイバーズ」のSSだと言い張ってやる。

 だから僕は、たとえ公式が後追いしようと余計なプッシュをしてこようと、何度だって言い続けよう。

 

 

 ボクはT.P.エイト・オリーシュア──完璧なチートオリ主だよってね。

 

 

「キミは一体、何と戦っているんだ……」

「ふっ……創作の摂理と戒律、かな?」

「ごめん、よくわからない」

「そっか……」

「ごめん……」

「いいよ」

「ありがとう」

 

 呆れたように笑うダァトの言葉を、僕は寛大な心で許す。

 我ながら説明し難い言い分ではあるが、要するにこのT.P.エイト・オリーシュアのアイデンティティーは、今更この程度ではびくともしないと言うことだ。

 

 或いはこのアニメを視て、改めて思ったのかもしれないね。

 

 

 ──もっとたくさん、この世界という僕たちの物語に関わりたいってね。

 

 

 しかし、それはそれとして自分が出ているアニメを視ているとむずがゆくて仕方が無い。自分の出演作品を視る俳優さんとか、いつもこういう気持ちなのだろうか。

 

 だけど重ねて言おう。僕はヒロインではない。ヒロインでは! ないッッ!!

 

 このアニメの「T.P.エイト・オリーシュア」は何かもう、仕草の一つ一つに妙な色気が出ていて、いかにも人気ヒロイン面をしているのが気に入らないよね。

 

 ケテルもやめろよお前、何ベッドに寝かせた僕の寝顔を見てカッコ良く独白を語ってやがる。嘘だろお前……

 

 

『……ダァト……僕は戦うよ。貴方を利用しようとする、この世の全てと』

 

 

 見てよ。まるで眠れるヒロインの前で悲壮な決意を固める主人公のようだぁ……やめて。

 

 アニメの上映会は今も引き続き行っている。

 作中のケテルが意味深の台詞を呟いた次の瞬間、いい感じの曲が流れ何話目になるかわからないカッコいいOPが始まった。

 誠に悔しいことに、アニメ自体の出来はすこぶる良いから始末に負えない。

 僕の活躍シーンも余すこと無く丁寧に描写されており、時々スカートの中が際どいアングルになっているところ以外は満足の行く出来に仕上がっていた。作画スタッフさんたち、僕のこと好きすぎない? どいつもこいつもいい仕事しすぎである。

 くそう……これがつまらなかったら堂々とクソアニメとして黒歴史認定することができたものを……!

 

 気づけば当事者と言うよりも、一視聴者として物語にのめり込んでいる自分がいた。

 

 

 ……だが、それもストーリーが進み暗雲が立ち込める。

 

 

 作中の時系列が、追いついてしまったのだ。

 メアちゃんの暴走を止める為に、身を挺して彼女を助けたT.P.エイト・オリーシュアは、その際に意識を失いケテルに連れ去られた。

 そんな彼女は世界樹サフィラのどこかで、神聖な感じの聖堂っぽい施設のベッドに寝かせられていた。

 

 そう、その光景はまるで……

 

「すっかり囚われのヒロインになっているみたいだね。今のキミ」

「うっさい」

 

 ヒロインじゃないもん……オリ主だもん……と必死に自尊心を保ちながら、からかいの言葉を掛けてきたダァトに言い返す。

 やめろぉ……カメラ止めろよそこー。

 なんで僕の寝顔を映すんだよちくしょう。そんな撮り方するなよぉ。確かに寝顔も綺麗で映像映えするけどさぁ僕。

 

 

 ──と、そんな感じに「フェアリーセイバーズ∞」の異世界編は僕の尊厳的ダメージが大変大きく、こんなアニメ視るんじゃなかったと後悔していた。

 

 だが、このアニメのおかげで僕が得ることができた情報は非常に多かった。

 

 特にこの世界にとっては極めてノンフィクションに近いこのアニメを通して、いわゆる「神視点」でこの世界の情勢を把握することができたのは大きい。

 物語の中には真のラスボスっぽく姿を現したカロン様の企みや、灯ちゃんたちのいる地球で起こっている出来事、そして何より……ケテルの事情についてしっかり描写されていたので、今までふわっとしていた情報をはっきり理解することができたのである。これは嬉しい。

 

 

 そんな僕はアニメのAパートが終わり、カロン様が編集をサボったのかカットされていないCM垂れ流し時間になったところで小休止として、目の前の当事者に問い掛けることにした。

 

 

「ダァトってさ……ケテルと付き合っていたの?」

 

 

 ズバリ踏み込んでやったぜ。話題は、原初の大天使ダァトと王の大天使ケテルの関係である。

 最終章に入った辺りで作中ではアバンやCパートなどで描写されていたことだが──二人は昔、仲がよろしかったようだ。その辺り気になったので、本人に解説を頼むことにしたわけである。

 ……ヒロイン扱いをいじられた仕返しじゃないからね。

 

 

「それは……ボクとあの子が恋人同士だったのかという意味かな?」

「うん」

 

 

 僕はチートオリ主だが鈍感オリ主ではないので、アニメでの二人を見て色々と感じる部分はあった。

 作中で回想されていたケテルとダァトは、「そういう関係」に見えたから。

 そんな僕の疑問に、ダァトは苦笑を浮かべながら首を振った。

 

「誤解だよ。あの頃のケテルはまだ小さかったし、人間で言えば十歳ぐらいの子供だったからね。愛していると言ったのも恋愛的な意味ではなかったし、そういう対象に見たことはないよ。見てたらちょっと危ないでしょ?」

「事案だよね」

「……わかってて聞いただろ、キミ?」

「うん」

 

 いや……ガチの恋人だったら反応に困るからさ。

 僕だってこの質問は、当たっていないことを前提に訊ねたのだ。

 うん、良かったよ。いたいけな少年にイケナイ感情を抱いていたミニスカドレスのお姉さんなんていなかったんだ。

 

「……この格好、そんなにえっちかなぁ? ボクの時代では普通の装いだったし、下もちゃんと穿いてるよ?」

「わ、わざわざめくって見せないでよ。はしたない」

「はーい」

 

 ああ、下はレオタードみたいになっているんだね。それなら大丈夫……いや、太ももがバッチリ見える露出度の高いミニスカ衣装とか、控えめに言ってえっちだと思うよ僕は。

 仮に幼年期の頃の僕の近所にそんな格好した美人なお姉さんがいたら、絶対変な影響を受けていたと思う。ダァト自身結構世話好きで面倒見の良い性格をしているし、これは酷いショタキラーになっていそうだよね、人間の世界なら。

 

 

「えっ……」

 

 

 ……なんだよ、そんな信じられぬものを見たような眼差しは?

 えっ、今僕何か変なこと言った? あっ、この台詞ちょっとオリ主っぽい。いや本当にわからんのだけどその眼差しの意味。

 

 まあ、ケテルに限ってそういう目で見ていたとはアニメの描写を見ても考えづらい。

 

 彼の方はダァトのこと、とても慕っている様子に見えたけどね……小さい頃のケテルはダァトに対してだけ、明らかに接し方が違っていたし。

 少年時代のケテルにも、今の彼に至る片鱗を少しだけ感じる程度には年齢不相応な冷酷さが見え隠れしていたスレた子供天使であったが、そんな彼もダァトにだけは素直で可愛らしかったのである。

 それはもう、向こうの世界でのお姉様方にも人気がありそうだなってぐらいには。

 

「ケテルの方は、キミのこと好きだったと思うけどなぁ」

「ないない。あの子が生まれた頃にはもう、人間で言えばボクは高校生ぐらいの年齢だったんだよ? 流石にあり得ないって」

「うーん……それもそっか」

 

 人間換算で大体十六歳差かぁ……それじゃあ恋愛感情と言うよりも、憧れのお姉さんって感じの感情の方が強そうだね。もしくは母親代わりか。

 

 ……そもそも、大天使が恋愛をするのかというのは気になるところだが。

 

「今は知らないけど、ボクの時代では無かったかな。ボクたち天使は使命が最優先の生き物だし、特定の誰かと愛を育む余裕も、語り合う時間も無かった。それでも姉さんは、たくさんのフェアリーたちからモテモテだったけどね!」

 

 さすカロ!

 

「さすカロ!」

 

 うむ、流石カロン様である。

 カロン様がモテるのは当然だよなぁ! なんか放っておけない存在的な意味で、周りの聖獣さんたちから目をかけてもらっていたのが目に浮かぶようだ。そういうカリスマ性……カリちゅま性じゃないよ?を持っているのがカロン様という女神様っぽい人なのである。

 

 その彼女はなんか、アニメだとまるでラスボスみたいな不穏な雰囲気で顔見せをしていたけど……大丈夫だ。問題無い。

 

 

 

《光る! 鳴る! DX怪盗ノート発売ッ!!》

「あはは、このおもちゃ、面白そうだね。ちょっと欲しいかも」

 

 ユニークなCMで紹介されていく「フェアリーセイバーズ∞」の関連玩具を見て、知識の大天使であるダァトが興味深そうに呟く。

 おお、こういうグッズもあるのか……うん。こういう方面の人気なら嬉しいかも。特撮ヒーローになったみたいで気分ええわ。

 

 公園でこの玩具を持ったちびっ子たちが僕の真似をして遊んだりしているところとか、想像するだけで心が穏やかになる自分がいた。

 

 

「キミはさぁ……もういいや」

 

 

 ……何がさ。

 

 あっ、CM明けた。

 がんばえーみんなー。僕離脱しちゃったけど負けるなー。シェリダーなんかやっつけちゃえー。

 

 外面上はリラックスしながら、しかし内面ではハラハラと彼ら「セイバーズ」の戦いを見守るエイトちゃんであった。

 

 



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ありふれた携帯恋ゲームは結婚を遠ざけるだけ……

 そんな格好悪さで初投稿です。


 検索ワード「シェリダー 強すぎ」。

 

 放送後のサジェストにはそんな言葉が浮かんできそうなぐらい、深淵のクリファ「シェリダー」は前振りに恥じない見事な暴れっぷりを披露してくれた。披露しなくて良かったんだけどね……

 

 シェリダーの姿は全長約100mの異形の怪物──と言うか怪獣? それも「邪神」とかそういう類いの外見をイメージした方が良いのではないかと思うぐらい、その姿は大きくて禍々しくて恐ろしかった。

 頭も含めて上半身は割と爬虫類的で、正統派なドラゴンみたいな姿をしているんだけど、下半身にはタコみたいに無数の触手がわらわら蠢いていて、何とも名状しがたい冒涜的な姿をしていた。

 そんな全身の色は例によって真っ黒なのだが、目の色だけは真っ白なのがまた何を考えているのかわからなくて怖い。意思疎通とかできなそうな顔をしていた。

 

 突如として地底の底、ルキフゲスの檻から蘇った深淵のクリファ「シェリダー」は見た目からしてヤバかったが、強さもヤバい。それはもう、語彙力がヤバくなるほどヤバいのである。

 初登場から外見通りの強さを遺憾なく発揮すると、シェリダーはセイバーズとサフィラス十大天使の戦いに割り込むなり彼らの視線を釘付けにしていった。

 

 そんな怪物を前にしては……セイバーズはもちろん、コクマーやゲブラーも優先事項を弁えていた。

 

 敵対していた大天使たちは即座に冷静な判断を下すと、この場だけは一時休戦し怪物の対処に当たったのである。それまで嫌い合っていた敵同士が第三勢力の出現を受けてやむなく共闘する展開っていいよね……大変王道的でよろしい。マルクトとか露骨に嬉しそうにしていて微笑ましい。当人は『今の私たちの脅威になるのはあちらの方だと判断しただけです! 勘違いしないでください』とお約束的な台詞を返していたが、どう見ても翼を相手にしていた時より動きのキレが良いもの。

 

「マルクトちゃんは島の管理者としては少し素直すぎるところがあるけど、クリファのようなわかりやすい敵がいる時は頼もしいよね」

 

 うん。何というか、味方入りする直前の敵対魔法少女みたいな雰囲気だよね今のあの子。

 そんな彼女らと共闘することになったシェリダーだが、何分その巨体である。

 この場で戦えばヘットを筆頭に近くの町は跡形も無く吹き飛ぶと判断したビナー様は、直ちに戦いの舞台をこの島から遠ざけるべく、シェリダーを島から引き離すべく雲海に誘導すべく挑発に動いた。

 その時である。

 

……ッ! そのスガタは……ニテいる! そうか、ダァトのコかああああああ!!

《っ》

《なんて叫びだ……》

 

 おぞましい叫びを上げながら、シェリダーはビナーの誘いに乗った。

 と言うか、その視界にビナーの姿を入れた瞬間、それまで何を考えているのかわからなかった顔つきが激昂を表し、まるで興奮したイノシシのように脇目も振らず突っ込んできたのである。うわっ、すっごい怖い顔……夢に出てきそう。

 

《……随分と私は、あちらさんに嫌われているようだね》

《ふむ。やはり、かつて己を封印した者のことが気に入らんのじゃろう》

《それなら君も狙われないとおかしくないかな?》

《はて……それもそうじゃな》

 

 ああ、そう言えば昔シェリダーをこの地に封印したのは、先代のビナーとゲブラーだったんだっけか。

 ビナーのことを執拗に追いかけ回すシェリダーの姿と、彼女と同じスピードで飛翔し併走するゲブラーとの会話から、僕は彼女自身から聞いたかつての話を思い出す。

 大天使は生まれ変わる度に姿も記憶も変わっていくのだから、当時のビナーたちも当然今の彼女らとは全く別の姿をしていた筈なのだが……シェリダーは明らかにビナーのことを意識している様子だ。

 封印されながらも、外のことを見ていたのか。それとも、大天使ほどの存在になると生まれ変わってもわかる相手にはわかるものなのだろうか?

 その点どうなんです? 解説のダァトさん。

 

「あー……あれはねー……うん……」

 

 ……えっ、何その歯切れの悪い返事。

 なんでそんな、気まずそうな顔でビナー様のこと見ているの?

 

「ビナーちゃんが狙われているの、ボクのせいだと思う」

 

 何故に?

 

ダァトのコ……うんだのか……おれいがいのこをっっ!!

「……ほら、そう言ってる」

 

 うーん……何か言っているのはわかるけど、何を言っているのかまるでわからないわ。

 アディシェスやこの前戦ったアビスの群れも何か叫んでいる様子ではあったが、どうにも波長が独特すぎて聞き取れないんだよね。

 頑張って聞き取ろうとしたらSAN値がゴリゴリ削れそうだし、なんか怖かったのであまり気にしないようにはしていたけど……もしかして、ダァトはわかるの? やっぱおばあちゃんはすげえや。

 

「ふふん、そうだろそうだろー?」

 

 で? シェリダー君は今、なんて言ったの?

 

「産んだのか……俺以外の子を」

 

 うわぁ……

 

「い、言っているんだからしょうがないだろう!? ボクだってどう反応すればいいかわからないよ!」

 

 せ、せやな。

 だけどごめん。僕だってうわぁ……としか言えないよ。まるでありふれた恋愛シミュレーションゲームみたいだなアイツの感情。もしかしてあの触手ってそういう感情の暗喩……? 逃げてビナー様、超逃げて。

 しかし……もしかして深淵のクリファって、みんなそういう感じのこと考えてるの? ダァトが「愛」を教えに行ったっていうのも、そういう……

 

「違うからね!? あの子たちがねじ曲がった方向で理解してしまっただけだから!」

 

 う、うん……そうだよね、良かった。つい思春期みたいなこと考えてしまったよ。危うくダァトおばあちゃんに対してとんでもない誤解をしてしまうところだった。

 全くもう……この世界では実際にあった叫びなんだろうけど、そういうのを子供たちも見ているアニメで放送しないでほしいよね。コアなアニメファンという生き物は解読不能な作中言語ほど研究を重ねて真実にたどり着いてしまうものなのだから、危険な発言を読み取った結果ダァトに要らない風評被害が飛んでしまったらエラい迷惑である。

 

「大丈夫大丈夫、クリファの声はボクにしかわからないから。……ボクにしか、ね……」

 

 そうか……それならいいんだけどね。シェリダー君からすっかりダァトの子供だと勘違いされているビナー様もとんだとばっちりであるが、ダァト以外には誰にも聴き取ることができない言語で幸いだったということか。

 

 ……尤も、彼らの言葉が彼女にしかわからないからこそ、ここまでアビスとフェアリーワールドの関係が拗れたとも言えるが。

 

 しかし言動からあからさまにアレな感じな性格が伝わってくる深淵のクリファ、シェリダーはビナー様の姿を見てダァトの子孫だと思ったようで、物凄い怒りを爆発させながら暴れ回っていった。

 確かにダァトの力が受け継がれている存在という意味では、ケテル以外のサフィラス十大天使はみんなダァトの子と言えなくもないけどさ。

 しかしそんな冷静さを欠いた敵の心情を逆手に取ることで、ビナー様たちはどうにか島から離れた雲海の上にまで彼を誘導することができた。

 天使もセイバーズも周囲の被害を最優先に動くのは、そこにいる全員の共通認識だった。

 攻撃一つ一つの範囲と威力が単純に桁違いであり、アディシェスのような毒性こそ無いものの冗談抜きに島が沈みかねないからだ。

 そんな邪神めいた大怪獣シェリダーは近づけば無数の触手が絡め取ろうと襲い掛かってくる上に、離れればその先端部や口からビームを撃ちまくり、多対一でありながら戦いのペースを完全に握っていた。

 コクマーやビナー様を筆頭にあれだけの強者たちを相手にしてさえも、物の数ではないと言わんばかりに一同を圧倒していた。

 

 その巨体や攻撃力だけでも頭がおかしいと言うのに、さらに厄介なのは防御力である。

 常に闇のバリアーみたいなもので全身を覆っており、その防御を前にしてはコクマーの雷を以ってしても有効打にならず、大天使とフェアリーバーストの力を合わせてなお優位に立っていた。

 アディシェスも出てくる世界を間違えているような強さだったが、シェリダーはそれ以上である。よくもまあこんな化け物を今まで封印できていたものだと戦慄した。

 

「アディシェスはまだ成長途中の段階だったけど、シェリダーはずっと全盛期の状態で封印されていたからね……先代のビナーちゃんとゲブラーくんだって、転生してこれ以上強くなられたら手に負えないと思ったからこそ、封印という手を選んだのだろう」

 

 ……なるほど、つくづく恐ろしい存在である。

 倒しても倒しても死ぬことがなく、時間が経てばより強くなって生まれ変わるアビスという災厄は。

 深淵の世界にはまだこんなのがいるのだろうと思うと、この美しいフェアリーワールドも危ういバランスで成り立っていることがわかるというものだ。

 

「キミのいた世界の核兵器も似たようなものだと思うけど……」

 

 それな。

 しかし誰かが平和を満喫している裏では、いつだってその平和を守っている誰かがいることは忘れないでおきたい。ケテルみたいに忘れられなくてずっと苦しんでいるのも、残酷な話だが。

 

「……そうだね」

 

 まあ、それはそれとして。

 こうしてアニメとして観察してみると、これまでの状況にはいくつか不審な点が目立つね。

 例えばカロン様の登場直後に封印が解けたシェリダー。そして封印が解ける時に聞こえた「──時は来た」という彼女の声。

 これではまるで、カロン様がシェリダーの封印を解いたような演出である。まるでラスボスのようだ。

 仮にカロン様が「フェアリーセイバーズ∞」のラスボスだとしたら、ちょっと唐突すぎではないかと苦言を呈していたところだ。そりゃあ僕視点では色々と関わりがあったり、助けてもらったりした仲だけど、主人公の暁月炎から見れば因縁も何も無い相手だからねカロン様。

 ポッと出のラスボスというのも創作には割と多いけど、僕としてはもう少し主人公との関係性があった方が嬉しいと思う。

 

 ……本当にカロン様じゃないよね? 封印を解いたの。

 

「うん、カロン姉さんはシェリダーの復活に関しては、何も関与していないと思うよ。ただ……姉さんって昔からこんな感じに意味深なことを呟くくせに言葉が足りないから、そのせいでみんなから誤解されるんだよなぁ」

 

 おいおい、勘違い系オリ主かよ。流石だねカロン様。

 実際、まるで黒幕のような一連のムーブを前にした炎たちや視聴者は色々と誤解していることだろう。僕だって事情を知らなかったら確実に彼女のことを怪しんでいたところである。

 

「あの時見た封印の状況から察するに……訳あって元々封印が不安定になっていたところを、シェリダーがキミから溢れ出たボクの力を知覚した途端、いてもたってもいられず飛び起きた──という感じかな? あの子の執念が、ルキフゲスの檻を破ったんだろうね」

 

 ……あれ? じゃあアレが目覚めたのはカロン様じゃなくて僕たちのせい?

 うわぁ……何とも酷い真相である。しかしこのシェリダーって子、ダァトのこと好きすぎない?

 ダァトおばあちゃんさー……アディシェスと言い、深淵の世界で彼らに何を教えてきたんだよ。

 

「……色々あったんだよ、色々。アディシェスに関しては多分、カイツールに妙なことを吹き込まれたんだと思うけどね。あの子はクリファの中では一番無邪気で子供っぽかったから……ボクがあの世界からいなくなったことで、寂しくて暴走してしまったのかもしれない。全部、ボクが悪いんだ……」

 

 あー、うん。別に責めようって気は無いからね? 僕だって、自分自身を相手にまでSEKKYOUする気は無い。

 

「……ありがとう」

 

 ただ、僕が思っていた以上に「深淵のクリファ」という存在は僕たちと深い因縁があることを理解した。前世から因縁のある敵ってなんかいいよね……心の邪気眼が疼くぜ。

 そう思うとあのアディシェスも割と真剣に、哀れな奴だったんだなぁと同情する。

 彼はダァトに向かって色々叫んでいたのに、僕には言葉が通じないから何も伝えることができないまま死んでいった。そんな真相を知ってしまうと、倒したことに後悔こそないが僕も色々と、思うところがあった。

 

「……あの子は、キミに感謝していたよ。ボクじゃなくて、他ならぬキミの言葉で救われたんだ。キミにその自覚は無くても、彼はあの時、一番欲しかった言葉を掛けて貰えたのだから。彼に代わって礼を言うよ、エイト」

 

 『またいつか、どこかで生まれよう。ここではない、遠い世界で……その時はきっと、キミの存在を祝福するから』──確か、そんな言葉をテレパシーで呼び掛けてやったね僕は。

 何も知らなかったのに、我ながらよくもまあパーフェクトコミュニケーションを達成したものだ。流石のエイトちゃんである。

 それでもあの時僕がそう思っていたこと自体は嘘ではなかったし、消える時のアディシェスはどこか嬉しそうだったのを思い出すと、ダァトの擁護もありがたく受け入れることができた。

 

 

 ──もしかしたら本当に生まれ変わりたかったのは、彼らの方なのかもしれないね。

 

 

 そんなセンチメンタルなことを考えながらテレビ画面を眺めていると、ほどなくして事態は大きく動いた。

 ビナーたちの攻撃を物ともしないシェリダーは、焦る彼女の姿を見てニヤリと笑ったような顔を浮かべると、その口から天を裂くような極太のビームを撃ち放ったのである。

 今まで見たどの攻撃よりも圧倒的に威力の高いその一撃は、彼女ら自身に向かって放たれたものではない。

 

 向かう先は理解の島エロヒム。

 島から離れた雲海の上に誘導されたシェリダーは、その事実から彼女らが何を守ろうとしていたのかはっきり認識していたのだ。その上で、彼はビナーが守る彼女の島を吹き飛ばそうとしていた。

 

「……!」

 

 その性悪さに、ビナー様の表情が悲痛に歪む。

 予想外な行動を受けて、作中の人物のみならずそれを視ていた僕たちの呼吸さえも止まってしまった。

 

 そしてその場で唯一動き出すことができたのは、彼の射線から最も近い位置にいた栄光の大天使ホドだけだった。

 

 シェリダーのビームに割って入ったホドは、その大盾を構えるなり最大パワーでバリアーを展開する。

 大天使にしてフェアリーワールドを守る守護騎士である彼は、そこから一歩も動かなかった。一歩でも動いてしまえばその一撃は射線上の島を、少なくともヘットの町は跡形も残らず消滅することを理解していたからだ。

 栄光の大天使は咆哮を上げ、大天使も聖獣も人間も、みんなが彼の名を叫ぶ。

 

 そして。

 

《二つの世界の行く末を……頼んだぞ、ビナー》

《あ……》

 

 鎧と共に砕け散っていくフルフェイスの仮面の中で、その脳裏にほんの少しだけメアの姿を過ぎらせながら、ホドは爆ぜた。

 我が身を盾にした行動で、シェリダーの凶弾からビナーの島を守り抜いたのである。

 力無く雲海へと落ちていく彼を島の方向から飛んできたケセド君が回収していったが、その姿を見れば誰が見ても助からないのは明白だった。

 

 ……そう、僕たちから見てもである。

 

 ホドはもう、助からない。

 

 

「あわわわわわわわわわわわわわわわわわわ……」

「落ち着いて! おおおおお落ち着いてエイト! だ、大丈夫だから! きっと大丈夫だからホドくんもみんなも!」

 

 目の前で発生した犠牲者の存在を見て、僕の心が大きく掻き乱れた。

 特にホドに関しては旧作「フェアリーセイバーズ」ではきっちり生き残っていた人物である為、こんなところで退場する筈が無いと高をくくっていたのかもしれない。

 「フェアリーセイバーズ∞」という別の世界のアニメというフィルターを通していたことで、ある程度気楽に認識できていた頭に思いっきり冷や水をぶっかけられた気分だった。

 

 

 これは……やっぱり、必要なのかもしれない。

 

 奇跡を起こす存在──オリ主の力が。

 

 

 

 やれやれと首を振りながら、重い腰を上げようとした僕の両肩を──ダァトが掴んだ。

 

 

「行くな、エイト」

 

 

 凜とした声で、彼女が僕にそう言った。声だけでも、今の彼女が真面目な顔をしているのが伝わってくる。

 そんなダァトは僕の首回りに掛けて両腕を回してくると、あすなろ抱きをするような姿勢で僕の背中にもたれ掛かり、囁くように言ってきた。

 

 

「ボクが言うのもなんだけど……キミは過保護だよ」

 

 

 過保護? 何がさ。

 

 

「そんなにキミが頑張らなくても、彼らは大丈夫だよ。これ以上キミが調律を行わなくても……彼らが描く物語は既に、ハッピーエンドに向かっている」

 

 

 ……むぅ。

 

 彼女の体温のおかげで少し冷静さを取り戻した僕は、アニメの続きが流れているテレビに再び視線を戻す。

 

 そこには、異能の力を「覚醒」させた二人の救世主の姿があった。

 

 氷の鎧を纏った力動長太と、嵐の渦を纏った風岡翼の姿である。身を挺して島を守ったホドの男気に感化された二人が、その心を突き動かす激情によって目覚めたのである。

 

 「フェアリーバースト」を超える新たな境地へと。

 

 えっ、何それ……怖っ。

 

 

「全て……キミが導いたおかげだ」

 

 

 そんな二人の頼もしい進化を見て、ダァトが嬉しそうに……少しだけ寂しそうに言った。

 

 

「ホドも、大丈夫だよ……きっと、メアちゃんが助ける。だからいい。もういいんだ、エイト。キミとボクの役目は、もう──」

 

 

 そう言いながら僕の身体を後ろから抱きしめる彼女は、まるで僕がこの場からいなくなってしまうことを悲しんでいるようにも感じた。

 

 

 ──彼女が言おうとしていることは、わかる。

 

 

 直接聞いたわけではないが、僕もここまで極まったオリ主である以上、彼女やカロン様の魂胆も何となく見えていた。だからこそ、僕がT.P.エイト・オリーシュアとして行うべきことも自ずと見えてきたわけで……

 

 

 そんな僕だからこそ、彼女に一つ訊ねてみた。

 

 

 

「ダァトはさ……誰かが作った物語を眺めているのと自分たちで物語を作るの──どっちが好き?」

「えっ……?」

 

 

 

 虚を突かれたようなダァトの顔を横目に見て、僕の中でイタズラが成功した時のような感情が込み上がってくる。

 別に、意味深な問い掛けではない。

 それは、急にシリアスになってきたこの雰囲気をあえて壊すつもりで問い掛けた──僕にとっては今晩の夕食を訊ねるよりも平穏な、何気ない質問だった。

 

 

 




 今年は3作品ぐらい完結させたいですね(´・ω・`)


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起承転結の中で転が一番難しい

 

 

 シェリダーは撃退された。

 

 ホドの死に激昂した力動長太と風岡翼が、未だかつて誰も見せたことのない力を発動させたのだ。

 その時、「氷結」と「疾風」──彼らの持つ異能の力が限界を超えて膨張し、身体から溢れ出るエネルギーの渦が一筋の弾丸となってシェリダーのバリアーを貫いたのである。

 それはフェアリーバーストの力をも上回り、もはや神域と呼ぶに相応しい一撃だった。

 彼らとの戦闘で初めてダメージを受け、一撃で身体の十分の一ほどを消し炭にされたシェリダーはけたたましい叫びを上げながら、もがくように巨大な翼を羽ばたかせて雲海の中へと沈んでいった。

 彼にとっても不測の事態だった筈である。

 そこで撤退を選んできたのは彼が見た目に反して冷静だったのか、或いはアビスらしからぬ生存本能に突き動かされたのだろうか?

 

 いずれにせよ、ゲブラーとコクマーはこの世界を守る天使として、彼の逃走をむざむざと見過ごすことはできなかった。手負いであれば、尚のことだ。

 

『追うぞ、ゲブラー。奴が深淵に逃れる前にとどめを刺す』

『御意。弔い合戦じゃな……』

 

 コクマーとゲブラー。当初はセイバーズと戦う為にこの場を訪れた二人は、人間たちには目もくれず雲海の中へと飛び込んでいった。

 深淵のクリファ……それも全盛期の姿のままフルパワーで蘇ったシェリダーは危険すぎる。手負いの獣ほど危険な相手はいないと言うが、二人とも今が怪物を再び封じ込める絶好の好機だと判断していた。

 個人としては人間に対して激しい嫌悪感を抱いている二人にも、優先順位はあったのだ。たった一体でもこの世界を破滅に導かねない深淵のクリファの存在は、どうあっても許容することはできなかった。

 

 それに……去り際に、ゲブラーがチラリと後ろを振り向く。

 

 遠くに見えるのは愛すべき民の住まう、理解の島エロヒム。誇り高き盟友ホドが、自らの命を賭して守った島だ。

 そしてその前には、この戦い最大の功労者である二人と彼らを抱える天使たちの姿があった。

 先ほどの一撃で力を使い果たしてしまったのだろうか、力なく落下していく二人をビナーとマルクトがそれぞれ掴んで受け止めたのである。

 サフィラス十大天使の女性陣は、ここにいないティファレトも含めて皆甘すぎる。しかしそんな彼女だからこそ、自分よりも多くの民に慕われているのだともゲブラーは理解していた。

 尤も、ビナーがああいう女だと知ったのはこれが初めてのことだったが。

 

『大丈夫かい? ツバサ』

「あ、ああ……助かったよビナー様。急に力が抜けちまって……」

「サンキュー、マルクト……まさか、お前が受け止めてくれるなんてなぁ」

『……ただの気まぐれです。それにしても人間のくせに無駄に重いですね貴方は』

「鍛えてるからな! 筋肉はオーガにも負けてねぇぜ」

『はいはい』

 

 彼女らに対して軽口を叩いている二人の人間に対して、ゲブラーは認識を改め始めていた。

 火事場の馬鹿力と言うにしても、シェリダーを撃退に追い込んだ先ほどの一撃は並大抵のものではない。

 サフィラス十大天使が扱うどの聖術よりも強く、まるでこの世界を照らす太陽のように暑く、熱く──身震いのするような何かをゲブラーは感じていた。

 そそくさと先にシェリダーを追い掛けていったコクマーもまた、同じ感情を抱いているに違いない。

 

 ──なるほど……これが、フェアリーバースト。

 

 かつて聖龍アイン・ソフが、この世界を救うと告げた人間の力。

 その力の一端をまさに今、彼らは垣間見ることとなった。

 その神託通り、彼らの力はサフィラス大天使の攻撃さえ受け付けなかったシェリダーのバリアーを打ち破ってみせた。

 ……確かに、あの力を味方につけられれば願ったり叶ったりではある。アビスの脅威が活性化している今、確かに彼らとは敵対し合うべきではないのだろう。

 

 しかしこの先、その力を間違った方向に使う人間が現れた時のことを思うと、峻厳を司る天使として毅然とした対応をしなければならないと思う自分がいた。

 

 率直に言うと、ゲブラーは恐れているのだ。

 これほどの力を持った人間たちが、やがて至ることになる未来を。

 

 

『……だが、今は礼を言おう。感謝するぞ、勇敢なる人間たちよ』

 

 

 人間という存在には、色々と思うところがある。しかし、彼らのおかげでシェリダーを撃退することができたというのは紛れもない事実であり、今はその力を有効に扱ってみせた二人にゲブラーはコクマーの分も合わせて礼を言った。

 力動長太はマルクトに、風岡翼はビナーにそれぞれぐったりとした姿で抱えられながら、ゲブラーの殊勝な態度に目を丸くしていた。

 

 なんじゃ……話の通じないジジイとでも思っていたのだろうか? だとしたら峻厳の大天使も侮られたものである。

 

 ゲブラーは立場上彼らの味方をすることはないが、一個人としては彼ら勇敢な戦士に好感を抱いていた。

 言ってみれば、天使として「それはそれ、これはこれ」とドライに構えている部分が強いのかもしれない。

 そんな己の在り方に苦笑を浮かべながら、ゲブラーはこの場から逃げるように雲海へ飛び込むと、シェリダーを追ってコクマーの後に続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 攫われたT.P.エイト・オリーシュアと深淵のクリファ「シェリダー」の復活。

 二つの波乱はセイバーズに大きな打撃を与えたが、希望はまだ三つ残っていた。

 一つは先ほど長太と翼が解き放った力だ。あの力こそが、フェアリーバーストに至った者の真価なのかもしれない。それを上手く使いこなすことができれば、深淵のクリファやケテルにも対抗することができるだろう。

 

 ──そして二つ目の希望は、栄光の大天使ホドとメアの契約だった。

 

 そう、ホドの存在はその器を替えて、新たに蘇ったのである。

 

 ケセドが慌てて回収し島に不時着した頃には、既にホドは死に体だった。

 シェリダーの砲撃から身を呈して島を守った代償は重く、彼のトレードマークである甲冑は無残に砕け散り、その存在は淡い光に包まれて消滅を待つのみだった。

 そんな中、彼のもとへ涙ながらに看取りに来たメアに対して、彼は最後の力で呼び掛けたのである。

 

『苦しいか?』

「……!」

『己が背負った宿命が、悲しいのであろう? 其方は己の在り方に、苦しんでいる……』

「……うん」

 

 自らの命が絶えようとしている最中で、彼が案じていたのは自身のことではなくメアのことだった。

 そんな彼の無骨な手を両手で握りながら、メアは小さく頷き、首を振った。

 

「悲しいのはそう。だけど一番苦しいのは……そうしているだけで、何もできないこと。メアは、何もできない……メアにはもう、どうすることもできないから……」

『何をしたい? 何ができるよりも、其方は何がしたいのだ?』

「……メアは、ちゃんと話したい」

『誰と?』

「もう一度、ケテルと……お父さんと」

『何を話す?』

「メアは……メアは、生きているんだって。食べられる為に生まれてきたのだとしても……メアはそんなのはイヤだって、伝えたい」

『……そうか。ようやく、一歩目を踏み出せたのだな……』

 

 「夢幻光」として生み出され、王に力を捧げる為に作られた存在なのだとしても……今のメアには心があった。

 その心が、彼女に自分自身が抱いている本当の気持ちを教えてくれた。

 その気持ちを後押ししてくれた優しい者たちがいたのだ。

 だから今の彼女にはもう、王の為に犠牲になる気は無かった。

 

 そう、それが本音だったのだ。いけないことだとはわかっていても、今のメアはどうしようもないほどに生きることに執着していた。まるで、人間みたいに。

 

 ──だって、わかってしまったから……みんなといるこの世界が大好きで、自分もそこにいたいのだと。

 

 そんな感情を浅ましいと思いながら、メアがポツポツと自身の気持ちを打ち明けると、ホドはどこか力の抜けた──安心したような息を吐いた。

 

 仮面が砕け散ったホドの素顔は、優しい目でメアの顔を見つめていた。

 その目はまるで父親のようで……諭すように、彼が言った。

 

『己の存在を守る為に抗うのは、浅ましいことではない。聖獣(フェアリー)も人間も……生きるということは、戦い続けるということなのだから。そうか……其方もまた、生きているのだな』

「うん……うん……っ」

 

 彼は、メアの生を肯定した。

 人間や聖獣たちと同じように、生きたいと願うことを──彼女が運命に抗うことを許したのである。

 そして、彼は決意の目を浮かべた。

 

『そうとも……栄光の道を歩むのは、もがき足掻く者こそが相応しい。ならばこのホドも、今一度足掻いてみせよう。其方のように』

「えっ……?」

 

 生きることを諦めず、存在することを選んだ少女にホドは感化された。

 故に彼は、死にゆく自らの命に抗うことに決めたのである。

 

 

 ──そうして彼は、「契約」を持ち掛けた。

 

 

 メアの身体を器に、ホドは自らが持つ大天使の力の全てを託すことにしたのだ。

 生きたいと願いながらも抗う為の力を持たないメアと、力を持っていながらもその生命が消えかけているホド。そんな二人の利害は今、完全に一致していた。

 

「……いいの?」

『生きる為に抗うことは、この世に生まれた命に与えられた権利だ。しかし、力が無ければそれを果たすことはできない。王と……父と話がしたいのであろう? ならばこのホドの力を使うが良い』

「ホド……ありがとう」

『なに、生きたいと足掻く者同士、利害が一致したまでだ』

 

 或いはそれは、一つの可能性だったのかもしれない。

 キラリと輝いた一瞬の閃光──橙色のまばゆい光に包まれると、今その時、世界に初めてフェアリー戦士が誕生した。

 

 ケセドの力も夢幻光の力も失った虚無の少女に、再び光が宿ったのである。

 

 それは人間でもなく、聖獣でもない。何者でもない少女メアは、それでもと抗い進むべき道を見据えていた。

 それがきっと、栄光に至る道だと信じて。

 

「力を合わせようね、ホド」

『ああ。失いかけたこの存在……今一度この世界の為、其方の為に使うと誓おう』

 

 そうして栄光の大天使ホドは、メアと契約を交わしたのである。

 ホドの肉体は消滅し、力となってメアの身体に収まった。その影響によりメアの黒髪はホドの鎧を彷彿させる美しい橙色へと変化し、紺碧の瞳の片側も黄昏に染まり、再びオッドアイに変わっていた。

 背中からはサフィラス十大天使と同じ八枚の純白の羽が広がっており、両者合意の上に力を合わせたことによって生まれた力は以前に増して高いレベルで安定していた。

 

 

「メア! ホド!」

「なんだ……どうなってんだ……?」

 

 空から降りて合流してきたビナーたちは、そんな彼女の変貌を目に困惑や驚き、納得の顔をそれぞれの者が浮かべた。

 

『ホド……君は随分、メアのことを気に入っていたようだね』

『そういうことだ。このホド……死に損ないなりに、やり残したことの始末をつけさせてもらう。この子と共にな』

『まったく、貴方という者は……良かった、死ななくて……』

『ふっ……心配掛けてすまなかったな、マルクト』

『あ……うん』

 

 二人の間で起こった状況を認識するのが最も早かったビナーは、少し寂しそうな苦笑を浮かべながら新生したメアの姿を見つめている。

 そのメアは遠方に映る世界樹サフィラの方角を見据えながら、幼くも凜々しい顔立ちに決意の色を浮かべていた。

 

 

「キュー……」

『メア……』

 

 そんな少女の心中を推し量るように、彼女の傍にカバラちゃんとケセドが寄り添う。

 それに気づいたメアはオッドアイに戻った視線を彼らに移すと、それぞれの頬を撫でながら自分が為すべきこと、為したいことを宣誓した。

 

 

「メアたちはこれから、世界樹へ──アイン・ソフのところへ行く。ケテルもエイトもエンも、みんなそこにいるから」

 

 

 深淵のクリファ、サフィラス十大天使、聖龍。そして、サフィラの意思カロン。

 多くの者たちの思惑が交差するこのフェアリーワールドの中で、セイバーズの旅は最終局面へと向かおうとしていた。

 

 

 

 ──それと時を同じくして、三つ目にして最大の希望……暁月炎が突き進もうとする物語もまた、大きな分岐点を迎えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小説でも漫画でも、物語を作る上で欠かすことができないのはお話の「起承転結」である。

 「起」は話の導入部分で、状況の説明や話の前提が描かれる。「承」は「起」で描かれた前提をもとに話を進めていくことで、「転」は文字通り、お話を転がしていくことだ。お話の中では特に目立つ要素であり、特徴的であればあるほど心に残る作品が多い印象だ。

 まあ、ここを捻りすぎて支離滅裂な超展開になったり、後先考えない誰得な逆張り展開を行った為に収拾がつかなくなったりするケースも多いので、物語としては一際難しい要素でもある。

 物語の中で一番盛り上がるこの「転」がぐちゃぐちゃになってしまうと、次の「結」……すなわちオチが定まらなくなってしまうから難しい。特にお話の結末がバッチリ決まっていかないと、長く続いてきた作品そのものが丸々台無しになってしまうからね……

 商業作品においても起承転までは面白くてもこの「結」が上手くいかなかったが為に大炎上してしまうケースは多く、アマチュアの二次創作小説であれば尚のこと、その仕組みの複雑さは語るまでもないだろう。

 

 ま、だからこそ綺麗な結末を迎えた物語と出会えた時の満足感は、果てしないものになるわけだけどね。

 そんな僕はハッピーエンドが大好きなエイトちゃんである。

 

 そんな僕がアニメ「フェアリーセイバーズ∞」の物語が「転」、すなわち佳境に入ったところで取った行動は、速やかにリモコンを操作してテレビの電源を切ることだった。

 

 そうとも……これ以上の原作知識(ネタバレ)は要らない。

 僕がボクとして在り続ける為には、この辺りで切り上げるのが最善の選択と判断したわけである。

 

 一方でそんな僕の顔を見て何を思ったのやら……あれから僕のことを名残惜しむように抱きしめ続けていたダァトが、ようやくその腕をほどいてくれた。ダァトおばあちゃんの抱擁はなんか本当のおばあちゃんみたいで安心感があったが、それともお別れだね。

 

 そんなこんなで彼女から解放された僕はゆっくりとこの場から立ち上がると、しわのついたマントをポンポンと払った。これから一世一代の舞台に上がろうと言うのだ。身嗜みも、しっかり整えておかなきゃね。

 

 

「やっぱりキミは、そっちの世界を選ぶんだね……」

 

 

 寂しそうな目で僕を見つめながら、彼女はそう呟く。

 そんな彼女の態度に内心申し訳なく思うが、それでも僕の心はこの世界──生と死の狭間にあるいわゆる「輪廻の世界」に訪れた時点から、とっくに心は決まっていた。

 

「ボクはT.P.エイト・オリーシュアだからね……行くべきところは、最初から決まっていたのさ」

 

 カロン様の思惑。ダァトの思惑。

 この世界で色々と察してしまった僕だけど、こればっかりはちょっと彼女らの望みには応えられないかなーっという部分があった。何のことだよって? 詳しくはそのうち話そう。僕はミステリアスなオリ主なので、前回の会話の続きも含めて意図的に内容をぼかしておくことにする。

 

「それに……ホドじゃないけど、ボクにもまだやり残したことがあるからね。見守ることも大事だけど、やっぱりボクは彼らと触れ合っていたいから」

 

 まあ、ここに来たおかげで色々と新しくやりたいこともできたし、今後の展開に向けてもいい感じのオリ主ムーブも思いついた。

 後はそれを、実践するだけだ。自慢のチートパワーでね。

 

 

「大丈夫さ。ボクの中にはちゃんとキミもいるから。キミが見守ってくれる時は、いつも一緒だよ」

「エイト……ありがとね。キミと話せて良かった」

「ボクもだよ、ダァト。今までありがとう。今後もよろしく」

「今後も、か……」

 

 

 おうよ。だから……僕は行ってくるよ。

 僕が望む完璧なチートオリ主として──今日から僕は、ボクとキミ(・・・・・)のT.P.エイト・オリーシュアを見せつけてくる。

 だから、これでお別れではないさ。僕の物語はもう終わっているけど、僕たちの物語は起承転結で言えばまだ「起」の段階に過ぎないのだから。君と会えたことでそれを改めて確認することができたのは、僕にとってとても嬉しいことだった。

 

 その感謝も、ちゃんとカロン様に伝えに行かなあかんしね……だからいずれにせよ僕には、いつまでもここでずっと物語の観測者を気取るつもりはなかった。

 

 

 まあ何が言いたいかと言いますと……エイトちゃんはオリ主であって、この物語の作者でも読者でもないのだよ!

 

 

 ……と、言うわけで、僕はそういうことになった。

 フェアリーセイバーズの主人公でありフェアリーセイバーズ∞の主人公でもあり、そしてこの世界の重要人物である、暁月炎のもとに。

 

 

 彼のことをオリ主的に、カッコ良く手助けするべく向かったのであった──。

 

 

 

 



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命の危機にヒロインの重要さを改めて実感する主人公

 いいよね……


 

 

 その時、暁月炎は奇妙な体験をしていた。

 

 

 あの時、メアを救出する際に出会った女性──カロンと名乗った白い美女は、ケテルに弾き飛ばされた炎に向かってこう言った。「まだ、足りない」と。

 炎はこの旅の中でフェアリーバーストの力を使いこなせるようになり、今ではサフィラス十大天使とも渡り合えるほど強くなったが、それでも「王」ケテルに挑むには実力不足だと言ったのだ。

 

 炎自身、その事実は痛いほど理解していた。

 

 彼と対面したあの時、その身体で理解してしまったのだ。彼の鋭い眼光から浴びた殺気を受けた瞬間、炎は彼が内に秘めている底知れない力の一端に触れた。

 意識を失ったエイトをケセドの背に乗せようとしたあの時になって初めてそれを感じることができたのは、それまではあちらが自分たちを敵として認識していなかったからに過ぎない。

 彼自身がその口で言っていた通り、それまでの彼はただメアの力を回収しに来ただけで、炎たちセイバーズのことはどうでも良かったのだろう。それは、絶対者故の無関心だった。

 彼は王であり、絶対者だ。あの時、彼がその気になっていたのなら全員あの場でやられていた筈である。

 そうならなかったのはきっと、これもT.P.エイト・オリーシュア──ダァトという大天使がついてくれたからなのだと今ならわかる。

 

 その事実を知って暁月炎が抱いたのは、悔しさだった。

 

 そうだ……彼女にまたしても、助けられてしまったのだ。

 自分も、メアも。

 彼女の正体がフェアリーワールドの大天使であると知ったからこそ、今の炎には感謝以上に申し訳ない気持ちが大きかった。

 

 

『やはり度し難い存在だな、お前たち人間は。散々導いてもらいながら、まだダァトに頼る気か?』

 

 

 そんな自分たちを見て心底失望したように語ったケテルの言葉が脳裏に過ぎる。

 彼にとって「ダァト」という天使が特別な存在であったことは、あの時突き刺さってきた彼の殺気からおおよそ察することができた。

 そう言った他者の機微には聡い方だったのだ。ケテルのことは気に入らなかったが、その言葉に関しては炎自身も自覚している事実であった。

 

 俺たちはこの僅かな時間で、随分とあの女性に甘えてしまったな……と。

 

 彼女には、初めて踏み入れた勝手も知らぬこのフェアリーワールドを案内してもらった。

 アビスに聖獣、人間の世界では知る由も無かったこの世界の事情を教えてもらった。

 仲間や町がピンチの時、彼女は嫌な顔一つせず助けてくれた。

 ケセドを救い、サフィラス十大天使との橋渡しをしてくれた。

 長太や翼、メアが苦しんでいた時も彼らの心にそっと寄り添い、誤った道へ進まないように導いてくれた。

 

 そう……この旅はもはや、彼女抜きでは成り立たないものだったのだ。

 

 その事実を今、炎は改めて思い知らされていた。

 

 

 ──今この瞬間、自分の力ではどう足掻いても勝ち目の無い……圧倒的な力に叩きのめされたことで。

 

 

 

そのていどか……ダァトのちからをもっているにしては、あまりにもよわい

 

 

 解読できない言語がノイズを伴いながら、荒廃しきった大地に重く響き渡る。

 目の前にそびえ立つ怪物の全長は、もはや100メートルや200メートルなどという規模にすら収まらない。

 地上からでは全貌さえ把握できないほど、ソレは果てしなく巨大な怪物であった。

 ……いや、そもそも把握してはならない存在なのかもしれない。炎の頭脳に備わった防衛本能が、ソレの名状しがたき全貌の認識を拒絶していた。

 

 悪魔か、それとも神か……暁月炎の前にいる化け物は何か、存在そのものの次元が明らかに違っているように思える。

 

 こうして剣を取って戦おうとすることすら、おこがましいほどに。

 

 

「ぐっ……化け物か……!」

 

 傷だらけの身体で立ち上がりながら、口に溜まった血液を砂利と共に吐き出す。

 接敵から数分と経たずご覧の有様であったが、彼の目はまだ諦めてはいなかった。

 山や海どころか大空の全てを相手にしているような途方も無い相手との戦いであったが、彼の手にはまだ蒼炎で作った剣が握られており、瞳の闘志は死んでいない。

 この蒼炎の剣は彼自身の異能で生み出しているものである故に、物理的に折れることはない。

 だから、戦える。その心が折れない限り、暁月炎はいつまでも戦うことができた。

 

 ──相手が化け物であろうと、戦い抜く責任があるのだ……救世主(セイバー)には!

 

 

「おおおおおおおっっ!!」

 

 蒼炎の羽を広げた炎は荒れ果てた大地を踏みしめると、これで何度目になるかもわからない跳躍でソレに挑み掛かっていく。

 たとえその度に、何度打ちのめされることになろうと。

 

 

 

 それは、あの時──彼が謎の女性カロンによってこの不可思議な世界に転移させられてから繰り広げられていた、一方的な蹂躙である。

 

 

 

 

 あの時、炎の実力不足を指摘するなり彼女は言った。『汝はまだ、真の解放者に至っていない』と。

 その言葉の意味を問い詰めようとした次の瞬間、炎の姿は先ほどまでとは全く別の場所にあった。

 強制的に、転移させられたのである。どことも知れない、あの場から遠く離れた未知の場所へ。

 

 そして……送り飛ばされた先では、一目見ただけで異様とわかる景色が広がっていた。

 

 ──まず、太陽の光が無い。

 

 空全体が闇に覆われており、炎自身の放つ焔を光源にすることでどうにか視界を確保できるほどである。

 そしてその僅かな光によって確認することができた地上の様子は酷く荒れ果てていて、自分以外の生き物どころか、建物や植物の姿すらどこにも無かった。

 

 

 ……いや、一本だけ向こうに大きな木がある。

 

 

 具体的な場所はここからでは遠すぎてよく見えないが、焔の光で照らす彼方には、世界樹サフィラのように空に向かって伸びている一本の大樹の姿があった。しかしその姿からは、かの世界樹から感じた生命力のようなものが全く感じられない。まるで霞のようだ。

 だからこうして空高く飛び上がるまで、炎はその存在に気づかなかったのである。

 そんな炎は、重苦しい空気が包む空で怪訝に眉を顰めた。

 

 

 ──何なんだ……この世界は……!?

 

 

 謎の女性カロンによって有無も言わさずこの場所に転移させられた炎だが、そんな彼の身に襲い掛かったさらなる不幸は、悪態をつく暇さえも与えられなかったことだ。

 現状を把握する為、自身の手から放つ焔の光で周辺の地を照らしていた時、それは起こった。

 

 空を覆い尽くすおびただしい闇の中から巨大な何かが姿を現すと、炎に対して攻撃を仕掛けてきたのだ。

 

 そして時は、今に至る。

 暁月炎は既に、絶体絶命の窮地にあった。

 

「強いなんてもんじゃない……お前も、クリファなのか……!?」

 

 漆黒の姿から放たれる禍々しい力の脈動から、炎は目の前の名状しがたい化け物をアビス──それも、「深淵のクリファ」であると推測する。

 しかしソレは今までに対峙してきたクリファとは、根本的に強さの次元が違っていた。

 

 ……根も葉もない表現で例えるならそう──ゲームや漫画など多くのファンタジー作品でラスボスを務める「魔王」のようなものか。

 

 大いなる闇そのものと言える姿をしたソレには、これまでのアビスには有効だったフェアリーバーストの力がまるで通用しない。

 炎がいかなる攻撃を繰り出そうと、圧倒的な規模の敵を前にしては海に角砂糖一つ溶かすようなものだった。

 

 すなわち、勝ち目は無い。

 

 

 ……正直言って炎は今、この状況を図りかねている。

 そもそもあのカロンとかいう女性が何者なのかもよくわからないし、突然自分たちの前に現れた彼女が敵なのか味方なのかも不明である。

 

 しかし彼女が自分をこの場へ転移させる瞬間、意味深に呟いた言葉が炎の耳には残っていた。

 

 

『T.P.エイト・オリーシュアと名乗った人の子は、自らの可能性を示し、真の調律者となった。次は汝の番だ、アカツキ・エン……私は、汝の覚醒を願う』

 

 

 ……あの言葉は、自分も自らの可能性を示し、さらなる力を身につけろという解釈でいいのだろうか?

 彼女とエイトの関係が気になるところであるが、察するにこれは「試練」と言ったところか……昔、武術の鍛錬を行うべく光井明宏に師事した時、炎は自分の中で実力が頭打ちしてきた時にはその度に闘技場に放り込まれ、常にワンランク上の相手とマッチアップさせられた憶えがある。

 

 そんなスパルタ式の明宏の稽古と、言葉も無くカロンから修羅場に放り込まれたこの状況──どこか似ているように感じ、炎は彼女の意図を自分なりに噛み砕いて察していた。

 

 もちろん、それは彼女が味方側の存在であることが前提の話になるが……それが一番重要なところだろう。

 彼女は見るからに得体の知れない存在であるが、ケテルからメアのことを助けてくれたことは事実であり、エイトとも何か、深い関係があるようだった。

 

 女神然としたその容貌から判断するに、もしかしたらこの世界の神様的な存在なのだろうかと推測しても、そこまで飛躍した考察ではないだろう。

 

 いずれにせよ、詳しいことは後でエイトか、彼女自身に聞けばわかることではある。

 ……しかしそれまでに何より、自分が生きていられるかどうかの方が絶望的に思えるほど、炎が相対したソレは強大であった。

 依然、深淵のクリファの放つ独特な言語は全くわからないし、そもそも対話で引き下がってくれるような相手でもない。

 炎には言葉はわからなくても、あちらの殺意が凄まじく高いことだけは職業柄よく理解できていた。

 

きえろ。いまわしきヒカリよ

「っ! しまっ──」

 

 全貌すらわからない大いなる闇がコウモリの群れのような挙動を見せて蠢いた瞬間──空が落ちた。

 

 空一面を覆っていた闇そのものが、圧倒的な暴力となって炎の身に襲い掛かってきたのである。

 それは攻撃と言うよりも寧ろ、この世界の摂理や戒律、現象と呼んだ方がいいのかもしれない。

 炎の姿は抵抗も虚しく、瞬く間に闇に飲み込まれていった。

 

「ぐああああああああっ!!」

 

 全身を埋め尽くした闇が、拷問の如き激痛を与えてくる。

 言わばそれは、巨大な拳によって握りつぶされているような感覚だった。或いはこの闇全てが、ソレにとっては腕のようなものなのかもしれない。

 その命を着実に死へと至らしめていく闇の重圧の中で、辛うじて持ち堪えながら炎は打開の手段を模索する。

 

「覚醒、か……ああ……それで灯やメア、みんなのことが守れるなら、限界なんて何度でも超えてやる……!」

 

 全身からオーラのように解放した蒼炎のバリアーで抵抗しながら、炎はどこかで聞き耳を立てているかもわからないカロンに対して言い放つ。

 これが覚醒とやらの為の試練だと言うのなら、こんな化け物のところへ送り飛ばしてくれた彼女に恨み言を言うつもりはない。これまでの炎自身とて、強くなる為には幾度となく無茶を繰り返してきたのだ。

 

 いつだって苦難を乗り越える為には限界を超えてこの命を酷使してきたし、その度に暁月炎は強くなり、愛する者に泣かれた。

 

 そう……改めて思う。

 強くなれた喜びよりも、アイツに泣かれたことの悲しみの方が大きかったなと、思い出して苦笑した。

 

 今まさに、「魔王」の闇を前にこの身が飲み込まれようとしている時でさえ、彼が感じていたのは愛する者──光井灯の悲しむ姿だった。

 

 死の恐怖や走馬灯以前に、頭の中に思い浮かんでくるのはいつも彼女のことばかりである。

 

 

 ──結局のところ俺は、こういう奴なんだな……

 

 

 死の危機に瀕した時になって初めて、暁月炎は本当の意味で自分の気持ちに素直になれる男だったのかもしれない。

 しかし、それでも今の彼には──背負う物が大きくなりすぎた今の彼には、ここで諦めて今際の際に彼女の名を呟くことはできなかった。

 

 諦めるな、まだ戦え。メアを連れて彼女と再会する時まで死ぬな! もっと踏ん張ってみせろ俺!と、彼は自分で自分を鼓舞し、その度に焔の力を徐々に強めていったのである。

 

 己の限界を超える為の方法として、死の寸前まで自らを追い込むことほど効率的なものはない。

 世界を救おうと言うのだ。メアだって、頑張っているのだ。妹が覚悟を見せた姿を見て、お兄ちゃんである自分が逃げ出すわけにはいかない。

 

「まだだ……まだ俺は生きている……生きている限り、戦える……!」

? これは……そういうことか……

 

 闘志を燃やし、血走った目を見開きながら炎はフェアリーバーストの力を解放していく。

 今この身を握りつぶそうとする大いなる闇に対して、彼はありったけを超えたありったけをぶつけることで押し返そうとしたのだ。

 

 それは自爆同然の技であったが、それ以外にこの状況を打開する手段が見つからなかった。愛する者の為ならば、自らの命さえも薪にしよう。戦士として彼には、いつでもその覚悟があった。

 

 ──その先に得られる力があるのなら、と。

 

 

 そうして彼の身体から蒼炎が溢れ、闇を巻き込みながら弾けて消えた。

 華々しくも呆気ない、救世主の最期だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……!?」

 

 

 ハッと目を開けた瞬間、炎の意識が闇の中から復帰する。

 背中からは衣服に向かって脂汗が滲んでおり、手の甲に目を向ければ毛穴が開いている。それはまるで、悪夢から目が覚めた時のような虚脱感だった。

 

「な……何だったんだ……今のは……?」

 

 震える両手を目の前で閉じたり開いたりしながら、炎は自分が生きていることを確認して安堵の息を吐く。溢れ出た声は、今しがた体験してきた奇妙な出来事についての困惑だった。

 そんな慌ただしい動騒が自らの心でざわめき起こっていく中で、再び現状を把握するべく炎は立ち上がって周囲を見回す。

 

 そこでは彼が先ほどまでいた場所とは違い、青空から降り注ぐまばゆい太陽の光が辺りを照らしていた。

 

 深淵のクリファと思わしき闇の姿も無く、草木も生い茂り澄み切った泉の周りに花畑が生い茂っているその場所は、まるで先ほどの世界にあった要素をそっくり反転させたかのように、彩り豊かで美しい、暖かくて穏やかな景色だった。

 

 ──そんな景色を呆然と見つめる炎の耳に、穏やかな琴の音が響いたのはその時である。

 

 この音は……ハープの音? まさか……!

 

 聞き覚えのある楽器の音色に炎が黒髪の少女の存在を捜し回ると、そこには緑豊かな芝生に腰を下ろしながらハープを演奏している──白い女性の姿があった。

 

 T.P.エイト・オリーシュア……ではない。

 

 そこにいたのは炎にとってこの不可思議な現象を引き起こした張本人である謎の女性、カロンであった。

 

 

『……あの子のようには弾けぬか』

 

 彼女の中ではしっくり来なかったのか、演奏の手を止めるとカロンはどこか憂いを帯びたような顔でハープを地に下ろすと、炎のもとに視線を寄越す。

 

 

『アカツキ・エン……試練は失敗したな』

「……っ」

 

 

 黄金の瞳はどの宝石よりも美しく、どこまでも深い色をしている気がした。

 まるで心の中まで見透かされているような視線に炎は気圧され、最初に問い詰めようとした言葉を詰まらせてしまう。

 しかし持ち前の精神力で即座に立ち直ると、彼は今度こそ一歩踏み寄って問い掛けた。

 

 

「あんたは……何者だ? さっき、俺に何をしたんだ? 一体、何だったんだあの世界は……あの化け物は何だ!?」

 

 

 率直に言うと、わけがわからなかった。

 突然闇に覆われた謎の世界に放り込まれたかと思えば、そこで見たことの無い化け物と戦い──いや、あれは戦いにすらなっていなかった。

 一方的に蹂躙され、自爆覚悟で力を解放した次の瞬間にはこの花畑にいた。

 目まぐるしく変化する奇っ怪な状況には頭がどうにかなりそうであり、とにもかくにも情報が不足していた。

 

 まず、彼女が何者なのか……その真意を知る為に、炎は抱えてきた疑問を一度に浴びせる。

 カロンはそんな彼の態度をあらかじめ予測していたかのように、その瞳でじっと見つめながら順を追って言い返す。

 

 

『私はカロン……世界樹サフィラの意思であり、ダァトの同志だった者だ』

「…………」

『私は汝に試練を課した。それは汝が力を正しく扱い、神域に至る為の試練だ。破滅の未来に送り込み、あの世界の魔王と対峙すればあわよくばと思ったが……汝は敗北した。消滅の間際に私が引き戻した。無事で嬉しい』

「……?」

『アレは可能性の一つ……二つの世界を滅ぼし、自らが存在する理由さえ忘れた者だけが地上を彷徨う……いつか、アビスが辿ることとなる──哀れな末路だ』

「すまない。何を言っているのか全くわからない」

『??』

 

 

 真顔で説明するカロンに対して、炎は正直に返した。

 

 数拍の沈黙が、二人の居場所を支配する。

 

 カロンは不思議そうな顔で首を傾げると、炎はそんな彼女の反応に要領を得ず眉を顰める。言葉少なげな二人のやりとりの間には緊張感こそないが、常に独特な間があった。

 

 ──えっ? 今のは説明だったのか? もしかして彼女は今、彼女なりに丁寧に説明してくれたのか?

 

 もしそうだとしたら、失礼なことを言ってしまったと申し訳なく思う。

 ああ……彼女の今の説明は控えめに言ってとてもわかりにくかったが、頭の中で何度も反芻すればわからなくもない説明であった。頭ごなしに切り捨ててしまったのはこちらの不徳である。

 

「すまない」

『何故、謝る?』

「?」

『?』

 

 ……とは言っても、ギリギリ理解することができたのはやはり先ほどの奇妙な体験は彼女が引き起こしたものであり、察していた通りの「試練」だったということぐらいだ。

 最も肝心な彼女が何者なのかという説明に関しては……ダァト、すなわちエイトの仲間だということ以外はよくわからなかったが。

 

「……どうしたことか」

 

 色々とわからないことが多すぎる現状、見るからに事情に詳しそうな彼女には是非とも問い詰めておきたい。

 しかし炎は昔と比べれば改善したものの口が上手い方ではなく、任務で尋問を行う必要があった時も専ら翼が担当していたものだ。それに……エイトの仲間だという彼女に対して強引に詰め寄るのも、心情的に抵抗があった。

 

『汝はどうしたい?』

「どうしたいって……」

 

 どうしたものか……どうやって問い詰めようか。割と真剣に悩みながら、炎はこの状況で最適な会話パターンを頭の中で模索していた。

 そんな切迫(グダグダ)した状況の中で、救いの神がやって来たのはその時だった。

 

 

「そこから先はボクが説明するよ、姉さん」

「……!」

 

 

 涼やかな少女の声が、向かい合った炎とカロンの横合いから聞こえてくる。

 驚きながら振り向くと、そこにはいた。

 

 花畑の上で、微笑みながら佇んで。

 黒いドレスに身を包んだ、黒翼の天使の姿がそこにあった。

 

 

『ダァト……エイトか』

 

 

 その少女がこの場に現れたことで、カロンが一瞬だけ驚いた顔を浮かべてその名を呟く。

 炎もまた、驚いていた。謎の怪盗と言うよりも女性的な美しさを全面に押し出しているその服装も、天使と同じ形をしている羽の形も今までの彼女のものではなかったが、そこにいたのは見紛うことなきT.P.エイト・オリーシュアだった。

 

 あの時、ケテルに連れて行かれた筈の彼女が何故──?

 

 

「……そんなに、ジロジロ見ないでほしいな」

 

 

 ノースリーブから剥き出しになっている右腕を、遠慮がちに左手で押さえながら言い放たれたエイトの言葉に思わず目を背ける。

 

「……すまない」

 

 ──ああ、コイツは本物のエイトだ。

 

 とりあえずは彼女の無事を確認したことで、炎は胸を撫で下ろす。

 そんな彼の前でほんの少しだけカロンの方を見て目配せしたかと思うと、彼女は丈の短いスカートを押さえながら膝を抱えて座り込み、先ほどまでカロンが扱っていたハープを拾うなり慣れた手つきで弾き語った。

 

「昔々、ある世界に一本の木がありました。この星が生まれた頃から世界の真ん中に佇んでいたその木は、天界に生命を生み出す豊穣の大樹として全ての生き物たちに欠かせない存在でした。

 そんな生命の木を聖獣たちは「サフィラ」と呼び、世界樹として崇めていました──」

 

 

 そうして彼女がおもむろに語り出したのは、フェアリーワールドの成り立ちから始まり、人間世界の異能社会へと至っていく──とある神話の出来事であった。

 

 

 



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ヒロイン論争、勃発

 88話で明かされるエイトの正体とは……!?


 秘技、【今さっき知った事実を訳知り顔で打ち明けるの術】──。

 

 

 ……いいだろ、オリ主だぜ?

 そうとも、ダァトから詳しい事情を聞き、さらに原作アニメ「フェアリーセイバーズ∞」をリアルタイム(物理)で視聴してみせた今の僕は、完璧なる原作知識を持ったチートオリ主である。

 もちろんネタバレとなる先の展開は視ないでおいたから、原作知識を使った未来予知はできないけどね。

 

 しかし、メタ視点を持つオリ主しか持ち得ない圧倒的知識量を振り翳してマウントを取る感覚……やっぱ気持ちええわ! この気分の高揚は「待たせたなみんな!」って感じである。

 

 思えばフェアリーワールドに来てからこれまで、「∞」独自の展開ばかりだったせいか人間世界で猛威を振るった僕のフェアリーセイバーズ知識はあまり役に立っていなかったからね。ダァトのところで真の原作アニメを視ることができたのは、僕がこの物語をリードする面で非常にありがたい展開だった。

 

 ふふふ、そういうわけで今の僕は色々理解してしまった悟りのエイトちゃんである。

 それはつまり、元々チートオリ主だった僕がさらに完璧になってしまったということだ。やれやれ、これだからオリ主は……フハハ敗北を知りたい。

 

 ……ごめん、やっぱり知りたくないです。

 SSにおけるオリ主は無敗伝説を築くよりも程々に負けた方が良いという意見ももちろん理解しているが、僕は無敵のミステリアスなヒーローキャラで行きたいからね。負けるミステリアスキャラってなんか嫌じゃん? やるとしてもそういうのは最後の最後で良いと思う。

 そんな僕が目指すところは常勝無敗のチートオリ主である。だからあの世界のアニメスタッフさん! 僕をアニメに出すのはいいけど、囚われのヒロイン扱いなんてするなよ!? そんな弱々しい扱いは絶対するなよっ!

 

 はい。フェアリーセイバーズのヒロインは灯ちゃんであり、フェアリーセイバーズ∞のヒロインはメアちゃんである。新作リブートアニメなんてそういうのでいいんだよ。

 

 でもなぁ……向こうの掲示板とかで不毛なヒロイン論争とか起こっていたらやだなぁ……現実ではみんな仲良しなのだから、どうかファン同士でも争わないでほしいものだ。

 

 

 ──さあ、それはさておき原作介入である。

 

 

 休憩を切り上げた僕は、佳境に入ってきたアニメの視聴を止めるなり今が仕掛け時と判断し、原作主人公である暁月炎のもとへ向かったわけだ。不思議なことに、久々に顔を合わせた気分である。

 ダァトとの対面で色々な疑問が解決した今の僕は最高のコンディションである。そんな僕はダァト由来の天使パワーを使うことで、こうしてサフィラの領域で彼と対峙し、ついでにカロン様とも対面することができた。おっすおっす。

 

 まあ、ここはサフィラを通した精神世界のような場所であって、現実の世界ではないんだけどね。

 アニメで確認できた情報だが、今頃現実世界の僕の身体はどこかのベッドの上に寝かせられており、炎も同じくどことも知れぬ場所で眠っている筈だ。

 

 そんな今の僕たちが動かしている身体は、実を言うとこれは、僕たちそれぞれの意思が具現化した思念体みたいな存在だったりする。

 肉体と同じく五感はしっかりあるので知らなければ気づくことができないほど精巧にできているが、その本質は精神であるが故に現実よりも心の状態がダイレクトに反映された姿になっているようだ。

 

 

 ──たとえば今の僕の姿が、ダァトの姿になっているのとかもその例である。

 

 

 ……うん。これは想定外だったけどね。

 いや、理屈としてはわかるよ? 心の状態、すなわち気の持ち方がダイレクトに反映されるこのサフィラの領域では、精神の影響がもろに出るわけだ。

 そんな中で「僕はダァトで、ダァトは僕」という事実を知った今、この世界では僕の思念体がダァトの姿をするようになったのもまあわからなくはない。

 

 名付けてこの姿、エイトちゃんダァトフォームである。うん、これはこれで超カッコいいね。カッコいいんだけど……

 

 身体のパーツに関しては大した変化は無い。ダァトと僕は顔も体型も同じだし、はっきり違うと言えるのはこの羽が異能で作ったなんちゃってウイングではなく、自前の十枚羽であるということぐらいだ。

 

 だけどさー……着ている服まで変えることはないでしょうよー! 特に脚とか肩とか背中とか、やたらと露出が多くて落ち着かない。落ち着かないのである。

 

 そんな自分自身のイレギュラーな変身に内心狼狽えていた僕だが、炎の手前クールな仮面は剥がさない。そう言う意味での精神状態は、この世界でもダイレクトに反映されないようで何よりだった。精神世界だろうと、隠し事が無くなるわけではないのよね。

 

 そんな世界で炎と再会した僕が、ダァトから聞いたフェアリーワールドの昔話をそっくりそのまま話し終えた頃には、僕も今の自分の姿に慣れていた。

 ……ゴメン嘘。肩周りや胸元はともかく、腿のところの肌寒さがまだちょっと慣れないや。カッコいいことにはカッコいいのだが、やっぱこの衣装えっちだよダァト……僕の中にいる彼女にそんな感想を溢した後、僕はカロン様をチラリと一瞥して炎と向かい合った。

 

 

 ──さて、僕がここに来た目的は一つ。今一度オリ主として、原作主人公である彼をいい感じに導く為だ。

 

 

 それはアニメ「フェアリーセイバーズ∞」を視て、ある重大な問題に気づいたことが発端だった。物語の中で僕自身は概ね満足の行くムーブができたと思っているが、それは僕ではなく彼ら主人公陣営の問題である。

 そう……一アニメとして彼らの状況を見た時、「なんかよくわからないけど事態が大きく動いている」という漠然とした物語になりかけているように感じたのだ。

 

 何と言うか……ケテルに深い因縁のあるメアちゃん以外──特に主人公である暁月炎が置いてきぼりになってはいないかと。

 

 もちろん作中でも彼はしっかり活躍しており、バトルシーンも豊富だったのだが、立ち位置としてはメアちゃんの保護者的なポジションに落ち着いており、僕としてはもう少しパンチが欲しいと思ったのである。

 具体的に言えば、ケテル陣営の動きやフェアリーワールドの成り立ちに関して、主人公陣営の情報があまりにも不足しているのではないかという懸念だった。それに関してはまあ、僕だってついさっきまで知らなかったのだから彼らが情報不足なのも当然と言えば当然な話である。

 

 ──因みに並行して進行している地球サイドのお話では、最後のサフィラス十大天使であるイェソドさんが明宏や灯ちゃんたちに色々開示してくれたので、視聴者的にはそこで概ねの事情がわかる造りになっていた。その辺り、意味深に語るだけで深いところまでは何も教えてくれないホドさんにも見習ってほしかったものである。お前が言うな? ……はい、ごめんね。

 

 いやね、僕自身もちょっとこう、意味深なミステリアスムーブをやりすぎたかなーと反省しているのだ。これでも。

 

 もちろん後悔はしていないが、客観的に見ると無駄に謎を引っ張り続ける長期アニメの引き延ばしムーブみたいになっていたからね。それはそれでミステリアスでカッコ良かったけど、やり過ぎると「どうせ何も明かさないんだろ?」と視聴者さんたちも冷めてしまうからさじ加減が難しいね。

 

 ……なので、そういう意味でもここらで炎たちにも重要な話を打ち明けるのは良い頃合いだと判断したわけである。

 

 もちろんこの時、僕自身も今しがた知ったばかりであるということに気づかれてはならない。エイトちゃんは物知りなので、最初から知っていたのである。そういうことになった。

 

 しかし、こうして絵本の読み聞かせみたいな語りで世界の根幹に関わる重大情報をぶちまけるのは中々気持ちいいものだ。何と言うか、世界を手のひらで転がしているみたいな気分になって楽しいよね……中々乙なものである。

 

 

 ──そんなこんなで僕が語り終えると、炎はカロン様の話と違ってちゃんと理解してくれたようだ。

 彼は難しい顔で沈黙を破り、第一に問い掛けてくる。

 

 

「……俺たちの異能は元々、あんたの力だったのか?」

 

 

 数ある語りの中で、最も反応が大きかったのがその事実である。

 ダァトとカロン様の昔話については黙って聞いていた彼だが、その後のアフターエピソードとしてついでに語ったその話──今から100年ぐらい前、「消えかけのダァトから託された力をアイン・ソフが人間世界に振りまいた」という情報には特に目を見開いていた。

 言われて僕はハッとした。

 

 ……ああ、これは僕の落ち度である。ごめんね……

 

 

「そういうことに……なるね」

 

 

 うーん……僕的にはサフィラス十大天使の誕生に関わるかつての大戦の話の方が興味深かったのだが、彼の立場から考えると確かに異能の起源の方がよほど大事な話である。

 

 そりゃあね……特に彼の場合は「異能社会での無能力者」という立場で苦悩する灯ちゃんのことをずっと見ていたのだから、その事実には思うところがあって当然だろう。

 その上、彼の父親だってPSYエンスという「異能が生み出した闇の勢力」によって命を奪われた被害者である。

 彼自身もセイバーズとして数々の異能犯罪と対面してきたのだから、異能社会に対する危機的感情は一際強い筈だ。

 

 これは……この話は、軽々しく口にしていい話ではなかったね。

 己の失態に気づき、僕は深々と頭を下げた。

 

 

「そうだね……ボクは取り返しのつかないことをしてしまった。キミたちの世界に力を与えたことで、キミにもたくさん嫌な思いをさせたね……本当に、ごめん……」

『…………』

 

 

 ……これ、今まで深く考えていなかったけど、もしかしたら僕たちとんでもなく罪深い存在なんじゃない?

 

 いや、異能が生まれなかったら人間の世界は平和だったのかと言われると、それは別の話ではあるけどさ。

 うわー……今になって怖くなってきたよ。大丈夫かなこれ……炎君、僕のアンチになる? ボクのことを全ての元凶として断罪する……? 嫌だなぁ……

 

 

「顔を上げてくれ、エイト。あんたが何をそんなに申し訳なく思うのか、俺にはわからないんだが……」

 

 

 えっ。

 

 

「あんたは俺たち人間を含めた大勢の命を守る為に、ずっと戦ってきたんだろう? そんなあんたが、なんで俺たちに謝る必要がある」

 

 

 …………

 

 

「それに……フェアリーワールドを見て、アビスのことを知った今、俺には人間の世界に異能を与えたことが間違っていたとは思えない。神様だって、必要だと思ったからそうしたんだろう?」

 

 

 ……確かにそれはそうだけど、異能に苦しめられてきた人をあれだけ見てきたんだよキミ? そんなキミから見たら、ボクたちは言わば、全ての異能犯罪の元凶だ。

 キミの境遇を思えば、キツい言葉の一つや二つ掛けてくるのが当然だと思っていたんだけど……

 

 

「いや、その理屈はおかしいだろう。異能は心の在り方によって力を変える……力をどう扱うかは、俺たち一人一人の在り方次第だ。包丁を作った人間に、刃傷事件の責任が行くわけでもないだろう」

 

 

 むー……そう言われてしまうと僕としては反論できない。僕も正直、立場が違ったらそう思っていただろうし。

 ね? そういうわけだよ、ダァト。だから君も、あまり気に病むな。

 

 しかし凄いな、炎は。こんな事実を知ったらもっと感情的になってもいいのに、男の子の成長は早いものである。お姉さん感激……あっぶね! 思考がダァトに寄りすぎた。

 

 いかんね……ダァトとしての思考に寄っちゃうと、どうにも自罰的で母性的というか、天使らしくなってしまう。これは良くない。アイデンティティーの危機である!

 僕はチートオリ主だ。この物語の中心人物として世界を振り回すエイトちゃんは、そこまで善人でも慈悲深くもない。どちらかと言うと常にわがまま放題でダークな存在である。

 よし、復唱OK。

 

 

「そうか……ふふ。ボクは自分に甘い女だからキミの言葉を受け入れてしまうけど……それでいいんだね? 本当にいいんだね、エン?」

「少なくとも、俺はあんたに思うところはない。……いや、一つあるな」

「え……?」

 

 

 な、なんだよ……不穏なこと言うなよー。

 僕だってすっきり気持ち良くオリ主したいのだから、罪とか罰とかそんなに背負わせないでほしい。ダァトは僕だから彼女の過去を背負うのも嫌ではないけど、それはそれとして僕自身は綺麗な身でいたいのである。

 あっ、でもこの「†罪深き原初の天使†」という設定は使えるぞ! そんなことを考えながら立ち直っていく僕に対して、炎は口元を緩めて言った。

 

 

「ありがとう。今日まで俺たちは、貴方のおかげで戦うことができた。大切な者を守る為の力をくれて……ありがとう」

 

 

 ……うん。

 

 

 そっか……キミはそういう奴だもんね。

 この世界が優しいことばかり、綺麗なことばかりではないことを知っている。知っている上で、それでも他の誰かに優しくできる人間だ。いい奴だよ。

 そういうところがきっと、多くの人々を惹きつけてきたのだろう。もちろん、前世の僕も前々世のボクも──今の僕もね。

 

 

「そのお礼……知識の大天使ダァトとして頂戴しておくよ。……ありがとね、エンくん(・・)

「……くん?」

「ふふっ、なんでもない」

 

 

 僕の中にいる彼女の心がスッと軽くなったのがわかり、僕も彼にダァトとして感謝の言葉を返しておく。その際目聡い彼は僕の変化に気づいたようだが、いーっと口チャックの仕草で詮索を拒否しておいた。話さないよーだ。

 

 うん……実を言うと色々知ってしまった今の僕は、ダァトと溶け合っている感じなんだよね。二重人格というわけではないが、心が二つあるような状態である。今は慣れていないので片方に寄りがちだが、すぐに安定すると思う。

 そういう事情があるので変な意味ではないが、彼が彼女のことを肯定してくれると僕も嬉しいのである。

 ふふ……あっ、やべえ溢れた笑いが止まらない。別に隠す必要は無いのだが、ちょっとミステリアスキャラの仮面が剥がれそうなぐらい今の僕は破顔していた。多分これもダァトのせいだぜ。炎もカロン様もそんなに見るなよー。

 

 

 

 ──良かったね、ダァト。

 ──うん、良かった……

 

 

 

 

 

 気を取り直して、ナーバスな会話は一区切りにしよう。

 もちろん、僕が彼にダァトから聞いた重大情報を打ち明けたのはこうして懺悔するのが目的なわけではない。

 状況整理としてしばらくの間、僕は彼からの質問をダァトの知識で華麗に捌きながら、彼に天使的豆知識を与えていくハイパー質疑応答タイムを行っていた。

 僕の前世のこととかは余計な混乱を生むし色々と台無しになるので一切触れることはなかったが、実際明かさなくても何ら不便の無い情報だったので彼からも特に疑問を持たれることもなかった。

 

 僕が意図的にそう仕向けたところもあるが、どうやら彼は話を聞いて、僕のことを「深淵の世界で死にかけたダァト本人が、人間の世界でT.P.エイト・オリーシュアを名乗って活動していた」──のだと思っているようだ。すなわち、ダァト本人=エイトという認識である。

 まあそっちの方がずっとシンプルな設定でわかりやすいし、あながち嘘でもないのでこの際そういうことにしておこう。

 横で何やらカロン様が口を挟もうとしていたが、ややこしくなるので貴方はちょっと黙っていてください。前世の僕のことまで彼に教えなくていいからね!

 

『わかった』

 

 素直なカロン様カワイイヤッター。

 人間との会話は人間だった前世を持つ僕の方がずっと慣れているからね。適材適所という奴なので、カロン様の説明が彼に上手く通じなかったのも決して彼女がコミュ障だからではないのだ。多分。

 

『……エイトは凄いな』

 

 ふふん、それほどでもあるよ!

 

 

 

「……そうか。じゃあ異能を盗んでいたのも、失った元の力を取り戻す為だったんだな」

「そういうことになるね。そして今、このサフィラの領域にダァトの意識は蘇った」

 

 

 さて、一通り主人公への情報開示を終えたところで、ここからが一番の最大ムーブだ。

 それはいよいよ佳境に差し掛かった僕たち(・・・)の物語において、一番の山場になるのではないかと予想するハイパーオリ主ポイントである。

 

 

 すなわち──

 

 

 

「アカツキ・エン……ボクはキミに試練を与える。ボクと戦え。ここを出て、仲間たちを助けに行きたいのならね」

「──っ!」

 

 

 挑発的な笑みを浮かべた後でキリッとした決め顔で言い放ち、僕は十枚の羽をマントのようにバサリと広げて手招きする。

 

 

「キミが未来を導く存在になり得るか否か……ボクの全てを懸けて、見極めさせてもらう」

「……あんた……」

 

 

 ……そう、それはチートオリ主がお送りする一世一代の大舞台──オリ主vs原作主人公の申し込みであった。

 

 

 決闘、いいよね……エターフラグ序盤の壁と言ってはいけない。

 セッシー、ギーシュ……僕はやるよ、やってみせるよ。僕はこの定番の展開で、原作主人公を「真の覚醒」へと導いてみせるっ!!

 

 

 




 ヒロイン論争、決着。


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原作主人公の最強フォームを先取りする暴挙

 これは許されない。


 二次創作SSにおいて、オリ主vs原作主人公の物語を描いた物語は珍しくない。

 

 それこそ作品のテーマとして原作主人公陣営へのアンチテーゼが盛り込まれたSSならば、オリ主の最終目標が「原作主人公を倒すことor超えること」になる作品も多いだろう。

 

 実際、この展開は題材的にとても美味しいのである。

 

 序盤にせよ終盤にせよ、未熟な原作主人公に対してSEKKYOUをすることで他キャラとは一線を画すオリ主のSUGEEEを描くことができるし、巡り巡ってオリ主のSEKKYOUを受けて原作より成長し、パワーアップした原作主人公の姿を自然な流れで描くことができるからだ。オリ主の介入で物語だけではなく原作主人公にもちょっとした変化が起こったりするのは、オリ主物SSの醍醐味だよね……

 その描写を上手く描くことができるのなら、オリ主vs原作主人公という展開は物語をいい感じに動かすことができる一大イベントなのだ。

 

 もちろん、その分扱いが非常に難しい題材である。

 

 何せオリ主の相手は原作主人公──原作を象徴する人物である以上、そのSSを読みに来た読者の人気も高い。そうなると必然的に、他の人物よりも解釈違いを起こしやすい立ち位置でもあるわけだ。

 その為原作主人公の扱いの是非で読者さんたちはそのSSの方向性を色々と察してしまうものであり、納得いかない扱いであれば最悪、感想欄は大炎上することになる。

 特にお互いのパワーバランス調整が難しいクロスオーバー系SSなどでは、割とよく見る現象だった。

 そういうわけでオリ主が原作主人公と戦う展開は、色々と慎重になるものなのである。

 

 ──という事情もあって、今しがた決闘を申し込んだ僕は表面上こそ平静を装っているが、内心では結構ビクついていたりする。

 

 上手くいけばそれはもう最高にオリ主することができるハイパーオリ主チャンスなんだけど、こういったハイリスクハイリターンの博打は元来僕の主義ではないのだ。

 もちろん、オリ主はいつでも命懸け。自分から言い出した以上はここに来て日和ることはしないし、失敗した時のことは今の時点では考えていない。だって、絶対に上手くいくし。何故なら僕はチートオリ主だから。

 何なら前世の頃から「ぼくのかんがえたさいきょうのオリ主と原作主人公を戦わせるシチュエーション」を考え続けていた僕である。昨日今日のオリ主とは年季が違うんですよ!

 

 

『エイト……汝も、悩んでいたのだな……』

 

 

 ? お、おう……そんなシリアスな顔で僕を見るなよカロン様。

 大丈夫大丈夫、大体事情はわかったぜ。さっきダァトと、たっぷりアニメで予習してきたからね。

 要は、炎の殻をいい感じに破ってあげればいいんだろう? 原作主人公にちょっとしたスパイスを加えるのは、オリ主の得意分野である。さあ、そろそろ本番を始めようぜ。

 

 

『……私の試練では駄目か?』

 

 

 ダメです。

 アニメでもチラッと見てきたけど、カロン様の与える試練はちょっと不器用が過ぎるというか、スパルタ過ぎるというか……絶対に勝てない敵──多分あれは、アビスが大勝利した世界線とかその辺りなんだろうけど……──あんな場所に説明も無くいきなり放り込むとか、いくらなんでも炎君が可哀想すぎると思う。

 危機的状況に追い詰めて覚醒を待つという発想自体は実に少年漫画的で悪くないのだが、あの状況で彼に本領を発揮しろと言うのも酷な話だ。

 

 SSで例えるならそう、描きたいシチュエーションが先行しすぎて状況説明から何まで圧倒的に足りなくなってしまったような展開である。わしにも憶えがある。

 

 だからね、カロン様。こういうのはいかに上手く相手をやる気にさせてあげるか、その配慮が大事なのだよ。相手の視点に立った思いやりの気持ちである。

 

 

『思いやり、か……』

 

 

 おうよ。たとえば、「ボクと戦わなければここから出られない」と言ってやったりね。

 

 

「……!」

 

 そう言った僕の顔を、暁月炎は戸惑いの目で見つめている。

 ずっとここから出られないのは現実問題、彼だって困る筈だ。彼としては今すぐにでもここから出て、メアちゃんたちのところへ行きたい筈だろうからね。

 段階を飛ばして無理に事情の深いところまで打ち明ける必要はない。まずは手前の問題から、わかりやすい障害を示してやらなくちゃいけないよね。

 

 その障害として立ち塞がる僕。

 どうよ? これは戦うしかないだろう原作主人公よ!

 

 

「……どうしても、戦わなければならないのか?」

 

 

 …………

 

 ……あれ? 思ったよりノリ気になっていないね。まあ、炎は優しいからそういう反応にもなるか。

 そこまで長い時間ではなかったけど、僕たち二人もこれまで一緒に旅をしてきた仲だ。今では最初の頃のような警戒心も薄まり、少しずつ仲間意識も芽生え始めていたのかもしれない。

 見た目は無愛想に見える彼だけど、あれでかなり情に厚い男だからね。急に「戦え」と言われても、すぐに応じる人間でもないか。

 

 ……実は、そんな彼の態度にちょっとだけ、喜んでいる自分もいる。

 

 彼が戦うのに戸惑うぐらいの関係を、僕も案外築けていたんだなって。いやあ、人望が高すぎて申し訳ない。オリ主すぎて申し訳ない。

 しかし、これはオリ主の決闘イベントであり、何より君自身の成長にとって必要なことなのだ。わかってくれるね。

 

 と言うわけで僕も覚悟はガンギマリであり、喜びに綻びそうになった頬を慌てて引き締めながら、そっと人差し指を突き出した。

 

 

 そして放つ、デスビーム!

 

 

 人差し指から放ったそれっぽい感じの闇の弾丸は、彼の耳元を横切って彼方へと消えていく。いわゆる威嚇射撃という奴だ。スレスレの位置を外してみせたのがポイントである。

 

 ……良かった、うっかり命中しなくて。

 

「──っ」

「あのね……今キミの前にいるのは人々の異能を奪う邪悪な異能怪盗にして、キミたちの世界に混乱を引き起こした罪深き大天使なんだよ? そんなワルモノと戦えなくて、何の為のセイバーズだ。甘えるのもいい加減にしなさい」

「……あんた……」

 

 こんな感じでいいかな……? うん、いいよね。いえーい僕カッコいい。悪役ムーブも板についているぜ。さす僕!

 

 だけどSEKKYOUの塩梅って、思っていた以上に難しいね。ここは強キャラとして凄まなければいけない場面なんだけど、あまり強い言葉を使すぎると逆に弱そうに見えてしまうから難しい。

 

 こう、上手くカッコ良く発破を掛けるには、慎重にセリフを選ぶ必要がある。

 

 しかし彼のようなお人好しには、こうして武力をちらつかせつつ適度に強い言葉を浴びせないと本気を出してくれそうにないからね。今回ばかりは仕方が無かったという奴だ。

 

 ──と言うわけで、今の僕は鬼のエイトちゃんである。カロン様ほど厳しくはないけど、ビシビシいくよ。

 あちらも僕が本気であることを察してくれたようで、炎はその身体にスッと蒼炎を纏った。

 

 フェアリーバーストの発動である。

 静から動へ、水のように自然な流れで発動してみせた辺り、一見彼は完璧にその力を制御しているように見える。最初の頃と比べると、随分と手慣れてきたのがわかるね。

 

 ──が、しかし、それがいけないのだ! ……と、ダァトが言っていた。

 

 完全なる真のフェアリーバースト──彼がそこに至るには、今のままでは駄目だと僕たちは知っている。

 ……多分、そうなったのは僕のせいなんだろう。

 だから、責任を取るよ。責任を取って、彼を完璧に仕上げてみせる。

 

 

「救世主なら、ボクたちに示してくれ。本当の可能性を!」

 

 

 いい感じに強キャラ感を保つ為に、堂々と胸を張りながら十枚の羽をバサッと広げる。

 やたら露出度の高い服装はともかく、自前の羽というのはいいものだね……僕のように華奢な身体でも、こうしてクジャクのように羽を広げることでいかにも強そうな威圧感を放つことができる。

 

 主人公を煽って全力を引き出す。

 両方やらなくてはならないのがオリ主たる者の腕の見せどころである。失敗したら大炎上案件だが、僕はそれでも突き進もう。

 

 何故なら僕たちの存在こそが、完璧なチートオリ主である証なのだから……そうだろう? ダァト。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──エイトは本気だ。

 

 現実の世界に帰りたければボクと戦えと、そう言った彼女の言葉が冗談で言っているのでないことは目を見ればわかった。その瞳に込められた覚悟の強さも。

 

 かくして、暁月炎とT.P.エイト・オリーシュアによる戦いが始まった。

 

 蒼炎で構築した羽を広げながら、炎は先ほどまで立っていた花畑の遙か上空を飛び回り、十枚羽の少女と何度目になるかもわからない交錯を繰り返し、白熱した空中戦を繰り広げている。

 

 だが、彼の振り抜いた焔の剣は未だ、一度として彼女の身に届かずにいた。

 

 炎の焔の剣に対抗するように、エイトはその両手に闇の力で生成した二本の剣を携えて応戦している。

 そんな彼女が初めて披露した二刀流の戦闘スタイルを前に、炎の繰り出す一閃はことごとくいなされていたのだ。既存のどの型にも嵌まっていないその剣捌きに、炎は何か雲を掴むような感覚を抱いていた。

 

「どうした? 剣の腕はキミの方がずっと上の筈だ。なら、もっと攻め込める筈だ!」

「くっ……!」

 

 師たる光井明宏から様々な武術の指南を受けてきたとは言え、炎が修めた剣技はそのほとんどが実戦で鍛え上げた我流のものである。

 そんな彼の焔の剣に対して、彼女は随分と高い評価をしてくれているらしい。

 

 ……確かに、剣と剣で打ち合った感触から察するに、純粋な剣技の技量で負けている気はしない。

 

 しかし、彼女に接近戦を仕掛ければ仕掛けるほど、この背筋に得体の知れない悪寒が走るのである。

 彼女の底知れない実力に対して、本能的な部分が警鐘を鳴らしているのだろうか? だとすれば、なんて情けない臆病者だと、炎は自分自身に対して嫌悪感を抱いた。

 

 そしてそんな消極的な姿勢を、今の彼女は見逃さなかった。

 

 つばぜり合っては離れてのヒットアンドウェイの戦法を取る炎に対して、エイトは自身の周囲に無数の闇の球体を生成すると、それをガトリング弾のようにばらまいて乱射してくる。

 炎とは対照的に、彼女の攻撃は常に積極的だった。

 おびただしい闇の弾丸の嵐を前に、炎は自分の意思ではまともに近づくこともできず、防戦一方を余儀なくされる。

 

 堪らず回避に専念する彼に対して、エイトが冷徹に評する。

 

「まともに近づくことができなければ、近づけるようになるまで弾幕の隙を窺う……冷静な判断だ。人間の異能使いが相手なら、それが定石なのだろうね。どんな異能使いも、このペースで力を使えばいつかはガス欠するから。だけどお生憎様、ボクたちはキミの思うようなまともな相手(・・・・・・)じゃない!」

「……っ!?」

 

 エイトは自身が放つ闇の弾幕の嵐に自らその身で飛び込んでいくと、弾幕と一体となって炎のもとへ急迫していく。

 まばたきすら許さず詰め寄ってきた彼女が、炎の肩に蹴りを入れてすれ違い様に突き飛ばしていった。

 

 落下していく炎の姿を熱い眼差しで見下ろしながら、漆黒のドレスの裾を靡かせた少女が叫ぶ。

 

「それでも……キミなら出来る筈だ! 好きな世界を、好きな人を守る為にキミが作り上げた力は、どんな理不尽だって乗り越えられる!」

 

 知ったような口を利くその言葉は、まるで不甲斐ない戦いを見せる炎を鼓舞しているかのようだった。

 そんな彼女の姿を見上げながら、炎は──そんな目をさせたくないと、そう思った。

 

 その感情は不思議と炎の中で戦意を昂ぶらせてくれた。或いはこの戦いに負けたくないと思う以上に、彼女のことを失望させたくなかったのかもしれない。

 

「……前に言ったな。今、それを教えてやる!」

 

 認めさせたいと──いつか自分が、彼女に向かって叩き付けた言葉を思い出す。

 フェアリーワールドを訪れた直後であるあの頃の炎は、まさか彼女の正体がここまでの大物とは思っていなかったが、彼女が聖獣側の存在で、人間のことを見極めたがっているのだということは薄々察していた。

 そんな彼女に対して、あの時の炎は確かにこう言ったのだ。

 

 「人間の世界には、確かにろくでもない者もいるが……そんな者たちばかりではないということを、わからせてやる」と。

 

 ──他ならぬ、自分たち自身の行動で。

 

 それはきっと、今がその時だということなのだろう。

 彼女と本気で戦う覚悟を決めた炎は目つきを変えると、全身に纏った蒼炎の光をさらに強く、強く解放していく。

 

 その光景はまるで青空に浮かぶ青い太陽のようであったが、エイトが放つ闇の攻撃は、それ以上の力を以て彼の焔を圧迫していった。

 

「っ……これが、原初の大天使の力か……!」

 

 炎が繰り出す蒼炎の攻撃に対して、闇は日食の如く真っ向から飲み込んでいく。

 確かにこれは、まともな相手ではない。フェアリーバーストの全力を引き出してもなお、人間と大天使では元々のポテンシャルが違いすぎるのである。

 それも、彼女は異能の起源たる原初の大天使ダァトだ。炎たち異能使いが持つ力など、言ってみれば所詮は彼女から授かった力のほんの一部に過ぎない。

 

 そう……初めから、勝負が成り立つ存在ではなかったのだ。

 

 あの破滅的な世界で見た、「巨大な闇」と同じように──

 

 

「俺は……!」

 

 立て続けに直面した絶対的な力の差を前に、炎は自身の心が軋み始めていることを自覚していた。

 彼女ら超常の存在は「試練」と一言で言ってくれるがなるほど、これほど過酷な試練もないだろう。

 諦める気は全く無い。しかし炎には、今ここにある絶対的な力の差を乗り越えるだけの方法が思いつかなかった。

 しかし、T.P.エイト・オリーシュアは言い放つ。

 

「違う! キミのフェアリーバーストはまだ、この程度ではない!」

 

 蒼炎の剣を手に飛び掛かっていく炎の斬撃を、こともなげに闇の剣で弾き返しながらエイトが叫ぶ。

 それは異能の起源として、先達として……彼の力の使い方の拙さを指摘し、指南しているかのようだった。

 

 ──そんな彼女が自らの手で炎を打ちのめしながら、悲しそうな目を浮かべて言い放つ。

 

「かつて、キミの心には恐れがあった。この力に飲み込まれてはいけない……この強大な力を制御しなければならないという意志で、その力を使っていた」

「……っ」

 

 それは、暁月炎が初めてフェアリーバーストを発動した時の心情だった。

 PSYエンスとの戦いの中で、彼は父の仇と対面した。

 その時の彼の心は激しい憎しみと怒りに染まり、一度は暴走状態に陥りかけたのだ。

 だが彼は、最後の一線は踏み越えなかった。自分がそうなることで、他の誰かが傷つくことを恐れたからだ。

 

 ──心が激しい憎悪に支配されそうになった時、脳裏に浮かんだのは光井灯の悲しそうな顔だった。

 

 そうだ……こんな俺を支えてくれた人たちがいたから。

 

「あの時のキミは、その恐れに打ち勝った。いつ如何なる時も誰かを守りたいと願うその高潔な精神で、バースト状態の力を制御することができたんだ」

「……それの、何が悪い!?」

 

 炎の纏う蒼炎の輝きがほんの少しだけ強くなる。

 この力がどうやって生まれたものなのか、今一度思い出したからだ。

 スピードもパワーも上昇し、十枚羽のエイトの動きに追いすがり、再び闇の剣とつばぜり合う。

 しかし次の瞬間には目の前に飛び込んできた彼女の姿がブレており、後頭部に重い衝撃が走った。

 蹴られたのである。つばぜり合ったと思った瞬間、炎が追いつけない速さで背後に回り込んで、彼女はその脚を振り上げていた。

 体勢を立て直しながら、急いで振り向いて剣を構え直す。そんな炎の姿を見下ろすエイトは、またしても悲しそうな顔を浮かべていた。

 

「キミは……背負いすぎなんだ。何でもかんでも一人でやろうとするから、周りが見えていない」

「何を言って……」

「キミはあの時のツバサと一緒だ。自分自身を許していないから、キミ自身の力と一つになれない」

「……っ」

 

 異能は心の在り方によってその力を変える──これまでの経験から炎はそのことをよく理解しているつもりだった。

 理解した上で、自分自身の異能と向き合ってきた筈だ。

 しかし、彼女から言わせてみればそれは、歪な向き合い方だったのである。

 

 そうだ。俺は……

 

 

「キミの中にあるその力を受け入れて。乱暴に、従わせようとしないで……キミ一人で頑張りすぎなくていいんだよ、エン」

 

 

 本当の意味ではまだ、自分自身の力を受け入れていなかったのだ。

 セイバーズという自身の立場があり、なまじ精神力が強靱だったからこそ、彼の中ではもう一歩というところで理性というブレーキが強く働いていた。

 そんな彼の心を見透かしたように、エイトが言う。

 

 ──力を抑えつけて制御するのではなく、あるがままを受け入れるのだと。

 

 しかし、そんなことをすればかつての長太やメアのように、見境なく力を撒き散らすことになる。

 暴走する異能の力──バースト状態が引き起こす凄惨な事件は何度も見てきたものであり、炎は自分がそれに陥ることを恐れていた。

 

 そんな彼に向かってエイトは、優しく説き伏せるように言った。

 

 

「キミの中でキミ自身の力と和解するんだ。キミがその力の全てを受け入れて、本当の意味で一つになった時……キミは誰よりも強くなる。ボクやケテルよりもね」

 

 

 そう断言する澄んだ翠色の眼差しは、暁月炎という人間に対して確かなものを見ているようだった。炎自身よりも、深く理解しているかのように。

 

 それこそ、まるで未来でも見えているかのような口ぶりである。

 

 尤も彼女ならば、未来視ぐらいしていてもおかしくはないなと……その強さ、底知れなさから炎は思った。

 

 

 ──そんな彼の前で、彼女が魅せる。

 

 

「見ておけ、エン! これがキミが描くべき、未来への可能性の一つだっ!」

 

 

 決意の目を浮かべたT.P.エイト・オリーシュアが、十枚の羽を大きく広げて一気に上昇していくと、一瞬にして雲を突き抜けていった彼女の姿がまばゆい太陽の光と重なり合う。

 

 そして次の瞬間、紫色の稲妻を帯びた凄まじい量の闇が、巨大な繭を作っていくかのように彼女の姿を包んで覆っていった。

 

 

 ──そして、弾ける。

 

 

「っ……ぐあああああ!?」

 

 闇の繭から放たれたビッグバンのような大爆発の煽りを受けて、炎の身が吹き飛ばされていく。

 それでも墜落だけはすまいと食いしばり、体勢を整えた炎は、彼女のもとに視線を戻した。

 

 闇の繭が豪快に弾け飛ぶと、その中から一人の少女が姿を現す。

 

 

 そこにいたのは闇と──光を併せ持つ、大天使を超えた領域に立つ者の姿だった。

 

 

「……エイト、なのか……?」

 

 

 降臨、という二文字がこれほど似合う存在はいないだろう。

 あまりの神々しさに、思わず目を奪われた。

 そんな炎の高く頭上にて、()を基調とした神聖な衣装に身を包んだその少女──T.P.エイト・オリーシュアは十二枚(・・・)の羽をゆっくりと羽ばたかせながら、茫然と呟いた炎の言葉にコクリと頷く。

 

 片方の六枚は漆黒で、もう片方の六枚は純白。衣装の他に目立つ特徴の変化と言えば左右で色が分かれている十二枚の羽であったが……そこに加えて今の彼女の頭上には、流麗な円を描く虹色の光輪が浮かんでいた。

 

 

「そう……これがボク、T.P.エイト・オリーシュアの全力。「心」と「力」……その二つが重なり合ったボクの、ボクたちのフェアリーバーストだ!」

 

 

 炎の前で披露したその力は、手本として見せるにはあまりにも遠く──ヒトが踏み入ってはならない領域のように、感じてしまった。

 

 ……だが、やるしかない。

 

 彼女をここまでさせたのだ。

 この試練にもはや退路は無く……炎は彼女の全力を相手に今、己の限界を超えることを誓った。





 次回はとある世界線回です。


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とある世界線のお話 アニメ終盤特有の詰め込み展開

 サフィラス十大天使の王、ケテルの登場を機にアニメ「フェアリーセイバーズ∞」は佳境に入った。

 物語は主人公である暁月炎視点の話とメア視点、そして地球の話に分かれて並行して進行していき、より群像劇的な作風に描かれることとなる。

 メア視点では雲海に消えたシェリダーを追う組と、世界樹サフィラへと向かう組に分かれていた。

 放っておけば単独でもフェアリーワールドを滅ぼしうる力を持っているのが厄災の化身とも言える深淵のクリファである。

 「そのような怪物を討伐するのが大天使の使命です」と語るマルクトの瞳には既にセイバーズに対する敵意は無く、コクマーたちに続いてシェリダーの追跡へと向かった。

 

 ──そんな彼女に続いたのが、意外にも人間世界の住人である力動長太だった。

 

「待てよマルクト。深淵のクリファを倒すには、フェアリーバーストを使える人間が要るんだろ? なら、俺も行く。ビナー様がくれた果物で、身体も回復できたしな」

 

 サフィラス十大天使の攻撃すら受け付けないシェリダーのバリアーを相手に、唯一有効打を与えることができたのが彼ら人間たちの攻撃である。

 かつて聖龍が示したように、人間の異能使いの力は、アビスの上位存在とも言える深淵のクリファにも通用したのだ。その事実も踏まえた上で、シェリダーの追跡には誰か一人でもセイバーズからついていくべきだと判断したのである。

 イメージに反して理のある言葉を吐く彼を、マルクトが怪訝そうな目で見つめる、

 

『……サフィラに行くんじゃなかったの?』

「そりゃあ俺だって、できるなら世界樹に行って姉ちゃん……エイトを助けに行きてぇけどよ……この世界が危ねえってんなら、あの化け物を放っておくこともできねぇよ」

 

 「それに……多分、あの人がここにいたら、そっちを優先しろって言うだろうし……」と、照れくさそうに頭を掻きながら長太が続ける。そんな彼の発言には、彼の同僚である風岡翼までも意外そうな顔をしていた。

 感心したように。

 何かを言いたげに。

 

「何だよその顔は?」

「いや……お前も色々考えてたんだなって」

「うっせぇ」

 

 今すぐ自分も世界樹に向かいたい気持ちはもちろんあるが、何より当のエイト本人がこの状況に対してどう感じるのかを考えた結果、彼はシェリダーを追跡するべきだと判断したのである。

 そして裏を返せばそれは、彼自身が仲間たちに向けている信頼の気持ちの表れでもあった。

 

「……ってわけだからよ、そっちは頼んだぜ翼。どうせ炎の野郎も戻ってくると思うけど……そっちは任せた」

 

 エイトが攫われ、リーダーの暁月炎が行方不明の今、客観的に考えるとセイバーズは絶望的な状況にある。

 この世界に来訪した当初の目的である聖龍アイン・ソフへの謁見を行うメンバーはメアと翼の二人になる。ケセドとビナー様、カバラちゃんというこの世界の現地民も加わってはいるが、重大な使命を背負ったセイバーズの純粋なメンバーは今や風岡翼ただ一人となってしまったわけだ。

 そんな今の状況が翼には可笑しく感じ、らしくなく神妙な顔をしている長太に向かって苦笑を浮かべて問い掛けた。

 

「いいのか? つい最近までこの世界で適当に野垂れ死のうとしていた俺に……そんな大役を任せて」

 

 暗に「自分はそんな大役に相応しくない」と語る彼の言葉の裏を理解しているのだろうか、長太はそんな彼の皮肉げな言葉にあっけらかんとした態度で答える。

 

「バーカ、俺だってこんなことは、お前ぐらいにしか任せられねぇよ」

「……そうかい」

 

 当たり前のように言い放たれたその言葉は、翼の心に仲間の信頼の重さを自覚させるには十分なものだった。

 これが「もう絶対に変な行動を起こすなよ」と釘を刺す意味があったのだとしたらとんだ策士である。

 尤も、「単純馬鹿」という言葉が服を着て歩いている力動長太という人物を理解しているからこそ、翼も余計な勘ぐりをすることなく額面通りに受け取ることができた言葉だった。

 

 ……だからこそ、嬉しく思う。

 

「わかったよ、メアちゃんとエイトのことは俺に任せとけ。……まあ、二人とも俺なんかいなくても大丈夫だと思うけどな。お前も、そっちが片付いたらさっさと世界樹に来いよ」

「おう」

 

 斜に構えた卑屈な言葉を遣うのは、自分には過ぎた信頼を照れくさく感じているからか。

 そんな感情を自覚しながらも、翼は長太の彼の判断を尊重することにした。

 彼の方もまた力動長太という男のことを信頼している事実は、語るまでもないだろう。

 

「気をつけて、チョータ。マルクトも」

『誰に向かって言っているのですか? 私は王様最後の剣たる「王国」のマルクトです。余計な心配は要りません。貴方は私たちのことより、自分のことを心配しなさい』

「……うん」

『ビナーとホドも、その子のことをしっかり見張っておいてくださいね。今のケセドは頼りないので』

『ひどい……』

『あいわかった。このホド、しかと見ておこう』

『メアのことが心配なら、そう言えばいいのに……』

 

 それぞれの思いが交錯するフェアリーワールドの中で──かくして、彼らは行動に移った。

 

 長太とマルクトはシェリダーを追い、翼とメア、ビナーとケセド、カバラちゃんがそれぞれの思いを胸に世界樹「サフィラ」へと飛翔していく。

 皮肉にもシェリダーの復活によりセイバーズに対するコクマーたち強硬派の警備が緩くなっていた為か、メアたちが少数精鋭で乗り込むこと自体はすんなりと実行することができた。

 

 しかし、世界樹サフィラはその大樹そのものが島と化していると言っても良いほどに巨大な存在である。

 

 聖龍アイン・ソフのもとへたどり着くには、多大な困難が押し寄せるのであろうと予感させた。

 

 

 

 

 

 そして、同じ頃──人間世界である地球では不穏な影が蠢いていた。

 

 サフィラス十大天使が一人、「美」の大天使ティファレトが監視に向かった時空の裂け目……そこに封印されていた深淵のクリファ「カイツール」の本体が動き始めたのである。

 それは、シェリダーの復活と全く同じタイミングで発生した事象だった。

 ケセドの一件をはじめ、物語の開始前から暗躍を続けていたカイツールもまた、シェリダーと同じように復活を果たしたのだ。

 封印から解き放たれた怪物はその圧倒的な力でティファレトを退けると、次元の狭間を渡ってゲートをこじ開け、人間世界である地球へと降臨を果たしたのである。

 

 セイバーズの主力である炎たちのいない日本に。

 

 人間の世界もまた、未曾有の危機に陥っていた。

 

 

 

 

 

 

 ──そして当のセイバーズ機動部隊のリーダー、暁月炎に与えられた試練は、大詰めに入ろうとしていた。

 

 

 フェアリーバースト。

 聖龍アイン・ソフによって人類にもたらされた異能の力──その潜在能力を極限まで引き出した者のみが到達できる異能使いの境地に、暁月炎は至った筈だった。

 しかし、そんな彼の力を以ってしても、完全なる覚醒には至っていなかった。

 その事実を突きつけたのは、かの聖龍がもたらした異能の力の起源である、原初の大天使ダァトである。これまで「T.P.エイト・オリーシュア」と名乗っていた彼女は、真実をその身で示すように、フェアリーバーストの「その先」に到達した力を披露してみせた。

 

 彼女自身は聖獣(フェアリー)に分類される生粋の大天使でありながら、人間の異能使いの極地であるフェアリーバーストを発動してみせたのである。炎たちよりも、遥かに高い精度で。

 

 ……もしかしたら「フェアリーバースト」という現象自体、そもそもは人間の異能使いが異能の起源であるダァトに近づく為の回帰現象でしかなかったのかもしれない。

 作中人物である暁月炎はもとより、その姿を目にした視聴者たちからさえもそう考察される説得力が、真なる力を発動したエイトの姿にはあった。

 

 燃えるように熱い輝きを放ち続ける光輪を頭上に浮かべながら、十二枚の白黒の羽を羽ばたかせて少女は舞う。

 

 高き蒼穹を思いのまま無垢に飛び回り、時に優雅に、時に荒々しく。光と闇を自在に操る少女は、その途方も無い力を自由自在に使いこなしていた。

 そんな彼女が両手に携えているのは、闇で作った剣と光で作った剣だ。二つとも、フェアリーバーストの発動前とは異なる形状をしている。

 闇と光──相反する性質を併せ持つ二振りの剣を小刻みに振り回しながら、炎に対して接近戦を仕掛けつつスピードとパワーで翻弄していく。

 

 それはまさに、圧倒的な暴力だった。

 

 しかし……どこか、優しいと感じてしまう暴力だった。

 

 もちろん、彼女の攻撃が苛烈であることに違いはない。

 エイトの攻めは常に厳しく、まばたきすら許さず終始攻勢に徹している。自分の全力を懸けて戦うと言った彼女自身の言葉にも、偽りは無いだろう。

 

 それでも包み隠すことができない優しさを感じることができたのは、炎のことを自らの技で打ちのめす度に、その瞳に悲痛な眼差しを浮かべていたからであった。

 

 ポーカーフェイスに務めているようでいて、感情が滲み出ている。そんな彼女の眼差しは、「T.P.エイト・オリーシュア」という少女の性格を表わしているように感じた。

 

 ──やっぱ……あんたは優しいよ。

 

 その姿はこのような傷つけるやり方でしか彼のことを導くことができない自分を申し訳なく思っているようにも見えて──そのような眼差しを受けた炎の感情は一つだった。

 

「まだだ……!」

「…………」

「まだ終わっていない……俺はまだ、負けていないぞ……!」

「……っ」

 

 失望されたくないと──そう思ったのだ。

 彼女に勝ってこの世界から脱出したいと思うよりも、そんな目を彼女にさせたくないと感じている自分がいた。

 故に、彼は立ち上がる。

 闇の剣に切り裂かれようと、光の剣に焼かれようと、暁月炎は怯むこと無く挑み続ける。

 何度打ちのめされようと熱く立ち上がる。どんなにズタボロにされようと、彼女と対峙する彼の闘志は揺らがなかった。

 

 そんな彼の鬼気迫る姿を見て、エイトの翠色の瞳が僅かに揺れる。

 傷つく度に立ち上がり、立ち上がる度に傷ついていく彼の姿を見て、彼女が抱いたのは哀れみか、悲しみか。

 焔の剣を構え直した炎は蒼炎の羽を広げて何度目になるかもわからない上昇を繰り返し、エイトのもとへ迫っては何度も、何度も弾き飛ばされていった。

 

「……キミは……」

 

 圧倒的な力を前にしても愚直に挑み続ける彼の姿を見て、エイトが何かを言いかけて──止める。

 彼女が言葉を放つよりも速く、再び復帰してきた炎の剣戟が襲い掛かってきたからだ。

 

 スピードが上がっている。パワーも。

 フェアリーバーストを発動した今のエイトからしてみれば微々たる変化に過ぎなくても、何か気圧されるものを感じている様子だった。

 

 そんな彼の一閃を右手に携える闇の剣で受け止めながら、間近に飛び込んできた彼の姿をエイトはじっと見つめる。

 

 炎が、言葉を紡いだ。

 

「……俺は、俺のことが嫌いだった」

 

 語り掛けると言うよりも、独白のように。

 彼は、小さな声で言葉を発する。

 

「怒りや憎しみの中で生き続けている気になって、孤独なフリをして何も見ようとしなかった……自分にとって本当に大切なものに気づくまで、何年も掛かった自分が、俺には許せない」

 

 父の復讐の為だけに戦い続けていた過去の自分。

 そんな自分が変わるきっかけとなったのが、仲間たちと過ごす時間やセイバーズでの戦いの日々だ。

 そして光井灯やメアをはじめとする多くの人々との出会いを回想しながら、炎は焔の剣を押し込んでいく。

 こともなげに受け止めていたエイトの腕が、僅かに動いた。

 

「……いや、本当はわかっていたんだ。俺はただ、失いたくないだけなんだってことが……この心に抱え続けていたのは、怒りなんかじゃない。俺は、俺の大切なものが失われることを恐れ続けていただけだった……」

 

 片腕では弾き飛ばせないと思ったのか、右手の闇の剣だけではなく左手に携えた光の剣をぶつけていくエイトだが──動かない。

 力が拮抗し始めているのだ。つばぜり合った焔の剣の圧力が、徐々に増している。

 

 エイトの目つきが変わったのはその時だった。

 哀れみの感情が滲み出ていたその瞳は、今度はきつく炎の姿を見据えていた。

 

 それはまるで……暁月炎のことを自分が導くべき迷える子羊ではなく、一人前の「戦士」として認めたかのように。

 

 増大していく焔の力を前に、彼女は小さく頷きを返す。

 そんな彼女に対して、炎は言った。

 

 

「俺は……怖いんだ。多分、きっと……昔から……臆病な奴なんだと思う。俺は、自分の世界が変わることが……俺の周りで何かが変わることが、恐ろしくて堪らない」

 

 

 それは、彼が心の奥底ではずっと自覚していながらも、初めて言葉にすることができた自分自身の感情だった。

 そんな彼の、言ってみれば男らしくない情けない言葉を受けて──エイトが返したのは、叱責ではなかった。

 

 

「それがキミの……心の闇か」

 

 

 得心が入ったように、彼女は返す。

 それを炎は、肯定した。

 

「……ああ、そうだ。だが俺は……乗り越えてみせる。乗り越えなければならないんだ。あんたの試練も乗り越えて、俺の力で全てを救って、メアやみんなと一緒に帰りたい……誰一人欠けることなく、変わることのない日常へ!」

 

 「心の闇」という表現は言い得て妙だと思う。

 人間の誰もが抱えている心の弱さ──暁月炎にとってのそれは、自分たちの日常を脅かす「変化」への恐怖心だった。

 それは炎自身、あの破滅の世界で巨大な闇に敗れて「死」を体感したことと、今こうして彼女に打ちのめされたことでようやく理解することができた感情だった。

 

 ──だが、おかげで目の前が少しだけ晴れやかになった気がする。

 自分の本心がわかったことで、自分がこうして戦い続けることの意味も見えた。

 

 自覚した断固たる想いは、彼の内なる力を引き出していく。

 しかし一層鋭くなったその剣戟も、エイトの皮膚に届くには至らなかった。

 

 力任せに押し込んだ炎の剣に対して、エイトはそんな彼をも上回る力業を以て弾き飛ばしたのである。

 強引に間合いを取ると、構えを解いたエイトが今一度炎の姿を見つめた。

 

 深く考え込むように目を閉じて、しばしの間を空けて口を開く。

 

 

「その気持ちは、ボクにもわかるよ」

 

 

 彼女が返したのは、共感の気持ちだった。

 慰めの為に放たれたような、上辺だけの言葉ではない。自分自身の過去を懐かしむような目で言い放ったその言葉は、経験に基づいた確かな実感が込められているように感じた。

 意外そうに目を見開く炎に対して、彼女が続ける。

 

「幸せで、楽しい時間を過ごしていたりすると……ふとした拍子に考えてしまうことがあるよね。「このまま時が動かなければいいのに……変化なんて、何も無ければいいのになぁ」って」

「……だが、そういうわけにはいかないのが現実だ」

「そうだね……どうしたって時間は進んでいく。無情だよね……失った時は、決して戻らないのだから。楽しかった思い出や、ましてや命は……そう……その、筈なんだ……っ」

 

 変化が起こることは、不変の事実だ。

 この世界に生きている限り、決して覆ることの無い摂理である。時間の流れは決して戻ることはなく、失った命もまた戻ることはない。

 

 本来はそういうものなのだ。

 

 しかしその摂理に当てはまらない存在に覚えがあったのか……彼女は、自分自身が言ったその言葉に歯切れを悪くした。

 

「エイト、あんた……!?」

 

 炎は突然黙り込んだエイトを見て怪訝な顔を浮かべるが、すぐに気づいた。

 虹色の光輪に照らし出された頬に滴り落ちていく──一筋の涙に。

 

 

「泣いているのか?」

「えっ……」

 

 

 言われて初めて気づいたように、ハッと目を見開いたエイトが、手の甲で目元を擦る。

 その指を湿らせた雫を見て一瞬だけ固まった彼女だが、すぐに何事も無かったように向き直ると、常と変わらない態度で言い放った。

 

「泣いてないよ? 気のせいじゃないかな」

「…………」

「うん……気のせいだよ。ボクはT.P.エイトオリーシュア……この命を持って生まれた今、過去は決して振り返らない」

 

 そう言い放つ彼女の表情は悲しげながらも穏やかで、どこか遠い故郷を懐かしんでいるよう顔のように見えた。

 

 思えばそれは、彼の前で初めて見せた──ありのままの自分の姿なのかもしれない。

 

 そんな姿を炎に見せてしまったことを恥ずかしく思ったのか、ほんのりと頬を紅潮させたエイトが炎に対して問い掛けた。

 

 

「……エン、キミは失った時が戻ったらって、そう考えたことはある?」

 

 

 それは、誰もが考えたことのあることだろう。

 もちろん、炎にも。

 時が戻れば良いかと思ったことは、両手では数えきれない。

 

「もちろん、あるさ……だけど俺は、それを理由に目の前の現実から逃げる気は無い。変わっていく世界がどんなに怖くても、俺は戦う。そうやって生きていくのが俺だ。セイバーズの……暁月炎だ」

「そっか……キミは強いね。……だけどとても、悲しい男だ」

 

 これだけ圧倒的な力を見せつけた上で自分のことを強いと評するエイトの言葉は、しかし皮肉的なものではなかった。

 微かに瞳を震わせながら、敬意を表した目で彼女は炎の決意を受け取る。

 

 

 そして──彼女はその両手から、剣を放した。

 

 

「やーめたっ」

「!?」

 

 

 子供のようにそう言って、戦闘を放棄したのだ。

 その表情には既に、先ほどまでの戦意は無い。

 驚く炎に向かって呆れたように微笑みを浮かべながら、エイトは言った。

 

「ふふっ……そこまで強い信念があるのなら、ボクの試練はもう必要無い。キミはもうとっくに、覚醒の準備は整っている。後はもう、その心に従うだけさ。

 そうすれば、必ず見つけられる筈だ。キミ自身の、本当のフェアリーバーストをね」

「そんなことが……」

「できるさ」

 

 エイトには、まるで歯が立たなかった。そんな自分はまだ、何の可能性も見せていないと……そう語ろうとした炎の言葉に被せるように、彼女はきっぱりと言い放った。

 

 

「キミはもう、自分の心の闇とちゃんと向き合えている。後は恐れを乗り越えて、突っ走るだけさ。だけど最後の一押しをしてあげるべきなのは、ボクじゃない。……どうしたってやっぱり、ボクではキミの心の支えにはならないからね」

「何を言っているんだ……?」

「不安なら、思い出せばいいってことさ。そっか……キミの覚醒に必要なのは、それだけだったんだ。今のキミならわかるだろう? アカツキ・エンという人間が、今までどうやって生きてきたのか」

「……! そういうことか……」

「そういうこと」

 

 

 自分自身の心の闇を自覚した今、それを乗り越える為に必要なこと。

 エイトが与えてくれたヒントを聞いて、炎は即座に理解した。

 

 そんな彼の脳裏に浮かんだのは、彼にとっての「不変」の象徴である。

 

 どれほど時が流れ、世界に変化が訪れようとも決して変わらない確かな想い。

 それこそが、今の今まで暁月炎という男に力を与えてくれた存在だった。

 

 

「俺にはみんながいる。そして、誰よりも……」

 

 

 辛い時も悲しい時も、楽しい時もいつも自分の中にいた愛する人──その少女の顔を脳裏に浮かべた瞬間、彼の纏った蒼炎にほんのりと虹色の輝きが浮かび上がっていく。

 

 ──だが、それはすぐに消え去った。

 

 変化は兆しの段階に留まったのは、今の彼の意識が暗転しようとしているからであった。

 ぼんやりと消えかかる自らの手足を見て驚く炎に、エイトが安心を促す。

 

「現実世界のキミが、目を覚まそうとしているんだ。今ここにいるボクたちはサフィラの領域に拾って貰った思念の一部……言わば、夢の中みたいなものだからね。残念だけど、キミの方は時間切れらしい」

「エイト、俺は……」

「続き、いつかやろうよ。今度はちゃんと、現実の身体でね」

「……ああ、世界の問題が片付いたらな。俺もこのままでは終われない」

「やった。約束だよ?」

 

 この世界が現実の世界とは違うということは、彼女から聞かされていた事実である。

 しかし、現実の身体が目覚めればこの世界から自動的に脱出する……ということは、時間が経てば自然にこの世界から出ることができたということなのだろうか?

 

 ……だとすれば、炎は完全に一杯食わされたことになる。

 

 その可能性に気づいた炎はムスッとした眼差しをエイトに向けるが、彼女は顔の前で人差し指を立ててイタズラっぽく笑っていた。

 その反応を見る限り、やはりその通りだったらしい。

 自分を倒さなければ脱出できないというのも……炎を本気にさせる為に打った、彼女の一芝居に過ぎなかったのだ。

 

 

 だが炎は、そうまでしてくれた彼女の計らいに感謝した。

 

 

「エイト……ありがとう」

 

 

 その言葉を最後に、暁月炎の姿はこのサフィラの領域から消えていく。

 一人残ったエイトはそんな彼の消えた跡を見送りながら、小さな声でぼそりと呟いた。

 

 

「……こっちの台詞だよ。ボクの方こそありがとね、エン」

 

 

 

 

 

 

 

 ──その言葉を最後に、いい感じのエンディングテーマが流れて締めに入ったのがその回だった。

 

 エンディングの映像に使われたのは炎たちの幼少時代の姿を描いた一枚絵が曲に合わせて切り替わっていく、いわゆる「特殊ED」と呼ばれる演出であった。

 

 そして、エンディング明けのCパートである。

 

 

 現実の世界では小さく呻き声を漏らしながら、エイトが告げた通り暁月炎の身体が目を覚ます。

 

 最初に背中から感じたのは思いのほか柔らかいシーツの感触だった。

 そこが清潔なベッドの上であることに気づいた炎は驚きに目を見開くと、今自分が置かれている状況を把握するべく急いでその場から飛び起きた。

 

 

 ──そして、彼は目にする。

 

 

 体感的には久しぶりに感じるが、見慣れた天井。

 嗅ぎ慣れた部屋の匂い。

 窓から見える──見覚えのあり過ぎる景色を。

 

 そんな光景を受けて彼は「馬鹿な……そんな筈は……!」と信じがたい状況に狼狽えながら、勢い良くドアを開けて部屋を飛び出していく。

 そして、視界に飛び込んできたさらなる光景に彼は言葉を失った。

 

「あっ……」

 

 そこには彼と同じように、炎の姿を見て驚きに目を見開いている人物が──彼の心にいつも寄り添ってくれた、一人の少女の姿があったのだ。

 

 

「灯……? お前、なのか?」

「炎……! 良かった……目が覚めたのねっ」

 

 

 そう──彼が目覚めた場所は、勝手知ったるセイバーズ本部の医務室。

 

 彼は今、フェアリーワールドではなく、地球にいたのだ。

 

 

 ……この場に自分を送ってきたのは、あのカロンという原初の大天使の仕業か、それともダァト……T.P.エイト・オリーシュアの計らいか。

 

 彼女らの思惑は定かではない。

 しかし、今この場でようやく愛する者と再会した彼が取ることができた行動は、一つだった。

 

「きゃっ!? え、炎……?」

 

 感情表現が不器用な彼は、ただその気持ちを行動に移した。

 彼女の華奢な身体を、その腕で強く抱き締める。彼女と自分が今、ここにいることを確かめたかったのである。

 

 幼い頃に父親を亡くして以来、炎は彼女の前で泣いたことは無い。

 ただこの時だけは、その腕は怯える子供のように震えていた。

 

 そんな彼の感情表現に最初は驚き、呆気に取られていた灯だが……すぐにその胸中を察した彼女は何も言わずに穏やかに微笑むと、その腕を彼の背中に回してポンポンと抱き締め返していった。

 

 

「灯……会いたかった……っ」

「私もよ、炎……おかえりなさい」

 

 

 この思いがけない事態に、言いたいこと、訊きたいことは山ほどある。

 しかし今は……今だけは、お互いの無事を確かめたことを二人は喜び合った。

 

 

 

 ──その抱擁を引きにCパートは終了し、物語は次回へと続く。

 

 そんな展開の余韻を残すように、次回予告は暗転した背景にサブタイトルの字幕を映すだけのシンプルなものとなった。

 

 

 【第48話 インフィニティーバースト】と──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 画面の前で視ていた視聴者の一人、最近Vチューバーデビューを果たした一人の貧乳オタクはしばらくの間言葉を失い、再起動した思考から振り絞った一言を小さく口漏らす。

 

 

「……えらいこっちゃ」

 

 

 今回は作画的にも内容的にも情報密度が濃く、次回の配信で語りたいことも含めて色々渋滞しすぎて語彙が追いつかないところではあったが、とりあえず一つだけ、はっきりと言えることがある。

 そんな言葉を胸に抱えた彼はおもむろにその場から立ち上がると、両手にグッと拳を握り締めてエビ反りに天井を仰ぎながら渾身の叫びを上げた。

 

 

 エイトチャンカワイイヤッター! ──と。

 

 

 色々言いたいことはあるけど、とにかく最初に来た感情はそれだった。

 そんな彼は視聴後に昂ぶったリビドーのまま筆を走らせると、良い子には決してお見せすることができない自己最高のファンアートを完成させることになる……という、すこぶるどうでもいい余談である。

 

 

 





 次回もとある世界線回の予定です
 拙者、特殊EDからの余韻を残した簡素な次回予告大好き侍


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とある世界線のお話 タグ:ヒロインはエイト

 「ヒロイン」という言葉は、受け取り方によっては様々な意味で捉えられる言葉だ。

 

 基本的には「HERO(ヒーロー)」の女性形として用いるのが正しい用法になるが、漫画やドラマのようなフィクション創作では作中に登場する「女性の主要人物」を差してそう呼ぶのが馴染み深いだろう。

 単純に女主人公物の作品であればその主人公のことをヒロインと呼ぶこともあるし、男主人公物であれば主人公の相棒が女性の場合、そのキャラクターのことをヒロインと呼ぶものである。

 

 しかし、アニメオタク界隈の中で遣われる用法として最も多いのは、やはり「主人公の恋愛対象」に当たる人物のことをそう位置づける場合であろう。

 二次創作小説サイトでも「ヒロインは○○」というタグが書かれた作品では九割方そういう意味合いで用いられていることからも、それは明らかだ。

 そう言った物語において「ヒロイン」は主人公の次に重要な存在として扱われており、必然的に登場回数や主人公とのイベントシーンが多くなる。そうして彼女らは、物語のキーパーソンとして大々的に「メインヒロイン」として扱われるわけである。

 

 もちろん、ヒロインは一人だけではない。

 

 商業作品全般においても、メインヒロイン以外に主人公との絡みや出番が多い女性キャラの存在は何ら珍しいものではなく、そう言ったキャラは「サブヒロイン」という呼ばれ、作品によっては作者の予想をも上回る人気を博し、最終的にはメインヒロインの座を元のヒロインから奪うこともあった。

 特に一人の男主人公を複数のヒロインが取り合う「ハーレム系ラブコメ」などではどの娘が真のメインヒロインに相応しいのか作品内外で意見をぶつけ合う、いわゆる「ヒロイン論争」と揶揄される事例が発生することもあった。

 

 そんな奥深い歴史が示している通り、物語にとってメインヒロインとは特別な存在なのである。

 

 彼女らは恋愛要素の有無に拘わらず、誰も彼もがストーリーの核心に触れる要素を担っており、まさしく主人公に対して強い影響力を持つ存在と言える。

 

 そして、アニメ「フェアリーセイバーズ∞」において、メインヒロインが誰に当たるかという話になると……つい最近までは、ファンの間でも非常に意見が分かれていた。

 

 「主人公の暁月炎にとって最も重要な女性キャラは?」という質問に対して最も的確なのは、やはり光井灯になる。

 何せ彼女の存在は、物語開始時点から終盤に至るまで常に一貫して彼の心のウエイトを占めていたのだ。炎が誰にも心を開こうとしなかった前半こそ擦れ違うこともあったが、今となってはお互いがお互いのことをかけがえのない大切な存在(パートナー)として認識しており、物語の中で成長していく中で自身の恋愛感情もきっちり自覚していた。

 そういう意味では暁月炎のヒロインが光井灯であることを、否定する者は誰もいなかった。

 

 しかし、「フェアリーセイバーズ∞にとって最も重要な女性キャラは?」という質問になると、話は変わってくる。

 

 それはこの物語における至上命題とも言うべき作品のテーマの根幹を成すほどに重要な存在が、彼女の他に存在しているからだ。

 

 T.P.エイト・オリーシュア──またの名を、ダァト。

 

 その正体は、サフィラス十大天使が誕生するよりも前の時代のフェアリーワールドを守護していた原初の大天使である。

 そして聖龍アイン・ソフによって人間世界にもたらされた異能の力は、大元は彼女の力だったのだと言う。言わば、全ての異能使いの始祖と呼ぶべき存在だった。

 登場時点から謎めいた言動が多く、ガチもネタも含めて膨大な量の考察がされていたキャラであったが……そんな彼女の遂に明かされた衝撃の事実には、ネット上で多くの視聴者たちが賑わったものだ。

 

 作中では暁月炎も問い掛けていたが、彼女が異能怪盗として暗躍していた行動も厳密には異能を盗んでいたわけではなく、元々自分が持っていた力を回収していただけだったのだ。

 全ての異能使いの力の起源である彼女は、言ってみれば炎たちにとって女神や母親とも呼ぶことができる存在だった。

 

 ──しかし彼女の様子から察するに、彼女はそのことでずっと、罪悪感を抱いていたように思える。

 

 本人の口から明言こそされていないが、意味深な雰囲気を纏ってなお包み隠すことができないのが彼女のお人好しさだ。

 その性格から胸中を察してみると、彼女が人間世界で起こした活動の一つ一つに何か、深い意味が隠されていたことに気づいた。

 彼女は無垢な子供たちの前では度々自分のことを「悪いお姉さん」と自嘲していたが……今にして振り返ってみると、それは「人間世界の摂理と戒律を乱してしまったことに対する罪悪感」から来る態度だったのだと思う。

 

 だからこそ、その罪が自身の被害者の一人である暁月炎に赦された時──彼女は作中で、とびきりの笑顔を見せてくれたのだ。

 

 

 ……そんな一視聴者としての見解を、画面の中でバーチャルデキルオが熱弁する。

 

 

「他にも語りたいところはまだまだありますが……あのシーンすき」

 

 

【わかる】【ワイトもそう思います】【拙者も】【麻呂も】【おいどんも】【いいよね……】【ここでパーフェクトコミュニケーションを達成する炎君はホンマ主人公やでぇ】【エイトちゃんは顔が良すぎる】

 

 大手動画投稿サイトにて、ゲリラ配信を行う白い生物(なまもの)がニヤニヤと薄気味の悪い笑みを浮かべながら視聴者のコメントと雑談を交わす。

 このチャンネルの主であるバーチャルデキルオことデッキーは元々配信頻度の多い動画配信者ではあったが、アニメ「フェアリーセイバーズ∞」が佳境になった近頃はさらにその頻度が増していた。

 こう言ったゲリラ配信で送られる内容は、基本的には視聴間もないアニメについての感想や考察を雑に撒き散らしながら、同志であるフォロワーたちとああだこうだと好き勝手に語り合うというものである。

 それが一般的な人々にとってどれほどの需要があるかはさておき、なんだかんだで毎回それなりの同接数を確保しているのがバーチャルデキルオというVチューバーであった。

 

 そんな彼がイチオシのアニメキャラ、「T.P.エイト・オリーシュア」についてしみじみと語る。

 

「エイトは人の心の闇を赦し、炎は世界を変えてしまったエイトの罪を赦した。お互いにお互いのことを肯定し合う関係になっているのを見ると、フェアリーセイバーズ∞のテーマには「赦し合うこと」も含まれているんじゃないかなぁと思っています」 

 

【ふむ】【なるほど】【真面目な考察をしている時だけは鋭い男】【一理ある】【一期は絶対にゆるせない奴をぶん殴る話だったから結構ありそうだな】【さっきまで気持ち悪いキャラ語りしていたくせに急に的を射た考察をするの強キャラ感ある】【デッキーのくせに……】

 

「僕はいつでも真面目ですよ。バーチャルデキルオですからね」

 

 人は生きている限り、誰しもその心に闇を抱えている。

 如何にしてその闇と向き合っていくのかというのが、旧作を含めたフェアリーセイバーズシリーズのテーマであったが──その答えの一つを示しているのが、この「T.P.エイト・オリーシュア」というキャラクターなのではないかと思う。

 

 彼女は誰の心の闇も拒絶しない。

 

 アリスちゃんの時も長太の時も、翼の時も……そして炎が初めて打ち明けた心の闇さえも、侮蔑したり拒絶するようなことはしなかった。

 

 ただその一方で、彼女は心の闇に押し潰されて自分で自分を苦しめる人間のことを、とても悲しんでいた。それではキミの心は救われないと──何の躊躇いも無く、身体を張って助けに行くほどに。

 

「……実は僕、あまりにも完璧な天使すぎるエイトちゃんを見て、エイトちゃん自身の心はどうなんだろう? と心配していたんですが……炎君が上手くやってくれましたね。ああいう子は「自分は大丈夫だから」と何でも抱え込みがちになるので、もしかしたらバーストしてラスボスになるのではないかと闇墜ちフラグを幻視していましたよ」

 

【ああ……】【俺もちょっとありそうだと思った】【闇墜ちしたエイト様は絶対美しい】【デッキーのくせにいいところ見とるやんけ】【なんだかんだで∞のラスボスもケテルが本命かね】【カイツールは次回か次の次ぐらいで決着つきそう】

 

 どんな相手の闇も……アビスさえも躊躇いなく受け入れようとするのがエイトという大天使である。そんなエイト自身のことであるが、彼女は常に自分と他人の間に一線を引いている為、その内面についてはこれまでずっと謎めいていた。

 それがようやく明かされたのが、昨日の放送回である。

 

 彼女はその心の闇──炎たち人間に対して、ずっと罪悪感を抱いていたことを明かしたのだ。

 

 異能を盗む際、自らの異能で苦しんでいる者たちばかり狙っていたのもまた、罪滅ぼしの気持ちの表れだったのだろう。

 秘密が明かされてなお引っ掛かる考察要素は幾つか残ってはいるが……これまでの彼女の行動における点と点が、はっきりとつながった重要な回だった。

 

 そして深淵のクリファ「カイツール」本体の人間世界進出と真のフェアリーバースト、特殊EDの後のCパートでは炎の帰還と物語が一気に加速した感のある内容だった。

 クライマックスに近づくと気になってくるのは、コメント欄でも触れられているラスボスとの対峙であろう。これまで作中最大の謎だったT.P.エイト・オリーシュアの正体が判明した今、目下最大の謎は「誰が物語の最後を締めくくる敵になるのか?」という話題だった。

 

「ラスボスですか……そうですね。番組欄によると∞の放送も残り僅かまで近づいていますが、今のところ最後の敵が誰になるのか読めないですね。それも見どころでしょうか」

 

【群像劇的な作風のアニメだとそういうのがあるよな】【ここまで無印と変えてきたんならラスボスも変えてきそう】【カロンとか露骨に怪しい】【旧作視てないけど聖龍がラスボスなんじゃないの? ここまで出てこないと怪しいんだが】【エイトじゃね? 全ての決着がついた後で約束通り一戦する感じで】【ケテル戦の時も思ったけど意外と好戦的だよねエイトちゃん】【案外ポッと出の奴がラスボスになるかも……】【聖龍さんは……うん】【仲間を呼ぶショタがラスボスだから】

 

「それは赦されない」

 

 どさくさ紛れに妙なことをほざいたコメントに、バーチャルデキルオは主義思想の違いから反射的に言い返す。

 たとえフェアリーセイバーズ∞の裏テーマが「赦し合うこと」だったとしても、この世界には決して赦しておけないことはあるのだ。

 殊更おねショタに対する見解の相違に関しては、今もこれからも赦せるようになることはないのだろうと確信していた。

 

 

 しかし、だからこそ……そんな世界の中ですら、どんな闇も受け入れて赦してくれる存在は眩しく、尊いものなのだと思う。

 

 一つの悟りにも似た感傷を抱いたのが、T.P.エイト・オリーシュアと暁月炎のやりとりであった。

 

 

「まあ、一番眩しかったのはエイトちゃんの白いお肌だったんですけどね! デーキデキデキ」

 

【それな】【草】【笑い方きめえ】【ちょっと苦しくないその笑い方?】【その笑い方は流行らないし流行らせない】【もっとできる夫っぽく笑えよ】

 

「ふむ、できる夫っぽくと言うとこんな感じですかね……ゲラゲラゲラッ!」

 

【これよこれ】【すげぇ……AAで何度も見たウザい笑顔だ】【これのやらない夫バージョンがすき】【そんなことよりエイトちゃんの新衣装かわいいね】【俺は元の方が好き】【ボーイッシュな美少女が見せる腋と太ももは健康に良い】【俺は安易なミニスカドレスより怪盗衣装の方がえっちだと思う】【どっちもえっちなんだよなぁ】

 

「ええ、僕はどっちの衣装にも両方の良さがあると思いますよ。僕なんか早速いい感じのイラストを描きまくっちゃいましたよ。イメージを損なう表現が大量に含まれているので皆様にはお見せできませんが。皆様には! お見せできませんが!」

 

【は?】【見せて】【調子に乗るなよ白饅頭】【最低だな。罰としてその絵は没収です】

 

「ダメです」

 

 小粋なトークを挟むとコメント欄の動きが露骨に激しくなる辺り、彼のチャンネルのフォロワーもよく訓練されていた。様式美という奴である。

 

 そんな取り留めのない雑談をダラダラと続けていたバーチャルデキルオだが、同じ話題が一周してきた頃には配信時間が二時間を過ぎていた。

 流石に舌が疲れてきたのでここらで切り上げようと、デキルオは次回の配信予定をざっくりと語った後、憎たらしい笑顔を浮かべながらオチを付けるなりマイクを切って今回の配信を終了した。

 

 祝日とは言え、月曜日の朝からよくもまあこれだけの視聴者が集まってきてくれたものである。物好きな連中だと苦笑しながらも、こういう時間が悪くないと思っている自分がいた。

 

 まるで毎日友人たちと馬鹿騒ぎしていた──学生時代に戻ったような気分になれたから。

 

 

「……時間の流れが戻ったら、か……」

 

 

 もしも失った時が戻ったらと──そう考えたことはあるかと問い掛けたエイトの言葉が、この胸にチクリと突き刺さっている。

 作中では意味深な態度で暁月炎にそう問い掛けていたものだが、その問い掛けは一視聴者に過ぎない彼の感情をも揺さぶっていた。

 

 こんな筈じゃなかった今を、やり直したいと──そう思ったことは一度や二度ではない。

 大人として多少は割り切れるようになった今でも、納得したことなど一度も無かった。

 

 そう……親友を失ったあの日なんかは、ずっと思っていたものだ。

 

 何もできなくて、自分が情けなくて……何も無い。大切なものを失ったことで彼の心は長い間ずっと虚無だったことを、数年が過ぎた今も鮮明に覚えていた。

 T.P.エイト・オリーシュア風に言えば、それが自分の「心の闇」なのだろう。

 

『幸せで、楽しい時間を過ごしていたりすると……ふとした拍子に考えてしまうことがあるよね。「このまま時が動かなければいいのに……変化なんて、何も無ければいいのになぁ」って』

 

 

 ──あははっ……馬鹿だなぁでっきーは……時間なんて、戻るわけないじゃないか。それに僕は、僕が生きてきた時間に後悔してないよ?

 

 

 

 

「──!?」

 

 

 感傷に浸りながら机の上に立て掛けていた一枚の写真を見つめていると、昨日のエイトの台詞と、今は亡き友人の言葉が脳裏で重なって聴こえてきた……ような気がした。

 思わず、乾いた笑みが溢れる。

 

「は……ははっ」

 

 写真から聴こえてきた少年のような声が幻聴であることを理解していた彼は、流石に感情移入しすぎだなと、自分で思っていた以上に「フェアリーセイバーズ∞」の世界観にのめり込んでいる自分に思わず苦笑した。

 

 そして同時に、何故自分がこうもT.P.エイト・オリーシュアというキャラクターに感情移入しているのか、その理由を理解する。

 それはやっぱり、どこか似ているからだろう。

 

 

 ──どうしたって時間は戻らないんだからさぁ……だから僕は、全力で生きたよ。君たちのおかげで、本当に楽しい人生だった。ありがとね、でっきー。

 

 

 若き命を散らせていった「彼」は、自分の過去を生涯否定することはなかった。

 そんな彼は自分の前で無様に泣き喚く自分たちを見て、困惑したように苦笑を浮かべていたものだ。

 

 彼は、そういう男だった。

 病弱で、虚弱体質だが……そう言う意味では心の強い男だったのだ。

 だがそれでも、そんな彼でも決して自分の死を受け入れていたわけではなかったのだと思う。

 

 彼は友人たち一人一人に礼を告げた後、泣きながら笑ったのだ。

 

 丁度前回のエイトのように、自分が泣いていることにすら気づいていない様子で。

 

 

「……カッコつけだからなぁ、お前は。そう考えるとやっぱり、エイトちゃんはお前がカッコいいと思う要素に溢れてるな。女の子だけど」

 

 

 立て掛けられた写真──高校の卒業式で撮った集合写真を久方ぶりに手に取りながら、感傷的に語り掛ける。

 アニメの主人公のように強くはない自分は、暁月炎のように力強い眼差しを返すことはできなかった。

 しかしそんな自分でも時間の流れが少しずつ心を癒やしてくれたのもあり、今ではこうして元気なアニメオタクになるほど立ち直ることができた。

 そんな今の自分だからこそ、想像してしまう。

 

 

「お前なら、どう感じたんだろうなぁ……エイトのセリフ」

 

 

 長時間の配信を終えた疲労感からベッドに飛び込んだ彼は、決して戻らない時を想いながら目を閉じて呟く。

 失った時は、決して元には戻らない。しかし、思い出はいつまでもこの心に残り続ける。

 

 

 だからせめて、僕はお前のことを最期まで忘れないでいよう──それが彼の、彼なりに出した答えの一つだった。

 

 

 ……と、言うのはそれこそカッコつけか。

 苦笑しながら、彼はしばしの仮眠に浸った。






 「できる夫の初恋は蒼の子♂だったようです」とか既にありそう
 いつものメンバーが暴走する青春ドタバタ物かと思いきや最後はヒロイン?と切ないお別れで締める業の深いスレになってそうです(´・ω・`)


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まさしく愛だ!

 地球は今、最大の山場を迎えていた。

 

 復活した深淵のクリファ「カイツール」の来訪は、降り立った瞬間から日本壊滅の危機を引き起こしたのだ。

 フェアリーワールドでかつて起こった古の大戦より聖龍アイン・ソフの姿を模倣したカイツールの姿は、まさしく邪龍──空を覆い尽くすほど巨大な肉体を持つ暗黒のドラゴンである。

 力も深淵のクリファの中で上位に君臨し、彼がもたらす被害はそれまで地球に現れては傍迷惑な被害を撒き散らしてきたアビスたちの比ではなく、「大怪獣出現! 東京SOS!」とかそんな感じの光景だった。

 主力を欠くセイバーズの機動部隊ではなす術もなく、町は蹂躙の限りを尽くされていただろう。しかし、今の地球には心強い味方がいた。

 

『カイツール……我々の世界に飽き足らず、これ以上人間の世界に手出しはさせないぞ!』

 

 サフィラス十大天使、9の天使。「基礎」のイェソド。

 彼はフェアリーワールドに来た僕たちと大体入れ替わるようなタイミングで、サフィラス十大天使の中でただ一人、人間世界への侵攻を始めたアビスの動きを調査する為に人間世界を訪れていたのだ。

 そんな彼は、アニメでは炎たちのいない地球サイドの主要人物として扱われていた。

 「基礎」の名に恥じず十大天使きっての安定感を誇る彼は、性格的にも最も天使らしく実直で真面目。確固たる信念を持ち、常にフェアリーワールドの正義の為に行動する男だった。

 外見は黒髪黒目の例によって見目麗しい美男子であったが、ムキムキマッチョなネツァク様やでぇベテランボイスのホド、かわいい系の中性的な容姿をしているケセド天使体と比べると、男性型の天使としてのインパクトはやや控えめな感じである。

 ラノベ的に言えば没個性的な容姿と言う感じか。もちろんイケメンではあるので、良い意味で無難に、どことなく主人公っぽいデザインをしている印象を受けた。

 アニメ「フェアリーセイバーズ」では存在こそ言及されていたものの、主人公たちとの関わりは最後まで無かった為今一つ影の薄いまま未登場に終わったキャラだった。

 そういうところは「基礎」という言葉のイメージを反映してあえて地味に描写していたのかもしれないが、ケテルやコクマーからその働きぶりを「イェソド……手堅い男だ」と話題に出す度に妙に高く評価されていた謎キャラだった。

 

 そんなイェソドであったが、「フェアリーセイバーズ∞」では炎たちのいない地球でいい感じの出番を与えられていた。

 

 ケテル直々に密命を受け、アビスの不穏な動きを調査する為に単身人間世界に乗り込んできたイェソド。

 しかしその目的以外にも、彼の心には彼自身の意思で一つ確かめたいことがあった。

 人間が本当に、粛清するべき対象なのか……全ての人間がフェアリーワールドにとって危険な存在なのかを。

 実直な彼はホドのように王の命令に従わないことはこれまでに一度も無かったが、自分の目で確かめるまではコクマーのように強硬に出る気になれなかったのだ。

 そんな彼はアビスの動きを調査しつつ、自分たち聖獣(フェアリー)とは違う人間という存在について見極めようとしていた。彼の盟友、ケセドのように。二人は同じサフィラス十大天使の中でも交流が多い方で、結構仲良しだったのだ。

 

 その結果どうなったかと言うと──見事な光墜ちである。

 

 のっけから邪悪な人間たちによって散々な目に遭わされてきたケセドと対比するかのように、彼は出会いに恵まれた。

 驚いたことに彼が最初に出会った人間は旧作も含めた「フェアリーセイバーズ」の良心として評判の、メインヒロインたる光井灯ちゃんだったのだ。

 イェソドはその目で見た。アビスに襲撃され逃げ惑う人々の中で、親元とはぐれて恐怖に震える幼子の手を引きながら、必死に励まして元気づけている彼女の姿を。

 

 異能の力を持たなくても、その心に強い輝きを持つ人間──そんな彼女の姿から、この世界の未来に希望を見たのだ。

 

 ……本人は明言していないが、ぶっちゃけ一目惚れだったんじゃないかなぁと、僕がそう考察しているのはここだけの話。いや、何でもかんでも色恋事に絡めるのはナンセンスではあるものの、登場さえ早かったら面白そうな三角関係が拝めたのではないかという可能性を、僕は彼に感じていた。

 灯ちゃんが聖獣さんたちからやたらめったにモテることは、旧作からも語り継がれている確かな実績だからね。メアちゃんのお姉ちゃんしているだけあって、やっぱあの子つええや。このまま人間見極めようとしている奴ら全員堕としていこうぜ。

 

 まあ、そんなこんなで灯ちゃんを通して人間もそう悪いものではないのではないかと考え始めたイェソド君は、人間世界に侵攻してきたアビスの討伐に力を貸してくれたわけである。本人はまだ見極めている最中だと言っているが、灯ちゃん以外にも明宏たちセイバーズ残留組との交流も経て今では人間への敵意をさっぱり無くしていた。

 もちろん、そんなことを考えている余裕が無いぐらいアビスの活性化が酷いことになっているって言うのもあるけどね。特に都会の町はエラいことになっていた。

 

 そして過酷な殲滅戦の締めのように空から降りてきたのが、深淵のクリファ「カイツール」である。

 

 サフィラス十大天使として人間とは比べ物にならない戦闘力を持っているイェソドではあるが、状況ははっきり言って詰んでいる。

 封印から解き放たれたカイツールの力はそれほどまでにインフレ極まっており、大天使一人ではもはや相手にもならなかったのだ。

 人間側からは自衛隊や明宏たちセイバーズ残留組、ちらりと映ったハーンフ・リーさんら野良の異能使いさんたちが駆けつけ、天使側でもカイツールを追ってティファレトも駆けつけてきてくれたが、焼け石に水。誰もカイツールを止めることはできなかった。

 

イまわしいダァトのマガイモノドモが……このわたしが、ショウキョしてやる

 

 天を廻りながら、邪龍カイツールはおぞましい叫びを上げる。

 その瞬間、空は瞬く間に闇に覆われ、地上から太陽の光が消え失せた。

 それはまさに、この世の終わりのような光景だった。しかも闇が及ぼしたのは、視覚的な効果だけではない。

 カイツールの全身から溢れ出した闇が空を支配した瞬間、突如としてイェソドとティファレトが力なく墜落していき、その身体が地面へと縫いつけられたのだ。

 

『ぐっ……こ、これは……っ』

『身体に、力が……?』

 

 カイツールの闇が、二人の天使の力を奪っていったのだ。

 その闇の正体とは、ダァトを除くあらゆる天使の力が無力化される「深淵の闇」だ。フェアリーワールドの雲海の下、アビスの領域と化した深淵の世界に聖獣たちが踏み入ることができない理由がそれである。

 深淵の世界に広がっている闇の中では、大天使たちが持つ聖なる力が無力化されてしまうからだ。そしてカイツールには、その「深淵の闇」を自ら生成する力があった。

 つまりそれは、ただでさえ絶望的な力の差がより絶望的になったと言うことだ。

 

ようやくだ……ようやくこのトキがキた……ワレらがヤミのソコからトきハナたれ、スベてをケしサるトキが……!

 

 頼みの綱の大天使たちは無力化され、人間の力では勝負の土俵に立つことすらできない。

 地上の誰もが万策尽き、絶望の底に沈みそうになったその時──「彼」は来た。

 

 

「おかえり」

 

 

 閃いた蒼炎の一閃が、闇の龍に一撃を与える。

 その光景を僕は、この世界に浮かぶ幻想的なビジョンを見つめて呟いた。

 狙ったわけではないのだが、寄りにも寄って絶妙なシチュエーションで合流してくれたものである。本音を言えばオリ主的にそこは代わってもらいたいポジションであったが、今回は彼に花を持たせてあげよう。

 

 絶体絶命のピンチに駆けつけてきた主人公(ヒーロー)、暁月炎の姿を見て僕は安堵の息を漏らした。

 

「もう大丈夫だよ、みんな」

 

 そう、今僕は「アニメ」という形では無く、このサフィラの領域からリアルタイムで現地の様子を監視していた。

 千里眼の能力をちょっとこう、色々と応用してね。バージョンアップした今の僕は、人間の世界の様子をこのように、虚空のビジョンに映して中継することができるようになったのである。

 これでこの場の神秘性を保ちつつ外の世界の状況を監視できるようになったのは、我ながらナイスな発想である。十二枚の羽を持ち、さらにビューティフルかつクールな姿になった今の大天使エイトちゃんがだらだらとテレビアニメ視聴に浸るのは、絵面的にちょっと台無しになってしまうからね。

 今この場にいるのはカロン様だけだけど、そのぐらいの風情は大切にしたい気分だった。

 

 だって今は、みんな必死で戦っているわけだからね。

 僕も気を引き締めなきゃ。

 

 ……とは言うものの、これは思わず口元が綻んでしまう。

 

『カイツールにダメージを与えた……?』

『アカツキ・エン……? 何故、貴方がここに……』

 

 天使たちも驚きに目を見開いている。

 うんうん、このシチュエーションは盛り上がるに決まっているよね。

 信じて送り出した主人公が……送り出したのはカロン様だけど、真のヒロインである灯ちゃんと再会し、つい先ほど思いの丈を告白したその身で仲間たちのピンチに駆けつけたのだから。

 

 まさに漢である。彼は。

 

 灯ちゃんから状況を訊き出すなり、彼が迷わず起こした行動に僕は思わず顔を赤くしたものだ。

 僕は今もちょっとドキドキしながら、彼の身にあった数分前の出来事を思い出す。

 

 

『俺は……お前と一緒じゃないと駄目だということがわかった。帰ってきたら、伝えたい言葉があると言ったな。

 愛している、灯。俺からお前を奪おうとする奴は、全員燃やしてやると……そう思うほどに』

『炎……っ』

 

 

 ……はい。

 

 そんなやりとりをした直後で、今の彼は過去最高と言っていいほどに絶好調だった。何ならコクマーとも一対一でやり合えそうである。

 口説き文句がちょっと物騒すぎるのはエイトちゃん的に減点ポイントだったが、最後の一歩を踏み出して自分のエゴを押し通した姿勢にはあえて満点をあげたい。

 漢を見せたね炎、僕は嬉しいよ。姉さんにアタックしたマイフレンドのことを思い出す。

 式には呼んでくれなくてもいい。勝手に侵入するから。その時が来るのが、今から楽しみだ。

 

 

『そういう物騒な言い方、やめなさいって言ってるでしょ』

『……俺には、こんな言い方しかできなかった……だけど……』

『いいよ、わかってる……何年一緒にいたと思ってるのよ、バカ』

『俺は……お前を守る。だからお前も、俺の心をずっと守ってくれ。これからも、ずっと……』

『とっくに、そうしているわよ。こんな私を……ありがと、炎。私も、愛してるわ』

 

 

 やったぜ。ミッションコンプリート。

 

 そんなこんなで「抱けー! 抱いたー!? やったー!」と彼らの恋が成就したのをこの世界から盗み見させてもらった僕であるが、彼はここまで僕が望んだ通りに動いてくれた。

 正直、あそこまでやってこちらの意図が伝わっていなかったらどうなるかと思っていたが……僕が決闘で伝えたかった意図を彼はきちんと理解してくれたようだ。

 同じ場にいたカロン様には「???」という反応でまるで伝わっていなかったので心配していたが、流石は炎だと褒めてやりたい。肝心な場面での察しの良さはまさに主人公である。

 

 ふふん、僕は最初からこうなると思っていたよ……なんたって「フェアリーセイバーズ」は、愛の物語だからね!

 

 主人公覚醒のトリガーになるのは、結局のところ最後は「愛」になるものだと考えていたのだ。実際に戦ってみたことで、僕はそれを確信した。「あっ、これ灯ちゃんに告れば目覚める奴だ」ってね。

 だからこそ、僕は戦いを途中で打ち切ったのである。僕が直接気づかせてあげるのもなんか違うしね。

 

 なので、決して自分が最強キャラで在り続ける為に勝ち逃げしたのではない。いいね?

 

 その為に、僕も気合いを入れて答え合わせを自分の身体でやってみたのだ。

 それが今の僕の姿、フェアリーバーストを発動したT.P.エイト・オリーシュアである。

 力を制御して引き出すのではなく、心のまま自由に解放する。その上で、「幸せな心に満たされる」。それが真のフェアリーバーストの発動条件になるのだと、僕はダァト知識と先ほどの実体験で理解したわけだ。

 こればかりは感覚的な面が大きいので説明してもわかりにくいかもしれないが、通常のフェアリーバーストよりもさらに感情を発露させることが大事だということがわかってくれればいい。

 ただし、こちらは怒りや憎しみのような負の感情ではなく、正の感情が特に必要な感じかな。

 思えば旧作の最終回で彼が真のフェアリーバーストを発動することができたのも、彼の心にたくさんの愛が集まってきたからだからね。

 あの頃から僕はそういう解釈でアニメを視ていたものだが、その解釈が現実と一致していたのはとても嬉しい。

 

 

「そう……キミはもう一人じゃない。自分だけで孤独に戦うのではなく、いつもその心に誰かがいることを忘れるな。キミを愛する人たちがいることを、幸せに感じること。それがキミの、最後の一歩だったんだ」

 

 

 そういうことになった。

 

 ……いや、これで外していたらくっそカッコ悪いけど、当たっている筈だ。

 僕もフェアリーバーストを発動する時は、この胸に前世の思い出とか色々と思い出しながら爆発させてみたし。そのせいでちょっとオリ主ムーブが抜けてしまう失態をやらかしてしまったけど、この説は間違っていない筈だ。ダァトもそうだそうだと言っているし。

 

 

「だから、恐れてもいいんだよ、エン……キミはもっとたくさん、たくさん甘やかしてもらえ。ボクではなく、彼女にね」

 

 

 覚醒のことは抜きにしても、僕が言ってやりたかったのはそういうことだ。

 彼に足りないのは自己肯定の気持ちだからね。

 俺がみんなを守らなきゃと思うあまり、自分が誰かに守られることを深いところで拒絶しているところがある。

 思い返せばその点、旧作では灯ちゃんがフェアリー戦士になったことで、彼女が自分に一方的に守られるだけの女の子ではないことを理解したことを成長に繋げていたのかもしれない。

 

 

『……やっとわかった。俺の焔は、俺一人の力で燃えているんじゃない』

 

 

 この世界だと彼女がフェアリーワールドに同行していない上に、メアちゃんという守るべき存在が増えていたからね……仕方が無いことではあるし立派なことではあるんだけど、それが余計に彼の心を窮屈にさせていたのかもしれない。

 

 でも、もう大丈夫だ。

 大好きなヒロインに甘えさせてもらった今の彼なら、必ず──

 

 

『俺の焔は……みんなと共に!』

 

 

 本当の力を目覚めさせた虹の光が、∞の字を描いて空に広がっていき、頭上を覆い尽くしていた「深淵の闇」を吹き飛ばしていく。

 それは待ちに待ったヒーロー、暁月炎の覚醒だった。

 

 

『これが俺のフェアリーバースト……インフィニティーバーストだ!』

 

 

 …………

 

 

 ……えっ、君なんか僕のと違わない?

 

 彼が披露した知らない最終形態に、僕は微笑みの裏で困惑した。

 いやもう、人間って凄いねダァト。これはカロン様も試してみたくなるわけだわ。

 






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優しいお姉さんがショタたちを甘やかしすぎた結果

 真のフェアリーバーストはアニメ「フェアリーセイバーズ」の最終回で暁月炎がたどり着いた最強最後の戦闘形態である。

 発動のきっかけになったのは彼の焔に集まった「想い」の力だ。アニメ「フェアリーセイバーズ」の最終回では邪神ケテルに挑む炎の姿に希望を抱き、勝利を願った人々や聖獣たちの想いが重なって生まれた奇跡の覚醒だった。

 その姿はフェアリーバーストで纏っていた蒼炎が虹色に変わり、さらにド派手な焔のオーラになった感じで、覚醒の瞬間空を包んでいた禍々しい闇を吹き飛ばしていったその光景は、サフィラス十大天使たちさえも聖龍と見間違えるほどの神々しさを放っていたものだ。

 

 丁度それは、今の炎が見せてくれたように。

 

 しかし、今の彼は何かが違う。

 アニメ「フェアリーセイバーズ」の原作知識を持つ僕も、僕の中にいるダァトも、今しがた発動した暁月炎の力に困惑していた。

 

 何それ、知らん……怖っ……と言いたい。そんな気持ちである。

 うん、マジであれ何? 僕知らないんだけど……

 

 

『アカツキ・エンもまた、新たな可能性を示したということだ。……これでもう、人間の世界に思い残すことはない』

 

 

 ほえー……人間って凄いね。いや、彼が特別極まっているって言うのもあるのだろうけど。

 フェアリーバーストを超えるインフィニティーバースト──まさしく、可能性は無限大って奴だね。僕が想定していた真のフェアリーバーストとはまた違った彼の進化には驚けばいいのやら、呆れればいいのやら……ともかく僕は、口元に浮かべた苦笑の裏で昂りを感じていた。

 

 だってさ、これは燃えるに決まっているでしょう!

 

 燻っていた感情の灯火が、自分自身の本当の想い……いわゆる真実の愛に気づいたことで爆発し、新たな未来を拓く──いかにも主人公、暁月炎の集大成って感じの変身である。

 パワーだけではない。見た目も僕の知る真のフェアリーバーストとは大きく変わっている。

 その身に纏う焔の色が蒼から虹色に変化しているのは同じだが、力動長太の氷の鎧のように、彼の全身を焔の鎧が覆っていた。そのデザインは太陽をイメージしているかのように、灼熱の色に輝いている。

 その手に携える焔の剣も変化している。これは……もしかして僕の影響なのかな? 右手と左手にそれぞれ違う色の剣を携えた二刀流で、右手には紅蓮の、左手には蒼炎の剣を構えている。

 カッコいいぜ。僕の影響だったら超嬉しい。この作品……ひょっとして僕の影響受けてます?

 そんな感じに見た目だけでもすこぶる派手な姿なのだが、焔で作った背中の羽の形状も派手に変わっている。と言うか、僕やダァトから見たら一番大きな違いに見えるね。

 

 虹色の光輪──僕のフェアリーバーストでは天使の輪っかをイメージしたものが頭上に浮かんでいたのだが、彼のインフィニティーバーストではその輪っかが羽として背中に広がっていたのだ。

 それも、二つも並んでだ。

 さながらその輪っかは、(インフィニティー)の名をその姿で体現しているようだった。タイトル回収やったー!

 

 

「ボクと同じ……いや、それ以上の聖なる力を感じるよ。これがキミのフェアリーバースト……インフィニティーバーストなんだね、エン」

 

 

 わかるぜ……その姿はただ厨二カッコいいだけではない。異能使いがたどり着いた新たな境地である。

 思ってたのとは大分違うけど、気合いが空回りして暗黒進化してしまうようなことにはならなくて一安心である。

 僕は短く息を吐くと、ちょっとだけ寂しい思いを胸に抱えながら苦笑を浮かべた。

 

 これではオリ主の立つ瀬がない──そんな気持ちだ。もちろん嬉しいよ?

 

「いくぞ!」

 

 そんな新たな力、インフィニティーバーストへと覚醒した炎は見た目に違わず今までとは異次元の実力を見せつけてくれた。

 単純な戦闘能力もさることながら、彼の放つ虹色の光はアビスにとって強力な特効能力があるのだろう。光が空を覆う闇を切り払った途端、カイツールの力が目に見えて弱まっているのがわかる。

 

 

 ……いや、弱まりすぎだろ。

 

 

 元々概念染みていたと言うか、存在そのもののランクが違う感じだったものが、炎の虹色の焔を受けたことで戦いが成立するレベルまで落ちてきた感じだ。

 それでも依然として大天使以上の強さを持つとてつもない存在には変わりないが……今のカイツールが酷く弱体化しているのがわかる。

 

 大きさも半分ぐらい縮んでいるしね。それでも全長100m以上あるのは相変わらず大怪獣染みているが。

 

 フェアリーバーストを超えたインフィニティーバースト──やはりあの力には、アビスに対して永続的なデバフが働く何かがあるらしい。

 そりゃあ聖龍さんも期待するわけだと、僕は神様が無能ではなかったことを改めて理解する。

 

『元々は、ダァトにも備わっていた力だ』

 

 おっ、解説サンクスカロン様。

 流石ダァト。さすダァである。

 元々聖龍が人間世界に振り撒いた異能の力はダァトの力だったものだからね。だからこそダァトにはフェアリーバーストを使うことができたし、僕にもこうして発動させることができた。

 しかし、今の炎が使っている力はダァトとも僕とも違う全く新しい未知の力だ。

 やっぱり炎はすげぇや。最後までヒーロー性たっぷりだもん。

 

 

『よく、未来を導いた』

「ふっ……ボクはその時その時で好き勝手に、やりたいことをやってきただけさ。頑張ったのはボクではなく、彼ら自身だよ」

 

 

 カロン様にとっても想像以上だったのだろう。炎の覚醒を見て、彼をそのように導いてみせたオリ主の功績を称えてくれたが……実際のところどうなんだろう?

 彼のことだから、僕がいなくても最終的には勝手に覚醒したのかもしれないし、IFの話はわからない。

 ただ僕としてはこの満足感、充実感には思う存分浸らせてもらっている。炎はわしが育てた。

 

 いやあ、一時はやりすぎて失敗しちゃったかなぁ……と心配したが、流石は僕だ。

 無事に未来を導けたのかはさておき、原作主人公の師匠ポジとしては概ね理想的な、いい感じの立ち回りができたと思う。300オリ主ポイントである。

 

 その甲斐もあって覚醒した炎の力は見事にカイツールを抑え込み、戦いは優勢になっていた。

 いいぞー頑張れー!

 

 

「カイツール……お前の暗躍もこれまでだ!」

『ダァトのマガイモノが……ズにノるなァァァッ!!』

「っ!?」

 

 

 うおっ!? すっごいデッカい叫び。ここから聴いても頭の中がキーンって来たわ。

 

 

 ……ん? 今のカイツールの声?

 

 

『そのチカラは、ワレワレにアタえられるハズだったものだ! ニンゲンゴトきが……ダァトをモホウするなァァァッッ!!』

 

 

 おおー……わかる! 僕にもアビスの言語がわかるぞ! なにこれすごい。

 フェアリーバーストを発動する為に、引き出したダァトの力が馴染んだからかな? 炎たちには依然SAN値が削られるようなおぞましい叫びにしか聴こえていないカイツールのアビス語が、今の僕にははっきりと理解することができた。バイリンガルエイトちゃんである。

 

 ……しかし言葉を発していたということは、やっぱり彼らにも知性と言うか、心があったんだね。

 そういう意味では深淵の世界でダァトが行ってきた対話の旅も、決して無駄ではなかったのだろう。

 そんな感慨に浸りながら、現在怒り狂っている様子のカイツールの姿を眺めていると、異変は起こった。

 

 インフィニティーバーストの光の波動を受けてシワシワになっていた黒龍の姿が、さらに急激に縮んでいったのだ。

 

「なんだ……?」

 

 これには炎も怪訝な顔を浮かべている。

 それは彼の攻撃によるダメージと虹色の光による弱体化を受けたことで、彼の身体がさらに縮小されている……わけではない。

 それにしてはカイツールから感じられる力は大して弱まっておらず、寧ろ強まっているように感じた。

 

 ああ、凝縮しているんだ。

 

 カイツールはインフィニティーバーストの光で不安定になった自らの力を維持する為に、自らの肉体を小型化することで自身の中で巡っているエネルギーの効率化を図ったのだ。

 元々が生命ですらなかった不定形存在だからこそ可能な、状況に応じた変幻自在な肉体変化である。

 頭良いなアイツ……いわゆる第二形態への変身という奴か。

 

 

「ここからだよ、エン」

 

 

 大ボスとの戦いは第二形態を引きずり出してからが本番なのがお約束である。RPG的に考えて。

 自己評価が極端に低いところがある炎の性格上「勝てんぜ……お前は」という感じに慢心することは無いだろうけど、僕はここが正念場だぞ、と後方師匠面で戦いの様子を見守った。

 

 

 

「これは……?」

「まさか……!」

 

 縮んだとは言え100m以上はあった黒龍の姿が空から消え去り、カイツールの姿は2mにも満たない大きさへと凝縮されていく。

 それほどの急激な変化を受けても、その身に内包する力は黒龍形態の時から何ら低下していない。

 寧ろ小さな身体に闇が凝縮されたことで力の密度が高まり、さらにパワーアップしているように思える。

 そんなカイツールの新たな姿を見て、イェソドとティファレトの大天使コンビが目を見開いていた。

 

 何故なら変貌したカイツールの新たな姿は、彼ら大天使の姿を模した十枚羽の天使の姿をしていたのだ。

 

 

「……やはり、そう来たか」

 

 

 その変貌を前にした炎は一瞬眉を動かしたが、二人ほど驚いてはおらず落ち着いている。

 まあ、これまでにも伏線はあったからね。翼に倒された彼の分体はラファエルさんの姿を模倣した天使の姿をしていたし、本体である彼がこの場で真の戦闘形態として大天使の姿を映し出すのも意外な展開ではない。

 意外ではないのだが……

 

 

 ……なんか僕に似てね? と、その姿を見てエイトちゃんは思ったわけでして。

 

 

『ミろ! これがワタシがマナんだココロだ! ワタシがシッたアイだ! ワタシはキサマらよりもダァトをアイしている! ダァトがエラんだのはワタシだ!』

 

 

 

 …………

 

 

 

 

 

 

 

 えっ。

 

 

 

 

 ええー……

 

 

 

 

 

 ……そんなこと、高らかに言われましても。

 

 マジかよカイツール……お前そんなこと考えてたの?

 てか何言ってんの君? しかもなんでよりによって、君の言葉がわかるようになった時に限ってそんなこと言うんだよー。

 

 

 ……どうしよう? どうするダァト? カイツールあんなこと言ってるけど……えっ、嬉しいけどちょっと困る?

 ……ああ、君はそういうスタンスなんだね、把握。君も難儀だね……

 

 

 

 かつて、ダァトは彼らアビスに心を、感情を与えた。

 

 「魔王」との戦いの後、彼らには感情が芽生え始めていた。それは彼女にとって希望だったのだろう。

 生物ですらなく、あらゆるものを喰らい尽くすだけの現象のような存在である彼らにも、人間や聖獣たちが持っているような他者を思いやる優しさを教えてあげることができれば、いつの日か彼らとも共存することができるのではないかと考えたのだ。

 

 しかし……その結果はご覧の有様だ。現実の何と非情なことか。

 

 深淵のクリファのような上位個体たちには確かに人間のような心を持つことができるようにはなったのだが、アビスの本質故に妙な形に歪んでしまっていた。

 

 

「ダァトは……悔やんでいたよ」

『……そうか』

 

 

 そんなことになってしまったアビスたちのことを、ダァトは心の底から哀れんでいた。

 もちろん、だからと言って今彼らによって振り撒かれている被害を許すことはできないけど、それでも彼女はアビスたちに同情し、後悔していたのだ。

 

 自分がもっと上手くやっていたら、彼らに祝福を与えることができたんじゃないかってね。

 

 まあ、僕に言わせてもらえばそれは……

 

 

『もう、十分だ。ダァトは十分献身した』

 

 

 同じ意見を、カロン様が返す。その言葉は、彼女のお姉さんとしての立場から向けたものなのだろう。

 

 僕──の中にいるダァトを見つめる儚くも美しいその瞳は、僕にはとても悲しんでいるように見えた。慣れないと無表情に見えるけど。

 

 

『このフェアリーワールドの成り立ち故に、彼らの目覚めは決して避けては通れない災いだった。ダァトはそれでも……永き時の間、彼らの侵攻を食い止めてくれた』

 

 

 憂いを帯びた彼女の表情は、妹を一人深淵の世界へ行かせるしかなかった懺悔の気持ちが表れているように見えた。

 僕はそんなカロン様の心中を察し、あえてダァトの言葉で返してあげた。

 

「好きで選んだ道だよ、姉さん。それに、彼らとの触れ合いは楽しかった。「ダァト」は、心からそう思っているよ」

『……そうか』

 

 僕はダァトで、ダァトは僕だからね。

 彼女がカロン様に対してどう感じていたのかは僕にもはっきりわかるし、僕も同じ気持ちだった。

 カロン様がダァトに対して申し訳なく思っているのと同じぐらい、ダァトもカロン様に対して申し訳なく思っていたのだよ。

 まあ、要するに似たもの姉妹ってことだね。

 尤も普通の人間として生きた僕から言わせてもらえば、二人とも何もかも背負いすぎだったんじゃないかなとは思っている。その為に生まれてきた特別な存在なのだとしても、二人とも僕を見習ってもう少し適当に生きれば良かったのに、ってね。

 

『……我らにも、その未来があったのだろうか』

「さあてね。パラレルワールドみたいな話になってしまうけど、世界は広いからね。もしかしたらそんな世界線も、どこかにはあったのかもしれない」

 

 そんな雑談に講じながら、僕たちは彼らの戦況を見守る。

 僕──ダァトの姿を模倣した第二形態を披露したカイツールは、黒龍の時よりも凝縮された力でインフィニティーバーストの炎と互角に渡り合っていた。

 

 主人公の新フォームお披露目会でも自重しないな彼は……流石は深淵のクリファでも上位の力を持つカイツールである。単純なパワーやスピードでは、虹の光による強力なデバフを受けてなお今の炎を上回っていた。

 

 だが、僕の心に緊迫感は無い。

 

 それは世界の命運を賭けた戦いで主人公が負ける筈が無いというメタ的な信頼もあったが、それ以上に今の炎には身勝手な信頼を置くことができる安心感があったからだ。

 今の彼はインフィニティーバーストという何が起こるかもわからない安定を捨てた力を纏っている筈なのに、僕には彼の姿が今までよりもずっと安定しているように見える。

 たとえステータス的な意味ではカイツールが上手でも、最後に勝つのは彼だと──強いのは暁月炎だと確信できるほどにね。

 対峙した二人の精神状態を見比べても、それは明らかだった。

 力では自分の方が上回っている筈なのに、一向に炎を殺すことができない状況に、カイツールの方が動揺し始めていたのだ。

 

 

『ナゼだ……! マガイモノのキサマがナゼワタシとキッコウする!? ワタシのホウがダァトにチカヅイているとイうのに!』

 

 

 ……うん。そういうところだよね。

 

 なんかズレてるんだよなぁ君は。昔からそうだった……らしい。

 彼が何を思って暴走しているのか、その事情に僕自身は詳しくないが、彼の言葉を聞く限り何かダァトから教えてもらった感情が空回りしているのがわかる。

 多分、ダァトの力に似ている炎のインフィニティーバーストよりも今の自分の方がダァトに近いとマウントを取ろうとしているのだろうけど……残念ながら彼が似せているのは、申し訳程度の姿形だけだ。

 その姿も大天使のシルエットを象っただけの歪な闇って感じであり、決して彼が擬人化美少女と化したわけではない。残念ながら。

 目も口も無いし、その姿は彼の本質を包み隠せないほどに禍々しすぎる。

 いや姿で全部判断するのもどうかとは思うよ? だけど見た目は醜くても心は……という展開を期待できるほど、やらかしたことを思うに性格も良くはない。

 申し訳ないが、エイトちゃんはそんなんじゃないよ~。

 

 そんな彼の攻撃──これも僕──いや、ダァトの戦法を真似た闇の二刀流剣術を蒼炎と紅蓮の剣で捌きながら、炎が呟く。

 

 

「アイツは、ここまで見通していたんだろうな……」

 

 

 ん?

 

 

『ナゼだ……ナゼだァァァ!』

「終わりだカイツール。お前の技はもう見切った」

 

 

 狼狽えるカイツールに向かってきっぱりとそう言い放つと、炎はスピードで上回るカイツールの攻撃を軽々といなし、返す刃で敵の胸を斬りつけていく。

 これが人間ならその一撃で絶命していたところだろうが、カイツールは痛みに呻きながらも再度闇の剣を振り回してきた。

 しかし、その攻撃はいずれも炎には届かなかった。

 始めは拮抗していた戦闘も徐々に擦過傷さえ与えることができなくなり、今や完全に炎の方がリードしている。

 

 それはインフィニティーバーストの力がさらに強くなったわけではなく、もっと単純な戦闘経験によるもののように見えて……なんだか僕には、カイツールの動きが手に取るように読まれているように感じた。

 

 

「お前が真似たその技も、俺はとっくに見飽きている」

『──ッ!』

「お前が模倣したその姿の本物に、散々痛めつけられたからな。自慢じゃないが」

『……ダァ……ト……ッ!』

 

 あー……なるほどね、そういうことか。

 

 姿を真似しただけではなく、カイツールの戦い方はダァトとそっくりなんだ。

 だから直前に僕と戦った経験は、炎にとって最高の予行演習になったというわけか。

 

 フフフ……そういうことだよ炎! 僕はこの展開を見通していたのさ! 

 

 そういうことになった。

 やれやれ、未来まで見通してしまうとは流石チートオリ主である。これは作中最強キャラ説でちゃったりする? かーっ。

 

 ……いや、こればかりは全くの偶然なのだが、せっかく格を上げてもらえたので僕はしたり顔で応えてあげた。いいよね、本人のいないところで評価してくれる男の子って。

 

 さあ、いよいよ年貢の納め時だぜカイツール。最高に高めた異能の力で最強の力を手に入れた今の炎は無敵だ。相手が悪かったね。

 そんな僕の分析を証明するように、カイツールの剣戟をかわした炎がすれ違い様、闇で作られた彼の不格好な羽を切り飛ばしていった。うわっ、容赦無い。

 

 

「だが……アイツの技は、強さは! こんなもんじゃなかったッ!」

『ガッ……!?』

 

 

 そ……そう褒められると照れるなぁ。そこまで格を上げてくれなくてもいいんだよ炎?

 

 叫びながら、静かに燃える蒼炎と熱く猛る紅蓮の剣がカイツールの身体を打ち付けていく。目にも留まらぬ早業は、ここから見ているだけでも何かこう圧倒される剣戟だった。

 

 

「上辺だけを取り繕った力では、何も怖くない。お前の力には、技には……何の中身も感じない。空っぽなんだよ」

 

 

 おやまあ……随分と手厳しい。確かにその通りではあるんだけどね。

 もちろん、模倣することが悪ってわけではない。それを言われてしまうと全世界の二次創作にブッ刺さってしまうからね。

 何事も上達への近道は上手い人を真似ることだという意見もあるし、偽物だからって理由で何もかも否定されるべきではないだろう。炎が言いたいことも、多分そういう話ではない。

 

 模倣するにも、その行為に対するカイツールの信念というか、ポリシーを感じないのだ。

 

 

「ラファエルに、聖龍に、最後はダァト……お前自身はどこにいる? お前たち自身は何を生み出すことができる?」

『……っ』

「破壊しか生み出せないお前たちを変える為に、エイトは……ダァトはお前たちを導こうとした。その気持ちにこんな形でしか応えられないのなら、俺がお前を焼き尽くす!」

『ぐ……あああああああああアアアッッ!!』

 

 

 ……どうやら僕が思っていた以上に、ダァトの昔話は炎の心に響いていたらしい。人柱になったダァトとカロン様のことを哀れんでくれているのか、彼に対して表情以上にご立腹の様子だった。

 あはは、優しいなぁエンくんは……

 

 精神の在り方が大天使すぎる彼女と違って遠慮も容赦もする理由も無い人間の炎は、言葉のナイフでズバズバとカイツールをぶった切ってくれた。それはもう、「これは翼の分! ケセドの分! メアの分! ダァトの分!」と言わんばかりに。

 それを見て僕はダァトの引け目もあるので立場上「見ろよカロン様! カイツールボコボコで気分ええわ!」とは言わないが、僕が言いたかったことも全部代弁してくれたので気持ちは少しスッキリした。

 

 やっぱり、こう言うことを言ってくれる存在が必要だったのかもしれないなぁ……アビスにも。

 

 尤も発狂するカイツールにどこまでその言葉が伝わったかはわからないが……厳しくも優しいヒーロー然とした炎の姿に、僕はファンとして──いや、友人として嬉しく思った。

 

 

 ──さて、それじゃあ僕も、ここらで主役らしいことをしないとね。

 

 

 既に勝負は決したと判断した僕は、映し出したビジョンをそのまま放置しながら傍らを向く。

 そんな僕の様子に応えるように、そこには既に僕がこの場で対峙するべき相手──女神様っぽい人ことカロン様の姿があった。

 

 

『エイト……汝は……』

「さあ、こっちの話もそろそろ進めようか、カロン姉さん。ボクたちの物語を、ね」

 

 

 原作主人公の活躍の裏で、世界にとって重要なイベントを回収する。

 どことなく外伝主人公みたいな立ち回りになるが、これもまたオリ主らしいムーブなのではないかと思う。

 

 と言うわけで……こっちの決着をつける為に話そうか、カロン様。

 

 僕は脳内で名探偵が推理ショーを始める時に流れるBGMを垂れ流しながら、ここまでの「物語」を知る「仕掛け人」について、真実を問い詰めた。

 

 

 僕をこの世界に転生させてくれた──心優しくも、とても不器用な女神様の、本当の思惑を。

 

 

 




 次回はカロン様サイドの事情が明かされます
 派手な原作主人公の裏でもう一つの最終決戦に挑むのは結構オリ主っぽいのではないかとワイトは思います


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世界樹の迷宮RTA ビナー様顔パスチャート

 世界樹「サフィラ」。

 フェアリーワールドの中心部に聳え立つ規格外の大樹は、木そのものが一つの島のように独自の生態系を築いている世界最大の聖域である。

 天界に巡るあらゆるエネルギーはこの世界樹によってもたらされてきたものであり、死んだ天使の魂が帰還し、新たな存在として生まれ変わる場所もまた、この世界樹である。

 故に、フェアリーワールドがフェアリーワールドとして存在できるのもまた、この世界樹サフィラがあればこそだった。

 

 そんな凡そ人が踏み入れてはならない領域に、風岡翼たちの姿がある。

 

 10ある島と変わらぬ大きさの大樹を見て、迷うことなく目的地の入り口までたどり着くことができたのはひとえにサフィラス十大天使であるビナー、ケセド、ホドが同行しているおかげだろう。

 彼らを味方側に引き込むことができた時点で、ここまで遠回りしてきた旅路は無駄ではなかったと翼は思う。

 

『さて、この辺りだったかな?』

『うん、合っている筈』

 

 そんな感慨に一人浸っていると、雲海から約1000mほどの高さに位置する世界樹の幹のほんの一部分を前に、ここまで先導していたビナーが立ち止まる。

 一同を乗せたケセドが頷く前で、彼女はおもむろにピタリとその手のひらを幹に当てた。

 

『理解の大天使が帰る。道を開けよ』

 

 そう唱えた瞬間、地響きと共に世界樹が揺れ動く。

 それは、これほどの巨大さとあってはほんのミクロ程度の変化に過ぎなかったが、幹の側面が扉のように、ひとりでに開放されたのである。

 それは世界樹が自分の意志で、一同を内部へ案内しようとしているようだった。

 

「なるほど……入り口を開けるには、大天使様の承認が必要ってわけか」

『そんなところだね。私もここにはあまり訪れたことはないけど……どうやらサフィラは、私たちのことを迎え入れてくれるらしい』

「行こう。この先にケテルがいる」

『うん。エイト様の力も感じる。二人はやっぱり、同じ場所……聖龍のところにいるみたい』

 

 ケセド本体の力は、未だエイトの中にある。その力をここにいるケセド自身が探ることで彼女の居場所が判明したのは、この広大な世界樹のどこかから彼女の存在を探し出すに当たって最高の手掛かりと言えた。

 

 一同は神妙な顔で頷くと、今しがた開いた入り口からサフィラの内部へと入り込んでいった。

 

 

 そうして侵入した世界樹サフィラの中は、広々とした空洞のようになっていた。

 いや、まるでもう一つの世界と呼んでも差し支えないだろう。大樹の中とは思えないほど開放的な空間が彼らを出迎え、視界に広がる想像以上に神秘的で、広大な景色に翼とメアが目を見開く。

 「まさに、世界樹の迷宮だな……」と翼が呟くと、ビナーが苦笑を浮かべて返す。

 

『そうだね。ここは世界樹サフィラの成長に伴って自然に発生した、言わば迷宮のような場所だ。昔はこの場所を踏破することを聖龍の試練として、腕に覚えのある聖獣(フェアリー)が挑戦したりしていたみたいだけどね』

 

 そんな雑談に興じながらも、一同を先導し迷宮内を降下していくビナーの片翼は羽ばたきを止めない。

 世界樹の迷宮攻略と言えば頂上に向かって進んでいくのが個人的なイメージとしてあるが、今回の目的は世界樹の頂上ではなく、最下層だ。

 世界樹の最下層にして深淵の世界に最も近いと呼ばれている最深部──そこに、アイン・ソフの眠る「サフィラの祠」があるのだと大天使たちは語る。

 

 アイン・ソフがあえてそのような場所で眠っているのは、深淵の世界の支配者であるアビスたちを牽制する為だと言われている。

 その事実を示すように、下層に降れば降るほどかの神と思わしき神聖な気配が漂ってくるように感じた。

 

『む? この気配は……』

『これは……』

『……厄介なことが、起こっているのかもしれないね』

「えっ?」

『最短ルートで行くよ。急ごう』

 

 そんな神聖な気配を感じた瞬間、ビナーたちが何故か怪訝そうな反応を見せた。

 何事か訊ねるメアに対して意味深に返しながら降下スピードを速めていくビナーの姿は、やはりどこかT.P.エイト・オリーシュアと似ている。

 思わせぶりな態度で重要そうな話を言わないのも、そっくりだ。

 

『似ていると思ってくれるのは光栄だね、ツバサ。私たちサフィラス十大天使は元々、世界樹に委ねられたダァトの力から分岐した存在なんだ。だから時々、私のようにダァトにそっくりな美貌を持つ天使が生まれたりする』

「そうだったんだ……」

「ほー」

 

 二人の容姿が瓜二つなことには、やはりそれなりの理由があったようだ。

 状況が状況でなければもう少し深掘りしたい、何とも好奇心がそそられる話だった。

 しかし、今の翼の視線が向かっていたのは当のダァト──エイトの居場所である。申し訳ないが、彼女の蘊蓄は今どうしても聞き出さなければならない話ではなかった。

 

『……つれないなぁ』

 

 冗談めかしながらそう呟くビナーの前で、障害物となっていた世界樹のツタや幹が自分からその場を空けて彼女の進行を受け入れていく。

 本来であれば先に進もうとする者への試練として、相応に手間を掛けさせられてきたのであろう。そんな世界樹の迷宮であったが関係者であるサフィラス十大天使が味方についているだけで、タイムアタックもかくやと言わんばかりの効率で順調に突き進むことができた。

 だが、これはゲームでも試練でもない。ダンジョン攻略の楽しみなど捨て置くべきだと言うのが、この場にいる全員の認識だった。

 

 そうして味気なく、彼らは敵一人いない静かな迷宮を突破してみせた。

 

 その間、ケテルの配下さえも邪魔に来なかったことは、常に周囲を警戒していた翼が拍子抜けするほど呆気ない展開だった。

 

「部下の一人も配置されていないのは、どういう魂胆だ?」

『さあてね。ここは神聖な場所だから、あえて誰も配置しなかったのかもよ? もしくは……私たちの邪魔なんて、特にする必要も無いと思ったか』

『どちらもありそうなのが、我らが王の性格だな』

『一人で頑張り過ぎちゃう人だからね……』

 

 いずれにせよ、広すぎる迷宮以外に彼らの道を阻むものがなかったのは有り難い限りである。

 そんな彼らは突き当たりまで降下していくと──遂に、世界樹の最下層へとたどり着いた。

 

 

「ここが……世界樹の最下層」

「神様の眠る場所、か……」

 

 

 最下層は東京の一つぐらいならゆうに収まるであろう、入り組んでいた迷宮区よりも開けている広々とした空間だった。

 大樹の中で最も下に位置する為、もちろん空は見えず周囲は幹の壁に覆われているが、水晶のように煌めく無数の鉱石が360°から天然の光源として照らしている為、イルミネーションのような明るさが内部を照らしていた。

 その光景を見て、翼は「カバラの遺跡に似ているな……」と呟く。その声に反応してメアの肩に乗っていたカバラちゃんの耳がピクリと動くが、君のことではない。

 

 エロヒムの地下に収められていた世界樹の根──それを取り巻いていた施設と、この空間が酷似していたのである。

 

 あちらでは世界樹の根が立っていた中心部には、こちらでは世界樹の芯に当たる部位だろうか? 細く長い一本の柱が、見果てぬ先まで向かってそびえ立っている。

 スケールそのものの差は桁違いではあるが、言うならばカバラの遺跡はこの場所をミニチュア化したような構造だったのかもしれない。それほどにこの場所の景色はよく似ていた。

 

『うん、そうだね。元々カバラの遺跡は、ここを参考に造られたものなんだ』

「……勝手に心を読まないでくださいよ」

『失礼』

 

 地球では味わえない、相次ぐ神秘的な光景はことごとく翼の知的好奇心をくすぐってくる。しかしそれは、役目を終えた後の余生にでも浸ればいいとすぐに思考を切り替える。

 

 翼は気を引き締め直し、降下ではなく前に進み出したビナーに続き、道を急いだ。

 

 そうしてたどり着いたのは、無数の光る鉱石によってライトアップされた祭壇──ケテルとエイトの居場所であるサフィラの祠だった。

 

 

「──っ」

 

 

 ──いる。

 

 この世界樹の中心部。

 高層ビル並の大きさを持つ、ピラミッドのようなその祭壇が視界に入った瞬間から、一同は張り付くような空気を感じた。

 翼たちは羽を畳んで祭壇の上に降り立つと、そこに一人待ち構えていた──否、歯牙にも掛けていない様子である後ろ姿を、油断無く見据える。

 

 

「ケテル……」

 

 

 その男の名前を、息を呑んだ声でメアが呟く。

 青年の姿をした十枚羽を持つ白銀の大天使は、その声を耳にしてようやく翼たちの存在に気付いたように、片目だけをチラリと向ると再び正面に視線を戻した。

 

 その背中は実の娘に対してさえ、何の興味も示していないことがわかる。

 

「……っ」

 

 そんな「王」の姿を見てメアは表情を曇らせ、翼は自身の心に苛立ちが募っていくのを感じた。

 アイツは……

 

『一言ぐらい返してあげたらどう? かわいい娘が自分から来てくれたんだからさ』

 

 翼が言おうとした言葉をそのまま、ビナーが皮肉げにケテルへと呼びかける。

 それは彼の心を読んだわけではなく、彼女自身も王に対して苛立ちを感じているからだというのはすぐにわかった。

 何故ならビナーははっきりと、エイトに似たその顔に怒りの色を浮かべていたからだ。普段は飄々としていて掴みどころのない性格をしている彼女が、露骨に心情を表している。そんな彼女の姿を見て、翼の心は逆に落ち着いていった。

 

 ……自分より怒っている者を見ると冷静になってしまう、そんな現象である。

 思えばセイバーズに入って、一番不安定だった頃の暁月炎と出会ってからずっと、そんな役回りばかりだったなと振り返る。

 

 炎がキレて長太が加熱して、翼がフォローに回る。PSYエンスとの決着がつくまで、三人は大体そんな関係だった。

 しかしこの場には炎も長太もいない。

 ならばこそ、翼が立つべき立場は一つだった。

 

「ビナー様の言う通りだな王様よ。あんたが何を考えているのかは知らないが、そっちの事情で仲間を苦しめるのはやめてくれねぇか」

「ツバサ……?」

 

 すなわち、便乗である。

 風岡翼もまた、サフィラス十大天使の王ケテルには言いたいことがたくさんあった。

 もちろん自分たちの目的が喧嘩を売りに来たのではなく、その反対で和平交渉に来たのだということは理解している。

 だが理解はしても、その上で下手に出られるほど今の翼は大人ではない。

 冷静に、落ち着きながら、静かに彼はキレていた。そういうことである。

 そんな彼の言葉に対してケテルはしばしの沈黙を返した後、淡々と告げた。

 

 

『……今苦しんでいるのは、ソレではない』

「なに? ……!?」

「あっ」

 

 

 何を言いたいのかと眉をひそめるが、翼はケテルの視線の先に目を向けると、程なくしてその存在に気づく。隣から、メアが驚愕に目を見開いたのも同じ時だった。

 

 そしてビナーは何かを堪えるように目を閉じて、静かに息を吐く。

 

 

「聖龍……アイン・ソフ」

 

 

 畏敬と悲しみ、様々な感情が綯い交ぜになった声で、メアがその名を呟く。

 ケテルがじっと見つめている方向──そこにあったのは、この祭壇から手前の位置に佇んでいる一本の柱だった。

 

 それは世界樹サフィラの中枢──大樹の芯となる部位である。

 その柱にもたれかかりながら、身体の大部分が埋め込まれた状態で同化している、巨大な黄金龍の姿があった。

 

 その龍の名こそ、アイン・ソフ。

 

 彼らセイバーズが追い求めてきたフェアリーワールドの神にして、サフィラス十大天使が崇める偉大なる聖龍であった。

 凝視するまで一同が気づくのが遅れたのは、その姿があまりにも巨大すぎた上に、信じがたい光景だったからだ。

 

 世界樹の芯と一体化しかかっている神の姿を見て、状況を理解したホドがメアの中から問い掛ける。

 

 

『……我らの神は、長くないのか?』

 

 

 その問いに、ケテルは沈黙で答える。

 彼の態度は語るまでもなく、肯定を意味していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……そう、聖龍アイン・ソフはもうほとんど死にかけている。

 

 

 嫌な予感はずっとしていたんだけどね。ほら、フェアリーワールドはこんな状態なのに、神様ったらずっと音沙汰無しだったから。

 だから想像はしていた事実ではあったのだ。多分、サフィラス十大天使たちも。

 しかし、いざ目の前に突きつけられると翼やメアはもちろん、ビナー様たちが受けた衝撃は大きかったのだろう。地球の様子を映したビジョンとはもう一つ、二元中継で映し出していた世界樹の中の様子を一瞥しながら、僕は彼らに同情した。

 

 お労しや、ビナー様たち。そして……ケテル。

 

 

『……幾億の時も先延ばしにされていたが、いずれ訪れる日が来たということだ。神であるアイン・ソフとて、永遠ではないのだから』

 

 

 ……そうだね。

 僕にも色々と物申したいことはあるが、神様と一番付き合いの長かった彼女にそう言われてしまうとどうしようもない。

 あーあ……一度話してみたかったなぁ……聖龍様。合掌。

 

 

「……姉さん以外で聖龍の死期を知っていたのは、ケテルだけだったんだろう?」

『そうだ。故に、ケテルは選択した。自らが、聖龍に代わる神となることを……』

 

 

 神という最上位のポストが空席になってしまったら、誰が後任を務めるかという話である。

 まあ順当に考えれば、サフィラス十大天使の王であるケテルがその座に就くのが道理だろう。実際、大戦以来実質的に神様の仕事を全うしていたのは彼だったわけだしね。

 

 しかし、それを容認できない者がいた。

 おそらくはフェアリーワールドでただ一人、彼の神様就任を喜ばない者が。

 

 それこそが、彼女である。

 そうだろう? カロン様。

 

 

『……ケテルはこれ以上、頑張らなくていい。そう思ったのだ。故に私は、汝を調律者として利用した。ダァトの魂を受け継いだ人の子を』

 

 

 ……と、言うわけだ。

 このくだりもあっちの世界ではアニメになっているのか知らないが、真相が明らかになった後もカロン様アンチ系SSは流行ってほしくないなと思う。

 もちろん、僕もね。これ、僕の正体の考察とか酷いことになってそう……いいぞ、どんどんやれ。オリ主は常に混沌属性、カオスエイトちゃんである。混沌って言葉、強そうでカッコいいよね。

 

 苦笑を浮かべながら僕は、脳内に探偵が犯人を問い詰める時のBGMを脳内に流しながら語り掛けた。

 そんな僕の言葉に、カロン様は……女神様になろうとしている女神様っぽい人は語った──。

 



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ラスボスに悲しき過去……

『残り幾許もない命だ。聖龍アイン・ソフは……やがてサフィラと一体化し、この世を去る』

 

 大天使の王が、衝撃的な事実を淡々と告げる。

 これほどの事態が起こってなお眠り続けている神に対して、よもやと不審に思う感情はあった。

 ある程度予想していた上で、誰もがその可能性を考えないようにしていた。

 このフェアリーワールドを訪れた当初の目的である、聖龍アイン・ソフとの謁見──その計画が、初めから頓挫していたのだと認めたくなかったから。

 

 それも、聖龍の寿命が理由だと言うのなら人間どころか大天使たちにさえどうすることもできなかった。

 

 ケテルは語る。

 アイン・ソフはこれまで大半の時間を眠りに費やすことで辛うじて生き永らえていたが、その肉体の維持に限界が訪れているのだと。

 まさに今、深淵のクリファたちが続々と目覚め始めているのも、理由の一つには神の死期が迫っていることで世界全体が不安定になっているということがあった。

 そしてアイン・ソフがその生涯を終え、世界樹のもとへ生命を還した時、フェアリーワールドにはかつての大戦と同じか、それ以上の危機が訪れることになると──予言めいた言葉で、ケテルが語った。

 

『なら、尚のこと。今は人間の世界と敵対するべきじゃない』

 

 現在のアイン・ソフの状態を知った上で、ビナーが彼の方針に対し異議を唱える。

 神がいなくなり、再びこの世界にアビスの時代が訪れようとしている今だからこそ、フェアリーワールドと人間世界は互いに協力し合う必要があるのだ。

 事情を知れば知るほど、やはり二つの世界が争っている場合に思えなかった。

 

『母なるダァトもそれを望んでいる。だから、ケテルも……』

『…………』

「っ」

 

 ダァト──ビナーが敬愛するその名を口にした瞬間、ケテルから発せられる空気が明らかに変わったのを感じた。

 冷徹な彼が大きな反応を示すほどに、その言葉がよほど癪に障ったのだろう。

 

『ビナー、余の前でダァトを語るなと……かつて余はそう教えた筈だ』

『うん、よーく覚えているよ。キツくお灸を据えられたからね……その代償が、この羽だもの』

 

 かつて目の前の王によって消し炭にさせられた片翼をひらひらと見せびらかすように広げながら、ビナーがせせら笑う。

 当のダァト──T.P.エイト・オリーシュアにそっくりな顔で彼女が見つめると、彼女は挑発的な態度で続けた。

 

『なんなら、今度はこっちの羽も捥いでみるかい? 貴方が望むのなら、私は構わないよ。それに、羽を全部失えば私もダァトとお揃いだ。私は理解の大天使だからね。これでも私は、ダァトの気持ちも貴方の気持ちも理解しているつもりだよ?』

『……ならば、その名はお前に相応しくないな。お前は、何も理解していない』

『さて、どっちかな? 貴方の方こそ長生きしすぎて曇っているんじゃないかい? ……いい加減、楽になりなよ』

 

 ケテルに対して不敵に笑うその顔は、理解の大天使の名に相応しい威厳を発している。いっそ妖艶ささえ感じる表情は、このような状況でありながら翼が一瞬目を奪われそうになったほどだ。

 

 ……探偵としての直感が、そんな彼女が抱えているケテルへの感情を察したのもその時である。

 

「ビナー様、あんた……」

『ツバサ。君が何を察しているのかは知らないけど、私は今王様に逆らいに来たんだ。その気持ちに偽りはない』

「……頼もしいことで」

 

 凛とした眼でケテルの姿を見据える彼女の顔に、翼は追及を止めて再び前を向く。

 そんな彼女の視線を受けて、ケテルが初めて振り向きその目を聖龍から移した。

 

『このフェアリーワールドは、亡霊(ダァト)の為に存在しているのではない。余は聖龍に代わる神として、人間という存在がこの世界にとって危険な存在だと判断したまでだ』

「あんたは、人間のことを恐れているのか?」

『かつて聖龍アイン・ソフは、お前たちと共存する未来に希望を抱き、人間世界にダァトの力を振り撒いた。しかし、多くの人間はその力を有用に扱うことができず……ある者は力に溺れ、ある者は過ぎた力に振り回されるばかりだった。真の意味でダァトの力を受け入れることができた人間など、お前たちセイバーズを含めてさえどこにもいない』

 

 その言葉は恐れというよりも、失望の色が濃いと感じるものだった。

 怒りや悲しみさえも感じていないかのように、感情の無い虚無的な響きが胸に刺さる。

 

『聖龍とダァトの判断は間違いだった……という意味では、聖龍を止められなかった余にも非はあったのだろう。人間に力など、与えるべきではなかった』

「っ、言ってくれるじゃねぇか」

 

 アビスの脅威を乗り越える為にも今は人間と協力するべきだと語るビナーに対して、彼は徹底的に拒絶を返す。

 彼自身も異能社会になって以降の人間世界の様子をよく見てきたかのような口ぶりであり、その実情を誰よりも理解している翼にとっては耳の痛い話だった。

 

 かつて聖龍によってもたらされた異能の力は、確かに彼ら人類を一つ上のステージに押し上げるだけの可能性をもたらした。しかし、彼の望み通りの成長を人類全体ができるかと言えば……それは現実的な話ではないだろうと感じている。

 誰も彼もが完璧な人間になれるわけではないのだ。それが数百年後、数千年後になろうとも……おそらく人間世界全体がこの問題を解決することはできないのだろう。

 

 しかし。

 

 

「みんな……同じだよ、ケテル」

 

 

 反論しようとした翼の前で、一歩前に出てそう言ったのは、メアだった。

 たどたどしくもケテル──実の父親に対して語るその後ろ姿が、翼の目にはふと一瞬だけT.P.エイト・オリーシュアの雰囲気と重なって見えた。

 それぞれの視線を集めた中で、彼女はすぅっと息を吐き、自らの思いを語る。

 

「メアは……人間が好き。ケセドやホド、聖獣たちみんなのことも、とても大好き」

『メア……』

 

 心も感情も無く、ただ死ぬ為に生まれてきたメアは聖獣でも人間でもないのかもしれない。

 しかし、そんなメアも確かに存在を得た。人の世界の中で心を持つようになり、大好きなみんなと同じように泣いたり、笑ったりすることができるようになった。

 それは、メアという存在が生きているということなのだと。

 夢でも幻でもなく、ここにいるということ。

 だから自分はもう、悪人の為に使われる道具でも、ケテルに捧げる為の贄でもないのだと──メアは万感の思いで言い切った。

 

 そして──

 

 

「だから……みんな一緒に、仲良くできる筈。だって、人間の世界も、この世界も……メアから見たら、とても似ているから。どっちの世界にも、優しい人たちがたくさんいる」

『……それが、お前の見つけた答えか』

「うん……メアは二つの世界が、どっちも好き。だから貴方を説得する。どんな手を、使ってでも」

『……愚かな娘だ。奴に似て』

 

 

 八枚の羽を広げて内包する栄光の大天使ホドの力を解放しながら、その手に光の槍を召喚したメアが戦闘態勢に入る。

 難しい言い回しになってしまったが、おそらく彼女が伝えたかったのはそういうことなのだろう。人間の世界も聖獣の世界も、どちらも好きだから傷つけたくない。

 だから、人間の世界を傷つけようとするケテルの企みを止めるのだと──メアの気持ちはそういうことだった。

 

「眩しいねぇ……」

『だけど、嫌いじゃないな私は』

「……そうだな」

 

 小さな背中に覚悟を決めすぎだと苦笑しながら、翼は疾風のフェアリーバーストを発動しその手に銃を構える。

 

 この子をこのような性格にしてしまったのは、間違いなく暁月炎の影響だろう。

 今度会ったら少し、彼に釘を刺しておいた方が良いのかもしれない。既に遅いかもしれないが、翼には彼女が将来必要とあらば力尽くのパワープレイも辞さない強引な女性になることを少し心配していた。

 

 ……だから、戻ってこい炎。

 

 

「──そういうことだ。あんたが俺たちを信用できないのも無理はねぇが、俺たちにもあんたには言いたいことが山ほどある。……いや、今は二つ先に言わせてもらうか」

 

 

 彼女にここまで言わせたのだ。

 翼としてはどのような結果になろうとも、自分がここに来た目的を最後までやり遂げる気持ちだった。

 数の面ではこちらの方が有利だが、ケテルを相手に勝算があるかと言うと、はっきり言ってかなり厳しい。

 同じサフィラス十大天使が味方についてなお、エロヒムで見た王の力は強さのレベルが違うように感じたからだ。

 

 だが……今ここにいる俺たちでやるしかない。

 彼が人間に対して失望しているのなら、今ここで刻みつけてやるまでだ。聖龍とダァト──T.P.エイト・オリーシュアが信じた可能性という奴を。

 

 

「一つ、メアに謝れ」

 

 

 己を鼓舞する意味も含めて、あえて強気な態度で言い放つ。

 

 

「そしてもう一つ……エイトを返してもらおうか」

 

 

 聖龍アイン・ソフの事情を知ったことで状況はより混沌としてきたが、結局のところ翼たちの望みはシンプルである。

 現時点でのフェアリーワールドの最高指導者であるケテルを説得し、その考えを改めさせる。

 しかし、その為に自分たちがするべき行動は自分たちが下の立場だからと伏して拝むことではないことを翼は察していた。

 だからこそ翼は、無礼は承知の上で正面から要求を突きつけた。

 しかしその言葉は、当然のように拒絶される。

 

『できぬ申し出だ。メアの存在意義は余に命を捧げることであり、お前たちがエイトと呼ぶ天使は元々こちら側の存在だ』

「それでも」

 

 わかっていても、後に引くことはできない。

 欲しいものを手に入れる為には、今は前に進むしかないのだと己を鼓舞して、強く言い放つ。

 

「それでも……アイツは俺たちの前では一度もダァトと名乗らなかった。確かにダァトって天使はあんたの仲間なんだろうが……T.P.エイト・オリーシュアという女は今、俺たちの協力者なんだ。なら引き下がれるわけねぇだろうが!」

『都合の良い、勝手な言い分だな』

 

 ごもっともだ、とは自分でも思う。

 我ながら理よりも感情を優先しすぎだと感じているが、今の翼は自分で思っていた以上に自らの心をコントロールできていないらしい。

 そんな自らの感情を見つめ直し、思わず苦笑する。

 

 

 ……ああ、そうか。俺は……

 

 

 そこまで考えて、ようやく気づいた。

 自分が今、因縁深きカイツールの分体と戦っていた時と同じか、それ以上にキレていること。

 

 そして、自分の傍から彼女が──T.P.エイト・オリーシュアが離れていくことを、ラファエルが死んだあの時を思い出すほどに恐れているのだということを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──と、こんな感じで翼たちとケテルは戦いを始めてしまった。

 

 

 しかし、力の差は正直かなり厳しいものがある。今のエイトちゃんには彼らの力量差がわかってしまうのだ。

 その上ケテルには目を合わせただけで相手の動きを止めてしまう「王の威圧」という反則的な能力がある為、ただでさえ実力に差がある上にメアも翼も視覚に頼ることができないという大きなハンディまで背負っている。

 メアちゃんは中にいるホドが彼女の目の代わりになり、翼は風の揺らぎから相手の行動を読むという風使いの極地みたいな技能でそれぞれ対応してはいるが、それでケテルの能力を攻略したとは言い難い。

 

 唯一ビナー様だけはダァトの特徴を多めに受け継いでいるからなのか、威圧に対する耐性を持っているようだが……あの三人が束になってもなお、ケテルには攻撃一つ当てることができていなかった。

 

 

 うん、僕もかなりビビっている。うわっ、王様強すぎ……

 

 

「原作のケテル、邪神になる前の方が強かった説」がいよいよ現実味を帯びてきたようだ。

 あらら……万全な状態のケテルってこんなに強いんだねって、僕の中にいるダァトまで一緒になって驚くぐらい、今のケテルは強さのレベルが違う圧倒的な戦闘能力を三人に見せつけていた。

 

 

『かつて己の無力さを呪った大天使の王は、誰よりも自分自身を赦すことができなかった。今のあの子の力は全て、これまであの子が体験してきた忌まわしき過去によって培われたものなのだろう……』

 

 

 ケテルの強さの秘密を語らねばなるまい……と、僕の横で悲しそうな顔を浮かべながらカロン様が解説してくる。

 

 ……ふむ、なるほどね。

 

 わかるよ。

 ダァトを深淵の世界に一人で送り出すことしかできなかったことが、悔しくて仕方がなかったんだよね……

 

 だから彼は、誰よりも強い完璧な王様となる為に、ただ一人だけ転生することもせず長い時間を王として生き続けた。

 そして今のハイパームテキラスボスの姿があると。

 ラスボスの強さの秘密が悲しい過去……にあったりするのは実に王道的だが、それ故に有無も言わせない説得力があった。

 彼みたいに、本当に悲しいのはやめてほしいんだけどね。しかも思いっきり僕が、ダァトがその根幹に関わってしまっているのだから茶化すこともできない。

 

 うわっ、ビナー様のテレポーテーション射撃に素で反応してるよ王様……えっ、素手で矢を掴んで翼に投げ当ててくんの怖っ……やめて、メアちゃんの頭掴んで天井にガリガリしないで! 

 

 地球の炎vsカイツールが安心して見ていられるようになったのと対照的に、二元中継で映し出した彼らの戦いの様子は僕の心をヒヤヒヤとさせる危なっかしいものとなっていた。

 それはもう、思わずカロン様への追及を中断してしまうぐらいに。やりすぎだよあのラスボス……

 

 

 ──だけど、今一番悲しんでいるのは僕の中にいるもう一人のボクの心だった。

 

 

 ダァトは僕の中で、悲しそうな目で彼のことを見ている。

 メアちゃんたちが傷つけられていく戦いの様子に対してもそうだけど、何より辛そうだったのは、そうやって今大暴れしている張本人──ケテルのことを思いやっているからであった。

 でも大丈夫だよ、ダァト。

 既にこの世界はハッピーエンドが約束されている。そうとも、原作主人公とオリ主がいる限り! 

 

 

「そう……キミの……キミたちの目的は同じ筈だったんだ。人間とフェアリーワールド、両方の世界から今度こそ完全に、破滅の種を取り除く──ボクを「調律者」として生まれ変わらせたのも、その為だったんだろう? カロン様」

 

 

 もしかしたら本当は、ここまで拗れるような話ではなかったのかもしれない。

 でもそれは弊害だったのだろう。この世界にダァト(ボク)が生まれてしまったことの。

 

 個人的にはあまり好きではないんだけどね……オリ主がいることで、反ご都合主義的に原作の物語がマイナス方面に向かっていくストーリーっていうのは。

 

 

 



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転生神様のヒロイン化

 死後の世界があることは、昔から割と信じていた。

 流石に自分がここまでコテコテのライトノベルみたいな神様転生をすることになるとは思っていなかったが、僕は今、オリ主としてここにいる。二度目の人生──ダァトにとっては三度目か。こうして再び生まれることができたのは、最高に幸運なことなのだろうと僕たちは感じていた。

 

 前世の僕が一生を終えてから転生するまでの間、実はしばらくの空白期間がある。

 

 今にして思うと僕の魂が特殊なせいで、天国にも地獄にも行けなかったからだろうか? 死んでからしばらくの間、僕の魂はふわふわとどこでもない世界に漂っていた……ような気がする。

 そして、そんな僕を見つけてくれて、異世界から遥々と回収しに来てくれたのが女神様っぽい人ことカロン様だった。

 ダァトと同じ魂である僕のことを、彼女は慈しむように抱きしめてくれた。

 

『────……それが、汝の名か』

 

 ダァトとは違う僕の名前を、心の中で反芻するように呼んだ後、カロン様は僕の魂と向き合う。

 彼女との面談が始まったのが、それからのことである。

 

 ──貴方は神様ですか? 声は女の人だから、女神様? 

 

 姿が見えない神秘的な存在に対して、そう問い掛けた僕にカロン様が答えた。

 

『そう在りたいと願ってはいた……私は世界の安定を望む者。見つけ出すまで遅れてしまったが……汝に頼みがあって、迎えに来た』

 

 僕の問い掛けに対して歯切れの悪い微妙な否定を返したので、僕は彼女のことを女神様ではなく「女神様っぽい人」と認識したのが始まりである。

 ……いや、どうにもあそこでの記憶は転生した際に微妙に欠損してしまっているようなので、もしかしたら本当はあの時、カロン様はちゃんと名乗っていたのかもしれない。

 何せあの時は、記憶する脳みそどころか肉体すら無かったからねー。彼女と語り合った会話の内容の一部を忘れてしまったのは申し訳ないが、仕方なかったとも思う。そんな自己弁護である。

 

 なので、今の僕が覚えている彼女とのファーストコンタクトは、実のところ完璧な記憶ではなかったりする。

 しかし、それでも彼女が言っていることはなんとなく理解することができた。僕なりに、噛み砕いて。

 

 いわく、次元の海には書の物語のように、あらゆる可能性から分岐した無数の世界が存在している。

 

 彼女はそのうちの一つを観測し、時に管理を行っている存在である。

 しかし、その世界は今大きな分岐点に立たされており、いずれも破滅の未来につながっている不安定な状態だと。

 彼女は実際に幾つも見たのだと言う。自分たちの世界が深淵の闇に覆われる未来を。

 

 

『────、汝は私の世界に生まれ直し、新たな未来を導いてほしい』

 

 

 このような言い方だとまるで最初から僕が重大な使命を背負っていたようにも聞こえるが、彼女は僕に特別なことを要求しなかった。

 別段何もせず、ここで聞いたことも気にせず、気楽に生きても構わないと。

 存在そのものが未来の分岐点、調律者である僕はただその世界で暮らしているだけでも何らかの可能性を示してくれるからだと。

 

 言っていることはぶっちゃけよくわからなかったが、あの時の僕は彼女が僕に、僕にしかできない何かをさせたがっていることは伝わっていた。

 

 それこそまさに、本当に神様転生物SSみたいなテンプレめいたお話である。

 

 そう思って笑った僕に対して、カロン様が語ったのが何より衝撃的な事実だった。

 

 

『私が観測している世界は、汝のいた世界でも馴染みがある筈だ。「フェアリーセイバーズ」という創作物として……そちらでは観測されていた』

 

 

 ……はい。

 

 それを聞いた瞬間、僕の理性は弾けましたよ。

 だってよ……フェアリーセイバーズだぜ? 僕の青春だよ。あの世界に女神様っぽい人の使者として生まれ変われるなんて、それはもうどう考えてもオリ主神様転生物二次創作SSである。

 その当事者に、憧れの転生オリ主に自分がなれるなんて聞いたらもう……その興奮と来たら転生の際に薄れてしまった記憶の中で今でも一際強く刻みついてしまったものだ。

 カロン様もカロン様で『それなら私は作者のようなものか……』と天然ぶりを発揮するものだから、僕は転生の儀を始める頃にはすっかりテンプレチートオリ主としてのテンションが出来上がっていた。僕が天職として目指したオリ主の品格、名誉、プライドを彼女は淀みない心で全肯定してくれたのである。

 それがきっと、今の僕ことT.P.エイト・オリーシュアを構成するモチベーションの一つだったのかもしれない。

 

 

 僕が最初に行ったオリ主ムーブはざっと、そんな感じだ。

 転生神様とありきたりで小粋な漫才を披露したり、二次創作談義で盛り上がったりして……そうすることで僕は、「新しく始める僕の物語なんて、何も固っ苦しいものではなくこのぐらいのIQでいいんだよ」って、他ならぬ自分自身にも言い聞かせていた。シリアス展開は面白いけど疲れるのだ。

 とは言っても、前世でもそこまでIQの高い人生ではなかったけどね。……もちろん、バカだったわけじゃないよ? 要領の良い僕は、出席日数の割には結構成績は良かったのである。特に家庭科とか音楽とか。えへん。

 

 ……と、そんな意識で彼女の観測するこの世界に生まれた僕は、客観的には不誠実な人間に見えるかもしれない。

 遊びでやってんじゃないんだよーって、本当に意識の高い人たちがこの事実を知ったらとても怒りそうだ。

 カロン様は本気で世界の安定を願っており、その為にダァトと繋がりの深い僕を生まれ変わらせた。炎たちも守りたいものを守る為に本気で生きており、いつだって全力だ。

 そんな彼らが僕の本質を知ったら、流石に呆れるかもしれない。

 だけど、僕の方はみんなと変わらず本気で、真剣に生きているつもりだ。ただその方向性がオリ主なだけで、少なくとも前世と同じぐらいには真面目に生きている。ふふん、エイトちゃんは原作の雰囲気を壊すギャグキャラではないのだよ。

 ……シリアスな作品のギャグキャラって、上手く扱えば心地良い清涼剤になるけど迂闊に扱うとちょっと不快に感じたりするから難しいよね。

 

 ──さて、回想はこのぐらいにしてそろそろ今を見つめようか。

 あっ、この言い回しちょっとカッコいい。心のメモ帳に残しておこう。

 

 あの時受け取ったカロン様の言葉だが、これに補足資料としてダァトから受け継いだ知識と照らし合わせてみるとなるほど読み解くことができる。

 

 彼女はずっと探していたのだ。

 

 僕が交わることで新たに拓かれる新しい物語の可能性を。神の視点から、最高で最善のトゥルーエンドを模索していたのである。

 要は、僕がこの物語を始めた最初の頃の認識と変わらない。

 

 彼女は……新しい世界(二次創作)創造(執筆)しようとしているのだ。僕に集めさせた闇の力を使って、ね。

 

 

「ボクの描いた物語から得た着想は、貴方にとって魅力的だった?」

 

 皮肉的な意味ではなく、そのままの意味で問い掛ける。素直に興味があったのだ。

 彼女以上に僕の物語を読み込んでいる相手はいないからね。読者と作者のコミュニケーションという奴である。

 僕の問いに、カロン様は小さく頷いた。

 

 

『汝は新たな可能性をもたらした。夢幻ではなく、無限に至る最善の未来を……』

 

 

 ただ……そう続けて、引っ掛かるような物言いで語った。

 

 

『心残りは一つ……未来を受け入れたが故に今も苦しみ続けている、王の魂だ……』

 

 

 じっと見つめているカロン様の視線の先では、僕が映し出したビジョンの中のケテルが翼、メアちゃん、ビナー様の三人を次々と痛めつけている。

 戦う術を持たない慈悲の不死鳥のケセドは、吹っ飛ばされていくみんなを受け止めるクッションとして立ち回り、その度に彼は悲痛な眼差しを送っていた。

 カバラちゃんは何かを捜して下のとこで走り回っている。あっ、もしかして僕のことを捜し回っているのかな? ……ありがとう。僕も随分と懐かれたものである。まあカバラちゃん自体、カーバンクル種にしては珍しいぐらい人懐っこい性格なのもあるけど。

 

『ビナー、ホド、ケセド……余はお前たちの教育を間違えた』

 

 同じ大天使でありながら、人間の味方をしている弟たちを見下ろしながらケテルが吐き捨てるように言う。

 そんな彼の言葉に、三人は名前を言われた順に言い返す。

 

『いや、貴方の教育は完璧だったよ、ケテル』

『……そうだな。我々は常に王の背に導かれて学んできた。この世界の為に誰よりも強く、正しく在ろうとする天使の姿をな』

『だからわかる! 僕たちには、貴方の真意が』

『……何?』

 

 長兄に天使たちが返したのは、意外にも彼に対して肯定的な言葉だった。ケテルにはその意図が理解しかねたのか、眉を顰めながら怪訝な眼差しを彼らに送る。

 そしてその天使の一人であるホドと同化していることで意識を共有したメアちゃんがハッと目を見開き、全てを理解したような目でケテルを見つめた。

 

「ホド……そうだったんだ。だから、ケテルは……」

 

 追い詰められているのは彼女たちの方なのに、メアちゃんが彼に向ける目は同情的だった。

 僕としては彼女には彼の事情を理解した上でなお彼のことを引っ叩く権利が大いにあると思うのだが……ホドと意識を共有した彼女が抱いたのは怒りではなく、悲しみと憐れみの気持ちのようだ。

 

 ホント、いい子だよメアちゃんは。将来が不安になるほどに。

 

 ……ヒモを飼っちゃうダメンズ好きとかにはならないよね……? 灯ちゃんに会うことがあったら、僕も彼女の教育方針に口を出そう。そう思った。

 

 だがそれは、この件が終わってからの話だ。

 僕も全てを知った顔でニヒルな笑みを浮かべて、隣のカロン様に向き直った。

 

 

「聖龍アイン・ソフが死ねば、深淵のクリファたちと同じように「彼」も目覚める。貴方たちはそれに対して、それぞれの思惑を抱えて暗躍していた。世界を守る為にね」

『…………』

 

 

 幼女を一方的に痛めつけている絵面はすこぶる悪いし実際僕も許せないとは思っているが、本当の意味での悪人はあの場にはいない。

 ケテルは……もちろんカロン様も。二人はどちらとも、それぞれ手段が違っていても、いつだって正義の為に戦っている。

 僕はダァトを通してそれを知ることができたが、サフィラス十大天使である彼らは長い付き合いから大凡察することができたのだろう。

 それが具体的に何であるか、までは多分知らないだろうけど……

 

 しかし、僕は知っているのでここぞとばかりに呼んでやろう。

 

 この世界における本当の悪──アビスよりも深く、PSYエンスよりも邪悪な存在の名を。

 ケテルとカロン様が恐れている最強の敵──おそらく「フェアリーセイバーズ∞」の裏ボスと呼ぶべき者。その名は……

 

 

「【アビス・ゼロ】──貴方たちはずっと探していた。聖龍の死を引き金に訪れる、原初の闇を乗り越える方法を」

 

 

 だから、カロン様はダァトの魂を持つ僕を転生させ、それによって発生した新しい未来から希望を探した。

 そうしなければ多分、今よりもっと大変なことになると思ったから。

 そんな僕の考察を肯定するように、彼女は小さく頷いて言った。

 

『アビス・ゼロは聖龍さえ打ち破ることができなかった強大な存在だ……私は見た。かの存在によって、人間と聖獣、両方の世界が破滅してゆく未来を』

「それが、エンに体験させた闇の世界?」

『そうだ』

 

 世界中が闇に覆われ、どう足掻いても絶望的な感じの光景は、僕が転生しなかった場合の並行世界だったというわけだ。

 カロン様がその世界に一時的に炎を案内したのは「汝がしっかりしないと世界がこうなっちゃうぞ☆」と発破を掛ける意味もあったのだろう。唐突すぎて全く伝わっていなかったが。

 

『……伝わらなかったのか……』

「うん。それはそうだよ」

 

 あれで伝わっていたら炎君はもはやエスパーか何かである。あの子もあれで結構察しの良いところはあるが、それにしたってカロン様の説明下手はちょっと擁護できなかった。

 

『そうか……』

 

 反省しましょうね。

 まあ長い間ずっと世界樹の意思として孤独だったのだから、コミュ力がえげつなく低下してしまったのも仕方ない話ではある。

 だから、これからだよ。これから改善していけばいい。

 

『頑張る』

 

 表情の変化は乏しいが、彼女なりに暁月炎との微妙なコミュニケーションには色々と思うところがあったようである。カロン様の意味深ムーブは僕と違って天然的に発生しているものの為、本人からしてみれば好きで意味深ムーブをしているわけではないのだ。

 

「ふふっ……」

 

 そこがちょっと、不覚にも可愛らしいと思ってしまい不敬な笑みがうっかり溢れてしまう。この女神様っぽい人、ダァトのお姉さんだけあってあざといぜ。

 誠に申し訳ない。そう思い心の中で謝罪すると、そんな僕の思考を読み取ったのかカロン様は少しだけしょんぼりした目で視線を彷徨わせた。

 えっ、どうしたん? 

 

 

『……もう私のことを、姉と呼んでくれないのか』

 

 

 …………

 

 あ、ああ、そのことか。

 確かに僕はダァトの言葉で話す時や、炎の前ではカロン様のことを姉さんと呼んでいたね。しかしあれは僕と言うか、ダァトとカロン様の関係を簡潔にわかりやすく教える為に呼んでいたものなので、エイトちゃん的には今も彼女のことは大恩人で女神様っぽい人の大天使カロン様という認識である。

 カロン様の妹はダァト一人だからね。だから僕が彼女のことを姉と呼ぶのは、二人きりの間では少し躊躇われた。

 

 

『……そうか……』

 

 

 …………

 

 ……呼んでいいの? 

 

 

『構わない。ダァトと同じ魂を持つ汝が、何者に生まれようと私との繋がりに変わりはない』

 

 

 なーんだ、呼んで良かったのか。僕がそう呼ぶのも失礼かなぁと思っていたから気を遣っていたが、余計なお節介だったようだ。

 貴方がそう言うなら、貴方のことはこれからカロン姉さんと呼ぶことにするよ。

 前世の僕の姉はもちろん姉さん一人だけど、魂の姉者は二人いるということでヨシとする。

 やったね、美人な姉さんが増えたぜ。しかし魂のお姉ちゃんって呼び方をするとなんかちょっと背徳感あるよね。推しキャラの姉化……あると思います。原作キャラの弟とか妹になるオリ主って多いし。

 今の僕が貴方の妹として認められるのは、少し気恥ずかしくもあるがとても嬉しい気持ちである。

 

 

『……私のことは「キミ」と呼んでくれないのか……』

 

 

 この姉めんどくさいな。

 

 い、いや、そこがいいんだけどね! 

 どうやらこの博愛主義のいじらしき姉上は、僕から他人行儀な呼び方をされるのが寂しいようだ。どうしよう……この姉、距離の詰め方凄い。嬉しいんだけど僕の中で急にヒロインポイントを稼いでくるのは少し心臓に悪かった。

 

 

『汝の心臓は、その器に戻したことで問題無い筈だが……』

 

 

 ……しかも、この天然ぶりである。うん、おかげさまでこの身体の心臓は気持ちいいぐらい元気だけども。

 ぽんこつキャラに見えるだろ? この姉、これでケテルより上の格を持っているハイパー大天使なんだぜ。

 ナチュラルに未来視能力を携えており、彼女はその能力で常に最善の未来を模索しつつ、世界樹と一体化しているが故に大幅な活動制限が掛かっていながらも、ずっと二つの世界の為に精一杯の干渉を行ってきた。

 

 ──そして今、この世界は最大の山場を迎えようとしているというわけだ。

 

 

「言い忘れていた」

『?』

 

 

 だがこの世界の為に何かをするよりも先に、自分自身のルーツを知った今の僕には彼女に言っておかなければならない。

 本当なら、カバラの叡智に触れた時に言うべき言葉だ。それを改めて、こうして彼女の妹ポジに舞い戻った僕は彼女に伝えることにした。

 ダァトの気持ちも、一緒に合わせてね。

 

 

「ただいま、姉さん」

『……! ……おかえりなさい、ダァト」

 

 

 実家に帰ったらまずはこれだよね。

 実家は実家でも、魂の実家だけど。ああ、だから居心地がいいんだ。彼女のいる、この世界樹の領域は。

 

 

 





 未来視能力者全員コミュ力低い説あると思います(´・ω・`)
 コミュ力高かったらRTA化するから仕方ない


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メアリー・スーはオリ主の特権

『真実を知った今の汝は、どうなっている……?』

「うーん……溶け合っているようで、二つの感情も抱えているみたいな? なんて言うか不思議な状態だね。少しだけ違和感はあるけど、これはこれで結構気持ちいいんだ」

『そうか……』

 

 だから二重人格の悲哀的な心配は無いよ、と伝えておくと、カロン姉さんは複雑そうな顔を浮かべていた。

 実際、心配されるような状態ではないのだ。今の僕は欠けていたパーツが埋まって完全体になったようなものなので、今までよりも僕の中ではしっくり来る感覚があった。

 フェアリーバーストを発動したことで、天使化が進んでいるのかもしれないね。しかし今までの僕が無くなったわけではないので、僕は僕だと自信を持って言える。

 寧ろ、僕としてはカロン姉さんの方が心配だった。未来視によって幾つも破滅の未来を見てきたことは、いかに大天使とは言え大いに精神を摩耗させてきた筈だ。その気持ちを共有できたのも、ダァトと聖龍、ケテルぐらいなものだったろうしお辛い境遇である。

 彼女の未来視が非常に高い精度を持っていることは、ダァトがよく覚えている。昔のアビス・ゼロ及び深淵のクリファたちとの大戦でも、彼女の能力にはかなり助けられたみたいだしね。

 ……こうしてみると今の僕って、アニメで言えば原作者しか知り得ない裏設定を知り尽くしているような知識量だよね。原作知識までチートで手に入れるとかすげぇぜ僕! さす僕である。

 

『私が見たのは分岐した数多の未来……汝の調律により破滅の回避は順調に進んでいるが、今が正念場だ』

 

 ……順調、ね。

 確かに大きな範囲で物を見ればその通りなのだろうが、僕的にはあまり納得いかない感じである。

 善良なみんながこうしてケテルにやられていくのが、果たして本当に未来の為に必要なことなのかなぁって。

 未来知識を持っている転生オリ主がハッピーエンドの為に目の前の被害や犠牲をスルーしていく展開とか、理解はできるんだけどなんか釈然としないものがあるのだ。人命が関わっている状況になると、流石にね。そういうのは僕もあんまり楽しくないので、どちらかと言うとやっぱり苦手だ。

 

『心配は無用だ。じきに、救世主を送り込む』

 

 サフィラの様子から人間世界の様子に目を移し、カロン姉さんがそう語ると事態は動いた。

 

 救世主──我らが主人公暁月炎の活躍によって、人間世界サイドの決着がついたのだ。

 

 インフィニティーバーストの力を存分に振るった炎がカイツールを討ち滅ぼし、ダァトの姿を半端に模したその姿がドロドロと崩れ去っていく。……なんかやだなアレ。

 その際、身の毛のよだつような怨嗟の叫びを上げたかと思えばケタケタと笑い始めたカイツールは、まるで消えゆく瞬間に何か面白いものを見つけたかのようにねっとりと告げた。

 

 

『ワレがホロビようと、ヤミはフメツだ。ジゲンのカナタよりヌシがカエるトキ……セカイはアるべきスガタをトりモドす……!』

「!?」

 

 

 意味深にアビス・ゼロの存在を仄めかしながら、カイツールはいかにもラスボス登場前の前座みたいな捨て台詞を残していく。うむ、悪役の鑑である。

 もちろんアビスの言語なのでそれを聞いていた炎やティファレトたちにはまるで伝わっていなかったが、ただならぬ様子から一同は不穏さを感じ取ったようだ。

 

 そして、次の瞬間──カイツールは消滅間際に最後の足掻きとして大爆発を起こしていく。

 

 そんな彼が消滅した後には……空間に刻みつけられたサーキットのような巨大な穴が、空に広がっていた。

 

「あれは……ゲート……!?」

 

 そう、人間の世界から異世界へと続く異次元の扉、ゲートである。

 カイツールが残していったそれはフェアリーワールドにつながっているものなのかと疑ったが、確認の為に入ろうとした結果弾き出されたイェソドがそれを否定する。

 これは今まで両世界に発生したゲートとは根本的に違い、フェアリーワールドとも人間世界とも異なる、全く未知の領域につながっているものだと……彼は語った。

 王ケテルなら何か知っているかもしれないが、サフィラス十大天使である彼らにとっても未知の事象だった。

 

 ……はい、僕も何が起きているのかよくわからないので解説お願いします、姉さん! 

 

 アイコンタクトでそう訊ねてみると、久しぶりに妹に頼られたのが嬉しかったのかちょっとだけ声を弾ませながらカロン姉さんが答えた。

 

 

『アレは、次元の彼方に続く入り口だ。かつて聖龍により放逐されたアビス・ゼロは、あの先にいる……』

 

 

 なるほど……要するに、裏ボスが眠る裏ダンジョンという奴だね。

 カイツールは消滅する最後っ屁に、自らを生け贄にアビス・ゼロへの道を拓いたというわけか。

 一秒でも早く、彼がこの世界に帰ってこれるように……最後の最後まで、迷惑な奴だったわ。僕が直接ビンタしてやりたかったぐらいに。

 

 

『今、シェリダーも同様の動きをしている』

 

 

 えっ、マジ? 

 

 うわっ、本当だ。確認の為フェアリーワールドのもう一つの戦いの様子を三元中継でビジョンに映し出してみると、そこではなんとも予想外な光景が広がっていた。

 

 長太たちから逃走していた深淵のクリファ「シェリダー」が、カイツールの消滅から程なくして爆発したのである!

 

 それはもう、何の脈絡も無く。盛大に。突然の死っ!

 

 確かに彼を追っていたのはサフィラス十大天使最強クラスのコクマーに、彼の天敵となりうるフェアリーバーストの力動長太だ。そこにゲブラーとマルクトもいて、おまけに異変に気づいて空から飛来してきたネツァク様まで合流してきた。

 久しぶりの再登場となったネツァク様だが、逃げるシェリダーの先に颯爽と回り込み、これまた久しぶりのハニエルさんを伴って駆けつけると先陣を切ってライダーキックをかまし参上してきた。

 

 その勇姿には思わず「ヒュー!」と歓声を上げてしまったものである。やっぱあの人だけ画風が違うぜ!

 

 そんな頼もしい援軍を始め巨大な戦力が一ヶ所に集まったものだから、僕は炎たちやメアちゃんたちほど彼らのことは心配していなかった。

 戦いは数だよというのもあるけど、シェリダーは既に手負いでバリアーを失っていたからね。もちろんそれでも安心はできなかったが、彼らが負ける可能性は低いと思っていた。

 だからこそ、ケテルも世界樹にいるのだろうしね。

 

 そんな展開での、シェリダーの自爆である。

 

 確かに形勢は彼にとって不利ではあったが、まだ余力のある状態でいきなり自爆を決行してくるのは彼の性格から考えても不可解な展開であり、異様な光景だった。予測していた死闘が起こることはなく、ネツァク様も『そりゃないぜHAHAHA……』とおったまげだ。

 

 その際、戦闘スタイル故にシェリダーと一番近い位置にいたマルクトが爆発に巻き込まれそうになったのには一瞬ヒヤッとしたが、寸でのところで長太のアイスシールドが間に合い事なきを得た。

 そうしてマルクトを守った長太は「これで借りは返したぜ!」とイケメンなセリフを吐き、マルクトの方はと言うといつも通り強気な態度を返すかと思いきや、意外にも『……あ、ありがと……』と、感謝の言葉をしおらしく返していた。これには長太も「お、おう……」とたじろぐ。その時のマルクト様ちゃん、控えめに言ってくっそ可愛いかったから仕方ないね。

 

 しかし君ら、僕がいない間に随分仲良くなったねと……第一印象最悪の出会い方をした二人が中々いいコンビになっている様子にほっこりする。

 

 贅沢を言えば助け出す際にはお姫様抱っこでもやってみればいい感じの絵面になったのではないかと思ったが、二人はそういうタイプとはちょっと違う気もするのでこれもヨシとしよう。

 

 だけど、いいよね……大柄筋肉男子と小柄ツンデレ女子の組み合わせって。

 なんかこう、お互いにビジュアルの良さが引き立つと言うか!

 

 そう思いながら二人のやりとりにうんうんと頷いていた僕に向かって、カロン姉さんが今しがたシェリダーがとった奇行の意味を説明する。

 

 

『カイツールは自らの力を捧げ、人間世界にアビス・ゼロを繋ぐ道を拓いた。シェリダーもまた、同様のゲートをフェアリーワールドに開いたのだ』

 

 

 ……ふむ、なるほど。

 

 その言葉通り、シェリダー爆散の後には確かにカイツールが消滅間際に残していったのと同じ漆黒の穴が──異界に続くゲートの姿があった。

 まだまだ暴れ回る余力があったにも拘わらず早々に自爆していったシェリダーの行動に一同は困惑していたが、カロン姉さんの話によれば、彼ら深淵のクリファはこちらが思っていた以上に狡猾で合理的な考えをしていたようだ。

 

 アビスの性質上、聖獣の力では何度倒そうとも時間を掛ければ転生という形で蘇ってしまう。

 そんなシェリダーだが、おそらく「暁月炎」という天敵の存在をカイツール経由か何かで知ったことで方針を転換し、今ここで自分が大天使たちを相手にするよりも第一に、アビスの祖たるアビス・ゼロの早期帰還を優先したのだろう。

 

 アビス・ゼロさえこの世界に戻ってくれば、自分を含むクリファたちもすぐに蘇ることができるから。

 

 人間の力で完全に滅ぼされてしまったアディシェスやカイツールの復活は無理だが、深淵の世界で今も転生の時を待っている同胞たちは一斉に力を取り戻す。

 

 何故なら彼ら深淵のクリファにとって、アビス・ゼロは魔王。

 アビスが狼男だとすれば、アビス・ゼロは満月のようなものだ。存在するだけで、彼らに無限の力を与えてくれる。

 原初の闇たるアビス・ゼロのことを、知性派のクリファは神として信奉しているのかもしれない。

 長年積み重なった憎しみという激情を抱えているシェリダーだが、カイツールの死を受けた現状の最善手を理解する程度には冷静だったようだ。

 

 しかし……彼らの性質的に、自爆ってどうなんだろうね?

 アディシェスやカイツールのように異能使い特有の力で殺されたわけじゃないからいずれ復活するとは思うのだが、何となく前よりパワーアップすることはできないような気はする。

 それができたら、彼らも自分たちが無敵になるまで自爆による転生のループしていただろうからね。

 

 まあそれを抜きにしても今後炎と鉢合わせたクリファたちが彼に倒される前に自爆で逃げるような手を使ってきたらと思うとげんなりするが、カイツールが完全に滅ぼされているところを見るに瀕死の状態で自爆しても転生はできなさそうなのは安心材料だった。

 相手の除去効果を自爆で逃げる……まるで不死鳥みたいな気持ち悪い動きである。

 

 

「クリファのみんなが、アディシェスぐらい素直な子なら良かったんだけどね……」

『……素直なのか……』

 

 

 倒される時は素直に倒されてくれたし、分類的には素直な子という扱いでいいだろう。何かの間違いで擬人化幼女としてでも生まれ変わってくれたら僕だって過去のことは水に流して可愛がりたいと思うぐらいには、彼の末路にはなんか切ない感情を抱いていた。

 多分その気持ちはダァトによる部分が多いのだろうけど……それでもね。

 逆を言うとカイツールみたいに、変に頭の回る子は苦手なのだよ。だって怖いじゃん。

 

 

『……汝が幼子に優しい理由を、知れて良かった』

 

 

 ……そうなの? そうかなぁ……? それはどうなんだろうか。いや確かに素直で小さい子は好きだけど。

 

 まあ、そんなことよりあのゲートだ。

 カイツールが開いたゲートとシェリダーが開いたゲート。「O」のサーキットを描いた二つのゲートは次元の海から見ると丁度背中合わせの位置に浮かんでおり、まるで両世界を「∞」の字で結んでいるような形をしていた。

 

 それは二つで一つのゲートであることを意味しており、二人のクリファが生み出した∞字のゲートは次元の彼方で眠っているアビス・ゼロを二つの世界に招き入れる為の玄関口となっていた。

 

 最後の最後まで、くっそ迷惑な連中だったね。

 特にカイツールは荒らし、嫌がらせ、混乱の元である。

 

 そして彼らのゲートが完成した瞬間、カロン姉さんが動いた。

 

 まるで、この時が訪れるのを最初から知っていて、ずっと待ち構えていたように僕のもとから踵を返したのである。

 僕はその背中を呼び止める為に、一呼吸置いて声を掛けた。

 

 

「行くの?」

 

 

 カロン姉さんは答える。

 ケテルのように淡々と、感情を押し殺したような声で。

 

 

『……アビス・ゼロの帰還を阻止する為には、先んじてこちらから接触する必要がある。しかし、彼の居場所に至る道を拓くことができるのは深淵のクリファをおいて他にいなかった。故に、彼らがゲートを完成させるまで静観する必要があったのだ』

「ゲートを完成させなければアビス・ゼロの帰還は阻止できたじゃん……ってことは、ないんだよね?」

『……そうだ。彼らが入り口を開かずとも、いずれアビス・ゼロは帰還する。自らの力で、次元の海を破壊し尽くしながら』

「そして世界は破滅するっていうシナリオか……」

 

 

 クソみたいなシナリオである。

 しかし、納得する。

 僕が怪盗ノート──知識の書を返した時点でカロン姉さんはいつでも受肉してここから出ていくことができたのに、ここまでこのサフィラの領域に待機していたのはそれが理由だったんだね。

 

 まっ、おかげ様でこうして彼女とまた話すことができたのだから、その点は感謝である。

 

 彼らがゲートを開いたことでアビス・ゼロの帰還は早まったが、同時に破滅の未来が訪れるよりも早く彼と接触するチャンスを得ることができた。

 

 それをカロン姉さんは、ずっと待っていたのだ。

 

 彼女の目的は一つ──次元の彼方で眠るアビス・ゼロを、帰還前に再封印することなのだから。

 

 それをしたら自分も、二度と帰ってこれないことをわかっていてね。

 

 彼女が望む最高のシナリオとは誰にも知られることなく終結するたった一人の最終決戦という奴だった。

 

 

『かつては汝が……ダァトがしてきたことだ。この役目は、ケテルに任せることはできない。無論、汝にも』

 

 

 受肉した自分ならアビス・ゼロを帰還前に止められると、彼女は未来を視て知っているのだろう。

 彼女の狙い通りT.P.エイト・オリーシュアというカッコいいオリ主の完璧な活躍によって、本来定まっていた筈の未来はしっちゃかめっちゃかになり、おかげで彼女にとってのトゥルーエンドが見つかったのである。

 

 自分一人の犠牲で全ての人が助かる──そんな未来を。

 

 

 そんな未来を理解して、僕は率直な意見を言った。

 

 

「ボクはそれ、イヤだな」

『…………』

 

 

 今、わかったような気がする。

 ケテルが彼女のことを嫌っている理由は、多分ダァトのことはあまり関係ない。

 ここまで来てようやく彼女の目的と、それにたどり着く為の手段を知った僕は、彼の心情を理解して思わず溜め息を吐いた。

 僕の言葉に彼女は目を丸くするが……いかんでしょ、姉さん。

 

 

 メアリー・スーをやっていいのはオリ主である僕だけだ。

 作者さん自身が邪魔するんじゃないよ。

 

 

「ボクはキミのこと大好きだけど、その行動は許さない」

 

 

 嫌な予感はずっとしていたけど、こうして答え合わせして案の定な結果になるとやっぱりショックだ。

 自分だけを犠牲に世界を救って、誰にもその事実が知られることもなく大団円。そういう展開って物語としては儚くも美しいところがあるけど……大切な人にやられると、流石の僕もムッと来る。

 みんなもこんな気持ちだったのかな? そう思うと今の僕に言えた話ではない。

 

 言えた話ではないんだけど、やっぱり言わずにはいられなかった。

 

 

『エイト……』

「ごめんね、姉さん。ダァトなら止めなかったんだろうけど、ボクはキミを止めるよ。だから……最初で最後の、姉妹喧嘩をしよう」

 

 

 そう言って僕は、右手に闇の剣を展開する。

 ダァトと会って真実を知ってからずっと、こうなることを予想していた。

 だから僕は、炎との戦いが終わった後もフェアリーバーストの状態を解除しなかったのだ。

 戦う意思を鎮めない為にね。

 

 

『汝は……私を止める気か?』

「うん。だってボクは天使のダァトではなく、怪盗のT.P.エイト・オリーシュアだからね。キミの描いた未来は、ボクが頂戴する!」

 

 

 表の物語の裏で、一番の功労者が誰にも知られることもなく裏ボスと差し違えて死んでいく……カロン姉さんがやろうとしているその展開は僕からしてみれば解釈違いもいいところなので、力尽くでも止めさせてもらう。嫌とは言わせないよ、だって好きに動いていいって言ってくれたのはキミだし。

 

 

『……そうだな』

 

 

 だから……そっちは任せたよ、暁月炎(主人公)! 

 

 

 (オリ主)はこの精神世界を舞台にカロン姉さん(僕のラスボス)と戦うから、君は君のラスボス(ケテル)を任せた!

 

 ラスボス戦の二元展開である。

 僕は再びカロン姉さんの力で転移し、ケテルの前に姿を現すことになった主人公の姿をビジョンに一瞥し、クールに笑った。







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テンプレ展開を否定するテンプレオリ主

 というテンプレ。


 カイツールは滅びた。

 聖獣と人間、二つの世界を混乱に陥れた此度の騒動の元凶とも言える存在を討ち果たしたことは、サフィラス十大天使にとって人間たちへの認識を大きく改める転機となった。

 それは、カイツールだけではない。アビスの進撃に対して力を合わせ、お互いに助け合いながら懸命に抵抗する人々の姿もそうだ。

 セイバーズを始め勇気ある人間たちの存在は天使たちにとって喜ばしいものであり、遂には聖龍アイン・ソフが予見した真のフェアリーバースト──インフィニティーバーストを目の当たりにした。

 奇しくも人間の可能性をその目で見ることができたことで、彼ら自身もその力に助けられたことも影響し、イェソドとティファレトは既に人間への敵対心を薄れさせていた。

 

 人間は一概に悪と断定できるものではないと……伝え聞いた知識と照らし合わせて、今一度認識を改めるべきだと感じたのだ。

 王ではなく、彼ら自身の意思で。

 

『我々もまた、変わるべき時が来たのかもしれないな……』

『……そうね』

 

 少なくともあの二人の行く末を見守ってやりたいと思うぐらいには、人間に対して情が湧いてしまったのは確かだった。

 戦いが終わり、生還を喜びながら抱き合う若者たちの姿を見てイェソドが目を細めると、そんな彼の態度にティファレトが嘆息する。

 

『まさか、貴方が真っ先に絆されていたとは思わなかったわ』

『……何のことだ?』

 

 死闘の爪痕が痛々しく刻まれた町の中、空を見上げればそこにはカイツールが散り間際に遺していった得体の知れない大穴が空いており、未だ両世界には不穏な影が絶えない。

 

 だがそれでも、今ならどんな未来も乗り越えていけるような気がした。

 

 その希望を抱かせてくれたのが王が失望しているこの世界の人間たちだったというのは、何とも報告し難い事実であったが。

 

 

 そんな複雑な胸中で移した二人の大天使の視線の先では、カイツール討伐の最大の功労者である暁月炎が覚悟の眼差しを浮かべていた。

 

 彼が今その腕に抱き締めているのは、最愛の女性である光井灯の姿だ。

 かつてない怪物に挑んだ今回の戦いでは、いつにも増して心配を掛けてしまったようだ。普段気丈な彼女が、泣き腫らした顔で胸に飛び込んできたのがその証拠である。

 

 ……そんな彼女の姿は、炎が告げようとした言葉を言い淀んでしまうほどに、酷く罪悪感を抱かせた。

 

 思えば戦うことに慣れすぎて、知らず知らずの内に残される側の気持ちを軽視していたのかもしれない。

 彼女の背中を不器用な手で慎重に撫でながら、炎は自らの軽率さを猛省する。

 

 だがそれでも、伝えなくてはならないのだ。

 自分が為すべきことを、果たす為に。

 

 

「また、行くんでしょ?」

「……ああ」

 

 

 長い付き合いだ。彼女には、全てお見通しだったようだ。

 自分が言いにくい言葉を代わりに言ってもらったようで、余計に申し訳なくなる。

 炎は心の中で自らを叱責しながら、自分自身を奮い立たせるように告げた。

 

「俺たちの戦いはまだ何も、終わっていないからな」

 

 カイツールを倒したのも、あくまで通過点に過ぎない。

 暁月炎の戦いはまだ終わっていないのだ。

 全ての問題を解決してメアたちを、仲間を連れてこの世界に帰ってくるまで──セイバーズの物語は終わりではない。

 だから……

 

 

「お前やみんなに何度も助けられて、俺はここにいられるんだとわかった……だから俺は、みんなを守る。それが俺の、戦う理由だ」

 

 

 フェアリーワールドに舞い戻り、決着をつけに行く。その決意に揺らぎは無かった。

 自分自身の気持ちを理解した暁月炎は、名残惜しくも彼女の元から手を離す。そしてお互いにその目を見つめ合い、しばしの間を置いて微笑み合う。

 余計な言葉はもう、要らなかった。

 

 

「行ってらっしゃい……私のヒーロー」

 

 

 彼の想いを受け取った灯が、気丈な笑みを浮かべながらコツンと炎の胸に握り拳を突き付ける。

 そんな彼女の激励を受けて、救世主は再び舞い戻った。

 

 炎の意思に呼応するように、彼の身体を淡い光が包み込んだのである。

 それが誰による力なのか……炎には何となく、わかる気がした。

 

 

 ──そっちは任せたよ、エン! 

 

 

 光に包まれながら一瞬、少女の声が頭に響く。

 フッと小さな笑みを溢しながら、炎は静かに目を閉じてその光に身を委ねた。

 

 

「ああ……俺に任せろ!」

 

 

 光井灯ともう一人、心優しき大天使の声に力強く応じ、救世主は目を開く。

 

 

 ──そこは、戦闘の真っ只中。

 

 目を開けると彼の姿は再びフェアリーワールド──仲間たちのいる、世界樹サフィラの中にあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 おう、任せたぜ。強敵との連戦でしんどいだろうけど、マジで頼むよ主人公。ここが正念場だ。

 

 しかしカイツール戦で傷ついた身体は気を利かせたティファレトが聖術で癒してくれたようで、何より灯ちゃんの応援が効きまくっているのか今の彼はすこぶる調子が良さそうである。

 ステータスが精神状態に大きく左右される異能使いにとって、身体の健康以上に心の健康は重要だからね。そういう意味でも灯ちゃんの存在はまさにメインヒロインの風格と呼ぶべきか、彼にとって最強のバフと言えた。

 

 そんな炎君は今、無事にメアちゃんたちのところへ転送された。

 即座に状況を把握した彼は、早速ラスボスたるケテルと頼もしい背中で対峙している。

 来たのか、遅ぇんだよと、翼たちはお喜びだ。

 

 ……そんな彼を陰ながら助力し、親切に転送までしてくれたカロン姉さんに向かって、一方的に攻撃を仕掛けているオリ主がいるらしい。

 

 僕だ! 

 

 

 はい。こちらはこちらで最終決戦のエイトちゃんである。

 

 カロン姉さんと違って僕に未来は見えないし、本当にこれが僕のラストバトルになのかはわからないけど。

 しかしその辺りも、カロン姉さんには全部わかったりしちゃうのだろうか? 

 だとしたら、尚更やり甲斐があるよね。未来を変えたいこちらとしては。

 

『…………』

 

 カロン姉さんからしてみれば今のやりとりの結果は、言えない話になるのかな? 

 それならそれで、僕も心置きなくキミをラスボス認定させてもらうことにする。

 ダァト印の得意技、闇の剣を真っ直ぐに振り下ろす。しかし手応えは空を掻いた感触しかなく、気づいた頃には既に彼女の姿は僕の後方10mぐらいの位置に移動していた。

 テレポーテーションか。流石だね姉さん、僕やビナー様以上の精度である。彼女に近接技を当てるのは非常に難しそうだ。

 

 なら、これならどうだい? 闇の不死鳥(ダーク・フェニックス)・爆熱っ! 

 

 鳥の姿を模した闇の弾幕を展開し、雨のように次々と射出していく。

 僕の攻撃でこのサフィラの領域に咲き乱れる綺麗な花畑を荒らしてしまうのを申し訳なく思う気持ちはあるが、それだけ今の僕が本気なのだということが伝わってくれたら嬉しい。

 これぐらいのことをしなければ、温厚な彼女は僕の喧嘩を買ってくれないからね。

 

『…………』

 

 そんな僕の渾身の弾幕に対して、カロン姉さんは正面からパッと右手をかざしただけで全ての不死鳥をマジックのように掻き消してしまった。むー……

 

 

『わからない……』

 

 

 こともなげにこちらの攻撃をあしらいながら、カロン姉さんが僕の目を見つめながら呟く。

 彼女の美しい黄金の瞳には、困惑の感情がありありと浮かんでいた。

 綺麗に整いすぎたその顔は一見無表情に見えるが、実際のところ誰よりも感情豊かな性格をしているのがカロン姉さんである。そういうところも見比べると、やっぱりメアちゃんとよく似ているよね。

 

 そんなカロン姉さんは、彼女本来の性格を自分自身の意思で押し殺してまで、ずっと世界の為に頑張っていた。

 そういうところはきっと、彼女が世界樹の意思になってから一番長い付き合いをしてきた弟分的存在──ケテルから受けた影響もあるのかもしれない。

 或いは、妹のダァトに対する罪悪感か。

 

 二人とも真面目すぎるんだよなぁ……ダァトもそうだけど。

 

 二人とも神様になろうとしている割には神様らしい身勝手さとか、「ワガハイがルールだ!」って感じの傲慢さが足りないって言うか……聖龍様に似たのかねー。

 

 結局みんな、純粋すぎるのである。

 

 

『……何故だ……?』

 

 

 そう考えている今も、僕は絶え間なく黒い稲妻やらエイトちゃんビームなど多彩な技を撃ち放ち、攻撃を続けている。

 しかしカロン姉さんはその全てを受け止めるまでもなく、不思議な力で掻き消していった。強い。

 それは彼女が、そげぶ的な抹消能力を持っているというわけではない。僕の攻撃が何故か掻き消されているこの現象は、ひとえにこの空間──サフィラの領域が彼女の精神によって作られているものだからであろう。

 僕はそれを承知の上で彼女に喧嘩を売った。その行為が、彼女にとって理解し難いものだったのだろう。酷く困惑した様子で、カロン姉さんが言った。

 

『ここはサフィラの領域だ。サフィラの意思そのものである私が念じれば、ここで発生する事象は私の意のまま……』

 

 ……そういうことだ。

 この場所では、僕の攻撃は彼女の意思一つで消失させられてしまう。

 つまりそれは、このサフィラの領域では彼女が許可しない限りそもそも戦いにすらならないということである。

 

 

『この行為は無意味だ。何故、汝は攻撃する? 汝は私に……敵意を抱いているのか……?』

 

 

 ……戦意が落ちるからそんな、捨てられた大型犬みたいな目で見ないでほしい。

 

 ごめんね、カロン姉さん。

 だけど誤解しないでほしい。僕はキミに敵意なんて抱いていない。

 僕の心にカロン姉さんへの敵意や悪意は全く無い。だけど、戦う理由はあった。

 

『……何故……?』

 

 時にはぶつかり合ってでも、伝えたい気持ちがあるってことさ。

 それはきっと、心を読むだけじゃダメなんだと思う。

 

『……わからない』

 

 そっか。まあ、今はそれでいいさ。

 それならそれで、こちらも俄然やる気が出てくると言うもの! 

 美人なお姉ちゃんをわからせるエイトちゃんである。

 

『わからない。汝が私を倒したところで、全てはサフィラの領域で起こったこと……私が現実に帰還すれば、無意味なことだ』

 

 彼女の言うことは尤もだ。仮にこの場で僕がカロン姉さんを倒せたとしても、精神世界である以上現実の世界に影響は無い。

 カロン姉さんからしてみれば、その気になれば今からでも自分だけ外に出て受肉した現実の身体に戻り、僕に干渉する隙も与えず直ちにアビス・ゼロの元へ行くことだってできるのだ。

 今ここで僕たちが戦う意味がわからないのは、客観的に見ても正論だった。

 

「なら、なんでさっさとそうしない?」

『…………』

「キミだって迷っているんだろう? キミが犠牲になったらボクが泣くから」

『それは……』

 

 言ってみればこれは、一方的な僕の癇癪だ。

 彼女が選んだ未来に対して、僕一人でイヤだイヤだと喚いている。ダァトだったらしなかったであろう、子供みたいな意地だ。

 

 ……でも、癇癪だってそれでいい。

 僕はカロン姉さんが選んだ自己犠牲の未来を、受け入れたくないだけなのだ。

 

 

「ボクはボクの癇癪にこうして付き合ってくれる優しいキミを、失う未来なんてイヤだよ」

『……!』

 

 

 そう言ってはっきりとこの気持ちを伝えてあげると、カロン姉さんがびっくりしたように目を大きく見開く。

 心は読めても、こうして言葉で伝えると違うものだ。

 カロン姉さんだって、迷っている筈である。

 ほら、今も悲しい顔をした。

 カロン姉さんの犠牲で世界が救われた未来では、僕がとても悲しい思いをすることがわかっているから。

 自分が死ぬことではなく、遺された僕のことを想って感傷を抱き、迷っているのである。

 カロン姉さんはそういう人だ。

 

 そういう人だから、彼女は神様になるの向いていないと思っている。ぶっちゃけ、「やめた方がいいよ」とSEKKYOUしたい。

 

 合理的に後々のことを考えてみても、世界で一番エラい神様が率先して犠牲になるのはどうかと思うし。聖龍様は寿命だから仕方ないとしてもさ。

 

 だから、僕はキミの安易な自己犠牲を否定する! 

 ダァトではなく、元ダァトのT.P.エイト・オリーシュア様が教えてしんぜよう。

 

 

「ここでボクたちが戦うことは、無意味なんかじゃない……これはボクとキミが、お互いを導き合う為の戦いなんだ!」

『……お互いを……導き合う……?』

 

 

 いい感じの名言っぽく言い放った僕の言葉に、カロン姉さんの瞳が僅かに揺れる。

 そうとも。ここでの経験は、決して無意味なものにはならない。

 根拠はある。サフィラの領域という精神世界でぶつかり合ったからこそ、自分自身の本心を理解し覚醒のきっかけを掴んだ暁月炎が良い例である。

 誰よりも変化を恐れていた彼は、その恐怖を大事な人たちと共に乗り越える為に「インフィニティーバースト」という力を得た。僕も知らない未知の力を。

 

 だから僕はそれと同じように、彼女の心を動かしたいと思ったのである。

 

 

「諦めるな。キミにだって、大切な未来がある」

『……っ』

「それは誰も知らないところで、消していい未来なんかじゃない」

 

 

 かつてダァトを見殺しにしてしまった過去の罪滅ぼしのつもりなら、見当違いだからやめてほしい。

 そう伝えると、カロン姉さんは自分のことを大切に想っているからこそ僕が怒っているのだということを理解してくれたようで、黄金の瞳に戸惑いの色を浮かべた。

 

 そんな彼女に、僕は言う。

 

 

「ボクたちのやり方もきっと、あの子たちのように変わる時が来たんだよ。自分や誰かを犠牲にして終わりにするのは、もうやめよう」

『…………』

 

 

 最善の未来の為に自らが犠牲を選ぶ。そんな自己犠牲精神を良いことだと受け止めてしまったら、この先辛い未来が待っていた時も、みんながそれを真似してしまうからね。

 ダァトがやった時はそれしか無かったのだとしても、頼もしい仲間がたくさんいるこの時代でまで、彼女が全部一人で背負う必要は無い。

 

 

 そうとも……感動的だからこそ、テンプレにしてはいけない物語があるのだ。

 

 

 儚くも美しい自己犠牲エンドだって、みんなが真似をしたらどんどん陳腐になって、最初にやった人までなんか薄っぺらく見えてしまう。僕は、そんなのイヤだ。

 

 ダァトの献身を……そんな扱いにしないでくれよ、姉さん。

 

 

「姉さん……キミが影響を受けるべきなのは、ボクでもダァトでもなく──あの子たちだ」

 

『セイバーズ……』

 

 

 彼女は僕に、僕の存在によって発生するバタフライエフェクトを期待していた。

 僕の存在が蝶の羽ばたきとして本来の流れを破壊し、未来を導くことを望んでいたのだ。

 

 だったら僕は、僕の行動でそんな彼女の心さえ動かしてみせよう。

 

 具体的なプランは何も無いけど、こうして僕たちが喧嘩してぶつかり合うことで、何かが変わる未来はある筈だ。

 カロン姉さんが考える最善の未来よりももっと完璧で、ケチのつけようのない未来だってあり得る。

 

 

『エイトは……欲張りすぎる』

「それはそうさ」

 

 

 だって僕、怪盗だし。怪盗に物欲の是非を問うとはナンセンスである! 

 それに……オリ主とは元来わがままな生き物なのだよ。謙虚堅実をモットーに頑張るオリ主もそりゃあ世の中にはいるけど、僕はそういうタイプのオリ主ではない。

 

 欲望に忠実で、自重もしない。そういうオリ主に僕はなりたい。エイト。

 

 

「ハッピーエンドはトゥルーエンドに。トゥルーエンドはもっと幸せな結末に導くのが、ボクたちの役割だ。そうだろう? 姉さん」

『…………』

 

 

 脳裏に浮かぶのは、かつての僕を感動に打ち震わせてくれた数々のオリ主たちの勇姿である。

 僕自身がこうしてオリ主になった以上は、僕もまたそう在りたいと思っている。

 ご都合主義でも、メアリー・スーでも良いのだ。

 

 

 ──何故ならボクは、完璧なチートオリ主だから。

 

 

 爆音に紛れ込ませるようにそう呟きながら、僕が放った闇の弾丸はカロン姉さんの胸を捉えた。

 

 

 

 



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TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです

 虹色の粒子が混ざった爆煙が熱を上げて舞い上がり、世界樹サフィラの最下層である祠全体を包み込んでいく。

 そこには、衝撃的な光景が広がっていた。

 

 突き刺さっていたのだ。

 暁月炎の繰り出した焔の剣が。

 ケテルの左肩に。

 

『……何……だと……?』

 

 それは、戦闘中のケテルが初めて顔色を変えた瞬間だった。

 焔の剣を突き刺した体勢から、暁月炎がその名の通り、紅蓮の炎のような双眸で彼の顔を睨みつけた。

 

「これが俺たちがたどり着いた……想いの力だ!」

『……ッ!?』

 

 これまで一撃も喰らわなかったケテルが、初めて動揺を表す。

 しかし、サフィラスの王は幾億もの時の間フェアリーワールドを守り続けてきた守護者である。硬直は長くはなく、程なくして立ち直ったケテルは十枚の羽から閃光の弾丸を放出し、密着した炎を強引に弾き飛ばすと突き刺さった焔の剣を振り解いていった。

 それでも人間が得体の知れない力を纏っている事実は彼にとって衝撃的であり、その胸中は穏やかではなかった。

 

 

『その力は……!?』

「これが本当のフェアリーバーストだ。あんたが失望した人間の力だ!」

 

 

 エイトに……仲間のみんなに導かれて、暁月炎はここにいる。

 それは決して自分一人ではたどり着けなかったと、真のフェアリーバーストたるインフィニティーバーストを体得した彼自身がそう語る。

 そんな彼のどこか自嘲が混じった熱い言葉を受けて、ケテルの瞳に激情の色が宿った。

 

『想いの力……人間の心とダァトの力が重なり合い、新たな力となったと言うのか……? これが、フェアリーバースト……!』

「ケテル、あんたもわかっている筈だ。彼女が託したこの力は決して、俺たちが傷つけ合う為のものではないと!」

『ほざくな。本質を理解せず力を無益に扱ってきたのは、お前たち自身が選択したことだ』

 

 異能使いのルーツを知った今の炎がケテルに対して抱いているのは、怒りよりも憐れみに近い感情だった。

 自分たちの住む不安定な世界が何故、今の今まで成り立ってこられたのか──その犠牲者である原初の大天使、ダァトのことを間近で見続けてきたからこそ、誰よりも深く人間たちに失望している彼の気持ちも。

 

「歯痒くて仕方ないんだろう? 何も知らずに力を振るい、力に翻弄されている俺たちのことが。憎いんだろう? ダァトの罪悪感につけ込むように、いつまでも力に甘えている人間のことが……」

『黙れ!』

 

 炎の問い掛けに初めて声を荒らげたケテルが、自らの得物である十字杖(クロス・セプター)を大剣のように振り回す。

 繰り出した斬撃は二色の焔の剣を交差させた炎のガードごと打ち抜き、彼の身体を弾き飛ばして地面へと叩きつけていく。

 息つく隙も無く、続け様に無数の光の弾丸を生成し嵐のように浴びせ掛かった。

 

『一人では生きられない弱き者が、知った口を利く!』

 

 即座に体勢を立て直した炎は一瞬にしてその場から飛び立つと、空中で弧を描くような軌道でその射撃から逃げ回っていく。

 しかしその先に回り込んだケテルが、再び十字杖を打ち付けてきた。

 

『今更……余が、大天使一人の犠牲に感傷を抱いているとでも思っているのか?』

「くっ……!」

 

 暁月炎が会得したインフィニティーバーストは、サフィラスの王ケテルに届きうる力だった。

 しかしそれでも、ケテルは翼たちを圧倒していた時から手に入れた攻勢を未だ手放してはいない。

 十字杖を思い切り叩きつけ、吹っ飛ばされた炎を追っていく。

 炎は∞字を描く焔の羽から虹色の火の粉を撒き散らせると、聳え立つ世界樹の表面を滑るように背面で飛びながら焔の弾丸を連射してくるが、敵の火力を把握した今のケテルはそれに当たる愚を犯さなかった。

 鋭角的に熱線をかわし、脇をすり抜けていく焔を置き去りにして戦意を昂らせていく。

 炎を追い、聖龍の眠る世界樹の芯に接触するスレスレの位置を飛んでいたケテルが、十字杖を高々と掲げ砲撃の発射態勢に入る。

 杖の先端部に光のエネルギーが集中し、ケテルの頭上に小恒星のような火球が形成されると、すかさず発射された。

 高速で一直線に空間を貫く球体をインフィニティーバーストの炎は飛び退るようにかわしてみせたが、そこに生じた僅かな隙をケテルは見逃さなかった。

 

『散れ!』

「……!」

 

 回り込むように飛翔し、先端部にブレード状の光を形成した十字杖を振り下ろす。

 

 やられる──反応が遅れ、一閃を避けられないと悟った炎の真横を疾風の弾丸が横切り、振りかぶったケテルの腕を撃ち抜いたのはその時だった。

 

『……!?』

「……一人では生きられないから、助け合うんだ。俺たちは」

 

 着弾により僅かに動きが鈍ったことで、炎は必殺の一撃を紙一重でかわすことができた。

 そう、彼には頼もしい仲間たちがいる。

 振り向くまでもなく、炎はそれが誰による援護射撃なのかを理解していた。

 

「助かった、翼」

「礼は要らねぇ……コイツを倒すぞ」

「ああ!」

 

 そして翼に続いて、騎士のような槍を手にした橙色の天使が踊り掛かっていく。厳密には天使の力を宿した人間であったが、今の彼女──傷つきながらも八枚の羽を広げたメアの姿は、誰がどう見ても立派な大天使そのものだった。

 

『……まだ逆らうか、メア』

 

 栄光の大天使ホドが扱っていた聖槍の一突きをバリアで受け止めるケテルに向かって、大天使の力を受け継いだメアが尚も怯まず相対し続けていく。

 どこか悲しげな口調で、彼女は王に言った。

 

「信じて……向き合って、メアたちと」

『向き合っているからこそ、戦っているのだろう』

「違う……違うよケテル。貴方は逃げてる……ずっと、目を逸らしている」

『何を言う……?』

 

 果てしない時を生き続け、数多の文明の始まりと終わりを見届けてきたフェアリーワールドの王が、人間世界に対してどのような絶望を抱いているのかは計り知れない。

 それを完全に理解するにはきっと、人間はもちろん他の大天使たちでさえも経験不足なのだろう。

 その事実を察したからこそメアも炎も、彼に対して同じ感情を抱いていた。

 

「メアたちを見て。今ここにあるものを、拒まないで」

『……僅かな人間がダァトの力を扱えるようになったところで、それが何だと言う? その程度で正しき未来が拓けるものか』

「ッ!?」

 

 インフィニティーバーストを発動した炎のもとに続々と仲間たちが復帰してきたことで、形勢は僅かに傾いたかに見えた。

 

 しかし、ケテルが内なる力をさらに解放した瞬間──戦況は再び一変した。

 

 彼の身体から漆黒のオーラが瞬くと、その力を受けた一同が激しい突風に煽られるように吹き飛ばされたのである。

 彼がこれまで見せてきた力以上に、発動したその力は凄まじかった。

 吹き飛ばされた炎たちは受け身を取ることもできず、一直線に地面へと叩きつけられていく。

 その衝撃で、炎の肺からカハッと空気が絞り出された。

 

「……ッ……なに……?」

 

 それでも一同の中では最も立ち直るのが早かった炎は、脳震盪を起こしたボクサーのように軽く頭を振ると、追撃を警戒しながら上空に視線を戻す。

 しかし、そこに広がっていた光景を目に、炎は思わず言葉を失った。

 

 

「あれは……エイトの……!?」

 

 

 ケテルの片羽が、漆黒に変色していたのである。

 

 サフィラス十大天使全員に共通していた純白の羽が、右側の六枚が禍々しい闇を纏った漆黒の色に染まり、身に纏うオーラまでも同様に変質している。

 変化したのは色だけではない。元々携えていた十枚の羽に加えてもう一対羽の枚数が増えており──その姿はまるでフェアリーバーストを発動した時のT.P.エイト・オリーシュア……ダァトのようだった。

 

 そんな彼の姿を見て、最悪の予感が一同の脳裏に過ぎる。

 まさか、ケテルは既に……

 

「喰ったのか、エイトを!」

 

 まさにその瞬間、炎と同じことを考えた風岡翼が、怒りの形相で叫ぶ。

 エイトとよく似たその力は、彼がメアに対して使おうとしていた「王の剥奪」によって彼女から奪ったものなのではないかと──そう察したのである。

 

 しかしその推理を意外にも、ケテル本人とは別の方向から否定する声が響いた。

 

 

『ケテルはそんなことできないッ!』

「えっ……」

 

 

 サフィラス十大天使の一人、理解の大天使ビナーである。一同が思わず呆気に取られるほど、力の入った否定の言葉だった。

 そんな彼女は常に飄々とした印象はどこへやら、今にも泣き出しそうな悲痛な顔で王の姿を見上げて呟いた。

 

『そう……あの姿は、あの人を喰ったことで手に入れたんじゃない……』

 

 この場において誰よりも王の事情を深く知っているサフィラス十大天使の長女が、まるで自分自身の無力さを嘆くように悲しげな目を浮かべて語る。

 

 変貌し、闇の力を纏った彼の姿の──その意味を。

 

 

『あれは、ケテルが深淵の世界に行く為に……ダァトを迎えに行く為に会得した姿なんだ』

 

 

 炎風に言うならば、それは彼の、彼にとっての「想いの力」だった。

 

 あえて名を付けるとすれば、深淵の世界で戦うことを前提とした「アビスフォーム」と言ったところか。

 その姿はエイトのカロンフォームとよく似ていて……しかし決定的に異なる禍々しい力の発動を受けて、聖龍の眠る世界樹の祠が軋む音を立てた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その場に膝を突き、蹲ったカロン様を前にして──気づけば僕は、彼女の傍に駆け寄っていた。頭の中は真っ白である。

 

 勢い余ってやり過ぎてしまったのかと焦った僕は、両手に携えていた光と闇の剣をそれぞれ手放した手で今にも倒れそうな彼女の身を抱き留める。

 しかし、ここは彼女自身の精神世界だ。直撃とは言え、たかが一発攻撃を受けただけで彼女が苦しむとは思っていなかった。

 

 実際、ダメージはほとんど皆無だったのだろう。

 間近で確認してみると彼女の白い身体には傷一つ無く、寧ろ会心の一撃だと思っていた僕としては軽くショックを受けたぐらいだった。

 

 ただ……

 

 

『……っ、……ッ』

 

 

 両手の指で目元を擦り、溢れだした大粒の涙を拭う彼女の姿を見て──僕の中で昂ぶりきっていた筈の戦意は、空気を抜いた風船のように急速に萎んでいった。

 

 同時に、今までとんだ思い違いをしていたのだということに気づく。

 世の中には、ぶつかり合うことでしかわかり合えないこともあると思っていたが……だとしても、そうしたくないと思う相手がいるほどに、世の中には優しい女性がいたということだ。

 

 

「姉さん……」

 

 

 子供のように、心の中の何かが決壊したように泣きじゃくるその姿は、いつぞやのメアちゃんとそっくりだった。

 しかし僕もなんだかんだでこの二度目の生で色んな経験をしてきた身である。あの時ほど慌てることはなく、寄り添いながらその背中を労るように擦り、彼女が紡ぐ言葉を静かに待った。

 彼女は数秒の間を空けて、依然涙を流しながら告げた。

 消えゆくような、小さな声で。

 

 

『……今、再び未来が変わった……』

 

 

 ……そうか。

 

 ということは思った通り、僕がここで彼女に刃向かったことで、変わる未来はあったんだね。

 しかし今の彼女の様子を見るに、どうやらそれは僕が望んだような完璧なトゥルーエンドというわけではなかったようだ。

 涙の滲んだ震える声で、カロン姉さんは今しがた自分が視た未来の内容をポツポツと語る。

 

 

『私の代わりに……汝と……ケテルが消え去る未来だった……っ』

 

 

 …………

 

 

 マジか。

 

 そっか……僕に加えてケテルも消えるのかー……それは確かに、動揺するわけである。

 いや、実を言うと最悪メアリー・スーの役割は僕が背負って、彼女の代わりにアビス・ゼロを何とかしようかなーとは漠然と考えていたんだけども。それはそれで、オリ主の最期として理想的な選択の一つかなって。

 

 だけどそれは、彼女に「自分や誰かを犠牲にするのはやめよう」と啖呵を切った手前厚かましく実行するのはちょっと、完璧なチートオリ主としてはマイナスポイントかなと思っていたわけである。

 

 しかし……そうか。

 そうでもしなければアビス・ゼロは抑えられないほどに、現実は厳しいと言うことか。悪い、やっぱつれぇわ。

 

 僕とケテルが消える未来──当事者である僕としては、その一文だけでも大体の察しはついたが、あえて確認しておいた。

 

 

「それでも最後には、世界は平和になるんだろう?」

『…………』

 

 

 涙を溢れさせるカロン姉さんに言葉は無く、しかし僕の確認を肯定するように小さく頷いた。

 オーケー。把握した。

 大雑把に言えば、結末的にはその未来もハッピーエンドの一つらしい。

 尤も犠牲になるのがカロン姉さんではなく僕とケテルの二人になってしまった辺り、それは彼女としてはとても受け入れ難い結末であろう。

 僕の行動はあまりにも無情に、彼女の目論見を粉砕してしまったようだ。

 

 

 ──本当に……姉さんは優しすぎる。

 

 

 僕の中にあるダァトの心が、そんな彼女の想いに苦笑を浮かべていた。

 全く以てその通りである。カロン姉さんは女神様っぽい立場なのだから、オリ主一人を相手にそこまで気を病む必要は無いのだ。

 

 

 何故ならキミは、キミの為ならいつ消えてもいいと思ってしまうぐらい、僕に幸せな時間をくれた人なのだから。

 

 

 そう言って僕は、彼女の身体をそっと抱き締めた。

 こうして触れるとか細いなぁ、姉さんは。僕も華奢だけど、彼女はそれ以上に儚い存在に感じた。

 

 

「ボクに、もう一度生きる命をくれてありがとう」

『っ』

 

 

 抱き締めながら僕は、改めて彼女に礼の言葉を掛けた。

 転生当時のことを思い出したことで、この胸に再び溢れ出した感謝の気持ちを精一杯表現してあげる。

 それは僕にとって何の誤魔化しも無いありのままの感情であったが、彼女はその言葉に目を見開いて驚いている様子だった。

 

 ……僕も、失敗したなぁ。

 彼女のことは優しすぎるところも含めて理解しているつもりだったが、何より僕が理解しなければならなかったのは──彼女が今までずっと抱いてきた孤独感だったのだと、ようやく気づいた気がする。

 

 孤独だから鬱にもなるし、優しいから世のため人のため率先して犠牲になりたがる。

 そして孤独な上に誰よりも優しいからこそ、彼女は僕と違って致命的に欠けているものがあった。

 

 

 ──そう、自己肯定感である。僕が常に抱いている奴だ。

 

 

 ナルシズムと言うとマイナスイメージがあるかもしれないが、要は自分の存在そのものを認め、ありのままの自分を肯定的に受け止めることができる感覚のことである。

 世界樹サフィラの意思という立場ではなく、彼女自身には自分が大切な存在であるという認識が致命的に欠けて見える。

 

 だから僕は、そんな彼女に多大な恩を感じている一人として言っておこう。カロン姉さんマジ尊い、と。尊い彼女は決して、世界の為にいなくなってはならないのである。

 

 もちろん、今彼女を泣かせたような僕が犠牲になる結末も無しだ。

 

 自分の死を推しの心に永遠に刻む系の曇らせオリ主もそれはそれで人気はあるが、僕にも人の心はあるので、これ以上彼女を苦しめるわけにはいかない。

 それに、そちらの結末だと、ケテルまで巻き添え食らってるみたいだしね……彼の思惑もダァトと一つになった今となっては何となくわかる気はするが、僕自身としても彼を消したくはなかった。

 

 彼はフェアリーセイバーズのラスボスだけど、ダァトにとって大切な、唯一無二の弟みたいな存在だからね。推しを全て守り抜いてこそのチートオリ主である。

 

 

 だから……

 

 

「ボクたち(・・)で変えよう、そんな未来」

『……! だが、そんな方法は……あ……』

 

 

 理想の未来の拓き方がわかったぜ……やっとな。

 

 僕はドヤ顔を浮かべながら彼女の頬に手を添えると、お互いの額をくっつけ合う。常にイメージするのは、オリ主がヒロインを堕とす時のイケメンムーブである。

 もちろん僕たちは姉妹だし、その行動に俗っぽい意図は無い。ただ単にそれは僕の──彼女がくれた僕の「能力」を行使する為に、必要な手順だったというだけだ。

 

 これをやるのも久しぶりだな……ノートはもう無いけど、できるかな? いや、できなくては困る!

 

 僕はT.P.エイト・オリーシュア、完璧なチートオリ主だ!

 

 

「一緒に行こう、姉さん。ボクはこの世界樹から、キミ自身を頂戴する!」

 

 

 彼女の孤独さも、自己肯定感の無さも、僕が全部解決してやろう。

 前世から()はきっと、その為に生まれてきたのだろう──と、そう思うのはカッコつけすぎか。

 いや、今の僕は実際カッコいいからそれでいいのである。オリ主のカッコ良さは大体のことにおいて優先される……!

 

 

 感傷を抱きながら、思わずふふっと笑みが溢れていく。

 我ながら無茶なことをすると思ったが、オリ主たる者、ここ一番では誰よりも身体を張らなければいけないものよ。

 

 

 

 そんな僕の身体を優しい光と激しい闇が包み込み──ボクたちは今、一つになった。

 

 

 

 

 






 タイトル回収回でお送りしました。
 フェアリーセイバーズ∞はそろそろ最終回のようです


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決着はラスボスの根負け

 暁月炎とケテル。

 限界を超えた者同士の死闘は、壮絶だった。

 

 本来の聖なる光の力に加えて深淵の闇の力を纏ったアビスフォームのケテルは、大天使さえも触れてはならない領域に至った。言わば「禁忌の姿」と呼べるだろう。

 

 しかし、セイバーズは退かなかった。

 

 彼が纏う深淵の闇に対してインフィニティーバーストの力は拮抗し、光と闇を併せ持つ天使との戦いはダァトの試練で一度経験していたことも炎にとってプラスに働いていた。

 そして、何より──暁月炎は一人ではなく、どんな時でも彼を支えてくれる仲間がいたことが、最大の武器となった。

 

『エン!』

 

 時にビナーの矢が、ケテルの注意を引きつけ。

 

「炎っ!」

 

 時に風岡翼の弾丸が、ケテルの動きを牽制し。

 

「お兄ちゃん!」

 

 時にメアの盾が、ケテルの攻撃から彼を救った。

 

 何度傷ついても立ち上がり、互いが互いの力で懸命に庇い合う。

 ここにいる誰もが皆、今の自分にできることを限界以上に全うしていたと言えるだろう。

 

 そんな仲間たちの想いに、無限の焔は応えた。

 

 

「俺たちは乗り越えていく! どんな未来も……!」

『……!』

 

 

 炎の両腕から溢れ出した虹色の焔が、天を突くような巨大な剣の姿を形成していく。

 

 この死闘の決め手となったのは暁月炎の得意技である焔の剣──それを桁違いの質量と出力で肥大化させた、今の彼に撃てる最強の技だった。

 インフィニティーバーストによって満ち溢れる焔の力を爆発的に上昇させ、一閃に全てを込めて叩き込む一撃。しかし発動に大きな隙が生じるその技を、仲間たち全員が助け合うことで完成させたのである。

 そう、仲間たち全員が。

 

「俺も混ぜろよ!」

「長太!?」

 

 ここにいる者たち全ての妨害を踏み越えて、炎が放とうとする必殺技を阻止しようと飛び込んできたケテルの行く手を、突如として上から降り注いできた氷の刃が阻んでいく。

 それはシェリダーの追跡を終え、遅れてこの場に合流してきた力動長太の攻撃だった。

 その攻撃自体はアビスフォームのケテルにとって大したダメージを与える威力ではなかったが……炎の最後の一撃を命中させる足止めとしては、これ以上無い最高のタイミングだった。

 

 

 ──いけぇーっ!! 

 

 

 皆の叫びが一つとなったその瞬間、遂に完成した焔の剣が振り下ろされる。

 想いを集め、未来を切り拓くその技の名は──

 

 

「インフィニティー・セイバァァァーッ!!」

『……ッ』

 

 

 無限の力を宿した救世主の剣が、サフィラス十大天使の王を捉える。

 迫り来る虹色の獄炎を前に、回避は不可能と判断したケテルが、自身の前に最大出力のバリアーを展開しその一撃を耐え凌ごうとする。

 大天使さえ滅ぼし得るこれほどの攻撃、内なる力の全てが込められているのは目に見えて明らかである。己の限界さえも超えた力の発動は、とてもではないが後先考えて放たれたものではなかった。

 これを放った後の暁月炎には、間違いなく戦う力は残らない筈だ。

 消耗した彼らを纏めて処理するのは、ケテルにとって造作もなかった。

 

 つまりそれは、この一撃を耐え抜きさえすればその時点でこの勝負が決するということだ。

 自分が力尽きるのが先か、彼らが力尽きるのが先か……どのような形で終わるにせよ、それはこの死闘に終止符を打つ一撃だった。

 

『こんなものが……!』

 

 回避が間に合わなかった以上、大きなダメージを受けるのは免れないだろう。

 しかし彼には、その後も戦い続ける余力を残す程度にはその攻撃を凌ぎ切る自信はあった。

 

 しかし。

 

 

 ──ケテル。

 

 

『──っ』

 

 

 まばたきにも満たない一瞬。

 解き放たれた焔の中に、ケテルは何かを見た。

 とても懐かしい……何かを。

 

 ふとした幻聴のように凜とした声が脳裏に響き、静かに下ろしたまぶたの裏には遠い昔の記憶が走馬灯のように浮かんでは消えていく。

 

 

 世界樹サフィラによって、世界を導く大天使の王となるべく生まれ落ちた──あの頃の記憶だ。

 

 

 そこには自らが持つ王の力を思うように制御できず、それこそ今の人間たちのように自分自身の力に翻弄されている未熟な少年がいた。

 

 少年はその力で、触れるもの全てを傷つけた。

 

 誰もが少年を恐れ、近づくこともできなかった。

 故に少年は……ずっと、孤独だった。

 

 

 ケテル──キミは一人じゃない。

 

 

 そんな少年のことをただ一人恐れることなく、『ボクと同じだね』と自身の黒い羽を見せながら、姉のように接してくれた女性がいた。

 自らを孤独にする王の力を、少年は好きではなかった。しかし、彼女だけはそんな彼の心を理解し、包み込むように肯定してくれたのだ。

 

 漆黒の羽を持つ彼女もまた、他の聖獣たちとは明確に性質が異なる存在だったから。

 

 故に二人は、お互いに周りと違う者同士意気投合し、奇妙な仲間意識を抱いていた。

 かつてはまだ今ほど大きくなかった世界樹の下で巡り合った少年と女性は、そこでお互いのことを語り合ったり、高め合ったりしたものだ。

 

 彼女だけが、少年の孤独を埋めてくれた。いつも穏やかで優しく、時に厳しい。

 そんな彼女と家族のように同じ時間を過ごしていく内に……いつしか少年は、王の力を自在に扱えるようになっていた。

 

 僕も、彼女のように立派な天使になりたいと──その一心で修練を積んだことで、少年の力は大天使の王として真の覚醒を果たしたのである。

 

 

 そう……インフィニティーバーストという新たな力を身につけた、目の前の人間のように。

 

 

 かつての少年──ケテルもまた、ダァトに導かれた存在だった。

 

 

『……ダァト……』

 

 

 生まれ変わっても(・・・・・・・・)彼女は、あの頃と何も変わっていなかった。

 ケテルは彼女を深淵の世界まで迎えに行く為だけにこのような「アビスフォーム」という禁忌の力を手に入れたというのに、当の彼女は誰の助けも必要とせず、自らの力でこの世界に帰ってきた。

 

 そんな彼女は天使ではなく、人間たちを導くことを選んだ。

 その事実がどれほどの空虚感を与えたか、彼女にはわからないだろう。

 

 どこまであの女(カロン)が関わっていたのかは知らないが、彼女の目は新世代を生きる者たちに向いていた。

 

 そんな彼女が手塩にかけて導いた新世代の存在──セイバーズという人間の力でこの身が焼かれるのなら……ある意味ではケテルにとって、納得のいく最期だったのかもしれない。

 不思議と心は落ち着いており、その時になって彼は初めて彼女の気持ちがわかったような気がした。

 

 

 ──立派な天使になるんだぞ。

 

 

『……ふっ……』

 

 尚も響く幻聴に身を委ねたケテルは、心地良いまどろみの中で薄く笑む。

 

 ケテルは、暁月炎の剣を受け入れた。

 自らバリアーを解除し、救世主の一撃にその身を捧げたのである。

 

 もしくは疲れ切ったこの心が、目の前の現実を前にポッキリと折れてしまったのかもしれない。

 もはや自分でも自分の感情がわからなくなってしまったかつての少年だが、それでも最後の最後でこの命が彼女の導いた未来の礎になれるのなら……古き時代の王として断罪されるのも、悪くない気分だった。

 

 彼女と交わした最後の約束を思い出したことで、ケテルは自らの敗北を認めることができたのである。

 

 

『やっと……務めを果たせたな』

 

 

 幾億もの時を無益に重ね、生き恥を曝し続けたこの命がようやく終わりを迎えることができた。

 自分を超えた者の手によって、討ち滅ぼされることで。

 その事実を受け入れた途端に湧き上がってきたほんの小さな達成感に、ケテルは苦笑した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──しかし、彼は生き残った。

 

 

 その身を断罪する筈だった焔の剣がケテルの命を燃やし尽くすよりも先に、暁月炎がインフィニティーバーストの力を解き、力の解放を自ら停止したのである。

 それはケテルの予想よりも早く、暁月炎が力を使い果たしたからではない。

 彼が意図して己の力を威力を落とし、ケテルにとどめを刺さなかったのだ。

 

 

『ケテル!』

 

 ……とは言うものの、防御姿勢を取らずバリアーも解除して一撃を受け入れたケテルの身体は、無傷では済まなかった。

 

 アビスフォームが解けたその姿に力は入らず、糸が切れたように視界の明度が落ちていく。

 ぼんやりと女の声が聴こえたが、反応を返すことができない。ふっと目の前が暗くなり、そのすぐ後で誰かに支えられているような振動を感じて目を開ける。

 身体の横には、理解の大天使ビナーの姿があった。

 

『……ビナー、か……』

 

 背中と肘にそれぞれの手を回しながら、墜落するケテルの身体を彼女が支えてくれたのである。

 

『……良かった。死ななくて……』

 

 サフィラスの長女がぼそりと呟いたその声に、ケテルが怪訝に眉を顰める。

 理解の大天使ビナー。彼女はダァトが世界樹に遺していった力の影響を最も強く受け継いだ天使であり──それ故にケテルは、心の底から彼女に対して強い苦手意識を抱いていた。

 ダァトとあまりにも酷似したその顔から視線を逸らすように目を背けると、しかし彼女の手を振りほどく力も残っていなかったケテルは、今にもブラックアウトしそうな意識を張りながら目の前の人間に問い掛けた。

 

 

『……何故、殺さない?』

 

 

 インフィニティー・セイバー──あのまま本気の一撃を最後まで叩き込んでいれば、今頃は確実に自分の息の根を止めていた筈だ。

 その発動を文字通り不完全燃焼で終わらせた彼に対して、ケテルにはその意図が理解できなかった。

 

 暁月炎というこの人間は、妹のように想っていたメアの命を奪おうとした自分を憎んでいた筈だ。

 

 自分が情けを掛けられたことに対しては、今更恥を感じる心は持ち合わせていない。

 既にこの心は虚無だ。ある意味では自分は、深淵のクリファ以上にかつてのアビスに近づいているのかもしれないと、胸の奥で自らの在り方を自嘲してすらいた。

 しかし幾億年、何一つ思い通りにならない現実を直視し続けてきた王は、己の死さえも思い通りにならないのかと……落胆する感情があった。

 

 

 そんな彼に、人間が返す。

 

 

「俺はあんたが憎いんじゃない。気に入らないだけだ」

 

 

 彼がケテルに対して剣を向けた理由は、憎しみではなかった。

 彼にははじめから、ケテルを殺す気は無かったのである。

 

 人間の感情というものは全く以て……難儀なものだと改めて思う。

 

 

「あんただって、俺たちを本気で殺そうとはしていなかっただろう?」

『戯言を……』

「あんたがその気だったら、俺が来る前にみんなやられていた筈だ」

『…………』

 

 確かに始めから殺す気で戦っていたのなら、インフィニティーバーストに至った暁月炎以外の者を全滅させることは容易かったかもしれない。

 だがそれは慈悲の精神ではない。彼らのことなど生きようが死のうがどうでも良かっただけだ。

 

 ……いや、今更そんなことを言ったところで言い訳にもなるまい。

 

 ケテルは炎の言葉に肯定も否定も返さず、ただ裁きを待つ罪人のように口を噤んだ。

 「それに……」と言葉を続け、人間が語る。

 

 

「俺たちの目的は、あんたたちとの和解だ。あんたを殺して、大勢の恨みを買うわけにはいかない」

 

 

 そう告げた彼の言葉にホッと安堵の息を吐いたのは、予想外にもケテルの身体を支えている黒髪の大天使、ビナーだった。

 

 そんな彼女の態度に気づいたケテルは僅かに目を見開き、困惑を抱く。

 

 何故、この子は安心を感じているのだ? と。

 先ほどぼそりと呟いた言葉と言い……ビナーはまるで、こちらのことを心配しているかのような態度である。

 

 ……少なくとも彼女にとって自分は、碌な王ではなかった筈だ。

 自分事ながら客観的にそう認識していたケテルにとって、彼女の態度は不審に映った。

 

 ──この子は天使でありながら人間側に付き、先ほどまで自分に対して矢を向けてきただろうにと。

 

 その疑問に答えたのは、ふらついた足取りでその場から立ち上がった風岡翼だった。

 

「……ったく、鈍いなあんたは。ビナー様が反抗したのは、あんたが憎かったからじゃねぇ。単にあんたと、わかり合いたかっただけだ」

『……!? まっ! ちょっ、ちょっと待ってよツバサ!』

「やなこった。貴方も言いたいことはちゃんと本人に言ってやれよ。何でもかんでも煙に巻こうとするから拗れるんだ」

『そ、そんなこと言っても……いまさら……っ』

 

 何を……言っている……?

 

 話の要領を得ず困惑するケテルの態度と、彼の肘をちょこんと掴みながら何故かそわそわし始めたビナーの様子を、風岡翼が呆れた顔で見つめていた。

 そんな彼の言葉にはケテルだけではなく、炎やメアまでも首を傾げていたが……しばしの間を空けて力動長太がポンと手を叩き、納得の表情を浮かべるなり大声を上げて驚きを表した。

 

 

「もしかしてビナー様って、ケテルのこと好きだったのか!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 空気が凍る。

 

 時間が止まる。

 

 「えっ」と声を漏らしたのはメアで、『ほう……』と感心深そうな声を放ったのは彼女の中にいるホドである。

 「確かに最初に会った時、そう言っていたな……」と炎は彼女の過去の発言を思い出し、その視線の対象となったビナー本人は気まずそうに俯き、仄かに赤らんだ顔でくどくどと呟いた。

 

 

『……それはまあ、好きだけど……私の感情は、そういうのとは違うし……』

 

 

 肯定しているのか否定しているのかもわからない、はっきりしない言葉だった。

 そんな彼女の様子に赤面や困惑、三者三様の反応を返す一同の中で──ケテルはただ一人、まぶたの裏に懐かしい記憶を呼び起こしていた。

 

 

 ──愛、か。

 

 

 それはかつて、「彼女」がアビスに与えようとした感情だ。

 ケテルにとってはとうに忘れてしまった感情である。

 ある時は火の粉のように慎ましく、ある時は炎のように激しく燃え上がる不完全な感情。

 行き過ぎれば容易く憎しみにも転じていくその感情は、時代によっては世界を破滅の危機に陥れることもあった。

 災いにも、奇跡につながる感情──愛。際限の無いその感情は、時に爆発的な力を生む。それをケテルは他ならぬ、自分自身の経験から理解していた。

 

 

「ま、まあそういう風に、あんたは大切に想われている存在なんだ。俺たちだって、そんなあんたを殺すのは気が引ける」

「それはそれとして、メアにひでぇことしたことは許さねーけどな」

 

 大切に想う者がいる相手を殺すのは、後ろめたいということか。

 世界を守る為に僅かな人数でここまでやって来たにしては……何とも甘い考えだと思った。

 

『……それが、お前たちの正義か』

 

 お互いの感情を尊重しているからこそ、彼らは自分に対して憎しみを抱かなかったということだろうか。

 或いは憎しみを向けるほどの価値を、自分に感じなかったからか……と、ケテルは自嘲気味に思う。

 

 だが……

 

 

『王様ーっ!』

 

 

 ケテルが忠告の言葉を言いかけたその瞬間、頭上からオリーブ色の髪の天使が慌てた様子で飛来してきた。

 「王国」の名を持つ10番目の大天使マルクトだ。

 その手に聖剣を携えた彼女は、人間たちとケテルの間に割って入るように急降下すると、王を背中に庇うような位置取りに立ちながら剣を構え、彼らと相対した。

 

『王!』

『ご無事か!?』

 

 上からやって来たのは彼女だけではない。

 知恵の大天使コクマーと、峻厳の大天使ゲブラーも一緒である。

 彼らもマルクトと同じように勢い良く着地すると、傷ついたケテルを守るように陣形を固め、いつでも人間たちを迎え打てるように戦闘態勢に身構えていく。

 

 彼ら三人はそれぞれ緊張の面持ちだ。しかしそんな彼らの様子を見て、ケテルの頭に浮かんだのは困惑の感情だった。

 

『お前たち……何故?』

 

 何故、ここに来たと。

 彼らには何の命令もしていないし、特にマルクトは慈悲の大天使ケセドを救ってもらった恩もあり、彼らに対して既に敵意を抱けなくなっていた筈だ。

 ビナーが今も自分の身体を労るように支えていることもそうだが、大天使たちの中で誰よりも直情的な彼女が自分の意思に反してまで彼らに剣を向けている状況が、ケテルには解せなかった。

 

 そんな彼に対して、彼女は当たり前のように返す。

 

 

『王様を傷つける奴は誰だろうと許さない! 私はもう、家族を失いたくない!』

『…………』

 

 

 家族、か──マルクトの言葉を頭の中で反芻しながら、ケテルは懐かしい感傷を胸に目を閉じる。

 心なしか肘を掴んでいるビナーの手も、彼女の言葉に追従するように指の力を強めた気がした。

 

『その通りだぜ兄上! 貴方は王である前に我々の兄なんだからな!』 

 

 三人に遅れてやってきた勝利の大天使、ネツァクが豪快に笑いながらそう語る。

 ちらりと一瞥してみれば、コクマーとゲブラーからも同じ感情を向けられているのを察した。

 

 彼らも皆、マルクトと同じことを考えているのだろうか……自分のことを王である以前に、純粋に「兄」と慕っているということなのだろうか。

 

 そこまで思い至ってケテルの心に、彼らに対する申し訳なさと自分自身への失望を抱いた。

 

 

 ──やはり僕は、最後まで「王」の座に相応しくなかったようだ。

 

 

 王とは弱き者を守る存在だ。故に誰よりも正しく、強くなければならない。

 

 あの時の……彼女たち(・・)のように。

 

 しかし、結局自分はそうなれなかったのだと今、改めて理解した。

 人間に敗れ、間違いを断罪され、守るべき者たちに守られる。

 それは彼にとって、自身が王たる者の価値を完全に失ったことを意味していた。

 

 ならば自分は一体、何の為に……今まで無駄な時を重ねてきたのだと、無力感に苛まれる。

 

 その時だった。

 

 

「悲しむ必要なんてない。キミが守ってきた子供たちは、こうしてキミを守れるぐらい、強くなったんだよ」

『……っ』

「それはダァトでもカロンでも、アイン・ソフが遺したものでもない……全て、キミのおかげだ」

 

 

 その声は頭脳ではなく、耳孔を通じてケテルの身体を震わせた。

 金色の巨鳥が羽ばたく音と共に響いた、囁くような懐かしい声。

 

 いや、あの頃からずっと聴きたいと願っていた声だ。

 

 あの頃と何も変わらず、幾度と無く脳裏に響いたその声は……しかし今度は、幻聴ではない。

 

 

 ──ああ、そうか。

 

 

 気配が彼に近づいてくる。

 顔を見なくても、今の彼女たち(・・・・・・)を理解するにはそれで十分だった。

 

 

『……二人で、共に帰ったのだな。ダァト……カロン』

 

 

 脱力感に身を委ねると、切り捨てた筈の感情が蘇ってくる。

 どれほど平静を装おうとも誤魔化すことのできないその感情を自覚した時こそ──ケテルはようやく、目の前の世界と向き合える気がした。

 

 

「ありがとう、ケテル。ボクらの帰りを、待ち続けてくれて」

 

 

 無駄に生き続けてきたのはただ、その言葉を聴きたかっただけだったのかもしれない。

 王である以前に……彼女らの弟としてケテルは、自らの真意をそう悟った。

 

 そんな彼の前で黒と白の羽を併せ持つ黒髪の女性は、左眼の虹彩を黄金色に輝かせながら、労いの顔で優しく微笑んでいた。

 

 



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Triple Prominence ∞ オリ主A

 神 様 転 生 !

 

 神 様 転 生 !

 

 皆さんこんばんは。テンプレの歴史を変える最強のオリ主、T.P.エイト・オリーシュアです。

 只今世界樹サフィラからカロン姉さんの存在を盗み取り、神々も驚く復活のフュージョンを成し遂げました。聖龍様もおったまげである。

 

 しかし、こうなると名前はどうしようかね? エイトとカロンが合体して、「エロン」というのは……なんか嫌だな。

 

 うーん……「カイト」や「カロト」じゃ男の子っぽくてカロン姉さんに悪いし、だからと言ってエインと呼ぶのも今一つイメージに合わない。

 ダァトも混ぜてダインとか? それなら割とカッコいい気がするけど、それはそれでクロコダインみたいでこれもちょっと違うなぁ……カロン姉さんはどう思う?

 

 

『汝は、汝だ。その内に何を収めようと……汝が愛しき妹であることに変わりはない』

 

 

 心の中で問い掛けてみると、僕の隣にスッと霊体みたいに現れ出たカロン姉さんが、いい感じに力が抜けた穏やかな表情を浮かべながらそう応えてくれる。おうおう、嬉しいこと言ってくれるじゃないの。

 

 

 そうだね……それならここは、「Triple(トリプル).Prominence(プロミネンス).エイト・オリーシュア」と名乗るのはどうだろうか?

 

 

 通称は変わらずT.P.エイト・オリーシュアのままだけど、頭文字に込めた意味だけ変える感じでどうか。

 

 Tripleは三つの心。僕とカロン姉さん、そしてダァトを意味する。

 Prominenceは目立つこと。今までずっと日陰で世界を支えてくれた二人のことを報いたい僕の気持ちと、僕自身がオリ主として存在感を申し上げ続けたいという思いを意味する。

 それと、この言葉には「太陽の紅炎」とかそういう意味も含まれているからね。主人公とメインヒロインがそれぞれ太陽っぽい名前をしているフェアリーセイバーズのネーミングセンス的にもマッチした、粋なダブルミーニングではないかと思う。

 

 例によって雑な語呂合わせだけど、案外ナイスアイデアなのではないか? 寧ろ元々の由来である「テンプレートオリ主A」よりもエモい気がした。

 

 

『……わからない。だが、汝が気に入ったのなら、私も快く受け入れる』

 

 

 そんな……彼氏のオタク趣味に合わせてくれる聖人な彼女かよ!

 

 一緒になってもなお僕の意見を尊重してくれる優しいカロン姉さんに、僕は感謝の言葉を掛けて褒めちぎる。

 

 

 

 はい。

 カロン姉さんの存在を盗んだ結果、今の僕の中には彼女の心が共存しているのである。

 

 

 

 まさしくそれは狙い通りの展開だったが、改めて思うと僕の中もカオスになったものである。メアちゃんのことは言えなくなったが、今の僕にはそれも褒め言葉だった。

 

 僕は自分自身に新たな名前を刻むと、新生T.P.エイト・オリーシュアとして生まれ変わった。

 

 カロン姉さんに対して異能を盗む能力を最大パワーで行使してみたのはノリと勢いもあったけど、僕が考えた最高の妙案でもあった。

 まあ……最後の戦いがオリ主VSオリボスになるのはどうかという気持ちもあったしね。そういう意味でも僕も、あれ以上彼女と喧嘩したくなかった。

 

 彼女は「未来視」という自分自身の能力に苦しんでいた。僕一人の行動の一つで変わってしまうような不安定な未来をその目で視て苦しみ、常に最善の未来を模索する為に世界樹という不自由な場所で、一人で頑張り続けていたのだ。

 そんな彼女を救う一手として、僕は彼女自身を盗み、一つになることを考えたわけである。

 

 そうすれば未来視の力も僕の物になるので彼女が破滅の未来を視て悲しむことはなくなるし、必然的に僕とずっと一緒にいることになるから寂しくもならない。

 

 唯一心残りというか罪悪感が湧いているのは、彼女の存在を僕の中に取り込んでしまったことで、彼女自身は肉体を得られなかった……というところか。

 

 それでもこのように、精神体としてある程度なら自由に自律行動できる分には、世界樹サフィラの意思だった頃よりは大分マシだと思いたいが……カロン姉さんが言った。

 

 

『私は既に救われた。汝と共に在れる喜びは、とても……心地が良いものだ』

 

 

 ……そっか。

 

 ありがとう。僕を受け入れてくれて。

 

 

 

『汝の心は温かくて、安心を感じる。礼を言うべきは、私の方だ。

 

 

 

 ありがとう、エイト。汝こそ、「かんぺきなちぃとおりしゅ」だ』

 

 

 

 

 

 …………

 

 

 …………?

 

 

 …………!

 

 

 !!?!??!!!!?!!?!!

 

 

 やったぜ! 遂に転生神様からもお墨付きを貰ったぜ!

 

 

 ……やっべ、超嬉しいんですけどコレ。

 何より「調律者」というこれまでの呼び方じゃなくて、カロン姉さんが僕の趣味愛好に合わせて「チートオリ主」と称えてくれたのが嬉しいよね。あと、ちょっと気の抜けた感じの呼び方がかわいくてもう好き。

 

 しかも、それに加えて満面の笑みを頂きましたよ奥さん! カロン姉さんから! 満面の笑みを!

 

 無表情キャラが満を辞して見せる満面の笑みとかそれはもう最強の必殺技なんですよ。相手は死ぬ。僕も死んだ。いやあまた僕何かやっちゃいました? やっちゃったぜイエーイ!

 

 ふふふ、やはり僕のメインヒロインは彼女だったようだ。思わず気持ち悪い限界オタクみたいな叫びを上げたくなるほどに、彼女がくれた惜しみない感謝と眩しい笑顔に僕のテンションは振り切れていった。

 

 あっ、もちろん恋愛的な感情とかそういうのはお互い無いからね? 姉妹なんだからそれはもう当然。

 僕の方はダァトじゃなかったら間違いなくキュンときてたと思うけど、今の僕はダァトでもあるのでそう言う対象にはなり得ないのである。

 

 そしてこの感情は、崇拝とも違うと思う。

 今ここで一つに溶け合ったことで僕の心を彼女が感じてくれているように、僕の方も彼女の心を感じている。わかり合う為の手順を色々とすっ飛ばしてしまった感はあるが、彼女の存在を常に感じられるようになったことで、今までよりもカロンという女性を等身大に受け止められるようになった気がするのだ。

 

 まあ、何が言いたいかと言うとだ……

 

 

「これからはずっと一緒だよ、姉さん。だから、必ず生きて帰ろう。犠牲を出すのはナシだ」

 

 

 こうなった以上、僕たちは一蓮托生だ。カロン姉さんには否が応でも最後まで、僕に付き合ってもらうからね。強制連行である。

 我ながら不敬な仕打ちだと思うが、エイトちゃんは悪いお姉さんなのでそもそも善人ではないのだよ。そこは聖人天使だったダァトとは明確に違う点である。

 欲しいものは手に入れる。たとえそれが、女神様っぽい人だろうとね!

 

 

『無論だ。もはや私の死は汝の死を意味する。……共に行こう、闇の果てまでも』

 

 

 言わば僕自身を人質にするという方法で優しさに付け込んだ自己犠牲対策は、流石のカロン姉さんにもよく効いたようだ。

 もちろん死ねないのは僕も同じだ。僕とカロン姉さんが文字通り一心同体になった今、僕も迂闊に死ぬことは許されない。その気はないけどね。

 

 因みに世界樹サフィラからサフィラの意思であるカロン姉さんがいなくなるという問題になるが、こちらは聖龍アイン・ソフが姉さんの代わりに世界樹と同化することで何とかしてくれるらしい。

 聖龍様もおそらく、姉さんを自由にする為に死ぬ間際に世界樹と同化することを決断したのだと思われる。それに世界樹自身も死に体だった昔と違って、育ちきった今は元気すぎるほど元気だからね。今なら姉さんがいなくても大丈夫の筈だ。

 つまりそれは、今の僕たちを止める足枷は何も無いということで。

 

 

 ──僕たちは晴れて、サフィラの領域から解き放たれたわけである。

 

 

 

 目が覚めるとそこは、豪華な寝室のベッドの上だった。

 

 「あっ、ここアニメで見たところだ!」と進研ゼミのように思い出しながら、僕はケテルの気遣いが隠しきれない柔らかなシーツをポンポンと叩く。そうしているとその腕に寄り添うように額を擦り付けてくるモフモフの存在に気づいた。

 ウサギのような長い耳にリスのような尻尾を持つ小動物の額には、赤いルビーのような宝石がキラリと煌めいている。それは地球でも伝説上の生き物として知られる幻獣、カーバンクルの姿だった。

 

「チチッ」

 

 って、君はカバラちゃん! カバラちゃんじゃないか!? どうしてここに……僕を捜しに来てくれたのか? 自力で!

 

「キュー!」

 

 ぐえっ……う、うむ、良いダイブだ。声を漏らさなかった自分を褒めてやりたいぐらいに。

 

『……ぐえー』

 

 キミが言うのか……空気が読めるカロン姉さんである。

 しかしこの殺人毛玉アタックが僕たちを癒す。再会早々僕の胸に飛び込んでくるとはあざとい奴め。ほーれほれ! お礼にその頭、撫でくり回してやろう。

 

『これが、カバラちゃんの感触……良いものだ』

 

 そうだろうそうだろう! 出会ってからずっと、僕が丁寧にブラッシングしてきた自慢の毛並みだからね。

 そんな可愛らしい小動物にオリ主特有の撫でポスキルが合わさればこの通り、カバラちゃんも気持ち良さそうに目を細め、それを見たカロン姉さんも一緒になって微笑みを浮かべる一石二鳥の収穫だった。

 僕自身も体感的には随分と久しぶりにカバラちゃんのモフモフを堪能できた気がするので、この再会には自然と笑みが溢れた。

 

 しかしそうしていると僕は、鏡のように輝くカバラちゃんの宝石に映る自分の顔を見て気づいた。

 

 今の僕、左眼だけめっちゃ光っとるやん……と。

 

 虹彩が黄金色の光を放っており、その眩しさはカバラちゃんの宝石にも劣っていない。

 ふむ、この眼には見覚えがある──って言うか、カロン姉さんの眼だねこの神秘的な色は。どうやら彼女をこの身に取り込んだ影響は、僕の左眼が黄金色に光るという形で外見にも表れていたらしい。

 

 それを知って、僕のテンションがさらに上がったのは言うまでもないだろう。

 オッドアイはロマンだからね。新しい僕かっけーです。

 

 僕のは邪気眼とは違って聖なる力だけど、オリ主が究極進化して新生したチートオリ主が満を辞してオッドアイの姿になるのは、まさしくチートオリ主の面目躍如と言えた。

 これで髪の色も銀髪ならロイヤルストレートフラッシュと言ったところだが、どうやら見た目の変化は左眼だけらしい。髪の毛は黒いままだった。

 

 まあ、銀髪オッドアイだとケセドが入っていた頃のメアちゃんと被ってしまうので寧ろ安心したところである。キャラクターの外見的特徴は基本的に早い者勝ちなので、二番煎じではどうやっても印象が薄れるのだ。

 

 それに……服装もそうだけど、僕的にはやっぱり元の姿が一番しっくりくるからね。外見の変化は最小限で丁度良いのである。

 そう思いながらふかふかのベッドを降りた僕は、身に纏う怪盗衣装のロングスカートを軽くはたいてしわを伸ばすと、アイテムボックスから取り出した予備のシルクハットを被り直し、身嗜みを整えた。

 

 うむ、ダァトには悪いけど、やっぱり僕には彼女の衣装よりこっちの方が落ち着く。主に、スカートの長さとか。短いのは涼しいけど動き回る時とか困るのである。マルクト様ちゃんとかいくら見せパンでも凄いと思うよ。ありがたやありがたや。

 

 マントは……羽を出すから着けなくていいか。ともかくこれでT.P.エイト・オリーシュア改めT(riple).P(rominence).エイト・オリーシュアの復活である。皆の者、伏して拝むがいい!

 

 心の中で叫びながら、僕はマントの代わりにバサリと十枚の羽を広げながら威張るようなドヤ顔を浮かべて胸を張る。おっ、今のポーズカッコいい。

 

 そうしているといつの間にいたのやら、僕の目の前には唖然とした様子でその場に佇んでいる黒い鳥──ケセド君の姿があった。

 そんな彼は黒と白、光と闇を併せ持つオッドアイズ・パーフェクト・エイトちゃんの姿を見て呟く。誰や略してオッパイとか考えたの。ごめん僕も自分で言ってそう思った。

 

 

『ダァト様と……カロン様……?』

 

 

 おっ、流石サフィラス十大天使。ケテルの教育が行き届いている彼はすぐに気づいたのだろう。今の僕の状態が。

 しかし、緊張しなくていい。確かに彼にとってダァトとカロン姉さんは畏れ敬うべき大先輩かもしれないが、僕自身は前世含めても二十年ちょっとしか生きていない若輩なのだからね。

 彼の緊張を解すべく、僕は柔和な笑みを浮かべながら、カバラちゃんを撫でたのと同じ手でケセド君の頭を撫でてやった。ほーれほれ。

 

「カバラちゃんも、キミも……ボクを捜しに来てくれたんだね。ありがとう、二人とも。もう大丈夫だよ」

『……っ、あ……ありがとうございます……?』

 

 なんやその反応。何故に疑問系。

 

 実際、感謝しているのは僕の方である。目が覚めた時に周りに誰もいないのは寂しいし……実を言うと僕が事故ることなくカロン姉さんと一つになれたのは、ここにいるケセドのおかげでもあったからだ。

 

『慈悲の大天使、ケセド……エイトが宿していた汝の力が触媒となり、相反する性質を持つ我々を結びつけた……礼を言う』

『?』

 

 うん。ありがとうケセド、マイフレンド。

 成功した今だからこそ気楽に言えるが、僕がカロン姉さんを取り込むのは非常に危うい行動だったのだ。

 ダァトは闇。カロン姉さんは光。共に世界樹から生み落とされた二人は、しかしそれぞれが相反する属性を持っている対極の存在だった。

 そんな二人が強引に、一つに合わさろうとすればどうなるか?

 詰まるところお互いにお互いの力が反発し合った僕たちは、最悪の場合対消滅を起こしかねない危険な状態だったのである。いわゆる属性反発作用という奴だ。マンモスの墓場を融合するぜ。

 

 

 しかし、結果はご覧の通り。僕たちのフュージョンは奇跡の大成功である。

 

 

 今の僕たちは基本ベースはエイトちゃんだけど、ダァトの闇もカロン姉さんの光も完璧に溶け合った状態である。寧ろ僕たちの力はツインドライヴ的な関係で絶妙な同調を果たしており、何ならフェアリーバースト並の力を常時発揮できるぐらいには絶好調だった。

 

 その奇跡を起こすことができたのは、何を隠そう僕が以前メアちゃんから盗み取ったケセドの存在のおかげである。

 

 予め彼の光の力を取り込み僕の身体に馴染ませていたおかげで、僕の身体はカロン姉さんの力に対して強烈な拒否反応を起こすことなく受け止めることができた──と言うのが、カロン姉さんの見解だった。

 

 わかりやすく言えば、ケセド君の存在がカロン姉さんを受け止めるクッションになってくれたというわけである。

 百合の間に野郎が挟まるのは言わずと知れた炎上案件だが、僕たちの場合は彼が間に挟まってくれたおかげで成立した関係と言える。尤も、当のケセドは僕の身に起こったことなど預かり知らない為、僕たちが贈った感謝の言葉に困惑の反応を返すことになったのはやむを得ない話である。

 

 それでも僕の無茶な行動を奇跡に変えてくれた彼には、相応の報酬を渡さねばなるまい。

 

 

「だから、ご褒美をあげるよ」

『あ──』

 

 

 瞬間、僕がこの手で撫でた部位からまばゆい光がじわりと広がっていき、不死鳥の黒い姿を眩く包み込んでいった。

 ダァトとカロンは今ここに蘇った。今度はキミの番だ。今の僕にはそれができる力が備わっている以上、もはや惜しむ理由は無い。

 

 

 ──光が収まった時、闇の力で作られた漆黒の不死鳥の姿は消え去った。

 

 しかしその場には、入れ替わるように一人の少年が姿を現した。

 背中に生えた八枚の羽は、彼が最上級天使であるサフィラス十大天使の一人であることを意味している。

 肩まで下りた青い髪は艶やかで、均整の取れた細身な肉体は儚げな印象を受ける。一見すると少女にも見える中性的な容貌をした美少年は、驚愕に震えた目でそんな自分の手足を見つめていた。

 

 

『も……戻った……? こんな……こんなことが……っ』

 

 

 身長は僕より少し低く、マルクトより大きい150センチ台後半と言ったところか。僕が知っているアニメ「フェアリーセイバーズ」の彼と比べるとなんだか少し縮んでいる気がするが、内包する力は彼が本来持つ大天使そのままだった。

 

 そう──彼は、今度こそ完全に蘇ったのである。

 僕が作った擬似的な器である「慈悲の不死鳥(マーシフル・フェニックス)」ではなく、「慈悲の大天使ケセド」の肉体を取り戻して。

 思い通りの成功に、僕は思わずグッとガッツポーズをとった。

 

「よし、できたね」

『一度取り込んだ力を、再び分け与える……今の汝なら造作もない』

 

 僕がやったことは極めて単純だ。

 メアちゃんから盗み取った力を全解放した上で、完全な大天使ケセドの肉体を再構築したのである。やっぱつええぜ、カロンパワー!

 

『それほどでもない』

 

 と言いながら、復活したパーフェクトケセド君の姿を見て得意げなカロン姉さんカワイイ。

 しかしアニメでも鳥の姿ばかりしていたから印象が薄れていたが、ケセド君の天使形態もドエライ美少年ですな。なんか記憶より男の娘っぽい容姿になってしまった気がするが、とても可愛らしいのでヨシとしよう。

 当然だが肉体を再構成した関係上、今の彼は文字通り生まれたままの姿である。局部は羽に隠されて見えないので確認したわけではないが、彼までTS転生したわけではない……と思いたい。まあこの際「性別・ケセド」で良くね?と思うぐらい、彼の容姿はとても綺麗だった。

 

『……あの、流石にそこまで見つめられるのは……』

「ああ、ごめんごめん。後ろを向くね」

 

 失礼。思わず見惚れてしまったが、もちろん僕にはそちらの趣味はない。しかしこうやって顔を赤らめるとコレは、世の思春期男子たちの性癖が乱れそうである。実にけしからん。

 そう思いながら彼の姿を微笑ましく見つめていると、冷静さを取り戻したケセドがすぐに自分の聖術で生成した服を纏った。自分で服を作れるとは便利だねそれ。

 僕たちに続いてケセドも完全復活だ。そう思うと僕の胸の奥から、熱く込み上がってくるものがあった。

 メアちゃんの存在もそうだけど、オリ主としてこの世界に参上した僕の予定を狂わせた最大の事件が彼の不在だったからね。もちろん彼自身は何も悪くない被害者なんだけど、こうして元気な姿を見せてくれると肩の荷が下りたような……そんな気持ちになる。

 

 でも、それだって醍醐味なんだ。この世界で生きるということは。

 

 RTA風ゲーム実況だって、走者がガバる時こそ盛り上がるものだ。それと同じように、人生は予定外な出来事ばかり起こるから楽しいのだし、生きていて張りがあるのだと僕は思う。

 

 

『……最善が決まった未来を選ぶことは……間違っていたのか……』

 

 

 いや、そんなことはないさ。寧ろそっちの方がずっと難しいし大変なことだから、何億年もそれを続けてきたカロン姉さんは本当に凄いし尊敬している。

 だけど、僕には真似できないかな。だから僕は、未来を視ない。あえてね。

 

 物語はネタバレをされずに体験した方が、何倍も楽しめるものなのだから。そうだろう? ダァト。

 

 

 ──……そうだね、エイト。

 

 

 と、言うわけである。

 僕はカロン姉さんを取り込んだことで手に入れた未来視の能力を、これから先一切使わないことにした。コレに頼ると最善の未来が視えるまでああでもないこうでもないといつまで経っても決断できず、前に進めそうにないからだ。

 

 まあ、最悪の未来はもう完全に脱したからね。これ以上はライブ感で動いた方が良い結果を得られる気がした。

 

 

『おりしゅ、だからか』

 

 

 うむ。オリ主だからだ!

 

 

 ──というわけで、僕は飛翔した。

 

 

 カバラちゃんと復活したケセド君を伴いながら、僕を大切に寝かせていた無駄に豪華な造りの神殿みたいな屋敷を後にして、フェアリーセイバーズのラストバトルを見届けたわけである。このオッドアイの眼で。オッドアイの眼で!(重要)

 

 そして思ったんだけど、良いバトルだったわみんな。

 インフィニティーバーストの力をフルに発揮した炎も、なんか僕みたいな知らない変身を披露して対抗したケテルも。

 力では二人に遠く及ばないながらも、自分にできる的確なアシストで炎を救った翼やメアちゃん、ビナー様、長太の活躍も見事だった。オリ主である僕が手を出すのを躊躇い、固唾を呑んで結末を見届けてしまうほどに、熱い戦いだった。

 

 

 ……ホント、みんなよくやったよ。

 

 

 

『……カロン……ダァト……僕は……』

 

 

 先ほどまで彼らが繰り広げていた激闘を思いながら、しんみりとした心で僕は彼らのもとへ合流した。

 おかしいな……本当はもっと大々的に「今、数億年の時を越えて……T.P.エイト・オリーシュアの手によって、ダァトとカロンは蘇った!」と煽りながらド派手に帰還する予定だったのだが、何だかそんなことが言える空気ではなさそうだ。

 後方には僕の復活に喜びと困惑を浮かべるセイバーズの皆さんの姿が。前方には死刑執行を待つ罪人のように力無く鎮座するケテルと、彼を庇うように支えているビナー様と、イェソドとティファレト以外全員集合したサフィラス十大天使御一行の姿がある。ビナー様ってケテルのこと本当に好きだったんだね……何だかこの構図だと、まるでいじめる僕を彼女が止めようとしているみたいである。

 

 

『……ケテル……私は……』

 

 

 ダァトの裁きをクソ真面目に受けようとしているケテルを前に、僕の中から精神体として現れ出たカロン姉さんは何と声をかけてあげれば良いのかわからない様子だった。

 

 そんな一同が見つめる中で、僕は──とてもじれったいと思った。

 

 

『あ……』

『っ』

『──』

 

 

 あまりにもじれったかったので、何も言わずにハグしてやったぜ!

 

 隣のカロン様も、ケテルを支えていたビナー様も、立派な王様のくせに疲れ切った罪人みたいな顔をしているケテルも……両手で背中を押し出しながら、全員纏めて抱き締めるように包み込んでやったのである。さながらそれは、後輩にウザ絡みする酔っ払いの先輩のようなオリ主ホールドだった。

 

 思い返してみるとここはスタイリッシュな説教をした方が絵面的にはカッコ良かった気もするが……この行動は僕と、ダァトの意思だった。

 

 そんな僕らが言う。僕たちの帰る場所を守ってくれて、ありがとうと──一片の偽りも無い想いを伝えると、ケテルから発せられていた雰囲気が、急激に和らいでいくのを感じた。よしよし。

 

 

『……今度は……守れたのだな……』

 

 

 虚無的な眼差しに、光が宿る。

 その色がダァトの好きだった優しいケテルの目であることに気づき、僕は微笑んだ。

 そして良い機会なので、僕はここで、ダァトが彼に対して抱えていた感情を伝えてあげることにした。

 メッセンジャーエイトちゃんである。

 

 

「ばーか。キミはとっくに、ボク(ダァト)の心を守ってくれたよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──そうしてラスボスとの決戦は、今度こそ終結した。それが僕の目指した「救済」という形で達することができたのかはまあ……本人の認識によるけどね。僕としては満足である。

 

 

 後は最後の仕上げ……すなわち、裏ボスとの戦いに赴くだけだ。

 

 しかしそれは、メアリー・スーのように一人だけで向かうのではない。

 

 

 そうとも、ここにいるみんなと一緒である。

 それが、アニメでも二次創作でもない。僕たち自身が描く「フェアリーセイバーズ」の物語だった。

 

 

 








 アホでカッコつけで……(妙なところで)優しくて……

 そんなオリ主が、みんな大好きだったから


 次回、最終話【さらばオリ主……また逢う日まで】





 ……本編が終わってもオリ主以外の視点のお話とかが続くかもしれませんが、本作のお話は次回で完結する予定です。
 ここまでお読みいただきありがとうございました。もう少しだけお付き合いください<(_ _)>


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さらばオリ主……また逢う日まで

 創作に絶対的な正解はないが、二次創作小説を執筆する場合には気を付けなければならないことは多々ある。それは原作へのリスペクトは大前提として、基本的な文章作法とは別の話だ。

 

 原作が完結してからの方が書きやすい──ということは、当たり前の話ではあるが過去のSS執筆経験から彼が思い知った事実だった。

 

 特に原作が連載中、放送中の作品の二次創作は気を付けなければならない。確かにライブ感や閲覧する読者の熱量という点ではその時にしか得られない利点があるが、作者の気が逸ったが為に原作からお出しされた新情報に既存の解釈が打ちのめされ、それが原因でエタらせてしまった者は数多い。

 

 今この時、アニメ「フェアリーセイバーズ∞」のSSを執筆しようとしている男もまた、そんな悲しい過去を持つ二次創作作者の一人だった。

 

 とあるバトル漫画のSSを書いていた時のことだ。男は原作に登場していたキャラを一人、思い切って世界から抹消してしまった。そのキャラは連載当時では彼が書こうとしたオリ主と立場が被っていながらも、原作中では特に目立った活躍の無い扱いにくいキャラだったからだ。

 そしてそれは彼だけではなく、多くの二次創作作者が同じ認識を抱いていた。自分のSSでは同じポジションで完全上位互換となるオリ主がいるのだから、そいつ一人ぐらい存在を抹消しても大丈夫だろうという認識だったのだ。

 ただちょっと警告タグに「〇〇不在」と表記しておけば十分だと……当時の彼はそう思っていた。

 

 

 ……しかし原作の連載が進むに連れて、SSから抹消したそのキャラは実は後の展開において重要な伏線を抱えていたキーパーソン的存在であることが発覚し、彼の書いていた特定キャラ不在の二次創作は物語の設定が破綻。執筆が困難になり更新をエタらせることになったのが、話数にして30話ぐらい書いてからのことだった。

 自分の浅はかな考えがそのような、リアル追放物みたいな現象を引き起こしてしまったことを彼は後悔していた。存在を抹消したモブキャラは実は重要人物でした。後悔しても、もう遅い。

 

 だからこそ彼は、最近視聴したアニメの中で最も推していた「フェアリーセイバーズ∞」の二次創作を、頭の中では迸るパトスによっていい感じの構想が練り上がっていながらも、長編小説の執筆を始めるのは原作アニメが完結するその時まで律儀に待ち続けていたのである。

 

 特にこのアニメでは「T.P.エイト・オリーシュア」を筆頭に二次創作殺しのキャラが多い。現行の放送を追いながら執筆するには彼女らにはあまり謎が多く、後の展開によっては大事故を起こす危険があったのだ。

 それでも独自解釈で補完したR18小説や短編小説などは何作か書いたものだが、長編の連載には手を出せなかった。

 特にエイトの存在に関しては、先走った他のSS作者たちが案の定アニメ終盤で明かされた怒涛の情報開示に苦しめられる光景を見て、自身の判断が英断であったと感じたものだ。

 かつての自分のように、執筆を先走ったが為に原作の展開に背中を刺され、あえなく更新が停止したSSを読んで彼は呟く。「無茶しやがって……」と。

 

 その点、彼は自分がデキる男だという自負がある。

 

 故に、一度犯した過ちを繰り返すことはない。

 

 先日を以て遂に、全50話を超えるアニメ「フェアリーセイバーズ∞」の物語は完結した。旧作からのファンである面倒臭いオタクたちからも受け入れられた最終回の感動は、今もこの目に焼きついている。

 完結を迎えたことで二次創作作者最大の敵である「T.P.エイト・オリーシュア」の謎も大方明らかになり、長編のSSを執筆する分に必要な情報は出揃ったと見ていいだろう。

 となれば、もはやデキる男を止めるものはない。物語の完結を見届けるまで頭の中で温めに温め続けた創作欲を、今こそ解放する時だと彼はアクセルを踏み抜いた。

 

 

 ジャンル! 転生チートオリ主原作知識有りッ!

 

 ヒロイン! T.P.エイト・オリーシュア! 及びマルクトら女性大天使全員ッ!

 

 オリ主の設定! 現代日本人男が転生した深淵のクリファ! 1話から人化して最終的には人間とも聖獣とも仲良しッ!

 

 原作アニメで唯一の不満点、最後まで果たされなかったアビスとエイトちゃんの交流(おねショタ)を描くッ!

 

 

 ……と、ざっくりとそんな感じの概要で構想を練っていた。

 

 アピールポイントは原作では終始生命の敵として扱われていた「深淵のクリファ」に、彼の考えたオリ主を転生させる点である。

 作中において荒らし・嫌がらせ・混乱の元という役回りで各勢力から敵意を向けられていたこの種族とエイトとの絡みこそ、二次創作で最も掘り下げ甲斐がある設定であるとベテランSS作者の自称デキる男は考えていた。

 オリ主物二次創作小説を執筆するにあたって、書きやすい原作と書きにくい原作がある。そして「フェアリーセイバーズ∞」はまさしく前者であると、彼は最終回まで見届けて思った。

 

 一つ、魅力的なサブキャラが多い。

 特にハーレム成立に人数的な無理が生じない、フリーの美少女キャラが多い点が重要である。旧作「フェアリーセイバーズ」では女性キャラ自体があまり多くなかった為その辺りは門外漢だったが、今作ではメインヒロインで一途な相手がいる光井灯を除くとしても、メアにエイト、マルクト、ティファレト、ビナーにカロン、ラファエル、アリスとそれぞれタイプの違う女性陣がよりどりみどりである。

 加えて大半が作中で恋愛関係を明言された特定の相手がいない為、オリ主とのカップリングに違和感が生じないのも都合が良かった。百合的なカップリングは別としても、ビジュアルの良い女性キャラが豊富な点は、SS界隈的にもプラス要素だった。

 

 二つ、原作沿いにしやすい。

 これは彼がこれまで読んできた二次創作から感じたことだが、SSの舞台となる原作は、オリ主を無理なく捩じ込みつつストーリーを考えるのが割と簡単な原作沿いの展開にしやすい作品が多い。

 特にラブコメ要素とバトル要素という男の子が好きな要素が組み込まれた学園バトル物の原作などは、オリ主を一生徒として無理なく編入させた上で原作のイベントをそのまま踏襲できる為非常にSS人気が高い。もちろん原作自体が人気のある作品であることは前提だが、オリ主という異物を混入させた上でお手軽に物語を回せる点は作者的には重要な要素だった。

 

 その点、「フェアリーセイバーズ∞」は学園バトル物ではないが、原作沿いのしやすさで言えばそれと同じぐらいやりやすい方だった。

 

 原作沿いの物語にしたいのならオリ主をセイバーズの一員にすればいいし、メアと同じ境遇のフェアリーチャイルドにするのもいい。

 聖獣サイドならオリ主をラファエルと似たような境遇の天使にするのもアリだし、何なら原初の大天使にしてエイトとカロン、二人と幼馴染設定にするのも美味しく、エイトヒロイン物では既に定番のポジションとなっていた。

 そして原作アニメが完結した今だからこそ、アビスというもう一つの勢力でも似たようなストーリー展開が可能だと判断した。

 

 それが三つ目、舞台設定の自由度の高さに絡んだ利点である。

 

 原作キャラと接点を持てるコミュニティーが豊富という意味では、「フェアリーセイバーズ∞」という物語の舞台設定は自由度が高く優秀だった。

 

 そんな要素が上手い具合に絡み合った為か、今現在彼が愛用している二次創作小説投稿サイトでは、原作「フェアリーセイバーズ∞」のSSがその掲載数を伸ばしていた。原作アニメが完結したことでその勢いはさらに加速しており、日間ランキングでも数多くの新作SSが顔を覗かせている。

 

 

 ──乗るしかない……このビッグウェーブに!

 

 

 デキる男は原作の完結効果で読者の熱量も高いこの好機を逃さなかった。

 彼が今まで書いてきたSSはことごとく読者との致命的な解釈違いが発生し、その気は無いのにアンチヘイト作品認定を受け微妙な炎上を続けてきた。心無い読者たちからは挿し絵だけ描いてろと辛辣な感想を貰い、その度に項垂れてきたものである。

 しかし、ここから先はそうじゃねぇ! 男は奮起した。

 

 今回のSSは100話を超える大長編を予定している。

 手元にあるのは原作アニメが完結するまで、今か今かとアイデアを温めてきた渾身のプロットだ。特に「フェアリーセイバーズ」は彼にとって思い入れのある原作であり、作中設定に対する知識量にも自信がある。

 「流行に便乗しているだけの昨日今日のSS作者とはわけが違うんですよ! 僕が一番上手くフェアリーセイバーズのSSを書けるんだ!」と叫び、ありきたりなテンプレ小説に対して謎のマウントを取りながら、彼は早速第一話の執筆に取り掛かった。

 

 

 しかし、彼の描いたその物語が完結することはなかった。

 

 執筆開始から僅か一ヶ月後に更新が止まり、それ以来、物語が続くことはなかったのである。

 

 決して人気が振るわなかったわけではない。寧ろ最初の数話時点では高評価を得ることができ、彼としては好調のスタートを切ることができたと言えるだろう。

 それでも更新が止まってしまった原因は、何ということはない。アニメ「フェアリーセイバーズ」の制作を行っている公式のホームページから、一枚のイラストが公開されたからだった。

 

 

 【劇場版フェアリーセイバーズ∞公開決定!】と──知らない少年と手を繋いでいるメアとエイトの後ろ姿を描いた原作者描き下ろしの意味深なイラストが、長編SSの執筆を躊躇わせる新情報として彼の心を揺さぶったのである。

 

 さらに数日後、劇場版の副題も決まり原作者や監督からのコメントが怒涛の新情報ラッシュとなり、デキる男に二つの悲鳴を上げさせた。

 一つは、終わったと思った「フェアリーセイバーズ」の物語を再び堪能できるという嬉しい悲鳴。

 

 そしてもう一つは──

 

 

「俺が考えた妄想を比べ物にならないクオリティーで公式がお出ししてきた件」

 

 

 面影を残しながらも可愛く、カッコ良く成長したJKメア。

 アビスと、エイトのおねショタ。

 

 アビスと、エイトのおねショタ(重要)。

 

 自分が書こうとしたSSと同じコンセプトの作品を、公式が完璧な解釈で出してくれるのなら……それはもう、執筆するのは公開されるまで待つしかないだろ常識的に考えて、と。彼は常識的な友人の言葉を借りてそう思った。

 

 二次創作はどこまで行っても二次創作。公式には勝てないというのが、何にでも噛み付いていた中学二年生時代のマインドを忘れないながらも……彼が理解したこの世の摂理だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──これは、蛇足である。この物語の最後に明かされたところで多くの者たちから余分なものと言われ、知る必要も無かったであろう……語るに足らない裏話だ。

 

 

 

 それは、暁月炎たちが生きる地球でも、ケテルの統べる聖獣の世界でもない異なる次元に位置するとある世界線の話である。

 

 都市部や住宅街からも離れた閑散とした海沿いの町に、一軒の広大な屋敷があった。

 

 窓の向こうに見える海原の波は穏やかで、上を向けば見る者の目を思わず吸い寄せ、心に一瞬の空白を作り出すほどに深く美しい、透き通るような青空の光が屋敷を照らしている。

 

 その屋敷の一室に、一人の壮年の姿があった。

 

 窓から太陽の光が射し込む部屋の中で、右手に色の無い筆を携えながら一枚のキャンバスと向かい合っている。今は下書きを終えたところで、自らの描いた絵と見つめ合うことで着色の構想を練っている様子だった。

 仕草の一つ一つがまるで画家に対する一般的なイメージを反映したもののように見えるが、しかし彼の職業は画家ではない。

 

 

 ──壮年は、漫画家だった。

 

 

 青年時代に描いたデビュー作が千万部を超えるヒットを生み出し、今も根強い人気を博し再アニメ化にも至った少年漫画「フェアリーセイバーズ」の原作者である。

 本来はキャンバススタンドではなく、デスクと向き合ってその筆を原稿に走らせるのが彼の仕事であったが……この時間は自己の時間。正真正銘、趣味で描いている絵だった。

 デジタル化が進んだ昨今、漫画の作画すら紙面ではなくタブレット端末に描き込むことができるようになったこの時代であえてアナログ的なキャンバスに絵画を描くのは、文明の利器に対する挑戦などという高尚な理由ではもちろん無い。

 

 ただ彼は、初心を忘れたくなかったのだ。

 

 かつては自分が漫画家になるなど思ってもみなかった少年の頃、彼は誰に見せる気も無く今のようにただ漠然と絵を描いていた。

 

 そんな彼が漫画を描こうと思うようになったのは彼が「この世界」に馴染み始めた青年の頃のことであり、特殊な事情により体調が悪化したことで通うことになったある病院で、一人の少年と出会ったことがきっかけだった。

 

 

 その日出会った少年は──自分と同類だった。

 

 

 しかし、この世界に生まれ変わっていた彼女は、自分の知る女性ではなかった。

 遠く離れた異世界の大天使の魂を宿した少年は自分とは違って前世の記憶を持っていることもなく、純粋で無垢な、平凡な人間の男の子だったのだ。

 

 看護師──当時は看護婦と呼ばれていたか。看護婦の女性から名前を呼ばれるまで待合室で退屈そうにぐずっていた少年は、父親と思わしき男から「しばらく掛かるだろうからこれでも読んで待ってろ」と言われ、一冊の本を手渡されていた。

 

 瞬間、少年は目の色を変えた。

 

 わかりやすくも急に静かになり、じっと見据えた本をペラペラと捲っていく少年の顔はページの一枚ごとに喜怒哀楽の感情をストレートに表わし、その本──漫画の世界に没入していった。

 それだけならまだ小学校にも通っていない幼子のことだ。さして珍しい話ではないだろう。

 

 しかし異世界の大天使の魂を宿した少年は、彼にとって特別だった。

 

 

 漫画を誰よりも楽しそうに読んでいた少年の姿に──彼は見たのだ。

 彼の中で共に笑っている天使──ダァトの姿を。

 

 

 ダァトとの関係は、当時は彼にとって相容れぬ敵同士だった。

 しかし彼女と共にあの世界から消滅し、何の因果かこのような異なる世界線に「人間」として生まれ変わった彼は、前世とは違う一つの生命となったことで、かつて彼女が説いてくれた「感情」というものを……今度こそ正しく理解することができたのだ。

 

 そんな彼が今、彼女に抱いている思いはかつて向けていた憎しみや怒りではない。

 

 人間になったことで、自らの行いを省みることを知った今、彼はただ彼女に謝りたいと思った。

 

 しかし、自分は彼女を殺してしまった大罪人だ。今更どの面を下げて生まれ変わりの前に現れ出ようものかと、後ろ髪を引かれる思いがあった。

 

 そんな彼の複雑の胸中の、言い方は悪いが逃げ道となったのが「漫画」だったのである。

 

 「異世界の出来事」を漫画に描くことで、少年を──生まれ変わったダァトを楽しませてやりたいと。

 何も覚えていないのなら、せめてもの罪滅ぼしとして彼はそう決意したのである。

 

 絵を描くのは好きだった。人間に生まれ変わってから画材を持てるようになり、初めて趣味と呼べるものを手にした彼は、その筆で前世の景色や思い出など、フェアリーワールドであったことを手当たり次第キャンバスに描いた。

 絵の趣味は元々、彼が前世の出来事を……「アビス」である自分が遺した罪を忘れない為に行っていたことであったが、彼女の生まれ変わりと出会ったことで、道は変わった。

 

 漫画家として歩んだ人生は楽しかった。少年のことを抜きにしても、自分の描いた作品で誰かが笑顔になるのはとても嬉しいことなのだと、元アビスである彼は理解した。

 物語の取材を行う為に今生の虚弱な身で異世界を観測する「能力」を使い、その度に何度も死の淵を彷徨っては死に損ない、それでもなお辞められないほどに。

 

 彼はこの世界に生きる人々にも、自分が生きたかつての世界を知ってくれることが嬉しかったのだ。

 尤も肝心の「ダァト」の存在を漫画内に描くには、今の自分では力量不足だ、彼女を描くのはおこがましいことだと二の足を踏み続けたものだが。

 

 そして、ようやく自分の中で及第点を与えられる「ダァト」を描けるようになった頃には、生まれ変わりの少年がこの世を去ったと知り、世の無情さを前に失意の底に沈んだものである。

 

 

 ──しかし、少年は再び転生した。

 

 

 カロンという彼女の姉が少年の魂、すなわちダァトの魂との接触に成功したという話を聞かされた時、彼は初めて少年の後を追わなくて良かったと安堵した。

 そして再び、異世界を観測する「能力」を使い「新しい彼女」が辿る未来を知った彼は、その出来事を正確に描こうと思い至ったのである。

 

 壮年期になった今ではかつてよりも能力の代償が重く、青年の頃のように長期連載を行うことはできなかったが、それでもかつての実績により新アニメ「フェアリーセイバーズ∞」の監修の座を手に入れることができたのは奇跡的な僥倖だった。

 

 

 この世界の人々の目に彼女の物語が届けられるようになったのには、そんな蛇足の裏話がある。

 

 そしてさらに蛇足を語るのであれば、失意の底にいた彼に少年の転生、ダァトの再転生を報告してくれた存在は今彼の真後ろにいた。

 屋敷の主に勧められた椅子に座り、キャンバスと向かい合っている壮年の背中を見つめていた金眼の青年が、おもむろに口を開いた。

 

 

『今もまだ……罪の意識を抱いているのだな。深淵の王【バチカル】』

 

 

 ……不思議なものだ。

 この世界に生まれ変わってたかだか四十年程度しか経っていないというのに、青年が告げた呼び名が酷く懐かしいもののように感じた。

 

 

『それは汝が「人間」という存在に変わった証であろう。今の汝は深淵の王の魂を宿した人間であり、存在の性質も変化している』

 

 

 壮年はキャンバスに目を向けたまま、頭から直接聴こえてくるその声に視線を返さない。

 それは遥々異世界から、それこそ思念体の身になってまで(・・・・・・・・・・・)会いに来てくれた客人に対して無礼な対応であったが、青年の方は特に意に介した様子は無い。

 寧ろ過去に与えた仕打ちからお互いに負い目があり、引け目を感じ合っている間柄である二人にとってはこのぐらいの雑な距離感の方が居心地が良かったのだ。

 しかし掛けられた言葉には応じ、壮年が語る。

 

 

「たとえ存在は別物に変わっても、私が私であることに変わりはない。今もこれからも、私は彼……いや、彼女の物語を描き続けるだろう。能力の大半を失っても、数多の世界線を観測するこの力だけは失わなかったのも、それが私の為すべき義務だからと感じている」

『……それが汝の贖罪か』

「それに……こんな私の描く物語でも、笑ってくれる子供たちがいる。その感情が「嬉しい」ということなのだと、私はこの世界で学んだ」

 

 

 そこまで言って、壮年は振り向いた。

 痩けた頬からは疲労感が滲み出ており、クマの浮かんだ目元も酷くやつれている。

 しかし、それでも壮年の眼差しには光があった。確かな未来を見据えた上で、それでも立ち向かいたいと願うような強い光が。

 

 

「彼女は怒るかもしれないが、な……」

 

 

 ただ、その言葉だけは取り繕うことができないほど弱々しく、まるで娘に叱られている時の父親のような目をするものだと、金眼の青年は思った。

 そんな彼に向かって青年は、彼に共感したように寂しげな笑みを薄く浮かべて言った。

 

 

『赦すさ。過去ではなく、まだ見ぬ未来を心待ちにするあの子は、汝の断罪を望んでいない。我々はそんなあの子たちの未来が、幸福なものであることを信じるとしよう。古き者の、せめてもの役目として……』

 

 

 今日はこれで、時間切れか……そう呟いた彼の姿が霞のようにぼやけた次の瞬間、椅子の上から青年の姿は移動の痕跡も無く何処かへと消え去った。

 

 そんな彼のこの世界では(・・・・)非現実的と言われる退出を見届けた後、自分と彼が穏やかに会話をしたという不思議な感慨に浸り、漫画家の壮年が彼の名前を呟いた。

 

 

「……アイン・ソフ……」

 

 

 フェアリーワールドを古の時代から守り続け、最期は大天使カロンと入れ替わる形で世界樹と同化した聖なる龍神。

 漫画家の壮年──かつては深淵のクリファ「バチカル」と呼ばれた彼と先ほどまで語らっていたのは、人の姿をとって彼の世界から訪問してきたかの神の思念体だったのである。

 

 時はテレビアニメ「フェアリーセイバーズ∞」の放送から数日後。

 能力で観測した情報から推測すると……あちらの世界ではそろそろ、最終回のラストシーンが始まる頃合いだろうか?

 パレットから着色した筆を手に、再びキャンバスに向き直った彼は下書き済みの絵画に目を移す。

 

 

 彼の描いたその絵画は、「フェアリーセイバーズ∞」で放送されたラストシーンの一幕である。

 

 

 真ん中に描かれているのは、大人になった暁月炎と光井灯の姿だ。それぞれ白いスーツとウエディングドレスを身に纏っているのは、その光景が彼ら二人の結婚式であることを意味している。

 そんな彼らを囲むように並んでいるのは、セイバーズの一同や彼らと交流のある友人たちの姿だ。風岡翼や力動長太ももちろん一緒であり、同じくメア改め公的に「光井メア」となった少女もそこにいた。

 かつては幼かった彼女も高校生になったことでその姿は大きく印象が変わり、女性らしい美しさが一段も二段も開花したビジュアルになっている。

 そんな彼女の横にはたった数年程度では変化がある筈も無い大天使、マルクトの姿がある。その横には天使体のケセドと甲冑を脱ぎスーツを纏ったホド、ビナーにネツァク、ハニエルや親交のあった聖獣たちの顔ぶれが続く。

 

 

 祝いの席の中に人間と聖獣、二つの種族が一堂に会した本作のエピローグを象徴する一枚と言ってもいいだろう。

 しかしこの絵の主題は結婚式に集まった総キャラクターというところではなく、その構図である。

 

 灯が放り投げたブーケを、思いも寄らない人物が掴み取った──もとい、盗み取ったという点にこそ、これを描いた彼の意図があった。

 

 

「どうか彼女らの行く末に、幸多からんことを……」

 

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ∞」のラストシーンは、放たれたブーケを未婚者たちの前から鮮やかに掴み取った黒髪の少女が、そのブーケを手近なところに立っていた子供の来客に譲り渡すところからエンディングテーマが流れる。

 茫然と立ち尽くす一同の視線に対して少女はイタズラっぽく笑うと、新郎新婦に手を振った後、詰め寄ろうとする一同から踵を返して逃走し、画面は次回作──劇場版主人公であるメアが浮かべた笑顔を映すのだ。

 

 

「……おかえりなさい、エイトさんっ……!」

 

 

 五年間行方不明だった彼女の帰還に安堵の笑みを浮かべるメア。

 それは視聴者の感情とリンクする場面でもあり……アニメの監修であり原作者である彼の、お気に入りのシーンだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──僕の名前はT(トリプル).P(プロミネンス).エイト・オリーシュア。ご覧の通り転生者だ。

 

 

 例によって女神様っぽい人からチート能力を貰い、アニメの世界に放り込まれたかと思えばそうでもなかったような感じの完璧なチートオリ主である。

 

 女神様っぽい人ことカロン姉さんが言うにはやっぱりと言うか、アニメの世界がこの世界になっているのではなく、この世界をアニメ化している猛者があちらの世界にはいたのだそうだ。

 その猛者、というか「フェアリーセイバーズ」の原作者様なんだけど、何だか僕の存在に感銘を受けたからみんなにも知ってもらいたいと思って描いたのだそうだ。

 

 僕の好きだったアニメが実は深淵のクリファの生まれ変わりが描いたものだったとは、ここ最近知った事実では最大の驚きである。

 

 まっ、彼が僕の物語を「フェアリーセイバーズ∞」としていくら書き綴ろうと、ここが僕たちの生きているれっきとした現実世界であることに変わりは無いし、寧ろどんどんやってくれと言うのが僕の気持ちだ。ただし、僕をヒロインとして扱うのは解釈違いなので無しな!

 

 

 ……まあ、そんなこんなで僕が転生したこの世界は、誰が何と言おうとこのエイトちゃんを完璧なチートオリ主にしてくれる世界なわけですよ。今もこれからも、ね。

 

 

 人間の世界では超能力的な異能が日常化しているし、異能犯罪を取り締まる特殊部隊「セイバーズ」に所属する主人公たちは、聖獣の世界「フェアリーワールド」との和平が為された今も新造の悪の組織をはじめとするワルモノたちと戦っている。

 

 そんな由緒正しいヒーロー物語なのである。僕たちが生きる世界は。

 

 

 

 

 

 ん? なんで今更になって物語の第一話みたいな妙に改まった語りをするのかって?

 

 

 ……それはね。実は僕、つい最近この世界に戻ってきたばかりなんですよ。

 

 

 何もかんもアビス・ゼロが悪い。いやあ、アビス・ゼロは強敵でしたね……マジで。

 はい。強敵すぎたから結局倒すことはできなかったし、カロン姉さんと一つになって最強になった僕ですら、みんなと力を合わせて次元の彼方に再び封じ込めることしかできなかったのである。やっちまったぜ。

 

 いやね……封印を完成させる為には、どうしても誰か一人が次元の彼方に残らなくてはならなくなったのである。仕方なかった。仕方なかったんや……

 

 ……で、その役目を誰が全うするかで揉めに揉めてね。

 

 もちろん誰も犠牲にしたくなかったのでその場には僕が残ることにして、渋るみんなはチートパワーで追い出したりしたんだけどさ……まあ、それでもケテルと翼は力業で最後まで抵抗してきたのはビビったけど、二人にはなんとか説得して納得してもらった。

 「ボクは必ず帰る。ボクも今は、ボク自身が大切だからね」とか言ってね。

 

 実際封印さえ完成すれば自力で帰るのは簡単だったし、僕だって彼らと今生の別れをする気はさらさら無かった。

 完璧なチートオリ主は帰るまでがチートです、ってね。それまで独りぼっちだったら流石に寂しかったけど、僕にはカロン姉さんがいるし何ならダァトとも話すことができるので封印が完成するまで一人で次元の彼方にいても心細くはなかった。

 

 

 

 ……まあ、完成に五年ぐらい掛かってしまったのは完全に誤算である。

 一人残って裏ボスと対峙する完璧なシチュエーションの筈が……! と悔やんだのが、次元の彼方から帰還してこの人間世界に戻ってきてからのことだった。あっ、ケテルには真っ先に会いに行って生存報告してきた。彼の方は僕が死んでないことはわかっていたようだけど、それでも心配を掛けて申し訳なかったよ。彼のトラウマを抉りに抉ってしまう形になってしまったが、どうやら思っていたより精神的に安定していたらしく再び暴走することはなかったようだ。

 

 しかし、あれから五年も経つと世界も色々変わったみたいで……特に人間の世界の方は著しい変化である。

 町を歩くと人間の世界なのにエルフ族やオーガ族、鳥人族の姿をちらほら見かけた。どうやら無事に二つの世界は和平を結べたようで、今もお互いの種族がわかり合えるようにと交流が進んでいるとのことだ。

 

 あっ、カケル君やアリスちゃんにも会ってきたよ? 二人ともすっかり大きくなって、美男美女に育ってお姉さん感動したよ。

 特にカケル君は無能力者なのにコロシアムでも大活躍していて凄いと思いました。将来はセイバーズになると言っていたけど、「キミならなれるよ」と激励して胸をトンと叩いてあげた。

 尤も、あの歳で既にバースト状態をコントロールしてフェアリーバーストも使いこなしている妹のアリスちゃんの方が強いと言うのは言わないであげた。あの子天才すぎでしょ人間こわっ……

 

 

『汝が導いた子供たちは、立派に成長しているようだ』

「ふふっ……いいよね、ボクも嬉しいよ」

『私も嬉しい』

 

 

 ダァトも嬉しい嬉しいと言っています。

 ふふふ……成長と言えば、メアちゃんも十五歳ぐらいになって何と言うか、美少女さにますます磨きが掛かっていたよね。

 向こうでやってるアニメ「フェアリーセイバーズ∞」が続編でもやるなら、多分次の主人公は彼女になるのではないかと僕は思っている。

 

 だって今のあの子、ビジュアル的に可愛いのはもちろんだけど凄くカッコいいんだもの!

 昨日彼女が町に現れた暴漢をしばいている様子を見たけど、今のメアちゃんは通常時は黒髪で、状況に応じて白くなったりオレンジ色になったり青くなったりするのである。八枚の羽を生やして。

 

 

 ちゃっかりホドが分離して元の状態に戻っていたところを見るに、今の彼女はもう自分以外の存在を宿していないようだ。

 しかしそんな今の彼女にもかつて宿していた天使たちの力の残り香が残っているみたいで、彼女はこの五年間で成長した自身の異能によりその力を解放することでそれぞれ「サフィラフォーム」、「ホドフォーム」、「ケセドフォーム」の三形態に自由に変身できるらしい。

 

 それでいて事件に遭遇したのが登校中だったからか、高校の制服を纏った状態で披露したそれぞれのフォームの姿は何と言うか──「もうコレで一本書いた方がいいんじゃね?」と思うぐらい、贔屓目無しに活力に満ち溢れていて、非常に映える姿だった。

 うむ、これは間違いなく主人公ですわ。前作でマスコットポジションだった子供が成長して主人公になる続編アニメ、いいよね……いい。

 

 

 

 ──というわけで、僕は今後メアちゃん改め光井メアちゃんを次の原作主人公と判断してオリ主ムーブを行っていく所存である。

 

 

 

 アビス・ゼロを封印したことでフェアリーワールドのアビスたちもこうして大天使たちが出張できるぐらいには大人しくなったみたいだし、ケテルも和平を受け入れたようで五年前より世界は平和になっている。

 しかし、それでも二つの世界にはまだまだ問題は残っているからね。その全てにちょこちょこ顔を出して存在感を申し上げるのが、僕たちチートオリ主の使命である!

 

 もちろん世界が完全に平和になったら、メアちゃんのドタバタ☆学園生活を後方オリ主面で見守っていくのも乙なものである。彼女の通う高校にはカケル君たちも通っているし、退屈はしなそうだ。

 

 だが……

 

 

「待て、エイト! T.P.エイト・オリーシュア!」

 

 

 僕はミステリアス系のクールなオリ主な為、結婚式などという華やかな場所に居続けるわけにはいかない。新郎新婦と皆さんへの生存報告の為に顔見せだけしておいたが、そもそも僕は異能怪盗でお尋ね者である為、長居は無用だった。

 しかし追い掛けてくる相手も歴戦の強者なわけで……この場から逃げるのも、流石に楽ではなかった。

 まあテレポーテーションすればいいんだけど、久しぶりに会ってそれは味気ないからね。僕は流石のスピードで真っ先に追い掛けてきた風岡翼に向かって、ニヒルに笑いかけてやった。

 

 

「おっと、何だいツバサ? あんまり久しぶりって気はしないけど、久しぶりだね。それと、ごめんね……まだ約束の曲完成していないから、また今度でいいかな?」

「……っ、あんたは……っ、本当に……! あんたは……! はぁ……」

 

 

 ? なにそんな溜め息ついて……また僕何かやっちゃいましたか?

 

 ふっ……やっちゃうんだよね、僕は! 何故なら僕はオリ主だから!

 

 だから君たちも、僕に気持ち良く振り回されてくれ。

 原作キャラとしてではなく、この世界で生きる僕の──友達として、ね。

 

 

 

『それが、私たち』

「ボクたちのテンプレートだ!」

 

 

 

 というわけで、レッツ・オリ主ライフ!

 

 ボクたちの物語はエタらない。しかしそれは、永遠である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──クールでカッコ良くて、優しくて……

 

 

 

 そんなオリ主が、みんな大好きだったから……──

 

 

 

 

 

 

 

   TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです

 

 

   【T H E  E N D(おしまい)








 フェアリーセイバーズ∞の最終回は、Aパートまでに決着がついてBパートでエピローグをやるタイプの最終回だったようです。
 一年ちょっとの更新でしたが、ここまでお読みいただき、応援していただきありがとうございました! これにて完璧なチートオリ主は完結です!
 後書きとか補足とか、長々と色々と書きたいことは活動報告に書いておきました。
 要望があればまた掲示板回や短編おねショタ回を書くかもわかりませんが、今は一言……お疲れ様でした! 


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あとがき
あとがきとか裏話


 自己顕示欲により活動報告から移植


 オリ主らしいオリ主書きてぇ……

 

 これまで数々のオリ主物二次創作に触れて、ふとした時に一周回ってそう思い始めました。

 そんな私が、オリ主らしいオリ主ってなんだよ?(哲学)と自問してみたのが、本作を書き始めたきっかけだったりします。

 

 それと、なんだかんだで十年ぐらいネット小説を書いたりしてみて、ここらで一発オリジナルの長編小説を完結させてみたかったという小さな野望もありました。何度目かの挑戦で、ようやくの完結達成です。わーい。

 

 はい。そんな感じでぼくがかんがえたさいきょうのおりしゅが、テンプレートオリ主A、「T.P.エイト・オリーシュア」でした。

 

 実は「テンプリエイト・オリーシュア」という名前は昔私が書いて(エタった)ポケモンのSSのオリキャラの名前だったりするのですが、本作ではその名前を再利用して捻った結果、いい感じの厨二ネームができて割と気に入ってたりします。察した方もいるかもしれませんが、オリ主を「おりぬし」ではなく「おりしゅ」と読むのは某理想郷で読んだ有名SSの影響です。

 

 普段エタってばっかりマンである私が長編オリジナル作品では初めて完結させることができた「TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです」ですが……私の中では全102話をハイペースで投稿することができたと思っています。

 その理由として多くの感想や評価、ここすきをくれた皆さんのおかげであることはもちろんそうなのですが、本作においては題材的に「あんまりオリジナル作品っぽくないオリジナル作品」だったからなのもあったのかなと思っています。

 

 一応分類上は「原作:オリジナル作品」となっていますが、厳密には「原作:二次創作ネタ」みたいなものですからね。無から設定を練り上げていく他作者さん方の完全オリジナル作品と比べて、本作にはここまで積み重なってきた膨大な二次創作の歴史という舞台が土台としてあったので、私としては最後まで短編二次創作小説のような感覚で書き続けることができました。本当に偉大な原作様です。

 

 そんな自分語りでしたが、完結の感慨が今になって強く湧いてきたので、最後に本作の世界観やキャラクターたちの裏話とか、語っていきたいと思います。

 需要があれば他のキャラエピソードも随時更新します。

 

 

 

【T.P.エイト・オリーシュア】

 

 

 本作の主人公。オリ主。私の考えるオリ主らしいオリ主──を目指すTSオリ主です。

 他作者さんの作品を読み漁りながら、「ロールプレイに命を懸けたオリ主」というのがとても面白いと思ったので、私も便乗して「自分が思い描いたいい感じのオリ主を全力で演じるアホ」というのをコンセプトにキャラメイクを行いました。

 

 何故TS要素を入れたかって? 意味などない。単に私が好きだからだ。

 

 私的には意味の無いファッション的なTS物は、意味が無いことこそが意味(哲学)だと思っているので、この主人公はTS転生者でありながら自分の性別の変化に対する戸惑いは一切無く、何ならオシャレにも積極的な前向きな性格になりました。

 

 そんなエイトですが、例に漏れず男の子たちからモテモテでありながら最後までメス堕ちすることがなかったのは、単にそこまでの情緒が育っていないからです。

 

 エイトにとって恋愛諸々は外から見る分には楽しいけど、自分が当事者になるのは前世の頃からピンと来ていません。それは自分が長生きできないことを小さい頃から何となく察してきたから……という割と重い事情もあったりしますが、そうでなくても「そんなことより友人と馬鹿やっている方が楽しいいいい!」という感性のまま短い人生を駆け抜けてきたので、恋愛感情に発展するほど大人な頭をしていないのです。精神年齢は小学生男子みたいなもんですね。

 

 そのくせ可愛いものとカッコいいものが大好きなので、恋する乙女や少年を見守るのは大好き。本作ではそういうシーンはありませんでしたが、エイトはギャルゲの友人枠みたいなムーブには定評があったりします。そうやって前世では、姉夫婦のキューピッド役になりました。

 

 外見のイメージは……あれは私がやる夫スレを読み漁っていた頃……あ〜このAAい〜い! この子は誰だ? 誰だ? ……宇佐美蓮子……いいね……閃いた!

 

 

 と、大体そんな感じのイメージになりました。オリ主の容姿を商業キャラの容姿で表現するのはお約束だからな……

 

 もちろん性格は全く違いますが、私としては主人公だけはきっちりした外見のイメージを固めておきたかったので、他のキャラに比べて一人だけくどいほどねっとり描写していたのではないかと思います。

 そしたらステキな絵師の方から完璧なイラストをいただき大感激! 本当にありがとうございます。おかげさまで、更新へのモチベーションがすこぶる高まりました。

 

 そんなエイトのキャラ付けですが、最初の方は二次創作のテンプレートを理屈っぽく解説しながらノリノリで実行していく変人キャラをイメージして書いていたのですが、自分より先に転生した(と勝手に思い込んでいた)メアの存在をはじめ、イレギュラーな出来事と対面し続けた結果、本人的には振り回すよりも振り回されるシーンの方が多くなり、私の中でも割と早い段階でアホの子で固定されました。

 

 そんなエイトはタグの通りアホではありますが、基本的には育ちの良い甘ちゃんな為、純粋な子供を相手にする時にはロールプレイの仮面が剥がれ、ついつい素の性格が出てしまう。

 そんなこの子の姿を間近に見た子供の性癖が狂う……というのが本作のおねショタテンプレートです。私、ショタの無垢さにおねの仮面が剥がされるシチュエーションがすき。

 

 数々の予定外に振り回されつつも、その状況さえ割とエンジョイしている主人公は、私としても書いていて楽しいキャラでした。しかし一番驚いたのが、この主人公の正体に対してネタとガチ、両方の面で多くの考察を感想としてお届けしてくれた読者さんたちが多かったことでした。おかげで神話に対する知識が増えました。本作はユニークな感想欄も合わさって完成した物語なのかなと思っています。本当にありがとうございました。

 

 私自身としてはエイトの正体は、当初から「十人いる敵集団の十一人目のポジション」として設定を用意していました。ダァトの立場はロイヤルナイツで言うアルファモンみたいなポジションで考えていたのです。

 

 まあ、そこは敵集団のモチーフがセフィロトの樹なのですぐに バ レ バ レ と気づいた方も多かったかもしれませんが、エイト=ダァトそのものではなく、「前世からダァトが転生した人間だった」という点はそこまでバレていなかったようなので安心しました。嬉しい悲鳴ですが予想以上に反響が大きかった為、ネタバラシがちょっと怖くなったりしたところもあったので……

 

 エイトの基本設定はそのように元からある程度は固めていたのですが、終着点に関しては書きながら皆さんの反応を見てライブ感で色々と変えたところがあります。

 

 

 ──と言うか、最初はベタな死亡エンドにするつもりでした。

 

 

 何パターンかの結末は考えていたのですが、エイトの望む完璧なオリ主としてメアリー・スーがあり、本家メアリー・スーは最後に原作キャラたちに惜しまれながら退場するからと、エイトもそれにあやかって自ら自己犠牲を選んで原作を救う──みたいな展開を考えていました。

 

 その場合は自分の身体をダァトに返して、後のことを全部彼女に託して気持ち良く逝くと言った感じの曇らせ展開になっていたかもしれません。

 そして数年過ぎたエピローグでは、フェアリーワールドで三度目の転生を果たした元エイトの少年とダァトが巡り合い……というラストを考えていました。

 

 途中から「このSSでしんみりした終わり方はねーな」と思い日和ったわけですが。

 

 最終的に自己犠牲エンドは無くなり、寧ろ主人公がそれを否定する感じの展開になりました。そう言いながらもエイト自身は自分が犠牲になって世界が救われる展開もそれはそれで悪くないと思うような奴だったりします。

 そう言う意味では「このオリ主、実は結構闇が深い奴なのでは……?」と感じるところもあるかもしれませんが、最終回後はカロン様と融合したことでその辺りの自制は働くようになったようです。そんなわけで、カロン様との融合は本人が思っている以上にプラスに働いていたりします。

 

 作中キャラから見たT.P.エイト・オリーシュアの評価は、最初に長太が言った「ちょっと悪ぶっただけの可愛い姉ちゃん」に大体落ち着いたようです。

 

 本人的には常にどの勢力からも一歩退いたポジションに立つクールでカッコいいミステリアスな美少女チートキャラという認識でしたが、セイバーズの皆さんも能天気ではないので一緒に旅をしている中でエイトの甘ちゃんな内面を察し始めていました。

 

 仮にケテルに攫われなかったら同行期間がさらに延びた為、察しの良い翼あたりは中身のぽんこつっぷりに気づいてしまったかもしれません。そういう意味ではケテルはエイトの恩人だったりします。勘違い系オリ主の勘違いバレはエイト的にはNG案件なので死活問題です。気づいた方はそれはそれとして親しみを抱くので悪い関係にはならないかもしれませんが。

 

 一方でエイトから見た作中キャラの評価は、アニメ「フェアリーセイバーズ」に登場していたキャラに対しては常にハイテンションなファンボーイである為甘々です。

 しかし基本的には初対面の人物にも好印象から入る人懐っこい性格をしている為、エイト自身の態度は原作知識の有無ではそこまで変わらなかったかもしれません。前世では周りの人間に恵まれていたり、短命で大人の悪いところを見る前に死んだ為、本人が思っている以上に世間知らずで無防備なところがあります。

 万能なチート能力を持っているので、初対面の人の懐にグイグイ入り込むことにも忌避感が無いのかもしれませんね。そして出来上がったのが闇を抱えたショタを殺すモンスターです。

 

 そんなエイトが送る第二の人生で最も特別な存在だったのが、カロン様です。

 彼女のおかげで前世の夢の一つだった異世界転生ができたのだから当然ですが、この女神様っぽい人のことをエイトはかつての両親と同じぐらい尊敬しています。それはもう、カロン様から見たエイトは「最初から好感度200%のチョロインかよ」ってぐらい無条件な好感を抱いています。

 カロン様もカロン様でエイトのことは自分には無いものを持っている偉大な人間だと評価しているので、互いにリスペクトし合った関係ですね。

 そうでなくてもカロン様にとってエイトは姪みたいものなので、物凄く可愛がっているしもしかしたら他の天使たちより甘々かもしれません。

 

 

 

【フェアリーセイバーズ/フェアリーセイバーズ∞】

 

 

 本作の舞台設定の根幹にある、架空のアニメ作品です。存在しない原作。

 もはや転生ファンタジー物では架空の創作物に転生するのは定番中の定番ですが、オリ主が出演している物語が三次元的に他の世界で観測される形式のお話は某理想郷で初めて読んだ時からもっと流行っていい斬新なアイデアだと思いました。最近は同じ考えの作者さん方が似た形式のお話をお出ししてくれていっぱい嬉しい……

 

 この形式の何が書いていて楽しいかと言うと、私的には自分の作品が優しい世界でアニメ化されている──という幻覚的なものに擬似的に浸れることでした。

 しかも皆さんからたくさん頂いた集団幻覚的な考察感想の数々がそれはもう秀逸でしたので、私も最後まで調子に乗ることができました。

 ネット創作でリアルに商業化できる作品などほんの一握り。さらにその中でもアニメ化で人気を博しドリームを掴む作品は言わずもがな。しかしこの景色なら堪能できる! そう、オリ主ならね。

 

 ……私一人が盛り上がって滑り倒すことがないように気をつけてはいたつもりですが、予想以上に皆さんから良い反応を頂けたことに私の自己顕示欲は満足しました。そういう意味では本作で一番自己投影したキャラは、最後の最後に出てきたフェアリーセイバーズの作者だったのかもしれません。

 そんな作中最後のネタバラシは作中で地の文が語った通り、蛇足な設定開示になります。エイトの物語としては謎のままにしておいても特に困らないお話でしたが、「作者の自己満足の為の蛇足もSSの醍醐味よな」という私独自の解釈から、満を持してお出しした次第であります。どやあ。

 

 個人的に観測する側が「上位次元」で観測される側が「低次元」の世界と優劣を付けるのはなんか差別的な表現に感じてイヤだったので、こちらの両世界はお互いに干渉し合うことができる対等な関係という設定です。

 尤も作中に出てきた中でそれができたのはアビスの王だったり聖龍だったりカロン様だったりと、いずれも神っぽい力を持つ連中だけだったりしますが。エイトも最終回後は行き来できるようになっているかもしれません。いつかそんな短編でも一本書こうかなと思っていたり(チラッ

 

 エイトの知る「フェアリーセイバーズ(無印)」はこちらで言うところの90年代に放送されたセル画時代のアニメで、世紀末的なシリアスさと平成初期の気取った感じの熱血要素が混じった感じの作風です。

 連載当初の作者の元バチカルさんは12~15歳を対象に描いたようですが、多少の話の粗さをねじ伏せるわかりやすい画力の高さと少年受けする背伸びした作風が当時のエイト(前世)の幼い世代に刺さった模様です。

 

 そんな旧作の物語も「フェアリーセイバーズ∞」と同じくアビスパワーを使って目にした別の世界の実話である為、ダァトが表舞台に出てこない別のパラレルワールドも他に存在しています。そちらはそちらで平和な時が流れているそうです。

 

 因みにダァト激推し勢である元バチカルが何故「フェアリーセイバーズ∞」でエイトを主人公にしなかったのかと言うと、前作で主人公に抜擢した暁月炎君のことを彼自身が気に入っていたのも大きかったりします。

 あちらの世界の「人間」である炎は深淵の王バチカルからしてみれば全く接点の無い存在ですが、アビスパワーで見た彼の人生は作劇映えするドラマチックなものであり、それでいてダァトと違って心情的にある程度雑に扱っても問題なかったのが主人公ポジションとして都合が良かったのかもしれません。結構酷い。

 

 反対にラスボスのケテルのことは大嫌いです。ダァトに甘えられる立場で内心甘えたがっているくせにそうしないところが、彼から見て妬ましかったのでしょう。だから旧作では出番を最小限にしてやったのだと供述。

 それはそれで、ラスボスとしての不気味さや底知れ無さが印象深かったと当時アニメを視ていたエイト(前世)からのウケは良かったようです。

 

 

【セイバーズ】

 

 

 存在しない原作の原作キャラたち。

 クール系熱血キャラの暁月炎。気の良い三枚目ポジションの力動長太。ニヒルな二枚目キャラの風岡翼。追加メンバーとなる薄幸系幼女のメア。そんな四人が中心となって活躍するのが、フェアリーセイバーズ∞異世界編です。

 一章から順にオリ主、長太、メア、翼、炎&カロン様と章ごとに主要人物たちにスポットを当てていく感じに進めていましたが、それぞれの出番のバランスは概ね予定通りにいけたかなと思っています。

 

 エイトにとって主要人物の男三人は前世でアニメを視た時からの憧れの人物である為、彼らに対する態度は妙に馴れ馴れしい。彼らの方もそんなエイトの視線には気づいており、「なんか俺ら注目されてんなー」と最初の頃は不審に感じていたようです。

 エイトの正体が原初の大天使と知ってからは「彼女から向けられた期待の表れだったのだろう」といい感じに解釈した模様。真相は今後も知ることはないし、知らない方がお互い幸せでしょう。

 

 一方で、彼らがエイトに向ける感情は翼>メア>>>>>>炎長太の順に重いです。

 

 長太は彼女のことを苦しい時自分の背中を押してくれる姉のような存在と思っており、炎は世界の為に多様な視点から物事を捉え、必要に応じて力を振るう彼女をヒーローとして、師のように思っています。そんな過大な感情を抱いている彼らですが、二人とも元来爽やかな男たちなのでその感情を変に拗らせることはないでしょう。

 

 一方で、翼は自覚は薄いですが、エイトのことを「虚無的な自分の心を唯一救ってくれるかもしれない女性」と感じており、最終回の後は彼女を捕まえることに固執するかもしれません。

 

 メアの方は炎以上に彼女に対して憧れる気持ちが大きく、幼さ故にわかりづらいですが今後思春期が到来すれば、その憧れを拗らせてしまうことになるかもしれません。「エイトさんならできたのに……エイトさんなら守れたのに……」とか、そんな感じに。無垢な心に(外面上は)完璧な女性であるエイトの存在は毒だったようです。おのれ。

 

 とある世界線で上映される「劇場版フェアリーセイバーズ∞」では、その辺りにもスポットが当てられるかもしれませんね。

 

 因みに、そんな二人よりもさらに重い感情を向けているのがカロン様です。だから勝ちヒロインになりました。つよい。

 

 

【とある世界線】

 

 

 エイトがエイトになる前に生き抜いた前世の世界であり、暁月炎たちの戦いが少年漫画「フェアリーセイバーズ」として人々の目に届けられていた世界線。

 本筋にはそこまで絡みませんでしたが、本作を二次創作風一次創作たらしめる要素としては重要な要素だったのではないかと思っています。

 

 私としては元々、この世界線から語られる物語は最初に書いた一児の父YARANAIOのお話しか考えていなかったのですが……当回の反響が予想以上に大きく、私自身も気に入ったので味を占めてその後も何話か挿し込むことになりました。

 最初のように、ムスコの性癖とR18絵師の魂が蘇りし嫁に悩まされるYARANAI×FAMILYの日常を描いたお話を続けられれば、それはそれで良さそうな題材に思いましたが、私には難易度が高く最初以上のインパクトを出すのは難しそうだったので、二回目からは少し趣を変えて語り手をDEKIRUOに交替し、掲示板要素的な物が挟まれる形になりました。

 

 そんな彼らの外見イメージは全員、お察しの通りやる夫スレっぽいキャラクターで統一されています。

 

 愉快な三人組は言わずもがな。YARANAIOの嫁やエイトの前世の姉も、全てやる夫スレで馴染み深いヒロインみたいな感じになっています。その関係でエイトの前世の姿は蒼の子みたいなイメージになってしまいました。これはライブ感で決めた設定。本当に申し訳ない。

 

 既に三十路に差し掛かっている彼らですが、学生時代はオタク少年のYARUOがですぅ口調のツンデレ娘とラブコメをしたり、常識的な友人や隠れオタクなデキる男と馬鹿やったり、時には病弱な蒼い男の娘とはしゃいだり切ない別れをしたりと濃度の高い日常を送っていたようです。エイトのポジティブな性格は彼らの影響が大半を占めています。ユウジョウ!

 

 

 

 

 

 ……と、数々の元ネタ様がたの影響を受けながら、「TSオリ主は完璧なチートオリ主になりたいようです」は一応の完結を迎えることができました。

 

 しかし完結したお話の筈が、忘れた頃に何の前触れも無く続きが投稿されたりするのもSS界隈ではよくあること。メタネタを手当たり次第注ぎ込んできた本作のスタイルとしては、そういう要素があってもいいかもしれませんね。そして中途半端なところで更新が途絶え……いや、この話はやめよう。

 

 というわけで……くぅ疲、これにて完結です!

 お目汚し失礼しました。最後まで本作をお読みいただき、ありがとうございました!

 




 これだけだと規約:小説以外の投稿に当たりそうなので番外編も一緒に発射します(´・ω・`)


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チートオリ主番外編
とある世界線のお話 劇場版発表のそわそわ感



 好き勝手妄想できるのが好きです


 某掲示板のレイアウトを模した真っ白なバーチャル空間に、一人の生物(なまもの)の姿が映し出される。

 まな板に並んだ魚のような目。饅頭のような頭部。ぷっくりと太ったお腹。ゆるキャラめいたコミカルなその姿は、気まぐれにネットの海を漁れば同系統のキャラクターを一度は目にするであろう有名なAA(アスキーアート)を精巧に模したアバター、バーチャルデキルオであった。

 

 この数ヶ月間、配信者バーチャルデキルオは活動を休止していた。

 その理由は実に単純な話で、アニメ「フェアリーセイバーズ∞」の放送が終了したからであった。

 

 旧作「フェアリーセイバーズ」及びアニメ化前の原作漫画連載時から同作品を追っていた彼は、一ファンとして年季の入ったガチ勢であり、それ故に豊富な知識を持つ。

 そんな彼が語る「フェアリーセイバーズ∞」の世界観解説や考察は同輩の者や新規視聴者にとって需要があり、彼が投稿した中でもフェアリーセイバーズシリーズの関連動画だけが際立って再生数が多かった。

 その事実を客観的に受け止めていた彼は、リスナーたちが自分に求めていることをはっきりと理解していたのだ。

 

 故に彼はこの数ヶ月──あえて黙していた。

 

 アニメ「フェアリーセイバーズ∞」が終了してからも、語り尽くせなかった感想や披露したい考察は山ほどある。

 しかし、だからこそ……彼は公式が決定的な情報を出すまであえて沈黙を貫いたのだ。

 内心では新作映画の監修を務める原作者が自身のインスタに投稿し始めた意味深な一枚絵にソワソワしながらも、Vチューバーバーチャルデキルオとしてフェアリーセイバーズを語るのを意図的に避けていたのである。今はまだ、自分が動く時ではないと。

 

 

 そして黙して待ち続けた結果──来るべき時は訪れた。

 

 

「こんにちは、デレクジーターです」

 

 

【……!】【きた……きた……】【おひさー】【来たのか!?】【おせえんだよ!】【待ちかねた……ってほどではないけど会いたかったぞ中年んん!】【ジップヒット懐かしい……】【野球が上手くなるには練習内容が大切だろ常識的に考えて】【微妙に世代がわかりそうなネタ】【こんでき】

 

「こんできこんでき。いやー久しぶりですね皆さん。前の配信から結構経ってますけど、皆さんよく集まってくれましたね。ありがたいことです」

 

【あんな特報を見たら集まるだろ常識的に考えて】【当然だよなぁ!】【なんだかんだFSを語り合うにはここが丁度いい】【例の考察動画から来ました!】【生配信は初見】【同じく】

 

 告知から程なくして当たり前のように始まった数ヶ月ぶりの生配信に、訓練されたリスナーやそうでない者たちが続々と入室してくる。

 その事実自体は配信者としてありがたいことだと素直に喜びながら、バーチャルデキルオは感謝の一礼で一同を出迎えた。

 リスナーたちが彼の呼びかけに応え、開幕から順調に集まってくれたのは、みんなして「例の件」に浮き足立っているからなのだろうと察し、バーチャルデキルオは共感を抱く。

 

 彼自身、今回唐突に沈黙を破ったのはそれが理由だったのだ。

 そう、彼は今──「公式から供給された新情報」に、すこぶる興奮していた。

 

 

「皆さんが今回私の呼びかけに応えてくれた理由はわかっていますとも。遂にトレーラーが公開されましたねぇ!」

 

 

【YEAH!】【やったぜ】【初報から思ったより長くて驚いたわ】【メアちゃんとアリスちゃんが美人に育ってて嬉しい】【先生のコメント通り新世代中心の話になりそうね】【デッキー、お前と語りたかった……】

 

「私も語りたかった……情報も集まっていないのに早々に動画を上げるのは情弱のやること! とか前は言っていた気がしますが、すみません。前言を撤回します。あんな映像を視たら率先して取り上げなければいかんでしょ? 古参ファン的に考えて」

 

【せやな】【寧ろ最近のデッキー大人しすぎて冷めちゃったのかと心配した】【こういうのは熱量が大事よ】【一理ある】【うぬぼれるなよ】【やらない夫みたいなこと言うなよ常考】【実際、デッキーの反応が気になったのはある】【外国人の反応も面白かったぜ】

 

「私がフェアリーセイバーズのことで冷めるなんて、よっぽどのことが無ければありえませんよ! しかし新作映画の特報とか予告って、なんであんなにワクワクするんでしょうかね?」

 

【わかる】【そうかな……】【俺は上映前の予告ラッシュはちょっとダレるけどなんだかんだいつも楽しんでるマン】

 

 

 ──そう。

 

 彼らの興奮は兼ねてから発表されていたアニメ「フェアリーセイバーズ∞」の続編映画の情報がつい先日、PV映像付きで公開されたからであった。

 

 公式のチャンネルで公開されたPVの時間は20秒。もちろん、映し出された映像は全て新規のカットであり、元々評価の高かったテレビアニメよりもさらに美麗になった作画がネット上でも話題になっていた。

 感情が昂ぶった結果、バーチャルデキルオは数ヶ月間の沈黙を破り、今回の生配信に踏み切ったわけである。

 満を持して公式から公開されたPVの内容に焦点を当てつつ、前回の配信で語り尽くせなかった雑談をグダグダと語っていこうというのが、今回のデッキーチャンネルの主旨だった。

 それを当然のように受け入れてくれたリスナーたちに感謝しながら、バーチャルデキルオは語り出す。

 

 

「……と、言うわけで今回のでっきー雑談は【劇場版フェアリーセイバーズ∞ Nightmare(ナイトメア) Reincarnation(リィンカーネーション)】についてです! まだ見ていない人は公式のチャンネルから視てきてね! 私も100回ぐらい視ましたが、改めて視てきます」

 

【承知】【もう見たけど見てくる】【再生数既に凄くてやっぱり新作映画って凄いとおもいました】【既に親の顔より見た】【メアちゃんが主人公って言ってたけど、タイトルからして扱い大きそうだよね】【炎の出番はどうなんやろ】【主人公交代はちょっと不安だけどメアちゃんならやってくれる……】【JKメアのビジュアル好きだから俺得】【いいよね……】

 

 件のPVを思い思いに語りながら、バーチャルデキルオはリスナーたちのコメントに「わかる……わかるよ……」と相槌を打つ。

 PVの内容としては初めて公式が出すトレーラーとしては適度に情報が隠されていたが、ファンにとっては期待を膨らませるに足る密度の濃い内容だったのだ。

 

 具体的な内容としては、こうだ。

 

 

 

 

 ──パトカーのサイレンで賑わう夜の町の中。高層ビルの屋上で向かい合う暁月炎とT.P.エイト・オリーシュア。

 

 

 睨み合うように佇む二人の雰囲気は和やかなものではなく、今にも戦いを始めそうな剣呑な雰囲気に包まれていた。

 そんな冷たく重い空気の中で、悲しそうな目をしたエイトが、満天の星が煌めく夜空を見上げて静かに呟く。

 

 

「……廻り始めてしまったんだよ。終わりも無ければ、名前も無い。この空のように美しくも冷たい、闇の輪廻がね……」

 

 

 意味深な台詞を引きにして、次々と映し出されていく劇中のカットは、視聴者にとって数か月ぶりに「フェアリーセイバーズ∞」の世界観に引き込まれていく映像だった。

 

 

 高校の制服のスカートを翻しながらテロリスト集団を相手にアクロバティックな大立ち回りをするメアの姿。

 

 大きくなった闇雲カケル、アリス兄妹の姿。

 

 何者かと対峙する炎、長太の姿。

 

 殺意の籠もった眼差しで銃を構える翼。

 

 

 ──そして地球の世界各地に佇む、フェアリーワールドの世界樹サフィラに似た巨大な木。

 

 

 エイトの弾くハープの音色をBGMに次々と切り替わっていく劇中のカットの締めとして、最後に指を止めたエイトが暗転した画面の中で言い放った。

 

 

『これが終わったら……ボクの時間を、キミにあげるよ』

 

 

 暗転した画面に映し出されるのは、既にお馴染みである「フェアリーセイバーズ∞」のタイトルロゴ。

 その下に本作の副題として「Nightmare(ナイトメア) Reincarnation(リィンカーネーション)」の名が続いて本作初のトレーラーは締めくくられる。

 

 それは最初に公開された映像としては、語る内容、考察できる要素共に充実した情報量だったと言えるだろう。

 

 そんなPVを手元のスマホで確認した後、バーチャルデキルオは頭の上で指をピコピコさせながら抑えられぬ興奮を表わすと、順を追って自らの感想を語った。

 

 

「エイトちゃん、また死亡フラグ立ててる……」

 

【悲報】【定期】【こうして見るとエイトちゃんの意味深謎ポエム、映画の予告に向いているな】【言ってみればエイトちゃん自体劇場版ヒロインみたいなキャラだし天職と言える】【最後のセリフ誰に言ってるんだろうね?】【最初のPVなんて平気で嘘予告になるもんだからへーきへーき(白目)】【トレーラー第二弾では海から出てきたエイトがセイバーズの前で「命をかけて掛かってこい」と言うんですねわかります】【幻のヒロインエイト爆誕きたな】【炎との決着はやり残してるし、エイトとの対決はどこかでありそうやね】

 

 テレビアニメ本編でも後半は不穏な演出が目立っていたT.P.エイト・オリーシュアであるが、彼女自身の謎は既に本編で概ね回収されている為、彼女が放つ意味深な台詞はもはやファンの間で風物詩と言うか、様式美的なものですらあった。

 

 しかしいざ本当にそんな展開になったとしたら……その時は三日三晩寝込みながら脚本監督に対する呪詛を撒き散らしているであろう自分の姿を、バーチャルデキルオは想像していた。

 

 ……ともかく最初に目についたのは特報解禁と共に姿を現したT.P.エイト・オリーシュアの姿であり、月下に輝く彼女の美貌を劇場版特有の超作画で拝めたのはこの上無い収穫だったと言える。

 少なくとも作画のレベルの高さが保証された時点で、彼らにとって歓迎すべき映像だった。

 

 そして第二に驚いたのが……新作の映画では、予想以上に大きく扱われそうな新主人公の存在である。

 今回初めて明かされた副題は「Nightmare(ナイトメア) Reincarnation(リィンカーネーション)」。もうその時点で彼の中ではメアが物語の中心になりそうな予感がした。

 リスナーたちの話題も当然のように、彼女に集まっていた。

 

【それはそれとして派手に飛び回る女子高生メアちゃんが良かった】【ビジュアルは女の子らしくなってるのに動きはアクロバティックになってるのは何かエイトちゃんリスペクトを感じる】【最終回でもしやとは思ったが、今や完全にメア>マルクト>エイトだな】【どこがとは言わないがマルクト様ちゃんよりあっさり大きくなってて草】

 

「かつては貧乳同盟でしたがメアちゃんと二人では設定的に将来性が段違いですからね。エターナル貧乳と成長期の子で差がつかない筈は無い。それでもまだギリギリ貧寄りなのが私的にはアリですが」

 

【健全な大きさですき】【大きくなったなぁ……(しみじみ)】【雰囲気がちょっと背伸びしたお姉ちゃん感があってイイネ】【ポニテを結ぶ三色のリボンが、オシャレを覚え始めた感があって感慨深いと言うか微笑ましい】【灯ちゃんとエイト両方に似てきてお兄さん感激だよ】【俺は続編で成長した元ロリを見るとまず最初にお爺ちゃん的な気持ちになって全く性欲が湧かないマン!】【←わかる】【成長したメアちゃんえっちなんだけど太もも見えるのに罪悪感感じる】【俺の孫だからな】【笑止、この私のだから】【俺のDAー!】

 

「ふむ……最終回でも語りましたが、私も成長したメアちゃんはナイスデザインだと思います。何を隠そう私もロリキャラが成長するの嬉しくないマンだったのですが、最近は「単にそのキャラの成長曲線が解釈違いなだけだったのでは……?」と気づき始めました。順当にいい感じの姿になると、案外あっさりと定着するんですよね」

 

【そうかな……】【そうかも】【そこに気づくとは天才か】【いや当然だろ常識的に考えて】【ちょっとわかるお】【ルリルリとか桜ちゃんとかはどっちもすき】【つまり……俺はロリコンではなかった……?】【部分的にロリコンである】【何がとは言わないが急にデカくなりすぎたり、髪型がダサくなったり、作画の関係で妙にケバくなったりすると残念感が出るのはある】

 

 ロリキャラの成長というのはアニメ界ではある種ギャンブルと言うか、冒険的な面があるのはアニメオタクとして感じていた彼の経験則であった。必然的にロリという個性が一つ無くなるわけなのだから、良くも悪くもキャラとしての魅力に大きな影響を及ぼすことはどうしても避けられないのである。

 それでショックを受けた経験も彼には何度かあったのだが……今のところは自分含め新しいメアのビジュアルは、概ね好評の様子だった。

 

 成長したメアの姿は儚さの中に力強さを秘めた意志の強そうな瞳が印象的であり、大きく印象が変わった点としては長い黒髪をポニーテールに纏めて、青、白、橙の三色のリボンでオシャレに結ばれているところが挙げられる。それぞれケセド、ケテル、ホドを意識してそうな色合いには色々と考察要素が含まれており、幼かった体型も年相応に成長していた。

 背も小柄ではあるが150cm台前半程度には伸びており、高校の制服として身に纏う空色のブレザーやスカート、黒いハイソックスもよく似合っており、何なら乙女ゲームの主人公を張っていてもおかしくなさそうな容姿だった。

 

【そうして考えると今のメアちゃんは流石魔王様デザインと言うか、完璧な成長姿よな】【印象が大分変わったけど、違和感は無いって言うか】【髪型とか色々変わってるけど「あっこの子メアちゃんだ」と認識できるもんね】【俺はメアちゃんをあの綺麗なお目目で認識していたのだと理解した】【気持ちちょっとつり目気味になって、活発度が上がってるんだけど包み隠せない薄幸さというか、ジトっとした面影が残ってるよね】【書き分けが上手いのは流石魔王様である】【寧ろ連載時より画力が上がってるって言う】【FSもだけど最近のアニメは原作者が自ら映画化の指揮を執るパターンが増えて嬉しい】

 

「脚本やキャラクター造りは原作者としては『え?』って感じはありますが、監督さんや俳優の皆さん、ボクやファンの皆さんは別次元の『新フェアリーセイバーズ』として鑑賞するのが正解かもしれません」

 

【やめろ】【風化させてはならない】【フェアリーセイバーズevolution!】【まあ、ああいう派手なやらかしがあったから最近は映画界でも原作を尊重する風潮ができたのかなと思ってる】

 

「もちろん、原作とは違う解釈だからこそ大成功した名作はたくさんあるんですけどね。かのジブリ映画も割とそういう感じのが多かったりしますし。しかし原作ファンとしては、先生自ら指揮を執ってくれるのなら仮に失敗しても、「まああんたほどの監督がやるなら……」とある程度諦めがつきますからね。……いえ、この話題はなんかちょっと荒れそうなのでやめましょうか」

 

【せやな】【えらい】【でっきーの微妙に高い危機管理能力すきよ】

 

「よせやい。私はデキる男なのですからそのぐらい当然です」

 

 もちろん、創作に絶対は無い。世の中には人気漫画家が気合を入れて監修を務めたものの、映画には初挑戦ということでノウハウが浅く、それ故に漫画のように上手く行かず悲しい結果に終わってしまった例も溢れているのだ。いかに映画を作るのが難しいかと言う話である。

 

 無論、今回の新作アニメ映画もそうなる可能性はあるのだ。故に、最初に公開されるPVというのはファンにとって作品全体の期待に影響を与える重要な情報だったのだが……その点で言えば先日もたらされたトレーラーは、ファンに対する掴みとして成功だった。

 

 まず、いきなり劇場作画のエイトちゃんを見せてくれたことが視覚的に強かったのはあるだろう。

 テレビでも元々良かった作画が映画化でさらに良くなったというだけでも、バーチャルデキルオにとっては期待を膨らませてくれる要素であった。

 

「テロリストっぽい敵が普通に生えていたり、相変わらず治安が悪そうなフェアリーセイバーズの世界ですが、それは五年間で盛んになった異世界交流を良く思っていない勢力が現れて……とか言う展開だったりすれば、火種はいくらでもありそうですからね。学園テロリストのような相手では劇場版のボスを張るには物足りない気がしますが、悲しいことにあの世界は敵対勢力には困らなそうです」

 

【それこそPSYエンスの残党とか幾らでもいそうだからな】【やはり人間は愚か……】【劇場版ボスが野蛮な人類を見限ったエイトちゃんだったら困る】【興奮するよね……】【エイトお姉ちゃんに見限られる人類とか逆に何をしたのか気になる】【本編終了後なんだから、敵もそれなりにインフレしていくとは思う】【またアビスが敵ってのも芸無いしなぁ……】

 

「ふむ……皆さんも考えてることは私と同じですね。しかし、最初のトレーラーというものは真の敵の姿を出さないものです。そちらは続報を待つしか無いでしょうね。私としては「人間に転生したアビス」が今回の敵になるかも、と妄想していますが」

 

【ほう……】【出た! でっきーの割と当たる考察だ!】【俺もちょっと思っただろ】【根拠は?】

 

「副題がリィンカーネーション──「転生」ということと、先生が最初の告知で上げてくれた意味深なイラストですね。エイトちゃんとメアちゃんに挟まれている少年は、ただの羨まけしからんショタではなく……アビスが生まれ変わった人間なのではないかと。そうなると、エイトちゃんが敵対する展開もありそうじゃないですか? ほら、アビスの生まれ変わりである危険な子供の処遇をどうするかとかで」

 

【絶妙にありそうなラインやな】【とりあえずエイトちゃんがアビスショタ(仮)を守る側に立っているのはわかる】【それだと炎たちも一緒に守る側になるだろうから対立するかは微妙な気が……】【ショタコンと言えばエイトちゃんだけど、炎も子供にはめっちゃ優しいからな】

 

「まあガチ考察ってわけじゃありませんからね。そうなってくれたら俺得だなぁという妄想です。そう、私はただ劇場のスクリーンで新鮮なおねショタが見たいのです! そのネタで二次創作書こうとしてたぐらいに」

 

【草】【わかるよ……】【今書けよ】【でっきーの小説毎回挿絵にしか目が行かないから絵だけ描いて♡】【おねショタもいいけどたまには優しい誰かに甘やかされてるエイトちゃんも見たいです】【←カロン様がいるだろ常識的に考えて】【アディシェスとか転生フラグ立ててたし、人間に生まれ変わるのはありそう】【聖獣の次はアビスとの和解を目指すって言うのはわかりやすいかもね】

 

 

 公式から小出しにされた情報を題材に、好き勝手に妄想するのが楽しかったりする。そんなオタク心である。

 いずれにせよ、まだ見ぬ新作への期待に彼の胸は膨らんでいた。つくづく好きなコンテンツが続くと言うのは幸せなことだとバーチャルデキルオは思う。

 

 映画の出来がどれほどのものになるのかという期待もそうだが、一番はやはりもう一度あの世界に浸れるという喜びだろう。

 既存のキャラクターたちはもちろん、まだ見ぬ新キャラたちも。

 

 

「ぶっちゃけると戦闘とかほとんど無くて、映画の尺でじっくり日常回をやっていただいてもいいんですけどね」

 

 

 それは既に本筋が完結している物語だからこそ抱く、興行を無視した身勝手なファン心理なのかもしれないが……とりあえず彼はよほどのものでなければ新しいフェアリーセイバーズの物語を全力で楽しむ気持ちでいた。

 

 そんな一周回って何か、悟りを開いたような心情で穏やかに語る彼の姿を見て何人かのリスナーは違和感を感じたのか、ふと誰かが呟いた。

 

【デッキーちょっと変わった?】【前はもっとネチっこかった気がするが……】【一人称私になってるし】

 

 その質問に、バーチャルデキルオの中の人がフッと笑う。

 待っていましたとばかりに彼が浮かべた、つい先日三十過ぎてようやくたどり着いた大人の(ウザい)笑みだった。

 

「フッ、参ったな……わかる? いやあ、実は僕、最近彼女ができまして。オデコがキュートな! 金髪美人の! 彼女が! できましてー! ふふ、その心の余裕が? 身体の端から滲み出ている? みたいな!?」

 

 

【は?】【は?】【おめ】【嘘乙】

 

 

 

 

 ──その日、バーチャルデキルオは炎上した。

 

 少しばかり調子に乗ってリスナーたちを煽りすぎたのが、彼の敗因だった。

 そんな彼の恋人は今は亡き親友を通して学生時代に出会った仲だったりするのだが……ほんのり甘かったり甘くなかったりする初々しいラブコメは彼のチャンネル需要からは大きく外れている為、ここでは割愛する。

 そんなとある世界線の一幕。

 




 アンケートへのたくさんのお答えありがとうございました!
 皆さんの需要を理解したので、今は劇場版編を裏で書いています。大体プロットはできましたが思ったよりメアちゃんが主人公してるので、エイトの役目はオリ主好みのいぶし銀的な活躍になりそうです(´・ω・`)


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オリ主の名前が決まらないせいで始められない

 キャラメイクできるゲームでもよくある奴。


 僕は異能怪盗T.P.エイト・オリーシュア!

 

 前世の姉で女神様っぽい人のカロン姉さんと遊園地に遊びに行って、財布の中の諭吉……諭吉を見てたら、背後で悲しそうな顔をしていた一人の男の子に気づかなかっ……気づいてる。気づいたんだけど、思いのほか迷子だった。

 

 迷子は無いわー……迷子は辛いわー!

 しかも遊園地! しかも、遊園地!(重要)

 

 このまま放っておいたら、楽しい思い出を作る夢の国で、悲しい思い出を残してしまうことになる。

 見かねた僕は、カロン姉さんの助言で(少年の前でオロオロしていただけだが)声を掛けてあげると、はぐれてしまった少年の家族の捜索を手伝った!

 

 ……ところで、僕の正体を知る者が……カロン姉さん以外にはいなかったわ。流石僕、ボロは出さないぜ。

 

 生まれ変わっても魂は同じ! 見た目はオリ主、頭脳もオリ主! テンプレはいつも一つ!

 

 

 

『……? ???』

 

 はい。丁度今、カロン姉さんと訪れた遊園地で厄介な難事件(ちびっ子の迷子)に遭遇したので、頭の中で例のテーマを流しながら某名探偵アニメのナレーション風に(まともじゃねえ方の)現在の状況を整理したわけである。唐突ですまない。

 

 だから、その……姉さん? そんなに真面目な反応で困惑されると、僕もその……正気になって恥ずかしくなってくるので、軽く流してくれると嬉しいな。オリ主が即興で考えた思いつきのネタに、深い意味など無いのだ。

 

『わかった。これも、ノリという概念か』

 

 サンクス。カロン姉さんも昔より垢抜けてきたね。

 ──と、言うわけでこんにちは。こちらはオリ主力の変わらない、三人で一人のT.P.エイト・オリーシュアです。

 急で悪いが、今の状況をもう少し詳しく説明しよう。

 

 

 

 

 ──五年ぶりに帰ってきた人間世界は、面白いことになっていた。

 

 それは人間の町に聖獣の姿をちらほら見かけるようになったのもそうだが、僕がこの世界を離れている間に起こった変化は数多く、その一つ一つがとても新鮮で興味深いものだったのだ。

 カロン姉さん印の未来視能力はずっと封印中なので、もちろんその全てが僕にとっては未知の領域である。気分は原作知識が無いタイプの転生オリ主だった。

 

 そんな世界に対する感想としては、本編終了後のエピローグをじっくり見れて楽しいー! と言う心境である。

 

 アビス・ゼロの封印にこんなにも長く時間が掛かりすぎてしまい、危うく暁月夫妻誕生の瞬間を見逃しかける事態には陥ったものの、オリ主とみんなで勝ち取った平和な世界をこの目で見回るのは心が踊った。

 

 ふふふ……何を隠そう僕は、RPGでもクリア後の世界を冒険できるゲームが好きなのである!

 既に使命を果たした後だから、何かを背負ったり気構える必要もなく自由気ままにその世界を楽しめるからだ。

 

 ん? 前から気ままに楽しんでただろって? それを言ったらその通りである。

 

 そんな僕だがこの世界に帰還した後はしばらくの間封印を頑張った自分へのご褒美も兼ねて、カロン姉さんと一緒にこの世界を旅して回っていた。

 僕もこれでオリ主すること以外にも、前世からやってみたかったこととか色々あるからね。前世の人生には満足している僕だけど、それはそれとして時間があれば色々やってみたかった。

 例えば友達と海水浴に行ってみたり、アルバイトでお金を稼いでみたり、特に目的も無くぶらぶらと商店街を食べ歩きしてみたり……今日はその「やってみたかったことリスト」の一つとして、遊園地デートというものをやってみたのである! エスコートする相手はもちろんカロン様だ。

 

 ここ、「明保野フェアリーランド」はセイバーズの本部があり炎たちの活動拠点でもある明保野市で最も大きな遊園地であり、ファンシーなマスコットたちがそこら中でお客さんたちを出迎えたり豪華なパレードをしたりする、前世で言うところの夢の国みたいな遊園地だ。

 アルバイトで稼いだ諭吉さんを惜しみなく投入した僕は、怪盗らしからぬ正規ルートから入場した次第である。

 

 実はこの遊園地、アニメ「フェアリーセイバーズ」でも作中の舞台として登場している為、僕にとっては聖地巡礼的な訪問でもあった。

 あれは何話だったっけ? 物語の前半にあった日常回で、炎と灯ちゃんの貴重なデート回だったことを思い出す。

 作中で炎が黒ずくめの男の怪しげな取引を目撃するようなことはなかったけど、例によって事件は発生したものだ。チンケな男のひったくり事件とかそういう感じの、いつもよりしょっぱい事件だったが。

 

 アニメでも登場した特徴的な形のジェットコースターや観覧車の姿や、ちびっ子たちに熱いファンサービスを贈る人気マスコットの「ふぇあり君」の姿を見て、僕は「ああそう、こんな感じだった!」と流石に薄れてきた原作知識をデジャブ的に思い出す。

 そんな数々のアトラクションに興味津々なカロン姉さんと共にゆるりと気ままに、楽しく園内を巡っていた。

 

『エイト、あれは?』

「プニキのボールハントだね。ハチミツの壺に乗って移動しながら、プニキが打ったホームランボールをキャッチするアトラクションだよ。全部捕れたらプニキへの挑戦権を得られるとか」

『そうか……プニキ。その存在は知っている』

「行ってみる?」

『汝が望むのなら』

「おっけー」

 

 どう見ても行きたがっているのはカロン姉さんの方だが、今日の僕は紳士モードなので何も言わないでおいた。

 カロン姉さんは「あれに乗りたい!」「あそこに行きたい!」と強く主張することは無いものの、興味を持ったアトラクションなどには露骨にじーっとした視線を送ってくるのでとてもわかりやすい。あざといぜ、さすおね。

 

 そんな俗世に疎い彼女のことをイケメンオリ主的にエスコートしてあげながら、僕自身も童心に返って久々の遊園地巡りをワイワイキャッキャと楽しんでいた。……誰? お前はいつも童心だろって言ったの。

 

 

 ──園内で迷子の男の子を見つけたのは、そんな時だった。

 

 

 と言っても、最初に見つけたのはカロン姉さんなんだけどね。

 初めて触れた遊園地という概念に興味津々な姉さんは、外見こそ僕と同じクールでミステリアスな美人さんだが、未知への好奇心故に誰よりも忙しなく周囲の様子を窺っていた。そんな彼女だからこそ、ベンチの前でポツリと悲しそうな顔で佇んでいる子供の姿に気づくことができたのだろう。

 

『私が気づかなくても、汝が気づいた』

 

 そうかな? それはどうだろう。今日は怪盗衣装も着ていない完全オフモードだから、そこまで感覚が働いていたかは少し怪しいところだ。だから今回は姉さんの功績だよ。

 

『そうか』

 

 そして迷子に気づいた以上、僕が少年を無視するのはあり得ない。

 オリ主どうこう以前に、普通に可哀想だからね。

 

「もし。ぼうや、一人かい?」

「……え?」

 

 見知らぬお姉さんが五歳ぐらいの子供に話し掛ける様子は現代社会では事案っぽいが、生憎僕は怪盗なのでそもそも善人ではない。

 なに、通報されたら逃げればいいだけだし、その時は駆けつけた誰かがこの子のことを親御さんのところに送ってくれるだろうからそれはそれで良しとする。

 

『…………』

 

 何も、特別なことではない。オリ主たる者、小さい子には優しくするのが当然なのである。

 

『……む……』

 

 なんやカロン姉さん? そんな微妙な顔して。また僕何か変なこと言っちゃいましたか。

 

『いや……変ではないのだろう』

 

 ? ま、それはともかく今は少年である。

 僕の腰よりも小さな身長から判断して、まだ小学校に入る前の年齢と見受けられる。そんな明らかに迷子っぽい少年は目線を合わせた僕の存在に気づくと、驚いた様子で目をぱちくりと見開いた。

 僕としては警戒させないように柔和な顔を向けているつもりだが、いきなり知らないお姉さんに話し掛けられたら誰だって驚くだろう。寧ろ問答無用で逃げ出さなかっただけ気持ち的にはありがたい。

 そんなことを考えていると……少年は驚いたことに、膝を屈めて声を掛けた僕に対して逆に問い掛けてきた。

 

 

「おねえさんたち、てんしさま?」

 

 

 ……坊や、鋭いね。

 僕とカロン様の姿を見て一言目にそう問い掛けてくるとは、とても良い感覚をしているようだ。頭良さそう。

 

 それに……「男装している今の僕」を一目でお姉さんと呼ぶとはね。やるじゃない。

 

 因みに今のカロン姉さんの姿は僕の力で完全に実体化している為、よほどの実力者でもなければ違和感すら感じ取ることはできない。服装も普段の女神様っぽい浮世離れしたドレスではなく、僕がコーディネートした花柄の白いエプロンドレスを着ている為、今の彼女はめっちゃ美人な清楚系銀髪巨乳お姉さんにしか見えない筈である。今日は暑いので生地の薄めな夏物の奴を着ている為、本人の気質では包み隠せないほどに色気があるよね。

 

 ……うん、この時点でくっそ目立つわ。女神様っぽさとは関係なく。

 

 彼女と僕が一緒にいる時点で、歩いているだけでもウェーイ系のナンパ男とかが寄ってきそうである。実際、この間闇雲さん家の兄妹と海に行ったら出くわしたんだよね、チャラ男さんに。

 あの時は僕が連中をしばく前にカケル君がスマートに解決してしまったので出る幕は無かったが。あの時のカケル君はとても男らしくてカッコ良かったので、うんと褒めてあげました。五年も経つと、男の子も立派になるよね。頭を撫でられるのも嫌がっていたし、思春期真っ盛りの様子だった。

 

 海や遊園地で遭遇した頭の悪そうなナンパ男を華麗に撃退するのも、イケメンオリ主には外せないテンプレである。何なら商業作品でもよく見た。僕としても憧れがないわけではないが、遊びに行った先で何度も同じ目に遭うのも芸が無いと感じたわけで。

 僕は賢いので、今回は色々と目立ちすぎる姉さんにお約束的なナンパイベントが発生することがないように作戦を練ってきたのだ。

 

 それがこの、「男装作戦」である。

 

 それは僕自身がパッと見男性に見えなくもない装いをすることで、この姿から放たれるイケメンオーラで悪い虫を寄せ付けまいとする作戦である。イケメンオリ主が彼女をエスコートすることで、生半可なチャラ男さんたちを気後れさせる狙いだ。

 参考にしたイケメンムーブはイェソド君とかハニエルさんとかその辺りである。イェソド君とは最近会ったけど生で会ったらすっごい紳士的で驚いたわ。五年前は僕が見ていないところで大活躍していたのを労ってあげたら、とても喜んでくれて良かった。

 

 そんな今の紳士的な王子様ファッションのエイトちゃんイケメンモードを前に、初手で性別を見抜いたこの少年は評価に値する。500エイトちゃんポイントを進呈しよう。

 

『……もはや服装を変えた程度では、汝の性別は偽れない。汝が擬態するよりも、私が霊体化する方が確実だと思うが』

 

 やだ。何が悲しくて姉さんの美貌を隠さなければならないのか。それに……僕もせっかくなのでこの機会に、いい感じの男装とかしてみたかったのである!

 諸事情で性別を偽ったりするオリ主とかギャグでもシリアスでも割と見たことあるし、僕も一度やってみたかったんだよね! そもそも僕はTSオリ主だろというツッコミは無しの方向で。

 

 それに……力を使わなくても、僕としては結構いい感じに擬態できてると思うんだけどなぁ。王子様っぽさを意識したこの服装も、シルクハットはいつものを使っているが袖口の長い白いブラウスとか、青いケープとニッカーボッカー風の半ズボンなんかは僕が前世でよく着ていた服と似た感じだし。

 もちろん「擬態」の異能を使った方が確実だけど……服装を変えただけでも案外、結構な人は騙せるんじゃないかなと思う。この少年には通じなかったが。

 

『……なるほど』

 

 と、そんな今の僕たちの装いである。

 しかし、そんな男装さえも看破し、あまつさえ僕たちの正体を天使と言い当ててみせた将来有望な少年に向かって、僕はあえて問い掛けてみた。

 

「どうしてボクたちのことを、そう思ったのかな?」

「? バレバレだったから」

「そんなに」

 

 そんなにか。お姉さんちょっとショック。

 

 むむむ……王子様ファッションで男装していても、僕の美少女ぶりは包み隠せなかったのか……それはそれで少し嬉しいと思ってしまうのが、我ながら万能なTSオリ主である。

 しかし性別はともかくとしても、天使であることまでバレてしまうとは驚きだ。今の僕たちは羽も生やしていないと言うのに、そんなにわかりやすいかな?

 

 それとも何か、隠しきれないオーラみたいなものが出ちゃってるみたいな? やれやれ、原初の天使は辛いぜ。かーっ!

 

『何故、嘘を吐く?』

 

 はい、嘘です。僕は目立つのめっちゃ好きだし、ダァトのことを知った今となっては他の人から天使扱いされるのも抵抗がありません。部分的には本物の天使なんだし。

 

 しかし僕のことを天使と当てたこの少年は、年代的には僕のことを知らない筈である。

 

 少年の年齢が五歳ぐらいだとしたら、僕が大々的に活躍していたのは生後間もない赤ちゃんの頃か、そもそも生まれていない時代になるからね。そう考えると五年はやっぱり長いなと思う。

 

「ママ、いってた! フェアリーランドには、きれいなてんしさまがあそびにくるって」

「……なるほど。ビナーのせいか」

 

 少年がママさんから聞かされていたらしいその話は、ネットカフェでここの下調べをしていた時に記事を見かけたので僕も知っている。

 

 と言うのも、戦いが終わった五年前からどうにも、この遊園地「明保野フェアリーランド」には年に一回ぐらいの頻度でフェアリーワールドから天使が遊びに来ていたらしいのだ。そんなほのぼのニュースだった。

 最初に訪問した天使は元々人間世界の文化に興味津々だった理解の大天使ビナー。今度自分の島にも遊園地を建てるから、その為にこのフェアリーランドへ視察に来たらしい。その様子は当時のニュース番組でも報じられたとか何とか。

 

「テレビでみたてんしさま、おねえさんとそっくりだった!」

「あの子とボクは親戚みたいなものだからね」

「おねえさんのほうがちいさいけど、めがきれい!」

「ふふ、そうだろうそうだろう? このオッドアイはボクの誇りなんだ」

『照れる』

 

 ビナー様がこの遊園地に来た時は得意の擬態能力を使うこともなく堂々と来園してきた為、国内でもかなり話題になったようだ。

 特に彼女のご尊顔は僕とそっくりなのもあって、それはもう目立ちに目立ちまくったらしい。それは多分彼女のことだから意図的に、人間世界への無害アピールも兼ねて目立つ振る舞いをしていたのだろうね。今度本人に会いに行こうかな?

 

 因みにフェアリーワールドでも彼女を経由して人間世界の遊園地「フェアリーランド」の評判が伝わっているらしく、今では彼女以外にも施設に興味を持った天使さんたちがお忍びで来園したりするらしい。この子のママさんが言っていたというのはそういうことだろう。驚きの宣伝効果である。

 僕も興味があったので調べてみたけど、サフィラス十大天使ではマルクトやティファレト、ホドの姿が園内で目撃されたようだね。口では「遊園地なんて私たちが行くべき場所ではありません」とか興味無いフリをしながら、いざ来てみると誰よりも楽しんでいるマルクト様ちゃんの姿は物凄く想像できる。ホドまで来ていたのは意外だけど……あの甲冑を着たままジェットコースターとか乗ってたら、ちょっとシュールだ。

 

 だけど、まあ……彼らがここを気にいるのはわかる気がする。

 

「ここはとても楽しいところだからね。雰囲気もどこかあちらの世界と似ているし、みんなも落ち着くのかもしれない」

「おねえさんも、てんしさまのせかいからあそびにきたの?」

「そういうことになるね。みんなには内緒だよ?」

「うん! おしのみ、だね!」

 

 そうそう、お忍びということでここは一つ。しーっと人差し指を立てて口止めをしておくと、少年から快い返事が返ってくる。うむ、物わかりがいい子で助かる。

 僕は異能怪盗、すなわち悪いお姉さんだから、自分から目立つわけにはいかんのだよ。だけど全くバレないのもそれはそれで寂しいので、君のような勘の良い子に気づかれるのは僕としても嬉しいのである!

 露骨なアピールはしないが注目はされたい。僕は欲張りなのだよ。

 

『……サフィラス十大天使の名は、この世界でも広まっているのか』

 

 カロン姉さんが呟いた言葉に、僕も同じ感慨を抱く。

 五年前、謎の天使型聖獣として初めてコクマーが来た時なんかは、「異世界から未知の怪物が現れた!」みたいな緊張感だったんだけど、今ではこんな小さい子にまで天使の存在が広まっているとは中々ジェネレーションギャップを感じるものである。

 僕も彼らに対する一般地球人の皆さんたちの印象を軽く調べてみたけど、概ねこの少年のように賛よりの意見が多いようだった。

 どこかのサイトで行われていた人気投票を覗いてみても、一位がイェソド、二位がビナーで三位がティファレト、僅差の四位五位にマルクトとケセドが続く感じで、大きく離されてその他五人という感じだ。票数もちゃんと入っていたので、一般人の評価としては有用な情報だった。

 もちろん、十人の内全員が表立ってこの世界に来たことがあるわけではない為、人気がある天使は順当に、多くの人々から実際の活躍を見られている順に好印象を受けているようだった。

 イェソド人気の圧倒的な高さは、五年前にアビスの襲撃からこの世界を守っていた姿が人々の記憶に新しいのが影響していると見える。そう考えるとこの世界で表立って行動するようになったのはつい最近のことなのにこの位置にいる女性天使たちも大概凄いというか……みんな美女や美少女に目が無いんだなと安心する。

 

 ま、僕はさらにその上を行く「殿堂入り」扱いされていたけどね! ……いや、なんでだよ。嬉しいけど僕怪盗だよ? それでいいのか地球人……

 

『エイトが人気で、私も嬉しい』

 

 よせやい照れるじゃないか。僕としては、カロン姉さんのこともみんなに知ってほしいんだけどね。今後はその辺り色々と計画を練ってみようかね。

 しかしこの五年の間にそれだけ広くみんなの存在が伝えられ、親しまれていると思うと僕も鼻が高い。僕の前世の前世であるダァトは自分が名声を残すことに対してはビックリするほど興味が無かったけど、エイトちゃんは自己顕示欲が高いのでどんどん存在感を申し上げたいのである。

 

 そうだね……ここは、久しぶりに名乗ろうか。

 

 

「ボクの名前はT.P.エイト・オリーシュア。こっちは、姉のカロン。次元の壁より参上した……光と闇の大天使さ」

 

「わぁ……!」

 

 

 挨拶がてら異空間に繋がるアイテムボックスから花束を取り出すと、それをポンッと少年の目の前に差し出す。インチキ染みた種ではあるものの、彼の目にはどこからともなく花を出現させるスタイリッシュなマジックに見えたことだろう。

 僕のなんちゃってマジックを見て無邪気に驚いている少年の姿をカロン姉さんと一緒に微笑ましく見つめていると……少年は言った。

 

「おねえさんも、エイトっていうんだ! ぼくのなまえも、エイトっていうんだよ?」

「へぇ、それは奇遇だね」

 

 格好つけて実際カッコいい僕の自己紹介に対して少年は、親御さんの教育が良いのだろう。舌足らずながら丁寧に名乗り返してくる。えらいえらい。

 しかしエイト……えいとか。漢字で書くと瑛斗くんとか、そんな感じかな?

 寧ろそう書くと珍しくもない、割とメジャーな男の子の名前だよね、エイトって。

 

 

「あと8にん、ほいくえんにエイトがいるよ! おとこのこが3にんで、おんなのこが5にん!」

 

 

 いや、思ったより多いな! そんなにいるのか……

 

 そっか、そっか……この世代の子供たちの間ではそんなにありふれた名前だったのか。お姉さん、自分の名前の希少価値が思ったほど無くてちょっと残念です。

 オリ主の名前は覚えやすい方が良いけど、個性的な方がプレミア感が出て嬉しいのである。

 

「だけど男の子より、女の子の方が多いのか……それも意外だね」

「うん。みんな、「エイト」っててんしさまみたいな、ないているこにやさしくしてあげる、やさしいこになってほしいからって……さとうエイトちゃんと、たなかエイトちゃんがいってた!」

「……うん?」

 

 それは親御さんたちが、お子さんにエイトちゃんと名付けた由来かな? それって……えっ、マジ?

 

 

 

 ……そう言えば、聞いたことがある。赤ちゃんの命名についての雑学だ。

 赤ちゃんにどのような名前を付けるかは、出生したその年の世情が傾向として強く反映されるのだそうだ。

 わかりやすい例を挙げると、その年に活躍した有名人の名前なんかも影響したりしているようで。金メダリストや甲子園のスターとか、その年に活躍したスポーツ選手にあやかって同じ名前を付けたり、そういう奴である。

 ゲームとかでも自分の操作キャラに推しのキャラの名前を付けたりするのも、言ってみれば同じことだからね。行き過ぎるとキラキラネームみたいな社会問題になってしまうが、親子さんたちがその年に受けた感銘が赤ちゃんの名前に影響を与えるのは割とありふれた話らしい。思えばマイフレンドの子供もそうだったし。

 

 それを踏まえて考えてみると、この少年の名前は……

 

「ぼうやは今、いくつになるのかな?」

「5さい!」

「そっか、五歳かぁ……」

 

 思った通りの年齢に、僕はある仮説を立てる。

 僕がチートオリ主的活躍をしたのは、今から五年前。丁度この子が生まれた年だね。

 勘違いなら恥ずかしいけど……これ、偶然じゃないよね?

 

 

『汝にあやかったのだろう。何も、恥じる話ではない』

 

 

 え……? えー……

 

 

 ……もしかして世間での僕の印象、派手に良かったりする?

 いや、それだけの存在感を示せたのは嬉しいんだけどさ……この照れくささはなんだろう。なんか、すっごいムズムズする……なにこの気持ち。

 

 いたたまれない変な感情で視線を彷徨わせていると、そんな僕に対して少年のキラキラした眼差しが襲い掛かってきた。な、なんだよー?

 

 

「おねえさんが、みんながいってたエイトさまなんだね!」

 

 

 そういうことになった……のだろうか?

 どうしよう、そんなに曇りの無い目で見られると適当な言葉を返せないぞ……

 ……ともかく僕はクールで頼れるカッコいいオリ主である。デレデレするのも、恥ずかしがるのもなんか負けたみたいで嫌だ。

 故に、僕はこの心の動揺を見抜かれないよういつものように微笑みで誤魔化しておいた。

 

 

「さ、さあ、どうかなー?」

 

 

 やべ、ちょっと声が上ずっちゃった。久しぶりの動揺で気が抜けていたのかもしれない。クールなオリ主はポーカーフェイスを忘れたらいかんよ、いかん。知り合いの前じゃなくて良かった。

 僕が今この世界でどんな扱いになっているのかは後で調べるとしても、今はこの子のご家族を捜さないとね。さ、行こうか! ちゃんと手を繋いで、はぐれないようにねー。

 

「うんっ!」

 

 だけど、僕の評判か……ちょっと怖いけど、今度ネットカフェでエゴサーチでもしてみるか。

 僕が前にこの世界にいた頃よりも有名人になっている気がするのは町を歩いていても何となく感じていたが、細かいところまでは調べていなかったのだ。

 思えばさっき言ったサフィラス十大天使の人気投票に何故か僕の名前が殿堂入りの枠に入っていたことからも察せられるように、世間には割と詳しい事情まで公表されているかもしれない。

 僕とサフィラス十大天使の関係とか、フェアリーワールドで戦った五年前の貢献とかそういうのとか。炎とか翼とかが義理立てして広めてくれた可能性はある。

 

 いや、僕は目立ちたい系のオリ主なので多くの人たちの話題になるのは別に良いのだが……これに関しては何か、僕が思っていたのとはちょっと違う伝わり方をしているような、そんな気がした。

 

『私から、通行人の思考から読み取った汝の評価を、教えてもいいが』

「やめて」

 

 それはなんか怖いのでやめてください。姉さんの読心は精度が良すぎて、知りたくないことまで知っちゃいそうだから。

 自分の評価なんて、過剰に気にし始めたらドツボに嵌まってしまうものなのである。

 

 

 それこそ──評価を気にしすぎてエタってしまった、悲しい物語のようにね。

 

 

 その辺りの感情も、自分の意思でコントロールできるオリ主で在りたい。以上、T.P.エイト・オリーシュアでした。




 エイトのフェアリーワールドでの活躍は良かれと思ってセイバーズの皆さんとケテルが広めてくれたようです。やさしいせかい



 今更ですがたくさんの感想をありがとうございます!
 色々あって返信を止めてしまって申し訳ありません。もちろん全部目を通してはいるので、今後は空いた時間に追って返信していきたいと思っています


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成長したショタと変わらないおねの健全な再会

 これでしか摂れない栄養がある。


 

『誰でもヒーローになれる。簡単なことでいいんだ……傷ついた少年の肩にコートを掛けて、世界はまだ終わりではないのだと教えてあげればいい』

 

 

 それは、洗礼だった。

 彼女が少年の肩に掛けたのはコートではなくマントだったが、少年はあの時から確かに強くなれたような気がした。

 貴方のようなヒーローになりたいと──異能に溢れたこの世界で無能力者である自分が抱いた分不相応な夢を、彼女は肯定してくれたのだ。

 

 

『異能なんて無くたって、誰よりも人の弱さを知っているキミなら……そういう存在になれる筈さ』

 

 

 そう言って彼女は、少年の頭にシルクハットを被せた。

 あの時から、少年は生まれ変わった。この悲しい世界で精一杯生きていく勇気を貰ったような──そんな気がしたのである。

 こんな自分でも、いつか誰かを守れると。彼女の言葉は少年に対して、未来への確かな希望を示したのだ。

 

 

『頑張れ、男の子。キミの戦いは、これからだよ』

 

 

 そう言って月の輝く夜空の下で別れた彼女の姿を、少年は今でも鮮明に覚えている。

 彼にとってその日の出会いは、彼自身の行動原理の礎を築いた一生の宝物だった。

 

 十歳の頃にそのような得難い体験をした少年──闇雲カケルにとって、T.P.エイト・オリーシュアという女性は憧れのヒーローであり、心の師匠とも言うべき存在だった。

 

 異能怪盗T.P.エイト・オリーシュア。

 

 五年前、かつて世間を騒がせたカリスマ的異能犯罪者の正体が明らかになった時でさえもカケルは、驚愕する周囲の中で一人だけ落ち着いてその事実を受け止めていた。

 彼からしてみれば彼女の正体を知ったところで、その事実に驚く気持ちよりも「ああ、やっぱりそうだったんだ」と納得する気持ちの方が大きかったのだ。

 

 異能怪盗T.P.エイト・オリーシュアの正体は、異世界フェアリーワールドの大天使ダァトである。

 

 彼女は当世界の管理者たるサフィラス十大天使よりも古くから世界を守護していた「原初の大天使」であると、政府から公表されている。

 彼女が異能怪盗としてこの世界で活動していたのは、私利私欲ではなく二つの世界を守る為だった。

 人間の世界と聖獣の世界、両方を滅ぼそうとする最悪の脅威「アビス・ゼロ」に対抗する為、サフィラス十大天使とも違う方針で活動を行っていたのだ。

 人々から異能を盗んでいたのはその「アビス・ゼロ」に対抗する力を得る為だと考えられている。

 彼女が異能を盗んだ相手に対して常に優しかったのも、大天使として自らの異能に苦しんでいた人間たちを導こうとしていたから──というのが、今の世間における共通の認識だった。

 

 そして彼女の優しさに触れた証人の一人でもあるカケルは、T.P.エイト・オリーシュアのことを神格化された英雄としてだけではなく、一人の心優しい女性としても見ていた。

 

 もちろん、彼女のことは家族が救われたあの日からずっと、今でも大恩人として憧れ続けている。何なら彼女が残した功績が公に広まり、世間が一斉にT.P.エイト・オリーシュアを英雄視し始めた時でさえ、彼は「ま、オレはとっくに知っていたけどな! あの人が本物のヒーローだってことは!」と、何ともガキっぽい優越感に浸りながら学友たちにマウントを取っていたほどである。

 ……因みに、妹のアリスはそんな兄よりも大々的にエイトファンを公言している。彼女の功績が世間に広まり指名手配が解除される前からも、彼女は誰よりも声高にエイトの優しさについて触れ回っていたものだ。

 エイトに救われた妹は、一年間引きこもっていたのが嘘みたいに元気になった。元気すぎて父親共々振り回されるほどに。

 

 

 ……そう、五年だ。

 

 エイトによって家族みんなが救われてから、五年が過ぎた。

 当時十歳だったカケルも今では十五歳になり、通う学校も小学校から高等学校になった。

 身長もすっかり伸びて今では父親よりも高くなり、あの頃より力も知恵も身につけた。

 

 そんな多感な時期──思春期も真っ盛りな少年のところに、当の恩人T.P.エイト・オリーシュアは家出した猫のように、ある日ふらりと帰ってきた。

 

 

「よっ」

 

 

 夕日が沈んだ頃のことだ。

 コロシアムの帰り道、カケルの前でスッと手を上げながら声を掛けてきた彼女は、まるで数日ぶりに再会するような気安さで姿を現した。

 そんな彼女の軽さには、思わず一度その場を通り過ぎた後で振り返って二度見したものである。

 状況を認識するまでカケルは、壊れたロボットのようにギギギと固まってしまった。

 

「さっきの試合、見てたよ。強くなったね、カケル。あれからずっと頑張っていたみたいで、お姉さん感心」

「……エイト……さん……?」

「うん、エイトだよー。久しぶり、大きくなったね」

 

 五年ぶりに再会した彼女は、肉体の成長に伴い大きく印象が変わったカケルとは対照的に、驚くほど変わっていなかった。

 

 ……いや、以前は両目ともエメラルドグリーンだった筈の瞳の色が、左目だけ黄金色に輝いているのは一目見て気づいた変化ではある。

 しかし成長したカケルと違い、今でも十代の少女にしか見えない姿と言い、何よりその身から放たれる彼女の独特な雰囲気は五年前と何も変わっていなかったのだ。

 とは言え、今更そこに疑問は抱かない。彼女の正体が公表通り異世界の天使様なのだとすれば、人間と違って歳を取らないのも不自然ではないからだ。

 ただ……カケル少年の心には再び会えた憧れのヒーローに対して何か、自分でも上手く言葉にできないほどに激しい情動が浮かび上がってきた。

 

 五年という年月は、幼かった少年の心を少しずつ、「男」に近づけていた……そんな話である。

 

「おー、背も随分伸びたね。もしかして、180ぐらいある? ボクが抱えることができないくらい、立派になってまあ」

「あ……は、はい。今は、179センチです」

「ふむ、ということは大体ボクと20センチ差か……前に会った時はボクの方がそのぐらい高かったのに、成長期の男の子は違うね。いいなー、少し羨ましい」

 

 まるで親戚のお姉さんのような態度で気安く前に寄ってきたエイトは、そう言いながら感心した様子で無防備に近づき、自らの頭頂部に手を当てながらじっと見上げてカケルとの体格差を確認してくる。

 

 その距離は、近かった。

 

 なんか、近かった……

 

 カケルは気をつけの姿勢で固まったまま、五年間で鍛え上げた胸板をペタペタと無遠慮に触ってくる彼女の手を相手にされるがままに受け入れていく。いや、受け入れるしかなかったと言うべきか。

 しかし、不快感は感じない。

 寧ろ胸板から伝わってくる彼女の細く柔らかな指先の感触に、カケルは安心さえ感じていた。

 

(何……この……何……?)

 

 胸の奥から初めて込み上がってくる、照れ臭さとも違うこそばゆさに彼は戸惑う。

 目の前にいるのは五年前からずっと憧れ続けていたヒーロー、T.P.エイト・オリーシュアである。

 あの時、彼女が手を引っ張ってくれたから、カケルは歩み出すことができた。

 彼女が支えてくれたから、妹は助かり家族はまた一つになれた。

 そんな彼女の存在は、彼にとって誰よりも偉大なヒーローであり、憧れの存在だった。

 

(エイトさん……エイトさんって、こんなに……)

 

 そんな彼女が今、自分の目の前にいる。

 かつては彼女に……お姫様抱っこで抱き抱えられたことのあるカケルだが、完全に体格差が逆転した今となっては逆に、彼がほんの少し両手を伸ばせばその身体をすっぽりとこの腕に包み込むことができるだろう。

 

 ……こうして見ると、彼女は腰つきも細く華奢な体格をしていた。

 

 小さな頃に憧れた大きな姿が、今では儚く見えてしまう。

 彼女の強さを誰よりも知っていながら、彼は生意気にも守られるより「守りたい」という庇護心が湧き上がってきたのである。

 それはカケル自身も気づいていなかったが、五年ぶりに出会った彼女の姿を見て彼の「漢」が刺激されたことを意味していた。

 故に、今更ながら思い知る。

 

 

(こんなに……可愛かったのか……?)

 

 

 ──彼女の身体を抱きしめたいと、衝動的に、そう思ってしまったのである。

 

 

 そんな自らの気持ちに気づいた彼が、次に移した行動は早かった。

 

「ふんぬっ!」

「っ!? な、何してるのカケルくん!?」

 

 カケルは煩悩に身を委ねるのではなく、真っ向から抗った。

 反射的な動作で近くの塀に自らの額を打ちつけ、大恩人に対して抱いてしまった邪な想いを力技で振り払っていく。何とも古典的な煩悩退散方法ではあるが、効き目は抜群だった。

 

 

 ……よし、少し落ち着いた。

 

 見た目ほど痛くはないが、額からプロレスラーさながらの豪快な流血を見せながら、カケルは突然の奇行に驚く彼女の前で誤魔化しの言葉を述べる。

 

「えっと……エイトさんにまた会えたの……夢じゃないかと思ったので、ちょっと確認を」

「夢じゃないよ、現実だって! 確認するにしたって、そこまで豪快にやらなくても……たくさん血が出ているし。ほら、拭いてあげるから屈んで」

「だ、大丈夫です……っ」

「駄目です! ボクの前で血塗れになるのは許しません」

「す、すみません……」

「まったく……そういう思い切りの良いところは変わらないね。強くなったからと言っても、自分の身体は大切にしないとダメだよ? キミの家族を守る、大事な身体なんだから」

「いや、本当……面目無いっす」

 

 カケルにとってT.P.エイト・オリーシュアという存在は最強無敵のヒーローであり、彼の思い描く絶対的な英雄の象徴だった。

 故に、実を言うとカケルは、彼女に対して巷で囁かれているようなアイドル的なイメージを抱いたことが無かった。

 

 確かに彼女は美人である。彼が知るどの女性よりも美しく、綺麗な女の人だと思っている。

 しかしそういう目で見るよりも、彼の中ではどうしてもヒーロー的な「カッコ良さ」というイメージが大きかった為、彼にとっては「T.P.エイト・オリーシュア=最高にカッコいいヒーロー」という図式で固定されていた。

 

 だからこそ、彼は戸惑ったのである。

 

 無垢な子供の頃に感じた彼女の印象と、思春期真っ盛りな今の自分が感じた目の前の彼女の印象……そのギャップから来る奇妙な胸の高鳴り(ときめき)に。

 

「……っ」

「ふふ、何だいさっきから挙動不審になって。久しぶりに会ったからって、緊張しないでよ。何たってボクとキミは、巨大な闇を相手に一緒に戦った仲なのだから」

「そ、そうですか……そうですね」

 

 余計な手間を掛けたことに心底申し訳なく思いながらも、この額から流れ落ちる血をハンカチで拭い取ってくれた彼女の微笑みを息の掛かる距離から間近に見て、再び心拍数が荒ぶる。澄んだ二色の瞳はあの頃と変わらず、慈愛の色を浮かべてカケルを見据えていた。

 カケルに対する彼女の態度は、あの頃と何も変わっていない。

 変わったのはカケルの感じ方だけだ。そして今は……それこそが問題だった。思春期男子的な意味で。

 

 お……落ち着け、オレ! エイトさんにやっとまた会えたんだ。この人に会ったら言いたかったことは、前からずっと考えていただろ? ま、まずはそれをはっきり伝えるのが先だ……だから冷静になれ、れれれ冷静になれ! 例えエイトさんの顔がすっごく近くても、身長差から上目遣いに見つめられるのがこそばゆくても、動揺しては駄目だ!

 

 コロシアムの試合開始前のように、自身の心を奮い立たせながらキリッとした目つきを作る。五年ぶりに会った憧れのヒーローの前で、カッコ悪い姿は見せたくない。男としての意地だった。

 

「んー?」

 

 あ……かわいい……

 

 ……じゃない! オレが馬鹿やって流した血を甲斐甲斐しく拭いてくれてるのに、失礼だろそういうのはっ! だけどこちらの顔をそうやって下から見上げながら小首を傾げるのは、何かこう、エイトさんのクールな印象に反してとても小動物的な仕草ですごくすごくグッと来る……!

 カケルは混乱していた。

 

(お、おかしいぞ、オレ……他の女の子……光井の前でもこんな気持ちになったことは無いのに……っ)

 

 彼女が見せる何気ない一挙一動に心を掻き乱され、カケルは頭の中でグルグルと百面相を浮かべる。

 彼女の磨き上げられた宝石のような双眸を直視しないように微妙に目を背けながら、混乱した思考を極力表面に出さないように呼吸を整える。

 大概の女性より身長が高い今のカケルは、妹のアリスを始め異性から見上げられることには慣れている。特に身近なクラスメイトにも光井メアという奇跡のように顔立ちが整った美少女がいる為、美人に対する免疫も人並み以上にはあった。

 しかし、そんな彼にとっても初めての動揺だった。

 

 いかに彼とは言え、いつの間にか身長を追い越した憧れのお姉さんから贈られる至近距離からの上目遣いに対する耐性は持ち合わせていなかったのである。

 

 それでも、だ。彼は五年前とは違い心身共に大きく成長した。無能力者ながらも持ちうる才能と知恵、人脈の全てを振り絞って鍛錬を重ねてきた結果、彼はコロシアムの大会(武器持ち込み有りのレギュレーションではあるが)でも一定以上の結果を残してきた。

 今日も今日とて、強力なライバルとの一戦を交えてきたところである。

 相手は「御代翔太(みしろしょうた)」という「擬態」の異能を持つ同世代の強力な異能使いだったが、今日は紙一重の差で激戦を制することができた。エイトがその試合を見ていたのだとすれば、彼女の前で勝利する姿を見せることができたとホッとした。

 

 ……そうだ、試合だ。

 

 カケルにとって、強くなった自分の姿を見てもらいたい相手は二人いる。

 一人は亡くなった母親。「きっと天国から見ているさ」と涙ながらに父は言っていたが……もしそうなら、そちらの願いは既に叶っているのだろう。

 

 そしてもう一人が何を隠そう、自分をここまで導いてくれた大恩人、T.P.エイト・オリーシュアであった。

 

 それが今日この時に実現したと思えば、諸々の感情を抜きにしても緊張するのは当たり前だった。

 

「エイトさん、その……オレ、まだまだ貴方とはとても比べ物にならないけど……貴方のおかげで、オレは無能力者だからと腐っていたあの頃よりは、ずっと強くなれました」

「……ボクが?」

 

 息を整えてもまだ、この胸で弾む鼓動は忙しない。

 しかし落ち着いて自分の気持ちと向き合いながら、カケルは憧れのヒーローの目を見つめて言った。

 それは彼女と再会したら何度でも語りたかった、改まった感謝の想いだった。

 

「はい! 誰でもヒーローになれると言ってくれた貴方の言葉があったから、オレはオレなりの強さを探すことができたんです!」

「…………」

 

 今度は、彼女の方が固まる番だった。

 カケルの拙い言葉を一言一句心の中で反芻するように聞き届けているエイトの顔は、一瞬だけ驚いたように目を開くと、そのまぶたを下ろして頷きを返す。

 そんな彼女に、カケルは言い放つ。彼女には色々と言いたかったことが多すぎて今でも言葉が纏まらないが、それでも最初に出てきたのは感謝と──歓迎の言葉だった。

 

 

「ずっと、言いたかった……エイトさん、ありがとうございました! それと……おかえりなさい!」

 

 

 五年前、この人間世界に功績だけが伝えられ、消息不明となっていた英雄T.P.エイト・オリーシュア。

 いつからこの世界に戻ってきたのかはわからないし、そもそも大天使である彼女の故郷はこの世界ではなくあちらの世界、フェアリーワールドである。

 だが、それを知識として知っていても尚……カケルはこの言葉を掛けたかったのである。

 

 この世界もまた、彼女が帰る場所の一つなのだと──生意気にも、安心させてあげたいと思っていたのかもしれない。

 

 そんなカケルの言葉に、エイトは笑った。

 

「そっか……そうだね、ここもボクの故郷だ。それじゃあ、ボクも遠慮なく「ただいま」と言わせてもらおうかな」

 

 聡い彼女は少年の気遣いに気づいた上で、朗らかにそれを受け止める。

 そんな彼女の姿を見てようやく安堵したカケルは、しかし直後の言葉によって再び鼓動を早めた。

 

 

「だけど一つ言っておこう。キミはボクと出会う前からとっくに、立派なヒーローだったよ」

「──あ」

 

 

 ほんの少しでも彼女に近づきたいと願いながら、駆け抜けてきた五年間。その成果を褒めてもらえるだけでも良かったと言うのに、彼女はそれ以前の闇雲カケルも肯定してくれたのだ。

 こんな自分を当たり前のことのように、ヒーローと認めていて……そんな彼女の言葉を受けて、カケルは──やっぱりこの人には敵わないなと、改めてそう思った。

 

 そんな少年の話である。

 



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会いたかったぜシェリー

 この台詞だけで劇場内の空気を和ませる兄貴は流石でした。


 

 あれから数日が過ぎた。

 

 迷子の迷子のえいと君であるが、僕たちは無事に親御さんのところへ送り届けてあげました。

 普通なら迷子センターなり係員の人なり相談するべきだったのだろうが、生憎にも僕は悪いお姉さんなので彼のことは手を繋いでお喋りをしながら勝手に連れ回し、はぐれた家族のことを直々に捜してやったのである!

 ま、その方が断然早かったので構わないだろう。あの子も喜んでいたし。

 捜し方は簡単。みんなでフェアリーランド名物の巨大ジェットコースターに乗り込み、「千里眼&サーチ」を使いながら高いところから園内を見渡したのである。

 

 何たってジェットコースターの上から目当ての人物をチェックするのは、ジンの兄貴もやっていた由緒正しき捜索法だからね! 僕もそれにあやかってみたのだ。

 

 「ビッグフェアリーマウンテン」というそのジェットコースターは、この園内を端から端まで縦横無尽に駆け巡るフェアリーランド最大の名物アトラクションだ。

 えいと君も乗りたがっていたし、カロン姉さんもそわそわとジェットコースターの方を見ていた。みんなで楽しみながら同時にえいと君の家族を捜すことができる、一石二鳥の妙手だった。流石は僕。

 実を言うとまだ五歳の幼稚園児であるえいと君は身長制限にバリバリ引っ掛かっていたのだが、そこは異能の蔓延るこの世界である。足りない身長は僕の力で補い、数センチだけ彼の背を伸ばしてあげることで強引に解決してやった。

 異能による身長のかさ増しは規約的にはグレーゾーンらしいが、犯罪ではないし彼の身体に悪影響も無いのでヨシとする。えいと君も大喜びだったし、みんなで楽しむことができて僕も楽しかった。

 

 もちろん、乗り終わったらすぐに元に戻しておいたけどね。えいと君は残念がったが、数ヶ月も経てばすぐに同じぐらい伸びるよと教えてやったら機嫌を直してくれた。

 僕たちの手をグッと握りながらカロン姉さんを見て「おとなになったら、おねえさんよりおっきくなるよっ!」と告げた言葉は、幼くとも男の子だなと思った。僕は160センチあるか無いかぐらいだけど、カロン姉さんは日本人男性の平均身長より大きいからね……目指す目標としては丁度良いのかもしれない。精々いっぱい食べて、成長するといい。

 

 と、そんな感じにフェアリーランド名物のジェットコースター、ビッグフェアリーマウンテンを存分に堪能した僕たちであったが、その結果僕はえいと君の家族を無事に見つけることができた。

 うむ、僕としたことが楽しすぎて……と言うか楽しんでいるカロン姉さんとえいと君の姿が微笑ましすぎて、危うく途中から本来の目的を忘れそうになったけど、僕もちびっ子のことでガバるわけにはいかない。頼れるお姉さん的に考えて。

 

 親御さんたちもえいと君のことを捜し回っていたのだろう。彼の家族らしき気配は、ジェットコースターからそう遠くない場所に見つけることができた。

 ふふふ、ダァトの力を完全に取り戻した今の僕は、生き物が放つ微妙な気配の違いとかもZ戦士のように嗅ぎ分けることができるのだよ。特に家族とか親類の人からは似た気配が発せられているからね。9万人もの入園者数だろうと、えいと君の家族を捜し当てるのは簡単だった。

 真面目な話、捜索の為にジェットコースターを利用するのは効率が良かったのだ。園内は飛行禁止だし。

 

 

 そうして無事に合流したえいと君のご家族であったが……驚いたことに、なんと奥さんは聖獣(フェアリー)──エルフ族だった。

 

 

 エルフの奥さんと、人間の旦那さんの夫婦だったのである。これには僕も驚いたが、僕以上にカロン姉さんが驚いていたものだ。よほど衝撃的だったのか、珍しく表情に出ていたほどだ。

 

 話を聞くに、ご両親が出会ったのは今から十年前のこと。

 フェアリーワールド第3の島「エロヒム」出身の奥さんはビナー様から密命を受けてこちらの世界に渡り、人間世界の動きを探っていたらしい。

 すなわち、小さい頃の翼に出会ったラファエルさんと同じ理由でこの世界にやってきたわけだが……そこで当時高校生だった今の旦那さんと運命的な出会いをし、恋に落ちたのだと言う。

 カロン姉さんいわくエルフ族の女性は他の人種よりも警戒心が強くて気難しい人が多いのだが、そんな奥さんを落とした旦那さんはよっぽど良い人だったのだろう。

 見た目はイケメンと言うよりも人畜無害そうな平凡な青年と言った感じだったが、どことなくラノベ主人公的な雰囲気を感じなくもない風貌だった。奥さんの方はエルフの女騎士的な雰囲気を放つキリッとしたタイプだったので、色々と対照的な雰囲気を感じたものだ。

 

 ……うむ。ラブコメも好きな僕としては、そんな二人の間で繰り広げられたのであろう壮大なラブロマンスが実に気になるところである。一体どんな出会いをしたのだろうか?

 

 二人は主に奥さんの特殊な立場故に長らくお忍びで交際していたのだが、五年前に両世界の間で和平が結ばれたことによって、晴れて人目を憚ることなく付き合えるようになったのだそうだ。

 程なくして長男であるえいと君を授かると、上司であるビナー様もそんな彼女を祝福し、笑顔で送り出したそうな。こんなところでも株を上げるとは流石はビナー様である。

 そんなビナー様に仕えていた奥さんは、当然のように僕たちの正体に気づいたようで、『あの……貴方がたは……』と恐る恐る声を掛けてきた。

 緊張でガチガチになっていた様子が不憫に見えたので、僕たちは彼女にだけ聴こえるようにテレパシーで応えてあげた。

 

 

『なに、ボクらもキミたちと同じさ。「家族」で一緒にこの世界へ遊びに来た……ただの仲良し姉妹だよ。だよね?』

『……そうだな』

 

 

 僕の顔はビナー様とそっくりだからね。

 聖獣である彼女からしてみれば大天使と関係のある僕たちを見て気が気でなかったのかもしれないが、今はプライベートの時間ということでどうか、気を楽にしてくださいとお願いしておいた。

 

『っ、……息子のこと、ありがとうございました! 五年前のことも……ビナー様とセイバーズ……そして貴方様には、夫共々本当に感謝しています。本当に……何とお礼を言えば良いか……!』

「……さて、何のことやら。キミが幸せを掴めたのは、キミたち自身が頑張ったからだろう? まっ、お子さんに付けた名前ほどの感謝は頂戴しておくよ」

『あ、あはは……』

「因みにそちらの子は?」

『長女です。この世界の言葉で暁に美しいと書いて、「あけみ」と名付けました』

「ああ、この子はエンにあやかったんだね……」

『貴方がたのおかげで、私たちは家族になれたので』

 

 大恋愛の果てに結びついた聖獣と人間のご夫婦は今でも変わらず良好な関係を築いており、奥さんがその手で押している乳母車にはすやすやと気持ち良さそうに眠っている赤ちゃんの姿があった。玉のような可愛らしいハーフエルフの女の子は、えいと君の妹となる二人目の子なのだそうだ。

 その赤ちゃん──あけみちゃんの寝顔には僕も癒やされたが、特に地母神の如き穏やかな目で見つめているカロン姉さんの横顔が印象的だった。

 

『そうか……』

 

 元々子供好きなのもあるのだろうが、彼女にはフェアリーワールドをずっと見守ってきた立場として色々と込み上がってくる感慨があったのだと思う。

 

 

『……新しい時代が、訪れたのだな……』

 

 

 そう呟いた彼女の声に、僕は微笑みながら頷きを返した。嬉しいか? 新時代が。僕もだ。

 人間と聖獣が愛し合い、家庭を築いた。異なる種族の共存が可能であることをその手で示してくれた仲良し家族の姿に、姉さんは何か達成感のようなものを感じている様子だった。

 同じように、僕の中のダァトもえいと君たちを見てとても喜んでいるのがわかった。

 

 

 ご両親がえいと君とはぐれてしまったのは、二人が泣き出してしまった赤ちゃんをあやしている間に人混みに呑まれ──という経緯だったようだ。

 言ってみればえいと君が迷子になったのは、両親が二人して妹さんに構いきっていたことが原因になる。もちろん二人とも長男のことを大切に想っており、彼と再会するなり自分たちが悪かったと怒濤の勢いで謝り倒していた姿を見れば、僕からSEKKYOUするようなことは何も無かった。

 

 お母さんなんて、えいと君を連れてきた僕たちに泣きながらお礼を言ってきたほどである。

 そんな二人を相手に当のえいと君もしっかりしており、怒るどころか安心した顔で二人の胸に飛び込んでいった。妹相手に嫉妬することもなく、彼は「おにいちゃんだもん、はぐれちゃったぼくがわるい!」と長男の度量を見せたのだった。

 

 ええ子や……流石は僕と同じ名前を持つだけのことはある。将来大物になるわこの子。

 

「偉いね、キミは」

『良い、お兄ちゃんだ』

「へへっ」

 

 カロン姉さんもそんなえいと君の兄たる姿を見て感銘を受けたようで、自分自身も長女として苦労してきたことから思うところがあったのか、手つきは不慣れながら彼の頭をなでなでして褒め称えていた。顔はお父さん似だけど髪はお母さん似なのか、ハーフエルフであるえいと君の髪はとてもサラサラしていて撫で心地が良さそうだった。

 

『これからも……家族を大切にな』

「? うんっ!」

 

 親御さん方は始めは恐縮そうな顔をしていたが、普段は表情の変化が乏しい姉さんの穏やかな目を見てほっこりしていた。僕もニッコリである。

 

 長い戦いが終わったことでずっと背負ってきた肩の荷が下り、あれから姉さんも少しずつ変わってきているのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……まあ、それはそれとして一つ困ったことがある。

 タイトルを付けると、こんな感じだ。

 

 

 ~人間世界へ五年ぶりに帰還しましたが、そこでは僕がスーパーヒーロー扱いされていました~

 

 

 はい。夢の国「フェアリーランド」で思う存分姉さんと遊び歩いてから数日経った今、僕は今の世間でのT.P.エイト・オリーシュアの扱いを理解した。大体事情はわかったぜ。

 

 察していた通りエイトちゃんはサフィラス十大天使との関係をはじめ、セイバーズと協力してアビスと戦ったこととか、聖獣の世界であるフェアリーワールドの守護者ケテルとの対話を仲介し、二つの世界が戦争になるのを止めた最大の功労者として広まっていたのである。

 

 そこにはいかにも世間受けしそうな脚色も混ざっていたが、五年前にやらかした僕の行動は概ねこの世界に伝わっていた。

 

 まあ、それはいい! 僕は目立ちたい系のオリ主だからね。

 やれやれ、僕は隠していたんだけど、みんなにバレてしまったな……僕としたことがあまりに活躍しすぎて、一般の方々にもエイトちゃんの偉大さが浸透してしまったようだと、照れくさいが思わずニヤニヤしそうになったほどである。

 人知れず世界を救ったクールなヒーローポジションというのも悪くはないが、素直に功績が広まるのもまた、それはそれで今まで積み重ねてきたことに対するカタルシスがあって気持ちいいのだ。

 

 しかし、問題はその規模だ。

 

 加減しろ馬鹿と……そうツッコみたくなるほどになんか、世間では想像以上に英雄視されていたのである。

 

 ネットカフェでエゴサーチしてみれば、出るわ出るわ謎の有識者たちの語る「T.P.エイト・オリーシュア」の逸話の数々。

 出版業界からは「T.P.エイト・オリーシュア烈伝」なるものがベストセラーになっており、書面にあることないことおびただしく書き綴られていた。

 どうやら取材元はセイバーズやケテルらサフィラス十大天使のようだが、彼らも無駄に義理堅く、僕に対する悪い噂は一切流さなかったようである。寧ろ、ここぞとばかりに盛大に美化している気さえした。むず痒いわ。

 

 

『エンたちもケテルも、汝のことが好きなのだ』

 

 

 ……それは、うん……嬉しいんだけどね?

 

 ま、まあ、彼らが僕のイメージ良化に貢献し、この世界にいつでも帰って来れるように手を回してくれたのはありがたいことである。

 だけど、僕がさも二つの世界を救う為に我が身さえも捧げた聖母みたいな存在として語るのはやめてほしかったと思うエイトちゃんであった。

 

『……違うのか?』

 

 違うのだ。

 って言うか、こんなに僕のことを吹聴するならその半分でもカロン姉さんのことも語ってほしかったものである。

 セイバーズの皆さんは接点少なかったからまだしも、ケテルさぁ……ダァトに対する激重感情の少しでも姉さんに分けてあげて。

 

『私に対する憎しみが、僅かでも和らいだ……その事実だけで十分だ』

 

 健気……っ! 圧倒的健気……!

 

 カロン姉さんは昔から名誉とか一切興味の無い、奥ゆかしさMAXのパーフェクト大天使様だからね。まさしく僕と足して二で割るのが丁度良いぐらいの謙虚さである。

 

 

 しかし、問題だ。この状況にはやれやれ系オリ主的なフリではなく、真面目に困ったことがある。

 

 それはこの僕、T.P.エイト・オリーシュアとしては死活問題である。

 

 

 ──英雄視されすぎたせいで……ちょっと、悪いことがしにくくなったなって。

 

 

 そう、ご存知の通り僕はミステリアスなチートオリ主。確かに状況次第では表舞台で脚光を浴びることもあるが、基本的には世間から一歩身を引いたところにいるポジションなのである!

 敵か味方かさえ定かではなく、俗世から切り離された世界で独自に暗躍するクールな存在。そんな風に少し捻くれた立場にいる方が、僕的には一番美味しいと考えている。ストレートなヒーローポジは炎君たちで間に合っている以上、オリ主には他のみんなに無い独自性が求められるのだ。

 

 なのでこう……俗世から普通に英雄として持て囃されるのはなんかこう、僕の理想像ではなかった。

 子供たちからキラキラした目を向けられるのは構わないけど、いい大人からもそういう目で見られるのは落ち着かんのである。

 

 そもそも僕は怪盗だからね! 指名手配は解除されているが、この世界でやってきたことはバリバリ犯罪なのである!

 

 ……だから警察屋さんとか、前みたいに追ってきていいんだよ? この前なんか誰かが落とした財布を交番に届けてやったら、何故かお巡りさんにサイン求められたし。

 

 このままでは駄目だ。

 いや、さらに有名になったのは良いが、こういうのはなんか駄目な気がする。そ、そうだ……僕は孤高のオリ主なのだ。他の誰かと馴れ合ってばかりいては駄目だ。

 

『私と馴れ合うのもか……?』

 

 いやいやいや。もちろん、姉さんはいいんだよ? 僕は孤高だけど孤独ではないからね。

 しかし僕は、俗世に染まらないオリ主なのである。

 万人に親しまれるのはオリ主として方向性が変わってしまう。これでは悪いお姉さん(笑)じゃないか。

 

 

 ──なのでここらで世間に対し、わからせてやる必要がある。そう思ったわけである。

 

 

 今一度、「コイツは油断ならないぞ」というミステリアスな印象を知らしめてやろうと思うのだ。

 大天使ダァトの親しみやすい部分だけではなく、異能怪盗T.P.エイト・オリーシュアの超然的で底知れない雰囲気を見せる為に……僕は久しぶりに、悪いことをしようと思う。

 

 

「そうだ、学校へ行こう」

 

 

 手始めに強固なセキュリティーを怪盗らしく嘲笑いながら、未成年たちの集う学園に不法侵入してみることにする。

 

 

『……何故?』

 

 ふふふ、学園に集まって日々学業に勤しむ英雄の卵たちに向かって茶々を入れながら、彼らの力を上から目線で見下ろしてやろうと思うのだ。これって何か、凄く何かを企んでいそうでミステリアスじゃない?

 そう、僕は久しぶりに、怪しさ満点の怪盗キャラとして暗躍したいのである!

 

 

『汝は……メアたちの様子を見たいだけなのではないか?』

 

 

 本心を見抜く姉さんは嫌いだ。

 

 

『!』

 

 

 嘘だよ。

 

 

『そうか……』

 

 

 からかおうとした言葉の全てを真面目に受け止めてしまう為に、からかうにからかえない姉である。

 まあ、そこが良いんだけどね。からかい下手なエイトちゃんでした。

 



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メアのセイバーアカデミア

 あけおめ投下


 明保野異能学園はその名の通り、学童の異能開発を目的とした特殊なカリキュラムを組まれた明保野市の学校施設である。

 通常の学校と同様、無能力者及び普通科の生徒も受け入れてはいるが、大半の生徒は将来異能関係の職業を目指す者たちばかりであり、中には既に現役で活動している生徒もいるほどだ。

 そう、言うならば異能使いの養成施設。前世の僕が通っていた学校とは何もかもレベルが違っていた。

 

 ──まず、施設の充実っぷりがファンタジー染みている。

 

 敷地内には生徒たちが思う存分力を発揮できるように東京ドーム並の大きさのアリーナや広大なグラウンドが幾つもあり、実習棟には科学者志望の生徒たちが扱うよくわからない凄そうな設備が至る所に見えた。

 いずれも僕の知らない施設であり、炎たちはこんな良いところに通っていたのかと大分ビビったが、調べてみたら彼らが通っていた学校はこことは別の近所の公立校だった。そちらの名前は明保野高校。

 そりゃそうだよね……灯ちゃん異能使いじゃないし。そう考えるとカケル君すげーな。

 

 この学園が創立されたのは今から大体二十年ぐらい前になるようだが、これも五年前の事件を機に訪れた異能社会の急速な発展故か。異能使いの養成学校もまた、ここ数年で創立当時とは比べ物にならないほど発展しているらしい。

 

 

 

 さて、本日はそんな名門私立学園で植林されているオシャレな大木の上からこんにちは。罪状を取り消されし異能怪盗ことT.P.エイト・オリーシュアです。

 

 今日はそんな僕の、不本意に上がりすぎてしまった善人要素を適切なレベルに調整する為、学園への不法侵入という悪事を犯して参りました。

 ふふふ、流石は僕。我ながらロックな行動──えいとざろっくである。……うん。オリ主たる者、エイトちゃんは世間の流行にも敏感なのだよ。

 

 とは言うものの、流石にロックンローラーのようにギターを弾くことはできないので、代わりと言っては何だが久しぶりにハープを取り出して一曲演奏してみた。聴いてください……帰ってきたオリ主の歌。

 おっと、翼との約束は忘れていないよ? こうして適当な曲を気ままに弾いている内に新曲のインスピレーションが湧いてきたら良いのだが……中々上手くはいかないね。

 

 それはそれとして木の上に腰を落ち着けながらハープを弾き鳴らす僕の姿はとても神秘的でカッコいいのでヨシとしよう。服装も、今日はこの学園に潜入する為にいつもの怪盗衣装ではなく高等部の制服を着てみたぜ。

 空色のブレザーに桜色のネクタイ。チェック柄の赤いスカートが特徴の少し派手めな女子制服である。

 魂の年齢はともかく、今の僕の姿は誰がどう見ても十代の美少女である為、手鏡で確認した限りはとても似合っていた。おかげで誰にも違和感を持たれることなく学園への潜入に成功してしまったJKエイトちゃんである。

 

 そんな僕は今、勉学に励む彼らを他所に一人、しんみりとした音楽を奏でている……ともすれば教室で授業中の生徒たちを眠りの世界に陥れかねない子守唄テロをこの場所から行っていた。

 

 ……うむ。これは擁護できない悪事である!

 

 これならば再び指名手配を受けて、元の敵か味方かわからないミステリアスなポジションに返り咲くには十分なムーブではないか? カロン姉さんはどう思う。

 

『無理だと思う』

 

 ……そうかな? 

 うーん、今の世間は随分と僕に感謝しているようだからね。確かに彼らの認識を改めさせるには、このぐらいではまだ足りないか。

 でもなー……このご時世、ガチな迷惑行為を働くのは気分が悪い。せっかく平和を取り戻したのだから、セイバーズのみんなにも今まで頑張ってきた分、楽をさせてあげたいなと思っている自分も確かに存在していた。どこにも属さない中立的なポジションは守りたいが、人を不幸にすることはしたくない。これがどうしても、難しい塩梅である。

 

『そう思う時点で、汝は……いや、何でもない』

 

 なんだよー、そこまで言ったら最後まで言ってよ姉さん。

 ……まあ、言いたいことはわかるよ? 「そう思う時点で汝は悪事に向いていない」とか、そう続けたかったんだよね。

 

『そうだ』

 

 僕たちは以心伝心の仲良し姉妹だからね。心なんか読まなくても、考えていることは大体お見通しだ。

 しかし、いくら姉さんの言葉でも、僕のことを「悪いことができない甘ちゃん」だと思われるのは少し心外だ。

 僕だってやる時はやるTS美少女なのである。僕は必要だと判断した場合には、誰かにとって大切なものだって盗んでしまえる存在なんだぜ?

 殺すKAKUGOではないが、オリ主たる者、優しさだけではなくそう言った「クールさ」も併せ持たなければならないのた。

 

 だから僕のことは、みんなも警戒してほしい。この際先生でも生徒さんでもいいから、ここにいる不審者に詰め寄ってきていいんだよー? 

 

 

「キューッ!」

 

 

 ……と思っていたら、先生でも生徒でもなく、僕の乗っている木の上に一匹の小動物が駆け寄ってきた。

 ウサギのような長い耳に額に煌めくルビーのような宝石。僕のいるところまで弾丸のような速さでよじ登ってきたモフモフの毛玉は、嬉しそうな鳴き声を上げながら僕のお腹にダイブしてきた。

 

 ぐふっ、見事な一撃だ……流石だぜカバラちゃん。……カバラちゃん? カバラちゃんじゃん、久しぶりー! 

 

「やあ、元気にしていたかい?」

「キュイッ!」

 

 コイツはカーバンクルのカバラちゃん。伝説上の生き物だ。ああ。

 

 五年間会っていなかったけど、元気そうで良かった。

 ……って言うか、君はあんまり変わっていないねカバラちゃん。前よりちょっと大きくなった気がしないでもないけど、相変わらずの人懐っこさとモフモフぶりで僕も嬉しい。癒される……

 

 カロン姉さんもそんなところで物欲しそうな顔していないで触ってみなよ。

 

『……いいのか?』

「キュッ」

 

 いいってさ。

 

『感謝する』

 

 カバラちゃんを前に居ても立っても居られない様子で実体化したカロン姉さんが、僕の膝の上で目を細めながら耳を倒し、進んで撫でられ体勢に入った小動物の頭を恐る恐る撫でていく。うむ、どちらも微笑ましくて大変眼福な光景である。

 カバラちゃんはてっきりフェアリーワールドにいるものだと思っていたけど、こっちの世界にいたんだね。それも学園の敷地にいたと言うことは、この子もメアちゃんの様子を見に来たのだろうか? 

 

 そう考えているとカバラちゃんが姉さんに撫でられながら僕の方に目を向け、その額の宝石から淡い光を解き放った。

 

 ──瞬間、僕の脳内に「記録」が流れ込んでくる。それはこの子が僕のいない五年間で集めてきた情報。カバラちゃんが見てきた両世界の記憶だった。

 

 それは、この子たち「カーバンクル種」が備えている特殊能力である。

 カーバンクルは元々、世界の管理者である天使に下界の情報を伝達する為に生み出された世界樹サフィラの端末的な存在だったとは、ビナー様が言っていた話だ。

 律儀にもカバラちゃんはその能力を使って、この五年間で自分が集めてきた情報を僕に与えてくれたのだ。

 見事な忠犬もとい忠幻獣ぶりに、僕はエラいエラいと讃えながら感謝のブラッシングをしてやる。久しぶりだが僕の撫でテクは衰えていないぜ!

 

『ふふっ……』

 

 しかしこの子、前から思っていたけど僕のことをサフィラス十大天使と同じか、それ以上に慕っているよね?

 実際のところ僕自身は天使ではないのだが、この身体がダァト要素とカロン姉さんの要素を併せ持つ以上、今となっては誰よりも本来の天使に近い存在であることは否定できない。故に、カーバンクルから送られてくる情報を何の問題もなく飲み水のように受け取ることができたわけだが……なるほど、これは便利な力である。さすカバ! 

 

「ありがとね、カバラちゃん。キミのおかげで色々知れて、助かったよ」

『……はじめから、この子に頼るべきだった』

 

 それな。 

 これならネカフェで微妙な気持ちになりながら地道にエゴサーチを掛けるよりも、手っ取り早く精度の高い情報を集められたわ。

 なんだかんだ言っても、困った時はSNSの集合知よりも身近な友達に頼むのが一番だねー。そう思いながら僕は、頼れる友に対して感謝の気持ちを伝えた。

 

「これからもよろしくね」

 

 その言葉に対する返事のつもりなのか、カバラちゃんはぴょいっと僕の肩に飛び乗ると、僕の頬にスリスリと自らの頭を擦り付けてきた。

 うむ、いい感触だ。あざといぜ……しかし、それがいい。猫とか犬とかもそうだけど、こうして動物が相手から擦り寄ってきてくれる瞬間って、なんだか自分の存在が世界から許されたように感じて心に染み渡るよね。

 

『……そうだな』

 

 姉さんもそう思う? エイトもそう思います。

 つまり何が言いたいかと言うと、カバラちゃんもふもふ可愛いヤッターということだ。突発的に訪れたこの学園でまた会えるとは、僕もつくづく運が良いオリ主だった。

 

 

 

 

 ──と、そんな感じにカバラちゃんメモリから情報を受け取ったことで、僕は人伝に聞いた噂話よりも正確に、メアちゃんたちの近況を知ることができたわけである。

 

 

 そして知ったことだが……カバラちゃんは今、例によって天使から任務を受けて行動している最中だったのだ。

 

 その任務とは、ずばりメアちゃんの監視である。

 

 尤も「監視」という言葉から受けるイメージほど、やっていることはそう堅苦しくない。

 人間でもなく、聖獣でもない。しかし両方の性質を併せ持つ彼女の成長経過はフェアリーワールド側からしても気になっているようで、ある「依頼人」がカバラちゃんに対して、それとなく彼女の様子を見ておくように頼んだのである。

 

 それはメアちゃんと仲の良いカバラちゃんも望むところだったようで、快く任務を引き受けて今に至る。

 そのような事情もあってか、ここ数年のカバラちゃんは専らメアちゃんの通うこの学園の敷地を活動拠点にしており、日々学業に励む彼女のことを木陰や木の上から見守っていた。お昼休みには直接会って遊んだりもしているようで、割と悠々自適な幻獣ライフを満喫しているようだ。

 そんなカバラちゃんの存在はメアちゃん以外の生徒にもバッチリ認識されており、今では学園に棲むマスコット幻獣として皆から可愛がられているそうだ。

 ……少し大きくなった気がするのは、色んな人から餌付けされているせいだったんだね。

 

「おやつもほどほどにね」

「……キュ」

 

 ほっぺたの肉をみょいーんと引っ張りながらそれとなく釘を刺しておくと、カバラちゃんは申し訳なさそうに小さく鳴いた。

 

 うーん……なんだか、嫉妬しちゃうなぁ。

 

 カバラちゃん相手ではなく、この学園の生徒たちにである。「異能」を正式なカリキュラムに組み込まれた専門学校というだけでも心が踊ると言うのに、テーマパークに来たみたいなぐらい恵まれた施設に、カバラちゃんまで付いているとは……もはや至れり尽くせりという言葉では足りないほど充実した学園に就学中の子供たちのことを、僕はすこぶる羨ましいと感じていた。「こんな学校で青春を過ごせるなんて、なんて贅沢なんだ!」と。

 SS界隈における唐突な学園編は三大エタフラグの一つとして数えられているが、それを理解してなお踏み入りたくなるほどに、現実離れしたファンタジー的な学園生活は魅力的だということか……!

 

 

 ──よろしい、ならば潜入だ。

 

 

 僕の手に掛かれば一般生徒の誰かになりすますことで堂々と通学することはできる。が、それはなりすました相手が可哀想なことになるのでやめておく。

 故に僕は、あくまでT.P.エイト・オリーシュアとして、この校舎に慎ましく侵入することにした。

 目的は授業参観及び、体験授業である。

 メアちゃんたちの様子自体はここからでも千里眼なり使えば覗き見ることができるが、それでは味気ないからね。やっぱりこういうのは、直に見なきゃ。

 と言うわけで行くよ、カロン姉さん、カバラちゃん! あっ、姉さんは忍ぶの下手だから、少しの間霊体化しておいてね。

 

『わかった』

「キュッ」

 

 カロン姉さんのくっそ目立つ姿が肉眼では観測できなくなったのを確認したところで、僕はカバラちゃんを抱えて木の上からスタッと飛び降りた。

 わっ、スカートめっちゃめくれた……誰も見ていないから良いけど、やっぱ短いよここの制服。アニメに出てくる女子高生の制服って見映えを重視してかことごとく短いから困るよね……見る分には最高なんだけど、自分が着る側に回った途端意見を翻すダブスタエイトちゃんであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 才色兼備(さいしょくけんび)──優れた学識やスキルを持ち、なおかつ容貌が美しい、その両方を持ち備えた人物のことをそう呼ぶ。

 しかし明保野異能学園高等部一年「光井メア」に対しては、それと同音の造語で表現されることが多かった。

 

 彩色剣美(さいしょくけんび)

 

 誰がそう呼び始めたのやら、気づけば学園ではそのような呼び名が広まっていた。本人的には気恥ずかしいだけの誇らしくもない異名であったが、実際のところ異能発動時の彼女の戦闘スタイルにピッタリと当てはまっていたのだ。

 

 彩色──彩色(さいしき)という読み方が一般的ではあるが、その言葉は彼女が自らに着色する多彩な「色」を意味する。

 日常生活を送っている時の彼女の髪は黒く、穏やかな眼差しに儚げな影を纏った大和撫子と言った印象を受ける。しかしひとたび自らの能力を解放した瞬間、彼女の髪はその意思に従って三つの色に変化するのだ。

 

 それは恐らく、この世界で唯一無二と言える光井メアの固有特性。

 世間的には「天使化」の異能として扱われているが、厳密には人間が持つような通常の異能とは似て非なる別種の力だった。

 

 

 その発動が今、学園のアリーナで披露されていた。

 

 

 広大なバトルフィールドのほぼ中心部に、光井メアの姿がある。

 その背中には八枚の羽が広がっており、天井という設備上の制限こそあるものの、彼女はその空を思うがままに翔け回っていた。

 そんな彼女の今の髪色は、八枚の羽の色と同じ純白の色をしていた。羽ばたく度に羽根が舞い散り、三本のリボンで結ばれたポニーテールが左右と揺れ動く様はまさしく天使のようで、ギャラリーの目にはこの世の物とは思えないほど神秘的に映った。

 そんな彼女がヒラリと舞う度に、先ほどまで彼女がいた場所を漆黒の弾丸が通り抜けていく。それは彼女と相対している異能使いが放つ「砲撃」の嵐だった。

 

 

 ──この学園に通う生徒同士による「実戦訓練」の光景である。

 

 

 先にクリーンヒットを当てた者の勝ちというシンプルなルールのもとで執り行われた異能バトルであり、それを実戦形式の訓練として二人の生徒が繰り広げていたのだ。

 

 八枚の羽を羽ばたかせる、高等部一年生の光井メア。

 相対するのは、彼女と対照的な漆黒の力を操る中等部の三年生、闇雲アリスである。

 

 互いに学園指定の運動着を身に纏った二人は本来であれば学年が違う為に相まみえることはないのだが、この日は特別に……闇雲アリス側の要望によりマッチアップが実現した。

 

 ……と言うのも、この戦闘はアリスにとっての「試験」だったのだ。

 

 彼女が中等部から高等部へのランクアップを通常よりも早く繰り上げる──いわゆる「飛び級試験」が行われていたのである。

 

 

 闇雲アリスはこの世界屈指の天才異能使いである。

 

 元々飛び級を認めていなかった学園が例外的に試験を認めるほどに、中等部ながら彼女の存在は同学年の中で突出していたのだ。

 具現化した闇を操る異能「闇の呪縛」の力を持つ彼女は、己の意思で自在に操作することができる「闇人形」を召喚し、通常の異能使いでは実現不可能な物量で押す戦法を得意とする。

 自らのキャパシティーが及ぶ限り次々と闇人形を召喚し、自分自身の力で生み出した軍勢を差し向ける姿から、世間は彼女に「闇の人形遣い」という少々ダークチックな異名を与えた。本人的にはこれをとても気に入っている模様。

 そんな彼女は十四歳にして既に異能使いの極地たる「フェアリーバースト」を会得しており、実技面においては学園で教わることはほとんど残っていない天才児だった。

 

 そんなアリスの相手になる同学年の異能使いは──学園はもちろん、この日本には存在しない。

 

 しかし、一つ上の年にはそんな彼女をも上回る天才がいたのだ。それが光井メアという少女である。

 

 

「どうですか、私の闇人形兵団は……! 前に見せた時より凄いでしょ?」

 

 自身の身体に膨大な闇を纏わせたアリスの姿は、茶髪のツインテールと勝ち気そうな顔つきも相まり、まるで少女漫画に出てくる悪役令嬢もかくやと言わんばかりの風貌である。

 尤も、彼女は飛び級の申請を例外的に受け取って貰える程度には品行方正な優等生であり、いかにも気の強そうな外見に反して同級生にも友達が多い、人懐っこい少女であった。

 アリスは自身の纏う闇を粘土のようにこね回すと、そこから次々と闇の人形を造り出していく。

 総勢数十体もの闇人形たちは一斉に散開すると、主の意思に従って空を舞うメアを追い掛け包囲していく。人形の姿はそれぞれウサギやネコ、カラスと言った動物を模した造形がされており、その種類によって異なる能力が付与されていた。

 飛行能力を持つカラス型の闇人形たちがメアの進路を塞ぐように牽制すれば、高く跳躍したウサギ型闇人形がその牙で噛み付こうと飛び掛かっていく。

 そしてネコ型の闇人形たちはこれはまたバラエティー豊かな造形となっており、中にはヘルメットとつるはしで武装した作業員風のネコもいれば、先ほどメアに向かって闇のライフルを放った軍人風のネコの姿もあった。いずれも当然のように二足歩行であり、コミカルな動きでフィールド内を駆け回っていた。

 

「……アリスって、そんなに猫好きだったの?」

 

 空から地上から、矢継ぎ早に襲い掛かってくる闇の人形たちの攻撃を紙一重で避け続けながら、少し苦笑した様子でメアが問い掛けてくる。

 カラス型の闇人形とウサギ型の闇人形を相手には慣れた様子で対処している彼女だが、武装ネコ人形たちの攻撃パターンは全く未知であったが為に、心なしか戦いにくそうな様子だった。

 そんなメアの動きを見て活路を見出し、アリスは次々にネコ型の闇人形を増産していく。

 

「動物全般好きですけど、特に猫は大好きですよ! リアルのもフィクションのも、どれも地球が生み出した奇跡ってぐらい可愛いじゃないですか!」

「アリスの人形は、あんまり可愛くないけど……って言うか、ちょっと怖い。白目剥いてるし夢に出てきそう」

「むっ……そんなことないですよ! 鳴き声が「にゃー」じゃなくて「キヱアアアッ」って感じだけど、これはこれで愛嬌があるんだから。私の言うこと、ちゃんと聞いてくれるし!」

「──!」

 

 アリスの言葉通り子供の悲鳴にも似た甲高い鳴き声を上げながらも、ネコ型の闇人形たちは主の命令を忠実に守り四方からライフルを連射していく。

 絶え間無く撃ち放たれる砲撃に隙間は無く、的確な狙いをつけて徐々に逃げ場を塞いでいく戦法は、明らかにメアの自由を封じている様子だった。

 

 そして数発の弾丸が直撃コースに入った次の瞬間──メアの髪色が変わった。

 

 

「なら……ホドフォーム」

 

 

 おもむろに左手を振り上げたメアが、その手で自身の髪を結う三色のリボンの中から一本──変化した今の彼女の髪と同じ「橙色」のリボンを引き抜く。

 瞬間、リボンの姿が一瞬にして円形の「大盾」へと変化した。

 

「ホドシールド!」

 

 橙色のリボンが、メアの身を守護する盾になったのである。

 構えた大盾は彩色された橙色の髪と共に淡い光を放つと、さらに強固なバリアを展開してアリスの弾幕を遮断していった。

 

 これがメアが持つ特殊な力の一つ──「ホドフォーム」である。

 

 それは、かつて彼女がその身に宿したサフィラス十大天使、栄光の大天使ホドの力を引き出した形態だ。

 特に防御力に優れた形態であり、対応する媒体(橙色のリボン)に力を注ぐことで、かの大天使が扱っていた大盾と同種の防壁を発動することができる。

 

「っ、相変わらず、鉄壁の守りですね……! 先輩の男子たちが言っているのとは別の意味で」

「何のこと言ってるのアリス……」

「だけどっ!」

 

 その姿となることで前方からの砲撃を完全に防ぎきってみせたメアを相手に、アリスはそれでもとさらに闇人形を増産し、より分厚い弾幕を形成していく。

 

 さながらそれは、空から飛来してきた人ならざる神聖な存在を相手に地上の軍隊が明日無き決戦を仕掛けているかのような光景だった。

 

 しかしそれほどの物量を持ってしても、メアのホドシールドの守りを崩すことはできない。

 物理的な意味でも、もう一つの意味でも……光井メアという少女の鉄壁ぶりは中高共に、学園では有名だった。故にその身持ちの固さは数々の相手の心を折ってきたものであったが……ここまでは、アリスには想定の範疇である。

 ネコの射撃は効かない。しかし彼女の注意を逸らせれば、それだけで意味がある。

 

「その盾は対策済みです!」

 

 闇の弾丸の嵐を橙色の大盾一つで遮断していくメアの背後から、鋭い牙を剥き出しにした大型のウサギ型人形が三体、突っ込んでいく。

 

 彼女の「ホドシールド」はあらゆる攻撃を遮断する鉄壁のバリアを展開するが、あくまでもそれは盾を構えた前方だけのことだ。盾の届かない背後からの攻撃には無防備である為、決して完全無欠な守りというわけではなかった。

 故に、アリスは彼女が大盾を構えるこの瞬間を狙っていたのだ。避けきれない弾幕を張り、彼女が前方への防御に意識を集中させた隙を突き、弾幕に紛れて潜ませていた別働隊の闇人形を背後から仕掛ける──という作戦だった。

 

 ──しかしメアは、背後から急迫してくるウサギたちに目をくれることもせず、盾を構えたままその奇襲に対処してみせた。己が持つ、第二の力を使うことによって。

 

 

「サフィラフォーム」

 

 

 橙色の髪色が、再び「純白」に変わる。

 

 瞬間、彼女の髪を結う純白のリボンが、その先端を槍のような形状に変化させると──ひとりでに動いたのだ。

 

 

「読んでいたよ、アリス。サフィラテール!」

「そんな……?」

 

 

 メアの髪に結ばれた白いリボンが蛇の尾のようにうねりながら、目にも留まらぬ速さで三体のウサギたちの胸を串刺しにしていった。

 メアに対する本命の一撃として用意されたウサギたちは、三体とも他よりも体格が大きく、頑強に作られたものだ。パワー自慢の異能使いであっても正面から相手取るには手を焼くと、中等部の教師たちからも絶賛された特別製である。クラスメイトたちからは「ムキムキウサギ」と全く可愛くないあだ名を付けられたのは不本意だが、それはともかく。

 

 自慢のウサギ型強襲用闇人形でさえも、メアの白いリボンが繰り出す一突きの前では一撃で消滅してしまう有様だったのだ。それは彼女とアリスの間にある明確な力の差を意味していた。

 

「うそー……」

 

 思わずと言った心境で、アリスの口から唖然とした声が零れ落ちる。

 そんな彼女の今の攻撃に対して、純白の姿「サフィラフォーム」になったメアが先輩目線で論評した。

 

「貴方の力はエイトさんみたいに色んなことができるのが強みだけど、色々なことに手を出している分、力のリソースが分散して一つ一つの威力が落ちている。それと……奇襲を仕掛けるにはちょっと、素直な性格が出過ぎているかな。私の死角に他とは明らかに違う大きなウサギを配置していたら、良いタイミングで何かしてくるってバレちゃうよ」

「……目を逸らす為に、インパクトのあるネコさんを用意してたんだけどなぁ」

 

 光井メアが彩色する二つ目の姿──戦闘開始時点でも見せていた純白の髪の姿は、「サフィラフォーム」と言う。

 

 三つの形態の中で攻守速共にバランスが良く、戦闘時において最も安定した基本形態とも言える姿だ。

 その力を対応する媒体(純白のリボン)に送り込むことで、蛇の尻尾のように自律行動して敵を迎撃するリボンの刃、「サフィラテール」を最大威力で扱うことができる。

 

「それと……」

 

 サフィラテールを純白のリボンに、ホドシールドを橙色のリボンに戻したメアが、空いている右手を使って三本目のリボンを髪から抜き取る。

 

 

 ──その直後だった。

 

 

「っ!」

 

 アリスの額に、青色の細剣の切っ先が突きつけられる。

 

 それから数拍遅れて巻き起こった突風が、アリスの髪を荒々しく吹き煽っていく。それは今しがた目の前まで飛来してきた彼女のスピードが、風よりも数段速いことを意味していた。

 先ほどまでメアの姿は、アリスの立っている場所よりも80m近く離れた場所にあった筈である。

 それを彼女は、闇人形の軍勢で固めていた包囲網を純粋な飛行速度だけで掻い潜り、本体であるアリスの目先までその細剣を突きつけたのだ。

 そのまま振り抜いていれば、アリスに対して致命的な一閃を浴びせていたところであろう。誰が見ても、勝敗が決したと判断できる光景だった。

 

 それを可能にしたのがメアの三つ目の戦闘形態、「ケセドフォーム」である。

 

 「防御力のホド」、「バランスのサフィラ」と言う表現に当て嵌めるのなら、ケセドフォームは突出した飛行速度が特徴である。

 

 ホドと同じくかつてその身に宿していた大天使ケセドの力を引き出すことで、メアの髪色は青色に変わり神速の速さを得ることができるのだ。

 

 そして対応する媒体(青色のリボン)にその力を送り込むことで、リボンは聖なる力を宿した細剣「ケセドフェンサー」へと変化し、その刃を十全に振るうことができた。

 

 彼女の異名である「彩色剣美」の後半部分も、主にこの力がもたらす部分が大きい。聖なる細剣を創り出す能力のみならず、練り上げられた彼女自身の剣技もまた誰もが認めるほど鋭く、美しかった。

 その剣先と同じ真っ直ぐな眼差しでアリスを見つめながら、立会人から「そこまで!」という言葉が響いたのを受け取ったところでメアは口を開いた。

 

「アリスは前より人形を造るスピードが速くなったし、一度に出せる数も増えたね。だけど、貴方自身の立ち回りが課題かな? こうして力押しで守りを突破されてしまうと、勝負が決まってしまうのはもったいない」

「……人形遣いなんだから、そこはしょうがなくない?」

「? アリスならできるでしょ?」

「……ぐうの音も出ませんね……参りました。あーあ、一発ぐらい入れられると思ったのになぁ……」

「精進あるのみ、だね」

 

 決着の判定が出たところでアリスが不服そうに頬を膨らませると、そんな彼女の頭にポンと手を置きながらメアが引き締まった頬を緩める。

 そこでようやく、右手に携えた細剣を元の白いリボンに戻した。

 

 純白のリボンはサフィラテールに。

 橙色のリボンはホドシールドに。

 青色のリボンはケセドフェンサーにとそれぞれ変化するが、非戦闘時には何の変哲もないリボンである。……素材には一部特別な繊維を用いられているが、詳細は割愛する。

 

「んー……あれ……? んと……あ、あれ?」

 

 背中の羽も消して非戦闘時の黒髪に戻ったメアは、その手に残った橙と青のリボンを自らの髪に結び直すべく両手を後頭部に向けようとした。

 これらのリボンは戦闘時には武器として扱う為、即座に髪から抜き取ることができる結い方をしているのだが、戦いが終わった後には再び結い直さなければならない点だけは不便である。

 

「何わたわたしてるんですか……手伝いますよ。勝ったんですからそのぐらい、私に頼んでくださいって」

「ん……ありがと。助かるよ」

 

 鏡を使わずに髪を結ぶことに微妙に手間取り四苦八苦していたメアの様子を見かねてか、アリスは小さく嘆息しながら後ろに回ると、慣れた手つきで彼女の髪を結ってあげた。

 

「うわぁ、先輩の髪すっごいサラサラ……シャンプーとか何使ってたらそうなるんですか?」

「最近は、エロハからの輸入品を使ってる」

「えっ!? あの異世界産の!? エロハって美の島って呼ばれてる島でしょ? いいなー」

「欲しいなら、売ってるお店紹介するよ? ちょっと高いけど」

「……ブルジョワめ……」

「ふふん、私、稼いでるから」

 

 アリーナの真ん中で和気藹々と駄弁りながら身だしなみを整え合う二人の少女の姿は、どちらもつい先ほどまでコロシアムでも見かけない苛烈な戦闘を繰り広げていたようには見えない様子であった。

 それが周囲に対して年相応の微笑ましさを感じさせるか、却って底知れなさを感じさせるかは人によるだろうが、彼女ら自身としては至ってマイペースだった。

 

「アリスだって、結構稼いでいるでしょ。この前だって賞金を貰って……──ッ」

 

 

 ──メアの様子が突如として変わったのは、アリスが彼女のポニーテールに三色目のリボンを結び終えたその時だった。

 

 

 

 

 

 アリーナの端──150m近く離れた観覧席からこちらを眺めている一人の少女の姿に気づき、途端にメアは驚きに目を見開いた。

 

「エイトさん……?」

「え? エイトさん来てるの!?」

 

 思わず呟いたその女性の名前に、アリスもまた大きく反応する。

 今のメアの人格形成に大きな影響を与えたその女性の存在は、アリスにとっても感謝に絶えない大恩人である。

 そんな双方の事情を、二人は互いに理解していた。

 年齢こそ一つ違うものの、メアとアリスはアリスがこの学園に入学した頃から交友がある、お互いに気をおけない友好的な関係だ。メアの方はアリスのことを可愛い後輩であると同時に数少ない親友の一人だと思っており、アリスの方もメアのことは憧れの先輩であると同時に生涯のライバル……親友だと思っている。

 

 ──だからこそ、と言うべきか。

 

 メアは今しがた見えた……見えたような気がした存在を、見えなかったことにしておいた。

 それは恐らくこの学園にはお忍びで訪れたのであろう「彼女」の思惑に配慮して、自分の一言で事を大きくすることを避けたかったからだ。

 アリスに対しては誠実ではないかもしれないが、「彼女」に対しては誠実な判断であった。

 

「……いや、気のせい。ちょっと似ているけどよく見たら全然違う、三年生の人だった」

「ちょっと似ている~? はあ……メア先輩、ダメですよ? 貴方ともあろう人があの人を見間違えるなんて。エイトさんはね、誰よりも強くてカッコ良くて、ミステリアスなの。他の誰かと見間違えるなんて、それはあの人に対するぼうと」

「ごめんね! わかった……わかったからそこまでにして」

「まったく! ……わかりましたよ」

 

 この後輩……いや、数日後には同級生(・・・)になっているのであろう闇雲アリスという少女は、「彼女」が今ここにいることを知ったら学園中を巻き込んでこの場所をお祭り会場にしかねないと思ったのである。

 アリスがそれほどまでに度を越した、抑えの利かない憧れを彼女──T.P.エイト・オリーシュアに抱いていることはもはや、メアのみならず学園の生徒全員の間で周知の事実だった。

 暴走を阻止することができて良かったと安堵しながら、やや引きつった声でメアは話題を変える。

 

「ともかく、実技試験お疲れ様。勝ったのは私だけど、先生は結果より貴方の力の使い方を見ていると思うから……多分、合格だと思う」

「協力していただいたこと、ありがとうございました。だけど完勝した先輩にそう言われるとイヤミみたいに聞こえますねー」

「ふて腐れないの。……帰りに何か、奢ってあげるから」

「あっ、じゃあ最近できた喫茶店に行きたいです! 私の家の近くにできたんですよー!」

「ふふ……あ」

 

 無事アリスの興味を引きつけることに成功したメアは、もう大丈夫かなと先ほどまで見ていた観覧席の側に視線を戻す。

 そこには苦笑いしながら小さく手を振る黒髪の少女と白銀の女性、見慣れた小動物の姿があったが……次にまばたきした頃にはもう、彼女がそこにいたことがまるで幻だったかのように居なくなっていた。何の痕跡も残さず、鮮やかなまでに。

 

 得意のテレポーテーションを使ったのだろう。次の瞬間には、彼女の「気配」はアリーナから離れた実習棟──音楽室にあった。

 

 

 ……そう。今のメアははっきりと、彼女の発する気配を掴んでいた。五年前は影すら掴むことができなかった彼女を、前よりも確実に、強く感じることができている。

 

 それは間違いなく、今のメアが五年前よりも成長している証だった。

 

 

(私も……少しはあの頃より、強くなれたかな? ……エイトさん)

 

 

 それが人間としての強さか、天使としての強さかはわからない。

 未だどっちつかずの自分だが……そんな自分を見て彼女がどう思ったのかを想像すると、メアは少し憂鬱だった。

 

 もちろん──彼女の前でカッコいいところを見せられたかなと、人並みに誇りたい気持ちもあったが。

 

 そんな光井メアも、書類上では十五歳。朗らかな雰囲気の中に儚さを含んだ彼女は、自身が思っている以上に多感な年頃だった。






 ぼっちざろっくが面白かったので、ぼざろを中心にダイナミックコードにフォーカスした人気バンドアニメ同士のクロスオーバーSSを考えていたら頭がおかしくなったので投稿が遅れました。卍戦士の休息卍……ってやつかもね

 


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【人生の】俺の学校にT.P.エイト・オリーシュアが来た件【勝利者】

 久しぶりの掲示板回(FS∞人間世界)です
 苦手な方は気をつけてください(´・ω・`)


1:名無しの被害者 ID:gnsaL80X

 みんな聞いてくれ

 俺の学校にエイト様が来た

 

 

2:名無しの被害者 ID:fBqGawmb

 などと意味不明な供述をしており……

 

 

3:名無しの被害者 ID:jijIwuhd

 はいはいすごいすごい

 

 

4:名無しの被害者 ID:IhuiscGy

 良かったね

 

 

5:名無しの被害者 ID:lnkmbBB5

 そんなことよりビナー様の話しようぜ

 

 

6:名無しの被害者 ID:vbm1/22k

 こういうスレ何度目だよ

 いい加減飽きたわ

 

 

7:名無しの被害者 ID:gnsaL80X

 ……何この反応

 

 

8:名無しの被害者 ID:dsfY9vya

 嘘乙

 

 

9:名無しの被害者 ID:fBqGawmb

 乙とか久しぶりに聞いたわ

 

 

10:名無しの被害者 ID:/em/sjs+

 >>7

 お前は初めて立てたのかもしれんが、この手の虚偽報告スレはもう何百回も立ってんだわ

 

 

11:名無しの被害者 ID:5mKG8ffV

 ここに上がるようなのは全部作り話か、エイトちゃんとビナー様を間違えた奴しかないし……

 ビナー様が来たならそれはそれで大ニュースだが

 

 

12:名無しの被害者 ID:3r6Z2/+i

 >>9

 最近は一周回ってきたのか聞くようになった気がする

 

 

13:名無しの被害者 ID:uQJgYstC

 ビナー様の目撃情報は案外多い

 ガチで変装してたら誰にも見つけられないんだけど、あの人ファンサ良いからわざとバレるように振る舞ってくれるのよね

 

 

14:名無しの被害者 ID:h7usue11

 わしは初めてビナー様が地球に来た時の衝撃を忘れておらんよ

 

 

15:名無しの被害者 ID:PYq4pTv6

 誰もがエイトちゃんの真の姿じゃないかと疑った後、胸部装甲を見てああ別人だわと納得した思い出

 

 

16:名無しの被害者 ID:UorOIX0M

 中性的な雰囲気の中から隠しきれない母性が滲み出ているのがエイト様

 最初から女性的なのがビナー様という風潮一理ある

 

 

17:名無しの被害者 ID:cigdIdet

 どっちもイタズラ小僧的な一面があるよね

 俺は二人にイタズラしたいけど

 

 

18:名無しの被害者 ID:PYq4pTv6

 あんな大天使が導いてくれるフェアリーワールドの住民羨ましいわ

 

 

19:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

>>17

 異教徒だ

 ころせ

 

 

20:名無しの被害者 ID:CyberCon

 もうころした

 俺はネットに強い異能使い

 

 

21:名無しの被害者 ID:fBqGawmb

 はえーよサイコネニキ

 

 

22:名無しの被害者 ID:NVCxQ/5r

 >>18

 あれはあれで中間管理職の人が悲しい目に遭っていると知り合いのエルフさんから聞いた

 

 

23:名無しの被害者 ID:3r6Z2/+i

 フェアリーの知り合いがいるとかうらやまC

 うちの町にも舞い降りねーかな……

 

 

24:名無しの被害者 ID:gn1saL80X

 お前らが信じられないのも無理は無い

 これまで散々デマ情報が拡散されてきたからな……だが今回は本当にマジなんだ

 俺の学校にT.P.エイト・オリーシュアが来た話をさせてくれ

 

 

25:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 >>20

 毎度思うけどIDも操作自在なのこえーよ

 

 

26:名無しの被害者 ID:a9GNce2j

 フェアリーワールド側からも発表されてる以上エイトちゃんが帰ってきたのは本当なんだろうけど、誰も本物の目撃情報をあげないのである

 

 

27:名無しの被害者 ID:fgyemPZ6

 俺も例の遊園地にいたけど、本物のエイト様を見ると全くネットに拡散する気にならなかったわ

 そういう精神操作を受けたわけじゃないんだけど、どうにもね……そっとしておきたい気持ちが強くなって(´・ω・`)

 

 

28:名無しの被害者 ID:f0lobtNj

(右)エイトさんと同じ能力だけを希望しています !

(遊)しつこすぎるかな、と思うくらい話しかけた。嫌われるんじゃないかと思ったくらい。

(指)私はストーカーですよ。アッハッハ!

(一)強いて言うなら、エイトさんはおにぎりみたいな感じです。毎朝出てきてもOKですよ!

(三)この、世に、生まれて、きてくれた、こと♪───O(≧∇≦)O────♪ (エイトの好きなところを聞かれて)

(中)最近はエイトさんの活躍VTRを見ながら寝ています。気持ちいいですよ。

(左)困った顔をしている時のエイトさんがすごくよかった。今までよりもっと好きになりました!

(捕)犬みたいなもんだからしょうがないですよね!

(二)幻滅するんじゃないか、と思って会えなかった。会ってもっと好きになった !

(投)世界大会の時、8番のロッカーの取り合いをメア先輩としました。自分は7勝2敗くらいでした。

 

 

29:名無しの被害者 ID:h7usue11

 唐突に重量打線榛名

 

 

30:名無しの被害者 ID:d2HUTi9a

 >>28

 これを見にきた

 

 

31:名無しの被害者 ID:fBqGawmb

 >>28

 3番がいつ見ても気持ち悪くて好き

 

 

32:名無しの被害者 ID:a8g4f31c

 言ってるのが美少女だからまだ微笑ましいけどこうして並べるとやっぱり気持ち悪いな

 

 

33:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 さらっと語られるメアちゃん様との友人関係好き

 あの子メディア嫌いだから近づき難い印象あったけど年相応なところもあるんやなって

 

 

34:名無しの被害者 ID:t/pkwMGh

 >>28

 あんな少女漫画の悪役令嬢みたいな面しておいて中身はコレなアリスお嬢様すき

 

 

35:名無しの被害者 ID:vFM6bM6b

 去年のU15日本代表メンバー全員エイト様と面識あるのすごい

 そっか、五年前はみんな10歳以下だもんな……

 

 

36:名無しの被害者 ID:vFM6bM6b

 新時代を担う子供たち全員に唾つけていたエイトお姉ちゃん抜け目ない

 

 

37:名無しの被害者 ID:dsfY9vya

 >>28

 これもうほとんど俺らだろ

 

 

38:名無しの被害者 ID:h7usue11

 うぬぼれるなよ

 

 

39:名無しの被害者 ID:dsfY9vya

 ごめん……

 

 

40:名無しの被害者 ID:CyberCon

 いいよ

 

 

41:名無しの被害者 ID:5mKG8ffV

 >>33

 見たことないならアリスがやってる配信チャンネルを見るといい

 時々メアがゲスト出演するんだけど、イメージと違ってびっくりするぐらい等身大の女の子だから

 

 

42:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 >>35

 他のメンバーも十分子供離れしてるんだけど、メアとアリスだけ飛び抜けてたな

 新世代の子たち強すぎてこわい

 

 

43:名無しの被害者 ID:a8g4f31c

 >>41

 犯罪者や相手闘士を無慈悲に切り捨てる姿からは考えられないぐらい穏やかな子だよねメアちゃん様

 メディア嫌いに見えるのもただ緊張していただけって言うのもほっこりエピソード

 

 

44:名無しの被害者 ID:2vAzbxZH

 でもアイツ、エイトと温泉に入ったことで歳下の女の子にマウント取ってくるぜ?

 

 

45:名無しの被害者 ID:fBqGawmb

 先にマウント取ってきたのはアリス定期

 

 

46:名無しの被害者 ID:a8g4f31c

 あの切り抜きもう200万再生されてて草

 

 

47:名無しの被害者 ID:UorOIX0M

 >>44

 なにそれ気になる

 

 

48:名無しの被害者 ID:vFM6bM6b

 またゲスト出演してくれないかねメアちゃん様

 欲を言えば英雄の一人としてもっと色々語ってほしい

 

 

49:名無しの被害者 ID:FRCXf644

 アリスちゃん様曰く強すぎて近寄り難い雰囲気あるけど、実際は少しシャイなだけの面倒見のいいお姉さんらしいな

 時々ぽややんとしているとも言っていたが

 

 

50:名無しの被害者 ID:5mKG8ffV

 >>47

 アリスが自分のチャンネルにメアを呼んで雑談

 次代を担う天才異能使い二人が行うトークのお題は「エイトさんとの思い出」

 アリスは小さい頃彼女に命を救われたいつもの持ちネタを披露すると、一緒にお風呂に入って髪を洗ってもらったこともあるとマウントを取りに行く

 それに対してメア先輩、「あっお風呂なら私もフェアリーワールドで一緒に入ったよ。エイトさんとマルクト様と一緒に」と無邪気な爆弾発言で反撃

 エイトさんの方から誘ってくれたんだーと、しみじみと昔を思い出しながら笑顔(かわいい)

 

 アリスは筆舌しがたい敗北感に打ちのめされたと言う

 

 

51:名無しの被害者 ID:/Bm269eT

 >>42

 フェアリーと交流するようになってどんどん強くなっていくのかねぇこれからの異能は

 

 

52:名無しの被害者 ID:UorOIX0M

 >>50

 そんな愉快な配信やってたのかあの子ら

 さらっと大天使の名前が出てくるのはまさしく英雄の一人

 

 

53:名無しの被害者 ID:a8g4f31c

 メアちゃん様のエピソードは常人には強すぎるんだわ

 あの感じだとメディア対応が雑になるのも、易々と語るのはマズい話ばかりだからという事情もあるんだろう

 

 

54:名無しの被害者 ID:f0lobtNj

 >>51

 他の子たちも豊作だけどこの二人だけ飛び抜けてるわ

 メジャーリーガーが中学野球に乗り込んできたような無法感があった

 

 

55:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 側から見ればなんやこのチート!って異能だけど、強すぎてエイト様がいなきゃ自分の力に殺されてたっていう話を聞いてあの子たちも苦労してるんやなって認識改めたわ

 

 

56:名無しの被害者 ID:gnsaL80X

 そろそろ語っていいか?

 

 

57:名無しの被害者 ID:h7usue11

 ダメ

 

 

58:名無しの被害者 ID:34aO+nj/

 申し訳ないがエイト様を困らせるデマはNG

 

 

59:名無しの被害者 ID:DT6sb0ej

 ウキウキで立てた糞スレがアリスレに乗っ取られるのかわいそう

 もっと苦しんでほしい

 

 

60:名無しの被害者 ID:gnsaL80X

 なんかイヤな人たちばかりだ

 

 

61:名無しの被害者 ID:5mKG8ffV

 >>55

 次世代の異能が強くなるほどついて回る問題よなバースト現象は

 セイバーズみたいなチート集団がいて、フェアリーたちに協力してもらってもなお人手不足っていう

 つくづく戦争にならなくて良かったな……

 

 

62:名無しの被害者 ID:gnsaL80X

 仕方ないから勝手に語らせてもらうわ

 何を隠そう俺は明保野異能学園の生徒なんだが……

 

 

63:名無しの被害者 ID:fBqGawmb

 あ

 

 

64:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 ど

 

 

65:名無しの被害者 ID:h7usue11

 ま

 

 

66:名無しの被害者 ID:5mKG8ffV

 い

 

 

67:名無しの被害者 ID:f0lobtNj

 や

 

 

68:名無しの被害者 ID:a8g4f31c

 べ

 

 

69:名無しの被害者 ID:UorOIX0M

 ガ

 

 

70:名無しの被害者 ID:dga/owop

 !

 

 

71:名無しの被害者 ID:N/GPJA/d

 !

 

 

72:名無しの被害者 ID:vFM6bM6b

 最高

 

 

73:名無しの被害者 ID:RErUHrS0

 ッ

 

 

74:名無しの被害者 ID:d2HUTi9a

 !!!!

 

 

75:名無しの被害者 ID:gnsaL80X

 明保野学園と言ったらみんな知ってるだろ? お前らが好きな闇雲アリスや光井メアも通ってる異能使い養成校の最高峰

 俺は中学時代は別の学校だったんだが、高校からの外部生として今年入学したんだ。クラスは違うけど二人とは同級生の高一ってわけだ

 

 

76:名無しの被害者 ID:CyberCon

 あどまいやべガ!!最高ッ!!!!完成してるの初めて見た

 

 

77:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 理事長と見せかけたドトウのレス

 

 

78:名無しの被害者 ID:fBqGawmb

 と見せかけた妹のレス

 

 

79:名無しの被害者 ID:f0lobtNj

 >>75

 イッチエリートやん

 

 

80:名無しの被害者 ID:kE0mome/

 >>75

 明学生とか尚更嘘くさいな

 

 

81:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 イッチって呼び方きらい

 

 

82:†ダーク・ルシフェル†◆GxYiSDjuSe  ID:gnsaL80X

 俺もイッチって呼ばれるのイヤだからコテ付けるわ

 

 

83:名無しの被害者 ID:h7usue11

 アンチッチ?

 

 

84:名無しの被害者 ID:huNjyu4d

 そう言えば最近エルドリッチ見なくなったな……

 

 

85:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 なんもかんもルーンが悪い

 あと痴漢冤罪師ども(´・ω・`)

 

 

86:†ダーク・ルシフェル†◆GxYiSDjuSe  ID:gnsaL80X

 さっきまで話題になってたからアリスちゃんねるはみんな知っていると思う

 闇雲アリスと言えば小さい頃エイト様に救われたことで有名だろ? 光井メアの方も言わずもがな。異世界で共に戦った仲間なわけだ

 

 

87:名無しの被害者 ID:h7aI3j6f

 もうちょっと名前なんとかならなかったのか

 

 

88:名無しの被害者 ID:fBqGawmb

 ごめん、この1もとい†ダーク・ルシフェル†ちょっと好きかも

 

 

89:名無しの被害者 ID:nz0Nohka

 ダーク・ルシフェルは承認欲求をコントロールできない……

 

 

90:名無しの被害者 ID:A12ncBin

 誰も聞いてくれない中ただ一人自分語りを続ける。その厚かましさSSS

 

 

91:名無しの被害者 ID:5mKG8ffV

 お前ら辛辣すぎない?

 誰も不幸にならないんだから作り話ぐらい付き合ってあげなよ

 

 

92:名無しの被害者 ID:Uo2N++9f

 俺はエイト様を出汁に承認欲求満たそうとする奴許せないマン

 アリスの隙あらばエイトさん語りはアリス自身の承認欲求とは別次元のところにあるから許す

 

 

93:名無しの被害者 ID:jjENli4p

 寧ろエイト語りを世界中で広げる為に自分の名声を上げようとしているアリスちゃん様の純粋さは迷惑チューバーたちも見習うべき

 

 

94:†ダーク・ルシフェル†◆GxYiSDjuSe  ID:gnsaL80X

 俺も帰還報道に便乗してデマばらまいていた連中には腹が立ったが、この話はガチのマジなんだ

 それだけは言っておきたい

 

 

95:†ダーク・ルシフェル†◆GxYiSDjuSe  ID:gnsaL80X

 続けるぞ

 あれは闇雲アリスの飛び級試験があった日のことだ

 昨日アリスちゃんねるでも合格の報告があったが、実技試験では学園内最強の異能使い光井メアを相手にどこまで食い下がれるかという試験が行われた

 

 

96:名無しの被害者 ID:a8g4f31c

 >>93

 あれが9歳の頃にエイトお姉ちゃんをキメた天才児の姿かと戦慄したね……

 

 

97:名無しの被害者 ID:UorOIX0M

 アリスってメアの一つ下じゃなかったっけと思ったが飛び級してたんか

 

 

98:名無しの被害者 ID:vFM6bM6b

 >>95

 学園内最強って言うか全世界含めた世代の頂点だよなメアちゃん様

 世界大会で無双してたアリスでも負け前提の試験なあたり、思ったより二人の差は大きいのか

 

 

99:名無しの被害者 ID:5mKG8ffV

 >>97

 中学ではもうやることが無いのと、一つ上のメアと同学年で切磋琢磨させた方がお互いの為に良くね?という判断らしい

 特例中の特例だけど、二人の場合は日本に前例の無い才能だからな……

 

 

100:†ダーク・ルシフェル†◆GxYiSDjuSe  ID:gnsaL80X

 >>99

 遠目に見たが闇雲アリスが高等部に来てくれて嬉しそうだったぞ

 気を許せる友人と一緒にいることでリラックスした笑顔を浮かべるようになって、二人のクラスだけ楽園みたいな雰囲気だった。羨ましい

 

 

 

101:名無しの被害者 ID:UorOIX0M

 >>99

 人類最強は多分暁月だけどあの人も15歳の頃は全然強くなかったって言ってるな

 

 

102:名無しの被害者 ID:h7usue11

 強くなかった(PSYエンス壊滅)

 

 

103:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 >>100

 うーん……メアちゃん様ぼっち説は解釈違い

 

 

104:名無しの被害者 ID:fBqGawmb

 強くなかった(コロシアムチャンピオン瞬殺)

 

 

105:名無しの被害者 ID:jjENli4p

 強くなかった(当時最年少でセイバーズ入り)

 

 

106:名無しの被害者 ID:vgyrgDA7

 瞬殺したチャンピオンはほら、不正で成り上がった奴だったし……

 

 

107:名無しの被害者 ID:FRCXf644

 PSYエンス壊滅も自分だけの力じゃ無いって言ってたし、15歳の時じゃない

 最年少でセイバーズに入ったのはうん、流石メアちゃん様のニーサンだわ

 

 

108:名無しの被害者 ID:vFM6bM6b

 PSYエンスを壊滅させたのは17ぐらいの時か

 控えめに言って頭おかしいなこのヒーロー

 

 

109:名無しの被害者 ID:FRCXf644

 義兄があの人じゃメアちゃん様の自己評価も低いわけだ

 

 

110:†ダーク・ルシフェル†◆GxYiSDjuSe  ID:gnsaL80X

 >>103

 いや、もちろん彼女はぼっちではないんだ。シャイだからメディア対応は下手だけど、何なら学園での人当たりは滅茶苦茶良いし誰にでも優しい

 俺みたいな奴にも声をかけてくれたし落とした財布探すの手伝ってくれたし控えめに言って天使。異能だけじゃなくて性格まで天使で一瞬で大ファンになったわマジかわいい

 

 ただその、だからこそ俺たちとは住む世界が違うって言うのかね……畏れ多くて深い仲になろうとする人がいないのである。仲の良い子はいるけど友達はいない的な

 

 

111:名無しの被害者 ID:vFM6bM6b

 >>109

 自分より強いのが身内にいたら増長する暇も無いわな

 

 

112:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 ああ、それはわかる気がする

 俺メアちゃん様推してるけど同じ学園に通ってたら間違いなく声掛けられない

 

 

113:名無しの被害者 ID:kE0mome/

 天才故の孤高ってやつね

 

 

114:†ダーク・ルシフェル†◆GxYiSDjuSe  ID:gnsaL80X

 もちろん彼女自身が私はお前たちとは違う的なオーラを発しているわけじゃないんだけどね。英雄故にみんな無意識に距離を感じてるわけよ

 たまにそんなの関係ねぇ!メアちゃーん俺だー!結婚してくれー!って告りに行く勇者みたいな馬鹿もいるがそれはそれとして全員撃沈している

 

 

115:名無しの被害者 ID:jjENli4p

 その点天才なのになんか親しみやすいアリスちゃん様ってすげぇんだな

 

 

116:名無しの被害者 ID:Yp00gJtj

 アリスのそういうところはメア自身も羨ましいって褒め殺してたな例の配信で

 マウントバトルした後に

 

 

117:名無しの被害者 ID:h7usue11

 案外メアちゃん様天然っぽいよね……

 

 

118:名無しの被害者 ID:h7usue11

 いいよね……

 

 

119:名無しの被害者 ID:p1G+3NN5

 いい……

 

 

120:†ダーク・ルシフェル†◆GxYiSDjuSe  ID:gnsaL80X

 そう、そういう性格があの配信で知られた通り、二人は微笑ましいぐらい相性が良くてな

 そんな二人の様子を見に来たと言うエイト様は、安心したように聖母の如き笑みを浮かべていたものだ……

 

 

121:名無しの被害者 ID: T8PO8888

 ところで俺のIDを見てくれ

 ちょっと凄くね?

 

 

122:名無しの被害者 ID:5mKG8ffV

 関係者が通ってる明学ならエイト様が忍び込んでもおかしくないのか

 

 

123:名無しの被害者 ID:dga/owop

 !!

 

 

124:名無しの被害者 ID:jjENli4p

 >>121

 アリスちゃんが興奮して奪い取りに来そうなIDしてんなお前

 

 

125:名無しの被害者 ID:3mula18o

 >>121

 今若者の間で8番が大人気

 

 

126:名無しの被害者 ID:d2HUTi9a

 >>121

 TとPの間の8がもう少しズレていればT.P.エイト・オリーシュア完成だったのに

 

 

127:名無しの被害者 ID:kE0mome/

 >>121

 お前がNo.8だ

 

 

128:†ダーク・ルシフェル†◆GxYiSDjuSe  ID:gnsaL80X

 今日はお前の勝ちでいいよ

 

 

129:名無しの被害者 ID:fBqGawmb

 すげえID見たけど本当に惜しいな……

 

 

130:†ダーク・ルシフェル†◆GxYiSDjuSe  ID:gnsaL80X

 あっ証拠写真撮れてたわ夢心地だったから忘れてた

 フハハ! 学園の音楽室でエイト様と一緒にギター弾いたぜー!

 

 おれもういつしんでもいいや

 

 【画像】

 【画像】

 【画像】

 

 

 

 

 

 

 

 ──この後、無茶苦茶サーバーが弾けた。




 次回から劇場版編の予定


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チート原作主は完璧じゃなくてもいいそうです
実は、ちびっこたちの初恋ハンター


 この秘密が決め手でリッキーを引き換えたので劇場版編開始です


 黄金色に輝く満月が、少しずつ肌寒くなってきた秋の夜空を彩っている。

 

 時刻は夜中の九時であり、子供たちは夕食も入浴も終えて後は明日に備えるだけと言った頃。

 その日、高層マンションの上階に住んでいる小学一年生の少年は、寝室に置いたタブレットと向き合いながら一人アニメを視ていた。

 現在彼の年代の子供たちの間で流行している怪盗物のアニメであり、内容は善良な民から奪い取った財産で私腹を肥やす悪党権力者たちを義賊の少女「アハト」が成敗し、彼らから宝物を頂戴していく勧善懲悪もののストーリーだった。

 一話完結形式で起承転結をスッキリとまとめられた物語は、子供たちから大きなお友達まで幅広い年齢層に支持されており、実在の異能怪盗をモデルにしたとされる主人公のビジュアルも併せて巷では高い人気を誇っていた。

 少年もまたそのアニメのファンであり、この日の夜は布団に入る前に放送された最新話に見入っていた。小学一年生の、ちょっとした夜更かしであった。

 

「ヒデト~、もう寝なさーい」

「はーい」

 

 普段なら眠り始めている時間でもまだ部屋の灯りが点いていることに気づいた母親が、そんな少年に就寝を促す。丁度アニメの再生が終わった直後だった為、少年の話は存外素直だった。

 そのアニメの内容だが……今回も主人公の怪盗少女が悪者をやっつけ、悪政に困窮する人々を鮮やかに救ってみせたものである。

 「どうかいかないで、アハト様! この町に残ってください……!」と呼び止めるゲストヒロインに対して、怪盗少女は被り直したシルクハットの裏に微笑みを隠しながら、ヒラリと手を振って踵を返す。

 

 

《ありがとう、お嬢さん。だけどボクは闇の世界の住人……ようやく灯りを取り戻したこの町に、いてはいけない存在なんだ》

《そんなこと……》

《だけどそんなボクの存在を必要とする町が、この世界にはまだまだ溢れている。そんな町から悲しみを頂戴するのが、ボクの役目さ。アディオス、キミたちに祝福があらんことを》

 

 主人公アハトの決め台詞を最後に、このアニメの様式美である「止めて引く演出と共に流れるいい感じのエンディングテーマ」を締めにしてその回の物語は幕を下ろす。

 主人公の力は常に誰かを救う為に振るわれているが、彼女自身は自らの存在を正義の味方と名乗らない。

 自身は光の世界で生きられない闇の世界の住人と称しながらも、暗闇に苦しむ人々を放っておくことができないのが彼女の愛嬌だった。

 悪ぶっているように見えて、持ち前の優しさが隠せない。ヒロインでヒーローな彼女こそが、このアニメの主人公である義賊少女アハトの魅力であった。

 

 

「今日も面白かったなぁ……」

 

 そんな主人公の活躍に今回も目を輝かせていた少年は、満足げにアニメの感想を口漏らしながらタブレットの電源を落とす。

 明日は今視聴したアニメの話を、クラスの友達と存分に語り合う予定である。

 しかし今は、良い子はもう寝る時間だ。少年は消灯してベッドに向かおうとしたところ、まだ部屋の中に仄かな灯りが残っていることに気づいた。

 

 快晴の夜空に浮かぶ満月の光が、窓の向こうから溢れている。

 

 カーテンがまだ、半開きだったのだ。

 少年が持っている異能は先ほど視たアニメの主人公と同じく、闇を操る。故に彼は、寝る時はいつも豆電気も使わず部屋の中を真っ暗にしていた。その方が何となく、気分が安らぐのだ。

 

 そんな少年は閉め忘れたカーテンをしっかりと閉め直す為に窓際に向かい──見た。

 

 窓の向こう側──部屋伝いのベランダの先にヒラリと舞い降りた、一人の女性の姿を。

 

 月明かりに照らし出された輪郭が動き、二色の色を持った双眸が、窓越しに少年の目を見つめてくる。

 エメラルドのような翠色の右目と、純金よりも透き通った黄金の左目。

 綺麗だ……と、思わず少年は目を奪われた。

 

 

「おねえさん、怪盗……?」

 

 

 女性が纏うロイヤルブルーのマントと夜空のようなロングスカートの裾が、涼やかな夜風に煽られて静かに揺らめいている。

 幻想的かつ神秘的な光景を前に、気づけば少年は窓を開き、女性に問い掛けていた。

 知らない人に近寄ってはいけません。知らない人をお家に入れてはいけませんとは両親からもしっかりと言いつけられていたが、女性の姿はそんな少年さえも自然と警戒心を解いてしまうような、不思議な安心感を与えてきたのだ。

 まるで先ほど見ていたアニメの主人公のような馴染み深さを、少年は彼女に対して感じていた。

 

 

「ふっ……」

 

 

 シルクハットの下で微笑みを浮かべながら、彼女はそんな少年の問い掛けに微笑みを返す。

 答えは、肯定だった。

 

 

「そう……ボクは怪盗。あの月よりもずっと遠い……遠い世界から、キミの大切なモノを頂戴する為にやってきた──」

 

 

 膝の裏で丁寧にスカートを折り畳みながらしゃがみ込んだ黒衣の女性は、小さな少年と目線を合わせる。

 おもむろに手を伸ばした彼女は、息も忘れて茫然と佇んでいる少年のうなじに指先を当てながら、耳打ちするように言い放った。

 

「──悪いお姉さんだよ」

「あ……」

 

 透き通るような眼差しに息の当たる距離から見つめられたその瞬間、少年の胸が今までに感じたことの無い、不思議な高鳴りを覚えた。

 そして。

 

 淡い光が、少年の身体を包み込んでいった。

 

 彼女が触れた瞬間、暖かな光が瞬くように広がったのである。

 優しささえ感じる光の中で微睡みながら、少年は見た。微笑みの中に彼女が浮かべていた、儚くも悲しげな眼差しに。

 

 そうして、少年の意識は夢の中に落ちていった。

 

 バタリと倒れ込んだ少年の身体を抱き止めた女性は、そのまま彼の身柄を抱き抱えるとベランダ伝いに寝室に上がり込み、物音も立てずにベッドの上へと下ろす。

 静かな寝息を立てて眠る少年に毛布を掛けると、彼女はシルクハットを締め直して踵を返した。

 

 

「いい眠りを……おやすみ、ボウヤ」

 

 

 愛しむように呟いた彼女は、再びベランダへと出て窓を閉める。同時にパチンと指を鳴らせばひとりでにカーテンが閉まり、窓の施錠が完了する。念動力による戸締りは、怪盗たる彼女なりの被害者へのアフターケアだった。

 

 

「今宵も……月が綺麗だ」

 

 

 ふと夜空を見上げながら、彼女──T.P.エイト・オリーシュアが呟く。

 満月の光にそっと手のひらをかざした後、ベランダの柵に足を掛け、跳んだ。

 

 風に飛ばされないように頭の上からシルクハットを押さえながら、エイトは夜の明保野市を縦横無尽に駆けていく。

 蝶が羽ばたくようにヒラリ、ヒラリと。高層マンションの上から躊躇いもなく飛び出していった彼女は、高層ビルの屋上から高層ビルの屋上へと、数十メートルある筈の距離をいずれも一回のステップで跳躍していった。

 月明かりと街灯に照らされてはぼやけていくその姿は、まるでこの世のものとは思えないほどに神秘的だった。

 

 そんな彼女が程なくして足を止めたのは、この町で一番の高層建築物であり、名物的な電波塔でもある「明保野タワー」の上だった。

 

 明保野市全体を見渡すことができる展望台の、さらに上の立ち入り禁止フロアに降り立った彼女は、肌寒くも心地良い夜風に目を細めながら、眼下に広がる景色を見下ろして言った。

 

 

「夜の街というのは、星の光のように眩しいよね」

 

 

 異世界の住人「聖獣(フェアリー)」。その存在と友好的に交流するようになって以来、この明保野市は急速に発展している。

 元々賑やかな町ではあったが、こうして上から一望してみるとその発展ぶりがより一層随所に感じるものだろう。

 彼女が耳をすませればこの場からでも町々を行き交う人々の賑わいが聴こえてくる。人間だけではなく、エルフやオーガのような聖獣たちの声もだ。彼らはこの町でみんなが仲良く──とまではいかないようだが、思い思いの時間を過ごしているのがわかった。

 

 あの光の一つ一つに人々が集まっているのだと思うと、夜の街を彩る街灯の光も、夜空に浮かぶ星々と似たようなものなのかもしれない。感傷的な微笑みを浮かべながら、エイトは背後を振り返った。

 

 

「今や文明の光は、あの空の煌めきにも並びつつある……それはとてもロマンチックで──おこがましいことだとは思わないかい? アカツキ・エン」

 

 

 彼女が問い掛けるその先に──一人の青年が姿を現す。

 翠と黄金、二つの色を宿したオッドアイが見据える先に立っていたのは、彼女がこの場所にやってくるよりも早く訪れていた暁月炎だった。

 お互い顔を見たのは、先日彼女が乱入してきた彼の結婚披露宴以来のことである。

 この五年で暁月炎は二十歳を過ぎ、心身共に立派な大人となった。

 濃紺を基調とした落ち着きのある色合いのバトルジャケットは、彼らセイバーズが纏う成人用の正装である。

 

 

「T.P.エイト・オリーシュア……」

 

 

 いずれも人工物による街の光を見て、皮肉と言うより素直な感想を述べたようなエイトの呟きに炎は神妙な眼差しを返す。

 数拍の間を置いて、彼は絞り出すような声で告げた。

 

 

「貴方を……捕まえに来た」

 

 

 

 現役の戦士の中で誰よりも強く、誰よりも多くの異能犯罪者を倒してきた男が今の暁月炎である。悪党の誰もが恐れるその力で、数多の人々を救ってきた。

 そんな彼が不本意さの滲んだ苦渋の表情で、T.P.エイト・オリーシュアの姿を見据えている。

 

「それは、いいことだね」

 

 心なしか少しだけ嬉しそうな目で見つめ返し、エイトはその背中に十枚の羽を広げた。

 片側が黒で、もう片側が白。相反する二つ色の羽を持つその姿は、原初の大天使二人の力を併せ持つ彼女の本当の姿だった。

 サフィラス十大天使さえも凌駕する、この世に二つと無い原初の大天使の本領。

 そんな彼女に唯一対抗し得る存在としてこの場を訪れた炎は、躊躇いの心を隠しながらその力を解放した。

 

 

 ──インフィニティーバースト。

 

 

 虹色の焔が、瞬く間に夜の街を朝へと染め上げていく。

 灼熱の色に輝く焔の鎧が彼の全身を覆い、右手には紅蓮の、左手には蒼炎の剣が生成される。

 背中には虹色の光輪が二つ──∞の字を描く眩い羽が、太陽の如き輝きを放ち続けていた。

 五年前より精度の上がったその力を前に、エイトは感嘆するように言い放った。

 

「流石だね……あれからも、ずっと鍛えていたんだ」

 

 仕事も私生活も、この五年間は非常に多忙な時を過ごしていた炎であるが、自らの力の研鑽を弛めることは無かった。

 その努力を戦う前から見抜いてきた彼女の観察眼に何か安心のようなものを感じながら、しかしポーカーフェイスを保って炎は彼女に問い掛けた。

 

 

「何故、子供たちを狙う?」

「…………」

 

 

 それは、彼がこうして彼女と対峙することになった事実への問い掛けだった。

 

 かつてセイバーズと共に二つの世界を救った英雄、T.P.エイト・オリーシュアは再び暗躍を始めた。

 

 五年前と同じく、異能怪盗として。

 

 被害者は確認されただけでも1000人を超える、世界中の子供たちだ。

 

 子供たちは全員「闇」に関係する力を持つ将来有望な異能使いの卵だった。

 そして五年前と違うのは、彼女に盗まれた異能が返ってこないことである。

 T.P.エイト・オリーシュアが盗んだ異能は、時間が経てば復活する。その認識が根本的に崩れ去ったことで、彼女の存在は誰にも止めることのできない目的不明の危険人物となった。

 

 彼女自身が世間的な人気の高いカリスマ的な存在であることから、今はまだ世の混乱を避ける為にその事実は大々的に公表されていない。

 この世界で唯一彼女に対抗し得る力を持ち、同じ英雄として面識のある暁月炎に特殊任務として命令が入ったのは、そう言った経緯だった。

 あまりにも不審な点が多すぎる彼女の行動に対して、炎はその目的を訊ねる。

 

「俺は貴方を信じている……だから、理由を話してくれ。五年前、誰よりも世界の為に戦っていた貴方が、意味も無くこんなことをする筈が無い。今また人々の力を必要とする理由はなんだ?」

 

 五年前に彼女が異能怪盗をしていたのはあくまでも自身の力を取り戻す為だったからであると認識している。

 であれば、原初の大天使としての力を完全に取り戻した今のエイトにはもはやその必要は無い筈だと。

 そんな彼女が子供たちの異能を奪う理由を──エイトはどこか、悲しそうな目で答えた。

 

 

「……廻り始めてしまったんだ。世界の輪廻が、ね……」

「っ!」

 

 

 言いながらエイトが振り下ろした闇の剣と、迎え撃つ炎の焔の剣が重なり合う。

 打ち付け合った二つの力の波動は明保野市の夜空に広がっていき、星の海に0の字を描きながら拡散していく。

 高まり合った神聖な力のぶつかり合いは、その余波を次元の壁の先にまで伝えるに至った。

 

 

 

 そして──次元の遥か先の彼方にて、それを感知した灰色の星が動き出す。

 

 

 

 まるで二人の力に引き寄せられているかのように、灰色の星は次元の海を泳ぎ進んでいた。

 

 虚無から解き放たれた古き者の影──その存在を人類はまだ、誰も知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  【フェアリーセイバーズ Nightmare Reincarnation

 

 

 

 

 






 今回の章は10話以上続きそうなので一旦連載に戻します
 一通り終わったらエイト視点になりますが、しばらくはsideメアでいきます


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劇場版特有の急に湧いてくるテロリストたち

 導入として実際便利。


 異能新世代。

 

 五年前に結ばれた異世界フェアリーワールドとの和平条約を機に、マスメディアなどは今の時代をそう呼ぶようになった。

 実際、この明保野市における日常風景は、それまでと比べて大きく変わったと言えるだろう。町の中には人間だけではなく聖獣──フェアリーと呼ばれる異世界の住人たちが闊歩するようになり、彼らとの交友により人類の異能研究はこの数年で飛躍的に進んでいる。

 異能社会においてはまさにブレイクスルーと言える、転換期を迎えた時代である。その恩恵は一般社会にこそ大きく、若年層の異能使いたちの質も一昔前とは比較にならないほど高まっていた。

 

 そんな新世代の日常であるが、町は常に平和そのものというわけではない。

 

 寧ろ転換期を迎えたこの時代だからこそ、異能を行使する治安維持部隊を必要とする「悪」の存在は絶えなかった。

 

 

 ──まさに今、町中で起こっている反聖獣派のテロリストによる暴動がそれである。

 

 

 時刻は朝の九時。

 週明けの平日朝に起こったその活動は、明保野市にあるフェアリーワールド大使館を狙った大胆不敵な犯行だった。

 事件を嗅ぎつけたセイバーズが即刻出動するものの、テロリストたちは中の職員やフェアリーワールドの要人を人質にしている為、迂闊には手を出せない。状況はテロリストたちが立て篭もった大使館を複数人の戦士たちが警察と共に包囲し、睨み合った状態で膠着していた。

 

 被害者たちにとって不幸だったのは、この日のセイバーズの機動部隊には主力である暁月炎と力動長太が不在だったことだろう。

 或いはテロリスト側がその情報を事前に掴んでいたのかもしれないが、今明保野の町は音に聴こえた救世主たちの庇護を離れていた。

 

 

 

「我々が求めるのは、我が国からの聖獣たちの即時退去である! 人間の世界の秩序は、人間によって築き上げられるべきなのだッ!!」

 

 

 大使館の中では、この施設を制圧したテロリストの首魁が威圧的な態度で叫んでいる。

 その言葉通り、反聖獣派を公言する彼らの要求は聖獣たちの退去である。

 五年前の出来事を機に、政府はフェアリーワールドとの関係を共存路線に舵を取った。その結果が、多くの聖獣たちの姿を見掛けるようになった今の日本だ。

 中でも人間の異能と似て非なる強力な力、「聖術」の存在や高位聖獣たちの持つフェアリーワールド独自の知識は、異能社会にとって莫大な恩恵をもたらし、新たな時代を告げる光となった。

 

 ──しかし光が強まれば、そこには陰が生まれる。

 

 聖獣たちの協力で異能の研究が進むほど立場が悪くなる者もいれば、そもそも人間以外の知的生命体の存在を許容できない者もいる。

 彼らのようなテロリストはまさしく後者であり、常日頃から「聖獣は人間の世界を壊す!」と異能新世代の在り様を危険視していた。

 

『……それは、君たち全員の総意かな?』

「そうだ! 仮初めの平和に酔いしれる愚か者共には思い知らせねばならん! 我々は違う存在なのだとッ!」

 

 実際、五年前まではあちらの世界から迷い込んできた聖獣たちが人々に危害を与えたという記録が散見されている。

 例外はいるが、基本的に聖獣は人間よりも強い。

 かつての戦いは元々「PSYエンス」という人間側の行為が発端になったものではあるが……かの「コクマー来訪事件」が代表するように、力のある聖獣が天罰を下せば大勢の人々が脅かされかねないのは事実の一つではあった。

 

 しかし。

 

「……いつの時代の価値観だよ……」

「何か言ったか!?」

「…………」

 

 人質の一人が、嘲笑を浮かべて呟く。直後にその青年はテロリストの仲間に睨まれたことで口を噤んだが、大使館の大広間に集められた他の人質たちも同じように、首魁の主張に対して呆れ顔を浮かべていた。

 ヘイトスピーチの対象である聖獣たちはもちろん、人間たちもである。

 善良な聖獣たちと人々の尽力によって、今や大半の者がお互いを良き隣人として受け入れている。

 この大使館もまたそんな両世界の友好の証の一つであり、あちらの世界にも人間世界に対する同様の施設があった。

 

 時代遅れの思想犯たちによる無謀なテロ──この場にいる誰もがそう思っていたところである。

 

 しかしこのテログループには、厄介なことに並外れた力があった。

 特に首魁の持つ「茨の鎖」の異能は強力で、捕らえた相手の力を封じ込め、弱体化させる厄介な力の持ち主だった。護衛の網を掻い潜った彼が、その鎖でフェアリーワールドの要人を捕らえたのがこの事件の始まりである。

 

「ふん……親善大使殿の護衛にしては、手緩い守りだったな!」

『ぐっ……大使様、申し訳ありません……』

 

 怪しい覆面で顔を隠したメンバーたちも皆優秀で、軍人のような統率された動きから大使館はものの数分で占領されてしまった。

 何より捕らわれたフェアリーワールドの要人があちらの世界からの親善大使であったが為に、人質に危害が及ぶことを恐れ護衛たちが思うように動けなかったのが痛手であった。

 

『なら、その程度の存在に過ぎぬワシらはもはや、お主の言う「人類の脅威」にはならんのではないかな? ワシ自身、あっさりと拘束されたわけでもある』

「都合の良いことを言う! 貴様らとて弱き人類を恐れ、排除しようとしていたではないか!」

『ううむ、これは困った……』

『大使様……』

 

 少しバツの悪そうな表情になりながら、茨の鎖に拘束されたコボルド族の老人が呻る。

 フェアリーワールドからの親善大使である彼は、第1の島「エヘイエー」からの使者であり、サフィラス大天使の王ケテルの部下でもある為、五年前に聖獣側が起こそうとしていた計画も知っていた。

 それ故に彼としてはテロリストの首魁の言葉もあながち全てがデタラメと切り捨てるわけにはいかず、興奮する彼にどう対処すれば良いか判断しかねていた。

 

 コボルド族の親善大使はこの状況を抜け出す為に必要な、今この場で最も穏便な方法を熟考する。

 その結果、彼は自分の為に今すぐにでもテロリストたちに飛び掛かろうとする護衛たちを制しながら、今は大人しく無力な人質を演じることにした。

 

 と言うのもこの町は、かの「王」が見込んだ救世主たちが守護する町だからだ。

 

 であればこの程度の状況、こちらが手を出すよりも被害の少ないやり方で切り抜けてくれるだろうと──そんな信頼が彼の胸にはあった。

 

 

 そしてその信頼に──彼女らは応えた。

 

 

 はじめに起こった異変は、テロリストたちの足元を小さな何かが横切ったことだった。

「ウサギ……?」誰かがその物体を見て呟いた瞬間、突如として出現した黒いウサギが天井まで高く跳び上がり、爆ぜた。

 

 爆発したのである。それこそ爆弾のように。

 

「っ、何事だ!?」

「ボス! 突然現れたウサギが爆発しました!」

「見ればわかる!」

 

 爆発したウサギは、もちろん動物のウサギではない。ウサギにそのような能力は無いし、爆発したことによってぶち撒かれたのは臓物でもなかった。

 

 煙幕である。それも、異能による闇の煙幕だ。

 

 ウサギ型の黒い物体が爆発した瞬間、早朝にも拘らず大使館の大広間を一瞬にして暗闇に染め上げた。

 

『ふむ……これは、異能か』

 

 突如として視界が真っ暗になったことでテロリストたちは狼狽え大使館内が慌ただしくなるが、夜目の利くコボルド族である親善大使はその暗闇の中でも問題無く室内の様子が見えていた。

 

 そんな彼は、闇の中でこちらを見つめている一人の少女の存在に気づいた。

 

 目が合った少女の方も、彼が自身の存在に気づいていることを理解しているようだ。彼女が人差し指を口元に当て、「しーっ」と黙っているようにジェスチャーすると、親善大使は大人しくその指示に従うことにした。

 

 ──さて……新世代の救世主のお手並みを拝見させてもらおうかの、と。今回のテロの被害者にしては些か落ち着きすぎた様子で、彼は流れに身を任せることとする。

 

 そしてその判断は、すぐに正しかったことが証明される。

 

 一瞬だけ浮遊感を感じた次の瞬間、親善大使の身柄は逞しき二の腕によって抱き抱えられていたのだ。

 この身を拘束していた忌々しい茨の鎖も、気づいた瞬間には綺麗さっぱりと消え去っている。

 

 断ち切ったのだ。風よりも速く繰り出された──青色の一閃によって。

 

「なっ……」

「貴様、人質を!」

 

 数秒後、闇の煙幕が消えたことで人間の目にも周囲の様子が見えるようになったところで、ようやくテロリストたちが状況に気づいたが……もう遅い。

 コボルド族の親善大使の身柄はテロリストの首魁がいた場所から遠ざかっており、周囲には彼の護衛たちがその名誉を挽回するようにガッチリと警備を固めていた。

 

 

「ナイスな手際だったよ、ムキムキウサギ1号!」

 

 

 親善大使を抱き抱え、猛スピードで彼らの元に駆け戻ったのは聖獣から見ても中々にユニークな物体だった。

 愛くるしいウサギの顔の下に、身長2mを超すオーガのような屈強な肉体を持つ闇の人形。

 少女の可愛らしい声から「ムキムキウサギ1号」と呼ばれたその物体は、獲物を狩る猛獣のような笑顔を浮かべながらツインテールの少女とハイタッチを交わし、安全圏に親善大使を下ろした。

 

 

『変わった力を使うのう、お嬢さん。だが、とても洗練されている』

「あ、わかります? 特に1号は私のお気に入りなんですよー」

『ホホッ……最近の人間怖っ』

 

 

 闇の「異能」で作られた自律行動をする人形。一目見てそれが並外れた技量の賜物であることに気づいたコボルド族の親善大使は、その人形を使役することで見事自身をテロリストの手から奪還してみせた少女に畏敬の念を払う。

 その異能使いは、先ほど闇の煙幕の中で目が合った少女だった。

 

「ご無事ですか? 怪我は……大丈夫そうですね」

『ああ、手荒な真似をされる前に来てくれて助かったわい』

「いえいえ、それが私たちの使命ですから。……って言うか、凄い落ち着きぶりですね……やっぱりフェアリーワールドの親善大使様って肝が据わってますね」

『こんな立場じゃ。この程度の修羅場には慣れておるよ』

「ほえー……」

 

 この状況でも落ち着いた様子を見せる親善大使の姿に彼女は驚いていたが、彼の方からしてみれば鍛えた使い手たちすら尻込みするこの状況においてごく自然体であっけらかんとした顔をしている少女の姿にこそ感心していた。

 彼女の顔は知っている。実際に対面したのはこれが初めてだが、有望な若手異能使いとして彼女はこの町では有名な存在だったのだ。

 その姿にテロリストたちが驚き、名を呼んだ。

 

 

「貴様は闇雲アリス! 貴様……民間人が何故ここに!?」

「私、嘱託隊員。普段は学業優先だけど、やむを得ない事情がある時は任務に参加できるんだよねー」

 

 

 少女──闇雲アリスは意表を突かれた彼らの様子を見て得意げな顔を浮かべながら、警察手帳にも似た「セイバーズ」の認定証をひらひらと見せびらかす。

 そんな彼女の姿は今まさに登校中だったことがわかる明保野学園の制服を身に纏っており、なおさら戦場へのミスマッチ感が拭えなかった。

 

「セイバーズめ……! 子供を戦わせるとはどこまで傲慢で腐った組織なのだ!」

「ああ、そういうのいいから。ってか、貴方がそれを言わないでくれる?」

「ぬぅ……!」

 

 未成年を危険な場所に送り出すセイバーズに対して憤る──と言うよりも、どこかそう言った主張をする自分自身に酔いしれているような様子のテロリストの首魁に対して、アリスは明るい口調に反して冷え切った氷のような視線を返す。

 年相応の小柄な筈の姿が放つプレッシャーにたじろぐ彼に向かって、アリスは問い掛けた。

 

「でもオジサン、私に構ってていいの?」

「なに?」

「もう貴方の下っ端、みんな伸びてるよ」

「──!」

 

 盤面は既に、固まっていた。

 噂以上の手際だと、優れた嗅覚で現在の状況を正確に把握していたコボルド族の親善大使が、心の中で惜しみない拍手を送った。

 

「この場所が私の暗闇に落ちたのが十秒。貴方の意識が私に向いていたのが八秒……そんなにあれば、制圧するのは簡単だよ」

「何……!? まさか……っ」

 

 ピッと立てた指を丁寧に折り曲げながらそう語るアリスの言葉に、テロリストの首魁がハッと何かに気づき、慌ただしく周囲を見回す。

 

 その瞬間、先ほどまでその場を威圧的に包囲していた彼の配下たちが──十人はいた筈の武装兵たちが糸の切れた人形のように次々とその場に崩れ落ちていった。

 

 外を守っていた配下たちも含めれば、総勢五十人にも上る人数がいた筈である。いずれも彼と思想を同じくする腕利きの異能使いたちであったが……それが今、全て薙ぎ倒されたと言うのだ。

 

『……! あのお方は……』

 

 信じがたいその光景に人質たちさえ騒つく中で、コボルド族の親善大使はその人物の気配を感知した。

 

 ──瞬間、ヒラリと制服のスカートを翻しながら、青色の髪の少女が降り立つ。

 

 白い羽根を舞い散らして広がっていく八枚の翼は、誰もがその姿を「天使」と認めていた。

 

 

「ね? メアちゃん」

「アリス、喋りすぎ」

 

 

 メア──闇雲アリスからそう呼ばれた少女は、右手に携えた青色の細剣を構えながら、威風堂々たる姿でテロリストの首魁と対峙する。

 速すぎて見えなかったが、親善大使を縛っていた鎖もあの剣によって断ち切られたのだ。音も無く。疾風の如く。

 

 そんな彼女のポニーテールに結ばれた髪は、次の瞬間には混じり気の無い純白の色に切り替わっていた。

 その色を認めた瞬間、親善大使の中で一目見た時から彼女に対して抱いていた疑念が、確信に変わった。

 

 

『ああ、ここにいらしたのですね……姫』

 

 

 第1の島エヘイエーの守護天使にして、フェアリーワールドの光を統べる王。

 彼女の髪の色も、神聖なるオーラも……フェアリーワールドの要人たる彼が忠義を尽くす王「ケテル」と、ことごとく一致していたのである。

 

 



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気にかけていたロリ二人が仲良しになっていた件

 これにはオリ主もニッコリ。


 二人の少女の働きによりテロリストの武装兵たちが一斉に倒れ伏したことで、解放された職員たちは他のセイバーズ隊員たちに誘導され安全圏へと退避する。

 そんな彼らは今、固唾を呑んで若き救世主の戦いを見守っていた。

 

 

 テロリストの首魁は、強力な異能使いだった。左目に眼帯を付けた長身の壮年は、度重なる実戦で鍛え抜かれた屈強な肉体を持つ。

 体術は勿論、自らの異能「茨の鎖」の扱いも熟練しており、コロシアムでも上位まで勝ち抜けるであろう確固たる実力があった。

 

 ──そんな彼の正体は、かつてこの国に災いを齎し、五年前の聖獣事件を引き起こした悪名高きPSYエンスの幹部である。

 

 異世界から迷い込んできた聖獣を捕らえ、非人道な手段でその力を研究していたこともある。

 時代が時代なら、今よりもさらに大規模な組織の長として町々を恐怖に陥れていたかもしれない存在だった。

 

 しかし、今の光井メアにとっては特別強敵と言えるほどの相手ではなかった。

 

 彼が繰り出す「茨の鎖」──ひとたび絡め取られればA級闘士だろうと無力化してしまう鎖は、しかし彼女のポニーテールを結ぶ純白のリボンの刃「サフィラテール」によってことごとく迎撃されていく。

 それでも「手数の多さはこちらが上だ!」と、彼は繰り出す鎖を十本以上に増やして踊り掛かっていったが……メアの対応は常に冷静だった。

 

「ホド!」

「なにぃ!?」

 

 鉄壁の騎士の姿ホドフォームに変わったメアは、自らの髪から橙色のリボンを抜き取ると瞬時にそれを聖なる大盾「ホドシールド」に変える。

 前方に構えたシールドから広がっていく灼熱を帯びた光のバリアは、メアの身体を守護しつつ茨の鎖を弾き飛ばし、飲み込むように焼き尽くしていった。

 そして驚愕するテロリストの首魁の隙を、彼女は見逃さなかった。

 すかさず神速の姿ケセドフォームに変身すると、シールドを解除しつつ縮地的に急迫する。

 反応すら許さず詰め寄ったメアが大きく振り上げた右足から繰り出したのは、テロリストの首魁を一撃で後方の壁まで打ち付けていく渾身の蹴りだった。

 

「ば……馬鹿な……っ」

 

 転がるように吹っ飛んでいったテロリストの首魁は、軽い脳震盪を起こした様子でヨロヨロと尻餅をつく。

 威風堂々たる佇まいでそんな彼の前に降り立ったメアは、紺碧の瞳で見下ろしながら青色の細剣「ケセドフェンサー」の切先を彼の目の前に突きつけた。

 

 

「勝負はつきました。降伏してください」

「っ……おのれ……!」

 

 

 決着は、誰の目が見ても明らかだった。

 若き救世主の力は、全てにおいてテロリストの首魁のそれを上回る。

 他のテロリストたちも外で待機していた警察やセイバーズの隊員たちによってこの混乱の裏で無事捕縛に成功し、一連の大使館占拠事件は電撃的な解決へと向かっていった。

 

「凄い……」

「あれが、彩色剣美の妖精姫……」

 

 一部始終を見ていたにも拘らず、何が起こったのかさえほとんど観測することができなかったギャラリーたちは、それでも彼女の実力が桁外れであることだけは認識することができ感嘆の声を漏らす。

 小顔で愛らしい容姿に反して彼女の立ち回りには本人の戦闘センスもさることながら、見る者が見れば彼女自身がこれまでにも数々の修羅場を潜り抜けてきた経験を窺うことができるものだった。そちら側の「わかる」存在である闇雲アリスやコボルド族の親善大使は、口々に呟いた。

 

「うわっ、えっぐ……」

『ふむ……やはりよく似ておる』

「ん?」

 

 この状況ではさしものテロリストたちも抵抗は無意味と理解したのだろう。立ち上がった数人のメンバーは観念して武装解除すると、合流してきた他のセイバーズ隊員や警察に渋々投降していく。

 

 圧倒的な力の差を見せつけられ、それでも戦意を翻さないのはメアに剣を突きつけられた首魁ぐらいなものであった。

 そんな彼が、メアの姿を見て憎々しげに吐き捨てる。

 

 

「人間でも聖獣でもない化け物め……お前のような子供が、この世界を汚すのだ!」

「…………」

 

 

 その言葉を真っ正面から受けたメアの表情は、周囲の者たちの目には見えない。

 しかしそれはテロリストたちが制圧されたことで晴れかかった大使館内の空気を、再び曇らせるには十分な罵声だった。

 

 沈黙が場を支配する。依然細剣を突きつけた姿勢のまま無言で見据えているメアに対して、テロリストの首魁が歪んだ笑みを浮かべたのはその時だった。

 

 

「隙有りッ!」

 

 

 氷河のような沈黙が破られる。

 テロリストの首魁が自らの背に隠れ蓑にしていた左腕から、茨の鎖を振り払ったのだ。

 

「……そう」

 

 しかし、メアの対応は冷静だった。

 呼吸の間を縫うように繰り出された彼の不意打ちに対して、ほんの僅かに眉を動かしたメアがそれよりも速いスピードで剣を振るう──が、その前に彼女の右を横切った闇の弾丸がテロリストの首魁の胸を撃ち抜いた。

 

「いや、全然隙無かったでしょ何見てたのよ貴方」

「アリス」

「余計なことしてごめんなさい。でも、ムカついたんで撃っちゃいました!」

「……今のは良い援護だったよ」

「! えへへ」

 

 いつの間にやらアリスが後方に待機させていた腕利きのスナイパー……の格好をしたネコ型の闇人形の狙撃が、敵の悪あがきを封殺したのである。

 最後の一撃を横取りされる形になったメアは振り向いてジト目を向けた後、ふっと息を吐いて微笑んだ。

 

「ありがと。だけど、あんまり無茶なことしないでね。貴方は強いけど、セイバーズの任務にはまだ慣れてないんだから」

「わかってまーす」

「それと、わかってると思うけどやりすぎないように」

「あっ、それは心配……死んでないですよねその人?」

 

 あくまでもセイバーズは治安維持の任務を受けて行動するのであり、ルール無用の喧嘩をしに来ているのではないのだと。口調こそ柔らかいがそう言ったニュアンスで掛けたメアの言葉に、アリスはたははと苦笑いを浮かべる。

 

「うん、生きてる。お疲れ様」

 

 メアは倒れ伏したテロリストの首魁の元へ用心しながらちょこんとしゃがみ込むと、白目を剥いて気絶している彼の脈を測り、生存の確認を取れたところで手錠を掛けたのだった。

 

 

 

 

 

 ──こうして、フェアリーワールド大使館を狙ったテロリストの反抗は幕を下ろした。

 

 

 占拠が完了してから一時間と経たず事件が終息したのは、何と言っても早々に現場へ駆けつけた二人の救世主のおかげだろう。

 光井メアと闇雲アリスは女神もかくやとばかりに巻き込まれた職員たちから感謝され、警察からも思わず苦笑いしてしまうほど拝み倒されたものだ。

 人から感謝されるのは、何度目になっても気分が良かった。

 

「では、我々はこれで!」

「はい、お勤めお疲れ様です」

 

 捕縛されたテロリストたちを連行するパトカーが複数台並び立つ光景は不謹慎ながら壮観であるが、世界の平和を思えばあまり見たいものではない。しかし、この世界では時折見られる光景だった。

 メアは敬礼しに来た警察官に対して丁寧にお辞儀を返すと、集まってくるマスコミや野次馬たちの視線から逃れるようにその場から踵を返していった。

 アリスはそんな周囲に対して笑顔で手を振るぐらいの手慣れた対応をしていたが、メアは彼女と違って元来そう言ったファンサービスは得意ではない。今から学校にも行かなければならないし、功労者だからとこの場に長居する気は無かった。

 

「ゆっくり行きましょうよー。授業なんて午後から間に合えばいいじゃないですか。ゲーセンとか寄って行きましょうよゲーセン」

「わがまま言わないの。アリスは高一の授業に慣れていないんだから、あんまり抜け出したら駄目だよ」

「むー……真面目だなぁメアちゃんは」

 

 今回は緊急時であった為セイバーズの嘱託隊員として任務に当たった二人だが、本分は学生であり、義父の光井明宏からも学業を優先するように言われている。

 一方でまだまだ精神的にも肉体的にも余裕綽々であろうに、早くも今日一日が終わったような顔をしているアリスをやんわりと諭しながら、メアは明保野異能学園へと進路をとった。

 

 

 ……しかし、アリスは気づいていた。

 

 その時見せた彼女の横顔が、どこか寂しそうにしていたことを。

 親友としていつか、彼女自身の口から聞いたことがあった為、アリスにはその理由に心当たりがあったのだ。

 

 

「アイツに言われたこと、気にしてる?」

 

 

 人間でも聖獣でもない化け物──テロリストの首魁からその罵声を浴びた時から、アリスにはメアの様子がいつもと変わったような気がしていた。

 彼女自身は平静を装い冷静に職務を全うしたが、それでも心のどこかに雲が掛かっているような──そんな気がした。

 

 だから、自分が彼女に代わってとどめを刺したのだ。

 親友が酷いことを言われて黙っていられなかったのもそうだが、アリスは他人の心情に敏感だった。

 

 そんな彼女の内心を知ってか知らずか、メアはアリスの目を見て微笑みを浮かべると、その頭を撫でて言う。

 

 

「大丈夫だよ、アリス。気にしてない」

「メアちゃんさ、嫌なことははっきり言った方が良いよ?」

「えー、言ってるよー」

「それと……もう同級生なんですから、事あるごとに妹扱いして撫でなくていいから」

「アリスは、難しい年頃?」

「思春期だよ! あんたもでしょ!」

「ふふっ……そうだね」

 

 

 闇雲アリスにとって光井メアの存在は憧れであり目標であり、姉のように想っている親友だった。

 

 そんな彼女との付き合いは五年近くになるが……アリスは未だ、彼女の怒った姿を見たことが無かった。

 

 今日のように軽口を窘められたり訓練や任務で危険なことをした際に、この道の先輩として叱られることはある。しかし感情的になって激怒したりだとか、物や人に当たるところも当たりそうになっている姿もアリスは見たことが無い。

 それは光井メアという少女が底抜けに穏やかで心優しい性格だからと言うのもあるのだろうが……アリスとしては何か、彼女自身の心の闇のようなものを感じずにはいられなかった。

 

 過去の経験や生い立ちから必要以上に自分だけで背負い込んだり、自罰的になっているところがある。

 そんな彼女の在り方にはアリスも何か物申したいことはあったが……その性格にシンパシーを感じている部分もある為、どの口が言うかと自嘲し中々踏み込むことができなかった。

 

 

『お二方、お待ちくだされ!』

 

 

 自分の過去の経験を顧みながら(どう言ったらいいのかなぁ……?)とアリスが悩んでいると、唐突にしゃがれた男性の声が響いた。

 聖獣(フェアリー)の扱う万能のコミュニケーション方法、テレパシーである。

 アリスとメアが後ろを振り向くと、そこには厳重な警備と共に大使館から二人を追い掛けてきたコボルド族の老人の姿があった。

 

「大使様?」

 

 今回の事件における一番の被害であり、フェアリーワールドの要人──親善大使その人だった。

 彼は呼び止めた二人に追いつくと、畏まって感謝の言葉を述べた。

 

『本日は我らの為にご足労頂き、誠に感謝します』

 

 わざわざ礼を言いに来た彼ではあるが、既にその言葉は事件終息直後から重ね重ね受け取っていたものだ。

 それでもまだ言い足りない──のも恐縮した様子からありそうだが、それ以外にも何か用件があって呼び止めてきたのだろうとアリスは察した。

 尤もそれはアリスに対してと言うよりも、メアに対するものであったが。

 

 親善大使はメアに対して深々と頭を垂れると、まるで王族に忠誠を誓う騎士のような堂に入った態度で護衛たちと共に片膝を突いたのである。

 

「あ……えあ、あのっ」

「うわっ、凄いキマッてる……結構カッコいいかも」

「か……顔を上げてください、皆さん! お礼は受け取りましたからっ」

「そうそう、この人恥ずかしい二つ名で呼ばれるのとかは平気なんですけど、ドストレートにちやほやされるのに慣れてないんですよ。愛されガールのくせに」

「アリスも、変なこと言わないで……」

 

 町の往来での奇行にあわあわと言葉を詰まらせたのがメアで、ビッシリとキメた彼らの礼儀作法に乙女心をときめかせたのがアリスである。突然迎えることとなった彼らの厳かな態度に対する二人の反応は、絶妙に対照的だった。

 コボルド族の親善大使は一頻り惜しみの無い感謝を伝えると、メアの方へ顔を上げて用件を切り出した。

 

 

『時に……姫にお伺いしたいことがあるのですが』

 

 

 その言葉が誰に対して向けられたものなのか、一瞬判断が遅れた。

 

 

「……ヒメ?」

 

「……うん、あんたは姫ってガラでしょーよ」

 

 

 メアがポカンと呆気に取られた様子で小首を傾げると、そんな彼女の様子を横目に見てアリスが合点のいった態度で手を叩く。

 今回の任務でも大使館の職員の誰かが言っていたが、光井メアの通り名には「妖精姫」というのもある。実際、彼女は周囲の者たちからそう呼ばれるに相応しい容姿を持ち、浮世離れした気品にも溢れていた。

 英雄として有名人になった今では、ネット上などでは誰が言い出したのやら「光井メア亡国のプリンセス説」などという噂も流れていたほどである。無駄に、信憑性が高く感じさせる文章も付け加えて。

 そのような理由もあってか、メアが下僕願望のある人間から面と向かって崇拝されたりすることは、アリスはこれまでに何度か見たことがあった。

 

 だが、数秒間見つめているとアリスは気づいた。

 今目の前で頭を垂れているフェアリーワールドの使者たちは、そう言った人々とは根本的に違う感情で彼女を見ているのだと。

 

 

 

『姫はいつ、我々の世界へお戻りになられるのでしょうか?』

 

 

 

 差し出がましい話を……と前置きした後、親善大使が問い掛けたその言葉に目を見開いたメアの横顔からは──どこか、テロリストの首魁に罵声を浴びせられた時と似た雰囲気を感じた気がした。



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劇場版特有の本編のおさらいパート

 登場人物が初見さんの為に3分とか3行ぐらいでざっくり説明してくれる奴です。グリッドマンユニバースでもあって満足。


 結局、メアとアリスがその日の授業に出席することができたのは昼休みを終えた午後からのことだった。

 

「今日はテキスト30ページからだったな。闇雲……の兄貴、読んでみろ」

「うっす」

 

 歴史の授業では「異世界史」の授業が行われた。

 新世代から導入されたその教科は、学園の生徒はもちろん教師陣も勉強中の点が多く、この明保野異能学園でもフェアリーワールドから特別講師を招いたりと定着を目指し、国ぐるみで推進されていた。

 実際にフェアリーワールドに行ったことがありケセドやホドから色々と話を聞いているメアとしては、自分だけ知識を先取りしていることに気まずい感情もあったが、この授業では新世代の社会情勢について学びながら、今朝の出来事から色々と思うところがあった彼女自身もまた、当事者としてかつての事件をおさらいすることとなった。

 

 

 ──世界を破滅に導く脅威として古くから活動を続けていた存在、アビス。

 

 その脅威から両世界を守る為、異世界フェアリーワールドから舞い降りた原初の大天使ダァト──T.P.エイト・オリーシュア。

 自身の失われた力を取り戻す為、はじめはこの国で異能怪盗として活動していた彼女はある時は人々に試練を与え、フェアリーワールドでは王ケテルと人間たちとの橋渡し役を担い、両世界を和平へと導いてくれた。

 

 彼女を抜きにして、新世代の来訪を語ることはできないだろう。

 

 彼女とセイバーズの活躍で両世界はアビスの脅威を打ち払い、それまで険悪だった聖獣たちとの関係が大幅に前進したのである。

 しかし微力ながら貢献した光井メアの名前も英雄の一人として教科書に記載されている為、この授業を行う時にはいつも周りから突き刺さるクラスメイトたちの視線がこそばゆいのがちょっとした悩みだった。

 

「──と、なっている」

「ご苦労。……ダァト様のところ読む時だけ、妙に感情篭った読み方してんなお前」

「はは、そんなことありますよ」

「当然だよねー」

「……ったく、この兄妹は」

 

 T.P.エイト・オリーシュアの素性は、両世界の間で行われた高度な政治的配慮によってある程度の情報が開示されている。

 その為彼女の存在は指名手配犯どころか今では英雄たちと同等以上の功労者として知られ、闇雲兄妹をはじめ彼女に強い影響を受けた者たちからも神聖視されていた。

 

 ……しかし、彼女がこの世界にとって本当に善の存在であるのか……果たして現状の扱いのままで良いのかと政府が判断しかねているという実情は、こちらも高度な政治的配慮によって厳正な緘口令が敷かれていた。

 

 メアを含む、セイバーズの一部隊員のみに知らされている情報である。闇雲アリスにはまだ知らされていないが……

 

 

 ──T.P.エイト・オリーシュアは数日前から異能怪盗として再び暗躍を始め、世界中の子供たちから異能を盗んでいる。

 

 

 原初の大天使ダァトとしての力を取り戻している彼女は、既に五年前とは比べ物にならない人数に被害を出していた。

 しかも五年前とは違い、彼女が盗んだ異能は誰一人戻ってきていないのだと言う。

 

 現在は情報を知らされた一部のメンバーが彼女の捜索に当たっているが、彼女の所在は数日前に明保野市で見つかって以来全く掴めていないとのことだ。

 

(エイトさん……貴方は一体、何を……?)

 

 メアは彼女のことを善の存在であることを、欠片も疑っていない。

 彼女は誰よりも優しく、誰よりも強い高潔な大天使だった。五年前……いや、それよりもずっと前から二つの世界を守る為に尽力し、多くの人々を救ってきた。

 メア自身も彼女がいなければ、今こうして人並みの幸福を享受することはあり得なかっただろう。彼女には生涯返しきれないほどの恩があり、憧れを抱いているメアにはその真意を図りかねていた。

 

 彼女が理由もなく子供たちを苦しめるようなことをする筈は無い。

 今この世界で暗躍を始めたのには必ず、何か大きな理由がある筈だ。

 

 

 ……心からそう考えるメアは、その事情が今世界を騒がせている「邪悪の樹」にあると見ていた。

 

 

 「邪悪の樹」とはほんの数日前──エイトが明保野市で暁月炎と会遇した夜から時を間も無くして世界各国に出現した、全高1000mに及ぶ超弩級の大樹である。

 

 フェアリーワールドの生命の源である世界樹サフィラを彷彿させる巨大な大樹であるが、かの神木と違ってその外見は寒気を催すほど禍々しく、葉っぱ一つさえ無い暗黒の木だ。

 「邪悪の樹」と言う名称も周辺の大地から根こそぎ栄養を奪っていくことから、木が出現した町の現地住民から名づけられたものである。

 

 あまりにも唐突に、複数箇所に渡って同時に出現したその大樹は、何か不吉なことが起こる前兆なのではないかと世間を動揺させていた。

 その大きさと頑丈さから、通常兵器や名立たる異能使いの力を以てしても焼却することができない為、日本では現代最強の異能使いと目される暁月炎と力動長太が救援要請を受け、フェアリーワールドの識者と共に現地へと出張していた。

 今朝のテロリスト鎮圧任務も、二人が不在だったのはその為である。

 

 

 

 

 

 

 

 ──時は少し進み、学園の放課後。

 

 今朝から慌ただしい騒動に見舞われたメアとアリスだが、この日の授業は学友と共にいつも通りの時間を過ごすことができた。

 一日の学業をこなした後は各々が所属する部活動に精を出すのが高校生の青春であるが、二人ともこの後は今朝の出動について報告書をまとめたりと、一旦セイバーズの本部に赴く予定があった。

 本来ならその類の書類提出は任務の直後に行うものなのだが、二人ともまだ学生の身分ということで本部側が融通を効かせてくれていたのだ。

 

 そういうわけで、今日の二人が歩く道は帰りも同じである。

 一足先に帰り支度を終わらせていたメアはアリスが鞄にテキストを積めている待ち時間の間、可愛らしいカーバンクルのストラップが付いたスマホからネットニュースを閲覧していた。

 

 ページを開いてすぐの見出しに出てきたのは今世界を騒がせている「邪悪の樹」についての話題であり、エゴサーチをしたいわけではないがテロリストを鎮圧した今朝のメアたちの活躍はその下の欄だった。

 

 

「あちゃー……私らの記事は下か。やっぱりみんな気になってますね、例の「邪悪の樹」。明らかに今これから何か起こりますよって感じだもん」

 

 

 メアがその記事をタップすると、遅れて帰り支度を済ませたアリスが横合いからにゅっと覗き込みながら言った。彼女のツインテールが頬に当たり、少しチクッとする。

 

「四か所とも、同時に出てきたんですよね?」

「うん。カナダ、オーストラリア、エジプト、イギリスに突然出てきたんだって。木は今のところその四カ国に一本ずつあって……カナダにはお兄ちゃんが、エジプトには長太さんが行ってる」

「そんな時だからって調子に乗らないでほしいですよねー、日本のテロリストさんたちは……」

 

 心底うんざりした様子で吐き出されたアリスの溜め息が手に当たり、メアが苦笑する。

 セイバーズ最強のエース二人が自国から離れた途端に小悪党が暴れ出すと言うのも、この国にはまだ本当の平和が訪れていないという厳しい現実である。

 ただメアとしては、暴走に至った彼らの心情自体には一定の理解があった。

 

「あの人たちも、不安だったんだと思うよ? フェアリーワールドとの交流が始まって、色々と変わろうとしてる世の中が」

 

 横並びで歩きながら校舎を出た二人は、グラウンドで部活動を行っている生徒たちの声をBGMに学園の敷地から離れていく。

 上の世代の人間や他校の生徒たちからは「フィクションから飛び出してきたみたい」と評される彼女らの明保野異能学園であるが、一歩敷地から出てみればそこはどこにでもあるような通学路だった。

 

 しかしフェアリーワールドとの交流が深まりつつある新世代の異能社会では、それまでの常識では到底考えられなかったことが起こるようになっている。

 

 突然姿を現した「邪悪の樹」の存在は海外の話ということもあってかこの国では身近な騒ぎではないものの、そう言った不可解な現象を全て聖獣(フェアリー)たちのせいだと思い込んで暴動を起こす人間はこれまでにもいたし、今朝のテロリストたちもその類いだとメアは思っていた。

 

 だからこそ、哀れみこそあれどメアは捕縛した彼らのことを憎む気にはなれない。

 未来への不安に押し潰され、冷静になれなくなるのは誰にだって起こり得ることなのだから、と。

 

「だから私たちが頑張って、そういう人たちを安心させてあげないとね」

 

 世の中に対する不安が爆発したことで、今ここにある世界を信じることができず暴力に訴えるしかなくなってしまう。それはとても悲しいことであり、メアはそう言った人々を救うこともまた、自分たちセイバーズの役目なのだと考えていた。

 そんな彼女の志を聞いたアリスが、コボルド族の親善大使たちと行った今朝のやりとりを振り返るように訊ねた。

 

「……メアちゃんって、やっぱり天使なんじゃないの?」

「? なぁにアリスまで……私はそんなに立派な人じゃないって」

 

 困ったように笑いながら、メアは本心から謙遜して言い返す。

 自分に優しくしてくれた人たちのように、自分も優しい人になりたいとは五年前から思っていた。だが、その結果自分が天使と持ち上げられるのは違う気がした。

 

 彼女にとって天使とは、そういうものではないのだ。

 

「でもお姫様なのは否定しなかったですよね? 大使様たちも、フェアリーワールドの王様の娘だって言ってた」

「……一応ね。私を娘だと、(ケテル)が言ってたのは本当だよ」

「認知してるんじゃん王様! すごっ、本当にお姫様なんだー!」

 

 『姫はいつ、我々の世界へお戻りになられるのでしょうか?』──そう訊ねられた言葉に、メアはまさに虚を突かれた気分だった。

 言葉通りの意味が籠もった「姫」という呼び名は、こちらの複雑な事情を知っている周りの者たちからも言われたことがなかった為、メアには最初、その言葉が自分に掛けられたものだとは思わなかったものだ。

 

「私としては姫って言われたの、アリスのことかと思った」

「何でよ!? 私庶民の子よ」

「ほら、フェアリーバースト使うと城作るじゃんアリス。お姫様が住んでそうな城。フェアリーランドに建ってるようなの」

「あ、ああ、うん……確かに私のフェアリーバーストはそう言うイメージでやってるけど……あっでも私が姫ならお兄ちゃん王子様か! ハッ……ガラじゃねーな」

「えー、カケル君カッコいい人だと思うけど」

 

 何よりメアは王の力の一部を持って生み出されたからと言って、本家本元の天使であるサフィラス十大天使の面々からも姫君として扱われたことはなかった。

 

 故にコボルド族の親善大使たちがこちらに向けてきた期待と崇拝の眼差しも、彼女にとっては分不相応なものとしか思えなかったのだ。

 それでも彼らの純粋な目を裏切るのが後ろめたかったのもあり、誤魔化すような言い回しをしながら逃げるようにその場を立ち去ってしまったのは、今日一番の後悔だった。

 

「あの時は「今は二つの世界を守る為に、この町を守ります」とか上手いこと言ってはぐらかしてましたけど……実際どうなんですか? 将来はフェアリーワールドに住むとか。ほら、向こうには仲の良い男の人もいるみたいですしウフフフ」

「……何その笑い方。言っておくけど、ケセドやホドとはそういう関係じゃないからね?」

「えー、そうかなー? 結構アプローチかけてきてると思ったんだけどなー。そのリボンだって、二人から貰ったんでしょ? 脈あるって」

「無い無い。このリボンは小学校の卒業祝いで貰ったものだから、そういうのじゃないよ」

「ふーん……ふーん」

 

 色々と楽しそうなことを考えている親友に対して、メアは苦笑を浮かべながらやんわりと否定する。

 彼女のポニーテールを結んでいる三色のリボン──それぞれのフォームに最適化された武器にもなるそれは、今から四年ほど前に二人の大天使からプレゼントされたものだった。

 彼らはかつて共に戦ったことのある、メアにとって掛け替えのない友人である。メアが天使の力を使えるようになってからも、二人はこの力の扱い方を忙しい時間の合間を縫って指導しに来てくれた師匠のような存在だった。

 二人とも美形──片方は滅多に兜を外さないし、もう片方も人型よりも鳥の姿でいることの方が多いが──だからか、アリスのような周りの女子からは二人との関係を面白おかしそうに勘繰られているが、実際のところそれは全てあり得ない妄想だった。

 少なくとも、メアはそう思っている。

 

「あのね、アリス……本物の天使って言うのはね、そういうのじゃないんだ」

「どういうのよ?」

 

 セイバーズ本部への帰り道を歩きながら、メアは真顔で自分が思う「天使」の在り方を語った。

 

 

「あの人たちの愛はとても大きい。だからあの人たちの愛は、いつだって世界全体に向いているんだよ」

 

 

 脳裏に浮かぶのはケセドやホドたちサフィラス十大天使の姿と、自身の惜しみない愛情を二つの世界に注いでいた原初の大天使姉妹の姿だ。

 

 彼女らは決して人間のような恋愛はしない。

 天使の愛は常に広く大きく世界全体を包み込んでいる為、個人単位を相手に向けられるものではないからだ。

 

「そうかな……? 灯さんの結婚式に来てたマルクト様と力動さんとか、結構いい感じだと思うけど」

「えっ」

「えっ?」

「……と、とにかく! 天使って言う存在は、私みたいな人がなれるものじゃないってこと!」

「うーん……」

 

 懇切丁寧に説明したつもりだが、アリスは今ひとつピンと来ていない様子である。

 何やら不思議なことを口走っていたが、そちらについてはメアの方がピンと来なかったのでお互い様というところか。マルクトと力動長太に関しては、メアが見ているところではいつも口喧嘩したり斬り合ったりしている為、彼女が勘繰るような関係には寧ろ誰よりも遠いのではないかと思っていた。

 アリスって時々よくわからないこと言うなぁ……と首を傾げながら、メアは自分が思う天使の中で最も天使らしい存在の姿を脳裏に浮かべて思った。

 

 

(……私は天使じゃないけど、少しでも貴方に近づきたいな……エイトさん……)

 

 

 再び異能怪盗に戻った彼女は今この世界で、何を思い何を為そうとしているのだろうか? 

 海外に現れた四本の「邪悪の樹」と言い、メアには今またこの世界で重大な何かが起ころうとしているように思えてならなかった。

 

 ……本当なら今すぐ自分も飛び回って、彼女の捜索なり邪悪の樹の調査なり手伝いたいところである。

 

 しかしメアは遠征に出掛ける前、義兄暁月炎から頼み事をされたばかりの身だった。

 

 

 ──俺たちがいない間、町の平和は任せたぞ、と。

 

 

 それは彼がこの町の象徴明保野タワーにて、T.P.エイト・オリーシュアとの会遇を果たした翌朝のことだった。

 その夜から間もなくして海外四カ国に出現した「邪悪の樹」の調査任務を受けた彼は、メアに対してその言葉と共に留守を託したのである。

 ……久しぶりに、彼に頭を撫でられた。不器用ながらも優しいその感触に懐かしさと喜びの気持ちが湧き上がった一方で、メアはその言葉を掛けた彼の瞳に何か、強い決意と覚悟を見たものだ。

 

「守らなくちゃ……私が」

「ん?」

「ううん、何でもない」

 

 そう言った事情もあり、今のメアには元よりフェアリーワールドへ「戻る」という選択肢は無かった。

 話が脱線してしまったが、メアは改めてアリスの質問に答えた。

 

 

「……やっぱりフェアリーワールドに「戻る」って言うのは、違うかな。いつかあっちの世界にもまた行きたいけど、私の故郷はこの町のつもりだから」

 

 

 出生のことを言えば、事実的には確かにメアの生まれ故郷はフェアリーワールドであり、天使同様世界樹サフィラということになる。

 しかし生まれた頃のメアには記憶どころか感情すら無かった為、今の「光井メア」を形成する原点はやはりこの町の光井家にあった。故に、彼女自身の認識はこの世界の住人のつもりだった。

 そう思えるようになったのは間違いなく、周りの者たちが育ててくれた確かな成長なのだろう。

 

 

 しかし……それでも今のメアの心にはまだ、自分でも上手く言語化できない感情が燻っていた。

 

 

 自分自身さえも自覚していない気持ちが、時々悪夢として夢に見ることがある。最後まで見なければ目を覚ますこともできない、深く暗い悪夢だ。

 

 それを見た日には決まって現実でも何かが起こるものであり……T.P.エイト・オリーシュアと暁月炎が戦っていたあの夜、彼女が現場に駆けつけることができなかったのも同時刻、悪夢にうなされていたからであった。

 

 

 

 

 ──そしてその悪夢を、彼女はこの日の夜も見ることとなる。

 

 

 

 



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劇場版特有のカーチェイスパート

 10話ぐらいと言いましたがもっと伸びそうです。


 その夜見た悪夢は、自分の存在が両世界の者たち全てから否定される夢だった。

 

 人間たちからは「人間のフリをした化け物」と一斉に罵られ、聖獣たちからは「天使様のフリをした紛い物」と拒絶される。

 庇ってくれる仲間は誰も居らず、知人や友人、家族さえもメアの存在を否定する。

 どこへ向かっても彼女を受け入れてくれる場所は無く、孤独な少女は果てしなく続く暗闇の世界を彷徨っていた。

 

 ──違う。メアの知っている人たちは、こんなことを言わない。

 

 それが出来の悪い悪夢であることを、メアは今この瞬間もはっきりと自覚していた。

 メアが出会った者たちは皆、優しい人ばかりだ。

 捕まえなければならない悪いことをする人も確かにいるが、それは彼らが自らの悲しい出来事や度重なる不安によって、ほんの少しだけボタンをかけ間違えてしまっただけなのだと思っている。

 だからメアはどんな人にも感情がある限り、優しい心はあるのだと頑なに信じていた。

 

 そんな彼女の思いを嘲笑うように、どこからともなく「声」が聴こえた。

 

 

『君は恐れている』

 

 

 ──違う。

 

 

『人に優しいのも、人を救うのも、君自身が周りの人たちを恐れているからだ』

 

 

 ──違う! 

 

 

『人間でも聖獣でもない自分は、せめて優しくなければ誰からも愛されないと思っている。可哀想なメア……』

 

 

 

 暗闇の夢の中でメアの前に現れたのは、現実の世界では会った覚えのない灰色の髪の少年だった。

 身長は五年前のメアと同じぐらい小さく、その姿はほとんど人間の子供のように見える。褐色の肌の、中性的な容貌の少年だ。

 しかし彼の特徴を表す二つの要素が、一目で彼の異様さを表していた。

 

 宝石のように美しい色をしているのに、一片の輝きも放たない銀色の瞳。

 そして──背中から生えている、カラスのような二枚の「黒い羽」だ。

 

 彼の羽はT.P.エイト・オリーシュアが持つ片側の羽と、同じ色をしていた。

 整った容貌と背中の羽という点だけを抜粋すれば、フェアリーワールドにいる天使のように見えるだろう。

 しかしメアは一目見た時から、彼が聖獣とは根本的に違う存在であることを理解していた。

 

 

『僕は君を理解しているよ。僕たちはあの時まで、ずっと一緒だったんだから……そうだろう? メア』

 

 

 ──……貴方は……

 

 

 灰色の髪の少年は伏し目がちになりながら、小さく息を吐く。

 メアの姿を見つめるその眼差しは、酷く悲しげに見えた。まるでこの世の全てに絶望しているかのような光の無い目は、かつてメアたちが対峙したサフィラス十大天使の王ケテルを彷彿させる。

 

 

『君は君以外の存在を買い被りすぎている。人間も聖獣も大した存在じゃない。みんな自分勝手な存在なのに、僕たちだけが否定される。今の世界に、僕たちの居場所は無いんだよ』

 

 

 ここ最近、メアの見る夢に彼が出てきたのはこれで何度目になるだろうか。

 メアは名前も知らない少年の声に対して、何故か親しみを感じていた。

 まるで彼が、「もう一人の自分自身」とでも言うような、奇妙な親しみだ。

 そんな彼がメアの心の中を代弁するように語る言葉は……受け入れたくはないが、当たっている部分があった。

 

 聖獣でも人間でもない、周りと違う自分。周囲を取り巻く者たちの優しさを感じるほど、そんな自分がここにいて良いのだろうかと──ふとした時に思うことがある。

 この五年の間で少しずつ乗り越えていったと思っていた自分自身の存在に、メアは時折どうしようもない孤独感を感じていたのだ。

 夢の中で寒さに震える幼子のように蹲り、自らの身体を抱きしめる彼女に向かって、黒い羽を持つ灰色の少年は続けた。

 

 

『君が優しいと思っている人たちだって、誰も本当の君を理解していない。ダァトだって……いや、彼女は違うか。確かにあの人だけは、唯一本物の天使と言えるだろう。でも、だからこそ……』

 

 

 やめて……と、力無く吐いたその言葉を彼は聞き入れなかった。

 

 

 

 

 

『君は決して、ダァトにはなれない』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰かが自分を呼び掛ける声が大きくなるほど、少しずつ意識が戻ってくる。

 

「メアちゃん!」

「……っ!?」

 

 やがて声がはっきり聴き取れるようになった瞬間、メアはその場から跳び上がるように立ち上がった。

 その行動にビクリと肩を震わせたのは、先ほどまで隣から彼女の名前を呼び掛けていた闇雲アリスだった。

 

「ど、どうしたのメアちゃん急に? すっごい怖い顔……」

「……え?」

 

 よほど酷い形相だったのだろう。立ち上がったメアの姿を恐る恐る窺うアリスの姿は、下級生だった頃よりもしおらしく見えた。

 そんな彼女の姿を見て、メアはハッと我に返り再びシートに座る。

 今自分は、何をするつもりだったのか……? 右手には髪から抜き取った青色のリボンが、武器化する直前の状態で握られていた。

 

「……ごめん、アリス。ちょっと寝ぼけてた……」

「そ、そう……大丈夫? 疲れてる? それとも「この人」に尾けられていたの怒ってる?」

 

 今のメアは普段のパッチリとした目つきとは異なり、どこか疲労感が滲んでいる様子だった。そんな彼女の様子を気遣うアリスの言葉に謝りながら、メアは両目のまぶたを猫のようにごしごしと擦って意識の覚醒を促した。

 

 ……どうやら自分は、人前で一瞬だけ眠ってしまったようだ。ようやく状況を認識したメアは、沸き上がってきた羞恥心にほんのりと頬を赤くしながら、アリスに「この人」と呼ばわりされた目の前の青年へと頭を下げた。

 

 

「翼さんも、すみません。せっかく会いに来てくれたのに、ぼーっとしてしまって……」

「いいよ。色々と忙しい身の上だろうし、お嬢さんの言う通り疲れが溜まってきてるんだろう。それまで疲れを感じていなかったのに急にピークが来るのは、俺も経験がある。こんな風に呼び止めておいてなんだが、今日は帰ったら早めに寝とけ」

「……はい。そうします」

 

 

 時は、フェアリーワールド大使館を狙ったテロ組織の事件を二人の少女が解決した日の翌日。

 この日の授業も無事終了した今、学園を後にした二人がいるのはとあるファミリーレストランだった。

 女子高生らしい小洒落た店ではないが、道行く人に「ファミレスと言えば?」と聞けばトップ3には名前が出てくるであろう定番の店である。

 二人が今そこにいるのは、元々下校時に外食していく予定があったからというわけではない。全ては帰り道に遭遇することになった、メアの義兄の()同僚に誘われたのがきっかけだった。

 その遭遇経緯を思い出しながら、闇雲アリスが嬉しそうに言う。

 

 

「しっかし驚きましたよー! 私たちを尾けていた変態かと思ったら、まさかあの風岡翼さんだったなんてー!」

「……俺としてはバレるとは思ってなかったんだけどな。寝不足のくせに、一体どんな感知能力してんだか……イイ蹴りも貰っちまったし」

「ええ、パンチラも喜べないえげつないハイキックでしたね」

「それな」

「やめて……やめて」

 

 くすみがかった長髪の青年の名前は「風岡翼」。五年前にメアと暁月炎、力動長太と共にフェアリーワールドの戦いに赴いた英雄の一人である。

 あの戦いの一年後、今から四年ほど前に彼はセイバーズを脱退し、元々持っていたもう一つの顔である私立探偵に専念することとなった。

 表向きの理由は「元々探偵業に専念したかったのと、聖獣たちとの和平が成ったことで自分が戦う必要性が薄れたから」というものであったが……メアを含む彼をよく知る者たちは「真の理由」が別にあることを知っている。だからこそ彼らは、彼の優秀な能力を惜しみながらも比較的円満な形でセイバーズの脱退を受け入れたのだ。

 

 そんな彼とメアが年に会う回数は、多くても年に数回か一年間全く会わないこともある。

 最後に会ったのは数ヶ月前の義姉と義兄の結婚式のことである為最近のことではあったが、その日はT.P.エイト・オリーシュアの帰還という最大のサプライズがあった為お互いに余裕が無く、今のように面と向かって話し合う機会が無かったのが記憶に新しい。

 

「ま、元気そうで良かったよ。しかし、時の流れは早いねぇ……あの小さかったメアちゃんが、随分と立派になってまあ」

「翼さんだって、まだ二十五歳でしょう。そんなこと言ってたらお父さんに怒られますよ?」

「ははっ、そいつは勘弁だな。俺だって、明宏さんにまたどやされるのはごめんだ」

 

 五年前の戦いのこともあり、年の離れた戦友二人は昔話に花を咲かせながらファミレスの一スペースで談笑する。和やかな二人の様子を見れば、つい先ほど二人の間でちょっとした行き違いがあったことなど到底想像できないだろう。

 

 彼との再会は、メアにとって思いがけない形となったものだ。

 下校中、誰かに尾行されていることに気づいたメアが咄嗟にアリスを背中で庇いながら前に立つと、その瞬間路地裏から何者かが飛び立った。

 常人では目で追えないほどのスピードで逃げ出した不審者を追い掛けると、メアはケセドフォームを駆使した壮絶なデッドヒートの結果、取り押さえる際に勢い誤って蹴りを入れてしまったのが二人の再会の一部始終である。

 遅れて合流してきたアリスからは、「先輩、やりすぎ……」と昨日の意趣返しのようなお叱りを頂いたものである。

 

 その直後に不審者の正体が風岡翼であることが判明すると、彼の提案により手近なファミレスに寄って話をすることになったのがこれまでの経緯だった。

 

 メアとしては何とも気まずい形の再会になったが、「元をと言えばコソコソストーカーみたいなことをしていた俺が悪い」と翼が先に頭を下げたことでメアも「わ、私こそやりすぎてごめんなさい!」と頭を下げ、行き違いのあった二人の和解は速やかに成立した。

 歳下が相手だろうと潔く自分の非を認める翼の姿は立派な大人のようで……しかし女子高生二人を尾行していたのは紛れもない事実である為、立会人となったアリスはどう反応すれば良いのかと困惑していたものだ。

 

 風岡翼が一つずつ奢ってくれたメロンジュースを一口飲んだ後、メアは花の咲くような笑顔で彼に問い掛けた。

 

 

「で、なんで私たちのこと尾けてたんですか?」

 

 

 その顔は同級生以下の男子どころか成人男性も見とれるほど綺麗なものだったが、見る者が見れば威圧的にも感じる笑顔だった。

 もちろん彼女は尾行されたことを怒っているわけではなく、その笑顔の裏に隠している感情は何も無かった。

 かつての戦友との再会を素直に心から喜んでいる笑顔は、しかし彼にとっては良心の呵責的に効果的だったようで、観念したように苦笑して答えた。

 

 

「……依頼でT.P.エイト・オリーシュアを追っている。彼女が闇雲アリスの異能を狙う可能性が高いと、お嬢さんの周りを張り込んでいたんだ」

「え? エイトさん? 私を? ???」

 

 

 その顔に複雑そうな感情を宿した彼の返答を受けて、薄々予想はできていたメアは「そう……」と納得する一方で、事情を知らないアリスは何がどういうことだと困惑していた。

 そんな彼女らに対して、翼は不可抗力とは言え年頃の少女二人を尾行することになった罪悪感からか洗いざらい事情を語ってくれた。

 

 彼が今、ある依頼主からエイトの捜索、または捕縛の依頼を受けていることを。

 

 これまでの犯行の傾向から彼女が現れる場所を推理した結果、そう遠くない日に闇雲アリスの元へ彼女が現れる可能性が高いということを。

 

 

 

 

 

 

「……エイトさんが異能怪盗に戻った? 闇系異能使いの子供を集中的に狙っている? ……そっか……ファンクラブ会員の間で流れてた噂は本当だったんだ……」

 

 

 翼が語ったことで初めて異能怪盗T.P.エイト・オリーシュアの暗躍を知ることとなったアリスは、少なからずショックを受けている様子だった。

 誰よりも深く、エイトに対する尊敬を声高にしていた彼女だ。彼女が再びセイバーズや警察に狙われる身の上となったと聞いたら、心中穏やかではないだろう。

 

「アイツがどういう理由でまた動き出したのかはわからないが、闇の異能使いの子供が目的ならお嬢さんのところにも来る可能性は高い。いや、既に接触しているんじゃないか? 匿っているとは思わないが」

「し、してませんよ!? いきなり家に来て一緒に海に行ったこと……はありますけど、あの時は夏でしたし」

「……マジで会ったことあるのか」

「あ」

 

 アリスの異能「闇の呪縛」は、闇に関連する異能の中でもトップクラスの力を誇る。確かにこれまでエイトに異能を盗まれた子供たちにそのような傾向があるのだとしたら、彼女をターゲットにする可能性は十分に考えられた。

 翼が問い詰めるとあっさりボロを出して「これちょっと私らヤバいかも……」と焦るアリスを見て、メアは彼女を安心させるように寄り添ってあげた。

 

「大丈夫だよアリス。翼さんも上の人たちも、エイトさんのことを信じてる。捕縛って言うのは本当に最後の手段で、エイトさんが目的を話してくれたら命令も無くなる」

「……ま、アイツが動いたってことは間違いなく何かあるんだろう。おあつらえ向きに、海外には「邪悪の樹」なんていう不気味なもんが生えてきたしな……理由次第では依頼も撤回されるかもしれない。盗んだ異能を全部持ち主に返すのは前提だが」

「……そうですか……」

「って言っても、俺たちが全力で挑んでも大人しく捕まってくれるタマじゃないけどな」

「それもそうですね!」

「急に元気になったな」

「そう考えたら寧ろこの状況、アリかも……私に会いに来てくれる? また盗まれる? 盗まれちゃう? きゃー!」

「……おいメア、大丈夫なのかこの子セイバーズで働かせて」

「アリスは頼りになる仲間だよ。……エイトさんが絡まなきゃ」

「マジかよ……」

 

 重大な事実を知ったアリスに対して、必要なら「翼さん、アリスを威圧しないで!」と庇うつもりでいたメアだが……九歳の頃からエイトをキメている親友は思っていた以上にタフなメンタルをしており、その心配は杞憂に終わった。

 

 ──しかし、アリスのところに彼女が来るかもしれないというのは、メアからしても重大な情報だった。

 



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新たな敵と意外な味方

 本編のラスボスが劇場版だけ味方してくれたりするの好き


 話を要約すると、風岡翼の目的はこの数日間T.P.エイト・オリーシュアと二人の間にコンタクトがなかったかという確認と、彼女が今後アリスの異能を狙いに来るかもしれないという警告だった。

 

 しばらくは翼自身もこの町に滞在して監視を続ける予定とのことだが……プライベートから闇雲アリスを守れる存在として一番頼れるのは、年齢が近くて通っている学校も同じメアの方だろうと彼は言う。

 翼はメアの実力を高く買っており、セイバーズという組織が彼女のことをまだ子供だからという理由で嘱託隊員として扱うのを勿体無く思っているようだ。

 それはメア自身にも思うところはあり、「義兄のように一日中働くことができればより多くの事件に関われるのに」という気持ちもあった。

 しかし理性では自分がまだ彼らとは違う未熟な子供であることを自覚している為、今の待遇に納得はしていた。尊敬する義兄からこの町の平和を任されたことも大きく、彼女にとっては強い使命感につながっていたのだ。

 

 ……だがそんな自分以上にメアは、目の前の青年が何かを焦っていることを察していた。

 

「……翼さん、一人で頑張りすぎないでね」

「生意気言うなよガキが……心配ありがとな。イイ女になるよお前は」

「ふふ」

 

 彼は既にセイバーズを脱退した身だが、メアは彼に対して戦友として、今でも変わらない仲間意識を抱いていた。

 彼が五年前のように塞ぎ込んでしまわないかと心配すると、翼は尾行用に着けていた帽子を被り直し、微笑みを浮かべながらメアの頭をポンポンと叩いた。

 

 

 

 会計を終えた三人は、それぞれの帰路につく。

 翼は一旦今回の話を依頼主に持ち帰って報告する為、アリスの周辺警護をメアに任せてその場を立ち去っていった。

 そんな彼の後ろ姿と、穏やかな視線で見送るメアの表情を見比べながら、アリスが何故か興奮気味にメアに問い詰めた。

 

「ねえねえ! メアちゃんってやっぱり、年上趣味なんですか?」

「……なんで? それと、やっぱりって何?」

「そりゃあ、アレですよ……学校じゃ見たことないもん。さっきのメアちゃんの顔」

「そうかな? そんなことないと思うけど……」

 

 風岡翼と会話していた時の、学園の男子たちに向ける表情とは明らかに違うメアの様子を見て、年頃の女子特有のラブコメセンサーが作動したのである。

 尤もそれは先に話したホドやケセドのことと同じく、まったくもって的外れな見解であったが。

 

「翼さんはそういうのじゃないよ」

「反応薄っ! つまんなーい」

 

 メアは彼女の愉快な妄想に苦笑しながら、一切照れることなく至って平常心で彼女の勘繰りを否定した。

 かつての戦友である彼のことはもちろん大切な存在だと思っているが、彼に対しては恋愛感情を抱いたことは無いし、これからも抱くことは無いだろうと確信している。

 

 それにはメア自身が元々そう言った感情に疎いのもそうだが、何より彼の方が他に、その心に強く想う女性がいることを知っていたからだ。

 

 

「それに、あの人には好きな人がいるよ」

「えっ!? 誰誰!?」

「アリスには絶対教えない」

「なんでよ!?」

 

 

 彼自身が直接口にしたことはないが、風岡翼という英雄がセイバーズを脱退した本当の理由をメアは当時から察していた。

 今彼が追い掛けている異能怪盗──彼が言うにはあくまでも「依頼を受けたから」という話だったが、たとえ依頼が無かったとしても彼は同じ行動をとっただろう。それほどの執着心である。

 

 改めて、メアは思った。

 

 

 ──本当にあの人は、人の心を盗みすぎると。

 

 

 多くの人々の異能を盗んできた彼女は、それ以上に多くの者たちから「心」を盗んできた。

 アリスも、翼も、自分も……その手口はいつだって美しさを感じるほど鮮烈なのに、自らが入り込んだ痕跡は乱雑に残したままだ。

 

 他人の心の中に無断で入り込んでおきながら、もう大丈夫だと思ったらフラッといなくなる。そんな彼女に対して、メアは──

 

 

 

「えっ」

 

 

 横並びに歩道を歩いていると、アリスが唐突にその場に立ち止まった。

 怪訝に思いメアが足を止めて振り返ると、彼女の眼差しが斜め上の方角を見つめていくのがわかった。

 

「どうしたのアリス? 急に立ち止まって」

「……あれ……」

「あれ? ──!?」

 

 彼女が指差した方向に目を向けると、メアも彼女と同じように硬直し、目を見開いた。

 そこに見えるのはこの明保野市で最も高い建築物であり、町の象徴たる「明保野タワー」だ。

 高さ200mを超すそれは、現在都市化の進んでいるこの町においても最大の高層建築物として扱われていた。

 

 

 

 ──しかしその奥には、そのタワーよりも何倍も高い……天まで届くような高さの暗黒の大樹が聳え立っていたのである。

 

 

 

「あれ……私の幻覚じゃないですよね……?」

「……うん。私にも見えてる。町のみんなにも」

 

 メアの記憶が正しければ、先ほどまでそこには何も無かった筈である。

 何の前兆も無く、高さ1000mを超す大樹が忽然と姿を現したのだ。

 異様なその光景に気づいた町の人々は騒然としながら各々の反応を見せ、ある者は悲鳴を上げ、ある者はスマホをかざしてカメラ機能を連写していた。

 しかしそれを見た誰もが、連日のニュース報道でも取り上げられている話題の木を思い浮かべたことだろう。

 

 

「……邪悪の樹……」

 

 

 その姿はまさしく、海外四か国に出現したと言う暗黒の大樹そのものだったのだ。

 件の「邪悪の樹」が日本に……それも、この明保野市に現れたのである。

 

 何の前触れも無く突然生えてきて、あそこに元々いた人たちは無事なのだろうか? 同じ不安が脳裏に過ったメアとアリスは互いに目を見合わせて頷き合うと、セイバーズの隊員として迅速な対応を行うべく現場に急行しようとした。

 

 

 ──その時だった。

 

 

「っ、メアちゃんあれっ!」

「ゲート……!? そんな……!」

 

 邪悪の樹と思われる木の周辺の空間がおもむろに歪むと、そこに直径10mはある大穴が開いたのである。

 五年前の事件を経験した者は誰もが想起するそれは──異次元につながる巨大な「ゲート」だった。

 

 そしてメアはその卓越した感知能力から、直ぐさまそのゲートの向こう側にいる「何か」の気配を感知した。

 

 

「……! 離れてください皆さんっ! 来ます……不吉な何かが、あそこから来ます!」

「メアちゃん……?」

 

 

 その気配を感知した瞬間、メアは反射的に行動を起こしていた。

 背中から八枚の羽を広げて町の空に舞い上がると、自身の姿を特に人目につきやすい橙色の戦闘形態「ホドフォーム」へと変身させる。

 

 この状況においてその判断は的確であり、メアの一際目立つ容姿は不可解な現象に混乱していた人々の意識を集め、多くの者たちを現実に引き戻すことに成功した。

 

 ──しかし、ゲートの向こう側から感じる気配の動きは、彼女の想定以上に速かった。

 

 

「あれは……」

 

 

 漆黒のゲートの中から、三つの影が姿を現す。

 はじめに見えたのは、黒い球体だった。

 隕石のような形状をした三つの球体は、次の瞬間にはピシリと亀裂が走り、その姿をゆっくりと変化させていく。球体のように見えたそれは、自らの羽でその身を包み込み、胎児のように丸まっていた異形の存在だったのだ。

 

 

「アビス……なの……?」

 

 

 その姿を視認したメアが、息を呑んで呟く。

 ゲートから現れたそれは、五年前メアたちがフェアリーワールドで戦った脅威の姿とよく似ていた。

 具体的には幼き日の風岡翼の恩人、天使ラファエルの姿を模倣した深淵のクリファ「カイツール」の分体と瓜二つだったのである。

 

 しかしかのアビスと違うのはその色と全身を形成している物質である。

 深い闇そのものを表しているように黒一色だったカイツールの分体と違い、三体の姿は全て結晶体のように透き通った定形を持っており、そしてその色は黒と白の二色が混じり合ったばかりのような「灰色」だった。

 

 

 ──迎えに行くよ、メア。

 

 

「っ!」

 

 その姿を目視した瞬間、脳裏に過った少年の声は幻聴であろうか。

 しかし、メアがその声を気にしている暇も無く、事態は動いた。

 

 ゲートから現れた灰色の異形が、カラスのような漆黒の羽を羽ばたいて町の空を旋回し始めたのである。

 

 まるで下界の獲物を探す為、水面の様子を窺って飛び回る海鳥のように。

 その行動に嫌な予感を抱いたメアは即座にケセドフォームに変身すると、不穏な動きを見せる三体の元へと急行していった。

 

「貴方たちは何者!? アビスが、またこの世界に来たの……!?」

「…………」

 

 旋回する三体の異形はメアの姿に気づくと、顔と思わしき部位を彼女の方へ向けて立ち止まる。

 こうして近くで見ると、その姿は人や天使よりも大きい。三体とも、体長は3m以上あることがわかった。

 

「な、何?」

「…………」

 

 その巨体を以てメアの姿を四方から包囲しながらじっと見つめてくる光景は不気味かつ威圧的であったが、予想に反して彼らからは深淵のクリファのような禍々しさや敵意を感じなかった。

 

 彼らはそうして数拍もの間メアの姿を観察した後、頭部と思わしき部位におもむろに口のようなパーツを浮き上がらせ、動いた。

 

 

 ──Kokyou Kaeru……

 

 

「……!? 故郷、帰る……?」

 

 声が、聴こえた。今のは間違いなく、彼らが言い放った言葉だった。

 しかしそれは、五年前に聴いたことのあるアビスの言葉とは明らかに違う。ノイズだらけで全く聞き取ることができなかったアビスの声とは異なり、メアは感覚的ではあるが何となく言っている言葉の意味がわかったのだ。

 

「貴方たちは、アビスじゃないの!?」

 

 ……この存在は、アビスとは違うのかもしれない。

 

 もしかしたら聖獣たちのように対話による意思疎通が可能なのではないかと思ったメアは、彼らに向かって懸命に呼びかけた。

 

 貴方たちは何者で、この世界へ何をしに、どこから来たのか──しかしそれに対する彼らの返答は言葉ではなく、闇色の電撃だった。

 

「ぁっ……!? ……っ、この技は、エイトさんの……」

 

 アビスに似た姿をした異形が、メアの知るT.P.エイト・オリーシュアが扱っていたのと同じ技を仕掛けてきたのである。

 メアは咄嗟に左手で抜き取った橙色のリボンを大盾に変化させて防いだが、スピードに特化したスタイルであるケセドフォームで扱う「ホドシールド」はホドフォームで扱う場合と比べて幾分精度が落ちる為、メアは威力を殺し切ることができず全身に高熱と痺れが走った。

 

「……っ、ま、待って! お願い話を聞いて!」

「…………」

 

 こちらの声に異形たちは反応を示さず、尚も電撃による攻撃を続けてくる。

 メアはその口から苦悶の声を漏らしながらも超高速で旋回して体勢を整えると、ケセドフォームから最もバランスの整った純白の姿、サフィラフォームに変身するなり右手に青色の細剣「ケセドフェンサー」を構えた。

 右手にケセドフェンサー、左手にホドシールドを携えたフル装備の構えは、人間を相手にした任務では過剰武装となる為扱ったことの無い全力の戦闘スタイルである。

 そこまでしなくては一方的にやられるだけだと判断するほどの力を、メアは異形たちから感じたのだ。

 

 ……しかし解せないのは、問答無用で攻撃を仕掛けてきたにしては彼らからは依然として敵意や悪意を感じられないことだ。

 

 彼らの動きを読むことができず、攻撃を避けるのも一苦労である。スピードに長ける反面防御力が低下する弱点があるケセドフォームを解除したのもその為だ。

 

 

「くっ……こっちの言葉は通じないの?」

 

 三体のうち二体の異形は、自らの右手を刃状に変化させて左右から踊りかかってきた。

 挟み撃ちにして繰り出してきた斬撃を左手の大盾と右手の細剣でそれぞれ捌きながら、メアは敵が繰り出す一撃の重さと、その図体に反して動きの読めない俊敏さに舌を巻く。

 

 そんな彼女の様子を尻目にして、上空から地上の様子を見回していたもう一体の異形が動き出した。

 

 

 ──Mitsuketa

 

 

「……! 待って! そっちに行っちゃ駄目っ!」

 

 メアの相手を二体に任せると、三体目の異形は漆黒の羽を羽ばたかせ、地上に向かって猛スピードで降下していったのである。

 

 向かった先は丁度、メアが飛び上がるまで歩いていたファミレス付近の通学路だった。

 

「アリス、そっちに行ったよ!」

 

 このような力を持つ存在が地上で暴れ回れば、どのような被害がもたらされることになるのかわかったものではない。

 しかし追い掛けようにもこの場に残った二体の異形がこちらに対して執拗な攻撃を続けており、足止めを受けたメアはやむなく一体の突破を許すこととなった。

 

 しかし不幸中の幸いか、あの場には自分と同じセイバーズの嘱託隊員、闇雲アリスがいる。得体の知れない異形が相手ではあるが、彼女が防衛に徹すればセイバーズの増援が来るまで自己の被害を抑えつつ、周囲の人々を逃がすことはできると信頼していた。

 

 

 ──しかし次の瞬間、戦闘中の最中も地上の様子を遠目に映していたメアは、信じがたい光景を目にすることとなる。

 

 

 

「アリスの闇の力を、食べている……?」

 

 

 まるではじめからアリスを狙っていたかのように彼女に向かって一直線に急降下していった異形は、彼女が自衛の為に作り出した闇人形たちを次々と喰らっていった(・・・・・・・)のである。

 

 腕を大きく変形させた異形はその腕で彼女の闇人形たちを乱雑に掴むと、結晶体のように透き通った自らの身体にその力を吸収していく。

 

「そんな……!」

 

 ウサギ型の闇人形が仕掛ける肉弾技も、猫型の闇人形が仕掛ける砲撃も、異形はアリスの繰り出す力の全てを無効化して自らの体内に取り込んでいる。まさに「闇」という力そのものが、彼らの養分になっているようだった。

 

 アリスが驚愕と、恐怖の感情を浮かべている。

 セイバーズ本隊員も顔負けな天才的実力を持つ彼女だが、彼女自身の体術はまだ年相応の少女であり、メアのように特別肉体が頑丈なわけでもない。

 

 通常であれば無数に繰り出した闇人形たちが彼女への接近を敵に許さないのだが、闇の力が全く通用しないとなればそれは致命的な弱点となった。

 

「アリスが……アリスが危ない……っ」

 

 異形たちの様子からは依然として敵意も殺意も感じ取ることができないが、彼女がその力の餌食になればどのような目に遭うことになるのかメアには想像がついた。

 一刻も彼女を助けに行かなければと焦燥感に掻き立てられ、メアは立ち塞がる二体の異形を討ち倒すことを決意し、ようやくその剣を振るった。

 

 しかし、親友が危ないというその感情が彼女の戦いから常の冷静さを奪っていた。

 

 故に、気づかなかった。

 

 ゲートから出てきた四体目の異形が、後方から自身を狙っていたことに。

 

「しまっ──」

 

 撃たれる──その気配を察知できた頃には既に、異形の頭部に圧縮された闇のエネルギーが解放されていた。それはアリスの猫型闇人形が放つものとは比べ物にならない威力が込められた、闇の砲弾だった。

 

「やっ……離して!」

 

 即座にホドフォームに変身し防御姿勢を取ろうとするメアだが、そんな彼女の動きは左右から二体掛かりで組み付き、体格差に物を言わせて羽交い締めにしてきた異形たちの行動によって阻害された。

 

 

 ──Kokyou Kaeru

 

 ──Omaemo Kaeru

 

 

「っっ……貴方たち……!」

 

 この二体の異形は自分たちごと巻き添えに、メアを道連れにしようとしてきたのだ。

 アビスにも深淵のクリファにも無かった、仲間との協調性。それを感じ取った瞬間、メアははっきりと理解した。理解してしまった。

 

 

 この灰色の異形たちは、アビスとは似て非なる──知性を持つ存在であることを。

 

 

 しかしその事実を受け止めたところで、四体目の異形から放たれた闇の砲弾を止める手立ては無い。

 致命傷を避ける為に、せめて心構えだけはと衝撃に備えた──その時だった。

 

 飛来してきた砲弾は、突如として横合いから割り込んできた光の砲弾によって撃ち抜かれ、相殺されていった。

 呆気に取られるように、メアの視線がその光景に囚われる。

 

 

 ──Kita

 

 ──Warerawo Ijimeni KItano?

 

 

 その瞬間、メアの身体を羽交い締めにしていた二体の異形から感じる気配が、僅かに変化したのを感じた。

 

 これまでは全く感じ取ることができなかった殺気が、彼らのもとから溢れ出すように広がり始めたのだ。

 底冷えするほど冷たく研ぎ澄まされた強い「感情」は、メアが思わず脱出しようとする力を抜いて、哀れんでしまいそうになるほどだった。

 

 メアは彼らの見つめる先に現れた、その存在の姿を確認する。

 黄昏の空から一同を見下ろしていたのは、雪景色よりも秀麗な白銀の色を持つ大天使の姿だった。

 

 

「貴方は……!」

 

 

 先ほど自身を助けてくれた光弾──それを放った予想外な人物の降臨に、メアはその目を大きく驚愕に見開いた。

 それは、メアが予想だにしていなかった人物であった。

 ツーサイドアップに束ねられた白銀色の髪は170cm以上はある身長よりもさらに長く、背中の後ろでふわりと舞っている。身に纏う純白のドレスはこの国では明らかに浮世離れした装いであったが、彼女のその髪と人間離れした美しい容貌を引き立てる上でごく自然的に見合っていた。

 

 ──そんな彼女の背中には、最高天使の証である五対十枚の羽が広がっている。

 

 

 

『……汝には我々を憎む理由がある。しかし、私の娘を巻き込まないでくれ。グレイスフィア』

 

 

 

 白銀の女性は邪悪の樹が立っているゲートの方へと振り向くと、感情の読み取りにくい声で言い放った。

 その言葉に応えるように、どこからともなく「声」が聴こえてきたのは、その時である。

 

 

 

 ──そうやって君も、アイン・ソフのように僕たちをいじめるんだね……カロン。

 

 

 

 酷く悲しげな少年の声は、彼女にも聴こえたのだろうか? メアの視線と重なったその天使──白き原初の大天使──カロンの黄金の瞳には、後悔と憐憫の色が浮かんでいた。






 因みにこの時、画面外ではエイトがハラハラドキドキしながらキレそうになって大はしゃぎしています(´・ω・`) その辺りのオリ主的舞台裏はまた後ほど


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T.P.エイト・オリーシュアを処刑せよ。

 原初の大天使カロン。

 それは、最古のサフィラス大天使ケテルが生まれる以前の時代からフェアリーワールドを守護していたと言う──フェアリーワールド創世期の神話に刻まれた伝説の大天使の名前である。

 

 そんな彼女は世界樹サフィラから生み落とされた初めての天使でもあり、古の大戦では聖龍アイン・ソフや妹の大天使ダァトと共にアビス・ゼロと戦った存在だ。

 

 大戦後はアビスによって致命的なダメージを負った世界樹サフィラを守る為、ダァトに託された力と共に自らの身体を世界樹と同化させた。以後、彼女は世界樹サフィラの「意思」として肉体を失いながらも、幾億年もの間フェアリーワールドの時を人知れず見守っていた。

 

 そんな彼女の持つ黄金の瞳はあらゆる世界、あらゆる可能性の未来を見通すと言う。

 

 五年前の戦いではアビス・ゼロがもたらす破滅の未来を予見していた彼女は二つの世界を救う為、妹のダァトと共に秘密裏に活動し、サフィラス十大天使さえも認知しないところでその運命に抗い続けていた。

 

 

 最終的にはダァト──T.P.エイト・オリーシュアの力によって世界樹の中からその意思が盗まれたことにより、カロンは彼女との融合を果たす。

 幾億年もの間離れ離れになっていた姉妹はようやく再会を果たし、共に破滅の運命を覆す為の最後の戦いに赴き、アビス・ゼロの封印に尽力した。

 

 

 ……と、ここまでが光井メアの知る原初の大天使カロンという人物である。いや、大天使の王ケテルをも上回る存在の格で言えば、もはや人物ではなく神物と指した方が正しいかもしれない。

 

 

『ボクはずっと、彼女と──姉さんと一緒に、未来を救う為に動いていたんだ』

 

 

 メアは思い出す。

 そんな彼女の情報がもたらされたのは五年前のことであり、一同に初めて顔を見せた「アビス・ゼロ」との決戦を前に、皆の前で彼女を紹介し、そこまで来てようやく自らの正体と目的を明かしたT.P.エイト・オリーシュアの言葉だった。

 

 

『姉さんは長い間ずっと、ボクにも観測できない破滅の未来と一人で戦っていた。今こうしてキミたち人間の救世主と、ケテルたちサフィラス十大天使が揃い……共に肩を並べて、魔王に挑んでいく光の未来を求めて』

『そういうことに、なった』

『姉さん』

『む……そうだ。私はこの時を待っていた』

『……いいだろう。それがダァトの願いなら、余の命を存分に使え』

『ありがとう、ケテル』

『俺たちも同じ気持ちだ。だろう? みんな』

『おうよ!』

 

 

 サフィラス十大天使の王ケテルを打ち破った直後、彼女の口から明かされた真の敵──アビス・ゼロ。

 それはかつて魔王と呼ばれ、この世を破滅させんとした原初の闇である。

 

 自分たちが本当に戦うべき存在を知ったことで、炎たちセイバーズもまた一同の結束が固まり、あの時はみんなが心を一つにして彼女のもとに集ったものだ。

 

 

『戦おう、みんな。ボクたちの未来を掴む為に』

 

 

 一同はそれまで何度も自分たちを助けてくれた彼女の言葉に力強く頷き、差し伸ばされたその手を迷うことなく取った。その際、真っ先に手を取ったのがメアだった。

 

 

 今でも鮮明に覚えている──メアの、大切な思い出だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 メアの危機に現れた白き原初の大天使カロン。

 彼女の降臨によって、状況は一気に好転した。それは彼女が肩書きに恥じない圧倒的な暴力で灰色の異形たちをねじ伏せた──わけではなく、彼女の力は究極的に、彼らとの戦闘行為そのものを否定したのである。

 

 異形たちをゲートの向こう側へ、強制的に転移することによって。

 

 彼女がおもむろに右手を振り上げた瞬間、彼女に襲い掛かろうとしていた異形も、メアを拘束していた二体の異形も。闇人形を喰らい尽くし、アリスに向かって手を伸ばしていた地上の異形もたちどころにこの町から消え去ったのである。

 

 

「これが、原初の大天使の……エイトさんのお姉さんの力……」

 

 戦うことすら許さず、一方的に敵を退けてみせたその力。

 異形たちの強制送還によって拘束が解かれたメアは、自分とは明らかに格が違う本物の天使の力に愕然とした。

 

 そんな彼女の姿を揺らぎの無い黄金の瞳で見下ろしながら、ほんの少しだけ自嘲の笑みを浮かべてカロンは口を開く。

 

『一時しのぎだ。今ので私は、力の大半を使い果たした』

 

 異形たちを送り返したゲートの側を向きながら、彼女は神妙な表情で言い放つ。

 

 

『今から落ちるから、受け止めてほしい』

 

 

 その瞬間、彼女の背中から最高天使の証たる十枚の羽が消失する。

 

 振り返って儚げな眼差しでメアの瞳を見つめ返すと、間もなくカロンは──落ちた。

 

 

 

「え」

 

 一人でぼんやりと、道端を歩くように。

 地球の重力に対して何の抵抗と見せず、彼女はこの大空から落下していったのである。

 真顔で。

 

「……えっ? えっ!?」

 

 あまりにも脈絡の無い……いや、彼女自身はちゃんと宣言したしフォローもお願いしたのだが、それまで彼女が放っていた女神然とした神聖な雰囲気との温度差に、メアは目の前の情報を処理するまで盛大に遅れを取ることとなった。

 

『ふむ……この世界の空も、いいものだ』

「落ちながら言わないでください……っ」

『すまない』

 

 思考を復帰させたメアが慌てて彼女の身柄を受け止めたのは、その高度が地面にたどり着くまで残り十メートルを切ったあたりのことだった。

 自分が墜落しかけた割にはあまりにも落ち着きすぎている様子の大天使に、メアは躊躇いがちに声を掛ける。

 

「だ、大丈夫ですか……?」

『ないすきゃっち、だ。メアは優しい』

「いや、これは優しいとかそういうのじゃないでしょ……」

 

 カロンの身体を両腕で丁寧に抱き抱えながら、メアは地上のアリスと合流するべくゆっくりと降下していく。

 

 彼女のおかげで異形たちは消え去った。しかし、彼女は「一時しのぎ」と言った。ならば今も開きっぱなしになっている異次元のゲートからは、再びあの異形たちが現れるということだ。

 

 明らかにこの世界で自然発生するものではない巨大な大樹「邪悪の樹」を視界の端に捉えながらメアは彼女に訊ねる。

 

「一体……何が起こっているんですか?」

 

 正直な心情を述べてしまうと、メアにとってカロンという女性は深い関係を仄めかされながらもほとんど会話したことの無い人物である為、距離感を計りかねていた。

 しかし今回ばかりはそうも言ってられないと、この状況について何か知っている様子の彼女に問い詰めた。

 

 彼女はその問いに目を瞑り、しばしの沈黙を置いて答える。

 

 

『彼らの名は、【グレイスフィア】。アビス・ゼロから分岐した儚き光にして、もう一つの闇だ』

 

 

 グレイスフィア──アビスとも聖獣ともない異なるその存在の名に、メアは息を呑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 闇雲アリス、風岡翼、そして闇雲カケルの三人と合流したメアは、そのままカロンと共に彼らを連れてセイバーズ本部へと赴いていった。

 

 嘱託隊員であるアリスはともかくとして、セイバーズを抜けた翼とそもそも所属歴すら無い一般人であるカケルまでもがその場に集まっていたのは、カロンいわく二人にも関係ある話だからという計らいだった。

 

 

「そっか、カケル君がアリスを助けてくれたんだ。ありがとう!」

「お、おう……ま、俺は兄貴だからな。貧弱な妹を守るのはしゃーない」

「誰が貧弱よ」

「お前、光井からも言われたのに全然身体鍛えてなかっただろ? だから敵に近づかれただけであんなにビビるんだよ」

「むぅ……ここぞとばかりマウント取ってきおってこの兄は」

「二人が無事で良かった……」

 

 

 闇雲アリスの兄である闇雲カケルがその場にいたのは、メアが二体の異形に手間取っている間、彼が妹の窮地に颯爽と駆けつけたからである。

 

 主を守る闇人間たちが粗方喰らい尽くされ、もはや万事休すかと思われたその瞬間、「オレの妹に何してる!」と叫びながら、無能力者のみが装備できる特別製のバトルスーツ「フェアリー・サイバースーツ」を纏って彼が参上したのだった。

 

 まるで日曜日の朝にやっている特撮ヒーロー番組の主人公のようだとクラスの男子たちから評判のエメラルドグリーンのスーツは、科学と親和性の高い異能「サイバーコネクト」を持つ彼の幼なじみが製作したと言うこの世に二つと無いオーダーメイド品であり、肉体を強化する機能が搭載されていた。

 

 その恩恵と日々の地道な鍛錬により鍛え上げられた技と拳は異形にも通じ、流石に倒せこそはしなかったが見事に妹の窮地を救ってみせたのである。

 そんな二人は今でこそメアの前で軽口を叩き合っているが、二人の間には仲良し兄妹として培ってきた強固な信頼を窺うことができた。

 

 

「翼さんも、ありがとうございます」

「俺はほとんど何もしてねーよ。カロン様が送り飛ばすまでにとどめを刺せなかったし、地上のMVPは俺じゃなくてこの坊主さ」

「へへっ」

「お兄ちゃん、照れすぎて気持ち悪い」

「うっせ……お前が言うな」

 

 横にいる風岡翼は町の異変に気づくとすぐに道を引き返し、苦戦中のカケルの元へ疾風と共に駆けつけてくれたようだ。

 

 彼はメアの礼に対して謙遜しながらカケルの肩をポンと叩くが、実際のところ彼は未知の敵である異形に対してあわや瞬殺とばかりに圧倒していた。

 

 かつてセイバーズ最速の名を欲しいままにしていたそのスピードで敵を翻弄し、愛銃から放つ風の弾丸で異形の急所と思わしき胸の球を徹底的に撃ち抜いていたと、彼に助けられた闇雲兄妹は語る。

 アビスのような敵をフェアリーバーストすら使わず倒しかけるその実力は、セイバーズを抜けて錆びつくどころか五年前よりも洗練されているようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 明保野市から一旦脅威が去ったのを確認したところで、セイバーズの総司令官として本部の施設に一同を出迎えた光井明宏がカロンを見て一言目に、まずはメアの義父として「娘たちを助けていただき、ありがとうございます」と頭を下げる。

 

 しかしそんな彼も『礼には及ばない。メアは私の子でもある』と淡々と返したカロンの爆弾発言には目を丸くし、どういうことだメアと目を見合わせたものだ。

 

 本当なら、その件については根掘り葉掘り問い詰めたいところだった筈であろう。

 しかし今は状況が状況である為に、セイバーズの総司令官は公人としての役目を優先した。

 

 

「皆、よく戻ってきてくれた」

 

 会議室にメアたちを集めたセイバーズの総司令光井明宏が代表し、今回の事件の重要参考人と思わしき人物、原初の大天使カロンに問い掛ける。

 

 

「単刀直入にお伺いしたい……あれはアビスなのですか?」

 

 

 その問い掛けに、会議室に集まった者たちが一様にざわつく。

 

「アビスって、もういなくなったんじゃ……」

 

 一般的な意見を呟いたのが、闇雲カケルである。

 フェアリーワールドの深淵より現れ、五年前は二つの世界に対して甚大な被害をもたらした全生命の敵アビス。

 しかし彼らとの戦いは、彼らの親玉たる原初の闇アビス・ゼロが再び次元の彼方に封印されたことで終わりを告げた。

 最大の功労者たるダァト──T.P.エイト・オリーシュアの名と共に、その事実は今や両世界に広まっている共通の認識だった。

 

 

『アビスは深淵の世界に眠ったままだ。無論、原初の闇に掛けた封印も解けていない』

 

 

 彼らの活性化自体、元々アビス・ゼロの接近によって発生したものである為、大元が鎮まったことで今は深淵のクリファを含む全てのアビスが深淵の世界に帰り、休眠状態に入ったと言う。

 すなわち、あの異形はアビスではないということだ。

 

「……うん。私も感じたけど、あれはアビスの気配じゃなかった……」

 

 メアもアビスについては、時折会いに来るサフィラス十大天使たちにも訊ねたことがある。

 再び活性化したとの報告は無く、雲海を監視していたケセドなどは『ダァト様がアビス・ゼロを封印してから、みんなビックリするほど大人しくしてるよ。まるですやすや眠る赤ちゃんみたいだった』と言っていたものだ。

 

 少なくともあの異形たちは「フェアリーワールドから現れたアビス」ではないというのが、メアの私見だった。

 

 

「グレイスフィア……だったか。カロン様は言ってましたね」

『言った』

 

 

 新たな敵、グレイスフィア。

 風岡翼がアビスとは似て非なる別の存在の名を呟くと、カロンが肯定する。

 それを、明宏が彼女に問い質す。

 

「何者なのか、教えていただきたい。あの大樹……邪悪の樹を含めて今の我々には圧倒的に情報が不足している」

『その為に、私は来た。エイトには無理を言ったが……』

 

 その件についてはやはり事情に詳しいカロンが彼らに対して情報の開示を惜しむ様子も無く、明宏の言葉に対して頼もしくそう返した。

 

 しかしほんの少しだけ申し訳なさそうな顔で呟いた「エイト」の名前に、メアも含む一同がピクリと眉を動かす。

 

 

 ──その時だった。

 

 

「し、司令! 会議中失礼します!」

「なんだ?」

 

 息を荒げながら会議室内に入り込んできたセイバーズの職員が、明宏に対して報告した。

 

 

「各支部から救援要請が……! 日本中に化け物が……灰色の化け物が現れて、子供たちを襲っていると!」

「何だと!?」

 

 

 正体不明の異形が、この明保野市だけではなく全国各地で暴れ回っている。

 先ほど彼女らのところで起こったのと同じことが、県外でも同時に発生していたのだ。

 

「すぐに出動します!」

 

 躊躇うことなく、メアが決断した。

 しかし駆け出した彼女の肩を、カロンが無表情で掴んで制止する。

 

『その必要は無い』

 

 彼女が言い放ったのは、正義感の強いメアにとってはあまりにも残酷な一言だった。

 

『汝が向かっても間に合わない』

「っ……それでも行きます! 私なら行ける……私にはその為に、羽があるんですから!」

「俺も行くぜメアちゃんよ。もうセイバーズじゃないが、これでも貴重な空飛ぶ人間だからな」

「翼さん!」

 

 一体でも並の異能使いを遥かに凌駕する戦闘能力を持っていたのがあの異形たち、グレイスフィアだ。それが複数体同時に暴れ回っているとなれば、事態は急を要する。

 彼女の言う通り今から助けに行っても町への被害は止められないかもしれないが、行かなければもっと酷いことになる筈だ。それでも自前の飛行能力で現地に急行できるメアなら、誰よりも速く助けに行くことができる。

 同じく飛行能力がある翼もそんな彼女と同意見のようであり、迷わず追従しようとする──が、メアの肩を掴むカロンの表情は揺らがなかった。

 

 

『待て』

 

 

 ただ一言、彼女は冷徹に告げた。

 メアには彼女の無機質な黄金の瞳が何を見ているのか、まったくもって理解できなかった。

 

 

「何ですか!? なんで止めるんですか!? 私じゃ……行っても無力だからですか……?」

 

 

 堪らず、大声を上げて問い掛けた。

 まるで母親の前で癇癪を起こすようなその姿は優等生のメアとしては非常に珍しい姿であり、義父である光井明宏までも目を見開いていた。

 

 この時、彼女の心は常の冷静さを失っていた。理由は幾つもある。

 

 未知の敵が各地で暴れ回っていることに対する焦り。

 大切な友達であるアリスが襲われたことへの恐怖。

 力のある自分が、困っている人たちを助けなければならないという使命感。

 

 そして自らの母を名乗る目の前の羽を失った大天使への複雑な感情諸々が、彼女の精神を掻き乱していたのだ。

 

 そんな彼女の睨むような視線を受けて、カロンはほんの僅かに申し訳なさそうに、伏目がちに告げた。

 

 

 

『……いや……各地に出現したグレイスフィアは、汝らが辿り着く前に対処するからだ。エイトが』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えっ……?」

「んん?」

「は?」

「おおー……!」

「…………」

 

 

 上から順に、それぞれメア、明宏、カケル、アリス、翼の反応である。

 理解が追いついた者、追いつかない者と受け止め方はそれぞれ十人十色であったが、この場にいる誰もがその人物に対して詳しい情報を求めていることだけは、確かだった。

 

 そんなメアたちの様子を見て一先ず皆が落ち着いてくれたと思ったのか、安堵した様子のカロンはおもむろにその場で屈み込み──いつの間にこの場にいたのやら、彼女の足元に擦り寄ってきた一匹のカーバンクルの身体を抱き抱えて言った。

 

 

『故に、汝らにはこの町を守ってほしいと──その伝言を、エイトから預かっている』

「キュッ」

 

 

 豊満な胸にカバラちゃんを抱き抱えながら、お互いにリラックスした様子で頭を撫でている姿はまさしく慈愛の女神と呼ぶべき様相である。超然的なマイペースな姿には、その場にいる誰もが「やはり、あの妹の姉だな」と思ったほどだ。

 

 しかし彼女からもたされた情報はその濃厚さに対してあまりに簡潔すぎた為、一同は心の中で一斉に頭を抱えたものだ。

 

 

 

 ──そんな一同のもとに「各地に出現した異形は全て、T.P.エイト・オリーシュアが退けた」という情報がもたらされたのは、十分後のことだった。

 

 




 本編では本筋から外れるので意図的に飛ばしていましたが、機会があったらアビス・ゼロ戦の詳細もいつかちゃんと描写したいと思っています(´・ω・`)


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幼い頃の記憶で美化されまくった弊害

アリス「会ってもっと好きになりました!」


 異能怪盗T.P.エイト・オリーシュアの活躍によって、各地の被害は奇跡的に抑えられた。

 テレポーテーションで現れた彼女が、次々に異形──「グレイスフィア」を駆逐していったのである。

 場所、距離を選ばず自由自在に転移する能力を持つ彼女はその力で縦横無尽に駆け巡り、ゲートから舞い降りたグレイスフィアの魔の手から日本のみならず世界中の子供たちも救ってみせたのだと言う。

 

 この数日間、子供たちから異能を盗んでいた彼女が、今度は未知なる敵の襲撃から子供たちを守った──その情報が一同の元へ映像付きでもたらされた時、やはり彼女は味方だったのだとメアは確信を抱いた。

 

 そして一つ、つながった話がある。

 

 アリスの時と同じように、ゲートから現れたグレイスフィアは意図して闇に纏わる異能使いの子供を優先的に狙っていたと言う。

 異能怪盗として行動を再開したエイトが狙っていたのも、同じく闇の力を持つ子供たちだった。

 それらの共通点を並び立てた瞬間、メアと翼、明宏が同じ仮説を立てた。

 

 

 T.P.エイト・オリーシュアはグレイスフィアの脅威から子供たちを遠ざける為に、先んじて彼らの異能を盗んでいたのではないか? ──と。

 

 

 エイトとグレイスフィアの狙いが闇の異能使いの子供に限定されているのだとすれば、偶然にしてはあまりにもできすぎている。

 グレイスフィア、エイトの目的、邪悪の樹……それら全てが一つに結びついているように考えるのが自然に思えた。

 もちろん、彼女に対する信頼ありきで立てた仮説ではあるが、T.P.エイト・オリーシュアという天使の性格を知る者たちからしてみればそうとしか思えなかった。

 

 その場合、彼女は異能怪盗として活動を再開する以前から、未知なる敵グレイスフィアの来訪を予見していたことになる。

 そのことも含めて真実を確かめるには彼女に直接会って聞いてみるのが最良の手段であったが、そこにはふらっと現れては何処かへと消え去ってしまう怪盗故の神出鬼没さが問題だった。

 

 しかし、今この場には誰よりもエイト──ダァトのことについて詳しい彼女の姉カロンがいた。

 

 それは一同にとって、何よりも貴重な情報源だった……のだが。

 

 

「……なあアリス、お前あの人の言ってることわかるか?」

「ぜんぜんわかんない。どうしよう……エイトさんも時々言ってること難解だったけど、カロンお姉様はもっと凄い……」

 

 彼女が語る情報の数々はいずれも両世界にとって重大な話──の筈なのだが、その内容を理解するには彼女の説明は些か難解で、独特な言い回しとテンポもあってか上手く頭に入りにくかった。

 

 

『古の大戦により、闇の中に微かな光が生まれた。一つは深淵のクリファ……そしてもう一つが、グレイスフィア。彼らは闇にして光と言えるが、正確にはそのどちらでもない灰色の存在だ』

 

 

 ……具体的にはこんな感じである。

 頭の回転が早い司令官の明宏と探偵の翼は、彼女の言葉を頭の中で自分の解釈で上手く噛み砕いている様子だったが、まだ若く社会人ほど対人経験が多くない闇雲兄妹はヒソヒソと忌憚の無い感想を述べていた。

 

 それは、彼らの同級生であるメアも同じ意見である。

 本当に申し訳ない。本当に申し訳ないのだが……カロンの説明は下手だった。それはもう、とてつもなく下手だったのだ。

 だがそれを、彼女に対して面と向かって突きつけることができる者はここにはいない。この場にいる者たちはいずれも悪徳権力者にも物怖じしない猛き精神を持つ勇敢な者たちであったが、二つの世界で最も神に近い存在──それもすこぶる善人である彼女が相手となると、一同も反応に困りながらも受け入れるしかなかったのである。

 そんな彼女を見て、メアが少しだけ頬を弛緩させる。

 

「ちょっと親近感」

「えっ?」

「私も話すのは、あまり得意じゃないから……」

「あー……時々レベル高いこと言い過ぎて、マスコミさんたち困らせることあるもんねメアちゃん。そっか、なんか既視感あると思ったらそれか」

 

 他人のことを言えないからこそ、ほっこりする気持ちがある。

 さらに言えば、わかりにくい言い回しを頭ごなしに否定せず、精一杯相手に寄り添って理解しようとしている明宏や翼の姿勢もまた、喋り方がたどたどしかった頃のメアが話している時の彼らの様子と似ているように見えた。

 幼い頃のメアを知らないアリスも、そんな二人の姿にはどこか共通点を感じたらしく、カロンに聞こえないように小声で問い掛けてきた。

 

 

「お母さん、なんだよね?」

 

 

 友人として、アリスも気になっていたのだろう。

 メア自身も彼女に対して深く問い詰めたい気持ちはあったが、原初の大天使にして世界樹サフィラの意思という、サフィラスの王ケテルとは違った意味で大きすぎる存在に対して、どう声を掛けたら良いのかわからなかったのだ。

 だからこそ、自分自身の気持ちを口に出す機会をくれた親友の問いかけにメアは感謝した。

 

「……私が天使だったら、そうなるのかな。フェアリーワールドの天使は世界樹サフィラから生まれる存在で、カロン様はその世界樹そのものみたいな存在だったから。そういうつながりになっちゃう」

「なっちゃうって……なりたくないの?」

「……わからない……」

 

 人間で言うところの遺伝子的なつながりとは違うが、天使の生誕過程で言えば世界樹のカロンと世界樹で生まれたメアの関係は、確かに親子と呼んで差し支えない。それは世界樹について特に詳しい知識を持つ理解の大天使ビナーも言っていたことである。尤も彼女含むケテル以外の大天使たちはカロンではなく、自分たちの力の起源であるダァトの方こそを母として認識しているようだったが、姉である彼女が同等以上に偉大な存在であることは間違いなかった。

 

 

「あの人のこと、まだよく知らないのもそうだけど……恐れ多すぎて、ピンと来ないのが正直な気持ち」

「なるほど……」

 

 

 例えるなら昨日、メアのことを天使の仲間だと思い込んでいる聖獣たちから「姫」と言われた時と、似たような心情である。

 決して嫌な気はしないし、それが客観的な評価だと言うのであれば誇らしく思う気持ちも確かにあるのだ。

 

 だが本当にそれでいいのかと……自分がどちら側の存在なのか、どこにいるのが本当に正しいことなのか……時が経つ度に、迷いがぶり返している自分がいた。

 

 そしてそれを贅沢な悩みだとわかっているからこそ、メアは誰にも相談することができないでいたのだ。

 

「色々複雑なんだな。身内にとんでもなく優秀な奴がいる気持ちなら、オレもわかるけど……」

「エイトさんの姪になるんだから、もっと堂々とすればいいのにねー」

「あっそうか……姉の妹の子だからそうなるのか、エイトさんから見ると」

 

 ……本当に、贅沢な悩みである。

 これを悩みだと人前で言えば、多くの者たちから怒られ、羨ましがられるだろう。

 メアは贅沢な自分に対して自嘲の笑みを浮かべながら、今も自らの先鋭的なボキャブラリーで明宏たちと情報交換を行っているカロンの姿を見た。

 

 今後はグレイスフィアという新たな敵について、必要な情報はこちらが調べるまでもなく彼女が教えてくれる筈だ。

 そしてそれに対して最適な作戦を司令官が立案し、機動部隊が対応するのがいつものセイバーズである。

 

 ……合理的に考えてみると、メアがこの場にいる必要は既に無くなっている気がした。

 アリスとカケルも、ここにいればどこよりも安全だろう。

 

 そう思ったメアは彼女の方から視線を外すと、踵を返して会議室出口の扉に手を掛けた。

 

「……ゲートの様子を見てきます。町の人たちの避難状況も気になりますし、ここは皆さんにお願いします」

「それは助かるが……いいのか?」

「いいんです。私は今、私にできることを頑張ります」

 

 高速で空を飛び回ることができる異能使いは、強力な異能使いが続々と台頭しているこの新世代においてもなお希少な存在である。暁月炎と力動長太が海外出張で離れている今、この町では光井メアただ一人だった。

 緊急事態の今、その足を無用な場所で遊ばせておくわけにはいかない。メアはそう思った。

 思い込むことにしたのだ。

 

『あ……』

 

 情報収集にはこの場にいる者たちだけで事足りると判断したメアは、逃げるように会議室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として出現して以来、明保野市に佇んでいる高さ1000メートルを超す「邪悪の樹」の姿は、出現当初の状態と比べて特に変わっていなかった。

 

 ……尤も、メア自身も本当に、自分が見に行ったところで何かが変わっているかもしれないと思っていたわけではない。

 

 カロンが快く本部へと同行し、敵の説明に時間を費やしてくれている時点で、しばらくの間この町のゲートから再び敵が現れることはないだろうというのがメアの正直な考えだった。

 町の人々の避難状況についても同じである。事件に慣れている──と言うと些か不謹慎だが、不測の事態に避難する市民たちも、彼らを誘導する者たちも皆手慣れたものであり、空から気配の動きを探ってみた限りでは逃げ遅れた者も、混乱に乗じて迷惑行為を働くような者たちも見当たらなかった。

 特にメアの助けが必要な様子はなく……有り体に言えば、彼女の行動は無駄足だった。

 

 それどころか、メアがいることで寧ろ避難の邪魔になってしまうぐらいだった。

 

 現在、学園の制服姿のまま本部を出たメアは純白の羽を広げて明保野市の空を巡回している。

 そんなメアの姿を見かけた人々は、多くの者が足を止めてこちらを注視してきたり、何人かは何故か真下の位置まで近寄ろうとしてきたものだ。

 その為、メアが良かれと思って避難誘導を手伝おうとすれば、近づけば近づくほど人の列が滞ってしまう結果となった。

 

「邪魔しちゃった……」

 

 こちらに対して手を振りながら声援を送ってくれるのは嬉しいのだが、今の状況においては不適切である。警察や他のセイバーズ隊員にも申し訳なくなったメアは、そこからも逃げるように飛び去っていった。

 

 

 

 そうして一頻り町の空からパトロールを行った末にメアが降り立ったのは、町の様子とゲートの様子──邪悪の樹の姿も一望でき、かつ避難誘導の邪魔にもならない場所として選んだ「明保野タワー」の展望テラスだった。

 

 誰もいないその場所から夜の暗闇に沈み始めた町を見渡しながら、メアは一人ぼそりと呟いた。

 

 

「メア……何してるんだろう……?」

 

 

 合理主義気取りの愚か者の自分に対して、思わず幼い頃の口調が出てしまったものだ。

 義父明宏には「自分にできることを頑張る」と偉そうなことを言っておいて、実際には何の役にも立てなかった。

 あの場に留まっていれば自分もカロンの口から有益な情報を聞くことができただろうに、自らの意思で離れてしまった己の判断を振り返り、苦笑する。

 

「メアはメア。私は私……うーん……今でもするっと出ちゃうなぁ……昔の口調」

 

 カロンの話し方を見て、思い出したことである。

 この五年間であの頃よりも大きく情緒が育ったメアは、その過程で自然と今の呼び方になった。お手本にしたのは義姉の灯の口調だ。

 しかし今みたいに、センチメンタルに浸っている時にはつい昔の口調に戻ってしまうことがある。

 

 一人称が自分の名前なのは、一般的には子供っぽいことなのだと言う。メアの知る大人らしい大人と言えば父明宏やT.P.エイト・オリーシュアの姿が思い浮かぶが、確かに彼らがそのような話し方をすることはあり得ないだろう。

 

 

『エイトは、エイト。エイトは、悪いお姉さん……』

 

 

 試しにエイトが自分のような話し方でシュンとしている様子を想像してみると、あり得なさすぎて少し吹き出しそうになったものである。

 

 ……やはりこの子供っぽい口調は、彼女のイメージとは掛け離れていると感じた。

 

 

 

「……まだまだ子供だね……私は……」

 

 

 自戒するように、そう呟く。偉大な人物たちに比べて、考え無しの自分の何と幼いことか。

 感情に振り回され、カロンのところから逃げるように飛び出してしまったのもそうだ。

 

 カロンに対する自分の、オドオドとした煮え切らない態度も。

 何よりメアは、自分のことを助けてくれた彼女に対してちゃんと礼も言えなかったことを今この場で大いに悔やんでいた。

 

「ん……」

 

 屋外から吹き抜ける風が、物理的にも精神的にもメアの頭を冷やし、三色のリボンに結ばれた黒髪を揺らしていく。

 少しずつ思考の冷静さを取り戻していったところで、メアはそろそろカロンの話が終わった頃だろうかと、本部に戻ろうと決心した。

 

「……よしっ」

 

 戦おう。

 この町の為に。愛する人たちの為に。自分自身の為にも。

 今の自分にできることは結局のところ、どこまで行っても戦うことしかないのだ。

 そう言い聞かせて自らを鼓舞したメアは、再び背中から八枚の羽を広げ、明保野タワーから飛び立とうとする──その時だった。

 

 

 

 ──それは間違いだよ、メア。

 

 

 

 

 

 

「──ッ!?」

 

 

「声」が聴こえた。

 あの異形たち、グレイスフィアと対峙していた時にも聴こえた──白昼夢のような不可思議な声だ。

 しかし、今回のそれは音声信号として、鼓膜からはっきりと聞き取ることができた声だった。

 メアはハッと目を見開き、唐突なまでに現れた背後の気配に向かって振り返る。

 

 そこには、いた。

 

 

「君は君を卑下しすぎている。彼らの為に戦うのは君の為にはならないし、あの死に損ないの天使には、君が礼を言う必要も無い」

 

 

 じっと佇みながらメアの姿を見つめていた人影は小さく、まるで幼い少年のようだった。メアと比べて頭一つ小さな身長は、五年前の彼女とほとんど同じに見える。

 髪は灰色、肌は褐色で。その顔は人形のように整っている。しかしあまりに精巧すぎて、夜空に浮かぶ月のような銀色の瞳に輝きは無く、生気を感じなかった。

 

「貴方は……っ」

 

 メアにとってその人物の姿は、今初めて目の当たりにした筈である。しかし何故か心の奥底から想起する既視感を抱いた。

 

 秋の夜風で常の冷静さを取り戻した思考でその既視感を辿ってみると、メアはそれがこの頃よく見る悪夢から来ている記憶であることに気づく。

 

 そうだ……初対面ではない。この少年とは、夢の中で何度も会っている……! 

 

 メアは警戒の眼差しで彼を見つめ返すと、そんな彼女とは対照的に灰色の少年は至って子供らしい、和やかな笑みを返して言った。

 

 

「やっと会えたね、メア。この五年間僕はずっと……ずっと君に、会いたいと思っていた!」

「……え」

 

 

 思わず毒気を抜かれるような、屈託の無い笑みだった。

 呆気に取られるメアに向かって、少年は自らの両手と背中から生えたカラスのような二枚の羽を大きく広げながら、全身でその喜びを表現する。

 

 それはいつだったかメアがアリスとショッピングモールに出掛けた時、迷子の幼子を助け、両親に引き渡した時に見たことがある──探し続けた家族をようやく見つけたかのような、安堵の笑みだった。

 戸惑うメアの姿を銀色の瞳で見据えながら、無垢な少年のように彼は名乗った。

 

 

 

「僕、グレイスフィアの堕天使! 個体名は……まだ決まっていないけど、こう言えばわかるかな?

 

 

 

       アディシェスの生まれ変わりだよ」

 

 

 

 それはかつて一つだった者たちの次元を越えた──魂をも越えた、宿命の再会だった。

 



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敗北者たち

 アディシェスの生まれ変わりと名乗る少年は、メアに対して驚くほど友好的だった。

 

 メアと話すことが何がそこまで嬉しいのだろうか、一言一句コロコロと表情を変えながら、にこやかに笑んでいる。

 背中に生えた漆黒の羽が無ければ、その姿は人間の幼子と変わりないようにさえ見えた。

 

「ふふっ、何を話そうかなー? 君は僕と、何を話したい?」

「何をって……アディシェス……? 本当に……?」

「そうだよ。正確には元、だけどね。今ここにいる僕は、彼の記憶を受け継いで生まれ変わったグレイスフィアの堕天使だ」

「グレイスフィアの、堕天使……」

「この世界では、堕ちた天使のことをそう呼ぶんだろう? なんかイイ響きだし、僕たちのことはそう呼んでほしいな」

 

 メアは彼の告げたその正体と、彼の存在から感じ取れる異様な気配に戸惑っていた。

 彼の姿は天使ダァトと同じく黒翼の天使と呼ぶのが相応しい外見であったが、彼女のような神聖な力は感じない。

 人間でもなければ天使でもなく、しかしアビスのような禍々しさも無い。

 確かにそれは、あのゲートから出てきた異形たち──グレイスフィアと同じ種類の気配だった。

 

 ──堕天使とは、言い得て妙だと思う。しかし本当に深淵のクリファアディシェスの生まれ変わりだと言うのなら、彼が「天使」を名乗るのは冒涜的と言うほかないだろう。

 

 メア自身も、あまり良い気はしなかった。

 

「そう苛立たないでよ……いいじゃん、勝手に名乗るぐらい」

「っ……心を読めるの?」

「何となくだけどね。そっち方面の力はカロンほど強くない。だけど君の心ならよくわかるよ? 前の僕が一緒にいたからかな……多分、ケセドの心も読める」

「……本当に、アディシェスなんだね」

 

 しかし、深淵のクリファ「アディシェス」は五年前に倒された筈である。

 当時のメアはその戦いに何の貢献もできなかったが、炎たちセイバーズとホドらサフィラス十大天使、そして本来の力を解放したT.P.エイト・オリーシュアの活躍によって、彼の存在は跡形も残らず消滅したと記憶していた。

 なのに、彼は生まれ変わった。生まれ変わることができた。

 それは本来、起こり得ないことである。

 

「お兄ちゃんに倒された筈なのに……どうして生まれ変われたの? それに、その姿は……」

 

 確かに彼ら深淵のクリファ含む、アビスは不死の存在である。

 何度滅ぼされようと、彼らは時間を掛ければより強くなって深淵の世界から蘇る。何よりフェアリーワールドにとって脅威たらしめていたのがその特性である。

 そしてその特性を封殺できる唯一の存在こそが、この世界の異能使いであった。

 

 即ち……暁月炎という人間の異能使いの技に打ち倒された彼は、生まれ変われる筈がないのだ。

 

 そんなメアの疑問を、尤もだとばかりに堕天使は頷く。

 

「あの時、クリファとしての僕は間違いなく死んださ。アカツキ・エンの焔は、アディシェスというクリファをアビスの輪廻から解き放った」

 

 楽しい思い出を振り返るように、声を弾ませながら語る。

 

「だけど、彼の魂は完全には消えなかった。君やケセドと一緒にいた影響なのか、それともダァトが何かしたのか……理屈はわからないけど、存在を失った彼は魂だけになって漂っていたんだ。アビス・ゼロがいた次元の彼方とはまた違う、虚無の世界に」

「虚無の世界?」

「文字通り、空っぽな世界だよ。君たちが想像する死後の世界みたいな、そんな場所さ」

 

 魂の概念は未だ、人間の世界では解明されていない。

 しかしそれを当たり前の事実のように前提として語られた言葉に、メアは奇妙な説得力を感じた。

 それはアディシェスたちアビスが、そもそも実体を持たない謎多き不定形な存在だからこそ、完全に否定することができなかったからだ。

 

 

「そこで彼の魂は拾われ、祝福された。かつて聖龍からもアビス・ゼロからも存在を否定された、灰色の球体(スフィア)──グレイスフィアにね」

 

 

 原初の大天使カロンが語っていた存在の名前が、少年の口から出てくる。

 彼はおもむろにメアの隣に立って身を乗り出すと、この明保野タワーのテラスから見える邪悪の樹と、夜空に広がる漆黒のゲートを崇拝の眼差しで見つめた。

 

「グレイスフィアはアディシェスの魂に、新しい肉体を与えてくれた。グレイスフィアは……そうだね。聖龍アイン・ソフに匹敵する、神様みたいな存在なんだよ」

「……その神様が、貴方を生まれ変わらせた」

 

 カロンの言い分ではグレイスフィアとはあの異形たちのことを指しているニュアンスであったが、彼の語るグレイスフィアとは勢力の名ではなく、唯一の個体を指しているようだった。

 

 それは聖獣にとっての聖龍アイン・ソフであり。

 アビスにとっての原初の闇アビス・ゼロのような。

 

 その認識で概ね合っているのだろう。グレイスフィアの堕天使を名乗るアディシェスの生まれ変わりは、メアの思考を読んで推察を肯定した。

 

「そういうこと。何なら今見せてあげようか? ほら、屈んで屈んで!」

 

 (見せる……? そもそも見せられるものなの……?)と思ったのも束の間、堕天使はずいっとメアの胸元近くまで詰め寄ると、上目遣いに捲し立ててきた。

 まるで母親の手を引っ張る幼児のような無邪気さに気圧されると、メアは思わず流されるまま、その要求に従ってしまった。

 

「えっ……あ……こう?」

「うん! そのまま、そのまま」

 

 押しの強い相手には、時々流されやすいところがある──とは友人のアリスからも言われたことがある。

 メアは両膝に手を当てながら前屈みになると、近くに寄ってきた灰色の堕天使の表情を窺う。

 それは頭一つ分の身長差がある少年に対して、至近距離から目線を合わせる体勢になった。

 

 すると、彼はイタズラっぽい笑みを浮かべながらメアの顔へさらに迫り──その額を、コツンと突き合わせた。

 

 

「──ッ」

 

 

 ──瞬間、メアの脳裏に見知らぬビジョンが映し出される。

 

 

 

 

 それは、巨影だった。

 

 

 この明保野タワーどころか邪悪の樹よりも遥かに大きな、巨大な影。

 光も闇も無い完全なる「無」の中で、その球体(スフィア)はゆっくりと回り続けている。

 その色は美しくも一片の輝きも感じない──丁度目の前に立つ少年の瞳のような色をしていた。

 

 

「……今のが、グレイスフィア?」

「名前通りの姿だろう? まるで、灰色の月のような」

 

 

 ハッと意識を復帰させたメアが、イタズラの成功を喜ぶようにくつくつと笑う堕天使の姿を見つめる。

 

 そうだ……まさしくそれは、灰色の球体(Grey Sphere)と呼ぶのが相応しい姿だった。

 見た目からは意思を持った生き物には思えない、無機質で巨大すぎる姿。それは神様と呼ぶより「星」と呼ぶ方が見合っているように思えた。

 だがこの身に走った悪寒は、天体観測で感じるようなものではない。

 メアたちはそれとよく似た姿をしていて、何よりも恐ろしい存在をかつて一度だけ、見たことがあったのだ。

 

「アビス・ゼロに、似ていた……」

「ふふっ、驚いた? アビス・ゼロとグレイスフィアは元々一つの存在だった、言わば親子みたいな関係だからね。姿はよく似ているさ」

「親子?」

 

 セイバーズとサフィラス十大天使が総力を集めて挑み、それでも封印措置を施すので精一杯だった滅びの魔王。原初の闇と呼ばれたアビス・ゼロの姿と、その姿はあまりに酷似していたのである。

 グレイスフィアが灰色の月ならば、かの存在は暗黒の太陽だった。その脅威を思い出し、メアは震える腕で思わず自らの肩を抱き締めた。

 

 そんなメアの様子を見て何を思ったのか、灰色の少年は元気付けるような明るい声で言った。

 

「だけどグレイスフィアは、アビス・ゼロと違ってとても優しいんだ! この姿だって、アディシェスの意思を汲んで与えてくれたんだよ?」

 

 メアの前で両手を広げながら、くるりとターンを決めて己の姿を見せびらかす。

 その時になってようやく意識が向いたが、彼の着ている衣装が見知った人物に影響されたものであることに気づいた。

 

「ね! ダァトに似て、とてもカッコいいだろう?」

 

 紳士的な黒い燕尾服のようなブレザーに、ロイヤルブルーの差し色が入ったデザインだ。

 下に穿いているのはロングスカートではなく少年的なパンツルックではあるものの、その衣装から受ける全体的なイメージは原初の大天使ダァトことT.P.エイト・オリーシュアが愛着している怪盗衣装と似ていた。

 

「彼女ともっとお揃いの姿になるように、いっそ女の子にしてもらおうかなぁとも思ったんだけど……アディシェスは男の子寄りの性格だったからねー」

 

 思えば、衣装だけではない。彼がテレパシーではなく人間の言葉を話しているのも、知性的な大人っぽい喋り方をしているのも彼女の影響に見えた。

 アビスである深淵のクリファの生まれ変わりだと言うのに、敵対勢力である聖獣(フェアリー)──エイトという天使のことを強くリスペクトしている様子を、メアは不思議に思い問い掛ける。

 

 

「……好きなの? エイトさんのこと」

「うん、大好き! アディシェスの頃から大好きだったんだけど、今はアビスじゃなくなったおかげでもっと好きになったんだ!」

「そう、なんだ……」

 

 

 彼女に対する気持ちを包み隠さず明かしたその言葉に、メアは戸惑いながらも思わず口元が綻ばせた。

 メアは、その表情を浮かべる者たちのことを知っている。彼女に助けられたことのある子供たちは、皆して同じ顔で、嬉しそうに笑うのだ。

 それこそ友人のアリスのような屈託の無い笑顔は、エイトが大好きと吐いた言葉が偽りの無い真実であることを物語っていた。

 

 

 ……こんなにも彼女のことを想えるほど心豊かな存在ならば、今回の件も対話による解決ができるかもしれない。

 

 

 新たな敵、グレイスフィア。

 その存在に対してもっと理解したいと思ったメアは、今のところこちらに対して全く敵意を向けていない少年に対して、踏み込んで話し合うべきだと感じた。

 アディシェスの生まれ変わりだと言う彼だが、その事実が信じられないほどに今の彼は穏やかに見える。

 彼の方もまた、こちらの感情が警戒から興味に変わったのを感じたのだろう。灰色の堕天使はその黒い羽でふわりと空に舞い上がると、輝く月を背にしながらメアの姿を見下ろして言った。

 

 

「僕は君のことも好きだから、僕たちのことを特別に、色々教えてあげるよ。僕ならカロンより、ずっと上手く話せるし!」

 

 

 その言葉はこの状況において、渡りに船であった。

 しかし付け加えるような最後の一言に隠しきれないトゲを感じたメアは、首を傾げて訊ねた。

 

 

「さっきからなんでそんなに……あの人に当たりキツいの?」

 

 

 カロンのことである。

 同じ原初の大天使であるダァトに対しては迷うことなく大好きだと語っていながら、その姉に対して放つ言葉が先ほどからどうにも辛辣に聞こえる。

 そんなメアの問いに掛けに、彼はしばし考え込むように「むー……」と唇を締めて唸ると、プイッと顔を背けながら答えた。

 

 

「だって……嫌いだから。僕たちからダァトを奪ったのがムカつくんだよ」

 

 

 予想外な言い分にメアは、目を丸くする。

 そしてその意味を理解するまでの間を置いた後で、溜め息交じりに返した。

 

「奪ったって……カロン様はエイトさんのお姉さんでしょ」

「違うよ。ダァトは僕たちのものだ」

「……貴方、嫉妬してる?」

「! そうか、これが嫉妬という感情か! ふふっ、そっか……だから僕は、アイツのこと嫌いなんだ」

 

 本当に幼い子供のようなその素振りも含めて、彼が彼女に対して抱いている感情は実にわかりやすかった。

 しかし彼自身はその気持ちの正体に今初めて気づいた様子であり、今度は彼の方が目を丸くし、笑っていた。

 

 

「……アディシェス、か……」

 

 

 その様子を見ると、つくづく彼の正体が深淵のクリファの生まれ変わりであることが信じられなかった。

 エイトのことが大好きで独占したがる、世界中どこにでもいる男の子のようだ。

 

 しかしそんな彼が笑みを消すと一転して──周囲の温度が急激に冷えたような、肌寒さを感じた。

 

 

 

「夜空を散歩しながら、昔話をしようか。まだサフィラス十大天使も生まれていなかった、神の時代の話だ」

 

 

 

 そう言って少年は手を差し伸ばし、メアを秋の夜空に連れ出していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──昔々、この世界とは違う聖獣たちの世界で、大きな戦争がありました。

 

 

 

 

 雲海の深き底から、恐怖の魔王が現れたのです。

 魔王は十体の怪物を引き連れ、聖獣(フェアリー)たちの住む天界に来訪しました。ありとあらゆるものを消し去るその力で何の躊躇いも無く破壊の限りを尽くす魔王の存在は、生物と言うよりも逃れられない現象と言った方が良いものでした。

 

 魔王はその力で天界中の聖獣たちを恐怖に陥れ──長き時を戦い続けた果てに、最後は敗れ去りました。

 

 聖獣たちの守護者である聖龍アイン・ソフと原初の大天使たちの活躍によって、魔王アビス・ゼロは次元の彼方へと放逐されたのです。

 彼が置き土産として残していった怪物たちは、一部の間で個々に意思を持ち始め、聖獣たちから「深淵のクリファ」という名で呼ばれるようになりました。

 

 

 ──しかし、意思を持ち始めたのは、クリファだけではありませんでした。

 

 

 聖龍アイン・ソフの力で封印され、次元の彼方へ放逐される一瞬の間際──彼らの大元である原初の闇、アビス・ゼロもまた、長きに渡る戦いの中で意思──「心」が芽生え始めていたのです。そのことに気づいていたのは、聖獣たちの陣営ではダァトただ一人でした。

 

 

 アビス・ゼロは自らに生まれたその異変に、酷く戸惑いました。

 本来持つ筈の無かった、「心」という疾患。絶対的な闇そのものとして存在していた彼にとって、自分自身に生まれたほんの小さな光は、到底受け入れられない苦痛として彼に襲い掛かってきたのです。

 

 どうして自分は苦しんでいるのか。

 

 どうして自分がここにいるのか。

 

 聖獣たちの影響を受けた彼は、その時初めて彼らのような「生きた」存在になろうとしていたのかもしれません。

 しかし、彼はその祝福を拒絶しました。

 

 

 こんなものは要らない──と、彼は自らの変化を拒み、その心を自身から「球体(スフィア)」の形に切り捨てたのです。

 

 

 大いなる闇に生まれた、ほんの僅かな光。

 放逐されゆく彼の元から切り離されたその球体は、深淵の陣営たちとは似て非なる独立した存在として活動を続けていました。

 

 

 虚無の世界に存在する白でも黒でもない──灰色の星となって。

 

 

 




そろそろオリ主の出番です


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歌が聴こえる

 二人で飛び出した夜空の散歩は、心地良さを感じるほど穏やかな時間だった。

 

 尤も、今この町が鈴虫の鳴く音しか聴こえない静寂に包まれているのは、既に大勢の人々が街道から避難していたからである。

 しかし、元来人混みが苦手なメアとしては日中と違って周りの目を気にする必要も無く、目の前の少年の様子だけを注視していればいい状況は、不謹慎ではあるがある程度気楽に感じていた。

 もちろん、だからと言ってメアはアディシェスの生まれ変わりを名乗る目の前の堕天使に対して、完全に警戒は解いていない。

 彼が自分に対して敵意がないことはこれまでのやり取りから悟っていたが、依然として彼の真意は不明のままだからだ。

 

 彼が夜空を飛び回りながら語った「昔話」の内容から、「グレイスフィア」という存在については概ね理解した。

 それは言わば、アビス・ゼロから切り離された良心のような存在であることも。

 

 だがそれでも、それを理解してなお、彼らが起こした行動には不審な点が見受けられたのだ。

 

「グレイスフィアがあの灰色の球なら、あの異形たちは何? アレも、深淵のクリファの生まれ変わりなの?」

「あの子たちは、グレイスフィア自身がこの世界に送り込んだ端末だね。天の使いという意味で言えばアレも天使みたいな存在になるけど、僕のように独立した意思は持っていないから……うん、偵察機みたいなものだよ」

「偵察機……」

 

 一頻り町の空を飛び回って満足したのか、堕天使は街灯が照らす路上へ着地すると、明保野市の街並みを興味深そうな眼差しで見回していく。

 

 そんな彼を追い掛けるメアは、着地の際にふわりと舞い上がったスカートの裾を片手で押さえながら、今も胸に残る疑問を彼に対し徹底的に問い詰めていった。

 

「その仕草、ダァトに似てるね!」

「……なんで、アリスたちを襲ったの?」

「グレイスフィアが、あの子たちの力を欲しがっているんだ。正確には、ダァトの力だけど……僕がグレイスフィアにダァトのことを話したら、彼が興味を持ってね」

「グレイスフィアは、エイトさんを狙っているの?」

「うん、彼はダァトのことを食べたいと思っている」

「っ……どうして?」

「彼女の力を食らえば、今よりさらに高次元の存在になれると思ったんだろうね……だけど、彼もダァトのこと大好きだから、彼女を殺したくはなかった」

「…………」

 

 グレイスフィアにとって、黒き羽の大天使ダァトは世界で唯一、アビス・ゼロから分岐した自分の存在に気づいてくれた存在だと言う。

 そんな彼女のことはアビス・ゼロに切り離された古の頃から覚えており、特別な感情を抱いているのだと少年は語った。

 

 思えばアディシェスの魂を拾ってくれたのも、ダァトという同じ女性を愛した彼に対して何か、強いシンパシーを感じたからなのだとも。

 

「だからグレイスフィアは彼女の代わりに、彼女の力を受け継いだ闇の異能使いたちで妥協したんじゃないかな? 特にまだ人間の異能として最適化されていない子供たちの力は、ダァトの性質によく似ているからね。まあ、その狙いも彼女に阻まれたんだけど」

「そっか……だから、エイトさんは……」

 

 妥協──という言い方は何とも引っ掛かるが、おかげでメアは理解することができた。

 T.P.エイト・オリーシュアが再び異能怪盗として暗躍を始めたのは、やはりグレイスフィアの矛先を子供たちから逸らす為だったのだ。

 安堵するメアに対して、灰色の少年は嬉しそうに語る。

 

「彼女の判断は的確だったよ。彼女によって大勢の子供たちが普通の人間にされたおかげで、グレイスフィアは獲物を見つけることが困難になってしまった。……本当に、誰も殺されなくて良かったよ」

 

 エイトが子供たちから闇の力を回収したことで、彼らはグレイスフィアの標的から外れた。

 彼女が如何様にしてグレイスフィアの来訪を予見したのかはわからないが、それはまさしく彼の出鼻を挫く行動だったと堕天使は言った。

 しかし、その口ぶりは彼自身もホッとしているようで……彼にとっても子供たちを襲うのは本意でなかった様子に見えた。

 

「貴方は襲わないの?」

「うん、襲わない。僕はダァトや君に嫌われたくないからね。子供を襲ったら、君たちはいっぱい悲しむでしょ?」

「貴方……」

 

 シンプルかつ簡潔な理由には、強い説得力がある。

 確かにダァトを食べたくないからと言ってその代わりに子供たちを狙えば、T.P.エイト・オリーシュアは誰よりもそれを悲しむだろう。

 そこまでわかっているということは、目の前の堕天使が人並みの倫理観を持っており、自分だけではなく他人の感情も理解している何よりの証だった。

 

 そんな彼は夜空に手を伸ばして仰ぎ見た後、振り返ってメアの目を見つめて言う。

 

「僕は君に、ずっと会いたかった……グレイスフィアの元で生まれ変わってから、僕はアビス・ゼロに歪められたものではなく、真っさらな心を手に入れた。君やダァトに会えば、この心をもっと理解できると思った」

「……私?」

「うん。君は僕とよく似ているから。人間でも聖獣でもないのに、心を持っている。エイトのことが大好きで……彼女のようになりたがっているところもね」

「…………」

 

 だから、彼はメアにコンタクトを取ってきたのだ。

 グレイスフィアから生まれた堕天使である今の彼は、アビスでも聖獣でも、もちろん人間でもない。

 そんな彼は自分と似たどっちつかずの立場であり、人間でも聖獣でもないメアという存在に興味を抱いたのだと言う。

 アディシェスだった頃にも縁のある彼女にはかつての記憶からも思い入れがあり、一方的な仲間意識を感じていたのだ。

 

 

 メアにはそれが──不思議と、悪い気はしなかった。

 

 

「……だから会いに来たの? 夢の中で、私に語りかけてたのも」

「そうだよ。君となら仲良くなれるって、ずっと思っていたんだ!」

 

 

 見た目相応の屈託の無い笑みを浮かべながら、灰色の堕天使は真っ向から好意を示してくる。

 しかしその数秒後、夜空に浮かぶ漆黒のゲートを視界に映すと彼は一転してその表情を曇らせた。

 バツの悪そうな、気不味げな顔で言葉を続ける。

 

「……それと、君を通してセイバーズと交渉したがっているんだ。僕の神様、グレイスフィアが」

「交渉?」

 

 彼からしたら、こっちの方が本題だったんだけどね……と前置きしながら、堕天使は告げる。

 

 

「僕たちと一緒に戦ってほしい。聖獣……聖龍の眷属たちから、フェアリーワールドを取り戻したいんだ」

 

 

 それが灰色の神グレイスフィアの使者として告げた、彼の用件だった。

 その言葉にメアは目を見開き、聞き間違えであることを祈りながら彼に問い返した。

 

「戦ってほしいって……私たちにまた、聖獣たちと戦えってこと?」

「うん。それが、グレイスフィアからの要求だ。アビス・ゼロが眠りについた今、彼は帰りたがっているんだよ……かつて追放された遠き故郷、フェアリーワールドに」

 

 灰色の堕天使が寂しそうな目をして語った言葉に、メアは思い出す。

 あの異形たち──グレイスフィアの端末と戦った時に感じた、アビスや深淵のクリファには無かった気配を。

 嘆くように吐き出された、彼らの悲しげな言葉を。

 

 

 コキョウ、カエル──と、そう聴こえた彼らの言葉は、そのままの意味だったのだ。

 

 

「……だから、あんなに寂しそうだったんだ……」

 

 

 攻撃を仕掛けてきているのに、敵意や殺気を感じなかったわけである。あの異形たちから発せられた感情の正体とは、幾億年も昔に遠ざかった故郷、フェアリーワールドに対する郷愁だったのだ。

 

 目的を理解したその瞬間、メアの思考に浮かんだのは彼に対する哀れみの感情だった。

 

 

 ……あんな何も無い世界で、あの子は何億年もずっと、ひとりぼっちでいる。

 

 

 感情も意思も持たないアビス・ゼロと違って、心を持ったグレイスフィアにとってそれがどれほどの拷問だったのかは想像すらつかない。

 そんな彼が今、アビス・ゼロが封印されたことで故郷へ帰りたいと思っているのならば、メアもまた彼を手伝ってあげたいという同情心を抱いていた。

 彼が見せてくれた虚無の世界と、そこに佇むグレイスフィアの姿には何か感傷を抱かずにはいられなかったのである。

 

「アビス・ゼロを追い払ってくれた君たちのことを、グレイスフィアはとても感謝していたよ。数億年もの時を待ち続け、遂にこの時が訪れたのだと」

 

 グレイスフィアの望みはただ一つ、フェアリーワールドへの帰還だ。

 メアたちセイバーズにはそれに協力してもらいたいと、彼への恩返しを望む堕天使は、その小さな手を差し出して言った。

 

 

「一緒に行こう、メア。人間でも聖獣でもない君は、こっちに来るべき存在だ。……似ているものは決して、同じものにはなれないのだから」

 

 

 そして、彼の目に虚無が宿る。

 

 

 

「世界樹サフィラを葬り去り、何者でもない僕たちこそがフェアリーワールドを支配するんだよ」

「……っ」

 

 

 今にもどこかへ消えていきそうな儚い笑みを浮かべ、灰色の堕天使が銀色の瞳でメアの目を見つめる。

 

 メアはそんな彼の笑みの底に隠された薄暗い感情を知覚し、思わず言葉を失った。

 それは彼がこれまでに見せてきた普通の子供のような無邪気な態度からは、あまりにも掛け離れていたからだ。

 

 

 ──数拍の沈黙が、二人の立つ夜の街道を包み込んでいく。

 

 

 その沈黙を破ったのはメアでも、灰色の堕天使でもなかった。

 

 

 

 

「そいつは、聞き捨てならねぇな」

 

 唐突に、後方から男性の声が聞こえた。

 

 聞き馴染みのあるその声を受けて、メアはハッと息を呑んで目を向ける。目の前の少年に集中していた為に気づかなかったが、今まで二人の会話を盗み聞きしながら出てくるタイミングを見計らっていたのだろう。

 路地裏から姿を現した長髪の青年の姿に、メアは驚き灰色の堕天使が露骨に不機嫌そうな顔を浮かべた。

 

「翼さん!」

「話は聞かせてもらった。随分と、複雑な事情があるようだな」

「カザオカ・ツバサ……ビナーの手駒に成り下がった、哀れな人間か」

「手駒じゃねぇよ。彼女は今の俺のお得意様だが、上司でもなんでもねぇ」

「そうかな? ダァトに似た顔をしている彼女の依頼を受けるのは、内心楽しんでいるんじゃないの?」

「ビナー様は大変魅力的な女性だが、そういう目で見たことはねぇな。考えたことも無かった」

「……僕、君は嫌いだな」

「奇遇だね、俺もお前が嫌いだ」

 

 青年──風岡翼はその鋭い眼光で、少年の姿を油断なく見据えている。

 飄々とした言葉遣いとは裏腹に、険しい表情にははっきりと警戒心が浮かんでいた。

 

 そんな彼はメアの姿を一瞥した後、深く溜め息を吐いて語り出す。

 

「堕天使さんよ、お前が気に入っているこのお嬢さんは、確かに昔の俺でも放っておかないだろう心優しい美少女だ。

 

 ……だけどコイツは、誰に似たのか意外に流されやすいところがあってな……いつかその内、悪い男に騙されるんじゃないかと何度か炎の野郎から相談されたこともあるぐらいだ」

「翼さん!?」

「って言うか先月飲みに行った時散々愚痴られたわ。その時は俺も過保護すぎだろと呆れていたが……こればっかりはアイツが正しかったな」

「えっ……ええ……」

 

 えっお兄ちゃんそんなこと相談してたの……? とメアが自分の与り知らぬところで行われていた義兄たちの飲み会会議に衝撃を受けたのも束の間、翼はそんな彼女を他所に置きながら言葉を続ける。

 

 メアの視線を遮るように前に出てきた頼もしい背中は、セイバーズにいた頃の彼と変わっていない。

 そんな彼は言葉は無いが、経験の浅い彼女に代わって「この場は自分が預かる」という言っているかのようだった。

 

「まさに今、その時が来ちまったようだ。アディシェス、俺たちの仲間を誑かすのはやめてもらおうか」

「誑かす? それは人聞きが悪いね。僕は何一つ嘘を吐いていない。グレイスフィアがただ故郷に帰りたがっているだけなのも、僕たちが「心」を持っているのも全て本当のことだ。だからこうして、彼女と交渉に来た」

「交渉、ねぇ……」

 

 ハッと笑い飛ばすような声を吐きながら、翼は少年から視線を外す。

 その目はこの町に現れた二つの異変、邪悪の樹とゲートの姿に向けられていた。

 

 

「なら俺たちがその要求を受けなかったら、グレイスフィアとやらはどうするつもりなんだ?」

 

 

 グレイスフィアが望むセイバーズへの協力とは、フェアリーワールドの生命の源である世界樹サフィラを消し去ることだ。

 それはフェアリーワールドを滅ぼすのと同義であり、そんなことに加担すれば聖獣たちとの全面戦争は避けられない。

 故に、彼の要求は到底受け入れられる話ではなかった。

 

「受け入れてよ。君たちにとっても悪い話じゃないよ? 昔は人間に勝ち目なんて無かったけど、今は君たちのような強い異能使いがいる。グレイスフィアと協力すれば、サフィラス十大天使だって倒せるさ」

「生憎、今のところあちらの世界とは友好関係を結んでいるんでね。俺は政治家じゃねぇが、そんな提案に乗るのはよほどの馬鹿しかいないことはわかる」

「……そっか……メアもそう思う?」

 

 ……もちろん、メアも翼と同意見である。

 

 再びフェアリーワールドを敵に回すことなど想像したくもないし、かつてはそれを回避する為に命懸けの冒険をしてきたのが、彼女らセイバーズである。

 結論から言えば、たとえ天地がひっくり帰ろうとその交渉に付き合うことはできなかった。

 

 しかし……それでも話し合う余地はある筈だと考え、メアが問い掛ける。

 

 

「グレイスフィアが帰る為に、どうして戦う必要があるの?」

「……そうしなきゃ、彼はあの世界で生きられないからだよ。君たちにとってアビスが毒だったように、グレイスフィアにとって世界樹は相容れない猛毒なんだ。焼き払わなければ、あの世界に彼の居場所は無い」

 

 

 グレイスフィアが帰還する方法として、対話による解決を図るのであれば考慮の余地はあった筈だ。

 しかし彼がその手を選ばないことを、風岡翼はメアよりも豊富な対人経験から感じ取っていたのだろう。何より今回の場合は、この人間世界に現れた邪悪の樹の存在が不穏に過ぎた。

 

 

 その不吉な予感は──的中した。

 

 

「君たちが受け入れなかった場合は、仕方ない。

 

 グレイスフィアは、フェアリーワールドの前にこの世界を喰らうことになる。世界中にばら撒かれた邪悪の樹が、この星から力を吸い尽くすことになるだろう」

 

 

 彼が口にしたグレイスフィアの要求は、「協力しなければこの世界を破滅させる」という──事実上の脅迫だった。

 

 

 ならば話は早いと、堕天使の言葉を始めから想定していたように、翼が返した。

 

「持ち帰って相談するまでもねぇ。そんな要求、誰が呑むか」

「翼さん……」

 

 今の風岡翼はセイバーズを脱退した身であるが、その言葉は誰よりも雄弁だった。

 メアは彼の表情に隠された心情を知覚し、息を呑む。

 

 フェアリーワールドは彼にとっても恩人の故郷として、大切に想っている世界である。その世界に刃を向けることはできないし、もちろん、この世界が邪悪の樹に喰らい尽くされるのを粛々と待っている気も無かった。

 

 そんな彼の睨むような眼差しを受けて、灰色の堕天使が呟く。

 

「……カザオカ・ツバサ、悲しいね」

「なに?」

「君は既に、本当に守りたかったものを失っていると言うのに……」

「っ、黙れ!」

 

 グレイスフィアと敵対する判断を哀む堕天使は、何の悪意も感じない言葉で彼の地雷を踏んだ。

 

 その脳裏に過ぎったのは、かつて自分を導いてくれた気高き天使ラファエルの姿か。

 翼が右手に銃を構え、殺意の籠もった眼光で銃口を差し向けて叫んだ。

 

 

「やはりお前はアビスだ! 人間のように話せるようになったところで……人の心を、何もわかっちゃいねぇ怪物だ!」

「……っ! 君に何がわかる!?」

 

 

 今度は、翼の言葉に少年が憤怒する番だった。

 

 両者にとって譲れない一線を容易く踏み越えられた二人は、今にも衝突する一触即発の雰囲気を漂わせる。

 そんな二人を見て、メアは……何か、駄目だと思った。

 このまま二人がぶつかり合うのは駄目だと、上手く言葉にできないがそう思ったのである。

 

 

「……やめて……やめて……っ」

 

 

 しかし、それを激昂する二人の意識に訴え掛けられるほど、今のメアの言葉には力が無かった。

 彼女自身、この時は脳内を襲う激しい情報の渦に動揺し、余裕を失っていたからだ。

 

 深淵のクリファ、アディシェスの生まれ変わりと出会ったこと。

 その生まれ変わりが、前世とは全く違う穏やかな存在に見えたこと。

 グレイスフィアという、聖龍やアビス・ゼロとも違う大いなる存在を知ったこと。

 とても、寂しそうだったこと。

 彼らがフェアリーワールドに帰還したがっていること。その為に、フェアリーワールドの存在と、この人間世界を傷つけようとしていること。

 

 

 そして──彼らの企みは決して許してはならないことだとわかっているのに……自分には、灰色の堕天使に対して敵意を抱くことができなかったこと。

 

 

 ──その考え方が「人間らしく」も「聖獣らしく」もないことに気づいた瞬間、メアは何よりもそんな自分に嫌悪感が沸き、愕然としてしまったのだ。

 

 

 そんな彼女の前で、風岡翼は異能の銃の引き金に指を掛けた。

 

 

「俺は……お前のような奴を……!」

 

 

 滅ぼす為に、セイバーズになったのだと──そう言いかけた言葉は、振り絞りかけた指先と共に止まった。

 

 

 

 

 

「……っ……」

「これ、は……?」

 

 

 翼は大きく目を見開いたままその場で固まり、灰色の堕天使もまたその場に静止する。

 

 メアもまた、それまで抱いていた感情を投げ捨てるように、今この場で起こった事象に意識を注いでいた。

 

 

 

 

「……あの時と同じ……優しい音……」

 

 

 

 

 ──音が、聴こえた。

 

 

 憎しみも、後悔も……全てを平等に肯定し、洗い流していくような清く美しい音色が。

 

 

 

「──♪ ──♪♪」

 

 

 

 その音色に乗せて聴こえてきたのは、耳当たりの良い、囁くような少女の歌声だった。

 

 それは、アビスに対する激しい怒りのまま、引き金を引き絞った風岡翼の魂をこの世界に押し留めるような──祈りにも似た、T.P.エイト・オリーシュアの歌だった。

 

 翼は満天の星空を仰ぎながらその目から一滴の涙を落とし、灰色の堕天使は俯いて目を瞑りながらその歌に聴き入る。

 

 

 今はただ、自分たちが戦うことでこの歌に雑音を挟みたくないと──敵対した二人が共に、同じ感情を抱いていた。

 

 

 

「……貴方なの? エイトさん……」

 

 

 

 ハープの音が穏やかな曲を奏で、続いて少女の歌声が届く。

 誰かに対して説教をするわけでも、自分の意見を押し付けるわけでもなく。

 少女はただこの夜空に歌い、今この瞬間を祝福している。

 鼓膜に触れるその歌詞は、巷でも聞いたことのあるありきたりな言葉だ。

 しかし……だからこそ、どこまでも純粋で。

 彼らが過去に失ったものを、そっと思い出させてくれるような……優しい歌だった。

 

 

 

「……約束……守ってくれたんだな……」

 

 

 

 鳴り響くハープの音色は、夜空を吹き抜ける一陣の風のように──どこまでも気まぐれだった。




 エイトは二人の喧嘩にあわあわしながら、「ひろしの回想」みたいな曲に適当な歌を乗せて弾いたようです(´・ω・`)


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お互いのヒロイン力に圧倒される奴ら

 遅れましたがオリ主登場です。
 五年ぶりの本格的なオリ主ムーブなので流石のオリ主もブランクを感じたらしい。


 

「優しい気持ちが籠もった、温かな歌声だ……この音色のように、世界が優しければいいのに……」

 

 静かな夜の町に響き渡る大天使の歌声を耳にして、グレイスフィアの堕天使はそれまでの激情が嘘のように鎮まり、輝きの無い瞳を震わせる。

 呟いた言葉は、彼の本心を表していた。

 

 

「君たちとは戦いたくない……それが、僕自身の気持ちなのかな……」

「アディシェス……」

「……メア、僕は諦めないからね……いい返事を期待している」

 

 

 そう言い残し、灰色の少年は黒い羽を羽ばたかせて夜空へと飛び去っていく。

 今のメアにはその背中を、追い掛けることができなかった。

 それは、風岡翼も同じである。

 

「……俺は……」

 

 立ち尽くす翼は、戦いを止めてしまった自分自身の行動に困惑している様子だった。

 

 

 

 

 

 

 

 メアと翼が歌の聴こえた場所へ赴くと、そこは河川敷の一角にある小さな公園だった。

 そのベンチの上にちょこんと腰を預けながら、黒髪の少女がハープを弾いている。

 少女は二人の到着に気づくと、キリの良いところで演奏を止めて顔を上げた。

 彼女は憂いを帯びた翠と黄金の瞳で二人を見据えると、困ったような微笑みを浮かべて出迎えの言葉を放った。

 

 

「やあ、今宵も月が綺麗だね。メア、ツバサ」

 

 

 五年間の成長で外見が大きく変化したメアに対して、原初の大天使である彼女の姿は驚くほど何も変わっていなかった。

 そんな彼女の飄々とした様子に、メアは思わず言葉を詰まらせ、翼は呆れたように溜め息を吐いて言った。

 

 

「月は見えねーよ……ゲートのせいで」

「あれー?」

 

 

 見上げた先の夜空に浮かんでいる筈の月は、彼の言う通りグレイスフィアが開いた異次元のゲートに隠れて見えなかった。

 それは彼女にとっても予想外だったのか、それとも一同をリラックスさせる為にわざと冗談を言ったのかは定かではないが……翼とエイトは思わず目を見合わせ、互いに忍び笑いを漏らした。

 

「……ふっ」

「ふふっ……」

 

 二人の間に流れる空気が、目に見えて綻んでいくのがわかる。

 特にメアが驚いたのが、あれほど張り詰めていた翼が一瞬にして常の落ち着きを取り戻したことである。

 

 そんな彼は一頻り笑った後、踵を返してメアの肩に手を置いた。

 

 

「んじゃ、俺は明宏さんのところへ戻るわ」

「えっ?」

 

 

 セイバーズを脱退してまで執着し、あれほど追い掛けていたT.P.エイト・オリーシュアを前にして──たったそれだけのやり取りで、翼はこの場から立ち去ろうとしたのである。

 メアは信じられないものを見る目で彼の顔を見上げると、戸惑いながら彼に問い掛けた。

 

「……いいの、翼さん? せっかくエイトさんに会えたのに……」

 

 話したいこと、聞きたいことは幾らでもある筈だろうに、ほんの一言交わしただけで彼女の元から離れていく。

 そんな彼の判断を理解できなかったメアに対して、翼は穏やかな眼差しを返して言った。

 

「会えたから、いいんだよ。……今はそれで」

 

 今はそれで、多くを語り合う必要も無いのだと。

 安心しきった彼の表情は、メアが未だかつて見たことがなかった。

 人の発する気配に対して特別敏感な彼女をしても、今の彼の真意を理解できないものだったのだ。

 そんなメアの困惑に対して、彼は苦笑を浮かべるばかりである。

 

「俺は探偵だぜ? 会いたい時が来たら、どこにいようと居場所を突き止めて、何度でも会いに行くだけさ……自力でな」

 

 彼女が無事で、ここにいる。

 あの時と変わり無く、T.P.エイト・オリーシュアという女性が誰よりも優しい存在だということを再確認することができた。

 今はそれだけでいいのだと、彼は言った。

 

 それに……と付け加えながら、彼はメアの顔を見下ろす。

 

「それに……今アイツの言葉が必要なのは、俺じゃない」

「……?」

「今回はお前に譲るよ。……今の内に、言いたいこと言っておけ」

「あ……」

 

 探偵である彼の洞察力は、メアや天使たちのように心や気配を読む力が無くとも的確だった。

 

 そう、彼は見抜いていたのだ。

 今この時、他でもない光井メアの心が──この場にいる誰よりも疲弊していたことを。

 

 ひらひらと手を振りながら、彼は公園を後にしていく。そんな彼の背中に、少女は呼びかけた。

 

 

「大人になったね、ツバサ」

「──!」

 

 

 ただ一言浴びせたその言葉は、今の風岡翼に対する素直な感想だった。

 そんな彼女の言葉に、ほんの少しだけ上擦った声で彼は応えた。

 

 

「……次に会う時は、ガキみたいになってるかもな」

「え?」

 

 

 意味深に返したその言葉の意味を、メアには読み解くことができなかった。

 それは言われたエイトの方も同じだったようで、珍しく不思議そうに小首を傾げていた。

 

 そんな彼女の様子を横目に見ながら翼は、どこかしてやったりとでも言いたげな微笑みを浮かべながら、今度こそこの場から立ち去っていった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──時刻はもう、夜中の十時を回った頃だろうか。

 

 静まりきった夜の公園の中、メアは一人、ベンチに座り膝の上でハープを手入れしているT.P.エイト・オリーシュアと向かい合っていた。

 いざこうして彼女と対面してみると、肝心な言葉が出てこないものだ。

 しかし多くを語らずともこの場はそれで満足した翼と違って、このまま何も言わずに沈黙の時を過ごしていくのはメアの本意ではない。

 見かねたように先に口を開いたのは、エイトの方だった。

 

「キミと二人きりで話すのは、五年前のアディシェスと戦った頃以来だったかな?」

「……あの時は、ケセドとカバラちゃんがいました」

「あっそうか。となると、実はボクたちが本当に二人きりになるのは初めてなのか」

「はい、初めてです……」

「ふふ……なんか不思議な感じだね。久しぶり……本当に久しぶりだ。メア」

「……そう、ですね……エイトさん……」

 

 言いたいことが、色々とありすぎて。

 それでも彼女を前にすると、上手く出力することができない。

 アリスのことを言えないなと、本人の前では普段の自分ではいられなくなる初めての感覚に、メアは戸惑いを感じていた。

 そんなメアの前でエイトはベンチの右側に寄ると、空いた左側をポンポンと叩きながら呼びかけてくる。

 

「ま、座りなよ。まだ決戦の刻まで少し時間があるし、キミもここで休憩していくといい」

 

 おいでおいでと促されるがままに、メアは彼女の隣に身を寄せて着席する。

 肌寒い秋の風が吹く夜の中、彼女の隣はとても温かく……まるで家族と団欒するような安心を感じた。

 

 

 

 

 

 ──彼女がここにいるという現実をようやく受け止めたことで、少しずつ落ち着きを取り戻したメアはポツリ、ポツリと語り出した。

 

 

 それは、五年前彼女に言えなかったこと。

 

 何度も助けてくれた感謝の気持ち。

 

 何も知らなかったことへの懺悔の気持ち。

 

 そして、アビス・ゼロを封印する為に次元の彼方に残っていった彼女のことを、信じて見送ることしかできなかった後悔と謝罪の気持ちを、メアは幼い頃のようなたどたどしい拙い喋り方で包み隠さず明かしていった。

 

 

「ごめんなさい……っ、エイトさんはずっと世界を守る為に戦っていたのに……私はいつも、自分のことばかりで……」

 

 

 泣いているように声を震わせたのは、今のメアの精神が不安定になっていることの何よりの証だった。

 しかし、そんな彼女の口から真っ先に溢れ落ちたのが、エイトのような立派な存在の足元にも及ばない自分自身への不甲斐無さだった。

 

 

「貴方をあの場所に置き去りにしたこと……アビス・ゼロと、五年間も戦わせてしまったこと……本当に、本当にごめんなさいっ」

 

 

 虚無の世界に孤独に浮かぶグレイスフィアの姿を見た時、メアはその光景から深い悲しみを感じた。

 それはアビス・ゼロから切り離されてから数億年もの間ずっとひとりぼっちだった彼に対する哀れみの気持ちであったが、メアにとってはもう一つ、五年前に働いた自らの罪をこの上無く自覚させられた光景でもあったのだ。

 

 かつて、次元の彼方に一人残してしまった彼女のことを。

 

 グレイスフィアと似たような目に合わせてしまった彼女に対して、メアはずっと悔やんでいた。

 

 腿にかかったスカートを握り締めながら、深々と頭を下げる。

 そんなメアに対して、エイトは言い放つ。

 

 

「悲しいことを言わないでくれ」

 

 

 ハープを異次元空間にしまうと、エイトはおもむろに取り外したシルクハットを膝の上に置く。

 そして両手をメアの頬に添えると、彼女は下げた頭を持ち上げるようにしてお互いの視線を突き合わせた。

 二色の澄んだ眼差しに宿した感情は、どこまでも穏やかで──しかし目の前の少女のことだけを見据えて憐憫を浮かべていた。

 そんな彼女が、メアの謝罪を受けた上で語った。 

 

 

「ボクはキミのことを悲しませる為に、アビス・ゼロのところに残ったんじゃない。ボクがそうしたいと思ったから、キミたちの反対を押しのけたんだ」

 

 

 そう言って彼女は──嬉しそうに、笑った。

 

 

 ポン、とメアの頭の上に柔らかな感触が乗せられる。

 彼女の手のひらがどこまでも優しく、メアの黒髪を撫でつけていったのだ。

 その行動を受けてメアは、呆気に取られるばかりだった。

 

「あ……」

「それが罪だと思うのなら、このT.P.エイト・オリーシュアはキミを赦すよ。そんなにも強く、ボクのことを想ってくれた──ボクはその気持ちだけで満足さ。いい子、いい子」

「……ぁぅ……」

 

 義兄や義姉に撫でられるのとはまた違った感触に対して、メアはまどろみのような心地良さと同時に羞恥心を感じた。

 あれから五年も経っているというのに、自分がまだまだ子供なのだと思い知らされるようで、気恥ずかしかったのだ。

 

 ……だけどそれは──それを含めてもメアは、とても嬉しいと思った。

 

 

「ありがとう、ございました……!」

 

 

 謝罪と、感謝。

 その惜しみない感情をメアは、あの時から一度たりとも忘れたことはなかった。

 言葉は拙くともその一言は何よりもシンプルで──きっと、彼女の心に響くものだったと思う。

 

 

「うん、どういたしまして」

 

 

 その言葉を待っていたとばかりに満面の笑みで頷き、エイトはメアの頭から手を離した。

 

 温かくて柔らかな感触が消え去ったことにメアは無意識に名残惜しそうな目を浮かべるが、次の瞬間にはその瞳は驚きの色に変わっていた。

 

 エイトはメアの頭から離したその両手に、どこからともなく一箱のケースを取り出したのだ。

 指輪や宝石が入っていそうな、手のひらサイズのケースである。

 

 照れくさそうにはにかんだ笑みを浮かべながら、エイトはそれをメアの目の前まで近づけて言った。

 

「実はキミに、渡したいものがあってね」

「……渡したいもの?」

「うん。入学祝いとか誕生日とか、五年分もすっぽかしてしまったからね……ボクたち(・・)からキミへの、せめてものプレゼントだよ」

「プレゼントだなんて……そんな、私なんかに……」

「いいからいいから! あの三人(・・)はキミにリボンをあげたのに、ボクから何も無いのもこう、エイトお姉さんとしては沽券に関わるのだよ」

「……三人?」

「あ……ごめん、何でもない。さ、受け取って! 受け取ってくれないと嫌だ」

「あ……ありがとうございます」

 

 そんな恐れ多い……と思いながらも、メアにはグイグイと押し付けるように差し出してきた彼女のそれを拒むことなどできなかった。

 こう言ったところもまた、「流されやすい」ということなのだろう。メアはエイトの押しの強さに根負けし、そのケースを慎重に、丁寧な手つきで受け取ってしまった。

 

 そして彼女は、促されるままにその蓋を開き──目を奪われる。

 

 

 

「……きれい……」

 

 

 

 ケースの中に入っていたのは、見るも美しいブローチだった。

 

 ガラス細工のように透き通った素材で精巧な造形に形成されたそれは、色鮮やかな蝶々の姿を模している。

 思わず吸い込まれるように手に取って見つめると、その色が透明から赤くなったり、青くなったりと多彩な変化を見せた。

 

「オーロラリウムって言うらしい。見る角度や光の当たり方で、色んな色に輝くんだ」

「……凄い……凄いです、エイトさん」

 

 それ以外の語彙を失ってしまうほどに、彼女から渡された蝶々のブローチは見事なものだった。

 一般的な学生のバイト代では手が届かなそうに見えるほど、美しく鮮やかなアクセサリーである。

 そんな身に余る物を受け取ってしまったメアに対して、エイトは弾むような声音で言った。

 

 

「キミにピッタリだと思って」

 

 

 ……何の裏も感じないその言葉と笑顔を見て、メアは何か、胸の奥にムズムズした感情を抱いた。

 それが彼女から贈られた純粋な好意に対する喜びであることを理解したメアは、目頭が焼けつくように熱くなった。

 

 早速着けてみてと彼女にせがまれたメアは、彼女自身もそうしたかった気持ちを隠すことができず、今身に着けている制服のブレザーの襟元にそのブローチを装着してみた。

 

 やっぱり自分にこのようなものは過ぎた代物ではないかと……伏し目がちになりながら恐る恐る感想を待つと、エイトは両手を叩いて言い放った。

 

「うん、似合う! ボクたち(・・)の思った通りだよー!」

「そ……そうですか?」

「最高だよっ! やっぱり着ける人の素材が良いからかな? ふふっ、頑張って作った甲斐があったよ」

「つ、作ったんですか!? 凄い……」

 

 まるで同級生の女子高生たちのように興奮しながら、キャッキャと歓声を上げていた。

 その姿を見てメアは、エイトさんもこういう顔するんだ……と安心感にも似た意外な感情を浮かべながら、このブローチが市販の物ではなくお手製の物であることを聞いて驚愕した。

 

 しかし確かにエイトさんならブローチを始めあらゆる宝飾品を造ることができそうだと、一切疑うこともなく納得するが……そんなメアの反応を見て彼女は鼻先を掻きながら補足を付け加えた。

 

 

「それはボクだけじゃなくて姉さん……キミのお母さんにも手伝ってもらった一品なんだよ」

「……!」

 

 

 エイトの姉──すなわち、カロンのことである。

 

 

 メアの母を名乗る彼女もまた、このブローチの製作に関わっていたのだ。

 ただメアに贈る為の、この世でただ一つのプレゼントの為に。

 

 それを聞いた瞬間、メアの心に大きな波が沸き立ち──

 

 

 

「生まれてきてくれてありがとね、メア」

 

 

 

 ──いつか五年前にも言われたその言葉が、最後の一押しとなって、決壊させた。

 

 

「メア!? メアちゃん!?」

 

 

 止めどなく溢れる雫が、彼女の膝を濡らしていく。

 しかしそれは、悲しみの涙ではない。

 

 思えばこの祝福の前では既に、自分が何者であろうとどうでも良かったのかもしれない。

 今、光井メアはようやく理解した。

 

 

「……ありがとう……エイトおねえちゃん……」

「────!」

 

 

 ──たったそれだけのことで、自分自身を肯定できるのだと。

 

 

 




 メアにとってエイトは心の師匠でありもう一人の姉であり罪悪感を抱いていた恩人であり自分には存在しないと思っていたお母さんみたいな存在でした。すなわちクソ重い(((;゚Д゚)))

 エイトにとってのメアは最近自分の姪であることを意識し始めた守護対象にして原作主人公兼メインヒロインでした。すなわち頭オリ主(´・ω・`)


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初期の会話を掘り起こしていくスタイル

 終盤特有のやつです。


 星空を見上げながら、時間の許す限りメアはエイトと語り合った。

 自分の話も。グレイスフィアの話も。

 灰色の堕天使が言っていた通り、エイトの行動はグレイスフィアのターゲットを子供たちから逸らす為のものだった。

 原初の闇であるアビス・ゼロから生み出された彼はフェアリーワールド侵攻の足掛かりとして、人間が持つ闇の力を自身に取り込むことでさらなる力を得ようとしているのだと彼女は語る。

 

 数日前にその事実を知ったエイトとカロンは、素質のある新世代の異能使いが危ないと判断し、彼らから一時的に力を預かることで被害を抑えようとしていたのだ。

 

 

「どうして……私たちに相談してくれなかったんですか?」

 

 

 しかし精神が落ち着いたところで、メアは当然の疑問を彼女に投げかけた。

 エイトは数拍の沈黙と苦笑を置いた後、ようやく観念したように答えてくれた。

 

「これは旧時代の問題だから、キミたちを巻き込みたくなかった……というのが、ダァトとしての気持ちなのかな。姉さんも、それには同意していた」

 

 確かに元々、彼女とセイバーズは仲間同士ではなかった。

 T.P.エイト・オリーシュアという天使が何故か自分たちとの間に一線を引いていることには、メアも気づいていたのだ。もちろん、他の仲間たちも。

 内なる善性を多くの人々に周知された今も、彼女は異能怪盗として闇の世界で生きようとしている。

 そんな彼女の在り方は、表面上は取り繕っていても常に誰かと壁を作っている自分と、どこか似ているようにメアは共感を抱いていた。

 

 ……そうだ。自分と彼女の間には、何か共通点があると思っていたのだ。

 

 だからこそ、メアは彼女のような素敵な人になりたいと願い、憧れを抱き続けていた。

 

 

 しかし、そんなメアが……メアだからこそ、今は言いたかった。

 

 

「ズルいです……エイトさんは」

 

 

 他人が引いた一線を簡単に踏み越えてくるくせに、自分は誰かの介入を許さない。

 そんな献身的すぎる彼女のことを、メアは誰よりも憧れ──少しだけ、嫉妬していた。

 

 似ているものは、同じになれない。

 

 堕天使に言われたその言葉は、人間でも聖獣でもないメアの心に楔のように突き刺さっている。

 エイトは天使だ。はっきりと聖獣側の存在である。しかし彼女はダァトとエイトがあたかも別人であるかのように振る舞い、時に聖獣側の存在として、時に人間側の存在として……都合良く切り替えているように見えた。

 

 なのに、彼女はたくさんの人たちに受け入れられている。

 

 自分も含めて、聖獣人間アビス関わらず全員から好かれている。そんなエイトを前に、メアはかつて上手く言語化できなかった思いをこれでもかとばかりに吐露した。

 

 どれだけ気丈に振る舞おうとも、心の奥底にはずっと闇を溜め込んでいたのだ。そんな彼女を前に、エイトは頭を下げた。

 

 

「……そうだね、キミの言う通りだ。キミたちを頼らなくてごめんね」

 

 

 初めて口にしたメアの本心を受けて、エイトは何の言い訳もせずに申し訳なさそうな顔をする。

 そんな彼女の姿を見て──メアは襟元に着けた蝶々のブローチを撫でながら、息を吐いて首を振った。

 

「……ううん。私の方こそ、八つ当たりしてごめんなさい。エイトさんは何も悪くないのに……」

 

 もちろん、彼女に何の落ち度も無いことはわかっているのだ。

 五年前も、T.P.エイト・オリーシュアはまるで未来でも見えているかのように常に最善手を打ってきたものである。今回自分たちに何の相談もしてくれなかったのも全て、最善の未来を見通した上での考えなのだとメアは察していた。

 

 ……本当に、この人はズルいと思う。

 

 常に正しい道を選び、当たり前のようにそれを実行する。

 そんな彼女の生き方に、メアはどうしようもなく心を焼かれていた。

 思えばどう在っても自分には辿り着けないことがわかってしまうからこそ、メアは常に追い込まれているような、そんな気持ちになっていたのかもしれない。

 そう自己分析するメアの背中を、彼女が撫でた。

 

「悪いさ」

「えっ……?」

 

 大変だったね、と寄り添うように。

 頑張ってね、と労わるように。

 猫背に卑屈になりかけていた背中を優しい手つきで摩りながら、エイトはメアの眼差しに真摯に向き合い、告げた。

 

「大切な姪をずっと放ったらかしにしていたんだ。これが終わったら……ボクの時間を、キミにあげるよ」

「……! ……エイトさん……」

 

 幼子のように、甲斐甲斐しく構ってほしかったわけではない。

 しかしその言葉は、メアの中で欠けていた何かがようやく収まったような、そんな充足感を与えてくれた。

 

 驚きに目を見開くと、しかし彼女は何故かプイッと拗ねたように目を逸らしてくる。

 

「さっきの」

「?」

「さっきの呼び方じゃないとヤダ」

 

 それは、メアの心をリラックスさせる為の冗談だったのかもしれない。

 しかしそれならばそれで、自分もまた翼のように気安く冗談を話せる関係になれたのだと──胸の奥がぽかぽかと温かくなった気がした。

 

 

「……ふふっ」

 

 

 ……それと、もう一つ。

 そっぽを向いたエイトの顔が、歳上ながらどこか子供っぽく、可愛らしく見えたのが可笑しくて笑みが溢れた。

 

 本当にこの人はズルいなぁと、改めてそう思う。

 しかし、それでいいのだろう。

 何故ならこの人は原初の大天使ダァトであると同時に、異能怪盗T.P.エイト・オリーシュアでもある。彼女自身は常に自然体でありながら、誰にでもその相手に応じた顔を使い分ける──本人が語っている通りの、悪いお姉さんなのだから。

 

 

「私は贅沢ですね……エイトお姉ちゃん」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜空から月を隠した異次元のゲートの向こうから、蠢くような強い気配を感じた。

 

 メアにはわかる。それは夕方に交戦した灰色の異形──グレイスフィアの端末の気配である。

 しかしその数は今度は、三体程度では済まない。今感じられるだけの数でも、百体を遥かに上回る数の気配をメアは知覚した。

 

 感じた瞬間、思わずベンチから立ち上がり、メアは額から冷たい汗を垂らす。

 

「エイトお姉ちゃん、これ……」

「うん、グレイスフィアの尖兵たちだ。今度はキミたちを降伏させる為に、数を揃えてやって来るようだね」

「みんなに知らせないと……!」

「大丈夫、そっちは姉さんが上手いことやってくれたから」

「あ……」

 

 即座に明宏たちに連絡しようと飛び出そうとするメアの背中に、エイトが呼びかけ制止する。

 そうだ。セイバーズの本部には彼女と同じく以前からグレイスフィアの存在に気づき、対処に当たっていたカロンがいる。翼の気配もそちらにあり、既に概ねの状況はあちらも把握している筈だと納得し、立ち止まって振り返った。

 

 そこにはそろそろ仕事の時間だとばかりに悠然と立ち上がり、頭にシルクハットを被り直した異能怪盗の姿があった。

 

 彼女の眼差しはメアの瞳を、真っ直ぐに見据えている。

 

 

「キミは、キミのやるべきことをやればいい」

「私の……やるべきこと……」

 

 

 迷いに震えるメアの瞳に対して、彼女の眼差しに揺らぎは無い。

 そんな二人が向かい合ったこの状況に、メアは既視感を抱いた。

 そしてエイトが放った問い掛けに、その正体を思い出した。

 

 

「キミはこの世界で何を見た?」

「──!」

 

 

 それはかつて、この世界で初めて行った彼女との問答である。

 自分の持っている天使の力を初めて自覚し、その力で炎たちを助けに行こうとしたあの時も──メアはエイトから意味深に訊ねられた。

 

 

「キミはこの世界で、何を為したい?」

 

 

 その時と全く同じ文言で、彼女は光井メアに問い質した。

 あれから五年経ち、感情表現さえ乏しく心身幼かったメアも、今では周りの人々に恵まれ人間のように成長することができた。

 それに伴って物事に対する考え方も、感じ方も、あの頃とは大きく変わっている。最たる例が、今しがた彼女から受け取ったブローチに対して抱いた感情だろう。アクセサリーにも、オシャレにも、かつてはまるで興味が無かったものである。

 この世界で色んな人々を見てきたから、メアは様々な影響を受けた。

 嬉しかったことも悲しかったことも含めて、あらゆる経験が彼女を祝福し、光井メアという居場所を作ってくれたのだ。

 

 だから……と、深呼吸するように息を呑み、メアは口を開く。

 

 

「……私は貴方や、みんなのおかげで変われました」

 

 

 この混沌とした世界の中で、少女は何を見て何を為すのか──その答えは既に少女自身の心の中にあった。

 自分が何者であろうとも、その気持ちだけはいつだって本物だ。

 メアは胸を張り、決意のこもった力強い眼差しで見つめ返す。

 

 

「私は、私に居場所を作ってくれたこの町を守る。そして……あの子たちのことも、助けたい。あの子の優しさを信じたい」

 

 

 人間と聖獣の関係に致命的な亀裂が走り、コクマーが人間世界を強襲しに来たあの時、メアはそれでもと炎や灯たちから貰った優しい心を信じ、セイバーズを助けようと動いた。

 今回も、それと同じだ。

 

 ──ただあの時と違うのは、彼女が助けたいと思った相手にはこの町の人々だけではなく、この世界を襲おうとする灰色の存在も含まれていたことである。

 

 その言葉にはエイトも意外だったのか、一瞬だけ目を丸くした後、これは一本取られたねと感心した様子で微笑み、頷きを返した。

 

 

 

 

 再び天のゲートから灰色の異形たちが降りてきたのは、それから数分後のことである。

 

 それはアディシェスの生まれ変わりが率いる、グレイスフィアの端末の軍勢だった。

 

 

 

 

 

 

 

 ──かくして、決戦の刻は訪れた。

 

 

 セイバーズの本部では合流した翼が「俺のせいで開戦させてすまない」と謝罪する一幕があったが、司令の明宏は「持ち帰る必要も無い話だった。仕方がない」と彼の判断を肯定したものである。

 故郷であるフェアリーワールドへの帰還という、グレイスフィアが掲げる目的自体はともかくとしても、その為に再び聖獣たちと事を構える選択肢などあろう筈もない。

 メアが堕天使と話していた同時刻に、同じ話をカロンから聞いていた彼らは既に判断を決めていた。答えは否であると。

 

 故に彼らは付近の支部から戦力を集結させ、ゲートから再び訪れるグレイスフィアの襲撃に備えていたのだ。

 

 暁月炎と力動長太の両エースを欠いた状態であるが、それでも彼らは等しく戦士だったのだ。戦える聖獣たちも有志として協力に駆け付けてくれており、この世界の多くの者たちがグレイスフィアの侵攻を阻止しようとしていた。

 

 

 そして時刻が深夜の0時を回った時、明保野市の空に灰色の軍勢はカロンが予言した通り、姿を現す。

 

 

 町の空一面に膨れ上がったかつてない規模のゲートから現れたのは、無数の異形たちの姿だった。

 羽は黒いがアビスのような禍々しさは無く、ダイヤモンドのように透き通った灰色の姿には芸術品のような美しさすら感じた。

 初めて見た時には不気味に映った姿も、正体を知った後になると見方が変わる。確かに天の使いという意味で言えば、彼らもまさしく「天使」と呼ぶべき存在だろう。

 

 そんな彼らは邪悪の樹を守るように散開すると、地上の人々に向かって襲い掛かってくる。

 カロンの言葉で事前の準備を整えていたセイバーズは、濁流のように押し寄せる敵の軍勢に対して懸命に抗った。

 

 ……援護に駆けつけてくれたT.P.エイト・オリーシュアの助力が無ければ、この町は数分と持たずに制圧されていたところであろう。

 

 彼女が敵を引き寄せてくれるおかげで地上の一般人への被害こそ軽微だったが、戦力差はそれほどまでに圧倒的だったのだ。

 せめて炎と長太が残っていれば……というところではあるが、二人は邪悪の樹を焼却する為に奮闘中だ。故に彼らの救援は見込めず、現有戦力で戦うしかなかった。

 

「っ……この子たちも……」

 

 メアもまた、覚悟を決めて敵の軍勢に挑んでいた。

 しかし剣を構える度にグレイスフィアの端末たちから聞こえてくる「カエリタイ」、「コキョウ、ドコ?」という悲嘆の声に戦意を鈍らせてしまい、本領を発揮できずにいた。

 

 世界のどこにも居場所が無く、生みの親であるアビス・ゼロにすら見捨てられてしまったグレイスフィアに対して──メアは同情を捨てられなかったのだ。

 

 そんな彼女の感情を見抜いたように、稲妻で敵を蹴散らしながらエイトが言った。

 

 

「行け、メア! ここはおねーさんに任せなさい」

「エイトさん……ありがとうございます……!」

 

 

 メアのやるべきこと──それは決して、彼らを殲滅することではない。

 全てわかっているようにそう告げたエイトに、メアは敵わないな……と思いながらも、その好意にようやく、素直に甘えることができた。

 

 八枚の羽を広げて高々く舞い上がったメアは彼女が切り開いてくれた道を直進しながら、邪悪の樹の上から感じる少年の気配に向かって飛翔していった──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 夜空に広がる異次元のゲートからすぐ近く──高さ1000mを超える邪悪の樹の頂上に、灰色の堕天使は一人佇んで戦場を見下ろしていた。その様子が自分の到着を律儀に待ち構えていたのだということを、メアは理解していた。

 

 ……でなければ、いかにセイバーズやエイトの援護があったと言えどここまで何の消耗もなく辿り着くことはできなかった筈である。メアに対するグレイスフィアの端末たちの妨害は、不自然に手薄だったのだ。

 

 八枚の羽の羽ばたきを少しずつ小さくしながら、メアはそんな彼の待つ邪悪の樹の頂上に着地する。

 山の頂のような高さの上に時刻も深夜となれば、流石の彼女もハイソックスに丈の短い制服のスカートという下半身の出で立ちは冷えるものであったが、今はそれ以外に考えることが多すぎたからか不思議と寒くは感じなかった。

 そんな彼女の元へ振り返り、少年が銀色の双眸を向ける。

 

「今夜は晴れているから、良い眺めが見えるだろう?」

 

 能天気な問いかけに対して、メアの表情は一切綻びを見せない。

 確かに明保野タワーを遥かに上回る高さから見渡す夜景は、絶景と呼ぶほかないだろう。

 しかし今のこの景色には、本来の明保野市には必要の無い色があまりに多すぎた。

 

「その眺めを、戦いで汚しているのは誰?」

 

 チクリと刺すような物言いになってしまったが、それもまたメアの本心である。彼女は人生の中で一度として、このような景色を望んだことはなかった。

 少年は全く以てその通りだと苦笑を浮かべた後、その表情を真剣な顔つきに変えて相対した。

 

 

「答えは決まった?」

「……私の答えは、最初から決まっているよ。私は貴方たちとは行かない」

 

 

 きっぱりと言い切り、信念を宿したメアの眼差しが正面から灰色の堕天使を射貫く。

 続けて、彼女は宣誓した。

 

「私はセイバーズだから。みんながそうしたように、メアはこの世界を救ってみせる」

 

 我ながら大それたことを言うと思いながらも、メアの心には既に、迷いは無い。

 しかしあとほんの少しだけ踏み出す勇気が欲しかったメアは、オーロラに輝く胸元のブローチに手を添える。

 それから深呼吸するような間を置いて、彼女は自らの気持ちを伝えた。

 

 

「貴方たちのことも、救いたいと思ってる」

「──!」

 

 

 その言葉にはエイトも驚いていたが、目の前の少年が寄越した反応は彼女以上に大きなものだった。

 しかし、浮かんだ感情は正反対である。

 ただ嬉しそうに微笑みを浮かべていたエイトと異なり、彼の銀色の瞳が宿していたのは深い悲しみと絶望、そして怒りにも似た情動だった。

 

「……なら、グレイスフィアに従ってよ。彼を救うには、それしかないのだから」

「違う! 貴方はそう思い込んでいるだけだよ……私たちが戦う必要なんてない。グレイスフィアにも心があるのなら、聖獣(フェアリー)とだってわかり合える筈」

「それを拒んだのはカロンたちだ」

「……え?」

 

 少年の眼差しはメア自身に対してと言うよりも、フェアリーワールドという世界そのものを見ているようであった。

 

 彼は──彼らはその虚無的な眼差しの中に、激しい憎悪を燻らせている。

 

 その時になって初めてメアは、彼の発する気配の中に堕天使自身のものではない大いなる存在の意思を感じた。

 

 

「……グレイスフィアなの?」

 

 

 虚無の世界にポツンと孤独に佇んでいた灰色の「神」。

 彼の意思がはっきりと、彼の中に刻み込まれていたのだ。

 その問い掛けに返した少年の答えは、肯定だった。

 

 

「そう……今彼は、僕の目を通して君のことを見ている。彼の心が僕に、ずっと訴えているんだ……僕たちの居場所はどこにもない。戦って勝ち取るしか、帰ることはできないのだと」

 

 

 おもむろに彼の足元から伸びてきた身の丈ほどの長さの木の枝を、少年は掴んで引きちぎる。

 その瞬間、彼が手に取った枝は灰色の長剣へと姿を変えた。さながらメアの髪を束ねている三色のリボンと同じように、彼は邪悪の樹の枝を武器に変化させたのである。

 従わない者たちに対して彼らが選んだ選択は、どこまで行っても闘争だった。

 

 

「そんなの……間違っている」

 

 

 振り絞った感情を吐き出し、メアは彼らの選択を否定する。

 メアもまたポニーテールの黒髪から橙色のリボンを抜き取り、それを大盾の姿に変えながらホドフォームへと変身していく。

 その盾で、彼を通して伝わってくるグレイスフィアの感情を受け止めるように──彼女は構え、灰色の姿を見据えた。

 

 

「僕たちを否定するのなら、倒すしかない。残念だよ、メア」

 

 

 名前も無い少年と何者でもない少女の戦いが、始まった。

 



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おおお父さん、そんなふしだらな真似は許しませんよぉ!↑↑

 佳境です。メアサイドはしっとりしていますが映画的な派手なシーンは多分画面外で色々起こっています。


 それは明保野市にとってはもちろん、人間世界にとって五年前のアビス襲来事件以来の大規模な激戦となった。

 

 地上にはセイバーズを筆頭とする有志の異能使いと聖獣たちが、空にはT.P.エイト・オリーシュアや風岡翼を始め希少な飛行能力持ちたちによって敷かれた防衛ラインが、グレイスフィアから送り込まれた異形たちの侵攻を食い止めていた。

 しかし、いかに彼らの実力が高くとも、立て続けにゲートから現れ出る敵の物量は途絶える気配が無かった。

 異次元から次々と送り込まれてくる質と量を兼ね備えた圧倒的な軍勢を前にしては、彼ら自身は無事でも無力な住民たちに被害が及ぶのはもはや時間の問題と言えた。

 

 ──しかし、それでも希望はある。

 

 防衛ラインを突破し、避難所の子供たちに襲い掛かってきた一体の異形を光の剣の一閃で切り伏せた後、T.P.エイト・オリーシュアは子供たちに向かって安心させるような微笑みを返した後、空を仰いで何かを期待するような眼差しを邪悪の樹の方へと向けた。

 

 

「見せてくれ、メア。キミの導く未来を」

 

 

 オッドアイに輝く双眸が見据えるのは、そびえ立つ巨大な樹の頂上──そこでは二つの色がもつれ合うような軌跡を描きながら、ダンスを踊るように幾度となく交錯を繰り返していた。

 

 それは、灰色の堕天使が振り下ろした長剣の斬撃を、光井メアの橙色の大盾で受け止めている光景だった。

 

 

 

 

 戦闘が始まって何度目になるかもわからない攻防を繰り広げながら、灰色の堕天使が怪訝な眼差しを向けて口を開く。

 

「何故だ……何故攻撃してこない? メア!」

 

 これまで剣による攻撃を仕掛けているのは彼だけで、メアの方は防御に専念するだけで一度として反撃を返さなかったのである。

 相対しながら自分との戦闘を放棄するような振る舞いに、彼女は返した。

 

 

「貴方だって、腐蝕の力を使わないのは何故?」

「──っ」

「それは、貴方も躊躇っているからでしょ」

 

 

 腐蝕の力──深淵のクリファ「アディシェス」が持っていた本来の能力である。

 触れた者全てを腐蝕させる猛毒の力は、彼が繰り出す一挙一動の全てを一撃必殺に変える恐るべき能力であり、以前はその力でセイバーズとサフィラス十大天使を苦しめていたものだ。

 

 しかし今の彼は、その力をメアに対して一切行使していなかった。

 

 もちろん新しい肉体に生まれ変わったことで、以前の能力を喪失した可能性はあるだろう。

 だがメアの目には、腐蝕の力を使えないのではなく、使いたくないのだということを見抜いていた。彼の振るう剣に対して、猛攻の中に僅かな躊躇いの心を感じたのだ。

 その事実を指摘し、メアははっきりと突きつける。

 

「私たちとは戦いたくないって、貴方言ったよね? エイトさんの歌のように、世界が優しかったらいいのにって」

 

 横薙ぎに振り払った彼の剣を、空中でバック転するような動きでかわしたメアが、その足を邪悪の樹の頂上から伸びる枝木の一つに留めて堕天使の姿を見下ろす。

 吹き抜ける風が橙色に輝く前髪をふわりと持ち上げると、メアは自らの手に携えた大盾をリボンの状態に解除し、力強い眼差しで少年の姿を射貫いた。

 

「貴方を通してグレイスフィアが私を見ているのなら、戦いたくないっていう貴方自身の気持ちも伝わっている筈」

「……だから、どうしたと言う? 僕が何を思おうと、君が何を言おうと、今さら彼の決定は覆らない」

「そんなことない! 戦いをやめて、グレイスフィア。貴方を捨てたアビス・ゼロはもういない……故郷に帰る為に、誰かを傷つけるのはやめて」

 

 目の前の少年に対してだけではなく、メアは少年を通して彼の「神」であるグレイスフィアに対して強く訴える。

 堕天使を含めて、この場にいる者は誰一人として戦いを望んでいないことを伝えたかったのだ。切実な思いを込めて見つめるメアの瞳に対して、グレイスフィアの代弁者として堕天使が返したのはまたも長剣の一振りだった。

 

「戦いに集中しろ!」

「……っ」

 

 斬撃から放たれる闇の衝撃波が、確かな殺傷力を持ってメアの佇んでいた枝木を横一文字に真っ二つにしていく。

 咄嗟に飛び上がりその攻撃を紙一重で回避したメアの行く手に縮地の如く回り込み、堕天使は長剣を振り下ろした。

 橙色のリボンから再び展開し直した大盾で受け止めながら、メアは先ほどまでよりもさらに鋭く、重くなった衝撃に苦悶の表情を浮かべる。そんな彼女に向かって、少年は深く冷たい眼差しで真っ向から見据えて言った。

 

「グレイスフィアはずっと苦しんでいた……!」

 

 大盾に弾かれた長剣を両手で握り直し、再度力任せに打ち付けてくる。

 闇の中に僅かな光の力を宿した灰色の斬撃が、ホドシールドから広がる光のバリアにピシリと亀裂を走らせた。

 彼は未だ、アディシェスの本領である腐蝕の力を使っていない。しかしその攻撃はかつて備えていたものと比べて何ら劣っているものではなく、小柄な体格からは到底考えられない膂力を持ってメアの守りを崩していった。

 剣圧を押し込みながら、悲痛の目で彼は語る。

 

「生まれた時からずっと独りだった。アビス・ゼロに捨てられた彼は、闇にも光にも居場所は無く……誰も彼を受け入れなかった。カロンも、アイン・ソフも!」

「っ、フェアリーワールドに行こうとしたことが、前にもあったの?」

「そうさ……当然、彼は拒まれたよ。心があっても、彼の性質はアビス・ゼロと変わらない。そこにいるだけで世界樹サフィラに悪影響を与える彼の存在は、どうあっても受け入れることはできなかったんだ。だから追放された……彼自身に悪意が無くても!」

「そんな、ことが……」

 

 グレイスフィアがフェアリーワールドへの帰還を試みたのは、これが初めてではない。かつてはメアの言う通りのやり方で穏当に共存しようとしたこともあったのだと言う。

 それでも存在の性質故に相容れることができず、誰もいない虚無の世界に追放された事実にメアは言葉を失う。

 「居場所が無い」と言った彼の言葉は、ただ卑屈なだけの物言いではなくグレイスフィア自身の経験に裏打ちされた絶望から来ていたのだ。

 だから……と、メアは彼の思いを理解し、問い質す。

 

「だから、支配しようとするの? あの子が帰る場所を、勝ち取る為に……」

「支配されない為に支配する……追放されない為に追放するのは、君たちにとっても真っ当な生存競争だろう? 彼はその競争の輪にすら入れなかったんだ……何千年も、何億年も。もういいじゃないか、帰らせてあげてよ」

「……貴方は……」

 

 泣きそうなほど悲しげな目で語った少年の姿に、メアはグレイスフィアが抱いてきた深い悲しみを理解した。

 そして、彼を不憫に想う少年自身の感情を。

 これまではどこか掴みどころのなかった彼のことが──その本質を、ようやく理解することができたのだ。

 

(だから貴方は、貴方たちは……)

 

 知ってみればそれは、自分と同じで。

 誰にでもある感情だった。

 

 真実にたどり着いた瞬間、メアはその手に持った大盾を解除し──左手から振り抜いた細剣で、彼の持つ長剣を弾き飛ばしていった。

 

 

「──!?」

 

 

 閃光の如き、一瞬にも満たない斬撃だった。

 

 大盾に向かって振り下ろした長剣を、再び振り上げようとした僅かな握力の緩みを突いて、彼女は彼の手から武器を弾き飛ばしてみせたのである。単純な力比べではなく、二人の間にある「武器を持って戦う」ことへの技量と経験差が分けた決着だった。

 彼方に弾き飛ばされた彼の長剣は、回りながら邪悪の樹の幹に落ちて突き刺さる。そこに僅かな意識が逸れた頃には既に、青色のケセドフォームに変わったメアの剣先が少年の目の前に突きつけられていた。

 

 

「……その気になったら、一撃とはね……強いな、君は……」

 

 

 丸腰の身で剣先を突きつけられたところで、彼は自らの敗北を悟った。

 諦念の表情で片膝をついたその姿はあまりにも潔くて──メアにはそれが自分の正体を知らされた時のかつての自分のように、弱々しく見えた。

 そんな彼はどこか安心したように微笑むと、彼女に向かって言った。

 

 

「さあ、とどめを刺してくれ」

 

 

 君に切り捨てられるのなら満足だと、それを促すように少年は顔を顔を上げて少女の姿を見上げる。

 青髪に変わった今の彼女の姿は、奇しくも彼が五年前に迷惑をかけた(・・・・・・)慈悲の大天使ケセドの力を宿した姿である。その姿に敗れたことを誉れにすら思うように、彼は笑っていた。

 

 

 だが。

 

 

 少女──光井メアはその姿を非戦闘形態である黒髪に変えると、その左手に携えた青色の細剣を解除してリボンに戻した。

 

「……!? 何故……っ」

 

 そのまま青色のリボンを橙色のリボンと併せて自らの髪に結び直すと、背中の羽さえも解除したメアの姿を前に、彼の瞳が動揺のさざ波に揺れた。

 片膝をついた姿勢のまま、少年は愕然と動けずにいる。

 

 

 そんな彼の元へ数歩歩み寄ったメアは──何も言わずに膝を屈め、少年の身体をギュッと抱き締めた。

 

 

「あ──」

 

 

 とどめを刺せと言った彼に対して、彼女が返したのは鋭い斬撃ではなく温かな抱擁だったのである。

 彼の耳元で、メアが言葉を紡ぐ。

 

 

「大丈夫だよ」

「……っ」

「グレイスフィアも、貴方も……もう大丈夫だから」

 

 

 囁くように放ったその声は、今まで包み隠されてきた彼の心の奥底を暴くような言葉だった。

 

 

「貴方たちの敵はもういない。だからそうやって……怖がらなくていいんだよ」

「……僕、は……」

 

 

 メアに言い当てられたのは、彼が心の奥底に隠していた感情だった。

 それは深淵のクリファを前世に持ち、グレイスフィアによって生まれ変わったこの世に二人といない生い立ちをしてきた彼が、ずっと抱えてきた心の闇である。

 

 かつては自分自身が世界中に振り撒いていた感情でもあるそれは──見知らぬ世界、見知らぬ輪廻に放り出されてしまった者が苦しみ続けている──「恐怖」という感情だった。

 

 

「貴方が生まれたこの世界は、悲しいことばかりじゃないから。怯えないで、一緒に生きよう」

「……ダァトは僕に、誰も愛さないと言った。僕は……アディシェスはたくさん、酷いこと、してきたから……」

「それでも、今の貴方には本当の心が芽生えている。優しくて、純真な心が。エイトさんから聞いたよ。グレイスフィアのことをエイトさんたちに伝えたの……貴方なんでしょ?」

「…………」

 

 

 メアの問い掛けに、彼は沈黙をもって肯定する。

 それは彼女の中で引っ掛かっていた疑問であり、彼の反応で今確信に変わった。

 

 エイトが先んじてグレイスフィアの情報を入手していたのは、彼の方から彼女に接触し、目的を明かしてきたからだったのだ。

 

 そしてその行動が意味するのは、彼がグレイスフィアの計画に対して葛藤していたという事実だった。

 

 

「貴方は本当は、グレイスフィアを止めようとしていた。あの子のことを助けたいと思っているのも本当で、私たちのことを傷つけたくなかったのも本当」

 

 

 その思いは矛盾しているように見えて、実のところは一貫している。

 これまでは彼のエイトを意識したような意味深な物言いや翼への冷徹な態度、メアへの態度で曇らされていたが──結局のところ彼はまだ生まれ変わったばかりであるが故にどこまでも無邪気で純粋な、しかし不器用な少年だったのである。

 

 グレイスフィアのことを助けたいけど、メアたちのことは傷つけたくない。

 だからグレイスフィアに協力した結果志半ばでメアやエイトに打ち倒されるのなら、それはそれで構わないと思っているほどに──彼の本質は後ろ向きだった。

 

 そんなメアの指摘に彼は、震える声で呟く。

 

 

「……誰も、僕たちを受け入れない。誰も、僕たちを愛してくれない。それはわかってる……僕たちは世界にとって、存在そのものが赦されなかったから……」

「悲しい気持ちは……私にもわかるよ。だけど、何者でもない私にだって、受け入れてくれる居場所はあった。貴方にも、きっとある」

 

 

 二人の姉にされて嬉しかったことを真似するように、メアは抱擁しながら少年の背中をトントンと摩る。

 それから彼の肩を掴むと、彼女は正面から目を向き合わせて告げた。

 悪夢に魘され続けている者に対して呼びかけ、意識の覚醒を促すように。

 

 

「だから貴方ももう、全てを否定するのはやめて」

「…………」

「この世界にある優しさと向き合って。貴方自身も持っている、その心と」

 

 

 少年の心の闇に触れたメアは、まるでかつての自分自身と相対するような気持ちになっていた。

 深淵のクリファというあらゆる生命と相容れなかった前世を持ち、世界から追放された独りぼっちの神に対して大恩を感じている彼。

 

 そんな生い立ちを持つ彼にとって何より足りなかったのが、この世界の優しさを信じることだと思ったのだ。

 

 確かにこの世界は綺麗事ばかりではないけれど、だからと言って可能性を諦めて自暴自棄にさ迷い続けるのは……あまりにも、悲しいことだと思った。

 

 故に。

 

 

「リイン」

「……え?」

 

 

 メアは、彼に呼びかけた。

 それはアディシェスでもグレイスフィアの堕天使でもない、今しがた初めて呼びかけた灰色の少年の名前だった。

 

 

「貴方の新しい名前、考えてみた。まだ、無いんでしょ? 生まれ変わること──リインカーネーションから取って、「リイン」っていうのはどうかな?」

「…………」

 

 

 へへ、と照れ笑いを浮かべながら、メアは彼を信じたいと思った時から考えていたその名前でどうかと訊ねる。

 彼はもう、全てを破壊することしかできなかった深淵のクリファではない。

 グレイスフィアによって浄化され、手段はともかくとしても誰かを思いやる気持ちを持っている今の彼は既に、全生命から敵視されなければならないような存在ではないと思ったのだ。

 

 だから。

 

 

「メアは貴方を祝福するよ。人間でも聖獣でもないメアだからこそ……貴方を何者でもない、一人の男の子として受け入れる」

 

 

 本当の意味で、生まれ変わることができた彼をメアは、受け入れたいと思った。もちろん、今回のように悪いことをすれば叱るし、お仕置きだってするかもしれないが……彼はまだこの世界に生まれた生命として始まったばかりだ。

 

 多くの者たちが彼を否定するのだとしても……メアは自分だけは彼らのようなはぐれ者を祝福したいと思った。

 

 かつて、仲間のみんなが自分を受け入れてくれたように。

 

 彼女は共感を示した。

 

 

「私にはエイトさんみたいに、心の闇を盗むことはできないけど……寄り添って一緒に悩むことは、してあげたい。独りぼっちなのは、とても寂しいから」

「……メア、君は……」

「だから……私と友達になろう。この世界には貴方にも居場所があるんだって、教えてあげるから」

「……僕の、居場所……」

 

 

 かくして、メアの言葉は少年──リインの心に届いた。

 

 彼は自分自身の瞳から伝ってくる大粒の雫に困惑し、数拍の時間を置いてようやく理解したように笑顔を浮かべた。

 

「──!」

 

 虚無だった銀色の瞳に初めて輝きが戻ったその瞬間、自らの心に浮かんだその感情に対し、彼は声を上げて、泣いた。

 

 喜び、怒り、哀しみ、楽しむ。

 

 今の自分が人間たちにとっては当たり前の感情を持っている事実を本当の意味で自覚したその瞬間、彼は初めて前世の自分──アディシェスを葬ることができたのである。

 

 

「……大丈夫……大丈夫だから」

 

 

 心がぐちゃぐちゃになったように泣きじゃくる彼の身体を再び抱きしめながら、幼子をあやすようにメアは寄り添った。

 

 そうしていながら邪悪の樹の上から下の風景に目を向けると、そこでは異形たちの軍勢が進撃を止め、次々とゲートへ帰っていくのが見えた。

 

 

 ──グレイスフィアもきっと、わかってくれたのだろう。

 

 かつて自分を否定した世界は、厳しいばかりのものではないことを。

 

 

 

 これから先、彼がまたこの世界にとって脅威にならないという保証は無い。

 しかしそれでもメアは、これで彼との対話の一歩を踏み出すことができたと思いたかった。

 

 

「ほら、グレイスフィアにも貴方の気持ちは届いているよ。貴方はもう、独りじゃない」

「……うん……うん……!」

 

 

 だからもう、生まれ変わったこの世界に怯えなくて良いのだと。

 自分が何者でもないことに、拘らなくて良いのだと。メアが伝えると、リインはその目に涙を溜めながら穏やかに微笑む。

 

 しかしその視線がメアの背後に煌めいた太陽のような光点に止まった瞬間、彼の表情は再び諦念を宿した。

 

 

「ありがとう、メア……だけど、ごめんね。それでも僕は、生まれてはいけない存在だったようだ」

「……!」

 

 

 グレイスフィアの端末たちが帰っていったゲートとは別の方向からゲートが開くと、中から放たれたおびただしい閃光が、まだ空に留まっていた端末たちを呑み込んで薙ぎ払っていった。

 

 圧倒的なその暴力を可能とするのは、大天使の中でも最高の力を持つ者しかいない。

 

 しかしその砲撃を放ったのは、もちろんT.P.エイト・オリーシュアではなかった。

 

 

 サフィラス十大天使の王にしてフェアリーワールドの管理者、ケテルが降臨したのである。

 

 

 天よりの処刑人の如く姿を現したその存在に対し、リインは訪れるべくして訪れた自らの運命を受け入れ──

 

 

 

 

 ──メアは誰よりも人間らしく、生まれて初めて激怒した。

 

 

 

 




 劇場版特有のボスラッシュです
 これにはエイトはガッツポーズですがダァトさんサイドは苦笑い


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本編でやり残したこと

を回収するのが続編映画の醍醐味ですね。


 

 放つ閃光でグレイスフィアの端末を次々と蹴散らしていくと、ケテルはリインの元まで一直線に飛来してきた。

 しかしその剣幕は救世主の如く颯爽と、メアのことを助けに来た様子ではない。

 

「……君にしては早かったね。だけど君の娘のおかげで、既に決着はついた」

『だが、貴様はまだそこにいる。アディシェス……貴様は危険な存在だ。ここで始末する』

 

 サフィラス十大天使の王が直々に討ち取りに来るほど、深淵のクリファという存在がフェアリーワールドの歴史に刻んできた罪はあまりにも重すぎた。

 滅ぼす理由にはそれだけで十分だと語るケテルの言葉に、他ならぬリイン自身が同調するように頷いた。

 

「僕も、もうこの世界を傷つけたくない。だからその宿命は受け入れるけど……その代わり、虚無の世界にいるグレイスフィアのことは見逃してあげてほしい」

『不可能な相談だ』

「わかってる。それでも……」

「それでも、殺すのはやめて」

「メア……?」

 

 ケテルはフェアリーワールドの王として、リインとグレイスフィアの存在を脅威と断定する。

 しかし、そこにメアが待ったを掛ける。

 邪悪の樹の上から漆黒の眼光で見下ろすケテルの視線からリインの姿を遮るように前に出ると、彼女は怯え一つ無い決意の眼差しで彼と相対した。

 

 しかしその懇願は、無慈悲に切り捨てられた。

 

 

『退け』

「……っ!」

 

 

 ケテルが右手をかざした瞬間、前に出たメアの身体が見えざる力によって放り投げられる。

 念動力によってこともなげに、彼女の妨害を振り払ったのである。

 樹の上を転がるように吹き飛ばされていくメアの姿を見て、今度はリインが声を上げた。

 

 

「やめろ! 断罪する相手は、僕だけで十分だろう!?」

 

 

 しかし自らが吐き出したその言葉に、リインはハッと息を呑んで気づく。

 

「……そうか……君たちもこんな気持ちだったんだね、カロン、ダァト……僕は、こんな思いをさせていたのか……」

 

 グレイスフィアと関わりのある者は、今となってはもはや自分たち旧時代の存在だけだと語っていた二人の大天使の言葉を思い出したのだ。

 その時の彼女らが抱いていた気持ちを、リインは自らの身になって初めて理解した。

 

 関係無い者たちを遠ざけ、傷つけさせまいとする行動。

 穏便な解決の為に、自らの身を差し出そうとする献身の心。

 どれも深淵のクリファにも、アビスにも無い概念だった。

 

『……さらばだ、旧時代の災いよ』

 

 愕然とするリインの姿を見て何を思ったのだろうか。ケテルはどこからともなく十字架の杖「王の十字杖(クロス・セプター)」を取り出すと、その先端部に光のエネルギーを集束させる。

 彼は迷いなくそれを振り下ろし、裁きの光弾を解き放った。

 

 その時だった。

 

 

「駄目!」

「ッ、メア!?」

 

 

 気づいた時には、身体が動いていた。

 

 彼なりの慈悲のつもりだったのだろうか、一撃で跡形も無くリインの命を奪うべく放たれた巨大な光弾の射線の中に、メアは身を挺して割り込んでいった。

 咄嗟のあまりホドフォームにもならず、非戦闘形態である黒髪の姿のまま彼女はリインの盾になったのである。

 

「メアー!!」

 

 手を伸ばしながら、リインが悲鳴のような声を上げて呼び掛ける。

 まばたきする時間もない一瞬の光芒の中、メアはそんな彼に振り向いて微笑みを返した。私は大丈夫だから、そんな顔をしないでと。

 

 

「そう……私はもう、大丈夫」

 

 

 メアは胸元のブローチを両手で包み込むように握りながら、穏やかな声で呟く。

 それは彼のことを心配させまいとした気丈なやせ我慢ではなく、心からの言葉だった。水のように澄んだ心が、小舟のように静かに凪いでいる。

 無論、それが自らの死を悟ってあるがままを受け入れたのではない。寧ろ、その逆だ。

 

 今、彼女はかつて無いほど激しい怒りを感じている。

 

 この時見せた穏やかな顔は、大嵐が吹き荒れる前の静けさに過ぎなかったのだ。

 

 

 ──そして、時は来た。

 

 

 溢れ出る感情の渦が物理的な力を持って彼女の身体から奔流し、彼女の身を襲ったケテルの光弾を掻き消してなお有り余るエネルギーを持って夜空に広がっていく。

 

 響き渡ったその輝きに、地上の誰もが目を奪われたことだろう。

 神々しい光の顕現を前にして、ケテルは僅かに目を見開き、そしてリインが唖然とした表情で呟いた。

 

「インフィニティーバースト……?」

 

 赤、青、白、黄、緑……いくつもの色が混じり合ったオーロラの如き極光が、メアの身体から広がって明保野市の空を覆っていく。

 二つの円を描くようにして彼女の背中から広がっていく「∞」を象るような光輪は、暁月炎の辿り着いたフェアリーバーストの極地「インフィニティーバースト」と似ている。

 

 しかし彼女が放つオーロラの輝きはそこからさらなる変化を見せ、∞の字を描いた極光は天使の八枚羽ではなく、前と後ろで二枚ずつ折り重なった極彩色の四枚羽へと姿を変えていった。

 

 

 それはまるで、彼女の胸元で今も無数の色に変わり続けているブローチのような──蝶々の羽のようだった。

 

 

「あ……」

 

 

 彼女の背中で羽ばたくのは、もう天使の羽ではない。

 しかしその姿は世界の何よりも美しいと、リインはこの時彼女の姿に目を奪われた。

 その脳裏に初めて芽生えたのは、地上の人間たち何ら変わりの無い、衝動的な胸の高鳴りであった。

 

 そんな彼の目の前で、オーロラの輝きを纏った光井メアが、極彩色の羽を広げながら彼に告げる。

 

 

 メアは、貴方を守るよ──と。

 

 

 その言葉にリインが打ち震えるような感情を抱いた次の瞬間、彼女の羽ばたきから発生した暴風が、ケテルの身体を吹き飛ばしていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──サフィラス十大天使の王ケテルの降臨によってグレイスフィアとの戦いに一段落ついたと思われた直後、上空で始まった光井メアとケテルの激闘に地上の一同が呆然とした様子で見上げていた。

 

 

 特に翼やアリスのようなメアのことをよく知る者たちは「何やってんだあの子……」と制止に向かおうとする──が、そんな彼らの行動をT.P.エイト・オリーシュアが遮った。

 

 

「ごめんね、今はあの子の好きにさせてあげてほしい。ようやくできた……親子喧嘩なんだから」

 

 

 どこか嬉しそうな顔でそう語る彼女は彼らにそう言った後、光井メアの人生において特に教育面で大きな影響を与えた光井家の二人、光井明宏と暁月灯と視線を合わせて頷き合う。

 

 明宏の方は彼女を止めなければならない司令官の立場上複雑そうな顔をしていたが、父親としては止めたくない気持ちの方が強かったのだろう。エイトの言葉に溜め息を吐きながらも彼は、生まれて初めて怒りの感情を見せた娘の姿にどこか安心したような目を向けていた。

 

 そして彼女の姉としてその成長を見守り続けていた同志──灯はと言うと、メアのことを止めるどころか拳を振り上げながら全力で応援していた。

 

「いいぞー! やっちゃえーメアー!」

「おっ流石アカリン話がわかるね」

「当然でしょエっちゃん! ……いや王様も今回は別に悪いことしてないんだけど、タイミングが悪すぎって言うか……私があの子の立場でも怒るよ!」

「うん、それは本当にそう」

「エっちゃんこそ止めに行くかと思ったよ。無駄な戦いはやめなさいって感じに」

「無駄な戦いなんかじゃないさ。ぶつかり合うことで初めて伝わる感情があるってことは、ボクもキミの旦那さんたちから教わったことだ」

「えっ!? そうだったの!?」

「そうだよー」

 

 その場で合流したエイトと灯が、二人の戦いを見守りながら口々に語り合う。

 お互いに「メアの姉」という立場を持っている二人は、空で繰り広げられる「親子喧嘩」に対して共通の認識を抱えている様子だった。

 

 そんな二人の──特にあだ名で気安く呼び合っている様子を見て、冷や汗を掻きながらカケルとアリスの闇雲兄妹が呟いた。

 

「……仲良いんすね、二人とも」

「いつの間に仲良くなってたんですか……」

 

 あまり接点が無いと思っていた二人の予想外な会話に一同が驚く中で、二人が見上げたオーロラの浮かぶ空では二つの光が幾度目になるかもわからない衝突を繰り広げていた。

 

 

 二人の戦いは──ほとんど、互角であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──メアはこの時、生まれて初めて激怒という感情を理解した。

 

 

 思えば滑稽な話である。これまでグレイスフィアの堕天使に対して散々感情の尊さを説いていたその口で、自分自身はこの感情に対して薄っぺらな理解しか抱いていなかったというのは。

 怒ることは、悪いことだと思っていた。だけど、今は……

 

「わかり合えたのに……わかりかけていたのに!」

 

 極彩色の蝶の羽を羽ばたかせながら、メアは髪の色をケセドフォームの青に変え、残像を残すほどの速さで接近すると右手に携えた細剣を力一杯目の前の敵に叩き付けていく。

 ケテルはそれに対して日常の作業を淡々とこなすような無情さで、白光を纏わせた十字杖で彼女の猛攻を受け止めていた。

 歴戦の王である彼はその身に内包する圧倒的な天使の力だけではなく、誰よりも積み重ねてきた膨大な戦闘経験から培った戦闘技術を備えている。故に、その防御姿勢一つとっても隙は見当たらなかった。

 

 ──故に、メアは力任せの攻撃を繰り返す。

 

 細剣では彼の防御を崩せないと判断すればホドフォームに切り替えて大盾を展開し、その盾を鈍器として扱って殴りつけたのである。

 彼女本来のスマートな戦闘スタイルはもちろん、蝶々のように煌びやかで透明感のある美しい姿とは似ても似つかない戦い方をしていた。

 

 故に、効果的である。

 

 叩き付けた重い衝撃によって高度を下げることになった彼に対して、メアは息つく暇も与えず追撃を掛けていく。

 ケテルが体勢を立て直すのは早く、反撃とばかりに光の砲撃を放ってきたが、メアはそれをオーロラの光を纏ったホドシールドで防ぎきってみせた。

 

 メアの羽ばたきによって発生した虹色の鱗粉が、ホドシールドが生み出すバリアの強度を高めたのである。

 

 変わったのは姿だけではなく、今のメアは通常の状態よりも明らかに出力も能力も強化されていた。

 

『……それが、お前の辿り着いた光か』

 

 そんなメアの姿を見て感慨深そうに呟いたケテルの言葉が──より強く、メアの神経を逆撫でする。

 

 

「貴方のところにいたら、何億年掛けても辿り着けなかった力だよ!」

『…………』

 

 

 王に捧げる生け贄として造られた夢幻光、それが本来のメアだ。

 しかし何の因果か、そんな彼女はかつてのケテルが予想だにしていなかった力を手に入れて反旗を翻した。

 

 その理由は自分自身の為ではなく、自分と似たような存在を守る為だというのだからこれも皮肉な話である。

 

 だが、そんな経緯はもはや関係ない。

 今のメアの心にあったのは、自らの創造主に対する複雑な感情ではなく、人間の誰もが抱いたことのあるシンプルな感情だった。

 

 リインと和解することができた。

 自分のやり方で、彼らとの戦いを止めることができた。

 全て上手くいくと思ったところで、全てを台無しにしようとする父に、彼女は単純に腹が立っていたのだ。彼女を新たな境地に導いたのは、ただそれだけだった。

 

 ……いや、他に必要な条件を既に揃えていた彼女だからこそ、たったそれだけのことが最後の一押しになったのであろう。

 

 その感情のまま、メアは自らの思いを力と共にぶつけていく。

 

 

「貴方はどこまでも正しい……どこまでも正しい、最悪の偽悪者だ!」

『…………』

 

 

 これから新しく生まれようとするリインの生を否定する彼が、メアには赦せない。

 だからこそ彼女は、セイバーズのメアではなくただのメアとしてサフィラス十大天使の王に反抗した。

 

 リインを滅ぼすべきか、守るべきか。

 今後の聖獣たちとの関係において大きな分岐点となるであろうその戦いは、大部分が私情によるものだったのだ。

 エイトの言う通り、確かにそれは壮大な「親子喧嘩」という表現が最も当てはまるだろう。

 

 

 それでも戦いの規模は凄まじいものであり、メアは怒りの赴くままケテルに対して夜明けまで激闘を繰り広げた。

 

 

 戦闘経験も単純な力もケテルの方が上回っていたが、その感情に任せ、押し切ったのはメアの方だった。

 

 

「どんな人だって、罪を抱えている!」

『……!』

「メアも、貴方も……っ!」

 

 

 百を超えるつばぜり合いの中で、呼吸を荒げながら訴えたメアの言葉に、ケテルが僅かに表情を変える。

 それは数時間に及ぶこの戦いの中で常に無表情を貫いていた彼にも、彼女の声が届いていた事実を表わしていた。

 

 

「だから、赦しが必要なんだ……!」

『……!』

 

 

 白色に変わったメアの髪からリボンの先端が鞭のように伸びていく。

 「サフィラテール」──この戦いの中で初めて使ったその攻撃が、つばぜり合いに集中していたケテルの意識の外から強襲を仕掛けたのである。

 ポニーテールの結び目から二方向に割かれ、鋭利に尖ったリボンの先がケテルの身を挟み打ちに襲っていく。

 ケテルは瞬時に発動した念動力で押さえ込もうとするが、それこそが彼の見せた唯一の隙となった。

 

 

「私の、邪魔をするなああああっ!!」

『……っ、ぐッ……』

 

 

 極彩色の羽が放つ輝きが最高潮に達した時、メアは自らの身を弾丸のように見立てて上から下へと急降下し、ケテルへと突進していく。

 

 決め手となったのは、破れかぶれに繰り出したような渾身の体当たりだった。

 

 白色のリボン、サフィラテールに気を取られていたケテルはその攻撃を避けることができず、衝突しながら両手で組み付いてきた彼女の拘束を解くことができないまま、共に地上へと墜落していった。

 

 

 ──と言うよりも、攻撃が決まった時点で拘束を解く気も無かったのかもしれない。

 

 

 隕石が落下したような衝撃を地上に与えながら二人が墜落したのは、市街から離れた山の麓の湖だった。

 

 身体半分が浮かぶ浅瀬にケテルの身を叩き着けると、大量の水しぶきに白い髪を濡らしながらメアは彼を睨む。

 

 組み付いたままの体勢で、馬乗りになった彼女は真っ向から王と向き合い、胸ぐらを掴んでまくし立てるように告げた。

 

 

「どうだ……メアの勝ちだっ!」

 

 

 その形勢は第三者が見れば、どうとでも取れる状態だった。

 確かに文字通りのマウントを取っているのはメアの方だったが、墜落のダメージを負ったのは二人とも同じであり、まだ戦える余力を残していたのも二人とも同じだった。

 しかしその余力の差で言えば、息も絶え絶えと言った様子のメアを前にして、ケテルはまだ平然としている。

 馬乗りになったメアに胸ぐらを掴まれている今も、彼の表情にはまだどこか余裕があるように見えた。

 

 そんな彼が、初めて口を開く。

 

 

『お前の言う通り……生きている限り、生命には背負わなければならない罪がある』

「……っ」

『だが、今お前が背負おうとしているのは、余さえも恐れた大罪になり得る罪だ。お前にはそれと、対峙し続ける覚悟があるのか?』

 

 

 問い掛けは、彼女の選択の核心を突くような言葉だった。

 

 グレイスフィアという何者でもない存在を受け入れることによって生じる未知の危険について、彼は誤魔化す言葉を赦さなかった。

 サフィラス十大天使の王さえも庇いきれない存在を赦すということは、世界そのものを危険に曝すかもしれないのだという現実である。

 

 そう問い掛けるケテルの言葉は冷徹であったが、その声はどこかメアのことを案じているようにも聞こえた。

 

 彼の意図を理解したメアは、彼の黒い眼差しから目を逸らさずに答える。

 

 

「ある!」

 

 

 それでも、自分が正しいと思った道を進みたいと──メアの瞳は雄弁に語っていた。

 

 

『人間でも聖獣(フェアリー)でもない、お前がか?』

「そう……私は人間でも聖獣でもない。でも、だからこそ「そういう存在」として生きていく。生きて、グレイスフィアのことも助けて、色んなことして……貴方よりずっと幸せな一生を送ってみせる! だから……」

 

 

 辛い現実を突きつけてくる彼の言葉に対して、メアは決意表明のように自らの本心を包み隠さず明かす。

 そんな彼女は彼の胸ぐらを掴んでいたその手を離すと、訴えかけるようにケテルの胸板を小さく叩いた。

 

 

「私たちの可能性を摘まないでよ、お父さん……っ」

『……父、か……』

 

 

 目を瞑り、ケテルは彼女が吐き出したその言葉を脳内で反芻する。

 

 自らのルーツを告げた時、その残酷な事実に打ちのめされていたかつての彼女のことを知る彼には、今の彼女がその呼び方で自分を呼んだことの意味をよく理解していた。

 

 

 ──さあ、どうするケテル?

 

 

 ……いつからこの場にいたのだろうか?

 

 ケテルは浅瀬にブーツの靴底を着けながらこちらの様子を心配そうに覗き込んでいるT.P.エイト・オリーシュアの姿を横目に一瞥した後──観念したように言った。

 

 

『ならば、お前が王となれ』

「……え?」

 

 

 負けるつもりは無かったが、彼女の決意にここまで追い詰められた事実を認め、ケテルは自らの敗北を受け入れる。

 

 ……五年前、自分が彼女にしたことを今更謝る気は無い。

 

 しかしその報いとして彼女に裁かれるのなら、何度も死に損なった自分の最期として相応しいと思ったのだ。

 世界の命運ごと自らの罪と向き合い続けていくと語ったメアの決意を受け入れたからこそ、彼は告げた。

 

 

「それほどの覚悟があるのなら、お前が新たな王となり、世界を導け。余の力を受け継ぎ、可能性を拓け」

 

 

 テレパシーではなく、自らの肉声を持って言葉を紡ぐ。

 これは彼女の預かり知らぬ事実であるが、ケテルはこの五年間で強くなり、成長していく彼女の姿を見続けていた。

 カーバンクルのカバラちゃんを彼女の元に放ち、彼女の成長を記録するように命じたのも他ならぬ彼だったのだ。

 

 その記録と、実際に戦った今となってケテルは理解した。彼女になら、後のことを任せることができると。

 

 

「今のお前には、その資格がある。余の王冠を継承しろ──夢幻光メア」

「っ、貴方は……最初からその為に……!」

 

 

 いつか時が訪れた時、彼女のことを自分に取って代わる新たな「王」のサフィラスとして迎え入れることを、ケテルは人知れず計画していたのだ。

 新たな時代が訪れようとしている今、凝り固まった思考を持つ自分のような老害は王として相応しくないのではないかと──そう思っていたのである。

 

 

 ダァトの転生(・・)とカロンの帰還を知った、あの頃からずっと。

 

 

 その点、天使と人間の力を併せ持つ上に自分も知らない新たな境地に辿り着いた今、この子ならば自分にはできなかった新たな可能性を拓ける筈だと、ケテルは感じていた。

 

 

 だからこそ……ケテルは自分の力も、生命さえも彼女に譲り渡すことを躊躇しなかった。

 

 

 

 しかし──

 

 

 

「メアは貴方のおもちゃじゃない! 勝手に貴方の都合を押し付けないでっ!」

「……!」

 

 

 

 ──メアはその誘いに乗らなかった。そればかりか、リインの処遇について激昂した時と同じぐらい、怒りを露わにしてきた。

 

 そんな彼女の反応を予想していなかったケテルは、初めて呆気に取られたように目を見開いた。

 

 『これは、どういうことなのだ……? この子は余を恨んでいるのではないのか……?』と怪訝な表情を浮かべながら、彼は進言を求めるようにエイトの姿を一瞥すると──彼女は取り外したシルクハットで口元を塞ぎながら、腹を抱えて笑っていた。

 

 眉をしかめるケテルに対して、彼女は言う。

 

 

「なんだかケテル……今まで無関心ぶっていたくせに、娘をお嫁に出す時になって急に慌て出す頑固親父みたい……」

 

 

 彼女が溢した言葉には、ケテルには全く以て理解できないものではあったが……その言葉を聞いた瞬間、メアから放たれる怒気が何故か、急激に和らいだような気がした。

 

 そんなメアは自らの髪を結ぶ白いリボンに手を添えながら、何かを察したように嘆息し、呟いた。

 

 

「このリボン……貴方の贈り物だったんだね」

『……そうだ』

 

 

 否定する理由も無かった為、ケテルは肯定した。

 青いリボンはケセドから。

 橙のリボンはホドから。

 そして白いリボンは彼──ケテルから彼女に贈られた物だったのだ。その布地には世界樹サフィラの繊維が編み込まれている、彼女の力を引き出す為だけに造られたこの世に二つと無い一品物である。

 

 

『気に入らぬのなら……破棄すれば良い』

 

 

 ケテルとしては自らの罪滅ぼしの一つと、メアがやがて新たな王として相応しく在るように──と思って贈ったものであったが……それも当の彼女からしてみれば、こちらの都合を勝手に押し付けただけだったのだろう。

 そんな彼の言葉に対して、メアは返した。

 

 

「気に入らない物だから捨てるだなんて、そんなの嫌」

 

 

 自分やアビス・ゼロに対する当てつけのように、首を振りながらそう言った後──彼女は初めて、ケテルの前で笑顔を見せた。

 

 自らの幸福を実感したような、夜明け前の空が照らす屈託の無い笑顔だった。

 

 

 

「貴方のこと、大っ嫌いだけど……自慢の親だと思ってるよ。……ありがと、お父さん」

『……そうか……』

 

 

 

 誰よりも強く、誰よりも不器用な親子の喧嘩は、そうして幕を下ろした。

 

 

 

 

 

 ……この直後、今回の事件における「真の敵」とも言うべき存在が姿を現し、さらなる脅威がこの世界を襲うことになるのだが──数多の色を重ね合ったリボンのように結びついた彼女らの絆がある限り、既に心配は不要だった。






 くぅ疲。これにてひと段落です
 次回はとある世界線回。それを挟んだエピローグで劇場版編は完結です
 その後はsideエイトのお話をのんびり投稿予定


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とある世界線のお話 チームアスキーアートの復活

 インターネットの電脳空間をイメージしたような空間に、三人の生物(なまもの)の姿が映し出される。

 一人は白い饅頭のような頭をしたキャラクター。

 もう一人は白い饅頭のような頭をした子豚のような鼻を持つキャラクター。

 そして最後の一人は二人目の白い饅頭のような頭部を縦に伸ばしたような長身のキャラクターだった。

 いずれもこの広いネット界隈の何処かで見覚えのありそうなゆるキャラめいた姿をしている彼らは、動画配信サイトで一部の間でのみ流行しているバーチャル配信者のアバターであった。

 

「皆さんお久しぶり! バーチャルデキルオです」

「バーチャルヤルオだお!」

「バーチャルヤラナイオだろ! 俺たちと会えない間、寂しかったかい?」

 

 三人はそれぞれに小気味の良いクロスステップを踏みながら、画面の向こうに向かって爽やかな笑顔でサムズアップをキメる。

 その瞬間、配信開始の時刻に備えて待機していたリスナーたちが手厚いコメントで彼らを出迎えた。

 

【こんでき】【来たか】【こんでき】【こんできー!】【!?】【?】【!?!?】【なんかいるー!?】

 

 ウインドウ画面に流れていく文字列に目を細めながら、三人のバーチャル配信者はうんうんと楽しげに頷く。

 配信枠に刻まれた入場者の人数は、彼らの期待していたそれを大きく上回っていたのだ。代表して、チャンネルの主であるでっきーことバーチャルデキルオが礼を言った。

 

「ありがとうございます。いやあ急な配信ですが皆さんよく集まってくれましたねー! これも地道な活動で積み上げた、僕らの人徳と言ったところでしょうか」

「うむ! もはやFSファン界隈の御意見番と呼んでも過言ではないお!」

「いや過言だろ常識的に考えて」

「もちろん、それだけ映画の出来が素晴らしかったのが大きいのでしょうね! 特に後半部分は色々と情報量が多かったので、皆さんも語りたくて仕方ないのでしょう」

「ヤルオも語りたいお! メアちゃんもアリスちゃんもエイトちゃんも可愛かったお!」

「よーし、それじゃあ早速語っていくだろ! イクゾー!」

「「デッデッデデデデ!」」

 

 三人のクリーチャーたちは画面の中でチューチュートレインが如く無駄にキレの良いダンスを披露すると、彼らは左からデキルオ、ヤルオ、ヤラナイオの順に整列して着席のポーズを取る。

 

 瞬間、彼らの頭上で唐突に出現したくす玉がパカンと割れ、祝事のような演出で「劇場版フェアリーセイバーズ∞ おっさんたちの感想会」と題打った文字がパチンコのように輝きながら浮かび上がった。

 

 そんな彼らの行動に、リスナーたちが一斉にツッコミを入れる。

 

【待て】【待て】【カーンを忘れるな】【シームレスに続けるな】【誰よその男!】【知ってるけど知らない人がいる……】【いつもの三人すぎて何がおかしいのかわからなかった】【(前の配信見逃したのかと思った……)】【視聴者の9割は突然生えてきた二人の存在に夢中で後ろの古臭い演出に気づかない】

 

「? バーチャルヤルオはバーチャルヤルオだお」

「俺はお馴染みバーチャルヤラナイオだろ、常識的に考えて」

「いえ君たちこれがデビューですからね? 僕も馴染みすぎてついいつもの調子で進行してしまいましたが」

 

 約二名、まるでいつもの三人組のように前置きなく加わった者たちがいるが、それは正当な違和感である。

 そんな彼らはバーチャルデキルオ──の中の人の計らいにより今回の配信にバ美?肉して参加した有志であり、それぞれネット界隈伝説の英傑、ヤルオとヤラナイオの名を冠する者たちであった。

 およそ配信デビューとは思えない落ち着いた喋りを披露しながら、彼らは何食わぬ顔で簡潔な自己紹介を終える。

 

【バーチャルやるやら……完成していたのか……】【相変わらず無駄に精巧なモデリングで草】【なんでいかない夫さんじゃないんだよ糞が】【寧ろ今までデッキーだけでやっていたのがおかしかっただろ常識的に考えて】【三人はどういう集まりで?】

 

 日頃からバーチャルデキルオの奇行に訓練されているリスナーたちとは言え、何の告知も無く突如として沸いてきた二人の新メンバーの存在は想定外だったようだ。当然のように訊ねてきたコメントに対して、特に後ろめたい理由も無かった三人は正直に答えた。

 

「僕らは学生時代からの友人ですね」

「まあ、そういう関係だろ。腐れ縁的に考えて」

「三人とも同級生だから、フェアリーセイバーズは直撃世代になるお!」

 

 彼ら皆、元々リアルで交友がある者たちである。長年の友人関係であるが故に三人とも打てば響くと言ったもので、各員の役割分担も把握しているのか手慣れた様子でコメントを捌いていた。

 

【だから、今回は三人集める必要があったんですね!】【三十路のおっさんが三人集まってアニメトークするだけの配信イイゾー】【Vとは思えない華の無さだけどなんだかんだで人集まるのは凄い】

 

「それな! 僕も今回は滑り倒すの覚悟で二人をお招きしました」

「お前から誘っておいて酷いだろ常識的に考えて……」

「ヤルオは嬉しかったお! まさかでっきーの中の人が身内だったとは思わなかったけど」

「中の人などいませんよヤルオさん」

「アッハイ」

 

 尤も、バーチャルデキルオがリアルの友人たちに自分が行っている配信のことを知らせたのはつい最近のことである。もっと言えば件の映画の感想について飲み屋で語り合っていた時、うっかりとデキルオの中の人が漏らしてしまったのがきっかけだった。

 そう言った経緯で身バレしてしまった彼であるが、既にお互いの性癖も熟知している気心知れた関係上、特に身バレして困るようなことも無く、「何なら二人も巻き込んでしまえ」と行ったのが今回の配信であった。

 

「そういうわけで、今回のデッキーチャンネルではゲストの二人と一緒に、大ヒット上映中のアニメ映画「フェアリーセイバーズ∞ Nightmare(ナイトメア) Reincarnation(リィンカーネーション)」について和気藹々と、ぐだぐだと喋り倒すだけの配信でお送りいたします! 念押ししますが今回の配信には映画の多分なネタバレが含まれる為、まだ映画を視ていない視聴者さんたちは回れ右! 急いで映画館に行きましょう!」

「レイトショーならまだ間に合うお!」

「古参ファンの俺たちが成仏した最高の映画だっただろ! アニメシリーズを視てきたファンなら見届けるのは当然だろ常識的に考えて」

「……なんか君たちが肩を組みながら絶賛するとそういう案件みたいに見えますね」

 

【やるやらはジャスティス】【草】【公開初日に見に行っただろ常識的に考えて】【もう三回視た】【アニメシリーズ見たことないけど主人公のポニテの子とナレーションの怪盗の子が気になるから見に行こうか迷ってます。そんな私でも映画を見れますか?】【ハイ、見れますよ!(ニコニコ)】【←ぶっちゃけ本編は見ておかないときついと思う】【続編物だからせめて∞は見ておかないとな】【序盤にサラッと本編の復習してたから話はわかるんじゃないかね】

 

 専ら「フェアリーセイバーズ」関係の配信をすることが多いこのデッキーチャンネルだが、今回の趣旨ももちろんそのアニメについての雑談である。

 先日公開された映画「フェアリーセイバーズ∞ Nightmare(ナイトメア) Reincarnation(リィンカーネーション)」。既にその視聴を終えているバーチャルデキルオたちは、劇場内で感じた迸るパトスをリスナーたちと共有したいが為に、この配信を立ち上げたのだ。

 そして彼の友人であるバーチャルヤルオとバーチャルヤラナイオもまた、家族と共に映画を視たことでかつて青春時代に抱いていたオタク心を思い出し、その勢いのままこれも良い機会だとばかりに意気揚々と彼に協力する運びとなった。

 

 そんな二人の友人を前にした際、デキルオの中の人が「最高だぜ……チームアスキーアートの復活だ!」と感涙し、ハイタッチを交わし合ったという余談がある。

 なお、その光景を見ていた彼らの青春時代を知るヤルオの妻とデキルオの恋人が何とも形容しがたい引きつった顔をしていたものであったが……それはさておき。

 

 「フェアリーセイバーズ」というアニメの存在が、彼らの青春を彩っていたものの一つであることは、紛れもない事実だった。

 そんな彼らが語る、最新作の駄弁りである。

 

 

「ああ、そう言えば今回の映画はキービジュアルや予告編効果で結構新規層も取り込んでいるみたいだろ。うちの職場の後輩も気になってたし」

「今のフェアリーセイバーズは画面が綺麗だからね。やっぱり主人公がメアちゃんになったのが強いのかお? レギュラーメンバーが華やかになって、旧作ファンのヤルオたちからしてみると色々と感慨深いものがあるお」

 

 旧作フェアリーセイバーズと比べて語った場合、最も目に付くのが今回の主人公を始め魅力的なヒロインキャラが多いことだろう。

 二人がメアについての世間の人気を語ると、それを始めから待っていたようにバーチャルデキルオがどこからともなく一枚のプラカードを取り出した。

 「お題:主人公」と書かれたそのプラカードを視聴者たちに向かって掲げながら、トークを進行させていく。

 

「それではまず新主人公のメアちゃんこと、光井メアについて感想を語っていきますか! リスナーの皆さんはいかがでしたか!?」

 

【強くなったねメアちゃん……】【予想以上に主人公してた】【かわいかった】【ヒロイン兼主人公】【劇場映えするいい感じの変身ヒロインだったわ】【炎やエイトが出てきたら食われるのではないかと心配してたけど最初から最後まで主人公してたので200点です】【こう言っちゃなんだけどえっちだった】

 

 えっちだった──身も蓋もないコメントが視界に触れた瞬間、デキルオたち三人は困ったように眉をしかめながら強く首を振って同意を返した。

 

「そうなんですよ……わかります。ほんっとうに! わかりますッッ!」

「あー……うん、そうね……」

「色々な意味でハラハラするシーンが多くて目を奪われたお」

 

 学園の短いスカートで、縦横無尽に空を飛び回りながら格闘戦やピンチを演出する。

 そんな彼女の活躍シーンを見て、健全な三十代たちにも色々と思うところがあったのは正直な話だった。

 そう──確かにえっちだったのだ。高校生になったメアちゃんは。

 

「翼追跡シーンでパンツ見えてたっていう話がありますけど、皆さんわかりました? 僕は既に三回視に行きましたがどうしても見えませんでした」

「……真っ先に聞くのがその感想っていうのはどうなんだよ子供向けアニメ的に考えて」

「私のリスナーなんてみんな不健全なのでセーフです!」

「娘と視に行ったけど、ヤルオも目のやり場に困ったお。エイトちゃんと違ってスカート短いのにビュンビュン飛び回るんだからあの子……いや一人で視に行ってたら食い入るように視てただろうけども」

「ああ、魔王様のインタビューによると映画のメアちゃんはあえて、エイトちゃんの対になるようなデザインをイメージしているそうです。その一環で、ロングスカートのエイトに対してメアはミニなんだとか」

「流石だろ魔王様……」

「漫画は描かなくなったのに、往年のキレは全く衰えてないお……」

 

【ま?】【魔王様エロか】【失望しました……でっきーのファンやめます】【見えんかったわ(板倉並感)】【パンチラとか製作サイドが流した巧妙なデマだろ常識的に考えて】【確認の為に五回視に行ったけど見えなった】【見えるんだけど見えないもの】【エイトちゃんと同じで結構足技使ってたけど鉄壁のガードだからちくしょう!】【動きが速すぎんのや】【パンツは見せないけど太ももは見せまくってて素晴らけしからんかった】【バルオ子持ちかよ】【幼女時代から見守ってきたキャラだからそういう目では見れないと思っていたがそんなことはなかったぜ!】

 

 幼い頃から見守っているキャラである為、年齢のせいもあってかどうしても保護者目線になってしまうというのは以前もバーチャルデキルオが言っていたことであるが、キャラクターデザインを手掛ける「フェアリーセイバーズ」の原作者、通称魔王様はあえてその辺りの視聴者心理をくすぐって背徳感を抱かせてきたように思える。

 

 プロやな──その技巧に、二次創作者でもある彼は戦慄したものだ。

 

「キレと言えば、戦闘シーンの作画は序盤から全編余すことなくキレッキレでしたね! テレビシリーズの時点で高クオリティーだったのが映画バフでさらにエラいことになってましたわ」

「初恋がメアちゃんって男の子も結構いそうだろ。あんなに小さかったメアちゃんが……って、俺も翼と同じ感想になっただろ大人的に考えて」

「カッコ良くて、可愛くて、儚くて……炎とは違うタイプの主人公でなんか新鮮だったお。あと、やっぱりフォームチェンジは続編主人公の王道だお!」

 

【テレビシリーズでは初恋ハンターはエイトちゃんの役目だったが】【ライガーゼロメアちゃん】【平成ライダーかと思ったら平成モスラだった】【三色リボン大活躍だったね】【ドラマCDの情報でホドとケセドから貰った物だって言われてたけど、白いのはケテルだったとは……】【橙がホドで青がケセドってことは白はケテルだろっていうのは順当な予想だけど、思っていた以上にケテルの娘への感情が重かった】

 

「そう、びっくりしたお! ケテルにそんな一面があったとはヤルオも思わなかったお」

「テレビ本編であんな態度してたくせに普通に愛情持ってたとは思わんだろ」

 

 成長し、女性的な印象が強まったことで、映画ではテレビシリーズを経たメアの変化が強調されていた。

 そして彼女と同じように周囲を取り巻く人物の心境も色々と変わっていたことが、彼女の成長を見てきた視聴者たちにとっては印象深いシーンとなっていた。

 特に、本編では「王」であるが故にメアに対しては常に冷酷だったケテルの心情である。

 そんな彼と真っ向から対峙した彼女の表情、言葉が、この映画の一番の肝に思えた。

 

「ケテルもダァトとカロンが帰ってきてくれて余裕が出てきた……ということなのでしょうね。それはそれとして娘にとってはいつも肝心なところで邪魔をしてくるクソ親父なんですが」

「やっと怒ってくれたよな……メアちゃん」

「なんか映画のメアちゃん、土下座して頼み込んだら困った顔しながらパンツ見せてくれそうなぐらいお人好しで心配したけど、言うべき時にはちゃんとキレてくれて安心したお」

「その例えは酷いだろ一児の父的に考えて……」

「でも、ヤラナイオもそう思ったお?」

「おう! だってさぁ……あんたらもそう思うだろ?」

 

【禿同】【わかる】【禿同とか久しぶりに聞いたわ】【ここにいるのは旧時代の災い共だから】【それを言ったらやるやらできも】【やる夫スレはバリバリの現役だろJK】【わかりマスク】【エイトもそう思います】【←エイトちゃんはそんなこと言わない】

 

「……どうやら、メアちゃんのそういうキャラ解釈は僕たちの共通認識だったようですね」

「パンフレットのキャラ紹介ではっきり「押しに弱いのが欠点」と記載されているのがもうアレだお!」

「本が薄くなるだろ常識的に考えて」

「ま、まあメアちゃんの場合は周りの人たちがしっかりガードしてるので今ヤルオさんが言ったような展開にはどうやってもならないでしょうから、そこは安心ですね」

「あの子に変なことしたら人間世界最強の兄と聖獣世界最強の父が真っ先にすっ飛んでくる恐怖」

 

 いい大人たちがしょうもないことを真面目に考えながら、物語の主人公であり、ヒロインでもある光井メアについて口々に、好き勝手に語っていく。

 その話題の流れ自然と浮かび上がってきたのは、今回の映画の重要人物の存在だった。

 

 

「その点で言うと、僕ら邪悪なおっさんたちと比べて今回のキーパーソンであるグレイスフィアの堕天使──リインの、なんて清らかなことでしょう」

 

 

【劇場の予告で流れるいかにも悪そうなリイン君すき】【ただの良い子だったな】【いいおねショタだった】【受け継がれるおねショタの意思……】【やっぱりエイトちゃんはおねショタの伝道師だったんだ!】【リインに俺らのような邪な心が無くて良かったな】【本作一番の予告編詐欺だったな】【ラスボスだと思ったら前座の前座だった子】【まあラスボスよりはケテルやこの子の方が目立ってたからヨシ!】

 

 深淵のクリファアディシェスだった前世を持ち、グレイスフィアによって生まれ変わった灰色の堕天使。

 メアが名付けたその少年の名前はリイン。彼を本当の意味で生まれ変わらせ、祝福するのが今作のテーマだったと彼らは認識していた。

 

「いやあ、流石公式でしたね! 着想は僕が書こうとしていたアビス転生物二次創作小説と似ていましたが、僕が書くのとは段違いの濃厚なおねショタでしたよ! 惜しむらくはエイトちゃんとの絡みが少なかったことですが、メアちゃんの新鮮なおねショタが見れたのでヨシとします! トータルで120点です!」

「お前おねショタの話になると気持ち悪いな」

「いつも気持ち悪いだろ常識的に考えて。……気持ちはまあ、わかるが。やっぱり年上女性がいいよね」

「お前も同類だったわ」

 

 彼とメアの対話は、本編から一貫していた「赦し合い」のテーマとも合致していた集大成だったように思える。

 劇場で目にして打ち震えたその感動をリピートするように、バーチャルデキルオが震えながら拳を振り上げた。

 

「リインとの対話も含めて、メアちゃんは主人公らしく獅子奮迅の活躍でしたね」

「ヤラナイオ、アレを」

「俺を助手扱いするなよ、常識的に考えて……」

 

 バーチャルヤルオに肘で促され、バーチャルヤラナイオはリインとの対話を含め、今作で披露した主人公の活躍を箇条書きしたプラカードを掲げる。

 それに対して、一同がしみじみと感想を溢した。

 

「メアちゃんが今作でやったこと一覧

 

 テロリスト鎮圧 授業に出る なんか悪夢見せられる ストーカー(翼)を蹴り飛ばす 新たな敵グレイスフィアとのファーストコンタクト 住民たちの避難誘導(寧ろ邪魔をしてしまったとしょんぼり) リインとの対話 リインとの決着 ケテルとの決着 ラスボス(シェリダー)へのラストアタック」

 

「流石は主人公、最初から最後までほとんど出突っ張りだお」

「こうしてみると、これにエイトちゃんや炎たちの動きもあってよく映画一本で纏まりましたよね」

「これのエイトバージョンも書いてきたけどそっちはもっと忙しかっただろ……」

「そちらは後で存分に語り合いましょう。エイトちゃん今回も色々とやってくれましたから」

 

【やることが多い……!】【エイトちゃんは裏方でめっちゃ頑張ってたな】【テレポーテーションはやっぱりチートすぎる】【メアちゃんの、自分が有名人すぎて避難誘導の邪魔をしてしまうシーン可哀想だけどかわいかった】【俺だってメアちゃんが飛んでいるのを見かけたら避難どころじゃねぇわ】【あのシーン避難民の何人かスカート覗こうとしてなかった?】【←これマジ?】【失望しました……人間世界滅ぼします】【ケテル乙】

 

「今の親馬鹿気味のケテルだと、割と本気でやりかねないんですよねそれ……」

「いやでもメアちゃんの方も無頓着すぎるのは悪いと思うお……悪意には誰より敏感なのに自分がそういう目で見られてる認識が無いんだもの」

「本人がクソ強いから危ういバランスで成り立っているところはあるだろ。まあ今回のでキレると怖いのが町の人たちにも伝わったかもしれんが」

 

 思えば映画のテーマの一つとして、アニメ本編では力の暴走を招く負の感情として描かれていた「怒り」という感情を、今作では自分の思いをはっきりと相手に伝えるコミュニケーション方法として肯定的に描いていたのも印象的だった。

 光井メアが覚醒に至る最後の一押しとして必要だったのも、持ち前の優しさからずっと表に出すことができなかった父への激しい「怒り」だったのである。

 

【レインボーメアちゃん強かったね】【剣よりも盾殴りとか頭突きとか蹴りとかの方が効いてたのは笑った】【ケテル戦、台詞は怒るのに慣れてない感があって可愛らしかったけど眼力はすごくてすごい怖かった】【覚醒後の戦い方がストロングスタイルで面白かった】【見た目綺麗だけど闇落ちしてないかこれと思ったけどエイトちゃんが喜んでて安心した】【外野で盛り上がるエイトと灯。心配そうな顔でオロオロと持ち場をうろついているカロン様。得意気なカバラちゃん】

 

「それぞれの性格が出ていて私あのシーン好きです」

「ヤルオも」

「ってか、エイトと灯って面識あったんだな」

「ああ、二人の絡みなら公開前に出たドラマCDで描かれていますよ。お互いに相性良くて秒で打ち解けています」

「マジ? この後借りて行っていいか?」

「どうぞどうぞ、息子さんと一緒にお聴きください」

「サンキュ」

 

【悲報:ナイオも子持ち】【独り身はでっきーだけか】【なお金髪美人の彼女がいる模様】【ナイオの嫁とか絶対赤い服着たロリだろ】

 

「いや年上のお姉さん系美人だから常識的に考えて」

「まあリアルのことはいいじゃないですか! そんなことよりメアちゃんの新形態の話しようぜ!」

「レインボーメアちゃん、モスラメア……呟きをチェックしてみると、色んな俗称が既に広まっているみたいだお」

「きっとパンフレットを買えなかった人たちなんでしょうね……可哀想に」

「それは戦争だろ常識的に考えて」

 

【ちっ】【チッ】【ファッキューデッキ】【クソが】【俺の前で売り切れた悲しみ(´・ω・`)】【地元の映画館パンフ置いてないねん】【上映後は夢見心地で駐車場に戻ったから買い忘れちったぜ】【ネタバレ怖いから上映後に買おうとすると頻繁に忘れる俺がいる】【パンフ結構新情報載ってんのよな】【フェアリーバースト・アイン・ソフ・オウルだっけ新形態の名前】【長いから結局レインボーメアちゃんで定着しそうだな】

 

 光井メアの覚醒形態。予告から徹底的に隠されていたその姿は、これまでに登場したフェアリーバーストとも明確に異なる彼女だけの形態として描写されていた。

 映画ではその名称が語られていなかったが、詳細は劇場内で販売されていたパンフレットに記載されている。

 バーチャルデキルオはそのパンフレットを読み上げながら、実にオタク的な満面の笑みで語り出した。

 

「そう! メアちゃんの辿り着いたフェアリーバーストは炎のインフィニティーバーストとはやっぱり違うようです。それも、満を持して……と言ったところでしょうか。無限光アイン・ソフ・オウルから拝借して「フェアリーバースト・アイン・ソフ・オウル」と来ましたよ! シェリダーへのラストアタックになった必殺技が「アイン・ソフ・オウル」だったことからもしやと思いましたが……」

「コイツ神話の話になると早口になるな」

「セフィロトの樹は必修科目だお。ヤルオにも憶えがある……」

「学生時代はお前の方がオタクだったもんな」

「僕はヤルさんを超えてしまったんです……!」

 

【メアが世界樹サフィラ由来の三本のリボンを繋げて一本の大剣に変えるシーン良かった……】【そして放つ、必殺剣アイン・ソフ・オウル! シェリダーは死ぬ】【裏ボスっぽくグレイスフィアの力を吸収して復活したのはいいけど、直後に全戦力が集まってフルボッコにされるシェリダー君かわいそうでざまあないね】【多分メアちゃんとリイン君だけでも倒せたよな……】【いや劇場版の大ボスだけあってグレイシェリダーは強かったよ。ただ相手が悪かった】【メアちゃんのラスボス戦はケテル戦で終わって、後は全員集合の劇場版らしいオールスターだったね】

 

 極彩色の蝶の羽に変わったメアの活躍シーンとしてケテル戦の次に挙がったのは、ケテルとの決着後に繰り広げた爽快なラストバトルである。

 前作で自爆して以来、生死不明となっていた深淵のクリファ「シェリダー」。人間世界で人知れず暗躍していた彼はグレイスフィアの邪悪の樹に目をつけ、その力を吸収することで「グレイシェリダー」として転生復活したのだ。

 そんな彼とメアたち、そして満を持して合流してきた炎たち遠征組が全員集合する形となったのが、劇中最後の戦いだった。

 敵は強大であったが、負ける気はしない。ケテルやエイト、カロンまでも全面協力したことでシェリダーは今度こそ消滅し、物語は大団円となる。

 少年漫画的な顛末は、視聴者たちに原作の話を思い出させるものであった。

 

「みんなも言ってるけど、確かになんか……ラストは昔のアニメ映画を彷彿させる派手な締めだったお」

「メアの物語としては、ケテルとの決着がついた時点で締めても良かったと思います。でも、真の裏ボス登場は私としては嬉しいおかわりでしたね」

「シェリダーが暗躍している伏線は、炎たち出張組の話で出てたから唐突ってわけじゃなかっただろ。それに、最後は全員集合してドッタンバッタン大騒ぎで巨悪を倒してスッキリ! そういうのでいいんだよ。炎たちが駆けつけてくれたシーンで、年甲斐もなくガッツポーズしただろ」

 

【わかる】【突然ゲートが開く→新手か!?→前作主人公登場の流れは健康に良い】【まあ話としてはケテル戦のしんみりした決着の方が好きなのはある】【それはそれとしてIQの下がるド派手なラストバトルは映画に必要】【リインカーネーションしても全然変わっていないシェリダーは良い対比キャラだったわ。特に同情もできず気持ち良く倒されてくれたし】【腐蝕解禁したリイン君強すぎて対話を選んだメアちゃんが正しかったことを証明してくれたのも良かった】

 

 全体的に見て、主人公が変わっても物語の根本は変わっていなかったように感じて彼らは安心したものである。

 同じことを、多くの者たちも感じていたらしい。

 

「主人公のメアちゃんはもちろんですが、しっかり登場人物が全員活躍してくれたのが、長年のファンとしてはポイント高いですよね」

 

 もちろん全ての人類が同じように絶賛するものではないだろうが、長年見続けていたファンに対するご褒美としては掛け値なしに、最高の映画だったとバーチャルデキルオは評価していた。

 故に、語りたい。

 まだ、語り足りない。

 彼はこの気持ちを共有する為、台本の無い司会を気ままに続けた。

 

「では、次は誰の活躍を語りましょうか?」

「人気順にT.P.エイト・オリーシュア──はトリにしておくとして、メアちゃんの次に語るならリインだろ。キーパーソン的に考えて」

「アリスちゃんでもいいお! 旧映画の単発ボスキャラだったあの子が主人公の相棒ポジションになってたのは地味に衝撃だったお……」

「闇雲兄妹も出世しましたよねー。特にカケル君はなんかラノベ主人公みたいな境遇になってますよ」

 

【初恋で憧れのお姉さん:エイト】【天才の妹:アリス】【学内最強のクラスメイト:メア】【性別不詳のサイエンティスト:サイバーコネクトの人】【マジでラノベ主人公みたいで草】【カケルのスーツ造ってた子妙にデザイン凝ってたけど新キャラだったの?】【台詞無かったけどあの子好き】【なおお兄ちゃんの女性観はエイトちゃんにおしまいにされているので恋愛はできん模様】【カケル中心のスピンオフか続編はあると思ってる。魔王様も結構気に入ってるみたいだし】

 

 バーチャルデキルオは、今日もこの何気ないひと時を楽しんでいく。

 その時間はいつまでも続くものではないとわかっているからこそ、彼はただこのふざけ合った時間を踊るように満喫していた。

 

「まったくもって……コンテンツが続くというのは嬉しいことですね!」

 

 ──そんな、とある世界線のお話である。




 シリアスだったのでアホ三人で調整しておきました。
 次回、エピローグで劇場版メア編完結です。


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ラストバトルだよ! 全員集合

 SAOオーディナルスケールみたいな構成好き。


 光井メアが自らの父であるサフィラス十大天使の王ケテルを破り、懸命な訴えによって和解を果たした後。

 

 町に佇む邪悪の樹を喰らい、最後の敵が現れたのが夜明け前のことだった。

 

 

 ──その敵の名は、「グレイシェリダー」。

 

 

 邪悪の樹をその身に取り込んだことで変質した漆黒の「大樹の巨人」とも呼ぶべき怪物の正体は五年前、アビス・ゼロ帰還の贄となるように自爆し、生死不明となっていた深淵のクリファ「シェリダー」が復活した姿であった。

 

 彼はあの時、死んでいなかったのだ。人知れず人間世界に潜伏していた彼は、アビス・ゼロが眠りについた今でもなお悪意を抱えたまま再び蘇る日を待ち続けていたのである。

 

 そんな彼が目をつけたのが、この世界に出現した邪悪の樹──グレイスフィアの力だった。

 

 アビス・ゼロとの繋がりが薄れた今、本来であれば深淵のクリファが転生するには年月が足りなかった筈である。しかし元々がアビス・ゼロから切り離された存在であるグレイスフィアの力は、彼にとって極上のエネルギー源となった。

 

 人間世界に潜伏していたシェリダーは世界中の邪悪の樹から力を吸収すると、最後の一本である明保野市の邪悪の樹と一体化することによって以前の力を大きく上回る「グレイシェリダー」としてこの世界に生まれ変わったのだった。

 

 グレイスフィアの力で生まれ変わった──という一点にのみ注視すれば、彼もまたアディシェスの生まれ変わりであるリインと同じ存在なのかもしれない。

 しかし再誕の際にも深淵のクリファだった頃の悪意を捨て去らなかった彼は、リインのように人と対話ができるような理性を持ち合わせていなかった。

 その心にあるのはアビス・ゼロの影響下にあった頃と何も変わらないどころか、より強くなった獰猛な狂気である。

 メアやリインの呼び掛けに対してさえも、彼は世界を滅ぼしてもなお有り余るほどの殺意を返していた。

 

「あんなのが暴れたら、この町は……!」

 

 暴力性も、凶悪さも圧倒的に強化されている。

 全長200メートルを超す大樹の巨人はただ破滅だけをこの世界にもたらし、その巨体が一度着地するだけで町は一瞬で修復不可能な状態へと陥るところだろう。

 

 

 ──しかしそこでただ一人、T.P.エイト・オリーシュアだけはグレイシェリダーの爆誕を見てニヤリと唇の端を吊り上げていた。

 

 

 彼女は最初から、彼がこの場に蘇ることを予測していたのだ。

 故に彼女は、彼女らは町に被害を与えぬよう、十全な対策を用意していた。

 

 

『今だよ、姉さん!』

『わかった』

 

 

 遠隔のテレパシーによってエイトからの指示を受け取ると、それまで見晴らしの良い明保野タワーの頂上に一人ポツンと佇んでいたカロンが沈黙を破り、動き出した。

 

 カロンはこんなこともあろうかと、エイトから事前に分け与えられていた力を使って実体化すると一時的に全盛期の力を取り戻し、最高天使の証たる十枚羽の姿へと変貌していく。

 そんな彼女は凜とした眼差しでシェリダーの姿を見据えると、普段は変化の乏しい表情に心なしか気合いの入った動作で右手を高々と振り上げ、その手元に一冊のノートを召喚した。

 

 

 怪盗ノート──おびただしい量の闇の力が結集しているそのノートには、この日の為にエイトが「異能怪盗」として世界中の子供たちから預かってきた力が収められていた。

 

「──────」

 

 カロンは異能のエネルギーの塊とも呼ぶべきそのノートを媒体にして、古の天使にのみ扱える古代フェアリーワールド語によって詠唱を唱える。

 そして彼女はグレイシェリダーが降り立とうとする場所を中心点として、この町一帯をさらに上回る超規模に渡って聖術を発動した。

 

『我が手により開け──「冥府夢鏡」』

 

 その術の名を唱えた瞬間、彼女らとグレイシェリダーが対峙する明保野市が、「鏡の世界」へと切り替わった。

 

 原初の大天使カロンには、次元や空間を意のままに操る特異な能力が備わっている。

 彼女はその聖術によって明保野市を模した「鏡の世界」を創造し、望んだ者たちだけをその世界へと一斉に転移させたのである。あまりにも一瞬の発動であった為、彼女以外の者の目には突然周りから非戦闘員の姿がいなくなったように見えたことだろう。

 

 その「冥府夢鏡」──鏡の世界の景色は暗闇の世界に落ちた明保野市そのものと言ったところであったが、もちろん本物の明保野市では無い為この空間の中ではどれほど建造物を壊そうと現実の明保野市には一切影響しない。

 

 全ては救世主たちが周りへの被害を気にせずグレイシェリダーとの決戦に挑む為に発動した、原初の大天使カロンの秘技だった。

 

 

「カロン様……凄い……」

『娘が頑張ったのだ。このぐらいのことをしなければ、母を名乗る資格は無い』

「……ううん、資格なんて要らないです」

『む……』

 

 

 かつては神に最も近い大天使と言われた原初の大天使の人知を超えた力を見て、光井メアは改めて惜しみない敬意を払う。

 カロンの佇む明保野タワーの頂上を通り抜けながら、メアは彼女に深々と頭を下げた。

 

 

「その……ありがとう、お母さん。それと……今までお礼を言えなくて、ごめんなさい」

 

 

 グレイスフィアの端末から助けてくれた時、礼も言えなかったこと。

 自分のことを「娘」と呼んでくれたのに、彼女のことを「母」と呼ぶことができなかったこと。

 父であるケテルと向き合えたことでようやく自分自身の気持ちに正直になれたメアは、彼女自身の素直な気持ちで彼女を「母」と受け入れ、こんな時ではあるが改めて言った。

 

 

『ふっ……』

 

 

 そんな彼女の言葉を受けて──カロンは一瞬呆気に取られたように硬直した後、その顔にまさしく女神のような慈しみの笑みを浮かべる。

 

『行け、メア。……しかし、無理はするな。汝が傷つくと、私は悲しい。カバラちゃんもそう言っている』

「キュイッ!」

「あ……ふふっ」

 

 真の敵との最後の戦いに赴こうとするメアを止めずに送り出しながらも、彼女の眼差しからは娘の身を案じた心配の気持ちが覗かせてくる。

 普通の家庭とは言い難いが……それでもメアはこの時、生まれて初めて「母の愛」というものを感じた気がした。

 

 カロンは自身が形成したこの空間の維持に専念する為、その場から動いて戦闘に参加することはできないとのことだ。

 そんな彼女の足元では興奮気味に尻尾を振り回しながら、カバラちゃんがつぶらな眼差しでメアの応援するように見つめていた。

 

 ──行け、と。彼女も本当にそう言っているのが伝わった。

 

 

「はいっ! 行ってきます!」

 

 

 二人の意志を受け取ったメアは無敵の気分で高揚すると、極彩色の羽を羽ばたかせて大樹の巨人グレイシェリダーの元へと向かっていった。

 

 彼女のおかげで、町の被害を気にする必要は無くなった。家族の支えがある限り、もう何も怖くはない。

 

 

 ──そんな光井メアがグレイシェリダーとの戦いで獅子奮迅の活躍を見せたことは、当然の結果だったと言えるだろう。

 

 

 連戦の後ではあったが戦闘を続行する余力を残していたメアはよりパワーアップした三つのフォームに加え、極彩色の羽から放つオーロラ色のビームや鱗粉が繰り出すテクニカルな撹乱能力によって、果敢にシェリダーを攻め立てていった。

 

 そして敵が強固なバリアを張って守りを固めようとすれば、彼女の元に颯爽と駆けつけたリインが放つ灰色の閃光が、瞬く間にその障壁を「腐蝕」させていく。

 

「リイン!?」

「僕も戦うよ、メア。君のおかげでやっとわかった気がする……本当に戦うべき相手が誰なのか」

「うん……うん! 一緒にやろっ!」

 

 メアと話し、その戦いを見届けたことで、答えを得たリインは憑き物が落ちた顔で彼女に微笑みかける。

 まさしく彼は自らの力を向けるべき相手はメアたちではなく、他者を顧みず己の力を暴虐に扱う者たちであることを理解したのだ。

 

 

 ──そうして今、何者でもなかった灰色の堕天使はこの世界を守る新たな救世主となった。

 

 

 そんな彼の選択にメアは喜びを隠せず、上ずった声で強く、強く頷いた。

 

 共闘する二人の戦いは圧巻であった。

 リインが腐蝕の力でシェリダーのバリアを無効化すれば、メアが暴力的なオーロラの光を敵の本体に叩き込んでいく。

 お互いの役割を熟知し合った即興とは思えない巧みな連携で敵を翻弄していくと、かつての同類に牙を剥くリインに対してグレイシェリダーが怨嗟の叫びを上げた。

 

 

オレをウラギるのかアディシェス!! おマエもマガいモノにミカタするのかァァアアア!!

「僕はリインだ! もうあの頃のように目の前の全てを壊し回るだけの人生なんてたくさんだ! 君も生まれ変われ! あるべき場所に!」

ホザケえええええええっ!!

 

 

 魂の叫びであった。

 たとえ前世の罪を忘れる事は無くても、自分が何者でもなくても……リインは自身が「そういう存在」として生き続けることを受け入れると、心に決めた。

 

 故にリインは、シェリダーの叫びがどれほど心に刺さろうと迷いは無い。

 

 そして、誰よりも……今の彼には目の前の残酷で美しい世界と向き合う勇気をくれた──灰色の虚無から連れ出してくれた少女がいた。

 

 その彼女の姿を横目に一瞥した後、彼は大樹の巨人に拳を叩きつけ、シェリダーは痛みに呻いた。

 リインは直前で目の当たりしたメアとケテルのぶつかり合いに倣うように、思いの丈を込めて叫ぶ。

 

 

「それに……彼女は紛い物なんかじゃない! 天使ではなくても、ダァトではなくても! 僕にとっては誰よりも立派な本物なんだ!」

ウまれカわりのなりゾコないがあああああああっっ!!

「っ、リイン! 離れて!」

 

 

 まるで人間のような青臭い言葉を放ちながら高揚するリインに煽られたように、シェリダーの攻撃がさらに激化していく。

 彼の全身から放たれる漆黒の閃光は、力任せながらも膨大な出力に任せた隙間の無い弾幕となって二人の身を襲っていった。

 

 

 ──しかしその直後、彼の弾幕は横合いから割り込んできた光と闇の砲撃によって掻き消されていった。

 

 

 その光景にリインは笑い、メアは驚きに目を見開いた。

 

 

「そうだろう? T.P.エイト・オリーシュア!」

「ああ、キミの言う通りだ」

ダァト!?

 

 

 それは、リインを襲った弾幕をエイトの闇の力が相殺し──

 

 

『己の速さを過信するな。受けると決めたのならホドの力を使え』

「……っ、お父さん……!」

 

 

 メアを襲った弾幕を、ケテルの放つ光の力が撃ち落としたのである。

 

 最強の大天使が、二人の味方として駆けつけてくれた瞬間だった。

 

 

 ──そしてこの「鏡の世界」に入り込んできた援軍は、彼らだけではなかった。

 

 

「力動長太、参上っ!!」

なに!? キサマは……!

「今度は逃がさねぇぜシェリダー! ここで会ったが百年目って奴だ」

「っ……長太さん!?」

 

 

 突如としてゲートが開くと、冷気を纏いながら勇猛果敢に飛び出してきた筋骨隆々の青年が、氷の斧を敵に叩きつけていったのである。

 リーゼントで固められた特徴的な髪型をした青年は、セイバーズの誇る最強のエースの一人である氷結の異能使い力動長太だった。

 

「よう、メアちゃん! なんか……偉いことになってんな……」

「そ、そうですか?」

「おっと、援軍はまだまだ来るぜ!」

「……!」

 

 そんな彼の乱入からワンテンポ置いて、次はゲートから二人の大天使が姿を現す。

 いずれもメアにとって顔馴染みで、交流のあるフェアリーであった。

 

 

『百年目って……たかだが二十年ちょっとしか生きていないくせに何を言っているのでしょうあの筋肉は』

「マルクト様?」

『いや、チョータの言葉はそういう意味で言ったんじゃないと思うよ。どうにも「落語」っていう人間世界の文化で馴染みのある表現らしい。ここで出会ったのが運の尽きだと思え!とか、長年捜していた相手に巡り会った時に遣うみたいだね』

「ケセドも!」

 

 

 少女と少年、小柄な二人の天使は共にサフィラス十大天使の一角──「王国」の大天使マルクトと「慈悲」の大天使ケセドである。

 

『やあ! 遂に覚醒したんだね、メア。綺麗だよ、その姿』

「あっ……うん、ありがとう。ケセドも、その姿で会うの珍しいね……マルクト様は、お変わりなく」

『なんとなく、そういう気分だったんだよ』

『貴方今私の身長見て笑いましたか? ちょっと背が伸びて並んだからっていい気にならないで……って……綺麗じゃないですか、その姿』

「えへへ……ありがとうございます。……だけど、みんなは海外にいた筈じゃ?」

 

 この場に来れる筈の無かった援軍の登場に困惑するメアに対して、光の矢を放ちながら黒髪の大天使が答えた。

 

 

『いわゆる、天狗の抜け穴って奴だね』

「ビナー様!」

『みんなは私が一度エロヒムに回収した後、そこからこの町にゲートを開いて送り込んだんだ。異世界を通した変則的なワープって奴さ。……多分後でケテルから怒られるけど、間に合って良かった』

 

 

 T.P.エイト・オリーシュアのような直接的なテレポーテーションとは違うが、異世界へのゲートを応用した移動手段は物理法則を無視したダイナミックな移動が可能となり、大人数を巻き込んで目的の位置に送り出すことが可能であった。

 

「じゃあ……」

 

 それならば、と……メアはこの町には、「あの人」も来れるのかと息を呑む。

 そんな彼女のざわめく胸中に、「理解」の大天使ビナーはあっけらかんと答えた。

 

 

『うん、彼もいるよ』

 

 

 

 ──瞬間、誰よりも眩しい虹色の焔がグレイシェリダーを襲った。

 

 

ギャアアアアアアアアアア!?

 

 大樹の巨人が、天を裂くような苦悶の叫びを上げる。

 ∞の字を描くような光輪から虹色の火の粉をジェット噴射のように吹き散らしながら、彼女の目の前に暁の救世主は帰還した。

 

 その到着にメアは思わず、目頭が熱くなった。

 

 

「待たせたな、メア。俺がいない間、よく町を守ってくれた」

「……っ! ……うん、メア、やったよ」

 

 

 暁月炎──メアがこの世で一番大好きな兄だ。

 

 あまりにも急な登場を前にして、こぼれ落ちた言葉は語彙力を失っていたが……多くを語らなくても寡黙な兄は彼女の気持ちを誰よりもはっきりと理解してくれていた。

 彼はメアの頭を労うようにポンと撫でた後、鏡の明保野市に佇む破滅の化身を見据えて頷いた。

 

 虹とオーロラ。

 姿は違えど極彩色を纏った二人の救世主は、それぞれの手に剣を取りながら倒すべき敵の姿を捉える。

 

 

「一緒に倒すぞ。俺たちみんなで」

「うんっ!」

 

 

 彼らだけではなく、地上を見れば種族、国籍問わず加勢に駆けつけてくれた大勢の有志たちの姿が続々と集まっていた。

 

 力動長太が。

 風岡翼が。

 闇雲アリスが。

 闇雲カケルが。

 親善大使たちが。

 ハニエルが。

 ザフキエルが。

 ハーンフ・リーが。

 マルクトが。

 ケセドが。

 ビナーが。

 暁月炎が。

 ケテルが。

 カロンが。

 カバラちゃんが。

 

 

 そして──T.P.エイト・オリーシュアが。

 

 

 駆けつけてくれた皆の想いが、何者でもなかった光井メアとリインを助けてくれる。

 それに応えたいと思えば思うほど、その想いは二人にどこまでも強く、無限の力を与えてくれた。

 

 彼女の勝因はただ一つ。

 億千の巡り会いの中で、今この瞬間まで積み重ねてきた天下無敵の絆であった。

 

 ──故に、どれほど敵が強大であろうと負ける筈は無い。

 

 

 

「今だ! メア!」

「貴方の力も借して、サフィラ……聖龍アイン・ソフ!」

 

 

 

 激闘の中で、皆の援護が作り出してくれたチャンスをメアは見逃さなかった。

 リインが切り開いた道を行き、少女がこの戦いに終止符を打つ最後の一撃を繰り出す。

 ポニーテールから振り解いた三色全てのリボンをその手の中で束ねると、メアはサフィラフォームの白い髪をバサリと広げ、昔と同じストレートヘアーに戻る。

 

 そんな彼女が広げた両手にはリボンでも細剣でも盾でもない、長さ三メートルを超える一本の大剣が携えられていた。

 

 三人の大天使がくれたそのリボンには世界樹サフィラの繊維が編み込まれている。

 すなわち──聖龍アイン・ソフが世界樹と同化する際、死ぬ間際に遺した最後の力もまた込められていたのだ。

 

 その力を引き出せるようになった今、光の龍の力を借りて──メアは必殺の一撃を解放した。

 

 

 

「アイン・ソフ・オウルッッッ!!」

 

 

 

 自らの最期が訪れるその時まで二つの世界を見守り続けてくれた、偉大なるフェアリーワールドの神アイン・ソフ。

 黄金に輝く刃に彼の想いも乗せて、メアが振り放った斬撃はグレイシェリダーの存在を壮烈な閃光の彼方へと送り飛ばしていった。

 

 

……このヒカリは……そうか……これが……

 

 

 砂のようにサラサラと崩れていく肉体を見届けながら、メアはほんの少しだけ、シェリダーから発せられる気配が穏やかになっていくのを感じた。

 

 

「あ……」

「行くな、メア……良いんだよ、もう」

「リイン……」

 

 

 散る間際、力無く何かを口漏らしていった彼の姿に哀れみを覚えたメアは、その光に向かって手を伸ばしかける──が、隣にいたリインが彼女の腕を引き留めるように掴んだ。

 

 そんな彼は小さく首を振ると、消えゆくかつての同胞に対してただ静かに、黙祷を捧げた。

 メアもまた、そんな彼に倣って祈りを捧げていく。

 

 

これが……ホロびるということ……

「さよならだ。シェリダー」

「……おやすみなさい」

 

 

 

 いつか、ここではないどこかで……生まれ変われるといいね──と。

 かつて自分を看取った時の天使の言葉を借りるように、リインはそう言って深淵のクリファの終焉を見届けた。

 メアもまた、古の時代から死ぬこともできずに悪意を振り撒き続けていた彼に対して、せめて静かな眠りを願った。

 

 

……ああ……ダァト……これが……ココロなの、か……?

「……安らかに眠れ。シェリダー」

 

 

 そして彼の問いに答えるように告げたT.P.エイト・オリーシュアの言葉が、彼の聴いた最後の言葉だった。

 

 

 

 

 

 ──そうして、後に「悪夢の再誕」と言われることになる一連の事件は幕を下ろした。

 

 

 

 全ての災いが消え去った朝日の光が差す町の中で、集結した救世主たちは大きな一仕事を終えたことに各々が息を吐いて脱力する。

 親分肌の力動長太は今回の戦いに尽力した若者たちの肩を叩いて労い、風岡翼やビナーたちフェアリーワールドの天使は開け放たれた人間世界の青空の眩しさに心地よさそうに目を細めた。

 

 

 そう、戦いは終わったのだ。

 

 この町に集った、誇り高き救世主たちの手によって──。

 

 




 エピローグまで行かなかったのでまだ1話続きます。
 久しぶりにたくさんキャラ書けて楽しかったです。こなみ


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チート原作主たちは完璧じゃなくてもいいそうです

 リインの目を通して事の顛末を見届けたグレイスフィアは、この世界に送り込んでいた全ての端末を引き上げさせた。各国の「邪悪の樹」も同様に、その全てが霞のように消え去ったとのことだ。あれほどの大樹が一夜にして消えた事実に、今頃世界は大慌てだろう。

 邪悪の樹に吸い取られていた星の力も大きな被害を出す前に吸い上げを止めてくれたようで、結果を見れば今回の事件の被害は最小限に留まったと言えた。

 

 

 グレイシェリダーとの死闘を終え、眩しい朝日が色とりどりの花々を照りつけている丘の上。

 全てが終わり、これから打ち上げにでも行こうかという賑やかな雰囲気の中、談笑を交わす戦士たちの元から遠ざかるように離れた場所で、一人青空を見上げているリインの姿を見てメアが呼びかけた。

 

「リインは、これからどうするの?」

 

 グレイスフィアにはもう、人間世界に牙を剥く意思は無い。

 ならば彼の為にこの世界に渡り来たリインは、その転機に何をして生きるのかと問い掛けたのである。そんな彼女の問いに、灰色の少年は力の抜けた笑みを浮かべて答えた。

 

「僕は虚無の世界──グレイスフィアのところへ帰るよ」

「それって……」

 

 彼にはこのまま、人間の世界に居座り続ける気は無かった。

 メアはそれを「自分がこの世界にとって危険な存在だから」という後ろめたさによる選択かと疑ったが、心配する彼女の思考を読んでリインは首を横に振った。

 

 確かにリインの中では、これだけのことをした自分自身に対する罪悪感は大きい。

 しかし今の彼を突き動かしているのはその気持ちだけではなく、自分が果たすべき使命はグレイスフィアの元にこそあるからだと語った。

 

「グレイスフィアは今回の件を通して、君たちのことをもっと深く理解したいと思い始めている。僕はそんな彼に、君が教えてくれたことを伝えてあげたいんだ。僕自身の言葉で……君が、君のお父さんに伝えたように」

「そっか……うん。いっぱい伝えてあげて、貴方の思いを」

「ふふっ……彼には故郷に帰るのをまた我慢してもらうことになるけど……そこは僕が、必ず説得するよ」

 

 メアたちと戦いたくないというリインの気持ちを受け取り、この世界から手を引いたグレイスフィアだが、故郷に帰りたいという彼自身の気持ちは依然として変わっていない。当面の問題はそこにあると、二人は考えていた。

 アビス・ゼロから切り離された存在であるグレイスフィアは、フェアリーワールドの世界樹サフィラにとってはただそこに居るだけで有害な存在である。

 その事実を覆さない限り、フェアリーワールドはどうあっても彼の帰還を許可することはないだろう。本質的な問題は山積みだった。

 

 だが、今はそれでもいい。

 今はまだ、完璧であることにこだわる必要は無いのだと……二人はお互いとの対話を通してそういう考え方ができるようになっていた。

 

 悲しいばかりではないこの世界なら、いつか必ず、グレイスフィアにとっても優しい未来を見つけることができると──リインの胸にも希望が芽生えていたのだ。

 

 尤も、彼にもうしばらくの間我慢を強いることになるのは、とても心苦しく思うが……

 

「僕らとしては、君やダァトがフェアリーワールドの王になってくれた方が都合良かったんだけどね」

「やめてよ貴方まで……私はそんな器じゃないってば。エイトお姉ちゃんなら、できると思うけど」

「君たちは優しいから好きだ。グレイスフィアはケテルと交渉するのを凄く嫌がってる……彼は、とても怖い王様だから」

「大丈夫だよ。仲介ならいつでも手伝うから」

「……ありがとう。何年後になるかはわからないけど……その時が来たら、頼りにさせてもらうね」

 

 だからこちらの問題を片付けたら、また会いに来ると。彼はそう言って笑った。

 彼もまた、自分自身の戦いに赴くのである。

 故郷に帰る為に誰かを傷つけるのはやめようと、そんな切実な思いを自らの「神」に伝える戦いに。

 

 決意の固まった目で見つめる彼に向かって、メアはおもむろに右手を差し出した。

 

 

「寂しくなったら戻ってきてね。ここもきっと、貴方の居場所だから」

「……! うん!」

 

 

 爽やかな風に草花が揺らめく中、何者でもなかった二人は固く握手を交わすと、お互いに再会を約束し合う。

 

 悪夢は終わり、澄み渡る青空に向かって飛び立っていく少年。

 彼の存在を祝福し、自分自身もまたまだ見ぬ明日に希望を抱く少女。

 

 少女は少年の姿がゲートの向こうへと消えるまで、月のような笑顔でいつまでも、いつまでもその手を振っていた──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 黄金(きん)のシンバル鳴らすように 囁くのはお日様

 

 「一緒においで 木々の宴に」 耳を澄ましましょう

 

 シャボンの雲で顔を洗い そよそよ 風と散歩

 

 「大丈夫きっと…」 羽根になるココロ

 

 ヒカリへと 放して ごらん

 

 

 虹を結んで空のリボン 君の笑顔へ 贈り物よ

 

 

 願いをかけましょう 夢日和

 

 明日また 幸せで あるように

 

 

 

 雲の綿菓子つまんでは 一休みの草原

 

 「風はどこへ帰っていくの?」 鳥に尋ねましょう

 

 夕日のレース肩にかけて 伸びてく影とかけっこ

 

 「見守ってる ずっと……」 光る宵月の

 

 優しさに 抱かれて ごらん

 

 

 星を並べて空のボタン 夜のカーテンを 留めてあげる

 

 

 明日も逢えるよ 夢日和

 

 その笑顔 忘れずに いるなら

 

 

 

 「大丈夫きっと……」 羽根になるココロ

 

 ヒカリへと 放して ごらん

 

 

 虹を結んで空のリボン 君の笑顔へ 贈り物よ

 

 

 願いをかけましょう 夢日和

 

 明日また 幸せで あるように

 

 

 

 

 ── 明日また幸せであるように ──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 自分たちとは違って、どこまでも前向きな別れを終えた少女の様子を遠目に眺めながら──神の座に最も近しい大天使たちは、二人揃って寂しげな表情を浮かべていた。

 

 

『また……死に損なったか……』

 

 

 その内の一人であるフェアリーワールドの王が、遠い昔のことを思い出しながら、自嘲気味にぼそりと呟く。未来への希望に満ち溢れている彼の娘とは実に正反対な、酷く後ろ向きな言葉である。

 そんな彼の呟きに、旧時代の同胞である白き原初の大天使が反応を返した。

 

『まだ、その時ではないということなのだろう』

『…………』

 

 聖龍亡き今、カロンは最古のサフィラス大天使であるケテルに対して唯一対等な口を利くことができる人物だ。

 そんな彼女もまた、今の自分のように死ぬべき時に死ぬことができず、生命の使いどころを逃してしまった者同士であり──だからこそ、ケテルはずっと彼女のことを嫌っていた。

 

 今にして思えばそれは、同族嫌悪の感情だったのかもしれない。

 

 しかしそんな彼女が見せる横顔は、ケテルの知るカロンという陰気な大天使のそれではなかった。

 どこか、これから先の未来を楽しみにしているような……その黄金の瞳には、目も眩むほどの希望の光が射し込んでいるように見えた。

 

『この頃、私は思うのだ。我々にはまだ、この世界で為すべきことが残っているのではないか、と』

『……それが終わるまで、余らは還れぬと? ……残酷なことを言う』

『すまない』

『良い。それが、生きるということなのだ』

『……そうだな』

 

 彼女なりの励ましのつもりで掛けたのであろうその言葉を、ケテルは珍しく──いや、初めて素直に受け止めることができた。

 

 死に損ない同士仲良くする──ということは今後もできそうにないが、似たような立場になって初めて、かつての彼女に対してシンパシーを感じることができたのかもしれない。

 それはほんの僅かではあったが、この数年間で彼の中に起こっていた心境の変化だった。

 そんな彼に対して、カロンは言葉を続ける。

 

 

『だが、それだけではないということを……あの子たちが教えてくれた』

 

 

 ケテルは王として、カロンは世界樹として。

 この残酷な世界の中で永く生き過ぎてしまった二人にとって、尚も世界の為に生き続けることは残酷と言うほかないことである。

 

 しかしそんな苦しみの中にも、何物にも変え難い幸福な救いがあったことを……カロンは穏やかな眼差しでケテルを見つめ、言い放った。

 

 

『ありがとう、ケテル』

 

 

 お礼を言えなくてごめんなさいと……まるで彼女にそう語った娘に倣うように、カロンはケテルに向かって真摯な態度で頭を下げた。

 

 それはケテルにとって、古の時代を思い返してみても初めて目にした光景だった。

 

 

『汝は、最高の王だ。世界を導いてくれて、ありがとう』

『……お前……』

 

 

 ケテルが彼女のことを嫌っている理由の一つには、同族嫌悪の他にもう一つある。

 

 

 それは自分に対して、心の中でいつも罪悪感を抱いていたからという理由だった。

 

 

 ……かつて、ダァトのことを一人で深淵の世界へ行かせたことが気に入らなかったのも確かにある。

 だが、ケテルとてあの時はそうする以外に世界を救う手立てが無かったことを理解している。何よりその後悔はケテルの中では彼女を憎む理由と言うよりも、非力だった自分自身への恨みとして刻まれていたのだ。

 故に、彼は決してその件で彼女のことを恨んでいたわけではなかった。

 

 

 それに……あの時、大切な妹を失って一番辛かったのが誰であったのか……他ならぬケテル自身が、誰よりも深く理解していた。

 

 

『王としての振る舞いは、貴様の為に行ったことではない。だが……礼は受け取る』

『助かる』

 

 

 ……何が、助かるものか。

 

 しかし、彼女から謝罪の気持ちではなく感謝の気持ちを受け取ったことで初めて、ケテルは昔からずっと苦手だったこの大天使と向き合えるような気がした。

 

 

『カロン』

『なんだ?』

 

 

 思えばこれほど含みのない感情で、彼女の名前を呼んだのはいつ以来のことだろうか? 

 もはや摩耗し切った古の記憶を思い返してみると、それはケテルがまだ生まれて間も無かった頃──彼女とダァトがいて、父なる聖龍アイン・ソフもいた束の間の平和な一時のことだった。

 

 後に生まれくる天使たちの「王」となるべく生み出されたケテルは、立派な大天使になる為に一心不乱に二人の背中を追い掛けていたものだ。

 あの頃と比べて少しは追いつくことができたかと、初めて前向きな気持ちになりながら、ケテルは彼女に問い掛けた。

 

 

『お前は今、幸福を感じているか?』

『……?』

 

 

 唐突に投げかけた突飛な質問に対して、カロンがキョトンとした眼差しを返す。

 その反応に思わず、ケテルは苦笑を溢した。

 

『いや……良い。今のお前には、必要の無い問いだろう』

『……そうか。そうだな』

 

 自分自身の感情を何故か他人事のように語るカロンの姿に、ケテルは昔のままだなと嘆息する

 わかり切っていたことを唐突に問い掛けたのは、今目の前にいる彼女があの時のような憑き物の落ちた、穏やかな顔をしていたからである。

 知らない者が見れば変化が乏しく思える彼女の表情であるが、腐れ縁故に今のケテルには容易く読み取ることができた。

 

 

 彼女は今、この世に生まれてから最も幸福を感じている。

 

 

 ……これも、彼女の影響なのだろうか。

 

 

 噂をすれば何とやらか──穏やかながらも奇妙なその空気の中に、良くも悪くも場に似つかわしくない無邪気な気配が割り込んできたのはその時だった。

 

 

「あっ、いたいた! お、ケテルも一緒か珍しいね」

 

 

 T.P.エイト・オリーシュアである。

 メアや暁月炎たちと短めな言葉を交わした後、テレポーテーションで二人の元に駆け寄ってきたのだ。

 次元に干渉する聖術「冥府夢鏡」を使ったことでカロンの力はもはや尽き掛けている。実体を維持するのが困難となり、既にかすれ始めていた彼女は、エイトにワンタッチされた瞬間再び実体が形成された。

 戦いが終わった以上は霊体に戻っても問題は無い筈なのだが、実体を維持させてあげたのは今回の功労者である彼女に気を遣ったのだろう。

 

 ……そういう気配りの良さは、驚くほど「ダァト」と変わっていなかった。

 

「二人ともお疲れ様! ケテルもありがとね、遥々助けに来てくれて」

『余は旧時代の不始末を片付けに来たまでだ』

『面目無い』

 

 今回の件にフェアリーワールドの王であるケテルが直々に対処に当たったことをエイトが改めて礼を言うが、聖龍と原初の大天使が為せなかったことの尻拭いである以上、彼にとっては当然の責務であった。

 故にケテルがこの場に赴いたのは、責任感と言うよりは義務感に突き動かされたようなものである。

 

 しかしそんな彼の前で、エイトは何が楽しいのやら……微笑ましいものを見るような目で見つめてきた。

 

 

「だけどメアのこと、助けてくれたじゃん? ふふ、ボクは嬉しかったなー」

 

 

 ……自分自身でも意外に思ったことを、あっけらかんとした調子で突いてくる。

 しかしその言葉を否定する感情は、今のケテルには無かった。

 

 

「……助けられたのは、余の方だ」

「ん?」

 

 

 ケテルは娘と──メアと対峙した時、この胸に抱いた正直な心情をこの世界の言葉で呟く。

 それは意図して聞き取れないように呟いた小さな声だった為、エイトにも不思議そうに首を傾げられたが……それで良かった。

 

 

 そんなケテルの姿に微笑みを浮かべた後、カロンが彼女に向かって別の話題を振った。

 

 

『エイト、今後はどうする?』

「今後? そうだね。とりあえず今回盗んだ力を持ち主に返すとして……」

 

 T.P.エイト・オリーシュアは今回の件で、世界の裏で誰よりも奔走していた人物と言えるだろう。

 そんな彼女はしばらくの間自分自身が起こした行動の後処理に追われることになるだろうが──彼女の目はさらにその後のことも見据えていた。

 

 ぼそりと、今度は彼女が聞き取りづらい声量で呟く。

 

 

「……ボクも、里帰りしようかな……」

 

 

 珍しくも不安そうな顔で、振り絞るように紡ぎ出した言葉だった。

 他の者たちであれば、それは大天使ダァトの故郷であるフェアリーワールドへの帰還を意味する呟きとして受け止めたことであろう。

 しかし彼女の姉であるカロンと──ケテルだけはその言葉の真意を、正確に読み取っていた。

 故に、問い掛ける。

 この五年間で心の整理が付いたからこそ言葉にすることができた、T.P.エイト・オリーシュアへの最大の質問だった。

 

 

『それは……どちらの里だ?』

 

 

 「知識」を司る原初の大天使ダァトの故郷は、ケテルたちの住むフェアリーワールドである。

 しかし彼女と共にあるもう一つの魂の故郷は──おそらくは自分たちとは別の世界であろうと、ケテルは察していたのだ。

 

 その質問が彼の口から投げかけられたことはエイトにとっても予想外だったのか、彼女は一瞬目を丸くした後、頭を掻きながらたははと微笑みを返した。

 

 ダァト同様に頭の回転が早い彼女は、ケテルの質問の意図を即座に理解した上で、困ったような眼差しでケテルの目を見つめる。

 

 

「凄いな……気づいてたんだ」

『ダァトがどういう天使であったのかは、他ならぬ余が理解していたつもりだ。だが……もう良い。奴の魂が、そこに在るのなら』

「うん……今もダァトは喜んでいるよ。立派になったキミの姿を見ることができて」

 

 

 頭から外したシルクハットから差し込む朝の光に目を細めながら、T.P.エイト・オリーシュアが自らの胸に手を当てながら万感の思いで語る。

 その言葉に、ケテルは後ろを向きながら返した。

 

「そうか……」

 

 ケテルの言葉はそれだけだ。

 しかし、その口元は綻んでいた。

 それこそが五年前にも聞いた、嘘偽りの無い──生まれ変わった「彼女」の想いであることを、ケテルは本当の意味で理解したのである。

 

 

 

 ──そうして、彼の見ていた悪夢もまた、終わりを告げた。

 

 

 

 

 

 

   We'll meet again somewhere, someday.

 




 いい感じのエンディング曲と意味深なCパートでこれにて劇場版編完結です。最後まで読んでいただきありがとうございました!


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チートオリ主裏方編
ナマズはウロコが無い(迫真)


 蛇足な補足です。


 YUME日和、いいよね……

 

『いい……』

 

 はい。

 どこぞの山の頂上からおはようさん、T.P.エイト・オリーシュアです。眩しい朝日が視界一面に広がっている、綺麗な眺めだぁ……

 

 ケテルの意外な一面に驚かされた後、事の顛末を見届けた僕たちは、セイバーズの皆さんからの追及から逃げるようにテレポーテーションでその場を立ち去っていった。

 

 そんな僕は今まさに、今回の件で昂った内なるパトスを解放する為、僕たち以外誰もいない山の上でハープを弾きながら熱唱していたのである。

 

 うむ、改めて聴いても良い歌だよねYUME日和。のぶドラの末期が有終の美を飾った印象があるのは、大体この曲と当時の映画の出来が素晴らしかったからまである。色褪せない名曲と名作だよねー。

 のぶドラ末期と言えば他にも「またあえる日まで」や「タンポポの詩」等、記憶に焼きついた名曲は数多い。それらの曲は一つの時代の区切りとして、国民的ネコ型ロボットアニメの転換期を感動的に彩ってくれたものだ。ナマズから逃げるな? ……ごめん……

 

 

 そうだなー、里帰りしたらついでにカラオケにでも行ってこようかな? 前世では肺活量や音域的に歌えなかった曲も、今なら色々イケるし。TS美少女の特権である。いえい。

 

 しかしなんでYUME日和なの!? なんでYUME日和なの!? と、そう思った者もいるだろう。理由はズバリ、何となくだ。

 

 何となくではあるのだが、メアちゃんのテーマソングとしてこれ以上無いほどにマッチしていると思ったのである。

 

 いやね、前々から似合うと思ってたんだよ。まず夢日和と言うのが良いよね。夢=メアとも取れる。

 サビの「虹を結んで空のリボン」なんかド直球だし、こじ付けてみれば「お日様=灯ちゃん」「木々の宴=サフィラの祝福」「夕日のレース=炎」「鳥=ケセド」「光る宵月=カロン姉さん」とそれぞれ関わりの深い人物を暗喩しているように聴こえた。

 

『伸びていく影……はエイトか』

 

 おっ、それもいいなぁ! でも言うほどメアちゃんって僕とかけっこしているかな? 

 

『あの子は目標とする「なりたい自分」として、汝のことを追いかけていた……ように見えた』

 

 ……それはまた、光栄なことで。

 でも今はもう違うよね。あの子はもう、地に足ついた確固たる自分を持っている。飛べるけど。

 

『……そうだな。あの子は殻を破った。これからは汝ともケテルとも、違った未来を歩むだろう』

 

 いつの間にかこんなにも強くなっていた、姪の成長が嬉しいエイトちゃんである。

 そこに注視してみると「大丈夫きっと……」からの歌詞もメアちゃんから堕天使くん改めリイン君へのエールみたいに聴こえて実にエモいよね。僕が思っていた当初よりもさらにマッチしてしまい、これはもう歌うしかねぇと思ったわけである! 

 

 以上、エンディングテーマ担当のエイトちゃんでした──ってね。

 

 

 

 

 

 

 

 ……さて、それでは回想を始めようか。

 

 全部終わった今になって語るのも今更感があって何だが、今回の一件の裏で暗躍していた僕たちのことを語らねばなるまい。

 時系列から順を追って説明しようと思うのだが、あんまり長過ぎると「浸りすぎー!」と痛烈なツッコミを受けかねないから要点だけを掻い摘んで行くぜ。

 

 ……あれはそう、今から数ヶ月前のことだ。

 

 メアちゃんの通う学校にお忍びで侵入し、彼女らの授業風景を遠目に観察したり、音楽室でハープの練習をしたりと気ままな時を過ごした日の夜が、事の始まりだった。

 カバラちゃんを抱き抱えたカロン姉さんと横並びに歩きながら、明日は何をしようかと語り合って穏やかな夜道を歩いていると、堕天使くん──後にメアちゃんが「リイン」と名付けることとなる灰色の少年と出会ったのである。

 

 

「僕はグレイスフィアの堕天使……二つの世界は、狙われている」

 

 

 倒した筈の深淵のクリファアディシェスの魂を持つ少年は、僕と対面するなり開口一番に自らの目的を告げた。

 

 かつてアビス・ゼロから切り離された古の存在にして新たな敵、グレイスフィア。呼び方的には「Gray sphere(グレイ・スフィア)(灰色の球体)」が正しいのか「Grace fear(グレイス・フィア)(高貴なる恐れ)」が正しいのかややこしかったが、彼の話を聞くには両方の意味を含んだいい感じのダブルミーニングであることがわかった。

 

 生命と言うよりこの世の摂理とか戒律とかそういう類いの存在だったアビス・ゼロが、「心」を持つことを恐れた結果生まれた哀しき灰色の球体、それが彼なのだ。

 

 そのグレイスフィアが、人間世界を足掛かりにしてフェアリーワールドへと帰還しようとしている。

 それだけならまあお好きにどうぞという話ではあったのだが、人間世界の子供たちを始め関係の無い者も巻き込もうと言うのだから僕には当然看過できなかった。

 

 そんな僕の眼差しを受けて、堕天使くんは悲しそうな顔で告げた。

 

 

「君たちは勝てない……僕のところに来て。グレイスフィアを助けて、ダァト」

 

 

 そうして僕は、後にメアちゃんが聞かされることになるのと大体同じ情報を、一足早く堕天使くんから受け取ったわけである。

 同時に僕は状況を正しく認識し、この頭を駆け巡るオリ主色の脳細胞により全てを理解した。

 

 

 劇場版展開キタ━━ヽ(≧∀≦) | テ|ン|プ|レ |オ|リ|主|毎|度|あ|り|っ|!|(≧∀≦)ノ━━!!!!!

 

 

 と、ただならぬ予感に対して不謹慎ながら大いに湧き立ったのが、再び異能怪盗として暗躍することを決めたその時の僕の心境だった。

 

 

 ……だってよ、突然生えてきたいかにもヤバそうな新勢力だぜ? どう見ても続編のメインイベントじゃん。

 

 

 あのアディシェスが可愛らしい美少年に生まれ変わっていたのも凄く驚いたし感動もしたが、その彼を転生させた──言わば僕にとってのカロン姉さんのような存在が「グレイスフィア」という知らない神様であったという話に、僕は「フェアリーセイバーズ∞」の続編ストーリーとして何か、深い納得のもとにスケールの壮大さを感じた。

 

 存在の格としてはアビス・ゼロには劣るかもしれないが聖龍と同じ「神」であり、それが「古の因縁」を以て人間世界を巻き込みながらフェアリーワールドに押し寄せてくる。

 いかにもそれは、平和になった本編後のアフターエピソードを描く劇場版アニメでありそうな展開だった。

 

 だったらどうするよ? 決まっている。

 

 

「……ボクはキミたちとは行けない。ごめんね、堕天使くん」

「……っ」

 

 

 五年ぶりに湧き上がってきた強い感情をニヒルな微笑みで誤魔化すと、僕は重大な最新情報を外面上「戦線布告」という形で届けてくれた堕天使くんに向かってポンと肩を叩きながら言った。

 

 

「大丈夫だよ。おねーさんに任せなさい」

「……ダァト……」

 

 

 グレイスフィアも不安よな、エイト動きます。

 堕天使くんサイドも人間世界を巻き込むことには思うところがある──ぶっちゃけ戦いたくないと思っていることは、僕もカロン姉さんも一目で見抜くことができた。流石にメアちゃんのように彼が前世の罪に苦しんでいたことまでは見抜けなかったが、彼が迷っていることは雰囲気でわかったのだ。

 

 グレイスフィアにとっては一番厄介な敵になるであろう僕のところへ真っ先に事情を明かしてきた時点で、堕天使くんのそれが戦線布告のフリをした「警告」であることは明白である。

 

 本気で侵略するつもりなら、何も伝えずに奇襲した方が間違いなく効果的だからね。そうしないのは彼に迷いがあるからか、僕に何かしてほしいことがあるからなのだろうと思った。

 ふふん、エイトちゃんは察しの良いオリ主なのだよ。

 

『凄いな……エイトは』

 

 だろだろ?

 強さだけではない。僕のようなハードボイルドを売りにしたアウトロー気質なオリ主にだって、なんだかんだでそれなりの良心や優しさが求められるものなのである。

 

『ハード……ボイルド……?』

「きゅ……?」

 

 そこは疑いを挟むところじゃないよ姉さん。ハートフルの間違いではないかって? そのようなことがあろう筈がございません。

 カバラちゃんも宇宙猫みたいな顔してどうした。姉さんの豊満なお胸に抱き抱えられた姿がかわいいから許すが。

 

「……グレイスフィアには勝てないよ」

「ボクだけならね。だけどこの世界には頼れる救世主と天使たちがいるんだ」

 

 まあ、アビス・ゼロを乗り越えてから五年も経っているのだ。成長著しい新主人公(と僕がそう判断した)メアちゃんを筆頭に、この世界には頼れる救世主たちがたくさんいる。

 今なら聖獣さんたちとも万全な協力態勢を敷けるだろうし、戦力が充実している以上は僕も五年前より楽に構えることができた。

 もちろん、緊張感や危機感が無いわけではないが……それでも僕はその後発生する事件に対して、これからどうオリ主してやろうかと久しぶりに燃え上がる想いがあったのだ。

 

 そうとも……ワクワクを思い出すんだ。

 

 思えば最近、僕は自分の中で心境の変化を感じていた。

 カロン姉さんと一緒に町を歩いたり遊んだり、メアちゃんたちの成長を見守ったりカバラちゃんをモフったりしている時間があまりにも楽しすぎて、そこで満足している自分がいたのだ。

 もうオリ主しなくても、こういう生活を送っているだけで心が満たされているんじゃないかってね。まあ実際楽しいし、これまでの生活に不満なんて何一つ無いのだが……平和だからこそ以前のようにやりたい放題するのが難しくなっている現実に直面していた。

 

 だからと言って自分から平和を乱すのは何か違うし、ゆくゆくは僕もバトル物から離れたきらら的な日常系オリ主にシフトしていくのかなぁ……と、自分自身の未来について漠然と考えていたのだ。しかし前世では寿命が短かったのもあって、先のことを考えるのはどうにも苦手なんだよね……

 

 そこで、新たなる遭遇である。

 

 平坦になりつつあった穏やかなオリ主ライフに、グレイスフィアによるアクセントをひとつまみというわけだ。

 

 その結果──僕は弾けた。

 

 

 昂ぶる……昂ぶるぞカロン姉さん! 僕たちのテンプレはいつだってそうだった! 知略と精神を張り巡らせた、ギリギリの戦い! それが常にこの僕の限界を引き出してきた……!

 新たなる混乱が僕の全身からアドレナリンを掻き出し、この身体の中の血液を沸騰させるぅ!

 

 だがこの世界の未来にバッドエンドは要らぬ。結末だけは……オリ主が! この手で! 導く!!! 俺のDAー!

 

 今度こそ正真正銘、フェアリーセイバーズ∞の最後だぁ!

 行くぞ、姉さん! カバラちゃん! オリ主の頂点に君臨するのは、僕たちだあーっ!!

 

 

 

『?』

「?」

 

 

 二人揃って小首を傾げる仕草がシンクロする姉さんとカバラちゃんはかわいいなぁ。

 そういうわけで五年ぶりにワクワクを思い出した僕は、グレイスフィアの堕天使くんがもたらしてくれた重大情報を基に、オリ主による全世界への原作介入を開始したわけである。

 いや本当にあちらの世界で劇場版続編アニメが作られているのかは知らんけど、この機会は今の僕にとって渡りに船だったのだ。

 ほら、なんだか今の世界ではみんな僕のこと、良くない目って言うか良すぎる目で見てる気がするし……ここらで再び初心に帰って、人々にとって敵か味方かわからないミステリアスな第三勢力ポジに戻ろうと思うのだ。

 

『………………そうか』

 

 溜めたねカロン姉さん。

 何? 何か言いたげな顔してどうしたの。

 

『何でもない。私は汝の意向に従おう』

 

 サンクス。

 そうそう、今回の件では世間に対してエイトちゃんの神秘性を高めていくのはもちろんとして、それと並行してカロン姉さんの存在をもっとアピールしていく所存だった。

 

 その心はと言うと、僕がオリ主なら彼女はメインヒロインに当たる存在だからだ。

 

 ラブコメ小説でも主人公とヒロインの関係が第三者に知れ渡る展開は、最高に気持ちがいいシーンだからね!

 使い古された手法ではあるが、学園で一番の美少女が冴えない主人公とイイ仲なことを知ったモブキャラたちが羨望や嫉妬の眼差しを向けてきたりするのとか、主人公に自己投影する読者としては何かこういい感じに自己肯定感を満たしてくれるのである。

 僕は冴えてるオリ主だけど、これはそう言った感覚と似たようなものだ。今のオリ主の傍にはカロン姉さんという最高のヒロインがいることを、僕は世間に対して思い切り知らしめてやりたいと思っていた。

 

 ヒロインをトロフィー扱いするのはアレだが、僕としてはもっと彼女のことを推していきたいのである。それは僕自身の自己満足でもあったが、何より姉さんが二つの世界で生きやすくする為でもあった。

 

『私の、為?』

 

 オフコース!

 ……いや、だって姉さんったら全然存在感アピールしないんだもん。

 ケテルとか大天使の皆さんとかセイバーズとかメアちゃんとか、せっかく世界樹から離れたのだから一対一で話したいこととか色々あるだろうに……その辺りのことを全く自己主張しようとしないキミのことを、僕はこれでも気にしていたのだ。

 

『……皆には、今更私と話すことは無いだろう』

 

 そういうところだぞ。

 ミステリアスなポジションを守る為に皆と顔を合わせに行かない僕も僕だけど、姉さんは気を遣わなくていいのよマジで。

 やろうと思えば長時間実体化させて別行動することだってできるし、常に僕と一緒にいなくてもいいのだ。自由の身になった今だからこそ、姉さんにだって一人でやりたいこととか、話したい相手とかいるだろうし。

 

 

『私は大丈夫だ。……エイトは、私が共に在り続けることは……迷惑か?』

 

 

 そういうところだぞ。

 

 ……そういうところだよね。ふふっ。

 

『む……何故笑う』

 

 すまんて。

 いやちょっと、うちの姉が無垢すぎて思わず微笑ましくなってしまったのだ。

 

 あと、なんか嬉しい。この五年を経て彼女の中では僕といることが当たり前になっていて、僕自身もそれを当たり前に思っている事実がね。

 

『そうか』

 

 そうだよ。

 もちろん、カロン姉さんと一つになってから僕はキミのことを迷惑だと思ったことは一度もない。

 

 ただ少し、あの堕天使くんから「グレイスフィア」のことを聞いてから思い詰めたような顔をしているカロン姉さんのことが、心配だったのだ。

 

 

『……気遣いは無用だ。グレイスフィアのことは、私が……』

「ボクたちが解決すべき問題──だろ?」

『……そうだ。そうだな……ありがとう、エイト』

 

 

 ──つまりは、そういうことだ。

 

 そういうことになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「と言うわけでケテル、キミも手伝って!」

『……どういう、ことだ……?』

 

 

 思い立ったが吉日。

 新たな脅威の存在を知った僕たちはその対策を打つ為、真っ先にフェアリーワールドの王様のもとへ訪問したのだった。突然の訪問に驚く彼の姿が新鮮で少し面白かったのが、ここだけの話である。




 Sideエイトです。


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強引なセッティングに定評のあるオリ主

 新たなる敵グレイスフィアの存在を知った僕たちが真っ先にケテルのところへ向かおうとしたのは、彼の大目標であるフェアリーワールドへの帰還において最も関わりの深い当事者に対して通すべき筋と言うか……そんな感じの理由である。

 それと、最悪の事態に備えた最低限の報連相って奴だね。グレイスフィアのことは過去の因縁とかも踏まえると原初の大天使である僕たちが対処すべき問題なんだけど、彼を止められなかった場合、一番被害を受けることになるのは今のフェアリーワールドに住んでいる無関係な聖獣さんたちになる。

 それはあまりにも可哀想だから、もしもの為の保険としてケテルにだけは洗いざらい情報を開示しておきたかったのだ。グレイスフィアのことなら僕よりも詳しそうだし。

 

 

 ──と、そういうわけで人間世界からこっそりゲートを開き、久しぶりにフェアリーワールドへやってきたエイトちゃん&カロン姉さんwithカバラちゃんである。

 

 

 カロン様とジョグレス進化した超究極体オリ主である今の僕には、単独で次元の壁を突破するのもそう難しくはない。それに加えて五年前より大幅にパワーアップしたテレポーテーションの力は、今では日本からブラジルへ跳ぶことだって可能だった。うーん、これは完璧なチートだぁ……やっぱ瞬間移動能力ってズルいわ。

 

 しかしケテルの居場所へ辿り着くまで、当初の予定より寄り道が長引いた分、少しだけ時間が掛かってしまったのはここだけの話である。

 

 いやね、最初は彼の治めている第1の島「エヘイエー」に向かったんだけど、その島では予想以上に手厚い歓待を受けたのだ。

 エヘイエーは原作「フェアリーセイバーズ」にも名前だけしか登場していなかったし、リブート作である「フェアリーセイバーズ∞」にもその町並みがどうなっているのかは明かされていなかった。

 それには王様であるケテルが作中ではほとんど世界樹サフィラにいたからというのが理由だったが、この機会に観光も兼ねて足を運んでみたわけである。

 

 その結果、どうなったか? ……即バレしました。

 

 これには僕も少しびっくり。

 人間世界にいた頃の感覚で擬態の能力を使うなり姿を変えなかった僕が迂闊だったのは確かにそうなのだが、流石は世界の王様が治める大聖都と言ったところであろう。そこに住んでいる聖獣さんたちは非常に良く教育されていたのだ。ちょっとぐらい雑踏に紛れて街中を歩くぐらいならバレへんやろ……と軽い気持ちで御当地グルメを食べ歩きしてたら秒でバレた。フフフ……自分の有名ぶりが怖いぜ。怖い。

 

 もちろんエヘイエーの聖獣さんたちも民度が高かったので事件にはならなかったが、それはそれとして結構な騒ぎにはなってしまった。人間世界でも予想以上に英雄視されていた僕であるが、ここでのT.P.エイト・オリーシュアの名声はなんならあっち以上に凄まじく、多分お偉方の大天使さんたちのせいなのか世界中の人々に顔が知れ渡っていたのだ。

 あとカバラちゃんも人気だった。あまりにもキャーキャー言われるものだから僕の帽子の中にモゾモゾと隠れたものである。今ではすっかり人慣れしてメアちゃんたちの通う学園のアイドルみたいになってる小動物だけど、そう言えば元々大勢の人の目とか苦手だったもんね君。

 

 そんなわけで、僕たちの正体がバレた瞬間町はお祭り騒ぎ。気分はさながらミスターサタンだった。

 ちょっとしたサービス精神で子供たちに手を振ってあげたら大喜びしてくれた。とても気持ち良かったです。

 しかし想像以上に人が集まりすぎて、危うく怪我人が出そうになったのはよろしくなかった。

 責任を感じた僕は大人たちの人混みに飲まれて息苦しそうにしていた子供をさりげない気遣いで救ってあげた後、テレポーテーションで一旦その場から撤退したものだ。あの子たちには申し訳ないことをしたね……こればかりは反省である。

 

 そうして人気の少ない場所に移動した僕を、一人の天使さんが慌てた様子で追い掛けてきたのはその時だった。

 

 他の聖獣さんたちとは桁違いの大きな聖なる力を感じたので、一瞬サフィラス十大天使の誰かが来たのかと疑ったものだが……僕の前に現れたその天使は初めて見る顔だった。

 羽の枚数は六枚で、髪の毛は燃える炎のような灼熱の赤。二メートルをゆうに超す長身が特徴の美丈夫は、堂に入った動作で僕の前に片膝を突いて頭を下げると、その素性を簡潔に明かした。

 

 

『王ケテルの筆頭天使、メタトロンと申します。只今王は不在の為、私めが貴方様と謁見する無礼をお許しください』

 

 

 なんか……めっちゃ堅苦しい人だった。

 ただ僕はケテルに会いに行くついでに、彼の治めている町をちょっと観光しよっかなーっと軽く考えていたのがいたたまれなくなるほどに、僕の訪問は大事に受け止められていたらしい。それから彼の手で丁重に案内されたケテル城で受けたVIP待遇レベルでは済まない歓待には、僕の認識の甘さをまざまざと見せつけられる結果となった。

 しかし違う、そうじゃないんだ。僕は目立つの好きだし大物として扱われるのも嬉しいのだが……そんな感じに恐れ敬われるのはなんかこう、違うのだ……!

 だけどその言葉はオリ主的なクールさで呑み込んだ。僕に料理を作ってくれた城の料理長とかお芝居を見せてくれた劇団員とかすっごい楽しそうだったし、そんな彼らの姿を見ているカロン姉さんやカバラちゃんも楽しそうだったからだ。うん、僕も楽しかったし料理も美味しかったです。劇の題材が僕の知らない五年であったらしい人間世界とフェアリーワールドが友好を結ぶストーリーだったのも良かったね。天使と人間の淡い恋的なラブロマンスもあって、ハラハラドキドキ素直に見入ってしまったよ。

 

 

 そんなこんなで賑やかな時間を過ごした僕たちであったが、城の中で一番話したケテルの筆頭天使を名乗る「メタトロン」という天使からは、ゲームとかで聞いたことのある強そうな名前通り、明らかにただ者ではなさそうな凄まじい力を感じた。

 その名前は何となく悪役とかラスボスに使われていた印象があるのは、メガトロン的な語感だからだろうか。知らんけど。

 そんなメタトロンさんだが、苦労人気質だけどとてもいい人そうな天使様だった。実力も相当強そうな感じで、羽は六枚だけど潜在能力は八枚羽のサフィラス十大天使にも匹敵するのではないかと思ったぐらいである。

 

「驚いたな……ケテルには人を育てる才能もあったんだ」

『王に恥じぬ筆頭天使となるよう、常日頃から研鑽を積んできたつもりです』

「おお、それは立派だねー。ボクのこと、出迎えてくれてありがとね。キミが来てくれて助かったよメタトロン」

 

 流石は王様の筆頭天使ともなれば、他の島の筆頭天使よりも頭一つ抜けた実力を持っているということなのだろう。サフィラス大天使でもないのにそれほどの力を身につけた彼の努力をエラいエラいとオリ主目線から素直に賞賛すると、メタトロンさんは頭を下げた姿勢のまま何か噛みしめるような様子で返した。

 

『……身に余る、お言葉です』

 

 ……僕のこと、どう伝えてるんだよケテル……

 軽い気持ちで島に足を運んだ僕に対して無礼を働くまいと、異様に畏まっていた。なんかごめんね。

 それもこれも今自分の島にいない王様が悪い。そう責任転嫁しながら僕は、一日待っても自国に帰ってこなかったケテルに心の中で悪態をついた。もちろん本気ではないが。

 

「ケテルは、しばらく帰っていないのか……」

『王は世界樹サフィラの祠へ参拝に向かいました。今週中にお戻りになられるかは……』

「微妙なんだね」

『申し訳ありません」

「謝らなくていいよ。急に訪れたボクが悪いんだから」

 

 表情固いよー? リラックスリラックス。そう微笑みかけてやると、メタトロンさんは恐縮そうに顔を上げると数拍の間ボーッと僕の顔を見つめた。なんだい僕に見惚れた? 冗談です調子に乗りました。

 

 しかしケテル……アイツいつも世界樹にいるな。それでええんか王様?

 寿命を迎えた聖龍アイン・ソフがカロン姉さんと入れ替わるような形で世界樹にその命を還したのが五年前のことだが、メタトロンさんの話によるとケテルは今でも頻繁に、一人で祠に通い詰めているらしい。

 

 ……まあ、彼は誰よりも長い間聖龍様に仕えていた身だからね。

 死の間際のアイン・ソフとどこまで話せたのかはわからないけど、かの神を失ったことで今でも色々と思うことがあるのだろう。人間にとって五年はそれなりに長い時間だけど、彼にとっては一瞬だろうし。

 存命だった頃もずっと眠っていたとは言え、父なるアイン・ソフの死を彼は今でも悲しんでいるのかもしれない。

 

 ダァトはその辺り妙にサッパリしていると言うか……深淵の世界へ行くことを決めた頃から、聖龍アイン・ソフに対する未練には自分の中で踏ん切りがついていたらしい。

 

 ……で、カロン姉さんの方はと言うと。

 

 

『世界樹にいた頃には、彼と交信したこともあった。だからだろうか……私の中ではあまり、死んだ気がしないのだ』

 

 

 ──と言うのが今の、彼女の父親への認識である。

 五年前は世界樹サフィラの意思として存在していたカロン姉さんは、永らくお眠りしていた頃のアイン・ソフの意識と時々交信したことがあったらしい。

 尤もそれは夢を見ているような感覚で、あちらから一方的に語りかけてくるような感じではっきりと会話することができたわけではないようだが……まあ、それができてたら、五年前の戦いももう少し楽になっていただろうしね。さもありなん。

 

 ……よし、決めた。丁度良い機会だし、僕たちもお墓参りに行こうか!

 

『アイン・ソフも喜ぶだろう。かの神も、汝と話したがっていた……と、思う』

 

 さよか。

 うん、僕も彼とはずっと会いたいと思っていたんだよね! オリ主である僕のことを彼がどう思っていたのかとか、これでも割と気になっていたのだ。

 尤もいざ会ったら「えっ、誰この美少女怪盗……知らん……怖っ」と反応されたらエイトちゃんとても悲しいけど、僕の中にいるダァトの為にも神様には言いたいことが色々とあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──と言うわけで、五年ぶりにやって来ました世界樹サフィラ! 

 

 

 

 いやあ、世界樹の迷宮は難関でしたねぇ……嘘です、僕は顔パスでした。

 

 五年前は気絶している間に連れてこられたから最下層以外の中の景色はよくわからなかったが、サフィラの中は樹の中とは思えないぐらい広くて趣きがあって、どこも良いロケーションだったよ。

 あと、凄く懐かしい感じがした。ダァトも昔はよくこの場所に来ていたらしい。小さい頃のケテルと一緒に修行したり、遊んだりしたみたい。

 

 そんなこんなで名残惜しくもエヘイエーから立ち去り、僕たちは聖龍アイン・ソフが終生の地として選んだサフィラの祠に足を踏み入れた。

 

 ここも変わらない──いや、割と変わっているな。前に来た時はラストバトルの直後だったからところどころ派手に荒れていた景色が、今ではピッカピカに磨き上げられた大理石みたいに整備されている。

 世界樹の芯の前に佇む巨大なピラミッドのような祭壇の上には、かの神を祀る石碑が建てられており、辺り一面には色とりどりの花畑が広がっていた。

 あれはティファレトあたりが彩ってくれたのだろうか? 彼女の監修があったことが窺えるほどに、今のこの場所にはとても美しい景色が広がっていた。

 

 

 ──そんな場所に、サフィラス十大天使の王ケテルはいた。

 

 

 メタトロンさんから貰った情報通りである。ただ一人孤独に、じっと石碑の前に佇んでいる彼の姿は、僕が話しかけなければいつまでもハシビロコウのように延々とその場から動かなかったに違いない。

 もしかしたらその時の彼は世界樹の中にいる聖龍と何か交信していたのかもしれないが、その姿は現世を蔑ろにしている世捨て人みたいで何というか……物悲しく感じてしまう。

 思わずそんな感傷を抱いたのは、恐らくは今の僕に共存しているダァトとしての感情なのだろう。

 

 しかし僕はT.P.エイト・オリーシュアである。

 

 彼の事情は理解しているし、空気の読めるデキたオリ主でもある。

 だからこそ僕はその背中に対して、あえてフランクに呼びかけることにした。

 

 

「いつまでそうしているんだい? 少年」

『…………』

 

 

 胸中を推し量りながらも、僕は「ダァト」としての言葉を彼に浴びせる。こういう言い方をすれば、彼が反応を返してくれることをわかっていたからだ。我ながら腹黒い。

 自分の世界に浸っているケテルの姿は遠目に見る分には画になっていたが、生憎僕は彼と話をしに来たのである。彼のお母さんでもあるまいし、一歩引いて穏やかに、温かく見守ってあげるほどエイトちゃんは優しくなかった。

 

『少年呼ばわりは、やめてもらいたい』

「ならキミもそうやって、いつまでも「僕迷ってます」って顔するのをやめなさい」

『……手厳しいな、ダァトは』

 

 うん、ダァトはそう思います。僕自身、ちょっと言い過ぎたかなと思っている。

 そう思っているんだけど、ダァトの場合は彼のことをついつい甘やかしてしまうので、僕が強く意識しないとあんまりキツい言い方ができないんだよね。彼女もなまじ大天使歴が長かった分、ケテルの心情を察しすぎてしまうのだ。だから同情してしまう。

 

 しかし、僕はエイトなのでそんなことはお構いなしなのである!

 

 もちろん聖龍に先立たれた彼が誰よりも辛い思いをしているのはわかるが、いつまでも王様がそれじゃあダメでしょうよ。

 メタトロンさんだって結構疲れた顔してたし……勝手なことを言える第三者の立場としては色々と、彼にはSEKKYOUしたいことがあったのだ。

 もちろん、「世界樹には寄らねぇぞ……いい加減切り替えられねぇのか?」とまでは言わないが、死人に引っ張られて今にもどこかへ消えてしまいそうな彼の姿を見ると──僕も、悲しいと思った。そんな気持ちである。

 

「わかっているだろう? 時間の流れはキミを待ってくれないんだ……尤もこれから忙しくなるから、今のうちにその気持ちに踏ん切りをつけておくのもアリなのかな……」

 

 いずれにせよ今後は近々この世界に新たな脅威が迫っているのだから、こうしてアイン・ソフのところには行きたくても行けない日々になるだろうと少し不穏な空気を出してみる。

 すると彼も僕の抱えている事情を察したのか、『どういうことだ?』と振り向いて訊ねてきた。

 

 

「グレイスフィアが帰ってくる……と言えば、キミならわかるだろう?」

 

 

 正直、僕はよくわかっていないけど。だけどそう遠くないうちに彼の力を必要とする未来が訪れることは、未来視なんてしなくてもわかっていた。こう、劇場版展開的に考えて。

 

 しかし堕天使君の話を聞いた限りでは、グレイスフィアが初めてフェアリーワールドへ帰還しようとした時には既に、ケテルはこの世界の王だった筈だ。だから僕やダァトよりも今回の事情には詳しい筈……と期待を込めた眼差しを送ると、彼はその指を顎に当てながら、長考して頷きを返した。

 

『アディシェスの生まれ変わりを名乗るその者の話……詳しく聞きたい』

「オーケー。じゃあ、後はお願い姉さん」

『?』

『?』

 

 ? 何その二人して「お前が説明するんじゃないのか……」って顔して……いやカロン姉さんだってグレイスフィアの堕天使君の話を聞いていたでしょ? これもいい機会だと思って、ケテルとじっくり話し合いなよ。キミ、こっち来てからずっと僕の陰に隠れてるじゃないか。

 

『むぅ……』

 

 むぅ……じゃありません。

 唐突にキラーパスを出したのは申し訳ないが、ケテルに話をつけておく役目は僕よりも姉さんがやるべきだと思うのだ。この先のこととか考えて。

 

 まあ……つまるところ僕もダァトも、キミたちがギクシャクしている姿を見たくないのである。オリ主らしいエゴだと思ってください。

 

 

『……頑張る』

 

 

 よろしい。流石は姉さんである。さす姉!

 と言うわけで、キミも無意識レベルで滲み出ているその威圧的なオーラを抑えなさいケテル。

 

 

『……善処しよう』

 

 

 ……やっぱ似た者同士だよね、キミら。お互いに「因縁の宿敵、会遇──!」みたいな雰囲気出してるけど、これでも二人とも前向きにわかり合おうとは思っているのだから、思わず苦笑してしまう。その不器用ぶりにはダァトも笑っていた。

 

 そんな二人だから、腹割って話し合えば仲良くなれると思うんだ。いや、今も仲が悪いわけじゃないんだろうけどね? 姉さんはケテルのこと大好きだし、ケテルだって姉さんのことを本当に嫌っているわけではない……ハズ。

 

 

『…………』

『…………』

 

 

 ……ヨシッ!

 

 多少強引ながら二人の大天使を向き合わせることに成功した僕は、その場から一人離れるように前に出ると、祠の前──聖龍アイン・ソフの眠る世界樹の芯と対面した。

 仕方ないんや……こうでもしないとこの二人、一生向かい合わないんだもの。それはどう見ても両想いなのに、告白するのをお互いウザいほど迷っていた前世の姉夫婦よりも面倒くさい二人だった。じれったいぜ。

 

 グレイスフィアの帰還対策会議は若い二人……若くないか。エラい二人に任せるとして、僕は僕で五年前には終ぞ出会うことの無かった龍の神様に対して、慎ましく黙祷でも捧げることにした。

 

 そう思いながらその場に片膝を突いた僕は、両手を組んで祈りを捧げたのだった。我ながら敬虔なオリ主である。

 




 ※ここから二人の会話が始まるのに30分かかりました。


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