Re:escapers (闇憑)
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こんにちは、農業高校

 いわゆる、ライトノベルにおける転生モノ、というのは世にあふれているにしても。

 我が身に降りかかって、初めて理解できる事というのはある。

 

 例えば……

 

『神様……畜生道に堕ちるような事、俺、何かしましたかね……?』

 

 そう、転生前の意識は残っているが故に、どんな風に転生しようが不条理しか感じないという事である。

 

 はい……アラサーのオッサンは、馬になりました。

 

 真っ暗いトンネルを抜けて、出てきたのが藁の上。

 とりあえず、本能に従って、今世で母にあたる馬の乳首に吸い付いて飲み干したあと、ひと寝入りして暫くしてから、気づいたのですが。

 

 自分がサラブレッドだとしたら、ココは一体ドコの牧場なんでしょうかね?

 何しろ……

 

「おー、白いのー、元気かー?」

「アシ君、元気だなー」

 

 何でジャージ着た学生と思しき面子が、代わる代わる面倒見てくれてるんでしょうねぇ?

 牧場の職業体験にしては、頻繁かつ人数多すぎやしません?

 大人と言える人たちも何人か来てるけど……あれこれ指導はしてるみたいだけど、基本は学生たちの手で世話されていたりする。

 

 あ、自分、芦毛みたい。しかも生まれた段階で割と全身白っぽい。

 今世の母ちゃんも芦毛みたいだし、コレは完全に遺伝だな。

 っつか、自分で見える限り『白毛じゃないの?』ってレベルだが、周囲に『芦毛だ芦毛だ』と騒がれていたので、多分見えないトコがまだ黒いんだろう。

 あと股間を覗いたらオスだった。

 

 っていうか……ここ、ドコ? 本当にマジでドコの牧場?

 

 だって……

 

 りーん、ごーん、がーん、ごーん……

 

「よーし、じゃあ俺たち授業があるからなー」

「がんばれよー、アシちゃん」

 

 遠くから聞こえてくる、ノスタルジーすら感じる鐘の音。

 そして、馬房の隙間や入口から見える、畑と農機具の小屋と……学校の校舎。

 

 どう見ても、ここって学校……つか農業高校だよね、コレ!?

 

 でも母ちゃん見る限り、どう見ても自分もサラブレッドなハズで……いや、待て。

 噂で聞いた事がある……なんでも、授業の一環で、マジで競走馬を生産してる農業高校があるとか何とか。

 

 確か……

 

『嘘だろ……』

 

 学生たちのジャージの胸に『道立静舞農業高校』の文字が、がっつりと刺繍されていたのを見て、俺は愕然とした。

 


 

モデルは北海道の静内農業高校ですが、物語の都合上、舞台としてかなり弄って誇張した話になります。

規模的には、『銀の匙』の舞台である、大蝦夷農業高校(エゾノー)くらい、一周20キロ規模の、敷地内に原生林すらある超大規模かつ複数の科が存在する、マンモス農業高校という設定です。



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2話

「しかしまぁ……」

 

 母ちゃん含めて、初々しくも実に甲斐甲斐しく世話をしてくれる農高生たち。

 それに居心地の良さを感じつつも……俺は知っている。

 彼らとの付き合いは、一年と半年そこそこ。

 それ以降は競りに出され、馬主と調教師、そして騎手たちとの関係となる。

 馬主の目に留まって活躍し続ければ、たまに牧場や競馬場に顔を見せに来てくれるとは思うが、そうでなければ……

 

「よーしよし、こうしていれば、お前イケメンで綺麗なんだけどなぁ……キッド」

 

 はい。

 幼名が決まりました。

 キッド君、生後3か月くらいでーす。

 どこぞの怪盗よろしく、白に近い芦毛の馬体からついたんでしょうねぇ……多分。

 

「おい、生産学科……」

 

 と、恨み節の籠った地獄の底から響くような声が、馬房の入り口からとどろく。

 

「は、はい、またキッドが何か!?」

「今日という今日は犯人引き渡してもらうぞ、そこの白いゴキブリがっ!」

 

 殺気立った農業科の農高生が、百姓一揆よろしく、手に手に鎌だの鍬だの包丁だのを構えてズラリ。

 

「待て待て待て!! だから証拠は!」

「くっきり0歳馬の蹄の痕が畑に残ってんだよ、こいつの!!」

「だからって、どうやって柵抜けていくんだよ! 入口の閂もキッチリ閉めてるし!」

「食い散らかした痕もあるんだ、どう考えたってこいつだろう!!」

 

 いや……まあ、なんというか……この体、えらい腹が減るんよ。

 というか、当初、母ちゃんの母乳だけじゃ足らんっちゅーか。

 吸いすぎて『痛い痛い、母ちゃんミイラにする気か』って怒られて、もう母ちゃんが授乳嫌がるようになって。

 で、飼い葉食えるようになったはいいんだけど、平均値しかくれんのねん……全然足らんのねん。

 だから……だから、目撃者が居ないタイミングで、ちょっと馬房を抜けて、目の前の畑から胃袋に拝借したダケなのねん。ちゃんとボロとして肥料で返すからええやろ? な?

 

「それなんだがな、生産学科。

 そこの畑の前の柵の上下の隙間にな……こんなのが引っかかってたぞ」

 

 ぎくっ……

 

『は?』

「これ完っ全に芦毛だよな、こいつの……」

「待て! 待て待て待て! すると何か!? こいつ、本当に柵の隙間から抜けてんのか!?」

「だから前からそう言ってるだろうが!」

「おいいいいい、キッドぉぉぉぉぉ!!」

 

 わしゃ知らーん♪

 そこから、人間の農高生同士の、殺気立った悶着がある事暫し。

 

「と、とりあえず林科から廃材貰って、柵の隙間埋めよう!

 あと、キッド君の飼い葉足りないんじゃないかな? もう少し増やしてあげよ?」

「だな……農業科の連中、マジで殺気立ってるから、これ以上脱走して畑を食い散らかしたら、キッドの奴を馬刺しにしかねん」

「しかし、マジでいつ抜けてんだろうな……俺らの前じゃそんな素振り、ぜんぜん見せてないのに」

 

 そりゃまあ、皆さん学生さんですから、座学の授業中とか狙い目はいくらでもありますな。

 

 しかし、畑はダメかぁ……と、なると……

 

「おーい、生産学科ぁー……お前ン所の芦毛ちゃん、畜産科(うち)の牛舎や豚舎に来ちゃあ飼料食ってくんだけど? 放馬すんじゃねーよ」

「はい? 今、母馬と一緒に放牧に出して……って、いつの間に居ないぃ!!」

「っつか、柵も補強して、閂かかってんのに、どうやって……」

 

 ぷはー、食った食った……牛さん、豚さん、悪いね、ご馳走様。

 さて、閂を外した後、母ちゃんたちが出ないように柵に入ったら閂を元に戻して……って、え……今の時間、君ら座学の授業中じゃなかったっけ?

 

『キッドぉぉぉぉぉ!!』

 

 チっ……これもバレてしまったか……

 

 そのまま、殺気立った農高生たちと、『追い運動』すること暫し。

 

「お前、無駄に頭いいなぁ」

「閂開けちゃう馬がいるとは聞いた事があるが、こいつ0歳馬だろ……ある意味すげえなぁ」

「とりあえず、閂に南京錠か何か掛けないとダメだね」

「ホント食い意地張ってるなこいつ……流石、オグリの孫だわ」

 

 ほわい?

 マジ? 俺の爺ちゃんオグリなの?

 道理で腹が減るわけだわ。きっと血統だコレ!

 

「そういえば畜産科の、誰だったか……上級生で、ヤギとか豚とか使った、蹄耕法とかって研究してたよな?」

「ん? ああ、塩屋先輩?」

「あのさ、豚とかヤギとかに、こいつ、混ぜてもらってみようか?」

 

 で……

 

 冗談半分で、敷地内にある原生林っぽい場所に連れてこられまして。

 豚やヤギと並んで、雑草という名の多種多様な食べ放題バイキングの真っ最中。

 うむ、クマザサもバリバリしてるがいけるいける。

 あとこの草とかもいけるいける……おい、ヤギさんや、それ俺の。俺のだって。

 

「食欲っつーか『除草力』が、ヤギに引けを取ってない……」

「こいつ本当に0歳のサラブレッドか? 道産子だって、こんなに雑草喰わんぞ」

「チャックの中身ヤギなんじゃねぇの?」

「いや、ヤギはこんな頭良くないだろう」

「馬っつーか、もうUMAじゃねえか……完全に……」

 

 ドン引きする、俺やママンの面倒見てくれてる、生産学科の生徒たち。

 失礼な。

 ちゃんと0歳のサラブレッドでございますよ。

 頭の中身はともかく、この食い気は、ほぼ爺さん(オグリ)が悪い。

 

「っつーか、気づいたんだけどさ。

 キッドのボロ、繊維質は残ってはいるんだけど、燕麦とか消化しにくいのも、がっつり消化してんのよ……

 フツー、ああいうのって未消化で結構出ちゃうのにさぁ……ボロで出てくるとき、完全に繊維しか残ってねぇんだよ。

 多分、今食ってるクマザサだって消化しちゃうんじゃねぇか、コレ?」

「母離れしてない0歳馬のくせに、どーいう内臓してんだよ……健啖通り越して火力発電所じゃねえか」

「競走馬としてセリに出す前に、マジで北大あたりのえらい先生に診てもらったほうがいいんじゃぁ……牛みたいに胃袋3個くらい増設してんじゃない?」

「肉やったら食うんじゃねぇか?」

 

 あんな面白気性難と一緒にしないでくれ。

 

「蜂屋……アレ、本当に0歳のサラか? 半端じゃねぇ食いっぷりだな」

「塩屋先輩……残念ながら、血統的には純サラブレッドです」

「確認するが、本当にアレ2歳くらいの道産子じゃねえの? そーとしか思えない食い方してんだけど?」

「それだったらどんだけ良かったか……多分、父父の血が隔世遺伝でもしたんじゃないですかね?」

「ああ、オグリキャップだって聞いたけど……オグリでもこんな食ったのかなぁ?」

 

 だから、すべては転生させた神様と爺さん(オグリ)が悪いんだって。多分。



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3話

 いやぁ、学校の敷地に、あんな旨いモンがあるとは思わなんだ。

 畑じゃないし、牛や豚の飼料を漁ってるワケじゃないし。

 これならコッソリ帰れば、誰も怒られんだろう。

 

 てなわけで隙間から馬房に帰って来る事暫し。

 

「キッド……うっ、臭っ!! ニンニク臭っ!」

「うわ、アイヌネギ食ったな! あれ馬が食べちゃダメだって腹壊すぞ!!」

「おいおい、ってことは今度はドコから抜けたんだよ……」

 

 面倒見に来てくれた学生たちが、引きつった顔で世話してくれる。

 ええやん。

 誰のモンでもない。畑にあったワケでもないんだし。

 ちょっと人間の目線だと死角になる場所に、わっさわっさと大量に生えとったんよ。

 トリカブト食べるよりかはええやろ?

 

「……おい、生産学科、また放馬しただろう!?」

「は、はい!? 坂本先生!?」

「って、またキッドが、豚舎や牛舎につまみ食いに!?」

「それより酷い。とりあえずお前ら全員、ちょっと来い!」

 

 ありゃ……何だろう?

 

 馬房の外に、聞き耳を立ててると。

 俺の放馬に関しての雷の内容とは別に、大量の恨み節が混ざっており。

 どうも……俺が今回食い荒らしたのは、代々教職員に受け継がれてる、アイヌネギの穴場だったらしい。

 

 大変美味しゅうございました♪

 

「おい、マジで今度はキッドの奴ドコから……うわ、馬房の壁に穴があいてる」

「まさか、コツコツ蹴とばして、自分で開けて出て行ったんか、こいつ……」

「なんつーか、行動力と知性が全部食い気に逝ってるんじゃねぇか?」

「こんな授業の内容が全然アテにならない馬って、はじめて見た……」

 

 まあ、人間の頭脳がインストールされた馬に、オグリの食欲がついてくるなんて、思わんわなぁ……

 

 で……

 その後、生産学科の教室にて。

 

「とりあえずみんな、聞いてくれ。

 少し早いけど、キッド号を母離れしたあとに、追い運動本格化させよう。

 で、その分食事量も増やそう」

「マジですか、先生! キッド、まだ四か月も無いですよ!?」

「先生も、正直こんな特殊な馬は扱った事無いが、そもそもこの脱走癖だ。母馬と引き離されても、多分大丈夫だろう。

 運動に関しては……というより、そもそもセリに出る前にこんな食い続けたら、牛になっちまう。鍛えるというより、ほぼダイエットのつもりで無理はさせるな。

 ……デビュー前のエルコンドルパサーじゃないんだから」

「ああ……腹毛ぼうぼうで牛みたいだった、って何かで……」

「こいつがあんな名馬になるんですかね……そもそも、オグリの血統って、全然走ってないじゃないですか」

「先生もわからんが……脱走癖以外は、意外と従順だし人懐こい。

 最悪、こいつサーカスでも売れるんじゃないかと思ってる」

「あ、競走馬としては匙投げてるんですね……」

「割とな……正直、こんな頓狂な馬で、実習する事になったお前らには、済まんと思ってるよ」

「だったら、今から芸でも覚えさせましょうかね? お座りとか、お手とか……」

「それはやめろ」

 

 と、こんなやり取りがあったらしく、ずいぶん早く、親別れさせられました。

 が……

 

「キッドーっ! また脱走したなー!!」

 

 よーう、母ちゃん♪

 顔見に柵抜けして来てやったぜー♪

 じゃ、俺は追い運動の最中だから、アディオース♪

 

 乗馬した学生の牡馬(なんでも、馬術部の馬らしい)に追われながら顔見に挨拶に行くと……なんか、母ちゃんがバカ息子に頭抱えてる態度取ってるんですが。

 

 ……まだ若いのに、老けちまうぞ、母ちゃん?

 そいえば、来年に備えて、弟か妹、仕込んだりしてるのかなぁ?

 

 そして……親別れから数日後。

 俺にとって、農業高校生活最大のライバルが、我が前に現れる事になる。

 

「お? 蜂屋? それ、学校の大掃除の時に見つけた捨て犬じゃん?

 拾ってきてどーすんの?」

「いや、こいつ調教して、キッドの見張り番させればいいかな、って。

 どうも授業中とか深夜とか、俺たちが世話できないタイミングで良く逃げてるみたいだし」

「あはは、キッドの見張りなら、さしずめ湖南とでも名付けるか?」

「じゃ、それでいいや。

 っていうか、結構飲み込み早いぞ、こいつ……」

 

 そう、見た目は子犬、頭脳は成犬の雑種なこいつ……湖南号が、我が農業高校生活の最大の障害として、割とダメ血統な由緒正しき純サラブレッドの俺に、立ちはだかりやがったのだった。

 

 何しろ……

 

 ワンワンワンワンワン!!

 

「湖南の合図だ!」

「先生、またキッドが」

「……………いってらっしゃい」

 

 座学の授業中を狙って逃走しようとすると、こいつの鳴き声で直ぐに農高生が集まってきやがる。

 ええい、この犬チクショウめ!

 我が疾走と自由と食事を阻むとはーっ!!

 

「分かった、分かった。飼い葉やるから馬房に戻れ、な!?」

 

 ちぇーっ……アイヌネギまた食いたかったのに。



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4話

「おお、よしよし♪

 しっかり見張り番してたな、湖南♪」

 

 今日も今日とて、馬房の脇に建てられた犬小屋から、あの忌々しい犬畜生が可愛がられてやがる。

 

「お座り」

「ワン♪」

「お手」

「ワン♪」

「ちんちん」

「ワン♪」

「よーしよし、いい子だいい子だ、キッドの見張りご苦労様♪

 ごはんたっぷりあげようねー♪」

 

 しっかりと芸まで躾けられた上に、がっつりとドッグフード貰ってやがる。

 よーし……今から目にモノ見せてやる、犬畜生め。

 こちらが上だという事を証明してくれるわ。

 

「じゃあ、キッドを追い運動に……おい、キッド!?」

 

 そのまま、尻をつくようにお座りする。

 

「……え?」

「ひ、ひょっとして……湖南に躾けてたのを、見てて覚えたのか!?」

「う、嘘だろう!?」

 

 と、一人の生徒が、意を決しておずおずと前に出て……。

 

「お、お手」

 

 ほい、と差し出してきた手に、前脚をぽん、と乗せる。

 

「ちんちん……は、流石に無理があるな」

 

 ほう、やってみせようではないか……せぇのっ!!

 

『うわぁぁぁぁぁぁ!!』

 

 そりゃまあ、0歳の子馬とはいえ、200キロ超えた馬体が棹立ちになったらデカいわなぁ。

 よっ……これ、バランス難しいな……でも、何とか……ん、よし!!

 一歩、一歩……ああ、二歩が限度だ。

 

「あ、歩いた……」

「う、嘘!?」

「こ、こやつ、ついに二足歩行への進化を!!」

 

 さあ、芸は見せたぞ。食物を寄こすのだ。

 出来たら甘味な果物なんぞ所望じゃ。献上いたせ。

 と……

 

「おーい、お前たち、何やってんだー?

 キッドの追い運動だろう?」

 

 追い運動のために乗って来た馬の上から、担任の先生が声をかけてきた。

 

「せ、先生、キッドが、キッドが!」

「どうした?」

「お座りとお手とちんちん覚えちゃいました!」

「はぁ?」

 

 

 

「いよいよサーカスが視野に入って来たな、この馬……」

 

 農業科から分けてもらった砂糖大根を、もっしゃもっしゃと飼い葉桶から食べて、馬房でのんびりしてる時に、外からそんな声が聞こえてきた。

 

「一応聞くが。

 本当にお前ら何もしてないんだな?」

「してません!」

「確かに湖南号に躾けの一環で芸を教えてましたけど、まさかキッドが真似して覚えちゃうなんて……」

 

 と……

 

「もしかして……なあ、石河?

 お前、湖南にお座りとかお手とかさせた後、ごはんあげてるよな?」

「そりゃあ勿論……まさか……」

「ああ、『芸をすれば飯が貰える』って、横で見て変な学習しちゃったんじゃないか!?」

 

 その言葉に、一同、絶句。

 

「なんて頭のいい馬科(バカ)なんだ……」

「おかしいな、俺たち育ててるのって、競走馬だよね?」

「く、食い意地のためにそこまでやるか……信じらんねぇ馬だ」

 

 おののく学生たちを尻目に。

 対抗意識を向けてきた犬を、馬房からせせら笑う。

 ふはははは、同じ芸でも、犬とは違うのだよ、犬とは。

 

「とりあえず、これ以上変な芸教えないように。

 もしセリの最中に芸を始めたら、いよいよこいつ、競走馬じゃなくてサーカスに直行しちまうぞ。いいな?」

『はい』

 

 

 

 

 ……数日後。

 

 この日、はじめて頭絡とかつけさせられる事となり。

 

「つ、着いたな……」

「着いちゃったね……」

 

 そら、中身は人間がインストールされとりますからねぇ。

 

 で、人間と一緒に歩いたりする調教も、それはそれはもう簡単に終わり。

 

「これじゃ実習にならんな……」

 

 ぼやく担任の先生。

 どうも、頭絡やら何やらを装備させて、馴致させるための授業だったようだが。

 あまりにも簡単に終わり過ぎて、採点に苦慮しているようである。

 

「あー、とりあえずな、キッド号が、かなり特殊だと思え。

 普通は、嫌がって振り払おうとするのを、なだめたりしてコミュニケーションとりながら言う事聞かせていくんだからな?」

『先生……そりゃもう、みんなわかってますって』

 

 生徒たちの視線の向こうに。

 犬と一緒になって、お座りとお手をキメて餌をねだる、芦毛の馬体が、そこにあった。



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逃亡者の決心。

 その日。

 『世界の果て』に逃げてきた俺は。

 運命に出会った。

 

 

 

 

 

「なあ、キッドってさ……幾らくらいの競り値がつくんだろうな?」

 

 そんな事を、ぼそっと。

 俺――蜂屋源一はクラスメイトの石河に漏らした。

 

「あー、まあ値段以前に、買い手が付けばいいほうじゃない?

 血統的にも、父ちゃんノーザンキャップだけど、母ちゃん側が色々面白すぎるから、値はつかねぇだろ」

「でも、一応、母父だってGⅢ勝ってるじゃん。母母はシュンサクヨシコだから、叔父のヒシミラクルみたいなイッパツとかねーかな?」

「まあ、あったらいーな。

 そもそも、母父が種牡馬入りして一年かそこらで早死にしてるから、確か産駒がウチの『レイヴンカレン』含めて『六頭』しか残ってないんだっけ?

 牡馬はほとんど走らず、牝馬はほかにあと二頭で、残りが走る前に死んじゃったか何だったか……だっけ?

 そんな馬が走ってくれたら、夢『は』あるよな……夢『だけ』は」

 

 そう。

 生産学科で、実習用の『教材』として購入された『レイヴンカレン』の経歴は、あまり褒められたものではない。

 一応、中央で二歳の新馬戦を勝ち、さらに一勝……したところで、故障が発生。

 予後不良による安楽死こそ免れたものの、競走馬としてはソコで終わってしまい。持て余されていた所を、実習用の『教材』としてウチの学校に売られてきたのだ。

 ウチの学校の生産学科で求められた条件が、『毎年、実習用の授業に必要な仔馬を産めそうな、可能な限り若くて大人しい牝の純サラブレッド』という条件で、それに一番かみ合ったのが、この『レイヴンカレン』であり。

 だから、結構……というか繁殖牝馬にしては若い。怪我さえ無ければ、普通にレースに出ていても、おかしくない年齢なのだ。

 

 更にいうならば、その『褒められた成績ではない』彼女が、母父の産駒の一番の稼ぎ頭という段階で、血統的な能力は『お察し』状態である。

 

 そして、その初産が、キッドだったのだが。

 

「母馬も見放す癖ウマだもんな……」

 

 原因は、母馬にあるのか、それとも生まれた仔にあるのか。……多分、後者だと思うが。

 いわゆる、育児放棄をしてしまったのだ。

 まあ、ただの育児放棄ならばフォローの範疇。聞くところによると、生まれたばかりの仔を殺しにかかる母馬すらいるらしいし、それに比べればまだマシといえばマシだろう。

 ……ただ、今年。もう一度、同じ血統で繁殖には成功しているらしいのだが……その仔まで育児放棄となったら、いよいよ彼女(レイヴンカレン)の居場所が無くなる可能性が高い。最悪、ウチの学校は、別の『教材』を買う事になるだろう。

 

 願わくば……キッドが良い馬主に買われ、活躍してくれる事を。

 

「……」

 

 祈る……だけか?

 だって、俺は……もしかしたら……

 

「あのさ、石河、お前ん家、調教師だったよな?」

「おお……なんだよ、蜂屋?」

「色々聞きたいんだけど、馬主になるのって色々資格の条件があったよな?」

「あ? 地方走らせるんだったら、大体年収500万くらい必要らしいけど?

 ちょっと景気のいい飲み屋のオッチャンとか、まれに馬主やってたりするぜ?」

「中央競馬と、何が違うんだっけ?」

「あそこは別世界。

 っていうか、おめー、キッドの馬主になる気か?」

「いや、ほら……授業だとキッドが売られるまでだけど、その先でどうなるのか、って考えちゃってさ」

「あー、っていうか正直なー、社田井みてーな、馬に自分も従業員も含めて人生万人単位で賭けてるようなお化けグループ以外は、馬というより『馬主』っていう『ステータスを買ってる』ような部分が大きいからな。

 馬の勝ち負け云々よりも、社交場としてコネをつなぐための場所って感じだぞ。マジモンのブルジョワ様の吹き溜まりって感じだったわ」

「へぇ……行ったことあるんだ?」

「一度だけな。

 ガキの頃、親父……っつーか、テキに連れられてG1に。

 俺まで可愛がってくれた良い馬主さんでさ……結局、ウィナーズサークルには入れなかったけどな」

 

 と……

 

「それより蜂屋。おめーがキッドの馬主になるってんなら、ウチに預けてくれよ。預託料、負けておくぜ♪」

「ああ、そん時は頼むよ」

 

 そして……静舞農業高校の昼休みに、寮の食堂で交わされた、この日の約束は。

 一年後、実行される事になる。



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6話

 はーい、キッド君。年が明けて一歳になりましたー♪

 そして……どうやら、お兄ちゃんになるみたいです。

 暫く前から、母ちゃんのレイヴンカレンの腹が膨れてまして……妹か弟ができるみたいです。

 春先になって、進級した生産学科の学生や先生たちが、ものっそい慌ただしくソワソワしてます。

 

 なので、お兄ちゃんたる俺がやる事は、ただ一つ。

 

 おーい、かーちゃーん、アイヌネギ盗ってきたぞー♪

 

「……あのな、キッド。

 気持ちはありがたいけど、毎度毎度どこから盗ってきたんだよ、このアイヌネギ。

 っていうか、馬には毒だから食べちゃダメ、ぺっしなさいぺっ」

「畑の作物や牛豚の飼料は盗らなくなったけど、今度は敷地の原生林に入って色々盗ってくるようになったな……」

 

 ……そらまあ、畑食い荒らして殺気立った百姓一揆……もとい、農業科と追い運動するのは、流石に怖いし。

 その代わり、秘密の群生地暴かれて涙目になった教職員が、睨んで来るんですけどね。……来年も生えるよう根っこはちゃんと残してあるって。

 

 と、いうか、最近になって生徒の一人が。

 

『とりあえず、キッドの行く先探せば、何か見つかるのでは』

 

 と、口取りされながら学校の敷地の原生林を闊歩して、荒らしまわった結果。

 アイヌネギ筆頭にほぼ全て、学校の教職員に代々伝わる秘密の山菜の群生地や、新規で開拓された群生地が暴かれる事となりまして。

 

 ……生徒共々、たいへん美味しぅございました♪

 

「さあ、キッド……追い運動の時間だぞぉ~♪」

 

 にこやかな笑顔のまま、乗馬用の牡馬の上でカンシャク筋を浮かべてる教科担任の先生。

 ……漏れてる漏れてる。殺気が漏れてますよ、先生。

 ちょっと学校中の今年の春のアイヌネギ、生徒と一緒になって全部食い荒らしたくらいで大人げない。

 

「さあ、追いついたら馬刺しにしちゃうからな~♪」

 

 おいおい、冗談だよね……冗談だよね先生!?

 教材! 俺、セリに掛けられるまでは農業高校の教材ですよ、先生!?

 ってか激しい、激しいよ先生!

 

 ……って、ぎゃー、目がマジだー!!

 

「……キッド号、動きいいよなぁ……」

「ああ、トモの張りもがっつりしてきたし……何だかんだ、追い運動真剣にやってるし。

 見ろよ、手本見せてる先生が、マジで追ってねぇ?」

「そりゃ、次、俺たちが実習で馬に乗って追うんだから、多少疲れさせないともう追いつけないもんなぁ……」

「食って、寝て、運動して、か。

 いうのは簡単だけど、そのルーティーンをしっかりこなせる馬ってのは、強いよなぁ」

「っていうか、キッド、ガチ逃げしてねぇ?」

「先生たちの殺気、感じ取ってるのかもな……気の毒に」

 

 へーるーぷーみー!! 馬刺しは嫌あああああああああ!!

 

 

 

 そして数日後……。

 放牧中に、いきなり母ちゃんが産気づきました。

 

 しかも間の悪いことに、母ちゃん、産気づいた途端、馬房に戻らず、藪の中に逃げ込んで物陰で産むつもりらしいです。

 

 ……やべぇ。

 

「おーい、カレン放牧から戻ってきてないけど?」

「緩めに歩かせてただけなのに……ドコいったんだ?」

「って、キッド!? おい、袖を引っ張るな、キッド!!」

「おいおい、落ち着いて、興奮してないで……」

 

 と……

 

「……まさか……おい、キッド、お前カレンの行方知ってるのか?」

『ひひぃーーん!』

 

 そうだよ、と伝えたいけど、とりあえず引っぱっていくしかない。

 

「とりあえずタオルとか、出産に必要な道具、軽トラに積め!

 あと蜂屋、石河! お前ら、一番キッドに懐かれてるんだから、案内してもらえ!」

『はい、先生!!』

 

 で……俺が母ちゃんのトコに案内をし。

 産前産後で殺気立った母ちゃんに、俺や周囲の人間が蹴とばされそうになりながらも。

 

 なんとか生まれました。

 弟です。

 

 母ちゃんと一緒になって、弟をぺろぺろしつつ。

 生徒たちが先生の指導のもと、手際よく産後の処理をしていきます。

 

「よしよし、良くやったな、キッド」

「馬房に戻ってくりゃ良かったのになぁ、カレンも」

「戻れないって判断したからじゃねぇの?

 っつか、予定日よりも早いワリには、結構デカいぜ」

 

 というか……

 

「なあ……これって、子馬が立って歩けるようになるまで、一時間以上この場所で待機、って事?」

「食堂の晩飯……残ってるかなぁ……」

 

 だよねぇ……丁度、飯時だもんねぇ……

 

 寒気の残る、北海道の春の満天の星空のもと。

 生徒先生たちと一緒になって。

『はよ立って歩いてくれねぇかなぁ』と弟に目を向けるのだった。

 

 

 で……

 

 

『キッドにいちゃ』

 

 なんというか。

 基本的に、母ちゃんにくっ付いて回ってる弟なのですが。

 時々、柵をくぐっては、俺のところに遊びに来るようになってしまいました。

 

『あそぼー♪』

『はいはい』

 

 柵の向こうでは、母ちゃんが『変な事教え込むんじゃねぇぞ』と睨んできますが。

 それでも、出産の時に助けられた事は分かっているようで、うるさくは言ってきません。

 弟を舐めてやったり、一緒に軽く走ってやったり。

 

『にいちゃ、はやいー』

『ター坊、お前も速くなれるぞー、いろんな人が、教えてくれるからなー』

『はーい』

 

 と……こんな調子で色々と教えてやると。

 

「ター坊、まだキッドのほうに居たか」

「こらー、母さんとこ帰らないと、ごはんの時間だよー」

 

 弟の世話をしている生徒たちが、集まってきました。

 ……ジャージの色が違うところを見ると、メインで俺の世話をしてる生徒より、一学年下のようです。

 

「兄弟で仲いいのって、ほんと珍しいねぇ」

「あれだろ、ター坊の出産助けたんだろ? アレで放置気味だった母親とも仲を戻してったらしいじゃん」

「ほんとなぁ……でも、あと少しで一歳のセリなんだろう? 先輩たちのキッド号、もうセリに出るんだもんなぁ」

 

 そう。

 俺がこの学校から離れる日は……もうすぐ迫っていたのだった。

 

 そして……まあ、血統的によろしいとは言えないであろう俺は。

 多分……落札されなかったら肥育からお肉なんだろうなぁ……とは、密かに、覚悟を決めていた。



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7話

 

「本当にいいのか、蜂屋? オークションの時の口取り、お前じゃなくて?

 キッドの面倒、一番見てたの、お前だろう?」

 

 キッドが出品されるオークション当日。

 セリが始まる少し前に、石河の奴に俺は尋ねられた。

 

「いいんだ。俺はむしろ石河に頼みたいんだよ」

「なら、いいんだけど……」

 

 生産学科……二年生の進級時に振り分けられた進路から、仔馬を一頭、出産から教材として育てる道を選んだ生徒たちにとって、この競売(セレクトセール)は、まさに晴れの舞台である。

 ほぼ、一年半の日々の成果が、この場に現れた参加者たちによって、決定されるのだから。

 故に、同じ道を選んだ生徒たち全員、二年生も三年生も、この会場にいた。

 

「じゃあ……席に着いて」

 

 引率している、担当教科の先生が、ちらり、と俺を見てくる。

 ……予め、事情は、先生にも話してある。

 みんなが席に座る中、俺は一人立ち上がったまま……。

 

「みんな、ちょっと、いってくる」

 

 そう告げた。

 

「は?」

「何言ってんだよ、蜂屋」

「トイレか? ……っておい、蜂屋。そっちはオークションの参加者の席」

「みんな、黙っていてごめん。一週間前に、ようやっと間に合ったんだ」

 

 そう言うと。

 俺は、つい一週間前、寮に届いたプラスチックカードを見せる。

 馬を象ったマークの入ったソレは……『JRA 馬主登録証』。

 

『は……はああああああ?』

 

 ぎょっとなって目を剥く、クラスの皆。

 ……まあ、無理もない。俺だって、こんなものを取る事になるとは、この高校に来た時には夢にも思わなかったのだ。

 

「お、おい……蜂屋。お前、そんなモンどうやって取ったんだ!?」

「まあ、不幸と幸運と、いろんなもんが重なった結果……ちょっとね」

 

 そもそも。

 俺は望んで、この高校に来たワケではなく。

 

 ……逃げてきたのだ。家族から。

 

「『テンプレート・ガンブレイド』ってラノベ……知ってる?」

「ああ、少し前に、アニメ化とかしてたよな?」

「うん、あれ……作者、俺」

『……はい?』

 

 完全に、目が点になるクラスメイトたち。

 

「ここ二年分の印税やアニメの使用料とかの収入と、二年前に死んだ爺ちゃんの遺産と、いろいろ併せたら、JRAの馬主資格、ギリギリ審査通ったんだ。

 ……だから……ちょっとキッド、落札してくる」

 

 そう言って、俺はオークションに参加する席へと向かった。

 

 

 

「よーしよし、キッド。お前、黙って大人しくしてれば、イケメンホースなんだからな」

 

 おうよ、生徒君。

 でも、俺ってそんな血統的には、良い馬じゃないんだろ?

 落札されなかったら……肥育に回ってお肉とコードバンかなぁ……まあ、本能全壊で走り回ったり、脱走したりするのは楽しかったけど。

 

「はい、では次にまいります。レイヴンカレン2002牡、父、ノーザンキャップ、母、レイヴンカレン、母父はツインターボ」

 

 ……は? 母ちゃんのほうの爺さんってツインターボなの!?

 マジか……母ちゃん若いと思ってたけど、確かターボ爺さん引退後に心不全起こして早々に死んだんじゃなかったっけ?

 でも、ツインターボの産駒って、種付け期間の短さと少なさ故に、血統途絶えたって聞いたけど!?

 もしかして、母ちゃんって産駒唯一の生き残り!?

 

 ……ち、珍品扱いで買ってもらえんかなぁ……って!?

 

「は? は、蜂屋!?」

 

 はい?

 更に、びっくりな事に。

 俺の面倒よく見てもらってた生徒の一人が、競売参加者の席に学生服のまま座っていまして。

 口取りしてくれてる生徒と一緒になって、ビックリだよ!

 

「はい、では始めます。50まーん、50まーん、はい50万」

 

 50万で真っ先に手を挙げる、件の生徒……いや、馬主候補様。

 そこからパラパラと、ターボ爺ちゃんの効果があったのか、ご祝儀入札が入り……

 

「他にありませんか? はい、では90万円で落札します。」

 

 カーン、と木槌が打ち鳴らされ。

 

 俺は、お肉にこそならなかったものの、3桁万円行くこともない超格安で落札されました。



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8話

「はーちーやー!! お、お、お前……お前なぁ!!!」

 

 セリが終わった後。

 石河の奴が、顔面を真っ赤にして俺に詰め寄って来た。

 

「って、ワケで、石河ン厩舎(トコ)にキッド預けるから、オヤジさんに電話しといて?

 確か美浦だったよね? ……もちろん、友達価格の割引料金で♪」

「てっ、テメェ!! マジで嵌めたな!」

「いや、落札に幾らかかるか分かんなかったし、そもそも馬主資格取れるか、かなり怪しかったし。

 なにより、あのままだとキッド、お肉コースだったろうから……」

 

 珍種といえば珍種だろう。

 なにしろ、現時点で唯一現存する、ツインターボ産駒の牝馬の仔だ。

 とはいえ……それだけといえばそれだけの、パッとしない血統である。

 経済動物である以上、利益をあげない馬に居場所はなく、故に淘汰されてしまう血統もある。

 それだけの話、なのだが……

 

「っていうか、お前……正気か? マジでキッドを中央で走らせようって!?」

「うん、だって『もったいないじゃん』」

「は?」

「あいつ……多分、大体の馬に、勝てるよ?」

 

 俺の言葉に、石河の奴が、石化して硬直。

 そして、深々とため息をつく。

 

「あのな、血統表、見てるだろ?

 オグリとターボの血統なんて、今時ドコに走る要素あるんだよ!?」

「いや……なんか育ててて、強い走り方するな、って。ほかの馬とか見比べても、凄いと思ったけど?」

「そりゃ、仕上がりはいいかもだけど、問題はそこから先だよ!

 育成牧場や厩舎でコイツが脱走起こすとどうなるよ?」

「そこは現場の調教師や厩務員さんたちに期待かなぁ?」

「フザケンナよ!

 ……ああああああ、農高卒業して速攻でJRAの厩務員資格取るまではダケさんが見てくれるかもだけど、こんな事情知ったら絶対デビュー以降のキッドの世話、全部俺に回って来るぞ!」

「がんば♪」

「嫌だよ、こんな癖ウマの面倒! 脱走含めて前科何犯だよ!?

 授業じゃみんなである程度持ち回りできたけど、デビューしたらコイツとマンツーマンじゃねぇか! 俺が何回アイツにいたずら食らったと思ってんだよ!

 ……っつーか、お前が俺と一緒にJRAの厩務員資格取って、ウチの厩舎に就職して、コイツの面倒見ろよ!」

「残念だったな、石河。

 確か、基本的に馬主は、騎手や調教師や、まして厩務員になれないんだ」

「ぐああああああ、だったねぇ! ですよねぇ!?」

 

 で……翌日の教室にて。

 

「と、いうわけで……キッド号の馬主は、蜂屋になったんだが。

 育成牧場の手配が済むまで、少しの間、学校で預かる事になった。

 まあ、日高のご近所にするつもりらしいが……」

『おおお』

「大雑把な流れを説明すると、育成牧場で本格的に競走馬としての調教を受けて、そこから多分、石河の親父さんの厩舎に入る事になる。

 それと……蜂屋、発表があるんだったよな?」

「はい」

 

 教壇の上に立つと、俺はチョークを手に取り。

 初めての愛馬の名前を黒板に記した。

 

『バーネットキッド』

 

「えーと……あいつの脱走癖と盗癖を考えて、こういう名前に決めました。

 バーネットは『怪盗探偵ジム・バーネット』から頂戴しました」

「怪盗探偵?」

「あー……アルセーヌ・ルパンの変装名です。

 そっちから貰おうとも思ったのですが、キッドって幼名と、フランス語の『アルセーヌ』も『ルパン』とも、かみ合わないと思って。

 一応、名探偵ではあるのですが、依頼された問題を解決するついでに、色々掻っ攫っていくというトンデモ探偵です」

「あははは、学校中の今年のアイヌネギ、全部攫ってったもんねぇ……」

「脱走もよくやるしなぁ……」

「一応、ルパンの変名として、ラウールとかジェラールとかバルタザールとかも考えたんですが……まあ、これが一番しっくり来たので。

 この名前で、石河厩舎に預けて、中央で走らせたいと思います。

 馬主として、応援、よろしくお願いします!」

 

 そして、深々と頭を下げ、席に戻る。

 

「はい、次に石河」

 

「はい、バーネットキッド号を、オヤジ……っつーか、テキは受け入れてくれるそうですが……蜂屋に割引した差額の一部を、小遣いからサッ引かれるハメになりました。

 更に、多分、キッドが育成から帰って来る頃には、テキのところで厩務員として働く事になると思うので、その場合、キッドとマンツーマンになる羽目になると思います。

 ……だからお願いです……誰でもいいです……ウチの厩舎にJRAの厩務員資格取って就職してください! あの癖ウマとのマンツーマンなんて、多分、胃が持たないです!」

 

 生徒全員、石河のほうを向かずに目を逸らす。

 ……まあ、そうなるわなぁ……

 キッドは人懐こいし、噛み癖も蹴り癖も無い……どころか、バイオレンス方面はすごく大人しいが、とにかく悪戯好きで人間をからかうし脱走癖もひどく……そして、一番の被害者が俺と石河だったりする。

 

 そもそも、この教室の生徒たちは、どっちかというと実家が生産牧場だったり馬関係の仕事についてる連中が、馬の扱いを学びながら高卒資格を取るために通っているわけで。

 ほぼ、就職先=実家、って連中が半分以上である。

 ちなみに……俺は現在、本土の農業系の大学に行くため、猛勉強中だ。

 

「以上。落札価格は兎も角、今年はちょっと……いや、かなり異例の結果になった。

 先生としても、昔育てた仔馬が『マキノプリテンダー』としてデビューした時を思い出す……いや、ある意味、超える展開になって、わくわくしている。

 全員、応援してやってくれ。拍手」

 

『え“』

 

 教室全員、絶句。

 

「なにそれ? 初耳なんですけど?」

「聞いてないですよ!」

「マジで!? 東大農学部だったの、先生!?」

 

 馬の生産関係者には、ちょっとした伝説の片鱗にざわつく教室。

 

「まあ、あまり愉快な話じゃないから、話したくなくてな……」

 

 だからこそ……

 

「だからな、蜂屋、石河。

 キッドに……バーネットキッドに、無理はさせないでくれ。

 ……先生、自分と同じような思いを、生徒にしてほしくないんだよ」

『はい!』

 

 先生の話した過去。

 そして、その言葉の意味の重さに。

 俺は……いや、俺と石河は、深々と頭を下げた。

 



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調教師、石河吾朗の受難……序章

「あの馬……サーカスにでも行くのか?」

 

 一年前。

 丁度、日高の生産牧場に用があったついでに、複数の生産牧場に営業の挨拶回りをし、最後の最後に、息子の通う学校の学園祭に顔を出した時。

 雑種の子犬と一緒になって、お座りとお手をしてる芦毛の姿を見たのが、自分とキッド号……バーネットキッドとの、初遭遇だった。

 

「おう、元気か?」

「あ、オヤジ」

 

 高卒資格を取りつつも、馬と関わる学校に通いたいと願った結果。

 日高の果てまで飛んだ、我が子の姿を見に、やってきたのだが。

 

「……なあ、お前ら、競走馬を育ててるんだよな?」

「き、客ウケはしてるからいいんだよ! っていうか、勝手に芸を覚えちゃったんだって」

「は? おいおい、あんなの教えなきゃ覚えるワケないだろう?」

「覚えちゃったから、俺たちもビックリしてるんだよ」

 

 そして、スピーカーから流れてくる声。

 

『では、これより大技いきます……ちんちん!!』

 

 司会、兼、インストラクター役の生徒の声に従って。

 二本足で立つ、犬と馬。

 そのまま、一歩、一歩と、よちよち歩くキッド号。

 世にも珍しい二足歩行の馬を見て、笑う観客たち。

 愛想を振りまきながら、客から投げ銭代わりのニンジンをもらってご満悦な姿は、なるほど学園のアイドルホースではあるのだろうが……。

 

「……なあ、賢介。本当にアレを教えてないというのか?」

「アイツ滅茶苦茶頭いいんだよ……あんなの序の口だぞ?」

「おいおい、あれで序の口とか、どんな馬だよ?」

 

 興味を惹かれて息子に聞いてみたが。

 その内容はとても信じられないモノだった。

 

 曰く。

 馬房からの脱走の常習犯。乳離れの前から脱走を繰り返していたらしいが、それも生徒が授業中のタイミングばかりで狙ったかのようだったという。

 簡単な閂程度なら簡単に開けて逃げ出す。

 柵は気軽に飛び越える。馬術部の馬術競技に乱入して遊んでた。

 食事量が普通の子馬の倍近い。

 腹が減ると、雑草どころか寝藁でもモリモリ食べる。クマザサも食った。

 脱走して畑の作物や、牛、豚の飼料を盗み食いしてたけど、怒られてからは原生林の野草を食い荒らすようになった。……馬にとっては毒なはずのアイヌネギをモシャモシャと食べておきながら何事もなくケロっとしていたとも言ってた。

 何故か、脱走して外で学校の授業を聞いて居たりする。

 夜中、寝る前にトイレを要求する。追い運動の最中以外、ボロは大体決まった場所で垂れるか、運搬用の手押し車の台に垂れる。だから寝藁はたいてい綺麗。

 頭絡等の馬装を嫌がらない。人間には従順。ただし、ポケットにモノを入れてると、的確にポケットを狙ってイタズラしてくる。

 

「……なあ、賢介。その、お前、本当に馬の話をしてるのか、それ?」

「誰に俺の携帯電話、ダメにされたと思う?」

「齧られたか?」

「しゃぶられた。飴玉みたいに。

 そのまま、ぺっ、てされて、衝撃と唾液でオジャン。

 ショップ遠いから、行くに行けなくて……遠距離恋愛中の彼女にフラれた」

「それでか」

 

 つい最近、息子の連絡が途絶え気味で、寮の公衆電話からだった理由が、よくわかった。

 

「まあ、高校卒業までの付き合いだし、何だかんだと愛嬌のある奴だとは思うけどさ」

「ほう、惚れ込んだか?」

「まさか……あんな癖馬……」

 

 恋人に振られてふてくされてる息子だが。

 一人の調教師として、あの馬は面白い、と思ったのも事実だった。

 

「まあ、なんだ。あの馬がウチの厩舎に来てもらえそうなら、馬主に営業かけといてくれ。

 ……意外と面白い事になるかもしれん」

「は?」

「後ろ二本足で歩けるバランス感覚と、半端な柵は飛び越えるバネ。顔まで上がる前脚の柔軟性、どんな状況でも衰えない食欲と図太さ……道化師めいてはいるが、あのまま育てば、面白い馬になるかもな」

「マジで言ってんのかよ、オヤジ」

「お前が言ってる事が本当なら、ダイヤの原石かもしれん……性格的に競走馬に向くかどうかは、本格的な調教を始めてみない事には解らんがな」

 

 その判断そのものは、後年、間違ってはいなかった事は証明されたものの。

 あの馬の性格を甘く見ていた事を、色々な意味で後悔する事になるとは、その時想像もしていなかった。



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『優瞬』平成◎◎年×月号、『バーネットキッド』特集記事より。

「バーネットキッド号の育成時代の様子ですか?

 そりゃあもう……毛色もそうですが、色々な意味で目立つ馬でしたよ」

 

 当紙の取材に、育成牧場のスタッフの一人である桧垣正信氏は、そう答えた。

 

「来た当初は、人慣れしては居ても馬慣れはしていない……そう、彼の母父のツインターボのような『馬嫌いの馬』って感じでしたね。

 まあ、育成環境がそうだったんでしょうけど……どこか、自分を人間だと思ってたんだと思います。

 ただ、ターボと違って臆病ではない……というか、そっち方面からは程遠い性格でした。体格も良かったですし、神経と食欲の太さは父父のオグリに似たんじゃないでしょうか。

 というか……一匹狼から、群れのボスに成り上がった馬ってのも、また珍しいんですよ」

 

「一匹狼から群れのボスに、ですか?」

 

「ええ、最初、放牧された当歳馬たちの群れに戸惑っていて、全然馴染めなかったんです。

 で、既存の群れから弾き出されていたんですが……一頭だけでも、全然堪えてないんですよ、あの馬。

 とりあえず『ごはん貰えて走り回れればいいや』って態度で……飼い葉の食いも全然衰えないし、スタッフが逆に心配になった程だったんですが、ある事件が起きましてね」

 

「事件?」

 

「注意はしてるんですがね……ほら、こんな環境でしょ? 稀に山のエゾシカが牧場に乱入してきちゃったりするんですよ。

 で、他の馬たちがパニックに陥って逃げまわってる最中に、一頭だけ悠々と飼い葉食べていてですね……これだけでも神経の太さが信じられないレベルなんですが、その乱入したエゾシカがキッドの飼い葉を食べようとちょっかいをかけた途端、怒って逆にエゾシカを追い回し始めましてね……こう『何すんじゃゴルァ!!』って感じで。

 ステイゴールドにもそんな逸話があるらしいですけど……まあ、そんな事件があって以降、他の馬からも一目置かれて、一匹狼から裏ボスにクラスチェンジした感じですかね。

 で、群れから弾かれる馬、ってのは育成の途中でソレなりに居るんですが……その弾かれた弱い馬が、徐々にキッド号を慕い始めてですね……気が付いたら、もう完全に群れになって、新しいグループが出来上がっちゃったんですよ」

 

「色々破天荒な馬だった事は解ってますが、育成からそんな感じだったんですか」

 

「ええ。

 でも、怒ったのはそれくらいかなぁ……普段は本当に大人しいし頭が良くて人懐こい。

 群れと言っても、既存の群れから弾き出されて来た、大人しい馬たちばかりだから、喧嘩になる事も少ないし、トラブルがあってもキッドが仲裁して和を保っていた感じですかね。

 ただ、それが面白くないボス馬も何頭か居たんですが……それが悉く、キッドに負けているんですよ。

 何しろ体格もいいし、普段は大人しいけど暴れたら一番ヤバい馬ってのは、馬たちも解っているんでしょうね……中にはキッドに負けたボスが自分の群れから追い出されて、行きついた先がキッドの群れだった、なんていう馬も居ましたよ」

 

「はぁ……なんとも凄い馬だったんですね」

 

「ええ。

 他にも、蹄鉄や馬装なんかは、こっちがビックリするくらいスムーズに終わりましたし、ゲート訓練も苦にしませんでしたね。試験もイッパツだったんでしょう?

 なんでも、生産牧場……というか静舞の農高でもそうだったみたいですね。頭絡とか全然嫌がらなかったと聞きました。

 その分、騎乗調教なんかに回せたんですが、群れの中でも常に先頭を切って走り回る馬でしてね……走る事に関してだけは『絶対に抜かせない』ってくらい負けん気は強かったですよ。

 そう……知っての通り、ちょっと強すぎるくらいでしてね……臆病ってワケでもない、完全に性格的なモノなんでしょうが……」

 

「あ、じゃあその頃から」

 

「ええ、今の競馬のセオリーである『中段以降につけて第四コーナーからの差し、追い込み』なんて駆け引きは、絶対拒否というか……無理にやらせると、調教そのもののやる気をなくしてしまいまして。

 ボスでありながら群れを嫌うという変わった気性で。それも含めて、天性の走り屋だったんでしょうね」

 

「なるほど……石河調教師が新馬戦でおっしゃってた『とにかく前に付けろ、行きたいようにいかせるんだ』って指示は」

 

「ええ、結局、安堂騎手も、館騎手ですら、逃げ以外は無理だった、って聞きましたね……弟のほうは、御せたようですが」

 

「なるほど……本日は、大変興味深いお話、ありがとうございました」

 



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ハルのウララの育成牧場で。

 育成牧場からこんにちは。

 バーネットキッドです。

 北海道も雪が解け、ようやっと巡って来たハルウララかな日々。

 

『おう、ツラ貸せや、キッド!!』

『ああん? 何ガンくれとンじゃダボが!!』

 

 穏やかなる育成牧場の日常風景。

 血の気の多い、当歳馬同士の、餌場の取り合いにも慣れてきた今日このごろです。

 

『……チっ、覚えてやがれ!』

『おととい来いやクサレ駄馬が!

 ……さて、飯だ飯。飯にしよー』

 

 もっしゃもっしゃと俺が飼い葉を食らいはじめると。

 周囲の馬たちも安心したように、モリモリと食べていきます。

 

 いえね……最初はどーでも良かったんですよ。

 チンピラじみた畜生の勢力争いなんてモン、興味なんて無かったんです。

 むしろ、お肉になりかけた俺を買って、馬主になってくれたあの生徒君に恩を返すべく、真面目に調教という名のトレーニングを受けたかったんです。

 

 でも、ある日、牧場に乱入して人の飯にちょっかい出しくさった鹿野郎を、追いまわして馬場から叩き出したら、人間も馬も含めて周囲の見る目が変わっちまいまして。

 

 それから、群れを追い出された気の弱い馬たちが、何故か俺を慕って周囲に集まってくるようになり、気が付いたら、いくつかある同じ歳のグループのボスに祭り上げられていました。

 

 ……解せぬ……

 

 と……

 

「キッド」

 

 呼びかける声のほうに、複数の人影。

 その中の一人は……おお、生徒君……じゃなかった、馬主様!

 時折、三か月に一度くらいのペースで、俺に会いに来てくれるのですが。

 ……確か、本土の学校に進学した、とか言ってなかったかなぁ……?

 

「立派になったなぁ……お前、見違えるほど大きくなった」

 

 おう、育ったぞ。

 で、作家先生や、新作書けたのか?

 

「あと一か月だ。6月20日、福島で新馬戦だぞ、キッド」

 

 お♪

 ついに俺がデビュー……しかも福島か。

 これは天国のターボ爺さんに恥じぬよう走らねば……ってことは?

 

 馬主様と一緒に居る、もう一人の生徒の父親であるテキは知ってるし、助手の人が俺の背中で調教してくれてたけど。

 この初めて見る、少しテキに似た小柄な人は……ひょっとして。

 

「はじめまして、石河大介です。弟の賢介がお世話になりました」

「いえ、こちらこそ、無理を言って……キッドがお世話になります」

 

 ああ、あの生徒君のお兄さんが、俺のジョッキーになるのか……

 

「この子ですか……2歳の新馬にしては、大きいですね」

「ええ、バーネットキッド……キッドと呼んでやってください」

「大介、責任重大だぞ。これで負けたら、賢介の奴にどやされるからな」

「わかってるよ親父……いい加減後が無いんだろ、ウチも」

「仕事中はテキと呼ばんか、バカ者」

 

 あ……親子って事は、厩舎所属なのかな?

 

「先生、それで調教は、今、どういった塩梅で?」

「あー……それなんですがね……ぶっちゃけて言います。

 この子、先頭を走らないとやる気をなくす……典型的な逃げ馬ですね。

 無論、ご存じの通り頭はいいので、調教で色々学んではいるハズなんですが……とにかく頑固でね」

 

 まあ、他の馬たちの群れに混ざって走るって、性に合わないし。

 ……なにより……

 

「あー……それ、もしかして……」

 

 お? 生徒君……もとい馬主様?

 

「心当たりが?」

「こいつ、綺麗好きなんですよ。

 もちろん、砂浴びとか馬場で寝転がったりはするんですけど、水浴びしてブラッシングで乾かしてもらうのが一番好きなんです。

 で、中段以降につけるって事は、文字通り他馬の『後塵を拝する』事になるわけじゃないですか?」

 

 よく分かってらっしゃる。

 他馬のケツにつけるって、そーいう事なのである。

 

「ええぇ、まさか? 冗談のように神経太い馬だと思ってましたけど」

「まあ、大きい音とかには神経は太いですけど……ほら、ボロを垂れるときとか、端っこや決まった場所に垂れたりするでしょ?」

「うーん……ブリンカー付けてみましょうか?」

「やってみる価値はあると思いますが……やたら頭いいコイツの事だから、騙しきれない気もします」

 

 よー解っておる、馬主様。

 

「その場合は、逃げか先行で勝負するしかないですね……」

「では、そのようにお願いします」

「!? いいんですか? 先行は兎も角、逃げ馬は……」

「かまいません。何だったら、大逃げ打ったってかまいませんよ。

 でも……この子、多分勝つと思います」

 

 おう、やったるぜ馬主様。

 と……

 

「っ……はは、ありがとうございます。

 一度、乗ってみたかったんですよ……『大逃げ馬』って奴に」

「おい、大介! 何を勝手に」

「オヤジ……いや、テキ。やろうぜ?

 ツインターボみたいに大逃げキメて、場内全部、沸せてやろうじゃないか?

 俺も騎手としてこのままじゃ先が見えねぇ……ここらでひと華ぶちあげてやろうぜ?」

「お、おい、バカ! ……あー……その、コイツ、腕は確かなんですけど……」

「ええ、賢介君から聞いてますよ。『厩舎の事も』。

 だからこそ……この仔を預けるんです」

 

 にっこりと笑う馬主様。

 なんか、かなり無理して馬主になってくれた事といい、割とピンチ気味な厩舎に預けてくれた事といい、その根拠と自信は、何処から出てくるんだろう?

 

 っていうか……

 

「頑張ってくれよ、キッド。お前なら、出来るだろう?」

 

 ひょっとして、俺の中身の事……わかってません?



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ウマ娘編……『一射一笑、大ルビーを狙え』

 トレセン学園の問題児、と言われれば。

 間違いなく、第一候補にあがるゴールドシップ。

 

 だが、彼女曰く。

『あたしより上の問題児はいる』との事。

 

 そして、これは。

 そんな彼女が語っていた、真偽も定かならぬ、電波な与太話である

 

 

 

 トレセン学園の片隅。ほとんど人の来ない森の中で。

 一人のウマ娘が、何故か鼻歌を歌いながら、小ぶりな車……フィアットF500……を弄っていた。

 

「ふっふっふふ~ん、ふーふーふ~♪ ふっふっふっふ~♪ ふーんふーんふーん♪」

 

 左目に片眼鏡をつけた、芦毛のウマ娘が、制服姿で工具を片手に鼻歌交じりでご機嫌である。

 手足が細いために、ややひょろりと長い印象を受けるが、プロポーション自体は均整が取れているのは、流石に三女神の加護を受けたウマ娘というところか。

 どこか人を食ったような笑顔からのぞくギザ歯が、割と彼女の本質を表していた。

 

 そんな彼女……バーネットキッドは、自称『トレセン学園の探偵』を名乗ってはいるものの。

 どこぞのパチンカスな陰陽師よりも胡散臭い態度であり、何か『事件を解決した』とか『依頼を受けた』とか、そういった話はついぞ生徒たちの耳には入ってない。

 

「よーう、キッド♪ 機械いじりか? 100年後ヒマ? 空いてたら宇宙行かねぇ?」

 

 そんな彼女が気になったのか気に入ったのか。

 チームこそ違えども、ゴールドシップとバーネットキッドは、親しげに声をかける関係にはなっていた。

 

「なんだ、宇宙行きてぇの? じゃあ明日行くからついでに連れてってやるよ。

 内之浦から宇宙行く予定だから、時間もねーし調布から飛行機で鹿屋の航空基地に降りるからな」

「へ?」

 

 そして翌日。

 

『19、18、17、16………ゼロ』

『メインエンジンスタート! SRBに点火』

『リフトオフ!』

 

 一筋の雲を残して、高々と。

 そりゃもう蓬莱ニートを月に強制送還する勢いで、内之浦の発射基地から打ちあがるロケットに、宇宙服を着た二人が乗っていた。

 

「なんだよなんだよ! 宇宙って簡単に行けるんじゃねぇか!!」

「バカ言え、ツレのおめーが行きたいっつーからねじ込んでやったんだぞ。

 ってか、宇宙っつっても、静止軌道あたりまでだから、月面とか火星には行かねーからな」

「なんだよつまんねーなー」

「だって用があるの静止軌道だもんよ」

 

 やがて……加速が終わり、無重力空間になったところで。

 キッドは時計をチェックする。

 

「で、何しに宇宙に来たのさ?」

「あ? 頼まれモノだよ、ちょっとした依頼さ。

 頼まれついでに、頂くモノは頂いちゃおうってね♪」

 

 そう言って、キッドが取り出したのは、一張りの小ぶりな短い弓矢だった。

 

「なに、宇宙遊泳しながら弓でも引くのか?」

 

 入学当初から、ほぼ毎日学校のプールに通いつめた結果、河童やケルピーの異名を取り。

 あまつさえ、『立ち泳ぎしながら短弓で50メートル先の的を射抜く』という離れ業をやってのけたバーネットキッドではあるが。

 

 そもそも、宇宙に弓を持ってきた理由が、分からないのである。

 

「んー?

 なーに、こないだ某国が打ち上げた人工衛星に、町一つぶっ飛ばせるレーザー兵器が載っててなー。

 で、そのレーザー兵器が光を収束するのに、でーっかいルビーがくっついてんだよ。

 ……よし、時間だ。外に出るぞ」

 

 そう言うと、宇宙服に弓矢という、とってもチグハグな姿でキッドが船外……宇宙に出る。

 

「さあ、て……よっ、と……」

 

 宇宙服の足の裏の磁石で、乗って来た船にくっつきながら片膝を立て。

 小ぶりな短弓を、一見なんの気負いもなく引き絞り。

 

 キッドは矢を放った。

 

 やがて、それは……大きな人工衛星に当たり。

 当たった人工衛星は、ふらふらと軌道を変えて、宇宙のかなたへと吸い込まれるように消えてく。

 

「よしっ!! 皆中!」

 

 そして……キッドが矢についていた紐をひっぱると。

 そこには、人間の拳サイズのルビーが、矢と一緒に回収されて来たのである。

 

「よし、依頼完了♪ 目標も達成♪

 じゃ、とっとと一緒に地球に帰ろうぜ♪」

 

 船内に戻り、帰還プログラムが作動する船内の中。

 ゴールドシップが思い出したように、つぶやいた。

 

「そうか……宇宙だから無重力空間で銃は使えない……だから、反動を相殺しやすい弓矢。

 静止衛星は軌道が狂えば、宇宙の彼方か地球に落ちて燃え尽きるか……宝石は当てた衝撃で衛星から外してひっかけたのか……

 キッド、本当は何者だよ。タダの学生ウマ娘じゃねぇだろ?」

 

 ゴールドシップの問いに、バーネットキッドはにへらと、ギザ歯を覗かせて笑いながら答えた。

 

「あー、俺なぁ……『本当の所属寮』がな、美浦じゃねぇんだ。

 本当はなぁ……『北府中東寮』なんだよ」

 

 

 

「ってな事が、先週あってさー、オセアニアの海に着水してからようやっと帰って来たんだよ。

 いやー、冒険だったぜ。

 流石のあたしも、あんな凄ワザを宇宙で見るとはおもわなかった、ビビったよ」

 

 チームスピカの面々に、熱く語るゴールドシップに。

 

「……そうか」

「うん……」

「まあ……ゴールドシップさんだし」

「相変わらずドコから受信してらっしゃるのかしら」

「NASA……いや、JAXAかな?」

 

 こうして。

 

「じゃ、トレーニング始めるぞ」

『はーい』

 

 割と誰にも相手にしてもらえず、ゴールドシップの受信した新たな電波ということで、その話題は風化していった。



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福島競馬場 第5レース  2歳新馬戦

 さて、レースが始まる前、俺は美浦にあるトレセン……ではなく。

 

 育成牧場から、直接福島の競馬場まで行くことになりました。

 

 正直、苫小牧から仙台あたりまで船で直行でもいいんじゃねぇかと思ったのですが、どうも船での移動中は、法的に船内の車が置いてあるスペースに人が立ち入る事ができないために、俺の面倒を見られないらしく。

 航送距離の短い、函館から青森の青函航路を利用して、延々と高速を移動するという、割とかったるい移動をする事になりました。

 

 ……いっそ、新幹線を馬運車仕様に編成して運べるよーになりゃいいのになぁ……大体、小倉から青森まで、北海道以外は、新幹線の駅から少し離れたトコに競馬場あるんだし。

 

 そして、福島競馬場、新馬戦。芝1200m。

 ……正直、育成の調教を受けてて、もうちょっと距離長くてもいいんじゃねぇかなー、と思いつつ。

 まあ、新馬戦が6月から始まる事を考えると、早熟な馬たちの戦うレースだから、そう長距離ってワケにも行かないのか。

 スタミナ持て余すほど短い距離だから、何も考えず全壊でぶっ飛ばして行けばいいだろ、と……思っていたんだけど。

 

 俺含めて、本日デビューの出走頭数12頭って……今の時期にしては、多くね?

 敵の少ない今のうちに新馬戦を突破して、レースの経験値を積みたいとは思ってはいたんだけど。

 

「……こんな事なら、阪神行けば良かったのかなぁ……」

 

 などとぼやきながら俺の口取りしてる、生徒君改め厩務員の賢介君。俺が育成に行ってる間に、最短で厩務員の資格を取って来たらしく。最近、俺の世話をしてくれてる。

 そして……どうも同日に開催されてる阪神の新馬戦は5頭立てらしい。そっちのほうが楽に勝てそうだな……その代わり、少し距離が長いようだけど。

 

 そういえば、馬になって気にした事なかったんだけど。

 今って、西暦何年なんだろ……それとも、パラレルワールドなのかな?

 まあ、俺という異物が存在してる時点で、パラレルなんだろうけど。同期に有名な馬とか居たりするのかね?

 ……なるたけそういうのとは当たらないよう願いたいなぁ……

 

 そして、パドックに入った時。

 

「がんばれー♪」

「キッドー!!」

 

 おお。

 数こそ数人だが、高校の時の元生徒君たちがちらほらと。

 とりあえず、手……というか、前脚を挙げて顔向けて……おいーっす♪

 

「わっ、おい……止まるな、止まるなって、キッド」

 

 はいはい、わかってますよ……お、なんかカメラ向けてるおっちゃん、おいっす♪

 

「だから止まるなって。

 あああ……一年以上前だってのに、しっかりカメラに挨拶するの覚えてやがる。

 調子に乗って、蜂屋と一緒にこいつと学祭でショーなんてするんじゃなかった……」

 

 わはははは、そういうのを文字通り『後の祭り』と言うのだよ。

 なんなら、パドックでお座りとお手をキメてやろうかね?

 

「なんだ、あの馬」

「カメラ目線で挨拶したぞ」

 

 とザワつく観客と。

 

「あっはっは」

「キッド変わってねぇ~なぁ」

 

 と笑いながら応援してくれる元生徒君たち。

 

 ちなみに、掲示板をチラ見すると、オッズは……74.3倍。圧倒的不人気。

 ……まあ、そんなもんかね。だけど少なくとも日高の育成牧場で、俺より速い馬は居なかった。

 そして、コンスタントにその実力を発揮できる、人間の脳みそがインストールされている俺に、死角なしだ。

 

 やがて。

 間延びした、独特な『止まれ』の合図と共に。

 騎手がやってきて俺も含めた各馬に跨る。

 

「じゃあ、兄貴……頼むぜ」

「おう」

 

 背中に跨る、50キロちょい。

 さて、一緒に頑張ったろうかね……相棒。

 

「賢介から聞いてたけど、本当ににぎやかな馬だな、お前……」

 

 怪盗バーネットキッドの、初陣と行こうじゃないか。

 

『福島競馬場で行われます第2回2日目第5レース2歳新馬戦。芝の1200m。まもなく発走時刻となります』

 

 自分のゲート入りは大外枠。

 だから一番最後にゲートに入る。

 

「!? ……なんだ、急に落ち着いた……?」

 

『返しを終えた各馬、順調に収まっていきまして……最後に大外、バーネットキッド収まりました』

 

 オグリ爺さん。そして天国のターボ爺さん。……ついでに、ヒシミラクル叔父さん。

 一丁、びっくりさせてやりますか!!

 

『……スタートしました。先ずは好スタート12番バーネットキッド、一気に先頭に立ち後続との距離をドンドン広げていく、物凄い勢いだ、これは掛かって……いや、押してます。騎手石河、全力で逃げを打ちました。続いて1番ミラクルポイント、8番……』

 

 さあ、1200。息をつく間も必要も無い!

 一気に飛ばすぞ!!

 

「おおお、何だこりゃ!?」

 

 まだだぜ、ジョッキーの兄貴。

 全力全壊!! 落馬すんなよ相棒!!

 

 スタートから一気に加速し、その勢いを利用して緩い上り坂を駆けあがる。

 軽い軽い……自分でも信じられないくらいに軽く走れる!

 

「3F32.9、これは短距離にしても、新馬戦では非常に速い!

 さあ第四コーナー回って直線に入った! バーネットキッド先頭、後ろからミラクルポイント、更にマイネルレコルトが追い込んできた!」

 

 Rのキツいコーナーを、大外からラチいっぱいの最内、そして少し内を空けながら遠心力を逃がすように曲がり、最高速を維持し続けながら最後の直線へ!

 

「さあ後続が迫る! 迫るがもう届かない!! 完全に持ったままのセーフティーリード! バーネットキッド、ゴール!! 1分7秒9! 二着はマイネルレコルト!!

 新馬戦、大逃げレコード更新!! 二着のマイネルレコルトも本来ならレコードタイム! なんという馬だ! なんという馬たちだ! 新馬戦とは思えない勝負になりました!!」

 

 最後の直線、エライ勢いで一頭迫って来たが、それを振り切ってゴールに飛び込む。

 ……悪いな。福島で負けるとこは見せたくないんだよ……いろんな人や馬に、な。

 

「すげぇな、キッド……お前ホンモノだよ!」

 

 たった一度の騎乗で、息が上がり始めてるジョッキーの兄貴。

 思えば初っ端からイケイケでブッ飛ばした結果、かなり乱暴な走り方をしてしまったかもしれん。

 

「気にするな……下手くそな俺が悪い。ごめんな、キッド」

 

 そのまま、ウイニングラン……とも呼べないような緩い足取りで、元農高生たちの集まってる前で止まり。

 

「あ、挨拶した」

「おいおい」

「多分、学祭のショーの続きだと思ってるぞ、アイツ……」

 

 前脚あげて挨拶する俺を見て。

 なんだ、と動揺するほかの観客たちとは裏腹に。

 ケラケラ笑ってる、生徒たち。

 

 その姿を見て……ああ、なんだ……母さんや弟たちや、オグリ爺さんや天国のターボ爺さんよりも。

 彼らの期待に応えられたことに、俺は満足していた。

 

 

 

騎手インタビュー

 

「ええ、強いレースが出来たと思ってます。もうね、殆どキッドがイケイケでいってくれちゃって、本当に跨ってたダケって感じでした。

 パドックとウイニングランのアレですか?

 ああ、どうも賢介……ああ、幼駒から面倒みてた弟が言うには、農高に居た頃に、近くで犬を調教してたら見様見真似で変な事覚えちゃったとか……すごく頭のいい馬だって聞いてます。

 ただね、こう……見ての通り、パドックから返し馬まではガチャガチャ煩いんですけど、ゲートに入る直前から、スイッチが入ったみたいにスっと大人しくなって、それであのスタートですよ。

 本当にびっくりするくらいテンが良くて……多分、頭がいい分、やる事が全部解っているんでしょうね。

 テキ……というか、馬主様からも、これからも乗せてもらえるみたいで、次のレースが楽しみです」




参考:Netkeiba様


本日の主な被害馬、マイネルレコルト。

この馬も、割と非主流のダンジグ系の血統でありながら、当時の二歳戦線で強い勝ち方してたんですよ……おかげで、ディープ世代を舞台にした架空馬話だと、真っ先に凹られるヤムチャのようなポジションに。
なので、もう居直って新馬戦から3歳までドトウポジに着いてもらう予定です。

……自分で描いていて何ですが、割と『救いはないんですか』という状態なので、そろそろ何処かのひねくれモノが、憑依転生でこの馬に憑いて無双する話を描いてくれるんじゃなかろうかと考えてます。

リアルだと、馬事公苑で乗馬になった後に、競走馬の研究所に行って、そのあと牧場に貰われて乗馬になっています。


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ウマ娘編……『怪盗の師』

 今にも雨が降りそうな、曇天の空のもとに。

 一人の栗毛のウマ娘が虚ろな目で、杖を携えて公園のベンチに座っていた。

 

『残念ですが……』

『右足は、もう……』

『切除しか……』

 

 辛うじて、生き永らえはした。

 だが、それがウマ娘にとって、何の救いになるだろう。

 

 義足のついた右足。

 

 かつて、ターフを駆けたソレは靴ベラのような代物に成り代わり、杖が手放せない体となった。

 着順だけ見れば、彼女はとびぬけた結果を出したワケではない。

 強いていうなら、自らが組み立てた理論を証明するために、通常より多くレースを走り続けた。

 彼女の創り出した『レース後の疲労回復に効く薬』は、なるほど、確かにその効果を証明し、理系ウマ娘の彼女の体を、本来の限界を超えて走らせ続けた。

 

 そして皐月賞の舞台で……限界を超えた代償を払う事になった。

 

「あっ……あ……」

 

 三女神の祝福……などと言われた、自身のウマ娘としての象徴が、今はただひたすらに呪わしかった。

 

 いっそ、この耳も切り落としてしまいたい。

 いっそ、この尻尾も切り落としてしまいたい。

 いっそ、残った左足も……腕も……命も……

 

「なあ、オバサン」

「……?」

 

 気が付くと。

 少年……否、芦毛のウマ娘の少女が一人、立っていた。

 

「あんたさ、皐月賞出た、つえーウマ娘だったんだろ?

 ターフの走り方、教えてくれよ」

「……帰れ」

「東大出て、頭いいんだって? 教えるのも上手いんだろ?」

「……帰れ」

「頼むよ、俺、やり方詳しく知らねーんだ」

 

 意に介さない少女の態度に、彼女は呪いを口にした。

 

「小娘。教えておいてやる……走れないウマ娘はな……すべてを呪って生きる事になるんだ。

 私はお前が羨ましい、ターフに居る連中が妬ましい、だから……『私が何かしでかす』前に……失せろ」

 

 腹の中に溜め込んだ呪いをぶつけられた少女は、それでも意に介さず。

 

「……だったらさ、俺が代わりに走ってやるんでどうだ?

 あんたが取れなかった皐月賞、俺が盗ってきてやるよ」

「……何故だ?」

「あ?」

 

 目立った戦績を残したワケではない。

 名家の出で期待されていたわけでもない。

 だというのに……

 

「お前、私の戦績を知ってて言っているのか? 私はそんなに強くは……」

「11戦中、2勝。2着が4回、3着が1回。

 ただし……『8か月で11レース』……場合によっては二週間に一度。

 昔なら兎も角、今どき短期でレースやって、こんな成績残してるウマ娘が、よえーワケねーだろ?」

「!?」

「東大出の秀才、って奴だったんだろ、あんた。

 だったらソレは、根性や素質じゃねー、もっとなんかがあんだろ?

 だから頼むよ……ソレ、教えてくれよ、マキノせんせー」

 

 自分の走った結果を、見ててくれる者が、居た。

 家族でも、知人でもなく、ただ……結果だけを。

 

 その真実が……彼女を、呪いから救った。

 

「……っ……は、ははっははは、ははははは!

 せ、先生、か! この、この私が……あは、あは、あははははは!!」

「な、なんだよ……気味悪ぃな」

 

 呪いから解き放たれた彼女……マキノは、笑った。笑いながら……泣いた。

 

「いいだろう、お前、名前は?」

「……キッド。バーネットキッドだ」

「よし、教えてやる……が、まずは学業と基礎訓練からだ。

 ……秘伝を教えるには、お前の体がまだ出来てないからな」

 

 こうして。

 幼き怪盗は、研究者の弟子となった。

 




オリジナルウマ娘:マキノ

モデルは、マキノプリテンダーです。

この馬も東大農学部出身で、研究目的で特別な飼料を与えられ育ちました。
その特別飼料は「アミノエクリプス」(味の素)という名となり、いま多くの馬が食べています。速い疲労回復の効果が認められているそうです。

なお、その研究結果は、後にセイウンスカイを生み出した牧場と協力体制を築き、最終的にセイウンスカイが世に出る事になります。






調べてみると、セレクトセールって1999年から2006年まで、1歳のセリとかやってないんですってね……まあ、パラレルワールドということで、ひとつ。


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こんにちは、美浦トレセン

 さて、新馬戦のレースが終わり。やってきました茨城県は美浦トレセン。

 検疫だとかなんやかんやが終わり、石河厩舎に入りまして、そこからトレーニングになるのですが。

 

 やー、もうね、デカいわ、広いわ……確かに俺が生まれた静舞の農校も、広かったっちゃ広かったよ。

 けど、あそこは、校舎や学生寮や牛豚鶏なんかの飼育小屋や畑や原生林や川なんかの、諸々を含めて纏めて広かったわけですが。

 

 ここはもう全部、馬。

 完全に馬と馬関係の施設しかないのに、この広さ。

 常時2000頭とか、馬が生活してる場所なだけはありますわ。

 

 そして……

 

「こらキッド! 坂路! 次は坂路だって!!」

「プールは最後! 坂路が先!

 朝泳いだだろ! 今日のメニューまだ終わってないの!!」

 

 ええやん。坂路なんてどーでも。

 それよりプール! プール泳ぎたいのねん!!

 

「こいつ、坂路三本くらい、なんともないんじゃぁ……」

「いくら美浦の緩い坂路だっつったって、坂路三本終えた後で、一時間も泳ぐかこいつ。

 オグリはプール大嫌いだったって聞くけど、こいつは逆にプールに取り憑かれとりゃせんか?」

 

 坂路なんてどーでもええねん。

 それよりプール泳がせてー!! と……このように、すっかりプールの魅力に取り憑かれまして。

 更に、日が昇るまで起きない寝坊すけな性格とあいまった結果。

 

 朝飯食った後の検温やら何やらが終わった後、プールにぶち込んで軽く泳がせて目を覚まさせた後(最初、シャワーを浴びせてたのだが、水掛けた程度じゃ起きないと分かり、プールに突っ込まれるようになる)、坂路やコース周回なんかの一般的な調教を開始。

 で、最後にまたプールに入れてクールダウン……という名の大遠泳大会。

 

 これが大体の普段の調教メニューになりまして。

 

 そう、本来、一頭あたりそんな長く使わない馬用プールを、毎度毎度長時間占拠し続けるせいで、美浦トレセンの人間に『カッパ馬』のあだ名を頂戴してしまいました。……冗談で飯にキュウリが出てきた時は、どうしようかと思ったよ。

 

「キッド……お前、それじゃ競走馬じゃなくて『競泳馬』だよ……」

 

 面倒見てくれる厩務員の賢介君が、円周型の馬用プールのプールサイドで、引綱を引きながら、頭を抱えてため息をついてますが。

 

 しょーがないやん、気持ちええんだから。

 

 それに、俺の馬体重、現時点で490キロを基準に下一桁が上下してる状態なんだけど、うっかり食事量そのままに運動量を減らすと500キロ簡単にいっちゃうんだよ。

 おまけに、結構走る時の踏み込みも強いみたいで、反動が足にクるんだ……だから痩せなきゃ、でも飯は食べたいのねん。

 

 だから運動量を維持するには、泳ぐのが一番なんだけど。

 泳ぐのに慣れ過ぎて、適度に消耗するまで泳ぐにしても、時間が掛かっちゃうんだよね……とりあえず、美浦で一番泳げる馬の称号はゲットしました。

 

 

 

 

「じゃあ、次走はダリア賞ですかね?」

『ええ、そこからは戦績次第ですが、最終的に二歳は年末の朝日杯を狙いましょう』

 

 新馬戦から数日後。

 俺は、美浦のトレセンにある石河厩舎と、電話で連絡を取っていた。

 

「年末ですか、楽しみですね。

 ……あれ? でもダリア賞って1400じゃあ?」

『もっと距離を延ばしても勝てますよ。むしろ1200では短かった……新馬戦も、阪神の1400に回せば良かったと、少し後悔しているくらいです。

 あと、試合間隔も、二か月とは言わず、一か月半とかもう少し短くても勝てると思います。回復すごく早いですよ、あの馬。

 御覧の通り、レース直後も『もう終わり?』って顔してて、むしろジョッキーの大介のほうが疲れてたくらいで。

 美浦に帰って寝たら、もう元通りって感じで……すごい馬ですね』

 

 電話越しに話をする石河調教師……賢介の親父さんの声も明るい。

 新馬戦を一勝し、OP戦へ。かなり幸先のいいスタートだ。

 

「あいつ、学校でもよく寝てましたよ。

 賢介君も知ってる通り、幼駒の頃から学生のほうが早起きなくらいで、しまいには早く起こすと機嫌が悪くなるので、アイツの担当の時だけ朝六時起床になりましたね。

 それでも起きないときは起きて来ないですからね……最長だと、朝の八時まで寝ていましたよ」

『賢介の奴が、キッドの当番の時に寝坊してきた言い訳、本当だったんですね……どやしつけちゃったけど、悪い事したな』

「ええ。

 それで、ですね……今度、セールに出るキッドの全弟なんですけど、もし厩舎に余裕があるようでしたら、引き続きそちらにお願いしたいな、と思っていまして」

『え!? 本当ですか!?』

「まあ、セールで落札できれば、なんですけどね……農高の馬って事で評価低いから、狙えばいけるんじゃないかな、と。

 学祭で様子を見てきたんですけど……ちょっとその……キッドとは別の方向で、面白い馬になってましたよ」

『別方向、ですか?』

「あえて言うなら……『外面が』ですかね。見たら多分、ビックリするような馬です」

 

 なんというか……同じ両親で芦毛でも、ここまで違う馬なのか、というくらい、キッドと似ていない弟だったのだ。

 幼駒の頃は、割とキッドについて回ってる可愛い奴だったのだが……

 

『はぁ……あの、失礼ですが、今更な事をよろしいですか?』

「え? はい」

 

 電話越しに、改まった声で、石河調教師から問われる。

 

『先ほどのキッドの全弟もそうですが、何故……その、ウチに?

 言っては何ですが、崖っぷちなウチより、ほかに有名な厩舎、いっぱいありますよね?』

「ああ、単純な話です。

 調教師の技量云々よりも、入厩してる馬の数が少ない厩舎のほうが、一頭一頭、しっかり面倒見て考えてくれるだろうな、って思っただけです。勝ってくる事も嬉しいですけど、無事が一番ですから。

 それに、石河……ああ、賢介君も居ますから、あいつならキッドの事も良くわかってるし、安心するだろうな、って。

 あと、彼が居るならば、零細通り越して農高出の馬だってバカにしないだろうし、その……後が無いと思ってるからこそ、真剣に見てくれるだろうな、と。

 まあ、究極的には、同級生のよしみってところでしょうか」

『ああ、なるほど……腑に落ちました。じゃあ、ご期待に添えるよう、頑張ります』

「はい、じゃあお願いします」

 

 同じ県内の、霞ヶ浦を挟んで反対側と繋がった電話を切り、部屋に沈黙が落ちる。

 

「さってっと……キッドの預託料と、弟を買い取るために、頑張りますか」

 

 関東にある農業系の大学に進学して、借りたアパートの一室で。

 俺はパソコンに向かい、執筆活動を再開した。



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ウマ娘編……『トレセン学園、厨房戦線異状アリ』

予約投稿、というヤツを、始めてやってみました。
機能面は、取説を見ながら、割と手探りでやってるので、ご勘弁を……


「……非常にまずい事態だ」

 

 春。

 新たな年度が始まり、トレセン学園に新入生が入って来る頃。

 トレセン学園の食堂を切り盛りする料理長は、真剣な顔で厨房のスタッフたちに告げる。

 

「オグリキャップ、スペシャルウィーク……この二人だけならまだいい」

 

 健啖で知られるウマ娘たちの中でも群を抜いた食欲の持ち主。

 冗談抜きに、胃袋がブラックホールなんじゃないかと思われる大食ウマ娘の名前が挙げられる。

 

「スイーツ限定に言うならば、メジロマックイーンもです」

「その辺は、スタイルに拘る御嬢様だ。ダイエット等で調整してくれれば問題ない。だが……」

 

 最近、入学してきた新入生……バーネットキッドの食欲たるや。

 先ほど挙げた、オグリキャップやスペシャルウィークにも匹敵する、胃袋ブラックホールウマ娘なのだ。

 

 初日はなんとかしのぎ切った。

 オグリキャップと、スペシャルウィーク、バーネットキッドという、胃袋ブラックホールウマ娘三人の、ジェットストリームアタックを食らいながらも、トレセン学園の厨房は、他のウマ娘たち含めて支え切った。

 そもそも、先の二人とも既に学園に居るウマ娘であり、そこも計算に入れて食材の仕入れは行われている。

 

 だが……

 

「第三のブラックホール……完全に想定外だ」

「事前情報が無かったのが痛すぎる……年子で同時に入って来た妹の方は普通だったのが救いですね」

「アタリマエだ。四人目なんて来られたら今日の時点で破綻してる。

 とはいえ……だ、危機的状況に変わりはない」

 

 すでに食材の増量を納入業者に手配はしているが、増援の物資が学園に到着するのは三日後。

 それまでは備蓄と通常配送の物資その他でやりくりをするしかない。

 更に……

 

「人手の手配は……」

「幸い、新年度の募集面接は行ったばかりだ。追加採用の枠を広げれば問題はない」

「運が良かったですね……」

 

 厨房を預かる面々が、微かな安心材料にため息をつく。

 

「諸君。三日だ。

 あの三人だけじゃない、学園全てのウマ娘たちの胃袋は、我々の創意工夫にかかっている!

 何か意見があるなら、述べてもらいたい」

 

 料理長の宣言に、各々が意見を挙げる。

 

「とりあえず、麺類はヤワ目に茹でたモノを中心に、カサを増しましょう」

「スイーツ系よりも、油分を多めなメニュー……焼きそばとか?」

「焼うどんも可能でしょう……あと粉ものの類とか、胃にたまりやすそうですね」

「スープを大目にすれば……あの三人は汁まで飲み干すタイプなので」

「ジュースの類は在庫があったハズです」

 

 ホワイトボードに書き込まれる、各方面担当からの見識と、現在の備蓄状況。

 そこから導き出される、三日間の持久戦への回答と結論。

 

 いける……

 その場に居た全員が、希望を持った。

 

「よし、食材が増配されるまでの三日間、特別メニューをもって、切り抜ける。

 いいな、諸君!!」

『はい!!』

 

 自信に満ちた部下たちの声に。

 

(さあ来い、小娘共!

 トレセン学園の厨房を預かる者として、『足りない』とは言わせないぞ!)

 

 厨房を預かる料理長は満足し、闘志を燃やしていた。

 

 

 

 彼らは知らない。

 

 バーネットキッドの妹も、実は状況によっては、負けず劣らずの大食ウマ娘であることを。

 普段とは違う環境になると、食が細くなったり体調を崩す繊細なウマ娘は多く。

 そして彼女はバーネットキッドほど図太くなかったダケであり、だんだんと学園の生活に慣れていくごとに、元の食欲を取り戻していき……

 

 

 

 トレセン学園の厨房における、阿鼻叫喚は始まったばかりであった。




 厨房の状況的に、オグリとスぺがそれぞれ+1、って感じでしょうか。

 シンデレラグレイだと『足りないとは言わせない』と言い切ってた料理主任も、スぺが加わり、この話だとキッド+妹という度重なる増援に、緊急事態に陥りつつあります。


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新潟競馬場 第9レース ダリア賞

 俺の名前は、バーネットキッド。

 かの名高き『怪物』オグリキャップの孫だ。

 馬場中の騎手(ジョッキー)たちが俺に血眼。

 

 とーころがこれが……

 

「さあ、第四コーナーにバーネットキッドただ一頭だけが入ってきた! 他の馬はまだ来ない! ここで後続ツルマルオトメ! エイシンサンバレーがスパート! しかし届かない! 詰められない! この長い長い新潟の直線で、バーネットキッド全く足色が衰えない!」

 

 捕まらないんだなぁ~♪

 

「ゴール!! 1分21秒0!! レコードタイム更新!

 パドックの道化師が、その本性を魅せた!

 怪物にして逃亡者! まさに『怪盗』の大逃亡劇!

 騎手、石河ガッツポーズ! 高々と右手を挙げたー!」

 

 ま、自分で言うのもなんだけど、狙った勝利は必ず奪う天下無敵の大逃げ馬。

 それがこの俺、バーネットキッドだ。

 

 

 

調教師インタビュー

 

「石河調教師、おめでとうございます」

 

「ありがとうございます」

 

「新馬戦から二連勝。

 まさか、まさかの大逃亡劇でしたが、これは完全に狙っておられたんですか?」

 

「ええ。

 確かに、新潟は逃げ馬が不利なコースです。

 でも、そこを覆せる実力は、新馬戦で見せてもらっていたので『あ、これはイケるな』と……むしろ新馬戦の1200では短かったと思っていたくらいで。

 で、案の定、ほぼノーマークで行きたいだけ好きに行かせてもらえたので、もうこちらも、やりたい放題で逃げ切る事ができました」

 

「本当に、この新潟で逃げ馬が勝つなんて、誰も想像していなかっただけに、よりインパクトのある勝ち方で……しかも、ツインターボと、オグリキャップの孫という」

 

「はは、そうですね、最初、血統表を見た時に私もビックリしました」

 

「レースの方は、今、ツインターボの片鱗を見せて頂きましたけど。

 何か、普段、その両方の父……失礼、祖父に似たようなところはあるのですか?」

 

「普通の馬の倍近い量を食べてますね。そこはオグリキャップに似たんでしょうか。

 ただ、二頭共に全く似てないところもありまして」

 

「というと?」

 

「プール大好きで、ほぼ毎日泳いでるんですよ。

 オグリキャップってプールが大嫌いだったそうなので、そこは真逆かなと……」

 

「なるほど……失礼ですが、神話に出てくるケルピーみたいですね」

 

「ははははは、そんな洒落たモノじゃなくて、みんなに『河童馬』って言われてますよ。冗談でキュウリあげたらぼりぼり旨そうに食べてました」

 

「ぷふっ……カッパですか!?」

 

「競馬に絶対はないですが、もし『競泳2000メートル』なんてG1レースがあったら、確実に一着取って来るでしょうね」

 

「そんなレースこそ絶対に無いと思いますが……あ、申し訳ありません、興味は尽きませんが、お時間です。

 本日はありがとうございました」

 

「ありがとうございました」

 

 

 

 口取りの撮影を終えた後。

 俺は、興奮を隠しきれなかった。

 

「いやぁ……ビックリしました……ありがとうございます、石河先生」

 

 新馬戦に続いて二連勝。しかもレコード更新連発だ。

 走ってくれるとは思っていたが、これほどとは……

 

「こちらこそ。これで年末の朝日杯は十分に狙えますね」

「そうですね。それに何より……この賞金で、キッドの弟を、余裕を持って落札して預託できます」

「ああ……全弟だっておっしゃっていましたけど」

「そうですね、ただキッドが特殊だって思ってください。以前も電話で話しましたが、外面以外は割と普通の馬です。

 ……お手入れは大変だと思いますけど」

「普通、ですか? 失礼ですが、どんな馬なんですか?」

「ああ、冬毛ですが、撮影してきました。……まあ、落札できれば、なんですけど」

 

 そう言って、写真を見せると……

 

「え、確かに芦毛ですけど……確か、キッドの父親ってノーザンキャップでしたよね?

 これ、どう見ても……ビワハヤヒデの産駒じゃないんですか?」

 

 そこに写っていたのは……雪原の放牧場に佇む、サラブレッド種かどうかも微妙な、白黒の熊みたいな、超もっさもさの冬毛で覆われた芦毛馬だった。

 

「冬毛の写真なんで、夏場はもう少しスッキリしてるハズなんですけど、春先の換毛期は凄い事になったって、後輩たちが言ってました」

「そりゃそうでしょう……ハヤヒデじゃないですが、一瞬、熊の写真見せられたのかと思いました」

「ですよね……まあ、ハヤヒデと違って顔は普通みたいですけど」

 

 そして……

 

「あとですね……こいつの妹も、無事に生まれたみたいなんですよ」

「妹? 牝馬ですか?」

「ええ。どっちかと言えば、こっちが本命なんです……トウカイテイオーの産駒。

 この仔も面白い仔ですよ。どっちかといえば、こっちのほうが性格的にキッドに似てるそうです」

 

 そういって、見せたもう一枚の写真には。

 見事な尾花栗毛の馬体に、父親譲りの整った美貌を兼ね備えた仔馬が、芦毛の母馬と一緒に立っていた。

 

「こらまた美人な……しかしテイオーの仔ですか……」

「いや、正直俺も、先生に『何でサンデーサイレンス系の繁殖馬付けないんですか?』って聞いたら『暴れ馬が出来たら、洒落にも授業にもならないから、ああいった気性の荒い馬は怖くて種付け頼めない』んだそうで。

 だから、サンデー系以外で気性がある程度大人しくて、かつ勝てる馬を作らんといかんから大変だ、って……テイオーも十分気が荒いと思うんですけど、それでも『ルドルフよりはマシだと思うし、アレは神経質なダケで賢いから意味なく暴れる馬じゃないだろう』って」

「あ、じゃあステイゴールドなんかは……」

「『絶対無理&言語道断』だそうです。

 だからもう、試せるトコは冒険でも何でもして試すしかない、と……。

 それに……最悪、産駒が買い取られず、肥育に行ってからお肉になるトコまでが授業の一環だったりもするので……」

「ああ……なるほど」

 

 年間に約7000頭ほど生産される競走馬全てが、デビューできるワケではない。

 華々しいG1レースの裏では、経済動物としての淘汰は現実としてあるのだ。

 そして、その淘汰が起こらねばならないほど『数を生み出さねばアタリは出ない』のが競走馬の生産現場であり。

 故に、殺せない生産者は生産者として成り立たず、それ含めての生産学科の実習なのである。

 

 皮肉な話だが。

 馬肉やコードバンなんかをしっかり消費してくれるほうが、生産者や馬主はより『ガチャ』を多く引けるという現実は、存在しているのだ。

 

 ただ。

 だからこそ俺は思ったのだ。

 

「まあ、だからこそ『競走馬として走れる馬が、見出されずにお肉になるのは間違ってる』と思って、キッドの馬主になるのを決めたんですよ」

 

 その、俺の言葉に。

 何故か、石河調教師は、絶句した。

 

「……そ、その……何故、走ると、思ったんですか?

 言っては何ですが、血統的には走るとは思えないんですが」

「いや、まぁ……『見れば見るほど、他の馬より走ってくれそうだな』って」

 

 ……? 何か、変な事言っただろうか?

 きょとん、と俺が首をかしげていると。

 

「……その、これから言うことは、馬主と調教師としてではなく。

 友人の父として、言わせていただきたい」

「はぁ?」

 

 改まって真剣な表情で。

 石河調教師……否、石河の親父さんは、俺の肩をつかんで、語りはじめる。

 

「蜂屋君。

 君がキッドを買ったと知った時。正直、私は賢介を通じて、止めさせるべきかと思った。

 だって、時間と金をドブに捨てるような行為だ。それも千円二千円の話じゃない。

 今、キッドは走ったからいいものの、それは完全に結果論だ。

 

 どんな良血馬だって、走らないときは走らない。生産者筆頭に、馬にかかわる人間はそれを覚悟で血道を挙げている。確率論の確率を上げようと、必死になっている」

 

「はぁ、まあ、それは静舞に居たから、知ってますけど?」

 

「過去、馬と人間の出会いには、真偽も定かならないオカルトじみた伝説がある。『馬に競馬を教えてもらった』なんて騎手も居れば、その馬と目が合った瞬間、何かを感じて馬主になった結果、ダービーを取ったなんて話もある。

 分かるかね?

 君がバーネットキッドを見初めて、この世界に足を踏み入れたその動機と行動は、正に競馬のオカルトに類する領域の話なんだよ?」

 

 そう詰め寄られても。

 正直、俺にはピンと来なかった。

 

「……そう、ですか? 自分でも、良くわからないんですが。

 だって……あんなにも『走りたそうな馬』アイツくらいしか見てないですよ」

 

「それだよ。

 君の相馬眼は、オカルトの領域に踏み込んでいる。……稀に、そういう馬主さんが居たりするんだ。

 無論、大抵は勘違いだったり、気のせいだったり……そして、『ホンモノだとしても期間限定』だったりするんだ。

 だから、君は……もし、君が『馬を見て分からなくなったら』潔く馬主業から手を引いてほしい。

 おじさんも、この仕事に就いてるからこそ『馬主という立場で見る夢から抜けられずに』破滅していった人間を、大勢知っている。

 馬の事が分からない人間ほど、馬の見せる夢に容易く惑わされてしまうんだ。

 これは、調教師と馬主としての話じゃなくて、息子の友人の父として……本当に、心に留めておいてほしい。

 頼む……この通りだ」

 

 調教師という商売の立場をかなぐり捨てて頭を下げる、石河の親父さんの真摯な願いと言葉に。

 俺は一瞬、どう答えていいか分からず。

 

「……そう、ですよね……キッドは引き続きお願いしますけど。

 そうか……見込みを間違えた時には、辞めたほうがいいですよね……」

 

「ああ。キッドがドコまで行けるか分からない。

 正直……私が今まで預かって来た馬の中では、ピカ一と言っていい馬だという事は、わかってる。

 だが……気軽に深入りしていい世界じゃない事だけは、心に留めておいてほしい」

 

「えっと……じゃあ、俺が馬を間違えるまで、分からなくなるまで、付き合ってください、お願いします。

 そう石河……ああ、賢介君にも伝えてください」

「ああ。

 それと……これは、調教師として、言わせていただきたい。

 バーネットキッド号を預けて頂いたこと、本当に感謝している。

 正直、私は調教師としては二流かもしれない。

 だが、それでも若いころ、馬に見た夢は、覚えている。

 忘れようもない……忘れられない。ああいう馬を走らせたい、と。

 だからこの仕事を選んだ。

 ……そのおかげで女房と別れて、大介と賢介にも迷惑をかける事になってね……だから、黙って居られなかったんだ」

 

「そう、ですか……」

 

 馬主と調教師として、ではなく。

 真剣に、人生の先達として俺に向き合ってくれた事に、感謝しつつも。

 ふと、俺は気になった事を聞いてみた。

 

「あ、ちなみに、その……石河調教師が、夢を見た馬って、どんな馬でした?」

「……バーネットキッドの父父だよ……」

 

 ああ……それは。

 夢を見て人生惑わされたって、しょうがないのかもなぁ……

 

「だからね……私は君を心配すると同時に。

 本当に、深く感謝しているんだよ。蜂屋君」



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ウマ娘編……『オグリキャップとバーネットキッドの日常』

 それは、見る者が見れば、目を疑う光景だった。

 

「オグリキャップがプールで泳いでる」

 

 少し、情報が古い者ならば、それだけで驚愕しただろう。

 なにしろ、彼女のプール嫌いは有名だからである。

 

 だが、一人のウマ娘が、そのサポートに入る事によって、オグリキャップは徐々にではあるが、プール嫌いを解消しつつあった。

 必死にビート板にしがみつきながら、何度も顔を水につけて上げてを繰り返しながら、バタ足で進むオグリキャップ。

 そして、そのオグリキャップのビート板を掴んでサポートしながら……見事な立ち泳ぎで、バーネットキッドが誘導していた。

 

 

 

 そもそもの事の発端は、ただの偶然であった。

 いつものようにバーネットキッドが、朝から周囲がドン引きするほどの勢いで近代四種から古式泳法まで全開で泳いで高飛び込みまでキメていたところに、たまたまオグリキャップが、業を煮やしたトレーナーの指示で、スペシャルウィークとトウカイテイオーに両脇をがっつり固められて、プールに連行されて来たのである。

 

 で、更にたまたまその場に居合わせたエアグルーヴの提案で、泳ぎの達者なキッドが、オグリのプールのサポートをやる事になったのだ。

 

 その後。

 オグリキャップが25メートルプールを100メートル『も』泳いだと知った彼女のトレーナーに、泣いてすがって歯茎を剥いてプールでの継続的なサポートを頼まれたバーネットキッドは、時折こうしてオグリキャップのプールの訓練のサポートをしている……というか、ぶっちゃけキッドが居ないと、オグリはプールに入ろうともしない。

 

 このあたり、プールでのフォローとその指導に関しては、絶大な信頼をオグリキャップは、バーネットキッドに置いていた。

 

 

 

「じゃ、今日はおしまいで……約束通り、先輩のトレーナーのおごりでラーメン食べに行きましょっか」

「うむ……私は行った事はないが、そのラーメンは旨いのか?」

「旨いかどうかは兎も角、癖になる味です」

 

 そして

 サポートの対価として『3時のおやつ』をおごってもらう事になったキッドは

 躊躇なく、トレセン学園の近所に最近できたラーメン店を指名したのである…ベビースターラーメン感覚で。

 

「一般のお店だけどウマ娘向けのメニューもあるから『夕飯までのおやつ』としてなら満足できるんじゃないかな、と」

「なるほど、夕飯までの腹持ちを考えたら下手にスイーツに手を出すよりアリだな」

 

 もうこのあたりで人間どころか一般ウマ娘にもついていけない領分の会話なのだが、当人たちは自分が基準なので割と自覚ゼロである。

 

 そして……

 

「ここ、ここ」

 

 学園の門から出てしばらく歩いた路地裏

そのラーメン店の看板に堂々と

 

『ラーメン二狼トレセン学園前店』

 

 と描かれていた。

 

「……うむ、食欲がそそられる匂いだな」

「でしょ? 最近できたらしーです。

 ……地元の二狼には何度か行ったんですが『何故か』出禁くらっちゃって……」

「ん?チェーン店なのか?」

「のれん分けのシステムみたいで、本店は世田谷区だか港区だかのほーにあるらしいです」

 

 どうもキッドは既に地元の店舗を食い潰し……もとい制覇しているらしい。

 

 店内に入ると、3時という時間帯にしては意外な事に二人以外に三人も先客がいた。

奥では夕方の客のための仕込みが行われており、お昼のあわただしさからひと段落ついた空気が店内に漂っている。

 そして……

 

『麺カタメ』『ニンニク入れますか』『ヤサイマシカラメマシで』

『麺オオメヤワメ』『ニンニク入れますか』『ニンニクマシヤサイマシマシ』

『麺スクナメカタメ』『ニンニク入れますか』『ヤサイマシアブラマシ』

 

「………な、なぁ……キッド……あの呪文は何だ?」

「ああ、注文(コール)です」

 

 先客たちが唱えた意味不明な呪文に対ししれっと答えるキッド。

 暫しオグリは懊悩し……

 

「……注文、お前に頼んでいいか?」

「メニューは一緒で?」

「ああ、かまわない」

「了解」

 

 そう言うと、食券機で、『麺ウマ娘大盛り&肉ウマ娘大盛り』を二枚買って、カウンターに置き……

 

「二人とも『麺ウマ娘オオメカタメ』」

 

 最初の注文(コール)を入れるキッド。

 そして……

 

『ニンニク入れますか』

 

 店員の問いに。

 

『ゼンブチョモランマ』

 

 キッドが二度目の注文(コール)を答えた瞬間。

 

 ロットを処理する(しょくじの)手を止めた先客が、全員パルプンテを食らった宇宙猫のような顔で二人を眺める。

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 一瞬石化した店員だがそこはプロ。何事もなかったかのようにラーメン作りの作業へと戻っていく。

 

「慣れてるな」

「同じのれんの地元の店には何度か行ったので。

 最初に麺のサイズと硬さを答えて『ニンニク入れますか』の問いに、とりあえず『ゼンブチョモランマ』って答えれば大丈夫です。店によって、チョモランマが無ければマシマシって答えてください」

「なるほど……あのアブラとかカラメとかは?」

「初心者は無視してかまいません。どうせ使う事もほとんどありませんし」

「なるほど……あの先客たちは上級者なのか」

 

 と……常人なら有罪(ギルティ)確実かつ、オグリには的確なアドバイスをするキッド。

 

 やがて……

 

「はい、麺ウマ娘オオメカタメゼンブチョモランマ二つお待ち」

 

 ウマ娘向け、ということを差し引いても

 常人には食欲以前に狂気しか感じられないであろう、肉と野菜とにんにくとアブラでそそり立つタワーと化したラーメンが、カウンターにドゴンと二人分置かれた。

 

「いただきます」

 

 そして……

 

「……麺が出てこないな」

「天地返し、ってコツがあって。こうやって……こう」

「ほう、なるほど。これは勉強になるな」

 

 あっさりと平らげた二人に白目を剥いた現場ネコのような顔になる先客三人。

 ちなみに、彼らのロット(しょくじ)はまだ終わっていない。ペース的に、完全に有罪(ギルティ)である。

 

 そして……

 

「なあ、キッド……おかわりとか、ルールはあるのか?」

「一応、一杯食べきったら列に並びなおすのがルールですが店も空いてるし食券買ってもう一回注文すればいいでしょ」

「なるほど……」

 

 そして、軽く同じものを二人とも、スナック菓子感覚で3杯ほど平らげた後……

 

「店によりますが、食べ終わったら、どんぶりはカウンターにあげて、テーブルは布巾で拭いて綺麗にするのがルールです」

「その辺は学園の食堂と変わらないな……うん良いオヤツだった、少し緊張感のある店だが、食堂の夕ご飯まで持ちそうだ」

「ええ、先輩のトレーナーのオゴリなので、ゴチになります。じゃ……」

 

『ご馳走様でしたー』

 

 そういって去っていくウマ娘二人を。

 茫然と、先客三人と店員は見送っていた。

 

 

 

 数日後。

 

「なんや、オヤツにラーメンって……自分もケッタイやな」

「うむ、美味い店を後輩に教えてもらったんだ」

「まあ、最近はデザートに力入れとるラーメン屋もあるみたいやし、そっちなら付き合うたるわ」

 

 そして、タマモクロスは有罪(ギルティ)となった。

 




一応、ひば二郎には大昔、一時期通ってたんですが、コールの仕方は多分こんなんだったかな、と思い出しながら描いています。

間違ってたらごめんなさい。

追記)
少し修正しました。


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Re:こんにちは農業高校

 トンネルを抜けると、そこは藁の上だった。

 

 ……はて? どう見ても馬小屋なのだが。

 一体、これはどういう事なのだろうか?

 

「おお……今年は、凄いのが生まれたなぁ」

 

 は?

 改めて、我が身を顧みると……馬だった。

 

「尾花栗毛って……ホントに居るんですね」

「うわぁ、キレイだなぁ……」

 

 むう……何が悲しくて畜生道に堕とされねばならんのかは知らんが。

 ……とりあえず、腹が減ったので、乳をのまねばならん……

 

「あ、立った」

「早いなぁ……確か、父父のルドルフも10分で立ったって聞いたけど」

 

 ルドルフ?

 ルドルフって……誰?

 まあいいや、とりあえずごはんだ、お乳だ。

 

 

 

『……なんで、学校に馬が居るんだろう』

 

 どうやら、農業高校らしい事は分かった。

 だが、私はどう見ても、サラブレッドである。

 それも、大変珍しくも美しい、尾花栗毛という毛並みの馬らしい……自分で鏡を見てみたが、なるほど、スラっとした毛並みに金色の鬣と尻尾は、我ながら可愛いと思ったわ。

 

 そして……

 

『……いもーと』

 

 ペロペロと毛づくろいしてくれているのは、どうやら一つ上の私の兄らしい。

 何でも、セールで売られた二つ上の兄から可愛がられて、育ったようで。

 なので、自分もお兄さんなのだから、弟か妹が出来たら可愛がるのが使命だと思っているようだ。

 

『遊ぶ? 走る?』

『うん』

 

 一緒に走ったり、毛づくろいされたり。

 そして、母親に母乳をもらったり。

 ……なんか、人間だった頃よりも、人間らしい扱い受けてる気がするなぁ……

 叩かれたり無視されたりして、愛情らしい愛情を受け取った覚えなんて無かったし。

 

 ……あ、そうか。私、あの時に死んだんだ……

 食べ物も貰えないまま放っておかれて、がりっがりになってボロアパートの一室でそのまま……やめよう。

 今、周囲に愛されている、この幸せをかみしめよう。

 

 ちゃんと愛してくれるなら、人間より馬のほうがまだいいや……

 

 

 

「蜂屋先輩たちの馬、今日福島でデビューだって?」

「ああ、ちょっと遠いけど見に行きたかったなあ……」

 

 ある日。

 世話をしてくれている生徒たちが騒がしい。

 ……どうも、この学校出身で、デビューした馬が走っているらしい。

 

 見たい。

 ので、脱走して、教室の外からテレビを眺める。

 

『迫る! 迫る! 迫るがもう届かない!! 完全に持ったままのセイフティーリード! バーネットキッド、ゴール!! 1分7秒9! 二着はマイネルレコルト!!

 新馬戦、大逃げレコード更新!! 二着のマイネルレコルトも本来ならレコードタイム! なんという馬だ! なんという馬たちだ! 新馬戦とは思えない勝負になりました!!』

 

 沸き上がる教室。

 歓声があがり『次は俺たちも…』という声が続く。

 だが、それよりも……

 

『同じだ……』

 

 ゴールを駆け抜けた馬の影に……騎手とは別の、背後霊のようなモノを見た私は。

 直観的に、同族だと察知したのだ。

 

「って、何でリンちゃんが外に居るのー!?」

「うわー、放馬ー!!」

 

 ……やばっ、戻らなきゃ。

 ひとしきり、騒ぎになったので、ダッシュで放牧場の入り口まで戻り、閂を開けて中に入って元に戻し……

 

「……リンちゃん? お前……」

「で、伝説の『閂を開ける0歳馬』……」

 

 引きつった顔で、遠巻きにされる。

 ……み、みんな、お、怒ってる?

 

「……ま、まだだ、まだ確定したワケじゃないだろう?」

 

 生徒の一人が、おずおずと前に出て。

 

「り、リンちゃん、もしかして……お座り、できる?」

 

 言われたとおりに、尻もちをついて座る。こう、ぺたん、と。

 

「お、お手……」

 

 はい、と前肢を差し出された手にポン。

 

「…………マジか」

「おいおい、二頭目かよ……」

 

 ……え? これって、馬も普通にやったりしないの?

 こう、犬みたいに……

 

「っていうか、ドコで覚えたんだ?

 蜂屋先輩たちの時は、湖南を調教中に覚えたんだろう?」

「……まさか、湖南……教えたのか!?」

「いや、湖南は今、芸を見せちゃいないハズだぞ……蜂屋先輩たちが学祭で無茶やって怒られて以来、禁止になったハズだ」

 

 ざわつく生徒たち。

 

 そして……教科担任は、そのあまりにもなUMAっぷりを見せつける悪行を繰り返した結果、授業崩壊を招いた実習馬が居た二年前を思い出し、頭を抱える。

 

「いいか、お前ら……絶対にリンに芸なんて教え込むんじゃないぞ!

 教えるなよ、絶対教えるなよ!?」

「先生、それはフリって事でいいんですね!?」

「ちがーう!!」

 

 割とマジな担任の、魂の叫びが、胃の痛みと共に響き渡った。

 



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お笑いの神様は突然に。

「取材?」

 

 夏のクソ暑い最中。

 自宅のボロアパートの一室で、大学のレポートや課題をこなし終えた後、次巻の執筆とアニメ二期の脚本の原作者チェックしていた時に。

 石河厩舎から、石河……賢介からの連絡を受けて、俺は首を傾げた。(『石河さん』が三人に増えちまったから、もう賢介で通す事にした)

 

『ほら、俺とお前で以前、学園祭でキッドと一緒にショーをやったろ?』

「ああ、先生に後で滅茶苦茶怒られたヤツ?」

『うん。

 あの時の映像、ギャラリーが撮影してたやつが、去年の年末の特番で流れたじゃん。面白動物の番組で。

 で、あんとき『来年競走馬としてデビューの予定です』みたいな事言ってたろ?

 そんでキッドが無茶苦茶強い勝ち方しちゃったもんだから、10月の改変期の特番用に追跡取材とかしたい、みたいな事をテレビ局が言ってきたんだよ』

「へー……で、受けるの?」

『だから、その辺の最終判断をどうするか、なんだよ。

 おめーの馬なんだし、本来おめーがOKしたらダメでも俺らどーこー言う立場じゃねーの』

「あー、じゃあ、オヤジさんの判断に任せるって伝えといて。

 あくまでキッドの具合を見て、受けられそうならOKしてもいい、って。

 っていうか、調教とかどうなん? キッドの具合とか?」

『相変わらず、滅茶苦茶喰ってる。俺らが静舞に居た頃と変わんねぇ……と言いたいが、少し変わった事はある』

「どんな?」

『美浦トレセンの中の、馬用プールに入り浸ってる。

 なんか気に入ったらしくて、競走馬というより、競泳馬になっちまってるよ』

 

 相変わらずフリーダムな奴だなー……と思いつつ。

 

 ふと思いなおすと、馬主と厩務員がこんな近い関係ってのも、割とフリーダムに周囲には受け取られるのかもなぁ……と、俺も人の事……もとい、馬の事言えねぇな、と気づく。

 

 つい先日、よーやっと二頭目……キッドの全弟を落札し、更にキッドが新馬戦とOP戦の二つのレースに勝って辛うじて黒字が出たので、正式に馬主業を雑所得ではなく事業所得として申告できるようになったばかり。

 

 今どき滅多に居ない個人馬主とはいえど、一頭億単位の馬を何十頭も抱えてG1重賞以外のレースに顔出す事も無いような、雲の上の超馬主様たちとは雲泥の差の零細馬主なのだし。

 

 ちなみに、弟の落札価格は200万なり。

 キッドが勝ってくれた事によって、少し評価は上がったみたいだが、それでもまぁ……静舞農高産の価格だよね、というお値段だった。

 

『あとさ、キッドの弟の名前、まだ聞いてないってオヤジが言ってたんだけど。

 名前が無いと手続きや書類が面倒になるから、早めに出してくれって』

「ああ、それな……明日、講義休みだから、編集との打ち合わせや買い物のついでに、都内まで直接提出しに行く」

『なんて名前にすんの?』

「それなんだが、学校でター坊ター坊言われてたから、そのまま素直に母父にあやかろうと思ってな……クアッド。『クアッドターボ』だ」

 

 そう、2+2で4だから、クアドルプル……クアッド。

 実に単純な発想と名前である。

 

 キッドの場合『ターボ』が名前になかったから、パッと気づいた人が少なかったのを思い出し。

 ならば、新馬戦で名前見た観客に笑って受け入れてもらえると嬉しいなーと思い、幼名も加味してこうなった。

 

『4発ターボって……マジか』

「2発のターボエンジンより出力アップして長持ちしそうだろ?」

『逆噴射が二倍になりそうな予感しかしねーんだけど……』

「逆噴射する前にゴールしちまえばいいんだよ。キッドだって出来たんだから、全血の弟だって出来るんじゃないの?」

『ありゃキッドのスタミナありきの、超ごり押しの荒業だぞ?

 そもそも逃げ馬なんてそんなもんなんだから』

「弟は無理そう?」

『んー……なんつーか、まあ、調教で叩いてみなけりゃ分からねぇけど、お前の見立てどおり、光るものはあるけど、外面以外ごく平凡な感じだったな。少なくともキッドみたいなUMAじゃないから、ある意味安心した。

 ただ、従順で人懐こいのは、キッドと変わらねぇ。ハミや鞍の装着も、キッドが異常なだけで、割とペースが速いって助手のダケさんが言ってたぜ?』

「そっかぁ……うん、わかった。ありがとうな」

 

 そして翌日。

 都内の窓口に、直でクアッドの名前関係の書類を持ち込み(受付の窓口でビックリされた。普通は郵送やネットらしい)名前の審査の返事は一週間後に郵送で、との話を受け。

 ついでにアポを取ってた編集部に寄って担当の人とあれやこれやの打ち合わせをし、秋葉原で買い物をして、家に帰ると。

 

 石河厩舎から、連絡が再度入ってきた。

 

『なあ、蜂屋……おめーテレビどうする?』

「は? だからオヤジさんに任せるって」

『いや、そうじゃねーんだ』

 

 一瞬、賢介の言葉が、意味不明だったのだが。

 

 なんでも、学生が馬主というのは相当に珍しいらしい。

 

 超ブルジョワな家の馬とか、子供が馬主で持ってたりしないのかとは思ったが……考えてみると、そういう場合は『家(会社)』や『親』の馬だったりして、子供が直接の馬主ってワケがないもんな。

 

 ……まあ、そりゃそうか、小説の新人賞取った時も最年少だったし、未成年のラノベ作家ってのは俺以外にもそれなりに居たけど、『それで稼いだ金で馬主やってます』なんて、確かに俺くらいかもしれん。

 

『TV局のほうが、えらい勢いでおめーとキッドを一緒に出したがってんだよ。

 もーすぐオファーの話、そっちにも行くと思って、早めに連絡したほうがいいかと思ってさ。

 おめーペンネームで書いてるから、顔出しとかマズいんじゃねーか?』

「別に、キッドの馬主として出るのは今更だし構わないんだけど、キッドの馬主の俺がペンネームとイコールされちゃうのはマズいなぁ……とりあえず『その辺の話題は避けるって条件なら』OKしといて。

 って、あれ? ってことは、普通に取材とかOKできるコンディションなんだ、キッド。レース後だからアレなのかと思ったけど」

『アレが1400ぽっち全力で走った程度で、ヘバる馬だと思うか?』

「……愚問だったな、了解」

 

 と。

 石河厩舎とこんなやり取りがあった更に一週間後。

 

「よっ、お待たせー」

 

 アパートの前に付けられる軽トラ一台。

 

「って、迎え寄こすって言ってたけど、お前かよ」

「なんだ、キッドに乗ってタンデムで美浦まで行く方が良かったか?」

「やるかよ、野郎同士で気持ち悪ぃ」

 

 迎えに来た賢介の奴が運転する軽トラに揺られて冗談を飛ばしあいながら、霞ケ浦の反対側……美浦トレセンの門を潜った。

 

 考えてみると、新馬戦からこっち、美浦のトレセンに顔出したことって殆ど無かったな……キッドの調教の邪魔になるかもしれないと思ったし。

 何より一度寄った時に、近所の厩舎で調教師から騎手まで雁首揃えてスゲェ殺気立ってて怖かったのを見たし。

 

 とはいえ、今日はただの取材である。軽い受け答えだけして、当たり障りのないトークで終わらせればいいという話だ。

 特に問題は……はい?

 

「あ、馬主の蜂屋様ですか? 志室と申します。

 本日の取材、よろしくお願いします」

「え、え? ちょっ、えっ!? えええええ!?」

 

 取材陣の先頭に立って挨拶に来られたのは……お笑いに詳しくない人間でも日本人なら誰もが知ってる、キング・オブ・コメディアン様だった。




申し訳ありません。PCがトンで続きのストックが纏めてオシャカになったので、更新ペースがかなり遅くなります……

一応、シナリオは頭の中にあるのですが、文章化するのが難しいというか、再文章化ってのがこんな苦しいとは思いませんでした。


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UMAの異常な日常……または彼は如何にして心配するのをやめて芸をするようになったか。

「これ凄いなぁ……こんなことできるんだ、って。おじさん本当に感心しちゃったよ」

 

 美浦トレセン内にある、インタビューなんかに使われる取材用の部屋の中。

 備え付けられたモニターの中では、静舞農高の学園祭で、黒いボール紙やズボンで出来たタキシードに身を包んで鼻の下に付け髭をつけ、BGMに乗ってノリノリでヒゲダンスをキメているバカ二名……俺と賢介の黒歴史が流れていた。

 無論、キッドの奴もノリノリで首を振りながら体でテンポを取っており『待て』を指示された湖南は、とりあえず指示された通りにキョトンとした顔で立っている。

 そして、お座りだのお手だのちんちんだのを、指示通り曲に乗せて芸を見せるキッドと湖南の姿。

 

 ……あああああ、なかったことにしたい黒歴史が、よりにもよってな御方の前で……

 

「いや、本家!? あなた本家様じゃないですか!?」

「むしろ、園長が来られるって知らされてなくて、ビックリしましたよ!」

 

 顔面蒼白でうろたえる、俺と賢介。

 カメラが回ってなかったら、この場で土下座したいくらいである。

 

 ……学祭でやらかした悪行が、まさかこんな因果となって返ってくるとは、思いもよらなかった。

 

「っていうか、これ君たちが学校で調教したんでしょ?

 競走馬の育成ってそういうこともやるの?」

 

 志室園長の問いに、俺も賢介も全否定。

 

「違います違います! ほんと違うんです!」

「ほとんどキッドが勝手に覚えちゃったか、アドリブでやらかしてるダケですって!

 キッドの奴が凄い特殊なんですって!」

「本当?」

「本当ですって!

 っていうか、オヤ……あー、テキが許可したんですよね? なんで馬主の蜂屋まで話が行かなかったんですか?」

「ああ、調教師ともう一人の方から、ちょっと『必要なドッキリだから』って言われて、おじさん協力したの」

「もう一人……?」

「え、誰……?」

 

 はて?

 俺や賢介をこんな目に遭わせる必要があるような、恨みを買う人物に心当たりが無いのだが……

 

「今、隣の部屋で待機してるから……どうぞー」

 

 園長の声に、隣の部屋の扉が開き……

 

「蜂屋、石河……二人とも久しぶりだな」

『うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!』

 

 キレ顔で現れた生産学科の教科担任である牧村先生が入ってきて、俺たちは思わずドン引きして逃げだした。

 

「せ、せ、先生!?」

「な、ななな、なんで美浦に!?」

「何って、キッドの取材で呼ばれたに決まってんじゃないか、この問題児共が。

 お前らのせいで、学科の空気は緩んでバカやる生徒が増えるわ、馬に芸を仕込んでると誤解されるわ、今、散々な事になっててな。

 あの学園祭の映像を去年の年末に放送されたのがトドメになって、その辺の苦情とか否定のために、わざわざ静舞から来たんだよ!」

 

 その言葉に。

 今度こそ、俺たちは二人揃ってその場で地面に膝と手をつき。

 

『色々と申し訳ございませんでしたぁぁぁぁぁ!!!!!』

 

 カメラの前で牧村先生と志室園長二人に土下座して、我が身の所業を、海より深く反省したのだった。

 

 

 

「そうですね……生まれた時から、色々な意味でヤンチャでしたね、キッド号は」

 

 そんなオープニングで、牧村先生、俺、賢介の三人そろってのインタビューは続き。

 

「で、ようやっと飼い葉たべられるようになった頃かな……カレン……母馬が育児放棄しちゃって。

 本来なら、乳母みたいな牝馬が充てられるんですけど、ウチの学校、牝馬はカレンしかいないので、人間が哺乳瓶でミルクとかあげて育ててたんです」

「そのころからだよね?

 キッドにとって全然食事量が足りないって最初解ってなくて、飼い葉を標準量しかあげてないものだから、腹減らしたキッドが脱走して畑食い荒らしたり、畜産科の豚舎や牛舎の飼料とか食いに行っちゃったりしたの?」

「あん時冗談で、蹄耕法の研究してる先輩に、ヤギとか豚と混ぜて原生林の雑草たべさせに行ったんですけど、まあ食うわ食うわ。『お前本当に0歳のサラブレッドか』って感じでした」

 

 そんなノリで、カメラを前に、いろいろと説明していくと、園長が感心したように。

 

「なんか聞けば聞くほど、オグリキャップみたいな感じだね」

「食欲とか内臓関係は隔世遺伝でもしたんじゃないですかね?

 ただ、あんな可愛いもんじゃなくて、俺たち生徒が授業中なのを狙って脱走するものだから、先生も授業中で誰も止めようがないんですよ。

 で、それを止めるために、俺が学校の大掃除の時にみつけた、子供の捨て犬拾って来て、キッドの見張り番をさせるように訓練したら、まあ効果絶大でピタッと止まったんですけど……ねぇ……」

「俺も、あんなことになるとは、想像もしてなかったよ……」

 

 二人して遠い目になる。

 

「その犬って、さっき一緒に芸をしてた犬だよね?

 名前、なんていうの?」

「湖南です。キッドの見張り番なので、本当に適当に」

「ぷっ……」

 

 ああ、蒼山先生も、ごめんなさい。

 

「最初のうちは湖南が居ても脱走してたんですけど、脱走すると湖南が吠えて知らせてくれて、そのたびに授業中断して脱走を阻止しに生徒が集まってくるので、脱走しなくなったんですよ」

「で、湖南も本当に頭が良かったものだから……お前だよな? 確かお座りとかお手とか、湖南の調教のついでに教えてたの?」

「そうだよ、お座りとお手とちんちん教えて、それができるたびに湖南にドッグフードあげてたら、馬房からそれ見てたキッドが『芸をしたら餌がもらえるんだ』って学習しちゃって、ある日いきなりキッドがお座りとお手とちんちん始めちゃって……」

 

 沈痛な顔で、頭を抱える賢介。

 

「え、本当なんですか、先生?」

「残念ながら本当なんですよ……それ以前から食欲や知能も凄かったので、これはもう二頭目を比較対象としてレポートを作るしかないと思って。同じ父母でキッドの全弟をつくったんです」

「あ、弟も落札させてもらいました。今年のセールで」

 

 とりあえず、手を挙げて報告。

 

「あ、弟も競走馬になるんだ?」

「はい、昨日、名前の審査が通った連絡がありまして……『クアッドターボ』って名前になります。今、育成牧場で調教中で来年以降デビューを予定してますので、競馬場で見かけましたら応援よろしくお願いします」

「え、お兄ちゃんと比べて、どんな感じ?」

「えー、とりあえず兄貴がいろいろと規格外だったな、と……弟は競走馬としては光るものはあっても、兄貴みたいなUMAじゃなくて普通に馬ですね。

 まだハミも鞍もついてないので、戦法も兄のような逃げになるかは、まだわかりません」

「あ、でも食事量はキッドの弟ってだけはあったぞ。お前らが卒業したあと、学校でもよく食べてた。キッドのデータがあったから、食事不足で脱走とかされずに済んだのは幸いだったな」

 

 初耳な先生の説明。

 弟も食べる方なのか……大変だな、石河厩舎。

 ……預託費用、値切るのはやめておこう……。

 

「あー……じゃあ内臓関係は、二頭とも完全にオグリキャップから継承した感じなのかな?

 でも、ターボって名前がついちゃったからには、逃げのスタイルは見てみたいなぁ……」

「どう、なんでしょうね……そればっかりは、育ててみないと分からないので」

 

 と……

 

「そういえば、『バーネットキッド』って名前はどういう意味なの?」

「え? ああ、キッドは幼名そのままに、バーネットは怪盗探偵ジム・バーネットから取りました」

「怪盗探偵?」

「ええと、ルパンが変装した探偵で、依頼された事件を解決はするけどお宝も頂戴していくという……奴の脱走癖や、盗み食いから取りました」

 

 園長に水を向けられて、名前の由来を説明。

 

「あーそうか……あの実況が叫んでた『怪盗』って、本当にそうだったんだ」

「まあ、怪盗というよりコソ泥の部類だと思いますけど……」

「いやいや、ある意味ファンの心をつかんでるから、立派な怪盗だよ。

 じゃあ、その怪盗に、今から会いに行きましょうか」

 

 そう、園長が告げ……

 

「カットー!」

 

 番組のディレクターの声とともに、前半のトーク部分の撮影が、終了。

 

「じゃ、次のカットに移りまーす」

「お疲れ様でーす」

 

 そんな感じで、一度緊張した雰囲気が切れたあと。

 ぞろぞろと撮影班と一緒に、全員で移動。

 

 で、移動の最中。

 

「そういえば、蜂屋オーナー、できればオフレコで教えてほしいんですけど」

「はい、何でしょう?」

 

 小声で聞いてくる志室園長。

 

「その……どうやって馬主資格、取ったの? 君、まだ大学生だって言ってたよね?」

「あー、その……作家なんです。

 ライトノベルって中高生向けの冒険小説みたいなやつを書いてて、おかげ様で漫画化やアニメ化とかもしてて……で、それにプラス祖父の遺産を継いで、併せてなんとかギリギリ資産や収入の審査通ったみたいで」

「はー……凄いね、若いのに」

「昔からペンネームで書いているので『キッドの馬主』としてなら顔を出しますが『作家』としての顔バレは避けたいんですよ……そういうわけで、そっち方面のネタフリだけは勘弁してくださいね」

「ああ、そういうことだったのか……取材の許可に、妙な条件がついているなと思ってね。

 いっそ、番組でカミングアウトすれば、作品の宣伝にもなると思うけど?」

「それ編集部にも言われたんですけど、まだ大学生なんで変な顔の売れ方はしたくないし、何よりアニメの放送局が完全に他局ですから」

「ああ、それは確かに難しいなぁ。

 ……いや、ごめんね。正直なにか変なスキャンダルがあったら、撮った映像も無駄になってオンエアーも難しくなるから、気になってさ」

「はは、ですよね、ご心配おかけしました」

 

 そう答え、園長の心遣いに感謝したものの。

 ……その心遣いが半年もしないうちに、無駄になる羽目になるとは、その時は思いもよらなかった。

 

 

 

「よーしよし、キッド。

 今回は『お前向き』の取材だからなー……賢介もオーナーもこってり絞られてからこっちに来るからな」

 

 美浦トレセン内にある、牧草の生えた取材用の広場に連れてこられた俺は、石河のオヤジサンに、そう声をかけられた。

 ……何か、声色が少々邪悪に感じるのは、俺だけだろうか?

 

「毎度毎度、競馬関係の取材で関係者に芸をおっ始めるお前向けに、とっておきの御方を呼んでおいたぞ~♪」

 

 なんだよ、失礼な。

 ちょっと関係者向けに、お座りとかお手とかして、愛想振りまいてるダケじゃないか……さすがに、競走馬になってからは、ケガが怖いからちんちんはしてないぞ?

 

 って……え!?

 あの、オーバーオール姿のおじさんって、まさか……

 

「キッド、久しぶりだな。ほら、志室園長だぞー」

 

 あ、アイエエエエエエエエエエ!!! 園長、園長ナンデー!!

 

「はじめましてキッド君、志室です」

 

 園長だー、生の志室園長だー!!

 すりすりしておこう♪

 

「おわ、本当に人懐っこいね……警戒心が無いよ」

「まあ、人間に対して噛んだりとか蹴ったりとかはしませんね……軽い甘噛みや服を噛んで引っ張ったりくらいはしますけど」

「こんな人懐っこくて、パドックとか返し馬でも五月蠅いくらい愛想を振りまくのに、ゲートに入る直前から、凄いキリっとした顔であんな凄いレースするんだもんねー……おおよしよし」

「レース中とレースの外で、完全に別モードって感じですね……こう、悪ふざけしたり芸をするのも、ある意味リラックスしてるからだと思うんです。人間の反応見て、楽しんでるんだと思いますよ」

「あはは、頭いいんだなぁ……」

 

 そりゃ人間が中にインストールされとるもんなぁ。

 と……

 

「いっそ、園長。何か芸とかキッドに教えてみますか?」

 

 なんと!?

 ナイスフォロー、馬主様!?

 

「こう、簡単な奴だったら、こいつ直ぐに真似てくれるんじゃないかな?」

「は、蜂屋オーナー!?」

 

 泡を食う石河のオヤジサン。

 

「別に、変な馬なことはもう解ってるし、ひとつふたつ芸を追加で覚えたとこで、今更調教に影響なんて出ないでしょ。……既に2歳世代で、芸人枠に収まっちゃってるし」

「まあ、確かにそうですけど……知りませんよ、もう……」

 

 多少ヤケクソ気味で遠い目な馬主様と、軽く呆れる調教師。

 そのやり取りに。

 

「い、いいんですか?

 ……いや、俺40年近くこの仕事してるけど、馬をステージに上げた事はあっても、芸を教えるのは初めてだな……じゃ、とりあえずこれか?」

 

 そう言って、水平にした手を首に当てて……

 

「あい~ん♪」

 

 変顔で笑う園長。

 ……ほう、これをやれと?

 

「……あー、馬にはちょっと難しかったかなぁ……」

 

 ならばやってみせようではないか、右前足を顔の下まで上げ、限界までの変顔で……

 

『あい~ん♪』

 

「……え? えええええええええええ?」

「お、覚えた……覚えた!?」

「こいつ、ついに芸人への道を……!!」

 

 ひとしきり、騒ぎになる撮影スタッフや調教師たち。

 

 後に。

 志室園長は番組内で語ることとなる。

 

『いやー、確かに俺もゴリラに弟子入りした人間だけど、その俺に競走馬が弟子入りしてくるとは思わなかったよ』

 

 かくして……美浦のカッパUMAの存在が、お茶の間に広く知れ渡ることとなった。



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ウマ娘編……『姉妹関係』

 異世界の魂が反映されているというウマ娘たちは、出会った時に運命を感じることがあるという。

 

「あの……」

「……!?」

 

 だが……

 

「ハヤヒデ先輩! 髪の毛のお手入れに何を使っているのか、教えてください!!」

「ああ、君も同じ悩みを抱えているのだな……うむ、先達として力になろう」

 

 縋るような眼差しで、青い瞳でもさもさ芦毛頭のウマ娘の少女……クアッドターボの懇願に、ビワハヤヒデは強烈なシンパシーを感じ、快くその問いに応えた。

 

 ……どうも、現世の外面だけで運命を感じてしまうケースも、割とあるようである。

 

 

 

「確かに、姉として尊敬はしてるんです。ウマ娘として強いのは解ってるんです。

 ですが……ですが、あのフリーダムな性格に振り回される周囲の身にもなって欲しいんですよ」

 

 健啖で知られるウマ娘御用達の、『米出コーヒー』で。サンドイッチセット三人前とパフェをもりもりと食べながら、クアッドは愚痴る。

 二人でヘアケア用品を買い込んだ後に、軽く食事でも……と立ち寄ったのだが。

 なんだかんだと世間話から、次第に会話の内容が『双方の身内への愚痴』へと変わっていくのに、そう時間はかからなかった。

 

「ああ、わかる。私も妹がな……君の姉ほどにフリーダムではないが、ぶっきらぼうで周囲に誤解されやすいくせに、語彙が少ないものだから心配でな。

 つい先日も、母から『ブライアンは無事か』と私に連絡があって、せっついてようやっと電話かけさせたんだが、まあ本当に『電話を掛けただけ』って感じでなぁ……」

「いいお母さんじゃないですか。

 それに、ブライアン先輩の場合、まだ母さんが心配してくれるだけマシですよ……こっちは真実手に負えないから、母さんも姉さんに関しては匙投げちゃって、連絡すらしませんよ?」

「それは相当だな……ブライアンの数倍手のかかる『姉』か……想像するしかないが、私が君の立場だったらキレていたかもしれん」

「ははは……むしろ何度キレてもひらひら躱してくるから手に負えないんですよ……逃げウマ娘としては、天下一品過ぎて本当に困ってます」

「お互い、苦労するな……」

 

 と……

 

「ウチの妹なんか、外面が大人しいだけで、割とあぶねーから怖いですよ。

 理屈っぽくてグチグチ言ってくる割に、溜め込んで爆発するプッツン系だから、地雷踏んだ瞬間ぶっ飛ぶならまだしも、デッドライン超えた瞬間、周囲巻き込んで大爆発ですよ?」

「何言ってんだ、こっちはその理屈っぽいのに、いつも姉貴面のでかい顔されてんだぞ?

 確かに尊敬はするが、いーかげんにしてくれよって躱して避けても、的確に逃げ道塞いで来るんだから。優等生で通してるから、こちらも強く出にくいってのもあるんだが、少しは放っておいてほしいもんだ」

「わかります。心配性で神経質すぎるんですよ、あいつも。

 別に成績満点取ってんだから、多少遅刻したっていいだろうに……朝、寮で寝てると水を張った洗面台に顔面突っ込んで起こされるんですよ?

 腹立ったんで、夜中に髪の毛でいろいろ遊んで写真撮ってやりましたけど……こんな風に昇天ペガサスMAX盛りとか……」

「どんな……ぷっ、あはははは、面白いなこれ。今度姉貴が寝てる時にでもやってみようかな?」

 

 その話題のハヤヒデの『妹』とクアッドの『姉』の二人が、何故かすぐ近くのテーブルでケラケラ笑って談笑してたわけで。

 

「…………………」

「……………」

 

 一瞬のアイコンタクトで、こっそりと移動し始める、ハヤヒデとクアッド。

 

「ほら、他にも、これとか、これとか……」

「ぶっ……お、おまえ……ひどいな……二つ上にお前みたいな姉が居たら、姉貴泣いてたかもしれんな」

「むしろこっちが朝は泣かされてますからね……反撃くらいしないと、姉の立場がありませんし」

「あはは、そう考えると、姉貴って立場も大変なのかもな……」

「まー、そういうのはありますねー。

 ウチの妹も神経質な奴だから『もうちょっとおおらかに構えねぇと胃に穴が開いちまうぞ』って忠告はしてるんですけど」

「その割には彼女もよく食うじゃないか。オグリと三人で一緒にいつも食堂で食べてただろう?」

「あいつ繊細過ぎて、食事量が安定しないんですよ。

 食う時は食うけど、食えない時は食えませんからね……俺やオグリ先輩と一緒に居るから、安心感で食えてる感じで……放っておくと餓死しちゃいそうで怖いんですよ」

「ほう……意外とお姉さんしてるじゃないかキッド。

 そういえば、お前の妹の髪の毛って、思ったのだがストレートパーマとかかけたりしないのか? 姉貴を見てたからわかるんだが、ああいうのって結構なコンプレックスだと思うんだが」

「三日で爆発して元通りになっちゃいました。調子に乗って短くカットしたのが速攻で天パになっちまって、ギャン泣きしてるのを慰めるのに数日かかりましたよ」

「ウチと一緒か……お前の妹も大変……!!??」

「? どうしました、ブライアンせん……ぱ……い!?」

 

 ぽむ、と。

 ブライアンとキッドの肩に、それぞれ背後から身内の手が乗っかり。

 

「ブライアン先輩、はじめまして。姉がお世話になってます」

「やあ、キッド君、はじめまして。妹がお世話になったようだね」

 

 みしみしと音を立てて、手が肩に食い込んでいく。

 

「あ、トレーナーに呼ばれてるんだった」

「そう、俺もちょっとゴート札の秘密を暴きにカリオストロ行かなきゃ」

 

「「いいから座れ」」

「「はい……」」

 

 どんな逃げウマ娘だって逃げようもねぇ状況下に置かれてしまい。

 そこから数時間にわたり、こってりと芦毛の姉と妹に搾り上げられる、『怪盗』と『シャドーロールの怪物』の二人だった。

 

 

 

「ねえ、リン、あの説教大会になってるウマ娘たちって……」

「確か、リンの……」

「……知らない人。さっさと行こう、二人とも」



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札幌競馬場 第11レース 札幌2歳ステークス(GⅢ)

 はーい、札幌からこんにちは、バーネットキッドです。

 前回ダリア賞を勝ち抜いて、晴れてオープン馬となりトレセン内でゼッケンの色も変わって名前もつきましたー。いえーい♪

 

 そして今日の舞台は札幌2歳ステークス。G3の試合ですが……1800mって、俺の年齢にしては長くね?

 まあ、1400でも余裕過ぎて体力持て余してたのは事実だけどさ……前回からいきなり追加で400、しかも洋芝の札幌ですか。走るつもりだし多分余裕だけど。

 

 でもまぁ、嬉しいことに……

 

「キッドー!!」

「頑張れー!!!」

 

 札幌競馬場の一隅に、静舞農高の生徒や先生たちが陣取り、横断幕張っておもいっきり応援してくれてるわけで。

 ……まあ、大概の競走馬の地元は北海道ですが、雰囲気は完全にホームですよ。これは負けられませんなぁ……よし、芸をしてアピールしつつ挨拶しとこう。

 

「だからキッド! 挨拶はいいの! パドック! ここはパドックだから大人しく周回してくれよ! 主催者に怒られてるんだから!!」

 

 えー……挨拶くらいいいじゃないか、厩務員君。

 ……しょうがない、とびっきりの怪盗スマイルで我慢するか。

 

「あはははは」

「先輩たちのキッドだなぁ……」

「あ、先生、これもしかしてキッドが勝ったら、生産者の代表って事でサークル呼んでもらえるの?」

「ん? ああ……蜂屋に呼ばれてるから、勝ったら行く予定だ」

 

 お? 先生来るのか!?

 競馬場のウイナーズサークルで一緒に写真撮りたいから、こりゃ頑張らなきゃな。

 

 

 

「よっ、石河、久しぶり」

「おう」

 

 出走前の調整ルームで、同期の出世頭に声をかけられた。

 戸田隆二……数年前、時代を席捲した馬に乗って、若手ながらG1レースを暴れまわった男であり……今日も5レースも鞍上のある男だ。

 

「お前、最近調子いいな……バーネットキッドだっけ?」

「ああ、弟が農高で育てた馬だよ……馬主は弟の同期。馬主がオヤジに頼み込んで、中央入りした」

「はぁ……すげーな。最近の農高生は、あんな馬を育てたりするのか」

「かなり突然変異的な馬らしいがな……弟や馬主も農高で手を焼いてたって聞く。

 二人曰く『馬じゃなくてUMAだ』って言ってたよ」

「UMAかよ……まあ、パドックの様子とか見てると分かる気もするわ」

 

 もう、がちゃがちゃと五月蠅いほどに観客に愛想を振りまいている姿を披露しているわけで。

 そりゃ注目の的ではあるだろうな……と、同時に。

 

「なんだ、狙ってるのか?」

「当たり前だ……デビュー戦以降、レコード2連発の有力馬だぞ。

 俺だけじゃなくて館山さんや仲楯さんあたりなんか、もう目をキラッキラさせてるぜ?

 まして仲楯さんは2レースとも一緒に走ってる上に『母父』にも乗ってるんだ……『ぜひ乗りたい』って隠してもいないよ」

 

 隆二の語った人物は、何れも、逃げや大逃げの騎乗に定評のある大先輩だ。

 まあ、だよなぁ……だからこそ。

 

「お前があの馬(オペラオー)に取り憑かれてるのは知ってるし、お前の誓いも知ってるよ。

 けどな……俺だってこのままくすぶってる気はねぇんだよ……」

「だろーよ、おめーの負けん気は知ってる。

 でもな……半端じゃねーぞ……G1の空気ってのは……」

 

 その言葉に意外性を感じ、俺は驚いた。

 

「なんだよ? やけに親切だな?」

「あ? 決まってんだろう。

 今まで、散々G1勝ってるオッサンや俺みたいな奴をやっかんできた、同期で一番生意気な奴にさ……今度は『やっかまれる側に立った時どうなるか』って苦悩を味わってもらいたいんだよ。

 キッツいぜ……でも、降りられねぇんだ……降りたら『自分が自分じゃなくなっちまう』……そっちのほうがよっぽど怖い」

「……」

「最近、なんとなく戸原先輩の気持ちがわかって来ちまってさ……そりゃクスリに逃げたくもなるわ……あんな天才でも」

 

 そう言いながら、プレッシャーをかけてくる隆二の奴に。

 俺は一言。

 

「そっか……じゃあ、とりあえずその辺は、勝った後に考える事にするわ」

「ありゃ……まあ、そうだよな。お前はそういう奴だったっけ。

 ま、G1勝ったら思い出せよ♪」

 

 そう言って、隆二の奴は去っていった。

 

 そうとも……俺はまだこの世界で、G1の舞台にすら上っていない。

 だから……

 

「……消えて……たまるか」

 

 口の中で呟いた言葉を飲み込み、俺は勝負服に身を包んで検量へと向かった。

 

 

 

『札幌競馬場、本日のメインレース第39回札幌2歳ステークス、GⅢ。芝の1800m右回り、14頭で争われます。

 1番人気は3番ダンツキッチョウ 。そして話題の静舞農高出身、大外14番バーネットキッドは4番人気。

 ……今、ゲート入りが始まりました』

 

 なんだろうね……さっきから、止まれの合図で乗り込んだ鞍上の兄貴が、ものすげー入れ込んでおられるんだけど?

 軽くスキップとか変顔とかして緊張をほぐしてやりたいが……どうもなんか雰囲気的に、そんな余裕のある状態じゃなさそうだ。

 

 ……馬よりも騎手が『掛かってる』って、どーいう事よ……まったく……

 

「よし、よし……キッド……今日もキメてやろうぜ?」

 

 大外にサクッとゲートイン。

 ま、言われるまでもございませんがな……やることはただ一つ、ぶっ飛ばして先頭を張り通して帰ってくるだけ。

 

『各馬収まりまして、第39回札幌2歳ステークス』

 

 さあ、覚悟はいいな……行くぜ……

 

『……スタートしました!

 まず絶好のスタートを切ったのは、6番ストーミーカフェと、大外14番バーネットキッド、二頭の先手争いだ』

 

 げっ……俺と同じ先行、逃げタイプ。しかもこっちは大外だからスタートは勝てても内のほうが有利って……よーし、とことんやってやろうじゃねぇか!!

 

『少し空いて4番ジェダイト、11番モエレフェニックスと続き、7番コマノハイ、2番セイウンビバーチェ1番グランプリペガサス8番マイネルアドホック、一番人気3番ダンツキッチョウはこの位置か……』

 

 後続はところどころ団子になりながらも、縦長の陣形。

 まあいいや……今は後ろは関係ない。

 そして、逃げ馬と逃げ馬が、同じレースでかち合った時どうなるかって?

 

 ……それはね……

 

『さあ、バーネットキッドとストーミーカフェ、互いにハナを主張して一歩も譲らない! いや、僅かにバーネットキッドが前に出てるか!? 1000mのタイムは57秒9、かなりの高速ペースだ!』

 

 先頭(ハナ)の潰しあいじゃボケぇぇぇぇぇ!!

 

「くっ……このまま」

「行くしかない!!」

 

 双方の鞍上がハイペースを維持したまま、最後まで突っ込む覚悟を決める。

 

 OKOK、石河の兄貴安心せい、こちとらスタミナには自信あるんじゃ! 伊達に美浦のカッパ馬と呼ばれちゃおらんわ!!

 

『さあ、第四コーナー回って二頭もつれて突っ込んできた! 先頭はバーネットキッド、ストーミーカフェが追いすがる!! さらに後続がスパートをかけるがバーネットキッドが先頭、ストーミーカフェ離されながらも必死に追いすがる!!』

 

 んだっしゃらおらぁぁぁぁあ!! 先頭は譲らんのじゃあああああ!!

 

『後ろからダンツキッチョウ追い上げてきた、追い上げてきたがこれはどうか、間に合うのか、いや間に合わない! 今、バーネットキッドゴール!! 二着争いは僅差でストーミーカフェ! ダンツキッチョウ三着!!』

 

 よーっしゃー!! 俺の勝ちじゃーい!!

 

『騎手石河、高々と拳を上げた!! タイムは1分47秒5! 怪盗の鮮やかな逃亡劇は、またしてもレースレコードを刻んでいった! 2着のストーミーカフェも1分48秒3と本来ならレコードタイム! 2頭の逃げ馬による激しいレースになりました!!』

 

 

 

「キッド、良くやったな!! 学校始まって以来の中央重賞勝利だぞ!!」

 

 ウイナーズサークルで、先生や厩務員君や馬主様に囲まれての第一声に、首をかしげる。

 ほえ? 前にお役御免になった牝馬の産駒とかって、地方とかでなんか取ってないの? ……ないのか……うわー、マジかー……

 

「だってさ、キッド……良くやった、良くやってくれたよ」

「ああ、快挙だよ……それに、札幌の洋芝であのタイムって相当だぞ」

 

 ふっふーん♪ 褒めて褒めて~♪ って……

 

「よし……いける、勝てるぞ……」

 

 おーい、兄貴ー、帰って来いよー。もう今日はレース無いだろ?

 

「うわっち……おう、悪かったよ……ご苦労様♪」

 

 ……心配だな……なんか目が野心に燃え過ぎて怖いぜ……兄貴。

 




本日の主な被害馬、ストーミーカフェ。

この馬も、逃げ、先行タイプの馬で、結構強い勝ち方してたんですよね……3歳で骨折するまでは。
例によって史実チート様が出てくるまでの天下だったワケですが、割と盛り上げてくれただけに……なので、同じ逃げ馬としてバチバチのレースをしてもらいました。


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作家、蜂屋源一の受難……序章

「……何事だよ……」

 

 朝。

 ボロアパートで起床した俺は、そのまま朝食を摂って大学の講義の支度を終え、玄関を開けた途端……待ち構えていたカメラを前に戸惑った。

 ……なんか芸能人が来たか事件でもあったのだろうか?

 

「あの、蜂屋源一さんですよね?」

「はい?」

「バーネットキッドのオーナーをやってらっしゃる」

「……はあ? まぁ……」

 

 え……まさかの、俺!?

 

「あ、わたくし◎◎テレビの……」

「あの、すいません、大学の講義に遅れるんで、後でいいですか?」

 

 で、その場は切り抜けたものの。

 

「蜂屋君。志室動物園の番組見たんだけど、馬主やってるって本当?」

「え? はぁ、まあ……」

 

 同じゼミ生にキャーキャー言われ、合コンだなんだと誘われはするのだが……残念ながら、作家業も馬主業も忙しすぎるので断りを入れる。

 ただでさえ、大学に行ってから原稿が遅れ気味だというのに……単位も原稿も落としたらヤバいなんてもんじゃない。

 

 大学生で、作家で、馬主で……三足の草鞋を履いてる身だというのに、無神経に突撃取材とか突っ込んで来ないでほしいわ、本当に。

 

「本当に暇な連中だな、おい……」

 

 農業系の大学だから、隔離とか消毒とかはそれなりにしっかりしてはいるのだが。

 それでも追跡取材のテレビ局が来るわ来るわ……よっぽど暇なのかお前ら。

 

 で……とうとう切羽詰まり……

 

「なあ、美浦の石河厩舎の寮に泊めてもらうって、ダメかな?

 トレセン内部って一般人お断りの世界だろ?」

『ダメに決まってんだろ、作家先生』

 

 賢介の奴に電話して、速攻で断りを食らってしまった。

 

「だよな……これじゃ大学にマトモに通えねぇよ。

 ……困ったなもう……」

『っていうかさ……俺からするとすげー謎なんだけど……なんで作家で食っていけるお前が、わざわざ大学に通ってんの?』

「あ? そりゃ学歴ないと苦労するから……Fランのポンコツ大学だって、大卒は大卒だよ。

 いつか人気が落ちて作家辞める事になった時に、学歴と手に職があるかどーかって、すげー大事だろ? まして……俺、馬主で食えるなんて思ってもいなかったんだぞ?」

 

 その言葉に、電話越しに賢介の奴が物凄い溜息をついて。

 

『あのな、一つ教えておいてやるがな……うっかりするとキッドの奴、マジで人生買えちゃうくらい稼いでくれる可能性あるんだぞ? しかも結構高確率で』

「あっはっは、だって朝日杯勝ったって億稼げるわけじゃ……」

『今だって賞金の総額五千万超えてるってのに、朝日杯勝てば普通に1億超えるよ!! 二歳の賞金ランク100%トップだよ!

 ぶっちゃけていうけど、あいつマジで今、ウチの厩舎の救世主だぞ!?』

「え、あー……そういえば、そうだった、かな……?」

 

 よくよく考えると、今の時点で俺より稼いでいやがるんだよな……キッドの奴。

 来年は自分の作品の映画化の話も来てるから、いいお金になるかなって思ってたけど。

 ……やべーな、キッドが朝日杯勝ったら、完全に年間収入で負けるぞ俺……

 

『お前さ、賞金とか、稼いだお金とか、どうしてんの!?』

「え、計算面倒だから、経費含めて編集部が紹介してくれた税理士さんに領収書束にしてほとんど丸投げ……とりあえず飯が食えて生活できればいいかな、と……『馬主業やる』って税理士さんに相談したら、目を白黒されたっけ」

『お前……なあ……』

「去年は馬主業じゃなくて雑所得扱いで、預託費用なんかの経費が税金に考慮されなくて結構酷かったのを覚えてるわ……いつかネタにしてやろうかとか考えてる」

 

 と……

 

『……いっそ、休学とかしたらどうだよ?』

「え?」

『『馬主業と作家業の多忙、また大学に多大なる迷惑をおかけする事になるため』、とか……で、今住んでるアパートからセキュリティのしっかりしたところに引っ越せば?』

「引っ越すって……そんな大げさな」

『いや、あながち間違いじゃないかもだぞ、9チャンのテレビ点けてみろよ』

「え?」

 

 テレビを点けたそこには……モニター越しにインタビューに適当に答える、俺の姿が映っていたのだった。

 

「……マジか……」

『マジみてーだな……とりあえず俺らはお前を守ってやれねぇから、アドバイスくらいしか出来ないけど。

 ほとぼり冷めるまで休学するのも一つの手だって、視野に入れておいたほうがいいぜ? あと、そのアパートから引っ越すことも考えたほうが……え、なに?

 ……ああ、すまん、蜂屋。オヤジが今帰ってきたんだけど、代わってくれって言ってる』

「ほいほい」

 

 で、電話口でがさごそと音がして……。

 

『もしもし蜂屋君……君にとって非常にまずい事になったかもしれん。

 JRAが……キッドをオグリの伝説に絡めて、売り出そうとしているみたいだ』

「……はい?」

『勝ち過ぎた……そう言わざるを得ないような快勝が続いてるからね。

 JRAもオグリキャップが起こした、競馬ブームの再来を夢見てるんだよ』

 

 緊迫したオヤジさんの声に、俺はいまいち事態が呑み込めず。

 

「はあ……あの、いいですか?」

『……何か?』

「その……オグリキャップのブームって、そんなに凄かったんですか?

 俺、小学校にも上がって無かったんで、あまり印象に無くて……オグリが凄い馬だったって逸話はそれなりに知ってるんですけど、それがどういう風に周囲に影響を及ぼしたかとか実感としてピンと来ないんです」

 

 暫し、沈黙の後に、オヤジさんはうめき声をあげた。

 

『あーそうか……オグリのラストランから、もう15年近く経ってる……確かに、そのころは賢介もまだ小学校上がってなかった頃だ。……失念してたよ』

「俺が子供の頃に知った有名な競走馬って、印象にあるのがナリタブライアンとかになっちゃうんですよ。

 そもそも、静舞の農高に入るまでスペシャルウィークもエルコンドルパサーも知らなかったくらい、馬に縁が無かったんです。後は、サイレンススズカが死んだニュースは知ってたくらいで……」

『そうかぁ……確かに、スペシャルウィークもエルコンドルパサーも、競馬界では大きく騒がれたが、オグリのような一般に大きく波及するようなムーブメントにはならなかった……むしろナリタブライアンのほうが、一般には大きく話題になった馬かもしれん』

「ええ、だからそう言われても、全然ピンと来なくて……」

 

 その言葉に、電話口で悩むオヤジさん。

 

『そうだな……個人的な解釈になるが……ナリタブライアンのブームは『余波』だと思ってくれ。そもそも、オグリキャップのブームで競馬ファンが大きく増えた事により、初めてナリタブライアンの一般向けのブームが成立したと私は思ってる。

 そして、バーネットキッドの『物語』は、今のところ、かなり近いような割合で、オグリのストーリーをトレースしているんだ』

「物語、ですか……?」

『ああ、オグリキャップは零細農場から地方の笠松競馬へ、そしてそこから実力で中央にのし上がり、アイドルホースとして君臨した。その過程や物語が一般人の琴線に触れた結果、今でも衰えない人気を保っている。

 一方のバーネットキッドのほうは、牧場ですらない農高生徒が実習で育てた馬で、その面倒を見た生徒が、馬主と厩務員になり、レコードを叩き出し続ける強さを見せつけた。

 しかも、一般人にも強さがわかりやすい、逃げ、大逃げのスタイル。これで人気が出ないワケがないところに、その……あんな芸までテレビで披露してしまってはな……』

「あー……なんか、だんだん解って来ちゃいました。つまり、今日来たテレビの奴は……」

『前哨戦だと思ったほうがいい。

 オグリを一週間も24時間追い回してガレさせたバカ記者の話は有名だが、奴らは『馬にやって駄目なら人間にやれば問題ない』って考える奴らだぞ?

 悪い事は言わない。

 ちゃんとセキュリティのしっかりしたマンションに引っ越すんだ。大学もホトボリが冷めるまで休学するのをお勧めするし、なんなら作家業もペンネームを公表しちゃったほうがいい。

 秘密を暴くのが使命だと思い込んでる連中だから、痛くもない腹を探りに来られて滅茶苦茶な事になる前に、明かせる秘密は明かしちゃったほうがいい。

 JRAもここ最近、売り上げが下がり気味で必死だから、君とキッドとウチの厩舎をまとめて生贄に捧げかねない。まして、JRAのお偉方には『あの頃のオグリブームよもう一度』って輩も大勢いる。……あの馬に人生を変えられて夢を見た私が、言えた義理ではないがね……』

「ま、マジですか!?

 えー……とりあえず前期は単位取れてるし、あと後期……ええ、勿体ないなぁ、三月までは大学通えないかな? そこからだと休学しても一年分の単位はきっちり残るから……」

『つまり『朝日杯を越えて、皐月賞のどれかのトライアルまでは』って事かね? 多分、そんな余裕は無いぞ。

 馬主ってのは、大概が大きな会社の社長なんかの金持ちで、だからこそ怒らせたら後が怖いし、秘書なんかが居て本人の代わりに応対しているから直接取材が控えられているが、君はキッドの馬主と作家であるという事以外、ただの一般人だ。

 『報道の自由』の錦の御旗のもとに、取材対象がどんな滅茶苦茶な事になっても最終的責任を負う気が無いのがマスコミって連中だから、今からきっちり自衛する事を考えるんだ』

「うへぇ……わかりました。

 とりあえず、編集部とも相談して、どこかに引っ越す事にします!」

 

 そして、電話を切り……ふと、気づいた。

 なんか……電話の音質にブツブツって変な音が混じってた気がした。

 ……確か、盗聴とかしてると、そういった音が紛れるって何か作劇の資料で見た気がする……

 

「まさか……いや、俺の被害妄想の可能性も……いや、本当に大変な事になる前に、予め手を打つか……」

 

 翌日、変装をして、家を抜け出すと、学校に休学する旨を伝え。

 

 更に、その足で掲載誌の編集部へと向かい。

 編集部と話をつけ、本格的に引っ越し先が決まるまでの間、編集部内にある缶詰用の部屋を用意してもらった。

 

 ……売れっ子作家様、万歳である。

 

 で、身の回りの物や大事なモノ、作業用のパソコンだけをリュックサックに入れて、編集部で寝泊まりしてると、数日後……。

 

『もしもし、警察ですが蜂屋様でしょうか?』

「……はい?」

 

 恐ろしいことに。

 留守中に、玄関のボロいドアを破って部屋まで押し入った取材陣が、アパートの大家に通報されるという事態が起こってしまったらしい。

 

「嘘だろう……?」

 

 滅茶苦茶に荒らされまくった自分の部屋の中で、俺は茫然としていた。

 

 しかも何が恐ろしいって……住居不法侵入と(多分)窃盗という、れっきとした犯罪が、報道の自由の下にニュースにすらなってないって事である。

 ……警察に捕まった新聞や放送局の取材陣は『報道の自由』『示談』を盛んに口にしてきたあたり、やってる事の悪質さは自分で理解してるんじゃなかろうか?

 

「どうしましょう? 示談ならば時間も短くて済みますが?」

「被害届も出すので、徹底的に裁判にして締め上げてやってください。民事と刑事両方で。

 金銭の問題じゃありません、厳罰にしてやってください」

 

 編集部に紹介された弁護士さんに、そう俺は答えた。



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作家、蜂屋源一の受難……序章その2

「……はあ?

 つまり……TDSさんは『私の家に突撃して来て、家中踏み荒らしたバラエティ番組』と『司会者が同じ動物番組に、キッドと一緒に出演してくれ』とおっしゃるのでしょうか?」

『はい、お怒りはごもっともですが、そこをなにとぞ……』

 

 電話口の声に、あきれ果ててモノも言えない。

 ……こいつらの面の皮の分厚さって、どうなっていやがるのだろうか? 対物ライフルどころか、88mm砲(アハトアハト)だって撃ち抜けないぞ、多分。

 

「別に、件の司会者様には遺恨も何もございませんが……それ以前に、あなた方の神経ってどうなってらっしゃるんですかね?

 大体、殺人教団に情報漏らして一家丸ごと誘拐殺人されても『報道でござい』って、どのツラ下げてモノが言えるんですかね?」

『ですから、重々社長からもお詫びを入れさせていただきますので、出来れば裁判のほうも示談に……』

「そういう事は、直接連絡ではなく、弁護士を通してください。

 そうでないなら、放送免許を総務省に返上したら考えます。では……」

 

 ぶつり、と携帯電話をたたき切った所に、更に連絡が入る。

 リダイヤルかと思い『懲りない奴め』と一瞬、身構えるが……ディスプレイに表示された番号に、即座に受話スイッチを入れる。

 

『おう、ようやっと繋がった……蜂屋、無事か!?』

 

 賢介の奴からの第一声に、俺は安堵した。

 

「石河か……ああ、まあ金銭的にはそうでもねーんだけどさ。極端にヤバい書類とかは貸金庫だし、仕事用のPCは別で持ち出してるし。

 ただ、プライベート用のPCとか、それに入ってるエロゲとか資料とかさ……あとフィギュアも壊されちゃったよ。型月の箱もオジャンだ……」

『うわぁ……ご愁傷様。

 あとなー、喜べ蜂屋。JRAはお前の味方だぞ。オヤジが談判してくれた。

 っつーか、オヤジがマジギレしてて『もしどうしても対応しないというのなら、キッドを海外の厩舎に移籍させる事も考える』って、厩舎ごと解散させる覚悟で抗議してくれた。

 更に、オグリやターボと縁のある幾つかの厩舎が、連名で抗議してくれたらしい』

「マジか……やりすぎだよ。でもありがとうな」

『「どうせキッドが来なかったら、何年もしないうちに解散してた厩舎だから、今更惜しくもない」だってよ。

 大体、初動が遅すぎたんだよJRAも……まあ、変な取材が行く事は、今後多分ねーよ。

 それに、お前の出版社のほうも、動いちゃくれてるんだろ?』

「まあな……何だかんだ突っ込んできた奴が複数いるから、責任のなすり合いになってるよ……全員、許す気は欠片もないけど」

『だよな……この件に関しては競馬関係者、特に直接馬に関わる現場組は、ほぼ全員がお前の味方だと思っていい。

 そもそも、オグリにやらかして関係者全員キレさせた事例から、全然学んでないって解っただけで、喧嘩するにゃ十分な理由だよ』

「だよな……ありがとうな、連絡くれて。

 今、まだホトボリ冷ますために出版社に缶詰だけど、オヤジさんたちや、味方になってくれた人たちによろしく言っといてくれ」

『おう。新居決まったら連絡くれよ。朝日杯には顔出すんだろ?』

「もちろん。じゃあな♪」

 

 そう言って、携帯電話を切る。

 

 ……テレビ局一つに出版社二つか……エライ騒ぎになっちまったなぁ……

 

 まあ、ウチの出版社のほうも鼻息が荒くて。

 『生え抜きの看板作家の一人に何してくれやがる』と、弁護士やら何やら雇って、徹底的にやるつもりらしい。

 更に、執筆が捗るからって事で、未だに編集部の缶詰部屋で生活しながら作業してるんだけど。

 

「先生……だから以前から、あんなボロアパートじゃなくて、ちゃんとしたところに住んで欲しいと」

 

 俺の担当でもある、編集者の新野女史が、溜息をついた。

 

「えー、だって匿名のペンネームで書いてるんだから、周囲にはただの貧乏学生としか思われてませんよ」

「その貧乏学生が、どうやったら馬主なんて出来るんですか! 危機感が無さすぎです!」

「だから今、この部屋借りてるんじゃないですか♪ ここならある意味、世界一安全でしょ?」

「そりゃそうですし、編集者としては助かる事は確かですけど……よく生活できますね?」

 

 夜討ち朝駆け徹夜の結果、マグロと化してる人間がごろごろ転がってる編集部の部屋の隣である。

 だが、正直そんなもん……

 

「別に、農高じゃたい肥やボロ山に囲まれて、二段ベッド二つの四人部屋で暮らしてましたし、今更どーとも思いませんよ。部屋から『絶対出るな』とも言われてませんし、近くに風呂屋も飯屋もありますし、アキバとかも近いし……『手書きで原稿書け』って言われるよりかは遥かにマシですって」

 

 以前、新人賞を取った年の、忘年会という名の作家同士の交流会で、手書き原理主義な老大作家の先生が、酔っ払って俺に絡んで来たのを思い出す。

 

「いや、先生の『手書き原稿』なんて、こちらも渡されても困ってしまいますから……」

「あはは、ですよねー♪」

 

 『超』の字がつく悪筆な自覚があるため、どうしても執筆にはノートパソコンが必須なのだ。

 むしろ、タイピングのほうがイメージが湧きやすい、とも言える。

 

「それに、ね。新野さん。

 なんていうか……損して得取れって言うじゃないですか」

「え?」

「滅多に味わえませんよ、こんな状況と体験……ぜひ、次回作なり次巻なり……なんなら『テン・ガン』の短編でもいいので、何かこう『作品のネタに使いたいです!』」

「……え、えっと……個人的な復讐は」

「そんなんじゃなくて、ただ純粋に『面白いネタを拾ったな』って思っただけですって。

 だから新野さんも『話を面白くするために』『盛り上げて売るために』編集者として手伝ってくださいよ?

 だって、ラノベなんて『面白ければそれが正義』でしょ?

 さあ、どう面白おかしくしてやろうかな~♪ うふふふふふふふ♪」

 

 アドレナリンとかエンドルフィンとか、そんな脳内物質に自我を操られながら、指先が加速していく。

 作家としての、俺の筆……もとい、タイピングのノリは、今、どこぞの露伴先生張りにかなり絶好調であった。

 

 

 

「あ、井出江先生ですか、お久しぶりです石河です。

 この度はお骨折りを頂き、ありがとうございました」

 

 本来、JRAへの抗議は、自分の厩舎の中の事だけで収めておくつもりだったが、話が広まるに連れて、美浦だけでは収まらず。

 栗東の有力厩舎からも抗議が出る事態へと発展し、こうして協力してくれた厩舎に、一軒一軒お礼の電話をかける事になった。

 

『ああ、なに……マスコミ共にはいい薬だよ。

 それにウチもオグリと縁が無かったわけじゃない……いや、あの時代の競馬関係者すべてが、オグリのお陰で潤っていたんだ。

 その孫を……孫みたいな馬の馬主を、同じようにイジメようってんだ。黙ってはおれんよ。

 しかし、石河先生も大胆な事をなさるね? 自分の厩舎の解散とキッドの海外委託を賭けたって……JRAも目を白黒させてたろう?』

「いやぁ、恥ずかしながら、この気性で損ばかりしてきましたからね……『もう何も失うものはない』って段階まで来てたからこその捨て身技ですよ。女房も居ないし、大介も賢介も、とっくに自立してますからね。10年前には出来ませんでした」

『はっはっは、捨て身が一番怖い、か……件のオーナー様はどうだい?』

「今、編集部でかくまってもらってるそうです。あちらも動いてるそうですよ」

『そうかい。ああ、キッド君は元気かね? と……ライバルに聞く事じゃないか、これは』

 

 ……!?

 僅かに感じた、違和感。

 ライバル……? それは……

 

「元気ですよ……人間の騒動なんて、本当に関係ないって態度です。のんびりしたもんですよ」

『おお、良かった……これで来年のクラシックは盛り上がるってものだよ。

 こっちにも良い二歳馬が来てね。キッド君よりデビューは遅れたが、負けてはいないつもりだよ』

「そう、ですか……伝説の調教師の御眼鏡にかなう馬ですか。お手柔らかにお願いします。では……」

 

 受話器を置き、背筋が寒くなる。

 あのメジロマックイーンを育てた伝説の調教師が認める馬……それがバーネットキッドと同期という事になる。

 

 い、いや……リップサービスかブラフだろう……確かにこっちとは違い、向こうは多数の馬を預託されている、栗東の最大手だ。

 そりゃG1級の素質馬なんて、よりどりみどりの選び放題ではあるだろうが、だからといってマックイーン級の化け物馬なんて、あの栗東の大手ですら稀である。

 

 そう思ってはいたものの。

 あの声色に込められた自信に、いやな予感がぬぐい切れなかった。



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朝日杯に向けて。

『まったく……なんで同じ美浦なのに気づかなかったんだろう?』

『俺もお前が美浦に居た事にビックリだ……てっきり栗東だと思ってた』

 

 はーい、冬も押し迫って、朝日杯に近くなってきた頃の美浦からこんにちは、バーネットキッドです。

 現在、一緒に併走しながら併せ馬の調教中。

 お相手は札幌で共に爆走した、ストーミーカフェ君です。

 

 いえね?

 併せ馬ってのは、脚質の似た馬同士で、かつ実力が近い者同士じゃないと、互いに悪影響を及ぼす事すらあるのですが。

 

 逃げ馬、大逃げ馬ってのは絶対数が少ない以上、相対的に『強い逃げ馬』なんてのは、まず滅多にお目にかかれないわけで。

 増して、預託されたところは零細の石河厩舎。

 有力な逃げ馬なんて、所属する馬で俺以外に居るわけもなく、テキの伝手でもかみ合う相手がおらず。

 

 だから少し前までやることは、坂路とコース周回とプールとプールとプールと……ま、そんな感じだったのですが。

 

 札幌での大暴走を機に、同じ美浦にあるカフェ君の厩舎が『是非、併せ馬の調教を行いたい』と申し出てくれまして……。

 で、こうして時々早起きして、カフェ君と一緒に併せ馬の調教を受ける事になりました。

 

『ああ、そうか……いつも寝坊してプールで泳いでる馬がいるって、あれお前か』

『なんだ、俺、人間以外にも有名なのか?』

『変な奴がいる、って美浦で噂になってるぞ……寝てばかりなのに滅茶苦茶強いって』

 

 あー……つまり調教の時間が普通の馬とズレまくってるから、同じ美浦なのに、顔を合わせる事が無かったって事か。

 

『良く寝て食って走れば、強くなれるさ。あとプール』

『お前の飯の量を基準に語られてもな……こっちが気持ち悪くなってくるよ』

 

 などと、のんきなやり取りをしつつも。

 それでも割と強めに併せ馬をしながら、コースを爆走し続けた。

 

 

 

「いやぁ、札幌で分かっていたが強いねぇ……キッド。

 今、ストームがいっぱいいっぱいなのにまだ余裕があるじゃないか。乗ってるエンジンが違う感じだよ。それに、調教厩務員もずいぶん若い……ああ、息子だっけ?」

「ええ、賢介です。

 キッドの事は一番あいつが解ってるんで、大介が乗れない時はあの子に任せてますよ」

 

 札幌後に併せ馬を申し出てくれた、老調教師の先生と会話を交わしながら。

 世間話ついでに情報のやり取りをする。

 

「そういえば、栗東の井出江の所に、マックイーン級の奴がいるって噂を小耳に挟んだんだがな……」

「ああ、アレですか……先日の騒動でお礼の電話をしたとき、当人からそれらしい事を耳にはしましたが」

「まあ、私のストームも負ける気はないが……レースでかち合わなければ、個人的に、同じ美浦としてキッドは応援したいね。なにしろ、美浦は今、栗東に圧されっぱなしだからね……」

 

 西高東低。

 競馬界でよく言われている事である。

 その原因は……

 

「坂路……ですかね」

「うむ……」

 

 栗東の坂路に比べ、美浦の坂路は傾斜が緩い。

 故に、調教の経験値や練度が栗東のほうが高い……というのが定説である。

 だが……

 

「確かに便利なんですけどね……坂路って。二流を一流に近づける手段として一番簡単なんですよ。

 なにしろ真っ直ぐ走るだけで、馬は強くなってくれる。コーナーワークも何も必要ないから、騎乗さえできれば調教のスケジュールもこなせる。

 だからこそ……そこに『落とし穴がある』と私は前から思ってるんですよ」

「ほう、君もかね?」

「ええ、正直、『ミホノブルボンの呪い』だと俺は思ってます」

 

 俗に。

 生き物の筋肉は速筋と遅筋に分かれる。

 

 速筋は出力が大きく、遅筋は出力が小さい。逆に、速筋は持続時間が短く、遅筋は持続して長い。

 マイル以下の短距離馬がムキムキマッチョなのは速筋を重視し、長距離を走るステイヤーがシュッとスマートなのは遅筋を重視した結果である。

 

 だが、そこに第三の筋肉……『中間筋』とも呼ぶべきものが存在する。

 出力もあり、持続力もあるという……速筋をそのような性質に変化させていく事が可能なのだ。

 それは、坂路の調教で主に得られるものであり、それを具体的に体現したのがミホノブルボンであり、徹底した鬼調教と、それに応え続けたミホノブルボンが、当時の栄冠を勝ち取り続けたのは、ある意味で必然の結果『ではあった』。

 

 だが……その夢のような『中間筋』にこそ、落とし穴があると俺は睨んでいる。

 

「結局、それで馬の能力の最大値がミホノブルボンで止まっちゃってる……中間筋の『先が見えてない』。だからどんな素質馬でも世界に追いつけない。

 ……零細二流の私が、言えた義理ではありませんがね……」

「ほう、興味深いね……続けて?」

「いや単純な話で。

 中間筋は『速さで速筋に勝てず』『持続時間で遅筋に勝てない』。故に、坂路を使った中間筋重視の調教は『その馬の潜在能力を引き出す事はできても、潜在能力の最大値を貶めていないか?』って事なんです。

 そして、調教の難易度も比較的低く、手早く強くなれる坂路が便利で重宝される……坂路を全否定はしませんし必要であるとは思いますが、だからといって『信仰』になっちゃったら、それは調教師としてダメだと思ってるんです。

 確かに坂路の強い栗東に、馬の平均値の強さは軍配が上がるとしても『その馬の持つ素質の、潜在値のMAXを引き出す事ができれば』……私はそんな望みをキッドに賭けて調教してるんですよ」

「ほう? だからあのプールかね?」

「まあ、それにプラスして……」

 

 文字通り『道草』のオヤツを探してきょろきょろするキッドに目を向け。

 

「ダイエットですかね?」

 



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思わぬ再会

「先生!! 先生!! 起きて! 起きてください!!」

「ふにゃあ?」

 

 曜日も時間の感覚も喪失しながら原稿に向かい続け、文字通り寝食を忘れて単行本2冊分くらいの文章量を、一気に書き上げ終えた後。

 ぶっ倒れるように泥のように寝込み続け……新野女史に叩き起こされた。

 

「朝日杯でしょ! 今日!!」

「ふぇっ!? そうだ、今日だったっけ……え?」

 

 ……そういえば『冠婚葬祭万能の学生服が通じなくなるから』って買った、背広とかのフォーマル向けの服って、アパート荒らされてそのまんま……

 滅多に使わないから、押し入れの奥に置きっぱなし……しかも荒らされてない保証もない上に、編集部から車で飛ばしても、アパートまで片道3時間はかかるよな。

 

「い、今、紳士服の店とか、どこか開いてるかな……?」

「その前に、お風呂に入ってヒゲを剃ってください。

 原稿作業に没入してくれるのは編集者として嬉しいですが、何日お風呂に入ってないと思ってるんですか!?

 ぶっちゃけ臭いです!!」

 

 ふと、気が付くと。

 缶詰部屋の中が、外のマグロが転がってる編集部と、大差ない荒れようになっていた。

 

「やっべぇぇぇぇぇぇぇ!! い、急がなきゃー!!」

 

 編集部の近所にある24時間営業の風呂屋に行って体を洗い、薄汚れたTシャツGパンサンダル姿で紳士服の店に突っ込んで、顰蹙を買いながら吊るしの上下とシャツとネクタイを買い込み、大慌てで中山につく頃には……。

 

「もうレース始まっちまってるじゃん……今、第何レースだよ……」

 

 既に正午を過ぎて一時になろうかという時刻だった。

 

 ま、まぁ、午前中は逃したが、重要なメインの朝日杯は午後なので間に合いはしたらしい。

 とりあえず、馬主席に……ば、馬主席に……

 

 扉を開けて部屋に入った途端、なぜか、馬主席からズラリと向けられる俺への目線。

 

「……あ、ど、どうも……」

 

 新馬戦やOPなんかとは違い、曲りなりにもGⅠレースである。

 そりゃ、見に来られるよねぇ!? 他の馬主様!!

 

 新潟や札幌じゃ、そもそも馬主席にいる人間の数が少なかった上に、目を合わさないように隅っこで小さくなって軽い挨拶だけして、ささーっと逃げられたんだけど。

 

 ふと、石河の言っていた事を思い出す。

 

『あそこは別世界』

『マジモンのブルジョワ様の吹き溜まりって感じだったわ』

 

 ひ、ひえぇぇぇぇぇ、こ、これ何やったって粗相になっちゃうんじゃねぇの!?

 

 と……

 

「おお……蜂屋君!? 無事だったかね?」

「へ……?」

 

 見知った人の声に、びっくり。

 

「篠原の社長!?」

 

 初老のスーツを着た男性が、そこに立っていた。

 

 

 

 話は、俺が中学生時代に遡る。

 まだ、普通に家族との関係が幸せだった頃……とあるカードゲームにハマった俺は、近所のカードショップの常連だった。

 海外製のそれはイラストが割と大人向けだった事もあり、俺たちのような中高生だけではなく、割と年齢の高いおじさんやお兄さんなんかもチラホラと来ていて。

 で……そんな中には、彼……篠原さんという『自称』社長やってるという人も居たわけなのだが。

 当時はそんな事を深く考える事もなく、ただひたすらに『大きなお友達』としてカードゲームに夢中になって、彼とトレードを楽しんでいた。

 

 

 

「ほ、本当に……社長だったんですね」

 

 隣の席に腰を下ろして、ビールとジュースで再会を祝しながら。

 

「君、私を何だと思っていたのかね」

「え、えっと……割と胡散臭いけど、子供と遊んでくれる面白いオッサン……」

「ぷっ……まあ、間違ってはおらんよ……」

「だって、あの頃の俺たちみたいな中坊の子供と遊んでくれる大人って、大概がこう……今思うと、地元だとダメ人間臭の漂う人が多かったから、てっきり……」

「まあ、社長というのは嘘で、会長だがね。半分、楽隠居のようなもので暇はあるし」

「やっぱエライ人じゃないですかー……というか、もうこの空気に押しつぶされそうですよぉ……変に注目されてるし」

 

 と言うと。

 

「まあ、確かに、君と居たカードショップと似たところはあるなぁ」

「へ?」

 

 首をかしげると。

 

「ほら、君たちが居たカードショップ。

 ビルの三階にあって、閉鎖的な雰囲気の狭い店で、ご新規さんが来たら品定めをするような目で常連に見られただろう?」

「あー……まあ、確かに、って、注目度が全然違いますよぉ!」

 

 ガン見こそされていないが。

 それでもチラチラと周囲が見てくるのである。

 

「そりゃあんな大騒動が起こった後だからねぇ?」

「は?」

「君の家に押し込み取材があったんだろう?

 それで行方をくらませてるって噂になってね」

「はあ、それが一体、どういう事に?」

 

 割とテレビ局とか新聞社とか、どこもそれに近い事を常習的にやってるはずで、だからこそ俺はただの一被害者で、ワンオブゼムの一つでしか無いはずで。

 故に、俺は遠慮なく個人的に怒り全開で、やらかした放送局やら出版社に怒っているのだが。

 

「君は、オグリキャップが新聞記者に追い回された話を知ってるかね?」

「ああ、はい……話だけは。

 子供すぎるくらい小さい頃だったので、実感は無いのですが」

「あの一件は、JRA、馬主、厩舎……アレを知ってる当時のすべての馬に関わる人間のトラウマなんだよ。

 そのオグリの孫で、しかもオグリの跡を継ごうかというような馬のオーナーが、それに近い目に遭わされたんだ。

 過剰反応に思われるかもしれないが、馬に関わる人間すべてが怒っていると思ったほうがいい」

 

 う、うわぁ……現場サイドの怒りはオヤジサンから聞いてたけど、馬主やってる社長から聞くに、こっち方面もお怒りなのかぁ……

 

「い、石河のオヤジサンが、厩舎の解散とキッドの海外委託を賭けて、JRAに対応を談判しに行ったって……」

「やりすぎだが、あり得るだろうね……そもそもJRAにとってオグリは神様のようなモノなのだよ」

「神様!?

 ……すいません、さっきも言った通りオグリの活躍した時期って、ラストランが小学校上がる前くらいなんで、全然ピンと来なくて……」

「君の家には、オグリのぬいぐるみとか無かったかね?」

「え、ええ……え? あった、かなぁ?

 確かに灰色っぽい馬のぬいぐるみはあった気はしますが」

「多分それがオグリだよ」

 

 ひぇっ……砂場で振り回して泥まみれにしながら遊んでた覚えしかネェよー……

 

「オグリが競馬の世界を何もかも変えた。それも良い方向に。

 後に出てきた、トウカイテイオー、ナリタブライアン、テイエムオペラオー……みんなオグリが居たからこそ、一般にも受け入れられる存在になった。

 だが、オグリ自身は後継には恵まれず、遥か彼方の過去の夢に消えたかに思われた時、後を継ぐ者として君のキッドが現れた……そりゃ周囲も期待するし、あんなことになれば心配もするさ」

 

 う、うわぁ……想像以上になんかエライ事になっちゃってるんだなぁ……まあ、周囲がどう思っても俺は奴らを許さないけど。

 

「そんな騒動の火種になっているのが君だよ。

 そりゃ挨拶したくても気軽にできないし、かといって無視したくたっても出来ないさ」

「その……なんか、すいません。来ない方が良かったかなぁ?」

「とんでもない。むしろ来て良かったくらいだよ。

 なんなら何人か紹介しようかね? 皆、気のいいオジサンたちだぞ?」

「い、いえいえいえいえ、皆様、恐れ多すぎて何が失礼になるか分かりませんもの。

 一応、社会に出てたって言ったって、編集部との関係しか持ってないようなインドア人間な自覚はあるので」

 

 と……

 

「くっくっく……あの時とは本当に逆になったねぇ」

「あの時?」

「ほら、私がカードショップに初めて行ったとき。戸惑っている私にいろいろ教えてくれたのは君じゃないか」

 

 ああ、なんか思い出して来たぞ……社長が入口でどうしていいのか分からなそうにしてたから、中に誘って基本的な事を教えたの。

 

「基本は変わらんよ。

 好きなカードを買って、考えながらデッキを組んで、テーブルで向き合って、いざ勝負。

 好きな馬を買って、考えながら厩舎と騎手を選んで、競馬場で顔を合わせながら、いざ勝負。

 まあ、遊ぶゲームのルールが変わって、おもちゃの値段の桁が上がったダケだと思いたまえ」

「お値段上げすぎだし、いろいろリアルに人生賭かり過ぎですよぉ……ああ、石河のオヤジサンが心配してくれたワケだ……」

 

 ほんと、見栄張らないでダメだと思ったら馬主引退しよう……

 

 

 

「よう、蜂屋! 久しぶり……やつれたなぁ」

「お、おう……石河……それにオヤジサンも、お兄さんも、お世話になりました」

 

 キッドの出走前に、挨拶も兼ねて下のパドックに降りた時には。

 もう精神的にゲッソリだった。

 

 あの後。

 レースが始まるまで、ずっと雲の上の偉い人たちとの挨拶攻勢と名刺交換……というか、名刺なんて持ってないので、頂くだけという失礼な事になり。

 ついでに、なんか俺の正体知ってる人も何人か居たりしたもんだから、馬主の方々に正体がバレて、出来れば内密にと頭を下げたり。……どうも、出版社の忘年会や新年会に、顔を出されていたらしい。確かに気鋭の作家として学生服で壇上に上がって挨拶したりしたよ、あの時。

 

 ついでに、篠原の社長にもビックリされたよ……

 

 ……あと名刺無しなんて失礼しちゃったから、後で名刺頂いた方々に返礼代わりにサイン本とか一言添えて送るべきかな……編集の新野さんとも相談しよう。抗議に協力してくれた調教師の方々にも菓子折り持って挨拶行かなきゃ。

 

「というか、まだ新居決まらないの? 半月以上経ってるぜ?」

「まあ、なかなか良い物件が無くてなぁ……というか、セキュリティのしっかりしてる所って無駄に家賃が高くて広かったりして『こんな広さ要らネェよ』って感じの所が多くてさ」

 

 実家に居た頃の自室は四畳半一間。

 農高時代は四人一部屋の4段ベッド。

 そしてあのボロアパートも1kの四畳半。

 逃げ込んだ缶詰部屋も四畳半くらいである。

 

「いっそ、編集部に『棲もう』かと思ってたりするよ、もう……」

「『住む』の字が違うあたり、なんか惨状が見えてきた気がするな……いっそ家建てちまえよ」

「……なんかだんだんそれもアリな気がしてきたわ」

 

 そして……

 

「キッド~」

 

 久々の、精神的な癒しとの再会である。

 軽くハグして甘えておこう……すりすり。

 ああ、キッド……お前本当に俺の癒しだよ……とりあえず過去の悪行は、今は忘れておくから。




馬主の立場で、出走前に馬に合いにパドックって行けましたっけ?

割と曖昧で書いてるので、間違っていたら修正します。


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中山競馬場 第11レース  第56回朝日杯フューチュリティステークス(G1)

 はーい、中山競馬場からこんにちは、バーネットキッドです。

 

「キッド~」

 

 出走前にパドックに現れた馬主様は……なんか二か月前とは違い、凄くやつれておられた。

 ……何があったんだろうか? 原稿がヤバいのかなぁ?

 軽く舐めて、すりすりして癒してみよう。

 

「相変わらず可愛いなぁ……頑張って無事に帰って来いよ」

 

 おう!頑張ってくるぜ! 馬主席で見ててくれよ!

 カフェ君は一緒の馬運車で来たくらい割と友達だが、レースなんだし遠慮はしないさ。

 さて……

 

「愛想は振りまかなくていいからな……キッド。やるなよ、絶対やるなよ?」

 

 割とキレ気味な厩務員君。

 えええ、じゃあ、ここでアイーンしちゃダメ?

 

「芸もぜったいするな、するなよ……G1だからな、G1レース!!

 別周なんて恥ずかしいの嫌だからな、俺は! 大人しく周回しろよ!?」

 

 ……それはつまり……『君にバレないように芸と愛想を振りまけ』っていう、フリって事でいいんだな?

 

 そして……

 

『5枠9番、バーネッ……ぷっ……し、失礼、バーネットキッド。体重は498キロ。増減は+2キロ。い、いろいろな意味で目立つ馬ですね』

『あれ、完全に理解して遊んでるんじゃないですかね……あれで強いからワケがわかりませんよ』

 

 さざ波のような忍び笑いと、時折首をかしげる厩務員君。

 そして、その視界の死角で変顔を続けたり舌を出したり、ウインクしたりして愛想を振りまく俺。

 パドックでは大声をあげちゃいけない……つまり『笑ってはいけない中山競馬場パドック周回』の始まりである。……誰か大爆笑でアウトにさせられねぇかなぁ?

 

 やがて、止まれの合図と共に、半笑でやってくるジョッキーの兄貴。というか、騎手たちや関係者全員、ほとんど笑ってる。

 ……くそぅ……忍び笑いはあったものの、最後まで大笑いには出来なかったか。

 

「兄貴、頼む……え? どうしたの兄貴?」

「あのな、賢介。

 お前、パドック回ってるとき、キッドに『志室うしろうしろー』されてたの気づいたか?」

「!!!?」

 

 慌ててこっちを見る厩務員君に、変顔で答えてやる。

 

「てっ、てめぇ……後で覚えてろキッド」

「ほら、返し馬行ってくるから」

「ったく……頼んだぜ、兄貴」

 

 

 

「ほんと、おめーはいつも通りだな……なんか初めてのG1で力が抜けちまったよ」

 

 鞍上の兄貴がそんな事を言いながら、返し馬を終えて、誘導馬に続く。

 

『さぁ、スターターが上がりまして中山競馬場にファンファーレが響きます』

 

 観客席の方からGⅠのファンファーレが聞こえてくる。

 

『中山の冬空が歓声と共にゲートインの合図を受け止めました。各馬ゲートに収まっていきます』

 

 いつも通りスッとゲート入り。今までは大体大外だったのだが、今回は9番目。

 なので、残りが全頭収まるのを静かに待つ。

 

「……さあ、カマしに行こうぜ、キッド」

 

 鞍上からそんな呟きが聞こえた。

 

『──マルカジークが収まりまして態勢完了。第56回朝日杯フューチュリティステークス……今スタート!』

 

 おりゃあ!

 開幕ダッシュの先頭切りじゃーい!!

 

『18頭そろった綺麗なスタート、まずは9番バーネットキッドがぐっと前に出て差を広げる、続いて後を追うように8番ストーミーカフェ、更に1番コパノフウジン、3番テイエムヒットベ……………7番マイネルレコルトはこの位置か? 更に……』

 

 おうおう、やっぱりカフェ君が来たか、そりゃそうだ……

 とはいえ、芝と洋芝じゃ、どっちかってと洋芝のほうが好きなんだけどね。

 

 まあ、大した問題じゃないさ!!

 全力全壊、かっ飛ばして行くぜおらぁ!!!

 

『さあ、緩やかなカーブ第三コーナーに入って、バーネットキッドが先頭、後ろからストーミーカフェがついていく、これは鈴がついたか? 完全にバーネットキッドだけを狙って差しに行く態勢だ』

 

 あー……まあ、確かに、全速で爆走しながら前でぶっ飛ばす奴を相手なら、その方法はあるわな。

 ただ、その方法は『俺が潰れたら一緒に後続に飲まれて共倒れになる』超ハイリスク戦法なんだけど……どうも、そんな心配もしていないらしい。

 

 ……そりゃ一緒に散々併せ馬してるからなぁ……タフさは全部知られてるか。

 むしろ、スゲェ信頼感だね、友達として歓迎するぜ。だから……

 

『さあ、最後の直線、ただ一頭入ってきたバーネットキッド! 少し遅れたストーミーカフェも鞭が入る! ここで後方からすごい勢いでマイネルレコルトが抜けてきた! 中山の短い直線のたたき合い、だが先頭はバーネットキッド譲らない!』

 

 その信頼に応えて、全力でぶっ飛ばす!!

 

『後ろからマイネルだ、マイネルだ、物凄い勢いだ、だが届かない、今、ゴール!!』

 

 過ぎていくゴール板。

 そして……俺は、同世代の牡馬の頂点に立った。

 

『一着バーネットキッド!! 1分32秒9! とうとう32秒台が出ました文句なしのレコードタイム!! 4年前のエイシンチャンプの記録を0.6秒も縮めて、32秒台の世界に踏み込んだ!! 二着争いは、僅かにマイネルレコルト。ストーミーカフェは三着に収まりましたが、こちら二頭も本来ならレコードタイム!!」

 

 よっしゃあああああ!! 馬主君、見ててくれたか! 世代の天下、取ったどー!!!

 

『周囲を笑いに巻き込むパドックの芸人が、ターフで見せたその本性。

 まさに三代目大怪盗の名に相応しい、大逃げっぷりを魅せました!!』

 

 さて、勝利のウイニングラン……そしてスタンドに向かって、とびっきりの変顔で。

 

 あい~ん♪

 

「……なあ、他人の振りしたいんだけど、ダメか、キッド?」

 

 なんでやねん、ジョッキーの兄貴!?

 スタンドどっかんどっかんの大爆笑やんけ!?



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掲示板回 今年の二歳馬を語るスレ

1:名無しの馬券師 ID:nlvqW4v9W

有馬も終わったところで今年の二歳馬を語ろう

 

2:名無しの馬券師 ID:mTv4RE+8F

2get

 

3:名無しの馬券師 ID:IRsPJYyxS

言うて、2歳戦線は『奴』以外って何が居たっけ?

 

4:名無しの馬券師 ID:tDBPToBx/

マイネルレコルト、超頑張ってたやん。新馬戦と朝日杯以外、全部レコードで勝ってるで。

 

……新馬戦と朝日杯以外……

 

5:名無しの馬券師 ID:p/NugI5M+

ああ、確かに凄いよな、マイネルレコルト。

確かにお前は強かったよ。だが(相手が)間違った強さだった……

 

6:名無しの馬券師 ID:ojW2e8/Cf

とんでもねぇ奴と同じ時代に生まれちまったもんだぜ……

 

7:名無しの馬券師 ID:wu9mKWjpq

冗談抜きに>>6のセリフが笑えない……

 

8:名無しの馬券師 ID:FRxxnyh2r

総帥、新馬戦見て顔ひきつってたって本当?

 

9:名無しの馬券師 ID:9iEEOA/ts

誰だってあんなモン見せられたら、顔面ひきつらせて笑うしかないわ。

 

10:名無しの馬券師 ID:EZKFjyEjr

『あんなもん』って何? レース、それとも動物園?

 

11:名無しの馬券師 ID:sLKF0Nv5p

両方全部だろ……なんやあのUMA。

 

12:名無しの馬券師 ID:6NHK5OZZ3

俺、元静舞農高民。まさかあの白いゴキブリがG1馬になるとは……

 

13:名無しの馬券師 ID:EGWKowKpV

マジで? っていうか白いゴキブリって何?

 

14:名無しの馬券師 ID:6NHK5OZZ3

>>13元農業科なんだけど、あいつ畑を食い荒らしては去っていくから、農業科の人間は全員『白いゴキブリ』って呼んでた。

何がタチ悪いって、座学の授業中狙って逃げ出すんだよ……農業科の人間全員、マジで馬刺しにしてやりたいって思ってた。

生産学科も最初アイツの脱走を信じてなかったから、その年の被害がシャレにならなかった。

後で生産学科全員、農業科に土下座させたけど。

 

15:名無しの馬券師 ID:onPuJHvTa

馬www刺wwwしwwwww

 

16:名無しの馬券師 ID:Zlr4L3FRF

あんな図太いゴキブリが居てたまるかwww

 

17:名無しの馬券師 ID:CXHeMpsBP

ハマノパレードはやめろ……と言いたいが、一応、ウチも農家だから気持ちは良く解る

……畑を荒らす者には死あるのみ

 

18:名無しの馬券師 ID:2MA2R+j11

畑荒らしに死を

 

19:名無しの馬券師 ID:SEzXdPPru

畑荒らしに死を

 

20:名無しの馬券師 ID:/dJhzoWFq

怪盗の始まりは畑ドロか……そこから2歳G1まで盗ってのけるとは

 

21:名無しの馬券師 ID:6NHK5OZZ3

他にも畜産課とか被害が出てる。アッチは牛や豚の飼料食われたくらい。あとロールサイレージ勝手に剥いて食ってた。

 

22:名無しの馬券師 ID:5WBjV3f1y

ロールサイレージって?

 

23:名無しの馬券師 ID:WRI3FXpqh

飼料になる草を塊にしてビニールで巻いてダルマみたいにした奴。発酵させて牛や豚に食わせる。

 

24:名無しの馬券師 ID:Kh0ynvJIt

話聞けば聞くほど、奴の胃袋ってどうなってるんだろう……普通に馬が食べちゃいけない代物、モリモリ食ってるのに病気ひとつしないなんて。

 

25:名無しの馬券師 ID:4PLEjXdzu

やっぱりオグリの因子継承したんじゃねぇの、あの怪盗。

 

26:名無しの馬券師 ID:SIwUTvgr4

お前ら、あの怪盗のレースもちゃんと語ってやれよ……奇行が気になるのは解るけどよ。

 

27:名無しの馬券師 ID:bgAi5w5gd

せやかて工藤

 

28:名無しの馬券師 ID:3cJH7OvPy

あれだろう、ツインターボの逃げ気質に、オグリのエンジン乗せたような感じだろ?

 

29:名無しの馬券師 ID:bJLQjaGbr

気質はツインターボに似てないぞ。どっちかというとオグリ似。

カメラに向かっていたずらしたり挨拶するのそのまんま。

問題は、何で2歳馬がそれ出来るのかって事なんだけど、元から頭が凄く良かったんだとしか……

 

30:名無しの馬券師 ID:1STQF8dUH

記事をそのまま信じるなら、馬群が大嫌いな馬ではあるらしいな。

多分、人間に囲まれて育ったからスペシャルウィークみたいな感じなのかな?

 

31:名無しの馬券師 ID:K9T8dNpr+

で、そんな落ち着いた気質の馬がなんで『逃げ』なんだよ。

調教師と騎手が無能なんじゃねぇの?

 

32:名無しの馬券師 ID:DRfqsO1Zv

別に逃げ馬=臆病とは限らないぞ。

群れの先頭を切って前に出る気質の馬もいるし、あの怪盗もそのタイプなんじゃね?

 

33:名無しの馬券師 ID:VW+XSnAm9

なあ、ここ二歳馬を語るスレでいいんだよな? ネタがほとんど全部怪盗に関してなんだけど。

個人的に、同じ逃げ馬でもストーミーカフェを推したいんだよね……怪盗の劣化版みたいな扱いになってるけど。

 

34:名無しの馬券師 ID:MiNxGYWur

せやかて工藤、4レース4レコードなんて馬は無視でけへんやろ?

 

35:名無しの馬券師 ID:Vxegd1Dwh

ああ、ストーミーカフェは怪盗と美浦でよく併せ馬してるぞ。

というか、札幌であの二頭が叩き出した基地外沙汰のタイムが影響してるらしい。

互いに希少な『強い逃げ馬』だから、併せ馬の相手としてピッタリなんだと。

 

36:名無しの馬券師 ID:EN9v/rB5Z

あれな……洋芝で叩き出していいタイムじゃないよ。

カフェも凄いけど怪盗が化け物だ。

 

37:名無しの馬券師 ID:sV3xvC1gW

っつーか、あの怪盗の場合、相手になる馬に『まずレコード更新して来い。勝負はそこからだ』って要求してくるからな。

しかも、マイネルレコルトもストーミーカフェも、奴が居なければレコード更新で一着だというのに。

文字通り『お前は強かったよ。だが(俺が)間違った強さだった』としか言えない……

 

38:名無しの馬券師 ID:NUCVM/2XF

その怪盗と、直接対決が見てみたい期待の馬が出てきてるぜ。ディープインパクトって奴。

新馬戦見たけど末脚が尋常じゃねぇよ。羽広げてワープしてんじゃねーの、って感じ。

 

39:名無しの馬券師 ID:VmeYUm6iS

ま? ついに銭形警部が出てきたか?

 

40:名無しの馬券師 ID:oSZD+x5e0

銭形警部はストーミーカフェだろ。札幌と朝日杯で、あと一歩まで追い詰めてるのに。

 

41:名無しの馬券師 ID:PCR9h0f4d

あと一歩というか、限りなく遠いというか……

 

42:名無しの馬券師 ID:voHeosFgt

どっちかというと、カフェって怪盗とレースで併せ馬して札幌でも中山でもあんなタイムが出たんじゃねぇかって感じ。

 

43:名無しの馬券師 ID:u/xboZJf6

誰か、デイリー杯2歳や東スポ杯2歳取った、ペールギュント君も思い出してあげて……

 

44:名無しの馬券師 ID:lverUK774

もう怪盗に関しては、専用スレ立てたほうがいいんじゃねぇの?

 

45:名無しの馬券師 ID:J3C7T6bsW

そういえば疑問なんだけどさ。学生って馬主になれるの?

怪盗のオーナーが、怪盗を育ててた生徒の一人だって……普通ありえないじゃん?

 

46:名無しの馬券師 ID:Da+i7m79X

JRAの馬主条件を見ると、まず学生じゃ手が出ないと思うけど……どうやって馬主になったのかは知らん。

 

47:名無しの馬券師 ID:A2UUBkB69

あの馬主様の正体って何者なんだろう……?

 

48:名無しの馬券師 ID:hszQbVZpf

厩務員の彼とも同級生だったらしいけど、同じ学校の>>12あたり知らんのかな?

 

49:名無しの馬券師 ID:6NHK5OZZ3

>>48どうも、作家らしいよ。ペンネームで書いてるらしいから何の作品書いてるかは解らん。

 

50:名無しの馬券師 ID:UzjtEUSwB

高校生で売れっ子作家……それ、相当絞れない?

 

51:名無しの馬券師 ID:8uhiw1RC5

今は探るのやめとけ。

最近、そのオーナーの所にTDSの押し込み取材があったらしい。

JRAとか現場の厩舎とか、そのせいでマスコミにピリピリしてる。

よりにもよって、競馬関係者のオグリのトラウマ穿り出したバカが居たらしい。

 

52:名無しの馬券師 ID:ofi/6vznw

mjd!? 馬主に突っ込むってバカじゃねぇの?

 

53:名無しの馬券師 ID:2QqFhyjo8

馬主って基本的に社長とかの集まりだろ?

そこに突っ込むって命要らねぇんじゃねぇ?

 

54:名無しの馬券師 ID:Fs7+rRG7p

『学生馬主だから一般人と同じだし大丈夫だろう』って無茶したんじゃね?

フツーだったら馬主になれるような人間って『何かある』って警戒しそうなもんだけど。

 

55:名無しの馬券師 ID:8uhiw1RC5

だから、件の馬主様も雲隠れしちゃったんだと。

朝日杯の時も表彰が終わったら、すぐにドロンしちゃったらしい。

住んでたアパートにも戻ってきてないらしい。ソースはマスコミ関係者な弟。

 

56:名無しの馬券師 ID:icJALt2Fd

それでか、TDSの珍獣奇想天外に、怪盗が出てこないの。

志室動物園オンリーじゃん。怪盗がオーナーと厩務員と一緒に顔出すのって。

 

57:名無しの馬券師 ID:YZSILZRMq

あの殺人教団の時もそうだし、TDSまじ終わってんな……

 

58:名無しの馬券師 ID:AudE/spXg

やっぱマスゴミはマスゴミだよな……TDS死ぬんじゃねぇの?

 

59:名無しの馬券師 ID:jhLEAEXby

むしろ早めにトドメ刺してやれよ。殺人教団に弁護士売った時に〆とくべきだったんだ。

 

60:名無しの馬券師 ID:Q40Iy4OgH

怪盗の専用スレ立ちました『バーネットキッドとそのオーナーを語るスレ1』

 

 




初めて掲示板形式という奴を試してみました……慣れるのに一苦労です。


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深き衝撃

「……なんだ、これ……?」

 

 朝日杯から一週間後。

 調教師として勝利の余韻に浸っていた自分に、強烈な冷や水が浴びせられた。

 

「これが新馬の走りか……嘘だろう?」

 

 気になって、井出江厩舎所属の新馬戦を、飯を食いながらチェックしていたのだが……中にとんでもない馬が一頭、交ざって居たのである。

 

 時刻は正午過ぎ。

 他の馬の調教が終わり、キッドの奴もレース後の緩めの運動をさせて、厩舎で昼飯をのんびり食べている頃合いだった。

 

「おい、大介。お前も飯の片付けが終わったらすぐに来い、対策会議だ。

 くそ、何が『推定マックイーン級』だ、あの井出江の狸め……そんなもん『軽くブチ超えて来やがるぞ』アイツは」

 

 文字通り。

 石河厩舎全体が深い衝撃を受け、パニックになっていた。

 

 

 

「ふぅ……ようやっと終わった……」

 

 朝日杯の後。

 ようやっと条件にかみ合う、セキュリティのしっかりしたマンションを見つけた俺は、身の回りのモノだけ部屋に放り込むと、朝日杯で名刺をもらった偉い方々への返礼と、抗議に協力してくれた厩舎の方々にあいさつ回りに行くことになった。

 

 ……まあ、もらった名刺の束を見た担当の新野女史が、その名刺のラインナップを見て泡を吹いてひっくり返り、以降、何故か厩舎へのあいさつ回りに彼女が付いてきた。(曰く『どこでどんなトラブルに巻き込まれるか知れたものじゃない』『トラブルを防ぐために私を連れていけ』だそうである)

 

 で、そんな一週間近くかけたあいさつ回りが終わり。

 何の気なしにテレビで新馬戦を見て……一頭の新馬の存在に絶句した。

 

「冗談だろう……?」

 

 と……

 唐突に携帯電話の呼び出し音が、鳴った。

 

『もしもし、蜂屋。俺だ』

「おー、石河」

『お前、引っ越し終わったか?』

「ああ、何とかな……それより新馬戦見たんだけど、やべーのが一頭いないか?」

『ああ、お前も見てたのか。なら話が早い。

 そんな事よりも、お前冗談抜きに『キッドの全勝に当て込んで』、変な事に金つぎ込んだりしてねぇだろうな?』

「するかバカらしい! 経費以外はほとんど貯金だよ!!」

『そうか……いや、ウチの厩舎がキッドにガンガンに太鼓判押しちまったから、今更『予定が狂いました』とか言ったら、とんでもない事になるかもとか思ってて』

「やらねぇよ。馬で破滅なんかしたかぁねぇもん。

 もともと俺はキッドを走らせたいダケで結果まで細かく考えちゃいなかったんだから。

 大体、あんな騒動が起こらなければ、こんな高いマンションで生活したかぁねぇよ。小さくて狭いところ選んだつもりだけど、広すぎて全然落ち着かねぇ。

 家賃も高いし、避難シェルターだと思って、騒動が落ち着いたらまた引っ越すつもりだよ」

『だよな……お前はそういう性格だったよな』

 

 と……賢介の奴が、改まった声で。

 

『それより、お前に伝える事がある……『お前の目は確かだったぞ』って事だ』

「え?」

『覚えてねぇか!?

 高校時代、お前に冗談でセールに出てる0歳馬を見せて、どの馬主になりたいって言ってお前が指定した馬!

 寮の食堂でお前が馬主の話を聞いてきたあと、俺がその年のセールの映像見せた時、お前が答えた「ウインドインハーヘアの2002」! 7000万で落札されてた奴だ!!

 ……解説の血統見て気づいたんだよ……ゾッとなったぜ。お前の相馬眼は『信じるに値するからこそ、敵に回るとおっかねぇんだ!』』

 

 賢介の言葉に、すべてを思い出す。

 ……そうだ……あのセールの中で一番『走りたそうな奴』を選んだよ……その時は馬主資格なんて取れる状態じゃなかったし、それ以前に7000万なんて大金、それこそ『爺さんの遺産を大半全部突っ込め』って話になっちゃうから、とてもじゃないが無理だし冗談半分でしか考えてなかったけど。

 

『しかも調教師は井出江さんだ!

 メジロマックイーンやステイゴールドを育てた、伝説の調教師!!

 そして、主戦騎手は……多分、今乗ってる館さんが継続するんだろう……』

「!!!???」

 

 それは……俺でも知っている、伝説の騎手の名前。

 数々のG1を獲得し、勝利で飾ってきた名騎手だ。

 

「じ、冗談だろう……」

『冗談でこんな事言えねぇ! 親父も今対策会議で兄貴と真っ青な顔で……あ? うわ、オヤジ!! 俺んケータ……』

 

 ごそごそと音……というか、抗議の声と略奪の音がして……

 

『もしもし、蜂屋オーナー。お電話代わりました調教師の石河です。

 賢介から大概の状況は聞かれたかと思われます。

 我々としても、いくつかの道があると思っております』

「道……ですか?」

『ひとつ。キッドをダート路線に変更。

 ひとつ。ウチからの転厩を条件に、障害調教を受けさせ、障害に路線変更。

 最後、芝路線の継続……最後の場合は、最低でも何度か『奴』とぶつかる事をお考えください。

 キッドは障害でもダートでも十二分にこなせます。見たところ、奴は今のところ芝専用とみて間違いはない。奴も調教次第で適応は可能でしょうが『幅』はキッドのほうが遥かに大きい。

 アグネスデジタルを超える逸材だと思います』

 

 芝とダート二刀流……うっかりすると、障害も含めた三刀流。

 確かに、それもキッドならこなせるであろう。

 

 ……だが……

 

「芝路線は……捨てたくないです」

 

 結局それは、どれも中途半端で終わってしまう。

 そんな気がしたのだ。

 

『では、このまま芝のクラシック路線という事でいいんですね?』

「はい。ですが直接対決は可能な限り避けてください。可能な限り、相手の手の内を観察するように……確か、皐月賞のトライアルがあるんですよね?」

『はい、多分次に走った後、皐月賞のトライアル……弥生賞、スプリングS、若葉Sとありますが、キッドは朝日杯を優勝してる以上、皐月賞そのものの出走資格はあるので、別のレースをステップにする事もできますし、まるまる4か月休養に充てることもできます』

「別のレースで行きましょう。

 万が一トライアルであちらとかち合ったら、こっちがヤバいかもしれない。

 ……二歳で少し派手にやり過ぎたかもしれませんね……」

『逃げ馬に地味に走れってほうが無茶ですよ。

 むしろディープのやばさを、今の段階で気づけた人間がどれだけいるか……』

「パッと見、分かりづらいですもんね……今なら『強い馬がいる』程度しか分からないかも……ってことは」

『向こうはしっかりキッド対策を考えているでしょうね……むしろ、二歳のチャンピオンだから、こちらが狙われる立場ですよ』

「ですよねぇ。

 すると……皐月賞が4月だから、大体二か月ごとのローテで考えて、2月に2000mのレースに出してください」

『え、ちょっと待ってください? 確か……無い、ですね……2000mのレース』

 

 マジか……

 

『有るのは、共同通信杯、きさらぎ賞がそれぞれ1800m。すみれSが2200m……一応、香港に行けば、香港ゴールドCなんて2000mのG1レースがありますが』

「却下です。そんな遠征予算ありません」

『了解です。じゃあ……国内だとその三つですね』

「その中で考えると、一番日程が早いのが……共同通信杯?それでお願いします」

『了解しました。多分、斤量を増やされると思いますが、よろしいですか?』

「ああ、勝ち負けではありません。

 あくまでレース間隔のローテーションを維持するためのレースなので、ケガしないで帰ってきてください」

『了解しました。では、失礼します』

 

 電話を切り、天井を見上げる。

 

 ディープインパクト……ああ、あの時……

 

「七千万あれば……なぁ……」

 

 言ってもせんのない話ではあるのだが。

 ……まあ、落札したとしても、学生オーナーが超名門の井出江調教師にお願いして、あの馬(ディープ)をみてもらえるかと言ったら、難しいだろうし……って……

 

「いかんいかんいかん……金銭感覚、俺、おかしくなってるぞマジで……」

 

 七千万の馬とか……今だってキッドが稼いだ二歳の賞金、7割近く突っ込まないと俺の懐で買えるワケもない高額馬だと思いなおす。

 そもそも、キッドの預託費用だってバカにならない状態だったのに、0歳から見てもらうとなると更にかかるわけで……

 

「忘れよう……運と縁が無かったんだわ」

 

 なんか、昔のアニメで、味方になるはずのロボが敵に回って大苦戦を強いられる話を思い出しながら。

 ぼんやりとそんなことを思っていた。

 



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ウマ娘編……『振り向けば、そこに居るのはまぎれもなくヤツさ』

 俺の名前は『ゼブラ』。

 左腕に人参型サイコガンを仕込んだ、宇宙をまたにかける賞金首のシマウマ娘だ。

 

 今日も相棒の『アーマロイド・ターボ』と共に『忍亀号』で宇宙を駆け巡りながら、海賊ギルドの大幹部にして宿敵『クリスタルゴルシ』との死闘を……

 

 

 

「って、何考えてるんですかバカ姉ーっ!!

 オペラはオペラでも誰がスペースオペラを注文しましたか、このおバカー!!」

 

 めぎょす!!

 

「あぎゃあ!

 って………痛ってぇなぁ、わざわざツッコミにネリチャギかましてくるなよ。

 ちょっとした冗談だろうが」

 

 完全キレッキレモードの妹――クアッドの奴に、脳天にカカトを落とされて抗議するも。

 

「冗談になってない時期に冗談言うからこうなるんです!

 オペラオー先輩との勝負まであと少しなんですよ! 食べ放題がかかってるんです!」

 

 額にカンシャク筋を浮かべて、断言して切って捨てられた。

 

「いっそ『シナリオ出来ませんでした』で降参しようぜー……大体俺に振るなよ、もう何年も執筆なんてしてねーんだぞ? とっくに錆びてるよ」

「口火を切ったのは姉さんでしょうがぁ! 学園で噂になってるからもう取り消せませんよ!!」

「言ったっておめぇ……俺が書いてたのはライトノベルで、正統派オぺラのシナリオなんて書いたことねぇんだ。やるならやるでさっきみたいなスペースオペラになっちまうよ?

 ……いっそいつものように笑いを取りに行く方向で考えたほーが無難だぜ?」

「……ちなみに、どんなふうに?」

「いや、だから最悪『出来ませんでした、あっはっは』って」

「姉さん……『笑いを取る』のと『笑いものになる』のとでは、天と地の違いがあるって解ってます?」

「そりゃ解ってるけど……何度も言うが、正統派オペラのシナリオなんて思いつきもしねぇし、そもそもオペラなんて見た事もねーんだよ俺は」

 

 白紙の原稿を前に、俺は予想だにしなかった難題に頭を抱えていた。

 

 

 

 話は少々遡る。

 実家が貧乏時代に、糊口を凌ぐために物書きの真似事をしていたのが、たまたま周囲に居たウマ娘にバレて暫くした後。

 

 何故か食堂で、オペラオー先輩が俺に絡んで来たのである。

 割と身振り手振りに大げさなフリがあったが、要は端的に……

 

「キミと勝負がしたい」

「レースで?」

「ああ」

 

 あの、オペラオー先輩……そちらの同期のドトウ先輩が、すげージットリした目でこっち見てきてるんだけど……

 

「そいつはトレーナーの立てたスケジュール次第……ってヤツなんですが」

「君のウイニングライブは何度か見た。

 歌もそうだが、何よりダンス……とくにあのタップダンスは見事だった。

 ……不覚にも魅了されたよ……このボクが」

「そら気に入って頂けたのは何よりですが……」

 

 解らない。

 オペラオー先輩が何故俺にそこまで絡んでくるというのか。

 

「理解できない、って顔だね?」

「ええ、まあ」

「ありていに言えば……君のダンスに心を奪われたのさ、『怪盗』君」

 

 ……先輩、俺に百合属性は無いんですけどね……

 

「……探偵なんですけどね、俺……」

「君の本質はそっちじゃないだろう?

 あのダンスは太陽の下に正義と真実を明らかにする側のモノじゃない、月の薄闇の中で目と心を奪い謎を残す側のモノだ。

 僕の目は誤魔化せないよ」

 

 やだこの人……変人の割にカンが鋭すぎ。相手したくねー……

 

「左様で……ま、個人的な信条として俺は『探偵』なんで、そこんとこよろしく。

 で……勝負をお望みって事でしたが?」

「あえて光を装うか……まあいい。

 ボクの望みは一つ、君をバックに従えてウイニングライブをしたい。

 ……奪われたままで居るのは、僕の矜持が許さない……そういう事だよ」

 

 うへぇ……

 そりゃ人間道を歩いていたら、突然ムカつくツラした相手に喧嘩を売った売られたなんて話は、ザラにある事でございますが。

 要はそういう事だろうがね……

 

「君が今、何を考えているか当ててみせようか?」

「当ててみせるも何も、ストレートにどう口実つけてバックレてやろうかと考えております」

 

 オペラオー先輩の問いに、直球で返答を投げつける。

 ……正直めんどくさい。しかもこれで学園でも上位にランクする強者だからタチが悪い。

 

「ふふふ、怪盗にスポットライトの下は居心地が悪いのかな?」

「どんな恥ずかしがり屋でもセンターの光を浴びたいのは、学園に通うウマ娘なら当然でしょう?

 ……あいにく、バックにあたるスポットライトの気分が良くない事は、『奴』を相手にした時に良く知ってるんでね」

「奇遇だね……ボクもウイニングライブのステージは、センター以外に興味が無いんだ」

「挑発せんでもらえます?

 これでも喧嘩っ早いほうなんで、勝手にレースの約束なんかすると、またトレーナーの胃に穴が開きかねんのですよ」

 

 何しろ、下手に注目を集めてしまった上に、やらかして何度も釘を刺されてるのである。

 

「と、言うわけで、すんませんがトレーナーを介してください。

 何しろ、あと一度やらかしたらクビだって脅されてるんで」

「キミほどの逸材を、か? それはトレーナーの目が曇ってるとしか言えないな」

「いえ、石河トレーナーが、です。

 いい加減ストレスからくる胃痛が限界に近いので『次なにかやったら、チーム『アルデバラン』解散して、もう俺トレーナー辞める』って泣いてすがられました」

 

 有能で義侠心がありながら人の好いトレーナーではあるのだが……いかんせん、以前フリーダムに少しやり過ぎたせいで、胃痛が少々限界に近付きつつあるのである。

 

 ……ちょっと宇宙に行ってきたダケなのになぁ……

 

「確かに俺個人はドコでも拾ってもらえるかもしれませんが、同じチームのクアッドが確実にキレるし、結局スピカに移籍したリンからも白い目で見られかねんので」

「解せないね……キミならそんな(しがらみ)のオリなんて簡単に抜けられるだろうに」

 

 そらそうですがね……

 

「三食昼寝付きでゲームも走るのもし放題。家族との面会も常時可能で出入り自由の『牢屋』だったら、居心地が良くて住みついちゃう泥棒だって居るでしょうよ?」

「なるほど、道理だ……キミほどの怪盗を捕らえ続けるには、頑丈な鉄格子ではなく快適な自由と食事と寝床が必要というワケか」

「そういう事です。ってわけで、トレーナー同士のやり取りを介してくださいねー♪

 あ、あと探偵ですんで悪しからず」

 

 そういって、その場を切り抜けはした……の、だが。

 

 

 

「正気ですか?」

 

 数日後。

 石河トレーナーに、次の芝2200mレースの出走予定表を見せられ、俺は絶句した。

 

「オペラオー先輩、ドトウ先輩、ロブロイ先輩、タキオン先輩に……げっ!! スイープトウショウの奴まで……俺あいつ苦手なんですけど!?」

 

 どこのG1レースだ……と言いたくなるようなメンツが揃ったレースに、いきなり放り込まれる事になったのである。

 

「回避できません? これ?」

「無理だね。君のローテーションを崩すことになるし、それに先方の強い要望なんだよ……特に、オペラオー君が相当にトレーナーにわがままを言ったそうでね」

 

 あ、あんにゃろう……本気で手段選んでねぇな!?

 

「で、それに対抗したロブロイやタキオンのトレーナーも、ウマ娘との話し合いの結果了承して……」

「も、もういいっす……はい、大体の事情は了解しました……」

 

 うっそだろう? これ、G1じゃないんだぜ……?

 わっ、割に合わねぇぇぇぇぇぇぇ!!

 

「姉さん、大丈夫?」

「お前に朝、鼻フックで起こされた時くらいダメかも……」

「あ、そう。ならまだ余裕ね、安心した」

 

 無駄に頼もしい謎の信頼感で去っていく、妹様。

 

「……一緒にレース出て、助けてくんない?」

「嫌♪」

「デスヨネー……あああ、どうしたものか」

 

 そのまま部屋を出て、食堂でモリモリ昼飯を食べてると、オペラオー先輩が通りがかったが……こちらを一瞥しただけで、食事の乗ったトレーを手に去っていく。

 

(言葉は不要。もはやレースで語るのみ、ってか……)

 

 降りかかった災難ではある。あるのだが……

 

「少し……気に入らないな」

 

 強いウマ娘と走ることそのものは、まだ問題はない。今回のはやり過ぎ気味ではあるが、学園で走るウマ娘としての宿命として何とか受け止めはしよう。

 だが……今のオペラオー先輩は、大切な『視点』を欠いている。それでは『同じレースで走る意味がない』。

 

「まあ、これも……『探偵』としての務め、か」

 

 そう呟くと、俺はドトウ先輩の部屋に、足を向けた。

 

 

 

「さあ、第〇〇回、×◎杯……GⅢとは思えないメンバーが勢ぞろいしました。

 1枠1番、バーネットキッド! 2枠2番アグネスタキオン、3枠3番スイープトウショウ、4枠4番メイショウドトウ、5枠5番ゼンノロブロイ、6枠6番、テイエムオペラオー!

 正直、なんのG1レースだと疑いたくなるウマ娘たちが揃っております!!」

 

 ほんとそーだわ。

 オペラオー先輩は兎も角、なんでタキオン先輩やロブロイ先輩が来たのやら……スイープの奴はある意味俺によく突っかかって絡んでくるから分かりやすいが。

 

「さあ、各ウマ娘ゲートに入り体勢完了……今スタートしました!

 各ウマ娘揃ってスタートして、まずは先頭バーネットキッド! ハイペースを周囲に強いる怪盗の逃げ足は今日も健在か!」

 

 まあ、どんな相手でも俺がターフでやることは単純……ちぎって逃げ切る、それだけではあるのだが、それが一番難しいメンツであることは間違いない。

 

「続いて4番メイショウドトウ、少し空いて5番ゼンノロブロイ、6番テイエムオペラオー、2番アグネスタキオンが一団となって、3番スイープトウショウはこの位置か」

 

 もう既に、俺のスタミナとタフネスは学園中で知られている。

 付き合うと地獄を見る羽目になる事は確定している以上、チームプレイが原則禁止されている学園のレースで、わざわざ鈴になりに来るウマ娘も存在しない。

 だが……

 

「さあ、第4コーナーをただ一人突っ込んでくるバーネットキッドいつもの光景! そして逃げる怪盗を捕らえんと、後続が加速を始める!! スイープトウショウが、ゼンノロブロイが、アグネスタキオンが加速するなか、一歩リードしたのはやはりテイエムオペラオー! 前にいるメイショウドトウを捉えてバーネットキッドにせまる、しかしドトウも負けていないここで加速!!」

 

 第4コーナーを回ってからのヤバさは身に染みている。

 そうさ、彼らとは『独壇場』が違う……こうなるのは、逃げ切りウマ娘の宿命である。

 だが……

 

「ぅああああああ!!」

「ドトウ……邪魔を……するなぁ!!」

「あなたに……あなたに追いつくのは……超えるのは、私です!!」

「!!?」

 

 そして……

 

「なんとなんと!!

 1着はメイショウドトウ!! 2着にバーネットキッド! テイエムオペラオー3着に敗れました!!」

 

 

 

「……なる、ほど……

 ボクはキミを見ていたが……敗因は『ボクを見ている者の存在を忘れていた』って事か」

「そーいう事です」

 

 ウイニングライブで、仲良くドトウ先輩のバックを務め上げた後に。

 俺が『気に入らなかった原因』に思い至ったオペラオー先輩が、楽屋で俺に声をかけてきた。

 

「振り向けば『ヤツ』がいる……必ず手に入れたい勝利(もの)があるなら、まず警戒すべき相手は前になんか居やしませんよ」

「ふふ……逃げウマ娘の君らしい言葉だね……少し高くついたが勉強になったよ。

 ……ああ、そうか、君にとってのドトウは……」

「……まあ、そういう事です……」

 

 苦い。

 とてもとても苦い思い出が、脳裏から口に広がる。

 

「正直、キッツいんですけどね……こんな運命を考えた三女神をタタリたくなりますよ、ホント」

「それは彼女にとっても同じ思いだろうね……だが、同時に感謝もしているのだろう?」

「……それは学園を卒業した後に考えますよ……」

 

 指された図星を誤魔化して。

 俺は溜息をついた。

 

「さ、後ろで『奴』が待ってますよ、オペラオー先輩」

 

 薄く開いた楽屋の扉から、チラチラ覗いてくるドトウ先輩。

 

「解っているさ。

 もう月に惑う事はないだろう……ありがとう、キッド」

「どういたしまして♪」

 

 そう言って、去っていくオペラオー先輩。

 そう、これで話が終わってくれたら……全ての物事はスマートに終わってくれたのだが……

 

 

 

「だから姉さん!

 こういうのはオペラじゃなくて『コント』って言うんです!!

 食堂で絡んで来たオペラオー先輩とドトウ先輩に、聖蹄祭でオペラで対抗するって言いだしたの姉さんですよ!」

「しょうがねーだろー、久々に文章書いてるから全然筆が進まねぇんだよ……想像以上に錆び付いてて、得意ジャンルしかシナリオ書けないんだよ」

「もうゴールドシップさんなんかノリノリで期待してるんですからね! 今更後には引けませんよ。

 締め切りまでカンヅメですからね! 姉さん!!」

「ひいいいいいいい!!!!!」

 担当編集と作家みたいなノリで、妹に詰め寄られる俺。

 

 結局。

 最終的に、割と発狂気味に修正しながら書いた『ゼブラ』を上演する事になり、オペラオー先輩たちとは別方向で大うけした結果、食べ放題の懸かった勝負がドローになったのは……また別の話である。




キッドとクアッドは、オリジナルチームの『アルデバラン』という事にしました。
末妹のリンちゃんは『アルデバラン』から『スピカ』に移籍した、って形に。

なお、公式がアルデバランを作ったら、変更する予定です。


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皐月賞に向けて。

連続投稿一話目です。


1月22日

京都競馬場 若駒ステークス(OP)

芝2000m(右) 曇 良

 

『注目のディープインパクトは最後方からの競馬。先頭から後方までもう20馬身の差が……』

 

『ディープインパクトがじわじわと迫ってきた! 残り200! 一気に加速っ! ディープインパクトッ衝撃の末脚っっ! 一気に抜けた!

 強い! 強いぞっ!! 4番ディープインパクトッ! そのままゴールイン!』

 

『クラシックに向けてまた印象的なレースを披露しましたディープインパクトー!』

 

 

 

「……あれで届くのかよ……」

「前が垂れ気味だった事は解るがそれでも……」

「バケモンだ……」

 

 その日……石河厩舎の面々は、戦慄した。

 

「アレとキッドが直接対決か……トンデモネェな」

「過去の馬のデータが全く参考にならん。あんな長持ちする末脚オグリだって持ってない」

「オヤジ、これ『スローペースで逃げながらレース全体をコントロール』とか考えないほうがいいんじゃね? 鞍上の館さんがミスってくれるとは思えねぇ」

「仕事中はテキと呼ばんか。

 ……ハイペースを強いてのスタミナ潰し……か。

 馬の負担も大きい自爆気味の戦法だが、今のスローペースに慣れ切った日本競馬だと有効な戦法ではあるんだよなぁ……」

 

 

 

2月6日

東京競馬場 第39回共同通信杯(GIII)

芝1800m(左) 晴 良

 

『1000m通過、通過タイムは58.6。先頭はバーネットキッド、2番目にストーミーカフェ。この二頭が周囲をハイペースに巻き込んで行く!!』

 

『さぁ、最後の直線! 先頭はバーネットキッド! 1馬身後ろストーミーカフェ。残り400、怪盗の脚色は全く衰えてないまま、しかしここで後続が加速!!』

 

『残り200ここからさらに突き放す。ストーミーカフェも頑張って追っている! しかし3馬身、4馬身差が広がった。そのままゴール!

 2着にストーミーカフェ、さらに2~3馬身開いてダイワアプセット3着』

 

『勝ちタイム1:46.9!

 94年ナリタブライアンがマークした時計を超えて、とうとう46秒台に踏み込んだ文句なしのレコードタイム! 斤量負担関係なしの圧倒的強さを見せつけました。このまま三冠一直線か!?』

 

 

 

「ヤツの斤量、本当に58kか……?」

「あれで逃げ切るって何の冗談だ?」

「……怪物、だな……」

 

 その日、井出江厩舎の面々は我が目を疑った。

 

「あのハイペースのまま最後まで全くタレない……サイレンススズカの生まれ変わりかヤツは?」

「むしろ加速すらしてる節もありますよ? レコードタイムをガンガン出してきてるあたり常時全力疾走だから、スローペースの前残り狙いなんて期待するだけ無駄ですね……」

「むしろ、そのほうが足を溜める余地がある分こちらが有利だが……向こうもその辺は想定してるだろう。鞍上も一戦ごとに成長……いやキャリア考えると『覚醒』というべきか? 既に新馬戦とは騎乗が別物だ。

 ……これはハイペースのたたき合いになる事を覚悟せんとな」

 

 

 

 はーい、美浦トレセンからこんにちは、バーネットキッドです。

 最近、レースに出ると応援に横断幕が並んで、『怪盗』だとか『三代目』だとか出るようなったのは嬉しいんですがね……『二代目バカコンビ一号、二号』って誰と誰の事を指してるんでしょうかね……誰と誰のどっちがヘリオスでパーマーなのかな? ぼく知~らない(遠い目)。

 

 そして、ただいまテレビの撮影中。

 鞍上にヘルメット被った園長を乗せて、厩務員君に引綱引かれながらかっぽかっぽと歩いてます。

 ……そいえば、馬主君、今日は来てないなぁ……原稿忙しいのかもなぁ……

 

「いや、本当に大人しい……普通あれですよね、競走馬って一般人乗れないんですよね?」

「そうですね、レース以外でこれほど大人しい競走馬って調教師の私も初めてです。

 正直、このまま乗馬でも食っていけるんじゃないかってくらいですよ。これほど競走馬としてのオンとオフがはっきりしてる子も珍しいです」

「頭いいんだなぁ……これでレコード連発の二歳王者でG1馬なんだもんなぁ……」

 

 いいでしょ、いいでしょ? 褒めて褒めて? すりすりすり♪

 

「おわっとっと……おお、本当にお前人懐こいな。

 あ、それじゃあ宣伝でしたっけ?」

「ええ、JRAから宣伝するようにと。

 今年の4月17日。中山競馬場で行われる皐月賞、G1レースに、こちらのバーネットキッドが出走します。

 ほかにも魅力的な有力馬が多数出走する、今年の競馬界クラシック戦線を占う最初のレースです。

 皆さん、応援よろしくお願いします」

 

 はいはい、スマイルスマイル、営業は大事大事。

 そして……園長と一緒に。

 

『あい~ん♪』

 

 よし、これで次のレースも勝てば、観客ドッカンドッカンやろ♪

 誰が来るのかは知らんが、俺の知る限り、カフェ君と朝日杯と新馬戦でぶつかったマイネルレコルトとかいう奴以外、特に怖いのもおらんだろうし……2000mだって何とかなるでしょ。

 

 

 

 ……そう気楽に思っていた時期が、俺にもありました……




各スポーツ紙予想

日刊スパート
『ディープインパクト◎、バーネットキッド〇、アドマイヤジャパン▲、マイネルレコルト△、ストーミーカフェ×』

スポーツジャパン
『ディープインパクト◎、バーネットキッド〇、マイネルレコルト▲、ストーミーカフェ△、アドマイヤジャパン×』

スポーツ報智
『バーネットキッド◎、ディープインパクト〇、アドマイヤジャパン▲、ストーミーカフェ△、マイネルレコルト×』

サンレイスポーツ
『バーネットキッド◎、ディープインパクト〇、ストーミーカフェ▲、アドマイヤジャパン△、マイネルレコルト×』


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中山競馬場 第11レース 第65回 皐月賞(G1) その1

連続投稿二話目です。


 さて、中山競馬場からこんにちは、バーネットキッドです。

 美浦で最終の追い切りが終わった後、馬運車に運ばれて競馬場で待機するための馬房に入ったところなのですが……ここ一週間の飯の量が少なめです。

 

 まあ、競走馬やってる以上、しょうがないっちゃしょうがないんですけどね……パドックのお馬さんが、ビッグ便やリトルジョーをタレまくるのも見苦しいし。

 

 ただね、気分はもう試合に向けて減量してるボクサーそのもの……レース終わって美浦に帰ったら、がっつり喰うぞコンチクショウめ。

 

『……お?』

 

 で、競馬場に備え付けられた馬房には関西……栗東から来たと思しき馬たちが、何頭も入っていたワケで。

 ……そーだよな、俺やカフェ君たちは美浦だから中山のご近所まで、早朝から二時間もしない距離を移動して馬房に入ればいいけど。栗東から来た奴らは数日前から入ってるんだよな……

 

 かったるい移動ご苦労様……と思いつつ、指定された馬房に引かれて入る。

 あとは、レースまで少しあるし軽く寝ようか……と、思ったのだが。

 

 ご近所さんが誰なのか気になって、軽く挨拶をしようと馬房から首を出すと、少し離れた馬房から、額に小さな流星のある一頭の小柄な鹿毛の馬が顔を出していた。

 

『おや、ご近所さん? レースまでの短い間だが、よろしく』

『あ、よろしくー』

 

 軽く挨拶だけすると、引っ込んで寝る事にする。

 

『じゃ、おやすみなさい』

『……よく寝れるね』

『俺が走る順番は遅いから今のうちに寝るの。おやすみなさい』

『そうなの?』

『レースで一番を取れば取るほど、レースの順番が遅くなるんだって。

 俺はいっぱい一番取ってるから多分最後のほう』

『ああ、そうなんだ』

『そゆこと。ってわけでおやすみ』

 

 そう言って、馬房の奥に引っ込んだ。

 

 ……しかし、小柄なヤツだったな。もしかして牝馬なのかな?

 

 

 

「おめー本当に太い奴だよな……隙あらばイビキかいてるんだから」

 

 早朝に中山まで連れて来られて、待機の馬房の奥で寝藁かぶって寝て。

 起きたらもう正午を過ぎて1時近かった。

 

「普通、移動とかしたら寝ていられないだろうに……ドコから来るんだ、この神経の太さは?」

 

 あきれ返った声の厩務員君や調教師たち。

 ええやん……今日はクラシックG1の重賞らしいけど、文字通り『敵はおらんやろ?』

 

 で……連れて来られた先で、馬具やらゼッケンやら馬装の身支度をしていると。

 栗東から来たさっきのご近所さんも、出走の支度を始めまして。

 

『おや、おたくもレース?』

『みたいですねー』

 

 呑気なやり取りを交わしながら、ふと相手のゼッケンに記された名前を見て……絶句。

 

『……あ、あの、どちらのレースに出られるのでしょうか?』

『11Rですねー』

『そ、そうですか、は、ははははははははは……』

 

 なんでさ……なんでディープインパクトが居るのさ、こんなトコに!!

 

『ちなみに、おたく何歳でしたっけ?』

『三歳ですが?』

 

 ぎゃーっ!! 嘘だろう!? 同期じゃねぇかあああああ!!!

 

「……今日はキッドがやけに大人しいな」

「普段は馬具を付けてると絡んできたりからかってきたり、五月蠅いのになぁ?」

 

 すまんな、厩務員君たち。

 もう冗談やってる余裕も眠気も、彼方までぶっ飛んだわ……

 

 ……待て? 待て待て待て? 思い出して来たぞ。

 そいえば俺、オークションの時『レイヴンカレンの2002牡』って言われてたよな?

 で、俺が今三歳だから……パラレルの世界にしても、推定2005年ごろって事か!?

 

 そうだよ、確かにその頃に活躍始めていたよな、かの英雄様。

 ……マジか!? マジであれとやり合えってのか!? しかも今日からクラシックシーズン通して、古馬になってヤツが引退するまでずっと?

 

 嘘だろう……?

 

 もうパルプンテ喰らった宇宙猫ならぬ宇宙馬と化して、彼方を見るしかなかった。

 

 

 

「おーっす! 蜂屋!!」

「おいーっす!!」

 

 皐月賞当日。

 今日居る場所は、中山の場外の広場。

 同窓会を兼ねてキッドを応援するため、参加できる面子全員で横断幕を張って応援しようという話となり。

 こうして集合場所に集まって待ち合わせていたのだが。

 

「あ、牧村先生!!」

「よう、蜂屋。馬主席はいいのか?」

「もう勘弁してくださいって感じですよ……雲の上の偉い人ばっかで、何やっても失礼になるんじゃねぇかって気が気じゃないです」

 

 ちなみに、全員スーツ着用。もちろん勝利した時、馬主や生産者として全員ウィナーズサークルに行く予定である。

 無論、一位を取ったら同窓会は祝勝会になって費用俺持ちだ。

 

 ……勝てるのかどうかは解らないけどね……あのバケモンに。その辺は……

 

「石河一家に期待……かなぁ……」

 

 

 

「やっ……たぜ……!!!」

 

 本日の第1レースの未勝利戦。

 キッドの帯同馬でウチの厩舎所属のストームシャリオで勝利を飾り。

 今日という一日の始まりに、幸先のいいスタートを切った。

 

「調子いいなぁ……石河」

「ああ、スタートがな……なんか、解ってきたのかもな」

 

 ストームシャリオはもともと追い込みだったが『もしかしたら』という事で逃げ馬に転向したら、それが大当たりである。

 キッドに乗ってて、だんだん逃げ馬の御し方とかスタートのコツとか解ってきた気がする……思えば俺は、馬の制御や駆け引きに終始する余り、馬の力の源である『個性』を殺し過ぎていたんじゃなかろうか?

 

「……しかし、マジか……」

 

 ここ最近、キッド以外の騎乗結果を見てみても、勝った馬の7割が逃げ、先行タイプ……劇的に勝率が上がったワケではないが、キッドの分を差し引いても上昇気味である。

 

 なるほど……ああ、悔しいが……

 

「これが『馬に競馬を教わる』って事なのか、な……?」

 

 もともと俺個人は正統派の差し、追い込みの馬を得手にしていたハズなのだが。

 キッドに乗り始めてから、逃げや先行を意識して積極的にするようになり……結果、逆説的に差し、追い込み型の騎手が『どのタイミングで何をしたいのか』『やられたら何が嫌か』が、より深く理解できるようになってきたのだ。

 弱いとか下手のする事とか言われている逃げ馬でも、学ぶべき事はあったんだと気付き……ああ、常識に囚われすぎて視野が狭すぎたんだな、俺……

 

 しかしホント……ベテラン様はスゲェよなぁ……一日に鞍上幾つあるんだよ。

 

 今日の俺は1Rと11R、合わせて鞍上2つなのに。

 俺のお手馬のライバルに騎乗する超ベテラン様は、このあと10レース連続である。

 

 だが……

 

(……やってやるさ……俺は二流かもしれねぇがバーネットキッドは負けねぇぞ……)

 

 

 

「……………お前、ホントにどうしたんだよ?」

 

 『あの』バーネットキッドが、パドックで不気味なまでに落ち着いて引綱に引かれているという事態に、逆に不安を覚えてしまう。

 思えば、馬装をはじめたあたりから、普段なら『構って構って』とジャレついてくるキッドの様子が変だった。

 

 パドックでも常時五月蠅く、愛想笑いがデフォで変顔しながら周回して、何度も何度も恥をかかされたキッドが……

 

 今回に限って、妙に神妙で大人しいのである。

 

「やれば出来るじゃねぇか……って思っていいのか?

 それとも、何処か具合が悪いのか?」

 

 やがて、止まれの合図と共にやってきた兄貴に。

 

「兄貴、今日のキッド変だぜ……」

「何がだよ? これ以上ないくらい大人しいじゃねぇか」

「だからおかしいんだよ。

 こいつは周囲に愛想振りまいて変顔で笑う人間が好きなんだ。

 それが、カメラ向けても挨拶どころか、変顔の一つもしねぇ……馬装の時の構ってちゃんモードもなし。

 ……こんな事、生まれてからずっと面倒見てて、初めてだ」

 

 異常事態である。

 ただ、何が原因なのかは、全く分からない。

 

「ケガとかは?」

「健康そのものだよ……あんだけレコードで爆走しまくって故障一つねぇのが売りの頑丈馬だからな。

 だからこそ、とにかく気を付けてくれ兄貴。今回は何かあるかもしれん」

 

 

 

 すまんな、厩務員君……正直、精神的に余裕が無いんだよ。

 

 鞍上の兄貴の指示に虚ろに従いながら、パドックから地下道を通って馬場へ。返し馬で軽く走りながら……ふと、客席にあった一枚の横断幕を見て、足を止めた。

 

『頑張れ脱獄王!! 我ら無敵の静舞農業高校第〇〇期生産学科一同!!』

 

(ぁ……)

 

 太字の本文の他に、マジックでたくさんの寄せ書きがされた、その横断幕の傍には。

 

 飼い葉をくれた元生徒がいた。寝藁の世話をしてくれた元生徒がいた。非農家で馬に初めて触れた元生徒がいた。実家が馬の生産農家で、誰よりてきぱきと世話をしてくれた元生徒がいた。そんな生徒たちを纏め上げて指導していた先生がいた。

 

 そして……馬主になってくれた元生徒が、居た。

 

「おい、行くぞ……」

『ぶるるる(おう……行こうじゃねぇか兄貴)』

 

 だから……だからみんな心配すんな。

 俺も心配すんのをやめた。

 

 今日に備える事は、元生徒の厩務員君と、そのオヤジサンがやってくれた。

 

 だから……さあ、ゲートに行こう。

 競走の時間だ!



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中山競馬場 第11レース 第65回 皐月賞(G1) その2

連続投稿三話目です。

次の投稿まで、また少し間隔が開くかもしれません。


『中山競馬場は皐月晴れ、一際大きな歓声に迎えられまして第65回皐月賞GⅠ、出走各馬の入場です。芝の2000m戦、今年のメンバー18頭ご紹介しましょう』

 

『皐月の舞台に駒を進めた若葉ステークスのウィナー、アドマイヤフジ。鞍上は………』

『笑顔の大歓声を受け、偉大な祖父の歩めなかったクラシックロードを歩む三代目大怪盗。一つ目の関門制覇なるかバーネットキッド。石河大介』

『一番人気の期待を受けた無敗の巨大彗星。クラシック大気圏に突入の時は迫る。ディープインパクトと館ナユタ』

 

 

 

 ファンファーレと手拍子が混然一体となって、競馬場全体にうねるように轟く。

 そうか……これが……ここがオグリ爺さんが立てなかった、立ちたかった、クラシックG1レースか。

 っていうか天才含めてみんなそんなチラチラこっち見て来るなよ……えらい注目集めてるな、俺……まあいいさ、一番応援して欲しい人たちが来てるんだ……なら、やるだけやって突っ走ってやるとも。

 

 

 

『さあ12万人が集まった中山競馬場。未来の夢の三冠馬。スター誕生の舞台へようこそ。

 平成17年牡馬クラシックは今、ここから始まります』

 

『アドマイヤジャパンがゲートを嫌がっておりますが……今、入りました。そして、ダンスインザモアが落ち着いて収まりました』

 

 

 

 さあ、レースの時間だ……深く、静かに、緩く構え……

 

『ゲートが開いて第65回皐月賞スタートしました! まずはバーネットキッドとストーミーカフェの二頭が絶好のスタート! その後は横一線のキレイなスタートとなりました』

 

 必殺! 馬式、某グラップラー流ゴキブリダッシュじゃーい!!

 

『いつも通りバーネットキッドとストーミーカフェの二頭が逃げていく。

 追って行くのはビッグプラネット。その後ろパリブレスト、エイシンヴァイデン、ダイワキングコンそしてコンゴウリキシオー、外からはダンスインザモアスーッと上がって。内からはヴァーミリアンさらに内からトップガンジョーも上がって行って先団を窺います。

 アドマイヤジャパン、ディープインパクトは並んで後方から4番手から5番手で1コーナー回って行きました』

 

 おうおう、カフェ君、やっぱ君が来たか。まあお互いやること一緒だしな!

 まあいいさ……第4コーナーまで道中一緒に行こうぜ。

 

『先頭から振り返ってバーネットキッド先頭でほぼ併走する形でストーミーカフェ。6馬身開いてビッグプラネット、さらに2馬身開いてコンゴウリキシオーが4番手に上がってきました。エイシンヴァイデン5番手。

 第2コーナーカーブ。外に出したダイワキングコン、内からアドマイヤジャパンが上がって行きます。2馬身開いてマイネルレコルトが追う形で向こう正面中間に入ります。1000m通過は58秒ジャスト。かなりハイペースの展開だ』

 

 解ってる。解ってるさ。

 敵は英雄ディープインパクト。だからこそ『緩めるところは緩めたペース配分』ってやつが重要なのだと。

 だから兄貴。

 従ってやるから、この『少し遅めのペースで』指示をちゃんと出してくれよ?

 

『第3コーナーに入って依然先頭はバーネットキッド。ストーミーカフェと半馬身ほど差が開いたか。

 さらに7~8馬身後ろに3番手ビッグプラネット、その直ぐ後ろにコンゴウリキシオー、外からエイシンヴァイデンが続いています。

 そしてマイネルレコルトが今動いた。先頭に喰らいつこうと3コーナーから4コーナーに入って行きます』

 

 さあ第4コーナー……ここからが正念場だ!!

 

「さあ、先頭で直線に突っ込んできたバーネットキッド! ストーミーカフェ、必死に食い下がるが、後ろからマイネルレコル……いやディープインパクトだ、ディープインパクトが来た!! 前二頭を躱して一気に加速!!」

 

「来やがった!」

 

 そら、おいでなすった!! さあ、全力で逃げ切るぞ!!!

 

『必死に先頭から食い下がるストーミーカフェを躱して、一気にディープインパクトが突っ込んできた!

 やはり最後はこの二頭か! 先頭バーネットキッドを躱すか、躱すか!! 残り200ここからキッドは未知の世界!!』

 

 うおおおおお、ふっざけんじゃねぇぞクソッたれがああああああああ!!!

 

『さあ、残り100、ディープが躱す! 躱し……せない!? バーネットキッド粘る、粘る、ここでまさかの二の足か!?』

 

 っだりゃああああああああ、負ぁけぇらぁれぇなぁいぃんじゃあああああああああ!!!

 

『今、ゴール!!! 一着はバーネットキッド!! タイムは1分57秒9! またしてもレコードタイム!! 無敗のまま三冠のうち最初の一冠。お宝を手にした三代目大怪盗!!

 ディープインパクト、最後クビ差まで迫りましたが、惜しくも二着。

 三着にマイネルレコルト、四着ストーミーカフェ。五着にシックスセンスが入着しました!!』

 

 ど、どうだ……勝った……ぜ……………くそった……れ……

 

 

 

 って……ドコだここ? 俺……何してたんだっけ?

 やけにフワフワした足元を四本足で闊歩しながら、なんか光ってるほうに歩いていくと。

 なんかキレイな虹色の橋が架かってる川があって。

 で……対岸に、青いメンコ付けた小柄な鹿毛の馬が不機嫌な顔で立っていたり。

 

 ていうか、ホントにここドコだろうね? ちょっと橋を渡って向こうで聞いてみようか……と思った、その時だった。

 

『バカヤロウ!!!!! まだ早いわ大馬鹿者がー!!!!!』

 

 

 

『どふぁあああああああ!!!』

 

 気が付いて起き上がると。

 そこは中山の芝の上だった。

 

「キッド!!」

「おい、落ち着け!! どう、どう……」

 

 あれ……俺、ディープに勝ったんだよね?

 なんで兄貴、鞍上から降りてるの? っていうか、ディープと館さんが何で居るの? いや、俺いつの間に寝てたんだ?

 

 ……なんか、物凄い勢いで、誰かに怒られた気がするんだけど……よく思い出せん。

 

 っていうか何でターフに馬運車が来てるのさ? 誰かケガでもしたんか?

 予後不良とかじゃないといいんだけど……

 

「良かった……良かった、キッド……」

 

 おう、良かったな……勝ったぞ。そんなに泣くほどうれしいか?

 じゃあ芸をしてほら、客を沸かせに行こう……って、何で俺が馬運車なんだよ兄貴! 俺はドコも痛くないし至って健康だっつーの!

 

「館さん……俺……」

「いいから早く!」

 

『ひひーん!!(おいこら、どうなってんだよー!!???)』

 

 何がどーなったのか理解する余地もなく。

 俺は馬運車に押し込められて、馬の病院に直行する事になった。

 



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皐月賞を終えて。

 前足痛い……後ろ足痛い……小錦が…小錦が曙とタンデムで鞍上におるぅ……

 

 はい、いわきの競走馬の療養施設からこんにちは、バーネットキッドです。

 

 ただいま全身筋肉痛……コズミックな奴に襲われております。

 いや、レース直後は脳内物質のアドレナリン的なものが複数カクテルで効いていたので、芸でもなんでも出来たんだと思うのですが。

 それがキレた途端に、地獄の苦しみにのたうっております。

 

 ……もー無理。今は無理だ。全身痛くてアイーンの一つ出来やしません。

 

 そして……

 

『よう、ご近所さん』

『こんにちは』

 

 仲良くディープの奴と一緒に、温泉に入浴中。

 向こうも無事では済まなかったようで、俺がぶっ倒れた後に待機所へ帰ってきたら、右前足の蹄鉄が落鉄していた事が判明。

 さらに向こうも俺と同レベルの全身筋肉痛のコズミックな奴に襲われた結果、大事を取って二頭揃って仲良く短期の療養施設行きと相成りました。

 

 あれですよ。

 お互い、気分は河原で殴り合って友情が芽生えた不良漫画のような感じですよ。

 

 ……まあ、もう一度一緒に走れと言われて、走りたいとは思いませんが。

 

 ……だけど同期なんだよな……こいつと……

 

『あああああ、癒されるー……もう動きたくねぇ……』

『変なにおいのするお湯だなぁ……』

 

 とりあえず飯食って温泉入って、痛み止めの注射受けながら飯食って寝て……まるで病人みたいな生活だなぁ……楽っちゃ楽だけどやっぱ走りてぇなぁ……こいつ以外と。

 

 

 

「大馬鹿モノ」

「……はい」

 

 お通夜のような雰囲気で始まった祝勝会は。

 しかし、搬送先まで付き添った賢介からキッドの無事を知らされて、ようやっと安堵の空気が広がっていったところだった。

 

「だが、よくやった、よくやってくれた。我が校始まって以来、生産学科始まって以来の、凄い快挙だ。

 だから……もうあんな事は、二度としないでくれよ?」

 

 程よくビールの回った牧村先生の言葉に。

 

「以後、気を付けます……」

 

 『二度とやりません』とは言えない……そう答えるしかない自分が居た。

 

「そうか、蜂屋……そうだよな。馬主のお前は、そう答えるしか無いよな……」

「すいません……」

「いや、解ってるさ。競走馬は愛玩動物じゃなくて経済動物だ。お前の答えは至極当然のモノだよ。

 ……だからな……ありがとう。明日、静舞に帰る前にマキノの墓に報告してくるよ……長年の胸のつかえが少し取れた気分だよ……」

「……先生……」

「案外、マキノの奴が押し返してくれたのかもな……それか、母父か」

 

 遠い目をする先生。

 

「蜂屋……競走馬たちは、血と歴史を背負って走るもんだ。どんな駄馬と言われている馬だって例外じゃない。

 だからな……キッドが帰ってきたのは……多分、最後の一押しになったのは……」

 

 そのまま呂律が回らなくなり、ふらふらと船を漕ぎ始め……

 

「って、先生!?

 ……あーあー、俺と一緒で、強くないのに引っかけちゃって……」

 

 とりあえず、ビジネスホテルを予約して放り込んでやるべきだろうな……これは。

 

「ごめんなさい。ご心配おかけしました、先生」

 

 

 

「僕が言うのも何だがね……君は、何も悪くないよ」

「……」

 

 見るに見かねてくれたのだろう。

 レースの後、首を吊りそうな気分になっていた俺を、館先輩が飲みに誘ってくれたのである。

 

「知らなかったんです……俺……」

「ん?」

「馬って頭いいじゃないですか? 無理なら無理って伝えてくれるじゃないですか?

 だから『その馬ができる事をすべて探って、そこから計算してレースって組み立てるモンだ』と、今日まで思っていたんです」

「……」

「あいつ……最後まで俺に気づかせないように全力で……鞍上なのに、ぶっ倒れた時、頭真っ白になって寄り添うしかできなくって……館さんが『馬運車!』って叫んでくれなかったら今頃……」

 

 無言で注がれる酒。

 飲んで流せ、忘れろ、って事だろう。

 だが……一息に飲み干して、俺は問いかける。

 

「先輩……教えてください……俺には手の届かない領域のあなたなら解るはずです。

 やるやらないは別として……一流の騎手って『簡単にその馬の限界を超えて走らせる事ができるんですかね?』」

「そうだね……出来るか否か、と問われれば『出来る』と答えるしかないね……やりたいとも思わないがね」

「そうっすか……だったら、俺は……一流の騎手には、なれないのかも知れません」

 

 あんな思いをするとは、想像だにしていなかった。

 そりゃそんな逸話は、競走馬の世界にはゴロゴロしている。

 自分も『いつかもしかしたら』みたいな覚悟はしていた。

 その……つもりだった……

 それなのに……いざ、愛馬ともいえるお手馬がああなった途端このザマである。

 

「そうかな……僕はそう思えるキミに一流になって欲しいけどね」

「……え?」

「知ってるだろうし今更だろうけど……この世界、馬を潰してでも勝ちに行こうとする騎手や馬主は、ごまんといるよ。

 研究で見たけどね……キッドに乗ってから、君の騎乗は変わった。これまでは完全に馬を制御下に置こうとしすぎて、馬の個性を潰すような乗り方だった。

 そこから一戦ごとに別物の騎乗に変化していった……目を疑うような変化と成長だったよ」

「……」

「君は……もしかしたら僕も、ディープとキッドの主戦を下ろされるかもしれないけど、二頭の戦いが終わったわけじゃない。

 ただ正直ほっとしてる。キミとキッドの組み合わせは、ディープにとってかなり脅威だったから」

「俺以上のベテランなんて、幾らでも居るじゃないですか」

「だからだよ。ベテラン勢は、誰がどう来るのか分かりやすいから、ある程度対処もしやすい。

 逆にキミは発展途上だからこそ、予想もしない変化が起きていたんだ。今回の騎乗なんか正にそれだよ……まさかあそこで二の足があるとは思わなかった」

「ははは……天下の館さんを騙せたんなら頑張った甲斐がありましたよ……」

 

 そう、キッドにとって。1000m58秒台というのは、決して最高速ではない。

 比較的速めではあるが、それでも『巡航速度』の部類である。

 だからこそ、最後の最後、100m……否、50mでも力を振り絞れば二の足を使う余地が生まれるのでは?

 そう思って、オヤジと一緒に調教をしてきたのだが……

 

「……まさか……こんな事に……」

 

 と……鳴り出した携帯を取り出し、表示を見る。

 キッドに付き添った弟からだ。

 失礼、と断りを入れ、受話ボタンを押す。

 

『兄貴……キッドは無事だ。

 極度の疲労、あと倒れたのは軽度の心房細動だろうって。疲労以外は後遺症もなしだ』

「そうか、良かった……」

『あと、オヤジから伝言。『酒飲んで暫く休め』だってさ』

「わかった……おや……いや、テキに、よろしく頼む」

 

 そう言って電話を切ると……何の因果か、館さんも二、三短く携帯電話でやり取りをしていた。やがて……

 

「キッド、無事だったそうです。捻挫もなし。

 倒れたのは軽度の心房細動で後遺症も無し。今はただ極度の疲労らしいです」

「そうか。こっちも井出江先生の所からだよ……右前足の落鉄。ただ、カメラで確認したらレース後に外れたものだから、脚に異常は無し。だが、キッドと同じで疲労が酷いから、短期療養だそうだ」

「そうですか……」

 

 無事でよかった。

 そう思い、俺は館さんのグラスに酒を注ぐ。

 

「二頭の無事に……」

「ああ」

 

 そして、夜が明けるまで二人で痛飲し……翌日二人でデロンデロンになったところを地元の警察に保護される羽目になった。

 

 

 

「……これしかない、か……」

 

 祝勝会という名の同窓会が終わり、ビジネスホテルに酔い潰れた牧村先生を放り込んだ後。

 

 タクシーの中で考えていた俺は、馬主として一つの答えを出した。

 

 進化する化け物……ディープインパクト。

 

 このレースで負った傷は、向こうも浅いものでは無かっただろうが……その分こちら側を学習された事は間違いない。

 まして敗北した向こうは退く気は無いだろう……ダービーでリベンジを果たしに来るはずだ。

 

 それが、ただの普通の競走馬同士の勝負ならば何も問題はない。

 

 だが、今回の一戦のような勝負を何回も連続でやったら、互いに進歩、進化の果てに確実にどちらか、あるいは両方が潰れて消える。

 

 ……ならば、避けるしかない。逃げるしかない。奴の来ない所で走るしかない……

 

 問題は……

 

「出走条件が、最悪、運任せの神頼みにしかならないんだよなぁ……」

 

 一応、皐月賞と朝日杯は勝っているとはいえ……最悪、父父と似たような道を歩まねばならないだろう。

 意を決して、俺は携帯電話の電話帳から、石河厩舎への電話番号を選択する。

 

「もしもし、オヤジサンですか?」

『あ、蜂屋オーナー、今回は……』

 

 オヤジサンの詫びの言葉を遮って。

 

「次のキッドのレースについてなんですが、宝塚記念って今のキッドの賞金で出走できますかね?」



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宝塚記念に向けて

「ほ、本気ですか……?」

「はい」

 

 翌日。

 改めて石河厩舎に顔を出した俺は、石河調教師にそう告げた。

 

「今年のキッドの予定を、宝塚記念、そして余裕があれば間に1レース、その後に秋天、ジャパンカップ、最終目標を有馬記念に変更します。

 一番の問題は、宝塚記念に出走できるかどうかって所なんですが……獲得賞金足りますかね? 足りなければ金鯱賞か目黒記念あたりでしょうか?」

「ちょ、ちょっと待ってください。つまり……」

「はい、ダービー、菊花賞。共に放棄します」

 

 その言葉に、絶句する石河調教師。

 

「お、オーナー……改めて尋ねますが、ダービーも、菊花賞も」

「三歳の時期にしか挑戦できない。それは承知しています。

 ですが……こう、考えられません?」

「……?」

「セントライトからナリタブライアンまで。三冠馬は今、歴史上既に五頭います。

 でも、三歳で宝塚記念取れたら史上初だし。三歳で秋古馬三冠取れたら……それはそれで伝説になりません?」

「その秋古馬三冠の、ゼンノロブロイと多分競い合う事になるんですが……」

「厳しい事は承知していますが、ディープインパクトと競い続けるよりマシです。

 あれは……化け物です」

「そう見ますか」

「はい。今年の……いや『ヤツが健康なまま現役で居る限り』有馬記念はキッドが出なければディープがとり続けるでしょう。

 ここだけの話、正直、並のG1馬10頭と同時にレースをするより、ディープただ一頭と競わせるほうが、私には恐ろしいです」

 

 そう告げたあと。

 長い長い沈黙が落ちた。

 

「競馬の神様ってのは本当に残酷だな……なんで今年なんだよ。

 せめて一年ずらしてくれりゃあ……」

「きっと以前、ルドルフとシービーを手違いで同時にクラシックに出しそこねたからじゃないですかね。だから、見てみたくなったんじゃないですか?」

 

 俺の言葉に。

 石河のオヤジサンが苦笑した。

 

「……解りました。

 それでは、次にキッドの次のレースからの騎手についてですが、とりあえず候補をこちらに……」

 

 は?

 

「ちょっ、え? あの、何かお兄さんが乗れない事情でもできましたか? キッドが倒れた時は無事に思えましたが、どこか捻ったとか?」

「えっ!? いや、あんな騎乗をした以上、さすがに……」

「その、お兄さんにちゃんと確認取ってください。

 もし彼がキッドに乗り続けたいのでしたら、私は彼に続投を要請するつもりです!」

「!? ほ、本気ですか!?

 そ、その……私はオーナーの気性なら、てっきり馬を倒れさせるような騎乗をする騎手は交代かと」

「あんな規格外の化け物と競り合って勝とうとするなら、誰が騎乗したって倒れますよ。

 むしろあの時パニックになっていたお兄さんの心のほうが心配なんですけど!?」

 

 と……厩舎にかかってきた電話に、オヤジサンが出た。

 

「はい、こちら石河厩舎……え、はぁ? 警察?」

 

 

 

「申し訳ありません、館さんにまでこのバカと付き合わせてしまって」

 

 ぐりぐりと30近くになろうかという息子の頭をわしづかみにして、一緒に頭を下げる石河調教師。

 

「いえ、むしろこちらこそ、いろいろ吐き出せてスッキリしましっ……失礼!!」

 

 そのまま、青い顔で警察署のトイレに駆け込む館騎手。

 更に……

 

「ごめん、オヤジ……俺も……」

「とっとと行けバカ」

 

 警察署のトイレで盛大な吐しゃ物の音が鳴り響く。

 その様子に、俺は心配になり……

 

「あの……館騎手。一日だけでもホテルか何かに泊まって行かれたほうが。

 お代は私が出しますので……」

 

 トイレから戻ってきた館騎手に、そう申し出たものの。

 

「い、いえ……さすがにもう今日にも栗東に戻らなければ……調教の予定が……」

「そうですか。それでは仕方ないですが……あの、失礼ですが、一度風呂か何かに入られたほうがよろしいかと。ぶっちゃけ……」

「ですよね、わかっています」

 

 それから、身支度をした館騎手を見送った後。

 

「あの……オーナー、今日までキッドに乗せていただいて、本当にありがとうございました。次の騎手への申し送りも滞りなく済ませる所存です」

 

 深々と頭を下げる大介騎手。

 

「それなんだがな、大介……その、オーナーがな……」

 

 苦い顔をする石河調教師。

 

「あの、大介騎手……まだキッドに乗れますか?

 ひょっとして変なトラウマになって乗れないとか、それならば致し方がないのですが……」

「は?」

「今、療養中のキッドが帰って来てからの判断でも構いません。

 引き続き、差支え無ければキッドに騎乗して頂ければ、と私は思っています」

「え……で、でも……お、俺……」

「今回のレースは不幸な事故だと思ってます。

 もし仮に責任があるとするならば、無責任に熱戦を期待したオーナーである私や……失礼ですが、全体の判断を下した調教師の父上のほうにあると思ってます」

「だ、そうだ。……乗るか、大介?」

 

 暫しの沈黙の後。

 

「の、乗りだひです……よ、よろ…よろぢく……おでがいぢます」

 

 滂沱の涙を流しながら、石河大介騎手が、深々と頭を下げた。

 

 

 

 その後。

 JRAにダービー、菊花賞の回避と、次走は出来れば宝塚記念出走、無理ならば金鯱賞か目黒記念あたりを予定していると伝えると、ハチの巣を突いたような大騒ぎになってしまい。

『せめて記者会見して広報してくれ!』と言われ……

 

 

 

「う、うおおおおお、これ何!? なんなの……」

「記者会見ですって……にしても私に任せてもらえれば」

「そういうワケにも行かないでしょう?

 判断下したのは全部俺なんですから、勝手にオヤジサンに泥かぶれなんて言えませんよ」

「……ある意味、そのために調教師が居るようなモンなんですが……」

 

 記者会見のためのプレスセンター。

 その舞台袖から表をチラ見すると、モノスゲー数の報道陣とバズーカみたいなカメラが大量に並んでいた。

 

「しかし……キッドって人気馬だったんだなぁ……」

「今更気づいたんですか、オーナー!?」

「いや、俺の中だと未だに静舞の農高でバカやっていた悪童のイメージが強くて……園長と遊んでるのも、割とその延長上で」

「G1馬! 皐月と朝日で二冠無敗のG1馬ですって!!

 無敗クラシック三冠路線の放棄を表明するんですからね……正直、オーナーの判断は、ブーイングを覚悟してください」

「理解していますよ、その辺は。……多分」

「多分!?」

 

 やがて……時間が来て、バシャバシャとカメラに撮られながら、石河調教師とマイクの置いてある席へと向かうと。

 あらかじめ用意しておいたカンペを見ながら、マイクに向かって語り掛ける。

 

「えー、バーネットキッド号のオーナーの蜂屋です。

 この度、ほうの…ほ、報道の皆様に、お集まりいただきまして、ありがとうございます。

 この度、皐月賞の結果を受けて、バーネットキッド号の今後の進路について、ご報告があります。

 次走……あ、その前に状態報告か。

 えーと、バーネットキッド号ですが、現在、いわきの競走馬の療養施設において、短期の療養を行っております。ゴール後に倒れたのは、軽度の心房細動が原因で、捻挫等のケガや後遺症もなく、ただレースによる激しい疲労のため、念のための短期療養を行っております。

 しかしながら、レース後の状態を鑑みて、次走のダービー並びに菊花賞は……回避という形を取らせていただきます」

 

 うわぁ、とか、おおお、とか……そんな唸り声と共に、バシャバシャとカメラがフラッシュする。

 

「次走以降の予定としまして、もし出走可能であるならば宝塚記念。人気投票、並びに獲得賞金の関係で出走が無理であるならば、目黒記念か金鯱賞を予定しております。

 その次に状態に余裕があれば1レースを挟み、秋の天皇賞、ジャパンカップ。そして最終的に有馬記念を目標にしております。

 バーネットキッドのオーナーとして、皆さんへのご報告は、以上です」

 

「調教師の石河です。

 この度は、バーネットキッド号のレース後の症状に関し、皆様にご心配をおかけしまして、誠に申し訳ございませんでした。

 先ほど、オーナーからもご報告があった通り、今、キッドはいわきの施設で短期の療養に入っており、体調が回復し次第、美浦に帰厩した後に、宝塚記念、もしくは目黒記念、並びに金鯱賞を目指し、調教を再開する予定です。

 なお、鞍上は、引き続き石河大介騎手が騎乗する予定です。私からも以上です」

 

 とりあえず、カンペを見ながらの報告は終わった。

 あとは……

 

「では、各社からの質疑応答に移ります」

 

「スポーツ報智の石黒です。

 それは、クラシック戦線を離脱するという事で、よろしいのでしょうか?」

「はい、そう取っていただいて結構です。バーネットキッドは同期の他馬より一足早く、古馬戦線から有馬記念を目指して戦う事になります」

 

「サンレイスポーツの中川です。

 先ほど、皐月賞の結果を受けて、とおっしゃいましたが、ディープインパクト回避でしょうか?」

「そう受け取っていただいて結構です。

 正直、体の完成しきっていない三歳の状態で勝負を続けていたら、どちらか、あるいは両方が潰れて予後不良になると思い、断腸の思いで回避を決定いたしました」

 

「スポーツジャパンの南条です。

 鞍上の石河騎手が続投との事ですが、それは石河調教師の決定でしょうか? もしそうだとし……」

「いえ! オーナーの私の一存で、石河騎手自身に乗り続けたいか否かの確認を取り、引き続き鞍上を任せる決断をしました!!」

 

「日刊スパートの小室川です。

 オーナーにお尋ねします。バーネットキッド号の処遇なのですが、転厩などは考えておられないのでしょうか? 美浦に限らず、栗東ならばもっと有力な……」

「学生馬主が所有する、落札価格90万の農高あがりの馬を、真剣に面倒を見てくれる厩舎と、それを真剣にレースで駆ってくれる騎手が、美浦と栗東併せてどれだけあるのか。私は逆にお尋ねしたいです。厩舎の方々だって暇じゃないでしょう?

 そんな中で出自も血統も落札価格もバカにすることなく真剣にキッドを見てくれた、石河厩舎の方々を裏切るような真似は、私には出来ません!

 正直、私個人は……今回のレースでキッドが倒れた主な原因は、石河騎手ではなく、軽々に勝負を望んだオーナーの私と、その判断を良しとした石河調教師にあると思っています。

 馬主という立場として、そのことを重く受け止め、今後の糧にしていく所存でございます」

 

「サンデーKEIBAの堂島です。

 ファンの方々は、バーネットキッドの無敗三冠を望んでいたと思われますが、そのことに関してはどう思われていますか」

「ご期待に沿えず申し訳ありません。今回の判断はすべてオーナーである私が下しました。

 ご批判も承知しておりますが、バーネットキッド自身の将来を鑑みて、必要な措置であるとご理解頂けたら幸いです」

 

「KEIBAスターの野々村です。

 えと……宝塚記念ですが、これまで歴史上一頭も三歳馬の勝利は無かったと記憶していますが、その辺はどうお考えでしょうか? それとも古馬相手の経験値を積むためのレースにするという事でしょうか?」

「バーネットキッドが、その最初の一頭になると信じて、石河調教師と石河騎手に託す所存です」



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『優瞬』平成17年5月号、緊急インタビュー&掲示板回

「本日は、今、評判のバーネットキッド号のオーナーである、蜂屋源一氏にインタビューを行います」

「あ、よろしくお願いします」

「まず、無敗三冠を蹴っての宝塚記念に挑戦との事ですが、改めてどういった経緯で判断を下されたのでしょうか?」

「はい。まあ単純で、ディープインパクトが想像以上に強すぎた。これに尽きます。

 確かにレースに勝つことは出来ましたが、互いに無事で済まなかった事を鑑みて私が判断しました」

「なるほど……失礼ですが、石河調教師に会見を任せるという形は、考えておられなかったのですか?」

「いえ、最終的な判断は批判覚悟で私が全部下したので……というか、変な形で評判になっていて、私の方がビックリしている状態です。そんなに凄い事なんですかね……という感覚がありまして」

「と、おっしゃいますと?」

「いや、単純な話で。

 ダビスタやウィポなんかのゲームでも、プレイヤーが判断して騎手やら厩舎やら選ぶじゃないですか? だから自分の馬が勝とうが負けようがケガしようが、最終的にそれは全部プレイヤーの馬主に返ってくるわけで、結局、最終的にそういう事なんじゃないのかな、と思って。

 だから、正直JRAに会見してくれって言われた時は、最初『何で?』とビックリしましたけど……まあリアルの場合、ファンあっての競馬でキッドは俺の馬なんだから『じゃあ俺が説明しないとダメだろうな』と思いまして」

「ああ、なるほど。じゃあ、オーナーとしては普段通りというか……」

「そうですね。特別な事をしたって気持ちは無いんです。

 あと、カードゲームに昔ハマってて、それが縁で知り合った馬主の方がおっしゃってたんですけど『ゲームのルールと値段が変わっただけで、本質は一緒だよ』って。

 『好きなカードを選んでデッキを作ってカードショップで勝負に臨むのと、好きな馬で騎手と厩舎を選んで競馬場で勝負に臨むのと。何ら本質は変わらないよ』と。

 文字通り玩具のお値段の桁以前にリアルに色んな人の人生が賭かっちゃってるので、ちょっとついていけない部分はあるんですが、確かに言われてみれば納得も理解も出来る言葉ではあるんですよね……」

「はあ……まあ、言われてみれば確かに私も納得はできるのですが、普通は出来ない事だと思います」

「そう、なんですかね?

 カメラの前でカンペ見ながら説明してくれって言われて、初めての経験なので最初かなり戸惑いましたが……

 確かに何十頭も高価な馬をお持ちの、雲の上の超馬主様や馬主クラブの方たちには別の倫理が働いてもおかしくないですし、そうなるともう完全に想像の外の世界なので、私が直接会見した事の良し悪しなんて最終的になんとも言えませんが……」

「そんな超馬主様やクラブの方も羨む無敗三冠の道を捨てて、あえて三歳で宝塚記念に挑むわけですが、お気持ちはいかがでしょうか?」

「いや、正直……また馬主席が怖いな、と。何が失礼になるか分からない状態なので……」

「はあ? 馬主席が怖い、ですか?」

「えっと……そうですね、たとえばダビスタやウィポの全国大会があって『ぼくの頑張った最強の愛馬』でメモリーカード持ち込んで出場しようとしたら、会場の対戦相手全員、リアル馬主や騎手の方々がコントローラー握って待ち構えておられたような状態……と言えば、私の心境が少しは解ってもらえるんじゃなかろうかと」

「うわぁ……そ、それは……心中お察しいたします。

 あ、じゃあ、本当に馬主になられた最初の動機は、バーネットキッド号を走らせてみたいダケだった、って事なんですね?」

「そうなんです。

 たまたま偶然、高校三年の時に中央の馬主資格が取れる状況だったので、面倒見ていたキッドを走らせたいと思っただけで……まさか色んな方々を巻き込んで『こんな事になるとは』という思いでいっぱいですね」

「なるほど……本日はインタビューにお答え頂き、ありがとうございました」

 

 

 

「井出江調教師、今回のバーネットキッド号のダービー、菊花賞の出走回避について、何か一言」

「いやぁ……なんといいますか、まず第一報を聞いた時に『あり得ない』と思って何度か確認を取らせたくらい仰天したというのと。

 あとは、本当だとわかってからは、悔しさ半分、安堵感が半分、といったところでしょうか」

「やはり勝ち逃げされた、という思いと、安堵感と?」

「そうですね。向こうのオーナーもおっしゃってましたが『このままだとどちらか、あるいは両方が潰れる、たまたま皐月賞は運が良かっただけだ』。そういう意味での安堵感はあります。

 あとは……少し、石河厩舎が羨ましいな、という思いもありますね」

「と、おっしゃいますと?」

「昨日の会見も見ましたが、無敗三冠が懸かった状況下で、勝負を放り投げてでも馬の安全を優先させる……そんなオーナーに馬を委託してもらえるというのは、ある意味絶大な信頼を得ているという証明ですし。

 更に、そんな状況下で馬を気遣って撤退を判断できるオーナーがどれほど居るのだろうかと思うと……私の経験上、五本の指にも足りるかどうか、って感じではありますね」

「なるほど。最後に少々意地の悪い質問をさせていただきますが。

 もし仮に、ディープインパクトが今年の宝塚記念に出走したとして……」

「取りますよ、確実に。斤量も有利ですし基本的な地力が違います。ただ、ダービーは今年しか取れないのでそちらを優先させているだけです。

 というか普通はそうですからね……だからこそ、バーネットキッドのオーナーの大胆な判断は称賛と共に『そこまでやるか』といった思いに包まれています」

 

 

 

1:名無しの馬券師 ID:KqV1fL5mr

マジか……マジで怪盗、三歳宝塚に挑むのか!?

 

2:名無しの馬券師 ID:LyQwwOIgx

古馬戦線舐めすぎ。騎手交代も無しとか何考えてんだ。

 

3:名無しの馬券師 ID:EpaeBVwpn

日程的には皐月賞から二か月だから、ありっちゃありだけど……古馬相手って無茶苦茶だよ。

 

4:名無しの馬券師 ID:SJ03eY8fn

オーナー的に究極の決断だったんじゃねぇ? 古馬10頭以上相手か、ディープ相手か。

だって皐月賞であの二頭だけ完全に格が違ったじゃん。

 

5:名無しの馬券師 ID:J9ZGiKg8v

せやかて工藤、古馬やぞ古馬? 流石に潰されるんちゃうか?

 

6:名無しの馬券師 ID:UdxaAEwaf

いや、俺はオーナーの判断信じるね。ディープも怪盗も別格だよ。

 

7:名無しの馬券師 ID:FcNhsI9Zm

何で安田記念とか短距離路線に行かなかったん? ディープ避けるんだったらそっち行けばええやん。

 

8:名無しの馬券師 ID:I/GEkmepq

あくまでキッドの適正は中長距離だから、完全にディープと被ってるんだよ。

古馬以降も、そこでディープと勝負し続けたいから、経験値を積もうって意味じゃねぇの?

 

9:名無しの馬券師 ID:7EH4+jCyv

逃げは逃げでも、ジョセフの『戦って勝つために逃げる』って黄金の意思を感じる。

 

10:名無しの馬券師 ID:RrW1QtTkA

どっちかっつーと、島津義弘の関ケ原の退き口みたいな……確かに逃げは逃げなんだろうけど、狂気の前方退却を見てる気分。

 

11:名無しの馬券師 ID:vXAYHFtd+

ああ言い切れる馬主と厩舎の信頼関係ってスゲェな……爺さんのオグリの時は色々とグダグダだったからな。

 

12:名無しの馬券師 ID:AOG58f47Q

って事は、アレか……宝塚以外は、ほぼオグリ爺さんの辿ったコースって事になるのか?

悲運と言えばそれまでだけど、冗談抜きにディープとキッドが一年ズレてたら、無敗三冠が二頭出て来たって事だろう?

何考えてんだよ、競馬の神様……

 

13:名無しの馬券師 ID:RUGZQuquZ

昔、ルドルフとシービーをずらしてやったんだから、今年は激突を見てみたいって思ってたんじゃね?

多分、皐月賞の結末を見て後悔してるだろうけど……『もう二度とやらねぇ』って。

 

14:名無しの馬券師 ID:ahDvuJVEK

そんな何度も出来てたまるかwwwww

 

15:名無しの馬券師 ID:3DMIoMEQp

むしろやれるもんならやってみろwwwww

 

16:名無しの馬券師 ID:FG6l/XKOb

ディープとキッドの直接対決は、有馬までお預けか。

結局、格付けはまだ終わってない、って事か。

 

17:名無しの馬券師 ID:DQZuZwno8

ワイ、皐月賞に行った現地民。

パドックからしてキッドが普通じゃなかった。むしろ嫌な予感がしてた。

 

18:名無しの馬券師 ID:dvLVCDzUI

どんなだったっけ?

 

19:名無しの馬券師 ID:KgVO+oYkC

あれだろ? 強敵を察知して、普段変顔したり挨拶したり五月蠅いくらい愛想振りまいてるのが、カメラ向けても黙ってもくもくと引綱に引かれてたって奴だろ?

 

20:名無しの馬券師 ID:TPzcuNaYG

園長の弟子にしてお笑い芸人、まさかのシリアスモード発動。

 

21:名無しの馬券師 ID:YX5ggG5vq

強敵を察知して本気出したとか……って事は古馬戦線に入ったら、ずっとシリアスなのかな、キッド?

 

22:名無しの馬券師 ID:LVW95sTfT

どうだろう? これで古馬相手にいつもの芸人モード繰り返してたらさすがに笑うけど。

 

23:名無しの馬券師 ID:wssVgETAD

またパドックで芸始めたら、古馬たち全員舐めてると思われるだろうな……

 

24:名無しの馬券師 ID:EaAqvxS7S

ゼンノロブロイに芸人モードのキッドが出会ったらどうなるんだろう。あれめっちゃ怖いボス馬だって聞いたけど。

 

25:名無しの馬券師 ID:pAP9v1wBf

無茶苦茶気に入られるか、無茶苦茶怒られるかのどっちかだな……

 

26:名無しの馬券師 ID:CD80SS8fP

どうだろう、キッドの体格ってロブロイと大差ないぜ?

むしろ厩舎の言葉だと、すぐデブりかねないからダイエットで絞ってるらしいけど。

 

27:名無しの馬券師 ID:fFzldcYdK

体格が一緒でも、風格が違うだろう?

あれだ、ヤクザ相手に命がけで芸を見せに突撃するようなモンか……

もしやってみせたら、流石園長の弟子だと褒めてやろう。

 

28:名無しの馬券師 ID:SvQf5ZN7Q

ワイ、ディープとキッドの仲良く入浴中の写真を見てほっこり……

 

29:名無しの馬券師 ID:DJjgY7cOM

ああ、あの……ディープもそうだけど、あれキッド完全に魂が抜けてるよな。

 

30:名無しの馬券師 ID:faDQW/Ze+

馬場ンば輓馬ンバン……

 

31:名無しの馬券師 ID:qf5qPzI0h

なんだそりゃwwww

 

32:名無しの馬券師 ID:iw8yyzBoh

くっそ吹いたwwwコーヒー返せwwww

 

33:名無しの馬券師 ID:faDQW/Ze+

いや、一発変換で出て来たから何となくwww

 

34:名無しの馬券師 ID:+xYbrD4w6

板違いを承知でスマソ。

ワイMTG民で競馬素人のニワカなんだけど、キッドが宝塚に挑むってどれくらい酷い事なの?

インタビューでカードゲームの話がちらっと出てて気になった。たとえられる人教えて。

 

35:名無しの馬券師 ID:l/1wDB8WL

>>34スタンダードのデッキで、エクステンデットやレガシーの試合に挑むようなもの。

なお、キッドやディープの存在自体が、禁止カードアリのMOMAやメグリムジャー級。

 

36:名無しの馬券師 ID:+xYbrD4w6

>>35的確な答えサンクス。どんだけヤバいか分かった。

 

37:名無しの馬券師 ID:8RtiLNzvb

なんでMTG民がおんねん……競馬ファンが広がるのは嬉しいけど。

 

38:名無しの馬券師 ID:+xYbrD4w6

>>37いや、中坊の頃、地元の大会で何度かあのオーナー優勝してるから。

ぶっちゃけ『ぎゃざ』って専門誌にも何度か乗ってる……っていうか、当人とよく対戦してた。

あと、あのインタビューでオーナーの言ってた『社長』にも心当たりあるんよ……ニュースや志室動物園で見てびっくりしたの。

 

39:名無しの馬券師 ID:Q/WOS468T

まwwwさwwwかwwwのwww

 

40:名無しの馬券師 ID:Wtlm/fiGm

スゲェ……ある意味、生粋のゲーマーだったんだな……

 

41:名無しの馬券師 ID:jqUZ77LUy

それでか……まあ、確かにおもちゃの値段がトレカから馬に跳ね上がったダケというのは的確かもしれんが。

 

42:名無しの馬券師 ID:d2gJzVZYc

ただのゲーマーが、ゲームするつもりで上流階級の社交場に放り込まれたら、そりゃキョドるわなぁ……

 

43:名無しの馬券師 ID:jjYrrD5w3

そんな彼が、どうして静舞なんて僻地の農高に行ったんだろう……?

 

44:名無しの馬券師 ID:+xYbrD4w6

>>43詳しくは知らないけど、なんか家庭で揉め事があったらしい。

徐々に店に来なくなって、受験とか絡んだのかなって思ってたら、ちょうど店が閉店するっていう最後の日に来て『今まで世話になった、もう家で保管できないから』って、常連のみんなにコレクションやデッキ配ってた。

俺的に『預かってるだけ』って感覚だから、もし再会できたらコレクション返してやろうと思って保管してある。

 

45:名無しの馬券師 ID:cua4fTQV3

ふぁー……それで農高にいってキッドと出会って……すげー運命だな。

 

46:名無しの馬券師 ID:bTC0r90J5

めっちゃ気になるけど、TDSの話があるから迂闊には聞けないなぁ……

 

47:名無しの馬券師 ID:rPBpQ7TWq

笑ったよね、明らかに他局と競馬系のニュースの扱いが違うの。

 

48:名無しの馬券師 ID:0HcAUOvDe

あれだろう? 未だに裁判が始まってすらいないとかどうなってんだ?

 

49:名無しの馬券師 ID:g96NvE2F8

どうも『金銭で何とか示談に』って交渉してるTDSと『銭金(ぜにかね)の問題じゃねぇ!!』ってキレてる馬主側って構図らしい。

ソースはマスコミ関係者の弟。

 

50:名無しの馬券師 ID:Cpxqdlmg9

アホの末路がどうなるか、そっちも割と楽しみだな……

 



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ウマ娘編……『ロブロイ先輩が見てる』

「……姉さん、また……」

「気にすんな。飯を食え」

 

 最近、何か視線を感じ。

 『誰だろう?』と思って振り返ると、そこに居るのが決まって文学少女風のウマ娘……ゼンノロブロイ先輩だったりするのである。

 そんな事が、ここ数日繰り返されていた。

 

「あの、何か……?」

「い、いえ、その……」

 

 問いかけても、どうも要領を得ない……そのくせ、視線はロックオンしたままなのである。

 と……

 

「そういえば、姉さん未だに編集部から『アルタイルの世界』とか、色んな小説の続き書いてくれって来るけど書かないの?」

 

 クアッドの言葉に、俺はあっさりと返す。

 

「言うて『アルタイルの世界』はもう完結させただろ……あれで終わりだよ」

「……編集さんが変わってやる気なくしたのは解るけど、完全に男坂エンドにしちゃうのってどうなのよ?」

「知らんがな……右から左に流すだけの、あんなアホ編集を相棒に創作する気なんてとっくに失せたよ。

 くっだらねぇ編集部の派閥争いで、貧乏時代に世話になった俺の担当までアッサリ変わったんだ。いちおー全部完結させたし、もうアソコのレーベルに愛想も義理も、とっくに尽きたしな。

 こーしてトレセン学園に合格して、ウマ娘としてターフ走って飯食ってライブして、ってやっていられるんだから、今更作家業なんてもうやらねーよ」

「じゃあ何でファンレター取っておいてあるのさ?」

「…………何でだろうな?

 まあ単純にネタも切れ気味だったから、いい頃合いだったんじゃねーの?」

「その割には『ゼブラ』のシナリオ、最後はノリノリで書いてたじゃない?」

「切羽詰まっていただけだっての……いろいろとな」

 

 そんなやり取りをしながら、昼飯をもっしゃもっしゃと食べていると。

 

「……?」

 

 ロブロイ先輩の耳が、がっつりこっちに向いているのである。

 

(一体なんなんだかなぁ……)

 

 

 

「……あの、バーネットさん、これを」

 

 翌日。

 ロブロイ先輩に呼び出された俺は、一通の手紙を渡された。

 

「キッドで構いませんて先輩……それよりこれ……え?」

「こ、言葉じゃ上手くまとめ切れないので……読んでください」

「え、いや、俺に百合属性は無いんだけど」

「そういうんじゃないです、とにかく読んでください」

 

 そう言うと、すたすたと去っていった。

 

「……???

 だから俺に百合属性は無いんだけど」

 

 まあ、自分でも口調と勝負服含めて、男装系に近いのでソッチ方面からきゃーきゃ言われるが。

 基本的にウマ娘としてごく普通にノーマルなつもりである。

 

「まあ、何なんだか……え?」

 

 その手紙の内容を見て。

 俺は……少し後悔した。

 

 『アルタイルの世界』……昔、貧乏時代に食いつなげればと書いた文章が、そこそこ売れて飯のタネになった事があったのだが。

 

 ……まさか、ロブロイ先輩がファンだったとは……

 

 というか、ロブロイ先輩からのファンレター、まだ手紙入れの箱に入ってるよ。

 

「……………しまった、悪い事したな……………」

 

 確かに、ほぼ引退した身だし、今更だと思って作家バレのカミングアウトはしたものの。

 物書きなんて夢売ってナンボなのに、引退したその裏側のエグい内容を、聞き耳立ててたとはいえファンの前で聞かせてしまったワケで。

 

 ……そりゃ、たまったもんじゃないわなぁ……

 

 真摯な、それでいて悲痛な内容のファンレターを前に、俺は少々頭を抱える事になった。

 

 

 

「ほう? 生徒会の広報誌に小説を掲載したい、と?」

 

 ロブロイ先輩のファンレターを受け取った足で、生徒会室に赴いた俺は。

 とりあえずルドルフ会長に掛け合ってみる事にした。

 

「ふむ……小説サイトとか、そういった所に投稿するのではだめなのかね?」

「あー、一応俺、元本職だったんで、会社との契約とか結構五月蠅いんです。

 もうクソと化したアソコで書く気なんて欠片も失せてるんですけど、学園内の話で生徒会活動の一環って事にすりゃ、まあ営利じゃないしギリ建前としては通るかな、って」

「なるほど。

 それは最悪、君が書いていた古巣の出版社と揉めた時、学園や生徒会に尻ぬぐいをしてくれ、って言ってるようなモノなのだが?」

「……バレましたか」

 

 だめかぁ……それなりに権力持ってるし、日陰で細々とやるにはいいかと思ったんだけど。

 しゃあない、どっか匿名で落書きみたいに描くかなぁ……二次創作です、みたいなツラして何とか……

 

「さーせん、お手数をおかけ」

「いいだろう」

「……は?」

「私も続きが気になっていたんだ。『アルタイルの世界』」

 

 ……マジですか、会長……

 

「続きを期待しているが……ああ、その代わりに君には生徒会に入ってもらうぞ」

「はい?」

「当たり前だろう。

 生徒会活動の一環で行われる業務を行うのに、一般生徒と生徒会のメンバーとでは建前の強さが段違いだからな。役職は……広報あたり、かな?」

「それでよろしいと思います、会長」

 

 エアグルーヴ先輩が同意する。

 

「あの、生徒会って掲載が終わったら降りるとか」

「出来ると思うかね?」

「こ、こき使う気満々ですか!?」

「使わない理由がドコにあると思うのかね、学年成績トップの有能問題児君。

 幸い、君のライバルも生徒会に所属する予定なのでね……ちょうどよかろう」

「嘘でしょう……マジっすか……」

 

 

 

 そして……

 

 

 

「で……生徒会の広報誌に掲載中の小説が終わるまで、期間限定の『広報役員』って事になったの?」

「ああ、利用しようと思ってモノの見事に嵌められたよ……さすが会長だわ……」

 

 カチャカチャとPCの文章アプリに向かってタイピングしながら、クアッドの問いに答えた。

 

「小説とは別にガチで広報の仕事とか振ってきやがる……ゴルシと一緒にお笑い芸人としてのトークの仕事とか、どーなんよホントにもー……」

「いいじゃない、素で芸人みたいなモンなんだし」

「勘弁してくれよ……まあ……」

 

 会話は続けながらも、タイピングの手は止めない……否、『止まらない』。

 数年分、脳内で溜め込んだネタや練ったシナリオを、ただひたすら文章化、言語化していく作業は、作家時代とは比にならないほど自動的なレベルで簡単だった。

 

「なんだ……ファンレターってのは、ありがたいもんだよな、って改めて思ったわ。

 ってわけで、手伝えよ。俺的『初代担当編集』様」

「はいはい、わかったわよバカ姉」

 

 

 

 後に……それなりに好評を博した『続・アルタイルの世界』は、生徒会広報の一助となり。

 

 

 

 ついでに、あのファンレターを渡された現場を見て、鼻血を吹いて意識を飛ばしたアグネスデジタル先輩が、無意識のうわ言で『腐った掛け算』を連呼した結果。

 俺が『ロブロイ先輩と百合方面でデキてる』なんて噂が学園中に流れて、二人揃って大慌てで噂を打ち消すのに奔走する羽目になった事は、言うまでもない話であった。




少し結末を変更しました。


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怪盗(デヴ)の帰還

 はーい、美浦トレセンからこんにちは、バーネットキッドです。

 

『坂路もう一本行くぞ! 宝塚までに徹底的に絞るからなー!!』

「うぃっす!」

 

 現在、いわきの療養施設でぐーたらこいて524キロまで肥えた馬体重を、鞍上の兄貴&無線でやり取りしてるテキと一緒に絞ってる真っ最中。

 皐月賞の時498キロだったのが、短期で+26キロという食用馬の肥育でもしたのかというような破滅的な体重増で美浦に帰ってまいりました。

 

 いや、病院の飯が旨くて旨くて……そしてプールもあるから軽く泳いでたんですが、療養中という事でトレセンほど泳がせてもらえず。

 

 で、テキが少し目を離した隙に、放牧場で寝ながらタンポポの花を貪るような生活を数日していたらこんな事になってしまい、大慌てで美浦トレセンに戻って調教兼ダイエットに勤しんでおります。

 っていうかね……美浦に帰ってきた時の馬主君と厩務員君の最初の一言がね……

 

「……デヴだ」

「ああ、デヴだな」

 

 『デブ』どころかウに濁点がついた『デヴ』と強調して思いっきり罵られまして。

 

 仕方なかったんや、しょうがないんや、飯が旨かったのが悪いんやーっ! ってか、ディープとガチって虹の橋を渡りかけた愛馬に対して、もう少しオブラートに包んだ物言いしてくれたっていいじゃないかー!!

 

「ほれデヴガッパ、お前の大好きなプールで泳ぐぞ。ダイエットダイエット」

 

 厩務員君に手綱を引かれてプールに向かう。

 しくしくしくしく……いいもん、プールでいつもより長めに泳いでやる。

 

 

 

「まったく……回復の早い馬だと思ってはいたが、早すぎだろう……」

 

 あれほど酷い筋肉痛(コズミ)を起こしていたのだから、相当にガレていてもおかしくない……むしろ普段の食欲を取り戻すのにある程度時間がかかるだろうと踏んで、療養施設に預けていたのだが。

 

 あにはからんや、予想よりも相当早く回復していたらしく、気づいたらいつもの爆食モードで飯を食い荒らし、デヴ馬と化して帰って来やがったのである。

 

 まあ、予想より回復力があったというのは、本来は歓迎すべき事である。

 元来、競走馬というものに余計な脂肪は存在せず、ほぼ筋肉の塊であのスタイルを維持しているのであって。

 故に、一日に消費されるエネルギーは、都度都度食事として補給していかないと筋肉が維持できずに萎んでしまうわけで、それを考えると食欲不振で痩せて帰ってくるよりは、よっぽどマシといえばマシなのだが……

 

「寝ながら飼い葉桶や寝藁に頭突っ込んで飯食ってたって……アイツの食い意地はホントにどうなってんだまったく……」

 

 それに……

 オーナーが矢面に立ってくれた事により、世間の批判はだいぶ落ち着いたものの。

 

 宝塚に出走予定の馬が所属する厩舎なんか『大変だねぇ、頑張って』と言いながらも、明らかに目が笑ってないし。

 直接顔を合わせることのない栗東のある厩舎なんかは、オーナーの判断を褒めたたえつつも『古馬というものを分からせてやる』と意気込み満々だという話だそうだ。

 

「キッド……ここが正念場だぞ……」

 

 今となっては重たすぎるオーナーの信頼に応えるべく、調教の計画を練りながらも。

 

 ……加齢とストレスで最近とみに増えてきた抜け毛に、何とかバーコードを回避できないかと悩まされていた。

 

 

 

5月29日

東京競馬場 第10R 東京優駿(G1)

芝2400m(左)晴 良

 

「さあ、18頭のゲートインが終わりました……今スタート、ディープインパクト今日はソロっとした感じで出ました。一度後方に下がります。先手を取るのはやはりストーミーカフェ、コスモオースティンがそれに続きます。大外からぐんぐんとシルクネクサスが出をうかがいますが、真ん中からシャドウゲイト、中からは七番インティライミ、ダンツキッチョウも……」

 

「さあ、注目のディープインパクトは後方、後ろから三番手で第一コーナーを回っていきました。

 一コーナーを回ったところで先頭を切るのはストーミーカフェ、リードは二馬身、コスモオースティンがそれに続き……」

 

「ディープインパクトは最後方から三番手、その後ろにコンゴウリキシオー最後方にマイネルレコルト」

 

「さあ、第四コーナー回って後方の馬群が一気に迫ってきた。4コーナーから直線に向かってシルクネクサス、外からダンツキッチョウが差を詰めて大外からディープインパクト一気に先団を飲み込むか!! さあ一気に坂を上り切ってこれは独走になるか、残り200を切った、さあ内で粘るストーミーカフェ、インティライミを飲み込んで、ディープだ、ディープだ、ディーーープインパクト圧勝!!!!」 

 

 

 

「館騎手、ダービー制覇ですがいかがでしたでしょうか?」

「そうですね、最大のライバルに譲られたと言えばそれまでですが……逆を言えば、それだけの強さを示せた事を嬉しく思います」

「終わってみれば、まさに圧勝といった空気ですが」

「まあ、道中厳しいマークや意識はされていましたが、きっちり撥ね退けて存在感を示せましたね」

「では、最後に一言」

「そうですね……『有馬が楽しみです』と言いたいですが、まず次の菊花賞と、その前のレースを着実に取りに行きたいと思います」

「本日は、ありがとうございました」

 

 

 

6月9日。

宝塚記念ファン投票結果発表。

 

有効投票総数1374015票

 

上位10位

 

1. バーネットキッド  82031票

2. ゼンノロブロイ   65231票

3. タップダンスシチー 63590票

4. アドマイヤグルーヴ 54242票

5. ディープインパクト 46321票

6. リンカーン     42806票

7. ダンスインザムード 38312票

8. スズカマンボ    34213票

9. シルクフェイマス  31321票

10. シーザリオ    30421票

 

 

 

バーネットキッド、宝塚記念へ参戦決定。



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阪神競馬場 第11レース  第46回宝塚記念(G1)その1

「やあ、お久しぶりです、蜂屋オーナー」

 

 大阪のホテルに前泊し、タクシーで阪神競馬場に向かった俺を。

 馬主席に繋がる通路で、意外な人物が待っていた。

 

「え、園長……な、何でここに?」

「いや、俺も一応馬主やってて、今日の未勝利戦に出るから。

 あと、君の事が少し心配になって、顔見ておこうと思って」

「いやいやいやいや、本当に申し訳ない、石河のオヤジサンから聞きましたが、オファーを断らざるを得なくて」

「いや、あんなレースの後じゃあ、しょうがないよ。

 それにもう充分、JRAさんから番組用に写真とか映像とかもらってるから。

 特にキッドとディープの仲良く温泉入ってるアレはウケが良くてさ」

 

 ああ、あれか……

 

「っていうか、インタビュー見たんだけど、やっぱり馬主席怖い?」

「当たり前じゃないですか。

 園長もそうですが、雲の上の人たちがてんこ盛りで、毎回毎回漏らしそうな程にビビりまくりですよ!」

「でもどんな偉い人でも、無敗三冠のかかったダービーを蹴って3歳宝塚に挑むなんて決断は、簡単には下せないよ。

 凄い勇気のある決断だと思う」

「いやぁ、勇気とかそういった事以前に『やらないとキッドが潰れる』って危機感や恐怖感のほうが勝って……で、JRAに伝えたら、あんな会見とインタビューになっちゃって」

「はは、いいなぁ……こんな若いのに『馬主なんだ』って覚悟を感じるよ」

「なんというか、やらかしたというか、やってもうたというか、よく考えたら古馬戦線の人たちキレてもおかしくない判断だったかもな、と」

「そこはほら、勝負だもん。

 勝てばいいのさ……そう信じてるんだろう?」

「はあ、まあそれは……確かに」

 

 そんな感じで会話を進めながら、馬主席の扉を開き……

 

「おっ、若オーナー君が来られたぞ」

「今日の宝塚の主役が来たよ」

 

 ひっ! ひいいい!!

 

「あ、ど、どうも、皆様、ご無沙汰してます」

 

 もう大注目を集めてしまい、恐縮しまくる俺と、平然としてる園長。

 ……だめだ、根本的に人生で踏んだ場数の経験値の桁が違う……

 

 と……

 身なりのいい仕立てのスーツを着た、一人の社長と思しき方が近づいてきて。

 

「ああ、蜂屋オーナー、この度はありがとうございました。

 おかげさまでというべきか、ウチのディープがケガも無く、ダービーを取れました」

 

 俺の手を取って、深々と頭を下げられたのである。

 

「え……って、あ、ディープのオーナー様ですか!?

 いえ、正直、私の馬を守るためにやった事ですので、感謝などは」

「いえいえ……正直、私共も困っていたのですよ。

 無敗三冠を易々と許すワケには行きませんが、かといって馬が潰れては元も子もない。

 ダービーは厳しい勝負になる事を覚悟していた所に、まさかのキッドが三歳宝塚出走……レースの勝ち負けは兎も角、オーナーの英断には本当に感謝しております」

「あ、頭をお上げください、そんな、本当に自分の馬を守るために勝手にやった事ですので!」

「いえいえ下げさせてください……この年と立場になりますと、背負ったモノが多すぎて、本当に気楽に頭を下げるなんて事が出来んのですよ。

 『進む、進まない』という判断は誰にでも出来ますが『退く』という事のなんと難しい事か……愛馬を守るために真っ先に泥を被っていただいた事に、感謝しかございません」

「いや、どちらかというと、我ながら島津義弘の前方退却みたいな退き方になっていると思いますが……」

「ははは、なんでしたら、メインレースまでそちらの園長共々ご一緒しませんか?」

 

 と……

 

「金戸さん、そりゃないよ……私も噂の若オーナー君と話をしてみたかったんだから」

「おや、吉沢さん」

 

 よ、吉沢て……え、社田井の……

 

「初めまして、蜂屋オーナー。お噂はかねがね」

「い、いえ、こちらこそ!!」

 

 雲の上の方々に大量に挟まれて、もう白目を剥いてひっくり返る寸前になりながら。

 ああ、RPG(ロープレ)の勇者って、あんなナチュラルに王様や神様と接せるから勇者なんだなー、と思いつつ。

 ……果たして、メインレースが終わるまで、胃が持つのだろうか、と考えていた。

 

 

 

「よう、石河。

 ずいぶんと『ルパンの相棒らしくなったな』」

 

 待機室で隆二の奴に声をかけられて。

 俺は返事をした。

 

「おう、ようやっと見苦しくない程度に『生えそろって来たよ』」

 

 あの日以降。

 キッドの主戦を続けさせてもらえる事になった俺が願をかける意味で、鼻の下から顎にかけて整えながら蓄えはじめたヒゲが、ようやっと生え揃ったのである。

 

 元来、騎手はヒゲを生やさない。

 それは、馬群の中に限らず、レース中前を走る馬の文字通りの『後塵を拝する』事になるワケで、だからこそ勝ったとしてもヒゲが泥まみれになり、勝利インタビューで見苦しいものになりやすいからである。

 

 だが……俺はバーネットキッドの主戦を任されている。

 俺の騎乗任務は先頭で突っ走り、そして『誰の後塵を拝する事もなく』ゴールへと飛び込む事。

 

 故に、その任を全うする意味を含め。

 こうしてヒゲを蓄える事で、願をかけることにしたのである。

 

『先頭至上主義のヒゲのジョッキー』

 

 不思議なもので。

 一般的な馬たちとは違う、少し特異な『逃げ、先行タイプ』の騎乗依頼が、俺によく来るようになり、それでいてまた勝率も上がり始めてる事から、何時しかそう呼ばれるようになっていった。

 

「いやぁ、イイ感じに覚悟決まってるなぁ……」

「お前がオペラオーに乗ってた時もそんな感じだったぞ」

「いや、俺はヒゲ生やしてないから。っていうか、キッドから降りたらヒゲ剃るの?」

「当たり前だろ。キッドから降ろされたら、多分俺は……」

 

 ふと。思い出す。

 『自分が自分じゃなくなる事が怖い』と言った、去年のこいつの言葉を。

 

「ああ、そうか……お前は、だからか」

「ん?」

「いや、自力でG1取るのに『昔の自分なんて振り返っていられないよな』って事」

「やっとその怖さに気づいたか」

 

 苦笑する隆二の奴。

 

「石河、予告しといてやるよ。

 もう『降りられないぞ』……たとえバーネットキッドから降ろされても、多分お前は『もう競馬から降りる事ができなくなっちまってる』。

 俺がオペラオーに乗り続けて、もう降りられなくなったように……な」

「ったく……そうかよ。まあ仮にそうだとしても、このヒゲはキッドの引退と一緒に落とすつもりだよ」

 

 そう答えたものの。

 

 後に……バーネットキッドが引退し、フリーの騎手となってからも、ずっと、ずっと。

 このヒゲが騎手としての俺のトレードマークとなり、長い付き合いになるとは、その時は思いもしなかったのである。

 

 

 

 はーい、阪神競馬場からこんにちは、バーネットキッドです♪

 現在、パドックにて『笑ってはいけない阪神競馬場パドック』を実行中。というか……

 

「あのな、キッド! 古馬! 古馬相手だからな!? 少しはディープの時みたいに落ち着いて相手警戒しろよ! っていうか落ち着いて警戒しろくださいお願いしますこの馬科(バカ)!」

 

 半泣きになってる厩務員君を尻目に、今日も営業の愛想を振りまき中。

 

 しかし……ダービー回避して宝塚行くって聞いたのが、馬運車に乗せられる三日前ってどーいう事なんでしょうね。

 まあ、馬にスケジュールしゃべる調教師ってのも、居るわけが無いんですが。

 

 しかし、ディープとは有馬で……か。

 確かに奴はバケモンっちゃバケモンだったしな。

 結局、お互いに猶予を8か月ばかりもらった、って形か。

 

 ……次、勝てるかなぁ……

 

 ま、とりあえず。今はサービスサービスゥ♪

 

『おい、若ぇの……』

 

 あ、おっさん♪ カメラ向けてくれたね、ウィンクしてちーっす♪

 

『聞こえねぇか若ぇの』

 

 お、目の前の親子連れの子どもたち、よーし、お馬さん、変顔頑張っちゃうぞ~♪

 べろべろべろべろべろ~ん♪

 

『……イワすぞガキ……』

 

 ンだようっせーなージジィ?

 

『若ぇの、パドックは静かに回るモンだぜ。ほかの馬に迷惑だ』

『そうかい、でも周囲の人間にはウケてるぜ?』

『あのな……俺たちはこれからレースをするんであって芸をするんじゃねぇんだ。

 俺は気が長いほうだから忠告してやれているんだぜ?』

『へぇ、そうかい?』

 

 と、丁度よく止まれの合図と共に。

 ジョッキーたちがやってくる。……兄貴、かっこいいヒゲになったなぁ。

 

『おう、若ぇの……名前と年齢は?』

『バーネットキッド。3歳。そういうオッサンは?』

『……ロブロイ。ゼンノロブロイだ。これでも5歳だ』

 

 うわぁ……

 

『5歳でそれかよ、老けてんな』

『病み上がりなんでな……まあ、お前みたいな跳ねっ返りの若造一頭『分からせる』くらいは造作もねぇさ』

『そうかい……』

 

 じゃあ、そのまま頼むぜ……何せ……『舐めてくれているほうがやりやすいからな』。



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阪神競馬場 第11レース  第46回宝塚記念(G1)その2

『阪神競馬場、スタンドは白一色。既に夏競馬の趣です。古豪八歳馬のG1制覇か、それとも年度代表馬の4戦連続G1勝利か、はたまた無敗の皐月賞馬による三歳宝塚制覇か。どの馬が勝っても、史上初の快挙となります。

 第46回宝塚記念スタートが近づいています。

 解説は大塚守男さんです』

『はい』

『まず注目はなんといっても、一枠一番、バーネットキッド。

 無敗で皐月賞と朝日杯のG1を二つ。クラシック戦線の王者として迎え撃つ立場を蹴って、あえて古馬に挑戦者として挑みに来た、まさに大胆不敵な世紀の大怪盗ですが、いかがでしょうか?』

『そうですね、馬体重も502キロと、前走から+4キロ。

 休養明けにガレて体重が落ちるかと思ったらそんな事はなく、むしろ二か月という時間を使ってキッチリ仕上げてきましたね。

 元から大型の馬でしたが、更に体格もガッシリして他馬に引けを取らないモノにはなっていますが……いかんせん、相手は古馬ですからね』

『やはり、厳しいものがあると』

『どう考えても面子がね。

 ゼンノロブロイ、タップダンスシチー、リンカーン……これだけのタレントを相手に、どこまで逃げ切れるのか、むしろそちらのほうを楽しみにしていますよ』

『そういえば、人気の方がどうなるのかな、と気になりましたが一番人気は一倍台でタップダンスシチーになりましたね』

 

 

 

 ゲート入りの直前、解説に言われてふと、気づいたんだけど。

 

 ……考えてみると俺って、一番人気になった事って今まで無いんだよね……

 

 デビュー戦は2桁後半の倍率だったし。

 その後もなんだかんだと倍率1桁台には収まってたけど、結局三番人気とか二番人気ばかりで。

 皐月賞も二番人気でディープのヤツのほうが上だったし、今回も最終的に四番人気……うむ、やはり芸か! パドックのアピールと芸が足りないんだな!?

 よし、レースが終わったら磨きをかけねばなるまい……何かこう、新ネタを考えねば。

 

「キッド……もう三歳なんだからいい加減、パドックで落ち着きとか持ってほしいんだけどなぁ……別周にしようって話も出てるんだぞ?」

 

 なに、それは独演会という事でいいんだな!?

 い、いやしかし、そこまでまだネタが……ピンで独立してやるには、まだ少し早い気も……

 

 

 

『さあ、割れるような歓声です。この歓声で入れ込むような馬が無いか気になるところですが、長江さん』

『はい、大丈夫ですね、今、スイープトウショウがゲート入りを始めました』

『先入れですね?』

『はい、馬場入りのさいに少し渋っていたのですが……』

 

 

 

 まあいい、芸の事は後で考えよう。

 初めての一枠一番。逃げ馬にとって最良の枠順のゲートに入る。

 意識が切り替わる。

 さあ……競走馬の時間だ。

 

 

 

『さあ、最後タップダンスシチーが今、ゲート入りしました。

 注目は先行争い……スタートしました!』

 

 うぉりゃーっ!! 1F11秒台の爆速ダッシュじゃーい!!

 

『各馬好スタートを切る中、ポーンと抜け出したのは、やはりと言うべきかバーネットキッド! スタートの良さは古馬に引けを取っていません。続いてタップダンスシチー外から行った、コスモバルク真ん中か、内からビッグゴールドはどうするのか』

 

 調教を受けてる時に、気づいた事がある。

 俺、コーナリングに無駄があったんじゃないのか、って……

 だから……

 

『ゼンノロブロイは中団か。

 さあ、他馬を引き離したバーネットキッドが凄い勢いで坂を駆け上がり、第一コーナーに突っ込んでいく』

 

 さあ、新しい武器を見せてやる!!

 

『第一コーナーから第二コーナーまでのカーブをスルっと抜けたバーネットキッド。このままではマズいと後続がややペースを上げていく。向こう正面に入って前半1000mの通過タイムは57秒9。速い速い、非常に速いペースでバーネットキッド飛ばし続けます。もう10馬身差は超えていると思われます』

 

 よし……我ながら綺麗に急カーブを曲がれたぞ!!

 あとは……

 

『向こう正面から第三コーナー回って加速して、若き怪盗を捕らえんと集団がジリジリと追い上げてきた!』

 

 ここの下り坂を利用して、速度を維持しながら軽く息を入れつつ手前を入れ替えて……

 

『さあ、第四コーナーにただ一頭突っ込んできたバーネットキッド一人旅!

 後続が逃がすわけにはいかないと、最後の直線一斉に動き出した!!

 タップダンスシチー追いすがる、中からリンカーン、リンカーン、外からスイープトウショウ、スイープトウショウ!! ゼンノロブロイも来た、ゼンノロブロイも来た、ハーツクライ、ハーツクライ、後続の古馬集団が一斉に無敗の三歳馬に襲い掛かる!』

 

 うおっ、古馬集団すげぇ末脚のキレ味……なかでも一頭なかなかキレる脚のヤツがいる。

 だから……さあ、皐月でディープ相手に見せた武器の使いどころだ!!

 

『しかし粘る、粘るバーネットキッド! 皐月で見せた二の足が炸裂!!

 追い上げるゼンノロブロイ、ハーツクライ! 一歩抜けたのはスイープトウショウ!! 届くか、届くか、届くか!!』

 

 爺さんたち、キレはすげえよ……多分俺じゃ勝てねぇ……でも、息が限界だろ? だって『ディープ程キレが長持ちしてないぜ?』それじゃもう今の俺には届かねぇよ……

 

『しかしスイープ届かない!! 今、ゴールイン!!』

 

 悪いな……『あいつのためにも』今の俺は、負けてやれねぇんだよ……

 

『なんということだ……なんという事だ! 今、歴史が作られました第46回宝塚記念!! 1960年の開催から実に45年目にして、初めて三歳馬が勝利の栄冠を歴史に刻みました!! タイムは2分10秒5!! ダンツシアトル以来、史上2度目の10秒台!! もはや強さに疑いなし!!』

 

「おっしゃああああああ!!」

 

『三本指を立てて堂々と吠えた騎手石河!! 勝利の雄たけびが阪神競馬場に響きます!

 阪神のお宝を見事頂戴して圧巻の走りを魅せた大怪盗! 正に、競馬の歴史に同年二頭のダービー馬を送り出したに等しい勝利です!! 二着はスイープトウショウ、ハーツクライが三着!!』

 

 やったぜ……有馬で待ってろ、ディープ……って、え?

 

「わっ、こらっ!」

 

 な、なんだ?

 

『おっと、スイープトウショウが……バーネットキッドに近寄っていきますが!?』

 

 ……じーっ……

 

 なんだよおい……って集中してて気づかなかったけど、お前牝馬か、なんでおるん?

 って……うっ……この匂い、これ、もしかして、フェロモンってヤツか?

 

「なあ、射手添くん……スイープ、もしかしなくても発情(フケ)てない?」

「た、多分そうっス……これヤバいかも」

 

 いやいやいやいやいやいや!! ボロや尿ならお目こぼしはもらえるだろうけど、合体はやばいって、何考えてんだねーちゃん!!

 

『私、速い(ひと)好きなの……』

 

 きゃー、待ってー!! 合体は種牡馬と繁殖牝馬になってからー!!

 馬券は確かに二十歳からだけど、ここで始めたら別の意味でR18の世界になっちゃうー!!

 

 退く俺。迫る彼女。

 鞍上は必死に言う事聞かそうとしてるが、彼女はまったく聞いてくれやしない。

 

『待って、待って。俺も君も競走馬! まだ繁殖馬じゃないから、まだ早いから!!

 あああ、助けて馬主君ー!!』

 

 かくして、一着、二着の馬によって、宝塚記念の第二レースが始まる事になった。

 なお、俺と彼女の競走馬としての名誉のため、そして競馬関係者の尽力を証明するため、第二レースも無事、逃げ切った事をここに記しておく。



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宝塚記念を終えて。

勝利者インタビューにて

 

「石河騎手、三歳馬初の宝塚制覇ですが、如何でしたでしょう?」

「もう、なんというか……感無量ですね」

「終わってみれば、まさに圧勝といったレース展開でしたが?」

「いや、最後の直線は本当に怖かったですよ……ただね、もう馬を信じるしかないというか。パドックのおふざけとは裏腹に、キッドの勝負根性は普通じゃないですから」

「では、最後に一言」

「そうですね……『有馬が楽しみです』と言いたいですが、まず次の秋天、そして……テキやオーナーの判断ですが、あるならばその前のレースを着実に取りに行きたいと思います」

「本日は、ありがとうございました」

 

 

 

(おっ……キッド、コーナリング上手くなった?)

 

 馬主席から俯瞰して見ていて気付いたのだが。

 以前は、こう……力任せに加減速しながら強引な曲がり方をしていたように思えるのだが。

 今回は坂を上り切った勢いのまま、急な第一、第二コーナーをキレイに曲がっていたのである。

 

 やがて向こう正面から第三コーナーを回って下り坂、そして第四コーナーに入り……

 

「いけっ!」

「そこだっ!!」

 

 とか、出走されてるオーナー様方の声が響く中……

 

「頑張れ……キッド」

 

 小さく呟いた俺の小さな祈りは……届いた。

 

『うわああああああああああああ!!』

 

 馬主席に、客席のどよめきは届かない。

 何故なら……

 

「嘘だろう」

「ばかな……」

「凄いなぁ……」

 

 馬主席そのものが、オーナーたちの大きなどよめきに包まれていたからである。

 

「おめでとうございます! 蜂屋オーナー!!」

「あ、ありがとうございます……」

 

 やがて……大きな拍手が馬主席全体を包む。

 だが……

 

(か、金戸社長も吉沢社長も……っつか、その場の全員、眼の底が笑ってねぇぇぇぇぇぇぇ)

 

 胃がキリキリと痛む感覚に襲われながら。

 ……ああ、昔行きつけてたカードショップでも、割とそんなノリで切磋琢磨してたな、と思い出す。

 と……

 

「え……?」

 

 なんだろう、二位になった馬が……え、なんか追いかけっこが始まってるんだけど。

 

「宝塚って第二レースがあったの!?」

「いや、違う。ここからじゃわからないけど、明らかに何かトラブってるよ」

 

 園長の言葉に『ですよねー』と納得するも。

 下に降りて表彰式に出るまで、原因が全くわからなかった。

 

 

 

「おーおーよしよし……いきなり知らない牝馬に発情して迫られたら、そりゃビックリするわなぁ……」

 

 珍しく、ひんひんと泣いて甘えてくるキッドの奴の頭を撫でながら慰めてやる。

 

「考えてみると、ウチの厩舎にも牝馬は今いないですし、未成熟な2歳の新馬戦から札幌あたりまでしか、キッドは牝馬と一緒にレースすらしていないんですよ」

「ああそうか、大体G1って言ったら牡馬と牝馬は別だもんね……男子校の高校生がいきなり年上お姉さんに迫られたようなものか……そりゃビックリして逃げ出すわ」

「大丈夫ですかね……繁殖の時にトラウマにならないといいんですが。

 人間に育てられた事といい、少しスペシャルウィークみたいな傾向がありません?」

「えーと……繁殖まで行けるんですかね? 血統的にかなり怪しすぎる自覚はあるんですが」

「いや、アウトブリードとして重宝されると思いますよ?

 今、キングカメハメハが凄いですから」

「ああ、あの……そうか、彼が現役ならこのレースでキッドとかち合ってましたね」

 

 そして……半泣きのキッドと一緒に、ウィナーズサークルで写真を撮ったのだが。

 その後……

 

「は? 馬運車がパンク? え、マジ!?」

「はい、今、代わりの馬運車を手配していますがドコも手一杯なようで」

「うーん……阪神競馬場に事情を話して、馬房でもう一泊させてもらうしか無いかも。

 無理に動かすよりは、そのほうがいいでしょ。レースは来週まで無いんだし」

「そうですね、帯同馬のブラウネーベルも息子が勝ってくれましたし……」

 

 と、石河のオヤジサンと話をしたところ。

 ゼンノロブロイの調教師が、一緒に美浦まで帰らないか、と申し出てくれたのである。

 

「え? ロブロイと一緒に美浦まで、ですか?」

「はい、実は帯同馬が故障してしまいまして今病院に……幸いケガは大したことは無いようなのですが」

「ああ、それは……え、でもウチ、帯同馬含めて二頭だから……ロブロイ含めて三頭運べますかね?」

「大丈夫ですよ。大型のヤツですし四頭までなら行けます。

 ロブロイのオーナー様からも許可は取っていますので」

「そうですね、じゃあお願いします」

 

 

 

『…………………』

『………………』

 

 気まずい。

 馬運車の中は、本当に沈黙に包まれていた。

 奥に押し込まれて背中しか見えないはずのブラウネーベル先輩なんて、ロブロイ親分の威圧感に怯えてるよ。っていうか、多分、俺が居なかったら暴れて逃げ出そうとしてただろう……

 

『おい、若いの?』

『なんだい、古いの?』

『……パドックで俺に喧嘩売ったのも演技か?』

『舐めて掛かってくれるほうがやりやすいだろ?』

 

 あっさり認めると、親分の殺気が少し緩む。

 

『ったく……阪神の坂から第二コーナーまで、あんな走り方した馬は初めて見たぜ』

『そうかい……まあ、俺みたいな逃げタイプは特殊だって自覚があるよ。っていうか、あんた美浦だったんだな』

『おめぇ美浦で俺を知らねぇって……ああ、そうか。

 やたら寝坊してくるくせに滅茶苦茶強い馬ってお前か。ストームのヤツとたまに併せ馬やってる小僧がいるって』

『まあ、馬同士の覇権争いに興味が無ェだけだよ……つまらねぇ』

『牝馬にもか?』

『は?』

 

 親分の言葉に思いっきり虚を突かれて、俺は戸惑った。

 

『おめー、あれだけわかりやすく迫られて、障害も無いのに、なんでやらなかったんだよ』

『ば、バカヤロウ! 時と場合と場所ってもんがあるだろうが』

『んなの関係ねぇだろうが、やる事やっちまえば良かったじゃねぇか』

『うるへー!! 俺はまだ競走馬なの!』

『そんなん人間の都合だろうが』

『その人間に恩があるんだよ。

 馬として返せないほどの恩が、な……』

『そうかい……しかし、お前みてぇな若けぇのが俺たちみたいな古馬に交ざって来るなんて珍しいな』

『まあ……俺は逃げて来たんだよ。オーナーが逃がしてくれたんだ』

 

 その言葉に、ロブロイ親分が首をかしげる。

 

『おいおい、古馬に逃げてくるってなぁ、どういう事だ? ふつう逆だろ?』

『言葉通りの意味だよ。

 そいつと競り合ってな……倒れて死にかけた』

『……なんの冗談だ?』

『冗談じゃねぇよ。

 同期にバケモンみたいな奴が栗東に居てな。最後、必死に逃げたんだが……』

『負けたのか?』

『レースには勝った。

 でも実質負けかもな……何しろレースが終わった直後に俺は倒れちまって、あいつも疲労で大ダメージ。

 このままじゃヤツも俺も両方潰れる。だからオーナーに、同期より早く俺は古馬を相手に走れって言われたんだ』

『……そいつの名は?』

『ディープインパクト。

 多分……年末、やり合うことになる』

『そうかい……お前と五分以上に戦えるヤツが栗東に居る、か……』

 

 その後、沈黙の落ちた馬運車の中で、ロブロイ親分は『ケガが無くて、あと少し若けりゃ……』などと言いながら、遠い目をしていた。

 

 

 

「すっかり遅くなっちまったな……」

 

 キッドを送り出した後。

 スイープトウショウのオーナー様にこちらが恐縮するほど謝罪され、少し足止めを食らった後に。

 俺は園長や石河のオヤジサンたちと別れて、新幹線に乗って関東に帰る事にした。

 なんやかんやあって、結局最終的に阪神競馬場を出る頃には、もう5時を回っていた。

 

 はぁ……何とか無事に終わったか……駅弁買って新幹線で食うか。

 

 初めての古馬戦線だったが、キッドはそれに応えて大きく成長している。

 また、クアッドの調教ペースも良好で、遅くとも八月にはデビュー出来そうだという話だった。

 このまま行けば、有馬までになんとかディープと勝負できる体はできるだろう。少なくとも皐月賞のような悲劇は避けられる。

 

『夏の甲子園特集、今日は予選で活躍した神奈川代表灯影学園の三年生。

 プロ注目の蜂屋博之投手の……』

「……………あ、まだ生きてやがった」

 

 街頭テレビから流れる『知ってるバカ』の不快なニュースを無視して、幕の内弁当を買い求めると、俺は東京行きの新幹線に乗り込んだ。




空想。

ウマ娘ルームマッチ『バーネットキッド実装記念。『シン・46回宝塚記念第二レース』』

1番  スイープトウショウ
2番  スイープトウショウ
3番  バーネットキッド
4番  スイープトウショウ
5番  スイープトウショウ
6番  スイープトウショウ
7番  スイープトウショウ
8番  スイープトウショウ
9番  スイープトウショウ
10番 スイープトウショウ
11番 スイープトウショウ
12番 スイープトウショウ
13番 スイープトウショウ
14番 スイープトウショウ
15番 スイープトウショウ
16番 スイープトウショウ
17番 スイープトウショウ
18番 スイープトウショウ


こういう、地獄絵図みたいなレース、絶対やるヤツが出てくるだろうなぁ……


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天皇賞(秋)に向けて&ラノベ掲示板回

「……はい、今回の採寸はこれで終了です」

「ありがとうございました」

 

 銀座の一流テーラーからこんにちは、蜂屋源一です。

 

 何故、一介のラノベ書きがこんな場違いな場所に居るのかと言いますと、無論、本業以外の馬主業が原因です。

 

 馬主席で秋以降の予定を聞かれて、とりあえず大雑把に説明したついでに『天皇賞って言ったって、わざわざ陛下がご臨席されるワケじゃないんでしょう?』と答えたところ。

 周囲のオーナー様方から『今年は来るよ』と言われて、白目を剥いて悶絶した結果。

 

『とっ、とりあえず良さげなテーラーで仕立の服を一着作ってきます!』

 

 と宣言。

 

 靴やネクタイ含め、吊るしの上下あわせ総額3万の、就活生向けのリクルートスーツで拝顔する事が憚られるお相手なのは、日本人なら猿でもわかるので気合を入れて服を仕立てる事にしました。

 

 ……正直、GパンTシャツサンダル姿でコンビニや風呂屋を闊歩するのがデフォな人間的に、どうしたものか迷っていましたが……経費だ経費。必要経費で納税の時に申告してやろうと、硬く決意しています。

 

 なお、この決断に至るまで、いろいろとテンパった末に、賢介のヤツに『いっそ、一緒に学生時代の黒いボール紙のスーツと付け髭で、やんごとなき御方の前でキッドとヒゲダンスをまたキメねぇか?』と、我ながら軽くトチ狂った提案をしたところ『絶対ウチは巻き込まれたくねぇからキッドと一緒に転厩してくれ』と真顔で返事をされて、ようやく正気に戻りました。

 

 実に友達甲斐のあるヤツだと思います。

 

 ついでに。

 勝負服を作るにあたっていろいろなアドバイスを頂戴する対価として、後日、とある仕立て屋さんを題材にした漫画で、面白おかしくネタにされた事をここに記しておきます。

 

 

 

「非常にマズい事態だ……」

 

 宝塚の数日後。

 石河厩舎(うち)の会議室(兼食堂)は、重苦しい空気に包まれていた。

 

「JRAからお達しがあった……色々前置きはあるが、要はせめて秋天の間だけでいいから『キッドを大人しくさせろ』と」

 

 無理難題のお達しを受けて、最近毛根が後退……どころか絶対防衛線を突破しつつある石河調教師(おやじ)が、ゲンドウポーズで机の上座に座って俺たち息子に問いかける。

 

「ですよね……」

「そもそも、圧倒的な強さと一般客にウケていたから許されていたんであって……主催者には眉をひそめてるお歴々も多いからな」

「一番簡単な方法としては、秋天にディープに出てもらうとか……」

「そんな事、金戸オーナーが許すワケがないし、最悪また皐月賞の二の舞なんてなったら……」

「どう考えても無理か……」

 

 と……

 

「時に、蜂屋オーナーは?」

「銀座のテーラーに秋天用の『勝負服』作ってもらいに行くそうです。

 かなりテンパってて『いっそ、やんごとなき御方の前で、学祭でやったボール紙のスーツと付け髭で、キッドとヒゲダンスをまた決めねぇか?』と提案してきたので、『やるならキッドを転厩させてそっちでやってくれ』と断ったら、正気に戻って服を仕立てる事を選んでくれました」

「賢明な判断だ、我が息子よ。

 時に……キッドの奴が、前足を石段や柵にかけて頭を下げてるあれは、もしかして……」

「『反省』のポーズだと思われます……ますます芸を磨くことに余念が無いようで」

 

 もーどーしょーもない程の、痛々しい沈黙が会議室に落ちる。

 

「ちなみに、その……出走する馬の中で、キッドは」

「宝塚の結果を受けたら、多分一番人気になる可能性が高いです……『よりにもよって今回に限って』」

 

 つまり、一位になる可能性がもっとも高くなるというワケで。

 

「パドックは何とかなったとして、問題はウィニングランだ。

 負けたのなら何ら問題はない。だが、厩舎としてワザと負けるなんて選択肢は無い以上、勝った時の事を想定しておかんといかん。

 それを踏まえたうえで……ウィニングランは止まらずに早々に帰ってくるように、いいな大介! ヤツに芸をするチャンスを与えるな!?」

「もちろんです!!」

 

 バーネットキッドを『色々な意味で』よく知る主戦騎手は、キッチリとうなずいた。

 

「そういえば、秋天まではどうするんです? 放牧、それとも何かレースを?」

「ああ、札幌競馬場の札幌記念に出す予定だ。

 ほれ、時期的にも静舞農高が夏休みだろう? 後輩たちに雄姿を見せる意味で、北に行って軽く一叩きしたほうがいいと思ってな」

「確かに……」

 

 6月を過ぎて梅雨が明け、初夏の日差しになったものの……あのUMAは食欲を一向に衰えさせる事もなく、モリモリと飼い葉を喰らっている。

 

「正直、放牧とかリフレッシュとかで、また肥えて帰ってくるのが恐ろしくてな……短期放牧じゃ意味が無いから、もう厩舎内に留め置いて調教内容で調整しようかと思ってる」

「ですよねー……移動も苦にしないどころか、移動中に寝ますからね、あいつ……」

 

 と……

 

「テキー、またキッド向けのファンレターと共に……キュウリの詰め合わせが……」

「ダケさん、了解しました。いつもの所にお願いします」

 

 調教助手の戸竹光彦……通称ダケさんの言葉に。

 

「……すっかり人気者になっちゃったな、あの静舞の悪童が……」

 

 つい二年前まで、蜂屋含めクラスのみんなと一緒にバカやっていた思い出がよみがえる。

 

「あのな、G1馬……うちの厩舎始まって以来のG1馬だからな、賢介。

 しかも三歳で宝塚とか、日本競馬史に残るトチ狂った歴史を作った名馬だからな」

「名馬………………うん、名馬、だよね……多分」

 

 放牧スペースで猫みたいな姿勢でノビをしながらアクビをしてるキッドを見て。

 でも……どう考えても、静舞の悪童のイメージが拭いきれなかった。

 

 

 

 6月末日

 文科放送ラジオ局収録スタジオ。

 

(陽気なイントロと共に、番組収録が始まる)

 

『雷撃大賞今夜も始まりました。今日はゲストをお呼びしております』

『はい、作家の針生天元先生でーす♪』

『どうも、こんばんはー♪ 映画の宣伝に来ました、針生天元です。よろしくお願いします』

『よろしくお願いします』

 

(以下、番組はつつがなく進行)

 

『ではここで、映画の宣伝です』

『しかし相変わらずお若いですよねぇ……おばさん羨ましいなぁ』

『年齢は秘密です、秘密!!

 えー、7月……ああ放送されるのは今月か。

 今月から各地の映画館で『テンプレート・ガンブレイド』の劇場版『フレイムブラッド・ショウダウン』が公開されます。

 声優さん、原画家さんはじめ、色んな方々が気合を入れて作った渾身の一作ですので、是非ぜひ、映画館でご覧になってください』

『はい、次に……針生先生への質問コーナーへと移りたいと思います』

『はい』

『まずは、茨城県のペンネーム『名無しの厩務員』さんから。

 『テンプレート・ガンブレイド』楽しく拝見しています。ところで直球ですが質問です。針生先生、バーネットキッドの馬主やっていませんか? 某インターネット界隈で、針生先生が最有力候補として特定されつつあるんですが、その辺お答えいただけませんでしょうか?』

『ぶーっ!! え、え、どういうこと……っていうか何でこのはがき選んだの!? 割とNGだって前から言ってたはずだけど!?』

『いえね、他にも似たようなお便りがこんな大量に寄せられていまして……『おめーのせーで馬券スッた』だの『一儲けさせてもらいました』だのこんなに多数。

 これもう完全にリスナーの方々にはバレているんじゃないかと……危機感と自覚を持ってもらう意味でも、編集部のほうからやっちゃってくれって迫られまして』

『うわあああああああ、マジかぁ……特定早すぎるだろう、いくら何でも!?』

『えっ、ってことは?』

『……はぁぁぁぁぁ……はい、バーネットキッドのオーナー、やっております』

 

 

 

1:名無しの読者 ID:OW5Ir4rAi

キターーーーー!!

 

2:名無しの読者 ID:/VtXiBm31

とうとう針生先生ゲロったか……

 

3:名無しの読者 ID:T6u8HRQ5A

ちょっと待て。テンガンって5年以上前から連載してただろう!?

作者一体何歳でデビューしたんだ!? 確かにデビュー作の編集後記に『未成年』てあったけどさ!!

 

4:名無しの読者 ID:Y9SxbjRQT

確か、馬主資格が過去二年の年収が1700万からだよな?

単行本が3冊くらい出てから、すぐにアニメ化の話とか出てたし。売上とバーネットキッドの馬齢から逆算して考えると、遅くとも中学生くらいからデビューしてないと計算が合わないぞ……

 

5:名無しの読者 ID:Yt3RWjWsH

あの頃の針生先生って、すげーペースで出してたろ!? 最近落ち着いて年二冊くらいになったけど……

 

6:名無しの読者 ID:ZP4rCDvG7

ちょっと待て。

俺、競馬板から来たんだけど、針生先生襲撃しちゃったんかTDS!

 

7:名無しの読者 ID:y/Q9n1HEC

うわぁ……雷撃の看板作家じゃねぇか……

 

8:名無しの読者 ID:oqvPr814T

ちょいすまん。針生先生襲撃って……ナニ?

 

9:名無しの読者 ID:ZP4rCDvG7

>>8競馬板で有名な話なんだけど、TDSがバーネットキッドの学生馬主を強盗取材したって話があって、その馬主さんが身を守るために雲隠れしちゃったの。

だから、志室動物園ばっかで、TDS系の珍獣奇想天外にバーネットキッドが出てない。

その馬主が針生先生って事が、今回の雷撃大賞の放送で確定しちゃった。

 

10:名無しの読者 ID:VjZjyUXRp

うっわぁ……これ、丸川も怒らせてたんじゃねぇ?

 

11:名無しの読者 ID:6PtC9gfzY

なんで丸川なん? 雷撃って丸川から分離独立したとこじゃないん?

 

12:名無しの読者 ID:3BBwkMR+N

いうてもう10年以上前やし、ラノベは富志見含めてほぼ丸川系やで?

丸川の看板出してないだけで、ほぼ丸川の独占と言っても過言じゃないレベルだぞ。

 

13:名無しの読者 ID:vCuGlhxW2

TDS……色んな意味で終わるんじゃね? 競馬勢とオタ勢、両方敵に回したぞこれ……

 

14:名無しの読者 ID:RSbLLWB5G

俺、一応競馬勢でもあるんだけどさ……オグリキャップのトラウマ抉ってるんよ、TDS。

オグリって競馬関係者にとって神様みたいなモンでさ。

その孫の馬主に、オグリと同じような事してるわけでな……競馬関係の現場も上層部も馬主の一部も、TDSにガチギレしてんの。

 

15:名無しの読者 ID:3V8fzfbkb

うっわぁ……ウチ、今後関わらんとこ……

 

16:名無しの読者 ID:8eKgIdsfi

うちの会社、TDS関係と仕事してるけど、上司に伝えてくる。今は色々やばいって。

 

17:名無しの読者 ID:ajQnbhHru

うちも

 

18:名無しの読者 ID:HRffkR2MR

拙者も

 

19:名無しの読者 ID:AR0isxH5q

それがしも

 

20:名無しの読者 ID:USqi6WCC7

っていうか、TDSに限らずマスゴミに天罰下るんじゃね?

裁判とは別で、最低でも行政指導みたいな形は入るだろ?

 

21:名無しの読者 ID:sWnESfZCm

そういえば裁判始まったのかな……続報を一向に聞かないんだけど。

 

22:名無しの読者 ID:0Rd+h0Cwo

必死に示談にしてくれってまだ粘ってるらしい……ソースは競馬板に現れるマスコミ関係者の身内

 

23:名無しの読者 ID:wTHxmeUAv

逆を言うと、これTDS的には示談にしないと裁判で法的行政的に色々喰らう可能性が高いから必死だって事か……さっさと裁判して負けておけば傷も浅かっただろうに、もう退くに退けない状態なんじゃね?

 

24:名無しの読者 ID:ZxbsAHLlG

だからか!

今日のニュースで『バーネットキッドが三歳で宝塚取りました、史上初の偉業です』って色んな局でやってたのに、TDSだけスルーしていたの!!

 

25:名無しの読者 ID:FPN6MwxIl

むしろ逆に裁判にならずに、キッドが活躍すればするほどTDSは強制的に特オチを続けるわけか!?

 

26:名無しの読者 ID:wpYN+ixCH

これでキッドが凱旋門行って優勝して帰ってきたらどうすんだろうな……?

 

27:名無しの読者 ID:kqM54BRL3

それはそれで見てみたい気がするな……明らかにやらかした局として晒上げみたいな感じになるんだろ?

 

28:名無しの読者 ID:LShQbmceu

他が、史上初の凱旋門賞馬とか騒いでる中で『次のニュース』ですとか?

テレTのアニメも真っ青の状況だな……

 

29:名無しの読者 ID:z4sYMk/Sq

テレTは予算以外にも、割と信念持ってアニメ流してそうだけど、TDSの場合は完全にさらし者……

 

30:名無しの読者 ID:cVirKt64T

よし、面白い事になりそうだから、バーネットキッドもっと応援しようぜ♪

 



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作家、蜂屋源一の受難(一億円の格安セール編)

「……はぁ……」

 

 七月の日差しは、既に北海道でも夏本番といったノリである。

 つまり……このグラサン付け髭姿の不審人物スタイルというのは、ひぢょーに厳しい。

 というか付け髭が熱い、邪魔。

 

「『身から出た錆』とは言うものの……」

 

 つい先日、深夜放送のラジオから、俺の正体が全国規模で身バレしてしまい。

 こうしてグラサンと付け髭、ついでに幾つかの顔のホクロを除去して印象を変えて。

 で、羽田から新千歳まで飛行機で飛び、現地で宿泊して何度か下見した後、タクシーに乗って会場まで移動することに。

 

 ……もー行きつけの銭湯もコンビニも本屋もスーパーも、ついでにアキバを気軽に徘徊する事も暫く出来やしねぇ……18歳未満閲覧禁止のあれこれの調達とかもそうだし、コミケも行けねぇ……とほほー……

 なんて言うと、むしろ担当編集の新野女史が『今までペンネームで好き放題していたんですから当然です! ガードするのにどんだけ苦労したと思ってるんですか!』と、怒られてしまった。

 

 ……冗談抜きに、家賃の安い新居への引っ越しも、セキュリティの関係で難しそうである。あと、前の部屋に残った、使える家財や資料を分別して新居に運び込み終えるまで、家賃や光熱費を2か月も余計に払う事になったのは不覚だった。

 

 なお、前に住んでいた築55年の木造二階建てのボロアパートは、大家が襲撃したテレビ局や出版社に損害賠償を請求した結果、結構な纏まった額の賠償金を頂戴して、建て替える事にしたそうな。

 ……まあ、デカい地震が来る前に建て替えたほうがいいだろうな、あんなボロ屋……確実に崩れて死人が出るだろうし。

 

「ああ、そうかぁ……」

 

 こんな状況になり、初めて身をもって理解した……大きな会社の社長とか王族とかが、何で専用車とか専用機を持っているのかって理由。

 テロリストや暗殺者なんかに狙われたとして、巻き込まれる事を想定すれば、社員や国民の事考えたらそりゃ専用機に乗るよね……自分とその周囲だけで被害が済むんだもん……

 

「思えば、こういう視点も意外と新鮮かもな……」

 

 何か創作の参考にしよう、と思いながら受付を済ませ……

 

「こんにちは、牧村先生」

 

 見知った顔や、制服の生徒たちが居たので、軽く声をかける。

 

「!!?」

「俺です、俺……」

 

 グラサンと付け髭を外し、正体を明かす。

 

「なんだ、蜂屋か……びっくりしたなぁ」

「すいません。

 もうなんか全国規模で正体がオープンになっちゃって、少し警戒してるんですよ」

「ああ、なんというかな……お前がJRAの馬主登録証を貰えた理由も、寮の消灯後に夜中ちょくちょくPCに向かって内職していた理由もよくわかったよ」

「あはは、すいません。その節は不良生徒しててご迷惑を……」

「思いっきり迷惑かけられたよ、まったく……」

 

 と……

 

「あの、蜂屋先輩……っていうか、針生先生サインください!」

「え?」

 

 そこに、一人の女子生徒が、少し日焼けした単行本を差し出してきた。

 っていうか……

 

「うわ、1巻の初版本じゃん……校正追いついてないヤツ」

「ラジオで正体聞いて、実家から送ってもらいました!」

「おいおい、寮で夜更かしは怒られるぞ? 地方でも深夜放送だろあれ?」

「大丈夫です、罰当番はちゃんとしました!」

「ならよし」

「良くねぇよ! ……みんな、この不良生徒は参考にしちゃダメだからな?」

 

 先生の突っ込みを無視して、本にサインして手渡す。

 

「で、キッドの妹は今、どんな塩梅ですか?」

「ああ、順調に育ったよ。レントゲンの写真とかは貰ったか?」

「いえ、これからです。

 あと、来年以降の予定の産駒について慌ただしくて聞いていなかったですけど、何を付けたんです?」

「今年出品する産駒の一個下はセイウンスカイ産駒で牡。で、今年種付けして受胎したのが、少し奮発してサクラバクシンオーだよ。

 ほら、キッドが勝って奨励金が入ってきたから、その分種付け料の予算を奮発できるようになってな」

「ああ、なるほど……」

 

 今まで、ノーザンキャップ含めて、前に引退した牝馬の産駒もホント割安なヤツしか付けてなかったからな……むしろテイオーの種付けで相当頑張っていたとも言えるわけで、そのしわ寄せが翌年のセイウンスカイになったか。

 

「今年も狙いは、ウチの産駒か?」

「ええ、割と。

 あ、そのセイウンスカイの産駒、写真でいいので後で見せてください」

 

 そして、展示エリアで本物を見て……俺は正直びびった。

 

(赤い?)

 

 尾花栗毛……というより『尾花赤毛』と評したくなる。

 正に美貌馬と呼ぶに相応しい、牝馬だった。

 

「いいなぁ……」

「キレイだけど、競走馬としては」

「ううん……テイオーの産駒だから気性は神経質だと聞いたがな。

 農高生がそこまでのモノを育てられるものかと」

「悩むところだなぁ」

 

 周囲のオーナーが悩む中。

 見た瞬間に、俺は確信した。

 

 落札しよう。

 

 やがて、セールが始まり……

 

「では、次に参ります。レイヴンカレン2004。父トウカイテイオー、母父ツインターボ。先日、三歳宝塚を勝利したバーネットキッドの半妹になります。では最低落札希望価格300万から」

「3000万!」

 

 初手から落としに行く。余計な競争はしない。

 静舞農高産の価格で、一千万を超えた馬は居ない。これで十分なハズである。

 

 そう……思っていた。

 

「3500万!」

「え?」

「4000万」

「ちょっ!?」

「4300万!」

「4600万!」

「4800万!」

「ええええええええ?」

「5500万!!」

 

「う、嘘……なんでそんな他所の馬主様がガチなんだー!?」

 

 良血馬じゃねぇぞ! はっきり言って!!

 しかも静舞農高産だぞ!?

 

「そりゃ、半兄があんな成績残してますからなぁ……」

「か、金戸オーナー!?」

 

 いつの間に後ろに居たのだろうか?

 

「『とりあえず押さえておこうか』とは、皆思うでしょう……6000万!」

「……」

「7500万!!」

 

 確か時折競馬場で見かける、大手の馬主クラブの主催者の一人が、気合を入れた価格を提示した。

 

 どうする……どうする……

 

「7500万……ほかにありませんか?」

 

 その時……ふと。

 オークションのステージに居た、あの赤い馬と……目が合った。

 

『会いたいよ』

『助けて』

 

 ……!! ……俺は……

 

 思い出す。ウインドインハーヘアの2002の事を。

 まだ『ディープインパクトではなかった』あの頃の事を。

 あの時、俺が落札していれば……

 

「1億!!」

 

 気が付いたら。

 俺はとんでもない金額を口走っていた。そのことに一瞬、後悔したものの……もう取り消せはしない。

 

「1億が出ました。ほかに無いか、他には……はい、落札!!」

 

 カーン、と木槌が鳴らされ……彼女も俺の愛馬となった。

 

 制服姿で口取りをしている後輩が、もう泡を吹きそうになりながら……それでも、俺に頭を下げ。

 そして……

 

『えっ………!?』

 

 次の瞬間、会場が大きくざわめいた。

 

 何しろ……テイオーステップを刻みながら、彼女はステージから退場したのだから……

 

 

 

「良かったね、今年も蜂屋先輩来てくれたよ!

 リンちゃん、蜂屋先輩に落札されたら、お兄ちゃんに会えるよ!」

 

 オークションにかけられる前。私を一番世話してくれた生徒に声をかけられた。

 どうなるのかと思っていたが……どうやら、私を愛してくれた兄に会えるようだ。

 なら、大人しくしていよう。

 

 そう思ったのだが……

 

「3500万!」

「4000万」

「4300万!」

「4600万!」

「4800万!」

「5500万!!」

 

 えっ……私って、そんなお値段するの?

 最初にお値段付けてくれたあの人が、多分お兄ちゃんを買っていった人だと思うんだけど……周囲の人たちに押されて、ぜんぜん値をつけられてない。

 

「6000万」

「7500万」

 

 ああ……会えないの、かなぁ……もう一度お兄ちゃんに会いたい。

 会いたいよ……助けて……

 

「1億!!」

 

 えっ!?

 

 次の瞬間、さっきの人が、高らかに宣言してくれた。

 1億? 払えるのかな? お兄ちゃん……会えるのかな?

 

 そして、木槌が打ち鳴らされる。

 

「やったね、リンちゃん。お兄ちゃんに会えるよ!」

 

 会える……会えるんだ!! お兄ちゃんに!!

 嬉しくって嬉しくって……私は『スキップしながら』オークション会場の外へ出て、待つことにした。

 

 

 

「蜂屋オーナー!! あの産駒、1億5千万で私に売ってください!!」

「私は2億出します!」

「駄目ですよ、無理です! 売れませんてばぁ!」

 

 オークション会場は、ひとしきり大騒ぎになり。

 複数の参加者がオークションのやり直しを求めるも、主催者に却下された結果。

 俺個人に10人ばかりのオーナー様が詰め寄ってくる事態に発展してしまった。

 というか……

 

「何か情報知ってたんじゃないのか!? 言え!」

「まっだぐ知りばぜん、勘弁じでぐださひ、助げでぇ……」

 

 振り払った拍子に何処かぶつけたらポックリ逝きそうな爺様数人に絡まれて、どうする事もできずに襟首つかまれてゆっさゆっさと締め上げられて……なんか虹の向こう側が見えてきましたよ。

 

「いい加減にしなさい!」

 

 オークションの進行の人が落札以外でカーン!! と木槌を打ち鳴らし。

 爺様たちと一緒に警備員に、オークションの外に放り出される事になった。

 

「た、助かりました……ありがとうございます」

 

 なお絡んでくるオーナー様方を制止してる警備員の方に礼を言って。

 改めて俺は落札した馬に会いに行く。

 

「なんか、不思議な仔だね……」

「はい、頭が凄く良くて……大人しいといえば大人しいんですけど、少し神経質で寂しがり屋なところがあります」

 

 口取りをしてくれた後輩の説明を聞いて、アレは……そういう事だったのかな、と思った。

 一億、一億かぁ……まあ、キッドが皐月賞と宝塚稼いでくれたから、何とかなったワケだけど……無茶しちゃったなぁ……

 

「ねえ、幼名みたいなのある?」

「あ、はい。凛とした立ち姿が凄く綺麗なので『リンちゃん』って呼んでます」

「リン……リンかぁ……本当に尾花栗毛というより『尾花赤毛』って感じだね?」

「そうです。すごく綺麗な仔ですよね」

 

 少し考え込む。何か良いインスピレーションが浮いてきそうだ。

 祖父が皇帝で……父が帝王で……ならばこの仔は『女帝』かな? 女帝……エンプレス? いや……

 

「リンだから、ドイツ語で女帝の『カイゼリン』……あとは、赤……スカーレット、ロッソ、クリムゾン、ルビー、朱、紅……いや、素直に赤兎馬からセキトでいい。

 決めた! この仔の名前は『セキトカイゼリン』だ!!」

 

 

 

 後に。

 『セキトカイゼリン』を手に入れた俺の決断は、幾つか別の波乱を引き起こす事になった。

 何しろこれ以降、キッドやクアッド、リン含め多くの産駒が活躍し続ける、静舞農業高校のレイヴンカレン産駒だが、リン以外は『ほぼ全てが牡馬』という事態を引き起こし。

 更に、最後に生まれた『カレンオッドアイ(父、キングカメハメハのラストクロップ。文字通りオッドアイ)』は、市場には出さずに次の繁殖牝馬として育てられる事となり。

 

 結果、一億という『格安価格で』リンを買った事そのものが『何か裏情報を握っていたのでは』という勘ぐりを受けてしまうという、それはそれは滅茶苦茶めんどくさい事になってしまったのである。



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受難の後+掲示板回

前話のタイトルを変更しました。内容に変化はありません。


「先生……次からは私をちゃんと連れていってくださいね」

 

 担当編集の新野女史が、新聞記事の見出しを見せながら呆れたように俺にお説教する。

 記事の見出しは『今年のセレクトセール、第二オークション勃発!?』

 

 ……うん、そりゃ新聞ネタになるよね……あんな大騒ぎ、前代未聞だって言ってたし。

 

 オークション直後、主催者に揉めた爺様たち共々呼び出され、正気に戻った爺様たちが真っ青になって俺に頭を下げて来たのだが。

 俺としてもいろいろとビックリしていたので『あんな事になるのも仕方ない。自分もリンの事は何も知らなかったし、ケガ人も出てないし気にしていません』と許したところ『本当に何も知らなかったのか!?』と、主催者共々爺様に問い詰められ、牧村先生が呼ばれて更に何も知らなかったと証言し。

 ついでに『テイオーステップが出来ると分かっていたら、セールの顔見世の時にやらせている』と説明。

 更に『以降、レイヴンカレンと産駒の育成状況は、動画含め詳しくホームページに上げる事にする』と今後の対策を断言してくれたのである。

 

 なお、別の新聞には、金戸オーナーのインタビューまで載っており。

 『最初、目の光が少し弱いかな、と思って一億の価値は無いと思っていたんですが、蜂屋オーナーに落札された途端、馬が目を輝かせてまして。あれはもう彼に落札される事を、馬が望んでいたんじゃないですかね?』なんて書かれていた。

 

 ……あのオカルトじみた声が本当なら、あながち間違いじゃないと思うんだけど……すげー目してるなぁ……あの御方も。

 

「聞いていますか、先生!?」

「は、はひ……っていうか、外出の都度にですか?」

「そうは言いませんが、競走馬関連ならば連絡をください。

 どうも先生の巻き込まれるトラブルは、馬関係が圧倒的に多いんです」

「はぁ……あ、では……その、8月なんですが21日にキッドの札幌記念がありまして。

 で、そこがクアッドのデビュー戦と重なっているので、一緒に札幌まで飛んでください」

「解りました。

 ああ、あと8月の頭のほうに、またラジオの収録がありますので、その辺少し覚悟しといてくださいね」

「え、えええ……マジですか?」

「マジです。

 今回の事含め、番組にリスナーからお便りがたくさん来てるそうですよ?」

「うへぇ……あ、で、締め切りの方は……」

 

 上目遣いで軽くご機嫌をうかがうも……

 

「延びると思いますか?」

「デスヨネー……」

 

 にっこりとした笑顔でバッサリ切られてしまった。

 

 

 

1:名無しの馬券師 ID:yp883OHRK

マジか、マジかあああああああ!! キッド宝塚取りやがった!!!

 

2:名無しの馬券師 ID:KijNcYvlb

嘘やろう……ワイの、ワイのロブロイが……

 

3:名無しの馬券師 ID:NbxqO4n4G

タップ爺さん……やはりついていけなかったか。もう八歳だもんな。

 

4:名無しの馬券師 ID:4SfVqUWSa

>>3むしろ八歳であそこまで走れたのが凄いよ、タップ爺さん。

 

5:名無しの馬券師 ID:Oo/1PiXHu

『ディープが怖いから古馬戦線に逃げて来た』って最初なんの冗談かと思ったが。

このレース見て納得したわ……あのキッドを追い詰めたディープって何者やねん。

 

6:名無しの馬券師 ID:tFOKuYIP7

>>5天下御免の社田井グループの、日本を代表する種牡馬『サンデーサイレンス』の最高傑作だろうが。

ちょっと待て。ってことは、キッドとディープは、これから芝の中長距離を、古馬クラシック共に荒らしまわるって事だよな!?

 

7:名無しの馬券師 ID:mQvYQUuRu

正直『クラシック戦線でディープと潰し合いしてくれ』って他のオーナー様思うだろうけど、あの謎の学生オーナーの好判断でキッドは古馬戦線に。

絶望ってレベルじゃねぇぞこれ……。

 

8:名無しの馬券師 ID:6mMttXq3H

歴史にタラレバは無いけど、これ一年ズレてたら確実に無敗三冠馬が二頭出て来たって事だろう!?

少なくとも、年に一頭はダービー馬は確実に出るけど、3歳で宝塚取った馬なんて今後出てくるかどうかも怪しいぞ。

 

9:名無しの馬券師 ID:VLHRDGqU7

うわぁぁぁぁぁ、競馬の神様もなんて勿体ない事を……ある意味レアなモノを見れたと言えばそうだけど。

 

10:名無しの馬券師 ID:3zndf2OV4

落ち着け、逆に考えるんだ! キッドがこのまま快勝を続けて秋古馬三冠取ったら『三冠馬』という名前に偽りは無くなるぞ!

 

11:名無しの馬券師 ID:MhfKLP4xD

うん、有馬でディープとぶつかるけどね……

 

12:名無しの馬券師 ID:AsO0GvUX9

それ以前にジャパンカップや秋天で、古馬勢がこのまま黙ってるワケがないだろう。

多分、やんちゃ坊主に灸を据えようみたいなノリだったのが、次からはガチガチのガチに攻めて来そう。

 

13:名無しの馬券師 ID:qg1Wdc02b

>>12で、どうやってキッドを潰すの?

スタート勘抜群の鞍上で、逃げ態勢に入ったらもう駆け引きなんてする余地ないぞ。

 

14:名無しの馬券師 ID:oFYWwRLnk

怪盗『まずレコードタイム出せる脚もってこい。駆け引きはそこからだ』

 

15:名無しの馬券師 ID:5y67EHhLy

>>14マジでそれなんだよね……『それが出来れば競馬は苦労しない』ってレベルの無茶苦茶な逃げ足……

 

16:名無しの馬券師 ID:w52pqD35U

っつか、短期とはいえ倒れたあとの療養でガレて体重マイナスかと思ったら、プラスになってるのって。

幾ら2か月も時間あったからって、すげぇな石河厩舎。

 

17:名無しの馬券師 ID:UJWXstKjl

むしろ、ダイエットのほうに気合入れてたって話だぞ。

写真みつけた……ほれ? 

 

18:名無しの馬券師 ID:ryQGxs4Ka

何この白饅頭……

 

19:名無しの馬券師 ID:640Rbx/A0

饅頭っていうか、白フグ……

 

20:名無しの馬券師 ID:SXCN75LZ6

なんか、少し放っておいたら体重20キロ近く増えたとか……どんな食欲してんだこのUMA

 

31:名無しの馬券師 ID:QS2V6+fDs

ビッグニュース! バーネットキッドの謎馬主様の正体、ついに確定!!

 

32:名無しの馬券師 ID:IIADQlaTr

ま?

 

33:名無しの馬券師 ID:dPNvZOIIo

針生天元先生って……雷撃のラノベでめっちゃ売れっ子の作家さんじゃん。

そりゃ未成年でも馬主資格取れるだろうよ。

 

34:名無しの馬券師 ID:t/99RqKRl

マジで、俺ファンだったんだけど!?

 

35:名無しの馬券師 ID:DxQVsIzJP

ちょっと待て!! 俺、静舞の農業科出身なんだけど、あの生活サイクルのドコにラノベ書いてる余裕があるんだ!?

 

36:名無しの馬券師 ID:yxHGy58my

言うて、特定班が一番可能性高いって言ってたやん。

 

37:名無しの馬券師 ID:q/wS44Fm7

>>36農業科……特に畜産関係って朝、滅茶苦茶早いんだぞ? 家畜の世話で4時とか5時起床とか毎日だからな?

確か、生産学科は病気した時以外、土日休日も無いような状態だったハズだぞ!!

 

38:名無しの馬券師 ID:vDpEjPGFL

嘘だー!! 俺信じねぇ!! あの蜂屋先輩が針生先生だってのは割と理解するけど、先輩、ほとんど俺らと変わんねぇ生活サイクルしてたぞ!!

 

39:名無しの馬券師 ID:nKvEUl+oT

静舞農高生が湧いてきたな、乙。なにかその辺情報ねぇかな?

 

40:名無しの馬券師 ID:vDpEjPGFL

>>39いや、ホントにフツーの先輩よ? 少しオタ気質があるから色々話してたんだけど。

確かに寮のパソコンで、ダカダカキーボード打ってた事は結構あったけど、てっきり何かのレポートかなんかだと思ってた……

 

41:名無しの馬券師 ID:nEkasiDfb

それ寮のパソコンで原稿打ってたって事じゃねぇの!?

うわー、お前、作家先生の生原稿見るチャンス見逃したぞ……

  

66:名無しの馬券師 ID:cRxleyCQS

針生先生がまたやってくれた……すげぇ……

 

67:名無しの馬券師 ID:KVVPwcqF8

何があった>>66

 

68:名無しの馬券師 ID:cRxleyCQS

ウチのケーブルテレビで、セレクトセールのリアルタイムの映像が見れたんだけど、静舞農高の産駒が出るから注目してたのよ。

で、針生先生だと思うんだけど、最初に3千万ってつけたのが、色んな馬主からガンガン差し値が出て、最終的に針生先生が気合で一億つけて落札したの。

 

69:名無しの馬券師 ID:zgqMb+wvh

mjd? 農高の馬に一億とか、あたおかじゃねぇ?

いくら怪盗が活躍したからって入れ込み過ぎだろ?

 

70:名無しの馬券師 ID:cRxleyCQS

>>69そう思うだろ?

そしたら、落札された牝馬が、テイオーステップ決めながら退場しやがって会場マジパニックよ?

で、多分、ルドルフやテイオーに夢見たと思しき他の馬主様が、針生先生に掴みかかって『売ってくれ』って大騒ぎ。

 

71:名無しの馬券師 ID:d6JNqzmD0

ふぁっ!!?

ちょっと待て、確か今年の静舞農高の出品産駒ってトウカイテイオーの仔じゃねぇの!?

 

72:名無しの馬券師 ID:Fqj8qIvTY

なに、結局、テイオーステップ刻めるテイオーの仔の素質馬が?

たった一億で針生先生に落札されたんか!?

 

73:名無しの馬券師 ID:CXJrknl8c

ふぁああああああああああああああああああああああ!! そりゃ参加者全員脳死するわ!!

 

74:名無しの馬券師 ID:cRxleyCQS

会場中でオークションのやり直しの声があがったんだけど、そんな事出来るわけねぇから収拾がつかなくなっちゃってオークションが少し中断という事態。

で、揉め事起こしたジジィ共とヤジが五月蠅い何人か、あと針生先生が裏に連れていかれたみたい。

これ明日当たり新聞に載るんじゃね? 少なくとも地元の新聞には落札価格含めて確実に載るわ。

 

75:名無しの馬券師 ID:KRcKiQ+QY

っつかジジィ共、よく揉め事起こせたな……フツーあんなオークションの場でやらかしたら、馬主グループから総スカン喰らって締め出されかねんぞ?

 

76:名無しの馬券師 ID:seejz9uSD

いや、他の参加者もオークションのやり直しとか求めたりしてたから、同罪だろうし……そもそもあんなのわかるわけないだろう?

 

77:名無しの馬券師 ID:nMH8b5qsz

っていうか、針生先生、それわかってて一億とか付けたのかな? だとしたら相当に策士だぞ?

 

78:名無しの馬券師 ID:7niRfTaHM

いや、映像で見る限り、針生先生も茫然としてた。

っていうか分かってたんならそもそも庭先でやるだろうし、そうじゃなくてもジジィ共が掴みかかる前に逃げ出す支度するだろう?

 

79:名無しの馬券師 ID:WwIaW8eVf

そう思わせて、とか……いや、そうじゃなくても別の場所で何かを知っていたとか?

まあ、疑い出したらキリが無いか……

 

80:名無しの馬券師 ID:zg1P/hppm

針生先生が白か黒かは兎も角、これで静舞農高もタダじゃ済まなくなってきたな……

 



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ウマ娘編……『姉妹関係その2』

 あの走りに憧れた。

 

 天性の柔軟性と、不屈の闘志、そしてそれを含めたウマ娘としてステージの笑顔。

 そして……幾度となく泣いたケガからの不屈の復活劇……

 

 だから……

 

「よう、リン! 入学おめでとう!

 元気か! 飯食ってるかー! 学園の飯はタダだから思う存分食え♪」

「姉さん……リン、食事は程ほどにね、食べ過ぎるとこういうバカになるわよ?」

「あ、うん……」

 

 二人の姉……バーネットキッドと、クアッドターボには、本当に感謝している。

 でも……

 

「あのさ、姉さんたち……その、スカウトの話なんだけど」

「あ? ああ、選抜レースがあるから、そこでスカウト待ちだろうけど、石河トレーナーに話は通してあるから、レースに勝ちゃあ大丈夫だ!」

「ごめんね、リン。寂しい思いさせた上に妹たちの面倒見させて……でも、お姉ちゃんたちと一緒に走ろうね?」

「……う、うん」

 

 学園に入学した当初。

 勢いのまま、右も左も分からなかった私は、姉二人の所属するチーム『アルデバラン』にスカウトされて所属する事になった。

 

 

 

「はい、こっち目線下さい、女帝っぽい感じで……はい、OKです」

「お疲れ様です陛下」

 

 ゴールドシチー先輩の伝手で、時々モデルのアルバイトをするのだが……どうもその、なんというか、扱いが『女帝』であだ名が『陛下』なのである。

 

 まあ、確かに……姉二人に比べて、少し目つきが鋭いかもしれないし、この金髪に赤いメッシュの入った髪の毛は女帝っぽい貫禄があるのかもしれないけど。

 でも姉に比べれば体格は小柄だし、女帝どころか割と生活レベルで考えるなら普通以下の貧乏な家に生まれたのになぁ……そのおかげで推薦とれるかも怪しかったんだけど、姉さんたちが稼いでくれて……稼いで……

 

「……大体自分たちのおなかの中だったな……」

「どうしたの?」

 

 撮影の合間の休憩時間。

 一緒に撮影していた、ゴールドシチー先輩が私に聞いてくる。

 

「いえ、実家の事をちょっと思い出して。

 ……姉さんたちも私と一緒で、色々な事をして稼いで家計を助けてくれはしたけど、大体作った料理は姉二人のおなかの中だったな、って……」

「ああ、あの二人。

 そういえば、あなたの姉二人と一緒に良く食べてるオグリが、地方時代にカサマツの食堂を一人で食いつぶしたって伝説を聞くけど……あの三人そろうと本当にトレセンの食堂が食い潰されるかもしれないわね」

「ははは、まさか。

 流石に千人以上のウマ娘の食事を支える食堂が、たった三人のウマ娘のせいでそんな事になるわけがないじゃないですか」

 

 ……後に。

 それが冗談になっておらず、厨房の担当者が私の食事量が普通な事に安堵していた事を知るのだが……それはまた別の話である。

 

「それよりどうしたの? いつものキレが無いじゃない、リン?」

「え?」

「こう、写真の中では『我こそが女帝なり!』みたいな貫禄のあるあなたが、こう物憂げな目線を向けるのも珍しいなって思って。

 おかげでレアな写真が撮れたみたいで、それはそれでカメラさんには好評みたいだけど」

「ああ、その……」

 

 モデルの世界に誘ってくれた先輩であり。トレセン学園においても尊敬する先輩の一人でもあるシチー先輩である。

 隠す理由も無かった。

 

「このままでいいのかな、って」

「?」

「チームなんですけどね……勢いのままに、姉二人の居るアルデバランに所属しちゃって。

 石河トレーナーに不満はないんです。

 でも……憧れてる先輩が居るチームに行きたいな、って思う気持ちもあって……どうしようかな、って。

 姉二人もよくしてくれてるし、学園で分からないところや勉強も教えてくれるし。

 だから何も不満なんて無いんですけど……その……目標としてる人に近づきたいな、って気持ちもあって」

「誰、目標って?」

「トウカイテイオー先輩です。あんなふうにターフを走れたらな……って。

 だから……スピカに行きたい、って気持ちもあって」

「ああ、あの? うーん……」

 

 と。

 シチー先輩は腕を組んで考え込んでしまった。

 

「移籍って、難しい、ですかね?」

「『難しい難しくない』の問題じゃなくてね……うーん、スピカじゃなければ『成りたい自分に成るために行って来い』って先輩として背中押してやれたかもしれないけど……。

 ごめん、こればかりは流石に無責任な事言えないから、お姉さん二人に相談したほうがいいかもしれない」

「相談、ですか?」

「流石に身内じゃないのに『あの』トレーナーについて行けとは言えないよ……スピカのトレーナーは変人で有名でね。

 有能なのは間違いないんだけど、人間的に色々ある人だから……」

「はぁ……?」

 

 その意味が分からなかったので……とりあえず、先輩のアドバイスに従って、素直に姉二人に相談する事にした。

 

 

 

『移籍!?』

 

 その話を漏らした途端。

 姉二人……特に下のクアッドが慌てだした。

 

「ど、ど、どうしたのリン? 何か気に障るような事ってあったの!?

 バカ姉がまた何かやらかした!?」

「クアッド、そろそろ脳天蹴たぐりまわしていいか?

 ……なあ、リン。移籍は好きにしてもいいが……理由だけは教えてくれよ。

 所詮姉妹ったって他人なんだから、どんな身勝手な理由でもいいが……『何も言わずに』ってのは流石に寂しいぜ?」

「その……憧れてる先輩がスピカに居て……でも最初学園に入った時、右も左も分からなかったから、とりあえず姉さんについてきちゃったら、いつの間にかアルデバランに居たみたいな感じになっちゃって。

 だから、今更だけど改めて考えてドコに行きたいかって思ったら、テイオー先輩のスピカに行きたいな、って……」

 

 その言葉に、上の姉であるキッドが頭を抱えた。

 

「あー、しまったぁ……すまんリン。姉さんたちが浮かれ過ぎていた。悪かった」

「姉さん!!」

「クアッド。頭下げるべきは俺たちだ。リンの気持ちを無視した俺たちが完全に悪い。

 すまなかったな、リン……悪かった。姉さんたち、お前と一緒のチームで走れると思って、浮かれすぎていたんだ。

 選抜であんだけの結果を出せば、普通、群がってスカウトに来るトレーナーも『リンはアルデバランに行くから』って周囲に思われていたから、本来お前にアタックしに来るトレーナーも全然居なかったんだよ」

「そう、なの?」

「何だかんだ同期の注目株だぞお前?

 しかし、スピカ……スピカかぁ……ううん……テイオー先輩はまあギリ問題ないとしても……沖野トレーナーにゴルシがなぁ……ゴルシもアブねーしなぁ……」

「ゴルシって……ゴールドシップさん?」

 

 一瞬、先輩のゴールドシチーさんを思い浮かべてしまった。

 

「そ、学園一の大問題児。

 割と電波気味の超変人でな、あいつと付き合ってると面白いっちゃ面白いし頭も良いヤツで日々退屈はしねーけど、リンみたいなタイプは翻弄されて終わりそうだしなぁ。

 だから、あの芦毛の珍獣に付き合える沖野トレーナーの人物像も、推して知るべしってヤツで……っておいクアッド、おめー何こっちに鏡向けてんだおい?」

「いえ、何でも」

「何が言いたい、ン? お姉ちゃんにはっきり答えてごらん、クアッド?」

「……そうよね……そう考えれば大丈夫か。

 リン、大丈夫よ。ゴルシも姉さんも大体一緒の変人だから、家族として私たちと過ごしてるあなたなら、あしらい方もわかるでしょうし」

「クアッド、後で裏で話がある。

 問題は沖野トレーナーなんだが……まあ、向こうがOKしないと、こっちも動きようが無いしなぁ」

「それ以前に俺の事を忘れてるだろう……三人とも?」

 

 そう言うと、チームをまとめる石河トレーナーが、扉を開けて部屋に入ってきた。

 

「あ、いえ、石河トレーナーを忘れてたワケじゃなくて、唐突に相談されたんでとりあえず話を纏めてから最終的に相談にもっていこうかと……」

「いや、構わんよ。ウマ娘の希望をなるべく叶えながら勝利を目指していくのが俺の方針だ。行きたい道があるのならば『無理に』とは言わないが……」

「が?」

 

 言葉を切った石河トレーナーは、私に真剣に語り始めた。

 

「リンちゃん……憧れている存在が居るのはいい。それを目指すのも真似るのも間違ってはいない。

 だが、お前は『セキトカイゼリン』なんだ。どう頑張っても『トウカイテイオー』にはなれん。テイオーが会長であるルドルフに憧れていた話は……知っているか?」

「!!」

「テイオーはルドルフを超えたかった。でも出来なかった。

 お前は、ルドルフを超えられるか? もし超えたとして、テイオーはお前をどう見る? ああ見えてテイオーのヤツは意外と嫉妬深いぞ」

 

 優しい石河トレーナーの声に。

 私はただ……憧れていたダケで、その先に何が待つのか。考えてもいなかった事を悟らされる。

 

「今現在のお前のトレーナーとして、もう一度言う……忘れるな。お前はセキトカイゼリンだ。

 だから『トウカイテイオーに憧れて、それを目指したセキトカイゼリン』にはなれるが、どんなに頑張っても『お前がトウカイテイオーになる事はできない』。それを踏まえたうえでどうするか。

 もう一度、良く考えたうえで、慎重に結論を出しなさい」

 

 真摯な石河トレーナーの言葉に、私は頷くしかなかった。

 

 

 

「あの……テイオー先輩、お話があります」

「?」

 

 翌日。

 喫茶店に呼び出したテイオー先輩を前に。

 私は幾つか、質問をぶつける

 

「なに、ボクに聞きたいことがあるって?」

「その……気に障ったらごめんなさい。

 ケガをする前、テイオー先輩はルドルフ会長になれると思っていましたか?」

 

 その言葉に、テイオー先輩は少し顔をしかめた後、あっけらかんと答えた。

 

「違うよ。ボクは『会長を超える』ウマ娘になりたいと思っている」

「!?」

 

 その言葉に、私は間違えた事に気づく。

 ああ、そうか……テイオー先輩は会長を『超えたい』とは思っても、会長に『なりたい』とは思ってはいなかったのか。

 そして、それは……

 

「現在進行形なんですね」

「もちろん!

 っていうか……キミの上のお姉さんだって凄いじゃない? クラシック路線捨てて、いきなり宝塚に挑戦して勝ったんだよ? あんな事、誰も真似できないよ?

 ……正直、ボクはキミのお姉さんに勇気を貰った。

 『定石なんて知ったことか、道が無ければぶち壊して進め、俺が歩いた後が道になる!』……かっこよかったよ、いろいろな意味で」

「そうですか。それは妹として嬉しいです。

 あと、一つ……その、不躾とは分かってますが……その、仮に、私がルドルフ会長を超えたら、先輩はどう思います?」

「え? そりゃ決まってるじゃない♪」

 

 にこやかに笑いながら。

 

「絶対に悔しいと思う。

 ステージや人前ではおめでとうって言うけど、一人になったらわんわん泣いてる。『なんでだー!』って……色んなものに八つ当たりしながら。

 っていうか……ある意味、君のお姉さんが現在進行形で別の形で会長を超えつつあるからね? このままキミの姉さんが秋天もJCも無敗で突っ込んで。クラシックのほうも一度ぶつかった皐月以外無敗の『あの子』と再び有でぶつかったら……今、あの舞台に立てない自分が、凄くもどかしかったりするよ……」

「あは、あはは……キッド姉さんですか……」

 

 超だらしなーい天才肌のキッド姉さんの実態を知っているだけに……まあ、幻想は幻想で置いておいたほうがいいだろう、と思い。

 

「ありがとうございます。自分の中のもやもやが凄く晴れました!

 この先どうなるか分かりませんが、これからも先輩としてよろしくお願いします!」

「? え、えっと、どういう事、なの?」

「その……沖野トレーナーにまだ話していないんですが……憧れてるテイオー先輩のいるスピカに移籍したいな、って思ってまして」

 

 その言葉に、テイオー先輩は石化し……

 

「えっ? えええええええ!?」

 

 

 

「で……アルデバランからウチにリンが来たってワケ?」

 

 喫茶店で、同じチームメイトになった、親友でありライバルでもある、ウオッカとダイワスカーレットに経緯を話した。

 

「はい。……なんか姉さんたちが色々裏で暗躍したらしいですけど、詳しい事は私も知りません」

「そ、そう……まあ、知らぬが花よね……」

「だな……」

 

 ひきつった顔で、紅茶やジュースをすする二人。

 

 後に……移籍が決まった後、沖野トレーナーが姉さん二人に『ウチの妹に変なセクハラしようものなら……』と、鬼人のような顔で締め上げられていたという裏話を私が聞いたのは……学園も卒業間近になってからの事であった。

 

「でもなんだかんだ、いいお姉さんたちじゃない?

 心配して気に掛けてくれた上で、執着するんじゃなくてちゃんと妹を手放して他人に預けようって……なかなか出来る事じゃないと思うよ?」

 

 と、スカーレットが言うと。

 

「ほれ、お前の上のキッド姉さんなんか、最終的にウチのトレーナーに扇子が五本入った箱渡してたぞ。

 なんの意味か分からなくてスぺ先輩がグラス先輩に聞いたら『剣術道場なんかに弟子入りするときに、束脩として渡すもの』だとか……『ずいぶん古風な事をなさるお姉さんだ』ってグラス先輩が苦笑してたくらいだからな」

 

 更に、ウオッカまで続けてきた。

 

「やだもう……姉さんたち、そんな事までしてたの? 恥ずかしい……」

「いいじゃん、何だかんだ愛されてる証拠じゃねぇの?」

「最強のお姉さんたちじゃない」

 

 そう、何だかんだと、二人とも私にとって自慢の姉であり……

 

 

 

「あ、トレーナーに呼ばれてるんだった」

「そう、俺もちょっとゴート札の秘密を暴きにカリオストロ行かなきゃ」

 

「「いいから座れ」」

「「はい……」」

 

 少し離れた場所で。

 どんな逃げウマ娘だって逃げようもない状況下に置かれている、どこかで見かけた二人のウマ娘が。

 更に芦毛でもさもさ頭の二人のウマ娘に、膝詰め説教を喰らっていた。

 

 

 

「……………(我が家の大恥さらし!!)」

「ねえ、リン、あの説教大会になってるウマ娘たちって……」

「確か、リンの……」

 

 ウオッカとスカーレットの二人が指さした先を、意図的に無視して。

 

「……知らない人。さっさと行こう、二人とも」

 

 何はともあれ、キレたクアッド姉さんには関わらないに限る。

 

 我が家の問題児二名に対し、割と死んだ目で知らない顔をすると、一緒にお茶をしていた二人を促して、その場を立ち去った。




すいません、ゴルシが出て行ったくだりを修正します。
チームの人数の上限、完全に勘違いしていました。

あと、体調不良が続いている事と、年末にかけてそろそろ慌ただしくなっていくので、更新頻度が相当落ちると思われます。

とりあえず、一足早いですが、皆さま良いお年を……


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札幌競馬場 第4レース  2歳新馬戦

ご心配をおかけしました。

ゆっくりペースになりますが、再開させて逝きます。

あと遅すぎる事を承知で、あけましておめでとうございます。


 はーい、札幌競馬場からこんにちは、バーネットキッドです。

 

 というか、珍しいことに、自分含めて石河厩舎から三頭も馬運車に乗って札幌まで移動してきまして。

 懐かしいなぁ……去年の、デビューして三戦目……今じゃ友といえるカフェ君と思いっきり張り合いまくってたっけ。

 あの頃が少し懐かしい……って、おや? 競馬場の待機用の馬房で隣に先客が……ってなんだこいつ、本当に馬か?

 

 芦毛ではあるのだろうが体格はゴツイし、それに夏だというのに毛深いというか何というか……正直、毛ぞりした後のアルパカか何かでは?

 

『兄さん……兄さん久しぶり!! 会いたかった!!』

『ふぁっ!? だ、誰!? どちら様!!?』

『覚えてないの? 兄さん? ター坊だよ?』

 

 ………………は? はあああああああああああああああああああああ???

 

『お、お、お前! た、ター坊か!!??』

 

 た、確かにどことなく嗅いだことのある匂い……だが、だが!! 一年でこんなモッサモサのジャイアント馬になるって!?

 い、いや幼駒の頃から少し大きい感じではあったけど、二歳で俺と体格が遜色無いんだけど!?

 俺も今、500キロジャストだから平均よりは大きいけど、こいつは二歳でそれか!?

 三歳になったら、下手したら絞った状態でも、520とか30行くんじゃないか!?

 

『そうだよ、兄さん! 兄さんと一緒に走れるって聞いて、ボク頑張ったよ♪』

『そ、そうか……』

『兄さんも日高でボスやっていたって先輩から聞いたから、ボクもボス馬やってたんだ♪』

『……や、やりたくてやったんじゃねえんだけど……』

 

 グルーミングしながらすりすりと会話してると。

 

「ああ、兄弟だって分かるんだなぁ……」

「珍しいよなぁ……兄弟で仲がいいなんて」

「しかし、外面は驚くほど似てないですよね」

「いや、キッドを毛深くしたら、こんな感じじゃねぇの?」

 

 厩務員君やその同僚、そして何故か先着していた馬主様までもが感心したように眺める。

 ……いや、俺こんなアルパカみたいに毛深くないって。

 

 しかしそうか、今日弟がデビューするのか……って事は、鞍上はやっぱり……

 

「じゃあ、石河騎手、弟もお願いします」

「兄貴、頼むぜ」

「おう、ターボエンジン利かせて突っ走らせてやる」

 

 今や、逃げ&先行専門の職人と化した、石河の兄貴。

 だが……

 

「ああ、それなんだが。

 OPあたりまでは大介に乗ってもらうけど、それ以降は鞍上交代を前提で進める予定だ」

「へ?」

 

 予想外のテキの答えに、俺含めオーナーも首を傾げた。

 

「実はな……」

 

 

 

「や、どうもー♪ こないだのセールぶりです」

「おう、蜂屋」

 

 北海道の短い夏休みを利用して、応援に来てくれた静舞農業高校の面々。

 そのOBとして、今回は馬主席ではなく真っ先に観客席に挨拶に来たのである。

 

「クアッドの調子はどうだ?」

「ああ、まあ、調子はいいほうだと思います。とりあえず、ターボエンジンの利いたレースは見せてやるってテキもジョッキーも言ってました」

「そうか……いや正直あの一億で色々助かって、学校の設備も改修したり新たに作り直したりする予定でな。

 馬房の補修や、育成用の坂路やコースとか、新しく出来る予定なんだ」

「あはは……そりゃ今季以降の生徒たち大変ですね」

 

 何しろ、ほぼ無償で、かつ10代後半のピッチピチな労働力が存在しているのである。

 ああ……原生林を切り開く開墾作業に、男女不問で全校生徒が纏めて駆り出される姿がミエルミエル。

 

「というか、寮の風呂場のあのデカい亀裂とか……あとPC室の常時ブルースクリーンな95のPCとかを新しくしてあげたほうが……」

 

 今でも思い出す……ノートのマイPCが逝って、あのおぞましくも危なっかしい95のPCで原稿作業せざるを得なかった時の恐怖を。

 ……修理名目でPC室に入り浸りながら必死に修理して、逝ってる複数のPCから無事な部品を共食い修理した後に、OS再インストールしてようやっと原稿作業できるようになったもんなぁ……

 

「そっちは道の予算から分捕ってくる予定だから問題ない。一応XPのヤツを入れてもらう予定だ。

 あとPCを使ったIT系の授業も少し追加する予定でな……ただ、ホームページは、暫くはPCを使える有志で運用する形になりそうだ。

 ……主に、あの騒動のお陰でな……」

「なるほど」

 

 と……携帯電話の呼び出し音が鳴り。

 

『先生! 今、ドコに居るんですか!!』

「え? 観客席。静舞農高の面子と一緒に……」

『いいですか先生? 『今!』『すぐ!』『馬主席に!』『来てください!』

 先生が居ないと、話にならないんです!』

「えー、だから馬主席のお付き合いは、どうせ会社と会社のお話になるだろうし、もう担当様に丸投げのお任せすればいいものかと……」

 ブチッ……

『だから来いっつってんだお前が顔出すと出さないとじゃ話の進み方が全然違うんじゃーい!』

「ハイ! タダイマウカガイマス!!

 ……先生すんません。ちょっと編集から召喚魔法が発動しちゃったんで馬主席に行ってきます」

「おう、行ってらっしゃい」

 

 

 

「や、どうも、お待たせしました」

「おお、針生先生、お久しぶりです」

「あ、お久しぶりです、去年の忘年会ぶりですね、社長」

 

 緊急召喚で馬主席に呼び出され、あいさつ回りをしたり『孫や甥っ子に頼まれて』と渡された本にサインしたりを繰り返し。

 ……ああ、去年、キッドが札幌に行った三戦目は、こんな事も無くサササッと影でやり過ごせたというのに……ちくしょう、あの襲撃事件で無駄な注目を集める羽目になった、マスゴミの奴らが全部悪い。

 

 しかし……

 

「なんですか、先生?」

「いえ……」

 

 言えない。

 どう見ても……普段の仕事の時の姿と違い過ぎる、気合の入った化粧した新野女史の姿に、思わず『化けた!と言いそうになった』、などとは。

 

 で、そんな彼女と一緒になって、あいさつ回りをしている内に……

 

「おお、蜂屋君、お久しぶり」

「あ、篠原の会長、お久しぶりです!」

 

 久方ぶりに出会った、篠原のおっさん……もとい、会長に挨拶。

 

「いや、なかなかGⅢ以上に縁が無いから……って、あれ?」

「えっ……篠原のおじ様!?」

「なんで由香里がここに?」

 

 石化する新野女史と、篠原の会長。

 

「え? いや、俺の担当編集者が彼女なんですけど『トラブル避けに秘書代わりに連れていけ』って言われまして。……会長、彼女とお知り合いで?」

「知り合いも何も私の姪っ子なんだが? 妹が新野家に嫁いで、その娘だよ」

 

 はいいいいい?

 

「お、おじ様!? っていうか、なんで先生が篠原のおじ様と知り合いなの!?」

「いや、新人賞を取るずっと以前にカードショップで知り合って、去年の朝日杯で再会して……」

「おじ様!?」

 

 いや、ほんとビックリである。

 世界って狭いね。

 

「というか、新野君も来るぞ、午後の第7レースに馬が出るし」

「え゛。ちょ、ちょ、ちょーっと待ってください! あのポンコツまだ馬やってたんですか!?

 無駄に気張って5千万の馬で派手に火傷して『懲りた』って言ってたくせに!」

「うむ、今度は自信があると言っていたが」

「ありがとうございます。今度こそ来たらぶん殴ってでも止めます!

 家族会議してでも馬主資格はく奪しないと、出ていくばっかりです!」

「まあ……新野さんの所は今大変だからなぁ……」

 

 ……なにこの面白いやり取り……後で何かネタにしよ。

 

「ってか、新野女史、いいとこのお嬢様だったの?」

「おや、知らなかったのかね、蜂屋君。

 家に居ると見合い話が五月蠅いから、必死になって丸川に就職したと聞いたが?」

「え、雷撃ですけど、ウチの編集部」

「出向です。一応、籍は丸川にあります」

 

 ほへー……知らんかった。

 

「いや、しかし、丸川に就職したと聞いたから、会う機会もないと思っていたのだが、意外なところで会ったね」

「ええ、まあ……実家には丸川の社員って事になっているので。

 ただ、ライトノベルの編集に配属されて、今、雷撃に出向しています……なんて知ったら、母さんが『実家に帰って来い』って発狂しかねないかも」

 

 ああ、忘年会で作家仲間が言ってたなぁ……

 努力してイイトコの大学出て、大手の出版社に入社して、さぞ文化的な教養高い事業に携われるかと思いきや、配属先が漫画やライトノベル作家の担当編集者とか放り込まれ。

 ファンタジー量産するポンチ脳な作家共の面倒見なきゃイカン羽目になって『やってられるかぁ!!』と発狂しちゃう、プライド高い高学歴の新人編集様が結構おられるって話。

 

 というか……

 

「おいおい、担当作家を前にそれを言いますか?」

「いえ、冗談抜きに、編集として貴重な経験をさせてもらっていると思っていますよ?

 ……確かに、当時未成年の先生を前に、色々あって少し途方にくれましたが。

 同時に著作を読んで色々と諦めがついたといいますか……『世界は不平等で天才は居る』と同時に『完璧な人間なんてこの世にいない』って理解できましたから」

 

 まあ確かに。

 家庭とか進路とかでも、新野女史含め出版社の大人に色々相談に乗ってもらっちゃったもんなぁ……彼らのアドバイスが無ければ、今でもあのクソ共に搾取され続けていたかもしれんし。

 

 まあ、正直……自分の立場が不相応な事は理解も承知もしているが。

 かといって、あんな家に二度と帰りたいとは思えないしなぁ……

 

「と……そろそろ第4レースだ。新馬戦が始まるよ」

 

 

 

「ほんと、大人しいよなぁ……お前は」

 

 流石に新馬戦だけあって、落ち着きの無い馬も多い中。

 黙々と静かにパドックを引かれて歩くクアッドを見て。

 

「キッドもこれくらい大人しければ、色々楽なんだけどなぁ……」

 

 あの傍若無人な芸馬を思い出し、さめざめと泣けてくる。

 パドックのたびに『笑ってはいけない○○競馬場パドック周回』をするのは、本当に勘弁してほしいと思うのだが、むしろ最近は自ら芸を磨く事に余念が無い有様である。

 

(むしろパドックをステージだと勘違いしとりゃせんか、あのUMA……)

 

 やがて……止まれの号令と共に、騎手たちがそれぞれ各馬に付き。

 

「調教で乗ったから知ってたけど……ほんと大人しいよなぁ、クアッド」

「ああ、本当に新馬戦かってくらい、すげえ落ち着いてる」

 

 石河家の兄弟の会話。そして……

 

『兄貴もこのくらい落ち着いてくれりゃあなぁ……』

 

 偽らざる、石河厩舎の面々全てが抱く感想を兄弟で漏らしながら。

 石河騎手はクアッドに騎乗すると、本馬場へと向かっていった。

 

 

 

『札幌競馬……第4レース。2歳新馬戦。芝の1800メートルで争われます。馬場状態は良』

 

 返し馬を終えて、ゲートに入る。

 14頭1800メートル。しかも洋芝の札幌競馬場。

 だが……それを覆せるだけの素質を持つ馬であることは、同血の兄貴が証明している。

 

「ごめんな、クアッド……俺がへたくそで」

 

 調教の手ごたえや、レース前にオヤジから色々と聞いて『なるほど』と思い。

 正直、今の時点でも俺が鞍上でいいのかと気が引けるが……何はともあれ今の俺の技量では『逃げ』以外の選択肢は無い。

 

「短い間だが、よろしく頼むぜ」

『ひん』

 

 軽く答えるクアッドターボ。

 ああ、本当にいい馬だ……もし、キッドに出会わずに居たならば、正直『俺の理想とする騎乗』が出来ただろう。

 だが、それだけだ。

 クアッドの力を究極的に引き出してやれるのは『俺じゃない』事をテキに指摘され、短期の鞍上を引き受けた。

 だからこそ……

 

「『次』に繋ぐために、勝たせてやるからな……」

 

 そう、決心する。

 

『態勢完了……スタートしました!! まずは14番クアッドターボが先頭。並んで1番ディーププラウド』

 

 ああ、最内から張り合いに来た……いや、掛かったのか?

 ……まあ、どちらでもいい、併せ馬と行こうじゃねぇか。

 

『その少し後ろ並んで10番サンフィーバー、13番マルカタキオン。9番アグネスグレイス、11番フレンドシップ。そこに続いて7番マツリダゴッホ………』

 

 重い洋芝のターフを、軽快に駆けるクアッド。

 順調に第一、第二コーナーを回り、向こう正面で少し緩くラップを刻む。

 

 ……本当にこの兄弟、洋芝を苦にしない……完全にダートでも行けそうなパワー系だな。

 

『向こう正面、クアッドターボがぐんぐんと差を広げていく、完全に逃げ切りの態勢だ。しかし背後からマルカタキオン、マツリダゴッホもジリジリと詰めていく』

 

 直線から第三コーナーへ。

 さあ、正念場だクアッド……突っ込むぞ!!

 

『さあ、第四コーナー回って直線に突っ込んできたクアッドターボ!

 後ろが一斉に動いた! マルカタキオン、マツリダゴッホ! 後ろからサンフィーバーも迫る!!』

 

 最後の直線。

 鞭に応えるクアッド!

 

 行けクアッド! お前が……お前が先頭だ!!

 

『残り200メートル、マツリダゴッホが一歩抜けて飛び出た! ものすごい勢いだ!

 しかしクアッドターボが粘る、粘る! 先頭は譲らない! そのまま今、ゴール!! 二着はマツリダゴッホ!!

 勝った勝ったクアッドターボ! 四発ターボエンジンの轟音が、札幌の空に轟いた!! タイムは1分52秒7!』

 

「ぃよし!! よーく頑張ったクアッド!」

 

 軽くガッツポーズして、クアッドを褒めながらも。

 レースの走りを通じて、感じた違和感は完全に確信に変わった。

 

 ああ、確かにこの子は……この馬は『逃げ馬じゃないな』と。

 

 

 

「やった!!」

 

 兄に続いて、弟も新馬戦を快勝し、俺は軽く拳を握る。

 

「おお、おめでとう!」

「おめでとうございます!」

 

 歓声と拍手に包まれる馬主席。

 

「ありがとうございます!」

 

 それから、テラス席の下の端まで降り、手すり越しに下に集まっている学校の面々に手を振り。

 

「勝ったぞー!」

『うぇーい!!!』

 

 下でノリ良く答えてくれる、後輩たち。

 

「じゃ、出迎えてきます。新野女史、行きましょう」

「え? わ、私もですか!?」

「がっつり関係者じゃん」

 

 そのまま、彼女と牧村先生も一緒に、3人で記念撮影。

 そして……

 

「キッドのレースは……ああ、3時半過ぎからか。結構余裕があるな」

「ああ、馬主席のラウンジで何かつまみながら待とうか」

 

 誘われて、篠原のおっさ……もとい、会長の誘いに乗る。

 

「そいえば、篠原会長の馬は第何レースですか?」

「いや、もう終わったよ。5着と3着。まあ、掲示板に入ったから良しとするさ」

「ああ、それは……」

 

 普通の馬主様たちだと、数百万の馬ならば掲示板に何度か入ればモトが取れるので御の字、みたいな話を聞いた。

 それにプラス、出走を多くして出走手当を稼いでおけば、まあ預託料含め赤字にはならないトントンだと。

 

「そうだ、君に再会したら渡すモノがあったんだ。今、ロッカーから取ってくるから」

「はい?」

 

 そして……暫くして、結び紐で閉じられた大き目の茶封筒が手渡される。

 少しズシッとした、重たい感触。

 

「これ、は?」

「開けてみたまえ」

 

 括られた紐を開け、中を見ると……

 

「!!? こ、これ……これおっさ……いや、会長にあげたモノですよ!」

「いや、これは本来、キミの大事なコレクションじゃないか。」

「いや、だって……!」

 

 あの時……どうにもならないので『せめて』と思い、行きつけの店の常連の皆に配った、俺のコレクションファイル。その一冊だった。

 

「ほら、元『ホワイトロータス』の常連たち。今『スパイラル』って店に居るから、一度足を延ばしてみるといい」

「いや、でも……これは流石に渡したモノですし……」

「うーん……じゃあ、こうしよう」

 

 そう言うと、篠原会長は、ファイルから3枚、カードを抜き。

 

「この三枚を保管料として私が受け取る。だから、君はこのファイルを受け取ってほしい」

「え、……あ、……でも……」

「私もコレクターだからね。割とこの三枚はレアだから欲しかったんだ。

 それに、君の事情は知らないが、何か断腸の思いがあって手放したのだろう?」

「はい、その……捨てられるくらいならば、と……」

「全部じゃないが、スパイラルに移った当時の面々の中には、君のデッキやファイルを保管してくれている子が、何人か居る。

 たまに私も店に顔を出すが、みんなニュースを見てびっくりしてたぞ?」

 

 その言葉に、俺は衝撃を受けた。

 

「久方ぶりに、顔を出してやってもいいんじゃないか?」

「っ……はい……ありがとう、ございます!」

 

 カードファイルを抱きながら。

 俺は『あの時の仲間』が、俺を覚えていてくれたことを知り、涙が出るほど嬉しかった……。




本日の主な被害馬:マツリダゴッホ

正史だと、二年後に有馬記念を取る十二分に強い馬で、この新馬戦で二着に1秒近い大差を付けて勝利しています。
今でも現役の種牡馬として頑張っているそうです。

正直、主なG1レースに合わせて、大体二か月ごとのローテーションでキッドの出走レースは決めているので、それに合わせてクアッドの新馬戦もやっちまおう……という判断だったのですが……狙ったワケでもないのに、なんでこうも後のG1馬に新馬戦でぶち当たるんだろうと、戦々恐々としています。


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札幌競馬場 第9レース 第41回札幌記念(G2)その1

「おいおい、酷くなってきたぞ……」

 

 午前中は辛うじて曇り空だったものが、新馬戦の頃から空模様が怪しくなり始め。

 メインである札幌記念の発走時間には、ザーザー降りと言ってもいい大雨になってしまっていた。

 ……下に居る後輩君たちや先生は、大丈夫だろうか?

 むしろ、この状況下でレースをしようとするほうが、何か起こりそうで怖い。

 

「大丈夫かなぁ……」

「ああ、心配いらんだろう。手加減は心得ているだろうから死にはせん」

「え? ……ああ、新野女史のパパさんのほうですか」

 

 先ほどまでの地獄絵図を思い出した。

 

 なんというか……午後になって馬主席にやってきた新野パパを見つけるなり。

 暗黒面というか殺●の波動というか、そんなのに目覚めた新野女史が、篠原のおっちゃんに挨拶するパパの背後から、片足あげてすーっと地面を滑るように近づき、間合いに入るやワシっと肩をつかみ……

 

「お・と・う・さ・ま?」

 

 よそに聞こえないように小さくも。それはそれは地獄の底から響くような、瞬で獄殺する気満々な声が響いたのである。

 実際、そこから先は地獄のような光景であった。

 

「ま、待て、由香里……これは社長同士の付き合いという、業務の一環で」

「ほう……では、あのお馬さん、お幾ら万円だったのか・し・ら?」

「え、えっと……そ、ソンナニタカクナイヨ? もう前回で懲りたから……」

「懲りた? ……懲りたと申しましたか?

 その割には、お母さまにも内緒で購入されておられるようですが、一体お幾ら万円だったのか、ここで白状なさったほうがよろしいかと?」

「ほ、ほんの五百万の馬だって……出走手当と時々掲示板に載れば、元は取れる金額だから」

「では、あの懇意にしておられた牧場に直接電話をして確認を」

「ひいいいいい、ストップストップ!!」

「……………本当の値段を言わないと、家族に黙って馬を買った事をお母さまにバラしますよ?」

「に、二千万ほど上乗せしております……」

「お・と・う・さ・ま」

「か、勝てば! ここ一勝すれば!! 素質はあるんだ! 頼む!」

 

 懇願する新野パパ。

 そして、運命の『札幌競馬 第7レース 3歳以上500万下 ダート1700m』が始まり……

 

「申し訳ありません、おじ様。先生。

 少し母や兄たちと、緊急の家族会議を開きますので今日はお暇させて頂きます」

「いってらっしゃい、由香里」

「会社には『直帰した』って俺から伝えておきますねー」

 

 見事に掲示板外に大爆死してドナドナされて行く新野パパを、俺と篠原会長は生暖かい目で眺めながら見送っていた。

 

「なんだろう……この塾バックレて一緒にゲーセンで遊んでる友達が、カーチャンに取っ捕まって引きずられていったみたいな気まずさ」

「まあ、社交だ何だって言っていても、本質的に『ゲーム』であることに変わりは無いからね……」

 

 ……のめり込み過ぎると、あーなるって事だよな……俺も注意しなきゃなぁ。

 

 遠い目で外を眺める。

 窓の外の雨はいよいよ勢いを増して、ザーザーという音が響いていた。

 

 

 

 お、クアッド勝ったか……

 

 待機してる馬房から、馬イヤーで歓声と共に流れるアナウンスを聞きながら、結果を悟る。

 ……兄弟そろって新馬戦勝利からの勝ち上がりか。幸先いいな。

 

 やがて……

 

『兄さん、勝ったよ♪ 勝った♪』

『おお、おめでとうクアッド!!』

 

 馬装を外したクアッドが、待機用の馬房に戻ってきたのを迎え入れる。

 さーて……これは……兄の威厳を示す意味でも負けられんなぁ!

 

 ……と、思っていた時が俺にもありました。

 

「ひひーん!(嫌だっ! 嫌だって! 完全に大雨じゃねーか!!)」

「こーら、キッド! レース! レースだって!

 ああもうほら、多少は悪ふざけして構わないから、パドック行くぞパドック!」

「ぶるるるる……」

 

 馬装を終えてパドックに行く頃には、怪しかった空は既に本降りの大雨になっており。

 精神的にコンディション最悪な状況になっていたのである。

 

「ったく、なんでプールやシャワーは大好きなのに、雨を嫌がるかね?」

「ぶるるるる(全然違うわ!)」

 

 確かに水は気持ちいいけど、雨は最終的に泥まみれになるから嫌なんじゃ!

 

 雨合羽姿の厩務員君と一緒に、パドックをぐーるぐると回るのだが……やっぱり雨だけあって人が少ないというか……こんな状況下で前に出てパドックの馬たちをガン見してるのって、殆どが赤鉛筆耳に挟んだ、香ばしい顔のオッチャンばっかり。

 

 ……俺、この手の人たちからは嫌われてるんだよなぁ……笑いかけても変顔してもウケが悪いし……

 

「ぶるるるる」

 

 ばたばたと首を振って、水滴をまき散らしてやる。

 

「わっ……わかったわかった。後で人参やるしブラッシングもしてやるから、キレイにするから」

「ぶるる……(その言葉を忘れんなよ)」

 

 やがて、止まれの合図と共にやってくる相棒(あにき)

 

「兄貴、この雨でキッドはご機嫌斜めだ。こりゃとっとと行って帰ってくるに限る」

「要するにいつもと変わらない、だろ?」

「まあ、そうなんだけどさ。

 このコンディションで馬群に飲まれたら、どうなるか分かったもんじゃないからマジで気を付けてくれ」

「ああ……そういえばそうだったな。雨の日にダートで併せ馬したら、途端にやる気なくしてたもんな」

「ぶるるるる(あん時ぁ最悪だったわ!!)」

 

 泥まみれのぐっちゃぐっちゃで、出来損ないのシマウマみたいな姿になって帰ってくる羽目になって、自力で水道の栓開けてホース咥えて水浴びしたよ! ……周囲にびっくりされたけど。

 

「一応、アナウンスだと馬場状態は良馬場だって言ってたが……鵜呑みには出来んな」

 

 そして、返し馬が終わり、ゲート入りし……

 

『ぷぺぺぽぴー!!♪ ふぉーんふぉん♪ ぷぺぺぽぴー!! ふぉんふぉんふぉんぷぴー!!』

 

 ぶっ!! な、なんじゃあのファンファーレは!?

 なんか物凄く力の抜ける、頓狂なファンファーレを耳にしてビックリする。

 

 ……後で知ったのだが、札幌記念のファンファーレって全国の競馬場の中でも一、二を争う程、演奏が難しいらしく。

 更に雨の中で屋外待機させられた北大の楽隊の皆さんは、楽器、人間共にコンディション最悪な状態で演奏する事になったためだとか。

 

 さもありなん。1番(となり)のオペラシチーが苛立ってるよ……

 

 もー……洋芝はぬちゃぬちゃするし、雨は酷いし……ああもう! さっさと勝って帰るぞこんなレース!!

 

 俺の枠順は2枠2番。

 偶数のゲートに入り……さあ、いつもの競走馬の時間だ!

 

 俺の最大の武器、ゲートが開いた瞬間の開幕ダッシュを……

 

 ずるっ!!

 

(……え?)

「うっ!」

 

 キメようとしたスタート直後……僅かに足を滑らせてしまい、いつもの加速が出せず。

 結果、ほぼ横並びのスタートとなってしまい……って、え!? ちょっ!? こら、寄るな! 俺は前に……って、おい、テメェ出鞭とか、お前ら逃げ馬じゃないだろうって……え…うそ……おい……

 

「嘘だろう!?」

 

 なまじ、内枠だっただけに。

 僅かな出遅れが原因で、がっつりとスタート直後から馬群に飲まれ、前も横も完全に周囲をロックされてしまった。

 

 ……っていうかこれって……

 

「くっそう! やられた!」

 

 世紀末覇王の有馬記念(オペラオーシフト)かよ!? 

 




札幌記念の天候やらレースやらを調べてるうちに聞いた、例の『プペペプピー』を聞いて以降。
自衛隊その他の方々がどんだけ綺麗に演奏しても、脳内に北大のアレがこびりついて離れません……


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札幌競馬場 第9レース 第41回札幌記念(G2)その2

「え……?」

 

 スタート直後。

 ダッシュに失敗して馬群に飲まれたまま、周囲をがっつり固められた愛馬(キッド)を見て。

 俺は首をかしげた。

 

「会長……アレって競馬のルール的にアリなの?」

「一応、ルールに反してはいない。いないが……かなり大人げないよ」

 

 その言葉に、俺は納得する。

 

 そりゃそうだ……。

 観客席のほうからは『バカヤロー!!』だの『ふざけんなー!!』だの、ざわめきと怒声がこの馬主席にも聞こえてくるくらいである。

 

「まあ、ゲームに真剣な人たちが大人げないってのは、ドコも相場が決まっていますし」

「怒らないの?」

「いや、まあ……イカサマは嫌いだけど、テクニックは嫌いじゃない人間なんで」

 

 程度によりますが、と付け加え。

 

「昔、カードゲーム始めた頃。

 地元の店で、何も知らずに紙束デッキ使っていた初心者の俺に、ネクロとステイシスとクラフト系無限コンボと土地破壊ぶち込まれて、全試合なぶり殺しにされた事を思えば、まだまだ有情だと思いますし」

「それ、完全に初心者潰しとしか思えないんだけど……」

「何言ってるんですか」

 

 にこやかに笑いながら、俺は会長に返す。

 

「二週間後にオリジナルデッキ組んで、全員にリベンジ果たしましたよ」

 

 

 

(あああ、やばいやばいやばいやばい!!)

 

 ご機嫌斜めを通り越して、憤怒のオーラが立ち上っているキッドに騎乗しながら、失策に内心頭を抱えた。完っ全に耳は頭の後ろにピッタリ付いて眼光はギラついている。

 

 最初、抑えて最後方から追い込みの競馬が出来ないかと試みたのだが……なんと周囲全てがほぼ同時に引いて、ロックされた状態のまま第一から第二コーナーを回って向こう正面まで行く事になったのである。

 

「あ、あんたら(逃げ失敗した逃げ馬に)そこまでやるか!?」

「やらないと勝てん!」

「逃がすワケないだろ!」

 

 もー完全に全員結託して、このままゴールまで突っ込む気満々である。

 ただ、最後の直線だけはバラけるであろうから、もうそこに賭けるしか……

 

 ……上等だ。

 

「は?」

 

 一瞬、鞍下からそんな声を聞いたような気がして……次の瞬間、前で壁になってる馬に、物凄い勢いで突っ込んで煽り始める。

 

「ちょっ、おい!」

 

 手綱を引くも、言う事を聞く気が無い。

 ……まずい……完全に掛かった……というより……

 

「頼むから退いて! キッドが『キレた!』」

 

 

 

『退けっちゅーとんじゃこんボケ共があああああああ!!!』

『ひいいいいい』

『そ、そう言いましてもぉぉぉぉぉ!!』

『退けぇい!! 退かんと踏み殺すぞボケ共があああああ!!!』

 

 前を行く鞍上にコントロールされて、必死にブロックされるも。

 全力で俺に威嚇されまくった周囲の馬たちがコントロールを失い始める。

 

 現時点で、俺の馬体重502キロ。

 確かに古馬相手のレース故に、俺より大きい馬も居る事はいるが……俺、絞ってこの体重だからね?

 

『出せおらぁ!! 道を開けろ、開けんかい!!

 俺怒らせてタダで済むと思うなよ!!!』

 

 殺気全開でキレ散らかす俺に威嚇されまくった結果、レースごと放り出して逸走して逃げ出したい周囲の馬を、ベテランならではの手綱さばきでコントロールする周囲の鞍上たちだが……もともと馬ってのは臆病な生き物である。

 

 何より……俺は……俺は……

 

『俺は……今年の有馬まで負けられんのじゃあああああああああ!!!』

 

 そして……とうとう……

 

「うっ……くそっ!」

 

 最後の第四コーナー。

 直ぐ前の最内を走っていた鞍上のインが、遠心力も含めて僅かに膨らんだ所を……

 

『だぁらっしゃらおらぁぁぁぁぁぁ!!』

「ぐっ……おおお!!」

 

 その隙間から、かなり無理やりに突いて、先頭に抜け出した!

 少し内ラチに体を擦ってるが今は知ったこっちゃない!!

 

「行けっ! キッド!! ぶちかませ!」

 

 そして……兄貴の鞭が入った!!

 

 

 

『第二コーナーを回って向こう正面1000メートルを越えて、タイムは62秒ジャスト。ほぼ一群となってスローペースで進んでいく! 一番人気のバーネットキッド周囲を馬群に囲まれて苦しい展開! 間もなく第三コーナーを回って行くところ、先頭を行くコイントスを筆頭に、ほぼ団子状態! 完全に馬群のオリの中に怪盗が封じられた中で、ここから各馬どう動くか!

 さあ第四コーナーにさしかかりました! おっとここで僅かに膨らんだ内を突いてバーネットキッドが来たっ! 来たっ! 来たっ! 凄い加速で前を走るコイントスを交わす! しかし後続もペースをあげる! 外からヘヴンリーロマンスが来た、ファストタテヤマ来た! スピード勝負! 最後の直線のたたき合い! 三頭並んだ! 並んだ! 並んでゴール!! 僅かにバーネットキッド内から差し切ったーっ!!

 

 正にハナ差圧勝!! 最後の直線で見せたロングスパートの大脱走!! 見事に馬群のアルカトラズからの脱獄を成功させましたバーネットキッド!! 勝ち時計は2分2秒1。二着はヘヴンリーロマンス、三着にファストタテヤマ!』

 

 

 

『うわあああああああああああああ!!!!!』と……外野スタンドから、雨音を吹き飛ばす、地鳴りのような歓声が鳴り響く中。

 俺も含めた馬主席のオーナーたち全員、第四コーナーから最後の直線を経てゴールに突っ込むまでの光景を見て呆けた後に……パチ、パチ、と篠原会長の拍手に正気づいた各オーナーが、俺に祝福の拍手を鳴らす。

 

「おめでとう!」

「いやぁ……凄いなぁ……」

「あそこを抜けるか……」

 

 『いいモノを見せてもらった』と言って、俺を賞賛してくれる各々のオーナーたち。……無論、全員、目が笑ってないが。

 

「ありがとうございます! じゃあ撮影に行ってきます!」

 

 と……

 

『ひひひひひいいいいいいいぃぃぃぃぃぃぃぃん!!』

 

 札幌競馬場全てを揺るがさんばかりの、キッドの咆哮が響きわたる。

 

 ……うわぁ……分かってはいたけど、相当ご機嫌斜めだぞ、キッド。

 

 

 

騎手インタビューにて。

 

「石河騎手、おめでとうございます」

「ありがとうございます」

「道中、スタート直後から囲まれるという厳しい状況になりましたが」

「まあ、あの状況下でマークされる事は、仕方ないと言えば仕方ないんですが……途中、向こう正面あたりの馬群の中でキッドが完全に掛かっちゃって、正直本当に怖かったです」

「まさに、想像を絶する苦闘だったようで。石河騎手、失礼ですがヒゲに芝が……」

「ああ申し訳ない、脱獄直後なもので……本当は捕まる前に逃げ切るつもりだったのですが」

「まさに第四コーナーから最後の直線にかけて、プリズンブレイクといった感じのロングスパートでした」

「そうですね、キッドの本来の走り方ではないので、本当にもう厳しかったですが、二の脚の要領で頑張ってくれて……なんとか無敗の怪盗の名を貶めず、事故も無く済んで正直ほっとしています」

「この調子で、秋の天皇賞、ジャパンカップ、有馬と駒を進められる予定が発表されていますが、意気込みなどは?」

「まず秋の天皇賞を勝つ事を目指して……そこからはハードスケジュールになるんで、一戦一戦、丁寧な騎乗を心掛けながら、今年の最終目標である、有馬を目指したいです」

「ありがとうございました」



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札幌記念を終えて+掲示板回

『死ぬかと思った……』

 

 騎乗後。

 検量を終えた後に、同じレースに出ていた騎手たちに頭を下げに行き。

 互いに頭を下げ合うも、おしなべて俺も含めた騎手全員の最初の感想がソレだった。

 

「何であんな体格が良くて豪胆な性格の馬が逃げ馬やっているのか、ずっと疑問だったが、今日のレースで良く分かった……あそこまで馬群嫌いとは思わなかった」

「横でピッタリ蓋してたノリさんが言いますか」

「いや、普通、逃げ馬って蓋して閉じ込めちゃえば、あとは大人しくなるじゃない? あそこで周囲を威嚇してくるとは思わなかったよ」

「レース前から雨で機嫌悪かったですけど、私もああなるとは思わなかったです。

 いや、本当に皆様方のお陰で今回は事故が無くて良かったです」

 

『まったくだ』という雰囲気が、待機室に満ちる。

 

「しかし、最後の第四コーナーのイン突き、よく通せたね? ビデオも見たけど、完全に内ラチ擦ってたでしょう?」

「まあ、キッドは体格の割にコーナリング上手なんでイケると思えたのと……それにあの状況が直線まで続いたら、本当に事故ると思って……あの位置だとどれだけ巻き込むか分からなかったし」

「まあ今回に関しては、俺たちも褒められたレースをしたつもりはないけど……それにしたって、レース終わったら、あの嘶きでみんな馬がビビってたからなぁ……」

 

 あのレース後のウイニングラン。

 スタンド前で足を止めてたキッドが発した、雷鳴のような嘶きを聞いて、恐怖のあまりにその場で動かなくなったり漏らした馬まで出たのである。

 

「変な癖がついちゃったかもなぁ……」

「ああ、まあ確かに仕掛けたのはこっちだけど……」

「テキに怒られる……」

「あああ、せっかく掴んだ鞍上なのに……」

「他馬に噛みつきに行ったりしない分、マシと言えばマシだけど……」

 

 そして……

 

『一言教えてくれれば……』

 

 その場にいた全員の思いに一言。

 

「言って信じてくれましたか? 特に美浦所属の方々」

『……』

 

 普段、美浦トレセンの中では、プールと飯にしか興味が無いような馬である。

 更に、テレビに出演してる時は素人を乗せて乗馬の真似事までやってのけているのだ。

 そんな大人しい馬が……まさか馬群で囲んで大人しくなるどころか、威嚇してくるとは夢にも思うまい。

 

「まあ……あのレース見たら、もう次から囲われる事も無くなるでしょうけど」

 

 上層部、揉めてるだろうなぁ。

 そもそもスタート直後の体当たり気味な斜行とか、あの囲んだ後の展開とか、逆にキッドが威嚇してきたのとか、本当にラフプレー全開なレースになっちゃったからなぁ……事故って怪我人や死人が出なかったのは、本当に幸運だっただけである。

 

 それに……

 

「まあ、アレです。

 他馬の後ろで大人しくしている馬じゃないって事だけは、分かってもらえたので嬉しいです」

 

 

 

『……やるんじゃなかった……』

 

 ブチギレたテンションのままウイニングランの後に、スタンド前で競馬場全体に伝わる程の激怒の嘶きをかましてしまい。

 通路から待機場に戻ったら、まあ周囲の目が人馬問わずに怯える事怯える事。

 ある意味自業自得とはいえ、あの目線は地味に傷ついたよ……

 

「ほら、キッド。洗ってやるから、な?」

 

 ううう、厩務員君のやさしさが嬉しい……って、え?

 

「キッド、お疲れ様!」

 

 そこに、上着を脱いだ馬主君が。

 え、撮影はさっきやったよね?

 

「じゃ、石河。一緒に洗っちゃおうぜ」

「おいおい、お前オーナーなんだから」

「俺の馬を俺が洗うんだ。問題はネェだろ?」

「まあ、そうだけどよ……じゃ、馬装外すからそっち持って」

「了解」

 

 え……えええ?

 馬主君、今日に限ってなんで!?

 

「ほれ、しっかり流すぞ」

 

 じゃばじゃばとホースの水で蹄まで綺麗に芝の混じったドロ汚れを落とし、水を切る輪っかで綺麗に水切りをし。

 全身をタオルでごしごしと……ああ、農高に居た頃を思い出すわ。

 原生林に踏み入ったり、馬術競技に乱入したりした後、こうやってみんなに世話されていたよなぁ……

 

 と……

 

「なあ、キッドって、公道で走らせられないかな?」

「なんだよいきなり急に?」

 

 頓狂な事を、馬主君が言い出したのである。

 

「一応、確か馬って軽車両の区分だからさ。ナンバーをケツのあたりにぶら下げるなり鞍にくっつけるなりしてさ、んでコンビニとかに『こんちはー』とか言って買い物行くとか」

「皐月賞馬で三歳で宝塚取った馬で、コンビニに買い物か。

 そりゃ、フェラーリやリムジンで乗り付けるより強烈だな」

「いや、さっきのレース見てさ……キッドってそっちの生活のほうが、幸せなんじゃないか、って気がしてきた」

「!?」

 

 ば、馬主君!?

 

「夢は十分見せてもらったから……あんなケガしそうな目に遭うよりは、のんびり田舎でスローライフみたいな暮らしのほうが、こいつに合ってるんじゃねぇかな、って」

「……」

「レースで勝つ事も嬉しいけど、それより無事に帰ってきてくれよ、って思ってたから。

 だから、まあ向こう正面あたりで負けを覚悟していたけど、あんなレースになるとは思わなかったよ」

 

 と……

 

「まあ、オーナーがそう言うなら問題ないんだけど。

 そもそもお前、嫌がらせされて黙って笑ってるタイプだったっけ?」

「……」

「スタートのミスはあったとはいえ、あーいう事やられてさ。

 俺だったら『次から絶対に文句も言わせないレースしてやる』って思うけど」

「そう、だな……うん、悪かった。変な事言ったよ。すまん」

 

 厩務員君に頭を下げる馬主君。

 ……うわぁ……本当に心配かけてしまった……

 

「しっかりしてくれよ、オーナー。

 キッドにゃ普通の馬より、もーちょっと乗ってる夢の数が多いんだぜ? ……っていうか、やっぱりキッドってお前に似たんだよ」

「そうか?」

「そうだよ。

 群れとか序列とか気にしない、ゴーイングマイウェイな飄々とした顔して、本質的に凄い負けず嫌いだろうが?

 馬に乗った事も無いのに、農高の乗馬で俺と張り合おうとしたの忘れたのかよ」

「あれは忘れろよ。無謀な事やったって自覚はあるんだから」

「キッドもそうだと思うぞ? 負けたくなかったんじゃねぇの?」

「あー……かも、な」

「そうだよ。だったら思いっきり祝ってやれよ」

「そうだな……悪かった。よく頑張ったな、キッド」

 

 うん……馬主君、心配かけて本当にごめんなさい。

 

 

 

1:名無しの馬券師 ID:1p4cLLsUs

怪盗の生命力ってどうなってんだろうな……あんだけ派手なレースしておいて、間に二か月もあるとはいえ夏競馬にも顔を出すとか。

普通、夏は食欲が落ちたりするのがデフォで、ライバルのディープも休養に充てたりしてるのに。

 

2:名無しの馬券師 ID:/dmat1r3m

なんだろう……根本的な生命力が強いってタイプ? オグリに近いんだろうな、やっぱ。

 

3:名無しの馬券師 ID:l9nzjvRh+

取材中も黙々と飯食ってたな……というか、食事中、一切顔上げないでバケツに頭突っ込んだまま……

 

4:名無しの馬券師 ID:RHFhPbbGZ

取材陣が『飯の邪魔は絶対しないでください、物凄く不機嫌になります』って厩務員に突っ込まれてるの笑った。

毛色は白っぽいけど、ほんとオグリを彷彿とさせる馬だわ。

 

5:名無しの馬券師 ID:LV2ZrE5J6

そういえば、調教師が『大人しいというより、やる事を分かってるタイプだから、嫌な事は断固として嫌ってタイプですよ』って言ってたな。

 

6:名無しの馬券師 ID:LTTlfbsbl

あれだろ? 馬群が嫌いだから、逃げ馬やってるって話。

その辺はオグリと真逆だよな……

 

7:名無しの馬券師 ID:CRuubxmD+

>>6

プール大好きってあたりもな。

 

8:名無しの馬券師 ID:792Z3xBae

そろそろいつもの笑ってはいけないパドックの周回だけど……なんか怪盗、芸してない。

 

9:名無しの馬券師 ID:ohF7Cgk/j

えっ、まさかの本気モード?

 

10:名無しの馬券師 ID:AJMM9A+3i

>>9

いや、雨を嫌がってる感じだぞ……体振って水滴飛ばしてる。

 

11:名無しの馬券師 ID:dS7W9RTb3

プール大好き馬なのに、雨嫌いだったのか、怪盗。

案外、泥まみれになるのが嫌なのかも。それなら馬群嫌いも納得できる。

 

12:名無しの馬券師 ID:9k6/kq/3R

弟もデビュー戦で勝ったんだから、ここは兄貴として負けられないところだろうけど……雨酷くなって来てね?

 

13:名無しの馬券師 ID:IT4S2JA9j

発表じゃ『良馬場』って言ってるけど、嘘だろこれ?

8レースも走った後で、この大雨だぜ?

実質不良までは行かずとも重馬場か良くて稍重と見た方がいいだろうな……

 

14:名無しの馬券師 ID:jCFieDx2O

なんかだんだん、怪盗にとって不利な状況が積みあがってきてるな……嫌な予感がする。

 

15:名無しの馬券師 ID:TjjtPdKer

な、なにこのファンファーレ!!!

 

16:名無しの馬券師 ID:diRDFAuAr

ふああああああwwwwwww

 

17:名無しの馬券師 ID:EtxouHtyF

だ、ダメだ……これドコの楽隊の演奏だよ!!

 

18:名無しの馬券師 ID:hNqMLPYOT

おいおい……

 

19:名無しの馬券師 ID:eHdnY/LIg

さあ、スタートって……ふぁあああああああああ!!!!!????

 

20:名無しの馬券師 ID:4zoj8D7lU

怪盗出遅れた!? 

 

21:名無しの馬券師 ID:xPvtJYfDw

出遅れじゃなくて、いつものロケットスタートが不発だったダケだが、これは無いぞ!!

 

22:名無しの馬券師 ID:trRBapqB6

初手からオペラオーシフトかよ!!

 

23:名無しの馬券師 ID:cNGWdvjQK

っていうか、馬群に閉じ込められた怪盗ってどうすんだよ!

 

24:名無しの馬券師 ID:8Sq0eTvVK

どうもならねぇだろ……逃げ馬が逃げを封印されちゃったらどうするんだよ!

 

25:名無しの馬券師 ID:CzjNYoMC1

俺、場内からだけど、怒声がすげぇ……

 

26:名無しの馬券師 ID:E01lFzlTG

そりゃそうだよ。

怪盗終わっちゃったぞ……このまま馬群に沈んだままか?

 

27:名無しの馬券師 ID:1x2Y/ABz5

1000メートル62秒……怪盗のレースじゃアリエナイ状況

 

28:名無しの馬券師 ID:6PUaIBhGD

ふざけんな! 俺怪盗軸に流してるんだぞ!!

 

29:名無しの馬券師 ID:SZphLLs2X

っていうか……怪盗の周囲が変じゃね?

 

30:名無しの馬券師 ID:0E+vJp/S3

怪盗掛かった!?

 

31:名無しの馬券師 ID:wsyapdSaT

アブねぇ! 事故るぞ! 道開けろ!!

 

32:名無しの馬券師 ID:smyyyWvJP

やべえやべえやべえ、怪盗キレた!!

ってふぁあああああ!! 第四コーナーでイン突っこんだ!?

 

33:名無しの馬券師 ID:kqKeej4uL

!? 内ラチ削って走ってやがる!

 

34:名無しの馬券師 ID:ibffqZc5L

>>33

バカが死にてぇか! 曲がれっこねぇ!!

 

35:名無しの馬券師 ID:9HtUiEEru

>>34

いける! 曲がる……曲がってくれ! 俺のキッド!!

 

36:名無しの馬券師 ID:n49gCNOqY

>>35

曲がりやがった!! ありえねぇ……ざけんなぁぁ!!!

 

37:名無しの馬券師 ID:98mPlZARl

っていうか、直線で末脚効くのか、キッド!?

 

38:名無しの馬券師 ID:R7ZL4rX7X

いや、最後たたき合いになってる! よし、ハナ差で勝った!!

 

39:名無しの馬券師 ID:4hqfrp3nn

うおおおおお!! オペラオー並みの露骨な状況で、よく勝ったなぁ!

 

40:名無しの馬券師 ID:qK8fM/8Ns

すげぇ!!! すげぇレース見た……!!

 

41:名無しの馬券師 ID:8ehSajlLK

この札幌記念、ある意味伝説になるんじゃねぇの!? ファンファーレ含めて。

 

42:名無しの馬券師 ID:V2wmx36HZ

今まで怪盗は記録は散々残してたけど、これは記憶に残るレースになったな。

 

43:名無しの馬券師 ID:ssxiKoYZ8

なんだろう、オペラオーの時もそうだったけど『時代を作る馬』ってやっぱ何か『持ってる』んだなぁ……

マジでオペラオーの有馬を再現してのけるとは思わなかった。

 

44:名無しの馬券師 ID:6aQCmFfSv

わい、馬場やパドック見て穴狙いして外したけど、今回は本当にいいレース見させてもらったわ。

正直、スタート直後に怪盗包まれて『もらった!』って思ったけど、こんなレースされたら脱帽以外ないわ。

 

45:名無しの馬券師 ID:YzDlbH/vD

っつか、怪盗以外の有力馬が軒並み滅茶苦茶になってたのも笑える。

一番人気が仕事しただけで、後はもうメタメタ。

 

46:名無しの馬券師 ID:jy9sywaIK

ヘヴンリーロマンスとか、牝馬なのに二着とか……考えてみると、宝塚も怪盗が居なければスイープトウショウが取ってたんだよな?

案外、牝馬の時代が来るかもな……

 

47:名無しの馬券師 ID:3UKWblLY+

>>46

伝説の宝塚記念第二レースかwww 流石にヘヴンはキッドを追い回す気力は無いみたいだが……

 

48:名無しの馬券師 ID:n1rNdb0o1

うわ、スタンド前でキッドが物凄い嘶きキメた!

すげぇ、かっこいい!

 

49:名無しの馬券師 ID:OZMcWZICw

怒ってんじゃない? あんな泥まみれのレースさせやがって! って。

 

50:名無しの馬券師 ID:TGHbHbMix

これマジで秋天キッド取るかもな……




今回の被害馬:ヘヴンリーロマンス

史実だと、ここで取った一着を弾みに秋天を取り、年末の有馬記念に引退。現在も繁殖牝馬として頑張っています。

古馬になって成績不振から準オープンに格下げされたり、そこから盛り返したりと何かと苦労人ならぬ苦労馬で、この札幌記念の勝利もレース自体が荒れた事によるフロックだとみられてましたが、14番人気でエアグルーヴ以来8年ぶりに牝馬が秋天をもぎ取るという快挙を成し遂げます。

この時空だと、怪盗との再戦の回避のために(メタ的には秋天の枠を譲ってもらうために)エリザベス女王杯に行ってもらう事になります。

しかし、この時空だとスイープトウショウといい、ヘヴンリーロマンスといい、とことんキッドが牝馬の時代の目を潰しちゃっていますね……まあ、二年後のクラシック戦線が、牡馬たちにとって地獄になる事が確定していますが。


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天皇賞(秋)に向けて

 秋。

 それは、数多の生きとし生ける物が、冬という厳しい季節に向けての支度を始める季節である。

 

 人間は、服というモノを発明した結果、保温のための体毛が不要になり、大幅に毛が少なくなった。

 では、俺たち馬はというと……

 

『痒いー』

『あー、そこそこ』

『ブラッシング気持ちいいー』

 

 こうやって、みんな揃って夏毛から冬毛に生え変わる季節なわけなのだが……

 

『ふぇっくし! ……クアッド……お前……』

『なあに、兄さん?』

『いや、いい……』

 

 毛が……クアッドの抜け毛が凄い事に……近くにいると細かい抜け毛がふわふわ飛んできてくしゃみが止まらん。

 本当に正体はアルパカか何かなんじゃなかろうか、こいつ……どう見ても競走馬に思えない。

 というか、ブラッシングで抜ける毛の量が俺の三倍くらいあるんだけど!?

 

「ブラッシングっつーより、羊やアルパカの毛刈りをしてる気分になるな。掻いてる熊手が正月飾りみたいになっちまった……」

「なあ、兄貴。一度、クアッドの冬毛が生えそろったら、カットする前に綺麗にシャンプーして整えて写真撮らない?」

「いいね、オーナーに許可取ってやってみようぜ?」

 

 と……本日の調教を終えて、俺やクアッドのブラッシングをしてる石河兄弟。

 

「しかし、クアッドはこんなにもフサフサなのにオヤジは……かわいそうになぁ」

「抜け毛の量は増えているのに、冬毛が生えるどころか頭が冬だもんな」

「いっそ、このクアッドの夏毛を植毛してやるべきかな?」

「『毛量豊富に生えますように』って? っつかむしろ、案外、クアッドが毛根ごとオヤジの髪の毛吸い取ってんじゃねぇ?」

「じゃあ植毛しても片っ端から吸われちゃうし、ヅラにして還元すべきかな?」

 

 笑いながら実の父親に酷い事を言いつつも。

 丁寧に俺とクアッドのブラッシングをしてくれる石河兄弟。

 

 そう、天高く馬肥ゆる秋。

 我らが調教師たる石河パパの頭皮の毛根は、絶対防衛線を突破してバーコードすら維持困難な、戦争末期の殲滅戦に入ってしまったのである。

 

 一度「キッドを秋天じゃなくて、菊花賞狙いにクラシックに戻して二冠狙ってみませんか?」などと馬主君に振ったそうだが「3000mの菊花賞でディープと当たるより、2000mの秋天のほうがずっと勝算あるでしょう?」と、バッサリ切り落とされたらしい。そりゃそうだ。

 

 ……なんでも聞くところによると、石河パパはここ半年、頭皮へのマッサージと育毛剤の散布に余念が無いとか。

 ストレス激しいんだなー、調教師って。そういう意味じゃ馬で良かったわ♪ さあ、次の秋天に向けて、どんな芸を磨こうかなっと♪

 

 と……

 

「俺がどうしたって、ん?」

「いや、あの……」

「なんでもないです」

 

 調教師に声をかけられた石河兄弟。

 

 だが……もふもふ冬毛のクアッドを見て。

 それから、木枯らしが吹き抜けていくパパの頭頂部を見て。

 

「……お前ら、晩御飯、全部キュウリな」

 

 ぴきり、とカンシャク筋の浮かんだ頭で、父が息子たちに宣言した。

 

 ……後に。

 もふもふ冬毛な姿のクアッドの写真が、ネットやテレビに上がって好評を博した事により、引退後のクアッドの運命が、普通の馬とは少し変わったルートを辿る事になるのだが。

 それはまた、別の話である。

 

 

 

「はーい、キッドー、馬運車に乗るぞー」

『おう……って、え? レースじゃないよね?』

 

 そんなこんなで、秋天に向けての調教をしていたある日。

 俺は馬運車に乗せられて、移動する事になった。

 

『? 海岸?』

 

 で、連れて来られた先は、白い砂浜。

 更にもってして、テキも馬主君も勢ぞろいである。

 一体、何をするのだろうか……って。

 

「じゃあ馬装をよろしくお願いします」

 

 いつもの厩務員君たちと一緒になって、専門家と思しき方々が、鞍やらハミやらを付けていくのだが……競走用とは明らかに違う、やけに極彩色なヒラヒラした鞍や飾りが……これ、江戸時代とかにお殿様が乗る馬の装備じゃね?

 というか、ゼッケンの名前がひらがなで『ばぁねっときっど』って金糸で刺しゅうされてるのって……

 

「JRAの宣伝用ポスターの撮影だからな、頑張れよ、キッド」

「どうせなら派手にやろう、って話になってな」

 

 そして、最後に現れたのが……

 

「お久しぶり、キッド君」

『殿ーっ!?』

 

 白塗りチョンマゲスタイルでバカ殿姿の園長が、ひょっこりと顔を出したのである。

 

「よろしくお願いします園長……っていうか、本気で乗馬できるように特訓したって」

「そう、もう大変だったけど、なんとか乗れるようになった。いや本当に気持ちいいね、馬の上の景色って」

 

 えー、つまり、某荒ぶる将軍様よろしく、園長あらため殿を乗せてこの海岸線を俺がつっ走るって事!?

 

 ああ、だからか……やけにカメラが回ってるのって。

 おそらくこの撮影風景も番組か何かで使われるんだろうなぁ……よし、そうと決まれば、撮って撮って♪ カメラにあいーんキメちゃうぞ~♪

 ああ、ふりーだーむ♪ 波打ち際もダッシュでいけそうだぞー♪ ひゃっほーい♪

 

 

 

「……すげーはしゃいでやがるな、キッドの奴。

 しかし、前代未聞だよな……現役のG1馬が、こんな風に屋外ロケの撮影に使われるなんて」

 

 ここ最近、厩舎で見た事も無いようなウッキウキの足取りを刻みながら、鞍上に園長を乗せて海岸線を走るキッドの姿に、少々呆れてしまう。

 

「まあキッドが大人しいのと、馬主である俺やJRA含めた周囲が協力的だってのが大きいしな……何より、札幌記念で溜まったフラストレーションを解消するなら、こういう形のほうがキッドは大好きだろうし」

 

 楽しそうなキッドを眺めながら、蜂屋がつぶやいた。

 

「G1馬だ何だったって、アイツの本質は静舞の悪童だった頃と変わんねぇよ……人間と遊ぶのが大好きなんだよ。

 それに、秋天以降は有馬までノンストップだし、もう撮影というか『園長と遊んでもらえる』チャンスなんて『今しかない』だろ?」

「まあ、そうだよな」

 

 札幌記念の後も、調教で機嫌が悪い事が多かったため、軽い短期放牧でご機嫌取りをする一環で今日の撮影に至ったのだが……思った以上に効果が出ているようで、オヤジも俺も、内心ホッとしてる状態である。

 

「なんだろうな……本当にホースショーとかの道に進んだ方が、あいつは幸せだったのかもしれんとか考えちゃうな」

「まあ、馬の背中に乗っちまった夢って、馬の意志で降ろせるモンじゃねぇしな」

 

 宝塚記念の後に発売されたキッドのぬいぐるみの売れ行きは好調なようで、復刻版のオグリのぬいぐるみと共に売れてるらしく。嘘か真かJRAの神棚にオグリのぬいぐるみとセットで祀られているとか何とか……あと、ディープとキッドのライバルセットも結構売れているらしい。

 

「まあ、機嫌が直ったようで何よりだわ……あとは秋天に向けて、調教よろしく頼むな?」

 

 にこやかな笑顔で、さらっと無茶振りする馬主様。

 こやつ……分かって言ってるだろう。

 

「それはオヤジに言ってくれよ。ってか、未だにパドックで大人しくさせるアイディアが無いんだぞ? 増して……宝塚で色々やらかしたスイープトウショウが秋天にも来るんだ、もう嫌な予感しかしねぇ……」

「礼を芸として教えるとか?」

「それ、やってんだけど……ヤツはどこかで必ず笑いを取りに来る真似をするから、途中までシリアスに進む分、破壊力が半端ないんだよ」

「ならいっそ目隠しでもするとか?

 要は秋天のレースだけ何とかなればいいんだから、一回限りだったらキッドを騙せる可能性は無くない?」

「目隠し、か……要は人間の反応が面白いから遊んでるワケだし、やってみる価値はあるかもな」

 

 なんか面白くなってきたのか、鞍上の殿と一緒に笑いながら海岸線を突っ走るキッドを見て『とりあえず使えそうなアイディアだ』と、候補に入れる事にした。

 

 

 

 後に。

 志室園長は番組内で『練習で乗った乗馬よりも素直に言う事聞いてくれた。滅茶苦茶頭がいい馬だ』と答え。

 付き添ったタレント馬の管理調教師が『もし万が一種牡馬になれなかったら、是非とも俳優馬としてウチに欲しい』と答えるに至るほど、スムーズに撮影は進み……

 

「じゃあ、最後に、志室さん。馬上からこちらのカメラに『あいーん』をください」

「はい、せーの……あいーん」

『あいーん♪』

 

 鞍上の殿と揃って、カメラに向かってあいーんをキメたりと。

 

「おい、撮ったか!?」

「ばっちりです!!」

 

 『CGじゃねぇか?』と疑われるような、それはそれは奇跡の撮影ショットを連発し。

 更に撮影時間が余ったので、園長とキッドは、そりゃもう楽しそうに一緒に海ではしゃぎまわったのであった。

 

 

 

 なお、映像やポスターが評判になり『本当の主戦騎手は殿だろう?』と騎手仲間に揶揄され、『鞍上取られちゃったよ』と少し拗ねる石河の兄貴の姿があった事を、ここに記しておく。



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天皇賞(秋)に向けて その2

パンサラッサ……今年の中山記念は痺れました。
ドバイ頑張って欲しいなぁ。


『よう、若ぇの。

 俺がイギリス行って留守の間に、ウチの厩舎(いっか)のモンが世話になったみてぇじゃねぇか?』

 

 園長との撮影が終わって少しした後。

 丁度、カフェ君との併せ馬のために早起きしたところに、ロブロイ親分と出くわしてしまい。

 開口一番、身に覚えのない事を聞かされたのである。

 

『え? さっぱり身に覚えがございませんが?』

『札幌で暴れたんだって? ダンスインザムードのヤツが、イギリスから帰って来るなり俺に泣きついてきやがったぞ』

『……うわぁ……』

 

 あいつ、親分の厩舎だったんか!?

 

『レース中に思いっきり囲まれて泥まみれにされたんで、腹立てて怒っただけです』

『それにしちゃあ、えらいビビり方してたぜ? どんなキレ方したんだよ小僧?』

『……別にどーでもいいっちゃどーでもいー事なんで、脅かした詫びに彼女に頭下げましょか?』

『いや、いい。

 今のお前に頭下げさせると、お前の厩舎のクアッド坊やがまた苦労する事になるだろうしな』

 

 ああ……そういえばそうか。

 

 あの札幌記念以降、ウチの厩舎のボス馬だったヒゲノバーゲストが6歳で引退したため。

 暫定的にというか消去法的に、俺が石河厩舎のボスをやる羽目になったんだが、ボスの仕事なんて基本的にやる気が無いために全部クアッドに丸投げしている状態なのである。

 無論、最初は二歳の若さが問題だったのだが……もさもさで体重以上にでかく見える貫禄と、更に『これ以上揉めると兄さんが出て来るよ』の言葉で、実質的に厩舎を仕切ってるのはクアッドだったりするのである。というか、弟に呼び出されて三度ほど顔を出したら、揉めてた連中がその場で震えあがって、以降呼び出される事もなくなった。解せぬ。

 

 ……ちなみに、ロブロイ親分に何故かクアッドのヤツは気に入られているらしい。益々解せぬ。

 

『くっくっく、しかしそうかそうか……お前が馬群で泥まみれになぁ。

 一緒のレースだったらさぞ痛快だったろうなぁ』

『……逃げ馬がスタートダッシュ失敗して取っ捕まったのが、そんなに嬉しいっすか?』

『そりゃお前、普段の『駆け引きも序列も関係ない』って態度の、澄ましたツラした生意気な小僧が、泥まみれになる所を見たくないヤツは美浦にゃ居ねぇだろうよ?』

『ヒデェ……秋天で『俺もそうしてやろう』って考えてるでしょ』

『良くわかってんじゃねぇか』

 

 そう言うと、親分は背を向けて。

 

『英国は厩舎もレースも張り合いの無い連中が多かった。失望させてくれるなよ、若いの』

『そうかい。精々頑張るとするさ、古いの』

 

 と……

 

「インターナショナルS『獲ってきて』磨きがかかった感じだな」

「どんだけ仕上げて来てるんだ」

「こりゃ秋天、怪盗対策はマジだな……」

 

 人間たちのひそひそ話を耳にして、少し顔が引きつる。

 ロブロイ親分との再戦かぁ……また舐めて掛かってくれると嬉しいんだけど……望めねぇだろうなぁ……。

 

 

 

「よしよし、いい仕上がりだぞスイープ」

 

 ワガママ、プライド高い、言う事聞かない、気性難の代名詞みたいなスイープトウショウが、宝塚以降、妙に素直に言う事を聞くようになり。

 『ひょっとして』と思い、バーネットキッドの(競走馬モードの)写真や映像を見せたりすると、スンスンと好奇心全開でのぞき見に寄って来るのである。

 もともと素質は抜群と言われていた牝馬である。機嫌を直す手段を手に入れた調教師たちは、秋天に向けて一層調教に熱を入れる事になる。

 

『スイープトウショウが恋をした』

 

 その噂は、栗東には流れたものの、お相手がお相手なために『美浦の連中には黙って居よう』という、暗黙の了解が人馬共に広がり。

 

「まあ、ウチが気を付ければ済む話だろうし、向こうも宝塚以降気を付けちゃいるだろ」

 

 何しろ、向こうが彼女を嫌っている節があるので、こちらが意図的に近寄らせなければ大きなトラブルにはなるまい、と、スイープトウショウの調教師も主戦騎手も思っていたのだった。

 

 ……それが甘い考えだったとも知らずに。

 

 

 

10月1日

札幌競馬場 札幌2歳ステークス(GⅢ)

芝1800m(右) 曇 良

 

『札幌競馬場、今日のメインレース。第11レースは、札幌2歳ステークス、芝の1800メートル戦。

 2歳の北海道の重賞、ここに歩を進めたのは、アキノレッドスター、ディープエアー、ナイトレセプション、ニシノアンサー、モエレジーニアス、トップオブサンデー、ニシノロドリゲス、マイネジャーダ、マイネルブーバリス、マイネルバジリコス、クアッドターボ、フラムドバシオン、アドマイヤムーンの13頭です。

 その13頭のゲートインですが、比較的スムーズに進んでいます。スタンドの影が直線コースの大半を覆っていますが4コーナー方向の芝は緑に輝いています。

 さあ、秋の日差しを受ける第一コーナーを目指して、スタンド前からのスタート。最後に13番、アドマイヤムーンがゲートに入りました』

 

『スタートしました! まずは好スタート、クアッドターボとアドマイヤムーン! 外からグングン差を広げていくクアッドターボ、アドマイヤムーンはちょっとつんのめる感じでしたが持ち直したか』

 

『1コーナーを回って、先頭はクアッドターボ、続いてアキノレッドスター、ニシノアンサー…………アドマイヤムーンは中段に構える形』

 

『クアッドターボが二馬身、三馬身とリードを広げ、第三コーナー回って、アキノレッドスター下がって、アドマイヤムーンが上がってきた!』

 

『さあ第四コーナーを回って最後の直線! アドマイヤムーンが仕掛けてきたが、依然先頭はクアッドターボ! 完全に逃げ切る態勢だがアドマイヤムーンも凄い末脚だ、しかしクアッドターボも逃げる、逃げる、エンジン全開で今、ゴールイン!!』

 

『北の大地の2歳チャンピオンはクアッドターボ! 全血の兄弟による札幌2歳ステークスGⅢ連覇! ターボエンジンの轟音が再び札幌に轟いたぁ!!』

 

 

 

 調教を終えて、ブラッシングやら何やらを終えた後。

 馬房で友であるカフェ君に別れ際に宣言された事を、俺は思い出す。

 

『俺も秋天に出る』

 

 同じ大逃げスタイルの同期が秋天に……か。

 何でも、クラシック戦線で常時掲示板に入りはするものの、ディープが居るためにG1では蓋をされた状態で『ならばいっそ』と古馬戦線に俺を追って殴り込みに来るらしい。

 

 ロブロイ親分の仕上がり、友の参戦……そして……

 

『……北の大地の2歳チャンピオンはクアッドターボ……』

 

 ラジオから流れる、格上挑戦に成功した弟の勝利報告に。

 最近、背中に乗ったもんがエラく重く感じるようになってきた、今日この頃であった。




本日の被害馬その1:Electrocutionist(エレクトロキューショニスト)
正史では、英インターナショナルステークスで一位を取って来る馬ですが、この時空ではロブロイ親分が勝って美浦に凱旋してきます。
なお、史実でもロブロイ親分、滞在先の英国の厩舎で、一週間で厩舎のボスになっていたとか……

本日の被害馬その2:アドマイヤムーン
正史では、このレースも勝ち残り、同世代のメイショウサムソンとクラシック戦線でシノギを削り合い、最終的に4歳で引退。引退後、同年のJRA賞年度代表馬(2007年)JRA賞最優秀4歳以上牡馬(2007年)に選ばれるという……まあ、有体に言って、普通に化け物です。
正直、ディープの印象が強すぎたせいで、その一世代下の印象が薄かったのですが……重賞に出る馬って、基本化け物揃いだなーと。

今更ながら、適当に出走レースの予定組んでから、史実との乖離や調整に戦々恐々としています。


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幕間――とある馬主の回想

未だに色々バタバタしていますが、とりあえず、幕間的なモノで、お茶を濁す程度には何とか……本編はまだ少々お待ちください


 逸材だ。

 

 見出した馬を見て確信した。

 血統こそ、現在では非主流のダンジグ系の血統。

 だが、この馬はダービーを……否、三冠すら狙える力がある。

 

 そう確信していた。

 

 性格も大人しく従順であるが故に仕上がりも早く、現場からの報告では新馬戦の始まる6月からレースを始められるとの事。

 これ程の逸材ならば、早々にレースで叩き上げるに限る。

 そう思い、福島競馬場の新馬戦に送り込んだ。

 

 そして、その馬は新馬戦で2歳のレコードタイムを叩き出した……そう、その『新馬戦が行われるまでのレコードタイム』を。

 

「は……?」

 

 全くのノーマーク。

 昨今の競馬では非効率で弱いとされている大逃げで、レコードタイムを更新した芦毛の馬に、私が見出した馬が敗れたのである。

 

 しかも……農業高校の授業実習で育てられた馬だと!?

 

「ばかな……」

 

 とりあえず、次の未勝利戦に愛馬を登録しながらも。

 その芦毛馬の情報を集め……益々、頭を抱える事になる。

 

 なんだ、あれは……本当に馬なのか?

 

 そもそも、あの脚の関節の可動域は柔軟なんてレベルの代物ではない。本当に馬の関節構造や筋肉の付き方をしているのだろうか?

 更に、食事に関しても競走馬として益々ありえない。オグリキャップ? あれは突然変異……いや、その孫だから隔世遺伝もあり得る……のか?

 分析すればするほど、益々ワケが分からなくなっていく。馬の姿かたちをしているだけの別の生物なのではないのか!? 

 

『まあ、馬じゃなくてUMAって言われてましたね』

 

 研究のために録画した動物番組で、問いに答えるオーナーに思わず悪態をつきたくなる。

 ……未確認生物を競馬場に持ち込むな農高生! 真剣に分析するこっちの身にもなってみろ!!

 

 

 

 私の見出した愛馬は、続く未勝利戦、OP戦と順調にレースレコードで勝利し、本日行われる、年末の二歳馬の総決算である朝日杯へと、文字通り駒を進めていった。

 

 無論最大のライバルである『ヤツ』の情報収集は怠ってはいない。

 いないが……あの芦毛の珍獣の情報を集めれば集めるほど、馬に人生を捧げた者として、名状しがたい狂気に触れている気分になってくるのである。

 

 ……なんだ三年寝太郎のカッパ馬って……競馬ゲームじゃないんだぞ。

 それに調教内容も尋常じゃない……普通の馬だったら潰れているような調教内容を、シレっとこなしながらも、食欲は増す一方だとか。

 

 ……いや、そうか……プールか。

 

 500キロ級の大型馬である以上、四肢に掛かる負担の大きさは他の馬よりも大きく、自然、蹄や脚への負担を考えれば、調教も慎重にならざるを得ないが……それを補う意味でプール調教の多用だろうか?

 元来、補助的に行われるプールでの調教は、精神的なリフレッシュが基本的な目的で、当然ながら直接的な脚力に直結はしないものの、総合的な運動量の増加が心肺機能の向上をもたらしたとするならば……

 

 無論、同じ事を他の馬に……というワケには行かない。

 過負荷に耐えきれずに潰れてしまうのがオチである。

 

 ……なるほど、強いわけだ……

 

 強靭な内臓と精神力によって維持された膨大な食事量に、それを消費するプールも含めた膨大な運動量。更に長時間睡眠でそれらを血肉へと効率よく変換して得た、尋常じゃないスタミナに任せて、先頭からレースそのものを加速させて支配し……昨今の定石である第四コーナーから最後の直線に入って仕掛ける頃には、もう並の馬はスタミナ切れで勝負なんて出来る状態じゃない。

 

 現代の競馬では一般的な『第四コーナーからよーいドン』の展開に必要なのは、瞬間的なスピードの瞬発力。

 その能力に秀でている者が血統的に多いからこそ、数多のサンデーサイレンスの産駒は重宝されているのだが……その展開そのものを封じてきた、異端の馬を思い起こす。

 

「タップダンスシチー……の強化型、と見るべきか?」

 

 そもそも、本当に強い逃げ馬が居るレースというのは、展開が早くなってレースが締まった結果……駆け引きの余地が小さくなりレース自体の難易度が上がる。

 無論、それは暴走による自爆と紙一重――ツインターボなどが代表例――の戦い方ではあるものの、あの馬は、それを豊富な練習量と食事量で得たスタミナで、その諸刃の剣を使いこなしてレースに挑んでくるのだ。

 

 ただ、まあ……強さの秘密は割れた。

 ならば、このレースでの勝ち筋も見いだせるのではなかろうか……と、考えていると。

 

 馬主席の静かなざわめきに目をやると、丁度、件の珍獣の馬主が現れたところであった。

 

 こう、なんというか……第一印象としては、嫌になる程に特徴のない『普通の青年』だった。

 

 量産型のリクルートスーツに身を包んで、ドレスコードに触れない程度に身なりを整えた、少年の面影すら残した青年が、恐らく生まれて初めてであろうG1レースの馬主席の雰囲気に飲まれてオドオドしていた……のだが、どうやら知り合いが居たらしく、彼に手助けされていた。

 

 まあ……噂によると、テレビ局や出版社から押し込み強盗のような取材を受けて雲隠れしてる最中らしいので、ああもなろうか。

 

 そして……

 

「う、うぅむ……」

 

 その日行われた、朝日杯FS。

 勝利を期待した私の愛馬は、最後の直線で届かずに二着に終わった。

 

 

 

 その後の『ヤツ』の軌跡は、凄まじいモノだった。

 共同通信杯、皐月賞、そして……ダービーに挑まず、クラシック戦線を早期離脱しての三歳で宝塚記念の勝利。

 

 対して、私の見出した同世代の期待の愛馬は……クラシック戦線のG1で二位、三位と掲示板に載る善戦を繰り返してはいるものの『ヤツ』と『ヤツのライバル』と目された二頭によって、G1の舞台で完全に蓋をされてしまい。預けてる厩舎との相談の上、彼の二頭とぶつからないマイル路線への転向を考えている状態である。

 

 事、ここに至っては、もう認めねばなるまい。

 あれは……あれら二頭は『時代を作る馬』なのだろう。

 

 ナリタブライアン、トウカイテイオー、テイエムオペラオー……そして彼の馬の祖父、オグリキャップのような。

 おおよそ、数年~十数年に一度の割合で生まれる、時代に愛され、競馬という枠を超えてファンに求められる馬。

 

 そういう馬を生み出したいと思い、馬に人生を捧げて来たこの身だが。

 どうやら……残念ながら、今年も手が届かなかったようだ。

 

 ただ、それだけに……

 

「惜しい……」

 

 あの二頭の片割れ。

 芦毛の怪盗のほうは『次』に繋がる可能性は、まず薄いだろう。

 オグリキャップは、その才能を産駒たちに伝承させる事はなく――無論、サンデーサイレンスが日本に導入された時期と重なった不運もあるが――早々に種牡馬として終わった。

 今、我々が目にしているのは奇跡の欠片に過ぎない。

 

 だが……

 

「『一度きりの奇跡』と見捨てるには……あまりに惜しい」

 

 聞けば、彼のオーナーは繁殖など全く考えてもいないという。『種牡馬になれるか否かも怪しい、需要の無い血統である』と。

 だが、その出自を実力で覆し続け……ついには三歳で宝塚記念をとってのけるという、前代未聞の記録を打ち立てたのだ。

 

 また、なんでも彼の馬の全弟もデビュー間近だとか。聞いたところによると、兄と似て相応の素質馬だと聞く。つまり逆説的に『全血の弟の結果次第では』その強さを『血統として』証明できたならば……次に繋げる意味も可能性も出てくる。

 

 そして、仮にもし、そうであるとするならば……社田井を超えんと目指すウチのグループの厩舎に、種牡馬として招く価値と意義は大いにある。

 

 ならばこそ、彼の馬の強さの秘密を血統面から知る必要性を考え……今となっては血統再現が不可能となった母馬が暮らす、静舞の農業高校に見学を申し込んだものの。

 どうも見学希望者が殺到しているらしく、生徒の授業に支障をきたすために、現在、学園祭を除いて見学はお断り状態なのだとか。

 

 さもありなん。

 

 だが、彼の馬を産んだ牝馬の産駒……父トウカイテイオーの半妹が、今年のセールに出てくるとか。

 

 その強さの秘密……ひいては、知能と運動量、そして食事量の秘密を探る、またとないチャンスであると思い、社田井のセレクトセールに顔を出す事に決めた。

 

 そして……

 

「ほぉぅ……」

 

 尾花栗毛……否、尾花赤毛と評したくなる、美貌馬がそこにいた。

 

 ……昨今の農高生は本当に侮れないな……いや、むしろ非営利の学校という組織だからこそ、ここまで挑戦的で大胆な配合と調教が行えるのやもしれん。

 

 やがて、セールが始まり……

 

『7500万!!』

 

 私が提示した差し値は、少々……いや、かなり予算をオーバーしていた。

 が、それと引き換えに静舞農業高校の……ひいては、レイヴンカレン産駒の秘密を、いち早く手に入れられるのだ。

 

 この程度の金額、投資と考えれば安いモノである。

 

 ……が。

 

『1億!』

「む?」

 

 彼の馬……芦毛の怪盗のオーナーが付けた差し値に、私は戸惑った。

 1億……1億、か。出せない金額ではないが、秘密を知る対価として考えると悩ましい所である。

 

 暫し、懊悩し……そして、私は経営者としての合理を取った。

 ……仕方ない。来年以降のレイヴンカレンの産駒に期待……って……

 

「はぁ?」

 

 テイオーステップを刻んでステージを去っていく牝馬を見て。

 思わず私は間の抜けた声をあげてしまった。

 

 

 

 その後。

 落札直後に勃発した見苦しい騒動に身を任せるような、愚かな真似こそしなかったものの。

 その日の夜、誰にも醜態を見られないよう、私はホテルの自室に鍵をかけて少々やけ酒を呷った。

 

 なんだ……何者なのだ、あの一見、平凡な外見と人当たりの青年は!?

 怪盗といい、あの牝馬といい、彼の相馬眼は一体『馬の何が見えているというのだ?』。

 

 あの会場で、もみくちゃにされながら興奮したご老人に首を絞められる青年を思い出しながら……しかし、どう考えても彼の相馬眼の正体が、私には全く理解できなかった。

 

 

 

 なお、余談だが。

 数年後に件の牝馬が、繁殖に入って産駒がその真価を発揮し始めた時に。

 私は、今日のセールを思い出し、再び酒を呷った事を、ここに記しておく。




モデルは去年お亡くなりになりました、あの御方です。ご冥福をお祈りします。


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天皇賞(秋)に向けて その3

「………………」

 

 新宿駅の地下街。

 世界一の乗降客数を誇る一大ターミナル駅のコンコースの壁面一杯に、大々的に張り出された『ソレ』を、俺――蜂屋源一は、茫然と眺めていた。

 

『お待ちくだされ殿!! 天皇賞でござる!』

『くせ馬じゃ! 皆の者、出会え、出会えー!!』

 

 そんなセリフの書き文字で追いすがるガチョウ倶楽部と家老を、時代劇な馬装をしたキッドが、鞍上のバカ殿と一緒に家臣たちを煽り笑っている姿の宣伝ポスターが、壁面一杯に張り出されていたのである。

 

 ……なんでも池袋や渋谷、上野や東京駅あたりの主要なターミナル駅にも、こんなノリのポスターがバリエーションを変えて何種類か張り出されているらしい。

 

「ハッチャケ方も本気だからすげーなJRA……」

 

 山手線の主要駅のコンコースに、こんな壁面一杯に宣伝広告を張るとか『広告宣伝費幾らかかってんだろうなー』とか現実逃避気味に思いつつ。

 銀座の老舗テーラーから『勝負服が出来た』との連絡を受けたので、受け取るために丸の内線に乗り換えると、そこにも車内の中づり広告に何枚か天皇賞の広告が並んでいたのだが……コンコース内や車内に大抵並んで張られている、ディープと館さんが写った真面目にかっこいい菊花賞の宣伝広告と、キッドと殿が絡んだハッチャケた天皇賞の宣伝広告とのカオスな落差に、思わず風邪をひきそうになる。

 

 なんでも、館さんとディープが絡んだ菊花賞の宣伝ポスターを『JRAの正気』と呼び、キッドと殿が絡んだ天皇賞のほうは『JRAの狂気』と巷では謳われているらしい。

 

「……変な方向に覚醒しなきゃいいけど……」

 

 その不安は数年後に的中し、JWCにキッドが出走する事になる(勿論、馬主としてノリノリで許可&協力した)のだが……それはまた別の話である。

 

 

 

「うわぁ……凄い……これ、本当にスーツなんですか?」

 

 生まれて初めて、本格的な仕立服を着せてもらった感想は、とにかく『軽い』。これに尽きた。

 ネイビーのダブルスーツに、ブラウンのネクタイと革靴。地味で鉄板かつ外さない服装とされているが、職人の手に掛かると、かくも素晴らしい着心地と立ち姿になるのか、と本当に感心してしまった。

 

「ありがとうございます。

 ……『馬子にも衣裳』って本当だな」

「とんでもない、良くお似合いですよ蜂屋様。

 こちらも頑張らせて頂いた甲斐がございました。

 ……ああ、それと、今回、特別のおまけがございまして」

 

 おまけ?

 

「実は、うちの裁断士やお針子が、蜂屋様の馬で一儲けさせて頂いたお礼をしたいと申しておりまして。

 よろしかったら、こちらもお納めください」

「えっ……え、これ……あははははは!!」

 

 そこにあったのは……おまけらしく割と安い生地で作られた、でも老舗テーラーらしく、縫製のシッカリした赤いジャケットに青いシャツとネクタイ。

 そう……例の猿顔の三代目の第二シーズンのコスプレ衣装そのまんまだった。

 

「ありがとうございます。何かの折に内輪でネタに使わせて頂きます!」

 

 

 

 はーい、美浦トレセンからこんにちは、バーネットキッドです。

 追い切りの調教もほぼ終わり、ただいま、目隠しウォークの真っ最中。

 

「よーしよし、新たな芸も順調だなー、キッド♪」

 

 厩務員君が褒めてくれるのは嬉しいけど……これ、芸なのかなー?

 というか、目隠しして引綱を引かれながらタダ歩いてるだけって……なんだろう、何かドッキリでも仕掛けられるのかな?

 一応、俺、馬なんだけどね? 馬にドッキリやったらどうなるかくらい、ホースマンじゃなくても理解できると思うんだけど?

 

 ……というか、それ以前に俺、そんな目隠しが必要な、気性難な行動をした覚えは『全く』無いんだけどなぁ……しかし、いよいよパパさんの頭髪が危険水域通り越して、焼け野原寸前なんだけど……ホント大変だよなぁ、調教師って。

 

 

 

「キッドは順調か?」

 

 目隠しウォークの調教(?)を終えると、キッドの調教助手のダケさん……戸竹光彦に問いかけられた。

 一応、親父……もとい、テキの調教助手として、彼もこれまで何度もキッドに騎乗しているが、ヤツの癖の強さを見越して親父の指示で俺と二人三脚で調教している状態である。

 

「ええ、とりあえず目隠しウォークを『芸』と認識させる事には成功しました。

 ですが秋天以降どうするか、ですよね……多分、これ、一回きりしか通じないと思いますよ?」

「秋天以降は後で考えるしかない。というか、本当に今回に限ってはドコの厩舎も入れ込み具合が半端ないんだ」

「ですよねぇ……」

 

 遠い目で考え込んでしまう。

 静舞の悪童……そう言われてきたヤツが、今やG1レース3つも取ったG1馬である。

 

「なにより連勝記録がな……ほれ、この間の札幌記念で無敗の8連勝でマルゼンスキーやタマモクロスに並んだだろう?

 更に次の秋天は戦後初の天覧競馬。『そこで記録更新!』なんてなったら沽券に関わるってんで、もう他所が必死だからな?」

「ああ、なんかTVの特集でやってましたね……デビュー以来無敗の記録が、ルドルフに並んだとかどーとか」

 

 動物番組に出演するたびにカメラに愛想を振りまくような農高出身の芸馬が、あの皇帝と並んで無敗でG1含めて連勝中……しかもクラシック戦線を早期離脱して、同期のライバルと別路線で、双方無双状態とか。

 JRAにとっちゃ客寄せパンダとして万々歳だろうが、他所の厩舎にとっちゃ完全に悪夢だよな……

 

「そいえば、連勝記録って現時点で最大幾つでしたっけ?」

「確か、日本だと中央競馬で11連勝だ。トサミドリとか何頭か居たハズ」

「トサミドリ……確かキッドの血統表の遠いご先祖様の中に載ってましたね」

「戦後すぐの馬だな。確かJRAが発足する前じゃないか?」

「うへぇ……完全に歴史の彼方の世界だ」

「俺もテキも生まれていないよ。逆を言えば、記録しか残ってない大雑把な時代だからこそ出た記録だな。JRAの記録として残っているのだとカブラヤオーの9連勝だな」

「カブラヤオー……」

 

 それだって俺も蜂屋も生まれても居ない時代の記録である。

 

「なんつーか、オグリの時代の話をキッドとの比較で親父やダケさんに説明されても、イマイチ実感としてピンと来なかったけど……いよいよ本格的に、比較対象が歴史や伝説の存在になって来ちゃったな」

 

 幼駒から面倒を見ている悪童に対して、比較対象がブッ飛び過ぎてしまい、最早どうやって実感を持ったらいいのか見当がつかない。

 

「そういや、天覧競馬って前回が何年前でしたっけ? 戦前って言ってたから昭和初期?」

「いや? 確か106年前って聞いたぞ? 明治の頃だってさ」

「……ごめん、ダケさん。今ので完全に頭の中の想像力が肉離れ起こした」

 

 自分の貧困な想像力や語彙を、遥かに超えた世界の話に……蜂屋のヤツだったら作家としてこの状況をイメージしながら作品として万人に伝えられるように描き切れるのかなー、とか考え込んでしまった。

 

 

 

10月23日

 

京都競馬場 菊花賞(G1)

芝3000m(右) 晴 良

 

『さあ第66回菊花賞、3000メートル、今年は16頭。コンラッド、ヤマトスプリンター、ミツワスカイハイ、ローゼンクロイツ、アドマイヤフジ、アドマイヤジャパン、ディープインパクト、シャドウゲイト、エイシンサリヴァン、レットバトラー、シックスセンス、ピサノパテック、ディーエスハリアー、フサイチアウステル、マルブツライト、マルカジークの16頭によって行われます』

 

『向こう正面ゲートイン、これからディープインパクトゆっくりと向かいます。

 三時現在、入場人員は14万人を超えた菊花賞レコードを記録しております』

 

『16番マルカジーク、最後のゲートイン……収まりました』

 

『菊花賞……スタートしました! 揃いましたキレイなスタート。先行争いに入りまして中からシャドウゲイトが果敢に飛ばしていきました、内からはアドマイヤジャパンが前に上がっていく、ローゼンクロイツが追走して、3コーナー、頂上から下りに入ってまいります、ディープインパクトは丁度中段の位置』

 

『前二頭が抜けまして最初の第一コーナー、カーブを通過。きついカーブを抜けて中間地点、第一コーナーを抜けます、先頭はシャドウゲイト、リードは2馬身、アドマイヤジャパンが追走、7馬身差がついて3番手にピサノパテックが追走で第二コーナー向こう正面に…………フサイチアウステル、そして丁度中段の位置、三馬身差でディープインパクト。ゆっくりと溜めています』

 

『さあ二周目に入ってまいります、第三コーナーカーブに入ってきますが前二頭リードは10馬身というところになりました。先頭はシャドウゲイト、三コーナー頂上から下り800の標識を切りました、二番手はアドマイヤジャパン、ディープインパクトはまだ溜めています』

 

『第四コーナーカーブ、これから生垣のほうに入りますが、先頭はシャドウゲイト、二番手はアドマイヤジャパン、6馬身差3番手ローゼンクロイツが先に動いた、ディープインパクト現在7,8番手、外へ持ち出し馬場の真ん中、先頭までは7馬身』

 

『先頭はアドマイヤジャパン、リードは3馬身といった所ですが、残り200の標識を切った! ここで交わす! ここで交わす! 一気に突き放した! リードは4馬身! 二冠達成!! ディィィィィィープインパクトぉぉぉぉぉぉ!!』

 

『神戸新聞杯でライバルからのプレッシャーを弾き返したディープインパクト。今度は天皇賞のライバルに『お前はどうだ』と言わんばかりの勝利を魅せました!!』

 




執筆が遅れてるうちに、その……色々とタイムリーな事に。
さっさと書いておくんだった……


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ウマ娘編……怪盗と殿下といっぱいのつけ麺

修正版です、お騒がせしました。

秋天は次になります。


「……どうしてこうなった」

 

 常設のガスレンジに加え、追加で予備のカセットコンロを二つも動員し。

 コトコトと煮えていく4つの鍋の番をしながら、バーネットキッドは溜息をついた。

 

「おーい、キッドー、まだかー?」

「もー少しだ、もー少し!」

 

 チーム・アルデバランのミーティングルームに持ち込まれたテーブルには、アルデバラン所属のクアッドと共に、何故か催促するゴールドシップ筆頭にスピカの面々。

 

 更に……

 

「鍋と聞いて!」

 

 やってきたオグリキャップ、そして……

 

「しかし酔狂だね、お嬢様も。この面子と卓を囲みたいなんて」

「それはもう。

 ラーメン以前に、こうやってみんなと一緒に食べる、鍋という日本のスタイルそのものが楽しみです♪」

 

 友人のエアシャカールを連れてやってきた、今回の主役である留学生、ファインモーションの姿があった。

 

 

 

 そもそもの発端は、リンこと、セキトカイゼリンにあった。

 ファインモーションと知り合った時点で、モデルとして写真の中で見せる女帝然とした姿とは全然違う、リンの日常生活での普段の姿とのギャップにシンパシーを感じた生粋のお嬢様は、好奇心からリンのモデルのアルバイトを少し手伝う事になり。

 そのモデルの仕事が(本物の『殿下』が現れた事による混乱で)少しズレこんだために、寮の台所でリンが手製のラーメンを彼女に振舞った事がきっかけであった。

 

「豆乳のラーメンですか!?」

「意外と美味しいしヘルシーなんですよ、姉さんが教えてくれたんです」

 

 豆乳と白だしとごま油を使い、アクセントに『食べるラー油』を散らしたリンお手製の豆乳ラーメンは、思った以上に彼女に好評で。

 

「見た目は豚骨なのに豚骨とは全然違う……なのに、凄く美味しい!」

「でしょ?

 姉さん、時々、こういう変わりラーメン作ってくれるんですよ。

 夏なんか『あご出汁のかき氷』を使った『冷たいラーメン』なんかもよく作ってくれました」

「すいません、そこのところ詳しく!」

 

 もとよりラーメン大好きお嬢様、ファインモーションの好奇心に火がつき。

 ラーメン談義に花が咲いたところで……

 

「ところで、お姉さんが作ったラーメンで一番おいしかったのはなんですか?」

 

 ファインモーションの問いに、リンは暫し考えこみ。

 

「あー……つけ麺、かなぁ?」

「つけ麺?」

「以前、お店のつけ麺より旨味が濃厚な美味しいつけ麺作ってくれたことがあって……アレ未だに材料が謎なんですよ。

 姉さんに頼んでも『材料無いと作れないから頻繁には無理だ』って言われて、偶にしか作ってもらえなくて……しかも毎回微妙に味が変化するんですけど」

 

 変わりラーメンの作り手による『謎のつけ麺』。

 それは、このラーメン大好きお嬢様の好奇心を刺激する十二分な要素だった。

 

 

 

「……はい?」

「ですから『謎のつけ麺』です。リンさんに話を聞いて、作って頂けたらと思いまして」

 

 授業の合間の休憩時間に、廊下で呼び止められ。

 ファインモーションの言葉を聞いたバーネットキッドは、軽く頭を抱えた。

 

「もしかして……昔食わせた『アレ』か?

 いや、リンから何を聞いたか知りませんが、アレは本当に残り物を無駄にしないための家庭料理というか、裏メニュー的な代物なんで、正直、王族のお嬢様にお出しして良い代物じゃないんですけど?」

「裏メニュー!? それは是非……あー、こほん!!

 バーネットさん。

 私は文化交流のために留学してるのです。家庭料理というのでしたら、なお好都合です」

「え、えええええ?

 でも『アレ』を王族に出すって……その……作る事そのものは吝かじゃございませんが……本当に怒らないでくださいよ?」

「はい、構いません」

 

 その言葉に、バーネットキッドは覚悟を決めた。

 

「じゃ、下準備というか……本当は逆なんですけど。

 今晩はリンとクアッド含めて4人で鍋パーティにしましょう。材料は俺が放課後に買い出しに行って揃えますんで」

「鍋パーティ……ですか?」

 

 

 

 そして……

 

「なあ、リン……なんでスピカの面子まで居るのさ」

「いいじゃない姉さん、どうせ材料費は殿下持ちでしょ?

 それより私的にはオグリ先輩が居る事が怖いんだけど」

「一応、『全部飲み干すな』って厳命してあるから大丈夫だ。連絡受けて食材追加して鍋も増設したし……よし、こんなもんか。

 はーい、出来たよー!!」

 

 四つの鍋が運ばれて、食卓に並べられる。

 

「えー、今日の鍋パーティ、材料費はこちらのファインモーション殿下持ちのオゴリです。

 じゃ、殿下に感謝しつつ。いただきまーす」

『いただきまーす』

 

 そして始まる鍋パーティ。

 

「これ、何ですの? コリコリしてます」

「ああ、魚の『スジ』。

 これ使えば、多少頓狂な食材突っ込んでも鍋全体の味は纏まるから」

 

 と、マックイーンに説明するキッド。

 

「へぇ……意外と珍しいな、サメの軟骨入りの魚のスジなんて、扱ってる店も今時少ないだろ」

「ウチはそっち使うんだ。あと一応、普通の牛スジも入ってるから大丈夫。

 それよりそのソーセージ食っちまえ。はよ食わんとそろそろ割れちゃう」

「ん? おう……しかし美味いな、この鍋。キッドが料理できるとは思わなかったぜ」

「ウチは家族多いから年長者は台所に立つんだよ。まあ大雑把なヤツしか作れないけどな」

 

 ゴールドシップに説明しながらも。わいわいと鍋を突ついていく一同。

 キッドの作った鍋は好評で、瞬く間に具が消えていく。

 

「なるほど……日本ではこうやって家族や友人と、卓を囲むのですね」

 

 初めての鍋パーティに感激するファインモーション。

 だが……

 

「ウマ娘の多い大家族だと、こんな風に平和に和気あいあいと突くような感じにはならないですよ」

「私たちの家は、カレーとか肉じゃがとかおでんとか、基本的に一度に大量に出来る料理ばかりで、殆ど奪い合いでした……人気の具は特に」

「焼肉なんかの日は、全員殺気立って、殆ど戦争だったものね」

 

 そう言って、リアル大家族の実情を殿下に説明する妹二人(リンとクアッド)に。

 

「……最終的にクアッドがキレて、全員大人しく鍋やホットプレート突く事になるんだよな」

「姉さん、何か?」

「イイエ、ナンデモゴザイマセン」

 

 ぽそっ、と、実家の暗黒面を漏らすキッドを、にこやかに睨むクアッド。

 

 そして……

 

「はーい、皆さん質問。

 鍋のシメにラーメン出す予定ですけど、今から仕込むから希望者手を上げてー」

 

 頃合いを見計らったキッドの質問に、健啖揃いのウマ娘らしく全員が挙手。

 そして十五分後。茹であがったラーメンの麺が、個別で皿に盛られて用意される。

 

「鍋のシメのラーメン……なるほど、これが『謎のつけ麺』の正体なのですね?」

 

 納得しかけるファインモーションに。

 

「いや、違います。これは純粋に鍋のシメです。

 まあ、味は保証しますが『謎の答え』はまだ少し先ですよ、殿下」

「え? これが『答え』じゃないんですか?」

「はい。リクエストの『答え』は明日になりますね……俺や『あの辺の連中』なら今から作ってもいいけど」

 

 丼鉢に山盛りに盛られた『シメのラーメン』をすするオグリキャップとクアッドターボとスペシャルウィークを見ながら。

 キッドはそう答えた。

 

 

 

 翌日。

 夕方になって学園の授業が終わったところで。

 

「それで……『謎のつけ麺』の正体はいったい何なのでしょう?」

「ああ、単純です。今作っちゃいますね……もう一回沸騰させますから」

 

 寮の台所で、冷蔵庫からタッパーに入っている、少し固形物の混ざった濁った液体……そう『昨日の鍋の残り汁』を鍋に移し、火にかける。

 

「あ、まさか……」

「エビやカニ、貝類、肉製品、魚介の練り物、野菜もきのこもたっぷり……こんな豪華な『ダシ汁』は、採算が合わないから店じゃ作れませんからね。

 だから、毎回毎回、鍋料理の後に捨てるのが勿体ないと思って、時々自分用に作るつけ麺の割り下に使っていたんです。

 まあ、ただ割り下にするには鍋の残り汁って味が濃いんですけど、その辺は普通のつけ麺より、タレのほうから醤油とか塩を差っ引いて、味を調整しながら作ればいいんです」

 

 軽く味見をして微調整しながら『こんなものか』と混ぜた醤油やみりんその他調味料を、軽く煮切ってタレを作り。

 そこに沸騰した昨日の鍋の残り汁を、残った具ごと割り下にして魚粉を加え。

 更に鍋で太麺を茹で、切り分けたチャーシューを炙って、煮卵と一緒に添えてトッピングし……

 

「はい、完成です。具が足りなければ、鯖缶なんかの魚の水煮の缶詰を入れたりもします。

 ……ね? だから殿下にお出しするような料理じゃあ……って、殿下!?」

「おぉぉぉ、これは美味しいです!! リンさんが夢中になったのも頷けます!!」

「あ、良かった『当たり』が出たか。これ鍋の具や種類によっては『ハズレ』が出るんだけど……ベーシックな塩系の鍋にして良かった」

「麺の替え玉、あと炙りチャーシューのおかわりください!!」

「はいはい、ただいま」

 

 もっきゅもっきゅと食を進めるファインモーション。

 そして……

 

「これは……貴重な体験です。確かに家庭料理の裏メニューですね」

「気に入って頂けたのなら何よりです。

 というか、そもそも他人に振舞う事を想定していない、まかない料理でしたから凄い不安でしたが」

「こんなに美味しいのに……妹さんたちに分けなかったのですか?」

「リン以外の妹たちが知ったら、確実にイナゴの群れみたいに食い荒らしに来ますから……というか、一度クアッドにやられたし。

 かといって一度の鍋じゃ家族全員分のダシ汁なんて残らないし……まあ我が家で自分用の料理を作れるのは、台所を預かった者の特権ですから」

「なるほど。……昨日も聞きましたが、大家族も大変なんですね」

「まあ、今、学園に広い二人部屋があるのが本当にありがたいですよ」

 

 と答えるキッドに向かって、にこやかな笑顔のまま。

 

「そんな家庭環境で、家族にどうやって怪盗だって誤魔化していたのでしょうか?」

 

 探偵(ファインモーション)容疑者(バーネットキッド)に切り出した。

 

「はっはっは、私はただの探偵でございますよ、殿下」

「二年前、日本の美術館に文化交流の王室展で貸し出した宝石が、盗まれて一日もせずに犯人から『目当ての代物じゃなかった』と添え書き付きで返ってきたんですが……」

「残念ながら殿下、俺はそんな大それた犯人の心当たりなぞございません。

 それに、日本の警察は優秀ですから、そのうち捕まるんじゃないでしょうかね?」

 

 暫し、落ちる沈黙。

 そして……

 

「……そうですか。ではお代わりお願いしますね♪」

「いや、この鍋汁入りのタッパーもう空で……」

「冷蔵庫の奥にもう一つ、同じ中身で大き目のタッパーがありますよね?」

「……目ざといですね……」

「あ、あと自家製チャーシュー増しで、ついでに煮卵も二つ、お願いしますね♪

 あと鯖缶も追加で、チャーシューは厚めに切って炙りでお願いします」

「へーい。

 しかし、気づかれたかぁ……探偵の素質がおありですね、殿下」

「あら、嬉しい♪ お隣の国の『00ナンバー』さんにも褒められたんです♪」

 

 結局、リクエストに応えて都合6玉も麺を茹で、更に自分用にストックしておいた、特製チャーシューも煮卵も鯖缶も根こそぎ使い切る事になり。

 

「ごちそうさまでした♪」

「……イイエ、ドウイタシマシテ……」

 

 大満足でファインモーションは去っていった。

 

 

 

「くそう……夜食用の『だし汁のストック』ゲットし損ねたどころか、チャーシューも煮卵も根こそぎかよ。

 しかし、おかしいな……ラーメンって食ったら痩せるハズだよな?」

 

 その後、コンディション『太り気味』を獲得して、レースと練習の予定をガタガタにされたファインモーションのトレーナーと、ひと悶着起こす事になるのだが。

 それは別の話である




注)キッド特製つけ麺は、残り汁に使う鍋の種類によっては失敗します。私は4回中3回は成功しましたが、失敗するとかなり微妙な出来になりました。


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東京競馬場 第10レース  第132回天皇賞(秋)(G1)その1

 府中市、東京競馬場。

 

 例のマスゴミ騒動に巻き込まれて引っ越した自宅のマンションからかなり近く、電車で一時間もしない……というか、少し気合を入れれば自転車で行ける距離にある競馬場ではあるものの。

 これまでのレースで、キッドが府中を走ったのはたった一度、8か月前に共同通信杯を走ったっきり。

 縁の浅さ故に、近くて遠い場所で……どちらかと言えば、札幌競馬場のほうが、クアッドも含め、今の所縁が深いくらいである。

 

 というわけで、普段なら電車か自転車で移動する距離なのだが、今回に限ってはバッチリ勝負服姿なので、奮発してタクシーで移動である。

 ……勿体ねぇ……まあ、スーツ姿そのものが、元来、貴族の社交のためのモノで、従者や召使が居る事が前提の格好だしなぁ。

 

 ちなみに、新野女史とは現地で合流予定である。というか、もう先に着いてるらしく、携帯電話にメールで連絡が来ていた。

 

 ……ああ、しかし気が重い。

 

 ディープを避けるためにクラシックから古馬路線に舵を切ったツケが、巡り巡ってこんな所に回って来るとは……正直、人馬共に、ここまでいばらの道になるとは思いもよらなかった。

 

 そんなこんなで、タクシーに乗り続け……って……

 

「なんじゃこりゃあ!?」

「ああ、今日、天皇賞ですからね……こりゃノロノロ運転になりますね」

「うっわぁ……」

 

 府中に近付くに連れて、絶賛大渋滞中だった。

 ……そりゃそうだよな……

 

「そういえば、府中競馬場と聞いてましたが、どこの門で降りられます?」

「あー、すいません、多少時間とお金かかってもいいんで、第三駐車場の中まで突っ込んじゃってください。最悪、二時までに間に合えばいいので」

「はいはい、第三駐車場……は? いや、あそこは馬主専用で、入ったら怒られ……」

「大丈夫です。コレで問題なく通れるハズです」

 

 そう言って、馬主記章とJRAの馬主登録証を見せ……。

 

「俺、一応、馬主やってて、ウチの馬が天皇賞に出るんですよ」

 

 俺の言葉に、運ちゃんの目が点になった。

 

 

 

「お待たせしました、新野女史」

「!? ……ああ、お待ちしていました、先生」

 

 馬主受付の近くで待ち合わせた新野女史と出会った途端。

 ……一瞬、なにか物凄く驚かれたのだが……

 

「……なんというか、キメれば決まるんですよね……先生も。

 普段からその姿で生活して下さればモテるでしょうに」

 

 ……いえ、新野女史、あなたの化けっぷりには敵いませんがな……などとは言えず。

 

「冗談言わないでください。

 確かにこの仕立服はスーツ姿にしては軽快で快適ですが、だからといって毎日この姿で動いていたら、息が詰まりますよ」

 

 ビジネスマンにとって、スーツはわが身を守る鎧兜に等しいというが。

 常在戦場にしたって日常生活を鎧兜姿で常時生活してたら、そりゃ息が詰まってぶっ倒れるわ。

 

 そして……

 

「おぉ、久しぶり、蜂屋君。元気にしていたかね?」

「篠原会長、ご無沙汰しております」

「おじ様、お久しぶりです」

 

 馬主席で、篠原会長と再会。

 

「時々、執筆に余裕があると『スパイラル』に足を延ばしてるんですけど、会長とはいつも入れ違いみたいで」

「ああ、ここ最近、私も慌ただしくてね……でも、昔の仲間と出会えたみたいじゃないか? 話は聞いてるよ」

「ええ。またボチボチデッキを組み始めていますが……未だにスタンダードのメタゲームについていけずに浦島太郎ですね」

 

 なんやかんやと、5年以上もブランクがあるのである。

 加えて、全ての余暇の時間をゲームに費やすなんて事が出来る身ではなくなってきたわけで。

 ……気長にやるしかないな……ローテーションの無いレガシーあたりで、何かじっくり考えよう。

 

「しかし……ふむ。またシンプルな組み合わせだが、キメて来たねぇ。

 あのリクルートスーツ姿も、フレッシュマンらしい若い君には似合ってはいたけど、やはり仕立てで決めてくると違うねぇ」

「あははは、勝負服だと思って突っ込んじゃいました……というか、流石にこのシチュエーションで決めて来ないワケには行かないし」

 

 なにせ、106年ぶりの天覧競馬である。

 勝ち負け云々以前に、確実に歴史に残っちゃう以上、そりゃもう無理にでもキメて来ないワケには行かない。

 と……

 

「それじゃあ由香里……出走馬主のロビーじゃ、しっかり蜂屋君を支えてやるんだぞ」

『へ?』

 

 会長から振られた話に、二人とも目が点になる。

 

「……おや、知らんのかね?

 東京競馬場の場合、G1レースがある日は『出走馬主ロビーはG1レースに出走する馬主専用になる』んだぞ?

 私の馬は今日、2歳の新馬戦と未勝利を勝って、あとは天皇賞の前座の白秋Sだから、今日は私は馬主席には入れても、出走馬主のロビーには入れんのだ」

 

 ……はい?

 つ、つまり、その……ものすごーく脂っこい眼差しをコチラに向けておられる、オーナー様の方々の群れに、この若造が同行者である新野女史と二人きりで放り込まれるって事!?

 

 ……やべぇ!! 去年の朝日杯以降、調整が合えば、園長や篠原会長の太鼓持ちやるつもりでコソコソと影に徹してきたつもりだけど、今度こそG1の舞台で完全ノーガード状態だ!!

 

「と、突発的に会長の馬が天皇賞に出走して、一緒に出走馬主ロビーに来ません!?」

「蜂屋君……どんな社会的地位とお金を持っていても、それだけでは勝利どころかレースに出る事すらできないのが、G1レースの称号だって分かってるだろう?」

 

 でっ、デスヨネー!!

 だからこそ無駄な嫉妬をエライ人たちから買ってる自覚はあるんだよぉぉぉぉぉ!!

 

「……い、今から回れ右したくなってきた」

「ここまで来て許されるワケないでしょう、先生!

 覚悟を決めて! 取って喰われるワケじゃないんですから!」

「喰いそうな爺さんが結構いるんだけど!?」

 

 主にリンちゃんのセールの時に食って掛かってきたあの辺!

 おそらく80は超えてるだろうに、無駄にパワフルに首絞めて来た元気な爺さんたち!

 

 他にも、あの時のセールで無駄に注目集めちゃって、正直困惑してる事しきりなのである。『馬を見るコツは?』とか聞かれたって、正直、現役2頭に育成中1頭の合計3頭しかいない零細個人馬主に問われても、答えようが無い。

 

「あと、先生……非常手段で申し訳ありませんが、おじ様という盾が使えなくなった以上、ここでは恋人として通しましょう」

「はい?」

 

 唐突に、突拍子もない事を言い出した新野女史に、俺は首を傾げる。

 

「いいですか、先生。

 ピッチピチの20代、売れっ子作家、一頭目からG1馬見つける相馬眼、更にG1有力候補の牝馬が控えている。しかも所有馬は過去の伝説から蘇って来たような馬ばかり。

 こんな好物件がフリーの独身で、一族のご長老な方々の集まるサロンでフラフラしていたら、粉かけてあわよくば身内のお見合いに持ち込んで……って考える人が何人か出るのが普通です」

「うっ!」

「先生にとって、家族関係とか恋人とかが鬼門なのは、私もよく理解しています。私も仕事が大事なので、当分そういった方面は考えていません。

 ですから、ベタなラブコメの出だしとか関係なく、そちら方面に引き込まれそうになりましたら、弾避けの盾だと思って私をしっかり活用してください」

「OK! ポンコツ庶民として、イイトコのお嬢様に縋らせてもらいます!」

 

 恥も外聞も後先もなく、活用させてもらう覚悟を決める。

 経験上、こーいう時の新野女史は、正直ホント頼もしいのである。

 

 ……っつーか、一応、自分も弾避けに持ってきましたよ……超オタ部屋でフィギュアや漫画ギッシリな、自分の部屋の写真を。

 こーいうの、ご老人には不評だと思うし、オタに偏見ある人たち多いだろうから『インスピレーションを得るための仕事道具です』って言い張れば、無理に迫って来る人も減りそうだし。

 

「じゃ、とりあえず……会長の白秋S見届けてから、出走馬主ロビーに行きましょうか」

「……徹底的に逃げに入ってますね、先生」

「現実逃避くらいさせてよ……っていうか『あの』キッドの馬主として顔出すんだよ?

 一応、石河厩舎から『なんとかなりそう』って連絡は来てたけど、モノスゲー不安なんだから」

 

 天覧競馬でナニやらかすか知れたモンじゃない芸馬の馬主として。

 微妙に始まった胃痛が、これ以降フルスロットルで加速していく予感が、どんどん確信へと変わっていくのだった。

 

 

 

「よしよし、メンコはいいな」

 

 ……はい、パドック入り前の馬装中にこんにちは、バーネットキッドです。

 現在、青いメンコを装着して、目隠しされてる真っ最中。

 

 ……OK、わかりましたよ……何でか知らん、今日は本気で大人しくしろって事ね?

 ディープ相手にした時みたいな、静かな沸かせ方しろって事ね?

 

「じゃ、パドックに行くからな、キッド……新しい芸を見せに行くぞ」

 

 へいへい……しかし芸とも呼べない芸で、コレほんとにウケが取れるのかね……

 

 で、そのまま引綱で引かれましてパドックに……っ!?

 

「? ……どうした、キッド」

 

 ……いる。

 

 目が塞がれて見えないけど間違いなくいる……何か、アカンヤツがおる……

 俺の馬としての第六感が、何か危機的なモンが近くにいると感じてる。

 

「おい、キッド。行くぞ」

 

 止めろよ……ヤバいヤツの気配を感じるんだよ。ロブロイ親分よりあぶねー気配がピリピリしてるんだよ

 

「うわ、大人しくなったはいいが、緊張しすぎだ……汗出てきてる」

 

 視線……そう、肉食獣のような視線を感じる。

 目隠しの暗闇のなかで、本能が警鐘を鳴らしている。

 

 パドックの周りの人間たちの視線じゃない、多分これ馬の視線だ……誰だ……このヤバいヤツは誰だ!? ロブロイ親分に睨まれるよりもヤベーこの雰囲気は!?

 

 やがて、止まれの合図と共に、鞍上に兄貴が乗り、目隠しが外され……

 

『ひぃっ!!』

 何故……何故貴様がここにいるぅぅぅぅぅ!!

 

 鼻息の荒いスイープトウショウが、周囲に押さえられながら、こちらをガン見していたのである。

 

「兄貴、スイープに気を付けてくれ。宝塚以降、キッドのトラウマになってる」

「了解、ちょっと距離を取ったほうが良さそうだ。まあ、出走の枠も離れているし、問題ないさ」

 

 呑気に話し合ってる場合かぁ兄弟!!

 かっ、返し馬だ! さっさとウォームアップの返し馬に行くぞ兄貴!!

 こんなパドックに居られるか! 俺はさっさと逃げさせてもらう!

 

 っていうか、色んな意味でアイツが絡むとやべーレースになるんだよぉぉぉぉぉ!!

 

 そのまま地下道を行き、返し馬で軽く駆ける。

 

 ……うん、だからな……スイーピー。こっち見んな。こっち来んな。

 ほら、お前さんの鞍上が必死に手綱引いてるだろ? 『止まれ』とか『あっちイケ』って言ってるんだからな? ちゃんと鞍上(パパ)の言う事を聞きなさい? ね……頼むから。

 

 とりあえず、本日の俺の枠番は、札幌記念に続いて、期待の1枠1番。

 なので、輪乗りもソコソコにサッサとゲートインを済ませてヤツから逃げつつ、他の馬が入るのをゆっくりと待……って、おいいいいい、スイープ!! お前2番かよ……嘘だろう!?

 

 ……って、いや? 奇数から順なのに何で2番?

 周囲の人間も鞍上も必死になってゲートから出そうとしてるのって、ひょっとして……

 

「下げて! 下げて!!」

「そこじゃない、スイープ、下がって!」

 

『おっとぉ? スイープトウショウが鞍上と係員の制止を振り切って、勝手に2番ゲートに入ってしまいましたね』

 

 ……マジかよ……

 

「ぶるるるるる♪(会いたかったの♪)」

 

 スンスンとゲート越しに顔を近づけてくるスイーピー。

 

 ひいいいいい! 出せ! ここから出せぇぇぇぇぇ!

 

 ゲートの中で顔を背けて、逃げ出したくなる衝動を必死に抑えつつも。

 スイーピーのヤツは隣の2番ゲートの中でガッツリ脚を張って、どうにも動く気配がない。

 

「ちょ、キッド落ち着け……大丈夫だから」

「ひぃぃいん!!(全然精神衛生的に大丈夫じゃねぇよぉぉぉぉぉ!!)」

「スイープ! こっちじゃない! 下がって、下がって!!」

「ばふぅぅぅぅぅ♪(照れちゃって可愛いのぉ♪)」

 

 結局、ワチャワチャとお隣と一緒になって、数分間、悪戦苦闘を繰り返した結果……。

 

「すいません!

 後ろの扉を開けてもらって、一度キッドをゲートからバックで出させてもらえます?

 こうなったらキッド使ってスイープを誘導しましょう!」

「それしか無さそうですね……了解しました!!」

「ごめんなさい先輩! お手数おかけします!」

 

 鞍上の兄貴の言葉に賛同する係の人たち&スイープの鞍上。

 このままだと、他の馬たちもゲートイン出来んからレースにならん、って事で、後ろの扉を開けてバックで出る。

 で……当然俺についてくるスイープ。

 

 ……もうこれしかない……

 

 本来のスイープの枠である14番の隣、13番ゲートに俺が入り。釣られてヤツが自分のゲートに入った所で、後ろの扉を閉め。

 んで、俺が元の1番ゲートへと戻って来る。

 

 ……なんか閉まった14番ゲートで悲鳴が聞こえるが、無視だ無視!!

 

『相変わらずモテモテだな、若ぇの』

『うるへーやい、古いの!』

 

 俺をからかいながら入れ違いで13番に入るロブロイ親分に、隣の14番に入ったスイープが『ちょっと! 何で私の隣に、こんな知らないオッサンが入って来るのよ!』と、益々エキサイトしてるのを、必死に鞍上が宥めている。

 

 ……まったく、何が悲しうて、現役馬が誘導馬の真似をせにゃならんのやら……ゲート再審査で落ちてしまえ。



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東京競馬場 第10レース  第132回天皇賞(秋)(G1)その2

「……だ、大丈夫かなぁ、キッド……」

「スイープトウショウとの相性の悪さが、あそこまでのモノとは思わなかった……」

 

 パドックに降りて石河のオヤジさんと会話しながらも。

 とりあえず、汗だくで怯えてるキッドが、騒ぎを起こさなかった事に安堵して、観戦のために馬主席に戻り。

 

 そして、返し馬から輪乗りまでは順調だったものの……ゲートインの風景を見て絶句。

 

「……おいぃぃぃぃ……」

「……うわぁ……」

 

 ああ、スイープトウショウのオーナーが、俺と同じチベットスナギツネみたいな目になっておられるよ。

 

「は、蜂屋オーナー、宝塚といい、本当に申し訳ない」

「いえいえ……生き物相手ですし」

 

 馬主である以上、馬のトラブルはお互い様である。

 ……というか、いつもはウチの癖馬がパドックで周囲に迷惑かけているワケで……

 

「しかし、本当だったんだなぁ……美浦と栗東で離れていて良かった」

「は?」

「いえ、ウチのスイープが、そちらのキッドに恋をしているとの事で……調教師の先生曰く、今までなかなか言う事を聞かなかったワガママ娘が、キッドの写真や映像を使ってご機嫌取りをしながら調教しているとか」

「うわぁ……」

 

 初耳である。

 

 ……ある意味、キッドがヘタレで良かった……

 これで無駄に5本目の脚がやる気出していたら、去勢(パイプカット)で済めば御の字。悪ければ用途変更で食肉処理かドッグフードである。

 

「ああ、そうかぁ……

 キッドって結局、俺たち静舞農高の人間が育てたようなモノなので、スペシャルウィークみたいな傾向があるみたいで。

 あのポスターの園長との絡みもそうなんですが、人間が遊んでやると機嫌がよくなるんですけど、馬同士で絡んで遊んだりやり取りするのが苦手みたいなんですよね。

 で、そこを好意をもってグイグイ牝馬に迫られたモノだから、ワケが分からずドン引いちゃってる、と……」

「なるほど……繁殖に入ったら苦労しそうですな」

「繁殖……以前に、需要あるんですかね、キッド?

 血統が怪しすぎるし、そもそも逃げ馬の産駒ってあんまり走らないから、種牡馬として人気が無いって聞きますが?」

「いますよ。目の前に一人、需要がある馬主が」

 

 ふぁっ?

 

「ウチのスイープの恋を抜きにしても、今、日本はサンデーサイレンス血統の飽和状態ですから、新たな血が求められている最中です。その証拠にキングカメハメハなど、引く手数多だそうで。

 ディープインパクトは確かに強いですが、あれもサンデーサイレンスの産駒ですから、血統的に付けられない牝馬も大勢いるのですよ」

「そ、そうですか……いや、個人的には種牡馬よりも乗馬として何処かの牧場で過ごしながら、時々タレント馬としてイベントにお呼ばれして出先でサーカスするような生活が、キッドにとって幸せかなー、とか考えていたのですが」

 

 と……

 

「とんでもない!」

 

 聞き耳を立てていたのだろうか。

 馬主の一人が、血相を変えて詰め寄って来た。

 

「蜂屋オーナー、是非、キッドは種牡馬にするべきです!」

「ふぁっ!?」

「ああ、失礼、私、サイレンスレーシングの吉沢と申します」

「えっ……社田井の?」

「冗談抜きに、このレース後に引退させて種牡馬にするのならば、ウチのグループで引き受けますぞ!?」

「いやいや、流石にそれは気が早すぎますって!」

 

 フジキセキやアグネスタキオンじゃあるまいし。

 

「まあ、それは兎も角……今、聞かれた通り、ウチも含めた今の日本競馬は、全ての馬産者がポストサンデーサイレンスを手探りにしている状態です。

 ウチのグループも期待のキングカメハメハが今年から頑張っておりますが、まだ産駒が出ておらず、海のモノとも山のモノともつかない状態。

 なればこそ一頭でも多く、新しい血の強い種牡馬が欲しい状態でして……海外からも求めておりますが、何処もなかなか上手く行っていないのが現状なのですよ」

「ああ……そうみたいですね、農高に在学中もそんな話を噂で聞きました」

 

 主に雲の上のネタとして、色々同級生と言いたい放題していたのは、ここでは言えない。

 

 ……そういえば、在学中におっ潰れて大騒ぎになったアソコも、凄い勢いで種牡馬を外国から導入して無茶な設備投資をした結果『あーなっちゃった』とかって聞いたなぁ……そのためにやらかした諸々の所業のせいで、日高どころか北海道……否、日本中の牧場が大迷惑を被ったと聞くし。

 

「兎も角……種牡馬の件、よくよくお考え下さい。

 冗談抜きに、バーネットキッドがサンデーサイレンスに次ぐ、日本競馬の救世主になる可能性すらありますぞ?」

「はぁ……」

 

 あの悪童が日本競馬の救世主!?

 ……21世紀入ってたった五年で、世紀末の様相を通り越して末期的なんじゃねぇの? などとは思っても口には言えず。

 

「まあ、とりあえず、種牡馬云々はまだまだ先の話だと思うので、目の前のレースからですかね」

「蜂屋オーナー、こう言っては何ですが、既にディープは種牡馬の話は出ておりますよ?

 早めに決断なされたほうが宜しいかと」

 

 なおも食い下がる吉沢氏に。

 

「はぁ……そういうモノなのでしょうか?

 まあ、成績不振で乗馬に用途変更になるまでの間、4、5年くらい種牡馬やってもらうのも面白いかもしれませんね」

「おや、期待しておられない?」

「期待してないというか想像がつかないというか予想がつかないというか。

 産駒が走らない事に定評のある逃げ馬で、これまた産駒に遺伝しない賢いタイプの強い馬で、更に、血統的にも主流から離れすぎてるから、遺伝する能力値が未知数過ぎて、正直『どーなんだろコレ』と。

 なので、今言った通り、ご迷惑をおかけしないために、数年程度ならば種牡馬をやるのもいいかな、と思っています」

 

 と。キッド自身は兎も角。その産駒がどんな代物になるかなんて、ホントに予想がつかなかっただけに。

 その時はそう思って居たのだった。

 

 ……まさか、種牡馬としてもキッドがあんな『問題児』だとは思わずに。

 

 

 

『さあ、年度代表馬の意地か。G1ホースの誇りか。はたまた無敗の矜持か。

 2000メートル、渦巻く思いをゲートに収めて行く各馬……いや、一頭だけ収める場所を間違っているようですが……今、14番スイープトウショウ、1番バーネットキッドに誘導されて収まりました。

 続いて13番、一番人気、ゼンノロブロイもゲートに収まります、他の馬たちのゲートインも順調ですね、田野さん』

『はい、少しトラブルがありましたが、おおむね順調ですね、あと6頭ほどです』

『更に初のG1を狙うハーツクライ、四ヶ月ぶり登場のタップダンスシチーも入ります。8番キングストレイル3歳馬、12番ダンスインザムード去年の二着馬、ハットトリック鞍上セリエ。初の三連覇成るか。そしてじっくりとソレを見て、最後に18番のバランスオブゲームが収まりました』

 

 

「さて……やるか」

「ぶるるるる……(おう、兄貴)」

 

 まあ、トラブルはあったけど。

 なんやかんや、やる事そのものは変わらんしな。

 

 ぶっ飛ばして、ちぎって逃げ切る。俺のターフでの仕事は、タダそれだけ。

 

 だからこそ、ゲートではリラックス……そう、緩く構えながらリラックスし……

 

 

『明治大正昭和平成、時代を超えて語り継がれる、盾を巡る物語……今、スタートしました!!』

 

 

 スタートの合図と共に、一気に加速!

 このスタート勘をもってしてのテン1F11秒台。

 こいつに付いてこれるヤツは……はい!?

 

 

『18頭、キレイに揃ったスタート! さあまずは問題の2コーナーへの位置取りとなります。まずはバーネットキッド、内側からいい位置へ。前へ前へと進んでいくが、並ぶようにタップダンスシチーも上がっていく、ストーミーカフェも外から並びかけた』

 

 

 いや、カフェ君は予想してた、してたよ?

 だけど……なんだぁ、この爺さん!?

 

『ふぉっふぉっふぉ……四ヶ月ぶりじゃな、お若いの。宝塚じゃ昔を思い出させてもろぅたぞぃ』

『ジジィ、冷や水が過ぎるぜ!』

『付け焼刃で逃げが通じるかよ爺さん。潰れる前に下がんな?』

 

 俺とカフェ君の言葉に……ゾッ、となる笑いをジジィが浮かべる。

 

『付け焼刃?

 ……もともとコレがワシの走り方よ!!』

 

 

『さあ、それに続くようにバランスオブゲームあたりも続いて、ゼンノロブロイはそれら先団をうかがう位置になりました』

 

 

『おーう、タップ爺さん熱くさせやがったな、若ぇの?

 ……おめーらどうなっても知らねぇぞ』

 

 後ろでロブロイ親分が笑っていやがる……っつーか。

 

『おいおいジジィ。俺たち3歳に付いてくる気かよ。潰されてぇのか!?』

『若造が、ゴールで9馬身くらい千切ってくれようわい!』

 

 はっ……

 

『上等だぜジジィ!!』

 

 OKOK、敬老精神なんぞ知ったことか!

 こっからは潰し合いだ!

 

 

『先頭はバーネットキッド、すぐ後ろをタップダンスシチー、ストーミーカフェ! 続いて何頭か前にいる先団を、ゼンノロブロイがうかがう形! ご覧のように、先頭を引っ張るのが、三歳馬バーネットキッド、ストーミーカフェに八歳馬タップダンスシチーという展開』

 

 

 向こう正面。先頭からグイグイと引っ張る形でレースを加速させる。カフェ君もジジィもいるからこそ、これは容易い。ここから少しでも後続のスタミナを削る!

 最内のインベタのラインは抑えている。コーナーもスムーズに曲がれている。

 ならば……今の俺に2000mを逃げ切れない、なんて道理は無い!

 

 

『さあ、第三コーナー中間点を過ぎて、物凄い歓声が出迎えます! バーネットキッド、無敗の怪盗が第四コーナーに突っ込んで行く! すぐ後ろをタップダンスシチー、ストーミーカフェが迫る!』

 

 

 さあ、こっからが正念場だ!

 ……おっかねぇ連中が突っ込んで来……

 

『だぁりぃぃぃぃん♪』

 

 ぎゃああああああ、一番おっかねぇのが来やがったぁぁぁぁぁぁ!!

 

 

『さあ、最後の直線、各馬一斉に動いた! ダンスインザムード! ハットトリック! そしてゼンノロブロイが来た! スイープトウショウも動いた! スズカマンボも来た!  しかし後続はほぼ一塊、先頭とは僅か1馬身差、さあどれが抜ける! どれが抜ける!?』

 

 

 逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ逃げなきゃダメだ!!

 

『ぬおぉぉぉ!! 勝負だ若ぇのぉぉぉぉぉ!!』

『逃ぃがぁさぁなぁいぃぃぃわぁよぉぉぉぉぉ!!』

『逃げるわボケ共ぉぉぉぉぉ!!』

 

 

『僅かに抜けたスイープトウショウ! ゼンノロブロイも来た! バーネットキッドに迫る! 迫る! 並んだ、並びかけた! このまま躱すか!』

 

 

 ぐうぅっ、あと20m! なんとしても……なんとしてもぉぉぉぉぉ!!

 

『つぅかぁまぁえぇたぁぁぁぁ』

 

 クソ、だめかぁ!? って、え?

 

 

『今、ゴール!! ゼンノロブロイ、スイープトウショウ、バーネットキッド。頭一つ抜けた三頭を皮切りに、ほぼ一群となって全馬抜けていきました!!』

 

 

 ……ゴールの瞬間。俺は、見てしまった。

 

 

『審議です! 審議の青いランプが灯っておりますタイムは1分57秒1レコードタイム! 更に他の馬もほぼレコードに近い記録で各馬一群となってゴールを駆け抜けていきました! 混戦と言われた今年の天皇賞秋、物凄い掲示板になりました!!

 ……しかしゴール直前で、いきなり横を向きましたね、スイープトウショウ』

『丁度、バーネットキッドのほうを向いてますね……ゲートの時といい、彼の何が気になるのでしょうか? それが無ければ、エアグルーヴ以来の牝馬による天皇賞制覇だったのですが』

 

 

 完全に恋にトチ狂った、牝馬の目を。

 っつか、純粋なレースだったら、完全に抜かれていたぞ……コイツほんとヤバいわ……

 鞍上と係員が抑えてくれて、審議中に第二レースにならずには今の所済んでるけど……だからこっち見んな。

 

 

『今、結果が出ました。4着がダンスインザムード。5着にハーツクライが確定。

 引き続き、まだ審議が続いていま……あ、出ました出ました、3着にスイープトウショウ! 2着ゼンノロブロイ! 1着にバーネットキッド!!

 確定しました! 1着バーネットキッド! 盾のお宝を頂戴しました三代目大怪盗!! ハツピーマイト、バブルガムフェロー、シンボリクリスエスに続き、史上4頭目! 三歳馬による天皇賞秋の制覇達成!! 更に連勝記録を9に伸ばし、JRA最多連勝カブラヤオーの記録に並びました!!』

 

 

 ちくしょう……ディープのヤツみたいに、4馬身くらい千切って勝つのは無理だったか……いや、どう考えても無理だよな、面子的に? 全員合計すりゃG1の数の合計50個以上あるだろこれ?

 まあ、勝ったは勝っただけ良しとしよう……うん?

 

 そして……見てしまった。

 

 貴賓席と思しき場所に、それはそれはエライ御方の姿を。

 

 あ、そいえばディープの頃に天覧競馬がどうとかって騒がれてたな。

 ……よし、兄貴、挨拶に行こう。

 

「よし、ウィニングランで止まるなよ、芸をするなよ、さっさと帰るぞ、いいな?」

 

 芸はしねぇって。挨拶するだけだって、兄貴。頭下げるだけだっての。

 で、スタンド前に止まって……頭を下げる。

 

「あわわわわ」

 

 慌てて、ヘルメットを脱いで敬礼する兄貴。

 とりあえず、恰好だけはついた……かな?




後に。

二度目の天覧競馬を勝った馬の調教師は、こう語った。

『いや、ウチは馬に芸は教えていないので……』


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天皇賞(秋)を終えて+掲示板回

「つ……疲れた……」

 

 どべーっとスーツ姿のまま、自宅のベッドに横たわる。

 勝負服だとか、丁寧に使わなきゃとか、そんな意識もすっ飛んでしまった。

 何せ、割と近場なのに、家に帰ってきた頃には、もう十一時を回っていて。

 そのくらい、色んなお誘いやらイベントやらがあって、大騒ぎだった。

 

 

 

 秋の天皇賞を制し、順位が確定したその瞬間。

 馬主席に最初に満ちたのは、歓声……というより、うめき声のようなモノが満ちたのである。

 

 ……というか着順未定の状態の時の盛り上がりが最高潮で、確定の表示が出た途端にうわぁ、とか、おおぉ、とかの落胆の声に満ち溢れ。更に「またやられた……」と、ぼそっと誰かのオーナー様の声が聞こえたよ。

 

 うん……そりゃそうだよね……106年ぶりの歴史的な天覧競馬で、馬主デビュー二年生の学生馬主が、自分たちの手で学校で育てた手作り感満載の馬で、こんなトチ狂った成績残して行くなんて、誰も想像するワケないもんね。

 そろそろ負けたっておかしくないレベルだし、この調子でジャパンカップと有馬勝ったら、どんな目で見られるやら……なにより、JRA最多連勝記録のおまけ付きだよ。

 

 ちなみに、スイープトウショウのオーナー様は、公開された写真判定を見て目が点になった後、口から魂が抜けて灰になっておられたよ……まあ、無理もないけど。

 最後の直線、ほんとうに三頭ハナ差で並んでいて、スイープが前向いていたら確実に勝っていたんだもん……っていうか、一位から三位までハナが並んで、以降もほとんどがアタマとハナしか着順差に書いてないのよ?

 18頭もの多数で競り合って、レコードタイムの1位から18位までの差が0・5秒以下って、滅茶苦茶なレースだよ……ケガした馬とか出なきゃいいけど。

 

「っていうか、明日以降、取材攻勢って……原稿まだ全然終わってネェのになぁ……」

 

 ジャパンカップ、有馬まで、こんな調子でレースごとにもみくちゃにされることが確定してるなら、本気で新野女史に締め切り伸ばしを頼むしか無いかもしれない。色んな意味で体も心も持たないよ……イヤ、ホントに。

 

 

 

「……あー……その……」

 

 騎手として今まで最も緊張したウイニングランを終え、検量を済ませて控室に帰ってくると。

 ベンチで射手添君が、口から魂が抜けて灰になってた。

 

「だ、大丈夫?」

 

 本来、声をかけていいような立場じゃないものの。

 あまりにもあまりな状態だったので、思わず声をかけてしまった。

 

「いえ、そりゃそうですよね……人参(キッド)の写真目の前にぶら下げてご機嫌取りしながら調教してたワケですから、本物の人参(キッド)が隣にいればそっち向いちゃうのは当たり前ですよね……」

「うわぁ……そんな事してたの?」

「してましたよ……お陰様であのワガママなスイープが、宝塚以降の数か月、真面目に調教を受けてくれたんです。秋天はチャンスだと思ったんです。最高の手ごたえで……それが……それが、こんなオチが待っていたとは……」

「栗東じゃ有名だったんだよ。『あのスイープが恋をした』って。

 色々面白いから、バレるまで美浦には黙っていようって暗黙の了解があってね……」

 

 と、館先輩がフォローしてくれて。

 

「ああ……道理で栗東の騎手(ひと)たちが生暖かい目でキッドを見ていたわけですね」

「まあ、そういう事なんだ」

 

 そう言うと、目線で『僕がフォローするから、行きな』と合図された。

 ……そりゃそうだ……騎手なんて勝負師の世界で、下手に勝者に同情なんかされたく無いのは当然の話で。「お疲れ様です」とだけ言葉を残して、その場を立ち去った。

 

 ……きっと酒が入ったら荒れるだろうなぁ……最後の直線、本当に負けたかと思ったし。

 

 

 

1:名無しの馬券師 ID:Wy1+DxHiZ

なんとかパドック潜り込めたけど、コレもう観戦席に戻れる気がしない……しょうがないから、パドックだけ見て馬券買って、レースは後でテレビで見なおそう。

 

2:名無しの馬券師 ID:fHjS5nGY8

1乙。半端ねぇな、人数

 

3:名無しの馬券師 IsD:ZO5i+ZKJW

15万超えたって……もう狂気の沙汰だよ

 

4:名無しの馬券師 ID:Zc9KEubz0

府中競馬正門前も府中本町も寿司詰めだった。

 

5:名無しの馬券師 ID:OZbhWk/Ao

わい、是政から裏ルート歩いて東門から入れたけど、中が地獄だった。

 

6:名無しの馬券師 ID:wf6aEI/Ao

人が多すぎる……子供がキッドの応援したくて、近場だから初めて来たけど、競馬場っていつもこんなんなんか?

 

7:名無しの馬券師 ID:v7LApUt2e

>>6 乙。今日は特に酷いよ。

っていうか俺も現地だけど、迷子の案内がすげぇ……

 

8:名無しの馬券師 ID:mvF/KqTHU

何だかんだ、お茶の間のアイドルだからな、あの芸馬。

『よーしパパ、パドックでキッド見せに、日曜日に競馬場連れてっちゃうぞ~♪』って言って、地獄を見てる家族連れが結構いると思われ。

 

9:名無しの馬券師 ID:BM/uHJTcq

一応、東京競馬場にも子供連れて遊ばせる施設あるけど、そこもパンク寸前なんだろ?

 

10:名無しの馬券師 ID:8ZJP5MkpP

完全にイモ洗いだよ……テロでも起こったら死人何人出るか知れねぇな。

 

11:名無しの馬券師 ID:AsOGCitbK

わい、泣いてる子供を警備員に連れてったけど、警察も警備員も手が足りてないのかパンク寸前みたいで、しょーがねーから受付まで連れてった。

そしたら迷子ルームもパンクしそうになってた。

 

12:名無しの馬券師 ID:N3TCmUzf9

>>11 乙。これマジでコミケ並みじゃねぇの?

 

13:名無しの馬券師 ID:h4OFTof3P

コミケと違うのは、参加者の圧倒的な統制のとれてなさかもしれん。

家族連れでコミケ行くアホは少数派だろうが、今回は一般ウケしてるキッドがいるから、突っ込んじゃった素人がかなり居ると思われ。

『参加者』と『客』の違いが、如実に出ちゃってるな……

 

14:名無しの馬券師 ID:9afaprrNB

あ、バーネットキッドの馬主様発見。

正門前駅の渡り廊下から下を見たらタクシーで馬主用の駐車場に乗り付けてた。

 

15:名無しの馬券師 ID:mwPmHWs0i

>>14タクシーで競馬場か……イッパツ当てた帰りなら兎も角、行きに使うなんて贅沢な。

それとも勝って帰る自信があるのかな?

 

16:名無しの馬券師 ID:r1zKFw2LE

>>15 他の馬主様は高級車転がして、人によっては運転手付きやで?

 

17:名無しの馬券師 ID:mwPmHWs0i

>>16 贅沢なんて言ってさーせん……世界が違い過ぎた。

 

18:名無しの馬券師 ID:VknK4gT/6

G1出るような競走馬の価格って、2千万以上がザラだぞ。

さらに厩舎への預託費用が月額5~60万。

去年の秋古馬三冠馬、ゼンノロブロイのお値段は9千万。

ディープインパクトが7千万超な。

 

なお、バーネットキッドの落札価格、税込み94万5千円。

 

19:名無しの馬券師 ID:JTeD9BlRW

……90万の馬がG1走ってるって、改めて思うと物凄いシュールな光景だよな……

ウッカリするとハルウララと同レベルの金額じゃないの?

 

20:名無しの馬券師 ID:6KDXaDaO8

ハルウララは主取りだからある意味タダだけど、一応キッドは買い手がついてるから……

ああ、でも育ての生徒が買ってるから、ある意味主取りみたいなモノか。

 

21:名無しの馬券師 ID:aqjFj0QJ/

一応、オークションでお義理の差し値はついてたハズやで……キッド。

なお、半妹は1億になったけど、これでも詐欺のような格安価格の素質をオークション落札直後に見せつけた模様。

 

22:名無しの馬券師 ID:AbE1dadxM

あの学生馬主様の相馬眼が凄すぎる……というか、彼がキッドを見出さなければ、こんなブームにはならなかったよな。

 

23:名無しの馬券師 ID:PrzROhZVs

もしキッドが居なかったら、って考えると、バタフライエフェクトが凄い事になりそう。逆を言えば、それだけ影響を与えているって事だもんな。

すげぇよな……キッドの馬主様。

 

24:名無しの馬券師 ID:0fN+SuGjh

怪盗不在の並行世界か。

その場合、ディープが三冠取ってスイープが宝塚を取った世界になるな……それはそれで競馬ファンには面白いだろうけど、あのUMAの存在を知っちゃった俺たちからすると、物足りなく感じて仕方ない世界かもな。

 

25:名無しの馬券師 ID:G2TLICEJV

というか、現役G1馬が素人を背中に乗せて歩くとか、CMの屋外ロケをするとか、前代未聞だよ。

まあ、幼駒の頃に馬主と厩務員でヒゲダンスをキメたアレが、ある意味究極だけど。

彼ら二人には、黒歴史らしいが。

 

26:名無しの馬券師 ID:vQumP1VE1

本家にフライング土下座したのはワロタ。

 

27:名無しの馬券師 ID:YZq2D0L18

パドックが始まった……けど、ふぁっ? キッド、青いメンコして目隠しされてる。

 

28:名無しの馬券師 ID:GKPQ4g7WM

ああ……やっぱり注意があったのか。そりゃ天覧競馬だし馬会も必死だろうよ。

 

29:名無しの馬券師 ID:dQ3a8HNP8

ん……やっぱ目隠しに慣れてないのかな、すげーびくびくして汗かいてる。

 

30:名無しの馬券師 ID:v7iaAvJDy

あかんなぁ……早速、不利な要素が。

 

31:名無しの馬券師 ID:UrmhrEw3D

それでもキッドなら、あの怪盗なら、何とかしてくれる!

 

32:名無しの馬券師 ID:nKzujTp6b

スイープトウショウがキッドガン見してるのワロタ。

流石にパドックで第二レースにならんよう、注意はしてるみたいだけど。

 

33:名無しの馬券師 ID:T6BO2z73C

あ、目隠し外されたキッドがスイープに怯えてる

 

34:名無しの馬券師 ID:2B3++/8VK

肉食系女子に捕捉された草食系男子になっとるな……ってか、サッサと返し馬に行こうとしてる。

 

35:名無しの馬券師 ID:kLowxqjrS

っていうか、返し馬でも完全にスイープがキッドをロックオンしとる。

スイープの鞍上が必死に手綱引いてる……

 

36:名無しの馬券師 ID:AhBqBaj6S

パドックの立ち去り方が、冗談抜きに『こんなパドックに居られるか、俺はさっさと逃げさせてもらう』って感じの逃げっぷり。

 

37:名無しの馬券師 ID:koYVU9Vji

ディープがキッドの強敵なら、スイープは天敵かな……?

 

38:名無しの馬券師 ID:QXsiMX8zI

そりゃ、宝塚記念第二レースを経て、トラウマだろうよ、キッド。

 

39:名無しの馬券師 ID:+ky1Vn1ie

っつか、輪乗りになって絡もうとしてるぞスイープ。

まあ、キッドは1枠1番だからさっさとゲートに逃げ……ふぁっ!?

 

40:名無しの馬券師 ID:BLgm5MzU0

2番ゲートにスイープがついてきちゃったwww

 

41:名無しの馬券師 ID:jeapGWuKw

やべぇ……ゲートの隙間からスイープがキッドのほうに顔突っ込んできてる。

シャイニングみてぇな事にwww

 

42:名無しの馬券師 ID:8sy1HPEU+

これはホラーですわwwwキッドが嫌がって顔背けてるwww

 

43:名無しの馬券師 ID:0XJ1odNPO

うわ、フツー馬はゲート嫌がるのに、躊躇なく突っ込んで行ったなスイープ。

っつか、騒ぎになってるけどどうすんだコレ……引っ張り出さないとレース出来ないぞ?

 

44:名無しの馬券師 ID:HcppBg8BM

え……マジか……キッドがスイープ誘導してる!?

っていうか、あっさり他所のゲート入って、誘導したあと出て来やがったww

 

45:名無しの馬券師 ID:bnMlue6we

わははは、マジか!? 誘導馬までやりやがったあの怪盗wwwww

しかもシレっと元の1番に戻って来やがったwww

 

46:名無しの馬券師 ID:Lppe5ReKv

なんか係員も他所の鞍上も驚いてるし。

やらかすスイープもスイープだけど、それに対応してのけたキッドもすげぇ。

 

47:名無しの馬券師 ID:xjlgh7ghV

>>46 いつもパドックでやらかしてるのはキッドのほうだけどな。

単にスイープが嫌いだからどっか行ってほしかったんだろ。

 

48:名無しの馬券師 ID:1zpF5qqpO

そろそろゲートイン終わるけど……まあ、札幌と違って雨が降ってないのは救いか。

 

49:名無しの馬券師 ID:T4r3tIrcP

1枠1番……天皇賞秋……逃げ馬……うっ、頭が……

 

50:名無しの馬券師 ID:vHezx0pTV

>>49 やめてさしあげろ。

 

51:名無しの馬券師 ID:+gj9xvTMl

よし、スタート絶好!! いつものキッドのスタイルに持ち込んだ!!

 

52:名無しの馬券師 ID:eO6byOyCi

うわ、ストーミーカフェは予想してたけど、タップダンスシチーまで来てる。

タップ爺さん、8歳でよくやるなぁ……

最近は追い込みや差しにスタイル変えてたから、トシだし仕方ないのかと思ってたけど。

 

53:名無しの馬券師 ID:2X5qdSa7z

そろそろ引退も近いからこそ、逃げのスタイルで攻めたかったんじゃ……

 

54:名無しの馬券師 ID:N8FsMIU6Y

先頭を引っ張るのが3歳二頭に8歳……すげぇグイグイ引っ張ってる。

 

55:名無しの馬券師 ID:6tO4fSobv

何せキッドが居るからなぁ……行きたい放題行かせたらどう頑張っても勝てないから、末脚の射程圏に捕らえ続けるしかないけど、それを見越してヒゲも相手の体力を削りに、レースそのものを加速させて潰しに行ってるし。

 

56:名無しの馬券師 ID:xDVbTQJLc

スタミナ基地外のキッドだから出来る荒業だよな……全盛期のタップというより、マックイーンにやり口は近いぞ。

 

57:名無しの馬券師 ID:tglGuyKfA

やはり芦毛族ってなんかオカシイ連中が多いよな。

 

58:名無しの馬券師 ID:Xv+vWLezO

1000Mのタイムが58秒丁度とか……俺ら感覚麻痺してるけど、滅茶苦茶なレースに巻き込まれてるからな?

 

59:名無しの馬券師 ID:oLDBIsbrA

恐ろしい……今の競馬って60秒以上が普通なのに、ヤツが絡むとハイペースの滅茶苦茶なモノになる。

 

60:名無しの馬券師 ID:oURyyrjs7

でもG1馬揃いなダケあって、全部ついてってるぞ?

いくら二の足があるキッドでも、末脚自体のキレじゃ勝てないんだから……

 

61:名無しの馬券師 ID:Ba/gvZ49G

よし、よし、キッドと距離はそんな離されてない! このまま行けロブロイ! 英インターS取った末脚で捕まえろ!

 

62:名無しの馬券師 ID:UWcFxtgok

うぉっ! 中段からスイープとロブロイが抜けた!!

 

63:名無しの馬券師 ID:dVR+vhzk6

タップ爺さん粘ってる! 行け!

 

64:名無しの馬券師 ID:8V3wqU9J7

ストーム! 粘れ! お前も逃げ馬だろう!

 

65:名無しの馬券師 ID:iShoyDmJY

キッド、スイープ、ロブロイで並んだ!!

 

66:名無しの馬券師 ID:BlDjDaAS7

粘れ! 怪盗粘れ!

 

67:名無しの馬券師 ID:6kLz1Yjpj

よし、スイープが抜け……はああああああああああああ!!!????

 

68:名無しの馬券師 ID:bJ/sRagoH

ふわあああああああああああああああ!?

 

69:名無しの馬券師 ID:nRxq43Hnf

くぁwせdrftgyふじこlp

 

70:名無しの馬券師 ID:/i8+A/cBu

キッドのほう向いて……うそ?

 

71:名無しの馬券師 ID:DvPNPJzwy

写真判定だって……ほぼ三頭同時だから、これ決着はセンチ単位だ。マジ分かんねぇぞ?

 

72:名無しの馬券師 ID:CfzjNPB7U

す、スイィィィプゥゥゥゥゥゥゥゥ!!! あかんやろ! それはあかんやろぉ!!?

 

73:名無しの馬券師 ID:h3F9OBYoS

キッドきゅんの汗の臭いでも嗅ぎに行こうとしたのかな、スイープ?

 

74:名無しの馬券師 ID:wDJR8auX+

スイープとキッドのオネショタか。

 

75:名無しの馬券師 ID:aKngJjmJl

あ、結果出た……っていうか、正面のビジョンに写された写真がwwwwww

 

76:名無しの馬券師 ID:BgRkbTxyM

これ、正面向いてたら、スイープ一着だよな!?

 

77:名無しの馬券師 ID:1c9WBBS8Z

うわああああああああ、なんつー勿体ない事をー!!!!!

 

78:名無しの馬券師 ID:wXQ8hVIC6

今、スタンド前大荒れ。

何だかんだ一番人気のロブロイはそれなりの仕事はしてるけど、キッド四番人気だったからな……

 

79:名無しの馬券師 ID:NN9Icb04Q

俺は一応、キッドを軸に流してたから当たったけど、紙一重だったわ。

 

80:名無しの馬券師 ID:uiW9ZalhH

スイープ……お前を……お前を軸に信じてたヤツもおるねんで……?

せめて、せめて二着に……

 

81:名無しの馬券師 ID:ZujU0O3+0

何だかんだ、英国際S取ったロブロイは安定してたな……

 

82:名無しの馬券師 ID:5OdztgCer

つっても、滅茶苦茶なタイムだぞ全部……最後、あのスピードで馬群が一塊になって突っ込んでったって……

 

83:名無しの馬券師 ID:6gxzBAI0m

そりゃドコも真剣だよね……農高産の馬で学生馬主に天覧競馬の盾取られたら、いい面の皮だもん。

 

84:名無しの馬券師 ID:C1HwpYZJj

タップ爺さんやストーミーカフェも、結局7着と9着だからな……双方、年の割によう健闘したよ。

……怪盗? あれはバケモンだよ……

 

85:名無しの馬券師 ID:646fZIulV

出走前に散々スイープに絡まれて不利を受けていたのに、最後の最後にスイープのよそ見……

これでキッドに勝ってたらスイープにブーイングしたけど、逆にこう、なんというか……ここまで来ると、振り回されてる調教師や騎手に同情したくなってきた。

 

86:名無しの馬券師 ID:yWEbYphyb

キッドきゅんに絡みたくて仕方ないのに相手してもらえないとか、少しかわいそうになって来た。

 

87:名無しの馬券師 ID:MbxjeoPOL

あ、スイープの鞍上、灰になってる……

 

88:名無しの馬券師 ID:uVlvlr2nf

っていうか、キッドがウイニングランだけど……これキッドどうすんだろ、またスタンド前で芸をするのかな?

……陛下の御前で? 芸を?

 

89:名無しの馬券師 ID:BdWNhBI49

むしろ鞍上が焦ってさっさと済ませようとしてる……そりゃ何しでかすか分からない珍獣だからな。

 

90:名無しの馬券師 ID:NUmAtwUp9

あ、お辞儀した。

 

91:名無しの馬券師 ID:5mS0jo1cn

鞍上が慌ててヘルメット取って敬礼してる……

 

92:名無しの馬券師 ID:AfrRxXMmL

なんだ……陛下に向かってアイーンしてくれるかと少し期待したが、無難に収まったな。

 

93:名無しの馬券師 ID:0GQjwPczr

>>92 無難言うけど、普通に頭下げて挨拶する馬ってだけで十二分に芸だからな!?

 

94:名無しの馬券師 ID:J4znwazVt

そういえば、ちょくちょく志室動物園のOPで挨拶してたな。

『こんにちはー』って挨拶と同時にカメラに頭下げて。

……他の芸の印象が強烈過ぎて、違和感感じ無くなってたけど、アレはアレで凄い事なんじゃあ……

 

95:名無しの馬券師 ID:A+L0P8ebv

なんだかんだ芸馬の名に恥じない勝負のスタイルは見せたな。GJ。

 

96:名無しの馬券師 ID:UFiC0UM+g

考えてみると、愛想がよくてサービスしてくれて、レースも強い……のに、札幌記念以外、一番人気になってないってのも凄いよな。

 

97:名無しの馬券師 ID:icqtHeHOJ

普段、素人を養分にしてるプロほど、キッドが絡むと逆に養分にされていくんだよ……ちょっと競馬知ってれば、誰だってあんなパドックで五月蠅い奇行種を買おうと思わねぇって。

 

98:名無しの馬券師 ID:xIGAeiH/B

1-13(キッド、ロブロイ)の馬連、大変美味しぅございました。

 

99:名無しの馬券師 ID:yOlSYavI1

単勝1番、大変美味しぅございました。帰りはタクシーにしたいと思います。

 

100:名無しの馬券師 ID:JAbaIvIly

ロブロイ、スイープ、キッドのボックスで買ったわい、ぎりぎりセーフ!

 

101:名無しの馬券師 ID:ZeL3ydszg

……調教のコメントや時計を見てスイープを軸に流してた俺が通りますよ……

 

102:名無しの馬券師 ID:8PHkVbWyQ

>>101 南無……

 

 



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ジャパンカップに向けて その1(インターミッション的な何か)

「だから無理なモノは無理なんです!」

 

 その日、レース後のキッドの緩い調教を終えて帰ってくると。

 JRAのお偉いさんから連絡を受けてる親父……っつかテキが苛立った声で電話口で返事をしていた。

 

「あー……」

 

 内容は、もう予想がついた。

 

「お気持ちはよく分かりますよ。私も調教師だからこそソチラの立場は理解しているつもりです。

 ですが、キッドがいくら賢いったって馬は馬なんですよ。マシーンじゃないんです。

 怖い思いしたらそりゃビビッて嫌がりますよ」

 

 あの天皇賞以降、キッドが目隠しを嫌がって着けるのを拒否するようになり。

 更に、無理やり装着したら、途端に動かなくなってしまったのだ。

 

「どうしてもとおっしゃるならば、有馬もジャパンカップも棄権せざるを……だから無理ですってば! こちらだってペナルティ喰らいたくて申し上げているんじゃない。本当に無理だから無理と申し上げているんです!

 大体、ジャパンカップまで一か月も無いのに、本気で嫌がって怯えている馬を、言う事聞かせてレースで走らせろと!?

 今の状態じゃ、目隠ししたほうが、かえってパドックが滅茶苦茶になりますよ!? 今年の秋天のアレは、本当に一回限りの飛び道具だったんですって」

 

 ですよねー……

 あのレースの後、馬具やらハミやらは素直に付けるけど、目隠しどころかメンコまで拒否するようになったし。

 ……メンコや目隠し持って近づくと、ぺっぺっぺって唾吐きかけてくるようになったよ。

 

「……はあ、まあ、最終的に、それしかないと私も思います……はい……はい、そのようにお願いします。お手数おかけします、では……」

 

 そう言って、電話を切ったテキが、俺に一言。

 

「賢介……調教師命令だ、恥かいてこい」

「は?」

「来月のジャパンカップな……パドック、別周だ。キッド」

「うげぇ……」

 

 覚悟はしていたが、とうとう来るべきモノが来たか……といった感じである。

 

「有馬に関しては別途検討中だが、とりあえずジャパンカップは海外の招待馬も出てくるからな。お客さんが日本の恥に巻き込まれて大騒ぎになるよりは隔離を選んだらしい」

「まあ、そりゃ無難かなぁ……ってか、皐月賞のレポート、お偉いさんは見てくれたかな? ディープが居たら、あまりそんな事もしない気がするけど」

「だろうな。

 今思えば、一番キッドがレースに真剣になっていたのが皐月賞だった……真剣過ぎて、死にかけていたが……恐らく、それだけディープを意識はしているんだろうな。

 あとな、賢介。それとは別で、有馬が終わった後、年明けして暫くしたらキッドに仕事が出来た。外に連れて行く予定があるから、覚悟と用意をしておけ」

「外? ドコに行くのさ?」

「……まだ場所は確定していないが、多分都内だ。そうじゃなければ……確か、栃木……かな?

 オーナーにも話は通ってある」

 

 はぁ?

 

「え? 栃木? ……足利も宇都宮も、全部閉まっただろ?」

「栃木は僅かな可能性だ。多分都内で済むと思う。

 まあ『何かロケっぽいものをまたやる』と思っておけ。あらかじめ予告しておくが、オーナーに聞いてもいいが、多分何も答えちゃくれんぞ?」

 

 ……その親父の答えと態度に、何となく答えを察し……

 

「……はぁ、分かった。

 聞かれても『なんかロケっぽいのやるらしい』とだけ答えろ、って事ね?」

「まあ、正直、今のキッドの立ち位置はJRAの宣伝馬だからな……ちょっとしたアイドル活動だと思え」

 

 そう言って、親父は窓の外を、遠い目で見てた。

 

 

 

「まあ、バーネットキッドに関しては『私たちが育てた』というよりも『何かが取り憑いた』としか言いようがないんで……『同じ馬をもう一度種付けして再現を』と言われても正直、無理ですね」

 

 主たる業務である学校の授業が終わっても、放課後の定時に仕事がすぐ終わるか……といえば、日本において教師という職業はそんなに甘くは無く。

 ましてや生き物を相手にする静舞農業高校の教師は、時には生徒を夕方や夜中に駆り出して作業をせにゃならん、なんて事もままあるものの。

 正直、こんな僻地にこんな時間にやってきた取材者に、インタビューを受ける事になるとは、私――牧村紀臣が研究者を辞めて教師を始めるに当たって、思いもよらなかった。

 

「そもそも、環境や人間を再現しようにも、育てた生徒たちもとっくに卒業しておりますし……何といいましょうか、問題児(ゆうしゅうなせいと)たちが『我々教師が望む正解の斜め上を飛び超えて巣立っていった』って感じでしょうか。

 無論、学校として誇るべき成果ではあるものの、教育者として『それでいいのか』と悩むといいますか……うん、当時、生徒たちも馬も、色んな意味で傾奇者(きかくがい)だった事は事実ですね。

 ただまぁ、我々も手をこまねいているワケではなく、それ相応に対処していく事を目指して、設備や人員の充実にカリキュラムの更新などを、日々行っていってるワケでして」

 

 そんな感じでインタビュアーに答えているものの……正直、あの当時の生徒と馬を『同じ状況でもう一度担任として面倒を見ろ』と言われたら、100%辞表を出す自信がある。

 中でも、最近発覚した……蜂屋のヤツが『学校のパソコンで時々『オランダ等』に行っており、更に一般的じゃないアクセス履歴の『キレイな消し方』まで下級生に代々その方法を伝えていた』事実は、再会したら問い詰める必要があるな、と思っていたりする。

 ……うん、来年、赴任してくる予定のIT関係の専門家の先生が、下見に来た時に割と舌を巻いてたし。学校のパソコンをニコイチサンコイチで修理していた事を話すと『彼はもう学校レベルのIT授業は要らなかったんじゃ』って言ってたな……

 

「そういえば、画期的な方法ですよね。

 生徒たちに飼育してる馬に関してのレポートを、班ごとにテーマを決めてブログとして書かせるのって。確か今年はセイウンスカイ産駒の『クモちゃん』でしたっけ?」

「そうですね。

 何といっても馬産を学ぶ以上、セールで売るまでが授業なので……こう、緩めのカワイイ系のネタから、学術に基づいたレポート風のモノまで、多角的な宣伝になればと思いまして。

 バーネットキッドのように、こう……マスに訴えかけるにはテレビなんでしょうけど、時間的費用的に現実的じゃありませんし、そもそも『競走馬を買おう』って需要は絞られますから、その絞られた需要を満たすのならば、宣伝としてネットが手早いんじゃないかと思いまして」

 

 ……言えない。

 本当はあの時慌てて確約した『産駒の育成状況のレポートを、随時ネットに上げる』と言ったものの。

 レポート内容で生徒同士が分裂した結果、取っ散らかりまくり過ぎて『じゃあお前ら好きなネタでグループ作って各班で別個にブログにあげろ!』とヤケクソになった事を。

 

「無論、我々としても初めての試みなので、試行錯誤しながら教師生徒共々、手探りの状態なのですが……それだけに教師の側にとっても、学びの多い授業実習になりつつありますね」

「ITと馬産の融合ですか……本当に未来的な試みをなされておられますね」

「まあ、参考にしようと思って調べたのですが、やってる所はまだ少ないみたいですね……今の所。でもこれからは主流になって行く……と、面白いかなぁ、とは思ってはいますが、どうなんだろうなぁ。

 なにしろIT産業自体が過渡期のモノですから、そこまで広がるかは分かりませんし、もしかしたら数年後には需要が無くて打ち切り、ってケースもあるかもしれませんし」

 

 というか、俺自身だってパソコンは専門家じゃねーから、ホント困ってんだっての……ホームページを作ろうにも『HTTPって何ぞや』って輩が先生生徒含めて大半だったし、学校のIT授業なんて数年前まで、一太郎のタイピングとお絵かきソフトで絵を描くくらいだったんだぞ?

 だからこそ、初心者にも分かりやすく扱いやすいブログ(?)ってシステムを蜂屋が教えてくれなければ……ああ、その点は再会した時は考慮する必要があるか……

 

 

 

 ……後に。

 良くも悪くもいろいろと『伝説』の爪痕を残していく、静舞農業高校の産駒育成ブログの。

 これが最初期の、まだ平和な時代のお話であった。



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ジャパンカップに向けて その2(インターミッション的な何か)

 走る。

 この坂道を一気に駆け上がる。

 

 イメージするのは、この間の秋天。

 たった2000の短い距離で、後続のスタミナを削り切れなかったとはいえ、純粋に末脚勝負でああも迫られた。

 

 中でも……

 

「そら、スイープが来たぞ」

 

 鞍上の厩務員君の合図と共に、イメージと肉体を加速させる。

 当然の話だが……厩務員君のほうが、本来の相棒である兄貴より『重い』。そもそも成長にダイエットが追いつかずに、騎手をあきらめた経緯があるのだから当然だ。

 

 そのハンデを込みでの……ウェイトトレーニング。

 競馬は、乗っかる重さが1キロ重ければ0.2秒の差が出ると言われている。

 現役騎手である兄貴よりも、弟のほうが4キロ以上は重たいのである。

 

 ちなみに、本日、調教助手のダケさんは厩舎の別の馬で、兄貴は……主戦を交代したストーミーカフェ君の調教中。

 ただし、カフェ君はあの秋天以降、G2、G3中心の裏街道を行くことが決定したらしい。無論、同じ美浦なので時々、調教は一緒にこなすものの『もうお前と一緒にレースを走る事は、ほぼ無い』と語っていた。

 だからこその『鞍上の交代だ』とも。

 

 その言葉に一抹の寂しさを感じながらも。

 今、坂路を駆け上がりながら、トレーニングを受けながら俺の頭を占めているのは、あの秋天の最後の直線だった。

 

「そら、キッド! あと少しだ!」

『ぬおおおおおお!!!』

 

 色々とあったとはいえ……それでもあの時のスイープの末脚は凄まじかった。

 否、スイープだけではない。

 純粋に『アレがG1級古馬の末脚か』と思い知った。

 ロブロイ親分含めて、秋天は本当にやばかった。

 

 そして……俺はソレよりヤバい末脚の持ち主を知っている。

 ヤツならば、上がり3ハロン33秒台なんて『生ぬるい』事は言ってこないだろう。中山の2500でも32……否、事によっては31台すらもやってのけるのでは、と予感し、恐怖している。

 

 それに対抗するためにも、ひたすらトレーニングあるのみ……って……

 

「ほら、キッド。もうおしまい、坂路はおしまいだよ!」

 

 えー、もう一本行こうよー……美浦の坂路緩いから不安なんだよー

 

「ダメだよ、ケガしちゃうぞ。屈腱炎とか裂蹄とかシャレにならないんだから」

 

 ……ちぇー……しょうがない、泳ぐか。

 

 

 

「集中してんなぁ……」

 

 調教を終えて、のんびりと放牧場をふらふらしているキッドだが。普段ならばアクビをしながら『芸』の修練に勤しんでいる所を、ここ最近はのんびりとクールダウンするように歩いたり、ノビをしたり、ぼんやりと休んだりするだけである。

 というか、ここ最近は坂路も周回も『もっと、もっと』とせがんでくる程だ。……あまりにやり過ぎると裂蹄や屈腱炎が怖いので、余った元気は全部プールにぶち込んでいるが、何やかんやと騎乗していてもキッドの本気が伝わって来る。

 

「決戦が近いのを、認識しているんだろうな」

 

 有馬まであと2か月を切り。ジャパンカップは1か月を切っている。

 

 思えば。

 幼駒から面倒を見た馬がG1に行くなんて……厩務員以前に、馬に関わる人間としては物凄い幸運なんだよな。

 

 なにしろ競走馬というのは、五体満足無事に生まれてくるか否かで運命が大方決まり、更に馬主に見染められて買われるか否かで篩にかけられ、そして競走馬としての訓練を受けて試験や検査で落第したら競走馬になる事は叶わず、試験を越えて無事デビューを果たしたとしても新馬戦や未勝利を3歳の8月までに勝ちあがらねばならず、更に獲得賞金を重ねながらOP戦を乗り越えて、晴れてG2、G3に挑む権利を有し、そしてそれらG2、G3を『予選』として潜り抜けた所で、晴れてG1の舞台に立てる。

 

 そう、G1レースの舞台に立つだけでも、物凄い淘汰と競争の嵐である。

 

 そして、そんなG1の舞台を……こいつは鼻歌交じりで芸をしながら無敗で4度も制しやがったのである。しかも新馬戦から9戦無敗というJRA記録つきで。

 

「……うん、まあ……あの馬主にして、この馬あり、だよな」

 

 何しろ、俺は……俺自身の腐れ縁を差し引いて考えたとしても、今の蜂屋以上の馬主を他に知らない……なんて言うと、アイツは手を横に振って苦笑いをするが。『とぼけた顔してババンバン』なんて缶コーヒーのCMみたいな性格を地で行ってるヤツなので、全く油断できない。

 少なくとも、持ってる馬の数よりもG1タイトルの数が多いなんて馬主を、俺はTVゲーム以外で他に知らない。

 

「さて、と……」

 

 休憩を終え……ふと、厩舎の調教予定表を見て、気づく。

 

 栗東から?

 ……クアッドの鞍上、栗東の人になるんだ。美浦の誰かかと思ってた。

 

 と、言っても、来るのは不定期に月曜や火曜日……すなわち、関東でレースがある日の帰りに、美浦に寄って時々調教に参加していく形になるようだ。

 しかし、それにしても、わざわざ栗東から大変だなぁ……と、その時は気にも留めていなかった。

 

 後に、俺は思い知る事になる。

 クアッドターボもまた……あの怪盗の全血の弟であり、オグリの孫であり……あの『蜂屋源一が見出した馬だった』という事実を。

 

 

 

「先生……」

「新野女史……」

 

 とある日の昼過ぎ。

 やや遅めの昼食を新野女史とレストランで摂りながらも。

 互いに真剣な顔で向かい合いながら、緊張した顔で……

 

「ボツです」

「デスヨネー……」

 

 ノートPCの画面に映る、原稿を見た新野女史が、あっさりと言い切った。

 

「先生、時間や肉体的には兎も角、精神的に余裕がなくなると本当にクオリティ落ちますね」

「分かってるんですよー……このままじゃダメだってー」

「……少し休載されます?」

「そりゃ迷惑でしょう? 今、穴開けたら大変じゃないですか」

「半端な原稿を持ち込まれるほうが迷惑ですよ」

「デスヨネー……分かってはいるんですけど……その、前ほど外に気軽に出られなくなって」

「ああ……」

 

 マスゴミ共の裁判沙汰は、刑事のほうは完勝と言っていいレベルで終わり、あとは民事だけ……となったはいいが。

 いろいろと判例として画期的な判決が下った結果(なお、内容に関してはテレビ新聞各社共に『報道しない自由を発動』)逆に民事で巻き返しを狙おうと、へんなカメラがウロウロし始めて、本当に困っているのである。

 

「……あー、このままエロゲ買いにアキバ行きてぇ……」

「先生……」

「分かってますよぉ……」

 

 何しろ、コンビニで買い物してる所すらカメラで撮られてるし、風呂屋に行った時など風呂に入ってる間に服が盗まれるという事態にすら遭遇してるのだ。

 ……財布や携帯なんかの貴重品は番台に預かってもらっていたから無事だったものの、もう気軽に風呂屋にも行けねぇ……。

 

 で、色んなものを通販なんかに頼らざるを得なくなるが……まあ、ハズレ引いた時の精神的ダメージのデカい事デカい事。

 やっぱショップうろついて直で観察しないとなぁ、ホント……

 

「うーん……思ったんですけど。物語としてキャラを動かせる状態じゃないのでしたら、いっそのこと、実際にあった事を書きません?」

「実際に?」

「エッセイですよ。

 正直申し上げて、成人年齢の二十歳まで、私が知る限りでも波乱万丈すぎる人生送ってるじゃないですか? デビュー前の小中学や農高の頃のネタとか一杯あるんじゃありません?」

「えええええ……って言っても……農高行く前の頃の面白い話とかになると、犯罪歴の暴露に近い話になるから、どれがどれだけ時効になっているかも、分かったモンじゃないんですけど?」

 

 カラオケボックスにパソコンとモデム持ち込んで、無邪気にカラオケ機材に繋がってる電話線抜いて、モデム直結してやらかしたアレヤコレヤとか。不正アクセス禁止法が施行される前の話なので、ざっと5年くらい前だから『当時は合法』だったけど……うん、まあ『ルールや法律が無いから裁かれない』なんてナメた生き方してると、後で絶対にヒデー目に遭うって学習したのも、この頃である。

 

「……一体、何をしたんですか、先生!?」

「基本、俺じゃないよ。

 ただ、俺のパソコンの師匠がハッカーやっててねー……何に首突っ込んだとかドコの誰を怒らせたかは知らないけど、あの人最終的に、明らかに堅気じゃないブラックメンな方々にアブダクションされて行方不明なの。

 そん時に、俺個人も……まあ某漫画のベニーさんが『マフィアとFBIを怒らせて、トランク詰めで(チン)されかけた』って話が、笑えないような目に遭ってね」

 

 正直、師匠を拉致った相手の正体が、公安だろうがCIAだろうが裏社会の何かだろうが、多分、ロクな所に連れて行かれてないだろうな、って思うし。下手しなくてもコンクリブーツ遊泳とかグアンタナモ的な所にご招待とか、そーいった話になってもおかしくない。

 

 ほんと、思い知ったよ。『法律が無いなら何やってもいい』じゃないんだよ……法律が無いって事は『法律に守ってもらえない』『公的なモノに守ってもらえない』って事なんだよ。『何かあったら信頼できるお巡りさんがやって来る』って状況は、まだ幸せなんだぜ?

 

 というわけで、少なくとも俺は、自分が『腐敗と自由と暴力の真っ只中を駆け抜けられる、世紀末救世主ではない』という事は、身に染みて理解しているのであり。

 だからこそ『法律を飛び越えた世界の経験者』が大勢おられるであろう馬主席が、恐ろしくて仕方ないのである。そもそも、TVゲームも含めた娯楽産業全般が、発生源を辿れば8割超えてテキヤや博徒なんかのヤの方面に絡んでくるし。

 

 ……うん、あの時代のインターネットに関しては、ダークサイドに関して本当に色んな事が合法でヒャッハーで、色んな意味で『世紀末』だったからなぁ……開設当初の2chとか……今のほうが酷いか。

 

「そもそも、師匠に弟子入りして自作でPC作ろうとしたのも、当時、河原で拾ったエロ漫画雑誌のコラムに紹介されてたエロゲを、18歳未満でプレイしたい一心だったしなぁ……ってわけで、小学校高学年~中学生編でエッセイ書くと、割とソッチ方面の『当時は合法、現在非合法』のあぶねーお話になっちゃったりするんですけど、それでも掲載してみたいですかね?」

 

 と……

 

「ソレ、元ネタにできません?」

「はい?」

「だから、確か長編で、情報屋の盗賊魔法使いが居たじゃないですか、ゼルダイン。

 彼の師匠と弟子の関係で、当時は魔道協会で禁呪指定されていなかった危ない魔法を使ってた話とか、風呂覗き用の透視魔法を覚え始めたのが、情報屋としての始まりだったとか……そういったお話にすれば、創作として先生の体験を落とし込める気がするんですけど?」

「あー……なるほど!」

 

 流石、新野女史!!

 ものすごく的確なアドバイスに、思わず納得してしまう。

 

 と……

 

「しかし、本当に重症かもしれませんね、先生」

「へ?」

「こんな風に、ディスカッションでほじくらなくても、以前ならば簡単にこの程度のネタが自分から出てきたじゃないですか?」

「う……」

 

 まあ、色々疲れてる事は事実である。

 

「今は年末なので忙しいタイミングですが……本当に年明け前後で、休みを取る事を考えてくださいね、先生」

「……あ、その年明けなんですけど。

 詳しい連絡はマダなんですけど、元旦過ぎて数日後に、ちょっと馬主業でひと仕事あるので、ジャパンカップと有馬と朝日杯の後に、お付き合いお願いします」

「了解しました。

 ……はぁ……にしても、全部G1レースの馬主席ですか……おじ様も心配してましたよ?」

「あ、やっぱり?

 ……まあ、馬主二年生が普通、入れる場所じゃないものね……」

 

 というか、一昨年キッドを買った時は、こんな事になるなんて思わなかったよ! 正直、OP戦を勝ってくれたら万々歳、くらいに思って居たんだって。……まさかキッドがあんな連勝かまして社会現象に近いモノになるなんて、馬主の俺自身がわけわからないレベルである。

 

「正直、篠原会長にG1馬主の心得とか教えて欲しいくらいだよ……馬主の経験値、結構あるんでしょ?」

「おじ様は20年ほど馬主をしておられますが、G2やG3の経験が片手で数えるほどで、しかも勝利はG3が一度だけだそうですよ」

「うへぇ……これでジャパンカップと有馬をキッドが勝ったら、どんな顔すりゃいいんだろ」

 

 その言葉に、新野女史は暫し考え込み。

 

「笑えばいいと思うよ」

「引きつり笑いが既に限界でございます」

 

 そう返事を返し……ネタだと気付くのに時間がかかってる事実に愕然とし。

 

「だめだ……有馬終わったら、ホントに新年から少し休ませてください、新野女史」

「そうなさったほうがよろしいかと。正直、編集部も心配していますよ」

「うへぇ……ご迷惑をおかけします」




感想欄にもありましたが……『書けば出る』というか、物語が現実と変なシンクロをしててビックリしています。
おかしい……どう見てもリアルから外して『こんなやつ(馬)いねーよ』と笑い飛ばせるようにファンタジー大目に描いてるつもりなのに、こんなハズじゃあ……


祝、アプリでスイープ実装。
でもスキル構成に『熱いまなざし』って……以前、ネタにした『シン・第46回宝塚記念第二レース』で、先頭を逃げるキッドに『熱いまなざし』が17人分集中砲火される図が……自然発火待ったなしの焦熱地獄かな?


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ジャパンカップに向けて その3(馬主が)チャリで来た。

「よし! 良いタイムだ」

 

 栗東のとある厩舎で、ジャパンカップに出走する『ある馬』の、最後の調整が行われていた。

 

「これなら……」

「ああ、『バーネットワールド』にも十分対応できる」

 

 バーネットキッドの絡んだレースは、軒並み超高速展開が繰り広げられることから、既存の競馬とは一線を画した世界に放り込まれ……結果的に既存の調教では実力を発揮し切れない馬が出るケースが多発する事から、一部では『バーネットワールド』『バーネット展開』などと揶揄され始めている。

 それでも、一流の調教師、騎手たち、そして生え抜きの精鋭たる馬たちは、その展開に対応できるようになりつつあった。

 

 無論、馬にかかる負荷の大きさもまた、加速度的に増していく事となり……タダでさえ神経を使う競走馬の宿命であるケガや疲労の大きさもまた、増えていく事になる。

 

(スピード、スタミナ……そして何よりも馬体の頑丈さと回復力。

 正に『総合力』の競馬が問われる世界、か……)

 

 もとより、瞬発力に優れ勝負根性の高いサンデーサイレンスの系譜には、しかし、フジキセキやアグネスタキオンを筆頭に、スピードに優れてはいるものの、脚部に不安を抱える馬が(母数の多さを差し引いても)意外と多い(無論、ステイゴールドのような例外もそれなりにいるが)。

 

 だが、バーネットキッドは……聞く限り、競走馬としては異様なまでの食欲とタフさを備えており、500キロ級の大型馬にも関わらず、あれだけ激しいレースを繰り返しても『脚部不安が出た』なんて話は、ついぞ出て来ない。

 更に従順で人懐こく、調教にも積極的で大人しく従い、勝負根性に優れて負けん気も強く。それでいてレース自体を理解しているのではと思わせるほどに賢いのだ。

 

 こんな馬を相手に、無茶をしてレースに勝ったとしても……そのレース限りで終わってしまっては、タダでさえ短い競走馬としての寿命を更にすり減らす事になってしまう。

 

 正直、調教師としては、あの怪盗に関しては『うらやましい』と嫉妬せざるを得ない美点ばかりである。(なお賢過ぎて色々やらかしている奇行や悪行と、それに伴う石河調教師の禿げ上がり具合については、石河厩舎の人間以外、全員見なかったことになっている。万人全て、隣の芝生は常に青いのだ)

 

 そして研究した者たちの共通の結論として、バーネットキッドの末脚は『一流ではあっても、ゼンノロブロイ、スイープトウショウ、そして……最大のライバルであるディープインパクトといった『超一流』には及ばない。G1の舞台で『通用』はするが、『絶対の武器』ではない』と見ていた。

 

(だからこそ、早々に逃げ馬として活路を見出して、スタミナと巡航速度も含めた総合力で勝負に挑む、現代では異端のスタンスに落ち着いた……と)

 

 結果……本当に溜息をつきたくなる程の、正に飛翔と呼ぶにふさわしい戦績を残す怪盗に対し。

 自分の管理する厩舎の牡馬の中でも、現時点でエースたるこの馬は……G2、G3では堅実な結果を残すものの、G1ではいまいち勝ちきれていない。

 

 だが……

 

「17年の時を超えて……か。

 これで燃えなきゃホースマンじゃないよなぁ……」

 

 そう呟きながら、『マイソールサウンド』……タマモクロスを父に持つ馬を管理する調教師は、雪が降り始めた外を遠い目で見ながら呟いた。

 

 

 

 なお、その頃、同じ栗東の馬場では……

 

「スイープ……僕もぉ疲れたよ……なんだかとっても眠いんだ」

 

 雪が降りしきる中。

 パトラッシュに寄り沿うネロの如く、実験的にキッドを利用した調教をやめた結果、機嫌が悪くなって動かなくなったスイープトウショウに縋りつく、体に雪が積もった主戦騎手の姿があった。

 

「……やっぱり、キッドをダシに使わんと無理か……」

 

 遠い目で、スイープトウショウの調教師が呟く。

 

 秋の天皇賞から二週間後のエリザベス女王杯にて。

 出走前にダダをこねて5分遅延という『風物詩』をやらかした結果、三度目の調教注意から30日の出走停止を喰らい、G1タイトル獲得と同時に今年の冬シーズンを棒に振ったスイープトウショウは、目下、来年新設されるヴィクトリアマイルを目指して調教中であった。

 

 

 

「……あ、キレた……」

 

 新野女史との打ち合わせの後、部屋に閉じ込もって十数日。

 食事はマンションの下にあるスーパーで買い物すりゃいいが、いくらインドア人間だとしても、全く外に出られない生活というのはストレスが溜まる。

 新作ソフトも積みゲーも消化し切り、数少ない積みプラモも消化してしまい、もう出るに出られず遊ぶに遊べず、ひたすら執筆執筆でストレスが限界を超え……心の中の何かが、プツン、とキレて。

 

「もぉやってられっかぁぁぁぁぁ!

 ええい、取材だ取材! 取材って事で外出すんぞー!!」

 

 と叫ぶと、運動も兼ねて、自宅からママチャリを漕ぎながら、散歩がてら東京競馬場へと向かったのである。

 

 ……うん、かなりヤケクソ感のある行動だったが、見張っていた人間にはスルーされたらしい。

 そりゃそうだ、ここ二週間、買い物以外まったく外に出てないんだから。

 

「あー……久々の運動気持ちいいなー……って、あ……」

 

 上着のジャンパーに長袖シャツにGパン姿で、家の鍵と携帯と財布だけ持って、チャリで出たのだが……ふと、府中の正門に着いたあたりで気づいてしまったのだ。

 

「府中競馬場の駐輪場って、ドコにあるんだっけ?」

 

 勢いだけで出てきてしまい、肝心な事を考えておらず。

 はた、と困って……そこで更に、気づく。

 

「そっか、俺、馬主だから、馬主特典ってヤツが使えるじゃん?」

 

 うむ、特典があるのならば、使わない理由は無い。

 なので……

 

「すんませーん、馬主特典でここにチャリ留めていいですか?」

「……はぁ!?」

 

 正門前の馬主専用駐車場に話を持っていくと。警備の人たちが見せつけられた馬主登録証にひとしきり困惑した顔をしてたが……なんだよ、ドレスコードがある馬主席なら兎も角『チャリで競馬場に来ちゃいけない』なんてルールはあるまいよ?

 

 で、自転車を置かせてもらうと、とりあえず博物館やら銅像やらを見物して、系譜別に纏められた競走馬の歴史に思いを馳せつつ。……詳しく解説された特別展のオグリの展示を見ると、なんかだんだんジワジワと『あの悪童の祖父って、ホントみんなに愛されて凄かったんだなぁ』とか考え込んでしまう。

 

 ……いや、冗談抜きに残して行った軌跡が、少年漫画みたいな展開だよな、ホントに……

 

 そして、昼飯に、色々と屋台なんかをつまみながら『一般の場所ってこーなってんだー』と観客席やら何やらを見て回り。最後にパドックでも覗いてみるか……と思い……

 

「あ」

「!?」

 

 石河……賢介のヤツが、パドックで自分の厩舎の担当馬を引いてた。

 というか、目が合って互いに気づいても向こうは仕事中だから、黙々と引綱を引いている。

 

 ……ふむ……今、第8レースか……

 

 考えてみると、俺って馬券を買った事が無いのである。

 まあ、あれだ……ちょっとした運試しだ。要はこの連中の中で一番『走りそうなヤツ』を選べばいいんだな?

 

「……うん、8番のシルクダッシュだな」

 

 とりあえず、現在の所持金の総額は3000円なり。なので財布から1000円を突っ込んで……

 

「あ、当たった……」

 

 単勝5.4倍、配当金5400円なり。

 よし、お遊びだ、次もアタリを全部突っ込もう。

 

「このレースは……うん……メジロニコラスだな」

 

 そして……

 

「おう……当たった」

 

 単勝7.2倍なので、38880円。ちょっとしたもんである。

 

「次だ次……うん、これは間違いないな、マチカネキララだ」

 

 当たった総額から、端数の80円を差っ引いて投入。

 倍率は1.3倍だからさほどでもないが……

 

「5万飛んで440円か……まあ一番人気だしこんなもんか」

 

 端数の440円はポケットへ。

 そして……

 

「うん、4番のデンシャミチだな……」

 

 7.1倍に5万円。で……

 

「……あ、当たった」

 

 35万5千円。

 うん、大金だ。ここで止めるのも手だけど……

 

「まあ、元は1000円なんだし、最後の12レースだ、楽しんで行くか……うん、ヒカルウィッシュだな」

 

 そう割り切って、全額を再び単勝でブッコミ……

 

「しまったぁ……袋もカバンも持ってくるの忘れた」

 

 馬券のまま財布に入れて持っておけば良かった、と気づいたのは、興奮して換金してしまった後で。

 流石に150万近い大金を、むき出しのまま生でママチャリの前かごに入れて持ち歩くワケには行かず。

 ふと『コレって税金の申告が必要になる金額だよなぁ、確か一時所得だよね?』と思い直し、また面倒な事になりそうだなぁ、と頭を抱える。もう年末だし、早めに税理士さんに書類ぶん投げないと……

 

「しょうがない……こうするしかないよなぁ」

 

 透明なビニール袋に札束を突っ込んで包むと、それを服の中にしまい込んでガムテープで固定。

 

「じゃっ、ありがとうございました~♪」

 

 目立たないように駐車場のすみっこに置いてくれた警備員さんに感謝しつつ。

 そのまま、初勝利に気分を高揚させながらママチャリを漕いで無事帰宅し……。

 

『先生……昨日、東京競馬場で先生を見たって人がいるのですが。

 というか、正確にはおじ様が馬主専用駐車場から先生がママチャリ漕いで出ていく所を見かけたそうなんですけど』

 

 翌日の朝、掛かって来た電話で、篠原会長経由で、新野女史にあっさりとバレていたらしく。

 以降『馬主専用駐車場にチャリを持ち込むな』とキッチリお説教を喰らいました。……ぎゃふん。



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ウマ娘編……メジロスティーブ

脊髄反射で描いてみたくなった、本編だと時系列的にほぼ出せない、レイヴンカレン産駒の重賞馬のお話。例によって『バタフライエフェクトの結果』という建前で『こうなったらいいな』を描いてみました。

ジャパンカップのお話は次話、明日からになります。


 トレセン学園の春。

 

 選ばれし者のみに開かれる門を潜り、学び舎へと一歩を踏み出す。

 優雅に、気高く。名門、メジロ家に相応しい者として。

 

 そう、この一歩。

 ここから私の、そして新たなるメジロ家の物語が……

 

「いよぉ、スティ♪ メジロん()に行って連絡が無かったから心配したぜ。

 おめーもトレセン学園に合格できたんだ!?」

 

 一歩目から声を掛けて来た闖入者によって、あっさりと台無しになった。

 

「ぐ……お、おはようございます、バーネット先輩」

「なに他人行儀に辛気臭ぇツラしてんだ? ん? 便秘か、痔か?」

「……」

 

 ……相変わらず過ぎて泣けてくる……このバカ実姉(あね)はいつもコレだ……

 これでウマ娘としてG1含めた無敗最多連勝記録を持っている天才なのだから、本当に(たち)が悪い事この上ない。

 

「姉ちゃん心配したんだぞ?

 食卓で年下のバンチョウあたりにご飯盗られてピーピー泣いてた泣き虫が、メジロ家に養子行っちまって、また一人で泣いてるんじゃねぇかって心配でな。メジロ家での生活はどーだ? ん? 窮屈じゃねぇか?」

「……とても良くして頂いてますよ。特にマックイーンお義姉様(ねえさま)からは目をかけて頂いてます」

 

 今でも思い出す。

 何故か……本当に何故か、初めて出会った時に、マックイーンお義姉様(ねえさま)の顔を見た途端、一緒に、涙があふれて来てしまい。

 それから、メジロ家に相応しい淑女としての教育を、お義姉様(ねえさま)や家庭教師から熱心に教わる事になったのである。

 

 なので……

 

「そっかー……でも気を付けろ? あの家の妖怪ばあさんとかホントおっかねーからな? 俺も何度か痛い目に……」

「い、い、か、げ、ん、に、し、ろ、バカ実姉(あね)

 

 つらつらと述べてくバカを物陰に引っさらうと、顔面をチキンウィングフェイスロックで締め上げつつ。

 

「いいですか、バカ実姉(あね)

 メ・ジ・ロ! 私はもうメジロ家のウマ娘なんです! 養子とかそういうのを世間じゃ見てくれないんです! そういう目で世間の人は私を見るんです!」

「お、おぉぅ、スティー!?」

「あと『妖怪ばあさん』てどなたの事をおっしゃっているのかは問わないでおきます。陰口なら兎も角、メジロ家の者に面と向かって言ったら戦争モノですよ!?」

「す、スティー、わかった、わかったから手を放せ」

「個人的にいろいろと実家に対して思う事は無いワケではありませんが、今の私は『メジロスティーブ』です。ウマソウルに刻まれた名に相応の義務が、今の私にはあるんです!」

 

 ほんと……小学校低学年の頃に、『メジロ家じゃないメジロ』と何度からかわれた事か……

 

「す、スティ……成長して何よりだ……小一の頃、近所のいじめっ子に、犬のうんこ刺した棒振り回して、泣きながら反撃して追い回していた子が、こんな逞しく」

「だから、お黙りやがれこのクサレバカ実姉(あね)……そーいうのも含めて、ベラベラ語られると、色んなものが台無しなんです! こっちは生まれつきじゃないのを必死にメジロやってるんですから!!」

「無理は体に毒だぞ、スティ……さ、最悪メジロ家が潰れたらウチに帰って」

「そんなことはあり得ないしさせないし、万が一そうなったらその時は私がメジロ家を立て直します!」

 

 メジロ家の方々は、養子である事を差別せずに迎え入れてくれた。

 それに何より……マックイーンお義姉様(ねえさま)と離れるなんて、もう考えられない。

 

 と……

 

「スティーブ、何をしてるのですか」

「お義姉様(ねえさま)!?」

 

 手早くジャーマンスープレックスでバカ実姉(あね)にトドメを刺してポイし、マックイーンお義姉様の下に駆け寄る。

 

「ああ、スティーブ……立派になって。その制服姿も素敵ですよ」

「はい、学校の間も、お義姉様(ねえさま)にお会いしたくて、頑張って合格しました!」

「よく頑張ったわねスティーブ。でも学園生活はこれからよ? 厳しいモノになる事を覚悟なさい」

「はい! 三冠ウマ娘目指して……そして、お義姉様(ねえさま)も獲られた、天皇賞を目指して頑張ります!」

 

 お姉さまの手を取り、誓う。

 メジロの名をもう一度、トゥインクルシリーズに轟かせるのだ、と。

 

 ちなみに、その後ろでは……

 

「おーい、大丈夫か、キッド?」

 

 ごみクズのようにポイされたバカ実姉(あね)を気遣ったゴールドシップさんに、つんつんと木の枝で突いて生存確認されていた。

 

「う、ううう、妹が……スティが完全にメジロ家に行っちまった……」

「あー、そりゃそうだろうな……聞いたところによると、お前ん家よりよっぽど肌に合ったのか、メジロよりメジロなお嬢様してたって話だぜ?」

「そんな、そんなハズは無いんだ……あいつは小学校一年まで一人で夜トイレに行けなくておねしょが止まらんかったり、年下のバンチョウにご飯やオヤツ盗られて泣いてたり、本当に手のかかる子だったんだ。あんな深窓のご令嬢に擬態できるタマじゃなかったハズなのに……何があったんだ、スティ」

「そりゃ成長したんじゃねぇの?

 ……それはそうと、他にもスティーブの実家ネタで面白い話とかネェか?」

「いっぱいあるぞ。

 チキチキロケット花火事件とか、シャイニングウンコ事件とか、他にも……」

 

 ……消そう。

 語られる前に物理的にこのアホ実姉(あね)の記憶を消そう。一緒に記憶媒体としての頭部が物理的に無くなっても、それは不可抗力というモノだ。

 そう覚悟を決めた瞬間……

 

「バーネットさん。

 スティーブはもうメジロ家の一員ですのよ。いくら実の姉とはいえ、あまりそちらの実家のノリでからかわないでくださいませ」

「む……」

 

 お義姉様(ねえさま)に釘を刺され、バカ実姉(あね)の顔が引き攣る。

 

「ご心配なく。彼女には私がついていますから」

「はぁ……わぁーったよ……」

 

 両手をあげて、降参の意を示すも。

 

「ああ、でもスティ、メジロ家でなんかあったら姉ちゃんに言うんだぞ?」

「ご心配なく。無神経な実姉(ねえ)さんより、まずマックイーンお義姉様(ねえさま)に相談しますから」

 

 そう言って、ぴしゃり、と相手にせずに去る事にする。

 まったく……このバカ実姉(あね)にウザ絡みされて向こうのペースに巻き込まれると、ホントにロクなコトにならないのだから……

 

 

 

「振られちゃったな、お姉ちゃん」

「とほほー……おかしいなぁ……昔はあんな子じゃなかったのに」

 

 

 

 

 

『メジロスティーブ』

 

 2006年4月に死去したメジロマックイーンの、正真正銘、文字通りの『ラストクロップ』。

 父や母に似た芦毛馬で、幼名を当時の学生たちから『メジロ君』と名付けられる。

 その縁もあって、社長である南野オーナーがセレクトセールにて、レイヴンカレン2007を3000万で落札し、正式にメジロの冠名を名付けられる。

 その後、井出江厩舎に預けられるも、引退に伴い息子の方の井出江厩舎へと移動。

 レイヴンカレン産駒らしく早熟な仕上がりで、2歳で朝日杯を獲得した後、3歳の時点で、皐月賞、ダービーこそ2着に終わったものの、弥生賞、神戸新聞杯、菊花賞と重賞を勝利し、その年の有馬記念を獲得。4歳の時点でダイヤモンドS、天皇賞の春秋連覇(秋は同着1位)と、メジロアサマから数えて4代目の曾祖父からひ孫までの天皇賞制覇を成し遂げ、更に4代目にして初の春秋連覇を成し遂げる。だが5歳以降は一歳年下のオルフェーヴル、半弟テイエムバンチョウの後塵を拝する結果が多く、ダイヤモンドSの1勝のみで、5歳の有馬記念を4着で引退。

 

 父親似の成績と容姿、更に繁殖に入った時点でドリームジャーニーや、オルフェーヴル、ゴールドシップ等に代表される『ステマ配合』が結果を出していた時期なため、ステイゴールド産駒の牝馬との『準逆ステマ配合』や産駒同士による配合が期待され、アイルトンゼロ、サクラマックイーン、そして、メジロアサマから数えて五代目の玄孫に当たる天皇賞馬メジロスタローンや、菊花賞馬メジロヴァンダムといったメジロ第二黄金期(エクスペンダブルズ)軍団を支える重賞馬を生み出していく。

 

 血統的にも能力的にも、完全にステイヤーと見られているものの、短距離で結果を残したロードポリアフや、ストライクバビロフ等の産駒も少数ながら存在しており、断絶寸前のパーソロン系(ヘロド系)の維持に、一役買っている。

 

 また、2010年以降のメジロ復活の立役者でもあり象徴的存在。『彼が居なかったら、遺言に従って私は牧場を畳んでいた』と南野氏は後に語っている。




20年代以降もメジロが存続してパーソロン系がソコソコ頑張ってる世界線を描いてみたかったんですが……ちょっとロマン盛り過ぎて、メジロスティーブ主人公で話が描けるレベルのお話になっちゃった気が……。

あと、レイヴンカレンかーちゃんのUMA具合が加速し過ぎて悩んでます。
……どうやったら止められるのか、ほんと見当もつかねぇや……


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東京競馬場 第11レース  第25回ジャパンカップ(G1)その1

「……思ったんだけど、馬主席に行くのって、義務じゃないよね?」

 

 ジャパンカップ前日。

 ふと、重要な事に気づいて、俺は打ち合わせにファミレスで食事をとりながら、完成原稿のデータを渡した新野女史に問いかけた。

 

「何を考えているんです、先生?」

「いや、物陰のダンゴムシみたいな性分の自分にとっては、勝った時の撮影だけ顔出して、あとは場内の人込みに紛れて過ごせば、朝から遊んで過ごせるかな、と」

 

 そう、提案したものの。

 

「過ごせはするでしょうけど、当日の人混みを甘く見過ぎです。前回、馬主が歩くルート以外、コミケ並みかそれ以上の状況だったのを覚えておられませんか?」

「う」

「以前、先生が散歩がてら自転車で出かけて遊んだ、週末のレースとはワケが違うんです。その証拠に秋天は周囲の道路そのものが大渋滞だったでしょう?

 ……まさか先生、明日、府中に自転車で乗り付けるなんて事はしませんよね?」

「やっちゃヤバいか?」

 

 ちゃんと駐輪場の情報は仕入れて覚えたから、前回みたいに高級車が居並ぶ馬主専用駐車場にママチャリが置いてあるシュールな事にはならないと思うのだが。

 

「……仕立服は既製品より自由度が高いとはいえスーツですから、自転車を漕ぐようには出来ておりません。府中に着く頃にはズボンが滅茶苦茶になりますよ?」

「……ダメか」

「ダメです」

 

 うーん、ボツか。

 チャリで行くには軽い運動に丁度いい距離なんだけどね……府中。

 

「はい、じゃあ本日で作家業のほうは年内分は終わりで、あとは12月の頭のラジオの収録と馬主業ですね。

 ……ところで先生。

 先日府中に現れた、『妖怪単勝馬券転がし』の噂について、ちょっとお話があるのですが。なんでもその妖怪は、馬主専用駐車場から自転車漕いで帰って行ったとか」

「新手の都市伝説ですか?」

 

 はて、身に覚えがござらんのぉ?(すっとぼけ

 

「先生。『千円分の馬券を第8から12レースまで単勝で買って遊んで帰っただけ』とおっしゃいましたよね? 具体的にどういう『買い方』をなさったのか、ちょーっと白状したほうがよろしいかと」

「……ちゃんと税理士さんに領収書とかの書類ぶんなげましたよ。『一時所得で処理してくれ』って」

「つまり『税務申告が必要な程の勝ち方』を馬券でされた、って事でよろしいんですね? 少し調べたのですが、あのレースで万馬券は出ていなかったと思われるのですが」

「単勝で万馬券が出たら、ニュースでしょ?」

「だから、千円で単勝しか買ってないのに、伝説になって税務申告が必要になるような摩訶不思議な馬券の買い方をどーすれば出来るんだ、と問い詰めているんです!!」

「そんな不思議な事はしてませんよ。

 乗数計算方式で、こう……最初の千円から端数を端折って配当金、全額ぶっこみ続けて、最終的に約150万ほどに」

 

 そう言って、持ち込んだパソコンの電卓で倍々計算を繰り返し、当時のお金の動きを説明すると。

 新野女史は頭を抱えて机に突っ伏して。

 

「……先生」

「なんでしょう?」

「つまり、先生は……ママチャリで府中の馬主専用駐車場に乗り付けて、千円から始めて単勝馬券を全額転がし続けて150万まで増やして、そのまま自宅までママチャリ漕いで帰っていったと?」

「そうなります」

「『そうなります』じゃなくて! 都市伝説の妖怪の所業そのまんまじゃないですか!!」

「だから、次からはちゃんと駐輪場に停めますよ」

「そういう問題じゃありません!! 都市伝説になっちゃってる事が問題なんです!

 ……信じられない……どうしてこう……時々『何か』ズレてるんだろ、この人……っていうか、ホントにやったんですか? そんな事が可能なの?」

「……なんなら、明日のレースで再現してみせましょうか?」

「できるモノならどうぞ!?」

 

 ヤケクソ気味に、新野女史が言い放つ。

 ……よし、その言葉を忘れるなよ……?

 

「じゃ、明日は1レース目の前から、早めに府中に行って馬主席で待ってますね」

 

 

 

「申し訳ございません! 私が悪かったです! もう止めましょう! 降参です、降参しますから!!」

 

 翌日。

 

 早めに府中に行くと、馬主専用のパドックや馬券売り場で、第1レースから7レースまで1000円から単勝馬券を『転がして』遊んだ結果……3億くらいになっちゃった所で、連絡を受けて状況を知った新野女史とJRAの職員が真っ青な顔で馬主席にすっ飛んできて頭を下げてきまして。

 

 ……なんか、JRAの払戻金の新記録とか言われたけど、自分でもびっくりだわ。

 というか、流石馬主専用の馬券売り場、数千万の賭け金とかフツーに受け付けてくれるのな……世界が違うわ。

 

 しかし、2レース目の単勝10倍と3レース目の30倍とか来たのが大きかったなー……4レース目くらいで150万を超えてからは、ホント育つのが早いっつーか……流石ジャパンカップに併設されているレースなだけあって、気合の入ってる馬や騎手たちの多い事多い事……普段やる気出してないであろう輩まで『走りたそう』な雰囲気がビンビン伝わってくるのよ。

 

「じゃあさ、この3億……キッドに突っ込むから、これで最後にさせてくれない? ジャパンカップだし、賭け金の総額からしていきなり1倍以下に落ちる、って事は、まず無いと思うんだ」

「まだやる気ですか、先生!?」

「えー、だってさー……どうせ元金千円だし、ここまで育てたのなら見てみたくなっちゃって」

「何を!?」

「今まで、G1レースでキッド、一度も一番人気になってないんだよ?

 馬主としてちょっと悔しいから、丁度いい機会だし、ちょっとだけ遊びたくなっちゃって……どうせあぶく銭だし、無くて元々だから。ダメ?」

「……はぁ……お好きにどうぞ」

 

 そして……

 

 

 

一般客

「なんだなんだ、いきなりバーネットキッドが一番人気になったぞ!?」

「ヒシミラクルおじさんがまた出て来たのか!?」

 

耳ペンガチ勢

「おい、アルカセット買いだ買い! 単勝を追加で一万だ!」

「ゼンノロブロイから追加で流すぞ! 誰か知らねぇが強気であの芸馬にブッコんだ、アホなファンが出たみたいだぜ!?」

「今度こそワシらの養分じゃーい!!」

 

家族連れ等のライト層

「キッドが単勝で一番人気になったんだって」

「応援馬券買った人たちが多いんだなぁ」

「よーし、パパも応援馬券でキッドの単勝買っちゃうぞ~♪」

 

 

 

 『ちょっとした』……と文章的に誤魔化す事も出来ない程の大混乱が始まってしまい。

 対応に大わらわになるJRAの職員たちを見て、物凄く後悔する事に。

 

「……ごめんなさい、新野女史」

「何でしょう?」

「お金ってやっぱ怖い……もう億とか行ったら普通に打ち止めにする事にする。

 正直言うと、キッドに年収負けているから『これなら』と思って頑張ったけど、流石に懲りた。もう馬券買うの止めるわ。

 こんな混乱を引き起こしておいて『ワイングラス持って高笑いしながら馬主席から群衆を眺める悪役』には、俺は成れないよ」

「普通は十万の桁で止めるのが常識です!」

「そうなんだよね……何でここまでやっちゃったんだろ。やっぱ意地になると人間引き際を見誤るよね……」

 

 と……

 

「……珍しいですね」

「ん?」

「先生が『誰か』相手に、ムキになって対抗しようとするの」

「あー……なんつーか……俺の中で悪友みたいなもんでさ、キッドって。

 だからこそ、キッドが稼いでくれるのは嬉しいんだけど、元々キッドが『稼げなくても最後まで養ってやるよ』くらいのつもりで居たからこそ……逆に今の状況が『俺がキッドに養われているようで』しゃくだったんだよ。

 ……うん、もうこんな事、二度とやりません。ムキになり過ぎました。反省してます」

 

 かくして。

 府中に現れる『妖怪単勝馬券転がし』は、馬主席に封印されたのであった。

 



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東京競馬場 第11レース  第25回ジャパンカップ(G1)その2

『……?』

 

 何やら騒がしい。

 G1レース前にレース会場側が騒がしいのはいつもの事だが、なんか騒がしさの質が違う気がする。

 

「キッド……頼むぜ……ほんと頼むから今回『も』パドックで大人しくしてくれよ。

 お前の悪行が祟って別周なんだからな?」

 

 おう! おいらもG14つ取った競走馬の端くれだからな?

 ちゃんとソロデビューに向けて、ドッカンドッカン客を沸かせるためのネタは考えてあるぜ♪

 

 と……

 

「すまん! 着替えと検量に手間取った!」

 

 第8レースのウエルカムステークスで、1着に入線した石河兄だったが。

 その後の撮影やら何やらで手間取り、馬具を抱えてギリギリで駆け込んで来たのだ。

 

 ……聞いたところによると、今の兄貴には珍しく、中段からの追い込みで勝ったために、ダート戦でヒゲまで砂まみれになった所を、マジでドリフの早着替えレベルで体を洗って、勝負服から何から何まで揃えたらしい。

 

「兄貴……鞍上増えて来たんだから、そろそろ専属のお手伝いさん(バレット)雇えよ。っつか、確かに俺の担当馬がレース出ない時は手伝ってるけど、キッドに限らず俺の担当馬でレースに出るんなら、専属のお手伝いさん(バレット)居ないと、もう厳しいだろ?」

「お前が厩務員にならなけりゃ雇ってたんだがなぁ……宝塚以降、半年で一気に騎乗依頼が増えて俺も焦ってるんだよ。今まで知り合いの騎手から、若手を複数担当してる子に依頼してきたけど、最近は彼女もてんてこ舞いみたいだし」

「しっかりしてくれよ兄貴、後検量で文句つけられたら裏方もタマンネェぞ」

 

 ふーん……お手伝いさん(バレット)が必要なほど、騎乗依頼が来るとは、兄貴も順調にG1ジョッキーとしての道を歩んでいるみたいで何よりである。

 ……最近、友人のカフェ君にも乗ってG2取ったと聞いたし。『逃げ、先行』のスペシャリストとして順調に成長しているようである。

 

「冗談抜きに、厩舎から人出してもらえねぇかな?」

貧乏厩舎(うち)にそんな余裕あるかよ……タダでさえ俺が兄貴のお手伝いさん(バレット)で抜ける日は、ひとしきり騒ぎになるんだぞ」

「どこも人手不足だからなー、かといって、誰でもいいってワケにも行かないし」

 

 ……裏方も大変である。

 と……

 

「とうとう二人引きで別周か……お前が素直だったらこんな事になってないんだがな」

 

 前走で走った、石河厩舎の馬の世話を終えた、調教助手の戸竹さんがやってくる。

 

「ダケさん。こいつが素直だったら兄貴はヒゲを生やしてませんよ」

「調教は素直なのに、パドックは芸馬だからなぁ……いい加減落ち着いて芸馬の副業は辞めてもらいたいのになぁ」

 

 何を言う、逆だ逆。

 今の俺は、本業が芸馬で、副業で競走馬やってんだ。

 

「ホント……コイツ落ち着いてくれねぇかな。

 おかげで、農高の頃の学園祭の黒歴史が闇に葬れねぇんだよ」

 

 照れるなよ、厩務員君。過去の美しい思い出じゃないか♪

 

 

 

 そして……

 

「キッド……あのな……器用に口の中に隠すなよ」

「吐き出せって! 何時の間にどこで食ったんだコイツ!?」

 

 なんだよ……植え込みの花壇の花を、咥えながら回っちゃいけねぇ、ってルールはねぇだろ?

 タネを明かすと、目を離した隙にこっそり食って、口の中に隠して。んでパドック回ってる時に、花を口から取り出してピコピコさせながら咥えて回ったら、まあウケる事ウケる事。

 

 慌てて引綱引かれて急停止させられてポイされて。それからは両サイド完全ロックされて抵抗も出来ず。……もーしょーがねーな、出来る事ったらこれしかないや、と、獅子舞みたいに尻尾振って応援に応える。

 

 で……パドックの端っこに隔離された後。

 他の馬たちの周回が始まったのだが……

 

『どこー、どこー、ここどこー!?』

『うええええ、人が、人がいっぱいー!!?』

 

 なんか海外から来たと思しき馬たちが、完全にキョドって人間が振り回されていたのだが……

 

『やかましい!!』

『ぴゃいっ!!』

『にゃっ!!』

 

 ロブロイ親分の一喝に、大人しくパドックを回り始める海外馬たち。

 うーん、流石の貫禄である、ロブロイ親分。俺には真似出来んな……なにしろ、一緒になって騒ぐ側の馬だし。

 

「……キッドって、何でロブロイにもビビらないんだろうな」

「正直、馬社会でのキッドの序列がホントわからないよねぇ……ヒゲノが引退したら、ウチの厩舎のボスになるかと思ったら、クアッドが仕切り始めたし、でもクアッドはキッドに遠慮してるし」

「なんだろう、割と前田慶次っぽい自由人の立ち位置なのかな?」

 

 だって面倒なんだもん、ボスなんて。

 だからやる気のある馬に任せる事にしてるのさー。

 

「しかし、急に一番人気になったな……誰かお金持ちがブッコんだのかな?」

 

 なにぃ!?

 そうか、そうか……とうとう俺がG1レースで一番人気かっ!?

 とうとうパドックでピン芸人として認められた甲斐があったというものだ!

 

「園長だったりして」

「あり得る」

 

 そんな厩務員と調教助手の予想と笑いは……レース後に馬主から直々に事情を知って、色々と青ざめる事になるのだった。

 

 

 

「Oh……!」

「HAHAHAHAHA!!」

 

 外人さん……どうもキッドを初見の、海外からお越しになられた馬主様方が、パドックで日本の珍獣を見て大笑いし。

 

「……………」

 

 その珍獣がやらかした『いつものご乱行』を前に、馬主の俺と石河調教師(パパ)は、例によって例の如くチベットスナギツネみたいな目になって、ソレを眺めていた。

 勿論、パパさんの薄くなった絶滅寸前の毛髪は、11月の木枯らしに乗ってふわりふわりと抜けて飛んでってる……換毛期かな?

 

「……先生? 改めてお尋ねしますが、アレを見て『本当に3億突っ込んだ事に後悔は無い』と?」

「ま、まあ、お祭りだしね。元は千円札一枚よ?

 遊びで突っ込んだんだから、最後まで遊びに使わなきゃね?」

 

 因みに、現時点で一番人気ではあるものの。

 一時は3倍や4倍台になったゼンノロブロイやハーツクライが、追いつけ追い越せでガンガン下がって、それに呼応するようにキッドの倍率が上がっている最中だ。

 

「正直、先生のあぶく銭と本業の稼ぎの分別がついてるスタンスは好感が持てますが、それにしても額が額ですよ……」

「だから、元は千円だって」

 

 と……

 

「……蜂屋オーナー? ひょっとして……本当に気づいておられない?」

「はい?」

 

 声をかけてきた金戸オーナーが、心配そうに……

 

「馬券の配当金にも税金は掛かりますが……勝ったあとに負けたとしても、税金は請求されますぞ?」

 

 その言葉に……俺は顔面が蒼白になった。

 

「い、幾らくらいになるんでしょうか……?」

「私も税理士ではないので、詳しく計算してませんが、大雑把に三億の賭け金だと、一億は掛かるのでは?

 ……そもそも、勝っても一時所得で半分近くは税金かと。だから、この国では、馬主は億単位の賭けはしないのですよ」

「………!!???」

 

 その言葉に、俺は石化した。

 

「じょ、冗談……ですよね?」

「いや、ホントの話です」

 

 落ちる沈黙。

 そして……

 

「…………………うおおおおおお、やっべぇぇぇぇぇぇ」

 

 既に、退路がブッた切られてる事を認識した瞬間、ゲームを楽しむ気分はすっ飛んでしまい、悶絶する。

 やべぇ、これで負けたら幾ら払う事になるんだ? いや、税金の支払いは収入以上は求められないにしても、経費とかあるわけだよな? その辺税理士さんに聞かないと……

 

「や、や、やっちまったぁぁぁぁぁ」

 

 パドックの馬主スペースで、本気で頭を抱えて悶絶してる最中。

 『止まれ』の合図と共に、騎手たちの騎乗が始まって……ふと、石河調教師が視界に入り、俺の髪の毛がストレスで数本、抜けて飛んでいく姿を幻視してしまった。

 

 

 

 後に。

 インタビューにおいて『後にも先にも、アレ以上に人生に危機感を抱いてキッドを応援した事は無い。本当に馬券は恐ろしい』と、俺は供述する事になった。



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東京競馬場 第11レース  第25回ジャパンカップ(G1)その3

お待たせしまして、申し訳ありません。ボチボチですが再会します。

今年の凱旋門賞……ドウデュースの話を調べれば調べるほど、リアル先輩にぶん殴られている気分になります。


『秋晴れの東京競馬場に、G1総数29勝という豪華なメンバーが揃っています。四半世紀、25回目を迎えたジャパンカップ、18頭のフルゲートでレースが行われます。

 放送席はKEIBA7の吉多仁さん、そしてルドルフ、テイオーでこのジャパンカップを二度制してる長部幸雄さんです』

『よろしくお願いします』

『よろしくお願いします』

 

『吉多さん、なんといってもG1馬が11頭という……もう凄い馬たちが揃いましたね』

『そうですね、正直もう……馬券を買うよりもレースを見たい感じですね。それにジョッキーも名手が世界中から集まって……もうこのレベルの騎手が集まっちゃって、他がガラガラなんじゃないですかね』

『注目はやはり、前回の覇者、ゼンノロブロイ。そしてそれを宝塚、秋天と二連続で破ったバーネットキッドなんですが、長部さん、この二頭をどうご覧になりますか?』

『うーん、去年のレースでゼンノロブロイにとってベストが2400~500m前後だと分かってるので、リベンジマッチの舞台としては整っていると思います。バーネットキッドにとって、やはり2400というのは未知の距離ですから、そこは少なからず不利はつくとは思います』

『では、ゼンノロブロイが有利、と』

『発表された時計はじめデータを見ると、やはりロブロイに有利はつくでしょうが……問題はあの抜群のスタート勘からの高速展開に巻き込まれて、各馬、各騎手がどこまで対処できるかですね。下手についていけば潰されるし、かといって放置はできない。究極の二択で最悪、駆け引きそのものを潰しに来ますから、相手をするのは大変ですよ』

『そして、そんな状況で挑んで来た海外勢ですが、これまた凄い馬たちが揃いました……』

 

 

 

「……………」

 

 見られてる。

 めっちゃ見られてる……主に、外人の騎手たちと、海外馬たちに。

 っつーかヒゲ生やしてるジョッキーって、確かに国際的に見ても珍しいもんな……調整室でも外国の騎手に『何で君はヒゲを生やしてるんだ?』って聞かれたし。

 割と日本語が不自由な人たちなので、彼らも母国語でやり取りしてるのだが……ああ、館さんがしれっと外国語で答えて、外人の騎手が二度見してる。

 

 ……うん、まあ、気持ちは解るよ。

 こんなパドックの珍獣が、今まで無敗のままG14勝を含む9戦無敗の馬だ……なんて、誰も信じられないと思う。

 

 スターターで旗が振られて、ファンファーレが鳴る。

 ゲートインの時間。

 

 今日の出走枠である5枠9番……『可もなく不可もなく』な枠番に素直に収まる。

 奇数番だが問題ない。キッドはゲートを苦にしない。

 

 ……だから……出来る事ならば、叶うならば、みんな笑っていてくれ。

 油断してるほうが奇襲の成功率は上がるのだから。

 

 

 

『よう、古いの』

 

 隣の8番ゲートに入って来た、ロブロイ親分に。

 普段とは違い、こちらから声をかける。

 

『なんだい、若ぇの。お前から声かけて来るとは、吹き回しが変わったな』

『なに、散々一緒にレースして手口もバレてるからな……今更あんたに『油断して欲しい』とは思わねぇよ。タダのレース前の挨拶さ』

『ふん……殊勝な心掛けだな。

 ついでに敬老精神を発揮してお前が油断してくれてもいいんだぜ?』

『5歳や6歳で老け込むタマかよ、あんたが?

 大体8歳のタップ爺さんだってヤル気満々じゃねぇか』

『はっ、違ぇねぇ……だが、ここらでお前に借りを返さねぇと、有馬まで俺も時間がネェんでな』

『そりゃ俺も一緒だよ。

 この場に居ない、借りを返さにゃならんヤツが居るんでな』

 

 胸を張って。堂々とヤツに再び挑むために。

 そして『俺の勝ちだ!』と。名乗りを上げるために。

 

『しかし……あんた含めて元気なジジババばっかり相手で困るぜ』

『はっ、お前みたいな元気な若いのに言われるたぁ、光栄だぜ』

 

 軽口を叩き合いながらも、集中を高める。

 全頭がゲートに入った合図。バラバラと散っていくスタッフ。

 

 さあ、競走馬の時間だ……

 

 

『そして最後にビッグゴールドが入りました。

 四半世紀の時を超えて、ジャパンカップ……』

 

 

 意識を切り替える。

 走るために……今っ!!

 

 

 

『スタートしました!

 まずは揃った綺麗なスタートの中、ポーンと抜けたのはやはりバーネットキッド、内からタップダンスシチーが並びかける、続いてビッグゴールド。やはりこの三頭がレースを引っ張るか!? ゼンノロブロイは中段の位置のまま、第一コーナーから第二コーナーへと抜けていきます』

 

 

 

『よう、ジジィ! 相変わらず無駄に元気だな? 宝塚の大人しさはドコいった!?』

『はっはっは、相変わらず口の悪い若造よな、敬老精神が足らんぞ』

『そんなん要らねぇだろ、こんだけ元気なら』

『ふん……口も逃げ足も達者じゃの』

 

 

 

『先頭は依然バーネットキッドとタップダンスシチー、後ろにビッグゴールド、この三頭がぐーっとリードを広げながらレースを加速させていく。向こう正面1000メートルの通過タイムは57秒9、いつものハイペースに全てが巻き込まれていく大逃走劇。しかし2400m大丈夫か、怪盗にとって未知の距離!! しかしお構いなしにバーネットキッドがグーっとリードを広げていく!』

 

 

 

 はは……俺にいわせりゃ、2000のほうが怖いくらいだぜ?

 距離が長い方が、相手のスタミナを削る余地が出て来るからな。

 だから……

 

『悪ぃな、爺さん。『今のあんたとは』ここまでだ。

 ……置いてくぜ!』

『っ……の……若造……!』

 

 

 

『さあ大ケヤキを越えて第三コーナーに入ったバーネットキッドが先頭! しかし後ろもじりじりと詰めて来てる! 先頭を逃げる怪盗を追い詰めんと、スズカマンボを先頭に後続が距離を詰めて来た!』

 

 

 

 そう、ここだよ。

 みんなが『俺を末脚の射程圏に捉えるために、位置取り調整して加速を始める』このあたり……だけどな、よーっく考えな? ここまで調整するのに『どんだけ君たちアシを使って俺に追いついて来たのかな?』。

 

 

 

『さあ、第四コーナー回って直線に来た!! バーネットキッドの一人旅か、いや、後ろからハーツクライだ、マイソールサウンドも来た、アルカセット、アドマイヤジャパン! ゼンノロブロイも来た! 来た! 一気に鞭が入る!!』

 

 

 

『小僧ぉぉぉぉ!!』

『勝負やっ!!』

『待てぇぇぇ!!』

 

 

 

 高速展開を想定、あるいは対応できず、脱落を始める連中とは裏腹に。

 背後から迫る、古馬集団+同期一頭を含めた『想定していた連中』が、完全に俺を捕まえに来てる。

 

 ……うん、普通にやばい連中だね……正直おっかないよ。

 

 でもな。

 俺はそれより凄まじい末脚を皐月賞で……いや『生まれる前から』知っているんだよ。

 だから俺は……このレースで『ソレを想定して』来たんだ!!

 

『ハーツクライ! ゼンノロブロイ! マイソールサウンド! アルカセットが抜けたか!? リンカーンも来てる! しかし先頭のバーネットキッド、逃げる、逃げる、逃げる!! 残り200メートルここからキッドは未知の距離!!』

 

 

 

 残り200!!

 さあ……こっから全開だっ!!

 

 

 

『後続が迫る! 迫る! だが縮まらない! 残り2馬身が縮まらない! 一歩抜けたのはハーツクライ! ゼンノロブロイも抜けた! アルカセットも来た! しかし先頭は依然バーネットキッド! 芦毛の怪盗が今、ゴール!!!!!!』

 

 府中2400メートル芝左回り。

 轟、というスタンドから発する、うねりを伴った大歓声の中……誰の後塵を拝する事も無く、俺はターフを駆け抜けた。

 

『逃げた逃げた逃げ切ったぁぁぁぁぁ!! バーネットキッド、2分21秒3! 堂々の逃げ切りでワールドレコードタイム更新!! 二着争いは僅差でアルカセット、三着にハーツクライ!

 これが日本の三代目大怪盗!! 未踏未知の2400mで、海外勢も古馬も寄せ付けず、お宝を手にして鮮やかに逃げ切ったぁぁぁぁ!! エルコンドルパサー、ジャングルポケットに続いて、3歳馬が栄光を掴みました第25回ジャパンカップ!! 更に無敗記録を伸ばし10連勝、トキノミノルに記録が並びました!!』

 

 

 

 スコールのような歓声の中を、堂々と駆けながらも。

 初めて駆け抜けた2400mの感触に、俺は確信した。

 

 これで、有馬で『奴』と戦える……と。



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ジャパンカップを終えて+掲示板回

「石河騎手、おめでとうございます!」

「ありがとうございます」

「トキノミノルに並んだ10連勝、そしてG15連勝……JRAの芝で無敗最多連勝記録達成。溜息の出る記録になりました」

「そうですね、本当に……データの乏しい海外勢の実力馬も相手だったので、走るまではドキドキしてたんですけど……本当に調教でも、レースでもキッドは頑張ってくれて、報われた気分です」

「最後の直線200メートル。本当に他馬を寄せ付けない走りでしたが」

「いや、もう……自分で乗ってて『こんな馬が居るのか』って思いです。最後に使う二の足が、ここにきて一段進化した感があります」

「では、最後に、最終目標の有馬ですが、意気込みなどを」

「意気込み……なんでしょう……宝塚あたりの頃は、ただひたすら有馬を目標にキッドと駆ける事が楽しみだったんですけど。

 ここまで来て、いざ一か月後になって『怖さ』とか『期待』とか『プレッシャー』とか……正直、少しおかしくなりそうです。オペラオーに乗ってた戸田騎手もこんな気持ちだったのかな?

 でも一か月後には否応なく中山で有馬が始まるわけで……じゃあ、人馬共に出来る限りのやる事をやって挑むだけだ、と……そんな感じです」

「はい、石河騎手でした。ありがとうございました」

 

 

 

「は、はぁぁぁぁぁぁぁ………」

 

 競馬場全体を揺るがす歓声が上がる中。

 俺は馬主席で魂が抜けるような安堵の溜息をついた。

 ……っつーか……こ、腰が抜けた。マジで。

 

「こ、こ、こ……怖かった……お遊びで億の税金払わされるとこだった」

「せ、先生……あの……」

「はい?」

「先生の馬の倍率……何倍でしたっけ?」

「ロブロイが3.2倍だから、一応、辛うじて一番人気のままだな……2.9倍」

「3億×2.9……8億7千万!?」

「!? ……あ、そっか。そんなになるんだ?」

 

 更に……

 

「……先生、ジャパンカップの賞金ってお幾らでしたっけ?」

「た、確か2億5千万?」

「究極のわらしべ長者ですね……」

「まあ、それはいいよ。

 あー、秋天や他の賞金、税金でスッテンテンになるところだった。

 ……怖かったぁー……」

「先生?」

「まあ勝った馬券以上に税金が請求されるなんてアフォな話は無いだろうから、何とかなるだろ……ああ、心臓に悪い……もう馬券を買うのはホント止めよ」

「……一つ、お尋ねしますが、その10億の使い道は?」

「え? 勿論決まってんじゃん。税金払った後は、自分と愛馬たちの老後預金」

 

 なにしろ、草食獣とはいえ馬というのは500キロある生き物である。

 世話するのだって大変だし、相応の設備や環境も必要なのだ。

 

「……牧場丸ごと買うおつもりですか?」

「いや、俺に牧場経営の才能なんて無いし。そもそも経理だって詳しく勉強してないし?

 キッド含めて、全員、競走馬辞めたら、どっかいい所で余生を過ごせそうな引退馬を預託できる先を探そうと思ってるよ。なんならキッドは乗馬もこなせそうだし」

 

 たまに乗りに行ってやるのもいいかなー、とか考えていると。

 

「……………先生、キッドが競走馬を引退したらまず種牡馬だと思いますが」

「あ、あー、そういやそうだった……でも種牡馬って言ったって4、5年くらいで引退するでしょ?」

 

 そもそも、競走馬としての能力と、種牡馬としての能力は、全くのベツモノだし。

 競走馬として輝かしいまでの成績を残したとしても、繁殖でズッコケて大騒ぎになったのは、在学中に直で目にして経験済みである。

 

「つーか、在学中、ご近所一帯がラムタラ騒動の真っ只中で、ご近所の馬産者たちの阿鼻叫喚を聞いているからさー……」

 

 あの当時の、何とも言えない絶望的な空気感。

 実家から『学校だけは行かせてやるから』と言われてた馬産関係の生徒たちが、トドメに大手の某牧場が潰れて大騒ぎになった結果、とうとう『来れなくなっちゃった』面子が、全校生徒にそれなりに出た2年生の時のアレは、本当にちょっとしたトラウマである。

 

「大体、元は90万の馬だよ、キッド? いくら今走ってるからとはいえ……っつーか『走ってるからこそ』あの『ラムタラ騒動再び』なんてなったら、本当に『申し訳ない』どころの騒ぎじゃないよ」

 

 その言葉に。

 新野女史が深々と溜息をつき、一言。

 

「……先生、トニービンってご存じですか?」

「さ、下に降りて撮影と授賞式に行きましょうか、新野女史」

 

 薄々な予感を言い当てられて、とりあえずその辺の話題をぶった切って蓋をして、先を急ぐこととし……。

 

「あ、ごめん。ちょっと立つの手伝って……恐怖で腰が抜けたの」

「最後の最後に、締まらないのが先生らしいですね……」

 

 

 

中東 某所

 

『ほぉ……凄い馬が現れたモノだな』

『はい、現在、日本のJRAにおいてデビュー以来、無敗の10連勝中だそうです』

『そうか。

 しかしアルカセットを超えた、か。アレを兄が手放した事は痛恨事で気に掛けてはいたのだが……やはり日本の競馬は独特だがレベルは高いな』

『彼の馬に関しては、幾つか気になるトピックが。ご覧になられますか?』

『ふむ、見よう……ん? むぅ……その、この経歴は本当かね? 創作ではないのか?』

『間違いございません。

 2001年度から彼の牧場……失礼、農業高校では新しい繁殖牝馬を迎え、現時点でセールに出た産駒が3頭。いずれも彼の馬のオーナーが所有しております』

『ははは、日本という国は本当に……高校生が実習で育てた馬が、馬主となった生徒と共にG1を獲る、か。あのステイゴールドも衝撃だったが本当に面白い。まるで新手のおとぎ話のような経歴ではないか』

『彼の馬はオーナーの意向でJRAの宣伝馬として露出も多く、結果、日本では競馬がブームとなっているようです』

『さもありなん。元のレベルの高さに、この経歴ではな……資料の映像はこれだけかね?』

『は、はぁ……あとは動物番組やJRAの宣伝用の映像が幾つかございますが……』

『うむ、そちらも頼む』

 

 そして『映像(含む、馬主&厩務員君の黒歴史)』を見た、やんごとなき御方の笑い声が響いたのだった。

 

 

 

英国 某所

 

『あらまぁ……(サー)の馬に注目していたのだけど、やはり日本の高速馬場は独特だから厳しかったのかしら?

 しかし凄い馬ね……ああも堂々と逃げ切るなんて』

『目下、デビュー以来、無敗でG1含め10連勝中だそうです』

『ふぅん……そういえば、今年の(うちの)国際Sを取っていったのも、確か日本の馬だったわね。確か、そう……ロブロイ、ゼンノロブロイ。覚えているわ』

『その馬に対しても、今年に入ってから今回を含め目下3連勝中です。

 資料はこちらに』

『それは凄いわね。興味深いわ、見せて頂戴。

 ……ふぅん……面白い経歴の馬ね。農業高校の高校生たちが育てた馬? しかも生徒の一人が馬主になって? ちょっとした冒険……いや、英雄譚ね』

『はい、経歴も含め日本のJRAで宣伝に使われた結果、日本ではちょっとした競馬ブームだそうで』

『興味深い馬ね……ほかに資料はある?』

『は、はぁ……JRAの宣伝資料と、動物番組の映像になりますが、その……』

『そちらも見せて頂戴。凄く興味が湧いたわ』

 

 そして数分後。

 映像(含む、馬主&厩務員君の黒歴史)を見た、やんごとなき御方の笑い声が響いたのであった。

 

 

 

「ふぇっくし!!!」

『ふぇっくし!!!』

 

 ぱしゃっ!!

 

「あ……」

 

 口取りの撮影の最中。

 キッドと一緒に同時にくしゃみをした瞬間を撮影され……

 

「す、すいません、もう一枚撮り直しお願いします」

「了解です」

 

 そう言って撮り直してもらったものの。

 

「これはこれで決定的瞬間だし、こっちも現像してもらおっか」

 

 外向けの写真とは別で、プライベート用に一枚残してもらう事にした。

 

「……なんかまた偉い人からロックオンでもされましたか、先生?」

「ここまでキッドが注目を集めて、もう今更でしょ」

 

 そうお気楽に答えたモノの。

 年が明けて以降。いろいろな意味で『やんごとなき御方』に目を付けられた事を知り、青ざめる事となるのを、その時の俺はまだ知らなかった。

 

 

 

 

1:名無しの馬券師 ID:aRZQcgEDP

一か月前の秋天に続いて、今回も15万人突破。府中壊れちゃーう。

 

2:名無しの馬券師 ID:g4uBVCehZ

流石に家族連れは減ったな……前回で懲りた連中が多かったんだろうよ

 

3:名無しの馬券師 ID:xDEXydtnF

いや、ボチボチいる。

多分、とーちゃんが馬券に目覚めちゃったか、家族にキッド目当てでせがまれたか、さもなくば前回来なかった連中か……

 

4:名無しの馬券師 ID:ChX26we7s

>>3

家族連れでも父ちゃんの顔で分かるな。元気なのは前者で、ゲッソリしてんのは後ろ二つだ。

 

5:名無しの馬券師 ID:2NCursYqF

流石芸馬……露出が多いだけあるぜ。

宣伝で無茶してるだけあって、馬会ウハウハだな……

 

6:名無しの馬券師 ID:KgLaweotm

……え? キッドの倍率がいきなり下がったんだけど?

 

7:名無しの馬券師 ID:rdt39H5x7

億単位ぶっこんだ金持ちでも出たかな? それともヒシミラクルおじさんがまた出たか。

 

8:名無しの馬券師 ID:G03k7Fy29

よし、ロブロイに追加で一万だ。

宝塚はキッドの奇襲成功だとして、秋天でハナ差まで迫ってるんだ。

ロブロイのベストは2400前後だと考えれば、今度こそ怪盗を捕まえられるだろ?

 

9:名無しの馬券師 ID:enohqfsvc

っつか、海外勢も面子が凄いよ。凱旋門賞馬まで来てるし……

 

10:名無しの馬券師 ID:jfx9LbI0F

それを迎え撃つ日本側の総大将が……あの芸馬か?

 

11:名無しの馬券師 ID:UAqqqalyQ

総大将は英国際S取った秋古馬三冠のロブロイだろ?

というか、パドック別周か、キッド? とうとう隔離されたか?

 

12:名無しの馬券師 ID:aCwb7gXrc

……うん、隔離は正解だと思う……パドックでキッドが口から花出してる。

 

13:名無しの馬券師 ID:jpxLqIHNZ

>>12

ふぁっ!? どゆ事?

 

14:名無しの馬券師 ID:3ig49GvNE

多分、馬道の傍の花壇の花食べて、口の中に隠してた……んだと思う。

どんどん芸が進化していくな、あのUMA。流石石河厩舎、仕込みは万全だ。

 

15:名無しの馬券師 ID:zDLgHgymw

いや、石河厩舎の仕込みじゃないだろ……引いてる二人が完全に泡喰ってるし。

っていうか、面倒見てる石河調教師半泣きだったからな。

育てた馬主のコメントを見るに幼駒の頃から『芸を見た人間がウケるのが楽しい』らしいし。

だから、幾らパドックの調教をしても大人しくなってくれない、って……

 

16:名無しの馬券師 ID:dEjNWyyy3

……あれが今年の日本総大将?

 

17:名無しの馬券師 ID:Sv1jR9coI

>>16

スペシャルウィーク『お前ちょっと総大将(ソコ)、ロブロイと代われ』

 

18:名無しの馬券師 ID:xWR2XgiLf

>>15

傾向としてはマジでそんな感じらしい。

自分を人間だと思ってる芸馬で、だから人間を笑わせたがるんだとか。

 

19:名無しの馬券師 ID:aUvDpFRQA

冗談抜きに、異様に頭がいいよな……競馬番組で放牧地から呼んだら、自分で閂を開けて柵から出て来たからな。

UMA呼ばわりもやむなしだよ。

 

20:名無しの馬券師 ID:/ekLMbVja

『馬房の柵を勝手に開けて出て来ない分、まだ落ち着いたほうだ』って、育てた馬主と厩務員のコメントに、石河調教師の苦悩が……

 

21:名無しの馬券師 ID:3HyHzjftv

多分、子供の頃は学校で、先生生徒含めて不特定多数が身の回りに居たけど、トレセンに入ってからは接触できる人が限られるわけじゃん?

で、不特定多数相手に『遊べる』機会なんていうと……そりゃパドックしか無いわな……

 

22:名無しの馬券師 ID:YhnoE1oO6

あかん、なんか泣けて来た……むさいオッサンだけど引退したら会いに行ってやろうかな?

 

23:名無しの馬券師 ID:VU3sYzYes

引退したら確実に種牡馬やぞ?

今の時点で3歳でG14勝、しかも完全に主流血統外の化け物だからな?

 

24:名無しの馬券師 ID:GKvZeaqsy

それでも、あのオーナーの事だから、ふれあいホースとかのイベントに連れて来てくれないかな。

たまーに府中でもイベントでやってるやつ。

 

25:名無しの馬券師 ID:3nXrTWFBI

オーナーがOKしても周りが血相変えて止めるだろ……どう考えても。

 

26:名無しの馬券師 ID:EoS8nau4u

うん、返し馬もいい感じでゲートインも素直……パドックの奇行はいつもの事だ(目そらし。

 

27:名無しの馬券師 ID:zv2m4Ww96

そりゃ秋天と違って『天敵』が居ないからな……というか『天敵』が今年の冬をエリ女で棒に振ってくれたおかげで、来年の春まで安泰だしな。有馬に来ないし。

 

28:名無しの馬券師 ID:Y2BMdYUMQ

始まった! まずロケットスタート成功。

で、同じく逃げ宣言してるタップダンスシチーとビッグゴールドが先頭争いか。

……とりあえず、まず第一段階は成功だな……

 

29:名無しの馬券師 ID:GhKo7kR51

おまいら芸馬に夢見すぎ。このレース、ロブロイか海外勢だろ。

 

30:名無しの馬券師 ID:/fhtwE2yP

は? 俺、マイソールサウンドに夢見た人間ですが何か?

 

31:名無しの馬券師 ID:k/8v4vj/C

オグリキャップの孫VSタマモクロスの子供……片方は栗毛だが17年の時を超えて、か。

 

32:名無しの馬券師 ID:tZgz5qNAg

1000M57秒9!? 相変わらずぶっ飛ばすな怪盗。

2400って分かってんのか鞍上のヒゲ?

 

33:名無しの馬券師 ID:RvHLqji+l

流石に直線で潰れるだろ、こんなペース……潰れる……よ、な?

っつーか、潰れてくれよ……おれハーツクライとロブロイとアルカセットでボックス買ってんだよ。

 

34:名無しの馬券師 ID:Mr1KZXu3C

よし、大ケヤキ超えて単独で突っ込んで来た!!

 

35:名無しの馬券師 ID:oeU0kWav4

おお、ロブロイ来た、ロブロイ来た!

 

36:名無しの馬券師 ID:T5HDXugI+

マイソール来てる!

 

37:名無しの馬券師 ID:hwki7uSuv

アルカセットも……え、って、え、え、え!? 

 

38:名無しの馬券師 ID:NQfahV1kV

なんだありゃ、二の足発動にしても……え、嘘、嘘だ!?

 

39:名無しの馬券師 ID:AZTBVS8OM

おい、嘘だろう、嘘だろう!?

 

40:名無しの馬券師 ID:wKyfuc2Ib

ぶ、ブッチギリの2馬身差……!? この面子で……嘘だろう!?

 

41:名無しの馬券師 ID:FKIjho8zK

2分21秒3……ワールドレコード……

不倒記録打ち立てやがった! あの怪盗!

 

42:名無しの馬券師 ID:LYmeqgEqc

おおぅ……オグリの……16年前のジャパンカップを思い出しちゃった。

 

クリークもイナリも千切られて、オグリもホーリックスにワールドレコードで届かず『これが世界だ』って見せつけられて。

 

それをキッドが……オグリの孫が『これが日本だ』って返してくれた……

 

43:名無しの馬券師 ID:N6svPMUly

単純なタイムじゃ語れないけどさ……同じ距離で、ダービーのディープより2秒近く速いんですけど?

無論、無駄な脚を使わないという意味で、ディープが追いつけないとは判断できないけど、これは……

 

44:名無しの馬券師 ID:+9mSE8L7y

マイソール……頑張ったけど5着か。

いや、素直に5着でも化け物だよ……アルカセットも21秒台じゃねぇのコレ?

 

45:名無しの馬券師 ID:9qaR8TbB0

読み通り、ハーツクライも本格化してきたよ……ロブロイを抑えて3着は立派だよ。

でも……キッドは本物の化け物だ……

 

46:名無しの馬券師 ID:oNSHc3r1S

ちょい待て……ヒシミラクルおじさん(仮)、何倍になったんだ?

 

47:名無しの馬券師 ID:Ljr5QCiXt

2,9倍……まあ、そこそこ普通だけど、一気に倍率が動いたって、マジで幾ら突っ込んだんだろう?

っつか、午前中のレースで、変に倍率が動いたレースが2、3レースあったけど、ギャンブラーが居たんだろうな。

 

48:名無しの馬券師 ID:Hbv7JfG4T

現在、例によって怪盗が絡んだレース恒例の、馬券ガチ勢のベテランたちの阿鼻叫喚が……

 

49:名無しの馬券師 ID:CnKOyR0UY

パドック見てると惑わされるんだよな……怪盗が絡むと。

特にベテランほど、あのUMAの行動の意味を推測し過ぎて。

 

50:名無しの馬券師 ID:F3wtUgV4X

>>49

マジでソレなんだよな……むしろキッドはパドックが大人しい時ほど、ギリで勝てはしてもレース自体が大変な事になる。(例:皐月賞、札幌記念、秋天)

 

51:名無しの馬券師 ID:SL5kDYtxx

ワイ、アルカセットとキッドの馬連買ってて、ギリギリセーフ……

 

52:名無しの馬券師 ID:iCk82mI6c

ワイ、今回は勇気を振り絞ってキッドを軸に流してました。

帰りはタクシーで帰れそう……と思ったけど、あの大変動で何点か浮気した結果、色々とパァに……

 

53:名無しの馬券師 ID:gmEKlCoQq

……家族連れがな……キッドのぬいぐるみ買って、奮発して6Fの高級ホテル直営のレストランに行こうと……ロブロイ軸で流してたワイの……隣を……

 

54:名無しの馬券師 ID:MxEd9M9Ow

>>53

南無……

 



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ちょっぴり垣間見えちゃった闇のお話

注意)この話の舞台背景、及びネタ元は2005年当時の、今から約17年くらい前と、それ以前の時代の情報と状況を元にしています。

2022年の現在とはだいぶ違う状況……だと思うので、お間違いの無きよう。


「……さあ、どうしよう……」

 

 自室にて。

 額装された10枚近い優勝レイを前に、俺は腕を組んで頭を悩ませていた。

 他にも、トロフィーやら盾やらが諸々と……無論、キッドとクアッドの獲得してきた代物である。

 

「……リビングも……うーん、もう無理があるなぁ」

 

 まあ、最初のウチは良かったんだ……去年の朝日杯とか、札幌の2歳Sとか、キッドが二歳だった頃の奴は。

 トロフィーやら盾やら額装した優勝レイやら、そーいった記念品を眺めて、優勝した瞬間をゲヘゲヘ思い出し笑いしながらご飯三杯食べるのは、まあ馬主の特権って奴だと思うし、そうして来たのよ。

 

 だけどね……

 

「……増えすぎた」

 

 最初のうちは本棚の空きスペースに置いてたんだけど、まあ色々付いてくるのよ景品が。

 特にG1に勝つと、ごつい盾とか含めて、沢山沢山……資料なんかの本棚を考えると、もうスペースが限界である。

 それに……まず無いだろうけど、泥棒に入られるのも困るしなぁ……モノ自体はただの記念品だとしても、それに価値を見出す人は見出すだろうし。

 

 ……うん、なんかとんでもなく贅沢な悩みを口にしてる自覚はあるんだよ。『優勝トロフィーや盾の置き場がありません』なんて他の馬主様が聞いたら、頷いてくれる人なんて、ごくごく少数派だろう。

 

「貸倉庫……は、もったいないし……ああ、そうだ!!」

 

 丁度いい場所があったじゃねぇか!!

 広ーいスペースがあって、置き場に困らず、これらの記念品を有効活用してくれそうなイイ感じの場所!!

 

 思い立った瞬間、俺は携帯電話のアドレス帳を開き、通話ボタンを押していた。

 

 

 

『お届けモノでーす!!』

「来た……」

 

 静舞農業高校の現校長である、塩森校長はいそいそとダンボール複数に分けられた荷物を受け取った。

 

「いやぁ……最初は何事かと思ったが、実に母校愛溢れるOBじゃないか」

「はぁ……」

 

 額装された優勝レイやら、トロフィーやら、盾やら。

 そういった記念品を『寄贈』された校長先生は、そりゃあもうご機嫌だった。馬産地の農高としてはこれ以上のハクが付く代物なんて無い。

 無論、元担任の牧村先生は、東京出身なだけに、裏事情については容易に推察がつくのであったが……

 

「まったく……まあ、現役生徒たちの励みにはなる、か」

 

 そう言って、撮影に使われる事なく終わった、額装されたキッドの皐月賞の優勝レイを手に苦笑するのであった。

 

 

 

「ごめんくださーい、書類ぶん投げに来ました」

 

 かさばる記念品を母校にぶん投げ、あとは金銭面の書類だけ……となり。

 外で打ち合わせがあるのと、運動も兼ねて、直接税理士さんの事務所に書類を持って行くと。

 

「ああ、針生先生、お待ちしてました」

「おや、どうも、ご無沙汰しております、先代……え?」

 

 丁度、その事務所の所長の先代……70近いご老人が、おいでだった。

 俺が作家業を始めて最初にお世話になった御方で、知り合いの作家たちも何人か世話になっていた人物である。

 つい二年前、俺が馬主業を始めた頃に病気を患って入院し、それを機会に事務所で助手をしていた息子……といっても40代後半だが……に所長の座を譲り、今は体調と向き合ってセーブしながら仕事をしてる御方なのだが…

 

「針生先生、ちょっとお時間よろしいでしょうか?

 いえ、針生先生でしたら、多分そんな事は無いと思うのですが……一言、忠告といいますか注意して頂きたい事が」

「はい? なんでしょうか?」

 

 そう言うと、老税理士の先生が、言いにくそうに一言。

 

「その、ですね……先生、馬主業もされておられますよね? その事に、税理士として、私も息子も非常に危機感を持っていましてね」

「はい?」

 

 なにか問題があっただろうか?

 明朗会計をデフォにしているから、後ろ暗い金なんて無い人間なのだが?

 

「無論、私たち老人世代の杞憂やもしれません。近況を聞く限り、馬産の状況も変わってきている。

 ですが……その……今から語る事は、我々や今の所長である息子たちの世代には、常識だった話でしてね。

 先生、何故日本の馬産において、庭先取引が盛んなのかはご存じですか?」

「? ……それは、元々日本がそういう文化だったからでは?」

「では、何故社田井があそこまで大きくなったか、ご存じですか?」

「そりゃあ、あのお亡くなりになった総帥の馬を見る目が凄かったから……?」

 

 かの大正義サンデーサイレンスが日本で巻き起こした旋風は、死後となった今もディープインパクトとして結実しているくらいである。

 だが、先代の老税理士の先生は、軽く首を横に振った。

 

「伝統は利益なしに続くものではありませんし、革命は最初の引き金は兎も角、一つの原因だけで起こるものではありませんよ」

「ま、まあ、確かに……」

 

 かつて、10年くらい前……プレ○テ、サター○、64の次世代ハード戦争で何故プレス〇が勝てたか、そしてスーファ〇時代の任○堂『帝国』への反逆と革命が何故成功したか。上っ面で語られる事の多い大手サードパーティのスクウ○アの造反だが、アレは『トドメ』であり、そこに至るまでの、もっと深い原因が存在するのだが、まず一番大きな理由は。

 

「流通の変革とか、色々ありますもんね」

「そう、社田井は馬産でそれを成したから成功者になれたのですよ」

「……は?」

 

 一瞬、意味が解らず首を傾げる。

 

「セレクトセール、ご存じですよね?

 ひと昔前はね……欲しい馬があってもセールで買えなかったんですよ」

「え、え、え? でも確か、昔から日高でセールとかやってましたよね、農協や協会が?」

「針生先生、税理士の世界ではね……『馬産に関わるな、関わりたくない』って人が、一定数おるんですよ。何故だと思います?」

「えー……何で、でしょう?」

「庭先取引がブラックボックスになって、脱税やマネーロンダリングの温床になりやすいからです」

「あー!」

 

 そっか……馬の値段なんて時価だし、大金持ってる馬主と生産側の牧場が裏でツルめば、幾らでもどうにでもなっちゃうよなぁ?

 それに一口に庭先と言っても、取引の形態もすげー複雑だし、しかも、古くからの口約束の言った言わないが契約の前提とか……うわぁ……

 

「いくら実入りが良くても、犯罪の片棒担がされちゃたまらない、と?」

「更にね、セール……オークションで買えないんですよ、馬が。

 もう落札者は決まっていてセリ自体が完全に出来レースって事が、ね……」

「なんでわざわざ面倒な……あ、マル市付けるためか!」

 

 農業高校で習った、市場のシステムを思い出す。

 確か、市場の公平性を図るために、競り市に出せば補助金がつくんだった! ……ってコレ公にバレたら、下手すりゃポリスメン召喚モノじゃん!?

 

「針生先生……いや、蜂屋オーナー、あなたは本当に幸運だったのですよ。

 農高産だからこそ、何処かの大手馬主の『お抱え』の背景が無く、更にノーマークで落札し、G1を獲った……今頃、他のオーナーや馬産者は歯ぎしりしているでしょうなぁ」

「まあ、それは、馬主席で痛いほど理解してますけど。ン千万や億の馬とかG1で負かしてるわけですから」

「それが額面通りの金額なら、まだ良かったのですがねぇ」

 

 ……はい?

 

「いいですか、生産者の側としては、どんな名牝と種牡馬で頑張っても、地方レベルかそれ以下だったりする馬が出る一方で、中央クラスの馬も出来るわけですよね?」

「はあ、そりゃ馬産の授業を受けたんで知ってますけど」

「で、大金を持った馬主が、その中央レベルの馬が欲しいとなった場合、その牧場の地方レベルの馬まで『抱き合わせで買ってくれんと売りません』となるわけですよ」

「だ、抱き合わせ販売が前提っスか!?」

 

 はるか古のファ〇コン時代、行政から盛大に怒られて小売りから駆逐され、それでも問屋から小売りへの卸売りレベルで横行していた悪習である。

 ……っつーか、そんな事すっから子供の頃ゲームショップで、新品のワゴン売りが多発して中古市場が勃興する一因にもなったし、ジー○に『ひ○み』が上書きされて売り捌かれたんだよ……

 

「先生は以前、ラムタラ騒動で同級生が学校から消えた事に心を痛めておられましたが……確かに巻き込まれた末端の真面目な零細馬産者は兎も角、日高で黒い事してて潰れた牧場に関しては、正直、私は馬頭観音様の天罰が下ったんじゃないかと思っていますよ。そもそもラムタラにしても、帳簿と現役成績ばっか見て、ロクに馬そのものを見なかったからそうなったんじゃありません? 素人の馬主なら兎も角、本職の馬産者がソレではねぇ……」

「うわ、キッツいお言葉………そんな裏話聞きたくなかったなぁ……」

 

 そんな事情があったら、表向きの庭先取引価格7千万の馬が『実は諸々の『付属品』コミコミで1億超えていました』なんてザラだろう……

 額面が時価の世界ほど怖いモンが無いのは、子供の頃ショップで中古ソフトの乱高下を見て思い知っているし、その延長上でトレカ屋の相場を見たりしてるが……『表示価格すら信用できないン千万の世界』なんて本気で恐ろしすぎるわ!!

 

「だから、昭和のバブル以前の日高を知っている馬主の中には『絶対日高で買うもんか』ってなった馬主が大勢おられるんですよ。中にはわざわざ海外に買い付けに行かれた方も、相当おられたそうで」

「うっわぁ……あ、だから、マル外の緩和と社田井の隆盛の時期は!」

「左様。一千万の馬を『ちゃんと表示価格通りの一千万で売る』『馬を見に来た新規の馬主を客としてもてなす』当たり前とも言えるシステムをきちんと整えたからこそ、真面目な新規の馬主たちから歓迎されたんです。現にディープインパクトも7千万でちゃんと落札されたでしょう?」

「あー、だから金戸オーナーのような相馬眼の化け物のような御方が、馬主として出て来れるようになったんだ?」

 

 まだ小さな幼稚園の頃。

 誕生日に欲しがったドラ〇エの新作を抱き合わせ販売を喰らい、父さんが店頭で頭を悩ませていた事を思い出す。……た〇しの挑戦状と、バンゲ〇ングベイが付いてきて、どうしようかと思ったよ、本当に……

 

「だから正直私は、個々の真面目な牧場は兎も角、今の日高全体の惨状には同情が出来んのです。自業自得の巨大ブーメランが、急所に突き刺さっとるようにしか……」

「なるほど……私も中学生の頃に目の当たりにした任○堂『帝国』の没落は、ゲーマーとして正直ざまぁな部分は多少ありましたが」

 

 だって……大昔のカセット時代は、新作ソフトが一本1万円近かった理由が、技術的制約もさることながら、詰まるところ初心会のクソ流通システムを支え続けるためだったと知って、殺意しか湧かなかったし。

 たとえソレが、TVゲーム黎明期のアタリショックによる市場崩壊を目の当たりにした任○堂の危機感と、当初のTVゲーム市場の勃興に必要な統制だったとしても、それに胡坐をかいた商売を長年続けてりゃサードパーティから反発を受けて当然で、皆、プレス〇に船を乗り換えるわなぁ?

 

 ……あー、だんだん分かって来たぞ。

 

 要するに大昔のゲーム業界と一緒で、今まで徹底的に大手生産者側の都合を中心に商売していたもんだから、景気が良くて好調だった頃は兎も角、今になってユーザーたる馬主たちにソッポ向かれて苦境に陥ってると!?

 

 正直……

 

「……マジで一昔前(1996~2000年あたり)の任〇堂と一緒じゃねぇか……」

 

 農業もエンタメ産業も、結局は栽培や育成や開発などの年単位の長期的な『投資』ありきで成り立つ産業でありながら、成功率を上げる努力は出来ても結果は運任せな部分が多分にあり。更に馬産なんてものは『農業でエンタメ』という、どう考えたってギャンブル極まりない代物なワケで。

 だからこそ、生産者を保護し生業として継続的にやっていくための組織としての農協や協会が存在して業界を支えないとどうしようもなく、彼らが必要な統制を取って来た事情と歴史はあるのだろうが。

 

 だからってソコが中心になって最終的な消費者である馬主……特に業界の未来を支える新規の馬主を軽視してやりたい放題したら、そりゃソッポ向かれちゃうよ。

 

 格ゲーだってトレカだって、対人ゲームってのは基本的に、初心者がついて行けない状況が前提になったら誰も近寄らなくなって、ゲームジャンル自体が過疎って最終的に先細るしか無い。

 ましてやRPGの初期イベントの如く、初心者潰しを喰らって『這い上がって来い』なんてセリフ吐かれたら、普通は逃げるし、仮に生き残って這い上がって来れた奴が居ても、ソイツは確実に歪んでるよ、俺みたいに! ……ホントに這い上がって、あのデッキで暴れまわって対戦相手の愕然とした顔を見るのは、心底面白かったのぉ、げひゃひゃひゃひゃ……!

 

 ……ごほん、それは兎も角。

 

「なるほど、税理士としてのご懸念、ごもっともでございます」

「いえいえ、正直、私も一ファンとして、バーネットキッドの活躍は嬉しくは思っております。

 ただ、馬と関わる事の闇の深さを、生産現場の側でしかご存じが無いようなので」

「ですよねぇ……正直、漠然とした印象しか無かったんですが、何人かの馬主の方が日高を嫌っていた理由にようやっと得心が行きましたよ」

 

 正直、俺は今まで生産者の……それも生産現場に近い立場から日高の苦境を見てきたのだが。

 視点を変えれば、こういう風に日高が見られて居たんだ、という事実を知る。

 

 ……ああ、石河の親父さんが何も知らん俺に『やばくなったら絶対撤退しろ!』って言うわけだよ……

 

「ん、ちょっと待ってください? 『新しいイイ旦那衆が居ない』とかいう日高の悲鳴って……」

「反社会的な『闇の紳士』たちがバブル崩壊や暴対法で軒並み没落して、新興のITあたりに新しい『旦那』がおらんかな、って探している状態だと思いますよ」

「うっわぁ……」

 

 昭和の時代じゃあるまいし、この平成も17年以上経ってインターネットが普及したご時世にか?

 そもそも、まだそんな輩がいるかも怪しいし、居たとしても新規の人間が、そんな事してた馬産者に興味をもってもらえると思っているんだろうか?

 

「だからこそね、先生。個人的に、同時に種牡馬としてのキッドの行先に心配もしておるのですよ。

 正直もう日高は、あのラムタラ騒動で後が無いどころか崖っぷちです。

 だからこそ日高出身のキッドが、仮に日高で種牡馬入りしたら、どういう事になるか……おそらく日高の馬産者たちは『トウショウボーイの夢よ再び』と願っているでしょうが……」

「うーん……不安しかねぇなぁ……」

 

 件の『お助けボーイ』が当時の日高の馬産者を多数救った事は事実だが、だからこそ今現在において崖っぷちの状況下の日高で、キッドがどんな無茶やらされるか知れたモンじゃないし……まあ、社田井がマトモかといえば、一頭につき年間種付け数150とか200とか凄まじい事を普通にやらせてるし……それに応え続けたサンデーサイレンスも化け物だと思うけど。

 

「や、やべぇ……冗談抜きに種牡馬とか考えないで、巻き込まれないように乗馬としての余生を考えたほうがいいかも」

「それはもう不可能でしょう!? というか、幾ら馬主でも、やったら馬産者どころか一般のファンからも石投げられますし、むしろ海外含めた全方位の馬産者から刺客が送られてきますよ」

「ですよねぇ……ああ、正直、今まで『種牡馬になる』って事を舐めてました」

 

 あああああ……こないだの馬券騒ぎといい、リンちゃんの時といい、この臆病ウサギが危機を認識した時点で既にヤバいって、どーいう事やら。……思えば、パソコンの師匠がブラックメンにアブダクションされた時もギリギリで助かったけど、俺ってそーいう星の下に生まれてるのかなぁ?

 い、いや、これをちゃんと警告と受け取ろう。真剣にキッドの種牡馬生活を考えて……多分4、5年で終わるモノだろうけど、そこを手抜きせず、無事五体満足に終えられる預託先を真剣に考えねば……って、そうだ本来の目的があったんだっけ。

 

「あ、そうだ……これ、ぶん投げに来た、この間のジャパンカップの賞金と、当たった馬券の収入の書類です」

「はいはい、拝見します……はい?」

 

 二度見する税理士の先生。

 ……なんだろう。言われた通りに必要な書類はきっちり纏めておいたハズなんだけど?

 

「……蜂屋オーナー? この8億7千万は、一体何をなさったんですか?」

「いや、8回連続で単勝馬券を買って当てたダケでございます」

「……この数字を頭から信じろと?」

「それが正直な数字なんですけど」

 

 この後。いろんな場所に確認の連絡を取り、やましい裏が無いかとか、数字が真実だと理解してもらうために時間がかかり……編集部との打ち合わせに1時間ほど遅れる羽目になりました。




裏百〇貴族『伝え聞いた話です!!』
裏ゲーム制作日誌『伝え聞いた話です!!』

大昔の任〇堂帝国の没落の過程と、日高の没落の話に妙にシンクロニティを感じてしまいまして。
というか、過去の日高に関して、調べりゃ調べるほど(俺が知る限りの)ゲーム業界以上にダークネスな世界だったんで……これでもマイルドにするのに、相当苦悩しました。

……なお、ソフトの抱き合わせ販売と、そのエグさについては実体験談な模様……

……昔のぉ…ドンキーコ〇グの新作が派手に売られる脇で、ロマ〇ガ3が明らかに問屋からの抱き合わせ品としてワゴン売りでな……そのロマ〇ガ3も発売当初は鳴り物入りで、作者はなけなしの小遣い握りしめて朝一で池袋のビッグカメラの先頭に並んで(以下略


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年末に向けて&再会と別れ

 トレセンの朝は早い。

 馬の起床時間は厩舎によっては3時を切る事もあり、遅くとも4時には朝の食事やら検温含め諸々の検査やらを終えて、馬場へ調教に向かうのが普通であり、それは栗東も美浦も変わらない。

 

 だからこそ……

 

「……毎度ながらほんと気持ちよさそうだな……ドコに野生を置いて来たんだコイツは」

 

 周囲の馬房が起床時間でバタバタする中、一切動じる事もなく『ふごごごご、ずごごごごご』とイビキをかきながら、馬房の奥で横になって幸せそうな寝顔で寝てるUMAを見て、担当厩務員の石河賢介は『寝藁より枕でも差し入れたほうがいいんじゃ?』と呆れ返る。

 

「幸せそうだねぇ……何時もこうなの?」

「放っておいたら日が昇る8時くらいまで起きませんよ……無理に起こすと不機嫌になるから、併せ馬で早起きする時の目覚まし役は、常に俺が担当です」

「そうかぁ……ちょっと乗ってみたかったなぁ」

「ダメです。クアッドで我慢してください……っていうか、宣伝で『殿』を乗せて以降、美浦の騎手みんなに言われているんです。ホントにキリが無いんで勘弁してください。

 あと、大体、他の馬たちの朝の調教が終わってから起きて来るから、うちの厩舎でコイツだけ本当に生活サイクルが違うんです……まあ、お陰で新人の俺でもキッドとクアッドと両方担当出来てるんですけど」

「……その調教をちょっと見せてもらうわけには」

「ダメです。どうしてもというのなら、ディープの鞍上を降りてからです」

 

 そう言って、わざわざ栗東から美浦まで足を運んだ、クアッドターボの新たなる主戦騎手……館ナユタに釘を刺すのだった。

 

 

 

(え?)

 

 騎乗して馬場に入り、クアッドターボの鞍上で感じたのは、競走馬としての力強さと『違和感』。そして意外なまでの『素直さ』だった。

 

(逃げ馬……いや、絶対違うだろ、これ!?)

 

 新馬戦、2歳Sと、兄を彷彿とさせる大逃げからの押し切りで勝っているために『弟もそうだろう』という先入観からの判断は、ウッドチップのコースを半周もしない間に、消え失せていた。

 

『はい、そこからスパート!』

 

 インカムからの指示に従い、手綱をしごいて加速するクアッドターボ。

 前を走る調教助手の騎乗する一歳年上のストームシャリオを、1600を想定した距離で、一瞬で抜き去っていく……

 

(っ!? これは……これほどとは!?)

 

『どうしますか、あと何周か、感触をつかむために乗られますか』

『お願いします』

 

 そして……予定していた調教を終えた時には。

 疑問は確信へと変わった。

 

 

 

「いかがでした、クアッドターボの感触は?」

 

 調教を終え、石河調教師に問われた『天才』は、素直に答える。

 

「失礼ながら……所属の石河騎手からボクを指名して交代された理由が、良く分かりました。

 兄譲りの走りの力強さもさることながら……本当に『素直』ですね、凄く。これは逃げ馬にしておくのが勿体ないですよ」

「ええ、クアッド最大の武器は『ソレ』です。

 だからこそ勝ち方を沢山知っているベテランに任せるのがベストだと思いまして。というか……調教師として恥ずかしながら『分からなかった』んですよ。気性的にも脚質的にも『この子の一番の適性が』。

 逃げ、先行、差し、追い込み……四つ全部の『脚質適性』を示されて、本当に困ってしまいまして……こんな事は初めてで、私も凄く迷っていまして」

「なるほど。素質もさることながら気性が素直で脚質の幅が広く、あらゆるレース展開で勝負の出来る子……ですか。確かに『何でもできる』からこそ『最大限の力を引き出そうとするならば』逆にベテランの騎乗が求められる子ですね」

「ええ、折り合いの付けやすさから、成長を期待して新人を乗せる事も考えたんですがね。

 新馬戦やOPまでなら地力の素質でどうにでもなるでしょうが、思うにこの子の本質は、あくまで唯我独尊な兄と違い『他の馬と駆け引きの中で勝負する馬』だと思うんです。そしてこの子はオープン馬で留まる馬じゃない……だとするなら、無理を承知でも館さんのような引き出しの多いベテランを頼むべきかな、と思いまして」

「ああ、そういう経緯で……いや、しかし力強さもそうですが、正直オグリを思い出す素直さですよ。手綱の指示通りに言う事を聞いて、思った通りに動いて止まってくれる。折り合いの付けやすさはぴか一です。正直、オグリの『正当継承者』ってこの子なんじゃないのかな?」

 

 と……

 

「キッド、こっちはダメ、道草を喰わないの、朝メシ喰ったばっかだろ?」

「ぶるるるる……(ええやん、腹減っとるねん)」

「プール行くぞプール、朝の日課」

「ふぁぁぁぁ(しゃーないのぉ……眠い……)」

 

 丁度、厩舎からバーネットキッドが、盛大なアクビをしながら、石河弟に連れて来られた所だった。

 

「あ、お疲れ様です」

「や、おそよう。キッドはこれから調教?」

「の、前の下準備です……プールに浸けて軽く泳がせてからですね。

 心臓も性格も太すぎて色んな意味で『寝起き』が悪いんですよ、こいつ」

 

「ぶるるる(おりょ? 何で美浦に館さんがおるん?)」

「ぶぼ(兄さん、次にボクに乗る人みたい。兄さんの上の人より軽い感じ)」

「(ふーん)」

 

「……なんだろう、キッド君に凄い見られてるな」

「そりゃディープの鞍上だって覚えてますよ……こいつ凄く頭いいですから」

 

「ぶるるるる(ふーん、弟に乗るんだー……クアッド、この人凄く上手だから、ちゃんと言う事きいてあげなさい)」

「ひん(うん、兄さんの鞍上より色々言ってくるけど、その分凄く面白い)」

「ぶふぅ(そっか、頑張れー)」

 

「うわ、兄弟で仲いいねー、グルーミングし合って」

「母校でも仲良かったですよ。キッド、それくらいにして、行くよ」

「ばふっ(あいよー)」

「しかし、初手からプールって……聞いた事ないな」

「シャワー浴びせた程度じゃ起きないんで、もう最終手段なんですよ。

 さっきも言った通り、基本的に朝は滅茶苦茶ズブいんで、念入りにウォームアップしないと、調教で本調子が出ないんです。……それでもレース前になると分かってるのか、自分で体を作ってくれるんで、助かってるんですけど。んじゃ、失礼します」

 

 そう言うと、美浦で一番遅い調教に、キッドは向かっていった。

 

「ふーむ……」

 

 その姿を眺めながら、館は考え込む。

 放埓な兄と優等生の弟……同血でありながら、実に対照的な性格と才能。

 だが……

 

「参考までにお尋ねしますが、兄のキッドも差しや追い込みが『全く出来ない』ワケじゃないんですよね? 札幌記念で見せてるし」

「常時出来るならやらせていますよ。

 なんといっても性格がね……ああ見えてキッドは走る事にかけては本当に頑固ですから」

「なるほど」

 

 さて……クアッドの鞍上として、どんな騎乗をするべきか……

 かつて、テン乗りで騎乗した『母父』で大失敗をした記憶を片隅に置きながらも、館は朝日杯でのプランを練り始めていた。

 

 

 

 その日。

 公民館の貸し会議室の一室に満ちた緊張は、最高潮に達していた。

 

 カードショップ『スパイラル』の主催する月例大会。

 エクステンデット、スイスドロー6回戦後、トップ8によるシングルエリミネーション。決勝戦の3ゲーム目。

 

 即ち……一勝一敗で迎えた、大詰めの三本目。

 

 先手はこちら。

 デッキをシャッフル。互いにカットし、カードを7枚ドロー。

 ……よし!

 

「はい、マリガン無しで……じゃ先手1ターン目、セットランドからフェッチ起動で島もってきて、天使追放してクロームをプレイ。島とクロームから2マナ出してセプターをプレイしたい」

「OK、出ました。刻印は?」

「オアリム」

 

 こちらの宣言と同時に、数秒、沈黙が落ち……

 

「……うん、無理だな。投了します」

 

 その日の集まった54人の頂点を決めるべく、一日をかけた一髪千鈞の勝負の行方は……僅か1ターンで決した。

 

 ……流石、古参の現役……判断が早いなぁ……

 

 そのまま『ナイスゲーム』と対戦相手と握手を交わし、表彰と決勝まで店に残った参加者たちの拍手。

 

 そして……

 

「まったく……復帰して半年もせん内に、セプター振り回して楽しいか、我が弟子よ」

「そっちこそ情け容赦なくマッドサイカ振り回しといて何言ってんですか。

 大体、中坊のクソガキに鬼の如きバウンスステイシスを掛けてフルボッコにしたのが師匠なんですから、当然でしょう」

 

 久方ぶりに再会した、決勝の対戦相手だった『カードゲームの師匠』と一緒に、ファミレスで軽く検討会という名の打ち上げを行っていた。

 

「その二週間後に俺を含めショップの常連全員ガンメタしたような、ワケの分からんエルフデッキを組んで来やがった弟子が何を言うか」

「そりゃ師匠含めた、当時のホワイトロータスの面子の、素ン晴らしい教育の賜物ですとも♪」

 

 中坊のクソガキだった俺に対して、当時のスタンダードで鬼畜ロックや瞬殺コンボを叩き込みまくり、このゲームの暗黒面……もとい、真髄を見せつけてくれた方々である。

 むしろその期待と思いに応えて(ぶちのめして)やらねば不作法というモノであろう♪

 

「……うん、ごめん。教育を間違えたのは素直に認める。アカン真理に目覚めさせたのはホント悪かった」

「はっはっは、知ってますか、師匠。

 人間、弟子も子供も、師匠や親の言う事を聞くんじゃなくて『真似て』育つんですよ♪」

「それは絶対断固として抗議する。

 俺はお前みたいな、アンリマユ並みに存在自体が根本から邪悪なプレイヤーじゃない」

「……じゃ、今のスタン環境でエクテンのセプター並みに使い物になるロックコンボが帰ってきたら?」

「使うにきまってるじゃないか」

 

 実に禍々しい条件反射的な速攻の回答。

 パソコンの師匠も割とそうだったが、この御方も実に我が『ロクデナ師』と呼ぶにふさわしい御仁である。

 ……ああ、ひっさしぶりだなぁ、このやり取り。ほんと中坊のクソガキだった頃を思い出すわ……

 

「しっかし5年でプレイする環境そのものが全く変わりましたよねぇ……公園のベンチや階段の踊り場でプレイする事も無くなって、渋谷のアソコは無くなって、スリーブやファイルも一般化して、もうショップ内でのトレードはドコもお断り状態とか」

「まー、ネットが一般化したのが大きいよなぁ……一昔前みたいに店ごとのローカルな環境や相場が完全に駆逐されて、個人同士の取引はもうヤフオクとかのネットが主流だし……昔みたいに、トレード用のファイル持ち歩いて、知らない相手同士でトレードってのは、もうかなり下火になっちまった」

「ですよねー……っつーか、何も知らないで店にファイル持ち込んで、トレード禁止を注意されるとは思わなかった」

 

 5年ぶりの再会に、お互いにしみじみと過去を思い返す。

 ……ほんと、たった5年で色んな環境が激変したよなぁ……

 

「まあ、俺にとって5年経って何が変わったって、結婚した事の次に、弟子がマジのラノベ作家になって、あまつさえG1馬主になんて成っていた事だけどな」

「すんませんね。確かにデビューしたのは師匠と出会った後ですけど……その頃、色々あって静舞に行く事になってバタバタしてたし」

「そっか……ああ、そうだ。飯の前にな、『コレ』やるわ」

 

 そう言って、気負いなく『ぽん』と手渡されたのは……使い込まれたデッキケースとカードファイルだった。

 

「師匠?」

「来年の一月から出張でな……ベトナム行きが決まったんだ。

 最後にお前と決勝卓で勝負出来て、本当に良かったよ」

「えっ、じゃあ……」

「ま、報告や休暇の一時帰国は兎も角、5年は日本に帰って来れないみたいでな。

 ……流石にベトナムじゃカードに触れないし、かといって家に置いといて見つかったら、嫁さんに子供の玩具に渡されて滅茶苦茶にされそうだし……現役に活用してもらったほうがいいだろ?」

「……そうっスか……じゃ、『お預かりします』」

「いや、あげるって」

「なに言ってんスか。俺だって復帰に5年かけたんですよ?

 まあ、5年後にアソコの店があるかは分からないけど……だから『お預かりします』」

「ったく……分かったよ。帰った時のためにアドレス交換しとこうか」

 

 そして……やってきた料理を食べながら、一通り、思い出話に花を咲かせ終え。

 会計を済ませ、店を出た直後。

 

「ああそうだ。

 馬主席でもいいから、プレイヤーとして孫弟子の『社長』によろしくってお前から伝えといて」

「あはは……それはご自分でどうぞ」

「勘弁してくれよ……ウチの親会社の会長だぞあの人。知らないでリアルに『ハマちゃんスーさん』やってて、気づいた時に腰抜かしそうになったんだから。

 じゃーな……アディオス、我が愛弟子よ!」

 

 最後の挨拶と共に。

 師匠は……手を振って、去って行った。

 

 ……ああ、そうか……

 

 きっと多分。

 競馬場に今おられる、古くからのオーナーの方々も、こんな『思い』を沢山したんだろうな……環境が変わり、生活が変わり、永い付き合いのある『ゲーム仲間』との離別。むしろプレイヤーとしての『資質と資格』が強く問われる『馬主』なんかは、より顕著だろう。

 

 そう思いを馳せていると。

 

 あれ?

 ……じゃあ今の馬主としての俺の立ち位置って、昔、師匠筆頭にあの店の修羅たちに『かわいがり』を受けていた、中坊の小僧っ子のポジションか?

 

「は、ははは……まさかね……」

 

 いや、だって……流石に、梁山泊みたいなあの店の修羅たちとは違って、馬主以外にも社会的な立場のある各界の大立者な方々ばかりなんだから……ねえ?

 ちゃんと無垢な仔熊君みたいな若造に手加減してくれている……よね、多分?

 

 と、その時は、そう思って居たのだった。

 

 ……まさか翌年、俺とキッドが海外に行く事になるような話が、俺のあずかり知らぬ所で進んでいたとも知らずに……

 




というわけで、クアッドの新しい鞍上と脚質公開の回です。

能力がある『大人しい万能型』の馬って、裏を返せば全く言い訳も誤魔化しも効かない分、下手な気性難よりも騎手や調教師にとっては恐ろしい存在だろうなぁ……しかも500キロ級の大型馬……


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天才さんとのテレビ対談

色々書きたい事が取っ散らかって、遅れてしまいました。
申し訳ございません。


(品の良い料亭の一室。何台か並べられたカメラと照明)

(運ばれて並べられる料理)

 

スタッフ 「では、本番入りまーす」

(合図と共に、ハンドサインでのカウントダウン開始……3、2、1、0)

 

 

 

館 「はい、本日の天才TVのゲスト、スペシャルなお二方に来て頂けました。

  バーネットキッドのオーナー、蜂屋源一氏と、担当厩務員の石河賢介氏です」

蜂 「どうも、バーネットキッドのオーナーの蜂屋源一です」

石 「バーネットキッドの担当厩務員の、石河賢介です」

館 「いや、本日はお越し頂き、ありがとうございます」

蜂 「いえ、こちらこそ、いつも楽しく拝見させていただいてます」

 

 

 

館 「じゃあ、まずは乾杯から入りましょうか」

蜂 「あ、すいません……お酒ダメなんで、オレンジジュース下さい」

館 「あ、お酒ダメ? 未成年でしたっけ?」

蜂 「いえ、二十歳は超えてるんですけど、体質でダメなんです」

石 「完全に下戸なんです。コップ半分のビールで寝ますから」

館 「ああ、そうなんだ……石河君は」

石 「あ、私は大丈夫です」

蜂 「石河家ってみんなお酒強いもんなぁ……羨ましい」

 

(注がれるビール&ジュース)

 

館 「では『かんぱーい』」

 

 

 

 

石 「というか、今更なんですが……この番組って騎手や調教師や馬主の方がお呼ばれる事って多々ありましたけど、ただの新人厩務員が呼ばれるって前代未聞な気がするんですけど? 普通、調教師の親父とか騎手の兄貴のほう呼びません?」

蜂 「いや、キッドの事をトークのネタに聞きたいって話だったから俺が推薦した。あとお兄さんは新年の放送のほうで呼ぶつもりみたい」

石 「犯人お前か!?」

蜂 「当たり前だろ、キッドの起こす騒ぎで、いつも馬主席やカメラの前で矢面に立ってるの俺だぞ。たまには実行犯(そだてのおや)の一人としてお前も世間に顔を出せ」

石 「あの芸馬引いて、パドックで毎回恥晒す羽目になってんの俺なんだけど?」

館 「あ、やっぱりキッドの奇行って、石河調教師(せんせい)よりも二人が犯人なんだ?」

蜂 「いや、そんなハズは、多分……ないとは思うんですけど……まあ、幼駒の頃は兎も角、育成に入ってからは全体の調教計画とか育成方針は、全部石河調教師(せんせい)にお任せしていますから」

石 「さらっと親父に責任なすりつけたな……」

蜂 「えへ♪ ……まあ、冗談はさておき、確かに癖馬ではあるので、担当の厩務員がキッドの育ての親の一人って事で、安心して任せられるのは事実ですね」

館 「おお……信頼してるんですね」

蜂 「です」

石 「信頼っていうか……確かにキッドを一番わかってる厩務員て言ったら、多分俺になりますけど……そもそもが、ヤツともこいつとも農高時代からの腐れ縁みたいな感じの関係ですからね」

 

 

 

館 「腐れ縁……というか、お二人とも同級生なんですよね? そもそも、なんで静舞農業高校に行こうって思ったんですか?」

蜂 「えーと……ちょっと家庭でトラブルがあって実家から離れる必要があって。その時に寮があって実家から離れていて、進学できる学校が限られていて『じゃあそこ行くか』みたいに」

石 「あー……その……俺はもともと兄貴と一緒で、騎手学校に入って騎手になるつもりだったんですけど、よくある成長にダイエットが追いつかなくなって、中3で栄養失調からのドクターストップが掛かって『諦めろ』って言われて。それでも馬に関わる仕事がしたいな、って思って……あとウチの厩舎キッドが来るまではじり貧だったんで、最悪、他の仕事に進める高卒資格を取りつつ、馬と関わる選択肢を残したいなって考えた時、千葉か北海道かの二択で北海道を選びました」

館 「あー……じゃあ、石河君はもしかしたら僕の後輩になっていたかもしれないんだ?」

石 「です。っていうか競馬学校入った『知り合い』が、今騎手になって走ってますから……時々、美浦でも調教中に顔を合わせたりして、少し『羨ましいな』って思ったりもしています」

蜂 「こいつと一緒に農高の馬術部にも入ったけど、地元の馬産者の子たちより数段上手かったですからね。馬術部の顧問の先生が舌を巻いて『何者だ』って。経歴聞いて、そりゃそうだよって呆れましたけど」

石 「むしろ『お前が教えてやってくれ』って言われたもんな……授業で育成調教するのに追い運動とかで馬に乗る必要があったりするから、クラスの初心者とか見るのに殆ど助教扱いでした」

館 「はー……なるほど。え、じゃあ接点が出来たのは入学後?」

蜂 「です。っていうか、寮の同室でした」

石 「同じ二段ベッドの上と下で俺が上で。あとは坂本と峰岸が隣の二段ベッドで。その二人も同じ道外からの人間だったから、打ち解けられた感じだったよな?」

蜂 「静舞農業高校って、ほとんど地元の農家とかの地域の子が集まってくる場所なんで、道外からの人間が少ないんですよ。学年全部で俺たち含めてトータル8人前後じゃなかったっけ?」

石 「そんなもんだったな」

館 「なるほど……じゃあ、石河君、その中で三年間過ごしてて、蜂屋オーナーが作家だって知ったのは何時?」

石 「いや、それが三年生になってキッドがセールに出る時に、いきなりJRAの馬主資格証持ってきて『ちょっと落札してくる』って軽く言われて。『どうやってそんなモン取ったんだおめぇは!?』ってクラス全員に詰め寄られた時に。あん時『ペンネームで書いてるから黙っていてくれ』ってクラスに言ったんだよね」

蜂 「結局、キッドがデビューして一年そこらしか持たなかったけどね……正体隠すの。最終的に編集部にラジオ番組で『隠し通すの無理だから、もうある程度覚悟決めろ』って言われて、こうして多少なりは顔出す事を覚悟しました」

石 「まあ、『今にして思えば』っていうのは幾つかあって……こいつ自前でノートPCを寮に持ち込んでたんですけど、それがオシャカになった時に、真っ青な顔で寮のPCにしがみついて作業をしてた事があったりとか……あと、学校のPC室のパソコン直して、そこに入り浸っていた事とか。最初は『自力でパソコン直せるとか凄いなー』って思ってたけど、今思うと原稿作業に必死だったんだろうなって」

蜂 「あん時ホントヤバかったからな……自分用のPCに保存したデータがOSごと全トビして、保存してあったバックアップ引っ張り出して来たはいいけど、五年以上前の寿命寸前なポンコツ95を、必死になだめすかして動かしながら、何とか原稿書き上げてフロッピー複数枚に保存して編集部に郵送という」

館 「ふ、フロッピーですか?」

蜂 「いや、最近は都市部はADSLや光回線が一般的ですけど、在学中はISDNが学校に入ったばかりで、下手すると地域によってはテレホーダイの時代ですから、下手したら原稿がメール爆弾になっちゃうんで。

  だから、当時は、小説の文章の容量をデータとして確実に渡せるならフロッピーに入れて郵送が一番という……それでもうっかり2DDのフロッピーに文章突っ込んじゃって、編集部から『読めねぇよ!!』って怒られたりしました」

館 「え、ちょっと待って、作家しながら学生もしていたんだよね? 農業高校って朝が早いよね? あと作業が色々あるって聞いたけど?」

蜂 「ええ、ただ農高自体はネタの宝庫だったんで、授業の合間を縫ってストーリー考えたりして、分からない事があったら図書室で調べたり他の科の生徒や先生に聞いたりして。で、就寝点呼の終わった後にノートPCをベッドで開けて、コッソリだーっと」

石 「最初『なんかコッソリやってんなー』って思ってたけど、そのうち気にならなくなりましたね……何より日々労働で疲れてたし」

蜂 「俺も最初は体が慣れるまでは大変だったけど、慣れたら何とかなりました。ただ、作家仲間に農高時代の執筆環境を話したら、みんな『無理だ』って言ってました。多分、高校生の一番体力がある頃だから出来た荒業だったんだと思います。今だと……多分一か月以上になると、書く事は出来てもクオリティ的に厳しいモノになりそうだなぁ……」

館 「うわぁ……改めて聞いたけど、凄い経歴だなぁ」

 

 

 

館 「で、バーネットキッドを育ててるうちに、『馬主になろう』って思ったんだ?」

蜂 「まあ、それもあるんですけど……その、ここで語っていいのかなぁ? 農高に入って生産者として競走馬の闇に触れて来たからこそ、馬主の道を覚悟したんですけど……」

石 「え、闇って?」

蜂 「ほら、一年の時、先輩たちの燻製のアレとか、二年生の時に同級生や先輩たちが学校辞めた話とか……」

石 「あれか……確かに闇だな」

館 「闇!? え、何があったの?」

蜂 「これ生放送じゃないですよね? ヤバかったらピー音でもカットでもしてくださいね?

  えっとですね、一年の時、同学年で牛豚のほうに進んだ生産学科の面子の一人が、学校で育てた豚を使ってベーコンやソーセージを作ろうって話になったんですよ。

  で、燻製を作るのに俺たちも乗って色々手伝ったりしたんですけど、その話を聞いた先輩たちが『丁度いいから混ぜてくれ』って、結構な量のお肉を燻製用に持って来たんです。最初、何の気なしに食べて旨い旨いってみんな言ってたんですけど……何のお肉かって先輩たちに聞いたら、その年のセールに出して売れ残った馬のお肉で、どこも引き取り手が居なくて肥育から食肉処理されたヤツを、先輩たちが金出し合って買って食おうって話になって……」

館 「ぶっ!!」

石 「俺も最初、うっ、ってなったんですけど、結局のとこ、牛も豚も、家畜って経済動物じゃないですか? その範囲の中で『馬だけが例外って事は無いんだ』って。

  貰われていく場所も飼い続けられる場所も無いし、じゃあ競走馬や乗馬になれなかった馬の末路って『こういう事だよな』って」

蜂 「その辺は嫌って程叩き込まれたよね? こう、夢の裏側というか現実というかリアルというか……『こいつらはお前らに馬ってモノを教えるために育てられているんだ』『馬を育てる人間を育てるための馬なんだ』って。だからこそ『真剣に向き合い続けろ』って先生に授業で物凄く詰められたっけ」

館 「うわ、エグいなぁ……それを15から農家じゃなくて一般の子供に教え込む世界か」

蜂 「ご存じでしょうけどエグい事ばかりですよ農業関係なんて。

  動物植物問わず、人間の都合でお金稼ぐためにナマの生き物相手にしてるワケですから、色んな意味で情け容赦ありませんからね。農家って仕事は、否応なく自分他人問わず、人の業と生物の命に、同時に向き合う仕事ですから」

石 「俺も、小さい頃から馬に乗って色々知っているつもりではいましたけど、いざその現実を直で目の当たりにして、悩みましたね」

館 「うわぁ……あと、同級生が学校を辞めたって、やっぱりその……地元の子の実家の農場が倒産しちゃったとかそういった事?」

蜂 「そうです。中でも悲惨だった子が何人か居て、あれは強烈でしたね……実家が生産牧場とかの馬に関わる生徒たちだったんですけど、二年生の二学期の時に『(ピ―――――――――――)ラムタラ騒動まっ只中の最中に、早●牧場の大型倒産に巻き込まれて、冬休み終わった三学期に何人も生徒が学校から消えt』」

館 「ストップストップストォォォォォップ!! アブナイアブナイアブナイ!! ……うん、ごめん、興味本位で聞いた僕が悪かった」

石 「確かあの野郎、最近『(ピ―――――)ニュース見たら横領でパクらr』」

館 「だからストップ!! ……ああ、そうかぁ……そういう所を見てきたから蜂屋オーナーは馬主になるって覚悟を決めたのか」

蜂 「まあ、そういう事です。自分の小ささとか無力さとかを学生時代にモノ凄く思い知らされて、どう頑張っても目の前の一頭すら救う力も無いし、そもそも馬の世界って物凄いシビアで、勝てない馬の末路を知ったからこそ『この子は走って勝てるのに見殺しにするのか』って思って。

  で、思い悩んだ末に『じゃあ俺が馬主になってやる』っておっかなびっくりで覚悟を決めて、キッドを買ったんです」

石 「最初、こいつが馬主やるって聞いた時に『マジか』と思ったんですけど……まあ、約束は約束だったし、オヤジを紹介してキッドを預かって……『なんじゃこりゃ』ってなって、後はあれよあれよ、と、皆さんご存じの通りに」

館 「はぁ……え、育成牧場での調教は君は参加してないよね?」

石 「はい。農高を卒業して厩務員の資格を速攻で取って、キッドのデビュー戦ぎりぎりに競馬学校の卒業を間に合わせた感じです」

 

 

 

館 「そんなシビアな世界なのに……失礼ですがどうしてあのヒゲダンスに?」

蜂 「忘れてください」

石 「記憶から消して……アレ俺たち二人の黒歴史」

館 「いや、あんな強烈なの忘れようが無いよ。JRAのホースショーの調教師の方が『あれは真似できない』ってハードルが上がって泣いてましたよ」

蜂 「は、ははははは……まあ、悪乗りが8割で、あとは冗談抜きにホースショーやサーカスの人の目に留まったら馬肉コースは避けられるかもな、って思惑はありました」

石 「あ、お前そんな事考えてたんだ?」

蜂 「まあ、あの後ご存じの通り、先生に滅茶苦茶怒られるわ、お茶の間に流れて黒歴史になるわ、本家様にまで知られる事になるわ、ホントやるんじゃなかったと……」

館 「ああ、じゃあ、あの頃はまだ馬主になるって事は迷っていたんだ?」

蜂 「それもありますが、そもそも資格は満たしていたとしても未成年だったので馬主資格が取れるかどうかも怪しかったし……生産学科の授業って、どうしても『他の人に認められる馬を作る』事が眼目になるんで、迷うというかその時は『どうしたら買ってもらえるか』に目がいってて」

石 「あの時にオヤジも学園祭に来てて『面白い馬だな、もし売れたら馬主に営業かけといて』って言ってたんです。まさか生徒が馬主になって持ち込んでくるとは夢にも思わなくて、ビックリしてました」

館 「あ、じゃあ石河調教師(せんせい)も見抜いていたんだ?」

石 「『素質はあるかもなぁ』みたいには言っていました。まあ、ヤツのお陰でじり貧だったウチの厩舎は助かりましたが、同時に、もともと薄くなり始めてたオヤジの毛根のほうが、ここ一年のストレスでじり貧通り越して大ピンチに」

蜂 「ごめんなさい、石河調教師(せんせい)! ウチのキッドがご迷惑をおかけしています」

館 「あ、あはは、その辺は触れないであげようね……」

 

 

 

蜂 「まあ、キッドたちを預かってもらっているという以外にも、本当に感謝してる事が石河調教師(せんせい)にはあって」

館 「え、どんな?」

蜂 「心得を教えてもらって。俺が馬主になってキッドが二勝したあたりからかな? 真剣に『馬が分からなくなったら馬主を辞めなさい』って警告してくれて」

館 「え、調教師の先生が!?」

蜂 「です。静舞に居て、さっきも話した通り、散々家畜っていう経済動物としての側面の闇は見てきたわけですけど『そんなもんじゃないよ』って。だから、真剣に『何時でも馬主という立場から逃げられるようにしなさい』って。『馬を分からない人ほど、馬の魅せる夢に簡単に惑わされちゃう。だから分からなくなったら絶対撤退しなさい』って。

  本当に大人として、商売上の立場もかなぐり捨てて忠告してくれた言葉で。

  だから、馬主としては常に逃げ道を考えて行動するような感じ、ですかね? それでもやらかしちゃう事とか失敗とか一杯あるんですけど」

館 「ああ、そうか! だから、皐月賞以降の行動は」

蜂 「まあ、そういう感じですね。

  負けてる側が逃げるのって大変ですけど、勝った側が逃げるのって、実はその気になれば簡単ですから……瀕死でも何でも、とりあえず勝ちは勝ちですから『これ以上ヤバくなる前にとっとと撤退だー』と」

館 「酷い勝ち逃げだなぁ……あ、じゃあさっき言った『やっちゃった』ほうってのは?」

蜂 「(やや目を逸らしながら)やっぱり今年のセレクトセールですね。

  リンちゃん買うための見通しが甘すぎて、最終的にキッドの賞金から1億も突っ込んじゃって。『1億』って差し値を叫んだ直後に『やっちまった』って後悔して、その後ある意味もっと後悔する羽目に……」

館 「あれ凄かったよね……そういえば長部先輩がセキトカイゼリンのセールを見て『騎手免許取りなおしたい』って言って、家族に止められたそうだよ?」

石 「……へ、マジですか?」

館 「うん」

石 「やべぇ……じゃあもしかしてあれ、本物の長部さんからだったのかな? あれだけ盛大な引退式したハズなのに、なんの前置きもなく直で厩舎に掛けてきたんで、騙りかなんかだと思って電話ガチャ切りしちゃった!」

蜂 「おいいいいいいいい!! 初耳だぞ何やってんのぉぉぉぉぉ!?」

石 「後で確認して本物なら謝っとかなきゃ!」

館 「いや、もう来てるよ? どうぞー」

石&蜂『ぎゃああああああああ!!!』

 

 

 

石&蜂『(フライング土下座で)申し訳ありませんでしたぁぁぁぁぁ!!』

長 「いや、確かに良く考えないで私も電話で突っ込んじゃったし……にしても、君たち本当に仲がいいし面白いね」

館 「来年の栗東の騎手たちの新年会で、宴会芸に隆二と一緒に舞台に上がってもらえないかなぁ、とか考えちゃうな」

蜂 「いや、芸人はキッドだけですから!」

石 「何なら美浦から兄貴を生贄に差し上げますので……あれ? 栗東って騎手たちで集まって新年会とかあるんですか?」

館 「うん、あるよ? 美浦は無いの?」

石 「兄貴がそーいうのに顔出したって話は聞いた事が無いので……多分無いんじゃないかな? その辺は詳しくは兄貴に聞いてください」

 

 

 

長 「そういえば、お兄さんなんだけど、昔、調整室で会った時はピリピリして焦ってる若手って感じだったけど、僕が引退してヒゲ生やしてから少し柔らかくなったって聞いたね」

石 「あー、はい。皐月賞でキッドを死なせかけて、それで色々あって。その辺は館さんが詳しいんじゃないかな?」

館 「うん、まあ……皐月賞の後ね、ちょっとお兄さんが調整室で首を吊りそうな顔してて、僕としても色々思い出して放っておけなくて……で、ちょっと二人で深酒し過ぎて潰れちゃって、警察のお世話になっちゃって」

蜂 「ああ、あの警察署に石河調教師(せんせい)と迎えに行った時の。

  あの時、警察から連絡が厩舎に来た丁度その時に、キッドのクラシック戦線離脱の話を、石河調教師(せんせい)と相談してたんですよ」

館 「あ、そうだったんだ……え、って事は、本当にレース終わった直後に、もう蜂屋オーナーは撤退の判断下してたんだ? 確かに早いとは思ったけど」

蜂 「です。一応、同窓会兼祝勝会の席があったので、それが終わった後に『うん、撤退しよう』て考えて。で、厩舎に一報だけ入れて、翌日、直接厩舎に顔を出して細かい相談をしていたら、ほんとにもうタイムリーに警察から電話がかかってきて」

石 「あん時そんな事になってたんだ……まあ、お前が一番最初に目を付けた馬だもんな、ディープ……っつーかウィンドインハーヘアの2002って」

館 「え? ちょ、どういうこと」

石 「いや、農高の2年生の時に、0歳のセレクトセールの映像見せて、冗談で『どの馬の馬主になりたい?』って聞いたら『これ』ってウインドインハーヘアの2002を躊躇なく選んで」

長 「え、本当!?」

館 「冗談……ですよね?」

蜂 「まあ、一応……本当ですけど……言っても信じてもらえないだろうし、確たる証拠も証明も出来ないので、ホラだと思ってください。

  それに、当時7千万なんて大金確保できなかったし、馬主資格も持ってなかったし、何より当時の俺が仮に馬主としてすべての条件を満たして落札できたとしても、井出江調教師(せんせい)に幼駒の頃のディープを連れて持ち込んだって、門前払いされるのがオチだろうから……まあタイムマシンがあっても不可能だし完全に縁が無かったんだなって」

石 「だから決断がすげー早かったし、ディープへの警戒もオーナーが一番していましたよ。『絶対皐月賞までは当たらないようにスケジュール組んでくれ』って」

館 「えええ、そっちはそこまでディープ警戒してたの!? 当時、他にも有力馬居たじゃない? ジャパンカップにも来たアドマイヤジャパンとか」

石 「『それらよりも、とにかくディープがやばい。なるべく当たらないように、当たった時には奇襲でも一発芸でもいいから勝てるようにしてくれ』って……な?」

蜂 「まあ、そうです」

館 「それであの皐月賞で二の足が出たわけかぁ!?

  あれは本当に面食らったというか……『もらった』って思った瞬間に前で粘られて、冗談のように距離が縮まらなくなって……あー、そうかぁ……勝てなかったワケだ。馬も騎手も厩舎もオーナーも完全に一体で総がかりの奇襲かぁ……さっきも話したけど、酷い勝ち逃げだなぁ……」

蜂「勝ち逃げって言っても、逃げた先が地獄でしたけど?

  宝塚でしょ? 札幌記念でしょ? 秋天でしょ? で、ジャパンカップ?

  正直、ジャパンカップにディープが出て来なかったのは幸運でした。

  出たら回避するつもりでいましたし」

館 「流石に、菊花賞で3000Mの後に、中一か月でJCの2400Mってのは今のディープには厳しいからね……有馬もあるし。そうか、最初からソコまで警戒されていたのか……」

蜂 「まあ、新馬戦や若駒Sを見て『ヤバい』と思って、皐月賞を見て『ヤバすぎる』と。

  相性が悪いというか……多分、『お互いにかみ合い過ぎてぶっ壊れた』感じかな?

  ディープもこう、気質は逃げというか……見た感じなんですけど、多分、走るのが凄い好きな馬なんだと思うんです。で、キッドも飄々としてるようで『走る事は負けない』みたいな感じだから……レースになったらお互い『ああなるまで』張り合ってやっちゃうんでしょうね」

館 「なるほどなぁ……パドックは悪ふざけするけど、確かにレースじゃ本当に負けん気強いしね、キッド」

蜂 「というか、館さんも、割と別の鞍上でキッドとレースしていて『ディープならば……』って考えちゃった事ありません?」

館 「ははは……そこはノーコメントで」

 

 

 

館 「そういえば、長部先輩、セキトカイゼリンに乗せてもらえたんでしたっけ?」

長 「そう、育成中のカイゼリンにね。そちらのオーナー様のご厚意で」

蜂 「はは、リンちゃんには落札直後からいろいろと振り回されていますけど、ある意味、現時点での究極がコレでしたね……最初本当に何事かと思いましたよ」

石 「なに、そっちには話が通ってたの!? 連絡まわしてよぉ~」

長 「いや、厩舎に突っ込んじゃったのが先で、伝手を使ってオーナー様から石河調教師(せんせい)に話を通したのが後だったから」

蜂 「ええ、ちょっと懇意にしている会長様から『話がある』って言われて、そこに長部さんがおられて。で、リンの調教というか、ちょっと乗ってもらって」

長 「凄いよね……ほら、スイープトウショウといい、最近、全体的に牝馬が凄く強くなってきてるじゃない? 僕が現役の頃はああいう牝馬はエアグルーヴとかヒシアマゾンくらいで、他は殆ど考えられなかったもん」

蜂 「あ、じゃあリンちゃんも、その素質があると思います?」

長 「ありますよ。背中っていうか、乗り心地が凄く柔らかくてテイオーを思い起こさせる。正直、テイオーの後継者がようやっと現れたか、って感じだった」

石 「いや、牝馬ですから」

蜂 「後継者って、種牡馬にはなれないと思いますが」

長 「そうなんだよねぇ……まあ、よくあるけど『この子が牡馬だったら』って思った。牡馬ならダービーどころか三冠だって狙える逸材だよ。こんな事なら、正直あと何年か騎手免許の返納を待つべきだったなぁ」

館 「凄いねぇ、長部先輩のお墨付きが出ちゃった……冗談抜きにキッドの時もそうだけど『本当に農業高校の素人の生徒たちが育てた馬なのか!?』って思ったよ」

 

 

 

蜂 「そういえば、母校に最近、ちょっと講演でお呼ばれしたんですけど、たった2年で学校がだいぶ様変わりしていましたね」

石 「え、どんなんなってた?」

蜂 「あのひび割れだらけの風呂場とか、滅茶苦茶になってた馬房の傍の使ってない納屋とか、色んな所がすげーキレイにされて、あとパソコン周りに光回線が入って。んで、原生林を開拓して育成用の坂路とか馬場とかが新しく出来始めてました」

館 「原生林を開拓!?」

蜂 「開拓です。学校の中に森とか川が以前はかなりあったんですよ。で、生徒先生総出で敷地内の原生林を重機使ってだいぶ切り開いたみたいで。昔は森の中にあった丘が、今、育成用の新しい坂路に化けてる最中です」

石 「元々、敷地だけは無駄に広かったからな……学校一周で20キロくらいあるんじゃなかったっけ?」

館&長『20キロ!?』

石 「大体、美浦や栗東のトレセンがすっぽり入るくらいじゃないですかね? もうちょっと広いかな?」

館 「信じられないくらい広い高校だね……え、森があるって事はクマとか出ない?」

蜂 「出ますよ。警戒して寄ってこないけど」

長 「ずいぶんとワイルドな環境だねぇ……」

蜂 「一度、昼飯にクマ鍋が出た事ありますよ。結構危ないラインまで近寄って来たんで、ゴミの味を覚える前に、ライフル使える狩猟免許持ってる先生が、学校の敷地内に湧いたヤツをズドンと……で、翌日、死体を軽トラに乗せて、朝礼の時に『駆除されましたー』ってアナウンスが」

石 「あんまり美味しい肉じゃなかったよな、あのクマ。時々獲ってきてくれる鹿肉のほうが美味しかった」

蜂 「ああ、鹿は害獣なんで駆除対象なんです。で、たまに授業の無い休日に猟期だとズドンとやって先生が獲ってきてくれて、一部の生徒たちのご飯になったりするんです。あと畜産でも食肉関係の授業は、それを教材に食肉処理場に持ち込んで解体とかやるみたいです」

館 「想像以上にワイルドな学校だなぁ……」

蜂 「北海道って大体ワイルドでしょ? というか北海道のイメージって、正直、静舞の農高のアレしか思いつかないんですけど」

石 「うん、畑と牧草と森と家畜と鹿と時々熊? で、海岸沿いに張り付くような小っちゃい町?」

蜂 「他にはなーんも無かったもんな? ローカル線の駅前までバスで1時間くらいかかったし」

石 「っつーか、駅前そのものが何も無かったよね?」

蜂 「正直、あんな環境で、95でもISDNでもパソコンが存在してインターネットにつながっていた事そのものが、驚愕だったな……」

 

 

 

館 「さて、年末の有馬に向けて……の前に、報告があるんですよね?」

蜂 「はい。今年の朝日杯FS……有馬の二週間前、ですよね? そこにバーネットキッドの全弟であるクアッドターボが出場するのですが、そこの鞍上を、こちらの館騎手に務めてもらう事になりました」

館 「はい、もう一頭のほうのオグリの孫に乗せてもらえる話になりました。実は、何度か美浦まで調教に行ってますが……うん、ここではあまり語れないけど彼も凄い馬だね」

石 「最初、親父が話を振った時は『本当に受けてもらえるのか』と思ったけど、乗ってもらった時は、ホント凄かったもんなぁ」

蜂 「クアッドに関して親父さん……石河調教師(せんせい)の話を聞いて、じゃあもう鞍上は『館さんがベストかな』と。こちらとしても『ダメ元でいいから』って話を振ったら、本当にOK貰えちゃった感じでした」

館 「いや、こちらこそ乗ってみたいとは前々から思っては居ましたが、まさか美浦からオファーが来るとは……ただ、調教でもキッドのほうに乗せてもらえなかったのはちょっと残念でしたが」

石 「だめですよ。対ディープで今、色々仕込んでいる真っ最中なんですから。全部バレちゃうもん」

蜂 「ちゃんとバレないように調教時間ずらしてもらってます」

館 「しっかり警戒されてるんだもんなぁ……」

蜂 「むしろ、農高産で落札価格90万の馬なんだから、7千万の馬が油断して欲しいくらいです」

館 「3歳でG1五勝した無敗馬に対して何を油断しろと!? 美浦はどうか知らないけど、栗東の有力厩舎のほとんどが、してやられっぱなしでドコも目の色変えてるからね?」

石 「はは、美浦は……栗東の精鋭を蹴散らしているから、一応、応援はしてくれてるけど、眼の底は笑ってない感じかなぁ……」

 

 

 

館 「では、番組もそろそろ後半なのです……が。ゲストのお二方に、お手紙からの質問を」

蜂 「はい、なんでしょう?」

館 「『蜂屋オーナーや石河厩務員にとって、バーネットキッドが特別な馬だというのは分かるのですが、具体的に、自分自身の中で、彼をどういう存在として見ておられますか?』」

蜂 「そうですね……変な話なんですけど……悪友……が一番近い感覚かもしれません。こう、一緒に居てバカをやるのが楽しい関係、かな?」

石 「正直、厩務員として本当はいけないんですけど……やっぱり俺も同じ、ですね。というか農高で俺らの世代は、先生生徒全員キッドに散々振り回されましたから。だから、周囲が騒ぐG1五冠の無敗馬というよりも、時々学生時代の悪童ぶりを思い出しちゃう感じで。レースや調教で自分や兄貴を乗せて走ってる時は『G1馬だ』って思えるんですけど、厩舎でくつろいでいる時とか放牧されてる時の姿は本当に……うん、あの頃のまんまですね」

館 「うーん、惚気られたなぁ……じゃあ、次に……『蜂屋オーナーにとって馬主という立場に立って、変わった事は何かありますか?』」

蜂 「変わった事……まずペンネームで書いていたのがキッドが活躍し過ぎて、顔ばれする羽目になったのと……あと、館騎手含め、恐れ多い御方に沢山声を掛けられて、目を白黒させるような目にも沢山遭いましたけど……それも含めてこう、馬主って立場に『置かせてもらった』みたいな。最初の頃は、オープン戦まで勝てれば万々歳くらいに思ってて、適当に稼いで引退したら、まあ最後まで面倒見てやろうかな、って思っていたのがこう……今では稼ぎが逆転されちゃってます」

館 「え、でも今年アニメ映画にもなってたじゃないですか」

蜂 「いや、そりゃ動くお金は大きいし、お陰様でヒットは飛ばせましたけど、結局その動いたお金が全部原作者の懐に入るワケじゃないですし、アレは本当にアニメーターさんや声優さん含め、大勢の人が関わった大規模な『プロジェクト』の結果ですから、正直規模が違い過ぎて……原作者として物語が広がるのは嬉しいですけど、あそこまで大きな話になると、もう『大プロジェクトの原作者っていうパーツ』だと思うしか無いんですよ」

館 「なるほど」

蜂 「あと、なんというかこう……他の馬主様含めホースマンの方々全部からは怒られそうな言い方になるんですけど……『競走馬』って人類が生み出した、古今東西あらゆる趣味の中でも『究極形の一つ』だと思うんです。だってその『趣味』のために、サラブレッドっていう馬の『種』を、人類がン百年かけて創っちゃったんですから」

館 「あー……なるほど」

長 「そういう見方もあるのか……」

蜂 「だから馬主二年生の俺の知る限りでも、その楽しむ幅も懐も業も物凄く深くて……その分出ていくお金も半端じゃないですけど……本気で楽しもうと思ったら、本当にいくらお金があっても足りない趣味だなぁ、って。本当に底なし沼ですね。

  だからダビスタやウイポの家庭用ゲームとか、精々、ゲームセンターのメダルゲームで楽しんでいる人たちのほうが、ある意味健全だと思いました。ほんと自分からすると、信じられないほどお金が出て行って入って来る、ワケの分からない世界だなぁ……と」

石 「あー、こんな事言うのもアレですけど、大体出ていくほうが普通ですからね? 持ってる馬の数より、重賞どころかG1の数が多いなんて馬主は彼くらいです」

館 「うん、確かに」

長 「居ないね……確かにそんな馬主は居ない」

蜂 「ちょっ! ビギナーズラックが当たっている最中なダケだから! 持ってる馬3頭しか居ない零細個人馬主ですよ俺!? キッドが凄すぎたダケだってば!」

館 「いや、クアッドも凄い馬だったよ」

長 「さっきも言ったけど、セキトカイゼリンが来ることを知っていたら、無理にでも二年は引退を延ばすべきだったかもと少し後悔してますよ」

石 「だって。伝説の名ジョッキー二人からお墨付きが出たぞ、オーナー」

蜂 「うわああああ、勘弁してください、また馬主席の目線が怖い事になるんだから。『馬の見方を教えてくれ』って言われたって、俺自身『走ってくれそうだな』って思った馬を買っているダケなんですから。ホント自分でもワケわかんないですよ」

石 「おいおい、お前プロの文章書きなんだから、自分の才能を言語化する努力はしようぜ」

蜂 「え? えぇぇぇぇ……えーと、ぐぁーっときてぐーっときたかんじのをきゅーっと」

石 「長嶋語で誤魔化すなよ!」

蜂 「だから本人もワケわかんない事になっているんだって。皆さん『こんな馬主は居ない』って言ってたけど、俺だってそんな馬主になれるなんて思ってもいなかったんですから。そもそも、新馬戦含めて二歳の頃にウィナーズサークルに顔出ししてたのも『まあ新馬戦や2歳のOP戦なんかは、みんないちいちチェックしてないだろう』っていう雑な思惑があってですし」

石 「もうあの段階で出自が面白いから、注目はされてたじゃん。……園長の動物番組にだけど」

蜂 「まあそうだけど……究極はやっぱ、皐月賞終わった後の会見が致命的だったかも。『俺が決断したんだから俺が顔出して説明しなきゃ』って使命感に駆られてやったけど、あれが決定打で身元バレに繋がったのかな……ホント、本業は庭石の裏のダンゴムシみたいに、物陰でペンネームでコソコソと好き放題にポンチ文を書き散らすのが仕事だと思っているから、こんなカメラの前でトークするなんて戸惑う事ばかりですよ……だからとりあえず友人を生贄の盾に連れて来たんですけど」

石 「タダの新人厩務員を盾にするなよ!」

 

 

 

館 「そうそう、その生贄の盾にも話を聞きたかったの。

  お兄さんが言ってたけど『もし体重の問題が無かったら、騎乗センスは弟のほうが上だったかもしれない』って……あとほら、新人の眉園騎手だっけ? 確か元カノだったとか聞いたけど、彼女も初心者で子供の頃、色々アドバイス貰ったとかって……」

石 「ぶーっ!! や、やめっ、かんべんしてください!! もう3年以上前に終わってるの! とっくに終わってますから!!」

蜂 「ああ、確か幼駒の頃のキッドが、携帯電話しゃぶってポイして壊したせいで、別れる事になった彼女が居たって……今、騎手やってんだ?」

石 「かんべんして……っつか、何で今さらそんな事を」

館 「いや、キッドを調べていたら、眉園君含めて栗東の新人の子の内、何人かから君の名前が出て来たんだよ……『キッドに付いてるのアイツか』って」

石 「もうとっくにダメですよ。今でも調教厩務員としてだって体重ギリギリですもん……これ以上落とすと栄養失調でやばいって医者に言われてるし、将来的に調教助手の資格取って調教師目指すつもりでいますから」

館 「じゃあ本当に騎手としての未練はない?」

石 「迷いが全く無いと言えばウソになりますけど、現実的に不可能ですし、そこは割り切ってます。まあ、馬に関われるだけでも幸せかな、と……年取ると体重は嫌でも増えるんで、乗れなくなるまでは馬に乗りながら、将来的には調教師を目指そうかな、と……って言っても、親父の後を最初に継ぐのはダケさん……ああ、ウチの調教助手の人だと思いますけど」

館 「えー、そこは頑張ろうよ。僕の同級生は30代で厩舎開業したよ?」

石 「超名門の御曹司じゃないですか、あの御方。……それに、試験や営業とかもそうだけど、馬の見方とかは、まだ色々教わって勉強しないといけないですし……主に蜂屋から」

蜂 「お、俺ぇ!?」

石 「だって、調教師になったら、勝てる馬見つけて営業しないといけないんだから……」

蜂 「え? ……馬を見つけて連れて来るのは馬主の仕事じゃね?」

石 「そんなのは、お前と金戸オーナーと、あとメジロやシンボリなんかのオーナーブリーダーやってる牧場くらいだよ?」

蜂 「えぇ? そうなの!?」

 

(暫し、沈黙が落ちる)

 

館 「……ああ、そうか……そうだよね」

長 「本当に『新時代』のオーナーだなぁ」

石 「『新時代』というより、ある意味、正当な『馬主』なんですけど……正統過ぎて今どき普通居ないですよね」

蜂 「な、何か変な事言ってます? 俺?」

長 「あのね、普通の馬主は、懇意にしてる調教師の先生と一緒に、勝てそうな馬を探しに牧場やセールを回ったりして『こんな馬いかがでしょうか』って二人で相談して馬を買うの」

館 「金戸オーナーも確か、最初に馬主を始めたての頃は調教師の先生と回った、って聞いたよ。蜂屋オーナーは、その過程もすっ飛ばしちゃってるんだよ」

蜂 「はー……いや、馬主になった経緯が経緯なんで、良く知らなかった……そっか、石河の親父さんが出張とか多いのって、そういう経緯があったんだ」

石 「思うに、こいつの場合、順序が逆なんだと思います。

  普通の馬主の方ってその……言うのもアレなんですけど『馬主』っていう『ステータスが欲しい』って言うのが最初にあって、走らせる馬は後から考える感覚なのかもしれないけど、こいつの場合『走らせたい馬がいる』から全てが始まっているから、馬主っていうステータスのほうが後から付いてきた感じなんでしょうね……だから色々自覚が無いんだと思います」

 

 

 

館 「さて、番組も最後ですが、ここで最後のドッキリとして、蜂屋オーナーになじみの深い、ある御方をお呼びしております」

蜂 「……え? まさか農高の先生とか?」

館 「さあ……誰だと思います?」

蜂 「えー? 俺になじみ深い……? 誰?」

館 「お呼びしましょう、どうぞ」

 

(襖を開けて入って来る新野女史)

 

新 「どうも皆さんはじめまして。雷撃文庫で先生の担当編集の新野由香里と申します」

蜂 「うわぁ!! え、え、聞いてないー!?」

館 「なんでも、作家としての担当編集だけではなく、馬主としてのフォローも色々しておられるとか」

新 「ええ、最初は傍観していたんですが、先生が馬主としても有名になるに連れて、本業の作家業にも影響が大きくなって、いい加減放置しておけなくなりまして……今年のセレクトセールとか、何かとトラブルに巻き込まれるので、もういい加減、レースの日には秘書代わりに付いていく事になりまして」

蜂 「あー、はい……なんというか、名刺も持たない社会不適格者の面倒を色々見てもらって、本当に助かってます……って、え、新野女史が来るって事は、あの時のラジオみたいに、また何かバラされるの!?」

新 「はい、もう色々と覚悟を決めてもらおうかと思いまして。

  というか、この番組のオファーを『受けた後に事後報告』とかされて、少し途方に暮れたので、色々釘を刺して、暫くアキバを徘徊したり虎やメロンで買い物出来なくしたほうがいいかなと」

蜂 「かんべんしてー!! あとエロだけじゃなくてPCのパーツとかも買い漁ってるんだから!」

新 「普通に買えばいいじゃないですか、パソコン」

蜂 「嫌だよ既製品なんて。パソコンは『自分で作るモノ』でしょ!?」

長 「ぇ……パソコンを『作る』?」

蜂 「いや、メーカーの既製品って、どうしても要らない機能とかソフトがくっついてきたり、スペックに満足出来なかったりするんで、ノートみたいな面倒くさい奴以外は、パーツ買って自分で作るんですよ」

長 「はぁ…凄いな……これが新時代の若者か」

蜂 「いや、そんなすごくないですよ……最初は河原に捨ててあったエロ漫画雑誌のコラムに載ってたエッチなゲームを18歳未満でプレイしたい一心で、貰ったガラクタから必死に組み上げようとしたのが始まりですから」

長 「わははは、いや、十分凄いよ!」

館 「行動力も凄いけど、そこで『自分でパソコンを作ろう』って発想が凄いな」

石 「さっきも話しましたけど、農高の壊れたパソコンをニコイチやサンコイチして、何台も修理してましたからね……凄いですよ、パソコン知識とかは」

蜂 「お陰様で、中坊の頃から立派なオタクのエロガキでした」

新 「まあ、こんな感じで元から行動力のあるオタクな先生なので、馬主としても行動力があり過ぎて色々やらかしてるので、いい加減、公開処刑をして釘を刺しておかないとと思いまして」

蜂 「なに……何をバラす気なの!?」

新 「何からバラして欲しいですか、先生?」

蜂 「やめて……心当たりが多すぎて、どれもクリティカルなんですけど」

新 「とりあえず、最近、府中の馬主専用駐車場に、自転車留めたお話をしましょうか?」

蜂 「うわ……アレか……え、アレをどこまで?」

新 「単勝馬券を千円買って150万にしたあたりまでです」

蜂 「うへぇ……」

館 「え……なんかすごいパワーワードが一杯出て来てるんだけど? なに、自転車で府中まで来て、馬主専用駐車場に自転車を留めて、千円で150万当てて自転車で帰ったって事!?」

蜂 「あー……はい、まあ、そうなります。住んでる所が府中と近くて、自転車で運動がてらに行ける範囲なんですけど、秋天まで府中に行った事って今年の共同通信杯の一度しか無かったんですよ。で……秋天が終わって、それに気が付いて。仕事で二週間近く自宅にカンヅメしてたんで、気分転換にも丁度いいやと自転車で思い立って散歩がてら取材に行ったら、駐輪場が分からなくて……で『あ、俺馬主だから、馬主専用駐車場に留めればいいじゃん』と」

長 「(爆笑中)馬主専用駐車場に自転車留めたって……高級車を留めた人ならいくらでも居るけど自転車を留めたって……」

蜂 「後で新野女史含めて『馬主権限をそんな事に使うな』と色んな人に怒られました。今度からは普通に駐輪場に留めます」

館 「えー、で、千円で万馬券当てて帰ったんだ……凄いなぁ」

蜂 「いえ、単勝しか買ってません」

館 「は? ……いや、単勝で千円で万馬券? 出てない……よね?」

蜂 「いや、単勝で勝ったお金を、全額次のレースで単勝に突っ込んで、その日の第8レースから5回くらい連続で勝ったら、150万に……」

館 「え? え、え、ええっと……?」

蜂 「つまり、1000円×5.4×7.2×1.3×7.1×4.1倍で、おおよそ150万当てまして」

石 「あの時か!? って事は、150万の大金、自転車の前かごに入れて漕いで帰ったんか!?」

蜂 「流石に前かごに直はアブナイから、封筒をビニール袋に包んで、体にガムテープで張り付けて帰ったよ」

館 「なんだろう……うん……馬を見るのに調教師の先生を付けない理由がよく分かった」

長 「ああ、噂になってた『妖怪単勝転がし』の伝説の正体はあなただったのか」

蜂 「なんか噂になったらしいですね……正体がただの枯れ尾花で申し訳ありませんが」

新 「本当はもっと凄いのも色々あるんですけど」

館 「あ、それは知りたい……そろそろお開きの時間なんですけど、ちょっと番組延長しましょうか?」

蜂 「やめて、これ以上かんべんして、お願い! 反省してますから許して!」

新 「本当に注意してくださいね、先生……馬関係はちゃんと私を通すように!」

蜂 「はい……反省しております」

 



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第50回有馬記念 抽選会

 G1馬を育て上げる。

 

 多くの調教師が望み、そして果たせずに廃業、または引退していく栄誉であり夢。

 最小規模である12房の零細厩舎を美浦で開業し、程々の成績を残しながらも、じり貧な状況下……『自分もそうなるのだろう』と思い、それでも『子供たちを育て上げるまでは』と覚悟を決めて居た矢先に。

 予想だにしない所から持ち込まれた馬が、G1どころか最多連勝記録すら作ってのけた。

 

 夢物語。立身出世。遅咲きの花。

 

 周囲にはそう語られるが、G1馬を受け持つ調教師に掛かる重圧というのは、半端ではない事を、自分――石河吾朗は改めて認識していた。

 

 ましてや、馬自身もそうだが、持ち込んだ馬主が……色んな意味で『(一部は小市民な方向に)規格外』であり、むしろ人生の先達として『守護(まも)らねば』といった思いすらある存在である。……つい先日もジャパンカップでの『単勝転がし』の顛末を聞いて、馬主と調教師としての立場とは別で、大人として注意をしたばかりだ。

 

 故に……バーネットキッドが活躍すればするほど、先達たちの付き合いでの話を聞くに連れ、『G1馬を輩出した調教師』というくくりの中では『自分は凡人だな』と、嫌でも自覚を持たざるを得なくなっていた。

 

 そんな状況下。

 加速度的に今年の年末の朝日杯、有馬記念に向けて増していくストレスは、モロに頭頂部を襲い始め……

 

「!!!!!!!!」

 

 その日……朝起きると、頭部にあった毛髪が枕元に大量に横たわっていた。

 

 愕然としながら洗面台で鏡を見ると、そこには……最早、絶対防衛線は蹂躙し尽くされ、二年前にはやや薄くなりながらも白が交じったふさふさとした洋芝のコースは、あらゆる育成の努力も空しく、主に芝を食い荒らすG1級のUMAによって、加速度的に地肌むき出しのダートコースへと変貌しつつ在った。

 

 無論、息子たち含め、厩舎の調教助手や厩務員や所属騎手たちは、慈悲深く見て見ぬふりをしてくれていて……それが更にストレスを加速させていく状況下だったりする事に、自分の器の小ささを自覚しつつも、それが止められなかったりして、自己嫌悪のストレスサイクルが完成しちゃってたりする。

 

 ……いかんいかんいかん……これはいかんぞ……

 

 何か気分転換の出来る趣味でもあればいいのだが、無論、調教師という職業はそんな暇ではなく。

 増してや……不仲だったとはいえ厩舎の開業が決定打となって、他所に男を作って出て行った妻と離婚した身である以上、もとより馬以外に趣味を持つような器用さを、彼は持ち合わせてはいなかった。

 

 故に……時間の無さ、そして『馬場』の再生の見込みの無さから彼は決断を下し……アデラ〇スのチラシを手に、携帯電話のダイヤルを押し始めた。

 

 

 

 で……

 

 

 

「いやぁ……毎年テレビでは見てましたけど、まさか『出る側』になれるとは、思っていなかったですよ。キッドを預けて頂いてありがとうございます、オーナー」

「は、はぁ……」

 

 待ち合わせた、都内の某有名ホテルのロビーで。

 にこやかな笑顔の石河調教師(せんせい)の言葉に、俺……蜂屋源一は、引きつった笑顔で返事を返す。

 服装は全員スーツ姿の一張羅。文字通りの正装での『勝負服』なのだが……

 

「……こ、こちらこそ先生にキッドを預かって頂いて感謝しております」

 

 謝辞を返しながらも困惑した目線を、隣に立つ石河兄貴に向けると『俺に聞くな』と首を横に振る。

 

 こんな都内の高級ホテルなんて、それこそ都内で暮らしている以上、色々な意味で縁のない自分が、何故足を運んだかというと……無論、毎年、そこで行われる、有馬記念の抽選会である。

 ちなみに、新野女史は、別の担当作家に絡んだ急な仕事が入ってそちらに行ったため、この場には居ないものの……色々と、ぶっとい釘を刺されていたり。……信用ネェなぁ、俺……

 

 ……ああ、ただでさえ馬主の方々と会うのって、胃が痛いのに……その……

 

「あ、申し訳ない。

 会場に入る前に、少し用を足してきます。……緊張してきちゃった」

 

 そう言って、待ち合わせたロビーから石河調教師(せんせい)が席を外した途端……

 

「お兄さんお兄さん。その……親父さん、アレ完全に『パイルダーオン』しちゃってません?」

「パイルダー言わない!

 ……正直、俺もどうかと思うんだけど、本人凄い気にしてるんだから!」

「じゃあ『ブッピガン』でもいいです。……正直アレ、バレバレじゃないですか!?」

「ぶふぅっ……ブッピガンって…! ……そんなにネタがポンポン出るなら、オーナーから上手い事突っ込んでやってくださいよ!」

諸悪の根源(キッド)を預かってもらってる『先生』に言えませんよ! むしろ身内からハッキリ言わないとダメでしょ、こういうのは!?」

「以前ふさふさのクアッドと絡めてネタにして思いっきり睨まれちゃってるんですよ、俺も賢介も。怖くて二度目なんて言えません!」

「だからって誰か言わないと、ずっとあのまんまですよ!

 病気で禿げたのなら兎も角、親父さんくらいの年齢ならハゲだって年齢相応の味になるんだから、ショーン・コネリーみたいにキッチリ整えりゃ変じゃないんですよ。

 下手に『若く見られたい』なんて色気出してパイルダーオンするから、下心見透かされて色々面白オカシイ話になるんですよ!」

「そう伝えてくださいよ、オーナーが!」

「嫌ですよ、こないだのJCで単勝転がしのバカやって、怒られたばっかだもん!」

 

 などと、小声で石河兄とやり取りしていると。

 

「いや、失礼。お待たせしました。じゃ、会場に行きましょうか」

 

 微妙な『ズレ』をトイレで直したのか、きっちり整えた石河調教師(せんせい)が戻ってきまして。

 

 ああ、コレ……誰かツッコまねぇ限り、ずーっと秘密っつか暗黙の了解で守り続けなきゃなんねぇのかな、って思うと。

 カツラって事の発端の下らなさやしょーもなさの割に、周囲にとっても自分にとっても、隠し続けるリスクや手間暇が、絶対に割に合ってねーよなぁ……と、しみじみと思い知ったのであった。

 

 

 

「…………………」

「…………………」

 

 白い円卓に座って、ステージの方向を向く。

 壇上では司会者やスペシャルゲストの方々が色々トークを続けていくが……正直、俺も兄さんも、色んな意味で親父さんの頭のカツラ(ブッピガン)の塩梅が気が気じゃないのである。

 ……俺の座った位置的に、丁度ステージの中心との一直線上に親父さんがいるので、チェックしても目線的に不自然になりにくいのは幸いだった。

 

「やはり緊張しますか、蜂屋オーナー」

「は、はい……『色んな意味で』……えらい所に来ちゃったな、と」

 

 丁度、隣の円卓に金戸オーナーと館騎手が掛けておられまして。

 で、すぐ隣の館騎手に小声で声をかけられてたり。

 

「自分がレースに出るんじゃないのに緊張してきた……ひやひやしっぱなしです」

「ははは、これを楽しめれば一流ですよ」

 

 うーん……俺、一流にはなれそうにないです……

 

『では、運命の時間です。馬名の入ったカプセルを引いて、開けてください』

 

 ステージで呼ばれたスペシャルゲストの女優さんが、カプセルを手にして、開ける。

 

『さあ、最初の馬は誰でしょう……』

 

 効果音と共に、公開される紙片には……

 

『バーネットキッドです!!』

 

 初っ端からですかー!?

 

「うぉ……」

「いきなりキタなぁ……」

 

 会場全体がどよめく中。

 とりあえず親父さんと兄さんと一緒に、ステージに上がる。

 

「さあ、誰が引かれますか?」

 

 と……司会の問いかけに。

 

「そりゃもう、ラッキーボーイとして名高いオーナーに」

「うん、オーナーが引く方がいい。一番『持ってる』と思うし」

「二人とも、俺ですか? まあいいや。くじ引きはあまり自信無いですけど」

 

 無造作に振られて、軽く戸惑うも。

 うん、深く考えてもダメだろうし……外枠だったら外枠で、そん時はそん時だ。

 『俺のせいじゃないモーン♪』と気軽にボウルに入ったカプセルを手にし、開ける。

 

「さあ、無敗の怪盗がクジの先陣を切る、一体何番か……1番だぁぁぁぁぁ!!!」

「え?」

 

 広げた紙を改めて見直すと……『1』という数字がはっきりと書かれていて。

 『うぉおおぉぉぉぉ』と、うめき声ともつかないどよめきが、会場を支配していた。

 

「いきなりやりましたね! 16分の1の確率を踏み越えて、ベストポジションを引き当てました!」

「うん……当たっちゃいましたね」

 

 ひきつった顔で返事をし……ふと、ステージから会場を見ると、軽く頭を抱えていたり、天を仰いでる調教師や騎手の方々が大勢。何人かのオーナーは『どーすんのコレ』って顔で、チベットスナギツネみたいな目になっていたりする。

 

「抽選開始早々、波乱の幕開けとなりました第50回有馬記念!! まさに先行どころか大逃げを打たれた状況で他の陣営はどうなるのか! さあ、次に参りましょう!」

 

 そこから、順調にくじ引きは進み……

 

「ゼンノロブロイ……3番!」

「マイソールサウンド……2番!」

「タップダンスシチー……9番!」

「リンカーン……14番!」

「ハーツクライ……10番!」

 

 そして……最後の2枠。館さんともう一人が壇上に上がり……

 

「さあ、最後の2枠。6番か、12番か……注目のディープインパクトは……6番です!! 12番はビッグゴールド!! これにてすべての枠順が決定しました!」

 

 一時間近く盛り上がった抽選会は、ここに幕を閉じたのだった。

 

「……うーん、外枠に行ってくれなかったか。なんだかんだ持ってるよなぁ……館さん」

 

 などと、つぶやく石河調教師(せんせい)に。

 (いや、あんた今、持ってるどころか『乗せてる』じゃないですか!)とは……どうしても口に出して突っ込めませんでした。

 



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中山競馬場 第11レース 第57回朝日杯フューチュリティステークス(G1)その1

 ああ、師走だなぁ……

 

 タクシーの後部座席に座りながら、窓の外を眺める。

 

 2005年12月11日……朝日杯フューチュリティステークス

 

 正直、船橋法典の駅から歩いて行きたかったが、駅からの道が凄い修羅場な事は分かり切っているので、西船橋の駅で新野女史と合流し、そこからタクシーである。

 

 ……そーいえば去年、マスゴミ共のせーで、すげー修羅場っちゃったもんな……まあ、なんか最近になって落ち着いて来てはいるみたいだけど。なんでもTDSの最強硬派……というか、俺に『泥を塗られた』と思い込んだエライ御仁が、どっかに飛ばされたとか何とかいう噂話を、馬主席で聞いたから、それやもしれん。

 

 師走。

 即ちそろそろ年内の色々なモノが大詰めの時期。

 俺個人としても、今日を含めて年末の決戦が3連続だ。

 朝日杯、有馬記念、そして……

 

「冬コミだ!!」

 

 なんて、タクシーの中で語った瞬間、新野女史から脳天ドツキ回されそうになりまして。

 

「ね、ねぇ……その、年末は……」

「行けると思っているのですか、先生!? 29、30としっかり予定入れてますからね?」

「そこを何とか……出版社の忘年会は夜でしょ!? 有明からも近いんだし、少し離れたトコからタクシー捕まえれば」

「ダメです!! 今年は虎やメロンで我慢してください!!」

「行きたいんだよぉぅ……直接挨拶したい先生方がいっぱいいるんだよぉぅ!」

 

 何より……小説の挿絵でお世話になってる、壁サークルの先生の手伝いに行く約束をしているので、サークル参加で入場できるのだ。

 そりゃな? 預託費用を払う事を考えても、カタログ代+交通費で考えたら、虎やメロンで買うほうが合理的だよ。一冊二冊買うんだったら、列に並ぶ手間暇考えても、むしろそのほうがいいし、俺もそうしてる。

 でも、でも……今年は復活したり、引退宣言した後にカムバックしたマストバイな先生が大量におって、だからこそ久方ぶりに参戦したいのだが……

 

「先生……素人の祭典は、本職がウロウロしていい場所じゃありませんよ」

「本音は?」

「デビュー前の18歳未満で18禁小説書き上げやがった末に、年齢偽ってエロ小説サイトに投稿してた大馬鹿者を、(2005年当時の)冬コミ二日目に放し飼いにする出版社がドコにいるんですか」

「だって……読みたいエロが『無かった』から『創る』しか無かったんだもん。在るなら買うなり立ち読みするなりしますって。それに18歳未満が18禁を描いちゃいけないなんて、六法全書のドコにも書いてないじゃないですか。

 っていうか、某エロ小説サイトのBBS掲示板で好評だから、ぢつは続きをコッソリ書いてパソコンの中にしまってある……って言ったら怒ります?」

「『黙ってりゃバレないだろう』とコッソリ発表していないあたり、一応、本職としての自覚があって何よりです。ウチの出版社との契約が終わってから、おフランスにでも二次元にでも逝ってください」

「なんだよぅ……もう廃刊になっちゃったけど、多感な時期にナポ●オンにお世話になった青少年としちゃあ、そっち方面だって創作の原点……」

「ちょっと待て」

 

 ひきつった顔で俺の頭をわしづかみにする新野女史。

 

「せ・ん・せ・い……具体的に『幾つの頃から』その手の小説読み漁っていたんでしょうか?」

「いや、ひと昔前は、本屋で普通にライトノベルの棚に一緒くたに並んでいたから、スレイヤー●やらロード●やらと続けて自然に立ち読みで……あと、パ●ポとか成人指定の無いエロが絡んだ雑誌も普通にあったし。

 ていうか……俺が子供の頃から、割とエロゲやエロ漫画は規制され始めていたけど、小説媒体だと、今でも店によっては売り場のゾーニングゆるゆるですから、色んな先生にお世話になりまして」

 

 なんというか……何も言えなくなったのか、手を離すと、深々と新野女史は溜息をつき……

 

「……エロガキ……」

「っていうか、雷撃で賞取ってなかったら18禁のほうでデビューしていたかもしれませんし。あのジャンル(ジュブナイルポルノ)は今でも未開拓な部分が多いブルーオーシャンだから、純粋に創作者として興味は」

「別のペンネームでも発表したら、即『テン・ガン』打ち切り(クビ)ですからね?」

「えー、雷撃にだって●●先生とか、◎×先生とか、元は×××の……」

「しゃーらっぷ! ……ドコから聞いたんですか、そのトップシークレット!!」

「いや、献本で貰った文章の癖から『あれっ』て思って、昨年の忘年会でお会いした時に『もしかして』って尋ねたら、当人からコッソリ教えてくれまして……中学の頃から『息子』がお世話になっていたから、お世話になった本にソッチ名義でサイン貰いました♪」

「………………」

「まあ、短文なら兎も角、長文になればなるほど、文章ってリズムやテンポに個人の癖が出ますから、エロ抜いて隠してもやっぱ分かりますよ?」

「はぁ……当時を知られたくない先生方もいるんですから、注意してくださいね!」

「はーい」

 

 などと。

 ……余人にはとてもとても聞かせられない打ち合わせをしながらも。

 タクシーは中山競馬場の、馬主専用駐車場へと入っていった。

 

 

 

「そういえば、今日のレースは、篠原の会長来ないんでしたよねぇ……」

 

 エントランスを抜けて、受付から馬主席直通のエレベーターの中で。

 俺は実に重い溜息をつく。

 

「今日は馬が出ていませんからね」

「はぁ……気が重いなぁ……」

「とりあえず、手を繋いで行きましょうか」

「恋人アピールは必要ですものね」

 

 何しろ、マジで何人かの馬主の御方から、お見合いとかの話を振られたのである。『新野女史シールド』が無かったら、どうなっていたことか。

 

 で……

 

(……………うーん、なんというか……)

 

 なんというか……去年の朝日杯の時の、こう……『珍獣を見る生暖かい目』とは違って、今年に限ってはもうガチで『う わ で た』って目線なのである。

 

 というか、宝塚以降、もう他所の馬主様が『マジでありゃ何なんだ!?』って目で見て来るようになり、ジャパンカップの『単勝転がし』を経て、正に妖怪を見るみたいな目になり……ぷるぷる、ぼく悪い妖怪じゃないよう……

 

 っていうか……

 

 ……9千万ぶっこんだ馬が、200万の馬に負けてたまるかいな……

 

 なーんて、高そうなスーツにヒゲとオールバックの、ヤ●ザの幹部みたいな強面の関西弁なお爺さんの、鼻息荒い会話まで聞こえて来たりするもんだから、まぁ怖い怖い。……どうも、何頭もレースに出しているらしく、俺が到着する前に今日の新馬戦を勝って意気軒高な状況なようで。

 

 そりゃそうだ……高額馬ほど走る可能性が高いのは事実だし。実際にディープだって7千万もしていたし、ゼンノロブロイだって9千万を超えてるわけで。

 正直、俺個人は、割安品の落穂ひろいをして楽しんでいる、木っ端馬主に過ぎないのである。

 

 まーあれだ、コモンでデッキ組もうが、レアカードでデッキ組もうが、デッキはデッキだ。増して今回は館騎手っていうレアカードも組み込んであるわけだし……ね?

 それに、どんなゲームでも永遠に勝ち続けるなんて事は不可能だ。止まるときは止まる、負けるときは負ける。それがゲームだ。

 無論、無為に負けるつもりは無いが……永遠に勝利し続けられるのならば、それはもうゲームではなくシステムである。

 

「そういえば、今日は何番でしたっけ?」

「奇しくも、兄と同じ1番です」

 

 と……

 

「蜂屋オーナー、はじめまして」

「あ、どうも初めまして」

 

 そんな中……ご挨拶を受けたのは、長田総帥……あのリンちゃんの騒動(オークション)で、7千500万の値を付けた、馬主クラブの主催の御方だった。

 

「少々小耳に挟んだのですが……なんでも、バーネットキッドの種牡馬としての繋養先を、まだ決めておられないとの事で、こうしてご挨拶に伺いました」

「ああ、はい……まあ、とりあえずそろそろ真剣に考えないとな、とは思っております。4、5年程とはいえ種牡馬の仕事をする事になる以上、おろそかには出来ませんし」

「4、5年……ですか?」

「ええ、大体そうじゃありませんか? ダービー馬だ、菊花賞馬だ、有馬を取っただの……そんな風に鳴り物入りで種牡馬になっても、4、5年経ったら『結果が出ませんでした』って大体が『用途変更』になるじゃないですか? 競走馬としての才能と、種牡馬の才能はベツモノって事くらい、馬主二年生の私だって知っていますし。

 だから、種牡馬としてよりも、その生活が終わった後の、余生とかを考えています」

「『悪友』でしたか。あの番組は楽しませて頂きました。

 が……蜂屋オーナー。あなたは一つ、見落としておられる……いや、意図的に避けてますでしょう?

 ……もし、バーネットキッドが、種牡馬として『成功なさったら?』」

 

 その指摘に。

 俺はどきり、となる。

 

「あー……その時はまあ、種牡馬としてキッドに頑張ってもらうしか無い、の、かなぁ……?」

「それだけでは無いでしょう?

 私も牧場を持ち、馬主クラブなんてモノを主催しているからこそ分かりますがね……彼の馬とオーナーの絆の強さは、理解しておるつもりなんですよ」

「ま、まあ……でも、競走馬は、経済動物ですから……」

「理解は出来ても、納得は出来ますか?」

「そういう風に、ちゃんと学校で教わりますから」

 

 と……

 

「はっはっは……その農業高校で、あれだけ馬と共に色々な事件を起こした末に、馬主の世界にまで飛び込んできた人馬の絆を、若いあなたが『タダの経済動物』と割り切れるとは私も思っておりませんよ」

「!!? え、え、ええっと……?」

「アルファルファ事件、でしたっけ? あと原生林の探索とか、クアッドターボ出産の時の探索とか……ほら、同級生の笹貫君。彼、今、ウチの牧場で従業員として働いておるんですよ」

「ぶふぉっ!! さ、ささぬーの奴……!」

 

 なんてこったい、日高狭いよ!!

 っていうか、アルファルファ事件とか、バレたらヤバいモンまでバレてるよ!! 卒業しているとはいえ、学校にバレたら、ゲキド・オブ・ティーチャーが、また雷落としにこっちに来かねないよ!!

 

「まあ、仕事とはいえ、年間100頭も種付けを繰り返せば、寿命は確実に削れるでしょうなぁ……増してや、200ともなれば」

「ま、まあ……それは、仮定の話で」

「このままだと、一年目、二年目は、真剣にそのくらいの数の繁殖牝馬が押し寄せて来てもおかしくありませんよ?」

「ま、まさかぁ?

 血統は主流外、種牡馬として評価低い逃げ馬で、子供に遺伝しない賢いタイプの馬ですよ? いくら何でも、種牡馬としての適性は疑われて然るべきかと」

「その主流外の馬が、日本の競馬界の芝中長距離を蹂躙して、海外馬……しかも凱旋門賞馬すら出た、ジャパンカップをも制したんです。もうフロックだろうが何だろうが、全ての馬産者は無視なんて出来やしませんよ」

「……」

「今、父であるノーザンキャップのサイアーや、母父のツインターボのブルードメアのランキングをご存じですか?」

「い、いえ……深くは考えておらず」

「調べてみれば、我々馬産家が大混乱な理由をご理解いただけようかと。とくに母方は再現不可能ですからね。

 ……母母はまだ現役の繁殖牝馬なので、今、件の牧場が躍起になって色々と探っているそうですが」

「……」

「分かりますか? それだけ『希少』なのですよ……現在のサンデーサイレンス一強の、血統が煮詰まった日本競馬界において、バーネットキッドの『血』というのは」

「はぁ……そう、ですか。参ったなぁ……個人的には、ふれあい牧場みたいなところで、のんびりとした余生を過ごしながら、たまにテレビでサーカスする生活を考えていたんですが……そうならない可能性もあるワケか」

 

 キッドが種牡馬として成功した世界を考えてみる。

 確かに、キッド自身は快適には過ごせるだろうが……馬主の俺ですら滅多に会えないだろうし、増してや二度と園長とバカなんて出来ないだろう……

 

「まあ、興味はバーネットキッドだけではありませんが、ね……」

「へ?」

「同じ血統の馬が、もう一頭。今日、出走しておられるじゃないですか」

「あー……」

 

 つまり……

 

「正直、今の段階ではそちらのほうが興味深い……無論、全く同じにはならないでしょうが、双方の馬の素質を見極める、素晴らしい材料になるかと」

「な、なるほど……」

 

 道理で……大手のファームどころか、見覚えのある日高の『協会』の人まで、馬主席でクアッドを偵察しに来ているワケだ。

 

「まあ、これで勝てば、サクラチヨノオー、サクラホクトオー以来の、朝日杯兄弟連続制覇ですからね」

「加えて言うならば」

 

 不意に。

 後ろから声をかけられる。

 

「同血の兄弟による初の連続制覇、ですな……お久しぶりです、蜂屋オーナー、長田会長」

「おや、吉沢会長、お久しぶりです」

「お、お久しぶりです」

 

 社田井の総帥まで、直接視察でございますかー!?

 

「楽しみですなぁ……実に楽しみです。農業高校の産駒が、日本競馬のターフにどういう蹄跡を残して行くのか……まさに奇貨としか言いようがない」

「そうですなぁ……二頭の将来を占う布石として、これ以上のレースはございませんし」

「あ、あははははは……」

 

 会話してるお二人……否、馬主席に座っている全員、表情は柔らかくても、目が笑ってないガチな状況に。

 もう色々とプレッシャーから逃げ出したくなりそうになりながら、俺はジュースを啜りつつレースを眺める事で現実逃避を始めていた……

 

 た、たしゅけて……篠原のかいちょー……



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中山競馬場 第11レース 第57回朝日杯フューチュリティステークス(G1)その2

大変長らくお待たせしました。



『さあ、勝利を夢見る2歳馬たちのG1レース、出走する14頭の馬体重と、その増減からご覧いただきましょう。

 

 1番、クアッドターボ、508キロで+4キロ。無敗馬バーネットキッドの全弟。現在2番人気。

 2番、アグネスタキオンの仔、ショウナンタキオン。470キロは+8キロ。

 3番のフェイクフェイスは出走を取り消してます。

 4番、アポロノサトリ440キロで-4キロ。

 5番、スーパーホーネット456キロは-4キロ。

 6番はダノンブリエ。増減ありません486キロです。

 そして7番、ファンタスティックライトの仔で、ジャリスコライト、現在1番人気、482キロで、前走比+6キロ。

 8番、デンシャミチ、+2キロで466キロです。

 9番、ディープエアー、476キロで+6キロ。

 10番、スロクハイネスは出走取り消し。

 11番はレソナル、+10キロ。464キロです。

 そして12番、クロフネの仔、フサイチリシャール、増減ありません、480キロ。

 13番はタニオブゴールド、-2キロで468キロ。

 14番はフィールドカイザー、484キロ。-2キロです。

 15番、エムエスワールド、462キロ、+8キロ。

 最後に16番、コマノルカン、500キロで-4キロとなっております。

 

 吉多さん、この時期パドックはどういう所を見ればいいでしょうかね?』

『そうですね、冬場って事で、だんだん毛艶が悪くなる時期なんですけどね。ただ、牡馬なんで、まだ毛艶のいい馬がそこそこ居ますね。

 あと落ち着きがあって歩いてるのがいいですね。特に1番のクアッドターボ。

 兄が『アレ』なんで、最初どうかと思って居たんですが、新馬戦から今日まで、全てのレースのパドックで凄く落ち着いて歩容も乱れない。粛々としていて兄とはえらい違いですね。トモの肉づきも柔らかそうで、将来性を感じますね』

『そうですね、新馬戦から格上挑戦の札幌2歳Sを制して現在2番人気。単勝3.5倍と、倍率はほぼ一番人気のジャリスコライトと伯仲していますね。その1番人気のジャリスコライトに関してはどうでしょう?』

『馬体の毛艶とバランスがいいですね、さっき小走りになったんですが、すぐ落ち着いて、気持ちも乗って来てますね。前走同様、期待できますね』

『二戦二勝で迎えて、現在一番人気ですが3.4倍というところです。

 そして3番人気には12番、フサイチリシャールです』

『はい、二人で引いてますが、周回ごとにだんだん気持ちが乗っていってる感じですね。いいところは何と言っても足の運びと筋肉の付き方ですね。非常に柔らかそうで、期待が持てますね。おおむねこの3頭が伯仲していると思います』

 

 

 

 『1』の数字が黒く染め抜かれた白いゼッケンを背負い、パドックを黙々と歩くクアッドターボ。

 流石に2歳の若駒とはいえど、G1の朝日杯ともなれば、どの馬も基本的に落ち着いている。

 

 ……そりゃそうだ……ここに集まったのは、まず間違いなく2003年生まれの産駒たちの中でも気鋭の若駒ばかり。落ち着きなく無駄に警戒したり怯えたりするような馬は居ない。

 その中でも、先頭を歩き、人馬共に落ち着いて、整った歩容で周回するクアッドターボの姿は、正に2歳馬とは思えぬ堂に入ったモノであり……去年の同血の兄の朝日杯を思い出し、綱を引く石河賢介は、頭が痛くなってくる。

 

(……キッドもこれくらい落ち着いてくれりゃあなぁ……いや、キッドが落ち着いてるレースって、大概ロクな事になってないか。

 秋天のバッドコンディション、札幌記念の出遅れアルカトラズからの脱獄レース、皐月賞では、危うく沈黙の日曜日になりかけた事を思うと……うん、同血の兄弟でも、やっぱ『ベツモノ』だと思うしかないよね……)

 

 やがて『止まれ』の合図と共に、騎手が集まって来る。

 ここに至って『背中に乗って尻を叩く嫌なヤツが来た』と、騎乗に手間取る馬が何頭か出る中……

 

「よっ、と」

 

 嫌がるそぶりも見せず、むしろ軽くかがんで素直に騎手に背中を許すクアッドターボに、館は感心していた。

 

「分かっては居たけど、本当に二歳とは思えないね。凄い落ち着いてる」

「でしょう? ウチの母校の出来っ子ですよ」

「よくお兄さんとキッドの鞍上で、騎乗前にやり取りしてるけど、僕には何かあるかな?」

「ああ、オーナーから……『この仔に色々と教えてあげてください』だそうです」

「了解」

 

 その言葉の真意に。

 鞍上の『天才』は、意味をかみしめる。

 

 調教で何度も騎乗した。併せ馬で色々試しもした。

 そこで理解した事は、冗談のように脚質の『幅』の広い馬だという事であり、すなわち……。

 

「白紙の原稿用紙……か」

 

 オーナーの語っていた『クリエイターを歓喜と恐怖に陥れる存在』……正に『無色の原石』を体現するような馬であった。

 

 いっそ、前任の石河騎手のように『こうだ!』と決め打ちして一つに賭けた乗り方をするならば、ソレはソレで応えてくれる馬でもあり、一つの回答だ。

 

 だが、この馬の真髄が『そうではない』事を知った以上。

 騎手として、その真の才能を『証明せねばならない』のは、義務であり喜びでもあり恐怖でもあり……そしてそれが叶うのならば、この馬は、もう誰にも止められないだろう。

 

(面白い……やってやる!)

 

 下手な癖馬に騎乗する時よりも、なお深い歓喜と恐怖。

 鞍上の自分の存在に対し、この馬自身から真に『才を問われている』と意識し……『天才』は認識を切り替える。

 

 パドックから地下馬道を抜け、本馬場入場から返し馬へ。

 ウォームアップらしく軽快に、しかし力強さを感じさせるステップをターフに刻んで、クアッドターボは……後に『変幻自在』『新型ターボ』と語られる馬が、走り始めた。

 

 

 

「ほぉ……」

「これは……」

 

 パドックを歩くクアッドの姿に。

 それを見た、自分以外のオーナーの目の色が変わる。

 更に、返し馬に入り、馬主席に戻ると……

 

「いや、蜂屋オーナー。あん破天荒なバーネットキッドの弟とは思えへん優等生ですな」

「は、はぁ、光栄です」

 

 先ほどの意気軒高だった、如何にも『ザ・馬主』といった風情の、オールバックにヒゲのオーナー様に、話しかけられる。

 

 歩容、目線、騎乗時の反応。パドックでのクアッドターボの態度は、100点満点としか言いようのない、正に『優等生』といった面持ちだった。……正直、どこぞの怪盗のよーなくせ馬を扱っている騎手や調教師からすれば『羨ましい』以外の言葉が出て来ない優等生っぷりである。

 

「ええ馬ですわぁ……毛艶もええ、トモもガッシリしとる、それでいて、どの馬よりも緊張を飲み込んで落ち着いとる。

 ……認識改めましたわ。兄の90万もアレやが、これで200万は正直詐欺や」

「ま、まぁ、パドックはパドックですから……兄の方がいつもお騒がせしておりますし、二頭合わせてプラマイ0って事で」

「それや。ほんま同血の兄弟? ……性格がえらい違うで?」

「まあ、人間だって兄弟で才能や性格が全然違うなんて普通ですから……」

 

 ……一瞬、『消してやりたいクズ』の事が脳裏をよぎるが……いや、アイツは俺とは結局『半分だけ』だったか。

 

「というか、多分なんですけど……学生でも偏差値の高い学校だと、頭が良すぎて『傾奇者』になっちゃう人って、結構いますから。

 おそらくキッドはその類なんだと思います」

「なるほど。頭の良さは共通しとるんですな」

 

 あー、怖……この御方、馬主の中でもひと際『濃い』んだもん。まあ、この御方の馬も、未勝利から二歳OP、そして東京スポーツ杯2歳SのG3勝利と、三連勝で波に乗っているからなぁ。

 ……そりゃあ、ライバルの事は気にはなるか。って、あ……倍率0.1倍の僅差でクアッドに一番人気が変わった。

 

「ふむ……まあ、おもろい勝負を期待しましょ」

「で、ですね……」

 

 言外に『勝つのは自分だ』と告げられて、ひきつった返事を返す。

 

 ああ濃いよ……っつーか、俺の周囲に居る御方全員、タ●ラント級だよ……ネメ●ス並みに粘っこいのも居そうだよ。マグナムじゃ足りない、ロケットランチャー持ってこいだよ。カ●コン製でもいいから、逃亡用のヘリとか降りて来ないかな……いやマジで。

 

 そんな現実逃避で軽く空を眺める。

 無論、そんなモンが来る訳もなく……冬の中山の空に響くのは、救助ヘリの羽音ではなく、G1ファンファーレであった。

 

 

 

 

『さあ、G1ファンファーレと歓声が上がって、スタート地点の射藤アナどうでしょう?』

『そんなに驚くような馬はいません、枠入れは残り3頭ほどになります、順調に各馬収まっています』

『はい、2番ショウナンタキオンと田井中勝信騎手、少し嫌がりましたが……はい、なんとか収まります。今年もハイレベルな決着となるのでしょうか朝日杯フューチュリティステークス、今、最後の16番、コマノルカンが収まりまして……』

 

『スタートしました!』

 

『揃った綺麗なスタート、ちょっとショウナンタキオンとアポロノサトリが後ろからで、まずは先行争い、11番のレソナルが好スタート、ぽーんとハナを切っていきます……おっと、ここで注目の1番クアッドターボが位置を下げました、後方からのレースに徹する模様』

 

『は?』

 

 スタート直後。

 馬主席、観客席、テレビで見てるお茶の間のファン、そして各騎手と関係者に発生したのは、予想だにしない展開による認識の空白。

 

 そして……

 

「バカヤロー!!」

「またやりゃあがった!!」

「鞍上ヒゲに戻せー!!」

「金返せー!!」

 

 怒号と共に、気の早い幾多の馬券吹雪が幾つもスタンドに舞い散る中。

 レースそのものも、各騎手が困惑と混乱を抱えながらも態勢を整えていく。

 が……一頭だけ、予想通りというかペースを変えずに先頭を主張した、石河大介騎手の騎乗するレソナルだけが突っ走っていく。

 

(((アテが外れた……!)))

 

 大方の騎手が想定した展開は『クアッドターボとレソナルが競り合いながら、それぞれが一番手と二番手あたりに着け、第四コーナーまで突っ込んで消耗したところを差す』という、定石的なモノだっただけに。

 まさか、クアッドターボが後方からの競馬に徹するなど、全くの考慮外だったのである。

 

(なんだ……何を考えているナユタさん!?)

 

 中でも、フサイチリシャールの鞍上は、なまじ理論派であるだけに予想の外過ぎて困惑していた。

 

(逃げ馬だろう? なんで……いや!?)

 

 先頭を走るレソナルの鞍上を務める同期を思い出す。

 バーネットキッドの鞍上を経て、美浦でも屈指の『逃げ上手』として開花した騎手を『なんでわざわざ逃げ馬のクアッドターボの鞍上交代なんてした!?』

 

 疑問ではあった。不思議ではあった。だが『良くある事』だとも思った。

 

 何と言ってもレジェンド『館ナユタ』である。

 『オーナーサイドの希望で、有力馬に騎乗していた若手や新人と交代して~』などと、枚挙に暇がない普通の話だ。増して、馬主歴の短いオーナーなら有名人を起用したがっても不思議ではない。むしろそんな事を深く探っていたら、キリが無いどころか藪を突いて蛇が出かねない。

 だから、鞍上の交代も『ああ、そういう事があったんだろうな』と流していた。

 

 だが、その意味が『コレ』だとしたら……

 

(((帝王賞の焼き直し覚悟で自爆したか!?)))

 

 多くの騎手が、そんな認識を持ったまま。

 競走相手という意識からクアッドターボを消してレースに専念し……唯一、全てを知りながら先頭を突っ走るレソナルの鞍上、石河大介だけが、必死に鞍下の残り体力を計算して御しながら、逃げ続けていた。

 

 故に。

 向こう正面に入っても。

 先頭を突っ走るレソナルが第三コーナーを回っても。

 

 不気味な程に大人しく後方に控えていたクアッドターボの動きに、疑問を持つ者は人馬共におらず……

 

『さあ、第四コーナーを回って横に広がりながら直線に入る! 各馬一斉に鞭が入る! 中からフサイチリシャールが抜けた! 更に大外からクアッドターボがぐんぐん伸びる、ぐんぐん伸びる!』

 

「はぁ?」

「嘘ぉ!」

「冗談だろ!」

 

 最後の直線。

 第四コーナーを後方から大外に持ち出しながらも一気にまくる末脚に。

 各騎手が鞍上で必死に追いながらも、全員が目を丸くし……それこそ、兄のライバルであるディープインパクトを彷彿とさせるような、大外一気の末脚でクアッドターボがぶち抜く!!

 

(騙された!!)

(何が『逃げ馬』だ!)

(あんな末脚を!?)

(今の今まで逃げに徹して、兄の幻影で隠したか!!)

(石河厩舎と館騎手の奇策に嵌められた!)

 

 騎乗中の騎手を含め、石河厩舎の関係者以外の全員が。

 否、レースを見ていた『アナウンサーや解説者やテレビの前の観客も含めた全員が』欺かれた事を悟った時には、残り200メートルを切っており……全てが後の祭りだった。

 

『先頭のレソナル必死に粘る! 交わした、交わした! フサイチリシャール! クアッドターボ! 二頭が抜けた! 先頭争いはリシャールか、ターボか!? ターボだ、ターボだ! 最後の50メートルでターボエンジン全開差し切ったゴォォォォォルイィィィン!!』

 

 轟!

 と、言葉にならない、人体の発する叫び……それも、多分に意表を突かれた驚愕の叫びが、うねりとなって中山を轟かせる。

 

『豪脚一閃!! 大外一気! 中山の直線を新型ターボエンジンがぶち抜いたぁぁぁ! 鮮やか館ナユタ朝日杯初制覇!! そして同血の兄弟による、初の朝日杯連覇達成!! タイムは1分33秒3! 中山の直線、上がり3Fを33・8秒!! 信じられない末脚を見せつけましたクアッドターボ!! これが新型ターボエンジンの実力か!? 二着にはフサイチリシャール! 三着争いをスーパーホーネットが制しました!!』

 

 

 

「……ぃよし!! やった!!」

 

 まさに、巨体を沈ませて『低く飛ぶような』末脚で、クアッドがゴール板を駆け抜けた瞬間。

 

「なんや……アレ…」

「嘘だぁ…」

「えええええ?」

 

 それまで、スタート直後から一歩退いて、後方からレースをしていたクアッドを生暖かく笑って見ていた他の馬主の方々が、唖然とした表情で……そう、それこそカードゲームの大会で、想定外の地雷デッキを踏み抜いた対戦相手の如き顔で、絶句し。

 

「は、蜂屋オーナー? クアッドターボって、逃げ馬じゃなかったっけ!?」

「別に追い込みで勝てるなら追い込みで勝ちに行くでしょうし……って」

 

(あ……)

 

「蜂屋オーナー」

「撮影後に重要なお話が」

 

 この引きこもりの物書きに対して、どこぞの七●雄(ラスボス)張りに『……逃がさん…… ……お前だけは……』って感じの目つきで、社田井の総帥筆頭に濃すぎる御方たちが、がっつり構えておられまして。……おかしいな……中山(ラストダンジョン)の、どこでポイントオブノーリターンになったんだろう?

 

「か、カプコ●製でいいから、ヘリで助けが来ないかな……」

「ロケットランチャーで墜とされるのがオチです。私も付き添いますから諦めましょう」

「で、デスヨネー……」

 

 もー、全員がタイラ●トからネメシ●にクラスチェンジして、粘っこい目線を色んな御方が向けて来られまして……

 

 ああ、やばい……コレ本気で、キッドもクアッドも、シンジケートとかそんな話になる奴だ……っつーか、無理に個人所有でゴリ押しても、逆に俺が押し切られてキッドが大変な事になったりとか考えたら、むしろ大手に委ねてシンジケートにしないと、逆にトラブルを呼び込んじゃう流れだ。

 

 うわぁ……ホントどうしたもんだろうなぁ。

 

 っつか、冗談抜きで幸運だったのはクアッドが居てくれた事だよな……絶対、コレ種付け希望を分散させないとヤバい奴だ。

 ……マジで種付けを決定した母校の先生に感謝しておこう。

 

 まあ、失敗したら失敗したで、シンジケート解散すればキッドもクアッドも帰って来るんだし、逆に種牡馬の間は『他の誰かの出資金で』『引退後数年間は保護してもらう』って思えば、それも悪くはないかもな……と。

 

 割と現実逃避気味に、そんな甘い事を考えていたのである。……その時は。

 

 

 

「館ナユタ騎手、初の朝日杯制覇、おめでとうございます!」

「ありがとうございます。

 ええ……ようやっと取れなかったG1の一つが取れました」

「そして……あの仰天のレース展開は全て計算でしょうか?

 正直、スタート直後に、母父のツインターボの帝王賞のレースが、みんな頭をよぎったんですが」

「はい。

 美浦でね……石河騎手から引き継ぎを受けて、最初に乗せてもらった時に、乗った時の乗り味から『これ、逃げ馬じゃなくても行けるんじゃ?』って。更に前任の石河騎手が騎乗していたレースや、兄のバーネットキッドが『逃げ馬だ』っていう周囲の思い込みをね……全力で利用させてもらいました」

「そこまで計算ずくですか!?」

「オーナー曰く、『予想を外して期待に応えるのが最高のエンタメだ』っておっしゃっていたので……とりあえず『期待に応えられた事に』満足しています!」

「うわぁ、いい笑顔。

 本当に全部を巻き込んだ驚愕のレースでした! ありがとうございました」

「ありがとうございました♪」

 

 

 

「石河くん……ひょっとしなくても知ってたよね?」

 

 検量後。

 割と半分恨みがましい目で、先輩後輩含め、同じレースに騎乗した、色んな御方に控室で詰め寄られる。

 ちなみに、自分の騎乗したレソナルは5着……辛うじて、掲示板には載ったため、騎手としてギリギリ仕事はしたレベルである。

 

「ノーコメントで。

 っつか所属厩舎から、かん口令が出てるんで、その辺は勘弁してください」

「だよねぇ……うん、まあ、分かるけどさ」

 

 そして……

 

「いやぁ……面白かった♪

 本っ当ーに色々と、スッキリした♪」

 

 インタビューを終えて、満面の笑顔で控室に帰って来た館騎手に。

 

「ナユタさん……石河厩舎に染まってません? 『いたずら大成功させて帰って来たクソガキ』みたいな笑顔してますよ?」

「ん~♪ 何のことかな~♪」

「うわ、いい笑顔……すっげーいい笑顔!?」

「ドッキリ成功させたリュージよりいい笑顔してますよ!」

 

 周囲がわいわい言いながら祝福されつつも、写真撮影の身支度をする館先輩に、複雑な思いを向ける。

 

 ……あぁ……正しいよ。

 オーナーもテキも、俺をクアッドから降ろしたのは、正解だよ。

 

 自分にはまだまだ届かない、遥か高みを征く天才を見て、思い知る。

 

 

 

 ……でも、いつか……きっと……

 

 

 

 そんなシリアスな思いを抱く石河兄の思いなど、文字通り『吹っ飛ばしちゃう』ような。

 一つの修羅場が訪れようとしていたのを、その時、彼はまだ知らなかった。




修羅場の峠はだいぶ前に越していたものの。

……一度でも間隔をあけちゃうと、執筆のペース……というか『再起動』って凄く大変なんだなぁ……と再認識しました。

大筋のプロットも出来てるのに、筆が動かないのなんの……本当にお待たせしました。


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『二度目の朝日杯』を終えて。

注)猛毒注意


『ふぇっぷし!!』

 

 それは……クアッドターボのくしゃみだった。

 ただのくしゃみであり、それそのものは大した事はない。ただ……時と場所とくしゃみの角度が問題だった。

 

『!!!???』

 

 朝日杯のウィナーズサークルでの記念撮影。

 その最中に……石河パパのカツラ(ブッピガン)の端っこが、ちらりと捲れてしまったのである。

 

「あ、ありがとうございました~♪」

「はーい、お疲れ様です~♪」

 

 まあ、大人である。

 周囲に居る人間、基本的に全員大人である。

 何しろ、紳士のスポーツたる競走馬に関わる人たちなのだから当然だ。

 

 故に。

 決定的瞬間を見た人間こそ、近くに居た自分も含めて何人か居たものの、ソレがカメラに収まる事はなく、何事も無かったかのように全てがスケジュール通り、淡々と進行していく。

 

 本来、G1を勝てば、慣例的に関係者を集めて祝勝会などの席があるものの。

 最初の内は兎も角、G1を勝ち過ぎた&石河厩舎の人間『全員』の酒豪っぷりについていけない、下戸のポンコツオーナーなため……『経費はお渡ししますから、厩舎の皆さんでお祝いしてください』というのが、最近のレース後の、蜂屋源一(じぶん)の定番の行動だったが……

 

(ダメだコレ……本格的にダメだぞコレ!?)

 

 俗に『ヒヤリハット(ハインリッヒ)の法則』がある……1つの重大な事故の前には、29の軽微な事故があり、更にその前に300の事故未満の『ひやり』が存在してるという。

 

 そう、クアッドターボだからこそ、この程度の『軽微な事故』で済んだのだ。

 大人しく、従順で、それでいて練習や勝負にひたむきな、『性格面だけを見るなら』、正に理想の競走馬だからこそ、この程度の『軽い事故』で済んだのだ。

 

 じゃあ『その同血の兄は?』

 

(……やる。絶対やる!! アイツは『確実にやる』ぞ!!)

 

 『あの』バーネットキッドが、こんな美味しいシチュエーションを見逃すだろうか!?

 『無い! 絶対にない!』と育ての親兼オーナーとして断言できる。

 

 もうまざまざと、手に取るように想像できる。

 

 有馬記念のウィナーズサークル。

 写真撮影の絶妙のタイミングで石河パパのカツラ(ブッピガン)を咥えて強制パイルダーオフした末に、十万人を超える大爆笑な観衆+テレビで見てる方々たちの前で、カツラ(パイルダー)をおもちゃにしてはしゃぎ回った末に、バカ受けする周囲の姿に調子に乗って、好き勝手絶頂に振舞う静舞の悪童(UMA)の姿が!

 

 そして……競馬場全てが爆笑の渦に巻き込まれる中、一足早い新年のご来光を輝かせながら、紙のように石化して精神崩壊する石河調教師(パパ)の惨状が!

 

「なあ、石河。

 今日……は無理でも、明日か明後日あたり、ちょっと親父さんに話をしようかと思うんだ」

「……え?」

 

 なので、厩務員であり、同じバーネットキッドの育ての親でもある友人に、計画を打ち明ける。

 

「ダメだよ。悲劇は回避しないとダメだ。

 これを警告と認識するんだ。だから……うん、俺が行くよ」

「蜂屋」

 

 親友の意図を悟った、その覚悟を前に。

 

「すまない、頼んだ」

「お前も来るんだよ!」

 

 修羅場を予見して、神妙なツラしてバックレようとした所を獲っ捕まって、連行される事になった。

 

 

 

「は、蜂屋……生きてる?」

「うん……なんとか」

 

 翌日。

 会食に指定した、我が家の近くにある、蕎麦屋の二階のお座敷で。

 とりあえず一足先に来た、石河弟にゲッソリとした顔で答える。

 

 ……いや、ホントにね……疲れ果てたよ……

 

 朝日杯の直後。

 迫真の勢いで偉いオッサンの集団に、新野女史と石河調教師と同時に確保されると、中山競馬場の最上階付近にある、普段は商談なんかに使われる偉い人用の個室に招待(らち)されまして。

 

 で、そこで喧々囂々の議論の末に。

 とりあえず最終的に、引退後にキッドは社田井に行く事に、クアッドは日高の総帥の所に行く方向で、大方、話がまとまりました。

 

 っていうか……もうみんな目がマジなんだもん。

 ある人なんか、泣いてすがって歯茎を剥いて『ウチの協会にお願いしますぅぅぅぅぅ!!』『片方だけでも日高にぃぃぃぃぃ!!』なんて迫られて、ドン引きだよ。

 

 というか、こちらの提示した条件が『無茶な数の種付けはしない(目安は一年に100。最悪でも130は超えないで欲しいと要望)』『種牡馬としての引退後、所有権は俺に返してもらう』『シンジケートの金額は競走成績を加味して、引退後に二頭とも個別に応相談』という……まあ、常識的な範囲に落ち着きました。

 

 というか、決め手は『キッドを育てた農高の同期たちが世話しますよ』という、大手ファームの資本力万歳な人選が、決定打になりました。

 ……うん、引退後は『かっつん』とか『ささぬー』とか、あの辺の社田井グループや総帥ン所に就職した同期の連中に、苦労してもらう事にしよう。

 

 というか、金額的にも割と重要だけど、それより二頭ともちゃんと手元に返って来るのかどうかが心配なんだよね……種牡馬として成功したらしたで嬉しいけど、それよりも無事に過ごしてくれるかどうかが一番重要だし、そもそもが種牡馬としての成功率も、そんな高そうにないし。

 

「って事があってな……まあ、キッドの行先は、大方決まったっちゃあ決まって、お金の話は『今後の成績を見て応相談』って形に落ち着いた。あ、コレ、オフレコで頼むな?」

「うわぁ……お疲れ様。

 でも良かったな、種牡馬としての行先がちゃんと決まって」

「っていうか、みんな目が殺気立ってて怖かったよ。新野女史や親父さんみたいな大人が一緒に居なかったら、ガキ扱いで押し切られていたかもしれない……えらい苦労したよ、ホント」

 

 などと答えると。

 石河の奴が溜息をついて忠告してくる。

 

「蜂屋……あのなぁ、分かってると思うけど億の金が動く世界だからな? しかも、向こうはお前みたいな『個人』じゃなくて『組織』っつー、下で働いてる人間の人生までを背負って交渉に来てるんだぞ?

 そりゃ馬主になった経緯が経緯だから、お前個人がのほほんとしてるのは間違いじゃないけど、ウチも含めて向こうは『仕事』だからな? ……っつーか、よくちゃんと『交渉』になったな?」

「まあ、そりゃ小学校は友達とソフトの貸し借りしたり、中坊の頃はトレカのトレードとかを店で初対面の人と普通にやってたし。

 そもそも、普段の新野女史(担当編集)と作家としての『打ち合わせ』なんて『交渉』みたいなモンだし……他にも、作家として俺も色々と経験はしてるからさ」

 

 あまり自慢は出来ないが。

 俺も作家として作品を背負った上で、何度か拭い難い『やっちまった』を経験しているワケで……それを記憶の片隅に留めて『ここが正念場だ』と思いながら、なんとか涙目で交渉に当たったワケだけど。

 

 それでもおっかなかったよ……ホントに。

 二十歳そこそこの若造の世界じゃねーよマジで。

 多少なり睨み利かせてくれる、親父さんや新野女史が居なかったら、ホントにどうなっていた事やら。

 

「だからこそ、今日の石河の親父さんとの『交渉』っつか『説得』はどうにかしないとな……このままだと確実に『事故』が起きるし、そもそも今の状況そのものが厩舎にとっても不健全過ぎるんじゃね?」

「まあな。

 正直、有力馬主のお前が切り出してくれるのは現場としても助かるんだよ。

 あーいうのって、家族でも言うに言えない部分があってさ……」

「俺が馬主として有力かどーかの是非は兎も角、親父さんの馬場がダートになった『諸悪の根源』のオーナーである事は事実だからな……そういう意味で、責任の一端はあるわけだし」

 

 しかも、友人の伝手を使ってとはいえ、キッドもクアッドもリンも、こちらが頼み込んで預かってもらっている立場である。

 向こうはどー思ってるか知らないが、コッチとしてもあまり強く出れるようなモノではない。

 

「だからお前も家族として、ちゃんとフォローしてくれよ? 『ハゲ隠しで無理に若作りするほうが変だ』って」

「ストレートに言えりゃ苦労しねーけどよ……あー見えて親父なりに若作りしてるから、そーとーショック受けてるみてーでな」

「もう60近いんだから『若く見られたい』というより、『経験を重ねて年を取りました』って渋い部分を見せるべきなんだよ……無理矢理オッサンや爺さんが若作りしたって、違和感しかないよ」

「いや、ジョッキーってほら、年行ってても外見若い人多いから……」

「それは仕事で節制するからであって、どっちかってと『職業病』に近いんじゃねぇか?」

 

 などと会話してると。

 

「いやぁ、オーナー、お待たせしました♪」

 

 今日の主題の人物が、店の階段を上がって二階席に入って来まして。

 

 ……さあ、昨日に引き続いて、本日の修羅場の始まりだー(泣

 

 

 

「あ、美味い……店構えはショッパイけど、蕎麦は美味しいな」

「でしょ? 割といけるんよ、ココ。先輩作家の先生に教えてもらったの」

 

 昼食も兼ねた話し合いは、最初は和気あいあいと。

 しかし……

 

「で、蜂屋オーナー。

 息子以外の人払いをしてお呼び出し、なんて珍しい事をして、一体、どのような案件でしょうか?」

「えーと、石河調教師(せんせい)……いや、どちらかといえば、プライベートでの『石河の親父さん』に対しての忠告といいましょうか。無論、全く馬が絡まない話ではないのですが」

「……? ほう」

 

 一通り、腹も満ちたあたりで。

 ああ、チクショウ……でもやるしかねぇよな……覚悟を決め、本題を切り出した。

 

「その、ですね……ご自分でも気づいておられますよね?

 『昨日の朝日杯の撮影の時、何が起こったか』」

「!? ……み、見た、の?」

 

 その時の石河の親父さんの『この世の終わり』みたいな表情たるや。

 男ってのは60近い年齢になっても『かーちゃんに秘蔵のエロ本見つかったクソガキ』みたいな表情になる事ってあるのだな、と、まざまざと認識させられるモノであった。

 

「はい、端っこがぺろっと……多分、他にも、あの場に居た何人か、気づいた人は居るハズです」

「……………」

「親父さん……ここからはタダの二十歳(はたち)の若造の持論です。

 健康不健康問わずどんな生活を送ろうが、六十近い男がハゲたって、ソレはもう体質によるモノとしか言えません。

 そうじゃなくても、人間長生きすりゃジジィになるのは当たり前で、それだけ体のどっかがくたびれるんです。何ら変な事じゃありませんよ?」

「……」

「と、いいますか、自分のカツラをネタにするくらい吹っ切れて冗談に出来るのなら兎も角、若い人から見るなら、六十近い人間が、病気や職業上の理由があるワケでもないのに、ただ禿げを隠すためにカツラを被るなんて『そんなに年齢食ってるのに、自分に自信が無いの?』って思われますよ?

 親父さんくらいの年齢になったのならば、下手に若作りするより『経験を魅せる』スタイルを心掛けたほうがいいかと」

「そ、そう、でしょう、かね……」

 

 かわいそうな程に動揺してる石河の親父さん。

 ……ああ、なんだ、その……悪意は無いんだよ。でも誰かが言わないといかんだろ、コレ?

 

「で、ですね……危惧してるんですが……『クアッドターボだから朝日杯はあの程度で済んだ』と俺は思ってるんです。

 いいですか? 有馬記念で走るのは『バーネットキッドですよ?』」

「! ……お、おっしゃる、意味が……」

 

 薄々は分かっているのだろう。

 狼狽える親父さんに、俺はたたみかける。

 

「分かっているでしょう、一年半も『ヤツ』の面倒を見て来たのならば?

 ヤツは今現在、大人しく競走馬をやっていますが、本質的には芸人ですよ?」

「いや、最近はレースや調教に集中しているようで大人しく……」

 

 と。

 

「親父、甘いよ」

 

 ぽそっと。

 石河弟……賢介のヤツがさらに突っ込む。

 

「アイツが大人しくなった時は、本当に諦めたんじゃないんだよ。

 じっくり計画を練って『何か』を実行してくるんだよ……静舞で湖南が番犬になった後も、何度か裏を掻かれて脱走されてるんだ」

「うん。ヤツが大人しい時は、事の良し悪しに関わらず『何か』を企んでいると思った方がいい」

「いや、厩舎で、何度も近寄って具合を見ていますが、本当に最近は落ち着いてきたので、ちょっかいかけて来ませんよ」

「それは、周囲に居たのが『厩舎のスタッフだけだった時の話』ですよね?」

「あいつ、パドックやウイニングランの爆笑で味をしめたのか、最近はレースの前後を狙って『やる』ようになってるんだぞ? 自分でも気づいてるだろ!?」

「う、うう……」

 

 狼狽える石河の親父さんに対し、更に詰めに出る。

 

「親父さん。冷静に想像してみてください?

 有馬記念のウィナーズサークルで、静舞の先生たちやみんなに囲まれて写真撮影の最中、その頭のカツラをキッドに引っ剥がされた時の状況を? 止めようったって相手は体重五〇〇キロの大型草食獣ですよ?」

「!!?」

「本当に……本当に、悪い事はいいません。

 お願いだから、カツラを止めて帽子にするとか、何とかして有馬までに年齢相応のスタイルにキメ直してください!」

「親父!

 正直、厩舎の現場の人間としても、ヅラを見て見ぬふりし続けるのは辛いんだよ。

 解ってる。キッドが色んな意味でアレな馬だって事は厩舎の人間全員が……何より育ての親の俺たちが一番よく知ってるから! 親父はよくやってるよ!

 っつーか朝日杯のクアッドのアレで、バレる人間にはバレてるのに、それでもヅラ被り続けるのは逆にみっともないぞ? 三年前に死んだ石河家(うち)の爺さんだって、俺が物心ついた頃にはもうピッカピカだったじゃねぇか?」

 

 二人がかりで詰め寄られた石河の親父さんは、とうとう観念し……

 

「う。ううう……わ、分かった、分かったから!

 ……はぁぁぁぁぁ……しかしそうか…そうだよなぁ。無我夢中でこの仕事をして来たから意識してなかったけど、もう自分の年齢(とし)が六十近いんだなぁ……確かに自分も若い頃は、爺さんたちのヅラが滑稽でならなかったもんなぁ……」

 

 そう言うと、深々と溜息をつきながら、石河の親父さんは自分の頭からヅラを外し……手元のソレを見て、また溜息をつく。

 

「度々、若造の俺が言うのもアレな事は承知していますが……人間て、年齢を重ねれば重ねるほど、『似合う服』の選択肢って、本当に少なくなって行くんだな、と思うんです。

 ほら、テレビに出てる芸能人とか評論家でも、むかーしの若い頃に似合っていた服装を、そのまま中年や初老の頃まで着続けて、変な事になっちゃっている人とかたまに居るじゃないですか?

 さっきも言いましたが、そういう下手な若作りって、むしろ『若い頃から自分は何も進歩していません』って相手に受け取られちゃう可能性もあるんですよ?」

「うっ……だ、だがホラ、ロックミュージシャンなんかはいい年でもステージ上で若い頃のキメキメの衣装で」

「アレは『自分はこの曲と共に心中してやるぜ』ってくらいの覚悟と実力を、ステージの上でキメてるからこそ映えるんであって、当時の格好をしていようが、年齢に負けて腑抜けた演奏なんてしたら、ファンから見限られるどころか『晩節を穢した』って石投げられますよ。

 言わば彼らにとっての『勝負服』なんです」

「あぁ……なるほど」

「ショーン・コネリーだって、007やってた頃と、インディー・ジョーンズの父親(パパ)やってた頃じゃ全然違うでしょ? アレと一緒です」

「いや、ハリウッドの俳優と比較で語られても……」

「一緒ですよ。

 コネリー、絶対ある時期までヅラですよ。なにしろ、若い頃は二枚目のイケメン俳優で鳴らしてたんですから。

 そこから、年齢を受け入れて渋い演技派へのイメージチェンジをして、晩年も成功してるんです。

 今の親父さんに必要なのは、ヅラを使った無駄な若作りじゃなくて、年齢や自分の体を受け入れてソレにふさわしい恰好をする事ですよ」

「……なる、ほど。六十近い『おじさん』に相応しい恰好を、って事、か」

 

 あ……これまだ分かってない。

 なので。

 

「っつーか、親父……家族としてキッチリ認識を持ってもらいたいからはっきり言うけど、親父はもう『おじさん』どころか『お爺さん』に片足突っ込んでるんだからな? 兄貴が今年28で、そろそろ『おじさん』に足を踏み込む頃だからな?」

「む、……ろ、60代はおじさんだろう、まだ」

 

 などと、認識の甘い悪あがきに、二人がかりで容赦なくトドメを刺す。

 

「親父……知ってるか? 日本人は65歳超えると『年金』が貰えるんだぜ?」

「ついでに言うと、75歳以降は『後期高齢者』と区分されますね。確か調教師の定年も70だったかと」

「こ、こうき…こうれいしゃ……」

「騎手とか他の調教師の先生とか、競走馬に関わる上での『節制』があるから若々しく見えるし、年をとっても動ける人も多いから認識がズレちゃうのかもしれませんけど。

 一般人からすると、50超えれば爺さん寄りのオジサンで、60になればバスや電車のシルバーシートに座っても誰も文句言わない立派なお爺さんです」

 

 二人がかりで、総ツッコミを入れ。

 更に……

 

「ほら、女の人でも『美容とアンチエイジングで大丈夫、私はまだ舞え(もて)る』とか思い込んで、40近くまで選り好み続けて売れ残ったオバハンが、『女の人が執筆した記事を、女の人が編集して、女の人向けに売っている雑誌』を読んで現実逃避してるでしょ? 雑誌が売れる程『読者が売れ残る』アレ!!

 なまじ年齢の割に外側が若々しい人が周囲に多いから、親父さん自身が『アレ』の読者と同じ精神状態に陥っちゃってるんですよ!?」

 

 とてもとても新野女史あたりには聞かせられない『猛毒』まで持ち出して、説得にかかり。

 石河家全員が大爆笑してしまった。

 

「ぶふぉ……お、おま……おまえ……ひ、酷いなオイ……あっはっは!!」

「ぶっ……ま、待って……分かった……分かった! (たと)えが的確過ぎて、色んな意味で理解が出来た……ぶははははは!!!」

「ラノベに突っ込もうとしても、なかなか猛毒過ぎて突っ込めないネタなんで、もう今使っちゃいます!」

 

 ……個人的に、あの手の雑誌は、本屋の売り場を『女性向け漫画雑誌』や『女性向け創作小説』だとかの『女性向けの創作系作品』の棚に置くべき代物だと思っていたりするのだが。

 それは兎も角。

 

「分かった! 負けだ! これは完全に負けだ! あっはっは!!

 確かに『運命の相手』とやらを追いかけて、石河家(うち)を出て行った『元女房(あいつ)みたいな生き物』には成りたくないわぁ……はっはっはっはっは! 流石、作家先生だ! 負けだ負け! 降参だよ!」

「はっ、はっ、蜂屋。おまえホント酷いな……久方ぶりにお前の『本気の猛毒』を聞いたよ。

 正直、館さんの番組に出るって聞いて割とヒヤヒヤしてたし、お前の担当編集の新野さん? あの人が事後報告でトーク仕事を受けた話を聞いて、真っ青になってた理由が改めて良く理解出来たよ」

「いや、ちゃんと『毒』の『量』と『使いどころ』を加減しながら考えないとシャレに受け取ってもらえないって、中坊の頃に進路が『ド底辺ヤンキー工業校』か『静舞の農高』の二択になって理解したんだから……つか、一応、その辺は本職だぞ俺」

 

 何しろ、加減を間違えると……全国模試で偏差値75を超えて歴史社会の全国順位1桁台に入り、学校の定期テストで毎回100点とっても、成績表に『1』を付ける『中学校の歴史教師(当時35歳独身女性)』が現実に居るのが世の中だと、とーても理解していますとも。

 

「あの話、マジだったのかよ……信じらんねーヤツだ」

「当時はガキだったんだよ。

 ちょっと進路指導の時に『賞も取ったし進学しながらラノベ作家を目指したい』って言ったら『オタ』だ『キモイ』だ何だって先生含めて周囲からイジメに遭って、言われっぱなしも腹が立って反撃したら『加減』を間違えちゃったダケだって」

 

 クラスのカースト上位の陽キャ女共が『ホントの事じゃない♪』と色々俺に言って来たので、こっちもそいつらに『ホントの事』を色々指摘してやったら、全員逆切れした挙句、指摘する過程で『流れ弾』を喰らった件の女教師まで加わって、量産型に鳥葬喰らった弐号機の如く、物理的に集団で……うん。薬丸自顕流(猿叫剣)って、抜刀以外は振り下ろしメイン&猿叫で精神と肉体のリミットを外すとか、凄く集団戦(リンチ)に合理的なんだなって、身をもって理解しましたとも。

 

 当然、救急車が来る騒ぎになったのだが、件の女教師含め全員『私は悪くない!!(誤チェストにごわす!!)』って叫びまくった上に、学校が『事故』って事で全力で隠蔽して『無かったこと』にしたし、当時は色々と家の方が慌ただしくて『起訴どころじゃなかった』んだけど。

 そろそろ証拠含めて色々と揃って、全員、確実に傷害で起訴できそうな見通しが出来たんで、時効になる前に軽く警察沙汰にしてやろうと思っている最中である。

 

 まあ、それは兎も角。

 

「は、蜂屋……お前、ホント下手すると刺されるぞ? 気を付けろ?」

「酷いなー。だから、普段ラノベの作品の中くらいでしか使ってないし、ちゃんと用法容量は守ってるって。

 それに農高入ってお前と出会った頃には、色々と身辺が片付いて落ち着いた頃だから、そんな毒吐いてなかっただろ?

 俺だって成長するんだぞ?」

「……あれで?」

「なにか?」

「いや……」

 

 そんなやり取りをする息子と、その友人を見て。

 石河の親父さんは全てを納得したような諦めたような顔で。

 

「あーなるほど。ここに来て座敷に座った段階で、もう勝ち目は無かったんだ」

「何がですか?」

「いや、『何らかの説得をされる』事は予想していたけど、こんな説得のされ方をするとは夢にも思わなかったんで。

 いや、昨日のアレといい、ホント交渉上手ですよ、オーナーは」

「やめてくださいよ、基本的にタダの引きこもりの文章書きですよ、俺は」

「いやいや、昨日だってあの日本屈指の大牧場の方々に、一歩も退いて無かったじゃないですか」

「やらなきゃイケナイから踏ん張っていたダケで、内心半泣きどころか全泣きですって!

 マジで新野女史や親父さんが脇を固めてくれたから、変な詰められ方しなくて助かったって分かってますから。

 ……ホントに信用できる大人がいるって、マジでありがたいんですよ」

 

 昔。

 賞を取って俺を評価してくれた、審査員や編集長、そして新野女史を思い出す。

 少なくとも。『信ずるに値する他人はいるのだ』と知れた、あの時が無ければ、自分自身どうなっていた事やら。

 

 と……

 

「その『やらなきゃいけない事』に、泣いてゲロ吐きながらでも立ち向かえるのは、蜂屋(おまえ)の強みだよ」

「やめろよ! それって『あいつに任せりゃ大丈夫』って無茶振りされる第一歩じゃねーか! 実際マジで新野女史(担当編集)に割と無茶振られて、よく泣いてんだぞ俺! ……そのうち大牧場の偉い人から『ウン百頭の幼駒の中から将来のG1馬見つけてこい』とか無茶振られそうで、戦々恐々としてんだからな!?」

 

 などと泣きを入れると、親父さんまで……

 

「あ、ウチの厩舎の他の馬主の方から、たまに『そんな事出来ないかなー?』って、話を聞かれるよ」

「ぎゃー!! 勘弁してください!!

 知ってるでしょうに! 本性はタダのビビりのヘタレですがな!」

 

 なんというか……。

 昔のヤンキー漫画に割とあった、高校デビューの主人公が偶然と幸運とハッタリで得た、周囲の過大評価で成り上がっちゃって『どうしよう』みたいな状況に。

 『これ、本格的に『退き口』が無くなって行くんじゃ……』という嫌な予感が、拭えなくなっていた。

 

 

 

 と……まあ、何だ。そんな感じで、目標は達した。

 無謀な若造の忠告は、確かに石河の親父さんに届き、改めるべきところを直してもらえる見込みも出来た。

 

 そう、俺は俺個人の良心と責任において、然るべき行動を果たしたのだ。

 

 だから、もうこれ以上の……具体的には有馬記念で『起こってしまった不幸な出来事』に関しては、声を大にして断言したい。

 

 『……もう俺の責任(せい)じゃ無いもーん!!』と。

 




そこそこ頭の出来がいい蜂屋君が、何で『北海道の辺境の農高に飛ばされたか』の説明回です。
『生徒の成績を、偏見や好き嫌いで決める先生なんて、日本に居るワケ無いじゃん』とかいう人は……本当に真面目な教育者に育てられた、幸せ者なのだなぁと思います。いやマジで。


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朝日杯、掲示板回

1:名無しの馬券師 ID:RPfRWt+BL

今年の朝日杯を語るスレ

 

2:名無しの馬券師 ID:rgN77EKeF

2get

 

3:名無しの馬券師 ID:otZsx67vr

 

4:名無しの馬券師 ID:FMe+iwO7M

今年の2歳馬って、クロフネ産駒がデビュー年で、サンデーサイレンス産駒のラストクロップの年か……

いよいよ、サンデー王朝も終わりで新時代が来るのかな?

 

5:名無しの馬券師 ID:XVDb0Xnk1

>>4

いや、サンデーの絡まない系譜って他にもうおらんだろ?

サンデー系種牡馬自体が無茶苦茶数多控えていて、トドメにディープインパクトまでおるんやぞ?

 

6:名無しの馬券師 ID:1pYk2N14N

だからクロフネとか色々頑張っとるやんけ……社田井筆頭に今、新しい血を確保するのにドコも必死よ?

 

7:名無しの馬券師 ID:kZNIdP0Y7

裏方は大変やな。

というか、こんなポストサンデーに必死になっとる状況下で、見捨てられたオグリの系譜が農高から湧いてきて大爆発とか……関係者全員、脳焼かれてるやろな。

 

8:名無しの馬券師 ID:MfEnrhnA8

関係者より、ファンのほうが脳を焼かれてるで。

むしろ、調教師の先生なんか、脳を焼き過ぎて頭皮まで焼き畑農業しとるぞ。

 

9:名無しの馬券師 ID:SWh2vs7q+

>>8

やめてさしあげろ……なんかインタビュー聞いたら、厩舎脱走の常習犯らしいで?

……そら無敗馬が脱走繰り返すとか、胃が痛いどころじゃないだろうな。

 

10:名無しの馬券師 ID:H6Vta45ub

去年、2歳のデビューした頃は『珍しい経歴と血統の面白馬です。応援よろしく』って、競馬の宣伝ピエロのポジションだったのが、シャレにならない実力を発揮し始めたからな……

というか、アレで勘違いしちゃった人とか結構多いらしいで?

 

11:名無しの馬券師 ID:3NmsnuQbF

あの怪盗を基準に競馬を語られたら、そりゃ一般人は誤解するよな。

『あれは馬じゃなくてUMAです』って認識持たないと。

 

12:名無しの馬券師 ID:JVmmOW4hy

真面目な話、今回の朝日杯、血統的にどうなんだろうな。

サンデー直系のラストクロップ、サンデーに連なる系譜たち、クロフネ産駒のデビュー年、復活のオグリ血統……その他諸々。

朝日杯そのものはマイルだからクラシックを占うには不足だけど、それでもガン無視できるモンじゃねぇよな。

 

13:名無しの馬券師 ID:+Z+GZxv2E

言うてあの怪盗の弟、血統は一緒でも全然個性が違うぞ?

新馬戦から異様に大人しくて落ち着いてる。レースは兄と同じ、鞍上ヒゲで逃げ切り勝ちだけど。

 

14:名無しの馬券師 ID:ti6Uaf1t3

クアッドターボな。

個人的に応援はしたい。したいんだけど……交代した鞍上が不吉過ぎる……

 

15:名無しの馬券師 ID:pQ/HOmfor

ターボ……帝王賞……うっ、頭が!

 

16:名無しの馬券師 ID:JBRChirF4

>>15

そうなるとは限らんやろ。

よしんば出遅れたとしても、兄だって札幌記念で根性見せたんだし、あんなレースには……レースには……

 

17:名無しの馬券師 ID:rj60uSd15

あかん……なんか俺もひたすら不吉に思えて来た。

っつーか、何で鞍上交代したんだよ、クアッド。

 

18:名無しの馬券師 ID:Z88Bug1Fz

根拠は無いよね……根拠は。

そもそも、クアッドって滅茶苦茶落ち着いてるのに、なんで逃げ馬なんだろう……やっぱ母父の血かな?

 

19:名無しの馬券師 ID:h6SHGTPID

オーナーがインタビューで『キッドの時『ツインターボの孫』という周囲の認識が薄かったから、あやかって二頭目はターボを付けた』って言うのが本当の所らしい。

まあ、新馬戦と、格上挑戦を『逃げ』で制覇してるから、素質馬ではあるんだろうけど。

 

20:名無しの馬券師 ID:ZinfPLqiT

っていうか、パドック見てるけど……クアッドターボって、本当にバーネットキッドの全弟なのか?

若いのに滅茶苦茶落ち着いて、芸どころか入れ込むそぶりも見せてない。

 

21:名無しの馬券師 ID:dbsWSIW2E

『脚質はともかく性格的な個性が正反対です』って言ってたけど、納得だわ。

二人引きのフサイチリシャールと比べても、すげー落ち着いてる。

 

22:名無しの馬券師 ID:z6d0tPRme

これで逃げ馬なのも不思議なんだけど。本当に逃げ馬なのか?

 

23:名無しの馬券師 ID:cYiwhBSsz

まあ、馬券から外す手は無いなぁ。

縁起的には不吉でも、鞍上含めて実力を考えたらクアッドターボを軸に考えるのもアリかもしれん。

 

24:名無しの馬券師 ID:m1hJSLksA

キッドって本当に『盛り上げ役』だったんだな。

クアッドがなまじ大人しいのが不気味に思えて仕方ない……いや、パドックとしては正解なんだけどさ。

 

25:名無しの馬券師 ID:p44rGSSEO

大人しいパドック。歩容、馬体も良し。返し馬も満点。

なのに……『何か』が起こりそうな不安感。

まあ、ある意味、大物の証明かもな。

 

26:名無しの馬券師 ID:GOueg2IGB

まあ、『アレ』の弟だからな……というか、解説ですら最早『アレ』扱いwww

 

27:名無しの馬券師 ID:hWhNrzRYZ

完全に『名前を言ってはいけないあの人』ならぬ『名前を言ってはいけないあの馬』じゃねぇかwww

 

28:名無しの馬券師 ID:8emqNujVx

怪盗、カッパ、『名前を言ってはいけないあの馬』……その正体は。

 

29:名無しの馬券師 ID:QRobkE+w0

>>28

志室園長の弟子だろ?

 

30:名無しの馬券師 ID:QeqD1Lev5

その『アレ』の弟も素直にゲートインしたけど。

『アレ』の持ち味って鞍上の技量含めたスタートダッシュの良さだけど、弟の方って前2レース見る限り、そこまで『好スタート』って感じじゃないんだよね。

……鞍上の交代といい、本当に逃げ馬なのかな?

 

31:名無しの馬券師 ID:1auMeU8Nh

そいや、逃げ宣言は出てた? クアッド?

 

32:名無しの馬券師 ID:+0Kx4QG9S

なんか不吉な雰囲気が漂って来たな……フサイチリシャールあたりに浮気したくなってきた。

 

33:名無しの馬券師 ID:ldeRN0k+n

よし、スタート……え?

 

34:名無しの馬券師 ID:G1WtuA9fg

スタートダッシュが効いてない……え、え、えええええええ?

 

35:名無しの馬券師 ID:OFsi14khb

はあああああああああ!!??

 

36:名無しの馬券師 ID:rFqfI0oJ4

またやりゃあがった!!

 

37:名無しの馬券師 ID:av48VsMeU

あかんわ……これは無い! 無いだろ!?

 

38:名無しの馬券師 ID:nCm5j6jtw

ふざけんなー!!

 

39:名無しの馬券師 ID:SPOAyz0Lx

うわぁ……スタート直後からの大ブーイングで中山が揺れてる。

っつか、速攻で馬券吹雪が幾つも舞ってる。

 

40:名無しの馬券師 ID:sAcA30bI4

そらそうだよ。

あーあー、兄貴ほどにスタートダッシュが効かないのは知ってたけど、最後尾はねぇだろ……ヤル気あんのかよ。

 

41:名無しの馬券師 ID:H4aQDrfP/

ムリムリ……1000mの通過タイムが59秒8か?

悪くは無いけど、リシャールや他の馬がジリジリ体制整えてきて……はい?

 

42:名無しの馬券師 ID:uHaqrK4za

ん、あれ……なんか、ターボ、コーナー曲がりながら、上がってきてイイ位置付けてね?

 

43:名無しの馬券師 ID:nJW4ng9qc

は? え? え? ちょ、ちょっと待て!?

 

44:名無しの馬券師 ID:ssD6CcHpt

は、な、なんじゃこりゃあ!? なにあの末脚!!?

 

45:名無しの馬券師 ID:o5rJp3x/0

逃げ馬じゃなかったのかよ!! マジか!!

 

46:名無しの馬券師 ID:Q6hQNqQHc

差せ! 差せ! リシャール!! お前に賭けてんだ!!!

 

47:名無しの馬券師 ID:/k5lUtn0U

そうだリシャール行け! 行くんだ!! ターボの馬券投げちまったんだよ!!

 

48:名無しの馬券師 ID:H8N7HHTY3

ああああああああああああああああああああああああああああああああ、ターボが、ターボがああああああ!!!

 

49:名無しの馬券師 ID:E79eKJkiV

これが……新型っっっ!?

 

50:名無しの馬券師 ID:U41EGJtjU

やられた……完全にしてやられたよ!!

 

51:名無しの馬券師 ID:b1UpFbILG

ぎゃああああああ、俺の当たり馬券ドコだあああああああ!!

 

52:名無しの馬券師 ID:IblbdQ770

うわあああ……今、>>51みたいな人間が大量に出て、スタンドが阿鼻叫喚になっとる。

 

53:名無しの馬券師 ID:qNuW7KE4+

なんだこれ……デビュー二戦の逃げ勝ちから、兄の幻影、そして、祖父の帝王賞まで利用して……完璧な伏線じゃねぇか。

作戦勝ちっつーか、こんなの分かるワケねぇだろ!?

 

54:名無しの馬券師 ID:S772MJCBi

不吉な予感というか『何かある』って思ったの、コレかよ……完全に騙された!

 

55:名無しの馬券師 ID:90LiZ+kB2

まあ、有力馬っちゃ有力馬で、それにふさわしい鞍上でもあったけどよ。

こんなひっくり返し方してくるとは夢にも思わなかったよ……

 

56:名無しの馬券師 ID:A40uxSOUd

えー、流れぶった切りスマソ。

ワイ、キッドの弟だからターボ買った競馬素人なんだけど、一体なにが起こってるの?

とりあえず、ターボ、勝ったんだよね? 

 

57:名無しの馬券師 ID:8aMiEYYk7

>>56『ツインターボ 館』で検索してみ? 古参まで行かずともファンはみんな知ってる悪夢よ。

 

58:名無しの馬券師 ID:nRQaPb7Bs

>>56

っつーか、早い所その場から離れて換金しに行け!! 血迷った人間に馬券取られるぞ!!

 

59:名無しの馬券師 ID:A40uxSOUd

>>58

サンクス! なんか血涙流して地面這いまわってる人間が大量に出てるから、さっさと逃げるわ!!

 

60:名無しの馬券師 ID:RqI4uK7Op

有馬記念の軍資金まで投げちゃった人とか、大勢いるんだろうな、コレ……

 

61:名無しの馬券師 ID:278eLendq

『予想を外して期待に応えるのが最高のエンタメです』って。

……確かに、そうだけどさぁ……アンタが言うと最強の煽り文句だよ。

 

62:名無しの馬券師 ID:A/sJsgWMD

>>61

そんなエンタメ要らーん!! ワシの馬券返せーっ!!!

 

63:名無しの馬券師 ID:87MRIPSkL

>>62

お爺ちゃん、自分で放り投げたんでしょ?

……まあ、馬券既知の阿鼻叫喚を外野から眺めてる分には、エンタメではあるよな。

 

64:名無しの馬券師 ID:7MNmvV+f2

なんだろう、この……一番人気が一着取ったってのに、起こった現象が大穴が飛び込んで来た時みたいな阿鼻叫喚って。

 

65:名無しの馬券師 ID:reKYibT5m

>>64

いや、それより酷い状況かもしれない。

なまじ放り投げちゃった人が多いから、収集がつかなくなりつつあるぞ、コレ。

 

66:名無しの馬券師 ID:HyWBzjnR3

無事な人間は、さっさと換金したほうがいいな、コレ。

下手すりゃ投げちゃったヤツに絡まれるぞ。

 

67:名無しの馬券師 ID:EDghCxc+w

わい、換金終えて高みの見物。

とりあえず軽く懐はあったまったけど、それ以上に投げちゃった人間が結構な数居て、全員ダンゴムシみたいに這いまわって馬券漁ってる。

 

68:名無しの馬券師 ID:nUJyGAbaK

たまーに『あったー!!』って血の叫びが混じってるんだけど。

そこに周囲の人間が集まって『見せろコラァ!』って揉めてる……なまじ引っかかった人間の母数が多いから、地獄絵図だわ。

 

69:名無しの馬券師 ID:Z7I+B5FQ4

あかんわ……そこかしこに馬券既知が『ないない』って這いまわってる。

これで天井や壁をはい回ったら、まんまバイオのリッカーだ。

 

70:名無しの馬券師 ID:1hEdjU9pu

『夢で終わらせない』っていうか、夢を現実にするために這いつくばるの図か。

アタリ馬券が風をナビにして飛んでっちゃったもんな。

 

71:名無しの馬券師 ID:4lhJsNmd7

あ、警備員が来た……流石に投入されるか。

 

72:名無しの馬券師 ID:ZQFhNOny/

そりゃあ、次のレースがあるからな……とりあえず赤字にはならずトントン。

まあ面白いレースが見れたから良しとするわ。

 

73:名無しの馬券師 ID:MN9d0hW8z

ある意味、強烈なエンタメを見せつけられたわ……レースも観客席でも。

 

74:名無しの馬券師 ID:EeIRRhbpl

凄いよなぁ……クアッド。

オーナーも二年連続朝日杯か……兄も兄だし、二頭とも種牡馬だろうなぁ。

 

75:名無しの馬券師 ID:wkkZkGuQA

クラシックで、『新型ターボ』がどんなレースするのか、マジで楽しみだわ。

 

999:名無しの馬券師 ID:A/sJsgWMD

ワシの……ワシの20万円の当たり馬券はドコじゃああああああああああ!!!!!

 

 



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有馬記念に向けて

すいません、遅くなりました。


 師走、美浦トレセン。

 

 ウッドチップのコースを、二頭の馬が併せ馬で走っていた。

 二頭共に、紫地に金文字で描かれたゼッケン……すなわち、G1馬たる証明を背負い、馬場を駆け抜けて行く姿は、正に二頭共に美浦のエースに相応しい力強さを示していた。

 

『ったく……全然元気じゃねぇか古いの。何が引退だよ』

『けっ、元気じゃなくっちゃボスは務まらねぇんだよ』

 

 バーネットキッド、そして……ゼンノロブロイ。

 二頭の併せ馬は、比較的緩く、しかし……

 

「引退、ですか」

「ええ……」

 

『ゼンノロブロイ、有馬記念を最後に引退』

 

 その一報は、厩舎や関係者のみならず。

 美浦で暮らしている馬たちにも衝撃を与えていた。

 

 なんといっても、ゴリゴリの縦社会である馬の世界で、美浦トレセン全体に睨みを利かせていた大親分である。

 それが引退ともなれば、後釜やら序列やらの変動が起こるのは、社会性を持つ生き物である以上、当然の出来事であり。

 そんな事情を気にしないのは、美浦の馬社会である種のキチガ……もとい、傾奇者(アウトロー)として扱われているバーネットキッドくらいのモノである。

 

『ったく。ジャパンカップの時点で、もう既に引退キメてやがったんだろ、親分?』

『ボスが迂闊に話を洩らせるかよ。

 まあ、暫くはかわい子ちゃんと戯れる生活になるみてぇだが……その前に、有馬でしっかりツラを拝んでおきたい相手も居るからな』

『誰?』

『『お前を一番追い詰めた』って栗東の野郎だよ』

『あー……』

 

 そういえば、ロブロイ親分、ディープのヤツとは一度もぶつかってないんだよね……年齢差を考えれば当たり前なんだけどさ。

 というか、3歳馬と5歳馬で、3度もG1レースで激突し合ってる、俺とロブロイ親分の関係のほうが、色々とおかしいワケで。

 

『お前から見て、どんなヤツだ?』

『牝馬みたいにちっこくて、普段はのんびりしたフツーのヤツです。

 でも、レースになると性格が変わるタイプですね。負けん気が凄いから大変らしいです』

『……誰かさんみてぇな野郎だな』

『はて何のことやら』

 

 しれっと返事を返すと。

 親分が真剣な顔で問いかけてくる。

 

『ところで、若いの。

 お前、何時まで美浦(ここ)で『一個の傾奇者(アウトロー)』で通すつもりだ?』

『古いの。俺が『ボス』なんて(がら)じゃないのは知ってるでしょうに』

『あのなぁ、少しは自分の影響力を自覚しろよ?

 お前が自分の厩舎だけでもボスに就けば、美浦(ここ)の勢力図が変わっちまうんだ。おかげで後釜探しに俺が苦労してんだぞ?』

『そりゃ大変ですね。

 俺を飼いならせる度量を持つ、親分の後を継げるヤツを探せ、って事なんですから』

 

 と……

 

『一頭、力量的に後釜に相応しいのが居るには居るんだが、なぁ……』

『ほう』

『そいつは傾奇者でな。群れようとしねぇんだ』

『ふーん、やる気が無いならショーがねーんじゃないですか?』

『なんとかヤル気を出させる方法はネェもんかね?』

『どーなんでしょーねー……『群れの親分』なんて柄じゃないんでしょ、ソイツは』

 

 などと、話を振って来た親分に応えてみると。

 親分は深々と溜息をつき。

 

『まったく……最近の奴らは分かんねぇよ。

 馬として、雄として生まれたなら、群れの頂点を目指すモンだろうが』

『その『分からないモン』を傍に置きながらも、美浦全体を統率する度量が要るんでしょー? 『美浦(むれ)の頂点』ってのは。

 大体、親分ってのは『分かりやすく見せないと』下が付いてこないモンです。

 誰だって『何考えているか分かんない基地外』になんて、付いて行きたく無いんですよ』

『……まいったね、傾奇者に群れ長の心得を説かれるとは』

『まー、ぶっちゃけ、知ってるからやりたくないの。そーいうのは弟に任せた』

『そういうのを『知ってるヤツ』に担って欲しかったんだがなぁ……』

『お疲れ様です、親分。最後のお勤め、お気張りなすって』

『あっさり他人事にして逃げやがって……なら、しゃぁねぇか』

 

 そう言うと、鞍上の指示で最後に別れ際。

 

『おう、若いの……』

『譲りませんよ。有馬も』

 

 親分の言葉を遮って、返事を返す。

 

『ちっ……少しは浮かれて油断しろよ。可愛げのねぇ』

 

 すんませんね、親分。

 どう頑張っても、『あいつ』相手に油断なんて出来ないんですよ。

 

 

 

 で、いつものクールダウン(?)のひと泳ぎのために、プールに行くと。

 カメラを始め撮影機材を抱えた人たちが何人かと、アナウンサーと思しき女性が一人。

 

 ……園長がおらん所を見ると、競馬関係の番組だろうか?

 そういえば有馬が近いし、一応、有力馬の端くれだったか、俺も。

 しかし、公開調教で見せるのがプールか……よし、ちょっと頑張っちゃおう。

 

「じゃ、泳がせますよー」

 

 で。

 いつもより少し力を入れて、ザッパザッパと泳ぐこと暫し。

 

「一周、18秒から17秒。これって早いですよね?」

「はい。大体一周50メートルで、泳ぎが苦手な馬だと40台後半から50秒台。得意な馬で20秒台前半ですから、かなり得意……というか、多分、美浦だと最速ですね」

「これ、ギネスに載せられるんじゃないですかね?」

「『世界一速く泳ぐ馬』ですか? 記録とかジャンルがあるんなら、確かに載せてみたいですね」

 

 などと、やり取りをする石河調教師(パパ)

 

 で、プールから上がると……

 

「うわぁ……プールに入る前は白くてモフモフで『可愛いなぁ』って思っていたんですけど。

 プールから上がると、毛が濡れてムキムキの筋肉が浮かび上がって。『ああ、競走馬だ』って……失礼ですが、やっぱりその……こうして見ると本当にG1馬なんですね」

「まあ、園長の動物園だと人懐こいコメディホースをやっていますが、実際は現役の競走馬ですからね。

 何だかんだ、調教は素直で真面目にこなしてくれているので、本当に助かっています」

 

 おお、筋肉か? 筋肉がウケるのか?

 ……はて? どんなポーズを取ればいいのだ? つか、人間のボディビルダーみたいなポーズって、馬にあったかな?

 

「じゃあ、最後に、有馬に向けての抱負を……」

 

 おう、〆だな。

 じゃあ、せーの……アイーン♪

 

「キッド、だからアイーンはいいの、アイーンは! そっちの番組じゃないの!」

「いえいえ、オイシイ映像、頂きました。ありがとうございました♪」

 

 

 

 変顔をして芸をする競走馬……最早、不動のアイドルホースと化したバーネットキッドの姿を見て、くすっ、と笑う声が部屋に響く。

 だが、モニターを見つめる、厩舎関係者と騎手全員……それも、最大のライバルと目されるディープインパクトを預かる、関係者の面々は微笑こそあれど目は真剣だ。

 

「冬だってのに、よく泳ぐモンだなぁ」

 

 無論、美浦も栗東も、トレセンのプールは温度管理もされた温水プールであり、更に馬という生き物は、比較的寒さに強い生き物ではあるものの。

 それでも『積極的に冬場に水泳をしたい』などという馬は稀である。

 

「担当厩務員曰く。

 少しプールを制限したいらしいんですが、そうすると勝手にトレセンを脱走して、霞ケ浦まで泳ぎに行きかねないそうです。

 実際、夏場に一度、深夜に馬房から脱走して、トレセン抜け出す寸前まで行って軽く騒ぎになったとか……報道はされていませんが」

「ああ……その噂は聞いたな。札幌記念で相当に機嫌を損ねたとか何とか」

「それこそ、あの札幌記念みたいな状況になれば、ウチのディープの独壇場なんですがね……」

 

 いくつかあるバーネットキッドの武器の中でも、大きな武器の一つ……テン1F11秒台がデフォの最速のスタートダッシュは、それこそ直線短距離の『アイビスサマーダッシュですら通じるのでは?』と思わせる程に鋭く。それでいて1枠1番という『出走馬中、最長時間のゲート入り』も苦にしないという、落ち着きっぷりである。

 その点は圧倒的にゲートが苦手なディープよりもキッドに軍配が上がる。

 

「で、美浦に行って、直接見て来た感想はどうだ?」

「どうも何も……多分、キッド自身が僕の事、完全に覚えていますね。

 僕が顔を出してる時の調教は、本当に適当に流している感じでした」

「まあ、そうか。

 しかし、キッチリ仕上げて来たなぁ……石河さんも」

 

 モニターに映る、バーネットキッドの馬体を見て、老練な名伯楽が呟く。

 水にぬれた馬体は、うねるような張りを持つ筋肉を浮かび上がらせ、仕上がりの良さを如実に主張していた。

 

「どうだ? 勝てそうか?」

「勝ちますよ。

 前回はディープ自身も僕も、初めて見るキッドの大逃げに対応出来なかった。

 今回は違います」

 

 あのサイレンススズカを彷彿とさせる『溜め逃げ』を思い出す。

 アレで完全に仕掛けどころを『見誤らされた』結果、苦杯を舐める事になった。

 だが………

 

「『ある』と分かっていれば、ディープならば『なんとかなる』と信じます。

 どのみち、レースは確実に時計重視の『真っ向勝負』になるでしょうから」

「そう、それだ。

 時計で気になったんだが……『去年のゼンノロブロイ』、超えて来ると思うか?」

 

 2分29秒5。

 去年、有馬記念にゼンノロブロイが『秋古馬三冠』の称号と共に刻んでいった、有馬記念のレコードタイムの蹄跡。

 

 それに対して……

 

「『超えるか否か』は兎も角。確実にそれに近いタイムで来るでしょうね」

「だよ、なぁ」

 

 一時停止したモニターの中で、仕上がった馬体を見せつけるバーネットキッドを見て。

 ディープインパクトの騎手と調教師の二人は、激闘の予感をひしひしと感じていた。

 

「まったく、厳しい戦いになりそうだ」




アイドルホースやってる白毛の可愛いソダシが、シャワー浴びた途端、濡れて萎んだ白毛の下からムキムキの筋肉が浮かび上がって来て『あ、競走馬だ……』って否応なく理解させられる、あの感じです。


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ウマ娘編……泳げヒシミラクル

史実だと叔父と甥なんですよね……


『私は普通のウマ娘ですよ』

 

 そう語るヒシミラクルを、トレーナーとして口説きに口説いて、菊花賞を含むG1ウマ娘まで育て上げたある日。

 

 ふと、気になった事をヒシミラクルに問いかける。

 

「『普通じゃないウマ娘?』 ですか?」

「うん。なんというか……ミラ子って『自分は普通だ』って強引に思い込もうとしてるっていうか……これだけ結果を出してるのに『そう在ろうとしていないか?』って思えて来たんだけど?」

「あー……あははは……まあ、『親戚の子たち』が普通じゃないですから」

「親戚の子?」

「わたし、結構年の離れた『姉』がいるんですけど。

 その姪っ子たちと従妹みたいな付き合い方してて。でもなんていうか……姉妹全員が『濃い』んですよ。

 川にダイブしたり、変なお化けとか見つけちゃったり、モデルやってたりとか……あと、メジロ家に養子に行った子もいたりして。

 なんていうのか、姉妹全員、色んな意味でとんでもない子たちばかりだから」

「とんでもない、ねぇ……」

 

 菊花賞を取った彼女が、自分を基準に『普通だ』と言ってるのならば。

 ……ひょっとして、その『姪っ子』たちには、相応の素質があるではなかろうか?

 

「その子たち、トレセン学園に来たりしてる?

 出来れば選抜レースを見て、実力があるようならスカウトしてみたいなぁ」

「んー、レースは見られると思いますけど、スカウトは無理じゃないかな?

 ほら、彼女です」

 

 そこには……トレセンの練習用コースを駆け抜ける、バーネットキッドの姿があった。

 

「……はい?」

「だから、私はまだ普通だと思うんです……『あの姉妹たち』と比べたら」

 

 そりゃそうだ……ゴールドシップと並ぶ変人な上に、クラシック級で宝塚を取るウマ娘と比較したら、どんなウマ娘だって『普通』になっちゃうよ。

 ……って。

 

「待った待った? って事は……」

「みたいですね~。

 なんだかんだと長女のキッドちゃんの面倒見がいいんで、下の子たちが慕って、トレセンに入ったら、アルデバランに一度は所属するみたいです」

「あ、あの『アルデバランの姉妹たち』かぁ……」

 

 トレセン学園というのは、ほぼエリートウマ娘にのみ開放されているだけあって、『姉妹で学園に所属している』というケース自体が珍しい中。

 石河トレーナー率いる『アルデバラン』は、バーネットキッドを筆頭に、近年、毎年のように姉妹で重賞ウマ娘を輩出し、台風の目になっているトンデモチームだ。

 

「……うん、やっぱり素質があったんだよ、君は」

「えええ? そんな事は……少しは、あったのかなぁ?」

「そうだよ。だからきっと、君もバーネットキッドのように」

「ように!?」

 

 トレーナーの言葉に、期待で目を輝かせるヒシミラクルは。

 

「プールで泳げるように」

「失礼します」

 

 一瞬で死んだ目になると、その場でくるりと(きびす)を返して逃げ出し始めた。

 

「待って! 待って! プールの補習テスト、本当にやばいんだから!?」

「大丈夫です、逃げ切ってみせますから」

「だから逃げたら失格だって! 最悪トレセンに居られなくなるよ!」

「無理です無理! 無理なモノは無理ですってばぁ!!」

「大丈夫! オグリキャップのトレーナーに『頼りになるサポーター』を紹介してもらったから! あのオグリキャップも200メートル泳げたんだぞ?」

「……ううう……」

「あのプール嫌いのオグリだって何とかなったんだ。君だって大丈夫だって!」

「……ほんとに、大丈夫ですかぁ?」

 

 

 

で……

 

「おっす。お久しぶり、『おばさん』」

 

 プールサイドに居る水着姿のバーネットキッドを見た途端。

 

「トレーナーぁぁぁぁぁ!! 騙しましたねぇぇぇぇぇ!!!」

「ンなワケあるか! オグリキャップも太鼓判を押したプールサポーターだぞ!」

「嘘です! 絶対嘘です!

 そりゃ彼女は『両手足をロープで縛っても泳げる変態』ですけど、他人をフォローしたり出来る子じゃないんです!!」

 

 泣き叫びながら逃げ出そうとしてるヒシミラクルを。

 例によって、逃走防止のためにクアッドターボやヤエノムテキががっつりと確保していたり。

 

「もー、いつの時代の話してんだよぉ」

「あなたと! 一緒に! 近所のプールで遊んだ時! どういう目に遭ったか!」

「そんな子供の頃の昔の事を持ち出されてもなぁ……大体、プールなんて海や川みたいに水流があるワケじゃないし、着衣や甲冑じゃなくてちゃんと水着着てりゃ、そう簡単に溺れようもないだろうに?」

「聞きましたトレーナー!? この子の『泳げる』は基準がおかしいんです!」

「はいはい、とりあえず蹴伸びで浮けて呼吸のタイミングさえ掴めれば、近代四種を水着で25メートル程度なら、大体割とどーにでもなるから。

 あー、じゃー、そこから始めましょうか」

 

 そう言うと。

 割と浅めの、腰までしか無い深さのプールに入る。

 

「ほら、入って」

「嫌です」

「腰までしか無いって。風呂と一緒。足が付くよ」

「そう言いながら、『また』立ち泳ぎで水深を誤魔化したりしてない?」

「それは相手がある程度泳げるようになったらドッキリでやる」

「やっぱヤル気だぁぁぁぁぁ!」

「今はやらないから安心しろって。

 大体、このプール、真ん中の一番深いとこでも2m無いんだから、簡単に水深を誤魔化せないんだよ」

「ううううう……」

 

 イヤイヤながらも、浅い所でプールに腰まで浸かり。

 

「はーい、じゃあスクワットの要領で、しゃがんで頭まで水に浸かりながら、ふーっと息を吐いて。で、全部吐き出し終えたら立ち上がって息を吸う。

 これを繰り返して、全身で自分の呼吸のタイミングを計るよー……って」

 

 水中スクワットで膝を曲げはするものの。

 目をつぶりながらも、頑なに水面から下に頭を下げないヒシミラクルに。

 

「……これ」

「おぶぁっ!!」

 

 水面を掌底の要領で押し出して、顔面に水をぶっかけるキッド。

 

「ちゃんと頭まで沈んで、ゆっくり息を吐く。

 でないと自分の呼吸のタイミングが分からないだろ?」

「……(ふるふるふるふる)」

 

 首を振って、無言で抗議するヒシミラクルに。

 

「……あーもー、しょうがない、最終手段。クアッド、洗面器もってきて!」

 

 そう言うと。

 持ってきた大き目の洗面器に、なみなみと水が注がれる。

 

「プール云々以前に、まず『顔面を水に浸ける恐怖』から何とかしないと、ダメなレベルじゃないか」

「……」

「正直言うけど、『コレ』も無理なら、本当にお手上げだよ。

 はい、さっきみたいに洗面器に顔を付けて、ふーっと息を吐きながら、いっぱいになったら顔を上げて息継ぎする。これに慣れたら、さっきの水中スクワットね」

 

 と……

 

「あのー、キッドちゃん。水面からずっと顔を出したまま泳ぐ方法って、ない?」

「それ……あるにはあるけど、上級者向けというか、逆に超疲れる泳ぎ方だけど?」

「そうなの?」

「人間にしてもウマ娘にしても、『頭』が人体で一番重たいんだよ。

 だからビート板みたいな補助具抜きなら、水面から顔を上げっぱなしにするよりも、水の浮力を利用して呼吸のためだけに軽く一瞬だけ上げるほうが、全身のバランスも取りやすいし、よほど楽なの。

 つーか、こう……水面を境に、頭も含めた全身の上下する頻度や高さが減ってフラットになればなる程、体力を使わないで楽に泳げるようになるから、最終的に着衣前提の古式泳法だと、水すましみたいに『水面を這う』感じの『伸し泳ぎ』になったりするんだ。

 だから、全身や腕が上下動しやすい近代四種だけマスターして、うっかり『泳げる』と勘違いして着衣で泳ぐと、割と簡単に沈んで……ん?」

 

 ふと。

 何かに気が付いたキッドが問いかける。

 

「ちなみに。今まで、その状態で、どうやって泳いでたの?」

「どう、っていうか……溺れないように必死に手足を動かしてるだけで」

「ひたすら暴れながら、カンカンカンカンと後ろから空き缶鳴らして追い立てる感じです」

「あー、じゃあ、現状を確認したいから、ちょっと泳いでみせて?

 今日はとりあえずソレで往復50メートルだけでいいから」

「う、うううううう」

 

 水を顔面に浸ける恐怖か、それとも普段通り泳ぐか。

 死んだ目になって究極の二択を迫られたヒシミラクルは……

 

「せめて、せめて25メートルで!」

 

 後者を選んだ。

 

 

 

 で……

 

 カンカンカンカンカン、と空き缶を鳴らして背後から追い立てられながら、溺れてるんだか泳いでるんだか分からない有様の、ヒシミラクルを見たキッドは。

 

「…………………トレーナー、ミラ子おばさん、そのままでいいかもしれませんね」

「え?」

 

 頭痛を催したように軽く頭を抱え、ヒシミラクルのトレーナーに答える。

 

「『あの泳ぎ方で25メートルも泳げる』って……逆に、凄い才能ですよ。

 さっきも話した通り、水面から頭を上げっぱなしで、手足の掻き方も超非効率。

 あんな泳ぎ方したら、普通、人間でもウマ娘でも、水着だってほぼ沈みますよ?」

「えっと、一応、まだ沈んではいないけど」

「だから不思議なんです。

 多分、身体能力で無理矢理浮いているんだと思うんですけど……まあ、スタミナは確実にあの泳ぎ方のほうが付きますね。

 下手に正規の泳ぎ方をマスターすると、かえって楽を覚えるパターンもありますから……というか、本来、人間は水に対して無力だからこそ、普通は『正しい泳ぎ方』を覚える必要があるんですけど」

「なるほど」

 

 『何だかんだでG1ウマ娘の身体能力だよ』というキッドの説明に、腕を組むヒシミラクルのトレーナー。

 

「どうします?

 水の恐怖を克服するまで一苦労ですし、そこで泳ぎ方を覚えたら覚えたで、彼女の性格からして手を抜いて楽をしそうな感じがありますが?」

「うーん……」

 

 と……

 

「あ、沈み始めた」

「……しゃーない、助けるか」

 

 そう言うと、救助のために、キッドは軽くプールに飛び込んだ。

 

 

 

 さて。

 溺れている人間を、直接捕まえて救助する時。

 一番やってはいけないのは、『正面から助ける事』だったりする。

 なにしろ溺れている人間は、生命の危機を前に火事場の馬鹿力が利いている状態でしがみついてくるため、救助者も一緒に沈んでしまうケースが後を絶たないのだ。

 

 で、それを避けるために、後ろから羽交い絞めのようにして助けようとしたキッドだったが。

 うっかりと全力で暴れるヒシミラクルにしがみつかれてしまい。

 

 じゃあ、こうなった時、救助者はどうするかというと……『息を整えて』一緒に沈んでやるのである。だいたい、溺水者の呼吸は一分も保たないため、あっさり離れるか……先に気絶して落ちるか。

 

「ま、こんなモンですかね。

 とりあえず、あの泳ぎ方を続けるンでも、こんな風に『死なない事』だけはサポートできると思います」

 

 そんな風にヒシミラクルを助け出したキッドだったが。

 前述したように、割と荒っぽい手法だったために、周囲はドン引きである。

 

「……も、もう少し、優しく助ける方法は?」

「ライフセイバーが『優しく救助』すると、一緒に溺れちゃうけどいいの?」

 

 凄まじくザックリした返事に、恨みがましい目を向けて来るヒシミラクル。

 

「で、どうしましょうかね? 今後の方針?」

「トレーナー! もうこれっきりにしましょうよぉ~!」

 

 飄々としているキッドと。

 懇願するヒシミラクルを前に。

 暫し、彼女のトレーナーは懊悩し……

 

「とりあえず、今後もサポート、よろしくお願いします。バーネットさん」

「はーい、了解。毎度アリ~♪」

「トレーナぁぁぁぁぁ!!!」

 

 心を鬼にしたトレーナーの決断に。

 ヒシミラクルの心からの絶叫が、プールサイドに響き渡った。

 

 

 

余談。

 

「時にお尋ねしたいのですが。

 キッドさんの泳法って、古式泳法ですね。

 それも、一般的な水府流ではない……おそらく、水上での戦闘や救助を想定した、小堀流か山内流あたりでは?」

 

 更衣室での着替え中。

 武術家らしいヤエノムテキの分析と問いかけに、キッドは軽く苦笑し。

 

「あー、それ、ナントカ流とかは分かんねぇんだ。

 近所に居たオッチャンの真似したりとかして、やり方教えてもらったダケだから」

「ほう……その御仁、恐らくは教士以上の水練の達者ですね」

「あー、かも。

 最初はバカなガキが見よう見真似で遊んでるとしか思ってなかったみたいで、相手してもらえなかったんだけどさー。

 悪ふざけし過ぎて両手足縛って川を泳いで遡上するのまで真似たら、オッチャンにえらい怒られちゃって♪

 今思うと、ほんとアブナイ遊び方をしてたなー……どっちかっつーとオッチャンが教えてくれた事って、技術云々よりも、水深30センチで溺れる『水の怖さ』だった気がする」

「そりゃ怒られますよ。

 ソレ、未熟者がやったら死ぬ技だし、むしろ『使わないに越した事は無い』技法じゃないですか」

「まーねー。ただ、オッチャンが立ち泳ぎで弓を引く姿って、結構かっこよくてさー……『どーなってんだ、どーなってんだ?』って生きたサンプル見て真似たダケだから、資格とか免許とか、持ってるワケじゃねーんだ。

 で、トレセン入る前にポックリ死んじゃったんだけど、最後まで『流名』とかは教えてもらえなかったの。『弟子じゃないから名乗るのは許さん』って」

「なる、ほど……だから『謎の流派』ですか。意外と浪漫がある話ですね」

「まー、バカ過ぎて弟子にしたくなかったんじゃないかなー?

 勝手に技は見て盗む癖に、水に対しての恐怖心が絶無と言っていいアホだったから、まずは『水の怖さ』から教えないと危なすぎるって判断されたんだろうな……って今現在の自分なら理解できるし」

 

 遠い目をするキッドに、ヤエノムテキがどんよりとした目で答える。

 

「ああ……ミラ子があなたを怖がるわけですね」

「まあ、そんな調子だったもんだからさ。

 人間万人全て『自分が基準』ってヤツで、ミラ子おばさんの水への恐怖心が、子供の頃の俺には『全く』理解できなくて……昔、ちょっと悪い事しちゃったかもしれないんだ。

 そんなワケで、ちょっぴり後ろめたいから、彼女がちゃんとプールで近代四種程度は泳げるようには教えてやりたいんだけど……未だに、あそこまで怖がられるとは思わなかった」

「なるほど。反省はしているのですね」

「してなきゃサポートなんて引き受けないよ。

 まあ、あの様子じゃ、首に縄つけて引っ張ってこないといけないかもだけど」

 

 苦い表情で笑顔を浮かべながら。

 

「ま、しゃーない。

 事が事だし、毒を喰らわばナントヤラだ。

 こーなっちゃったら、もう『恨まれ覚悟』で教えるしかないのかもね~♪」

 

 そう言って、制服に着替え終えると。

 バーネットキッドは更衣室から去っていき……

 

「だ、そうですよ。ミラ子」

「う、ううううう……」

 

 シャワー室の端っこから。

 半分涙目のヒシミラクルが、物凄く複雑な表情になって、更衣室をのぞき込んでいた。

 

「分かってはいるけど……怖いモノは怖いし、ああは成れないわよぅ」

「別に、『彼女みたいになれ』とは言ってないでしょう?

 というか、あの危なっかしい泳ぎ方でも面倒を見るって……相当な覚悟だとおもいますよ?」

「え?」

「基本、水泳って、まず『安全な泳ぎ方』をマスターしてから指導するものです。危ないし、死んだら元も子もないですから。

 でも彼女は『ミラ子はミラ子のまま、泳ぎのサポートをする』って言ってるんですよ? 『死なない事だけは何とかするから』って。

 無論、彼女の実力に裏打ちされた言葉でもあるでしょうけど」

「……………ううう」

 

 かくして。

 何だかんだと覚悟を決めたヒシミラクルは、嫌々ながらもキッドのサポートを受けるようになり。

 

「がぼぼぼぼ!! ぶばぶぁ!!」

「……………」

 

 『洗面器で溺れる』レベルのヒシミラクルを、『如何に泳げるようサポートするか』という、キッドにとって試行錯誤と苦悩と難題の日々が始まる事となったのである。

 




キッド「なあ、イイカゲンちゃんと泳ごうぜ……大体、勝負服の腹回りをゴム素材にしなきゃいけない脇腹とか、中央トレセンのG1ウマ娘としてどうかと思うぞ(ぶにぷにぶに」
ミラ子「なによう! キッドちゃんだって通常Verと水着Verの胸周りにギャップがあり過ぎて、ファンから通常Verの勝負服にPAD疑惑が」
キッド「OK、今日のプールのサポートは、水深5メートルくらいある飛び込み用プールで、10メートルの飛び込み台からのダイブでいいな?」
ミラ子「」


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ウマ娘編(?)……ボツになったお話

『まあ、そうなるよね』というお話。


「た、た、たしゅけて………たしゅけて……」

 

 どうしてこんな事になってしまったのだろうか。

 操縦席に複数のベルトで固定されながら、延々と前後左右に天地を回転させられ続ける状況に、バーネットキッドは回想する。

 

 

 

 そもそもの事の発端は、クリスマスのプレゼント企画で。

 

 サトノダイヤモンドが、実家であるグループ企業のソフト開発部門のソフトを景品にしようとしたものの、『何を皆が面白がってくれるだろうか』と、思い悩んでいた事が発端であった。

 

 で……『ゲームに詳しい』と聞いて相談した相手が

 

「ああ、あの!

 ゲームより、社史や開発歴見ているほうが、よっぽどエンタメやってる面白ゲーム会社!」

「ば、バーネット先輩!?」

 

 よりにもよって最悪な事に、バーネットキッドだった事が、色んな意味で騒動の始まりであった。 

 

「何言ってんだいサトちゃん。あの自社ハードの断末魔として、業界全てを敵に回して世に出た『例のソフト(通販版)』を俺は忘れてないよ!? 『餓狼電鉄』とか『エースウォンバット』とか『ショパン3世』とか!」

「忘れてください!! っていうか何で知ってるんですか!?」

 

 初手から核爆弾級の黒歴史を掘り起こされ、悶絶するサトノダイヤモンド。

 あまりにも相手がヤバすぎたとしか言いようのない、正直、相談相手として考えるなら、人選を根本から間違ったとしか言えない相手であった。

 

「えー、『むきむきホモリアル』とか『ロリーX』とか初手から持ち出さなかっただけ、まだ有情なつもりだけど」

「どこが!? っていうか、流通版はとっくに修正済みです!!」

「もったいないなぁ……子供の頃、駄菓子屋にあった『銀〇任侠伝』を見てるみたいで、腹抱えて笑いながらプレイしてた、俺的に一押しのソフトなんだけど」

 

 あまりにもネジネジ曲がって捻くれて歪んだ『ゲーム遍歴を持つゲーマーによるゲーム観』を漏れ聞いたサトノダイヤモンドは、確信した。

 関わってはならない。この先輩とは関わってはならない、と。

 

「いや、そんな警戒せんでも。

『70億』とか『占いアロマ』とか『犬の散歩』とか、色々とチャレンジャブルな会社だからこそ、見てて飽きないんじゃないか」

「だっ、だから……何故ソッチに行くんですか」

「いや、個人的にシイタケ作るゲーム会社が無くなってから、一番注目してる会社だし……色んな意味で『アソコ』と斜め上方向でタメ張れたのは業界でサトちゃん所しか無いじゃないか」

「面白がってるでしょう!? 開発者の苦悩と狂気を面白がってるでしょう!?」

「ソコも含めて、作ったゲームを楽しみつつも、完全無関係な外野の立場で無責任に指さして笑うまでが、エンタメ産業ってヤツじゃないですか♪」

 

 余りにも醜くも禍々しく歪んだ『完全外野の視点』。

 業界関係者として『絶対に相手をしちゃいけないユーザー』に関わってしまった事に、頭痛と眩暈が止まらない。

 

「で、クリスマスのプレゼントの相談だよね?

 とりあえず、背びれ取ったゴジラとか、三つ目のドムとかはダメなの?」

「ダメに決まってるでしょう!!」

 

 スナック感覚で黒歴史に触れて来る無法者に、色々と限界に達しつつあるサトノダイヤモンド。

 完全に相談相手を間違えた事を悟ったものの、既に後の祭りであった。

 

「先輩、そろそろ真面目に答えてくれないと、ミレニアムタワー使ってR720で宇宙に打ち上げますよ!?」

「ああ、それだ!?」

「はい?」

 

 本気で宇宙の彼方に打ち上げて廃棄処分にしてくれようか、と思って居た矢先。

 虚を突かれて、首を傾げるサトノダイヤモンド。

 

「いや、少し古いけど倉庫とかに無い? 『R360』?

 アレ、知らない人間にとって一度はプレイしてみたいんじゃないかな?

 もう『とし〇えん』にあったヤツは無くなっちゃってるし、最悪、マイケルさんの家から借りて来るとかしてさ」

「なる、ほど。『アレ』ですかぁ……」

「いや、やってみたい人はやってみたいだろ? というか俺も一度しか乗った事無いし」

「確かに。技術力を見せるという意味でも、アリかもしれませんね」

 

 意外とマトモな意見が出て来たあたり。

 何だかんだと『人間性が歪んではいても、見識自体は深いのだな』と改めて見直し……

 

「ところで噂に聞いたんだけど、『男子が初めて握るコントローラー』を使う『アレ』ってホントにあるのか?

 流石に俺もウマ娘だから見た事もやった事も無いんだけど、正直どういう代物なのかちょっと興味が」

 

 パチン。

 

 と、座った目でサトノダイヤモンドが指を鳴らすと。

 何故か、『龍を背負ったミホノブルボンのトレーナー似の人』と、『般若を背負った眼帯姿の主治医似の人』が現れ。

 問答無用でキッドの両脇を確保して、黒塗りの高級車で何処かへと連行して行った。

 

 

 

「……あれ、ウチの姉さんは?」

 

 少し間を開けてやってきたクアッドターボに問われたサトノダイヤモンドは。

 それでも完璧なお嬢様の笑顔を崩さないままに、

 

「ウチの技術開発部門の新作で、ミレニアムタワーを使った『R1080』の打ち上げ試射会で宇宙に行ってもらいました♪

 冥王星あたりまで逝って、ドリキャスタワーを倒せば、たぶん帰って来れると思います♪」

 

 割とカッ飛んだ返事を返し。

 

「OK、一週間くらいしたら帰って来るって事ね」

 

 と、しれっと承諾するクアッドターボに。

 

「……おい、何をドコから突っ込めばいいんだ、コレ?」

 

 と、戦慄するゴルシだった。

 

 

 

 なお、ホントに一週間後に、トレセン近くの多摩川にR1080が着水して帰って来るのだが……その辺に関しては、別の話である。

 

 

 

「って、こーんな感じのシナリオ書いたんですけど、どーでしょーかね?」

 

 メインとは別に、サポカ用に『バーネットキッドが他のキャラと絡んだシナリオを書いてほしい』と頼まれたので。

 徹夜明けで、ヤバ気な脳内物質が効きまくって膿んだ脳みそをフル稼働させて、ザックリと小一時間で一本、かるーく書き上げたのだが……

 

『……細かい修正は兎も角、最終的にサトノダイヤモンドのオーナーに、シナリオを直接見せて掛け合う事になるんですけど、ホントにこの方向で宜しいので?(意訳:やるなら君が生贄ね?)』

「やっぱりバーネットキッドの馬主権限でボツって事で」

『了解しました』

 

 かくして。

 正気に戻ったシナリオライターの手により、このシナリオは日の目を見る事もなく、ボツと相成った。




書き上げておいてアレなんですが……全部のネタ元分かる人は、サトちゃん家の熱心なファンだと思われます。



というか、書いていて『多分最終的に蜂屋君こんな感じになるだろうな』と気付いてしまいまして……



(某所、ファン感謝祭にて)

針生「あのー、皆さん、私にバーネットキッドのシナリオを追加で望まれるんですけど……あのですね、一応、私、まだ現役の馬主なんですよ。
  で、普通、ゲーム会社の場合、シナリオライターの方はシナリオ書くだけで、編集作業とか馬主様や馬会への説明や営業は、別の人の仕事じゃないですか?
  だから、正直ライターの方が気にするのは『上司や編集者の決裁』だけで、基本的にライターが直接馬主様と顔を合わせて話をするワケじゃないですよね?
  でも、私の場合『他の馬主と競馬場の馬主席で直』なんですよ?
  分かりますこの恐怖? 他のウマ娘をネタにしたコメディシナリオとか、精神的な意味でも気軽に書けるワケ無いんですよ?
  そりゃね? 引退した馬主様のウマ娘とか、あるいはゴルシの馬主様みたいな、中には理解のある御方もおられますけど。それを差し引いても、そうそう気軽に書けないですよ。
  それこそ、徹夜明けで脳みそ膿んでる時、本能のまま書き上げてボツにした話が山ほどあるんですから」
司会「えー、どんなお話ですか?」
針生「とてもとても言えません。
  っていうか、他のウマ娘と絡んだハッチャケ系のシナリオを出す時、生贄にしようとして来る事があるんですよ。『馬主様への説明よろしく』って。俺、営業じゃないっちゅーねん!」
司会「うわぁ、それは上司に伝えておきます」
針生「ほんとに『知らないから、顔合わせないから書ける』ってのはあるんです。
  あるいは、ファンタジーだから書けるんです。
  リアルで顔合わせる相手の、しかも遥かに年上のエライ方々の馬を使ったキャラに関して、アレコレ気軽に書けませんよ、マジで。
  タダでさえ、キッドが実装されて色々言われてるんですから」



こんな風に、ゲームで実装されたら、蜂屋君、馬主席で、巷で語られる『伊東ライフ状態』より強烈な事になるだろうなと思います……


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中山競馬場 第11レース 第50回有馬記念(G1) その1

 クリスマス。

 世間では山下達郎あたりの歌うクリスマスソングが流れ、前日のイヴの日の深夜にサンタさんから渡されたプレゼントが、子供たちの手に渡って封切られ快哉を叫ぶ日ではあるものの。

 

 中山で大きな子供たちに配られるプレゼントの争奪戦は、これからが本番である。

 

 なので、道の混み具合を予想して、先々週の朝日杯の時と同じく、西船橋からタクシーのルートで。

 ただし、今回は顔を合わせる相手の都合上、午前中のレースに間に合うように家を出ている。

 

「にしても、あの芸馬が有馬記念か……宝塚あたりから現実感が乖離し始めてるけど、とうとう来るところまで来ちまった、って感じだよなぁ」

「落ち着いてください先生、現実です。……信じがたい事は事実ですが」

「うん、まあ……現実感無いよね」

 

 なんというか……去年も先々週も朝日杯で中山には来たけど。

 去年のあの時は色々あって慌てていたし『行くとこ行っちゃったなぁ』くらいに思っていたのだが。

 今や行きっぱなしでドコにどーゆー風に着地するのか、見当もつかない状態である。

 

 しかも、有馬記念の宣伝番組で、ホントにクリカンにナレーションで声あててもらえるとは思わなかった。

 『俺の名前はバーネットキッド、かの偉大なる怪物、オグリキャップの孫だ』って。……いやホント、農業科に指名手配を喰らった畑ドロが出世したよなぁ。

 

「ゴキゲンですね、先生。いつもは緊張してるのに」

「いや、今日は園長も篠原の会長も来るから、多少なり安心できるし。

 それに……一昨日の有馬の宣伝番組で、ホントにクリカンに声当ててもらえたのが嬉しくって。番組、PSX使ってDVDにデジタル録画しちゃった♪」

「まあ、経済効果とか凄いって聞きますしね」

「そだねー。なんかぬいぐるみとか、滅茶苦茶売れてるみたいだし、農高は農高でエライ事になってるようだし」

 

 地方の農業高校の割に『今年の出願倍率が狂った事になりそうだ』とか聞くと『人生踏み外してないかー』と、あの周囲に何も無い、収容所じみた場所に出願した人間の、その後の人生が心配になってしまう。

 

「でもまあ……とりあえず、今日も無事に帰って来れる事を祈るよ」

「人間が? 馬が?」

「両方」

 

 もうね、なんというかね……先々週の朝日杯から、マジで周囲の目が怖いの。

 今までは『顔は笑っていても目が笑ってない』レベルだったのだが、だんだん笑えなくなりつつあるというか、顔までひきつってるレベルになってるし。

 

 あの迫真のアブダクションなんか、引きこもりの物書きを『逃がさん』とばかりの勢いだったからな……いや、考えてみると、ああいうエライ人たちと自分と接点が無いから、もう『競馬場で会いましょう』くらいしか手段が無いのか。

 

「そいえば、新野女史も聞いてますよね?

 レースが終わったら、園長の番組の生放送に、農高の先生と一緒に顔出しする、って」

「はぁ……というか、ソッチなんですね。

 てっきり打ち上げとかになると思ってましたけど」

「短いインタビューみたいだから、ソレが終わったらお疲れ様会の打ち上げだよ?」

 

 に、しても……

 

「有馬、かぁ……本当に来ちゃったんだよなぁ」

 

 半年前。

 

 皐月賞が終わって、進路を定めたあの会見で内心考えていた事は。

 とりあえず『ハッタリ利かせて時間稼ぎしねーとヤバい!』だったのだが。

 

『宝塚記念ですが、これまで歴史上一頭も三歳馬の勝利は無かったと記憶していますが、その辺はどうお考えでしょうか?』

『バーネットキッドが、その最初の一頭になると信じて、石河調教師と石河騎手に託す所存です』

 

 などと、自爆覚悟で盛大に広げた大風呂敷を。

 本当にキッドが宝塚を3歳で取って来たのを皮切りに。

 怒涛の快進撃で古馬を蹴散らして、有馬に臨む事になった……そう、『なってしまった』のだ。

 

 正直『ドコかで負けるだろう』とは思っていたし。

 実際に『ああ、負けたな』って思うようなレースもあった。

 

 というか、それ以前に、そもそもが、キッドがデビュー出来た事そのものが、物凄い豪運と確率の結果なんだよね……石河(弟)(ツレ)が騎手デビューしていたり、中学の先生が『マトモ』だったりしたら、俺もアイツも農高に行く事も無かったワケだし。

 

 そう考えると……

 

「まあ、運が良かったんだろうなぁ……」

「『運』の一言で、オグリ以来の『獲得賞金』より『経済効果』で語られる馬を作られては、馬産者もたまらないと思いますが……ほら、前の車とか」

 

 新野女史が示した、乗ってるタクシーの前の車両。

 後部座席の背もたれの後ろのスペースに、馬のぬいぐるみが複数並んでいるのが見えまして。

 ……そいえば、自分の作品(テンプレート・ガンブレード)のキャラのぬいぐるみって、ゲーセンでチラチラ見た後、すぐ消えたよな。

 って事は……

 

「……年収どころか、経済効果でもキッドに負けているのか、俺……」

「はいはい、意地張らない、意地を。正直、キッド効果で先生の過去作も注目されているんですから。

 それに、ジャパンカップで『やらかした』の、忘れましたか?」

「へーい」

 

 まあ、新野女史の言うとおりだ。くだらない意地を張っても仕方ない。

 そう、今だけだ。

 数年間。大人しく、かつ静かに、必要な最低限だけ顔を出しながら。

 愛馬の繋養や自身の老後に必要な資金を蓄え、キッドやクアッドの種牡馬稼業をソコソコで終わったら、あとはノンビリ老後を過ごさせてやろう。

 少なくとも、それが可能なだけの賞金は二頭共に稼いでくれているのだし、リンちゃんの分まで確保できれば……うん、短い間とはいえ、馬主としてシッカリしないとね。

 

 ……などといった目論見は、数年後に色々あってアッサリと破綻するのだが。それはまた別の話である。

 

 

 

「ああ、先生、お久しぶりです!」

「やぁ、蜂屋」

 

 中山競馬場に到着し、最初に出会ったのは。

 エントランスの馬主受付の前で待っていた、生産学科の担任である牧村先生だった。

 ……本当は、G1レースなんて晴れ舞台、生産者代表で毎回顔を出していてもおかしくないのだが……

 

「ようやっと休み、取れたんですか」

「まあなぁ。JCとか秋天も行きたかったんだけど、授業や家畜の世話が、な。

 ……しかし、テレビで見たが、ホントにバシッとキメて来てるんだな」

「ああ、これですか」

 

 銀座の老舗テーラーで仕立てた一張羅の上下は。

 早くも馬主席で、俺のトレードマークになりつつあった。

 

「そういや、高一の頃、『天皇賞って毎年秋と春に、陛下がレースを見に来る』って勘違いして、クラス中から笑われてたっけなぁ……それがマジモンの天覧競馬にあのキッドと出て勝つんだもんなぁ」

「『今年は来るよ』って言われて、慌てて仕立てたんですよぅ……勝つの負けるの以前に、キメて来ないと歴史に残っちゃうから」

「あははは、そんな事もあったなぁ。

 ところで……蜂屋。

 在学中に、学校のパソコンで『オランダ旅行に行ってた件』について、ちょっと話があるんだがね?」

 

 ぶふぉぉぉぉ!!

 

「な、なん、の、事、でゴザイマショウ」

「はっはっは、とぼけなくていいぞぉ♪ 『今の』3年生が全部ゲロしたから♪

 関わった生徒や卒業生たちを問い詰めていったら、そもそもの『大元』はお前なんだってな? 履歴の残らないアクセスの仕方とか色々教えたの?

 それが、お前から下の代に、代々『裏技』として伝授されていったのが、最近、PC周りのセキュリティを色々強化したら、知らずにドジ踏んだアホが出てなぁ」

 

 ぎゃーっ!! 誰だドジ踏んだスクリプトキディのクソ馬鹿野郎は!?

 大体、いくらド田舎農高のポンコツPCったって、5年も前の技法が、そのまんま現代に通じるワケねーだろぉがぁ!!

 

「まあ、ウチの学校に入って来るような生徒で、あんな高度なPCの使い方が出来るやつなんて、ここ5年で考えても、お前くらいしかおらんわなぁ♪」

「は、はぁ……」

「安心せい、とっくに卒業しとるお前に、何かあるってワケじゃないから。

 ただ、農高の校則が変わって、ネットの不正アクセス関連がエライ厳しくなったから、その辺を含めて『諸悪の根源』として不正アクセス禁止の講演にちょっと来てもらえればいいから」

 

 可哀そうに……今の現役農高生たち。

 あの強制収容所じみた場所で、食い気はともかく色気ゼロの青春を送る事になろうとは。

 それは兎も角。

 

「先生……あの……ちなみに、ドジ踏んだ後輩(アホ)たち、どうなりました?

 退学(クビ)とか?」

「いや。一応、校則が強化される前の違反だから、今やったら退学(クビ)だが、とりあえず『冬場の開拓地』送りで、一か月間の『強制労働』に落ち着いた」

「うっわぁ……」

 

 退学とどっちがマシかは、意見が分かれそうな所ではあるが……とりあえずご愁傷様である。 

 

 そして、馬主受付を済ませ……

 

「園長。お久しぶりです。ご無沙汰しておりまして」

「ああ、蜂屋オーナーに牧村先生。今回、お二人ともオファーを受けて頂いてありがとうございます」

「いえいえ、こちらこそお招きありがとうございます」

 

 馬主席で待ち合わせしてた、志室園長にご挨拶。

 

「やー、ウチの馬も、これから未勝利戦のレースなんだけどね……キッドの前座で」

「ぜ、前座、ですか?」

 

 園長のお言葉に、顔が引きつる。

 この、キング・オブ・コメディアン様が前座!?

 ……出世しすぎだろ、キッド。

 

「正直、付き人やった先輩たちが、ビートルズの前座で武道館のステージで演奏した時って『こんな気持ちだったのかな』って、ちょっと考えちゃった」

「ああ、そういえば聞いた事が……あれ、園長って当時から既にメンバーでしたっけ?」

「いや、当時、まだ付き人どころかボーヤにすらなって無かったの。丁度、高校生の頃で、観客としてビートルズを見に行ってね……だから、もう想像するしか無いんだけど、ちょっとそんな風に考えちゃうな、って」

 

 うわぁ……オグリのブームですら『想像力』の世界だった俺には、遥か彼方の『歴史』の話だ……

 

「もう、なんか眩しいばかりの所にいっちゃったよね、キッド君も」

「ですねぇ……もう正直『どこまで行くんだろう』って。

 ただ……」

「ただ?」

「経済性を考えなきゃ行けない馬主としてはアレなのかもしれませんけど。

 ほんと、無事に帰って来て欲しいですよ。

 永い事馬主やってるオーナーの方とかに、『青い』って笑われちゃいそうですけど」

 

 と……

 

「いや、そんな事は無いと思うよ?

 少なくとも、馬が好きでやっている馬主様からすればね」

「おや、こないだぶりです、『会長』」

「ああ、おじ様。お久しぶりです」

 

 やって来た篠原会長にご挨拶。

 ……っつても、こないだのゲームのイベントで、ちょっと顔合わせてたんだよね。試合では当たらなかったけど。

 

「いや、しかし……なんか、ホント普段見ないような、凄い人たちで一杯だなぁ」

「そりゃあG1に出るような馬主の人と、顔を繋いだりしようって、大きなレースに付随する新馬戦やOPなんかのレースに、馬を出そうとしたりするのさ」

「ああ、そうか……そういえば、社交場ですものね」

 

 馬主席という場所は、レース自体よりも、むしろ『同好の士』としての繋がりを利用した、社交場という側面が大きいだけに。

 ……ますます、引きこもり気味の物書きには、分不相応な場所なんだよなぁ、と、少し焦る。

 

 ま、まあ……新野女史シールドもいるし、頼りになる園長も篠原の会長もおるし。

 レベル1の勇者だって、伝説の武器防具さえあれば、多分なんとかなるってなもんよ。

 

 と……

 

「そういえば、由香里。新野社長も今日、来るぞ?」

「え?」

 

 ……待って。待って。

 前回は兎も角、偽装恋人の現場を身内に見つかるって……

 

「新野女史……お父さんが来るこの状況って果てしなくやばくないですか?」

「そうですね。一応、仕事上でと誤魔化して……」

「確か、第4レースの『2歳の新馬戦』に馬を……あ」

 

 その不意に洩らした篠原会長の言葉が。

 状況を一変させた。

 

「は? 『新馬』?」

 

 確か、新野女史のパパって札幌記念の時……

 

「今、なんと?」

 

 ビキビキビキッ! と凍り付いた笑顔をうかべた新野女史が。

 篠原の会長に詰め寄る。

 

「あー、いや、その……」

「おじ様? その辺、少し詳しくお願いします。

 確か、4ケ月ほど前に、あのポンコツを札幌競馬場で締め上げた後、『もう新しい馬は買わない』と、新野家の家族会議で兄二人と母と、全員で吊るし上げて確約させた覚えがあるのですが?」

「あー、うん、まあ……社長って立場上、付き合いってモノは色々あるんだから、もう少し大目に見てあげたほうが」

「お・じ・さ・ま?

 まさか、おじ様が……」

「いやいやいやいやいやいや、ソンナ事は無いヨ」

 

 殺意の波動に目覚めた新野女史が、ゆらゆらとオーラを立ち昇らせて、篠原会長に詰め寄る姿にドン引きしてると。

 

「ね、ねぇ、何があったの?」

「連れの彼女、えらいキレてるけど?」

 

 同行者が殺気を放つ様に、やや引きながら問いかけて来る園長と牧村先生に。

 

「その、彼女のお父上も馬主なんですけど、以前、派手に火傷して、それでも懲りずに新しい馬買ったみたいで……」

 

 小声で状況を説明すると。

 割と生暖かい目で彼女と篠原会長を見守る。

 

「ああ、で、それが、今、バレたと?」

「以前、札幌競馬場でお会いしたんですけど……その、何と言うか、新野女史(かのじょ)に見つかった瞬間、塾バックレてゲーセンで遊んでる中坊が、カーチャンにトッ捕まったみたいな有様になってまして」

「うっわぁ……」

 

 まあ、馬主席といっても、スペースはかなりある上に、意外と混雑している。

 とりあえず少し離れていれば見つかる事も……

 

「やあやあ、お久しぶりです、篠原会……ちょ……お?」

 

 間の悪いことに。

 にこやかな笑顔で現れた新野パパの表情が。

 殺意に満ち満ちたイビルスマイルを浮かべる実の娘を認識した瞬間……恐怖に凍り付いて命乞いが始まるのに、そう時間はかからなかった。

 

 

 

『有馬記念……か』

 

 美浦から馬運車に揺られながら、俺……バーネットキッドは、思う。

 

 静舞の農高で、馬主君や厩務員君や先生たちと暮らした日々。

 お肉になる寸前だった所を、馬主君に見出され。

 そして新馬戦から、無我夢中に、数多の強敵と駆け抜けた。

 

 マイネルのヤツに、カフェ君、ロブロイの親分、タップ爺さん、スイーピー……そして……ディープインパクト。

 

 その総決算に向かう馬運車の中で、共に走ったレースを反芻する。

 我ながら、よくもまあ、ここまで来れたモンだ。

 ……冗談抜きに奇跡だな。

 

「はーい、着いたよ、キッド」

「ひん(はいよ)」

 

 中山に到着し、待機用の馬房へ。

 そして……

 

『よぅ、ご近所さん』

『やぁ……お久しぶり、白いの』

 

 すぐ傍の馬房に。

 『ヤツ』がいた。

 

 ……相も変わらず、レースの外だと、のんびりしてるヤツだ。

 じゃあ、俺も……レースまで、寝るとするか。

 

 

 

「キッドの調子はどうだ、賢介」

 

 待機用の馬房に。

 バーネットキッドの様子を見に来た石河調教師は、直接面倒を見ている息子に問いかける。

 

「静かです」

 

 端的な。

 それでいて、一番『怖い』返事が返って来た。

 

「静かで、落ち着いて、寝てます。

『まるで皐月賞の時みたいに』」

「そうか……怖いな」

 

 バーネットキッドが『悪ふざけをしていない』。

 その状況に、関係者として気が引き締まる。

 

 秋天、札幌記念、そして……皐月賞。

 この馬は『悪ふざけして五月蠅い時ほど、関係者にとって安心できる』。

 そんな認識が周囲に知れ渡ってからは、むしろ『沈黙する時ほどキッドは怖い』と、関係者が恐々とするようになった。

 

「ヤル気があるのはいいが『有りすぎるのも困った』……ってのは贅沢かもしれんが。

 既にもう引退後を考えないといけない身分になっちゃったからなぁ」

「まあ、その辺は兄貴に伝えておきます」

「『大人しい方が怖い』ってのは、ある意味難儀だな……まあ、馬会もその辺を汲んでくれているようだが」

 

 危うく、『沈黙の日曜日』になりかけたあの皐月賞を経て。

 キッドもディープも、日本競馬の顔として大きくクローズアップされて宣伝されている。

 無論、性格的に宣伝向けのキッドが大きく取り上げられてはいるものの、それに比肩するライバルとして、ディープも大きくクローズアップされている。

 

 そんな状況下で、主催者も手をこまねいているワケではなく。

 高速展開から『本当に潰される』馬が大量に出る事も想定して、例年の1.5倍の規模で、待機している馬運車や獣医が増員されていた。

 

「後は、大介に託すしかない、か」

 

 

 

「ふぅ……」

 

 23日の夜から詰めた、調整ルーム。

 設置されているサウナから出て、体重計で体重を量る。

 食事を計算し、体調も含めて、予定通りのベスト体重。

 

 有馬記念の前日のレースは、所属厩舎の馬も含めて5レース中、一着1つに二着が2つ。あとは掲示板外という、なかなかの出来ではあったのだが……

 

「……ああ、クソ……」

 

 自室で一人。誰も見ていない場所で。

 弱音が口を突いて出る。

 

 バーネットキッドの相棒として、この一年半、駆けて、駆けて、駆け抜けた。

 

 中でも、忘れられないのが、去年の朝日杯。

 初めてのG1の舞台で入れ込んで、真っ白になっていた自分を、まるで『肩の力を抜けよ』と笑わせに来た、アイツの姿。

 そして……皐月賞。あの時は今でも夢に見るほどに心に刻まれた。

 

 正直、人一倍、馬に乗り、練習を重ねて来たつもりだった。研究熱心ではあった。

 だが……今にして思えば『馬に教わる』という言葉の意味を『体で理解する』までには至ってなかった。

 

 そう。

 騎手というのは、全ての馬に対して永久に『勉強』し続けなくてはいけないのだ、と。

 ソレを悟ってからは、騎乗が自分でも相当に変わったと、理解していた。

 

 ……まあ、教わっている内容が、愛馬(アレ)がアレなだけに少々(いびつ)な事は自身でも理解してはいるが。

 正直……

 

「どこかで負けていれば、まだ気が楽だったのかなぁ……」

 

 誰が予想しよう。

 あの番組で、園長と戯れていた愉快なコメディホースが、シンボリルドルフどころかトキノミノルに並ぶ連勝劇を見せるなどと。

 

 正直、皐月賞を終えた後の記者会見の後に『ああでもハッタリこかないと、多分世間が納得せんだろうし』と、前置きした上で、オーナー直々に『負けてもいいから無事に帰って来るように』と、裏事情まで説明を受けており。

 だからこそ、ある程度までは半ば居直って『やったろうじゃん』と相棒の背に跨って来たのだが……

 

「有馬? 俺が? ……ははははは」

 

 一昨年までの自分はどうだった?

 勝って負けて負ける方が多くて、たまに拾った勝ち星に一喜一憂して。

 必死に騎手という立場に、振り落とされないようにしがみついていたダケだった。

 

 ああ、でも……そんな俺に……いや、キッドにだって。

 あのオーナーは優しかったんだ。

 

 だから……

 

「勝たなきゃ。

 なぁ……キッド」

 

 覚悟を、決める。

 

 最高の逃げ馬から教わった、最高の逃げ方で。

 希代の『ターフの怪盗』に相応しい、鞍上(あいぼう)として。

 

 石河大介は、騎手としての全存在を、翌日の有馬の騎乗に懸ける覚悟を決めた。



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中山競馬場 第11レース 第50回有馬記念(G1) その2

 第四コーナーを曲がって突っ込んでくる馬群。

 潮騒のような場内の叫びは、波濤のソレと化して中山を揺るがせる。

 

『さあ、最後の直線、馬群を割って黒い馬体が内から抜けた!』

 

 実況のアナウンスと共に、一頭の鹿毛の馬体が、馬群を割って飛び出して。

 

「いけ……いけっ!」

 

 馬主席に、オーナーの小さな期待の声が響く。

 

『交わす! 交わす! 前二頭をかわしてして一気に先頭に立って、今、ゴール!!』 

 

 そのまま、先頭を走っていた芦毛の馬を差し切って。

 鹿毛の馬がゴール板へと飛び込んだ。

 

 

 

「やった……勝った!!」

「おめでとうございます、園長!!」

 

 第3レースの未勝利戦。

 馬主席で園長の勝利を祝う。

 

「いやぁ……馬主10年目にして、初めて中央で勝てたよ!!

 に、しても、蜂屋君も、良く当てたねぇ? 『多分、走ってくれそう』って」

「ええ。

 とりあえず、パドック見て『なんかヤル気っぽいな』って思ったんで。

 昼飯代、ありがとうございます♪」

 

 因みに。単勝1000円。倍率は18.3倍。

 なかなかオイシイ当たりである。

 

「あ、そういえば、噂の『単勝転がし』はしないの?」

「いやぁ……アレって、それこそ失敗すると税務署が怖い事になるし、周囲の目も怖いんで、もう懲りました。ぼちぼち賭けて遊ぶダケにするつもりです」

 

 などというと、周囲から。

 

「もったいないなぁ……」

「あやかるつもりだったのに」

「やめてくださいよ。

 ……ってか、先生も静舞と中山の往復の宿泊交通費くらいは稼げたんじゃないですか?」

「うん。まあ、そのくらいだね」

 

 ありがたや、ありがたや、と園長を拝む牧村先生。

 やがて、支度が整ったのか、アナウンスで園長が呼ばれ……

 

「じゃ、いってらっしゃい、園長♪」

「うん、行ってくる。……どんな感じの場所なんだろうなぁ」

「最っ高ですよ♪」

 

 そう言って、親指立てて笑顔で応援し。

 

「うわぁ……楽しみだなぁ」

 

 意気揚々とウイナーズサークルへ向かって、エレベーターで下に降りていった園長を見送る。

 と……

 

「ね、ねえ、蜂屋君……ところで、その……次に走るウチの馬はどうかな?」

 

 新野パパに、くいくい、と袖を引かれて、聞かれ……

 

「あー……その……うん、頑張ってくれると思いますよ」

「おねがい、勝てると言って! でないと娘が怖いんだ!」

 

 傍に立って穏やかな笑顔のまま、殺る気満々な新野女史を見て、怯える新野パパ。

 

「ンな事言われたって、私は預言者でも未来人でもないんですから無理ですよぉ。

 所詮、素人の直感で遊んでるダケなんだし、気になるなら本格的な競馬新聞や予想屋のお歴々がいるんですから、そちらを参考にされたほうがいいかと」

「だって、君、一回も馬券買って外してないんでしょう!?」

「いつかは外れますよ!

 少なくとも、今日、確実に、有馬記念は絶対外れます!」

「なんで?」

「ディープとキッドと5千円ずつ単勝で記念馬券買ったからです!

 どっちかは確実に外れます!」

「それは外れてるとは言わないよ! っていうか、何で馬連買わないの?」

「馬連のほうが倍率低いんですよ。

 1.1倍で、どっちが勝ってもトータルで考えたら500円くらいお得なんです」

「単勝転がしで億稼いだ人間の言葉じゃないよ、それ」

「元からこんな人間ですってば! 周囲が誤解してるダケですって!

 皆して、妖怪見るみたいな目で見られてて、ほんとに困惑してるんですから」

 

 いや、本当に……『ゲーマー』の上位クラスが『勝負師』だとしても、その上位にクラスチェンジすると『妖怪』になるなんて、初めて知ったよ。

 

 と……

 

「ふむ……正直、私も『ディープかキッドか』で考えていたけど、君の目をもってしても『分からない』か……」

 

 篠原の会長まで、しれっと俺の分析をアテにしていたらしく。

 なので……

 

「っつか、ディープだけじゃないですからね。ヤバいのが何頭も居ますよ」

「やばい? 誰?」

「ハーツクライとゼンノロブロイ。

 ディープとキッドの二頭に割って入る馬が居ると考えるなら、この二頭があるいは……って所ですかね?

 超ザックリとしたド素人の直感ですけど」

「ほう、ロブロイは兎も角、ハーツ? ふむ。興味深い分析だね。

 しかし……今更ながらだけど、出走する馬のほとんどが、サンデーサイレンス産駒とその系譜で、君の目で見てもキッド以外の有力馬は、みんなサンデーの系譜か……」

「まあ、『サンデーの系譜に(あら)ずんば、競走馬に(あら)ず』って状態ですからね……今の日本競馬」

 

 年間200頭近い、もしくは超える、狂った回数の種付けを行い。

 毎年のように黒文字で書かれた(G1)産駒を輩出しながら、その他も活躍を続けて、トチ狂ったAEIを叩き出し。

 あまつさえ、死後のトドメに出て来たのがディープインパクトである。

 

 時折、『キッドが第二のサンデーに』なんて気の早い事を言う人もいるけど。

 そんな成績残してる先達に対しては、もう『恐れ入りました』としか言いようがないし……むしろそんな事になったらキッドがミイラになってしまいかねん。

 

「まあ、正直なところ、結果よりも、無事に帰って来てほしいですよ。

 あの怪物と張り合って潰れなければ……それだけです」

 

 などと、無事を祈ってると。

 

「まあ、馬産関係者にとっては、ある意味ディープより注目の馬だからねぇ……多分、いろんな所の牧場が、必死に今から皮算用してると思うし」

「あー。そっか、ソッチもあるのか」

「……気づいてなかったの?」

「ええ、全く。

 というか、種牡馬って言ったって、個人的には、4、5年で終わると思ってますし。

 血統的に、やっぱり怪しい馬なのは事実ですから」

「……シビアだねぇ……」

「確率論を無視する人間じゃないですよ、俺?

 どんな非現実的な結果だって、確率の上で叩き出た『結果』は『結果』なわけで。

 そもそも、未来が分からないからこそ『確率』は絶対無視しちゃいけないもんだ、って、子供の頃から色々と『身をもって』学びましたから」

「ほう、何処で?」

「ご近所に有った駄菓子屋のメダルゲームと、スパロ〇の命中率。

 本格的に悟ったのはやっぱりカードゲームですね」

 

 小学生の頃から、一回30円のクジ引きのお菓子に総額何千円も吸い取られ、じゃんけんゲームにみるみる消えていくメダルに憂慮し。

 スパ〇ボでも、とてもとても当たりそうもない命中率1桁%の攻撃が直撃して、悶絶しながらリセットボタンを押したものである。

 だからこそ、カードゲームだって、構築に必要なのは確率論だと理解しやすかったし。

 

「まあ、だからね……今、自分は『とっても運が良かったんだな』って事は、理解してるんですよ」

 

 

 

「……はぁ……」

 

 中山競馬場、第三レースの未勝利戦。

 騎手としてソコソコの仕事……2着の掲示板に飛び込んでの後検量を終えて、俺――石河大介がジョッキールームに帰った時に出たのは、盛大な溜息だった。

 

 ……縁起でもない、全く。

 

 騎乗していた『サンディザーション』……無論、キッドとは似ても似つかないのだが、それでも芦毛というのは暗い毛色が主流の馬たちの中では、非常に目立つ馬で。

 しかも勝利した『アインサイレンス』……志室園長の馬に騎乗していたのが、館さんという……

 

「あーもー……不吉過ぎて考えたくねー」

「お疲れ様です」

 

 お手伝いさん(バレット)の女性に馬具を渡して後始末を頼み、休憩所の椅子に座り込む。

 ……ちなみに、彼女は本日、俺だけでなく、他の若手の二人の面倒も見ている。なので、12レース、ほぼフル回転だ。

 

 対して、俺は本日のレースは、残り一つ。

 有馬記念のみである。

 

 ……うん。

 風呂で汚れと汗を流したら、飯食って仮眠をしよう。

 サウナに入ってもいいが、まずは気持ちを落ち着けたい。

 

 レースまで、残り、約4時間。

 開催日で鞍上が少ない事は、騎手として未熟の証明かもしれないが。

 今はその余裕がある事に、安堵を覚える自分がいた。

 

 

 

「なんじゃこりゃあ……」

 

 午前中からパンク寸前な中山競馬場で、バーネットキッドのファンである一人の青年は呟いた。

 彼に限らず、あの純朴なオーナーと、その珍しい出自と脚質の馬……バーネットキッドに魅せられて、初めて競馬場に足を運んだファンは多く。

 故に、一方のディープインパクトに対しては、『にわか』『ミーハー』と見られるのを嫌う『通好み』を自称する少々捻くれたファンが多く付くというのが、全体の雰囲気と傾向だった(勿論、その逆のパターンでそれぞれに付いたファンも、総数から少ないとは言えないが)。

 

「死ぬかもな、これ」

 

 状況に呟いた青年の言葉は、冗談でもなく。

 既に主催者の発表では、『19万人を超えた』との発表が成され、入場規制がかかっている状態。

 人が多すぎて、飯を食う場所どころか、飲食店はどこも長蛇の列。

 真冬の関東だというのに、熱気が凄まじい勢いだ。

 

 正直。

 レースを見るだけなら、テレビ越しに見るほうが、俯瞰して全景を見られるだろう。

 馬券を買うならば、都内にある場外の馬券売り場で買ったほうが遥かに便利だろう。

 

 それでも。

 

『自分の目で。

 生でキッドとディープのレースが見たい!』

 

 その思いが、彼らファンの足を競馬場へと運ばせるのであり。

 そして……彼らは全員、『伝説の目撃者』となるのであった。




『アインサイレンス』『サンディザーション』は、オリジナル馬です。
……っていうか、調べて分かったんですが、園長って中央で一勝もしてなかったんですね……


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中山競馬場 第11レース 第50回有馬記念(G1) その3

二話連続投稿です。


「しかし、蜂屋君でも『分からない』が多い事があるんだねぇ」

 

 馬主席。

 昼食を終えた後、篠原の会長の言葉に、周囲が納得していた。

 

「会長……私をなんだと思ってるんですか?」

「妖怪単勝転がし」

「やめてくださいよ。分からないモノは分からないですよ」

 

 園長のレースが終わって、次の第四Rの2歳新馬戦。

 新野パパの馬が出たレースに対して、俺の判断は『わかんないから馬券買わない』だった。

 なお、レースの結果は、なんと新野パパの馬が勝利。

 首の皮一枚で繋がった結果に安堵の溜息を洩らしたものの……

 

「ああ、レース前に、母にちゃんと連絡取ってますから」

「ゆ、由香里!?」

「年末で忙しいので、兄たち二人には、母から連絡を取るって言ってました。

 とりあえず今日、帰って来るのを、楽しみにしているそうです♪」

 

 無慈悲な処刑宣告に、灰になっていたり。

 ……まあ、購入金額が新馬戦勝ったダケじゃとても追っつかない額らしいからな……

 

 それは兎も角。

 

「『分からない』と判断したら、素直に退くだけですよ。ゲーセンの競馬ゲームだって普通にやってます。……今日の有馬記念みたいに、ご祝儀やロマンで突っ込む事は無きにしも非ずですが」

「ほう……じゃ、ウチの馬が出るこの後の500万下、どう見る?」

「正直語るなら、会長の馬は厳しいです。掲示板には頑張ってくれそうですけど……素直に一番人気、6番のチザルビーノ? ですかね?」

「ふむ……十分だよ。私もそう見ているから」

 

 で……予想通りに、会長の馬は3着。

 

「なに、無理に勝ちに行くより、掲示板に入りながら、永く走ってくれるほうがいいさ」

「無事之名馬って言いますもんねぇ」

 

 実際に、篠原会長の馬で億を稼いでくれた馬は何頭かいるらしいが。

 G1に出走した事こそあっても、勝った経験は無く、GⅡ、GⅢがぽつ、ぽつ、と言った感じでも、トータルで考えるとなんと黒字だとか。

 派手さは無いものの、細く、永く。正にベテラン馬主の風格である。

 

「上級者の馬の買い方ですね。あやかりたいなぁ」

「むしろ、こちらがあやかりたいくらいだけどね」

「いやいや、多分、私はそんな永い事馬主を続けられるとは思わないですし。

 毎年キッドみたいな馬の馬主をやれるとは、到底思ってもいないですから」

「そうかなぁ? まあ、むしろキッドの産駒なら私も買ってみたいがねぇ」

「その辺は吉沢会長……というか社田井さんのシンジケート次第ですかね……どう考えたってトラブルを呼び込むだろうから、個人でプライベート種牡馬ってワケには行きませんから」

「なるほど……シンジケート組むのなら、一口乗りたいね。

 今度会長に尋ねてみよう」

 

 などと、やり取りをしていると。

 

「ああ、時間だ……」

 

 馬主席に告げられるアナウンスに、立ち上がる。

 

「じゃ、園長、会長。キッドのパドックに行ってきます!」

 

 

 

 前検量を終えた兄から渡された馬具を、装鞍所で付けながらも。

 育ての親にして厩務員の石河賢介は、緊張を隠せなかった。

 

 『あの』バーネットキッドが、珍しくシリアスだという事。

 そして、そういう時は、決まって『とんでもないレースになる』という実績。

 

「まあ、正解っちゃ正解なんだろうけど……いや、既にとんでもないレースになる事は確定か」

 

 何しろ相手は『あの』蜂屋源一が最初に見出した馬、ディープインパクトで。それを鍛え上げた名伯楽に、鞍上は天才、館ナユタだ。

 

「すまんな、キッド」

 

 競走馬がレース前に落ち着いて静かな事は、決してマイナス要素ではない。

 むしろ推奨されるべきではあるのだが、この馬の過去の実績がソレを安易に喜ばせてくれない。

 

 最終確認を終えて、パドックへと引綱を引いていき……

 

「……」

 

 静かな、しかし熾火(おきび)の如く熱い熱気――人の群れが、パドックを囲っていた。

 

 そんな中を、黙々と歩くキッドに。ディープに、ロブロイに、ハーツに……否、全ての馬たちの姿に。

 

 作法を知らないニワカファンですら理解できるような、パドック内の馬たちが発する張り詰めた空気が、場を支配していた。

 

 

 

「ようやっと、本性現したね……怪盗が」

「……です、かね?」

 

 新野女史を連れて、オーナーとして石河の親父さんとパドックでキッドを見守る俺に。

 金戸オーナーの言葉が響く。

 

(俺、中山とは相性が悪いのかもしれんな……)

 

 キッドやクアッドが2歳の頃の朝日杯は兎も角。

 やはり、皐月賞の『アレ』が心の中で尾を引いているのが自分でも分かる。

 無論、オーナーサイドとして、ここまで来たら、もう俺に出来る事は何もない。

 

 ただ……

 

(キッド……お前は、本当にそれでいいのか?)

 

 普段の陽気さを押し殺し、黙々とパドックを周回するキッドの姿に、胸が締め付けられるような気分になる。

 ……ああ、色々と手のかかる馬ではあったけど。なんだかんだとポンコツオーナーの自分は、キッドの巻き起こす騒動の笑顔に救われていたんだな、と。

 冬の中山で、理解出来てしまった。

 

 

 

 手綱を引かれ、歩く。

 黙々と、静かに。

 

 意識を向け合うディープも、俺も。互いに沈黙したままで。

 

 ふと、ロブロイ親分の目線に気づき……『やりゃ出来ンじゃねぇか』と不敵な表情ですれ違う。

 

 やがて、独特な間延びした『止まれ』の合図と共に。

 石河の兄貴がやって来て……!?

 

 緊張、あるいは、緊張を飲み込んでリラックスを心掛ける騎手たちがそれぞれの愛馬に集まってくる中。

 

 兄貴は、笑顔だった。

 

「兄貴、キッドは」

「分かってる。

 だからさ、キッドが笑えないなら、俺たちでキッドを笑わせてやろうぜ」

 

 よく見ると。

 その笑顔は少し引きつってこそいたが。

 

「キッド。笑って行こう♪

 いつも通りだ。相手が誰とかじゃない。

 『お前のレースをしよう』。ぐるっと中山を回って帰って来よう?」

 

 それでも、俺を気遣う兄貴が嬉しくて。

 だから……

 

「大丈夫だキッド。

 お前が自分のレースを忘れたら、俺が鞍上から指示を出して思い出させてやるから」

 

 その言葉に。

 俺は、競走馬として生まれて初めて。

 背中にヒトを乗せる意味を悟った。

 

「じゃ、行こうぜ、キッド」

 

 そのまま、兄貴を鞍上に乗せて手綱を地下馬道へ歩を進める前に。

 パドックに降りてきて、不安そうに見守る馬主君に向かって。

 尻尾を振り回して答える。

 

 

 

 じゃ、行ってくるわ♪ 馬主君♪



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中山競馬場 第11レース 第50回有馬記念(G1) その4

連続投稿、二話目です。


『さあ、中山競馬場。スタンド前は立錐の余地も無い凄い事になっております。

 この日のために仮設スタンドの拡張工事をしたものの、既に入場者数は19万人を突破し、オグリキャップのラストランを超えた新記録を達成しました。

 しかし、スタンドも凄い事になっていますが、パドックの中も凄い馬たちが揃いました。

 古馬勢からは、今年の春の天皇賞馬スズカマンボ、G12冠タップダンスシチー、そして前年の秋古馬三冠にして英インターナショナルSを制したゼンノロブロイ。

 しかし、注目はなんといっても二頭の三歳馬。バーネットキッド、そしてディープインパクト。

 これまで10戦無敗、G15勝、3歳にして、秋古馬三冠と年間無敗を賭けて有馬に臨むバーネットキッド。

 対して、7戦6勝。敗れたのはバーネットキッドと走った皐月賞のみ。リベンジ成るかディープインパクト。

 この二頭、個性も脚質も対照的なまでに正反対ですが、長部さん、この有馬記念、どう見ますか?』

『まあ、まずこの二頭がそれぞれ台風の目になる事は間違いないでしょう。

 しかも、二頭共に、性格も脚質も正反対な双方に対処しなければいけないから、他の馬は大変ですよ。

 中でもバーネットキッドは、レースそのものを加速させて、最悪、駆け引きそのものを潰しに来ますからね……だからこそ、確実にハイペースのレースになる事を前提に、他の陣営も構えているでしょうが、そこを踏まえたうえで、果たして、ディープインパクトの館騎手相手に、バーネットキッドと石河騎手のコンビが、どんな奇策を打ってくるか』

『奇策、ですか?』

『ええ。

 今でこそ『ある』と分かっているバーネットキッドの『二の足』ですが、初披露がここ中山での皐月賞なんですよ。逆を言うならば、そこまで『追い詰められた』とも取れるんですね。現に皐月賞ではキッドがレース後に倒れていますし。

 無論、あれから半年経って、双方共に肉体的にも精神的にも成長がみられるワケですが……うーん、やはり難しいですね』

『そうですね。

 何と言っても、二頭の馬連の倍率が1.1倍という……菊花賞だとディープインパクトの単勝が1.0倍でしたから、それよりはマシなものの、圧倒的な支持と倍率ですね』

『無論、他の馬も虎視眈々と隙を狙っていますしね。先ほどもあったスズカマンボ、タップダンスシチー、ゼンノロブロイ。決して油断できる相手ではありません』

 

 

 

『悪いな、お先に』

 

 周囲がワチャワチャと輪乗りしている中、さっさと誘導される前にゲートに入る。

 

 一枠一番。

 距離的に一番優位……だが、同時に、永い待機時間が鬼門となるポジション。

 もっとも……その優位を一番強く使えるのが、俺の強みだ。

 

 だから……

 

「OK、キッド……頑張って行こうぜ」

 

 ぽんぽん、と落ちつかせようと声を掛けてくる鞍上の兄貴に。

 ふと、思いついて、サービスしてやる事にする。

 

「!!?」

 

 ぶるり、と一つ。武者震いして。

 あとは静かに待つ。

 

「……お前……」

 

 一瞬、呆けたような兄貴を、鳴り響くファンファーレが正気に戻す。

 

『さあ、クリスマスに迎える有馬記念。無敗の怪盗か、最強の衝撃か、それとも迎え撃つ古馬勢か!?

 史上初の無敗6冠成るか、今、スタートしました!!』

 

 ゲートが開くと同時に、一気に加速。

 おそらく、今までの生涯で一番のスタートを切って、ぐんぐんと後続を突き放す。

 

『各馬好スタート! 会心のスタートでバーネットキッドが先頭を切る。ディープインパクトはやや下げて後ろから二、いや最後方につけた。先陣を切る怪盗の後ろをタップダンスシチー、オースミハルカが続いて……おっと、四番手にハーツクライ! ゼンノロブロイは馬群の中段に構えました』

 

 え、ハーツ?

 意外なヤツが、意外な所に居て戸惑ったが……いや、俺がレースでやる事は決まっている。関係ない!

 

『一周目の三コーナーに向かって先陣を切るバーネットキッド、ぐーっと二馬身、三馬身と差を広げて、オースミハルカ、タップダンスシチーが後ろに喰らいついて、マイソールサウンド、オペラシチー、リンカーン、ゼンノロブロイは後方グループに居て、最後方にディープインパクト』

 

 多少荒れていても力でねじ伏せて、内側の最短距離の部分をキレイに曲がる。

 の……だが……

 

『各馬四コーナーを回ってスタンド前に来た。

 先頭を走るバーネットキッドの後方二馬身にタップダンスシチー、その後ろを更に三馬身差でオースミハルカとハーツクライ』

 

 先頭の俺から、付かず離れずの距離を保ったまま、不気味についてくるハーツ。

 ……いや、オースミハルカもタップ爺さんも逃げ宣言していた事は知ってるけど……何でハーツ?

 

 まあいいや。

 

 一周目のスタンド前の坂を一気に駆け上がりながら、加速する。

 

 そう……この長丁場、逃げ馬の俺に出来る事は、後続のスタミナを削れるだけ削って、直線勝負の脚をどれだけ鈍らせられるかが肝である。

 ならば……荒らす! 後続の連中が、レース自体を放棄したいと馬たちに思わせるくらいに!

 

『第一コーナーを回って、依然先頭はバーネットキッド! リードを四馬身、五馬身、ぐーっと大きく取って、後続はタップダンスシチー、その後ろからハーツクライが上がって来た』

 

 先頭でコーナーに突っ込む利点として、カーブを利用して後方を大きく俯瞰で見る事ができる。

 更に、高速展開で馬群をバラけさせる事で、大体の仕掛け時が分かってくる……の、だが。

 

 ……意外と馬群が固まってる?

 ……スピード、足りてないのか?

 

「キッド、落ち着いて……」

 

 鞍上の兄貴が、控えるように手綱を通じて指示が出るが……いや、なんでタップ爺さんやハーツまでついて来れてるんだ?

 馬群が一塊のままで……これ、スピード足りてないんじゃないか?

 

『先頭は依然バーネットキッド、リードは四馬身。続いてマイソールサウンドも上がって来た、ゼンノロブロイは中段後方、その後ろにディープインパクト』

 

 もやもやを抱えながら、向こう正面を駆け抜ける。

 ……やっぱりそうだ。後続を突き放し切れてない……

 

「焦るな、焦るなよ、キッド」

 

 そうは言っても……なぁ……

 これ、負けるんじゃね?

 

『さあ、向こう正面に入ってキッドがペースを上げた、後ろからスズカマンボ、デルタブルースが上がって来て追走する』

 

 ……あ、これ……もしかして……

 

 ふと、思い出す。

 競輪や自転車のレースなんかで良くある、前方を風よけの壁にして後続を『引く』戦法。ロケットペンシルのように、先頭を順繰りに集団で交代しながら加速する技。

 そもそも『大逃げが不利』とされる大きな理由の一つに、空気の抵抗がある。人間でも普通のママチャリだって20キロも出せば、些細な向かい風でもペダルが重かったりするわけで……

 

 って、だああああ、そう来たか! 古馬勢+1とその鞍上!!

 あいつら全員結託して、とりあえず『俺から』潰す作戦に出たんか!?

 

 無論、展開任せの即興の協調だろうし、更にこんなハイペースに付いてこれる連中ばかりじゃない。当然ながら脱落していく面々もそれなりに居るが……それでも、14頭もいる一線級の古馬勢の脚は侮れるモノじゃないし、何より、後続が『温存されてしまう』ワケで……

 

 OK……分かったぜ。

 『勝ち続けると全てが敵になる』というのは、こういう事かよ。

 

 ならば……受けて立つ!!

 この景色を……『誰の後塵を拝する事も無く突っ走る』のが、俺のレース(プライド)だ!!

 なあ、相棒(あにき)!!

 

『バーネットキッドが更に加速、リードは六馬身、七馬身……残り千メートルを通過! 大きく開く、大きく開く!! 大怪盗の大逃げに場内の大きなどよめき! とにかく逃げ! とにかく逃げ! そのまま第三コーナーに突っ込んだ!! かなりトバしております!』

 

 半端なリードは、俺一頭分の風除けを後続にくれて不利になるだけ……なら、もう自身の体力に賭けるしかない!!

 

 15対1? 上等だ!!

 

『さあ、バーネットキッドが逃げる、逃げる、バーネットキッドだけがただ一頭、第四コーナーに入ってきました!! 懸命に逃げる、懸命に逃げる!

 しかし後ろが動いた! ハーツクライが来た! ハーツクライが来た! ゼンノロブロイ、ディープインパクトも動いた!! 一気に加速!』

 

『若造ぉぉぉぉぉ!!』

『待てぇぇぇぇぇ!!』

『僕の勝ちだああああ!!』

 

 後ろから突っ込んでくる、ロブロイ、ハーツ、ディープの三頭。

 この期に及んで……なんて連中だ!!!

 

「逃げ切れぇぇぇぇぇ、キッド!!」

「差せぇぇぇぇ!!ロブロイ!!」

「ディープぅぅぅぅぅ!!」

 

 客席からの絶叫が聞こえる。

 ふざけるな……ふざけるな、こんな、こんな……

 

『残り200メートルを通過! 4頭並んだ、並んだ!!』

 

 こんな所で……終われるかあああああああああ!!!!!

 

『バーネットキッド、鞭が入る、鞭が入る! 得意の二の足が出た! 出た! しかし弱いか、並んだ、並んだ! もつれた、もつれた、勝負は首の上げ下げ! 四頭もつれたままゴール!!!!』

 

 ゴール板を駆け抜けると同時に。

 後ろから来た三頭が、コースの最内を走る俺の外側を追い抜いていった。

 

 ……くそっ……レースは、どう、なった? 

 

『タイムは2分29秒4。レコードタイム!! 大混戦となりました第50回有馬記念!!

 5着に三馬身差で4番コスモバルクが入って……ああ、4着にハナ差でゼンノロブロイ!! 惜しくも、昨年の自身のレコードを0.1秒更新するも、他が強かった!!』

 

「館さん、すいません。

 三頭のうち『誰』です? レザードのロブロイは何とかなったと思うんですが」

「ごめん、僕も分からない」

「ワカラナイ……一番、ダレ?」

 

 レースが終わった馬たちが、三々五々それぞれ地下馬道に引き返して行く中。

 残った三頭が鞍上の誘導で集まって、館さんや、ルネール騎手と、鞍上が会話している。

 で、着順が出るまで軽く速足(トロット)で歩く……というか、緩くでも歩きながらじゃないと息が整わない。更に言うなら、止まったらもう動けなくなりそうだ。

 

「まさか三頭同時とか?」

「どうだろうねぇ……」

「サスガニソレハ」

 

 掲示板に順位は表示されず。

 ただ着差の表示が、上から三つまで『ハナ』の文字が並んだまま。

 

 そして、レースよりも長い時間が過ぎた頃に。

 

『あ、今、出ました! 3着にハーツクライ!! 惜しくもジャイアントキリングならず! 僅か6センチの差でハーツクライが3着!』

 

「Oh……」

 

 鞍上の溜息と共に。

 ハーツのヤツが踵を返して、去っていった。

 そして……

 

『今度は勝ったよ』

『あ?』

 

 不意に。ディープのヤツが、俺に声をかけてくる。

 

『半年前とは違う。僕の勝ちだ』

『どうかな?』

『君は最後、ヘロヘロだったじゃないか』

『へっ……どんなヘロヘロだって、そこのゴールを先に駆け抜けたヤツが一番なのさ』

『むう……もう一周、する?』

『止せよ。今、人間が結果を調べてんだ。大人しく待とうぜ』

 

 既に。

 ハーツの結果が出てからも十分以上が経過し。

 トータルだと十五分近い時間が過ぎていた。

 

 やがて……掲示板の着差を表示する一番上にあった『ハナ』の文字が消え……

 

『出ました!! 同着!! 同着です!

 バーネットキッド、ディープインパクト『同着!!』

 日本競馬史上G1レース初の『同着』が、しかも有馬記念で出ました!! 両雄、甲乙つかず! 二頭共にレコードタイムでの同着勝利という凄まじい結果になりました!!』

 

 有馬記念、同着&レコードタイム決着。

 この日、中山で繰り広げられたレースは……伝説となった。




はい、妖怪単勝転がしのフラグ通りの結果になりました。

……一応、言い訳をさせてもらうと、この結果は最初の頃から計画してたプロット通りなんですが、ウッカリと蜂屋君に馬券買わせちゃったら、感想で当てて来た方が多くて……それこそ史実通りハーツにしてみようかな、とか色々弄って考えてたんですが、この結果が4歳時代の予定に色々絡んでくるんで、動かせませんでした。

やっぱり妖怪は府中の馬主席に封印しておくに限りますね。いやホントに。


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有馬記念を終えて その1(調教師、石河吾朗の受難……その1)

 最後の直線。

 

 スタンドの大歓声に比例するように、馬主席の興奮も最高潮に達していた。

 

「行けっ!」

「差せ!」

「そこだ!」

 

 深いしわと白髪が刻まれた、スーツ姿の紳士たちが。

 それでも、その顔に浮かぶ表情(おもい)は、ミニ四駆の大会に出た子供たちとなんら変わらない。

 

「差せ! ディープ!」

「ロブロイ! いけ!」

「そこだ、ハーツ!!」

 

 そして……ああ……チクショウ……レース前はあんなにキッドが心配だったのに。

 それでも……

 

「逃げ切れ、キッド!!」

 

 懸命にターフを走り抜ける、愛馬たちの姿に。

 気が付くと俺自身も叫んでいた。

 

 そして……

 

『もつれた、もつれた、もつれた! 首の上げ下げ! 今、ゴール!!』

『うおおおおおおおおおおお!!!!!』

 

 外のスタンドからの叫びだけではない。

 馬主席の人間みんなが、レースの結果に騒然となっていた。

 

「いや、凄いレースだ……」

「このレースを見るだけでも馬主席に来た甲斐があったよ」

「レコードタイムかぁ……去年のロブロイだって当分超えられないだろうって思ってたのに、凄いなぁ」

 

 そうだろう。

 中でも最後に競り合った4頭の後ろには、たっぷり3馬身差はついており、あまつさえ最後の最後……あまりのハイペースに力尽きてヘロヘロになりながらも、マイソールサウンドが駆け抜ける頃には、4頭のゴールからたっぷり5秒を超えていたが……それでも、例年の有馬の平均タイムくらいじゃないか?

 

 やがて、掲示板の4着の部分に3番……ゼンノロブロイを示す表示が灯り……そこからが長かった。

 

「長いな……」

「長いですね……」

 

 まあ、秋天だって、あんな大接戦でもつれにもつれた結果、掲示板の表示に4、5分くらいかかっていたし『そこまでは』と、思っていたのだが……しかし本当に長いなオイ。

 

「ああ、出た。

 ハーツと……6センチ差?」

「すごいなぁ……本当に紙一重だ」

 

 五分くらい経って、ようやっと三位の結果が掲示板に灯って、大型モニターで着差が発表され、園長が感心したようにつぶやく。

 

 これで『ディープとキッドのどっちか』という話が確定したのだが……そこから更に五分経っても、全く音沙汰がないのである。

 

 馬主席も、スタンドも。

 困惑から来るざわめきが場を支配し始めていた。

 

「……まさか、同着とか?」

 

 冗談めかして呟いた言葉に、篠原の会長が苦笑いしながら。

 

「G1の? それも有馬で? 歴史に残っちゃうね」

「え、残りますか?」

「確か、日本のG1レースで同着ってのは今まで無いよ?

 しかもレコードタイムで同着ってなったら、もう伝説を通り越して『神話』の領域じゃないかな?」

「あははは……まさかぁ」

 

 とりあえず、馬券はどっちかが当たる事は確定したので。

 

「もーちょっとかかるなら、トイレ行っとこ」

 

 間を持たせるために結構ジュース飲んでいるので、下のほうが限界気味だったのだ。

 

「いや、もうすぐだろう? 流石にそろそろ出るよ?」

「すんません、そうは言っても、もう限界っス」

 

 そう言って、そそくさとトイレに向かうと、小さいほうの用を足して……

 

『うおおおおおおおおおお!!!!!』

「ぴぁっ!!」

 

 中山競馬場全体を揺るがすような……というか、馬主席からも凄い声が聞こえてきまして。

 

「な、何、何が起こったの?」

 

 ビックリしてちょっぴり狙いを外しちゃったので、手早くトイレットペーパーで拭いて、手を洗ってトイレから出ると。

 

「蜂屋君! どこいってたの!?」

「え、なに、キッドが勝ちました!?」

「違うよ! 同着だよ! 同着!」

「は? ……はあああああああああああ??」

 

 慌てて掲示板を見に行くと。

 そこには1―6……キッドとディープで『同着』という表示がされてまして……

 

「ま、マジかああああああ!?」

 

 周囲から一拍遅れた叫びが、馬主席に響き渡った。

 

 

 

「あ……」

 

 気が付くと。

 キッドに跨ったまま検量室の前に戻って来た自分が居た。

 

「お疲れ様」

「凄かったね」

 

 掲示板に『同着』の表示が出た途端、涙が溢れて来て、景色がぼやけてしまい。

 スースーと涙の痕の感触だけが頬に残っていた。

 

 ただ……二頭立てのウイニングランが、凄く奇妙な感覚だった事は、覚えている。

 

「お疲れ様、兄貴」

「お、おう……」

 

 そのまま……ああ、そうだ、キッドから降りなきゃ。

 で、降りて、後検量の支度をして……

 

「……はい、OKです」

 

 キッドから降ろした馬具も含めて検量を終えると。

 

「すいません! 石河騎手。

 後のレースの時間が押してるので、早めに移動お願いします」

「あ、了解です!」

 

 裏方のバタバタはいつもの事だが、今日に限っては相当に酷い。

 何せ、着順の決定に十五分以上もかけてるんだもんなぁ。

 

 まあ、結局……

 

「次のレース、発走10分遅らせます!」

「すいません、ジョッキーインタビューを先にお願いします!」

「あ、はい」

 

 もう色々と想定外過ぎて、裏方のほうがグッダグダな事になっているらしい。

 普段と違って段取りとかが、かなり滅茶苦茶である。

 

「大変だなぁ……」

「まあ、大変なレースをしたからなぁ」

 

 同じく駆け抜けた館さんと一緒になって、二人揃って割と戸惑っていたり。

 

「しちゃいましたねー、なんか現実感が無いですよ」

「たしかに。

 『勝った、負けた』なら理解できるけど、GⅠで同着って初めてだよ。

 光四郎(おとうと)が3年前に一度やってるけど、あれはGⅢだからな……そういえばあのレース出てなかったっけ?」

「ええ。あの時、自分は掲示板の外だったんで、控室で『こんな事もあるんだ』ってびっくりしました」

 

 と……

 

「インタビュー整いました。お二方ともお願いします」

『はーい』

 

 

 

「まずは、おめでとうございます、館騎手、石河騎手。

 有馬記念、GⅠでのレコード同着という……もう、今後出て来ないんじゃ、という凄まじいレースになりました!」

「そう、ですね。

 正直、向こう正面から3コーナーのあたりでキッドが暴走してくれたので『いけるか』と思ったんですが……こんなハードなレースになるとは思わなかった」

「暴走というか……アレはもう『賭け』でした。

 あのままのペースで後続を崩せないまま突っ込んでも、絶対にディープに差されると思ったんで、もう『一か八か』で」

「あぁ……本当にギリギリのレースだったんだ」

「です。

 最後の坂で打った二の足も、普段は突き放すために使うんですけど、アレ以上早いタイミングでやるとキッドが持たないと思って、ギリギリまでひきつけざるを得なくて……本当に追い詰められました。というか、ロブロイやハーツまで来るとは思わなかった」

「こっちも正直、あんな突っ込み方して、更に二の足まで使って来るとは思わなかった……本当に底知れないスタミナですね」

「いや、本当にキッドも真剣だったんだと思います……馬って本当に武者震いするんですね」

『えー?』

「し、したんですか?」

「しました。ゲートに入ってすぐ。

 オグリの逸話だけは聞いていたんで……ビックリしましたよ」

「ああ、そうかぁ……いや、ディープもね、レース前に大人しくて、普段と全然違ってスタートが素直だったんです。……やっぱ意識してたのかなぁ?」

 

 

 

 ビーッ!!

 

『あ……』

 

 エレベーターの床を踏んだ途端。

 重量オーバーの音が鳴った。

 

 どこの競馬場でも、大概、足腰に問題を抱える方々のために、馬主席からウイナーズサークルへの通路に繋がるエレベーターがあるのだが。

 当然、そんな大規模なモノではなく、5、6人くらいの規模を想定しているため、先に乗った金戸オーナーと、その付き添いの人員だけで、定員オーバーになったのである。

 

「えっと、お先にどうぞ」

「いや、済まんね」

 

 そう言って、エレベーターを降りようとし……

 

「ああ、蜂屋オーナー」

「はい?」

「……チャック、開いてるよ」

「!!!!??? す、すいません。ありがとうございます」

 

 危うく、社会の窓全開で記念撮影に臨む所だった。

 ……あぶねー!!

 

「何やってるんですか、先生」

「いや、すんません」

 

 新野女史に突っ込まれる。

 ……しゃーないやん。何せ、あの騒ぎで慌ててトイレから出て来たんだし。

 

 やがて、エレベーターが戻って来る。

 

「じゃあ、園長。会長。新野女史と牧村先生と一緒に、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「楽しんどいで」

 

 と……

 エレベーターを降りた先の通路で待っていたのは。

 

「よーっす」

「うぃーっす」

 

 不思議な程に『集まろう』という約束があったのに今回に限って連絡の無かった、静舞農業高校の同期の面々だった。

 

「うわ! 何? みんな来てたの!? 声かけてくれよ!」

「いや、皐月賞の時、お前、馬主席に来なかっただろ? アレが響いたみたいでさ」

「同期の人間が集まって居ると、お前、こっちに行っちゃうじゃないか。

 だから牧村先生含めて全員、偉い人『たち』から、釘刺されてたの」

「まあ、そらそうだけど」

 

 更に……

 

「それに、俺含めて、もう素直にキッドを応援出来る立場じゃないのが、結構いるからさ」

「牧場長のお情けで、休暇が取れたようなモンだから……」

「建前として『自分の所の牧場の馬を応援しに行く』って形になってるの」

「あー……」

 

 そういえば、かっつんは社田井だし、ささぬーは総帥ン所に就職してたんだっけ。

 むしろ、ショッパい個人馬主だからこそ、お目こぼしを貰えたようなモノだよな……

 

 何せ、中には……

 

「蜂屋。今現在の俺の立場として言うね?

 引退後に日高の協会にキッド連れて来てくんない?」

「うん、無理。社田井の偉い人と約束しちゃったから」

「だよねー。OK、ノルマ完了」

「ノルマかよ……」

「当たり前だろ。一応、今は協会の職員なんだから。

 お前にクアッドの方まで断られて、今ホント大変な事になってるんだぞ」

「ンな事言われたって、小城伏さんトコ筆頭にラムタラ騒動含めた壮絶な旧悪を色々馬主席で聞いちゃってるから、あそこに関しては、お前個人は兎も角、組織としてどこまで信用していいんだか分かんねぇんだよ」

「だよねー……俺も『無理だろ』と思ってるし。親父や叔父さんのコネで入れはしたけど、正直、少し早めでも実家の牧場継いだほうがいいかもなー……なんかこの期に及んで色々末期的な派閥争い見てると、とっとと距離置いたほうがいい気がしてきた」

 

 なんてドライに離職を考えてる面子も居たりするワケで。

 ……ほんと、みんな大人になったよなぁ……ソレ考えると、来てくれた事に、マジで感謝しかないわ。

 

「それに、何度も行ける場所じゃないからさ」

「生産者として一度は堂々と入ってみたいし」

「皐月の時は入れなかったから『今日こそは』って思ってた」

「あ、やっぱり?」

 

 まあ、生産者にとって、GⅠのウイナーズサークルって、夢の舞台だしね。

 ……ちょっと今年の俺個人に限っては、夢が供給過多な気もするけど。

 

 で……

 

「オーナー……ありがとうございます!」

 

 その供給過多な夢に、脳どころか頭皮まで焼け野原になった石河調教師(せんせい)が、もう涙を流しながら出迎えてくれまして。

 ……ちなみに、正装のスーツに似合う黒い帽子(ボルサリーノ)を被っており、なかなかのイケオジと化していた。

 

 良かった……ホントに良かった、ヅラのほうでウイナーズサークルに出て来なくて。

 っつか、ヅラよりもその黒い帽子(ボルサリーノ)のほうが100倍似合ってるよ、石河の親父さん。

 

「いえ、こちらこそ本当にありがとうございます」

「君たちも牧村先生も、本当にありがとう……本当にみんな頑張ってキッドを送り出してくれて……ここまで、来れました!」

「石河調教師(せんせい)、ソレはこの後のインタビューでお願いします」

「ああ、うん……うん……」

 

 そして……

 

「オーナー……ありがとうございました!」

「いえいえ、本当に……こちらこそ、キッドに乗ってもらって、こうして、無事に帰って来てくれてほっとしてます」

「いえ、本当に……本当に……キッドに乗せてもらえて……ありがとうございます」

 

 言葉に詰まりながら、泣きはらした目の石河騎手と、握手をしたり。

 

 やがて……賢介のヤツに引綱を引かれて、キッドが現れ。

 ディープも向こうの厩務員に引かれて、二頭同時に入って来る。

 

「なんか、信じられねぇ……この悪童(くそがき)が秋古馬三冠だよ……」

「おう、俺もだよ……」

 

 うん、現実感が、無い。

 というか、石河厩舎、泣いてる人間が多いなぁ……

 

 で……セレモニーが始まったのだが。

 二頭同着なので、まあ色々と変則的な進行になりまして。

 あまつさえ……

 

「これ、どうなるんでしょうね」

「さあ……?」

 

 金戸オーナーと二人で有馬記念のトロフィーを受け取って掲げながら……何しろ、優勝トロフィーを二つ用意なんてしていなかったので、急遽、こういう形になったのである。

 

 ちなみに、係員の方に聞いたら、後で同じモノを作って郵送する、との事。

 

 というか、セレモニーの間も、観衆がすし詰め状態で一杯である。

 更に、有馬記念の優勝セレモニーの後に、タップダンスシチーやゼンノロブロイの引退式まであるんだから、色々と盛りだくさんだよなぁ……

 

 やがて、それぞれの写真撮影の段になって。

 『一緒に撮ろうか』という話もあったが、人数が多すぎたのでそれぞれ別個で撮る話になり。

 

「こんな賑やかな口取り式、キッドは初めてだな……」

「いつも人数少ないですもんね」

 

 そう、『バーネットキッドと関わった人間』は農高出身故に、普通の馬よりも大勢いるものの。

 俺こと『蜂屋源一の関係者』となると、本当に少ないのである。

 だから、G1勝利の割に、普段は『寂しいウイナーズサークル』だとか色々と言われていたのだが……今回に限っては『バーネットキッドの関係者』がほぼ全員集合したために、20人を超える大人数である(皐月賞? あの時は撮影中止だよ)。

 

 なので……

 

「じゃ、写真撮りますよ」

「はーい」

 

 石河騎手を鞍上に。

 石河調教師(せんせい)や賢介や調教助手の戸竹さん。牧村先生筆頭に元農高のみんなが綱を取った撮影『は』無事に終えまして……うん、油断してたんだよね。全員。

 

「ありがとう、キッド」

 

 で、感極まった石河調教師(せんせい)が、最後にキッドの鼻づらにキスをした途端。

 

 ぶふぉーっ!!

 

 キッドの太い鼻息と共に吹いた木枯らしに、石河調教師(おやじさん)の黒い帽子(ボルサリーノ)が宙に舞い上がり……そのまま風に乗って、金戸オーナーの頭の上を跳ねて、ディープの鼻づらにすっぽり収まった挙句。

 お返しとばかりに、脳焼けし過ぎて頭皮までダートと化した石河調教師(おやじさん)頭部(シャイニングヘッド)を、キッドの奴がべろべろと舐め始めやがったのだ!

 

 もー、変顔キメながら『レロレロレロレロ』と『電球を舐めるが如き擬音』が聞こえて来そうなその舐めっぷりに、大爆笑に包まれる中山競馬場。

 

 ……そうだよ……こいつ(キッド)は……こういう(クソガキ)だった……

 

 無論、この映像や写真は、翌日のニュースやスポーツ新聞の記事を飾りまして……うん、そりゃもう、どの写真も『輝いていましたよ』。いろんな意味で。

 

 ……だから……その後に起こった、親父さんの不機嫌にまつわる、石河厩舎で起こったアレやコレやに関しては……もう俺のせいじゃないもーん!!




レース中:『伝説』から『神話』へ。

レース後:『神話』から『お笑い(いつもの)』へ。




なお、大爆笑は、当人と馬以外、中山競馬場の『ほぼ全員が』笑っていました。

……ええ、石河厩舎の関係者も含めて、全員……


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有馬記念を終えて その2

前話のタイトルを少し変更しました。内容に変更はありません。
……タイトルに張ってた伏線忘れてた。


(OPのBGMとCGや映像が流れ、スタジオの拍手と共に番組が始まる)

 

『はい、天才志室動物園、始まりました』

「って、あれ、今日、園長は?」

「はい、なんと、園長は馬主として、本日、中山競馬場に、直接向かっておりまして。

 しかも、園長の愛馬が未勝利戦を勝ち抜きました! こちらの映像をどうぞ」

 

(園長の出た第3RのVTRが流れる)

 

「うわぁ……あれですよね、中央で未勝利を勝ちぬくだけでも大変なんですよね」

「そう。

 ですから『重賞に出る』というだけで、本来はエリート中のエリートなんです。

 こちらをご覧ください(中央競馬のピラミッド構造を示すパネル)このように、未勝利だけで5割近く、一勝で25%前後……園長の愛馬が今、ここですね。

 で、オープン級と呼ばれる『重賞に出られる資格を得た』馬となると、全体の7%前後で、更にその中から選ばれた馬……0.1%の馬がGⅠホースと言われる存在なんです」

「うわぁ……大変だなぁ……」

「ある意味芸能人よりも過酷やな……」

 

(以下、ひな壇芸人のトーク&キッドのレースや面白映像のVTRが小一時間ほど続いて。

 CM開けのタイミングで)

 

「はい、今、中山に中継が繋がりました。

 園長、園長、繋がってますか?」

 

 

 

園「はい、今、中山競馬場の特設スタジオです。

 では、改めて紹介していきましょう。

 まず、バーネットキッドの馬主である、蜂屋源一オーナー、

 そして、育ての親こと、静舞農業高校の生産学科の教科主任である牧村紀臣先生。

 で……えー出演を予定していた石河吾郎調教師が『体調不良』のため、急遽、バーネットキッドを直接担当する、石河賢介厩務員に、代打で来てもらいました」

三人『よろしくお願いします』

園「じゃあ、まずは育ての親の牧村先生から、一言」

牧「いや、本当に……あの仔馬(とねっこ)の頃の畑ドロがこんなに立派になって……迷惑かけた農業科に全員揃って土下座した甲斐があったな、と。

 そういう意味でも、石河調教師も『本っっっ当に、ご苦労なさったのだろうな』と」

蜂「あの時、畑荒らししてガチギレした農業科の連中に、危うく馬肉にされる所だったもんね」

石「農業科からは完全に害獣扱いだったからな……全員、目が据わってたし」

園「あははははは、それが名前の由来なんですよね」

蜂「はい、幼名が『キッド』で英語だったんで、フランス語の『アルセーヌ』とかの名前と噛み合わないので、ルパンが変装してイギリス人探偵をしてる『ジム・バーネット』から頂戴しました。

 それより、園長も未勝利戦の勝ち抜け、おめでとうございます」

園「いえいえ、本当に中央で初めて勝てて、中山のウイナーズサークルって『こうなってるんだ』って。あれはクセになるねぇ……」

蜂「なりますよねぇ……ただ、当事者としてはアレなんですけど。

 なんか去年のキッドの朝日杯とか皐月賞あたりは『行くとこ行っちゃったなぁ』って気分だったんですけど、宝塚とか超えたあたりから『どこまで行くんだろう』って、我が馬ながら遥か彼方を眺めてる気分になっています」

園「はは、もう現実感のほうが追いつかなくなってきちゃったんだ?

 まあ、GⅠ含めた11連勝だもんね……」

蜂「はい。

 ただ個人的には『11戦連勝』というよりも『11戦して負けなかった』が正しいかな、と。

 こう『結果的に負けなかった』って感じで……今日の有馬も含めて、紙一重な結果だったレース、沢山ありましたから」

園「あー、なるほど」

蜂「そういう意味で、クラシック戦線を離脱して宝塚からの古馬戦線ルートとか、石河調教師(せんせい)にも、石河騎手にも色々と無茶を言っちゃった自覚はあるので……後でちゃんとお見舞い行かないと」

園「は、ははは、そ、そうだね」

石「うん、まあ、キッドは色々とヤンチャだからね」

園「ああ、その辺、直接面倒見てる厩務員として、どう?」

石「いやぁ……蹴ったり噛んだりは基本無いから安心できるんですけど、その分色々とイタズラとか脱走とかが油断ならないですね。油断するとウチの調教師(せんせい)みたいに『ああなるので』」

蜂「おまえ、所属決定した時、教室で『誰か厩務員資格取ってウチの厩舎で一緒にキッドの面倒見てくれ』って絶叫してたくらいだもんな」

石「だから正直、厩舎に来てもあの頃のまんま大きくなった感じだけど……正直『アレでも丸くなった方だな』と。

 勿論、育成を経て競走馬としての自覚にも目覚めてるけど、その分、競走馬としてのスイッチがオンの時とオフの時のギャップが凄い事になっちゃって……芸馬と競走馬とどっちが本業なのか、面倒見てて少し戸惑う事ありますね」

園「いや、ねえ……俺も去年『弟子入り』して来た時もビックリしたけど、まさか有馬記念で『弟子の前座』になるとは思わなかったよ」

蜂「いや、秋天の撮影の時もそうですが、キッドも園長が来てくれて凄く嬉しかったと思いますよ」

園「えー、そう?」

蜂「そりゃそうですよ。

 見ての通り『変なお馬さん』なんだから『変なおじさん』が大好きに決まってるじゃないですか」

園「はっはっはっはっは、うわぁ、一本取られたなぁ」

石「いや、園長。

 冗談抜きに、あの秋天の前の撮影、本当に感謝してるんですよ。

 あの撮影の前に走った札幌記念の泥仕合で、ご機嫌斜めだったキッドが、園長と撮影した翌日から物凄く機嫌が良くなってくれて」

園「ああ、アレねぇ……正直、動物と絡んだ撮影で、あんなにスムーズに気持ちよく撮影できるとは思わなかった」

蜂「凄かったですよねぇ……山手線の主要駅のコンコースにバーンって広告が載って。

 そういった面白要素も込みで現実感が無いんですよ……多分、自宅に帰って予約録画した番組見たり、トロフィーが家に郵送されて来たあたりから、少しずつ現実感とか出て来るの、かな?」

園「え? あれ、確かセレモニーで金戸オーナーとトロフィー掲げてなかった?」

蜂「いや、なんか『GⅠで同着』なんて想定していなかったそうで、同じ物を今、頑張って作ってる最中だそうです。……流石にあのトロフィーを真っ二つにして分けるワケには行きませんし」

石「それはそれで見てみたい気もするけど」

園「確かに。

 それじゃあ、最後に……蜂屋オーナー、来年以降、クアッドターボはクラシック路線だとして、バーネットキッドにはどんな予定を?」

蜂「いやぁ……石河調教師(せんせい)がさっき倒れちゃったんで、まだどんなレースに出るかの相談もしていないんですよ。そういう意味でも『まだ未定』なんで、とりあえず良くなって欲しいです」

 

 

 

「じゃ、そういう事で、俺は祝勝会に行ってくるから、例によってキッドと石河調教師(おやじさん)の面倒は任せた!」

 

 あの後。

 19万人の観客&中山の職員全員大爆笑(含む、金戸オーナーや館騎手以下、ディープ陣営全員)に精神的に耐えきれず、卒倒しちゃった石河調教師(おやじさん)が担架で運ばれ。

 急遽、キッドの面倒を一時的に戸竹調教助手に預け、またしてもインタビューに呼ばれた賢介の奴が、カメラに映る事になったのである。

 

 で、どうにかこうにか園長の番組のインタビューが無事(?)に終わり…… 

 

「冗談じゃねぇぞ、蜂屋!

 キッドは兎も角、ぶっ倒れた親父に関しては、お前だって大爆笑してただろうが!」

 

 全てを丸投げして祝勝会にバックレようとした所を、ツレにとっ捕まってしまった。

 ……(・д・)チッ

 

「お前だって笑ってただろうが!

 っつか、それ言い出したら、中山に居た観客も職員も騎手も、全員共犯だよ!」

「つか、引綱持ってたんだから止めろよ」

「お前だって綱持っていただろうが!」

 

 何しろ。

 オーナーである自分も、戸竹さん含め石河厩舎の人間も、農高の先生や同期たちも。

 全員揃って大爆笑で、誰一人として『引綱を引いてキッドを止める』という事をしなかった……というより、出来なかったのである。

 

 で、そのまま醜い悶着を続ける事暫し。

 

「OK、ちょっと待て。状況を整理するぞ?

 精神的に逝っちゃった石河調教師(おやじさん)に詫びるとして、『誰がどういう筋合いで頭を下げる?』」

「そりゃオーナーのお前が」

「ほう、預託馬の管理を一瞬でも放り出した厩務員に落ち度はない、と?」

「ぐ……」

「農高の面子は『生産者』だから責任は無いが、少なくとも石河厩舎の人間は割とあるだろ?

 無論、感極まった石河調教師(おやじさん)の行動に落ち度はあるにしても、その後のフォローに関しての責任は……うん、多分『俺たち』だ」

「まあ……確かに、そうだな」

 

 二人で相談しながら、冷静に状況を詰めていく。

 で、結論は……

 

『後日、意識を取り戻したら、誠意を見せる意味で『全員恥を掻いて謝りに行こう』』

 

 という方向で話が纏まりまして。

 

「じゃあ、時間が押してるから、俺は新野女史と祝勝会に行ってくる。

 ……いつもキッドの祝勝会呼べなくて、済まねぇな」

「何言ってんだ。

 今日に限っては『現場の特権』を使って、『特等席』で一杯ひっかけさせて貰うツモリだよ」

 

 と。

 キッドと馬房で『サシ飲み』する宣言をする賢介の奴に。

 

「飲み過ぎるなよ」

 

 と、釘を刺して、その場を別れた。

 

 

 

 

「それじゃあ、バーネットキッドの勝利を祝って……カンパーイ!!」

『カンパーイ!』

 

 農高の同期や牧村先生、更に、石河騎手も招待しての、有馬記念の祝勝会。 

 ……本当は石河調教師(おやじさん)も呼ぶ予定だったんだけど、まあ、この状況では仕方ない。

 

 ちなみに、新野女史は『ウチに嫁に来ませんか?』などと、同期の独身者共に口説かれていたりする。

 ……つか、もう同期の四分の一くらい結婚しているからな……はえーよ、農家。

 

「石河騎手、本当にお疲れさまでした」

「いやあ、ホントに……なんか凄いね」

 

 で、同期の連中がバカ騒ぎや余興をする中、飲めない俺は片付けやお酌に回っていたり。

 ……まあ、俺だけだもんな、この面子の中で、未だにジュース飲んでるのって。

 

「そうだね、なんか懐かしいな……こんな学生ノリの集まりなんて、何年ぶりだろう」

 

 などと、何処か懐かしい目で、宴席のみんなを見る石河の兄貴。

 

「元、ですけどね。一応、休学中とはいえ、現役で学生なのは俺だけかな。

 ほとぼり冷めたら、ちゃんと大学に通い直さないと」

「真面目だなぁ、蜂屋オーナー」

 

 ふと、見ると。

 視界の隅っこで、新野女史が口説いてた同期の連中と、飲み比べをしていまして……うーん、ビールの大瓶、十本くらい空けてね?

 ま、いいや。

 

「そういえば、牧村先生。

 今年のセイウンスカイ産駒のクモちゃん、ホームページのブログ見ましたけど、大丈夫ですか?」

「正直、あまり芳しくないなぁ……」

 

 そう。『レイヴンカレンの2005』こと『クモちゃん』の育成状況だったのだが……病弱な体質なのか、後輩たち全員、キッドの時とは別の方向で手を焼いているらしい。

 食欲自体はあるものの、内臓が少し弱いらしく、度々疝痛を起こしては獣医の世話になり、療養と馴致を繰り返しているような状態が、ブログの文章で綴られており。

 そのために食事のフォローにも、好物と療養食の狭間で色々と四苦八苦しているとか。

 

「今年はいつものセールに出す事も、難しいかもしれん。

 元々『農高の教育の一環』って事で、主催者の好意で、下駄を履かせてもらって格が高めのセールに出せていたが……いくら何でもあんな状態じゃあ、主催者にも申し訳ないからなぁ」

「そうですか。セールに出せない場合は、庭先とか出来ますか?」

「やっぱり蜂屋。買う気か?」

「注目はしていますよ。キッドの弟ですもん」

「そうなんだよなぁ……だから各方面からプレッシャーが掛かっててなぁ……」

 

 などと、やり取りをしてると。

 視界の隅っこで、新野女史に飲み潰されたと思しき、同期の面々が大量にひっくり返っていた……ってか、焼酎の一升瓶、3本くらい空いてね?

 ……ま、まあ……なんか見かねてくれたのか、石河騎手が相手しているし大丈夫か。あの石河厩舎(ウワバミ軍団)の中でもトップランクに飲む人だし。

 なんでも、緊急時には『レッドゾーン・ダイエット』なる『大量のアルコール摂取による脱水で、体重を短時間で軽減する』という、狂気の沙汰の減量法を行う事も、稀にあるそうなので……そういう意味でも『プロ』が相手なんだから大丈夫だろう。

 

「まあ、兎も角……年間無敗に、有馬か。

 この仕事に就いて、本当に達成できるとは思わなかったよ、蜂屋。

 っつか、石河の奴も、本当に厩務員になっちまったんだもんなぁ」

「はは、アイツ、今頃、厩舎の馬房でキッドとサシ飲みしてますよ」

「そりゃ凄いな……幼駒から育てたG1馬と有馬を取って、その晩にサシ飲みか。

 考えてみると、アイツの経験って、どんな馬産関係者でも不可能に近い贅沢だな。

 ああ、ところで蜂屋……無視しているが『後ろの惨状』の後始末は任せたからな」

 

 ……ふと、視界を後ろに向けると。

 

 適当に溶けた氷が入った氷入れのバケツ(アイスペール)に、直でボトルからダパダパとウイスキーを注ぐ新野女史が、『恐ろしいモノ』を見た恐怖でぷるぷると震える手で水割りのグラスを手にした石河騎手とサシ飲みしておりまして。

 

漢杯(かんぱーい)♪」

「か、かんぱーい……」

 

 そしてキッチリ10分後。

 自称『美浦トレセン一の酒豪』が轟沈し……

 

「あひゃひゃひゃ、カワイイモン飲んでんなぁ♪」

 

 カルピスの入ったグラスを手にした俺の目の前に、俺と牧村先生以外の全員を飲み潰して『やまたのおろち』と化した、新野女史が現れまして。

 ……っていうか『ラーの鏡』あたりで照らす前から、本性現れちゃってません?

 

 っていうか、す、スサノオは!? 須佐之男命(スサノオノミコト)はいずくにかあらん!?

 

「に、新野女史、の、飲みすぎでは!?

 ってか、その飲み方は女性云々(うんぬん)以前に、人間として色々アカン気が……!」

「一度やってみたかったんですよー♪ せんせーのオゴリだし、もーちょっと飲みましょうよぉ~♪」

 

 などと言いながら、げっふぅぅぅ~、と『やけつくいき』を吐き散らす新野女史。

 っつか、着火したらマジで『ほのおのいき』になるんじゃねぇかオイ?

 

「蜂屋。

 とりあえず今日の会費の徴収と、飲み潰れた面々の介抱は俺がしておくから、彼女は任せた!」

「せ、先生!?」 

「全員全滅したら、この店の会計すら出来ないぞ!?」

「そ、そうですね!」

 

 で。

 祝勝会は予定していた二次会の分まで、完全にお開きとなり。

 

 蜂屋源一は逃げ出した。

 しかし、回り込まれてしまった……

 

 

 

 

「まーだー、飲ーみーまーしょーうーよー♪」

「はいはい、タクシー乗り場まで行きましょうね」

 

 会場からくすねたウイスキーのボトルを手にしながら、隙を見るとハシゴ酒に走りかねない彼女を支えつつ誘導しつつ、タクシー乗り場に向かう途中……

 

「……せんせー」

「はい?」

「お見合いするかもしれません、私」

「そりゃ良かった、クリスマス超えて三十路に突っ込んだら、女性は大変ですから」

 

 何しろ、新卒の新人の頃から、周囲の編集者のサポート込みだとしても、この『問題作家』のフォローを、メインで5年近く続けてくれたのである。

 結婚できない現実逃避に女性雑誌を読みふける新野女史とか、中学の頃のあのクソ教師みたいに最悪な方向に進化しかねない。

 

「助けてくれません?」

「今、現在進行形で助けてますよ。……ほら、あと少しですから」

「いやー、仕事辞めたくないー! このお仕事好きなのー! 活字の最前線で仕事したいのー!」

「はいはい、お見合い相手が理解のある旦那さんだといいですね」

「一年中図書館とかで本読んで過ごしたいー!」

 

 どうやら酒が回り過ぎて、駄々っ子のように幼児退行を起こし始めた新野女史。

 ったく……本性現しすぎて、化けの皮被り直せなくなっても知らんぞ……

 

「っていうかぁ……ああ、そうか……」

「何ですか?」

「いえ、自分でも今、酷い惨状だなって自覚はあるんですよー、止められないだけで。

 で、その割にはせんせー『引いてない』じゃないですか」

「酒飲んで酔えば、老若男女身分問わず、誰だって皆『酔っ払い』ですよ」

「それって、せんせー自身の『元から女性への見方が根本的に壊滅してるから、どんな醜態サラしても今更だ』って事ですよねー?」

 

 そりゃあ、周囲の環境が『ああ』だったし。

 そもそも『あんな親に育てられたら』……ねえ。

 

「はいはい、そりゃそうですけどね……同時にちゃんと、作家として編集者であるあなたに感謝もしていますよ。

 そもそも『作家と編集者』って『馬と騎手』の関係なんだから。

 どっちが欠いたって『商業作品』ってレースには出られないでしょ?」

 

 名騎手と名馬がタッグを組んでも、100%勝てるワケではないのが競馬であるが。

 有名作家と名編集が手を組んでも、100%売れるとは限らないのが出版業界である。

 

 作家や編集者が各々(おのおの)で積んで来た『実績』とは別に。

 お互いの『相性』という要素(ファクター)も、確実に存在するのである。

 

 と……

 

「せんせー」

「はい?」

「おんぶー」

 

 ……幼児退行、ここに極まったか。

 まあ、肩を貸すより、背負っちまったほうが早いか。

 

「きゃはははは、はいよー、シルバー♪」

「俺が馬なら、軽車両の飲酒運転で(2005年時点で)イッパツ免停ですね」

「名ジョッキーのお通りだー♪」

「はいはいはい、GⅠレースの『帰宅記念』に行きましょうね」

 

 と、まあ……そんな塩梅でタクシー乗り場に辿り着き。

 

「で、何処まで送ればいいの?」

「大田区の田園調布までお願いしまーす!!」

「……だ、そうです」

 

 予想以上にお嬢様(セレブ)な、住んでる場所を指定されまして。

 ……まあ、元気にブン回ってる料金メーターは気にしない事にしつつ。

 予想以上にデカい家の門前で呼び鈴を鳴らした時には、既に深夜の1時を超えていた。

 

「たーだいま帰りました~♪ おかーさまー!!」

「由香里! 一体、何事よ!?

 こんな時間に、連絡も寄こさないで!?」

 

 ……って、実家かよ、オイ……

 

「じゃ、お嬢さんは送り届けたので、私はこれで失礼します」

「あ、ちょっと……」

 

 引き留める手を振り払って。

 待たせていたタクシーに再び乗って、今度こそ俺は我が家に帰宅するのだった。




『知らなかったのか? 編集者と締め切り(だいまおう)からは逃げられない』


ちなみに、2023年現在だと厳罰化が進んだ結果『35点減点で『免許取り消し3年』&5年以下の懲役又は100万円以下の罰金』になります。
飲酒運転、ダメ、絶対。


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有馬記念を終えて その3(掲示板回)

遅くなりました。


1:名無しの馬券師 ID:cBCvMtdHp

スレ立て乙

 

2:名無しの馬券師 ID:9oGxbin24

2get

 

3:名無しの馬券師 ID:lvr4Hqi3c

『ようやっと』というか『いよいよ』と言うべきか。

全力で勝負を引っ張った感じだよなぁ……怪盗と衝撃。

 

4:名無しの馬券師 ID:O/Sc52tx5

そりゃキッド陣営がディープから逃げ回ったからなぁ……

(なお、無敗でキッドが古馬戦線を蹂躙したのは、見なかった事とする)

 

5:名無しの馬券師 ID:HXpD4WqgW

そうだよねぇ、よくぞここまでディープから逃げ回ったね。

(蹂躙された古馬中長距離G1から目を逸らしつつ)

 

6:名無しの馬券師 ID:V8S+MtkTg

ぶっちゃけ、縄張り争いに敗れて逃げて来たクマが、人里に降りて来て猟師ごと食い散らかして無双してるような惨状……

 

7:名無しの馬券師 ID:IfovViiOv

ディープファン多いな、オイ。

まあ、取り逃がした皐月の借りを返せるチャンスが回って来たのは事実だからな。

……下手すりゃ、キッドに天国に勝ち逃げされていた事考えたら、ここで借りは返さんとな。

 

8:名無しの馬券師 ID:stCRE9k80

まあ、確かにキッドのファンとしても、正直、あの『沈黙の皐月賞再び』なんてのは見たくないからなぁ……

 

9:名無しの馬券師 ID:9rJPk/XgM

あ、志室動物園の特番で、園長とオーナーの対談だって。

……というか、あの番組で準レギュラー枠確保してる馬って、ある意味スゲェよなぁ……

 

10:名無しの馬券師 ID:k+qt0UM4n

そうだよねぇ……去年の内は、ただ『珍しい出自の面白競走馬です、応援お願いします』だったのに、面白馬のまんま無敗で有馬まで駆け抜けたからなぁ。

 

11:名無しの馬券師 ID:I9Jogm0d8

知り合い曰く、馬会でも意見が割れてるらしいけど、レースには勝ってるし圧倒的な人気だから文句が言えないのが、本当の所らしい。

 

12:名無しの馬券師 ID:8eH2xNaJO

園長との対談でも、館さんとの対談みたいに、掴みから笑わせに来るのかな。

『酒はダメなんで……オレンジジュース下さい』ってwww

分かる人には分かるネタ仕込んでくるあたり、流石オタクの鑑だよ。

 

13:名無しの馬券師 ID:NiIETItuK

っつーか、馬主は兎も角、冗談抜きにキッドがやってる事って、戸愚呂(弟)に近いからな。

『見ただろう、スローペースでの4コーナーから直線への駆け引きでディープを超えるのは至難! やつを砕くのは、駆け引き(わざ)を超える限りなき高速展開(パワー)!!』って感じだし。

 

14:名無しの馬券師 ID:eiegYVkfL

勝ちたければ『100%を超えて来い』と言わんばかりに、ぐいぐい引っ張ってレースを加速させ続け、最後に二の足で全てを打ち砕く……確かに戸愚呂(弟)だwww

 

15:名無しの馬券師 ID:yGFV3CcCE

普段は芸人、レースじゃ戸愚呂(弟)……何、この……何?

 

16:名無しの馬券師 ID:E/5+rliPn

レースと普段のギャップが凄まじすぎて、動物園から入った新規のファンが、競馬について盛大な勘違いをしているあたりがまた罪深い……

 

17:名無しの馬券師 ID:Q8Gdj73wQ

っつか、有馬の宣伝番組で、キッドの解説の所でクリカンが声当ててるのって、これ完全に狙ってるよねwww

 

18:名無しの馬券師 ID:t+3L85I+3

まあ、動物園から入ったファンから見れば、レースでやってる事もレース『前後の』ファンサもルパンそのものだけどさぁ……実際に一緒に走る騎手や馬たちからすれば、それこそ『世紀末覇王』や戸愚呂(弟)に立ち向かうようなプレッシャーだろうねぇ。

 

19:名無しの馬券師 ID:w9kLzEXLW

で、何が恐ろしいって、多分ディープはそれに余裕で付いて行くだろうな、って確信な。

マジで怪獣大決戦だよ。

 

20:名無しの馬券師 ID:LVscMWUCp

>>19

確かに。

ディープが差し切れない姿も想像できないけど、キッドが逃げ切れない姿も想像できない……

 

21:名無しの馬券師 ID:k/zYMzIN0

何だかんだ、両方ともレース内容が『蹂躙』と言ってもいいレースばかりだからな……キッドに関しては、札幌記念で逃げ失敗からオペラオーシフト組まれても、キッチリ脱獄してのけてたし。

 

22:名無しの馬券師 ID:9svDvSG+5

まあ、うっかりもう一度、有馬で雨が降ってスタート失敗した時に、キッドが馬群に飲まれでもしたらディープだろうけど……にしても、毎回毎回、あのスタートの早さで、良くカンパイにならないよなぁ…

 

23:名無しの馬券師 ID:f4SyBFLcH

っつか、あの鞍上(ヒゲ)、マジで最近逃げ馬ばっかだな。

こないだもストーミーカフェで福島記念獲ってたし。

……一時期、キッドやディープと競ったストーミーカフェも、今や完全に裏街道……

 

24:名無しの馬券師 ID:00XNKK3oC

っつーか、ストーミーカフェに限らず、ディープ・キッド世代のあの二頭以外の有力馬って、軒並み『距離変更』か『裏街道』だからな? マイネルレコルトなんか『マイルCS』獲ったけど、それでも『逃げた』って言われてるし……

 

25:名無しの馬券師 ID:m65wF+tje

>>24

そんな中、真面目にディープとキッドを追いかけて、3歳でジャパンカップにまで出たアドマイヤジャパン君のけなげさよ。菊花賞は、ディープに追いついて2着だし、直後のジャパンカップも古馬と怪盗に混ざって6着とか……頑張ってる。超がんばってるよ……

 

26:名無しの馬券師 ID:OzE/t6VvS

>>24

それ言うなら、キッド自身がディープから逃げとるやん……逃げた先で無双して大惨事になってるけど。

 

27:名無しの馬券師 ID:RU3Ou+263

普通、クラシックから逃げたら、戦績もまあ掲示板入れば頑張ってる方で、後は有馬で勝負かなぁ……とか思っていたら、逃げた先で古馬相手に無双し出すとか誰が想像するんだよ……

 

28:名無しの馬券師 ID:tGKUhAePl

もう完全に古馬も含めて、今年の芝中長距離は、あの二頭が台風の目だからなぁ……本当にどうなるか分かったもんじゃない。

 

29:名無しの馬券師 ID:+uhnwNo+F

一応、キッドは『2500の距離は初』ってハンデはあるけど。

宝塚の2200もJCの2400もキッチリ勝ってるからなぁ……っつか、あの怪盗の適正距離、マジで幾つだよ、ホントに。

 

30:名無しの馬券師 ID:yx8DvhWHE

>>29

朝日杯勝ってるから、マイラーかな? → 皐月賞で溜め逃げかましてるから2000かな? → 宝塚で2200勝ってるから、もう少しあるのかな? → ジャパンカップで2400走って凱旋門賞馬に勝ち申した。

……マジで適正距離が読めない……冗談抜きに、有馬の前にステイヤーズSに出てもらって、最大距離適性を計ってみたいわ。

 

31:名無しの馬券師 ID:a+DoBzKU4

>>30

それこそオペラオーじゃあるまいに……

っつーか、今、気が付いたんだけど、かなり路線がオペラオーと被ってるんだよな……オペラオーも皐月賞馬だし。

 

32:名無しの馬券師 ID:164XUccK0

言われてみると、確かにクラシックからのオペラオーの2年分のローテを、1年に凝縮したようなローテだよな。

もう無敗記録がトキノミノルに並んでるから、JRA発足して以降だと新記録じゃないの?

 

33:名無しの馬券師 ID:eF1M8xqg2

>>32

JRA発足以前の、記録しか残ってない時代だとトサミドリあたりの11連勝とかあるけど。

JRA発足後だとカブラヤオーの9連勝がマックスで、無敗だとマルゼンスキーの8連勝だな。

……ちなみに、キッドから見てマルゼンスキーは父母父で、トサミドリは父母母母父な。

 

34:名無しの馬券師 ID:OAYHPco8G

>>33

それなんだよな……血統表見て吹き出したっつーか、マジで謎配合というか。

グレイソヴリンとノーザンダンサーの5×5インブリード、そんでトサミドリとファバージとか、マジで何処から持って来たんだってくらい古典的な血統で、首傾げてたんだけど……

考えてみると、ヒシミラクルが叔父に居て、更に、ミスプロも絡まないネイティブダンサー直系ってあたり、多分、何か突然変異的な大爆発が起こったんだとしか思えない。

 

35:名無しの馬券師 ID:Z5W33hyog

>>34

それな……今の日本の内国産馬で、サンデーどころかノーザンテーストすら絡まないとか、どんな骨董品だよ、ってレベルだし。

案外、そこを逆手にとって血統を決めたのかもな……

 

36:名無しの馬券師 ID:Yv/+WYFWw

>>35

あー……キッドの血統議論に関しては農高のHPのBBSに『ど貧乏で種付け予算すらケチられて、先生が半分ヤケクソで決定してた』ってOBが書き込んでたぞ。

 

37:名無しの馬券師 ID:ZToe+/OI3

>>36

ダビスタだってやらないような謎の血統配合の原因はソレか……それがあのオーナーに見出されて大爆発とか、リアルがダビスタを超えに来たからな。

ちなみに、ダビスタの開発の知り合い曰く『次回から血統関係のデータの修正が大変だ』ってボヤいてたな。

 

38:名無しの馬券師 ID:v64gKCW+i

>>37

それ、ウイポの開発者も言ってたな。

まあ、ダビスタも昔の奴だとトニービンとかリアルシャダイとかが、バリバリ父系として生き残って活躍してたりするから、現実とのギャップは常にどこかにあるんだろうけど。

 

39:名無しの馬券師 ID:gxEu/0W/0

ワイ、本日のレースを軽く遊んで中山から帰る途中なんだけど……もう既に待機列が出来て、徹夜組がおる……明日の開場まで14時間、レースだと20時間以上あるっていうのに、スゲーな。

 

40:名無しの馬券師 ID:mFykWPIso

>>39

マジで?

この真冬によーやるなぁ……まあ、出ない方がオカシイけど……コミケの徹夜とどっちが酷いかな?

 

41:名無しの馬券師 ID:buI5Mgk95

コミケで思い出したけど、キッドの馬主の人、冬も顔出すのかなぁ?

夏は『テンプレート・ガンブレード』の挿絵の人の壁サーの手伝いしてたの見かけたよ。

因みに、自分のラノベの18禁の二次創作書いてる、ウチのサークルの本、買って行きよった……(喀血)

 

42:名無しの馬券師 ID:4pb8Pds5r

いや、恐怖だよ。自分が書いた二次創作を原作者が買いに来るのって(菌糸類での経験者)

 

43:名無しの馬券師 ID:gJ9X0YRUm

閃いた!

自分の作品の二次創作を買う程の猛者なら、うっかりオリジナルでバーネットキッドを美少女擬人化した18禁本とか、コミケに出す勇者とか居ないかな?

あれだけのツワモノ揃いなら、そんな呪物の一つ二つ、発生させる輩が居てもおかしくないと……

 

44:名無しの馬券師 ID:5vscjfvDX

>>43

おいやめろバカ。

そんなん書いてたら本当にあの馬主様が直でコミケに買いに来るぞ。

何だかんだ興味持ったら、えらいフットワーク軽いんだから、あの人。

それでいてTDSと裁判沙汰する根性と財力の持ち主だぞ?

 

45:名無しの馬券師 ID:hjXGcedt+

OK、コピ本ならば、まだ間に合うか?

カップリングの相手はスイープか、それともディープを美少女化のどっちがいいかな?

 

46:名無しの馬券師 ID:oFBt5TLVc

>>45

お前が手の込んだ自殺をしたいのは勝手だが周囲を巻き込むな!!

キッドの馬主様以上に、カップル相手の馬主がアブねぇ方々ばかりじゃねぇか!!

 

80:名無しの馬券師 ID:BnnbvB8cJ

なんだかんだ、駄弁り組が多いから、スレの消費が例年より多いけど、とうとう始まるな。

 

81:名無しの馬券師 ID:6vahBzkqM

わい、徹夜組でかぶりつきから参戦。

 

82:名無しの馬券師 ID:VRRftUBU5

とりあえず、この掲示板で徹夜組が大量に出てる話を聞いて、現地参戦を断念しました。

馬券は都内のウインズで買ったけど。

 

83:名無しの馬券師 ID:kGdR23szi

その判断下した人間、結構多いだろうなぁ……

多分、現地に突っ込んだ連中って、逝ってる連中か何も知らない素人かのどっちかだろうな……

 

84:名無しの馬券師 ID:UKL9usK88

キッドが盛り上げてくれたのはいいけど、マジで家族連れとか増えて来て騒ぎになったからな……秋天とかジャパンカップとか、酷かったしなぁ……

 

85:名無しの馬券師 ID:YKLHuCbr3

>>84

宝塚も酷かったぞ……マジで凄い混み方してた。

 

86:名無しの馬券師 ID:4cRnPPzDA

それを見越して、仮設スタンドとかキャパを増やすための軽い改修工事したらしいけど……多分、屁のツッパリにもならん気がする。

 

87:名無しの馬券師 ID:kNl/INIMi

あー、主催者発表、入場者19万超えで入場制限だと。

オグリ爺さんのラストラン、超えたな……

 

88:名無しの馬券師 ID:lRsqoIEVw

ひえっ……流石についていけないわ。

 

89:名無しの馬券師 ID:ptG4Qrh7s

友人が見たいって突っ込んでたけど、大丈夫かな……

 

90:名無しの馬券師 ID:ahWF6o3C9

今、テレビでパドック写ってるけど……不気味な程にキッドが大人しいんだけど。

……まるで皐月賞の時みたい。

 

91:名無しの馬券師 ID:Pfy7q6qrU

アカン……キッドがパドックでコントしてない時って、マジで死闘の予兆じゃん。

 

92:名無しの馬券師 ID:D3Vq7w1Z/

まあ、死闘じゃないG1レースなんて無いんだろうけど……あのお調子者が黙ってるって、相当怖いな……

 

93:名無しの馬券師 ID:w+DdLUQdM

スレ最初のほうで語られてたけど、アイドルホースの皮を被ったガチガチの競走馬だからな。

ほら、宣伝番組でも、競走馬というより『競泳馬』なペースで泳いだ末に、プール上がりのムキムキバディ見せつけてたし。

 

94:名無しの馬券師 ID:r0Vlx8VLc

>>93

あれな……みんなが知ってるのは、動物園で園長と絡んだ『愉快なアイドルホース』なんだけど。

あのプール上がりの筋肉を見たら『あ、競走馬だ』って否応なく理解させられるからな。

 

95:名無しの馬券師 ID:K/Ddg2g8u

返し馬も順調で、輪乗りも素直で……っつか他の馬もすげー大人しくね?

ディープも落ち着いてるし……なんかスゲー緊張感だぞ。

 

96:名無しの馬券師 ID:D2Hvq5jFQ

『決戦だ』って分かってるのかもな……馬が。

普通、ゲート入りで誰かしら揉めるのに、恐ろしいほど順調だぞ。

 

97:名無しの馬券師 ID:PuVxtqOE4

始まった!

よし、いいスタート!! って……アレ?

なんか、キッド、スタート悪いのかな?

 

98:名無しの馬券師 ID:ZfaPNtFrU

うん。なんか……引き離し切れて無くね?

っつか、ハーツクライとか前に来てるんだけど……?

 

99:名無しの馬券師 ID:dqsurAdoE

違う! 全体のペースがキッドに合わせてスゲー早いんだ!

多分、高速展開で全体がキッドを追い込む形になってる!

 

100:名無しの馬券師 ID:JjJZBrCQC

うわぁ……全体が自爆覚悟のスピード展開で協調して、キッドに付いて潰しにくるって……形は違うけど、オペラオーと同じ状況だコレ。全部が敵に回ってる

 

101:名無しの馬券師 ID:JV7ZKn3mT

よし、キッドが潰れた! 後は末脚勝負ならディープに分があるぞ!

 

102:名無しの馬券師 ID:YZ9FKS40P

>>101

それ、キッドの走るレースで、しょっちゅう立ってる敗北フラグ……いや、しかし、有馬でこのペースは無謀か。

このペースなら一位どころか掲示板入るだけでもバケモンだよ。

 

103:名無しの馬券師 ID:/jAfFRVcr

うわ……向こう正面で更に暴走したぞ……何馬身差だコレ……?

魅せプレイにしても、この大舞台でソレは悪手だろう、ヒゲ。

 

104:名無しの馬券師 ID:Pic7Q9I/T

すげぇ……単独で第四コーナーに突っ込んで来た。

ツインターボのレースみたいだ。

 

105:名無しの馬券師 ID:U3SAg2Pdf

>>104

ターボなら先頭はここで終わりなんだが……

 

106:名無しの馬券師 ID:tUnJvo+Jq

>>105

いや、終わるだろ!

流石にあんな滅茶苦茶なペースで突っ込んだら、幾らキッドでも力尽きる……よな!?

 

107:名無しの馬券師 ID:waFa4BBCX

よし、来た! 来た! ディープとロブロイとハーツ! 三頭纏めて末脚勝負に来た!

 

108:名無しの馬券師 ID:gsOytGOWC

届くのか、アレ……いや、距離は詰まってるけど……キッド、意外と粘ってね!?

 

109:名無しの馬券師 ID:wVd5EuXsa

うん、多分二の足発動してるけど、後ろ三頭の末脚が凄すぎる! 

 

110:名無しの馬券師 ID:nX7RWAwtY

っつーか、ありえん……坂で再加速してないか、キッド!?

 

111:名無しの馬券師 ID:JJYNLQ+kr

幾ら『二の足』があるったって、末脚のキレ自体はディープだ!

獲れ! 有馬獲っちまえ!

 

112:名無しの馬券師 ID:EQFDcuivQ

ロブロイ! ラストランだ! いけっ!

 

113:名無しの馬券師 ID:++y/+b5Ib

ハーツ! お前に晩飯代賭けてるんだ! 今度こそ来い、ハーツ!! 

 

114:名無しの馬券師 ID:1n+X14kNo

逃げ切れキッド! 俺ら農業科から逃げ切ったんだ!

食い荒らしたキャベツと大根の分、キッチリ逃げ切らねぇと承知しねぇぞこの畑ドロ!!

 

115:名無しの馬券師 ID:HThsD0TX8

うわあああああ、四頭もつれた!!

……すげぇレースだ……

 

116:名無しの馬券師 ID:3430zigXo

おいおいおいおい……時計が2分29秒4って……去年のロブロイ超えてるよ!

 

117:名無しの馬券師 ID:x2SfIpE5p

でも多分……ああ、やっぱりロブロイ、4着だ……

 

118:名無しの馬券師 ID:CvunHDgft

ラストランで、去年の自己ベストを更新してなお4位か……それだけ凄まじいレースだったって事なんだろうけど。

秋古馬三冠を引退……オペラオーを思い出したわ。

 

119:名無しの馬券師 ID:nSUMJwvla

っつーか……前の絡んだ4頭から、たっぷり3馬身以上引き離されてコスモバルクが入って来てるし……最後尾のマイソールサウンドなんか、もうヘロッヘロで5秒以上引き離されてるぞ?

 

120:名無しの馬券師 ID:LcaHlVhMP

すげぇな……全然結果が出ない……3分くらい経ってるから、レースの時間より長いぞ?

 

121:名無しの馬券師 ID:6QxCIM46L

>>118

今、気づいたんだけどさ……これでキッドが勝ったら、ロブロイから秋古馬三冠を『継承』したって事になるのかな?

 

122:名無しの馬券師 ID:j7F9M28XR

3歳馬が秋古馬三冠か……改めて聞くと滅茶苦茶だけど、達成できれば一応『三冠馬』をキッドは名乗れるわけか。

 

123:名無しの馬券師 ID:1n+X14kNo

『クラシック三冠』より貴重な『秋古馬三冠』、か。

……あの静舞の白いゴキブリが出世したなぁ……

 

124:名無しの馬券師 ID:8+lKGnazc

あ、三着が……ハーツ……って6センチ差!?

エアシャカールのダービーより際どいなオイ!?

 

125:名無しの馬券師 ID:mH+k0uiz9

世界一長い6センチだな……

 

126:名無しの馬券師 ID:WnXeuvjdE

って事は、ディープかキッドが今年の有馬の勝者、って事か……多分、どっちかは年度代表馬だろうなぁ。

 

127:名無しの馬券師 ID:BbMHUq1w6

それより、最優秀3歳牡馬、どうなるんだろう……

 

128:名無しの馬券師 ID:KSXfoA/Wm

二つともキッドじゃないの?

いくらディープがダービー馬だからって、獲ったG1の数自体はキッドが上だぜ?

 

129:名無しの馬券師 ID:b9/uJetIm

いや、レース内容も考えたら、ディープとは五分だろう?

そもそも、中山で1枠1番と最内有利で走ってるんだぞ、キッドは?

ここまで追い詰められてる時点で、実質負けじゃね?

 

130:名無しの馬券師 ID:3o4Yuj0I2

>>129

そもそも枠順自体が運なんだから、そこも含めて勝負だろう?

……っつか、枠順のクジ引いたの、あの豪運オーナーだぞ? 多分、今、日本でいちばん『持ってる』人だぞ。いやマジで。

 

131:名無しの馬券師 ID:SwHuUgvkL

っつか、マジで遅いな……まあ、6センチ以下の判定の攻防になってるって事なんだろうけど、もう10分も経ってるぞ?

 

132:名無しの馬券師 ID:qMh7wCXVg

うん、レース自体の何倍も判定に時間かけてるよな……

っつか『お手元の勝馬投票権はレースが確定するまで~』ってアナウンスが、なんか普段より強調されて流されているような……

 

133:名無しの馬券師 ID:qncCGbz+K

>>132

そりゃ、キッドの弟が先々週やらかした例のアレだろう……なんかまだ総額で5億だか10億だか、当たり馬券が換金されてないらしいぞ?

 

134:名無しの馬券師0 ID:e0gMFeIIs

>>133

あれな……捨てちゃったら、馬会総取りだもんな……というか、今日の中山だと朝日杯みたいな事が起こったら、パニックで大惨事になりかねないし。

 

135:名無しの馬券師 ID:Bcsr08Ju6

>>134

既に先々週の朝日杯で、ワシの懐は大変な事になりましたが何か?

 

136:名無しの馬券師 ID:JxhFkIWBJ

>>135

お爺ちゃん、自分でぶん投げたんでしょ?

 

137:名無しの馬券師 ID:Bxisme7Zp

っつか、マジで遅い……は……?

 

138:名無しの馬券師 ID:w3siE9f7G

え? 同着……? 

 

139:名無しの馬券師 ID:Cv/X2c3io

はあああああああああ?

 

140:名無しの馬券師 ID:UYgKdCGv/

G1の、それも有馬記念で、レコード同着とか……伝説を超えて神話作りやがった、あの二頭。

 

141:名無しの馬券師 ID:2g/UgDNZe

うわぁ……現場がヤバい報告受けてたから、今回は回避したけど、朝一からでも中山に行けば良かった。

 

142:名無しの馬券師 ID:SmKvIMcP7

え、この場合、払い戻しどうなるんだ?

単勝がディープとキッドで、馬連はキッド、ディープ、ハーツって感じなのか?

……ほぼ同格の一番二番人気で、更にハーツの分も?

確か、馬会のテラ銭が25%前後で、その分は馬会のアガリだったハズだけど……コレ当選者が一斉に換金したら大変な事になるんじゃね?

 

143:名無しの馬券師 ID:0GsUFt/k0

>>142

わはははは、馬会銀行、弟のお陰で大黒だったのが、一気に有馬で真っ赤になったな、これwww

……っつか、マジで同着なんて誰も想定しなかったんだろうなぁ……

 

144:名無しの馬券師 ID:YmvMV51n/

いやぁ……良いレース見たわ……これはナマで見たかった……惜しい事したな。

 

145:名無しの馬券師 ID:sH/P/ngKw

まあ、レース前は『世紀の一戦』って言われていたのが、ふたを開けたら『世紀の凡戦』だったレースなんて山ほどあるから、>>82や>>144の判断自体は間違いじゃないよ。

実際、ディープやキッドのレースって結果だけ見れば『蹂躙』そのものだから、『勝負』として見るなら退屈だったりするレースがあるのも事実だしな……

 

146:名無しの馬券師 ID:F76gLRumE

ワイ、ロブロイファンなんだけど……よう、頑張った、頑張ってくれたと言いたい。

キッドにも、ロブロイにも……秋古馬三冠が無事に継承された瞬間に居合わせただけでも幸せだ。

 

147:名無しの馬券師 ID:klP8+fX4I

あ、そうか! キッドは秋古馬三冠なんだ!

まあ、制度が制定されてから、初年度のオペラオーに始まって5年で3頭も出てるから、正規の『クラシック三冠』よりは格が落ちるかもしれないけど……それでも『三冠馬』の称号を使う事が間違いじゃなくなるんだな。

 

148:名無しの馬券師 ID:dqEC9eccL

>>147

いや、ある意味クラシック三冠より日程はハードだよ!?

っつか、それを3歳で成し遂げたキッドも、それと同等の力量を示したディープも、両方バケモンだよ!

 

149:名無しの馬券師 ID:klP8+fX4I

>>148

いや、希少性の問題よ?

凄いは凄いけど、このペースで行くと、将来的に2、3年に一頭くらいのペースで秋古馬三冠が量産されていくんじゃないかな、と予想してるだけ。

幾らキッドが化け物だからって、将来的にキッドを超える馬が出ないとも限らないワケだし……案外、静舞農業高校から、またG1馬が出て来てもおかしくないかと。

 

150:名無しの馬券師 ID:1n+X14kNo

>>149

静舞農業高校の農業科で、キッドと同期のOBとして言わせて頂きたい。

あんなUMAが生産学科からワラワラ湧いて来られてたまるものか!!

幼駒の頃の奴のせいで、ダメになったキャベツや大根がどんだけ出た事か。

 

151:名無しの馬券師 ID:LnzLCy8bT

>>149

すまない、馬に関わる人間として言わせて欲しい。

古馬王道を皆勤するだけでも凄い事なのに、更に日程の狭い古馬三冠って、相当だぞ?

冗談抜きに、オペラオーやロブロイやキッドが化け物だからね?

……っていうか>>150、キャベツ食ったんか、キッド!!? よく腹壊さなかったな……

 

152:名無しの馬券師 ID:1n+X14kNo

>>151

生産学科の先生曰く。

キッドに関しては『エイリアンの消化器官』って言ってたよ。

何喰ってもピンピンしてるし、牛豚用のロールサイレージも勝手に食ったりしてたし……

 

153:名無しの馬券師 ID:M+1FmATsx

考えてみると、美浦の水をがぶがぶ飲むどころか、プールで泳いであれだけの結果を出してるんだよな、キッド……

西高東低の原因の一つって言われてる『水問題』も苦にしないあたり、相当な悪食なんだろうな……

 

154:名無しの馬券師 ID:k3vXKVHw2

>>153

水問題って何?

そんな差とか出るの?

 

155:名無しの馬券師 ID:bZfjNoBFR

>>154

栗東は滋賀の山の中だから綺麗な水を簡単に確保できるんだけど、美浦はいろんな川の水が最終的に集まる霞ケ浦が近くにあるから、底にヘドロが溜まって水が臭いんだよ。

実際、関西出張のために栗東に一時滞在した馬が、美浦に戻って水の不味さに気づいてストライキ起こし始めたとか聞いた事ある。

無論、トレセンや各厩舎は浄水器とか使って対応したりしてるんだけど……正直、俺も一度飲んだけど、素の水道水があれだけ不味いと思ったのは、設備が古い頃の金町浄水場の水を飲んだ時以来だった。

 

156:名無しの馬券師 ID:uaVIXf7Ft

ああ、最近、都内の水道水も、普通に浄水器無しで飲めるようになったよね。

酷い所はまだ酷いけど、それでも大分マシになったしなぁ……昔は浄水器屋が大繁盛してたから、訪問販売の浄水器売りがよく下町を徘徊してたよ。

 

157:名無しの馬券師 ID:bsBJoMPqn

なんだろう……そう考えると、美浦で結果出してるロブロイとかキッドとか、スゲェよなぁ……

設備や立地のハンデがあっても、あれだけの結果を出しているってあたり、調教師の技量が凄いんだろうな、としか……

 

158:名無しの馬券師 ID:meTEfeUPz

ぶふぉぉぉぉっwwwwwwwwww

 

159:名無しの馬券師 ID:70c/WN5Ui

わはははははははは!!!!! 

 

160:名無しの馬券師 ID:EO/i3puni

あはははは、キッドの奴、やりゃあがったwww

パドックからずっとシリアスで凄いレースしてたのに、最後の最後でwww

 

161:名無しの馬券師 ID:4f39JEOT0

一気にお笑いの世界に……やっぱりキッドはキッドだったwwww

伝説から神話に至るレースを、セレモニーで一気にお笑いに引き戻しやがったwww

中山全部大爆笑だよwwwww

 

162:名無しの馬券師 ID:mvWaSPV6m

あ……ハゲ、倒れたwww

 




去年のように鳥インフルに怯えていたら、家族ほぼ全員、人間のA型インフル喰らいました。
41度の発熱って世界が回る……というか、熱が冷めてからも鼻水と咳は止まらずに、自覚なく脳が働かない事が多いっぽく。
単純作業なら兎も角、ゲームでプレイミス多発させ、執筆は進まない状態が続いてまして。

なお、そんな最中、鳥インフルも出た模様(遠い目


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ウマ娘編……あるウマ娘の回想

個人的に、ディープ世代の馬で、一番気になる馬がモデルです。


『一族の悲願だ。ダービーを取って来い』

 

 代々続く家系のウマ娘として生まれた者は、必ず一度は耳にする言葉。

 ダービーウマ娘。世代の頂点と言われる存在。

 シンボリ家やタニノ家を始め、多くの名家がその座を競い、求め、栄誉と栄冠を証明するために、府中のトレセン学園の門を潜る。

 無論、名家だけではない、地方からのし上がったオグリキャップ先輩や、イナリワン先輩のような、猛者も大勢居る。

 

 そんな中。

 そこそこの名家に生まれた私は、期待の神童として育てられ、中央のトレセン学園の門を潜った。

 そして、トレーナーも決まり、福島の競バ馬でジュニア級のメイクデビューを迎え……

 

「あひゃひゃひゃひゃひゃ♪」

「そこの新入生!! パドックで遊ぶのはやめなさい!!」

 

 パドックで客席に向かって変顔してた、片眼鏡を掛けた芦毛のウマ娘が、緑色の服を着て帽子をかぶったスタッフ……たづなさんに追い回され、注意を受けていた。

 

 ……まあ、全国からウマ娘が集まって来るのだ。中にはああいうアホも居るのだろう。

 ただ、ああいうトレセン学園を舐めたバカは早々に消えるハズで、だから少しの辛抱だ。

 そう、思っていた……

 

 

 

 ばかな、ばかな、ばかな、ばかな、ばかな。

 ありえない、ありえない、ありえない、ありえない。

 

「よぉ♪ イイ末脚だったな、お前♪ ……マジ追いつかれるかと思ったぜ」

「っ……ど、どう、も……」

 

 メイクデビューのウイニングライブで……私は『あのバカ』のバックを務める事になった。

 油断していた、と言えばそれまでかもしれない。

 だが……ヤツは『タダのバカでは無かった』事が、一番の敗因だった。

 道化を装った大逃げ。

 しかしその実力は、まぎれもなく『本物』だ。

 

 ……これが……中央……!!

 

 ライブでバックを務めながら、私はその目線を今日の勝者へと向けていた。

 

 

 

「トレーナー。大逃げに勝つには、どうしたらいいのでしょうか?」

 

 その後。

 ジュニア級のレースで順調に勝利を重ね……G1朝日杯への出場か確定したその日。

 私はトレーナーに問いかけた。

 

「バーネットキッド、か。

 色々とフザケたウマ娘だが、実力は本物だからな……それに、サイクロンティーも居る。

 二人で潰し合いをしてくれれば御の字なんだが……問題は、二人とも1600(マイル)程度で潰れるようなスタミナをしていない事だな。

 レースは確実に高速展開になるだろう」

「そうなりますよねぇ」

 

 あの二人が『札幌ジュニアステークス』で見せた、正に『狂走劇』と呼ぶに相応しい、爆逃げレースを見て、唖然としなかった同期のウマ娘はいない。

 そして、勝負はジュニア級の頂点の一つ。朝日杯。

 

「勝負のポイントはここ、終盤からのスパートに賭けるしかない。

 序盤はじっくり後方待機でスタミナを温存しながら、中盤にかけてポジションを上げて行け。

 高速展開で確実にバラけるから、集団内に囲まれる事は想定しなくていい」

「はい」

 

 ただ、機械的に答える私に、トレーナーが察したように

 

「焦る気持ちは解る。大逃げ相手に負けた時の『何もできなかった無力感』っていうのは、大きいからな。

 だが、逃げウマ娘にとって、一番の恐怖は4コーナーを曲がってからなんだ。彼女たちとは『勝負どころが違う』。それだけだ。

 君は無力なんかじゃないよ」

「『勝負所が違う』っていうのは、分かるんです。

 でもアレは……アレは多分……『私なんか眼中に無いんじゃないかな』って」

「?」

「だって……『アレは何とレースをしているんだ!?』って逃げ方をするんですよ。

 駆け引きなんかじゃないんです。

 ただ『大逃げが一番速く走れるからそう走っているだけ』なんじゃないかって」

「大逃げをするウマ娘ってのは、得てしてそういうモノだよ。

 彼女らは君たちウマ娘の中でも、異端なんだ」

「異端、ですか?」

「だから、その逃げウマ娘をゴールまでに捕まえる事が出来れば、『異端』は『ただの変わり者』になる」

「……」

「見せつけてやりなさい。君の末脚を」

「はい! トレーナー!!」

 

 

 

 ゲートに入る。体勢を整える。

 ……相変わらずパドックでバカ騒ぎを起こして、たづなさんに怒られていたアホが一人いたが……まあ、いつもの事だ。

 

 だが……

 

「!!」

 

 ゲートの隙間から。

 一人を挟んで向こうに見えた『アイツ』の横顔は、ゾッとなる程に真剣で、一瞬、気圧される。

 

 ……本性見せたわね、この化け物!

 

『さあ、朝日杯フューチュリティステークス……今スタート!』

 

 ゲートが開いた瞬間。

 すっ飛ばして行くバーネットキッド、サイクロンティー。二人が駆け抜けていく後ろを、後続がついていく。

 縦長の陣形。

 個々人の実力や作戦のバラつき。

 そして何より……先頭を突っ走る二人が、一塊の乱戦になる事を許さない。

 

 ……予想通りの陣形と状況。

 即ち……作戦や駆け引きよりも、ウマ娘個々人の『能力』が問われる、まさに『風車の理論』の真っ向勝負の世界。

 

 上等! 舞台に不足なし! なら全力で追いついてみせる!!

 

「っ……てやあああああああああああああああ!!!!!」

 

 第四コーナーを越えて、最後の直線。

 真っ先に突っ込んでいた先頭の二人めがけて、温存した末脚の堰を切る!!

 10バ身? 20バ身?

 関係ない!

 

『ここで後方からすごい勢いでマイネルが抜けてきた! 中山の短い直線のデッドヒート!!』

 

「あああああああ!!!」

「くっ!! そおおおおおお!!」

 

 前を走っていたサイクロンティーを交わす!

 さあ、勝負……って!!?

 こんな……こんなに、直線って短かった!?

 いくら中山だって! あと少し、少しなのに!!

 

『だが先頭はバーネットキッド譲らない! 今、ゴール!!』

 

 だが、無情にも……彼女はゴール板を過ぎ去って。

 

『一着バーネットキッド!! 1分32秒9! とうとう32秒台が出ました文句なしのレコードタイム!! 現在の記録を0.6秒も縮めて、32秒台の世界に踏み込んだ!! 二着争いは、僅かにマイネルワラント。サイクロンティーは三着に収まりましたが、こちらの二人とも本来ならレコードタイム!!

 凄まじいレースになりました今年のジュニア級朝日杯!!』

 

「ぁ……」

 

 無力感をかみしめながら。

 私は……ジュニア級最後のレースで、あの白い勝負服の背中を、また見つめる事になった。

 

 

 

 クラシック級になってから。

 私の身の回りには『壁』が増えた。

 

 弥生賞で見せつけられた、文字通り『桁の違う』末脚。

 小柄な体を目一杯使った、驚異的なキレとノビに、私は敗れた。

 

 その頃から、私にレッテルが張られる事になる。

 いわゆる、シルバー、ブロンズコレクター。

 良い所までは行く。だが勝ちきれない。

 ウイニングライブのステージは常にバックの誰かの一人。

 いい所まで行くのに……その前にある『壁』は、薄いようで、果てしなく大きかった。

 

 

 

「……はぁ……」

 

 実家からかかって来た電話の内容は、基本、私の身を案じるモノではあるが。

 言葉の端々の裏に『G1勝利は狙えそうか?』といった思いが、見え隠れしていた。

 ……まあ、名家に生まれたウマ娘にとって、『家』という枠組みはそんなモノである。

 

 とはいえ、『衝撃』と『怪盗』に挟まれたこの状況は……私も含め同期全てのウマ娘にとって、果てしなく厳しい。

 片や『逃げ差し』『溜め逃げ』まで使う、全てを翻弄する大逃げ。片や『飛翔』とまで語られる末脚。

 片方だけでも対処に困るのに、更に両方に備えて仕掛けねばならず……しかも『怪盗』のほうは、レース自体を加速させて『駆け引きそのものを潰しに来る』という悪辣さである。

 

「どうすればいいんでしょうか?」

「……うーん……」

 

 私の担当トレーナーも、腕を組んで考え込んだまま、答えを得られず。

 むしろ……

 

「……ダービーをあきらめて、安田記念の方に行く、とか」

「トレーナー!!」

「冗談だよ、冗談」

 

 などと誤魔化してはいるが。

 割と真剣に検討されている事を、私は知っている。

 というか……

 

「お前の所もか」

 

 などと、サイクロンティーに言われたあたり。

 同世代みんな、あの二人のせいで、とんでもない事になっていた。

 

 

 

「え? トレセン、辞めちゃうの?」

「うん……ヒシアマ寮長やトレーナーと相談して。

 父さんや母さんとも話をして、地方に行く事にしたの」

 

 中央トレセンに入学出来ても、そこで芽が出ずに地方のトレセンに移籍、もしくは、アイドルとしての道を断念し、一般的な高校、大学から就職する道を目指すウマ娘は、決して少なくは無い。

 むしろ、ウイニングライブを一度も踊れずに学園から去っていくウマ娘のほうが、総数から考えれば多いくらいだ。

 そして、今日、そんな道を選んだのは……同室であり、同じ『マイネル家』で親戚のウマ娘だった。

 

「頑張って。マイネル家であの二人を芝のターフで倒せるのは、君しか居ないから」

「う、うん……」

 

 安心させるために笑顔を作るも。

 内心、その笑顔は引きつっていた。

 

 倒す? あの二人を? レースで? どうやって?

 

 ……期待が。

 期待だけが、私の両肩に、降り積もっていった。

 

 

 

「よっ♪ ちょーっと聞きてぇ事があるんだけど、今、いいか?」

「え? 珍しいね。何?」

 

 ある日。

 図書室に向かう途中の学校の廊下で、バーネットキッドに声をかけられ、私は首を傾げた。

 

「弥生賞で、あの『衝撃』と走ったんだろ?

 同じ寮のよしみで、少し走った感想とか、レースの塩梅とか教えて欲しいんだけど」

「あんたの事だから、レースのビデオは見たんでしょ? アレが全てよ」

「まー、バケモンみたいな末脚は見たけどよ。

 正直、4コーナーから最後の直線に向けてのポジション取り自体は、お前の方が上手くやっていたじゃねぇか。

 だからこそ、なんかこう……ヤツに関しての情報とか無ぇかな、ってさ」

「おあいにく様。同じ皐月賞に出るライバルにあまり語れる事は無いわ」

「だよねぇ。うん、聞いた俺がバカだった。すまん、邪魔したな」

 

 そうして、『怪盗』は去っていくと。

 私は貸出期限の近い、借りた本を返しに図書室に向かい……

 

「すまない、ちょっといいか?」

「!?」

 

 借りた本を返して新しい本を借り。

 ついでに持ち出し不可の本を広げて読書に(いそ)しんでいると。

 今度は『衝撃』のほうが、私に声を掛けて来た。

 

「バーネットキッドに関して、少し知りたいんだ。

 私は栗東寮で、正直、美浦寮のウマ娘には不案内でね……君はデビュー戦から何度か彼女と一緒のレースを走った経験があるのだろう?

 少し、教えて欲しいんだが……いつも彼女は『ああ』なのか?」

「……同じことを、あなたに関して彼女に聞かれたから、同じ返事を返すわね。

 私も、皐月賞に、出走する、ウマ娘です」

「! ああ、そうか……そうだったな、済まない。邪魔をした」

 

 そう言って、彼女は去っていき。

 読書を続けられる精神状態じゃ無くなった私は、自室に戻り、同居人が居なくなったばかりの広い部屋で、悔しくて泣いた。

 

 二人揃って『眼中にすら無い』と?

 ……絶対に……レースで見返してやる!!

 

 

 

『本当にあの時、悔しくて。そう思ってました』

 

 ウマ娘の研究者として、白衣に身を包んだ彼女は、当時を振り返り、弊誌のインタビューにそう答えた。

 『怪盗』と『衝撃』の二強に翻弄された『あの世代』の中で、一部のファンからは、『シルバーコレクター』『ブロンズコレクター』として名の挙がる彼女だが。

 それでも『マイルCSを勝利した』立派なGⅠウマ娘だ。

 

『絶対に努力してレースで見返してやる、って。

 でも……研究者として色々とデータを分析すればするほど、今思えば、本当に無謀だったな、って。

 それにあの後、バーネットキッドの居ないダービーを走って……もう自分の距離と才能の限界が見えちゃったんです。

 そうしたらもう……『勝つためにはマイル路線に行くしかない』ってトレーナーの言葉を、素直に受け入れるしかなくて』

 

 ――失礼ですが、そこで一度『折れた』と?

 

『ええ。友人のサイクロンティーも、距離や走法こそ変えませんでしたがGⅡ、GⅢ路線主体に舵を切りましたし……彼女はキッドとよく併せで練習していたし、同じ逃げウマ娘だったから、より強さが分かっていたんじゃないかな。

 でもね……逃げた先で、なんとかGⅠウマ娘の栄冠は獲得したけれど、その時の『無理』が結構致命傷で。あとはもうシニア級の間は、体と相談しながら騙しだまし、って感じでした。だからドリームリーグ入りも断って、前々から興味があった研究者の道に進んだんです。

 それに、あそこは『本当の天才』だけが集まる世界ですから、私みたいな凡人には辛すぎますし。あと、マイネル家に対してGⅠ勝利という『義理』は果たしたんで、もう好きにさせてもらう事にしました』

 

 インタビュアーにそう答えた彼女の表情は、レースから遠ざかったウマ娘らしく、穏やかなモノだった。

 今、研究者として活躍している彼女だが、その研究成果は全国のトレセン学園のウマ娘にとって非常に有意義なモノも多く。引退したウマ娘としては『成功者』と言っていい。

 ただ……

 

『居るんですよね……『天才』って。ほんと、悔しいけど』

 

 インタビューの最後に、彼女が漏らした言葉には。

 どうしようもなく手の届かない……恐らくは『真の天才』への憧憬が籠っていた。

 




学園でモブレベルではなく『平均より上位』でも『圧倒的強者』に蓋をされてるウマ娘って、こんな葛藤を抱えていそうだな、と……なお、モデル馬の史実ルートよりも『少しだけ』成績は上振れしています。


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やべー事になった後始末のヤベー話 その1

連投、一話目です。


(一体、何が間違っていたのだ?)

 

 絶望的な状況で、TDSの現社長は、社長室で頭を抱えて溜息をついた。

 

 一つ、『彼』を擁護するならば。

 彼の『社長』という立場と視点からすれば『気が付いたら致命的な状態になっていた』としか言えない。

 何しろ、事の仔細の報告を受けた時点で、状況的に既にもう『手遅れ』、あるいは『詰み』の状態だったのだ。

 

 

 

 報道部の気鋭の若手ディレクター……しかも専務の息子が、独断専行で住居の不法侵入をし、窃盗まで含んだ警察沙汰になった。

 

 まあ、その辺は報道をやっていれば、ままある事である。

 『被害者に詫びを入れて、対価を払い、頭を下げれば済む話だ』。

 

 大体、スクープをモノにするためには、そんな取材対象に対していちいち細かい事を気にしていては、報道なんてやっていられない。

 そう判断したディレクターは、幾ばくかの金を包み、和解のために詫びに行き……門前払いを喰らった段階で、上司である報道部の部長の耳に入る事となる。

 

 その上司である報道部の部長も、最初は『素直に受け取っておけば』『ウチがわざわざ詫びに行ったのにばかなことを』『こんな下らない理由で争ったって損しか無いってのに』と、思って居たのだが。

 

 その報道部にスポーツ部の人間……小さいながらも競馬部門の担当者が怒鳴り込んで来る事になる。

 

『あんたら、オグリの騒動を知らんのか!? アレで競馬関係者がどんだけマスコミ全部に強硬な事になったと思ってる!』と。

 

 いや、相手は馬じゃなくて人間なんだ。

 大体、会話が通じるならウチのようなテレビと敵対する利益なんて無い。大した話じゃないんだ。

 

『お前らバカか!?

 競馬の馬主関係者なんて、それこそ局全体を札束で往復ビンタ出来る人間たちの集まりなんだぞ!?』

 

 いや、聞くところによると、馬主なり立てで、しかも学生馬主だろう?

 そんな深い伝手やコネがあるワケも無かろう? 大きく騒ぎ過ぎだ。

 

『あんたらは馬主の繋がりの強さを知らんのか!? ……もういい、話にならん』

 

 やがて……次に怒鳴り込んで来たのは、バラエティ部門の人間だった。

 曰く。

 

『なんとかしろ、報道部!

 あんたらのせいで、今、話題の馬と、その馬主に出演拒否されたんだぞ!

 お陰で裏番組の『志室動物園』に、ウチの『珍獣奇想天外』が視聴率食われちまってるんだ!! 10年以上続いたウチの看板バラエティ番組だぞ!?』

 

 知らんがな?

 大体、動物ネタなんてありふれた鉄板だろうが。

 お前らがあの馬に対抗できるネタ探してくりゃいいだけだろうがね?

 

『あんなキャラの立った動物、そうそう出て来ねぇよ! しかも競走馬だぞ!? あれはブレイクするぞ!』

 

 そんな『ブレイクの種』なんて、そこら中に転がってるだろうが?

 そのうち、いくつ芽が出て、芽が潰れたね? 最悪『潰せばいいじゃないか』。

 

 そう言って割り切った、些細な部局間のトラブルは。

 年を越え、バーネットキッドがレースで派手に勝ちあがって行くに連れて、だんだんと大きな摩擦となり。

 

『おい、ウチだけまた特オチだよ! どうしてくれるんだ!』

『報道部!! ディープ陣営にすらウチだけ取材拒否されたぞ!!』

『あの野郎のせいだ!!』

『ふっざけんじゃねー!! ウチだけ情報が回って来ねぇんだぞ!!』

 

 更に……

 

『は、スポンサー取り下げ!? 何か落ち度が……はあ、社長が馬主で!?

 ……あー、はい、分かりました。上に伝えておきます』

『え、協力できない!? ちょ、ちょっと待ってください、何か……ええ、はい』

『丸川の弁護団の方が? 少々お待ちください!!』

『アニメの放送局を変える!?

 そんな……視聴率はいいのに……え、丸川さんが?』

 

 千慮の一失は、局全体を揺るがす大騒ぎとなっていた。

 

 なまじ表沙汰に出来るような話では無いために、ネットの某巨大掲示板も酷い事になっており。

 更に、身内の裏切りとしか思えない赤裸々な情報までネットに流れ出す始末。

 

 その上、騒動の初期において専務が息子であるディレクターを、子飼いの部長を通じて庇って隠蔽した事が更なる事態の悪化を招き……最高責任者である社長の耳に入る頃には、既に手遅れの状態にまで燃え上がっていた。

 

「こ、こうなったらヤツのスキャンダルを握るんだ!

 そのうえで取引を持ち掛ければいい! 何か……何かあるだろう!?」

「そ、そう言われましても、普通に大学生だからとしか」

「大学生ならば酒の失敗なりなんなりあるだろう」

「彼は下戸だそうです!」

 

 元々、表裏の無い人間を焚きつける事は、政治家なり企業なりに行ってはいても。

 そういう情報操作は、たとえ大手テレビ局でも一社単独で行うのではなく、違和感を抱かせないために、原則として複数の局と協調して行うのが普通である。

 

 その頃には、既に『やらかした事』が当然のように他局にも流れており……まあ、『積極的に擁護しよう』という局は皆無だった。

 むしろ、報道として『お互い様なので触れていない』だけ御の字といった状態である。

 更に、広告代理店を通じて、スポンサーやCMの取り下げが相次いでいる危機的な状況だった。

 

「社長の私自身が、件の馬主様含めた各方面に、詫びを入れるしかあるまい」

 

 何しろ、前年のハルウララから端を発し、オグリキャップの全盛期に匹敵する『第三次競馬ブーム』に世間が乗っている状態で、一局だけ取り残されているという致命的なまでに最悪な状況である。

 どうあったって放置はしておけない。

 

 とりあえず手土産として、件の専務とディレクターに処分を下そうとし……

 

『なんでワシが、あんなシャバ僧一人のために、息子と一緒に責任なんて取らねばならんのじゃーい!!』

 

 社内で、『内乱』とも呼べる事態に発展。大騒動となってしまう。

 

 一時は社長派を含めた人間が追放される寸前にまで行くが、常識的に考えて正義が無いのはこちら側で許しを請う立場であり。

 この期に及んで状況を理解できない件の専務が『社長』になんて就こうモノなら、ますますTDSという社……否、関連企業も含め『グループそのものが没落する』と、冷静に判断出来た人間が、株主である新聞社を含めた関係有力者にそれなりに居た事は僥倖であった。

 

 とはいえ、こんな騒動で貴重な時間はどんどんと空費して行き……

 

『同着!! 同着であります!!』

 

 最悪の状況は、最悪の形で結実する。

 

 クリスマスのその日。

 『志室動物園』の特番は速報値で35%超えの、近年まれにみる大台を叩き出し。

 その対抗として作られた『珍獣奇想天外』の特番は……ゴールデンタイムにおいて5%にも満たない数字を計上する事となる。

 

「……あ、あ、ああああああああ!!」

 

 無論、番組の現場を統括するディレクターだけではなく、司会者含めたタレントたちも、期待の星に取材拒否を喰らうという、この状況に『キレ』ており。

 問題が解決しないなら降板も考えている状況。

 

「ワシが!

 何故ワシが、こんな下らない事でクビにならねばならんのじゃ!!

 どんだけワシがこの社を引っ張って来たと思っておるんじゃ!」

「いい加減にしてください、『元』専務!

 関連子会社への左遷で済んでいるだけで温情判決なんです! 普通だったら息子と一緒にクビです! 大体、『ドコを敵に回した』と思っているんですか!」

 

 無論の事。

 

 この騒動の裏で、有力馬主や馬会からの『懸念』がTDSに伝えられているのは当然として。

 刑事、民事といった裁判沙汰の『表側』とは別に。

 被害者である蜂屋君当人すら知らない……『知る必要も無い』アレコレが動いていたりもするワケで。

 

『彼には、今のままのスタイルで馬主として居てもらうほうが、都合がいい』

『競馬や馬主に対してのイメージアップキャラとして、矢面に立ってもらおう』

『我々は立場上、気軽に表に出るワケには行かないが、今の競馬界の存続には彼とその愛馬が必要だ』

 

 そういった『表立って動けない方々』までもが大量に暗躍した結果。

 

 文字通りTDSはシャレにならない所まで追い詰められ……『TV局の終わりの始まり』として、後世に語られるネタの一つとして、色々とインターネットで取り沙汰される事となるのであった。




とりあえず、今年中はコレと次のお話で終わりです。


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やべー事になった後始末のヤベー話 その2

連投、二話目です。


「はえ?」

 

 気が付くと。

 とても見覚えのある……しかし、現在の私――新野由香里にとっては、非日常の場所となったリビングのソファーで、布団を掛けられて寝ていた。

 

「………………………しまった」

 

 確か……そう、タクシーで行先の住所を問われた時だ。

 反射的に、一人暮らしをしている三鷹の独身女性用のマンションではなく『実家』を指定してしまった事を、二日酔いの頭で朧げながらに思い出し、青ざめる。

 

「おはよう、一日遅れの酔いどれサンタクロースさん」

「お、おはようございます」

 

 階段を降りてリビングに来た母が、にこやかな……しかし、シッカリと怒気を伴った声で、娘に挨拶をする。

 

「しかし、一日遅れでやって来たにしては、プレゼントも無しというのは、頂けないわね」

「え、え、えーと……コレなんかでどうでしょう?」

 

 そう言うと、カバンの底からU字型の鉄の塊を取り出す。

 以前、一日分の締め切り延ばしの対価として、担当作家から巻き上げた一品。

 

「今、話題のバーネットキッドの、2005年ジャパンカップ使用済みの右後ろ脚の蹄鉄でございます」

「あらまあ……? 何処から手に入れたの、こんなお宝?」

「あー、いやー色々編集者という仕事は伝手がありまして」

「ふーん……そういえば、昨日の有馬記念は凄かったねぇ。特に最後のセレモニーが」

「あー、そうですね……」

 

 ふと。

 あの『中山大爆笑』で、自分も割と引綱を持って身近な位置で笑っていたのを思い出し……

 

「で……何処まで話は進んでいるのかしら?」

「な、何がでしょうか?」

「昨日、送ってくれたバーネットキッドの馬主の作家先生とイイ感じなんでしょう?

 なんでも秘書として毎回、競馬場に連れて来てもらってるそうじゃない? あの人が言ってたわよ?」

「……」

 

 しまった……迂闊だった。

 あのポンコツ親父が、わざわざ有馬に出向いたのって『コレ』の確認に来たワケか!?

 ……うーわーぁ……や、やってもうたぁ……

 

「そういえば、丸川じゃなくて……えーと、子会社の『雷撃』でしたっけ?

 入社してからずっと、そちらに出向中なんですってね? どうして教えてくれなかったの?」

「別に、丸川自体に籍はありますから、給料も変わりませんし。

 まあ……大学で学んだ『心理学概論、教育学概論、社会学概論』なんかの『児童福祉司関連の事柄』が必要とされる現場があったんです」

 

 『彼』の先代担当とその編集長が『これは手に負えん』『いい人材は居ないか』と、親会社である丸川の人事に泣きついた結果。

 就活の履歴書に書いた、児童文学への興味から派生して習得した『それら』が、彼らの目に留まり。

 

 正式な入社以前……それこそ大学4年の卒業前から『内定後、事前研修も兼ねて子会社に出向』という、ウルトラCを喰らって、今の私が居るのである。

 

 ……なので、どちらかというと、最初は編集者としてというより『児童福祉司』として面倒を見ていたというのが正直な所で。更に、編集者としては、先代担当の編集者が私の教育係も兼ねていた、という関係だった。

 まあ、PC関連に関しては私の方が強かったので、彼の静舞行きが決定して一年くらいで正式に担当編集を交代する事になったが。

 

「まあ、心配していたのよ。

 26にもなって、仕事だ何だってずっと机にかじりついて居たと思ったら……我が娘ながら『光源氏』とは、血が争えないのかしら?」

「人聞き悪い事言わないで!!

 ……というか、同類と思われたくないから!? 本当に嫌だから就職したんだから!!」

「あら、普通でしょ? 職場の誰それと結婚して、寿退社して家庭を持つなんて?」

「別に『家』は城一兄様の家に跡継ぎまで居るんだし、継信兄様だって家庭があるんだし。末娘の私の人生くらい、好きにさせてくれたっていいじゃない!」

「もう……クロワッサン症候群って知ってる?

 ちゃんと人生のパートナーを早いうちから捕まえておかないと、後々悲惨よ?」

「知ってるわよ、編集者なんだから。あの辺の商売文句の裏事情まで全部!」 

 

 まあ……正直な所。

 活字中毒者だと自覚している自分にとって、この編集という職業は天職に近いのではと自負しており。それを辞める気などサラサラ無いという事実である。

 

「まあいいわ。元旦の集まりには彼も連れてらっしゃいな」

「だから、そういう関係じゃないの!

 っていうか、裏事情も知らないで突っ込んで来られて、先生のトラウマがぶり返したら執筆止まりかねないから、偽装恋人してるだけで! 決して光源氏でも何でもないからね!」

「裏事情……ねぇ……どんな?」

「悪いけど。

 編集者として作家との職務上の守秘義務の範疇だから言えません」

 

 そう突っぱねたものの。

 

「そう……例えば……『彼の父の死後、何があったか』とか?」

 

 ぎょっとなって振り返る。

 ……うわ……探偵か興信所あたり使ったな?

 

「ちょっと、困るんだけど!?」

「彼の父の死後に『何か』揉めたそうね……で、『何があって、あなたは何をしたの?』」

「言えません!! 社会人として!! 人間として!!

 っていうか、作家と編集の信頼関係が壊れるから、絶対に無理に関わろうとしないで!!」

 

 と……携帯電話が鳴り始める。

 着信音からして、仕事用の連絡携帯だ。

 

「もしもし? はい、新野です。

 ……はい、針生先生の担当編集は私ですが……は? はい……はいぃ?」

 

 『やんごとなき御方を支える事務方から』という電話先の突拍子の無さに、一瞬、石化して携帯電話を取り落としそうになるものの。

 そこは何だかんだと現場で揉まれた編集者なダケに事務的な打ち合わせを無事に済ませ……

 

「あ、あ、あのトンチキ作家ーっ!!

 『連絡待ち状態だけど、年明けに何かあるかも』の一言だけで『肝心なトコ』をコッチに知らせないってどういう了見だーっ!!」

「落ち着きなさい由香里!

 何があったか知らないけど、せめてお風呂に入ってちゃんと服を整えてから出て行きなさい!」

 

 怒りの余り、頭から二日酔いが吹っ飛んだ勢いに任せて、どちゃくそ乱れまくって女性として終わった姿のまま家を出て行こうとする私を、必死に抑える母であった。




とりあえず伏線を少しずつ回収していく予定です。
良い御年を……


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(表)閑話ーー競馬新聞、及び、雑誌記事より抜粋。

クソ遅くなりましたが、あけましておめでとうございます。

例によって描きたい事が取っ散らかってしまったので、ザックリと表と裏に分けて二話連続投稿です。


1月×日……

 

去年の年度代表馬の発表が行われ、以下のように決定した。

 

 

年度代表馬:バーネットキッド

最優秀二歳牡馬:クアッドターボ

最優秀二歳牝馬:テイエムプリキュア

最優秀三歳牡馬:ディープインパクト

最優秀三歳牝馬:シーザリオ

最優秀四歳以上牡馬:ゼンノロブロイ

最優秀四歳以上牝馬:スイープトウショウ

最優秀父内国産馬:バーネットキッド

最優秀ダートホース:カネヒキリ

最優秀障害馬:テイエムドラゴン

 

ほぼ、妥当……とも言えるが『最優秀三歳牡馬』並びに『最優秀四歳以上牡馬』の選定に関しては、相当に紛糾したと関係者は語る。

 

まず、三歳牡馬に関しては、バーネットキッド、ディープインパクト。

この二頭によって完全に記者投票による得票が二分され、長時間の審議となった結果、ディープインパクトに決定した。

 

決定の理由として、バーネットキッドの3歳牡馬のクラシック戦線の早期離脱による、ダービー、菊花賞等の三冠路線放棄によって起こった、僅か2戦というクラシック戦における『比較対象』の少なさ。

更に、有馬記念におけるレコード同着という歴史的な決着から『実力差は無い』と判断された結果、今年度のダービー馬であるディープインパクトに決定した。

 

四歳以上牡馬に関しても、春天を勝利したスズカマンボが有力候補に挙がったものの、クラシック戦線から参入したバーネットキッドが、宝塚記念以降の古馬中長距離王道GⅠをほぼ蹂躙する形で勝利し続けた結果、得票対象が多岐に渡り、スズカマンボと僅差で今年引退したゼンノロブロイに決定する形となった。

 

この決定に対し、一部のファンから不満の声が上がったものの、バーネットキッドのオーナーである蜂屋源一氏は「妥当な判断でしょう。ディープなら仕方ない」と、落ち着いた態度で決定を受け入れていた。

 

(表彰式に現れた、蜂屋オーナーの写真)

 

なお、写真の『坊主頭に片眉落とし』という強烈な姿については、端的に『有馬記念で引綱を持っていたのにキッドの暴走を止めなかった、石河調教師へのお詫び』との事。

また、厩舎関係者は、ほぼ全員坊主頭にして、あの『大爆笑』に詫びを入れる事になったという。

『バーネットキッド旋風の影響』

 

去年の種牡馬成績が発表されたが。

注目は何と言っても、ノーザンキャップのSランキング10位。そしてツインターボのBMSランキングも同じく10位へと急上昇した。

 

そこで、主な……というより、直接の原因である、バーネットキッド&クアッドターボの2005年獲得賞金を見てみよう。

 

共同通信杯:4200万

皐月賞:1億3200万

宝塚記念:1億3500万

クアッドターボ新馬戦:700万

札幌記念:6600万

札幌2歳ステークス:3200万

天皇賞(秋):1億3500万

ジャパンカップ:2億5000万

朝日杯:6100万

有馬記念:1億2600万(ディープインパクトと同着なため一位二位の賞金総額合算からの分割)

 

合計:9億8600万

 

更に、獲得賞金に含まれてはいないモノの、父内国産馬での秋古馬三冠達成に対する2億のボーナスも追加されている……(後略)

『ヒシミラクルおじさんを超えた!? ジャパンカップ『謎の馬主』の正体とは?』

 

優勝賞金2億5千万。

2005年ジャパンカップの賞金額であるが、当日、もっと凄まじい出来事があったのをご存じだろうか?

 

2003年……単勝1222万円をヒシミラクルに賭け、2億円近い金額を当てた伝説の『ヒシミラクルおじさん』はつとに有名だが。

富豪の集まりで名高い馬主の世界では『単勝3億の賭け金から8億7千万を的中させた『馬主』が居る』というのだから驚きである。

 

これはJRAの歴代獲得賞金の中でもブッチギリの一位であり、恐らく、今後もコレを超える記録は出ないであろうと思われる。

 

その3億も、当日の第6レースあたりから、かなりの倍率変動が見られた事から、おそらく数百万単位で『転がした』結果だろうと推察されているものの『迷惑がかかるから』と馬主や関係者の口は堅く、この恐るべき『勝負師』の正体は、今の所分かっていない。

 

また、ジャパンカップを勝利したバーネットキッドの鞍上である石河大介騎手も『馬主の世界って、桁の違う勝負師も居るんだなぁ……びっくりしました』と答えている。

 

ヒシミラクルおじさんの存在は、馬券を買う我々に希望を与えてくれたものの。

やはり、馬主になるような人物は、勝負に対する『何か』を嗅ぎ取る嗅覚が、常人とは違うのだろうか……

『今年度のドバイ、招待馬はハーツクライに決まる』

 

毎年注目のドバイワールドカップだが、今年度の招待馬はハーツクライに決定。

注目のバーネットキッド、ディープインパクトの二頭は、共に国内路線を選ぶ事となった。

 

関係者の話では『二頭共にドバイへ』との話が有ったものの、石河厩舎がノウハウ不足で海外遠征に対応出来ない事により、国内路線が決定。

それに釣られる形で、井出江厩舎もディープインパクトの国内路線を発表したとの事。

 

一人の競馬ファンとして、海外であの二頭が競う姿も見てみたかっただけに、残念である。

 

なお、バーネットキッドは2月に開催のダイヤモンドS(GⅢ)を。ディープインパクトは3月に開催の阪神大賞典(GⅡ)をステップに、春の天皇賞に向けて調整を重ねると、双方の陣営が……(後略)




2005年度で、馬関係だけで20億円超えた年収になっちゃってますね、蜂屋君……
更に、作家業+αの他に遺産からの不労所得もボチボチあるので……

うん、こんな状況で狂わない人間って事は、やはり元から何かが狂っているに違いない(断言)


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(裏)ドバイに行けない本当の理由

二話連続投稿の二話目です。

話の時系列的に少し飛んでるので、後で整理するかもしれません。


「ドバイ……許可、出来ません!」

「オーナー!?」

 

 ちょくちょく他人と会合に使う、蕎麦屋の二階のお座敷の一室で。

 中東方面からのやんごとなき御方からのオファーを受けて、興奮気味な石河調教師(せんせい)の言葉に、俺は冷や水を浴びせる声音で答えた。

 

「石河調教師(せんせい)……聞くところによると、管理する厩舎の馬房枠が一気に8つも増えるそうですね? ソレに関しては大変おめでたい事だと思っています」

「それが何か?」

「なのに、岸本さんと野口さん、でしたっけ? 厩務員が今年、二人も辞める予定だとか?」

「いや、彼らは元から退職予定だった人員ですよ。増して野口は定年ですし」

「ええ。それは存じ上げています。

 失礼ですが、そもそも解散秒読み状態だった厩舎から、キッドやクアッドが凄い成績を出した結果、そこを免れた。それはいいんです。

 ただ、厩舎スタッフたちの中には、解散を見込んで既に移籍や転職の支度をしている状態の人間が何人も居て、それを引き留められない事態が起こり。

 更に、現場から人員不足で悲鳴が上がっている状況下で、人を増やす事も上手く行ってないとか?」

「ぐっ! そ、それは……」

 

 オグリキャップの競馬ブームも遥か昔。

 人手不足は何処の厩舎も頭の痛い問題である。

 

「たとえ主催者側の渡航費用の補助が有ったとしても、厩舎自体のスタッフが足りていない状況下で、OKは出せません」

「賢介や戸竹(ダケ)を筆頭に、キッドの分の遠征スタッフは確保しています!」

「そういう問題じゃありません!

 いいですか、石河の親父さん!

 ド素人の俺だって、競走馬の渡航に、どんだけ人手が必要かは知ってるつもりです!

 そんな中で、根本的な厩舎のスタッフ不足のしわ寄せは、ドコに行くんですか!? 俺が頭の上がらないエライ方々の馬も預かってるんでしょ!?

 更に、俺自身、そう長い事、馬主業が続けられるとは思っちゃいません! あくまで数年の短期予定のスポット馬主ですよ?

 そんな馬主の馬に『厩舎ごと全賭け』して、どーすんですか!?」

「それだけの結果出してるから賭けてるんです、私も!

 はっきり言います! 今後ウチの厩舎が10年続いたとしても、キッド以上の馬なんて出て来ません! 今がチャンスなんです!」

「『勝負師』としての理屈は重々分かりますが、厩舎を預かる『経営者』として考えてください!

 スタッフ不足の状況下で『キッド頼みの一本足打法』なんて、それこそ何のために馬房枠増やしてもらえたと思ってるんですか!?

 もう二年前みたいに『厩舎の解散賭けて馬会上層部と直談判』なんて、簡単に出来る立場じゃないのを自覚してくださいよ!」

「オーナー!」

 

 と……そこでようやっと気づいたらしい。

 

「……ああ、そうか! 賢介の奴か!

 あの野郎、厩舎の機密をなんだと思ってるんだ!」

「いい加減にしてください、親父さん!

 本来彼らだって、こんな事やりたくてやったワケじゃない!

 戸竹さん筆頭に、石河厩舎のスタッフ皆がヒィヒィ言ってるのに、一向に人手不足が解消されないから、賢介君通じてむしろ旗立てて俺に直訴しに来たんじゃないですか!

 『他の馬主なら兎も角、一蓮托生な俺ならばぜったい悪い事には成らないだろう』って! キッドを直接見てくれるスタッフが、この部外者を信じてくれたのなら、俺だってそれに応えるしかないでしょう!?」

「ぐ……」

「『どんな成績が振るわない馬だって、真面目に見てくれる』……そう信じたから、俺は親父さんにキッドを頼んだんですよ!? 忘れましたか!?」

「……………」

「海外行きは『スタッフ不足を解消して、厩舎の足元を固めてから』です。

 今の親父さんは……正直、有馬のセレモニーの時よりカッコ悪いですよ」

 

 言葉が無く、沈黙してしまった親父さん。

 ……いかんな……コレ。

 アラを指摘しただけで、解決方法も示せていないし。

 何より、親父さん自身へのフォローも必要だよな、これ?

 なので……

 

「わかりました。今回のドバイを見送る代わりに、凱旋門の登録をしましょう」

 

 とりあえず、分かりやすい前向きな話を振ってみる。

 

「!? お、オーナー!?」

「正直、俺だって海外でキッドを試してみたいですよ……ドバイの遠征補助は魅力的ですし」

 

 大ウソである。

 本当はドエライ方々との遭遇なんて、日本国内だって精神的にキッツいのに、海外方面なんて考えたくもない。

 だが……これも石河厩舎で働く友人と、親父さんたち。

 そう『みんなのための方便』だ。

 

「でもダメです。今はダメです。こんな、厩舎にむしろ旗が立ってる状況で、海外遠征なんて到底無理でしょう?

 だから半年です!

 半年後までに後顧の憂い無く、凱旋門に挑める厩舎体制を整えてください」

 

 凱旋門。

 日本競馬が背負った、宿痾とも呼ぶべき称号。

 正直、そんな宿命なんぞ、知ったこっちゃない個人馬主であるが……中央の馬主である以上『登録だけは』可能である。

 無論、勝てるかどーかなんて、完全に別問題な事は言うまでもない。

 なので……

 

「ただし、私が遠征費の自腹を切る事になる以上、条件があります。

 春天か宝塚、どちらかで勝つ事、これが絶対条件です!」

「!?」

「登録だけはしますが、勝てる見込みが無ければキャンセルです。

 ……正直、税金とか滅茶苦茶もっていかれてて、無理に行くならば予備費に手を付けないといけなくなりそうなので……春天か宝塚の賞金を当て込む形で行こうかと思ってます」

「失礼ですが、あのジャパンカップの単勝転がしの賞金は?」

「半分近く持って行かれて、残り半分を予定納税とか色々ほざかれて、四苦八苦していますが何か?」

「……ああ……」

 

 そういえば、石河厩舎もキッドやクアッドの賞金で大きく稼いで、2005年の最多賞金獲得調教師に至っているために、ひとしきり大騒ぎにはなっているらしく、税理士さんと頭を抱え合っているとか。

 

 まっ、アレだ。

 クラシック登録だって、トータルで一次登録、二次登録併せて1レース4万くらいだったし、予約程度の登録くらいならその程度で何とかなるでしょ?

 これで調教師含めた、厩舎の人間全員が、前向きなやる気を持ってもらえるなら、費用対効果として安いモンである。

 

 

 

 そう思って居た俺は……凱旋門賞というのは、登録だけで80万以上、さらに取消料まで加えると合計で100万近く掛かる事を知って、盛大にジュースを吹き出す事になるのだが、それはまた後々の話である。




はい、そういうワケでドバイ回避で、春は国内路線ですね……秋以降のフラグを、順調に蜂屋君はおっ立てています。


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