クソザコ種族・呪われし鎧(リビングアーマー)で理不尽クソゲーを超絶攻略してみた【web版】 (へか帝)
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一章
開封の儀


生きているうちに、こんなゲームを遊んでみたい。
そんな一心で書き始めたVRMMOモノです。


『生まれた意味を教えて下さい』

 

 ……フルダイブして、一番最初に目に入るメッセージがこれか。

 やってくれるじゃないか、『Dead Man's Online』。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 没入型VR機が市場に流通してから約20年。

 度重なる改良を施され、家庭用として普及したのが15年前。

 様々な規制を突破し、初の完全VRゲームが海外で発売されたのが4年前。

 そして今日。とうとう日本の全ゲーマー待望の、初の国産没入型VRRPG『Dead Man's Online』が発売された。

 開発は"あの"トカマク社。

 

 そう、ハードな難易度とダークな世界観に加え、ケレン味が抜群に効いた爽快なアクションが評判のあの会社。

 トカマク社はことアクションゲームという方面においてはユーザーから絶対的な信頼を勝ち得ており、いったいいつになったら新作を出すんだと全世界のゲーマーから熱視線を注がれ続けていた。

 そのトカマク社が、満を持してのVRゲーム業界参入。

 しかも、初の国産没入型VRRPGで。

 開発決定を知らせると同時に放映されたPVは、トカマク社のロゴが映っただけで会場が爆発的な歓声に包まれた。

 

 放送されたPVの内容は中世の雰囲気を感じさせる石造りの街並みの世界で、甲冑を身に纏った勇士が剣と魔法を駆使して魔物に挑み栄誉を掴む。そんなハイファンタジーな世界観のものだった。

 まさしく誰もが求めるVRRPG、王道中の王道。ファンタジーの本懐。

 行ってしまえばありきたりな設定のゲームだった。

 

 ──開発がトカマク社だという点に目をつぶれば。

 

 "だってトカマク社だよ?"

 よく訓練されたゲーマーたちの心の声はこれに尽きる。あの会社の作るゲームの世界は、いつだって一癖も二癖もあった。

 だから待望の新作発表に歓声を上げながらも、内心に巻き起こる疑念を拭いきれずにいたのだ。

 果たしてあのトカマク社が、こんな癖の無いゲームを作るのか? みんなそう思っていた。俺だってその一人だ。

 

 ただ、そんな意見は少数派。

 トカマク社も新規のフォーマットに足を踏み入れるのに、奇をてらった作品をぶち込むリスクを嫌っただけだ、トカマク社だって堂々と王道を歩みたいときだってある。

 

 世間ではそんな考え方が多くを占めていた。

 

 ただし、あのひねくれ者のトカマク社を心底から信頼している者たちはそうは思わない。

 これは絶対に普通のファンタジーではない。『Dead Man's Online』という物々しいタイトルにしてもそうだ。

 何かが、絶対に何かが隠されているはず。

 疑り深い、所謂信者と呼ばれるような者たちがネットにアップされたプロモーションムービーを穴が開く程に何度も何度も視聴していくにうち──不穏な要素が見つかった。

 

 ……甲冑の指の数が五本ではない。

 そういえば、素顔はおろか肌を晒した人物が一人も登場していない。

 思い返してみれば、日差しの下で伸びる影が不自然な形状をしている。

 耳を澄まして聴いてみれば、剣戟の合間に不可解な水の音が混じっている。

 

 次々とまろび出てくる不安の種。

 マニアが見つけ出したこれらの要素は、インターネットを伝わってじわじわと広まっていく。

 やはり何か隠されている。あの会社が普通のゲームを作るはずがない。だってトカマク社だもん。

 徐々に高まっていくプレイヤーの異質な期待を、果たしてトカマク社は裏切らなかった。

 

 新報。プロデューサー自らゲーム概要を説明した動画が公開された。

 ゲーム紹介の第一声はこうだ。

 "プレイヤーは『人間』ではありません"

 

 プレイアブルなアバターとして羅列される人ならざる怪物たち。

 それを見てVRゲーマ―たちは度肝を抜かれた。なぜか。

 それは人外の操作が没入型VRゲームにおいて向こう十年は不可能とされる特異点だったからだ。

 

 没入型VRゲームにおける人外キャラの操作、というブレイクスルーが果たされた経緯だが、曰く野にいた変態技術者に望むだけの環境と時間と金を与えたら実現が叶ったらしい。

 人外の操作を可能とした技術者を変態と呼称したプロデューサーだったが、件の変態を見出し、それを可能とするだけの投資をしたトカマク社こそが最大の変態企業であることは言うまでもない。

 

 補足として、もちろん慣れ親しんだ人型のキャラクターももちろん作れる。

 世界の設定上純粋な人間は存在しないものの、いわゆる魔女や吸血鬼のような人と見分けの付かない種族をクリエイトすれば良いそうだ。

 

 説明動画で明かされた事実はそれのみではない。共に次々と開帳されていく新情報。

 月下の廃城。濃霧に覆われた峡谷。原始林の深奥へ伸びていく血痕。

 新たに公開されたいくつかのスクリーンショットを目にすれば、いい加減誰でも察する。

 トカマク社が俺たちに用意した舞台は、ただのファンタジーではない。

 

 "ダークファンタジー"だ。

 

「神様仏様トカマク社様、本当にありがとうございます……!」

 

 そして俺はその『Dead Man's Online』の販売抽選に当選し、幸運にも発売日からたった二週間後に入手することができた。

 数多の予約抽選に敗北して幾星霜。当選発表時刻を過ぎても一向に届かないメールに絶望したのも一度や二度ではない。

 そんな俺が奇跡的に当選したのは、知人の勤める個人経営のショップの店頭抽選。

 欲しいものはなんでもネット上で売り買いできる昨今だが、結局一番最後に大事なのは自分の足を動かすことだった。

 おかげさまで、縋るように近所の神社に毎日通い詰めて必死に祈りを捧げた日々も報われた。腹痛に苦しんでいる時以外であれほど敬虔に祈ったのは初めてだな。

 

 当選した瞬間はマジで一瞬だけ神の存在を確信した。

 

 もちろん神社には当選したあとも感謝の気持ちで通い続けている。おかげさまで神社まで散歩しにいくのが俺の毎日のルーティンだ。

 思わぬ副産物として、神社に参り過ぎるあまり気がついたら社務所の巫女さんと仲良くなっていた。

 当初は親の手術成功かなにかを祈っていると思われていたそうだ。

 必死すぎるだろ、俺。

 

 そんなこんなで、とうとう我が家にこの約束された神ゲーをお迎えすることができたのだ。

 梱包された箱には『有馬 祐』と、宛名欄に間違いなく俺の名が記されている。

 

 興奮を隠しきれぬまま震える手で開封の儀を執り行う。

 梱包を一段剥くごとにいちいち写真を撮るというアレだ。待望の新作ゲームを手に入れた暁には必ずこれをするのが俺の流儀だった。

 今すぐにゲームを遊びたいという一度きりの激情を抱えながらも、それを抑えつけ箱の外観を隅々まで観察するのがたまらない。

 

 そうやって丁寧に丁寧に箱を開いていけば、現れたのはゲームソフトではなく、小ぶりな冊子。

 

 

「説明書。まさか本当に実在したとはな……!」 

 

 本ゲームには時代錯誤な紙の説明書が同封されている。

 発売されたゲームがユーザーの手元に渡ってすぐ話題になった情報だ。

 もちろん事前に知識としては知っていたが、やはりこうやって実物を目にすると何とも言えない感動がある。

 

 チュートリアルさえ省かれていく昨今、紙媒体の説明書なんて化石も良いところ。

 嘘か真か、ゲームではなく説明書のみが単品で高値で取引されているとさえ聞いた。

 あたかもゲームの中の世界から飛び出してきたかのような古めかしい装丁や、年季の入った古紙の匂いを再現したそれは、製作陣の妄執的なこだわりを感じさせる。

 

 こんなご時世に少なくないコストを支払って説明書を作ったんだ。操作マニュアル以上の意味を持つことくらいすぐ分かる。

 これはゲームの説明書ではなく、世界の説明書。いかにもトカマク社がやりそうな、粋なやり方だ。

 テクノロジーの発展により異世界は空想ではなくなった。今や俺たちは没入型VR機器を通して、空想の世界の一員となることができる。

 こんな説明書まで添えられてしまえば、俺たちは空想と現実の境界を見失ってゲームに熱中してしまうこと請け合いだ。

 折り目を付けないように慎重にページをめくってみれば、ゲームのキャッチコピーが目に入る。

 

『生まれた意味を殺して探せ』

 

 人無き世界に、人ならざる異形が人の真似ごとをして暮らしている。

 異形の名は死徒。生きる"意味"を持たない死なずの怪物たち。

 虚ろな死徒たちには、たったひとつの悲願がある。

 それは"死"を迎えること。

 

 伝説に語られる"人"になれば、死を迎えられるという。

 今は亡き"人"はかつて生きており、故に死という特権を持っていた。

 嘘か真か、我々死徒は生まれた意味を知ったとき、人に生まれ変わるという。

 今こそ、生に祈りを。我ら再誕の時だ。

 

 ……うん。良い子のちびっこたちにはお見せできないバイオレンスなあらすじだ。だからこそたまらん!

 いかん、テンションが上がってきた……!

 

「ヒャア我慢できねぇ! 説明書は後だ、良いからゲーム始めっぞ!!」

 

 説明書のすぐ下にあったキューブ状のユニット──『Dead Man's Online』を手に取り、ヘッドギアの後頭部のスロットに挿入してそのまま頭に被る。

 

 

「水分補給良し! トイレ良し! タイマー良し! 救助センサー良し! ゲームスタート!」

 

 自慢じゃないが俺は開封の儀を完遂したことがない。どうせ今回も我慢できなくなるだろうと踏んで事前にヘッドギアを用意しておいたのさ!

 すぐさまヘッドギア起動条件のクリアを確認し、スイッチオン。

 身体が下へどぷんと沈む錯覚と同時に、俺の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

『生まれた意味を教えてください』

 

 ……フルダイブして、一番最初に目に入るメッセージがこれか。

 やってくれるじゃないか、『Dead Man's Online』。

 




ようするに私が例のあの会社のファンって話です

なろうの方も評価とかしてくれるとかなり助かります
よければぜひ
https://ncode.syosetu.com/n0611hl/


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生まれた意味を教えてください

買ったゲームのキャラクリ、早く本編遊びたくて謎の焦燥感ありますね。
一度きりのあの体験、好きです。


『生まれた意味を教えてください』

 

 まだ意識だけの状態だってのに、字面の圧力が凄まじいので思わず体を反らそうとしてしまった。

 

 突然このメッセージが出てきたときはすわ何事かと思ったが、どうやら早速キャラクタークリエイトの時間らしい。

 気を取り直して見てみれば、俺には操作キャラの素体がいくつかの選択肢として提示されていた。

 

 用意されているのは人型、獣型、蟲型などなど。思っていたより数が多い。初めに大雑把な方向性を決めるらしいが、この時点でかなりバリエーションが豊富だ。

 人外キャラを操作できるという斬新な要素を目玉にした以上、キャラクリの自由度で手を抜くはずもないか。

 だが、俺はこのゲームを人型で遊ぶと決めていた。

 

 そう、このゲームは人外も作れるというだけで、人型のキャラクターもちゃんと作れるのだ。

 誰も彼もが好き好んで怪物に生まれ変わりたいわけでもない。

 いや、興味がないと言えば嘘になる。

 公式がいかにキャラクリが自由なのかを喧伝するために、社員が制作したキャラクターのヴィジュアルを公開していたのだが、そこで見た三枚のスクリーンショットが想像を超える完成度の代物だったのだ。

 

 一枚目、右肩だけに純白の大翼を持つ七本腕の山羊頭の天使。

 一番手からして冒涜的な容姿だ。首から下の女体が妙に肉感的なあたりに製作者の度し難い性癖が見え隠れしている。

 矛盾した言葉になるが、スタンダードな異形だった。

 モンスターというよりかは、クリーチャーと表現したほうが的確だろうか。

 七本の腕には剣や杖、ボウガンなど多様な武器を装備しており、多腕のキャラが複数の武器を同時に身につけられることを示していた。

 

 二枚目、魔剣。

 なるほど自由とはそういうことかと納得させられる姿だ。 

 この剣が武器ではなくキャラクターだというのだから、これを操作できるゲームなど他にない。

 全身を使った攻撃はもちろん、きっと魔法による支援攻撃もできるのだろう。それどころか、ほかのプレイヤーに直接振り回してもらうこともできそうだ。斬新すぎる。

 わざわざこんなキャラを創るやつがいるのかとも思ったが、好きな外見の武器を創れるという意味でもあるわけで、需要はあるかもしれない。

 

 三枚目、トマト。

 どうやらトカマク社のスタッフの中にも馬鹿野郎が混ざっているらしい。

 げに恐ろしきは、トマトの周囲にトマトの名残がある刀剣が浮遊していること。スクショのみで詳細は一切明かされなかったものの、当然掲示板でかなり物議を醸した。

 こいつの存在によって、一部の特異な種族は何か固有魔法を行使できるのではと予想されている。

  

 自由という言葉にも限度があるだろというのが俺の初見の感想。特に三枚目。

 異形の操作可能を発表したころには作れてもスケルトンやスライム、ガーゴイル程度だろうという意見もあったが、トカマク社はそんな意見を僅か三枚のスクリーンショットによってぶち破った。

 このトカマク社員が制作したキャラクターたちは何らかの形でゲーム内に登場するらしい。詳しいところは伏せられたままだが、個人的にはトマトの立ち位置が気になるところではある。

 

 至難に思えるキャラ作成だが、実際はアバター作成の初心者であっても多種多様なプリセットが用意されているため、それらを駆使すれば容易にありとあらゆるクリーチャーが作れる。

 一枚目のスクショで半魔物の女性キャラを作れることが明らかになったため、掲示板等ではハーピーやアラクネ、ラミアといった俗にいう魔物娘を作ろうと息巻いている勢力も見受けられた。

 しかもこの勢力、どうやら規模が大きそうである。ゲームで遭遇することも多くなるだろう。

 閑話休題。

 

 俺が作ったキャラクターは、フルプレートアーマーの騎士。

 ひとりでに動く中身の無い鎧だ。所謂リビングアーマーというやつだった。

 

 鎧の外観に特筆すべきところはない。THE・鎧って感じの外観だ。

 上から下までねずみ色の金属製で、薄い金属板でも防御力を高めるために曲面の多い構造になっている。

 おしゃれな紋章の入ったサーコートとかはない。でもこれでいい。質素だからこそのかっこよさだってあるものだ。

 

 ちなみにわざわざリビングアーマーにした理由は、公式で初心者はこれがオススメって言っていたから。

 ……笑うな。俺は真面目なんだ。

 

 ゲームの遊び方は人それぞれ。俺がこのゲームに求めることは、怪物になって暴れる快感ではない。

 没入型VRRPGを楽しむことだ。

 だってファンタジーを攻略するのは、やっぱり騎士じゃないとな。

 

 ただこのリビングアーマーという種族、装備アイテムがそのまま自身のキャラクター外観となる都合で、この『Dead Man's Online』最大の売りである自在なキャラクリ要素をドブに捨てる行為だったりする。

 いわゆるデフォルトキャラというか、勇者の名前を『ああああ』に設定するような情緒の無さがあるわけで……。

 ……ええい、揺らぐな俺の決心よ! どうせゲームを始めてみれば周りのプレイヤーはゲテモノばかりだ、普通だって立派な個性になる!

 

 やっぱりもっとグロテスクな怪物のほうが……という俺の未練を断腸の思いで振り切り、キャラクターの作成を完了する。

 プレイヤーネームは『アリマ』に設定した。有馬、という自分の苗字をカタカナにしただけの安直な命名だ。

 でも俺は小さいころからゲームをするときはずっとこの名前にしてきた。

 ゲームのキャラに自分の名を直接つけることに恥ずかしさもあるが、一番感情移入できる愛着のある名前だった。

 そして。

 

「きたな。これが──」

 

 最後にもうひとつ。『Dead Man's Online』はキャラクタークリエイトの終わりに『最後のよすが』という要素を設定することができる。

 

 死んでも生きてもいない死徒たちがこの最後のよすがを忘れたとき、正気を失って見境なく暴れる『魔徒』と呼ばれる存在に堕ちる……というのが公式からの設定。

 ずばり自分の作成したキャラの、根幹の要素だとか。キャラクリの最後に加えるエッセンスのようなものだ。

 

 これは概念的なキーワード群からひとつだけ設定することができる。

 発売前の紹介では、『憧憬』『望郷』など異形の存在に与えるには妙に人間みのある語群が揃っていた。

 

 ここで選択したキーワードでなにがどう変わるのかは、現段階では完全に謎。まあ、自分の作ったキャラに相応しいものを選択するのが無難だろうな。

 俺がゲーム入手前に指をくわえながら眺めていた掲示板にはお淑やかで見た目麗しいシスターに『破壊』の二文字を与えると宣誓していたやつもいた。

 そういう風にあえて外観と真逆のコンセプトを選んでギャップを愉しむやり方もあるだろう。

 しかしなんだかステータスの伸び率に影響を与えそうな感があるが、本当にいいのだろうか。いや、件の聖女はそれが本望なのか?

 

 まあいい、ともかく今は俺のキャラだ。

 どうやらワードがランダムで一つだけ表示され、気に食わなかったら再ロールという方式らしい。

 今出ているワードは『怨嗟』。

 せっかくのナイトがそんなコンセプトで動いていたら嫌だよな。というわけで再ロール。

 

 今度は『忠誠』。悪くはないが、誰に仕えてるわけでもないしちょっとイメージがない。もう一度。

 次、『反逆』。反逆する騎士とか解釈違いなんで。

 次、『憤怒』。キレんな。

 次、『愛欲』。えっちなのはいけないと思います。

 次、『後悔』。……ちょっと待って、これ長引くやつだ。

 

 でもこういうのって後から変更できないんだよなぁ。 

 とっととゲームを始めたい気持ちもあるが、妥協するとあとで後悔するのが目に見えている。

 キャラクリに時間を掛けなかった分、こっちに時間を割くのも悪くないだろう。

 よし、納得いくまでやろう。

 

 

 ……と、いうわけで再ロールを繰り返すことしばらく。

 ネタに走ったキーワードからシリアスな過去を予感させるようなものまで色々あった。

 けれども、これしかないという自分が心の底から得心できるものになかなか出会えない。

 なまじ時間を掛けてしまったばっかりに、どんどん自分の中でハードルが上がっていくのだ。

 そもそも自分の中で答えが無いものなのに、妥協をしないという姿勢自体が間違っていたのも知れない。

 やるならせめて、あの掲示板の『破壊』を求める聖女のように明確なゴールを定めておくべきだった。

 ずっとやっていると、そんな風な後悔が脳裏をよぎり出す。

 どうせ詳細不明の謎要素だし、いい加減適当なやつでもいいか。なんて、そう思い始めてからかなり経っている。

 どうしても決めきれないのだ。

 そうやって、優柔不断に死んだ目で再ロールを繰り返し続け─

 

 『お前自身』。

 

 このキーワードが現れた。

 二字熟語というそれまでのルールを無視したこの言葉を目にしたとき、俺はなぜだかぞわりと悪寒が走った。

 現実世界との差異があるから正確な時間はわからないが、相当な時間再ロールを繰り返していたから、膨大な試行回数を重ねてレアなやつを引いたのかもしれない。

 ……これにしよう。そう思った。

 この言葉がどういう意味を持つのかはわからないが、今さら他で満足できる気もしない。

 俺は、迷いなく最終決定の操作を行った。

 

 俺が先ほど作成した、主の無い空虚な鎧の胸元へ『お前自身』という文字列が吸い込まれていく。 

 すると、茫然と立ち尽くすだけだった鎧が、初めて目覚めたように動き出す。

 首を下に向け、自分の手を興味深げに眺める。その次は足を上げてみたり、きょろきょろと辺りを見回したり。

 明らかな覚醒を迎えた甲冑とは対照に、俺の意識はだんだんと遠のいていく。

 キャラクリエイトが終わったんだ。

 これで、ゲームが始まるのだろう。

 

 『Dead Man's Online』が始まる。

 

 




わくわく


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帽子がトラウマになりそう

 ……始まったか? ゲーム。

 視界が真っ暗なままだ。参ったな、初期不良掴まされたかもしれん。

 

 そう思い、ゲーム終了のため身体の感覚を探ろうと身じろぎした途端、正面の暗闇がゆっくりと奥へ倒れていく。

 徐々に光が差し込んでくる。最後には、ドスン! という豪快な音と共に完全に視界が開けた。

 ……どうやら俺は、立てた石棺の中にいたようだ。これがこの世界に新たなキャラが生まれ落ちるときの演出らしい。

 

 視界が真っ白に染まる。突然の光に目が慣れていないからだ。

 明順応とか言うんだっけ? まあ、よくある演出だ。

 明滅する視界に慌てることなく、ゆっくりと石棺から身を乗り出す。

 

 ようやっと目が光に慣れたとき──外は空の見えない広場だった。

 床は暗緑色の石で、水に濡れて苔むしていた。どうやら俺は、石材で造られた建築物の中にいるようだ。

 

「ここが、初期スポーンのエリア……」

 

 きょろきょろと辺りを見回しながら、なんとなく円形広場の中央まで歩いてみる。

 特に目を引くのは壁面。俺が入っていたのと同じ石棺が、上から下まで所狭しと羅列されている。

 どれもこれもサイズがちぐはぐだ。小さすぎる石棺もあれば、馬鹿げたスケールの石棺もある。

 きっとクリエイトしたキャラとフィットするサイズの石棺からゲームが始まるのだろう。

 

 どこからともなくぴちょん、ぴちょんと断続的に水の滴る音がしていた。

 そこら中が水気を帯びているんだ。というかそもそも、こんな水浸しの遺跡なんてありえない。

 一度水没させて、そのあと水が一斉に引いたりでもしないとこんな空間は生まれない。

 これはダークファンタジーを謳ったこのゲームの中でしかありえない幻想的な風景の一つ。

 

 異質な空気感。閉塞的な雰囲気。僅かに香る湿った石の匂いが足元から立ち昇り、鼻腔をくすぐる。

 これが、ゲームの世界。

 

 そうだ。これが。

 これがVRRPGの醍醐味なんだ。

 ありえない世界。ありえない建築物。ありえないシチュエーション。それを現実と見境がつかないレベルで体感できる。

 技術の進歩は目覚ましい。科学には世界遺産にだってありえないような空想の世界を現実に変える力がある。

 そして、この『Dead Man's Online』は──きっとその世界を冒険できる。

 

 ──かつん。石畳を叩く音がした。

 初めて響いた、水以外の音。

 感傷に浸っていた意識を咄嗟に呼び戻し、慌てて音のした方を見る。

 そこには人影があった。

 

(突然現れたぞ。なんだこいつ……?)

 

 そいつは丈の長いコートに身を包んでいた。

 一番の特徴は頭に被った帽子。つばが肩幅よりも広い巨大なトップハットを被っていた。

 顔は首から口元まで布のマスクで覆い隠されており、表情を窺い知ることもできない。

 ゲーム開始直後だし、チュートリアルを教えてくれるNPCとかだろうか。

 楽観的な考えのまま、気さくに声の一つでも掛けようと一歩歩み寄った瞬間。

 

「──そうか。お前が」

 

 聴こえたのは怜悧な女の声。

 しわくちゃにヨレた帽子と革のマスクのスキマから僅かに覗く、黄金の眼光。

 

「見せてもらおう、お前の持つ力」 

 

 月のような瞳は、剣呑な光を帯びていた。

 

(──敵か!)

 

 帽子野郎が羽織っていた分厚いケープをはためかせ、右手を真横に突き出す。

 姿を現したのはカーブを描く大刃の曲刀。花緑青の刀身が流麗に煌めいている。

 

(明らかに試し斬りの雑魚って風情じゃねえ! クソ強そうだぞ、死にイベか!?)

 

 少なくとも量産型のモブ敵ではない。

 慌てて身構えたとき、初めて自分が右手に盾、左手に剣を装備していることに気づいた。

 盾は錆びついた薄い鉄板、剣だって刃こぼれしたナマクラだ。

 詳しい性能はわからんが、どうみても残念だ。期待はできないだろう。

 どこまで頼りにしていい? くそ、先にもっと細かい装備チェックしときゃ良かった!

 

「御託を並べるつもりは無い。好きなだけ抗え」

 

 後悔先に立たず、トップハットの女が地を這うほどの低い姿勢で駆け出す。

 馬鹿でかい帽子のせいで手足の挙動が見えない。

 敵に先手を譲る形になるが、裂くことに特化した曲刀ならこの薄い盾でも防ぎきれるはず。

 そう考え、腰を低く構えて利き手の盾を備えた。

 

 目前に迫る帽子女。かなりの速さだ、どのみち先手は取れなかっただろう、盾があって助かった。

 利き手に剣を持ち替えるか迷ったが、これは右手に盾で正解だったな。

 だが、潜り込むように間合いを詰めた帽子女が突如として身を翻す。軸足を入れ替えるのが見えた。

 

(ッこいつ!)

 

 狙いに気づくも反応が間に合わない。

 盾目掛けて足が槍のように突き出される。

 助走をつけて放たれた蹴撃だ。予期していたより遥かに強烈な衝撃を俺は堪えきれず、持っていた盾は後方へふっ飛ばされた。

 ヤバイ。

 曲刀が振り下ろされる前に咄嗟に懐に潜り込み、タックルで押し返す。

 こちとらヘヴィな全身金属製だオラぁ!

 

 全身の体重を乗せた突進で強引に突き飛ばし、すぐさま剣を斬り払い、切り下ろし、突き出す。

 だが、俺の拙い連撃を帽子野郎は余裕綽々にゆらゆら体を倒して躱していく。

 くそ、カスりもしねえ。体の使い方が上手い。煙でも斬ってるみてえだ。

 

 最後の突きを帽子女が倒れ込んで避けた拍子にぎゅるりと体を捻りこむのが見えた。

 何も考えず咄嗟に飛びのく。

 刹那、天を引っ掻くような信じられない角度の蹴りが俺の兜の顎を掠めた。

 直後にずい、と突き出される翡翠の曲刀。死に物狂いで横合いから殴って叩き返す。

 お互いダメージはない。仕切り直しだ。

 ただ、こっちは盾を失って一気に不利になった。

 

「……目が良い。それとも勘が良いのか?」

 

 何か喋っているが、正直攻撃を凌ぐのに必死で聞いている余裕がない。

 実力の格差が激しすぎる。ギリギリ勝負になっているように見えるが、多分向こうの手加減込みだ。

 

「どちらにせよ、想像以上」 

 

 ゲーム開始直後の初戦闘がまさかこんな一方的なものになるとは予想していなかった。

 ちっとも褒められている気がしない。もっとまともな世辞はないのか?

 

(こんなん初心者狩りだぜ? やっぱ負けイベントだろ……) 

 

 盾を持っていた右手は未だにびりびりと痺れている。没入型VRゲームにおいて痛覚はカットされているが、衝撃と麻痺によって部分的に再現されている。

 脳内麻薬が出て痛覚を感じない状態に近いだろう。

 だが、この緊張感は本物だ。

 

「……嬉しいよ。私は」 

 

 金月の瞳が再び俺を射抜く。言ってる意味も何を考えてるかもさっぱりわからんが、少なくとも最初に感じた敵意に翳りはない。

 一定時間生き残ったら敵対解除とかも期待したが、そんな甘い話はなさそうだ。

 くそ、例え負けイベだろうと俺は全力で抗うぞ。

 

「久しくなかった感覚だ。上出来だよ、お前」  

 

 手にあるのはボロっちい剣一本。さて、どこまで通用するかね。

 また帽子野郎が動き出す。右へ左へ、ジグザクと攪乱するようなストロークの大きい高速ステップ。

 向こうの方が移動性能が高い。俺はまた迎え撃つ形になるだろう。

 

 大きな右へのステップ。隠し持っていたナイフの投擲と同時に飛び込んできた。

 ナイフは空いた鎧の右腕で弾く。硬い鎧の体が頼もしい。

 

 飛び出したのは首を刈るようなハイキック。膝を落として躱す。続く曲刀の回転斬りの軌道を何とかボロの片手剣で逸らす。

 火花を散らして曲刀を受けた俺の剣は、次の瞬間バターのようにスライスされた。

 

(剣が弱ぇ! 向こうが強すぎるだけか!?)

 

 盾に続いて剣まで持っていかれた。いや、普通に剣でガードしたら貫通していたんだ、ポジティブに捉えよう。

 

(とにかく蹴りは勘弁!)

 

 全身を独楽のように回転させながらの蹴りと斬撃がこいつの土俵らしい。

 だからとにかく蹴りの勢いを活かせないようにと、自分から間合いを詰める。

 折れた刀身は使いにくい。だから裏拳のように振り抜いて柄の尻を叩きつけに行く。

 が、それより早く帽子野郎が足をコンパクトに畳んで軌道を変則させた。

 回し蹴りは真上から叩き落すような縦蹴りに化ける。

 

(やられた!)

 

 防げない。俺の首元に足が叩きつけられ、プレートアーマーが大きくひしゃげる。

 まるで自分の体に稲妻が落ちたかのような衝撃。自動車事故みてーな音したぞオイ!

 リビングアーマーは防具の耐久がそのままライフポイントだ。

 満タンだったライフから8割ほどごっそりと削れる。

 おかしいな、ゲーム開始時点で防御力が高いのも公式のおすすめポイントの一つだったのに。

 トカマク社さん、話が違うっすよ???

 

 いかん、ふざけてる場合じゃない。

 怯んでたたらを踏んでいるうちに次の攻撃が来る。

 

「選ばれたのがお前で良かった」

 

 だが俺の視界は既に巨大なトップハットで埋め尽くされていた。攻撃の予備動作が見えない。

 繰り出されたのは、全身を空中に投げ出した浴びせ蹴り。

 

(オワタ) 

  

 俺に見えたのは0になったライフバーと、バラバラに飛び散っていく鎧の体。

 ああ、リビングアーマーの死亡演出ってそんな感じなのね……。

 

 ……と、思いきや中々画面が暗転しない。どういうことだ?

 俺の視点は地べたを這っている。

 ああ、じゃああれだ。やっぱりこれ負けイベントで、イベントシーンが始まったんだな。

 

 俺の予想通り、死角から足音が近づいてくる。状況的に帽子女のもので間違いない。

 コツコツとブーツが石畳を叩く音が大きくなっていき、やがて俺の真後ろで止まった。

 

「私の名前はレシー。次に会えたら、君の名を聞かせてくれ」 

 

 あ。トドメ刺された。

 




格上の敵との戦闘中に褒められるやつすき


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こんなデスペナルティはいやだ

 目が覚めたとき、俺は大きな滝のある沢のほとりにいた。

 傍らには木でできた十字架の墓標がある。割り箸で作ったみたいな粗末なディテールだ。

 たぶんこれがリスポーン地点を示すオブジェクトなんだろう。

 

 辺りは六角形の石柱を寄せ集めたような造形の岩壁に囲まれており、崖の上には木々が見える。

 頭上はゲームを起動して以来初めての蒼天だった。

 さっきまでいたのが閉塞感のある遺跡内だっただけに、一層と爽快感を感じるロケーションだ。

 

 にしても、リスポーン地点はあの水に濡れた石棺の円形広間ではないらしい。

 思い返せば、あの場には外につながる道なども見当たらなかったしな。

 ひとつ気がかりなのは、あの帽子女との勝敗。

 

 俺は結局一撃も有効打を与えられなかったから勝機はさっぱりだが、ゲームが超絶得意な人なら勝てたのだろうか。

 ゲームからログアウトしたときにでも掲示板で聞いてみよう。案外勝利した猛者とかいるかもしれない。

 もう俺は再チャレンジできないっぽいから諦めるしかないが、ちょっと気になる。

 まあ、あの帽子女とは今後リベンジする機会があるだろう。最後にそれっぽいこと言い残していたし。

 

 そんなことより、今俺はもっとヤバイことに気が付いてしまった。

 ライフポイントだ。リスポーン直後なのに、一割も残っていない。

 ただ、心当たりはある。それを確かめるため、川の岸まで近づいて恐る恐る水面に自分の姿を映してみた。

 

「マ、マジか……」 

 

 こういうとき、合っていてほしくない予想ほどよく当たるものだ。

 目に入ったのは斜めにぱっくりと破断した兜。胴の鎧も無残なまでにひしゃげたまま。

 

「鎧ってデスポーンで直んないんだ……」

 

 身に覚えのない兜の方の傷は、トドメを刺すときにやられたんだろう。

 防具の状態がライフポイントに直結するリビングアーマーは、一度敗北を喫するとこういう目に合うらしい。

 え? トカマク社さんなんでこんなデスペナルティのあるクソ種族初心者におすすめしたんですか?

 

 もちろん片手剣は折れたまま。ステータスを確認すれば、攻撃力『2』という憎たらしい値が表示された。

 初期装備だった盾は当然のようにどこにも無い。当然だが、あの戦いでロストした判定になったようだ。

 思わず『詰み』の二文字が頭に浮かぶが、慌てて振り払う。

 早まるな。逆に考えろ。代わりの装備があればいいんだ、そしたら体力だって全快する。

 

 帽子女との戦闘で自分の体の勝手はなんとなく掴めた。

 リビングアーマーという種族は、言わば防具にだけ触れられる透明人間。手甲越しでないと剣も持てない。

 ゲーム的にどういう処理されてるかわからんが、身に着ける防具を一新すればHPも回復すると思う。

 ていうかこれ一応オンラインゲームのはずなんだけど全然他のプレイヤーが見当たらない。

 最初の街に行ったら人がいるかな? で、その最初の街ってどこよ。 装備の新調(HP回復)もそこでしたいんだけど。

 だめだ、全然情報がねえ。とにかくそこら辺ほっつき歩いて探索するしかなさそうだ。

 

 とはいえ周囲は切り立った崖ばかり。よじ登ってみようかとも考えたが、足元にはどこもかしこも丸みを帯びた岩がごろついている。

 しくじって落下したら受け身どころではなく、あっさりもう一回死ぬだろう。

 そしたら次はもっとHPが低下した状態でのスタートになるはず。さすがにそれは避けたいので、崖のぼりは無しの方向で考える。

 

 鎧の身で滝登りなんてもってのほか。だから必然的にこの川沿いに谷底を下っていくしかないわけだが、その前に。

 

「滝裏チェック!!」

 

 飛び石を渡って滝の裏を覗き込みに行く。

 こういうところには大概なにか隠されているもんだ。

 

「──ビンゴ」

 

 大当たり。滝の裏には洞穴が続いていた。

 躊躇うことなく、意気揚々と洞穴を突き進む。光源はないものの、多少薄暗い程度で視界不良にはならない。

 たぶんゲーム的に遊びやすいように配慮してあるんだろう。それかリビングアーマーという種族に暗視能力が備わっているか。

 現段階だと判別がつかないが、この辺は後々誰かとパーティを組んだら明らかになるだろうな。 

 

 さて、滝裏は軽い窪みがあって宝箱があるくらいを予想してたんだが、洞穴は想像以上に深い。

 こんな状況になって初めて自覚したのだが、この鎧の体は一歩歩くごとにカチャカチャと音が鳴ってしまう。

 死ぬほど隠密行動に向いていない種族だった。

 仕方がないので身を潜めるような真似は初めからしない。

 なにか怪物チックなのが飛び出して来たら、即反転して猛ダッシュして逃げるつもりだ。

 そんな心構えで蛇のようにうねる洞穴の奥へと進んでいくと、背後で反響する滝の音とは違う別の音が聴こえてきた。

 立ち止まり、耳を澄ませて音の正体を探る。

 

(金属音だ)

 

 キン、キン、キン。音は等間隔で規則正しく鳴っている。

 意を決して更に踏み込めば、洞窟の奥の曲がり角から橙色の光が漏れているのが見えた。何者かが火を使っている。

 炎の生み出す熱気がこちら側まで伝わってきていた。

 

「誰かいるのか?」

 

 返事はない。 

 俺はじれったくなって、今までの慎重さが嘘のようにずんずんと奥へ進み、その目で音の正体を確かめにいった。

 金属音は止まない。

 

(……これは予想外)

 

 果たして、曲がり角の先は作業場になっていた。

 暖色の光を放つ炉、水を張った木桶、几帳面に並べられた黒鉄の工具。

 鍛冶のための工房がそこにはあった。

 その中央では鍛冶師が赤熱した鉄棒にハンマーを一心不乱に振り下ろしている。

 鍛冶師は作業場に身を晒した俺を一瞥することさえしなかったが、逆に俺はその姿を見て息を呑んだ。

 

 なぜなら、そいつの顔が常人とかけ離れていたからだ。

 人ならざる青ざめた肌、赤い鉄を映したたった一つの巨大な瞳、結んだバンダナから飛び出る真白い髪。

 飛び散る火花から身を守るために作務衣のようなズボンと厚手の前掛けをしているが、上半身はその下にサラシを巻いたのみ。

 大変女性的で豊かな胸が側面から露出しており、青い肌の表面には熱気故か汗の粒が浮かんでいる。極めて刺激的な外観となっていた。

 スレ民に知れているのなら、スクショ祭り待ったなしだろうな、こりゃ。

 

 鉄の音は滝の音に掻き消されて聞こえなかったし、実質ノーヒント。

 さっそく隠し要素に遭遇できたらしい。

 この段階で鍛冶師と出会えたのはかなりの幸運だ。

 武器や盾、鎧を新調できるチャンスだ。馬鹿正直に川を下って探索していたら、折れた剣で探索するしかなかった。

 

「いきなりで悪いが、頼みが──」 

「話しかけないで。仕事の邪魔」 

 

 ちょっと待って。

 え? コミュニケーションむずくね?

 VRゲームのNPCが現実の人間と遜色のないレベルで人格を再現できる域までAIが発展したのはもはや常識。

 でも耳触りの良い柔らかな女声でこんな冷たくあしらわれると普通に傷つく。

 取り付く島もなく一蹴されてしまったが、生憎と俺はここで引き下がるわけにはいかない。

 かといって強引に会話を続けようとしたらきっと友好度が地に落ちる。適切な距離感を探らねば。

 

「いつ終わる?」

「日没と同時」

 

 よし、待とう。

 

 




ええ! 白髪単眼青肌不器用鍛冶娘を!?


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気難しいNPC

 鍛冶は本当に日没と同時に終わった。

 それまでの時間何をしていたかというと、壁に背中を預けてじっと鍛冶の見学だ。

 俺の鎧ボディは動くと物音が酷い。だから身じろぎ一つせず、インテリアのように過ごさせていただいた。

 鉄塊が一つの刀剣に生まれ変わっていく様を眺めるのは結構楽しくて、案外退屈しなかった。

 

「それで?」

 

 一つ目がじっとりとした視線で俺を睨みつける。

 瞳は薄桃色と群青色が混ざり合った、日没の東の空のような不思議な色をしていた。

 無口、無表情、無感情、ついでに声のトーンまで無抑揚。無い無い四拍子の使い手だ。

 やたらとエモーショナルな人間性をプッシュしてくるNPCが氾濫した昨今、まさかの真逆からのアプローチ。黎明期だってこんなに酷くない。

 こんな無機的な彼女からは、だからこそ不思議な人間味を感じる。この辺はトカマク社の技術の妙が光る。

 俺の希望的観測込みになるが、無愛想な口調と持ち前の無表情でキツく感じるだけで、本当に邪険にされているわけじゃないと思う。

 

「剣と鎧を修復してほしい」

 

 俺は彼女と話すのに無駄に言葉を飾らず、単刀直入に頼みを言うことを選んだ。

 初対面のときから、この一つ目の鍛冶娘からはストイックな職人らしさを感じていたのだ。

 だから美辞麗句を重ねておだてるような事をしても逆効果だと思った。 

 鍛冶娘の視線が、ゆっくりと俺の手にある折れた片手剣に移っていく。

 彼女は物言わず、剣を凝視されたままの時間が続いた。

 

「できない。その剣は死んでいる」

 

 悲報、俺の初期武器死刑宣告されるの巻。

 まあ攻撃力2しかないもんな。

 何かひとつ褒めるところがあるとするならば、へし折れた刀身の断面が美しいことくらいだな。完全にあの帽子女の実力ありきだけど。

 残念ながら、ここで俺の剣が復活というわけにはいかないようだ。

 

「あなたは」

「うん?」

「無様に負けた」

「えっ」

 

 グエーッ!? なんか急に精神攻撃されたんですけど!?

 くそ、完全に事実だから反論の余地がねえ。余計なことを口走ったら全部クソださい負け惜しみになっちまう。

 まあ鎧がこんなベッコベコにへこんでるんだから、俺が誰かにボロ負けしたことくらい分かるわな。

 その上で、切り落とされた刀身から俺が戦った相手との実力差を見抜いたのか。

 相手は鍛冶師だ。武器の具合ひとつ見るだけでも、独自の視点から多くの情報を得られるんだろう。

  

「使って」

「……いいのか?」 

 

 差し出されたのは、ついさっき完成したばかりの剣。

 鈍い銀色をした片手剣だ。刻印や装飾は一切ないが、いい剣に違いない。だって刀身が半ばで折れてないもん。

 

「失敗作」

「それでも、ありがたくもらっておこう」 

 

 いやガチでありがたい。

 たとえ失敗作とて、折れた剣の攻撃力2は超えているだろう。

 しかも折れてないからリーチも長い。

 こちとら全身デリケートなリビングアーマー。拳で殴って手甲が歪みでもしたら自傷ダメージだからな。

 健全な剣がどれほどありがたいことか。

 

「鎧も頼めるか」

「勝手に置いておけばいい。勝手に直す」

 

 大きな瞳を逸らして、ぶっきらぼうにそう言ってくれた。

 ふむ。可愛い。

 さてはこいつ天使だな?

 

「どうしてそこまでしてくれる?」

 

 率直な疑問だ。鍛冶師を見つけたときは喜んだが、実は俺はまだこの世界の通貨を持たない無一文。

 替えの剣や修復を頼むにも金銭を持たない以上、どうにか工面して出直す必要があると踏んでいた。

 ところが蓋を開けてみれば、なんと好意で対価もなく新品の剣の贈与に加えて鎧の修復まで請け負ってくれるというではないか。

 タダより怖いものはない。せめて理由くらいは知りたいものだ。

 そう問いを投げかけてみると、彼女は俺を凝視したまましばらく静止し、それからゆっくりと口を開いた。

 

「……生まれた意味。再誕に至る手段。死の在り処。みんなそれを探している」

 

 おお、初めて世界観に触れる言葉を聞いた。確かに説明書にもそんな感じのことが書いてあった。

 確かプレイヤーを含めたこの世界の住人みんながそれを求めているんだっけか。

 

「あなたもその一人」

「そうだ」

 

 迷わず首肯する。

 メタな話になるが、プレイヤーである以上そういうのを探すのが目的だからな。

 

「私は違う」

 

 いや一蹴するんかい。

 

「鉄さえ打てれば、それでいい」 

 

 まあまあ衝撃発言だぞ。でもそういえば、説明書には死徒は人間のような営みをしていると書いてあった。

 この世界の住人も全員が全員、死を求めて活動してるってわけじゃないのか。 

 中にはこんなストイックな気質のやつもいるんだな。

 しかも鍛冶という方面で、だ。

 

 リビングアーマーの俺にとって大変ありがたい人物とこんな序盤の内から邂逅できたのは、トカマク社の優しさなのか?

 難しいゲームは、だからこそ飴と鞭の加減が絶妙でなくてはならない。

 ただしその飴をノーヒントで滝の裏に隠すのはトカマク社ならではだ。

 うっかりスルーしてたらどうすんだ、マジで。

 ともかく、彼女との縁は大切にしようと思う。

 

「礼を言う。あんたと出会えて良かった」

「いらない。これしか能がない」

「俺に必要な存在だよ。なあ、名前は」

「エトナ」

「俺はアリマ。今後ともよろしく、エトナ」

「用が済んだら、とっとと出て行って」

 

 鍛冶娘あらため、エトナはぶっきらぼうにそう言い放った。

 親しみもクソもない言い草だが、俺が鎧の修復という回復手段を持たない現状、絶対に当分は世話になる。

 良い関係を築けたかはわからんが、敵対せずに済んで一安心といったところか。

 装備中の兜と胴鎧を外して炉の傍らに置く。

 今の俺は手甲と具足だけが浮遊している状態だ。

 ……この状態も強いんじゃね? と思ったが、防具を外してから体力の最大値がごっそり減っている。相応のデメリットはあるらしい。

 このままの姿で探索をするのは、まだやめておいた方がよさそうだ。

 

 エトナがどれくらいで修理してくれるかわからないし、区切りが良いからこの辺りで一度ログアウトしてしまおうか。

 どうせ掲示板で情報収集もしたいと思っていたところだ。




ちなみにエトナちゃんは会話の距離感をミスると鍛冶の邪魔という理由でぶち殺され二度と相手してもらえなくなります。
 
 


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情報収集(掲示板)

これは箸休めの掲示板回よ~


226:力こそ聖女

結局多腕キャラは使い物になりそうなのか?

 

227:道半ばの名無し

どうせダメだろ

最近始めた知り合いもキャラデリしてたぞ

 

228:道半ばの名無し

可能性は感じるんだが

 

229:道半ばの名無し

結局大して使わないで飾りになるってのが結論だったろ

動かせるからって活用できるわけじゃないし

 

230:道半ばの名無し

装備できる防具に制限掛かるのが終わってる

人型のメリットないじゃん

 

231:道半ばの名無し

店売り防具が使えないのに、種族特性で防御高いとかもないし

 

232:道半ばの名無し

大量に武器なんて持ってても持て余すだろ

 

233:力こそ聖女

発売前は強ビルド説濃厚だったんだけどなー

実際そんなもんか

 

234:骨

やっぱりスケルトンが最強って話

 

235:道半ばの名無し

うわでた

 

236:道半ばの名無し

誰かこの骨カスつまみ出せ

 

237:道半ばの名無し

コイツ一生スケルトンの布教しとるやん

 

238:道半ばの名無し

興味ない

 

239:骨

スケルトンはいいぞ

刺突攻撃に回避ボーナスが掛かる

 

240:道半ばの名無し

打撃に特攻もらって粉砕される骨カスとかどうでもいいです

 

241:道半ばの名無し

脆弱な骨カスに出る幕ないんで

 

242:道半ばの名無し

骨カスは弱点減らしてから出直してこい

 

243:力こそ聖女

結局異形型は少数派か

発売初期はけっこう見かけたんだが

 

244:道半ばの名無し

見るぶんには楽しいけどね

 

245:道半ばの名無し

自分ではやろうと思わん

大多数が作って満足して放置だよ

 

246:道半ばの名無し

いても魔物娘タイプだけだろ

連中、けっこう大きい派閥だし

 

247:道半ばの名無し

異形も過ぎると操作性がしんどくなってくる

ゲームどころじゃなくなるからな

 

248:道半ばの名無し

経験者は語る

 

249:道半ばの名無し

将来性はあるかもねー

その道を進むヤツがいるかはさておき

 

250:アリマ

話の流れ切って申し訳ないんだけど、最初の負けイベって勝てるの?

 

251:道半ばの名無し

は?

 

252:道半ばの名無し

初心者か? 負けイベなんてないが

 

253:道半ばの名無し

大鐘楼の貧相なゾンビの話か?

 

254:道半ばの名無し

あんなん負ける方がむずいだろ

 

255:アリマ

いやいや、俺キャラクリ終わってすぐ帽子被った女にぶち殺されたんだが

 

256:道半ばの名無し

what?

 

257:道半ばの名無し

だぁれ?

 

258:道半ばの名無し

始めて聞いた

 

259:力こそ聖女

>>255

他に特徴は?

 

260:道半ばの名無し

荒らしと違うんか?

 

261:アリマ

緑色の剣みたいなの持ってた

 

262:道半ばの名無し

情報ある?

 

263:道半ばの名無し

さっぱり

 

264:力こそ聖女

適当言ってんのかねー

判断しかねる

 

265:骨

>>261

お前、大鐘楼からゲーム始まってないだろ

 

266:道半ばの名無し

骨カスは黙ってろよ

 

267:道半ばの名無し

お前の出る幕ないっつってんだろ

 

268:道半ばの名無し

きえろ骨カス

 

269:アリマ

>>265

大鐘楼ってどこにあんの?

行ったことない

 

270:道半ばの名無し

あれ、マジで当たってる感じ?

やるじゃん骨カス

 

271:道半ばの名無し

お前らと違っておれは初めから骨カスのこと信用してたよ

 

272:骨

伏せて言うが、俺のスタート地点も大鐘楼じゃなかった

そういうケースもある

 

273:道半ばの名無し

流石っすね骨パイセン

 

274:道半ばの名無し

行ったことないもなにも、ゲームは大鐘楼から始まるんだよな……

その常識を覆す意見を持ってるなんてさすがっす骨パイセン

じゃあその情報さっさと提供しとけや骨カスがよ

 

275:力こそ聖女

気になるんだけど、負けイベ君の種族は?

 

276:道半ばの名無し

スタート地点変わるの都市伝説だと思ってた

 

277:アリマ

待って、俺これから先負けイベ君って呼ばれんの?

 

278:道半ばの名無し

そうだよ

 

279:道半ばの名無し

まあそうなるな

 

280:アリマ

つらすぎる

種族はリビングアーマー

 

281:道半ばの名無し

えっ

 

282:力こそ聖女

またまたw

……マジ?

 

283:道半ばの名無し

ほんとにリビングアーマーにしたんか?

 

284:アリマ

え、なんでそんな反応?

公式のおすすめ種族でしょ

 

285:道半ばの名無し

いやあれジョーク記事だけど

 

286:道半ばの名無し

エイプリルフールとかも真に受けちゃうタイプ?

 

287:道半ばの名無し

広報が快適に遊べなくなるから選ばないでって再三アナウンスしてたじゃん

 

288:道半ばの名無し

え? じゃあ負けイベ君って負けイベのあとどうなったの?

 

289:力こそ聖女

ひょっとして

 

290:アリマ

HPの上限値が1/8くらいしか残ってませんが何か?

初期武器へし折れて盾も紛失しましたけど???

291:道半ばの名無し

それ世間では詰みって言うんだよ

 

292:道半ばの名無し

ゲーム始めたてでしょ?

レアイベ引いたのかもしれないけどさ、悪いこと言わないからキャラ作り直しな?

 

293:骨

次の種族はスケルトンにするといい

お前もカルシウムになれ

 

294:アリマ

キャラも消さないし骨にもならねえよ!

俺はまだ詰んでないからな!

 

295:力こそ聖女

知ってる? リビングアーマーは回復魔法も回復アイテムも無効だよ

 

296:道半ばの名無し

初日の悪ふざけ組と、あとお前と同じ勘違い勢からの報告で判明してるんですわ

 

297:道半ばの名無し

ゲーム進行不可になってみんなデータ削除したけどな

 

298:道半ばの名無し

そら広報担当が念入りにやめとけってプッシュしますわな

 

299:道半ばの名無し

あの"弱い種族をあたかも強そうに紹介"というネタ記事を真に受けるやつがいるなんて……

 

300:道半ばの名無し

ちょっとスベってたしな、アレ

 

301:アリマ

いや俺は諦めない

行ける所まで行くからな

 

302:骨

詰んだら相談しろよ

オススメのスケルトンビルド紹介してやるから

 

303:道半ばの名無し

攻略wiki、スケルトンの項目だけ妙に内容充実しててキモいんだよな……

 

 




なろうのほうでジャンル別ランキング一位になってたよ
みんな応援してくれてありがとね

せっかくだからもう一回リンクを置いちゃうぜ!
https://ncode.syosetu.com/n0611hl/


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装備修理

寝坊して投稿が1時間くらいズレました(小声)


「すげ、完全に元通りだ」

「造作もない」

 

 情報収集もそこそこに再ログインしてみると、無残に歪んでいた俺の鎧は新品同然に修復されていた。 

 エトナはとっくに作業を終えており、金槌を置いて今度は大きな刃を砥石で研いでいた。形状から見て斧の頭の部分だろう。

 鉄を叩いていた時と異なりバンダナは解いてあり、白い髪が露わになっていた。

 

 ゲームとリアルでは経過時間が違う。ゲーム側の方が密度が濃い。

 この仕様を上手く利用できたみたいで、防具の修復を待たずにすぐゲームを再開できた。

 とはいえ、どれくらい時間が掛かるのかはそのうち調査しておきたいな。

 リビングアーマーという種族の都合上、かなり重要度の高い情報だ。

 しかし、今はそれよりも直してもらった防具の具合が気になる。

 

「まるで時間が巻き戻ったみたいだな」

 

 鎧と兜を装備しながら調子を確かめていたが、修理は完璧だった。

 

「当然。まだ生きていたから」

「武具に生き死にってあるのか?」

「ある」

 

 そういえば初めに俺の折れた剣を見たとき、エトナは俺の剣に死亡宣告をしていたっけ。

 でもぱっくりと亀裂が入った兜は大丈夫だったんだよな。判断基準がさっぱりわからん。

 

「死んだ武具は役目を果たせない」

「役目ってなんだ」

「多岐に渡る。剣であれば、攻める力」

 

 エトナはこちらに見向きもせず、斧の刃先の研ぎ具合を確かながらそう言った。

 思い返せば、折れた剣の攻撃力が2まで激減したのがそれに当たるのか。

 じゃあ防具が死んだら防御力を貫通してHPが減るとかになりそうだな。

 まあリビングアーマーは常時鎧で防御してもHPが減るんですけどね!

 

「私の打った武具は」

 

 エトナは俯いて刃を指で撫でながら、小さな声でつぶやいた。

 

「初めから死んでいる」 

 

 それは、諦観を抱えた声だった。

 思い当たり、貰った剣のステータスをチェックしてみる。

 攻撃力は2──ではなかった。予想が外れたな、20もある。

 俺の予想じゃ死んだ武器は全部攻撃力2になると思ってたんだが。

 この値は試し切りもまだなので高いか低いかはわからない。

 でも、死んでる割には高くないか?

 

「正確に言えば、生きてすらいない」 

「詳しく聞かせてくれ」

「命ある武器からは、力を汲み取って自らの身に降ろすことができる。それができない」

 

 ふむ。要するにメタく言い換えると武器自体にスキルがセットしてあるってことだな。

 そんでエトナからもらえる武器にそのスキルは備わってないと。

 まあゲーム開始してすぐ会える鍛冶屋なわけだし、それくらい妥当じゃないか?

  

「命なき刀剣は、既にそれだけでよい武器たりえない」

 

 それを言うエトナの表情は、心なしか悲しげだ。

 鍛冶一筋な彼女からしてみれば、打った武器に命を吹き込めないという事実はかなり重くのしかかってるんだろう。

 命のある武器を打つというのが、この世界における鍛冶師としての到達点なのかもしれない。

 俺の方で何かアクションしたら何か現状を変えられるのだろうか。

 このゲームなら、その可能性は高い。

 

「命ある武器を打てないのに、何か理由があるのか」

「わからない」

「特別な素材が必要な可能性は?」

「ゼロではない。でもありふれた剣から力を汲み取れることもある」

 

 ふむ。さっぱりわからん。現時点じゃどうしようもなさそうだな。

 聞いてる分にはレアドロップとかボス武器限定の機能っぽいが。

 このあたりは焦らなくてもゲームを進めていくうち必然的に遭遇する要素な気がするな。

 

「命ある武器とやらが手に入ったら持って来よう。何かわかるかもしれない」

「……」

 

 それを聞いたエトナの目は懐疑的だった。

 お前に何のメリットが? とでも言いたげだ。

 

「礼だよ。これからも世話になるつもりなんだ、これくらいはする」

「……そう」

 

 彼女の為になることなら何でもやっておきたいというのが本音だ。

 だって彼女、俺の命綱だもん。

 エトナに鎧を直してもらえなくなったら本当に終わりだぞ。

 ゲーム開始まもないが、確信を持ってそう言える。

 

「……でも、私は、鍛冶しか知らない」

「ん?」

 

 とかなんとか思っていたら、珍しくエトナがこちらを見ながらしずしずと喋り始めた。

 エトナの方から声を掛けてくれるとは、これまた珍しい。

 というかこれが初めてじゃないか?

 

「できるのは、ここで金槌を振るうことだけ」

「ああ。かなり助けられている」

 

 金槌を振るうだけなんて言ってるが、エトナは防具を修理してくれて、失敗作の武器までくれる。

 こんなにありがたい話はない。

 文句なんて言ったらバチが当たるね。

 これ以上望むもんなんてないだろう。

 

「……。私は、いま以上の仕事はできない」

「ふむ」

「貴方は戦人。やがて……貴方の役に立てなくなる」

 

 安定の口数の少なさだが、要するにエトナは今後も現状の失敗作続きの鍛冶練習と防具修理しかできないということか?

 近い将来より腕の立つ他の鍛冶師と懇ろになるのだから、わざわざエトナを鍛冶師として頼るのも今のうちだけ。

 どうせ未熟な鍛冶師なんてやがて切り捨てる存在なのだから、律儀に礼として俺がエトナの力となれるよう努力なんてする必要もないと。

 

「そうは思わん」

 

 今後より強い鎧やスペアの防具を入手したとしてもエトナとの付き合いはずっと続くはずだ。

 他の種族ならいざ知らず、リビングアーマーで防具の使い捨てなんてもっての他。

 こんな序盤に鍛冶師がいる以上、他の鍛冶師にまたすぐ会えるとも思えない。

 プレイヤーの中にも鍛冶職はいるのかもだが、俺の交友関係じゃ候補にできないし。

 

 というかもうアレだ、馴染みの美容院や床屋でしか髪を切りたくないというマインドに近い。

 最初に武器と鎧を預けたのがエトナだったから、これから先もエトナがいい。

 俺は割とこういう気持ちの問題を重視するほうなので、将来上位互換の鍛冶師と出会うようなことがあっても鍛冶仕事はエトナに頼みに行くと思う。

 たとえ非効率でも、自分の納得のために必要なことだ。 

 

「もう行くぜ。俺は街を目指す」

 

 自分から言い出しておいてなんだが、照れ臭さでいたたまれなくなったので俺はこの場を後にすることにした。

 

「また来る」

 

 背中にエトナの視線をひしひしと感じるが、気づかないフリだ。

 別に振り向いたところでこれ以上言いたいことなんて無いしな。

 去り際の戦士が鍛冶に掛ける言葉なんて『また来る』だけで十分だろ。

 

 うねる洞窟を抜けてまた滝のある沢まで戻る。

 ここから行く道は、川に沿って下るだけ。

 

 盾は失ったが、鎧は元に戻り、新たな剣も手に入った。

 ゲーム開始直後からひどい目にあったが、やっとまともな冒険ができそうだ。




だらだらと大層な能書き並べた口八丁で褒めそやされるより、たった一言『また来る』って言われるだけのが金槌を振るう手に力が籠るってもんですよ


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川の流れ

 川沿いに谷底を進んでいると、ふと前方からこちらに向かってくる何かが見えた。

 その正体は、地面をゴロゴロと転がりながら猛進してくるサイコロのような角ばった頭蓋骨。

 時おり地面に引っかかってバウンドするゴキゲンっぷりだ。

 

「試し切りの時間だな」 

 

 あからさまに敵。しかも帽子女のあとだからかなりスローに見える。

 回転しながら突進するのになんで立方体をチョイスしたんだこのガイコツは。

 砂利を散らしながらの突撃に合わせて剣を突き出す。

 

「いっちょ上がり」

 

 頭蓋骨の串刺しの完成。一撃だ。 

 いやでも、序盤だしこんなもんか。

 あの帽子女がイレギュラーだっただけかと思いながら、剣で刺したガイコツを眺める。

 倒したのに消えねぇ。

 こういうゲームじゃ普通、やられた敵はポリゴンのように散っていくもんじゃないのか。

 ──なんて思っていたら、頭蓋骨がカタカタと震えだす。

 内部から眩い光が漏れていた。

 

「っ自爆──!?」

 

 慌てて剣を振りぬき、突き刺した頭蓋骨を吹っ飛ばそうとするも間に合わず、頭蓋骨が一人でに爆砕。

 鋭い骨片が飛散し、ろくに身も守ることもできずに直撃してしまう。

 

「……大したダメージではない、か」

 

 が、HPの減少はほとんどなかった。

 装備している鎧の防御力の高さが幸いしたようだ。

 これがリビングアーマーじゃなくて鎧を装備している人ならノーダメージで済んだんだろうな……なんて思うと哀愁が漂うので、もう考えない。

 とにかくフルプレートアーマーの面目躍如だ。

 まさかいきなり自爆型の敵が出てくるとは思っていなかったが、最初の串刺しは対処として悪くないはず。

 次はもっとうまくやれる。

 決意を新たに変なバッドステータスをもらってないかチェックをしていれば、また奥の方からゴロゴロと転がる音が聴こえてきた。

 新手だな。自爆するとわかっていれば怖くない。同じように串刺しにして経験値の肥やしにしてやろう。

 

「って多すぎやしねえか!?」

 

 地面を埋め尽くすような四角い髑髏の大群。

 いくら防御力に自信があるたってこの数はどうにもならねえ!

 ひょっとしてさっきの自爆に味方を呼ぶような作用もあったのか?

 爆発する前に追撃して息の根を止めるのが正しい答えだったかもしれん。

 いや初見でそこまで対処できねえよ。

 

 くそ、逃げるべきかとも思ったが、後ろは袋小路。

 もしも滝裏の洞窟まで逃げても、万が一この量の自爆ガイコツが追跡してきたらエトナを巻き込むことになる。

 そしたら最悪だ。

 NPCだから死なないなんて確証のない願望に掛ける気はない。

 だから──川に飛び込む!

 こうすりゃ地面を転がって移動する髑髏からは逃げられるはずだ。

 どうだ機転を利かせてやったぞと息巻いていると、鎧の隙間から空気が泡となって漏れ出し始めた。

 空気に代わり、川の水が鎧の内部へと流れこんでくる。

 あれれ? 体が思い通りに動かないぞう?

 

 失敗を悟るも、時すでに遅し。

 川の水流によって鎧の身体が流され始める。

 しかも想定より流れが速い。

 とにかく体勢を立て直そうと川底に剣を突き立て、体を引っ張り寄せようとして──剣が折れた。

 

(ナンデ!?)

 

 エトナにもらったばっかりの剣があっさりと逝ってしまわれた。

 髑髏を剣に差したまま自爆されたのがいけなかったのか。

 支えを失い身体が激流に流される。

 視界がぐるぐると回転し、天も地もわからなくなっていく。

 幸い呼吸には困らないが、流されながら体をぶつけるたびにゴリっとライフポイントが削れるのが見える。

 なんの抵抗もできないまま、これはもう一回デス入るかな……などと考えていると、急に体が浮遊感を覚えた。

 体が水中を脱した感覚。だというのに、この身は依然として急流に流されている。

 目を回しながらも何とか平衡感覚を取り戻し状況を確認。

 一瞬だけ映った景色を見て驚愕とともに理解した。

 

 一面の青空。白い雲。空に浮かぶ巨大な大地。

 

(俺がいたの空島だったのかよ!?)

 

 そして今、俺はその空島を流れる川を天空に放り出す滝から落ちている。

 そういうことらしい。

 

 幻想的な光景を目に、俺は死を受け入れた。

 

 

 

 ◆

 

 

「雑魚どもが、てめぇらとはカルシウムの質が違ぇんだよ!」

 

 地下墓地。

 そこでは一体のガイコツが無数の同じガイコツに囲まれていた。

 なだれ込むように殺到する骨の大群を、しかし中央のガイコツは次々と迎撃。容易く捌き切っていた。

 武器はない。骨の拳で以って襲い掛かるガイコツ共を打ち砕いているのだ。

 

「フン。軟弱な骨密度しやがって」 

 

 中央のガイコツがあたりのガイコツ達を片っ端から粉砕して回る。

 始めは襲われて迎撃していたガイコツも、いつしか襲い掛かる側へと立場が変わっていた。

 明らかにこの個体──否、プレイヤーだけが他の有象無象のガイコツよりも強力だった。

 

「やはりスケルトンの真髄はカルシウムにある。特化するのでなければ、目先の高い魔法適正に飛びつくべきではない」

 

 wikiのオススメビルドを修正しなくては。

 バラバラに砕けた骨の残骸を踏みにじり、ただ一人勝ち残った強力なスケルトンは独りそう呟いた。

 そのままぶつぶつと脳内を整理するようにうわごとを続けるガイコツ。

 やれあっちの記述は入門者の参考になるから残しておくの、やれこの部分は懐疑的なので添削した上で参考程度にどうのこうの。

 自分の世界に入り込んでしまった彼は、誰もいなくなった墓地をぐるぐると歩き回っていた。

 

 ──だが、突如発生したゲーム内での事件が彼の意識を呼び覚ます。

 

「……鐘の音?」

 

 それは、前触れも無く地下墓地に響いた大きな鐘の音色。 

 ガイコツは怪訝そうに天を仰ぐ。 

 分厚い大地の層を通り抜け、地下墓地全体に荘厳な鐘の音が響き渡っていた。

 

「鳴ったのか、大鐘楼の鐘が……」 

 

 始まりの街、大鐘楼。

 その中心に鎮座する天を貫く白亜の塔は、最上階に至る道が無い。 

 その高度は摩天楼の如くであり、上層は下へと叩き落とすように吹き荒れる激しい暴風雨によって飛行もよじ登ることも困難とされている。

 今なおその頂上に至ったものはおらず、『大鐘楼』の名が示す鐘を目にした者はまだいない。

 その鐘を、どうやら誰かが鳴らしたらしい。

 

 やがて、ログインしているすべてのプレイヤーの元に一つのテキストメッセージが届く。

 

 【『再誕祝い』の鐘が鳴りました。死徒の皆さんに福音が贈られます】

 

 

 






 ファンタジーといえば空島。しかも地上へ水が流れ落ちてるやつ。
 ちなみに大鐘楼の鐘は空島から流れ落ちた誰かが全身でぶち当たって鳴らす仕組みです。
 


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水の行く先での目覚め

「……ここはどこだ」

 

 目が覚めたとき、俺はまた別の場所に居た。

 ゲームが始まって間もないってのに大胆なマップ移動が多すぎやしないか?

 いやまあ、今回のは自業自得なんだが。考え無しに川に飛び込んだ俺の無鉄砲さが全部悪い。

 咄嗟のことだったとはいえ、反省だな。

 

「目が覚めたかい。ヒヒ、思ったより長かったな」

「うお。……あんた、プレイヤーか」

 

 死角から人の声。振り向いてみれば、そいつは乱雑に積まれた木箱の上に長い手足を放り出してどかりと行儀悪く腰掛けていた。

 擦り切れてコートだかローブだかわからなくなったものを纏っており、頭は水色のまんまる風船。

 頭上にシルクハットを乗せており、顔にはラクガキじみた目と口が描かれている。

 全然人じゃなかったわ。しかも頭だけならポップな外見なのにちょっと陰気な男声だった。

 ひょろ長いシルエットの上には『ドーリス』というプレイヤーネームが表示されている。

 

「状況を教えてもらえないか」

「気絶っつう状態異常がある。詳細条件はまだ割れてねえが、数秒から数分の間、意識がゲーム中でスキップされる。普通はその間に死ぬんだが」

「……あんたが助けてくれたのか」 

「ヒヒヒッ、そういうこった。けったいな鎧が流されてきたからよ、金になるかと思って釣り上げた」

 

 一分の言い訳もない清々しい言い分だ。

 だけどまぁ、こういう人物の方が善人ぶられるよりもよほど信用出来そうだな。

 

「悪いが鎧が本体だ。恩人と言えど流石に譲れない」

「イヒヒ、自分がどんな状態か分かってるか? そんなガラクタ誰も引き取らねぇよ」

 

 言われて自分の種族特性を思い出し、慌てて鎧の状態を確かめる。

 

「ひでぇ……」

 

 くしゃくしゃにしたアルミホイルの方がマシなレベル。

 川に流されたときにあちこちぶつけたとは思ったが、まさかこんなにまでなるだなんて。

 どちらかっていうと巨大な鉄塊でビンタされたみたいな惨状だ。

 今の俺のHPは1です。ファック。

 

 たぶん壁に投げつけた豆腐をスーパースローカメラで捉えたらこの無残な鎧を再現できる。

 どっかでデカい何かにぶつかったのか? 記憶が飛んでるから分からねぇ……。

 

「それよりもだ。お前、辺りを見てみろ」

 

 言われるがまま、自分のいる場所をぐるりと見回してみる。

 俺は巨大な空間の中にいた。

 上部は広場になっているが、壁面から巨大な赤錆びたパイプが無数に顔を出しており、俺たちのいる足場のずっと下へ口を開けて大量の水を吐き出している。

 下部にはこれまた大きな水車が並んでおり、パイプから滝のように注ぐ水を受けて止めていた。

 

「すごい場所だな」

「だろう? 大鐘楼の街の地下さ。見ての通り水路が広がっていて、ここはその入り口になる」

 

 俺たちがいるのは金属と木材を組み合わせた高台らしい。下を覗き見れば、まるで地底湖のように水が溜まっているのが見えた。

 

「ここの発見者は俺が一号で、あんたが二号。だから言わせてもらうが……どうやってここに流れ着いた?」

「……」

 

 俺のいた空島は、俺以外の誰もプレイヤーがいなかった。

 俺以外にゲーム開始直後に帽子女にボコボコにされたユーザーもいないって情報もある。

 たぶん俺の立場は、他と違う特別な立ち位置だ。

 ただの確率による偶然か、キャラクリエイト時に選んだ『お前自身』というキーワードが関わっているのかはわからない。

 だが、俺はまだこの情報をみだりに人に話していい物か決めかねていた。

 

「言えないか。イヒヒッ、いいぜ、そんなこったろうと思った」

「すまん」

「別に責めやしねえよ。発売したばかりの、ましてこんなゲーム。誰しも人に言えない秘密の10や20抱えてるもんさ」 

 

 迂闊に口を開くべきではない。そう思ったから俺は口をつぐんだ。

 そして目の前の風船頭もそれを見通したかのような調子で、ちっとも気を悪くしていなかった。

 

「だが、なああんた。どうだい? ここはひとつ、あんたの秘密を金に換えてみる気は無いかね」

 

 うわっ。胡散くさ。

 

「ヒヒッ、まあそう怪訝な顔をするなよ。あんたにとっても悪い話じゃない」

「いまどき詐欺師だってそんなこと言わないぞ」

「まあ、聞けよ。俺はドーリス。いわゆる情報屋さ。一度やってみたいと憧れててなあ、物は試しと初めてみたら、これが存外うまくいっている」

「情報屋、ねえ」

 

 見た目と口調も相まってすごく信用しにくい。

 あけすけに物を言うやつのが信頼できそうなんて最初は思ったが、こいつの場合は外観の怪しさが突き抜けているので判断に困る。

 風船に描かれているデフォルメされた笑みの表情がそれをさらに助長している。

 こいつの風貌は出来損ないのマフィアのおもちゃのようだ。

 

「そら、胡散臭いだろう? だから客入りがいい。ヒヒ、NPCと間違えられたのも一度や二度じゃない」

「その風貌と、胡散臭さがあんたの商売道具ってわけか」

「そういうこった。気色が悪いと冷やかされた俺の下手くそな愛想笑いも、こっちじゃ"それっぽい"と評判でなぁ」

「……それ、ロールプレイじゃなかったのか」

「イヒヒッ、誉め言葉として受け取っておくぜ」

 

 道理で貫録があるわけだ。

 クツクツと肩を揺らして笑う姿は、"そういう人物"としてやたらと様になっていた。

 

「どうだ、命を助けられた恩返しついでに、なにか経験したことを話してみてくれよ。知らねえ話なら相応の対価は用意するぜ」

 

 恩の話をされると弱い。あのまま引き上げてもらえなければ、鎧に錆びのようなバッドステータスが付いていた可能性もある。

 いや、そんなもん存在するか知らないが。

 そうでなくとも、自力じゃここまで這い上がるのに相当苦労しただろうし。

 とはいえ俺もゲーム遊びたての新米。知ってる事なんて多くはないが……。

 

「あー……ゴロゴロ転がってくる頭蓋骨の敵と戦ったんだが、自爆してくる。お陰で武器が一つ駄目になった」

「へぇ。初めて聞くな。ほらよ。30000ギル、受け取りな」

「おい、正気か?」

 

 笑みを深くした風船頭が、ひょいと革袋を投げ渡してくる。

 ステータスを確認すれば、本当に俺は資金を30000を受け取っていた。

 容易く金を渡しすぎだろ。相場はさっぱりだが、さすがに結構な額だろこれは。

 本当に今の情報にこの金額の価値があるのか?

 そもそも俺が嘘や出まかせを言っているとは思わないのか。

 

「ヒヒヒ、リビングアーマーでゲームを始めたアリマって新人、お前のことだろ?」

「……耳が早いな」

 

 情報屋を名乗っているだけのことはある。

 俺が掲示板で書き込んだのをこいつも見ていたのか?

 

「だから、お前がここに来たのも一つの縁だと思ってる。他のリビングアーマーは、全員詰んでデータを削除したからな……」

 

 確かに掲示板でもそんなことを聞いた。

 となると現状では俺以外誰もリビングアーマーでこのゲームを遊んでいないのか?

 特別感がある一方で、一抹の寂しさも感じる話だな。

 

「金は受け取っておけ。真偽不明の情報にだって価値はあるもんさ」

「お前が納得してるんなら、いいが……」

 

 いきなりひょいと金を投げ渡された俺の方がむしろ釈然としてない。奇妙な感じだ。

 

「それより、聞け。お前のための美味い話がある」

 

 横柄に放り出していた脚を組み直し、風船頭が手を広げて話し出す。

 また胡散臭さを醸し出してきやがった。こいつがプレイヤーだっていうのが信じられねぇ。

 役にハマりすぎだろ。

 

「いいか? ここに来れるのは俺みたいな姑息な陰険か、お前のような僥倖なはぐれ者だけだ」

 

 ニヤニヤと笑みを浮かべながら、風船頭が話を続ける。

 自分で自分を姑息な陰険って表現するなよ。説得力あるけどさ。

 

「だからアリマ。お前を見込んで話がある。……俺と組まないか?」

 

 うわ、胡散くせー……。

 




情報屋のキャラっていいですよね。一度自分の作品に登場させてみたかったんです。
いざ出来上がってみたら、それはもう自分がめちゃくちゃ好きなタイプの情報屋に仕上がりました


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協力関係

「見ろ。向こうに水路が続く道が見えるだろう。あっこは十中八九隠しダンジョンさ」

「それで?」

 

 ガラの悪い姿勢で木箱に座ったままのドーリスが、擦り切れたボロ布を垂らしながら明後日の方向を指さす。

 その先には道が続いており、確かに奥は入り組んだ地下水路に繋がっているようだった。

 

「ヒヒ、ここは入口の鍵を見つけた俺が一人で独占してる。他のプレイヤーは、まだ誰一人ここをみつけちゃいない。発売二週間たった今なおな」

 

 ここに来たのは俺が一号でお前が二号。確かにこの水色の風船頭は最初そう言っていた。

 

「俺はこのダンジョンの調査と攻略する準備をしていた。作った拠点もその為さ」 

 

 そういえば高台の片隅には布テントが組み立ててあり、他にも樽やら木箱やら結構な量の荷物が積んである。

 中身はさっぱりだが、ドーリスが言うようにこの広場に拠点を築いているようだ。

 

「あとは、攻略する人材。ヒヒ、俺はそれを探していた」

「自分で攻略すりゃいいじゃないか」

「馬鹿言え、俺は情報屋がしたくてこのゲームをしてるんだぜ」

 

 荒事は他の奴に任せるに限る。

 一層楽し気な声色で、ドーリスは風船に描かれた三日月の笑みを深くしてそう言った。

 

「で、攻略を俺に任せようってか」

「お前は序盤のダンジョンを独り占めできて、しかもダンジョンで得た情報を俺に売って金にできる。悪くない話だろ?」

 

 ドーリスはなおも座ったまま、体を前のめりに倒しながら交渉を押してくる。

 うまい話だ。聞けば聞くほどそう思えてくる。

 ただこいつの胡散臭すぎる一挙手一投足が俺の首を縦に振らせないのだ。

 これ相手が見なりの綺麗なスーツのセールスマンとかだったらとっくに了承しているんじゃないか、俺。

 

「俺に任せる意味が無いように思えるが」

 

 俺はゲームを始めて間もなく、帽子女とサイコロガイコツにボコボコにされただけのひよっこだ。

 こいつも俺が駆け出しだってことくらい承知してるだろう。攻略を任せるのに不安を抱くのが普通だが。

 

「ココの存在は知ってるヤツは少ないほどいい。イヒヒッ、お前が勝手にこの地下水道に流されてきたんだ。巻き込むのが手っ取り早いだろ?」

「確かにそうだな」

「俺にあんたを逃がす選択肢はない。あんた一人じゃキツイってんなら、俺の方で仲間を手配してもいいぜ」

「伝手があるのか?」

「俺ぁ情報屋だぜ。面子にゃ期待してくれていい。数は用意できないが、信頼できるのを紹介する」

 

 順当に考えれば、本来攻略を頼む予定だった人物がいたんだろう。

 たぶん突然俺が現れたから予定が変わったんだな。

 飛び入りで俺が参加できたのは、運がいいと思っていいのか。

 まあ、ここまで引っ張っておいて何だが俺に断る理由はない。

 

「受けるよ、その話」

「交渉成立だな、イヒヒッ」

「よろしくたのむ」

 

 差し出された手を、握り返す。

 交渉が成立して初めて握手を交わす。

 なんかそれっぽくて楽しいぞ。

 

「さっそくだ。詳しい話を詰めようか」

 

 握手もほどほどに、ドーリスは傍らの木箱を俺に見えるように開いた。

 

「まずは一つ。携帯リスポーンマーカーだ。アリマ、お前にも使用権を授けた」

「これは……この広場を本当に攻略拠点にできるのか。随分いいものを持ってるな」

 

 箱から取り出したのは小ぶりな十字架の置物。

 滝のほとりにあったのと同じく、どこがしかで死んだらこれのある場所でリスポーンできるのだろう。

 メニューを開いて確認すれば、この地下水道がワープ可能地点として新たに登録されている。

 これは確かにこの置物の効果だろう。

 いや驚いた、こんな便利なアイテムもあるのか。

 駆け出しでもわかる、これは非常にいいものだ。俺も自分用のやつが欲しい。

 

「情報と交友関係は福をもたらすものさ。そんなにもの欲しそうな顔をするなよ」

 

 バレてら。

 俺リビングアーマーなのに、顔に出てたのか。

 

「金を積めばどこで入手したか教えてやってもいいが、ヒヒ、オススメはしない。空になった宝箱に興味はないだろう?」

「ああ、遠慮しとく」

 

 まあそんなうまい話はないわな。

 使わせてもらえるだけありがたいと思っておくさ。

 

「そしたら次だ。これを持っておけ」

「これは?」

 

 渡されたのは丸めた羊皮紙のようなもの。

 さっそく開いてみると、内容はまっさら。白紙の状態だった。

 

「ダンジョンマップさ。探索すりゃ勝手に追記される。それが完成したら、俺が高値で引き取ってやるよ」 

「なるほどな」

「これも同じだ。お前に預ける」

 

 今度は分厚いハードカバーの本を渡された。例によってこちらも内容は白紙。

 

「こっちはモンスター図鑑だ。遭遇し、戦って行動を観察してりゃページが埋まる」

「便利だな」

「ページの進捗に応じて報酬は弾む。内容が充実してきたら、ヒヒ。期待しながら俺に見せに来い」

「こっちは返さなくていいのか?」

「本の内容は俺なら吸収や複製ができる。うちの情報屋の目玉商品さ」 

 

 なんだか非常に貴重なものを貰ったのではないか?

 いや、貰ったというか預かっているだけなんだが。マップの方は完成したら売る約束になっているしな。

 でも本来はゲーム初めてすぐに手に入るようなアイテムじゃないはずだ。知らんけど。

 

「俺の"探求者"の技能で作ったアイテムさ。よそじゃ手に入らねえ、失くすなよ」

「おう」

 

 なるほどね。後天的な職業みたいなのがあって、アイテムとかも作れるわけか。

 まあこの辺は戦闘職と生産職の違いみたいなもんだろう。

 これがあるなしで攻略のやりやすさが段違いだ。

 提供された3つのアイテムを思うと、こんな美味い話があっていいのかと怖くなってくる。

 

「さて。言い忘れたことが一つあってな?」

 

 うわ。わざとらしい声。

 おいなんだよ、凄く騙されたような気がしてきたぞ。

 

「アリマ、お前は大鐘楼にいったことがないんだったな」

「それがどうかしたか?」

「イヒヒヒッ。悪いが、上の大鐘楼への道は通せねぇ。ワープの登録もダメだ。施錠で俺以外は通れなくしてある」

「言ってたな、そんなこと」

「だからお前は大鐘楼のショップが使えなくなる。俺が代わりに用立てるが……少々の手数料は辛抱してくれよ、イヒヒ」

「うわ、タチ悪ぃ!」

「とはいえ長くなりそうな付き合いだ、ふざけた価格で取引したりしねえから安心しろよな、ヒャッヒャッヒャッ!」

 

 くそ、人を食ったようにけらけら笑いやがって……。

 大鐘楼っていうのが俗にいう最初の街だろ?

 街のショップにはまだ一度も立ち寄れていないから、適正価格がわからんままこいつと取引しなきゃならんのか。

 チクショウ、剣や鎧の買い替えとかもしてみたかったのに。

 この状況じゃ卸す品もドーリスの手のひらの上じゃねえか。

 

 とはいえ、極度に値をつりあげてやり取りしてしまえば、いつか俺が適正な値段を知って報復する可能性もある。

 こいつだってそんなリスクの高い真似はしないだろうが……。

 胡散臭さを風船に詰めてシルクハットを被せたようなヤツだ。

 どこまで信用していいのか全然わからねぇ。

 

「俺が大鐘楼への道を解放するのはこの地下水道のダンジョンの解明が完了したタイミングだ」

「つまり俺次第ってことね……」

「そういうこった。話が早いじゃねえか」 

 

 俺が最初の街に行けるのは、このダンジョンをクリアしてからになるらしい。

 ちょっと変則的なスタートになるが……まあ、これはこれで構わないだろう。

 他の人と一風変わった攻略ルートになるが、こういうのも新鮮でいい。

 

 そう思ったあたりで、風船頭がこれまた嫌らしい笑みを浮かべだした。

 ハア、今度は何を言い出すのやら。

 

「だが、なぁ? そんな防具の有り様じゃダンジョンの攻略はキツイだろ?」

 

 うわ、コイツもしかして。 

 

「イヒヒッ、早速だ。30000ギルで武器をひとつと鎧一式を売ってやれるぜ」

 

 やりやがった。なんちゅう白々しさ。

 HP1で武器も持たないリビングアーマーがダンジョン攻略なんてできるわけもない。

 約束を取り付けてから30000ギルを取り返す算段だったらしい。

 この情報屋、抜け目がなさすぎるだろ。

 

「先に言っとくが鎧の修復も承らないぜ。そんなスクラップみてぇな鎧を直せる鍛冶、このゲームにゃ存在しないからな」

 

 節約も許す気はない、大人しく耳を揃えて30000ギルを支払え。

 ドーリスは言外にそう言っていた。

 でも大丈夫。

 

「必要ない。武器も鎧もアテがある」

「……なに?」

 

 だって俺には失敗作の剣をくれる鍛冶師の大天使エトナが付いているからね。

 実はさっきの携帯リスポーンマーカーの登録時に、空島の滝にワープできることは確認しておいたのだ。

 この30000ギルはきちんと俺の懐に入れさせてもらうぜ

 

「ケッ、出まかせじゃなさそうだな。……予定が狂っちまったぜ、ヒヒ」

 

 こいつ、見せつけるようにわざとらしく悪態つきやがった。

 いやはや、癖の強いやつと組んでしまった……。

 




ドーリスくんはたったの30000ギルでスクラップみてぇな鎧でも直せる前代未聞の鍛冶の情報を掴みました。お買い得だね


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地下水道の探索

 さて、一度エトナの元に戻り防具の修復をお願いして、武器も貰ってきた。

 武器が折れたと伝えたら、何も言わずに新しい剣を一本差し出されたのでありがたく頂戴したぞ。

 俺、武器をくださいとも言ってないのに。

 以心伝心というやつだな。

 ちなみにくしゃくしゃの鎧の方はエトナが俺を視認するや否や、鍛冶の手を止めて有無を言わさず乱暴に全部剥ぎ取られた。

 まあいいんだけどさ。もう少し手心というか……ない?

 ないよね。わかってた。

 

 もちろん鎧をエトナが盗むわけも無く、防具はぜんぶ完璧に修復してくれた。

 懸念していた鎧の修復に掛かる時間だが、こちらもあっという間だった。

 エトナが言っていたように、まだ装備が生きているならどうとでもなるらしい。

 エトナが金槌で叩くと、鎧が元の形に覚えているかのように再生していくのだ。

 

 作業を眺めているうち、俺でもできそうって言葉が喉元まで出掛かったが、飲み込んだ。

 たとえ単調に金鎚を振るっているだけに見えても、プロの仕事に素人が口出しするもんじゃない。

 真剣なエトナの表情を見ればなおさらだ。

 こんな下らないことでエトナの機嫌を損ねたくもないしな。

 

 ところでエトナは快く失敗作の武器を俺に譲ってくれるが、鍛冶師って不出来な武器を戦士に渡すのってどうなんだろう。

 こう、鍛冶師の沽券に関わったりしないのか? プライド的にいいのか?

 そんなことを聞こうとも思ったが、これもやめておいた。

 俺はエトナに武器を扱う戦士とも思われておらず、不良在庫を体よく押し付けられる便利なゴミ箱として扱われている可能性が見えたからだ。

 深く追究せずにおけば、真実は闇の中というわけだな。

 

 というわけで、装備の補充兼回復はしっかり行えた。

 ドーリスにあんな大見得切っておきながらやっぱり駄目でした武器売ってくださいは悲しすぎるからな。

 エトナとの縁の切れ目が俺の命の切れ目だ。是非とも良好な関係を維持したい。

 が、だからといっておべっか使ったりベタベタ擦り寄ったら一瞬で嫌われそうなのが怖いところ。

 このまま戦士と鍛冶師としての、程よい距離感を保つのが良いんだろうな。

 

 さて、ダンジョン攻略には助っ人を呼んでもいいという話だったが、まずはソロでうろつくことにした。

 さっそく地下水道のダンジョンに踏み込んでわかったことがいくつかある。

 まず、地下水道は俺の想像したような汚物まみれのエグい環境ではなかった。

 通路の壁には水路を照らすクリスタルが規則正しく壁に埋まっており、明度充分、視界良好。

 脇を流れる水路の水は透き通っており清涼感がある。一帯はクリスタルの柔らかな光に包まれており、地下水道という閉塞感も感じにくい。

 しかも直角にしか曲がらない通路は常に見通しが良い。モンスターを警戒しやすい構造は冒険初心者にかなり優しい仕様だ。

 

 出現する敵の種類も、そう恐ろしいものではなかった。

 まず一体目、二足歩行のデカいネズミ。【ヒトネズミ】という名前で、一番多くて一番弱い。

 エトナ謹製失敗作の剣で5回くらい斬りつければ倒せる程度の体力しかない。

 サイコロガイコツのように自爆したり仲間呼び出したりといった悪辣な性質がない良心的な存在だ。

 ──とか思ってたらコイツ図鑑には疫病持ちって書いてあった。俺リビングアーマーだから気づかなかったよ。

 

 ドーリスに聞いたら疫病は接近時にもらう状態異常で、他人に感染する性質があるそうだ。

 武器を使うならともかく、素手で殴ったりすると高確率で疫病をもらうらしい。

 もちろんコイツから攻撃を食らうのもアウト。

 

 気になる疫病の症状だが、スタミナ枯渇、視界不良、防御力の大幅低下、定期継続する割合ダメージ、回復アイテムの効果半減etc……。

 聞いてるだけで俺は青ざめた。状態異常として凶悪すぎる。

 しかも近くのプレイヤーに伝染するってんだから恐ろしい。

 武器と防具で圧倒していても、こいつ一体でパーティ壊滅しかねないじゃねえか。

 リビングアーマーのような無機物系統の種族は疫病が効かないようなので良かった。

 

 ちなみにドーリスにこれを聞き出すのに金は取られなかった。

 チンケな情報でまで金を巻き上げるようなセコい真似は、彼のポリシーに反するらしい。

 確かにインターネットで調べれば入手できる情報でもある。ただ、ドーリスの口から聞いた情報は信頼性が高い。

 彼の口から直接質の高い情報を得られる俺の立場は、かなりおいしいな。

 

 さて、こいつのメインのドロップアイテムは【病の潜む皮】。

 使い道はあるのか? 換金性があるようにも思えないが、捨てる理由もないのでありがたく頂いてある。

 奇特な生産職のプレイヤーが欲しがるかもしれないからな。

 

 2体目、不潔コウモリ。

 凄く弱い。俺の剣でワンパンできる。ちょっと剣を当てづらいのが鬱陶しいだけで、さしたる脅威ではない。

 倒し損ねてもコイツじゃ俺の鎧を牙でも爪でもさして傷つけられなかった。

 高確率でヒトネズミの周りに二体くらいうろちょろしてるが、完全に無視していいレベル。

 ヒトネズミを始末したあとにさくっと両断して終わりだ。

 

 倒したあとに図鑑を確認すれば、案の定疫病持ち。

 しかも疫病とは別に猛毒も持っていた。

 猛毒。猛々しい毒と書いて猛毒。

 効果、即死。

 ヤバすぎて草。

 

 詳しくは解毒が間に合わない毒だそうだ。

 実際には即死ではなく喰らった瞬間昏倒、HP上限が極限まで低下して超ハイペースで小ダメージが連続するらしい。

 どっちにしろ即死じゃねえか。

 ちなみに解毒薬を口に含みながら猛毒を食らうと、スリップダメージを止めるのは間に合ってもHPの上限が1になって元に戻らないらしい。

 そして上限値は死ぬことでしか元に戻らないようだ。

 じゃあ死ぬしかないじゃない。ふざけやがって。

 俺、リビングアーマーで良かったよ。

 リビングアーマーは死んでもHPの上限元に戻らないけどね。ペッ。

 

 こいつからは【不潔な翼】がドロップした。俺の持ち物が不衛生なもので埋まっていく。

 使い道がありますように。

 

 3体目は【濁り水】

 このダンジョンの問題児。

 入口付近にはいないのだが、奥の方へと進むにつれて出現しだす。

 こいつのせいでダンジョンの奥に進めない。

 苔のような緑色に濁ったスライムみたいなモンスターなんだが、攻撃が効かん。

 オーソドックスなスライムのように粘性があったりコアとかがあればいいものを、コイツはマジで水。

 斬ろうが突っつこうがパシャパシャ飛沫が出るだけで、完全に攻撃が無駄に終わる。

 倒し方がさっぱり分からん。お手上げ状態。

 バケツで掬って水路に捨てたろか。

 普通に反撃されるのが目に見えているのでやらないけど。

 

 しかもこいつスルーしようにもすばしっこくて通り抜けられないうえ、一丁前に攻撃してきやがる。

 水のボディで勢いをつけてタックルをしてくるんだが、これががっつり物理攻撃だ。

 逃げる分には追ってこないのが救いか。

 

 こう、特殊技能や魔法的なものがあれば攻略できるか?

 火炎放射で蒸発とかさせてさ。

 ぶっちゃけソロでダンジョン踏破する気マンマンだったのだが、こいつのせいで頓挫してしまった。

 

 うーん、悔しい。なんとかならんかのう。

 それまでは敵との相性の良さを感じていただけに歯痒く感じる。 

 

 名残惜しいが、この濁り水が門番のように立ちはだかっているせいでドーリスの伝手を借りて助っ人を呼ばざるを得なくなった。

 初めてのパーティ編成になるだろう。

 ドーリスは期待しろと言っていたが、果たしてどんな人が来るのだろうか。




敵エネミーを考えるのたのしいね


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スキル発現

 ドーリスを頼って仲間を呼ぶより先にすることがある。

 ダンジョン浅部の探索だ。

 

 行ける場所は片っ端から行く。分岐も行き止まりも全部だ。

 この地下水道は構造が素直なので、行ける道を片っ端から辿っていけば地図が埋まる。

 ランダムで出現する宝箱もちょくちょく見かけた。行きはなかったのに帰りには通路のど真ん中に鎮座しているとかザラだ。

 中身は今のところイマイチ。鉄くずとか鉱石とか、素材アイテムばかりだ。

 今の俺には無用の長物だな。

 でも集めておけばいいことがあるかもしれないので、見つけたら欠かさずに回収だ。

 いつかエトナが鍛冶仕事に欲しがるかもしれん。ギブミー頑丈な武器と鎧。

 

 また、俺は探索と平行で戦闘能力の向上にも力を入れている。

 なにせ俺はヒトネズミと不潔コウモリの極悪スリーマンセルをらくらく倒せる立場にあるのだ。

 戦闘訓練し放題なんだから、しない理由がない。

 もし俺が毒を食らう種族だったらヒトネズミに近寄られる前に大慌てで遠距離攻撃でコウモリを倒し、神経質にネズミ退治をしなくてはいけなかっただろう。

 それじゃ戦闘訓練とか言っている暇ないよな。

 でも俺はリビングアーマーなので問題ありません。

 種族のアドバンテージを活かせる立場なんだから活用させてもらう。

 俺の戦法は至ってシンプル。近寄って、蹴って、剣で切り払う。

 

 戦闘のモデルは俺をボコボコにした帽子女、レシー。

 俺は思ったのだ。蹴りは強い。

 相手の防御を崩しやすく、躱されても体の勢いを次の攻撃に乗せられる。

 

 俺は元々盾を持っていたのだが、それは失って久しい。

 それはつまり、相手の攻撃を盾でいなしてから反撃に転じるという戦法が取れなくなったことを意味する。

 故にこちらから攻撃を仕掛け、相手の守りをぶち破ってでも倒しきる方向に戦術をシフトする必要があったわけだな。

 

 更にこの戦法、俺の体とすこぶる相性がいい。

 重く硬い鎧の体で蹴ると強い。非常にシンプルな話だ。

 しかも鎧の中身が入ってないので重さの割には身軽に体を動かせる。飛んだり跳ねたりも容易い。

 相手の懐に飛び込みながら回し蹴りを叩き込んだりもできてしまうのだ。

 

 が、欠点も多い。

 まず、俺のHPが減る。

 鎧で蹴ってるんだからそりゃそうなるよな。

 たぶんこれが一番大きなデメリットになるだろう。

 戦うたびに損傷していく足甲を見ると申し訳ない気持ちになる。

 無理させてごめんな。

 

 次に、うるさい。

 鎧の中が空洞なので敵に蹴りを炸裂させるたびカァン! とかゴォン! とか景気よく打ち鳴らしてしまう。

 音の響きは当たり所と相手の硬さ次第。

 なおジャストミートさせるとコォン、と足甲の中で音が短く反響する。

 小気味いい音でうるささも控えめ。常にこうありたいものだ。

 ちなみに俺の蹴りがヘタクソだったときはガシャーン! といった風に情けない音が出る。

 不思議だね、被弾した時と同じ音だよ。HPも多めに減りました。

 

 実際問題としてこのうるささ、おそらく敵を呼び出してしまう。

 地下水道では敵が密集しておらず、囲まれにくい地形だからまだ問題はない。

 だが別のフィールドで戦うようになったらこの欠点がどんどん目立ってくるんじゃないだろうか。

 今後、エリアの性質や敵エネミーの強さ次第では封印も視野に入ってくる可能性もある。

 この騒音はそのレベルのデメリットになるだろう。俺はそう予想した。

 

 しかし、これらのデメリットを抱え込む価値があると俺は思っている。

 というのも、見よう見まねで下手くそな蹴りをヒトネズミにぶちかましているうち、とうとう俺にもスキルが発現したのだ。

 名を【蹴撃】。これが俺に宿ってからというもの、一気に蹴り技のキレが増した。

 

 以来、なんとなくこうやって蹴りたいな……というイメージの通りに体がアシストして動いてくれるようになった。

 当初は急に暴れ出したミミズみたいなキックしかできなかった俺も、このスキルのおかげでまともな蹴り技を扱える。

 きちんと戦いの手札として成立するレベルの代物だ。

 レシーのような変幻自在な蹴りを繰り出すまではいかないが、お陰様でこの鎧の体はかなり頼もしい武器になった。

 

 お前騎士みたいな見た目しておいて最初のスキル蹴りかよという文句は受け付けない。

 俺の剣はしばしば折れるのだ。武器は多いに越したことはない。

 

 しかしこの【蹴撃】、まだ習得したてだからかなのか熟練度が低い。アシストの精度にムラがある。

 俺の体の扱い方が野暮ったいのももちろんあるだろうが、使い込みで向上されそうな余地があるのだ。

 それに不慣れでも練習すればスキルが習得できるとわかったのは大きい。

 もちろん種族適正や習得難度等はあるだろうが、いっきに拡張性が見えてきた。

 

 ドーリスが紹介する助っ人は、既にある程度このゲームに触れたプレイヤーが来るはずだ。

 その人におんぶにだっこで攻略では、あまり恰好がつかないだろう。

 それに多分、楽しくない。せっかく未踏破のダンジョンがあるのに、それで終わらせるのはもったいなさすぎる

 だから俺は更にスキル面で自分を強化することにした。

 

 欲しいスキルは色々ある。おそらくだが戦闘スキルはざっくり分けて攻撃系、防御系、回避系にカテゴリ分けされるはず。

 差し当たりの目標として、各カテゴリーで一つずつくらいは欲しい。

 攻撃スキルは蹴撃があるので、残るは防御と回避。

 蹴撃スキル習得の成功体験をもとに考えると、へたっぴでもいいから数を重ねるのが重要と見た。

 

 ちなみに蹴りを試し始めた頃の俺は、傍から見るとただの暴れるオタクくんだった。

 到底見るに堪えない姿だったぞ。

 クールな全身鎧にコーティングされているのが余計悲壮感を増していた。

 あのダッサいキックを誰にも目撃されなくて良かったと切に思う。これもダンジョン独占の恩恵。

 だって巻き取りの際に暴れる掃除機のケーブルにさえキレで負けてたよ。本当に人に見られなくて良かった。

 だがそんな俺の素人感丸出しへなちょこキックでさえスキル【蹴撃】の糧となったのだ。

 巧拙は関係ない可能性が高い。

 

 まずは防御。これには俺にカスダメしか与えられない不潔コウモリくんに手伝っていただく。

 やり方はシンプルで、体当たりに合わせて体を流し、衝撃を殺す。ひたすらこれの数を重ねた。

 結果として入手できたのが──【衝撃吸収】。

 叩くような物理攻撃に対して、体が勝手に衝撃を飲み込むように脱力してくれるようになった。

 これはいいものだ。俺の鎧が凹む可能性が減る。

 身体が吹っ飛ぶような強い衝撃であるほど、このスキルの恩恵は強くなっていくだろう。

 

 そして回避スキル。

 こっちはヒトネズミを相手に使うことにした。

 敵の攻撃を誘い、当たらないように避けるだけ。

 なんのヴィジョンも浮かばないが、やってればなんかしらのスキルがもらえるだろ。

 【衝撃吸収】のスキル習得がうまくいったからそんな楽観的な気持ちでやっていたのだが、これは全然ダメだった。

 収穫無し。時間の無駄。

 スキルの習得はそんなに甘くないらしい。

 

 俺は悲嘆に暮れ、打ちのめされた気分で間合いを見切りながらヒトネズミを蹴り砕いていた。

 するとなんと、まったく予想だにしていないタイミングで別のスキルが手に入った。

 スキル名は【絶】。

 

 強そうな名前にワクワクしながらチェックしてみると、ずばり間合い調節のスキルのようだった。

 うーん、拍子抜け。回避スキルじゃないし。今後も攻撃は自力で避けなきゃいけないじゃん。

 とか思っていたのだが、やや様子がおかしい。

 

 このスキルが発現してからというもの、蹴り技の当て感が異常なのだ。

 蹴りを繰り出すとグイっと体が進む。もはやターゲットの敵に引力が発生してんじゃねえのってくらい体が引っ張られる。

 かなり強引な挙動に疑問を覚え検証を進めてみると、衝撃の事実が判明した。

 

 ──これ、蹴り技限定の間合い改変スキルだ。

 一定の範囲内であれば"絶対に蹴りが届く"。これが効果。

 あくまで距離の話であって必中効果が付随するわけではないが、凄まじく便利。

 助走ゼロでも遠間の相手に飛び蹴りとかできる。

 蹴りを使った先制攻撃がめちゃくちゃしやすくなった。

 この"届く"というポイントがミソで、この効果のおかげで空を飛んでいる相手の所にも体が運ばれていく。

 試しにちょっとした高所にいる不潔コウモリに向かって使ってみたら、確かに体が吸い寄せられて蹴りが命中した。

 なお着地のケアはなし。

 危なすぎた。 

 使いどころを誤ったら落下死して死ぬね、これね。

 

 ともかく、こんな経緯で戦闘スキルを各種習得するという目標は達成できた。

 【絶】を回避スキルの枠に当てはめてよいかは疑問だが、このスキル探しは多分永久にできる作業なのでこの辺にしておく。

 今はレベリング感覚だが、ゆくゆくはエンドコンテンツと呼ばれるようなやり込み要素となるだろう。

 でも鎧をキンコンカンコン鳴らしながらヒトネズミを蹴っ飛ばしまくるのはここいらで終わり。

 

 次はドーリスに仲間を紹介してもらって、この地下水路の奥に進むぞ!

 




【蹴撃】
あなたがこの攻撃スキルによって一度目の死を迎えた場合、習得が容易になる。

【衝撃吸収】
一度目の死を迎えた攻撃の属性は、耐性を習得しやすい。

【絶】
習得前提:レシーが再会を望んでいる。


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仲間と顔合わせ

 【生きペディア】

 構成員のほとんどが設定の考察をしているのが特徴で、ゲームの設定資料収集が目的の大規模ギルド。

 大鐘楼の街の一角あるギルドホームは外部にも公開されており、彼らが集めたゲーム内情報は誰でも閲覧できるようになっているそうだ。

 

 この地下水路の攻略の助っ人にやってくるのは、そのギルドに所属している人物らしい。

 ほぼ手付かずの無垢なダンジョンを攻略できることより、とにかく未知のテキストフレーバーが手に入ることに価値を置いているとか。

 情報屋のドーリスが曰く、金払いの良い生きペディアは一番の得意先らしい。 

 以上の説明を踏まえ、やってきたのがこの人物。

 

「土偶のシーラと申します。よろしくお願いしますわ」

「お、おう。アリマだ、よろしく……」

 

 土偶だ。茶色い土偶がいる。

 正式名称、遮光器土偶。誰もが土偶と聞いてまっさきに脳裏に浮かべるアレがいる。

 人間よりひと回りほどサイズがデカい。更に浮遊している。ものすごい存在感だ。

 ボスエリアにいてもちっとも違和感がないだろうな。

 しかもお嬢様言葉だよ。そんで声が綺麗。

 ロールプレイやネタでやるにして随分と堂に入っている。

 品がありすぎるので、マジもののお嬢様の疑いあり。

 外見で面喰って、喋り出した中身の上品さで二度びっくりだい。

 

「仔細は聞いておりますわ。物理の効かない敵に困っているのだとか」

「液体の敵がいる。俺じゃ歯が立たん」

「失礼」

 

 直後、土偶の眠たげにも見える一文字の眼が閃き、まばゆい熱線が照射された。

 光は鋭く広場の床に突き刺さり、黒い煙を上げていた。

 

「一見に如かず、でしょう? わたくしの通常攻撃ですわ。相手にとって不足はないかと」

「あ、ああ。頼もしいよ」

 

 見た目のインパクトが凄い。めちゃくちゃ強そう。

 カルチャーショックだ。これが通常攻撃なのか。

 なんか俺がいつもドタバタ蹴ったり斬ったりしてるのが急に惨めに思えてきたな……。

 いや、それを承知で俺は冒険の王道は騎士だとリビングアーマーを選んだんだ。後悔などすまい。

 これならあの憎き液体を打倒できそうだ。通常攻撃ということなので残弾を気にしなくて済むのも気楽でいい。

 

 しかしシーラはなんというかこう、ゲーム終盤に行ける隠しダンジョンの古代遺跡に出てくる敵みたいだな。

 あたかも雑兵のように登場するのに魔王軍幹部クラスの強さのやつね。

 まさか土偶のお嬢様と肩を並べてダンジョンを攻略する日が来るとは。

 人生わからんもんだ。

 

「当方は後衛職ですわ。アリマさんには矢面に立っていただきたいのだけれど」

「任されよう」

「結構。攻撃速度と命中精度には期待してくださいまし。背中を見せるのに不安を抱く必要はなくってよ」

 

 このゲーム、おそらく当然の如く味方への誤射がある。俺も背後の射線を気にした立ち回りを心掛けなくては。

 とかなんとか考えていたらシーラのこの言葉。

 確かに彼女の熱線のように高速かつ高精度な飛び道具であれば、誤射は起きにくいだろう。

 

「ただしわたくし、ご覧の通り脆いので。取り扱いにはゆめゆめ気を付けてくださいまし」

「把握した。ベストを尽くすよ」

 

 ご覧の通り……? という疑問がよぎったのはおくびも出さずに言葉を返す。

 確かに土偶って割れ物にカテゴライズされるもんな……? いや、確証はないんだけど。

 うっかり敵を背後に通してしまわないよう、気を付けねばなるまい。

 頼りがいはありそうだが、いつもと勝手が変わるだろう。

 不安もあるが、それを上回るくらい楽しみである。

 

「にしても……リビングアーマーの方とパーティを共にするのは初めてですわね」

「ああ、どうも希少種らしいな」

「なんでも、"産業廃棄物"の称号を欲しいがままにしているとか」

「ちょっと言いすぎじゃないか!?」

 

 思わず声を荒げてしまった。

 産業廃棄物て。もっとこう、マイルドな言い方があるだろ。

 ただのHPの回復手段が無い上に修復できなきゃHPの最大値がずっと低いままの種族じゃないか!

 うん、問題点が非常にシンプルかつ重大だね。

 

「まあ確かに回復手段はないが、この地下水道じゃ俺の装甲が通用する。壁として使ってくれ」

「存分に頼らせていただきますわ」 

「よし、じゃあダンジョンに入る前に敵の情報を共有しておきたい」

「よくってよ」

 

 情報共有は大切だからな。

 現時点で知れているエネミーの種類と、その性質。それを漏れなく共通の認識としておく。

 彼女の方がプレイヤーとして先輩だろうが、それでも認識のズレがないように話を通しておいた。

 具体的には毒とか疫病が俺に通用しないことや、慌てて不潔コウモリを始末しなくても俺ならダメージをほぼ負わないこと。

 リビングアーマーのメリットデメリットもちゃんと話した。デメリットを伝える時間の方が長く尺を取るので悲しくなっちゃったな。

 もちろん彼女の種族についても聴かせてもらった。

 種族名、ミステリーゴーレム。脆弱な耐久の代わりに高火力の遠距離攻撃を持つ。

 得手不得手がはっきりした種族だ。役割が明確で連携を取りやすい。

 

 加えて、彼女には一度散策して感じたダンジョンの所感をきっちり伝えておいた。

 一通り説明を聞いたシーラの反応はといえば。

 

「ふむ。意外ですわ」

「どうした?」

「いえ。種族にリビングアーマーを選ぶような方ですから、もっと後先を考えない愚鈍な方かと思っていましたわ」

「いやまあ、否定はできないが」

 

 幸運に支えられている部分も大きいしな。

 自力でエトナを発見したとはいえ、彼女がいなければ酷いことになっていた。

 掲示板調べでは彼女に会えないケースのがほとんどのようだし、効率ではなく浪漫でリビングアーマーを選んだのも事実だ。

 ここまでゲームを遊んで痛感したが、俺がうまくやれてるのは完全にエトナありきだ。

 他のリビングアーマーが絶滅したのも頷ける。

 

「慎重でないとやっていけないだけだ」

「むぅ。遠まわしに褒めたつもりでしたのよ」

 

 シーラはそんな風に言ってくれるが、あまり素直に受け取ることはできない。

 もし俺がエトナに嫌われたら、その瞬間からとてつもない窮地に追いやられる。一瞬で大ピンチだ。

 だいたい彼女がいつまでも俺の装備を修復してくれるとも限らないんだ。

 防具を直す当てがあるからといって、死を顧みずに無謀な突撃を繰り返したりできない。

 

「何にせよ、アリマさんが信を置くに値する方で良かったですわ」

「それを決めるのは、ここを攻略し終わってからの方がいい」

「あなたがそう仰るのでしたら、そうしましょうか」

 

 かくして、騎士と土偶という奇妙なパーティによるダンジョン攻略は始まった。

 




なんか遮光器土偶でもお嬢様言葉だと可愛く見えてくるから不思議
そうは思いませんこと?


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地下水道、リベンジ

感想欄で、皆さんの思う遮光器土偶エネミーがたくさん挙げられてて興味深かったです
ちなみに私の中で印象深いのはケロロ軍曹のPS2のゲームのステージギミック。


 後衛ってすごい。

 地下水道に踏み込んですぐ俺はこの感想を抱いた。

 敵エネミーを視認したとほぼ同時に、うざったい不潔コウモリ達が俺の背後から飛来するビームによって消滅させられるのだ。

 俺はぽつんと孤立したヒトネズミを蹴って斬るだけでいい。

 元から不潔コウモリがさしたる脅威ではなかったとはいえ、後衛にシーラが入るだけで戦闘のペースが段違いだ。

 楽、とにかく楽。考えることが少なくなった。

 

「アリマさんは鎧の身で奇怪な戦い方をしますわね」

「だが、これに強さを見出した」

 

 言いながら、現われた敵の一団の懐に潜り込む。

 狙いはヒトネズミ。【絶】に身を委ね、吹き飛ぶような勢いで空を舞いながら回し蹴りをぶちかまし、そのまま腕に慣性を掛けて柄の底で打つ。

 続けざまに斬り下ろしてトドメ。

 3体いた取り巻きの不潔コウモリは既に黒い煙を上げながら墜落し、消滅している。

 土偶のシーラ、仕事が早い。

 

「だとしても、目を疑う戦いぶりですわ」 

 

 いや、これ本当に強いんだって。

 確かにフルアーマーならどしっと砦のように構えて敵の攻撃を受け止めればいいって思うかもしれない。

 でも【絶】のことを度外視しても体が軽いんだ。

 気分は軽装のモンク。

 帽子女との戦闘でも鎧の身を活かしたタックルは効果が大きかった。

 やはり質量は力なのだ。

 重厚な鎧の戦士が飛び掛かりながら蹴りを見舞う姿は確かに奇怪と言わざるを得ない。

 でもこれがリビングアーマー流の戦闘術だと俺は信じてる。

 

 それに、エトナから貰った失敗作の剣を温存したいという気持ちもある。

 俺は悟ったんだ。この剣、耐久値が低い。

 他の武器がどうかは知らないが、連戦を繰り返せばたちまちオシャカになる。

 この剣もまた先代のようにどこかであっさりとへし折れる未来なのだ。

 だがそんな失敗作の剣でも俺の最大火力。蹴りで体力を削り、剣の消耗を抑えるという狙いもある。

 練習の甲斐あってかキック程度では俺のライフも削れなくなってきた。

 ますます敵を蹴らない理由がなくなってきたというものだ。

 

「そろそろ本命が現れるぞ」

「ええ。備えておきましょう」

 

 歩きなれたダンジョン浅部を抜け、未踏の領域に近づいていく。

 どうにか突破しようと足掻いたおかげで、ヤツが出現しはじめる範囲も頭に入ってる。

 

「来た!」 

 

 正面から緑の水が蛇のように這って現れる。

 我が天敵、濁り水よ。お前には散々煮え湯を飲まされてきた。

 初見なんて攻撃が通用しなくてそらもうパニックよ。

 そのときの俺の醜態はといえば、ホースから出る水に翻弄されるワンちゃんの如く。

 性質の理解した後も憎々しげに睨みつけて威嚇するしかできなかった。

 だが、それも今回までの話。

 

「いかにも、私向きの獲物ですわね」 

 

 シーラの両目が煌めき、二条の光が濁り水を突き刺す。

 蹴っても斬ってもノーリアクションだった水の塊が、初めて嫌がるようにのたうった。

 やはり有効! 濁り水、恐るるに足らず!

 

「待て、様子が変だぞ!」 

 

 しかし無防備に熱線を照射されていた濁り水に、変化が訪れる。

 一団となっていた濁り水が、ワイドに体を伸ばし面積を広げはじめたのだ。

 これだと一点に収束するビームではダメージ効率が悪い。

 大丈夫なのか……?

 

「つまらない小細工」

 

 だが狼狽する俺とは対照に、シーラは毛ほども動揺しなかった。

 薄く広がりながら距離を詰めていた濁り水がたちまち淡い光に包まれる。

 すると濁り水は強引に一つに纏められ、無防備に宙に浮かべられてしまった。

 

「焼却ですわ~」

 

 ひと際強い光が浮遊する濁り水を照らす。

 あとには塵一つ残っていなかった。

 ……濁り水、撃破。

 

「見事だ。助かった」

「他愛もありませんわね」

 

 俺が勝手に不安がっていただけで、結果は楽勝。

 得手不得手があるとはいえ、素晴らしい戦果だった。

 傍らの土偶を見上げながらそれを讃える。

 感情はおろか顔色さえ窺えないが、俺にはどこか彼女が得意げに見えた。

 

「しかし、念力も使えるのか」

「ええ。遮光器土偶の嗜みですわ」

 

 そうなのか。でも遮光器土偶が戦うんなら念力を使えない方が不思議なくらいだもんな。

 こう、土偶ってエスパー的な力は一通り揃えていそうだし。

 俺が濁り水に無力なので、一切動じずに淡々を濁り水を退治してくれるシーラの安心感はすごかった。

 

「この程度なら他のモンスターが一緒でも難なく対処できますわね」 

「頼もしいよ。これなら地下水道も難なくクリアできそうだ」

 

 その為に彼女を呼んだとはいえ、やはりとことんまで手こずっていた難敵を鎧袖一触してくれると気分もスカっとする。 

 行き詰まっていた地下水道攻略に突破口が開いたことに、俺もつい高揚していた。

 

 ──だが、そんな浮かれ気分に冷や水を浴びせる存在が現れる。  

 

「……ッ! アリマさん、戦闘用意を!」 

 

 それは、前触れも無く中空に現れた排水溝のような穴。

 

「なんだこれ!」

 

 シーラがらしくもなく声を荒げたことに緊急性を感じつつも、シーラを後ろに隠すように陣形を組む。

 そうしている内にも空間に開いた風穴はごぽごぽと不快な水音を立てていた。

 穴は絶え間なく大量の黒い泥水を噴出し、びちゃびちゃと音を立てて地下水道の床を汚しだす。

 虚ろな穴の向こう側を凝視し、俺は限界まで警戒した。

  

 井戸の底のような暗闇の穴の奥。

 黒泥にまみれてずるずると、何者かが這い出てくる。

 "それ"はやがて穴から零れ出し、ゼリーにようにぼちゃりと音を立てて滴り落ちた。

 

 そいつは糸に吊るされたような不自然な動きでぐいと体を起こし、幽鬼のように顔を上げた。

 

「エヘ。エヘ。まずは──ありがとうございます。はじめまして、ですよね」

 

 果たしてその姿は、不気味に笑うシスターであった。

 シーラが叫ぶ。

 

「──相手はプレイヤーキラー、【ありがとうの会】です!!!」

 

 いや、ありがとうの会ってなんだよ。



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vsランディープ

「ウフフ。ここ、知らない場所です。連れてきてくださった貴方にはお礼を言わなくてはなりませんね……?」

 

 にこにことキマった笑みを浮かべる修道服の女。

 頭巾に覆われた黄金の長髪を片手で艶めかしく弄びながら、俺に向けてなにやらぶつぶつ言っている。

 外観だけなら可愛らしい修道女だが、兎にも角にも尋常ならざる雰囲気。

 薄気味悪いうえに、どうやら敵対関係。

 月夜を思わせる深い紺色の瞳が俺をジッ……っと見つめてくるが、奴とは会話に応じずシーラに問いかける。

 

「おい、こいつはなんだ!?」

「とにかく敵ですわ!」

「撤退はダメか!?」

「向こうの能力で領域が閉じられています!」

 

 シーラが言うが早いか、排水溝から噴き出す汚泥がエリアを浸食、区切っていく。

 清潔感のあった美しい地下水道はたちまち汚濁されていき、辺りが陰惨な雰囲気に飲み込まれてしまう。

 神秘的な光を放っていたクリスタルは不安を煽るように仄かな光にまで弱まり、一帯は瞬く間に暗澹とした世界に変わった。

 戦闘用にエリアが仕切られたのか? くそ、そういうのもあるのか。

 完全なイレギュラーに付き合ってやる義理もないから逃げちまえと思ったんだが……!

 

「お名前。アリマさんって言うのですね……! エヘへ」

「そういうお前はシスター・ランディープ!」

 

 名前を呼ばれたから修道女の頭上の名を呼び返してやったが、こいつ、プレイヤーネームの表示がおかしい。

 黒い文字が白い光で彩られている。まるで皆既日食のようだ。

 シーラは彼女をプレイヤーキラーと称したが、プレイヤーを殺しに来たプレイヤーは名前がこうなるのか?

 

「来ます!」

「アリマさんっ!!! 私、本当にあなたにありがとうが言いたくって……! ウフフフッ!」

 

 シーラの呼びかけとほぼ同時。顔を紅潮させた修道女が俺の名を呼び、足元の泥から巨大な武器を引き抜いた。

 

「ドリルゥ!?」

 

 それは、巨大なドリルハンマーとでも呼ぶべき代物。

 長い柄の先に大きな機械構造体が繋がっており、金属の円錐に螺旋状の溝が走った切削工具が装備されている。

 要するに、ロボットとかによく付いてる岩盤でも容易くぶち抜けそうなアレだ。

 そういうのもアリな世界観だったんですねこのゲーム。

 

 とかなんとか現実逃避混じりで狼狽している内に、ランディープは修道服とミスマッチな機械槌を構え突撃してきた。

 だが、体を動かしての回避はしたくない。コイツが俺を無視して後衛のシーラの元まで駆け抜ける可能性があるからだ。

 故に俺はダメージを承知で鎧で受けるしかなかった。

 

「エヘ。わたしのはじめての"ありがとう"、アリマさんに捧げます……!」

 

 だが、棒立ちで攻撃を食らってやる義理はない。

 ギュラギュラと駆動音を掻き鳴らす機械槌を前に、足甲を使った蹴りで弾き軌道を逸らす。

 ドリルを避け機械部分を狙って蹴ったとはいえ、それでも巨大な鉄塊。

 足甲が損傷しHPが削られるが、承知の上だ。

 

「なッ……。どうして私の"ありがとう"を受け取ってくれないのですか!?」

 

 気味の悪い言動と共に続く機械槌の猛撃を全て蹴ってはたき落とし、肘鉄で突き飛ばして間合いを取り直す。

 即座にシーラが追撃のレーザーを放ち、ランディープはそれを駆けて避けた。

 

「何故です? 私はただアリマさんに喜んでほしくて、純粋な気持ちで"ありがとう"をお渡ししているのに……」 

 

 ハンマーを脚で蹴って弾く曲芸じみた真似は死ぬほど神経を削られる。あのドリルの破壊力じゃ一回ミスっただけで余裕で即死だ。

 鎧の防御なんていとも容易く貫通してくるだろう。

 せめて剣で防ぎたいが、あのドリルハンマーを剣で防御なんてすれば十中八九へし折れる。

 レシーとの闘いで敵の攻撃を剣で防いで失敗した経験もある。同じ轍は踏めない。

 蹴りで相手の攻撃を弾き返すのなんてぶっつけ本番だが、なんとかなるもんだ。

 

「こんなにも真摯な気持ちで"ありがとう"の意味を込めているのに、そんな……酷い……フフ」

 

 ランディープはなよなよとした言動でさも悲しげにしながら、遮蔽物のない水路を機敏に駆けシーラの熱線の悉くを捌き切る。

 土偶のシーラの存在は意にも介していないようで、瞬き一つしない視線はただ俺だけをずっと見つめていた。

 余裕のつもりか? ムカつく話だ。

  

 シーラの援護射撃の切れ目を見計らい、今度は俺が攻勢に出る。

 【絶】による急接近からの回し蹴り。

 

「ウフッ。わかりました。あなたには"ありがとう"を言われる側としての自覚が足りないのですね」

 

 だがコイツもまた俺の蹴りをハンマーの柄で防ぎやり過ごす。 

 初見の【絶】に狼狽えた様子すらない。かなりの肝の座りようだ。

 

「エヘへ、ちゃんと立場をわからせてあげます。"ありがとう"の受け取り方、私が教えてさしあげますね」 

 

 相手に攻撃ターンを譲らないように剣と蹴りの応酬で攻撃を続けるが、ダメだ。

 ランディープは熱っぽい視線で俺をガン見しており、防御において一切の隙を見せない。

 ちっとも有効打が入らねえ。

 

「エヘ、エヘ……ウフフフッ!」

「笑ってんじゃねえ!」

「わたし、はじめての"ありがとうを"アリマさんにお渡しできると思うと嬉しくって。ウフフ……」

 

 気味が悪くてしょうがねぇよッ! なんだコイツ!

 NPCじゃなくてプレイヤーだっていうのが尚更に鳥肌たつわ!

 

「さっきからなんだよありがとうを言いに来たって! 意味わかんねえぞ!」

 

 吠えながら回転斬りを見舞う。

 咄嗟に飛び退いたランディープを、シーラが空中で射抜いた。

 熱線はランディープの体を貫通し、上下に開いたレーザーが奴の体を真っ二つに両断する。

 

「やったか?!」

 

 空中で二つに分かたれたランディープが、濡れた雑巾のようにべちゃりと無造作に地へ堕つ。

 これは流石に仕留めたのでは!?

 

「ウフフ」

 

 ──だが。

 

「今のは効きました。でも……」

 

(うそだろ)

 

 半分に割けたランディープは、その姿のまま平然と立ち上がった。

 

「わたし、ハーフスライムなのです」

 

 悪い冗談も程々にしてくれ……!

 

 




たぶんだけどランディープちゃんは語尾に全部ハートマークついてるよ


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ありがとうの撃退

「ウフフ、ありがとうの時間はまだ終わりませんよ?」

 

 うっとりと語るランディープが、これみよがしに体を濁った粘液に変えていく。

 くそ、オーソドックスな人型だから癖の無い種族かと思ってたのによ。

 なんだよハーフスライムって。そんな種族知らねえ。

 半分人間で半分スライムってか?

 

「今日はアリマさんがわたしの"ありがとう"を飲み込んでくれるまで諦めませんからね。ウフフッ」

 

 二つにちぎれ、どろどろと溶けかけている凄惨な姿のまま、熱っぽい視線とともに滔々と語るランディープ。

 要するに殺害宣告ってことだよな?

 というか普通、ありがとうの事を『飲み込む』とは言わないんだけどな。

 こいつのありがとう観はどうなってるんだ。いやそもそもありがとう観ってなんだ。

 クソ、頭がおかしくなりそうだ。 

 なんだよありがとうの会って。マジで意味がわかんねえ。

 

 そもそもなんで俺こんなに目を付けられてるわけ? さっきが初対面じゃん。

 なんにもした覚えないんだけど。

 目の前のシスターがずっと嬉しそうなのも俺わけわかんないよ。

 

 だが、泣き言いってもしょうがない。今は戦わないとどうしようも無いんだ。

 ようやく有効打が入ったんだ、このまま流れに乗って攻め切る!

 

「シーラ、念力いけるか!?」

「向かって左だけ止めますわ! 長くは持ちませんわよ!」

 

 溶け合い一つに戻ろうとするランディープの機械槌を握った側を念力で止めてもらい、俺は攻撃を仕掛ける。

 身体が二つに千切れているんだ、戦闘能力は若干なりとも低下しているはず。

 念力のサポートで武器も振るえない今がチャンスだ。

 鋭く踏み込み、一息に剣を薙ぎ払う!

 

「ウフフ」

 

 だが。

 

「いまのわたし、スライムですよ?」

「ああっ! また俺の剣がッ!!」

 

 ずぶずぶとランディープの体に沈み込んだ刀身は、振り抜いたときには溶けてなくなっていた。

 このやろ、都合の良い時だけスライムになりやがって!

 物理の効く人型と液状のスライム特性を瞬時に切り替えられるのか?

 さっきまで物理効いてたんだから今も通用すると思うじゃん!

 くそ、やられた。コイツのスライムボディにはそんな特性があったのか。

 

 それに、またいつものだ。

 俺の剣、踏み込みが深かったから刃の根元までなくなってしまった。

 もう握りの部分しか残ってねえや。

 

 シーラの念力の効果も途絶え、千切れていたランディープが元通り一つに融合する。

 一気に畳みかけるつもりが失敗、武器まで失った。

 ここは一度間合いを取って仕切り直さないと。

  

「軽率にこんな近くまできてくださって……。わたしうれしい」

「うぉわ、気持ちわりぃ!」

 

 だが、距離を取る前にランディープは自らの下半身をも粘液に変え、俺の鎧に絡み付かせた。

 俺の腰から下は完全にスライムと化したランディープの体内に取り込まれ、もはや動かせない。

 まずい、これはやらかしたかもしれん!

 危険を感じ自由な上半身で攻撃して振り払おうとするも、武器がねぇ!

 迂闊に殴れもしない。ランディープの体内に腕が埋まったらどうする?

 そのまま腕が溶けてなくなる可能性だってあるぞ。

 この状況、どうすりゃいい……!?

 

「ウフフ、狂い果ててしまいそう……」

 

 葛藤で判断が遅れ硬直した隙に、ランディープは頬を赤く染め粘液に溶けかかったベタベタの肢体を俺に密着させた。

 機械槌をも手放してそのまま鎧の背後に腕を回し、彼女は俺を強く固く抱き締める。

 あ。嫌な予感。

 

「わたしの心からの"ありがとう"、受け取ってくれますよね」

 

 恍惚に蕩けた表情を浮かべるランディープ。

 その端麗な顔が、頭部が、一瞬のうちに巨大でグロテスクな肉の壺に変わる。

 壺の口が俺の頭に狙いを澄ます。内部でピンク色の肉塊がみちみちと蠢いているのがありありと見えた。

 

 驚愕。そしてドン引き、恐怖。

 ヤ、ヤバイ! 何をされるか分からんが凄くマズイぞ!

 俺とランディープが半ば融合しているせいでシーラも手が出せねぇ!

 俺ナニされるの!?

 このまま俺"ありがとう"されるの!?

 

 絶対絶命。

 終わりを感じたそのその刹那。

 背後から複数の飛来物。

 シーラの熱線ではない。

 飛んできたのは──トマトだ。

 

「……時間を掛け過ぎましたか」

 

 無数に飛来したトマトは空中で捻じれ槍のように変じ、悉くがランディープへ殺到する。

 ランディープは瞬時に元の女性の姿に戻り、傍らの機械槌を掴んで俺から素早く離れた。

 ずっと喜色満面に彩られていた彼女の表情は、会って以来初めて至極不快げに歪んでいた。

 

 「エヘへ……。一応足掻いてみますが」

 

 すぐさま駆けて避けようするランディープだが、大量のトマトはジグザクと軌道を変えながら超高速で追尾。

 彼女の疾走でさえ回避が追いつかず、紅い槍と化したトマトは容易く彼女を地へと縫い付けた。

 その力は強力で、スライムの身でさえ脱出は叶わないようだった。 

 

「ぐぇ。……野菜は嫌いです」

「災難だったな。間に合ったようで何より」

 

 音も無く俺の隣に並んだのは男前の美丈夫……ではなく、浮遊するトマト。

 コ、コイツ発売前キャラクターヴィジュアルの!

 見た目からは想像もつかない夏野菜のように爽やかな声帯の所有者だった。

 何らかの形でゲームに登場するって話だったが、まさがプレイヤーキラーから守る為に駆けつけてくれるヒーローだったとは。

 しかも凄く強い。あのシスター・ランディープをこんな一方的に倒すなんて。

 

「言い残すことは?」

「──アリマさん」

 

 地に伏せたまま、ふてくれされていたランディープ。

 だが俺を視界に捉えた途端、彼女の表情に光が満ちる。

 憂鬱そうだった深海色の瞳が、再び爛々と輝きだした。

 

「わたし、ぜったいアリマさんに"ありがとう"をします。必ずですよ、諦めませんからね。ウフフッ」

 

 ひぇ……。

 バキバキに目力が籠った双眸で俺を射抜きながら告げるランディープ。

 やめてくれよ……。いったい何がお前をそこまで駆り立てるんだ。

 

「では、死んでもらうぞ」

 

 遺言を聞き届け、トマトがもう一つのトマトを地に伏せたランディープに投げ渡す。

 放られたトマトは着弾の瞬間に黒い球に変化、ブラックホールのように全てを飲み込んだ。

 トマトってなんだっけ。

 

「君たちも無事で何より。では私はこれで」

 

 半ば茫然としつつも、その圧倒的な強さからトマト先輩にキラキラした視線を送っていた俺だったが、あくまでもトマト先輩は業務的。

 ランディープの消滅を確認するとたちまち光に包まれて消えてしまった。

 それに合わせ、虚空に開いた排水溝のような穴も閉じる。

 汚染されていた地下水道の景色は、汚泥の供給を失い元通りに浄化されていった。

 

「……嵐のようでしたわね」

「ああ……。一度拠点まで引き返そう」

「賛成ですわ~……」

 

 どっと疲れた。

 土偶のシーラもたぶん同じ気分だろう。

 俺も下半身をランディープに飲み込まれて抱き着かれた際に、だいぶ鎧を溶かされてしまった。

 HPの減少も少なくない。今回の攻略はここで打ち切りだ。

 

 ハァ、濁り水を倒して順調な攻略に喜んでいただけなのにな。

 なんかきもち悪いシスターが割り込んできたせいで台無しだよ。

 

 




トマト先輩マジかっけぇっす


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ありがとうの会合

 

 四方八方から腐った泥水の流れ着く、どことも知れぬ汚らわしい吹き溜まり。

 そこでは、イカの頭部を持った神父が教えを説いていた。

 

「良いですか? 浸食に成功しターゲットを発見したら、早速ありがとうを言いましょう。顔を見たら、まずはありがとう。これは基本ですが、大切なことですからね」

 

 神父が語る。

 それは、ありがとうの極意である。

 殺しに感謝は不可欠であるからして。

 

「一にありがとう、二にありがとうです。大切なのは口に出すことですよ。何に対してのありがとうかは、あとで考えればよろしい。たとえどんなに強情な方が相手でも、相手が受け容れてくれるまでありがとうを続けていれば、いつか必ずわかってくれます」

 

 神父が語る。

 それは、プレイヤーキラーの心意気である。

 まともなままでは、人を殺すのも躊躇われる。

 たとえフリでも、まずは狂うことから始めるのだ。

 

「行き場のないありがとうを告げることに、初めは罪悪感を感じることもあるでしょう。でも大丈夫です。それは誰もが通る道。始まりは言い掛かりでも、ずっとありがとうを言い続けていればやがて本当のありがとうを見出すことができますからね」

 

 神父が語る。

 それは、本当の狂気への萌芽である。

 良否はさておき、ときに偽物が本物の境地に至ることがある。

 

 このゲームにおけるPK行為【浸食】は時にボランティア活動などと揶揄される。

 理由は単純で、実行者のメリットが乏しいからだ。

 【浸食】は呼ばれてもいないのにダンジョン攻略中のプレイヤーの元に割り込み殺しにかかるアクション。

 言ってしまえばダンジョン攻略中のプレイヤーにサプライズを仕掛けて楽しんでもらう慈善活動。

 ゲームに用意されたシステムでプレイヤーを盛り上げようとしているのだ。

 

 だが、【浸食】はいかんせん押し付けがましい。 

 ダンジョンの攻略に緊張感が生まれると歓迎的な態度を取る者もいれば、迷惑行為の烙印を押して徹底的に嫌悪する者もいる。

 結局やっていることはプレイヤーによるプレイヤーの殺害。

 なので、思惑はどうあれ実行者の風評が地に落ちる。

 当然、被害者から心無い罵詈雑言を浴びせられる。

 邪魔しやがって、お前のせいで、殺してやる。

 ゲームの恨みは恐ろしい。直の怨嗟を、本当の人間から感情をぶつけられる。

 それが本懐、その為のプレイヤーキラー。

 

 ……そう言い張れる者は、多くない。

 本当のPK狂いでもなけば、到底やってられないだろう。

 ──だから彼らは、狂気を装うことにした。

 

 というのがおでかけ用の言い訳。 

 それは【ありがとうの会】のほんの一面であって、実情はしばし異なる。

 本質はそんな小難しい話ではない。会の起こりは至ってシンプル。

 

 『ありがとうって言いながら殺しに来たらおもしろくね(笑)』

 

 これに尽きる。

 そんなIQ3程度の悪ノリと悪ふざけで始まったのが【ありがとうの会】だった。

 だが神父は、だからこそだんだん会が手に負えない感じになりつつある現状に焦りを感じていた。

 

「……おや。誰か帰ってきましたね」 

 

 イカ頭の神父が傍らの床にある床の黒い穴に目をやり、一時説法を取りやめる。

 視線の先にあるのは、ドブのような黒い何かが断続的に噴き出すマンホール。

 動きが活発になったマンホールから、泥の塊に身を浸しながら這い上がってきたのは一人の修道女。

 つい先ほどトマトに敗れた人物、シスター・ランディープであった。

 

 彼女はまさに神父の悩みの種そのものだった。

 黒いプレイヤーネームを持つ彼女は"狂ったフリ"のこのギルドに後に参加し、本当の狂気に至った一人である。

 

 ほとほと困り果てたのは神父のほう。

 明らかに彼女のほうに素質があったとはいえ、彼女はこの【ありがとうの会】と悪魔的融合を果たしとてつもないモンスターと化してしまった。

 それには神父もまた強く責任を感じる所である。とはいえ、これは自分で始めたロールプレイ。

 神父も今さらやっぱ無しとはいかないのだ。

 

「おお、シスター・ランディープ! あなたは今日が初めての"ありがとう"でしたね。どうでしたか?」

「ウフフ。とっても素敵な出会いでしたわ、神父さま」

 

 絶対にありがとうをお渡ししたい方に出会えました。

 ランディープは言いながら、直前の敗北を物ともせず立ち上がる。

 彼女が頭から被った黒い泥は油が水を弾くようにずるずる下へ下へ流れ落ちていく。

 前向きな言葉を告げるランディープだが、その笑顔は晴れやかとは言い難い。

 思い残したことがあるからだ。

 

「でも……。とっても素敵な方だったのに、"ありがとう"のお渡しは失敗してしまいました」

「そう気に病まないで。それは無理もないことです。あなたはまだ、"ありがとう"を始めて間もないのだから」

「ウフフ。でも、神父さま。わたし、本当にお礼を言いたい方に出会ったことで、やっと"ありがとう"の意味がわかったの」

「お、おお。シスター・ランディープ。それは素晴らしいことですね」

 

 うっかりどもる神父。神父は内心で思う。ありがとうの意味ってなんだよ、と。

 意味なんてないよ。だって意味不明で相手がビビるかなって思って適当に言ってるだけなんだもの。

 そういうつもりでずっとやってきたんだから。

 

「はい。わたしあの人の為に、これからもっともっと上手に"ありがとう"を渡せるよう努力しますわ」

 

 祈るように両手を組み、ランディープは決意を新たにする。

 その表情は恋する乙女のように赤い。

 

「待っててくださいね、アリマさん。わたしいつの日か必ず、アリマさんがどんなに嫌がってもどんなに抵抗しても、ぜーんぶ力ずくで捻じ伏せて"ありがとう漬け"にしてさしあげますから……!」

 

 明るい未来を思い描き、呼吸を荒げながら希望に胸を膨らませるシスター・ランディープ。

 その熱量を間近で受けた神父は、静かにドン引きしていた。 

 

「ウフフフッ……!」

 

 どうしよう。神父は頭を抱えたくなった。

 【ありがとうの会】の活動は今日も続く。

 

 

 




ランディープちゃんのヤバさにはきちんと理由があるので皆さまは安心してドン引きしてくださいね


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一時撤退

「どうしました?」

「いや、悪寒がすごくて」

 

 なんか急に背筋に氷柱を突っ込まれたような恐怖感が突然。

 なんだか"ありがとう"の幻聴が聞こえてきそうな……。

 心配だな。体調不良とかじゃないといいけど。

 

 あの場で話し合った通り、俺たちはダンジョンを引き返した。

 ほぼ無傷のシーラだけがダンジョンに残る手もあったが、彼女にその気は無かった。

 多分、手負いの俺が安全が戻れるようにという気づかいもあったのだろう。

 人情味のある選択肢に感謝。シーラには素直にありがとうと告げたのだが、直前の出来事が出来事だったので嫌そうにしていた。

 ひどい。

 帰り道でシーラに聞いてみたが、あれは【浸食】というPKのシステムらしい。

 ダンジョン攻略中の誰かの所へワープという形で強引に割り込み、空間を逃げ場のないファイトリングのように閉じた状態でぶっ殺しにくるそうだ。

 ランディープが辺りを見て『知らない場所』と言っていたように、浸食が未踏のダンジョンでもワープしに来れるらしい。

 独占状態のこのダンジョンでなぜプレイヤーキラーがと思ったが、そういうカラクリだったようだ。

 

「で? 【ありがとうの会】の襲撃から生き残ったんだろ。やるじゃねえか」

「ああ、最悪な目に遭わされた」

 

 そして、俺たちはダンジョンで何があったかをドーリスに説明している最中だった。

 ダンジョンの攻略中に発生した諸々はドーリスに報告することになっている。

 彼としても準備万端に送り出した二人が心身ともにげっそりして帰ってきたのだから、何があったくらい知りたいだろう。

 

「だが、溶解か。知らねぇ手口だな。会に新入りが入ったか」

「シスター・ランディープって名前だった。修道服の」

「自らをハーフスライムと仰っていましたわね。器用に人間形態とスライム形態を使い分けていましたわ」

 

 シーラが俺の説明を補足してくれたが、俺は苦汁を飲まされたのはまさにその内容。

 序盤は物理が効く様子だったが、後半で正体を表してからはずっと向こうにペースを握られていた。

 俺みたいな物理一辺倒じゃかなり厳しい相手だった。

 種族のアドバンテージを一方的に押し付けられる相性不利のしんどさを学ばされたな。

 濁り水を相手にしたときもそうだったが、プレイヤーという中身入りの存在と対峙したことで、改めてその恐ろしさを味わった。

 ああいった特殊な防御系の敵は今後も登場するだろう。

 奴らに通用する属性攻撃の習得は急務だ。

 得意とまではいかずとも、せめて俺一人で相手できるようになりたい。

 

「ハーフスライムぅ? あの種族に使い手がいるのか。耳を疑うぜ」

「そんなに癖のある種族ですの?」

「なまじ人の状態があるせいで、自分の体が溶ける生理的嫌悪感が酷くてマトモに使えねえって評判だよ。聞けば、腹からはらわたが零れ出すような感触らしい」

 

 うわ。聞いてるだけで気持ち悪いぞ。想像もしたくない。

 無駄に肉感的な表現をしないでくれ。

 いやな想像を頭から追い出そうとして、一つ気になることを思い出した。

 ランディープのネーム表示だ。皆既日食のような異様な表示だった。

 あれが一体なんだったのか、この際だからドーリスに聞いてみよう。

 

「ソイツ、名前が黒地で白く光る妙な状態だったんだが、アレはなんなんだ?」

「馬鹿お前、それを早く言え。このゲームにゃ【忘我】ってシステムがあんだよ」

 

 ホウレンソウの欠如によりドーリスから御叱りが飛んできてしまった。

 多分これ、シーラも俺が知ってるものだと思って説明を省いたパターンだ。

 ドーリスもそれを察したようでシーラに向けもの言いたげな視線を送るも、直立不動の土偶はそれを知らんぷりした。

 ドーリスは深くため息をついて、ガシガシと頭の後ろを掻きながら俺に説明を続けた。 

 

「そのランディープってのは言わばキャラクターの亡骸だ。放棄されたキャラの中には、稀に主も無く動き出すやつがいるんだよ」

「え、こわ……」

「連中はNPCだが、俺たちプレイヤーと同じ立場でゲームと関わる。ダンジョンを攻略したり、ギルドに所属したりな」

 

 なにそれ。自分の作ったキャラがゲーム内で勝手に動き出すって怖すぎませんかね……。

 頻度がどれくらいかはわからないけど、プレイヤー本人がゲームを飽きるか辞めるかしてキャラを見放しても、クリエイトしたキャラはゲーム内で生き続けるのか。

 画期的なシステムにも思えるが、どこかうすら寒いものを感じるな……。

 

「【忘我】したキャラの性格はクリエイト時に設定した【最後のよすが】が関わってるっつう説が濃厚だな。どんなやつだった?」

「マトモとは到底言い難い人物でしたわ。ですよね、アリマさん」

「あまり思い出したくない」

「その様子じゃ目を付けられたか? ヒヒ、ご愁傷様だな」

 

 俺はあのシスターがリアルの人間じゃなくて良かったと安心する一方で、あの振り切った狂気に今後も付き合わされることに絶望を感じた。

 ランディープを生み出したどこかの誰かさんは、彼女に一体どんなキーワードを与えやがったんだ?

 とんでもない狂人が爆誕しているんだぞ、責任とりなさいよ。

 ドーリスも何がご愁傷さまじゃい他人事だと思いやがって。 

 

 ああシスター・ランディープよ、どうかあの発言の悉くがただのリップサービスであってくれ。

 あんなテンションで付き纏われたら俺の心臓がいくつあっても持たないよ……。

 というかあれだけの激闘の中で、徹頭徹尾ただの一度もシーラに目を向けてないのが怖すぎる。

 数的不利を背負っているなら多少強引にでも後衛を先に倒したくなるだろうに、最後まで完全無視。

 終始俺だけをガン見していた。なんか思い出したら怖くなってきたな……。

 

「だいたい何なんだよ【ありがとうの会】って……」

「要するに、同じプレイヤーを殺すことを目的としたPK集団のギルドですわね」

「キャラが濃すぎるだろ」

 

 もっとこうシリアルキラー的な、快楽殺人鬼みたいな雰囲気かと思うじゃん。

 そしたら俺もまだ立ち向かいようがあるのに。

 なんで俺は身に覚えの無いありがとうを言われなきゃならんのだ。

 俺夢に出てきそうだよシスター・ランディープが。

 

「連中、フリなのか本当に狂ってるのか定かじゃねえからなァ……」

「まあ相手をするこちらからしてみれば、どちらも同じ狂人ですわ」

 

 率直に申し上げて、もう二度とお会いしたくありません。

 ブロック機能とかでマッチング拒否とかできねぇのかな、このゲーム。

 でもランディープなら仮にブロックしてもその機能さえぶち破ってニッコニコで馳せ参じてきそう。

 ヤツには本気でそう思わせるほどの凄みがあった。

 切実にやめてほしい。

  

「俺はこれから常に彼女のありがとうに怯え続けなきゃならないのか……?」

「まぁ、そうなりますわね」

「ご存じの通り、決着するまで逃げることもできねえからなぁ」

 

 

 悪夢だ。

 これじゃおちおちダンジョン内でスキル育成もできやしない。

 次また目の前にあの汚らしい排水溝が現れたら俺絶叫しちゃうぞ。

 

「そ、そうだ! 助けに来てくれたトマトはなんだったんだ?」

 

 ふと思い出し、縋るように名前を口に出す。

 俺の希望、トマト先輩。

 最初に発売前ビジュアルでその姿を拝見したときは失笑ものだったが、今ならもう拝み倒す。

 

「あのトマトは洗浄者ってサブ職業を持ってる。誰かが汚染によって区画を閉じると、そこに更に割り込んで汚染の元凶を叩きに来るのさ」

「ご覧になったとおり、NPCでありながら現状トップクラスの実力ですわ」

 

 何も知らない俺に、二人が丁寧に説明してくれた。

 なるほどね。その洗浄者ってサブ職業がプレイヤーキラーに対しての抑止であり、被害者にとっての救済措置なんだな。

 浸食で割り込んできた奴のところに、後を追うように更にもう一度ワープで割り込んで来ると。

 中でもあのトマトは最強の執行人ってわけか。

 

「だが、期待するなよ。必ず来るとも限らないし、洗浄者が実力者だって保証もねぇ」

「今回のケースはかなりの幸運でしたわね」

 

 そうなのか。

 洗浄者全員がトマト先輩級の強さではないんだな。

 じゃあ今後また誰かに乱入されても、しっかり自分の力で退けられるくらいにならないとだな……。

 ううむ、もっと強くなりたい。

 

「ともあれ、アリマさんがその様子ですから一度解散ですわね」

「ああ、すまんな」

「交通事故にあったようなものですわ。お気になさらず」

 

 ポーション飲んではい復活とならないのがリビングアーマーの悪いところ。

 継戦能力というか、戦線復帰能力に難ありだ。予備の鎧でもありゃいいんだがなぁ……。

 ともあれ、今回は出直そう。

 

 

 




というわけで、ランディープちゃんの正体はプレイヤーに放棄された後に自我を持ったキャラデータでした。
彼女の性格、ナーフするかはぶっちゃけかなり迷いましたが、弱体化パッチは適用せずにリリースすることとしました。はたしてこれでよかったのか


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調合依頼

 エトナの作業場は、もはや俺の実家といっても過言ではないかもしれない。

 それくらい通い詰めているし、入り浸っている。

 今回もまた、防具の修復と武器の調達のためにエトナのもとへ足を運んでいた。

 

 他のプレイヤーの拠点は大鐘楼の街らしいが、俺の拠点はエトナのいる場所だ。

 だって俺ここでしかライフを回復できないんだもの。超がつくほどの重要拠点に決まってる。

 

 武器にしたってそうだ。俺の初期装備の錆びた剣はレシーに斬り落とされたが、そうでなくても長くは持たなかっただろう。

 必然、エトナに頼らざるを得ない。

 たとえ失敗作と称されていようと、剣は剣。

 温存しながらとはいえ、地下水道の攻略にも耐えうる性能だった。

 まぁヤバいシスターの体内に溶けてしまったんだが。

 

 まあそれはさておき、今回はいつも違うことをエトナに頼まなくてはならない。

 彼女は気難しいので、気分を害さないといいが……なんて心配しつつ俺は口を開いた。

 

「相談がある」

「聞く」

 

 即答じゃん。

 食い気味だったよ。逆に俺がビビってしまった。

 あらかじめ声を被せようと構えていたんじゃないのかってくらい応答が早かった。

 ちょっと言い出すの怖かったのに、想定外の反応。

 用が済んだらはよ出ていけって言われると思って戦々恐々としてたんだからね、こっちは。

 でも、エトナの様子は変わらない。いつも通りだ。

 こちらを見向きもせず、熱した鉄を真剣に見つめながら金槌を振り下ろしている。

 鍛冶の手は止めないが、聞く態度ではあるらしい。

 

「スライムが斬れなくて困ってる。どうにかしたい」

「どう、とは」

「実体を捉えられないやつも斬りたい」

 

 濁り水だとかスライムみたいな、物理の通りが悪い敵への攻撃手段がほしい。

 特にシスター・ランディープみたいなのが強引に俺の元にやってくると分かった以上、自衛手段がないと心臓に悪すぎる。

 無抵抗のまま死を受け入れるしかない、みたいな状況は勘弁だ。

 

「……」

 

 それを聞いたエトナは作業の手を止めた。

 珍しい、滅多なことじゃ作業なんて中断しないのに。

 エトナは何かを考えこんでいるようだ。

 ちょくちょく会話を交わしてわかったことだが、彼女は口数こそ少ないものの、話しかければ何かは返してくれる。

 声を掛けても何も言わずに無視をしたりしない。だからきっと、彼女は今なにかを悩んでいる。

 そして、それを口にしていいものなのか躊躇しているのだろう。

 エトナ一級鑑定士の俺が言うんだから間違いない。

 

 しばらくの逡巡ののち、エトナが俺を見る。

 彼女のたった一つの大きな瞳は、珍しく迷いに揺れていた。

 

「持ってる素材、全部よこして」

「わかった」

 

 即答だ。聞き返しもしない

 所持品を全部エトナに譲った。

 全部だ。全部。言われるがままに地下水道の敵のドロップ品から宝箱の中身まで全部エトナに渡した。

 おかげでメニューの所持品がすっからかん。 

 いやぁ、話が早くて助かるぜ。 

 

「……これで武器に塗布する刃薬を作る」

「ほう」

「でも、今の私だと何ができるかはわからない。失敗するかも」

「いい、任せるぜ」

 

 まあいい感じに何かできるだろ。

 ダンジョンの宝箱からは鉄くず以外にもなんか黒い粉とか出てきたし、それっぽいのが作れるんじゃないか?

 

「もしも失敗したら──」

「好きにやれ。素材はまた集めりゃいい」

「……わかった」

 

 不安げにしていたエトナは、俺の言葉を聞いてしずしずと頷いた。

 どうせ貴重品なんかひとつも混ざってないだろ、知らんけど。

 俺の持ってた素材アイテムなんて、ほとんどが地下水道の浅部を練り歩いて集めたものだ。

 ま、もし失敗に終わってアイテムが全損しようが構わん。エトナに言った通り時間を掛けてまた集めればいいだけの話だ。

 ダンジョンに入り浸ることでまた誰かに邪魔をされるリスクはあるが、負けて武器防具がぶっ壊れてもまたエトナに直してもらえばいいしな。

 

 俺の言葉に彼女も覚悟を決めたらしい。エトナが山盛りの素材を抱えたまま工房内をトタトタと歩き回って様々な道具を揃えていく。

 手伝おうと声を掛けようか迷ったが、仕事に取り掛かったエトナの邪魔をするべきではない。

 俺は口をつぐんだ。

 あれこれと甲斐甲斐しく手を出し始めたら、それこそ信用してませんって言ってるようなもんだ。

 俺はなおも不安げにしているエトナなんて見て見ぬフリして、全部任せて黙って待っときゃいい。

 それが勤めみたいなもんだろ。

 とかなんとか思いながら、それはそうと何をするのかは気になるのでエトナの作業を眺めていた。

 

 素材を石で磨り潰したり、壺の中に入れて水と混ぜたり、火を掛けた釜の中でぐるぐる混ぜたり。

 エトナはわちゃわちゃと慣れない手つきで慌ただしくああでもないこうでもないと試行錯誤していた。

 不慣れゆえか、おっかなびっくり作業を進める後ろ姿は常に一心不乱に鉄を打つ普段のエトナとはまったく違って見える。

 だが、そのひたむきな姿勢は変わらない。その姿を知っているから、俺は彼女に全幅の信を置けるのだ。

 

 そうして、エトナの作業を見守ることしばらく。

 

「なんかできた」

 

 やがてエトナが両手に抱えて持ってきたのは、数十もの小瓶。

 中には色とりどりの液体が詰められている。

 

「効果は?」

「保証できない」

 

 おおう。エトナに珍しく弱気なセリフ。

 でもまあ、素直に告白された方がウソをつかれるよか百倍マシだしな。

 

「ただし武器に塗れば、必ず何らかの力は宿る」

「十分だ」

 

 じゃあ問題ないじゃん。

 たぶん効果がランダムというか、使ってみるまで分からないってことだろ?

 俺としちゃ属性がなんであろうと不定形の敵にダメージが通るんならそれでいい。

 ゆくゆくはそれじゃマズイかもしれんが、有りあわせの素材でこれだけの力が手に入るなら安いもんだ。

 

「それから、刃薬の効果は永続しない」 

「そうなのか。心得た」

 

 あくまでも一時的強化に過ぎないらしい。まあ贅沢は言えんわな。

 だが、それで不足はない。ほんの一時といえど攻撃が効くようになるなら大違いだ。

 いやはや、迷いつつもエトナに相談した甲斐があったな。

 頼って良かった。 

 

「助かったよ。また来る」

 

 よし、地下水道にリベンジだ。

 




素材全部よこせって言われた際に僅かでも聞き返したりすると「やっぱりいい」って返ってきてこのイベントは消失、以降エトナがしょんぼりします。 


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地下水道、再攻略

更新ペースを隔日に落として、本文の量を増やすか迷ってます


「前と同じところまで来れたな」

「邪魔さえ入らなければ、苦戦も特にしませんしね」

 

 土偶のシーラと再集合し、俺たちは再び地下水道を攻略していた。

 俺がエトナのところで準備を行っている間シーラを待たせる形になってしまったが、彼女は彼女でやることがあったようだ。

 具体的には、この地下水道で見聞きしたものを【生きペディア】に保管するための編纂作業があったらしい。

 熱心なことだ。ドーリスにも思ったことが、プレイヤーが違えばゲームの楽しみ方のまた異なる。

 同じゲームを遊ぶにしても、どこに楽しみを見出すかは人次第ということらしい。まさに十人十色というやつだな。

 

「ここから先は、もう事前情報なしだ」 

「ダンジョンの中層になりますか」

「濁り水も増えてきた。敵の顔ぶれも変わってくるかもしれん」

「今の所は雑魚ばかりですけれど」

 

 言いながらシーラが濁り水を蒸発させる。

 すごく手際が良い。苦戦要素無しだ。

 この分なら濁り水が他のモンスターとセットで来ても対応可能だろうな。

 

「先も対処しやすい相手であればいいんだが」

 

 後から遅れて駆けつけてきたヒトネズミに飛び蹴りをかまして撃破。

 現状、負ける要素はない。

 

「アリマさんも属性攻撃の手段を用意できたということですし、何とかなると思いますわ」  

 

 エトナに用意してもらった刃薬の存在は、シーラとも共有してある。

 だが刃薬はあくまで保険として扱い、液体系の対処はシーラに任せることにしてある。

 刃薬は有限のリソースだからな、温存させてほしいと頼んだ。 

 せっかくエトナに作ってもらったとはいえ、必要に迫られない限りは使わん。

 

「おや。早速新手ですわ、アリマさん」

 

 とかなんとか言ってたらさっそく新種のモンスター出現。

 ヒョロっと長くてトゲトゲしたデザインの、灰色をした騎士の石像。

 だが妙に動きが鈍臭く、直立の姿勢がゆっくりと歩みを進めてきていた。

 

「とりあえず照射ですわ~」

 

 様子見も兼ねてシーラがビームを発射。

 騎士の石像は避ける素振りすらなく、無抵抗のまま熱線を受けた。

 

「ううん。ダメージの通りが悪いですわ」

「今度は特殊攻撃耐性か?」

 

 熱線を突き刺すことしばらく。石像は表面に焦げが付いた程度で、ちっとも効いた様子がなかった。

 向こうの動きが遅いから間合いを取り続けてひたすらビームは撃てるだろうが、これじゃ埒が明かないな。

 

「とりあえず蹴ってみる」

「お願いいたしますわ」

 

 シーラの了承を得てから石像に飛び蹴り。

 石の体はさっきまでが嘘のように爆砕、すぐにポリゴンに変わった。

 

「おや。さしずめ物理が弱点といったところでしょうか」

「濁り水とは逆のパターンか」

「わたくし一人だとここまでが限界でしたわね」

 

 豊富な攻撃手段か、パーティ編成。どちらかを用意しないと攻略が困難なダンジョンということらしい。

 俺たちは忘れがちだが前半の疫病持ちたちの事を考えれば、生身の体を持つプレイヤーたちは遠距離攻撃も必要か。

 最初の街、大鐘楼からの最寄りダンジョンというには癖が強い。いや、だからこそなのか。

 一人じゃしんどくとも、種族という特色を持つプレイヤーたちで協力すれば進めやすい。そういうダンジョンの構造になってる。

 俺とシーラが序盤の近接お断り地帯を無機物の体で無視できてしまったせいで気づくのが遅れたな。

 

 その後も出るわ出るわ新エネミー。

 より固く素早くなった三つ目コウモリ、長槍で間合いを埋めてくる騎士の石像、水量の増えた濁り水。

 明確に対策出来てないまま先に進もうとするプレイヤーはここで死ねと言わんばかりの面子。

 だが、俺とシーラなら全て対応できる。

 こいつらの特徴はもう一つあり、対処が可能であればほとんど無力な雑魚にすぎないということだ。

 マップの構造もそうだ。一本の通路が続く地下水道は戦いやすく撤退しやすい。

 勝てない敵と遭遇したら引けるし、事前に視認もできる。

 このダンジョンはきちんと初心者がこのゲームを学べるような構造になっていた。

 知らずにぶちあたった当初は不条理に感じるのに、乗り越えてから見つめ直すと意図がよく考えられていたと分かる。

 これは確かにトカマク社のゲームの特徴だ。

 

 その後も苦戦することなくダンジョンの地図を埋め、モンスター図鑑の内容も充実させていく。

 そして、俺たちは深部といえる領域まで踏み込んだ。

 地下水道の最奥。ずしりと重厚な鉄扉を、側のクランクを回してゆっくり持ち上げていく。

 さりげにこの扉も、人型じゃなかったら開けるの苦労しただろうな……。

 

 扉の奥は、大型のポンプが上下する大広間。あちこちに巨大なパイプが張り巡らされている。

 この感じ、要するに。

 

「ボスエリアだな」

 

 血が滾るな。

    



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はじめてのボス戦

「何が出ると思う?」

「奇妙に思っていたことがありまして」

「聞かせてくれ」

 

 ピストン駆動する巨大なポンプが立ち並ぶ大広間。

 歩みを進めながら、俺はシーラの話を聞いた。

 

「清浄な地下水道に比べて、現れるモンスターに不潔さを象徴するような特性が付いてますわ」

「そうだな」

「つじつまが合わないと思いませんこと?」

「……言われてみれば確かに」

 

 モンスター図鑑にあったように、地下水道のモンスターはほとんどが疫病やら猛毒やらを有している。

 あのモンスター群が不潔な下水道に現れるのであれば自然だが、実際の地下水道は清涼感の溢れる美しい場所だった。

 エリアとモンスターの関係がちぐはぐなのだ。シーラの言う通り、つじつまが合わない。

 言われるまで気づかなかった。

 

「なので、ここのボスにはその謎を解くヒントを期待しますわ」

 

 この『Dead Man's Online』の世界を解き明かそうとしているとてもシーラらしい立場からのコメントで、彼女は戦闘前の短い雑談を締めくくった。

 さぁ、答え合わせの時間だ。

 

「上だ!」

 

 俺たちの頭上。大口を開けた巨大なパイプから、滝のように水が放流される。

 どばどばと音を立てて放流された水は、やがて集まり巨大な塊へと変じた。

 

「濁り水!」

「大規模個体といったところですわね」

 

 デカい水。言ってしまえばそれだけ。

 内部の苔のような濁りが一致するので濁り水の同系統、ないしただの大容量版なんだろうが、これどうやって戦おう。

 そんなことを相談する暇もなく、分裂して小さな塊となった濁り水が攻勢に出る。

 

「とりあえず始末しますわ」

 

 シーラの眼光によって瞬殺。ダンジョン内で幾度となく行った流れだ。

 すると、今度は更に多い数で水が分裂。

 

「片方は俺がやる」

 

 シーラも同時に二体は対処できない。俺も濁り水との戦闘に参加する。

 まさにエトナの刃薬の出番だ。

 適当に刃薬を選び、新品の失敗作の刀身に垂らして塗布。種類は選ばん、どうせ全部なにが起きるか分からんからな。

 さて、何が起こるかな。

 

「光った!」

 

 無作為に選び垂らした刃薬は、果たして剣に青い稲光をもたらした。

 すぐさま近くに寄ってきていた濁り水を切り払えば、内部にテスラコイルのような電光が飛散し、濁り水は消滅した。

 有効だ、当たり効果を引いたぞ。

 

「また新手ですわ!」

 

 再び大水が体をちぎり複数の濁り水を呼び出す。

 数は4体。すぐさま斬りかかって数を減らしにかかる。

 土偶のシーラも念力とレーザーで濁り水を焼却、すぐさま打倒。

 また大水が体をちぎる。大元の塊は僅かにサイズを縮めていた。

 

「ボスが縮んでるぞ、耐久連戦ってことか?」

「数が増えていってますわ、手間取ったら押し切られますわよ!」

 

 濁り水の数は8。扇状に展開し前進してくる。

 シーラの射線を塞がないように、右端の水から斬りかかり数を減らす。

 今の俺の剣の状態なら濁り水を一撃で撃破できる。草でも刈るよう薙ぎ払いながら進んで手早く始末していく。

 

「どうやらわたくしの方が狙われているみたいですわー!」

 

 俺の最寄りの個体以外はシーラ目掛けて直進していた。浮遊するシーラは機動力に難がある。

 念力で固定し焼き払うシーラの戦い方は、安全な一方でやや時間が掛かる。

 安全で確実性のある戦法として頼ってきたが、敵の数が多い今は撃破に時間が掛かるため裏目に出ていた。

 土偶のもとへ鞭のようにしなり飛び掛かる濁り水。

 俺はそいつに蹴りを構え、【絶】で強引に近づいて蹴りで水を散らした。

 物理攻撃はダメージにならないが、向こうの攻撃を中断させられる。一人で濁り水と犬のように戯れていて発見した性質だ。 

 

「シーラを守るように戦ったほうが良さそうだな」

「お願いしますわ」 

 

 いやらしいことに、後衛を優先して狙う習性があるらしい。

 分裂、さらに数が多い。16。

 前衛の守りを物量で突破して陣形を瓦解させてやるという意思を感じる。

 後衛が落とされれば、前衛はぐるりと囲まれて数の暴力に飲み込まれる。

 前衛は後衛を守り、後衛は前衛の背中を守る。

 基本に忠実でなければ、このボスは倒せない。

 

 相手の陣形はハの字。開いた口をこちらに向けている。

 さりげにフォーメーションを組んできているのもいやらしい。

 対処をしくじれば、後衛もろとも囲まれる。

 

「シーラ、横に回り込もう!」

「熱線で牽制しますわ、押してくださいまし!」

「ま、任された!」

 

 シーラが薙ぎ払うレーザーで濁り水の前進をせき止める。

 俺は押すの? という動揺を飲み下し、その間に浮遊する土偶をオブジェクトのように手で押して動かす。

 シーラは素早く動けないが、俺が物理的に押してやれば話は別のようだ。

 浮遊しているので持ち上げる必要もなく、すいすい動かしてやることができた。

 側面に回り込んだあとは、シーラを背後に控えさせながら押し寄せる濁り水を撃破していく。

 広く展開されていれば囲まれていただろうが、俺たちはサイドを突いた。

 さっきと同じく8体の相手を二回すればいい。

 だが、ここで刃薬の効果が切れてしまった。思ったより効果が短い。

 

 すぐに別の刃薬を剣に塗布する。

 ぽこっ。

 剣の切っ先にコスモスの花が咲いた。

 

「遊んでいる場合じゃなくってよ!?」

「すまん!!!」

 

 エトナ。効果は保証できないって言ってたけど、これは困るって。

 

 

 

 




序盤のボス、雑魚敵の親玉がち


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ボス戦後半

 剣先に芽吹いた花。これでは戦えない。

 慌てて別の刃薬を使用しようとするが、【使用不可】のエラーメッセージ。

 上書きはできないようだ。効果が切れるまでこれで戦わなくてはならないらしい。

 うーん、絶望。

 半ばヤケになりつつ迫りくる濁り水を薙ぎ払えば、なんと濁り水の体積が減った。

 

「意外といけるかもしれん!」

 

 なんと攻撃が効いた。

 どうやらこの花が水分を吸ってダメージを与えているようだ。

 でもこれどういう分類のエンチャントになるんだ……?

 いやこの際そんなものはどうだっていい。戦えるならそれで充分だ。

 

 だが、先ほどの雷のようにはいかない。二度三度と斬りつけてようやく一体撃破できた。

 やや手間取りつつ、総数16体の濁り水を打倒していく。

 背後を気にしなくて済むので、じりじりと後ろに下がりながら確実に撃破することができた。

 陣形への対応をミスってたらここで終わっていたな……。

 

「さぁ、次の形態は……?」

「順当にいけば32体ですが」

 

 ぷるぷると震える親玉の濁り水。

 ぶるりと振動し、大量の濁り水へと分かたれた。数はわからんが今のルールだとおそらく32体。

 大玉の部分は残っていない。これで相手のリソースは全てだ。

 

「これが最後の姿か」

 

 だが、様子がおかしい。

 攻めてこない。一か所に固まったまま散開しないのだ。

 どういうつもりなのかと近寄らずに睨んでいると、濁り水に動きがあった。

 

「ウニみたいになったぞ」

「なるほど。ファランクスですわね」

 

 ファランクス。なんだそれは。

 どこかで聞いたことのある横文字だが。

 いまいちピンと来てない俺を見かねて、シーラがすぐ解説してくれた。

 

「要するに防御陣形ですわ」

「じゃあ攻めてこないのか? 面倒だな」

 

 ジッと亀のように閉じこもり、鋭い触手を放射状に伸ばしたまま動きを止めてしまった。

 棘のような水は激しく伸縮を繰り返している。近寄れば針のような水が牙を剥くだろう。

 これではおいそれと近寄れない。

 直接斬りつけるしか攻撃手段持たない俺では、手の出しようがないぞ。

 

「であれば、わたくしは好き勝手やらしていただきましょうか」

 

 言うや否や、シーラが目元に光をチャージしていく。

 

「アリマさんは有事に備えて側に控えていただけますか?」

「承った」

 

 シーラは俺にそれだけ告げると、浮遊をやめて地上に足を付けた。

 辺りの空気中に蛍のような燐光が浮かぶ。その光は、じわじわと時間をかけてシーラの両目へと集結していった。 

 1秒、5秒、10秒、30秒……。

 通常の戦闘のさなかではまず不可能なほど、シーラはじっくりと時間をかけて光を溜めていく。 

 その間もウニと化した濁り水に動きはない。ウニウニ蠢いてるだけで、前に進む素振りさえなかった。

 このままチャージして撃破できるのではないか?

 そう思った直後。

 

「上だ!」

 

 ここにきて環境の変化。

 はじめに濁り水の大群が現れた巨大パイプから大量の水が流れ出す。

 滂沱の如く流れ出すそれらは、濁流のようになって俺たちを押し流さんと殺到してきた。

 

「掴まってくださいまし!」

「おう!」

 

 慌てて浮遊を再開したシーラに飛び乗り、しがみ付く。

 大きくくびれる彼女の土偶体型はとても掴まりやすく、安定していた。

 体表に複雑な文様が走っているので足を掛けやすく、指も嵌りやすい。

 咄嗟だったので全力で抱き着いてしまったが、あとでセクハラとか言われませんように。

 

 そうしているうちにも足元を大量の水が激流として流れ出ていく。

 この流れに呑まれれば、フィールド外縁の溝まで押し流されていただろう。

 そうなったら死か、あるいは気絶は免れまい。

 一度川に流された経験があるからわかるが、この水の流れに抵抗はできない。

 シーラがいて助かった。

 一人だったら、たぶんここでもやられていたんじゃないかと思う。 

 

 ──そして、チャージ開始から一分経過。

 

「発射」

「まぶしっ」

 

 閃光、着弾、大爆発。

 濁り水のファランクスはミサイルを撃ち込んだように爆炎と土煙をあげる。

 煙の晴れたあとには、もはや濁り水の姿は跡形もなかった。

 天井から流れ出した水も止まる。

 ボスエリアから、戦闘の気配が消えた。

 

「……倒したのか」

「そのようですわ。存外あっけなかったですわね」

 

 シーラから飛び降り、戦場を確認する。

 なんというか……倒した実感が湧かない。

 いや、癖のある厄介なボスなのは間違いなかった。

 だがなまじオーソドックスなボスだっただけに、直前に立ちはだかっていた変態思想のシスターにインパクトで負けているというか…。

 しかし俺のアイテム欄には確かに撃破したことを告げるように、ドロップアイテムが届いた。

 本当にこのボスはこれで終わりのようだ。

 第二形態とか、真の姿とか、そういうのはなかった。

 

 手に入ったアイテムは、おびただしい数の【濁り】。

 濁り水を倒したときのドロップ品と同じだ。

 せっかくのボスなのにドロップアイテムもあんまし美味くねぇな……。

 こう、強そうな武器とか。特殊効果のある装飾品とか貰えませんかね。

 最初のダンジョンで高望みしすぎ? はい。

 これらはあとでエトナに鍋に入れて刃薬にしてもらおう。

 

「感慨に浸るのもそこそこに、先に進みましょう。新たなエリアと、ワープ地点となる拠点があるはずですわ」

「ああ。今行く」

 

 ともあれ、ダンジョンクリア。

 不完全燃焼感も少しあるが、クリアはクリアだ。

 俺がイマイチ喜びきれないのは、全部あの変態シスターが悪い。

 あいつがメインイベントみたいな面して乱入してきたのがいけないんだ。

 そういうことにして、切り替えていこう。

 

 さあ、地下水道の奥に広がる新エリアはどんな場所だ?

 期待を胸に地下水道を抜け、地上に上がった先。

 

 そこは、どんよりと薄暗い、ジメジメとした気の滅入るような草原であった。

 紫色の芝のようなものが足元を覆っており、点在する茂みも暗色の深緑。

 俺にとっては初めてのダンジョンではないフィールドなのだが、かなり陰気な景色だった。

 

「ふむ。エリア名はド=ロ湿地ですか」

「おい、あそこに十字架があるぞ」

 

 すぐ近くに無造作に突き刺さったボロの十字架を発見。

 シーラとともに登録を済ませておく。これでリスポーン地点兼ワープポイントの登録になる。

 あの地下水道をいちいち攻略してここまで来るのは骨だからな、すぐに見つかって良かった。 

 なお、ゲーム上でのテキストは世界観に則って『墓碑銘の記録』となっている。芸が細かい。

 

「さて、先に進みたい気持ちもありますが」

「わかってる。まずはドーリスに報告だろう?」

「弁えているのであれば何よりですわ。さ、戻りましょう」

 

 もっとこの湿地の先が見たいが、ぐっと堪える。

 後ろ髪を引かれる思いで、シーラに促されるままワープを実行。

 行先は、もちろんドーリスの待つ最初の広場。

 

 湿地の攻略はまた今度だ!

 

 

 




新エリアはまだお預けです


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ダンジョンクリア

 

「ダンジョンクリア、おめでとさん。イヒヒ」

 

 クリア報告を受け取ったドーリスは、いつもと変わらない胡乱な笑みを浮かべていた。 

 

「まずはこの二つを返す」

 

 ドーリスは雑談に花を咲かせるのを楽しむ性格ではない。

 俺もそれを承知しているので無駄口を叩くこともなく、ドーリスにダンジョンマップとモンスター図鑑を返還した。

 

「イヒヒ、よく出来てる。いいマップ屋になるぜ」

「モンスターに苦戦しなかったので、比較的ラクでしたわ」

「ああ、相性が良かった」

 

 羊皮紙を広げたドーリスは、シーラの言葉を耳に入れつつマップの完成度を改めて、調子よくそんな事を言っていた。

 俺とシーラと共にダンジョンを隅々まで歩き回って完成させたマップだ。

 その踏破率は100%。我ながらいい仕事をしたと思っている。

 もちろんドーリスに売却するので、マップは手元には残らない。

 次に地下水道のマップを入手したければ、自分の描いたマップをドーリスから購入しなくてはならないだろう。

 世知辛いが、元からそういう約束でやってる。同意の上だな。

 

「モンスター図鑑も充実してる。結構戦ったみてえだな」

 

 言いながらドーリスはモンスター図鑑の原本を用意し、手のひらを二つの図鑑の表紙に押し当て、スキルの力によって手際よく内容を複写していく。

 こっちの貢献度もなかなかだ。特に浅層のモンスターは俺がスキル習得の為に念入りにしばき倒したので情報量が多い。

 もちろん後半のモンスターほど記述が減るが、奥地まで至った後はボス撃破を念頭に置いた攻略を優先した以上やむなしだな。

 複写が終わってパラパラと項目を読み取るドーリス。

 最後にボスの記事が存在することを確認し、満足げにしていた。

 

「イヒヒ。期待以上だぜこりゃあ。今さら金に糸目は付けねぇ、受け取りな」 

 

 嫌味なく笑うドーリスは、約束していた通り、俺に報酬の金を寄越した。

 受け取った麻袋は、ずしりと重い。

 

「10万ギルか」

 

 うむ。どれくらい喜んでいいかわからん。

 メニューに足された100000という数字の価値が、俺にはまだわからない。

 ショップに行ったことがないからな。

 回復アイテムや装備品、欲しい武器。そういうのを意識して資金繰りをすると思うのだが、俺はそのあたりを丸ごとスキップしてしまった。

 終ぞドーリスの仲介でアイテムを買う事はなかったし、装備の修理と武器の調達は全てエトナ頼り。

 俺はこのゲームでまだ一銭たりとも使ったことがないのだ。

 

「相場が気になるか? 好きなだけ見てくりゃいい」 

 

 見かねたドーリスがそう言うや否や、ダンジョン入り口とは真逆に位置する広場後方からカンと金属音が聞こえてきた。

 音のした方に目をやれば、金属の梯子が下ろされている。

 ドーリスは唯一この地下水道のアクセス権を持っているようだが、こんな真似もできるのか。

 地下水道の上には大鐘楼が広がっている。そういう位置関係だ。

 上に伸びる梯子を登れば、俺は念願の大鐘楼に至れるだろう。

 

「道は繋げた。扉も解錠した。大鐘楼、好きなだけ見てこいよ」

「話が早くて助かる」

「おっと待った、先にこれも渡しておく」

 

 意気揚々と梯子に飛びつこうとする俺を呼び止めてドーリスが渡してきたのは、モンスター図鑑と白紙のマップを二枚。

 

「あんたの仕事ぶりに免じてサービスさ。完成した大鐘楼のマップもあるが、せっかくだ。そっちもお前の足で埋めるといい」 

 

 攻略必需品クラスの分厚い魔導書じみたモンスター図鑑と、これまた攻略必需品クラスのマップが再び俺の手持ちに帰ってきた。

 しかも貰ったマップの方は二枚とも白紙。一枚は大鐘楼の街を埋めるのに、もう一枚は未踏の湿地エリアに使えということだろう。

 俺のマップ埋めに対する信頼のようなものだろうか。マップそのものを売りつけてもいいだろうに、太っ腹だ。

 

「大鐘楼から東に行く道は、全て封鎖されていた」

「地下水道だけが例外だったのか」

「おうよ。お前が先遣隊になるんだぜ、地図とマップはまた買ってやるよ、イヒヒ」

 

 地下水道から先に進む道は、なんと前人未到らしい。

 発売二週間も経っているから初見攻略なんて不可能だと思っていたが、俺が一番乗りできるなんて。

 いやはや、ありがたい話だ。存分に楽しませてもらう。

 

「アリマさんとのパーティもここまでですわね」

「ああ、そうだったな」

 

 すっかり忘れてた。彼女との協力は地下水道の攻略完了までだったな。

 俺としたことが、そのまま湿地の先まで攻略する気でいた。

 もちろん今後ずっと一緒に戦うつもりってわけじゃないが、なにせあの不条理なシスターを共に戦い退けた戦友だ。

 

 仇敵にして天敵の濁り水の撃破に、ランディープ撃退、ボス戦での協力バトル。終始して頼もしい後衛だった。

 俺の都合であるダンジョンマッピングにも協力的だったし、俺に主導権を譲りながら着実に戦果を挙げていた。

 溢れ出る良妻賢母感というか、とにかく花を持たせるのが上手い人だった。

 

 人柄も柔和で温厚、コミュニケーションに滞りなし。超が付くほどの優良物件。

 初めてのパーティ編成ながら、かなり当たりだったといえるんじゃないだろうか。

 ドーリスが自信をもって斡旋したのも頷ける優良なプレイヤーだった。 

 けれども、残念ながらもうお別れだ。

 少し寂しいが、こういう一期一会もまた醍醐味だろう。

 

「縁があれば、また頼む」

「ええ。またどこかで」 

 

 シーラと簡単に別れを告げ、大鐘楼の街に向かう。

 もう二度と会えない訳でもあるまいし、敵対する予定もない。

 そんな別れを惜しむこともないさ。シーラもそれが分かっているから、後腐れもないさっぱりとした別れの挨拶で終えたのだろう。

 

 さぁ、念願の街でお買い物だーっ!




さりげにマッピング職人としての道を歩み始めるアリマくんでした


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密談

「行ったようだな」

「ですわね」

 

 大はしゃぎで大鐘楼の街に向かうアリマを見送った二人は、まだ地下水道の入り口に残っていた。

 アリマの姿が地下水道から消えたのを確認し、ドーリスが声を掛ける。

 

「で、どうだ。一緒にダンジョンに潜ってみた所感はよ」

「特に? 良いプレイヤーでしたわ」

 

 とぼけた調子でさらりと答えるシーラを、ドーリスが鼻で笑う。

 

「んな事は聞いてねえ。テメェも情報扱うギルドで大将張ってんだ、アイツに思う事くらいあるだろ」

「あらあら、結成二週間の零細ギルドですわよ。買い被りすぎではなくって?」

 

 ──世界観考察ギルド【生きPedia】。

 ゲーム最初期に成立し、広いフィールド上から多くの情報を集め、収集し、リアルにおいても攻略wikiの運営を行う。

 ことゲーム攻略における基本的な内容から、ゲームの進行を左右するほどの重要情報が方々から結集しており、現在におけるギルドの地位は確固たるもの。

 情報収集、システム検証、初心者向けガイド。主軸は世界観考察であるものの、その活躍の領域は広い。

 ゲームに対し多面的にアプローチする運営方針はガチ勢からエンジョイ勢まで様々なプレイヤーを内包するに至り、【生きPedia】は現在において最上位のギルドに数えられる。

 そのギルドの長の名を、シーラといった。

 

「ふん。今さら序盤のダンジョンで無双して楽しかったかよ」

「心外ですわ。スキルを封印して戦えば程よい難易度になりますもの」

 

 このゲームにはレベルの概念が無い。

 だからこそ、このゲームにおける強くなる手段というのも限られており、それは大きく二つに分けられる。

 一つめは、強い武器を手に入れること。

 こちらは至ってシンプル。よく切れる剣があれば、固い敵も簡単に倒せる。

 岩のように強固な鎧があれば、熾烈な敵の攻撃を軽減できる。

 特別な力を内包する装備品があれば、戦いの手札が増える。

 強い装備の恩恵は単純でわかりやすい。

 そのためにプレイヤーは心を躍らせ冒険をするのだ。

 

 もう一つは、強いスキルを身に着けること。

 スキルには体捌きを強力にアシストするものがあり、現実にはおよそ不可能な挙動を思いのままに操ることができる。

 重厚な大剣を風のように振るい、またあるいは細剣で大木を撫で切ることもできる。

 そうしたスキルは、得てして武器の限界を超えた痛撃を敵に与えるものだ。

 これもまた、プレイヤーにもたらされる力の一つ。

 

 そしてスキルには、魔法や種族特有の技能なども含まれる。

 とりわけ、シーラのように武器を持てない種族はその分スキルを豊富に習得できる。

 武器を持てない種族は、代わりに多様かつ潤沢な攻撃スキルを使い分けることで成長し、難敵を打破していくのだ。

 故にシーラがスキルを使わずに戦うというのは、まさに手加減そのものだった。

 

「初めはもっと下っ端寄越す約束だったろ。いきなりお前が出てきたのも、やはり鐘絡みか?」

「当然。大鐘楼の頂は、発売二週間経ってなおも指をくわえて見上げることしかできなかったのですから」

 

 街の名を冠する意味深な大鐘楼は、されど二週間もの間沈黙を保っていた。

 それが何者かの手によって前触れも無く打ち鳴らされ、得体の知れぬ福音とやらが全プレイヤーにもたらされた。

 

「それで? 目当ての物は見れたのかよ」

「それがさっぱり。粗末な剣を大切にしながら、ユニークスキルで戦っていましたね」

 

 このゲームにはユニークスキルがある。

 これはユニークの字の如く、特殊な条件をクリアした限られたプレイヤーのみが習得できるスキルである。

 ただしユニークスキルは習得した本人でさえ条件が不明なため、ほぼブラックボックスと称しても過言ではない。

 習得の再現性は皆無に等しく、偶然と幸運が重なった僅かなプレイヤーが運命的に習得するのみである。

 だからという訳でもないが、ユニークスキルは効果が強力である前に特殊な場合が多い。

 だが、その特殊性にこそ特別感があり、所有者が多くのプレイヤーに羨まれる一因となっていた。

 

「わたくしは音に聞く"至瞳器"でも懐から出てこないか、期待していたんですけれどもね」

「馬鹿言えよ。あんな不出来な剣を後生大事に振るっているアイツが持ってると思うか?」

 

 鬱然とした態度でシーラが深くため息をついていた。

 シーラが本格的に至瞳器について調査を始めてからというもの、未だに一切の収穫がない。

 

 大鐘楼の街を始めとした多数のNPCが携わる地で聞き込みを進めると、プレイヤーはしばしば"至瞳器"なる言葉を耳にする。

 曰く、それは特別な刀匠が打ったいくつかの装備品を指しており、それらは他の追随を許さぬほど強力な武具であるという。

 ただしその数と所在と名称まで完全に謎に包まれており、既存のNPCが所有しているのではという事実無根の噂が少数蔓延る程度のもの。

 至瞳器という称号を冠する武器こそがこのゲームにおける最上位の装備品であると予想されており、その入手を目論むプレイヤーは多い。

 だが、ただの一人もその手がかりすら掴めていないのが現状であった。

 

「糸口くらい掴めればと思っていましたが、ままならないものです」

「──知りたいかね?」

 

 突如、この場にいない女性の声がした。

 二人の背後からカツ、と靴の音が響き渡る。

 驚愕と共に振り返ると、そこには巨大なトップハットを被った女の姿があった。

 そして、二人の視線はすぐに彼女の持つ得物に向いた。

 薄らとターコイズグリーンの光を纏う翡翠の湾刀。

 自然と辺りがピリつく。重苦しい緊張感が辺りを支配する。

 

 大きな帽子に、緑色の武器。

 掲示板にあった特徴と一致する外観から、ドーリスは彼女がアリマをゲーム開始直後に殺害した人物だと当たりをつけた。

 ドーリスが恐る恐る口を開く。

 

「……敵対する気はねェようだが、突然何の用だ」 

「"彼"が世話になったみたいじゃないか。礼の代わりに、君らが見たいものを見せに来た」 

 

 忽然と姿を現した帽子の女は、何の気負いも無く二人の前で翡翠色をした大刃をこれみよがしに翳す。

 

「鍛冶の巨人と、その娘たち。彼女たち巨人一門の手になる傑作を『至瞳器』という。これはその一振り」

 

 その刀身は、大宇宙の銀河の如く。

 きめ細やかな翡翠の粒が、川の流れのように表面を流れていた。

 

「"サリアの至瞳器"9本目。玉刀【厭い花】。そこらではお目に掛かれぬ代物さ」 

 

 ドーリスとシーラはしばし我を忘れ、その大刃の美しさに魅入った。

 

「……これが。至瞳器の実物を目の当たりできるとは。幸運ですわ」 

 

 だが、二人はただちに我に返る。

 この人物は、醸し出す雰囲気が凡俗のNPCと格が違う。彼女が出現した瞬間に確かに場の空気が変わったのだ。

 威圧とも支配とも違う。ただただ、異質。

 誰も知らぬ至瞳器の秘密を知っている事といい、この世界の住人の中でも彼女が極めつけの重要人物であることは間違いなかった。

 

「望むものは見れたかい? "彼"にまた会ったらよろしく言っておいておくれよ」

 

 更に何かを聞き出そうと考えた二人であったが、機先を制すように帽子女が言葉を告げる。

 それとほぼ同時。手に持つ翠の刃の切っ先から、雫が一滴だけぴちょんと滴った。

 水滴は地下水道の足場に落ちると空間を歪めるように床に波紋を生み出すと、それだけで帽子の女はたちまち霞のように姿を消してしまった。

 場に呆然と残された二人は顔を見合わせる。

 

「……消えたか。聞き出したいことは山ほどあったが」 

「ですが充分すぎる収穫です。前線を放り出してまでアリマさんと縁を結んだ甲斐がありましたわ」 

「イヒヒ、違いない。やはりアイツといると金を生む」

 

 帽子の女が去ってしばらく。余裕を取り戻した二人は虚ろな鎧のプレイヤーを思い、悪い笑みを浮かべていた。

 




シーラさんは初めたての初心者がわちゃわちゃ攻略するのを後方で過剰にならない程度にアシストしながらニコニコ眺める先輩プレイヤーの鑑。
レシーさんは名前を教えた人と親交が深い人の所に彼女面で関係を匂わせにいく習性があります(語弊のある表現)


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はじめての大鐘楼

 地下水道から地上へと出ると、そこは人気のない入り組んだ裏路地だった。

 おそらくは大鐘楼の街の外れ。

 周囲は背の高い建物の壁で囲まれており、塔のように高い鐘楼さえ見越せない。

 地下水道の入り口は、相当に辺鄙なところにあったようだ。

 まだ他のプレイヤーの姿も見当たらない。

 こんな所に用はないので、俺はこの迷路のような路地を抜けて大通りを探すことにした。

 のだが。

 

 迷った。細い路地ばかりで肝心の地図が役に立たん。ダンジョンの時と勝手が違う。

 どこに何の店が~とかの確認にはいいんだろうが、今はさっぱり使い物にならない。

 適当に進んでいればそれらしい場所に出るだろうと踏んで気楽にほっつき歩いてみたのだが、事態はちっとも好転しなかった。

 思わぬ伏兵だ。まさかこんなところで苦戦するなんて。

 探検と迷子は紙一重。はてさて、どうしたものかな。

 意気揚々と大鐘楼の街にやってきたのに、俺はすっかり途方に暮れていた。

 その後も迷いに迷うことしばらく。俺は目的もなく街の外側をさまよう鎧と化していた。

 

 ほとほと困り果ててしまった俺だが、やがて救いの手を差し伸べる人物が現れた。

 

「おや。そこにいるのはアリマさんではないですか……?」  

 

 そいつは俺の背後から、再会への期待が込められた声色で、あたかも親しげに俺に声を掛けた。

 聞き覚えのある蜂蜜のような甘さを孕んだ女声。

 俺は息を詰まらせた。

 ──人違いでありますように。

 俺はそう願いながらゆっくりと後ろを振り向いた。

 そこには可愛らしく後ろ手に大型の機械槌を持つ黒い修道女の姿が。

 

「やっぱり! ウフフッ、ご機嫌うるわしゅう♡」

「うわこっち来たぁ!」

 

 悲報、ランディープ現る。

 ランディープが喜色満面の笑みで遠間からスタタタッと猛スピードで歩み寄ってくる。

 徒歩ってそんなスピード出るんだ。怖いからやめてほしいな。

 せめて視界に収めなければエンカウントしなかった事にならないかなという淡く愚かな期待を抱き、顔を逸らしてみた。

 

「ウフフッ……アリマさん♡ どうして♡ わたしと目を♡ 合わせてくださらないのかしら♡♡」

 

 が、無駄。

 ランディープは機敏なステップですぐさま回り込んでは俺の顔を覗き込み、常に俺の視界を7割強を占拠してくる。

 NPCと判明した今もなお恐ろしい女だ……。 

 街では武器を振るえない。あるいは、振り回してもダメージ判定が出ない。

 予めドーリスにそう聞き及んでいるので、この場で戦闘は発生しない。

 よってランディープと殺すか殺されるかの状況にはならないわけだが、ドキドキが止まらないのはなぜだろう。

   

「"ありがとう"はまたの機会にするとして……ウフフ、こんな辺境に何のご用なのでしょう」

「あーいや、その、なんだ。少し……道に迷ってだな」

 

 ここまで粘着されてスルーを続けるのも無茶があるので、しぶしぶ会話を交わす。

 命を狙った相手との再会に気負いがないのは、ランディープの中で"ありがとう"が他人を害する行為にカテゴライズされてないからなんだろう。

 並のプレイヤーキラーだと非戦闘地帯で仕留めそこなった獲物と再会したらばつが悪いだろうに、その点で彼女は無敵だ。

 

「あら、そうでしたか……」

 

 道に迷ったことを明かすのは、言わば弱みを見せるようなもの。

 けれどもランディープの反応は至極ありふれた、こちらを慮るような態度。

 彼女はやや頭がおかしいが、その狂気には一貫性がある。

 ランディープは俺が迷ったと知っても嫌らしく貶したり煽ったりしてこないだろう。

 そういう意味ではある種の人格者であり、信頼できる人物でもあった。

 プレイヤーキラーにしては、という枕詞が付くが。

 

「というと、大鐘楼の街は初めて。わたしが案内をいたしましょう♡」

「……。……頼む」

 

 ランディープの申し出を迷い迷った挙句、苦虫を嚙み潰したような渋い声色で受け取った。

 情けない。

 なぜ俺は自分を殺しにかかってきたNPCに道案内を頼んでいるんだ。

 でも一人でこの迷路のような路地から抜けられるような気もしないし……。

 繰り返すがここは非戦闘地帯。ランディープのありがとうのはけ口にされることもないのだ。

 ええい、プライドなんぞ捨て置け。俺ははやく大鐘楼の街に行きたいんだ。

 少し様子がおかしいだけの好意的なシスターだと思えば、彼女を頼るのもやぶさかでもない。 

 

「ええ、ええ! 任せてください♡」 

 

 俺がランディープの案内に従う旨を示すと、彼女はにっこりと微笑んだ。

 彼女の甘い声からは、俺へのわかりやすい好意がじゃぶじゃぶと滲み出ている。

 このわかりやすすぎる好意が俺にはちっともわからん。なぜなら身に覚えがないからだ。

 

 彼女の方からダンジョン攻略中の俺の所に強引に割り込んできて、初対面のはずがいつの間にか異様に好かれている。

 こんなに得体が知れなくて恐ろしい好意があるだろうか。

 しかもなぜか同じ場にいた土偶のシーラには一切興味を示さず、眼中に無い。

 理解が及ばないから狂気と呼ぶんだろうが、ランディープの思考は不可解すぎて恐ろしい。

 【忘我】と【最後のよすが】によって性格に何らかのバイアスが掛かっているんだろうが、プロセスがどうだろうとわからんものはわからんし、怖いものは怖い。

 俺もまさか好意を向けられて怖気が走るような経験をするなんて思わなかったよ。

 

 件のランディープは溶かした腕をナメクジのように俺に絡み付かせており、こんなすぐ裏路地抜けてしまいましょうと俺の手を引いて先導してくれている。

 さきほど片腕が生暖かくてべたべたしたびちょびちょのぬとぬとに包まれる感覚に怖気を感じて体を引こうとしたのだが、それを超える強い力でランディープは俺を引っ張っていった。

 単純な力では彼女に勝てないらしい。なおさらおそろしいね。

 

 その後もランディープは似たような景色ばかりの細い路地を、目印もないのに右へ左へ曲がって迷うことなく突き進んでいく。

 彼女は俺一人ではどうやっても抜け出せなった迷宮の如き路地を難なく踏破していく。

 やがて、俺の視界は一気に開けた。

 

 そこは大鐘楼の大通り。

 真っ青な空の下で、雑踏と喧騒の絶えない、人の集まる場所。 

 【Dead Man's Online】において、あらゆる物と人が集う場所。

 天を貫く白亜の鐘の塔を中心に、栄華極まる街が展開する初期拠点。

 中世を思わせる石畳の通りを挟むように連なる、商店街を思わせるさまざまな建物群。

 

 そして、いるわいるわプレイヤーの数々。

 歩いているのはぷるぷるのスライムにデーモン、蜘蛛の下半身をもつ女性などなど、まさに人外の見本市。

 ここを歩くプレイヤーを眺めているだけでもきっと、楽しく時間を潰せる。

 

 俺は上京したての田舎者の如く興味深げにキョロキョロと人や建物を見回していたのだが、ランディープはお構いなし。

 彼女は粘菌状生物の寄生のように強固に繋がった俺の手をぐいぐいと引き、やがてとある建物の中へと連れ込んだ。

 

 そこは、金属の匂いが漂う店だった。

 大通りの雰囲気を惜しむ暇も無く、俺の興味が店内の品に移る。

 

 革装備や金属鎧を着せられたトルソー。

 上蓋の開いたタルに乱雑に放り込まれている、数打ちの片手剣。

 壁には斧やメイス、レイピアにサーベルなどなど数多の武器が掛けられている。

 ショーケースの中に丁寧に飾られた刀剣類は、他の武器よりも露骨に質が良い。

 刀身の輝きや、鞘の装飾、嵌め込まれた宝石。

 特別な武器であることが、ただ見るだけでありありと伝わってくる。

 

「きっと最初はここが良いと思いまして。こういうの、お好きでしょう?」 

「うん」

 

 しまった。

 男の子特有の少年心剝き出しで『うん』って言ってしまった。

 ランディープのニコニコとした笑顔がまぶしい。

 




悩み抜いた末に白ハート採用
肌に合わない方がいたらごめんなさい


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武器屋

武器だ。見渡す限りの武器がある。

 オーソドックスな剣、槍、メイス。一通りそろってる。

 中には竜の首すら斬り落とせそうな巨大な剣や、質量の暴力のような金属塊もある。

 すごい。武器の形をした浪漫だ。

 どうしよう、目移りしちゃうぞ。

 

「なあ、あんた」

「ん?」

 

 並べられた武器に見入って夢中で店内を巡っていると、ふと隣から声を掛けられた。

 

「様子で分かるよ。あんたも武器マニアだね」

「おう。男の子だからな」 

 

 声の主は、長身でスーツに身を包んだ男。

 その頭部はセピア色のトルネードになっており、渦巻く竜巻の表層に目のような光が浮かんで見えていた。

 耳を澄ませば、男からはかすかに風の鳴く音がする。 

 

 どうやら俺は見ず知らずの人にもわかるくらい浮かれていたようだ。

 でも念願の武器屋だぞ? はしゃがない方がどうかしている。

 

「まだ剣以外を振るったことが無くてな。目移りしてる」

 

 エトナに文句を言うわけじゃないが、ずっと失敗作と銘打たれた質素な剣だけでやってきた。

 やっとの思いでダンジョンを踏破し、ご褒美のようにこの店に来たわけで。

 それでこんなかっちょいい武器に囲まれて心が躍らない訳がないんだよな。

 

「羨ましいぜ。俺はあらかた試しちまったからな」

「へえ。なら、オススメとかあるのか?」

 

 全部とは、これまた凄い。

 この竜巻男、どうやらかなりのやり込み勢のようだ。

 店頭に並んでいるだけでも武器種はかなり多様。ファンタジーでおなじみの物から、名前も知らない不思議な形状のものまで様々。

 これらを購入し使ったとなると相当だぞ。

 多分、ゲーム進行で得られた資金の悉くを武器の購入に注ぎ込んだんだ。

 色んなものを犠牲にしたんじゃないか?。

 そんな先達、滅多にいるものではない。

 どうやら同好の士のようだし、助言をいただければありがたいのだが。

 

「おいおい、難しいことを聞いてくれるなぁ」

「そこをなんとか」

 

 聞かれた竜巻男は、これまた嬉しそうに破顔した。

 ぼんやり光る目からしか表情が読み取れないが、存外感情がわかるものだ。

 

 にしても、これは信頼できる反応。

 自分の知識を総動員して人に教えるのが楽しいといった感じだ。

 そのうえで、知っているからこそ悩ましく、結論を出すのが難しい。

 浅いヤツはここで嬉々として表面だけの知識を語るところだが、通は違う。

 深く広い知識があるからこそ、容易く答えを出すのを躊躇うのだ。

 いわば、海の広さを知る者。

 

 俺にはわかる。コイツはオタクだ。

 めちゃくちゃ詳しいのに、逆に『いや俺なんて全然』って言えるオタク。

 言わば、もっとも信頼できるタイプのオタク。

 こいつはそれに違いない。

 

「ま、そうだな。間違いないのは斧だろうぜ。戦いやすさで言えば剣よか上だ」

「ほほう」

 

 斧、斧か。

 片手で握れる柄に、重い刃物の頭。それが斧の特徴だ。

 重心が先端に偏る斧は、重さに任せて振り下ろすだけで強力な一撃となる。

 通常の剣よりも戦いやすいというのは確かにそうかもしれない。

 踏み込みに合わせて腰をひねってどうのこうのとか無いしな。

 力と勢いに任せるだけで、破壊力が保証されるわけだし。

 それを踏まえると、斧という武器がとても魅力に思えてくる。

 

 店を見渡せば、すぐによさげな斧が多数見つかった。

 木こりが使うような小ぶりな手斧から、金属製のバトルアクス、刃が左右にある大型の斧などなど。

 一つ買うのもアリだな。

 

「それと、長物も良い」

「長物とは」

「特にハルバードとか戟とか呼ばれるやつがいい。ほれ、あの辺の」

 

 店にいくつかある竿状の武器を指さす。

 まっすぐと長いポールの先端に、突起と斧が合体した刃物が付いている。

 

「突く薙ぐ払うなんでもござれだ。リーチが長くて便利だぜ」

「なるほど、リーチは正義……」

 

 間合いの長い武器は、確かに魅力的に思える。

 ついこないだ密着戦闘したせいでランディープに体を飲み込まれて酷い目にあったばかりだ。

 遠間から安全に攻撃できる武器に魅力を感じないといえば嘘になる。

 

「だが、取り回しの悪さだけは頂けねぇ。両手使いが基本で大きい盾は持てない。間合いを詰められたら痛手は覚悟しな」 

 

 強みだけでなく、武器が抱える弱点もしっかり説明してくれる。

 目立つ強みをそれらしく教えれば初心者を騙すくらい訳ないだろうに、それをしない。

 良心からではなく、武器へ抱く愛ゆえにだろうな。マニアとしての矜持だ。 

 やはりコイツは信頼できるタイプのオタクで間違いない。

 

「それでも勧めるだけの強さがあるんだな?」

「ああ。強いぞ」

 

 力強い返事。

 武器を買う事は決めていたが、竜巻男への相談で心が決まった。

 一人だったら散々時間を掛けて迷った挙句、おかしな武器を選んで後悔していたかもしれない。

 頼れる先達からありがたいお言葉を頂戴できて良かった。

 

「助かった。参考になったよ」

「良いってことよ。……妙な種族だったから、あんたと少し話してみたかったんだ」

「妙って……そんなにか?」

 

 別にただのリビングアーマーじゃないか。

 いや、掲示板の住民や土偶のシーラの反応からしてイロモノ枠なのはそうなんだが。

 でも不可思議呼ばわりされるほど奇妙な種族ではなくないか?

 イマイチ釈然としてない様子の俺に対し、竜巻男はその希少性を言い含めるように言葉を続けた。

 

 

「【スライムキャリア】なんて妙ちきりんな種族、初めてみたぜ」

「は?」

 

 ──なんて?

 

「俺はリビングアーマーだぞ」

「なに? いやだが表示は【スライムキャリア】になってる」

 

 反論するも、竜巻男は違うと言う。

 メニューを起動し、ステータス確認。

 燦然と輝く、種族:スライムキャリアの文字。

 

 ……。

 

 慌てて辺りを見回す。 

 い、いない。

 細胞レベルで俺と手を繋いでいたランディープがいない。

 い、いつからだ? いつからランディープは姿を消した?

 いやそんなことより、先に確かめなくてはならないことがある。

 嫌な予感。【スライムキャリア】という種族の、言葉の意味。

 

 ……恐る恐る自身の頭、兜の部分を上へと持ち上げる。

 

「エヘ♡」

「ウワーッッッ!!!」

 

 知らないうちに、体内にランディープがいた。

 俺、恐怖の絶叫。

 

「うお。中身シスターだったのか。かわいい見た目してるじゃないか」

 

 事情を知らない竜巻男だけが、呑気に驚いていた。 

 

 




お茶目だなぁランディープちゃんは


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ショッピング

「ウフフ……ショッピングの邪魔にならないようにと思いまして♡」

「心臓に悪いからやめてくれ」

 

 俺の体内、鎧の内部からじゅるじゅると流れ出てきたランディープに事情を問いただしたところ、彼女なりの気遣いだったらしい。

 とてつもなく恐ろしい体験をしてしまった。

 知らないうちに体内に他の誰かがいる。二度としたくない経験だ。

 身体操作の優先権はこの場合どっちにいくんだ? 今回はランディープが無抵抗だったから俺が自在に動かせたが……。

 まあ、検証は後で良い。ランディープには許可なくこんな真似をしないようしっかり言い含めておかねば。

 隣で見ていた竜巻男もこれには多少なりとも驚いた様子。

 まさか後天的に種族が書き換わるケースがあるなんてな。

 

「【忘我】キャラとはこりゃまた珍しい。どういう関係だ?」

「ありがとうの会って知ってるか」

「あっ。……ご愁傷さま」

 

 竜巻男は俺がギルド名を告げるだけでおおよその事情を汲み取ってくれた。

 話がはやい。ありがとうの会のネームバリューはすごいらしい。

 あんな狂人PK集団、否が応でも知れ渡るか。ダンジョンを攻略してれば誰しもその被害に遭うんだろうし。

 

「しかしそうか。あの連中に忘我キャラが感化されるとこうなるのか……」

「お祓いとかできないだろうか」

「すまん。無理だ」

 

 ですよね。言ってみただけ。

 こうして竜巻男と話している今もランディープは俺にべっちょりしなだれかかっている。

 こんなの傍から見たら完全にスライムに寄生された鎧なんだよな。

 試しに引っぺ剥がそうとしたが、タールのように力強く粘着しており不可能だった。

 

「くっ、この!」 

「無駄ですわ♡」

「ハァハァ、ダメか……」

 

 十数秒に渡る格闘の末、ランディープのお祓い(物理)を断念。

 へばりついたランディープを剥がそうと躍起になる俺の様子は、さぞ滑稽だったろう。

 竜巻男は俺のそんな哀愁漂う姿を、痛ましげに眺めていた。

 よせ。そんな目で見るな。

 

「だが、ここを紹介したのは彼女なんだろう?」

「それはそうなんだが」

「武具屋は数あれど、ここは当たりの店だ。悪いことばかりじゃあないんじゃないか」

 

 竜巻男の言い分も一理ある。

 ランディープの紹介が無ければ俺はこの店に自力で辿り着くことはなかったかもしれない。

 それに彼の言葉では大鐘楼にも武具店が複数あって、質の良し悪しがある様子。

 一発で優良店に巡り合えたのは間違いなくランディープのお陰だ。

 くそ、それを思うと邪険にしにくい。

 

「仕方ない。またダンジョンで浸食されたら追い返せばいいだけの話だしな」

「アリマさんったら、それほどまでに私のありがとうを心待ちにしていらっしゃるんですね……♡」

「そうは言ってない!」

「もう♡ アリマさんがそこまでおっしゃるのでしたら……♡」

「何も言ってないって!」

 

 反論しながらランディープの引き剥がしを再び試みる。

 しかし彼女と俺は半ば融合してしまっておりもはや何をしてもダメ。

 服についたガムを剥がすのとは訳が違う。台所の油汚れの百倍はしつこいぞこの半スライム。

 塩とか掛けたら溶けてくれないかな。 

 

「……とりあえず、買い物を済ませてきたらどうだ?」

「ハァ……ハァ……。そうさせてもらおう」

 

 竜巻男の提案に乗り、作業は中断。

 そもそも考えなおせばランディープが俺と融合したところで、不都合はないのだ。

 強いていれば、溶けたシスターが混ざってるヤバい人と思われるだけ。

 風評の被害が甚だしいが、剥がせないものはどうしようもない。

 しばしスライムキャリアとして過ごそう。そのうち飽きてどっか行くだろう、たぶん。

 ずっとくっ付いてきたら、俺がダンジョンに潜った時に浸食してありがとうができないしな。

 そのうち剥がれるだろう。

 

 というわけで竜巻男オススメの斧とハルバードを購入してきた。

 斧は戦闘用に作られたシンプルな鋼のバトルアクス。攻撃力は50。

 薪割りに使うようなやつのが安かったが、ここはケチる所じゃない。

 

 ハルバードも基本的な形状のものにした。こちらの攻撃力は80。

 派生系の大型だったり変形したのも欲しかったが、ここは我慢。

 基礎的な扱い方も知らない初心者が背伸びしても碌な事にならないのは目に見えてる。

 それからもう一つ、実はずっと欲しかった装備も買ってきた。

 そう、盾だ。

 

 ゲーム開始直後、初期装備として持っていたにも関わらず即レシーに蹴り飛ばされたアレだ。

 いかんせん剣と違って補充が効かなかったため、あれ以来ご無沙汰だった。

 だが、絶対にあったほうがいい。液状化して俺をかき抱いているランディープとの戦闘でも思ったことだ。

 あんなギャリギャリ回転しているドリルのハンマーを足で蹴って弾き返すなんて正気じゃない。

 ああいう回避できない状況というのは、どこかで必ず訪れるものだ。

 いちいちライフポイントたる鎧を懸けて蹴るなんてやってられんからな。

 ただ貯金はしたいので安物をチョイス。木板に薄い鉄板を貼り合わせたものを選んだ。

 小ぶりで軽量、意外と悪くないんじゃないか?

 

 斧、ハルバード、盾。

 3つ合わせた代金は、5万ギル。

 内訳は斧が16000でハルバードが28000で盾が6000だ。

 

 これで俺の残りの所持金は5万。

 もう少し奮発すればより高いグレードの武器にも手が届いたが……まあ、いきなりここで全財産を投じることもないだろう。

 ゆくゆくはこの鎧ボディも全身を買い替えることになるだろうし、貯金は大事。

 

 ところで、装備品の価格相場が判明したことでわかったことがある。

 ドーリスが最初に持ち掛けた交渉だ。

 あいつは30000ギルで鎧と剣を買ってきてやると言っていたが、本当に買えたのか?

 格安で購入できる秘蔵のルートを持っているのか、単に安価な粗悪品を俺に押し付ける気だったのか。

 

 気になったので他の装備も物色して値段を見てみた。

 粗悪な剣、8000ギル。

 あちこち欠損し歪んだ中古品の金属鎧、12000ギル。

 

 一応買えそうだったが……ひどい。

 この装備で地下水道を攻略していた未来もあったのだろうか。

 と思ったが、もしかしてエトナの失敗作の剣で攻略したのとあまり変わらないな?

 よし、考えるのはよそう。

 

 一応、今後に指標になるかと堅牢な全身鎧の価格を見てきた。

 その値段、50万。

 思わず渋い顔をしてしまった。

 買い替えは当分先の話になりそうだ。ダンジョンとかNPCのクエストで手に入らないかな。

 それか、全身ではなくパーツだけ購入するのもあり。

 見た目の一体感が損なわれてシルエットがダサくなるデメリットもあるが……。

 まあこれは今考えることでもあるまい。現状の防御力でもなんとかはなっているしな。

 

「参考になった。助かったよ」

 

 新品の武器を購入し、満足感たっぷりで竜巻男に礼を告げる。

 素直にありがとうと言えないのは俺にご満悦の表情で乗っかっている溶解シスタースライムのせい。

 俺の中でありがとうの意味が変わろうとしている。酷いミーム汚染だ。

 

「おう。武器の事ならなんでも聞いてくれ。だいたいこの店にいる」 

「ありがたい。また世話になる」

 

 人のつながりがあったけえ。

 今まで接してきたのが胡散臭いドーリスとお嬢様のシーラだったから、こういう普通に優しい人の存在がとてもありがたく感じる。

 あいつらやっぱり癖が強いよ。味が濃すぎ。

 

「変わりと言っちゃなんだが、【至瞳器】の情報があったら教えてくれないか?」

「なんだそれは」

「何やらスゲー武器らしい。まあ、まだ噂程度しかわかっていないんだけどな」

「おう。覚えとく」

 

至瞳器。初めて聞く言葉だな。

当分は縁がないだろうが、いつか俺もこの手で振るう日が来るのだろうか。

再び鎧の内部に流れ込もうとするランディープに抵抗しながら、そんなことを思った。

 




ランディープちゃんがまるでヒロインのようだ(?)


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街巡り

 その後、竜巻男とは連絡先を交換してから武具屋を後にした。

 フレンド機能のようなものがあり、メッセージのやりとりが容易になるお馴染みのやつだ。

 現在の登録者は二名。片方が竜巻男で、もう一人はドーリスだ。

 彼はプレイヤーネームを『極悪なピラフ』といった。

 オンラインゲームで名前を食べ物の名前にする人は多いが、だいたい『きなこ』とか『りんご』のようなデザート系が主流。

 ピラフというがっつりお腹に溜まる主食をチョイスするヤツはレアだ。

 しかも頭に物騒な形容詞が付いている。印象に残る名前だった。

 ちなみに彼の種族は『エレメンタル』。

 頭が竜巻なのは、あいつが風を司る精霊だかららしい。

 ピラフ関係ねえじゃん。

 

 ところで極悪なピラフは店売りの武器をあらかた試したといっていたが、改めて考えるととてつもない話だ。

 なにせ、かかる費用が膨大。

 どれほど良い金策を知っていようとも、一朝一夕で稼げる金額ではあるまい。

 俺は極悪なピラフを発売数日からこのゲームをやり込んでいる上級プレイヤーなのではないかと予想している。

 案外有名プレイヤーで、ドーリスに聞いたら何者かわかるかもしれないな。

 

 武器を購入後も俺はランディープに腕を引かれていた。

 大鐘楼にある穴場の良い店をいくつか紹介してもらえるようだ。

 

 しばらく歩き辿り着いたのは、ポーション屋だった。

 丸底フラスコを象った看板には『ほどほどエーテル』という店名が記されている。

 そのままランディープに腕を引かれて店内に入ってみると、中はフラスコや試験管がずらりと並ぶ王道にして魅惑のファンタジーショップだった。

 

「ウフフ、ここは良い店ですよ」

「……そうなのか」

 

 ランディープに促されるまま、陳列されたポーションを物色してみる。

 品揃えはスタンダードな回復薬や一時的なパワーアップ効果のある特殊ポーション、魔力回復の薬などなど。

 解毒薬や状態異常をケアする薬品なども見受けられた。

 まあ全身無機物の俺には縁がないものの、品を眺めるのは楽しい。

 

「む。これは」

 

 そう思って冷やかし気分でいたのだが、探せば俺にも有用そうなポーションが。

 浮遊のポーションだったり、帯電ポーションなど、興味を惹かれる品が見つかった。

 探してみると回復以外にもポーションにバリエーションがある。

 本来の想定は武器防具へのエンチャントなんだろうが、俺だとより恩恵が強い。

 

 きっちり大鐘楼からゲームを始めて地下水道の攻略に望む場合は、ここでアイテム類を用意すればソロ攻略も不可能ではなさそうだな。

 俺もこの先攻略に行き詰ったら、やがてこうした薬品の力を借りる日もくるだろう。

 

 その後も購入にこそ踏み切らなかったが、こんなのがあるんだなぁと興味津々で店内を巡った。

 一角には瓶詰の薬草なども売られているほか、野菜らしきものが吊るされている区画があった。

 あちらは素材専門の区画だろうか。まるで漢方屋のような威容だ。

 俺が何時間でも武器屋で過ごせるように、こういうのが好きな人はいくらでもこの店で時間を潰せるんだろうな。

 

 素材区画ではとんがり帽子を被ったステレオタイプな魔女や、式服を纏った紳士が難しい顔をして品を眺めている。

 彼らはきっと生産職だろう。

 ポーション職人か、錬金術師か、大方そのあたりではないか。

 

 現物ではなく素材を手にして自力で何かを生み出そうという層だ。

 俺はそちらの道を選ばなかったが、それがやりたいが為にこのゲームを買うプレイヤーも多いと聞く。

 向こうも向こうで奥が深そうだ。

  

 なんて思いながら眺めていると、ふと魔女が真っ青な瓜を叩いて音を確かめだした。

 品にも良し悪しがあるらしい。中身がスカスカの外れを掴まされないように警戒しているのか?

 あれだな、まるでスーパーの主婦。

 しかし得も言われぬ生活感を感じる。不思議なリアリティというか。

 プレイヤーのはずなんだが、今のを見ると、この世界の住人感を強く感じてしまうな。

 

 俺は攻略一辺倒だが、"暮らすこと"に注力したスローライフ的な楽しみ方もできると聞いている。

 お金をためて家を購入したり、畑を耕したり。

 そういった遊び方をしているプレイヤーも間違いなくいるだろうな。

 

 さて、ポーション屋もそこそこに、次に案内されたのは広い酒場。

 こちらはポーション屋と打って変わって賑やかで楽し気な場所。

 

「ここでは飲食だけでなく、クエストの管理ができるのですよ」

「重要な施設じゃないか」 

 

 うっかりスルーしたら大変だ。

 というか今さらなんだが、ランディープの街案内が手厚くないか?

 なんでこんなに親切なんだ。めちゃくちゃ良い子じゃないか。

 なんだかもう、ちょっと頭がおかしいくらいなら全然許せる気がしてきたぞ。

 ここまでよくしてもらうと、流石に彼女を邪険にするのが憚られてくるぞ。

 

 ダンジョンでありがとうを連呼しながら殺しに掛かってくるくらい全然構わないのでは?

 いや、言い過ぎた。流石に困る。様子がおかしくて怖いし。

 

 だが事実として、ランディープは俺にありがとうをしにくる以外の部分で親切だ。

 彼女との付き合い方を良い方に改めなくてはいけないだろうな。

 もちろん"ありがとう"をしにきた場合は丁重にお帰り頂くが。

 

 まあそれはさておき、酒場の一角には大きなボードが掲げられている。

 数多のプレイヤーが張り紙を物色しているのが見て取れた。全員が人間ならまだしても、一人残らず魑魅魍魎なので絵面が凄い。

 ひょっとしたらなんだが、生産職は人型が多く、戦闘職は怪物が多いみたいな統計とかあるかもしれん。

 

 ランディープに促され、とりあえず離れのクエストカウンターで説明を聞いて登録を済ませてきた。

 ちなみにカウンターにいたのはプリティーな受付嬢ではなく、ゴブリンの老爺。

 可愛くはないけど仕事できそう感がすごい。

 

 ここでは、モンスターの素材を集めて報酬に資金を貰ったり、逆に自分がクエストを発注して依頼ができるらしい。

 もっともオーソドックスな金策手段がこのクエスト受注だと思われる。

 ドーリスに地図や情報を売るのはそう何度もできる行為ではないので、いずれ俺も資金欲しさにクエストを受けなくてはならないだろう。

 鎧を新調したくなったタイミングとかな。

 

 あとは、パーティーメンバーの募集をここで行う者も多いそうだ。

 クエストが受注できるというのもあって、募集もしやすいのだろう。

 酒場の利用者がプレイヤーしかいないのもそれに拍車を掛けている。

 

 やはり重要施設。

 ランディープに教えてもらえて良かった。

 感謝の気持ちを胸にランディープの元へ戻ると、彼女は俺の腕を引いて酒場の奥へと連れ込んだ。

 

「この酒場はサロンに繋がっているのです」

「お、おい、なんだそれは」

 

 一応聞いてみるも、ランディープは聞く耳もたずにぐいぐいと俺を引きずっていく。

 そのまま連れ去られていくと、酒場の奥に魔法陣で封鎖された通路があった。 

 酒場の店主(厳めしいデーモンがコップを磨いていた)にランディープが軽く会釈を寄越す。

 すると、店主の一瞥で魔法陣がアンロックされた。

 俺たちを奇妙な目で遠巻きに眺めていた周りのプレイヤー達が、ぎょっと目を剥いたのが見えた。

 

 なんかすごいことをしてしまったのかもしれん。

 でも俺に主導権がないからどうしようもないんだ。

 

 そのままランディープに通路の奥まで誘拐されていく。

 やがて辿り着いたのは、酒場と打って変わって薄暗いランプの明かりしかないアングラな雰囲気のパブ。

 

「【忘我サロン】へようこそ」

 

 ランディープが俺に微笑む。

 なあ、ランディープ。俺なんかすごい所に来ちゃってないか?

 




ランディープちゃんとの街デートが続きますね……


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忘我サロン

 魔法陣で封鎖されていた酒場の奥、案内されたのはカウンター席のみのごく狭いパブ。

 席は既にいくつか埋まっており、席に着いている布のフードを纏った人型たちはこちらを見向きもせずに俯いていた。

 ここからでは文字まで読めないが、全員"忘我"状態であることを示す日蝕のような輝きのネームが頭上にあった。

 

 ランディープはここを『忘我サロン』と呼んでいた。名前だけではどういう施設なのかさっぱりわからん。

 忘我というキーワードがあるからには、破棄されたプレイヤーキャラたちが動き出す『忘我システム』と関わりがあるんだろうが……。

 そもそも忘我自体謎だらけ。『最後のよすが』を取り戻すために動き出したのか、あるいはそれがあるから動いていられるのか。

 ドーリスの口ぶりじゃまだ発見例もごくわずかのようだし、未知ばっかりだ。

 

「ランディープが客を連れてきたのか」

 

 カウンターの向こうから男の声。奥で大きな影が動き、ゆっくりとこちらにやってくる。

 ランプに照らされたその姿は、巨大な奇面であった。

 装着者のいない極彩色に彩られた異邦の仮面。それが顎を動かして口を利いていた。

 

「ウフフ、『まだ覚えている』リビングアーマーですよ」

「らしいな。……座れ。ここの説明をしてやる」 

 

 薄暗い酒場で大人程もある全長の仮面が動く姿は、不気味で威容がある。

 忘我キャラ特有の白黒のネームは、この仮面の名を『カガリ』と示していた。

 俺は若干及び腰で、促されるままカウンター席に腰を下ろした。

 

「ここではサロナーを用心棒として雇える」

「用心棒。そういうのもあるのか」

「受け取れ。会員証だ」

 

 念力のような力で投げ渡されたのは、なんら変哲のないペンダント。

 大地から突き出す人間の手のひらを象った意匠をしている。ちょっと悪趣味かもな。

 これを所持していれば、来るときにあった魔法陣を通過できるのだろう。

 どうやらこのパブの中に入った時点で入会したものと見なされるようだ。

 

 この仮面は見た目こそおっかないが、普通に店主として接してくれるようだ。

 人は見た目で判断してはいけないとはよく言ったものだが、慣れる気がしない。 

 しかし一体どこに連れ込まれたのかと思いきや、用心棒とはこれまたありがたそうな施設。

 

「価格はお前が自分で交渉しろ。仲介手数料はいただくがな」

 

 仮面の言葉にうなずきながら、この施設のメリットを考える。

 酒場でパーティーメンバーを募集するよりも金がかさむ分、強力な助っ人を呼べるのやも。

 本来なら誰も同行してくれないような不人気エリアなんかも、金さえ積めば協力してくれるわけだしな。

 ただ契約にかかる料金が交渉というのが少し怖い。相場がさっぱりわからん。  

 

「次に、他の死徒との同行は認めない」

「契約できるのは一人でいるときだけか」

「そういうことだ。契約中はうちのサロナーとサシで過ごしてもらう」

 

 死徒とは、すなわちプレイヤーを指す言葉。パーティーを組みながら用心棒も頼むってのはダメらしい。

 どっちか片方だけみたいだ。ソロの救済みたいな側面もあるのかもな。

 

「最後に、契約はサロナーが力尽きた時点で終了する」

「回復は?」

「自分では行わない。体力は契約者のお前が管理しろ」

「なるほどな……」

 

 よくできている。大枚はたいて自分の力量を大幅に超えるやつを用心棒にできたとしても、ずっと一緒にいてもらうための維持費は相当かさみそうだ。

 逆にいえば、そこさえケアできるのであれば同じサロナーとずっと契約し続けることもできるのか。

 この用心棒のシステムは、仲間とパーティーを組むのとはいろいろと勝手が違いそうだ。

 俺のような無機物のプレイヤーが本来不要なポーションを買い求める理由にもなる。

 サロナーとやらの力量が不明だが、一度頼ってみるのも面白そうだ。

 

「となると、ランディープもここで?」

「呼んでくださればいつでも馳せ参じますわ♡」

 

 もしやと思い背後に控えていたランディープに問うてみると、即座に胸やけしそうな甘ったるい首肯が返ってきた。

 ならばずっとランディープと契約していれば今後彼女が"ありがとう"しに来ることがなくなるのでは?

 いやでも、契約代金に"ありがとう"の享受を提示されるおそれもある。

 迂闊な真似はできないな……。

 

「分かった。まだ利用はしない」

 

 とりあえず、次の目的地はあのなんとかっていうジメジメした湿地だ。

 あまり景観のよい場所ではなかったが、初のフィールド散策。

 せっかくだから気ままに探索してみたい。

 用心棒を連れていたらステージについての補足とかを教えてくれるかもしれないが、まだそんなことをしなくても良いだろう。

 そういった判断で今回はサロンの利用を見送ることにした。

 

「そうか。また来い」

「わたしはここでお別れですね」

「む、そうか」

 

 懇切丁寧に街を案内してくれたランディープであったが、ここで彼女とは別れることになった。

 街ではまったくと言っていいほど見かけない忘我キャラだが、このサロンでたむろしながら過ごしているのかも。

 

 しかし……参ったな。

 この数刻でランディープに対する印象が大きく覆ってしまった。

 最初に地下水道で襲われた時はショッキングな登場シーンと不可解な言動が相まって嫌悪感が凄かったのに、今となってはただの親身になってくれる心優しいシスター。

 謎の好感度の高さから来るベタベタした言動がちょっと不穏だが、右も左もわからない俺にはとてもありがたい存在だった。

 なのだが、俺には彼女に素直に礼を言えずにいる。

 だって彼女に向けて"ありがとう"を告げたら、何かヤバいスイッチが入りそうで怖いんだもの。

 ……とりあえず、言葉を濁しながら感謝を伝えるか。

 

「あーー……。ランディープ。その、世話になった」

「ウフッ♡ 素直に『ありがとう』と言ってくださればいいのに、愛らしいお方……♡」

「じゃあな!」

 

 ランディープの深海のような瞳が獲物を視認した捕食者のような目つきになったのを見て、俺はそさくさとサロンを後にした。

 今も背中を穴が開くほど見つめられているのがわかる。

 

 ねえ、やっぱりあのシスター怖いよ。

  

 

 




ランディープちゃんとのおデートはここまで
危うくアリマくんが攻略されてしまうところでしたね……


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まだ教えられない

 ランディープと別れたのち、俺が目指した場所。

 この街に来てから、まだ行っていない重要なスポットがある。

 それは大鐘楼だ。

 街の名を冠する、天高く聳える塔。

 ここに何があるやらさっぱりだが、足は運ばないとダメだろう。

 道案内も不要だ。少し空を見上げるだけですぐに方角がわかる。迷う余地はない。

 

 とはいえ、寄り道も少々。

 ござを敷いたプレイヤーが所持品を売り捌くフリーマーケットのような場所や、食欲をそそる匂いの立ち昇る食事処などなど。

 道中にあった楽し気な場所も見て回りながらの移動だ。

 一人での行動なので誰にせっつかれることもなく、自分のペースで気ままに見て回る。

 一人旅での観光のような楽しみ方で、俺は大鐘楼の街を歩いた。

 

 そして辿り着いた、鐘楼の真下。

 期待を胸に内部へと足を踏み入れ、探索をしてみたのだが……。

 ほぼ収穫なし。楽し気なものは何もなかった。

 

 内部は上へ螺旋階段が続くのみで、壁面に棺が並べられているだけ。

 景色でいうと、俺のゲームスタート地点と類似していた。

 でもたったそれだけだ。

 上層はどん詰まりになっていてそれ以上登ることはできなかった。

 

 一応、具合の悪そうな無抵抗のゾンビが最下層をぐるぐる回っていたくらいか。

 あのゾンビの傍では武器を振るえるらしく、ゲーム開始して間もない初心者が殴りかかっていた。

 

 以上で俺の大鐘楼観光はおしまいだ。

 見たいものは見れたので、俺はここいらでドーリスのいる地下に戻ることにした。

 

「どうだったよ、初めての大鐘楼は」

 

 携帯リスポーンマーカーの力を借りてワープした俺に、ドーリスは開口一番そう言った。

 

「異世界ファンタジーだった」

「だろうな。大鐘楼近くは陰惨な雰囲気もまだない」 

 

 公式にダークファンタジーを謳う『Dead Man's Online』だが、全編通して暗い景観が続くわけではないようだ。

 大鐘楼の街は王道のファンタジーのそれであり、国内初のVRゲームに求められる需要を理解した街並みでもあった。

 あの街を歩ける、あの街で暮らせるというだけで、このゲームに食指が動く層も多かろう。

 ランディープに連れられた武器屋やポーション屋の内装の凝りようからもそれは間違いない。

 

 そういえばランディープ繋がりだと、連れ込まれたあの薄暗いパブ。

 あそこの話もドーリスにはしておいたほうが良いか。

 

「地下水道で浸食してきた忘我キャラと上で会った。そいつに忘我サロンって場所に案内されたぞ」

「……店は南通りのデモンズ・エールだな? 魔法陣はどうやって抜けた? 会員証が要るはずだ」

 

 ドーリスは心当たりがあったようで、件の酒場の店名を言い当てて見せた。

 やはりあのような進行不可能な魔法陣が立ち塞がる酒場は、大鐘楼広しといえど多くないらしい 

 

「その忘我キャラが目配せするだけで通されたぞ。会員証は中で貰えた」

「なるほどな。やはりサロン入会の条件は複数あったか。大方、忘我キャラと親密度が高いと案内されるってところかね」

「俺のは裏口入会だったのか」

 

 ドーリスの反応を見るに、どうやら他の場所で会員証を手に入れてからあの魔法陣を超えるのが正道っぽいな。

 ランディープによる案内で特殊な入会手順を踏んだらしい。

 

「お前その忘我キャラに何をしたんだ? こんな短時間でそんな親密度を上げるなんてよ」

「わ、わからん。でも初対面の瞬間から好感度カンストしてそうな状態だったぞ?」

 

 ランディープは初めましての時点でもうトロトロだったからな、語調が。

 その時点では敵って事しか分からなかったからとにかく不気味で仕方なくて恐ろしかった。

 いや、もちろん今も恐ろしい。

 でも大鐘楼を案内してもらったことでむしろ俺の方の親密度がアップしてしまい見方が変わったんだよな。

 意外と悪い子じゃないのかも? とか思えるほどには良くしてもらった。

 ちょっと思考がありがとうに傾いているだけで、良い子だったよ、うん。

 

「ありがとうの会所属の忘我キャラじゃ参考にならねえな」

 

 とはいえドーリスからしてみれば彼女の存在はサンプルとして外れ値すぎる。

 情報の価値としてはやや下がるだろう。

 その顔はやや不服げだ。

 

「ま、いい。新情報の駄賃だ、持ってけ」

 

 ドーリスすぐに割り切り、慣れた手つきで銭袋が放られる。

 きっちり受け取ると、中身は五千ギル。

 俺が話した情報分の代金ということだな。こいつは情報に金を払うということについて一切の躊躇が無い。

 金を貰っているこちらが心配になってしまうくらいだ。もちろん、貰うもんは貰うが。

 余計な口出しして返せとか言われたら敵わんからな。

 

「用心棒に忘我キャラを雇えるらしいんだが、強いのか?」

「未知数だ。知れたら教えろ、金は出す」

 

 ドーリスでもサロナー達の用心棒としての力量は知らないらしい。

 ドーリスの口ぶりじゃあ俺以外にも忘我サロンの会員はいるようだし、使っている人が少ないのか?

 パーティを解散しないと契約できないことがネックなのだろうか。

 まあ、知らないなら知らないでいいか。自分で確かめてみるのも醍醐味だ。

 最悪、ランディープを紹介してもらえば力量は保証されてるだろうしな。

 

「他に聞きたいことは今聞いておけ。俺はじきにここを発つ」

「そうなのか?」

「おう。拠点としてのこの場所は攻略ギルドに売り渡したからな、長居は無用だぜ」

 

 ではここも後続のプレイヤーたちがこぞって拠点に使うのか。

 俺は使わなかったが、食品の詰まった木箱や奥のテントも休憩に使用できたんだろうな。

 もしかして無機物じゃなくて生命ある種族ならそういう休憩も必要なんだろうか。

 食事とか給水とか、睡眠とか。

 それを思うとなんだかすごく不便に思えてきた。生き物って大変なんだな。

 まあ、俺は代わりに回復ができないんだけど。

 どちらが良いかは判断しかねる。一長一短だな。

 

「お前が登録したマーカーも持ち去る。イヒヒ、次に飛ぶときは俺のアジトになってるぜ」

「おう。楽しみにしておく。ところで、上で『極悪なピラフ』ってやつと知り合った。有名なのか?」

「へぇ。奇縁だな。ここの売り渡し先がそいつのギルドだよ」

「なに? そうなのか」

 

 武器屋で知り合った竜巻頭のエレメンタル。

 武器の知識に明るいマニア。少し話しただけで意気投合できた俺の初フレンドだ。

 順序で言えばドーリスが本当の初フレンドになるんだが、こいつはノーカン。だってうさん臭いんだもの。

 

「【スイートビジネス】って名前のギルドでな。創設メンバーに最上位プレイヤーが固まってるってんで有名だぜ」

「へえ」

「他の主要メンバーにゃ『凶悪なワッフル』『無慈悲なレモネード』『残虐なポトフ』なんかがいるが、全員エレメンタルだ。顔と名前も相まってすぐわかる」

「名前の癖が強い」

「ま、リアルでの身内かなんかで統一してんだろ。地下水道攻略にゃこいつらは来ねえだろうがな」

 

 なんで全員頭に暴力的な形容詞が付随しているんだ。普通にワッフルとかポトフでいいだろ。

 自分の素直にリアルの名前を踏襲した『アリマ』って名前とは対照的で、奇妙な名前を見るとつい突っ込みたくなる。

 

「ともかく、そいつが『至瞳器』ってのを探しててな。ドーリスは知ってるか?」

「イヒヒ」

 

 あ、知ってやがるコイツ。

 至瞳器という単語を口にした瞬間、ドーリスの笑みが深くなったのを見逃さなかったぞ。

 

「タダじゃ言えねぇ。金を積んでもダメだ。対価になる情報が要る」

「……俺が懇意にしてる鍛冶の情報だな?」

「おうよ。それに加えて、『そいつに姉妹がいるか』も知りたい」

「……お前に話していいかも含めて、相談する」 

 

 至瞳器にまつわる話はやはり、かなり情報として価値が高いようだ。

 調べればわかるような事やありふれた知識は気軽に教えてくれるが、重要度の高い話にはしっかり対価を要求してくる。

 俺のゲームの遊びかたのスタンスとして、できるだけゲームの情報は人から見聞きしたいというワガママがある。

 基本的な情報やお役立ち情報も、攻略サイトの文面からではなくNPCやプレイヤーの口頭で教えてもらいたいのだ。

 みんなで同じゲームを遊んでいる感覚を楽しみたいというか、そういう気持ちがある。

 

 しかしドーリスはこんな世界で情報屋を名乗っているだけあって、そのあたりの線引きはきっちりしてるな……。

 更にドーリスは極悪なピラフよりも一歩深い情報を持ってる風だ。

 至瞳器は強力な武器らしい。それについて知れるなら、俺にも利益がある。

 だがすぐにエトナの存在をドーリスに教えるわけにはいかん。

 

 エトナは空島の滝裏という人里離れた場所で、隠れるようにひっそり鉄を打ってるような人物だ。

 世俗との関わりを厭っている可能性が高い。人が集まるようになれば鍛冶の邪魔になるのは明白。

 まああの空島に人が殺到できるとは思えないが……。

 ともあれ、彼女の意向にそぐわない真似は俺もしたくない。

 せめて、他人にエトナの名を教えるのは直接彼女からお許しを貰ってからにしておくべきだ。

 

「……聞いてくる」

「色の良い返事を待ってるぜぇ、ヒヒヒッ」 

 

 

 

 




友達から強いボスの攻略法とか聞くの好きでした。ネットとかにもない独特な倒し方とかしてたりしますよね


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エトナの逆鱗

一旦更新が止まります
数日でまた毎日更新が始まります


 ワープを使用し、俺は再び空島へとやってきた。

 目的はもちろんエトナ。彼女に聞きたいことがあるからだ。

 慣れた足取りで滝の裏に回り込み、洞窟を進んで鍛冶場まで向かう。

 がっしゃがっしゃと鎧特有の足音を鳴らしながら洞窟を進んでいくと、洞窟の奥から等間隔に響く鉄を打つ音が止んだ。

 

 エトナはいつしか、俺の足音が聴こえると鍛冶の手を休めるようになった。

 別に労いの言葉があるわけではないが、当初よりも彼女の対応が俺を意識したものに変わったことを嬉しく思う。

 なんてのんきに考えながら足を進め、俺は鍛冶場に顔を出した。

 静かな作業場を覗き込むと、エトナはいつものように金床の前で腰かけていた。

 だが、俺を見るその目つきは明らかに普段と異なっている。

 

「知らない武器の匂いがする」

 

 ──まずい。

 俺は一瞬で全てを察した。背筋に冷や水を垂らしたような悪寒が走る。

 いつにも増して感情の読み取れぬ無表情。抑揚の感じ取れぬ声の調子。

 彼女の態度はいつもと同じはずなのに、本質的な何かが違った。

 俺にはわかる。彼女は明らかに機嫌を損ねていた。

 

「……」 

 

 こちらをじっとりと睨むエトナ。

 その大きな視線はえも言われぬ怒気を孕んでおり、有無を言わせぬプレッシャーを放っていた。

 つい先ほどまで浮かれていた俺の気分など、とっくに縮み上がっている。

 エトナが何に気分を害しているか。それは間違いなく俺が大鐘楼で買い付けた武器が関係している。

 

 彼女はずっと俺の武器防具事情を一手に引き受けており、俺はエトナには大いに助けられてきた。

 エトナがいなければこの『アリマ』のキャラデータはとっくに詰み状況に陥り、削除されていたと断言できるほどだ。

 言わば二人三脚、共存共栄といっても過言ではないくらい。

 

 にも拘わらず、俺はエトナになんの断りもないまま何処の馬の骨とも知れぬところから武器を購入してきた。

 そんな俺の行いは、彼女には酷い裏切りのように映ったのではないか。

 この期に及んでようやく、俺はその可能性に思い当たった。

 

「出して」

「はい」

 

 俺はエトナの凍土のように冷え切った視線に震えあがりながら、ランディープ紹介の武器屋で購入した装備を従順に差し出した。

 武器屋ではいかにも頼りがいのあるように思えた金属の斧も、今となってはまるで頼りなく見える。

 エトナは剛健に鍛えられたバトルアクスを手に取り、絶対零度の目線で武器の具合を厳しく検める。

 

 

「これがいいんだ」

「いや、まぁその……」

「ふーん」

 

 気まずい。

 まさかこんなことになるなんて。謝るにもなんと言ったらいいのか。

 こんなシチュエーション経験したことがないので、どうすればいいのかさっぱりわからない。

 雨に濡れた犬のようになりながら物言わずエトナの機嫌を窺う俺のことなど構いもせず、エトナはハルバードにも視線を走らせていく。

 近くの俺にすら聞き取れない極小の声量でぶつぶつと何かを呟きながら、ハルバードを目からレーザーでも出して焼き払うのではというくらい睨みつけていた。

 最近やっとエトナが何を考えているのかほんのちょっぴりわかるようになってきていたのだが、今回ばかりは彼女の表情から何も読み取れない。

 分かるのは、彼女が俺にひしひしと向けてくる無言の圧力のみ。

 

 やがて満足がいったのか、エトナがふっと顔を上げる。

 そして戦々恐々と震えている俺に目を向け、こう言い放った。

 

「これ、捨てとくから」

「!?」

 

 俺が制止する暇もなく、エトナが手に持つハルバードを折り紙のようにクシャクシャに潰して丸めていく。

 

「ちょ、え!?」

 

 俺の理解が追い付くよりも早くエトナの細腕がまだ新品の金属斧を掴み、ティッシュでも丸めるような気安さでバトルアクスを小さな金属塊に握り固めていく。

 あっという間に俺が差し出した二つの武器は見るも無残な鉄クズになってしまった。

 なんて馬鹿げた怪力。こんな力持ちだなんて知らなかった。エトナの細い体のどこにそんなパワーが。

 

 というかちょっと待ってくれ、驚愕で俺の理解が追い付いていない。

 え、あれ? 俺の買った武器どうなった? このぐずぐずの鉄塊はいったい?

 もしかしてこのメタルおにぎりが俺の新武器?

 嘘だ。ダンジョン攻略でもらった資金を半分も費やした俺の新武器たちが、こんな……。

 

「私にも意地くらいある」

 

 あまりの絶望に膝から崩れ落ちた俺に、エトナが語り掛ける。

 茫然としながらせめて残骸だけでもとメタルおにぎりを手に取ろうとした俺だったが、そんな真似は許さぬとエトナが鉄塊を奪い去った。

 深い悲しみに包まれた俺は膝をつきながら、エトナの顔を見上げる。

 彼女はその大きな瞳の奥で、何らかの決意を宿していた。

 

「だって、これしか能がない」

 

  

  

 

 

 エトナが新たに打ち、俺に差し出した武器。

 それは一振りの鋼の剣だった。

 一見すると何度もエトナに提供してもらってきた失敗作と瓜二つだが、なんと武器に失敗作とは異なる名が付いている。

 その名も『腐れ纏い』。

 

 ……。

 ちょっと、こう、思うところはある。

 いやしかし確かに格好良さとはかけ離れた不潔感漂う銘かもしれないが、今までの失敗作よりかは遥かにマシだ。

 さらにこの武器、『エトナの意欲作』という異名が付与されている。

 あのあとエトナが武器を作り始めたとき、俺がボスドロップで大量の【濁り】というアイテムを持っていることに感づいたエトナに「全部渡して」と言われたのと関わりがあるのかもしれない。

 もしかしなくても、素材にしたのか? だとしたらどこに行ったのだろう。

 

 それにこの剣、エトナの失敗作ループは脱しているようだがなにか数値的な恩恵はあるのか?

 見た目では失敗作たちと変わり映えない。攻撃力も同じ20。

 何が違うかさっぱりだが、失敗作という汚名を雪いでいるあたり、何かが違うのだろう。

 この辺りは実戦で試してみなくてはわからない。

  

 さて、俺が購入した武器はエトナの逆鱗に触れてまるっきりおじゃんになってしまった。

 だが、それが転じて失敗作しか打てなかったエトナの鍛冶の力量に進歩が生じた。

 武器が二本持っていかれたのはぶっちゃけ痛いし悲しいが、大恩人のエトナを裏切ってまで固執するほどのものでもない。

 失った金額は合計で4万強だが、たったそれっぽっちの金でエトナの鍛冶の腕が成長したと思えば安いものではないだろうか。

 

 むしろそれ以上に気がかりなのは、エトナに嫌われそうなことをしてしまった事。

 俺にとって彼女は唯一の鍛冶師であり、彼女にとって俺が唯一の鍛冶仕事の相手。

 戦士は武器と防具なくして戦えず、武器や防具は使い手があってこそ。

 これは武器防具を打つ鍛冶師にとっても、同じことだと思う。

 戦士と装備と鍛冶師は、同じ延長線上にあるのだから。

 

 俺は過去に他の鍛冶師を見つけてもまたエトナの元に来ると抜かしておきながら、のうのうと他所の店で買った武器をぶら下げて戻ってきたのだ。

 エトナが怒りや不安を覚えるのも尤もだ。どの面下げてという話じゃないか。

 俺は口数の少ないエトナとの間にあった、見えない信頼関係のようなものを弄んでしまったのだ。

 

 

「裏切るような真似をして悪かった」

「べつに。期待に応えるから、……。剣以外も、打ってみるし」

 

 だから、俺は彼女に誠心誠意謝ることを選んだ。そこに何の蟠りもない。

 エトナはたったひとつの大きな瞳を横に逸らして、落ち着かなさそうに俺の謝罪を受け取ってくれた。

 

 案外、彼女もカッとなってその場の勢いで俺の武器を握り潰してしまったのかもしれない。

 あるいは、単に俺が外で買ってきた武器を問答無用で握り潰したことに負い目を感じているのか。

 俺以外の誰かだったなら、その場で怒号を飛ばしていてもおかしくなかったしな。

 ちなみに俺は普通に目の前の事件にちっとも頭が追い付かなくて怒るどころではなかった。

 もちろん堅硬な鋼の武器を軽々と握砕するエトナにビビり散らかしていたのもある。

 

 まあ……とりあえず、丸く収まって良かった。

 冷静になって思い返すとかなり軽率だったな、俺。

 ともすれば、エトナが俺の買ってきた武器を目にした瞬間『もう知らない!』と言われて二度と相手してもらえない可能性もあった。

 そしたら俺は終わりだ。いやはや、そうならなくて本当によかった。

 

 ただ、一つ気になったことがある。

 俺の謝罪を受け取ったエトナは、『期待に応えるから、』と不自然に言葉を途切れさせて続きを口にしなかった。 

 『期待に応えるから、これから私を頼ってほしい』

 エトナはひょっとしてそう言葉を続けようとしたのではないか?

 そんな風に思うのは、俺の自意識過剰だろうか。




 エトナちゃん強化イベント。
 エトナちゃんに武器屋で使えるクーポン券とか持ってるのがバレようものなら、そりゃもちろん問い詰められます。
 『これ何?』って。『また行ったの?』って。


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2章
新たな地


輪っかのゲームにうつつを抜かしていました
今日から毎日更新を再開しますわよ


 さて、あの後俺はエトナに予定通り質問したかったことを聞いてみた。

 まず、『他の人にお前がここにいることを話していいか』という質問。

 こちらは非常に端的に「やだ」とだけ返ってきた。

 やはり不特定多数に自分の存在が知られるのはエトナにとって喜ばしくないらしい。

 無断でドーリスに話さなくて良かった。既にエトナを一度裏切った手前、彼女の機嫌を損ねるようなことを重ねたくない。

 

 もう一つの質問、『姉妹がいるのか』についても答えたくないの一点張り。

 エトナから無理に聞き出したくはなかったので、俺はそれ以上追及することなく引き下がった。

 ただ、『いない』と答えなかったということはやはり血縁の者がいて、そいつとなにか確執があるんだろう。

 これ以上は、エトナが自分から語ってくれるのを待つことにする。

 

 ドーリスには悪いが、今回はエトナの情報を諦めてもらおう。俺もドーリスから至瞳器にまつわる話を聞くのを諦める。

 至瞳器とかいうようわからん強い装備に固執しなくたって、俺にはエトナが付いているわけだしな。

 

 と、このような顛末でドーリスとの取引は破談となった。

 これについてドーリスは『時期を待つ』とおおらかな対応。彼も至瞳器に対しそこまで躍起にはなっていないようだ。

 至瞳器の情報は最上位勢の極悪なピラフでさえほとんど手がかりがない様子だったし、ドーリスとしても容易に手に入らない類の情報だと弁えているのだろう。

 あるいは、既に情報のリードがあるのか。

 まあ、どちらでもよい。

 

 それよりも大切なのは、今俺が降り立った地。

 フィールド名、ド=ロ湿地。

 見渡す限り紫陽花色の背の低い草が生い茂った水気の強い大地だ。

 

 大鐘楼の街を見終わり、俺はついにこの新エリアの攻略に踏み込むことにした。

 大鐘楼から東に位置するこのエリアは道の全てが閉ざされており、前人未到だとドーリスに聞き及んでいる。

 その証拠にこのフィールドでは他のプレイヤーの姿が見当たらない。何かあっても助けを呼んだりはできなさそうだ。 

 

 一歩踏み出すごとに、水分を潤沢に含んだ土壌に足が沈み込む。

 少し、いやかなりぬかるんでいる。ここでは蹴りは封印だな。

 発生前の踏み込みでずっこけるか、着地後の姿勢制御がうまくいかないかのどちらかだ。

 【絶】がサポートしてくれるのは蹴り始めるまでで、着地まではサポートしてくれないからな。

 というか、そもそも普通に剣を振るうにしても足を取られかねない。気を付けないとな。

 

 更にこのエリア、視界が悪い。

 黄土色のいかにも健康に悪そうな霧が濃厚に立ち込めており、遠くを見通すことができない。

 毒ガスか何かの可能性が高い。俺の鎧を蝕むような性質ではなさそうなので、ひとまずは安心か。

 しかしこうも無機物としての性質が優遇されると、後が怖くなってくる。

 今ここで楽をした分、あとで帳尻を合わせるように無機物を苛め抜くような環境のエリアがありそうで今から怖い。

 

 まあまだ見ぬエリアのことは今はいい。それよりこの湿地、俺が既に見知ったモンスターが出没する。

 その名も【濁り水】。俺の手を散々焼かせた物理無効の厄介エネミー。

 シーラがボス戦前に地下水道が清潔な割に不潔な連中が跋扈していて妙だと言っていた。

 どこからそんな不浄の存在がやってきているのかと思ったが、他でもないこのド=ロ湿地から地下水道に侵入していたようだ。

 この分では、地下水道にいた面子もこの湿地にいるのではないだろうか。

 まあ、他の面々は弱いのでどうとでもなるだろうが。

 

 それより今は目の前の濁り水の対処だ。

 地下水道では土偶のシーラに焼き払ってもらっていたが、今の俺は一人。

 自力で対処しなくてはならない。今までは刃薬の効果に頼ることで撃破してきたが……

 

「せいっ!」 

 

 飛び掛かってきた濁り水を上段から叩き伏せる。もちろん斬撃は濁り水に通らない。

 斬りつけられた濁り水は飛散することで斬撃を受け流し、体を再構成する。

 だが、内部の濁りは悶えるように震えだし……濁り水は爆散した。

 

 これぞエトナの意欲作【腐れ纏い】の能力。

 変哲のない一般的な剣は今や水の膜を纏い、その表面を不潔な深緑の汚濁が循環していた。

 腐れ纏いはその名が示す通り、戦闘の際には刀身に汚らしい緑色の腐れを纏って力とすることができる。

 付随する効果は、まだよくわからない。毒や病の類だとは思うのだが……いかんせん試し切りの相手がまだ濁り水だけなのだ。

 ボス濁り水のドロップ品を原料にしているにも関わらず、何故か同じ濁り水に効果がある。

 いったいこの濁りはいかなる性質をしているのかは、敵として相対していたときからわかっていないのだ。

 でも俺は斬りつけた相手が倒せるならそれでいいや。刃薬も節約できるしな。

 

 武器の表面を緑色の物質が循環するという点では、ゲーム開始直後俺を叩き殺したレシーの剣と類似しているかもしれない。

 だが蛍の光のような神秘的な発光を伴うあの翡翠の曲剣と、俺の汚らしいドブ色のヘドロが纏わりつく腐れ纏いとでは比べるのもおこがましい。

 月とすっぽん、似て非なるものだ。

 だがたとえすっぽんであろうと俺にとって強力な武器であることに変わりはない。

 

 エトナがこの剣を作れたのも、やはり刃薬を精製した際の経験が活きたのだろうか?

 それに加え、事前に刃薬を作成するために大量に地下水道のモンスターたちからドロップする不潔な品々を扱っていたのも関係あるかもしれない。

 どのようないきさつでエトナがこの剣を生み出せたのかはさっぱり分からんが、とにかく強いので良し。

 攻撃力は失敗作の頃から据え置きだが、この付随効果は強力だ。

 エトナに斧とハルバードを握りつぶされるだけの価値はあったと思う。

 

 ところで俺は自分の勘違いに気づいたのだが、過去にエトナは『生きている武器を打ちたい』と零していた。

 俺はてっきり生きている武器とはつまり特殊能力のある武器やスキルを内包した武器のことだろうと短絡的に決めつけていたのだが、それは違った。

 なにせ、この腐れ纏いは明らかな特殊能力持ちの刀剣に類する。だがエトナの反応はいつもよりいい武器ができた程度のもの。

 どう見ても念願叶ったという様子ではない。エトナの言葉が指し示すのは、もっと別の何かだ。

 エトナはそれを生み出すことが鍛冶師の到達点だと言っていた。

 その話を踏まえて考えると、とどのつまりエトナの言う『生きている武器』とは、それこそが至瞳器なのではないか。

 そんな気がする。もしそうなら、いつか彼女が至瞳器を生み出す日が楽しみだ。

 そして叶うなら、その武器を俺に授けてくれるような関係を続けたいものだ。

 



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湿地を歩く影

 ある程度この湿原を歩いて回ってわかったことがある。

 大気中に漂う霧、これは間違いなく有害だ。

 この湿地に果樹が群生している場所があったのだが、たわわに実っていたであろう果実が一つ残らず腐り落ちており、木の葉も溶けたような状態で黄土色になっていた。

 他にも、無残に腐り果てた花畑などもあった。健在であれば壮観だっただろうに、もはや見る影もない。

 恐ろしい話だが、もしも忘我サロンで大金を用意して用心棒を頼んでいた場合、この毒ガスによるダメージを回復しきることができずに契約が終わっていたのでは?

 充分ありうる話だ。無計画に頼まなくて良かった。たとえランディープであってもこの霧の影響はあっただろうから、いったんフィールドの様子見に来たのは英断だった。

 

 環境ダメージ等の存在を鑑みると、用心棒を依頼する前にエリアの下見は必須だな。

 パーティー攻略なら撤退すれば済む話だが、忘我サロンで仲間した用心棒は俺が回復代を負担しなくてはならない。

 計画的に利用しなくては回復アイテムの消耗がとんでもないことになりそうだ。

 偶然とはいえ、それに気づけて良かった。

 

 しかし思うに、この黄土色のガスが発生したのは最近なのではないか?

 元からこの湿地に充満していたのであれば、花も果樹も育たないと思うのだ。

 地下水道のコウモリやネズミは、このガスから逃れるために地下水道に来ていたのではないだろうか。

 俺の前に不審な人影が現れたのは、そんな予想を抱きながら探索していたときのことだ。

 

「ひとりでに動く鎧。新手か」

 

 そいつは濃厚な霧の向こうから慎重な足取りで俺の前に姿を現した。

 亜麻色の外套で体を覆った姿で、被ったフードの下には顔面を覆い隠す革と布の複合マスクが装着されている。

 目元だけを透明なガラス質の窓で開けており、口元にはぶ厚いディスクを取り付けたそれはまさにガスマスク。

 くぐもった声で、性別はわからない。

 その手には細く長いレイピアを携えており、その先端をこちらに向けて構えていた。

 

 直後、鋭い踏み込みと共にレイピアが突き出される。

 咄嗟に躱せば足が滑る。俺は落ち着いてレイピアの切っ先を左手に持つ盾で逸らした。

 

 そう、盾だ。

 あの武器屋でおまけに購入したこの盾はエトナの怒りから免れ、まだ無事なまま俺の手元に残っていた。

 回避がしにくいこの湿地では、その場で相手の攻撃を受け止められる盾の存在はとても役立ってくれていた。

 一番安い値段で買った品だが、大活躍してくれている。

 

 さあ、次の一撃が飛んでくるまえに反撃だ。

 勢いよく体を動かすアクロバティックな飛び蹴りや回し蹴りはしない。

 ぬかるんだ地面に足を取られて体勢を崩してしまうからだ。

 腐れ纏いで斬りつけたいところだが、相手が喋っていたところからNPCの可能性もある。

 毒が回ったら俺に治療する手段はないので、まだ剣は使わない。

 選んだのは両足を地につけたままのタックル。蹴りと比べて威力は劣るが堅実な攻撃。

 初めてレシーと戦ったときにも咄嗟に使った信頼のある攻撃だ。

 

 相手はたかがタックル程度とはいえ、直撃して体勢を崩されるのを嫌ったのだろう。

 ガスマスクは俺の反撃を素早く察知し素早い身のこなしで飛び退いた。

 

「うぁ!」

 

 なので、派手に転んだ。

 ああ、足元に気を付けないから。

 

 体を地面に激しく打ち付け、その拍子に被っていたフードとガスマスクが外れる。

 露わになったのは美しく大人びた美貌。

 転倒して翻った長い金髪は、黄色い毒ガスの中に包まれてなお輝いて見えるほど華美だった。

 見惚れるほど美しかった麗姿は、その直後に湿地の泥に塗れて台無しになったが。

 

 醜態を晒されて気が抜けてしまったものの彼女との戦闘は未だ継続している。

 彼女はマスクが外れたことに気づき、追撃を警戒してこちらを睨みつける。

 すると、俺の注目は尋常の人間とは異なる鋭く尖った耳にいった。

 

「……エルフ?」  

「……ほう。貴様、まだまともであったか」

 

 素早く体を立て直し武器を構えたガスマスクの女は、俺の声を聞くと警戒を解いて武器を下ろしてくれた。

 プレイヤーはまだこの湿地にはいないはずだから、俺の予想通りこの地にいるNPCといったところか。

 他のプレイヤーを見つけても見た目で敵かどうか分からないとは良く思っていたが、他人から見た自分も例外ではないことを忘れていた。

 

 しかし初対面のNPCと敵対状態から始まることがあるなんてな。

 無言プレイを貫くようなプレイスタイルであれば、NPCだと気づかぬまま殺害してしまう恐れすらある。

 おっかない話だ。友好的な態度を示すことを忘れてはならんな。いい教訓になった。

 

 ところで、俺の疑問を訂正しなかったところから彼女はエルフで間違いないらしい。

 露出した金髪と耳だけで判断した当てずっぽうだが、まさか正解だったとは。

 

「いきなり攻撃した非礼を詫びよう。だが貴様、いったいどこから来た?」

 

 毅然とした態度で話すエルフだが、しなやかな身体と輝く金髪にはべっちょりと泥と草が付着しており、なんとも恰好がつかない。

 ともあれ、敵対状態は完全に解除された様子。

 俺としてもこれ以上彼女に攻撃する理由もないので、大人しく問いに答える。

 

「大鐘楼の地下がここと繋がっていた」

「顔を見せろ」

 

 言われるがまま兜のバイザーを持ち上げる。

 もちろん中は空洞。向こうからはがらんどうの中身が見えているはずだ。

 

「リビングアーマー。毒の影響がないのはそのためか」

「お前はここで何を?」

「故郷の森がこの霧に侵されようとしている。それを止めに来た」

 

 では、近くにエルフの森があるのか。

 この湿地の草木が腐ってしまったように、今も広がり続けるガスがエルフの森を滅ぼそうとしていると。

 

「お前の目的はこの湿地の探索だな?」

「そうだ」

「都合がいい。どうせマスクの寿命の近かった頃合いだ、エルフの森まで案内してやる」

「話が見えん」

 

 落としたガスマスクを拾い上げながら、エルフがやや高圧的な口調で言う。

 自信満々、これは名案だぞと言わんばかりの態度をエルフはしているが、流れがさっぱりわからん。

 いったいなぜ俺がエルフの森に行くことになった?

 まだ出会ったばかりなのにそんなことをされる理由もわからないし、湿地の探索も半端なまま終わってる。

 向こうも斬りかかった相手をどうしてそんなすぐ故郷に誘えるのか。

 

「察しの悪い奴め。支援してやるからこの霧をどうにかしろと言っているのだ」

 

 うーん高圧的。微妙に話が通じない調子といい、エルフって感じだ。




キリ顔まじめドジエルフすき


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森の恩恵

 エルフに導かれるまま湿地を進んでいくと、俺はやがて鬱蒼とした森林の入り口へとたどり着いた。

 足場の水気も程よい湿り気に落ち着いており、ここはもう湿地の外なのだと分かった。

 濃密だった霧もここまでくればほとんど薄れている。エルフは辺りを一瞥してから、顔を覆うガスマスクを外した。

 

「ここまで霧は来ていないか」

「原因の心当たりはあるのか?」

「あるわけないだろうそんなもの」

 

 なんでいちいち高圧的なのか。いや、落ち着け。

 たぶん悪気があるんじゃなくて、彼女のこれはもはや生まれつきの口調なんだ。

 心の余裕をもっておおらかに構えるんだ。多少の不満はこのエルフの顔の良さに免じて許してやれ。

 

「なんだ、気分を害したか?」

「いや。気にするな」

「ならいい」

 

 妙に的確に俺の心の機微を感じ取ったエルフが、眉を顰めながら俺の様子を窺ってきた。

 本人も気にしているのか? 唐突だったとはいえ、彼女は俺に物を頼む側だったもんな。

 森を侵さんと広がる毒霧の影響を受けない俺は、肉の体を持つ彼女からしてみれば頼みの綱か。

 まあそれが分かったからといって、別にそれを鼻に掛けた傲慢な態度を取るつもりはさらさら無いが。

 

「森に入る。お前は手を出すな」

「無抵抗で襲われろと?」

「案ずるな。全て私が始末する」 

 

 森に入ったら手出しは無用だと言われてしまった。

 エルフ的なルールでもあるのか? 部外者が森の生き物に手を出すな的な。

 少し不安だが、まあ逆らう理由もないか。

 彼女も先の戦闘では盛大にすっころんだせいでドジな印象が付いているが、身のこなしからして強そうではあったし。

 

 ただ、どうしよう。

 もしも予定にない強力な敵が現れてエルフの彼女が勝てなかった場合、それでも俺は応戦してはいけないのか?

 不安は拭えないが、このエルフとはまだ会ったばかり。信頼を勝ち取る為にも、彼女の言う事はしっかり守っておこう。

 

 ──とかなんとか懸念していたが、結論から言うとこの心配は完全に無用だった。

 森林の内部は起伏が激しく索敵が難しい。にもかかわらず彼女は常に敵の機先を制していた。

 亜麻色の外套の内側から深緑のナイフを取り出し、音もなく鋭く投擲する。

 すると後からそのナイフに当たりに行くかのように敵が現れるのだ。

 敵は一撃死。威力が高いのか弱点を的確に貫いているのか定かではないが、とにかく全ての敵が飛び出してくると同時に死滅していく。

 歩く。エルフがナイフを取り出して投げると敵が出てきて死ぬ。また歩く。またナイフを投げると敵が飛び出ながら死んでいく。

 ひたすらその繰り返し。側にいる俺から見るとただただ神業だ。

 俺に手を出すなと言ったのも頷ける。そもそも手を出す余地などどこにも無かった。

 

 ただ一つ困るポイントを上げるとすれば、あまりに敵を瞬殺してしまうが故にモンスター図鑑が一切埋まらないことだ。

 モンスター図鑑は交戦して相手の情報を引き出すことで内容が充実していく。

 このように登場とほぼ同時にワンパンされてしまうと、図鑑の記述が一切増えないのだ。

 モンスターの名前すら追記されない。情報ゼロということらしい。

 でかい虫みたいなのとか、毒持ってそうな蜘蛛とか、人とか食いそうな植物とか色々出てきてるんだけどな。

 

 まあ図鑑に記載されないのは諦めよう。この森をスイスイ進めることの方がありがたい。

 この森の分の白紙の地図を俺が所持していないのもあるし、どうせ一人では来なかった。贅沢は言うまい。

 

 しかしそうなってくると気になるのが、彼女の存在。

 明らかに湿地で戦った時より強い。それに、幾度も投擲しているあの深緑の短刀。

 敵を一撃で葬っていることから、とても攻撃力が高いように思う。

 ごく短い戦闘だったとはいえ、なぜ俺との戦いでは使用しなかったのか。

 

「気になるか? 森の恩恵だ。私はエルフだからな」

「森の恩恵……。そういうのもあるのか」

 

 やたらと知りたそうにしているのが彼女にも伝わってしまったようで、俺から聞くまでもなく答えてくれた。

 森の恩恵、そしてエルフという種族。つまり、生まれついての種族によっては今いるフィールド次第でバフを貰えるということだろうか。

 では、異様に殺傷能力の高い緑色のナイフや迅速な敵の捕捉はその森の恩恵とやらの効果なのか。

 デタラメな強さだと思ってはいたが、しっかり秘密があったらしい。

 しかしそうか、種族によるフィールドによるバフがあるのか。

 知っていれば、他のプレイヤーとパーティーを組む際にも検討したら楽しいかもしれない。

 案外、既に森林の素材収拾専門で協力を買って出てるエルフのプレイヤーもいるかもしれないな。

 

 しかしそうなると気になるのはリビングアーマーのフィールド適正。

 いや、期待しすぎか? 全ての種族が環境から力を得られるわけでもなさそうだ。

 前に知り合ったエレメンタルの極悪なピラフやその一味だったら、自身と同じ属性の土地から恩恵は得られそうだよな。

 まあ、武骨な戦士のリビングアーマーには無縁そうだ。でも、面白い話を聞けた。

 

 ドーリスはこのシステムを知っているのだろうか。どうかな、普通に常識だったりして。

 俺がインターネットを駆使した攻略情報の閲覧を進んで行っていないから、持ってる情報が限られているというのもある。

 でもやっぱりこうやってゲーム内で驚きを伴いながら情報を摂取するというのも初見で遊ぶゲームの醍醐味。

 それで損をするのも含めて遊びたいんだ、俺は。

 

「そろそろ見えてきたな」

 

 とか思っている内に、俺たちは目的地に着いたらしい。

 本当にエルフの後ろをついていくだけで辿り着けてしまった。

 

 前方に見えるのは、大きな樹々に囲まれた木漏れ日の差し込む森の中の村。

 いや、その規模はもはや街と言っても差し支えがないかもしれない。

 大樹をくり抜いた家屋やログハウス、ツリーハウス等があちこちに建造されており、樹と樹を繋ぐ吊り橋があやとりのように上空を張り巡らされている。

 多数の住人の姿が見受けられ、かなり活気を感じられた。

 

 どうやらここは、大鐘楼と同様に人の集まる拠点らしい。

 ささやかな感動を胸にエルフの森に近づく。

 すると、一人のエルフが俺を見て声を上げた。 

 

「そ、外からプレイヤーが来たぁーっ!?」 




ドジなだけじゃないエルフさん


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森のプレイヤー

 俺を見て大きな声を上げたのは、一人のプレイヤーだった。頭上に名が記されているから間違いない。

 おかしいな。ドーリスの話じゃ、地下水道から繋がる東方面は大鐘楼からの道が閉じられているはず。

 プレイヤーがいるはずが無いのだが。しかもどうも、相手も自分以外のプレイヤーの存在に驚いているみたいだ。

 パッと見じゃわかりにくいが、おそらく男性。エルフは端麗な容姿が特徴だが、整いすぎて顔だけじゃ性別の判断が難しい。

 女装や男装なんてされたらいよいよ見分けがつかなさそうだ。

 

 彼の頭上のプレイヤーネームには『サーレイ』と記されている。

 もちろんネームが日蝕のように輝く忘我プレイヤーではない。

 彼は信じれないようなものを見る目で俺を指さし、泡を喰ったような慌てっぷりで近づいてきた。

 

「どうやって外からこの村に入ってきたんですか!?」

「どうやっても何も、そこのエルフに案内された」

「そこのって、リ、リリアさんに!?」

「この村じゃ有名人なのか」

「この地の姫ですよ!」

 

 姫って。めちゃくちゃ重要人物じゃねえかよ。村を飛び出して何やってんだよこのお転婆。

 湿原で出会ったとき俺がうっかり殺してても不思議じゃなかったんだぞ。

 そんな思いで姫なるエルフを見やると、彼女は口をへの字にしながら顔を逸らした。

 

「大仰な肩書をつけるな。村の代表の娘というだけだ」

 

 リリアと呼ばれたエルフは、サーレイの言葉を煩わしそうな表情で否定した。

 そういう扱いはいい加減にしてくれとでも言いたげだ。他のプレイヤーにも同じように持て囃されていて、うんざりしているかもしれない。

 

「初期にここに来たプレイヤーが姫って呼び出したらいつしか定着して。今じゃ元からいるNPCの村民エルフも真似して姫って呼んでますよ」

「いい迷惑だ。性に合わんと言っとるだろうが」

 

 騙された。姫というのはコイツの誇張表現だったらしい。

 ほんの一瞬真に受けて慄いちゃったじゃねえか。

 いやまあ、NPC含めた皆が姫と呼んでいて、実際に集落の代表者の娘というのであれば姫と称するのもあながち間違いではないのかもしれないが……。

 

「そっちはどうやってこの村に?」

 

 エルフのプレイヤー、サーレイに聞いてみる。

 向こうはこの村に入ってきた手段やリリアというエルフとの関係を気にしているようだが、気になるのは俺も同じ。

 俺の立場からしてみれば、至極まっとうな質問。それを投げ掛けてみた。

 

「種族がエルフだと同族に招かれるんです。でも手段が転移だから地理上での場所もわからないし、エルフは森の外には出れなくて」

「例え死徒でも、エルフはエルフ。森の恵みを受ける資格はすべからくある」

 

 隠す素振りもなく答えてくれたサーレイに、リリアが説明を補足する。

 となると、この村にいるプレイヤーはサーレイだけではなさそうだな。

 加えて、招かれたエルフのプレイヤー達にもこの村の位置関係はわかっていなかったようだ。

 名目ともにここは秘められたエルフの森だったらしい。

 

「話は済んだか。長に顔を見せに行くぞ」

「初耳だぞ」

「お、俺もいいですか!」

「好きにしろ。意味があるとは思えんが」

 

 俺、知らないうちにここの村長に会いに行くことになっていたらしい。

 そしてこのエルフのプレイヤーも、しれっと同行する気のようだ。

 まあ悪質で横柄なプレイヤーでもないし、追い払うこともないか。

 しかし今の俺の状態は一種のクエスト進行中だと思うんだが、途中から飛び乗り参加のような真似はできるのだろうか?

 そこまで含めて様子見だな。

 

「あの、アリマさん。この村はどの方角にあったんです?」

「大鐘楼から東に進んだらあったぞ」

「東? 封鎖されてて通れないはずじゃ……」

「地下にダンジョンが見つかった。抜けたら大鐘楼の東に出る」

「なるほど、ではついに北以外の道も拓けたんですね!」

 

 とりあえず村をリリアの先導するまま歩きだすと、並走するように付いてきたサーレイが気になることを言い出した。

 聞き間違いでなければ、北以外と言っていたか?

 

「俺は最初に地下水道に進んだんだが、元は北しか道が無かったのか」

「はい。今もほとんどのプレイヤーが北への道しか知らないんじゃないでしょうか」

 

 となると、大鐘楼からは二週間もの期間、北に広がるエリアしか開拓できなかったのか。

 東に進む糸口となる地下水道もドーリスが意味深に鍵を隠し持っていたし、何かイベントを経由していたのかもしれない。

 全てのイベントを自分で目にできないのは良くも悪くもこのような新世代のVRMMOのらしさを感じるな。

 だからこそ、土偶のシーラが所属するような情報収集ギルドの需要が強まるのだろうが。

 

「僕は当事者じゃないですけど、北の道を開くにもイベントがあったんですよ」

「へえ、どんな」

「障害物競争みたいなものだったと聞いています」

 

 となると、ゲーム発売直後のお祭りのようなものか。

 思うに、フルダイブの世界で思いっきり体を動かして遊ばせる催しだったのではないか。

 恐らく発売直後ともなれば嬉々として手の込んだ異形種をクリエイトしたプレイヤーも多かったはずだ。

 うまく体を動かせなくてのたうち回りながら走るプレイヤー達の姿が容易に想像できる。

 もしかしたら動画や配信記録も残っているかもしれない。いつか見てみるのも面白いかもな。

 

「先頭でクリアした優勝グループは今の【スイートビジネス】ですよ! 記念品として彼らに限定装備のスーツが配布されたんです」

「あの服装、イベント記念品だったのか」

「今やスーツがあのギルドの代名詞ですよ。保有者は漏れなく中枢メンバーですし」

 

 通りで。極悪なピラフのスーツ姿を目にしたとき、どうにも世界観から浮いた服装だと思ったんだ。

 発売直後の記念のようなイベントの優勝賞品だと思えば、やや場違いに映る姿も特別に感じられる。

 緻密に練られた世界観を崩しかねない珍妙な品だが、運営のお茶目な遊び心だと思えば可愛いものではないか。

 嫌がる人もいるだろうが、自分は歓迎できる性格だ。

 受け取った集団が気に入って、今なお制服のように着続けているというのも愛嬌があっていいと思う。

 もう入手手段のない記念装備だというのも、特別感を助長させるだろうし。

 そういった結束の強いギルドの一体感は、つい羨ましく思ってしまうな。

 

「雑談はそこまでにしておけ。長に会うぞ」

 

 サーレイと話しながら村を歩いていると、気づけば俺たちは巨大な樹木のふもとまで来ていた。

 長はここにいるらしい。

 ド=ロ湿地の霧についてイベントが進むのだろうが、長老とやらはどんな人物だろうか。



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森の長老

 エルフの集落の長。エルフのリリアがそう紹介した人物は、村の最奥にある朽ちた大樹の洞にいた。

 

「父よ。湿原で使えそうなやつを見つけた。こいつで毒霧を調査してみる」

「おお。とうとう解決の糸口を見つけたな。苦労をかける」

「父よ、安心するには早い。この森まで腐るのに猶予は幾許もない」

「なあに、心配しとらん。お前は一等優秀なエルフじゃ。任せておるよ」

 

 親しみと尊敬の混じった目線で話すリリアと、にこやかに言葉を返す長老。

 つい口を挟みたくなった部分があるのだが、会話を交わす二人に水を差すべきではないと判断して黙っていた。

 俺が二人の会話を遮りたくなった要素。

 それは、この大樹の洞に足を踏み入れたすぐ目に入った長老の容姿についてだ。

 

「君、名前を窺ってもよいかな」

「……アリマだ」

「む。そういえば私の自己紹介もまだだったな。リリアだ」

「ああ」

 

 リリアの美貌が俺を真正面に捉えるが、俺はそれに見とれている場合ではない。

 エルフの森の長老の意識が俺に向いたことのほうが気になった。

 長老は好々爺の如き優し気で温かい雰囲気の持ち主だったが、容姿が人でもエルフでもなかった。

 

 彼は、朽ちた大樹の内側から新たに萌ゆる新芽の姿をしていた。

 青々しくぷっくりとふくらんだ新芽に、人の顔が浮かび上がっている。

 それはまさに、人面樹の幼体とでもいうべき姿だった。

 

「不躾な質問で申し訳ないが、その姿の理由を聞いてもよいか」

「おお、森の外の者からすれば奇特に映るかの。いやはや威厳の無い姿で恥ずかしい限りじゃがな、森の主としての継承から間もなくてのう」

「そうなのか。いや、ありがとう」

 

 たまらず質問してしまったが、どうやら聞きずらいことを聞いてしまったようだ。

 無知を盾に無理やり踏み込んで聞くのもできなくはないが、今後の関係性に支障をきたしそうなので追及はよした。

 だが、漠然とわかったことがある。

 

 この長老なる人物はエルフではなく、この森全体の父のようなものであること。

 リリアというガスマスクのエルフとも父娘の関係のようだが、樹とエルフじゃもう血縁関係の捉え方がちっともわからん。

 他のエルフとは何が違う? さっぱりなのでこれについてはもう考えない。

 

 それから、この貫録のある語調からして長老は一本の樹の姿で幾度と転生のようなものを繰り返しているらしい。

 この朽ちた大樹と新芽の長老は、同一人物だったようだ。ちょうど代替わりから間もない時期だったのだろうか?

 この村に自由に出入りできるエルフのプレイヤーたちからは、とっくに周知の事実だったのかもしれない。

 あるいは発売間もなくエルフでゲームを初めてこの村に至ったプレイヤーならば、大樹が朽ちる寸前の姿を知っている者もいるだろうか。

 だが、長老と会えるものはエルフであっても多くないように思える。

 

 長老が生えている大樹の手前には、排他的な感情を隠そうともしない近衛のような武装エルフが守りを固めていた。

 娘と呼ばれたエルフの案内なしでは、非エルフの俺は通してもらえなかっただろう。

 いや、それどころか有象無象のエルフでは接近さえできないのでは? 思い返せば、他のエルフのプレイヤーの姿もなかった。

 つまりこれは、貴重な長老と話すチャンスなのかもしれない。

 それを証明するように、俺と一緒についてきたサーレイがこの機会を逃すまいと食い入るように長老に質問を投げ掛けた。

 

「あ、あの! エルフはどうして森から出られないんです? なぜ閉じ込めるんですか?」

「うん? 君はたしかサーレイ君だね。答えるが、わしが閉じ込めているわけではないよ」

「あれっ? そうなんですか?」

「森はエルフを愛する一方で、やや嫉妬深い。強力な恩恵は同時に強固な束縛なのだよ」

「そ、そうだったんですね……突然すみません」

 

 そういうことらしい。これが森を出られるエルフが限られるという話の中身だったようだ。

 というかサーレイは長老から名前を憶えられているのか。

 彼の反応からするに長老とは初対面じゃないようだが、ひょっとしてこのエルフの森の住人すべての名を網羅しているのだろうか。

 長として治めているだけのことはある。長老ももちろんAIに従って会話をするNPCなんだが、こう、人格に説得力を感じるな。

 

 さてサーレイが聞いた質問の他にも気になることはある。

 エルフをこの森に招待するエルフは何者なんじゃいという疑問や、プレイヤーはどうやって森と大鐘楼を行き来してんねんという疑問などだ。

 しかしひとまずそれらは胸にしまっておく。

 

 長老の言葉についてもう少し考えると、森の恩恵を振り払えるほどの実力者であればエルフであっても森を抜けて湿原まで出られるということか?。

 しかし、もう発売二週間にもなるんだぞ。まだプレイヤーの中には森を出たエルフはいないのか。

 とはいえ、このゲームは力や強さの概念がわかりにくい。レベルのようなわかりやすい指標がないからだ。

 スキルをたくさん持っていたら強い、レアな武器を持っていたら強い……というような単純な物差しでは測れないだろうし。

 まあ何かしらの隠しパラメータがあるんだろう。知らんけど。

 あれ、じゃあなんでリリアは森を出られるんだ。

 頭に浮かんだ疑問のままにリリアのほうを見やると、先回りするように長老が答えを用意した。

 

「リリアは森に迫る危機を調査できるよう、わしが森を説得したんじゃ」

「あのぅ、なぜリリアさんだけを?」

「他のエルフまで森を出すのは心配だから嫌だと森に突っぱねられたんじゃ。故に、代表としてリリアをな」

「父の仰るとおりだ。私は自力で森を離れられるほど力あるエルフではない」 

 

 確かにリリアの力量は地の利を活かしたとはいえ、俺が盾ひとつであしらえる程度だった。

 森の恩恵を得ていない環境に慣れていなかったことや、リリアも森以外の地で戦闘するのが初めてで不安定な足場にまで気が回らなかったのやもしれん。

 でも戦闘中に派手にずっこけるような娘を一人で森の外に出すなよ。森が心配するのもやむなしじゃねえか。

 

 にしても、この森がエルフを囲う一種の箱庭状態だったようだ。

 恩恵を授かれるエルフにとっては、森の中はかなり美味しい狩場に違いない。

 俺は幸運にも地下水道のダンジョンを悠々自適に攻略できたが、エルフのプレイヤーたちもこの森を最初の戦闘地帯として扱っている可能性は高そうだ。

 恩恵は無しにしても、俺もこの森で活動できたらありがたいのだが、いかんせん拠点となる十字架が見つかっていない。

 ここのエルフたちはどうしているのかわからんが、かつての地下水道の広場や大鐘楼のように腰を据えることはできないかもな……なんて思っていたら。

 

「おいアリマ。こっちを見ろ」

「なんだ──うぉっ」

 

 リリアに言われて振り向いた瞬間、草木に飲み込まれた十字架のシルエットの閃光が視界を覆う。

 めちゃくちゃ眩しい。

 

「いま貴様に宿り木の呪いを掛けた。お前は私の傍を離れ続けると死ぬし、十字架ではなく私の傍で蘇生する」

 

 勝手になにしてくれてんねん。  




アリマくんには女難の相でもあるのだろうか


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宿り木の呪い

「お前の息の根を止めればこの呪いは解けるのか?」

 

 剣を抜きながらリリアに問う。

 腐れ纏いの刀身におぞましい毒の深緑が帯びた。

 

 エルフの姫? 長老の前? 知ったことではない。

 怒りだけが理由ではない。必要だから俺は剣を抜いた。

 それだけのことをこいつは仕出かした。

 

 呪い。

 その効果は、離れると死亡、かつ蘇生位置の固定。

 リリアはそう言ったな。最低の呪いだ。悪辣という他ない。

 俺の種族特性と徹底的に相性が悪い。

 リビングアーマーは鎧を修復できなければ、HPの上限値が下がったままになる。

 俺が強力な敵に敗北した場合、脆弱な耐久力の鉄としてリスポーンするのが俺の種族の宿命。

 それを覆す生命線が、エトナによる装備の祝福だった。

 リリアが口にした呪いの効果が本当ならば、俺は半ば『詰み』に近い状況にされたことになる。

 

「まて。そんなに怒るとは思わなかった。許せ」

「つまらん冗談だな」

 

 初めからリリアは俺を欺いていて、非エルフの俺を貶める罠だったと思いたいくらいだ。

 

「私たちには後が無い。いつ訪れるかもわからぬ次の誰かを待つ猶予もない。お前がただちに霧を調査する理由を作りたかった」

「ふざけた話だ」

「傲慢で利己的なやり方だった事は認める。だが、剣を納めてはもらえないか」 

 

 固唾を呑んでこちらをじっと見るリリアに、俺は深いため息をついてから剣を鞘に戻した。

 奥で長老がほっと息をついて安堵したのがわかった。俺も頭を冷やす必要がありそうだ。

 唐突にとんでもない真似をされたせいで、少しカッとなっていたようだ。

 だが、剣呑な雰囲気はまだ落ち着かせない。

 聞くべきことはまだある。

 

「呪いの効能はどこまで本当だ」

「ただちに死ぬことはない。蝕みは遅々としたものだ」

「俺にこの霧を晴らさせる為の楔にしたかったんだな」

「ああ。だが、どうも私はやり方を間違えたらしい」

「リビングアーマーの性質は知っているか?」

「知らん」

 

 案の定だ。

 リリアの返答に俺はもう一度深いため息をつき、生身のときの癖で頭を抱えて後頭部を掻いた。

 このまま不機嫌をアピールしていても仕方がないので、リリアに種族の特性を端的に説明してやる。

 

「──事情は理解した。改めて謝罪する、すまなかった」

 

 俺からリビングアーマーという種族の概要を聞いたリリアはすぐさま自分の悪手と短慮を認め、素直に俺に謝罪を寄越した。

 リリアも打算はあれど、そこに悪気はなかったんだろう。

 もっとも巻き込まれるこちらからしてみれば、悪気の有無など知ったことではないが。

 とりあえずエトナの元に転移しても即死するような呪いではないのが分かってよかった。

 それならまあ、何とかはなる。もちろん不条理に呪いを掛けられた事に対する怒りは消えないが……。

 ひとまず、ここは俺が寛容にならなくては話が進まないだろう。

 

「すまんのう。しくじってとんだお転婆に育ってしもた」

「頼むぜ爺さん……」

 

 リリアと共に長老の方からも謝罪を受け取る。やんちゃがすぎるぞ、あんたの娘さん。 

 

「で、解呪の手段は?」

「術者の死亡か、目的の達成によってのみ失われる」

「そうか。なら最初と変わらんな」

 

 その二択なら、どちらを選ぶかは決まっている。

 リリアを殺めるつもりは、もうない。

 とんでもないことを仕出かしてくれたが、元々協力するつもりでこの森まで来たんだ。

 エトナの元に戻れるんなら、それでいい。

 呪いの件は一旦水に流そう。

 

「いいのか?」

「乗り掛かった舟だしな。呪いがなくとも、協力はしていた」

「私は少し、必死になりすぎていたようだな。これに懲りて、下らん企みはもうしないことにする」

「そうしろ」

 

 冷静に考えて、呪いってお前。

 一度許した俺が言うのもなんだが、やっぱりやってることヤバいよ。

 

「謝罪も兼ねて、改めてエルフの村を案内したい。まだ私を信用してもらえるか?」

「まあ、頼む」 

 

 リリアの不安げな申し出。やや迷ったが、俺はそれに乗っかることにした。

 本人もミスを自認しているようだし、反省もしている。

 

 それに村の中はまだ見て回れていない。入って長老のもとまで一直線だったからな。

 街巡りは大鐘楼で行ったばかりだが、エルフの村ともなれば他にない特産品に期待できるだろう。

 村の者の案内があれば、一層捗るのは間違いないしな。

 

 それに、リリアのずっとキリっとした凛々しい表情を保っていた顔立ちも、今となっては眉が八の字に垂れ下がっていてしゅんとしてしまっている。

 挽回のチャンスをくれてやるのも、許す側の度量ではないだろうか。




自分の想定以上にみんなリリアに怒っていて驚きました
顔が良くても許されないこともある……


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武器屋には立ち寄らない

 

「本当に良かったのか? 武器屋に行かなくて」

「事情があってな。おいそれと足を踏み入れられない」

   

 リリアの案内のもと村を巡ったのち、俺たちは再び湿地へと戻ってきた。

 エルフの村は大鐘楼と比べると素材類のショップが充実しており、モンスターの素材や薬草類のバリエーションが一目でわかるほど勝っていた。

 本音を言うと一番見たいのは間違いなく武器屋なんだが、俺は装備絡みでエトナとトラブルを起こしたばかり。

 舌の根も乾かぬうちにまた他の装備にうつつを抜かしていたら、今度こそエトナから雷を落とされる。

 故に俺は断腸の思いでリリアの紹介する武器屋には立ち入らなかった。が、店の場所は暗記してある。

 それはそれとして、あとで来るかもしれないからな!

 

 そういえばなんだが、村巡りの際には俺が剣を抜いた際の一部始終をおっかなびっくり観察していたサーレイもちゃっかり同行してきた。

 多分サーレイの目的はエルフが森から出られない理由を長老の口から聞き出すことだったと思うんだが、俺が剣を抜いて場を乱したことで言いたいことができたらしい。

 

 特に買い物の手伝いというわけでもなく、とにかくリリアに剣を向けたことに対する恨み言のようなものを聞かされた。

 エルフのプレイヤーからすれば、やはりリリアはマスコット的存在だったようだ。

 それをよもや殺害など、とんでもないことを考えるなと説教じみたことを言われた。

 

 うーん、客観的に見たら俺の立場はかなり同情的だと思うんだがなぁ。

 まあサーレイがあちら側に加担するのは、彼がエルフである以上当然なんだが。属しているコミュニティ的にもな。

 

 だが、こちらにも譲れない事情がある。そこまで言うなら、万が一の際にはサーレイが止めに入れば良かったと思うんだが。

 しかし実際のサーレイはあのとき無言のまま不干渉を貫き、自分の存在感を全力で薄めにかかっていた。

 荒事に不慣れな性格なんだろう。彼はああいうピリついた空気を感じると縮こまってしまう性格のようだった。

 一応、俺もどちらかというとそちら側の人間なんだがな。

 

 自分がお人好しである自覚はあるが、それだって駅前で配られるポケットティッシュをかろうじて拒める程度には自分を持ってる。

 今回ばかりは自分が不義理を働かれた当事者というのもあって、物怖じせず己の意見を主張できた。

 

 事が終わってから好き勝手言うサーレイにはちょっと卑怯じゃないかとも思ったが、やり方が人間臭すぎていっそ微笑ましくなったので広い心で全て聞き流した。

 途中、リリアと親密な関係になりたいのか隙を見つけては声を掛けるも、悉く冷たくあしらわれ続けて凹んでいた。

 あの感じ、おそらく種族がエルフかそうでないかで好感度に差があるのではないか?

 

 むしろ同族のエルフにこそ好感度が高いのではと思いがちだが、リリアはプレイヤー達から姫だなんだと持て囃される事に辟易した様子だった。

 種族で判断しているのではなく、自身を特別な立場として敬われるのを嫌っているのかもしれないな。

 であれば、出会いがしらに交戦して文字通り泥を塗った俺への好感度がある程度ありそうなのも頷ける。

 いや、彼女の態度が一貫してつっけんどんなのでこれを好感のある態度と称していいのかはわからんが。

 

 サーレイは結構前からリリアに白い目で見られているのにも気づいていなかったようだし、あいつはなんというかこう、憎めないやつだな。 

 性根が悪人でないとわかるからなのか。

 いや、俺の人を見る目が麻痺している可能性もあるが。

 

 その後、結局サーレイとは森の入り口で分かれた。どのみち彼は森から出られない。

 今回の湿地の霧調査には同行できないので、しぶしぶ村に残ることにしたようだ。

 

 あとはリリアとペアで、行きと同じように森を中を突っ切ってきた。

 道中はリリアの強力なナイフ投擲によってもはや散歩同然。

 現れては断末魔を上げてポリゴン化していく敵がいっそ哀れだよ。

 

「此度は本格的な調査に備え、マスクのフィルターも十分用意してある」

 

 森を抜け湿地に辿り着くと、リリアはその麗しい貌を自慢げに取り出したガスマスクで覆った。

 うーむ。やはり亜麻色のローブも相まって、かなり不審な恰好に変貌するな。

 やんごとなき令嬢のような麗姿が、一瞬で悪の組織のザコ研究員のようになってしまった。

 いやだが、そのマスクの下は超絶美人の高圧的ドジエルフだ。これはこれで良いという人もいるかもしれない。

 

 ところで森を抜ける時に聞いた話だが、このガスマスクは彼女が自分で手作りしたものらしい。

 蔓延しだした毒ガスの存在を知り、試行錯誤の末にようやく完成したものだという。

 それまではガスの内部には近づくこともできなかったというから、エルフたちの対応が遅れてしまったのもやむなしか。

 そういうわけで、彼女は見た目に似合わず意外と手先が器用らしい。そういえば武器にも繊細な扱いを要求するレイピアを使用していたし、投擲するナイフも百発百中。

 リリアはそもそもかなり技巧に偏った性質だったのかもしれない。

 ひょっとしたら、ガスマスクの他にも工作品を持っているかも。より親密になったらそういうのを教えてくれる日が来るかもな。

 だが、今はまずこの湿地を覆うガスの調査からだ。

 

「俺の鎧が著しく損壊すれば、撤退も考慮する」

「認めよう。だが修復する当てがあるのか? やはり大人しく私の勧めた店で予備の装備を買っておくべきではなかったのか」

「好意はありがたいが、腕利きの鍛冶師が協力してくれている」

「ならば良いんだが……うっ」

「おい、気を付けろ」

 

 リリアが足を滑らせて転びそうになったのを、腕を引っ張って留めてやる。

 おいこいつ本当に大丈夫なのか。何もないところで転びそうになってるじゃねえか。

 もしかして、森を案内してくれたときと打って変わって戦闘面での助力は期待しない方が良い感じか……?

 初対面の戦闘でも派手に転んで大きな隙を晒していたくらいだ。

 味方になった今も同じことが起きると思っておいたほうが良いか。

 

「くっ、森と勝手が違いすぎる。防滑の靴も作っておくべきだった」

 

 姿勢を立て直したリリアが、俺の腕にしがみつきながら再び歩き始める。

 お化け屋敷に挑むカップルのような構図になってしまった。あんまり強く腕を引くと腕甲が引っこ抜けちゃうからやめてくれよな。

 リリアの足取りは今もややおぼつかない。ただ歩いているだけなのに今にも足を取られてずるっと転びそうだ。 

 これって森とかエルフとか関係なしにこいつがドジなだけなんじゃないのか? 

 

 ここからはリリアの護衛任務という側面もありそうだな。だって戦闘が始まったら絶対に転んで敵の前で隙を晒すもの。

 意欲的に戦闘に参加してくる分、いっそ厄介かもしれん。

 まあ、どうにかうまく付き合うしかあるまい。

 ともあれ、まずは向かう場所を決めたいところだが。

 

「この霧の原因に心当たりはあるか」

「無い。そもそもこの地に足を踏み入れたのも数えるほどだ」

「なら適当に歩いてみるしかないか」

 

 俺もこの湿地にはまだ詳しくないので、目印も手がかりもゼロだ。

 濁り水と数える程度に交戦しただけで、フィールドの広がり方もさっぱり。

 このエルフと仲良く霧の中を彷徨うしかなさそうだ。

 ドーリスからマップを受け取っていたのが不幸中の幸いだな。

 これを埋めるように探索をしていれば迷子にもならないし、なにかしらは見つかるだろ。

 

「わぁっ!」

「おい引っ張るな!」

 

 ただ、こいつとうまくやっていけるか俺不安だよ……。

 




リリアちゃん今のところな顔以外に何一ついいところのないダメな子なのでなんだか可愛く思えてきました


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エルフの力

 ようやく始まった湿地探索。前回は湿地に踏み込んですぐこのずっこけエルフの邪魔が入ってしまったからな。

 いや邪魔が入っているという意味では今もまだそうなのかもしれないが、今は敵対関係ではないのでセーフ。

 気ままな一人探索はできなくなってしまったが、ようやっと本格的な調査ができるぞ。

 出現する敵は、今のところ濁り水のみ。リリアには手出しさせずに俺の腐れ纏いで秒殺している。

 

「恐ろしい武器だな」

 

 のたうちながら死滅していく濁り水を見たリリアが息を呑んだ。

 やはりそういうリアクションが普通だよな。毒を纏う武器を用いるというのは、外道な手段だ。

 プレイヤーの立場からしてみれば、毒なんて武器の属性としてありふれたものだが、世界観に根差した住人の視点だと忌諱感があってもおかしくない。

 まして、彼女は俺からこの武器を向けられたのだ。あの時点で俺は彼女に対し剣を使う予定は無かったが、リリアはそんなこと知る由もない。

 あれ、ひょっとして毒武器の使用って好感度下がる?

 これは参った。でもこればっかりは容認するしかなさそうだ。刃薬で代替可能とはいえ、運が絡むやり方は滅多に使いたくないし。

 

「毒は卑怯か?」

「そうは言っていない。使える手段は全て用いるべきだ」

「そうか。お前さえ気にしなければ、こちらも好き勝手させてもらうが」

「そうしろ。見栄も名誉も捨て置け。死んで晒す屍に価値などありはせん」  

 

 気を悪くしたのかと思って聞いてみれば、リリアから飛び出してきたのは好意的な意見。

 あるものは全て使うべきというのが、エルフとしての彼女の流儀のようだ。

 それが森の中で自然に紛れて生きるエルフの価値観なのかもしれないな。

 外面を気にして手札を棄てるなど、愚鈍という他ない──とリリアの顔に書いてある。

 表情はガスマスクで覆われていても、全身から醸し出す雰囲気からしてそういうメッセージを感じる。

 

 普段から表情筋が死滅しているエトナと会話している俺からしてみれば、ガスマスク越しだろうが言葉の裏の感情くらい容易く読み取れるわい。

 彼女のことだ、どうせ今もこのエルフはガスマスクの下でむすっとしたしかめっ面を常に浮かべているんだろう。

 ぶっちゃけ、リリアは考えていることがかなりわかりやすい。

 ある意味とても真っすぐな人物なんだろうな。

 

 にしても、これはいい経験になった。今まで思いもしなかったが、NPCの中には毒のような横道を嫌悪する人物もいるかもしれない。

 初対面で人となりの知れない者と会うときは、この腐れ纏いは隠しておいた方が今後の為になるだろう。

 

「ところで、リリアはどうやって濁り水を始末していたんだ?」

 

 ふと、個人的に抱いていた疑問をリリアに投げ掛けてみた。

 ひとりでこの湿地を歩いていたからには、この水どもをどうにかできる手段があると思った。

 だが、この水たちは物理的な攻撃手段ではとんと歯が立たない。

 やつらに対抗するために、なんらかの属性攻撃手段を持っているはずだ。

 

「エルフが先天的に適正を持つドルイドの力を利用した」 

「すまん、さっぱりだ。詳しく教えてくれ」

 

 リリアは俺の質問にあっさりと答えてくれたが、見知らぬ単語が飛び出してきたためまるで理解できなかった。

 なんだそんなことも知らんのか、とでも言いたげなオーラを放つリリア。

 だが、すぐに俺の為に分かりやすくその説明を始めてくれた。

 

「平たく言えば、自然の力を借りる魔法だ。樹木や植物の助けによって力を得る」

「なるほどわかりやすい」

「お前に散々見せた投擲ナイフもドルイドによって生み出した力だぞ」

 

 リリアが指の鳴らすと、手元に緑色の結晶が露出し木片が生み出された。

 彼女が森を案内してくれたときに幾度となくモンスターを一投一殺していたナイフと同じものだ。

 ドルイドとは、要するに自然魔法とか植物魔法的なものらしい。

 

「おい、丁度よく濁り水が出た。実演してやる」

 

 霧の向こうからにょきっと姿を現した濁り水に気づいたリリアは、俺の返事も待たずに濁り水目掛けて木片のナイフを投擲した。

 すると、ナイフの突き刺さった濁り水はみるみる内にその体積を減らしていき、とうとう干からびてしまった。

 あとには、見覚えのある花が一輪だけ。

 

「……なるほどな」

 

 それを見て、俺は納得した。

 これ、地下水道のボス戦で俺の剣に咲いたのと同じ花だ。

 あの時の刃薬の効果、ドルイドの力だったのか。思わぬところで答え合わせができたな。

 となると、ドルイドの力には生命力を吸収する力があると思ってよさそうだ。

 ……にしても結構おっかないな。見た目が緑で自然の温もりを感じるが、やってることは毒に負けず劣らずえげつないぞ。

 

「足場が悪くて動きにくいのに、視界すら悪い。やりづらすぎる!」

 

 ドルイドの力に感心していた俺をよそに、リリアは一人憤っていた。

 俊敏な動きや正確無比な投擲がリリアの持ち味なんだろうが、このド=ロ湿地と相性が悪すぎる。

 ぬかるんだ足場と濃霧で長所がすべて潰されている。彼女のドジを差し引いても、やはり森の時のように彼女に頼ることはできなさそうだ。 

 

 なんて思いながら湿地を進んでいると、やがて見慣れぬ形の影が霧の向こうに浮かび上がった。

 それはこちらに近づくにつれ、ブブブブ、と耳障りな羽音を撒き散らしていることがわかった。

 

「新手だな」

 

 それは、巨大なハチの姿をしていた。

 ネズミ、コウモリと続いて今度は虫かぁ。

 俺が戦う敵こんなんばっかりだ……。

 



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蜂の意図

 現れた巨大な蜂と向き合い、戦闘の構えを取る。

 ギラつく黄色と黒のコントラストが映える警戒色は、現実世界のスズメバチによく似ている。異なるのはその複眼が血のような真紅であることだろうか。

 あとはサイズ。人間の子供くらいはある。

 見た目はとにかくデカい蜂。たったそれだけなんだが、だからこその生理的嫌悪感を呼び起こす。

 身体を構成する甲殻がもっとこう、ギザギザとした輪郭で各所がゴツゴツしていればファンタジー感があっていいものを、シンプルにデカいだけなのが生々しさを感じて怖い。

 だが体表に硬質な気配はない。俺の剣でも刃が通るか不安に思う必要はなさそうだな。

 しかもこの蜂、一見すると武器が尾の針しかなさそうだ。鎧に身を包む俺なら相性は良いんじゃないか?

 いや、リリアを連れている以上もっと慎重になるべきだな。毒なら俺には効かないが、酸のようにふれたものを溶かす性質があるかもしれない。

 

 俺が考えを巡らせる中、蜂は空中で浮遊したまま動きを止めてこちらの様子を窺っている。

 先手を譲って情報を収集しようかとも思ったが、向こうが見に徹するならばこちらから打って出てしまおうか。

 そう思った瞬間だった。

 

「ヴヴヴヴヴ」

 

 蜂がより強く翅を震わせて音を立て始めた。

 ただならぬ様子にすわ攻撃かと体は身構えたが、しばし待ってみても何も起こらない。

 ヴヴヴ……と羽ばたく音が湿地に広がるのみ。

 

「おい、様子がおかしくないか」

「……敵ではないのか?」

「なにかを訴えかけているようだが……」

 

 いっそ無機質にすら思える蜂の真っ赤な複眼からは、なんの感情も意図も読み取れない。

 普段エトナと意思疎通している俺でも限度というものがある。流石にこれは不可能。

 あきらかに尋常な蜂ではないのだが……。

 

「おい。村に戻るぞ」

「なんだって?」

「虫の言葉を聞ける奇人が村にいる。力を借りてみよう」

「……わかった。引き返そう」

 

 ようやく湿地攻略かと思いきや、またしても足踏みか。

 だが、リリアの言葉には賛成した。攻撃してこない敵と遭遇するのは始めてだし、リリアと湿地にきたとき限定のイベントのように思える。

 この状況、俺一人であれば間違いなく問答無用で撃破していた。リリアが一緒でなければ絶対に取らなかった選択肢だ。

 これが正しいかはわからないが……まあ、物は試しだな。

 今なおヴヴヴと羽音を立て続ける巨大な蜂に背を向ける。一応警戒してみたが、不意打ちしてくる気配ない。

 蜂を挙動を不気味に思いつつも、俺たちは来た道を引き返した。

 

 

 

 

 

 

「ここだ」

 

 再び舞い戻ってきたエルフの森。森の中はリリアが無双できるから往復になんの苦もない。俺の立ち位置だとただ通過しているだけだ。

 戻ってきてから案内されたのは、村のはずれ。ほとんど村からはぐれているような片隅だ。

 そこに構えられていたのは鋼鉄を打ち重ねた、金属製の研究所だった。

 ありのままで残る自然を傲慢に食い散らかすような冷たい鋼の基地。

 神秘的な緑の調和を崩すことになんの忌憚も遠慮もなく、我が物顔で森の一角を占拠している。

 

「村の外れにこんな施設があったのか」 

「我々は樹木を尊び、金属を厭う。外の者にこんな忌まわしいもの紹介できるか」

 

 こんな特殊な建物があるなら教えてくれればよかったのにと思ったのだが、リリアの表情は苦々しい。

 エルフとしては村のすぐ近くにこんな鉄まみれの建物があるのは許容しがたいらしい。

 確かにドルイドが自然信仰の魔法だとすれば科学技術を象徴する鉄などは仇のようなものなのか。

 あの蜂との遭遇がなければ、この施設の存在はずっと知らないままだったかもしれん。

 

「入るぞ」

 

 リリアがノックも無しに鉄の扉を開けて押し入る。何度か躊躇してようやっとノブを掴んだ手は、接触面を少しでも減らそうと指だけでつまんであった。

 リリアに続いて施設の内部に踏み込むと、中はまさに鉄錆びくさい工場のような場所だった。

 用途の不明な工作機やジャンクパーツが無造作に転がり、染み込んだ油の香りが匂い立つボロ布がそこかしこに散らかっている。

 メーターの取り付けられた計器類や、太いケーブルが幾重にも絡まった機材に始まり、赤錆に覆われた歯車やシャフトなどなど、エルフの森からもっともかけ離れた要素がこの施設の中にはこれでもかというくらい押し込まれていた。

 

「あら、客人? だれかしら。というかエルフがここに近づくはずもないのだけれど………」 

  

 来訪者に気づいたか、この建物の主が訝しげな声を上げてのろのろと顔を出しに来た。

 油と煤と鉄の匂いを漂せながら現れたのは、だぼつく作業着のズボンを履いた女。

 上半身には黒いタンクトップを着用しており、胸元は女性らしさを象徴するように豊かに持ち上げられていた。

 ウェーブのかかった金髪を肩まで伸ばしているが、酷く汚れてくすんでいる。

 褪せてなお流麗な金髪や露わになったすらりと長い腕の白さ、その美貌からして彼女もエルフだと思われる。

 怪訝な顔で出てきたそいつは、リリアと俺を視認すると都合が悪そうに片手で頭を押さえた。

 

「あら、リリア。とうとう追放命令? その隣の物騒な恰好の人で武力行使ということかしら」

「ダメだ。やはり臭すぎる」

 

 が、リリアはそいつに返事すらせずガスマスクを取り出して装着した。

 ……よっぽどこの鉄の匂いがダメらしい。

 

「紹介しよう。こいつが忌まわしき機械屋、シャルロッテだ」 




オリジナルを書いて初めてわかったんですが、私にはつい癖の強い女性キャラを登場させてしまう癖があるようです


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機械屋シャルロッテ

「なに? 事情がさっぱりなんだけど。とりあえず見ればわかると思うけど、わたしはこういうエルフだから」

 

 リリアの紹介したシャルロッテなる人物は、鉄と油に塗れた自らの姿を恥じもせず、女性らしさとエルフらしさの全てをかなぐり捨てていた。

 ウェーブのかかった金髪を肩まで伸ばしているが、煤のようなもので黄金の髪のあちこちに黒が混ざってしまっている。

 リリアは一般的に想像されるエルフの要素だけで構成されたようなお手本エルフだったが、こいつは個性が突き抜けてるな。

 NPCといえど種族的な固定観念に収まるやつと囚われないやつがいるということを、このシャルロッテなるエルフは証明していた。

 

「貴様は理解していないようだが、エルフからすれば金属など爛れた屍肉のようなものだ」

「なんだって?」

「あるいは蟲。死血。腐敗。そういうものに言い換えたっていい。とにかく本能的にどうしようもなく忌諱するものだという認識で構わん」

 

 じゃあめちゃくちゃヤベーやつじゃん。それ聞いて一気に印象が変わったわ。

 エルフの金属嫌いってそんなレベルなのかよ、甘く見ていた。

 

「うん? 俺の鎧も金属だがそれは平気なのか?」

「お前は問題ない。金属の質が劣悪だからな」 

 

 あ、そうなんですか。

 おかしいな。貶されているような気がする。

 ゲーム開始直後からずっとお世話になってるこの初期装備の鎧、金属の質が劣悪なんだ。

 普通はお前は特別に平気って言われたら喜ばしいことだと思うんだけどな。

 こういうときどんな反応すればいいかわからねえや。

 

 まあそれはさておき、種族にエルフを選択したプレイヤーもその感覚をゲーム内で保持しているはずだから、この近辺にエルフのプレイヤーですら近寄らないのはそういう理由か。

 リリアも立ち入るのにガスマスクを着用するわけだ。それくらいエルフにとって金属の気や匂いは忌み嫌うものなんだな。

 そんな金属をかき集めて建物にするようなエルフなんて、同族からしてみれば悪夢みたいなもんか。

 リリアはシャルロッテを忌まわしき機械屋と紹介していたが、まさにその通りだったようだ。

 よそから来た人物に教えたがらないのも当たり前だな。

 

「いいか、シャルロッテは変わり者ではなく異常者だ。勘違いするなよ」 

「わざわざ外から来た人にそう紹介しに来たの? 普通に不快なんだけれど」

 

 リリアに堂々と異常者呼ばわりされたシャルロッテはもちろん不機嫌そうだ。

 とりあえずここで狂ったように高笑いを始めるようなマッドな人物ではないらしい。

 むしろシャルロッテのリリアとの受け答えは至って普通。

 『金属を厭わない』という一点のみが異常なだけで、それ以外は通常のエルフと変わらさそうだ。

 その一点が異常すぎるが故に、こんな扱いを受けているのだろうが……。

 

 シャルロッテは異常者らしからぬ落ち着いた雰囲気で、理知的な振る舞いすら見せている。

 その言動も相まってシャルロッテにはストイックな研究者のような印象さえ抱く。だがその風貌はタンクトップ一枚で機械汚れを被った現場作業者的。

 こう、スパナ片手に自動車の下に体を突っ込んでいそうな。 

 

 だがしかしシャルロッテもまたエルフの例に漏れず輝かんばかりの美貌の持ち主。

 顔が黒い煤まみれに汚れていても美人らしさはちっとも損なわれていない。

 見た目と口調とやってる事が全然一致しなくて頭がバグリそうだ。なんなんだこいつ。

 インテリ現場イレギュラーエルフとでも称そうか。

 

「あなた、外から来たんでしょう? 名前は?」

「アリマ」

「機械工房都市ランセルって知ってる?」

「知らん」

「使えないわね」

 

 いやーやっぱこいつエルフだわ。

 エルフってこうなんでしょ? って感じのエルフ。

 この高圧的な感じといい、物を知らない相手への礼の欠き方といい。

 精神的な余裕のないときにエルフと会話したら堪忍袋の緒が千切れ散らかしそうだ。

 そんでまた新しい固有名詞が出てきたな。機械工房都市とは、これまた一般のエルフが嫌いそうな概念全開の文字列だが。

 

「お前が金属を扱う理由と関わりがあるのか」

「まあね。どこかにあるっていう、古代魔法の理論体系に比肩するクラスの複雑な機構を組み上げる超技術を保有した街よ。まぁ、あなたには関わりなさそうだけど」

「街は知らんが、そこの産物はたぶん見たことあるぞ」

「もっとまともな嘘をついて頂戴。あなたみたいな旧態依然とした鎧ヤローに縁があるわけないでしょ」

「高速で回転する削岩機みたいなやつだった」

「……詳しく聞かせなさいよ」

 

 ハエでも追い払うようにしっしと俺目掛けて手を払っていたシャルロッテだが、俺が何かを知っているとわかると居心地が悪そうに態度を変えた。

 初めが突き放すような語調だった分居心地が悪そうだが、その目は興味に輝いている。

 未知への好奇心を抱く学者然とした目つきだ。でも首から下の服装が町工場の現場オヤジなんだよな。

 

 それはさておき、つまりランディープが振るっていた機械槌がその機械工房都市の産物ってことで間違いないはず。

 なにせ剣と魔法のファンタジーの世界観の中で、あの武器だけ露骨にオーバーテクノロジーだったからな。

 一目見た時からなんちゅう武器もってやがんだと仰天したからしっかり覚えてる。

 シャルロッテの反応を見るに、やはりあれは一般に普及した技術ではなく一部の特殊な武器だったか。

 

「その削岩機はどんなだった?」

「螺旋溝の入った円錐が高速回転する機械だったぞ」

 

 同じ価値観を共有するプレイヤーならドリルっていえば一発で伝わるんだが、相手がエルフだと伝達できるか怪しいので見たまんまを言う。

 外観だけの情報だが、それを聞いたシャルロッテは望む答えを得られたようで満足げにしていた。

 

「そう。私の知らない型だわ。ええ、ええ。それが聞ければ充分だわ。……やはり、金属で装置を構成する場合において回転機構はそもそも魔法を用いた場合よりも遥かに有用性が──」

「話は済んだか? 私たちは頼みがあってここを訪れた」

「ああリリア。いたわね、そういえば」

 

 口元に手をやって思考の海に潜ろうとするシャルロッテだったが、それを阻止するようにリリアが話を持ち込んだ。

 リリアはずっと一刻も早くここを立ち去りたそうにしていたからな。単刀直入に本題を持ち出せる会話の隙をずっと窺っていたんだろう。

 すぐに用事を済ませたいリリアの都合を汲んでか、思考を阻害されたシャルロッテは気を悪くした様子もない。

 この金属に囲まれた基地が多くのエルフにとって居心地の悪い場所だというのは彼女も理解しているのだろう。

 

「とりあえず聞くわよ。機嫌もいいしね」

「蜂と会話できる絡繰りがあっただろう。あれを借りたい」

「ああ、前に群れを追い払うのに使ったやつ。また襲ってきたの?」

「いや……今度は様子がおかしくてな。真意が知りたい」

「ふぅん。ま、いいわよ」

 

 許された。

 蜂と会話できる機械を借りられるようだ。

 これ、もしかしてなんだが工房都市ランセルにまつわる情報を俺が何一つ知らなかった場合はここでイベントが停滞していたっぽくないか?

 

 さ、さんきゅーランディープ。

  




本音を言うとシャルロッテさん、めちゃくちゃ好み


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リリアとシャルロッテ

前話の『糞尿』という語句を『爛れた屍肉』に差し替えました、シャルロッテさんの名誉のために


「シャルロッテは私の師だ。手先の使い方も彼女に習った」

「ほう」

 

 シャルロッテの協力を取り付けて再び湿地に舞い戻る道すがら、リリアは俺にシャルロッテとの関係を語ってくれた。

 

「私の毒霧を防ぐマスクも彼女の力を借りて作ったものだ。ものを作ることにかけては、この村で右に出る者はいないだろう」

「素晴らしい人物じゃないか」

「金属を好みさえしなければ、だ。あれさえなければ彼女だって村で持て囃されているさ、私などより遥かにな」

 

 会って話した感じだけなら、奇人変人って印象はなかったんだけどなぁ。

 いやでもリリアの話じゃ金属を忌み嫌うのはエルフにとって避けようもない本能のようなものだというのに、厭いすらせずむしろ好き好む。

 そりゃあどんなに有能だとしても、エルフの集落の中に居場所はないか。

 

 一見普通の人物なのに、根本的な部分で異常をきたしている。

 エルフとしての共通認識、誰しもにとっても当たり前ともいえる常識。

 その一部が致命的なまでに欠落している。それがシャルロッテに抱いた総合的な印象だ。

 

「そもそもシャルロッテは卓越した魔術師だった。ドルイドではなく魔道の道に進んだ研究者。彼女は聡明だったよ。村には彼女の発明したマジックアイテムが今でも多く使われている」

「ではなぜシャルロッテは機械に傾倒するようになった?」

「嫌なことを聞いてくれる。思い出したくもないことだ。……ある日、森から不可解な機械構造体が出土し、シャルロッテはそれに魅入られた」

 

 そう話すリリアの表情は、複雑だ。

 

「お前たちの価値観で例えるなら、尊敬していた恩師が突如気色悪い蟲の卵に寄生されて帰ってきたようなものだ。それも、本人は極度に興奮して嬉しそうにしながらな」

 

 うわエグ。

 そりゃ思い出したくないわな。嫌なことを聞いてしまったか。

 俺の視点だとシャルロッテはただの機械弄りしてる金髪のインテリねーちゃんでしかないが、生粋のエルフが見ればその姿のおぞましさは想像を絶するだろう。

 これはまた、エルフが根本的に価値観を異にする異種族というのを強く感じる出来事だな……。

 機械や金属にそこまで強い嫌悪感を抱くというのは、俺の感覚だとちょっと想像するのが難しい。

 種族にエルフを選択していれば強く共感できるようになるのかもな。

 

「シャルロッテも今や村の鼻つまみ者。彼女もそれを良しとしているようだが……それでも、私の恩師だ。なあ貴様、シャルロッテの力になってやってくれないか」

「俺は滅多に頼みを断らない」

「そうか。……助かる」

 

 エルフから見たシャルロッテは金属キチのやべーやつかもしれないが、俺の視点ではただの機械油の臭いが染みついた鉄粉まみれのお姉さん。

 俺の交友関係からしてみれば、余裕で常識人の範疇に収まる。シャルロッテと友好的な関係を結ぶのに何の否やもない。

 

 だいたい、貴重なNPCイベントのフラグを自分から進んで折るプレイヤーは滅多にいないだろう。

 まして再現性の低いこの一期一会の世界。『いいえ』を選んだ場合の分岐を確かめる方法がないのなら、とりあえず『はい』を選ぶのが普通だ。

 世界を救ってくれますかという質問にふざけていいえと答えられるのは、それが一度きりの選択ではないと嵩を括っているからだ。

 このゲームじゃあ自分の選択に取り返しが付かないかもしれないんだから、俺は興味本位で馬鹿な真似はしないぞ。

 ところで気になるのは、シャルロッテが口に出していた都市の名前。

 

「機械工房都市ランセル、とかいったか? リリアは何か知っているか」

「詳しいことは何も。ほとんど伝説だな。健在なのか滅びているかさえも不明だ。各地に点在する遺物がその存在だけは実証しているようだが」

 

 ふむ。肝心の街がどこにあるかはさっぱりだが、そこで産み出されたと思わしき物品が各地に散っているんだな。

 ランディープがどこで入手したかはとんと不明だが、ああいう時代錯誤なマシーンがこの世界にも点在していると見てよさそうだ。

 もしかしてだが、忘我サロンで契約すればシャルロッテの元にランディープを連れていくことも可能か?

 ランディープへの毒対策やそもそも他人に機械槌を見せる行為をランディープが許可するかなど問題は山積みだが、検討する価値はありそうだ。

 

 伝説の街、機械工房都市ランセル。手がかりがは一切ないものの、名前からして興味をそそられる。いつか足を踏み入れたい。

 実在すら危ぶまれるとはいえ、名前がでてきたということは残骸やら伝説の原型やら、何かの形でこの世界に存在しているはずだ。

 

 となると、ドーリスとも協力して見つけ出したい。これは自分で見つけた初めての目標かもしれないな。

 至瞳器の探求などは人に言われてじゃあ俺も、と流されるように見つけた目標だった。

 だが、機械工房都市ランセルを探すことは俺自身の興味の割合が多い。

 一体どんな街なんだろう。想像するだけで楽しみだ。 

 いやはや、楽しみになってきた。  

 とはいえ、その目標はまだ優先できない。

 ひとまずはこのエルフの森を侵そうとするガスの調査と根絶が第一だ。

 

「さて、現れたな」

 

 そうこう話しているうちに、俺とリリアはまた湿地の挙動不審な蜂の元の付近に戻ってきた。

 だが、サイズが違う。どうやらこの巨大蜂は前回とは異なる個体のようだ。だが──

 

「ヴヴヴヴ」

 

 やはりこいつも何かを訴えかけている。

 さて、シャルロッテから借りた装置で何を言っているか聞いてみよう。 

 下らんことだったら承知せんからな。

 

 



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蜂の巣

更新ペースをちょっぴり落としますね
たぶん隔日くらいになると思います


 シャルロッテから預かった蜂の言葉を聞く機械とやらは蓄音機の形をしていた。

 真鍮のラッパのような器具のついた、アンティークでレトロなデザインのものだ。

 聴震機というらしい。木材と機械部品混じりの品であり、リリアが苦い顔をしつつも携帯してくれている。

 さて、本当にこれで虫の声が聴けるのかね。

 正面からこちらの様子を浮かがう蜂が、またヴヴヴ、と翅を震わせる。

 するとラッパから金属音を擦りあわせるような音が漏れ出した。

 

『要求。盾を裏返せ。繰り返す、要求。盾を裏返せ』 

 

 聴震機から聴こえた音は、確かに理解できる人語だった。

 金属片を瓶に入れてシェイクしたような耳障りなノイズが混じっているが、確かに蜂の言語をこの聴震機は翻訳してみせた。

 蜂の言う通りに俺は片手に握る盾を持ち直し、表裏をひっくり返した。

 すると蜂の翅の震える音の周波が変わった。聴震機のノイズも同調してジャリジャリとした砂のような音に変じる。

 

『剣を上に。剣を上に』

 

 言われるがまま、剣を天に掲げる。

 蜂の言語を俺たちが理解しているかどうかというチェックのようだ。しかも、二重のチェック。

 盾の裏を見せる行為が、偶然や単なる奇行でスキップする恐れがあるからか?

 蜂の意図を俺たちが理解していると示すのが重要なようだ。

 

『認証。要求、追従』

 

 俺が剣を掲げたのを認めた蜂は、くるりと後ろを振り向いて霧の奥へと進んでいった。

 追従を要求、つまり付いてこいということか。

 

「まさか本当に言葉が通じるとは」

「こちらの意図を向こうに伝えることはできん。一方通行だ」

 

 虫との異文化コミュニケーションに感動していたが、リリアの言う通りだ。

 向こうの言葉は分かるが俺たちが返事をすることは難しい。

 蜂は道を先導してくれているが、どこに連れていかれていったい何を要求されるというか。

 だが、わからなくとも付いていくしかあるまい。

 俺たちは追いてきてるか時おり振り向いて確認する蜂の導きにしたがい、湿地の奥へと突き進んでいく。

 途中で二匹三匹と新たな蜂が俺たちに合流していき、やがて十数にもなる蜂の大群に取り囲まれていた。

 

 おっかない話だが、この蜂たちが突然態度を変えて俺たちを襲ってきたら、なんてことを考えてしまう。

 完全に多勢に無勢、シーラと濁り水のボスと共闘したときのようにはいかないだろう。

 鎧の身の俺はともかく、湿地での動きが悪いリリアは酷いことになるだろう。

 転んだところに群がられて、なんて図の想像が簡単につく。

 

「おい、見ろ」

 

 無駄な妄想に意識を傾けていた俺にリリアが声を掛ける。

 彼女が指さす方角を見れば、この湿地の上空、見上げるほどの高さに巨大な構造物が鎮座していた。

 頭上に浮かぶ正八面体。ピラミッドを上下に貼り合わせたような形状のそれは、表面にまだらなマーブル模様が見て取れた。

 それは、まるでミョウバンの形状にカッティングされた木星のようだ。

 八面体という形状はさておき、この模様には見覚えがある。

 

「蜂の巣か、これが」

「デカいな……」

 

 黄土色と黒ずんた茶色が交互に混じる模様は、スズメバチの作る蜂の巣の柄に酷似していた。

 もちろん俺の知っている蜂の巣は楕円球の形であって、こんなシャープで鋭利な形では決してないが。

 というか浮いているし。どういうパワーだ。

 幾何学的な形状と鮮やかな模様も相まってなんだかSF的だ。効率的な形状がそう思わせるんだろうか。 

 しかし巣というには巨大すぎる。大きさだけで言うなら空中に浮かぶ砦、あるいは城のようだ。

 蜂一匹のデカさを加味してもこのスケール感はすごい。濃厚な霧の向こう側にあってなお感じる迫力。浮いているから尚更だ。

 と、リリアと二人で茫然と蜂の巣を見上げていると聴震機が再び音声を発しだした。

 

『謁見。承認』

 

 アルミ箔を擦りあわせたような小刻みなノイズと一緒に聞こえたのは、謁見というキーワード。

 どうやら俺たちはこの巣の主にお目通りが叶うらしい。

 だが、どうやって? 頭上にそびえる八面体に至る道はどこにもない。

 一応辺りを見回してみたが、目に入るのは俺たちを取り囲む蜂だけ。人間用のハシゴなんて見つかるはずもなかった。

 

「む!?」

  

 そう思っていると、数匹の蜂がゆっくりと俺に近づいてくる。

 意図は不明だが、現状この蜂は敵ではない。

 暴れて刺激するのも良くないのでじっとしていると、蜂たちはなんと俺の両手両足にしがみついた。

 

「おいアリマ! こわいぞ!」

 

 見れば、まったく同じ状況のリリアが目じりに涙を浮かべながら俺の方を見ていた。

 声に出した内容も俺とまったく同じ感想。めっちゃ怖いよなこの状況。

 俺は鎧の姿だが、リリアは外套越しに蜂のトゲトゲしい節足に手足を鷲掴みされている。

 前言撤回。そら俺よりリリアのが怖いわ。自然に生きるエルフとて虫は苦手じゃなくても状況次第で怖いものは怖い。

 そして俺たちに張り付いた蜂たちの翅が震えだす。徐々に徐々に、俺の体が大地を離れ上昇していくのがわかった。

 

 も、もしかして飛行するんですか!?

 

 

    



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蜂の神殿

 巨大な蜂に体を持ち上げられるという恐怖体験をした俺たちは、湿地の頭上に浮かぶように鎮座している蜂の巣の内部へと案内されていた。

 中は八角形のパイプ状の通路となっており、半透明のべっこう色をした通路は薄っすらとだが向こう側が見通せるようになっていた。

 目を凝らして通路を奥を透かして見ると、巣全体を無数の通路が幾重にも張り巡らされているのがわかった。

 整然とした通路が巣全体を巡っているんだろう。蜂たちは構造を完璧に把握しているんだろうか?

 

 通路には塗りたくられた蜜によって装飾されており、神秘的な紋様が八角形の通路の八面すべてに走っていた。

 この蜜で描かれた紋様には光を蓄える性質でもあるのか、黄金の光を仄かに放っており、巣の内部はくまなく黄色で照らされている。

 虫の作った巣でこそあるが、その完成度は人工物と比べても遜色がない。  

 幾何学的に整頓された内部といい、各所に蜜で描かれた複雑な紋様といい、その内装はある種未来的な神殿遺跡のようですらあった。

 というか時おり現れる通路の隔壁が、近づくことで自動的に持ち上がる。いよいよ未来基地じゃねえか。

 

「神殿蜂の蜜には魔力を蓄える性質がある。伝聞で知ってこそいたが、巣の内側がこうも神秘的だったとは……」

 

 どういう理屈なんだろうと思っていたら、この景色に感嘆したリリアが全て説明してくれた。

 今さらながら、こいつらは神殿蜂というらしい。巨大な神殿を構築するから神殿蜂という名前なんだろうな。由来がわかりやすい。

 会話する知能があり、高度な遺跡の如き巣を築き上げ、魔力による機構さえ駆使する蜂。

 高度すぎる。こうも高度な知性を持つ存在に出会うと、なぜだか理由もなく恐怖を感じてしまうな。

 こう、高い知性は人間だけの特別であって欲しいという情けない本能がそう思わせるのかもしれない。

 こんなデカい蜂が賢さまで備えていたら人間のヒエラルキーが危ぶまれてしまう。いや、これはゲームなんだが。

 

 しかし魔力を蓄える蜜とは興味深い。素材としての価値は高いのではないか?

 もし豊富に手に入ったら是非エトナに提供したいものだ。

 新たな武器の素材となるかもしれないし、それがダメでも武器に塗る刃薬にしてもらえるかもしれない。

 正直どんな素材でも刃薬という使い道があるのでなんでも欲しくなってしまうんだよな。

 もっとも、それは行き場のないゴミ箱のような用途でもあるわけだが……。

 

 いやだが、刃薬行きとなった素材はエトナが素材の特色を調査するのに役立っているという説が俺の中で有力。

 やはり素材アイテムはあればあるだけ良い。できれば欲しいな。 

 まあ、勝手に採取して蜂たちの怒りを買ったら目も当てられないので大人しくしておくが……。

「それにしても、まさかこんなことになるとはな……」

「同感だ」

 

 漏れ出した俺の心の声に、リリアが同意を示す。

 興味本位でエルフの森まで戻る手間まで掛け蜂の声を聞いてみたら、まさかその総本山に招かれるなんて誰が思うだろう。

 

 ひとまず思うのは、非敵対状態で訪れることができてよかったということ。

 なにせデカい巣に見合う蜂の収容数を俺たちはまざまざと見せつけられている。

 案内されながら通路の向こうを透かして見れば、大量の蜂が通路を行き交っているのが確認できる。

 こいつらと一度に戦闘とかになったらおしまいだ。

 無双ゲーでもあるまいし、ソロの限界だろう。

 

 本気でこの巣を落とそうとするなら規模の大きなギルドが総力を挙げてようやくじゃないか?

 蜂の方から友好的な姿勢を示してきたことを踏まえると、こいつらは敵対状態になるのを前提とした勢力じゃない気がするんだよな。

 

 今は親衛隊と思わしき蜂が俺たちを導いている。特別鋭利な外骨格を備えたスペシャルな見た目のやつだ。

 なお俺たちをこの巣まで連れてきてくれた蜂たちは入口で待機している。たぶん戻り道でも彼らのお世話になるのだろう。

 そしてこれは重要な問題なのだが、この巣に運び込まれた際に俺たちの武器は没収された。

 女王蜂に万が一のことがないようにということだろう。俺の腐れ纏いとリリアのレイピアは、俺たちを囲む蜂の後方の蜂が抱えて持ってきている。

 一応俺は失敗作という武器をまだ隠し持っているが、これは腐れ纏いと比べると頼れる武器とは言い難い。

 

 俺たちが突如乱心を起こしてここで暴れるには、丸腰の状態で武器を取り返すところから始める必要がありそうだ。

 もっともこの巣は湿地と異なり足場が安定しているので蹴りというもう一つの武器が存分に扱える。

 武器はなくとも荒事には対応できそうだ。

 無論、そんなことはしないが。

 

『聞け、女王の言葉を』

 

 おっかない親衛隊蜂に先導されるがまま謎の力で浮遊する八角形のパネルに乗せられると、俺たちはそのまま巣の中枢へと送り出された。

 

 そして、辿り着いた先。

 

『我が神殿へようこそ。歓迎いたします』 

 

 そこにいたのは、死ぬほどデカい蜂だった。

 デカい。マジでデカい。

 黄金の糸で編まれた死ぬほどデカいソファーのようなものに、死ぬほどデカい蜂が横たえている。

 どれくらいデカいかと言うと、ソファーがスタジアムの客席くらいでかい。

 もちろん寝そべる女王蜂はそのソファーにそぐうサイズ。

 デカすぎんだろ。

 

『森人と、鋼の人型よ。あなた方の力を借りたい』

 

 リリアと二人で女王蜂を見上げ、その声を聞く。

 女王蜂の声を伝える聴震機のノイズは、風鈴のように澄んだ心地いい音だった。

 

『私たちはこの地に蔓延した毒に苦しめられています。元凶はこれより奥地に巣食うキノコにある』

 

 聴震機が読み取る蜂の声は、今までのどの蜂のよりも鮮明で流暢だった。

 エルフの森を侵し、湿地の植物を食い荒らした毒の霧。神殿蜂にとってもあれが有害であることに変わりはないらしい。

 この地に住まう者は皆、このガスに苦しめられているようだ。

 

「承ろう。我らは元よりそのつもりでいる」

 

 伝わっていないことも気にせず、リリアが声を張り上げて女王に声を返す。

 それが首肯だとわかったのか、静かに女王蜂は言葉をつづけた。

 

『寄生し、生命を吸い上げ、死の霧を撒くキノコ。それが沼地の深層に蔓延っている』

 

 聴震機の音がブレる。

 

『──苗床は、私の姉です』 

 

 それはきっと、女王蜂が、言葉を躊躇していたからだ。

 

『彼女をどうか、葬ってください』 

 

 

  



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いざ沼地へ

 その後、女王蜂は同族が俺たち二人を襲わない事や今後の共闘を約束してくれた。

 

『我々は、あなた方お二人を襲わず、共闘することとします。これを』

 

 女王が合図を出すと小間使いの小柄な蜂が現れ、俺とリリアにそれぞれ一つずつ何かを手渡した。 

 渡されたのは、蜂蜜をしずくの形に凝固させたアミュレット。

 

『これを所持している限り、私の配下はあなた方を襲いません。ささやかな協力しかできませんが、お願いします』

 

 俺たちが女王の言葉を最後まで聞き届けると、浮遊していた足場が下がり謁見の時間が終わる。

 謁見の終了を確認した蜂たちは、速やかに俺たちに装備を返し、あっという間に俺たちを運び込んで地上に下ろした。

 

 もちろん巣から地上への移動はあの蜂に掴まれて飛ぶやり方。

 余談だが、昇りより降りの方がよっぽど怖かった。

 にしても、一気にこの地に蔓延するガスについての情報が出そろったな。

 

「村に戻った甲斐があったな」

「ああ。シャルロッテには礼を言わねばなるまい」

 

 湿地から一度森まで引き返すのは結構な手間だったが、その労力以上の結果がもたらされた。

 蜂の声を聞いただけで、まさか調査どころかそのまま答えをプレゼントしてくれるなんてな。

 

 霧の発生源はここより奥に広がる沼地。その深層に毒を振りまくキノコに寄生された女王蜂がいる。

 俺たちはそれを始末しにいけばいい。一気に話がわかりやすくなった。

 蜂の巣から降りてしばらく進むと、確かに蜂たちが言っていた通り沼の広がる一帯に辿り着いた。

 ここまでくると景色も様変わりしており、草や樹木の類は見当たらない。

 代わりに、白い柱のようなものが乱立している。これらは樹ではなく、沼の上に発生した巨大なキノコ。

 その証拠に、頭上をキノコの傘が所狭しと埋め尽くしている。空の模様などほとんど見えない。

 とりあえず、このキノコ群は件のガスを生み出すキノコではないらしい。

 

「とりあえず毒沼ではないようだな……」

 

 リリアがおそるおそる沼に足を踏み入れ確認する。

 毒と無縁な俺は懸念すらしていなかったが、エルフからしてみれば注意して然るべきだな。

 こういうのを見るたびに思うんだが、やはり鎧しか体がないのは便利なことも多いな。

 とりわけ状態異常に対してめっぽう強いのがいい。リビングアーマーにもいいところはある。

 しかしこの沼、思った以上に足が取られる。泥のようなものが足首程度の深さまで満ちており、かなり動きづらい。

 湿地のぬかるんだ足元も厄介だったが、こっちはもっとだな。

 湿地では俺の蹴りを自ら控えていたが、ここでは使用すること自体に無理がある。

 自在に動けない以上、盾という攻撃を防ぐ手段の価値が更に上昇した。

 武器屋ではおまけ程度に選択したものだったが、もう何度も盾の魅力を感じている。

 こんなことなら安物ではなく、もっと質のいい品を購入しても良かったな。

 

「おいアリマ。なんだあのデカいキノコは」

「ん?」

 

 と、俺が盾に思いを馳せていたらリリアが明後日の方向を指さした。

 リリアが示した方向には、毒々しい紫色のキノコがある。背の高さはだいたい人間と同じくらいだろうか。

 ぷっくりとした肉厚の傘が特徴的で、気味の悪いことに何かの液体を分泌しているらしく傘の表面は汗でもかいたようにぬるぬるとした艶を帯びていた。

 

「ナイフでも投げてみたらどうだ?」

「そうだな。それっ」

 

 性質はわからないが、刺激したら何か起きるかもしれない。

 万が一爆発のような反応があったとしても、遠く離れた場所から飛び道具で攻撃するなら心配は少ないだろう。

 リリアも同様の好奇心を抱いていたようで、俺の言葉にすぐさま賛成し緑の刃物を取り出した。

 ナイフは森の中で使っていたときより輝きが弱々しく、刃も小さい。

 この地は森から遠ざかっており、周囲に木々もない。ドルイドの力が弱まっているのか。

 手に持ったナイフが投げられ、キノコ目がけて鋭く飛来していく。

 とすっ、とナイフが浅く突き刺さる。するとキノコの色が赤く変色した。

 

 次の瞬間──分厚いきのこの頭から、ぎょろりと大目玉が出現した。

 

「!?」

 

 そしてすぐさま回転し振り向いたキノコは下手人であるリリアを視認し、目を大きく見開く。

 驚いたのもつかの間、キノコは次なる変貌を遂げた。

 なんと足を生やし、すくっと立ち上がったのだ。

 足の数は数十本。

 沼に浸っていたキノコの付け根は、シャンデリアの上下を逆さまにしたような大量の触手が蠢いていた。

 

「アリマ、気色悪い!」

「馬鹿言え、こっち来るぞ!」

 

 攻撃されたことに怒ったキノコが大目玉をかっぴらき、無数の足をドタバタはためかせながらこちらへ猛ダッシュしてきている。

 大目玉をギンギンにかっぴらいたキノコが大量の泥飛沫を上げて突撃してくるというあまりにショッキングな絵面にリリアが悲鳴を上げるが、それどころではない。

 

「一度陸に上がるぞ!」

 

 あの目玉キノコが何をしてくるかわからんが、幸いまだ陸地が近い。

 沼の上で戦うより、動きやすい陸地で迎え撃つべきだ。

 

「アリマが私にナイフを投げさせるから!」

「お前も乗り気だったろ!?」

 

 リリアの文句をあしらいながら、二人でえっちらおっちら沼を走って陸地に向かう。

 ドドドド、と背後から聴こえるキノコの足音はあまりにも恐怖だったが、なんとか追いつかれる前に陸に上がれた。

 

「よし、迎え撃つぞ!」  



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弱点の在り処

アンケート出しっぱなしなのに気づいたので消しておきました
ちなみに毎日更新はめちゃくちゃキツかったです
やってる人すごいね……


 シャカシャカと昆虫のように蠢く足で急接近してきた汁の滴る不気味な一つ目キノコ。

 すごく嫌だが、耐久に優れ盾を持つ俺が前に出る。

 攻撃に適した器官をもたないように見えるが、一体なにをしてくる?

 警戒たっぷりに前に詰めると、キノコが瞼を閉じて目をつぶった。

 そして、頭を引いてから全力のお辞儀。

 それはズガァン! と轟音を伴った豪快なヘッドバット。

 

「重てっ!」

 

 沼の岸に小さなクレーターを生み出し、周囲に礫を巻き上げるほどのインパクト。

 なんちゅう重さ。今まで受けた攻撃の中では、レシーの杭打ちのような突き蹴りに次いで重厚だった。

 が、盾があれば真正面からでもかろうじて盾で受けきれる。

 そして目の前には土下座のような姿勢で大地に突っ伏した無防備なキノコの後頭部。

 しめた、遠慮なく剣で斬りつけてやる。

 後ろに控えたリリアも俊敏に踏み込み、側面から突きを叩き込んだ。

 

「ダメだ滑る!」

「私のレイピアも刃が通らん!」

 

 が、キノコの頭が想定より硬い。

 深く斬りつけたつもりの刃は傘の表面を滑ってしまい、ダメージを与えらなかった。

 元来の堅さに加えキノコの頭部が汗のように分泌している潤滑液に邪魔されてうまく切り裂けなかったのだ。

 くそ、刃が通らなければ腐れ纏いの毒も意味が無い。

 リリアが狙ったキノコの軸も樹の幹のように堅牢だったらしく、切っ先が弾かれているのが見えた。

 必殺のチャンスかと思われた隙を俺たちはみすみすと逃し、ずしっ、と目玉キノコが巨大な頭を上げる。

 真正面にまだ俺がいることを確認したキノコは、再び頭を振りかぶった。

 頭の位置が側面にずれている。となると今度は振り下ろしではなく薙ぎ払うようなスイング。

 リリアが巻き込まれないように肩で突き飛ばし、正面から防ぐ。

 

「うぉ!?」

 

 が、盾で受け止めきれなかった。勢いを殺しきれずに後方へ吹き飛ばされる。

 手に持つ盾を取り落とさなかった俺の根性を誰か褒めて欲しい。

 ……なんてことを言っている場合ではなさそうだ。

 目障りな盾役を引き剥がしたキノコの一つ目がぎょろりとリリアを捉え、わさわさと足を動かして間合いを詰めにかかっているのが見えたからだ。

 

 リリアの投擲ナイフによって不意打ちされたことを根に持っているのか、キノコのヘイトはリリアに向いているようだ。

 立ったままのキノコが頭頂部をリリアに向け、ぐんっと素早く突き出す。

 反射的に飛び退いて躱すリリアだが、キノコは嘴でつつくような動作で何度も何度も頭を突き出し執拗にリリアを追った。

 

 ヤツが大地を突くたびに足元が揺れる。そのせいで吹き飛ばされて不安定な俺の姿勢が崩れ、思うように駆けつけられない。

 そうしている内にもキノコの攻勢は止まらない。

 軽快なステップで間合いを保つリリアだったが、徐々に岸に追い詰められ、とうとう沼に足を踏み入れてしまったのが見えた。

 まずい、ああなっては沼に足が取られて攻撃をかわせない。

 目ざとくリリアの動きが鈍ったのに気づいたキノコが、ひと際強く頭をのけ反らせた。

 まずい、デカい一撃で叩き潰す気だ。

 せめてキノコの関心をこちらに向けられればと思うも、俺に遠距離攻撃手段はない。

 見ているしかできないのか? いいや。

 

「そのための絶!」

 

 位置関係を無視して弾丸のように射出される俺のローリングソバット。

 絶のスキル効果により俺の座標が適正な距離になるように強引に修正され、のけ反っていたキノコの軸に俺の足がぶち当たった。

 キノコは攻撃の寸前で不安定だったか、沼に向かって景気よく頭からぶっ飛んでいった。

 

「助かった!」 

 

 さっき偶然思い出したレシーの杭撃ちのような蹴りの真似だ。威力は実証済み。

 沼に露出している大地は湿地よりやや硬い程度。勢い余って着地に失敗してしまったが安いもんだ。

 もう転ぶリリアを笑えないな。

 とか思いながら寝そべった姿勢でキノコの行方を確認すると──。

 

「おい、突き刺さっているぞ」

 

 なんとキノコは上下逆さまになって頭から沼に突き刺さっていた。

 必死に復帰しようと軸をくねくねさせているが、どうも抜けそうにない。 

 

「傘の裏は柔らかいんじゃないか?」

「試してみる価値はありそうだ」 

 

 即決したリリアが躊躇いなくキノコに飛び掛かり、傘の裏側からレイピアを突き刺す。

 切っ先はあっさりと突き刺さり、キノコは次の瞬間にはポリゴン化していた。

 

「キノコ狩りの方法、見つけたな……」 

 

 ドーリスに話したら高く売れそうだ。



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戦闘力と脅威度は別

 撃破したキノコからは切り身が大量に入手できた。

 どうやら食材アイテムらしい。キノコといえば基本的に火を通さないと食せないそうだが、これも調理を行えば食せるのだろうか。

 と思ったが俺は体がないのでそういうのはできないんだった。もったいない……。

 VRゲーム内でも味覚は再現されているらしいので、本当にもったいないな。

 無機物の体の利便性は幾度となく感じてきたが、この世界で食という娯楽を堪能できないのは非常に大きなデメリットではないか?

 その一点のみだけで無機物種族を選ばない理由になり得る。散々この鎧の体に助けられておきながら、ちょっとだけ通常の種族が羨ましく思えてしまったな。

 俺でも食材に何か使い道あるだろうか。まあ無いなら無いで例によって刃薬の材料にしてしまえばいいんだが。

 

 さて、あの一つ目の巨大なキノコは無事倒せたわけだが、今回うまくいったのは陸地まで誘い込めたというのが大きい。

 自在に身動きできない沼の上では、前回のような咄嗟の蹴りも出せない。戦闘は危険だ。

 倒し方はわかったものの、キノコ狩りが今回の主目的ではない。最優先目標はガスの根絶だ。

 もう一度アレと同じ種類のキノコを見かけても刺激するのはよそう。リリアと相談し、そう決めた。

 

 その後も沼地の探索中、たびたび同じキノコと遭遇したがこちらから攻撃しないかぎりは襲ってこなかった。

 一体目がそうだったように、見掛けた同種のキノコは全て目を瞑って通常のキノコのように振る舞っていた。

 いや、むしろ逆か? 他は全て通常のキノコで、俺たちがナイフを投げたあのキノコだけが偶然『キノコに擬態していた個体』だったのではないか?

 油断して近づいたところを背後から急に襲ってくるかもしれない。

 そんな疑惑も途中で抱いたので、確認の為にも安全な陸地を確保してからもう一度リリアに投げナイフを投げてもらった。

 浅く刺さるナイフ。立ち上がるキノコ。

 見開いた目がリリアを捉えて激昂する。

 

「やっぱりやめとくべきだったぞ!」

「でも試さないと不安だろう!」

 

 標的にされたリリアが泣き言を垂れるが、きちんと二人で相談して決めたことだ。

 決して無断で宿り木の呪いを掛けられた腹いせなどではない。

 なおリリアはこのキノコのわさわさとした無数の足が蠢く挙動が本当に苦手らしい。すまんな。

 リリアを狙った頭突きが繰り出される寸前に、俺がローリングソバットでキノコの軸を蹴り飛ばす。

 前やったことの再現だ。バランスを崩したキノコが頭から沼に沈み、リリアがトドメを指す。

 

「私の心労を度外視すれば、対処は容易いな」

「陸地がないとやはり強敵だ。リリアを盾役にするにも不安が残る。やはりこいつらに攻撃はしない方がいいな」

 

 触らぬ神に祟りなしということで、当初決めた通り今後はこのキノコを刺激しないこととする。

 そして、今後これと同じキノコがあったら全て沼の下に足が生えていると思おう。

 目玉キノコの撃破を確認し、再び俺たちは沼に浸かり先へ進む。

 霧は沼を進むことで一層濃くなっていく。頭上が乱立する超巨大キノコ群のせいで塞がれているのにも原因がありそうだ。

 思えば、俺は平気だがリリアは装着しているガスマスクが生命線。

 多少被弾しても命にかかわらなければ平気だろうと楽観的に考えていたが、決して無視できない弱点だ。

 リリアの耐久力は本来より落ちると思った方がいいな。万が一マスクが破損するようなことになれば撤退は確定。

 おんぶなり鎧の中にぶち込むなりして安全な場所まで連れ帰る必要がある。

 俺たちプレイヤーはともかく、NPCが死亡した際に復活するかは定かではない。慎重であるに越したことはないだろう。

 

 濃霧の奥を睨みながら沼地を進んでいくと、霧の奥に無数の影が見えた。

 見逃している恐れもあるので、リリアを肘でつついて警戒を促す。

 

「わかっている」  

 

 霧に浮かぶシルエットからして、またしてもキノコ。

 目玉キノコと違い、今度はかなり小柄だ。おおよそランドセル程度の大きさか。

 影は俺たちのいる場所目掛けて、ぴょこぴょこと可愛らしく跳ねながら近寄ってきている。

 なかなか可愛げのあるキノコどもじゃないか。俺が抱いたその感想は、姿が直視できる距離になった瞬間即座に撤回した。

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!』 

「アリマきもい!」

「俺がキモイみたいな言い方すんな!!」

「だって!」

 

 現れた緑色のちっこいキノコどもには、歯が生えていた。

 傘の裏側と軸の境界が顎のように開き、そいつらが俺たちに大群で獰猛に噛みついてきたのだ。

 だったら獣のように鋭くて凶悪そうな牙が生え揃っていれば良かったのに、どうしてか歯の構造は人間のものと同じそれ。

 キノコの内部に入れ歯をフュージョンしたような形状の、直視もしたくない化け物だった。

 そいつらが大群になって歯茎を剥き出しにしながらキョンシーのように跳ねてこちらにやってくる。 

 そんで更に何故かおっさんの絶叫みたいな大声を発している。キモイ。本当にいやだ。精神がおかしくなりそうだ。

 見た目だけでお腹いっぱいなのに聴覚からもキモさで追撃してくる。

 

『う゛あ゛あ゛!!あ、あ、あ……!!お゛ああああぁぁぁん!?』

「くそ、嫌すぎるぞこのキノコ!」

『う゛わ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぇ゛ぇ゛ぇ゛ぇ』

 

 噛みつきを盾でいなし剣で斬りつける。耐久力はないらしく、一撃で簡単に倒せたが断末魔までうるさい。

 数が多いので薙ぎ払っていっぺんに撃破していくが、おっさんの絶叫の合唱が始まってマジで最悪。

 

「ひぃぃぃ!?」

『ぶあ゛ぁぁぁぁぁん!』

 

 俺の周囲が片付いたので剣を腐れ纏いから失敗作に持ち替え、リリアのローブに噛みついたキノコをむんずと掴んで刺してを繰り返しどんどん撃破していく。

 腐れ纏いのままだとうっかりリリアに剣が触れたら大変なことになるので、武器は念のため持ち替えた。

 

『ア゜ぁん』

 

 今ので最後の一体。とりあえず、全て片付いた。

 見た目と行いが最悪すぎるだけで、戦闘面の脅威度合はかなり低い。耐久力も攻撃力もカスだ。

 ただとにかく不快。攻撃だけが力ではないということを示したザコどもだった。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 キモキノコからようやく解放されたリリアは疲弊困憊といった様子。気分を落ち着けるように胸に手を当てながら、肩で息をしている。

 リリアは突きを主体とするレイピアでは大群で襲い掛かってくるキノコに対応が間に合わず、リリアはキノコの接近を許してしまったようだ。

 ダメージはそれほどでもなさそうだが、とにかく精神的疲弊が激しいと見える。

 俺もノーダメージだが、精神面においては確実に攻撃を食らった。

 この歯茎丸出しキノコども、戦闘力はカスだが、死ぬほど戦いたくない。

 

「……アリマ。わたしもう帰りたい」

「……がんばれって、ここまで来たんだから」

 

 エネミーの厄介さは強さだけでは決まらない。

 弱音を吐くリリアを慰め、ガスマスクの奥の涙目に気づいたとき、俺はそれを強く実感した。




VRゲームはキモイ敵のキモさがダイレクトに届くからヤバそう


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武器の素材

感想全部読んでます、励みになります


 しばしば見かける目玉キノコを刺激しないよう避けて通りつつ、向こうから好戦的に近寄ってくる絶叫キノコを倒して先へと進む。

 沼の方面に進んである程度は経過したと思うのだが、いかんせん足場が沼なので、行軍が遅々として進まない。

 徐々に濃くなる霧の様子から深部に近づいているのは間違いないと思うのだが、象徴的なランドマークがないので攻略の進捗がまったくわからない。

 絶叫キノコの対処で相当神経を削られているのに、攻略が正しく進んでいるという指標がないのでモチベーションが下がる一方。

 

 とはいえ、景色も徐々に様変わりはしていく。

 

「妙なキノコが増えてきたな」 

 

 げっそりとした表情のリリアがぼやいた通り、沼に生えているキノコの種類が徐々に豊富になっていくのだ。

 無害そうなところでいくと、2、3本の束になって生えている黄色くひょろ長い槍のようなキノコ。

 見た感じではただ生えているだけで、意志をもって動き出したりする気配はない。

 過剰なくらい先端が鋭く尖っているので、引っこ抜いたら本当に武器になりそうだ。

 

 そして、行く道の足元に生えるキノコたち。群青色の頭を水連の葉のように低く広く展開している。

 無視して通ろうにも、右も左もこのキノコが広がっているのだ。避けて通るほうが無理がある。

 

「アリマ。お前が先に乗ってくれ」

「まあ、当然だな」

 

 上にのった瞬間に鋭い棘が飛び出す罠キノコかもしれないからな。頑丈な俺が実験体になるべきだ。

 とりあえず剣の柄でキノコを上をつついてみる。かなり硬い。生コンクリートみたいだ。

 

「大丈夫そうだぞ」 

 

 沼から上がってキノコの上に乗ってみるが、異変はない。

 コツコツの足裏で叩いてみるが、かなり硬質。俺たちが足場として使っても問題ないくらい頑強だ。

 この先は沼の湖面をこのキノコがほとんど埋め尽くしているし、沼に浸りながらの進行はもうしないで済みそうだ。

 

「……よし。私も乗る」

「ん? おい待て!」

 

 ふと気づいた。リリアが沼から上がろうと足を掛けたのは、群青ではなく緑色のキノコ。

 色が違う。性質が違う可能性を指摘しようとして、しかし遅かった。

 

「ん?……ぅおわぁーっ!!」

 

 なんと緑色の平たいキノコは、リリアが乗った瞬間に力強く弾みあがった。

 キノコはリリアをトランポリンのように跳ね上げる。

 非常事態にやや焦ったが、即死系のトラップではなくて安心した。

 幸運にも高く宙を舞ったリリアは俺の元へ落下してきたので、無防備に墜落してくるリリアを抱き止める。

 

 これ、面白そうな見た目に反して非常に危険だよな。

 こんな硬いキノコにまともに姿勢を取れないまま落下して体を打ち付けたら大ダメージだろ。

 そんなことを考えながら落ちてくるリリアをキャッチしたのだが。

 

「その鉄臭い体で私を抱くなぁーっ!」

「それは理不尽だろ……」

 

 受け止められたリリアは弾かれたように素早く俺から距離を離した。

 俺の鎧への嫌悪感はややマシという程度で、流石に密着はダメらしい。

 いやしかし、この硬いキノコに墜落するのを傍観するわけにいかなかったし、割とどうしようもなかったぞ。

 

「ぅ、はぁ……。いや、悪かった……」

「いいさ、仕方がない」

 

 リリアは吐き気を堪えるようにガスマスクの口元を強く抑えている。

 彼女も今のが助けられた者の態度として相応しくないことはきっちり理解しているようだ。

 まあこればっかりはエルフ特有の生理現象なものなんだろうし、責めたら理不尽というものか。仕方あるまい。

 と、ここでふと疑問が湧いた。

 俯きながらガスマスクを抑えるリリアの反対の手に握られたレイピア。

 ガラスのような緑を帯びた銀色のこれは、どこからどう見ても金属だ。

 

「今さらだがそのレイピアは平気なのか?」

「ん、ああ。これは森林銀製だからな」

 

 体調を持ち直したリリアに率直な疑問をぶつけてみるとこれまた新情報が。

 

「森林銀──ああ、ミスリルの仲間といえばわかりやすいか? エルフにも扱える金属は僅かながらある」

「森林銀はその一つということか」

「ああ、私たちに馴染む金属の中では最もありふれた素材になる。もっとも、今や森林銀製の武器すら貴重になってしまったが……」

「どういうことだ。鍛えられる奴がいないのか?」

「うむ。かつては扱える者が村にひとりだけいたのだが、機械に傾倒してしまった」

 

 つまりシャルロッテじゃねえか。

 前にもすごいエルフだとは話に聞いていたが、本当に有能だな。

 村に自作のマジックアイテムを提供したという話もあったが、更に村唯一のミスリル系金属の鍛冶師でもあったのか。

 というかそんな重要人物が金属臭漂う鉄の基地に閉じこもってしまったの、エルフたちにとってかなり困るんじゃ。

 

「今でもよく死徒のエルフがシャルロッテに森林銀製の武器を請いに行っては、金属の悪臭に耐え切れず吐きながら這う這うの体で戻ってくるぞ」 

 

 地獄じゃん。どうやらプレイヤー陣もシャルロッテには手を焼いているらしい。

 その有益さに気づきつつもエルフの本能に抗えず、金属に囲まれたシャルロッテにコンタクトが取れずにいるようだ。

 というかそんな吐くまで無理するなよ。そんなに金属製の武器が欲しいのかよ。いや普通に欲しいか。

 エルフといえば弓を扱っている印象が強いが、近接職をやりたいエルフだっているに違いない。

 そりゃせっかく見た目麗しいエルフでゲームを始めているんだ。

 棍棒を握りしめた蛮族スタイルじゃなくて、美しいミスリル製の武器を瀟洒に構えたいに決まってる。

 まあその為に吐いてちゃ世話ないんだが。

 

「他じゃミスリルの武器は作れないのか」

「少なくとも森林銀はエルフでなければ扱えないそうだ。私とてエルフだが専門ではないので詳細は知らんぞ」

「いや、いい。面白い話を聞けた」

 

 ミスリルという素材の分類、そしてその仲間の森林銀。

 この毒ガスに蝕まれるエルフの森を救うイベントを完遂した暁には、報酬にミスリル製の装備を要求するのも面白そうだな。

 事前にエトナに了解を取れば、彼女もきっと了解してくれる。

 この願いが通るかはわからんが、妄想するだけタダだ。

 俺もいつかこの薄い金属板の鎧を卒業して、森林銀製の鎧に着替えたいものだ。

 きっとエルフのプレイヤーたちがみたら垂涎モノだろう。



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沼のキノコたち

 沼地を超え、平らなキノコを上を踏み進むことしばらく。

 群生するキノコの性質が、更に危険性を増してきた。

 

「こいつらは一体なにと戦っているんだ……?」

 

 怪訝に呟くリリアの視線の先には、極めて攻撃的な特徴のキノコ群がそれはもう生え散らかっていた。

 とにかく目を引くのが、網目状のベールを下ろしたような真紅のキノコ。

 柱のような大きさもさながら、このキノコ、なんと網のスキマから断続的に火炎を放射している。

 四方八方へ炎を吹き出す姿は凶悪そのもの。自発的に襲ってはこないが、非常に脅威度が高い。

 

 そしてそのふもとを取り囲むのは、鋼のように硬質なキノコ。ところ狭しと大群で密集する生え方は、シメジを彷彿とさせる。

 表面は鈍い灰色をしており、その色合いは金属特有の光沢そのもののようだ。

 どうせキノコだろうという先入観ゆえにキノコとわかったが、別の場所で目の前に差し出されたらネジやボルトに見間違えそうだ。

 というかこれ、ネジに加工できるのでは?

 キノコらしからぬ直線的なフォルムをしているので、軸の部分に切り込みを入れるだけでネジ部品にできる気がする。

 こうした金属部品は、村のシャルロッテが求めそうだ。

 

「あの銀のキノコ、採取してみよう」

「……大丈夫なのか?」

「おそらくな」

 

 燃え滾る炎を噴出するキノコに近づき、火炎に手を突っ込んでみる。

 やはり。ダメージは無かった。

 それほど高熱ではないのか、俺の鎧を溶かすだけのパワーはこのキノコにはないらしい。

 見境なく炎を撒き散らすキノコがなんの障害にならないとわかったので、吹きつける炎を浴びながら俺は根本にあった大量の銀のキノコを採取した。

 

「無茶をする」 

「便利な体だ、使わないと損だろう。それにいい土産になる」

「まあ、シャルロッテは喜ぶだろうが」

「本当は向こうのアレを持って行ってやりたいんだが」

 

 見やった先にあるのは、同じく金属光沢を放つキノコ。

 ただし今採取したものより数段巨大だ。俺が採取したネジっぽいキノコの成体だろう。

 傘が肉抜きされた歯車のような形状になったキノコが密集するように群生しており、傘のギアが複雑に噛み合って駆動回転している。

 中央には同じく火炎放射するキノコの姿もある。

 幼生時に守られた恩を返すように、今度は鋼のキノコが火炎放射のキノコを砦のように囲み守護している。

 ともすれば、あれが鋼のキノコが回転する動力なのか?

 

 あちらを採取したい気持ちも山々なのだが、成体は危険性が段違い。

 なにせ近づくものを拒むように、あるいは燃え盛る炎を守るように外周部が回転ノコギリのようになったキノコが火花を散らし高速回転しているのだ。

 回転する円の外周に鋭い刃が並んだあのキノコであれば、俺の鎧の体など容易く切り裂くだろう。

 

「まあ、無駄な危険を冒すつもりはない」

 

 あくまで本筋は霧の根絶。

 金属キノコの採取は、霧が晴れてリリアが同行してないときにまたすればいい。

 みすみす俺の鎧が破損するようなリスクを背負う気はなかった。

 

「それより、足元を見てみろ」

「ふむ、これは……」

 

 沼から俺たちを守る足場のキノコ。その上に木片のようなものがまばらに散らばっている。

 その一つをリリアが拾い上げガスマスク越しに眺めると、すぐにその正体に気づいた。

 

「神殿蜂の巣の欠片か!」

 

 欠片の模様は、無数の褐色が入り混じるマーブル模様を描いていた。

 これは確かに神殿蜂のピラミッドのような巣の壁面と同じものだ。

 それが砕け、あたりに散らばっている。 

 つまりあの女王蜂の姉妹の巣がこの近くにあったことを示しているのだ。

 

「目的地は近いぞ」

「向こうに行くほど欠片が大きい。行ってみよう」

「おう」

 

 霧で先の見えない攻略だが、着実に進んでいたようだ。

 俺たちは大きな欠片の多い方向へ意気揚々と進み、そして慎重になっていった。

 キノコでも巣の欠片でもないものがそこらに落ちているのを見つけたからだ。

 それは、息絶えて地に落ちた蜂の姿。

 

 リリアが近づき、死んだ蜂の様子を見る。

 

「キノコに寄生された様子はないな」

「そいつはおそらく無事だった巣の方の調査隊だろう。霧の毒にやられたか」

「今まで無事だった蜂がこの辺りでは死んでいる。ここは毒が濃いのか」

「毒が濃いということはつまり、進んでいる道があっているということだ」 

 

 俺たちに代わり、調査隊の蜂が霧の濃さを身を以て図ってくれている。

 とにかく視界が悪く、進む道のヒントはどれだけあっても足りない。

 蜂たちの命でできた羅針盤だ。ありがたく参考にさせてもらおう。



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寄生キノコ

今回で50話目です
こんなに長く書き続けられたのは初めてです
読んでくれてる皆さんに感謝


 蜂の死体の転がる沼地深部。そこはまた景色が一変していた。

 まず、地に落ちた蜂の死骸を苗床に生えるキノコ。

 硬い枝のような部位の先端に紙風船のような膨らみが実っており、呼吸するように膨張を繰り返すそれは、伸縮のたびに霧と同じ色の胞子をバラ撒いていた。

 おそらくは、このキノコがこの沼地を覆う霧の原因となる種。

 ゆくゆくはこれを根絶しなくてはならないのだが、今は放置だ。

 まずは女王蜂に寄生したっつう一番デカいのを何とかする。

 

 ところでこのキノコ、洗脳タイプだって話だったが、死体から芽吹いている分には無害なんだな。

 奥へ進み、増えていく蜂の死体を見過ごしながら俺は呑気にそう考えていた。

 今にして思えば、奥地まで来て随分迂闊なことだ。

 焦りの混じったリリアからの報告を受けてで、俺はようやく自分の認識が誤っていたことを実感した。

 

「アリマこいつら動いてるぞ!」

「マジかよ!」

 

 どうせ死体。そう思い込んでスルーしてきた蜂たちが、ゾンビのように再起動していた。

 何がまずいって、既に数十匹に囲まれていること。そして蜂が俺にとって初見の敵であること。

 そしてもう一つヤバイのが、堅実かつ迅速に討伐しなくてはならない状況なのに、この蜂たちを安定して倒すメソッドをまだ確立できてないこと。

 蜂とは初戦闘なのでこいつらの戦闘スタイルもわかってない。

 はっきり言ってピンチだ。しかもかなりデカめのやつ。

  

「何かされる前に斬る!」

 

 頭部の半分がキノコに喰われた蜂に有無も言わせず斬りかかる。

 相手の動きを見てから対応するように戦うのが俺のやり方だが、今回ばかりはそうも言ってられねぇ。

 よたよたと動きの遅い蜂が立ち上がる前に斬り倒す。狙うのはもちろんキノコ。

 蜂自体は、死んでるんだ、どうせキノコが本体みたいなものだろうという読みでのキノコ狙い。

 

「キノコの頭を狙え! 弱点だ!」

 

 キノコの紙袋のような器官が破裂すると、糸が切れた人形のように蜂が崩れ落ちる。

 急を要する状況なので判明して即リリアと共有。まだまだ蜂の数は多い。

 リリアの方を確認すれば、レイピアの切っ先を払って蜂に寄生したキノコを裂いている。

 向こうは大丈夫そうだな。とにかく数が多いからとっとと減らさねえと。

 

 こいつら所詮は寄生体なのか、動きがすっとろい。

 蜂の体の使い方にも慣れていないのか、飛ぶのすら下手くそだ。

 一斉に襲い掛かってくるかと思いきや、思い通りに体が動かず加勢できてない蜂がちらほらいる。

 思っていたほど最悪の状況じゃなさそうだな、なんて思いながらとにかくキノコを斬りまくる。

 無我夢中で蜂どもを始末して回る。そういえばだが、キノコの頭を斬ると内部の胞子が勢いよく爆散する。

 特に俺には問題はなくて気にしていなかったが、気づけば濃霧で周囲が見えない。

 倒せば倒すほどに視界が悪くなっていた。ただでさえ濃かった霧が一層濃厚になり、俺は傍で戦っているだろうリリアの姿すら見通せなくなっていた。

 

「そっちは大丈夫か!?」

  

 返事がない。

 

「リリア! おい、リリア!?」 

 

 俺の叫びはただ、霧の奥に吸い込まれるだけだった。

 

 ……慌てるな。

 俺は大して移動してないし、向こうもこんな短時間で声も届かないほど遠くに行けないはず。

 見えないだけでリリアとの距離は近い。

 リリアの状況を考えろ。リリアも戦闘員として何ら遜色のない実力の持ち主。

 いくら数が多いとはいえ、キノコに寄生されて動きの鈍い蜂ごときに後れを取るはずがない。

 別のイレギュラーな何かが起きたんだ。そしてそれは、俺の声が届いていても返事できないような状況。

 まずはリリアを見つけなくてはならない。

 俺の周囲はキノコを切り裂いた都合で特段霧が濃く、方角はさっぱりわからない。

 まずはこの濃霧を抜ける必要がある。だがしくじってリリアを完全に見失ったら、いよいよ手遅れ。

 リリアはガスマスクという時間切れがある。ここではぐれたら、死亡する恐れが非常に高い。

 

「……よし」 

 

 これしかない。

 すっとろい挙動でこちらに寄ってくる蜂に掴みかかり、"緑色の"足場のキノコに叩きつける。

 緑の足場キノコは、トランポリンのような性質を持つ。叩きつけられた蜂が天高く舞い上がった。

 俺は飛び上がった蜂目掛けて『絶』による蹴りを繰り出す。

 それによって濃厚な胞子の霧を抜け、俺の体が跳ねた蜂のいる高空まで吸い寄せられた。

 

 蜂を蹴り飛ばしながら上空から周囲を見渡す。

 霧は深く、高所に居てもなおリリアの姿は見つからなかった。

 

 だが、当てはある。

 リリアも俺と同様に蜂を切り裂いていた。

 であれば、彼女のいる場所は俺と同様に特段濃い霧に包まれているはずだ。

 

 少し離れた場所の、黄土色が密集した場所。

 俺はそこにいるはずのリリア目掛け、絶による飛び蹴りを繰り出した。

 

 上空から急襲するようなライダーキック。

 濃霧を突き破り俺の蹴りがぶちあたったのは、リリアではなくちくわのような形状の背の高いキノコ。

 その筒の上端からは僅かに人の足がはみ出ており、ばたばたと足先を振ってもがいている。

 位置エネルギーを伴った俺の強力な飛び蹴りをちくわキノコは無防備に喰らい、どてっと横に倒れた。

 俺はすかさずちくわキノコに駆け寄り、はみ出た足首を掴んでちくわの具を引っ張りだした。

 

「っぷはっ! 死ぬかと思ったぁ!」

 

 ちくわキノコの筒から出てきたのは、もちろんリリア。

 内部は粘液に満たされていたのか、若草色のどろどろとした粘液でローブを湿らせている。

 出てきたリリアは即座に怒り心頭でちくわキノコを真っ二つに斬り裂いた。

 

「ハァ……ハァ……。かなり命の危険を感じた」

「間に合ってよかった」

「あ、ああ。助かったよ」

 

 あのままリリアがちくわキノコに誘拐されたと思うと心底ぞっとする。

 リリアのローブを滴るこの粘液は明らかに消化用。現に分厚い布の生地には穴が空いている。

 分断された状況でちくわキノコに頭から呑み込まれ、自力の脱出も悲鳴も上げられないまま濃霧の中遠くに連れ去られるという状況。

 うまく機転を利かせて最悪の事態は免れたが、かなりヤバかった。 

 リリアとの一連のイベントが"終了"していてもおかしくないアクシデントだ。

 

「すまん。俺の判断ミスだ」

 

 寄生された蜂をキノコを斬れば容易く倒せるというのは、とんだミスリードだった。

 確かにすぐさま倒せるが、それをすると内部の大量の胞子が爆散し辺りが見えなくなる。

 濃霧でパーティーを孤立させ、あのちくわキノコが拉致して助けすら呼ばせずに連れ去り消化……というのがこの一帯のやり口なんだろう。

 まんまとしてやられた。

 蜂はわざわざキノコ部分を攻撃しなくても挙動が鈍重なので容易く倒せた。

 大量の敵に囲まれたという焦りで、判断をしくじってリリアを危険に晒してしまった。

 俺は猛省しながらリリアに謝罪した。

 

「いい。気にするな。謝罪するのはこちらも同じでな。……今ので、ガスマスクがダメになった」

 

 リリアのマスクを見れば、若草色の粘液によって呼吸部がやや溶解している。

 溶解液の溜まるちくわキノコに頭から呑み込まれたのが効いたようだ。

 マスクをしていなければ、リリアの顔はとうに焼け爛れていたかもしれない。

 ……想像したくないな。

 ともあれ、リリアのマスクがもはや長く持たないのは一目瞭然だ。

 

「……撤退だな」

 

 惜しい気持ちはあるが、今は引こう。

 リリアを亡くすよりかはよほどマシだ。   



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頼れる相談相手

 今回の敗因はいくつかあるが、その一番は見積もりの甘さだろう。

 どんな敵がいるか分からない場所に挑むのに、俺の心構えができていなかった。

 地下水道での成功体験が、俺の判断を鈍らせたのだ。

 

 知らない敵が相手でも、慎重に進めばなんとかなると思い込んでいた。

 思えばおめでたい勘違いだ。

 前にそれが通用したのはあれが序盤のダンジョンで、土偶のシーラという不慮の事態に柔軟に対応できるベテランの同伴があったというのに。

 一人で地下水道に挑んで濁り水に敗走したあの頃の謙虚な気持ちが足りなかったのだ。

 今回同行しているリリアは一刻も早く霧を除去したいという想いから、撤退しようという意見は出にくい。

 だからこそ俺の進退の判断が重要だというのに、すっかり目が曇っていた。

 拉致されたリリアを機転によって救出できたのは偶然だ。環境や俺の少ない手札を考えると助けられない可能性のが高かった。

 迂闊、慢心。そして過信。

 自分一人で何とかできるというのは思い違いだ。借りれる力は全て借りよう。

 そう思い直した。

 

「汚いところでわりぃなぁ、新しいアジトはまだ準備中でよ」

 

 決意を新たに、俺が最初に頼ったのはドーリス。

 リリアに掛けられた傍を離れると死ぬという呪いは、いますぐに命をもってかれるものではないと聞いている。

 悠長に他のエリアの探索や街の観光をしている暇はないが、頼れる知己を尋ねるくらいの時間はある。

 ドーリスは俺の知り合いの中でもゲーム攻略という観点において最も頼りになる人物だ。

 しばしば金の話がちらついて気疲れするのが難点だが、彼と話すことでしか得られないものがある。

 

 ドーリスの携帯マーカーを頼りにワープで訪問した先は、慣れ親しんだ地下水道の広場ではなかった。

 やってきたのは吊るされたランプが放つ橙色の光しか光源のない、薄ら暗い木造の小屋の中。

 俺が湿地エリアに発つときドーリスが言っていたとおり、地下水道は引き払って拠点を移していたようだ

 ドーリスにエトナにまつわる情報を渡せない旨を伝えた際は、テキストメッセージ上での短いやりとりだったからな。

 今後も直接顔を合わせて話す際はこの小屋に訪れることになるだろうか。

 

 小屋の中は木箱や書籍、素材や果実に張り紙などがあちこち無造作に散らかっている。

 暗いので良く分からないが、華美な装飾の天秤や望遠鏡など価値のありそうなものも散見される。

 ドーリスの集める品だし、特別な価値がありそうな品々。見た目通りの用途ではないだろう。

 なにかのマジックアイテムと考えるのが妥当だ。それぞれの用途を聞きたいところだが、今日の趣旨はそれじゃない。

 

「相談があってな」

「ま、聞くぜ」

 

 彼には地下水道の向こうであった一連のあらましを説明した。

 力を借りるなら、そこも情報として提供するのが道理だと思ったからだ。

 言わば駄賃代わりのようなもの。

 対価に求めるのは、あの沼を攻略するうえで不便に思った諸問題の解決策。

 第一に視界の悪さ、次いで沼による移動制限。

 また多く生息するキノコ型の敵に対する効果的な属性など。

 

「なるほどなぁ。そりゃ俺に話を持ってきて正解だぜ」  

 

 言わずもがな俺はこのゲームの初心者で、外部の攻略サイトによる情報収集をしていない。

 リリアもゲーム内NPCであり、ほとんど森を出たことが無いというから知識量では俺と同じようなものだ。

 だが、ドーリスなら俺たちが辿り着けなかった革新的な答えを持っているかもしれない。

 むしろドーリスですら対処法が見当もつかないというなら、それこそ諦めがつく。

 俺が藁にも縋る思いで持ち込んだ話を、ドーリスはずっと不遜な微笑みで聞いていた。

 

「どれも対処法はある」 

 

 いつものうさん臭さを隠そうともしないニタニタとした笑みが、今だけは頼もしく見えた。

 

「そういう場所じゃあ視界の確保を何よりも優先するのが常道だ。経験しただろうが、先が見えねえと奇襲されるわ囲まれるわで酷いもんだ。

 連れの遠距離攻撃手段が完全に腐るのも頂けねぇ。それを解決するのは必須だな。

 霧だか胞子だか知らねえが、風が吹けば局所的には視界が開ける。

 風魔法の使い手を頼ってもいいし、使い捨てのスクロールを街で購入するのもある」

 

 なるほど、道理だ。

 全域を晴らすとはいかないまでも、戦闘している一帯の霧を晴らす程度ならその方法が良いだろう。

 霧を晴らしてから戦闘に突入できるならそれだけで予期せぬ敵の増援に怯える必要もなくなる。

 霧が濃くなることを嫌がって寄生された蜂の弱点を攻撃できないという状況も避けられるだろう。

 咄嗟にお互いを見失った際の緊急用の手段にもなるか。

 使い道とメリットが次から次へと思いつくと同時に、霧に対して無策で突っ込んだ自分の浅慮さが明らかになっていく。

 自己嫌悪でメンタルに少なくないダメージが入るが、これも糧にしなくては。

 幸いにも授業料としてリリアの命を持っていかれずには済んだのだ。

 今回の一件を薬に精進しよう。

 

「スクロールが何かはわかるな」

「ああ」 

 

 ずばり、スクロールというのは魔法を使えないものでも使える魔法のようなもの。

 前に大鐘楼で店を巡った際にちらりと見掛けていた。

 巻物の中に魔法が込められており、封を解くことで設定してある魔法が発動する使い捨ての道具。

 大鐘楼だけでなく、エルフの村にも店舗はあったが俺自身の興味が薄く詳細に調べていなかった。

 明確にスクロールを使用するシチュエーションが思い浮かばず、自分が衝動買いしやすい気質なのもあって近寄らずにいたのだ。

 安価なら大量に用意してもいいし、そうでなくても非常時の手段として俺とリリアに一つずつくらいは用意してもよさそうだ。

 もっとも良いのは、風魔法の使い手を仲間にして、戦闘時に限らず常に霧のない状況で沼を進むことだが、これは高望みしすぎか?

 どちらも要検討だな。

 

「それと、沼を進むには足に重りを付けるといい」

「重り? なぜだ」

「足が底に沈んで踏ん張りが効くようになる。イヒヒヒッ、今となっちゃ半ば常識だが、少し前までこの情報で荒稼ぎできたんだぜ」

「足に重りか。やってみよう」

「沼といわず深い水辺でも同じことができる。覚えておくことだな」

 

 足に重り。陸での動きが遅くなりそうだが、沼で動けなくなることと比べたら些細なことか。

 これはリリアと相談し、具合のいいものを用意しよう。

 沼での移動問題が解決したら、深部への道中がぐっと楽になる。

 こんな明確なアンサーがあるのであれば、もっと早くドーリスを頼るべきだったな。

 

「だが、キノコ共への弱点ばっかりはさっぱりだぜ」

「流石にか」

「お前の話の範囲で既に所定の種族にしては幅が広すぎる。共通した弱点があるとは思わないほうがいいだろうな」

「そういうものか」

「炎は効きそうだが湿地という水気のあるフィールドと相性が悪いし、満ちた霧との反応も不安だ。

 雷の属性も沼を伝播するから自滅行為になりかねない。楽をしようとするより地道に物理で殴るのがいいだろうさ」

「そうか……。いや、助かった」

 

 いやはや、一気に視界が広がった。蒙が開けたというべきか。

 やはり一人で攻略手段を考えるにも限度があるらしい。思考がつい凝り固まってしまう。

 炎を使えば効果的というのは俺でも思いつきそうだが、それによる副次効果までは思考が及ばなかった。

 大爆発が起きたり、空気がなくなって隣のリリアが窒息していたかも。

 このゲームでは短慮が何を起こすかわからない。弁えなくては。

 

 そもそも、俺自身そう柔軟にものを考えられる方ではない。

 ひとりで上手いこと攻略方法を見出し、その情報をドーリスに高く売りつけられれば……なんて煩悩が悪さをしていたようだ。

 自分の身の丈くらいは、自分で理解しておかないとな。

 

「イヒヒ、まあ頑張れや」

「おう。せいぜい高く売れる情報を持って帰ってくるさ」

 

 相変わらず、ドーリスは頼りになる男だ。

 これでNPCではないというのが信じられないくらい。

 次の沼攻略は、絶対に盤石なものにしてみせるぞ。

 

  



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力を求めて

 次に立ち寄ったのはエトナの鍛冶場。

 理由はシンプルで、武器が欲しいからだ。

 腐れ纏いの副次効果は強力だが、あれはあくまで搦め手にすぎない。

 単純な攻撃力の向上が望めないのだ。つまるところ、失敗作の剣で刃が通らないと、腐れ纏いの刃も通らないのだ。

 どちらも攻撃力の値が一緒のため、硬い敵にはダメージを与える手段がない。

 

 俺は目玉キノコと遭遇した際にその危険性に気づいた。

 あいつは幸運にも攻撃のよく通る柔らかな弱点部位があったが、今後全身が岩のように硬いゴーレム的な存在が出現する可能性もある。

 別にゴーレムじゃなくて岩の怪物でもなんでもいいが、とにかく硬い敵に抗する方法がないのがまずい。

 腐れ纏いは流体状の濁り水という敵に対する手段としてかなり有力だし、生体タイプの敵なら腐れが効く。

 だがそうでない敵に対して失敗作の剣で戦い続けることに限界を感じたのだ。

 元をただせば、大鐘楼の街で斧やハルバードの購入に踏み切ったのだって更なる攻撃力を求めてのことだ。

 

 想定する敵は、あの目玉のキノコだけではない。

 神殿蜂の巣を案内されたときに親衛隊の蜂を見た。

 あいつらは通常の個体よりも堅牢な外殻を備えていた。であれば、キノコに喰われた姉の巣の方にも同様の個体がいると考えていいだろう。

 連中相手では流石に地下水道のねずみを斬るのとを同じようにはいかないはずだ。

 まさにその食われているキノコこそが弱点なんだろうが、それを斬りつけて胞子が散って痛い目を見たばかり。

 硬い外殻に手も足もでない状況でリベンジにはいきたくない。

 これに関するアンサーを用意してから挑まなくては、きっとまた沼のどこかで危機的状況に陥って撤退するハメになる。

 

「硬い敵をなんとかしたい」

「……」

 

 こういうのは自分一人でごちゃごちゃ考えるより、専門的な人物に悩みを共有すべきだ。

 なので注文を不躾にエトナにぶつける。

 エトナは珍しく鉄を打っておらず、鍛冶場で何かの道具の手入れをしていた。

 どうも突如やってきて遠慮もなしに要望を伝える俺にもすっかり慣れた様子だ。

 

「あなたが力を求めていることはわかっていた」

 

 エトナが手元に視線を落とす。彼女が手に持っているものは、アルミホイルを球状に圧縮したような何か。

 ……このメタルおにぎり、見覚えがあるぞ。

 

「それは」

 

 俺が大鐘楼で購入したふたつの武器じゃないか。

 いつみても無残な姿だ。これがかつて雄々しい武器だったなんて信じられない。

 他のプレイヤーにこれが元はハルバードだったと言っても誰も納得しやしないだろう。

 俺だってしない。あの衝撃映像を生で見ていなければ。

 

 しかし、そうか。

 エトナも俺が大鐘楼でより攻撃力に優れた武器を買って帰ってきたことで俺が失敗作の剣の攻撃力に不満を持っていたことに気づいていたのか。

 であれば、彼女だって腐れ纏いではいずれ攻撃力不足の問題にぶち当たることも見越していたのだろう。

 

「今の私があなたの期待に応えるには、あまりいいやり方がなかった」

 

 エトナは憂いを帯びた瞳で俯きながら、手に持つ金属塊を優しく握り潰した。俺は息を呑んだ。

 手の中に硬質の鉄塊があるのが嘘のように手が閉じていく。

 彼女がゆっくりと手を開くと、手の内になった粉末と化した金属がさらさらと流れ落ちていく。

 

 俺はただ無言で、エトナの怪力をも超える謎の力に慄いていた。

 エトナは優しくてひたむきな鍛冶師だが、彼女の種族はなにか体の内に人を遥かに超えるすさまじい力が宿っている。

 俺がエトナを怒らせることで垣間見えたその力の片鱗は、一度も俺に向けられたことはない。

 だが、自分のやらかしによってそれを振るわせてしまっているという罪の意識が俺を怯えさせるのだ。

 

 既に彼女の怒りは解消されてはいる。そのはずだ。

 だが、彼女の振る舞いから心の内に燃える静かな意思の炎を感じ取ったのだ。

 『こんな武器にお株を奪われてたまるか』とでも言いたげな、力強い声なき意思を。

 

 ふ、っとエトナが立ち上がる。

 彼女はすたすたと歩きだし、鍛冶場の一角にある刀剣立ての布を無造作に引き剥がした。

 そこに立て掛けられていたのは、失敗作と瓜二つの剣。

 

「これは……!」

 

 失敗作とまったく同じ材質、柄の作りで、握りの形状も同じ。

 だが、そのサイズだけが決定的に異なっていた。

 

「不器用なやり方だけど、破壊力は保証できる」

 

 一言で済ませるならば、巨大。

 片手はおろか、両手で握って引きずるように振るうのがやっとなほどの大きさの剣が、そこにはあった。

 

「これは……いいな」

「……本当?」

「ああ、これがいい」

 

 本当にこんなやり方でよかったのだろうか。エトナの内心にそんな迷いが生じないように断言する。

 失敗作の剣の縮尺をそのまま巨大化させたような、頭の悪い力づくの産物。

 これは、人の身に余るほど長大な剣だ。扱いやすい代物とは口が裂けても言えまい。

 場所も、状況も、そして相手だって選ぶだろう。

 ほとんどの場合、きっとこれの攻撃力は過剰だ。扱いにくさに見合っているとは思えない。

 もっと賢いやり方があったはずだ。もっと丁度いいサイズ感にしておけば、もっとバランスを考えた用途の剣の方が。

 そんな御託を地平線の向こうに捨て置けるだけの浪漫が、この剣にはあった。

 

 俺、でかい剣すき。

 

「エトナ、ありがとう」 

 

 『失敗作【特大】』を入手した。   




オデ デカイブキ スキ


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仲間をもとめて

 切り札となる攻撃力を入手したあと、俺が考えたのは更なる戦力の増強だ。

 ドーリスの情報で湿地に充満している霧への対策に、風を起こす魔法が効果的だというのがわかった。

 となると迷うのは、それをどうやってその手段を用意するか。

 迷っているのは用意する方法ではなく、どの手段を選ぶか。

 最も手堅いのはドーリスが勧めたように店でスクロールを購入すること。

 俺の懐が痛むという点に目を瞑れば、明らかにこれが選択肢として丸い。

 本当に冷静で堅実に事を進めるのであれば、スクロールを買うべきだ。

 

 だが、俺はもう一つの方法にどうしても魅力を感じざるをえなかった。

 ドーリスが提案したもう一つ。それは、風を起こせる仲間を連れていくことだ。

 どうしてこちらの提案に魅力を感じるかについては、それは"提示された新しいシステムを試してみたい"というゲーマーなら至極当然の習性が悪さしている。

 すなわち、『忘我サロン』の存在。

 

 酒場に寄って同じプレイヤーを探し、仲間として募集するのとは違う未知がそこにはある。

 忘我キャラの集う謎の多い施設だが、だからこそ情報がまったく出そろっていない。

 ドーリスですら部分的にしか知らないとなれば、あれを利用できるプレイヤーはごく一部と思われる。

 気になる。

 どんな性格、風貌のキャラが飛び出してくるか興味が湧いてしまっているのだ。

 間に仲介人へ手数料を支払うくらいだから、仲間にするやつにある程度の注文は付けられるはず。

 

 他のプレイヤーとパーティ活動してる際は利用できないらしいが、リリアはNPC側だから問題ないはず。 

 踏み入るエリアの下見は十分すぎるほど行ってあるし、敵の傾向も把握している。

 忘我サロンを試すには絶好の機会。

 

 俺は悩みに悩み、一人では決めきれなかったためリリアと相談した。

 彼女の答えは『かまわん、好きにしろ』というもの。

 期せずして背中を押される形になった。

 あるいは同行者が増えることを嫌がって反発される可能性も視野に入れていたのだが、彼女は俺を信頼してくれているようだ。

 なればこそ、おかしなやつを仲間に引き入れるわけにはいかない。

 なにせ忘我キャラにはランディープという性格に問題のある前例がいる。

 あれは場合によっては大変危険な人格なので、あんなネジの外れた人物をうっかり仲間にしてしまわないよう注意しよう。

 あとは、エルフのリリアとの相性も加味する必要があるか。

 俺と同じような全身鎧のヤツは避けるべきだろう。上等な装備なら尚更に。

 

 忘我サロンは手数料を払う仲介人がいるだけあって、ある程度は人選に注文を付けられるはず。

 厳選するつもりもないが、ある程度は見繕ってもらおう。

 いいのがいなきゃ諦めて風魔法のスクロールを買えばいいだけのことだしな。

 そんな楽観もありつつ、俺は忘我サロンへと足を運んだ。

 

「風が起こせて毒に強い仲間を探してる。いるか?」

「仲介料を払え。初回だからサービスしてやる、500ギルでいい」

「おう。意外と安いな」

「サロナーとの契約料が別料金なのを忘れるなよ。待っていろ、裏にいる連中を呼んでくる」

 

 明かりの少ない酒場で、浮かぶ極彩色の大仮面と話す。

 仮面の放つ太く低い男声は、妙に仮面の風貌と、そして不気味な酒場の雰囲気にマッチしている。

 仲間の条件にはもちろん毒対策の注文を忘れない。せめて沼地の毒霧の対策は自力でできる人物じゃないと困るからな。

 ガスマスクをもう一つ用意する手間も時間もリリアに取らせたくはない。

 必然的に呼ばれる面子は無機物系統のキャラクターが多くなるだろうか。

 さて、あの仮面はどんなヤツを連れてくるだろうか。

 

 俺の総資産は5万程度。さすがに全額突っ込みたくはない。

 突っ込みたくはないが、予算として全額使用まで想定している。予算はサロナーに用意する回復アイテム分も込みだ。

 相場はさっぱり。だが、よほど魅力のない変なのが出てこない場合を除き、俺はサロンの利用する気でいる。

 というのも、俺はエトナが修理と武器の提供を無料で請け負ってくれている都合上、金を貯める必要性があまりないのだ。

 そう、俺は現状このゲームの通貨に明確な使用用途がない。

 少し前まではドーリスから頂いた情報代で鎧や武器を新調する気でいたのだが、それをするとエトナの機嫌を損ねることが判明したため無しになった。

 それこそドーリスから情報を買うのがメインの使い道か?

 

 ただ今回のサロナー契約で所持金を全て突っ込んだあげくうっかり変なスカポンタンを掴まされた場合、リリアと二人で攻略する用のスクロールを買う金額さえなくなる。

 さすがにそれはちょっとリスキーかなとも思ったが、金をケチってサロナーに半端な仕事をされるのも困る。

 だから忘我サロンを使うからには、金をケチるのはよそう。そうした決意を持って俺はここにやってきていた。 

 

「あんたの注文に該当するのはこいつらだ。交渉は手前がやれ」

 

 しばらくした後、仮面が引き連れてきた人影は全部で3つ。

 頭部が天球儀のガイコツ『骨無双‐検証用type4 裏銀河』

 縄を握る痩せた老人『紐爺』

 謎の熱気を放つ赤ずきんの少女『カノン』

 

 声を掛けんのが怖ぇよ。

 




ひとをみためではんだんしてはいけません


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あくまで検証用

 一度プレイヤーから削除されただけあって、やってきたのは非常に癖の強い面々。

 実力は未知数だが、アクの強さは風貌が力強く物語っている。

 こんな場でもなければ、おっかないくて自分から声を掛けようなどとは思わないだろう。

 だが、俺はこいつらのうち一人を仲間として引き入れなくてはならないのだ。

 よく話を聞き、腕前を見抜かねば。

 まずは丸腰のスケルトン、『骨無双‐検証用type4 裏銀河』からだ。

 外見の最大の特徴はやはり、頭蓋骨が天球儀と半ば融合していることだろう。

 捨てキャラであることが名前でありありとわかる。このように自我をもって動き出した姿を思うと、あまりに事務的な名づけが不憫に思えてくるな。

 元の製作者が捨てたからにはコンセプトに何らかの問題点があったんだろうが、こいつはどういう傾向なのかね。

 

「沼探索の連れを探してる。何が出来る?」

「おれは星辰魔法専門だ」

 

 白骨のガイコツ細い手指を差し出すと、その手のひらの上にビー玉のような色とりどりの球体が出現した。

 大小さまざまなビー玉は、まるで小さな太陽系のようにおなじ中心軸で手のひらの上を円軌道に移動している。

 

「すまん、星辰魔法に詳しくない。どんな戦い方をするんだ」 

 

 初めてみるこのゲームにおいての魔法のすがたに密かに感動しつつスケルトンに問いかける。

 俺はまだこの戦闘における魔法の役割や活躍を見たことがない。魔法使いができる仕事がわからないのだ。

 土偶のシーラの眼光レーザーは魔法に分類されるわけではないようだし。

 まあこういったゲームにありがちな傾向として、MPのような本人以外不可視のリソースを消耗して行う遠距離攻撃手段だとは思う。

 そして魔法といえば特別な属性を秘めているものだ。炎や魔力など、近接で戦うには用意しにくい属性を扱える場合が多い。

 とはいえ星辰魔法という謎の多い名称。本人に聞かなければ、この魔法の概要はわからないだろう。

 

「戦いに関して表面的なことが知りてえなら、シンプルにデカい球体を呼び出してぶつける魔法だと思ってくれりゃあいい。魔法だが属性の介在しない、純物理の攻撃だ」

「なるほど。風を起こせるやつで募集を掛けたんだが、星辰魔法でも同じことができるのか?」

「あん? そりゃあ星を回しゃあ風くらい起こせるだろうよ」

 

 スケルトンは何を簡単なことをと言わんばかりにあっけからんと言った。それくらい出来て当たり前だと確信を持っている言い方だ。

 要するにいま手のひらの上でビー玉サイズの球体を衛星のように回しているのと同じことを、より大きいスケールの球体でやるのか。

 沼地は霧こそ濃いが開けた場所だし、周囲を星に回転させるのはできそうだ。いくつかの球体を高速で円回転させれば近くの霧くらいは晴れるかもしれない。

 というかそれだけで近寄ってきた敵もひき殺せそうだ。なんだかレトロなシューティングゲームのオプションアイテムを彷彿とさせるな。

 すごいぞ星辰魔法。まったく視野になかった戦法だ。

 

「いい機会だ、教えてやる。星辰魔法使いの強さを量る指標はいくつかがあってな。星の質や大きさにも練度が現れるが、一番は呼び出せる星の数だ」

「どれくらいの数が一般的なんだ?」

「ひよっこは1つ。熟練して3つ」

「へえ。じゃああんたは?」

「12」

 

 言うや否や骨の手の上を巡る星々がテニスボール大まで拡大した。

 とんぼ玉のように無数の色が入り混じった球体群は、その数を数えるとたしかに12個あった。

 熟練した星辰魔法使いの星の数が3というなら、上級者の星は5程度であって然るべきではないのか?

 いきなり数が飛び過ぎだろう。

 

「あー。つまり、お前が規格外という認識で合っているか?」

「ああ」

 

 一応、ウソをついている様子はない。

 というか懸念していなかったが、実力について虚偽の申告をされる恐れもあるのか?

 いや、そこまで気を回す余裕はないぞ。12の星を扱えるなんてド級の魔法使いが出てきたせいで急に信憑性が疑わしくなってしまったが、考えるのはよそう。

 貴重な上級魔法の使い手と巡り合えたと考えるべきだ。

 今のところかなり有能そうだしな。これからどう転ぶかわからんが、性格がヤバそうな兆候もない。

 

「6で銀河。12で裏銀河。星辰の学徒に与えられる称号だ。銀河はともかく、まともなまま裏銀河に至ったやつはまだいねえ」

「なら、お前もまともじゃないのか?」

「いかにも、俺が裏銀河の境地にいるのには訳がある」

 

 やはり。12なんて飛躍した数字が出てきたときに嫌な予感がしていたんだ。

 

「その訳とはなんだ」

「俺は生命力を消耗して魔法を行使する体質でな。戦ってるうちに自壊して死ぬ」

「……なるほど」

 

 大問題じゃねえか。

 

「付け加えるなら、ただ死ぬだけじゃない。派手に爆散して周囲の味方もろとも巻き込んで死ぬ」

「危険すぎる」

 

 訂正しよう、超・大問題だ。ピーキーすぎんだろ。

 今までの有能そうな雰囲気が全部帳消しだよ。

 

「これも星辰魔法の一つだ。自らの運命を星の終末に見立てることで、星辰魔法への適正を強引に引き上げている」

「それで自爆してちゃあ世話ないだろうが」

「だが、対価に手に入れた力は絶大だ」

「むぅ」

 

 それを言われると反論しにくい。事実、このガイコツはそれで数少ない裏銀河に至っているわけだし。

 このキャラが検証用と銘打たれ削除された経緯がちょっとだけわかったぞ。

 実用性を全てかなぐり捨てて、とにかく上級の星辰魔法を使ってみるために作られたキャラなんだ。

 リソース確保のために体力を消耗するのまではともかく、味方を巻き込んで自滅するのはあまりに実用性に欠く。

 

「まあ、あんたのことはよくわかった。今回は探索も兼ねていてな、あんたは長期戦には向かないから趣旨には合わん」

「そうかい。ま、そんな気はしてたぜ。星とその爆発が必要になったらまた呼んでくれや」

 

 一人目、星辰魔法使いの『骨無双‐検証用type4 裏銀河』との相談は破談となった。

 どうしても倒せない強敵相手に玉砕覚悟で突撃するにはアリかもしれないが、今は仲間にするには憚られる。

 リリアというトレードオフの人物も同行するわけだし、爆発に巻き込まれたら大ごとだ。

 自滅を代償に至ったという星辰の上級魔法を一目みたい気持ちもないではないが、今回は縁がなかったな。

 

 残る二人もこんな短期決戦用のやけくそビルドじゃないだろうな?




作者としては全員連れていきたい気持ちでいっぱい


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オーソドックスな外見?

「話は聞いていたぜ。儂はパスだ」

「いきなりか? 一応、訳を聞かせてくれ」

 

 星辰魔法使いのガイコツとの相談が終わったタイミングで、老人のしわがれた声が横から聴こえてきた。

 声の主は隣の忘我キャラ、『紐爺』だ。

 どうも外見からキャラの方向性が判断できない。縄をその手に握っているのが唯一にして最大の特徴なんだが、材料が少なすぎる。

 見た目だけじゃどういう戦い方をするのかさっぱりだ。

 しかし彼も候補として仮面に呼ばれた以上、毒耐性と風を起こす手段を持っているはず。

 必要な条件を満たしているにも関わらず、それを自分から辞退するとはどういうわけなのか。

 

「お前さん、さっき沼探索するって言ったよな? だったらお断りだ」

「なぜだ。沼だとダメなのか」

「儂は『ローパー』だ」

 

 老人が手を伸ばす。するとその腕が紐のように解け、老いさらばえた翁の腕は無数の細い触手に変貌した。

 それはタコのような生き物らしい気色悪い造形ではなく、麻で編まれたロープのような外見の触手。

 なるほど、紐爺とはふざけたダジャレだと思ったが、彼の名はしっかり体を表しているようだ。

 

「儂は汚れた水に弱い。沼の泥なんざもっての他じゃ」

「そうなのか? 種族特有の弱点に理由があるなら仕方ないか……」

「すまんの。そういう訳なんで他を当たってもらう」

 

 詳細はわからないが、ローパーなる種族は汚水等に汚されるとコンディションに悪影響があるようだ。

 であれば、俺の目的が沼にあると判明した時点で依頼を断るのも道理か。

 

 となると、やはり忘我サロンを利用するなら攻略先の下見は必須だったな。

 やってくる人物たちが一度破棄されたキャラというだけあって、ビルドの方向性が極度に尖っている。

 相性の悪い場所に連れていってしまったら金を無駄遣いするハメになりそうだ。

 

「ところで興味本位で知りたいんだが」

「なんじゃ」

「風を起こす手段や毒の対策はどうなってる? 呼ばれたからには何かあったんだろう?」

 

 沼というエリアとの相性こそ悪かったが、この爺さんも俺の募集要項の条件は満たしているはず。

 今後の参考になるかもしれないし、いかなる手段で毒と霧の対策を講じているか知りたかった。

 

「霧と毒はな、儂吸える」

「吸える?」

 

 バラけさせていた縄の収縮させ一本の腕に戻した老人が事もなげに言う。

 しれっとやっているが、人間の姿とローパーとしての触手の姿をコンスタントに切り替えている。

 ランディープがやっていたように人間の状態と人外の姿をスイッチする種族は案外ありふれている可能性がある。

 にしても霧と毒を吸えるとはどういうことか。口ぶりからして、ローパーという種族が持つ基礎的な力のようだが。

 

「儂の種族、ローパーてのはいろんなモンを触手に吸わせて自分のもんにできんのよ」

「かなり強力じゃないか」

「それがのう、やっぱり何事にも限界ってものがあんのよ。沼がダメなのも片端から吸って満杯になっちまうからじゃ」

 

 なんと。では吸収行為が半強制なのか。自分でコントロールできないとなると確かにそれは少々厄介だな。

 最強の力に思える吸収も、無差別で発動するとなれば必ずしも有利に働くとは言えないか。

 吸収容量に限度があるとなればなおさらだ。沼というフィールドに向かう俺の依頼をまっさきに断った理由がよくわかる。

 

「やはりそう都合よくはいかないか」

「霧程度なら辺りを晴らし続けるぐらいはできるがの、足場が沼じゃ無理無理」

 

 強そうだと思ったのに。

 いや、だとしても面白い特色だ。

 触手の数だけいろんな毒を吸わせて保持できたりするのだろうか?

 これはかなり興味深い種族だ。沼という環境のミスマッチさえなければ、ぜひとも同行して欲しかったくらいだ。

 と、俺は紐爺との縁が無かったことを惜しく思っていたのだが、彼の方が切り替えが早かった。

 

「あとのことは、お若いお二人さんでな」

 

 話はここまでだと言わんばかりに手を振り、隣に座る少女に関心が行くように水を向けたのだ。

 最後の一人は赤ずきんの見た目をした少女。たしか名前はカノンといったか。

 アグレッシブな外見をした今までの二人と比べると、ややパンチ力に欠ける見た目だったために印象に残りづらかった。

 謎の湿っぽい熱気を放っていることがやや気になるが、赤ずきんという外見はオーソドックスな方だし。

 

「やっと私の出番かよ」

 

 3人目ということもあって話しかけることに慣れ始めた俺だったが、最後の一人は自分の番を待ちかねていたらしい。

 丸椅子に腰かけて待っていた赤ずきんの少女が深い溜息を付く。

 すると同時に、彼女は体のあちこちから白い蒸気を噴き出した。

 熱気の籠る水蒸気で外套がめくれ上がる。

 露わになったのはゴシック調のドレスとそこから露出した真鍮のボディ。

 随所に蛍光色に発光する液体の満ちた容器があしらわれており、頭巾で覆われていた肩の片方には蒸気を吹き出す細いパイプ管群が天を向いていた。

 

「オートマタのカノンだ。黙って私を連れてけ」

 

 なんと赤ずきんちゃんはスチームパンクなサイボーグだった。

 よし、彼女をオーソドックスな外見と称したことは撤回しよう。




紐爺もつれてってあげたいなあ


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契約完了

なろうの方でVRゲームジャンル四半期一位でした
気づいたときめっちゃうれしかったです
応援してくれた人ありがとう、これからも続いていきます


「事を急くな。乗り気なのはありがたいが」

 

 被った赤いずきんをそのままに、カノンという名の少女は肩のパイプ管からブシューッとひと際強く蒸気を吹き出した。

 そこまで注視していなかったとはいえ、最初に見た時はこんな姿ではなかったはず。

 とりわけ目立つ煙突のようなパーツはシルエットさえ記憶にないから、先ほどまでは体内に格納していたのだろうか?

 どう見ても純粋な人間ではない彼女は、自らの種族を『オートマタ』と名乗った。

 オートマタ。雑に訳すと自動人形。人間を模したからくりといったところだが、彼女も忘我キャラらしくプレイヤーがクリエイトしただけあって独創的なデザインだ。

 赤ずきんの装いとメカニカルな真鍮の金属部品は綺麗に融合しており、先進的なヴィジュアルは同時にまとまりもあった。

 

「どうせドクロとジジイは仕事を降りたんだ。消去法で私しかいないんだからとっとと契約しようぜ」

「確かにそうだが、契約はあんたの出来ることを聞いてからだ」

「まどろっこしいなあ。ま、いいや。なんでも聞いてくれ」 

 

 丸椅子に腰を落ち着けたままカノンは、両足をぱたぱたと振りながら頷いた。

 ふむ。最初の言葉が強引な物言いだったので警戒していたのだが、どうやら無理やり契約しようとして来るような手合いではなさそうだ。

 にしても、彼女を作り出したプレイヤーは相当な凝り性のマニアに違いない。かなり完成度が高いぞ。 

 頭を覆う赤い頭巾に艶のいい金髪、勝気で意思の強いグリーンの瞳、真鍮のパーツが入り混じった白いゴシックな衣装。

 活発な言動に似つかわしい整った少女の顔立ちは、無機物であるとわからないくらい感情が乗っていた。

 

 これほどキャラの出来がいいと、作成者がこのキャラを手放した理由が気になってくるな。

 有り体に言って、俺は彼女が星辰魔法使いのガイコツのようにビルドに致命的な欠陥を抱えているのではないかと疑っているのだ。

 ただの邪推で終わってくれるといいんだが。

 

「差し当たり、毒や沼という地形に弱かったりはしないよな?」

「毒は効かない。沼地はなー、まあ得意でもないけどダメってほどでもないぜ」

「そこはほとんど俺と同じようなものか」

 

 オートマタの彼女は体が無機物なので毒は無効といったところか。

 沼地に対しては可もなく不可もなく。地に足をつき、歩いて移動する以上は仕方ないな。

 これに関しては空を飛んでる種族でもない限りどうしようもないし、先ほどの紐爺のように決定的な弱点でなければ構わない。

 

「沼に満ちる霧を晴らす手段を持っているはずだな?どんなやり方だ」

「それなんだけどさ、私の攻撃手段とセットなんだ」

「というと?」

「爆発物を投げるのが私の戦い方なんだ。強い風圧だけを起こすやつもその中にある。ほら」

 

 カノンはカウンター上の葡萄酒と硬く焼きあがったパンの飛び出すバスケットを手に取り、覆っていた布を取り払って中身を俺に見せた。

 バスケットの中に敷き詰められていたのは、妖しげな光を放つたくさんの瓶やカプセル、果物など。瓶のラベルには爆発や閃光、稲妻などを象ったイラストが描かれている。

 果物はりんごや梨などありふれたものだが、毒々しい紫色だったり紅色だったりと尋常な果物ではないことが明らか。これらも投擲でなにか効果のある代物か。 

 

「面白いな」

 

 となると分類は後衛か。後ろからぽいぽい物を投げて戦うスタイルだな。

 リリアの投擲ナイフは先手をとるのに充分な遠距離攻撃手段だったが、攻撃力に乏しかった感は否めない。

 そこのところをカノンであればより強力な形で先制攻撃できそうだ。

 リリアはレイピアを用いた近距離戦闘もできるし、立ち位置を準前衛にシフトすれば役割が被ることもない。

 となると、次に気になるのは継戦能力か。

 

「フィールド探索がメインなんだが、どれくらいで弾切れする?」

「無限とは言えないが、時間で生成できるから心配ないぜ。さすがに強力なやつはすぐに作れないけどさ」

 

 これも問題なしか。あれ、かなり良いんじゃないか?

 開口一番に私と契約しろと豪語するだけのことはあるな。素晴らしく優良な物件だ。

 なにか他に懸念事項はあったかな。

 

「おっと、そうだ。同行者にエルフがいるんだが、何か隔意とかはないよな」 

「ん? んー……。私はいいけど、私の真鍮は嫌がるんじゃないか?」

「む、確かに。それはそうかもしれない」

 

 いけね。見過ごしていた。

 まあでも大丈夫なんじゃないか? ガスマスク越しとはいえ、リリアはあの鉄まみれのラボの中に入れたくらいだし。

 いい顔はしないだろうが、それを理由に協力を拒むこともないだろう。

 となると、いよいよ問題なしだな。

 第一印象はちょっとアレだったが、少し話してみたところ彼女におかしなところはなかった。

 うむ、心が決まった。カノンと契約する方向で話を進めよう。

  

「恐らくだが、それも問題ない。契約しよう」

「おっしゃ、やった! やっぱそうこなくちゃな!」

「リビングアーマーのアリマだ、よろしく頼む。それで肝心の依頼料なんだが……」 

「1万で! 破格の金額だろ!」

「……むむむ」

 

 1万とな。困った。

 分かっていたことだが、相場がわかんねぇ。

 これって高いのか? 安いのか?

 カノンの口ぶりだと、あたかも格安かのような言い方なんだがなぁ……。

 

「安すぎて不安か? もちろん理由があってさ。代わりに持ち込む回復アイテムの量を奮発してほしいんだ」

「一応、理由を聞かせてくれ」

「探索の途中で私だけ力尽きて脱落とかご免だからな。私の回復を手厚く行うのがこの依頼料の条件だぜ」

「……わかった。そういうことなら、その金額で雇う」

「よしよし、話がわかるじゃないか!」

 

 上機嫌にうなずく赤ずきんの少女を前に、俺は騙されているのではという疑念に気が気ではなかった。

 いや、観念しよう。予定していた総資産にして総予算の5万を大幅に下回る額で契約できたんだ。

 今回は勉強代として吹っ切るしかあるまい。騙されてたらそのときはそのときだ。 

 

「ほら、これ契約書。忘我サロンの会員証が判子になってるからしっかり押印してくれ」

 

 仮に吹っ掛けられてたとしても、余った金で彼女の望み通り回復薬をたらふく用意してこの赤ずきんの少女を酷使してやればいいじゃないか。

 そう思いながらカノンから差し出された契約書に判を押し、約束の一万ギルを支払う。

 これで契約成立かぁなんて思ったのもつかの間。

 対面の少女は、ひときわ喜色の乗った声で言った。

 

「いや嬉しいなぁ! オートマタの回復アイテムって特殊でさ、自分で用意すると高額だから参ってたんだ!」

「えっマジ?」

 

 あれオートマタって普通のポーションじゃ回復できない感じ?

 そっか俺と同じ無機物系統なんだからそりゃそうだよね。

 え、俺やっぱりこれ一杯食わされた?

 いやまて、あわてるな。

 契約自体はもう1万ギルで成立させたんだから、前言を翻して回復アイテムを買わずに連れていけば──

 

「あ、回復ケチったら自爆して即帰るからそこんとこよろしく!」

 

 ひどい。

 

 

 




もしかしたら私は女に振り回されるアリマ君が見たくて続きを書いているのかもしれない


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最近のニュース(掲示板)

久々の掲示板回です
もっと掲示板回の頻度を増やしてもいいのかなって思い始めています


1:力こそ聖女

最近判明した面白いニュースとかあったら教えてくれー

 

2:道半ばの名無し

また聖女が雑なスレ立てておるわ

 

3:道半ばの名無し

みんな肝心な情報は黙秘してるけどな

 

4:道半ばの名無し

まあデカい稼ぎ場とかもギルド単位で囲い込んだりしてるみたいだし

 

5:道半ばの名無し

隠さないで公開してるのは生きPediaくらいじゃない?

 

6:道半ばの名無し

スレに集まるような情報は基本しょっぱい

 

7:力こそ聖女

まあそういわずに

なんかおもろいニュースひとつくらいはあるでしょ

 

8:道半ばの名無し

実際なんかあった?

 

9:道半ばの名無し

んー

 

10:道半ばの名無し

結局至瞳器まわりもまだ進歩してないしねぇ

 

11:道半ばの名無し

最近のニュースっていえばやっぱり大鐘楼の件?

 

12:道半ばの名無し

なんそれ

 

13:力こそ聖女

おしえておしえて

 

14:道半ばの名無し

スイートビジネスが絡んでるやつね

 

15:道半ばの名無し

なんか大鐘楼の地下にダンジョンが見つかったらしい

 

16:道半ばの名無し

ほー

 

17:道半ばの名無し

初耳やね

 

18:道半ばの名無し

マジ? 結構有名かと思ったけど

 

19:道半ばの名無し

あれ、意外とまだ浸透してないんだこの話

 

20:道半ばの名無し

どんな感じなん?

 

21:道半ばの名無し

調べたら確かに生きPediaの攻略サイトに入り口の座標載ってるね

 

22:道半ばの名無し

相変わらずあそこの情報ははえーな

 

23:道半ばの名無し

じゃあ開放もされてんだ

 

24:道半ばの名無し

いや、スイートビジネスのメンバーのみっぽい

 

25:道半ばの名無し

なんじゃい

 

26:道半ばの名無し

ぺっ

 

27:道半ばの名無し

一応すぐに一般開放するって声明だしてるけど

 

28:道半ばの名無し

やっぱでかいギルド所属してないとちょくちょく損あるよなぁ

 

29:道半ばの名無し

所属する恩恵は露骨にあるね

 

30:道半ばの名無し

生きPediaとかは規律とかない緩いギルドだしとりあえず加入しときゃあいいじゃん

 

31:力こそ聖女

ギルドに迷ってるならウチくる?

 

32:道半ばの名無し

よくいうわ、歓迎する気もないくせに

 

33:道半ばの名無し

聖女んとこは入団試験がきついで有名だろがよ

 

34:道半ばの名無し

そうなん? 俺しらんわ

 

35:力こそ聖女

攻撃力が高ければだれでも入れるよ

 

36:道半ばの名無し

誰でも(誰でもとは言ってない)

 

37:道半ばの名無し

攻撃のステに超特化させてないと突破できねーよあんなん

 

38:力こそ聖女

じゃあ攻撃のステに超特化させたらいいじゃん

 

39:道半ばの名無し

ほんまこいつ頭聖女

 

40:道半ばの名無し

これだから聖女は

 

41:道半ばの名無し

で、その地下水道についてなんかわかってる事はないの?

 

42:道半ばの名無し

開放されたら覗き行きたいなー

 

43:道半ばの名無し

難易度とかどんなもんなんだろ

 

44:道半ばの名無し

大鐘楼ならほぼ誰でも行けるよな

 

45:道半ばの名無し

アクセス容易だしチョロいんじゃね?

 

46:道半ばの名無し

いや、それが結構癖が強いらしいぞ

 

47:道半ばの名無し

ほーん?

 

48:道半ばの名無し

俺のフレンドがスイートビジネスの新入りなんだけど、状態異常のオンパレードで結構キツイみたい

 

49:力こそ聖女

あらま

 

50:道半ばの名無し

ほー

 

51:道半ばの名無し

そりゃだるいわ

 

52:道半ばの名無し

解毒薬は種類も多くて金もかかるんだよなぁ

 

53:道半ばの名無し

その情報だけで行く気失せたわ

 

54:道半ばの名無し

状態異常回復の魔法最近覚えたし行ってみようかな

 

55:道半ばの名無し

いや、やめといたほうがいい

疫病が出たって話だぞ

 

56:道半ばの名無し

オエーッ!

 

57:道半ばの名無し

大鐘楼の地下に疫病配置すんなよ!?

 

58:道半ばの名無し

行かないことを誓いました

 

59:道半ばの名無し

無機物系の種族でもなきゃ敬遠しちゃうわ

 

60:道半ばの名無し

疫病ってどんな症状だっけ

 

61:道半ばの名無し

まだ味わったことがないのか

 

62:道半ばの名無し

幸せなやつめ

 

63:道半ばの名無し

>>60

視界不良、耐久が紙になる、割合のスリップダメージ、回復アイテム効果半減

そしてトドメの周囲感染

 

64:道半ばの名無し

ぶっちゃけ一番やべーの視界不良だと思ってる

 

65:道半ばの名無し

視野狭窄はメンタルに来る

 

66:道半ばの名無し

準備できてても仲間が正しい処置行えるとも限らんし

 

67:道半ばの名無し

てか準備できてなかったらパーティ全滅はほぼ確定なんだわ

 

68:道半ばの名無し

できてても半壊するケースがほとんどなんですけどね

 

69:骨

やはり種族はスケルトンをチョイスすべきだ

スケルトンは疫病にかからない

 

70:力こそ聖女

うわでた

 

71:道半ばの名無し

骨だ

 

72:道半ばの名無し

これが噂の

俺初めて現物と遭遇した

 

73:道半ばの名無し

スケルトン布教おじさんあらわる

 

74:道半ばの名無し

てかスケルトンに限らず無機物系の種族はやっぱ優遇されてるよな

 

75:道半ばの名無し

それはまあ明らかにそう

 

76:道半ばの名無し

状態異常系はほぼ完全無効だし

 

77:道半ばの名無し

種族差はあるけど属性への耐性も高いしなー

 

78:道半ばの名無し

てか人間型が脆弱すぎることない?

 

79:道半ばの名無し

まあね

 

80:骨

それはお前のカルシウムが惰弱なだけ

スケルトンは人間型の括りだが良質な骨によって構成されているため非常に強力

 

81:道半ばの名無し

でも無機物系は生活する遊び方が完全に死ぬっていうクソデカデメリットあるんだよな

 

82:道半ばの名無し

そうなんよ

 

83:道半ばの名無し

酒場で飯食えないのはやっぱ悲しいよ

 

84:道半ばの名無し

最初に無機物系選んだプレイヤーでもそのあたりを理由にキャラ作り直した層は多いしな

 

85:道半ばの名無し

多少の不便を容認してでも人間の姿でいたいプレイヤー層は多い

 

86:骨

ならばスケルトンを選べ

人間の姿でいながら無機物としての利便性がある

 

87:道半ばの名無し

骨は人間の姿じゃねーんだわ

 

88:道半ばの名無し

これだから骨キチはよ

 

89:道半ばの名無し

微妙に話が通じないんだよなー

 

90:道半ばの名無し

もはや掲示板を彷徨う妖精

 

91:道半ばの名無し

これ見てるやつ骨の話あんまり間に受けるなよ

 

92:道半ばの名無し

骨のプロパガンダに踊らされてスケルトンで始めると苦労するからな

 

93:道半ばの名無し

生きPediaのオススメ種族にスケルトン入ってないってことはそういうことだからな

 

 



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回復アイテムお買い求め

 カノンに一杯食わされた俺は、そのまま忘我サロンを出て大鐘楼の店までカノンに連れていかれた。

 目的はもちろん彼女のための回復アイテムを購入するため。

 あのときは勢いで回復アイテムを買わずにおけばなんて思ったが、冷静に自分の思考を思い返すとあまりに不誠実だったな。

 カノンは事前に条件を提示していたわけだし。平静さを失って浅はかな真似をするところだった。

 思考を先回りするように釘を刺してきたカノンには感謝せねばなるまい。

 

 しかしカノンにはしてやれたものの、あの三人では他に選択肢もなかったし彼女の戦闘スペックも申し分はない。

 もちろん釈然としない気持ちはあるが、この気持ちは一旦飲み下そう。

 複雑な気持ちを整理しながらカノンに案内されて辿り着いた店は、リサイクルショップ。

 店内は明らかに中古とわかるような品が値札付きで並べられている。

 ちょうど最近行ったシャルロッテの工房をお行儀よくしたような店構えだ。置かれている品物の用途が不明なのも含めて既視感がある。

 

「リビングアーマーのアリマには縁が無いかもだけど、ここはからくり系の種族御用達の店だぜ」

「そうなのか? 言っちゃ悪いがガラクタだらけに見えるんだが……」

 

 用途不明のプロペラとかタンスとか鍋のフタとか。どれも役に立つようには思えないぞ。

 あ、でも中には拡声器やランプなど、考えようによっては使えそうなものもある。

 玉石混交ではあるのかもしれないな。まあ、だとしても全てジャンク品のようなで俺には使い道がないだろうが。

 

「機械系は部品を後付けできるからな。私から見たらお宝だらけだぞ」

「なに? そういうことなら一気に話が変わってくるぞ」

 

 まっさきにガラクタ認定したプロペラとかかなり悪さができそうだ。機械系統の種族特有の楽しみ方とかあるに違いない。

 俺は種族リビングアーマーとして遊んでこそいるが、こうも種族固有の楽しみ方があるのを観測し続けていると他の種族にもついつい誘惑されてしまうな。

 たぶん、俺以外にも他種族特有の楽しさに誘惑されてサブキャラを作っている人もいるんじゃないか?

 俺は一個のデータをじっくり進めたい派なのでまだサブキャラを作る予定はないが、思いを馳せるだけならタダだ。

 魔法使いとかオートマタとか、このリビングアーマーのデータをやることがなくなるくらいやり込んだら作ってみたいな。

 まあこの調子じゃあいつになるかわかったもんじゃないけどな。このデータの進行度が半端な状態で新データを作るつもりはないし。

 俺の性格上、データを複数作ってしまうとやり込みの集中が分散してしまい、結果すべてのデータが中途半端になってしまうのだ。

 こればっかりは性格だな。

 

「お、アリマも興味が湧いてきたか? なんなら私のために手ごろな部品を買ってくれてもいいんだぜ?」 

「馬鹿いえ、無駄遣いする予算はないぞ」 

「わかってるわかってる、言ってみただけだ」

 

 俺の手持ちの金額はざっくり4万程度。沼地をスムーズに移動するための足装備についてはリリアの方で人数分用意できると連絡があった。

 そのために予算を残す必要がないことは確認済みだが、どうしたもんかな。

 

 彼女が後衛になる都合上、被弾する頻度は最も低くなるはずだが備えるに越したことはない。

 事実、前回の沼探索では背後から奇襲されて危機に瀕したばかりだ。

 あれは濃霧で周囲の視界が悪かったという前提もあったが、それに限らず不測の事態というのは常に起きるものだ。

 

「そこの棚のやつ、それがオートマタ用の回復アイテムだぜ」

「これか。『応急修理材』。ひとつ5000ギルは高いな……」

「だろー? 私も参ってるんだよなぁ、おかげでおちおち冒険もできないぜ」

 

 後頭部に手を組んで呟くカノンの声色には、不安と苦労が滲んでいる。

 ああ、わかるよその気持ち。俺も手軽に回復が出来ない身の上でな……。

 エトナと出会えてなかったら俺も冒険に出られなくて困っていたわけだし。

 金策ができないと身動きが取れなくなるオートマタも中々に世知辛そうだ。

 オートマタなら外装パーツも買い集めたいだろうに、資金の扱いがカツカツの難しい種族だな。

 

 さて、オートマタ用と回復アイテムとやらの見た目はやや大きめの瓶。とろみのあるねずみ色の液体が満ちている。

 オートマタに使えるんなら俺にぶっかけたら鎧修復したりしないかな。無理か、オートマタ用だって言ってるもんな。

 

 にしても俺の全財産を投じても購入できるのは8つか。8つを過剰と思うか、不安と思うかは人に依って別れるところだが……。

 俺としては正直なところ8つは過剰だと思う。カノンは後衛だし頻繁にダメージを食らうような立ち位置にはない。

 沼の攻略に限って考えれば、3つ。多くとも5つ程度で十分なのではないか。

 

 と、最初はそう思っていたのだが、ふと気づいた。

 リリアと女王蜂の頼みを聞いて沼の奥地を探索するのが現状の目的だ。それには8つという数は過剰かもしれない。

 しかし俺にはその後も湿地エリア全域の探索という第二の目標があるのだ。

 マップを埋めればドーリスからマップ代として更なる情報料がもらえる。

 このマップ埋めという行為が、ぶっちゃけるとかなり大変なのだ。時間もかかるし敵と遭遇する回数も多い。

 地下水道のマップ埋めが容易に行えたのも同行してくれたシーラの後方射撃が心強かったからこそできたことだ。

 湿地探索にリリアが手伝ってくれるかは不明だが、契約を結んだカノンは必ず同行してくれる。

 

 沼地攻略と毒霧の根絶。しかるのちの湿地全域探索。

 説明を聞いた限りでは、時間経過で投擲アイテムを生成できるカノンの性質は探索や長期戦に強い。

 この二つの目的のために彼女を連れまわすことを思えば、全財産を叩いて回復アイテムを購入する価値はあるだろう。 

 俺はそう結論づけ、棚から8つの修復材を手に取った。

 

「マジかよ、8個も!? 私が言うのもなんだがいいのか?」

「おう。使えるものは何でも使う主義でな。長い付き合いになるぞ」

 

 赤ずきんの少女は俺の選択に驚いた様子だった。なんだかんだで俺がもっとお金を節約すると思っていたのだろう。

 しかし俺が考えも無くアイテムを買い込んだわけではないことを察し、びしっと俺を指さした。

 

「……さてはお前、私のこと相当酷使する気だな!」 

「ハッハッハ! 大枚はたいた分の仕事はしてもらうぞ!」

 

 ぶっちゃけ期待しているからな、この赤ずきんには。 




新しく登場人物が出るたびにちゃんと魅力的にできるかなと不安になるんですが、いざ書き始めると魅力的になりすぎて逆に困ったりします


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リリアとカノンの顔合わせ

 大鐘楼の街でカノン用の回復アイテムを買い込んだ俺たちは、再び湿地へ舞い戻ってきていた。

 湿地に入り口には始めてきた際に起動したワープポイントがあるので、そこを集合場所としたのだ。

 忘我サロンで契約したカノンだが、きちんとワープに同行してきてくれた。徒歩じゃないとはぐれてしまうなんて鬼畜仕様はないようで安心した。

 当初はエルフの森で再集合してもいいかもとも思ったのだが、森を抜ける手間が掛かる上にそもそも俺はあの村にワープする手段を持っていない。

 第一リリアの先導なしであの森に踏み込みたくないしな。

 俺の鎧にダメージが入って不利な状況で沼探索をするハメになりかねないし、カノンの回復アイテムも消耗したくない。

 そういう訳で俺たちは湿地の入り口地点を待ち合わせ場所にしていた。

 

「来たな。そいつが新たな協力者か。また金属の臭いが強くなったか……」

「なんだ、エルフって聞いてたけどオートマタでも通用しそうな恰好じゃないか」

 

 既にリリアは待ち合わせ場所に到着しており、腕を組んだまま無愛想に俺たちを出迎えた。どうやら俺たちを待ちかねていたようだ。

 対するカノンは初対面でありながらじろじろと不遜にリリアの姿を観察している。こいつ怖いもの知らずか。

 リリアの姿は初対面のときと同じガスマスク装備のローブ姿だ。今となっては馴染み深い姿だが、初めて見る人にはまさかこれの中身が麗しいエルフだとは思わないだろう。

 カノンの言う通り、中身がからくり人形の方がむしろそれらしいかもしれないな。

 

「……アリマの人選だ。疑うつもりはないが、期待を裏切ってくれるなよ」

「へへ、まあ給料分の仕事くらいはするさ。雇い主サマも私を酷使するつもりみたいだし」

 

 カノンは初の顔合わせでありながら慇懃無礼な態度を隠そうともしていない。

 そんな彼女の様子にリリアは若干の不審感を抱いているようだ。おそらくだが、マスクの下で顔をしかめている。

 極端に礼を欠いているとまでは言わないが、カノンの態度は見様によっては軽薄ともとれる。

 確かにこれからこいつと探索をするのかとリリアが不安に思うのも分かる。 

 

「まあそこは俺を信じてくれ。使えると思ったから連れてきたんだ」 

「だといいんだが」

「まあ任せろって! こう見えて意外と優等生なんだから私!」

 

 どんと胸を叩き自信ありげに笑顔を見せるカノン。こいつ、俺が今まで出会ってきた人物の中で最も感情表現が豊かかもしれない。

 オートマタなのに感情が豊かとはこれいかに。まあ今さらの話か。

 なおランディープのあれは感情表現の内に含めない。あれはもっと別の何かだ。

 

 しかし謎に思っていることがあるのだが、忘我状態のキャラクターの性格は何を参照にしているのだろうか。

 キャラクター作成時に定めたキーワードもそうだが、案外まだプレイヤーキャラだったころの言動にも影響あったりして。

 もしそうだとしたら凄い技術だな。やや気味の悪さも感じるが、まるでNPCに魂を吹き込んでいるかのようだ。

 このゲームを起動しなくなった人のキャラが忘我状態となって動き出し、まるで当人かのように振る舞う。それはあたかも忘れ形見のようではないか。

 不気味に思えるが同時に優しさというか、郷愁的な救済も感じる。いややっぱり不気味だわ。

 本人からしてみれば自分のクローンを見ているような感覚になるだろう。あまり気分のいいものではあるまい。

 というか忘我キャラが元の持ち主と出会ったら一体どうなってしまうのだろうか。

 ドッペルゲンガーの都市伝説のように消滅したりしやしないだろうな。

 

 というか待てよ。もしも忘我キャラの性格にモデルがいた場合、ランディープの性格にもモデルがいることになってしまう。

 それは困る。あれにオリジナルがいるなんて考えたくもないぞ。

 いや、だからこそ元は単なる悪ふざけのロールプレイだったのか。わからん、頭がおかしくなりそうだ。

 

 思考が少しいらん方向にそれてしまったな。

 カノンに期待しているのは俺もそうだ。最初の沼攻略ではあらゆる妨害要素に煮え湯を飲まされたが、カノンがそれを解消してくれるはず。

 彼女の存在が今回の攻略を一度目とは大きく違う探索にしてくれるだろう。

 

「とりあえずこれを渡しておくぞ。先に装備しておけ」

「これは……沼対策の装備だな。助かる」

「ちなみに防滑も兼ねている」

 

 リリアが俺とカノンに差し出したのはやや重さを感じる茨状の縄。

 脚部に巻き付ければ効果を発揮すると思ってよさそうだ。ぬかるみに嵌った車のタイヤに、チェーンや縄を巻き付けるのを思い出す。

 まさか人の身の自分がそれと同じことをする日が来るとは思わなかったが。

 実際にリアルで同様の行為をすれば浅い泥のぬかるみが歩きやすくなったりするのだろうか?

 試す機会がないので不明だが、ゲーム内で効果があることは間違いないだろう。

 なにせこれについては情報源がドーリスだからな。

 あいつは人となりこそ胡散臭いがもたらす情報に関して言えば疑う必要は一切ない。取り扱う情報の信憑性は随一と言っても過言ではないだろう。

 

 しかし防滑の効果まで着いているとは素晴らしい。リリアとしても俺の前で何度も転びかけたのは苦い記憶として印象に残っていたようだ。

 リベンジするかのように徹底的に対策しにかかっている。

 NPCを目的地まで護送するタイプのイベントでは、該当のNPCが極めて厄介というのが通例だがリリアからはその括りを脱出してやるという試みを感じる。

 事実、防滑の用意さえあれば湿地のエリアであっても俺の蹴り技が解禁できるのはないか?

 これは沼地の探索が捗るぞ。

 

「アリマー、これどうやって付けるの?」

「……待ってろ」

 

 なんでほぼNPC側のカノンが装備方法わからねえんだよ。

 まったく世話のかかるやつめ。

 

 




あざといなさすが赤ずきんあざとい


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風起こし

すみません、投稿話数が合わなくておかしいなと思っていたら第60話を投稿せずにすっ飛ばしてました、混乱させてしまい、そしてかわいいカノンちゃんの出番をスキップして申し訳ないです……


「そろそろ追加で風を起こすぜー」

「頼む」

「ほいさ」

 

 カノンがバスケットから白いリンゴのような果実を取り出し足元に叩きつける。

 果実が地面と衝突し砕け散れば、同時にそこを中心に突風が巻き起こる。

 放射状に吹きすさぶ風の流れはこの湿地に満ちる濃霧を払うのに充分なもの。

 視界を塞ぐ黄土色の霧のない湿地エリアは、まだ少し見慣れない。

 

「やはり視界が開けるだけでまるで別世界だ」

「俺は前回対策せずに奥に踏み入った愚かさを再認識しているよ」

 

 三人で湿地を進むことしばらく。霧のない湿地の姿に感嘆するリリアに俺は同調した。

 カノンが風を起こして霧を払ってくれている影響で、行軍速度は初見時の比ではない。

 唐突に出現するエネミーに備える必要がないため、前進する事に躊躇がないのだ。

 前回は接敵した時点で至近距離まで距離を詰められていたため素早い対応が必要だった。

 死角を取られて対処が遅れることもあったし、目を凝らしながら索敵しつつ、接敵した際のフォローにもスピードが要求されて神経がすり減ったものだ。

 それと比べて、ただ目的地に向かえばいいだけの楽さたるや。

 

 霧のない湿地は開けていて平坦。敵の見つけやすさでいえば、入り組んだ通路の地下水道以上だ。

 まるで別のエリアを攻略しているかのよう。革命的だ。

 この感覚は初めて眼鏡を掛けたときの視界の変わりようとか、いつも徒歩で向かってる場所に車で移動したときのような感動に近い。

 悪い環境に慣れていたからこそ、本来あるべき良好な状態に一層の感動を覚える。

 この湿地エリアにしたって、濁り水が容易く倒せる相手だったから霧が濃くても問題なかっただけだ。

 

 むしろ、霧があっても何とかなってしまったからこの環境を軽視したのかもしれない。

 これもトカマク社の手のひらの上か? 倒しやすい敵を配置して油断させることで、本当の脅威を過少評価させる。

 奥に進んで痛い目を見て初めてその危険性に気づくと。

 だとしたら俺の危険の認識する能力はまだまだだな。もう何度も下手を打ってる。

 だがまあ、目利きの腕は騙された数次第と言う。それと同じく、俺も死地を潜ることでリスクへの嗅覚が磨かれているはずだ。

 歴戦というには新米すぎるが、俺も成長していると思いたい。

 

「お、沼地が見えてきたな。こっから先はキノコが多いんだっけ?」

「事前に伝えておいた通りだが、だいたい敵だ」

 

 手で日差しを作って沼の方面を眺めるカノンに念のため敵の存在を言い含めておく。

 湿地エリアで俺たちが遭遇した敵については俺の口からカノンに伝えてあるが、彼女の視点だと情報と現物がすぐに一致してない可能性もあるからな。

 カノンはこの湿地帯に来るのが初めてということを俺たちもしっかり認識しておかないと。

 

「ちょうどほら、あれも敵だ」

「こっから見るぶんには普通のキノコだぜ」

 

 俺が指さしたのはお馴染みの巨大な一つ目キノコ。

 ただし休眠中の姿なのであの特徴的な大目玉もわさわさした足も露出していない。

 カノンの言う通りこちらからちょっかいを掛けない限りは普通のキノコだ。

 

「良い機会だし、アイツに攻撃を仕掛けてみるか」

「お? さては私のお手並みを拝見するためだな?」

「それもあるし、俺も試したい戦い方がある」

 

 湿地エリア前半は濁り水しか出没しない。濁り水は敵としてはかなり特殊な方だし、明確な弱点を握っていれば瞬殺できてしまう。

 試金石にはあまり相応しくないエネミーだったからな。その点あの目玉キノコは先手を取るまで無害だし倒す方法確率してある。

 本格的に沼の深部に進む前にカノンの戦闘能力を確認したかったし、あの目玉キノコとの戦闘は丁度良い機会だろう。

 

「戦闘するのは構わないが、私は最初の攻撃はしないぞ」 

 

 最初に攻撃した者が最もキノコからのヘイトを買う。

 それをよく知っているリリアは火付け役を拒んだ。彼女は目玉キノコの足元のキモい挙動が心底苦手なのだ。前回もずっと嫌そうにしていたし。

 

「なら私がいくぜ。こう見えて結構いい肩してるんだ」

 

 だが、キノコの真の姿を知らないカノンは無邪気に立候補し、のんきにぐるぐると肩を回し始めた。

 俺は誰かに遠距離攻撃手段をしてもらわないと困るので、止めるに止められない。

 俺はキノコに睨みつけられる未来のカノンに合掌した。

 そんなことは露知らず、カノンがバスケットから取り出したのは柿の形をした果実。

 それは柿にありふれた朱色ではなく、非常に攻撃的な赤色をしている。普通の柿ではないことは一目瞭然だった。

 カノンはそれを大ぶりに振りかぶり、肩の小型煙突から蒸気を噴出させつつキノコ目掛けて投げつけた。

 肩がいいというのはただの口上ではないらしく、投げられた柿はブレることなくまっしぐらにキノコへストレートに進んでいった。

 そして柿はキノコの傘に着弾、ちゅどーん、と景気のいい爆発音を打ち鳴らして炸裂した。

 

「よっしゃ、命中!──ってキモ!」

 

 安眠を阻害されたキノコが覚醒し立ち上がる。

 カノンには事前にあのキノコに足があって移動できることは知らせてあるが、もじゃもじゃしてて気色悪いことまでは言ってない。

 初めてみるショッキングなキノコの挙動に面喰っている様子だった。

 

 そんなカノンを横眼に、俺は装備を入れ替える。

 対濁り水に装備していた腐れ纏いから、新装備の失敗作【特大】へ。

 所持品から装備することで、初めてその重量が俺の身に降りかかる。

 重い刀身を支えることができずに、切っ先を地面に着けて引きずるような構えになった。

 この調子では移動すら満足に行えないだろう。だが、この剣であればキノコの硬い身肉であっても刃が通るはず。

 

「さて、うまく使えるといいが」

 



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切り札?

 カノンがぶつけた爆発物の威力は絶大で、目玉キノコの傘は既に一部が欠けており表面にも焦げ跡がついている。

 やはり専門職の遠距離攻撃は違うな。休眠状態の相手を起動するだけだったリリアの投げナイフとは効果が段違いだ。

 これほどの攻撃力、やろうと思えば今の爆発物を投げ続けるだけでも打倒できるだろう。

 

「どんなもんよ!」 

「気を抜くな、来るぞ!」

 

 悠長に威力自慢するカノンをかばうようにリリアが前に出る。

 あのキノコを起動した者が最優先で狙われることをリリアはよく知っている。ヤツの距離を詰めるスピードの速さも身に染みていることだろう。 

 実際に覚醒したキノコはその大目玉を開きカノンを睨みつけている。既に大量の足を剥き出しにしており、カノン目掛けて猛進していた。

 前回であれば沼のない場所で待ち構えていたが、今は違う。

 沼の上でも戦闘ができる。つまり、こちらから仕掛けられる。

 さあ、失敗作【特大】よ。お前の初舞台だぞ。

 

「どうかな。理論上はうまくいくはずだが」

 

 沼の上で動けるということは、蹴りを使えるということ。故に俺は前回と異なり陸地でキノコの襲来を待つことはしなかった。

 繰り出したのはキノコの電信柱のように太い軸に狙いを澄ました【絶】。

 俺の体は規格外の大剣を肩に担いだまま足元の沼を飛び、走り寄るキノコを渾身の回し蹴りで迎え撃った。 

 蹴りはカノンしか眼中になかったキノコにクリーンヒット。猪の如き突進を止めることができた。

 そして滑り止めを施した足甲で沼の上を確かに踏みしめ、全力で上半身を捻る。

 

 本来、身の丈を超す特大の剣を抱えた俺に俊敏な動きはできない。

 だが【絶】による蹴りは対象との間合いを強引に調整するもの。例え俺が超重量の剣を引き擦っていようとその作用は関係ない。

 【絶】とその蹴りによって発生した慣性は、俺が本来扱えぬはずの大剣を渾身の力で振り抜かさせてくれた。

 

 蹴りによる回転と【絶】による加速。二つの力を乗せた特大の剣は大気を切り裂く轟音を伴い、巨大キノコを真っ二つに斬り伏せた。

 

 ……す、凄まじい威力。

 カノンの先制で削れていたとはいえ、撃破にあれほど手間取った目玉キノコをワンパンしてしまった。

 自分でやっておきながら自分が一番びっくりだい。

 腐れ纏いではこのキノコに刃すら通らなかったというのに、なんだこの攻撃力は。

 有無を言わさぬ攻撃力で以て力づくで叩き伏せる快感。いかん、この剣の魅力に憑りつかれそうだ。

 と、俺が特大剣の魅力にうっとりしていると、目玉キノコを打倒を確認し安全を悟った二人が側までやってきた。

 

「見事だな、アリマ」

「馬鹿みてーにデカくて長い剣だと思ったが、それと同じくらい馬鹿みてーな使い方をするなぁ」

「一応、それも誉め言葉として受けとっておこう」

「別に褒めてないけどな」

 

 初回の目玉キノコとの苦戦を知るリリアは一撃で打倒してみせた俺を賞賛してくれたが、一方のカノンは俺の暴挙に少し引いていた。

 うーむ、辛辣。

 にしても、俺だけひとり敵の至近距離に飛び込む形になってしまうのは【絶】そのものの弱点だな。

 俺ひとりが突出して前に出てしまうのはパーティ戦闘ではあまりよろしくないシチュエーションもあるだろう。

 あまり意識してなかったが、これも気を付けなくては。

 にしても、この失敗作【特大】のデビューは大成功だったな。

  

「一度でいいからこいつの試し切りをしてみたくてな。うまくいってよかった」

 

 片手で握れる剣とは似ても似つかないこの規格外の剣を見たときから、この使い方は思いついていた。

 尋常に扱おうと思えば、俺のパワーでは肩に担いだ状態からたった一度きりだけ叩き下ろすことしかできなかった。

 それほどまでこの剣は重量で、取り回しも劣悪。一度振りぬいたらもはや持ち上げるのにも時間を要するだろう。

 かろうじて切っ先を浮かせたまま引っ張るように斬りつけるくらいはできるかもしれないが、戦闘中にそんな悠長な真似をしている暇はない。

 

 そこで思いついたのが蹴り、そして【絶】との融合。

 結果はご覧の通り。俺の思いつきは必殺の奥義となるほどの結果をもたらした。

 机上の空論に収まらず一定の結果が出て俺としては非常に満足だ。

 

 それに実際に使ってみることで、この戦法の欠点も洗い出せた。

 まず第一に超重量の大剣を抱えることによって繰り出せる蹴りが限定されること。

 やってみてわかったが、片手に軽量の剣を持っていたときと異なり動きの制限がかなり大きい。

 蹴りそのものの威力は通常時と比べて間違いなく劣るだろう。

 

 二つ目に、攻撃し終わったあとの無防備っぷり。

 本命の特大剣を振りぬいたあとの俺はほぼ動けない。重い大剣に全ての体重と慣性を乗せた一撃は、その後の俺に絶大な隙をもたらしてしまう。

 しかもそのあと敵から離脱する手段がない。姿勢を立て直しても重い大剣があっては間合いを取り直すこともできないだろう。

 遠心力をフル活用して剣をぶん回した直後なので盾を構えようにもまるで腰に力が入らん。

 この剣を使う以上は一発で倒しきって安全を確保しないと酷い目に遭う。

 相手が複数いる場合も使用を控えた方が良さそうだ。

 

 一応、装備を取り外しインベントリに収納すれば武器の重量は失われる。が、戦闘中に高速でインベントリを操作するような真似は不可能だった。

 練習すればワンチャン……と思ったのだが、そもそも激しく体を動かしている最中は装備変更できないようになっていた。

 恐らく同様の発想が開発陣にもあったのだろう。重量武器を高速で付け替えてメリットだけ拝領するような裏技は、残念ながらシステムに阻まれて不可能だった。 

 

 最後の欠点は意外にも攻撃範囲の広さ。

 非常識なサイズを誇る失敗作【特大】はリーチも並の剣の域を超えている。

 これの何が問題かって、味方を巻き込んでしまうのだ。

 重さと勢いに物を言わせてぶん回しているので、寸でのところで剣を止めるなんて出来るわけもなく。

 攻撃後は隙だらけだというのに味方のフォローを受けることが難しい。なんなら味方のフォローに行くことも難しい。

 

 だが、以上の欠点があってもなお使う価値があることが分かった。素晴らしい収穫だ。

 この戦法の良い点と悪い点、それを沼の深部に行く前に把握できて良かった。

 

 結論として、この馬鹿げた大きさの剣は確かに切り札としてのポテンシャルがある。




オデ デカイブキ ゼンシンデ ツカウノ スキ


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トラウマ退治

 目玉キノコが多く生息する地帯を抜け、更に奥。

 あの後さらに目玉キノコたちを相手取ることはしなかった。

 理由は初回攻略時と一緒だ。消耗を避けるため戦闘回数を最小限に抑える。

 最初の一体はカノンの攻撃能力を確認するため、そして俺の奥義を試すための例外だった。

 

 この先には、あの不快極まりない中年おじさんの声で絶叫する最悪のキノコたちがいる。

 はっきり言って非常に気が進まない。足取りも重くなるというものだ。

 そしてそれは、リリアも同様。むしろ俺より深刻かもしれない。

 普段はピンと背筋を伸ばして凛々しく歩いているのに、現在は背中を丸めてよたよた歩いている。

 決して文句を口にはしないが、全身から淀んだ憂鬱な感情をひしひしと発している。

 

「おい、奥にちっこいキノコが見えてるがぶっ飛ばしていいのかアレ」

 

 カノンが視線で促した先にはやはりというべきか、件の絶叫キノコの群れ。

 霧を晴らしながら進んでいる都合で発見が早まった。

 ぴょこぴょこと跳ねながらこちら目掛けて距離を近づけてきている。

 

「ああ、問答無用で吹っ飛ばそう。耐久は低い」

「んじゃ遠慮なく」

 

 俺から確認を取ったカノンは抱えるバスケットからぶどう酒の瓶を取り出し、容赦なく絶叫キノコの足元へ投げつけた。

 着弾と同時に粉砕し瓶の中身が零れ出すと、それらはたちまち激しく炎上。

 沼の上に広がる火炎に囲まれ、跳ねることでしか移動できない絶叫キノコたちは為す術もなく焼き焦げていった。

 

「なーんだ、弱いじゃんこいつら」

「おお、ありがてぇ……」

「素晴らしい働きぶりだ、うむ。素晴らしい。素晴らしいぞ。お前の活躍は私が保証する」

「……な、なんだ? 私そんな褒められるようなことしたか?」

 

 容易くキノコの群れを打倒したカノンは拍子抜けしたようだが、やつらの脅威を正しく知る俺とリリアはカノンに深く感謝を告げた。

 カノンは無抵抗な雑魚キノコを焼き払っただけだと思っているようだが、とんでもない。

 前回はこいつらの接近に気づけず、至近距離で汚らしい絶叫とおぞましい外見に苦しめられ精神に傷を負いながら戦ったんだ。

 それをカノンは一人で霧を払い接近を許さずに遠距離攻撃でまとめて一網打尽にしてみせた。

 カノン一人でこの絶叫キノコを完全にメタっているのだ。リリアがご機嫌にカノンを褒めるのも当然だな。

 俺とリリアが、どれほどこのキノコどもにストレスを与えられたか……。

 

「最初は実力を疑うような態度を取ってすまなかったな。私はお前を確かに仲間と認めるよ」

「お、おう……?」

 

 トラウマだった絶叫キノコを鎧袖一触したカノンの肩に手を置き、尊敬すら混じったような態度をとるリリア。

 リリアが触れたのは真鍮の煙突がない方の肩だが、オートマタのカノンにリリアが自発的に触れたことからその感謝の念の深さがうかがえる。

 肝心のカノンはあの程度のキノコを倒しただけでこれほど持ち上げられるのが釈然としていないようで、赤いフードの下で困惑の表情を浮かべている。

 

 

「今おまえが焼き払ったアレに近づかれたせいで苦しめられた経験があってな。助かった」

「そうなの? ま、よくわからんが私に任せておけって!」

 

 頭の上ではてなマークを浮かべていたカノンに理由を説明してやると、とりあえず頼られていることがわかって機嫌を良くしていた。

 ……この子、本当に忘我キャラか?

 なんだこの素直さは。シンプルに有能な上にいい子ではないか。

 ひょっとしてランディープが外れ値なだけだったのか?

 思えば忘我サロンに同席していた星辰魔法のガイコツも紐爺も性格面は普通だった。

 最初の一人がランディープだったばかりに忘我キャラによくない印象を抱いていたが、認識を改めた方がよさそうだ。

 

「とりあえずあのタイプは見つけ次第焼き払うぜ」

「おう、焼きまくってくれ。残弾は問題ないよな?」

「こう見えて火力控え目な攻撃だからな、在庫ならいっぱいあるぞ」

 

 そういいながらバスケットからまた新たに緑色の酒瓶を取り出して鋭く投擲するカノン。

 瓶が放物線を描いて飛んで行った方向を視線で追うと、まだ若干霧がかっている後方まで飛んで行った。

 先ほど同様に炎を広げて一体を焼き尽くしているが、何が焼けているかまでは見えない。

 

「あそこにキノコがいたのか? 私には見えなかったのだが」

「ん? ああ、私の瞳は良いパーツを使ってるんだ。片目だけだけど、ほら」

 

 ぱっちりと開いたカノンの瞳。リリアと二人でエメラルドグリーンの色をしたその眼球を覗き込んでみると、内部に回転する幾何学模様が見えた。

 瞳の中を泳ぐターコイズブルーの線の集合体は近未来的。オートマタかっこいいなぁ。

 なんて見惚れている場合じゃない。すごいぞカノン。

 高級なパーツを使っているだけあって視力に補正が掛かっているのか。霧を払ってくれていることといい、索敵係として有能すぎる。

 

「ま、これ買ったせいで自分の回復アイテム買う資金まで無くなったんだけどな!」

「なにしてんだ」

「いいんだよアリマが代わりに立て替えてくれるんだから! 私その分くらいは役に立つしさ!」 

「確かにそれでいいのかもしれんが」

 

 うーんこの小娘。やはりどうにも憎めないやつだ。

 世渡り上手というのか? かわいらしい赤ずきんの外見も相まって中々どうして嫌いになれない。

 初対面の開口一番で私を連れていけと迫ってきた際はなんだコイツと思ったが、仲間としてきちんとこちらに利益をもたらしているし、リリアとの不和もない。

 実をいうと一緒に過ごすうちに段々隠していた"ヤバさ"が露呈するのではないかと心配していたのだが、杞憂だったようだ。

 思えば積極的に自分を連れてけとアプローチしてきたのも単に資金難によるものか。

 忘我キャラの行動理念はさっぱり分からんが、忘我キャラなりにこの世界を満喫しているようだし、カノンのように冒険に出たがるヤツがいても不思議ではない。

 

 しかしこんな凝ったエフェクト付きの瞳、ありふれた品ではあるまい。

 当のカノンが回復アイテム分の予算すら残さず、全財産を投じて手にしたものだ。

 特別な品で間違いないだろう。せっかくだしその所以をカノンに尋ねてみるか。

 

「なあカノン、その目なにか特殊能力とかあるんだろう。良ければ教えてくれないか」

「え? 知らん。かっこいいから買った!」

「あー……、うん。お前は愛すべき馬鹿だよ」

 

 悔しいが俺の中でカノンへの好感度が急上昇した瞬間だった。

  




赤ずきんカノンの可愛さが留まるところを知らない
彼女は私のコントロールを離れて可愛くなり続けている


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白キノコ

 さて、絶叫キノコが出現する一帯を抜けてしばらく。

 前回は視界の悪さと取り囲むように迫ってくる絶叫キノコのせいでかなり時間がかかったエリアだが、今回はカノンの活躍であっさり通り抜けることができた。

 沼を歩きやすい状態だったのもあるし、精神的疲弊がないのも大きい。これだけでカノンの価値が証明されたも同然だ。

 リリアもこれを切っ掛けにカノンに信を置くようになったわけだし。

 ふざけているように思えて、わりと本気であのキノコたちは厄介なのだ。あの脅威は直接相対した者しかわからない気がする。

 

 沼地は奥に進むとある程度の段階で景色が変わるので、それが進行度の指標となる。

 今回は自生するキノコの多様化がそれにあたるだろう。

 黄色く槍のように鋭いキノコと、円卓のように傘を平たく広げる足場のキノコたち。

 前回来たときと同じ景色だ。硬い足場とトランポリンのように弾む足場があるのも同じ。

 

「緑のは踏んだらまずいんだっけ?」

「ああ。想定より高く跳ねる。怪我の元になるから面白半分で乗るなよ」

「……一回くらいダメか?」

「やめとけ。リリアが跳ね上げられたとき大変だったんだぞ」

「その話はするな」

 

 カノンに体験談を交えて教訓を教えてやろうとしたが、リリアに鋭く話を遮られた。

 リリアからしてみれば確かに面白くないか。自分の失敗談とか絶対広められたくなさそうだし。

 まあカノンには予め前回の冒険の概要をかいつまんで伝えてある。

 そんな神経質になる必要もないか。リリアの神経を逆撫でしてまでする話じゃないし。  

 

「おいアリマ。ここら辺は敵のキノコはいないって話だったよな?」

「ああ、そうだが」

 

 なんてことを考えていたのだが、ふとカノンから確認を取るような問いを投げ掛けられた。

 念のため記憶をさらってみるが、やはり思い当たる節はない。この一帯に敵はいなかったはず。

 より奥まで行けば危険性の高いキノコが増えてくるが、それも自発的にこちらを攻撃してくるエネミーではなかった。

 歯車のキノコも、火炎放射するキノコもあくまで環境の一部。敵はいない。

 だが、カノンがわざわざ俺にそれを聞いたということは。

 

「じゃあ、アレは何だ?」

 

 カノンの示した先。

 物言わず佇むのは、見知らぬ雪のように純白のキノコ。

 それは確かにキノコであったが、日傘を差した貴婦人のような造形でもあった。

 強くくびれた軸はドレスのようであり、幾層に重なる傘はフリルの如く。

 そんな人に良く似た形の真っ白なキノコは、日傘の先端をこちらに向けた。

 

「こいつは──敵だなぁっ!」

 

 瞬発的に踏み込み槍のように日傘を鋭く突き出す婦人キノコ。

 その刺突を俺は咄嗟に盾で弾き逸らした。

 渾身の突きを逸らされたキノコはたたらを踏みつつ間合いを取り直す。

 その挙動は理性的であり、また隙を消す挙動は戦いに慣れた体捌きでもあった。 

 他のキノコと比べて明らかに動きがいい。厄介だな。

 

「新手か!」

 

 直後相対する白キノコの真横から同じ個体が沼の下、足場キノコの隙間から出現。

 反応が遅れたことに危機感を覚えたが、

 

「私がやる」

 

 リリアが新手のキノコにナイフを投げ間髪入れずレイピア片手に即座に間合いを詰める。

 

「ならこっちは俺が受け持つ!」

 

 前回遭遇しなかったのは運が良かっただけか? 霧を晴らしながら移動しているせいで向こうからも見つかりやすかったのか?

 理由が気になるがいまは考えない。今は目の前のコイツのことだ。

 一息に間合いを詰めて腐れ纏いで斬りつけるが、婦人キノコはふわりと柔らかいステップで攻撃をかわす。

 流石に突っ立ったまま大人しく攻撃を食らってはくれないか。

 既に隣ではリリアがナイフで怯ませた婦人キノコをレイピアで貫き倒しきっていた。

 それに反応したのか、瞬時に体を捻って攻撃姿勢に移る婦人キノコ。その切っ先はリリアを狙っていた。

 

「リリア、気を付け──っ!」

 

 咄嗟に声を上げて婦人キノコを止めようと踏み込んだ瞬間、つんざく金属音が響いた。

 キノコの刃が俺の鎧の表面を撫でるように走り、俺の装甲は細い溝を刻まれた。

 ──やられた。

 こいつ、リリアの方向を向いたままノールックで俺を斬りつけてきやがった……!

 

「野郎……!!」 

 

 チクショウ、出し抜かれた。だがやられっぱなしで済ましてやる気はねえ。

 生憎と俺は怯まない。傘を振り抜いた腕に掴みかかり、逆手に持った腐れ纏いをキノコの首筋に突き立てた。

 純白のキノコの身は極めて柔らかく、一息でさくっと剣の柄まで深く突き刺さった。

 白い体躯を串刺しにする致命の一撃と大量の腐れ纏いの毒に侵され、キノコ婦人は苦しそうに身悶えしたあと絶命した。

 

「ハァ、久々にいいのを貰っちまった」

 

 不意打ちだったのもあって、モロにダメージを食らった。俺の金属鎧を突破できる攻撃力の敵と最近出会ってなかったから、久しぶりの被弾だ。

 

「アリマ、無事か?」

「大したことはない。が、体質上回復できねぇ。してやられたな」

 

 案じるように声を掛けてくれたリリアに無事を伝えながら、鎧の状態を検める。

 日傘の先端で引っ掻くように斬りつけた痕跡は、薄板の鎧に斜めに走る細い亀裂を作り出していた。

 ダメージそのものは大したものではなかったが、敵に出し抜かれて傷を負ったことに悔しさを感じる。

 あの婦人キノコ、俺の腐れ纏いの剣で倒しきれることから耐久力は低いんだろうが攻撃力に関しては他のエネミーより一歩抜きんでてる。

 しかも搦め手をつかう知能まで備えているらしい。いやな敵もいたもんだ。

 

「す、すまん。私の発見が遅れたばっかりに」

「いや、データに無かった敵だ。俺たちの油断もあった。カノンが気に負う事じゃない」 

 

 申し訳なさそうにしょげて声を掛けてきたカノンの言葉を、優しく否定してやる。

 もう行った場所の敵は全て確認していた気でいたせいで足元を掬われた。これは俺たちの過失だ。カノンに責任はない。

 むしろ真っ先に発見したのはカノン。彼女のおかげで完全な不意打ちをされずに済んだ。

 今の婦人キノコ、霧を払い視界を確保していたにも関わらずかなり近くまで距離を詰められていた

 相当すばしっこい上に、足音もほとんどしないようだ。不意を打つことに特化しているのか?

 かなり戦闘の展開が早いのも予想外だったな。カノンが支援する暇もなく戦闘が終了した。

 こういう手合いは、俺の瞬発力が試される。

 リリアは婦人キノコ相手に速度で上回ることで瞬殺していたが、一方の後手に回ってしまいうまく戦えなかった。

 相性の有無もあるだろう。

 だがNPCや忘我キャラにおんぶにだっこじゃあ、つまづくな。

 

 カノンという頼もしい仲間が増えたことで気が大きくなっていた。

 一度通ったエリアだと油断していたのも良くない。

 今回で沼攻略に終止符を打つんだ。もう撤退はしたくない。

 もっと気を引き締めなくては。

  

 




久々に攻撃を食らうアリマと久々にいいところを見せるリリア


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カノンの興味

「そらっ!」

 

 カノンの繰り出す捻りの効いたアンダースロー。

 先の丸いトゲに覆われたイガグリがジャイロ回転しながら鋭く低空を飛ぶ。

 イガグリは奥の白いキノコに着弾し、小さかったトゲが瞬時に巨大化。

 丸いっこいトゲは一瞬の内にガンガゼの如き凶悪なトゲに変貌し、白いキノコを残忍に刺し貫いた。

 その見事な活躍に感心しながら、俺はカノンに声を掛けた。

 

「先に発見さえできれば楽勝だな」

「近づかれたらさっきみたいになるけどな」

 

 白いキノコ。その正体は先ほど俺たちが辛酸を舐めさせられた貴婦人キノコだ。

 このキノコ、沼に潜水して長躯を隠し、テーブル状のキノコの隙間を縫いながら俺たちに接近してくる生態がある。

 一度奇襲されたことで警戒心を強めたカノンがこちらに近づく不穏な影を発見し、先制を打ったらなんとあの貴婦人キノコだったのだ。

 一回目に接近を気づけなかったからくりはそれだった。いやらしいのは戦闘スタイルだけじゃなかったようだ。

 身を隠しながら近づいてくる敵がいるなんて。油断も隙もない。

 

 以来、白いキノコは発見次第このようにカノンがアイテムを投げることで対処してくれている。

 貴婦人キノコは体力が低く倒しやすいが戦闘が巧い。このように接近戦闘になるのを未然に防ぐのが安全に始末する方法だろう。

 それができるカノンの存在はありがたいな。

 既にあの貴婦人キノコはもう3体ほど遭遇しすべて撃破している。遭遇頻度はかなりのものだ。

 おそらくだが、貴婦人キノコも俺たちと同様に霧によって視界を奪われていたのだろう。

 カノンが風を起こした影響で貴婦人キノコも俺たちを見つけられていると予想する。

 さしずめ霧を晴らして攻略した際にだけ襲ってくる敵といったところか。

 にしても先ほどからカノンの活躍が目覚ましい。俺とかリリアが何もせずとも戦闘が終了しているぞ。

 

「というかその栗、強くないか」

「だろ? でもこれ投げるの難しいんだ。うまくやらないと針が伸びなくてさ」

「なんだその仕様……」

 

 だからアンダースローなのか。投擲アイテムに投げ方の指定なんてあるのかよ。

 後ろから弾を投げるだけの楽な役割に思えて、当人にしかわからない苦労もあるようだ。

 

「そもそも狙った場所に当てるのも大変なんだからな」

「そういうものか」

 

 ついつい投げ物なんて当てて当たり前と思いがちだが、確かに言われてみればそうか。

 命中を補佐するスキルくらいありそうなもんだが、所持していなければ本人の努力で当てるしかない。

 そう思うと土偶のシーラの眼光ビームが通常攻撃だったのは破格だな。

 視線の先を攻撃できるから命中に不安もないし、リソースも無限だし。

 彼女の場合は種族そのものにデメリットを抱えていたのか。接近された場合の抵抗の難しさもオートマタの比ではないだろうし。

 というかシーラは防具を装備できないか。後衛職にも後衛職なりの悩みは絶えなさそうだ。

 

「あっ! おいおいおいアリマ! なんだよあれっ!」

 

 カノンが声を弾ませながら指さした先にあったのは、炎を吹き出すキノコと、それを守る機械歯車のキノコ。

 そうか、もうここまでたどり着いたか。既に通った道をもう一度進んでいるのもあって、カノンの初見の反応を微笑ましく見守ることができる。

 

「よくもまあ、アレを目にしてはしゃげるものだな」

「まあ価値観の違いだろ」

 

 対するリリアは辺りに金属質の物体が増えたことにげんなりとしたリアクションを見せている。

 ちなみに俺はカノンの味方だ。俺だってあの駆動する歯車キノコを見てテンションが上がる側だからな。

 

「こんなの、大興奮ものだよ!」

「おおい待て待て、気持ちはわかるが落ち着け」

 

 俺の手を引きながら大はしゃぎでぴょこぴょこ飛び跳ねるカノンを窘める。

 カノンがここに来たら喜びそうだなとは思っていたが、想像以上のはしゃぎっぷりだ。

 こんな全身で喜びを表現するまでとはな。まあカノンはこういった金属パーツに対して自身の強化という明確な用途があるわけだし、喜ばないわけもないか。

 沼の奥地で無警戒すぎだと叱ることは容易いが、初見の興奮にわざわざ水を差すこともあるまい。

 辺りの警戒は既知の俺らがしてやればいい。リリアなんかはとっくにそうしているしな。

 

「なあなあアリマ、これ一個くらい持って帰ろうよ! な、いいだろ!」

「ダメだ。危険すぎる」

「えぇー! いいじゃんちょっとくらい!」

 

 俺の片手を握って無邪気に引っ張る赤ずきんの明るい声に、俺は心を鬼にして否を突き付けた。

 だってカノンが嬉しそうに足を運ぶ先にはギャリギャリと火花を散らして高速回転するチェンソーがぶん回されてるんだもの。

 これのどこがキノコなんだよという突っ込みはさておき俺にこれを無傷で採取できる自信はない。

 死の覚悟が必要なレベル。今鎧がぶっ壊れたら俺はけちょんけちょんの状態でリリアの所で復活してしまう。

 そんなことになったらせっかくここまで来たのに即撤退だ。こら、危ないのでそれ以上近づいちゃいけません。

 俺がはしゃぐカノンの相手をしてやってる間も、リリアは黙って周囲の警戒を続けてくれている。

 今のうちにカノンを説得せねば。  

 

「頼むよぉ、そこを何とか! ねえお願い!」

「落ち着けって。沼の探索が終わったらまた連れてきてやるから」

「ホントか!? 絶対約束だからな! 嘘だったら本当に怒るからな!」

「ああ、約束する約束する」

 

 まったく、まるで娘にテーマパークのお土産をねだられる父親にでもなった気分だ。

 




カノンの可愛さが勢い余ってアリマくんがパパになりかねない


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完全対策

 おおはしゃぎで歯車キノコを欲しがるカノンをなんとか説得し、俺たちは更に奥に進んでいく。

 俺たちが最初に来たように歯車キノコの幼生が見つかればカノンを満足させられたかもしれないが、残念ながら前回俺が採取してしまったので残っていなかった。

 おかげでもう一度カノンとここに来る約束まで取り付けてしまったわけで。まあ、これくらいは許してやってもいいだろう。

 そのころには霧問題も解決して今よりのんびり見て回れるだろうしな。

 

 俺たちは今やっているのは、道端に落ちている蜂の死骸にトドメを指す行為。

 リリアはナイフで、カノンは投擲物で。そして俺は失敗作【特大】の切っ先でチクっと突っついて確認している。

 これをしながら先に進むのは必須だ。なにせこいつら、ゾンビのように再起動し襲い掛かってくる。前はそれでひどい目にあったんだ。

 めんどくさいが外から見るだけでは生死確認はできない。死体確認は大切。でないと前みたいに四方八方を囲まれて取り返しが付かなくなる。

 こいつらは蜂の死体に付着した胞子袋が弱点のようだが、攻撃すると煙幕が発生する。

 なのであえて胞子袋は狙わず、あくまでも蜂の部分を攻撃。

 

 前回敗退させられた区画だ。否が応でも慎重になる。

 すいすいとここまで進んできたが、奥が初見ということもある。

 この先は時間を掛けて攻略していく。周囲への索敵も念入りにやるよう仲間に伝えていた。

 そら、早速カノンが何か見つけたらしい。

  

「アリマ、あそこにちくわみたいな敵が見えるんだけど」

「殺せ」

「おっけー」

 

 カノンの確認に即座に答えたのは俺ではなくリリア。その憮然とした声色には少なくない恨みが籠っている。

 優れた視力で誰よりも早くちくわキノコを発見したカノンが、アンダースローでイガグリを投げつけた。

 イガグリは着弾時に巨大化し、哀れちくわキノコは抵抗すらできずにあえなく絶命。横たわって動かなくなってしまった。

 霧を晴らしていると遠くから隙を窺っている相手も見つけられていいな。

 カノンがいないと攻略できないとは思わないが、それでも霧への対策は必須級だと見ていいだろう。

 愚直に回復だけして再挑戦していたらもう一度ここで負けていたと思う。

 

 そして、正面からやってくる寄生された蜂たち。

 死んだふりをしていない、活動状態の群れだ。その動きは鈍く、機敏さの欠片も無い。

 こうして余裕のある状況で遭遇すればさして危険視する相手ではなかったことがわかる。

 前は不意打ちで取り囲まれ、しかも深い霧で総数だって把握できていなかった。

 胞子袋という罠を孕んだ弱点に飛びついてしまった苦い過去も今ではいい思い出だ。

 

「手筈通り、羽を狙って地上に叩き落すぞ」

「ああ」

 

 俺とリリアの二人で蜂の羽を切り裂いていく。蜂の動きは緩慢で、反撃されることもなく地上に蜂たちは次々地上に落下していった。

 寄生された蜂たちを地上に落とし無力化させたあとは、カノンの出番。

 俺とリリアは後方で待機していたカノンの元まで引き上げ、落ちた蜂たちから十分に距離を取る。

 

「仕上げは頼んだ」 

「消毒だぜ」 

 

 カノンがぽいっと放り投げたのはぶどう酒の瓶。絶叫キノコを焼き払ったのと同じものだ。

 地上に転がる瀕死の蜂たちをカノンのぶどう酒が炎で包み込む。

 胞子袋を殴って視界が混濁する状況は風を起こす手段があっても避けたい。

 一時でも周囲の視界が塞がれば、その一瞬のスキをついて奇襲されるおそれがある。

 そのリスクを避ける為に考案したのがこの戦法。とにかく蜂の羽だけを攻撃して移動手段を奪ってまわり、トドメ役はまとめてカノンにやってもらう。

 カノン曰くこの火炎の威力は低いそうだが、羽のない蜂たちは炎から脱出する手段がないので問題なし。

 後衛のカノンにあまり危険な役割は任せたくないし、俺とリリアは敵の数が多いので少しでも早く次の敵を倒しに行きたい。

 適材適所というものだ。これで寄生された蜂への対策は完了。

 前回はいけなかった沼の最深部へ俺たちは進むことができる。

 

 安定した足場を提供してくれていた蓮のような硬く平たいキノコも数を減らし、再び足場は不安定にぬかるむ沼に戻った。

 気づけば、辺りに散乱する神殿蜂の巣の破片もその残骸は大きな塊ばかりとなっている。

 墜落した神殿蜂の巣は、もうすぐ近くにある。

 そしてそれを証明するかのように、奥から新手の蜂がやってきた。

 リリアがレイピアを構え、俺もそれに応える。

 

「ここからが本番らしい」

「おう。敵さんも本気を出してきたみたいだ」

 

 現れた蜂の姿は今までとやや異なっていた。

 死後キノコによって操られており、その証拠に胞子袋をそなえているのは同じ。だが細部に上位互換と思しき差異が見られるのだ。

 まず第一に装備。右手に槍の如き黄色いキノコ、左手にラウンドシールドのような円盤状のキノコ。

 そして、鎧のように硬質に発達した外骨格。

 それが三匹隊列を組んで現れた。

 

 雑魚とは違う、衛兵の蜂のお出ましだ。

 

 

 

 

  




前回やられたエリアをすんなり通過。対策はばっちりですね


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蜂の親衛兵

「先手必勝だぜ」

 

 対峙する三匹の蜂に向けて迷いなく物を投げるカノン。

 赤い液体の詰まった瓶は中央の蜂に直撃し、円柱状の爆炎を苛烈に噴き上げた。

 その火力は凄まじく、もろに食らった蜂は体躯から黒煙を噴き上げ墜落。

 すげ、開幕で一匹落としやがった。

 

「おかわりは期待しないでくれ!」

「任せろ、あとは俺らで何とかする!」

 

 範囲を狭めた代わりに攻撃力を高めた爆発物といったところか。厄介そうな敵を即座に一体落としたのはでかい。

 非常に心強い威力だが、やはり連発はできないか。

 

「おっと、できることがなくなったとは言ってないぜ!」 

 

 ならば残る二体は俺とリリアで始末させてもらおう。そう思った直後に背後から続けて投げものが二つ。

 蜂目掛けて投じられた果実は爆竹のように爆音と閃光を生じ、やや遅れて着弾したもう一つが強力な突風を巻き起こす。

 音と光に怯んだ蜂は突如発生した風の流れに呑まれ、動きを止めたまま遥か後方へと押し流された。

 敵の分断。それもおそろしく迅速な対応。

 カノン、お前少し心強すぎるぞ。

 

「助かった! 合流される前に仕留めきるぞ!」

 

 カノンが分断してくれたので俺も即座に走り込み、蜂の側面に回る。

 面倒なことに間合いの長い槍と堅牢な盾を構えており、真っ向から戦えば苦戦は必至。

 だが、カノンが数的有利の状況を作り出してくれた。

 回り込む俺を正面に捉えた蜂が、黄色いキノコの槍を鋭く突き出す。

 他の寄生された蜂と異なり、その動きは的確にして俊敏。やはり深部にいるだけあってそこらの雑兵とは違うらしい。

 しかし正確無比な刺突は、だからこそ狙いが分かりやすい。突き出された槍の切っ先を盾で受け流して払い、力強く踏み込み斬撃を見舞う。

 それに対し蜂は片手に持つ分厚く固いキノコの盾で剣を防ぎきる。

 盾は想像以上に堅牢。ビクともしねぇ。それに空中にいるとは思えないくらい踏ん張りが効いている。羽による浮遊力まで雑兵とは桁違いらしい。

 続けて二度三度と斬りつけるが、蜂の盾はまるで破れない。

 

「背中がガラ空きだな」

 

 だが、側面をとった俺に釘付けになっていた蜂はリリアに背中を曝け出していた。リリアがその無防備な羽をレイピアで斬って落とす。

 装甲と装備を固めた上位個体とて羽の強度までは向上していないらしい。倒し方は他の蜂と同じで良さそうだ。

 風に吹き飛ばされた蜂が遅れて戦線に復帰してくるが、時すでに遅し。

 蜂はお前が最後の一匹だ。

 

「落ちた蜂は私が始末しとく」

 

 羽を斬り落とした蜂のトドメはカノンに任せ、リリアと二人で残る一匹を挟撃する。

 蜂がリリアに槍を向けたのを確信し、今度は俺が背後を取る。攻撃を外す可能性を排除するため【絶】を伴って上から斧のように叩き落すかかと落としを見舞う。

 普段はかかと落としなんて狙う余裕はないが、無防備に背中をさらけ出した相手に当てるくらいわけない。

 重い甲冑の足甲で蜂の脳天を押し潰し、蜂を力づくで大地に引きずり落とした。

 地に落ちた衝撃で蜂が槍と大盾を取り落とせば、正面のリリアがすかさずに蜂を貫いた。

 

「いっちょあがり~」

 

 振り返れば、ちょうど落ちた二匹目の蜂をカノンが無慈悲に焼却しているところだった。

 これで蜂は全滅か。

 

「よゆーよゆー!」 

「無傷で切り抜けられたか。……カノンのお陰だな」

「まぁな!」

 

 誇らしげ胸を張るちっこい赤ずきんは可愛らしいが、それ以上に頼もしい。

 硬い装甲と強力な武装をした敵との、三体同時戦闘。しかも初見だ。

 はっきり言って少なくない被弾を覚悟していた。それをまさか無傷で切り抜けられるなんてな。

 誰がどう見ても立役者はカノンだ。開幕で一体葬り去った時点でおつりがくるのに、戦闘が始まる前にスムーズな分断まで行ってくれた。

 おかげで俺とリリアは危なげもなく1対2の戦闘を二回繰り返しただけだ。

 

「アリマもずいぶんな腕利きを見つけてきたものだ」

「だろう? 俺の目も捨てたもんじゃなさそうだ」

 

 一息つきながら、素直にカノンの働きを褒め称えるリリアを首肯する。ぶっちゃけここまで出来る奴とは俺も思ってなかったんだけどな。

 他の候補は時限爆弾の惑星ガイコツと紐を握り締めた爺さんだったか。二人にゃ悪いが、あいつら連れてこなくて良かったよ。

 カノンを超える働きができたとは思えない。

 風のスクロールを買うなんかよりよっぽどいい選択肢だ。

 カノンは良い出会い、良い買い物だった。




カノンちゃん、かわいいうえに有能なんてことが許されていいのだろうか


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苗床

毎日更新、スタミナ切れしてきました
展開とか進むペースとか読者のみんなが付いてきてくれるのかなという不安もあって長期連載している人はすごいですね


 その後もわらわらと現れる蜂の衛兵。何度も始末しているが、連中ご丁寧に必ず二体以上の群れでこちらを襲ってきやがった。

 

「まあ、カノンが潰されなきゃどうとでもなるな」 

「ほいさ」

 

 けれどその対処はなんら問題ない。二体であればカノンが分断してくれるし、三体のときも前回同様。

 今回は二体。カノンがスタンと風圧を発生させ蜂を引き離し、取り残された一匹を俺とリリアで叩く。

 遅れた一匹にもう一度同じことをすれば戦闘終了だ。

 非常にラク。かなり順調だ。

 あまりにも容易に撃破できるので脅威をあまく見積もりそうになる。

 ただし忘れてはいけないのが、後衛のカノンが完全に要となっているということ。

 カノン一人に何か起きるだけで一気に戦闘難易度が跳ね上がる。

 分断し数の利を生かして戦う。言ってることは、単純だが純粋な近接攻撃しかできない俺とリリアでこの状況を作り出すのは極めて困難。

 俺たちが無傷で戦闘を済ませられることも大切だが、それ以上にカノンに危機が及ばないよう介護することも重要だ。

 

 それにカノンの開幕爆撃はそれなりのクールタイムが必要らしいのでむやみな戦闘は行わないようにしている。

 聞くところによれば、果物タイプはたくさん投げれるが条件付き、対する薬瓶タイプは強力かつシンプルだが連発は難しいそうだ。

 

 こちらに向かわない衛兵の蜂とたびたび遭遇してきたが、それらは息を潜めやり過ごしてきた。

 カノンの爆撃は蜂の衛兵が二体以下の場合は温存する方針。開幕爆撃で数を減らせなければ、戦闘の安定性はかなり下がる。

 余裕を維持するためにも慎重な戦闘が必要だった。

 だが、その甲斐あったといえる。

 俺たちは未だ大きいダメージを負わないまま、沼の最深部まで踏み込むことができていたからだ。

 そうして衛兵蜂との戦闘を繰り返し切り抜けて進んだ先。

 やがて深い深い濃霧の向こうから姿を現したのは、崩れ落ちた大神殿。

 蜂の女王の話が本当なら、ここにこの湿地の霧を生む苗床がいるはず。

 

「ここが最深部、もう一つの神殿蜂の巣か。酷い有り様だな……」

 

 かつて空中にあったであろう超巨大八面体は、無残にも地面に横たわる姿で沼の上に墜落していた。

 派手に崩落した一角から内部へと足を進める。地に落ちたことであたかも沼に沈むような格好となった蜂の巣は、巨大なかまくらのような構造となっていた。

 頭上を見上げれば神殿蜂の巣の内部がありありと見える。

 精緻に区切られた通路は無作為に突き出た大小さまざまなキノコがあちこち食い破っており、元の完全性は見る影もない。

 子を育てるためにあったであろう部屋からは、ギチギチに詰まったキノコが出口を求めるように突き出ている。部屋の内部には無数のキノコが所狭しと密集していることだろう。

 言わずもがな、もうここにまともな蜂は一匹たりとも残っていないだろう。

 

「でけー」

「無事な方の巣とは比べるべくもないな」

「無残な姿だ。私のエルフの森もここと同じ末路を辿るのだろう」

 

 ぽけーっと口を開けてぼんやり見上げるカノンの隣で、リリアは重々しく呟いた。

 

「そうならん為にここまで来たのだろう」

「無論だ」 

 

 カノンはともかく、リリアにとってこの眼前の光景は決して他人事ではない。

 節操もなくキノコに食い散らかされたこの文明の残骸は、やがてリリアの生まれ故郷にも訪れる景色なのだ。

 俺にリリアがけったいな呪いを掛けたのだって、それを防ぐため。

 リリアはきっと、初めからこの惨状を明確にイメージできていたのだろう。だからこそあれほど逼迫していたのだ。

 いやだからって無理やり呪いで俺を縛ったことに関しては絶対許さんからな。

 いま思い返してもその場で手が出なかったのが不思議でならん。

 もし記憶を消してもう一度同じシチュエーションを味わったら、次は即やっちまうかもしれん。

 

「しかし肝心の苗床が見当たらんな」

「だな。女王のサイズなら隠れようもないと思ったが」

 

 崩落した神殿の中央部まで足を進めてみたが、肝心の苗床の姿がどこにもない。

 健全な方の神殿蜂の女王は、視界いっぱいに収めきれないほどの馬鹿でかさだった。

 ここの女王はそれの姉だというのだから、それに準じるサイズのはず。

 一体どこに姿を消したんだ? 女王が見つからないとここまで来た意味がないんだが……。

 

「後ろだ二人とも!!」

 

 咄嗟に声を上げるカノン。

 即座に振り返る。

 

 崩れ落ちた入り口を塞ぐように超巨大な蜂の頭部がこちらを覗き込んでいた。

 

「クソ、退路を断たれた!」

 

 アリのように巣の裏側に張り付いていたのか。

 油断していたわけではないが、失敗した。神殿内部に近づく前に周囲をぐるりと洗っていれば防げたかもしれない。

 いや、悔やむのはあとだ。ここで仕留め切ればいい。

 ていうかデカい蜂の頭部を見るの普通につらいんだが。蟲に特別苦手意識が無い俺でもちょっとウッてなる。

 などと正面の女王蜂を観察しながらしょうもないことを考えていたとき、俺たちより視力に優れるカノンが何かに気づいた。

 

「何だ、ありゃ……?」

「おいカノン、何に気づいた? 俺たちにも教えてくれ」

 

 たじろぐカノンに強く呼びかける。

 死ぬほどデカい蜂。それ以上の何があるってんだ?

 

「アイツ、アイツ──頭だけで動いてるぞ!」

 

 ごとり。蜂の頭が転がる。

 露わになったのは首の断面。

 繋がっているはずの胴はなく、そこにはまったく別の生物が癒着していた。

 巨大な眼球、人間の歯、ひらひらはためく謎の膜、触手のように蠢く菌糸。

 それは、巨大な蜂の頭を背負う醜悪な何かであった。

 

「き、」

 

 気持ち悪すぎィーーーーッ!!!!

  

 




敵のきもさでカノンちゃんの可愛さを中和しよう


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苗床の観察

 女王蜂の頭を背負うなんかきもい生き物。十中八九こいつがこの湿地に毒霧を満たしている元凶だろう。

 あまりに気持ち悪い外見だが、俺たちはこいつとこれから戦わねばならない。

 こんな巨大生物と戦うのは初めてだ。よくよく直視して、その武器を推し量らねば。

 ひときわ目立つのは、やはりその巨大な眼球。黄色く濁った不健康そうな大目玉はやはり弱点だろうか。

 目からビームとか視線を合わせたら石化とか、嫌らしい副次効果がないといいが。

 そして、人間ような歯を剥き出しにするおぞましい大口。万が一飲み込まれたら平たい前歯で食いちぎられ、臼のような奥歯に磨り潰されること請け合い。

 あとは口の中から何かを吐いてくる可能性もあるか。あまり正面には立ちたくない。

 

 そして嫌でも目に入る、はためく布とうじゃうじゃと波打つ無数の触手。

 人間の顔に例えれば顎に位置するあたりから白いスカートのような膜をはためかせ、その裏から生えた大量の触手を忙しなくしならせている。

 スカートが蒸気機関車の前についている排障器みたいになっているな。あれが内部の触手の保護も担っているのか。

 触手は足の役割を果たしているらしい。あれで重たい蜂の頭を抱えて歩いているんだな。にしてもあの足踏みに巻き込まれるだけでも容易く即死しそうなんだが。

 

 だがそれぞれの特徴は、いずれもわずかに既視感がある。

 そう、全て沼に生息していたキノコの特徴を一部継承しているのだ。

 目玉キノコの眼球と足に、絶叫キノコの口腔、あの布の部位は婦人キノコだろうか? 湿地キノコ総集編とでも言いたげだ。

 だが、だとしてもデカすぎる。今までみたいな戦い方は果たして通用するのか?

 落ち着いて考えたいところだが、相手はそんな暇を与えてくれない。

 

「来るぞ、走れ!」

 

 苗床が繰り出したのは、有無を言わせぬ無慈悲な突進。ステップ程度では避けきれないので、真横に全力に猛ダッシュして回避。

 やはり当たり前のように俺たちを襲ってくるか。流石に一部のキノコのように非戦状態から始まったりはしないようだ。

 リリアとカノンは左に、俺だけが右に。二手に分かれるように突進を回避する。

 苗床は俺に狙い直線的な突進を僅かにこちら側に寄せてきたものの、寸でのところで避けきった。

 猛進する苗床は勢いのまま神殿の残骸に頭から激突。パラパラと遺跡が細かく崩れ落ちる。

 よもや隙かと近づくが、すぐさま苗床が背負う女王蜂の首が動き出した。

 

「まずい、近づくな!」 

 

 咄嗟に飛び退きながら、苗床を挟んだ向こうの二人にも声を掛ける。くそ、避ける方向が一致しなかったせいで分断されてしまった。

 蜂の頭部がガチガチとギロチンのような顎を噛み鳴らし、その口から何らかの液体を散布。

 紅色の霧として噴出したそれは壁に激突して隙を晒した苗床を守るように展開。逃げ遅れた俺は腕に一部を被ってしまった。

 

「酸かよ! 盾が溶けちまった……!」

 

 あからさまな隙に飛び込んだ結果、手痛い反撃をもらってしまった。

 くそ、背負ってる女王蜂の頭もまだ動かせんのかよ。

 

 溶かされたのが一点ものの腐れ纏いではなく、逆の手に持つ盾だったのは不幸中の幸いというべきか。

 腕の鎧もやや溶かされたが、盾が文字通り盾となってくれたおかげで損傷は軽微。

 毒の類なら無視して突っ切って攻撃できたのに。特に気を付けないとまずいのはリリアだな。

 ガスマスクが酸で破壊されたら悲惨だ。平時ならカノンに霧を晴らしてもらえばいいが、ボス戦中だと余裕もない。

 それにどうやら背後に回っても攻撃し放題なんてことはなかった。チクショウ、授業料に盾を一枚もっていかれたな。

 エトナの握撃を免れ、ここまで湿地攻略を支えてくれた盾よ、さらば。

 

 晴れていく酸霧の中で、苗床が余裕たっぷりにこちらを振り返る。酸の霧が己を守っていることは本人も承知のようだ。

 黄ばんだ歯を剥き出しにして、大口を厭らしい笑みに歪めている。こいつ無駄にいい歯並びしやがって。

 目と口しかないのに表情が豊かでムカつくぜ。

 

 睨み合ったまま後ろに下がり充分な間合いを確保する。近い距離じゃおそらく突進を躱しきれない。左右に若干追尾する姑息さも持ち合わせているようだったしな。

 口の下の布のせいで触手を斬りにもいけない。いや、逆だな。

 布を破って触手を斬り落とせば、こいつの機動力も落ちるはず。

 順序よく部位破壊を進めていけば良いんだ。攻略の糸口がつかめてきたぞ。

 

 さて問題は、どうやってそれをやるかなんだよな。 

 

 




そんな、ここまで湿地攻略を支えてくれた盾くんが!


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作戦会議

 苗床と睨みながら思考を巡らせる。俺一人じゃ後手に回ることしかできない。

 【絶】を使えば無理やり攻撃をあてるくらいはできるかもしれないが、そしたら次の瞬間スクラップだ。

 轢き殺されるか、触手に巻き込まれるか、口の中でたっぷり咀嚼されるか。

 離脱か防御のプランがなきゃ俺からは攻められない。鍵になるのはリリアとカノン二人だ。

 奥の二人は何をしている? 苗床の巨体に阻まれて向こうがどうなってるかわからん。

 おそらくは向こうも蜂の頭と対面していて防戦を強いられているか。一度合流して意見交換をしたいところだが。

 なら、苗床の気を引いて攻撃を誘発させよう。

 近づいて攻撃はしたくない。何か俺にも飛び道具あったらよかったのだが。

 

 ……あ、丁度左手にいいのがあるじゃん。

 酸によって溶けて使い物にならなくなった小さな金属の盾。これ使ったらいいじゃないか。

 どうせ盾としてはもう使いようもないし、装備するだけ無駄だ。

 それにいいことも思いついた。ただ投げるだけではもったいない。

 せっかくだから強力な効果も期待したいよな。

 というわけでアイテム【刃薬】を取り出し、瓶の中身を溶けて変形した盾にぶっかける。

 腐れ纏いが手に入ったことで近頃めっきり出番がなかったが、今こそ出番というわけだ。

 【刃薬】なんて名前だが、盾に塗れないというルールはない。

 

 躊躇なくどばどばと薬液を盾にぶっかけると、盾の表面が淡い紫に光り始める。

 光はやがて徐々に光量と濃度を増していき、藤のように柔らかった光は、毒々しい強烈な紫に変わる。

 

「お、重っ!」

 

 光が強まるほど盾が重くなっていく。これがこの刃薬の効果か?

 かつて片手で違和感なく構えられた小盾は、両手でぶらさげるように持つのがやっと。マンホールの蓋でも抱えてるみたいだ。

 こんなのいつまでも持ってたら機動力にかかわる。さっさと投げちまおう。

 肩を使って投げるのは不可能。仕方がないので体全体を一回転させ、遠心力で無理やり放り投げる。

 あからさまな挙動で飛んできた円盤を苗床は触手で叩き落とそうとするも、見た目以上の質量となった小盾は触手を弾き返し白いスカートの上に着陸。

 しかし飛距離が不足していたか、苗床が床に垂らす布の上には乗ったものの、有効打とは程遠い。

 俺の筋力が十分あれば円盤投げのように片手で投げ飛ばし凄まじい破壊力を出せたかもしれない。

 などと悔やんでいたのだが、盾の紫の光はますます強くなっていく。その重量、もはや想像もつかない。

 苗床はカーテンを縫い留めるように鎮座する盾を嫌がってか、盾を睨み大きく背後に後ずさった。

 その時。

 

 ビリビリビリッ!!

 

 引き裂かれる布の音。

 超重量と化した小盾はまったくその場を動かず、苗床が力づくで引こうとしたため布地が裂けたのだ。

 

『──う゛わ゛あ゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぇ゛ぇ゛ぇ』 

 

 苗床、激昂。

 絶叫キノコ譲りの汚らしい怒声を上げ、俺を激しく睨みつけた。

 あの布部分は苗床にとって大切なものだったらしい。体の一部なんだから当然か。

 期せずして部位破壊が一段進んでしまった。しかも相手の自滅のような形で。

 相手の攻撃を誘発できればそれだけでよかったのに、これはかなりうれしい。

 刃薬によるおみくじは大成功だ。盾に刃薬を塗るという自分の機転を褒めたい。

 

『゛ぁ゛ぁ゛ぁ゛ぇ゛ぇ゛ーっ!!!』

 

 怒り狂い猛進してくる苗床。しっかり距離をとっていたので突撃は躱し切れた。

 すぐさま反対側にいたリリア達と合流する。

 

「アリマ、回復くれー!」

 

 まっさきに声を上げたのはカノン。片腕を庇うようにして、すぐに近くにやってきた。

 カノンたちも反対側で蜂の頭部と戦闘していたのだろう、見れば彼女の衣服は肩から斜めに溶け落ちており、精巧な機械人形の体は肩から腕にかけて痛々しく溶解していた。

 内部の機械構造が剥き出しになっている。細かい部品群が空回りして機能不全を起こす様子は、なんだか見てはいけないものを見てしまった気分になる。

 

「使え!

「せんきゅ!」 

  

 躊躇わずに俺が所有している灰色の専用回復薬を渡してやれば、カノンはすぐに瓶の栓を抜いて中身を破損した体に注いだ。

 掛けられた回復薬は鉛色のスライムのような粘度をもって滴り、カノンの患部に貼り付くと元の機械の体を瞬く間に再現してみせた。

 すごい薬品だ、そりゃ高額なわけだわ。

 にしても忘我サロンのルールが憎たらしいな、最初からカノンに回復薬を持たせられたらいいのに。

 一方のリリアも無傷とは言い難く、纏っている外套のあちこちが食い破られたように千切れている。

 幸い、本人が重いダメージを負った様子はなさそうだ。

 

「アリマは無事か。苗床の様子が急変したぞ、何をした?」

「スカート引き裂いた!」

「でかした!」

 

 話が通じるのが早い。

 リリアも苗床を倒すための手段を考え、俺と同じ結論に至ったのだろう。

 スカートを破いて女性に褒められるなど、非常に貴重な経験だ。

 それに相手が醜い怪物なのでまったく良心も痛まない。

 やつは今も神殿の壁に激突して再び絶叫している。どうせ後を追っても酸を噴射してくるだろう。追撃をする意味はない。 

 今のうちに作戦会議だ。

 

「次はあいつの触手をなんとかしたい。なにかアイディアあるか?」

「私の投げものをあいつの口に放り込んでみるか? 動きくらいは止められそうだけど」

「確かにいけそうだな」

「でも普通に投げたらきっとはたき落とされちゃうぜ」

 

 もじゃもじゃとした細く大量の触手は、布状の部位が破れたことでかえって可動域が広がっているように見えた。

 飛び道具による攻撃は先ほどまでより難しくなっているかもしれない。

 だがあの大口とその内部は弱点の説が濃厚。なんとか口に向かって痛撃を叩き込みたいところだ。

 自分が中に入って……というのは王道の戦法だが、あまり試したくない。これはやるのは後がなくなったときの最終手段くらいでいい。

 

「であれば、爆発物を投げればあいつに起爆させられるのでは?」

 

 そう言ったのはリリア。ふむ。確かに一理あるな。

 思い返せば俺がやつ目掛けて盾を放り投げた時も警戒していたし、それに対するリアクションも素早かった。

 巨大な目と口という弱点らしき器官を二つ備えているだけあって、飛び道具への警戒心が強いのかもしれん。

 それを逆手に取れば、やつの眼前で爆発物を起爆できる可能性が高い。

 あれだけの大目玉なら、大きな隙を作ることもできるはず。

 

「そういうことなら俺にいい案がある。とはいえ、成功するかどうかリリア次第なんだが……」

「は? よくわからんがとりあえず私を見くびるなよ。言ってみろ」

 

 なんでそんな反骨精神旺盛なんだよ。まあ弱気よりかは頼もしい、のか?

 リリアには何かとポンコツなイメージが付きまとっているのでやや不安だが、今回の探索におけるリリアの活躍は目覚ましい。

 思い付きの作戦だが、今一度、リリアを信じて試してみよう。

 

 




無条件に張り合っちゃうリリアすきだよ


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はじめての着用

第60話、ミスって投稿スキップしてたことに気づいてめちゃくちゃ慌てました。
これの前に投稿してあるので、お時間あったら読み返してみてください


 作戦会議を迅速に終えた俺たちは、すぐさま苗床に対する警戒を強めた。

 激昂した突進攻撃から姿勢を立て直した苗床は、昂った精神も落ち着いたらしく再びその口元に歪な笑みを浮かべている。

 ニタニタと嘲るような薄笑いからは露骨な悪意を感じる。この湿地に毒性の霧を振りまく苗床が、どうやら悪性のもので間違いないということを確信させてくれる表情だ。

 自然と存在するだけで周囲に害を及ぼしてしまうなんて行儀の良いものではないだろう。

 酷薄な笑みの向こう側にあるのは、純粋な悪意のみだ。

 故郷がその悪意の危険に晒されようとしているリリアは、目の前に佇む諸悪の根源を疎ましげに睨みつけていた。

 

「まったくおぞましい。こんな輩はただちに葬り去るに限るな」

「決意表明は結構だが、しくじったら無事じゃ済まないのはお前だ。抜かるなよ」

「ふん、誰にものを言っているのだ」

「お前に言ってるから心配してるんだが?」

 

 なに冷静な顔で怪訝そうに首を傾げてんだ。

 まるで自分が抜け目のないクレバーな戦士かのような発言をしているが、俺はお前が初対面でド派手にすっころんだ時からクールとは無縁だと思っているからな。

 今回の作戦でもっとも危険に晒されるのはリリアだ。致命傷を負わせる気はないが、しっかりしてもらわないと困るぞ。

 

「二人とも、なんかしてくるぞ!」

 

 カノンの呼び掛けを受けてリリアとのしょうもない会話を切り上げ、苗床の挙動に注視する。

 もっとも注意する攻撃はやはり突進。なにせ明らかな即死攻撃だ。跳ねられたら問答無用でスクラップになる。

 が、気になるのは苗床がまだ突進以外の強力な攻撃をしてきていないことだな。

 蜂の頭側になるとカノンの負傷から酸の噴射や他に攻撃があるようだが、苗床側が突撃しかできないとは考えにくい。

 触手の動きを止め、ぎょろぎょろと目玉を動かす苗床。こ、これは明らかに予備動作!

 

「避けろ!」

 

 どうせ目からビームだろという信頼のもとその場から飛び退く。二人もそれに応え咄嗟に回避行動をとってくれた。

 苗床は俺の熱い期待に応えるように大きく目を見開き、その瞳孔から白い光が迸る。

 光線は目で追える程度に遅く、先ほどまで俺たちが居た場所をザラザラとした粒を伴う線が貫いた。

 細かい粒子たちは着弾点でぼふんと音を立て、不穏な白煙を巻き起こした。

 

「うわ見ろ! キノコ生えたぞ!?」

「……おいおい、直撃してたらどうなってたんだよ」

 

 ビームが照射された場所には毒々しいキノコが密集するように群生していた。

 不気味な白い粒子光線。その正体は、キノコが生えるビームだったらしい。胞子をビームで撒く菌類があるか。

 キノコが生えるだけなら食らっても大したことはない。そんな認識は即座に改めた。

 足元に広がる固い遺跡の瓦礫を、キノコの頭が容易くぶち抜いて生えてきたからだ。

 あのビーム、直撃したら体の内側からキノコに食い破られて死ぬだろ。 

 ……おっかねえ。まともに食らいたくはない。

 仲間が根拠も確証もない俺のビーム予知に従ってくれて良かった。

 息をつく暇もなく、再び苗床が眼球をぐるりと回し始める。

 

「次発が来るぞ、間合いを詰めないと埒があかん!」 

 

 リリアが気付きナイフを投げたが、触手の一本が反応し払い落とす。予備動作を飛び道具で止めることはできないか。

 突進も恐ろしいが、キノコビームはもっと恐ろしい。遠距離攻撃を一方的される状況も面白くない。

 リリア達の決めた作戦も、近づかないことには始まらないので苗床目掛けて全員で駆け出す。

 こんなに走り回る戦闘はこれが初めてだな。まあ、あのビームの弾速なら見てから容易に避けれるか。

 なんていう俺の甘っちょろい考えは、即座に改めさせられた。

 

 白い光を湛える苗床の淀んだ瞳。それの視線の先は、明後日の方向を向いていた。

 予想される事象はただ一つ。

 ──薙ぎ払いビーム。

 

「目ぇ瞑ってくれ!」

 

 カノンが苗床に何かを投げるのが見えて咄嗟に顔の前を腕で庇う。直後走る強烈な閃光。

 閃光弾による目くらましだ。よくぞこのタイミングまでとっておいてくれた……と思ったが、顔を上げると苗床に効いた様子がない。

 一体なぜ? 疑問はすぐに解消された。

 やつの目元に大量の濃霧が集中している。デカい攻撃をするための溜めだ。この湿地の霧が奴の前に集まっており閃光の効力が弱まったのだろう。

 だとすれば、威力は先ほどのビームを超える。確実に避けなくては。

 

 ジャンプ。いや高さが足りない。

 ガード。いや盾はさっき投げたんだった。

 どうする。いっそ穴でも掘って地中に避けるか? ランディープのドリルがあったら一考の価値もあったかもしれない。

 懐に潜り込むには遠すぎる。どうすればいい。

 

 必死に頭を巡らせる。

 しかし考えれば考えるほど避けようがない。

 俺が犠牲になってリリアとカノンを逃がすか? いや、絶対にダメだ。

 呪いの効果で鎧がぐしゃぐしゃになった瀕死状態のまま俺がリリアの所から復活することになる。

 そんな状況で苗床を倒せるとは思えない。万が一倒せたとて、この沼地の最深部から脱出できない。

 脱出できるまで試行を繰り返すうち、リリアが死ぬ。

 このビームは絶対に避けないとまずい。

 だが、手詰まり。

 

 そんなとき。聞き覚えのある音が、背後から聴こえてきた。

 ヴヴヴヴヴ。

 人によっては嫌悪感を覚えるけたたましい虫の羽音。

 よもやと思い振り向けば、入り口の方から颯爽と駆けつける蜂の大群。

 そしてもちろん、蜂たちの中に胞子袋に寄生された個体はいない。

 思い出すのは、大神殿に横たわる女王蜂の言葉。

 かの蜂は、確かに俺たちにささやかなれど協力と共闘を約束してくれた。

 俺たちが上空の蜂神殿を訪れた時のように、蜂たちに持ち上げてもらえれば薙ぎ払うビームを躱しきることができる!

 と、いうところでカノンに近寄る蜂の数が妙に多い事に気づく。

 

 ……。

 あ、やべえカノンだけ約束の雫のアミュレット持ってねえじゃん!

 これカノンが苗床もろとも敵として認識されてるよな!?

 それは流石にマズイという焦燥感のもと、大慌てでカノンに走り寄って後ろから捕まえて抱き捕まえる。

 

「えっ急になになになに」

「すまん時間がねぇから抵抗しないでくれ!」

「えっ? えっ? えっ?」

 

 支援にやってきた蜂が追い付くよりも早く俺の鎧をカノンに着せる!

 ここは一旦俺とカノンで一つとカウントしてもらうことで切り抜けよう!

 

「ちょちょちょ痛い痛い痛い!!」

「すまん許せ俺もこういうの初めてなんだ!」 

 

 大忙しで俺の装備をバラし、カノンと重なった状態で無理やりカノンに鎧を着せていく。

 自分以外に鎧なんて着させたことがないし、ましてこの余裕の無い状況。

 正面の妖しい光を瞳に湛える苗床に、背後のカノンに襲い掛かろうとする、本来の味方のはずの神殿蜂の羽音。

 視覚と聴覚の二つが更に俺の焦燥感を煽る。

 が、ここにきて初めは嫌がっていたカノンの抵抗が徐々に緩やかになっていったので、これ幸いと作業を進めさせてもらう。

 よしよし、カノンの体がちっこくて助かった。初めてでもサイズ差のお陰でゴリ押しで鎧を着させることができるぞ。

 

「だとしてももっと優しくやってよ、ばかぁ……」

「ぃよぉーし間に合ったぁ!」

 

 かなりシビアなタイミングだったが、なんとか寸でのところで蜂の到着に間に合った。

 

 その場しのぎのガバガバな目論みだったが蜂たちからはOKをいただけたらしく、俺はカノンもろとも空に体を持ち上げてもらえた。

 横目に確認すれば、俺たちと同様に蜂に持ち上げられたリリアが白い目で俺を見ていた。

 いや言わんとすることはわかる。だが他に方法がなかったんだ。カノンだってきっとわかってくれるさ。

 

「……あとで怒るからな」

「……おう」

 

 体内から響く拗ねたカノンの言葉に、俺は静かに頷くことしかできなかった。 

 




アリマくんからなぜか犯罪臭がしますね


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作戦決行

 応援に駆け付けた神殿蜂の力でしっかり余裕を持った高さまで浮き上がると、極太のキノコビームが地上をしつこく薙ぎ払い始める。

 そして苗床はビームを薙ぎ払うと折り返し、再び薙ぎ払う。そしてまた折り返して薙ぎ払い、そしてまた折り返し……。

 オイ。ビームを薙ぎ払うんなら普通一回きりだろふざんけんな。そんな往復ビンタみたいにビームを薙ぎ払うやつがあるか。

 どんだけ殺意込めてんだ。いや、カノンの閃光が実は効いていたのか?

 それでがむしゃらにビームを薙ぎ払っていたのかもしれん。

 

 まあ真相はどれでもいい。

 蜂の運搬によって十分な距離まで近づけたので大地に降ろしてもらう。

 この間合いなら突進もよけやすいしビームが放たれるより先に懐に潜れる。 

 さあ、今こそ会議した作戦を始動するとき!

 

「ところで私はいつ出してくれるんだ?」

「あっ」

 

 やべ。カノンの投擲アイテムでヤツの注意を逸らすのが作戦の第一歩なのに俺の鎧に格納した状態ではそれどころではない。

 カノンを取り出すにしても苗床とこんなに近くては暇もない。まずったな、なんとかすることに夢中で後先を考えていなかった。

 

「すまん、しばらくこのままで……」

「えー!」 

 

 体内からくぐもった抗議の声を上げるカノン。いや本当に申し訳ないと思っている。

 でも時間がないんだ、どうか勘弁してくれ。ちょっと確認する余裕がないが、俺の種族名がオートマタキャリアに変わってたりするのか?

 いやいや、種族名ってそんな節操なく変わるようなものでもなかろう。怖いから確認はしないけどね。

 しかしどうしよう、これじゃ戦力がひとり減ったも同然じゃないか。これは考えものだぞ。

 

「アイテム作れはするけど、これじゃ外に出せないぞ」

「参ったな……。いや、なんとかなる……か?」

「なんかいい方法でもあるのか?」

「ああ。手ごろな爆発物を兜のほうに持ち上げてくれ」

「これでいいか?」

 

 背に腹は代えられまい。よし。

 中に爆発物が詰まった兜を取り外し、手で掴んで苗床に投げつける!

 

「アリマお前それでいいのか!?」

 

 体内からカノンのくぐもらなくなった驚愕の声が聞こえるが、全て承知の上。

 これで俺は首なし騎士のデュラハン状態。鎧の一部を失ったことでHPが二割ほど減少するが構わん。

 目前に飛んできた兜を苗床が払いのけようと触手で弾いた瞬間、内部の爆弾が刺激され俺の兜が爆発。

 リリアの方を見ればしっかりと位置に着いている。苗床の側面に立つ俺たちに対し、リリアは苗床を挟んだ反対側にいる。

 準備はできているようだ。ならば、存分にやらせてもらうぞ。

 

「ミスるなよリリア!」

「来い!」

 

 まず装備を腐れ纏いから失敗作【特大】に持ち替える。

 そして狙うのは、苗床ではなくリリア。両手に失敗作【特大】を構えリリア目掛けて【絶】で蹴りを繰り出す。

 リリア目掛けて強引に引っ張るように運ばれる体。引き摺って運ばれる重い特大の剣が、リリアに至る過程にあった苗床の触手を強引に切り裂き続ける。

 

「せいっ!」

 

 そして放たれた俺の蹴りはリリアが叩き返す。コォンと気味のいい音が、あれ、しないな。

 

「いってぇ! お前私が中に入ってるの忘れてただろ!」

「すまん!」

 

 いっけね、俺いま主のいない鎧じゃないんだった。誰かに鎧を着せることはランディープの無断着用のせいで初めてじゃないが、ほとんど初みたいなもの。

 中に人がいることをすぐに失念してしまう。ましてその状態で戦ったことがないもんだから尚更だ。 

 それはともかく、振り返って苗床の様子を確認すれば、びっしり生えていた菌糸の触手は根本からばっさりと斬り落とされている。 

 作戦は成功だ。

 俺とリリアで触手を左右から挟み、この特大剣を構えたままリリアに【絶】で近寄ることで触手を根こそぎ切り刻む。

 【絶】の特性上必ずリリアに蹴りが届いてしまうことがネックだったが、うまくいなしてくれて助かった。

 作戦会議したときには『私に同じ攻撃は通用せん』などと自信ありげに嘯いていたが、本当に有言実行してくれたしな。

 カノンと俺が合体してしまうというイレギュラーが作戦に支障を来たさなかったのは不幸中の幸いだな。

 

『あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ーッ!!』 

 

 苗床は触手を失ったことで絶叫しながらもがき苦しんでおり、また足を失ったことで転げまわりながら苦しんでいる。

 ふむ。カノンを取り出すなら今の内かとも思ったが様子がおかしいな。

 

「なんか溶けてるじゃん」

「よせお前俺の視界が」

「どうなってんだお前」

 

 ひょこっと兜のない鎧から頭を出したカノン。まるで戦車のハッチから顔を出して外の様子を窺う兵士のよう。

 やめろお前そういうことすると俺の視界がお前の金髪の後頭部によって塞がれるんだぞ。

 彼女の指摘した通り、蜂の頭の内部に巣食っていた苗床は尋常ならざる苦しみ方をしており、徐々に液状化していた。

 苗床はドロドロと輪郭を失っていき、最後には女王蜂の頭だけを残して消滅してしまった。

 それに合わせ、神殿のあちこちから突き出ていたキノコが水分を失ったかのように萎んでいく。

 倒した、のか?

 

「……もしかしてあの菌糸の触手が本体だったのかな」

「かもな。布で触手を守っていたのもそのためか。というかそろそろ外に出すぞ」

「おっす」

 

 再び装備を取り外していき、体内に潜むカノンを摘出していく。

 しかし足を失って機動力を失ったところを叩こうと思ったのだが、その前に倒してしまった。

 そういえばキノコは目に見える部分が本体ではなく、地下に伸びた菌が本体だとなにかで聞いたことがある。

 できれば戦闘中にその知識を思い出して弱点に気づきたかったな。まあ偶然弱点を引いて倒すというのも、こういうゲームにおける一種のあるあるか。

 

「これで湿地の霧が晴れるはずだが……」

 

 目的を達し感慨深く呟くリリア。霧の根絶は彼女の悲願。

 元凶を倒したことでこの湿地から霧が晴れると思ったんだが。

 ──その時、神殿全域が強く揺れた。気づいたリリアが声を上げる。

 

「待て、上だ!」

 

 続いて響き渡る轟音。神殿の上部が崩れ落ち、何かが降ってくる。

 瓦礫と共に落下してきたもの。その正体は、女王蜂の首から下。その巨体。

 体のあちこちにフジツボのような噴出孔が発生しており、霧を強烈に噴出していた。

 だがその巨体は落下の勢いによって地表に力強く叩きつけられ、バラバラに砕け散る。

 

「脱出するぞ! このままじゃ生き埋めになる!」

「また走るのー!?」

 

 激しく崩落する神殿蜂の巣。巣の上部にあった女王蜂が落ちた衝撃の影響か?

 何はともあれとっととずらからないと死んでしまう。全員で一斉に出口目掛けて走り出す。

 帰るまでが冒険だ。ここで死ぬわけにいかない。だがここで、再び聞き覚えのあるけたたましい羽音が近づいてきた。

 

「いや待て、蜂たちが手伝ってくれそうだ!」

 

 戦闘中は上空で待機していた神殿蜂たちが、俺たちを運ぼうとこちらに寄ってくる。

 そしてカノンの方に近寄る蜂の数がやたら多い。そっか、そうだよな。

 再び俺は前を走るカノンを後ろから抱き捕まえる。

 

「なんだ!? もしかしてもう一回か!?」

「すまん、文句は蜂たちに頼む!」

 

 もう一回カノンに俺の鎧を着させることとなった。 

 




事案再び
レシーさんランディープさんあの鎧です


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撃破報告

「ふう、ここまでくれば安心か」

「ようやく一息つけるな」

「はよ私を鎧から出してくれ」

 

 

 苗床を撃破、蜂たちの協力によって崩落する神殿から颯爽と脱出した俺たち。

 苗床が溶けだすと同時、神殿に巣食っていた大量のキノコは、その悉くが水に乾いたように干からび萎れていった。

 あの大量のキノコは、墜落して不安定な状態だった神殿を支えてもいたのだろう。

 神殿の内部からはついぞ見つからず、最後に上から降ってきた女王蜂の体はきっと神殿の外、その上部にあったのだろう。

 胞子に侵された彼女の体は、そこで湿地全域に毒の霧を振りまいていたのだな。

 俺たちの不意を打つ形で出現した苗床も、そういえば神殿の外からだったし。

 

「おお! 見ろ、湿地の景色が!」

 

 鎧装備を解き、外に出たカノンが開口一番に触れたのは様変わりした湿地の光景についてだった。

 無残に崩落した神殿から目を離し、背後の風景に俺も視線を移す。

 そこに広がっていたのは一片の霧もない晴れた湿地の姿。

 

「こりゃ見違えたな」

 

 あの煩わしい黄土色の霧は、もう湿地にはない。

 遠くを見通せるというのがとても新鮮な気分だ。カノンの風圧弾では周囲の霧を飛ばすだけで、遠くには霧が健在のままだったからな。

 そして変わったのは、足元もそう。

 泥のようにぬかるんでいた沼の水は透き通るサラサラとした水質になっていた。足に纏わりつくようなどろどろとした感覚はもうない。 

 

「これで、やっと、か」

 

 毒霧に覆われた泥の沼は、根源を断つことで水に浸る神秘的な平原に姿を変えていた。

 その景色を万感の思いで眺め、小さく息をつくリリア。

 リリアはずっとこの霧に故郷が侵されるのではと焦燥していた。彼女もようやくその責任感から解放され、肩の荷が下りたことだろう。

 

「まだ気を抜くなよ。帰るまでが本番だ」

「そう、だな。ああ、心得ておこう」

 

 そう言いながら、俺もまた気を引き締める。

 装備的にも精神的にも疲弊した状態だが、まだ冒険は終わっていない。

 このまま犠牲を出さずに、安全な拠点まで帰れて初めて終わりを迎えることができるのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 めちゃくちゃ何事もなかった。

 懸念していたトラブルやアクシデント等は何も起こらず、俺たちは無事にエルフの森まで撤退することができた。

 それには大きく様変わりした湿地に理由がある。

 霧が消えたことによって湿地から消えたものがもう一つあったのだ。

 それはキノコ。湿地深部に大量かつ多様に生えていたあのキノコたちが忽然と姿を消したのだ。

 理由はやはり苗床を撃破したことだろう。あの特異なキノコたちは、苗床をその生命の源としていたようだ。

 お陰さまで俺たちは引き返す際に一切の戦闘行為を行わなかった。

 途中死んでいる蜂が動き出すことを懸念して死体確認作業を行ったが、反応はゼロ。

 目玉キノコや婦人キノコ、足場となっていたテーブル状のキノコさえ見る影もなかった。

 この湿地に生息していたキノコはその一切が絶滅したとみて間違いないだろう。

 

 森に戻れば、真っ先にするべきことは長への報告。

 よって俺たちはエルフの村に入るや否や、ただちに長老の元へ赴いた。

 

「務めを果たしてくれたようじゃな。森から声は聞いておるよ」

 

 村の中でもひと際大きく目立つ朽ちた大樹の内側。そこには変わらず人面の浮かんだ新芽が佇んで俺たちを待っていた。

 兜を失った首なしの俺に一瞬驚いていたが、すぐに落ち着きを取り戻していた。流石の年の功か。

 

「話が早くて助かる」

「故に、まずやるべきことがあるな。リリア」

「ああ」 

 

 長老が用意していた篝火。そこにリリアが躊躇なく片腕を突っ込む。

 直後視界に浮かび上がる蔓の巻き付いた十字架。絡み付いていた草木は激しく炎上し、十字架が草の拘束から解き放たれる。

 

「目的の達成と楔の焼却。この二つを完遂したことで解呪は完了した。お前の死は本来の形を取り戻したぞ。……世話を掛けたな」

「待て。お前、その右腕は」

 

 解呪に際しリリアが炎の中に入れた片腕。かつて白くしなやかであったリリアの片腕は、肩まで凄惨に燃え尽きて炭化したように黒ずんでいた。 

 

「ん? ああ、片腕で済んでよかったよ」

「どういうことだ。説明してくれ」 

 

 そう問いかける俺の声は、動揺を隠しきれてはいなかった。

 正直、混乱している。リリアが俺に掛けた宿り木の呪いというのはそんなに重かったのか?

 人を呪わば穴二つ。呪いに縛られた俺への負荷ばかり目が向いていたが、掛けた側にも恐ろしい制裁を下す代物だったというのか。

 

「どうもこうも、私自身を贄に捧げた呪いだったというだけだ。時が立つほど捧げる領域が増えていく。それがよもやたかが片腕で済むとはな。迅速な解決をしてくれたアリマには感謝の言葉もないよ」

「……正直、お前の覚悟を見誤っていた」

 

 リリアが呪いを掛けたとき、彼女に躊躇するような素振りは毛ほどもなかった。

 むしろ当時はそのためらいの無さと軽率さに怒りを覚える程であった。

 それがまさか、自分の体を対価に支払うほどの決心のもと行われていたものだったなんて。

 

「万が一、お前の身に何かあったらどうなっていたんだ?」

「物言わぬ樹木となった私がお前の身体に種を植え付けて、使命を果たすまで寄生し続けていただろうな」

 

 じゃあなんだ? もし俺がリリアの護衛に失敗した場合、俺は体内から樹の生えたリビングアーマーとして生まれ変わってた訳か?

 しかもその場でリスポーンし続けるゾンビみたいな挙動の。なんて恐ろしい可能性の話なんだ。リリアの安全を意識しながら攻略してて本当に良かった。

 

「……無事に苗床を倒せてよかったよ」

「そうか? どの道約束を果たせば宿り木は燃え尽きるぞ。それに実はドルイドには金属との融合という異端があってな。お前さえ良ければ、この私が今から寄生することもできるんだが?」

「馬鹿いえ」

「はっはっは、安心しろ冗談だ」

 

 そういうリリアの目と声が毛ほども笑ってねえんだけど。『今から寄生することもできるんだが?』じゃねえよその顔で冗談って言われても笑えねえから。

 というかお前今までジョークとかいう性格じゃなかっただろ。

 だいたいエルフってそんな寄生とかできんのかよ。そういう、自分を樹の姿に変えたりとかができるわけ?

 森がエルフたちを子と呼ぶってそういうカラクリか? いやそこまで含めて冗談なのか? もう何もわからん。

 とにかく寄生だのなんだのはもうキノコだけでお腹いっぱいだっての。

 

「アリマ殿。貴方にはこの森の危機を救っていただいた恩がある。我々に何か要求はあるかな? おおよその願いは誠意をもって叶える用意があるのじゃが」

 

 不気味なリリアの冗談を遮りそう言ってくれたのは、新芽の長老。話の流れを断ち切ってくれて助かったぞ。

 にしても来たな、クエスト報酬。しかもその裁量をこちらに委ねてくれるなんて。

 ならば俺の願いは決まっている。

 

「森林銀の防具を俺に作ってくれ」 

 

 

 




ここだけの秘密ですが、骨無双‐検証用type4 裏銀河をここまで介護しながら連れて来れれば苗床は一撃で沈められます。
彼が爆発しないよう温存しながら連れてくる労力を考えると、あまり賢い選択ではないと思いますが


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装備製作依頼

 俺がエルフに礼として求めたもの。それは森林銀製の鎧だった。

 理由はいくつかあるが、一番はその希少性。

 森林銀は入手性も不明で更に加工手段が極めて乏しい。リリアの話ではエルフの、しかも限られた技師にしか取り扱えないそうだ。

 リリアが所有するレイピアもその一つであり、エルフ垂涎の品だとか。

 その森林銀をふんだんに利用した全身鎧。これはちょっとやそっとでは手に入らない豪華な品のはずだ。

 今後手に入る可能性がとても低い。少なくとも店売りなんかは一切期待できない部類の装備になる。

 エルフの村の未来を救ったという俺の立場で要求するにはうってつけだ。

 

 長老は俺の願いを鷹揚に頷いて承服し、まず素材となる大量の森林銀の鉱石を進呈してくれた。

 加工は森の外れに住む技師に頼むといいと告げられた。木々を通じて事前に話を通すことはできなかったが、断るような人物でもないから、と。

 その技師の正体はどう考えてもシャルロッテ。木々の声が届かないというのもあいつが鋼鉄のドームの中に住んでいるからだろう。

 そういえばリリアのレイピアを打ったのもシャルロッテだったか。事前に彼女と交友があって良かったな。土産のネジキノコもあるし頼みやすい。

 

 懸念事項があるとすれば、それはもちろんエトナの存在。

 彼女は一度、断りも無く店売りの武器を購入したことで激怒したことがある。

 だが心配するなかれ、勝算はある。

 ポイントは俺の盾がエトナの握撃から逃れた点。思うに、彼女は武器の専門。

 防具やそれに類する副次品に対するこだわりは薄いと思うのだ。

 という保険もそこそこに、俺はエトナの元へきちんと確認をしにいった。無論、シャルロッテに森林銀の加工を頼む前にだ。

 事後承諾なんて愚の骨頂。事情を説明する前に森林銀の装備をグシャグシャにされてしまう可能性があるからな。そうなってからでは遅い。

 

 空島への転移に忘我サロンの契約効果でカノンも同行してきたが、彼女には滝前で待機してもらった。

 エトナの元に他の誰かを連れていったらトラブルの元になると思ったからだ。カノンもしぶしぶながら頷いてくれた。

 

 そして俺の『よそで防具を仕立ててもらって来る』という発言は、やはり俺の予想通りエトナの感情を強く動かすことはなかった。

 やはり彼女はこと防具については門外漢のようだ。武器を打つのと防具を打つのとではやはり違うらしい。

 ちなみにエトナから返ってきた言葉は『防具なら、いい。……当分は』である。

 エトナの現状の目標は『失敗作』以外の剣を打つことのようだから、防具にまで手を出すのは相当先のように思える。 

 盾はギリギリで防具側に回るのだろうか。彼女の鍛冶の腕が上がれば、ゆくゆくは防具も打ってくれるかもしれないが、今はノータッチのようだな。

 余談だが、苗床に投げつけて消失した兜は修復不可能だった。なにせ直す元がない。当然といえば当然か。

 

 というわけでカノンを連れてエルフの村に舞い戻り、シャルロッテの工房へと赴いた。

 ちなみにリリアは同行を拒んだ。あの金属まみれの館に、こんな間隔を置かずにもう一度訪れるのは無理だと。 

 にしても、村にワープできないのがとにかく不便。毎回森をリリアに案内してもらうのも手間だ。そのうち改善されたりしないのか?

 エルフの村へ容易くアクセスできるのはエルフだけの特権だとでもいうのか。

 そんな不満を抱きながら工房の扉を潜ると、早速目に入ったのはクレーンで持ち上げた謎の機械の中に上半身を突っ込んだ女性の姿。

 ガチャガチャと工具を突っ込んで夢中で作業している。

 

「ん、誰か用? ちょっと待っててもらえるかしら。一本締まりの悪い頑固なネジがいるのよ」

 

 顔は分からないが、これは紛れもなくシャルロッテの声。

 そもそも機械に頭から突っ込めるようなエルフがシャルロッテの他にいるはずもなく。

 

「俺だ、アリマだ。頼みがあってな。土産も持ってきたぞ」

「あら、ごきげんよう。湿地の霧は晴れたかしら?」

 

 作業中の両腕を上げたまま、屈んで機械から顔を出すシャルロッテ。その端正な顔とウェーブの掛かった金髪のボブヘアーはいつにも増して黒い煤に汚れている。

 線が細く知的な彼女のシルエットは、やはりこのスクラップだらけの作業場とあまりにミスマッチ。

 どう考えても上品な調度品に囲まれた静かな屋敷で難解な書物を読み解いていた方が似合っている。

 そんなシャルロッテの表情は、俺の隣にちょこんと佇むカノンを目にした瞬間に怪訝そうに変わった。

 

「んー……?」 

 

 作業の手を止め、高所の作業台からジャラジャラとした吊り鎖を伝って降りてくるシャルロッテ。

 服装はいつも通り薄着の白いノースリーブシャツに生地の厚いダボついたズボン。もちろん濃厚な鉄と煤と機械油の匂いもセット。

 彼女の興味は明らかにカノンに向いている。兜の無くなった状態の俺に突っ込みの一つも無しだ。

 俺もまあまあな見た目をしている自覚はあったんだが、よもやスルーされるとは。

 

「はじめましてね。あなた、名前は」

「カノンだけど」

 

 顎に手を当てながら、まじまじとカノンを見下ろすシャルロッテ。

 

「うーーん……」

「な、なんだよ」

 

 カノンは不躾な視線を嫌がり、俺の背後にひょいと隠れてしまった。

 俺の陰からひょいと顔だけを出してシャルロッテの様子を窺っている。

 カノンはオートマタだ。衣服で覆われていてわかりにくいが、その体は真鍮でできている。

 苗床との戦闘では体内に複雑な機構が駆動しているのも目撃した。

 シャルロッテはエルフにはありえない機械愛好家。オートマタは自立して動く機械人形。

 シャルロッテが興味を示すのは至極当然なのだが、いまいち釈然としていない。

 

「なーんか違うわね……。ってあら、アリマあなた頭はどうしたのよ」

「今気づいたのか。名誉の負傷みたいなもんだ。沼の霧も晴らしたさ」

「あら本当? やるじゃない」

「まあな。ところで、その赤ずきんは気にならないのか?」

「おや? と思ったけど、ちょっと好みとは違ったわね」

 

 どうもカノンはなんかが違うらしい。元とはいえPLキャラだったからだろうか?

 それか、前に話に出た機械工房都市産の機械じゃないせいで食指が動かないのか。

 シャルロッテのことだし、もしかしたらカノンに飛びついて『この子ウチで引き取らせてください』くらいは言うんじゃないかと思っていたんだが、俺の誇大妄想だったようだ。

 蒸気と真鍮で動くオートマタのカノンは、シャルロッテの機械の好みのストライクではなかったか。

 ともあれカノンに向けていた興味は一旦失せ、俺の外観に気づいたのはそれから。

 頭がないヤツがいたら最初に気づいてほしいもんだが、まあそこはシャルロッテだし仕方ないか。

 とっとと話を進めてしまおう。

 

「受け取れ。沼で拾ったお前への土産だ」

「なにかしらこれ。ネジ……じゃないわね。キノコ? ふぅん。ありがたく受け取っておくわ」

 

 手渡したのは火炎放射するキノコのふもとに生えていたネジ状の小さいキノコたち。

 一度目の沼地探索で入手したものだ。苗床撃破で沼地に生えていたキノコは消滅したが、既に採取済のこれは俺のインベントリ内にしっかりと残っていた。

 

「うん、うん。見た目通りネジに使えそう。これって栽培とかできるのかしら」

「さぁな。扱いは任せるぞ」

「量産できたらできることがかなり増えるわね。腕が鳴るわ」

 

 このネジキノコから苗床が復活したりというのも考えにくいしな。キノコの栽培の難易度も知らんし。扱いはシャルロッテに丸投げだ。

 有能な彼女のことだ、改めて訪れたら森の一角にネジが群生してそうだな。ますますここが普通のエルフが近寄りがたい場所になるか。

 ちなみにカノンは今も俺の背後で縮まっている。完全にシャルロッテを警戒しており、借りてきた猫のようになってしまった。

 世間話もそこそこに、用事を済ませてしまおう。

 

「で、こっちが本題なんだが。この森林銀で俺の鎧を作ってほしくてな」

「森林銀? 随分久しぶりに扱うわね……って、あなたこんな大量の森林銀どこで採掘したのよ。一応これ希少な素材なんだけど。どこぞから盗んでないでしょうね?」

「長老が報酬に譲ってくれたんだ。お前に頼めば加工してくれるってな」

「ああ、それで私のとこに来たの。確かにこれくらいあればフルプレートアーマーを作るにも足りるわね」

「頼めるか?」

「いいわよ。魔法もたまには使わないとなまっちゃうし、いい機会ね」

 

 パチンと指を鳴らすシャルロッテ。

 直後、錆びついた機械部品で溢れていた工場が紙とインクの香りの漂う書斎に変貌していく。

 壁面に敷き詰めらた本棚にぎっしり詰まる分厚い書籍。瓶や試験管、フラスコなどの実験器具が並び、大きな暖炉やかまど、壁に備え付けられた天井まで伸びる戸棚まである。

 節操のないスクラップ工場のようだったシャルロッテのラボは、彼女の指鳴らし一つで魔法使いや錬金術師の家のように一瞬で様変わりしてしまった。

 

「「すげ……」」

 

 思わずカノンと感嘆の声が被ってしまう。

 そのままきょろきょろと二人で辺りを見回すが、もうどこにもあの乱雑な研究所の名残はない。

 なにか先ほどまでの光景を保証してくれるものがあるとすれば、それは、白シャツを煤に黒く汚したシャルロッテだけ。

 唖然としながら立ち尽くす俺たちに、シャルロッテは困ったように苦笑していた。

 

「そんなに驚かなくても。ただの次元被覆魔法よ?」

 

 その次元被覆魔法とやらが何なのかはわからんが、俺にもわかることはある。

 それはこの海外の中古車レストアショップの一人娘みたいな恰好したエルフが、極めつけの天才ってことだ。 

 

 




シャルロッテさん、まともと変態の境界線上で右往左往しててめちゃくちゃ好きなキャラです


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シャルロッテの才覚

 指鳴らし一つで居城を魔術工房に作り変えたシャルロッテは、防具の作成には時間が掛かるとのことで俺たちを作業の邪魔だと追い返した。

 

「外から見ていた。シャルロッテが魔法を使ったんだな」

 

 シャルロッテの研究所の外に出ると、リリアが俺たちを迎えてくれた。

 見慣れたガスマスクは取り外している。怜悧な美貌を目にするのも久々だ。

 

「Type4が見たら顎が外れそうなくらいすげー魔法だったぞ!」

 

 興奮冷めやらぬといった雰囲気で話すのはカノン。

 彼女の言うType4とは、忘我サロンで同席していた星辰魔法使いのスケルトンのことだな。

 というかアイツ親しい仲のやつからはType4って呼ばれてるんかい。まああのガイコツ名前らしい名前してないし、仕方ないか。

 にしても忘我キャラたちは忘我キャラたちで仲が良かったりするのか? そのあたりの交友関係も気になるな。

 特にランディープ。アレが受け入れられているかどうかは個人的に大変興味深い。

 

 まあ忘我キャラ関連のことはさておき俺もこの世界の魔法の凄まじさの一端を味わった。

 このゲームならNPCに使える魔法はプレイヤーにも使えるだろう。この世界における魔法の自由度を目の当たりにしたなあ。

 次元なんとか魔法という仰々しい名称からして、まさかあれが初級魔法ということもあるまい。

 名前だけで判断するのならば、むしろ上級の更に上。俺が魔法に精通していれば、シャルロッテの凄さがより鮮明にわかっただろうか。

 カノンの言う通り、専門職のやつなら愕然としていたのかも。俺たちには凄いってことしかわからなかったけどな。 

 

「ところでリリア、鉄の臭いは平気なのか?」

 

 リリアはさも当然のように俺たちを出迎えてくれたが、こいつがシャルロッテ宅に同行しなかったのは鉄の臭いへの拒否感が理由だったはず。

 それをガスマスクも無しにここまで近づくなんて一体どういう風の吹き回しなのか。

 

「うむ。後ろを見てみろ」 

 

 言われるがまま振り返ると、そこにあるのは洋風な造りの一軒家。

 先ほどまであった金属の寄せ集めのような建築物の名残はもうどこにもない。

 

「……変わったのは内装だけじゃなかったのか。なあ、やはりシャルロッテはとてつもない魔法使いなのか?」

「シャルロッテは南の魔術城から招待状が送られる程の才媛だ。もっとも、機械に傾倒しきりでまるで興味を示していないのだが」

「魔術城ってなんだぁ?」

 

 俺が喉まで出掛かった疑問を、カノンが先に聞いてくれた。

 南の魔術城。地理に関する話はいつ聞いてもワクワクするな。いつになるかはわからないが必ず立ち寄りたい。

 

「魔術城はその名の通り魔法において優れた能力を持つ者が集う城だ。しかしどうも選民的かつ排他的でな。外からじゃ中がどうなってるのか知られていない」

「なにもわからないじゃんか。大丈夫なのかよその城」

 

 おいおい、協力的な勢力なのか敵のひしめく城なのかも不明なのか?

 招待状に誘われて行ったら『ようこそ、死ね!』されるような場所の可能性もあるじゃないか。

 

「まあ噂の絶えん城ではあるな。確実なのは卓越した魔法使いに招待状を送るということだけだな。それを目標にする魔術師もいると聞くぞ」

「ふーむ。行ってみたいが俺に招待状が来ることはないだろうな……」

 

 魔術なんてさっぱりだしなぁ。俺でも使えたりするのか? こういうのってだいたい種族ごとに適正の有無がはっきり分かれてるパターンがほとんどだよな。

 誰か先生を見つけて座学に励んだら使えたりするかも。いやそんなことしても魔術城から招待を貰える領域になる気がしねえ。

 俺が行くには招待される以外の方法で侵入するしかなさそうだな。それか招待状を譲ってもらうとか?

 

「機械工房都市の招待状みたいなものがあれば魔術城の招待状と交換してくれそうだが」

「そんなものがあればの話だろう」

 

 ま、だよな。

 ぶっちゃけ門前払いされるよりずっと前の段階だ。魔術城のふもとにすら到達していない。今考えても仕方のない話だ。

 

「それより時間が空いたのだろう? まだ一つ訪ねるべき場所が残っているぞ」

「……ああ、神殿蜂の巣か」

「いかにも」

 

 蓄音機ならぬ聴音機を取り出して微笑むリリア。

 すっかり忘れていたが、神殿蜂の女王にも苗床の撃破を頼まれていたな。

 ちゃんと報告しに行って礼の品をきっちり受け取っておかないと。

 

 

 と、いうわけで待ち時間を利用して俺たちはエルフの森を抜け、再び湿地エリアに足を踏み入れた。

 霧のない良好な湿地で道に迷うこともなく進み、蜂の案内のもと空中に浮かぶ八面体の神殿へ。

 なお蜂は当然の如く俺たちを待ち受けており、聴音機で翻訳するまでもなく俺たちを先導し始めた。

 もはや待ってましたと言わんばかりだ。もう初回にあった意思疎通できているかの確認などは丸ごとスキップ。

 蜂たちとは一定の信頼関係が築けたと思って良さそうだな。

 そのまま滞りなく空中への神殿に運ばれ、女王と謁見へ。

 てっきりカノンはまた俺の鎧を着せないとダメかと思ったんだが、今回は必要なかった。

 パーティの一員として認められてるからだろうか。苗床戦のときとは何かが違うのだろう。

 今回は自分から着られに来るカノンをやんわりとお断りしたことでカノンの表情が宇宙猫のようになっていた。

 お前は本当に表情の豊かなやつだよ。

 

 それはさておき、再びの女王蜂との謁見。

 何を要求するか全然考えていなかったなぁ、どうしたもんか。

 いや、要求できねーじゃん。蜂にこちらの言葉を伝える方法がないことを失念していた。

 まあ恩を仇で返すような手合いでもなさそうだし、とりあえず何が出てくるか楽しみにしておくか。

 

 




忘我キャラたち、実は結構仲がいい


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お礼の品

 謎の技術で浮遊するリフトに運ばれ、二度目となる女王蜂との謁見に望む。

 大広間に佇むのは女王蜂。そのサイズ感には、何度見ても圧倒される。ここにいると遠近感がわからなくなるほどだ。

 カノンなんかは言葉も失って見上げてる。カノンが見たのは頭と胴がさようならしてる姉のほうだからな。 

 俺たちを赤い複眼で見下ろす女王が翅を震わせれば、聴音機が再びリリリと風鈴のようなノイズ音混じりに女王の声を翻訳し始める。

 

『お待ちしておりました。配下から仔細は聞き及んでおります。我が姉を解放してくださったそうですね』

 

 解放。かの女王蜂のおぞましい怪物の苗床となったあの姿を思えば、確かに解放という言葉が相応しいだろう。

 女王の姉は頭をもいで菌糸に巣食われ、胴より下は湿地を汚すガスの発生装置に改造されていた。

 あれはひどく冒涜的な姿だった。蜂に俺の価値観を適用していいのかわからないが、姉妹がそんな姿にされれば、救えなくともせめて葬りたい。

 きっと目の前の女王蜂にそんな気持ちがあったのではいかと思う。

 

『そして、生命を蝕む霧はこの地から姿を消した。あなた方が確かに私の願いを聞き届け、そして叶えてくださった証左です』 

 

 神殿蜂たちももちろんこの湿地エリアから霧が消失したことを確認したのだろう。あたりを哨戒する蜂が多かったのもきっと気のせいではない。

 やがて一帯を活動する神殿蜂の数は徐々に多くなっていくだろう。

 思い返せば、この神殿は毒霧から身を護るシェルターのような役割も果たしていたんだろうな。

 最初に訪れたときは中に住む蜂の多さに度肝を抜かれたが、あれは霧から避難していたため通常時より中にいる蜂が多かったんだ。

 今後はこの湿地を巡回する神殿蜂の数も増えるだろう。俺たちは幸いにもこの蜂の勢力と友好的な関係を築けたが、後続のプレイヤーはどうなるのだろう?

 やはり敵対するのだろうか。もしも時間を置いてここに戻ってきたとき他のプレイヤー達によって蜂たちやこの神殿が壊滅させられていたら、ちょっと寝ざめが悪いな。

 いや、だからといって俺にできることなんてないのだが。まさか掲示板にこの蜂とは戦うのをやめましょうなんて喧伝するわけにもいかないし。

 なにせ、俺の感情以外に理由がない。メリットもデメリットもないのだ。そんな言葉に他のプレイヤー達が耳を貸す道理はない。

 この蜂たちの行方を、俺は傍観するしかない。

 なんて先のことを考えているうちに、女王蜂の操作する浮遊したキューブが俺たちの前までやってくる。

 

『故に。ささやかなれど、ここにお礼の品を用意いたしました』

 

 浮遊するキューブ。その上には大きな壺が二つ鎮座していた。中には黄金の蜜がなみなみと注がれている。

 

『これは我々の集める蜜です。差し上げますので、ご自由に扱ってくださいませ』

「神殿蜂の蜜が、これほど大量に!?」

「……それほどのものなのか?」

 

 驚愕の声を上げたのはリリア。その驚きようからして希少品のようだが、どんな使い道があるのあろうか。

 なんか前に魔力を蓄えられるだのなんだの言っていたのは朧げに覚えているが。

 

「飲めば秘薬になり、魔力を通せば至上の触媒となり、土に混ぜれば極上の建材となるという噂だ。その需要は凄まじく、僅かな量でも大金と交換できるというぞ」

「そんなに」

「戦士も術師も分け隔てなくこの蜜を喉から手が出るほど欲しがっているのだぞ。それをこんなに多く……!」

 

 わなわなと震えながら壺を受け取るリリア。こうも余裕のないリリアを見るのも珍しい。

 にしてもこの、そんなに用途が広いのか。そんな凄いものをこんなにたくさん貰っちゃっていいんですか?

 

「アリマに差し出した大量の森林銀は、実をいうとエルフの森として手痛い出費だった。だがこれで全て帳消しになる」

「最初に不審な蜂を見つけたとき、無視しなくて本当によかったな……」

 

 思えばあれはリリアの提言だったか。まさか蜂が言葉をしゃべっているなんて思わなかったし、俺一人じゃこの状況には決してなっていなかった。

 わざわざエルフの森に戻って蜂たちと関係を結んだ成果はあった。あの面倒だったエルフの森との往復作業は決して無駄ではなかったのだ。

 しかし神殿蜂の蜂蜜が有用という話を前回聞いた時点では、もしももらえたらエトナに刃薬にしてもらおうかなーなんて考えていた。

 だが、用途はもっと慎重に選んだほうがよさそうだ。薬にも魔術素材にもなるというから、自分で使うよりかはだれかとの交渉材料になるか?

 すぐには使わずにとっておくのがよいだろうな。

 というか、あれ。二つ?

 

「カノンの分はないのか」

「ん? 気にしなくていいぜ。これはアリマ達の受けた依頼だろ? 私が報酬を受け取るのはお門違いだぜ」

「そうか? いやしかし」

 

 カノンは湿地の攻略から苗床戦まで一貫して著しい活躍を見せた。

 そんな彼女がなんの報酬も受け取らないというのはなにか釈然としない。

 エルフの長老から報酬を受け取った際は俺一人に宛てたものだから何とも思わなかったが、今回はリリアの分が用意されているのだ。

 そうなるとパーティのうちカノンだけが省かれているようでなんだか気になってしまう。

 

「気にすんなって。わたしも全部承知の上で契約してんだからさ」

「……わかった」

 

 気持ちの整理が若干つかないが、彼女が良いというなら良いのだろう。

 どちらにせよ女王蜂とは言葉が通じない。カノンの分の報酬も増やしてくれという具申さえできないのだ。

 部下の蜂たちがカノンを味方と認識しなかったこともあったし、どうしてもカウントから外れてしまうようだ。

 初めて女王蜂と謁見した際にはいなかったのがやはりよくなかったか。

 などと考えていると、聴音機から再び女王の声が鳴る。

 

『その蜜はこの地の霧を払っていただいたお礼。ですが、鎧の貴方には姉を救っていただいたお礼として特別にもう一つ差し上げたいものがあります。これを』

 

 そう言って差し出されたのは一枚のカード。

 この神殿と同じ材質でできたマーブル模様のカードは、表面になにかの模様が描かれている。

 この模様のモチーフは蜂だろうか。なんだこのカード。

 

『我ら蜂の恩恵を授けるものです。必ずや貴方の力となることでしょう。それではまた、いずれ』

 

 女王がそういうと、俺たちの足元のリフトが下がっていく。

 ちょっと待ってこのカードの説明してからでも遅くないでしょうに。

 ああダメだもう謁見の時間は終わりらしい。なんだよこのカード。

 ただちに説明を要求したい。とりあえず武器とか使用アイテムとかじゃあなさそうだよな。

 持っているだけで効果があるタイプか? お礼に渡すくらいだからデメリットとかはないよな?

 わからーん!

  




現段階では効果の不明な意味深アイテム好き


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湿地の新しい姿

 女王蜂から感謝の品を受け取ったあと、リリアだけ先んじてエルフの森へと帰還していた。

 貰った神殿蜂の蜜を一刻も早く持ち帰りたいとのことだ。

 リリアはあの蜂蜜の価値を正しく知っているのだろう。

 対する俺はイマイチ。どれくらい凄い品なんだろうな。

 まあ本当の価値は追々分かっていくだろう。今はまだ、無駄遣いしないことだけ頭に入れておく。

 

 さあ、せっかくまたこの湿地帯に出てきたことだ。

 カノンも連れているし、この湿地エリアの再探索をするのにいい機会。

 ずっと先送りになっていたマップ埋めの作業を進めよう。

 当初の予想通り、リリアは残念ながら離脱となった。

 でも大丈夫、カノンが一緒だ。

 初めて忘我サロンを利用するときは博打に挑むような気分だったが、カノンの有能ぶりを体感したあとでは信用度が違う。

 あのとき自分の興味に従ってサロンを使ってみてよかった。

 

 そうなると気になってくるのはサロンの層の厚さ。

 ランディープとカノンという二人のポテンシャルの高さを知ったあとでは、残る忘我キャラの面々の能力も気になってくる。

 プレイヤーがそのキャラを手放したタイミングは不明だが、キャラクターのビルドが一定以上の完成度になってそうなんだよな。

 そういえば、ドーリスも忘我キャラのスペックに関する情報は欲していたっけ。

 まだプレイヤーが未踏の領域に達している奴も平気でいそうだな。

 そういえばあの星辰魔法使いのガイコツをカノンは愛称で呼んでいたっけ。

 サロンの面々は仲が良かったりするのだろうか。 当事者がいるんだし直接聞いてみるか。

 

「カノンは他のサロンのメンバーと仲はいいのか?」

「何だ藪から棒に。まあいい方だと思うけど、中には話が通じないやつとかいるしなぁ」

「やはり」

「ランディープは通じる方だぞ」

  

 嘘、あれで?

 というかよく俺があの変態シスターを思い浮かべたことがわかったな。

 カノンは俺とランディープの関係を知っているのか?

 ランディープと一緒に居た時点では、俺とカノンとまだ会ってすらいなかったと思うんだが。

 

「あいつを知っているのか」

「まあな。前までは意味不明な輩だったんだけどさ。ある時期からうわごとのようにアリマの名前を呟き始めて、それ以来は話が通じるようになったぞ」

「その情報は恐ろしいから知りたくなかったんだが」

 

 アイツうわごとのように俺の名前を呟いてるのかよ。気味わるいからよしてくれ。

 噂とかになったら恥ずかしいだろうが。

 だいたいもし俺のプレイヤーネームがふざけた名称だったらどうするつもりだったんだ。

 焼肉定食とかにしてたら後天的に腹ペコ属性を付与できちゃうな。

 

「というか最初は話が通じなかったのか」 

「ん? ああ。なんか気味の悪いやつだなーと思ってたんだが、話してみると結構いいやつだったな」

 

 本当に? 一言目にはありがとう、二言目にもありがとうだぞ?

 かなり綱渡りなコミュニケーションだと思うんだが。

 でもたしかにいいヤツというのは否定しきれない。俺の大鐘楼観光を親身になんて案内してくれたしな。

 だがだとしても俺の地下水道攻略に侵入してきたのは絶対に許さんからな。

 トラウマものだぞ、マジで。

 土偶のシーラが一緒のタイミングだったからこそ良かったものの、俺一人のときに遭遇していたら恐怖映像まったなし。

 

「俺の方からあまり進んで再会したいとは思えないんだよな……」

 

 まあ、俺の意思など関係なく突撃してくるだろうな。

 今回はフィールド攻略だから良かったものの、次回のダンジョン攻略ともなればいったいどうなるやら……。

 しかしフィールドといえば、このド=ロ湿地、フィールドボスと思わしき苗床を撃破して以降景色が一変した。

 当初は足元の芝以外の植物が存在しなかったこのエリアも、今は鮮やかな花畑や果樹の実った針葉樹があちこちに散見されるのだ。

 霧のあるころは、どれも黄土色に爛れ腐れていた。

 そして変わったのは景色だけではない。出没するエネミーにも変容が見られた。

 

「お、また出たな。それっ」

 

 カノンがぶどう酒の瓶を投げる。

 その先にあるのは、ギザギザの歯を持つ人喰い花。

 根を張りその場から動けない人喰い花は、そのままカノンの瓶によって焼却されていった。

 

「植物や虫の敵が多いな」

「毒霧で身を隠してたやつが戻ってきたんじゃない?」

「前はキノコ一色だったからな……」

「こいつらのが戦いやすくていいぜ」

  

 濁り水とキノコ型の敵しかいなかったこの湿地も敵の種類がめっきり変わった。

 今出てきた人喰い花の他、歩く花とかデカいテントウ虫とか、これまたデカいカブトムシとか。

 カノンの言う通り、新しい敵のが戦いやすくていい。

 なお現在遭遇した中で一番強敵だったのはデカいカブトムシ。

 イノシシのように突進してきてカノンが攻撃を貰ってしまった。

 次いで厄介だったのはテントウ虫。前に立つ俺を無視して後衛のカノンを狙いやがる。

 幸いどちらも毒の通りが良いため、攻撃さえ当たればスムーズに撃破はできた。

 が、カノンの負傷によって回復アイテムを二個も使用してしまった。

 これで残りは5個だ。高級品だからカノンを守る立ち回りをもっと意識しなくては。

 攻撃力は特大の失敗作の剣によって克服したが、味方を守るタンクとしての能力にはまだ課題が残る。

 カノンという後衛をパーティに採用したことで浮き彫りになった俺の弱点だ。

 

 それにしても、虫タイプの敵の見た目がまだしんどくない方の虫たちなのは助かる。

 婦人キノコのように変則的な立ち回りもしてこないし、絶叫キノコのように見た目が不快でない。

 先ほど倒した人喰い花も、恐怖を煽る鋭い歯を持っていたが、絶叫キノコや苗床のような人間準拠の歯よりぜんぜん良い。

 背筋にぞぞっと来るようなビジュアルの敵がいないだけで精神的余裕が違う。

 

 そんなこんなで、カノンと二人でマップ片手に湿地を隅々まで練り歩く。

 毒霧もないし、悪辣な敵もいない。あまり苦労はなかった。

 俺の盾がなくなったことによる防御力の不安はあったが、カノンの優れた視力によって不意打ちを予防してくれているので問題はない。

 相手に先手を取られなければ、俺の【絶】とラッシュで倒しきれる。

 倒しきれなくても腐れ纏いの毒を入れて、後ろに下がってカノンに追撃してもらえば大概の敵は倒せる。

 カブトムシなどには初見ゆえに後れを取ったが、既知の敵となれば対応が後手に回ることもない。

 そうして珍しそうな花を摘んだり、状態のいい木の実を採取したりと探索を満喫させてもらっている。

 ここで採取したアイテムたちは、エトナに刃薬にしてもらう予定だ。

 大鐘楼で売却するのも一考したが、エトナに素材を提供したいという想いもあったのでそれはやめにした。

 金はマップが完成したらドーリスから受け取れるしな。

 

「なあ、アリマ。あそこに誰かいるんだが」

「なに? どこだ」

 

 と、湿地探索のさなかでカノンが人影を発見したようだ。

 どういうことだ? もう他の誰かがこの湿地まで来たのか。

 エルフはまだ森が出したがらないみたいな話だったよな。霧が晴れたからもういいのか?

 それかシンプルに他のプレイヤーが地下水道を攻略して出てきたか。

 どちらにせよ、無視するという選択肢はないな。

  




ランディープちゃんは登場しなくてもずっと存在感がありますね


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釣り人

 湿地にて佇む謎の人影。

 そいつのもとに、俺とカノンは恐る恐る近づいた。

 敵エネミーの可能性があるからだ。

 人型の敵とはまだ遭遇したことはない。強いて言うなら婦人キノコがもっとも人に近かっただろうか。

 あるいは、レシーのような敵対NPCの場合もある。

 経験上、人の形をしているやつはだいたい強い。油断はできない。

 友好的な存在だというのが一番なんだが……。

 

 近づくにつれ、人影の容姿が明らかになっていく。

 俺たちから背を向けたそいつは和装の着流しで、腰に刀を差している。

 そしてこの侍らしき人物、手には釣竿を握っており、のんきに池の前で釣りに勤しんでいる。

 とりあえず理性のない怪物ではないようだ。NPCがプレイヤー説が濃厚だな。

 であれば、不意打ちで斬りかかるのではなく、声を掛けてみようか。

 

「おい、あんた」

「うん? どなたかな」

 

 不意に声を掛けられ、ゆるりと振り向く侍。

 

「ッ!」

 

 そいつの顔を見て、俺は思わず声を上げかけた。

 その貌に、一切の表情が無かったからだ。

 のっぺらぼうということではない。

 目鼻のあるべき場所に、虚ろな黒孔が穿たれていたからだ。

 

「おお、驚かせてしまったかな。まさかこんな僻地で人と出会うとは思っていなくてね」

 

 顔がないためにわからなかったが、のんびりと話す声と起伏のある胸元からして、どうやら女性。

 大穴の開いた顔はインクのように真っ黒で、向こう側の景色が映ることはない。

 その白い頭髪はエトナのものによく似ている。初めてエトナの一つ目を見たときも同じように驚いたのを思い出す。

 そして、これほど近づいてもプレイヤーネームが表示されないことから、NPCか。

 ビジュアルこそ衝撃的だが、剣呑な雰囲気もないことだし、友好的に接してもよさそうだ。

 

「いや。こちらが勝手に驚いただけだ。外見の話をするのであれば、頭のない俺も似たようなものだからな」

 

 シャルロッテの森林銀の鎧の完成を待つ俺は、未だ兜が消失したまま。

 首無しデュラハンの状態なのだ。顔のない存在という意味では、目の前の人物と同じよしみと言えるだろう。

 

「おや。面白いことを言うね。大概は私の顔を見るや否や斬りかかって来るのだけれど」

 

 釣竿を傍らに置いて、これまたのんびりと喋る女。

 咄嗟に斬りかかってしまう心理はとても良くわかる。顔の見せ方が完全にホラーのそれだったからな。

 しかしこいつの口ぶりでは、何度か襲われた経験のあるのか。更に毎回それを凌いでいる、ないしあしらっていると。

 侍らしい恰好をしているだけあって手練れということか。

 

「それで、あんたは何者なんだ?」

 

 単刀直入に聞く。

 湿地から霧を晴らすや否や現れた、謎のNPC。

 非常に個性的な外見をしているが、どうやらただの一般人ということはなさそうだ。

 何かの勢力に属していたり、特別な立場の人物なのではと俺は疑っている。

 

「ふむ。私はその質問に答える前に、君に聞かなきゃならないことがあるね」

「何だ? おおよそのことは答えるが」

 

 顔のない女は俺が手に持つ剣、腐れ纏いを指さした。

 

「その剣を鍛えた鍛冶師の名前は?」

 

 カノンがまだ警戒態勢を解いていないことに、俺はようやく気付いた。

 当然ながら女の表情は読めない。なんで顔のパーツが穴しかないんだよ。

 怖いわ普通に。 

 

「……エトナ」

 

 俺は迷い、だが鍛冶師の名を答えた。

 雰囲気でなんとなく分かる。

 こいつ、答えを知ってて聞きやがった。

 普通、武器に興味があれば入手先とかを訊ねるだろう。わざわざ鍛冶師の名を聞くというのはあまりすることではない。

 まるで最初から、この武器が特別な鍛冶の手になるものだと確信しているかのようじゃないか。

 だが、俺はそんな含みのある質問に馬鹿正直に答えた。

 エトナの武器を使い続けていることに俺なりの矜持があったからだ。

 

「そうだよね。じゃあ居場所も知りたいな」

「……」

 

 

 不穏だ。

 矢継ぎ早に次の問いを投げ掛ける女には、読み取る表情すらない。

 顔を見ても、がらんどうの虚ろな穴がこちらを見つめるのみ。ひたすらに不気味。

 武器を打ったのがエトナということに何の疑問も抱いていなかった。

 やはり、既にこいつはエトナの存在を知っている? 彼女の知己なのか?

 まるで武器だけでエトナの存在を予期したかのような口ぶり。

 念のためカノンの方を一瞥する。なにか余計なことを口走る気配はない。

 カノンも一度、エトナのいる空島の滝の傍まで同行している。

 もっとも転移でのみ移動したカノンは俺と異なり川に流され落ちていないので、あの地が天空にあることは知る由もないはず。

 ならば問題ない。俺は質問に答えない。

 

「答えてくれないのかい?」

「……」

 

 惚けたように、首を傾げる黒孔の女。

 その問いにプレッシャーや威圧感はない。ただの純粋な問いかけだ。

 だが……。これはなんの根拠もない直感に過ぎないが、こいつにエトナの居場所を教えてはならない気がする。

 教えたら最後、必ずやろくでもないことになる。

 そんな予感があった。

 

「そっか。仕方ないね。じゃあ──」

 

 女が腰に佩いた刀に手を添える。

 すわ戦闘か──と身構えるも、

 

「これ、譲ってあげるよ」 

 

 女は刀身ではなく、刀そのものを腰から引き抜いた。

 

「至瞳器の名は知っているね」

 

 そしてその刀身を見せつけるように、ゆっくりと鞘から刃を引き抜いていく。

 

「煙刀【いはかさ】」 

 

 黒い煙を刀の形に固めたような、一切の光を宿さない漆黒の刀身。露わになったそれをまざまざと俺に見せつける。

 

「至瞳器に数え上げられる業物、その一振りさ。レシーなんかはよく、そこらではお目に掛かれぬ代物、なんて定型句で自慢するね」

「受け取らんぞ」

「……まだ最後まで言ってないけど?」

「どうせ代わりにエトナの居場所を吐けというのだろう。だったら受け取るつもりはない」

「確かにそのつもりだったけど。……うーん、そんなあっさり袖にされると傷つくなぁ」

 

 一応傑作なのに、などと呟きながら刀身を鞘に納め、刀を腰に差し直す女。

 

 ……噂でのみ語られる至上の武器、至瞳器。

 その実物を初めてお目にかかった。至瞳器はどうやら噂のみ存在ではなかったらしい。

 それをしかも、目の前の女は俺に譲るなどと言うではないか。

 

 ──見え透いた地雷だ。裏がないわけがない。

 発売して二週間程度経ってなお、ゲーム中でまだ誰も手にしてないない最高峰の武器。

 それをぽっと出の顔面穴女が急にあげるなどと言い出してきて、一体誰が受け取ろうか。

 絶対受け取ったらろくなことにならんぞ。

 それか贋作を掴まされるとかか? なんだっていい。

 そんな旨い話があるはずがないのだ。

 絶対にどこかで代償を払わさせられる。だったらお断りだ。

 それに俺は、エトナが打ってくれたこの腐れ纏いで十分満足しているんでな。

 まるで靡く様子のない俺に、女は観念したように肩を竦めた。

 

「レシーが粉をかけてる奴がいるって聞いて来たんだけど、私もフラれちゃったなぁ」

「さっきから聞き捨てならないが、お前レシーの知り合いか?」

「せっかく偶然を装ってアプローチしたのにね。あ、名乗ってなかったっけ。私はテレサ」

 

 さっきも名前を出していたが、チュートリアルで俺をボコして以来音沙汰の無かったレシーの名をまさかこんなところで聞くなんて。

 こいつら知り合い同士か? ならどういう繋がりなんだ。目的は? だいたいレシーはなんで俺をボコした。

 聞きたいことが一気に山ほど増えたぞ。

 

「ごめんね、長居するつもりはないんだ。あんまりお喋りしてたらきっとレシーの機嫌を損ねるし」

 

 問いただそうと俺が口を開くより先に女が鞘に手を添え、親指で柄を押し出して僅かに刃を引き出す。

 

「【黒烈】」 

「何だ!?」

 

 鞘からかすかに抜き放たれた刀身から、もくもくと黒い煙がとめどなく噴き出していく。

 俺とカノンがすわ攻撃かと身構える中、たちまち巨大な暗雲と化した煙は無貌の女を乗せて空へと浮かび上がる。

 

「じゃあね。エトナによろしく」

「お、おい待て!」

 

 短く別れの捨て台詞を残した女は俺の制止する声も効かず、黒雲に乗って高空へと昇っていく。

 そのまま雲に乗った侍は、こちらを一瞥することもなく遥か彼方へと飛び去って行ってしまった。

 

「な、なんだったんだアイツは……」

 

  




あーっ! アリマ君がまたヤバそうな女に引っかかってる!


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再会

「なんだったんだ、あの侍……」

「さぁ……」

 

 顔の無い不気味な侍。エトナの存在に興味を示し、レシーとの関係を匂わせた謎の存在はこの場を去った。

 まさかエトナの居場所の対価に至瞳器まで出してくるなんて。

 しかも見たかあの力。

 刀が大量の黒煙を吹き出して、孫悟空の筋斗雲のように煙に乗ってどっか飛んで行っちまった。

 あんな能力をもつ刀が、凡百の品であるはずがない。

 女は刀を至瞳器と嘯いていたが、その言葉に偽りはなかっただろう。

 

 だからこそ、本気で俺に譲るつもりだったのが恐ろしい。

 単眼の鍛冶師、エトナの情報はそれほどの価値があるものなのか?

 現状、客観的に見れば彼女の能力は決して優れているとはいえない。

 俺の愛用している失敗作の武器は、失敗作というだけあって大鐘楼の店で売り出されている刀剣の下位互換。

 腐れ纏いは例外とするにしても、決して優れた能力を持っているわけではない。

 もちろん俺は近い未来エトナがそうなることを期待しているが、彼女はまだ未熟だ。

 腐れ纏いを除き、全ての武器の名称が『失敗作』なのだから間違いない。

 

 更にはあいつ、ゲーム初めたての俺を一方的に蹂躙したレシーの名前を口にしやがった。

 彼女が直接名乗ったのを除けば、ゲーム内でその名をはじめて聞いた形になる。

 単に友人というだけか? ダメだな、進展があったように見せかけてなんにも変わらん。

 幸い、あのテレサと名乗った侍は意味深な雰囲気を漂わせるだけ漂わせたあと姿を消した。

 俺やカノンに危害は及んでいない。後に控えた湿地の探索にはなんの支障もきたしていない。

 故に、このまま探索を続けようとしたのだが……。

 

「敵ぃっ!?」

 

 ガキィン、と甲高い金属音が鳴る。

 カノンの悲鳴じみた報告に咄嗟に反応して蹴った俺の足の音だ。

 金属質な高音は、蹴りの精度が低い時に出る。

 俺の足甲は斬撃による痛手を負い、大きくひずんでいた。

 だが構うことはない。回転の勢いを殺さずに剣を薙ぎ払う。

 

 ケープのはためくコート。満月のような黄金の瞳。大きなトップハット。携えた翡翠刀

 見間違えるはずもない。

 

「てめぇ、レシー!」

「ほう、当ててくるか!」

 

 馬鹿言え、かすっただけだ。

 分厚いコートの生地の上を剣先が滑っただけ。毒の効果は期待できない。

 

「敵なら容赦しないぜ!」

 

 すぐさまカノンが援護のアイテム投擲。

 赤い液体の詰まった瓶は重装備の蜂の兵士を一撃で葬ったもの。

 しかし瓶はレシーにぶつかることはなく、空間に飲み込まれるように虚空に波紋を立てて消失。

 ──何が起きたか考えるのはあとでいい。一気呵成に攻めを続行する。

 飛び掛かるような回し蹴りから、捻りを加えた回転斬りへ。

 

「くく、面白い戦い方をするじゃないか。まるで他人とは思えないなぁ、ん?」 

 

 それを機嫌良さげに間合いで避ける帽子女、レシー。

 そうだ、この足さばきだ。初めて戦ったときもこれでまともに攻撃が届かなかった。

 だが今は。

 【絶】。強引に間合いを操作した蹴り。

 どういうつもりでのこのこ出てきたか知らんが、逃がさんぞ。

 初戦の雪辱を晴らしてやる。

 

「【絶】も物にしているのか! 凄いじゃないか、我が事のように嬉しいぞ」

 

 喜色混じりに喋りかけながら俺の蹴りを同じく蹴りで叩き返すレシー。

 ──これが【絶】の弱点、攻略法か。

 例え間合いを強制的に操作できようと、攻撃そのものを弾き返されれば無防備な姿をさらしてしまう。

 回転を活かして連撃に繋げることもできない。

 レシーが使っていた戦法だけあって対策済みかよ。

 というか実際に参考にしたとはいえ、レシーが師匠面してくんのが無性にムカつく。

 

「そういうことなら話は別だ。先を見せてやる、捌いてみせろ」

 

 至近距離の戦闘を嫌がって後ろに飛び退いた俺を追って飛び蹴りをかますレシー。

 常軌を逸した加速は明らかに【絶】の効果が乗っている。

 レシーがやったように蹴り返すのは得策ではない。足甲がひしゃげているからだ。

 【絶】の追尾能力は俺もよく知っている。間合いの外に出るのは不可能と言って差し支えない。

 故に、下策とわかっていてもなお蹴りを防御するしかなかった。

 盾が無いのが悔やまれる。だが、代わりになるものはあった。

 

 失敗作【特大】。

 巨大な刀身の腹は分厚いだんびらそのものであり、尋常な盾に比肩するほどの強度はある。

 回避行動を完全に放棄することで装備変更不可状態の解除を待ち、ギリギリのところで特大剣に装備を付け替える。

 この特大剣を振りぬいて生じた隙を装備解除で消すことはできない。

 だが、棒立ちのニュートラルな静止状態なら装備変更できることは検証済み。 

 この重い剣を咄嗟に自在に振るうことはできなくとも、両手で構えるくらいはできる。

 腰を低く構えることで、俺は大気を裂いて迫りくる脚を巨大な剣の腹と手甲で受け止め──る事はできなかった。

 受け止めんと意識していた衝撃が訪れなかったのだ。

 代わりに腕と大剣がするりと地に落ちる。

 

「【空列】。お前ならすぐ覚えられる」

 

 ……腕が、構えた大剣が、斬り落とされた?

 何が起きたかわからぬまま逆の脚でもう一撃飛んでくる。

 袈裟の軌道。まともに食らえば即死。

 咄嗟の出来事に思考が遅れ、回避が間に合わない。

 

「──ちょっとスパルタが過ぎるんじゃないの?」

 

 絶体絶命の瞬間、割り込んだ黒い刀が火花を散らしてレシーの蹴りを逸らす。

 

「……テレサ」

 

 眉を顰め、不機嫌そうに下手人の名を呟くレシー。

 窮地を救ったのは、先ほど空の彼方に姿を消したはずの侍。

 貌に大穴の空いた女、テレサであった。

 身体のほとんどが黒い煙と化しており、肩から上だけを実体化させている。

 これも至瞳器の力だというのか。

 

「邪魔立てするな。彼に名乗ってもらう約束がある」

「……だったら素直にそう聞けばいいじゃないの」

 

 そんな約束あったっけ。

 そういえば確かに前回のレシー戦後、意識が暗転する直前にそんな内容のことを言われた気もする。

 でもあれって死亡寸前の俺に勝手に言葉掛けてただけだろ。

 あれを約束というには無理があるのでは。

 

「……。……アリマ」

 

 迷った。迷ったが、名乗らないともっと面倒ごとに発展しそうなので名乗った。

 

「いい名前だ。覚えたぞ。いらぬ邪魔が入ったせいで私の理想の状況で聞きだせなかったのが悔やまれる」

「自己紹介ありがとね、アリマ君。じゃあこいつは私が責任もって持って帰るから」

「何? 駄目だ。彼は私が見つけた。アリマも私に学んでいる。彼の面倒は私が見る」

「ごめんねアリマ君、この女の人めんどくさいんだ」

「めんどくさくない! おい、離せ!」

 

 刃を交わすテレサが、吠えるレシーを刀から出した黒煙で絡めとる。

 あの捉えどころのないレシーに対し舌戦で優位に立っている。不思議な光景だ。

 

「今度こそ、じゃあね~」

 

 そして先ほどと同じように黒い雲に乗って空へと飛び立つテレサ。

 違うのは、暴れながら抗議するトップハットの女が黒雲に巻き込まれていること。

 俺は頭と両腕を失ったまま、二人を見えなくなるまで茫然と見送ることしかできなかった。

 

「なんだったんだアイツら……」




初登場時のミステリアスな雰囲気をちょっぴり生贄にヒロインとして主張しだしたレシーさん。
登場人物の挙動は本当にコントロールが効きません。お前そんなやつだったのかという驚きの連続


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生還

 因縁のレシーとの突発的な再会。

 予兆も無く強襲してきたレシーとの戦闘は、これまた突拍子もなく再出現したテレサの介入によって俺たちは生還した。

 だが、負った傷は大きい。なにせ両腕を足で斬り落とされた。

 冷静にどういうことだよ。蹴りは刃物じゃありませんが?

 あいつは直前に【空列】と口にしていた。

 おそらくスキルの名称だろう。順当に考えるなら蹴り技に関わるスキルだ。

 詳細な効果はわからない。想像すらつかん。キックでものを斬れるようになるだけ? そんなまさか。

 

 ともあれ【絶】がそうであるように、蹴りに特別な効果を付加するものではあると思う。

 言いなりになったようで業腹だが、今一度修行を挟んでみるのもありかもしれない。

 やつの口ぶりでは、俺にそのスキルを修得するだけの素養はあるようだった。

 むしろ【絶】を覚えていることにさえ驚いていたような。

 蹴りを愛用するだけで覚えられるスキルではなかったのか?

 修得に何か細かい条件が介在するユニークスキルだったのかもしれない。

 

 だとすると、その【空列】とやらの習得は一筋縄ではいかない可能性が高いか。

 だが、覚えられる素養があるとわかってしまうと覚えたくなるのが人情。

 近頃戦闘スキルで困っていなかったから選択肢に入っていなかったが、地下水道でやったようにスキルの習得を直近の小目標にしてみるか。

 まあ、どのみち今すぐできることはない。

 

「アリマ、とりあえずこれ持ってきたけど……」

 

 カノンがしずしずと持ってきてくれたのは、今の戦闘で斬り飛ばされた俺の両腕。

 しかし受け取ろうにもその為の腕がなくては……と、思いきや、なんと装備することができた。

 こんなのも許されるのか。

 素晴らしきかなリビングアーマー。

 

「だ、大丈夫なのか、それで」

「……いや。見た目だけだな。体力の消耗は著しい」

 

 切断面がきれいなおかげで影響でぱっと見は元通りだが、流石にダメージまで回復はしないようだ。

 というか蹴りで斬ったとは本当に思えない。スキルの影響が介在しているのは明らか。 

 ただでさえ兜が無くて体力値が低いというのに、ここにきて追い打ちだ。

 足甲が片方歪んでいるのもよくない。いつもより足の動きがぎこちなく、うっかりすれば転びかねない。

 

「剣が折れるのも、久々だな」

 

 拾い上げたのは、エトナが打ってくれた失敗作【特大】。

 苗床に有効打を与えた俺の切り札は、レシーの足技によってなで斬りにされてしまっていた。

 剣というには長すぎる刀身も、半ばからスパっと斬り落とされて丁度いい長さにされている。

 片方は握りがないが、折れた刃を両手に一本ずつ持てば双剣として使えそうだ。

 まあする意味もないのでしないが。

 よもや、手持ちの武器の中でもっとも巨大かつ頑丈な武器が最初に壊れるなんて。

 思い返せば初めてレシーと戦った時も剣を壊されていたな。

 今回はあのときよりも巨大な剣を用意したが、今回もあえなくへし折られてしまったな。

 しかも足で。

 

「すまんが撤退しよう。この状態じゃ無茶はできなさそうだ」 

「了解だ。また来ればいいしな」

「敵との遭遇もなるべく避けよう。この腕で敵をうまく斬る自信がない」

 

 困ったことに、腕の変な場所に関節が増えたような状態だ。戦闘したらどうなるか知れない。

 リビングアーマーとしての体質は鎧が千切れても関係なさそうだが、肝心の中身の俺が変形した鎧の形に対応できない。

 将来変な形の鎧を入手したとしても、その形状を活かす練習が必要になるってことでもある。

 ……当分は直観的に動かせる人型の鎧だけでいいかな。

 

「今の帽子のやつ、知り合いだったのか?」

「ああ。右も左も分からん頃に一方的に嬲られてな。いわゆる因縁というやつだ」

 

 前はゲーム初めてたてでわからなかったが、ある程度この世界に慣れた今でも手も足も出なかった。

 こちらの手札を全て出しきったわけではないが、現時点でも実力がかけ離れていることは明らか。

 今も昔もレシーが最強の敵だな。他の有象無象とは強さが桁違いだ。

 

「なんか急に出てきたな。何者なんだ?」

「さっぱりわからん」

「それにしちゃ、随分執着されてる様子だったが……?」

「それもわからん」

 

 前回も今回も唐突に現れて襲い掛かってきたしなぁ。

 俺がやったことは一方的に倒されないように抵抗しただけだぞ。

 ただの被害者だろう。

 

「それに、あんな妙な能力があるのは知らなかった」

「私の投げた瓶、どこに消えたんだろうな?」

 

 戦闘が始まってすぐ援護してくれたカノンだが、効果を発揮することはなかった。

 瓶が届く前に虚空に呑まれて消えたのだ。ちゃぽんと水面に沈む様な波紋を伴って。

 詳細不明だが、飛び道具対策か?

 俺の近接攻撃をあんな不可思議な力で防がれたら流石に忘れないし、見逃さない。

 今だって逆立ちしても敵わないくらい力の差があるというのに、レシーにはまだ使ってない力があるようだ。

 折角戦勝気分に浸ってのんびり湿地を散歩していたのに、レシーのせいで台無しだ。

 

「まあそんな気を落とすなって、村に戻ったら新しい鎧もできてるだろうしさ!」

「ああ、そうだな……」

 

 カノンに励まされながら、俺たちはとぼとぼとエルフの村へと帰路についた。

  




カノンちゃんだけが癒しなのかもしれない


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村の蜂蜜の用途

「……どうした、その姿は」

 

 帰還中、ばったりと出くわしたリリアの第一声がこれである。

 壊れた足甲と斬り落とされた腕を見ればそんな感想にもなるか。

 

「湿地を歩いていたらめんどくさいのと遭遇してな」

 

 やつは己をめんどくさくないと弁護していたが、どう考えてもめんどくさいぞ。

 

「滅多なことでは重症を負わないお前が、遅れを取るほどの相手か?」

「ああ。手練れだった」

 

 長らく湿地での探索を共にしていたリリアは、俺の慎重すぎる探索スタイルを知っている。

 リスクを避け、時間を掛けてゆっくりじっくりと進んでいくのが俺のやり方。

 故に初見の相手であっても大きなダメージを負うことはほとんどない。俺がリビングアーマーということを差し引いてもだ。

 こんなあからさまに大ダメージを負うのは、敵がよほど格上の場合くらい。

 リリアもそれにわかっているため、静かに驚いているようだった。 

 

「それよりリリアはなぜここに?」

 

 ここはまだエルフの森の外、湿地側だ。

 長老の元に神殿蜂の蜜を持って行ったリリアがここにいるのは不思議に思う。

 わざわざ俺たちを迎えに来たという事もないだろうし。

 

「ああ。森の外に面するこの場所に、これを設置しに来たんだ」

 

 そう言ってリリアが取り出したのは、琥珀色に輝く細長いクリスタル。

 

「何だそれ? 高く売れそうだな」

「いいや、金よりよほど有用だ。見ていろ」

 

 普段金欠に苦しむカノンがクリスタルを金目のものではと予想したが、それをやんわりと否定するリリア。

 彼女は手に持った琥珀色のクリスタルを、ゆっくりと足元の地面に突き刺す。

 クリスタルは輝きを増し、やがて地面へと溶け込むとその姿が掻き消える。

 代わりに、湿地の大地に大きな琥珀色の魔法陣が光となって浮かび上がった。

 

「おお! ……つまりどういうことだ?」

「うむ。あれを見ろ」

 

 俺の疑問を全てカノンが直情的に聞いてくれるので楽で助かる。

 リリアが指示した先を見れば、平たい板のような物体が空からこちらにやってくる様子が見えた。

 飛行する板は音もなく俺たちの傍まで飛んでくると、魔法陣の上にゆっくりと着陸した。

 

「これは、神殿蜂の?」

「いかにも。蜂蜜を加工して作ったエルフの森の内外を繋ぐリフトだ。早速乗っていくといい」

 

 促されるまま、琥珀色のリフトの上に乗ってみる。

 相当数往復しているエルフの森だが、毎回リリアがガイドを担当してくれていた。

 初見というには無理があるが、攻略済みとも言い難い。

 そのため、実をいうと手負いの状態でエルフの森を抜けることに危機感を感じていたのだ。 

 リリアがリフトを用意してくれたのはまさに渡りに船だった。

 物言わず浮遊したリフトは森の木々よりも高く浮かび上がり、エルフの村目掛けてまっしぐらに進んでいく。

 手すりがないのがちょっと恐ろしいが、リフトの大きさは充分。

 暴れたりしなければふり落とされることはなさそうだ。

 

「毒霧が晴れたことで森の外に出るエルフの増加を予期してな、長老と相談してこれを作ったのだ」

「エルフは森を出られるようになったのか」

「ああ。霧が晴れたことを理由に森を説得した。いずれ父が大々的にお触れを出すだろう」

 

 それまではプレイヤー含むエルフ達も森を出られるとは気づかないか。

 森からは出られないという先入観が強くあれば、今さら試そうともしないだろうしなぁ。

 しかしリフトはこれ一枚か? どう考えても混雑するぞ。

 

「確かに便利だが、リフトが一つだけじゃ不便じゃないか? もちろんないよりマシだとは思うが」

 

 このリフトのサイズなら多くても10人強くらいしか乗れなさそうだ。

 村にいるプレイヤーが行き来するのに使うなら、流石に滞るだろう。

 そんな俺の懸念を、リリアは動じることなく否定した。

 

「施工者はシャルロッテだぞ。そんな心配は無用だとも。このリフトはたった一つだが、謎の原理で村に複数遍在している」

 

 なんだそりゃ。

 そういえば、シャルロッテは以前から村に便利なマジックアイテムをいくつも提供しているという話があった。

 なら、このリフトはシャルロッテの新作のマジックアイテムということか? 

 

「一枚なのになんで複数あるんだ」

「知らん。説明してくれたが理解できる気がしなかったので全て聞き流した」

「おい」

「一応、リフトがどれか一つでも壊れれば他の全ても破損するそうだ。暴れるなよ」

 

 たしかにシャルロッテは以前から村に便利なマジックアイテムをいくつも提供しているという話は聞いていた。

 このリフトはシャルロッテの新作ということになるのだろう。

 でも一枚しかないリフトを同時に複数存在させるってどうなってんだよ。

 シャルロッテのやつ、やることなすこと全部でたらめだ。

 

 プレイヤーにも同じ魔法が行使できる以上、このゲームの魔法は学術的に体系化されているはず。

 だのにシャルロッテの魔法だけおとぎ話に出てくるお助け役の魔法かよってくらい都合がいい。

 俺の視点だと魔法がなんでもできる理想の力にさえ見えてくる。

 シャルロッテ、どれほどの領域に達しているんだ……?

 

「しかしリリア、よくシャルロッテのところに頼みに行けたな。エルフじゃ近づきにくいんじゃなかったか」

「むしろ今が好機だったのだ。今、彼女の館は魔法で機械の姿をしていない」

 

 そういえばそうだ。あの機械と鉄まみれのシャルロッテ宅は現在洒落た洋風の家になっているのだった。

 エルフも今ならシャルロッテに容易くコンタクトを取れるんだな。

 

「このリフトも、森林銀の鎧を作り終わったシャルロッテが片手間に製作してくれたものだ」

「なに、鎧はもう完成してるのか。むしろ俺たちが少し湿地に長居し過ぎたか」

「イレギュラー多かったもんなぁ」

 

 カノンの仰る通りである。軽い散策で追えるつもりがついつい熱が入って深入りしすぎた。

 そして湿地で釣り人を見つけた辺りから歯車が狂い始めたのだ。

 ……ん? 歯車?

 

「そういえばカノン。歯車キノコを採取するって約束があったと思うんだが」

「ん? 忘れてないぜ。今さら無しとか許さんぞ」

 

 カノンとは、沼地地帯に生息していた金属質のキノコをあとで採取しにいくという約束を交わしていた。

 だが、全てのキノコが姿を消した現在、その約束を果たすことはほぼ不可能と化している。

 ……やべ、気まずい。

 でも、真実を伝える他ないよな。

 

「いや。破るも何も、苗床を撃破して以来、湿地からキノコが消滅してるんだが……」

「え……」

 

 俺を見上げまま表情を凍らせ、しばし茫然とするカノン。

 彼女も俺の発言の意味をよくよく理解しているのだろう。カノンだって俺と一緒に湿地を見て回ったのだ。

 あれほどたくさんあったキノコが悉く消滅していることは、彼女もしっかり理解しているはず。

 

「やだ」

「……何て?」

「やだーっ!」

 

 突如として両手を振り上げ憤慨するカノン。

 こいつ、現実を認めない気だ!?

 

「そ、そうは言ってもだな、無いものはどうしようも……」

「やだーっ! だって約束したじゃん!」

「いや、確かにそれはそうなんだが……」

 

 なんとかして宥めすかそうとするも、カノンはさっぱり聞く耳を持たない。

 カノンってもう少し大人びた子だったよな? なんか幼児退行してないか……?

 とはいえ約束を認めたのは俺。彼女には散々世話になったし、今さら邪険にするのも心が痛む。

 助けを求めるようにちらりとリリアの方を見るも、彼女は黙って首を横に振るのみ。

 なぜだ。先ほど『リフトで暴れるな』と釘を刺していたじゃないか。

 リリアには俺に助け船を出すつもりはないらしい。

 

 結局俺は、リフトが村に到着するまでポカポカ俺を殴るカノンを必死で慰めることとなった。

 




みんな歯車キノコが消滅したことを気にしていましたね
カノンちゃんが怒るのもやむなしです


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禁断症状

 リフトが村に着くと、俺はむくれたカノンを引き連れてシャルロッテの館に戻った。

 

「待ちかねたわよ。あらリリアも一緒なの……なに、どうしたの」

 

 事情を知らないシャルロッテは、俺たちの姿を見て瞠目している。

 手足を負傷した俺の姿に、見るからに機嫌を損ねたカノン。そして見て見ぬフリをするリリア。

 

「すまん、端的に説明することはできない」

「そうなの。まぁなんでもいいけれど」

 

 説明を放棄した俺に、シャルロッテが深く追求することはなかった。

 そして、気になる点が一つ。

 

「シャルロッテ、その格好は」

「ああこれ? これの方が色々と都合が良くてね」

 

 言いながら自身の衣服である長いスカートの裾を摘まんで見せるシャルロッテ。

 なんと、シャルロッテの服装があの見慣れたノースリーブに作業ズボンの組み合わせではなくなっている。

 ラーメン屋の店主が平日の昼間に趣味のバイクのパーツを交換するときみたいな服ではない。

 彼女が今身にまとっているのは、シャルロッテのイメージに似つかわしい魔術師然とした布服。

 彼女の顔つきや雰囲気を踏まえれば、今の服装が本来の姿として相応しい。

 の、だが。なぜだろう。

 

「何? そんなにまじまじ見つめて。兜が無くてもわかるわよ」

「いや、違和感が……」

 

 頭がないのに視線がバレるなんて。俺があからさまなのか、シャルロッテが鋭いのかどっちだ。 

 いやしかし、シャルロッテの服装はいつもミスマッチな組み合わせだと思っていたのに、いざ装いを改めたらしっくりこない。

 スパナ片手に煤に汚れる彼女を見慣れすぎてしまったようだ。

 

「私からすれば、むしろこちらの姿の方が馴染み深い。ずっとその服装でいて貰いたいのだがな」

「嫌よこの服暑苦しいし」

 

 リリアのささやかな願いをあっさり断るシャルロッテ。

 言い方からして、リリアも軽くあしらわれるとわかりつつも言ったようだ。

 シャルロッテの服装は高貴で格調高そうなものに見えるが、それを暑苦しいの一言で済ませてしまうとは。

 どうやら彼女は魔法系の作業に適正があるから着ているだけらしい。

 まあシャルロッテは鉄粉や油を被るのも構わないような女性だし、頓着など元よりなかったのだろう。

 でも一見すると繊細で潔癖そうに見えるから頭がバグるんだよな。

 いや、頓着が無いのは自分の容姿についてだけか? 彼女ほど熟練した職人がずさんな性格ではありえないし。

 

「なんでもいいけど、鎧は出来てるわ。こっちよ」

「おう」

 

 促されるまま書庫のような館内を進む。

 信じられないことだが家の間取りまで変わっている。こんな上品な建築の廊下なんて絶対なかったぞ。

 前は広いガレージが敷地の大半を占めていた。建物すら別のようだ。

 にしても、ガラクタが転がっていたときと異なり、物がきっちりと整頓されている。

 前は歩く足場にも困るような始末だったのに。 

 

「場所も人物も同じとは到底思えん」

「声に出てるわよ」

  

 いけね。

 

「言っておくと、繊細なのは私じゃなくて魔法の方だから」

「どういうことだ?」

 

 まあまあ失礼なことをうっかり漏らしてしまったが、返ってきたのは興味深い言葉。

 シャルロッテが気分を害した様子は無いので、詳しく聞いてみる。

 

「言葉通りの意味よ。魔法って神経質な調整が必要だから」

「そうなのか。あまりイメージはないが……」

「見た目からわかりにくいけど、厄介な前準備が必要だったりするのよ。結局私は面倒だから全部すっ飛ばせるよう自己流に改造しちゃったけど」

 

 ……。うん、だからそれが普通の人にはできない芸当なんだよね?

 リリアがすごく物言いたげな視線をシャルロッテに送っているぞ。

 完全無知の俺はともかく、リリアは素人程度の知識くらいは持ち合わせている。

 そのリリアがそういう態度を取っているってことは、魔法における基礎的な部分を根本的に覆してるってことじゃないのか?

 

「その点、機械はわかりやすくていいわね。動力とその伝達が構造の全てなんだもの」

「そういう捉え方なのか」

「そうよ、魔法で動く道具なんて面倒極まりないんだから。製作者以外には何がどうなってるんだかさっぱりだし」

 

 両方に精通するシャルロッテが言うんならそうなんだろうが、魔道具に対するネガティブな意見は貴重だなぁ。

 やっぱり馴染みのない俺たちプレイヤーは無条件でありがたがるし。

 ただ発言者が機械愛好家のシャルロッテだから、機械を褒め称える方向に寄りすぎな部分はあるかもな。

 

「やっぱり時代は機械よね私なんてもう最近になると故障の原因を突き止められなくて額に青筋を立てながら何度も何度も組み直す時間すら愛おしくなってくるくらいだし」 

 

 ほらやっぱ発言がちょっと偏ってるって。

 しかもなんか変なスイッチが入ってしまったらしく彼女のボルテージが上がってしまっている。

 もっとゆっくり喋った方がいいって。その文章量を息継ぎなしで言い切るのはつらいだろ。

 なんて杞憂をするも、機械の魅力を滔々と語り出すシャルロッテはまだ止まらない。

 とうとう先導する足すら止めてこちらを振り向き熱く語り出してしまった。

 

「そもそも全ての機械の動作不良には必ずどこかに原因があるのよそれを考えて考えてやっと原因に辿り着いた瞬間の快感ったらないんだから!」

「お、落ちつけ、わかった、わかったから」

 

 頬を赤く染めながら俺に掴みかかり語り掛けてくるシャルロッテ。

 近すぎる。圧が、圧がすごい。

 

「……。ちょっといい?」

「よくない。近い。おい、おい! 聴こえてるか!?」

 

 兜が無いせいで距離感を測りかねているのか、シャルロッテの顔があまりに近い。

 巷でいうガチ恋距離というやつだ。俺の視界のおよそ100%がシャルロッテの紅潮した美貌に占拠されている。

 助けを求めて仲間たちの方を見るが、リリアは苦々しい顔で首を横に振っており、その隣のカノンはうんうんと頷いている。 

 リリアはこうなったシャルロッテがもう誰にも止められないことを知っており、諦めろという意味で首を横に振っているのだろう。

 対してカノンはシャルロッテの語った機械のすばらしさに深く賛同しているようだ。いやお前は助けてくれよ。

 

「すぅーっ……。はぁーっ……」

 

 そして何を血迷ったかシャルロッテは俺の身体を力強く抱き寄せ、金属鎧の体に顔を寄せて長い深呼吸。

 俺、ひたすらに困惑。

 

「すぅーっ……。はぁーっ……」

 

 コイツ二回目の深呼吸に入りやがった。

 

「……ふぅ。少し取り乱したわね、ごめんなさい」

「いや流石に説明を求めるが」

 

 二回分の長い長い深呼吸ののち、俺はシャルロッテの熱い抱擁から解放された。

 今のなんだったんだよ。機械語りに熱が入って俺に掴みかかったのは百歩譲って理解するとして、そのまま俺を抱きしめてきたのは意味不明。

 しかも何故か若干やつれ気味だったシャルロッテの肌が、この一瞬のうちにつやつやとした潤いを取り戻している。

 ……俺、なにか吸い取られてないよな?

 

「魔法系の作業に集中し過ぎたせいでしばらく金属に触れられてなかったのよ。それでちょっと正気を保てなくなっちゃって」

「禁断症状じゃねえか……」

 

 満足げににこにこと屈託の無い微笑を浮かべるシャルロッテ。

 俺は彼女を機械が好きなだけの変わり者だと思っていたのだが、思っていたよりヤバいエルフだったみたいだ。

 

 




女の子はちょっと狂ってるくらいが一番かわいいのかもしれない


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新たな装備

「ほら、部屋の中心のあれが頼まれていたものよ」

 

 シャルロッテとひと悶着あったのち、連れてこられた部屋。

 作業室と思しきその部屋の中央には、立派な全身鎧が飾られていた。

 

「おお、これが! ……早速装備しても?」 

「どうぞ」

 

 鎮座する銀の鎧は、光をほのかな緑色で照り返している。俺はシャルロッテに一言断りを入れ、鎧の前に立った。

 意外だったのは、剥き出しのフルプレートアーマーではなかったこと。

 今の装備と同じような外観で、素材だけ変わったような状態をイメージしていた。でもこっちの方がいいな。

 金属鎧の上に革やキルトが重ねられており、また携行品を括り付けられるよう各所にベルトが巻き付けられている。

 兜とデザインは現在のものを踏襲したようで、丸みを帯びた形状のもの。

 

「誰かわかんなくなっても困るし、兜の見た目だけは似せてあるわよ」

 

 俺が兜の形状に関心を寄せているのに気づいたらしく、シャルロッテが短い説明を添えた。

 そうか、そうだよな。俺にとっては兜が顔も同然。

 現在の装備の特徴を継承してくれたシャルロッテの配慮に感謝だ。 

 

 にしても、念願の新装備。

 防具の更新はゲーム的な進行や成長を強く実感できるポイント。

 故にその感動もひとしお。

 

 そして俺、装備の入れ替え作業は初だったりする。

 とはいえ鎧を手にとって入手し、一つずつ装備を取り換えていけば着替えは終わるだろう。

 

 だが待って欲しい。俺はリビングアーマーだ。

 リビングアーマーというのは鎧に憑依した怨念とか思念体みたいなものだろう?

 であれば、他の鎧に乗り移ったりもできるのはないだろうか。

 それを試してみたいと思う。

 

 飾られた鎧に手を翳す。

 やり方とかわからんが、こう念じたらいけたりするのか?

 とかなんとか思っていたら視界に現れた『憑依』のポップアップ。

 あ、そういうゲームシステムみたいな感じですか。

 事務的なウィンドウメッセージに了承すれば、たちまち転換する視点。

 最初に聞こえたのは、がしゃんと鎧が崩れ落ちる音だった。

 

「うわっ、アリマ!?」

「……うまくいったぞ、俺はこっちだ」

 

 入れ替わった視点の先では、鈍い銀色の鎧が主を失って転がっている。

 ……鎧の転移、無事に成功したようだ。

 

「リビングアーマーの着替えってそういう風になるのね」

「俺も初めてやった」 

「うーむ、面妖な」

 

 他の三人の反応は興味だったり不審だったりとさまざま。

 リビングアーマーという種族が非常に少ない現状、彼女たちもリビングアーマーが他の鎧に乗り移る瞬間など見たこともないだろう。

 そんなことを考えながら、新しい体の具合を確かめる。よし、インベントリ内も持ち物もしっかり継承されているな。

 これで持ちものが引っ越しされてなかったら一大事だ。武器もさながら報酬の蜂蜜まで置き去りなのだから。

 

「着替えも済んだようだし、その鎧のスペックを説明するからよく聞きなさいな」

「頼む」

「よろしい。とりあえず森林銀自体の特性として、魔法や炎などの属性耐性に優れるわ」

 

 ほう。元の鎧でも火炎放射を突っ切れるくらい火に強かったが、この鎧はそれ以上か。

 おそらくはそうした特性が加工難易度にも関係していそうだが、防具として身に纏う分には心強いことこの上ない。

 

「ただし物理的な強度は通常の金属鎧と大差ない。そこは留意しておくようにね」

「前より鎧が分厚いが、それでもか?」

「古い方は薄板でも衝撃を受け流せるよう凸曲面があったけど、森林銀の加工難度じゃ同じことができないのよ。代わりに単純に装甲を分厚くして防御力を上げてあるわ。この方が最終的な強度も高いし」

 

 なるほど、そういうものか。

 俺がなるべく被弾を抑える立ち回りをしている為にめっきり出番のない【衝撃吸収】というスキルがある。

 ひょっとしてこれも、防具によって習得にボーナスが掛かっていたりしたのか?

 まずい、こういう自力での発見が困難な情報に興味が湧くとついネットで攻略情報を調べたくなる。

 だが我慢だ。そういうのに頼るのももっと行き詰まったり、ゲームの遊び方に限界を感じてからにすべきだ。

 自分でゲームの遊び代を削るような真似はすまい。

 そうして葛藤している内に、シャルロッテの説明が次に続いていく。

 

「あとは僻地でも活動しやすいように風雨や毒、酸などの自然の脅威には強く作ってあるわ。まあ森のエルフの作った鎧だから当然ね」

「おお、それは助かるな。最近酸を掛けられて困ったばかりだ」

「うーむ。聞けば聞くほど私も欲しくなってくるぞ」

「貴方の分はないわよ」

「わかっている。言ってみただけだ」

 

 野戦に適した森林銀の鎧。そりゃ確かに同じエルフのリリアから見ても垂涎の品か。

 悪環境での戦闘はこれからどんどん増えていくだろう。

 地下水道のような清潔な環境の場所はかなり少数で、多くは沼地や森のような自然環境だと予想される。

 鎧の上に纏う布はそうした脅威に抗するためのものか。もし人が着れば、温かさも確保してくれるだろう。

 着心地の良さにも気を払ってくれているらしい。今は無用だが、あって困る要素でもない。

 前にカノンを収納したように、今後誰かを着せる状況が来るかもしれないからな。

 

「それと同時に静音性や隠密性にも気を配ってあるわ。どうせやるのは正面戦闘だけじゃないんでしょ?」

「至れり尽くせりじゃないか」

 

 確かに前の鎧のように一挙手一投足にかちゃかちゃとした金属の擦れる音が伴わない。

 リビングアーマーという種族を選んだ以上、隠密行動とは永久に無縁だと思っていたが、まさかそこまで配慮してくれるなんて。

 静かに動けるなら、できることも増える。まさか鎧を交換することで戦術の幅まで広がるだなんて。

 

「あとはベルトに着いてる腰の嚢ね。小規模な収納魔法を仕込んであるから、爆弾でもスクロールでも好きなものを仕込んでおきなさいな」

「便利すぎる……」

 

 試しに腰に着いた小さな袋にカノン用の回復薬をひとつ入れてみると、明らかに袋に入らないサイズの瓶が吸い込まれるように収まった。

 重い液体の重量も袋からは感じない。流石に二つ目は入らないようだが咄嗟にアイテムを取り出すのにはめちゃくちゃいいぞ。

 雑多なインベントリから目的のアイテムを取り出すのは難しい。

 戦闘時など余裕のないタイミングであれば尚更だ。

 だが、この小袋があれば咄嗟に取り出すのも容易。見た目以上に便利だぞこれは。

 

「アリマアリマ、それと同じ袋を大鐘楼の街で買おうとすると目玉が飛び出るほど高いぞ……」

 

 囁くように教えてくれたのはカノン。やっぱそうだよな、これ絶対めちゃくちゃ便利だもの。

 頼んだのは森林銀製の鎧だけだったはずなのに、まさかこんな有用な副産物まで一緒につけてくれるなんて。

 そして、腰に括りつけらているものが他にもまだあった。

 

「遠眼鏡とカンテラもおまけで付けておいたわよ」

「いいのか、そこまでしてもらって」

「大したものでもないしね。一応マジックアイテムだけど、壊れにくい以外の効果はないから期待しないでね」

「これ以上など望むべくもない。もっと欲しがったらバチが当たりそうだ」 

 

 さっそく試しにカンテラに触れてみると、ぼうっと優し気な青い光が内部に灯った。

 これがあれば光の届かない洞窟の中でも安心だな。もう一度触れれば光はふっと消滅する。

 そしてこの遠眼鏡、実は前々から欲しいと思っていたのだ。

 具体的にはカノンを連れて湿地の探索をするようになってから。

 遠くにあるものや敵を、近づく前に観察できるというのは強いアドバンテージだ。

 特殊な瞳によってサポートしてくれたカノンの働きぶりからもその有用性は証明されている。

 どこかのタイミングで大鐘楼に戻ったら買い求めようと思っていたのだが、先んじてシャルロッテが用意してくれるとは。

 できる女だ、シャルロッテ。機械に狂いさえしなければ。

 

「気に入ってくれた?」

「ああ。率直に言って想像以上だ。これほどいい仕事をしてくれると思ってなかった」

「そう? 嬉しいわ。はりきった甲斐があったわね。……ところで」

「どうした?」

 

 突然よそよそしい態度を取り出したシャルロッテ。

 そんな彼女を怪訝に思っていると、シャルロッテは落ちていた旧俺の鎧を抱え上げた。

 そして、お茶目にウィンクしながらこう言ったのだ。

 

「これ、もらっていい?」

 

 お前普段そんなことする奴じゃなかっただろ。

 キュピーン☆ なんて効果音が伴いそうなくらい渾身のウィンクじゃねえか。

 俺の鎧は兜が消失し、腕は千切れ、片足がひん曲がったボロ状態のものだ。こうやってみると酷いもんだ。

 シャルロッテは捨て身の色仕掛け? をする位これが欲しいようだ。

 たぶんシャルロッテもエルフの村に居を構える以上、滅多なことでは新しい金属を入手するのも難しいんだろう。

 レシーの浴びせ蹴りで叩き割られたり、川に流されてボコボコになったりと色々あった俺の鎧。

 うーむ、やはり冒険を共にしてきた鎧だけあって、いざ手放すとなるとちょっと感傷に浸ってしまうな。

 それに思い出を抜きにしても、スペアの鎧を持っていたら色々と悪さができそうだから本当は持っておきたいのが本音。。

 だけどまあ、いいだろう。

 

「いいぞ、譲る。好きに使ってくれ」

「やったぁ!」

 

 ウィンクした姿勢で返事を待って固まっていたシャルロッテが、拳を握り小さくガッツポーズする。

 そんなに欲しかったのか、その鎧。

 

「アリマお前、そうやってまたシャルロッテに金属の餌を……」

「これだけ良くしてもらったんだ、礼代わりになるならいいじゃないか」

 

 小さく跳ねて歓喜するシャルロッテを横目に、俺へ苦言を呈するのはリリア。

 でもシャルロッテは俺の依頼をあっさりと受けてくれた上に、サービスで副次品のマジックアイテムまでおまけしてくれた。

 湿地の攻略に協力してくれたのもあるし、これくらいの頼みは聞いてあげるのが筋だろう。

 そんな餌付けみたいに言われるのは心外だ。

 

「それに、シャルロッテの力になってほしいと言ったのはお前じゃないか」

「それは、まあ確かにそうなんだが」

 

 リリアとしてはやはり、機械や金属に囲まれたシャルロッテを見るのは辛いものがあるのだろう。

 だが、俺も先ほどの機械に狂って顔を赤く染めながら熱弁するシャルロッテを見てしまったからわかる。

 

「リリア。彼女を矯正するのは不可能だ。観念しろ」

「くっ……」

 

 悔し気に吐息を漏らすリリアの視線の先では、晴れて自分の物となった鎧と熱烈なキスを交わすシャルロッテの姿。

 

 なにしてんだアイツ。

 




シャルロッテは有能だしかわいいし狂ってるしで褒めどころしかないですね
常にその時書いてるキャラが一番好きかもしれないと思ってます
なので二位がアリマくんで変動しない


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情報屋の悩み

これで長かった湿地編、2章も終わりです


 シャルロッテから受け取った新装備。具合を確かめる意味も含め、俺はカノンを連れて再び湿地に戻ってきた。

 俺たちは湿地のフィールドボスを撃破し蜂蜜という希少な素材、そして新装備という素晴らしい報酬を受けとることができた。

 だが、この湿原における目標はまだ完遂していない。

 そう、マッピングが完了していないのだ。

 これはまともな金策をしていない俺にとって、非常に大きな収入源。

 これをやらないことには首が回らないのだ。

 他の情報がドーリスに安く買いたたかれるとは思わないが、収入などあればあるほどいい。

 カノンとの契約が続いているうちに探索しきってしまいたいしな。

 

 なお、今回リリアは同行していない。

 ……実をいうと、俺はまだリリアがついてきてくれるものだと思っていた。

 だが、リリアは自分の口で改めて村を救ってくれたことについて礼を告げ、その上で謝罪した。

 片腕の私では、もはや力にはなれないと。

 リリアは俺を毒霧解決の任に縛り付けるため、呪いを行使した。

 その代償に彼女は片腕を失ったのだ。

 リリアは森の恩恵を強く受けられる場所でなければ、到底戦力にはなれないと言っていた。

 そうしたいきさつで、彼女とのパーティは実質的に解散となった。

 エルフの村をリフトによってスキップできるようになったこともある。

 今までパーティーを組んでいた中では、彼女が最長。いなくなって惜しく思う気持ちは、ある。

 尊大な物言いの割にはよく転んだりとアクの強い彼女だったが、頼りになる仲間だったのは本当。

 まあ死んだわけでもあるまいし、そう悔やむこともないだろう。

 気持ちを切り替えていこう。

 

 さて、改めて確認するのはこの湿地のエネミー。

 濁り水とキノコしかいなかったこのフィールドは、虫と花の楽園と化している。

 こいつらの情報をモンスター図鑑にぶち込むのも俺の役割だ。

 現段階のこいつらの傾向は分かりやすい。

 植物は弱くて、虫は強い。

 人喰い花に代表される花や草の姿をしたエネミーは、その場を動くことができないようだ。

 蔓をムチのように払ったり、花粉の塊を飛ばしてきたりといった攻撃のレパートリーを持つようだが、やはり動けないのは弱い。

 カノンに適当なものを投げてもらうだけで完封できる。的が動かないから外すこともない。

 

 厄介なのは深部のかつて沼だったあたりまで進むと現れる敵。

 沼は浄化された今ただの水辺となっているが、この辺りまで進むと敵が植物から虫に変わる。

 そしてこいつら、防御を捨てた速攻攻撃タイプが多い。

 一度カノンにダメージを入れたのもこの虫タイプだ。

 序盤で遠距離攻撃持ちを優遇したと思わせておいて、ここでメタってきている。

 一度目はしてやられたが、後衛を優先的に狙うとわかっていれば立ち回りはやりやすい。

 前に立って敵のヘイトを買おうとする必要はない。

 後衛のカノンと同じラインまで下がって、突撃してくる虫どもに一太刀浴びせるだけだ。

 重要なのは後衛と距離を離さないこと。ぴったりと距離を保って受けて立てばいい。

 どういう判断基準かわからんが、俺を無視して必ず後衛に突撃するのだ。

 それも、前衛をわざわざ迂回して。

 だから陣形を組み替え、カノンを狙って無防備な側面を狙えばいい。いかに速かろうと狙いがわかっていれば対処は可能。

 そのため、湿原の序盤はカノンが活躍するが後半になると活躍するのは俺になる。

 

 出てくるのはカブトムシ、テントウムシ、アメンボ。

 このうち初見だったのはアメンボだったが、こいつもやってくることは同じだった。

 前衛の気を引くように詰めてきたかと思いきや、水面を滑るように迂回して後衛を狙いに行く。

 前に様子見で軽く散歩しておいてよかったな。敵の攻撃傾向がわかっているのはかなりアドバンテージが大きい。

 前回のような不審な釣り人の影を見かけもしないし、デカい帽子を被った女が蹴り込んでも来ない。

 新品の鎧を傷つけることもなく、カノンの回復アイテムを消耗することもなく進んでいき、マップを埋めていく。

 

 ……不思議だったのは、沼エリアの最深部。

 かつて神殿蜂の巣の残骸が転がり、苗床が根城としていたおぞましい毒霧の発生地。

 全てのキノコが姿を消したのはもちろんそうだが、奇妙なことに神殿蜂の巣のほうも瓦礫がきれいさっぱり消失していた。

 あの巣も上質な建材らしいので、欠片程度でも拾っておいたら役に立つかと思ったのだが、残念だ。

 ゲーム的な都合で消滅したのか、誰かが持ち去ったのか。奇妙に思っていたのだが、答えはすぐにわかった。

 俺たちに撃破を依頼してきた方の神殿蜂の巣が巨大化していたのだ。

 空に浮かぶ正八面体が巣なのはもちろんとして、そのすぐ近くにもう一つ双子のように巣が出来上がっていた。

 巣の瓦礫は蜂たちが回収してリサイクルしたらしい。苗床の菌とか残ってねーだろーな。

 まあ湿地のキノコが全滅したんだしありえないだろうが。

 

 と、以上のように湿地全土の探索を改めて終え、俺はドーリスの拠点へ戻ることにした。

 晴れてモンスター図鑑埋めとマッピングの両作業がひと段落したからだ。

 ワープには契約が続いていることもあってカノンも同行することとなった。

 まあドーリスの元に連れていってまずいこともないだろう。

 むしろ貴重な忘我キャラと会話できることにドーリスは喜ぶんじゃないか?

 まあカノンは嫌がるかもしれんが。

 

 そう思いながらワープを実行し、例の薄暗い木造の小屋へと移動する。

 だが、今日の情報屋は少し様子がおかしかった。

 

「久しいな、ドーリス。おかげさまで湿地の方はうまくいったぞ」 

「……リビングアーマー? ああ。その姿、お前アリマか」

「ドーリス、どうした?」

 

 なんと、あのドーリスがいつもの胡散臭い笑みを浮かべていなかったのだ。

 

「中々調子が良さそうでなによりだぜ。かくいう俺は、実をいうとあまり芳しくない」  




ストック作るのに数日更新が止まるかも


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もう一人の情報屋

なんとか生きてます
安定した更新はもうちょっと待ってほしいのだ……


 薄ら笑いの情報屋、ドーリス。

 常に胡散臭い三日月の笑みを浮かべていたあの男の、代名詞ともいえる軽薄な態度が鳴りを潜めている。

 

「うまくいってないって、何があったんだ。誤情報流して炎上でもしたか?」

 

 信用で商売する情報屋が困窮するトラブルとして、ぱっと思いつくのは炎上。

 ゲーム内の情報はネット上の掲示板や配信サイト等でも交換されているだろうし、なにか"やらかし"があったら槍玉にあげられてしまうだろう。

 世間の風当たりが悪いと活動も思うようにできないだろうし、現実的に起きそうなアクシデントだが。

 

「いや、そうじゃねえ。もっと話はシンプルでな、商売敵が出たんだよ」

「商売敵ぃ?」

 

 つまり、同じ情報屋を営むライバルが出たのか。

 想像以上にシンプルな問題だ。だが、それだけでそうもドーリスが落ち込むことあるか?

 ドーリスはすでに『生きPedia』や『スイートビジネス』などの大きなギルドにパイプを有している。

 それなら、後進に容易く株を奪われることもなさそうに思えるが。

 

「少し前に大鐘楼の鐘が鳴った。それを境に、どこに潜んでいたのか各所でNPCの動きがかなり活発になったんだ」 

「そのNPCの中に情報屋がいたのか?」

「まあそういうことだ。そのNPCがな、占いをしてんだよ」

 

 占い師の情報屋というと、なんだかその属性だけで興味がそそられるな。

 どれくらい当たるのかという興味もそうだし、なんの糸口を掴めていない捜索物があるならとりあえず門を叩きたくなるネームバリューと肩書がある。

 

「話題に事欠かなさそうだが」

「ほとんどお祭りみたいなもんさ。長蛇の列ができるほどに」

「そりゃすごい」

 

 NPCというから、ほとんどゲーム側の人物だし手に入る情報も固有の可能性が高い。

 機械工房都市や至瞳器のような、現時点で誰も確度の高い情報をもっていない対象であっても足を運ぶ価値がありそうだし。

 よしんばその占い師が知らなかったとしても、占ってもらうことで新たな手がかりが見つかるかもしれない。

 

「その占い師はよ、巷じゃあ『公式が用意したガイド』なんて呼ばれ方をしてる」

「なるほどなぁ。確かに情報屋からすればたまったもんじゃなさそうだ」

 

 そりゃドーリスもうなだれるわけだ。

 まさしく商売あがったりか。

 

「だが、プレイヤーが足で集めた情報を集約した俺の価値はそう簡単に揺るがねえ。情報屋の看板を降ろす予定もない」

「そうなのか? だったらなんでそんなしょげてるんだ」

「そこなんだよ。その占い師とやらが俺を捜してるらしくよぉ」

 

 ほう。ドーリスも強力なライバルが現れたからへこたれていた訳じゃなかったらしい。

 相手も彼をしっかりと商売敵ないし、同業他社のような認識をしているということか。

 むしろ、ドーリスが頭を抱えている本題はこちらのようだ。

 

「探されてるんだったら会いに行けばいいじゃないか」

「それがよ、そいつ俺に懸賞金まで出してやがんだよ。街を歩けば指をさされて追い回されるんだぜ。俺ぁ、まるで脱獄囚にでもなったかのような気分だぜ」

「懸賞金って、そりゃまた熱心に探されてるな」

「笑い話じゃねえぜ。金まで用意して俺を捜してるんだ、何されるかわかったもんじゃない。おかげでおいそれと客にも会えねえ」

 

 それは確かに。

 攻略メインならまだしも、ドーリスのように街での活動がメインだとかなり困るな。

 どこの誰かもわからない通りすがりに身柄を狙われるって恐ろしいことだぞ。

 俺だったら人間不信になりそうだ。

 

「なあアリマ、私その手配書もってるぞ」

 

 ぴょこっと後ろから出てきたカノンが差し出してきたのは、一枚の紙。

 そこには確かにドーリスの顔写真が載っている。隣にはセピア色の竜巻が頭の男、極悪なピラフも見切れて映っていた。

 どうやら彼らのギルド、『スイートビジネス』との商談中を何者かに隠し撮りされたようだ。

 

「アリマに拾ってもらえなかったら、とっつかまえた賞金で回復アイテム買う予定だったんだ」

 

 カノンの言う通り、確かに報酬金はまあまあな額が提示されてる。

 カノンのように金策に苦心する種族であれば、こういう元手なしで金がもらえるチャンスには目を光らせてるかもな。 

 

「そいつが忘我サロンで見つけた連れか?」

「ああ。かなりできる奴だぞ」

 

 湿地での活躍から俺のカノンへの信頼は厚い。

 実力は申し分なし、対応力もあり人間性にも問題はない。

 ランディープによって植え付けられた忘我キャラへの偏見を一人で払拭してあまりあるほどだ。

 

「サロンの連中は生半可なプレイヤーよかよほど有能って話だが」

「それは……どうだろうな。他にもサロンに候補がいたんだが、ピーキーなステータスのやつばっかりだったぞ」

 

 しばらくすると味方を巻き込んで大爆発するガイコツとかいたし。

 あれは有能か無能かで分けると流石に有能側に傾くだろうが、あれの手綱を握るのは生半可じゃないぞ。

 いや本人の性格に問題はなかったが、性質上どうしてもな。

 

「いかんせん忘我サロンへの立ち入りが許可されたヤツが少なくてな」

「いるにはいるんだろ?」

「だが条件がさっぱりだ。ランダムってことは無いと思うんだが」 

 

 俺のときはランディープに半ば強引に連れ込まれたしなぁ。

 条件というよりかは、交友関係や人間関係が影響しているのか?

 利用してみたらソロ攻略者への救済的な側面も感じられたしな。

 

「ま、詳細は後だ。お前らが俺を売り飛ばそうとする線も考えていたが、杞憂みたいで良かったぜ」

「小銭目当てに人間関係なんて売らないぞ」

「イヒヒ、お前は信用ってやつをわかってるなぁ」 

「とりあえずそのNPCの占い師とやらに手配書を撤回させないと事が進まないんだろ? どこにいるんだよ」

 

 ドーリスには借りを作ってばかりだった。

 それを返す貴重なチャンスだ。俺が一肌脱ごうじゃないか。

 



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情報屋の仮面

ご報告いたします

本小説が第3回HJ小説大賞にて入賞、それに伴い書籍化による出版が決定いたしました。
すっげ~


「ドーリス。お前が道を歩いているのをみると妙な気分だ」

「ばかやろう。せっかく身分隠してんのに名前を呼ぶやつがあるか」

 

 それを言うドーリスは、顔に奇妙な古木の仮面を着けていた。

 ドーリスの身柄を捜しているという占い師の場所を聞いたところ、なんとドーリス自ら乗り込むと言い出したのだ。

 そして取り出したのが、いま彼が装着している仮面。

 これを装備したところ、なんとドーリスのプレイヤーネームが別のものにすり替わったのだ。

 

「しかしだな、お前の持っているお宝にも一言言わせろ。このゲームってそんなことさえできるのかよ」

「ヒヒ、便利なもんだろ? これは『なりすましの仮面』というんだ」

「俺のなかで、お前のうさん臭さの階級がひとつ上がったぞ」

 

 仮面の名前からしてもう酷い。

 なりすましなど、言葉からはどうあっても前向きなイメージを抱けない。

 顔を覆ったうえで、プレイヤーネームだけを他人のものに捏造する効果だと?

 そんなものは、もはや悪用されることが宿命づけられているような装備品ではないか。

 しかもそれを装備しているのが、仮面の裏からくつくつと陰険な笑い声をあげているドーリスとかいう男なのだ。

 きっと仮面のサイケデリックな色彩の裏で、お馴染みの風船頭が三日月の笑みを浮かべているに違いない。

 

「そんな便利な代物があるのなら、初めから一人で行けばよかったんじゃないのか?」

 

 素朴な疑問を投げ掛けたのは、同行してくれたカノン。

 彼女とドーリスとは引き続き今回が初対面だが、俺が懇意にしている情報屋ということでむやみに警戒したりはしていないようだ。

 その代わり、彼の振る舞いによる胡散臭さは如実に感じ取っているようで、やや当たりが強い。

 いいぞ、その調子だ。毅然とした態度でドーリスと接しないとすぐ煙に巻かれてしまうからな。

 

 しかしドーリスもカノンのようなストレートな物言いにも慣れっこのようで、へらへらと笑いながら聞き流していた。

 

「おいおい、相手は俺の身柄を狙ってるんだぜ? 一人で行ったら怖いだろ、普通によ」

「そんな普通の人みたいなこと言うなよ」

「アリマお前俺が普通のプレイヤーってこと忘れてねえか?」

 

 いや正直ときどき忘れそうになるよ。

 お前半分くらいNPC側に足突っ込んでるだろ。

 

「ま、いい。占い師のところまで距離があるから暇つぶしがてら話してやるよ。この世界はよ、しばしば仮面屋ってのが出没すんだ」

 

 大鐘楼の道を歩く傍らで、ドーリスが聞いてもいないのになにか説明を始めだした。

 こうして金も払っていないのにドーリスがものを語り始めた時は、ゲーム内にて既に常識とされている知識だと相場が決まっている。

 

「初めて聞く名前だが。その名の通り、仮面でも売り歩いているのか?」

「いや、ただの自称さ。だがその仮面屋ってのが困ったイタズラ小僧でな、仮面の力を使って悪さをしていくのよ」

「じゃあ、お前が付けてるその仮面も?」 

「そういうこった。そんで懲らしめると仮面をひとつ落として去っていくわけよ。この『成りすましの仮面』のときはよ、お前の知っているあの巨大な遮光器土偶が二つ並んでたんだぜ」

「……それは壮観だな」

 

 土偶のシーラが成りすましの被害に遭ってんじゃねえか。

 あのデカい土偶が二つもあったら圧が凄まじそうだ。

 現場に居合わせたかったような、そうでないような。

 

「ま、そんときはシーラのが一枚上手でな。自分は絶対に先に喋り出さなかった」

「どういう意味だ?」

「イヒヒ。痺れを切らして成りすました仮面屋の方がとうとう喋り出したんだがな。容姿も名前も声色もシーラと一緒だったが、口調が本物とはまるっきり違ったのさ」

「ああ……なるほど」

 

 シーラって喋り方がお嬢様だったもんな。

 初対面のときにかなりインパクトを受けたからよく覚えている。

 ああいう特殊な口調なら本人の認証にもなり得るし、先に口を開かなければ偽物にも本人にも口調が伝わらない。

 

「へぇ。賢い対処法だなぁ」 

 

 シーラが偽物をあぶりだした方法を聞いてカノンが素直に感心しているが、俺も同じくそう思う。

 突然自分の偽物が出現したというのにかなりクレバーな対処法だ。

 パニックになって自分が本物だと証明しようと躍起になった挙句どんどんドツボにハマりそうなのに。

 というか俺だったら絶対にそうなる。そのままうまく自分を証明できないまま泥仕合になりそうだ。

  

「ん? というか名前だけじゃなくて外見も変えられるのか」 

「一応な。ま、今は無用なトラブルを避ける為に発動してないだけだ」

「ああ、それもそうか」

 

 ドーリスの言う通り、別のプレイヤーの名前と外見両方を成りすましたら声を掛けられる可能性もある。

 それこそめんどくさいアクシデントに繋がりかねない。

 名前が知り合いと被っている程度なら、わざわざ声を掛けることもないか。

 

「仮面屋はよくそういう揉め事を起こしていてな。プレイヤーもNPCも関係ないから気を付けろよ」

「気を付けろったって、どうしようもなさそうだが」

「まあ心配はいらねえよ。子供じみたイタズラばかりですぐ馬脚を露す。面白い仮面が手に入ったらいい値段で買うからよろしくな、イヒヒヒヒ……」

「それは効果次第だな……」

 

 便利な特殊効果のあるものがもし手に入ったら、普通に自分で使いたい。

 今ドーリスが使っている成りすましの仮面だけでも、仮面屋の所有している仮面の効果の強さが窺い知れるというものだ。

 逆に自分では活用できない、あるいは悪趣味な性質の仮面だったらとっとと手放すしな。

 

 それこそ成りすましの仮面がいい例だ。

 こんなの持っているだけで何か事件が起きた時にあらぬ疑いを持たれそうじゃないか。

 もっとも仮面屋もイタズラばかりするそうだから、そういう効能の仮面が多いのかもしれないが。

 

「そら、着いたぞ。ここが占い師のいるテントだよ」

 

 ドーリスに促されるまま辿り着いたのは、大鐘楼の街の露店市場の一角だった。

 濃い緑色の布のテントが張ってあり、外から中の様子はわからない。

 

「繁盛してるって話じゃなかったか? 客がいないようだが」

「『情報屋を捕まえるまで占いはしない』って公言してんだよ」

「それでわざわざ探しているヤツがたくさんいるわけか」

「自分の需要が分かってるからこそなんだろうがよ、フツーにむかつくぜ」

 

 仮面を被ったドーリスが、ポケットに手を突っ込んだまま悪態をついている。

 ドーリスのこういう姿はなかなか珍しいな。

 占いを必要としている人物が多い状況だからこそ、ドーリスを捜すプレイヤーも多いわけか。そりゃ厄介だ。

 

「ま、それも今日で終いだぜ。中に入ろうや」

「……ああ」

 

 再会した当初はまぁまぁ参ってそうな様子だったのに、今は全然大丈夫そうだな。

 それどころか積極的に乗り込む姿勢さえ見せているというのだから、中々に調子のいい奴だ。

 

 普段はNPCっぽいけど、なんだかんだで人間臭いんだよなぁ、ドーリスも。

 




みんなここまで読んでくれて、応援してくれてありがとう


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占い師の目的

書籍化作業がやっとこさ落ち付いてきたから更新再開しちゃうぜ
週1くらいのペースが目標だぜ
エイプリルフールの嘘じゃないぜ


「あー? 誰よあんたら」

 

 ドーリスと二人で意気揚々とテントに乗り込んだ我々を迎えたのは、デスクに頬杖を突いた黒髪ロングの女性だった。

 

「ウチはいま占いやってないのよ。出直しなさい」 

 

 第一声からして既にとてつもなく面倒くさそうな声色だったので、歓迎されていないのは明らか。

 占い師は中華系っぽさのある導師服に身を包んでいるが、ふやけたようなだらしない所作によってまるで威厳がない。

 格好こそ占い師っぽくはあるものの、ミステリアスな雰囲気など望むべくもない女性だった。

 

「知ってるぜ。条件があるってんだろ」

「それを知っているんならなおの事よ。手ぶらで来たって占うつもりはないから」

 

 仮面で姿を偽ったドーリスが歩み出るが、占い師が彼の正体に気づいた様子はない。

 占い師はどういうわけか、最も繁盛しているタイミングで占いを止めた。

 そして代わりに、ドーリスの身柄を用意するまで占いを再開しないという奇妙な主張を突拍子も無く始めたらしい。

 部外者の俺はもちろんのこと、当事者であるドーリスが一番わけがわからないだろう。

 だからこうして直接本人のもとへ乗り込んできたわけだが。

 

「理由を聞かなきゃ納得がいかねえよ」

「馬鹿ね。答えない為に多額の報酬金を積んでいるのよ」

「解せない話だ。なんでそこまでする? それにどれほどの価値がある?」

 

 詰め寄るドーリスと、あくまでも気怠そうに対応する占い師。

 向こうからしてみれば、いちゃもんつけてくる厄介客に絡まれているようなものだもんな。

 俺はまあ、付き人というかおまけみたいなもんだからやりとりを背後から眺めているだけだが、見てるだけで面白いもんだ。

 俺は特にすることもないし、腕でも組みながら壁に背を預けてそれっぽい雰囲気でも出しておこう。

 占い師は目の前の人物が賞金首そのものだとは気づかず、至極ウザそうにしっしと手首を払ってドーリスを追い返そうとしている。

 まるでドッキリ企画に仕掛け人として参加しているような気分だ。

 

「めんどくさいヤツねえ。っていうかそれ【成りすましの仮面】でしょ? そんなもん被ってる時点であなたの性格が透けて見えるようだわ」

「ほう。お前この仮面を知っているのか」

「どこで手に入れたかは知らないけどね、初対面でそんなの付けて会いに来るようなやつの第一印象は最悪よ」

「そりゃ違いない。俺もお前の第一印象は最悪だったぜ」

 

 そのセリフを最後に、ドーリスは着けていた仮面をぱっと外した。

 

「……あなた」 

「満員御礼の占いとやらも、万能ではないらしいな。イヒヒヒ」

 

 仮面を外した露わになったのは風船頭だけではない。

 『ドーリス』というプレイヤーネームもだ。

 

「面倒な食わせ者ね、あなた」

「お前に一杯食わせるために遥々来たんだぜ。お前のその顔が見れれば、イヒヒ、満足だ」

 

 うなだれて大きくため息をつく占い師と、気を良くして気色悪い笑みを浮かべるドーリス。

 彼のやりたいことはできたらしい。占い師もドーリスがこんないい性格をしたヤツだとは思っていなかったようだ。

 

「で、俺に賞金首まで掛けてどういうつもりだったんだよ」

「その前に自己紹介だけしようかしら。私はメライ。占い師よ、もう知ってんでしょうけど。で、後ろの鎧は誰?」

「あれはアリマ。まあまあ信頼できる連れだ」

「あ、そ。まあ私んとこに乗り込むのに連れてこれるくらいの信頼関係はあるわけね」

「そういうこった、イヒヒ」

 

 壁にもたれかかってかっこつけたポーズしてたらあれ呼ばわりされた件。

 まあ俺は本当にただの付き添いだもんな。メインはドーリスだ。俺がしゃしゃりでてもおかしかろう。

 

「にしても占い師メライねぇ。突然台頭してくるもんだから驚いたぜ。今までどこに隠れてたんだか」

「別に。占いをやんなかっただけよ」

「別にってことはねえだろう。なら何故占いを始めた? 俺を賞金首にかけたことに関係があるんだろ?」

「あんためんどくさいわねえ」

「面倒くさいで済まされねえさ。あんなふうにちょっかい出されたらよ、俺の情報屋稼業に関わるんだぜ」

 

 まあな。これに関してはドーリスが完全に正論。

 占い師のメライはいい加減でふわふわした雰囲気があるが、やってることは結構いかついんだよな。

 一人のプレイヤーに対してNPCから賞金首にかけられるとかたまったもんじゃないぞ。しかもそれらしい悪事を働いたとかでもないのに。

 

「目的を答えてもらおう。あるんだろ、そこまでする理由が」

「そりゃ、まあねぇ……」

 

 目的を聞き出そうとするドーリスだが、メライは妙に言い渋っている。

 何か秘密にすべき事があるのか、

 

「今さらもったいぶられちゃ困るぜ。何のために俺が直接来たと思ってる」

「ま、そうよね。じゃいいわ。話してあげる。どの道、貴方をとっ捕まえたら無理やりやる予定だったし」

 

 メライの方に思う所があったのか、しぶしぶ頷いている。

 彼女の口ぶりだと、ドーリスの身柄を使って何かを行おうとしていたようだ。

 だが、一体何を?

 よくよく考えたら異色だしな。一介の情報屋を名指しして身柄を求めるなんて。

 なんか儀式とか生贄とかにでもするぐらいしか想像つかないし、どれも具体性がない。

 たぶんドーリスも俺と同じところで予想が止まっているはず。

 だから彼女の口から答えが告げられるのを待っているのだろう。

 

「話せば納得してもらえると思うんだけど」 

 

 そう前置いたメライは、何でもない事のように言い放った。

 

「あなたと結婚するためよ」    




春、来た?


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プロポーズの理由

「結婚……」

 

 威勢を削がれて呆けたようにメライの言葉を復唱するドーリス。

 そう、結婚。確かにメライはドーリスを指名手配した目的について、結婚と答えた。

 

「アリマ。ケッコンとかいうのが必要らしいぞ。お前持ってるか?」

「お前そんなつまらん冗談でうやむやに出来るわけないだろ」

 

 こちらに振り返ったドーリスが神妙な表情でとぼけたことを言いだしたが、ばっさりと切り捨てさせていただく。

 だいたいこんな皮肉にもならないジョーク言う性格じゃなかっただろお前は。

 どうやら流石のドーリスも突然想像もしなかったことを言われて動揺しているらしい。

 

「だいたいこのゲームに結婚のシステムとかあるのか?」

 

 俺の疑問はそもそもそこからだ。

 確かにたくさんの人が集まるMMOゲームでは、時おり結婚というシステムが採用されているゲームもある。

 基本的にはフレンド機能をよりグレードアップした限定的な拡張版という扱いが多い。

 結婚した者同士が一緒に遊ぶことで、それぞれに追加ボーナスが得られたりステータスにバフが掛かったりなどだ。

 

 『結婚』という決して軽くは扱えない名称が冠されているとはいえ、所詮はゲームの中での話……とも言い切れないのが難しいところ。

 なにせ根底として人間関係が深く関わってくる代物ゆえ、離婚となったら苦い記憶もセットだったりするもので。

 もちろん中には実益を求めて中の人が同性であって恋愛感情ゼロのまま結ばれるケースもあるし、実際に男女がどぎまぎしながら四苦八苦の末に結婚に漕ぎつけるケースもある。

 存在そのものが賛否を生んだり、ちょっと外の人から白い目で見られる部分もあったりする要素でもある。

 

「ゲーム内システムに結婚があるなんて話は聞いたことがねえ。俺の知る限りでは前例も存在しねえ」

「やっぱりそうだよな? 結婚システムだっていわば目玉だ。発売前に広報くらいするよな? でもそんな情報はなかったはずだぞ」

「示唆する要素すら今までなかった。寝耳に水だぜ」

 

 お前がそれほど驚くわけだよ。

 しかも相手がNPCとはな。NPCと結婚ってどういう扱いになるんだ?

 というかこのゲームにおいて結婚にどういうメリットデメリットがあるのかね。

 まさか結婚そのものが単なる口約束ってことはないだろうし、知りたいところだが。

 真相を知る者は長い黒髪の占い師だけ。

 よって俺はドーリスの背中を押して向こう側へ追いやった。

 

「おいお前」

「渦中のお前が話を聞きださないと始まらんだろう」

「クソ、覚えとけよ」

 

 いやあ愉快。ドーリス相手に俺が優位に立ち回れるのなんて今しかないだろ。

 存分に高みの見物をエンジョイさせてもらうとしよう。

 

「占い師。メライといったな」 

「何? 聞かれたことに答えるくらいはするわよ」

「まず、なぜ俺を選んだ」

 

 確かに。誰でもいいって訳じゃないんだもんな。

 戦果を挙げたプレイヤーでもなく、この世界で最も財を持つプレイヤーでもなく、アングラな場所でひっそりと情報屋を営むドーリスを結婚相手に指名するのは不自然だ。

 もちろん数いるプレイヤーの中だとドーリスは特に名が売れている人物かもしれないが、有名が理由ではないだろうし。

 

「どうせ結婚するなら気負わない相手がいいでしょ。それだけ」

「言葉が足りねえな。俺たちはこの場が初対面だ。俺の人柄を知る時間はなかったはずだが?」

「地下水道を私物化してわざわざ情報屋で稼ぐ陰気なヤツってことくらいは知ってたけどね」

「なおさら俺を選んだ理由が解せない」

「それが私の好みってだけだけど?」

「……。そうか」

 

 逃げも隠れもしないメライからのストレートな発言。

 好みだからお前を選んだと言われてしまってはドーリスも口を噤むしかない。

 照れもせず真っ向からそんな言葉をぶつけられたらどうしようもないよな。

 今思えば、最初にドーリスが成りすましの仮面を着けて現れたことも、彼女が口にしてないだけで内心好感度が急上昇していたのかもしれない。

 確かめる手段こそないが、彼女の口ぶりや性格を鑑みるとすごくそんな気がするな。

 

 そもそもお前の男の趣味どうなってんだよとは思ったが、もちろんそんなこと決して口にはしない。

 俺は配慮のできる人間なのだ。

 

「ま、付け加えるなら……情報の価値を正しく扱える人物を選ぶつもりだったわ」

「ほう?」

「占い師としてね。価値の分からない間抜けと連れ添うのは御免だったし」

 

 つまり、言外にドーリスが情報屋として適正な取引を行ってきたことを認めているようだ。

 このゲームにおける占い師も半分情報屋みたいなもののようだし、ドーリスの仕事ぶりが御眼鏡にかなったということか。

 あとから説明を聞くと一応筋は通っているのか。

 

「なら次の質問だ。なぜ結婚を目論む? お前の言いぶりじゃ、まるで必要に駆られているようだぜ」

「聡いわねぇ。話が楽でいいわ」

 

 確かに。結婚にこだわる理由がなかったわ。そこが一番肝心なのに、それを聞いてなかった。

 俺が当事者だったらそのまま納得して言いくるめられたまま結婚してたかもしれん。

 今メライが言っていたのはあくまでも相手を誰にするかで、ずっと結婚をしなくてはならないことが前提にある話し方をしていた。

 

「元々私は結婚を取り仕切る司祭なのよ。でも今、結婚そのものができなくて」

「それは何故だ」

「二人が結ばれようとすると、その儀式を阻もうとするバケモンが出てくるのよね」

 

 なにバケモンって。

 なんで結婚しようとするとバケモンが出てくんの?

 

「……それを何とかしたいってのが、お前の真の目的だな?」

「そ。占いを始めたのもその一環ね。いや占いはほとんど私の婚活が理由だけど」 

 

 あ、それはわかる。

 占いによって彼女が影響力を持ったことでドーリスは立場が危ぶまれたし、彼女が影響力を持っているからこそドーリスの指名手配が確かに機能した。

 振り回されるドーリスは可哀そうだが、見ている分には面白いからいいか。

 

「結婚の儀式を阻む怪物【二人を分かつ者】の討伐が私の目的。その為に、私はあなたに結婚を申し込むわ」

 




誰でもいいんだったらせっかくだし好みの男がいいよね。
よってドーリスは目を付けられてしまいました。


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こんなおいしい話

書籍化の件、キャラの見た目とか追加要素とかの素敵なアレコレが盛りだくさんなので皆に話せるようになるタイミングを楽しみ待っていてほしいんだぜ



「ま、受けるしかないだろうなぁ」

「……あら」

 

 メライからのプロポーズ(?)

 理由や動機を説明したうえで、もう一度行われたこれを、ドーリスは受けると言った。

 正直、ちょっと意外だ。きっぱり断るんじゃないかと俺は思っていたんだが。

 

「いいのか? 色々と面倒がついて回りそうだが」

「そりゃ思うとこはあるぜ。一方的に散々振り回されてるんだからな」

 

 だよな。聖人じゃあるまいし、向こうの都合でこうも好き放題されちゃあな。

 もっとゲームっぽい、お使いの感じならそういうもんかと納得できそうなものだが、同じ……同じ? 人間の姿をしたやつに面と向かって傍若無人に振る舞われたら感情的に納得しにくいだろう。

 ちょうど俺もエルフの森でリリアに似たような感じで振り回された経験があるから特にそう思う。

 こう、頭の血管にピキっと来るよな。

 俺の時は、まあ色んなメリットデメリットを天秤にかけて自分を納得させたが。

 

「ヒヒ、なんとなく察しがつくだろ。ゲーム内システムを解放するためのストーリークエストに類するものだぜこれは」

「そういや結婚なんてシステムはまだないんだったか。でもお前がわざわざ出張るほどか」

「ゲームストーリーの根幹にまつわる話かもしれねぇ。俺の見立てじゃ、誰の手垢もついてない新鮮な情報が手に入る。こんなおいしい話を蹴るわけにゃいかねえ」

「情報屋がわざわざ自分の足を使うのには十分か」

 

 やはり人から買った情報だけをやりくりするだけじゃ情報屋としての商売は回らないものか。

 いやそんなに難しく考えなくとも、高価に取引できる特ダネは欲しがって当然だな。

 

「なにせ新システムの体験第一号だ。手に入る情報は膨大なうえ実質的な独占もできる。イヒヒ、決して無視はできねえ。まあウチが結婚相談所みたいになるのは引っかかるが」

「普通に面白いな」

「言ってろ。それに本命は世界観にまつわる情報だ。これが新しく入るのが一番デカい」

「攻略情報よりもか?」

「幸い、金に糸目を付けない連中がいるんでな」

 

 世界観の話を大枚叩いてまで欲する連中。それってたぶん大手ギルドの【生きペディア】ことだよな。

 そういえば昔ドーリスが【生きペディア】をかなりの太客だと紹介していたっけ。

 

「まさかOKをもらえるなんて思ってなかったわ」

 

 そんな話を俺とドーリスがしているなか、メライは安心したように椅子の背もたれに体重を預けてそんな言葉を零した。

 

「あん? どうせ強引に進めるだのなんだの言ってなかったか」

「方便よ。結婚なんだから、最終的には両者の合意がないと儀式が成立しないわけだしね」

「なら俺が拒んでいたらどうするつもりだったんだ」

「諦めて適当に他の人を探すしかないわねぇ。それが嫌だから、せめて最初の一人は選り好みしたんだけどね」

 

 ふむ。ターゲットにされたドーリスが拒めば、この結婚解禁イベントっぽいものの主導権は他のプレイヤーの誰かに渡るのか。

 だとしたらますますドーリスが断る理由がなくなったな。せっかくこの一度きりしかなさそうなイベントの抽選に選ばれたのだから、みすみすそれを手放さないだろう。

 結果として『結婚』という重々しい契約が付随することに関しては、まあドーリスは容認しているようだし。

 

「わけわかんないスライムとかが相手にならなくて良かったわ。切実にね」

「こいつもわけわかんない風船じゃないか?」

「オイ」

「いいのよ私が納得してるんだから」

 

 いいらしい。

 この世界のNPCの他人の評価ってどうなってるんだろうな。

 どんな異形でもクリエイトできるが、その風貌が理由で避けられたりもするんだろうか。

 メライの口ぶりじゃ、スライムはNGみたいだが。普通に各NPCに好みがあるだけかな?

 そういえばエルフも金属……ひいては俺に若干の苦手意識を持っていたみたいだし。

 

「で、肝心の儀式はどこでやるんだ」

「式場までは私が転送鍵を持ってるわ。ただ道中に邪魔者が山ほどいるし、肝心の化け物も出てくるしで……ドーリス、貴方はどれくらい戦えるのかしら」

「生産職だ。俺は戦力にはならん。用心棒は連れていっても?」

「構わないけど」

「だそうだ。アリマ」

 

 マジ?俺もついていっていいのか? ラッキー。

 でも戦闘能力が足りるかはちょっと不安だな。まだ俺も初心者に毛が生えたようなひよっこなんだが。

 

「俺でいいのか? ドーリスなら伝手には困らないだろう」

「情報は秘匿したい。それに伴う信頼関係がある知り合いは、俺も多くない」 

「戦力が足りるといいが」

「不安なら、テントの外で待ってるお前の連れを呼べばいい」

 

 それはつまり、カノンのことだな。

 彼女と忘我サロンで結んだ契約は満了していないから、連れていくことは問題ない。

 

「だが、そっちこそ構わないのか? 人が増えればそれだけ情報漏洩の可能性が上がるが」

「プレイヤーじゃなきゃ構わねえさ。ある程度は必要経費だと割り切る。掲示板でバラまかれるよか100倍マシだぜ」 

 

 なるほど。確かにNPCなら情報の拡散能力が段違いか。

 カノンは忘我キャラだからコンタクトが困難という点も好都合と言える。

 

「イヒヒ、要するにダンジョン攻略だぜ、これは。よぉーく準備しないとな」 



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邪魔者とは

「で、肝心の儀式ってのはどんな場所なんだ」

「いわゆるカタコンベよ。地下墳墓を経由するの」

 

 カタコンベ。洞窟や地下に作られた死者を葬るために築かれた墓所のことだ。

 けっこう閉塞的な感じの場所だよな。正統派なダンジョンっぽさのあるところでもあるが。

 

「地下墳墓ねえ。ならメライがさっき言っていた邪魔者ってのは」

「スケルトンよ」

 

 これまたお馴染みかつ正統派なエネミーだ。

 動く白骨死体だもんな、素晴らしきファンタジーだ。

 このゲームじゃプレイヤー側にもスケルトンしばしばいるから、一緒に連れてったら混戦のときわけわかんなくなりそうだよな。

 忘我サロンにいた星辰魔法使いのスケルトンくらい特異な外見してるならまだしも、オーソドックスな外見だったら困ったことになりそうだ。

 俺も今後、城を攻略するステージとかで相手に動く鎧がたくさん出てくるようになったら同じような問題にぶち当たるかもしれんな。

 

 しかし、スケルトンが相手か。まあでも今まで戦ってきたキノコやら水やらと比べたら相当やりやすいんじゃないか?

 戦闘要員として連れていかれる以上は頑張らないといけないわけだが、人型ってだけでかなり助かるなあ。

 外見からは想像もつかない突拍子もない攻撃とかもないだろ、スケルトンが相手なら。

 

「一応聞くが、そいつらは普通のスケルトンでいいんだな?」

「そうね。想像している通りのものよ」

「巨人みたいにデカかったり、獣のスケルトンではないな?」

「別に隠しごとなんてしないわよ。特に知ってることはないから」

 

 メライを念入りに問い詰めるドーリスを見て、ああそっかそういう可能性もあったのかと後から気づいた。

 そうだよな、スケルトンだからってこっちが想像してるものが出てくるとは限らないよな。

 たかがスケルトンだと高をくくって突撃したら中が全部ドラゴンのスケルトンでしたとかいう可能性すらありえないとは言えないのが恐ろしい。

 こういうのがあると自分の不用心さに気づかされる。頼れる裏方がいるうちで良かった。

 

「そうかい。しかしスケルトンか、厄介だな」

「……ん? そうなのか?」

 

 スケルトンっていえば雑魚敵の代名詞じゃないのか?

 そりゃあスライムとかほど弱くはないだろうが、序盤に出てくる弱めのエネミーの印象なんだが。

 白骨の体は脆くて耐久力に乏しいから簡単に倒せるだろって思っていたんだが。

 

「アリマは知らねえか。面倒くせえぞスケルトンは」

「あまり想像がつかないが……」

「スケルトンには熱心な研究家がいてな、他の種族よりもわかっていることが多いんだが」

 

 その研究家は昔スレで見たことある気がする。あとその人の作った実験サンプルキャラも。

 

「ほぼ確定で自己修復のスキルを持ってる。ブッ叩いてバラしても再生するんだよ」

「は? ずるいだろ」

 

 リビングアーマーにもくれよそのスキル。パッシブスキルとして必要だろどう考えても。

 なんで骨は勝手に治って俺はそのままなんだよ。俺も戦闘中に負った傷が自然治癒してほしいんですけど。

 

「まあリビングアーマーのお前はそういう感想になるだろうが、そういうもんなんだよ」

「すごく釈然としない」

 

 リビングアーマーとスケルトン、いったいなぜ差がついたのか。

 そりゃ確かに骨と鎧じゃそもそもの防御力が違うから種族ごとの差別化みたいなもんなのかなあ。

 スケルトンと違ってリビングアーマーは装備する鎧を変えられるみたいな特徴もあるし、妥当だと自分を納得させよう。

 

「というかそんな固有スキルみたいのがある種族があるのか」

「ああ。というかだいたいの種族は持ってるが」

 

 えっ?

 

「俺は持ってないぞ。リビングアーマーの固有スキルは?」

「お前が持ってないんなら無いんだろ」

「そんな」

 

 ドーリスの突き放すような言い分に俺の心は静かに涙した。

 店員さんに探してる品物を聞いてたら「そこに無いなら無いですね」と返ってきたときのような無情感だ。 

 怒ることできない、やり場のない虚しいきもち。

 なまじ他の皆は持っているという情報を先んじて入手してしまったが故の悲しみだ。

 なぜ俺だけが、リビングアーマーだけが……。

 と思ったが、そういえばリビングアーマーにはいくつかの特徴があった。

 疫病系の状態異常の無効や炎熱攻撃への耐性だ。固有でないのが悔やまれるが、リビングアーマーにだっていいところはある。

 俺はそう心を奮い立たせ、メンタルを取り戻した。

 

「話を戻すが、スケルトンは中々に面倒だぞ。ただでさえ自己修復でタフな上に装備を固めている場合もある」

「弱点とかはないのか?」

 

 ゲームによっては聖水が特効の弱点だったり、回復の魔法が逆にダメージになったりするよな。

 そういう裏技的攻略で楽したいんだが。

 

「これまた有名な話だが、打撃に弱い」

「効率的に骨を砕けるからだよな?」

「というよりも、斬撃の通りが悪い」

「そういえば刺突もダメって昔聞いた気がする」

「武器は選んだほうがいいぞ。槍とかレイピアは論外だな。刀も苦労するって話だぜ」

 

 うーん。とは言ったものの剣しか持ってないしなあ。

 ただ攻撃力が物足りないのは百も承知だし、それでも湿地を攻略できたのは【腐れ纏い】という状態異常による助けもあったからで。

 というか一緒に来てくれたリリアとカノンのお陰でもあるか。

 あとは、失敗作【特大】の存在もあるか。

 これなら白骨死体ごとき装備ごと重さでバラバラに粉砕できそうなものだが、場所が地下墳墓だもんなあ。

 野外ならまだしも、狭い通路とかだったら壁や天井に突っかかって扱え無さそうな予感がぷんぷんする。

 

 それに戦うフィールドが狭いとなると、味方を巻き込む可能性も増えるよな。

 長くて重い武器を重量任せに振り回してたら咄嗟に止めたりもできないしまずいことになる。このゲームって普通に味方に攻撃あたるしな。

 

 よし。

 またエトナに新たな武器をおねだりするときが来たようだな!




スケルトンの強さはゲームによってかなり二極化する気がする


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同門

「と、いう訳なんだが」

「……」

 

 スケルトンと戦うので、相性がいいらしい鈍器の武器がほしい。

 鍛冶場に赴いてそう伝えると、エトナは返事をせずに何やら思案しているようだった。

 

「……エトナ?」

 

 不審に思って声を掛けてみるが、彼女からのレスポンスは返ってこない。

 口数の少ないことでおなじみのエトナだが、リアクションにラグがあるときはあっても沈黙を貫くということは滅多にない。

 なんとも珍しいというか、妙と言うか。無視されているわけでは無いはずだが。

 

 いや、よく見ればリアクションもあるにはある。

 目を瞑ったまま小声で唸っているし腕を組んだまま首を捻ったりしてはいる。

 俺としては軽い気持ちで頼んだ内容のつもりだったんだが、エトナ的には出し渋る内容だったのか?

 

 思い返せば、エトナの打った作品は全て失敗作と銘打ってあり、どれも全て均一な剣のデザインだった。

 柄のデザインや鍔の構造、刀身の長さまで統一されている。

 それはあの規格外に大きい失敗作【特大】でさえあっても、サイズ比をそのままに拡大したような徹底ぶり。

 【腐れ纏い】の前例もある。特殊効果が付与されてなお、デザインは踏襲してあった。

 

 そう考えると、今回も剣の姿を保ったまま斬撃ではなく打撃の特性を有した剣を打ってくれるのでは? なんて予想をしていた。

 しかしエトナの反応は沈黙である。が、否定や拒否でもない。

 やってみたいけど技術的に難しいのか、やれるけど心情的にやりたくないのか。

 

 しかしどう転ぶは非常に重要な問題。

 スケルトンに有効な打撃武器をここで用意できなかった場合の手立てが如何ともしがたいのだ。

 俺個人としてはエトナとの友好関係を維持したいので、他所で武器を購入したり打ってもらうのは論外。

 またこの間のように無断で武器を購入してエトナを怒らせたくないし、俺がリビングアーマーである以上信頼関係を崩すのは悪手で間違いない。

 

 バレなきゃいいんじゃねという悪魔も囁きもあるが、俺はそんな器用な人間ではないのでそれも無し。

 騙す演技もなければ、散々世話になってるエトナを騙しながら飄々と過ごせるようなハートもない。

 というか前回アイテム欄に隠してある状態で既にエトナに武器を買ったことを看破されていたんだし、隠すのは無理なんだよな。

 もっともらしい言い訳で説き伏せるのも無理。

 よしんば俺がよほど弁が立って説得しようとしても、エトナはそういうのに耳を貸さないタイプだろうしな。

 

 エトナが無理だというなら諦めるしかないのが俺の都合だ。

 そうしたら対スケルトンの方法を新しく考えないとなんだよな。

 剣に聖水とか塗ればいけんのかね。まあそれを考えるのは後で良い。

 今は深刻そうに悩み耽るエトナのことだ。答えを出すことにかなり苦心しているようだから、何か理由があるのは間違いなさそうなんだが……。

 

 あ。そういえばふと思い出した。

 この間、初めて俺以外にエトナのことを知っている人物に会ったんだった。

 それを聞いてみよう。

 

「ところで、テレサと名乗る人物に会ったんだが」

「!」

 

 テレサ。湿地にいた顔に虚空の穴の開いた侍姿の女。

 その名を耳にした瞬間にエトナは驚いたように顔を上げた。

 

「……その様子だと知り合いで間違いなさそうだな」

「彼女は、なんと?」

「エトナの居場所を探している、と」

「教えた?」

「いや。薄気味が悪かったから断った」

「……そう」

 

 不安げに揺れたエトナの大きな瞳は、俺の答えを聴くと安堵したように伏せた。

 なんかやっぱり教えたらダメそうな雰囲気あったもんな、言わなくて良かったよ。

 というかアイツ対価に至瞳器くれてやるとか言ってたけど条件が破格すぎて今思い出したら怖すぎる。

 明らかに天秤が釣り合ってない。それかエトナの居場所にそれほどの価値が?

 

「どういう関係か、聞いても?」

「……私の、同輩。私たちは同じ鍛冶の師の元で学んでいた」

 

 おおっと新情報。落ち着け俺、ここでがっついてはならない。

 それとなく、ごく自然な形で続きを促すのだ。

 

「師匠がいたのか」 

「私は既に一門を追われている」

 

 それは、現状を鑑みるとそれが自然か。

 彼女は一人でここにいるし、実際に彼女の打つ武器は大して強くない。

 エトナ本人が鍛えた武器に直接【失敗作】なんて銘打つぐらいだもんな。

 

 そしたらじゃあなんで師匠の元から離れたの? ってのが当然気になるよな。

 でも直接聞くのは流石に聞きにくい。なにせエトナ自身がめちゃくちゃ気にしているオーラを醸し出してる。

 それを踏みにじってドストレートに聞くことは流石にできない。

 こう、外堀を埋めるように遠回りしながら聞いていってみよう……。

 

「その、兄弟弟子との仲はあまり良くないのか」

「私を消すつもりだと思う」

「……そんなに?」

「そんなに」

 

 ちょっと藪をつついただけですぐ蛇出てくるじゃん。聞くの怖くなってきた。

 どういう師匠のところで学んでたらそんな剣呑ことになっちゃうのよ。

 消すって言い方もこえーし。

 え、じゃああそこで俺が至瞳器ほしさにエトナが空島にいたとか漏らしてたら代わりにエトナが死亡してたってことでいいのか?

 

「……居場所を教えなくて正解だったな」

「うん」

 

 ゾっとしたわ。そりゃエトナだって素直にこくんと頷くわな。

 俺があの顔面穴侍にリークしてたらエトナ死んでたのかよ。本人からお墨付きまで貰っちまったわ。落とし穴が過ぎるだろ。

 

「至瞳器を差し出すとさえ言っていたぞ。」

「なのに、断ったの?」

「え、いや……普通に胡散臭かったし……」

「…………」

 

 エ、エトナからガン見されている。動揺を禁じ得ない。

 た、確かに結果的に至瞳器よりもエトナを優先したような形になったが、ぶっちゃけあの場はあいつが信用できなかったっていうのもあるんだぞ。

 なんか急に湿地に現れたしカノンが警戒してたし至瞳器も本物かわかんなかったし。

 そんなふうにしどろもどろになりながらエトナの視線に貫かれること数秒。

 

「打たないことにしていた武器も、打つことにした」

「え?」

「今、そう決めた。待ってて」

 

 やがて口を開いたエトナはそう言い放った。

 ……対スケルトン用の武器、なんとかなりそう?

 

 

 




じわじわ好感度あげることに定評のある男


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メイス?

「どんなのが来るんだろうな……」

 

 待ってて、とだけ言い残してエトナは工房の奥へと引っこんでしまった。

 俺が彼女に出したオーダーはただ『対スケルトン用の武器がほしい』とだけ。

 あとは鈍器による打撃ダメージの効きがいいらしいので、それも伝えたっけか。

 

 俺がひとりでちまちま攻略するなら剣で無理やり押し通すやり方も無しじゃないんだが、今回は要警護対象が二人も同伴する。

 むやみに戦闘を長引かせたくないし、敵の始末をすんなりできなきゃその分だけ危険も増すよな。

 

 なんてことをぼんやりと思っていたら、エトナが戻ってきた。

 その腕に抱えているのは武器ではなく、分厚く巨大な一冊の本だった。

 

「これは図鑑」

 

 エトナはどすんと大きな音を立ててテーブルに本を置くと、ページをパラパラとめくり始める。

 図鑑と説明したとおり、見開きには手書きで武器のイラストが大量に記されていた。

 全貌や細部の仕掛け、構造などがすべてわかるように様々な角度で描かれている。

 

「……すごいな。これはエトナが?」

「そう」

 

 エトナが目当ての項目を探してぱらぱらと大量の紙面をめくる中、俺が抱いた当然の疑問を聞いてみたところ、これは彼女の自作の武器図鑑らしい。

 つまり、このこだわり抜かれた武器の図面は彼女がペンを取って写し取ったものということらしい。

 素直にすげえ。まだそんな芸を隠し持っていたのかという驚きと、この物量に驚愕。

 

「……これ、人に見せていいのか?」

「本当は秘密」

 

 つまり、特別に見せてくれているらしい。

 じゃあ他の人とかネットでこういうの見たことあるって言ったらダメそうだな。元々そんなことするつもりないけど。

 そのまましばらくページを見つけたらしいエトナは、バッと本を見開きにしてこちらに見せてきた。

 

「好きなのを一つ選んで」

 

 エトナに促されるままページに視線を落とすと、そこには多種多様な武器、特に殴打が得意そうなデザインのものが描かれていた。

 鉄球に鋭いトゲが生えたモーニングスターや柄の先端に鉄塊のついたメイス、シンプルなバットなどなど。

 木軸に金属を合わせたアジア風のものから美麗な金細工の施された西洋らしい儀礼用っぽいのまで色とりどり。

 古今東西の武器図鑑って感じで、見てるだけで楽しくなっちゃうよな、こういうの。

 前に武器屋に立ち寄ってショーケースの中を見て回ったときの楽しさを思い出すな。

 次また武器屋に入ったらエトナに何されるかわかったもんじゃないのでもうあの楽しさを知ることはないのだろうと思っていたのだが、まさかこんな形で再び楽しめるなんて。

 

「一応、その本にあるものは全て打てるから」

「マジかよ」

 

 マジかよ。声に出るくらいにはマジかよって感じだ。

 エトナが出来ないもしないことを嘘で言うような人物じゃないのはよく知ってる。だからその言葉は真実で間違いないはずなんだろうが、それでも驚きだ。

 そもそも彼女はひたすら失敗作と銘打たれた剣を打ち続けていたのに、今さらどういう了見なのか。

 今まで彼女に武器が欲しいと言ったら頑なに失敗作しかくれなかったのはどういうことなのか。

 

 とはいえ、あまり彼女を疑うようなことはしたくない。

 この図鑑のやつはもう打ち方を覚えて練習にならないとかかもしれないし。

 完全に打ち方をマスターしたらこの図鑑に入れて、それ以上得られるものがないから新しく打ってなかったのかもしれない。

 思い出すのは、彼女が初対面のときに、自分の打つ武器は全て死んでいる……的なことを言っていたこと。

 なにかポリシーに反するのか、出来上がっても納得しがたい何某かがあるっぽい素振りは見せていたんだよな。

 

 しかし本当にこの本の武器を全て彼女が製作できるとして、俺が悪人だったら、横流しとかしたらすさまじい金策ができてしまうぞ。

 俺がランディープに紹介してもらった武器屋は街の中で相当グレードの良い店らしかった。それは店内で知り合った武器マニアの極悪なピラフのお墨付きだ。

 だがこの本は明らかにあの店よりも項目が多い。あの店の品ぞろえになかった武器種だって記されている。

 

 もちろんそんなことしないけどな。信頼を裏切るような真似できないし。

 ともあれ、今は打ってもらう武器を指定しよう。

 選べる武器は無尽蔵だが、何も迷いことはない。

 いろいろ凝った意匠のやつとかあるが、こういうときに背伸びしてもいいことはないんでな。

 必要なときに、必要な分だけってのが俺のモットー。結局オーソドックスなやつがいいってワケ。

 

「これがいい」 

 

 なので俺は『フランジメイス』と銘打たれた武器を選んだ。

 頭に金属製のエッジが突き出た、いわゆる一般的なメイスである。

 

「それにするの? ……いいと思う」

 

 エトナもそう言っている。いやしかし珍しいな? エトナがこう、一言多いのは。 

 

「すぐできる。待ってて」

 

 それだけ言ってエトナは本を抱えてまた工房の奥へと引っこんでいってしまった。

 本当はあの図鑑だけでももっと眺めていたかったんだが、彼女の大切なものだし無理は言えないよな。

 しかしマジですさまじいページ数の図鑑だったなあ。冗談抜きでこのゲーム内に実装されてる全ての武器が書いてあるんじゃってレベル。

 自由に見せてもらえるなら、それこそ刀の項目とか探したらテレサが持っていた黒煙を吹き出す至瞳器とかしれっと載っているかもしれん。

 流石にそういうユニーク武器までは無いか。いやでもエトナの謎に包まれた交友関係を思うと無いともいえないのが怖いところ。

 なんてとりとめもないことを考えながら、鍛冶場で熱した鉄を打つ音を聞きながら待つことしばらく。

 

「ごめん、失敗した」

「えっ」

 

 エトナはそう言いながらごとりとデスクの上にメイスを差し出した。

 彼女の打ったメイスは、完全に図鑑でみたものと瓜二つだった。

 あの描かれた図面をそのまま立体化させたような完全さで、見かけ上はまったく失敗した痕跡が見受けられない。

 この再現度を見ればむしろ大成功と言って然るべきなのでは。

 

「失敗と言われても、見た目は問題なさそうな……」

 

 とかなんとか思いつつも、とりあえず肝心のメイスを装備してみることにした。

 内部の攻撃力数値がめちゃくちゃ弱いとかかもしれないし、なんて思いながらメイスに手を伸ばし……。

 俺は驚愕を隠せなかった。

 

 ついさっきまで『フリンジメイス』と表示されていたテキストボックス。

 それが手に取った瞬間にノイズが走り、直後フリンジメイスという語句が入れ替わり『飢餓槌 ララ』という極めて物々しい名称にすり替わったのだ。

 

「その、気合が入り過ぎて……武器に呪いが籠っちゃった」 

 

 『あなたは呪われてしまいました』って画面に出てるんだけど、どうすんのこれ?   




想いが重いなんつってな、わはは


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呪いの中身

「説明してくれ。なんだこの、呪いっていうのは」

 

 エトナが丹精込めて作ってくれたはずの武器が、なぜか呪われていた件について。

 おかしいな、妙なトラブルとか予想外の問題に遭遇しないように無難な武器選びをしたつもりだったのに。

 どうもエトナが気合を入れ過ぎてしまった結果のようだが。

 心なしかエトナもしょんぼりしているような気がする。表情が読み取りづらいからわかりにくいけど。

 

「呪いは武器に付与された特別な効果。ただしそれにはデメリットが付随する」

 

 そうなのか。呪いって言われて身構えたけど、一応マイナスな効果だけじゃなくて特殊効果も一緒にあるんだな。

 とはいえエトナが沈んだテンションでいることを考えたら、失敗みたいな扱いなのか?

 それなら呪いの中身次第だな。

 

「効果は?」

「攻撃が当たると攻撃をしてしまう」

「……」

 

 ええと、つまり。

 

「一度攻撃を当てたら、外すか倒すまで攻撃を止められない……という認識で合っているか?」

「そう。そして、攻撃が連続して当たるほどに威力と速度が増していく」

 

 うーーん。

 飢餓と名に冠しているだけあってハングリー精神の旺盛な武器のようだ。

 厄介と言えば厄介だが、呪いというには軽微……でもあるのか?

 実戦投入するまえだと評価がちょっと難しいな。

 攻撃したら強制的にラッシュを仕掛けることになってしまうってことだよな。

 途中で反撃を避けたりできなくなるのがデメリットのようだが、このスペックなら使いどころはあるはず。

 むしろ生半可な攻撃なら無視できるリビングアーマーとの相性は良好かもしれん。

 

「そこに木人形を用意したから、確認してみて」

 

 そう言ってエトナが組み立てたのは、素振りに使えそうな簡素な木偶。

 これをぶって呪いの効果を確認してみろということらしい。

 

「なら、遠慮なく」

 

 促されるままメイスを握って人形をぶん殴る。重さに任せて叩きつければいいから楽だなぁ、と思ったのもつかの間。

 

「うぉ!」

 

 メイスが意志を持ったように木偶をぶん殴りはじめ、俺の腕が強引に振るわれる。拳を開いて武器を手放そうとしても固まって動かない。

 攻撃が当たると、それがもう一度。より強引に、威力が増して腕が引っ張られる。

 まさしく武器に勝手に体を使われているような感覚。呪いの武器って感じだ。

 感覚としてはスキル【絶】によって不自然に自分の座標がズレていくのに似ている。

 

 そのまま俺の体は狂ったように木偶をぐちゃぐちゃになるまでブチのめし続け、人形がバラバラの粉々になったことでようやく止まった。

 わざと木人形が脆く作られていたおかげで助かった。これ岩とかぶん殴ったらどうなっちまうんだ。

 

「ふぅ……。思ったより攻撃の仕方が荒々しいな……」

 

 なんか殺意がすごいというか、攻撃の仕方が半狂乱で外面がすんごい悪い。

 呪いの追加攻撃の方法はまったくコントロールできず、あんな猟奇的というかスプラッタな感じになってしまうようだ。

 強引に動かされている側としては、猛犬の首輪に繋いだリードを抑えきれずに振り回されている感覚。

 メイスの動きが止まった頃には俺もすっかりぜーはーぜーはー肩で息をしていた。

 いや、リビングアーマーだから肉体疲労とかはカットされているっぽいからそんなことする必要ないんだけど、こう、気分的にね?

 

「とりあえず性質はだいたいわかった。呪いの効果はそれで全部なのか?」

「今は、そう」

 

 ん?

 いま聞き捨てならないセリフがあったぞ。

 

「……いずれ変わるのか? 呪いの効果」

「呪いは変容する」

 

 じゃあ厄介じゃん。厄介極まりないじゃん。

 呪われた武器って言われて身構えたけどピーキーなだけで使いようかな~とか考えていた数秒前の認識が即改められたわ。

 変容するってことはデメリットの効果も変わるよな?

 で、たぶん変容するタイミングって戦闘中の可能性もあるんだよな?

 どうすんだよ万が一この武器に『視界に敵が映ったらとりあえず一発殴ってしまう』的な効果が追加されたら。

 明らかな格上と遭遇して逃げることもできずに自分から殴り合いをしに行ってしまうみたいなシチュエーション嫌だぞ。

 

「コントロールはできないのか」

「難しい。呪われた武器は新しく定義されている。銘も、私がつけたわけではない」

「そうだったのか」

 

 腐れ纏いに次ぐ、エトナの武器で失敗作じゃない名前の作品かと思ったんだが。

 じゃあ呪いの効果やデメリットもエトナが考案したわけじゃないんだな。

 本当に彼女が言っていたような、できちゃったって感じっぽい。

 そう思うと失敗作より失敗作じみているような。

 

 でも名前が勝手についたというのも興味深い話だな。

 ゲームの方で自動生成とかされたのか? 呪いの効果もある程度レパートリーとかあったりして。

 このあたりの話は一回ドーリスとしてみたいな。情報屋なんだし呪いが変容する条件とか知ってるかもしれない。

 とにかくエトナに作ってもらった打撃武器として、ありがたく受け取ろう。

 

 呪いというとネガティブな印象だが、相応にレアな武器の可能性だってあるしな。

 彼女の話じゃ俺を貶めようと念を込めたとかでもなさそうだし、当たりを引いたようなもんだと前向きに捉えよう。

 

「まあ、使ってみるよ」

「……打ち直しても、いい」

「いや。せっかくだからこれでいってみる」

 

 こういう欠陥のある装備も実は結構好きだし。使いどころを選ぶって話だが、今回想定する敵はスケルトンだ。

 ガイコツどもをしばくのにこの呪いが不都合なシチュエーションはそう多くないと思う。

 今後はともかく、差し当たりスケルトンに効く打撃武器がほしいっていう俺の注文はきちんと果たしているわけだしな。

 最初にダイアログメッセージで呪われたとか出てきたときはビビったが、説明を聞いたらなんてことはない。

 よくある呪いの効果として、装備したら取り外せなくなるみたいなのもなかったしな。

 

「助かったよ。またよろしくな」

 

 呪われているけど、打撃武器は無事入手できたぞ。

 攻撃の仕方がちょっと狂気的なのがアレだが、心強い新武器。

 こいつでスケルトンどもをしばきに行こう。

 




ただ強い武器よりデメリットあるほうがなんか好き


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突入前

「癖が強ぇよなぁ、お前も大概によ」

「待て、遺憾なんだが」

 

 これがカノンを連れてドーリス達の元へ合流した際に言われたときの第一声だった。

 

「待て? 呪いの武器ぶら下げて後ろに忘我した子まで引き連れてどの口で言ってるのかしら」

 

 これはドーリスの隣に佇むメライからの一言。

 どうしよう、反論できない。

 スケルトン対策はできたかと聞かれたのでエトナに打ってもらったメイスを見せたらこの言われようである。

 

「いやこれは不可抗力で呪いの武器になってしまっただけでな」 

「手に入らないとまでは言わねえけどよ、探して用意するのも難しいくらいに呪いの武器ってのは希少なんだぜ」

「そうだったのか? まあでもそこまで悪くない呪いだぞこれ」

「ほんとか?効果言ってみろ」

「攻撃が当たると攻撃をしてしまう」

 

 効果を聞いてドーリスが口元をへにょりと曲げたなんとも言えない微妙な表情を浮かべた。

 俺ももしリビングアーマーじゃなかったら、エトナからこの説明をされたときにそんな顔してたんだろうな。

 

「まぁ、当たり、ではあるか……」

「参考までに、他の呪いってどんなのが確認されてるか聞いていいか?」

「与えたダメージが全部自分に反射するとか、攻撃するほど武器が短くなっていくとかだな」

「使いものにならないな」

「だいたいそういうもんなんだよ呪いってのは」  

 

 呪いってそんな武器として扱うのに不都合が生じるレベルなのが当然なのかよ。

 じゃあエトナが打ってくれたのは大当たりもいいところじゃないか。デメリットがメリットに転じる可能性があるというだけで素晴らしくないか?

 

「ちなみに、当たりの呪いだとどんなのがある?」

「出やすい呪いの中だと、やっぱ少しずつ重量が増し続けるヤツだな。最近は徐々にうっすらと見えなくなっていって最終的にそのまま消滅する呪いも一般的に当たりって評判だぜ」

「最終的に消えちゃうのかよ」

 

 どっちも大概な呪いじゃねえか。重くなるのは、まあわかる。やがて重くなりすぎて扱えなくなるとはいえ、重さは利点にもなりうるからな。

 でも最終的に消えちゃう呪いはマズいだろ。

 

「ま、徐々に効果が強まる類の呪いなら、使い捨ての強力な武器として使えるからな。呪いの武器の評価はそんなもんで固まってきてるぜ」 

「そういうもんか」

「固定効果の呪いはろくでもないのばかりでな。到底使い続けらんねぇなのばっかりだ。そういう意味じゃ、お前のは当たりで間違いないだろうさ」 

 

 良かった、このメイスが徐々に透明化する呪いじゃなくて。困るもんな、普通に途中で消えられたらさ。

 

「それよか、準備できたんならさっさと行こうぜ」

「おう。ところで、ドーリスは実際どんくらい戦えるんだ?」

「戦えないが?」

 

 んっ?

 

「あん? 戦力にはなんねぇって予め言ってたよな?」 

「確かに生産職だとは言っていたが」

「おう。だから戦闘力はゼロだぜ、ゼロ。パーティの分類も『要人警護』になるから忘我キャラ連れていけるんだろうが」

「……そうだったのか。すまん、知らなかった」

 

 やべ、完全に勘違いしていた。

 

「……なぁアリマ。ひょっとして私との契約内容も、もしかして忘れてたか?」

「正直いって忘れていた」

「オイ!」

 

 とうとう俺とドーリスのやり取りに配慮して静かにしていたカノンにまで突っ込まれてしまった。

 そういや確かに忘我サロンでパーティに忘我キャラ同行はさせられないって言われていたような気がするわ。

 完全に忘れていた。でも逆に、ドーリスは自分たちならこの誓約をパスできるって知っていたからカノンも込みで呼んだんだよな。

 ドーリスが情報に精通した人物じゃなかったらここで急遽ドタキャンになっていた可能性もあったんだよな。

 ……反省しよ。

 

「まったく危なかっしいぜ、おい」

「すまん。猛省してる。……ちなみになんだがカノン、もし俺がここで契約違反してたらどうなってたんだ?」

「うん!ある程度の裁量が私に委ねられるから、めちゃくちゃに違約金をふんだくるぞ!」

 

 まばゆい笑顔で言い放つカノン。

 なんて純真無垢で汚れのない笑みなんだ。これで発言の内容も伴っていたら良かったのに。

 なんなら俺が契約違反してたほうが嬉しいまで言いかねないじゃねーか。

 

「まっ、流石にその前に警告は挟むけどな」

「それでも俺が無視してたらって事か」

「そうそう、そしたら有り金根こそぎ毟り取る!」

「よしてくれ」

「よさない! 絶対に一銭たりとも残さずふんだくるぞ!」

 

 俺のこと見上げながらそんなこと言うんじゃないよ。 

 まるで貰った誕生日プレゼントを自慢する姪っ子みたいな感じなのに、カノンの実際の発言内容はこの有り様である。

 忘れがちだけどカノンって金銭面にはすげーシビアでドライなんだよな。彼女の種族柄、金策が死活問題っていうのもあるんだろうけど。

 

「そろそろいい? カタコンベに移動するわよー」

「す、すまん、いつでも大丈夫だ」

 

 チカチカと点滅する水晶を揺らすメライに促されつつ、俺は新たなダンジョンの突入に備えた。




明るいし配慮もできるうえ、お金のことまできっちりしてるなんてカノンは欠点のないいい子だなぁ


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カタコンベ

「ほら、着いたわよ」

 

 視界が光に包まれたかと思えば、俺たちはまったく別の場所に転移していた。

 ワープといえばある種ゲームのお約束みたいなものだが、いざ自分が体感すると便利さよりもある種の恐怖すら感じる。

 ほら、泥酔して記憶がないまま知らない場所にいたり、最後の記憶がないまま気づいたら病院の天井見上げてたりしたときの、あの特有の困惑を想起させるというか。

 現実世界でワープに類する体験がそれくらいしかないからかもしれない。

 人生の初ワープのはずなのに楽しみ損ねた気がする。なんかもったいない気分だ。

 

「辛気臭い場所だな。こんな場所で結婚式だなんて正気の沙汰とは思えねえが」

 

 俺たちが転移したのはどんよりと薄暗い洞窟のような場所。

 しっかりと区画が整理されていているのだが、天井が低いし通気が最悪だしで閉塞感が凄まじい。

 あちこちの壁に突き刺さった松明がパチパチと炎で暗い墓所を照らしてくれているが、ぼうぼうと揺らめく炎がこれまたおどろおどろしい。

 光源としても雰囲気づくりとしても貢献している健気な松明だ。

 

「ここはあくまでもただの経路よ。こんな頭蓋骨が並べられたところでめでたい儀式をするわけないでしょ」

「うお、本当に頭蓋骨だ」

「経路だとしてもここを通らにゃいかんのは問題だろ……」

 

 メライの言った通り、壁際に彫られた棚には人間の頭蓋骨が整列されていた。

 白骨なのに風化して黄ばんでいるのがリアルで嫌。いっそ理科室の人骨標本みたいに純白だったらおもちゃっぽくて安心できるのに。

 まあそんな雰囲気を崩すような手抜き、例えトカマク社でなくたってしないとは思うけどさ。

 言ってしまえばホラーゲームで怪物に追いかけられるときにコミカルな音楽を流すくらい台無しな行為かもしれん。

 見た目もしんどいのに、その上この頭蓋骨が動き出す心配までしなくちゃならないのが辛いところだ。

 

「アリマ。さっそく出てきたぞ」

「スケルトンか」

 

 カノンからの報告。相変わらず目がいいので頼りになる。

 奥からカタカタと音を鳴らしながら姿を表したのは、歩く白骨死体。

 それこそさっき例に挙げた理科室の人骨標本のようだ。

 明らかに敵っぽいので、近寄って容赦なくメイスでぶん殴る。

 衝撃で景気よくバラバラに飛散する骨。

 

 ……呪いの効果の2発目が空振り、次の攻撃は出ない。

 倒したらしい。

 

「あっけないな」

「スケルトンの強さはピンキリだからな。こりゃ下振れだ」

「そうなのか? 全部こうだったら俺の仕事も楽なんだが」

  

 このスケルトン、武器さえ持ってなかったし。

 素手でカタカタ近寄ってきてどうするつもりだったんだろうコイツ。

 

「そのうち武器防具を装備したのが出てくる。今のうちに覚悟しとけ」

「ここのは魔法も使うわよ」

「不安になってきた」

 

 武装したスケルトンはまだしも、魔法使うのまでいるのか。

 まだ使われたことがないから怖いな、初見でうまく対応できるだろうか。

 というか後ろに非戦闘員がいるから迂闊に避けちゃいけないってのがこれまた負担だ。

 体で受け止めるか、それらしい挙動をしたヤツがいたらただちに殴って発動を妨害しないとな。

 

 と、思っていたら奥から更にもう一体。

 同じく素手のスケルトン。こちらに気づいていないようなので蹴りで一気に近づいて仕留めてしまおう。

 【絶】で瞬時に近づいて足を振りぬく。ジェンガを崩したようにスケルトンの骨の体はバラバラに散っていった。

 が、次の瞬間に散った骨たちが逆再生のように元の場所に戻っていく。

 

「うわ。おいドーリス、これ不死身ってわけじゃないんだよな?」

「心配しなくても元の構造に戻るだけで、砕けた骨が戻るわけじゃねえ」 

 

 それで骨を粉砕できる打撃武器が有効とされているわけか。こりゃ確かに刃物しか武器を持ってなかったら面倒なわけだ。

 姿を取り戻したスケルトンは、既に胴の半分ほどが欠落している。蹴りでこんなダメージを与えたのか?

 とりあえず容赦なくメイスをフルスイングして、ただの白骨死体に戻って頂いた。

 

「これもまた下振れ個体か? 反撃すらしてこなかったぞ」

「いや、妙だ。そのスケルトン、手負いだった」

「何?」

 

 胴体部分を壊したのは俺の蹴りじゃなかったのか。

 ひょっとして現れた2体のスケルトンが立て続けに弱いのは下振れなんじゃなくて、どっかで敗走したスケルトンだからってことか?

 俺がそんな疑問を抱いたのとほぼ同時に、通路の向こうから人骨の欠片が飛んできた。

 耳を澄ませてみれば、奥から聴こえてくるのはカチャカチャ、カタカタと無数の骨が打ち合う音。

 

「……見に行くぞ」

 

 俺たちは、ほぼ全員が同じ疑問を抱いていた。全員で息を殺し、音の源の方へと進む。

 床には明らかに何者かに粉砕された痕跡のある、人骨が無作為に散らばっている。

 正体を確かめるように音の源へとゆっくりと歩みを進めていく。

 

 やがて松明に照らされて見えてきたもの。

 それは、数多のスケルトンを素手で薙ぎ払い、殴り、砕き、引き裂く異質なスケルトンの姿だった。

 

「スケルトンの面汚しどもが!!てめぇら同じカルシウムとして恥ずかしくねェのか!!!」

 

 吠えるスケルトンの言葉に、俺とドーリスは顔を見合わせた。

 

 たぶん……この人知ってる人だ……。

 

 

 

  




いったい誰なんだ……?


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カルシウム

「ドーリス。やっぱあれって」

「あの言動だ。掲示板に出没するアイツとみて間違いないだろう」

 

 周囲のスケルトンとまったく同じ見た目でありながら、別格の存在感を放つスケルトン。

 奴の正体は間違いなく掲示板で確認された『骨』という名前の者とみていいだろう。

 ドーリスが触れた通り、あんな独特な言動のスケルトンユーザーがそうそういるはずがない。

 

「なあ、そこのスケルトンのあんた」

 

 明らかにアクの強い人間性だろうが、こんな場所で出会えた他のプレイヤーだ。声を掛けないわけにもいくまい。

 まさかスルーしようとしたって、向こうもそれを許さないだろう。

 近づいてみれば、やがてスケルトンの頭上に『骨』というプレイヤーネームが浮かんで見えた。

 そのまんまじゃねえか。

 

「あん? ここにプレイヤーが?」

 

 俺たちの存在に気づいた骨は、怪訝そうに顎に手を当てていた。

 この場所では、プレイヤーの存在が珍しいようだ。俺たちがメライによって転移させられたように、この墳墓にプレイヤーがアクセスする手段は限られているのかもしれない。

 

「……後ろに情報屋も見えるな。お前らどっからやってきた? ここはスケルトンの楽園だぜ。そうじゃねえ奴らが簡単に足を踏み入れられる場所じゃないはずだが」

「その情報屋絡みで、ちょっとしたクエストがな。なんでもここと繋がってる儀式場まで連れてけって、転移で飛ばされてきたんだよ」

「ふむ。なんにせよ非カルシウムがここ訪れることは珍しいことだ。ここの住人として歓迎するぜ」

 

 背後のドーリスを見て情報屋だとわかったらしい。ドーリスもやっぱり名前が知られてるんだな。 

 ていうかこいつスケルトン以外のことを非カルシウムって言ってるのか? まあたしかに俺たちは種族的に骨とか無いし間違っちゃいないんだろうが……。

 

「見たところ最低限のスケルトン対策はできているようだ。カルシウムにも満たない有象無象に後れを取ることはないだろう」

「そういうあんたはここで一体何を? さっき他のスケルトン相手無双していたのを見たぞ」 

 

 しかも武器も持たずに、素手で他のスケルトンを圧倒していた。かなり実力であることは疑いようもない。

 

「スケルトンという種族の探求だ。スケルトンはほぼ全ての職業に高い適正を持つが、俺は今スケルトンが元来持っているポテンシャルに注目していてな」

「あー……。あんたが連呼しているカルシウムってのも、それと何か関連が?」

「まさしく! 話の分かるやつだ、スケルトンでないのが悔やまれれる。カルシウムを追求すれば、俺たちスケルトンは体が強化されていく。お前もカルシウムを軽視した愚かな骨畜生の末路を見届けたんだろう?」

「まぁ……」

 

 ちらりと足元に目を向ければ、このスケルトンに粉砕された骨片があたりに散らばっている。

  

「俺はスケルトンにカルシウムというマスクデータがあるんじゃないかと確信に近い疑惑を抱いている。そのカルシウムこそが、スケルトンとしての能力の限界を決めるじゃあないかとな」

 

 マスクデータとは、プレイヤー側からは確認することのできない隠しステータスのことだ。

 この骨はスケルトンという種族には専用の能力上限を定める隠されたパラメータがあるんじゃないかと検証しているのか。

 それをカルシウム呼ばわりしているから何やら話がおかしく聞こえるが、言っていることは非常に興味深い。

 

「お前もスケルトンという種族が、極端に強さにバラツキがあることくらい知っているだろう?」

「逆にあんたが強いのはカルシウムの影響ってことか?」

「カルシウムとはすなわち力だ。スケルトンは脆さを代償に職業適性が非常に高い。それこそ魔法分野などは最上位の適正を誇るといっていいだろう」

 

 確信めいた口ぶりなのは、彼自身がそれを検証したことがあるからだろう。

 だって遭遇したことがあるもんな、その検証に使われたスケルトンと。

 忘我サロンにいた頭蓋骨が天球儀と融合した星辰魔法使いのことだ。

 名前に骨無双って入っていたのを覚えている。ワードセンスといいコンセプトといい、ぜったいにコイツが生み出した検証キャラだろ。

 

「だがスケルトンの真価はこのカルシウムにこそあるはず。全貌が明らかになった暁には、スケルトンこそが無類無敵の種族として君臨するだろう」

「なるほどな……」

 

 ぶっちゃけ割と面白い話だ。

 種族に特有のマスクデータがあって、それを上げることで更なる力を手に入れる。

 このゲームにはレベルアップという概念がないとばっかり思っていたが、実はそうでもないのか?

 この骨はそれをカルシウムと呼称していたが、俺のリビングアーマーという種族にだってそれと同じようなパラメータが用意されている可能性もある。

 たぶんスケルトンは特にそのマスクデータの影響が強く表れる種族なんだろう。

 リビングアーマーの場合はどういう形で影響するんだろうか。それともやっぱりスケルトンにしかないマスクデータなのか?

 

 考えたってわからないし、誰も教えてくれない。

 彼がそうしているように、俺も俺でリビングアーマーの検証をいつかがっつりしないとな。

 情報を共有してくれる仲間とかいないし。というかまず俺以外のリビングアーマーがいないんだから。

 

「この墳墓は同じスケルトンでさえ歓迎されないカルシウムが全ての世界。弱いカルシウムから順に淘汰されていく。俺は俺のカルシウム探しに行く。ま、クエストでもなんでも好きに頑張りな」

 

 骨は最後にそう言い残すと、パキパキと足元の骨の残骸を踏み砕きながら暗闇に消えていった。

 思っていたより話の通じる骨ではあったが、やはり奇人で間違いはなさそうだ。

 

 なんだよカルシウムが全ての世界って。 

 




力こそカルシウム


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対スケルトン

本作品の書籍の発売日が7月19日に決定しました!
詳細は活動報告にあります!
既にAmazon等で予約が始めってるみたいです!
イラストレーターさんは夕子先生が担当してくれて、めちゃくちゃかっこいいしめっちゃ可愛いからぜひ一回見に来ておくれ~

それはそれとして、今回から毎週金曜日の18時に更新になりますわよ~


 カルシウムを連呼する異色のスケルトン、掲示板で一度見知ってはいたが実際に相対してもその存在感に翳りはなかった。

 というかさりげなく掲示板上の人物と直接邂逅するのは今のが初めてだったな。

 ハンドルネームと口調だけでも、存外わかりやすいものだ。

 また掲示板で遭遇した住人と直で顔を合わせる機会もあるだろう。

 というか掲示板に入り浸っているプレイヤーは有名人が多そうな雰囲気もあったしな。

 そのうち、重要なクエストをこなすときにでもで縁が繋がったりもするかもな。

 

「にしても、我の強い骨だった」 

「存在を知っちゃあいたが、俺も直接会うのは初めてだったぜ」

「そうなのか?」

「掲示板上で検証報告とスケルトンの布教を繰り返し続ける奇人だったからな。まさかこんな形でヤツの検証拠点を知ることになるとは思わなかったが」

 

 マジか、あのスケルトン一生ここで検証を繰り返してるのか。

 俺だって軽い検証は地下水道でやったけど、わりとすぐ切り上げたぞ。

 やり込みとかタイムアタックとか、制限を設けたプレイでクリアを目指す人はそれなりに聞くが、延々と検証を繰り返すなんて。

 それを支えるのはスケルトンという種族への愛ゆえなのか?

 それだけずっと続けていたら飽きがきそうなものだが、やっぱりゲームの遊び方は本当に人それぞれなんだなぁ。

 

「アリマ、向こう」

 

 なんて考えていたら、カノンが暗闇を指さした。

 釣られてそちらを睨めば、スケルトン特有のカタカタとした音を伴って闇の向こうからスケルトンが姿を現す。

 足音が聴こえるよりも先に見つけてくれるカノンの頼もしさよ。こいつ連れてたら敵に先手取られることとかないだろ。

 

「うわ、武装してやがる!」

 

 またさくっと処理してやろうとか思っていたのだが、そうはいかないかもしれん。

 姿を隠すこともなくのっそりと歩み寄るスケルトンは全身に分厚い革の防具を纏い、手には剣と盾を持っていた。

 一番最初の拳で殴りかかってきたスケルトンとは脅威度が段違いだ。

 

「アリマ、覚えておけ。スケルトン本体の動きの練度は、おおよそ身に着けている装備に比例する」

 

 構えた俺の背後からドーリスの助言が飛んでくる。

 いい装備をしているスケルトンは、それだけいい動きをするってことか。

 よく見ればスケルトンは軽く腰を落とし、前方に盾を構えてじっくりと間合いを詰めてきている。

 ドーリスの言う通りだ。既にスケルトンの挙動に違いが出ている。無造作に殴りかかってきた雑魚スケルトンとは行動パターンからして別物だな。

 もっとも、俺の戦い方は変わらない。向こうが先手を譲るような挙動をするなら、選択肢は一つ。

 

「【絶】」

 

 この手に限る。スキルによる不可解な加速を伴った蹴りで間合いを詰めると同時に構えた盾を蹴り飛ばす。

 いつもならこのまま武器で攻撃するんだが、手に持った武器が呪われているからな。

 少し趣向を変えて、片足を鉈のように振り落として相手の足に叩きつける。そうして相手が怯んだ隙にメイスを叩きつける。

 

 一発ぶち当てれば、あとは込められた呪いが勝手にやってくれる。

 防具のないところを殴るような知恵もなく、体の主導権が奪われてレザーアーマーを叩いて引き千切らんほどの勢いで執拗にメイスが振り下ろされる。

 先に足に一撃入れておいたお陰でスケルトンは体勢を直せず、そのままバラバラに砕け散っていった。

 

 ……ふう。

 体が勝手に動いてくれるっていうのも便利なものだ。あとはこの正気を失ったようなこの猟奇的な攻撃方法さえなんとかなればな。

 まあでも、中々うまく呪いと付き合えているんじゃないか? これなら今後ともこの飢餓槌とやっていけそうだぞ。

 

「流石にこの程度じゃあ、危なげもなく倒せるか」

「これくらいはな」

「にしても……今の妙な加速、ユニークスキルか」

「ああ。ドーリスなら見るだけでわかるのか」

「ユニークじゃないスキルがだいたい頭に入ってるからよ。そこに該当しない挙動をしてるんなら、逆説的にユニークスキルだとわかる」

「なるほど」

 

 【絶】をドーリスに見せるのは初めてだったはずだが、知識量がゆえの答えの導き出し方だな。

 とはいえ、ユニークスキルだとわかってもその詳細な効果までは看破できないだろう。

 いや、ドーリスが俺のユニークスキルの存在をむやみにばら撒いたりする心配はしていないが。

 まあこのスキルは初見殺ししやすい性質なのはもちろんそうだが、内容がバレたとしても汎用性に富むのでそこまで問題ない。

 

「ま、ユニークスキル関連に首突っ込む気はねえよ。果ての見えない深淵みたいなもんだ、終わりが見えなさすぎる」

「やっぱり習得方法に再現性がないのか?」

「熱心に調べてるやつらもいるみてぇだが、あいにくと成功したって報告は見たことがねえ。もはや誰かが習得したら、以後誰も習得できないって線が濃厚になるくらいだぜ。要約すると、情報に価値がねえってことよ」

「お前がそこまで言うのか」

 

 ユニークスキルを見せたわりにドーリスの反応が薄いと思ったら、そういうことだったか。

 なんでもかんでも情報をかき集めているかと思ったが、彼の基準で取捨選択はしてるらしい。

 

「アリマ。盛り上がってるところ悪いけど、また新手だぞ」

「おっと、すまん。助かる」

 

 おっと。俺たちが談笑している間もカノンがずっと周囲を警戒していてくれたらしい。また敵の接近を察知してくれた。

 見落としがちだが、護衛対象が二人もいる状況だと先んじて敵を発見してくれるカノンの貢献が凄まじいな。

 非戦闘員を連れていると、囲まれたり不意に近づかれたときの危険度が段違いだ。カノンにはあとでなんか礼をしなければならないかもしれん。

 

 さて、出てきたのはさっきと同じようなスケルトン。装備のランクも同じくらいだ、さっさと始末しよう。やり方もさっきとまったく同じで通用するだろう。

 まずは構えた盾を蹴っ飛ばすところからだ。

 

「【絶】」

 

 一瞬で近寄って、スケルトンの盾に蹴りを入れる。そうすれば、……あれ。

 

 ……裂けた。蹴りを受け止めた盾が、スケルトンが、まっぷたつに。

 

 

『ユニークスキル【空列】を習得しました』

 

 マジで習得者ぐらいには習得条件教えてくれてもいいんじゃないか? 




こういう何気ない雑魚敵との戦闘もすき


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赤い骨

今回も活動報告に書籍版の新規情報が上がっております。
しかも夕子先生のエトナのモノクロイラストです。最高すぎ


 突如として発現したユニークスキル『空列』。

 その効果によって、俺の目の前にいたスケルトンは太刀で斬り伏せたかのように袈裟に両断されていた。

 

「なんだ? 凄まじい威力だな。まだこんなのも隠していたのか」

「いや……すまん、今突然スキルを獲得した」

 

 蹴りにあるまじき攻撃力を前に驚くドーリスだが、驚いているのは俺も同じだった。

 分厚い足甲による蹴りから想像もつかないような切れ味。というか、物理的にありえない切断面になっている。

 

「発現って、今か?」

「ああ。たぶん、攻撃する直前だと思う」

「……その様子じゃあ、習得条件にも心当たりは無さそうだな」

「すまんな」

「前も言ったがユニークスキル関係はそんなんばっかりだ、元より期待してない」

 

 新しいことを試したわけでもないのに、脈絡もなく習得してしまった。

 ただこのスキルに心当たりがないわけでもない。一度見ている。というか、喰らった。

 湿地で大きな帽子の女、レシーにお見舞いされた防御を切り裂く蹴りは、たぶんこれだったんだ。

 蹴りでありながら、殴打ではなく斬撃のような攻撃となる不思議なスキル。

 

 俺はドーリスたちに断りを入れて、その後も断続的に出現するスケルトンを相手に、このスキルの検証を進めることにした。

 どうせ出てきたら戦うんだし、一石二鳥。いいタイミングで習得できたと思っていい。

 ……だが、検証は思い通りに進まなかった。

 

 スキルが発動しないのだ。単なる蹴りにしかならない。

 理屈がさっぱりわからん。ドーリスに聞いてみても首を横に振るばかりだ。

 発動条件があるのか? 【蹴撃】と【空列】はどちらか片方しか発動できないとか?

 

 いやそんなことないと思うんだよな。そもそも初回は【蹴撃】をしようとして発動したわけだし。

 条件でないなら、クールタイムとか? とにかく当てずっぽうで色々試してみるが、あれっきり再発動することはなかった。

 同じユニークスキルの【絶】はそんなことないんだけどなぁ。

 でもまあ、【絶】も蹴りを繰り出したときに強制発動だからコントロールはできていないんだけど。

 

 【空列】というスキル名から推察できることはほとんどない。

 いや、実際の効果と名称を照らし合わせると、異様に切断面がきれいなので間に文字通りの空列を割り込ませる……的なニュアンスなのかな?

 実際のところは開発者に聞かないとわからないな。結局、スキル名は発動条件を探るヒントにならないということだ。

 

 だが、絶対に自在に使えるようになりたい。それくらい凄まじい効果だぞ、このスキルは。

 一度やられた側だからわかる。盾や鎧を無慈悲にバッサリと破壊できるほどの攻撃力、このゲームでは決して多くはないはずだ。

 ドーリスからはそもそも確率で発動するスキルなのでは? という意見もあったが、おそらくそれも違うんだよな。

 なぜならレシーが俺に使用した時は、明らかに意図的に行使していたからだ。

 

 そんなこんなで、検証と探索を兼ねながらスケルトンを撃破し続けることしばらく。

 何の危なげもなく墳墓を突き進んできた俺たちの前に、なにやら様子の異なるスケルトンが立ちはだかった。

 

「……なんだ、こいつ」 

 

 それは、全身が真っ赤に彩られた真紅の骨を持つスケルトン。

 防具の類は一切装備していないが、代わりに両手に赤い紋の走るサーベルを握っていた。

 一目でわかる。今までのスケルトンとは明らかに格が違う。

 

「言わなくてもわかると思うが、露骨に強個体だな」

「……だよな」

 

 薄暗い地下墓地にたたずむ赤い骸骨の姿は、その立ち姿からして既に圧が違う。

 そもそも色違いはオリジナルより強いって相場が決まってる。油断できない。

 まずは小手調べに、【蹴撃】から入らせてもらう。

 

 強引に接近しつつの蹴りは、たとえ【空列】が発動しなくとも相手が受けた時点で勝ちパターン。

 こうやって【空列】の検証相手のスケルトンを繰り返し蹴り砕いてきた。

 

 だが。

 骸骨は赤い軌跡を閃かせて、俺の蹴りを打ち返した。

 

「マジかよこいつ!」 

 

 直後に双剣を交差させて斬り掛かってきたのを咄嗟のタックルで押し返す。

 スケルトンとリビングアーマーじゃこっちのが余裕で重量で勝っている。簡単に刃物が食い込まない体だからこそできるゴリ押しだ。

 

 タックルで間合いを取り返したついでに一発蹴り込むが、当然の如く右手のサーベルで軌道を反らされて有効打にならない。

 すかさず反対の左手のサーベルが首狩りに薙ぎ払われるのをバックステップで飛び退いて逃れる。

 が、逃がしてくれない。ヤツのが圧倒的に早い。赤ガイコツは即座に突きを構えたまま鎧を貫かんと深く踏み込み……けれど突如飛んできた爆発瓶を切り払うために突進を止めた。

 

「カノン助かった!」

「久しぶりに仕事した気分だぞ!」

 

 カノンの援護によって、赤スケルトンは追撃を止めざるを得なかった。

 俺たちと赤スケルトンの間合いは、当初と同じく睨み合う距離まで離れた。

 

 でもカノンのおかげで九死に一生を得たって感じだ。この赤い骨、やべぇぞ。 

 まさか俺の【絶】を初見でほぼ完璧な形で対応してきやがるとは。足を振りぬく前に押し返され、俺の【蹴撃】は不発に終わった。

 たとえガードされようと有利状況に持ち込めるレシー直伝のドリームコンボが起点から潰されるなんて。

 それどころか、足に浅い切り傷をつけられて若干のダメージをもらっている。

 次同じ行動を繰り返したら、もっとうまく返されるだろう。

 

 二刀使いの、赤い達人の骸骨。

 今のたった一回のやり取りでわかる。今まで戦ったエネミーの中じゃ別格に強い。

 いくら強個体だつったって明らかに想像以上だぞ。ちょっとタフとか攻撃力がちょっぴり高いとか、その程度を想像してたのに。

 防具を付けていないからなのか骨の体だからなのか、恐ろしく動きが機敏だ。

 こちらの攻めをいなした後の反撃が速すぎる。俺のスピードじゃ退くのが間に合わなかった。

 メイスも呪いの効果があって迂闊に使えないし、蹴りを入れてもさっきの焼き増しだ。

 

 ぶっちゃけ、仮に【空列】を使いこなせていたとしても打破する未来が見えないぞ……。

 どうやってこいつ倒せばいいんだ?

 




たまにいる強すぎる雑魚敵すき


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裁きたがり

今回は活動報告で口絵のほうを公開しています。
とってもかっこいいアリマがみれちゃいますよ。ぜひ

Amazon等で予約も開始しているぞぉ


 ふらりと現れた、ただならぬ赤いスケルトン。

 俺はそいつと対峙しながら、思考を練っていた。

 

(この骨、ガチで強ぇ……)

 

 拮抗状態を維持するため、背後に控えたカノンが爆発物を投擲。

 赤スケルトンはそれを双剣で撫でるように受け止め、切り裂くことなく明後日の方向に放り投げた。

 当然スケルトンは無傷。マジで達人の如き腕前。ここのスケルトンはおろか、今まで出会ったエネミーの中でも最強クラスに思える。

 ともすれば、あのレシーに並ぶのではとさえ思わされる。距離を詰めたあとの接近戦の苛烈さを思えば、あながち的外れでもないだろう。

 

 だが冷静に考えれば、こんなぽっと出の骨があの意味深なNPCのレシーに比肩する存在だとは考えづらい。

 つまり、この赤い骨には致命的な弱点があると予想する。一介の雑魚敵が異常な戦闘能力を得た代償として、弱みが用意されているのではないだろうか。

 そう考えないとやってられないってのが、俺の本音なんだがね。

 

 弱点。順当に考えりゃあ、耐久力だろうな。

 低耐久は他のスケルトンにも共通する弱点だし、一部のスケルトンはそれをカバーするために装備を固めている個体もいた。

 この赤い骨は一糸まとわぬ姿だ。こいつの防御力の低さは信用していいだろう。

 攻勢を凌いで強烈な反撃を叩き込めれば、倒せる気がする。

 でもなあ。メインウェポンが呪われてるせいで、チャンス一回しかねえんだよな。

 一発で倒しきれなかったら、呪いの効果で離脱できないのが痛い。

 あの骨なら俺の鎧でさえも、あっさりなます切りできそうだし。

 

 でもなんも策が思いつかねえ。メライとドーリスを護衛する必要がないんだったら開き直って突撃して、負けながら情報を持ち帰っても良かったんだけどなぁ。

 迂闊に試せないから、身動きが取れない。

 向こうの骨も、動き出しにカノンが投擲を合わせるせいで先手を取れずにいる。

 ひたすら膠着した状況が続いていた。

 

 そんなとき、突然空間に変化が訪れた。

 それは、どこからともなく吹きすさぶ大量の白い羽根。

 

「いきなりなんだ!?」

 

 一瞬赤い骨の攻撃かと思って身構えるが、ダメージを食らう気配はない。

 吹雪のように殺到する白い羽根が視界を塞ぎ、辺りが見えなくなる。

 そんな中、聴こえてきたのは明朗な声。

 

「救済執行のときよ!」

 

 吹きすさぶ羽根が落ち着いたとき、そいつは俺たちの目の前に立っていた。

 まばゆい金髪に自信に満ちた表情、天使の如き白い大翼、豪奢な白いアーマー。

 そして、頭上に浮かぶ『マルレイン』と記された日蝕のようなプレイヤーネーム。

 

「ドーリス! こいつなんだ!?」

「短く纏めりゃ、【ありがとうの会】の同類だな」

「最悪じゃねえかっ!」 

 

 混乱の中でドーリスに情報を求めた結果返ってきたのは考え得る限り最悪の返事。

 【ありがとうの会】の同類ってなりゃあ、要するにプレイヤーキラーって認識だろ。

 こんな緊迫したタイミングでなんでよりにもよって。

 

 辺りを見回せば、白い羽根が辺りに浮遊して、金色の結界を構築している。

 ランディープが襲撃したときに逃げられなくなったのと類似した現象と思ってよさそうだ。

 

 ……。

 あれ、待てよ。

 赤い骨ってどこ行った?

 

「ギャアァァァァ!!!! なんですかコイツッ!?」

 

 悲鳴。 

 見れば、目の前の天使は背後にいた赤い骨に、背後からなんの躊躇もなく剣をぶっ刺されていたのだ。

 

 このよくわからん忘我キャラは俺と赤い骨が対峙している中、ちょうどその真ん中に出現してしまったらしい。

 で、正面に俺がいたので背後にいたこの凶悪な骨の存在に気づかなかったようだ。

 ていうかプレイヤーキラーでいいんだよな? なんで骨に攻撃されてるんだ。

 

「ドーリス、これは一体?」

「例えプレイヤーキラーとして乱入しても、エネミーとは敵対関係のままなんだぜ」

 

 なるほど、それで。

 

「所属とかはわかるのか?」

「天使族のプレイヤーキラーとなりゃ【やみつきジャッジメント】で確定だな」

「また忘我キャラだぞ」

「お前が連れてる赤ずきんみたいな協力的な忘我キャラのがよっぽど珍しいんだぞ。プレイヤーキラーの方が、向こうから強引に接点を作ってくる分目撃例も多いんだぜ、ヒヒ」

「笑い話になんねえ」 

 

 他人事のように眺めていると、マルレインなる人物はくわっとこちらを振り向いて叫んだ。

 

「なに呑気に眺めてるんですかッ!? 」

「いや、そう言われても……」

「ふんッ!!」  

 

 胴を貫かれた天使が、肘鉄で背後の赤いスケルトンを殴りつけて突き飛ばす。

 

「さぁ、協力してこの狼藉ものを倒しますよ!!」

「えぇ……」

 

 お前って俺たちを倒しに乱入してきたんじゃないの?

 素直にどういう神経をしているんだろう。なんか指図までしてきてるし。

 とりあえず強敵を前に駆けつけた援軍だと思っていいのかなぁ。

 

「私はねぇ、裁きができりゃあねぇ、相手は誰でもいいんですよォーッ!」

 

 不安になってきた。

 

   




愉快なの出てきたなぁ(他人事)


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【掲示板】プレイヤーキラー

今週も活動報告に書籍化告知をしてます!
書影の公開と、あのお嬢様の挿絵の公開があります!
ぜひみてきておくれ~


1:道半ばの名無し

いまはどこが盛んに活動してんの?

 

2:道半ばの名無し

俺あんま遭遇したことないし気になるな

 

3:道半ばの名無し

ダンジョンあんまいかないヤツは遭遇しないしな

 

4:道半ばの名無し

おれなんかは結構周回してるけど全然だぞ

ランダムなんじゃない?

 

5:道半ばの名無し

いや周回してるんだったらランダムじゃなくて優先条件あんじゃないの

 

6:道半ばの名無し

データが集まってないからどうとも言えないねえ

 

7:道半ばの名無し

このスレPKギルドの話っしょ?

代名詞は【ありがとうの会】じゃないの?

 

8:道半ばの名無し

まあ一番名前見かけるのはそこだよな

 

9:道半ばの名無し

【ありがとうの会】とか弱小じゃないの?

もっと強いところあったじゃん

 

10:道半ばの名無し

いや、もう今は【ありがとうの会】が最大手だよ

 

11:道半ばの名無し

あれ、そうなの?

 

12:道半ばの名無し

俺もあんま【ありがとうの会】のイメージないんだけど

 

13:道半ばの名無し

侵入関係のシステムがリターンあんまないから撤退したんだよ

 

14:道半ばの名無し

そそ、他に強いギルドもあったけどもう侵入系システムメインにやってない

 

15:道半ばの名無し

たまーに趣味でやってるみたいだけど、頻度はお察しかな

 

16:道半ばの名無し

それでもう侵入専のスタンスを維持してるギルドが【ありがとうの会】だけになったのね

 

17:道半ばの名無し

てかシステム名って【浸食】じゃねえの

 

18:道半ばの名無し

俺もそう聞いたけど

 

19:道半ばの名無し

侵入側になればその辺わかるけど、いろいろリソース注ぎ込めば侵入時の演出を自由にクリエイトできるよ

浸食って名前もそう。ゲームシステム的には侵入って言葉のほうが全般を指すのかな

 

20:道半ばの名無し

あの泥が噴き出すやつ、【ありがとうの会】特有なんだ

 

21:道半ばの名無し

あそこは相当ロールプレイ徹底しているし流石だなあ

 

22:道半ばの名無し

動画とか配信で見る分には面白いけど、実際遭遇すると【ありがとうの会】の迫力はえげつないよなあ

 

23:道半ばの名無し

俺こないだ【やみつきジャッジメント】っていうの遭遇したけど、固有演出だったな

 

24:道半ばの名無し

あ、それ聞いたことあるかも

 

25:道半ばの名無し

知り合いが出くわしたって言ってたかも

 

26:道半ばの名無し

どんな演出なん?

 

27:道半ばの名無し

けっこう新しいギルド?

 

28:道半ばの名無し

目撃例がそこそこあるってことは侵入専のギルドってことか

 

29:道半ばの名無し

演出は白い羽根が桜吹雪みたいにたくさん舞い散るやつだったよ

 

30:道半ばの名無し

凝ってるねえ

 

31:道半ばの名無し

どんなやつらいるとかわかる?

 

32:道半ばの名無し

【ありがとうの会】ならメンバーはだいたい有名なんだけどねえ

 

33:道半ばの名無し

イカ神父も結構おもしろいんだよなー

 

34:道半ばの名無し

狂人ロールプレイの割にはユーモアあるよな、あの人

 

35:道半ばの名無し

まあ侵入系はリターンが薄いボランティアだしねえ

 

36:道半ばの名無し

了見の狭い効率厨とかとは対極に位置すると言っても過言ではない

 

37:道半ばの名無し

そらもちろん【ありがとうの会】も楽しくてやってんだろうけどね

 

38:道半ばの名無し

でも困ってるみたいな話も聞いたことあるな

 

39:道半ばの名無し

何が? リターンなくて?

 

40:道半ばの名無し

侵入系のリターンの薄さはアプデ待ちだよな

 

41:道半ばの名無し

でもがっつり報酬あったらダンジョン攻略の妨害で溢れるだろうしな

 

42:道半ばの名無し

いまくらいの塩梅がちょうどいいと思うけどね

 

43:道半ばの名無し

まあ侵入される側に拒否権がない以上はそうだよな

 

44:道半ばの名無し

いや、そっちじゃなくて【ありがとうの会】にリアル狂人が来ちゃったみたいな

 

45:道半ばの名無し

ほー

 

46:道半ばの名無し

ロールとリアルが一致しちゃったん?

 

47:道半ばの名無し

厄介だねえ

 

48:道半ばの名無し

対岸の火事なので傍観余裕でした

 

49:道半ばの名無し

いや、それが忘我キャラが構成員に入っちゃったみたいで

 

50:道半ばの名無し

あーね

 

51:道半ばの名無し

そういうことか

 

52:道半ばの名無し

見たことあるぞ、ランディープって名前でしょ

 

53:道半ばの名無し

でけえドリルハンマー担いでるシスターでしょ

 

54:道半ばの名無し

あの子狂ってんだ

 

55:道半ばの名無し

俺のとこに来たとき、【ありがとうの会】にしては言動が大人しいなーって思ったんだけど

 

56:道半ばの名無し

なんかそんな調子だよな、言うほど狂ってるか?

 

57:道半ばの名無し

いや、それが特定の個人プレイヤーに全ありがとうを集中するストーカーみたいになっちゃったらしくて

 

58:道半ばの名無し

うわえっぐ

 

59:道半ばの名無し

プレイヤーキラーの忘我キャラにロックオンされたのは流石に気の毒だな

 

60:道半ばの名無し

だからそれ以外の人とこいってもありがとうを連呼しなかったわけか

 

61:道半ばの名無し

イカ頭の神父が頭を悩ませてるらしい

 

62:道半ばの名無し

忘我キャラはなー、普通のNPCとも毛色が違うから持て余すよな

 

63:道半ばの名無し

遭遇もあんまできないしねえ

 

64:道半ばの名無し

いるとは聞くんだけど、全然見たこと無いわ

 

65:道半ばの名無し

やっぱり発売間もないからか? プレイヤーが増えるか、逆に遊ぶプレイヤーが減ったらもっと見かけるようになるのかも

 

66:道半ばの名無し

忘我キャラでいえば、さっき話題にでた【やみつきジャッジメント】にもいるんでしょ

 

67:道半ばの名無し

そうなの?

 

68:道半ばの名無し

なに、忘我キャラってプレイヤーキラーすんの好きなの?

 

69:道半ばの名無し

恨みでも抱いてるんか

 

70:道半ばの名無し

プレイヤーキラーに集まりがち

 

71:道半ばの名無し

情報屋が言うには、最も忘我キャラに会いやすいらしいしな

 

72:道半ばの名無し

普通に考えて、居場所がわからない俺たちから探すのが難しいからだろ

 

73:道半ばの名無し

それはそう

 

74:道半ばの名無し

まあ言われてみればそうか

 

75:道半ばの名無し

侵入はダンジョンにさえいればほぼランダムで向こうから来てくれるわけだしな

 

76:道半ばの名無し

で、その忘我キャラはどんなやつなの?

 

77:道半ばの名無し

とりあえず【力こそ聖女】んところ志望したヤツの没キャラ説が濃厚

 

78:道半ばの名無し

察したわ

 

79:道半ばの名無し

はいはい脳筋脳筋

 

80:道半ばの名無し

脳みそまで筋肉で出来ていたらもう考える部分残ってないんだよな

 

81:道半ばの名無し

聖女志望のやつがプレイヤーキラーに転向してるの普通に嫌すぎる

 

82:道半ばの名無し

相手したくねー

 

83:道半ばの名無し

最悪のキャラが忘我になっとる

 

84:道半ばの名無し

会ったことないけどもう性格がだいたいわかるわ

 

85:道半ばの名無し

【やみつきジャッジメント】はプレイングの傾向とかあんの?

 

86:道半ばの名無し

問答無用でありがとうしてくる奴らと一緒でしょ

 

87:道半ばの名無し

ありがとう(隠喩)

 

88:道半ばの名無し

ありがとうはありがとうなんだよな

 

89:道半ばの名無し

ミーム汚染やめろ

 

90:道半ばの名無し

遭遇した知り合いは意外と共闘も吝かじゃなさそうだったって

 

91:道半ばの名無し

ほー

 

92:道半ばの名無し

そこは【ありがとうの会】と違うところか

 

93:道半ばの名無し

【ありがとうの会】はありがとうまっしぐらだから……

 

94:道半ばの名無し

意外と話せばわかるタイプなのか?

 

95:道半ばの名無し

いや、そうでもない

 

96:道半ばの名無し

ないんかい

 

97:道半ばの名無し

結局【ありがとうの会】も【やみつきジャッジメント】も台風みたいなもんよ

 

98:道半ばの名無し

過ぎ去るのも待つだけってか

 

99:道半ばの名無し

戸締りと備えしっかりしとけ

 




侵入は趣味かボランティア、メインにするにはなかなか……それくらいの位置付け


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バトル裁きスタイル

驚きの100話目です。まさか自分が100話も書き続けられるなんてびっくりです。
それもこれも毎度読んで感想を送ってくださるおかげ。
書籍の発売日の7月19日まで、あっという間なもので一週間後となりました。

今回も活動報告にていろいろ書籍版の告知でいろいろお見せしてるので、よかったら見に来てくださいね~


 突如現れた戦乙女のような装いの女は、俺に背を向けて赤い骨へと立ち向かっていった。

 女は手に何も武器を持っておらず、徒手空拳にて挑んでいるように見えた。

 素手で戦うのはカルシウムを呟き続けるあの妙な骨もやっていたが、この戦乙女の方がこう、雄々しい感じがする。

 カルシウムのはケンカ殺法という風だったが、戦乙女のは構えが武術みがあるな。

 

 とはいえ高貴そうな鎧装備で武術とは、ミスマッチ感はどうしても拭えない。

 なぜわざわざ素手で戦うことを選んだのか。その凝った装飾に似合う武器とかいくらでもありそうなもんだが。

 

「一丁ド派手に……かまして来いやぁッ!」

 

 振りかぶったテレフォンパンチ。

 唸る剛拳が双剣の守りに重ねるように放たれる。

 相手の防御の上から叩き潰すパワー一辺倒の一撃。

 まともな敵ならそれでねじ伏せられただろう。

 だが、この赤い骨が例外に当たることを俺は知っている。

 

「なんだァ!?」

 

 ギャイィン! と甲高い金属音を震わせ、火花を炸裂させた双剣が超重量の拳を弾き返した。

 体勢を崩した戦乙女に対し、舞のように滑らかな動きで赤い骨が双剣を十字に構え直すのが見えた。

 

「危ねえぞ!」

 

 間に割り込んで、【絶】が発動しない距離で骸骨の剣を蹴りつけて強引に構えを崩してやる。

 咄嗟に崩せたのは片腕だけ。もう一本の切っ先は俺の喉元を捉えていた。

 

「ぅおわっ!」 

 

 反射的に上体を反らすと、さっきまで俺の頭があった場所を槍のように刀剣が貫いた。

 

「骨風情が……裁きを免れられると思うなァーっ!!!」

 

 戦乙女が迫真の形相で赤い骨に迫る。

 両腕の拳での乱打。機関銃の如き暴虐。

 だが聴こえてくるのは、そのことごとくが剣に弾かれる金属音ばかり。

 更にはその隙間を縫って、骸骨のクロスした二刀がハサミのように戦乙女の首を捕えた。

 

「だから油断すんなって!」

 

 慌てて戦乙女をソバットでぶっ飛ばしてハサミのように交差された凶刃から救い出す。

 直後、一瞬で狙いが俺に移って開いた二つの刃がギロチンのように左右から襲い掛かってくる。

 

「危なァい!」

 

 膝を曲げてしゃがみ込んで回避。九死に一生を得たって感じ。

 

「アリマ、一回下がれ!」

 

 袈裟に剣を振り下ろそうとするガイコツの元に飛来物。カノンの支援攻撃だ。 

 すぐ立ち上がって飛来物を払いのけている赤い骨を踏み台に飛びのいて、ようやく距離を取り直す。

 

「……なんですか、この赤い骨。強すぎません? 私のバトル裁きスタイルが通用しないんですけど」

「そうなんだよ。ご覧の通り俺たちも困ってんだ」

 

 赤い骨から距離を取り直したところで、戦乙女の方から声を掛けてきた。

 戦闘時は荒々しかったが、会話する分には落ち着いた丁寧語のようだ。いやなギャップだ。

 

「で、とりあえず共闘してくれるって認識でいいんだな?」

「そうせざるを得ないでしょうね。既に一撃貰っていますし、やり返さねばなりません」

 

 貫かれた胸の傷をなぞりながら、赤い骨を睨む戦乙女。突然裏切ってくる雰囲気もないし、ひとまず信用するか。

 というか自力であの骸骨をどうこうできる自信がマジでない。

 この戦乙女がいる現状でもまだ形勢がこちらに傾いてないんだから、とんでもねえよ。

 何の説明もなく出てきていい強さじゃないだろ、この骨。

 

「壊しきるパワーはあります。隙を作っていただきたい。よろしいですか」

「なんでもいい。それで倒せるっていうんならやるよ」

 

 護衛してるせいで撤退できないんだ。何としてでもこの赤い骨の息の根を止めねばならん。

 突然現れたわけわからん人物との協力だって俺はするぞ。

 

「流儀には反しますが、無様に骸を晒すよりはマシ。私も手札は惜しみません」

 

 そう言いながら戦乙女がどこからともなく取り出したのは大鎌。

 忘我キャラでもプレイヤーと同じくそういうことができるのね。

 竿のように長い柄、大げさに巨大な刃は、農作業用の鎌とは似ても似つかない。

 まさしくファンタジー御用達のビジュアルだ。

 

「相手はスケルトンだが」

「承知の上ですよ」

 

 肌を裂く鎌じゃ骨に相性が悪そうだが、なにか考えがあるようだ。

 最初から拳で戦っていたのにも、単なる縛り行為や舐めプではないのか。

 できれば詳しく理由を問いたいが、今は時間がない。

 

「長くは持たない、はやめに何とかしてくれよ!」

 

 祈りにも似た頼みを戦乙女に言いつけて、俺は赤い骸骨を前に踏み出した。

 




大鎌、いかにもファンタジーって感じでめちゃくちゃすきな武器です
かっこいいしお洒落だし一番好きかもしれない


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裁きの力

おかげさまで書籍版、発売開始してます!
最高のイラストとか加筆によるグレードアップとかのいろいろ、お楽しみいただけたでしょうか?
購入報告とかも続々と頂いておりまして、めちゃくちゃ嬉しいです、ありがとうございます!


 重々しく大鎌を取り出した戦乙女。俺はあいつの攻撃力を信用しなくてはならん。

 いきなり乱入してきた意味不明なやつを頼るのは嫌だが、骨一匹自力で処理できない俺が悪い。

 

 やるべきは、あの骨の動きを止める事。

 ぶっちゃけそれだけでもしんどい。かなりやりたくない。

 あの骨の超絶技巧は何度も見てきた。接近方法をしくじるだけで大惨事確定だ。

 

「鎧の使いどころか……」

 

 シャルロッテ謹製の鎧なら一撃死はすまい。

 もらい方をミスったら致命傷とから余裕でありそうだけど。

 

「呪いの力の見せどころ!」

 

 剣ではなく、メイスで詰め寄る。

 【絶】頼りの蹴りは骨の練度が高すぎてカウンターで切り伏せられるから封印。

 狂ったように攻撃し続ける性質があれば、相手は無視しない。

 どうなっても攻撃する俺がビビらないというのもデカい。

 

「後学のためにも、どう捌くか見せてもらうぞ!」

 

 一発目は俺の理性によって振るわれるので、時間稼ぎ重視で剣に向かって殴りつける。

 ワンチャン刃こぼれして戦闘力を下げられるかもしれないし。

 

 武器を狙った攻撃は、火花を散らしていなされる。

 一番怖いのは避けられることだったが、戦乙女やカノンの支援攻撃を嫌ってか直接受けてくれた。

 メイスの重打が流水に呑まれたように流される。

 弾かれたのではなく、スイングしてからぶったかのように体勢が崩されてしまった。

 赤い骨の技巧が強調される防御だ。通常であれば大きく隙を晒してしまっただろう。

 

「今はもう止まらんからな……!」

 

 だが、今俺には呪いの力の強制力が体に働いている。

 【攻撃した相手を攻撃する】という効果により、空振りして崩れかけた姿勢が無茶苦茶な動作で強引にもう一度攻撃を試みる。

 体勢を崩しても強引に最速最短の軌道で繰り出される滅茶苦茶な攻撃は、いっそ酔拳のようでさえあった。

 いや酔拳なんて上等な表現は相応しくない。この動きは品がなさすぎる。

 この状態、棒を握って暴れる泥酔したゴリラみたいな動きだし。

 

 一応、自分の体が動いている意識はある。でも自力でこの挙動を再現しろと言われても、絶対に不可能と言わざるを得ない。

 そもそも理性と自意識からしても恥ずかしくて再現したくない……。

 

 踊り狂ったような俺のメイスの攻撃は、しかしまったく赤い骨には届かない。

 骨という体の身軽さを活かし、右へ左へ小さくステップして有利な状況と距離を常に維持している。

 この小刻みな足さばき。そういえばレシーもこんなふうに戦っていた。

 こまめに足を動かすのは、やはり戦いにおいて重要なのだろう。

 このクソ強い骨もレシーもやっているのだから、取り入れても間違いはないだろう。

 制御不能の呪いの力は、だからこそ俺に観察するだけの余裕をもたらしてくれた。

 

 しかし、明らかに骨が動きの傾向を掴みつつある。

 俺はもう止まれない。呪いの挙動を見切られるのも時間の問題。

 だが、協力者がいる今はそれでいい。

 

「うッ」

 

 どれほどいなそうと攻めの手が終わらないことに気づいた骨が取った手段。

 それは、刀身を使ってメイスを絡めとり、振り回す力を逆利用してメイスを俺から手放させることだった。

 剣の達人らしい、合気道じみた必殺技。

 

 流石に武器を手放せば呪いの影響は消える。無防備な姿をさらす事は免れない。

 俺の胴に骨が二刀で踏み込み、切っ先が鎧の表面を撫でたその瞬間に、戦乙女の声はした。

 

「喰らえ裁きのキック!」

 

 大鎌を携えたままの戦乙女のハイキックが、赤い骨の顎を捉えた。

 手に持ってる鎌は?

 

「続いて裁きのパンチ! 度裁きのフック、裁きのアッパー!」

 

 大鎌を右へ左へ流れるように回しつつ、繰り返し戦乙女の拳が赤い骨の顔面を打ちぬく。

 じゃあその鎌は何に使うんだよ。

 

「トドメ、裁きのニーソバット!」 

 

 長い柄の大鎌をせわしなく持ち替えながら殴り続け、ついにはただのニーソバットで赤い骨をぶっ飛ばした。

 奇妙なもので骨は殴られた部位が燻るように黄色く燃えており、チリチリと骨は灰になって消えていった。

 

「よっしゃあ撃破ですよっ!!」

 

 勝利のガッツポーズをしながら俺を見返す戦乙女。その口元には、自慢げな笑みが湛えられていた。

 

「すまん、一つ聞かせてくれ。鎌は?」

「あんなものはただの飾りですっ!」

 

 じゃあなんで出したんだよ。

 さっき流儀には反するとかどうとか言いながら勿体ぶって取り出してたじゃん。

 しかも両手で扱うことが基本の大きな武器だし、どう考えてもいま邪魔だっただろ。

 

「いやぁ~、いい裁きでしたっ! 満足したので帰りますね! またご縁がありましたら裁きますんで、今後ともよろしく!」

 

 戦乙女はニッコニコの晴れやかな笑顔でそれだけ言い残すと、出現したときと同じように大量の羽根を巻き上げて姿を消した。

 呆然と戦乙女がいた場所を眺めていたが、静かに舞い上がった羽根が地面に舞い降りていくのみ。

 

「……。まあ、味方みたいなもんだと思ってよかったのか?」

 

 ランディープもそうだけど乱入してくるやつって変なのしかいないのかな。

 こんなの続くようじゃ精神的に参っちゃうぞ。

  




武器もってるときにする体術めっちゃくちゃ好きなんだ


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双剣

前回のあらすじ:赤い骨やっつけて戦乙女が帰った

書籍版、好評発売中です
お店に並んでるのを写真で送ってくださった方とかもいて、はちゃめちゃに嬉しかったです


「とりあえず何とかなったが……ドーリス、色々聞いていいか?」

「イヒヒ。用心棒してもらってる身の上だしなぁ、お代は取らないぜ。言いな」

 

 必死の思いで撃破できたあの赤い骨だが……口が裂けても自力で倒せたとは言えない。

 幸運にもあの乱入者がいなければ、俺たちはここで八つ裂きにされていただろう。

 

「あの乱入者のことについて知りたいんだが」

「先に断っておくが、ヤツに関して持ってる情報は豊富じゃない」

「そうなのか?」

「そもそもあの【やみつきジャッジメント】とかいう集団そのものが新興なんだ」

 

 確かPVP、つまりプレイヤーと戦うことを目的としたギルドとは言っていたよな。

 そういう意味ではたぶん他のプレイヤーに対して非協力的な姿勢をとっている団体だし、情報が少ないのは仕方ないのか。

 むしろ語れることがあるだけすごいと思うべきだな。

 

「あいつ、これ見よがしに大きな鎌を取り出していたが使わなかったよな。ああいうの良くあるのか?」

「武器の特質が自分の体にも同じように付与される場合がある。全てがそうってわけじゃないけどよ」

「というと?」

「俺の見立てが正しいなら、あの大鎌にはアンデット特効のような効果があったんだろう。そしてそれを装備していれば、大鎌に頼らずとも体術でアンデットと有利に戦えた」 

 

 なるほどなあ。それならあの流儀に反する云々の言動とも一致する。

 本当は完全に武器を持たずに戦いたかったが、必要に駆られて大鎌を装備した上で体術の使用を続行したのか。

 

「いやでも、それって意味あるのか?」

「大鎌で戦い続けた方が有利だったろうって? イヒヒ、以外とそうでもないケースもあるんだぜ」

「そうなのか」

「特質を付与する装備の性能が低い場合や、その武器の扱いが困難な場合があるからな」

 

 なるほど、そう言われてみれば確かに納得できる。

 今回だって実際に大鎌は扱いが難しい武器種には間違いないし、スケルトンと対峙するにはかなり相性の悪い武器だった。

 それらを統合して考えてみれば、大鎌を手に持ったまま体術で戦うのはかなり効率的というか、理屈の通った戦法だったのか。

 

「まだまだ知らないことだらけだな」

「もっとも、あの様子じゃ明らかに鎌の扱いにも心得があったけどな」 

「……確かに」

 

 あの戦乙女、思い思いの体術を繰り出すために淀みなく大鎌を操って振り回していた。

 あんな流れるように手元で捌いておいて、武器としては使えないとは考えにくい。

 全力を出さなかったとは思わないが、本人が自らに課したルールがなければ、本来の実力は目で見たもの以上なのかもしれない。

 

「そう思えば、赤い骨と戦っている最中に乱入されたのは幸運だったな」

 

 戦乙女と戦って勝てた自信はない。

 というか実感したが、自分の戦い方には弱点がある。

 俺自身冷静にじっくりと戦うタイプなのだが、それがマイナスに働くシチュエーションがある。

 

 それこそが、格上と戦うとき。

 自分より強い敵を、偶然でもいいから倒せるような爆発力がない。

 10回やって1回だけなら勝てるような、ラッキーパンチを持ってない。

 

 課題が見つかったな。

 いや、というかそれこそが乱入前に試していた【空列】なのかもしれない。

 結局赤い骨との戦闘中でさえも一度も成功しなかった。

 もっと試したいが……今は先に進む事の方が先決だよなぁ。

 

「おーい、アリマ! なんか見つけたぞ!」

「ん? わかった、見に行く」

 

 声を掛けてきたのはカノンだった。

 赤い骨との戦闘後に何か見つからしい。見に行ってみよう。

 

「何見つけたんだ?」

「これ!」

「うお、でかした!」

 

 そう言ってカノンが指差した先にあったのは、二本一対の双剣。

 あの赤い骨が操っていたサーベルだった。

 手に取ると、この双剣の【風雲と夕立】という銘が画面に表示された。

 

「武器のドロップアイテムなんて、初めてだが……」

 

 今まで倒した敵は、スケルトン含め持っていた装備もろともポリゴン化して消滅してしまっていた。

 こんなふうにその場に武器だけ取り落とす形でドロップするんだな。

 カノンが見つけていなければ、うっかりそのまま見逃していたかもしれない。

 あんな苦労して倒した強敵の得物なんだから、取り逃したら最悪だ。  

 

「よく見ると、刀っぽくもあるのか」

 

 戦っているときは西洋風のサーベルだと思っていたが、和風の名称を疑問に思ってよく観察してみると、双剣は日本刀のような意匠でもあった。

 しかしサーベルとしても日本刀としても外観が半端。丁度その中間ぐらいの見た目をしている。良く言えば和洋折衷というか。

 二本の剣は大きさや形状がやや異なっているが、共通して表面に蛇のように赤い紋が走っている。かっこいい。

 

 店売りの量産品とは違う、明らかに特殊な武器。

 そして初めての敵からのドロップ品。しかもボス級に強さの誇る強敵の持っていた代物。

 実際に扱えるかどうかはともかく、エトナにいいお土産ができたことが率直に嬉しかった。




双剣、同じ形状のが良い派と微妙に違うのが良い派と、全く形が違う双剣が良い派のみつ巴ですよね
私は微妙に形が違う双剣が好きです


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地上

前回のあらすじ:かっこいい双剣ひろった

書籍版好評発売中です~
二巻出せるように頑張るわよ


 新しい武器を手に入れたなら、使ってみたいと思うのが人の常。

 その外見が、手放しにかっこいいと賞賛できるのであればなおさらだ。

 手中に収められた双剣【風雲と夕立】。

 早速装備して辺りのスケルトンどもをなます切りにしてやりたい。

 

(が、ここは我慢だな)

 

 魅力は充分だが、使うべきでない理由は枚挙にいとまがない。

 スケルトンに効きが悪いし呪いが付与されているかもしれないし、エトナのこともある。

 未開のエリアで護衛対象を連れていくときに新装備なんて試してられないしな。

 任務完了後のお楽しみとして、この双剣は懐にしまっておこう。

 そういうことにした。

 

「あんなおっかないスケルトン、前はいなかったんだけどね」

「返り討ちに遭うやつがほとんどだろうな」  

 

 会話は後ろにいるドーリスとメライのものだ。

 俺と違い、様々なプレイヤーと交流があるドーリスから見てもあの真紅の骨を持つスケルトンの強さは別格だったようだ。

 

「正直、俺も例の乱入者がいなければここで終わっていたと思う」

「聖属性の使い手は少ないからな。イヒヒ、マジで運が良かったぜ」

 

 例の乱入者とは、もちろんあの戦乙女のことだ。

 えーと、マルレインみたいな名前だったかな。

 一回の攻撃チャンスだけで撃滅できたのは、彼女がスケルトンを即死させられるレベルの特効となる攻撃手段があったからに他ならない。

 

 こういっては何だが、もしここに参戦してきたのがランディープだったなら勝ちの目はより低かっただろう。

 それでも彼女は彼女で、なにか秘策を残して解決したとしても不思議ではないが……。

 まあここにいない人物の話はいいだろう。

 

 それよりも今は先に進むことが先決だ。

 一本道を赤い骸骨が塞がれていたせいで停滞していたが、満を持して先に進むことができる。

 

「お、潮の匂い。そろそろだね」

「潮の匂いって、じゃあこの先は」

 

 スケルトンの邪魔が入ることも無く、ずんずん奥へと進んでいるとふと後ろの二人がそんなことを話しだした。

 

「匂いなんてしないが」

「私も」

「お前ら無機物組は、元々そうだろうが」

 

 そういえばそうだったという気持ちと、そういうものだったっけという二つの気持ち。

 リビングアーマーの俺と、オートマタのカノンはそれぞれ無機物系の種族だ。

 無機物系の種族はいくつか感覚器官が無いが、嗅覚もそれに含まれていたのか。

 視覚と聴覚があるんだし嗅覚もサービスしてくれたらよかったのに。

 

 ていうかドーリスお前、風船頭の癖に有機物側だったのかよ。

 なんだか裏切られた気分だ。

 

「おい、出口っぽいのが見えてきたぞ」

 

 などとゲーム内で味わえない嗅覚を恋しく思いながら進んでいたら、角度のキツイ上り階段が見つかった。

 ここが地下墓地であること、そして奥から光が差し込んでいるのを見るに地上に繋がる出口で間違いないだろう。

 

「さて、潮の匂いがするというなら……」

 

 階段を上がり、眩い光に視覚を慣らして目を凝らす。

 その先に広がっていたのは、リゾート地のような美しい海とビーチであった。

 

「おお、海だ……!」

 

 どこかずっと薄暗かったこのゲームに珍しい、明るく美しい浜が広がっている。

 少し引き返したら歩く人骨がひしめく墓場に繋がっているというのに、すごいギャップだ。

 大海原を正面に、右を見ても左を見てもはるか先まで海岸線が繋がっていた。

 

「結婚の儀式だと言って地下墓地に連れていかれたときはどういうことだと思ったんだけどな」

「これほど景色のいい場所は他にないんじゃないか? 私は体が錆びそうで、あんまり長居したくないけど」

「やっぱり潮風で錆びがつくのか? 俺もあんまり長く滞在しないほうが良さそうだな……」

 

 景色の美しさを認めても、カノンは自分の体の心配をしていた。普段から修復に苦労しているからこその言葉だろう。

 俺も例外じゃない。なんか錆びで状態異常とかになるかもしれないし。せっかくのミスリル製なのに錆びてたら格好つかないしな。 

 

「海もいいけど、ほら、後ろ。儀式の場所はあそこよ」

 

 メライに促され、背後を見返す。

 そこには峠があって、先端の岬には白く荘厳な建築物があった。

 俺たちが今いる浜辺は、峠の崖下に位置する場所だったようだ。

 

「この場所の情報が入っただけで、面倒ごとに頭を突っ込んだ甲斐があったぜ、イヒヒ」

「お前の商魂はたくましいなぁ」

 

 ドーリスも最初は指名手配までされていたのに、けっこう強かなやつだ。

 しかしこんな珍しげなイベントの同行者に選んでもらったのはかなり運が良かった。

 

 このまま最後まで見届けさせてもらうとしよう。




現実はそうでもないんですけど、ゲームで立ち寄る海はなんだか好きなんですよね


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久々の更新でございます。
もう皆に忘れられてしまったかとビビッてます。

大変ありがたいことに、晴れて二巻を発売することができました。
絶賛発売中でございます。

めちゃめちゃかわいいカノンちゃんがいっぱいでてきます。
というかカノンちゃんのかわいさがイラストのお陰で爆発してます、すごい。

しかもなんとコミカライズまでしていただけることになりました。
すごい。ありがたい限りです、うれしい



 鬱屈とした地下墓地を脱した直後だからだろうか。

 水平線まで広がる海原の景色がとても美しく思える。潮騒の音も相まってエモーショナルだ。

 抑圧と解放ってやつかな。頑張った分が報われたような気分になる。

 

 とはいえ、俺たちの目的は観光ではない。

 海に背を向け、せっせと崖上に登らなくては。

 幸い、道は整備されている。ロッククライミングとか要求されなくてよかった。

 

「しかし武器のドロップなんて初めてだな」

 

 墓地を抜けたので、気を張り詰める必要もないだろう。

 改めて異様に強かったあの骸骨から入手した双剣を確認してみる。

 

「【風雲と夕立】ね」 

「どっちがどっちなんだ?」

「たぶん名前に合うっぽい色のほうがそうだろう」

 

 隣のカノンが言う通り、どっちがどっちかわからん。銘も彫られてないし。

 一本は刀身が白っぽく、もう一本は亜麻色をしている。

 どちらも金属の色にしては特異だが、かっこよくていいな。

 たぶん白い方が風雲かな。こちらは柄に日本刀としての意匠が強く出ている。

 霧のようなもやが刀の表面を流れていて、光を吸い込む姿が美しい。風雲という銘がよく似合っている。

 それに革製の柄巻が巻いてあって、握った感触が心地いい。

 俺はこっちの方が好みかな。

 

 もう一本の亜麻色の方が夕立。

 柄や手を守る鍔はまるっきり西洋のサーベル風だが、刀身が日本刀らしく刃紋が浮かんでいる。

 亜麻色の刀身に濃淡のコントラストが浮き出ているのが魅力的だ。

 軽く振ってみれば、空気を裂く鋭い感触が返ってきた。

 普通にこっちも好きかも。

 

「戦利品がそんなに気にいったか?」

「流石にな」

 

 手すきな移動時間に退屈したドーリスが、俺の様子を見て話しかけてきた。

 みんな静かに移動しているのに俺だけ武器握って素振りしてたらそら目立つよな。

 

「でもなぁ」

「ん?」

「これが気に入らん」

 

 俺が指したのは、二本の刀に共通する特徴。

 刀身を走る蛇のような赤い紋様だ。

 

「最初はかっこいいと思ったんだが。改めて見ると邪魔に感じる」

 

 二本とも刀身が凄く神秘的で綺麗なのに、この赤い紋様が調和を乱している感が強い。

 後付けっぽいというか、あんまり似合ってない。

 

「あんまり私も詳しくはないけど」

「ん? カノンはなにか知ってるのか」

「武器に付与された特質で、武器の外観が変わることがあるらしいぞ」

 

 ほう。分かりやすくゲーム的だな。

 火属性の武器は赤っぽくなって、雷属性は黄色っぽくなったりみたいなやつだな。

 この世界でもそういう感じで、外観が変わっている場合があるんだな。

 

「じゃあ、ドーリス。この赤い紋様もそういうのなのか?」

「お前のお抱えの鍛冶師にでも聞いてみろ。そっちのが都合がいいと思うぜ」

「まあ、そりゃそうだ」

 

 情報屋のドーリスがそんな言い方するなんて、あんまりない。

 情報の精度が怪しいとか、理由があって言いたくないとか、そういう感じか?

 どうであれ、俺にはエトナに聞くという手段がある。今すぐ知りたいわけじゃないんだし、それでいいよな。

 

「使うと決まったわけでもないし」

 

 あくまでエトナへのお土産だからな。持ち武器にするわけじゃない。

 エトナの神経を逆撫でするような真似は断固としてできん。

 理由は言わずもがな、だ。

 

「さて、そろそろだな」

 

 そうこうしている内に、俺たち一向は海を一望できる岬へと上がってきていた。

 白い建材で造られた、教会のような構造物。

 結婚という儀式を行うための場としては、極めてオーソドックス。

 

 だからこそ、奇をてらうような展開を身構えてしまう。

 そもそもの発端から、曰くがついているわけだしな。

 

「別にまだ何も起こらないから、そんな心配いらないわよ」

 

 先導するメライに、俺がそわそわしているのが伝わったようだ。

 

「肝心なのは、儀式が始まってからだし」

 

 そう言い捨てて、彼女はあっさりと教会の中へと踏み込んでいった。

 俺たちは顔を見合わせて、少し遅れて彼女の後に続いていった。

 

 中は、少し拍子抜けだった。

 ハリボテとまでは言わないが、内装がボロボロだ。

 屋根は崩落し、部屋を仕切る壁もほとんどない。

 教会はもはや、外郭しか残っていないような様相だ。

 しかし、奥の祭壇の辺りはかなり状態が良い。

 吹き抜けた天井からはおあつらえ向きに日の光が柱のように指しており、いかにも神聖な雰囲気を醸し出している。

 

「さ、結婚するわよ」

 

 ムードもへったくれもねえや。

 

「あのパネルに立ったらいいんだな?」

「本当はいろいろいい感じになるようにやるんだけどね。今はアイツが来るから」

「どうせ邪魔が入るから、適当にやるっつうわけかい」 

 

 祭壇の前には二人が向き合うように足場が設けられている。

 そこにそれぞれドーリスとメライが立つ。 

 

「これで、来るわ」

 

 突如として、教会の内部に釣り鐘の音が響く。

 差し込む光が曇り、色を失くす。

 瘴気が足元に立ち込め、充満する。

 

「上だ」

 

 ドーリスが言う。

 降ってくる、と表現するのが正しいだろう。

 それは巨大なハサミを携えた、醜悪で巨大な、赤子の天使。

 

「俺たちはこれを倒せばいいわけか」 

 

 イベントで出てくるボスと戦うのは初めてだな。

 名前が見える。『二人を分かつ者』ね。

 

 



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