遅刻勇者は異世界を行く 俺の特典が貯金箱なんだけどどうしろと? (黒月天星)
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第一章 異世界来たら牢獄で
第一歩から遅刻した


 この作品は以前書いた『異世界出稼ぎ冒険記 一億貯めるまで帰れません』のリメイクとなります。大まかな流れは同じですが、描写の一部カットや加筆修正、別視点をいくつか混ぜてあります。

 以前の読者の方にも新規の読者の方にも楽しんでもらえれば幸いです。


 勇者召喚。

 

 それは使い古されたほど良くある異世界召喚の定番だ。鉄板と言っても良い。

 

 国に、世界に、あるいは個人に。まあ誰にどう召喚されるかは様々だが、ごく一部の例外を除いてそれは栄光への切符だったりする。

 

 特殊な能力を授かって、人々を傷つける悪い奴らを倒す。()()()()()()()で国からもてはやされ、富・名声・女といったものに不自由しない生活が待っている。

 

 ああ。素晴らしきかな勇者召喚という奴だ。

 

 ウェブ小説で異世界物を読み耽るのも趣味の一つなので、必ずしも勇者が良いモノでも正しいモノでも楽なモノでもないということを差し引いても、自分がそうなるというのはまあ一種のロマンだ。得難い経験だと思う。

 

 だけど、だけどな。

 

 

『ごめん! 誰かに妨害されて勇者召喚の()()()に着いちゃった』

「それ大遅刻じゃないかっ!?」

 

 

 せめてバックアップはしっかりしてくれよ神様。大丈夫だよね? もう遅いって現地の人に言われたりしないよねっ!?

 

 

 

 

 気が付いた時、俺は石造りのだだっ広い部屋に倒れていた。ここは王城の一室。床には俗に言う召喚用魔法陣。()()()()()()()なのでまだ安心だ。

 

 さて。異世界だろうと何だろうと、何はともあれ状況確認。これは大事。まず俺こと、桜井時久(さくらいときひさ)の身体チェック始めっ!

 

 高校二年。十七歳。平均的な身長より少々低いいつもの姿だ。そこはちょっとだけ伸びてくれても良かったのに。というか伸びてほしいですお願いします。

 

 ここに来る前に着てた山男風の服装良し! 山道や森の中も普通に過ごせる程丈夫かつ防水加工済みで、ベストの内側には隠しポケットも自作したりと改造済みの逸品だ。

 

 身に着けていたリュックサックもそのまま。中にはキャンプ用品やら携帯食料がそれなりに。

 

 身体の調子は割と良好……いや、絶好調と言っても良い。身体が軽く、少しステップを踏むと実に軽やかだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()身とは思えない。

 

『身体に異常はなさそうね。ちょっぴり失敗したから焦ったわ』

「いやちょっぴりじゃないんだけどな。大遅刻だよ」

『……とまあおチャラけてみたけれど、正直ワタシもイラっとしてるのよねぇ。記念すべき最初の一手を邪魔されるなんて』

 

 俺の持っているコンパクト型通信機。その鏡の部分から映る少女が、ムキ~っと地団駄を踏んでいる。見た目だけなら微笑ましいのだけどな。

 

 彼女の名はアンリエッタ。自称富と契約の女神の金髪ツインテ幼女である。一応俺の命の恩人(神?)なので感謝はしているが、こう見えてとんでもない金の亡者だ。

 

 趣味の宝探しの帰り道、崖から落ちて怪我をしていた所に突然コイツは現れた。そこで触れられただけで傷が治った時は本気で神様だと思ったよ。

 

 だがコイツの執務室(家具とかは立派だが、アンリエッタの背丈から考えるとかなり大きめ)にワープ的な何かで連れ込まれ、「アナタ、今からワタシ、富と契約の女神アンリエッタの手駒になりなさい。というか決定事項だから」と言われる怒涛の急展開だ。

 

 手駒になってゲームに参加しろ。断るなら治療費やら何やらを払えと請求書を突き付けられ、目玉が飛び出るほどの額を見せられた以上こっちに拒否権は無かった。

 

 まあ命の恩人であることは間違いないし、異世界ってのもロマンだしな。渋々七割ワクワク三割くらいの気持ちで異世界に行くことを了承した。

 

「おい? 手首に変な痣が出来てるぞ。何かの不具合か?」

『痣? ……ああ。それは()()()()()()の証よ。身体のどこに出るかはランダムだけど、アナタの場合は七番目だからⅦって出てるはず』

 

 俺の右手首の異常に気が付いて聞いてみると、確かにローマ数字のⅦに見えなくもない痣だ。

 

 あと、ゲームとアンリエッタは言ったが、これは要するに神様の暇つぶしのゲームだ。

 

 何でも七柱の神様が一人ずつ参加者を選び、同じ異世界にぶっこんで競い合わせるゲームらしい。一番になった参加者には、担当の神様が出来る限りで願いを叶えてくれるとか。

 

 まあ競い合うと言っても殺し合いをしろって訳じゃない。そんなんだったら俺だってお断りだ。それぞれ参加者には課題が用意されて、それをクリアするまでのタイムと内容によって競うという。

 

 ちなみに最初の参加者が来たのはもうざっと二十年ぐらい前だとか。神様の暇つぶしだけあってスパンが長いったらない。

 

 身体の調子と持ち物は特に問題なし。後確認することと言ったら……。

 

「出てこいっ! ……ホントに出たよ」

 

 俺が念じると、目の前に奇妙な物体がフッと出現する。

 

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 人の頭程の大きさで、手提げ金庫のように上に掴むための取っ手がある。材質はよく分からない金属で、前面にはビーズのような赤い宝石が埋め込まれており、背面には硬貨を入れるための細長い穴が一つ。

 

 伝説の武器でも防具でもなく、これが女神から貰った俺の加護……チートなのだから厄介だ。

 

 

 

 

 ゲームの参加者は共通して三つの加護、身体強化・言語翻訳・能力隠蔽の三つが与えられる。

 

 身体強化と言語翻訳は言わずもがな。といっても強化は一般人がちょっとしたアスリートになれる程度だし、言語翻訳はこの世界の一般的な言葉の翻訳だけで文字が読める訳じゃない。洋画の吹き替えみたいなものだ。

 

 能力隠蔽に関しては少し特殊で、俺がアンリエッタから貰った加護を隠せるだけでそれ以外の物は隠せない。例えばこの世界で“手からエネルギー波を出せる”能力を得たとする。その場合は貰ったものじゃないから隠せないわけだ。

 

 ここまでが参加者共通の加護だが、それぞれ個別にもう一つ与えられる。俺の場合は『万物換金』。簡単に言うと、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺の意思一つで出したり消えたりできるこの貯金箱。ここから出る光を浴びせることで、その物の値段を査定し現金に換えることが出来る。

 

 じゃあそこら中の物を纏めて金に換えれば大金持ちだと思ったが、話はそう旨くない。あくまで俺の所有物じゃないとダメなのだ。仮にそこらの石ころを拾って査定しても、余程数が多いか珍しくないと金にはならない。中々扱いづらい加護だよまったく。おまけに、

 

「……なあ。いちいち金を入れないと起動できないのは何とかならないのか?」

『何言ってんのよ! 女神がたった百円程度の供物で力を貸そうって言うのよ? むしろ感謝しなさい』

 

 だから胸を張るんじゃないよ! セコイ金の亡者と怒れば良いのか、微妙に微笑ましいから笑えば良いのか分かんないからっ!

 

 きちんと能力が使えることを確認し、そのままだと邪魔なのでひとまず貯金箱を消しておく。

 

 

 

 

『ねえトキヒサ。それで肝心要のモノは有ったの?』

「……分からない。少なくとも目に見える範囲ではな」

『そう。こちらで確認したけど、間違いなく召喚特典自体は付いているみたい。危なかったけどワタシの読み通りだわ!』

 

 そう。最初に言ったがこれは()()()()だ。つまりは国なりなんなりに召喚されるわけなのだが、実の所俺はそのメンバーではない。

 

 本来の勇者召喚のメンバーは四人。アンリエッタがどうやってか用意した()()()()()()()()()()()()を見させられ、何となく現地の様子を確認し、この女神の必勝の手を聞かされた。

 

 つまりは本来行われる勇者召喚に、アンリエッタが俺を割り込ませることで召喚特典を得させる。つまりは加護の二重取りを狙ったわけだ。何が来るかは分からないが、能力が最初から二つと言うのは大きなアドバンテージだからな。

 

 どうなることかと思ったが、一応遅れこそしたものの勇者召喚は成された扱いらしく二重取りは成功のようだ。

 

「ルールには過度に参加者に加護を持たせて出発させるなとあるけど、現地で能力を増やすなとはないわ。だからこれはズルじゃなくて、単にルールの抜け穴を突いただけよ」というのはアンリエッタの言い分だが、ギリギリグレーっぽいので他の参加者から苦情が来たら逃げよう。

 

 ということで勇者として異世界入りし、どう動くにしても他の勇者に紛れて情報集めをしようとしたのに最初からこれである。

 

 先が思いやられるが、まあ初期状態がイージーからノーマルになっただけと思えば良いか。

 

 リュックを背負い、服の埃を払い、軽く自身の頬をはたいて気合を入れる。よしっ! 準備万端!

 

『じゃあひとまず通信はこれで終了するわね。最後に……ごめんなさい。妨害があったからとは言えこれはワタシのミスよ。こちらでも時々モニターしているけど、また何か有るかもしれない。気を付けてね』

 

 その言葉を最後に映像が途絶える。まったく。最後にあんなしおらしいことを言われると、少しだけ調子が狂うな。

 

「さて、これからどうするかな」

 

 遅刻したとはいえ召喚された身だ。待っていれば誰か迎えに来るかもしれない。しかし、

 

「……誰も居ないみたいだな」

 

 耳を澄ましても特に音が聴こえない。もしやここは特別な時しか使われないとか? 部屋の扉にはどうやら鍵はかかっていないようだし、少し妙な気もする。

 

「仕方ない。こっちから行くとするか」

 

 記念すべき異世界の第一歩だ。どうせなら楽しんで行こうじゃないか。

 

 俺は胸の奥から湧き上がるワクワクに少し口角をにやつかせながら扉を開け、

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いやそうだよね! 知らない奴が城内をうろついていたらそりゃすぐに捕まるよ。不審者だもの。

 

 初期状態がノーマルからハードになった瞬間だった。

 




 読んで頂きありがとうございます。

 少しでも面白いと思ったり、続きが気になると思われたのなら、何か反応(お気に入り、下のボタンから評価、感想など)を頂けると作者が顔をニヤニヤさせて喜びます。

 拙作が皆様の暇潰しにでもなれば幸いです。


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牢屋の沙汰も金次第

 さて。前回いきなり不審者として捕まった時久の運命や如何に。


 ……いや。俺も浮かれていた所はあったさ。

 

 流石にどこぞのライトノベルよろしく「何だこの魔力は!? 圧倒的ではないか!!」とか、「貴方こそ勇者様。是非この世界をお救いください」とかは無いにしても、最初からそれなりの待遇はあると期待していたさ。しかし、しかしだ。

 

「いきなり牢屋なんてイヤじゃぁぁぁ!!!!」

「うるさいぞっ。静かにしろ」

 

 看守の注意で仕方なく魂の叫びは中断。左右を見てもあるのは石造りの通路と牢屋ばかり。

 

 衛兵に剣やら槍やら物騒なものを突き付けられ、この城の地下牢に放り込まれてはや一時間。どうもあの扉には開けるだけで警報が鳴って衛兵が来る仕掛けがあったらしい。

 

 ここがファンタジーの世界だということを忘れてたな。次は魔法関係の仕掛けも確認しないと……確認できればだけど。

 

「それにしても……どうしたもんか」

 

 身に付けていた物以外は全て没収された。ただ抵抗しなかったから拘束は無いし、身体検査の後で時計や財布、ペンやスマホやライター等の小物も返されたので全く何もない訳ではない。

 

 連絡用の道具が返されたのは不幸中の幸いだったけど、すぐに取り調べが始まって、説明すれば誤解も解けると考えていただけにこの状況はよろしくない。

 

「すいません。ちょっと聞きたいことがあるんですが」

 

 俺はさっきの看守に声をかける。歳は四十くらいだろうか? がっしりとしていて、こげ茶色の短髪に無精ひげを生やしている。軽く身なりを整えればダンディなオジサマと言えるレベルの顔立ちだ。俳優にでもなれば良い線行くと思う。

 

「またお前か。なんだ?」

「あの、さっき入ったのですが、取り調べはいつかなぁと思いまして」

 

 一応なるべく丁寧に尋ねる。初対面の相手、特に年上には多少気を使うのだ。アンリエッタ? あいつは見た目幼女だから適応外。

 

 看守は懐から何か紙を出して目を通す。この世界は紙が普及しているようだ。

 

「名前は……トキヒサ・サクライか。家名持ちとはどこぞの没落貴族か? まあ良い。すまんが立て込んでいる。お前の番は早くとも明日の夕方以降だな。大人しく待っていろ」

 

 そう言って看守は巡回に戻っていった。ちなみに俺の名前は海外風に名乗っている。最初は普通に名乗ったら変な顔をされたので、異世界ではこちらの方が良いかと変更したのだ。

 

 名字があると貴族というのは別段珍しくない。実際日本でも名字がない方が普通の時代が昔あったし、こちらでもそうなんだろう。あとは、

 

「明日か……長いな」

 

 あと丸一日はここに居なきゃならないとは気が滅入る。仕方ないのでさっさと寝てしまおう。早くここから出たいものだなあ。

 

 

 

 

 異世界生活二日目。

 

 一応昨日の夜に着いたので、今日は二日目とカウントだ。初日はあんなスタートだったので、今日は是非ともスムーズな展開が良い。具体的に言うと早くここから出たい。

 

 大きく欠伸して軽く背伸び。腕時計を見ると現在午前六時前。子供の頃、早朝アニメを見るために早起きを始めてからの習慣だ。といってもこちらの時間で何時なのかは不明なので、時間が分かったら時計を合わせないと。

 

「んっ!?」

 

 固い床に直接寝たのに身体が痛くない。これもアンリエッタの加護のおかげだろうか? まあそういうのは地味に助かるから良いけど。それにしても、

 

「ベッドどころか毛布もないとはサービス悪いな。まさか食事もないとか?」

 

 そう独り言ちるが愚痴ぐらい言わせてほしい。この牢屋は大体八畳くらいの個室。牢屋としてはそこそこの広さに壁はこちらも石造り。

 

 天井は二メートル程の高さで窓もなく、中央の辺りに光を放つ石が嵌められている。灯りのようだが光量は豆電球くらいのぼんやりしたものだ。読書には向かないな。

 

 入口は全面太い木の格子で覆われて、格子の隙間は俺の頭が通るぐらい。意外に大きいが、これは多分外から差し入れでもあるのだと思う。

 

 壁の隅には俺の膝くらいまでの大きさの壺が一つ。蓋を開けると、中には親指サイズの透明な石が入っていた。

 

 この中に用を足すと分解・吸収してくれると昨日看守が言っていたが、匂いも時間経過で消えるらしく、原理は分からないが便利なものだ。日本なら防災グッズで役立つかもな。

 

 以上これだけ。──もう一度言う。()()()()だ。ベッドも毛布も顔を洗う水も食事もない。囚人だからと言っても待遇が悪すぎないか?

 

 ガラガラ。ガラガラ。

 

 そんな風に思っていると、通路の方から何やら物音がした。何だろう? 気になって格子から覗いてみる。

 

 通路にも牢と同じく一定間隔で光る石が嵌め込まれていて、少し離れていてもぼんやり見えた。そこには、昨日の看守が何かを引っ張って歩く姿があった。目を凝らすと小さな荷車のようだ。

 

 看守は牢屋を見回り、何かを荷車から出して囚人に手渡している。その際必ず何かしら言葉を交わしてから。

 

 ガラガラ。ガラガラ。

 

 そうしている内に俺の隣の牢までやって来た。牢と牢の間隔は五メートル程。これなら何をしているか分かりそうだ。

 

 しっかし隣の牢か。昨日は何が何やら分からずにここに来たから気を配る余裕もなかったが、一体どんな人が入っているのだろうか?

 

「次は……イザスタか。まだ寝ているな。おい! さっさと起きろ。配給だ」

「……ん~っ。何? もう朝? もう少し寝かせて~」

 

 寝起きなのかやや掠れてはいるが、声の様子からするとどうやら女性らしい。寝ぼけながらも看守と話している。

 

「まったく。ほらっ。朝食と洗顔用の水と布だ。受け取れ」

 

 看守が荷車からパンとスープの入った木製の器とスプーン、水が入ったコップ。それとは別に水のなみなみ入った桶と布を出して牢の前に置く。

 

 すると牢の中からニュッと手が伸びて、素早くそれらをかっさらっていった。まるでカメレオンが舌を伸ばすような早業だ。一瞬残像が見えたぞ。

 

「ありがとね~。いや~ホントいつも助かるわ~」

 

 礼の言葉と共にバシャバシャと水音がする。どうやら顔を洗っているようだ。そのまま少しすると、看守は懐から何かを取り出して牢の中に静かに投げ入れた。

 

「ご要望の品だ。それなりに手間がかかったがな」

「アリガト。これは約束の半金と次回の分。次もまたヨロシクね」

 

 牢の中からまた手が伸びて、代わりに何か硬貨のような物を差し出した。遠目だが金貨みたいに見える。看守は何も言わずに受けとると、そのまま荷車を引いてこちらの方に歩いてきた。

 

 ガラガラ。ガラガラ。

 

「トキヒサ・サクライ。配給の時間だ」

 

 看守は荷車から先ほどのようにパンとスープ、水入りのコップを取り出すと牢の前に置いた。……あれ? これだけ?

 

「あの、お隣みたいに顔を洗う桶とかは?」

「無いぞ。あれは()()()()()囚人への対応だ」

 

 看守はそう言うと、何か表のような物を出してこちらに広げて見せた。

 

「……あのぅ。俺文字が読めないんです」

「家名があるから没落貴族かと思ったが違ったか? これは()()()だ。詳しく言うと、一デンで洗面用の水と布。十デンで加えて用を足す時や身体を拭く時に使う布の貸し出し。五十デンで更に食事や毛布の追加という風だ」

 

 おそらくデンとはここの通貨単位だろう。つまり良い扱いをされたきゃ金を払えと。だから財布を返されたのか。……ここ牢屋だよな? 宿屋の間違いじゃないよな?

 

「勿論金なしでも元々のここの待遇は受けられる。と言っても食事は朝晩にパン一つとスープ、そしてコップ一杯の水だけだがな。おかわりも認めない」

 

 待遇悪いな。こっちは偶然が重なって捕まっただけで特に悪いことはしていない。それなのにこれは酷いぞ。だけどここでごねても始まらない。

 

「では外の宿屋のような待遇を受けるにはどのくらい必要ですか?」

「宿屋にもよるが、朝昼晩三食お代わり自由付きに身体を洗う水と布、毛布その他細々とした物を加えてここでは一日三百デンと言った所か。……ちなみにその内二百デンは俺が差っ引く分だ」

 

 ぼったくりじゃねぇか!!! 本来百デンの額に三倍の価格をふっかけるとはなんて悪徳看守。

 

「牢屋に外から物資を届けるんだ。手間賃ぐらいは貰う。それに本来宿屋で取る宿泊費は入れてない。どのみち今日はここで寝泊まりするだろうしな。それで払うのか? 払わんのか? 早く決めろ」

 

 ……一応当てはある。『万物換金』の効果は持ち物を金に換えるもの。つまり(にほんえん)(デン)に替えることも多分可能だ。しかし今使えば能力がバレる。この明らかに金にガメツイ感じの看守に見せたらどうなるか。

 

「あらっ!? もしかしてお隣さん? 寝起きで気付かなかったわ。アタシはイザスタ。ヨロシクね」

 

 ここは一度我慢して次の時に。そう考えていると、突如隣の牢の女性が声をあげた。

 

「ドモ。時久です。こちらこそよろしく」

 

 挨拶には挨拶で。顔は見えないがかなりフレンドリーな人らしい。怖そうな人じゃなくて何よりだ。

 

「トキヒサちゃんね。お隣さんが来てくれて嬉しいわ。ずっと両隣が空き部屋で話し相手が欲しかったの。……そうだわ! お近づきの印に今日のお代はアタシが持ちましょう。それで良いわよね看守ちゃん」

「ちゃんを付けるなちゃんをっ!! 俺はどちらからでも構わん。好きにしろ」

「アリガト看守ちゃん。そういうことだから、これからヨロシクね。トキヒサちゃん♪」

「はい。どうもありがとうございます。イザスタさん」

 

 いつの間にか奢ってもらえることになった。非常に助かるので素直に礼を言って受け取ろう。

 

「よし。では次の配給はその待遇だ。洗面用具は今回用意していないが、朝食は予備があるので今渡しておく」

 

 看守は荷車から果物のような物と干し肉を追加で出して渡してきた。おお! 少し朝食が豪華になった。パンとスープだけじゃ味気ないもんな。

 

「巡回の帰りにまた来る。おかわりが必要ならその時にな」

 

 そう言い残すと看守は次の牢屋へ歩いていった。おかわりがあるとは流石に待遇が良い。顔を洗う水がないのは残念だが……まあ良いか。今は食事だ。

 

「頂きます」

 

 手を合わせて早速朝食に取りかかる。異世界最初の食事だ。ワクワクするなぁ。どんな味がするんだろ。さぞかし食べたことない味がするんだろうな。

 

 ……結論から言おう。一つ一つはあまり美味しくなかった。パンは固くて千切るのにも苦労するし、スープは野菜スープのようだけど具が少なくて薄味。干し肉は塩が多くて辛すぎ。果物はやや酸味がきついが、甘味もあって悪くはないかなって具合だ。

 

 これは組み合わせて食べる物だと気づいたのは粗方食べ終わった後だった。看守がまた来たらおかわりして再挑戦してやるからな!

 

 

 

 

「ふぃ~。やっぱりスープは肉を入れると丁度良い塩加減だな」

 

 おかわりもして腹も膨れ、壁に寄りかかって食休みだ。……そういえばお隣さんはどうしたかな? 話し相手が欲しいと言っていた割には食事中話しかけてこなかったけど。

 

 ブルブル。ブルブル。

 

「んっ!?」

 

 急に寄りかかっていた壁の一部が震え出した。最初はブルブルと軽い振動程度だったのに、少しずつ大きくなって今ではグラグラって感じだ。

 

「なんだなんだ!?」

 

 俺は驚いて距離をとる。壁の一部はそのまま震えていたかと思うと、ズポッという音をたてて穴が開いた。そして、穴の向こう側からズルズルと音をたてて誰かが乗り込んでくる。それは、

 

 

 

 

「よいしょっと。……バアッ♪ 驚いた? やっぱりお喋りは相手の顔を見ながらじゃないとね」

 

 服についた埃を払いながら笑いかけてくる、どこか不思議な感じのする女性だった。

 

 というか壁っ!? 壁壊れてますよっ!?




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お姉さんはお好き?

「その声……イザスタさんですか!?」

「そうっ!! イザスタ・フォルス。イザスタお姉さんと呼んでくれても良いわよ。寧ろ呼んでくれるとお姉さんスッゴく嬉しいわ」

「いや普通にイザスタさんで」

 

 イザスタさんはやはりどこか不思議な感じの女性だった。見た目は二十歳を少し過ぎたくらいだろうか? 

 

 澄んだ水色の瞳に明るい茶髪を肩まで垂らし、青と白を基調としたラフなシャツとズボンを身に付けている。首には赤い砂時計の飾りが付いたネックレスを提げていて、寒色系のコーディネートの中でそこだけ際立っていた。

 

 だが特筆すべきはそのプロポーションだ。ざっと百七十越えの長身に、それに合わせて出る所は出て引っ込む所は引っ込むその姿は、道を歩けば大半が振り返るだろう美人だ。

 

 そんな人が突然目の前に来れば普通は緊張して声も出ない。だが彼女の雰囲気がそうさせなかった。

 

 全身から目に見えそうなほどのご機嫌かつご陽気オーラを出していると言うか。つまり話しやすいタイプだ。多分大抵の相手と初対面で仲良くなれるだろう。

 

 そして俺もその一人に入る訳で、

 

「ほらほらっ!! 遠慮しないでもっとどうぞ。育ち盛りなんだから」

「いや……もう腹一杯で。というか何故こんな大量の菓子が!?」

 

 僅か十分後。俺はイザスタさんの牢に半ばむりやり連れ込まれてちょっとした茶会をしていた。

 

 床にはカーペットが敷かれ、天井から吊り下げてあるのはハンモックか? 壁には本棚中に本。何やらデカいクッションや絵まで飾ってある。牢の魔改造もいい所だ。

 

 おまけに小さな組立式のテーブルと椅子が二つ用意され、俺は菓子(スコーンみたいで、セットのジャムをつけて食べると絶品)をたらふくご馳走になった。飲み物に良い香りの紅茶付きだ。

 

 おかしい。サービスが良すぎだろ? それにこの牢自体俺のより大きいし。

 

「これ? 看守ちゃんに頼んで用意してもらった物よ。それなりに値は張ったけどね。あとこの牢はお金を払って少し広い牢に変えてもらったのよん」

 

 イザスタさんはウインクしてくるが、それってマズくないか? ここの規則どうなってんの!? 待遇が金で大幅に変わるんだけど。

 

「もちろんあの看守ちゃんが特別なだけ。あの人とっても顔が広くてね、お金さえ払えば色々と調達してくれるの。売り上げの一部を設備向上に充てているから黙認されてるみたいね」

 

 成る程。値段が高いのはそのためでもあるのか。俺が納得していると、イザスタさんがカップを静かに置いてこちらを見つめてきた。ここからが本題ってとこかな。

 

 俺もお隣さんってだけでこんなに良くしてくれるとは思っていない。善意が無いとは言わないが、思惑ぐらい有るんだろうな。

 

「さてと。お腹も膨れたことだし、腹ごなしに質問タイムと行きましょうか。何せ時間はたっぷりあるんだから。まずはトキヒサちゃんからどうぞ♪」

 

 彼女はニッコリ笑顔でそう言った。……確かに最初に会った時から話し相手が欲しいって言ってたもんな。この世界のことも知らなきゃいけないし、これは良い機会かもしれない。

 

 

 

 

 俺達は互いのことを語り合った。自己紹介から始まり、何でここに居るのかとか、ここを出たらどうしたいとか色々だ。本当にたわいのない話も多かったが、幾つかのことが分かってきた。

 

 まず大きな収穫はこの国について。ここはヒュムス国というヒト種が主導する国の王都らしい。

 

 この世界には多くの種族がいて、ヒト種は最も人数の多い種だ。他にもエルフやドワーフ、獣人、巨人、精霊、魔族といった種族もいる。ここまではファンタジー物でお馴染みだ。

 

 基本的に種族毎に国や街があり、異種族間で友好的な所は少ないとか。ちなみにこの国はヒト種至上主義を掲げて、他の種は劣等種という風潮だとか。実にテンプレだが、実際に差別があると聞くとおっかない。

 

 イザスタさんは元は他の国の出で、王都に着いて少しした頃にいざこざがあってここに入れられたらしい。詳しくは秘密って濁されたが、出所してもしばらく王都に滞在するとか。

 

 あと気になっていた壁の穴だが、イザスタさんが来た時から有ったらしい。それについては看守も知っているが放置しているとか。おい看守!! 早く塞ごうよ!!

 

 他にも様々な質問をしたが、イザスタさんは一つずつ丁寧に話してくれた。

 

 一応自分はひどい田舎から来たと前置きをしたが、普通はこんな常識的な質問ばかりしたら不思議がる。だが彼女はまるでそんな素振りを見せなかった。その理由が明らかになったのは大分後の話だ。

 

 そうして話し込んで気がつけば夕方。途中用意された昼食を挟み、実に有意義な時間になった。

 

 俺ばかり得したように思えたが、「とっても楽しかったわ。トキヒサちゃんもアタシのタイプだし、またお話しましょうね♪」なんて言われて少しドキッとした。あれが大人のオンナって奴か。

 

 あと昼も同じ看守だったがいつ休んでいるんだ? いくらなんでも一人で全部しているとは思えないが。

 

「トキヒサ・サクライ。取り調べの時間だ」

 

 噂をすればなんとやら。件の看守が牢にやって来た。俺は看守に連れられて外に出る。

 

「アラ取り調べ? ガンバってねぇ」

 

 イザスタさんが手を振って見送ってくれる。そう言われても別に重罪を犯した訳じゃなし。すぐに終わって釈放されると思うのだけど。……すぐ釈放されるよな?

 

 

 

 

 看守について通路を歩く。通路の幅はおよそ二車線分くらい。高さは四、五メートルくらいと牢獄にしては大きい。これはヒト種以外の大きな種族も居るからだとか。

 

「あまり人がいませんね」

 

 歩く途中ふと気が付く。今日まで取り調べを待たされるくらいだから大勢囚人が居ると予想していたのだけど。人影はぽつぽつという感じだ。

 

「気になるか? ここは基本的にヒトが少ないからな。昨日の盗賊団も大半が労働刑等に決まって外に出ている。残っているのは取り調べが長引いたか特殊な事情の奴だ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「えっ? イザスタさんはもう刑期が終わってるんですか?」

 

 これには驚いた。何をやったかは正確に知らないが、それでも自分から牢屋に残るというのはよく分からない。

 

「奴の罪は本来、労働刑にしばらく従事すれば出所出来るものだ。加えてイザスタは高い金を払って物を買っている。それは国、及び俺に貢献したという一種の減刑措置になる」

 

 日本でも保釈金を払うことで出られる場合があるけど、こっちでも理屈は同じかね? そんなことを考えながら歩いていると、

 

「ほう。取り調べの前に他人の事を考える余裕があるとは」

「と言っても俺はいきなりあの場所に居ただけですから。正直に答えれば分かって貰えますよ」

「……確かにお前は捕縛された時も抵抗しなかったと聞く。それなら基本的には只の不法侵入だ。()()()()()()()ならな」

 

 看守は意味深な言葉を言うとそのまま口を閉じる。マズイなぁ……これフラグだよね。一回ならまだしもイザスタさんのと合わせて二回目だよ。確実になんかあるパターンだよ。

 

「俺だ。ディランだ。囚人を連れてきた。扉を開けてくれ」

 

 頭を抱えている内に目的地に着いたらしい。看守は取っ手のない頑丈そうな扉の前で立ち止まった。

 

 取っ手がないのは内側から簡単に開けられないようにだろうが、ここには見覚えがある。俺が牢に入る時にも通った所だ。あと今更知ったがこの看守はディランというらしい。覚えておこう。

 

 そうしてしばらくすると、扉からカチャリと音がして内側に開いた。

 

「お疲れ様です。ディランさん」

「すまんな。さあ。行くぞ」

 

 扉の横で直立不動の衛兵に一礼し、先に入ったディランに促されて扉を潜る。扉の先はまた別の通路になっていて、まっすぐ行けば上へ通じる階段。取り調べ室は通路の途中にあった。

 

「お前の担当は怖いぞ。俺も立ち会うが、精々呑まれないように気をつけることだ」

 

 ディランが口元をニヤリと吊り上げて言った。そんなに怖いの!? お手柔らかにお願いします。

 

 取り調べ室では一人の男性が椅子に座っていた。少し頬のこけた、見るからに神経質そうな顔をしている。服装は結構立派な物なので役人か何かだろう。

 

「……遅いぞ。早く座れ」

 

 役人に促されて対面にある椅子に座り、ディランは俺と役人の間の壁に腕を組んで寄りかかっている。もし逃げたり暴れようとしたらすぐに対応できる位置だ。

 

「では取り調べを始める。名はトキヒサ・サクライで間違いないな? これからする質問に嘘偽りなく正直に答えるように」

 

 こうして俺の取り調べが始まった。

 

 

 

 

 およそ二時間後。

 

「疲れた~」

 

 取り調べも終わって牢に戻る途中、そうポツリと洩らしても仕方ないと思う。あの役人やたら細かい所まで聞いてくるのだ。出身地や年齢に加え、地元の郷土料理まで尋ねられた時にはうんざりした。

 

 あと意外に朝イザスタさんと話したのが役に立った。大半はイザスタさんとのお喋りで聞かれたことばかりだったからな。

 

 それと指を針で突かれて血を採られた。なんでも種族や能力等を多少判別出来るらしい。身の潔白が証明出来るなら安いものだ。

 

「お疲れさん。予想より長くて俺も疲れた。判決は数日後だ。しばらく牢でのんびりしていろ」

 

 少し疲れた顔をしてディラン看守が言った。そう数日後……数日後!?

 

「えっ!? 即日解放じゃないんですか?」

「そこは俺も妙に思ってる。只の不法侵入なら血を調べることもないしな。取り調べが終わった時点で刑が決まるのが大半だ。……お前本当に何もやってないんだな?」

 

 疑惑の目で見るディラン看守に、俺はブンブンと顔を縦にふる。本当に扉から出てすぐ捕まったのだ。某警備会社もビックリの迅速さだった。その間少し通路を歩いた程度で取り調べが厳重になるのだろうか?

 

「ふ~む。……まあ良い。それとイザスタが払ったのは明日の朝食分までだ。今の待遇を続けるなら朝食時に次の分を払うように」

 

 忘れてた。能力で(デン)を調達出来なきゃ大ピンチだ。後で試さないと。そのまま俺達は牢屋に戻ったのだが……。

 

「お帰り~。遅かったわねぇ。もう先に食べ始めてるわよ。これはトキヒサちゃんの分ね」

 

 イザスタさんが夕食を食べていた。……()()()()。また穴を潜ってきたな。横には手つかずの食事が一揃い。どうやら俺の分らしい。

 

「ただいま~って、自分の所で食べてくださいよ!! ほらっ。ディラン看守だって呆れてます」

「だって一人で食べる食事は味気ないもの。取り調べが終わって疲れきったトキヒサちゃんと一緒に食べようと思って待っていたのに全然来ないし」

 

 拗ねた顔をするイザスタさん。だからって俺の牢屋で待たなくても。ディラン看守も穴のことは知っているらしいけど、それにしたって囚人がこんなに自由じゃあマズイだろ。

 

 ディラン看守も眉間にシワを寄せて難しい顔をしてるし、自分の牢屋に早く戻ってほらほら!

 

「……はぁっ。食い終わったらさっさと戻れ。というか出所しろ。お前の刑期はとうに終わっているだろう。いつまでここに居るつもりだ?」

「そうねぇ。大体調()()()し、もう数日くらいしたら出ようかしら。それまではまたお願いね~」

 

 イザスタさんはそう言うと、そのまま俺の牢屋で夕食の続きを始めた。本当に食べ終わるまで居座る気だ。まあこっちとしても一人で食べるよりか良いか。俺も牢屋に入って夕食に手をつける。

 

「……はぁ。早く戻れよ」

 

 ディラン看守はため息を吐いて去っていった。あの人もずっと立ち会っていたからな。疲れが溜まってそうだ……っと。折角だから今の内に聞いておこう。

 

「イザスタさん。もう刑期が終わってるって本当ですか?」

「本当よん。だからアタシはいつでも自由の身。と言ってももう少し居るつもりだけど……何でか聞きたい?」

「何でですか?」

 

 気にならないと言えば嘘になる。それに刑が決まるまでは暇だしな。そう思って聞いたのだが。

 

「フフっ。だ~め♪ 女には秘密がつきもの。お姉さんともうちょっと仲良くなるまで内緒。ねっ!」

 

 彼女は人差し指で俺の口を塞ぎながら、そんなことを言って微笑んだ。そう言われるとこれ以上は詮索しづらい。今回はやめておくか。そうしてしばし二人で食事をしていると、

 

「そういえばトキヒサちゃん。貴方の魔法適正ってなあに? 元気そうだから火属性とか?」

「魔法適正……ですか? その、俺はそういうのに疎くて、魔法とかよく分からないんです」

「そうなの? 珍しいわね。あんまりいないわよん」

 

 不思議そうな顔をするイザスタさんに、俺は前と同じく田舎から来たとの理由で押し通す。

 

 そろそろこの理由じゃ厳しいか。そう思ったのだが、彼女はそれ以上突っ込んでこなかった。それどころか、夕食の後で簡単に説明してくれるという。俺はありがたく教えてもらうことにした。




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お姉さんの個人授業と不機嫌女神

「それじゃあよ~く見ててね。水よ。ここに集え。“水球(ウォーターボール)”」 

「おっ! お~っ!?」

 

 その言葉と共に、何もない所からピンポン玉程の水玉が出現した。水玉はふよふよとイザスタさんの掌から少し上で停止している。

 

 軽く調べたが手品の種は見当たらない。つまりこれは紛れもなく()()だ。……やばいな興奮してきた。ゲームやライトノベルを嗜んだ者なら一度は夢想しただろう魔法。それがすぐ目の前にある。

 

 アンリエッタのやったことはスケールが大きすぎて実感が湧かなかったが、指から火が出るとか水玉が宙に浮くとか、科学でも真似できそうなものの方がロマンがあるのだ。

 

「フフッ。そんなに眼を輝かされると照れちゃうわねぇ」

 

 顔に出ていたらしく一目で看破される。だけどそれだけの感動だったんだ。そして水玉はそのまま宙を移動し、俺の手の届く所までやってくる。

 

 軽く指先で触れてみると、何の抵抗もなくスッと指が水玉に入っていく。そのまま引き抜いて指先を舐めると確かに水だ。

 

「じゃあ最初は基本的なことから。まず世界には魔素と呼ばれる物が満ちているの。簡単に言うと魔法の素ね。それを体に一度取り込んで、自分の形に変化させて使うことを魔法と言うの。()()()()って言うのが大事な所よん」

 

 イザスタさんは紙に図を描いて説明してくれる。眼鏡とスーツがあったら完璧にどこぞの女教師のような雰囲気だ。水玉を浮かべたままなのが気になるが。

 

「自分の形というと、同じ魔法でも使う人によって違ったりするんですか?」

「良い質問ね。同じ魔法でも、使い手の力量やイメージによって微妙に違うの。例えばこの水球は水属性の初歩だけど、魔力の込め方を変えることで大きさや形、水質を変化できるわ。生き物の形とかね」

 

 その言葉に従い、水玉は球体から棒状、リング状、最後は動物のような姿になり、吠えるような動きをしてまた水玉の状態に戻る。初歩にしては凄く応用が効くな水属性。

 

「他の属性も基本はおんなじ。トキヒサちゃんの適性は分からないけど、属性ごとに個性があるの。次はそれを勉強しましょうか」

「はい! よろしくお願いします」

 

 魔法かぁ。異世界に来たからには一度使ってみたいと思っていたけど、俺も遂に使える時が来たのか。顔がにやけるのを必死に我慢しながら、俺はイザスタさんの魔法個人レッスン(座学編)を受けるのであった。

 

 

 

 

「そろそろか……」

 

 夜の十一時過ぎ。隣のイザスタさんも眠ったらしく、耳を澄ませても物音一つない。周りを確認し、俺は連絡用の鏡を取り出した。

 

「もしもし。聞こえるかアンリエッタ」

 

 距離があるので大丈夫だろうけど、念の為他の人を起こさないよう囁くように喋る。だってのに、

 

『おっそい!!! もう今日は連絡はないのかとヒヤヒヤしたんだからっ』

 

 静かな中に突然の怒声。慌てて鏡をしまい、息を殺して周囲を窺う。……大丈夫みたいだ。

 

「アンリエッタもうちょい声を小さく。誰か来たらマズイ。……連絡が遅くなってゴメン。中々チャンスがなかったんだ」

『……ふぅ。こっちも悪かったわよ。この状況じゃ仕方ないし許してあげる。感謝しなさい」

 

 アンリエッタは軽く胸を反らして言った。寛大さを見せつけたいのだろうが、見た目が子供だからどこか微笑ましい。

 

「状況は大体分かるよな?」

『えぇ。時々モニターしてたから。アナタには早く課題をこなしてもらわなきゃ。そんな所じゃ碌に金も稼げないわ』

 

 ちなみに俺に与えられた課題は“一億円分を稼ぎ出すこと”。しかも一年以内である。

 

 本来時間制限はないのだが、俺の個人的事情によりそうなっている。何故ならば……元の世界で人を待たせているからだ。

 

 待ち合わせは元の世界で三日後。一年以内というのは、アンリエッタが元の世界に戻す際の誤差が三日以内に収まるのが一年までだから。神様というだけあって誤差の規模がデカい。

 

「そのためにも先立つものが要る。『万物換金』は(にほんえん)(デン)に替えられるか?」

 

 まずはこちらの金を手に入れないと。どのみち今は日本円は使い道がないから手持ちは全替えとして、普段からもっと金を持っていればとつくづく思う。

 

『勿論可能よ。一度円を貯金状態にして、それから支払い金をデンに変えるだけ』

「助かる。一度換金したらもう戻せないのか?」

『戻せるわよ。ただし査定額の一割を上乗せする必要があるけど。例えば一万円の品を買い戻すなら一万と千円が要るわ』

 

 手数料か。一割は多い気もするが仕方ないか。

 

『時間がないから一度通信を切るけど、今日の分はまだあるから終わったら連絡して。換金自体は難しくないから』

「あっ! アンリエッタ。腕時計の時間はこっちの時間と同じか? 大体は食事の時間から予想できるけど、細かい時間までは分からないし」

 

 言ったあとですぐにマズイと思った。最初の妨害はアンリエッタも気にしていたし、今の言い方だと傷つけたかも。

 

『……誤差は特に無いわ。午前と午後も間違ってない』

 

 一瞬の沈黙の後、何事もない風に言うアンリエッタ。礼を言うとそれを最後に映像は途絶える。

 

 あとでちょっと謝っておくか。それにしても一日二回、一回三分までって縛りはもう少しどうにかならないのか?

 

 鏡をしまうと、貯金箱を出して起動用の硬貨を投入する。これは出発直前にアンリエッタに渡されたもので、服のあちこちに仕込んである。ちなみにこの値段も課題に上乗せされるらしい。

 

「では……『査定開始』」

 

 早速貯金箱を起動。財布を取り出して光を当ててみる。……今思ったが、まとめて査定したらどうなるのだろうか?

 

 貯金箱に浮かんできた文字はこうだった。

 

 財布(内容物有り)

 査定額 七千六百十円

 内訳 

 財布 五百円 

 日本円 円分の紙幣及び硬貨 

 カード(保険証、会員カード等) 買取不可

 

 まとめて査定すると一つずつの値段と合計査定額が表示されるのか。カードが買取不可なのは何でだ?

 

 触れたら細かく表示されるかと試したが、スクロールや拡大が精々だ。そう上手くはいかないか。

 

 どうやら内訳がある場合は選択した物だけを換金できるようで、日本円だけを選択。すると財布はそのままに中身だけがスッと消えてしまう。貯金箱には、

 

 現在貯金額 七千百二十円

 

 とあった。成功したらしく、アンリエッタの所で試しに使った分に追加されている。そのまま弄っていると、通貨設定という項目があった。

 

 え~と、円にドルにポンド。色々有るな。デンは……あった。変更っと。

 

 現在貯金額 七百十二デン

 

 上手くいった。それにしても一デンは日本円で十円分か。つまり課題の一億円はこちらだと一千万デン。覚えておこう。あとは実際に金を引き出すのだけど……画面の表示に七百十二デンと設定してボタンを押す。さて、どうなる?

 

 チャリ~ン。

 

 すると側面がスライドして硬貨がこぼれ出した。画面を見ると残高が0になっている。こう出てくるのか。

 

 硬貨を拾うと三種あった。石製の灰色の物が二枚に銅製が一枚。最後に銀製の物が七枚だ。つまり石の硬貨が一枚一デン。銅製が十デン。銀製が百デンか。

 

 と言ってもこれじゃ今の待遇だと二日分。早く出所しないと一文無しだ。他に換金できる物は……スマホくらいか。一応査定してみる。

 

 スマートフォン(やや傷有り)

 査定額 五百デン

 

 微妙だが使い道が有るかも知れないので換金は止めとこう。念の為牢を一通り査定するが全て買取不可と出た。これらは俺の物ではないからな。

 

 まだ数分使えるので適当に光を当てていると、壁の一部で妙な反応があった。

 

 ウォールスライム(擬態中)

 査定額 買取不可

 

 ウォールスライムって何? というかこの壁生き物なのか? 試しに鉛筆で触れてみると、そこだけ僅かに感触が違う。あくまでこの縦横一メートル部分だけらしい。

 

「よく見たらここ、イザスタさんが入ってきた所だ」

 

 つまり穴をスライムが塞いでいる形だ。最初からそうだったのかも知れないが今は置いておく。問題はこいつだが、特に害意はなさそうなんだよな。

 

 完全に壁に擬態して、触れても特に反応はない。まあ害意があるならいくらでも襲う機会はあったし、今すぐどうこうというものでもないか。少し楽観的かも知れないが、変な同居人が増えたと思おう。

 

 さて、このことも踏まえてまたアンリエッタに連絡するか。

 

 

 

 

『換金は終わったようね』

「ああ。と言っても物自体が少ないから貧乏なままだけどな。それと……さっきは悪かった」

『……? 何が?」

 

 ありゃ? 呼び出してはみたけれど、なんか予想より普通だ。

 

「いやその、責めてるように聞こえたかなって。そうじゃないって言うつもりだったんだけど」

『あぁ…………アレね」

 

 アンリエッタはスゴイ顔をした。何というか不愉快さと怒りと闘志と僅かな申し訳なさをごっちゃにして、更にそれを押し殺しているけど抑え切れていないって感じだ。

 

『……そうね。()()()()腹が立っているかしら。生意気に心配する手駒にも、心配されるようなポカをやったワタシにもね」

「だから責めてないってのに。そ、そうだっ! 妨害した奴の事は分かったか?」

 

 これはいかんと話題を逸らすが、顔を曇らせたちびっ子女神を見てこれは上手くいっていないと察する。藪蛇だったか?

 

『正直手詰まりね。女神にちょっかいをかける奴なんて多くないし、わざわざここでってことは関係者の誰かだろうけど。それ以上は絞れないわ』

「そっか。いきなり牢屋スタートで、正体不明の妨害者とは厳しいけど……まあ何とかするさ。あと査定中に壁に変な奴が居たんだけど。というか今も」

 

 さらに話題を逸らす。もう思いっきり違う話になっているが、これ以上この話題で機嫌を損ねると流石にマズイ。

 

『こっちでも確認したわ。ウォールスライムはその世界に存在するモンスターの一種。だけど基本的におとなしいから下手に刺激しなければ問題ないわ』

「さっきちょっと触ったんだけど……これってヤバイか?」

『牢屋の近くで暴れでもしない限りは平気でしょ。問題は何故ここに居るかだけど』

 

 う~む。こんな所に居たら普通気付くよな。それを敢えて放置してる。……まさか城のペットとか?

 

「ちなみに肉食だったりする?」

『種類にもよるけど、スライムは基本消化できるなら何でもパクリ。ただウォールスライムは飢餓状態でもない限り、人や他のモンスターを食べることは滅多にないわ』

「それを聞いて安心した。じゃあこいつは放っておくとして……そうだ! アンリエッタ!! 俺の魔法適正って何か分かるか?」

 

 座学で魔法の基礎知識は教わったのだが、結局俺の適性は不明なままだ。調べるには準備が必要らしく、ここには道具がないから難しいという。

 

『残念だけど、何の魔法が使えるかまでは不明。ただ異世界補正で魔力量自体は恵まれてるんじゃない?』

「別に大層なものじゃなくて良いんだ。正直な話、指先からライター位の火が出るとかでも良い。自分の力で魔法が使えるってだけでロマンだろ?」

『ロマンねぇ。ワタシにはイマイチ理解できないわね』

 

 アンリエッタはどこか呆れ顔だ。ロマンは大事だぞ。

 

「じっくり話し合いたいけどそろそろ時間だ。今日はここまでにしとくよ。これからも基本的にはこの時間で。急な用件の時の為に一回分は残す感じだ」

『分かったわ。それじゃあお休みなさい。ワタシの手駒。明日は何か進展があると良いわね』

「ああ。お休み」

 

 挨拶が終わるとそのまま映像は消える。明日か。どうしたもんか。

 

 金は少ないから何とかディラン看守に値段交渉をして、あとスライムのことも気になるし、イザスタさんとこにも居るかも知れないな。それとまた魔法について聞いてみるとして……。

 

 こうして明日に備えて考え事をしつつ、二日目の夜は更けていった。




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王補佐官の暗躍と濡れ衣

 注意! 一部視点変更があります。


 ◇◆◇◆◇◆

 

 そこは城のある一室だった。机や本棚など、いかにも執務室といった装いだがどれも華美ではない。しかし見る目がある者なら腰を抜かす程度には良き品々ばかりだ。

 

 部屋の主は一人、机に向かって書き物をしている。歳は直に六十に届こうかという程。髪はほとんど白く染まり、手や顔には皺が目立つ。だがその鋭い目付きは決して隠居寸前の好好爺などではない。

 

 明かりは机にある燭台と、宙に浮かんで手元を照らす小さな光球。光量は多くはないが書き物をするには充分だ。必要以上は要らないという、持ち主の無駄のなさを感じさせる。

 

「…………」

 

 一つずつ書類に目を通し、時折内容にペンを走らせるとまた次にとりかかる。それは華やかさの欠片もない地味な作業。書類は束になっていてまるで終わる気配はない。

 

だが、もしこれを一日でも休めばその影響は国内、国外に大きく伝わるだろう。彼、ヒュムス王補佐官ウィーガス・ゾルガが行っているのはそういうことだ。

 

 コンコン。

 

 静かな部屋に扉をノックする音が響き渡る。

 

「入りたまえ」

「はい。夜分遅く失礼します。閣下」

 

 入ってきたのは少し頬のこけた神経質そうな男。今日時久を取り調べた役人である。

 

「結果はどうだったね? ヘクター」

 

 ウィーガスは書類から目を離さずに役人に話しかけた。役人……ヘクターも主の多忙は知っているのでそのまま続ける。

 

「幾つかの質問をしましたが、『勇者』様方の答えと類似点が多く見られます。彼が()()()()である可能性は捨てきれません。無論情報を嗅ぎ付けた密偵の可能性も有りますが」

「宜しい。書類を提出せよ」

「はっ」

 

 ヘクターは抱えていた書類をウィーガスに手渡した。彼は書類に軽く目を通すと、その内容に少し考え込む。

 

「ふむ……検査の方はどうだね?」

「現在血から情報の読み取りを行っています。種族や能力のみならず『加護』の有無や詳細まで必要となると、夜を徹しても明日まではかかるかと」

「構わん。多少時間がかかっても良いので正確さを優先させよ」

「はっ。かしこまりました」

 

 ヘクターは一礼するとそのまま部屋を退出し、再び部屋にはウィーガス一人となった。

 

「……現れる筈のないイレギュラーの『勇者』か。はたまた只の密偵か。密偵ならば始末するだけだが……」

 

 ウィーガスはここでしばし黙考し、手渡された書類にもう一度目を通していく。

 

「トキヒサ・サクライ。いや、異世界風に言えばサクライ・トキヒサか。お前はいったいどちらだろうな……」

 

 この疑問に答えられる者は未だ居ない。

 

 

 ◆◇◆◇◆◇

 

 三日目、四日目は特筆すべきことはなかった。強いて言えばディラン看守と交渉した結果、一日に払う額が百デンになったことか。代わりに待遇がやや雑になった。

 

 それとスライムは相変わらずだが、戻り際に一度イザスタさんが「ありがとね♪」とスライムを撫でていったのが印象的だ。更に言えば、イザスタさんの牢にも別のスライムが居た。まさか牢毎に一体ずつ居るのか?

 

 待てよ……このスライム飼ってるのイザスタさんか? あの人ならペットか何か持ち込むことはあり得る。一応聞いてみたが「ペット? う~ん、当たりじゃないけど完全に的外れとも言えないかなぁ」とはぐらかされた。

 

 大体こんな所か。あとは変わらず牢の中だ。体が鈍らないように体操をしたり、イザスタさんから魔法の講義を受ける日々。

 

 ただこの牢獄には魔法封じの仕掛けがあって、初心者では魔法の発動自体が出来ないという。なので教わるのは各属性の特徴や使い方。早く出所して実際に使ってみたいものだ。

 

 あと気になったことと言えばもう一つ。イザスタさんの苗字についてだ。ディラン看守が俺を没落貴族と思ったように、苗字持ちは貴族かそれに連なる者のみらしい。と言っても数代前に貴族でも苗字は残るので、今は平民の者も多いとか。

 

 その辺りも訊ねたのだが、イザスタさんは少しだけ困った顔をした。

 

「う~ん。実はこれ偽名なのよねん。なんていうかその……仕事上本名は都合が悪いっていうか。最近はずっと使っているから、ほとんどこっちが本名みたいなものね」

 

 非常に稀だが名前を知ることで相手を呪う能力があるそうで、それ対策で普段は偽名を使っているのだという。

 

 そんな相手と関わる仕事って何だろうか? 肝心の苗字についての方も、あるけど内緒。ねっ♪ とはぐらかされ、結局謎が深まっただけだった。

 

 そんな感じで毎日を過ごし、アンリエッタとも毎夜話してはいるが進展はなし。早く釈放されないかと指折り数えて待っていたのだが、問題が起きたのはその次の日の事だった。

 

 

 

 

 異世界生活五日目。

 

「おい。良い知らせと悪い知らせ。どちらから聞きたい?」

 

 いつも通りの日。今日も隠す気もなく堂々とやってくるイザスタさんと一緒に昼食を食べようとした時、食事を運んできたディラン看守がそう急に尋ねてきた。

 

「え~と、それじゃあ悪い知らせから」

 

 出来れば良い知らせだけ聞きたいが、こういうのはセットになっているのがお約束。それなら心に余裕がある内に悪い方を聞こう。

 

「もしかして判決が延びるとか? そうなるともう支払う金がないからまた値引き交渉をお願いしたいんですが。もしくは牢屋内での仕事を斡旋してもらうとか」

 

 検査で変な結果が出たかな。別の世界の人間だから不思議じゃないけど、これ以上ここに留まるのは勘弁してほしい。

 

「いや。刑自体はほぼ確定だ。あとは書類の作成を待つばかりだな」

「じゃあその書類に物凄く時間がかかるとか?」

「それも違う。実はな……お前は相当な極悪人ということになっているぞ」

「……はい?」

 

 一瞬思考が止まる。……極悪人? 俺が? 確かに人様(特に元の世界で待たせている“相棒”や妹)に迷惑をかけたことは結構あるけど、こっちに来てからは何もしてないぞ。……してないよな?

 

「情報によると、お前は城に侵入して重要書類を奪い、衛兵と争いになって数名に怪我を負わせ逃亡。その際居合わせた城仕えの女性に性的暴行を加え、食糧保管庫に放火している所を衛兵に捕まったとある」

「なっ……なっ!?」

「あらら。トキヒサちゃんそんな悪い子だったの? お姉さんちょっとショック」

「いやいやちょっと待ってくださいよっ!? 俺そんなのやっていませんっ! 何かの間違いですっ!」

 

 二人に弁明しながら俺自身パニックになっていた。話を聞くだけでも不法侵入に窃盗に公務執行妨害、傷害に婦女暴行に放火。……う~む。これ極悪人じゃね?

 

「何でそうなったか知りませんが、最初の不法侵入は……いつの間にか来ていたから仕方ないにしても、それ以外はデタラメです」

「だろうな。少なくとも衛兵に怪我人は居ない。そんな危険人物ならとっくに拘束されているからな」

「じゃあ、何で俺がそんなことをやったって話に?」

「それもあるが今の問題はそこじゃない。問題なのは、それによって罪が一気に重くなったという点だ」

 

 罪か。もしこの濡れ衣がまかり通ったら……。一瞬俺の頭にイヤ~な物がよぎる。磔・火あぶり・ギロチンで首と胴体が泣き別れとかだ。いやいや流石にそんなことはないよな。

 

「これにより、お前は特別房に移送されることになる」

「特別房?」

「簡単に言うと極悪人用の牢屋だ。ここは基本的に軽犯罪者用の牢屋だからな。だから差し入れも出来る訳だが特別房はそうはいかない」

「そんなに酷い場所なんですか?」

「そうだな……ここの暮らしが天国に思える。その上そこから出所した奴はほとんど居ない。何故なら」

 

 そこで看守は少し間をおくと、声を潜めながら呟いた。

 

「何故なら、大抵一年経たずに獄中で死亡するからだ」

「イヤじゃぁぁぁぁ!!!! そんなとこ行きたくないよぉぉぉ!!!!」

 

 魂の叫びpart2。そんな場所に放り込まれるなんて異世界生活六日目にして早くも大ピンチだ。このままではえらいことになる。

 

「じ、冗談じゃないですよっ!? 何か手はないんですかディラン看守!!」

「まあそう慌てるな」

 

 慌てて無罪を主張する俺に、ディラン看守は淡々とした態度で答える。

 

「ねぇ看守ちゃん。意地悪しないで話してくれても良いんじゃない? 有るんでしょ? 良い知らせが」

 

 いよいよ困り果てていた俺にイザスタさんが助け船を出す。確かにまだ良い知らせを聞いていない。もしやこの濡れ衣を晴らす算段とか。

 

「さて、良い知らせだが……喜べトキヒサ・サクライ。明日は祭のため囚人にも恩赦が出て食い放題だ。今日の朝支払った分は次回に持ち越される。一日分浮いたぞ」

「わ~い食べ放題だ~じゃないですよ!! これじゃあおもいっきり最期の晩餐的なものですって。他に何か無いんですか?」

「有るぞ」

 

 事も無げにそう言うと、ディラン看守は荷車から紙のような物を取り出して広げてみせた。また待遇の値段表か? 今さら待遇を良くされても。

 

「えっと何々、『上に無罪又は減刑を掛け合う 千デン』『一日釈放(見張り付き) 一万デン』『出所 方法により金額は応相談』ですって。意外に安いわね」

「えっ!? ()()()()()()()()()()()!?」

「出来るぞ。と言ってもこれで出所する囚人はほぼ居ないが。僅かな時間を大金払って釈放されるより、時間をかけて罪を償った方が良いからな」

 

 イザスタさんが読み上げた驚きの内容を、ディラン看守は落ち着きはらって説明する。

 

「でもそれじゃ金持ちの悪者とかすぐに自由の身になりませんか?」

「なれるな。ただし、そういう分かりやすい悪党には見せないことにしている。見せるのはあくまで()()()()()()()()()()()()()()奴だ」

「……つまり金を払えば助かるんですね」

「確約は出来ないが、貰った分は手を尽くす。俺は金にはうるさいんでな」

 

 どうするか。正直ちょっと怪しい。いきなりあらぬ罪を着せることでパニックを起こさせ、そこに金で助かるという救いの糸を差し伸べる。信じて金を払ったらそのままとんずら。詐欺の手口で良くある。

 

 だが金を取るにしてもこんなやり方をする必要はない。ただ待遇に関する料金を値上げすれば良いだけだ。となると、

 

「と言っても手持ちがないんですが。所持金は精々あと四百デン位しか」

「それでは足らんな。上に掛け合うだけでも千デンからだ。他に払うあては有るか?」

 

 手持ちにはないがあてはある。『万物換金』でスマホを換金すれば良いのだ。だがここで使うともう本当に手持ちの金が無くなる。

 

「後で払うからこの四百デンを手付金に、というのはダメですか?」

「ダメだ。内容が内容だからな。これまでの差し入れとは訳が違う。全額前払いだ」

 

 看守は譲ろうとしない。上に掛け合うということはそれだけリスクもある。場合によっては上司の心証も悪くなるかもだし、黙認されているとは言え危ない橋だ。それでも構わないと思わせるぐらいのメリットがいる。

 

「話は以上だ。次はまた夕食の時にでも」

「あっ! ちょっと待って看守ちゃん」

 

 イザスタさんに呼び止められ、ディラン看守はもうちゃん付けは諦めたのか疲れた顔をして振り返る。

 

「聞き忘れていたんだけど祭って何? 囚人に恩赦が出る程なら有名なんでしょうけど、それにしてはそんな祭が明日有るなんて聞いたことないわ」

「それは昨日急に決まったことだから当然だな。だがこれから記念日になる可能性が高い。何せ『勇者』が現れたことを大々的にお披露目するらしいからな」

「へぇ…………『勇者』ねぇ」

 

 その瞬間、イザスタさんの顔色が僅かに変わった。勇者と言うと俺が割り込む筈だった人達のことか?

 

 しかし俺が着いたのはその人達から数日後だとアンリエッタは言っていた。仮に三日のズレがあったとすると今日までで合わせて八日。それが今になってお披露目? それくらいの時間は必要なのかもしれないが……なんか引っ掛かる。

 

「お披露目ってくらいだから、街を練り歩いたりでもするの? それともお城でパーティーとか?」

「さてな。詳しくは知らん。ではそろそろ俺は行くぞ。サクライ・トキヒサ。特別房に移送されるのはおそらく二日後だ。それまで何か要望が有れば言え。金を払えば出来るだけのことはしよう。イザスタはさっさと出所しろよ」

「……はい」

「ハイハイ。了解よん」

 

 ディラン看守はそう言うと、今度こそ荷車を引いて立ち去っていった。ガタガタという音が少しずつ遠ざかっていく。

 

「さてと。それじゃあアタシも一度戻るわね。やることもあるし」

 

 バイバ~イと手を振りながら、自分の昼食を持って穴に入っていくイザスタさん。通り終わるとすぐにスライムがまた壁に擬態し、俺の部屋は一気に静かになった。

 

「……ふぅ」

 

 俺は軽く溜め息をついてそのまま座り込む。話がこんがらがってきた。整理すると、ディラン看守を信じるなら二日後にその特別房という場所に移送される。罪状は覚えのない冤罪だが、一度入ってしまったらおそらく晴らすことは難しい。

 

 待遇もかなり……いや、話しぶりから推測するに物凄く悪い。獄中で死者が出るレベルとなると俺も命の危機で、そして間違いなくゲームを一年でクリアするのは不可能になる。特別房に入るのは確実にアウトだ。

 

 ならどうする? ディラン看守は金さえ払えば出来るだけのことはすると言っていた。スマホを換金する? それにしたって出来るのは精々減刑を上に掛け合ってもらうだけだ。時間稼ぎにはなっても根本的な解決は出来ない。

 

「……ああもうダメだ!! こういう事は俺には向いてない。腹も減ってきたし、まずは何か食べてからだ」

 

 俺はひとまず昼食を摂ることにした。腹ペコでは頭が働かないからな。現実逃避とも言うが。




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お隣さんにバレちゃった

「ふぅ。腹八分目ってとこか」

 

 俺はきっちりおかわりもして壁にもたれかかっていた。ただしあえてパンだけは食べずに残してある。

 

「さて、やるか」

 

 俺は貯金箱を呼び出し、なるべく音をたてずに起動させる。貯金箱から光が伸び、皿に置かれたパンに放たれた。

 

 パン

 査定額 二デン

 

 囚人の食事だから期待していなかったが二デンは安い。日本円にして二十円である。まあ少しではあるが換金しておくか。

 

 チャリ~ン。

 

 貯金箱から二枚の石の硬貨が出てくる。食事も金になるのではないかと試してみたが一応成功だ。硬貨を懐にしまうと、俺は貯金箱を持って立ち上がる。

 

 わざわざ僅かな金の為だけに貯金箱を呼び出した訳ではない。少しでも牢を調べるためだ。ゲームでも現実でもそうだが、行き詰まったらまず出来ることを色々やってみること。俺は再び査定を開始した。

 

 

 

 

「とは言っても、前調べた時と同じなんだよなぁ」

 

 腕組みをしながら考える。当然壁や格子は買取不可。ウォールスライムも同じく擬態中。食器や付属のスプーン(木製)や貸し出された毛布まで調べたが同様。……もう調べる所がないぞ。

 

「やっぱりスマホを換金して減刑を頼むしかないか。しかしなぁ……」

 

 今の俺には収入がない。品物を換金するだけではいつかどうにもならなくなるのが目に見えている。食事の一部を換金するという手もあるが額は微々たるもの。むしろ腹が減るだけ逆に状況が悪化しそうだ。

 

「しかし……なぁに?」

「仮にお願いしても減刑されるかどうかは不明なんだよなぁ。ここに長居する訳にもいかないし……って!? イザスタさん!?」

「ハーイ!!」

 

 いつの間にかイザスタさんが上半身だけを出してこちらに来ていた。壁からニョキっと生える美女。シュールだ。いや、今はそれどころではない。

 

「あのぉ。イザスタさん……いつからそこに?」

「そうねぇ……トキヒサちゃんが変な箱を出して、パンをお金に変えちゃった辺りからかしら」

 

 おぅ。俺は手を顔に当てて嘆息する。おもいっきし見られてんじゃん!! 加護のことはなるべく伏せるようにアンリエッタに言われてたのに。

 

「よいしょっと。それでトキヒサちゃん。さっきのは一体なんなのかなぁ? お姉さんと~っても気になるのだけど」

 

 イザスタさんがニヤニヤしながら見つめてくる。面白そうじゃない。説明をするまで動かないわよって感じの目だ。

 

「これはですね、そのぉ……」

 

 俺はそこで言葉に詰まる。こうなればいっそぶっちゃけるか? だけど神様に無理矢理協力させられていますって言っても普通は信じないよなぁ。しかし今のままじゃ八方塞がりだ。それならいっそ。

 

「……はぁ。分かりました。話します。でもこれは内密にお願いしますね」

「そうこなくっちゃ。大丈夫。お姉さんは秘密やナイショ話は得意なの」

 

 イザスタさんはパチリとこちらにウインクしてみせる。……本当に大丈夫か? ちょっと不安だ。

 

「実はですね……」

 

 

 

 

 俺はイザスタさんに『万物換金』の能力について話した。といっても俺自身把握しきれていないので、何か適当な物に実際に使ってみることになったのだが。

 

「じゃあ……試しにこれにお願いできる?」

 

 イザスタさんが持ってきたのは、以前茶会で使っていた食器だった。皿にカップ、ティーポット。あの時は気づかなかったが、どれも装飾の付いた陶製の品だ。

 

「あの……結構高そうなんですけど」

「そうかもね。アタシが入ったばかりの時、看守ちゃんに用意してもらったの。それなりの値段を吹っ掛けられたから良い品だと思うわよ」

 

 それなり……ねぇ。俺は物の相場は詳しくないが、少なくとも牢屋にあるような代物ではなさそうだ。

 

「それじゃいきますよ。『査定開始』」

 

 貯金箱から出た光が食器を照らす。査定結果は、

 

 食器類

 査定額 二千デン 買取不可

 内訳

 皿 二枚 八百デン 買取不可

 ティーカップ 二つ 七百デン 買取不可(他者の所有物の為)

 ティーポット 一つ 五百デン 買取不可(他者の所有物の為)

 

 となった。日本円で二万円。食器でこれはかなりの値段じゃないか? 家の安物とは大違いだ。

 

 ……ありゃ? 何故買い取れないのかという理由が増えている。これは何度も査定している内に精度が上がったということか? そうだと嬉しい。

 

「全部合わせて二千デンですね。ただこれは俺の物じゃないから換金は出来ないんですが」

「あらそう? ならしょうがないわね。これはトキヒサちゃんにあげるわ」

「えっ!?」

 

 イザスタさんがそう言うや否や、査定結果から買取不可の文字が消える。反応早いな……じゃなくて。

 

「えっとですね。二千デンですよ。ただで貰うのは気がひけると言うか」

「別に良いわよん。お姉さん相当稼いでるからこれくらいなんでもないし、換金する所を見せてもらう情報料だと思えば。……どうせ経費で落ちるし」

「経費?」

 

 ファンタジーな世界ではあまり出てこない単語に思わず聞き返すが、イザスタさんは何でもないと笑ってごまかす。……なんか気になるが今はおいておこう。改めて食器を換金し、そのまま硬貨として外に払い出す。

 

 チャリ~ン。チャリ~ン。

 

 貯金箱から出てきたのは沢山の銀貨。どうやら一枚で百デンらしいので、二千デンだから二十枚あることになる。床に落ちたそれをイザスタさんが一つ摘んでしげしげと眺める。

 

「へぇ~!! ホントにお金になっちゃったわ。偽金でもなさそうだし幻影とも違う。スゴいわねぇ」

 

 イザスタさんは驚きながらも軽く指で弾いたりして調べているが、どうやら納得したようだ。まぁスゴいと言っても貰い物の加護なので、俺自身は誉められている感じはしないが。

 

「どれどれ。一、二、……確かに二千デン有るわね。じゃあ、はい!」

 

 イザスタさんはそれぞれを確認しながら拾い集めると、そのまま俺に差し出してきた。

 

「はい! って、受け取れませんよ流石に!! 俺はただ物を預かって金に替えただけですよ。それなら当然これはイザスタさんの物です」

「さっきも言ったけど、今の品はトキヒサちゃんにあげた物よ。それならそれを金に替えてもやっぱりトキヒサちゃんが受け取るべきよん。それに今は少しでもお金が必要な時じゃない?」

 

 俺は返そうとするが、彼女も頑として受け取らない。……確かに今は金が必要だ。正直欲しい。だからと言って、食事を奢ってもらう程度ならいざ知らず、ほとんど俺は何もしていないのに金を貰うのは落ち着かない。

 

「もうっ。意外に頑固ねぇ。……それじゃあこうしましょう。これからトキヒサちゃんにはアタシのお願いを聞いてもらうから、その代金として受け取ってもらうのでどう?」

 

 まぁ頼みにもよるけど、ポンッと貰うよりは良いか。ただ二千デン分となると相当難しいものかね。

 

「分かりました。それでお願いというのは?」

「簡単よ。……アタシはもうすぐ出所するから、その手伝いをしてほしいの」

 

 イザスタさんはニッコリ笑ってそう言った。

 

 

 

 

「出所……脱獄ですか?」

「う~ん。出来なくはないけどそうじゃないわ。正式な手続きを踏んでの出所よん。ホントはもう少しここに居る予定だったけど、ちょっと事情が変わっちゃったの」

 

 出来なくはないのか。まあこの人ならやれそうだ。話をするならこっちが良いとイザスタさんの牢に連れてこられたが、以前とは大分変わっていた。

 

 カーペットは丸めて壁に立て掛けられ、絵やハンモック、クッションも一ヵ所に纏められている。本棚はそのままだが、中の本は外に積み重ねられている。他にも小物がちょっとした山になっているが、話をするということで椅子とテーブルはそのままだ。

 

 俺が頼まれたのは、イザスタさんの私物を処分することだった。

 

「助かるわ~。出所しても家具は持って行けないし、看守ちゃんに頼んで売り払おうにも時間がかかるから、もう置いて行っちゃおうかって思ってた所なの」

 

 そりゃこれだけの量ならそうだろうな。時々ファンタジーに登場する“何でも入るカバンや袋”があるならともかく、これを全部持っていくのは大変だ。

 

「では始めますけど、換金するのは纏められている物で良いですか?」

「それでお願い。換金しない物は別にしてあるから大丈夫。椅子とテーブルは全部終わってからで」

「分かりました。それじゃあ二千デン分しっかり働きますよ。『査定開始』」

 

 早速貯金箱で査定を始める。事前に許可はとってあるので、おそらく買取不可にはならないだろう。

 

 ハンモック 五百デン

 クッション 二百デン

 カーペット 三千デン

 本棚  二千デン

 絵(真作) 八千デン

 絵(複製) 二枚 八百デン……。

 

 どれも高い品ばかりだ。一体幾らかかったんだか。ちょっと聞くのが怖い額になってきた。

 

「……んっ!?」

 

 査定の途中小さな袋を発見する。持ってみると割と重く、中に石のような物が沢山入っているようだ。光っているから宝石か何かか?

 

「イザスタさん。これはなんでしょうか?」

「あぁそれね。それは以前の仕事中に手に入れた物よん。売り払う前にここに入ってそのままだったのを忘れてたわ。丁度良いからそれもお願いねん」

 

 イザスタさんは椅子に座ってそう気楽に笑う。丁度良いって……売り払う予定があったんなら本職の人に見せた方が良いんじゃないの? 一応査定するけど。

 

 袋(布製 内容物有り)

 査定額 五十九万六千八百十デン

 

 ……オカシイナ。今なんか妙な額が見えたような。俺は軽く目蓋の上から目を揉みほぐしてもう一度見てみる。

 

 査定額 五十九万六千八百十デン。

 

 …………うん。間違いない。ってえぇ~っ!?

 

「イ、イザスタさん。な、なんか袋に五十九万デンって査定額が出てますが?」

「へぇ~。そこそこの額ね」

 

 そこそこって!? 五十九万デンだよ!! 日本円で五百九十万の大金をそこそこって言ってのけたよこの人!! 相当金持ちだよ。道理で牢屋内での待遇にあれだけ金をつぎ込める訳だ。

 

「だから言ったでしょう。お姉さん相当稼いでるって。さっきも二千デンくらい持っていっても良かったのよん」

 

 椅子に座ったままのイザスタさんが言った。どうやら驚きが顔に出ていたらしい。あと微妙にドヤ顔なのが何とも言えない。

 

「……いや。やっぱり貰えませんよ」

 

 俺は少し悩んではっきりそう言った。今からでも言えば多分くれると思う。だけど相手が金持ちだからって、ただで持ってって良い訳じゃないからな。やっぱその分は働かないと。

 

「頑固ねぇ。まぁ良いわ。それじゃあどんどんやっちゃって」

「はい」

 

 俺はまた査定に戻って一つずつ確認していく。途中個人的な持ち物もあったが、判断しづらい物はイザスタさんに聞いて処理していく。そして、

 

「どう? 終わった?」

「はい。あとはその椅子とテーブルを査定すれば終わりです」

 

 大体終わったので換金ボタンを押すと、纏められていた物はスッと消えてなくなる。代わりに貯金箱の画面には、今の金額がしっかり表示されていた。

 

「フフッ。お疲れさま。じゃあこっちで一休みしましょうか?」

 

 ありがたい。何せ小物を合わせると百点近くあったから少し疲れた。イザスタさんの対面に座って一息つくと、テーブルには元々支給されるコップが二つ置かれ、中には冷たい水が入っている。

 

「アタシとしたことがウッカリしてたわん。さっき食器一式を換金したからこのくらいしか出せなくて。ゴメンねぇ」

 

 イザスタさんは申し訳なさそうに言うがどうってこともない。グイッと水を一気に飲み干すと、そのまま気にしないでくださいと手を振った。

 

「ありがとね。ところで大体いくらになったのかしら?」

「え~と、椅子とテーブルを抜きにして全部で九十六点、査定額は七十三万五千八百十デンになりました。ここに出しますか?」

 

 彼女はこっくり頷いたので、テーブルの一部にスペースを作ってそこに出すことに。

 

 ジャララララ。ジャララララ。

 

 貯金箱のボタンを押すと、一気に大量の硬貨がこぼれ出していく。幸いスペースは広めにとったから下に落ちはしないが、すぐにテーブルの一角はちょっとした硬貨の山が出来た。

 

「予想より凄いわねぇ。袋に入りきるかしら? 多すぎるからいったん戻して少しずつ出すことって出来る?」

「多分大丈夫だと思いますよ」

 

 金は査定しても手数料がかからないのは、既に前もって試してある。俺はまた硬貨の山を換金し、今度はキリの良い二十万デンのみを出すことにした。

 

 ジャララララ。

 

 貯金箱から放出された硬貨は全て金貨だった。数が二十枚あったことから、どうやら金貨は一枚一万デン。日本円で十万円らしい。日本の金貨はいくらぐらいだったっけ?

 

 俺はイザスタさんを手伝って袋に金貨を詰め込み始めた。

 

 

 

 

「一枚くらい持っていっても良いのよ?」

「持っていきませんってのっ!?」

 




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立つ人跡を濁さぬように

 

「ありがとねトキヒサちゃん。お陰で荷物がすっかり片付いたわ」

 

 金貨七十三枚と銀貨五十枚。合わせて七十三万五千デンを二人でやっと袋に詰め終わる。最初は牢屋とは思えぬくらい飾られていたここも、俺の牢と同じく実にサッパリだ。広さはまだ上だが。

 

「半端な残りはどうします?」

「そうねぇ。……それはトキヒサちゃんのお駄賃としてあげる。これくらいなら良いでしょ」

「まだ多いですけど……有難く頂きます」

 

 八百十デンはお駄賃と呼ぶにはやや額が大きいが、元が凄いから大したことないような気もする。また譲り合いになるのも疲れるので貰っておこう。その内何かお礼をしないと。

 

「フフッ。それでトキヒサちゃん。あなたはこれからどうするのん?」

「幸い金を頂きましたから、これでディラン看守に掛け合ってもらうよう頼むつもりです」

 

 今の所持金は、イザスタさんから貰った分を含めて三千三百二十四デン。日本円にして三万円弱だ。

 

 これでディラン看守に頼むとして、理想は俺が無罪(不法侵入はまだ受け入れても良いが)で出所すること。だが確約は出来ないと言っていたし、何故俺がこんな扱いをされるのかもひっかかる。

 

「なるほどね。でも看守ちゃんが失敗したらそのまま特別房じゃな~い? その場合はどうするの?」

「それは……」

 

 そうなったら脱走も考えないと。いくらなんでも無実の罪で捕まるのは嫌だし、時間も一年という制限があるのだ。場合によっては取り上げられた荷物を持ってきてもらって壁に穴を開けるとか。

 

「壁に穴を開けようとか考えているなら、やめといた方が良いわよん。この子達が黙っていないもの」

 

 俺の考えを読んだかのようにイザスタさんは言う。この子? 彼女の視線の先には、

 

「この子って……ウォールスライム?」

 

 視線の先にいたのは、牢の壁に擬態していたウォールスライムだった。……ウォールスライムだよね? 見た目壁と変わらないからイマイチ分かりづらいが。

 

「ねぇトキヒサちゃん。ここはやけに看守が少ないな~って思ったことない?」

「そう言えば……ここに来て四日になるのに、ほとんどディラン看守以外の看守には会っていない」

 

 強いて言えば、最初にここに来た時に荷物検査をした衛兵と、取り調べ室に行く途中にいた衛兵くらいだが、よくよく考えてみるとそれはおかしい。

 

 この牢獄は広く部屋数も多い。最大収監人数は知らないが、当然それにあった人数の看守も必要になる。今は人数が少ないからという可能性もあるが、それにしても同じ人が連日勤務というのは不自然だ。見回りも一人では大変だし。

 

「あの看守ちゃんは実質ここが家みたいなものらしいから。配給や依頼された荷物を運ぶだけなら一人でも可能だし、見回りもあんまり必要ないのよん。だってこの子達が見張ってるんだもの」

「……話が見えてきた。このウォールスライムが本当の看守ってことか」

 

 こいつらは俺の牢にもイザスタさんの牢にもいた。つまり全ての牢に居て、囚人が何かやろうとする(例えば牢を壊すなど)と襲いかかるといった所か。

 

「そういうこと。逃げようとしたらいきなり壁が襲いかかってくるなんて怖いわよねぇ。もっとも、殺さずに捕らえるよう指示されているから死にはしないでしょうけど」

 

 確かに想像すると恐ろしい。逃げ場がない上に普通は気がつかないので完全な不意打ちだ。

 

「……ちょっと待ってください。何でイザスタさんはそんなことを知ってるんですか? まさか実際に襲われたとか!? それともディラン看守に金を払って教えてもらったんですか?」

「何でって、普通にこの子に聞いただけよ。アタシのスキルでね」

 

 スキルとはその人の持つ特殊技能のことを指す。イザスタさんと昨日食事をした時に話題にあがったのだが、特定の行動を長くし続けると稀に発現することがあるという。

 

 大抵は元々出来ていたことが更に上手くなるぐらいだが、時々それ以外の物が発現することもあるらしい。ちなみに加護とは別物で、基本的に加護は先天的、スキルは後天的な物だと言う。

 

「聞いたってスライムにですか? 本当に?」

「ホントホント。あんまり細かい意思疏通は出来ないけど、ニュアンスは分かるわよん。トキヒサちゃんのこともこの子が教えてくれたの。隣の牢で何かしてるよってね」

 

 そこでイザスタさんは言葉を切ると、壁に擬態していたウォールスライムに手を伸ばした。そのままそっと触れ、目を閉じて動きを止める。

 

「…………んっ」

 

 時間にして数秒程度だったろうか。目を開けると、「この子お腹が空いたって。何か食べ物でもあげたら?」と言い出した。

 

 今まで動かなかったスライムが、このタイミングで食べ物を食べるのだろうか? 俺は半信半疑ながらも貯金箱を操作し、これまで換金した物の一覧からパンを選択。先ほど二デンで換金したので、手数料(額の一割。十九デン以下の物は一律で一デン)を加えて三デンで買い戻す。

 

 イザスタさんが横で「へぇ~。ホントに戻せるのねぇ」と驚いている。そう言えば物を金に換える所だけしか見せてなかったな。

 

「……ほらっ。食うか?」

 

 パンを小さくちぎり、手に乗せてスライムに差し出す。……待てよ。うっかり手ごと食べられたらマズいな。慌てて引っ込めようとした瞬間、

 

 グニャリ。

 

 スライムが急に動き出して俺の手に身体を伸ばしてきた。そのままパンだけを巻き込むと、またすぐに壁に擬態して動きを止める。しかしよく見ると、中心の辺りで何か蠢いていた。消化中らしい。

 

「ねっ。言ったでしょう。お腹が空いてるって」

 

 クスリとこちらを見て微笑むイザスタさん。どうやらスライムの言葉が分かるのは本当らしい。つまり彼女が聞いた、スライム達こそが真の看守ということも真実。脱走がより難しくなった。

 

 これはいよいよディラン看守に全てを託すしかないか。そんな考えが頭をよぎり始めた時、イザスタさんは急に真剣な顔をして俺に告げた。

 

「ねぇ。トキヒサちゃん。もしこれからの予定が決まっていないなら………………アタシと一緒に行かない?」

 

 

 

 

 これは、この異世界に来ておそらく最初の分岐点。ふいにそんな感じがした。

 

 

 

 

「一緒に行くって……」

「看守ちゃんの待遇表を覚えてる? 出所は方法により金額は応相談ってあったわよね。あれでトキヒサちゃんを堂々と出所させるわ」

「ちょ、ちょっと待ってください。あれは確か一日釈放だけで一万デンが必要なはずです。出所となったらどのくらいの額になるか」

「そうねぇ。少なく見積もって五十万デンくらいかしら。方法によってはもっといくかも」

「五十万デン……」

 

 日本円にして五百万。紛れもなく大金だ。とても払いきれない。一年で一千万デンを稼ぐのはまだやりようがありそうだが、こっちは数日で五十万デン。こっちの方が難しい気がする。

 

「アタシが立て替えるわ。トキヒサちゃんがアタシと一緒に来てくれるなら……ねっ!」

「……質問しても良いですか?」

「良いわよ。どうぞどうぞ。ただし、次に看守ちゃんが来るまでに結論を出してくれると助かるわぁ」

 

 イザスタさんは座ったままテーブルに肘を置いて頬杖をつく。かなりくつろいだ体勢だ。

 

「じゃあまず、何で俺を誘うんですか? 仮に五十万デン出してもらっても返せるかどうか」

 

 まずはこれ。相手の目的が分からないのに適当に流れに身を任せると大抵後悔する。“相棒”に何度も言われていることだ。

 

「う~ん。加護持ちだし、見た目や性格も好みだし、貴方のことが気に入ったからじゃダメ?」

「それでも良いんですが……やっぱダメです」

 

 間違いではないのだろう。少なくとも嫌ってはいないと思う。だが理由はおそらくそれだけじゃない。イザスタさんは少し目を閉じて考え込むと、やがてふぅ~と小さく溜め息をついて立ち上がった。

 

「まぁ秘密は女のアクセサリーとは言え、秘密ばかりじゃ信じてもらえないわよねん」

 

 そのまま彼女は周囲に目を走らせると、「少し周りを見張っててね」と言ってスライムを軽くポンッと叩いた。するとスライムはずるずると牢の入口に移動する。完全に手懐けてる。

 

 そして、

 

「ねぇ。トキヒサちゃん。トキヒサちゃんは『勇者』だったりする?」

 

 いきなり俺の手を両手で握りしめてそんなことを聞いてきた。

 

 なんだなんだ!? いきなり手なんか握っちゃって!? イザスタさんは結構な美人だから、急に手を握られて胸が高鳴る。

 

 いや待て。そうじゃない。召喚に割り込んだという意味では俺も勇者と言えないこともないが、実際はおもいっきし遅刻してるしなぁ。それに全く別の何かかも知れないしどう答えたら良いのやら。

 

「イ、イザスタさん!? 一体何を!?」

「……その反応。やっぱり無関係って訳じゃないみたいね」

 

 俺が押し黙ると、イザスタさんはにんまりと悪戯っぽく笑った。この人絶対こういうこと慣れてると思う。これまで何人の男心を弄んできたというのか?

 

「あの……スイマセン。『勇者』っていうのがよく分からなくて、そこから教えてくれませんか?」

「良いわよん。突然こんなこと言われて困惑してるでしょうし、何でそう思ったかも含めて一つ一つお話ししましょうか!」

 

 

 

 

 そう言って悠然と微笑むイザスタさんの姿は、どこか獲物を追い詰める狩人のようにも見えた。

 



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出所は女スパイと共に

 

 イザスタさんはまず『勇者』について話し始めた。

 

「『勇者』は言い伝えの登場人物なの。“異世界から『勇者』が現れて人々を救う”っていうね。それだけなら大なり小なりどこの国にもある昔話。だけどそれを本気で実現させようとした人達が居たのよ」

「昔話を……実現?」

 

 昔話と言うと桃太郎や浦島太郎が浮かぶが、実現と言われてもピンとこない。

 

「しかもその中には国の中枢にいる人も混じっていてね。それこそ国教の中に言い伝えをミックスしたり、国の主導で召喚の方法を試行錯誤したりとドンドンやることが大事になっていって」

「その流れからするともしかして……成功しちゃったと」

「そ。成功しちゃったの」

 

 ヤレヤレと困った風にイザスタさんは肩をすくめる。

 

「当然他の国は大慌て。さっそく『勇者』のことについて調べろってあちこちから調査員がこの国にやって来たの。アタシもその一人。依頼主までは口に出来ないんだけど、ここまでは良い?」

 

 俺はコクコクと頷いた。イザスタさんは女スパイだったのか。頭の中にイザスタさんがスーツでピストル片手にポーズを決める姿が浮かぶ。……うん。カッコいいじゃないか。

 

「勇者召喚が成功したのは情報によると十日前。アタシは王都で情報を集めている途中、色々あってここに入れられちゃったの。最初は早く出所しようと待遇アップも兼ねて看守ちゃんにお金を払ってたんだけど、意外にここの方が情報が集めやすいことに気がついたのよ」

「それはまた……何で?」

「ここは()()()()に有るからよ。城の外への情報は上手く抑えているみたいだけど、同じ城の中であれば話は別。それに『勇者』は何人もいるみたいだから世話をする人も必要になるわ。そういった所から少しずつ探ってるの」

「いや、それにしたって牢屋の中でどうやって情報を?」

「看守ちゃんにお願いして『勇者』の噂話を集めてもらったの。噂話は案外真実に近いものも多いのよ」

 

 そう言えばここに来て二日目の朝食時に何かイザスタさんに渡してたな……ホント何やってんのあの看守!! というか本当に看守? もはや何でも屋じゃないか?

 

「もう少し集めたら出発しようという時にトキヒサちゃんが来たの。そこから先は知ってるでしょうから割愛ね。話の経緯はこんな所かしら」

 

 言い終えると、イザスタさんは軽く水を飲んで舌を湿らせる。

 

「え~と、『勇者』のことは何となく分かってきたんですが、何で俺がその勇者だと?」

「根拠はあるわよん。まず第一にその加護。『勇者』は皆珍しい加護持ちという話だから、トキヒサちゃんのもそれじゃないかな~って」

「偶然じゃないですか? 加護持ちは珍しいけど居ない訳じゃないはずです」

 

 イザスタさん本人から教わったことだが、加護持ちは千人に一人くらいの割合らしい。加護持ちというだけで様々な場所からスカウトされることも多いというし、それならたまたまってこともあり得なくは。

 

「普通の加護ならね。だけど『万物換金』は見たことも聞いたこともないわ。凄く便利だしね。二つ目はアナタがやけに世間知らずだった点。『勇者』は異世界人らしいから、色々知らなくても無理はないかなぁって」

「その、生まれも育ちもメチャクチャ遠い場所なもので、それで知らないことばっかりでして」

 

 嘘は言っていない。何せ世界が違うくらい遠いのだ。

 

「……まあ良いわ。三つ目。アナタが見つかった場所と時間。この城は『勇者』が召喚されてから警戒厳重なの。そんな中に突然現れたって言うじゃない。何か関係があるんじゃって思うわよ」

「それは……」

 

 確かに怪しい。一つ一つはまだ偶然で通せるかもしれないが、それがこうも続いてはもう必然に近い。

 

「最後に……女の勘。一目見た時からなんとなくそんな気がしたの。アタシの勘はよく当たるのよん」

 

 イザスタさんはどこか得意気な顔でニッコリと微笑んだ。……流石にそれは誤魔化せない。世の男の秘密を暴く最終兵器だ。女の勘恐るべし。

 

「トキヒサちゃんが『勇者』だとすると、この国が予期しなかったイレギュラーってことになるわ。それならここで仲良くしておくのも悪くないかなぁって。と色々理由を並べてみたけど、納得してくれた?」

「……はい。一応は」

 

 話の流れを整理すると、彼女はどこかの依頼を受けて『勇者』の情報を集めていた。色々あってここに入れられたけど、牢の中でも情報集めは継続中。

 

 その途中で俺に出会い『勇者』ではないかという考えを持つ。だけど俺はこのままだと特別房に入れられてしまう。それは困るので大金を払ってでも助けたい。という感じだろうか? う~む。情報が足りない。

 

「イザスタさんはさっき、明日『勇者』のお披露目を行うって聞いてから急に出所の準備を始めました。じゃあ俺に一緒に行ってほしいのって」

「そうよん。そのお披露目の場でトキヒサちゃんに『勇者』達を見てもらって、何か気づいたら教えてほしいの。その後アタシは『勇者』に張りつくけど、トキヒサちゃんは時々仕事で必要になった時に力を貸してもらう以外は自由行動でかまわないわ。以上がアタシの提示する条件なんだけど……どう?」

 

 話だけ聞くと良い条件だ。ここを出なければ話にならないし、イザスタさんに着いていくことでこっちの情報も集まるだろう。どのくらいの頻度かは分からないが、少しは自分の時間もとれそうだ。しかし、

 

「最後に一つ聞かせてください。今までの話は全て俺がその『勇者』だという前提があってのことです。もしかしたら違うかもしれない。それでも助けてくれるんですか?」

 

 正直な話、割り込んだ俺は正式な『勇者』ではないと思う。イザスタさんが『勇者』という点だけを評価しているなら、この話は断るのが筋だろう。イザスタさんの答えを、俺はほんの少し身構えて待つ。

 

「えっ!? 助けるけど?」

 

 イザスタさんの答えはひどく軽いものだった。何を迷う必要があるのってくらいの即答だ。

 

「言ったでしょう。気に入ったって。もし勘が外れていたとしても、どのみち好みの子が一人助かるのだから結果として万々歳なのよねぇ。どっちに転んでも損はしないんだから助けるに決まってるじゃない」

 

 イザスタさんは良い人だ。それはここまでの言動から見てまず間違いない。これで中身が腹黒だったらアカデミー賞ものの女優だと思う。

 

 その人が一緒に来てほしいと言っている。しかも自分が気に入ったからという理由で大金を払ってまで。となれば、

 

「……参ったなぁ。そう言われちゃうと断る理由がないですよ」

 

 俺は承諾の意味を込めて握手しようと手を伸ばした。そしてイザスタさんは、

 

「引き受けてくれるのね!! ありがとうっ!!」

 

 握手……ではなく熱烈なハグを敢行してきたのだ。

 

 俺の身長は一般男子高校生の平均よりはちょ~~っとだけ下じゃないかなぁと思わなくもない百五十?センチ。対するイザスタさんは百七十くらいの長身に、それに応じたかなり大きめの胸を持っている。当然俺の顔が胸に押し付けられる感じになり、

 

「ちょっ!? く、苦し……息が」

「いやぁほんっとアリガトねぇ。やっぱり一緒に行くなら能力とかも大事だけど、自分が気に入るかどうかが一番だと思うのよ。ウンウン」

 

 一人納得してないで早く気づいてくださいよ!! その一緒に行く人が只今絶賛呼吸困難中ですって!!

 

 世の大半の男性と一部の女性からしたら非常に羨ましいかもしれないが、個人的には命の危険を感じる大ピンチ。そんな状況ではあるが、俺はこうして心強い(?)お姉さんと一緒に出所することを選んだ。

 

 

 

 …………選んでしまったのだ。

 

 

 

「という訳でアタシの出所申請ヨロシクね♪」

「よく分からんが、確かに受け付けた」

 

 夕食時、配給に来たディラン看守に対してのイザスタさんの第一声がそれである。看守も目を白黒させていた。

 

「やっと出る気になったか。牢も片付いているようだし、これでここも平和になるな」

「そんな言い方ないじゃない。看守ちゃんだって依頼料でガッポリ儲けたんだから。もぅ」

 

 淡々と述べる看守にイザスタさんが拗ねたように返す。色々と調べてもらっていたらしいからな。相当支払ったのだろう。そのまま配給を受け取る途中、彼女がまず切り出した。

 

「それと出所前の最後のお願いなんだけど、トキヒサちゃんの出所申請もお願い出来るかしら? 払いはアタシ持ちで良いから」

 

 その言葉を聞くと看守は少しだけ動きを止め、そのままこちらの方に向き直る。

 

「と言っているが、それはお前も了承済みか? トキヒサ・サクライ?」

「はい。その代金はいずれ必ずイザスタさんに返すということで話はついています」

 

 これはさっき話し合って決めたことだ。一緒に行ってくれるなら返さなくても良いと言ってくれたが、それは流石に悪いので時間はかかっても必ず返すという話に落ち着いた。

 

 期限は決めていないが、遅くとも俺が元の世界に帰還するまでには返却する。……ますます稼ぐ額が増えてしまった。

 

「そうか。では聞こう。出所は方法や内容によって必要な額が異なる。希望は?」

「う~ん。俺が無罪放免で正面から堂々と出られるものでお願いします。もちろん安全第一で」

「ついでに明日の『勇者』のお披露目に立ち会えれば尚良いわ」

 

 かなり図々しい内容だが、実際無実なのだからこれくらいは言っても許されそうな気がする。

 

「無罪放免で正面から堂々と……か。となると事実上最高ランクのものだな。ちなみにこれをやったのは、俺が知っている限り一人だけだ」

「その一人は気になりますけど今は置いといて、金額の方はどのぐらいに?」

「百万デンだ」

 

 …………はい!?

 

「百万ジンバブエドルとかでなく?」

「それがどこの通貨かは知らんが、今の内容だと各所への根回しに書類の作成、明日出所の高速料金に俺が中抜きして頂く分。その他諸々合わせて百万デンだ」

 

 幾つか気になる点はあったが、それにしたって百万デンって!! イザスタさんの予測の倍額だ。これはちょっと……。

 

「イザスタさん。これはいくらなんでも。そこまで払わせる訳にもいきませんから今回は中止に……」

「百万デンか。まあ必要経費としては妥当な所ねん。……しょうがないか。それじゃコレで」

 

 イザスタさんは懐から白く光る硬貨を一枚取り出すと格子越しに差し出した。って払えるの!? ディラン看守もその硬貨を見て目を見開いている。

 

「……妙な奴だとは思っていたが、お前は一体何者だ? イザスタ・フォルス」

「何者って、只のB級冒険者だけど」

「惚けるな。只のB級が白貨を持つ訳がないだろう。王家や一部の貴族、大商人等しか使うことはほとんどない品で市場にはまず出回らない。何せ一枚百万デンだ。額が額だからな」

 

 一枚百万デン。日本円で一千万円。物価はどうだか知らないが、確かにそんな大金を日常で使うことはあまりない。それこそ家や土地、車を買うくらいでないと。

 

 その指摘にイザスタさんの表情がほんの一瞬だけ引き締まり、だがすぐにいつもの少しだけいたずら気味な態度に戻った。

 

「あら。なあに? 百万デン払えって言ってきたのはそっちなのに、本当に払ったら文句をつけるの? それはちょっと横暴じゃな~い?」

 

 互いに黙って見つめあうこと数秒、先に沈黙を破ったのはディラン看守だった。

 

「……まあ良い。話す気がないなら別に構わん。お前は金を払い、トキヒサ・サクライの出所を申請した。そして俺はそれを受け付けた。それだけの話だ」

 

 そう言うと彼は荷車を引いて離れていく。去り際に「二人の出所手続きは明日の朝までかかる。準備を整えておけ」と言い残して。

 

「明日の朝ね。それじゃあたくさん食べて明日に備えましょうか。忙しくなるわよぅ。……あっ! ゴメントキヒサちゃん。日用品の買い戻し出来るかしら? もう一泊することを計算に入れてなかったわ」

 

 ……ホントに不思議な人だ。さっき看守と話している時は真面目だったのに、一転してまた気楽な雰囲気に戻ってしまった。こちらに手を合わせてくるイザスタさんに苦笑しながらも、ついそんなことを考えてしまう。

 

 この和やかなムードは、夕食を終えて自分の牢(俺は元々ここだが)に戻るまで続いた。

 



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出所前夜は静かに過ぎて

 注意! 途中視点変更があります。


 

『で? 何の相談もなく勝手に変な女と行くことになって、その上余計な借金までしょいこんだおバカで自分勝手な手駒が、今更この富と契約の女神アンリエッタに何の用かしら?』

「誠に申し訳ございませんでした」

 

 時は真夜中。俺はアンリエッタにひたすら平謝りしていた。怒った女性はちびっ子女神でも怖いのだ。

 

 アンリエッタはすっかり機嫌を損ねていて、吐き出す言葉の一つ一つに微妙なトゲがある。

 

『まったく。いきなり大金をちらつかせてくる交渉は、少し時間を貰って考えるのが基本でしょうが!! それを即答で決めちゃって……それに百万デンだって、返さなくても良いって向こうが言ったのだからそれで良かったのよ。なのにワザワザ返済するなんて。余計な手間が増えたじゃないの』

「ホントにゴメン。確かに大事なことは相談するものだよな。そっちも急に決められて気を悪くしただろうし。謝るよ」

 

 俺は手鏡の中のアンリエッタに深々と頭を下げる。

 

『ふんっ。よろしい。次からはちゃんと相談しなさいよ』

「許してくれるのか?」

『……あの状況では一緒に行く以外の選択肢はほぼ無かったでしょうからね。仕方ないわ。出来ればもう少し条件を付けたかったけど、それは今更な話だし』

 

 そうなんだよな。あそこで話を断っていたら、いずれ手詰まりになっていた可能性が高い。金を稼ぐ算段もついていなかったし、そのまま金が底をついて特別房に入ることになっていたと思う。

 

『アナタの選択が間違っていたとは言わないわ。だけどそれとは別にあの女……イザスタには気を付けなさい』

「う~ん。個人的に言えば、あの人は良い人だと思うぞ。ここに入ってから毎日顔を合わせてきたけど、少なくとも悪意は一度も感じなかった。下心くらいは有ったかもしれないけどな」

 

 三日も一緒に過ごした仲だ。少しは相手のことも分かってくる。彼女は第一印象通りお気楽かつご陽気な人だ。よく笑うし話も上手い。

 

 時々からかうような態度をとるが、すぐに元に戻ってまた笑うのだ。これら全てが演技とはとても思えない。……男を手玉にとるのは上手そうだけどな。

 

『悪意が無いからって気を付けない理由にはならないけどね。……ひとまず油断はしないように』

「あぁ。気を付けるよ。しばらく一緒に行動する訳だからな」

 

 それを聞いて安心したのか。アンリエッタは軽く微笑んでそのまま通信が終了する。

 

「ふぅ~。……で? これも報告するのか?」

 

 俺は独り言を言うように話しかける。実際端からはそうとしか見えないが、ここに壁に擬態しているウォールスライムが居ると話は変わってくる。

 

「詳しい内容は分からなくとも、俺が誰かと話していたって点は報告するだろうな。……まぁここに来てから今日までのことを、この城の誰かに報告しているのは分かるけど」

 

 こいつが本当の看守だと言うなら、当然囚人の行動を誰かに報告している筈だ。つまりこれまでのことは筒抜け。俺が加護で物を金に換えたこともバレている可能性が高い。

 

「これくらいのことはどうせアンリエッタも分かっているよな。でも何も言わなかったって事は、特に心配ないってことか? そうだと良いなぁ」

 

 そのまま壁にチラチラと目を向けるが、牢屋はシンッと静まり返って物音一つしない。……反応なしか。それとももしかして丁度ここに居ないとか? だとしたら本当にただ独り言をブツブツ言うだけのイタイ人になってしまう。

 

「……明日何が起きるか分からないし、そろそろ寝るとするか」

 

 心の隅に浮かんだ嫌な想像を振り払い、俺は支給された毛布に包まりごろりと床に寝転がる。体が痛くならないのはここ数日同じことをしているから証明済みだ。

 

 イザスタさんに大きな借りが出来たし、何で俺に冤罪が被せられたのか不明だし、ついでに『勇者』のことも気にかかる。やることは多いのに謎ばかり深まるこの状態。頭の中がぐちゃぐちゃになりながらも考え続け……いつの間にか意識が遠退いていった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 王城の一室にて。

 

「夜中に突然の訪問とは何のようかね?」

「トキヒサ・サクライの出所許可を頂きたい。至急だ」

 

 この部屋の主、ヒュムス王補佐官ウィーガスに対してディラン看守が詰め寄っていた。

 

「貴様!! 閣下に向かってなんだその態度は!」

 

 業務報告をしていたヘクターは憤る。それも当然。一看守が王補佐官に対して、夜更けに突然押しかけてこのような態度。不敬罪に問われてもおかしくない。

 

「まあ待てヘクター。この者とは古い仲だ。話を聞こうではないか。……続けたまえ。トキヒサ・サクライとは数日前に入った囚人のことだな?」

 

 ウィーガスはヘクターを窘めるとディランに続きを促す。口調は穏やかだが、その眼は鋭くディランを見据えている。

 

「知っているくせに白々しい。そのトキヒサ・サクライの出所許可を頂きたい。既に他には話を通してある。後は貴方のサインがあれば明日には釈放だ」

 

 そう言ってディランは持っていた書類をズラリと並べる。そこにはトキヒサ・サクライを出所させることを認めた旨が何人もの役人のサインと共に記されていた。

 

 サイン欄の一部が空白になっているのは、そこにこの部屋の主のものを加えることで完成することを示している。眼を通して不備がないことを確認すると、ウィーガスは軽くため息をついてディランに向き直った。

 

「成程。確かに条件は満たしている。お前は囚人達に対して多少の権限が有るからな。それに私のサインを加えれば釈放させることも可能だろう。だがこれはあくまで減刑措置の一種。特別房に入るような罪人には意味がないのではないかね?」

 

 この国に終身刑はない。罪状に応じて懲役が追加されていき、それに合わせた労働をするか罰を受けることで減っていくシステムだ。なので場合によっては懲役数百年という状況になる。実際この世界には長命の種族も存在するため間違いではない。

 

 だが特別房に入るような囚人は特殊だ。何らかの理由で()()()()()()()()、または罪を償う気がない者達である。今回の時久の件もそれであり、罪が多過ぎて生半可なことでは償いきれないのだ。

 

「……そうだな。貴方の言うとおりだ。俺でも多すぎる罪状を減刑することはできない。トキヒサは相当数の罪を重ねているからな。全てを帳消しにすることはできないだろう」

「ならさっさと帰るがいい。閣下は些事に煩っている暇などないのだ」

 

 ディランの言葉に早く話を終わらせようとヘクターが追い打ちをかける。実際その言葉は正しい。ウィーガスは多忙であり、国家の運営に関わる幾つもの仕事をこなしている。本来なら話す時間など取らないこともあり得た。

 

 なのにわざわざ時間をとったのは、本人が言うように二人が古い知己だということが一点。そして、

 

「……ただ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なら話は別だ」

「仕組まれた? 実に興味深い。誰がそんなことをしたというのかね?」

「何処までしらばっくれる気だ? ()()()()。ウィーガス王補佐官殿。貴方がトキヒサ・サクライにあらぬ罪を着せたのだろう? 情報は掴んでいる」

 

 そして、ディランが権力云々は別にしても国内に高い影響力と広い人脈を持ち、真相に辿り着く可能性が高いことをウィーガスは知っていたからでもあった。

 

「何でそんなことをしたのかは知らないが、こちらも金を貰って頼まれた身だ。奴は俺が責任を持って出所させる。正式にはまだトキヒサに判決は下っていない。貴方なら仕組まれた分の罪状は撤回出来るはずだ」

 

 強い口調で罪状の撤回を要求するディラン。ウィーガスはその言葉を黙って聞いていた。ただ、二人の視線は空中で交差しながらも、互いにどこか別の何かを見据えているようでもあった。

 

「金を貰って……か。まさか数日で払いきるとはな」

 

 ウィーガスは僅かに驚きと称賛の気持ちを乗せて呟いた。

 

「あれは元々囚人に希望を持たせるためのものだ。金を貯めれば出られるという救いの道。ただし貯め切ることの難しい見せかけの希望でもある。ヒトは日々のちょっとした贅沢や娯楽で金をすぐに使ってしまうからな。小悪党では目先の欲に囚われて払いきれない。僅かな満足と引き換えに労働刑に従事し、罪を償い終えるまで働き続けるというものだったのだがな」

「俺としても予想外だった。まあ正確には払ったのは別の奴だが規則は規則だ。貴方には悪いが何としても撤回してもらうぞ」

 

 ディランはそう言うと、部屋にある来客用の椅子を一脚用意してそこに座った。

 

 ウィーガスの考えは分からないが、そう簡単には頷かないだろう。しかし自分の受け持つ囚人が大金を払ってまで出所を望んだのだ。その分は動かねば筋が通らない。時間ギリギリまでここで粘る。そう考えて長期戦も辞さない覚悟だったのだが、

 

「…………よかろう。許可を出そう。罪状の方も撤回しようではないか」

「……何!?」

 

 その答えにディランは一瞬間の抜けた表情をする。散々交渉して譲歩を引っ張り出すまでが勝負だと思っていたのに、こんなあっさり認めるとは予想外だった。

 

「閣下!! よろしいのですか?」

 

 傍に控えていたヘクターも、主の予想外の行動に思わず口を出す。「構わぬ」と一言返し、ウィーガスは書類にサインを書き記していく。その達筆でみるみる書類の空白は埋まっていった。

 

「やけにあっさり許可をくれたな」

「簡単なことだ。奴はイレギュラーではあるが、引き込んでもあまり旨味がない。ならお前に貸しを作っておいた方が何かと役に立つと考えたまでのこと。なあ? ()()ディラン・ガーデンよ」

「やめろ。……俺はただの看守だ」

 

 ディランが鋭く睨みつけるがウィーガスは素知らぬ顔。書類を書き終えると、ヘクターに調査書をここにと言い渡してイスに深く腰掛け直す。

 

「調査書? 何の?」

「見れば判る。……来たか」

 

 少しして戻ったヘクターの手には、数十枚もの書類の束があった。ウィーガスはそれを机の上に置かせると、読んでみろとディランに手渡す。

 

「これは……城内で噂になっている『勇者』様の情報か。名前に人相、体型や年齢。持っている『加護』まで。よくここまで調べたものだ」

 

 興味はあるが、なぜこれを見せられるのかが分からない。ディランはパラパラと書類をめくっていき、終わりの方に差し掛かった所で彼の手がピタリと止まる。

 

「……ちょっと待て。これは一体どういうことだ!?」

 

 そこに書かれていたのは、本来ここに載っている筈のない者。トキヒサ・サクライの名前だった。

 

「つまりこういうことだ。本来『勇者』は言い伝えでは()()。ただし何らかのはずみで、五人目の『勇者』と思われる人物が現れた。それが彼だ。私の手の者に命じて彼のことを調べさせた結果、一つの結論に達した」

 

 ここまで淡々と話していたウィーガスはそこで一度言葉を切り、トキヒサの書類を手に取ってもう一度見直した。そして以前と変わらぬ内容を確認し、僅かな落胆の色を滲ませながら結論を述べた。

 

 

 

 

「彼、トキヒサ・サクライは、()()()()()()()()()()()だ」

 



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閑話 暗躍するは女スパイと黒フード

 注意! 視点変更があります。


 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「……そろそろ寝たわよね」

 

 ここは時久の牢の隣。イザスタ・フォルスはハンモックに揺られながら耳を澄ましていた。隣の牢から物音はない。それもその筈時刻は夜中の一時。牢では娯楽は少なく、囚人は早寝早起きが基本である。

 

「毎日毎日。トキヒサちゃんたら誰と話してるのかしらね。まぁアタシも人のことは言えないけど」

 

 イザスタは静かにハンモックから降りると、穴を塞いでいるウォールスライムを軽く撫でる。スライムは返事がわりにモゾモゾと動きだし、時久と話していた時のように牢の入口に移動した。看守として囚人を見張るのではなく、囚人を他から護るように。

 

「さてと」

 

 彼女は首に提げていたネックレスを持ち上げる。砂時計を象った物のようだが、中の真っ赤な砂は途中で停まっている。

 

「声紋確認。イザスタ・フォルス。……リームに繋いで」

 

 砂時計は一瞬光を放ち、そのまましばらく点滅する。そのまま続けること五、六度。

 

『……どうしましたか? 定期連絡はまだ先ですが』

 

 突如砂時計から女性の声が発せられる。落ち着いた口調に澄んだその声は、大人にも子供にもとれる不思議なものだ。

 

「夜中にゴメンね。でも緊急なのよん。……()()()()()

『……確かなのですね?』

 

 イザスタの言葉に相手も一瞬沈黙し、そのまま確認をとってくる。

 

「まず間違いないわ。一緒に行かないかって交渉して、明日から同行することになったの」

 

 イザスタの声は弾んでいる。まるで翌日の旅行をワクワクしながら待つ子供のように。或いはこれからの逢瀬に胸弾む乙女のように。

 

『分かりました。貴女がそう言うのなら問題ないでしょう。他のメンバーには私から伝えます。その人のことは次の定期連絡の時に詳しく報告してもらうとして、それまではイザスタさんに一任しますよ』

「了解了解。お姉さんに任せておきなさいって」

 

 砂時計からの声に対し、軽く胸を張って答えるイザスタ。……と言ってもこれは音声のみのやり取りらしく、互いの姿は見えないのであまり意味はないのだが。

 

『これで五人。()()()()ですか。来ていることは確定しているので引き続き捜索を』

「はいはい。分かってるわよん。“副業”と一緒にやるから少し時間が掛かるかもだけどねん」

『例の『勇者』の件ですか? 依頼である以上仕方ありませんが、ただしそれはあくまで“副業”。“本業”も忘れないように』

 

 その言葉が終わると同時に砂時計の点滅も終了する。通信が終了したようだ。

 

「相変わらず忙しいこと。仕事とは言え時間はまだあるんだからのんびりすれば良いのに」

 

 イザスタはポツリと呟くと、牢の入口に待機しているウォールスライムに手招きする。近づいてくるスライムに対し、

 

「今日もありがとね。これは明日の分」

 

 いきなり自らの指に歯を当てて僅かに噛み裂いた。じわりと滲む血液。それをウォールスライムにほんの一滴だけ垂らす。深紅の雫はスライムにポタリと落ちてそのまま浸み込んでいく。

 

 するとスライムは一度波打つように大きく震え、もっともっとと言うかのように身体の一部を触手状にして伸ばす。

 

「だ~め。一日一滴だけって約束でしょ。飲みすぎると……()()()()()()()()。それにしてもスライムにも賄賂って効くのねぇ。ここと隣の牢であったことを誤魔化して報告してってお願いを聞いてくれるんだから。後でまたトキヒサちゃんの所の子にもあげないと」

 

 そう言ってウォールスライムを優しく撫で擦るイザスタ。そのすらりとした長い指には、今の出来事がまるで嘘であったかのように傷一つ見当たらなかった。

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 そして、時は明け方。もう一つの災厄が動き出す。

 

「クフフ。計画は順調のようですね」

 

 それは牢の一つ。場所にしてほぼ最奥に位置する場所に、二人の人影があった。

 

 どちらも黒いローブとフードで素顔は不明。だが、背の高い男の嫌な笑い声は、その内面もまた歪んでいることが容易に想像できるものだった。

 

 そしてその牢には先住者が居た。そこに収監されていた囚人と、その牢の看守たるスライムである。だが囚人は意識を失って倒れ伏し、スライムは無残にも核を砕かれ残骸と化していた。

 

「ああ。そこのスライムを片付けたことに関しては心配は要りませんよ。報告が行くのは早くとも昼頃。朝方の見回りには少し鼻薬を効かせていますからね。たまたま一度見回りの不備があった程度は偶然で片が付きます」

 

 そう言って黒フードの男は倒れている囚人に近づき、何やら腹の辺りを確認している。そして、

 

「んっ!? どこへ行くのですエプリ」

 

 もう一人の小柄な黒フードがそっと牢の外へ出て行こうとするのを見て呼び止める。

 

「……周囲を探ってくる。()()に備えて間取りは直接見ておきたいから。……心配しないで。離れていようが護衛対象(アナタ)のことくらい分かるし、誰かに見つかるようなヘマはしないわ」

 

 そう言って音も立てずに姿を消すエプリと言われた黒フード。

 

「全く。薄汚い出自の者はこれだから。まあ良いでしょう。精々使い捨ての盾として役立ってもらいましょうか。……さあ。いよいよです。クフフっ!」

 

 そう独り言ちる黒フードの男は、そのまま囚人への()()を続けていた。フードの隙間から僅かに見える顔に歪んだ笑みを張り付けながら。

 

 

 

 

 エプリは既にこの時点で嫌気が差していた。今回の雇い主は歴代の中でも最悪の部類だ。

 

 彼女は普段なら断る所だが、提示された金額が良かったことと至急金が入用だったこともあって仕方なく引き受けた。依頼人の善悪は、契約を結んだ時点である程度は割り切る主義だった。

 

 そして本来なら護衛として常に傍に控えるのだが、こうして理由を付けて傍を離れたくなる程度には今回の依頼人を嫌っていた。もちろん仕事と感情は別であり、何かあればすぐに駆け付けられるように最低限手は打ってあるが。

 

 通路を歩きながら城に感知されることのない程度の弱い風を周囲に吹かせ、風の流れから大まかな間取りを把握。人が入っている場所を頭の中に叩き込み、()()に向けて細かな動きを思い浮かべていく。

 

 派手に暴れもせず歩いているだけなら、ウォールスライムはわざわざ外に出てくることもない。それを事前に()()()()()からこその行動であった。

 

(そろそろ戻るとしましょうか。……うんっ!?)

 

 大体見て回り、どう立ち回るかも決めた上で合流しようとした時、ふとエプリは風から不思議な反応を捉えた。近くの牢が何故か隣と繋がっていたのだ。

 

 情報にはなかったため、念のため確認すべくそっと牢を覗き込む。そこには牢には珍しいハンモックが吊られ、中で誰か眠っているようだった。

 

 起こさないように静かに隣と繋がっているだろう壁を確認。ウォールスライムが壁に擬態して塞いでいると見るや、すぐに反対側の牢を確認する。そこには、

 

(黒髪か。……この辺りでは珍しいわね)

 

 そこには自身と同じか背のやや高い黒髪の少年が、毛布を被って寝息を立てていた。一瞬自身の()()に手を当て、すぐにつまらない感傷だと首を振る。

 

 だが、それ以外は取り立てて普通の少年であり、エプリはすぐに興味をなくしてこちら側からも壁を確認。やはり同じ場所をウォールスライムが塞いでいるのを見て取る。

 

(スライムが隠しているということは城側も公認ということ。つまりは最初から()()()()()()()()()()()()()()()……という事かしら)

 

 なにやら妙な話ではあるが、エプリにとってはそこまで重要なことでもない。牢同士で繋がっているという事だけ確認できれば良いのだ。

 

(そろそろ行くとしましょうか)

 

 大体確認し終えて用は済んでしまった。気は乗らないがまた戻って依頼人を護衛しなくては。そんなことを思いながら、エプリは牢を立ち去っていく。

 

 依頼内容と今日の計画……()()()()()()の囮として、あの依頼人とどう立ち回るかを頭の中で考えながら。

 

 

 

 

 それぞれの思惑は少しずつ絡み合いながら、そうして運命の日を迎える。

 




 読んで頂きありがとうございます。

 少しでも面白いと思ったり、続きが気になると思われたのなら、何か反応(ブックマーク、下のボタンから評価、感想など)を頂けると作者が顔をニヤニヤさせて喜びます。

 皆様の世界がより彩り豊かになれば幸いです。


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襲撃 ネズミ軍団

 

 ◆◇◆◇◆◇◆

 

 異世界生活六日目。

 

 いよいよ出所の日だ。来たばかりで牢屋にぶちこまれ、お先真っ暗の散々なスタートだった。

 

 だがこれからは違う。心強い同行者と共に異世界という未知の場所(厳密には牢も異世界なのだが)に出るのだ。俺はこれからに大きな期待と僅かな不安を胸に秘めて外への第一歩を踏み出す……つもりだったのだが。

 

「来ないわねぇ。看守ちゃん」

「そうですねぇ」

 

 肝心のディラン看守が一向に姿を見せない。配給に来たのも今日初めて見る男だった。ディラン看守のことを訊ねてみると、何やら急用が出来て遅れるらしい。

 

 ならばとイザスタさんとこれからの予定を話し合い、今の内に『勇者』の噂話から信憑性の高いものをすり合わせる。

 

 ほぼ確定だと、『勇者』は男性三人女性一人の計四人であること。それぞれ専属の世話役や奴隷が付けられて、悪くない待遇を受けているということ。加護は不明だが相当高い能力を持っているということが挙げられる。

 

 ちなみに今更だがこの国には奴隷制が存在する。ファンタジーではお約束だが、基本的には罪を償う為や借金によって奴隷になるらしい。

 

 奴隷は主人に従う義務が有るが、主人も最低限の衣食住を提供する義務がある。奴隷制の善悪は別として、この世界では一種のセーフティーラインになっているようだ。

 

「予定はこんな感じだけど、何か分からない所はあった?」

「大丈夫だと思います。出所したらまず拠点となる宿“笑う満月亭”に移動。そこで用意を整えてから『勇者』のお披露目の場に向かうんですよね?」

「バッチリ。何か気づいたことがあったら教えてねん。別の世界の人から見た意見も参考になるから」

 

 ちなみにイザスタさんには俺が異世界から来たことは既に話した。アンリエッタの事は伏せたが、それでも「ほらっ。アタシの勘も大したものでしょう」なんて笑っているから驚きだ。

 

「さてと、じゃあそろそろ自分の牢に戻るとしましょうか。最後はお行儀良く出迎えてあげないとね」

 

 茶目っ気たっぷりにそう言うと、イザスタさんは壁の穴に潜り込む。……戻る際にチラチラと見てしまうのは青少年の悲しき性だと言わざるを得ない。

 

「フフっ。触っても良いわよん!」

「さ、触りませんよ!!」

 

 途中でからかうように言うイザスタさんに、俺は一瞬ドキッとしながら見ないように必死に顔を逸らす。勘弁してくださいまったく。本当に触っても許してくれそうだから怖いんだよっ!

 

 その時、通路で何か音がした。ドタバタと何か転げ回るような音だ。不思議に思って格子から覗くと、

 

「キシャァァァ」

 

 通路の奥の方で、この牢のとは違うウォールスライムとネズミのような何かが争っていた。

 

 普通のネズミは額から角を生やさないし、サッカーボールくらいの大きさもしていない。そんな奴が瞳を真っ赤に充血させて、涎を垂らしながら暴れまわっている様は中々に恐ろしい。

 

「な~に? 何かあった?」

 

 穴の中からイザスタさんの声が聞こえる。まだ穴の途中らしい。

 

「通路で角の生えたネズミがスライムと揉み合ってます。こっちの世界のネズミはおっかないですね」

「角の生えたネズミ!? それはちょ~っとマズイわねぇ。待ってて。一度穴を抜けてまた戻るから」

 

 少し慌てたような声で、イザスタさんは急いで穴を通ろうとする。しかし慌てすぎたようで引っ掛かったらしく、こちらから見ると足だけでじたばたしている。何か微笑ましい。

 

「慌てなくても大丈夫そうですよ。スライムが優勢です」

 

 角ネズミは噛みついたり角で突いているのだが、何度やってもスライムは元通りになってしまう。

 

 それもそのはず。この世界のスライムは某国民的ドラゴンRPGに出てくるような可愛らしいものではない。核の以外への物理攻撃はほぼ無効。加えて体液は酸性を持ち、下手に攻撃すればそのまま呑み込まれるという凶悪さだ。

 

 ならば核をピンポイントで狙えばよいという話だが、奥の核を攻撃するにはそれなりのリーチが必要になる。角ネズミは大きいとは言えサッカーボール程度。中々核まで届かない。悪戦苦闘している内に、ついにスライムが身体を拡げて角ネズミに覆い被さる。

 

 う~む。想像してたよりスライムエグいな。あんなのが突然きたら、囚人逃げられずにそのままパクリとやられるんじゃないか? ウォールスライムのことを知らずにいたらと思うとゾッとする。

 

 角ネズミが逃げ出そうともがいてスライムの身体が内側からボコボコ盛り上がるのだが、ついに力尽きたのか動かなくなった。

 

「トキヒサちゃ~ん。そっちはどうなったの?」

「もう大丈夫みたいですよ。スライムが勝ったみたいで……」

 

 俺はそこで息をのんだ。決してイザスタさんの引っかかっている様子を眺めていた訳ではない。スライム後ろ後ろ!! 今の奴が団体でやってきてるよ!!

 

 

 

 

「嘘だろ!? 何体いるんだアレ!?」

 

 通路の奥からどんどんやってくるネズミ達。一匹が二匹。二匹が四匹。四匹が八匹。その数は既に二桁に届き、これがホントのねずみ算かとつい思考が現実逃避する。

 

「キシャァァァ」

 

 奇声を挙げて進撃する角ネズミ達。それを止めようとスライムが立ち塞がる。頑張れスライム。負けるなスライム。下手に注意をひかないよう心中で応援するが、それがまずかったのか単に多勢に無勢なだけか、少しずつ対処しきれなくなっていく。

 

「あっ!? ヤバい!? こっちに来る!!」

 

 ついにウォールスライムをすり抜けて、角ネズミがこちらへ二匹向かってくる。こっちは牢の中。こんな狭い部屋では逃げ場がない。

 

 何かないかと荷物を探るが、残っているのは身に付けていた小物類くらい。……これでどうしろと。

 

 いよいよ角ネズミは牢屋の前までやって来た。格子はギリギリ奴らが入ってこられるサイズ。このままでは……いや待てよ。意外に話の通ずる相手ということはないか?

 

 人を見た目で判断するなと言うし、ましてここは異世界だ。正確には人ではないが、まずはコミュニケーションだ。

 

「や、やあ。こんにちは。ご機嫌いかが?」

 

 作戦一。話し合い。

 

 まずは挨拶から始め平和的に解決だ。そうさ。充血した瞳でこちらを見ているけど、明らかに敵意を向けているように見えるけども、話し合えばこちらを襲ってくるなんてことは……。

 

「キシャァァァ」

 

 やっぱりダメだったよコンチクショー!! 角ネズミ達は格子の隙間から入り込み、そのまま俺に向かって飛びかかってきた。

 

「うおっ!?」

 

 何とか身を躱すが、このまま逃げ続けるのは無理だ。かくなる上は……。

 

「まぁ落ち着いて。菓子でも食べない? 美味しいぞ」

 

 作戦二。エサで釣る。

 

 こいつらも腹が減って気が立っているだけかもしれない。俺は以前イザスタさんと食べた菓子の残りをそっと地面に置いた。さぁこれを食べて仲直りしようじゃないか。

 

 角ネズミ達は菓子に向けてふんふんと鼻を動かし、

 

「キシャァァァ」

 

 そのまま菓子を蹴散らしてこちらに突撃してきた。これも何とか回避するが、哀れ菓子は衝撃で粉々に。……おのれこのネズ公共めっ! 食い物を粗末にしやがるとはもう許さん!! 話し合いはやめだ。俺は拳を握り締めて構える。

 

 俺との距離はおよそ二メートル。さっきまでの動きを見るに、このくらいでは無いのと変わらない。

 

 だがこちらもアンリエッタの加護が効いているのか、動きに何とか対応出来ている。それにこいつらは愚直な突撃を繰り返すばかり。これなら何とかなりそうだ。

 

「さあ来いネズ公共。返り討ちにしてやる。……できれば来ないでくれると嬉しいが」

 

 初の戦いで内心ビビっているのは内緒だ。

 

 

 

 

 弱気な本音が出たのを見抜いたか、角ネズミは同時に飛びかかってきた。だがこれは想定の内。

 

「こっちは勇者らしい剣も盾もないけどな……代わりにこれがあるんだぞっ!!」

 

 俺は奴らの動きに合わせて貯金箱を取り出し、そのまま片方の角ネズミにカウンターで叩きつけた。

 

 何か折れるような音がして、角ネズミは壁に衝突する。見れば角が半ばから折れ、身体はぴくぴくと痙攣していた。そのままもう一体の突撃を貯金箱を振るった反動を利用してギリギリで回避する。

 

「見たか。これぞ秘技貯金箱(マネーボックス)クラッシュ。貯金箱を壊すかの如く相手に叩きつける必殺技だ。……まあビジュアルはいまいちだけどな。分かったらそこの奴を連れてさっさと帰れ。まだ上手くいけば助かるかもしれない」

 

 俺はなるべく強そうな雰囲気を醸し出しながら残った角ネズミに話しかける。適当なハッタリでこのまま帰ってくれれば万々歳だ。言葉は通じずとも戦わずに済むならその方が良い。だが、

 

「ギ、ギギャアァァッ」

 

 それでもこいつは突っ込んできた。その瞳は些かも怯えを感じさせず、映るのは只々狂気のみ。自分の命よりも相手の命を絶つことを優先するその様子に、寧ろこっちが驚愕で動きが止まる。

 

「やばっ。躱し切れない」

 

 必死に身を捩り、俺は迫りくる痛みを覚悟して歯を食いしばる。

 

 次の瞬間、目の前に突如一枚の壁が出現した。いや、よく見れば壁でなく、この牢のウォールスライムだ。身体を大きく広げることで、向かってくる角ネズミをそのまま包み込んでしまう。

 

 外で戦っていたスライムと同じやり方だが、明らかにこちらの方が動きが早くサイズも大きい。瞬く間に角ネズミを沈黙させてしまう。

 

「……ふうっ。ありがとう。助かったよ」

 

 スライムに礼を言うと、角ネズミを包み込んだまま身体をふるふると震わせて反応する。

 

「どうってことないって言ってるんじゃな~い?」

「そうなんですか。……ってイザスタさん!?」

 

 は~いと朗らかに返すイザスタさん。颯爽と立つその姿はとてもさっきまで穴に嵌っていたようには見えない。……いや、そうではない。何故、

 

 

「何で()()()()()()()()()()()()

 

 

「フフッ。さあてどうしてでしょう」

 

 舌を出して妖しく微笑むイザスタさんに、俺はなんとも言えない感覚を覚えた。

 



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ネズミを蹴散らし突き進め

 

「……な~んてね!」

 

 妖しい笑みを浮かべるイザスタさんだったが、すぐに普段のような人好きのする笑顔に戻る。

 

「そんなに悩むことでもないわ。ただスライムちゃんに開けてもらっただけ。看守でもあるなら、いざという時の為に牢を開けることも出来るでしょう?」

 

 ちょっと強引な論法の気もするが、そういうものかと一応納得する。実際外には出ている訳だしな。

 

「……っ!! そうだ。外の様子は?」

 

 まだ外には二桁を超える角ネズミ達がいたはずだ。何匹かはウォールスライムが押し留めているだろうが、また何匹か来てもおかしくない。だが、遠くで何やら悲鳴や怒号のような声は聞こえるが近くにはいないようだ。

 

「皆が頑張ってくれたから、この辺りはひとまず安全よ。トキヒサちゃんは怪我はない?」

「何とか。それにしてもあの角ネズミ達は何なんでしょうか? やたら攻撃的で話も通じないし」

「そうねぇ。……話すより見た方が早いわね。トキヒサちゃん。ちょっと後ろを見てもらえる?」

 

 俺の疑問に対しイザスタさんはそう返してくる。後ろ? 俺は少し警戒しながら振り向いた。

 

「これは……!?」

 

 さっきの角ネズミの方を見てみると、身体から光の粒子のようなものが吹き出している。やがて力尽きて動かなくなると、そのまま光の粒子となって消えていった。あとには小さな光る石が落ちている。

 

「これは凶魔といって姿形は千差万別だけど、真っ赤に充血した眼と身体のどこかにある角。それと異常な程の凶暴性が共通よ。これはもうさっき体験したわよねん?」

 

 俺は黙って頷く。確かにあの凶暴性は異常なものだった。生物は本能的に自分の命を守る傾向があるけど、それがなく常に捨て身で向かってくる奴は恐ろしいものがある。

 

「凶魔は生物というより肉体を持った魔力、または現象というのが近いわね。だから傷つけばそこから魔力が漏れるし、肉体を維持できなくなったら消えてしまうわ。核となっている魔石を残してね」

 

 魔石というのはこの石のことか。一応拾っておく。待てよ? これどっかで見た記憶が……。

 

「魔石はこの国じゃ燃料としても使われてる、言わば生活の要ね。まぁあまり長く放置すると、場合によっては凶魔に戻ってしまうこともあるから注意が必要だけど」

 

 なるほど。見覚えがあると思ったらここの照明だ。なんて軽く考えていたが、最後の言葉を聞いてギョッとする。この石をずっと持っていたらまたアレになるの!? というよりここの照明もその内なるんじゃ!?

 

 俺の考えたことが伝わったのか、イザスタさんは茶目っ気たっぷりに笑いながら首を横に振った。

 

「魔力が貯まりすぎないように定期的に使えばまず大丈夫よ。それこそ最低一年は放っておくくらいじゃないと。……だからこそこんな所で大量発生なんておかしいのよねん。定期確認もしてるはずだし……まあ調べればはっきりするわね」

 

 そう言うとイザスタさんは、牢に背を向けて歩き出そうとする。

 

「ちょ~っとそこまで行って調べてくるわ。どこから出てくるかぐらいは確かめないとね」

「ちょっ!? 待ってくださいよイザスタさん」

 

 俺は咄嗟にイザスタさんを引き留める。何をふらっと散歩にでも行くかのように歩き出そうとするんだこの人は!?

 

「なあに? アタシのことなら心配しないでいいわよ。荒事には慣れてるし、お姉さん結構強いのよ。それにここにいればスライムちゃん達が守ってくれるわ」

「いやそうじゃなくて、俺も一緒に行きます。どのみちこの騒動が終わるまで出所できそうにないし、さっきのであの角ネズミ……凶魔のことも少しはわかりました。次は何とか戦えます」

 

 実際動き自体は見えていたし、相手が捨て身でくるのは驚いたが分かっていればやりようはある。

 

「どれだけいるか分からないし、今の奴以外の凶魔も出るかも知れないわよ。あんまり沢山いたらお姉さんも周りに気を配れなくなるかも。それでも行くの?」

 

 心配は当然だ。スペック自体は上がっても、不測の事態はいくらでも起こる。さっきみたいにちょっとした隙を突かれてピンチになることも有り得る話だ。だけど。

 

「それでも行きます。ただ待っているのは性に合わないし、俺も何故こうなったのか知りたいですから」

 

 イザスタさんは少し考えて「分かったわ」と苦笑しながら言った。ただし、決して許可なく自分の前に出ないこと。危ないと思ったらすぐに逃げることの二つを約束させられたが。

 

 これから助けてもらう女性を一人危険地帯にやって、自分だけ隠れてるっていうのはマズイだろ。男としても人としても。

 

 それにイザスタさんが腕が立つといっても、あれだけの鼠軍団を相手にしたらピンチになるかもしれない。少しでも恩返しが出来ればこれからの関係もより良いものになるはずだ。

 

 そうして俺達は、牢を出て事態の原因究明の為に出発したのだった。

 

 

 

 

 あわよくばイザスタさんに良い所を見せられるかもしれない。なんて下心があった時期もありました。だが現実は。

 

「せいっ!」

 

 飛びかかる鼠凶魔を、イザスタさんはアッパー気味の掌打で迎撃する。そのまま吹き飛ばした鼠凶魔を別の相手にぶつけて陣形を崩し、その隙に別の個体に肘打ちをお見舞い。

 

 手刀、膝蹴り、拳打。一撃一撃を繰り出すごとに的確に数を減らしていき、遅れて向かってきた一体に華麗とも言えるハイキックを決めて見せる。

 

 ……なにこのアクション映画ばりの動き!? どこのカンフーマスター!?

 

 決して目で追えないという訳ではない。何というか時代劇の殺陣のように、とにかく動きに無駄がないのだ。一つの行動が全て次の攻撃なり防御なりに繋がっているというか。強いとは聞いていたけどまさかここまでとは。

 

「トキヒサちゃん! そっちに一匹行ったわよ」

「はいっ! このぉぉぉっ!」

 

 イザスタさんとウォールスライムが討ち漏らした鼠凶魔に、俺は勢いよく貯金箱を叩き込む。

 

 貯金箱が直撃した鼠凶魔は、動かなくなると光の粒子となって消滅し小さな魔石を一つ残した。半ば生き物でないとは言われたが、自分達が倒した命への最低限の礼儀として拾っていく。

 

「そっちは大丈夫? トキヒサちゃん」

 

 時折こちらに確認の声をかけてくれるイザスタさんは、何十という鼠凶魔と戦ったのに息の乱れがない。改めて実力差を感じさせられる。

 

「イザスタさんとスライムが大半の相手を引き受けてくれたから何とか」

 

 俺達は凶魔の発生源を探るべく、奴等が出てきた方向へ突き進んでいた。前衛はイザスタさんとウォールスライム。俺はそこを突破してきた奴を担当する。

 

 まず物理耐性のあるスライムが壁を造り一度に来る数を制限。それを抜けた相手をイザスタさんが各個撃破。俺の相手は更にその討ち洩らしなのだが、大半は倒されているのでせいぜい一匹か二匹だ。

 

 ちなみに同行しているのはうちの牢のウォールスライム。イザスタさんはともかく、俺はまだ厳密に言えば囚人に近い。普通に外にいたら他のスライムに取り押さえられる可能性があった。

 

 なのでうちのスライムが同行することで、目的地まで護送という体を装っている。実際に鼠凶魔から護られているのであながち間違ってはいない。

 

 イザスタさんの牢のスライムは元の所で待機。この監獄は大きな環の形になっていて、ぐるっと一周出来る構造になっている。出入口は俺が入ってきた所だけだが、万が一反対側の通路からも凶魔が来た時に備えてらしい。

 

「辛くなってきたらすぐに言ってね。空いている牢は沢山有るから適当にお邪魔させてもらうわ。もう疲れたって時に襲われるのが一番危ないの。早め早めに休まなきゃ」

「まだまだ余裕ですよ。それに時間をかけると他の人達が危なそうですし」

 

 ここに来るまで、囚人達とウォールスライムが協力して鼠凶魔と戦うのを見た。

 

 イザスタさんによると、凶魔にも襲う優先順位が有るという。鼠凶魔はスライムよりもヒト種を優先し、スライムは囚人が逃げない限り侵入者の凶魔を攻撃する。

 

 そして囚人側としては、下手に逃げて両方相手取るよりもスライムと協力して戦う方が得策な訳だ。

 

 幸い鼠凶魔はまだ弱い部類らしいので何とかなっている。しかし怪我をした人は多かったし、このまま増え続けたら死人が出かねない。

 

 まったく。こちらに来てまだ一週間もたっていないのにこんなことになるなんて。こっちは早いとこ金を貯めなきゃならないというのに。

 

「焦っても良いことないわよん。……やっぱり小休止をとりましょ。少しなら問題ないでしょう?」

 

 焦りが顔に出ていたのか、半ば強引に近くの空き牢に引っ張り込まれる。囚人が入るまでは鍵は開いているようですんなり入れた。

 

 元々中に居たウォールスライムが反応したが、同行しているスライムが触手で触れるとすぐにおとなしくなる。スライム同士で状況は伝わったらしい。

 

「ふぅ~」

 

 壁に背を預けて座り込むと、意図せずして大きく息を吐いた。どうやらかなり疲れていたらしい。異世界での初めての実戦。しかも連戦だ。身体は補正のお陰で何とかなっても、精神の方はそうはいかない。

 

「はい。お水よ」

 

 イザスタさんが手渡してくれた水筒を礼を言って受けとる。一度口をつけると、自分が相当喉が渇いていたことに気が付く。身体が欲するままに飲み続け、いつの間にか満タンだった中身は半分くらいになっていた。

 

「す、すみません。俺ばかりこんなに飲んでしまって」

 

 慌てて水筒を返そうとするが、イザスタさんは笑って受け取ろうとしない。そのまま軽く伸びをして、俺の横に同じように脚を崩して座る。

 

 スライム達は何か起きたら反応できるよう牢の前で待機。イザスタさんが持っていた菓子を与えると、どちらもすぐ取り込んでしまった。エネルギーの補充はこちらもしっかりするようだ。

 

「さっき戦っているのを見た感じ、力や素早さは明らかに常人以上なのに動きは素人。多分実戦は初めてだったりするかなぁって思うんだけど……合ってる?」

「……はい」

 

 イザスタさんの問いに俺は静かに頷く。以前“相棒”と山で遭難した時に野生動物と戦ったことはあるが、その時もここまでキツくはなかった。一番危なかった熊だって“相棒”がほとんど一人で仕留めたようなものだったしな。

 

「やっぱり! じゃあ出所して一段落したらちょっと訓練した方が良いわね。大丈夫。アタシも仕事がない時は付き合うから」

「……何から何までありがとうございます」

 

 ちょっと泣きそう。なんて良い人なんだ。普通下心があったってここまで親身になってくれないぜ。そのまま息を整えながら、道中気になっていた疑問をぶつけてみる。

 

「それにしても、うちのスライムは他のに比べてやけに強くないですか?」

「そ~お? 偶然じゃない?」

 

 イザスタさんはそう言って誤魔化していたが、明らかに他より強いと思う。発生源に向かっている途中何度も凶魔に襲われたが、何十という数を一時的に押し留めていたのは間違いないしな。

 

 付け加えると他の個体を何体か見たが、どれよりも俊敏だしパワーもあって個体差にしては妙だ。

 

「……分かったわ。トキヒサちゃんの秘密を聞いたんだもの、こっちも話さないとフェアじゃないわよね」

 

 俺が不思議に思っているのが分かったのだろう。イザスタさんは少し困った顔をしながらポツリポツリと話してくれた。

 

 

 

 自分の()()()()人とは違う能力の事を。

 



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デートの誘いと怪しい二人

 

 イザスタさんいわく、牢に入ってから毎日自分と隣の牢、つまりは俺の牢のスライムに自分の血を少しずつ賄賂として与えていたという。彼女の血はとても栄養があり、スライムが強くなったのは毎日血を飲んでいたかららしい。

 

「賄賂って、毎日血を出して大丈夫なんですか!? 貧血とか色々とまずいんじゃ?」

「血といっても一日に数滴くらいだから心配ないわ。理由は元々監獄内の情報集めのため。といっても最近はアタシやトキヒサちゃんのことを報告しないでってことも加えているけど。夜中にゴソゴソするのはあまり知られたくないものね。……お互いに」

 

 あちゃ~。言い方が引っかかるけど、俺がアンリエッタと話してることもばれてるよ。お互いにってことはイザスタさんも何かしていたのかね?

 

「え~っと、つまり俺が夜中に話していた件はイザスタさん以外にはばれていないってことですかね?」

「そういうこと! 当たり障りのない報告のみしてもらっているわ。元々報告が得意な方じゃないからあまり変わらないかもしれないけど」

 

 助かった。いや、別に何か陰謀とか騒動に巻き込まれるとかを心配していた訳じゃない。スライムが俺を毎晩ブツブツ言っている危ない奴って報告していたらと不安だったんだ。内緒にしてくれるなら助かるな。

 

 俺が安堵していると、イザスタさんがじ~っとこちらを見てくる。な、何でしょうか? そんなに見つめられると恥ずかしいんですけど。

 

「……トキヒサちゃんは聞かないの? この血のこととか、なんでこんな体質になったのかとか?」

 

 そのことか。イザスタさんは普段よりも真面目な表情をしているので、こちらも襟を正して出来るだけ真摯に話すことにした。

 

「う~ん。なんとなく聞いちゃマズイと思って。ほらっ。イザスタさんって結構お喋りじゃないですか。だけど話さない一線は弁えているっていうか。ここまで話さなかったのはあまり話したくない話題だからじゃないかって思ったんです。さっきは俺の秘密を知ったからその分って感じだったし、じゃあ今は聞く時じゃないなって」

 

 それを聞いてどう思ったのか、彼女は「そう……」と言って少しだけ瞑目する。俺も口を閉じ、そのまま一分くらい沈黙が続いた。そして軽く息を吐くと、彼女はどこか昔を懐かしむように目を細めながら語り始めた。

 

「これは以前色々あって手に入れた……というか、こうなっちゃったというか、そんなスキルなんだけどね。この事を知った人は大抵怖がるか利用しようとしたわ。言っちゃなんだけどこのスキルは結構アレだから」

 

 だろうな。この世界でスライムは雑魚じゃなくてかなり厄介なモンスターらしいし、それを強化できるとすれば脅威だ。加えて昨日のスライムの気持ちが分かるスキルを併用すれば、スライムを手懐けまくって一大軍団を結成できる。

 

 一個人でそれが出来るってだけで怖がられるのもなんとなく分かる。

 

「どちらでもない人もいたけど、それほど多くはなかったわね。怖がられるのも利用されるのも面倒だし、人にはあんまり話さないようにしてるの。だからトキヒサちゃんも内緒ね!」

 

 自分の口に指を当てておどけたような顔で笑うイザスタさん。人の秘密を勝手にばらすなんてことはしませんとも。それがその人にとって大事なことであれば尚更だ。俺は絶対に言わないと約束する。

 

「……ありがとね。さあて、そろそろ休憩も終わりにして先に進みましょうか!」

「そうですね。急がないと」

 

 なんだかんだ結構休んでしまった。だけどその間イザスタさんのことが聞けたのは大きなプラスだ。俺達は注意しながら牢を出る。

 

「それにしても、これでアタシ達はお互いの秘密を知る深~い仲になったのよねん。出所したらデートでもしましょうか! うふふふふ」

 

 何故だろう? なんだか一瞬背筋がゾワッとした。何というか肉食獣にロックオンされた小動物の気分というか。……うん。気のせいだよな。

 

 俺は軽く頭を振って気合を入れなおすと、再び鼠凶魔の発生源の探索に向かった。と言っても直ぐにイザスタさんとウォールスライムが先頭に戻ったのだが。なんか情けない。

 

 

 

 

「どうやらここが発生源みたいね」

 

 探索の果てに俺達が辿り着いたのは牢獄の中でもほぼ最奥。入り口の真反対側に位置する牢だった。俺とイザスタさんはギリギリ中から見えない位置で牢の様子を窺う。

 

 ヒト種以外、それも巨人種等の大きな種族用の特製牢。普通の数倍の広さを有するちょっとした広場とも言えるその奥に鼠凶魔の発生源はあった。……いや、()()と言うべきか。

 

「何だ? あれ?」

 

 そこの壁際に一人の巨人種の男が倒れていた。粗末な布の服とズボンのみの服装だが、身長は少なく見積もって二メートル半ば。肩幅もがっしりしていて、小山のようなという言葉がよく似合う。

 

 これでも巨人種の中では小柄らしい。イザスタさんが言うには、以前に見た巨人種は自分の倍くらいの背があったという。長身のイザスタさんの更に倍って、巨人種どれだけでかいんだよ。……羨ましくなんかないぞ。

 

 だが問題はそこじゃない。問題なのは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……凶魔ってあんな風に産まれるんですか?」

「……いいえ。凶魔は魔石が周囲の魔素を過剰に溜めこむことで発生するもの。それにあれはどう見ても男でしょ」

 

 論点がずれている気もするが、イザスタさんもそれだけ唖然としているのだろう。そして、

 

 

「ですから、これも計画の一部なのですよ」

「計画? ……私はこんなこと聞かされていない」

 

 

 その巨人種の男の傍で、誰かが言い争いをしているようだった。二人共全身を黒いローブで覆い、顔もフードに隠れていて良く見えない。背丈は片方はイザスタさんよりやや高いくらい、もう片方は俺と同じか少し小さいくらいだ。

 

 奇妙なことに、出てくる凶魔達は二人には襲い掛かるどころか近づこうともしない。

 

「……あくまで依頼内容はアナタの護衛と陽動。だけど凶魔を使うとは聞かされていない。……目標以外を巻き込む気?」

「安心しなさい。先ほど持たせた凶魔避けがある限り、凶魔は私達に寄り付きません。それに目標以外が死のうが傷つこうが、我々に何の被害があります?」

 

 どうやら小さい方の黒フードがのっぽの方に食って掛かっているようだ。睨みあう二人。そこへ、

 

「あらあら。これはなんとも厄介なことになっちゃってるわね」

 

 げっ!? イザスタさんったら普通に牢に乗り込んでったよっ!? なら俺も行くぞ! のそのそと動くスライムと共に牢に突入する。

 

「ほうっ!? これはこれは。ゲストより先に思わぬ邪魔者が現れたようですね」

 

 黒フード達も言い争いを一時中断。小さい方がスッと前に出て軽く構え、のっぽはどこか粘ついたような声をイザスタさんに投げかける。

 

「やぁっ! はっ! ……話しぶりからすると、あなた達がこの騒動の黒幕ってことで良いのかしら?」

「ご名答。その通りですよそこの方」

 

 飛びかかってくる鼠凶魔を打ち払い、軽く世間話をするような気楽さで尋ねるイザスタさんに対し、どこか小馬鹿にした様子でのっぽが進み出て話す。……何かコイツ腹立つな。どこがと言われると答えづらいんだがなんとなく。雰囲気的に。

 

「そう。それじゃあもう一つ。ここに居た筈のスライムちゃんはどうしたの?」

「あぁそれですか。確かに何体かいましたねそんなモノが。それなら、そこの隅にまだ残っていますよ。グチャグチャの残骸ですがねぇ」

 

 そう言ってのっぽがサッと指差した先には、核の部分を完全に砕かれたウォールスライムだろう物体が広がっていた。だろうというのは、損傷が激しすぎて散らばっているからだ。

 

 その無残な姿を俺は見るのに躊躇し、イザスタさんも顔色を変えるがすぐに落ち着きを取り戻す。

 

「……そこに倒れている巨人種の人。お腹から凶魔が出ているのは、多分空属性の応用でしょ? 凶魔を産み出しているんじゃなくて、凶魔の居る何処かと繋いでいる。それでお腹の部分には、多分ゲート用に調整した魔法陣が仕込まれている。違う?」

 

 イザスタさんは二人の後ろにいる巨人種の男を指さしながら更に問いかける。

 

 空属性とはイザスタさんの魔法講義で出てきた特殊属性の一つだ。魔法は土水火風光の基本五属性から成り、この世界の人は大半がこのどれかの適性があるのだが、これに当てはまらないのが種族魔法と特殊魔法だ。

 

 種族魔法はそのままその種族特有のもの。特殊魔法は言わばこれら以外の全ての属性を指す。

 

 空属性は字の通り空間を操る魔法。別空間に物を収納したり、自分や他人を別の場所に移動させたり、離れた場所同士を繋げたり出来るらしい。

 

「……クフッ。クフフフフ。いやいや失礼。初見でそこまで見破るとは大したものです。実に慧眼」

 

 黒フードは不気味に笑いながら拍手で称える。だがその仕草はどこかおざなりで、称えるというよりもからかっている感じだ。イザスタさんもそう感じたのか、いつもより少しピリピリした態度で続ける。

 

「魔法封じの仕掛けの中でここまで出来るのは凄いと思うけど、種が分かれば対処法はあるわ。軽く魔力の流れを乱すだけで魔法陣は制御を失って自壊を始める。だけどそれは出来ればやりたくないのよねぇ。慎重にいかないと周りに被害が行きかねないし」

 

 そう言うとイザスタさんは、どこか凄みのある笑顔でにっこりと黒フード達に笑いかけた。

 

「お願いだからこんなことやめてくれない? まだお姉さんが()()()()()解決しようとしている内に」

 

 怖っ!? 一瞬イザスタさんの後ろに般若か阿修羅か知らないけどそういう類のやつが見えた! 笑顔なのがまた非常に怖く、俺に向けられたものじゃないのに背中に冷や汗がたらりと流れる。

 

「いえいえ。我々も仕込みにはそれなりに手間も金もかけていますのでね。はいそうですかと止める訳にもいかないのですよ。それに、まだ肝心のゲストが来ていないですからね」

 

 それを向けられてものっぽは慇懃無礼さを崩さず、まるで道化師のように大袈裟に両手を広げて断る。

 

「あらそう。じゃあ……お仕置きが必要ね。あなた達が自分から止めたくなるまで」

 

 イザスタさんは軽く構えをとる。パッと見は自然体。だがそこから繰り出される体術の凄さはここまでの道中で見たからよく知っている。

 

「正直お姉さん頭にきてるのよね~。折角出所して、お仕事をきちっと済ませたらトキヒサちゃんと一緒に甘いデートを楽しもうとしていたのに。この騒動のせいで台無しよ。おまけに真面目に職務に励んでいたスライムちゃんをこんな目に。という訳で覚悟しなさい!!」

「デート云々は置いといて、俺も同じ気持ちです」

 

 俺もイザスタさんの横に立って構える。普通に動く事も貯金箱を取り出して構えるも両方できる体勢だ。何やら横から「デートは置いとかないでね」と聞こえてきたが今はそれどころではないのでスルー。

 

「お前らのせいでどれだけの人が迷惑したか分かってんのか!? 怪我人も大勢いたし、俺達が見た中にはいなかったけど、もしかしたら死人が出ているかも知れないんだぞ!?」

「ふんっ。どうせここにいるのは罪人ばかり。一人二人、或いは全て死んだとて何の問題が? 我々の計画に役立つのです。寧ろ感謝してほしいくらいですねぇ」

 

 俺の問いかけにこいつはそんなことを平然と言ってのける。……この野郎。本気で言ってるのか?

 

「お前達にどんな御大層な計画だか思惑があるかは知らないよ。知りたくもない。けどな、人を傷つけるのを平然と認めるようなものが、良いもんな訳ないだろがっ!!」

 

 決めた! この野郎は思いっきりぶん殴る! 俺はこれまでの怒りも込めてのっぽに向かい突撃した。

 




 読んで頂きありがとうございます。

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足手まといじゃいられない

 飛び出して気づく。いけねっ! イザスタさんに前に出るなって言われてたんだった。だけど今更止まらない。止まる気もない。あの野郎に一発食らわせてやる。だが、

 

「……“強風(ハイウィンド)”」

 

 のっぽの前で構える小柄の黒フードが喋ったと思ったら、突如猛烈な突風が襲い掛かってきた。これは風属性の魔法か? 急な向かい風で一瞬バランスが崩れ、何とか足で踏ん張って立て直した時、

 

「なっ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()。その手にはナイフが握られている。

 

 しまった!? これが空属性かよ!?

 

 空属性の基本技は転移。さっきイザスタさんが話していた事から、この黒フード達のどちらかが空属性使いの可能性は十分にあった。

 

 以前のイザスタさんの魔法講義によると、基本属性と特殊属性は一部例外はあるもののまず両立しない。そして小さい方が風属性を使った以上、普通に考えればのっぽが空属性使いだ。

 

「死になさい。おチビさん」

 

 のっぽはどこか嘲笑うかのように俺にナイフを振り下ろす。その軌道はまっすぐ俺の心臓を狙っていて、そのままグッサリと……行くはずだった。()()()()()()

 

「“水球(ウォーターボール)”」

「……むっ!?」

 

 イザスタさんの放った水玉がのっぽの手に直撃し、ナイフを弾き飛ばしたのだ。

 

 カランと音を立てて転がるナイフ。のっぽが次を取り出すまで僅か数秒。すぐに次に移れるだけの実戦か訓練を得てきたのだろう。その動きはとてもスムーズだ。だが、その数秒だけで十分だった。

 

「うるああぁぁぁっ!!」

 

 体勢は崩れていたが、俺は貯金箱を出して取っ手を掴み、それを軸にして無理やり身体を回転させる。やったことはないがハンマー投げを思い浮かべ、そのまま転がるように貯金箱を振り回してナイフを取り出したのっぽにぶん投げた。

 

 のっぽは咄嗟にナイフを突き出して防ごうとするが、途中まで全速力で走っていた俺が体勢を崩しながらも放り投げた貯金箱だ。速度がある上に元々の重さもある。貯金箱はナイフをへし折り、勢いを落とさず胸部に直撃した。

 

「ぐふっ!?」

 

 のっぽはそのまま仰向けに倒れこむ。ざまあみろ。あと誰がチビだこの野郎。俺は不敵に笑って見せる。決まった……受け身を取り損ねて床に転がってなければ更に良かったが、贅沢は言えない。

 

 

 

 

「大丈夫? トキヒサちゃん?」

「……すいません。前に出ちゃいました。でも一発かましてやりましたよ」

 

 イザスタさんの手を取り、俺は立ち上がりながら頭を下げる。一撃食らわせたことは後悔してないが、約束を破ってしまったのは申し訳ないからな。

 

「もう。無茶しないでよねん。……でも、さっきの言葉はちょっと格好良かったわよ。ガンバレ男の子って感じで、お姉さん少しだけど手助けしたくなっちゃった」

 

 イザスタさんは苦笑交じりに言う。さっきの水玉のことだろう。あれがなかったら刺されてた。我ながらカッとなると後先考えないのは悪い癖だ。これまでもよく妹の陽菜や“相棒”に注意されていたが中々治らない。

 

「……でも、ここからはアタシの出番みたいね。トキヒサちゃんは下がってて」

 

 イザスタさんは黒フード達に鋭い視線を向ける。向こうはというとのっぽはもう起き上がろうとしていて、小柄な方はその隙を抑えるべくサッと前に立つ。

 

「クフッ。よくも……よくもやってくれましたねえ。……エプリ。護衛のくせにあんな子供も止められないのですか?」

「……ならまず護衛より前に出ない事ね。勝手に行って怪我をされては困りものよ。それに……あっちを野放しにするのは危険だわ」

 

 ゆらりと起き上がったのっぽが怨嗟の声を挙げるが、エプリと言われた方はイザスタさんから目を離さない。俺よりイザスタさんの方が強いと、一目見ただけで察したらしい。

 

「ふん! ……それにしても、あなたも空属性持ちとは驚きました」

 

 空属性? のっぽのセリフに一瞬首を傾げる。……そっか! あいつ貯金箱を出したのを空属性と勘違いしてるな。実際は属性も分かっていないけど、訂正することもないのでそのままにしておく。

 

「適当に追い払っても良かったのですが、私と同じ空属性。万が一ということもありますし、ここで始末しておいた方が良さそうですね」

 

 あののっぽこっちを見て何か怖いことブツブツ言ってる。すると、突然のっぽの姿が視界から消えた。また転移かよっ!?

 

「危ないっ!? 後ろっ!?」

 

 俺がイザスタさんの声で振り返った時、そこにはのっぽが既に両手にナイフを構えていた。一体何本ナイフを仕込んでるんだコイツは?

 

 一瞬早く気付いたイザスタさんが俺を突き飛ばす。そこをナイフが襲い掛かり、イザスタさんの頬を薄皮一枚切り裂いて通過していく。だが、ナイフを振り切った隙を突いて彼女は反撃に転じた。

 

「はあっ!」

 

 ひゅんと風切り音を立てて繰り出される強烈な回し蹴り。それをのっぽは再びの瞬間移動で回避し後方に移動すると、そのまま持っていたナイフをこちらに向けて投げつけてくる。

 

「おわっ!?」

 

 咄嗟に貯金箱を出してナイフを弾く。イザスタさんの方は……流石だ。軽いステップで躱している。

 

「やっぱり空属性は厄介ね。ちょ~っと目を離したら姿を消したり、一撃が決まったと思ったら躱されたりするんだもの」

「意外にやりますねぇ。忌々しいことに。以前にも空属性との戦いに経験が?」

「まあね」

 

 二人は互いに構えながら言葉を交わす。まいった。傍から見ていると二人とも動きが尋常じゃない。

 

 俺が何とか反応出来ているのはアンリエッタの加護のおかげだろう。さっきのナイフだって貯金箱で防げたのは半ば偶然だ。のっぽに一撃食らわせられたのは、どうやら相当油断していたかららしい。

 

 そしてエプリの方もしっかりと二人の動きに反応している。今はのっぽが転移を繰り返すから援護のタイミングを計っているって所だろうか? 俺の事は最低限の注意しかしていない。

 

 ……マズイ。このままじゃ完全に足手まといだ。歯噛みしているとイザスタさんがこう切り出した。

 

「空属性の弱点は魔力消費の多さ。距離や人数によって変わるけど長期戦には向かない筈。このまま続けたら不利なんじゃな~い?」

「確かに長期戦は不利ですねぇ。実は私、仕込みのために既に何度か跳んでいましてね。あと数度使えばそろそろ休息が必要になるでしょう」

 

 イザスタさんのカマかけに、何とのっぽは素直に自分の不利を認めた。なのに奴はまったく動じず、寧ろ言葉に熱が入り、その口ぶりの端々から僅かな狂気が垣間見える。

 

「しかしもう計画は止まらないぃ。仕込みは済ませ、あと必要なのはたった少しの時間だけ。その間邪魔さえ入らなければそれで良いのですよぉ。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

“風刃”(ウィンドカッター)

 

 のっぽの言葉が終わると同時に、ここまで動きを見せなかったエプリが動いた。

 

 イザスタさんはそれに気づいて素早く後ろに跳ぶ。すると一拍おいて立っていた床が突然ひび割れた。いや、何かで切り裂かれたというべきか。どうやら風の魔法でお馴染みの真空の刃らしい。

 

「あらら。二対一? 良いわよ。お姉さんもちょっと気合を入れなきゃだけど」

「いえいえ。二対一だなんてまさか。……もっと居ますとも」

 

 それはどういうことかと一瞬考えると、すぐに答えが目の前に現れる。

 

「キシャァァァ」

「まだ残ってたの!?」

 

 鼠凶魔が一体猛然とイザスタさんに飛びかかっていく。だが一体ならどうということもなくあっさりと迎撃。しかし、

 

「このっ! 次から次へと」

 

 見れば、巨人種の男から再び鼠凶魔達が出始めていた。それらは近くにいる黒フード達には目もくれず、イザスタさんや俺を狙って突撃してくる。

 

「クフッ。クフフフフ。そらそらどうしましたぁ? 私はもうそんなには魔法は使えませんよ。長期戦になったら不利ですとも。かかってこないんですかぁ? ただしまだまだ凶魔はいますけどねぇ。クハハハハ」

 

 その笑い方腹立つんだよっ! 俺も寄ってくる鼠凶魔達を撃退しているのだが、数が多くて全然減る気配がない。外に出ようとする奴はウォールスライムが食い止めているが、いつまで耐えられるか。

 

 そしてイザスタさんはと言うと、的確に倒し続けているが減る数と増援の数が拮抗している状況だ。

 

 それに鼠凶魔だけならまだしも、エプリも時折風の魔法を使ってくるので動きが制限されている。のっぽの方は余裕の表れか動かないが、この状態はとてもマズイ。

 

「くっ!? 凶魔避けが向こうだけあるっていうのが厄介ね」

 

 戦いながら二人の話を聞くに、凶魔避けとは凶魔が嫌う香りを放つ道具らしい。強い凶魔には効き目が悪いらしいが、だから黒フード達には寄り付かないとか。

 

「さあて、お喋りしていて良いのですかぁ?」

“風刃”(ウィンドカッター)

 

 エプリの放つ風魔法が、飛びかかる鼠凶魔ごとイザスタさんを襲う。気づいた彼女は躱そうとするが、

 

「っ!!」

「イザスタさんっ!!」

 

 急に途中でガクリと動きが鈍った。それでも強引に躱そうとするが、鼠凶魔が邪魔で躱しきれない。

 

 鼠凶魔を両断する風の刃。上がる血飛沫。一瞬の後に飛びずさったイザスタさんの左腕からはぽたぽたと血が垂れていた。神経までは傷ついてなさそうだが、腕を押さえながらイザスタさんは片膝をつく。

 

「クフフ。や~っと効いてきたようですね。ナイフの()()()の味は如何です? 本来なら掠っただけで即効いてくるのですが、予想より遅いので少し焦りましたよ」

 

 毒? それを聞いて、さっきイザスタさんが俺を庇ってナイフが掠ったことを思い出す。もしかしてあれか? あのナイフに毒が仕込まれていたのか? イザスタさんは動かない。

 

「そろそろ終わりですね。あなた達は実に……実によく頑張りましたぁ。ですがもう終わり。健闘空しくここで倒れるのでぇす。クハハハハ」

 

 のっぽも一気に自分達が有利になったのが分かったのだろう。余裕たっぷりに自分からイザスタさんの方に近づいていく。ウォールスライムも凶魔を押し留めるので手一杯で動けない。

 

「どけよ…………どけえぇぇ」

 

 俺はイザスタさんの下に遮二無二走り出した。

 

 なんてこった。全部俺のせいだ。自分への怒りで胸が熱くなる。最初から彼女は言ってたじゃないか。自分の牢で待っていろって。それを半ば無理についてきた結果がこれだ。

 

 ネズ公達を貯金箱で牽制しながら、何とかイザスタさんの傍に駆け寄る。だが一歩遅く、のっぽは止めを刺そうとナイフを振り下ろす。

 

「そぉら」

 

 迫りくる必殺の刃。だが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……はあぁぁっ!」

「ちっ!?」

 

 エプリが気づいて駆け出すがもう遅い。膝をついていたイザスタさんはナイフを血塗れの左腕で払い、のっぽのがら空きになった胴体に渾身の掌打を叩き込んだ。それにより一瞬浮き上がった身体に追撃の蹴りをお見舞いする。

 

「ごふぁっ」

 

 その威力ときたら、進行方向にいた鼠凶魔数匹を巻き込んで反対側の壁まで吹き飛ばすほど。これにより巨人種の男、つまりは鼠凶魔の発生源までの道が一時的にこじ開けられる。

 

 壁に激突したのっぽはピクリとも……いや、微かに動いているから死んでないな。

 

「良いのが決まったからしばらく動けないでしょ。今の内に凶魔達が出てくるのを止めないとねん」

 

 駆け寄った俺に対して、イザスタさんはスッと何事もなく立ち上がる。その姿は毒を受けて苦しんでいたとは思えない程で……。

 

「イザスタさんっ! 毒は大丈夫なんですかっ!? それにさっき腕をっ」

「……実はその、最初から毒なんか受けてなくて……受けたフリして油断するのを待っていたというか……。腕も血は出てたけど大したことなくて」

 

 そう頬をポリポリと掻きながら、少しだけ申し訳なさそうに言うイザスタさん。毒を受けていなかった? でもあののっぽはナイフに麻痺毒がどうとかって。

 

「それは……っと。その手は食わないわよっ」

 

 話の途中でイザスタさんは落ちていたナイフを俺の後ろに投擲する。慌てて振り向くと、エプリがふわりと飛びのいてナイフを避けていた。

 

「……イザスタさん。あいつは俺が食い止めますから、その間に早く鼠の元を断ってください」

 

 これ以上、足を引っ張ってばかりはいられない。男には意地でもやらなきゃいけない時があるのだ。……かなりきつそうだけどな。

 



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フードの下は……

「トキヒサちゃん。だけど」

「俺が倒れてる人の所に行っても出来ることないですから。だからイザスタさん。行ってください」

 

 俺はエプリに構えを取るイザスタさんを手で制しながら言った。

 

 イザスタさんはのっぽとの戦いの前に、魔法陣は別の魔力を流せば自壊すると言っていた。俺はやり方を知らないから手伝えない。ならイザスタさんが元を断つ間、邪魔させないようにするのが得策だろう。

 

「でも大丈夫? あっちも結構強そうよ。ここでは魔法は多少制限されるけど、それでも直撃したら命に関わるかも」

 

 イザスタさんは俺を心配してくれるが、ここで動かなかきゃ何のために来たか分からない。本当に只の足手まといになってしまう。

 

「時間を稼ぐだけなら出来ます。魔法はさっき見たから何とか躱せそうですしね。それに……これから一緒に行く仲間としては、良い所の一つも見せておかなきゃ」

「トキヒサちゃん……」

 

 相手を警戒しながらなのでイザスタさんに背を向けたまま話す。どんな表情なのかは分からない。生意気なと思っているのか、それとも心配そうな顔なのか。

 

 俺は敢えてそれを確認せず、エプリに向かって歩き出す。だって……下手に格好つけたから今頃気恥ずかしくなってきたんだよっ!!

 

「っ!? すぐ終わらせて戻るからね」

 

 背中越しにそんな言葉を聞きながら俺は走る。振り向かずとも彼女も走り出しているのが目に浮かぶ。あとはこの事態を収めるまで、目の前の奴を止めるだけだ。

 

「イザスタさんの邪魔はさせないぞ。……今からでも戦いを止めるって言うなら大歓迎だけど?」

 

 鼠凶魔はさっきの一撃でそれなりに数が減り、残りは前に出たウォールスライムが抑えてくれている。のっぽの奴はしばらく動けない。あとはコイツだけだ。

 

「……どいて。“強風(ハイウィンド)”」

「うおっ!?」

 

 コイツいきなり最初に食らった風魔法を使ってきた。話し合う気もなしかよ。だが同じ手は二度は食わないとも。俺は前傾姿勢を取って踏ん張り、じりじりと距離を詰めていく。

 

 これまでの動きから察するに、肉弾戦よりも風魔法で距離を取って戦うタイプと見た。だがこっちも漫画やライトノベルでこういう奴の対処法は知っている。

 

 すなわち、何とか近づいてぶっ飛ばすのみっ! 脳筋な考え方だと思われるかも知れないが、実際これが意外に有効なのだ。

 

 じりじり進む俺に対し、相手は風を放ちながら少しずつ後退る。距離を保つつもりだろうが好都合。時間が経てばイザスタさんが何とかしてくれる。勝てなくても釘付けにすれば良いのだ。だが、やはりそう簡単にはいかないのがお約束。

 

“風刃”(ウィンドカッター)

 

 急に何かが飛んでくる気がして咄嗟に貯金箱を目の前に翳す。すると何かが当たったような衝撃と共に右足に鋭い痛みが走った。見れば服に切れ目が入り、うっすら血が滲んでいる。

 

 コイツは“強風(ハイウィンド)”を使いながら、もう一つ魔法を使ってきたのだ。二つ同時は聞いてないぞ。

 

 内心で悪態を吐くが、風で機敏に動けないのにこれはキツイ。実際どんどん見えない刃が飛んできて、貯金箱で防いでいない所に傷を増やしていく。

 

 幸いなのは威力は大したことないようで、軽く切った程度の傷しか負っていないという点。寧ろ服がスパスパ切れていくのが痛い。俺の一張羅がっ!? 美女ならともかく俺の服など誰得だと言うんだ。

 

「このおぉぉっ」

 

 このまま時間を稼いでも良いが、コイツにも一発食らわさないと腹の虫が収まらない。俺は多少の傷を覚悟の上で貯金箱を掲げながら突進した。どんどん身体と服に傷が増えていくが気にせず、奴の間近まで近づいて拳を握りしめる。

 

「……“風壁”(ウィンドウォール)

「うなっ!?」

 

 横殴りの風が収まったかと思うと、今度は真上から突風が吹き下ろしてきた。ウォールというくらいだから壁か? ちょうど殴る前の溜めをしていた所に急に変わったため、反応が遅れて一瞬体勢が崩れる。

 

 そこにさっきの横のベクトルにまた変更すれば結果はお察しだろう。俺は勢いよく入り口の方に吹っ飛ばされた。だが、

 

「負けるかっての!!」

 

 俺は飛ばされながらも貯金箱を操作し、飛ばされる方向にイザスタさんのクッションを出現させた。実は一度換金したものを再び取り出す場合、出現場所をある程度決められるのだ。例えば目の前ではなく周囲のどこかといった具合に。

 

 以前試しに軽く検証したところ、自身の半径五メートル以内であればどこでも出せた。下は試せなかったが、上空にも出せるようなので意外に便利だ。

 

 そしてこのクッションは凄まじい弾力性を誇る。イザスタさんも「一度試しにダイブしたら、そのまま跳ね返ってぼよんぼよん跳ね続けていたわ」なんて笑いながら言っていたほどの弾力がある品だ。今回はその弾力性が役に立つ。

 

 俺はそのまま入り口に激突し、クッションの反発を利用して再びエプリに向かって跳ね返っていく。気分は横向きのバンジージャンプだ。

 

「っ!? “風壁”(ウィンドウォール)。“強風(ハイウィンド)”」

 

 俺が再び猛烈な勢いで向かってくるのに気付いたエプリは、さっきと同じように二種類のベクトルの違う風を吹き荒らさせる。だが甘いな。その手口はさっき見たぜ。

 

「もういっちょぉぉ」

 

 俺は再び貯金箱を操作してあるものを奴の目の前に出す。それはイザスタさんの牢で換金した本棚。相手に向かって倒れこむように出した本棚は、中身がないので長くは耐えられないだろう。だが一瞬の目くらましにはなる。

 

 一瞬後に風で飛ばされてしまう本棚。奴はそのまま俺を吹き飛ばそうとするが、俺の姿はそこにはない。見失っただろ。どこだと思う?

 

()()()()こんにゃろう!」

 

 わざわざ斜めに角度を付けて出現させた本棚。その狙いは目隠しと、俺の走る足場を作るため。俺は突撃する勢いを緩めずにそのまま本棚を駆け上がり、エプリの真上に飛び上がっていた。

 

 普通ならこのまま頭上を飛び越えてしまう勢い。だが、今のコイツは真下に吹き下ろす強力な風の壁を張っている。つまりそれにわざと引っかかることで、勝手にコイツの方に引き寄せられるって訳だ。

 

 急激に身体が下方向へ引っ張られるのを利用して、片足をピンと伸ばした体勢をとる。よし。今こそ一度やってみたかったあの技を試す時。

 

「喰らえ。今必殺の、ラ○ダーキィィック!!」

「くっ!?」

 

 俺のキックが直撃する直前、コイツの身体が急激に後退した。どうやらお得意の風を自分に使うことで回避したようだ。だが、キックの衝撃で奴の黒フードがめくれ上がる。

 

「フードもらったぁ。さあて、素顔を見せてもら……えっ?」

「…………見たな……私の顔を」

 

 

 

 

 そのフードの下にあったのは……俺と同じくらいの齢の女の子だった。

 

 

 

 

 髪は新雪のような白髪。瞳はまるでルビーをはめ込んだかのような緋色。どこか幻想的とさえ思えるその顔立ちは、俺にはまるで妖精か何かのように感じられた。

 

「……綺麗だ」

 

 ついそう呟いてしまったのも無理ないと思う。だが、それを聞くと一瞬彼女は硬直した後すぐにフードを被りなおし、

 

「……殺す」

「ま、待って待って!? これはつまりアレ? 顔がコンプレックスで目撃者を抹殺する的な流れ!?」

 

 俺に向かって怒気の籠った言葉をぶつけてきた。もはや怒気というよりも殺気と呼んだ方がしっくりくる感じだ。

 

 それと同時に彼女の周りに凄まじい風が吹き荒れ始める。さっきまでを突風とか強風と言うのなら、これはもはや暴風、台風のレベル。少しでも気を抜けば飛ばされる。そうして踏ん張っていたのだがじりじりと身体が浮いていき、

 

「……“竜巻”(トルネード)

「う、うわああぁぁっ!? カハッ!!」

 

 目に見えるほどの風の流れが直撃したことで完全に身体が宙に浮き、そのまま猛スピードで天井に叩きつけられた。

 

 背中に鈍い痛みが走り、そのまま床にうつぶせに落下。漫画的表現なら人型の穴が開く所だが、そうはならずにただ床に激突。目の前に火花が散り、鼻からは生暖かい液体が流れ出す。せめて顔以外からぶつかってほしかった。

 

 一言で今の状況を表すと……めっちゃ痛い!! 痛みで身体の動きが鈍く、何とか起き上がろうとするがのろのろとしか動けない。

 

「……今ので死なないなんて。……さっきの“風刃”(ウィンドカッター)の傷も浅かったし、何か防御用の加護でも持っているの? ……まあいい。それなら……()()()()()()()()()

 

 いや物騒っ!? だけど確かに普通四、五メートルくらいの高さから顔面から落ちたら無事じゃないよな。顔が見せられない状態になっていても不思議じゃないが、それにしては鼻血が出て目がチカチカする程度で済んでいる。

 

 しかしこんなのをまたやられたらたまったものじゃない。

 

「ま、待てって。話し合いで解決しようじゃないの」

 

 息も絶え絶えに何とか言葉を絞り出す。相手が女の子、しかもすこぶる美少女とあっては殴るに殴れない。かと言ってこのまま受けていたら俺の身がもたない。あとは話し合いによる平和的解決を目指すしかない訳だが。

 

「……話すつもりはない。“竜巻”(トルネード)

「のわああぁぁ。ま~た~か~っ!?」

 

 今度はくるくる空中を錐もみ回転しながらまたもや顔面ダイブ。言葉にすると気楽そうだが、実際は常人ならとっくに閲覧禁止になっている案件である。頭がクシャっていくレベルだからな。

 

 それでも俺がまだ無事なのは、おそらくアンリエッタの加護とこっちの召喚特典のおかげだろう。身体強化の二重掛けとかありえそうだ。しかし本当にこれ以上食らったらマズイ。

 

「……本当にしぶとい。これでトドメ」

 

 少女が右手を振り上げる。何とか起き上がり、せめて少しくらいはこらえようと身構える。イザスタさんがもうすぐ鼠を止めて戻ってくるはずだ。それまで少しでも時間を……。

 

「終わったわよトキヒサちゃん。もうすぐ術式は自壊するわ。この巨人種の人ももう大丈夫」

 

 タイミングが良いのか悪いのか、こらえようとした所でイザスタさんの声が牢屋内に響き渡った。それを聞いてエプリの注意が一瞬イザスタさんの方に向かう。チャンスだっ!!

 

「でやああぁぁっ」

「くっ!?」

 

 俺は何とか力を振り絞って突進する。向こうが気付くよりも一瞬早くタックルが決まり、そのままもつれ合いながら倒れこんだ。相手は必死に振りほどこうとするが、体格が同じくらいで筋力はこっちの方が上なので何とか優勢だ。

 

 思った通り。風魔法は脅威だが、あくまで中距離から遠距離用のものが大半。ならば組み付いてしまえば大半の魔法は封じることが出来る。俺はエプリのマウントをとって両腕をガッチリと押さえつけた。

 

「は、離しなさいっ!!」

「やなこった。離したらまた竜巻大回転だからな。そっちこそ諦めて降参しろっての!!」

 

 ここまで来ても出来れば女の子は傷つけたくないのだ。素直に降参してくれると助かるんだが。早くイザスタさんが来てくれれば。

 

「……トキヒサちゃん」

 

 来た。天の助け! イザスタさんなら傷つけずに無力化する方法くらい持っているだろう。女スパイだもの。

 

「トキヒサちゃん。あなた……こんな所で何を……?」

「何をって、見れば分かるでしょう。こうしてこの人を……」

 

 ここでふと今の状況が周りからどのように見えるか考えてみた。

 

 暴れる少女に跨って押さえつける男。服はもつれ合っていたのだから乱れ、互いの息は今まで戦っていたのだからこれまた当然荒い。またも彼女のフードはめくれ上がり、その眼にうっすら見えるのは涙だろうか? 

 

 この状況を客観的に見ると…………うん。婦女暴行の真っ最中だね!!

 

 

 

 そ、そのぉ。誤解なんです! いやホントっ! 信じて!?

 



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遅れてきた男と凶魔化

「ご、誤解ですよイザスタさんっ!? これは風魔法を使えないように押さえつけているところでっ」

「フフフ。分かってるわよん。可愛い子だもんね~。アタシも結構好みよ。溢れる欲望を抑えきれなくなっちゃったのよね。だけど嫌がる子に無理やりというのはお姉さんちょ~っと感心しないわ」

「だから違うんですってばっ!!」

 

 中腰になって何とか状況を説明しようとするのだが、よく見たらイザスタさんはニマニマ笑っている。自分が揶揄われていたのが分かりほっとするような恥ずかしいような何とも言えない感じだ。そこへ、

 

「ふんっ」

「お、おぅ……」

 

 股間に衝撃が走り、脳天からつま先まで痺れるような感覚に陥る。全身から脂汗が噴き出し、一瞬力が抜けてしまう。どうやらエプリが隙を突いて痛烈な蹴りを放ったらしい。流石の加護による身体強化もこれには及ばなかったか。

 

 エプリは素早く拘束から抜け出し、体勢を整えてこちらから距離を取る。

 

「……あんな事をしておいてこの仕打ち。……コロス。絶対に殺すっ!」

 

 なんか火に油を注ぐ結果になったというか。ただでさえ殺気が飛んでいたのがさらにすごいことになったというか。もう目に見えるレベルで何か出てる気がする。

 

「あらあら。な~んかスゴイことになってるわねぇ」

「他人事みたいに言わないでくださいよっ!!」

 

 奴の周りに再び暴風が吹き荒れ始める。考えてみれば、魔法封じの中でここまでのことが出来るってことはこの少女は余程の実力なのだろう。俺と同じくらいの年頃なのにこれは凄いと思うんだ。そう言えば“相棒”と陽菜は今頃どうしてるかなぁ。俺、元の世界に戻ったら三人で宝探しに行くんだぁ。

 

 なんてとめどない思考の現実逃避アンド死亡フラグを続けている中、いよいよ風が小型の竜巻となって少女の周りに出現する。それも一つではなく三つも。

 

「へ~っ!! ここで“竜巻”(トルネード)三つ同時展開なんてやるわねぇ。アタシの知り合いにもここまで出来る人は多くないわ。アナタ……こんな悪いことやめてうちで働かない? 待遇良いわよ」

「なんでこんな時に勧誘してるんですかぁ!!」

 

 ついツッコミを入れてしまうほどイザスタさんは余裕の表情。いや待てよ。イザスタさんにはこの状況を何とかする手があって、だからこんなにも余裕があるということかも。

 

「う~ん。あれが全部発動したらかなりまずいわねぇ。具体的に言うと、この牢にいる人が自分も含めて全員ただじゃ済まないレベル」

「とんでもないじゃないですか!!」

 

 自分も含めてってよくそんな魔法が使えるな。俺だったら嫌だぞ。よく見れば、エプリは怒りのあまり我を忘れているようにも見える。誰だあんなに怒らせたのは? ……俺だったよコンチキショウ!!

 

「……全て、全てキエロ。“三連竜(トリプルトルネ)……」

「悪いがそこまでだ」

「……!?」

 

 突如人影が飛び出してきてエプリを強襲する。エプリは咄嗟に竜巻を一つ使って迎撃するが、人影はなんと形をもった竜巻を()()()()()()霧散させる。

 

 エプリは人影から距離を取り、人影はそのままゆっくりとこちらに歩いてきた。そこに現れたのは

 

「もうっ。遅いじゃないのん。今日の朝手続きが終わるんじゃなかったの?」

「……すまんな。少し野暮用ができたのと、ここに来るまでネズミ共を仕留めていたら遅くなった」

 

 いつもの看守服に加え、両腕に肘まで覆う白銀に輝くガントレットを装着したディラン看守だった。

 

「……ディラン看守?」

「あぁ。大分手酷くやられたようだな。だがよくここまで持ちこたえた。あとは任せておけ」

 

 俺を見て一瞬すまなそうな顔をすると、ディラン看守はそのままエプリの方に向き直る。

 

「さて。俺の領域でバカをやらかした奴に罰を与えに来たぞ」

 

 両の拳をぶつけあいながらそう宣う彼の姿は、この牢獄の番人にして罰を与える者。そして正しい意味での看守、囚人を見守る者としての風格に満ちていた。

 

 

 

 

「クフッ。クフフフフ。やぁ~っとゲストが到着しましたか。待ちわびましたよぅ」

 

 むっ。この聞く者に不快感を与える嫌な感じの声は……のっぽの奴か!?奴はいつの間にかエプリの後ろに現れる。また空間移動で跳んできたな。貯金箱が直撃したりイザスタさんにぶっ飛ばされたのにまだ余力があるとは、なんだかんだアイツ俺よりタフじゃね?

 

 あざ笑うようにエプリの肩に手を置く様は、まるで囚われの姫を嬲ろうとする悪い魔法使いのようで。まあ実際は姫ではなく、人を風であちこち叩きつけるようなアブナイ美少女なんだが。

 

 ……あっ!? 普通に手を払われた。

 

「お初にお目にかかります。私はクラウン。我らの崇高なる目的の成就の為に日々邁進している者です」

「ふんっ。クラウン(道化)とはふざけた態度にピッタリの名前だな。それで? ここを荒らしたのもその目的とやらの為か?」

 

 大仰な態度ののっぽ……クラウンに対し、怒りを隠そうとせずに目的を問いただすディラン看守。

 

「ええまさしくその通り。我らの目的達成の第一歩として、まずは地上にいる『勇者』達を見極めなければなりません。それには()()が邪魔なのですよぅ。二十年前の英雄にして看守長、大罪人にしてこの王都から離れることの許されない囚人。ディラン・ガーデン殿」

「……俺のことについて調べてあるみたいだな」

「恐縮至極」

 

 え~っと、急にディラン看守の情報が増えたんで頭が混乱してきた。

 

 整理すると、ディラン看守は昔英雄とか呼ばれてて、実は看守より偉い看守長で、大罪人と言うのはよく分からないが、ここの囚人でもあるからこの街から離れられないと。……ナニコレ? 一気に属性過多になったよディラン看守。いや、看守長って呼ぶべきなのか?

 

「先に言っておくが看守長といっても名ばかりだ。実際他の看守は大半がウォールスライムだからな。ヒト種で比較的マシだった俺が選ばれたに過ぎん。今まで通りただの看守で構わんぞ」

 

 ディラン看守はこっちの顔色から察したのか、答えを先に言ってくれる。イザスタさんも看守も察しが良すぎるぞ。

 

「クフフ。当初の予定では、ここで貴方と一戦交えることになっていましたが……」

 

 そこで一度言葉を切ると、クラウンは俺とイザスタさんを憎々しげに見つめる。

 

「忌々しいことにですが、予定外にダメージを受けてしまいました。この状態では貴方の相手をするのは流石に困難。今回は顔見せのみで引き上げさせていただきますよ」

「……クラウン。私は奴を殺さねばならない。……このまま戦うことは出来ない?」

 

 エプリの方がそんな物騒なことを言いながらこちらに熱い視線を送ってくる。好意とかなら嬉しいんだが、明らかに殺意とか怒りの視線だ。……あの体勢になったのは偶然なんだけどなぁ。顔を見ちゃったのは事実だが。

 

「貴女の私情よりも計画の方が優先されますよぅ。しかしこの状況は……」

「ここまでやらかしておいてただで帰れるとでも? 二人ともここで捕らえさせてもらおうか。言い分と目的は後でたっぷりと聞いてやる」

 

 ディラン看守が一歩前に進み出る。

 

「お前が空属性の使い手だということはさっきの動きで分かった。だがお前がいかに凄腕だろうと、この魔法封じの牢獄から逃げるには僅かな溜めが必要だ。二人となれば尚更な。その隙を見逃すとでも?」

「そうでしょうねぇ。私でも瞬時に外に跳ぶのは難しい。……なら、これでどうですか?」

 

 クラウンはそう言うとフッと姿を消し、そして次に現れたのは倒れていた巨人種の男の傍だった。

 

「今更何をしようって言うの? そのゲートは自壊を始めているし、繋ぎなおすにしたってしばらくかかるハズよん」

「いえいえ。今使うのはそれじゃあありませんよう。私が用があるのは……()()()()()()()()()()()()

 

 奴はローブの中から何かを取り出した。それは遠目ではっきりは分からなかったが、見た瞬間何か良くないものだと感じる。何とも言えない気色悪さというか。

 

「っ!? あれはまさか!?」

「……なんかマズそうね」

 

 ディラン看守が何かに思い当たったかのように飛び出し、イザスタさんもそれに続く。だが、

 

「エプリ」

「……分かってる。行かせない」

 

 クラウンの合図の下、エプリが再び風を巻き起こして二人を足止めする。今度は大量の小型の風弾を乱射して数で圧倒してくるので、先ほどのようにディラン看守が殴り消すという方法が効きづらい。

 

 そしてそうこうしているうちに、クラウンが倒れている巨人種の男に取り出した何かを突き立てた。

 

「さあて、始まりますよ。クフッ。クハハハハ」

「ぐ、ぐあああぁ」

 

 クラウンが高笑いを上げると共に、男の苦悶の声が牢内に響き渡る。そして変化は突如として訪れた。

 

「あああアアアァ」

 

 一度ビクンと身体が大きく跳ねたかと思うと、男の身体がみるみると膨張していく。肌の色は赤黒く染まり、血管らしきものがドクンドクンと脈打ちながら浮き出る。ビリビリと服が身体の膨張に耐えかねてはじけ飛び、筋肉はまるで鎧のように変化する。

 

 そして男はゆっくりと立ち上がった。背丈は三メートルを超え、眼は爛々と真っ赤に輝き、額からはいかにも鋭そうな角が自身の存在を主張している。その姿はまるで、

 

「……凶魔?」

「グ、グオアアアアアアァ」

 

 その雄叫びは、これまで散々鼠凶魔達が発していたものととても良く似ていた。

 

 

 

 

 もはや物語に登場する鬼のような風貌になってしまったそれは、周囲をその瞳で睨みつける。そしてディラン看守を目に留めると、雄叫びを上げて襲い掛かってきた。

 

 筋肉が膨れ上がって丸太のようになったその剛腕を振りかざし、ディラン看守に向けて叩きつける。ディラン看守も直接受けるのはマズイと判断してバックステップ。躱されてそのまま床に直撃した一撃は放射状にひび割れを入れる。なんて馬鹿力だ。

 

「この姿。生物の人為的な凶魔化か!? まだそんなバカげたことをする奴が残っていたとはな」

 

 ディラン看守は苦虫を嚙み潰したような顔でそう言った。凶魔化って、凶魔って魔素から自然発生するんじゃなかったのか?

 

「……クラウン。これはどういう事?」

 

 どうやらエプリもこのことは知らされていなかったらしく驚いている。

 

「クフっ。アナタには言っていませんでしたねぇ。元々これも囮として使う予定だったのですよ。大丈夫。凶魔避けがある限り、私達には襲ってきませんとも。……さあて、では私はそろそろ退場するとしましょうか。次の仕事がありますのでねぇ」

 

 その言葉と共に奴の背後の空間に大きな穴が開く。どうやら鬼で気を引いている内に溜めを済ませていたらしい。

 

「待てっ!! ぐっ!?」

 

 俺は咄嗟に叫ぶがまだ身体がふらついていて上手く動かせず、イザスタさんやウォールスライムもエプリに阻まれて追いかけることが出来ない。

 

「クフフ。エプリ。後は任せます。手筈通りに」

「…………了解」

 

 どこか納得行っていなさそうなエプリを残し、クラウンはそのまま穴に向かって歩いていく。って!? アイツ仲間を置いていく気か!? 

 

「追いかけて来ても良いのですよぉ。ただしエプリは身体を張って妨害しますし、その凶魔化した巨人種を放っておいても良いのなら……ですが。クハハハハ」

「……くっ!?」

 

 ここまで音が聞こえるほどディラン看守の歯ぎしりの音が聞こえてくる。ここで無理に追いかければ、間違いなくあの鬼はここを出て暴れまわるだろう。

 

 少し見た限りだが、あれは鼠凶魔とは明らかに格が違う。外に出たら被害が出ることは確実だ。なんとしてもここで止めなくてはならない。

 

 ディラン看守もそれは分かっているのだろう。故に今はこの鬼の対処を優先し、去っていくクラウンのことを睨みつけることしか出来なかった。

 




 読んで頂きありがとうございます。

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 皆様の世界が少しでも彩り豊かになれば幸いです。


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決着は突然に

「……ひとまず、ここを何とかしないと追いかけることも出来ないわね」

 

 最初に重苦しい沈黙を破ったのはイザスタさんだった。話をしながらも、エプリと向かい合いつつ眼を逸らさない。エプリも時折こちらに鋭い視線を向けるのだが、イザスタさんを無視することも出来ずに周囲に再び竜巻を展開して機を伺っている。

 

「さっきの言い方だと、どうやら『勇者』にちょっかいを出すのが狙いみたいだし、急げばまだ間に合うかも知れないわね」

「そうだな。だが、こちらは多少時間がかかりそうだ」

 

 ディラン看守も鬼となった巨人種と戦いながら答える。こちらはやや一方的な展開になっていた。看守は鬼の攻撃を避けるばかりで、自分から一度も攻撃していないのだ。ただ鬼の方も当たらないので膠着状態になっていた。

 

 余裕はありそうだが、このままじゃクラウンに逃げられてしまう。

 

「よし。俺ももうちょいと踏ん張って……って!? おいっ!?」

 

 何とか身体を動かして援護に行こうとすると、急に何かに持ち上げられる。慌てて見ると、ウォールスライムが俺を触手を伸ばして担ぎ上げていたのだ。

 

「トキヒサちゃんは無理しないで一度下がりなさい。さっきの戦いでダメージを受けてるのは分かっているんだから、あとはお姉さん達に任せなさいって。スライムちゃん。ヨロシクね」

 

 イザスタさんの言葉にスライムは、俺を担いだまま牢の入り口近くまで下がって牢を閉める。万が一にも鬼が外に出るのを防ぐためだ。一応看守なので牢全体のこともちゃんと考えているらしい。

 

「すみませんイザスタさんっ! 少し休んで身体が回復したらすぐそっちに行きますから」

 

 情けない。こんな時にふらつくなんて。

 

 スライムは俺を下ろすと、そのまま俺を守るように前に陣取る。俺のことはいいから早く二人の掩護に行けって。こっちは大丈夫だから。

 

 

 

 

 俺が下がったのを横目で確認すると、イザスタさんはエプリに話しかける。

 

「あなた。何とか隙をついてトキヒサちゃんを狙おうとしてるでしょ? 何でそこまでこだわるの?」

 

 エプリは何も答えず構えたままだ。

 

「あらだんまり? もう少しお喋りを楽しんでも良いじゃない。あなたの顔を見ちゃったのはアタシも同じだし、看守ちゃんだってそうよん。……となるとさっきの揉み合いが原因か……それとも別の何か?」

 

 それを聞くやいなや、エプリは周囲に展開していた竜巻を一つイザスタさんに向けて放つ。危ないっ!! このままではイザスタさんも俺と同じくきりもみ大回転にっ!? ……しかし、

 

「“水壁(ウォーターウォール)”」

 

 イザスタさんは向かってくる竜巻にまるで動じず、前方に水で出来た壁を出現させてそれを防ぐ。今の魔法はさっきエプリが使ったものの水魔法版か!? 

 

「フフッ。や~っと反応した。揉み合いだけじゃなく他の何かも有るっぽいわねん! となると……まだ交渉の余地はありそうね。感情を捨てた人形でないのなら、話し合いが通用するってことだもの」

 

 ここでイザスタさんはちょっと黒い感じの笑みを浮かべる。何だろう? 今までのお気楽オーラと言うよりもいじめっ子のオーラに近いと言うか。この状態の彼女に近寄るとマズそうな雰囲気を感じる。

 

 エプリもそれを感じ取ったようで、一歩後退りをして再び竜巻を放てるよう態勢を整える。残り竜巻の数は二つ。向こうもそうほいほい竜巻を補充することは出来ないようで、二つのままでとどまっている。

 

「本来ならここからじ~っくり話し合いといきたいところだけど、今は時間がないのよねん。だから……ちょっと手荒くいくわよっ!」

 

 言い終わると同時に今度はイザスタさんの方から仕掛けた。エプリと同様に水玉を周囲に数個出現させ、それを飛ばしつつ自分も突撃をかける。

 

 エプリは竜巻一つを出して迎撃する。それも当然か。水玉は明らかに小さくて威力も弱そうだ。例えいくつも飛ばしても、竜巻一つで全て吹き飛ばされてしまうだろう。あとはやってくるイザスタさん本人にもう一つの竜巻をぶつければいい。

 

 実際エプリもそう思ったのだろう。フードの下から見える口元に、うっすらと勝利を確信した笑みが浮かんでいた。そして予想通り、水玉が竜巻に触れてパチンとシャボン玉のように全て弾け飛び、一つたりともエプリの元には届かない。

 

 そして、そのまま突撃するイザスタさんにもう一つの竜巻がカウンターで襲い掛かる。竜巻はイザスタさんを飲み込み、ゴオォと音を立てながらその勢いのままで天井に叩きつけた。

 

「イザスタさんっ!?」

 

 天井からボロボロになって落ちてくるイザスタさん。全身は風の刃で切り傷だらけになり、肌はぶつけた時の打撲であざになっている。その痛々しい姿に俺は思わず駆け寄ろうとするのだが、ウォールスライムが壁になって通してくれない。

 

「通してくれって。このままじゃマズイ」

 

 だがスライムは動かない。すでに大勢は決しているかとでもいうかのように。

 

「……“竜巻(トルネード)”」

 

 エプリはさっきのクラウンのように近づかず、再び周囲の風を集めて竜巻を作り始めた。迂闊に近づいてまた接近戦に持ち込まれるのを防ぐためだろう。

 

 そして次の竜巻が出来上がり、今にも倒れたままのイザスタさんに向けて放とうというところで、

 

「勝った……と思うでしょ。でも残念。()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そうイザスタさんが倒れたまま呟いた。

 

「何を言って……うっ!?」

 

 エプリは訝しげに言ったかと思うと、片手で顔を押さえるような仕草をする。そして一瞬こらえるも、そのままの体勢でドッと崩れ落ちた。

 

 

 

 

「なっ!? ええぇっ!?」

 

 俺はあんぐりと口を開けてそう言うしかない。何せ完全に劣勢。もうあと一撃でトドメを刺されるという崖っぷち。その状況で急にこんな結末になったのだから仕方のないことだと思う。

 

「よいしょっと。ふぅ。今のは結構痛かったわ。やっぱりこの子うちに勧誘しようかしらん」

 

 体を撫で擦りながら立ち上がるイザスタさん。その飄々とした態度にはまだまだ余裕が見られ、よく見れば身体中にあった切り傷もほとんどなくなっている。

 

 残っている傷も、もうほとんどかすり傷程度に塞がっていて動きに支障はなさそうだ。そのままエプリの所まで歩いて行って何か確認している。

 

 どうやらエプリは意識を失っているようで、イザスタさんが軽くトントンと身体を叩いても反応がない。かなり深く熟睡しているようだ。

 

「……傷が無くなってるのはもう何も聞きません。さっきも毒を受けたはずだったのにピンピンしていたし、どうせ「アタシのスキルでちょ~っと傷や毒が治りやすい体質なの」とか何とか言うんでしょうから。それについてはもう驚きませんとも。しかし、なんであの状況でこうなったのかくらいは教えてくれませんか?」

 

 まだ戦闘は終わっていないのに不謹慎かも知れないが、いくら何でもこれは訳が分からない。俺の質問にイザスタさんも苦笑する。

 

「う~ん。時間がないから手短に言うとね、アタシは水属性の一つである“眠りの霧(スリープミスト)”を使ったのよ。もちろん普通に使っても風で散らされちゃうから、ちょっと工夫してね」

 

 眠りの霧って言うと字面からしたら相手を眠らせるような感じだけど、イザスタさんが戦っている最中に使っていたのは水玉だけで……あっ!

 

 思い出すと少し違和感が有ったのだ。水玉なのだから、つまりは水の塊だ。それなのにさっき竜巻とぶつかった時、水玉はシャボン玉のように弾けた。つまりあれは、()()()()()()()()()()()()だったということか。

 

「気が付いたみたいね。あとは適当にやられた振りをして、向こうが魔法でトドメを刺そうと周囲から風を集めるのを待つだけ。さっきアタシが近づいてきたクラウンを吹き飛ばしたのを見ていただろうから、近づいて攻撃するのは避けるはずって予想できたからね。と言っても、想定より“竜巻(トルネード)”の威力が強くて受け身に失敗した時はどうしようかと思ったけど」

 

 イザスタさんは軽く舌を出して照れ臭そうに話す。なるほど。種を聞いてみれば納得できる。つまりエプリは眠りの霧を自分で自分の所に運んでしまったということか。

 

 しかしわざわざそうしなくても、普通に勝つことだってイザスタさんなら出来そうなもんだけど。

 

「さてと、看守ちゃんの手助けに行くとしましょうか。トキヒサちゃんはここでスライムちゃんとお留守番よ。流石にあんなのに殴られたら危ないから」

 

 ディラン看守を手助けに行こうとするイザスタさんに、俺は先ほど思い浮かんだ疑問をぶつける。質問が多いと言われそうだが、ここはどうしても聞いておきたかったのだ。わざわざ自分が傷つく危険を冒してまで、何故あのやり方にしたのか。

 

「何故って、ただ単に()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけど? それにとても可愛かったじゃないあの子。もうそれだけでアタシが身体を張ったやり方をする理由は十分よん」

 

 そう言ってイザスタさんはクスリと微笑んで駆け出していった。こんな事どうってことないとでもいうかのように。

 

 う~む。俺なんかよりよっぽどこっちの方が『勇者』だと思うんだが。強いしカッコイイし、なんか俺ホントに自信なくしてきた。こっそりそう思って落ち込んでいる俺なのだった。

 




 女の戦い(仮)ひとまず決着。……あくまでひとまずですが。


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閑話 助けるための戦い

 ◇◆◇◆◇◆

 

「ガアアアアァ」

 

 咆哮を上げながら襲い掛かる鬼は、ディラン看守に対してその剛腕を振り下ろす。何の技もフェイントもない力任せの一撃に対し、ディランは軽くステップを踏んでそれを避ける。もうこんなことが幾度も繰り返されていた。

 

「何処だ?」

 

 ディランは焦っていた。ただ単に倒すだけなら苦労はない。いくら力が強かろうと、こう単調なら躱すのは容易だし先読みもしやすい。

 

 身体が筋肉の鎧で覆われているとはいえ、関節や顔面など狙いどころは多々有るし、実際このクラスの相手を何度も倒したことがある。なら何故焦っているかと言えば、この鬼は()()()()()だということだ。

 

「ウガアアァ」

 

 鬼凶魔は今度は片手ではなく、両手を組み合わせてのアームハンマー。これもディランは回避するが、その衝撃は牢全体を振動させる。それにより一瞬バランスを崩しよろめく看守に、今度は平手による横からの薙ぎ払いが襲い掛かる。

 

「ぬっ!?」

 

 躱しきれないと判断したディランは、両腕を交差するクロスガードの構えを取る。そして響き渡る轟音。今の鬼の一撃は、常人なら受ければ良くて複雑骨折。場合によってはそれより無惨な結果もあり得るものだ。

 

 故に、その一撃を()()()()()()退()()()()()で受け切ったディランは、明らかに常人の域を超えていた。

 

「……でやあぁぁっ」

 

 受け止めた鬼の手を拳で払いのけ、再びバックステップで距離を取る。今の一瞬で攻撃に転じることも出来たはずなのに、ディランはそれをすることはなかった。彼はずっとあるものを探していたのだ。

 

 それは先ほどクラウンがこの男に突き立てたもの。ディランにはそれに心当たりがあった。彼が看守でありながら囚人という立場になる切っ掛けとなったもの。生物を故意に凶魔化し、兵器として運用する恐ろしき実験で使用された特殊な魔石である。

 

 魔石がいつ頃からあるのかはほとんど知られていない。一説によると、はるか昔に封印された神が遺したものだとも言われているが定かではない。ただ魔石は周囲の魔素を吸い込んで蓄積し、許容限界を超えると凶魔化するのは知られていた。

 

 そこである者はこう考えた。ならば仮に()()()()()()魔石が凶魔化した場合、その肉体に影響を与えることは出来ないか? ……結果として肉体に影響を与えるという点では成功した。実験として小型の魔物に投与した結果、その魔物は凶魔に変異したのだ。

 

 そしてその実験は続き、最終的にヒト種によるものを数度行った所で首謀者の死亡による決着を迎えた。関係者の肉体と精神に深い傷跡を残して。

 

(くっ。一体どこに有るんだ? 核となった魔石は?)

 

 彼は同じように魔石によって凶魔化した者を知っている。その時は凶魔化した直後だったことと、核となった魔石をすぐに摘出できたことによって、多少の後遺症は残ったものの人に戻すことができた。

 

 今回もおそらく同じ。凶魔化した直後であり、身体のどこかにある魔石を摘出さえできれば元に戻れる可能性は高い。今なら間に合う。……間に合うのだ。

 

 しかし、前回と今回とで決定的に違う点が一つある。核となっている魔石が視認できないという点だ。前回は魔石の一部が身体から露出していたので摘出することが出来た。しかし今回はそうではない。

 

 クラウンの仕草から胸部のどこかにある可能性は高いが、凶魔化する際に身体が膨張しているため正確な位置が把握できないのだ。

 

 当てずっぽうで攻撃して探すという手もあるが、もし魔石に傷をつければ本体に負担がかかる。元に戻れても場合によっては後遺症に苦しむことになる。これがディランが鬼への攻撃を躊躇う理由だった。

 

(……せめて少しでもコイツの動きを封じることが出来れば)

 

 直接身体を調べようにも、鬼が暴れまわるので迂闊に近寄ることが出来ない。もうこれは多少の犠牲を覚悟してでも一度無力化して調べるべきか。……いやダメだ。ディランは一瞬浮かんだ考えを振り払う。

 

 大事を取るならここで攻撃すべきだ。牢の外へ出ようものならその被害は相当なものとなりかねない。しかし凶魔化した者は多少のダメージでは止まらず、命の危機に瀕するぐらいでないと戦い続ける。

 

「ガアアアアァ」

 

 苦渋の選択を迫られるディランに、鬼は容赦することなく攻撃を仕掛ける。今度は両手による拳の連打。一撃一撃が床にヒビを入れていくが、ディランはその全てを回避して見せた。だがこのまま攻撃しなければ、いずれにせよ凶魔化が進行して元に戻れる可能性は減っていく。

 

「……やるしか、ないか」

 

 もしかすれば元に戻っても後遺症が残るかも知れない。しかしこのまま放っておくわけにもいかない。彼が覚悟を決めて、出来る限り肉体に傷の残らないように行動不能にしようと拳を構えた時だった。

 

「“水球(ウォーターボール)”」

「ウギャアアア」

 

 どこかから飛んできた水玉が鬼の顔面に直撃した。苦悶の声を上げ、顔を押さえて鬼は腕を振り回す。

 

「お待たせっ! 手助けに来たわよ……って、必要なかった?」

 

 暴れまわる鬼の横をすり抜けて、イザスタがディランの所に駆け寄ってきた。

 

「いや。正直助かる。戦力は多い方が良いからな。それにしても、ただの“水球(ウォーターボール)”にしてはやけにダメージがデカいな」

「あぁそれ。実はちょっと水質を変化させてるのよん。具体的に言うとスッゴク目に染みるものに」

「……なるほど。道理で」

 

 ディランはのたうち回る鬼の姿を見て納得する。よほど痛いのか、さっきから目を押さえっぱなしだ。この魔法封じの仕掛けの中で、水属性の初歩とは言え水質変化という高等技法をやったことに関しては何も言わない。今はこちらのことを優先したためだ。

 

「それにしても看守ちゃん。あなたならああなっちゃっても軽く倒せるんじゃない? それなのにここまで苦戦しているってことは……何か考えがあるってことかしらん?」

「ああ。身体の中の魔石さえ摘出できれば元に戻れるはずだ。ただそれの正確な位置が分からないとどうにもならない。……お前相手の身体の内部を調べる能力は持っていないか? あるいは相手の動きを封じる能力でも良い」

 

 本来なら親しい相手でもないのに能力を聞くのはややマナー違反だ。しかし今は緊急事態と割り切ってディランは質問する。どちらかでも有ればこの状況を打破できる。もしも無ければ……いよいよ後遺症を覚悟してでも力づくで抑え込むしかなくなるのだが。

 

「有るわよ。両方とも。ただし問題が二つあるんだけど」

 

 イザスタは少し困ったような顔で言った。ディランは何も言わず続きを話すように促す。まだ鬼はもがいているようだが、いつ落ち着くか分からないので急がなければならない。

 

「一つは身体の内部を調べるには対象に直接触れなければならないということ。あの大きさの相手となるとそうねぇ……短くても十秒は触れていないとダメね。もう一つはこの魔封じの仕掛けの中でアレを封じるのは数秒間くらいが限界ってこと。仕掛けを解くことって出来ないの?」

「難しいな。それは俺の管轄外だ。今から戻っても解くまでしばらくかかる。それでは間に合わない」

 

 そうこうしている内に、鬼が視界を取り戻して再び襲い掛かってきた。イザスタが水玉を飛ばして迎え撃つも、今度は鬼も学習したのか腕を目の前にかざしてガードする。ただ視界を取り戻したとは言えまだ痛みはあるらしく、時折目を擦っている。

 

「……どうあっても助けたい? あの子?」

 

 鬼に対して構えを取りながら、不意にイザスタはそうディランに訊ねた。その顔は普段の彼女とはいささか違い、真剣さを感じさせるものだ。

 

「無論だ。必ず助ける」

 

 ディランは彼女の問いかけに即答した。助けたいではない。助けるのだ。例え囚人だろうが何だろうが、もう自分の目の前で二度とあのような悲劇は繰り返すつもりはない。その決意はイザスタにも伝わっていた。

 

「…………本気みたいね。仕方ない。それじゃあお姉さんもちょっと本気出さざるを得ないかしらねぇ。……ディランちゃん。一つだけ約束してくれない?」

「……何をだ?」

 

 聞き返すディランに、イザスタはどこか凄みのある笑みを浮かべて答えた。

 

「これからアタシがやることは他言無用。この牢にいる者だけの秘密にすること。これさえ飲んでくれるのなら、この状況をなんとかできる切り札が有るわ。どう? 約束できる?」

「……約束しよう」

 

 今度は少しだけディランは考えた。だがそれも一瞬のこと。すぐに彼はその条件を受け入れた。

 

「良いわ。それじゃあ耳を貸して」

 

 イザスタはディランの耳元で、自分がこれからやろうとしていることを伝えた。それを聞くと、ディランの顔色は明らかに変わる。

 

 その表情に浮かぶのは、そんなことが可能なのかという疑念と、成功すれば相手を傷つけずに無力化できるという期待。そして、僅かばかりではあるがこれまでのことで作り上げられた彼女の人柄への信頼。

 

「ようし。それじゃあ始めるとしましょうか。これが片付いたらトキヒサちゃんとデートなんだから。お姉さん頑張っちゃうわよ」

 

 イザスタは鬼と向かい合いながらそう言った。その顔にはまるで気負った様子はなく、いつものように余裕綽々の笑みを浮かべて。

 



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金の意外な使い道

 ◆◇◆◇◆◇

 

「ただいま~」

「おかえり~ってどうしたんですかイザスタさんっ!? 今手助けに行ったと思ったらすぐ戻ってきて」

 

 牢の入口で待機しているとイザスタさんが戻ってきた。もう鬼みたいになった巨人種の人を何とかしたかと思ったが、視線を移せばディラン看守がまだ戦っている。

 

 依然として自分から攻撃を仕掛けず、精々攻撃を躱しきれない時に拳で攻撃の軌道を変えるくらいだ。あんなデカい相手の攻撃を殴って回避するディラン看守も十分凄いのだが。

 

「それが、倒さなくても凶魔になっちゃったあの子を元に戻す手段があるらしくてね。協力には少し準備が必要だから一度戻ってきたの。トキヒサちゃんはもう動ける?」

「勿論ですよ。元に戻せるっていうのは良い事です。俺は何をすれば?」

「上出来! じゃあトキヒサちゃんは、そこに倒れてるエプリちゃんを隅に運んであげて。うっかり巻き込まれたら危ないから」

 

 確かにこの状況で眠っているエプリをほっとくとマズイ。牢の外に出して逃げられでもしたらことだが、かと言ってここで鬼に踏みつけられでもしたら問題だ。

 

「分かりました。他に何か手伝えることは?」

「そうねぇ……準備に数分かかるけど、アタシとスライムちゃんはしばらく動けなくなるの。ピンチになったら守ってね! ……な~んて、看守ちゃんが頑張ってるし、そんなに心配することはないけど」

「了解。任せてください」

 

 スライムも動けないというのは気になったが、俺は急いでエプリを抱き抱えた。まだ眠りの霧が効いているらしく、身じろぎ一つせずスヤスヤ寝息を立てている。ホント眠っていれば綺麗なのにな。起きたらあんな危ない奴というのが信じられないぞ。

 

「さてと、それじゃあ始めるとしましょうか。スライムちゃんこっちに来て」

 

 運び終えるのを見て、イザスタさんは近くで待機していたスライムを呼び寄せる。そのままスライムに手を触れると、目を閉じて動きを止める。一体何をするつもりなのだろうか?

 

「…………そう。()()()()()くれるのね。……ありがとう」

 

 そう静かに言ったかと思うと、イザスタさんは目を開いて訥々と何かを唱え始めた。

 

「“()、イザスタ・フォルスの名において、ここに誓約する”」

 

 その瞬間、イザスタさんの周囲の雰囲気が一気に変わった。昔旅行先で見た、とある神様を奉っていた神殿を思い出す。厳かでどこか近寄りがたい感覚。イザスタさんの表情はとても真剣で、どこか鬼気迫るようにも神々しいようにも見える不思議なものだった。

 

「“貴方を我が眷属として迎えることを”」

 

 彼女はそこで自らの指を噛み裂いて、スライムの上に翳す。ジワリと染み出て珠になった血の雫が、一滴落ちて染み込んでいく。染み込んだ瞬間、ぶるりと大きく震えるスライム。だがそれ以上に動くこともなく、ただ次の言葉を待っている。

 

「“貴方の命は我が身のために”」

 

 二滴目。再びぽつりと命の雫が染みていく。それは先ほどと同じだが、スライムの方には明らかに変化が生じていた。少し身体が大きくなり、色も変化し始めている。これまでは壁の色に合わせた灰色に近かったのが、今では少し赤茶色が混ざっている。

 

「“貴方の力は我が意のままに”」

 

 三滴目。スライムはますます大きくなり、体中がプルプルと波打つように震えている。

 

 ……すごいなこれは。イザスタさんの血にはスライムを強化する力があるとは聞いていたけど、これじゃあ成長と言うよりも進化に近い。

 

 良く見ればイザスタさんの額から汗が噴き出している。どうやら傍から見るよりも相当の集中を必要とするようだ。頑張ってくださいイザスタさん。集中を途切れさせないように口に出さず、俺が内心そう応援していると、

 

「グオオオオォォ」

 

 牢屋の奥から物凄い咆哮が衝撃を伴って聞こえてくる。何だ今のは? ……まさかっ!?

 

 嫌な予感がして聞こえてきた方を見ると、そこでは鬼がディラン看守に強烈な打撃を加えているところだった。ついに躱しきれなくなったのか、直撃したディラン看守はそのまま反対側の壁まで飛ばされる。

 

 鬼は次にイザスタさんの方へ視線を向けて近づいてきた。見たら鬼は全身の筋肉の鎧がより膨張して禍々しくなり、先ほどよりも明らかに強そうだ。

 

 何あれ!? 時間経過で強くなるなんて聞いてないぞ。看守がぶっ飛ばされたのもおそらくこのせいだろう。紙一重で躱したつもりが、急に強くなったから予測が乱れたとかそんな感じで。

 

 一歩一歩。ゆっくりだが、鬼は一歩の幅が大きいのでこのままだとすぐ到達する。イザスタさんはというと、極度の集中の為かまるで鬼の方を見ていない。

 

「“貴方の思いは我が理の内に”」

 

 四滴目。背後に危険が迫っているというのに彼女はまるで見向きもせず、只々スライムに自らの血を注ぎ続け、スライムもまた血を受け入れ続けている。

 

「イザスタさんっ! 鬼がこっちに来てます。早く離れてください!!」

 

 強化はまた後にして、今は逃げるか迎撃しないとマズイ。呼びかけるのだがイザスタさんは動かない。気づいていないのかと思ったがそうではなく、これは単に……途中で止めることが出来ないものなのだ。

 

 さっき言っていたではないか。()()()()()()()()()()()()()()()()と。中断できるものならばもうとっくにしているはず。出来ないってことはそういうことなのだろう。

 

「待ってろっ! 今行くっ!」

 

 ディラン看守が急いで走ってくるが、このままじゃ鬼が到達する方が早い。いつものイザスタさんなら何とかなりそうだが、今襲われたら回避も出来ない。

 

 ……何をやっているんだ俺は。こんなところで。俺は頼まれたじゃないか。ピンチになったら守ってくれと。今がその時だっ!!

 

「うおおおっ」

 

 身体は動く。まだ行ける。俺は声を上げながら鬼に向かって突撃する。ちなみに物凄く怖い。当然だろ? 自分の倍くらいある相手に向かっていかなきゃいけないんだから。正直逃げたい。

 

 だけどな。今後ろにいる人を見殺しにするなんてのは、間違いなく一生後悔する。逃げなかったら死ぬかもしれない。逃げたら一生後悔。それなら話は簡単だ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 どうだ“相棒”。バカだバカだと良く言われるが、考えて見れば至極単純な答えだった。俺もそういつもバカではないんだ。……違う?

 

 鬼は俺に気づいたようで、こちらに殺意のこもった視線を向けてくる。とりあえずこちらに注意を引くことは出来たが……このところ熱い視線を受けまくっている気がする。

 

 イザスタさんのは例外として、ほとんどが殺意だの怒りだの精神的によろしくないものばっかりだ。良い意味での視線はないものかね。

 

「ゴガアアアァ」

 

 邪魔者を捻り潰そうと、鬼は腕を振るって薙ぎ払いをかけてくる。力の差は歴然。力比べをしたら間違いなくぺちゃんこにされる未来しか見えない。受け止めるのはディラン看守だから出来たのであって俺には無理だ。

 

 なら残る選択肢は一つ。躱しまくって時間を稼ぐことだ。……なんか今日は時間稼ぎばかりしている気がするな。稼ぎたいのは時間じゃなくて金だよ金。

 

 俺はスライディングで腕の下を掻い潜る。頭頂部が掠ったみたいだが何とか無事だ。将来ハゲたらお前のせいだぞっ。そのまま脇をすり抜けようとするが、そこまで上手くいかず突き出された足に引っ掛けられる。

 

 字面は可愛いが、実際は三メートル越えの巨体から繰り出される足引っ掛けである。目の前にいきなり丸太が飛び出てきたようなものだ。俺は足を強打してそのまま転がってしまう。

 

「~~っ!?」

 

 すぐ立とうとするが、足に激痛が走って動けない。見るとズボンの破れた所から血が出ている。鬼も勝利を確信したのか、俺に背を向けて再びイザスタさんの方に歩き出した。あいつめ。俺なんか眼中にないってか!! 

 

「“そして貴方の魂は、我が名と我が道と共に”」

 

 五滴目。いよいよ終わりに近づいたらしく、さっきからスライムが心臓の鼓動のように一定のリズムで脈動している。しかし、もう少しのところで鬼がイザスタさんの背後に辿り着いてしまった。

 

 看守の方を見るが追いつくまであと五メートル。短い距離だがそれが今はあまりにも長い。俺が駆け寄ろうにも足を怪我して動けない。

 

 ここまでか? いやまだだ。俺はポケットから硬貨を取り出す。銅貨。荷物を換金した時に手元に残しておいた一つだ。

 

 少しでいい。注意を引ければ看守が間に合う。鬼は獲物を叩き潰そうと腕を振り上げた。このまま振り下ろされればイザスタさんは……。そんなことさせてたまるかっ。

 

 鬼がイザスタさんに剛腕を振り下ろそうという直前、俺は硬貨を鬼目掛けて投げつけた。

 

 まだ旅は始まってもいないんだ。これからって時なんだ。俺はあの人に沢山の恩が有る。俺を幾度も助けてくれて、出所用の金まで用立ててくれた。まだ何一つ恩を返していない。だから頼む。一瞬だけでいい。その腕を止めてこっちを向けよこの野郎っ!!

 

 渾身の力と思いを乗せた銅貨は鬼に当たり……そのままカンッと軽い音を立てて真上に弾かれる。

 

 ……たったそれだけ。筋肉の鎧が硬質化してもはや金属に近い硬度となった鬼にとって、今の一撃は衝撃すら感じない程度のものだったらしい。

 

 鬼は止まることなく、高く上げた腕を振り下ろしてイザスタさんを叩き潰す………………はずだった。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「…………えっ?」

 

 ぼんっと小さいながらも炸裂した銅貨は、爆風で振り下ろそうとした腕を逆の方向に押し返す。当然関節とは逆方向であり、そのまま跳ね上がって動きが硬直する。

 

「グ、グオオアアァ?」

 

 鬼は何が起こったか分からなかったらしく、一瞬思考が停止したように呆然としていたようだった。心配するな。俺も何が何だかさっぱり分からない。なんで投げつけた硬貨が爆発? この世界の金は爆発物でも仕込んでいるのか?

 

 事態を理解しようとするその空白の時間。時間にして二秒にも満たなかっただろう。だが、鬼が再び気を取り直して腕を振り下ろそうとするまでに、

 

「今度は……間に合ったようだな」

 

 ディラン看守が鬼とイザスタさんとの間に割り込むには十分な時間だった。

 



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俺の魔法は金食い虫

 振り下ろされる拳をディラン看守が両腕を交差させて受け止める。衝撃でひび割れる床。だが、イザスタさんにその暴力は微塵も届いていない。狙った相手を潰せなかったのが不満なのか、鬼は怒り狂って再び猛撃を仕掛ける。

 

 打ち下ろし。薙ぎ払い。叩きつけ。動きは単純だが、一撃一撃は常人を叩き潰すに十分すぎる破壊力。

 

 それらをディラン看守は回避出来ない。回避しようと身体を動かせば、後ろのイザスタさんに当たるからだ。故に真正面から全て受けて立つ。

 

「うるああぁぁ」

 

 鬼に負けじとディラン看守が吠える。避けれず、反撃して傷つけることも出来ない以上、出来ることは防御のみ。その防御が受け止めるか受け流すかの違いだけ。

 

 鬼が一撃を振るう毎に、着実にディラン看守の体力は削られていく。それでも彼は反撃も回避もしなかった。鬼となったとは言え、いや……()()()()()()()()()()()、巨人種の人は被害者なのだ。

 

 ディラン看守は牢獄の囚人達にいつも誠意を持って接していた。高い金をとって要望を受け付けてはいたが、仕事ぶりはとても誠実だった。金を搾り取るだけなら効率的な手段はもっと有った筈なのにだ。

 

 これは俺の推測だけど、ディラン看守は囚人でも一個の人格として尊重しているように思う。故に対価を払えばその分の仕事をしっかりとこなすし、命の危機にはその身を賭して守るのだ。

 

 徐々に身体の傷は増えていき、ガントレットも自身の血で所々汚れていく。それでもなお、一度も諦めることも逃げることもなく看守は耐え続けた。

 

 

 そして、やっと守るべき相手のその時が訪れる。

 

 

「“我が眷属となりし者に、名を送りて契約の結びとす。貴方の名前は…………ヌーボ”」

 

 この言葉が終わるや否や、凄まじい勢いで赤みがかった飴色の影が鬼に襲い掛かる。強化が終わったウォールスライムだ。その巨体は鬼をも上回り、巨大な壁が倒れこむかのように鬼に覆い被さった。

 

 当然鬼も黙ってはいない。スライムを何とか押しのけようとするが、いかんせん半液状の相手に物理攻撃が効きづらいのは明らかだ。

 

 殴っても蹴っても堪えず、掴もうにも形を変えて手からすり抜ける。核も半液状の身体の中を自在に動き回るので攻撃が届かない。物理特化の相手からしてみれば天敵のような相性である。

 

 これでは鬼もスライムに手一杯で、他を相手取るのは無理だろう。……ほんと無理やり脱獄しようとしないで良かった。あんなのとは喧嘩したくない。

 

「いやあ何とかなるものね。上手くいってホッとしたわ」

 

 その声に鬼とスライムの戦いから目を逸らすと、汗だくのイザスタさんが歩いてきた。鬼を警戒しながら少し疲れた顔をしたディラン看守も一緒だ。俺は痛む足を引きずりながら近寄る。

 

「イザスタさん。大丈夫ですか?」

「ちょっと疲れたけど大丈夫よん。それよりトキヒサちゃんや看守ちゃんの方がボロボロじゃない」

「なはは。ドジっちゃいました。まあ足を掠めただけですから、唾でもつけとけば治りますよ。心配いりませんから」

「あらあら。それじゃあお姉さんの唾でもつけましょうか? ()()()()()()()()()

「折角ですが遠慮しときます」

 

 イザスタさんがそう言って舌をペロリと出すが、俺は紳士的かつ速やかにバッサリとお断りする。イザスタさんの唾なら本当に傷にも効果がありそうだが、何というかイケナイ感じがプンプンするのだ。下手に頼んだら色んな意味でとんでもないことになりそうな。

 

 ……何故かイザスタさんも残念そうな顔をしているが、見なかったことにしておく。

 

「まったくもう。……トキヒサちゃん。またお姉さんの言うこと聞かなかったでしょう。ここに来る前に言ったわよね? 危なくなったらすぐに逃げるようにって。アタシは万が一攻撃されても何とかなるように用意してあったけど、トキヒサちゃんも危なかったんだから。いざとなったらアタシよりも自分のことを第一に考えて。ねっ!」

 

 あの状態でもしっかり周囲のことは分かっていたらしい。イザスタさんは怒ったような、それでいてこちらを心配するような声で言った。

 

 また言いつけを破ってしまったな。俺が飛び出さなくても何とかなっていたわけだ。でも、

 

「すみません。……でもまた同じようにイザスタさんがピンチになったら、もちろんそうそうピンチになるなんて想像できませんけど、危ないって思ったらやっぱりまた同じようなことをすると思います。俺は誰かが犠牲になって助かるよりは皆で助かる方が良いと思いますから」

 

 この考え方はよく“相棒”に怒られた。俺のやり方はあくまで理想。いつか必ずどこかで失敗して辛いことになるって。それでも……やっぱり俺にはこのやり方しかできない。選べないと思う。

 

「……しょうがないわねん。分かったわ。それがトキヒサちゃんの性分なら仕方ないわ。そういうのは自分では中々変えられないもの。でも、なるべく控えるようにね。それと」

 

 イザスタさんは困ったような顔をしてそう言うと、俺の額に軽くデコピンをしてきた。

 

「二度言いつけを破った罰。これで許してあげる。性分は変えられなくてもそれくらいは受けないとね」

 

 ……ありがとうございます。俺は詫びと感謝の意味を込めて頭を下げた。

 

 

 

 

「あれなら上手くいきそうだな」

 

 数分後。ディラン看守が鬼とスライムの戦いを見ながら言う。下手にスライムの邪魔をしないよう、俺達は入口を押さえて戦いを見守っていた。鬼も体力が減ってきたようで、抵抗も少なくなってきたからもうすぐ終わるだろう。

 

 そう言えばどうやって凶魔を元に戻すのだろうか? 肝心の所をまだ聞いていなかった。手持無沙汰な今のうちに聞いてみると、

 

「ああ。……以前同じように凶魔になった者を知っていてな。それと同じなら身体の魔石を摘出すれば元に戻れる。ただ下手に傷つければ後遺症が残るからな。動きを止めて摘出しようと考えていて」

「それでアタシがスライムちゃん……今はヌーボって名前になったけど、そのヌーボを強化することで凶魔になっちゃった人を抑えつけようと思ったの」

 

 なるほど。確かにここのスライムは相手を殺さずに捕まえるよう言われているらしいし、大抵の物理攻撃は効かないから鬼を抑えるには最適だ。

 

「ヌーボが凶魔の動きを封じたら、アタシが魔石の場所を特定。そして看守ちゃんがそれを摘出すればおしまいね。これでや~っと一息つけるわ」

 

 イザスタさんは大きく息を吐いて額の汗を拭うジェスチャーをする。と言っても少し休んでいたので汗は大体引っ込んでいたのだが。

 

「それにしてもトキヒサちゃん。さっきのことなんだけど」

「さっきの? もしかして俺の投げた硬貨が爆発したことですか?」

 

 イザスタさんはその言葉に静かに頷く。あれは俺も不思議だった。もしこの世界の金が皆ああだったら、買い物に行くだけで毎日がデンジャラスだ。

 

「トキヒサちゃん。落ち着いて聞いてほしいんだけど……()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ……俺の魔法? あれが? ……いやいやちょっと待ってほしい。魔法の基本属性に投げた金が爆発するようなものは無かったはずだ。だとすると俺の魔法は……。

 

「トキヒサちゃんの魔法適性は特殊属性。その名も……金属性」

「あのぉ……一応聞きますけど(きん)属性ではなく?」

(かね)属性。言葉通りお金を媒介にして使う魔法なの。さっきのは金属性の初歩“銭投げ”。お金の額によって威力が変わる魔法で、使ったお金は消滅するわ」

 

 ……なんてこったい。俺はがっくりと膝を突く。ただでさえ目標金額が高いうえに、イザスタさんに返す分も必要。その上魔法を使う度金が無くなるとは。おまけに特殊属性だから、基本属性の魔法と両立できない。俺が火球(ファイアーボール)とか言ってカッコよく魔法を使う未来も潰えてしまった。

 

「元気出してトキヒサちゃん。ほらっ! 前にも言ったでしょ。属性にはそれぞれ個性があるって。金属性だって使いようによっては十分使えるわよ」

「イザスタさん……」

 

 俺を励ましてくれるのかイザスタさん。……そうだよな。さっきだって結構な威力だったから、上手く使えばモンスターと渡り合うことだって。

 

「ちなみに実用に足る威力となると、少なくとも銅貨数枚以上は必要だな。出費を考えると弱いモンスターでは倒しても逆に赤字だ。更に言えば能力の関係上、常に現金を所持する必要があるので荷物が多くなり、現金が無くなると魔法が使えない欠点がある。このことから不遇魔法としても有名だぞ。金属性は」

 

 イザスタさんがなんてことをって目でディラン看守を責めるが後の祭り。上がりかけていた俺の気持ちはまたぽっきりと折れてしまう。使えば使うほど赤字って、今の俺とは相性最悪な属性じゃないかっ。

 

「……まあ気を落とすなトキヒサ・サクライ。これは本来語ることのない情報なのだが、以前の検査の結果お前が加護持ちだということが判明した。元々今日遅れたのはそれも理由の一つだ」

 

 流石に悪いと思ったのか、ディラン看守も俺を励まそうとしてくれている。それにしても加護? アンリエッタの分は分からないようになっている筈だから、残るはここに来た時の召喚特典の方。

 

 ……そうだ! まだそっちがあった。属性は最悪だが、何とかこっちでフォローできるかもしれない。

 

「お前の加護はとても珍しい物でな、その名も“適性昇華”と言う」

「“適性昇華”? 聞いたことない加護ねぇ。似たもので“適性強化”なら知ってるけど。そっちも珍しいけどね」

「詳しい内容は不明だ。ただ“適性強化”とおそらく同系統の、魔法適正を向上させる加護だというのが検査した者の推測だ」

「魔法適正を向上って……ちなみに金属性持ちでその加護を持っている人はいるんですか?」

 

 俺は悪い予感がしてディラン看守に聞いてみる。頼むから間違っていてくれ~。

 

「“適性強化”の方なら昔いたな。実際試したところ、並みの使い手に比べて魔法の性能自体は格段に上がっていた。威力や射程、技の応用等もだ。ただし、消費する金額の方もそれに合わせて増えていたが」

 

 ……喜べばいいのか嘆けばいいのか。確かに魔法適性が上がるのは良いことだと思う。普通の人にはとても有用な加護なのだとも思う。しかし、しかしだ。……俺は金を貯めなきゃいけないんだよぉっ!! こんな金食い虫の属性は嫌じゃあぁぁっ!!

 

 やっぱり崩れ落ちる俺に対して、流石の二人もどうフォローしていいか分からず何も言わなかった。……今はその優しさが微妙に心に刺さる。

 

 そこに、ドスンと重量のある物が倒れる音が聞こえてくる。見ると、鬼となった巨人種の男がヌーボに四肢を拘束されて倒れこんでいた。

 

 一瞬殺してしまったのかと思い焦ったが、微かに胸が上下していることから気を失っているだけだと安心する。見事鬼を倒してみせたヌーボの姿は、どこか誇らしげにも見えた。

 




 読んで頂きありがとうございます。

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 皆様の世界がより彩り豊かになれば幸いです。


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お別れは笑顔で

「よし。今の内だ。イザスタ。頼むぞ!」

「はいは~い。それじゃあ調べるわよん」

 

 気を失っているが、念の為ヌーボが四肢を拘束したままイザスタさんは鬼に触れて目を閉じる。どうやらスライム以外でも触れた相手の事が分かるらしいけど……考えてみたらイザスタさんってチート過ぎないだろうか?

 

「…………分かったわ看守ちゃん! 右胸の上。看守ちゃんの指先から手首位の深さに何かある。だけどそこは結構ダメージがいかない?」

 

 十秒ほどしてイザスタさんがそう告げるが、考えてみれば身体の魔石を摘出するにしても、位置によっては切開しなければならない。出血なんかはどうするのだろう?

 

「問題ない。このガントレットは武具であり魔道具でもあってな、装備しているだけで簡単な光属性の魔法が使える代物だ。摘出すると同時に簡単な痛み止めと応急処置をする。あとは牢獄の外に念の為呼んだ医療部隊に任せればいい」

 

 鬼の右胸に触れて狙いを付けるディラン看守。普通の手刀で身体を貫くのは難しいが、ディラン看守なら出来そうだ。

 

「了解! 一応アタシも簡単な治癒くらいなら出来るから、出血が酷い時は任せて。トキヒサちゃんはこういうことの経験は?」

「俺っ? 俺は……ちょっとした止血くらいしか」

 

 話を振られたが、止血のやり方ぐらいは授業で習ったけどそれ以上は無理だ。こんなことなら陽菜からもっと教わればよかった。傷の縫合のやり方とか。

 

「じゃあトキヒサちゃんにはお姉さんの手が足らなくなったら手伝ってもらおうかしら。看守ちゃん。準備は良い? タイミングはそちらに合わせるわよん」

「分かった。では三つ数えたら始める」

 

 ディラン看守は呼吸を整えると、手を親指を畳んだ貫手の形にして真剣な眼差しで狙いを定める。

 

「三、二、一、はああぁっ!」

 

 カウントと同時に、看守は鬼凶魔に自らの貫手を突き立てた。意識をなくても痛みは感じるのだろう。鬼が身悶えするが、ヌーボによって拘束されているので動けない。

 

 手刀が肉を分け入り、血が噴出して返り血がディラン看守を染める。傍から見ると恐ろしい光景だ。

 

「……これだあぁっ!」

 

 ディラン看守が何かを掴みだした。さっきは遠目で分からなかったが、あれが問題の魔石らしい。

 

 大きさは鼠凶魔が小指の爪くらいのサイズだったのに対し、こちらは看守の掌に何とか収まるほど大きい。色もあちらが透明に近い白だったのに、こちらは禍々しく濁って黒ずんだ赤色。

 

 同時にディラン看守はもう片方の手を傷口に当てる。すると掌から淡く白っぽい光が溢れだした。これが光魔法か。

 

「よし。落ち着いてきたようだ。あとはこのまま元に戻るのを待てば良い」

 

 その言葉に鬼を見れば、暴れるのが収まって少し顔つきが穏やかになっている。身体を覆う筋肉の鎧も少しずつ元に戻り、これなら何とかなりそうだ。俺がそう安堵した時、

 

「……っ!? 看守ちゃんっ! 魔石を遠くへ投げ捨ててっ!!」

 

 急にイザスタさんが焦った声で叫んだ。その言葉にディラン看守が持っている魔石に目を向ける。

 

 それはドクンドクンと脈動したかと思うと、赤く強い光を周囲に放ち始めた。ディラン看守もこれは危険だと悟り、素早く魔石を牢屋の奥に投げ捨てる。

 

 魔石は壁にぶつかると、そのまま空中に浮きあがった。警戒態勢をとるディラン看守とイザスタさんの前で、尚も光り続ける魔石。そして光が急激に強くなって皆が目を庇った時にそれは起きた。

 

「……()()()()()()?」

 

 それはクラウンが作った穴とは違った。あれが穴、もしくはゲートと呼ばれる物ならば、これはヒビ、又は裂け目とでも言える代物だと直感的に感じた。同時にここに居ると危ないとも。

 

「マズイ。何かに掴まれっ!」

「ヌーボっ! お願いっ!」

 

 ディラン看守とイザスタさんの叫びはほぼ同時だった。裂け目はダイ〇ンもびっくりの凄まじい勢いで周囲の物を吸い込み始めたのだ。

 

 ディラン看守は地面に先ほどの要領で貫手を突き立てて踏ん張り、イザスタさんはヌーボが触手でキャッチ。ヌーボ自身は戻りつつある巨人種の人に絡みついて自重と合わせて耐え、俺も巨人種の人にしがみ付く。

 

 ゴウゴウと音を立てて全てを吸い込んでいく裂け目。戦闘中砕けた床の破片。凶魔の核の小さな魔石。クラウン達にやられたスライム達の肉片等。それは一切の容赦もなく、只々全てを吸い込んでいく。

 

「もう少し耐えろっ! これはおそらくクラウンの仕掛けだ。魔石を摘出するのを予想して、どこかへの転移術を仕込んでおいたらしい。だがこれだけの規模、魔石一つでそう長くは続かないっ!」

 

 ディラン看守が踏ん張りながら風に負けないよう怒鳴る。俺はそれを聞いてクラウンの悪辣さにゾッとした。これらの騒動は全て()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だからだ。

 

 本来ここにはディラン看守が一人で来る筈だった。それは今も他の看守が一人も来ていないことから予想できる。多分他の牢で鼠凶魔を抑えているのだろう。

 

 そこに俺やイザスタさんが来るのは想定外だったはずだ。奴も逃げる前に言っていたじゃないか。()()()が到着したって。最初から看守を待ち構えていたということだ。

 

 逃げたのは予想外のダメージを受けたからと言っていたけど、最初からあの鬼をけしかける予定だったとすれば辻褄が合う。囚人を助ける為、ディラン看守は魔石を摘出しにかかると分かっていたんだ。

 

 そして消耗したディラン看守が魔石を摘出した時仕込まれた魔法が発動。疲弊したディラン看守はそのままどこかへ吸い込まれるという流れだ。

 

 だが俺とイザスタさんが来たことで流れが変わった。ディラン看守も余力があるし、イザスタさんが知らせて魔石を投げ捨てたから多少距離もある。

 

 あと問題は……俺がもう保たないってことだ。

 

「ぐっ! このぉ」

 

 さっきはイザスタさんの手前掠り傷だなんて言ったが、実際はまだ足が結構痛い。今もこの吸引力の中、腕の力だけでしがみついている。腕力が上がっているから何とかなっていたが、遂に腕も痺れてきた。そして、

 

「……うわっ!?」

 

 腕がずるりと滑り、一瞬の浮遊感の後に俺は空中に投げ出された。そのまま裂け目に吸い込まれようとした時、ガシッと何か俺の腹部に巻き付いてギリギリで静止する。ヌーボが触手を俺に巻き付けていたのだ。ナイスキャッチっ!!

 

 だが身体の大部分を巨人種の人に絡みつく分とイザスタさんの固定に回しているため、こちらに多く割くことが出来ない。伸びた触手はピンと細く張り、ブチブチと何か千切れるような音も聞こえる。長くは保たなそうだ。

 

「トキヒサちゃんっ! こっちに手を伸ばしてっ!!」

 

 イザスタさんが必死に手を伸ばす。自分も飛ばされそうなのに、ヌーボが固定できるギリギリまで移動して。

 

「イザスタさんっ!!」

 

 俺も裂け目の吸引力に逆らって何とか手を伸ばす。しかし限界まで伸ばしてもまだ二メートル近くの距離が。何とかこの距離を縮めるには……くそっ! こんな状況じゃ頭が回らない。

 

 しかし運は俺達に味方をしたらしい。少しずつ裂け目の吸引力が弱まってきたのだ。視線だけ後ろに向ければ、最初に比べて裂け目が一回り小さくなったような気がする。これなら行けるか?

 

「こ、のおぉぉっ!」

 

 力を振り絞って触手を掴み、それを手繰って近づいていく。吸引力が弱くなったとは言え、ヌーボの触手もいつ千切れてもおかしくない。もう少しだけ頑張ってくれ。

 

「もう少しっ! もう少しだっ!!」

 

 ディラン看守も俺を励ましてくれる。一瞬でも力を抜けば一気に吸い込まれる極限の状況で、俺は本当に少しづつではあるけれど着実に進んでいく。あと一メートル。……八十センチ。……六十センチ。……ここならギリギリ届くっ!!

 

 俺は片手で触手を握りしめながら、もう片方の手をイザスタさんの方に伸ばす。その距離、あとほんの僅か。互いの指先が触れるか触れないかまさにギリギリ。

 

「もうちょっと。もうちょっとだけ手をっ!」

 

 互いに指先を掴もうとするも、あとほんの数センチが足りない。……仕方ない。もう少し触手を手繰り寄せて……えっ!?

 

 それを見てしまったのは全くの偶然だった。見るのがあとほんの数秒遅ければ、あるいは見ないふりでもできれば、話は大きく変わっていただろう。

 

 

 何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「……っ!?」

 

 そして最悪のタイミングでもう一つトラブルが。消える前のロウソクの火が最も燃え上がるように、裂け目も消える寸前にグンッと吸引力が増したのだ。当然エプリも一気に引き寄せられ、完全に宙に浮いて勢いよく裂け目へと引っ張られる。

 

 そのまま放っておければ良かったのだろう。元々他人だし、俺のことを殺そうとした奴だ。助ける義理なんてない。ああそうとも。助ける義理なんてまったくない。

 

 

 

 

 

 

 

「…………あぁもうっ!!」

 

 だけど、気付いたら俺はイザスタさんへ伸ばしていた手で飛んできたエプリのローブを掴んでいた。何でだろうな?

 

「目の前で困っている人を助けるのに理由なんていらない」とは陽菜の口癖だった。陽菜だったら間違いなく助けるだろう。

 

 “相棒”だったら……この状況なら「簡単だ。助けた方がメリットがあるなら助ける。それ以外なら見捨てる。当然だろ?」とか何とか言ってやっぱり助けそうだ。

 

 で、俺が何でこんなことしてるか考えるが……うん。気が付いたら動いたとしか言いようがない。強いて言えば美少女だったからだ。目の前でピンチの女性、特に美少女をほっとくなんて俺にはできない。

 

 “相棒”から常日頃バカだバカだと言われているが、これは自分でもそう思う。折角イザスタさんが手を伸ばしてくれたのに。もう少しって所まで来ていたというのに。咄嗟にエプリを掴んじゃったからな。

 

 あとは触手を掴んでいる手のみだが、エプリが加わったことで一気にブチブチという音が大きくなった。もう少しで多分千切れる。

 

「待っててっ! 今からそっちに行くからっ!!」

「待てイザスタっ! お前は動くな。俺が行く!!」

 

 必死に吸引力に耐えながら、触手を命綱代わりにして近づいてくるイザスタさん。そして、なんと床に貫手を繰り出して身体を固定しながらやってくるディラン看守。どちらも危険を冒しても俺を助けようとしてくれている。そのことがたまらなく嬉しく、そして……残念だった。

 

 

 

 

「……ディラン看守。色々骨を折ってくれてありがとうございました。あと加護の情報も」

「気にするな。それにまだ出所は終わっていない。貰った金の分の仕事はしていないぞっ!!」

 

 ディラン看守は無念そうに吠える。そういえばこの場合払った料金はどうなるのだろう? 出所はしていないが、助けてくれたのは事実だもんな。……おっと。ディラン看守には悪いが今はそれより重要なことがあった。

 

「……イザスタさん。短い時間でしたがお世話になりました」

「トキヒサちゃんっ! 諦めないでもう少し粘って!! まだ何とか……」

 

 イザスタさんは諦めていない。再びこちらに手を伸ばしているが、こっちには掴まる手がもう残っていない。

 

「一緒に『勇者』のお披露目に行くのはちょっと無理そうです。すみません。……でももう一つの方、イザスタさんの仕事を手伝うのは必ず守ります」

 

 そこでイザスタさんの目をじっと見る。何処までも俺の身を案じてくれた恩人の目だ。こうなっても諦めずに俺を助けようとしてくれている人の目だ。俺はこの目を忘れない。次に会う時まで必ず。

 

「ちょっと遅刻するかもしれないけど、必ずまた会いに行きますから。約束ですっ!!」

 

 そこで俺はとびっきりの笑顔を作って見せた。こんな状況だからうまく笑えたかは分からないが、一時とは言えお別れは笑ってするものだ。

 

「……こっちからも探すわ。それで次に会えたら……お祝いにデートしましょうね!! 約束よん!!」

 

 ブチンっ!!! その言葉を最後に、それまで辛うじて繋がっていた触手が完全にちぎれた。俺はエプリの服を掴んだまま、凄まじい裂け目に引っ張られていく。

 

 

 

 俺が裂け目に飲み込まれて意識を失う前に最後に見たのは、俺に合わせて眩しい笑顔を向けてくれるイザスタさんの姿だった。それはもう会えないという諦観の混じったものではなく、必ずまた会おうという強い意志を感じさせるものだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、俺がイザスタさんと再会するのは大分先の話。そして再会が元でまた一波乱あるのだが、それもまた大分先の話だ。

 

 

 

 アンリエッタからの課題額 一千万デン

 出所用にイザスタから借りた額 百万デン

 合計必要額 千百万デン

 

 残り期限 三百五十九日

 




 最後は少し駆け足気味になりましたが、これにて第一章牢獄篇は終了となります。ここからは少し閑話を挟んでから、時間を空けて第二章に入っていきます。

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閑話 ヌーボのお手柄

 しばらく別視点での話になります。


◇◆◇◆◇◆

 

 時久とエプリが吸い込まれた直後、生者を飲み込んで満足したかの如く、裂け目はこれまでの勢いをなくして急速に閉じていった。

 

 裂け目のあとには巨人種の男を凶魔化させた魔石が砕けて残っていた。砕けていてもうこれに人を凶魔化させる力はないだろう。残った二人は急いで裂け目の閉じた場所に駆け寄った。

 

「行き先は調べられるか?」

「やってみるわ。少し時間を頂戴」

 

 イザスタは砕けた魔石を拾い集め、そのまま目を閉じて集中する。時久にまだ正確に話していなかったが、彼女の生まれついて持っていた能力は“感応”である。

 

 対象の生物・無生物を問わず、触れた相手の思考や情報を読み取る力。鬼の身体を調べて魔石の正確な場所を探し当てたのもこの能力だ。

 

 空属性に限らず、全ての魔法は使用すると周囲の魔素に痕跡を残す。更に言えば、今回は触媒として使われた魔石が砕けたとはいえ丸々残っている。

 

 これなら空属性で飛ばした場所をある程度は絞り込めるはずだ。そのままの体勢で、イザスタは一分近く集中を続け、

 

「………………嘘でしょっ!? こんなのって……」

 

 そして、呆然とした状態で言葉を漏らした。その様子を見てディランも何やら良くない結果が出たと察する。しかし聞かねばならない。どんなに悪い知らせであっても、この牢獄をまとめる身として聞かなくてはならないのだ。

 

「イザスタ。何か分かったのか?」

「……この魔石に仕込まれていた魔法には、()()()()()()()()()()()()()

「何っ? そんなことをしたらっ!」

 

 転移系魔法を使う場合、必ず具体的な目的地をイメージする。それは最低限守るべき決まり事だ。何故なら目的地を設定せずに発動すると、使い手自身も何処へ跳ぶか不明だからだ。極論すれば、目の前に移動することもあれば遠い空の上、又は土の中に移動することもあり得る。

 

「これじゃあ何処に跳ばされたか調べようがないわ」

「……くそっ! あの野郎。最初からどこへ跳ばされようが知ったことじゃないってことか」

 

 ディランは今はいないクラウンに毒づく。自分に有利な場所に跳ばして戦うでもなく、ただここではない何処かに跳ばす。それにはただ邪魔者を排除するという悪意のみが感じられたからだ。

 

 しかし実際問題イザスタは内心困り果てていた。再会の約束を交わした以上、生きているなら必ず会いに行く。だが場所が分からなければ探しようがないのだ。流石のイザスタもそこまでの人探し能力は持っていない。持っていたら“本業”も“副業”も苦労していない。

 

 

 

 

 その後もしばらく二人は何か手は無いかと考え続けたが、実行犯は行方知れず。遺留品から情報を得ようにも、大半が吸い込まれた為ろくなものが残っておらず、無情にも時間だけが過ぎ去っていく。

 

「……ここまでだな」

 

 ディランはそう言って牢の入り口に歩き出した。

 

「何処へ行くの?」

「……さっき言っていただろう? クラウンは『勇者』のお披露目に何かする気だって。なら俺はそれを止める。まずは鼠凶魔の残党を片付ける必要があるがお前はどうする? まだ調べるなら止めはしないが、凶魔退治に手を貸してくれるなら助かる」

 

 よく聞けばディランの言葉の端々には苦々しいものが感じられる。彼も時間さえ許せばまだ時久の探索を続けたいのだ。

 

 しかし今は非常時。まだ鼠凶魔が残っている可能性や、『勇者』のお披露目をクラウンが襲撃してくる可能性もあるのだ。立場上ずっとここにいる訳にはいかない。

 

「アタシは……」

 

 イザスタは少し悩む。時久の安否が分からない以上、今は目の前のことを何とかするのが第一だ。だが何か方法があるのではないか? せめて手掛かりが有れば……。

 

「…………うんっ!?」

 

 イザスタは不意に服の裾が引っ張られるのを感じた。振り向けば今は身体を縮めて他のウォールスライムと同サイズになっているヌーボの触手である。これは大きすぎると移動に支障をきたすためだ。

 

「どうしたのヌーボ? 何か見つけたの?」

 

 ヌーボは盛んに触手を振って見せる。イザスタはその様子をじっと見ていたが、ふと思いついたことがあってヌーボに触れて意識を集中させる。もしその考えが正しければ、時久の居場所が分かるかもしれないと考えて。

 

「……やっぱり! 看守ちゃん! トキヒサちゃんは無事みたいよ!!」

 

 イザスタが牢を出ようとしていたディランに呼びかけ、ディランは出る直前で足を止めて振り向いた。

 

「トキヒサちゃんが裂け目に飲み込まれる時、ヌーボの触手を掴んでいたことを覚えてる? ヌーボったらあの時、核の一部を触手の中に移動させておいたんだって。この子ったら頭が良いんだから!」

 

 そこでイザスタはヌーボを抱き寄せて顔をスリスリする。ヌーボはされるがままで喜んでいるのか嫌がっているのかよく分からない。

 

「……それで? それがトキヒサの無事とどう関わってくるんだ?」

「コホン。つまりちぎれた触手もヌーボの一部だから、何かあったら分かるわけよん。それに互いに引かれあうから大体の場所や方角も分かるらしいわ。と言っても細かい場所までは分からないらしいけど」

 

 ディランはこれを聞いて顔をほころばせる。一歩前進だ。

 

「ねぇ看守ちゃん。一つお願いがあるんだけど、トキヒサちゃんを探すの手伝ってくれない? もちろん対価は払うから」

 

 イザスタはそう切り出した。ヌーボは大まかな場所と方角くらいしか分からない。となると実際に行ってみる必要があるのだが、まずいことに今は『勇者』の情報を集める依頼を受けている。依頼を途中で投げ出すわけにもいかず、迂闊に探しに行けないというのが辛いところだ。

 

 ディラン看守もこの王都から動くことが出来ない身だが、彼には隣国にまで及ぶ幅広い人脈がある。それを使って現地の人に協力を仰ごうと考えたのだ。

 

「……良いだろう。ただし対価に金は要らない」

「あらっ? あの金にうるさい看守ちゃんが金が要らないなんて……はっ!? まさかアタシの身体が目当てだったの?」

 

 両腕で自らを掻き抱くイザスタ。もちろん笑っているので本気ではなく冗談である。ディランは呆れたように頭に手を当てる。

 

「そうじゃない。この騒動を鎮めるのに手を貸せということだ。俺は早く戻って状況を警備に知らせなくてはならない。そこに倒れている巨人種の男も医療部隊に見せる必要がある。しかし鼠凶魔がまだ残っている可能性もあって人手はいくらあっても足りないのだ。これが対価の代わりだ」

「……良いわ。この騒動の早期解決の協力。確かに引き受けました」

 

 ディランはその答えを聞くと満足そうに頷いた。これでここは何とか収まる。あとはクラウンが何を仕掛けてくるかだ。『勇者』の安全はもちろん人々の安全も確保しなくてはならない。急がなければ。

 

「それじゃ、行くとしましょうか。依頼はきっちりこなすわよん」

「ああ。行くぞ」

 

 こうして看守と女スパイは連れだって牢を出ていった。その後ろを、気を失っている巨人種の男を元の巨体に戻ったヌーボが運んでついていく。

 

 

 

 

「そう言えば、トキヒサ・サクライはおおよそどの辺りに跳ばされたんだ?」

 

 早足で歩きながら、ディランはそうイザスタに訊ねた。おおよその場所が分かると聞いたが、どの程度まで絞れるかによって探し方も変わってくる。

 

「問題はそこなのよねぇ。あくまでおおよそだけど、ちょ~っと厄介な場所が候補に入っているのよね。それは……」

 

 ディランはその場所を聞いて、これならもっと吹っかけても良かったと酷く後悔した。

 



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閑話 ある『勇者』の事情 その一

 時久が混ざるはずだった『勇者』達の視点です。


 ◇◆◇◆◇◆

 

 どうしてこんなことになってしまったんだろう? 私、月村優衣(つきむらゆい)は耳を塞いで座り込んでいた。周囲は悲鳴が飛び交い、人々が逃げまどっている。凶魔と言われる意思持つ現象が、急に町に現れて暴れまわっているからだ。

 

「……これが『勇者』だと!? どのような者かと思えば何のこともない。ただの小娘ではないか!?」

「クフッ。見た目だけで判断してはいけませんよぅ。問題なのは宿した加護の方です」

 

 私の目の前には、その凶魔をけしかけた二人が佇んでいた。どちらも黒いローブとフードで顔はよく見えないけれど、声のトーンから男の人のようだった。一人はローブを着ていても分かる筋骨隆々な大男。もう一人も背は高いけれど、どこか粘つく嫌な感じの声の人。

 

「さあ。私達と一緒に来てもらいますよ『勇者』様。我らが悲願の成就のために」

 

 彼らは座り込んで動けない私に歩み寄ってくる。どこに連れていかれるのかは分からないけど、町の人を凶魔に襲わせるような人達なので良い結果にはならないと思う。

 

 本当にどうしてこんなことになってしまったんだろう? 私はこの()()()に来た時のことを思い出していた。

 

 

 

 

 それは十一日前、高校の図書室で本の整理をしている時だった。脚立に登って棚の上の本を並べ替えていた時、急に地震が起きたんだ。震度自体はせいぜい三か四程度。普通なら大したことはない。

 

 でも私はバランスを崩して脚立から落ちてしまった。その時に頭をぶつけてとても痛かったのを憶えている。そしてだんだん意識が遠くなって……気が付いたら私はこの世界に来ていた。

 

 城の一室。魔法陣が床いっぱいに描かれた部屋で、私は同じように召喚されてきた三人と一緒に呆然としていた。そしてあれよあれよという間に周りを城の兵士達に囲まれ、王の間まで連れていかれたんだ。

 

 豪華な装飾がされた広い部屋に、立ち並ぶ中世風の服を纏った人々。そして玉座に座る王冠を被った男の人。子供の頃に読んだ物語のような光景だと思ったのを憶えている。

 

 この城の王様、ジーグ・ホライ・ヒュムスと名乗った初老の人は、私達のことを『勇者』と呼んだ。『勇者』とは古い伝説で異世界から呼び出されて世界を救った人だと言う。そして私達はその失われた召喚法を再現して呼び出されたらしい。

 

 王様の説明によると、ここは私達から見れば異世界。世界は幾つかの国に分かれ、ここはヒト種と呼ばれる者達の国、ヒュムス国。現在世界は危機に瀕していて、凶魔と呼ばれる怪物の出現が頻繁になっている。それは邪悪な魔族達が原因ではないかとされ、『勇者』はその対抗策として召喚されたのだという。

 

 でも、私にはそんなことはどうでもよかった。いきなりこんなところに連れてこられてパニックを起こしていた私は泣きながら訴えた。戦いなんてできません。どうか元の所に返してくださいと。

 

 王様は静かに言った。『勇者』は特殊な加護を所持していて常人とは地力が違う。仮に子供が来たとしてもその時点でこちらの平均的な成人並みに強くなっている。鍛えれば更に強くなることは確実だと。

 

 そして……戻すことは出来る。ただし、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()と。

 

 召喚術で呼び出す条件として、一定以上の魔力量を持つことと、死の淵にある者という条件があるかららしい。私は否定しようとしたけれど、ここに来る直前頭を強く打っていたことを思い出す。

 

 他の人達を見ると、皆何かに気付いたような顔をしている。思い当たる節があるみたいだった。

 

 王様は話を続ける。戻っても待っているのは死だが、それを回避する方法もある。かつての『勇者』が所持していたとされる“天命の石”が有れば、戻ったあとで訪れる死を誤魔化すことが出来るという。

 

 石は長い歴史の中で現在行方知れずだが、最後に所在が確認されたのは魔族の国だったらしい。こちらは現在少しずつ情報を集めているのが、なにぶん他国なので調査が思うように進まないとのこと。

 

 最後に、「『勇者』殿達はあくまで凶魔や魔族への対抗策。それ以外の戦いに駆り出すつもりはなく、基本的には個人の意思に沿うつもりだ。最低限の戦闘訓練は受けてもらうがそれ以上の強要はしない。戦わないのであっても国賓待遇で迎え、望むなら仕事も用意する。だが出来れば一人は戦ってほしい。部屋を用意するので一晩ゆっくり話し合ってもらいたい。それと、能力測定等は今日の夜夕食後に行う」という旨の話で解散となった。

 

 その後部屋に案内された私達は自分のことを話し合い、それぞれが確かに死んだ、あるいは死ぬような目に遭ってここに来たことを確認した。私一人なら偶然ということもあり得たけれど、全員がとなるとそれは事実なのだろうと思う。

 

 次に王様の言葉がどこまで本当なのか考えてみる。このまま戻ったら死んでしまうというのは多分事実。次に本当に戻れるのかだけど、これに関しては今は確かめようがないので保留。

 

 最後に“天命の石”だけど、これには皆正直半信半疑だった。有るのかどうかも分からないし、適当に嘘をついて私達をいいようにこき使うということもできる。なのでこれはあまり期待できない。

 

 私達は話し合って、ひとまず自分達の身に付いたという能力を知ってからでも遅くはないということになった。戦うにしても戦わないにしても能力を把握してからだと。……現実逃避かもしれないけど。

 

 ……でも、私にはどんな能力だったとしても戦うという選択肢はなかった。こんなところに連れてこられて、知らないままに変な能力を身につけさせられる。自分が自分でなくなるような感覚を覚えて、私はとても怖くなったのだ。

 

 

 

 

 見たこと無いような豪華な夕食の後、能力測定のためそれぞれ血を一滴取られた。本格的なものは時間がかかるらしいけれど、簡単なものであればこの場で可能だという。それぞれの検査結果を見るたびに、検査官は驚きの声を上げた。

 

 私達は魔力というものが常人より相当高いらしい。更に加護と言われるものも一人一つ付いているようだ。これは持っている人が非常に少なくて、持っているだけでスカウトがくるレベルだという。

 

 自分が特別だと、人より優れていると言われると大なり小なり嬉しいもので、他の人達も少し浮かれていたように思う。だから翌日再度王様から聞かれた時に、私達の内二人は戦うことに意欲的だった。私ともう一人は戦わない派。だけどスタンスはそれぞれ違っていた。

 

 一人は()()()()()()()()()に必要だから戦うというスタンス。

 

 次の一人は()()()()()()()()()()に戦うというスタンス。

 

 そのまた次の一人は、()()()()()()()()()()()()()()()()()に戦わないというスタンス。

 

 そして私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()に戦わないというスタンス。

 

 これらはそれぞれの意見を話し合った時に私が感じた印象だ。あくまで印象なので、実際は違うかもしれない。

 

 王様はそれぞれの言い分を聞いた上で、私達の要望になるべく沿うようにすると約束してくれた。口約束だけど、約束をしたという事実は少なからず安心するものだと思う。

 

 二人しか戦わないけれど良いのですかという質問があがったけれど、『勇者』が居るだけで周囲に良いイメージを与えるから問題はないとのこと。最悪戦力にならなくとも、一種の広告塔みたいなことをさせるつもりなのだろう。

 

 しかし()()()()()()()()()が周囲にどこまで影響を与えるか、この時の私は深く考えていなかったのだ。

 





 今回から数話ほど優衣視点となります。もしこの面子の中に時久が居たらと想像しつつお読み頂ければ幸いです。


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閑話 ある『勇者』の事情 その二

 私達の日常は大きく変わった。いや、異世界に連れてこられた時点で変わっているのだけど。

 

 まずそれぞれ一人専属の付き人がついた。それも全員が美男美女ばかり。一度付き人さん達と顔を合わせる機会があったのだけど、全員どこのアイドルかモデルという人だった。

 

 能力も優秀で、しばらくこの世界での教師のような立場も兼任してくれるという。仕事もあるので四六時中一緒とはいかないけれど、そんな凄い人達が甲斐甲斐しく世話をしてくれるというのは申し訳なく思った。私は戦いの役には立たないというのに。

 

 私の付き人はエリックさんという端正な顔の美青年だった。二十歳くらいの魔術師然とした服装で出来る男といった感じの人だ。本来の仕事は城勤めの魔術師らしい。

 

 最初に顔を合わせた時、どうぞよろしくと笑顔で手を差し出してきたのだけれど、私は何かが引っかかって一瞬悩んだ。しかしすぐに気を取り直してこちらも握手で返す。この時の違和感は後で分かるのだが、その時の私は深く考えることはなかった。

 

 次に別々の個室が用意された。私達の中で女性は私一人だったので、個室が有るのはとてもありがたかった。他の人に終始気を使うのも使われるのも疲れるから。

 

 それぞれの部屋には付き人とは別に城仕えのメイドさん達が控えていた。こちらはエリックさんとは違い一日中交代で部屋に控えていて、何か用があればいつでも申し付けてほしいとのことだった。

 

 私が寝る時は流石に別の部屋に引っ込むらしいけど、偉くなったような待遇にどうにも落ち着かない。

 

 皆の部屋自体はそれぞれ同じ内装だったのだけど、部屋同士の距離は多少離れていた。何か話があっても少し歩かなければならない距離。そこは少し気にかかったけれど、私は自室が宛がわれたことでほっとしてしまったのだ。

 

 

 

 

 それからしばらく戦闘訓練と一般常識を勉強する毎日だった。私は戦うことは出来ないけれど、最低限の自衛の為と言われたら断りづらい。それにこの世界のことは知っておいた方が良いと思ったんだ。

 

 常識の勉強は私達全員で行うのだけど、何故か戦闘訓練は個別だという。理由として、この世界には魔法が存在するけど人によって使える魔法の属性が違う。どうやら私達の属性はほぼバラバラで、一緒に訓練するにしても多少慣れてからということらしい。

 

 城の一画にある訓練場で、私はエリックさんとマンツーマンで訓練をした。ただ一つ問題があって、以前の略式検査ではなく一日かけて細かく検査した結果、私の魔法適性は“月”属性だと判明した。

 

 これはどうやら非常に珍しい属性らしく、国中でもほとんどいないそうだ。だから同じ魔法で実演するというのが難しく、城にある古い書物を頼りに自力でやっていくしかない。

 

 エリックさんは土の適性持ちだけど、魔法を使う際のイメージについてはアドバイスを貰えた。

 

 書物によれば月属性は幻惑及び癒しを司り、時刻や月の位置、月の満ち欠けによって効果が変動するという。逆に相手を直接攻撃する能力は低いけど、戦わない私にはあまり関係のない話だった。幻惑も身を守るだけなら効果的だ。私との相性は悪くなさそうだった。

 

 一般常識の授業は連れてこられた全員が参加する。手が空いている付き人の誰かが交代で教えるのだけど内容は様々。国の歴史や人々の暮らしぶり。食事のマナーに危険な魔物の習性など、教わることは多岐に渡った。特に場合によっては戦うだろう魔族に関することは内容が濃かった。

 

 曰く、魔族は生まれついて魔法の達人が多く、一人でヒト種の兵士数名分の戦力になる。故に戦いになったら女子供でも容赦してはいけない。

 

 曰く昔はヒュムス国への侵略戦争を頻繁に行っていたが、ここ数十年は停戦状態。最低限の交渉は可能なものの、いつまた攻めてくるか分からない状態だ。そのために『勇者』は抑止力としてあってほしい。といったことだ。

 

 平和な日本で育った私には戦争や侵略と言われても実感がわかない。しかし、そんな恐ろしい相手とは戦わずに済ませられないかと考えてしまう。

 

 こうして数日過ごす内、ふと皆で会う頻度が減っているのに気が付いた。顔を合わせるのは合同の一般常識の授業ぐらい。食事は各自で食べることが増えてきたし、授業の復習も大抵は部屋でやる。微妙に部屋同士が離れているので別の部屋に行くことも少ない。

 

 しかし別に問題はないのかもしれない。魔法の訓練もエリックさんと一緒に順調に進んでいる。初歩の幻惑や癒しの魔法は使えるようになり、筋が良いと笑顔で褒められた。時間帯による魔法の効力の変動についても試している。

 

 このままならもうすぐ自分の身を守れるだけの力は付くだろう。そうしたら……どうしようか? 望むなら仕事も与えると王様は言ってくれたので、何か適当な仕事でも貰いに行こうか。

 

 ……だけどエリックさんにはお世話になったし、このまま離れるのも恩知らずという感じもする。だけど初歩の魔法が使えるようになっただけで私に戦いは無理だ。魔族への抑止力にはなれそうにもない。悶々と考えるけど、内容はまとまらず頭の中でぐるぐると回るだけ。

 

 

 

 

 ある時突然一緒にこの世界に来た人の一人が訪ねてきた。藤野明《ふじのあきら》という名前で、私より一つ年下の十七歳。少し茶髪の混じった黒髪で、身体はやや線が細いけれど、無駄な贅肉がほとんどなく引き締まっている。

 

 付き人さん達に負けず劣らずの美少年で、どこか中性的で不思議な感じのする子だった。更に付け加えると、ここでのスタンスで()()()()()()()()()()()()()という考えだった。

 

 明(初対面の時に自分を呼ぶ時は名前にくんもさんも要らないと言われたので呼び捨て)は部屋に入ると部屋にいたメイドさんに用事を言いつけて退席させる。二人だけで話したいことが有るみたいだった。

 

 明はこう切り出した。()()()()()()()()()()()()と。

 

 話を聞いてみると、明は趣味でよくネット小説の異世界物を読むのだけど、よく題材にされるのが偉い人の話だけを鵜呑みにしたりちやほやされたりして最後は惨めに破滅する勇者の話だという。

 

 明はこの世界に来た当初物語の世界みたいだと浮かれていたのだけど、だんだん周りが本当にその小説のようになっていると感じてきたらしい。

 

 突如として特権階級のような立場になり、皆が自分達をちやほやするあまりに都合の良い環境。このまま流されてはとてもマズイ予感がする。だから自分でも色々と探っているという。無論自分の付き人には内緒で、表向きは城内の探検と言っているらしい。

 

「ボクは元の世界に戻るつもりはないけど、優衣さんは戻るつもりなんでしょう? それならもう一度考えてみてほしい。自分はこれからどうするか? ただ周囲に流されるんじゃなく、自分の意思で決めなくちゃいけない。……()()()()()()()()()()()

 

 明がそう言ったところでメイドさんが用事を済ませて戻ってきた。途端に明は何でもない話に話題を変えて場を和ませる。今まで深刻な話をしていたとは思えない変わり身の早さに内心驚く。そのまま茶飲み話をしばらくした後、明は自室に戻っていった。

 

 私はこれからどうするべきか? やはり私も戦うことを選べば良いのだろうか? だけど明の言っていたことはそんな単純なことではないような気もする。では戦わないなら何をすれば良いのだろう? 

 

 一晩中考えても答えは見つからない。だけど、時間は刻々と流れていく。下手の考え休むに似たりと言うけど、私はまさにそんな感じなのだろう。

 

 気付けばもうすっかり朝になっていた。結局答えは出なかったけれど、この日から少しだけこれからのことを考えていくようになった。

 

 

 

 

 その日の夜。私達は王の間に再び集められた。何故かそこには人がほとんど居ず、王様と僅かな貴族と兵士だけ。そこで告げられたのは、五日後に『勇者』を大々的に国中に知らしめるお披露目をするということだった。

 

 このことを知っているのはここにいる者達だけ、それ以外の城の者や国民にはお披露目の前日に知らせるという。そして私達には全員参加してもらうとのこと。お披露目自体は仕方ないと思う。だけどそれを肝心の国民に前日まで知らせないとはどういうことだろうか?

 

 王様はさらに続けた。曰く『勇者』は戦わずとも象徴として必要であり、お披露目はこの者達が『勇者』だと国民及び周辺国に知らしめる意味もあるという。

 

 また国民に前日まで知らせないのは、元々『勇者』のことは自衛が出来る強さになるまで出来る限り伏せておく予定だったためと、その頃には()()()()()()が整っているからだという。

 

 完全には納得できない理由だったけれどひとまずは頷いておく。だけど、『勇者』というのは周辺国からも注目されるくらいに重要なものなのだろうか?

 

 周辺国にはもう既に情報を掴んで密偵を送り込んでいる所もある。なのでこれからはなるべく付き人と離れずに行動してほしいという言葉を最後に、私達は王の間を退室した。もちろん付き人の人達も一緒だ。早速ということらしい。

 

 

 

 

 私達が自室に戻る途中、何故か通路が慌ただしかった。兵士の人達がばたばたと通路を走っていくのだ。明が何があったのかと尋ねると、私達が召喚された部屋に侵入者がいたという。

 

 あそこの扉には特殊な仕掛けがしてあって、扉を許可なく開閉すると連絡がいくようになっているらしい。さっそく王様の言っていた他の国のスパイだろうか? こんなに早く来るなんて……なんだか怖くなってしまう。

 

 その後遠目にその侵入者が牢に移送される所を見たのだけど、はっきりとは分からないけどどうやら小柄な少年のようだった。抵抗もしないで連れていかれる様子を見るとあれがスパイだなんて思えないのだけど。異世界はスパイが人材不足なのだろうか?

 

 

 

 

 そして五日後。遂にお披露目の日がやってきた。

 



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閑話 ある『勇者』の事情 その三

 お披露目の日までの間。召喚された人達にそれぞれ変化があった。

 

 まず私と同じ戦わないスタンスだった高城康治(たかじょうこうじ)さん。元は会社勤めの中間管理職だったらしく、ここを現実として受け入れることが出来ずにほとんどの時間自室に閉じこもっていた。

 

 しかし最近、どうやらここを自分に都合の良い夢だと認識したらしい。戦うことに積極的になった。自分の適性で土属性と水属性の腕前も上がり、今では自身の付き人さんと同じくらいにまでなっている。

 

 ただ最近『勇者』という特権を使ってやりたい放題をしている節がある。当然のように人を使うようになったし、噂だと毎晩自室に女性を連れ込んでいるとか。夢の中なのだから何をしても良いという考えなのかもしれない。

 

 次に元の世界に帰るために戦うというスタンスだった黒山哲也(くろやまてつや)さん。前はバイク便をしていたらしいけど、言葉の端々から昔ちょっとヤンチャしていたというイメージがある。今は気の良いお兄さんという感じだ。

 

 この人はスタンスは変わらないけれど、最近積極的に色んな人と手合わせをしている。強くなること自体が楽しくなってきたらしい。私は戦いには向かないので断っているのだけど、高城さんや明はよく捕まっている。ちなみにこちらは風と火の適性があるという。

 

 そして明は実力では私達の中で群を抜いていた。魔法適性もなんと土水火風光の五つと破格で、一対一だと誰も敵わない。最近は付き人さんが二、三人がかりで互角という強さになっていた。少し気になって元の世界ではどんな人だったのかを尋ねたら、困った顔をするばかりで話してくれなかった。

 

 一つだけ分かったのは、明は自宅でネットゲーム中に召喚されたということ。趣味がネット小説といいネットゲームといい、実はインドア派なのかもしれない。

 

 最後に私だけど……結局まだこの先どうするか分からない。他の人達とも話をするのだけど、全員戦うことに意欲的なので参考にならなかった。明はまだあちこち探っているようだけど、王様が話した以上のことはセキュリティが厳しくてなかなか調べられないという。

 

 

 

 

 ただ、お披露目の二日前。自分の魔法について資料を探した帰りのこと。偶々いつもとは違う道を通った時、偶然私は途中の一室で付き人さん達の会話を聞いてしまったのだ。

 

 それによると、付き人さん達は私達に上手く取り入るよう言われているらしい。一番上手くいっているのが高城さんで、これなら少しおだてれば何でもするようになるなんて言って笑っていた。

 

 対して上手くいっていないのは明と黒山さんで、こちらはあまり効き目がないから別の手を考えるとか。

 

 そして……私の話題になった。能力は他の人に比べて低く、戦う意思もない。魔法は珍しいものだけど、直接的な戦いには向かず支援特化。これじゃあ取り入る意味もない。私の担当はハズレだ。今からでも他の誰かに代わってもらいたい。

 

 

 そう言っていたのは…………エリックさんだった。

 

 

 私はすぐに部屋に戻りベッドに潜り込んだ。メイドさん達は体調が悪いといって全員追い払い、灯りも消して真っ暗にする。今はとにかく一人になりたかった。

 

 思えば最初からおかしかったのだ。エリックさんに会った時に感じた違和感。それは、あの人は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。最初に手を差し出した時も、訓練の時に褒めてくれた時も、全てが作り笑いだった。なのに私は気付かなかった。いや、気付いていたけれど見ようとはしなかったのだ。

 

 目から涙が零れていた。裏切られたというのとは少し違う。最初から向こうはこちらを利用しているだけで、信用していたのは私だけ。私が勝手に信じて、頼って、裏切られたと感じているだけ。

 

 どうしてあんな話を聞いてしまったんだろう? 聞いてしまったら、もう聞かなかった時みたいにはいかないのに。明日から顔を合わせたらどうすれば良いのだろう? 分からない。……分からないよ。私はそのまま泣き疲れていつの間にか眠りについた。

 

 

 

 

 翌日、身体の調子が悪いと言って訓練を欠席した。どちらかと言えば悪いのは身体よりも別の何かだと思うけど、今はエリックさんとは顔を合わせたくないのだ。

 

 その日は一日部屋に籠っていたのだけど、お見舞いに来たのは明と黒山さんの二人だけだった。私は二人に自分の聞いたことを洗いざらい話した。

 

 二人はあまり驚かなかった。どうやらこんな事じゃないかと既に察していたらしい。明は自分が読んだネット小説の内容から。黒山さんは驚いたことに自分の加護から。

 

 黒山さんの加護は“心音”と言って、心拍から自分への害意や悪意を察知することが出来るという。ウソ発見器みたいなもんだと言っていたけど、それよりもっと凄いものだと思う。

 

 私の加護は“増幅”。何かの規模や威力を大きくするもののようだけど、使い方が分からない役立たずの加護だ。明と高城さんの加護は不明。こういうのはむやみに教えてはいけないらしい。

 

 明はこれからどうするか再び聞いてきた。相手がこちらを利用しようとしているのは分かった。それでも今なら生活の保障はしてくれる。戦わなくても他の『勇者』の不興を買わないために不当な扱いはしないだろう。次のお披露目に参加すればひとまずの義理も立つ。その後は自分で決めなくちゃいけないけれどと。

 

 黒山さんも無理に戦わなくていいと言ってくれた。戦うのが怖いのは当たり前だ。俺の場合はそれでも帰りたいから戦うことを選んだけど、月村ちゃんはそうじゃねえだろ? 帰りたいけど怖いから戦えないだろ? じゃあ仕方ねえよ。戦えない奴を無理に戦わせてもロクなことにならないからなと。

 

 優しさと厳しさを併せ持った言葉を掛けてくれる二人に、私はまた涙が溢れそうになった。最近泣き虫になった気がする。そう。もうすぐ訓練も終わる。終わったらいよいよこれからのことを決めなくてはならない。だけどまずは明日のお披露目のことだ。

 

 

 

 

 お披露目当日。内容は簡単に言うと町中の決められた場所をパレードするというもので、昼過ぎに城を出発して二時間かけてまた城に戻るという地味に大変な仕事だった。

 

 歩かなくても良いように馬が引っ張るオープンカーのような乗り物まで用意されていて、幸い気温はあまり高くないので日射病になる危険は少なそうだった。

 

 一つ気になったのは、召喚された人が一か所に集まって一緒に行くのではなく、ある程度の間隔を空けてパレードするという点。その間隔がかなり広い。もちろんそこに護衛やら何やらが入るわけだけど、それにしたって広すぎる気がする。

 

 それとエリックさんとはまだ顔が合わせづらい。彼は時折話しかけてくるのだけど、また作り笑いを浮かべているんじゃないかと思うと顔を合わせられないのだ。

 

 これまでは話しかけられたら嬉しかったのに、今は何というか……心が少しささくれているというか。かと言って返事をしないわけにもいかず、少しぎこちない感じになってしまっている。

 

 いよいよ出発の時。順番は明・黒山さん・高城さん・私の順だ。用意された服を着て、それぞれが城の入口に待機する。

 

 イメージで言うと、明はまるでおとぎ話の王子様が着るような豪華な服装。黒山さんは格好の良い騎士。高城さんは身分の高い貴族といった感じだ。

 

 かくいう私はいかにも魔法使いという薄紫のローブに杖。ただし質はとても良いらしく、身体のあちこちに付けた髪留めやブローチ等のアクセサリーがちょっとオシャレだ

 

 そうしてお披露目は始まった。私達の通る道の脇には、群衆が私達を一目見ようと集まっている。ある人は手製の旗を振り、ある人はこちらを見て歓声を上げる。その熱狂ぶりはオリンピック選手の凱旋パレードのようなありさまだった。

 

 私達も歓声に応えて手を大きく振る。それだけのことだけど、それをあと二時間もしなければいけないかと思うと気が重くなる。それがおよそ一時間ほど続き、パレードはいよいよ折り返し地点に差し掛かった頃だった。

 

 

 

 

 突如として謎の黒フード達が襲撃してきたのだ。どこからと聞かれても、突如空中から現れたとしか言えない。それが急に前の高城さんのグループと私の間に割り込むように出現した。

 

 あまりに突然だったので、最初は演出か何かだろうかと思ってしまったほど。違うと気付いたのは、彼らの後ろの空間に大きな穴が出現し、凶魔が大量に出現して集まっていた群衆に襲い掛かったのを目の当たりにしたからだ。

 

 合同授業の時に勉強した凶魔。だけど話を聞くのと見るのでは大違いだった。意思持つ現象。姿も千差万別で、鼠や兎、蛇と言った動物型の姿もあれば、ドロドロしたよく分からない姿のものもいた。共通しているのは、どれも攻撃的で狂暴であるということ。

 

 凶魔達は見える限りで少なくとも五十体以上。前のグループとは空間に開いた穴で分断され、先に進んでいる明達の方からも悲鳴や何かと戦う音が聞こえるから、向こうも襲われているらしい。周りでは護衛の人が必死になって戦っているけれど、あまりの数の多さに旗色はかなり悪い。

 

 上がる血飛沫。傷を負って倒れていく人々。凶魔達の咆哮。ただ状況に流されるままで、自分の意思ではほとんど何もしていない。そんな私がこの状況で平静を保っていられる訳はなかった。私はそのまま耳を塞いで座り込んでしまう。そこへ二人の黒フードの男が歩み寄ってきて、そして現在に至る。

 

 

 

 

「さあ。私達と一緒に来てもらいますよ『勇者』様。我らが悲願の成就のために」

 

 嫌な感じのする喋り方の黒フードの男がこちらに手を伸ばす。私は怯えてしまって動くことも出来なかった。だけど、

 

「『勇者』様から離れろっ! “土壁(アースウォール)”」

 

 誰かの声が聞こえたかと思うと、黒フードの足元から土がせりあがって二メートル近くの壁になって男の視界を目隠しする。この魔法は!?

 

「大丈夫でしたか? 『勇者』様」

「エリックさんっ!?」

 

 エリックさんは護衛の人達と一緒に居たのだが、凶魔が現れたことで戦いになっていたはず。急いで倒して駆けつけて来てくれたのだろうか?

 

「もう心配いりません。今は一刻も早く安全な場所へ。さあ。こちらに」

 

 エリックさんはそのままこちらに手を差し出してくる。……何かがおかしい。私はさっきまで凶魔が湧き出ていた穴を見た。すると、

 

「えっ!? あれは?」

 

 穴があった場所は、大きな土の壁で仕切られていた。凶魔と戦っていたであろう護衛の人達もまとめて向こう側に。

 

「これで凶魔達はこちら側に来ることは出来ません。あとはあなたをお連れするだけ」

「でもっ!? あれじゃあ護衛の人達もっ!!」

「はい。()()()()()()()()()()()()()

 

 エリックさんはそこでニッコリと笑う。……違うっ!? この人はエリックさんじゃない! 私は座り込んだまま後ろに後退った。

 

「……どうしたのですか? そんな怖い顔をして」

「……あなたは誰ですか?」

「誰って、エリックですよ。『勇者』様の付き人の」

「違います。エリックさんはいつも作り笑いしかしません。でもあなたの笑顔は……自然なものでした。護衛の人がこのままだと死んでしまうかもしれないというのに」

 

 その言葉を聞くとエリックさん、いや、()()()()()()()()()()()()()は一度動きを止めた。

 

「……いやはや。彼が作り笑いしかしないとは情報不足でした。次に化ける時は気を付けますよ」

 

 そう言うと彼は自分の顔をつるりと撫でた。するとまるでマスクを取ったかのように顔が変わる。エリックさんの顔から知らない顔に。年齢は三十くらいだろうか? 肩まで伸びた白髪に、整っているがどこか冷酷さを憶える顔。その血のように赤い瞳はじっとこちらを見つめている。

 

「誰なんですか? あなたは?」

「自己紹介が遅れましたね。本名は名乗れませんが、通り名をベイン。無貌のベインと申します。今はしがない雇われ盗賊をおりますが、今回の私の仕事は『勇者』と呼ばれる方を依頼人の所へお届けすること。流石の私も()()()()()()()というのは初めてですよ。……さて、では改めまして」

 

 そこでベインと名乗った人は丁寧に一礼をした。

 

「『勇者』様。この盗賊めに盗まれてやってはいただけませんか?」

 

 何処かの大泥棒が言いそうなセリフだけど、私はロマンチックな状況にはなれそうになかった。

 




 読んで頂きありがとうございます。

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 皆様の世界がより彩り豊かになれば幸いです。


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閑話 ある『勇者』の事情 その四

 勇者視点はこれで終了です。


「待って!? あなたはさっき襲ってきた人達の仲間なの? それにエリックさんは一体?」

「……あの者達が誰かは知りません。私と同じく『勇者』様を狙っていたようなので、私はこの騒ぎに便乗しただけ。本来でしたらもうしばらく潜入を続けるつもりでしたがね。護衛の居ない今なら多少の無理も必要でしょう。それとさっきの顔の持ち主ですが、殺してしまっても良かったのですがねね、今はまだ生きてますよ。一応……ね」」

 

 エリックさんが殺されていないと聞いて少しほっとする。利用されてはいたけど、それでも知っている人が死ぬのは嫌だったのだ。しかしこの人の言葉が本当なら、少なくとも私達を狙う勢力が二つもあることになる。どうして? 私達は何もしていないのに!?

 

「どうして狙われるのか分からないという顔ですね。答えは簡単。あなたが『勇者』、強大な力を持っている、或いは()()()()()()からですよ」

「私には戦う力なんて」

「本人がそう言っても周囲はそうは思わないでしょうね。それが嫌なら私と共に行きましょう。……まあ返事は実のところ要らないのですが。無理やりにでも連れていきますので」

 

 私が動かないのに業を煮やしたのか、ベインは勝手に手を取って引っ張ろうとする。そこに、

 

「っ!?」

 

 今度は短剣がどこからかベイン目掛けて飛来し、それをベインはギリギリで気付き身を逸らせて回避すると、そのまま私を背にして短剣の飛んできた方を睨みつける。一見すると私を守っているようだけど、これは単に獲物を渡さないという行動に過ぎないのだろう。

 

「やぁれやれ。今回の任務は本当に邪魔ばかり入ります。牢獄でのダメージが無ければとっくに片が付いていたというのに。全く忌々しい」

「な~に良いではないか。何せ此度の任務の()()はもう達成済み。あとは『勇者』を攫うだけという簡単なものよ。それなら邪魔の一つも入らんとつまらん」

 

 壁を大きく迂回してきたのだろう。そこに歩いてきたのは黒フードの男二人だった。大男の方は指の骨をぼきぼきと鳴らしながら。もう一人の方はその手に短剣を弄びながら。

 

 ベインは小型の杖を取り出して構える。長さ三十センチ程の短い木の杖で、武器としてではなく魔法の補助のための物だ。ベインはさっきエリックさんの姿で土属性の“土壁”を使っていた。つまりベインの魔法も土属性。

 

 対して黒フード達の属性は分からない。あの空中に穴が開いた様子から考えると、片方は特殊属性の空属性の可能性があるけど。

 

 それぞれは互いに睨み合って動かない。数は黒フード達の方が多いけど、私が狙いなら近くに陣取っているベインの方が距離的に有利だ。周りは悲鳴や何かがぶつかり合うような音で溢れているというのに、この一帯はとても静かだった。

 

「……ふっ!」

 

 先に動いたのは黒フードの側だった。大男が巨体を揺らしながらベインに突進していく。一足地面に踏み込むごとにドシッ! ドシッ! と聞こえてきそうな力強い脚力。大型の重機のような勢いでベインに襲い掛かる。

 

「“土人形(アースゴーレム)”」

 

 対するベインは土属性のゴーレムを作る魔法で応戦。地面からせりだしてきた土塊が、およそ二メートルくらいの無骨な二体の人型となって大男の前に立ちはだかる。

 

 この魔法は使い手によって扱えるゴーレムの強さや大きさが決まる。普通はこの大きさのゴーレムは一体が限度なのだけど、どうやらベインはかなりの土属性の使い手らしい。

 

「ゴーレム。奴らを倒せ」

「はっはっはっ。面白い!」

 

 大男はゴーレムを見るや、笑い声をあげながらゴーレムの一体に掴みかかった。そのまま互いにギリギリと音を立てて組み合う。体格はゴーレムの方がやや上。ゴーレムを倒すなら遠距離魔法か術者を狙うのがセオリーだけど、

 

「はっは~。ぬるい。ぬるいぞっ! こんなものかっ!!」

 

 なんと大男は、容易くそのゴーレムの手を握りつぶした。そのままの勢いで強烈な頭突きをゴーレムに叩き込む。陥没するゴーレムの頭部。

 

 グラリと傾いたゴーレムに、更に膝蹴りで追撃をかける。それが胸部に突き刺さり、そのゴーレムは完全に沈黙した。ゴーレムはある程度の損傷を受けると自動で土塊に戻る。

 

 そこにもう一体のゴーレムが大男に殴りかかった。その拳は顔面を狙っていたけれど、拳が当たる直前に同じく拳で受け止められる。同じ拳同士なのに、ゴーレムの方の拳に今の一撃で軽いヒビが入るのが見えた。

 

「あちらにばかりかまけていて良いのですかぁ?」

 

 そんな声が聞こえるや否や、ベインの真上からもう一人の黒フードの男が出現した。こちらが空属性の使い手らしい。

 

 ベインは素早く反応して前に転がるように回避。今までいた所に男の短剣が突き刺さり、そのまま二人で短剣と土魔法の応酬が始まる。飛び交う短剣と土魔法。その奥では大男とゴーレムの力比べ。私は壁際にうずくまって只々震えていた。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 『勇者』とは勇気ある者と書く。私には勇気なんてなく、今もこうやって震えていることしか出来ない。物語に出てくる『勇者』であれば、この悪逆を見逃すことなんてしないのだろう。でも周りがこんなことになっているのに、怖くて動くことができないのだ。

 

「うわあぁぁん。おかあさん。おかあさぁぁんっ!」

 

 突如聞こえてきた泣き声。震えていた私は思わずその泣き声の方を見る。すると、一人の小さな女の子がこの喧騒の中を一人でとぼとぼ歩いていたのだ。周りに親御さんは見当たらない。はぐれてしまったのかもしれない。

 

 こちらへ来ちゃダメっ! 早く離れてっ! 下手に声に出して注意を引いたらこの戦いに巻き込まれてしまう。そう思って心の中だけで必死に叫ぶのだけど、女の子は私を目に留めるとこちらへ泣きながら歩いてくる。

 

 心細さから近くに人を見つけたら近づいてしまうのは理解できた。だけど、今この状況で言えばそれは最悪のタイミングだった。

 

「“土弾(アースショット)”」

 

 戦闘中ベインが牽制の為に放った土属性の初歩魔法。威力もちょっとしたモンスターを倒せる程度で、熟練の騎士や魔法使いにとっては牽制にしかならない。実際回避されるか防御されることが前提の魔法だったのだろう。簡単に黒フードの男に回避されても気にも留めなかった。

 

 もちろん私には当たらない程度の計算はしている。しかし問題は、その気にも留めていない流れ弾が女の子の方に向かっていたことだ。

 

 その時、周囲の動きがとてもゆっくりに感じられた。心臓の鼓動がうるさいほどに大きくなり、飛んでくる“土弾”の動きまではっきり分かる。このまま行けば女の子に直撃するのは明らかだった。

 

 何の防御もしていない状態で“土弾”を受ければ良くても大怪我。悪ければ……。そう思った時、私の身体は勝手に動いていた。

 

 まだ恐怖が収まったわけじゃない。足はガタガタ震え、心臓はバクバクと爆発しそうなほどに音を立てている。息は乱れ、頭が真っ白になる。怖くて怖くてたまらない。

 

 どうせ知らない子じゃないか。傷ついても私に何の問題がある? このままここに居れば良い。このままじっとしていれば、いつも通りその内誰かが助けてくれる。それまで待っていれば良い。

 

 

 でもっ! それじゃダメなんだっ!!

 

 

「伏せてっ!」

 

 私の言葉に女の子はビクッとして、だけど言う通りに身体を伏せる。私は咄嗟に庇うように飛び出した。

 

「“月光幕(ムーンライトカーテン)”」

 

 ギリギリで直撃コースに割り込み、月属性の防御魔法を発動。白く輝く幕にして膜が私と女の子を包み込む。

 

 本来は纏った対象の姿を見づらくしたり誤認させるための魔法だけど、対象の防御力を上げる効果もある。今は月が出ていないからそこまでの効果は見込めないけれど、それでも少しはダメージを減らせるかもしれない。

 

 迫りくる土弾(アースショット)。当たったらとても痛いと思う。いくら防御しているとはいえ、ダメージが減るだけで痛みがないわけじゃない。私はなるべく身体を縮めて当たる面積を少しでも減らす。

 

 正直に言って今からでも逃げ出したい。後ろにいる女の子を見捨てて走り出したい。でもここで明が言っていた言葉を思い出す。『自分はこれからどうするか? ただ流されるんじゃなくて、自分の意思で決めなくちゃいけない。…………後悔しないですむように』という言葉を。

 

 ここで逃げたら私は一生後悔する。ただ流されて『勇者』と呼ばれた私だけど。自分が戦うのが怖いから他の人に戦いを押し付けたような私だけど。

 

「私は『勇者』なんかじゃないけれど、怖いけど……そんなこと関係ないっ!!」

 

 恐怖を振り払うように叫ぶ。私が目的なら、この一撃さえ耐えればこの子を逃がせるかもしれない。後悔しないように自分で決める。そして目の前に土弾(アースショット)が迫り私に直撃する瞬間、私は歯を食いしばって痛みに備えた。そこに、

 

 

 ヒューーーン…………ズドオォォン。

 

 

 突如影が差したかと思うと、私の目の前に風切り音と共に何かが突き立った。土弾(アースショット)はその衝撃で霧散するが、どういう理由か私と女の子にはほとんど衝撃がきていない。いくら月光幕があるにしても、至近距離ならこちらに被害が有るハズなのに。

 

「一体何が……えっ!?」

 

 それは一本の槍だった。長さが二メートルくらいある長槍で、穂先の下部に左右に刃が突き出したいわゆる十文字槍。縦横の刃の交わる箇所に赤い宝石が埋め込まれており、柄は金属の光沢があるけれど何の金属かまでは分からない。

 

 今まで戦っていたベインと黒フード達も、一旦戦闘を止めてこちらの様子を伺う。槍が急にどこからともなく降ってくれば、驚くのは当然だ。

 

 そこに、私と女の子の背後から小さいけれど確かに響く足音が聞こえてきた。

 

「あちゃぁ。やっぱりしばらく看守ちゃんに預けっぱなしで使ってなかったから鈍っちゃったかしらねぇ? 今のは土弾(アースショット)に当てるつもりだったんだけど、衝撃で吹き飛ばしちゃったわん」

「何者ですかっ!?」

 

 やってきた人物に対して、黒フードの男が鋭く問いかける。それはそうだろう。いきなりやってきて、こんなことを宣う人だ。怪しすぎる。

 

「何者ってつれないわねぇ。ついさっき会ったばかりじゃないの。あなたが一方的に逃げちゃったから追ってきただけよん」

 

 現れたのは不思議な女性だった。モデルみたいな長身のすごい美人で、ラフなシャツとズボンの上から薄手のコートを羽織り、青と白を基調とした動きやすそうな服装をしている。胸元に下げている赤い砂時計のネックレスだけが暖色系でやけに際立っていた。

 

 この人がさっきの凄まじい勢いで槍を飛ばしたの? 本当に?

 

「ねぇ。そこのあなた。アタシはイザスタ・フォルス。あなたのお名前は?」

「は、はいっ! ユイです。ユイ・ツキムラ」

「そう。ユイちゃんね! ではユイちゃん。あなたが『勇者』で間違いない?」

「……は、はい」

 

 突然の質問に、つい咄嗟にこちら風の名前を答えてしまう。しかし次の質問でこれはマズイと思った。私は自分のことを『勇者』なんて思っていないけど、この状況で『勇者』の私に近づいてくるってことはこの人達と同じく……。

 

「……良いわねぇ。結構アタシ好み。もぉトキヒサちゃんといいこの子といい『勇者』はアタシ好みの子ばっかりなのかしらん? だとしたらと~っても嬉しいわ」

 

 イザスタと名乗ったこの人はそう言うと、私達を庇うように立って地面に突き立った槍を軽々と片手で引き抜いた。そのまま二、三度軽く回転させると、今度は両手で持って穂先を下にして構える。

 

 その間黒フード達もベインも動かない。……いや。おそらく()()()()のだ。下手に向かっていったら手痛い反撃を受ける。そんな風に思わせる何かが彼女から滲み出ていた。

 

「フフッ。安心して! アタシの仕事は『勇者』の情報を集めることであって、『勇者』を連れてこいなんて言われてないから。それに……」

 

 彼女はそこで一度言葉を区切ると、黒フードの男を鋭い目つきで見据える。その様子から、どうやら二人には因縁があるようだった。

 

「別件でこの騒動を鎮めることも依頼されてるからね。首謀者であるこの人は敵ってわけ。付け加えると、あなたがさっきその女の子を助けようとしていた所、しっかり見てたわよん。怖いけれど勇気を振り絞って小さな子を守ろうとする。それは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。お姉さんそういうのに弱いのよねぇ。だからあなたの側に付く。信用できない?」

「それは……」

 

 はっきり言ってよく分からない。ここ数日で色んなことがありすぎて、何を信じればいいのか疑えばいいのか。でも一つだけ言えるのは。

 

「……貴女はさっき私達を魔法から守ってくれました。だから私は貴女のことを信じます」

「ありがとね。それじゃあ、信じてもらえたからにはしっかりとお仕事しないとね!」

 

 イザスタさんはこちらに一瞬軽く微笑むと、そのままベイン達に向き直って声を上げる。

 

「さあ。可愛らしい『勇者』といたいけな少女をいじめる人達には、アタシがキツ~イお仕置きをしてあげるわん。お姉さんのお仕置きを受けたい人からかかってきなさい!!」

 

 言っていることはどこか緊張感が削がれるけれど、槍を構えて私達を守ろうとする彼女の背中から伝わってくるのは圧倒的な信頼感だった。

 

 私はこの人を信じたのはおそらく間違いないと確信し、背中で涙を流しながら震えている女の子を安心させるように手を握った。

 

「大丈夫。大丈夫だからね」

 

 私は女の子を落ち着かせるために、何度も何度も繰り返し続けた。……あるいはそれは、()()()()の自分に向けて言っているのかもしれないと思いながら。

 

 何度も。何度も。大丈夫だからと、言い続けた。

 




 以上で勇者視点はひとまず終了となります。ストックをまとめて出すというのも意外に大変でした。

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 皆様の世界がより彩り豊かになれば幸いです。


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接続話 女スパイの報告会

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

『それからどうなったのですか?』

「色々あったわよぅ。色々」

 

 王都襲撃から二日後。

 

 ここは王宮のとある一室。並みの宿屋とはグレードの違うその部屋の中央で、イザスタ・フォルスは誰もいない空間に話しかけていた。

 

 いや、よくよく見れば、彼女が話しかけているのは身に着けていた赤い砂時計の付いたネックレスに向けてであり、そこから誰かの話し声が聞こえることから一種の通信機なのだろう。現在通話中であることを示すかのように、砂時計の部分は僅かに発光、点滅している。

 

「まず王都襲撃事件についてだけど、襲撃の実行犯は確認できただけで四名。内一人は自分をクラウンと名乗っていたけど……これはコードネームの可能性が高いわね。それ以外は全員顔も名前も不明。これじゃあ指名手配にもできないでしょうねぇ」

 

 イザスタは困ったように肩をすくめる。通話は音声のみなので姿は見えないのだが、これは別に見せようと思ってではないのだろう。

 

「被害は甚大。凶魔の軍勢が町中で暴れまわり、それが『勇者』のパレードの最中だったから更に被害は拡大。パニックになって逃げようとする人が他の人を押しのけて、押しのけられた人がまた他の人をって具合に拡がっていく。結果として逆に逃げられない人が続出してまいっちゃったわ。幸いディランちゃんが兵士を引き連れて来てくれたからすぐに収まったけど、いなかったらと思うとゾッとするわねん」

『ヒュムス国にその人在りと言われた英雄ディラン・ガーデンですか。……成程。第一線を退いたとは言え、未だ健在ということですか。それならこの騒動を速やかに鎮圧できたのは納得です』

 

 聞こえてくる声は女性のようだが、落ち着いた口調に澄んだその声質は、大人のようにも子供のようにもとれる不思議なもので年齢が判別しづらい。

 

「そうなのよん。だけどディランちゃんでも同時に多方面からだと手が回らなくてね、だから凶魔の対処と群衆の救助は兵士達に任せて、私達は手分けして『勇者』の護衛に回ったってわけ。まあユイちゃんを守れたし、クラウンにもキツ~イお仕置きをしてあげたからしばらく動けないんじゃないかしら」

『代わりに全員に逃げられたようですが?』

「それは言いっこなしよんリーム。空属性持ちの逃げ足の早さは知っているでしょ。あれを捕まえるにはそれなりの準備がいるわ。他にも『勇者』を狙っていた人が居たみたいだけど、その人もどさくさでいなくなっちゃったし」

 

 リームと呼ばれた声の主はイザスタの痛い所を突く。しかしそれは責めているのではなく、ただ単に事実の確認をしているといったものだった。

 

「それで、何とかユイちゃん達を守りながらディランちゃん達や他の『勇者』と合流して、城にいったん戻ってきたってわけ。凶魔達も兵士達があらかたやっつけたみたいだし、これでディランちゃんから頼まれた分は完了ってとこかなぁ。問題なのは……()()()()()()()()()()

『国家間長距離移動用ゲートですね。元々こちらの国とは国交はほぼ断絶していますが、それ以外の国とも行き来が不能になりましたか。襲撃犯の目的はこちらですね」

「まあ流れ弾か何かで壊れるような軟なつくりじゃなかったしねアレ。奴らの言葉から推測すると、今回の目標はゲートの破壊と『勇者』奪取の二つ。ディランちゃんが駆けつけた時にはもうゲートが別の黒フードに壊された後だったらしいわ」

 

 イザスタは深刻な顔で説明する。元々この国には国家間長距離移動用ゲートがあった。これは数が少なく、設置されている国は数えるほど。

 

 これによって通常移動に数日から十日以上かかる別国への移動が、検査などを踏まえても数時間程度で済ませられるというのは大きな利点だった。しかし、今はそれが破壊された。

 

「ゲートの復旧には少なくとも数か月はかかるわ。その間ヒュムス国は往来が非情に難しくなるわねん。これは黒フード達が自分達を追わせないためと、『勇者』達をここから逃がさないためだと思う。動かなければまたいずれちょっかいをかけられると踏んでのことじゃないかしら?」

『……今はまだ何とも言えませんね。しかしイザスタさんは“副業”である『勇者』の情報集めが終わったらその国を離れるのでしょう。ゲートが復旧しなければ少し問題ですね」

「あぁ……それがその……」

 

 リームのその言葉を聞いて、イザスタはどこか言いづらそうに身体をもじもじさせた。もちろんこれもリームには見えていないのだが。

 

「実はね、色々あって…………ユイちゃんの付き人及び『勇者』達の護衛役を請け負っちゃったりして」

『……はいっ!?』

 

 一瞬の間をおいて、リームが少しだけ間の抜けた声で聞き返す。聞き間違いであってほしいとでも思ったのだろうか。しかしイザスタの答えは変わらなかった。

 

「だから、ユイちゃん達の護衛を引き受けちゃったのよんっ! だってしょうがないじゃないの。本来の付き人は見つかったけど、心身共にボロボロでとても付き人を続けることは無理そうだったんだもの。護衛も今回の騒動で怪我人が多いし、人手が足りないからってディランちゃんに推薦されちゃったのよん。ユイちゃんも何故か喜んじゃって、断るに断れないし……」

 

 いつも飄々としているイザスタも、これには流石に参ったのか少々疲れた声で話す。

 

 

 

 

『……まあいいでしょう。分かりました。貴女はしばらくヒュムス国で『勇者』達についていてください。いずれにせよ『勇者』は依頼抜きでも興味がありましたからね。……それで、貴女が見つけたトキヒサ・サクライさんのことですが』

 

 リームは少し諦め気味にイザスタの行動を認めた。だが、その後の言葉で場の雰囲気は一変する。今まではどこかなあなあで済む雰囲気もあったのだが、これに関しては妥協を許すことはおそらくないだろうという態度だ。

 

イザスタも珍しく姿勢を正して神妙な顔をする。……別に見えている訳ではないのだけど。

 

「二日前に言った通りよん。牢獄の中でトキヒサちゃんと、クラウンの仲間とされるエプリちゃんが空属性のゲートに吸い込まれて行方不明。アタシとディランちゃんはすぐにゲートの痕跡を調べたけど、目的地が設定されていなかったから何処へ跳ばされたかは辿れなかった。だけど、新たにアタシの眷属になったウォールスライム……いえ、今は()()()()()()()になったヌーボの一部がトキヒサちゃんにくっついていたことから、ヌーボならある程度の場所の絞り込みが可能だって分かったの」

『そこまでは以前報告を受けました。今聞きたいのはそれが何処かということです。イザスタさんのことですからもう場所を絞り込んでいるのでしょう?』

「まあね。それでその場所なんだけど……ちょ~っと厄介な所なのよねん。今そっちに絞り込んだ場所の情報を送るわね」

 

 イザスタはそう言うと、懐から取り出した地図に印を付けて砂時計の部分を翳した。すると砂時計から光が放たれ、まるでコピー機のスキャンのように地図を覆っていく。

 

『……情報来ました。……ここは!?」

「そう。リームがいる魔族の国デムニス国と、交易都市群の一部が跳ばされた可能性の高い場所。ここから一番近い交易都市群の何処かであっても、今のゲートが使えない状況では辿り着くまで二十日近く。どんなに急いでも十五日はかかるわねん。それがデムニス国の何処かとなったら……お察しね」

 

 魔族の国となると、正直言ってヒト種には少し生きづらい場所だ。ヒト種から見た魔族は不倶戴天の敵だが、魔族から見たヒト種も敵に変わりはない。流石にヒト種までの敵意はないにしても、あまり良い感情を持っていないのが現状だ。

 

 まだ交易都市群の何処かであれば人種も雑多なので少しは問題ないが、どちらにしても捜索は困難を極めるだろう。リームは内心ため息を吐きながらこれからの行動を考えた。

 

『分かりました。デムニス国の方は私が捜索します。幸い基盤も固まってきた所なので、多少は人員を捜索に回せるでしょう』

「了解! 今は魔王城仕えの役人だっけ? 流石リームよねぇ。お姉さん的にはもっと休んで楽してほしいんだけど」

『……? 休んでいますよ? 昨日は三時間()寝ましたし、やろうと思えば五日くらい寝なくてもパフォーマンスを落とさず動けるので問題ありません』

 

 さらりと物凄いことを言うリームに、世間ではそういうのをワーカーホリックって言うんじゃないのかなと思いながらイザスタは困ったような顔をする。

 

「問題は交易都市群の方ね。あそこの担当は……」

『アシュとエイラですね。アシュの方は“副業”で都市群を常に移動していますから、上手くすれば見つけられるかもしれませんね。……まったく。ようやく“本業”の五人目が見つかった矢先にこの始末。全員見つかるまであとどれだけかかることか』

「まあ時間はあることだし、じっくり探しましょうよん。元々数年がかりの仕事じゃない。もちろんトキヒサちゃんのことは急ピッチで進めるにしてもね」

 

 

 

 

 イザスタとリームはそれから捜索の手順、更に細かな場所の特定などを話し合い、しばらくしてから通話を打ち切った。イザスタは静かになった部屋に備え付けられたベットにダイブしてそのまま仰向けに転がる。

 

「……ごめんねトキヒサちゃん。今は動けないけど、いずれ必ず探しに行くから」

 

 彼女のその言葉は、誰の耳にも入ることもなくただ消えていった。

 




 これにて一章は完結となります。全体的に原作のリメイクというより大幅に削ったまとめに近い感じになってしまいましたが、少しは読みやすくなったと思います。

 次章も大まかな流れはそのままに読みやすく加筆修正を目指す予定です。

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キャラクター紹介 第一章終了時点

ざっくりですが説明回です。


  キャラクター紹介 一章終了時点

 

 桜井時久(さくらいときひさ)

 

 高校二年。十七歳。身長百五十?センチ。体重五十四キロ。黒髪黒目。肌はほんの僅かに白っぽい肌色。高校生の平均身長としてはやや小柄。身長のことが()()()()コンプレックス。服装は独自改造した特製山男ルック。

 

 本編の語り部。女神アンリエッタに助けられ、命の対価に女神の手駒(使徒)となって異世界に送られる。与えられた課題はアンリエッタへのお布施代一億円を払いきること。

 

 手持ちの加護は現在のところ身体強化、言語翻訳、能力隠蔽、万物換金の四つ。あくまで万物換金以外は全参加者共通なので、実質時久のみの加護は万物換金のみ。

 

 割とシャレにならない状況に置かれている時久だが、本人は異世界という未知の場所への期待でドキドキワクワク状態なのであんまり気にしていない。

 

 魔力適性は金属性特化。『勇者』としての加護は『適性昇華』。

 

 異世界に着いたと思ったらいきなり牢屋行き。おまけに無実の罪を色々着せられるおまけつきという二段構え。

 

 隣の牢の囚人であるイザスタとの出会いで大分良い方に流れが変わるが、出所直前に牢獄への凶魔襲撃が発生。持ち前の好奇心や女性の前で見栄を張る癖もあり、イザスタと共に凶魔の発生源を探ることに。

 

 ディラン看守の助力もあり、どうにか犯人である黒フード二人と鬼凶魔を撃退したのだが、結果としてディラン看守の代わりにエプリと一緒にゲートに吸い込まれる事に。

 

 

 

 

 アンリエッタ

 

 年齢不明。身長百三十センチ。体重は秘密。金髪に金の瞳。腰まで届くツインテールが最大の特徴。服は基本的に白っぽい簡素な布製のものだが、自身の司る権能に恥じないよう所々に高価な装飾品をあしらっている。美少女というか美幼女。

 

 自称富と契約の女神。時久を手駒にして自身の行っているゲームに引っ張り込んだ張本人。

 

 性格はかなり横暴で高飛車。あと少しSの気がある。終始上から目線で偉そうな態度だが、これは神は人より上の存在であるというプライドがあるため。ただし見た目が幼いこともあってあまり威厳は出ていない。

 

 ゲームのルール上手駒に課す課題、与える加護は自身が司っているか関係しているものでないといけない。そのため時久に与えられたのは過度な戦闘用の加護ではなく、あくまで課題クリアのためのもの。派手なバトルはあまり期待していない。

 

 いざ異世界へ手駒を送ろうと言う時に、ギリギリになって妨害されたことで内心かなり慌てている。しかし持ち前のプライドの高さから、時久の前では極力そんな姿は見せないように努めている。

 

 現在はなんとか立ち直り、妨害者に仕返しすべく割り出しを進めているが、特定まではまだ行かないようだ。

 

 何だかんだ時久のことを気にかけているようで、時折身を案じるのは手駒としてかそれとも……。

 

 

 

 

 

 イザスタ・フォルス

 

 年齢不詳。身長百七十二センチ。体重は秘密! 澄んだ水色の瞳に茶色の髪を肩まで垂らし、青と白を基調としたラフなシャツとズボンを颯爽と着こなしている。スタイルは長身に合わせて出るところは出て、引っ込む所は引っ込む絶妙なもの。

 

 首からは赤い砂時計の飾りがついたネックレスをいつも提げていて、それは牢獄の中であろうとも外さない。

 

 第一章の導き手にして謎多き美女。トキヒサ曰く女スパイ。極端に魔法の使用が難しくなる牢獄内でも普通に水属性魔法を使用し、黒フード二人相手でもまともに渡り合えるほど戦い慣れている色々な意味で規格外の女性。

 

 かなり特殊な性質の血を有し、血を摂取したスライム系のモンスターを強化、眷属化することが出来る。

 

 また、触れた相手の思考や情報を読み取る“感応”の加護を所有しており、その応用でモンスター(特にスライムやそれに近い相手)とも意思疎通が可能。ただあまり使うことはなく、基本的には普通の対話で相手のことを知ろうとする方が好き。

 

 仕事で『勇者』のことを探っていたが、時久を気に入り一緒に出所しようとする。ちなみに出所時にディラン看守に払った白貨はイザスタにとっては()()()()の出費。かなりの金持ちである。

 

 時久と牢獄で離ればなれになった後、黒フードことクラウンを追って王都へ。『勇者』を助けて結果的に強いコネを作っている。

 

 ちなみに余談だが、もし時久が普通に出所出来ていた場合、後日イザスタの手によってR指定が少しだけ上がるような事態に発展していた可能性が高い。……なにせ彼女肉食系なので。

 

 

 

 

 ディラン・ガーデン

 

 四十代前半。身長百七十五センチ。体重八十六キロ。がっしりとした体格で、こげ茶色の短髪に無精ひげを生やしている。いつも看守服を身に着けていて、トキヒサ曰く軽く身なりを整えればダンディなおっちゃん。

 

 牢獄の看守長にして囚人。二十年前の英雄にして大罪人。日々看守として囚人の世話をしつつ、金さえ払えばある程度の融通を効かせたりする何でも屋の顔も持つ。またディランを慕う衛兵や市民は数多く、王都を歩けば良く声をかけられるくらいには人気も高い。

 

 様々な事情により、正当な理由なく王都から出ることが許されない。しかし王都内及び外国にまで広い人脈と情報網を有し、その伝手で様々な物を調達してくる。

 

 近接戦闘力はかなり高いが魔法はあまり得意ではない。しかしそもそも牢獄内では達人でない限り魔法の発動がおぼつかず、純粋な近接戦闘ではディランに勝つのは複数人でも難しいという仕組み。

 

 王補佐官ウィーガスとは二十年来の付き合い。ディランが今の立場になったのにはウィーガスが大きく関わっている。

 

 牢獄襲撃の際には侵入した鼠凶魔を蹴散らしながら発生源に到着し、鬼凶魔と化した巨人種の男と戦いを繰り広げた。実は黒フード達のターゲットとされており、本来ならディランがゲートで跳ばされるはずだったが時久とイザスタの介入により免れる。

 

 その後は王都の騒動を兵をまとめて鎮圧。被害を大きく抑えることに成功する。現在はまた看守としての業務に戻りながら、消えた時久の捜索()()を水面下で行っている。

 

 

 

 

 ウィーガス・ゾルガ

 

 ヒュムス国王補佐官。六十近い歳で髪はほとんどが白く染まり、手や顔にはシワが目立つ。しかし決して隠居寸前の好々爺などではない。

 

 時久に掛けられた罪状の大半はウィーガスが裏で手をまわしたもの。ディランとは二十年来の付き合いであり、時久の出所を申請された時はディランへ貸しを作っておいた方が利が有ると考え素直に出所の許可を出した。

 

 秘密裏に『勇者』や時久のことを調べており、時久のことを勇者のなりそこないと称した。その真意は未だ謎に包まれている。

 

 

 

 

 クラウン

 

 背丈はイザスタより少しだけ高い。素顔や体形などは不明。

 

 黒フード。のっぽ。牢獄襲撃の犯人。鼠凶魔の発生源に突如現れ、止めようとする時久達に襲い掛かった。

 

 武器はローブの中に忍ばせている短剣。短剣には毒が塗られていて、耐性のない者ならすぐに動けなくなるほど強烈な物。ただし個人的な嗜好として、すぐに死んでしまうような毒はあまり使わない。動けないようにしてからじわじわいたぶる為である。

 

 空属性の達人であり、魔法封じの仕掛けがある牢獄内でも普通に使用できるほど。空間移動しながらの攻撃は毒付き短剣との相性が良く、戦闘能力も低くない。……ただ相手が悪かった。

 

 牢獄から撤退した後は、王都襲撃にも加担している。『勇者』を狙って暗躍していたが、追いかけてきたイザスタに阻まれ交戦。現在は消息不明となっている。

 

 

 

 

 エプリ

 

 身長百五十一センチ。体重は不明。

 

 歳と背丈は時久と同じくらい。髪は新雪のような白髪。瞳はまるでルビーをはめ込んだかのような緋色。どこか幻想的とさえ思えるその顔立ちは、時久曰く妖精か何か。

 

 黒フード二人目。クラウンと共に牢獄にて時久達に襲い掛かる。

 

 風属性の名手。風を刃にして飛ばしたり、自分や相手を風に乗せて飛ばしたりと汎用性もかなり高い。最大三つまで魔法を同時展開できる才能の持ち主。おまけに時間さえあれば魔法を使ってもその分補充できるので、イザスタが言うにはうちに勧誘したい人材。

 

 戦闘中に時久の攻撃によってフードが外れ素顔が露わに。その時の時久の行動がエプリの逆鱗に触れたようで、時久に対して殺意に近い怒りをぶつける。強いて言えば、時久ともみ合いになったことでさらに怒りが倍増。少しの間我を忘れるレベルにまで達していた。

 

 クラウンの撤退時には殿を務め、なおも時久を狙おうとしたところイザスタの眠りの霧で眠らされる。そして戦闘終了時、ゲートに時久と共に吸い込まれて消息不明に。

 

 

 

 

 月村優衣(つきむらゆい)

 

 身長百五十七センチ。体重は不明。高校二年。歳は十七歳。

 

 『勇者』。ヒュムス国の勇者召喚によって呼び出されたうちの一人。魔法適正は月属性。『増幅』の加護を所有しているが、使い方が自分でも分かっていない。

 

 かなり内向的な性格で、突如として異世界に跳ばされ『勇者』としてもてはやされる中、自分達を利用しようとする悪意に気づいて引きこもろうとする。

 

 しかし状況に流されている内に王都襲撃に遭遇。自身が狙われていることを知って恐怖するも、戦いの中少女を流れ弾から守ろうと飛び出す勇気も持っている。

 

 襲撃時にイザスタに助けられ、彼女が新しく付き人になることに大きく喜んでいた。

 




 簡単にでしたがいかがだったでしょうか? 『勇者』陣営の方はまだそこまで語れるほどの情報がないということで保留です。


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第二章 牢獄出たらダンジョンで
起きる者と眠りにつくモノ


 お待たせしました。第二章開幕です。


 ブブー。ブブー。

 

 胸元から定期的な振動を感じて俺は目を覚ます。……ってここ何処!? 寝ぼけ眼で見回すが真っ暗だ。目が慣れてくるのを待つ間にこれまでのことを思い返す。

 

 確かこれから出所って時に鼠軍団が出てきて、その発生源をイザスタさんと探しに行ったんだよな。それでやっと発生源を見つけたと思ったら変な黒フード達が居て……。

 

 そして自分が空中の穴に吸い込まれた所まで思い出してハッとする。もう一人エプリって奴も居たはずだ。あいつはどこに行った!?

 

 慌てて周りを手探りする中、不意に手に暖かく柔らかい感触があった。僅かだが規則的に動いていて生きていることが分かる。良かった。だけどこの暗闇で離れるとマズいので手を触れたままにしておく。

 

 ブブー。ブブー。

 

 おっと忘れていた。胸ポケットを探ると、震えていたのはアンリエッタの通信用ケース。これは向こうからも連絡できたらしいな。早速通話状態に。

 

『や~っと通じたわね。十秒以内に出なさいよまったく。それに何? アナタは毎回変な所に跳ばされる体質なの? ディーは喜ぶかもしれないけど、こっちはたまったもんじゃないっての!!」

 

 通話が始まるなりお小言と愚痴が機関銃の如く飛んできた。こういう時下手に反論するのは下中の下策。これは“相棒”や陽菜に謝り慣れている俺でなくとも一般常識だと思う。

 

『まだまだ言いたいことはあるけど、時間がないからここまでにしといてあげる。こっちから連絡した場合の時間は十分間。その代わり一度使ったら丸一日使えなくなるの』

「了解。では手早くいこう。ここは何処で、俺はどのくらい寝ていた?」

 

 まずは状況確認。こうあちこち跳ばされる身としては、場所は常に把握していないと危ない。それとどれだけ寝ていたかも重要だ。

 

『まず居場所だけど、変な術式で跳ばされたから詳しくは分からない。ただ周囲の魔素から考えて、そこは何処かのダンジョンの可能性が高いわね。あと跳ばされてから一日くらい経っているわ』

 

 つまり今は異世界生活七日目の昼頃……って、ちょっと待て!? 今ダンジョンって言った!?

 

 ダンジョン。それはロマンである。侵入者を試すための様々な罠。そこに住まう原生生物。命がけの試行錯誤の末に到達する最深部に安置されるのは、製作者がそうまでしても守りたいと思うもの。知恵と力と運を総動員して挑んだ先に有る物は一体何か? あぁダンジョン。何て良い響き!!

 

『……っと! ちょっと聞いてる!? 何よアナタ!? ダンジョンって聞くなり気持ち悪い笑みを浮かべちゃって。そんなに好きなの?』

「大好きだとも!! ダンジョンの話なら知らない人相手でも五、六時間語り続けられる自信がある」

『……一応分かってはいたけどここまでとはね。まあ宝探しが好きなのはこちらとしても助かるからいいけど……そろそろ他の話に移っていい?」

 

 おっと。ついダンジョンと聞いて熱が入ってしまった。異世界のダンジョンなんて聞くだけでもうっ!

 

『本来ダンジョンの中から外、又は外から中へ意図的にゲートを開くことは難しいのだけど、今回は目的地を設定しないゲートだったから偶然跳んでしまったみたい。だからそこからは自力で脱出する必要があるわ。あぁ。ワタシの加護は例外よ。そこからでも使えるから安心して稼ぎなさいね!』

「ここでも『万物換金』は使用可能と……待てよ? アンリエッタ。ここってモンスターとか居るか?」

『おそらく居るでしょうね。種類は不明だけど、何か遠くに動くモノがいるのは感知できたわ」

 

 ……おかしい。モンスターが丸一日眠っていた俺達に気づかないなんてあるか? 短時間ならまだ分かるが、しかしそうではないとするとあと考えられるのは……。

 

 嫌な予感がして、ケースはそのまま貯金箱を取り出して辺りを照らす。すると今まで見えなかったものが見えてきた。

 

 まずエプリ。どうやら気を失っているようだった。ちなみに俺がエプリのどこに触れていたかは彼女の名誉のために伏せておく。……柔らかかったとだけ言っておこう。そして、

 

「何だこれ……骨!?」

 

 出来れば見たくなかった。俺達を囲むように大量の骨が散乱していたのだ。何の骨か分からないが、人の頭蓋骨のような物と明らかに人ではない頭蓋骨が混じっている。

 

 一瞬これが有名なスケルトンかと立ち上がって身構えたが、骨は散乱したままピクリとも動かない。考えてみれば、動くのならもう襲われているか。スケルトンなら暗闇も関係なさそうだしな。

 

 骨は皆身体の中央に砕けたりひび割れたりした黒っぽい石がある。魔石のようだけど何か違うな。

 

「こいつらの心臓か? それにしちゃ全部ボロボロだ。これが壊れたから動かなくなったってことか?」

 

 しかし都合良く全員の心臓が壊れるなんてことがあり得るだろうか? 答えは否。つまり誰かがやったってことだ。俺は気を失っていたし、エプリも多分違う。

 

 ……分かっている。立ち上がった瞬間に気づいた。これを出来るのはもう一人。いや、もう一体しか居ないってことを。

 

 それは辛い現実を一つ認めることになる。だけど確認しなくてはならない。見て見ぬふりをするわけにはいかないのだから。

 

「…………お前が守ってくれたんだな。ヌーボ」

 

 ゲートに吸い込まれる直前に身体に巻き付いていた触手。立ち上がった時の違和感で分かったよ。

 

 本体の七、八分の一しかない小さな身体で俺を守るように絡みついていたコイツは、やっと起きたの? とでも言うかのように一度身体を軽く持ち上げ……そのままずるりと零れ落ちた。

 

「…………ありがとな。助けてくれて」

 

 俺は命の恩スライムを抱えてポツリと呟き、いつの間にか眼から涙が溢れだしていた。俺がこの世界に来て、初めての……涙だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『一応言っておくけど、その子休んでいるだけでまだ生きてるわよ』

「それもっと早く言えよっ!!」

 

 ケースから聞こえてきた声に顔を真っ赤にしながらツッコミを入れる。すっごい恥ずかしいっ!! 穴があったら入りたい。でも……生きててくれて良かったよ。

 

 

 

 

 アンリエッタが言うには、ヌーボ(触手)は俺が起きるまでずっと戦っていたらしい。なのに気づかず眠っていた自分に腹が立つ。

 

「起きたらしっかり礼をするとして……これどうしよう?」

 

 ヌーボ(触手)が倒した骨は頭蓋骨の数から見て多分五体。四つは人型だが一つは何だか獣っぽく、人型は皆粗末な剣や服を身に着けていた。

 

「換金するにしても、人型の骨を金に換えるのは何というか」

『ふ~ん。意外に信心深いのね? 宝探し好きって言うからもっとガツガツしてると思っていたけど』

 

 宝探し好きだからこそ最低限の敬意が必要なんだよ。まあ“相棒”なら普通に換金するだろうけどな。使える物は何でも使うから。

 

「ちなみにこの骸骨な方々ってどういう風に生まれるんだ? まるで想像できないんだが。二体スケルトンが居たらミニスケルトンが生まれるって訳でもないだろ?」

『死体とかに死霊が憑りついて動かすのよ。だからこういうのは戦場や墓地で出ることが多いの』

 

 そういうタイプかぁ。考えたら骸骨が何もなく動き出すなんてないもんな。まだ他の幽霊が動かしているという方が納得できる。……幽霊自体会ったことないが。

 

『でもダンジョンでは心配しなくて良いわ。ダンジョンのモンスターは大半がダンジョンマスターに造られた物。身体の中に黒っぽい石があったでしょう? あれを基にした擬似凶魔みたいなものよ。だからスケルトンも本物じゃないわ』

「なるほど。少し気が楽になった。最悪ダンジョンで死んだ人がゾンビになって襲ってくるかと思った。……しかしダンジョンマスターとはまたロマンだねぇ」

 

 やはりアレか? 自在にダンジョンを組み替えて迫りくる冒険者を迎え撃つ類か? 昔読んだ本では最終的には人間と共存ルートもあったからな。敵でも味方でも実に燃える展開だ。

 

『だからなんでダンジョンのこととなると意識が明後日の方向に飛んじゃうのよ!? ……これなら換金できる?』

「まあそれならな。うっかり本物が混ざっていないように祈るよ」

 

 俺は覚悟を決めて骨を査定していく。光を当てると名称と値段が表示されるのだが、

 

 スケルトンの骨 一デン

 スケルトンの頭蓋骨 十デン

 スケルトンのダンジョン用核(傷有)二十デン

 

 ……安い。すこぶる安い。これでは子供の小遣いにしかならない。強いて言えば、ダンジョン用核が傷なしであればもう少し値が上がるのではないかという点か。

 

 ボーンビーストの骨 五デン

 ボーンビーストの頭蓋骨 三十デン

 ボーンビーストのダンジョン用核(傷有) 百デン

 

 おっ! 獣っぽい奴はボーンビーストと言うのか。スケルトンに比べたら高いが……でも百三十五デン。日本円にして千三百五十円。命を懸けてまで戦う価値はないな。

 

「よく小説だとダンジョンで一獲千金とか書かれるけど、少なくともここは違うと思う」

『同感ね。牢獄に次いでこことは、実に金になりそうもない所ばかり行くわね。早くここを出て課題に手をつけてほしいものだわ』

 

 他に使えそうな物と言うと、

 

 銅製の剣(状態粗悪) 二十五デン

 銅製の斧(状態粗悪) 二十五デン

 木製の弓と矢(状態粗悪) 十五デン

 革製の鎧(状態粗悪) 二十デン

 布製の服(状態粗悪) 十デン

 

 スケルトンの装備の内容がバラバラなのはよく分からないが、本体より値が張るのがなんか悲しい。状態粗悪もついていて、実際どれもボロボロだ。メンテナンス不足だな。他には……あれっ!?

 

 黒鉄のナイフ(麻痺毒付与) 六百デン

 

 クラウンのナイフだ。戦いの中で落としたらしい。割と良いお値段で、本人が言っていた通り麻痺毒が付いている。

 

「そう言えばこれは換金不可と出ていないな。何でだ?」

『それは簡単よ。元の持ち主はクラウンだけど、紛失した場合次に手に入れた者が所有者になるの。元の持ち主に由来があると話が別だけどね。何かの祝福とか呪いとか』

「よく分からないが、つまり専用装備とかじゃないから持ち主が変更できたってことか?」

『何か違う気がするけど……まあそんな感じで覚えておけば良いわ』

 

 だけどナイフか。奴には酷い目に合わされたから慰謝料代わりに貰っても罰は当たらないか。

 

 他にも牢で使ったクッションや本棚もあったのだが大分痛んでいた。勿体ない。

 

 あと鼠軍団が落とした魔石が十個。吸い込まれなかった物も合わせればもっと有っただろう。これは一つ六十デン。戦いながら拾っていた物と合わせて合計三十二個になる。一体どれだけいたんだ鼠軍団?

 

 

 

 

 査定結果は合計三千二百五十デン。スケルトンの素材と装備は大した額にならなかったが、魔石とナイフにそこそこの値がついた。課題分には全然届かないが、少しずつでも貯めていかないとな。

 

 換金額の内五百デン分を服のあちこちにしまう。適性が金属性と分かった以上、金は武器(物理)でもあるからな。いつでも取り出せるようにしないと。。

 

『ふ~ん。まあまあね。でもそれじゃあ一年どころか五、六年かかっても課題は終わりそうにないわよ』

 

 仮に毎日このペースで稼ぎ続けたとしても、とても一年では目標額に間に合わない。それに最初にアンリエッタに言われたように、()()()()()()()()()だ。このやり方で稼いだとしても面白くないだろうな。……やはり折角のダンジョンだし、宝でも手に入れてドカンと稼がないとダメか。

 

『そろそろ通信限界だけどまだ話すことはある? これが終わると丸一日通信は出来ないわよ』

 

 聞きたいことか。急に言われても……いや、

 

「気になっていたんだけど、課題で稼いだ金って何に使うんだ? 神様も買い物したりするのか?」

『……ワタシ自身はあまり使わないわよ。だけど必要ではあるの』

 

 アンリエッタはそう言って黙ってしまった。あまり聞かれたくないことだったのかもしれない。

 

「そっか。そっちも必要としているならいい。ただ課題の為だけに集めるよりは良くなった」

『……そろそろ時間ね。じゃあ次は明日の夜中頃に連絡しなさい。……待ってるから』

 

 そこで通信が切れ、俺はケースをしまって貯金箱で再び周りを照らす。今はここから脱出することが第一。宝探しは準備を整えてからじっくりとだ。俺はエプリやヌーボ(触手)が起きるまで、新たに加わった荷物やこれまでの品の整理をすることにした。

 




 という訳でダンジョン編です。ダンジョンってロマンですよね。

 少しでも面白いと思ったり、続きが気になると思われたのなら、何か反応(ブックマーク、下のボタンから評価、感想など)を頂けると作者が顔をニヤニヤさせて喜びます。

 少しでも皆様の暇潰しになれば幸いです。


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勢い任せのプロポーズ(に似た説得)

 突然だが、俺は今大ピンチに陥っている。それは、

 

 

「……あの女はいないようね。これでお前を守る者はいない。……さっき言ったわよね? 生かしておけない。殺すって」

 

 

 強風で壁に押し付けられながら、目の前の白髪美少女に殺されかけていることだよコンチキショウっ!

 

 何故こんなことになったのか、順を追って説明するとしよう。

 

 

 

 

 まず俺は荷物の整理中、元の荷物が牢獄に置きっぱなしだと気づいて愕然とする。本当ならディラン看守に返してもらうつもりだったけどあの騒動だったしな。

 

 キャンプ用品も、宝探し用グッズも、非常食も……楽しみにとっておいたブ〇ックサンダーまでなくなってしばらく落ち込んでいたが、いつまでもこんな状態ではいられず切り替えて状況を見直す。

 

 今居るのはそれなりに広い部屋。壁や床は石造りのようで壊して進むのは難しい。周囲は真っ暗で明かりは必須。だがずっと貯金箱を掲げたままでは困る。そこで有りあわせの物を使って松明を作ることに。

 

 スケルトンの骨に軽く一礼して持ち手とし、ボロボロの布の服を裂いて先に巻きつける。出来れば油なんかがあると良かったんだが。

 

 火を点けるためにライターを取り出しながら、ふとイザスタさんと魔法の練習をした時を思い出した。

 

「火よ。ここに現れよ。“火球(ファイヤーボール)”……なんつってね」

 

 何の気もなく松明に向けて火属性の初歩の言葉を呟いた結果、

 

 ポンッ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 火球は骨に当たるとそのまま燃え上がってチロチロ音を立てている。骨に可燃性の何かが含まれていたのだろうか……じゃなくてっ!

 

 自分の指先をじっと見る。……今火の玉が出なかったか? いやいやそんなまさか。ナハハと笑いながら頭をぼりぼりと掻き、

 

「……“火球(ファイヤーボール)”」

 

 呪文を省略して唱える。すると今度は線香花火程度の弱々しい火球が指先から飛び出したのだ。これには流石に驚き、深呼吸や軽く自分の頬を叩いて夢じゃないことを確認する。

 

 イザスタさんの談では基本属性と特殊属性は両立しない。俺が元々火属性だったとか、イザスタさんが間違っていたということも考えたが、そこでディラン看守の言っていた俺の加護“適性昇華”のことを思い出す。

 

 昇華とは物事が一段階上の状態になるという意味。つまりこれによって、俺の基本魔法の適性が0から1に上がったのではないだろうか? だから使えはしたけど威力がしょぼい。

 

 あくまで仮説だが、それならもしや他の魔法も使えるかもと俺のテンションは変な具合になった。魔法というのはそれだけロマンなのだから。

 

 そこから魔法の実験をしたところ、なんと()()()()()()使()()()。ただチートなどではなく、実際はどれも威力がしょぼい。

 

 火属性はライターと変わらず、水属性は水鉄砲程度。風属性はそよ風レベルで、土属性にいたっては砂場でよく見る小さい砂山を作るのが限界。実にしょぼい。

 

「使えそうなのはこれくらいか……光よここに。“光球(ライトボール)”」

 

 これは光属性の眩い光球が出現する魔法だ。さらにそれはしばらく自分の周りを滞空する。つまり明かりで手が塞がらない訳だ。明るさはそこそこだが何もないよりはマシ。文字通り希望の光が差してきた気がした。

 

 だが俺はうっかりしていた。ただでさえ魔法でテンションが変な感じになり、周りのことを忘れて騒いだ上真っ暗闇で急に明かりをつける。それを眠っている人の近くでやったらどうなるか? ……答えは簡単。()()()()()

 

 そして忘れていた。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。つまり、

 

「“強風(ハイウィンド)”」

 

 突如部屋の中に強風が吹き荒れ、慌てて振り返るも一歩遅く風で壁に叩きつけられた。そのままずり落ちる前に横殴りの風で壁に押さえつけられる。

 

 当然犯人はエプリ。ヌーボ(触手)はまだ眠っているようで動かない。

 

 一瞬はためいて見えたフードの奥には、こちらを鋭い睨む赤眼と口元に浮かぶ不敵な笑みがあった。

 

 

 

 

 ということで冒頭に戻る。

 

「……殺す前に喋りなさい。ここはどこ?」

 

 エプリは俺の顔を指差しながら聞いてきた。……そうか! 気を失っていたから経緯を知らないんだ!

 

「ええと、そのぅ。俺もここがどこだか分からなくてだねぇ」

「“風弾”」

「あだっ!?」

 

 エプリの指先から何か飛んできて額に直撃する。例えるなら父さんのデコピンくらい痛い。“相棒”のデコピンに比べれば平気だけどな。あれは本気で痛かった。

 

「……頑丈ね。並のヒトなら額が割れて血が噴き出すぐらいするのだけど、少し赤くなっただけか」

 

 なぬっ!? そんなもんをぶつけてきたのかコイツは!! 内心怒りを覚えつつも、ここは我慢とじっとこらえる。

 

「……分からないってことはないでしょう? 誤魔化したり答えない度に打ち込むわ。どうせ死ぬなら痛くない方が良いと思うけど。……素直に喋ることね」

「だから本当なんだってっ! あれからお前が気絶した後にだな……」

 

 俺はこれまでのことをざっと説明した。もちろんアンリエッタのことは伏せたが。全て正直に話したのに、何故か時々風弾が飛んでくるのは理不尽だと思う。

 

 

 

 

「…………話は分かったわ。嘘かどうかは別にして、ダンジョンだということは間違いなさそうね」

 

 エプリがスケルトンから核を引き抜きながら言う。話の途中、部屋から伸びている通路からスケルトンが襲ってきたのだが、エプリは片手間でスケルトンを撃退してしまった。

 

 明かりは俺の光球と地面で燃える松明のみ。戦いになればエプリも拘束を解いて集中するかと思ったのにこれだ。やはり相当強いらしい。

 

「こういう核はダンジョンのモンスターしか持っていない。だからここがダンジョンというのは信じる。……あの時から丸一日経っているというのは本当?」

「ああ。腕時計で確認したからな。まあこれはお前が信じてくれることが前提だけど」

 

 どうにか腕だけ動かして腕時計を見せるのだがエプリは訝しげな顔をする。これはいつでも時間が分かる道具だと説明したら興味なさげな態度を取られた。信じていないのかもしれない。

 

「……クラウンの連絡は無しか。ダンジョンまでは空属性でも届かないようね」

 

 エプリは懐から何かを取り出して確認するとそう呟く。俺のケースみたいな通信機器か?

 

「……ふぅ。これでは依頼は不完全ね。半金は貰っているから良いとして、やはり一度合流しないと」

「ちょい待ちっ! 半金ってどういう事だ?」

「……言っていなかったわね。私は傭兵なの」

 

 傭兵。つまり雇われて戦う人のことである。俺の脳裏にデカい鉄塊みたいな剣を振り回す男のイメージがよぎる。それと目の前の少女を比べて考えて見ると……うん。どうにもピンとこない。

 

「……似合わないって顔ね。……まあ良いわ。話は大体聞き終わったし、あとは……分かるわよね?」

 

 エプリはそう言うと、掌をこちらに向けて精神を集中し始めた。げっ! 殺すってマジだったの!?

 

「ま、待った待ったっ!? 何で顔を見ただけで殺されなきゃならないんだ? あの時俺以外にもあの場の全員が見ている筈。何で俺だけを目の敵に?」

「顔を見た()()? 違うな。それだけなら脅しをかけて口止めすればいい。実際最初は必ずしも殺すつもりはなかった。だが、オマエは私に許せないことをした」

 

 エプリの声がだんだん凄みを帯びてくる。気の弱い人なら聞くだけで震えあがるような威圧感だ。気のせいか喋り方も少し変わっている気がする。

 

「もしやあれか。途中もみ合いになったことか? 確かにあの体勢は傍から見たら酷かったもんな」

「……それもある。けれどそれは戦いの中でのこと。身体を押さえつけて無力化しようというのはまだ納得できた。だが……アレは許すことが出来ない」

 

 えっ!? うっかりセクハラ紛いの体勢になった件でもないとすると一体? 俺はエプリとはあそこで初めて会ったしな。

 

「…………だと言ってきただろう」

「……えっ!? 何だって?」

 

 今一瞬エプリが言った言葉。だがどうしてそれでこうなるのか分からず、何か聞き間違ったのかともう一度問い返す。

 

 

「……()()()と言ってきただろうっ!! この私にっ!!」

 

 

 エプリは絞り出すように叫んだ。……確かに最初にフードが取れた時言ったなぁ。だって急に妖精のような感じの美少女が出てきたんだぞ。見とれてしまっても仕方ないと思うんだ。

 

「確かに言ったけど、それで何でこうなる? 普通に褒めただけだって」

「この私が綺麗だと……ふっ。この私がかっ!?」

 

 そこでエプリはフードをとって素顔を見せる。雪のような白髪に輝くルビーのような緋色の瞳。可愛い系というより綺麗系の顔立ち。……うん。やはり綺麗だ。俺的には百点満点中九十五点をあげたい。

 

 ……残り五点はその表情で減点だな。だって今のエプリは、とても悲しく痛々しい顔だったから。

 

「この髪と瞳の色を見ろっ! この身の忌まわしい出自が一目で分かる。それを褒めるだと? そんなことあり得ない。あり得る訳がないっ!! ならこれは嘘だ。私をあざ笑うための虚言に違いない。……許せるものか。そんなことは。絶対にっ!!」

 

 エプリは俺の胸倉を掴んで吠える。その言葉は刺々しさと共に切なさを感じさせるものだ。……俺はどうやら地雷を踏んでしまったらしい。よく分からないがトラウマかコンプレックスの深い所を。

 

「もう一回言うぞ。……綺麗だ」

「なにっ!?」

 

 エプリが殺気を飛ばしてくる。ここはなるべく相手を落ち着かせながら話を進めていく場面だ。だが今の彼女に適当な丸め込みは通用しない。なら俺に出来るのは、自分の気持ちを正直に話すことだ。

 

「俺は誤魔化すことは多いけど嘘はあまり吐かない。その俺の見立てではお前は綺麗だよ。ここまでの美少女はそういないと思う」

「っ!? この期に及んでまだそんなことを」

「何度でも言ってやる。お前は綺麗だ。美人だよ。そこに嘘は吐けない。いきなり殺そうとするし拷問手馴れてておっかないけど……綺麗だよ」

 

 エプリはそれを聞いて、俺から手を離して少しだけ考えるそぶりを見せた。そして、

 

「…………本当か? 本当にそう思っているのか?」

「本当だとも」

 

 即答だ。生き残りたいから言うんじゃない。本当にそう思ったから言うのだ。もっと安全で甘い言葉を囁くべきかもしれないが、俺にはこんな言葉しか思いつかなかった。

 

「…………お前は変わっているな」

 

 エプリは少しだけ落ち着いて見えた。さっきはいつ爆発してもおかしくない爆弾の様だったが、今は刺激しなければ爆発しない程度には安全な気がする。……例えとしては自分でもよく分からないが。

 

「元の世界でも言われたよ。主に“相棒”に」

 

 俺がそう言って返すと、エプリは少しだけ顔色を変える。

 

「元の世界? ……まさかお前『勇者』か?」

「自分じゃそうは思わないけど、まあ別の世界から来たという意味であれば『勇者』だな」

「……成程ね。そういうことか」

 

 フッと身体を拘束する風が消え、よいしょっと声をあげて立ち上がる。

 

「拘束を解いたってことは、もう戦う気はないってことで良いのか?」

「……まあね。ひとまず殺す気はなくなったわ。()()()が別の世界のヒトなら……()()()()()()()()()()()()

 

 そう言ってエプリは再びフードを被る。口調も元に戻っている。だが一瞬見えたその横顔は、まだどこか切なさを感じさせるものだった。

 

 

 

 

「ところで、さっきの言葉は愛の告白とでもとればいいのかしら?」

「さっきのって……あっ!?」

 

 確かに勢いに任せて綺麗だとか美人だとか言ってしまった。ここだけ見れば口説いているようにも見える。いくら非常事態だったとはいえ俺はなんてことを~。

 

 気恥ずかしさでゴロゴロ転げまわる俺。それをエプリの奴は冗談よなんて言って笑っていた。おのれ。覚えてろよっ!

 




 魔法のロマンで胸がいっぱいになったらいきなり命の危機。ついでにフラグも立ちました。……何のとは言いませんが。


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短い間の協力者

「それでこれからどうする? 戦うのは勘弁な。女の子を殴る趣味も殴られる趣味もないから」

 

 ひとしきり転げ回ったあと、今までの醜態をなかったことにするかの如くビシッと立ち上がってそういった。……手遅れ? あっそう。

 

「……一応聞いておくけど、そこで眠っているスライムがスケルトン達を倒したって本当? 私達を庇いながら?」

「ああ。直接は見てないけど、周囲に散乱した骨から俺を守るように絡みついていた。そうでもないと気を失っていたのに俺達が無事だったのに説明がつかないだろう?」

「ではその骨はどうしたの? 私が目を覚ました時には見当たらなかったけど?」

「それなら置いといたら邪魔になるから俺が預かっているよ。ほらっ!」

 

 俺は貯金箱を操作して、スケルトンの骨を数本とダンジョン用の核を出してみせる。手数料を取られるが仕方がない。まあクラウンも勘違いしてたし、これも空属性の一種って誤魔化せるだろう。きっと。

 

 エプリはそれを見ると何故か驚いたようだった。フードの下で一瞬息を吞み、しかしすぐに落ち着くと骨や核を手に取ってしげしげと検分する。

 

「…………確かに本物のようね。……良いわ。一応そのスライムがやったと信じましょう。それを踏まえてだけど……()()()()()()() ここを出るまでの間」

 

 それは、イザスタさんの時と同じく一つの大きな分岐点。この選択は確実にこれからに大きく影響する。また不意にそんな気がした。

 

 

 

 

「雇うって随分急だな。さっきまで俺を殺すだの色々言ってなかったっけ?」

「……気が変わっただけ。それに、私を雇うのはアナタにもメリットがある話よ」

 

 エプリは軽く腕を組んで壁にもたれかかりながら言った。

 

「まず私の目的は、早くダンジョンから出てクラウンと合流すること。アナタもダンジョンから出るまでは目的は同じ。そうでしょう?」

 

 俺はうんうんと頷いてみせる。俺も早くダンジョンから出てイザスタさんと合流しないとな。

 

「ここが閉ざされた場所でない限り、必ず風の流れがある。例えダンジョンであってもね。私ならその風を読んで外までの最短距離を見つけることが出来るわ。……アナタはただ私についてくればいい。それが一番早くここから出る道よ」

 

 なるほど。風が読めるのなら、それを辿っていけば入口なり出口なりにはすぐ辿り着けるか。しかし、

 

「一つ聞きたいんだけど、なら自分一人だけで行ってもいいんじゃないか? 何でまた俺を誘うんだ?」

「……この技には一つ問題があって、読んでいる間無防備になるの。普段ならスケルトン数体なら物の数ではないし、アナタを護衛することも問題ないのだけどね。その間アナタ、正確にはアナタと一緒にいるウォールスライムに私の護衛を頼みたいの」

 

 ヌーボ(触手)が目当てかいっ! ……まあ分かるけどな。あんなに小さくなったのにこの強さだ。

 

「……一応アナタも荷物持ちとしては期待しているから」

 

 俺の顔色を見て察したのか、エプリがフォローのような役割を追加してくる。……荷物持ちか。確かに『万物換金』なら収容スペース代わりにできるけど、しかしあれ金がかかるんだよなあ。

 

「私からの提案は以上よ。断るんだったらここで別れるわ。アナタを仕留めるのは……そこのスライムと戦うのは面倒だからやめておく。……それで返事は?」

 

 さて、どうしようか。最短ルートで行けるならそれに越したことはない。それにエプリの戦闘力は相当頼りになる。なんせ散々戦った俺が言うのだ。まず間違いない。

 

 問題なのは、彼女は()()()()()()()()()()と言ったことだ。

 

 おそらくここから出たらクラウンがお得意の空属性で迎えに来るということなのだろう。それなら牢獄内でエプリが殿を務めたのも多少納得がいく。仮に捕まっても、牢の中にも跳べるクラウンが居ればすぐに脱出できるからな。

 

 それでクラウンが合流したらどうなるか? ……うん。ロクなことにならない。イザスタさんも居ないのに戦ったらほぼ詰みだ。

 

 かと言って俺とヌーボ(触手)の二人旅というのも出来れば避けたい。ダンジョンの特性はまだ不明だし、アンリエッタに聞こうにも丸一日連絡はとれない。それに普段ならじっくり調べて回りたいが、何の道具もなしに彷徨うのは辛い。せめて俺の荷物があれば。

 

「……やはり私のことは信用できないか。当然ね。今の今まで敵だったのだもの。我ながらバカな提案をしたものね。……今のことは忘れて」

 

 答えない俺を見てエプリはそう言うと、踵を返して部屋の通路に向かって歩き出した。

 

 ……俺は何をやっているんだ。エプリは一人で行くつもりだ。エプリは確かに風の流れを読んで最短距離を行けるのかもしれない。だけど本人が言ったじゃないか。風を読む間無防備になるって。

 

 普通なら慎重に少しずつ探っていく。だけど今の彼女は急いでクラウンと合流しようとどこか焦っている。このままだと襲撃のリスクを承知の上で一人でも最短距離を探そうとするだろう。なら、

 

「まっ、待ってくれっ!」

 

 そう考えたら急に声が出た。自分でもビックリするくらいの大きな声だ。その声を聞いて、部屋を出ようとしていたエプリも足を止めて振り向く。

 

「……俺も一緒に行く。だけど()()()()()()()()()()()としてだ。仲間なら互いを護衛しあってもおかしくないだろ?」

 

 俺はそう言って手を差し出した。エプリはその手を怪訝そうな態度で見つめる。

 

「……この手は? まさか雇われる側に対価を求めるつもり?」

「違うって! これは握手って言って、挨拶とかこれからよろしくって意味のものだよ。互いに手を握り合うんだ」

「……良いでしょう。一応は雇い主になるのだから顔を立てるとしましょうか」

 

 エプリはそう言うと、俺の手をギュッと自分の手で握り返した。その手はほっそりとしていて暖かく、見た目と同じく戦いを生業にするとはとても思えないものだった。

 

「短い時間だけどこれからよろしく。荷物持ち兼雇い主様」

「ああ。ヨロシクだ」

 

 こうして、俺達は一時的だがちょっとややこしい関係になった。この選択がどう転ぶかは、今の俺にはまだ分からなかった。

 

 

 

 

「……ちなみに報酬の件だけど、まず前金で一万デンを頂くわ」

「相場が分からないのでお手柔らかに頼む」

 

 ああ。また金が減っていく。いつになったら貯まるのやら。

 

 

 

 

 ひとまずだが、エプリに支払う報酬はまず前金で千デン。そしてダンジョンを脱出したあと、ダンジョン内で手に入れた金になりそうな物を売却した利益の二割ということで決着がついた。

 

 前金一万デンは冗談だと言っていたが、払えるようであればそのままぶんどっていた気がする。あと報酬を固定額にしないのは、俺がそこまで金を持っていなさそうだかららしい。……間違いではないが釈然としない。

 

 さて、そうしてエプリと共にダンジョン脱出を目指すのだが。

 

「前方しばらく行くと分かれ道。最短は右だけど……おそらくスケルトンが二、三体途中にいる。真っすぐだと遠回りだけど、近くに動くモノのない部屋があるわ。どちらに行く?」

「戦闘は避けよう。真っすぐだ」

「……了解。先行するわ」

 

 このようにエプリの先導によって敵を避けつつ進んでいた。エプリの探知能力は高く、多少の時間が必要なものの周囲の通路や部屋の大まかな構造、更には動くモノの有無などまで高い精度で把握できた。

 

「……ここは安全そうね。一度休憩にしましょう」

「そうだな。一休みするか」

 

 部屋に誰もいないことを確認して中に入る。相変わらず明かりらしい明かりもなく、手に持ったなんちゃって松明(二本目)と、エプリの周りに飛ばしている光球だけが唯一の光源だ。

 

 現在時間は午後四時。何だかんだで二時間は動き続けた。俺は加護のおかげかあまり疲れていないが、エプリは探知と斥候の両方をやっているから負担も大きい。少し休ませた方が良いだろう。

 

「……ここまでは順調ね」

 

 エプリは壁に背を預けて軽く息を吐いた。よく見れば額に汗が浮き出ている。俺は松明を石で固定すると、ハンカチをエプリに差し出した。ここに来る前から持っていたが、意外にこれまで使う機会がなかった。だから遠慮なく使えるはずだ。

 

「……やけに良い布地ね。ありがとう」

「いや、礼を言うのはこっちの方だ」

 

 汗を拭うエプリに対し頭を下げる。実際彼女が居なければ、ここまで来るのにもっと苦労していたと思う。エプリには本当に世話になっている。

 

「別に。雇われた以上全力を尽くすことにしているだけ」

 

 エプリはぶっきらぼうに言うが、本当に助かっているのだから頭を下げるのは当然だと思う。

 

 ちなみにヌーボ(触手)は俺の身体に再び巻き付いている。目覚めた直後はエプリを見て臨戦態勢になったが、俺の話を聞いて落ち着いている。

 

「この階層の出口だと思われる場所は探知した限りでは二つ。おそらく上り用と下り用階段ね。……片方から風が吹き込んでくるから、ひとまずはそちらに向かっている」

 

 エプリは懐から水筒を出して口をつけながら言う。休みながら説明しようというらしい。

 

「階段までまだ大分かかるわ。途中スケルトンなどの邪魔が入るだろうし、階段の先が即出口とは限らないからどうしてもどこかで一泊する必要がある。……アナタ野宿の用意は?」

「それが牢獄に置きっぱなしだ。食料も後で補充するつもりだったから数日分しかない」

 

 ちなみに牢を出所しようとした朝。『勇者』お披露目の祭りのために囚人も朝から食べ放題ということだったので、何度もお代わりして保存食になりそうなパンや水を換金していたりする。それを出せば数日、少しずつ食べれば一週間は保つだろう。

 

「私も大差ないわ。……元々こちらもすぐに撤退するつもりだったから食料は非常食だけ。急いでここを脱出しないと動けなくなるわ」

 

 確かに。ここまで見かけたのはスケルトンばかり。野生の獣なら何とか倒して食べるということも出来るが、骨では食べる部分がない。明かりと言いこれと言いこのダンジョンは地味に厄介だ。

 

「そう言えば、エプリは何でまたクラウンと一緒に? 雇われたって言ってたけど?」

「……私が雇い主の情報をペラペラ喋るとでも? そんなことをしていたら評判に関わるわ。それより今の内に食事を摂っておきなさい。まだ先は長いから」

 

 気になって聞いてみたがバッサリ切られた。傭兵として秘密厳守というのは良いことだが、出来れば今はペラペラ喋ってほしかった。

 

 エプリはまた懐から何かを取り出すと、そのまま口に放り込んで食べ始める。俺も食うか。

 

 貯金箱でパンと水を取り出すと、少しヌーボ(触手)に渡して残りを自分で食べ始める。ヌーボ(触手)は身体が小さくなった分、食べる量も少しで良いようで助かった。

 

 

 

 …………何故かエプリがこちらを見てくる。そんなにおかしかっただろうか?

 




 訳アリ美少女の雇い主(仮)になりました! ……字面だけだと事案かもしれませんね。


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話し合いと予想外の遭遇

「何だよ? そんなにじろじろ見られると食べにくいんだけど?」

「……アナタ。それは何の加護かスキル?」

 

 加護? 貯金箱のことは見てただろうし、そんな驚くことでもなさそうだけど。とは言え女神から貰ったとは言いづらいし、嘘を言うのも心苦しい。ここは空属性()()()()()()ってことで誤魔化そう。

 

「何ってその……空属性……みたいなもの」

「……へぇ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()使()()()()()()()()

 

 そうなのっ!? つまり俺は使えない筈の物を平然と使っている変な奴じゃないか。そりゃあエプリだって見るよ。

 

「誤魔化さないで。こちらも雇われた以上全力で仕事をする。その為には雇い主に何が出来て何が出来ないのか、ある程度知る必要があるの」

 

 エプリの眼は真剣だった。騙そうというのではなく、純粋に脱出の可能性を上げるために尋ねていた。

 

「……そうだな。考えてみれば俺が異世界から来たって知ってるし、この状況じゃ隠し立てに意味はないよな。……話すよ。俺の能力は……」

 

 俺は“万物換金”と“適性昇華”について説明した。もっとも“適性昇華”は推察に過ぎないし、アンリエッタのことも伏せなくてはならないからかなり端折ったが。実際にそれぞれ使ってみせることで、エプリも少しは納得してくれたようだった。

 

「“万物換金”と“適性昇華”……ね。どちらもかなり使えそう。特に“万物換金”の方はダンジョンと相性が良いわ」

「なんでだ?」

「スキルのアイテムボックスも使えないから、ダンジョンに入る際は少なくとも十日分の準備をしておくのが基本よ。だけど荷物が嵩張る上に、ダンジョン内で見つけた宝や素材も持たなきゃならない。専用の荷運び、ポーターを雇うことも多いけど、その分取り分が減るしトラブルの元にもなる。だけど“万物換金”なら」

 

 エプリの言葉に、額に手を当てて少し考える。“万物換金”だからこそ解決する問題……そうか!

 

「この加護なら荷物は嵩張らないし、宝や素材もその場で換金すれば良い。ポーターを雇う必要もないってことか」

「そう。多少金がかかるらしいけど、それ以外の問題は解決するわ。今回は脱出優先なのであまり使わないけれどね」

 

 おう! 扱いづらかった能力も遂に役立つ時が来たのか。今にして思えば、普通に活躍したのはイザスタさんの私物を換金した時ぐらいだった。

 

 それ以外は貯金箱でぶっ叩いたり、咄嗟にクッションを出して壁に叩きつけられるのを防いだりと普通じゃない活躍の仕方だったからな。

 

「“適性昇華”の方は単純に手札が増えたと考えれば悪くはないわ。使えるというだけで大分違うもの」

 

 なんだろう? 散々酷い目にあわされたけど、今になってエプリの評価が爆上がりしている気がする。これは一時的とはいえ味方になったからだろうか? なんだかんだ雇い主のことを気にかけてくれるし。仕事ぶりも申し分ない。

 

「……何? その目は?」

「いや。エプリって良い奴だなって思っただけだ。加護の手ほどきもしてくれたし」

 

 知らず知らずに彼女を見つめていたらしい。先ほどとは立場が逆になっている。

 

「……言ったでしょう。私は仕事の為に必要だから聞いただけ。どうせここを出るまでの関係よ。……話は終わり。もう少ししたら出発するから、口を閉じて身体を休めておくことを勧めるわ」

 

 エプリは壁によりかかったまま目を閉じる。そうやって人を心配する所が良い奴だと思うんだけどな。俺はまたヌーボ(触手)にと一緒にパンを齧り始めた。そして、ふと考えてしまうのだ。

 

 このエプリが、何故クラウンと一緒にあんなバカなことをやったのかと。

 

 

 

 

「……マズイわね」

 

 それは再びダンジョンを進み始めてしばらくのことだった。時間は午後八時頃。もう少しで階段という時に、周囲の様子を探っていたエプリが顔色を変えたのだ。

 

「どうした?」

「……この先の部屋にスケルトンが少なくとも五体。それと一体動きの速い……多分ボーンビースト」

「多いな。これまでみたいに避けては通れないか?」

 

 少なくとも六体以上居るなら出来れば避けたい。だがエプリは静かに首を横に振る。

 

「……ここを避けると階段まで相当遠回り。それに奴らは部屋から移動する気配がない。これは()()()()()()()()()()ようね」

「つまり、これがもし俺達の待ち伏せだったら」

「迂回中に待ち伏せの場所を変えられたら意味がない。ただその対象が階段から降りてくる誰かの可能性もある。……このまま進むか迂回するか。アナタはどう思う?」

 

 そこで俺にふるの? 俺は戦術家でもないただの高校生なんだけど。……しかしどうしたもんか。

 

「ちなみに真正面から突破できそうか?」

「人数や装備にもよるから一概には言えないけど……アナタを守りながらでもおそらく。ただし無傷かどうかはアナタ次第ね」

 

 自衛しろってことか。そう言えばスケルトンとはまだ戦ったことないんだよな。ああ見えて実は滅茶苦茶強いということはないだろうな。

 

「……スケルトンって強さで言ったらどのくらいなんだ?」

「そうね。……速さなら牢にいた鼠凶魔の方が上。力もそこまで凄いってことはないわ。厄介な点は、数の多さと暗闇でも関係がないこと。だから明かりを絶やさないように。こちらだけ暗闇で見えないということを避けるために必ず光源を用意しておくことね」

 

 鼠凶魔より弱いならいけるか。あとは、

 

「ボーンビーストの方はどうだ?」

「こちらは鼠凶魔よりもスピードもパワーも上。一体でスケルトン数体分と思った方が良いわ」

 

 つまり待ち伏せはスケルトン十体近くの戦力ということになる。こっちの戦力は俺とエプリとヌーボ(触手)。俺は鼠凶魔の一、二体なら何とか戦えたし、ヌーボ(触手)は言わずもがな。エプリも数体くらいなら物の数ではないとか言っていたから、数字の上では引けはとらないということになる。

 

「……よし。このまま突破しよう。迂回で時間をかけても食料と体力がなくなっていくだけだ。なら行ける時に行った方が良い」

「私も同意見よ。……作戦を立てましょうか」

 

 俺達は移動しながら対スケルトン用の作戦を立て始めた。

 

 

 

 

「……準備は良い?」

「ばっちりだ」

 

 待ち伏せが陣取っている部屋の手前。ギリギリ中から察知されない通路の曲がり角で、俺達は作戦の最終確認をする。

 

「まず私が入って“強風(ハイウィンド)”を使い敵の動きを止める。部屋全体にかけ続けるのは大体十秒が限界だから、アナタは動きの止まった相手から順に銭投げで仕留めて。……出来ればボーンビーストが優先だけど、位置取りの関係もあるから出来ればで良いわ」

「それで十秒経ったら通路に引っ込み、追ってくる奴を一体ずつ倒していくと。広い部屋でそのまま大人数相手は不利だもんな」

「そう。入口には“風壁(ウィンドウォール)”をギリギリ通れる強度で張って一度に来る数を減らす。幸い二人とも遠距離攻撃が出来るし、近づかれたらスライムの出番よ」

 

 そこで俺は身体に巻き付くヌーボ(触手)を見る。俺達の話をしっかり聞いているらしく、会話の中でうんうんと頷くように動いていた。

 

「……では私が五数えたら突入する。アナタは更に三秒後。“強風”が切れる時に合図するから、それまでになるべく倒して。……行くわよ」

 

 そうしてエプリはカウントを始める。一、二、三、四、五っ!

 

 数えるのと同時に彼女は一人部屋に突入した。俺もカウントを開始。三秒待って突入だ。一、二……。

 

「作戦中止っ!! 入ってこないでっ!!」

 

 三をカウントする直前、先に入っていたエプリが鋭く叫んだ。すると、

 

 

「ゴアアアアァッッ」

 

 

 突如として凄まじい轟音。いや、咆哮か? しかも生きていないモンスターにはまず出せない、怒りと殺気に満ちたものだった。

 

 そう。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……マズイっ!!」

 

 俺は何かとても嫌な予感がしてエプリの言葉を無視して突入する。

 

 そこは凄まじい様相を呈していた。周囲に散らばるのはスケルトンの残骸。ヌーボ(触手)がやったように急所を狙って骨をバラすのではなく、こちらは力任せに骨を砕き、圧し折り、握り潰されている。

 

 どれだけの怪力があればここまで出来るか? 答えは一目瞭然だ。何故なら、それを現在進行形で行っている怪物が目の前にいるのだから。

 

「ゴガアアアァッ」

 

 そいつは人型をしていた。しかし人でないことは額から伸びる角を見れば明らかだ。それに普通、()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 肩の付け根からそれぞれ一本ずつ第二の腕が伸びている。体長は前戦った鬼に比べればやや小さく二メートルほど。全身が緑の剛毛で覆われ、膨れ上がった筋肉とシルエットからゴリラをイメージさせる。

 

「……っ! どうして来たっ!? 入ってこないでと言っただろっ!!」

 

 エプリはその怪物に向き合いながら叫ぶ。どうやら興奮してるらしくまた口調が変わっている。

 

「何か嫌な予感がしてな。だけど来なかった方が良かったかも」

 

 ヌーボ(触手)も巻き付いたまま臨戦態勢をとっている。明らかにアレはヤバい。

 

「……ガウッ!」

 

 まだ無事だったボーンビーストが、壁を蹴って怪物に飛びかかった。俺達よりもあの四本腕のゴリラを敵として認識しているようだ。

 

 右肩に食らいつくが、筋肉とそれを覆う剛毛が予想以上に堅くダメージにはなっていない。そうしている内に左の第一、第二腕にがっしり掴まれて引き剥がされる。

 

「ゴ、ゴアアアッ」

 

 そのままゴリラはそれぞれの腕でボーンビーストの前脚と後脚を掴むと、勢いよく胴体から引き千切る。胴体のみになって落ちたボーンビーストに、トドメとばかりに四本の腕を重ねてアームハンマーを叩きつけた。

 

 巻きあがる粉塵。床には直撃した所から放射状にヒビが入り、衝撃で一瞬周囲に地響きが走る。腕を持ち上げたあとに残るのは、粉々に破砕されたボーンビーストの残骸のみ。

 

「……今からでも逃げられないかね? あんなのとは戦いたくないんだけど」

「無理だな。アレは意外に俊敏だ。普通に逃げても追いつかれる可能性が高い。私だけなら兎も角」

 

 俺が足手まといってことか。……かと言ってあんな四本腕ゴリラと戦うなんて冗談じゃないぞ。

 

「ゴアッ。ゴガアアア」

 

 アイツ完全にこっちをロックオンしやがった。……って、アレっ!?

 

 ゴリラの胸元に光る魔石が見える。牢で見覚えのある禍々しい輝き。もしやあれも元人間か?

 

「……一つ聞くんだけどさ。あれクラウンの仕込みだったりする?」

「……さあ? 私が雇われたのは最近だから、その前のことまでは知らない。私もヒトを凶魔化させることはあそこで初めて知ったからな」

 

 もし牢の鬼と同じなら、魔石を取っ払えば戻せるかもしれない。戻せなくても倒すことは出来る筈だ。狙う価値はあるな。

 

「……来るぞ!」

「ゴガアアアッ」

 

 エプリの警告と同時に向かってくるゴリラ凶魔。

 

 こうして俺達は、頼りになるイザスタさんもディラン看守もいない状態で、鬼退治ならぬゴリラ退治をすることになったのだ。……どうしてこうなった?

 




 時久のエプリへの好感度が上がりました。……普通逆なんですけどね。それと次回実質初めてのエプリとの共闘です。お楽しみに。


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即興軍師と地味な新技

 俊敏な動きで襲い掛かってくるゴリラ凶魔を、俺とエプリは左右に分かれて回避する。相手が一体なら注意を分散させた方が良いからな。

 

「……“風刃(ウィンドカッター)”」

「これでも喰らえっ!」

 

 すれ違いざまエプリは挨拶代わりに風刃をゴリラ凶魔の脇腹にお見舞いし、俺も銅貨を散弾の様に投げつけた。刃はガードされることもなく緑の剛毛を切り裂き、銅貨も命中してそのまま炸裂する。

 

 だがそれだけだった。刃が切り裂けたのは毛と表皮のみで肉までは届かず、俺の銭投げも表面を焦がしただけ。

 

「……ちっ。やはり堅いか」

 

 エプリはそう毒づきながらも素早く体勢を整える。俺も松明を素早く壁に出来た割れ目に差し込み、片手に銀貨を握りしめた。

 

「ゴオアアアッ」

 

 突撃を躱されたゴリラは明らかに怒りを持ってこちらを見据えてきた。話し合いとかは無理そうだ。エプリはゴリラ凶魔の挙動に目を逸らさぬままこちらに声をかける。

 

「……私が奴を引き付ける。その間に後ろの通路から脱出を」

「あんなの相手に一人ではキツイだろ? 戦うにしても逃げるにしても二人でだ」

 

 あの鬼と同格だとしたら、流石にエプリでも一人じゃ厳しい。俺は直感的にそう感じた。

 

「それでは逃げ切れない。……雇い主を守るのが私の仕事だ。いいからさっさと行け」

「こっちは雇い主兼仲間だってのっ! 仲間を置いて一人で逃げるなんて出来るか。それにもしこの先の階段が出口じゃなかったら確実に迷う自信がある」

 

 俺は一人で戦おうとするエプリに必死に食い下がる。ここでエプリを一人にしたらとても嫌な予感がする。こういう予感は大抵当たるというのがお約束だ。なら何としても避けなくてはならない。

 

 あと後半部分は本当なので説得力があるはずだ。……宝探しが趣味としては我ながらどうかと思うが、装備が無くてはしょうがない。

 

「……分かった。雇い主兼仲間兼荷物運びの意見に従うわ。だけど出来るだけこちらの指示に従うように」

「おうっ!」

 

 やっと根負けしたのか、エプリは俺を一人で逃がすことを諦めたようだ。落ち着いたのか口調も元に戻っている。戦闘中にエプリの指示に従うのは経験の差から考えれば当然だしな。素直に受け入れる。

 

「ゴ、ゴアアアァッ」

 

 再び突撃してくるゴリラ凶魔。動きは単純だがあの怪力で掴まれたら軽く握り潰されてしまう。おまけに四本の腕だから面倒だ。

 

 さらに向こうは堅い剛毛と筋肉で身体を覆われ生半可な攻撃は通用しない。ディラン看守くらいじゃないと通じない気がする。

 

「……私の後ろにっ! “風壁(ウィンドウォール)”」

 

 咄嗟に指示に従ってエプリの後ろに。美少女に守られるのは情けないが、従うと言った以上いきなり破るわけにもいかない。

 

 迫るゴリラ凶魔に対し、エプリは風壁を張って突進を受け止める。だが、

 

「グルアアアッ」

「……くっ! 足止めにしかならないか。なら、“三重(トリプル)風壁(ウィンドウォール)”」

 

 風の壁をものともしないゴリラ凶魔。だがエプリはゴリラ凶魔を囲い込むように風壁を重ね掛けする。押し込められるような体勢になり、尚且つ上から吹き下ろす風にゴリラ凶魔もてこずっているようだ。

 

 いずれ破られるだろうが、これなら少しは時間が稼げる。

 

「これからどうする?」

「……“風刃”でまともに傷がつかないとなると、私の魔法でまともに効くのは限られてくるわ。“竜巻(トルネード)”は発動までに距離を詰められると少し危ないし、これ以上の重ね掛けも難しい。……アナタは何か手は?」

「……一つ試したい事がある。あいつ牢で見た鬼と同じく魔石が身体に埋め込まれてるみたいだから、それを摘出したら元に戻らないかな?」

 

 鬼の時とは違って魔石の位置は分かっている。なら少しでも動きを止められれば。

 

「……私が気を失っていた間の話? 牢のあの鬼は魔石を取り出して倒したの?」

「倒したんじゃなくて、動きを止めて魔石を取り出したら元の姿に戻ったんだ。ディラン看守が言うには、下手に魔石を傷つけると後遺症が残るって話だからそっちでも一応倒せると思う。でも俺はなるべく傷つけずに助けたいと思ってる」

 

 俺がそう言うと、エプリは少し考えて自分も続けた。

 

「……それで行きましょう。ただしあくまで雇い主であるアナタの安全が最優先。アナタが危ないと思ったら後遺症云々関係なしに魔石を狙う。これでいい?」

「……分かった。でもピンチにならなければ問題ないんだろ? 大丈夫だ」

 

 エプリの言葉はもっともだった。誰だって見知らぬ他人より知っている誰かを優先的に助ける。俺が雇い主ということも含めて俺を助けるというのは道理だ。だが、彼女は()()()()()()()()()()()()()()()と言った。

 

 つまり俺が危なくならない限りはあのゴリラ凶魔になった人を助けたいと思っている訳だ。それなら俺も大丈夫だって言い続ける。そして成功させるだけだ。

 

「グアゥ。グオアアアアッ」

 

 重ね掛けされた風の壁を、ゴリラ凶魔は強引に突破しようしている。いや、もう半ばまで突破していて時間がないな。

 

「……じゃあ簡単だけど作戦を立てたわ。よく聞いて」

 

 エプリはどうやってゴリラ凶魔と戦うか作戦を語り始めた。驚くべきことに、重ね掛けした“風壁”を維持しながら短時間で考えたという。イザスタさんと言いディラン看守と言いエプリと言い、俺の周りの人が皆頼りになるのは何故だろうか?

 

 急にグイグイと服が引っ張られる。見るとヌーボ(触手)が身体をうねうねと俺の前に伸ばしてきた。自分も忘れないでと言わんばかりに。……ホントに俺の周りは頼れる奴ばかりだよ。

 

 だがこれで何とか道筋が立った。待ってろよゴリラ凶魔。力づくで元に戻してやるからな。

 

 

 

 

「グガアアァッ」

 

 作戦を話し終えるとほぼ同時に、ゴリラ凶魔も風壁を突破する。瞳は爛々と怒りに燃え、そのままの勢いでこちらに向かってきた。作戦を吟味する時間くらいくれよっ! 仕方ない。ぶっつけ本番だ。

 

「今の作戦で行こう。手筈通りに」

「……了解」

 

 まず俺がポケットから硬貨を一枚掴みだして投げつける。ばらまくのではなく今度は顔面、特に目や鼻と言った場所を狙い撃ちだ。

 

「ゴアッ?」

 

 知性が残っているのか、それとも単純に野生の勘か? ゴリラ凶魔は走りながら顔を腕の一本で庇う。目はやっぱり防ぐよな。……しかし普通に庇っていいのか?

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ボンッ。銅貨がクラッカー程度の音だとすれば、銀貨はもっと重く弾ける音。その音と金額にふさわしく、銀貨の爆発はゴリラ凶魔の腕の一、二センチほどの肉を抉り取った。

 

「グガアアアアアッ!?」

 

 ゴリラ凶魔は痛みから叫び声をあげる。流石銀貨。一枚百デンは伊達じゃない。だがダメージを受けたのは右腕一本のみで残りの腕は全て健在。ゴリラ凶魔は血走った目でこちらを睨みつける。

 

「や~いゴリ公。ここまでおいで」

 

 俺は軽く挑発すると、エプリから距離をとりながら通路までダッシュ。ゴリラ凶魔は……よし。ついてきてる。俺が脅威に映ったらしく、エプリを素通りしてこちらを追いかけてきた。そっちに行くようであれば追加の銀貨をお見舞いする所だ。

 

 エプリはそれならそれで俺の危険度が下がると言っていたが、やはり自分より強いとは言え女の子に頼ってばかりはいられない。

 

「ゴアアアッ」

 

 ゴリラ凶魔はなんとここで四足歩行、いや、腕が四本だから六足歩行か? とにかく俗に言うナックルウォークを開始した。拳で床を打つ度にぐんぐん加速して俺の方に突き進んでくる。嘘だろっ!? そんなのありっ!? このままでは辿り着く前に追いつかれる。

 

「ぬわああぁっ!? これでも喰らってろっての!」

 

 走りながら硬貨を投げるが、ゴリラ凶魔もさっきの一撃で懲りたのか、床を殴りつけて急激な方向転換を決める。そしてすれすれで硬貨を回避。硬貨はそのまま床や壁に当たりチャリンと音を立てる。何てこった。あのゴリラ小回り利き過ぎだ。

 

 そして俺が通路に辿り着いた時、ゴリラ凶魔ももうすぐ手が届く距離まで追いついてきた。奴が追いつくまであと数秒。これ以上は逃げても無駄か。俺はそこでくるりと反転してゴリラ凶魔と向かい合う。

 

 奴は俺に向かって二本の右腕を振り上げる。左の一本は怪我しているので今は使えない。残りの一本は床を打って加速したばかり。つまり、この右からの殴打を防ぐか躱すことが出来れば。

 

 俺は腹をくくって拳を待ち構える。来る方向とタイミングさえ分かればなんとかなるはずだ。そこに、ゴリラ凶魔の拳が二つ物凄い勢いで振り下ろされた。

 

 直撃したらまず戦闘不能。当たりどころが悪ければそのまま……。俺の脳裏にスケルトン達の成れの果てがよぎる。……ぶっちゃけた話おっかない。でもな、美少女ほっといてこんなところで倒れている訳にはいかないだろうがっ!!

 

「……んなろっ!!」

 

 俺は貯金箱とクッションを翳して全力で踏ん張る。貯金箱は当然として、クッションで少しでも衝撃が和らげば上々だ。元々イザスタさんの私物だけど、命が懸かっているので許してほしい。

 

 二秒後。左側から凄まじい衝撃が襲ってきた。

 

「ぐっ!?」

 

 大型動物に体当たりされたらこんな感じなのかと思える衝撃。しっかり踏ん張っていたはずなのに、腕は痺れて感覚が薄く足もガクガクだ。だが、()()()()()()

 

 

「…………準備できた。いつでも行けるわ」

 

 

 その声にゴリラ凶魔はエプリの方を振り向く。そう。コイツはエプリのことを失念していた。深くはないが見過ごせないダメージを与えた俺を狙うのは当然だが、エプリがそれ以上のことが出来ないと思うのは早まったな。

 

「おうっ! ヌーボ(触手)今だっ!」

 

 その合図を待っていた。俺がゴリラ凶魔の気を引いて逃げたのも、この位置、この()()()()()にコイツを誘い出すため。痛む体に鞭を打って真横に転がりながら、今か今かと待機していたヌーボ(触手)に合図する。

 

 次の瞬間、ヌーボ(触手)が身体の一部を鞭のようにしならせゴリラ凶魔の足を払った。スパーンと気持ち良い音がしてゴリラ凶魔はバランスを崩す。それもそのはず、ゴリラ凶魔はエプリを向いて足元は完全に意識外だ。

 

 それにヌーボ(触手)は実はかなりの怪力だ。何せ休憩中に俺と腕相撲したら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 俺が退避したことを確認し、エプリは今の今まで溜め込んでいた風を開放する。

 

「吹き飛びなさい。“二重強風(ダブルハイウィンド)”」

 

 直後、俺が喰らったものよりも数段強烈な風がゴリラ凶魔を襲った。体勢を崩したゴリラ凶魔には到底耐えられない暴風。あとは狭い通路に押し込んで動きを封じれば。

 

「グア。グルアアアアアッ!」

 

 だが、奴は咄嗟に四本の腕全てで床を叩きつけ、ロケットのようにエプリの方へ跳躍を試みたのだ。

 

 向かい風をものともせず、一直線にエプリへ向かっていくゴリラ凶魔。着地も何も考えない体当たり。だけど……そのやり方は読めてたぜ。

 

「金よ。弾けろっ!!」

 

 その瞬間、突き進んでいたゴリラ凶魔の目前で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 




 単に倒すだけよりも、当然ですが助ける方が数段難易度が上がります。ちなみに最後にこそっと出た新技については次回説明します。


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その男、用心棒につき

 銅貨と銀貨の混じった爆風は、ゴリラ凶魔の勢いを大きく減速させる。結果、

 

「“竜巻”」

 

 エプリの一手が間に合った。目に見える密度の小型の竜巻が展開し、勢いが弱まっていたゴリラ凶魔では突き破ることは出来ずにそのまま吹き飛ばされる。

 

 今度は床に腕を付けることも出来ず、通路の中とまではいかなかったが壁に押し付けられて動きを封じられる。捕まえたぞ。

 

 凶魔は自分の身より相手を倒すことを優先していたからな。今回エプリとの間に仕込みをしておいた。実は銭投げは炸裂のタイミングを自分で決められる。投げつけたり爆発の意思を持って設置してから一分以内であれば自分の意思で起爆できるんだ。

 

 ただし時間が経つとそれだけ威力が落ちる。さっきも銀貨と銅貨を何枚も使ってやっと銀貨一枚分くらい威力だ。流石不遇属性。これで本当に“適性昇華”の加護で強化されているのだろうか?

 

「ひとまずこれで抑えつけられるけど、魔石を摘出するにしても壊すにしても早くして」

「分かった。にしても」

 

 この状況流行ってるのかねぇ。このダンジョンでエプリにやられたことを思い出し、抑えつけられながらも暴れているゴリラ凶魔を見て、ついつい自分と重ね合わせてしまう俺なのであった。

 

 

 

 

 ゴリラ凶魔は風で拘束されながらも何とか外そうと激しくもがいている。

 

「このまま暴れ疲れておとなしくなるまでどのくらいかかると思う?」

「……確実に拘束が解ける方が早いわね。いいから倒すにしても助けるにしても早く!」

 

 エプリに急かされ改めてゴリラ凶魔の方を向く。背丈は以前の鬼と比べて低めだが、それでも二メートルはあるので当然魔石がある場所もやや高め。手を伸ばして何とか届く場所だ。

 

 だけど当然近づく俺にゴリラ凶魔の視線がバッチリ集中する訳で、殺意の乗った視線が俺にグサグサと突き刺さる。ちょっと向こう向いててくれないかな。

 

「……待てよ?」

 

 魔石に触れようとして肝心なことに気が付いた。こんな深々と埋まっている物を摘出したら大量出血だ。それに俺が跳ばされてきた時のように、取り出した後で何か発動しないだろうな?

 

 念の為エプリにその事を伝えると、それは多分大丈夫と彼女は言った。

 

「……まず出血についてだけど、魔石を摘出したらすぐに私が応急処置をする。傷口を塞ぐだけなら問題ないわ。もう一つの方は……断言できないけど、そういう術式は仕掛けるのに手間がかかるからそう多く作れるとは思えない」

 

 成程。あまり乱発出来ない物だから、こんな場所でまた仕込まれる可能性は低いってことか。それを言ったらこんな所で凶魔化した人に出くわす可能性も低いと思うけど、今はそのことは置いておこう。

 

「よし。それじゃあ気合を入れてぶっこ抜くとしますか」

 

 軽く自分の頬を叩き、なるべく刺激しないようにそっとゴリラ凶魔の胸元にある魔石に手を伸ばす。頼むからおとなしくしていてくれよ。

 

「グルアアア」

 

 ゴリラ凶魔は頭部の角を振り回して威嚇するが、ギリギリ俺までは届いていない。それでも危ないことに変わりはないのでなるべく下の方からそっと魔石に触れる。

 

 この魔石が鬼の身体にあったサイズと同じとすれば、露出している部分から考えてまだ半分以上埋まっている計算になる。俺はしっかり魔石を握りしめて全力で引っ張った。

 

「グルアアアァッ!!」

 

 一層ゴリラ凶魔のもがきが激しくなる。考えてみれば当然だな。だけどもう少し我慢してくれ。負けじと更に力を込めて魔石を引っ張る。

 

 ヌーボ(触手)も一緒になって引っ張ってくれた甲斐があり、ブチブチと音を立てて少しずつ魔石は引き抜けつつあった。これならいけるか? 俺はそう思っていた。

 

 

 ビシッ。ビシッと、何かがひび割れる音が聞こえるまでは。

 

 

 ひび割れる音? 慌てて魔石を見ても別段砕けた様子はない。ヌーボ(触手)が握った箇所も問題ない。とすると一体何が……。

 

「……っ!? マズイ。そこから離れてっ!!」

 

 俺がエプリの声に反応したのと、()()()()()()()()()()()()ゴリラ凶魔の右腕が自由になるのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 しまった! さっきからもがき続けてたのはこの為か!? 拘束が解けないからって代わりに土台の壁そのものを壊すなんて!?

 

 急に自分を含めた周りの動きがとてもゆっくりに感じられた。

 

 奴の右拳二つが迫ってくる。このままだと一つは俺の顔面。もう一つは胸元に直撃コースだ。躱そうにも近すぎて躱しきれない。さっきは何とか耐えることが出来たが、今回はガードも出来ない状態での直撃だ。間違いなく酷いことになる。

 

 意識を周りに向けると、ヌーボ(触手)は咄嗟にゴリラ凶魔の腕の一本を絡めとろうとしているが間に合うかどうかギリギリ。間に合えば顔面の方は食い止められるかもしれない。エプリは風で俺を逃がそうとしているが、ほんの僅かに拳が直撃する方が早い。

 

 刻一刻と近づく拳。……あのパンチ痛そうだな。躱せないならせめてなるべく痛くないように身体に力を入れる。そして、俺の胸元に拳が直撃する瞬間。

 

 

「……悪いな。ちょいと失礼」

 

 

 どこか飄々とした声が聞こえたと思ったら、目の前に迫る拳の片方が突如として視界から消える。どこへいったのかと目で探せば、それはすぐに見つかった。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 もう片方はヌーボ(触手)によって絡めとられ、俺の目前で止められている。こっちはまだ理解できた。しかし床に転がっている腕だけがどうにも分からない。

 

「……おわっ!?」

 

 次の瞬間、俺は強風でエプリの所までゴロゴロと転がされた。ヌーボ(触手)も俺に巻き付いたままなので巻き添えだ。なんかすまない。

 

「っ~。もうちょっと優しく助けてくれると嬉しいんだけどな」

「咄嗟だったから贅沢言わない。……それに私だけでは間に合わなかった。間に合ったのはスライムと……あのヒトのおかげ」

「あの人?」

 

 俺が改めてゴリラ凶魔の方を見ると、そこには一人の男が立っていた。

 

 歳は二十歳くらいだろうか? 金髪碧眼で身長百七十半ば。どこか着物に似た空色の服を身に着けた、どことなく涼やかなイメージのある優男と言った感じだ。そのまま日本をぶらついても普通に留学生か何かで誤魔化せそうである。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「グァ。……グルアアアアアアッ」

 

 ゴリラ凶魔は今の今まで自分の腕が一本消えたことに気づかなかったようだった。しかし床に転がる自分の腕と、腕があった所から流れる血を見てようやく気が付いたらしく、今までで最大の咆哮をあげる。

 

 それは痛みでと言うより、自らを傷つけた相手に対する圧倒的な怒りと殺意によるもののようだった。

 

「……あぁ。一応聞いておくが、これアンタらの獲物か? 咄嗟に斬り捨てたがもしそういうことなら悪いことしたなと思って」

 

 男はこちらに振り向いてそんな質問を投げかけてくる。俺は首をぶんぶんと横に振って違うと答える。というか後ろ後ろっ! ゴリラ凶魔が今にも殴り掛かってきてるんだけどっ!

 

 腕が一本無くなったとは言え、残る三本の腕のパワフルな攻撃と本体の頑丈な表皮は侮れない……筈なのだけど。

 

「よっ。とっ。……いい加減止めておかないか?」

 

 男はゴリラ凶魔の拳をこともなげに全て躱していた。まるで攻撃のタイミングや軌道が全て読めているかのように全て紙一重で。おまけに躱しながら軽くゴリラ凶魔のバランスを崩してよろめかせるなんてこともやっている。圧倒的な実力差がないと出来ないことだ。

 

「さて。どうやらアンタらの獲物でもないようだし、意思の疎通も出来ない凶魔となれば……俺が仕留めても構わないよな?」

 

 そう言って腰の刀に手をかける男の動きに俺はハッとした。

 

「ま、待ってください。その凶魔は元人間かもしれないんです!」

「……へぇ」

 

 俺の言葉に、男は少し興味を持ったようだった。エプリは事態を静観しているようで動きはない。俺はさらに続ける。

 

「胸元にある魔石を傷つけずに摘出できれば、もしかしたら元に戻るかもしれないんです。だから……」

「だから? 俺に助けてほしいとでも言う気か? 言っとくがアンタらを助けたのは偶然だ。これ以上望むのは虫が良い話じゃないか?」

 

 男はニヤリと笑いながら訊ねる。無論そのやり取りの間も戦いながら。一人でゴリラ凶魔の注意を引き、全ての攻撃を回避し続けている。

 

「実際さっきは俺が割って入らなかったらヤバかったんじゃないか? そんな危険を冒してもコイツを助けたいと? 特に知り合いでもなんでもなさそうなのに?」

 

 俺はその言葉を聞いて一瞬考える。俺達にその人を助ける理由はない。元々魔石をどうこうという話も、まともにダメージが入らなそうだからそこに至ったってだけの話だ。他に倒せる方法があったらおそらくそっちを取っただろう。

 

 助ける義理はない。義務もない。このままこの人に倒してもらった方がよっぽど楽だ。無理に危険に顔を突っ込むこともない。なんだ。答えは簡単じゃないか。

 

「助けたいです。だって目の前の人のピンチを見捨てて迎える明日よりも、助けて迎える明日の方が気持ちが良いに決まってるじゃないですか!!」

 

 別に考えることでもなかった。俺は見知らぬ誰かの為にやるんじゃない。自分のささやかな満足の為にやるんだ。何もしなかったらこれで終わり。それなら助けられるか試してみてからの方が良いに決まってる。勿論死にたくはないので危険な行動はなるべく控えながらだけどな。

 

「……成程。お前さん自分の考えや行動で周りの人を振り回すタイプだろう? うちのボスに似たタイプだ。なら……こうするしかないよなっ!!」

 

 男はそう言うと、刀を握ってゴリラ凶魔の方に向き直った。

 

「何を……」

 

 俺の言葉はそこで途切れた。何せ、男が刀を握って軽く身構えたと思ったら、チンっという音がしてそのまますぐに構えを解いた。俺に分かったのはたったそれだけ。

 

 たったそれだけの間に、ゴリラ凶魔は胸から血を吹き出して仰向けに倒れこんだのだから。

 

 何が起こったか分からず、俺は倒れこんだゴリラ凶魔に駆け寄る。するとよく見れば胸元に埋まっていた魔石が無くなっていた。

 

「長引かせるとマズそうだったんでね。魔石の部分だけ断ち切らせてもらった。……急いで傷口を塞いだ方が良いんじゃないか? 本当に人に戻るのなら、放っといたら出血多量で死んじまうぜ?」

 

 振り向くと、男は片手に大きな魔石を持ちながら俺にそう言った。返り血もほとんどなく、目にもとまらぬ早業で魔石を摘出して見せたのだ。

 

「エプリっ! 応急処置頼む!」

 

 油断なく周囲を伺っていたエプリは小走りでゴリラ凶魔の所に駆け寄る。ゴリラ凶魔は倒れたが、安心した所を襲われたらたまらないからな。周囲を警戒するのは納得だ。

 

「安心しろ。ここに来るまでざっと探ったが、近くに敵意を持った奴はいない」

 

 警戒するエプリに男はそう声をかける。摘出した魔石を懐にしまうと、彼は腕を組みながら近くの壁によりかかった。エプリと同じように周囲を探る能力を持っているのだろうか?

 

 エプリは警戒を緩めず、そのままローブから取り出した布で傷口の血を簡単に拭う。大まかに血を拭ったら、新たに取り出した小瓶から何かの液体を患部に振りかけた。

 

 聞いてみると液体はファンタジーでお馴染みのポーション。いわゆる回復薬らしく、患部にかけるタイプと飲ませるタイプの二種類があると言う。

 

 かけるタイプは患部のみの回復力を一気に高め、飲ませるタイプは身体全体の回復力を高める代わりに時間が多少かかるとか。日本に持って帰れたら重宝しそうだ。

 

「貴方は……誰なんですか?」

 

 厄介だったゴリラ凶魔を瞬殺し、自分達を助けてくれた謎の男に対して、俺は感謝や警戒が色々まぜこぜになった声で質問する。

 

「そう言えば名乗ってなかったな。俺はアシュ。アシュ・サード。流れの用心棒をやっている者だ。まあ、よろしく」

 

 男、アシュはうっかりしていたとばかりに額をポリポリと掻きながらそう名乗った。

 




 刀ってロマンですよね。


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商人と用心棒

「はあっ。はあっ。……雇い主を放って一人で先に進むなんて、まったくなんて用心棒ですか」

 

 そんな声が通路の一つから聞こえてきたのは、丁度ゴリラ凶魔の止血が済んだ時だった。エプリは素早く俺の前に立って身構え、俺もポケットの中の硬貨を握りしめる。

 

 声の主は一人の少女だった。齢は十三、四くらいか? 蜂蜜色の髪をストレートに腰の近くまで伸ばし、前髪を花を模った髪留めで押さえている。動きやすそうな布製の服装に片手にはカンテラ。そこからの光は部屋をそれなりに明るく照らしだす。

 

 しかし特筆すべき所はそこじゃない。彼女は体格に合わない、背の低い大人なら丸々入れるサイズのリュックサックを軽々と背負っていたのだ。傍から見ると小山のようだ。

 

「悪い悪い。しかし契約の時に言っておいた筈だぜ? 俺は用心棒であって従者じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だと。さっきは周囲に危険はなさそうだから先行しただけだ」

「それにしても説明ぐらいしてくださいよ。いきなり『ちょいと行ってくる』って先行するから理由を聞く間も止める間もなかったですよ。……にしても、何ですかこの状況は?」

 

 現れた少女と親し気に話すアシュ。どうやら知り合いのようだ。少女は部屋を見回すと俺やエプリに目を向ける。

 

「ちょっとした成り行きだな。なに。すぐに終わる」

「すぐにって……ちょっと!? それ凶魔じゃないですか!! なんで治療なんか!?」

 

 少女はゴリラ凶魔に目を止めると酷く驚く。当然だよな。手当たり次第に誰彼構わず襲い掛かるような相手を治すなんて何考えてるのかって話だよ。

 

 少女は一目散にアシュの所に駆け出して後ろに隠れる。……どうやら盾にしているらしいが、アシュが動じていないのを見て少し落ち着き、恐る恐る顔を出して覗き見ている。なんか微笑ましい。

 

「……見て。戻り始めた」

 

 エプリの言葉にゴリラ凶魔を見ると、少しずつ全身を覆う緑の剛毛が薄くなっていた。四本腕の内二つはそのまま身体に引っ込むように縮んでいく。幸い切り落とされた腕は縮んでいく方で、これなら隻腕にならずに済みそうだ。

 

 凶魔の証である角も縮んでいき、もう最初の半分程度。よし。このまま行けば大丈夫そうだ。

 

「なんなんですかねぇこの状況? 折角ダンジョンに入ったのにちいっとも儲からないし、用心棒は勝手に行動するし。挙句の果てにこれ。ホント訳が分からないですよ」

「……本当に変わるとはな」

 

 アシュや少女もこの光景を見て唖然としている。それはそうだ。今まで凶魔だったのが、徐々に人の姿になっていくのだから。

 

 ほら。どんどん地肌が見えてくる。どうやら男らしいな。歳は三十くらいって所か。ゴリラじゃなくても中々に筋肉のついた身体だね。腹筋なんかしっかりと割れて……って!! これはマズイ!!

 

「だ、誰かっ!! 布でも毛布でも良いから掛ける物を! さもないと色々マズイことになるぞ!!」

「……さっきの布の余りを掛けておく。余りだから身体全体は覆えないけど」

「構わない! 特に下半身を重点的に頼む!」

 

 俺の言葉にいち早く反応したエプリが、さっきの余り布を素早く元ゴリラ凶魔の男に掛ける。……気のせいかフードの下の顔が少し赤くなっていたような。だがおかげで助かった。

 

 考えてみたらゴリラ凶魔は服を着ていなかった訳で、当然だがそのまま人間に戻るってことは……つまりそういう事だ。男だけならともかく女性もいるからな。こういう事は未然に防ぐのが一番だ。

 

 

 

 

「しかしどうしたもんかね」

 

 人に戻った元ゴリラ凶魔の男を前に、俺は頭を抱えていた。助けたいと思ったのは嘘じゃない。しかしダンジョンを裸の男を連れて脱出するのは一気に難易度が跳ね上がる。

 

 なので散らばっていた骨を使って焚き火を作り、目を覚ますまで傍で待つことにしたのだが……いくら待っても叩いてもつねっても、一向に目を覚まさない。

 

「相当身体に負担がかかっていたようだな。俺も初めて見たが、こういうのはいつまで眠り続けるか分からんぞ。下手すりゃ数日かかる」

「そうですか……。あの、ありがとうございますアシュさん。助けてもらった上に付き合ってもらって」

 

 そう。何故かアシュさんと少女も同じ部屋に陣取ってくれている。流石に全員付き添っても意味がないので交替でだが。今はエプリが部屋の周囲の様子を確認している。

 

「ハハッ。良いって良いって。一応俺も助けるのに一役買った訳だし、結末ぐらいは見届けないとな。それに丁度うちの雇い主にも休憩を挟ませたかった所だ」

「休憩なんかいいですってば! こんな金にならなそうな人達は放っておいてさっさと行きますよ。用心棒さん」

「嘘言いなさんなよ雇い主殿。まだ膝が笑っているぜ。もちっと休んでいかないと途中でへばるのは目に見えてる。休むついでに人助けしても罰は当たらんよ。人間困った時はお互い様だ」

 

 今にも少女は出発しようと意気込んでいるが、アシュさんにまあまあと宥められて少女も自分が疲れていることに気づいたのか、それ以上反論せずに悔しそうな顔をしながら焚き火の前に座り込む。それを見てアシュさんも自分も焚き火に当たりはじめた。

 

 ……なんかアシュさんって誰かに似てる感じなんだよなぁ。飄々としている所とか、やたら戦闘力が高い所とか。

 

 それにしても。俺は軽く持ち金を確認する。今回の人命救助に後悔はしていない。だけど自分の懐が予想以上にダメージを受けたことはキツイ。

 

 今回ゴリラ凶魔相手に使った金は全部で三百九十デン。それだけで済んだことを喜ぶべきなのだろうが当然収穫はゼロ。

 

 一番金になりそうな魔石はアシュさんに渡した。今からでも言ったら返してもらえそうだが、ピンチを助けてもらったからな。その分の礼ってことで。

 

 散らばっていたスケルトンとボーンビーストの素材はほぼ傷物で、焚き火用にしかなりそうにない。ダンジョン用核も似たようなもので、なによりこの面子の前で換金する訳にもいかない。おまけに、

 

 ぐう~。

 

 さっきから見張りに立っている()()()()腹が鳴っている。どうやら能力が高い分、エネルギーの消費も激しいらしい。“竜巻”だの“二重強風”だの相当使っていたからな。

 

 以前非常食は二日分あると言っていたが、それは少しずつ食べればという意味だったらしい。今も非常食らしい押し固めたパンを口に放り込んでいるが、腹の音はまるで鳴り止まない。

 

 微妙に手がプルプルと震えていることから、どうやら恥ずかしいとは思っているらしい。

 

「はあ~。金も無ければ食事もない。ないない尽くしで参ったよまったく」

「おっ! お前さん飯はないのか?」

 

 つい口から出る愚痴にアシュさんが耳ざとく反応する。よく見れば自分は何か饅頭のような物を頬張り、少女もパンみたいな物を齧っているがこっちは牢で出た物よりも上等そうだ。

 

「俺の分はまだ有るんですが、エプリ……仲間が腹を減らしているのに自分だけ食うのもどうかと思って。それにここから出るまでどれだけかかるか分からないから節約しないと」

「……私の事は気にせず食べなさい。雇い主に倒れられては困るわ」

 

 そんなことを言うエプリだが、その前に腹の虫をどうにかしてほしい。

 

「成程ねぇ。良かったなジューネ。()()()()()()

「今の言葉聞いていなかったんですか? 金が無い相手に何を売りつけろと?」

「なあに。さっきの魔石は良い値が付きそうだし俺が払ってやるよ。それに比べりゃ食事位安いもんさ」

「……それならまぁ儲け話にはなりそうですね。良いでしょう」

 

 二人は何やら話し込んでいたが、どうやら纏まったらしく少女がこちらの方を振り向く。何故かその表情は凄まじい程に笑顔だった。……これはあれだ。いわゆる営業スマイルだ。しかもとびきり練度の高いやつ。よほど練習を積んだのだろう。

 

「さてさて、ようこそお客様。()()()()()()()ジューネのお店に!」

 

 そこで少女、ジューネは背負っていたリュックサックを降ろし、上の方の留め金をパチリと外した。すると、

 

「おっ、おお~!!」

 

 驚いたことに、リュックサックはそのまま拡がった。ただバラけるのではなく言わば変形だ。

 

 一部は取り外され簡易型の椅子と台になり、台の上には様々な品物が並んでいる。別のパーツは小さな屋根と簡単な壁を形作り、畳二畳ほどのちょっとしたスペースを造り出していた。奥の方には台の上に収まり切れなかった品がまだあるようだ。成程。これは確かに移動式個人商店だな。

 

「ちょっとした食料や日用品。或いは簡単な武器防具からご禁制ギリギリの品まで、取り扱いの広さは我が店のちょっとした自慢でございます。どうぞお気に召す物があればお持ちくださいませ。……無論お代は頂きますが」

 

 そしてジューネは天使のような営業スマイルを解くと、一転して小悪魔のように少しだけ邪気を感じさせる笑みを浮かべてこう締めくくった。

 

「ただし、必要のない物までお買い上げ頂くことになってもご容赦を。何せ私……商人ですから」

 

 

 

 

 嬢ちゃんも一緒に見た方が良いだろうとアシュさんがエプリと見張りを交代し、しばらく会話をしたかと思うと入れ替わりでエプリがこちらに駆けてきた。

 

「何話してたんだ?」

「……見張りの引継ぎについてね。通路に簡単な罠を仕掛けたり……あとは互いの探査能力について少し。全ての能力は話さないけど、互いに雇い主を守るために必要な分は情報を共有しないとね」

 

 流石傭兵と用心棒。互いにプロフェッショナルということで話はスムーズに進んだらしい。詳しくは教えてくれなかったが、アシュさんもエプリが言うにはかなり広い範囲を調べられるという。

 

「そっか。……俺も次は見張りに立つか?」

「それよりいざって言う時のために体力を温存してもらった方が助かるわ。アナタ自身もそれなりに戦力として使えるって分かったし、自衛出来るなら護衛の難易度が下がるもの」

 

 認められたのは嬉しいが、美少女にばかり働かせるのは落ち着かない。何か出来ることはないかな?

 

「……ふっ。雇い主が気を使わなくて良いの。アナタは無事に脱出することを考えなさい」

 

 考えていることが顔に出ていたのか、エプリに軽く鼻で笑われた。そんなに分かりやすいかな俺。

 

 まあ何はともあれ今は買い物だ。ダンジョンショップっていうのもまたロマンじゃないか!

 




 変形、持ち運び可能な店って良いですよね!

 流石に毎日更新はしんどくなってきたので、次回からは不定期更新になります。

 ブックマークや評価を頂けると調子に乗って筆の進みが早まるかと思われますので、読者様には何卒よろしくお願いいたします。低評価でも大歓迎ですよ!(当然高評価だともっと良いですけど)


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取引開始と気になる箱

「いらっしゃいませ! どのような物をお探しで?」

 

 そんなこんなでジューネの営業スマイルに見つめられながら品物を見せてもらうのだが、俺には品物の相場が分からない。査定する訳にもいかず、少し話し合って商談はエプリにお任せとなった。

 

「……水と食料をさしあたって()()で三日分お願い。味より腹持ちと栄養価を優先で。持ち運びしやすくて長持ちすると尚良いわ。……用立てられる?」

 

 ダンジョンに入ってからここに来るまでアシュさん達は二日かかったという。エプリの能力があればもう少し早く行けるとは思うが、余裕を持って三日分だ。

 

 ちなみにゴリラ凶魔の男を連れて行くことをエプリは「雇い主が助けると言った以上、その意向に従うわ。ただしアナタの命が最優先。どちらかを選ぶことになったら真っ先に切り捨てるから」と渋々了承してくれた。護衛の難易度を上げてすまない。

 

「もちろんですとも。ではこちらの品は如何でしょうか?」

 

 ジューネが店の奥から取り出してきたのは、大きめの水筒が三つと何かの肉らしき燻製。初めて見る果物。そして大量の黒パンだった。

 

「長期保存と腹持ちを優先との事で、足の速い品は除外致しました。持ち運びに関しては別に袋をご用意致します」

「こんな大量の荷物どこにあったんだ?」

「商売上の秘密でございます。お客様」

 

 他の品物と合わせると、リュックサック状態の体積より多い気がするのだが気のせいか? 一応訊ねてみたがニッコリ笑ってはぐらかされた。

 

 エプリは品物をじっくり検分し、改めてジューネに向き直る。

 

「……値段はどのくらい?」

「お代は……こちらになります」

 

 ジューネは懐から算盤を取り出した。異世界にもあるのか算盤。しばらく玉を弾いてこちらに見えるように台の上に置く。

 

 昔やってたから多少は分かるけどどれどれ。これが一デンだとして……ちょっと高くない?

 

「相場より大分高めね」

「ダンジョン料金ですので。品質は保証致します」

「品質保証は商人として当然でしょう? ……良いわ。代わりにそこに並ぶ品を一つタダにするくらいの度量は見せなさい」

「…………分かりました。商談成立ですね」

 

 ジューネはしばし考え、笑顔を崩さずそう答えた。それを聞いてエプリはローブから硬貨を取り出す。

 

「おや? アシュが払うという話では?」

「雇い主からの要望で、いくら何でも大量に奢ってもらう訳にはいかないって。私も借りを作るのは苦手だし自分の分は払うわ。……そこで倒れている男の分だけお願い」

 

 エプリは二人分の値段をジューネに支払う。俺はその間に品物を用意された袋に詰めていく。そのくらいはしないとな。

 

 

 

 

「確かに受け取りました。それと先ほどの方の服も見繕いましょう。我が商店は衣服も取り扱っておりますので」

「……助かるわ」

 

 商談は終わったが情報収集の場としてもある。そちらはエプリに任せて、こっちは品物を見てみるとするか。

 

 ブラッ〇サンダーとかあったりしないかな? 大好物で牢獄のリュックの中に入ってたのだけど……今頃溶けてないだろうな? そんなことを考えつつも、俺は一つ一つ手に取って眺めてみる。

 

 ……う~む。剣や盾は分かるけど、木の板やお札みたいな道具になると使い方もさっぱりだ。置かれている物に一貫性がない。

 

「何か良さそうなものは……んっ!?」

 

 なんとなく気になる物があった。古ぼけた小さな木製の箱で、一辺が十センチくらいの大きいサイコロみたいな感じだ。だけど箱にしては開ける場所がなく、軽く振ってみると中からカラコロ音がする。

 

「ああ。そちらをお求めですか?」

 

 客の視線には敏感なようでジューネがこちらに向かってきた。

 

「これは?」

「はい。こちらは以前偶然手に入れた物なのですが……不明なのですよ」

「不明? 何か分からない物を売っているのか?」

 

 それはちょっと無責任じゃないか? 操作方法を誤ったら周りに被害が出る品じゃないよな?

 

「お恥ずかしい限りですが。何しろ開け方が分からず、無理やりこじ開けようにも中身を傷つけてしまいかねず。半ばお客様でこれが何か知っている方が居ないかと考えて店先に出しております」

 

 中身が分からない箱か。ビックリ箱とかなら良いが、異世界の箱となると危険度が一気に跳ね上がる。神話に出てくる開けたら災いが飛び出す箱の親戚とかだったりして。……しかしさっきから無性に気になるんだよなぁ。

 

「……これいくら?」

「そちらは……」

 

 ジューネはまた算盤を弾いてこちらに見せる。……三十デンか。日本円にして三百円。向こうも在庫処分的な扱いなのかもな。これなら買っても良いか。

 

「よし。買った!」

「お買い上げありがとうございます」

 

 俺はポケットから銅貨を三枚取り出して渡し、代わりに木の箱を受け取る。あとで査定すれば手掛かり位は掴めるだろう。

 

 ちなみにエプリは何か珠のような物を一つただにして貰っていた。一体何だろうな?

 

 

 

 

 買い物も終わり、俺達は焚き火にあたって夕飯を食べていた。時計はもう夜の九時過ぎだ。

 

 途中何度か小休止を挟んではいたが、そろそろちゃんと身体を休めないと。身体は加護で疲れにくくなっていても、疲れがないわけではない。ちなみに夕飯はアシュさんの奢り。一食程度ならありがたくゴチになります。

 

 ヌーボ(触手)の分も貰ったが、コイツの場合食事をあげればあげるほど食べるので止め時が難しい。ヌーボ(触手)を初めて見た時はジューネも警戒していたが、徐々に何もしないと分かったのか、手ずから持っていたクッキーの欠片を食べさせていた。

 

「この子がいればごみ処理の手間と代金が浮くかも。何とか買い取れないでしょうか?」とか聞こえてきたが……ヌーボ(触手)は恩スライムで売り物じゃないぞ。

 

 警戒役として先に食べ終えたアシュさんは通路脇で座っている。そちらをチラリと見ると、すぐに反応して手を振り返すことから常に周囲を見ているらしい。見かけは自然体なのだが。

 

「……そう言えば、貴方達は何故こんな所に? このダンジョンは発見されたばかりであまり知られていないはずですが」

 

 食事中ジューネがそう訊ねてきた。今はお客様じゃないから普通の喋り方だ。

 

 しかしクラウンの奴そんな所に跳ばしたのか。もしエプリと一緒じゃなかったら最悪餓死もあり得たな。それにしても、

 

「え~と。なんて説明すれば良いのか。俺達は……」

 

 全て話すと色々面倒なので、悪い奴(クラウン)が牢屋で暴れていて、戦闘中にそいつが囚人の一人を凶魔に変えて逃げた。凶魔を撃退して元に戻したのだけど、その時魔石に仕込まれた空属性の暴走によってここに跳ばされた。という風に掻い摘んだ。

 

 エプリの事はボカシている。ここで余計なことを言って関係をギクシャクさせたくない。

 

「成程……それは災難でしたね」

 

 ジューネは俺の説明を聞き、一瞬アシュの方を見てから気の毒そうにそう言った。

 

「……するとここが何処かも知らずに?」

「そうなんだ。気が付いたらここでそこら中スケルトンだらけ。必死にエプリの能力を頼りに進んできたらさっきの凶魔に襲われたってわけ。……アシュさんがいなかったらヤバかった」

 

 もし来てくれなかったらと思うとゾッとする。多分あのまま俺は重傷。その場合エプリは間違いなく魔石を直接狙う手段に出ていただろう。そうならなくて助かった。

 

「どうりで軽装備だと思いました。先ほども言いましたが、ここは最近発見されたばかりのダンジョンです。場所は交易都市群の北の外れ。魔族国家デムニス国との間に位置しています」

「デムニス国……」

 

 エプリがそうポツリと呟いた。何か思うことでもあるのだろうか?

 

 デムニス国というのは俺が最初に来たヒュムス国。そこから相当北の交易都市群を越えた先に位置する魔族主導の国らしい。ヒュムス国とはすこぶる仲が悪いとか。

 

 しかし大分遠くまで跳ばされたようだ。イザスタさんとの合流が厳しくなったと俺は内心頭を抱える。

 

「ここは交易路から少し離れていて、見つかった時にはかなり大きくなっていました。本来調査が済むまでは立ち入り禁止なのですよ。そんな場所に貴方達がいたので私ビックリしちゃいましたよ」

「それはゴメン……って!? よく考えたらジューネ達も潜ってるじゃんっ?」

 

 見つかった時には大きくなっていたという言葉に違和感を感じるが、今はこちらの方が気にかかる。

 

 調査が済むまでってことはこの二人は調査員か? だがそれなら普通こういう場所の調査と言えば、大規模な調査隊を送るものじゃ無いだろうか? それが二人だけと言うのは不自然だ。

 

「それは簡単。()()()()()()()()()()

 

 ジューネは急に立ち上がってそう言った。なんのこっちゃ? いきなり予想外の答えが飛び出してきたので俺の反応が一瞬遅れる。

 

「我が商店の取り扱う商品には()()も含まれます。そして情報は鮮度が命! 例え危険だろうとも。いや、危険だからこそ! その情報には価値が生まれるのです。調査隊が入るより前に、私達で先行して内部の情報を持ち帰る。それにどれだけの価値が生まれるか……」

 

 商人というのが最大限の利益を追求する者だとはなんとなく知っていたけど、ここまで命がけだとは。目をキラキラさせるジューネから無意識に少し後退っていた。商人って怖い。

 

「ただここはスケルトンばかりで旨味がなく、その上構造が相当広い上に複雑なのですよ。現地で調達できる物で一儲けと考えていたのですが、そこまで上手くいかないようです」

 

 軽くため息を吐くジューネ。確かにスケルトンから獲れる物はどれも安かった。実際はその場で換金出来る訳でもなく、換金出来る所まで運ぶ必要もある。手間を考えると確かにスケルトンは旨味がない。

 

 それにダンジョンが相当広くて複雑というのもマズイ。探索に時間が掛かれば掛かるほど、当然食料等の日用品を消費する。

 

 補充しようにも出てくるのがスケルトンばかりではそれも無理。何せ最初から骨しかない。

 

「これ以上ここに居ても収穫は少なそうですし、ここまでの道のりだけでも情報としては悪くはないでしょう。という訳で私達は明日引き上げを開始します。貴方達はどうしますか?」

「この人が起きるのを待って出発するよ。流石に眠っているヒトを連れて行くのは厳しいからな」

 

 俺も早く出発したいが、背負っていくには体格が少し……ほんの少しだけ俺の方が小さいから難しい。担架もない以上、起きて自分で歩いてもらうのが一番だ。

 

 問題はその間、男の人の傍に居なきゃいけないんだよな。護衛的な意味で。ヌーボ(触手)も俺達が起きるまではこんな感じだったんだろうか?

 

「そうですか……貴女も同意見で?」

 

 よいしょと座りなおしたジューネはエプリにも訊ねる。……考えてみれば、エプリはこのまま二人と行った方が確実に早く脱出出来るよな。俺はエプリの答えを少しドキドキしながら待つ。

 

「……私は一度受けた仕事は最後まで果たす。だから雇い主が待つのなら私も待つ。……彼を無事脱出させるまでが私の仕事だから」

 

 うおっ!! 予想以上にプロ根性の入った返答がきた。

 

「なら一度契約を解除するか? その方が早く脱出できるぞ。……アイツと合流するんだろ?」

 

 エプリがクラウンと合流するっていうのはなんか嫌だが、向こうがするって言うんだから仕方がない。傭兵として色々あるのだろう。そう言った直後。

 

「“風弾(ウィンドバレット)”」

「あだっ!?」

 

 額にエプリの風弾が直撃して悶絶する。前に受けたものより弱めだが、それでもやっぱり痛いは痛い。後ろに転がる俺に対し、エプリは冷ややかな口調で言う。

 

「バカにしないでくれる。アナタを置いていったら傭兵としての沽券に関わるわ。契約を解除しようものなら無理やり引っ張ってでも脱出させるわよ」

 

 気のせいか怒っているみたいだ。だが理由はどうあれ一緒に残ってくれるのは素直に嬉しい。

 

「ふぅむ。お二人とも残ると。……仕方ありませんね。残念ですが、明日別れるとしましょう。留まる経費も馬鹿になりませんからね」

 

 ジューネは言葉通り残念そうに、しかし商人として割り切って宣言した。まあ都合があるだろうしな。仕方ないかと思ったその時、

 

「……ねぇ。取引しない? 互いに得になるように」

 

 急にエプリがジューネに対して切り出した。フードに隠されながらも、焚き火に照らされたエプリの口元は不敵に笑っていた。

 




 パンドラの箱、コトリバコ、ミミックなど、開けたらマズイ箱は多々有ります。さてさてこの箱はどうでしょうか?


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取引成立と嘘を見抜く男

「取引ですか。……伺いましょう()()()。何がご入用で?」

 

 取引と聞いてジューネも口調が変わる。商人モードとでも呼ぼうか。

 

「明日アナタ達が出発するまでにそこの男が起きた場合、その男もアシュが護衛すること。起きなかった場合は男を運ぶために使える道具と、しばらくモンスターから襲われないようにする為の道具の提供。この二つね。道具の方は無いとは言わせないわ」

 

 エプリはそう断言するが、確かにこれだけ用意の良いジューネなら持っていそうだ。

 

「勿論ありますともお客様。我が商店は取り扱いの幅が広いことが数少ない自慢でございます。しかしそれだけのご要望となるとタダという訳にはまいりません。それに見合うお代を頂かないと」

 

 パチパチと音を立てる焚き火の傍で向き合う少女二人。なのに何故か二人の近くだけ温度が下がっていく感じがする。

 

「……当然ね。しかしこちらにはそれに見合うだけの現金はない。だけどアナタ言ったわよね? ()()も商品として取り扱っているって。対価はそれで払うというのはどう?」

「どのような情報で?」

 

 興味を惹かれたのかジューネも先を促してくる。しかしそんなものあったかな? 流石に俺が別の世界出身だとは話せないし、加護もジューネに話したらどんなことになるか分からないぞ。

 

「私達が提示するのは、ここまで来るのに辿った道のりそのもの。部屋の様子や通路の数。どこでどれだけの敵と遭遇したか。全てハッキリと頭の中に入っているわ。……何なら書き写してみせましょうか?」

 

 エプリの言葉にジューネは口元に手を当てて少し考え込む。確かに大体頭の中に入っているし、宝探しの嗜みとして時々地図を書いていたりする。エプリも時々俺の書いた地図を見て、細かい点を手直ししてくれたから少しは価値がある……のか?

 

「その情報が正しいという保証はありますか? 一応真偽は確かめませんと」

「そこは私達を信じてもらうしかない。ただ私の探査能力と合わせて考えれば、かなり高い精度にはなっていると思う。……アナタが貰える見返りはさぞ大きいでしょうね」

 

 凄まじく強引な交渉だ。こっちには情報が正しいと証明する方法は無い。向こうも確かめるには実際に行ってみるしかないが、引き上げるというのに余計な場所に寄っている暇はない。

 

 普通はこんな提案に乗る必要はないが、しかしもしこの情報が真実なら相当の価値になることは確実。ジューネの考えているのは多分そんな所じゃないだろうか?

 

「なぁ。ちょいと良いかい?」

 

 そこへずっと見張りをしていたアシュさんが割り込んできた。どうやら話は聞こえていたらしい。

 

「その情報。多分本当だと思うぜ。少なくとも()()()()()()()()

「……そうですか。ではお客様。そのお取引受けさせて頂きます。明日私達が出発するまでに男が目を覚まさなかった場合は荷物をお渡しし、目を覚ました場合は私の用心棒がその男も護衛対象として近くの町まで連れていきます。以上でよろしかったでしょうか?」

 

 アシュさんがそう断言すると、ジューネは急に取引を受けると言い出した。余程アシュさんのことを信頼しているらしい。

 

「……やけにあっさり受けたわね。もう少し粘るかと思ったけど」

「機を逃す商人は二流だと考えておりますので。……ただしお代は前払いで。同行する場合は脱出後で結構ですが、残られる場合は荷物と引き換えに頂くという形に」

「成程……この条件で良いかしら? 雇い主様?」

 

 突如こちらに振ってくるエプリ。一応雇い主だからって気を使っているらしい。前払いの件はもっともな話だし、内容も特に問題なさそうだ。俺は何も言わずにただ頷いた。

 

「……交渉成立のようね」

「はい。それでは情報の件、よろしくお願いいたしますね」

 

 

 

 

 こうしてエプリの機転によって、二人の協力を取り付けることに成功した。そのまま俺達はこれからのこと、道具の実演とか諸々を話し合い、そうこうしている内に夜中になってしまった。

 

 ダンジョン内では朝も夜もないが、だからと言って生活リズムを崩す必要もない。寝袋等もジューネから購入し、俺達は交代で見張りながら一夜を過ごすことになった。のだが、

 

「本当に俺達が先に寝て良いんですか? 見張りと火の番くらいなら俺でも行けますよ?」

「良いって良いって!! いきなりここに跳ばされた上に、さっきは相手を倒すことよりも助けることを優先した戦いをしただろ? そういうのは身体にじわじわ来るんだ。今は休んどきな。……嬢ちゃんもだ。平気を装ってるが結構消耗してるだろ?」

 

 見張りをアシュさんが一番に名乗り出て譲らない。見張りと行っても通路には仕掛けがしてあるし、実質火の番くらいのものだ。それに体力だけは多少自信があるから俺でも大丈夫だというのに。……貰った加護のおかげだから少し自慢しづらいが。

 

「……私はまだ問題ない。この程度なら……まだ」

「あのな。まだやれるって時が一番危ない。こういう連戦が確実に予想される所では、疲れが出る前に休むのが鉄則だ! 無論休めるならだがな。それで今は幸いにも休める時。そんな都合の良い機会を逃してどうするのかって話だ」

「…………分かった」

 

 食って掛かったエプリだが、冷静にアシュさんに返されて渋々とだが頷く。エプリが言い負かされるのは珍しいな。それだけアシュさんの言葉が的を射ていたってことか。

 

「心配すんな。交代の時間になったら起こしてやる。まずは俺。次に嬢ちゃん。最後にトキヒサの順だ。……ジューネは今の内にぐっすり寝てろよ。明日もた~っぷり歩くからな」

 

 それを聞いたジューネは苦い顔をして自分の寝袋に潜り込んだ。……足パンパンだったもんなぁ。さっき店の裏でこっそり足に軟膏のようなものを塗りたくっているのを見ちゃったし、ダンジョンを歩き慣れてはいないらしい。

 

「それじゃあ最初の見張り、よろしくお願いします」

「おうっ! 寝ろ寝ろ。良い夢見ろよ」

 

 そうして俺達は自分の寝袋に入った。何か手伝えることはないかと考えていたが、やはり疲れていたのかだんだんと瞼が重くなり……いつの間にか俺は意識を手放していた。

 

 

 

 

 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

 パチパチと焚き火が弾ける。その明かりに照らされながら、アシュは火の番をしていた。無論周囲の警戒も怠っていない。……いや。意識せずとも周囲を探ってしまうと言うべきか。

 

 現在この部屋に近づく者はいない。通路の仕掛けにより、この部屋はモンスターから自然と避けられるようになっている。無理やり入ろうとすればあっけなく入れるようなものだが。

 

「……まだ起きてたのか。早く寝な。朝になったら出発だろ? 取引がどっちに転ぼうともな」

 

 アシュは他者を起こさぬよう静かに、しかし今起きているであろう自分の小さな雇い主に対して声をかけた。ジューネはしばらく動かなかったが、そのままもぞもぞ寝袋から這い出る。

 

「ちょっと話があって。隣良いですか?」

 

 アシュが何も言わなかったので、ジューネは肯定だと受け取りのそのそとアシュの横に座って焚き火にあたりはじめる。並んで焚き火にあたる商人と用心棒。そのまましばし焚き火の弾ける音だけが響く。

 

「……まず先に謝っておきます。さっきはゴメンナサイ。貴方の意見も聞かずに付き合わせてしまって」

 

 先に口火を切ったのはジューネだった。彼女から話があると言ったのだから当然と言えば当然だが。

 

「護衛である貴方の意見を聞いてから取引に組み込むべきでした。場合によっては護衛対象が増えて負担が大きくなりますからね。これは私の不手際です」

「良いって。どのみち俺の意見を聞いた後でも取引自体はやめなかっただろ?」

「それは……そうですね。その方が儲けがあると踏みましたから」

 

 どうやら彼女にとって、アシュを取引に組み込むこと自体は決まっていたらしい。あくまで謝ったのは、()()()()()()()勝手に組み込んだことのみのようだ。

 

 

 

 

「……それで、あの方達の話したことをどう見ますか?」

「話したって……ここに来るまでの話か? それとも取引のことか?」

「両方です。率直な意見を聞かせてください」

 

 その言葉にふ~むと目を閉じて考えるアシュ。ジューネは何も言わずにただ答えを待っている。十秒ほど経ってアシュの出した答えは、

 

「ここに来るまでの話は微妙に嘘が混じってる。大体は本当だが肝心の所を話していない。さしずめエプリの嬢ちゃんの辺りだな。隠してんのは」

 

 ジューネはアシュに高い信頼を寄せていた。その理由の一つは、彼は()()()()()()()()()()があるからだ。それが何の加護かスキルかはジューネも知らない。アシュ曰く誰でも練習すれば出来るようになるらしいが、彼の場合相手が嘘を吐けばほぼ百発百中で反応する。

 

 あくまで嘘が分かるだけらしいが、騙しあいが日常茶飯事の商人の世界では非常に有用な能力だ。

 

「成程。では取引の方は? 情報が間違っている可能性はありますか?」

「こっちは嘘は吐いていなかった。あるとすれば自分で気づかない間違いだな。探査に失敗したとか、あとからダンジョンに手が加えられたとかな。……嬢ちゃんの探査能力は相当高いぜ。そこは確認したから間違いない」

 

 アシュはエプリと話し合って互いの能力を一部打ち明けている。エプリが見せたのは、風を通じて周囲を探る方法。風の流れがある限り、広範囲かつ細かな情報を得られる優秀な能力だ。

 

 風属性の使い手でも一握りしか出来ない精密かつ圧倒的なコントロール。まさに()()()()()()()()()()()()()()()この妙技に、アシュはすこぶる感心していたのだ。

 

「それなりに情報の正確性は保証されていると。……それなら安心です」

 

 ふぅと小さな商人は軽く息を吐く。取り扱う物の事はいつも気にかかるものだ。今回のような大金が動く可能性のある場合は特に。

 

 どこの分野でも一番儲かる可能性が高いのは最初に足を踏み入れた者だ。無論危険が伴う。後から来れば安全ではあるがその分実入りは少ない。

 

「今回のことが上手くいけば、目的に大きく近づきます。その為にも調査隊にはなるべく高く情報を買っていただかないと」

「そうだな。……おっと。商人が暗くなってちゃお客さんも寄ってこないぜ。ほらっ! 笑顔笑顔!!」

 

 呟くジューネの横顔はどこか張り詰めていて、それを見たアシュは両手の指で彼女の口角をあげて見せる。最初は嫌がっていたジューネだが、すぐに自分で営業スマイルを作ってみせた。

 

「よしよし。その調子。……それじゃあ話が終わったんならそろそろ寝な。明日も歩くぞ」

「はい。見張り番よろしくお願いしますね」

 

 そう言うとジューネは軽く服をパンパンと払って自分の寝袋に戻っていった。そして疲労からかすぐに寝息をたてはじめる。

 

 それを確認したアシュは、再び火の番と見張りに戻った。火が弱くなってきたら薪を足し、時折自分の雇い主や一緒に行くかもしれない者達に視線を向ける。

 

 

 

 

「……まだ交代には少し早いぜ」

「……アナタとジューネの声で目が覚めたのよ」

「それは悪いことをしたな。済まなかった」

「いえ。……丁度良かったわ。どうせ早めに交代するつもりだったから」

 

 ジューネが寝入るのを見計らったかのように、今度はエプリが起きだしてきた。交代まではまだ少しあるが、そのまま焚き火の近くにやってきてアシュの対面に座る。

 

「……どうしたの? 交代して寝袋に戻ったら? 別に元々の時間まで粘るなんてことは要らないわ」

「ああ。いや。一応聞いておきたいことがあったしな。折角だから今の内と思ってな」

 

 アシュはそう言うと、もう一度ざっと通路を確認する。仕掛けが壊されたわけではないが、こまめな点検は見張りとして必要だ。

 

「聞いておきたいこと? 取引についての内容確認とか?」

「いや。そういうのじゃなくて……実は人を探してるんだ」

「ヒト?」

 

 エプリは首を傾げる。

 

「ああ。もしかしたら知ってるか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 そしてダンジョンの夜は更けていく。

 




 休める時に休む。これ大事。そして時久が知らない間に色々動いているようで。


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荷車牽きと赤い砂時計

 ◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 異世界生活八日目。

 

 俺は荷車をロープで牽いていた。荷台には昨日戦った元ゴリラ凶魔の男が横になり、傍にはヌーボ(触手)が陣取って時折床擦れしないように身体をずらしている。出来たスライムだ。

 

 何故こんな状況になったか。それは今日の朝に遡る。

 

 

 

 

「そろそろ出発するとしましょうか」

 

 朝食を食べ、荷物を点検し、周囲を索敵する。そしてもうやることはないって時に、ジューネは時間切れを切り出した。

 

「……行くの?」

「はい。情報の価値は時間が経てば経つほど下がっていくものです」

 

 エプリの問いにリュックサックを背負いながら困ったような顔で返すジューネ。アシュさんも服の帯を締めなおし、腰に二振りの刀を提げてジューネに従い立ち上がる。

 

「こちらが約束の品です。お確かめください」

 

 怪我人を運ぶ折り畳み式荷車や、モンスターを寄せ付けない為の使い捨て魔道具。その他役に立ちそうな品がエプリと俺の前に積み上げられる。ホントにどんだけ入ってたんだあのリュック!?

 

「…………確かに。ではこちらも」

 

 品物を確認し、エプリは手元の紙の束をジューネに手渡す。中身は俺とエプリで作ったここまでの地図だ。不明瞭な所も多かったので、朝方二人で細かい箇所を大分書き直した。その分も踏まえて待ってもらったのだが……結局起きなかったか。

 

「……取引成立ですね」

 

 ジューネも中身をパラパラめくって確認し、地図をしまってニッコリと笑いかける。相変わらず見事な営業スマイルだ。世の客商売の方々に手本にしてほしいレベルだな。

 

「互いに良い取引であることを願いますが……」

 

 そこでジューネは一度言葉を止め、眠っている男をチラリと見る。

 

「……約束は約束。出発前に彼が起きなかっただけの話よ」

「そうだな。二人には助けてもらった礼こそあれ文句なんて言えない。急いでるんだろ? 後は俺達が何とか連れて行くから、ジューネ達は先に出発しなよ」

 

 二人がいなかったらそもそも助けられなかった可能性が高い。それに比べればまだ無事でいるし、運ぶ道具もある。これ以上は罰が当たるってくらい恵まれているとも。

 

「そうですか……分かりました」

 

 ジューネはそう言うと通路の方に歩き始める。スケルトンが居ないことはエプリとアシュさんが確認済みだ。

 

 前から思うけど周囲の様子が分かるというのは便利だ。これがあれば“相棒”に怒られそうな時も素早く逃げることが……ダメだな。多分位置が分かっても逃げきれずに捕まる。

 

「行くのか?」

 

 アシュさんがジューネに声をかける。その声は決して彼女を咎めているのではなく、あくまでも確認の為のようだった。

 

「えぇ。当初の目的を忘れてはいけませんから。……ですが」

 

 ジューネはそこでピタリと足を止めた。

 

「地図にはまだ分かりにくい所がありましたからね。そこを少し確かめてからでも良いでしょう」

 

 やや棒読みなジューネのその言葉に、アシュさんは少しだけ笑ったように見えた。

 

「商人としてはどうかと思うけどな。だから俺は付き合っているんだが」

「何を言うんですアシュ。これはあくまで取引の一環。不備が無いよう細かな確認をするだけです」

「はいはい。それじゃあのんびり確認するとしますか」

「のんびりとじゃダメです。迅速かつ速やかに、それでいて細かな所までキッチリとですよ」

 

 やはりこの二人は良い人だ。俺はこの世界に来て色々酷い目にあっているが、出会う人の運だけは絶好調だと思う。……あのクラウンの奴は除くけどな。

 

 

 男が目を覚ましたのは、俺達が地図の内容をさらに細かく話し合って一時間経った時のことだった。

 

 

 

 

「……それじゃあ何も覚えてないってことなのね?」

「あぁ。助けてもらって悪いがな」

 

 男はバルガスと名乗った。職業は冒険者。以前イザスタさんから聞いたのだが、冒険者と言うのはつまり何でも屋だ。よくライトノベルで見るように、依頼を受ければそれが報酬と危険度と労力に合う限り大抵のことをこなす職業。

 

 内容はちょっとしたお手伝いから危険なモンスターの討伐まで様々。さらにそこから専門が分岐していき、冒険者というのはその職業の総称だ。

 

 バルガスはハンター。冒険者の中でも主にモンスターを狩って生計を立てる者らしい。基本ソロで活動しランクはC級。年齢や実績から考えるとそこそこの位置づけだとか。ただここ数日の記憶がぽっかり抜けているようだった。

 

「最後に憶えているのは、町外れの街道に出たはぐれのブルーブルを狩っていた時だ」

 

 ブルーブルとは青い肌の牛型モンスターで、普段は群れて平原地帯を縄張りにしている。しかし時々はぐれて町の近くや街道に出没することがある。そのままだと危険なので、発見されたらすぐ撃退か討伐の依頼がされるとか。

 

 群れを相手取るのは危険だが一頭だけならC級一人でも勝てる。それにブルーブルは肉が高く売れ、皮や角も様々な素材に使えるので割の良い相手だ。そう勢い込んでブルーブルを仕留めた時、突然声を掛けられたという。

 

「男の声だと思うがはっきり思い出せねぇ。とにかく後ろから声を掛けられて、振り向いた瞬間胸に痛みが走ったんだ。そうしたら急に気が遠くなって、気が付いたらここに至るって訳だ。あんまり役に立てなくてすまねぇな」

「……いえ。ありがとうございます。まだ身体が弱ってますから横になっていてください」

 

 ひとまず話を打ち切る。まだ聞きたいことはあるが、今根掘り葉掘り聞いたら身体に良くないしな。それにしても、

 

「まだ歩くことは難しそうだし、やはり荷車で乗っけていくしかないか」

「そうですねぇ。本来なら一緒に行く以上、道具を提供するというのは無しでも良いのですが」

 

 バルガスの服も飲んでいる水も、用意したのは全てジューネだ。もし返せと言われたら、バルガスは裸一貫でダンジョンに放り出されることになる。所持品もなくしたらしく支払いも出来ない。だが、

 

「アシュに護衛させると約束した以上、護衛しやすく整えるのも取引の内ですね。引き続きこのままで行きましょう」

 

 やはり色々言いながらも助けようとする意思は変わらないようだ。

 

「さて。時間も有りませんし手早く行きましょう。……トキヒサさん!」

「おうっ!」

 

 急に呼ばれたので少し驚いたが、なるべく驚いていないように返事をしてみせる。

 

「貴方にはある意味一番過酷な仕事をしてもらうことになります。お覚悟は?」

「任せとけ!」

 

 これまであまり活躍できなかったからな。助けてもらった借りを返すために気合を入れていくぞ。どんな仕事でもかかってこ~い。

 

 

 

 

 そして現在に至る。確かに荷車を牽くのはある意味過酷な仕事だ。……どんな仕事でもかかってこ~いと考えるべきではなかったかもしれない。

 

「よし。ここらで休憩にするか。丁度良さそうな部屋もあるしな」

「さ、賛成です」

 

 アシュさんの言葉に俺は汗だくで頷く。俺達がダンジョンの脱出を再開してからもう午後の七時をまわっていた。

 

 隊列は先頭にアシュさん。次にエプリが周囲を探りながら続き、その後を護衛対象であるジューネ。本人曰く戦闘能力は無いそうなので隊列の中央に入っている。その後ろを俺がバルガスの乗る荷車を引っ張って続き、荷車にはヌーボ(触手)が同乗する。

 

 結局俺達が出発したのは昼前。その後一度小休止を取り、ジューネの意向とバルガスを早く安全な場所にということから休まず進み続けて数時間。戦いを避けて進んでいるとは言え、皆疲労が溜まっていた。

 

「……そうね。そろそろ休息が必要な頃合いかしら」

 

 すました顔でエプリは言っているが、出発した時に比べて僅かに息が上がっているようだ。時折周囲の状況を探り、スケルトン達を避けて出口へのルートを把握するのは高い集中を必要とするから当然か。

 

「…………は、い」

 

 ジューネに至っては息も絶え絶えだ。足はガクガク生まれたての小鹿のように震えて目は微妙に虚ろ。考えてみれば、理屈は知らないが明らかに自分よりも重量のあるリュックサックを担いでいるのだ。疲れない訳がない。

 

 バルガスに関しては言うに及ばず。ということで全員一致で本格的な休息をとることになった。

 

 

 

 

 

 

 部屋の内部を確認すると、手早く繋がる通路に仕掛けをするエプリとアシュさん。そして安全を確保すると今度は休憩の準備。俺達も疲れてはいたが、準備をしっかりとしておかないと安心して休めない。

 

 そういえばダンジョンの設計は誰がしているのだろうか? 物語だとダンジョンマスターがお約束だが……今は考えても仕方ないか。

 

 全て終わった時、アシュさん以外は全員ヘロヘロになっていた。エプリでさえ壁に寄り掛かって息を整えていたのだから相当だ。そのまま夕食を交代で通路を見張りながら食べる。

 

「えっと、現在位置は大体この辺りですね」

 

 夕食中ジューネが手製の地図の一部を指し示す。俺とエプリの物ではなく、ジューネとアシュさんがこれまでに書いた物だ。それによると今はこのダンジョンの地下二階。俺達が最初に跳ばされたのが地下三階で、階段を一つ上がったので間違っていない。

 

「バルガスさんを連れているのでもう少しかかると思っていましたが、予想以上にエプリさんのおかげで助かっています。これなら早ければ明日の夜中頃にはダンジョンを抜けられる予定です。まあ今日のような強行軍を続けるのは難しいので、実際はもう少しかかると思いますが」

 

 スケルトンと遭遇しないことや、的確なルート指示で大分時間が短縮されているらしい。

 

 しかし明日か。ダンジョンは好きだしロマンだけど、今は怪我人が居るからな。早く脱出できるならそれに越したことはない。

 

「……無理な行軍は長続きしないもの。少し余裕を持った予定は必要ね」

 

 エプリはそう言って千切ったパンを口に放り込む。失った体力を補おうとするかのように食べる。とにかく食べる。……食いすぎじゃないかってぐらい食べる。

 

 あのパンは一つでかなり腹持ちが良い筈なのにもう五つ目か。このまま大食いキャラで定着しそうだな。

 

 

 

 

「ところでバルガスさんの具合はどうですか?」

「あぁ。さっきまた眠ったとこだ。凶魔の時の疲労が今頃になって来たらしい」

 

 移動中も時折話を聞いてみたのだが、どうやら誰かに襲われたのは今から三日前のことらしい。襲われた時点で凶魔化したとすると、凶魔化なんて明らかに身体に悪そうな事を二日もしていたことになる。

 

 ……というか本当に良く人に戻れたな。最悪もう戻れないことも覚悟していたんだけど。

 

「それにしてもヒトの凶魔化とはとんでもない話です。上手く使えばかなりの利益を産み出せそうですが、私個人としてはどうにもやろうとは思えません」

 

 最初に利益のことを挙げる点は商人らしいが、凶魔化自体には反対の意思を示すジューネ。俺もあんな怪物になるのは嫌だ。明らかに理性がぶっ飛んでいたしな。……仮面〇イダーやスパイ〇ーマン的な怪物(ヒーロー)には少し憧れるけど。

 

「そういえば魔石を摘出したことでバルガスさんは元に戻ったんですよね? つまりその魔石を再び打ち込んだら……」

「そりゃあ凶魔化を……って!! 大事じゃないかそれ!! アシュさん。至急魔石を誰も触れないようにガッチガチに梱包してですね」

「それなら多分大丈夫だと思うぞ」

 

 慌てまくる俺に通路を見張っていたアシュさんが落ち着いた様子で言う。その手には今話題に出たばかりの魔石が。

 

「今のこれからは魔力はほとんど感じられない。仮に凶魔化に大量の魔力が必要だとすれば、多分バルガスを凶魔化させた時に大半を使っちまったんだろうな。これなら普通の魔石と変わらんよ」

「……だけど魔力が必要だというのはあくまで推測。その魔石自体が特殊な可能性もあるんじゃない?」

 

 アシュさんの言葉にエプリが冷静に反論する。もっともだけどエプリ。パンを手から離して言った方がより説得力があると思うぞ。

 

「では念の為、これはトキヒサの言う通りにガッチガチに梱包して俺が預かろう。……それなら少しは安心だろ?」

 

 アシュさんはあっさりと自分の意見を曲げてエプリに合わせた。どうやら最初からそう言われることは織り込み済みだったらしい。

 

 ジューネが出した包んだ物の魔力を漏れないようにする厚手の布で魔石を包み、その上からさらに何重も縛って懐に入れるアシュさん。

 

「これで良し。ここから出たら町で調べてもらった方が良いな。そうじゃないと売るに売れない」

 

 売る気はあるんだ!? この世界の人はたくましいな。

 

「勿論危険があると判断されたら売らないさ。その場合は然るべき所に預けるかその場でぶっ壊す。ちょいともったいないが、うっかり誰かが使ったりしたらことだ」

 

 アシュさんはそう言ってニカっと笑う。……う~む。やっぱりアシュさんって誰かに似ているんだよな。それも比較的最近会った気が。誰だったかなぁ。

 

「アシュ。儲け話でしたら私も混ぜてくださいよ。値上げ交渉ならお任せです。その場合儲けた分の一部は山分けですが」

「分かってるって。その時は頼りにしてるぜ。雇い主様よ」

 

 そうして和気藹々と金儲けの相談をする二人。俺は二人が話している所を見ていて……ふとアシュさんが腰から提げている刀に注目した。やっぱり刀はロマンだと思う。

 

 しかし二本提げてはいるが大刀と小刀という感じでもなく、片方には何故か鍔の所に鎖が巻かれて抜けないようになっている。

 

 そしてその鎖には赤い砂時計を模したような錠前が……うんっ!? ()()()()()

 

「ああ。そっか。イザスタさんに似てたんだ。雰囲気とか砂時計とか」

 

 そうポツリと呟いた瞬間、アシュさんがまるでリモコンの一時停止ボタンを押されたかのごとくビタッと動きを止め、そのまま錆びついたかのようにゆっくりとこちらを振り向く。何故か顔中に冷や汗を浮かべながら。……これ確実に何かあるな。

 




 良かったね時久! 仕事が出来たよ! そしてエプリ大食いキャラ疑惑。まあ疑惑と言うかホントの事なのですが。


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あの人はとんでもない人でした

「……その、なんだ。……今聞き間違いでなければイザスタさんって」

「はい。昨日話した牢獄での一件で助けてもらったんです。言ってませんでしたっけ?」

 

 固まった体勢で汗をダラダラと流しながらそう訊ねてくるアシュさんに、俺は正直にそう答える。

 

「聞いてない。同じ牢に居た人と協力したとしかな。……いや待て。別人ってこともある。特徴を言ってみてくれ」

「え~と。背の高い美人で肩まで伸びた茶髪。アシュさんの刀にあるみたいな赤い砂時計型のネックレスを付けていて、あと自分の事をお姉さんと呼んでなんて言っていました」

 

 それを聞くなり額を押さえて嘆息するアシュさん。どうやら知り合いだったようだ。

 

「……間違いなく本人だ。それで? なんでイザスタさんがそこに居合わせることに?」

「はい。隣の牢に居たんです。詳しくは聞けなかったけど色々やって捕まったって」

「何やってんだあの人はっ!!」

 

 微妙にいらだち交じりに叫ぶアシュさん。大声を聞きつけたエプリとジューネが何事かと近寄ってくる。エプリの方は通路を気にしながらだが。

 

「何事ですか? いくら仕掛けがあるとはいえ、それでもこんな大きな声を出せばモンスターに気付かれてもおかしくないんですよ」

「それが、俺が知り合いの名前を出したら急に慌てだしたんだ。イザスタさんって人なんだけど」

「イザスタ!? 冒険者のイザスタですか? あの記録保持者(レコードホルダー)の?」

 

 イザスタさんの名前を出したら、ジューネも少し興奮した様子だ。あと何か妙な単語が出てきたな。

 

「確かに自分の事をB級冒険者だって言ってた。だけど記録保持者って何?」

「正確には公式ではないんですが、冒険者の中でちょっとした話題なんですよ。何せ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()とされる人物ですから。歴代最速記録ですよ」

「……私はあまり冒険者に関して詳しくないのだけど、それはそんなに凄いことなの?」

 

 エプリが不思議そうにジューネに訊ねる。その間アシュさんは額に手を当てたまま何かブツブツ言っている。イザスタさんのことがかなりショックだったらしい。

 

「凄いことですよ。私は仕事上冒険者の方々ともよく関わるのですが、B級以上は数が限られてきます。それでもそこそこの数はいるのですが、そこまで到達するのに順調に行っても数年はかかります。F級から始まりE、D、C、Bとランクを上げる必要がありますし、B級が努力だけで到達できる限界点とされているからです」

 

 つまりそれ以上は努力以外の何か。例えば加護やスキルと言った特殊能力や才能が必要になるという事か。B級は一種の壁、目標として扱われているらしい。

 

「……成程ね。普通数年かかるものを数か月でやり遂げたのなら確かに凄い事だわ。……だけど公式ではないというのは?」

「あくまでB級()()なんです。C級に上がる試験の際にトラブルがあったらしくて、その時にB級でも手こずる強力なモンスターをソロで倒したという話で。なのでひとまずB級扱いとし、次の試験の結果次第で決めると」

 

 つまり正式な手順じゃないからあくまで非公式だと。それでもB級でも手こずる相手を倒したのだからB級で良いじゃないかとも思うのだけど。物事はそう簡単にはいかないのだろうな。

 

「それでも話題のヒトなのは変わりませんからね。他の冒険者の方々からも幾つも勧誘があり、中にはB級やA級を擁するパーティーもあったそうですが、彼女はどの誘いにも乗らずに交易都市群の一つを拠点としてソロで活動していました。少し前にヒュムス国に向かったのを最後に情報が途絶えていたのですが……」

 

 そこでジューネはチラチラこちらを見てくる。どうやら自分が話したのだからそちらも話せということらしい。牢獄での事は凶魔との戦い辺りを話したからな。今度はイザスタさんとのことも話すとするか。アシュさんが落ち着くのを待って、俺は牢獄でのことを再び話し始めた。

 

 

 

 

「牢獄に捕まっていた……ですか。何をしてそうなったかは分かりませんが、貴重な情報ありがとうございます」

 

 俺が大体話せるギリギリまで話し終えると、聞き終えたジューネは静かに礼を言って頭を下げた。何故か時折アシュさんの方を見ていたようだけど、彼が頷く度にまたこちらの話に耳を傾けていた。

 

「良いけど、こんな事聞いて何になるんだ?」

「情報には価値がありますから。居場所だけでも知っているのと知らないのでは大きな差が出るのです」

 

 ジューネはそう言って薄く笑う。情報に価値があるっていうのは分かるが、どう活用するかまでは分からない。……マズい相手に喋ってしまったかもしれない。

 

「そう言えばアシュさんはイザスタさんとどんな関係で? さっきの反応からするとただの知り合いって感じでもなさそうですが」

 

 俺の何気ない言葉に、それぞれは異なる反応を示した。

 

「そ、それは……」

「私も聞きたいですねアシュ。今までそんな話は一言も聞いてませんでしたから。これは決して野次馬根性からではなく雇い主として知っておかなくてはなりません。さあ正直に話してしまいなさいな」

「……あの女の弱点でも知れれば儲けものね。私も聞いておこうかな」

 

 アシュさんは顔を微妙に引きつらせ、ジューネは目を輝かせている。エプリはフードで表情が分からないが、興味は一応あるようだった。それぞれの視線がアシュさんに集中し、好奇の視線は絡まりあうことで圧力となって突き刺さる。

 

「………………だよ」

「はい?」

 

 アシュさんは無言の圧力に負け、小さな小さな声でポツリともらす。よく聞き取れなかったのかジューネはそのまま聞き返す。

 

「だから……身内だよ。俺の仕事上の先輩兼教育係兼育ての親。結構長い時間一緒に過ごしたから家族と言っても良いかもな」

「えっ!? えぇ~っ!?」

 

 衝撃の事実に思わず声をあげてしまう。他の二人も同じのようだ。それもそうだろう。何故ならこの話が本当だとすれば…………。

 

()()()()()()()()()()()()()?」

「……同感ね」

「えっ!? なんの話ですか? 私は部下(アシュ)の身内だということで色々と繋がりが出来そうだなと思ったのですが」

 

 一人だけ違う事で驚いていたが、俺とエプリは顔を見合わせる。あの人は二十歳過ぎくらいの見た目だった。それでアシュさんも大体それぐらい。年齢的に差はなさそうに見えるが、それにしては同年代の人相手に育ての親と言う表現はあまりしない気がする。

 

「あのぉ。つかぬ事を聞きますけど、イザスタさんって見かけよりその……年上だったりします?」

「あぁ。それなんだけどな。俺にも正確な歳が分からない。何せ初めて会ったのは俺がまだガキの頃だったが、その頃から全然顔が変わってないんだよ。一回訊ねたことがあったが、『オンナの歳をむやみやたらに聞くものじゃないわよ』って笑いながら誤魔化されたな」

 

 ……なんか謎が深まってしまった。だがこれだけは言える。

 

 歴代最速(非公式)B級到達者。B級でも手こずるモンスターを一人で倒す年齢不詳の美女。牢獄では盛大に金を使いまくり、鼠凶魔軍団に襲われても平然と撃退。あのクラウンを力技でぶっ飛ばし、スライムの言葉が解ると言う特殊能力の持ち主。

 

 俺は序盤も序盤でとんでもない人に助けてもらっていたらしい。

 

 

 

 

「それにしても、イザスタさんに()()()()()()っていうのは本当か?」

 

 俺が半ば呆然としていると、アシュさんはそう言って俺を値踏みするように見てきた。なんだろういきなり。

 

「……あぁ。スマンスマン。あの人気分屋な所があるからな。そのイザスタさんが気に入って手を貸す。更には一緒に行こうなんて誘うとはどういう事かと思ったんだが……なるほどな」

「なるほどなって、一人だけで納得しないでくださいよ」

 

 うんうんと頷いているアシュさんに、たまらず俺は聞き返す。

 

「いやなに。……単純にあの人の好みだったんだよ。見た目はまず確実にドンピシャ。あの人ちょっと小柄な方が好きなんだ」

 

 グハアァァ!? ちょっと今のは予想せずしてダメージがっ! ……確かに俺は平均よりちょ~っと背が低めかもしれない。しれないのだが、これからまだ伸びるはずだ多分。しかし背が低めでないと一緒に行ってくれないというのか!?

 

「勿論それだけじゃない。俺は昨日初めて会ったが、バルガスを助けようとしていた事からお前がかなりの善人だってのは分かる。あの人はそういう奴も好みなんだ。という事でトキヒサ。お前はモロに好みに合っている訳だ。……気の毒なことにな」

 

 うん!? 何故に気の毒? 俺が不思議そうな顔をすると、アシュさんは少し他の二人から離れて、こっそり俺の耳元に顔を近づけて言った。

 

「あの人は気に入った相手にとことん構うんだよ。俺も昔何故か気に入られて、それはもうエライ目に合ったんだ」

 

 話しながら急に遠い目になって虚空を見つめるアシュさん。何か色々あったらしい。確かにイザスタさんから妙な悪寒を感じたことがあったが、あれはそういうことの前兆だったのだろうか?

 

「……そう言えばエプリも好みだと言っていました」

「マズいな。確かに嬢ちゃんも小柄だし、素顔によっては好みの範疇に入りそうだ。あの人は好みに男女の区別が無いから、以前も何人かの女性からお姉様なんて言われてご満悦だった」

 

 アシュさんはエプリの素顔を見たことが無いから断言はしない。しかし後半部分だけ聞くとどうにも百合百合しいな。まさか本当にそういう趣味は無いよな?

 

 俺が一応その懸念について訊ねると、アシュさんは困ったような顔をして黙ってしまった。……せめて否定してくれ。このままだと彼女は男女どっちもいける色んな意味で脅威の人になってしまうぞ。

 

「……この話題はもうやめときましょう。聞けば聞くほど色んな意味でマズそうですから」

「そうだな。考えてみれば俺も身内の恥を晒しすぎた。自分と同じような目に遭いそうな奴が放っとけなかったという事かもな」

 

 俺とアシュさんはこの時僅かに通じ合ったような気がした。……とりあえず次イザスタさんと会った時は、節度ある距離感を保った上で一緒に行こう。俺はそう固く誓うのだった。

 




 最初の方でイザスタと別れさせた理由がこれです。正直イザスタと一緒だと、大抵の困難がヌルゲーと化します。……代わりに時久は常時色んな意味で狙われますが。


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どっちもどっちの善人同士

「どうすっかなぁ……たった一日ちょいで怒涛の展開だもんなぁ。どうして肝心な時にワタシに相談しないのとか怒ってそうだ」

 

 その夜、他の皆が眠る中、俺は焚き火の前でアンリエッタの事で悩んでいた。

 

 そろそろあの女神との定期連絡なのだが、ここまでの出来事を三分でまとめる自信がない。あと確実に何か文句を言われそうだ。

 

「いっそのこと連絡しない……いやダメだ。向こうから連絡できるんだった」

 

 悩ましい。好き好んで自分から死地に足を突っ込みたくないが、放っておくと後が怖い。最適解はさっさと連絡することだとは分かっているが、中々踏ん切りがつかないこともある。

 

「…………仕方ないか」

 

 覚悟を決めて連絡用のケースを取り出す。コール音が三度鳴ったかと思うと、プツンと音を立てて鏡にアンリエッタの姿が映る。映ったのだが……。

 

「あのぅ。アンリエッタさん? 何でわざわざこちらに背中を向けていらっしゃるのでしょうか?」

 

 ついつい敬語になってしまう俺。見た目幼女に敬語を使うというのは気恥ずかしいが、下手に出なければならない程今のアンリエッタは背中で凄まじい不機嫌オーラを醸し出していた。今の彼女は逆らっちゃいかん人だ。

 

『……エプリと取引したのは良いわ。あの場合一人と一匹で彷徨うよりも、道案内が居た方が効率が良いもの。ジューネとアシュとの同行もまあ悪くないわ。それなりに頼りになりそうだしね。……ワタシが怒っているのはその前。どうしてバルガスを助けようとしたの?』

 

 そこで振り向く彼女の顔に浮かんでいたのは、大きな怒りと僅かではあるが俺の身を案じるような表情だった。ちなみに前の失敗を踏まえ、大声を出しても周囲には聞き取りづらいように向こうで調整したらしい。

 

『助ける必要なんてなかった。凶魔の危険性は知っていたでしょうに。倒すだけなら最初から魔石(じゃくてん)を壊せばいい。逃げるなら適当に傷をつけて弱った所を撤退すれば良い。どちらも十分に可能だったはずよ。なのにアナタは助けようとした。結果的には事なきを得たけれど、一つ間違えば死んでいたのよ!!』

 

 アンリエッタは癇癪を起したかのように烈火のごとき勢いで詰り続けた。ハラハラさせるなだの金を惜しまず使えだの、あと女神にもっと敬意を払えだの色々だ。……最後のはあまり関係ない気がする。

 

 だけど、その言葉の端々から感じるのは俺の身を案じる気持ちだった。それが俺個人へのものでも、俺というこのゲームの手駒を失わない為だったとしても、俺が返すべき言葉は一つだ。

 

「でも……また同じようなことになったらやっぱり助けようとすると思うよ。もちろん俺が死なない程度にだけどな。……ありがとな。心配してくれて」

『っ!? アナタが居なくなったら手駒が居なくなって困るってだけよ。それにまだ課題を全然こなしてないじゃないの。せめてアナタを選んだだけの元を取れるまでは頑張りなさいよねっ!』

 

 礼を言ったら何故かプイっと顔を背ける。顔が赤くなってたらまだ可愛い所があるんだけど、こちら側からでは見えない位置だ。

 

『……ああもうっ!! お人好しを説教していたらもう時間が無いじゃない! 良い? 今日はもう一回分あるから、話すことを纏めてまた連絡してきなさい。ただしあんまり待たせないように。分かった?』

 

 言い終わると同時に通信が切れる。……こういう時に制限時間三分間っていうのは短い気がする。さて。話をまとめてすぐにまた連絡したい所だが、、

 

「…………何?」

「何で起きてんのエプリ? まだ時間には大分あると思うんだけど」

 

 後ろで静かに立っているエプリをどうしたもんか。小さな声で聞き取りづらかった筈だけどな。

 

「私は眠りが浅い体質なの。奇襲避けには良いんだけど休みたいときにはやや不便なのよね。アナタが誰かと話しだした所から目が覚めていたわ」

「そ、それは……」

 

 どうしよう。正直にアンリエッタの事を話すか? しかしこの事をそうホイホイ漏らすべきでは。

 

「……通信機みたいね。私にも使える?」

 

 エプリは俺のケースを見て言う。

 

「多分。でも繋がる相手は一人だけで、他の人と連絡は出来ないぞ」

「そう。……なら良いわ」

 

 俺が正直に言うと、エプリはそのまま興味を失ったように自分の寝袋に戻っていく。……ありゃ?

 

「聞かないのか? 誰と話していたとか、何故黙っていたとか」

「……別に。アナタみたいな善人が何も言わなかったって事は、それは秘密にすべき何かって事。又は言っても意味のない事。仕事に必要なら聞き出すけど、そうでないなら雇い主の秘密を聞き出そうとは思わない。……誰にだって隠しておきたい事はあるもの」

 

 エプリはそのまま時間になったら起こしてと言って目を閉じ、すぐに寝息を立て始めた。眠りが浅い割に寝付くのも早いな。……それにしても、

 

「まったく。アンリエッタもエプリも人をお人好しだの善人だのと。……自分達だって大概だろうに」

 

 何だかんだ相手のことを思いやる二人に言われたくはない。また女神様が怒りだす前に、今度こそ話をまとめておかないとな。

 

 

 

 

 

『十分か……五分で来なさいよと言いたい所だけど、エプリが起きだしたのは予想外だったから仕方ないわね。ちなみにこれまでの事に関しては大体知ってるから言わなくて良いわよ。時間がもったいないし』

「……分かってるよ」

 

 一応一分で纏める用意をしてきたのは内緒にしておこう。

 

「じゃあこれからのことだ。ジューネの予定によれば、大体明後日の朝ぐらいにこのダンジョンから脱出するらしい。だけど正直そう上手くいかないと考えている」

 

 ジューネ達を疑っている訳じゃない。ただ物事にアクシデントは付き物だ。それに弱っているバルガスのことを踏まえると一日ぐらい遅れても仕方がないと思う。

 

「あとこれは小説やら何やらで色々ダンジョンを見てきた俺の感想だけど……このダンジョンなんか妙なんだよな」

『妙って何が?』

「普通ダンジョンって製作者の意図っていうか癖が出るんだよ。例えば何かを護るためのダンジョンなら、どうやって護るかのコンセプトがある。モンスターを山のように配置するとか、罠を大量に張って地道に侵入者の力を削ぐとかな。俺の見立てだとこのダンジョンのコンセプトは……()()()()()()()()()()()()()()()()だな」

『どういう事?』

 

 アンリエッタが首を傾げる仕草は中々に愛らしい。見た目がちびっ子だから微笑ましいというべきか。

 

「まずここはスケルトンばかりだろ? スケルトンは倒しても旨味が無いから大抵皆スルーする。それにこのダンジョンの構造は全体的に真っ暗で、だだっ広い通路と部屋の単純なもの。こんな所を延々と歩きたがる奴はあまりいない。探索は常に周囲に気を張ってないといけないし、食料や水だって必要だ。だけどここではまともに補充も出来ない」

『……よく分からないけど、つまり冒険者にとって嫌なダンジョンってこと?』

「簡単に言えばそういう事。普通に入りたくない。その為にモンスターを骨系に限定しているとしたら筋金入りだよ」

 

 とにかく広くてどこまで続くか分からないダンジョンを、途中資源もなくただただ食料と水を消費していく探索行。補充する当てもなく、強くはないが敢えてカタカタ音を立ててやってくるスケルトンを警戒していくことで徐々に体力を奪われる。罠がほとんどないのが唯一の救いだ。

 

「……なあアンリエッタ? 昨日ジューネが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言ってたんだが、この世界のダンジョンって時間経過で勝手に大きくなるのか?」

 

 俺は前々からの疑問を試しにぶつけてみると、アンリエッタは少しだけ押し黙る。神様だから何か知っているかと思ったらドンピシャだ。

 

「別に世界の真理を教えろって訳じゃない。答えられる所だけで良いから答えてくれ」

『……分かったわ。だけどこのことはあんまり言いふらさないでよ』

 

 アンリエッタはそう前置きをすると、ポツリポツリと話し始めた。

 

『一応話せる範囲で言うと、ダンジョンの構築はダンジョンマスターが基本的に行うわ。勝手に大きくなるということはまずないわね』

 

 成程な。マスターが任意で成長させるタイプと。と言ってもそれは外からじゃ分かんないもんな。他の奴から見ればいつの間にか大きくなっていたって感覚なのかもしれない。

 

「と言っても無制限にモンスターの配置やダンジョンを滅茶苦茶に広げたりは出来ないんだろ?」

 

 それが出来るならダンジョンはもっと恐れられているだろう。しかし実際は、護衛を一人付けただけの少女商人が乗り込むくらいには何とかなる場所だ。アンリエッタも俺の考えに賛成するように頷く。

 

『詳しくは話せないけどどちらもエネルギーが必要になる。エネルギーの溜め方は大体察しがついているんじゃない?』

「多分時間経過か……中に生物を誘い込んでエネルギーに変換する。と言った所じゃないか?」

 

 それならダンジョンにわざわざ宝や何かが置かれている説明がつく。要は店の客引きと同じだ。(ダンジョン)(冒険者)が入らなければ儲けがない。かと言って何もない所に入る物好きはいないから商品()をおいて人を呼び寄せる。

 

『ほぼ正解よ。時間経過の場合はあまりエネルギーにならないけど、生物が中に居るだけで少しずつ溜まっていくわ。死亡した場合は更に多いわね。……なんでダンジョンの事はここまで鋭いのかしら?』

 

 アンリエッタが呆れたように言うが、これくらいはライトノベル好きなら一般教養の範囲だと思う。

 

「しかしそうなるとますますこのダンジョンは妙だ。ダンジョンがいつからあるのか知らないが、ここは成長の意思が感じられない」

 

 人が居ないとエネルギーがほとんど増えないのに、コンセプトは入る気を起こさせないもの。時間経過で得るエネルギー量は不明だが、その分はおそらく単純にダンジョンの拡張やモンスターの補充に当てていると考えられる。ただそれではますます人を遠ざける。

 

「単純に長くここを存続させるのが目的? しかし何の意味が? いや、仮に少しずつエネルギーを溜め込んでいるとすれば……」

『ちょっと!? 一人でぶつぶつ言ってないで説明しなさいよ!』

 

 おっと。ことダンジョンになるとどうも考察したくなるというか。この時点じゃあ推測に推測を重ねるだけか。

 

「ごめんごめん。どうにもダンジョンの話になると夢中になって。……残り通信時間はどのくらいだ?」

『あと一分もないわよ。ここまで喋り倒されたんじゃ三分なんてあっという間ね』

 

 もうそれだけか。他に何か話しておく事は……そうだ!

 

「ところで不思議なんだけど、ジューネのリュックサックは見た目より明らかに物が多く入るよな。前エプリはダンジョン内ではスキルのアイテムボックスが使えないって言っていたけど、これはどういう事か分かるか? 本人に直接聞いた方が早そうだけどこういうのは第三者からも聞いときたいしな」

 

 俺の能力もダンジョン内で使えるし、そういう例外的な何かなのかもしれない。

 

『それはリュックサックが特別なだけ。細かくは直接見てみないと分からないけど、空属性とは別の何かの能力が働いているわね』

「加護みたいなものか?」

『さあね。それよりそろそろ時間よ。連絡はまた明日の同じ時間に。それと……無茶しないように。生きて脱出してジャンジャン稼いでもらうからね』

 

 アンリエッタの映像が消える。やっぱりそっちの方が善人じゃないか。ケースを戻して音を立てないように周りを確認。……誰も起きてないよな? 耳を澄ませてみても、規則的な寝息が聞こえてくるので大丈夫そうだ。

 

 

 

 

「まだ時間は……結構あるな」

 

 腕時計を確認すると交代まで一時間はある。よし。今の内に気になっていることをやっておくか。俺はジューネから買い取った古ぼけた箱を取り出した。

 

 さてさて、中に何が入っているか調べてみようじゃないの。こっちには貯金箱と言う頼もしい味方が居るんだぞ! 俺は今、開かない箱に戦いを挑む。

 




 ダンジョンのこととなるとちょっと口数が多くなる時久でした。

 次回は妙な箱との戦いに挑みます。


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箱の中身は幸運と呪い

「やはりいくら探しても開ける場所は無いか」

 

 まず査定する前にもう一度箱を自分で調べてみたが、どこにも出っ張りや引っ掛ける所は見当たらない。そりゃジューネが見つけられなかったぐらいだから簡単には見つからないか。

 

「よし。今こそ出番だ貯金箱! 『査定開始』」

 

 俺は箱を地面に置くと、早速貯金箱から出る光を浴びせる。これで何か分かれば良いのだけど。

 

 

 多重属性の仕掛箱(内容物有り)

 査定額 一万デン+???

 内訳

 多重属性の仕掛箱 一万デン

 ??? ???

 

 

 ……何だ? 箱の値段も驚きだけど中身が???って? 初めての表記とか色々ツッコミ所の多い査定結果だ。それにしても多重属性の仕掛箱か。

 

「……うんっ!?」

 

 ふとそれぞれの面の模様が異なっているのに気が付いた。分かりにくいが何か彫り込んであるようだ。何だろう? 少しでも明るい所で見ようと箱を焚き火に近づける。

 

「動物? いやモンスターか? 何かを吐いているような図だけど……ってアチッ!?」

 

 うっかり火の粉が手に当たり、慌てて立ち上がった拍子に箱を焚き火に落っことしてしまう。

 

「ゲッ!? 早く取らないと。……アチチッ」

 

 困った事に中心辺りに入り込んでしまい、悪戦苦闘しながらなんとか取り出したのだが、

 

「すっかり焼けちゃ……ってもないな」

 

 箱はまるで焦げていなかった。まあ一万デンもする特別な箱なのだから只の箱じゃないか。つまりこれで破壊するという最終手段はとれなくなった訳だ。

 

「しかしどうしたもの……って、なんか形が変わってる」

 

 よく見れば一面だけ出っ張りが出来ている。だが別にそこを押したり引っ張ったりしても箱に変化はなない。そしてそうこうしている内にいつの間にか出っ張りが引っ込む。……焚き火にまた放り込んだら形が変わったりしないかな? 

 

 試しにやってみるとまた出っ張りが出現した。しかし毎回焚き火に放り込むというのも……待てよ!? たしか()()()()の仕掛箱って名前だったな。ということは。

 

「水よここに集え。“水球(ウォーターボール)”」

 

 以前イザスタさんがやったように水属性の水球を作り出して箱にぶつける。俺の予想が正しければ……ビンゴ! 箱の別の面にまた出っ張りが出来る。成程。これは()()()()()()()するんだ。

 

 この焚き火の種火は俺が火属性で作ったものだ。そして多重属性の仕掛箱という名称に今の事から考えるとまず間違いない。ならばと他の属性の初歩の魔法を打ち込む。その結果、

 

「……開いた」

 

 一つ打ち込む度にそれぞれの面から出っ張りが増えていき、五つ目を打ち込むと同時に最後まで何もなかった面が僅かにスライドする。そこに指をかけると簡単にその面が外れた。ここが蓋だったらしい。

 

「……うおおおっ!!」

 

 俺は周りの人を起こさぬよう静かにガッツポーズを決める。やはりこういうパズルや謎は解けた時すごくスッキリする。……まあ名前のヒントが有ったから解けたんだけどな。

 

 俺はこの快挙をたっぷり数分余韻に浸り……中身を確かめるのを忘れていたことに気が付いた。

 

 

 

 

「さて、中身は何かなっと!」

 

 俺は期待と共に箱の中を覗き込む。そこには、

 

「何だこりゃ? 指輪と……羽?」

 

 紫色の宝石が嵌った綺麗な指輪と真っ青な鳥の羽が入っていた。二つを取り出してじっくり眺める。

 

 指輪はリングにも凝った装飾が施されていて、指輪に詳しくない俺でも一目で良い品だと分かる。しかし気のせいか宝石の輝きが濁っているような。

 

 羽はずっと箱の中に入っていたのにふさふさとした心地よい手触りだ。大きさは五、六センチ。鳥の羽だとするならあまり大きな鳥ではなさそうだ。

 

「よく分からない物が出てきたけど、これだけ大事にされていたのなら良い物なのかね?」

 

 あの箱を開けるのは意外に難しいと思う。開け方を知らないとどうにもならないし、無理やり壊せば中身も無事では済まない。

 

 更に厄介なのは、()()()()()()()()()()()()()()点だ。

 

 この箱を開けるには五属性の魔法を打ち込む必要がある。俺は“適性昇華”の加護があったから一人で出来たが、普通使える属性は一つか二つ。誰か仲間が居ないと手が足りない。

 

「一応これも査定して見るか。『査定開始』」

 

 ?の部分が気になったので直接査定する。もう少しはっきり分かれば良いんだが。

 

 

 闇夜の指輪(破滅の呪い特大) 二十万デン

 幸運を呼ぶ(フォーチュン)青い鳥(ブルーバード)の羽 三万デン

 

 

 ……なんじゃこりゃあぁっ!? 俺は目をよ~くこすってもう一度見る。……もう一度言おう。なんじゃこりゃあぁっ!? 

 

 幸運を呼ぶ青い鳥の羽。まだこれは分かる。羽一枚で三万デン!? って気持ちもあるけど、それより問題なのは指輪の方だ。俺はそっと指輪を直接触らないように布で包み、そのまま残像が見える程の速さ(体感)で箱に戻した。

 

 ……見なかったことにしたい。だってお宝かなと開けてみれば出てきたのはこれだよっ! 呪われてんじゃん!?

 

 しかし問題は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って事だ。二十万デン。日本円に直せば二百万円である。

 

 呪いが無ければもっと高値がついてもおかしくないお宝だ。個人的にはこんなもの捨てたいけど、値段を考えると捨てるに捨てられない。

 

「……しょうがない。朝になったら皆に相談するか」

 

 ひとまず青い鳥の羽と共に箱に納める。箱は外れていた面をはめ直すと、再び出っ張りが引っ込んで元に戻った。こういうギミックも箱がそれなりの値段する理由かもしれない。

 

 本当ならまとめて換金してしまった方が良いかもしれないが、下手に呪い付きの物を換金したらアンリエッタブチギレ案件だ。なので一応手元に持っていないといけないが……持っていたくないなぁ。

 

 そうして俺は、物騒な物の入った箱をチラチラ見ながら焚き火の番と見張りを続けるのだった。

 

 

 

 

異世界生活九日目。

 

「あの箱が開いたんですか!?」

 

 朝食時、皆の前でジューネに昨日の事を話す。目の前で蓋を開けた箱を出してみせると、驚きながらもジューネはそのまま中を覗き込む。

 

「中身を取り出しても構いませんか?」

 

 了承すると、ジューネはハンカチを取り出して敷きそこに箱を置く。中身を汚さない為だろう。手袋をして慎重に中身を取り出していく。

 

「……これは!? まさか幸運を呼ぶ(フォーチュン)青い鳥(ブルーバード)の羽!?」

「何なの? その羽」

 

 ジューネが信じられないって顔をする中エプリが話に割り込んでくる。見張りはまたアシュさんに任せたらしい。すみませんアシュさん。

 

「幸運を呼ぶ青い鳥。滅多に人前に姿を現さない伝説とされているモンスターで、名前の通り幸運を呼ぶ力があるとされています。羽一枚だけでも効力があるとされ、極稀に市場に出回ると好事家の間で数万デンで取引されることもあります」

 

 商人モードの口調になったジューネが説明する。数万デンか。査定でも三万デンって出ていたから嘘ではなさそうだ。

 

「…………数万デンねぇ」

 

 エプリがそうポツリと呟く。そう言えば契約内容に、ダンジョンで手に入れた金目の物を売った分の二割を渡すということがあったな。これも売らなきゃダメかね? こういうのはお守りとして持っていたいけど。

 

「トキヒサさん。一つ商談があるのですが、これを譲っていただけませんか? 無論お代はお支払いします。……五万デンで如何です?」

「五万デン!?」

 

 いきなりの提示額に俺も心臓バクバクだ。貯金箱の査定額はアンリエッタが決めているから、違う値段になることは十分ある。しかし羽一枚で五十万円とは。

 

「足りませんか? なら……六万デンでは如何でしょうか?」

「い、いや。まだ他にも箱に入っているから、話はそれからの方が良いんじゃないか?」

 

 値段が足りないと思ったのかジューネは即座に値上げしてきた。ここで流されるままに話を進めるのはマズイ! 一度落ち着く為に交渉を後回しにする。

 

 ジューネもここで事を急く必要はないと思ったのか、素直にまた箱の中身の検分に戻った。と言ってもあと残っているのはとびきり厄介な一つだけなのだが。

 

「もう一つは指輪ですか? かなり古い品のようですが」

「気を付けてな。何か破滅の呪いってのが掛かっているみたいだから」

 

 ジューネに念の為事前に呪いの事を説明しておくと、それを聞くや否やジューネは顔色を変えて丁寧かつ迅速に指輪を箱の中に戻す。

 

「……ちなみにランクの方は? 小ですか? 中ですか? ……まさか大なんてことは」

「特大ってあったな」

「特大っ!?」

 

 それを聞くとジューネは脱兎の如く距離をとった。相当ヤバいものだとは思っていたけど、どうやら的中していたらしい。

 

「と、特大って、持ち主だけではなく周囲にまで被害が出るランクじゃないですかぁ!? なんでそんな物が箱の中にっ?」

「知らないよっ!」

 

 えっ!? そこまで物騒だったの? 焦りまくって口調も素に戻るジューネだが、こっちだって知らなかったんだ。聞いた後ではこの指輪が不発弾か何かのように思えてくる。

 

「これは幸運を呼ぶ青い鳥の羽と一緒に入っていたんですよね? そうなると下手に二つを引き離したら危険かもしれません」

「どういう事だ?」

 

 一度深呼吸をして真剣な表情で考え込むジューネに、俺はたまらず聞き返す。

 

「破滅の呪いはランクが上がる度に不運に見舞われ、特大ともなれば持ち主とその周囲の人物を最終的に破滅させると言われています。ただそれならその指輪、正確には指輪が入っていた箱を持っていた私やアシュはとっくに不運に見舞われるはずなのにそうはなっていません。貴方が嘘を吐いているという考えも出来ますが……違うみたいですね」

 

 ジューネはアシュの方を一瞬チラリと見ると、そのままかぶりをふって自分の考えを否定する。信じてくれたのは嬉しいけど何でだ?

 

「そうなると一緒に有った青い鳥の羽か、納められていた箱のどちらかが呪いを抑えていたという考えも出来ます。ほらっ! 幸運を呼ぶ青い鳥の羽なんて如何にもじゃないですか?」

「一緒に入れて幸運と不運の相殺を狙った訳か! つまりこれまで通り箱に納めておいた方が良いと?」

「おそらく。……しかしもったいない。折角青い鳥の羽が目の前にあるのに手に入らないなんて」

 

 ジューネは心底悔しそうに言う。商人としては喉から手が出るほどに欲しいに違いない。

 

 しかしどうするか? いっそのことアンリエッタに押し付けるか? いや、全部で二十四万デンは魅力だが、その後の怒りを考えるとはした金にも思える。では何か他に方法は……。

 

「なぁ。呪いを解くことって出来ないのか?」

「ランク特大ともなると解呪できるヒトは国中探して片手の指で数えられるくらいでしょうね。そしてそういう方は国に厳重に管理されています。国にとっての財産ですからね。それに解呪代だけでも場合によっては数万から数十万デンかかります。流石にそこまでの手間はかけられません」

「……私も簡単な解呪なら伝手があるけど、特大となると難しいわね。それに高ランクの呪いはかけた本人も解けない場合もあるの」

 

 エプリも補足説明をしてくれる。しかし悪い知らせばっかりだな。

 

「残念ですがこれは何処かに処分した方が良さそうですね。指輪だけ捨てる事も出来ますが、下手に放っておいたら呪いでどれだけ被害が出るか分かりません。破壊しても呪いが周りにはじけ飛ぶ可能性もありますし誰も来なさそうな場所に箱ごと封印しないと」

 

 ジューネは商人としての利益よりも、周囲への影響を考えたのかそう宣言する。それは商人としてはともかく人間としては良い選択だと俺は思うぞ。しかし封印と言ってもな。火山の噴火口にでも投げ込むのだろうか? そこへ、

 

「……そこの少年少女達よ。一人ぼっちの俺にも話を聞かせてくれて良いんでないかい?」

 

 そう言えばずっとアシュさんに見張りを任せっぱなしだった。あちらからすれば一人だけのけ者だものな。すみません。今話しますから!!

 

 俺達が話し合った内容を伝えると、アシュさんは軽く腕を組んでしばらく黙考する。

 

「アシュ。どこか封印するのに都合の良い場所に心当たりはありますか?」

「……スマンがそういう場所にはさっぱりだな」

 

 ジューネが沈黙にたまりかねたのかそう訊ねると、アシュさんは首を横に振る。アシュさんでもダメだったか。場の雰囲気が一気に重くなる。だが、

 

「だけどな。不思議なんだが……なんでそうじゃなくて、()()()()()()()()()()()()()()()って聞かないんだ? ()()()()()()()()()()()

 

 アシュさんはニヤリといたずらっ子のような笑みを浮かべた。こんな所までどこかイザスタさんに似ているのは、やはり身内だからということなのかもしれない。

 




 お宝(呪い付き)を手に入れた! ちなみにアシュがいなかったら、某指輪を捨てに行く物語みたいな展開になってました。


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進むべきか、休むべきか

「つまり、アシュさんの知り合いに呪いを解ける人が居るんですね?」

「本当に大丈夫ですかアシュ? ランク特大ですよ特大! 並の解呪では逆に呪われるランクですよ! それに依頼料だって」

「俺が知っている二人ならどちらも問題ない。それに依頼料の方も俺が頼めば多分融通してくれる」

 

 俺やジューネが口々に言う中、アシュさんは大丈夫だと胸を叩く。おお二人も!! それにこの自信たっぷりの態度。これなら期待できそうだ。

 

「しかしいつの間にそんな方と知り合いに? これまで聞いた事もありませんが?」

「あぁ。それな」

 

 そこでアシュさんは一度言葉を切り、どこか言いづらそうに視線を泳がせた。

 

「……正直言うと、非常時じゃない限り接触は避けてるんだよ。色々あってな。……深くは聞くなよ」

 

 真面目な顔で言うので俺達は一様に頷く。誰だって言いたくないことはある。

 

「それに伝手はあっても場所が悪い。一人は交易都市群の何処かだが、もう一人は魔族の国デムニス国だ。このメンツで行ったら袋叩きに遭うかもよ」

 

 魔族とヒト種の仲の悪さは一種のお約束だ。実際ヒト種から見れば不倶戴天の敵らしい。魔族側からはまだ比較的敵意は少ないのだが、それでもヒト種だと絡まれる事があるとイザスタさんも言っていた。

 

「変装という手もありますが……ふとした拍子にバレる事も考えられますね。デムニス国へ行くのはあまり現実的ではありませんか。もう一つの伝手の方が良さそうです」

 

 だよなぁ。交易都市群ってくらいだから人も多いんだろうな。それなら解呪出来た後で売る相手にも困らないし、色々情報も集まりそうだ。イザスタさんとの合流にも役立つかも。

 

 

 

 

「よし。じゃあここから出たら交易都市群へ向かうとするか!! ……あとこの箱はどうする? ジューネがトキヒサから全部買い取って終わりにするのもアリだと思うぜ?」

「そうですよトキヒサさん。バルガスさんの事はお任せするにしても、解呪にまで同行することはありません。金額の相談は一度ダンジョンを出てからとしても、それからは別行動で良いのですよ?」

 

 確かにここで諸々丸投げするのも一つの手だ。金だけ貰えばあとは自由。少なくとも数万デン以上儲かるのは確実だし、当座の資金としては充分。

 

 その資金で金策をするのも良し。ひとまずヒュムス国に戻るために使うのも良し。だけど……。

 

「いや。俺も一緒に行っていいかな?」

「何故です? お金なら相応の額をご用意しますよ? ……それとも物自体を手放したくないとか?」

 

 ジューネは不思議そうな顔をする。

 

「それも間違ってないよ。実際青い鳥の羽は俺も欲しいけど問題は指輪の方だ。こんな物を誰かに押し付けて、それで自分だけ儲けようってのが何か座りが悪いというか。これがどうなるか見届けたい」

「しかしそちらも予定があるのでは? 前に一緒にいたイザスタさんと合流するのではないのですか?」

 

 俺はジューネと向かい合う。エプリは話を聞いているようだが何も言わない。

 

「……約束したからな。いずれ合流はするけど、今ここで戻っても多分怒られると思うんだ。『お姉さんは悲しいわトキヒサちゃん。だってトキヒサちゃんが女の子に色々丸投げして自分だけ帰ってくる悪い子だったんだもの』ってな。だから一緒に行く。……まあ呪いが解けたら相当な値打ちものかなという思惑もあるけどな。それから売り払った方が高そうだろ?」」

 

 あくまでも予想だけど、アシュさんがうんうんと頷いているし本当に言われそうだ。 それに呪いがなければアンリエッタも怒らないから換金しても良い。綺麗な指輪だって査定額に色が付くかもな。

 

「それはそうですが」

「安心しろよ。解呪出来てもジューネとの取引を優先するから。羽もちょっともったいない気はするけど、ジューネなら売ってもいいと思うし」

 

 実際幸運を呼ぶなんて物は自分で持ちたいが、自分より欲しがっている相手が目の前にいるしな。いきなり六万デンも提示するくらい欲しがってくれるなら羽もそっちの方が良いだろう。

 

「……分かりました。持ち主はトキヒサさんです。持ち主の承諾なく譲ってもらう訳にもいきません。指輪が解呪されるまで一緒に行きましょう。……エプリさんはどうしますか?」

 

 ジューネはエプリの方に矛先を変えた。エプリは、

 

「……ここから出たら用があるの。そこでお別れね」

 

 そうなんだよな。契約ではそこまでの付き合いだ。……そう言えばクラウンが来た時の事を考えてなかった。

 

 一応こっちも雇い主だからエプリは攻撃してこないとは思うが、最悪二人がかりで来たらダッシュで逃げよう。数々の修羅場を潜ってきたこの逃げ足を見せる時っ!

 

「そうですか。是非同行してほしかったのですが残念です。では……残るはこれですね」

 

 そう言ってジューネは俺に向き直ると、そのまま深々と頭を下げる。何々!? どうしたんだ?

 

「トキヒサさん。元はと言えば私が仕入れの時に情報集めを怠ったのが原因。この度の商品の不備、誠に申し訳ありませんでした」

「良いって別に。ジューネだって中身のことを知らなかったんだろ? なら仕方ないって」

 

 俺は慌ててそう言うのだが、ジューネは頭を下げたまま上げようとしない。

 

「これは商人としての信用の問題です。買ったお客様が明らかに損をする事態は商人としては悪手。商売は出来るだけ互いに良い物でなければっ! ……つきましては何か補償させていただきたいのですが」

 

 俺はその言葉を聞いて少し悩む。確かに商人として信用はとても大事だ。いや、仕事をする者にとってと言い換えても良い。エプリもそうだったからな。

 

 俺は被害を受けたとは思っていないが、ジューネの側からすれば大問題なのだろう。とすればここで何も要求しないのは逆に失礼。なら、

 

「それじゃあ悪いけど、ダンジョンから出るまで俺とエプリの食事代を奢ってくれないか」

「そんな簡単な事で良いのですか?」

 

 ジューネは頭を上げて俺に聞き返す。もっと凄い事を要求されるとでも思っていたのだろうか?

 

「それで良いよ。それに意外に大変だと思うぞ? エプリは見かけより食うからな」

 

 俺の言葉にエプリも頷く。実際俺の倍は毎回食ってるからな。ジューネは何か考えていたようだが、意を決したように顔を引き締める。

 

「……確かに了承しました。ダンジョンを出るまで毎食必ずご用意しましょう。これまでの分も内容に合わせた分の金額を補填します」

 

 ようし。飯代が浮いた。それにこれまでの分も払ってくれるという。これからの予定も大分定まってきたし、あとはこのダンジョンを抜けるだけだ。俺は心の中でこっそり気合を入れていた。

 

 

 

 

 ここで俺は忘れていた。ダンジョンで一番危ないのは、()()()()()()であるということに。

 

 

 

 

 

 その日の移動は終始順調に進んだ。……いや、()調()()()()

 

「困りましたね。このまま行くとダンジョンを出る頃には丁度真夜中です」

 

 昼頃に俺達は途中の部屋で、昼食の用意をしながらこれからについて悩んでいた。

 

 ちなみに昼食はいつもの保存食に加えて野菜たっぷりのスープ。たまには温かい物を食べないと調子が悪くなるという事で、全員分のスープをまとめて作っているのだ。

 

 今回は通路に仕掛けをしているので、全員揃って相談がする。まあ最低限の警戒はしているようだが。

 

「そのままダンジョンを出ても町までしばらくかかる。夜中に進むのは出来れば避けたいんだがな」

 

 成程。予想よりペースが速すぎるという事か。元々明日の朝ダンジョンを出る予定で、そこから歩いて数時間なら到着は昼過ぎ。休憩を挟んでも夕方には辿り着くって訳だ。……ペースが速すぎるのも考え物だな。

 

「選択肢は二つですね。このままダンジョンを出て夜通し歩いて町まで向かうか、少しペースを落として明日の朝頃にダンジョンを出るように調整するか。個人的な意見ですが、私はこのままのペースで良いと思いますよ」

 

 口火を切ったのはジューネだった。

 

「情報の価値は時間が経てば経つほど下がります。多少無理してでも急ぐに越したことはありません」

 

 これは商人としての意見だな。儲けと安全を天秤にかけて急ぐことを選択している。言い終わると、ジューネはそのまま話を促すようにこちらを見る。

 

「俺は……そうだな。俺もペースはこのままの方が良いと思う。夜間に移動するのが危険だってのは分かるけど、バルガスの身体が問題だ」

 

 バルガスは凶魔化の副作用か衰弱が激しい。まだ自分で動こうとするとふらつくようで、俺が荷車で運んでいる。今も眠っているが、時折眠りながらうなされている。

 

 なにぶん凶魔化なんて事例がほとんど知られていない以上、なるべく早く医者に見せた方が良いという事をジューネ達に説明する。

 

「それに単純な危険度で言えばこっちの方が多分上だ。ここがダンジョンってことを考えると長居しない方が良いんじゃないか?」

 

 このダンジョンに対する勝手な考えだが、どうにも妙な感じがする。そこまで強くないモンスターに、ただ広くて長いこのダンジョンの構造。これだけなら人に入る気を起こさせない為の配置だ。だけど……このまま長くいると何か嫌な予感がする。

 

「分かりました。ではエプリさんはどう思われますか?」

 

 ここまでで眠っているバルガスや話せないヌーボ(触手)を除くと、半分が賛成をしたことになる。多数決ならもう決まったようなものだ。それでも律義に全員に聞こうとするのは、ジューネの気質によるものだろうか?

 

「……私はペースを落とした方が良いと思う。アナタ達には悪いけどね」

 

 ここで初めて反対意見が出た。

 

「多分アシュも気付いていると思うけど、このまま進み続けるのは難しいわ。だって……私を含めて相当皆疲労が溜まっているもの」

 

 エプリによると、戦闘を避けれてもただ進むだけで体力は消費していく。特に元々体力の少ないジューネと、バルガスを常時運んでいた俺は今の時点でややペースが落ち始めていた。エプリ自身も少しずつ集中力が落ちているのを感じていたという。

 

「まだ充分余力があるのはアシュぐらいのもの。……だけど、一人ではもしもの時に対処できない可能性もある。だからペースを落として少しずつ休息を挟んだ方が遠回りだけど安全だと思う」

「俺も同感だな」

 

 エプリの意見にアシュさんも賛成する。おっと。これで意見が二対二になった。

 

「用心棒としては護衛対象の体調も考えなきゃならん。……隠していてもダメだぞ雇い主様よ。軟膏で誤魔化してはいるがもう足にきてるだろ」

 

 その言葉にジューネの足を注意深く見ると、ほんの僅かだが小刻みにプルプルと震えている。そういえば昨日休息をとった時もジューネが一番疲労していた。

 

 ……しまった。俺は少しだけ疲れづらい体質になっているようだから一晩休めば回復するが、普通こんな強行軍をして一晩で全快なんてことはない。おまけにここはダンジョンだ。満足な休息が取れないのに、ジューネが平気な顔で歩き続けているということがまずおかしかった。

 

「へ、平気ですよこれくらい。今でもまだこんなに元気で……あわっ!」

 

 ジューネは自分がまだ動けることを証明しようと軽くジャンプをしてみせるが、着地の時にバランスを崩して倒れそうになってしまう。咄嗟にアシュさんが受け止めるが、ジューネは顔を赤くしている。

 

「ほれ見ろ。痛み止めと疲労回復の薬の併用のようだが、それでも誤魔化せないほど疲れているじゃないか。エプリの嬢ちゃんが言わなければ俺が言うつもりだったが、ペースを落とした方が賢明だぜ」

 

 うぅ~っとジューネは唸りながら虚空を睨んでいるが、今無理に進んでもキツイのが自分でも分かっているようだった。分かっていなければもっと反論するはずだ。

 

「無論ダンジョンの危険性も分かっている。だが自分で動けない奴を護りながら行くより、自分で動けるようになるまで待ってからの方がやりやすいと思う」

 

 アシュさんの言う事ももっともだ。バルガスの事を考えると急いだ方が良いが、しかしここで無理に進んでも途中でペースを落とさざるを得ないか。

 

「……分かりました。俺もペースを落とす側に変更します。ジューネがそこまで疲れているのにこのままはマズイですから」

「すまねぇな。じゃあ昼食を食ったらちょい長めの休息をとる。そのあと出発して夜にもう一度休憩。あとは明日の早朝にまた出発して、そのままダンジョンを出て最寄りの町まで休まず進む予定だ。なるべくお前さんの意見に沿わせたが……何か問題あるか?」

 

 アシュさんは俺に一言謝ると、ジューネに向けてちゃんと確認を取る。ジューネはまだ少し諦めきれない様子だったが、正論だと分かっているからこそ何も言わずに頷いた。

 

「そんな顔してないで、そうと決まったら少しでも身体を休めておきな。今度はこそこそじゃなく堂々と薬を使えよ。お前さん達もだ。疲れをなるべく残さないように頼むぜ。……ほらっ。スープも出来たぞ」

 

 アシュさんはテキパキと昼食の用意を整え、器にスープをよそって俺達に配っていく。手際がとてもスムーズなので、つい手慣れてますねと声をかける。

 

「まあな。一通りのことは自分で出来るよう練習した。……世話焼きで構いたがりの身内から逃げる為でもあったけどな」

 

 少し暗い顔をしながらそうアシュさんは語る。……昔のアシュさんとイザスタさんってどんなだったんだろうな?

 




 腹ペコ傭兵の食費確保! そしてどちらにも理由があって、どこで我を通すか、妥協するかは悩みどころです。




 連載中の別作『マンガ版GXしか知らない遊戯王プレイヤーが、アニメ版GX世界に跳ばされた話。なお使えるカードはロボトミー縛りの模様』もよろしく!


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約束と隠し部屋

 昼食後、ジューネが使っていたのと同じ薬(有料)を手足に塗り込んで休んでいた時、

 

「ねぇ。……ちょっといい?」

 

 エプリが急に話しかけてきた。どうやら二人だけで話があるようだ。

 

 俺達はそれぞれ壁にもたれかかって座る。ジューネ達とは少し距離があるので会話は聞こえない筈だ。

 

「……そろそろ良い頃合いだと思って。ここから出た後の事を話しておきたいの」

 

 エプリはそう切り出した。やっぱりか。ダンジョンから出る目途が立ってきたし、そろそろじゃないかと思ってた。

 

「ここから出たら、私はクラウンと連絡をとって合流する。アナタとの契約はそこで終わるわ」

「……そっか」

 

 予想より単刀直入な言葉に、俺もついぶっきらぼうに返事をしてしまう。

 

「半金は貰ったから良いとして残りの半分、ダンジョンで入手した物を売った分の二割だけど……それはいずれ請求するから準備しておいて」

「それを手に入れるまでは一緒に行けないのか?」

 

 ()()()()()()ではなく()()()()()()。ついそう口から出たのは……何故だろうな。

 

 何だかんだ頼りになったし、パートナーとしてはとても良い奴だった。第一印象は悪かったけど、これからも一緒に行きたいと思っていたらしい。俺のその言葉に、エプリはゆっくり首を横に振る。

 

「元々あちらが先だもの。あちらを優先するのが筋よ。……それが片付いたら半金を貰いに来るから」

 

 そうだよなぁ。いくら依頼主が性格悪くて変な笑い方してちょ~っとだけ俺より背が高いからといっても順番は順番だ。そこは妥協してはいけないのだろう。

 

「でもまずはここを出るまでの話。雇われた以上アナタは必ず脱出させてみせる。……それと、前に私が空属性について言ったことを憶えてる?」

 

 前に言われたこと? ダンジョンでは空属性は使えないってことだったかな? そう答えると、

 

「正確にはダンジョン内での移動はそれなりに出来るの。私は空属性は使えないけどこれで代用するわ」

 

 そこでエプリは懐から黒い珠のような物を取り出した。この珠なんか見覚えがあるな。……思い出した! 俺がジューネから箱を買った時、エプリがこの珠をタダで貰ってたんだった。

 

「これは転移珠と言って、空属性の転移を一度だけ使える道具なの。いざと言う時の為に渡しておくわ。……使い方は簡単。これを持って場所かヒトを思い浮かべながら魔力を注ぎ込むだけ。そこに到達出来る魔力が入った時点で自動的に発動するから制御も要らないわ」

 

 なんとお手軽。この珠がそんな力を持っているとは驚きだ。使い方が簡単なのも良い。……だけど、

 

「使い方は分かったけど、空属性って距離とかで必要な魔力量が違うんだろ? しかもかなり多く必要だって聞いたぞ。俺にも使えるのかな?」

「……その点は多分大丈夫」

 

 エプリが言うには、これまでの脱出行で見立てた所俺の魔力はそこそこ多い方らしい。相手が余程遠くに居ない限り問題なく使えるという。

 

「問題は他の魔法に回す魔力が残るかという点だけど……金属性はあまり関係はないわね」

 

 金属性は使う魔力が他の属性に比べて大分少ない。それは魔力の代わりに現物である金を消費しているから……決して嬉しくなんかないぞ。俺の場合は“適性昇華”によって使う魔力量は少し増えているかもしれないが、それでも相当少ないと思う。

 

「でも何でそんな物を俺に? 自分で持っていた方が良いんじゃないか?」

「……ダンジョンでこれを使う事態になるとすれば、襲撃を受けて逃げる時か集団と離れて孤立した時くらいよ。どちらにせよ私よりもアナタがそうなった時の方が危ないから渡しておく。その方が護り切れる可能性が増えるでしょ」

 

 確かにエプリなら大抵の場合一人で生還できそうだ。それを考えると俺に持たせた方が良いというのは納得できる。ただ、

 

「ちょっと聞いて良いかエプリ。……何でそんなにも俺を護ろうとするんだ?」

「……今更ね。契約だからに決まっているでしょう」

「契約だからってだけにしては、ちょっと度が過ぎている気がするけどな」

 

 素っ気なく返すエプリに、俺は一つずつ推測したことをぶつけていく。と言っても責めるような言い方ではなく、ただ単に何故かという疑問からだった。それが後々にどんな影響を与えるかも考えずに。

 

 

 

 

「まず気になったのは、バルガスがゴリラ凶魔になって暴れる所に出くわした時だ。あの時エプリは先に部屋に入ったけど、俺に来るなと言ったっきりゴリラ凶魔と対峙していたよな。すぐに逃げても良かったのにそうしなかった。あれは下手に逃げたら()()()()()()()って思ったからじゃないのか? 結局あの後俺が突入したけど、そうじゃなかったらお前一人で戦うつもりじゃなかったか?」

 

 俺の言葉にエプリは何も言わない。

 

「沈黙は消極的な肯定と受け取るぜ。……次に気になったのはジューネから一緒に行くかって誘われた時だ。俺が契約解除を持ち出した時、エプリは傭兵としての沽券に関わるからって断ったよな? あれも良く考えるとおかしい。この場合俺自身が打ち切ろうとしているんだから、何かあったとしても責任は俺の側。だから沽券も何も考える必要はなかったんだ。目撃者(ジューネ)もいたから正当性も証言できただろうしな」

 

 やはりエプリは何も言わず、黙って耳を傾けていた。フードの下の表情は分からない。

 

「そして今の一件。どう考えてもそれは相当値が張る品だろ? いくら護衛対象とはいえ、そんな貴重な物を普通に渡しはしないって。それももうすぐ契約が切れる相手にだ。……ここまで重なったら俺にも分かるよ。エプリが俺を護ろうとしているのは、単に契約ってだけじゃなさそうだって」

 

 何故エプリがここまで俺を護ろうとするのかは分からない。接点は牢獄が最初の筈だし、初対面の互いの印象はほぼ最悪だった。ダンジョンで起きた時もいきなり俺を殺そうとしたぐらいだ。特に好感度が上がるような事をした記憶もない。

 

 もしやあれか? どさくさで言った愛の告白にもとれるアレか? いやいやそれはないだろう。あの後エプリ自身が冗談で流していたのだ。しかしそれ以外に何か好感度が上がることなんて……。

 

「……ふぅ」

 

 エプリは軽くため息を吐いてこちらを見返す。フードからちらりと見えるルビーのような緋色の瞳。視線は空中で交差し、俺達は互いに見つめあう。

 

 先に根負けしたのは俺の方だった。視線を逸らし、どこを見るでもなくぼんやりと虚空を眺めながらエプリに問いかける。

 

「俺はそこまで護ってもらう事をした覚えはないんだよな。だから……教えてくれないか?」

「……話す必要はないわね。これはただ契約でやっているだけなんだから。……こちらの用は済んだから、ちょっとアシュとこれからの道のりについて確認してくるわ」

 

 エプリはそう言って立ち上がり、フードを被り直すとアシュさんの方へ歩いていく。個人的に何か話したくない事があるのかもしれない。

 

 これ以上は踏み込むのは無理か。そう考えていると、エプリが急に足を止めてそのままポツリと話す。

 

「……アナタがダンジョンから脱出したら少しだけ話すわ。また同じようなことを聞かれても面倒だしね」

 

 言い終わって歩き出すエプリの背中に、俺は「分かった! 約束だぞ!」と声をかけた。……きっと届いていたのだろう。振り向く事はしなかったけれどそのフードは微かに、だけどハッキリと頷いたように動いていたのだから。

 

 

 

 

 昼食を終え、俺達は再びダンジョンを抜けるべく移動を開始した。

 

 休息を取ったばかりでそれぞれの士気は高く、エプリの探査も好調。敵らしい敵にも遭わず、先にある分かれ道や通路の内容もほぼドンピシャだ。

 

 アシュさんが先頭に立って安全を確認し、ジューネは時折自分の地図に何かを書き加えている。バルガスも少しずつ起きていられる時間が長くなってきたように感じられ、ヌーボ(触手)はいつも通り荷車で後方警戒だ。

 

 状況が動いたのは、夜になったので最後の休息に丁度良い場所を探している時だった。時間は夜八時。急げば今日中にダンジョンを抜けられるという事なので、もう入口の近くまで進んでいると言えた。

 

「……待って。そこの壁、何かあるようよ」

 

 いつもの探査を終えると、エプリは突如そんなことを言い出した。

 

「おかしいですね。この通路は以前通ったはずですが?」

「……いや。どうやらエプリの嬢ちゃんの言う通りだぜ。見てみな。ここに小さな取っ手がある。……どうやら特定の方向でないと分からんようだな」

 

 ジューネが首を傾げる中、アシュさんは壁を注意深く調べて声を挙げる。……本当だ。俺も試しに反対の通路から見てみると、壁の継ぎ目にうっすらと取っ手が見える。だまし絵みたいな壁だな。

 

 アシュさんが注意深く取っ手を引っ張ると、壁の一部が横にスライドした。手を離すと壁は自然と戻っていく。

 

「取っ手を引っ張る間だけ開くようだな。中はそれなりに広い空間のようだが……隠し部屋の一種かね? 入ってみるか?」

「当然です! ダンジョンの隠し部屋と言えば極稀にしか見つからないことで有名。何の為の部屋かは諸説ありますが、私は宝の保管場所説を支持しますよ! それに隠し部屋とあれば情報の価値も一気に上がるというもの。悩む必要はありませんとも」

 

 アシュさんが訊ねると、ジューネは鼻息荒く目をキラキラさせてそう宣った。しかし隠し部屋か。ダンジョンにはお約束だけど、考えてみると何のために有るんだろうな?

 

「なぁエプリ。ジューネの言ってる説以外って何があるか知ってるか?」

「……詳しくは知らないけど、設計ミスや何かの事情で使われなくなったというもの。宝ではないけど何かの保管場所というもの。後から何かの理由で増設されたというもの。……あと一番厄介なのは」

 

 そこでエプリは言葉を言い淀む。

 

「……成程。トラップだな?」

「そう。部屋そのものが侵入者をおびき寄せる一種の罠だという説。宝の部屋だと思ったらそのまま……とかね」

 

 俺はアンリエッタとしたダンジョンの話を思い出す。ダンジョンの構築にはエネルギーが必要だという話だった。そしてそのエネルギーを稼ぐためには、生物をダンジョンに誘い込んで死亡させるのが一番だとも。その点でこの隠し部屋は色々役に立つ。

 

 例えば中に宝を置いておけば、それだけで今のジューネみたいな人は誘い込まれる。加えて罠でも仕掛けておけば、労せずして向こうから引っかかってくれるという寸法だ。つまるところ、多分諸説の一つが正しいのではなく、幾つも正しいのだろう。

 

「だけど逆に考えれば、良いエサがないと誰も入ってこないよな。つまり」

「宝が本物の可能性もある……という事ね。どうする? 一応はアナタの判断に従うわ。もちろん傭兵の立場としては危険なので反対だけどね」

 

 さてどうするか? 中にはほぼ間違いなく罠がある。道中罠が無かったのは、おそらくエネルギーを無駄に使わないためだろう。

 

 この広いダンジョンに適当に仕掛けてはいくら有っても足りない。俺が仮に仕掛けるとすれば、何処か特別な場所に仕掛ける。そう。例えばここのような、罠だと分かっていても入らざるを得ない場所に。

 

「……ゴメンなエプリ。悪いけど俺も入ってみたい。勿論罠が有るとは思うけど、宝という響きにどうしようもなく心躍るのも事実なんだ」

 

 どのみち金を稼がないといけないしな。宝というのは見逃せない。エプリはふんと軽く鼻を鳴らすと、そうと一言だけ言って押し黙ってしまった。……ゴメンな。ここから出たら別れる前になんか奢るから。

 




 エプリのこれは恋愛感情とは少し違います。これは彼女の抱えるエゴで、通すべき筋です。


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コンセプトの違和感

「それにしても、誰が残る?」

 

 俺達は隠し部屋の前で悩んでいた。入口は誰かが取っ手を引いている間だけ開く。中に別の出口が有るのかもしれないが、もしもの為に一人は待機しなければならない。

 

「それにバルガスさんの事も考えると、引っ張る役とその間護衛する方が必要になります。ちなみに私は絶対行きますからね。ぜ~ったいに!」

 

 ジューネはさっきから凄いやる気だ。気のせいか宝と聞いて目が金の形になっている気がする。アシュさんはやれやれって肩を竦めているし、これは残れと言っても聞きそうにないな。

 

「となると私かアシュの二択ね……じゃあ私が残るわ。私なら近づかれる前に攻撃できるし、拠点防衛には向いている。引っ張る役は……そうね。ヌーボをつけてくれる? ヌーボはあまり動き回るのに向かないから、ここで護衛に専念させるわ」

「……いや。ちょっと待ってくれ。トキヒサは罠の解除とかは出来るか?」

 

 これでメンバーは決まりかと思った時、ギリギリでアシュさんが待ったをかけた。俺はその言葉に首を横に振る。罠に魔法とかが使われていたらお手上げだ。

 

「そうか……じゃあエプリの嬢ちゃんに行ってもらって、俺が代わりに残ろう。部屋に罠がある場合、嬢ちゃんの探査なら部屋の違和感に気が付けるかもしれないからな。解除できないんならせめて予兆だけでも掴みたい」

 

 確かにこのメンバーに罠を解除できそうな人はいない。それなら事前に予兆を掴めれば被害を防げるかもってことか。

 

「……アナタは一時的にとは言え自分の雇い主と離れる事になるけど良いの?」

「それは嬢ちゃんだって同じだったろう? 雇い主の意向に出来る限り応えるのも仕事の内。だから嬢ちゃんもトキヒサが行くのを止めなかったんだろ?」

「……分かったわ。私が最優先で護るのはトキヒサだけど、ジューネも出来る限り護る事を約束するわ。アナタの代わりになるかは分からないけどね」

 

 どうやら二人の話し合いは済んだらしい。護られる対象としてはどうにも落ち着かないな。

 

 ジューネの方はというと、どうやら考え事をしていて話を聞いていなかったようだ。ようやく我に返ったかと思ったら、アシュさんがここに残ると聞いて何やら詰め寄っている。肝心な時に居ないで何が用心棒ですか! とか、いつもいつも置いてきぼりにして! とか。

 

「……こっちも言いたい事はあるのだけれど、そこの所は分かっている?」

「いや。それはその……護衛の手間を増やしてスマン。出来る限り自分の身は自分で護るようにするから許してくれ」

 

 エプリからのジト目に俺はもう腰を低~くして謝る。これから入るって時にこれである。……いや、だからこそ言えるのかもしれないな。

 

 この隠し部屋に何があるか分からない以上、入った瞬間言えなくなるようなことになってもおかしくないのだから。

 

 

 

 

 こうして俺、ジューネ、エプリの三人は、アシュさん、ヌーボ、バルガスを残し隠し部屋に侵入した。

 

 一応二十分経ったら状況に関わらず戻り始める予定だ。帰りを合わせると最大四十分なので時間を決めておかないと危ないからな。待っている方も待たせている方も。

 

「そういえば、地図上でここらってどうなってるんだ?」

「……丁度一部屋分の空白が出来ているわね。この分なら私じゃなくても地図で誰かが発見した可能性が高いと思う」

「一部屋分ね。確かに広さはこれまで休むのに使った一部屋分くらいなんだけど……地図には縦の高さも記述した方が良さそうだぜこりゃ」

 

 俺達は壁沿いに()()()()()()()()話していた。

 

 これはいわゆる螺旋階段というものだろう。正確には部屋は円形ではなく四角形だが、壁沿いに下へと続く階段が延々と伸びている。斜度はそれほどでもないが、その分とにかく長い。

 

 中央は吹き抜けになっていて、暗さもあって底が見えない。試しにコイン(石貨)を一枚落としてみると、大体四、五秒くらいしてから何か当たるような音がした。……結構深いぞ。俺達は各自明かりを準備して下りていく。

 

「これ明らかに二、三階層くらい下りてるぞ。俺とエプリが跳ばされた階層よりも下手すると深い」

「かも、しれませんね」

 

 俺の何気なく言った言葉にジューネが息を切らせながら答える。体力ないのに無理するからだ。

 

 引き返そうかと言ったが頑として戻ろうとせず、壁に手を突きながら一歩一歩着実に進んでいくその様子からは、ジューネがただのか弱い女の子ではなく商人である事がひしひしと伝わってくる。

 

 それから俺達は黙々と階段を下り続けた。間違っても穴に落ちないように、足元を明かりで照らしながら。……そして、

 

「……どうやら着いたようね」

 

 ようやく階段が終わり平らな床に到達する。そこは明らかに怪しい場所だった。部屋の中央には台座が設置され、そこに堂々と宝箱が置かれている。箱のサイズは目算で直径五十センチ位。豪奢な作りをしていて見るからに高そうだ。

 

「罠だな」

「罠ね」

「罠ですね」

 

 怪しすぎる。これで罠じゃなかったら逆におかしい。……しかし妙だ。このダンジョンを造った奴がここまであからさまな罠を用意するというのはどこかイメージに合わない。

 

「エプリ。一応周りを調べてみてくれるか? 多分宝箱に近づくか開けようとすると発動する罠だと思うけど」

「もうやってるわ。……周りの壁に僅かな風の流れが有る。仕掛けがあるのはおそらくそこね」

 

 俺が言う前にもうエプリは動いていた。流石行動が早い。

 

「そうか。この状況なら考えられる手はシンプルだな。モンスターが壁から飛び出てくるか、対生物用の殺傷力のある罠か……水攻めとかの手もあるな。どのみち()()()()()()()()()のが分かっていればやりようはあるか」

 

 俺は手元に貯金箱を呼び出して周りの査定を開始する。幾つかの場所に壁(罠有り)と反応があった。ここだな。

 

「な、なんなんですかトキヒサさんそれは!? どこから出したんですか!?」

 

 そう言えばジューネに見せるのは初めてだった。しかし今は説明する時間がないので後で話すと誤魔化す。……よし、反応があったのは全部で五か所か。反応の有った場所に簡単な印を付けていく。

 

「ジューネ。一つ聞くけど、そのリュックサックの中に網か何か無いか? 出来れば頑丈で簡単に破れないのが五枚以上」

「なんですか急に? ……まあ有りますけど。ただし売り物ですよ」

 

 こんな時にも金とるんかいっ! というツッコミを飲み込んで網五枚を購入。ちなみに全部で千デンとかなり値が張る。トリックスパイダーという珍しい蜘蛛の糸で編まれた物らしく、高い柔軟性と丈夫さが売りだとか。そこまで凄い物じゃなくても良かったんだけどな。

 

 俺はその網をそれぞれ反応があった場所に設置する。これでもし何か出てきても、上手くいけば引っかかって進みが遅くなるはずだ。

 

「……大体調べ終わったわ。あとはあの台座と宝箱だけど、そっちは準備は良い?」

「ああ。ちょっと待ってな。あとはこの網を仕掛け終われば……よし。出来上がり。それじゃ残るはあの台座と箱だな。どれどれ」

 

 こんな時、あってよかった貯金箱ってね。俺は査定の光を台座と箱に当てる。台座の方は……特に反応なし。これはあくまで装飾らしい。あと本命の宝箱の方だけど。

 

 宝箱(内容物有り。罠有り)

 査定額 六百デン+???

 内訳

 宝箱 六百デン

 ??? ???(買取不可)

 

 これはまた妙な感じの結果だな。罠が有るのは予想できたから驚かない。内容物が???なのは昨日の箱の例もあるから分かる。多分外から観測できない物は???になるんだろう。しかしそれにしては()()()()()()()()()なのはなんでだ? 

 

「……どう? 何か分かった?」

「やっぱり宝箱に罠が有るみたいだ。罠の種類までは分からないけどな」

 

 しかしここは何かおかしい。宝の部屋に罠を仕掛けるのは道理だ。しかしそれにしたって、侵入者を倒して得られるエネルギーとこの罠や宝を用意する手間暇が釣り合うのか不明だ。

 

 それにこのダンジョンのコンセプトと合わない。人を来させない為の場所に、わざわざ人を集める宝の部屋を造るか? どうにも造り手の意図がチグハグだ。……おっと。また考え込みそうになった。エプリやジューネがどうしたのかというようにこちらを見ている。

 

「ゴメン。考え事をしてた。とりあえず罠の解除は難しそうなので、箱に触るか開けるかしたら罠が作動すると思う」

「ではどうするんですか? このまま宝を目の前にしてみすみす戻ると言うのは……」

 

 ジューネは未練たらたらに言う。それはそうだろう。青い鳥の羽に続いて二度目だもんな。商人としてはたまったもんじゃない。だが、

 

「勘違いしないように。諦めるなんて言ってないぞ」

 

 そう。確かに俺は罠の解除などは出来ない。箱を開けたら中から何か飛び出してくるとか、周りの壁からモンスターの集団が襲い掛かってくる可能性は十分ある。ならば、

 

「箱に触ったら危ないなら、()()()()持ち帰れば良いだけだ」

「そんなことどうやって……いや、その手が有ったわね」

 

 エプリは気が付いたみたいだな。ジューネは訳が分からないのかきょとんとしている。つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 唯一気にかかるのは、中身の部分だけ買取不可だった事。つまり箱を換金した場合、中身だけ外に放り出されるのだろうか? それとも箱ごと消えるけれど、その分の金は入らずじまいと言う事なのだろうか? ……考えていても仕方ない。時間も迫っているし、やるなら早い方が良さそうだ。

 

 

 

 

「ジューネ。実は秘密にしてほしい事が有るんだが」

 

 これからやることをざっと説明すると、案の定ジューネは訝しむような顔をする。それはそうだ。いきなりそんなことを言っても信じられないだろう。なので、実際に適当な物に『万物換金』を使ってみせる。そうしたら、

 

「トキヒサさんっ! 私、貴方とお知り合いになれて良かったですっ!」

 

 喜色満面とでもいうような輝かんばかりの笑顔をこちらに見せてくる。……笑顔は良いのだが、またもや目が金マークになっている気がする。デカい儲け話を見つけたとでもいうような顔だ。

 

 出来れば教えたくなかったけど、こうでもしないと罠に確実に引っかかるからな。情報には価値があるって豪語するような奴だから、あちこちに触れ回るようなことはしないと思うけど……しないよな?

 

「任せてください。秘密は誰にも話しませんとも。……適正な価値を付けてくれるヒトが来るまでは」

 

 後ろのセリフはボソッと言ってたけど、聞こえてるぞ。……ここは宝を諦めて撤退した方が良かったかもしれん。大金を積まれたら誰かにポロッと話しそうだ。大丈夫かな?

 

「内密で頼むな。そういう訳だから、ジューネとエプリは階段の所まで下がってほしい。換金したら即脱出するからな」

 

 直接触れなくても、何か他の罠が発動する可能性もある。出来れば離れていてほしいのだけど。

 

「……私はアナタとジューネの中間に待機するわ。いざと言う時にどちらにも対処できるようにね」

 

 成程。道理だ。エプリはジューネの護衛も頼まれているから両方を護らないといけない。

 

「分かった。だけどいざとなったらジューネの方を優先な。俺の方がまだ一人でも何とかなると思う」

「私からすればどちらもそこまでの差はないけどね」

 

 失礼な。知識ではともかく、流石に体力面ではジューネより俺の方が上だぞ。……さぁてと。それじゃあ早速取り掛かるとするか。出来れば罠が作動しない方が良いけど……この流れだと無理だろうなぁ。

 




 商人に能力がバレました! ……まあ出自とかはバレてないのでまだマシですが。


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走れっ! 駆け上がれっ!

 俺は貯金箱を構えながら台座にじりじり近づく。そして宝箱にギリギリ手の届く所まで近づいた時、

 

「……んっ?」

 

 台座の周りだけ床の色が微妙に違う。よく見ないと気が付かない程度だし、普通は宝箱や台座に目がいって分からない。

 

「……そういうことか。エプリっ! 床にも何か仕掛けがある。壁と床、両方に注意してくれ!」

 

 エプリは何も言わず頷く。これはおそらく罠の定番の落とし穴だ。問題は()()作動するか。

 

 乗ったら作動する奴なら乗らなければ心配ない。宝箱に触れたり開けたりした時の場合も何とかなる。最悪なのはもう一つの可能性。

 

 こういう事態の先読みとかは“相棒”に敵わないが、足りない分はダンジョンの知識と想像力でカバーしようじゃないの。

 

「三つ数えたら換金する。終わったらすぐ階段を駆け上がるからな。ジューネも全力で走れよっ!」

「分かってますとも!」

 

 微妙にジューネの声が震えていたが、それは武者震いだと信じたい。

 

「じゃあ行くぞ! ……三、二、一、換金っ!」

 

 その瞬間、宝箱はフッと消え去った。さて、ここで最初の問題だ。宝箱は換金できたが中身の買取不可だった“何か”はどうなるのか? 答えは……()()()()()()()()()()()

 

「おっと!?」

 

 空中に放り出された物を受け止めると、それは拳大のサイズの石だった。全体的に丸みを帯びているが所々デコボコしている。色は反対側が薄ら見える澄んだ青。魔石にしてはデカいな。それに何というか少し違う気がする。うまくは言えないがこう……質というか。

 

 ビー。ビー。

 

 突如として部屋中に耳障りな警報音が響き渡った。

 

 どうやら最悪の可能性が的中したらしい。宝箱が()()()()()()()時に作動する場合だ。重量センサーでもあったのか?

 

 そして床が揺れだし、台座の周りから順にヒビが入る。これは落とし穴と言うより……マズイっ! 

 

「全員走れえぇっ!」

 

 俺は叫びながら石をポケットにしまい込み、一目散に階段に向かって駆ける。その僅か一秒後、台座の部分()()の床から次々と崩落を開始した。

 

 台座の周りだけ違う色だったからこの可能性も考えていたが、まさかほんとにやるか普通!? これでは下手したら宝物だって落っこちるんだぞ!!

 

 そんな事を考えながら、俺は先に走っていたエプリ、ジューネ達と一緒に階段を駆け上がる。チラリと後ろを見ると、どんどん崩落が進んで遂には階段も下から崩れ始めていた。それと同時に反応のあった壁がスライドし、中から何かが飛び出してくる。アレは……。

 

「……っ!? 気を付けて。ボーンバットの群れよっ!」

 

 エプリが珍しく焦ったような声を出す。その名の通り全身骨だけの蝙蝠が、凄まじい勢いで部屋になだれ込んできた。

 

 大きさは羽(骨だけど)を広げて大体十五センチぐらい。あまり大きくもなく、大して怖そうでもないと思えるのは一匹だけならの話。骨蝙蝠が群れで襲い掛かってくるのはホラー映画さながらだ。

 

 ……今更だが、仕掛けた網はあまり効いていないようだ。一応何体かは引っかかっているが、大半が小柄だから網の目を潜り抜けてしまうのだ。ちくしょうっ! スケルトンかと思ったら骨違いだった。俺のなけなしの千デン返せっ!

 

「急げっ! もたもたしてると追いつかれるっ!」

「分かって、ますよ。はぁっ。はぁっ」

 

 ひたすら上に向かって走るが体力面ではジューネが問題だ。顔を真っ赤にして必死に走っているが、息も荒く今にも足が止まりそう。無理もないか。

 

 先頭を走るエプリがペースを落としてジューネに合わせようとするが、落としすぎると階段の崩落に追いつかれる可能性があるので上手くいかない。

 

 そして空中からはボーンバット達が追い縋る。これは中々に嫌らしい罠だ。もたもたしていたら崩落に巻き込まれるが、走る事だけに集中しようにもボーンバットが行く手を阻む。向こうは飛んでるから床が崩れても関係ないしな。

 

「このっ!」

 

 俺は飛びかかってきたボーンバットを貯金箱で叩き落す。サイズも小さいし骨だけだから一撃当てれば倒せる。しかしとにかく数が多い。

 

「きゃあっ!?」

「ジューネっ!」

 

 悲鳴にハッと振り向くと、キイキイと鳴き声をあげてボーンバット数体がジューネに襲い掛かっていた。ジューネは手で振り払おうとするが、ひらりひらりと避けながら噛みつこうとするボーンバット達。俺の方にも追いついてきたボーンバットが纏わりついて手一杯。このままじゃ……。

 

「風よ。巻き起これ。“強風(ハイウィンド)”」

 

 救いの声はすぐ近くから聞こえてきた。その瞬間、吹き抜けとなっているフロア中央に強烈な風が吹き荒れ、ボーンバット達のバランスを崩して次々と落下させていく。助かったぜエプリ!

 

「そこを動かないでっ!」

 

 エプリはジューネに半ば怒鳴りつけるように言う。ジューネは反射的に身を竦め、

 

「“風弾(ウィンドバレット)”」

 

 エプリの放つ圧縮された風の弾が、ボーンバットを一体ずつ撃ち落としていく。そしてジューネの周りにいたボーンバットが全て撃退されると、エプリがジューネの近くに駆け寄った。

 

「……怪我はない?」

「えっ。えぇ。大丈夫です。ありがとうございます。助かりました」

「礼は要らない。……仕事でやっているだけよ」

 

 ジューネがお礼を言うと、エプリはただ淡々とした態度で応える。フードに隠れて表情が見えないが、どことなく嬉しそうな気がするのは気のせいだろうか? 意外に微笑ましい風景なのだが、

 

「それは良いんだけど……こっちもついでに何とかしてくれない?」

「……いざとなったらジューネを優先して護れと言ったのはアナタではなかった?」

 

 うぐっ! 確かにそれを言われると弱い。一度言ったことを曲げる訳にもいかないしな。……えぇ~い仕方がない。やってやろうじゃないの!

 

「このっ! いい加減離れろっ!」

 

 俺は貯金箱を振り回してボーンバット達を何とか振りほどく。はぁはぁと息を整える俺に対して、エプリは一言「遅かったわね。“強風”でボーンバット達が混乱している内に行くわよ」と再び階段を上り始める。ジューネも一休みして元気になったのか、さっきよりも幾分軽やかにエプリに続く。

 

 ……おかしいな? いくら何でも軽やかすぎ……あれ!? よく見たらジューネの服が不自然に風ではためいている。そうか。エプリの風魔法だな! これなら身体の負担も軽くなるってってことか。

 

「なるほどなるほど……って! 感心してる場合じゃなかった。お~い! 俺を置いていくなっ!」

 

 階段の崩れる音がドンドン近づき、ボーンバット達も体勢を立て直しつつあるようだ。急がないとな。しかし俺にもかけてくれないかねその風魔法。そうしたらもっと楽なのに。

 

 

 

 

 ペースの上がった俺達は、上りだというのに来た時と大して変わらない速度で進んでいた。

 

 現在殿を務めている俺からは、前を走る二人の明かりがチラチラと見える。通路の幅は大人が三、四人並んだらつっかえるくらいのものでしかなく、中央の穴に気を付けながら進むのは地味に大変だ。

 

 しかしこの部屋の仕掛けは侵入者を倒す為にしては効率が悪すぎる。罠が有るのはまだ分かるが、それにしたって肝心の宝が失われるような事態になればマズいはずだ。

 

 なのに床や階段が徐々に崩落していく罠。まるで宝が持ち出されるぐらいなら落ちてしまった方が良いと言わんばかりのやり口だ。

 

「エプリ。まだ俺達が入ってきた所は見えないか?」

「……まだ見えないわ。走った時間から考えると、半分はもう越している筈だけど……」

 

 走りながらの言葉にエプリは疲れたような声で返す。エプリは階段を上りながらボーンバット達を足止めする“強風”と、ジューネの身体を押す別の風魔法も使用しているからな。二つ同時に使っているから疲れている様だ。

 

「出来るなら休憩したいけど……無理だろうな」

 

 さっきからかなり近くでキイキイと鳴き声が聞こえてくる。“強風”を抜けてきたボーンバットが追いつきつつあるようだ。それにどこからかガラガラと石が崩れるような音も聞こえてくる。止まってはいられないか。

 

 こんな時、アシュさんの言っていた事が切実に感じられる。確かにダンジョンの中では休める時に休まないとダメだ。ここに入るまでに休息をろくに取らずに来た為、階段の途中でジューネはへばりかけ、エプリも疲れが取れ切っていない状態で連戦だ。

 

 それに出口が見えないのも辛い。せめて何か、もう少しで辿り着くって目印でもあれば……。

 

『……もう少しだよ。頑張って』

「うんっ!?」

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……見えたわっ! 出口よっ!」

 

 ハッとして上を見上げると、小さく俺達が入ってきた所が見える。チラチラと明かりも見えるから、アシュさんがそこで待っているのだろう。

 

 まだそれなりに距離があるが、それでもハッキリ終わりが見えてきた事で気合が入る。心なしか前を走る二人もより力強くなった気がする。

 

 ……それにしても、さっきのは誰の声だったのだろうか? 空耳か?

 

 

 

 

「もう少しだ。ガンバレっ!」

 

 いくら風で走りやすいとはいえもうジューネは限界だ。それでも出口が見えた事で何とか走り続けている。俺もその勢いを止めてなるものかと後ろからジューネを鼓舞する。このまま何事も起こらなければ……。

 

「……止まってっ! 前方に何かいるわ」

 

 何事も起こらなければなんて思った直後にこれだよっ!! エプリが鋭く叫んで構えを取る。さりげなくジューネを庇って前に出ているのは流石だ。こちらも立ち止まって前方の様子を探ると、ぼんやりと何かが階段の途中に立ち塞がっている。

 

「今度は何だ!? ボーンバットが先回りしてきたか?」

 

 もう少しって時に邪魔するんじゃないっての!! 俺は立ち止まっているエプリの横に歩み出る。どこのどいつか知らないが、早いところそこを退いてもら……え~。

 

 そこに居たのは通路の大半を埋め尽くさんばかりのスケルトン軍団だった。自分達が動く僅かな隙間を残し、ほぼ等間隔で規則正しく整列する様子はある意味で美しくもある。それがスケルトン軍団でなければの話だが。骸骨が団体で整列しているのは普通に不気味だ。

 

「一体どこから湧いてきたんだコイツら?」

「あっ!? あれを見てください!」

 

 突如ジューネが先の通路の途中にある壁を指さす。よく見ればそこには穴が開いており、穴からスケルトンが次々と入ってきている。……しまった。来る時には分からなかったが途中の壁にも仕掛けがあったのか! 

 

 スケルトン達は明らかにこちらが上に行けないように道を塞いでいる。ってことは、

 

「先に進むには……やるしかないってことか」

「……そのようね」

 

 俺は片手で貯金箱を構え直し、もう片方の手でポケットの中の硬貨を握りしめる。エプリもジューネにかけていた風魔法を解き、いつでも攻撃を放てるよう油断なくスケルトン達を見据えている。

 

 ジューネはエプリの後ろに隠れているが、リュックサックを何やら漁っている。何か良い道具でもあれば良いんだけど、「あれでもない。これでもない」なんて言っているからあまり期待出来そうにない。

 

「……来るわ!」

 

 遂にスケルトン達が整列しながら階段を下りてきた。手に手にそれぞれボロボロの武具を持ち、一糸乱れぬ正確さで向かってくる。そして正確だからこそ、その動きには一切の感情が感じられなかった。

 

 ……これは試さなくても分かる。コイツらには凶魔とは別の意味で話し合いは通用しない。そして避けて通る事も出来ない。……戦うしかない。

 

「私はジューネを護りながら“竜巻”の溜めをするから、それまでなるべくアナタは時間を稼いで」

 

 仕方ないか。確かにあれだけの数を一体ずつ相手にしていたらキリがない。そしてぐずぐずしていたら床の崩落に追いつかれる。それなら一発デカいのを食らわせて突破した方が良い。

 

「一応言っておくけど……死なないでよ。アナタも護衛対象なのだから」

「気遣いありがとよ。……行くぞっ!」

 

 俺は貯金箱を盾のようにかざしながら、目の前のスケルトン軍団に突撃を敢行した。

 




 トレジャーハント物って崩壊する遺跡からの脱出が結構お約束ですよね!


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無双(に見える耐久戦)

「でやああぁっ!」

 

 俺は貯金箱を片手に突撃した……のだが、当然このままでは迎撃されるのは目に見えている。なので、まずは陣形を崩す。

 

「これでも……喰らえっ!」

 

 俺は手に握った銀貨をスケルトン達の頭上に来るように放り上げる。そしてなるべくスケルトン達の中央に来るタイミングを見計らい、

 

「金よ、弾けろっ!」

 

 その声と同時に銀貨が光ったかと思うと、多くのスケルトン達を巻き込んで炸裂する。

 

 閃光と共に爆炎と爆風が巻き起こり、階段が一瞬大きく揺れると共に周囲一帯は煙に包まれる。銀貨一枚は正直懐が辛いが、これで少しでも陣形を崩せれば儲けものだ。そう思っていたのだが、

 

「……なんか前よりも威力が上がってないか?」

 

 予想よりも爆発の規模が大きい。直撃したのは四、五体だが、ある者は頭蓋骨が砕け散り、ある者は肩の関節が吹き飛び、一番酷いのは上半身が丸々大破と酷い有り様だ。

 

 ゴリラ凶魔の時は腕の肉が少し抉れるだけだったからそこまでではないと考えていた。しかしこの惨状を見ると思っていたよりもエグイ。幸いスケルトン達は骨だけなので血も肉片もない。だがなんとなく敵だけどすまない気になってくる。

 

「なんかゴメン。しかし手加減出来るほど俺は強くないからな。やられたくない奴は道を開けろっ!」

 

 俺はそう叫びながらスケルトン達の中に飛び込んだ。さっきの爆発でスケルトンの大半が体勢を崩している。今しか懐に入る機会はない。

 

 一応降伏勧告をしたんだが、当然のことながらどのスケルトンも道を開けようとはしない。ならばこっちも暴れるだけだ。

 

 俺はスケルトン達の中で貯金箱を強引に振り回した。当たる端から砕けていくスケルトン達。やはり骨だけの身体だから脆いようだ。しかしスケルトンは胸部の奥辺りにある核を何とかしない限り動き続ける。

 

 目的は時間稼ぎだが、守勢に回っていたら押し切られかねない。まだまだ続々と壁から出てくる上に、相手には弓を持った奴も居る。

 

 持久戦は悪手。ならば……こっちから攻め込むだけだっ!

 

 

 

 

「うるああぁっ!」

 

 剣を振り下してきた奴に、下から貯金箱を振り上げて腕ごと剣を弾き飛ばす。そのままの勢いで貯金箱を投げつけ、奥から弓矢でエプリ達を狙っていた奴の胸部に叩きつける。

 

 武器が無くなったとばかりに左右からそれぞれ槍で突いてくるのを、片方に銅貨を投げつけて撃退。もう片方を、再び貯金箱を手元に出現させてそのまま弾く。

 

 槍の手入れはイマイチだったようでぽっきりと折れ、武器のなくなったスケルトンに、お返しとばかりに蹴りを入れて通路から放り出した。そのまま落ちていくスケルトンを見届けもせず、俺は次のスケルトンとの戦いに臨む。

 

 この部分だけ抜き出すと無双系の主人公かと思うかもしれないが、実際はそこまで無双ではない。

 

 元々スケルトン達の動きは鼠凶魔などに比べれば大分遅いし、カクカクしているから次の動きが読みやすい。それになんだかんだジューネの援護も効いていた。

 

「このっ! このっ! 他に何か無かったですかね?」

 

 ジューネが追いついてきたボーンバット達に放っていたのは、店で見たお札のような物。投げられたお札は空中で何故かピタリと停止すると、一瞬光の膜のようなものを周囲に造ってボーンバット達を足止めする。

 

 エプリが溜めで動けない以上、ボーンバットを足止めしてくれるなら大助かりだ。

 

 しかしそれでも何回か躱し損ねて身体は傷だらけだし、自分が穴に落ちそうになってヒヤッとしたのも一度や二度ではない。

 

 戦っていて改めて分かったが、俺の頑丈さは結構な物だったりする。一度途中で脇腹に斧を受けた時はもうだめだと思った。しかし痛いのだが大した傷にはならなかったのだ。

 

 勿論斧自体がボロボロだったというのもある。だが考えてみれば、これまで牢屋で床に顔面ダイブしたり、額に“風弾”を何発も受けても平気だったことを思えばこれくらい大丈夫なのかもしれない。

 

「ま、まだまだぁ。かかって、こいやぁ」

 

 だが体力が無限という訳じゃない。俺ははぁはぁと肩で息をしながら周りのスケルトン達を睨みつける。もうスケルトンを何体倒したか分からない。

 

 元々俺は戦い方なんて知らないのだ。だが何とか戦えているのは俺の加護と、以前イザスタさんの戦い方を見ていたのが大きいのだろう。

 

 あの人の戦い方は無駄がなかった。つまりそれだけ体力を消費しない戦い方だ。途中でそれを思い出し、なるべく無駄な動きを抑えるよう努める。

 

 だがそれもあくまで見様見真似。もう身体のあちこちがギシギシと鳴り、まるで重りでも付けているかのように重い。だが、

 

「エプリの準備が出来るまで、ここを、通さないぞ」

 

 それでも戦いを止める訳にはいかない。まだ時間稼ぎが終わっていないのだ。……なんだか時間稼ぎばっかりしているな。次は金を稼ぎたいね。そんな事を考えるくらいには余裕があるかもしれないが、そろそろキツくなってきた。頼むから早くしてくれエプリ。

 

「……準備できたわっ!! そこから離れてっ!!」

 

 その言葉を待ってたぜ。俺は力を振り絞ってスケルトン達に銅貨をばらまき、半ば転がり落ちるようにエプリ達の所に戻る。

 

「……待たせたわね。疲れた?」

「なに。もう二、三十分くらい余裕だったさ」

 

 俺はそんな状態でニヤッと笑ってみせた。こういう時でも男は見栄を張らなければならないのだ。

 

 エプリはそんな俺を見てフッと呆れたように笑う。その彼女の周囲には、風が俺達を護るように渦を巻いて吹き荒れている。以前見た“竜巻”の時よりもさらに凄そうだ。

 

「……ジューネ。これから突破口を切り拓くわ。反動があると思うから、しっかり私に掴まっていて」

「わ、分かりました」

 

 ジューネはガシッとエプリの腰のあたりに手を回す。

 

「ついでに俺も」

「アナタは自力で踏ん張りなさい」

 

 即答である。いつも……と少し間をおいて話すエプリがノータイムでバッサリである。あと微妙に視線が冷たい。

 

 冗談だって。だからジューネもジト~っとした視線を向けないように。……ほらっ! スケルトン達が手に手に武器を構えてまたやってきた。だから早いとこ何とかして!

 

「……それじゃあ行くわ」

 

 その言葉と共に、周りに吹き荒れる風が一段と強くなり、目に見える小型の竜巻が二つエプリの前に出現する。二つ? 牢屋で戦った時は三つ出していたと思うが魔力の温存か?

 

 そう思った時、なんと小型の竜巻が二つぶつかって一つに重なった。その分勢いを増し、もはや俺自身踏ん張るのがだんだんきつくなってきている。スケルトン達もこの余波だけで飛ばされ始める個体が現れる。これはヤバいぞ!

 

「……風よ。今一つの槍となり、我が敵を薙ぎ払え」

 

 エプリはそこで両手を前に突き出し、それに合わせるように一つとなった竜巻も前方に向けて角度を変える。まるで巨大な風の槍のように。……待てよ? さっきの俺の銭投げ(銀貨)でも結構階段がアレだったよな。そこにこんな凄そうなのが決まったら……。

 

 そして、エプリはその言葉を紡ぐ。

 

「……吹き抜けろ。“大竜巻(ハイトルネード)”」

 

 次の瞬間、巨大な風の槍がスケルトン達ごとこの階層を貫いた。

 

 

 

 

 吹き荒れる暴風。響き渡る轟音。あまりの暴風に両腕で顔を庇いながら前傾姿勢になって踏ん張る。まさかここまでとは。もしこれを牢獄で使われていたらエライことになっていたぞ。

 

 “大竜巻”は触れるスケルトン達をことごとくバラバラに吹き飛ばしながら階段を吹き荒れ、そのままの勢いで階段沿いに上部へ突き進んでいく。だが、

 

「マズイっ! 崩れる!」

 

 予想通りと言うか何というか、“大竜巻”の威力に階段や壁が耐えきれずに崩壊が始まった。上からもボロボロと小石サイズの瓦礫が降ってくる。スケルトンは一掃できたがこれでは……。

 

「エプリがあんな物凄い技を使うからだぞ! 階段まで壊しちゃこっちも通れない!」

「……問題ないわ。ジューネはしっかり掴まっていて……飛ぶわよ!」

 

 飛ぶ? 飛ぶって一体? 一瞬理解に苦しんでいると、エプリはなんとジューネと一緒に階段から穴に向かってジャンプした。わぁバカ!? 何やってんだ!? 俺は慌てて通路の淵に駆け寄る。すると、

 

「“強風”」

 

 その言葉と共に、落下するエプリとジューネがそのまま空中に浮いたのだ。それだけでなく、崩れ落ちてくる階段の破片が二人に当たる直前で軌道が逸れていく。どうやら風で直撃を避けているようだ。

 

「このままジューネを連れて出口まで最短距離で上がるわ」

「何だよ! 飛べるなら最初から言えよ! 焦って損した。それに最初から飛んでいけばこんなに苦労しなくても良かったのに」

 

 俺は文句を言う。一瞬本気で焦ったんだからな! 

 

「……飛べると言っても長時間は無理だし、護衛()だけ先に行っても意味無いわ。それにどのみちスケルトンがあれだけいたら妨害されるから、まずは数を減らさないといけなかったの」

 

 エプリは淡々と説明する。理由は分かったけど、次からは先に言っておいてほしい。心臓に悪い。

 

「……エプリさん」

 

 ジューネが掴まったままの状態で呼びかける。両手でがっしり掴まっているので今は大丈夫そうだが、あまり長くはもちそうにない。よく見たら腕がプルプルしている。

 

「分かってる。……じゃあ私達は先に行くから、アナタは自力で追ってきて」

「自力でって、こんな瓦礫が降ってくる中を一人で行けっての?」

 

 さっきから微妙に小さい瓦礫が頭にコンコン当たっているのだ。今はまだ小さい破片程度だが、もっとデカいのが降ってくるかも。

 

「一度に飛べるのは二人が限度よ。……それ以上になると不安定になるし、風による落下物避けもうまく働かなくなる。それでも良い?」

 

 ちょっと想像してみる。俺が一緒に掴まって出口まで行こうとすると……うん。降ってきた瓦礫に頭をぶつけて落っこちる様子が簡単に浮かんでくる。それに俺だけならたんこぶで済むかもしれないが、エプリやジューネに当たったらたんこぶではすみそうにない。

 

「仕方ないか。それじゃあ先にジューネを頼む。俺は何とかついていくから」

「分かったわ。……ジューネを送ったらすぐ戻るから、それまで頑張って」

 

 そう言うとエプリはジューネを連れて、ふわりと吹き抜けになっている部分を昇っていった。最短距離だし結構速度もあるので、これならすぐ到着しそうだ。……よし。あとは俺だけだな。俺は瓦礫の降り注ぐ階段を慎重に走っていった。

 

 

 

 

「はぁ。はぁ」

 

 俺は階段を駆け上がる中、大竜巻から僅かに生き残ったスケルトン達は降りかかる瓦礫を避けられずに更に数を減らしていた。壁の穴も瓦礫で塞がれたので増援の心配はない。

 

 床が瓦礫でデコボコしているためまともに動けるものが少なく、俺を攻撃する余裕のなさそうな奴はそのまま放置して先へ。いちいち戦っている暇はない。

 

「とりゃあっ」

 

 それでも立ち塞がってきた一体に貯金箱を叩きつける。武器を持つ腕を破壊し、倒したか確認もせずそのまま横をすり抜けて先へ進む。今は時間が惜しいんだってば。襲ってくんな! 俺は目の前に落ちてきたやや大きめの瓦礫を避けながら心の中で呟く。

 

 出口の位置を確認すると、瓦礫やスケルトンの妨害で進みは遅いがもう少しだ。遠目だが人影が出口に見える。おっ! エプリも空中を飛んでこちらに向かってくるな。

 

「…………よ!!」

 

 一人だからか、ジューネを連れていた時より凄い速さでこちらに向かってくる。そんなに急がなくてももうすぐ到着するってのに。何か叫んでいるようだけど……何だ?

 

「……急いでっ! 後ろよっ!!」

 

 ようやく聞き取れる距離まで来た時、エプリの緊迫した声が響いた。後ろ? 後ろって……。

 

「キイキイ。キイキイ。キイキイキイキイ……」

「げっ!?」

 

 おびただしい数のボーンバットの群れが、降り注ぐ瓦礫をものともせずこちらに向かっていたのだ。

 

「“風刃(ウィンドカッター)”」

 

 エプリがこちらに向かいながら風の刃を放つ。だが、それによって数体が切り裂かれ、他にも瓦礫によってそれなりの数が墜落していくのにも関わらず、集団の勢いはまるで弱まることが無い。

 

「う、うおおおおおっ!」

 

 もう少しだってのに、あんなのと戦っていられるか! 俺は力を振り絞って階段を駆け上がる。しかしどうしても空中という最短距離を飛ぶボーンバット達の方が速い。あと出口まで壁を一回り半という所で遂に追いつかれてしまった。

 

「このっ! 離れろっての!」

 

 体中に骨蝙蝠達が纏わりつき、俺に牙を突き立てようとする。必死に振り払おうとするが、はらってもはらってもキリがない。そして、

 

「離れ…………えっ!?」

 

 ボーンバット達に気を取られて、()()()()()()()()()()()()と気付いた時、俺の身体を浮遊感が襲っていた。

 




 時久は武術等に関しては素人に毛が生えた程度のものですが、加護で上がった身体能力でむりやりイザスタさんの動きを真似しています。


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その手を掴み取ったのは

「う、うわああああぁっ!?」

 

 俺は必死に手を伸ばして何かに掴まろうとするが、ボーンバット達が纏わりついてまともに動けない。おまけにそこはもう空中だ。掴むものなど何もない。

 

 一番下まではどれだけ距離が有るか。元々それなりに距離があり、今は床が崩落してさらにその下まで続いている。このまま落ちたらいくら何でも助からない。

 

 どうする? どうするどうする? 穴に向かって落ちていく中、頭の中がグルグルして考えがまとまらない。マズイ。自分でも軽いパニックを起こしかけているのが分かる。いったいどうしたら……。

 

「諦めないでっ!」

「……!?」

 

 上を見ると、エプリがほとんど落ちているのではないかというスピード。いや、既に自由落下中の俺よりも速くこちらに向かってきていた。さっきジューネにも使っていた風属性の応用らしい。

 

「“風弾”」

 

 エプリは落下しながらも的確に、俺に纏わりついているボーンバット達を撃ち落としていく。そして右腕の部分のボーンバットを全て撃ち落とすと、

 

「手を伸ばしてっ!」

 

 自身もこちらに向かって手を伸ばしながら叫ぶ。俺も自由になった右腕を必死になってエプリの方に伸ばす。互いの距離はあと約三メートルほど。エプリも少しずつ近づいているけどなかなか最後の差が詰められない。

 

「……っ! エプリっ! 危ないっ!」

「……なっ!?」

 

 俺に纏わりついていた分だけではなかったのだろう。落ちていく途中、ボーンバット達が今度はエプリに襲い掛かる。エプリは迫りくる相手を次々仕留めていくが、内一体が攻撃をギリギリ回避してエプリの顔面を掠める。

 

 被っていたフードが取れ、露わになった素顔には額から一筋の血が流れている。今の一撃で額を切ったらしい。エプリはそんな自分の傷を、まるで意にも介さずこちらに突き進んでくる。

 

 だが、今の妨害で俺との距離が開いてしまった。もう大分下まで落ちている。まもなく宝箱が有った場所に到達するだろう。時間がない。

 

「……くっ! 加速が足らないわね」

 

 エプリは悔しそうに言いながらもまだ諦めていない。それどころか速度を上げて俺に追いつこうとしている。……そうだよな。まだ諦めるには早いよな。何か方法が有るはずだ。俺は頭をフル回転させてどうすれば良いか考える。すると、

 

「……あれは!?」

 

 落下する俺の目に、思わぬものが飛び込んできた。

 

 俺が落下する先。まるで底の見えない深い穴……の手前に絶妙な形で引っかかっている網。

 

 あれは!? 俺がスケルトンを足止めしようと思って設置しておいた網!? 壁や階段の崩落で固定していた一部が外れ、上手い具合に台座の一部に引っかかったらしい。

 

 それはトリックスパイダーの糸を加工した物だけに、まさに一筋の蜘蛛の糸のように感じられた。

 

「あれだっ! あの網を救助ネット代わりにして引っかかろう!」

「……妙案ね。これだけの速度にただ引っかかっているだけの網が耐えられればだけど」

 

 名案に思えた申し出を、エプリはバッサリ切り捨てる。……冷静に考えればそうだ。いくらネットが有ってもこのスピードでは外れてそのまま落ちる。……ならスピードを落とせば良いんだ。

 

「エプリっ! 合図をしたら俺の速度を遅くできるか?」

「……可能だけど、その場合はこちらも速度が落ちるから追いつけないわよ」

「それでも良いっ! 足りない分はこっちで何とかするっ! 俺を遅くしたら、エプリはそのまま急上昇だ。()()()()()()()()()()()

 

 俺が何を言っているのか分からないって顔だな。意図した訳じゃないが、さっき相談もせずいきなり飛んだ事への意趣返しになった。しかし今は迷っている時間はないと判断したか、エプリはそのまま表情を引き締めてこくりと頷く。

 

 穴までの距離はあと僅か。もう十秒くらいで網の部分に到達する。やるなら今しかない。

 

「じゃあカウント三で行くぞ。……三、二、一、今だっ!」

「“強風”」

 

 合図と同時に下から突きあげられるような感覚があった。エプリが自分を飛ばしている風魔法の一部を、俺を下から押し上げるのに使っているのだ。

 

 だがエプリ自身が言っていたように、自身の加速に使っていた分を回したので向こうの速度も落ち、結果的には互いの距離はあまり変わっていない。

 

 そしてすぐにエプリは自分の風のベクトルを変更し、降下ではなく上昇し始める。……よし。次はこっちの番だ。俺は何とか自由に動く右腕をポケットに突っ込んで、ありったけの硬貨を掴みだす。

 

「頼むぜ。上手くいってくれよ……どおりゃあぁ」

 

 俺はその体勢から穴の中に向けて硬貨を投げつけた。元々加速していた俺から放たれた硬貨は、凄い速さでグングンと落下して網に迫る。そして、()()()()()()()()()さらに落下していく。さっきボーンバットが何とか通れたぐらいの網の目だ。通らなきゃおかしい。

 

 そして遂に俺は網の部分に到達する。しかしその直前、俺は穴の先にいる“何か”を感じて背筋がゾワリとした。

 

 ハッキリと見えた訳ではなく、あくまで直感でしかないのだが、この先はとてもヤバい。

 

 この先にいるのは、さっき戦ったスケルトンなんかとは明らかに格が違う“何か”だ。底まで落ちたら仮に落下の衝撃を耐えきったとしてもまず勝てそうにない。

 

 網に体がぶつかり、その衝撃で網が大きくたわむ。流石丈夫さと柔軟性が売りだとジューネが言っていただけのことはあり、俺の身体がこの勢いでほぼ完全に沈み込んでも千切れない。

 

 しかし偶然引っかかっていただけの網なので、許容しきれない重量がかかればこのまま外れてしまう。外れたら今度こそ下へ真っ逆さまだ。

 

「なら……落ちなきゃ良いだけだっ! 金よ、弾けろっ!!」

 

 俺は網が限界を迎えて外れる直前、先に落下している金を炸裂させた。とっさに取り出した硬貨。銅貨銀貨合わせて十枚ほどが一斉に真下の空間で起爆する。

 

 ……爆発による光で穴の奥に一瞬チラリと見えたのは、何やら重厚な鎧に身を固めたスケルトンや、法衣のような物を身に着けたスケルトン。極めつけは、見るからにサイズが他の奴の倍以上ある巨大スケルトン等が軍勢を成していた。……絶対落ちたくないぞあんなとこっ!

 

 しかし爆発による爆風は、俺をそんな恐ろしい結末から遠ざけた。網が外れる直前。限界まで網がたわんだ瞬間に下からの爆風が俺の身体を押し上げる。とっさに貯金箱を翳していたので顔の部分は無事だが、それ以外に強い熱波が襲い掛かる。

 

「あちちちちっ!!」

 

 熱っ! 念の為エプリを先に上昇させておいて正解だった。多少身体が頑丈になっていてもやっぱり熱い。だが……この勢いなら行ける。爆風が網が元に戻ろうとする力と合わさることで、俺の身体はまるでロケットのような勢いで上空に跳ね上げられた。

 

 身体に強烈なGがかかるのを感じながらも、俺はこのまま落ちるはずだった穴の底を覗く。今の爆発にスケルトン達の一部が巻き込まれているように見えるが……見なかったことにしよう。

 

『…………がとう。助……たよ』

 

 またもやどこからか声が聞こえた気がしたが、今はそれに構っている暇はない。

 

 身体中に纏わりついていたボーンバット達は今の爆風であらかた振りほどけたようで、俺の身体はグングン上昇していく。しかし、その速度がほんの僅かに落ち始めた事で俺はあることに気がついた。

 

「マズイ。……この後を考えてなかった」

 

 そう。考えてみれば今の俺は人間を大砲で打ち出したようなものだ。打ちあがったは良いが、放っておけばまた落ちるのが道理。少しずつ少しずつ勢いが弱まっていく。

 

「こんなところで落ちてたまるかっ! これでどうだっ!」

 

 俺はポケットの硬貨を次々に落として起爆させる。さきほどの要領で推進力がわりにしようと思ったのだが、それでも速度が遅くなるのが少しゆっくりになっただけ。

 

 遂にポケットの中の硬貨を全て使い切ってしまう。貯金箱から金を取り出して続けても、このままでは直に完全に止まってしまうだろう。

 

 ……諦めるものか。俺は出口に向かって手を伸ばす。

 

 こっちはやることがまだまだあるんだ。一年以内に金を稼いで帰らないといけないし、イザスタさんにも借りた金を返さないといけない。交易都市群に行って物騒な呪いを解いてもらわないといけないし、事が終わったら青い鳥の羽をジューネに渡すのも忘れちゃいけない。それに、

 

「それに……エプリと約束したんだ。俺が無事に脱出したら自分の事について話すって。……アイツに()()()()()()()訳にはいかないだろうがっ!!」

 

 

 

 

 しかしその叫びもむなしく、完全に推進力がなくなり瞬間的に身体は無重力状態になる。誰に向かってでもなく伸ばした手は無情にも空を切り、再び暗い穴の底へのダイブが始まる。

 

 

 

 

「……当然ね。雇い主を守り切れないのはただの二流だもの」

 

 ……筈だった。エプリが戻ってきて俺の手を掴み取らなければ。

 

 よほど急いできたのだろう。その手は軽く汗をかいていて、呼吸も僅かに荒い。さっきの額の傷もそのままで、血が形の良い鼻梁を伝っているが、それも拭わずに俺の手を片手でがっしり掴んでいる。

 

「……まさかこんなバカなやり方をするとは思っていなかったけど、念の為すぐ戻ってきて正解だったわ。……何で私に先に行くよう指示したの? まさか私を巻き添えにしない為なんて言わないわよね?」

 

 エプリの目が怖い。フードが取れて顔が露わになったのは良いが、すこぶる綺麗系の美少女が怒りを込めながらこちらを睨んでくるのは心臓に悪い。冷や汗がさっきから止まらない。

 

 さっきまでひっきりなしに飛び回っていたボーンバット達も、こんな時に限ってほとんど飛んでこない。そしてそれでも飛んできたモノは、ことごとくエプリの“風刃”で切り裂かれていく。……穴の底の奴らと今のエプリはどちらが怖いだろうか? 俺的にはこっちな気がする。

 

「いや、そのぉ…………実はその通りで」

「“風弾”」

「痛っ!」

 

 エプリは額にまたもや風弾をぶつけてきた。前喰らったやつに比べれば心なしか痛くないように感じるが、それでもやっぱり痛いもんは痛い。……あと“風弾”を使ったから、一瞬だけ身体を受かせている“強風”が弱まって身体がガクッとなった。そこまでしてぶつけるほど怒っているらしい。

 

「…………護衛対象が護衛のことを気にかけてどうするんだっ! まず自分の身を護る事を考えろっ! 今のやり方も、あんな一か八かな方法を取らなくても私が近くにいれば風属性で補助が出来た! それに成功したから良かったものの、一つ間違えばそのまま墜落していたんだぞ。分かっているのかっ!」

 

 喋っている内に興奮してきたのか、またもや口調が変わっている。時々荒っぽい口調になるのは何故だろうか?

 

 ついつい現実逃避でそんな事を考えると、それを目ざとく見つけたエプリに追加で説教される。俺は片手でぶら下がった状態でぺこぺこ謝り倒し、どうにかこうにか許してもらった。

 

「…………ふう。じゃあそろそろ上に上がって合流するわよ。この態勢を維持するのも大変だから」

「……じゃあわざわざこんなところで説教しなくても良かったんじゃ」

「何か言った?」

 

 再びエプリの目が鋭くなりそうだったので、俺は何も言わずにぶんぶんと首を横に振った。

 

「そう……じゃあ行くわよ」

 

 エプリはそのまま“強風”を再び上に向けて吹かせ、俺達の身体を出口に向けて持ち上げていく。

 

 降ってくる瓦礫は風で流され、スケルトン達ももう残った階段がほとんどないので大半が落下していく。ボーンバットもあらかた撃ち落とされ、俺達は悠々と出口に向かって進んでいく。

 

「…………約束は守るわ」

 

 途中、エプリは上を向きながらポツリとそう呟いた。……もしかしてさっきの聞いてたか? 半ば勢い任せで言ったことなので、聞かれていたとなるとちょっと恥ずかしい。

 

 俺は赤くなった顔を見えないように隠していたのだが、それはエプリには関係がなさそうだった。何故なら、エプリもまた何かを考えながら、ずっと顔を上の方に向けていたのだから。

 




 書いている内に、これって普通男女の立ち位置逆じゃない? って思ってしまいました。……しょうがないじゃないか時久だもの。

 ちなみに下に落ちていたら、さっきまでとは格の違うスケルトン軍団と第二ラウンドが始まる所でした。モンスターハウスみたいなものですね。


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混血

「……見えてきたわ」

 

 その声を聞いて俺は顔を上に向ける。降りかかる瓦礫の中、俺達が入ってきた場所が見えてきた。入口でジューネが心配そうにこちらを見ている。アシュさんは見えないが、外からの相手を警戒しているのだろう。

 

 それを確認すると、エプリは上昇しながらフードを被りなおす。やはり素顔は見せたくないらしい。綺麗だから堂々としていれば良いと思うのだけどな。

 

「……一気に行くわよっ!」

「えっ!? どわああぁっ!?」

 

 そこでグンッと速度が上がり、俺は一瞬舌を噛みそうになる。というか繋がっているのが手だけなので、もう俺の身体が揺れる揺れる。

 

 足にでも掴まるかと思ったが、美少女の足に掴まる男という構図は見た目が非常によろしくないので必死に耐える。エプリが聞いたら何をバカなことをって言われるかもしれないが、一応男には意地と見栄があるのだ。

 

 どんどん近づいてくる出口。底まで行くのは時間がかかったが帰りは早い。そして、

 

「つ、着いた~」

 

 出口に飛び込むように入り、俺は投げ出すように降ろされる。着地のショックでゴロゴロと転がり、そのまま床に大の字になってそう呟いた。

 

 俺達が入るのとほぼ同時に入口の部分がスライドして元の壁に戻る。腕にツンツンと触られる感覚が有るので見てみると、そこにはヌーボ(触手)が居た。その近くにバルガスが横になっているのが見える。

 

「ふぅ~」

 

 辿り着いたと思ったら一気にどっと疲れが。肉体的には多分まだ行けると思うけど、これはどっちかというと精神的な疲れだな。何せまさにダンジョンと言うべき罠と戦いの連続だったから。

 

「おいっ! エプリも大丈夫か? ……エプリ?」

 

 ここまで飛んできたエプリもさぞ疲れているだろう。ジューネの分も含めれば二往復だからな。俺はエプリに声をかける。しかし反応がない。不思議に思って顔だけ動かして投げ出された方を見ると……。

 

「っ!? エプリっ!!」

「エプリさんっ!」

 

 エプリは突如フラッと体勢を崩し、そのまま倒れこんでしまう。俺は疲れていたのも忘れて急いで駆け寄った。ジューネもだ。アシュさんは周囲を警戒しながらなので遅れてやってくる。

 

「おいエプリしっかりしろ! エプリったらっ!」

 

 声をかけても返事がない。一瞬嫌な想像が頭をよぎったが、呼吸はしているのでちゃんと生きている。どうやら意識がはっきりしていないだけのようだ。

 

 そう言えばさっきボーンバットが額を掠めていたな。もしかしてそれが原因か? 急いで抱え起こしたが、揺さぶったりするのはこういう場合良くないとどこかで聞いた気がする。どうしたら良いんだ?

 

「……はぁ。はぁ。だ、大丈夫よ。少し、疲れが出た、だけだから」

「疲れって、頭に怪我をしているじゃないですか! まずはそこの治療を」

 

 意識が朦朧としているエプリに対し、ジューネがエプリの額から流れる血を見てリュックサックからポーションを取り出す。患部に直接掛けるタイプのものだ。

 

 ジューネは傷口を診る為エプリのフードを取る。エプリは手を伸ばして払おうとするが、力が入らないのかされるがままだ。だが、

 

「っ!? ……雪のような白髪に赤眼。エプリさん。貴女は……」

「成程。何か隠してるとは思っていたが……そういう事か」

 

 エプリの素顔を見たジューネはその手をピタリと止め、何かとても良くないモノを見たかのように表情を強張らせた。アシュさんもひどく困ったような顔でエプリを見ている。

 

「……ジューネっ! 早くポーションをっ!」

 

 俺はそう急かすのだが、ジューネは何故かそのまま動かない。

 

「…………ああもうっ。貸してくれっ! 俺がやる!」

 

 じれったい。俺は半ば奪い取るようにポーションを手に取り傷口に振りかける。傷自体は深くなかったようで、見る見るうちに傷が塞がっていくのはいつ見ても凄い。よしっ! 次は体力の回復だ。

 

 俺は以前ジューネから日用品を買い込んだ時、一緒に買っておいたポーションを取り出してエプリの口元に持っていく。即効性はないが、少しずつ身体の体力を回復させる品だ。強力な栄養剤だと思えば分かりやすいだろうか?

 

「……んぐっ。んぐっ」

 

 エプリはどうにかポーションを飲み干すと、床に片手をついて自力で身体を起こす。そして頭を軽く二、三度振って額に手を当てる。そこでフードが外れていることに気づいたようで、慌てたように周囲を見渡す。そして自分に視線が集まっているのを自覚すると、

 

「…………見てしまったのね。私の顔を」

 

 そう呟いて再びフードを被りなおした。……あれっ!? 俺の時と態度違わない? 俺の時は「…………殺す。私の顔を見た者は生かしておけない」とか言って襲ってきたのに。……いや、あの時は俺が綺麗だって言ったことが原因か。顔を見ただけなら口止めすれば良いって言ってたもんな。

 

「見てしまいました。……トキヒサさん。貴方はこの事を知っていたんですか?」

 

 ジューネが俺に尋ねてくる。素顔を見たことが有るっていう意味ならそうだな。俺はうんうんと頷く。

 

「……そうですか」

 

 なんだろう? ジューネの顔つきがかなり険しくなっている。そして何かを思案しているようだが、エプリの顔がどうかしたのだろうか?

 

「……なあトキヒサ。トキヒサは()()()()()()()()()()()()()()()()一緒にいるのか?」

「どういう存在かって……」

「待ってっ!」

 

 アシュさんの質問がどういう意味か考えようとした所で、横からエプリの鋭い声が飛ぶ。その声にはそれ以上の言葉を許さないという強い意思が込められていた。

 

「どうやら知らなかったみたいだな。じゃあ良い機会だからエプリの嬢ちゃん。ここで色々ぶっちゃけるのを勧めるぜ。トキヒサが何故知らなかったのかは置いとくが、幸いここには誰もいない。俺達は少し離れておくから、じっくり腹を割って話すと良い」

「アシュ。それは」

「良いんだ。ほらっ。俺達はちょっくら離れて休むとしようや。お前だってまだ疲れてるだろ? 横になってゆ~っくり甘いもんでも食べな。俺はこの通路にスケルトンが来ないよう罠を仕掛けてくる」

 

 ジューネが何か言おうとするのを遮り、半ばムリヤリ一緒に少し離れたバルガスとヌーボ(触手)の所まで離れるアシュさん。ヌーボ(触手)は空気を読んでいるのかこちらの方に近づいてこない。いや、空気を読まなくても良いから近くにいてくれよ。こんな状態のエプリと二人にしないでくれ。

 

 

 

 

 残された俺達は無言で向かい合った。側から見るとお見合いか何かのように見えるかもしれないが、俺達の間にはどんよりとした重苦しい沈黙がある。

 

「……なあ? さっきアシュさんが言ってたことってどういうことだ?」

「………………」

「エプリがいつもフードで顔を隠しているのと何か関係あるのか?」

「………………」

 

 エプリは何も話そうとしない。フードの下に微かに見えるのは、どこか不安げに震える唇ぐらいだ。何か言おうとしているようにも見えるが、そこから中々言葉が出てこない。

 

「……そっか。何か言いづらい事みたいだな。じゃあ今は言わなくても良いんだぞ。誰だって言いたくない事の一つや二つあるって。うん」

 

 俺は頭をボリボリと掻きながらそう提案する。エプリが何かを伝えようとしているのは分かる。しかし言う切っ掛けが掴めないって事は結構あるもんだ。俺も時々ある。なら無理に聞き出さなくても良いと思うんだ。

 

 それにいつも冷静なエプリがこうなるってのはよっぽどだしな。震える美少女にムリヤリ尋問みたいな事は気が引けるし。という訳で聞き出すのはやめとこう。……ヘタレとか言われるかもしれないけどな。

 

「アシュさんやジューネの反応は気になるけど、まあ何とかなるさ。だから」

「…………待って」

 

 俺が一足先に他の人の所に行こうとすると、俺の服の袖を掴んでエプリはそうポツリと囁くように言った。先ほどとは違い、どこか弱々しく身体から絞り出すような声だ。振り向くと、エプリは軽く深呼吸をし……自分からフードを取った。

 

「エプリ……」

 

 その下にある白髪赤眼の妖精のような顔立ちは、やはりとても綺麗だと思う。これは俺の正直な意見だ。

 

「…………言う。言うわ。……元々ここを出る時に話すつもりだったしね」

 

 本当だろうか? 今の様子から察するにとても言えたとは思えないけど。エプリは自分の髪の毛にそっと触れると、それを複雑そうな目で見つめる。それは憎しみや嫌悪の感情に見えたが、どこかそれとは違う何かの感情があるようにも思える不思議なものだった。

 

「……この髪と瞳の色。これは混血の特徴なの」

「混血? つまり両親が違う種族ってことか?」

 

 俺の言葉にエプリは静かに頷く。……待てよ。この流れはマズイ! つまりこの場面で自分が混血だって明かすということは。

 

「予想できたみたいね。そう。……アナタは()()()()()()()()()()()()()()()けど、()()()()()()()()()()()()()。……分かる? 私はこの世界において、居るだけで嫌われる厄介者なの」

 

 エプリはそう言うと、痛々しさと切なさの混じったような笑顔を浮かべた。このダンジョンに来たばかりの頃、俺との会話の中で見せたものと同じ……どこか見ている方も辛くなるような笑顔だった。

 

 

 

 

「居るだけで嫌われるって?」

「……言った通りよ。このフードを取った状態で人ごみを出歩いたら、一分もしない内に誰かに絡まれるでしょうね。……そして、()()()()()()()()()()()という事になる」

「どうして……エプリはただ歩いていただけなんだろう? 絡んできたのは相手からなんだよな? じゃあ何でまたそんなことに?」

「……さあね。相当昔に混血の誰かが悪さしたって話だけど、詳しくは知らないわ。……まったく。どこの誰か知らないけれど、そいつのせいで混血全てが嫌われるというのは……いい迷惑ね」

 

 エプリはあえて気楽に言っているが、その表情から読み取れるのは深い怒りだ。自分の行いではなく、昔の見知らぬ誰かのせいで自分達が悪者になっている。それは何ともやるせないだろう。

 

「……ヒュムス国なんかではもっと酷いらしいわ。あの国は元々ヒト種至上主義を掲げているから、最悪見つかっただけで場合によっては捕まることもあるとか。その点交易都市群はまだマシな方ね。素顔を見られても精々少し白い目で見られるだけで済むもの。……さっきのジューネの反応は大分良い方よ」

 

 俺はさっきのジューネを思い出す。顔は強張り、僅かに腰の引けた態度。どう見ても友好的とは思えない態度だ。……あれが良い方って、一体エプリはどれだけの悪意にさらされてきたというのか。

 

「……そして、混血と一緒に居る者も嫌われる。物の売買とかの一時的な関係ならともかく、一緒に長く行動するだけでも巻き添えを食いかねないわ。……アシュがさっき言っていたのはそういう事よ」

「……そっか」

 

 言い終えたエプリは、軽く息を吐いて壁に寄り掛かる。……自分の事を話すだけで一気に疲れが出たみたいだ。確かにこれはそうそう自分から話したい事じゃない。俺が何と声をかければいいか分からずにいると、エプリは軽くこちらを睨みつける。

 

「……言っておくけど、安易な同情は要らないわ。そんなことをされても状況は変わらないもの。……それよりもこれからの話をしましょうか。いったん戻るわよ」

「そ、そうだな」

 

 俺がよく読むライトノベルの主人公ならここでヒロインを慰めるなりなんなりするのだろうが、俺にはどんな言葉をかければいいか分からなかった。

 

 だってそうだろう? エプリ自身が何かやってこうなったのならまだやりようはあるかもしれない。だけどこれはエプリのせいじゃない。強いて言えばその昔何かやった混血の誰かだろうか? しかし、その事が今でも根深く残っているこの世界そのものにも原因があると言えなくもない。

 

 はぁ~と心の中でため息を吐く。こういう人種差別的な話はファンタジーではよくある話だが、それにしたって実際に聞いてみると滅茶苦茶重い。

 

 なんでこうも初っ端から来るかねぇ。いや、最初の方だからこそか? この世界の事を知るにつれ、そういうことを避けるようになっていく可能性もあるな。今じゃないとちゃんと向き合えないことかもしれない。

 

 俺は今度は本当にため息を吐きながらエプリの後を追った。

 




 バレたくない相手ほど、何故かバレてしまうのだから嫌な話です。


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商人の道理

「よぉ。お二人さん。話は済んだか?」

 

 戻るとアシュさんは軽く手を挙げて迎えてくれた。話している間に休息の準備も出来ている。

 

 バルガスはヌーボ(触手)が見ていてくれたようで、今は荷車で眠っている。一足先にジューネも眠りについているようで、こちらに背を向けて寝袋の中に包まっていた。

 

「あぁ。ジューネなら横になった途端ぐっすりだ。余程疲れてたんだろうな。……それでそっちは?」

「……私が何なのかは簡単にだけど説明したわ」

 

 主語のない問いかけだが、アシュさんが聞いているのはエプリの事についてだろう。エプリもそう思ったのかそのように答える。

 

「そうかい。で? これからどうするかは話したのか?」

「それは……アナタ達はどうなの? 私の事を知ってこのまま出口まで一緒に居られる?」

 

 今のエプリはフードを敢えて被っていない。なので素顔がハッキリ見えている。綺麗系だがその分凄むと怖そうなエプリの目が鋭くアシュさんを見据える。答えによってはここで一戦交えるのも厭わないぞという言外の意思表示だ。

 

「まあまあ。そんな怖い顔をしなさんな。俺個人はお前さんをどうこうしようなんて思ってないよ。と言っても雇われの身なんで雇い主の意向に従うだけだが」

 

 アシュさんはそこでジューネの方をチラリと見る。ジューネはぐっすりと眠っているようで動かない。

 

「この通り。意見を伺おうにも爆睡中で聞けやしない。だからまだ協力関係は継続中だ。……少なくとも明日の朝まではな」

「そう。……正直アナタと戦わなくて済むのは助かるわ。アナタはどうにも読めないから。言動も……実力もね」

 

 実際アシュさんは底が知れない。凶魔のバルガスを瞬殺した事もそうだけど、なによりあのイザスタさんの知り合いだ。

 

 この世界に来てまだ日は浅いけど、イザスタさんがかなりの強キャラだというのは間違いない。そして強キャラの知り合いは大抵そちらも強キャラだというのがお約束だ。それが武力かそれ以外かは別だが。

 

「そんな大したもんじゃないさ。ただのしがない用心棒だ。雇われて雇い主を護る。エプリの嬢ちゃんと同じだ」

 

 アシュさんには余裕がある。今も腰の刀に手をかけている訳でもなく自然体。だがエプリの眼光にたじろぐ様子もなく、まるで受け流すように飄々としているのは紛れもなく強者の余裕だ。エプリもこれ以上続けても意味がないと判断したのか目を逸らす。

 

「そう……それでは今度はこっちね」

 

 そう言うとエプリはこちらに向けて姿勢を正した。自然と俺もそれに倣って背筋を伸ばす。

 

「……まだアナタとの契約は続いているわ。嫌と言っても必ずダンジョンを抜けるまで護衛してみせる。これは傭兵としての筋よ。……だけど分かったでしょう? 私と一緒に居ればそれだけで厄介事の素になる。それが嫌だというならなるべく姿を見せずに陰から護衛するけど……どうする?」

 

 どうすると言った時、エプリの表情が一瞬不安そうに見えた。その不安の訳は分からない。だけど……ここで一緒に行かないという男は一発殴られても良いと思う。そして俺は殴られるのは嫌だ。なので、

 

「決まってるだろ。一緒に行こうエプリ」

「……アナタも物好きね。自分から厄介事を受け入れるなんて」

「言っただろ? 俺は雇い主兼荷物持ち兼仲間として一緒に行くって。仲間は互いを護りあうものだ。それなのに離ればなれでどうするかって話だろ」

 

 俺の言葉にエプリは唖然とした顔をする。……そんなにおかしなことを言ったかな?

 

「……プッ。フハハハハッ!」

 

 何故かアシュさんにまで笑われた。別に冗談なんか言ってないぞ! 大真面目だ!

 

「ハハハッ。これは参った。()()()()()()か。もしここで嬢ちゃんをバッサリ切り捨てたらどうしたもんかと思ったが、心配は端から杞憂だったって訳だ。……嘘も吐いてなさそうだし、そろそろいいんじゃないか? 雇い主様よ」

「……そうですね。これなら大丈夫でしょう」

 

 寝袋がゴソゴソと動いたかと思うとジューネが起きてくる。……あのぅ。状況がさっぱり飲みこめないんだけど。笑ってないで説明してくれない? エプリなんか半警戒態勢みたくなってるぞ。

 

「悪い悪い。ジューネは最初から寝てなかったんだわ。さっきあんな態度を取ってしまったから顔を合わせづらいって言うんで、寝たふりして様子を伺ってたんだ。自分が寝ている方が正直に心中を語ってくれるだろうってな。……意外に可愛い所もあるだろ?」

 

 そう言ってアシュさんはジューネの頭をワシワシと撫でる。ジューネは「やめてくださいよっ」と言ってはいるが、本気で嫌がっている訳でもなさそうだ。ひとしきり頭を撫でられると、

 

「エプリさん。先ほどは失礼しました」

 

 ジューネはそのまま深々と頭を下げる。日本の社会人にも負けない綺麗な姿勢で、エプリはいきなり謝られて戸惑っているようだ。

 

「私は幼い頃から、混血は忌むべき者だと教わってきました。今でも正直に申し上げてあまり良い印象は持っていません」

 

 エプリは何も言わずその言葉を聞いている。

 

「ですが貴女個人は嫌いではありません。先ほど助けてもらいましたし、たった一日ですが一緒に行動して見えてきたものもあります。それに何よりも……()()()()()()()()

 

 えっ!? という言葉がエプリから漏れた気がした。ちなみに俺もビックリだ。

 

「対等な交渉を行い、そして今も取引の最中である以上、誰であれ立派なお客様です。お客様にあのような態度を取ってしまったのは私の落ち度。どうかお許しください」

「……別にああいう態度は慣れてるから良いわよ。それより顔を上げてくれない?」

 

 頭を下げ続けるジューネに、エプリも流石にいけないと思ったのか顔を上げるように促す。

 

「そうですか? では失礼して」

 

 ジューネはエプリの言葉に従って顔を上げる。……おやっ? よく見ると頬に変な形の痣が出来ている。あれは……もしや寝袋の跡か? 寝たふり中についついウトウトしてしまったのだろうか? なんか微笑ましい。

 

「……何か?」

「いや何でも」

 

 視線に気づいたジューネが訝しげに訊ねてくるが、面白いのでそのままにしておく。アシュさんとエプリも笑いをこらえているのか微妙に身体が震えている。

 

「何か落ち着きませんが……まあ良いでしょう。エプリさん。もう一度繰り返しますが、貴女が混血だろうと私のお客様である事に変わりありません。故にこちらとしては契約内容に変更はありません」

「それは……礼を言えば良いのかしら?」

「いえいえ。商人としては当然だと思っておりますので。……それとトキヒサさんがエプリさんの事で何か変わるかもという考えもありましたが、その心配はなさそうですね。あれだけ堂々と仲間だの一緒に行くだの言えるのであれば」

 

 ぐっ! そう言えばジューネも会話を聞いていたんだよな。エプリと並んでからかわれそうなネタを提供してしまった気がする。俺は普通に話しているだけなのに、なんでこう後から考えるとやや恥ずかしい言葉がポンポン出てくるのだろうか? まさかこれも加護の一種ではないだろうな?

 

「改めてダンジョンを出るまでの契約について確認した所で、そろそろ本題に入るとしましょうか!」

 

 俺が内心頭を抱えていると、ジューネが少しだけ弾んだ声で切り出した。

 

「……本題? どういう事?」

「それは勿論……今しがた手に入れた宝物についてに決まっているじゃないですか!!」

 

 エプリの質問にジューネは目をキラキラさせて答えた。……そう言えばエプリの混血騒動が衝撃的過ぎて忘れてたな。俺はそれが入っているポケットを上から触る。

 

 あんな奥深く、大量の罠に囲まれた宝箱にあった品だ。それなりに価値のある物だと良いのだが。

 

「まあ待て待て」

「何ですかアシュ? これだけ苦労して手に入れた物です。ここで確認しておきたいのですけど」

「確認は良いが皆もうクタクタだろ? 夜も遅いし休むのに丁度良い部屋も見つかった。ここはさっさと休んで確認は明日でも良いんじゃないか? 疲れた状態で見ても思わぬ見落としがあるかもよ」

 

 それもそうだ。今はお宝を手に入れた事とエプリの件で興奮しているから大丈夫だが、それが覚めたらドッと疲れが来ると思う。当然他の二人も一緒な訳で、そんな状態では何かとマズいか。ジューネも思い当たったみたいで、渋々ながら了承する。

 

「それじゃあ決まりだ。最初の見張りは俺がやっとくから、お前たちはさっさと寝た寝た。明日は早めに起きてダンジョンから出るまで一気に行くからな。ジューネは楽しみだからって夜更かしすんなよ。……と言っても心配ないか。相当疲れてるだろうからすぐ寝つけるぜ」

 

 アシュさんは熾しておいたのだろう焚き火の前に座り、他の皆に手を振って休むように勧める。ジューネも自分の寝袋を準備し始めた。エプリはまだ疲れているようだが、それでも見張りについてアシュさんと話している。

 

 じゃあ遠慮なく休ませてもらうとするか。俺の順番をエプリより先にしてもらってからな。……だってさっき倒れかけた相手に守ってもらってはマズいだろ? せめて俺が先に起きて、その分長く休ませるくらいはしないとな。……この関係も明日で最後になるかもだし。

 

 俺はまだ疲れを感じていない内に話をまとめるべく、アシュさんとエプリの所に歩いて行った。

 

 

 

 

『…………ぇ。ねぇ? 聞いてるの? まったく。ワタシの手駒はたった一日前に言った事も忘れるようなおバカだったのかしら。無茶しないようにって言ったわよね? それなのにアナタときたら、今日だけで何回死にそうになれば気が済むのかしら』

 

 おっと。一瞬意識が飛んでたみたいだ。アンリエッタの怒声が一段と激しくなる。

 

 夜中の十二時前。何とかアシュさんの後、エプリの前の順番をゲットした俺は日課となっているアンリエッタへの連絡をしているのだが、疲れが残っているのか少し頭がぼ~っとしている。

 

 これは決して無意識に女神様のお小言を聞かない為意識を飛ばしたのではない。……そう信じたい。

 

『……あのね。確かに金を稼ぎなさいと命じたわ。それに()()()()()()()()()()()と言った。だけどまずクリアが大前提。こんな序盤も序盤で死んでもらっちゃ困るのよ』

 

 怒りを隠さないアンリエッタだが、その言葉には確かに俺を心配するような響きがあった。

 

「分かってるよ。俺だって死にたくはない。だからこれからは危ないことは控えるって……少しは」

『本当に~? これまでのアナタの行動からすると微妙に信用できないのだけど』

 

 アンリエッタが疑わしそうな目でこちらを見てくるが、流石に今回みたいな大冒険はしばらくはいいや。ダンジョンにはまた潜ってみたいがやるなら万全の状態でだ。突然見知らぬ場所に放り込まれてという展開は、もうお腹いっぱいだしな。多分評価する()()()()()()()も。

 

「ホントホント。ここから出たらしばらくバトルはなしの方向で行くとも。安全第一でまずは薬草集めなんかどうだ? ライトノベルのお約束だぞ!」

『あんまりチマチマとやっていても困るのだけど、まあ良いでしょう。これからも私の手駒としてしっかり稼いで頂戴。……説教だけで時間の大半を使ってしまったわ。そろそろ終了するわね』

 

 それでアンリエッタは通信を終了しようとし、直前でふと何か思い出したように動きを止める。

 

『そう言えば伝え忘れていたけど、アナタが手に入れたあれの換金は受け付けられないからそのつもりで。金に換えるのならそちらでやってもらうからね。()()()()()()()()()()()()()……だけど』

 

 そう言い残して今度こそ通信は終了する。最後に何か気になることを言っていたな。あれ自体が望むのならって……まさか生き物か何かだったりするのか?

 

 俺は慌ててポケットから石を取り出してよく眺める。別に形や色が変わったりもしていないよな。

 

「…………お前話が出来たりするのか?」

 

 試しに聞いてみるが、当然ながら返事はない。念の為査定してみようか……やめとこう。どうせ明日の朝確認するんだ。その時にすれば良い。俺は石をポケットに再びしまい、焚き火の傍に移動した。

 




 アンリエッタが最近お小言ばかりな件。まあ時久が色々やらかすからしょうがないねってことで。


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名付けと夢とダンジョンコア

「……いよいよ明日か」

 

 なんだかんだ三日間このダンジョンに居たが、明日で遂に終わりだ。

 

 このダンジョンは広くて構造も複雑。おまけに道具は大半牢獄に置きっぱなしの状況。……俺一人だったら下手すりゃ野垂れ死んでたな。

 

「本当に、俺は出会いに恵まれた」

 

 エプリが居なかったら今もダンジョンを彷徨っていたと思う。それにアシュさんとジューネ。この二人に会っていなかったら、バルガスを助けられずに俺も大怪我をしていただろう。隠し部屋の件もそうだ。

 

 もしかしたらこの出会いこそが加護では……なんてな。

 

 そう感慨に耽っていると、急に袖をグイグイと引っ張られる。ヌーボ(触手)だ。

 

 ヌーボ(触手)は起きているのか眠っているのか分かりづらく、動かないから眠っていると思っていたが起きていたようだ。俺が気付いたと分かると、今度は触手を伸ばして俺の頭をべしべし叩き始めた。

 

「イタッ。イタタタッ。分かってるって忘れてないよ。ごめんごめん。お前にも助けられたよな。ヌーボ(触手)がいなかったら眠っている間にスケルトン達にやられてた。感謝してるって」

 

 叩かれながら謝るとどうにか機嫌を直してくれた。本気ではないとは言え地味に痛い。それにしても、

 

「なあヌーボ(触手)。いい加減(触手)って付けるのも長いよな。そのままヌーボって呼んだ方が良いか?」

 

 それを聞くなりヌーボ(触手)は再びべしべし俺を叩く。どうやら気に入らないみたいだ。

 

「というか前から気になっていたんだけど、意識というか人格はどうなってるんだ?」

 

 本体は牢獄のヌーボで間違いない。しかし切り離された事でその意識はどうなったのか。単にコピーが増えただけか、それとも新たな生物として生まれたのか?

 

 ヌーボ(触手)もよく分からないのか伸びたり縮んだり捻じれたりと妙な動きをする。

 

「……まあいいか。分からないってことは、少なくとも意識が別物である可能性があるってことだもんな。それじゃあひとまず仮でも良いから呼びやすい名前でも付けるか。…………ボジョって名前はどうだ?」

 

 名づけはフィーリングだ。なんとなくヌーボと言えばボジョって言うのがフッと浮かんだのだ。……どっかの酒にそんなのがあった気もする。今度はヌーボ(触手)も気に入ったようで、叩く代わりに俺の頭をスリスリ撫で始める。

 

「……叩くか撫でるかっていう選択肢はさておいて、じゃあボジョで決まりだ。では改めてこれからヨロシクな。ボジョ!」

 

 ヌーボ(触手)改めボジョは、やるぞ~っとばかりに身体を真上に伸ばしてやる気をアピールする。

 

 なんかさっきより物凄く元気になっていないか? あんまりはしゃぎすぎて他の人を起こすなよ。何故か元気に動き回るボジョを止めながら、俺はエプリの番が来るまでまた焚き火の番に戻った。

 

 

 

 

 その夜、妙な夢を見た。

 

「ここは……?」

 

 俺は真っ暗な空間に居るのだが、不思議と暗闇でも目が見えるのだ。そして俺の前には、隠し部屋で手に入れたあの石がふわりと浮かんでいた。

 

『……やあ! こんばんは』

 

 突然それが口を利いた。正確に言うなら頭に言葉が流れ込んできたというべきか。

 

 普通なら驚く所だが、ここが夢だと分かっている為かそこまでビックリはしない。寝る前にアンリエッタから話を聞いていたのも理由かもな。

 

『ここは君の夢の中だけど、ボクを持ったまま眠ったから少し繋がっているみたい。ここならちゃんとお話ができるね』

 

 よく聞くと聞き覚えがある声だ。

 

「そう言えば隠し部屋から脱出する時声が聞こえたと思ったけど、あれはもしかしてお前か?」

『そうだよ。外ではあまり長く話せないし、言葉も飛び飛びになっちゃうけどね』

 

 そう言えば石を手に入れてからだな。言葉が聞こえたのは。

 

「それじゃあ先に礼を言わないとな。ありがとう。あの時の言葉は少し助かった」

『お礼なんて良いよ。ボクもあそこから出してもらったからお互い様だよ』

 

 石は少しだけ嬉しそうな声をした。どうやら感情はある。もしくはそう聞こえるように話す知性があるらしい。

 

「自己紹介がまだだったな。俺は時久。こっち風だとトキヒサ・サクライかな。ヨロシク……えっと」

『あぁ。名前だね。……ボクには名前がないんだよ』

 

 石は今度は少し悲しそうに言う。名前が無いってのは寂しいな。

 

『だけど、名前じゃないけど色んな人にはこんな風に呼ばれていたかな。……()()()()()()()って』

 

 石はそこで爆弾発言を繰り出した。ダンジョンコアって……ホントかよ!?

 

 

 

 

「……ダ、ダ、ダンジョンコアですって!? 本当ですかトキヒサさん!?」

 

 異世界生活十日目。

 

 俺が夢の中での事を皆に説明すると、ジューネがやたらに興奮してこちらに詰め寄ってきた。時折俺の手にある石にチラチラと視線を向けながらだが。

 

「あぁ。確かにそう言ってた。一応聞くけどダンジョンコアって()()()()()()()()()で合ってるよな?」

「はい。各ダンジョンに必ず存在していて、それが有る限りダンジョンは成長を続けるとか。壊すかダンジョンから持ち出すことでダンジョンマスターは消滅し、ダンジョンも力を失っていずれ崩壊するとされています」

 

 そこら辺はよくある話だな。放っておけばどんどんモンスターが増えていく動力炉であると同時に、どんな凄いダンジョンでもそれを壊されたら終わりの急所でもある。だが、

 

「じゃあ……高く売れたりするのか?」

「それはもう!!」

 

 ジューネがもう爆発しそうな勢いで言う。というか近い近い!? 顔がぶつかりそうだからもうちょい離れてくれ! アシュさんもやれやれって顔で見てるぞ。

 

「ダンジョン自体そこまで多くなく、加えて攻略される事も数年に一度程度です。以前一度だけ売りに出されるのを見たことがありますが、その時の値段ときたら」

「いくらくらいだったんだ?」

「……コアもダンジョンもそれほど大きくなく、攻略難度も低めだったそうですが、それでも個人が十年は遊んで暮らせる額が付きましたよ」

「それにダンジョンコアと言ったら冒険者にとって一種の目標だ。金だけじゃなくダンジョンを踏破した証だからな。一生自慢できるレベルだぜ」

 

 成程。確かにこれなら一攫千金を狙って冒険者がダンジョンに潜るのも分かる。今は少し調子が良いのか、バルガスも起き上がって補足説明をする。

 

「しかし、そんな大事なものが何であんな場所に有ったんだ? ダンジョンコアと言えばダンジョンの最深部、或いはマスターの傍にある筈だ」

 

 アシュさんの疑問はもっともだ、確かにあの部屋は罠だらけだった。しかし絶対安全かと言えばそうでもない。

 

 場所は隠されていたが良く調べれば分かるし、入り口からも遠くない。地図とある程度の人員と装備が有れば数時間くらいで辿り着けるような場所に重要な物を置くことは考えづらい。

 

「そう。その理由が問題なんです。コイツは夢の中で言っていました。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()って」

 

 

 

 

 夢の中で自称ダンジョンコアが言うには、元々このダンジョンは自分と自分のダンジョンマスターが管理していたという。

 

 マスターは戦いを好まない性格で、ダンジョンのコンセプトは俺の予想通り人が入りたがらないダンジョン。入口を巧妙に隠し、ダンジョンはとにかく広大かつ複雑に。モンスターもスケルトン系に限定して人寄せの宝箱も置かず、旨味のないダンジョンを徹底した。

 

 それではポイントも貯まらないだろうと訊ねると、少しずつだけど毎日ポイントが入るので、地道にコツコツ十年ほどかけてポイントを貯める予定だったという。気の長い話だ。

 

 おまけにポイントの使い道は防備だけ。外に攻め入る考えもなく、只々そこに在り続けたいというだけのささやかな願いだった。

 

 計画は順調に進み、実際このダンジョンが出来て一年間誰も入らなかったという。ダンジョンの拡張も進み、最深部に辿り着くだけでも相当な時間を要する大迷宮となりつつあった。

 

 しかし、そこで事件が起きた。

 

『……奴らは突然現れた。入口を見抜いて入ってきたかと思うと、ほとんど迷わずに最深部に辿り着いたんだ。そして…………ボクのダンジョンマスターを、殺した』

 

 そう言った自称ダンジョンコアの声はとても悔しそうだった。もし肉体があれば、涙を流しながら手を血が出るまで握りしめているんじゃないかと思える。

 

「そして、ダンジョンにダンジョンマスターが不在となった瞬間を突かれたらしい」

 

 普通の冒険者ならダンジョンコアを持ち帰ろうとする。又はその場で壊すという選択肢もあった。

 

 コアが壊れた時点でダンジョンのモンスターは消滅する。帰り道で戦う体力がない場合壊していく事もあるとか。事実コアもその覚悟はしていたらしいが、襲撃者の行動はどちらでもなかった。

 

「そいつらは自分達が持っていた石をダンジョンコアと入れ替えたらしい。つまり石の言葉を信じるなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことになる」

「そんな……前代未聞です! それにそんなことをやる理由が分かりません!」

「こう考えたらどうだ? マスターのいないダンジョンに自分の所有するダンジョンコアがある。つまり擬似的にだが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

「……ちょっといいか?」

 

 俺は夢の中で話し合った考えを述べると、アシュさんが軽く腕を組みながら声をあげた。

 

「いくつか気になったんだが、もしその入れ替えたコアが命令を受け付けるのなら確かにダンジョンマスターの真似事が出来る。しかし、それはあくまで命令を受け付けたらの話だ」

「ダンジョンコアの話では、入れ替えたのはコアに近い別物という話です。どうやって作ったのかは分からないけれど、自分の意思もなく性能も本物には及ばない。しかしその分制御は容易いって」

 

 そのもう一つの方は自分の代わりにダンジョンのコアになっているものの、性能の差と元々このダンジョンのコアではない事から、()()()()()()()部屋やモンスターにはあまり手出しできないらしい。だから今は下にダンジョンを増築しているという。

 

「俺が次に気になったのはそこだ。トキヒサが言っているのは全てその自称ダンジョンコアから聞いた事。嘘を吐いている可能性だって十分ある」

 

 問題はそこだ。俺自身も全てを信じている訳じゃない。……だけど、

 

「……夢から覚める直前に聞いたんです。話は分かったけどお前の目的は何なんだ? マスターの敵討ちがしたいのか? それとも今のコアを追い出して元に戻りたいのかって。……コイツの答えは」

 

『どちらも少し違うよ。このダンジョンはボクとマスターが造ったものだから、ボク達以外の誰かに好き勝手にしてほしくない。ダンジョンが踏破されて消えるのは仕方がないけど……マスターの思いが、願いが詰まったダンジョンを……穢されたくない』

 

 言葉こそとぎれとぎれだったが、それが逆に真実味があった。

 

「コイツにとってダンジョンが消える事よりも、ダンジョンが勝手に弄られる方が問題なんです。だから少なくとも、ダンジョンを勝手に変えようとしている何かがいるのは間違いないと思います」

「ダンジョンを勝手に変えようとしている何か……か」

「……あの。話が脱線してきたので確認したいのですが」

 

 そこに再びジューネの発言が飛ぶ。

 

「話は分かりましたが、結局それを売り払って終わりなのではないですか? ダンジョンマスターとダンジョンコアが変わったというのは私達には関係のない事。……確かに事実なら少しは同情しますが、それだけの話ではないでしょうか?」

 

 そう。このままさっさと売り払ってしまえば、山分けしても相当な額になることは間違いない。目標の一千万デンに大きく近づくまず失敗のない手だ。……だけど、本当にそれで良いのだろうか?

 

「多分それが一番なんだろうけど……俺は別の選択肢を提案したい」

「……何? まさか私達でダンジョンの最深部に挑んで、そのダンジョンコアを入れ替えようなんて言うんじゃないわよね」

 

 今まで黙っていたエプリが、微妙に皮肉げにここで初めて発言した。おいおい。また俺が何かするって思ってるのか?

 

 ちなみに今はフードを被っている。バルガスには混血の事は話していないからだ。

 

「いやいやまさか。俺達だけでは流石にキツイって。いくらアシュさんやエプリがいても、全員を護りながらじゃどうにもならないだろ? だからやれる奴にやってもらう」

 

 俺はそう言うと、手に持った石を掲げてみせた。

 

「もう一つの選択肢は、コイツがダンジョンを踏破するのを手伝う。()()()()()()()()()()()()()()()()()()って言うのも……面白いだろ」

 




 ヌーボ(触手)改めボジョのフラグが立ちました。名前を付けることがどのような影響を及ぼすか、まだこの時点で時久は分かっておりません。


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コアの力

「あの……本気で言ってます?」

「本気だとも。本気で一つの選択肢として提案してる」

 

 俺の提案にジューネがおそるおそる聞いてくるので、逆に胸を張って断言する。こういうのは自信満々に言った方が良いんだ。自分が信じていないのに相手に信じさせるなんて出来ないもんな。

 

「コイツの言う事が本当なら、このダンジョンはコイツとそのマスターが造ったものだ。当然ここの構造は誰よりも熟知している筈。突破するのは簡単だろう」

「簡単だろうって……そもそもその石は自分で動けるの?」

「そりゃあ無理。歩く為の足も飛ぶ為の翼も無いんだから」

 

 エプリに返した今の一言で皆からジト~っとした視線を向けられている気がする。……まあ気持ちは分かるけどな。しかしここで終わるわけにはいかない。

 

「それにコイツはこのダンジョンでは凄い力を持っている。いやあ残念だなぁ。近くにスケルトンでもいたら見せられるのになぁ」

「おっ! 丁度近くにスケルトンが一体いるな。折角だからわざとおびき寄せてみよう」

 

 えっ!? いやちょっとアシュさんっ!? そうしておびき寄せられたスケルトンは俺に気づくと、剣を握ってカタカタ音を立てながら向かってきた。

 

 ちなみに俺以外全員壁際に退避している。いつの間にっ!? だがしかしこれはチャンスだ。コイツの能力を知ってもらえば多少は話も変わってくるだろう。

 

「よしっ! こいや~!」

 

 俺は片手に石を持ったまま、もう片方の手で軽く挑発する。スケルトンは俺の目の前まで来ると、侵入者を排除しようとばかりにボロボロの剣を振り上げた。

 

 ここで逃げたり反撃するのは可能だ。しかしそれでは意味がない。俺がとるべき行動は……これだっ! 

 

 俺は手に持った石をスケルトンの前に翳した。次の瞬間、石から静かで揺らめくような青色の光が放出されて周囲を照らす。それを浴びたスケルトンは、剣をポロリと取り落として動きを止めた。

 

「よおし。そのまま……両手を上にあげろ」

 

 俺がそう言うと、スケルトンはゆっくりとした動きで万歳の体勢を取る。……ふぅ。上手くいったか。

 

「これはいったい!?」

「…………ほう!」

 

 ふっふっふ。皆驚いているな。正直こっそり服にボジョが潜んでいたとはいえ、上手くいかなかったら一撃貰うんじゃないかとビビっていたことは内緒だ。そんな態度を隠しつつ、皆の方に振り返ってニヤリと笑ってみせる。

 

「この通り。このダンジョンでコイツが作ったモノであれば、少しは言う事を聞かせることが出来る。と言っても力の大半を失っているから近くの相手限定だけどな」

 

 夢の中で説明を受けたが、ダンジョンを乗っ取られたとはいえコイツはまだダンジョンコアだ。つまり()()()ダンジョンにおける権限はまだ残っている。

 

 正確にはマスターの権限だが、ダンジョンコアだけでも一応モンスターの召喚や命令も可能らしい。

 

「……待って。なら何故隠し部屋を脱出する時にモンスターが襲ってきたの? 言う事を聞かせられるなら、自分が巻き添えを食わないよう止めさせると思うのだけど」

「それには理由があってさ、さっきも言ったけどコイツは力の大半を失っている。あの時も出来たのは精々俺に話しかけるぐらいだ」

 

 実際あの状況でスケルトン達を黙らせられればあそこまで苦労はしなかったと思う。しかしあれが実は必要なことだったりする。

 

「コイツが力を取り戻す方法は一つ。ダンジョン内でモンスターを倒して、それを()()()()使()()()エネルギーを回収していくことだ。偶然だがあの隠し部屋で大量に倒したから、僅かだけどコイツの力が戻ったという話だ」

 

 と言っても作るのに使った分がそのまま戻ってくるという事ではないらしい。大体今のコイツがスケルトン一体を作り出すには、スケルトンを四、五体は倒す必要があるという。

 

「という訳でスケルトンが来ても戦闘にならない。むしろ場合によっては戦力が強化されるという具合だ。これなら十分に俺の提案も考える余地があるんじゃないか?」

 

 俺だけの意見で周りを巻き込むのはマズいからな。出来れば皆に賛成してもらいたい。特にジューネ。だが、

 

「そうですね……やはりダメですね」

 

 うわっ!? 一蹴された。一体何故?

 

「有能である事は認めます。この元ダンジョンコアが居れば、探索が捗るのは間違いありません。しかしその石が本当の事を言っているのか分からない以上信用しきれません。仮にその石に協力してダンジョンを踏破したとしても、それから先はどうするのですか? 元のようにダンジョンコアに戻って、そのまま私達を攻撃するという事もあり得ますよ」

「それは……」

「まだあります。百歩譲って協力したとしましょう。ダンジョンを踏破して、ダンジョンコアが私達を攻撃しなかったとしましょう。……それで私達に何の利益がありますか? まさかダンジョンコアが二つ手に入るなんて言うんじゃないでしょうね?」

 

 それはない。だってそこまで行ったらもうコイツは半ば仲間みたいな関係になっていると思う。そうなったらもう売るなんて話にはならない。ジューネが言っているのは多分そういう事だ。

 

「利益か。まぁ正直に言って……あんまりないな。ダンジョンコアも結局は一つしか手に入らないし、その上相手は巧妙に隠されていたダンジョンの入口を見破り、このやたら複雑な作りの内部を潜り抜けて最深部まで辿り着いた強敵だろうしな」

「ならば何故?」

「決まってる。こっちのコアの方が長い目で見たら良いと思ったからだ」

 

 話してみて感じた事だが、コイツは人に対して害意を持っていない。戦いを好まなかったというマスターの影響かもしれないが、こっちから仕掛けなければ多分襲ってくる事はなさそうだ。少なくとも今は。

 

 対して新しく替わった方はどうにも怪しい。普通ダンジョンコアを入れ替えるなんてするか?

 

 どうにもそういう胡散臭い奴がダンジョンを好き勝手にするよりは、周りに迷惑かけずに引きこもっている奴の方が良い気がする。

 

「……う~ん。そう言われましても」

 

 ジューネは予想以上に悩んでいる。もう一押し何かがあれば、

 

「なあトキヒサ。その石は()()()話は出来ないのか?」

「どうでしょう。俺は持っていたから声が聞こえたけど……アシュさんも持ってみますか?」

「よし。試しにやってみよう」

 

 アシュさんにそう言われて、俺はダンジョンコアをそのまま手渡す。

 

「ほぅ~これが……うおっ!? 何か声が聞こえてきたな」

 

 持ってみて軽く目を閉じると、急にアシュさんは驚いた様子を見せた。どうやら石が話しかけているらしく、アシュさんは時折相槌を打ちながら俺達から少しだけ離れる。別に話の内容ぐらい聞かせてくれても良いのに。

 

 少しして戻ってくると、

 

「多分コイツは嘘を吐いていない。だから安心していいぞジューネ」

 

 と自信満々に言ってのけた。それを聞いてジューネはますます考えこんでいる。何か気になることでもあるのだろうか?

 

 そしてしばらくの間じっとしていたかと思うと、突如声をあげて「……決めました」と呟いた。

 

 いよいよか。俺は姿勢を正してジューネの答えを待つ。ちなみに石は今度はエプリが耳元に当てていた。貝じゃないんだから海の音とかは聞こえないぞ。

 

「結論から言いますね。トキヒサさん。色々と考えたのですが……やはりこのままダンジョンを出て町へ向かった方が良いと思います」

 

 どうやらジューネを説得することは出来なかったらしい。

 

 

 

 

「……ダメだったか」

 

 俺はがっくりと肩を落とす。色々言ってはみたが、石は皆で見つけたものだから自分だけの意見を通すことは出来ない。仕方ないが諦めるしかないか。許せ野良のダンジョンコア。

 

「あの、何か勘違いしてませんか? 私はダンジョンを出て町に向かった方が良いとは言いましたが、すぐに売り払おうとは言っていませんよ」

「へっ!?」

 

 おや、なにやら流れが良い感じになってきたぞ。俺はその言葉を聞いてむくっと起き上がる。

 

「長期的な視野で見ればトキヒサさんの案もアリです。しかし今の戦力では、その石の力を合わせてもダンジョンの踏破は難しいでしょう。苦労の割に儲けになりませんしね。なのでより戦力を増やしつつ、そしてより多く儲けるために動きます」

「ちなみに具体的には?」

「簡単です。私が元々情報を売りつけようとしていた相手。ダンジョンにやってくる調査隊ですよ」

 

 そう言えば元々ジューネ達はその為に来ていたんだよな。調査隊より先にダンジョンを調査して、情報代をせしめるのが目的だった。当然初見の場所に突入する調査隊なのだから、それなりの戦力があるだろう。そこにコアを売り込むという事か。

 

「調査隊にとっても利の有る話ですから、交渉の場に立つ可能性は高いでしょう。後は互いにどこまで信用できるかという点ですが、そちらはアシュのお墨付きがありますからおそらく問題ありません」

 

 う~む。アシュさんの信頼度高いな。ああ言っただけでジューネが素直にコアの言っていることを信じたぞ。……ここまで頑張って説得しようとしていた俺の立場は? ちょっぴり涙目になりそう。

 

「後は向こうの調査隊の方ですが……まあ何人か知った顔もいるでしょうが、こればかりは実際に会ってみないとなんとも言えませんね。という事で、当初の予定通りダンジョンから出て町へ向かいます。ここまでで異論はありませんか?」

「俺は雇い主様についていくだけだぜ」

「私もダンジョンから出るまでは異存はないわ」

 

 アシュさんとエプリはそのまま同意。早く医者に見せたいバルガスは言わずもがな。ちなみにボジョはさっきからコアや動きを止めたスケルトンをしきりに触手で撫でまわしている。うっかり溶かすとか壊すとかしないでくれよ。

 

「よっしゃ。それで行こう。……ただ一つ問題がある。このコアが何で宝箱の中に押し込められていたか分かるか?」

 

 ジューネは少し考えるが、答えが見つからなかったようで首を横に振る。

 

「答えは簡単。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。コアが壊れたりダンジョンの外に出ると、その時点でダンジョンのモンスターが消滅する。今のダンジョンは二つコアが有るからダンジョンの崩壊は無いにしても、もしこっちのコアが作ったモンスターが消えてしまったら上部数階層は完全に丸裸だ」

「……再配置しようにもこちらのコアが造った部分には手が出せない。まず()()()ダンジョンを増設してからじゃないと動けなかったという事ですか」

「多分な。用意が出来るまでは幽閉扱いだったんだと思う。あの隠し部屋に関しては、元々こっちのコアが造りかけだったらしい。造りかけだったから介入できたって所かな」

 

 これであの隠し部屋の違和感の正体が分かった。別々に造っていたんだからちぐはぐになる訳だ。

 

 それにあそこは宝を護る部屋じゃなくて閉じ込める部屋だったんだから罠も当然多い。ダンジョン内であればコアの修復も可能だろうから、罠が少々過激になっても構わないと。

 

「つまり今このコアを外へ持ち出すと、中のモンスターがほとんど消える可能性がある。今消えるとコアの能力が証明できないから、その分交渉が難しくなるってことなんだ」

「厄介なのは可能性という事ですね。絶対に消えるのならそれはそれで売り込み方もありますが……」

 

 俺とジューネは揃って頭を抱える。コアを外に出すのは避けたいが、ここに置きっぱなしと言うのもマズい。今のところ取り戻した護衛はスケルトン一体のみ。これでは何かあった時に守り切れない。

 

 一応こっちのコアにも()()()があるというが、エネルギー消費が激しくあまり使いたくないらしい。さてどうしたものか。

 

「ちなみにコアが外に出てモンスターが消滅した場合、その分のエネルギーはどうなるの?」

「その場合残ったダンジョンコア。つまり向こうのエネルギーになるな。むざむざ相手を強化するというのは嫌だな」

 

 エプリの質問に夢の中で聞いた話で返す。折角今は向こうが手を出せないのだから、なるべくこちらのコアで押さえておきたい。倒してエネルギーにするかそのまま制御を取り戻すかは別にしても。

 

「じゃあ一時的に誰かがコアと残って、その間に他の奴が外に出て交渉するというのはどうだ?」

「交渉がどれだけかかるか分からない以上移動の手間も考えると、場合によっては数日かかります。流石にそれだけの期間をダンジョンに置き去りと言うのは……」

 

 だよなぁ。だとするとどうすれば……。

 

「……悩んでいても仕方がありませんね。立ち止まっていても時間が過ぎていくだけ。この件は移動しながら考えるとしましょうか。入口までは二、三時間も歩けば到着しますから」

 

 そのジューネの鶴の一声で、俺達は入口目指して移動を再開することにした。何か妙案が出れば良いんだけどな。

 

 カタカタ。

 

 あっ!? スケルトンもついてくるのね。

 




 上手くやれば、スケルトン王に俺はなるっ! ってことがやれますね。


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人は引っ張り、骨は押し、そして外の世界へ

「はぁ。はぁ」

 

 出口まであと一息の所だが、ジューネはもう息も絶え絶えだ。昨日は大変だったから無理もないが、ハッキリ言って全身筋肉痛だ。

 

 身体中に湿布のような布を張り付けて、痛みで時折呻き声をあげながら歩く商人少女。……誰得だと言うんだこんな状況。

 

 エプリもまだ微妙に疲れが残っているようで動きのキレが悪い。ちなみに俺は加護のおかげかほぼ万全だ。身体が回復しやすいというのはそれだけで助かる。

 

 さてここで問題だ。明らかに足取り重く疲れが溜まっている少女に対し、こっちは疲れのほとんど残っていない荷車の牽き手。そして荷車にはまだ少女一人くらいなら乗せることが出来る。これらの情報から俺に起こる展開を予想すると、

 

「まあこうなるわな」

 

 俺はバルガスとジューネ、そして二人に寄り添いながら警戒するボジョを乗せた荷車を力の限り牽いていた。加護で強化されていなかったら倒れてるぞ。……加護で強化されたからこそ牽いている訳だが。

 

「大丈夫かトキヒサ? すまないな。ジューネまで乗っけてもらって」

「……それにしても体力があるわね。護衛する方としては助かるけど」

 

 時々前を行くアシュさんやエプリが、歩きながらペースを落としてこちらを気遣ってくれている。ありがたいけどこっちは大丈夫だ。()()()()もいるしな。俺は軽く荷車の後ろの方を振り返る。そこには、

 

「「…………」」

 

 道中でコアが制御を取り戻したスケルトン七体が、カタカタ骨を鳴らしながら歩く姿があった。コイツらは結構力が強いので、三体ほどに後ろから押してもらって大分楽だ。残りはボジョと同じように周囲の警戒をしながらついてくる。

 

 傍から見ると荷車が襲われているように見えるかもしれないな。バルガスなんか起きて後ろを見たらかなり驚いていた。

 

 これまではなるべくスケルトンに会わないルートをエプリとアシュさんが選んでいたが、今はコアが居るのだから単純に最短距離を進めばいい。出会ったスケルトンは片っ端から制御を取り戻し、むしろ戦力が強化されるという具合だ。敵が味方になるっていうのはどこか燃えるな。

 

「これだけいれば護衛としては何とかなるんじゃないかジューネ?」

「まだ不安は残りますが、向こうのコアがこの階層に手出しが出来ないのであればしばらくは大丈夫かと。あとはこのダンジョンに他の誰かが来た場合ですが……スケルトンばかりで倒しても旨味が無いのにわざわざ攻撃する者もあまりいないでしょう」

 

 ジューネは横になりながらそう話す。無理に身体を起こそうとすると痛がるので、そのままでいるようにと俺とアシュさんで説得した結果だ。

 

「そうだな。わざわざこんなスケルトンばかりの場所に好き好んでくる奴はそうは居ねえよ。俺もこんなことにならなければ来ることはなかったと思うぜ」

 

 バルガスも後ろのスケルトンを気にしながら言う。まあ普通は出会って数秒でバトルの相手だもんな。それが自分のすぐ近くで黙々と荷車を押しているのだから落ち着かないか。

 

『ありがとう。この調子なら何とか戦う目途が立ちそうだよ』

 

 いきなり懐に入れているダンジョンコアから声が聞こえてきた。今は持っている相手にしか言葉を伝えられないらしいので他の人には聞こえていない。

 

「良かったな。だけどありがとうって言うのはまだ早いぞ。まだ交渉は始まってもいないんだから」

『分かってるよ』

 

 知らない人が見たら独り言をぶつぶつ言っている危ない奴に見えるが、全員コアのことは知っているので何も言わない。そのまま少しコアのことやこのダンジョンのことについて話していると、先頭を行くアシュさんが声をあげた。

 

「もうそろそろ入口に着くぞ。ここから出たら一気に環境が変わるからな。気を付けろよ!」

 

 いよいよか。俺のこの三日間のダンジョン生活も、遂に終わりを迎えようとしていた。

 

 

 

 

 アシュさんの言葉を聞いて、俺達の勢いは格段に上がった。正確に言えば俺とジューネの勢いだが。ジューネは少し疲れが取れたと言って荷車を降り、自分の足で再び歩きはじめる。

 

 俺もいよいよ外に出られると思うと、自然と足取りも軽くなる。ジューネが降りたことで本当に重量が軽くなっているのも大きいな。

 

 何しろ俺はこの異世界に来て一度もまともに外に出ていない。最初はいきなり牢屋スタートだったし、やっと出られると思いきや今度はダンジョンだ。ず~っと屋内だったので外への期待はとても大きい。

 

「……もうすぐよ。風の流れがよりはっきりとしてきたわ」

 

 エプリの言葉にますます奮い立つ俺。額から汗をダラダラと流しながらも全く気にならない。そして歩き続けることしばらくして。

 

「見えたぞ! 外の光だ!」

 

 アシュさんが通路の先を指さす。まだ少し距離があるようだが、微かにそこには光が見えた。そして先ほどから風が吹いているのを感じる。……間違いない。外だ! 

 

 俺達はタイミングを合わせたわけでもないのに自然と同時に走り出していた。この時ばかりはジューネも疲れを忘れて猛ダッシュだ。エプリやアシュさんも周囲を警戒しながら走る。

 

 俺はバルガスの乗った荷車を牽きながらなので他の人に比べて遅かったが、それでも負けじと走る。……あとスケルトン達もカタカタと音を立てながら走る。何か追われているように見えるのは仕方ないが。

 

 

 

 

 走って、走って、走りぬいた先で、遂に俺達はダンジョンの入口に到達した。そこから見えたのは、

 

「……うわぁ」

 

 そこに広がっていたのは荒涼とした岩場だった。見ればあちらこちらに砂塵が舞い、埃っぽい乾燥した風が吹くどことなく西部劇の舞台を思わせる景色。どこを向いてもごつごつした岩場ばかりで色気も何もない風景だが、空だけはどこまでも澄み切った青空だった。

 

「何か久しぶりに見た気がするなぁ。青空。……おっと」

 

 急に明るくなったので眩しくて目を細める。ずっと真っ暗なダンジョンの中にいたから、しばらく目を慣らさないとダメだなこりゃ。

 

 俺はダンジョンの入口で立ち止まる。これ以上進んだらコアがダンジョンを出てしまうからな。

 

「まず俺とエプリの嬢ちゃんで周囲を探るから、もう少しここで待ってな」

「分かりました。……ここで一度お別れですね」

 

 ジューネが俺に向かって、正確に言えば俺の持っているコアに向かって言う。交渉がどのくらいで終わるかは分からないがしばしのお別れだ。

 

『短い間だったけど助かったよ。こちらでも待っている間に出来る限り戦力を集めておく』

 

 俺は入り口付近で整列して待機しているスケルトン達を見る。確かにダンジョンを取り返すにはあれだけじゃ足りないだろうからな。今のダンジョンコアとマスターがどれだけの相手か知らないが、一度踏破されたぐらいだから相当なものだろう。戦力が多いに越したことはないな。

 

「分かった。こっちも交渉が成功しても失敗してもまた来るからな」

 

 交渉の結果に関わらず、十日程で一度ここに戻る事になっている。そのままダンジョン攻略になるかは分からないが、コアは最悪の場合取り戻した手勢だけで再び戦いを挑みかねないからな。上手く交渉が進むことを祈る。

 

 そして次来た時、野良のスケルトンと間違えて戦いにならないように、互いに合言葉ならぬ合印を決めておくことにした。手勢のスケルトン達は皆身体の何処かにジューネが売った白い布を巻いているのだ。ちなみに代金は俺持ち。解せぬ。

 

 逆にこちらは腕に黒い布を巻く。元々暗いダンジョン内では色は識別しづらいのだが、スケルトン達は暗くても関係ない。布を巻いた相手は攻撃せずに案内しろという指令を出しておけば初対面のスケルトンでも大丈夫だろう。

 

「……近くに危険な生き物は居なさそうね」

「こっちも大丈夫そうだ。ここから近くの町まで一気に行くぞ。荷車の事も考えると三時間はかかるからな。準備は良いか?」

 

 二人の周囲の探査が終わりいよいよ出発の時。

 

 俺はスケルトン達の一体にコアをそっと差し出し、スケルトンは恭しくそのコアを受け取って、ジューネから買った小さな袋に入れて首から下げる。事前にコアに確認したが、このくらいの袋なら入った状態でも周りのことが分かるらしい。これなら落とす事もないだろう。

 

「……じゃあ、またな」

 

 俺達はダンジョンの外へと歩き出した。最後に振り向くと、コアを受け取ったスケルトンがまるで礼を言うかのように頭を下げていた。必ずまた来るからな。

 

 

 

 

 そうしてアシュさんとエプリの先導で俺達は近くの町に向かうのだが、道中はごつごつした岩場ばかりで荷車が進みづらい。

 

 しかし途中から少しずつ歩きやすい平原に変わっていき、風も埃っぽい物からどことなく草の薫りを感じさせるものになる。ここだけ見るとちょっとしたピクニックのようにも感じるな。

 

「しかし、太陽はこちらでも同じなんだなあ」

 

 俺はようやく明るさに慣れてきた目を少し上の方に向ける。その青空には地球とあまり変わらない太陽が燦々とこちらを照らしている。

 

 ここの環境が地球の物と近いとすれば、こっちの太陽かそれに近い物も逆説的に地球の物に近いという事だろうか? 少し気になる。

 

「こちらでもって……国によって太陽の色でも違ったりするんですか?」

 

 ジューネが俺の呟いた言葉に不思議そうな顔で反応する。そう言えばジューネ達には俺の能力は説明したが、『勇者』の事とかは言っていなかったな。どう誤魔化したもんか。

 

「いや、そうじゃなくて……そう! 暑さ! こっちでも暑いなあって思ったんだ」

「暑いですか? 今は丁度良い具合だと思いますけど。季節も丁度春ですし風も気持ちいいですよ」

 

 確かにそよそよと風が吹いていて、暑いというにはやや無理がある。ちなみに以前イザスタさんから聞いたのだが、この世界にも四季はあるようで、地球と同じく月日の概念がある。

 

 ただし十二月というのは同じだが日にちだけは三十日で固定のようで、日付を指定する時は~月の~日と言うらしい。まあ分かりやすいと言えば分かりやすいのだが、閏年とかどうなっているのだろうか?

 

「これで暑いって、トキヒサの出身は相当寒い所らしいな。それじゃあこれから夏になったら大変だぞ」

「いや、そうでもなくて。むしろ俺が出発した時は夏休みだったからこっちの方が暑かったというか」

 

 うまく説明したいのだけど、下手なことを言ったら異世界云々のことも言わなければならなくなる。かと言って嘘を吐くと言うのも出来ればしたくはない。……え~いどうしたら良いんだ。俺が頭を抱えて悩んでいると、不意にエプリが鋭い声をあげる。

 

「……静かにっ! 何か近づいてくるわ」

 

 その声を聞いて前方をよく見ると、小さくだが砂埃が遠くに立っているのが見える。規則的に立っているから何かが移動しているようだ。

 

「そうみたいだな。あの感じだと……人だな。それも少なくとも数十人規模だ」

 

 アシュさんは手をひさしにして遠くを見ながら言う。ここからあそこまで結構な距離があると思うのだけどよく分かるな。視力が相当良いみたいだ。

 

「ここは街道からは少し離れたところにあります。商人の一団にしては通る必要性がありませんね」

「……盗賊の類でもなさそうね。あまりに気配を隠さなすぎだもの。あんなに砂埃をたてて動いたら見つけてくださいと言っているようなものだわ」

 

 商人でも盗賊でもないか。すると何だろうか? ますます分からなくなってきた。そう言っている内に少しずつその謎の集団はこちらに近づいてくる。このままだとあと数分もすればぶつかるだろう。

 

 まったく。ようやくダンジョンから出て一息つけると思ったのに、またややこしいことの気配がするよ。いつになったら真っ当に金を稼いで元の世界に戻れるのやら。

 




 これにて第二章は完結です。

 ついにダンジョンを出て歩きはじめる時久達。そこに現れる謎の集団。彼らは一体何者なのか?

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閑話 名もなきスライムが名を得るまで

 今回は普段と少し毛色が違います。


 ◇◆◇◆◇◆◇◆

 

「ちょっと遅くなるかもしれないけど、必ず探してまた会いに行きますから。約束ですっ!!」

 

 ワタシの自意識がハッキリと芽生えたのは、おそらくその言葉を聞いた時だったのだろう。

 

 

 

 

 ワタシはケーブスライム。名前はまだない。……いや、正確には大本のケーブスライムのヌーボ。その触手に核の一部を分け与えられた分体なので、ヌーボであるとも言えるし別の新たに生まれた何かであるとも言える。

 

 ワタシが生まれた経緯についてそこまで複雑な理由はない。大本のヌーボが“トキヒサというヒト種を守れ”との命令の為に、咄嗟に分体を作っただけの話だ。

 

 ちなみにこの命令はワタシにも適応される。自身がヌーボであるのなら、それは当然のことなのだから。

 

 生まれたてという割には我ながら思考が流暢だが、これには少し理由がある。最初に言っておくがスライム種は大半が知能が低く、基本的に本能で生きている。

 

 しかし何事にも例外はある。長く成長を続けて知性を獲得するか、上位の存在に強化される場合だ。

 

 前者の場合は数年ほど生き続ければそこそこの知性を得る。まあそこまで残るのはあまり多くはないが。

 

 ワタシ、と言うより大本のヌーボは後者だ。まずヒト種のテイマーにテイムされ、城にて看守の役割をこなしていた時点で少しだけ能力が強化されていた。

 

 そのままでも簡単な指令を聞き分ける程度の知性を獲得していたのだが、肝心なのはその後だ。

 

 イザスタ様という()()()()()()()()()あのお方。あのお方の血を受け眷属となったことによって、大本のヌーボは急激な成長を遂げた。

 

 そしてその結果、元々の種族のウォールスライムからケーブスライムへと進化を遂げる。

 

 この場合眷属の知性、力量などは主人のそれに比例するので、それによって基本的な知性も大きく上昇し、分体であるワタシもヌーボの記憶と知識を持ったまま自意識に目覚めることが出来たという訳だ。

 

 更に言えば、ヌーボは牢獄内にいたスライムの中でも比較的古株である。その分他の個体よりも情報量が多かったのも理由の一つかもしれない。

 

 

 

 

 さて、自意識が芽生えた直後、守るべき対象であるトキヒサと共にどこか分からぬ場所に跳ばされるという事態になった訳だが……どうしたものだろうか?

 

 現在位置は不明。洞窟か何かのようにも思えるが、周囲に流れる魔素の在り方がまるで違う。大本のヌーボが持っていた知識によると、どうやらここはダンジョンというものらしい。

 

 どちらかと言えばこちらの方が心地よい。魔素が身体に合っているのかもしれない。……だが浸っているわけにもいかないようだ。カタカタと音を鳴らしながら、スケルトンがこちらに向かっていた。

 

 ダンジョンにはダンジョン特有のモンスターがいる。このスケルトンもその一体なのだろう。スケルトンはワタシが巻き付いたまま倒れているトキヒサを認識し、攻撃しようと近づいてくる。

 

 させるものかっ! ワタシはスケルトンが持っていた剣を振り下ろそうとした時、身体を伸ばしてスケルトンの核を一撃する。

 

 幸い能力的にはこちらの方が上らしく、簡単に核は砕けてスケルトンはそのまま崩れ落ちた。……しかし、これだけ動いているのにトキヒサは一向に目覚めない。余程眠りが深いのか?

 

 試しに軽く頬を叩いてみるが、反応はすれど目を覚ます様子はない。これは起きるまでまだまだかかりそうだ。

 

 

 

 

 それからしばらく、ワタシは周囲の様子を探りながらトキヒサが起きるのを待ち続けた。散発的にスケルトンが襲撃してくるが、大半は一体ずつだし能力的にはこちらの方が上だ。撃退するのはそれほど苦ではなかった。

 

 だが厄介なことに、トキヒサの近くに先ほどまで戦っていた黒フード。エプリとか呼ばれていた奴も倒れている。あちらが先に起きた場合は戦闘が再開する恐れがある。

 

 気を失っている内に止めを刺すという選択肢もあるが、トキヒサがこの少女を助けようとしていたのは明白だ。目を覚まして死んでいるのを見たら気落ちする可能性がある。

 

 つまりはエプリもトキヒサが目を覚ますまでは護衛対象という事だ。やるしかない。

 

 そんなことをつらつら考えている内に、また何かが近づいてくるのを感じる。しかしその動きはスケルトンとは一線を画していた。

 

 ワタシが警戒を強めていると、その何かが姿を現す。……ボーンビーストだ! その骨で出来た獣はこちらを認識すると、グルルと低く唸りながら今にも飛びかからんとする。

 

 モンスターとしての格ならおそらくこちらの方が上だ。しかし格は上でもこちらは生まれたばかりの幼体。

 

 おまけに倒れているトキヒサとエプリを庇いながらとなると、条件的には分が悪い。……だが、ここで逃げてはワタシの存在意義がなくなる。

 

 ならばやることは決まっている。来るなら来いっ! ワタシは迫りくるボーンビーストを身体を伸ばして迎え撃った。

 

 

 

 

 結論から言えば、無事ボーンビーストを撃退することが出来た。だがその戦いは長く厳しいものだった。

 

 壁や床を縦横無尽に動き回って飛びかかってくるボーンビースト。対してこちらはトキヒサから離れることが出来ず、相手の攻撃に対してのカウンターを狙うことしか出来ない。

 

 しかし素早いボーンビーストにカウンターを決めるのは至難だ。幾度もなく失敗し、身体の一部を逆に削られた。

 

 おまけに戦っている間に別のスケルトンが出てくるなど、激闘と呼ぶにふさわしいものだったと本当に思う。

 

 いけない。だんだん身体の動きが鈍くなってきた。生まれたばかりでこれだけの連戦をしたのだから仕方がないのだが、ここで眠ってはトキヒサが守れない。

 

 スライム種はあまり眠る必要はなく、そこまで長い時間が必要なわけでもないのだが、その分ほぼ完全に無防備になってしまうのが欠点だ。

 

 ダメだ。……もう、身体が……。

 

「うっ!? う~ん」

 

 その時、やっとトキヒサが目を覚ました。トキヒサは服から取り出した道具で誰かと話し、その後周囲をきょろきょろと見回してワタシに気が付く。

 

「…………お前が守ってくれたんだな。ヌーボ」

 

 やっと起きたのかと一発ひっぱたいてやろうと思ったけど、流石にもう限界だった。絡みついているのも困難で、そのままずるりと床に落ちてしまう。

 

「…………ありがとな。助けてくれて」

 

 その言葉と共に、何か温かい水滴がワタシの身体に零れ落ちた。……どうやら泣いているらしい。ただ眠りにつくだけなので、涙を流すほどではないのだけど。

 

 しかしその勘違いを正す前に、ワタシの意識は薄れていった。

 

 

 

 

 そうして小さな激闘が終わり、ワタシが目を覚ましてからも多くのことがあった。

 

 懸念だったエプリとは一応の和解をし、以前牢獄で戦ったようなヒトを凶魔化したものとも戦った。

 

 さらにどこかイザスタ様と似た雰囲気を持つアシュというヒト種や、商人を名乗るジューネというヒト種の同行。偶然見つけた隠し部屋への突入。その中での攻防戦。

 

 ダンジョン内のわずか三日でこの出来事である。トキヒサには危険を引き寄せる才能でもあるのかと疑いたくなるほどの内容の濃さだ。

 

 トキヒサは先ほど隠し部屋で手に入れた石のことで、誰かと通信をしている。いつも夜中に通信をしているのは牢獄から変わらない。ワタシにも話してくれても良いのだが。

 

「……いよいよ明日か」

 

 うんっ!? トキヒサが焚き火にあたりながらそう呟いた。誰かと話している様子もないから、おそらくこれは独り言なのだろう。

 

「本当に、俺は出会いに恵まれた」

 

 確かにわずか三日間でこれだけ色々と出くわすのは、良い意味でも悪い意味でも才能だろう。感慨に耽っているようだが、一応ワタシのことも忘れてはいないかと袖を引っ張ってアピールする。

 

 ……今気づいたって顔をしたな! 僅かな怒りを込めて頭をひっぱたく。

 

「イタッ。イタタタッ。分かってるって忘れてないよ。ごめんごめん。お前にも助けられたよな。ヌーボ(触手)がいなかったら眠っている間にスケルトン達にやられてた。感謝してるって」

 

 まあこのくらいにしておこう。他の同行者に比べればワタシは影が薄いと思うから。

 

「なあヌーボ(触手)。いい加減(触手)って付けるのも長いよな。そのままヌーボって呼んだ方が良いか?」

 

 そのままヌーボか。ワタシはヌーボであると言えばそうなのだけど、それだと大本のヌーボと紛らわしい。それなら(触手)と付けた方が区別できるだけまだマシだ。

 

 伝わるかどうかは別として、抗議の意味を込めてまたひっぱたく。

 

「というか前から気になっていたんだけど、意識というか人格はどうなってるんだ?」

 

 そこはワタシも悩ましい。ヌーボであるとも言えるし、そうでないとも言える。身体を動かしながら分からないことを伝えると、

 

「……まあいいか。分からないってことは、少なくとも意識が別物である可能性があるってことだもんな。それじゃあひとまず仮でも良いから呼びやすい名前でも付けるか。…………ボジョって名前はどうだ?」

 

 ボジョ。響きとしては悪くない。これなら良いか。そう思った瞬間、フッと何かがワタシとトキヒサとの間に繋がった気がした。

 

 この感じは……なるほど。そういうことか。なら拒む必要はないのだろう。ワタシはそれで良いという意味を込めて、トキヒサの頭をスリスリと撫でた。

 

「……叩くか撫でるかっていう選択肢はさておいて、じゃあボジョで決まりだ。では改めてこれからヨロシクな。ボジョ!」

 

 今の繋がった感覚。本能的に分かる。これはワタシが()()()()()()証だ。

 

 モンスターをテイムするには大まかに言って三つの条件がある。

 

 モンスターに名付けをし、相手がそれを受け入れること。モンスターに自身の魔力を与えること。モンスターに自身を認めさせることの三つだ。

 

 まず名付けは今したので間違いない。次に魔力だがこれは心当たりがある。以前のトキヒサの涙だ。血にこそ劣るが涙などにも魔力が宿っている。偶然涙を取り込んだことで条件を満たしたのだろう。

 

 そして最後なのだが……自分でも少し意外なことに、ワタシはトキヒサを認めていたらしい。

 

 これまでの行動を見るにトキヒサはお人好しである。あと頭は悪くないようだけど些か非合理的な面があり、それを何だかよく分からないロマンという言葉で片付ける。

 

 ……と言っても混血をすんなり受け入れるほどのお人好しともなるとそうはおらず、肉体の性能もそこそこ悪くないとは思うのだけど。

 

 それにテイムされることでワタシの能力が上がっているというのも間違いない。自由意思を奪われるというものでもなく、明らかに出来ない命令であれば断ることも可能だ。

 

 まあつらつらと考えてはいたが、結局のところこの言葉に集約される。改めてよろしく。…………ワタシの()()()()

 

 

 

 

 こうしてワタシはボジョとなった。ちなみにトキヒサはワタシがテイムされていることに気づいていないようだが、それは言わずともいずれ分かることだろう。

 

 トキヒサのテイムを受け入れたこの選択に後悔は……今のところ無い。あまりトキヒサがバカなことをやらかし続けるようであれば分からないが。

 

 しかしそうなると一つ問題がある。ワタシはヌーボの分体として生まれた。そして、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 トキヒサがイザスタ様と再び出会う時、それはつまりワタシとヌーボが一つに戻る時を意味する。その時、ワタシはヌーボとしてあるのだろうか? それともボジョとしてあるのだろうか? 

 

 まあワタシは今日もトキヒサを守るのみだ。……トキヒサには悪いけれど、その時が来るのが先延ばしになればよいと思いながら。

 




 という訳でボジョの独白回でした。普段喋らず気配を消しているボジョですが、内心では色々考えているという事が少しでも伝われば良いのですが。


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キャラクター紹介(第二章終了時点)

 キャラクター紹介(第二章終了時点)

 

 桜井時久(さくらいときひさ)

 

 ダンジョンにいきなり跳ばされるものの、むしろ絶好調でテンションがおかしくなっている主人公。これもロマンです。

 

 色々あって同行者が少しず