10ハロンの暴風 (永谷河)
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第一章 黎明編
馬、大地に立つ


マイル~中距離馬が好きなので、架空馬として活躍させます。
ゲームはやっていませんが、ウマ娘ではアグネスデジタルやタイキシャトルとかが好きです。
ヤマニンゼファーやダイワメジャーとかも好きです。


2002年3月某日、北海道静内のとある牧場で1頭の仔馬が生まれようとしていた。

ここ数日は、かつてないほどの悪天候に北海道は見舞われていた。牧場の近くも完全にホワイトアウト状態になるほどの猛烈な暴風雪に、さすがの北海道民も警戒を強めていた。

しかし、牧場スタッフには悪天候など関係なかった。

 

極寒の空気の中、母馬から1頭の鹿毛の馬が産み落とされた。

 

 

「生まれた!父さん、セイが生みましたよ!」

 

 

「よし、よし。今のところは特に問題はないな」

 

 

生まれてきた仔馬の見た目は、いたって普通のサラブレッドの仔馬であった。

 

 

「他のスタッフに連絡してくるから、母さんと哲也はセイたちをみていてくれ」

 

 

50代ほどの男は厩舎から出ていき、他の従業員がいる建物に向かっていった。

 

 

「よしよし。セイも落ち着いているし、大丈夫そうね」

 

 

「あとはこの仔が立ち上がれば……」

 

 

50代ほどの女性と、20代前半の若い男が2頭の馬を見守っていた。まだ予断は許さないが、とりあえず落ち着いたと安堵した瞬間、地面が揺れ始めたのである。

 

 

「うお!地震か!」

 

 

突然の揺れに、人間も母馬も驚く。

 

 

「セイ!大丈夫よ~」

 

 

突然の揺れに落ち着きを失った、母馬をなだめる。

幸いにも揺れはそこまで大きなものではなかったうえ、揺れも短かったので、母馬が暴れてしまうということはなかった。

 

 

「震度4くらいか?そこまで大きくなくてよかった」

 

 

「俺、他の馬も見てきます!」

 

 

哲也と呼ばれた青年が馬房を出ていこうとした瞬間、生まれたばかりの仔馬が立ち上がったのである。

 

 

「揺れに驚いて立ったのか?」

 

 

「そうみたいねえ……生まれて10分程度で立ち上がるなんて」

 

 

かくして、セオドライトの2002は、猛烈な暴風雪、地震と自然の脅威に襲われながら誕生したのである。

 

 

 

待望の仔馬が誕生して1週間が経過した。猛烈な吹雪も止み、久しぶりの晴天であった。

鹿毛の仔馬は、虚空を見上げてぼーっとしていることが多かった。おっとりしているとも言われていた。

 

 

「それにしてもセイが育児放棄するとはなあ……」

 

 

「今までこんなことなかったのに……」

 

 

「初めてだからなあ。もしかしたらこういう馬なのかもしれん」

 

 

二人の男が馬房で大人しくしている仔馬を見ながら話をする。一人はこの牧場の場長であり、島本牧場の経営者でもある島本哲司であった。もう一人の若い青年は、哲司の息子の哲也であった。

母馬が子育てを放棄するという話は聞いたことがあったが、自分の牧場では初めての経験であった。

セオドライトは初めの出産ということもあり、もしかしたらこういう気質の馬なのかもしれないと少し心配もしていた。

 

仔馬を眺めていると、物欲しそうな顔をして、二人に近づいてきた。普段はおっとりしているのに、食べ物のことになると目の色が変わるのが、この仔馬の性格であった。

 

 

「よく飲むなあ」

 

 

哺乳瓶にしゃぶりつく仔馬を見て感嘆する。

 

 

「というか飲みすぎじゃあ……」

 

 

「まあこれくらい食欲が旺盛なほうがいいでしょう」

 

 

あきれるぐらいの食欲を見せる仔馬を二人は見守っていた。

 

 

休憩時間に入り、島本哲司はため息を吐きながら、ベンチに座っていた。

 

 

「今年はちょっと不味いなあ。全員無事に育ってくれればいいけど」

 

 

彼の勤める島本牧場は、繁殖用の牝馬が12頭の牧場である。零細というほど小規模ではないが、大手の牧場に比べたら小規模といわざるを得ない規模である。地方競馬を走る馬を中心に生産しており、南関東の重賞を制覇した馬や、中央のダート戦線で活躍する馬を定期的に輩出するなど、堅実な経営を続けてきた。

しかし近年は牝馬の高齢化が進み、入れ替えを検討していた時期でもあった。しかし、今年は、2頭がすでに死産してしまっているうえ、3頭が昨年不受胎であった。

 

 

「なんでこういう危機的状況なのに親父はロマンに走るんだよ……」

 

 

親父が一昨年に牧場に仕入れた馬は、セオドライトと呼ばれ、中央の芝を走っていた牝馬であった。血統は父がサクラチヨノオーである。未勝利戦は突破できたものの、それ以上の成績は残すことが出来なかった。

一昨年引退して、その後に島本牧場にやってきたのである。

 

 

「サクラチヨノオーってダービー馬だし、マルゼンスキーやニジンスキーも名馬だけどさあ……」

 

 

そしてセオドライトに種付けをした馬も彼の父親のこだわりの馬であった。

 

 

「ヤマニンゼファーを付けるってどういうことよ」

 

 

そう、セオドライトの2002は父が好きな名馬同士を配合した馬であった。

 

 

「まあ、まったく走らないってわけじゃなさそうだから問題ないのかな」

 

 

この島本牧場には、配合を考えて、研究している参謀的存在がいるが、彼が反対していないなら問題ないってことなのだろうというのが牧場スタッフの総論であった。

 

ゼファーの産駒は全く走っていないわけでない。彼の産駒がレースに出ると、ゼファー魂と書かれた横断幕が張られる程度には地方、中央で走っている。

ただ、外国産種牡馬全盛期の今、重賞を取るような馬を輩出するような種牡馬かといわれれば違うだろう。

 

 

「種付け料が50万程度だったみたいだし、そこまで大きな賭けではないか」

 

 

生まれた仔馬は牡馬であったため、もし走ってくれれば、ニホンピロウイナーから続く血統がつながることになる。

 

 

「妄想に過ぎないなあ……」

 

 

ただ、今のところは気性に問題はないし、健康状態もいい。堅実に走ってくれそうではあるというのが現状の評価であった。

しかし、こういった馬が、病気や事故で亡くなることも稀によくあるので、油断してはいけないのである。

 

 

そこからしばらく時間がたち、冬の季節が終わり、春真っ盛りの時期となった。

 

 

「うーん、不味いなあ」

 

 

「不味いですねえ」

 

 

食事以外はボケっとしていることからボーちゃんと呼ばれ可愛がられている鹿毛の仔馬を見て牧場スタッフたちが嘆く。

 

 

「脚がちょっと外向になってますね」

 

 

「それにあんなによく食べるのに毛並みもどこかよくないし」

 

 

「「「「び、貧乏くさい馬だなあ……」」」」

 

 

自分たちが生産しておいてよく言うと思うが、実際に見栄えというのは重要である。まだ産まれて数カ月も経過していない馬だから大丈夫だとも思っているようである。

 

 

「まあ気性は穏やかですし、問題はないと思いますよ」

 

 

「それが逆に怖いんだよ。他の馬と一緒になったら怯えてしまうんじゃないかって」

 

 

気性がよい、穏やかというのもメリットだけではない。闘争心や負けん気の強さというのも競走で勝つうえでは重要な要素だったりする。

 

そんなスタッフたちの心配をよそに、仔馬は空を見上げていた。

 

 

 

 

---------------

 

 

畜生道に落ちました。

ふざけんなよ。よりにもよってサラブレッド?なめんな。

しかも人間の言葉もわかんねえし、文字も読めねえし、なんかちょっと色あせて見えるし。

まあ味覚だけは馬に合っているのか、ミルクはうめえや。

 

母馬らしい馬は、俺を数日で育児放棄をかましやがった。

馬の本能的に、俺が馬っぽくないことを察したのかもしれん。

それに俺は人間だったという記憶があるが、じゃあ俺が何者でどんな暮らしをしていたとかは全く記憶がない。思い出せないとかそういうのではなく、そもそも記憶にないといった感じだ。

まるで人間の魂だけを馬に入れたような、そんな感じがする。そもそも俺って俺なのか?深く考えたら深みにはまりそうなので、このことを考えるのはやめにしている。

 

生まれてからしばらくは、俺は馬のふりをしていた。

人間っぽい挙動をする馬なんて気味が悪いし、最悪の場合は研究所にでも売られて解剖でもされてしまうかもしれない。

ただ、俺には馬がどういった生活をしているのか全く分からなかった。だから無駄な行動をせずにボケーッと空を見上げたりしていた。

ただ、この体。やたらと腹が減る。燃費がたいそう悪いようで、その時は欲望むき出しでミルクを飲みまくっている。

人間は驚いているようだが、それだけだったので、多分大丈夫だろう。

言葉はわからなくても、表情や声色で結構何を思っているのかぐらいはわかったりする。

 

俺はこの後どうなるのだろうか。できれば乗馬の馬になりたいなあ。かっこいいし。人間の魂がインストールされているし、オリンピックなんかも出られたりして。

サラブレッドは……ちょっと嫌だなあ。

競馬ってなんか怖いし。鞭を入れられまくって痛そうだし。疲れそうだし。

 

ただ、俺の母ちゃん、見た目がサラブレッドっぽいんだよなあ……

 

ちくせう……

 




牧場関係は、じゃじゃ馬グルーミングUpとかそういう漫画とかを参考にしています。

競馬を本格的に見始めたのはジャスタウェイの時代から。それ以前は、祖父に阪神競馬場に連れて行ってもらったりしていた程度です。

[2022/5/12]
セオドライトの戦績の描写を訂正。


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馬、同期と過ごす

暴風雪と地震の中で生まれた鹿毛の仔馬は島本牧場ですくすくと育っていった。

ボーちゃんと呼ばれ、かわいがられている馬の顔には流星などはなく、脚に靴下もない、いたって普通のサラブレッドといった外見であった。ちょっと足が外向なのと、どことなく貧乏くさい外見を除けば……

 

春も過ぎるあたりまでは大人しくおっとりしているとスタッフから言われていたボーちゃんであったが、他の仔馬とは反りが合わないらしく、一人でいることが多いようである。

 

 

「ボーのことですが、やっぱり他の馬が嫌いみたいですね……」

 

 

「人間に育てられた馬はそうなりやすいって聞いていたが」

 

 

彼の母馬は彼の育児を放棄してしまったため、止むを得ず哲也ら牧場スタッフがミルクを上げるなどの世話をしていた。

幼いころから馬に慣れていないせいか他の馬に関わろうともしないのである。

 

 

「そろそろ母馬からの離乳の時期ですが、ボーはどうしましょうか」

 

 

「どうしましょうって、そりゃあ他の馬と一緒の放牧地にいれるしかないだろうよ」

 

 

ボーにとっては可哀そうな話ではある。しかし、競走馬として生きていくためには、他の馬に怯え続けているようでは話にならないのである。

 

 

(うーん。ボーのやつ、なんか怯えているというよりは、ただただ「馬」そのものが嫌いなだけって気がするけど……)

 

 

彼の世話をしている哲也は鹿毛の仔馬が、怯えているから他馬に近寄らないのではなく、単純に馬という存在が嫌いなだけではと思っていた。

 

 

(まあ、ゲートやパドックで逃げようとしない程度であれば、馬が嫌いでも構わないけどな)

 

 

そんな心配をよそに、他の仔馬たちの離乳の時期が始まり、2002年に誕生した馬たちは牧場の放牧地で集団生活を送り始めたのであった。

 

 

 

季節は廻り、今年誕生した仔馬と母馬を引き離す時期が訪れる。

 

 

「いつもこの時期は可哀そうになりますねえ」

 

 

母馬から引き離され、鳴き続ける仔馬を見て、哲也の母である島本ゆうが嘆く。

 

 

「しょうがないとはいえ、鳴く仔馬たちを見るのは辛いものがあるな」

 

 

それでも競走馬として育っていくためには必要な試練でもある。暴れたり、食欲が落ちたりしないようにスタッフたちも細心の注意を払って行う必要があるため、油断はできなかった。

 

 

「それに比べてボーはなあ……」

 

 

もともと母馬から見放されていたので、離乳に関する苦労はなかった。一応離乳をすませた今年誕生した同期の馬たちと同じ放牧地で集団生活を送っているのだが、相も変わらず一人でいることが多い。

 

こういう場合、群れを作って先頭を常に走っている馬などは、素質があると見込まれて、取引のセールスポイントになるのだが、彼はいつも一人で過ごしている。「このままじゃあ誰にも買ってもらえないぞ~」とつぶやきながら彼の動きを見ていた。

 

島本牧場は、馬主としての活動は控えている。大手の生産牧場のようにオーナーブリーダーをやれるほどの規模ではない。地方はともかくとして、中央は馬一頭でも維持費がとんでもない金額になるため、馬主としての活動は難しいのである。

 

 

「でもボーちゃん、結構頭いいと思うのよね~」

 

 

「確かに暴れたりしないし、俺たちの言うことはしっかり聞いてくれるからな」

 

 

「私たちがボーちゃんって呼ぶと耳を向けてくるし、決まったところにしか排泄しないじゃない。それってやっぱり賢いってことなんでしょうね」

 

 

「賢ければ走るってわけではないけどなあ」

 

 

頭が良すぎる馬は、どこかで手を抜くことを覚えたりすることもあるらしい。ちょっとおバカな方が走ったりすると聞いたこともある。

 

 

(シンボリルドルフなんかは騎手に競馬を教えたっていうぐらい賢かったらしいし、名馬と呼ばれる馬は賢いエピソードが多いからなんともいえないなあ)

 

 

ただ一つだけ言えることがあるとすれば、名馬と呼ばれる馬は、みな闘争心が高く、負けず嫌いだったというエピソードが多い事である。

 

 

「闘争心は……なさそうだなあ……」

 

 

「そうねえ……おっとりしていて優しい仔ですしね~」

 

 

「でもプライドは高いのかもしれないな。俺は他の馬とは違うんだ!って感じで」

 

 

闘争心はないがプライドは高い。やっぱりよくわからないと思う二人であった。

1頭だけに注目するわけにはいかないが、島本牧場の話題は、ボーに向いていることが多かった。こういう意味では将来有望なのかもしれない。

 

 

 

 

---------------

 

 

俺は馬だ。

最近、母馬と離れた他の馬と一緒に暮らしている。

あいつら母馬と離れてすぐは、鳴きまくっていた。その点俺はずっと一人(+人間)だったので悲しいとかそういう気持ちすらない。

人間は、母親がいなくてさみしがっているんじゃないかと思っていた時もあるみたいだ。だが待ってほしい。人間の魂をインストールしている俺を畜生どもと一緒にしないでもらいたいな。

人間は、俺に他の馬と一緒に行動してほしいと思っているようだが、それは俺のプライドが許さねえ。俺はお前ら畜生とは違って人間様の魂がインストールされているんだ。一緒になんかいられるか。俺は一人で帰らせてもらう!

 

 

【なんだお前、生意気】

 

【こっち来いよ】

 

 

ほかの馬、おそらく俺と同期の奴らからこんな感じに呼ばれることがある。

誘ってくる馬には【別に放っておいて】と返しているが、中にはケンカを売ってくる奴もいる。

争いは同じレベルの者同士でしか生まれないという言葉があるため、俺はケンカを売ってきたり、ちょっかいをかけてきたりする馬を無視し続けている。

畜生どもと一緒にすんじゃねえ。ぺっぺっぺっ!と唾を吐く。

 

人間どもは俺のことを興味津々な目で見てくる。どことなく哀れんだ目で見てくるのは気のせいだと信じたい。

というか俺はサラブレッドだったんだな。馬には詳しくない俺でも、なんとなく他の馬の体つきが走るための体であることが分かった。

ということは人を乗せるのか……なんか嫌だなあ……

でも人間の言うことを聞かないと、捨てられそうだし、さすがにそれは勘弁願いたい。

 

あと俺の名前はわからないが、人間は俺の名前を呼ぶとき、決まって同じ声を出すので、自分を呼んでいるときには反応してやっている。

 

 

「賢いなあ~」

 

 

おそらく喜んでいるのだろう。

当然だ、人間だもの。いやこの場合は馬人間か?でもそれだとなんか違うなあ。

まあ世話をしてもらっているわけだし、媚くらいは売っておかないと。

 

 

「お前はプライドが高いのかもしれんなあ」

 

 

よくわからんが同情されているように見える。なんだなんだ?俺は同情されるような覚えはないぞ。

 

 

「そのプライドの高さが負けん気になったらなあ」

 

 

まあ人間が何を話しているかわからんが、今のところは期待してもらってるのかもしれん。いつも偉そうな人間がたくさん俺を見て指をさしてくるくらいだからなあ。

 

【注:見た目が貧相なので、残念がっているだけです】

 

もしかしたら、俺っていけるところまで行っちゃうんじゃない?

 

 




結構性格が尊大なボーちゃんが人間の言うことを聞いているのは、人間の魂がインストールしてあるので、他の馬畜生のように暴れたりするのが恥ずかしいと思っているからです。
一応衣食住を提供してもらっており、その恩をあだで返すようなことはしないようにしているからです。

ただ、彼の行っている行為や見た目が自分の評価を下げているとは毛ほどにも思っていません。


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馬、走り回る+趣味を覚える

2002年も秋になり、北海道は本土に比べると暑さが和らぎ始めた時期になった。

この時期は、離乳した仔馬たちに追い運動を行い始める時期でもあった。馬に乗った人が仔馬を後ろから追いたてて、仔馬を運動させることである。基本的に競走馬のデビューは2歳であるため、1歳秋までは放牧を中心に基礎体力づくりが行われる。この基礎体力づくりの一環として、追い運動は重要なのである。

 

島本牧場では、当歳馬たちが、牧場スタッフたちが乗った馬に追いかけられ、放牧地内を走り回っていた。

 

 

「ボー!お願いだから走ってくれ~」

 

 

哲也が馬の上から鹿毛の仔馬に嘆く。仔馬は仕方がないなあ~といった感じで走り始めた。

 

 

「よし、いいぞ~」

 

 

ボーと呼ばれた鹿毛の馬は、結構面倒くさがりな性格なのか、追い立てられても走り回らない。ただ、哲也を含めた牧場のスタッフが「頼むよ~」などとお願いをすると素直に走り始める。

 

そんな様子を2人の男が見守っていた。一人は牧場長の哲司。もう一人は島本牧場の従業員の大野慎であった。

 

 

「大野君。セオドライトの仔はどう思うかね」

 

 

「何とも言えませんね。脚の外向もこの程度なら走った馬などいくらでもいます。外見も貧乏くさい感じはありますが、それはあくまで人間の主観でしかありませんから。実際彼の健康状態は全く問題ありません」

 

 

「確かにそうなのだが、売り主としてはちょっと困るんだよねえ」

 

 

「種付け料も高くはありませんでしたし、そこまで高く売れる必要はありませんよ。そもそもあなたのロマンを追求した配合なんですから、自信をもってください」

 

 

「そうだなあ。俺たちが諦めたらおしまいだものな」

 

 

「その通りです社長」

 

 

そういって大野と呼ばれた男は従業員棟に戻っていった。

 

 

「彼の目にはボーがどのように映っていたのかねえ……」

 

 

 

自室に戻った大野は、セオドライト2002のデータをチェックしながら先ほどの追い運動を受ける仔馬のことを頭に思い浮かべる。

 

 

「セオドライトの2002。本当によくわからないな」

 

 

大野は、配合の理論や競走馬の最新の情勢などの情報を収集して分析することを本業にしており、島本牧場の参謀とも呼ばれていた。あと税理士の資格も持っているので、税務関係の仕事も行っている。

種付け料が安い種牡馬をどのような血統の牝馬にかけ合わせれば、走る馬が誕生するのか。地方のダートで走る馬はどのような性質を持っているのかなどを事細かく分析して、牧場の競走馬の生産に役立たせているのである。

 

 

「社長の好きなサクラチヨノオーの牝馬も安く手に入れることが出来ましたし、ヤマニンゼファーの種付け料もそこまで高いものではない。社長のロマンが意外と安く済ませることが出来たのは幸いでした」

 

 

これがサンデーサイレンスのような種牡馬ではなくて本当に良かったと思っていた。大野は、自由に血統の研究などをやらせてもらっている以上、社長には恩があると感じている。なので彼の要望には最大限配慮することにしている。

たまにシンザンの血統が欲しいなどと言って困らせることがあるが、その時にはしっかりと止めている。

 

 

「それに全くの零細血統というわけでもないですしね。まあ、期待値は低いですが」

 

 

父方の血統も母方の血統も、日本競馬はおろか世界の競馬の主流とはいいがたい。しかし決してダメな血統というわけでもなかった。

父のようなスピードに優れた快速馬になることを一同は願っていた。

 

 

「今のところは、穏やかで馬嫌いな性格の仔馬でしかない。ただ、あの仔馬は何か特別なものがある」

 

 

それなりに馬を見続けてきた彼の直感があの馬にはスペシャルな何かがあるのではないかと告げていたのである。

おおよそ、このような直感は外れることが多いのだが……

 

 

「私の馬を見る目が試されますね……」

 

 

こうして、ボーと呼ばれる人間の魂をインストールしたある意味特別な馬に注目する人間が増えたのである。

 

 

 

冬になり雪が本格的に積もるまで追い運動を行っていた哲司達牧場スタッフは今年の当歳馬たちは冬を越えることが出来そうだと考えていた。

死産や不受胎もあったが、誕生した馬全員がしっかりとこの時期まで元気に育ってくれているのである。

その中でも取り立てて元気な馬がいた。

 

 

「それがよりにもよってボーなのか」

 

 

相変わらず放牧地で、一人でいることが多いし、集団での追い運動では興味がなさそうに最後尾をちんたらと走っている。

しかし、哲司が1頭だけの時に馬に乗って追いかけると、ものすごいスピードで逃げ始めるのである。

 

 

(もしかして、ボーって意外と才能がある?)

 

 

ボーの世話を担当している哲也と、定期的に様子を確認に来る父の哲司と母のゆう、秋あたりから遠くから双眼鏡で眺めている大野の4人が彼の走りを見続けた上での感想であった。

 

 

「哲也君、ちょっといいかな」

 

 

ボーを馬房に戻し、従業員の建物に戻る途中、大野に哲也は話しかけられた。

 

 

「何でしょうか大野さん」

 

 

「セオドライトの2002だけど、多分あれはいいところまで行くからいろいろと準備しておいた方がいいよ」

 

 

「それって……」

 

 

哲也の反応も見ることなく大野はどこかに行ってしまった。

 

 

「確かに一人のときはいい感じで走っているけど、集団の時はあんな感じだしなあ……」

 

 

この時の準備しておいた方がいいという言葉の意味を痛感したのは数年後の話である。

 

 

 

 

---------------

 

 

俺は馬である。

最近、馬に乗った人間に追いかけられる。

 

 

「ほらー走ってくれー」

 

 

最初は面倒くさかったのだが、いつも世話をしてもらっている人間がお願いしているから仕方がなく応えてやる。

 

 

【走れ、走れ!!】

 

 

人間に乗られて俺を追いかけてくる馬も意外と楽しそうに追いかけてくる。

 

 

【喰われるぞ~】

 

 

食われるってなんだよと思ったが、馬にも野生の本能があるし、追いかけられるっていうのは敵から逃げる本能を刺激するのかもしれん。

 

ちょっと本気で走ってやるぜ~

 

 

「おいおい!そんな猛スピードで逃げなくても」

 

 

さすがに疲れたので、クールダウンもかねてトコトコ歩いて人間と馬の間を歩く。

 

 

【お前結構速い】

 

 

俺を追いかけていた馬から褒められる。畜生に褒められてもうれしくなんてないんだからね。

 

他の馬に交じって追いかけられることもあったが、自分が畜生の1頭であると思い知らされるので、最後尾でちんたらと走っていた。

 

 

【お前遅い。がんばれ】

 

【遅いやつ。バカ】

 

 

一番先頭のやつはまだいいとして、その後ろのやつ。バカはねーだろバカは。

まあ高尚な私は、そんな低レベルな挑発には乗らないけどね。バーカバーカ。

 

 

そんな毎日を過ごすうちに徐々に我慢できないことがあった。

 

 

【暇だ~!!!】

 

 

「うわ!どうした!どこか痛いのか?」

 

 

おっとすまん。驚かせてしまったみたいだな。人間が俺の脚や体のあちこちを見る。

いやね。暇なのよ。人間の魂がインストールされている以上、人間の娯楽の知識もインストールされているのである。

 

というか今はいつの時代なのだろうか。携帯電話を持っている人がいたから昭和ではないだろうけど。

ただ、面白いことは自分で見つける必要があるし、ちょっといろいろと試してみようかな。

 

 

俺が見つけた趣味その1。

穴掘り。ひたすら地面を掘り続けることである。蹄にダメージが入るのは怖いので、軟らかい土をホリホリして遊ぶ。そしてある程度掘ったら逆に埋める。

趣味その2

低めの木を飛び越える。

意外とこの体はばねがあるようで、放牧地の中にある生垣のような低い木低い柵のようなものを飛び越える。意外と体に当たったりするので、練習が必要であった。

そのため、馬に追われているときもぴょんぴょん跳ねながら走ったりして体のばねを鍛え始めた。

 

趣味その3

夜にちょっと柵の外に出てみる。といっても何がいるのかわからないので、近くをうろうろして探検しているだけであるが。

ただ、人に見つかると怒られるし、多分俺の世話をしている人間も怒られてしまうと思うので、細心の注意を払う。監視カメラもないしね。

 

新しい暇つぶしを覚えた俺は、二度目の冬を迎えようとしていた。

 

 




この悪趣味な遊びが原因で、スタッフたちの気苦労が加速します。


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馬、買われる

北海道の冬は厳しい。マイナス十度を軽く下回る日も多く、試される大地といわれる過酷な土地である。

馬は寒さには強いため、人間に比べたら北海道の冬はましに感じているのかもしれない。

 

 

「それにしてもお前はあったかそうだな」

 

 

目の前にボケーッと立っている鹿毛の馬に対して哲也が呟く。

新年を迎えて1歳になった鹿毛の仔馬は、生まれたときよりはるかに大きくなっていた。そして、冬毛に生え変わったことで、全体的にもっさりとした感じになっていた。

 

 

「相変わらず何考えてんだかわからんなあ……」

 

 

冬の始まりから明らかになった彼の奇行。何度かやめるようにやさしく注意してはいる。しかし、注意してしばらくは奇行を止めるが、スタッフが見てないところで行っているため、哲也もどうしようかと悩んでいた。

 

 

「土を掘ったり埋めたりするのは雪が降ってからやらなくなったからいいけど、木や柵をジャンプして越えようとしているのは不味いよなあ」

 

 

ケガでもしたら、大変なことである。ちょっとした傷から病原菌が入って病気で亡くなることだって考えられる。脚の骨を折れば、競走馬としての命どころか、「馬」としての命も失われかねない。

さすがに冬になってからこういった奇行はしなくなっていたが、春になったら再発する可能性がないとは言えなかった。

 

 

「また、みんなと相談しないとなあ……」

 

 

本性を現し始めたなあと感じ始めた島本牧場であった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

俺は馬である。

冬になったようで、さすがの馬でも寒く感じることがある。ここってどこなんだろうか。サラブレッドってたしか北海道で生まれることが多いって聞いたことがあるけど。

まあ別にいいや。

冬になって穴掘りも走高跳もできなくなった(あと普通に監視の目が厳しくなってできなくなった)。ちくせう。

ただ、定期的に脱走していることは知られていないらしい。まあクマや車とか怖いから柵のすぐ外でキャッキャしているだけだけどね。このスリルがいいのよね。

それはそうと今俺はいろんな人に囲まれている。

というかなんか眠いようなそうでないようなボーっとした不思議な気分である。

 

なんか脚に変な機械を押し当てられるし、よくわからん。

って鼻になんか入れてきた!やめてくれ!

別に痛いわけじゃないけど(感覚ないし)、なんか嫌だ!

さすがの俺も怒っちゃうぞ!

 

 

【やめてくれ……】

 

 

「お~し、いいこだぞ~。これで健康診断は終わりだな。骨の状態もいいし、大丈夫そうだ」

 

 

「めっちゃ耳絞ってますけど……」

 

 

「鎮静剤が効いているとはいえ、サラブレッドですからね。それにしても体重は400㎏以上あるのか。結構大きくなりそうだな」

 

 

「まだまだ成長すると思いますし、経過を見守りましょう」

 

 

鼻にあんな変なものいれるとか鬼かこいつら。

二度とごめんだぜ……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

冬が過ぎ、厳しい寒さの北海道にも春が訪れる。

この年、2002年に誕生した仔馬たちは全員、すくすくと成長していた。

そして、2003年に生まれた仔馬たちも母親と共に春の訪れを感じていた。

 

「ボー。おまえにも弟が生まれたぞ~」

 

セオドライトの2003が3月終わりごろに誕生し、問題なく育っていた。育児放棄が心配されたが、昨年のことが嘘のように、当たり前のように生まれたばかりの仔馬を育てていた。

 

 

「なんでボーは見放されちゃったんだろうなあ……」

 

 

まだまだ馬のことはわからないなあとつぶやきながら、馬房で寝ている鹿毛の馬を見つめる。

相変わらず貧乏くさいというかもっさりとした印象を受ける外見の1歳馬は、春になり、哲也たちが忘れかけていた奇行をまた始めていたのである。

 

 

「さて、そろそろ外に出すか。ボーいくぞ~」

 

 

哲也の声に反応して、軽く嘶き、彼の下に近寄ってくる。

 

 

「名前を認識できているあたり、賢いんだろうけどな」

 

 

放牧地に入ろうとすると、外にいた父親に止められる。

 

 

「今日は先にこっちに来てくれ」

 

 

それに従い、父親の後ろをついていく。少し歩くと、乗馬用の広場があった。島本牧場は乗馬や簡単な馬術もやっているので、乗馬自体は珍しい事ではない。

 

 

「ここにある障害コースで走らせてやればいいと思ってな。もちろん高さは低いし、安全面にも配慮するが。変な木や柵でやられるより何倍もましだ」

 

 

「確かにここならボーもストレス発散できそうだな」

 

 

狙い通り、ボーは小さな障害を越えたりして遊び始めた。初めてなのにやけに上手であった。

 

 

「いや、障害競走馬を育てているわけじゃないんだけどなあ……」

 

 

「確かにボーの父の血統は短い距離のほうが得意だし、障害競走は無理だと思うけど、バネが鍛えられたなら普通の競走でも役に立つさ。一応何か起きないように見張っておいてくれ」

 

 

父親は厩舎のほうに戻っていった。

 

 

「それにしても楽しそうにしてるなあ。これでよかったのかもしれんな」

 

 

そんなほのぼのとした日々は、長いようで早く過ぎ去っていった。

そして、彼のターニングポイントが訪れようとしていた。

 

 

それは夏も近づき始めたある日のことである。

 

 

「哲也~ちょっとこっちに来てくれ」

 

 

父親に呼ばれたため、掃除を中断して声の方へ向かう。そこには若い男と父親が談笑していたのだった。

 

 

「こちらは西崎さん。うちの馬を見に来てくださった馬主さんで、彼の父親はよくうちの馬を買ってくださった恩人みたいな人だったよ」

 

 

馬主と聞いて、哲也は態度を改めて歓迎した。

 

 

「これは、ようこそお越しいただきました」

 

 

「いやいや、そんなにかしこまらなくてもいいですよ」

 

 

自分と同じ年かちょっと上くらいかと思い、馬主ってすげえなと心の中で思っていた。

 

 

「1歳馬を見せてもらいましたけど、やっぱり自分にはよくわからないですね。やっぱりいるんですか?この馬が次のダービー馬だ!って言っちゃう人とかって」

 

 

「さすがにこの牧場の馬を見てそう言ってくださった人はいませんね。調教師の方が見に来ていただけることもあるんですけど、よくて重賞を獲れそうだ、とかそのレベルですね」

 

 

「やっぱりそういうものなんですね……ってそれはそうと、あと1頭見てない馬がいるとかで彼を呼んでもらったんですよね」

 

 

「あー、そうだそうだ。彼にボーを見せてやってくれ。これからあそこに行くだろう」

 

 

本来の目的を思い出したかのように、哲也に指示を送った。ストレス発散も兼ねたボーの運動は他の馬と違って特徴的といえば特徴的である。

 

 

「わかりました。これから案内しますので少々お待ちください」

 

 

ボーを連れて歩いていき、いつもの場所につくと、嬉しそうにボーは走り回っていった。

 

 

「これって乗馬?馬術?で見たことがあるんですけど、こういうトレーニングって行うものなんですか?」

 

 

「いや、普通はしないと思います。少なくともここでは。ただ、彼は勝手に柵や低木でジャンプしてしまうので、安全面に配慮してここで運動させています」

 

 

「うまいものですねえ……それに楽しそうです」

 

 

ボーは普段は眠そうにしていることが多い。しかし食べるときと遊ぶときは楽しそうにしている。

しばらく彼の「遊び」を眺めていると、唐突に馬主の男から言葉が発せられた。

 

 

「決めました。この馬にします。私の初めての馬は彼に決めました!」

 

 

「えぇ……」

 

 

こうして、セオドライトの2002は、馬主が決まったのであった。

その価格は意外にも高く、750万円ほどであった。

曰く、こんなに面白そうな馬を見せてくれたお礼も兼ねた金額であった。

種付け料や1年間の維持費等を込みにしても黒字であったうえ、昨年からいちばん気にしていた馬を選んでもらえたことに安堵していたのである。

 

 

 

北海道……ではなく、北海道から東京行きの飛行機の中で一人の男が笑っていた。

 

 

「いい出会いに巡り合えました」

 

 

島本牧場で鹿毛の牡馬を購入宣言したばかりの男であった。さすがにすぐに購入! とはいかず、しかるべく手続きを行う必要があるため、いったん東京に戻ることになったのである。

そもそも彼は、馬主というものにそこまで興味があるわけではなかった。父親が馬主をしていた事もあり、馬そのものには愛着があったが、競馬には興味は向いていなかった。

事実、亡くなった父親の会社を継いだあとも、馬のことは忘れていたぐらいである。

ただ、馬主のネットワークというものは結構大きなものであるという話を聞いたので、とりあえず馬主の資格を取り(幸い条件はクリアできていた)、父親とつながりのあった牧場に赴いたのであった。

 

 

「厳しい世界だって聞いているけど、少しくらい期待してもいいですよね」

 

 

こうして、ボーは東京の馬主(初心者)、西崎浩平に買われたのであった。

よかったね。

 




西崎浩平の父は、経営者としては一流だったが、馬主としては二流でした。
彼の年齢は30代中盤くらいだと思ってください。若く見られるが嬉しいわけではないとのこと。


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馬、育成牧場へ

2003年も夏になり、島本牧場がある北海道も夏の暑さに見舞われていた。

夏になると、馬主や調教師が牧場を訪れて、将来有望な馬を買いに来ることも多くなっていた。セリも行われるため、多くの幼駒たちの引取り先が決まっていくシーズンでもあった。

島本牧場でも、地方競馬の馬主たち相手に2002年に誕生した幼駒たちが売られていったようである。

 

 

「ボーが結構いい値段で売れてくれてよかった。馬主の方も本業はしっかりしているようだし、ひとまず安心だな」

 

 

「それにしても即決でしたね。数百万の買い物をその場で決めるとは……」

 

 

名馬を所有している馬主でも、事前に牧場や調教師などと綿密に打ち合わせを行ったりして購入したりすることが多い。

 

 

「そろそろボーもここからいなくなるのかあ……」

 

 

「そう考えると寂しいものだな」

 

 

1歳の秋になると、島本牧場の馬は、育成牧場へと旅立つ。ここで競走馬になるための本格的な訓練を受けるのである。大手の牧場では、育成牧場も兼業しているようなところもあるが、残念ながら島本牧場にはそのような設備も人材もいない。

例年、牧場生まれの馬を預かってくれるなじみのところに入ることが決定している。

 

 

「ここよりも馬が多い場所で大丈夫なのかな」

 

 

こうして島本牧場にいる最後の時を過ごしていったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

最近、俺の世話をしてくれる人間のテンションが低いように見受けられる。

どうした。彼女にでもフラれたのか?

ここでは彼には世話になっている。少しぐらいは俺をかわいがる権利をやってもいいと思っていたのだが……

そんなことを思って日々を過ごしていた。

 

 

「ボー。今日でお前はここから出ていくことになる。色々と大変だったけど、あっちに行ってもがんばれよ」

 

 

「いいか~向こうの人たちに迷惑はかけんでくれよ~」

 

 

俺の世話をしていた彼を含めた多くの人間たちが俺に声をかけてきた。

何を言っているのかわからないが、悲しい気持ち?を感じる。俺はどうなってしまうんだ?

 

しばらくすると、俺は牧場の外に連れられて行き、目の前のトラックに乗せられようとしていた。

 

 

【なんだなんだ!】

 

 

「お~怖くないぞ~」

 

 

見知らぬ人が俺をトラックに入れようとするので、少し驚いた。

まあ、トラックに入れというなら入るが……

 

 

「すんなり入りましたね」

 

 

「まあ気性自体は真面目で穏やかなので。多分大丈夫だと思います」

 

 

もしかしたら俺は別のところに行くのかもしれん。そしてこれがここの人間たちと最後の別れかもしれん。

 

 

【いろいろと世話になったな】

 

 

小学校の卒業式みたいなものか。次の場所はどんなところか気になるところである。

もしかしたらもう競馬場を走るのかもしれん。

いろいろと覚悟をしておいた方がいいかもしれんなあ……

 

 

 

と思っていた時期も俺にはありました。

あたり一面に馬、馬、馬である。これぞ群馬。

トラックに揺られてついた先には、俺がいた牧場よりも大きい牧場であった。

しかし、馬の数が桁違いに多い。100頭以上はいるんじゃねえか

そしてそれだけ多く馬がいるということは……

 

 

【こっちこいよ!】

 

【つかれた】

 

【お前嫌い!】

 

 

俺にちょっかいをかける奴が増えるということである。

何度も言うが、俺は馬であり人である。馬のコミュニティーに入るなんて死んでもごめんだ。これはプライドの問題である。

なのでここでも徹底的に無視することに決めたのである。たまにうるさいから睨んだりするけど。というか睨まれたくらいで何も言えなくなって逃げてしまうって軟弱すぎだろ……

 

ここに到着してしばらくは、牧場と同じように過ごしていた。

しかしある日、俺は人間にいろんなものを付けられるようになったのである。

人が乗るために必要な鞍を背中につけられた。

口になんかよくわからんものを入れられた。なんか変な気分だ。

 

 

「普通は嫌がるもんなんですけど」

 

 

「鞍もハミも問題ありませんでした。やっぱり賢いですし、気性もいいですね」

 

 

「馬嫌いな点を除けば今のところ順調だな」

 

 

どうやら俺はすこぶる優秀なようである。首の下あたりを撫でられるのは気分がいい。もっと撫でたまえ。

実際、他の馬は嫌がって悲鳴を上げたり、人間を蹴ったり噛みつこうとしたりしている奴もいるようだ。嘶きが聞こえることがある。

やはり俺は天才のようだ。

というの半分冗談で、これくらいなら我慢できるのである。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「島本さん、今日はお越しいただきありがとうございます」

 

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

 

島本哲司は、ボーが入厩している育成牧場の担当者に呼ばれて来たのであった。

 

 

「それでボーのことで何かあったのでしょうか。それとも他のうちの馬が?」

 

 

「セオドライトの2002のことです」

 

 

なんとなく予想はしていた哲司であった。

 

 

「何かうちの馬が粗相でも……」

 

 

「うーん、なんというかちょっと変わった馬だなと思いまして。あと、脱走癖は牧場のころからあったのですか?」

 

 

「脱走癖?って脱走?」

 

 

「たまに夜間放牧中に放牧地から外に出ているようで、この間何とか現場を取り押さえて、馬に注意はしたのですが……」

 

 

「……目を離した隙にやっていたのかもしれません」

 

 

「うちは警備や監視がしっかりしてますからね。多分島本さんのところと同じ感覚でいたのだと思います。穴は掘るし柵は越えるわ…」

 

 

「大変申し訳ない……」

 

 

「ただ、暴れまわったり、我々の言うことを聞かないというわけではないので、そのあたりは確かに真面目な馬だと思います。注意した後は脱走を図っていないので、今のところは大丈夫ですが」

 

 

「それで今日はこのことを……」

 

 

「いえ、彼の能力についてです。まだ本格的な訓練は行っていませんが、馬具の着脱も苦にしませんし、おそらくこのままいけば、競走馬としてデビューすることはできると思います」

 

 

実際に、気性が荒すぎて、人間が乗ることすらままならない馬もいたりするため、馴致訓練というのはかなり重要である。

 

 

「それはよかったです」

 

 

「ただ、馬体の仕上がりが少し遅いように見受けられます。このため、あまり早い時期でのデビューは難しいかもしれません。この辺りは来年の春の出来次第ではありますが」

 

 

「仕上がりが遅い、ですか。そういえばヤマニンゼファーもデビューが遅かったですね」

 

 

ヤマニンゼファーは、骨膜炎などが理由で、調教があまり行えなかったため、デビューが4歳3月と遅い時期であった。

 

 

「そういう意味では父親に似たのかもしれません。ただ、体質は良好なのでしっかりと調教は積めると思います」

 

 

「そうですか。ゼファーが好きだった私にとっては、父に似た馬になりそうというだけでも、彼を送り出すことが出来てよかったと思います」

 

 

「私も驚きました。少し前まではゼファーの産駒はそれなりにいたのですが、最近はめっきり減りましたから」

 

 

ヤマニンゼファーの産駒は90年代にはそれなりに中央地方を走っていた。しかし、産駒成績が良くなかったこともあり、2000年代に入ると徐々に数を減らしていっている状況である。

 

 

「ところでこの話は西崎オーナーには?」

 

 

「伝えております。『自分は馬に関しては素人なので、専門家に任せます。それにしても面白い馬だ。買ってよかった』と仰っていました」

 

 

「相変わらず豪気な人です……」

 

 

こうして彼の育成牧場時代は過ぎていったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である(2回目)。

北海道?の厳しい冬が過ぎ、俺は走っていた。ひたすら走っていた。

 

今日も坂のある道を走り、一汗かいてきたところである。

 

 

「あの馬ヤバいです」

 

 

「そんなにか?」

 

 

「手がかかりません。調教をしたら一回で覚えてくれます。それに他の馬が嫌いだから、馬群が苦手かと思いましたが、そんなこともありませんでした。」

 

 

どうやら俺をほめたたえているようだ。

自画自賛になるが、俺より速い馬はここにはいない。

全員ぶちのめした。

 

 

「オンオフがはっきりしているといえばいいんですかね。普段は他馬を寄せ付けないほどなんですが、調教の時は近くに馬がいても気にしたそぶりも見せませんし、馬体同士がぶつかっても何も反応せず、黙々と走ってくれます」

 

 

ここでは、俺が速くなるために必要なことをいろいろとやってくれている。

俺のようなスペシャルがその辺の馬に負けるわけにはいかないんだよ。

それに俺に期待してくれている人もいるようだし、お世話をしてもらった分の恩を返すのも人間として当然のことだと思う。これはただの馬にはできないことだ。

 

 

「それに、体調が悪い時なんかは調教を拒否したり、わざと力を抜いたりしていますし、自己管理もできています。ちょっと信じられないです」

 

 

「機嫌が悪いときでも人間や物を蹴ったりしませんし、そもそもあまり怒ることもないです。そういう意味では穏やかな性格ともいえます」

 

 

それはそうと、俺ってどうやら他の馬よりちょっと体が大きいらしい。そんな体をこんな細い脚で支えているんですよ。無理は禁物でしょ。他の馬は無理して走って体調を崩しているのもいたし、自己管理は人間ならできて当然よね。

 

 

「最近は脱走癖も穴掘り癖もなくなってきていますし、どんどん成長していくと思います。まあ、馬嫌いは治っていませんが……」

 

 

ここに来てから結構忙しい。

走ってご飯を食べて寝て、それでケアをしてもらって。

いろんな意味で充実している。

 

 

「まだまだ成長していくと思いますし、もっと期待してもいいかもしれないです」

 

 

俺にかなう馬なんていないんじゃね?

待ってろ、日本ダービー(←さすがにダービーは知っていたらしい)。

 

 

「ただ、体格的に長い距離はちょっと無理かもしれないですね……」

 

 

こうして彼は順当に調子に乗っていたのである。

同期に日本競馬の歴史を塗り替えるほどの怪物がいるとは知らずに。

 




気性:真面目で穏やか(人間に対しては)

Qなんで穴を掘るの?
Aストレス発散
Qどうやって脱走を?
A穴を掘ると柵の間に隙間できるやろ?それをこうしてこうじゃ
(穴は塞がれました)

ま、まじめ?
馬基準ならまじめです!


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馬、名前が決まる

ストックがあるので放出していきます。


俺は馬である。

雪が残りつつも、寒さが和らいできた今日このごろ。

俺はいつも通り、屋内のコースを走っていた。脚に金属の変なものを取り付けられ、坂道を走る。

それにしてもあんなにヤバそうなもの付けているのに痛くもなんともないのな。

真っ赤に染まった金属を見たときは少しビビった。それに釘みたいなもので打ち付けられたときは、いつ痛みが襲ってくるんじゃないかとびくびくしておしっこちびりそうになった。

でもなにもなかったので、今は問題なく走れている。

おそらくこの道具は、脚の先を保護するための道具なのだろう。

 

それにしても俺は速いのだろうか。ここにいる他の馬に比べたら速いのは確かなんだが……

 

 

【お前速い。強い】

 

【疲れた】

 

 

隣で併走していた馬たちが、俺のことを速くて強いと言ってくることが多くなった。

まあ悪い気はしない。

それにしてもいつから俺は競馬場に行くのだろうか……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2004年も春になり、2002年に生まれた馬たちは2歳馬となっていた。仕上がりの早い馬だと、もうデビューしてもいいような馬もいる。

こうなると、育成牧場から卒業して、中央なら栗東や美浦所属の調教師の厩舎や、地方なら地方競馬の調教師の厩舎に入厩して、さらなるトレーニング生活を送ることになる。

 

 

「西崎さん、島本さん。セオドライトの2002ですが、入厩先は決まりましたか。一応我々の方でも推薦することは可能ですが」

 

 

良血馬だったり、兄弟姉妹が有力馬だったりすると調教師側から預かりたいと願い出ることもある。しかし、セオドライトの2002はお世辞にも血統はいいとは言えないし、兄弟姉妹にも有力馬はいない。生産牧場も有名ではないし、育成牧場も小規模であるため、そういった有名調教師との縁もなかった。

それでも幾人かはぜひうちにと名乗り出ているところもあるが、最終的な判断は馬主が行うため、保留にしている。

 

 

「と言いましても、馬主初心者の私には競馬会にコネはありませんし。父も馬主としては微妙だったので、その息子の私が頼んでも逆効果かもしれないです」

 

 

「それで、島本さんに相談しているというわけです」

 

 

「うーん。一人いるが、預かってもらえるかな」

 

 

哲司の頭の中に、一人の調教師の名前と顔が思い浮かんでいた。

 

 

「ちなみにその方は?」

 

 

「美浦の藤山順平先生です。G1馬こそいませんが、コンスタントにオープン馬や重賞馬を送り出しているので、腕はいい方だと思います」

 

 

「藤山先生ですか。そこまで大きい厩舎ではないですが、面倒見のいい先生だと聞いていますね。育成牧場側としても問題はないと思いますが」

 

 

「私はよくわからないけど、一度話してみたいな」

 

 

この後、哲司の計らいで、調教師の藤山が育成牧場に来ることになった。

 

 

「あと、名前考えました」

 

 

「おー。いつまでもボーじゃかっこ悪いもんなあ」

 

 

「まだ正式登録は先ですが、名前は……」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺の名前が変わったらしい。

正確に言うと二パターンあることが分かった。

あだ名みたいなものか?

 

 

「テンペストクェーク(Tempest Quake)、かっこいい名前になっちゃって」

 

 

「馬主の人曰く、生まれたときが記録的な暴風雪の時だったからテンペストにしたらしい。しかも地震も起きたらしいから、暴風の意味をもつテンペストと地震のアースクェークのクェークをくっつけたらしい」

 

 

「なんというか凄い時に生まれたんですね」

 

 

「暴風のような猛烈な走りを見せてほしいって願いも込められているんじゃないかな」

 

 

俺の名前はどうやらかっこいいようだ。

豚の角煮とかサバの味噌煮とかふざけた名前じゃなくてよかった。というかそんな名前ないよね?(※あります)

 

新しい名前をもらってテンションが上がっている俺を誰かが見ているような気がした。

ねっとりとした視線。さては俺のファンだな。

 

 

「コラ、よそ見すると危ないぞ」

 

 

視線の先を探そうときょろきょろしていたら、上に乗っている人間に注意されてしまった。

こりゃ失礼。

しかし誰なんだろうなあ。前の牧場の人間ではないだろうし。

 

トレーニングを終え、自分の部屋に戻ると見知らぬ人間が俺の近くに寄ってきた。

 

 

「彼が哲司くんの言っていたヤマニンゼファーの子か。名前はテンペストクェーク……」

 

 

「はい、調教も問題なく進んでいます。調教時は人に従順で、普段も基本的には真面目で穏やかな性格をしています。闘争心もありますし、馬群が嫌いというわけでもないので、しっかりとデビューはしてくれると思います」

 

 

「自分の名前を呼ばれた時に反応したみたいだ。確かに賢い」

 

 

なんやなんや?俺に用か?

俺の世話やトレーニングの手伝いをしている人間がえらくへりくだってるな。相手のおっさんは偉い人なのか?

だったらちょっとはサービスしてみるか。

俺を撫でる権利をやろう。

 

 

「こうやってすり寄ってきたときは、首のあたりを撫でてやると喜びますよ」

 

 

「人懐っこいところもあるんですね。外見がどことなく貧乏くさい、脚がちょっと外向気味なところ以外はかなり完璧ですね」

 

 

おー、このおっちゃん(おじさんからグレードアップした)撫でるの上手いな。うわぁ~気持ちいい……ダーレーアラビアンの母よ。

 

 

「走りを見ていたが、右回りも左回りも苦にしていないな……決めました。この子を預かります。いえ、むしろ紹介してくれてありがたいほどです。」

 

 

「こちらこそありがとうございます。あとは、西崎オーナーの承諾だけですね」

 

 

なんだ?なんか俺のターニングポイントがあっさりと決まったような気がするが……

ご機嫌な二人が俺の部屋から離れていき、俺はまた一人になった。

そろそろ俺も競馬場に行く日が来るのかなあ……

それはそれでワクワクする。

 

こうして彼は美浦のトレセンに入厩することが決まったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2004年の春も終わりに近づいたころ。ボー改めテンペストクェーク(以下、テンペストと呼称する)は、育成牧場を卒業した。

 

 

「馬運車でも落ち着いていましたし、輸送にも強いと思います」

 

 

「それはいい。精神的にもタフ、それに賢い。競走能力さえ高ければ、後は言うことなしだな」

 

 

藤山調教師一同は育成牧場のスタッフから、テンペストの脱走癖や他馬嫌いの話を聞いてはいたが、そのあたりはしっかり管理すれば何とかなるだろうと考えていた。

しかし、美浦という千を超える馬がいるトレーニングセンターが、彼のストレスにどれだけ影響を与えるのかということがわかっていなかった。そして、ナチュラルに他の馬を見下す性格が歴戦の馬たちの神経を逆なでさせるのかを知らなかったのである。

 

入厩後数週間後事件は起こった。

 

 

「大変です!テンペストクェーク号とゼンノロブロイ号が!」

 

 

この報告に、トレーニングや出走日程を調整していた藤山調教師は飲んでいたコーヒーを吹き出してむせていた。

 

 

「なんでゼンノロブロイが。テンペストはほかの馬に全く興味も示さなかったし、そもそも他の馬にからもうとすらしない馬だぞ」

 

 

「それが、曳き運動の際に、ゼンノロブロイ号の前をテンペスト号が横切ってしまったみたいで。それが癪に障ったみたいです」

 

 

GⅠ戦線で戦い続け、古馬になってまさに全盛期になるつつあるゼンノロブロイは、人間には従順な馬だったりする。やたらめったらケンカを仕掛けるようなチンピラでもない。ただ自分がないがしろにされていると感じるとかなり怒る馬だったりする。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今俺は、黒い大きな馬に絡まれている。

といっても蹴ろうとしたり、噛みつこうとしているわけではない。

人間が俺たちを動かそうと必死になっているが、今回はそれを無視する。

 

 

【お前、生意気だな】

 

「不味い、早く2頭を引き離せ」

 

 

「だめです。ピクリとも動きません!」

 

見たらわかる。こいつは強者だ。体の大きさだけなら俺より少し大きいくらいだが、筋肉や風格が今まで出会った馬の中でもひときわ大きい。

こいつは普通の馬じゃない。

だから俺は反応してやった。

 

 

【なんかようか】

 

【生意気だ。従え】

 

 

なんだこいつ。ただ、こいつの威圧感の前だったら並みの馬はみな従うだろうな。

だが俺は違う。

 

 

【断る。俺にかまうな】

 

 

その瞬間、馬とは思えない重低音の嘶きが響き渡った。

フーン、そういうことね。

面白い。応えてやる。お前は強いみたいだしな。

土俵に乗ってやるよ。

俺も思いっきり息を吸い、嘶き続けた。

 

にらみ合い、嘶き合う。

 

お互いに蹴りや噛みつき、タックルなんかはしない。それをしたら逆に負けだ。

それがわかっているからガンの飛ばし合いで済ましている。

 

長いような短い時間が過ぎた。

 

周りに人間が集まってきており、さすがにこれ以上は迷惑だなと思った瞬間、相手が人間に従ってどこかに行ってしまった。

俺もそのあと人に従って、いつものトレーニングを受けることになった。

 

 

【またやろうぜ】

 

 

黒い馬はこう言い残していった。え~面倒……

 

副産物として、俺に絡む馬がめっきりいなくなったのはよかったのかもしれない。

今後は、定期的に俺にかまわないでオーラを出すといいのかもしれんなあ……

 

 

 




馬/テンペストクェーク
人間の魂がインストールされた馬。馬の脳みそに人間の演算能力は釣り合わないため、文字や言葉、一部の記憶等の演算能力はそぎ落とされている。そのため、中学二年生のようなムーブをかましている。それでも馬を超えた頭の良さをもつ。
性格はナルシストかつナチュラルに他馬を見下すヤバい性格をしている。その一方で、世話になった人間にはその恩を返す律儀な面もある。そのため、人間目線からは真面目で大人しい馬と思われている。
また、人間としての意識が強すぎるせいか、馬として扱われるのがやや不満な様子。ただ、自分が「馬」であることに変わりはないため、しぶしぶ受け入れている模様。ささやかな抵抗として、群れようとしなかったり、他馬を畜生扱いして見下している。
実際に能力もあるため、今のところは俺TUEEEEを楽しんでいる。
今のところ、彼が認識した馬はゼンノロブロイ号のみである。


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第二章 苦闘編
中山競馬場第5R:2歳新馬戦(芝・右・2000m)


俺は馬である。

この大きな牧場?いやトレーニング施設?は結構すごい。

プールがあるのは面白い。俺はどうやら泳ぎは得意ではない。だが、水につかって全力で泳ぐというのもなかなかハードだったりする。

そして最近は扉のようなものに入る訓練を受けている。

これは見たことがあるぞ。

たしかスタートをするときに馬が入るゲートだったと思う。

俺にとっては怖くもなんともないのだが、普通の馬にとっては恐怖の対象だったりするらしい。

 

 

【怖い、出たい】

 

【ひどい、やめて】

 

 

ゲートに入らないと、スタートができないし、競馬場で走るためには必須の技能なのかもしれない。人間もかなり大変そうにしていた。

 

 

「テンペストはゲートも苦にしないようだね。最初はスタートが苦手だったようだけど、最近はうまく出ることが出来ているようだし、能力試験も無事に合格できそうだ」

 

 

「基本的には我々の指示に従ってくれるので、ありがたいです」

 

 

俺は優秀なようで、たびたび人間から期待の目で見てもらえる。多分俺と同じ年の馬で俺より速いやつはいないだろう。

 

 

「一度馬房を抜け出したときはどうしたものかと思ったが、注意したらやめてくれたな」

 

 

「ただ、生まれたときからストレスが溜まると奇行にはしると聞いていますので、定期的に自由に散歩させたり、けがをしないように遊ばせる必要があります」

 

 

ここでも、ここの施設の大きさとかを見てみたかったので、部屋を抜け出したんだけど、すぐに見つかってしまった。前にいた牧場の時はある程度成功したのに……

と思っていたが、よく観察すると、そこら中に監視カメラがあった。

さすがにあれはかいくぐれねえ……

ただ、その後に、自由に走り回る時間をくれたり、ジャンプするハードルのようなものを作ってくれたりしたので、その辺はありがたく思っている。

まあ見ていなさい。簡単に勝ってみせるからな。

 

 

 

 

---------------

 

 

俺の名前は高森康明。

JRAの騎手として、日々馬に騎乗している。

年齢は……そろそろ体に悲鳴が出始める年齢とだけ言っておこう。

藤山厩舎に所属して、藤山調教師の管理する馬に乗っている。

え?この年齢でフリーじゃないかって?

今までいろいろとあったので、昔から恩のある藤山先生にお世話になっている。

つまりそういうことだ。

 

 

「最近の若い子は凄いねえ……俺も馬が良ければな~」

 

 

自分でもわかっている。馬のせいではないと。自分の実力不足だということも。

ただ、それでも若いころはG1を狙える馬に乗せてもらってた。それで入着だってしたこともある。

運も実力も足りない人間は、この世界ではやっていけない。

それでも俺は最後のときまであがき続けるしかない。

 

 

「それにしても改まってなんだろうな」

 

 

俺は、藤山先生に呼ばれていた。飯を食わせてもらっている以上、先生の言葉は絶対である。返せないほどの恩もあるので、急いで先生のところに向かった。

 

厩舎には1頭の鹿毛の馬と厩務員、調教助手、先生が立っていた。

鹿毛の馬は自分の方に顔と耳を向けていた。ただ結構大柄な馬である。

たしか夏前くらいに厩舎に入厩した馬だと聞いている。名前はテンペストクェークだったな。来てすぐにゼンノロブロイと大喧嘩をしたとかで話題になった馬だ。

そして先生たちが一番買っている競走馬でもある。

 

 

「高森くん、単刀直入に聞く。君はG1の舞台に立ちたいか?」

 

 

いきなりの質問であった。

 

 

「当然です。そのために私はこの歳まで現役を続けているんです」

 

 

この言葉を聞いて、NOと答えるジョッキーはいないだろう。

それにしても先生にここまで言わせる馬なのか……

 

 

「結構。君にはテンペストクェークの騎手としてこれから頑張ってもらいたい」

 

 

「わかりました」

 

 

「彼は賢い、それに素直だ。競争能力も優れている。少なくとも重賞は獲れるとは思っている」

 

 

そんな素質のある馬なのかとテンペストクェーク……長いからテンペストと呼ぶか。

体は大柄だが、どことなく貧乏くさい。具体的には毛並みがあまりよくない。流星も靴下もないので、大柄なこと以外はよくいるサラブレッドといった感じである。

ただ、筋肉はしっかりとついているので、しっかりと走ってくれるとは思う。

 

 

「デビュー日も決めてある。12月中旬の新馬戦を予定している。来週には最終追い切りを行うから、準備しておくように」

 

 

「承知しました」

 

 

先生は他の馬の様子を見に行ってしまったので、残ったスタッフの人達に彼の性格や特徴などを聞いていく。

担当厩務員の秋山元彦曰く、普段は大人しく、真面目な性格。不機嫌な時でも蹴ったり噛みついたり、モノに当たったりしないから助かるとのこと。賢いからある程度自己管理もできるようである。

調教助手の本村昭文曰く、自己主張はそこまで激しくない。ただ、嫌な時は断固として動かなくなるので、頑固な性格でもある。ただ、そういう時は決まって体調がちょっと悪かったりするときだから自己管理能力は自分が見てきた馬の中でも群を抜いて一番とのことである。

 

話を聞きながら彼の方を見ると、自分の名前が呼ばれると、耳が反応していたりした。

やはり彼は頭がいいのだろう。

そういう馬には、誠実な態度をとるのが一番である。

 

 

「テンペスト、俺は高森。君の上に乗る人間だ。これからよろしく頼むよ」

 

 

首を撫でられるのが好きらしいので、撫でてあげると、喜んでいるようであった。

こうして俺とテンペストの初めての顔合わせは終わったのである。

 

 

新馬戦の数日前の最終追い切りの日、俺はテンペストの上にいた。

正直、騎手と馬の相性は乗ってみないとわからない。それどころか、実際の競争にならないとわからないときもある。なるべく早く彼の走りを見極めなければならない。

 

彼は大柄な馬ではあるが、これくらいなら何度も騎乗したことがあるので特に問題はなかった。

 

そして、俺はこの馬の潜在能力の高さに驚かされた。

どうやら、4F(800m)のタイムがベストを更新したらしい。自分が想定したタイムより早くなってしまったのは反省点である。しかし、明らかに緩そうにしていたので、少しだけ早めのラップで走らせた。もちろん100%以上の力で走るように指示したわけではない。むしろ、最後少しゆとりを持たせたと思う。まだデビューに向けて調教している馬にそこまで求める必要はないだろう。

 

 

「すごいな、この馬……」

 

 

タイムもそうだな、まっすぐしっかり走ってくれるのもいい。意外に本気で走ると斜行してしまう馬も多かったりする。全力ではないとはいえ、右回り、左回りも特に苦にしていない。

聞けば輸送にも強いとのこと。

いろいろな選択肢が広がるのは、馬が勝ち上がっていくうえで重要な要素でもある。

 

 

「どうでしたか?いい馬でしょう」

 

 

藤山調教師が騎乗した感想を聞いてくる。

 

 

「これは、才能の底が見えませんね」

 

 

「そうでしょう、そうでしょう。馬体が成長してきた秋ごろから少しずつ調教を行ってきたけど、どんどん良くなってきていますよ」

 

 

「先生や本村さんが専属で調教をしていて、どんな馬なのかと思っていましたけど、納得できます」

 

 

自分はテンペストクェークの調教に参加していなったため、これが初めての騎乗であった。

先生と調教助手の本村さんが専属で調教をしていたらしい。

 

 

「それにしても、新馬戦は2000メートルなんですね。馬格や父方の血統から考えればもう少し短い距離でもいいような気がしますが」

 

 

ヤマニンゼファーは天皇賞秋を勝利しているが、得意な距離はどちらかといえばマイルよりだろう。祖父のニホンピロウイナーに至ってはマイルよりも短い距離の方が得意だったとも聞いている。

 

 

「確かに見た目は短距離馬なんだけど、調教の様子を見ていると、2000メートルくらいなら問題なく走れるようでね。それならやっぱりクラシックを目指したいですから」

 

 

「なるほど。皐月賞を目指すなら2000メートルは経験しておいた方がいいですね」

 

 

「予想以上に距離の柔軟性がありそうです。天皇賞や宝塚記念も目標にしたいです」

 

 

「この馬となら、その舞台も目指せるかもしれません。まずは新馬戦をしっかりと勝っていきます」

 

 

俺は一度もGⅠを勝利したことがない。

それにもう年齢も年齢だ。

これが最後のチャンスかもしれない。

悔いのないようにこの馬と戦っていこう。

 

 

「その言葉を聞いて安心しました。馬主の方はこの馬が初めての所有馬だそうだ。是非とも初勝利をプレゼントしてあげたいところだ」

 

 

初めてでこの馬を引き当てたのか。なんというか凄い人だな。

 

 

「日曜が楽しみだな……」

 

 

俺と彼の長くて短い相棒生活がスタートしたのであった。

 

 

 

 

---------------

 

 

12月12日(日)中山競馬場

 

中山競馬場では、今日は12レースの開催が予定されていた。メインレースは11Rの朝日杯FSであった。

テンペストクェークはこのレースではなく、午前11時55分発走の5Rでデビューする予定であった。

芝/2000メートルで争われる本レースは、テンペストクェークをふくめて14頭で行われる予定である。

メインレースがG1レースということもあり、いつもよりも人が多く競馬場に入場していた。

 

 

「すいません、島本さん。付き合ってもらっちゃって。初めてが多いもので、勝手を知らないもので」

 

 

「こちらもうちの期待の1頭の初レースですから、倅と一緒に来てしまったよ」

 

 

「西崎さん、お久しぶりです」

 

 

オーナーの西崎、島本牧場の島本親子が中山競馬場のパドックを観察している。まだ4Rを走る馬がパドックを歩いているため、それを眺めながら、今日のレースのことを話していた。

 

 

「それで今日のレースですが、うちのテンペストは勝てそうですか?」

 

 

「えーっと今の人気は5番人気ですね。追切のタイムが評価されたみたいです。ただ、パドックの様子でこの人気は大きく変化しますし、そもそも一番人気が必ず勝つわけでもないので何とも言えないです」

 

 

「調教師の藤山先生の話だと、調子はいいとは言ってましたね。騎手もベテランの高森騎手なので、まったくのダメって感じにはならないと思います」

 

 

馬主として細々と活動したこともある島本牧場の二人が、初心者のオーナーの質問に答える。

 

 

「私もいろいろと調べたのですが、不確定要素が多すぎて……」

 

 

「競馬とはそういうものですからねえ。ところで馬主席の方にはいかないのですか?」

 

 

競馬場には馬主が入れる場所が存在する。彼はそこに入る資格のある馬主である。

 

 

「ちょっと気後れしまして。ここでお二人と観ているほうが楽しそうです」

 

 

((馬主のコミュニティーに興味があるから馬主になったんじゃないのかい))

 

 

「まあいずれ慣れたら行こうと思いますよ。お!あの馬白くてかわいいですね」

 

 

ドキドキとハラハラの新馬戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬だ。

今俺は人間と一緒に馬の尻を見ながら歩いている。

柵の向こうには人間がそれなりにいた。

どうやらここで俺を品定めしているようである。

そしてここは競馬場なのだろう。

トラックで運ばれて、見知らぬ土地にきて、見知らぬ場所で過ごした。

いつも俺の世話をしている人たちが、緊張した顔をしてるので一発でわかった。

今日は俺の初レースの日であることが。

 

 

「今日も落ち着いているな。これなら大丈夫そうだ」

 

 

ここは、俺たち馬の様子をみて、馬券を買うための場所なのだろう。

実際に俺たちを食い入るような目線を向けている人が多くいる。

お!あそこにいるのは、俺が生まれた牧場にいた人間だ。

わざわざここまで来てくれたのか。

少し挨拶をするかな

 

 

「って、どうした?」

 

 

少し立ち止まって、彼の方を向いてヘドバンをする。

そうすると、彼らが俺の方に指をさしていた。

よし。

 

 

「何だったんだ?もしかして知っている人でもいたのか?まさかな……」

 

 

そういえば馬券を買う人達はどういう基準で俺たちを見ているのだろうか。

少しサービスするかな。今日は俺が勝つだろうし。

 

 

「うお!どうした!」

 

 

俺は二本足で立ち上がり、元気があることを周りの人に見せつけた。

その後も頭を揺らしたり、スキップみたいなことをして馬券師にアピールをした。

 

 

「おいおい、入れ込んでいるのかよ……」

 

 

「テンペストクェーク……父はヤマニンゼファーか。応援程度に買うかな」

 

 

「ちょっと見栄えが悪いかな?しかし……」

 

 

あれ?おかしいなあ。

なんか俺をみる目線がこころなしか冷たくなったような。

 

 

「やっぱり緊張しているのかな。大丈夫だぞ~」

 

 

俺を引いている人間も俺が暴れだしたのかと思い、俺の首をさすってくる。

うーん気持ちいい。

 

 

「とまれー!」

 

 

よくわからん声と共に、俺を引く人間が歩みを止めたため、俺も歩くのを止める。

しばらく待っていると、ちょっと前に俺の上に乗ったおじさんが近づいてきた。

 

 

「今日はよろしく、テンペスト」

 

 

どうやら彼が俺の騎手らしい。

そうか、俺がお前を勝たせたるからな。

 

さあ行こう。

 

 

 

 

---------------

 

 

時間になった。

俺はテンペストの上に乗る。手綱の調節もいい。鐙もしっかりしている。大丈夫だな。

 

後は誘導馬に従って、本馬場に行くだけだ。パドックで暴れた?ようだが、今は落ち着いている。汗もかいていないし泡も吹いていない。いつも通りだ。

 

 

「さあ、行こうか」

 

 

(俺に任せときな)

 

 

返し馬では、改めて芝の状態をチェックする。そこまで荒れていないし、内側も使えそうだ。

 

 

(それにしても、芝を走るのは気持ちええなあ)

 

 

なんかあまり集中していないと感じるのは気のせいだろうか。

 

 

「入れ込みすぎるよりはマシかな」

 

 

こうして俺たちはゲートのある場所へと向かった。

今回の俺たちは1枠1番である。見事な最内枠である。

 

ファンファーレが鳴り、いよいよレースの始まりである。

新馬戦らしく、ゲート入りをごねる馬もいたが、大きな騒ぎはなく、大外以外の馬がゲートの中に入った。

 

 

「ふ~」

 

 

『最後に大外のレーベンが入りまして、全頭ゲートイン完了……』

 

 

ガシャンという音が鳴り、ゲートが開いた。

そして、テンペストは最高のスタートを切って、先頭に躍り出て、そのまま加速していった。

 

 

「って、逃げるのかいな」

 

 

どうやらなかなか大変なことになってしまったな……

 

 

『……スタートしました。先頭に立ったのは内枠1番のテンペストクェーク。最高のスタートを切って、先頭に躍り出ています。二番手はベルグオース、三番手はサンワードハッスルとなっております。おおっとテンペストクェークそのまま後続に差をあける、これは逃げでしょうか……』

 

 

(とりあえず、一番早くスタートして、一番早くゴールすれば勝ちだもんな)

 

 

「掛かっているわけじゃないのか……」

 

 

『……前半3ハロンは35.2。新馬戦ではかなり速いペースです。これは持つのでしょうか。すでに後続にかなりの差をあけております。二番手集団は変わらずベルグオースとレーベン、シャイニングスルーが続きます……』

 

 

ペースは速い。自分の計算ではおおよそ1ハロン11秒後半のペースで走っている。

 

 

「自分でペースを作っているのか……」

 

 

調教の時もペース通りに走る馬だったと聞いているが、本番でも発揮できるとは。だが、このペースが持つのか。

そのまま第三コーナーを越え、第四コーナーに差し掛かるとき、テンペストのスピードがやや緩んだように感じた。

 

 

(やべえ、キツイ!)

 

 

『第四コーナーを越えて先頭は依然としてテンペストクェーク。後続も必死に追っているがこれは捉えることが出来るか……』

 

 

「テンペスト、頑張ってくれ!」

 

 

後続から次々と馬が迫っているのが分かった。

 

 

『200メートルを切って坂を駆け上る。外からアクレイムが伸びてくる。しかしテンペストクェーク、これは残るか、残るか!これはセーフティーリードか』

 

 

(この距離なら、多分大丈夫だろう……)

 

 

彼が力を抜いた瞬間、ゴールを駆け抜けていた。

 

 

『テンペストクェーク一着でゴールイン。三馬身差で逃げ切りました。勝ち時計は2.02.1。二着はアクレイム、三着はシャイニングスルーです。四着は……』

 

 

(うへ~疲れた……)

 

 

「何はともあれ、初勝利だ。よくやったよテンペスト」

 

 

(これで俺の強さも本物ってことだな)

 

 

なんだろう、疲れた顔をしているが、どことなく調子に乗っているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

「いろいろ課題があるレースだったが、とりあえず勝つことが出来てよかった」

 

 

いろいろ、ね……

 

 

 

---------------

 

 

『一着はテンペストクェーク。見事な逃げでした。続いて二着は……』

 

 

目の前で、自分の馬が勝利する。その瞬間の喜びを西崎は感じていた。

 

 

「私の馬が勝ったぞ~!」

 

 

いい大人が子供のようにはしゃいでいた。

 

 

「それにしてもボーのやつ、逃げ馬だったのか」

 

 

「馬群が嫌いってことなんですかねえ……」

 

 

二人はレース内容に少し思うところがあるのか、頭をひねっていた。

 

 

「まあ何はともあれ……」

 

 

「「「勝ててよかった~」」」

 

 

こうしてテンペストクェークの新馬戦は、勝利で終わった。

様々な課題を残しつつも……

 

 

 




彼の脚質は、逃げ「以外」です。
でも競馬初心者は大逃げが強い馬って感じちゃうよね。
私もそうでした……

レースの反省会は次回に

実際のレースのタイムはもう少し遅いですが、大逃げ馬の影響で展開が早くなってしまったと思ってください。


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馬、問題児になる

自分はスマホゲームはやらないと誓っているのでウマ娘はやっていません。
アニメ、漫画は読んでいますが……
なので、ジャンルをウマ娘にしませんでした。




12月12日(日)の中山競馬場5Rの新馬戦は、テンペストクェークが大逃げを行い勝利した。パドックでの奇行もあり、8番人気に甘んじていたものの、その予想を覆す結果であった。

最高のスタートを切って、そのまま先頭を走り、粘りきってのゴールであった。

生産者や、馬主、騎手などの関係者が集まっての記念撮影なども終わり、テンペストクェークは自分の馬房に戻っていた。鞍上の高森は騎乗予定があるため、この場所にはいなかった。

 

 

「大逃げを行ったんだ。しっかりとケアをしておかないとな。馬体の方に問題はあったかな?」

 

 

「今のところ特に問題はないようです。呼吸も落ち着いているので、肺にも影響はないと思います。ここでできる検査は限られていますが、大丈夫だと思います」

 

 

藤山調教師と厩務員の秋山がテンペストクェークをチェックしながら彼の体を気遣っていた。

 

 

「当初の想定とは異なる勝ち方だったが、こういうこともあるのが競馬だ。諸々の振り返りは後日にするとして、今日はしっかりと勝ちを喜びましょう」

 

 

自分の管理する馬が勝つ。これが調教師を含めたホースマンたちの最上の喜びでもあった。

 

 

 

 

次の日、テンペストクェークの馬主の西崎が藤山調教師の下に訪れていた。

西崎は、昨日は祝勝会だったようで、少々二日酔い気味だった。

 

 

「テンペストクェークを勝利に導いていただきありがとうございました」

 

 

島本牧場の二人は二日酔いに襲われながらも、朝早くの便で北海道に戻っていった。そのため、彼らの分も含めて藤山に感謝の気持ちを伝えていた。彼にとって初めて所有した馬が勝ったのである。当然といえば当然である。

 

 

「いえ、こちらこそ素質のある馬を預けていただき、ありがとうございます」

 

 

この会話も昨日さんざん行った会話である。新馬戦で馬が勝ち、こうやって喜びを爆発させる馬主の顔をみるのも楽しみの一つであった。

 

 

「彼の様子はどうでしょうか」

 

 

「さすがにレースが終わった後は疲れた様子でした。今も少し疲れた様子は見せていますが、概ねいつも通りですね。おそらく数日もすれば元の調子に戻ってくれると思います」

 

 

「それならよかったです。ケガも多い世界だと聞いているので、安心しました」

 

 

「体調管理については私共に任せてください。それで、次の目標ですが、昨日の新馬戦を勝った場合のプラン通りに行くことを計画しています」

 

 

調教師の仕事は、馬の調教プランを考えるだけではない。管理している馬の出走計画も考える必要がある。それもテンペストクェーク1頭ではなく、管理馬すべてである。最近は馬主の意向が強くなってきてはいるものの、藤山厩舎では、彼とスタッフたちが出走計画を練っているのである。

 

 

「私は素人ですので、プロのあなた方に任せます。次のレースはいつになりますか」

 

 

「本来であれば、1月の若駒ステークスに挑もうと考えていたんですが、少し昨日の走りが気になりましてね。もう一度陣営で再検討する予定です」

 

 

新馬戦を勝った馬は、条件戦(現在は1勝クラスなどと呼ばれている)に挑む。素質のあると感じた馬は、オープン戦や重賞に格上挑戦させることもある。当初予定していた若駒ステークスはオープン戦である。

 

 

「気になる?といいますと……」

 

 

「ああ、大逃げという戦法での勝ち方はあまり一般的ではないもので。まだ彼の脚質、レースの戦い方を見極めたいと思いましてね」

 

 

「なるほど、わかりました。私ももう少し勉強をしようと思います。今後も彼をよろしくお願いいたします」

 

 

彼が立ち去った後、藤山は今後のプランをどうするか再度考えていた。他に管理する馬がいる以上、テンペストクェークだけを贔屓することはできないが、それでも期待の一頭だけに、比重はどうしても重くなる。

 

 

「自分の管理する馬が勝ったのに、悩むとは。贅沢になったものだよ……」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

レースから幾日が立ち、俺はトレーニングを行う場所に戻っていた。

さすがにちょっと疲れた。

最初は自分の想定したペースで走っていたと思ったが、最後のコーナー付近でスピードが落ちていた。坂もきつかった。

ただ、俺より前を走る馬はいなかったな。

最初から先頭に立って、最後まで先頭で行く作戦は成功したといっていいだろう。

ただ俺の上に乗っている騎手が不気味なほど何もしなかったんだよなあ。

最初は前に行くなって感じで指示を受けたんだけど、それだと作戦が台無しになってしまうしあえて無視した。ちょっと申し訳なかったが。

そうしたらその後は何もされなかった。

鞭でバシバシしばかれるのかと思ったら、コーナーの終わりで一回、坂をのぼっているときに一回だけ優しく叩かれただけだったし。

まあぐいぐい来られる人よりマシかな。

 

あと、やっぱ俺って強いわ。

ちょっと想定より遅かったけど、これぐらいなら次のレースも勝てるかな。

いろいろと心配そうな顔を向けてくるけど、大丈夫だ。

俺に任せなさいな。

俺のことは俺が一番わかっているんだから。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「藤山先生。テンペストですが、やはり自分でペースを作ろうとしていました」

 

 

「最初の3ハロンが11秒台後半、中盤3ハロンが12秒台中盤、終盤が12秒ジャストくらいだったな。上がり3ハロンは36.1か。終盤あまり加速はしていなかったのはスタミナ切れかな?」

 

 

「確かに第四コーナー付近で少しスピードが緩んだんですが、坂でまた加速しました。ただ、最後の100メートル付近で少し力を緩めていましたね」

 

 

勝ち時計が2.02.1であった。このタイムは新馬戦では速いタイムではあるが、異常な速さではない。ただ彼の大逃げのせいで、他の馬もペースを上げてしまったようで、全体的に早い展開のレースになってしまった。逃げ・先行の馬もスタミナが切れかかっていたし差し・追込の馬も最後の加速が鈍っていた。

 

 

「うーん、逃げ気質だったのか?調教では全く気づけなかったが……」

 

 

「確かに最終追い切りで自分が乗ったときもペースを守ろうとするところはありました」

 

 

調教を見ていて、優れたスピードは間違いなく父や祖父から受け継いでいることがわかった。また、一気に加速する瞬発力も明らかに他の馬より抜きんでている。それに人に従順だから、騎手がペースを把握して、先行待機策や後方待機策のどちらもいけると踏んでいた。

 

 

「調教で他の馬と併走するときは追い抜くタイミングなんかはしっかりと指示に従ってくれていたんだが」

 

 

「少し思ったんですが、彼は自分で考える能力が高すぎるのだと思います。今までのエピソードを聞いていると、結構彼はプライドが高いことがわかります。真面目で大人しいのは確かなんですが、想像以上に頑固です」

 

 

「手を抜くというより自分に絶対の自信があるということか」

 

 

「先頭に立って加速し始めたときには一度スピードを緩めるように指示したんですが、聞いてくれませんでしたね。多分ですが、彼は大逃げで勝つように最初から考えて、それを実行したんだと思います。だから、作戦外の走りをさせようとした私の指示を無視したのだと思います」

 

 

「自己管理能力が高いと思っていたがそこまでとは」

 

 

「しかし、先生もお気づきになっているとは思いますが、中盤にペースが落ちていたり、終盤でスピードが鈍っているのを見ると、自分の想定に自分の体がついていかなかったのだと思います」

 

 

「次は若駒ステークスを予定していたが、条件戦に変えたほうがいいかもしれないな」

 

 

「おそらく今のままでも勝てると思いますが、彼に彼の本当の力を教える必要があります」

 

 

テンペストクェークは馬とは思えないほどの賢さを持っている。それは人間の魂がインストールされているからである。

しかし人間の賢さがインストールされていても、彼に「競馬」の賢さはインストールされていないのである。

なので、彼は「ゴールで自分の体力が尽きるくらいのペースで走れば勝てるよね」という結論で走っている。案外自分の体というものは自分では理解できないものなのである。

 

 

「今の話を聞く限り、坂路や併走なんかの実際に走る調教をただの体力トレーニングとしか思っていないのかもしれんな。それに本当の意味で人間を信頼していないのかもしれん」

 

 

「信頼していないというより、自分のことは自分で何とかするものだと思い込んでいる可能性があります。だからこそ「頑固」な性格なんだと思います」

 

 

ここまで自己を確立してしまっている2歳馬を見るのは初めてであった。

そして、藤山調教師は、この無駄に高い知能をどうやって制御し、競馬はタイムアタックではなく、「競争」であることを教えることが出来るのかを考えるのであった。

 




因みに当初の想定で若駒Sに行った場合、同期の怪物にわからされます。


話のストックはここまでです。


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馬、慢心する

2005年1月1日

2004年が終わり、テンペストクェークの3歳クラシック期が始まった。

世間は年始の休日である。

しかし、ホースマンたちに年末年始はない(因みに休日がないわけではない)。

馬という生き物に年末年始など関係ないのだ。

 

藤山調教師は、今年こそ、うちの厩舎からG1馬を輩出したいと考えていた。いつもは、あくまで理想として掲げた目標であったが、今年は現実味のある目標でもあった。

 

テンペストクェークという素質馬を管理することが出来ているからだ。

ただ、その馬には少し問題があった。

 

気性は真面目だ。体調が悪いとかそういう理由以外で拒否することはない。

それに普段の性格も穏やかだ。厩務員や調教師、調教助手、騎手を蹴ることも噛みつくこともない。他の馬に自分から絡みに行くことはない。ゼンノロブロイとの一件はいったい何だったのだろうかと思うぐらいだ。

ただ、プライドが高い。そして自分が大好きだ。人間で例えるなら究極のナルシストといったところだ。あと頑固である。

 

 

「次のレースはどうするか。オープンの若駒Sでも行けると思ったんだがなあ……」

 

 

「調教では我々の指示に従うので、本番でどうやって彼を御するかですね」

 

 

藤山や調教助手たちスタッフが頭を悩ませている。

 

 

「騎手の問題ってわけではないのが逆に面倒でもある。多分アレはリーディングジョッキーの指示でも従わないと思うな」

 

 

実際、調教や新馬戦を見ていた一部の騎手から、機会があれば乗せてほしいという要望もある。大きなミスをしていないのに、騎手を替えるのはさすがに信義則に反するため、今のところ替えるつもりはない。

勿論騎手と馬の相性というのもあるため、一人の騎手にこだわらないという考えもあるが、彼の場合は、誰が乗っても同じになりそうなのである。

 

 

「そして、栗東に現れた超新星か……」

 

 

彼を悩ませるのはテンペストだけではない。

ここにきて、2歳重賞戦線を戦った馬ではなく、12月の中旬にデビューした馬が輝きを放っていたのである。

 

 

「新馬戦だけでは何とも言えん。ただ、血統、生産牧場、調教師、騎手、馬主の布陣が完璧だ」

 

 

近年の日本競馬の集大成ともいえる圧倒的な陣営であった。

それが新馬戦を圧勝したという話、そして騎手や調教師の隠しきれない期待感は美浦にまで伝わっている。

 

 

「ただ、次の走りを見ないと何とも言えないな。一戦だけ圧倒的であとはダメ、なんて馬はいくらでもいる」

 

 

希望的観測で放った言葉は、テンペストクェークを出走させようとしていた若駒ステークスで打ち砕かれることになる。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。今日もしっかりトレーニング中である。

前のレースで最後少しばててきたので、しっかりとトレーニングをする必要がある。

プール、よし!

坂道、よし!

朝のトレーニングを終えたあとは、ゆったりと過ごすことになる。

食って寝て運動する。これぞ健康習慣なのである。

 

 

「テンペスト、久しぶり」

 

 

自分の部屋で飯を食っていると、見知った顔の人間が俺に声をかけてきた。

おお~俺の上の人。わかりにくいのでこれからは騎手君とよぼう。

 

 

【なにかようか】

 

 

部屋の外に頭と首を出して、人間の顔をなめてやる。

ほれほれ~

 

 

「相変わらず人には懐っこいなあ」

 

 

撫でるのがうまくなったじゃないか。

もっと頼むぞ~

 

 

「次は条件戦か。こいつの能力なら、前と同じように逃げても勝てるとは思う。だけど果たしてあの馬に勝てるのか……」

 

 

うーん。なんか思い悩んでいるようだな。

最近他の人間もうんうん唸っているようだし、何かあったのかな?(←君とディープのせいです)

 

 

「俺もしっかりお前を導くからさ、だから俺を信用してほしい」

 

 

俺の顔を撫でながら騎手君が話しかける。

任せておけ。次も俺がお前を勝たせてやる。

俺は強いからな。

 

 

【任せろ!】

 

 

ふんふんと嘶き、彼の思いに応える。

 

 

「いまいち伝わっていないような気がするなあ……」

 

 

意外と表情が豊かなテンペストを見ながら彼は嘆いていた。

 

 

こうして絶妙にかみ合っていない二人は、1月30日東京競馬場第9Rセントポーリア賞に出走することになった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

1月30日、晴れた天候の中、東京競馬場ではそれなりの人が競馬を楽しんでいた。

競馬場内で二人の男が話し合っていた。

 

 

「西崎オーナー、今年のクラシックを獲るのはかなり難しいと思います」

 

 

「クラシックといいますと、皐月賞、日本ダービー、菊花賞ですよね」

 

 

「その通りです。テンペストクェークは弥生賞から皐月賞、日本ダービーの王道路線を検討していました。ただ、菊花賞は距離が長すぎるので出走する計画は立てていませんでしたが」

 

 

軽々しくダービーを獲りたいなどというものではない。しかし、素質のある馬を見たら言わずにいられないのである。

 

 

「それで、獲るのが難しいというのは?」

 

 

「ちょっとヤバい馬がクラシック戦線に殴りこんでくることが予想されます」

 

 

彼が順当に勝ち進んだ場合のプランも藤山は用意していた。大半の馬は計画通りに走ることはないが、テンペストクェークはそれが狙えると思っていたのである。

 

 

「ヤバい馬って、もしかしてディープインパクトですか?」

 

 

すでに競馬関係者の中では話題となっていた栗東の超新星。名前のように、競馬界に深き衝撃を与え始めていた。

 

 

「確かに若駒ステークスの走りは凄かったですね。素人目でも強いなあって思いましたもの。やっぱり先生の目から見てもすごいのですか?」

 

 

「ナリタブライアンクラスの馬だと思ってください」

 

 

さすがの西崎もナリタブライアンは知っていた。ものすごく強い馬だったと父から聞いたことがある。

 

 

「正直、今のテンペストクェークでは、勝利はかなり難しいです。幸い、彼は短い距離も問題なくいけます。NHKマイルカップを目指してもいいかもしれません」

 

 

3歳G1は皐月賞、東京優駿、菊花賞のほかにNHKマイルカップという1600mのレースがある。さすがにそこにはディープインパクトは出走しないだろうと思っている。むろん短距離路線にも猛者たちが待ち構えているため、決して楽な道ではない。要するにディープインパクトから逃げるということである。

 

 

「うーん。藤山先生や他の皆さんはどうお考えで?」

 

 

オーナーの質問に、藤山は素直に答える。

 

 

「皐月賞、そして日本ダービーを獲りたいと考えています。競馬に携わる人間で、日本ダービーを目指さない人はいません。ただ、勝つためには、数多くの問題を解決する必要があります」

 

 

折り合いの問題、距離の問題、そして最強のライバルの存在。

解決すべきことは多い。だが、それを乗り越えるためにいるのが調教師の役割でもある。

テンペストクェークが生粋のスプリンターやマイラーなら諦めがつく。しかし彼は中距離までなら十分走れる能力があるため、諦めたくないという気持ちが生まれているのであった。

ただし、テンペストクェークの所有者は西崎である。自分を信頼してくれているとはいえ、彼の意見を聞く必要があった。

 

 

「でしたら、あなた方の思うようにお願いいたします。それに皐月賞や日本ダービーを走るテンペストクェークの姿を私も見たいです」

 

 

「オーナー、ありがとうございます」

 

 

「いえいえ、だって藤山先生、最初から諦めるつもりなんてなかったでしょう。顔にかいてありましたもの。さすがの私でもわかりますよ」

 

 

苦笑して指摘されたため、藤山は、そんなにわかりやすい表情をしているのかと顔をさする。

 

 

「これはお恥ずかしい……」

 

 

二人は笑い合う。時計を見るとそろそろ準備をし始める時間であった。

 

 

「さて、そろそろ私は席の方に行こうと思います。今日はよろしくお願いしますね」

 

 

「勝利できるように最善を尽くします」

 

 

こうしてテンペストクェークは王道路線に突き進むことになった。

 

 

 

 

第11Rのメインレース、東京新聞杯を見るために、それなりの人が東京競馬場を訪れていた。テンペストクェークの走る第9Rも、そこそこの人が観客として観戦していた。

彼の人気は2番人気であった。今日はパドックでは大人しくしていたため、順当に人気を上げていたのであった。因みに一番人気はニューヨークカフェである。

ファンファーレがなり、ゲートインが始まり、各馬がゲートに入っていく。

テンペストクェークも問題なく入り、出走を待っていた。

 

 

『大外カンペキがゲートに入りまして、態勢完了……スタートしました。勢いよく飛び出たのは7番テンペストクェーク。新馬戦に続いて逃げに入ります。後続は内から14番コクサイトップラヴ、コパノスイジンが続きます……』

 

 

『……向こう正面先頭に立ったのはテンペストクェーク。逃げていきます……』

 

 

『……第三コーナーを曲がって先頭は依然としてテンペストクェーク、後続に5馬身差をつけています、後続は……』

 

 

『……早いペースとなっております。先頭が残り600メートルを通過、第四コーナーから直線に入ります。テンペストクェークは依然として先頭。後続も追い上げるが、差がなかなか縮まらない。テンペストクェークそのままゴールイン。一馬身半でエイシンサリヴァン、三着は……』

 

 

『……勝ち時計は1.47.8です。これでテンペストクェークは2連勝。二戦とも逃げで勝利しました……』

 

 

テンペストクェークは無事、条件戦を勝ちぬいたのであった。

騎手の高森は、やっぱり彼は強いなと思っていた。

 

 

「やっぱり逃げでも十分強い。この辺の馬では倒せないな」

 

 

(今日も11秒後半でずっと走ってた。おそらくこのラップが自分の体力に釣り合うスピードだと理解しているんだな。前回よりタイムが安定している)

 

 

(ラスト後続の馬があんなに追い上げて来ても焦りもしなかった。やはり絶対の自信があるんだな)

 

 

(ただな、今日は一馬身半まで縮められた。やはり最後の最後で少し失速する。差しや追い込みで強い馬は、前にいる馬を全力で捉えに来る。この程度の「逃げ」では間違いなくG1級の馬に捉えられるだろうな)

 

 

「次はおそらく皐月賞のトライアルレースだ。お前が戦った馬よりはるかに強い馬が来るぞ」

 

 

勝利の余韻を感じつつも、次の激闘を予感していた高森であった。

 

 

(やった!勝ったぜ!やっぱ俺って天才だな~)

 

 

一方、馬の方は浮かれていた。

 

 

 

 

 




次回、テンペストクェーク、衝撃に出会う。

弥生賞→皐月賞って王道だと思っていたんですが、2012年にシロイアレことゴールドシップが共同通信杯→皐月賞で買ってから弥生賞→皐月賞を勝った馬っていないんですよね。


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馬、強敵と出会う

感想並びに誤字脱字の報告、誠にありがとうございました。


第十話

 

 

2005年、競馬界は久しぶりに沸いていた。

昨年はゼンノロブロイが天皇賞・秋、ジャパン・カップ、有馬記念を連勝したが、圧倒的な人気があるとはいえなかった。

競馬人気も少し陰りが見えつつある状況で、1頭のサラブレッドが強烈な輝きを放っていた。

新馬戦、若駒ステークスの2戦を圧勝したディープインパクトである。この馬の可能性に、気の早い人などは、未来の三冠馬などともてはやしていた。

これに待ったをかけるのが、朝日杯FSを勝利したマイネルレコルトを中心とした2歳戦線を戦ってきた馬たちである。

それらの有力馬が一堂に集結するのが皐月賞である。しかし、その前哨戦となる弥生賞にもクラシック戦線有力馬が集まることも多い。すでにディープインパクト、マイネルレコルト、アドマイヤジャパンが出走を予定している。

テンペストクェークも弥生賞に向けて調整を行っていた。新馬戦と条件戦の2戦だけであるので、クラシックの本命とは評価されていなかった。しかし、血統が面白いため、応援している競馬ファンは多いようである。

 

さあ、激闘の2005年春が始まる。

 

 

 

2005年3月

美浦トレセンの藤山厩舎では、テンペストクェークの弥生賞に向けての調整が行われていた。

 

 

「併せ馬の調子は良好でした。この調子なら、弥生賞も問題なく走れると思います」

 

 

「わかりました。追い切りでも確認してみます」

 

 

調教助手と騎手の高森がテンペストクェークの調子を確認していた。

そこに藤山調教師が加わり、弥生賞のことを話し始めた。

 

「やっぱり調教だと従うんですね……」

 

 

「本番になると意固地になってしまうのかもしれませんね。調教そのものは順調です」

 

 

調教タイムもいい。そして、余裕も見せている。ただ、藤山が考えている勝ち方でないことが懸念点であった。ただ、相手は馬である。人間の想定することなど、彼らにとっては関係ないことである。

 

 

「私も彼の脚質がわからなくなってしまいました」

 

 

おかしいなあと藤山は嘆く。

関係者は少なくとも本質は「逃げ」ではないと考えている。優秀なスピードと抜群のスタートがあるので、十分強いが、彼の本質ではないのである。

実際に彼は後ろレース中盤で後続の馬が近づいてくるとスピードを上げてしまう癖がある。それにラストでやや失速してしまう癖もあるため、G1級の逃げができるとは思えないのである。今のままでも一流の馬にはなれるだろうとは考えていた。ただミホノブルボンやサイレンススズカ級の馬になれるとは思えなかったのである。

本来の走りは末脚を活かす戦法が向いているはずであると考えていた。初期の調教で、追う馬を行っていた。その際に、オープン馬を先行させ、走らせていた。走り方やスピードを模倣させたり、強い馬を目標にさせるためである。その際に、最後の2Fで一気に加速して、あっという間に先行馬を置いて行ってしまったことがあった(1秒近く先着していた)。

乗っていた調教助手は、振り落とされそうになったと回想していた。

この走りをしてほしいと、強めの調教をする日には追い越しの調教をしているのだが、なぜか彼は本番の競馬では逃げしかしないのである。

賢いといっても馬なんだなあと調教師たちは考えていた。というより、賢い馬は調教師や騎手の言うことをよく聞くので、彼はある意味でバカなのではないかとも考えていた。

彼がこのことを聞けば、憤慨するであろうが、彼に競馬脳はインストールされていないので、競馬に関してはバカであることに間違いはないのである。

 

 

「弥生賞ではできれば彼の末脚を見たいので、中団あたりで控えることが出来ればそれで行ってくれ」

 

 

「わかりました。しかし、拒否された場合は今まで通りに行きますか?」

 

 

「今回は少し強めに指示してもらってもいいかな。それでもだめならいつも通りで」

 

 

さすがにレース中に喧嘩をされても困るので、ある程度のラインを決めることにしたのである。

 

 

「それで頼むよ。ただし、無理だけはさせないでくれ。西崎オーナーもこれだけはよく言ってくるのでね」

 

 

「わかりました」

 

 

去っていく騎手を見ながら、藤山は弥生賞のことを考えていた。

マイネルレコルトやアドマイヤジャパンも強い。重賞を勝ち、実績もある。しかし、2戦しかしていないディープインパクトに世間の注目は集まっている。

天才とも言われた騎手がべた褒めしているというのも注目される要因だろう。

 

 

「おそらく追い込みで来るだろう。果たして逃げ粘ることが出来るのか……」

 

 

スローペースでは確実に捉えられるだろう。かといってハイペースでスタミナをつぶそうにも、アレはおそらく全く関係なく猛烈な追い込みでばてた逃げ馬、先行馬をとらえるだろう。

 

 

「あれ?どうやって勝てばいいんだ?」

 

 

藤山順平は悩み続けたが、答えは出なかった。

 

 

 

栗東トレセンのとある厩舎

メジロマックイーンを中心に名馬を送り出したベテラン調教師の下で、1頭のサラブレッドが戦いに向けて調教を受けていた。

 

 

「競馬に絶対はない。だが彼を負かすことが出来る馬は……」

 

 

マイネルレコルトやアドマイヤジャパンなどの有力馬のデータを確認しながら彼を負かす可能性のある馬を検討する。すでに彼だけでなくスタッフ全員が何度も検討を重ねている。しかし競馬に絶対はないという言葉の通り、「万が一」、起こりそうな要素を探し出していた。

 

 

「テンペストクェーク、2戦を逃げ勝ち。調教も悪くない。血統的にはマイルが主戦場か?いや、2000メートルも走っている。十分中山も走ってくるだろう。2戦とも逃げ切り勝ちか。騎手は……高森君か。彼もあの事故がなければなあ……」

 

 

このときのテンペストクェークについて、ディープインパクトの調教師は、「注意すべき馬の一頭」だったと後に話している。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

先日、トラックに乗せられて、競馬場に運ばれた。

このトラックは意外と快適なので、うとうとしていたら、すぐに到着してしまった。

 

この競馬場に備え付けられた俺の部屋も意外と快適で、しっかりと人間にお世話をしてもらっている。最近調子がいいので、ウキウキ気分であった。

ただ、さすがにレース前なため、いっぱい食べることが出来ないので、その点は少し不満である。

まあ走る前にバカ食いはしないよなと納得しているので文句は言わない。

ところでこの建物、他の馬も結構入っていたりする。まあいつもの場所にもたくさん馬がいるのでそこまでストレスにはならないが、俺にちょっかいをかけてくる奴もいるので、そういう奴は基本的に無視している。

 

そんなこんなで過ごしていると、やけに人の集まっている部屋があった。

 

 

【頑張るぜ】

 

 

ちょっとよく見えないが、なんかやけにちやほやされている。

きっとあの馬も俺と同じように人間に愛されているのだろう。一緒に走るかはわからんが、あの馬に期待した人を裏切らせてしまうのはちょっと悲しいなあ。だってレースに勝つのは俺だからだ。

 

(因みにこのナルシストが同情した馬は、鹿毛でちょっと小柄で、額に小さな白い流星のある馬である)

 

 

「うーん。普段は結構イケメンなんだけど、たまに変な顔をするんだよなあ……何考えてるんだろう」

 

 

俺の世話をしている人間がなんか言っているみたいだ。ちょっと馬鹿にされた気がするので、服を引っ張ってやる。

 

 

「って、やめてくれ」

 

 

俺の首元を撫でてきたので、やめてやる。

 

 

「うーん人の言葉がわかっているのかなあ……」

 

 

いつがレースの時間がわからんから、横になってゆっくりしていよう……

 

そしてぼーっと過ごしていたら、見知った人間がたくさん俺の部屋の前にきて、俺を外に連れ出した。

そろそろレースかな。

 

 

背中に色々つけられて、いつものぐるぐる回る広場に出ると、今までとは比べ物にならないほどの人がいた。というかちょっと寒いな。馬には問題ない気温だけど人間は寒そうにしてる。騎手君はあんな寒そうな格好で大丈夫なのかねえ。

 

いつものようにグルグルと同じ場所を回っていると、やけに人間の視線を集めている馬がいることに気づいた。

そこにいたのは小柄な馬であった。

ただ、俺は黒い馬と初めて立った時と同じようなオーラをあの馬から感じたのである。そして、他にも強そうな馬は何頭もいた。

今まで戦ってきた馬とはレベルが違う。

そう確信した。

だが、勝つのは俺だ。

 

しばらくすると、騎手君がやってきた。相変わらず寒そうな格好だな。

俺のモフモフで温まってもいいんやで。

 

 

「よろしく頼むよ。テンペスト」

 

 

【任せなさい】

 

 

「ハハッ、やっぱ賢いなあ……」

 

 

さあまいりましょうぞ

歩いて競馬場の芝の上に入ると、曇天が広がっていた。観客席にはかなりの人がいた。歓声も聞こえる。

俺はウォーミングアップを兼ねてしっかりと走ってゲートの方に向かった。

 

 

2005年3月6日 第42回報知杯弥生賞(G2)

芝・右・2000m/天候:曇/芝:良

 

『中山競馬場ですが、天候は雲、気温は非常に寒くなっております』

『前走、若駒Sから約2か月、ディープインパクトが関東にやってきました。皐月賞トライアルレース、第42回報知杯弥生賞には、ディープインパクトのほかに2歳王者マイネルレコルト、京成杯を勝ったアドマイヤジャパンなど、これが皐月賞といっても過言ではないメンバーが集まっております』

『確かにいいメンツが集まってますね。ただ、ディープインパクトが圧倒的な一番人気なんですよね。2番3番人気も先ほど紹介してもらった馬ですし、大番狂わせが起こる可能性はあまり大きくはないかなと思います。人気がすべてではないですが、2戦でここまで人を魅了する馬というのも久しぶりに見た気がします』

『そろそろスタートですが、気になる馬はいますか』

『上位馬以外ですとテンペストクェークが結構いい感じだと思うんですよね。調教のタイムもいいし、パドックでも集中している。風穴を空けてくれるかもしれません』

『7枠8番のテンペストクェークですね。期待してみていきましょう』

 

 

出走を伝える音楽が聞こえる。たしかファンファーレといったか

これもいつもと違う音色だった。

どんどんと馬がゲートの中に入っていき、人間に引かれてゲートの中に入った。

 

 

【はやく、はやく】

 

 

【でたい、せまい】

 

 

自分はそうでもないが、やっぱりゲートが嫌な奴もいるようである。

 

 

『大外のディープインパクトが入りました。皐月の夢へつながる大事なレース。弥生賞スタートです』

 

 

ゲートが開く音と同時に、一気に飛び出す。

スタートダッシュは俺の得意分野だぜ。

 

 

『いいスタートを切ったのはやはりテンペストクェーク。ディープインパクトもいいスタートです。そのままテンペストクェーク先頭、ダイワキングコンが追走します……』

 

 

観客席の前を走ると、大きな歓声が聞こえる。やっぱり人が多い。これは相当に大きなレースなんだろう。

 

前でいつものように走ろうとすると、騎手君が俺に減速するように指示してくる。

うーん、でも今までもこのペースで勝ってきたし、大丈夫だって。それに今日は相手も強そうだし、レースの規模も大きいみたいだから、いつもより早めのペースで走るから。

 

 

「やっぱりだめか……頼む、一度でいいから俺を信用してくれ」

 

 

ああもう、大丈夫だって。俺の強さを信じてくれ。

 

 

「クソっ、おれはリュックかよ……」

 

 

この時点で俺は先頭に立っているが、意外とすぐ後ろに馬がついてきていた。もう少し早めのペースでもいいのかな。

 

 

『……ディープインパクトは後方3番手でゴール版を通過しています。かなり早い時計が出ています……』

 

 

コーナーを曲がっていく。くそ、後ろのやつらも結構速い。もっと速く走らないと。

 

 

「加速した?これ以上は後半持たなくなるぞ」

 

 

騎手君が俺を止めようとする。

でも、他の馬は強そうなやつが多いし、今速く走っておかないとヤバい気がする。

 

 

『……ここでマイネルレコルトが3番手に上がりました。その後方にアドマイヤジャパンがいます。ディープインパクトは後方2番手……』

 

 

直線を走り、次のコーナーに入っていく。コーナーで外に膨らんでいかないようにして走らないとな。

結構難しい。

 

 

『テンペストクェークが逃げていく逃げていく。残り800通過が1.11.5となっております。大逃げです。後続に10馬身以上差を広げています。これは持つのでしょうか……』

 

 

「ヤバい、ちょっと早いぞテンペスト」

 

 

後ろの馬がやけに遠くに見える。

あれ?早いのか?あれ?

俺は混乱していた。12秒くらいで走っていたはずなんだが……

慌てて、俺はペースを緩めた。

 

 

『……2番手ダイワキングコン、その後ろにマイネルレコルト、アドマイヤジャパンが続きます。ディープインパクトは、おおっとディープインパクトが上がってきた。残り600から上がってきました……』

 

 

コーナーを曲がり、直線にはいる。

疲れてきた。最初に飛ばしすぎた。

あともう少しだ……

 

 

『コーナーを曲がりながらディープインパクトが大外から上がってきた。先頭はテンペストクェーク。まだ6馬身以上あります。これは届くのでしょうか。かなりのハイペースです』

 

 

「来たぞ!テンペスト。もう少し頑張れ」

 

 

確かこのコースはゴール前に坂があるんだった。ここで最後に粘り切るぞ。

後ろからどんどんと馬が迫ってくるのを確認しながら俺は走り続けた。

 

 

『大外からディープインパクト、マイネルレコルトも上がってくる。テンペストクェークも粘る粘る。内からはアドマイヤジャパンも伸びてきた……』

 

 

くそ、脚が鈍り始めた。中盤に速く走りすぎたか。それでも、これなら勝てる!

そう思った瞬間、おれの左側から、猛スピードで馬が抜き去っていった。

 

 

『……ディープインパクト捉えた、内からアドマイヤジャパンも並ぶ。ディープインパクト抜けた抜けた!そのままゴールイン!』

 

 

そして俺は、右から来た馬と並んでゴール板を駆け抜けた。俺の左にも馬がいたので、俺は2位か3位か4位かもしれん。

ただ、初めて負けたことは事実であった。

 

 

『ディープインパクトが勝った。大逃げ馬をとらえても勝利。衝撃の3連勝だ!!!』

 

 

『勝ち時計は2.01.2。非常に早いレース展開となりました。2着から4着は接戦でした。写真判定をしばらくお待ちください』

 

 

勝った馬をたたえる声が聞こえた。歓声も受けている。

息も絶え絶えになりながら、俺は芝のレース場を後にした。

くそっ……

 

 

 

 

騎手の心、馬知らず。

当たり前である。しかし、人間をインストールしているのにこれでいいのかテンペストクェーク。

覚醒への鍵は意外とすぐそばにあったりするものである。

 

 

 

 

弥生賞後の藤山調教師への取材

 

 

「いい走りはしてくれたと思います。初めての重賞で2着ですからね。接戦を拾えたのは本当に良かったと思います。調教でもいいタイムを出していたので、入着以上は期待していました」

「大逃げは……ノーコメントで」

「今後の予定ですが、皐月賞に向かいます。ただし、体調も考えて判断していきます。今後も彼の応援をお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




私はディープインパクトが現役のころは学生だったので、彼の走りを生で見ることはありませんでした。
しかし弥生賞は馬身差があまりないなあと思ったら、馬なりで走っていたんですね……


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馬、負けを知る

第11話

 

2005年3月

弥生賞を終えた藤山厩舎では、無事に馬が帰ってきたことを安堵しつつ、皐月賞への準備が始められていた。

 

 

「それにしても、うちの先生は、よく3戦だけで皐月賞に出ようと考えられましたね。賞金的に弥生賞で優先出走権を確保していなかったら出られなかったんじゃないんですかね」

 

 

用事で厩舎に訪れていた騎手の高森が、テンペストクェークの担当厩務員の秋山に問いかける。

ディープインパクトが勝利した第42回報知杯弥生賞では、テンペストクェークはハナ差で2着となった。2着から4着まで同タイムであり、僅差での勝利であった。

 

 

「それだけテンペストに期待していたってことでしょうね。新馬戦の後は、オープン戦や共同通信杯や京成杯のような重賞にも出す予定だったみたいです。ただ、騎手の指示に従わないという状態だったから、セントポーリア賞に変えたみたいです」

 

 

「そうなんですね。でも、トライアルレースは他にもありますし、ディープインパクトと当たる弥生賞に行かなくてもよかったのでは?」

 

 

トライアルレースはスプリングカップや若葉ステークスなどがある。わざわざ弥生賞というリスクある決断をする必要があったのかが気になっていた。もちろん他のトライアルレースにも強豪はいるので絶対に安全というわけではない。

 

 

「そうなんですよね。ただその辺りは自分にはよくわかりませんでした。馬の成長のためとしか言わないもので……オーナーの方が納得しているみたいなので、問題はないかと思いますけどね」

 

 

「馬のため、ですか……そういえばテンペストの調子はどうですか?」

 

 

弥生賞が終わり、美浦トレセンに戻ったテンペストクェークは、疲れをいやしながら、次のレースに向けた調整を行っていた。

 

 

「体調や疲労は回復したようですね。調教も始めてますし、皐月賞も大丈夫だと思います。ただ……」

 

 

「やっぱり落ち込んでいますか」

 

 

「はい。彼は結構大食いなんですけど、しばらく食べようともしませんでしたからね」

 

 

弥生賞が終わった後はずっと馬房の隅でいじけていたし、しばらくご飯を食べようともしなかったらしく、大柄で立派な馬体は見事にガレてしまっていた。

ただ、数日後にはよく食べるようになり、体つきは元に戻りつつあるので安心であった。

また、馬体が大きいので、脚部へのダメージも細心の注意が払われていたが、特に問題はなかったようである。

 

 

「まあプライドの高い馬でしたからね。初めて負けたみたいなものですし」

 

 

「馬ってそんなに勝ち負け意識してましたっけ?」

 

 

勝つのも負けるのも人間の理論である。最後尾を走ってもケロッとしている馬もいるし、一番に駆け抜けても疲れたから早く帰りたいと駄々をこねる馬もいる。ご褒美をもらいたいがゆえに頑張る現金な馬もいたりするので、馬の性格によるともいえる。ただ、負け続けると負け癖が付く馬もいるし、一頭の馬に負け続けると、走る気をなくしてしまう馬もいる。併せ馬や出走するレースを考える際に意外と相性なども考えている。

ただ、負けを意識し、人間のようにはっきりと落ち込むという馬はあまり聞いたことがなかった。やはりかなり賢い馬だとこういうこともあるのだろうかと考えていた。

 

 

「聞けば、彼は生まれた牧場でも育成牧場でも基本的にちやほやされて甘やかされて育ったみたいですからね。馴致も早く、同世代よりも早い。それに基本的には人に従順で真面目。そりゃあ可愛がられますよ。実際うちの厩舎でも調教のとき以外は、蝶よ花よと可愛がられてますし」

 

 

「なんというか感性が人間らしいというか。賢いところもそうだけど、どことなく人間っぽいところがあるんだよなあ……」

 

 

「中に人間でも入っているんじゃないですか?」

 

 

高森たちは冗談を言いながら笑っていた。

テンペストには人間の魂がインストールされているので彼の指摘は間違いではない。

 

 

二人が馬房の近くによると、見慣れた鹿毛の馬がこちらを見ていた。

 

 

「元気にしているか~」

 

 

首元を撫でてやると、嬉しそうに嘶く。

こういうところは可愛いんだよなあと思いながら、彼の馬体を自分の目でもチェックする。

 

 

「負けていじけるなんて可愛いところもあるじゃないか~」

 

 

そういってすりすりと撫でると、耳が絞られ、不機嫌になった。

その瞬間、高森の服にかじりついたのである。

 

 

「……やっぱこいつ人間の言葉わかってません?」

 

 

「どうなんでしょうね……」

 

 

ごめんごめんと謝りながら撫でてやると服を放して、馬房の奥に引っ込んでいった。

二人はしばらく彼の話題で盛り上がっていた。

 

 

 

 

「皐月賞はディープ一択って雰囲気ですね」

 

 

「新聞を見ればよくわかるさ。それにしてもJRAがやけに張り切っているな」

 

 

東京のとある個室料理屋で藤山と西崎が話していた。こうして馬主とコミュニケーションをとるのも調教師の仕事の一つである。

広げられた新聞にはディープインパクトの記事が一面に記載されていた。

 

 

「テンペストの様子はどうですか?」

 

 

「今のところは順調ですね。弥生賞の疲労も抜けましたし、脚部等にダメージもありませんでした。これならしっかりと走れると思います」

 

 

「それならよかったです。初めての馬がG1レースに出れるなんて本当にありがたいです」

 

 

そういえばオーナーはテンペストクェークが初めての所有馬だったんだなと思いながら話していた。血統も微妙、写真を見たが、見栄えも微妙、生産牧場も大手ではない。そんな馬を初めてでよく買ったなと思っていた。

安い馬や血統が魅力的ではない馬が名馬になった事は普通にある。しかし、あくまで例外であって、価格が高い馬や良血統の馬の方が、走ってくれる可能性は高いのである(数億の馬が走らないというのもざらにあるのが競馬の恐ろしくも面白いところではある)。

 

 

「聞いていませんでしたが、テンペストを買おうって決めた根拠はあるんですか」

 

 

「直感ですね。とりあえず一頭いい馬はいないかなと探していて、父がお世話になっていた島本牧場に行ってみたんですよ。そうしたら楽しそうに走ったりジャンプしたりしている彼がいたんですよね。それで、この馬がいいと思って、気が付いたら買ってました」

 

 

「なんというかオカルトチックですねえ」

 

 

「まあ、こういうのはこれっきりにしたいと思いますね」

 

 

馬主としては順風満帆なスタートを切った西崎だが、父のこともあり、厳しい世界であることも自覚していた。

 

 

「それで、テンペストは皐月賞を勝てますか?」

 

 

「直球ですねえ……正直に話しますと、かなり難しいですね。ディープインパクトが強すぎます」

 

 

「そうですか……弥生賞だと結構肉薄はしていたと思いますが……」

 

 

「それなんですけど、最後のスパートで一回も鞭を入れてないんですよね。終わった後もケロリとしてましたし」

 

 

さすがに皐月賞では本気で走ってくるだろうから、それを加味しておかなければらないと考えていた。

 

 

「スパートが掛かると、まったく失速しないですし、そのまま延々に加速していくような気がします。スタミナもありそうなので、ハイペースな展開でも容赦なく上がり3F最速をたたき出せると思います。追込なので、マークや包囲はできませんし、勝ち方がわからないです。」

 

 

「なんか勝てるビジョンがますます見えないのですが……」

 

 

「テンペストもいい末脚を持っていると思いますが、実戦で見せたことがないので未知数です。ただ、勝ちにはいきます。それに彼も本気になったみたいなので......」

 

「本気になった、というと?」

 

 

意味深なことをつぶやく藤山に西崎が食いつく。

 

 

「調教を終えたがらなくなったんですよね。もちろんケガが怖いので、スパルタ特訓のような調教はしていませんが。走らせろ、走らせろと催促してくるみたいでね。苦手だったプール調教も嫌な顔せずに行ってますし、負けたことが相当悔しかったみたいですね」

 

 

こういう負けん気の強さを持っていたのは幸いであった。

藤山は、テンペストクェークは賢いし、人の言うことは聞く真面目な性格であることは認めていた。ただ、レースになると騎手の指示を全く聞かないため、プライドが高い性格であるとも思っていた。バカだから指示に従うのではなく、賢すぎるから指示に従わないのではと考えていた。

実際は、彼は、自分のことは自分が一番理解しているという傲慢さがゆえに騎手の指示に従わないのである。なぜ、この道20年近く騎手をやっている人間よりうまくレースができると思うのだろうか。なぜ、何十年も馬を見続けてきた調教師より自分の脚質や能力がわかると思うのだろうか。ある意味愚か者である。

 

 

「このままいけばかなりいい仕上がりになりそうです。少なくとも惨敗という結果にはならないと思います」

 

 

自信ありげに話す藤山であった。

 

 

 

 

[皐月賞]

日本ダービー、菊花賞と合わせた3歳場限定の「三冠レース」の初戦である。中山競馬場2000メートルで行われるレースであり、イギリス2000ギニーをモデルに作られたレースである。「もっとも速い馬が勝つ」といわれるレースである。

 

 

2005年4月17日開催の第65回皐月賞では、ディープインパクトが圧倒的な人気を獲得していた。二番人気以下が二桁倍率になるほどであった。

テンペストクェークも弥生賞2着が評価され、3番人気に位置していた。パドックでは、彼の父親のヤマニンゼファーのファンだった人が作った横断幕「ゼファー魂」が掲げられていた。

「そよ風から暴風へ」そんな横断幕も掲げられていた。

それを見た島本哲司は、ゼファーを種付けしてよかったと心から思っていたのであった。

パドックで自分の生産した馬が落ち着いて歩いていた。

 

 

「今日も大丈夫そうだ。せめて入着はしてくれよ~」

 

 

故郷の牧場やオーナーも含めた、関係者が彼の激走を応援していのである。

 

 

皐月賞2000メートルが始まる。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

やってきたぜ競馬場。

ここは前に走った場所と同じ競馬場だと思う。

そして、グルグル回っていると、俺が負けた小柄な馬がいた。他にも前一緒に走った馬も何頭かいた。

あの馬には絶対に負けない。そのために俺は鍛えなおしてきた。

苦手なプールだって頑張った。

 

ただ、勝てる気があまりしないのはなぜだろうか。

俺が息も絶え絶えになっているのに、あいつは平然としていた。

これが生まれ持った才能の違いというものなのか。

わからない。

ただ、負けっぱなしは性に合わないのも事実だ。

あと俺よりちやほやされているのはなんか気に喰わない。

だって人間がみーんなあいつの方を見ているんだもの。

なんでわかるかって?意外と目線でわかるものだぞ。

 

お前らの買った馬券を紙くずにしてやる。絶対にだ。

ただ、どうやって走ったら勝てるかわからない。わからない……

 

 

そんな気持ちで騎手を乗せ、芝のコースへ歩いていく。

 

 

「あれ?今日はちょっと元気ないのか?大丈夫かな……」

 

 

どうしようか。

走りながらも考えていた。

 

 

そして気が付くと俺はゲートに入っていた。

ガシャンという音と共に、ゲートが開いたのを俺はボケッと見ていた。

 

 

「アッ……」

【アッ……】

 

 

テンペストクェーク、痛恨の出遅れである。

そして隣の馬も躓いたらしく、出遅れていた。

 

上位人気馬の同時出遅れであった。

 

 

しまったぁぁぁぁ

 

 

 



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覚醒

皐月賞本番前、俺は美浦の調整ルームで明日のレースのことを考えていた。

 

 

「皐月賞か……」

 

 

久しぶりの皐月賞だ。

俺が皐月の舞台に立つのは何年振りだろうか。

ケガをしてから鳴かず飛ばずだった。

奇跡の復活などとはやし立てられたが、結局のところ、実力も運もなければいい馬には巡り合えないのである。

古傷や、長年の騎乗で蓄積されたダメージで身体が痛むこともあり、引退の文字が頭をよぎったこともあった。

だが、いつかG1を獲ってやる。その気持ちでここまでやってこれた。テンペストでG1を獲れなきゃ、二度と縁がない舞台になるだろう。

明日の皐月賞が勝負どころだ。俺にとってもテンペストにとっても。

そして、なんの因果か枠順はディープインパクトの隣であった。

 

 

「明日が楽しみだな……」

 

 

いい意味で俺は緊張感を保つことが出来た。

彼は俺の指示に従ってくれるだろうか。

弥生賞で負けたことをはっきりと認識していた。それで、焦って、意固地になって前以上に暴走するかもしれない。

だが、俺は決めていた。明日のレースで、彼と喧嘩をすることを。

こんなことを言ったら、正気を疑われるかもしれない。ただ、ここで一度ぶつかり合わないと、あいつはこの先ずっと「それなり」な馬で終わってしまう気がしていた。

俺の騎手人生を賭けてでも、折り合いをつけてみせる。

 

 

「これで俺の騎手人生もおしまいかもな」

 

 

藤山先生のところをクビになったら、本格的に俺は騎手として食っていけなくなるだろう。そうなったらどっかの牧場で働くかね……

ただ、俺はあいつと共に戦える自信があった。

その日の夜は長く、短かった。

 

 

 

その十数時間後、俺は中山競馬場にいた。すでに1レース走っており、騎乗した馬を初勝利に導くことが出来た。オーナーの人はたいそう喜んでおり、皐月賞も応援するといってくださった。

調子がいい。

時間が過ぎるのは早い。先生との連絡・調整などを行っているうちに、皐月賞の出走になっていた。

テンペストは馬房でも落ち着いた様子だった。

そういえば新馬戦のときはやけに張り切っていたよな。その後は落ち着くようになったけど。まあいいか。

パドック周回が終わり、俺たち騎手が乗るときが来た。

彼を曳いていた秋山君が話しかけてきた。

 

 

「今日なんですが、ちょっと集中していないというか、上の空な感じなんです。元気がないというわけではないのですが……」

 

 

「こんなときにか……」

 

 

誘導馬に従って、レース場に入ると、大観衆がいた。

多くの人はディープインパクトの勝利を見に来ているのだろう。

圧倒的一番人気。しかも3番人気のテンペストが二桁倍率になるほどのぶっちぎりだった。

 

 

「風穴空けてやろうぜ……」

 

 

返し馬でも良好な走りを見せていた。

ただ、ちょっと集中力が欠けているように見えた。

 

 

「いや、もしかして集中しすぎている?」

 

 

この時点で俺は嫌な予感がしていた。

 

 

ファンファーレが鳴る。久しぶりにターフの上で聞いた関東G1ファンファーレ。そして大観衆から放たれる歓声。

ああ、やっとこの舞台に立てた。

ゲートインが行われていく。

 

 

「行くぞ!テンペスト」

 

 

いつもなら嘶いて反応するのだが、今日はそれもない。

ちょっと不味いかもしれない。

ゲート出るときに軽く鞭を入れてみるか?そう思いながらゲートに入り、出走を待つ。

こういうとき、彼は全く騒いだりしないのは助かる。

全ての馬が入ったのを確認して、ゲートが開くのを待った。

 

 

ガシャン、そんな音と共に、ゲートが開き、他の馬がスタートしていった。

テンペストは、それに反応していなかった。スタートの合図を送ったが反応しなかった。

 

 

「アッ……!」

 

 

我に返ったかのように、彼は慌ててスタートを切った。

わずか1秒程度の遅れであったが、すでに俺たちは最後尾に近くなっていた。

そしてなぜか隣のディープインパクトも遅れていた。

躓いた?こりゃあファンは絶叫ものだな……

 

 

 

―――――――――――――――

北海道のとある牧場では、従業員が集まって、テレビを見ていた。

自分たちが生産した馬が、クラシック初戦の皐月賞に出ているためだ。

 

『……2005年、牡馬クラシックはこの皐月賞から始まります。8万人の競馬ファンが中山競馬場に訪れています。未来の三冠馬にみな、夢を託しております。今日は大注目のディープインパクトが走ります』

 

『単勝1.3倍の圧倒的人気ですからね。まだ3戦しかしていないのに、ここまで期待されるのは、アグネスタキオンを思い出しますね』

 

『未来の三冠馬の誕生はいかに、ですね。レースの展開ですが、どのような形が予想されますでしょうか』

 

『そうですね。スタートが得意なテンペストクェークが先頭に立って逃げを打ってくると思いますね。ダイワキングコンやビックプラネットもそれに追従すると思います。レース展開がハイペースになる可能性もありますので、ディープインパクトはどのようなタイミングで抜けてくるのかがカギになりそうです』

 

『ありがとうございます。14番ディープインパクトもゲートに入りました。問題ないようです……』

 

『アドマイヤジャパンがゲート入りを嫌がっていましたが、しっかりとゲートに入りました。そして、大外ダンスインザモアがゆっくりとゲートイン。全頭ゲートインです』

 

『ゲートが開いた。第64回、皐月賞スタートです。ああっとディープインパクト、それにテンペストクェークが出遅れたか?』

 

 

「「「「ああぁ……」」」」

 

 

スタートで大きく出遅れたテンペストに、何とも言えない声が上がった。

 

 

「大丈夫かよ、テンペスト……」

 

 

大波乱の皐月賞が始まった。

―――――――――――――――

 

 

スタートが遅れたテンペストと俺であったが、俺はそこまで焦ってはいなかった。

むしろ都合がよかった。

ただ、明らかに最後尾になるつもりはなかったが。

せめて中団くらいには付けておきたかったが、もうそんなことを考えている暇ないな。

予想通り、彼は前に行きたがっていた。

前はここで諦めてしまったが、今日は違う。とことんつきあうぜ、テンペスト。

 

 

『……第1コーナーに向かって先行争いになりました。ディープインパクト、テンペストクェークは後方からの競馬になりました。あっと、テンペストクェークですが、これは少し掛かっているのでしょうか……』

 

 

多分折り合いがついていないとか思われているんだろうなあと考えながら、前に行かないように彼に指示を送る。初めての出遅れ、しかも大事なレースで。わかるよ、焦るよな。

 

お前は強い、そして速い。だが、今のお前より速いやつはいくらでもいる。いつの間にか隣前にいたディープインパクトもそうだ。お前と喧嘩したゼンノロブロイもだ。

そいつらに勝つには、お前だけではダメなんだよ。

お前は自分が一番走り方をわかっていると思っているんだろう。だから俺の指示を聞かないんだな。

 

 

「だがな……」

 

 

お前は生まれて3年しか経っていないだろう。競走馬になってから2年も経ってない。

俺はなあ、この世界で20年以上も戦ってきたんだ。

ロートルかもしれないが、それでもお前よりはこの世界を知っているんだ。

だから……

 

俺はお前の重りでもリュックサックでもないんだ。

 

だから、俺に任せろ。

 

俺は彼の首元をかるく叩いた。こんなことをレース中にするもんじゃないことぐらいわかっている。危険であることだってわかっている。

だが、彼に俺の意思を伝えなければ、この競馬は惨敗で終わってしまう。

もっと早く彼と「対話」すべきだった。セントポーリアや弥生でやるべきだった。

これは受動的であった俺のミスだ。

 

 

「テンペスト!」

 

 

彼の耳が少し反応したように思えた。

そして、不必要に入っていた全身の力が抜けたようにも感じた。

強引に制御する必要もなくなった。

 

俺の気持ちが伝わったなんて思わない。ただ、彼が根負けしてしぶしぶ従っているのかもしれない。

もしかしたら彼の末脚は不発に終わるかもしれない。自由気ままに走らせた方がよかったかもしれない。

そんな気持ちがよぎった。

だけど、俺は、先生たちや自分の経験、そしてこいつの才能と努力を信じることにしていた。

 

 

「さあ、ここからが本当の勝負だ」

 

 

この日、この瞬間、彼らの歯車がかみ合った。

 

 

 

 

『……先頭はビックプラネット、その後ろにコンゴウリキシオーがいる……』

『……千メートル通過は59秒台で通過している。ここでディープインパクトが少し順位をあげる。後ろはアドマイヤフジ……』

 

 

ディープインパクトが大外を回りながら、少し前の方に出ていった。確かにすこし前に出る必要があるな。俺はテンペストに指示を送ると、彼も少しだけスピードを上げて、中団のやや後ろにつけた。

第3コーナーを抜けるころには、ディープインパクトはさらに先頭の方に抜けており、すでに中団の先頭付近にいた。

 

 

『第四コーナーを過ぎて、ビックプラネット先頭。しかし差はあまりない。中団が固まっている。ディープインパクトは外からしっかりと回っている……』

 

 

後方から一気に追い抜く必要があるため、こうしてコーナーで膨らむ必要があった。走る距離が伸びるため、タイム的にもロスとなる。しかし、不思議とその心配はしていなかった。

 

そして、このままでは、あの馬においていかれると感じた俺は、彼に加速するように指示を出した。

すると、スーッと加速していくと同時に、前の馬も後ろの馬もいない大外に膨らんで、走っていた。

 

 

「大外一気。いいね。採用だ!」

 

 

残り400メートルを過ぎて、直線に入る瞬間、俺たちの3馬身ほど前にいたディープインパクトに鞭が入った。

加速段階に入っていたディープインパクトがさらに加速したように感じた。簡単には終わらせない。お前の三冠を阻むのは、俺たちだ。

 

 

「行くぞ!」

 

 

俺が鞭を軽く一発入れた瞬間、彼の体の重心が低くなったように感じた。首も前に前に行こうと下がっていた。

そして、俺は後ろに引っ張られるような加速を感じていた。

 

こんな馬初めてだ……

というか調教でも見たことねえぞ、こんな走り……

 

一気に加速したテンペストは、坂を駆け上がりながら先行集団を抜き去っていた。

 

 

『……ディープインパクト先頭に立っている。そこに大外からテンペストクェークがものすごいスピードで迫ってくる。先頭はディープインパクトだ、テンペストクェークが差し切るのか。これは……』

 

 

差し切れ!勝ち筋が見えた!

その瞬間、彼の猛烈なスピードが少し減速した。

そして、ディープインパクトと俺たちはゴール板を通過していた。

 

 

『ディープインパクト、ゴールイン!そして半馬身差でテンペストクェーク。まず4連勝で1冠目を獲りました。テンペストクェークの猛追を振り切り、三冠への第一歩を踏み出しました』

 

 

写真判定をするまでもない。俺たちの負けだ。

あと半馬身くらい足りなかった。

原因はわかっている。最初にテンペストと喧嘩して、余計な体力を消耗させてしまったことだった。

掲示板には1.58.5の数字が表示されていた。2002年にノーリーズンが記録したレコード記録と同タイムであった。1着と2着の差は1/2馬身。3着には5馬差をつけていた。

 

 

「こりゃあクビかもなあ……」

 

 

ただ、覚醒したこいつが、未来の三冠馬を打ち破る瞬間を見ることが出来ると考えていた。

高い壁だが、超えられないわけではない。

 

 

「その時に、俺が乗っているかはわからんが、これからよろしく頼むよ。テンペスト」

 

 

俺は笑いながら、勝った馬の方を見ていた。

 

 

 

 

数年後、ディープインパクトの騎手は語った。

『もうパーフェクトですね。走っているというよりより飛んでいる感じでした。最後にテンペストクェークが一気に突っ込んできたのはさすがにヤバいと思いましたが、最後の最後でさらにディープインパクトも加速してくれたので、差し切られませんでしたね。パーフェクト以外の言葉が見つかりませんよ』

『ただ、テンペストクェークの鞍上の高森さんが終わった後、やけにニコニコしていたんで、何だったのかと思ったんです。ただ、その後のテンペストクェークの走りや、1年後のあのレースのことを考えたら、そういう意味だったんだなって理解しましたね』

 

 




タイムがやや早くなっていますが、テンペストクェークの猛追を察知した騎手が、ディープインパクトをさらに加速させたためです。もし併せることが出来ていたら、結果は変わっていたかもしれません。


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馬、信頼する

俺は馬である。

走ったレースは僅差で負けてしまった。しかし、あの小柄な馬も全力で走っていた。

その馬をもう少しで抜かせそうだった。

しかし、最後の最後で足が鈍ってしまった。

理由はわかっている。

最初に騎手君と喧嘩をしてしまったからだ。あの時の俺は前へ、前へ、行こうとしていて、全身の力を使ってしまった。無駄な体力を使ってしまった。

出遅れたのも俺が集中していなかったからだ。いや変なことに集中してしまったからだ。

それに焦って、いつものように前に行こうとしてしまった。

 

今思えば、あそこで前に行ってたら、さらに体力を使って、最後は追い抜かれて終わっていたと思う。

それを騎手君が阻止してくれた。彼には解っていたのだろう。

ここで前に行ってはいけないと。

 

 

【申し訳ねえ……】

 

 

「やっぱり落ち込んでるなあ……ただ、前よりは元気そうだ」

 

 

最後の鞭を入れられたタイミングもよかった。

そして、俺は自分でもわからないほど加速する走りをすることが出来た。

練習でもこんな走りをしたことはなかった。

 

もしかしたら騎手君はずっと俺にこの走りをして欲しかったのかもしれない。

俺が先頭に立とうとすると、いつも減速させようとしていた。

アレは、体力を温存して、最後に決めてやろうぜ!という俺に対しての提案だったのかもしれない。

この間のレースでも、途中で俺の名前を呼んだのはよく覚えている。首を叩かれているのもわかった。

あれで俺は落ち着くことが出来た。

 

 

【申し訳ねえ、申し訳ねえ……】

 

 

感謝、圧倒的感謝。

俺は気持ちいい走りができた。

俺の勘違いでなければ、あの馬も全力で走っていた。

それを少なくとも捉えることが出来た。

高すぎる壁だと思っていたが、超えられないわけではないことを理解することが出来た。

これはあの走りのおかげだ。

鞭が俺に入った瞬間、不思議と俺はあの走りができた。

あの感覚は忘れない。

 

俺に気付かせてくれたのも彼だ。

これからは彼の指示に従おう。

 

次は負けない。

 

 

……まあミスをするときもあるだろうか、その時は助けてやろう。

 

 

相変わらず上から目線な時もあるが、少し変化することができたテンペストであった。

 

 

【というか体が痛い……】

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

皐月賞から幾日が経過した後、騎手の高森は美浦トレセンに来ていた。

目的は来週騎乗予定の馬に乗ることだったが、テンペストに会いに来るのも目的の一つであった。

 

 

「テンペストの様子はどうですか?」

 

 

「走り終わった後は疲れていたようで、食が落ちていましたが、今は回復していますね」

 

 

厩務員に連れられて、鹿毛の大柄な馬が出てきた。

この間の皐月賞では513kgだった。1着のディープインパクトが444㎏であったので、70㎏近くの体重差があったことになる。

馬なんてみんな同じだろと思う人も多いが、それぞれに個性があったりする。

テンペストクェークは流星もないし靴下もない鹿毛の馬なので、一般人がサラブレッドと想像すると出てくるような馬であった。

目がクリッとした目ではなく、どちらかといえば目つきが鋭い方なので、気性が悪い馬?と勘違いされることもあるらしい。

 

 

今日は、美浦にある森林馬道でリフレッシュを兼ねた運動を行う予定だったので、自分が乗りたいと表明しての騎乗であった。

ゆっくりと整備された道を歩いており、時折馬の嘶きが聞こえている。

テンペストもリラックスしており、のんびりと歩いていた。

 

 

「相変わらず、一人だなあお前は」

 

 

ゼンノロブロイとの一件もあり、彼に近づこうとする馬はおらず、悠々と歩いていた。

彼はちょっかいをかけられるのが嫌なので、この状況を満喫していた。

 

 

「テンペスト~前はありがとうな~」

 

 

首元をさすってやると、軽く嘶いて反応する。

 

 

「はは、かわいいやつめ」

 

 

あれ以来少し心を開いてくれたような気がしていた。

賢くて大人しい。だけど頑固で強情。

それでも、少し人馬一体に近づけた気がしたのだった。

こういうことがあるから騎手はやめられないと考えていた。

 

 

 

 

午前中の調教が終わり、午後の休憩の時間になっていた。もちろん関係者は午後も忙しいのであるが、調教時に比べると緊張感は薄れていた。

藤山厩舎では、騎手の高森と厩務員の秋山、調教師の藤山が話し合っていた。

高森が馬房で彼に別れを告げるとき、いつもよりスキンシップが激しかったようで、服は破けるし、顔や腕では彼の唾液でべたべたになっていた。

「遊びたいだけなのか、俺に感謝しているのか、よくわからん」といっていた。普通、騎手は嫌われるものなんだけどなあとと語っていた。あともう大人しい馬とは思わんとも言っていた。

 

 

「皐月賞だが、よくやってくれました。1着ではないのは残念ですが、相手が相手ですので。オーナーも喜んでいました」

 

 

「ありがとうございます。ただ、テンペストと最初に喧嘩してしまったのが体力を消耗させてしまったみたいです」

 

 

「見てましたが、完全に掛かっている馬を必死で落ち着かせる騎手って感じでしたね。1番人気、3番人気の出遅れ。そしてテンペストは掛かって騎手と喧嘩する。最初の直線のあたりは悲鳴が聞こえましたよ」

 

 

秋山もレースを見つつ、大丈夫かと思っていた。パドックでは少し元気がなかったので、どこにあんな元気があったのかと驚きもしたようである。

見事な出遅れをしてしまったが、ディープインパクトも躓いてしまったようで、スタート後はテンペストよりも後ろにいた。

ただ、物凄い遅れでもなければ、立ち上がったり暴れたりしたわけではないので、再審査になることはなかった。

 

 

「すいません。あれは私のミスでした」

 

 

「次からは注意してくださいね。ただ、あのあと、しっかりと彼と折り合うことが出来たのはよかったです。そして、最後の末脚も完璧でした」

 

 

「すごかったです。あんな走りは調教でも見たことがありませんでした」

 

 

藤山や秋山が驚くのも無理はなかった。

本番のレースで初めて見せた走りであったからだ。

体の重心が低くなり、前に前に加速していく彼の彼だけの走りであった。

 

 

「乗ってて怖いと思ったのは初めてです。ただそれでもディープには届かなかった」

 

 

「何度もビデオで確認しましたが、最後の最後に騎手が、テンペストが来るのを察知して、ディープインパクトを再加速させたようです。あれだけの馬に乗っているのに一切油断もなかったみたいですね」

 

 

こういう状況判断能力の高さも、天才が天才たる所以なんだろうと一同は思っていた。

 

 

「次も高森くんに頼むからよろしくお願いしますね。西崎オーナーからも君でお願いするとも言われました」

 

 

出遅れに、レース中に喧嘩、僅差の2着と、主戦騎手を外される可能性もあった。しかし、しっかりと折り合いをつけて走ることが出来た点を評価してもらえたことが、騎乗の継続につながった。

藤山は直接言わないし、高森も勘付いているが、弥生賞後から、彼に騎乗したいというアピールを受けていた。中にはリーディングジョッキーを獲ったことがあるような騎手もいた。

マナー違反ともいえるが、そんな甘い世界でもないのが騎手の世界でもある。

 

 

「ありがとうございます。次はやっぱりダービーですか?」

 

 

高森が藤山に聞いた瞬間、いつもの砕けた口調に戻り、渋い顔をして話し始めた。

 

 

「それなんだがなあ……やっぱり2400メートルはテンペストには長いようでね。ただ、出走する権利があるのにダービーに行かないというのもどうかと思うところもあるのよね」

 

 

東京優駿日本ダービー

全てのホースマンが目指すべきレースである。

当初の予定では日本ダービーを目指していたが、彼の適正距離が2400メートルに届かないことがわかったのである。父方の血統的には、マイルから2000メートルが適正ではあるが、彼は少しだけ長い距離も走れる体格、体力があった。それが逆に彼らを悩ませていた。

しかし、勝ち目がないからといって出走を諦めるというのもホースマンとしてどうかと思ってしまうのも事実であった。

 

 

「ダービーか……これも何年ぶりだろうか」

 

 

「そういえばそうだねえ。あの時は私も若かった……」

 

 

いや、少なくとも若くはなかっただろと2人は思っていた。

 

 

「まあ、オーナーとも相談して決めることだな。彼もダービーには興味もあるようなので。一応いろいろな選択肢があることや彼の距離のこととか、前例とかも話す予定だ」

 

 

「わかりました。自分もダービーで騎乗することを前提に準備を進めます」

 

 

こうして高森騎手がテンペストクェークに継続して騎乗することが決まった。

 

 

 

 

 

皐月賞から1週間後、4月下旬、東京のとある場所に西崎は来ていた。

出走間際以外で、調教師の藤山に呼ばれることがなかったため、何事かと思ったが、馬主初心者に藤山の知り合いの馬主たちを紹介したいとのことだった。

 

 

「うちに預けてくれる方々は零細の方が多い。だからこそ収支をプラスにしようとしている人たちです。今後馬主を続けていくのであれば、交流は持っておいた方がいいでしょう」

 

 

その言葉もあり、西崎は紹介された場所を訪れていた。

藤山調教師に紹介された馬主の方々は会社役員や経営者が多かったが、物凄いお金持ちといった人はいなかった。地方競馬の馬主をしているサラリーマンの人もいたぐらいである。

みな、ロマンと実利を両立して馬主をしているらしく、いきなり皐月賞2着馬となったテンペストクェークに興味津々であった。

多少嫉妬もあるようだが、純粋な興味の方が多かったらしく、購入時のエピソードなどを聞かれたのであった。

 

 

「私はあまり競馬のことはわかりません。ただ、父は日本ダービーと天皇賞を獲りたいといっていました」

 

 

「西崎オーナーの御父上は、よく私のところに馬を預けてくださったんですよ。馬主としては大成された方ではありませんでしたが、馬を愛していた方でしたね」

 

 

父のことを知っている人もいるらしく、彼は、生前の馬主としての父の話を聞いていた。みな、「人間としては超一流だけど、馬主、選馬眼は二流だった」と声をそろえて言っていたようである。

 

そして、西崎がこの場所にきたのは、馬主として知り合いを増やすためだけではない。今後のテンペストクェークの出走について、普通の馬主ならどんな風に考えているのかを聞きたいという気持ちもあったから参加したのである。

 

 

「テンペストクェークの次のレースは、日本ダービーを予定しています。ただ、先生の話ですと、距離がちょっと長すぎるようなんですね。それにディープインパクトもいますし……」

 

 

「西崎さん、自分の馬がダービーに出られるだけでもどれだけ幸運なのかをわかっておいた方がいいですよ。私なんか20年以上馬主をやってますが、一回も出走したことはありませんからね」

 

 

彼らから、ダービーは他のG1レースとは価値が違うと教えられた。

2002年に生まれた数千頭のサラブレッド達の頂点を決める闘いに参加できるのはわずか18頭。たとえビリでもダービーに出走できたというだけでも一生の思い出になる。それぐらいのレースである。

 

 

「一国の宰相になるより難しいといわれるほどのレースなんです。確かにディープインパクトは強いです。ただ入着するだけでも栄誉なんですよ」

 

 

「私は、馬の都合を優先した方がいいと思うかな。明らかにマイルまでしか走れない馬とかは出走しない方がいいかな」

 

 

あとはもう意見の出し合いだった。

西崎がわかったことは、ダービーがただのG1レースではないということである。

 

 

「藤山先生、テンペストはダービーを走れますか?」

 

 

以前、テンペストクェークの出走プランを聞いたとき、皐月賞から日本ダービーを走らせたいと要望していたのを思い出していた。

西崎は、その時の藤山調教師の顔を思い出していた。

 

 

「走れます。皐月賞の疲労も抜けていて、調教もスムーズに進んでいます。今のところ、脚部に不安はありませんし、体調も良好です。なので大きなトラブルがない限り、出走自体は問題ないです。ただ……」

 

 

「ただ?」

 

 

「距離が長いです。2000メートルくらいなら十分走れます。おそらく2200メートルも許容範囲内でしょう。ただ2400メートルとなると、最後は持たない可能性があります。」

 

 

「長すぎる、ということですね。新聞でそんなことが書かれていました」

 

 

「いえ、長すぎるわけではない、というのがちょっと厄介なんです。彼は素の能力が桁違いに高いです。それこそ、ディープインパクトと比べても引けを取らないレベルです。なので、200、300メートルくらいなら距離の壁を突破できてしまうかもしれないのです。そして、それは彼の競争生活を縮める可能性があります」

 

 

「そうなると、テンペストは無事に帰ってこられるのか心配になります」

 

 

「絶対は保証できません。ただ、G1レースは馬の消耗度が違います。強い馬が集まってくるので、限界を超えたレースをすることが多くあります。もちろん、限界を超えないように制御するのが騎手の役目でもありますが……」

 

 

「そうですか……」

 

 

「消耗という観点では、他のプランとして考えていた安田記念出走でも同じように消耗が激しくなります。こちらは古馬との激戦が予想されますので」

 

 

プランとしては安田記念出走や宝塚記念出走も考えていた(宝塚記念は投票順もあるし、賞金的に出走できるかわからない部分も多いというのも考慮している)。

3歳限定のマイル戦であるNHKマイルカップも考えたが、皐月賞から中3週間でのG1レース連戦は、さすがに3歳馬には厳しいということもあり、皐月賞に出走する時点で出走計画からは除外していた。

 

 

「あとは、このまま秋まで全休というのも考えられます」

 

 

札幌記念か毎日王冠からの天皇賞秋、マイルチャンピオンシップ。どこかでG1を勝てば香港もいけるのではと考えていた。

 

 

「そうですね。最初はダービーには出ないといけないのかな?とは思っていましたが、いろいろな視点があることがわかりました」

 

 

「わかりました。ただ、ダービーを目指すならそれに対応する調教をしていくので、早めにお願いします」

 

 

「わかりました」

 

 

こればかりは、藤山先生だけに決断させるわけにはいかないなと思った西崎であった。

 

 

テンペストクェークの次走は……

 

 

 

 




テンペストクェークの脚質や馬体のモデルにした馬がみなダービーに出ているんですよね。
勝ったG1レースが全部マイル~2000メートル前後の馬がです。
やはりチャンスがあるなら出したいっていうのがホースマンの本音なのでしょうかねえ……

ただ、自分が読んだ調教師の本では、G1レースは馬の消耗度が違うため、現時点では無理だと判断したら出走を見合わせたほうがいいとも書かれていたので、何とも言えないです。



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日本ダービー

誤字脱字の報告、ありがとうございます。
あとランキングに入ったみたいです。誠にありがとうございます。


東京優駿【日本ダービー】

日本でこの競争が行われたのは、昭和7年のことである。当時は「東京優駿大競争」と呼ばれ、戦前から行われていたのである。現在は、皐月賞、菊花賞と共に、3歳牡馬クラシックを構成しているレースである。

 

もとは、英国エプソム競馬場で行われる「ダービー」を参考にしている。距離は2400メートルで、東京競馬場で開催される。今日では、3歳馬の頂点を決める競争であり、すべてのホースマンが目指すべきレースであるといわれる。

 

「日本ダービーは最も運のある馬が勝つ」と呼ばれる。昔のレースの映像を見ればわかるが、かつては20頭以上が同時に発走するレースであった。そのため、枠順の良さが勝利に直結していたのである。本当に強い馬には関係ないのかもしれないが、内枠の勝率が高いのは事実である。

 

皐月賞で2着となったテンペストクェークは、第72回東京優駿に出走することを表明していた。皐月賞でディープインパクトを猛追した脅威の末脚を期待するファンも多かった一方で、父方の血統的に距離が長いのではと囁かれていた。

そして、枠順が決まる日、オーナーの西崎は、電話の前でうろうろとしていた。藤山調教師が枠順を教えてくれることになっていたため、会社の自分の部屋で大人しくしていたのである。

 

 

「はい、西崎です。はい、はい。わかりました……」

 

 

電話を切り、机の上に座って手を組んで沈黙する。

 

 

「8枠18番か……」

 

 

テンペストクェーク、距離不安に加えて大外枠になったのであった。

 

 

「これは天がダービーは走らせるなっていう啓示なのかねえ……」

 

 

藤山調教師やテンペストクェークと日本ダービーについてよく聞いていた。

馬の消耗や勝ち目を考えると見送ってもよかったかもしれない。

ただ、日本ダービーというレースを、今後の自分が選んだ馬たちが走ってくれるのかわからない現状、そのチャンスを逃すという選択は自分にはできなかった。

ただ、無理に一着は狙わなくていいとお願いはした。

 

 

「騎手にも伝えておきます。ただ、相手は馬です。テンペストは結構負けず嫌いなので、無理をしてしまうかもしれません」

 

 

「ただ、皐月賞以降、高森騎手に信頼を寄せるようになったので、指示は聞いてくれる可能性が高いです」

 

 

あ~やっぱ出走しなければよかったかも……

悶々とした思考は行動にも現れ、秘書や部下たちに不審な目で見られた一日となった。

 

 

 

 

 

「8枠18番か~」

 

 

「やはりダービー走るなって啓示なのかもしれないです」

 

 

「不吉なことを言わんでくれ」

 

 

「すいません……」

 

 

枠順が決まり、最後の調整を高森と藤山は行っていた。

 

改まった口調になると基本的に「騎手」と「調教師」という仕事の関係になる。

 

 

「距離についてですが、おそらく2200~2300あたりで失速すると思います。馬次第ですが、無理は厳禁です」

 

 

「わかりました。脚が鈍った瞬間、減速するように指示します」

 

 

こうしてダービーの作戦が決まった。

もしテンペストクェークが2400メートルまであの末脚で走り切れるなら問題はない。皐月賞のようにディープインパクトを猛追あるいは先に仕掛けて逃げ切ればいい。

途中で足が鈍ったら無理はさせない。

勝つ気では走らせる。

でも馬の寿命は削らせない。

 

 

「なかなか難しいなあ……」

 

 

久しぶりのダービーの騎乗は、何とも言えない難しさのある騎乗であった。

 

 

 

 

 

 

2005年5月29日第72回東京優駿

 

 

『……ファンファーレが鳴って第72回日本ダービーが始まります……』

『注目のディープインパクトですが、ゲート付近では落ち着きを取り戻しております』

 

『しっかりとゲートインしました』

 

『第72回日本ダービー、スタートしました……』

 

『ディープインパクトは後方から。それにテンペストクェークも続く……』

 

『……第三コーナーを回ってディープインパクトが上がってきた。テンペストクェークも続きます……』

 

『第四コーナーを回って直線に入ります。ディープインパクトが上がってきた。大外からディープインパクトです……』

 

『……先頭はインティライミ、これはもうディープインパクトが躱していく。ああっとテンペストクェーク猛追、インティライミも粘る……』

 

『……ディープインパクト先頭、後続を引き離す。これは圧勝か……』

 

『……ディープインパクト先頭でゴールイン。圧勝です。強い強すぎる……』

 

 

 

『やはりディープインパクトが強かったですね。ふたを開けてみれば圧勝でした……』

 

『……6着のテンペストクェークでしたが、やはり距離が長かったのだと思います。ラスト200くらいで失速し始めてしまいましたからね。ただ、それまでの猛追は目を見張るものがありました。これは今後が期待できそうですよ……』

 

 

 

 

 

 

 

「負けました。長かったです」

「負けてしまいましたね」

「やっぱり長かったね」

 

 

騎手、馬主、調教師がそれぞれダービーの感想を話す。

新聞やテレビは二冠馬の誕生に沸いていた。

単勝倍率1.1倍。単勝支持率73.4%。

14万人の前で、怪物は最高の走りを見せた。

 

 

『5馬身差の衝撃』

『三冠目前』

『レコードタイ記録』

 

 

テンペストクェークは、中団で待機して、最後の直線で末脚を炸裂させた。残り300メートルまではディープインパクトに肉薄していたのだが、ラスト200メートルを過ぎたあたりから失速し、後方を走っていたインティライミらに差し切られ、6着となった。

 

 

「脚が鈍った時点でテンペストも自分の力が尽きたのをわかったのか、無理はしませんでした」

 

 

油断騎乗と思われないように、明らかに力を抜かせるような行為はしなかった。まあ無理するとわかっていたら戒告覚悟で止める予定だったようだ。

 

 

「そのおかげか消耗は激しくなかったです。入着が争えたのは、テンペストの能力が高いからが故でしょう。これから秋までゆっくり休ませます。そして秋、来年度の競馬に耐えられる体づくりをしてもらいます」

 

 

「そうなると、一度島本牧場に帰りますね」

 

 

「あそこは、放牧地の手入れもしっかりしていますし、スタッフの意識も高い。安心でしょう」

 

 

「次への準備、というわけですね」

 

 

「ええ、秋からが彼の本番です。札幌記念、毎日王冠、富士ステークスそして、天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップ。古馬との戦いが本格化しますが、彼なら勝てます。絶対に勝たせます」

 

 

「ええ、秋からもテンペストクェークをよろしくお願いします。藤山先生、高森騎手」

 

 

 

 

テンペストクェーク

2004年

12月12日 2歳新馬戦[中山5R 2000m] 1着 700万円

2005年

1月30日 セントポーリア賞(3歳500万以下)[東京9R 1800m] 1着 1038.5万円

3月6日 弥生賞(GⅡ)[中山11R 2000m] 2着 2216.6万円

4月17日 皐月賞(GⅠ)[中山11R 2000m] 2着 4900万円

5月29日 東京優駿(GⅠ)[東京11R 2400m] 6着 

 

 

 

 

 




この馬のモデルはダイワメジャー、ジャスタウェイだったりします。
他にも何頭かいますが……


こんなに軽くダービーを済ますなら出走しなければいいんじゃね?と思いますが、自分がテンペストクェークのような馬の馬主ならやっぱり日本ダービーを走らせたいと思ってしまいました。
ただ、勝てるほど甘くないです。


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閑話

・馬主西崎の優雅?な生活

 

テンペストクェークの馬主、西崎浩平は、東京都内で会社を経営している経営者である。父が亡くなった後、いろいろあって、まだ30代中盤だった西崎が社長に就任した。

因みに業務の内容は測量会社である。いくつかの営業所を抱える測量会社であるが、如何せん地味なので、目立つことはなかった。

彼がテンペストクェーク(セオドライトの2002)を購入したのは、藤山などに話した理由のほかに、母馬の名前が「セオドライト」という測量に関わる機器の名前だったからというどうでもいい理由もあった。

因みに、テンペストクェークが美浦でケンカしたゼンノロブロイのオーナーは株式会社ゼンリンの社長である。ゼンリンの地図は業務でも使うため、肝が冷えたようである。

 

 

「社長、セントポーリア賞おめでとうございます!」

 

 

馬主になって、馬を走らせてから、自分より年上の幹部社員がプライベートでも話しかけてくるようになった。

父がかなり馬好きで、それに影響を受けた社員も多く、一口馬主をやっているのもいると聞いていた。

そしてよく言われることもあった。

 

 

「それにしても父がヤマニンゼファーで、母父がサクラチヨノオーというのは、なんというか渋いですね」

 

 

西崎は競馬、特に血統などの知識はほとんどなかった。彼が自分なりに調べたところ、主流の血統ではないようだ。

よく馬主になったなともいわれたりもしていた。

父の縁でつながった島本牧場、そしてそこからつながった藤山厩舎。血統的にも見栄え的にも微妙であったテンペストクェークをしっかりと育ててくれたことに恩を感じてもいた。餅は餅屋に、という考えのもと、調教やレースについては彼らに任せていた。要求があるとすれば、彼が健康に走る姿を見たいということだけであった。

ただし、馬主として全くの不勉強では格好がつかないので、レースのことや血統、競馬の規則などを猛勉強中でもあった。

 

「いや、親父の願いもかなえてやりたいな。天皇賞の盾も……」

 

 

そんなささやかな馬主生活に変化が訪れていた。

具体的には弥生賞を2着で終えたあたりからである。

世はディープインパクト一色であったが、ニホンピロウイナーから続く父内国産馬、それにコアな人気があったヤマニンゼファーの血統をもつ馬がクラシックに挑戦するということもあり、テンペストクェークにもひそかに人気が高まっていたのである。

そしてとどめは、皐月賞の激走であった。

 

あのディープインパクトに半馬身差まで迫ったうえ、信じられない末脚を炸裂させての2着であったからだ。

中山競馬場の馬主席で、最後は大声で彼を応援していた。いい大人がみっともないと思ったが、周りの馬主たちも興奮を隠せない様子で観戦していたため、問題ではなかった。

 

問題は、彼の走りを見て、彼に興味を持った人々がいたということだ。

 

 

「おいおい、これ上場企業の会長の名刺じゃないか、これも社長、これも社長」

 

彼の父のヤマニンゼファーの馬主や、母父のサクラチヨノオーの馬主から、応援しているとも言われた。

極めつけは、日本最大級のサラブレッドの生産者たちともつながった事であった。

 

 

「親父はこういうのを夢見てたのかねえ……」

 

 

これからどうするのか悩む西崎であった。

テンペストクェークによって、彼の馬主生活は大きく変化していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

・皐月賞後の某掲示板

 

1:名無しの競馬ファン

皐月賞も終わってある程度落ち着いたのでかたりませう

 

2:名無しの競馬ファン

結局ディープだったな。

 

3:名無しの競馬ファン

1.3倍だったし、美味しくなかったな。

 

4:名無しの競馬ファン

>>2 当然の結果といった感じだったな。

 

5:名無しの競馬ファン

>>2 知ってた

 

6:名無しの競馬ファン

なんなんだよあの化け物

 

7:名無しの競馬ファン

未来の三冠馬とか言い過ぎって思ってたけどあの走りを見ると納得してしまうわwww

 

8:名無しの競馬ファン

距離適性はどうなのよ。菊はいけるか?

 

9:名無しの競馬ファン

正直はっきりと断言はできないけど、長距離も余裕でこなせそうではある。

 

10:名無しの競馬ファン

このまま無敗で三冠馬になったら、シンボリルドルフ以来か

 

11:名無しの競馬ファン

>>10 そうだな。ナリタブライアンは強かったけど無敗ではなかったし。

 

12:名無しの競馬ファン

凄い事だとは思うけど、なんか面白みに欠けるな

 

13:名無しの競馬ファン

>>12 もうアンチが湧き始めているんか

 

14:名無しの競馬ファン

>>12 まあわからんでもないが、未来の三冠馬を応援しようぜ

 

15:名無しの競馬ファン

>>13 すごいとは思うが、父サンデーサイレンス。生産者も馬主も騎手も調教師全部完璧すぎてなあって感じ。これからもこんな感じの馬しかいなくなるんかねえ

 

16:名無しの競馬ファン

>>15 確かに超絶エリートって感じだもんなあ。

 

17:名無しの競馬ファン

>>15 サクラ、メジロの馬もG1レースであまり見なくなったし、多様的ではないよな

 

18:名無しの競馬ファン

だけどサンデーサイレンスのおかげで日本の競馬のレベルはかなり上がったし、文句は言えんよな。

 

19:名無しの競馬ファン

そこで弥生賞、皐月賞2着のテンペストクェークですよ。ここはディープインパクトのスレではないので彼のことも語ろう。

 

 

20:名無しの競馬ファン

>>19 最初の直線で騎手と喧嘩しながら走って、最後にディープに半馬身まで迫ったもう一頭の怪物のことか。

 

21:名無しの競馬ファン

>>19 さすがに忘れてないけど、まずは勝ち馬のディープからって感じ

 

22:名無しの競馬ファン

新馬戦から一貫して逃げていたと思うんだけど、この馬の本質って差しや追い込みなのでは?

 

23:名無しの競馬ファン

上がり3Fをディープ並みで走っている奴が逃げ馬なわけがない。

 

24:名無しの競馬ファン

最初ケンカしていたし、逃げたがる性格なのでは?

 

25:名無しの競馬ファン

>>24 馬群が嫌いなのかね。

 

26:名無しの競馬ファン

最後の末脚は震えた。馬連買っといてよかった。美味しくはなかったけど

 

27:名無しの競馬ファン

一瞬行けるかって思ったもんなあ

 

28:名無しの競馬ファン

ナリタブライアンみたいな末脚だったな。最後の走り方もそっくりだったし。

 

29:名無しの競馬ファン

面白いうまだな~って思って調べたら父ヤマニンゼファーかよ

 

30:名無しの競馬ファン

>>29 母父サクラチヨノオーだぞ。平成初期の競馬血統やな

 

31:名無しの競馬ファン

>>29 祖父はニホンピロウイナーだし、2000mはちょっと長いのかなと思ったけど、そうでもないみたいだ。

 

32:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファーって産駒成績はそんなに良くないよなあ。なんでこんな馬が?

 

33:名無しの競馬ファン

>>32 こういう馬が走るのも競馬なんやで

 

34:名無しの競馬ファン

>>29 弥生賞から恒例の横断幕が張ってあった。

 

35:名無しの競馬ファン

>>34 あの熱心なファンが作っている奴かwww

 

36:名無しの競馬ファン

ゼファー:そよ風 テンペスト:暴風

こう考えるといい名前だな。

 

37:名無しの競馬ファン

全てがエリートのディープインパクトと、雑草魂のテンペストクェークか。

 

38:名無しの競馬ファン

でも日本ダービー走れるの?マイル~2000メートルくらいが得意な馬だと思うけど。

 

39:名無しの競馬ファン

母父はダービー馬だし……

 

40:名無しの競馬ファン

もしかしてたらマイル戦線に行くのかもしれん

 

41:名無しの競馬ファン

そうなるとこれで2頭の戦いは終わりってことなのか

 

42:名無しの競馬ファン

>>42 来年の宝塚とか天皇賞秋とかで走るんじゃね

 

43:名無しの競馬ファン

もしかしたら有馬にも来るかもしれない

44:名無しの競馬ファン

ディープインパクトは間違いなく有馬を走ると思うけど、テンペストクェークはわからんな

 

45:名無しの競馬ファン

ダービーも楽しみだけど、テンペストクェークの次走も楽しみ。

 

46:名無しの競馬ファン

ダービーで再びっていうのもあり。

 

47:名無しの競馬ファン

というかここまで語ってきたけど、2頭以外は……

 

48:名無しの競馬ファン

5馬身差ついちゃあねえ……

 

49:名無しの競馬ファン

マイネルレコルトやアドマイヤジャパンもいい馬であると思うけど

 

50:名無しの競馬ファン

いうてテンペストクェークだって重賞勝ちはまだないからね

 

51:名無しの競馬ファン

>>50 弥生賞と皐月賞でディープ以外には勝っているからな。世代2番手に一気に躍り出たって感じ。

 

52:名無しの競馬ファン

テンペストがマイル路線に進むとなると、同世代は短距離かダートに行くしかないのでは。

 

53:名無しの競馬ファン

王道路線に強敵がいるとき、別路線にも大体強敵がいる。

 

54:名無しの競馬ファン

そういえば祖父のニホンピロウイナーもルドルフ時代のマイルの王者だったな。

 

55:名無しの競馬ファン

>>54 他の陣営からしてみればたまったもんじゃないな。

 

56:名無しの競馬ファン

そういえば、テンペストクェークにも専用スレが立ってたな。そっちで語るか……

 

57:名無しの競馬ファン

ディープも早々に専用スレが立ってたし、これから盛り上がりそう

 

58:名無しの競馬ファン

テンペストクェークがタイトルを獲ればもっと対立が盛り上がりそうだな。

 

59:名無しの競馬ファン

>>58同じ路線なら盛り上がるだろうけど、そうじゃないならそこまでじゃないかなあ

 

60:名無しの競馬ファン

JRAもごり押ししているし、なんかありそうな気はする。

 

 

 

 

 

 

 

 

・テンペストクェーク号、初取材?

 

皐月賞のダメージも完全に消え、日本ダービーに向けて調教を積んでいる藤山厩舎にとある要望が届けられていた。

 

 

「はあ……うちのテンペストに取材ですか」

 

 

「正確に言うと、テンペストクェークと我々調教師たちにだね」

 

 

藤山は、厩務員や調教助手を集めた会議でテレビ取材のことを話し始める。

 

 

「日本ダービーに向けた取材とかではなくて?」

 

 

「そうみたいだ。もちろん断ってもいいし、オグリキャップのときのような強引な取材はしないと断言してもらっている」

 

 

オグリキャップとメディアに関わる悪評はホースマンの間ではかなり敏感な話題でもある。

 

 

「テンペストの担当としては、彼は見知らぬ人が来ても興奮したり、神経質になることはないので、大丈夫だとは思います」

 

 

「その辺はあまり心配していないよ。無駄に図太いからな。それに皐月賞前に一度あったケーブルテレビの競馬チャンネルの取材のときも全く問題なかったからな」

 

 

この図太さは彼の最大級の長所でもある(レースではズブくないが)。

 

 

「確かに皐月賞で有名になったとはいえ、未タイトルの馬をレースとは関係なしに取材したいっていうのは珍しいですね」

 

 

ディープインパクトなんかは物凄い取材要請が殺到しているという噂を聞いた。

 

 

「まあ、ルールを守らない奴らならたたき出せばいいだけの話だし、むげに断らんでもいいか」

 

 

それに、もしこいつが伝説の名馬になるようなら、その時の貴重な映像になるかもしれんしな、とも考えていた。

そういうわけで、テンペストのテレビデビューが決まった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今、俺はテレビカメラに映されている。

前に一度映されたこともあったが、ちょっと自分がふてくされていたというか、あまり集中できていない時期だったので、そっけない対応をしてしまった。

俺を応援してくれるファンもいるし、ここのおっちゃんや俺の世話をしてくれる兄ちゃんにも迷惑はかけたくないので、今日はしっかりと対応したいと思っている。

 

 

「今日はありがとうございます。ルール等は全てのクルーに周知させましたので、何卒よろしくお願いいたします」

 

 

「はい、テンペストは見知らぬ人にも問題なく接しますが、ここには他の馬もいます。ですので大声やフラッシュなどは注意してください」

 

 

何を話しているのかわからないが、俺に取材かな?と思ったので、カメラ映りがいいように部屋から首を出してみる。

 

 

「ちょうど、テンペストも出てきましたので、始めましょうか」

 

 

「そうですね。では、手順通りにお願いいたします」

 

 

お!そろそろ始まるって感じだな。アナウンサーの人は結構きれいな人だな。

まあ、馬なので何とも思わないけど。というか俺、雌の馬とやるの?

それは複雑だな……

 

 

「本日は、茨城県にある美浦トレーニングセンター。その中にある、藤山厩舎を訪れています。ここには、皐月賞2着、そして日本ダービー出走を予定しているテンペストクェーク号がおります。今日は、藤山順平調教師や厩務員の方など、テンペストクェーク号を支えるスタッフの皆様にお話を伺おうと思います。藤山調教師、秋山さん、今日は取材を受けていただき、ありがとうございます」

 

 

「いえいえ、こちらこそ。世間はディープインパクト一色ですし、競馬ファンの方々に何か話題が提供できればと思いますよ」

 

 

「まずは日本ダービー出走、おめでとうございます」

 

 

「ありがとうございます。オーナー、そしてスタッフを含めた多くの方々の協力のおかげです」

 

 

「皐月賞は2着ではありますが、後続に5馬身差をつける強い走りでした。弥生賞まで逃げていたのですが、皐月賞での走りは想定内で?」

 

 

「それについてはノーコメントで……ただ、皐月賞では我々の想定を超える走りをしてくれました。テンペストの強さを引き出した高森騎手には感謝しかありません」

 

 

「そうなりますと、今後も高森騎手が主戦ということになるのでしょうか」

 

 

「はい。彼もなかなかの苦労人ですので、テンペストともども応援よろしくお願いいたします」

 

 

どうやら取材が始まっているみたいだな。ちょっとサービスするか……

 

 

「テンペスト~ちょっとこっち向いてくれ~」

 

 

兄ちゃんが俺に話しかけてきているな。

 

 

【俺ちゃんと映ってる?】

 

 

「ちゃんと反応するんですね」

 

 

「こうやって、懐っこいところもあるので、世話をしていて楽しいですよ」

 

 

「身体が大柄なので、怖いイメージがありますが、やさしい子ですよ」

 

 

「そうなんですね。って大丈夫ですか?」

 

 

首を伸ばして、兄ちゃんの顔を舐める。

どう?俺可愛い?

 

 

「ははは。彼は感情を表すときはこうやって色々と反応してくれるんですよ。よく服に噛み付くんですよね。構って欲しい時、不機嫌な時は特に。何回か服を破かれたこともありますよ。ただ、怒っているときでも絶対に服以外の場所には噛みつきませんし、蹴ってくることもないです。その点はかなり助かります。今はあなた方に興味があるみたいですね」

 

 

「そうなんですね~かわいらしいです」

 

 

「見た目はちょっと怖いですし、頑固なところもありますけどね……」

 

 

む?ちょっと悪口言われた気がするぞ、兄ちゃん。

 

 

【コラコラ】

 

 

「って今度はこっちか……こいつ、自分が悪く言われたりするのがわかるらしく、ちょっと文句を言うとこうやって服を引っ張るんですよね」

 

 

「……なんというかとても賢いのですね」

 

 

「そうですね。たまに人間が入っているんじゃないかと思うほど賢いんですよね」

 

 

「どっかにチャックでもあるかもしれんなあ」

 

 

「藤山調教師も面白い冗談をおっしゃりますね」

 

 

「「……」」

 

 

「……冗談ですよね?」

 

 

「まあそれくらい賢いってことです」

 

 

ふむ。あまり取材の邪魔をするのも悪いな。カメラの方をずっと見ているか。

ちょっと変顔を……

 

 

「このようにとても賢いテンペストクェーク号ですが、日本ダービーの自信のほどは」

 

 

「勝ちます!といいたいところですが、ディープインパクトを筆頭に強い馬はいますからね。断言はできません」

 

 

「距離の不安が噂されていますが……」

 

 

「その辺りを話してしまったら面白くないでしょう。企業秘密ということで」

 

 

「なるほど、これは予想するのが大変そうですね」

 

 

「それも含めて楽しんでください」

 

 

ほーいほいほい

どう?ちゃんと撮れます?

 

 

「先ほどからテンペストクェーク号がすごい顔をしていますが……」

 

 

「「……」」

 

 

「なんでノーコメントなんですか……」

 

 

「こういう馬だと思って下さい」

 

 

「と、というわけでテンペストクェーク号の日本ダービーに向けた一言をお願いいたします」

 

 

「こんな馬ですが、本当に強いので応援よろしくお願いします」

 

 

「藤山調教師、秋山さん、ありがとうございました」

 

 

「ほれ、テンペスト挨拶」

 

 

【終わりか?】

 

 

「すごいですね……」

 

 

終わりか。俺のファンが増えるといいなあ……

 

 

 

こうして、テンペストの取材は終わった。この後、島本牧場への取材内容も含めた番組が放送された。どうやら好評だったようで、定期的に取材が組まれることになった。




架空馬には欠かせない掲示板と取材のお話。


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第三章 反撃編
馬、秋に向けて


夏真っ盛りの北海道。

一頭の馬が島本牧場で過ごしていた。

昨年の新馬戦から日本ダービーまでを走り切ったテンペストクェークが秋競馬に備えての休養とリフレッシュを兼ねて、故郷の牧場へ帰ってきたのであった。

 

 

「まさか親父の趣味で種付けして生まれた馬が、クラシック戦線を走るとはなあ。しかも皐月賞は2着になったし」

 

 

ディープインパクトとかいうマジモノの怪物がいなければ、皐月賞のタイトルはテンペストクェークのモノだった。ただ、競馬とはそういうものだったりするので、仕方がないと割りきってはいた。

 

 

「ボーが頑張ったおかげで、妹も買ってもらえたし、本当にわからないものだな」

 

 

セオドライトの2004は、父親の知り合いの馬主にそこそこいいお値段で売られた。これも彼の活躍のおかげであった。半分ご祝儀みたいなところもあったようだが。

 

 

「ただなあ……」

 

 

哲也が見つめる先には、明らかに牧場スタッフとは異なる人であった。

もともと島本牧場は乗馬のコースなどがあり、乗馬目当ての観光客などが来ることはよくあった。ただ、今回のように1頭の馬を見るために、わざわざ北海道の辺境に来る人はあまりいなかった。

勿論うれしいことはうれしいのだが、マナーの悪い客もいるため、それを警戒する苦労が増えたともいえる。

 

 

哲也の母の、『当歳馬時代からの育成記録を写真集にでもして売れば』という提案から、作った写真集はまあまあの売れ行きであった。

これはのちにプレミアがつくのだが、この時は誰も知らなかった。

 

 

「しかし重賞を一個も勝ってない馬にしては人気だな~」

 

 

理由としては、いま競馬界を沸かせているディープインパクトのおこぼれのようなものでもあった。皐月賞の特集が組まれるたびに、テンペストクェークの強さも強調されたため、それに便乗して知名度が高まっていた。

そして、ダービー前に放送されたテンペストクェークの特集放送の内容も良かったため、意外とファンを獲得していた。

あとは、超絶エリートともいえるディープインパクトに対して、雑草魂のテンペストクェークと、判官贔屓で応援している人も結構多いためであった。

 

ちなみに彼がここに戻ってきてからの世話を担当しているのも哲也である。

育成牧場にいたときより大きくなったテンペストは、当然何倍も動くのである。

 

 

「つ、疲れた……」

 

 

「情けないな~」といった嘶きをして、テンペストは哲也の服を引っ張って先へ進もうとする。

 

 

「って引っ張るな……っていうか力強い」

 

 

こうして毎日へとへとになるまで振り回されているのであった。

よく食い、よく寝て、よく動く。

なんともたくましい馬であった。

 

 

そして、哲也も含め、スタッフたちを驚かせたのが、彼が馬を無視しなくなっていた点である。

現役競走馬であるため、繁殖牝馬や仔馬たちとは引き離しているが、それでもお互いの嘶きが聞こえることがある。

どうも1歳馬たちが、彼に興味を持ったらしく、積極的に話しかけに行ったりするようである。

哲也が聞いた話では、美浦トレセンの裏ボスとして恐れられている馬らしいのだが、特に他の馬たちを威圧することなく、仔馬たちの嘶きに反応しているようである。

 

 

「よくわからんもんだなあ……」

 

 

「何か心境の変化でもあったのでしょうかね」

 

 

後ろから現れたのは牧場スタッフの一人である大野であった。

 

 

「わかるものなんですか?」

 

 

「さあ?ただ、向こうでの生活でいろいろあったってことじゃないですか。どうも、とんでもなく賢いようなので」

 

 

「はあ……」

 

 

「それより、私は言ったでしょ。準備しておきなさいって。取材で全く話せていなかったじゃないですか」

 

 

彼は、この馬が単独取材を受けるほどの馬になることがわかっていたのか、哲也に取材があったときに、エピソードを話せるよう準備をしておけと言っていたのである。

 

 

「大野さんがいい感じに話せていたわけがわかりましたよ……」

 

 

「これから、もっとすごいことになるんじゃないですかね。次は英語の勉強でもしておいた方がいいんじゃないかな?」

 

 

言いたいだけ言ってどこかへ行く大野の後姿を見て、ため息をついていた。

 

 

「……さすがに冗談ですよね」

 

 

こうして、島本牧場での生活は過ぎていった。

基本的にどこに行ってもペースを崩さないテンペストだったが、やはり生まれ故郷は落ち着くのかのんびりと過ごしていった。

 

 

 

 

残暑が厳しい9月上旬

この時期も藤山厩舎は忙しい。

今年は管理している馬が2頭もオープン入りを果たし、1頭は重賞で入着していた。3歳馬も、全頭1勝を上げることが出来ており、ノリノリな状態であった。

そんな中、厩舎のエースが帰ってきたのであった。

 

 

「まあまあ丸くなってますが、許容範囲内でしたね」

 

 

「これくらいならこれからの調教で絞れますね」

 

 

藤山や調教助手たちが彼の体つきを見て評価する。

帰ってきたテンペストクェークはすっかり太っていたが、太りすぎといわれるほどではなかったので、一同安心していた。

 

 

「体つきもよくなったし、秋も十分戦えますね」

 

 

「そうだな。ここからが本番だ」

 

 

「馬の状態も確認しました。出走計画に変更はなさそうですね」

 

 

「ああ、ここから10月の毎日王冠を初戦として、10月末の秋の天皇賞、そして11月のマイルチャンピオンシップに挑む」

 

 

これ以外にも、札幌記念から天皇賞秋、富士ステークスからマイルチャンピオンシップ、毎日王冠からマイルチャンピオンシップなど何パターンも用意していた。

ただ、来年の春に是非とも出走させたいレースがあるため、この秋にマイル~中距離の実績を作っておきたかった。毎日王冠後の消耗を見て、天皇賞の方を飛ばすことも考えているが、臨機応変に対応する予定であった。

 

 

「香港も検討しましたけど、ちょっと日程がきついですね」

 

 

「マイルチャンピオンシップの後は来年の2月までは休みにする」

 

 

ただ、これらの計画はあくまでテンペストクェークが勝ち続けた場合の話である。情けない走りをしようものなら、またどこかのオープン戦や重賞競走で鍛えなおす予定であった。

 

 

 

藤山厩舎、テンペストクェークの3歳秋が始まった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

夏の間は自分が生まれた牧場に戻ることが出来たので、サマーバケーションを満喫した。

さすがにキレが鈍るのは嫌なので、運動はしていたが、少し丸くなってしまった。

 

 

【ただいま】

 

 

「元気にしてたみたいだな~」

 

 

「ちょっと丸くなりましたが、健康ですよ。外厩挟まなくても問題ないって向こうのスタッフが言ってたけど確かにそうでした」

 

 

騎手君と兄ちゃんが俺の前で話をしていた。

また、闘いの日々が幕を開ける。休みボケしないように気を付けないとな。

 

 

「ダービーはちょっと残念だったが、想定内だったな。それに、彼の限界の距離を知ることもできたし」

 

 

それにしても、最後に走ったレースは何だったんだろうか?正直俺には長かった。なんというか、超えてはいけない一線のような気がする長さだったな。

騎手君やおっちゃんたちには悪いと思ったけど、最後に休ませてもらったよ。

ただ、みんな怒っていなかったので、何が目的だったのかわからなかったなあ……

 

 

「先生が仰ってましたね。2200メートルちょっとが今のテンペストクェークの距離限界だって。それ以上は馬が本能で走るのをやめてしまうのかもしれません。ただこれからもっと成長しますし、まだまだ能力の底が見えませんよ。これからが楽しみです」

 

 

「限界の限界を超えないようにできるのがテンペストの凄いところなんだよ。限界を超えてしまって故障してしまう馬も多いからね」

 

 

騎手君が俺の顔を撫でてくる。う~んいい気分。

 

 

「……ここで働いていればそういう話はよく聞きますね」

 

 

「まあこれからのレースは彼の得意な距離だからね。ただ、番組間隔が狭いから、体調や故障には要注意だね。俺も走らせ方には気を付けないとな」

 

 

「厩務員として責任重大だなあ……」

 

 

ふーむ。そろそろ俺を外に出してくれ。

 

 

「っと、テンペストが外に出たがってますね。そろそろ時間か」

 

 

「私も用事があるので、それでは」

 

 

騎手君はどこかにいってしまい、俺は部屋の外に出された。

兄ちゃんに従って外に出ると、たくさんの馬がいた。

 

 

【うーん、今日もいい天気!】

 

 

……威圧しているつもりはないが、俺が歩くと、他の馬が誰も近くに寄ろうとしないのである。

しばらく歩くと、見知った、というか一方的に絡まれた?黒い馬がいた。

 

 

「ヤバい、なんでこの場所にゼンノロブロイがいるんだよ」

 

 

他の人間が焦り始めている。

いや、さすがにこんなところでケンカはしないよ

そう思ってたら向こうから黒い馬がやってきた。

 

 

【久しいな】

 

 

【なに】

 

 

気が付くと周りから馬がいなくなってた。

 

 

「喧嘩……しているわけではないのか?」

 

 

「そうみたいですね」

 

 

【お前強くなった。走ろうぜ】

 

 

【え~まあいいけど】

 

 

この黒い馬、たぶんあの小柄な馬なみに強いと思う。ただ、どうも去年の秋ごろに比べると雰囲気が変わった気が……

 

 

「って横に並んで歩くのか……」

 

 

「秋山さん、これ大丈夫ですか?」

 

 

しばらく隣同士で歩いていると、さすがに人間の方が俺たちを引き離しにかかったので、素直に指示に従う。というかこいつも人間には従順だよな。

 

 

それからというものの、よく黒い馬と一緒に走るようになった。

それで思ったけどやっぱこいつ強い。

俺と同じくらいかちょっと小さいくらいか?

いい走り方をしている。参考にしよう

 

今日も黒い馬を後ろから追いかける練習をしていた。上にはいつもの騎手君が乗っている。結構本格的な訓練だ。

本番のように本気では走らないが、練習で出せる精いっぱいの力で走ったら、黒い馬を追い抜くことができた。

まあ、あの黒い馬も全力では走っていなかったみたいだけど。

 

 

【お前、次のボス】

 

 

【へ?】

 

 

ええ……

 

 

【アイツに似てきた】

 

 

【アイツ?】

 

 

【黒いやつ。強い】

 

 

なんかこの黒い馬にとって因縁の馬がいるらしい。

まあ、ボスになるかは別として、この馬から認められた気がしてそれなりに嬉しかったりする。

そう思っていると

 

 

【……俺の方が強い】

 

 

どっちなんだよ……

 

 

 

 




馬もそうですが、「ボス」というのは強くて威張っているだけでは務まりません。ただただ狂暴なだけではボスにはなれません。外敵から群れを守り、仲間の間の諍い事を仲介して解決するのもボスの役目です。
まあゼンノロブロイ号がボスだったかどうかは定かではありませんが、あの馬体と雰囲気で馬の社会で階級が低いということはなさそうです。

あとウイニングポスト風だと1400〜2200が現在の彼の適正距離です。


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馬、久しぶりの

10月9日東京競馬場は曇りであった。

競馬場内にはメインレース目当ての客でにぎわっており、盛り上がっていた。

 

西崎も、テンペストクェークの応援のために競馬場にやってきていた。

弥生賞や皐月賞、日本ダービー後に、知り合いとなった馬主とレースや馬のことを話していた。

 

 

「今日のレースですが、西崎さんの馬が唯一の3歳馬ですね」

 

 

「そうなんですよね。有力な馬は菊花賞のトライアルレースの方に行くと聞いてます」

 

 

「調子は凄くいいと聞いていますし、もしかしたらチャンスがあるかもしれませんね」

 

 

因みに彼の馬は毎日王冠を走るわけではなかった。

 

 

「期待はしていますよ。藤山先生や高森騎手を信じていますから」

 

 

口ではこう言っているが、内心は結構不安であった。

出走表には、昨年の皐月賞馬ダイワメジャー、宝塚記念を勝った牝馬スイープトウショウ、NHKマイルカップと昨年の毎日王冠勝ち馬のテレグノシス。このほかにも重賞を勝ってきている有力馬が多数出走していた。

賞金的にここで優先出走権を得ておかないと天皇賞は厳しいといわれていたこともあり、かなり不安でもあった。

 

 

「頼みましたよ……」

 

 

 

 

 

パドックでは、特に問題なく自分の乗る馬、テンペストクェークが歩いていた。

 

 

「相変わらず、落ち着いているな」

 

 

「ただ、ちょっとうずうずしているというか、まあ走りたがってます」

 

 

「こりゃあ逆に全力を出しすぎないように注意しないとな」

 

 

俺は彼の上に乗る。よろしく頼むよと首元を軽く叩く。

「任せろ!」と嘶き返してくれる。

やっぱり最高だよ、お前は。

 

 

「さて、お前の力を見せつけるときが来たぞ」

 

 

レース場に入る。

今日は稍重の状態だが、返し馬では時に苦にしている様子はなかった。

こいつはスピードも瞬発力もあるが、パワーもある。それこそダートだってこいつは走れるだろう。血統的にどこから受け継いだのかは知らんが。

 

 

「さて、ダイワメジャーが先行策で来るだろうな。ハイペースも考えられる」

 

 

まあ、こいつの末脚でぶち抜けばいい。ここの直線は長いのだからな。

 

 

 

ゲートに問題なく入る。

多少なりとも嫌がったり、何かしらの反応をしたりするのが普通なのだが、テンペストは特に変わりがない。

 

 

「さあ、行くぞ!」

 

 

ゲートが開いた。

それと同時に飛び出す。

 

 

『……ゲート開いてスタートしました。好スタートはテンペストクェーク。今日は逃げるのか、いえ、少し後ろに下がっていきました。変わって先頭はダイワメジャー……』 

 

『……第3コーナーを過ぎまして、先頭はダイワメジャー……中団やや後方にテンペストクェークがおります……』

 

『直線に入った。コスモバルク、サンライズペガサスが先頭。内からダイワメジャー、スイープトウショウも追い込んでくる……大外にテンペストクェーク……』

 

『残り400メートルを超えて、坂を越えます。先頭はサンライズペガサス。2番手はバランスオブゲーム。ここで大外からテンペストクェークが上がってきた。サンライズペガサスが逃げ切るか、テンペストだ、テンペストクェークが抜いていった。先頭はテンペストクェーク。テンペストクェークがそのまま先頭。サンライズペガサス、テレグノシスも粘るが、これはどうだ……』

 

『テンペストクェークがそのままゴールイン。テンペストクェークの末脚が決まりました。ラスト100メートル付近で先頭のサンライズペガサスを抜き去り、そのままゴールイン。勝ち時計は1.46.4。2着に1馬身半でした。皐月賞2着の実力を古馬の先輩に見せつけました。』

 

 

先頭を行くサンライズペガサスを抜いて、そのまま先頭を走りぬいた。

ゴールした後、テンペストの様子を確認するが、少し息が上がっているくらいであった。余力を残してのゴールだった。

さすがに古馬のレースだけあって、タイムは早い。

だが、こいつはもう古馬と対等に戦える身体と実力を手に入れているようだ。

 

 

「天皇賞が楽しみだな……」

 

 

テンペスト、そしてオーナーにとっての初めての、俺にとって久しぶりの重賞制覇であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「いけ!いけ!そのまま!そのまま!」

 

 

馬主席にいた西崎は、テンペストの激走を見守っていた。

最後の直線まで後ろの方にいたこともあり、日本ダービーのようになるのではないかと思っていたが、400メートルを切ったあたりから一気に加速していき、そのまま先頭の馬を差し切って先頭でゴールした。

 

 

「よし!よしよしよーーーし!」

 

 

周りにいた馬主たちも悔しそうではあったが、勝ち馬を讃えていた。

 

 

「西崎さん。おめでとうございます。初重賞ですね」

 

 

様々な祝福の言葉を受けながら口取り式に向かう。装鞍所につくと、藤山調教師一同がすでに集合していた。

 

 

「藤山先生、ありがとうございました」

 

 

「おめでとうございます。強かったですよ」

 

 

握手を交わして、健闘を讃えた。

毎日王冠と書かれた赤色の優勝レイを首に巻いた自分の愛馬は誰よりも輝いて見えた。

 

 

「ああ……うれしいです」

 

 

「西崎オーナー、おめでとうございます」

 

 

騎手の高森がオーナーに感謝の言葉を告げてきた。

 

 

「高森さん、ありがとうございました。おかげで重賞を獲れました」

 

 

「いえ、彼の力のおかげですよ。私も久しぶりに重賞の勝利を味わうことが出来ました」

 

 

高森から見て、オーナーはもう十分というほど喜んでいた。

 

 

「オーナー、次の天皇賞でもこの場所に立てますよ。それどころか、何回だってここに立たせてみせます」

 

 

「ありがたいことを言ってくれますね……よろしくお願いします」

 

 

西崎は、この時はお世辞くらいに捉えていたが、彼は宣言通り、何度もこの栄光の場に立つことになる。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

先日のレースでは久しぶりに勝利することが出来た。

夏の前のレースと同じ場所で走ったから、途中まで後ろにいて大丈夫かとひやひやしていたが、彼のタイミングでスパートをかけたら、最後に追い抜いてゴールすることが出来た。

今までは、レースの後に全身の痛み、筋肉痛?が結構長く残っていてつらかった。しかし、今回は数日で痛みがなくなってきていた。

さすがに今走れと言われたら拒否するが、疲労回復の速度や体へのダメージが少なくなった気がする。

 

 

「よ~しよし、頑張ったなあ」

 

 

騎手君やおっちゃん、兄ちゃんを筆頭に俺に関わっている人はみんな笑顔になっていた。

やはり大きなレースだったのだろう。勝った後は大きなタオルみたいなものを巻き付けられて写真まで撮影されてしまった。

俺のイケメンフェイス?はしっかりと映っていたのだろうか……

 

 

「テンペストの調子はどうです?」

 

 

「藤山先生、ダメージもだいぶ抜けてきましたね。前よりも回復が早いので、天皇賞もいけると思います」

 

 

「そうか。私たちも細心の注意を払うが、担当厩務員としてよろしく頼む」

 

 

そういっておっちゃんはどこかに行ってしまった。

 

 

「それにしても、ディープインパクト、ディープインパクトってな~んか面白くないなあ。なあテンペスト」

 

 

なんだ?そんなに不愉快な顔をして。ほれほれ、俺の顔でも見て癒されなさいな。

 

 

「まあ馬には関係ないよなあ……」

 

 

なんだよ~

 

 

「ああ、悪い悪い。お前もいっぱい勝ってファンに愛されるといいな」

 

 

まかせなさいな。

 

 

 

 

9月中旬以降、阪神競馬場は無敗の二冠馬の圧巻のレースに沸いていた。

菊花賞のトライアルレース、神戸新聞杯(GⅡ)に出走したディープインパクトは、いつもの走りで1着になり、菊花賞に向けて絶好調をアピールしていた。

三冠は確実とまで言われていた。

 

ディープインパクトが勝つか負けるかではなく、どのように勝つかというレベルであった、

JRAもゴリ押しといえるほどにディープインパクトを宣伝していた。

 

その喧騒の中、テンペストクェークは天皇賞・秋を走る。

 

 

 

 



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天皇賞・秋

10月23日、京都競馬場には多くの人が集まっていた。数百人近い徹夜組を含め、1万人以上が開門前から競馬場に押し寄せていた。

目的はディープインパクトの三冠達成を目に焼き付けるためである。

最終的には13万人以上が押し寄せたようである。

単勝支持率79%、単勝オッズは1.0倍。元返しになってしまうほどの人気であった。

 

結果はディープインパクトの圧勝であった。先行抜け出しを図ったアドマイヤジャパンを直線で抜き去り、2馬身差をつけてゴールした。3000メートルの上がり3Fは33.3という驚異的なタイムであった。

ナリタブライアン以来の三冠馬、そしてシンボリルドルフ以来の無敗の三冠馬の誕生であった。

 

騎手は3本の指を高々と示した。この日、競馬に絶対があった。

 

 

 

 

『無敗三冠、ディープインパクト』

『新しき皇帝 無敗三冠ディープインパクト』

 

競馬新聞だけでなく、スポーツ新聞も菊花賞の様子を大々的に伝えていた。

世はまさにディープインパクトフィーバーであった。

 

 

「やっぱ強いなあ。3000のラストで33.3ってなんだよ。テンペストの毎日王冠のときが32.3だから末脚では勝ってるな」

 

 

秋山はテンペストクェークの馬房を掃除しながら今日の新聞の一面を思い出していた。

1800メートルと3000メートルを一緒にするようなものではないと思いながらも、自分の担当馬の方が強いと無駄に主張していた。

 

 

「まあ、2000メートル以下の舞台に来ればうちのテンペストのほうが強いな」

 

 

な~テンペスト~と話しかけると、「なんだよ」といった感じで嘶き返す。

 

 

「来週は天皇賞。ここで勝てばお前もスターホースの仲間入りだ。しっかりと走ってきてくれよ~」

 

 

厩務員にも賞金の一部が入ってくる。馬主や騎手に比べると雀の涙ほどではあるが、賞金額が大きいレースであるほど、自分のお小遣いが増えるのである。

ただ、彼らの一番の願いは、レースで勝って、無事に帰ってくることである。

 

 

「秋山くん、彼の調子はどうかな。明日は最終追い切りなので、もう一度確認しておきたくてね」

 

 

調教師の藤山が馬房を訪れて、彼らの調子を確認する。

 

 

「今のところは問題ないですね。体調は万全です。脚部に問題もないです。それにこいつは賢いので、自分で食いの量を調整してレースに備えるようになってます」

 

 

本人曰く、自分のトレーニングを支えている人間の動きや表情で緊張感が大体わかるらしい。なので、レース前は、暴飲暴食を控えたり、体のキレを確認するように走ったりしているようである。

 

 

「毎日王冠の走りができれば、優勝は確実に狙える。2000メートルの天皇賞秋を3歳馬が優勝したのはバブルガムフェローとシンボリクリスエスだけだが、そこにテンペストクェークの名前をぜひ乗せてやりたい」

 

 

「高森さんなんかはもう獲る気満々らしいですけどね。オーナーに宣言までしてしまってますし」

 

 

「久しぶりの重賞制覇で気持ちが高ぶってたらしいな。不味いこと言ったって後で青い顔していたよ。まあ、ただのお世辞でもホラでもない事を示してもらわないとな」

 

 

藤山調教師はテンペストクェークを撫でると、厩舎から出ていった。

 

 

「さて、掃除終わり。寝藁を汚さないから楽だわ~」

 

 

一方、馬房から出ていった藤山調教師は、心の底では結構な不安に襲われていた。

 

 

「出走メンバーはかなり豪華になったな。これで勝てるのか……」

 

 

テンペストクェークというかなりの素質馬を管理することが出来ている。春までは同期の怪物や折り合いの面でタイトルを獲ることが出来なかった。

しかし秋になってテンペストクェークは馬体も精神的にも完全に覚醒の時期を迎えている。

これだけの馬を勝たせることが出来なかったら……と考えるとかなりのプレッシャーであった。

 

 

「タップダンスシチー、スイープトウショウにゼンノロブロイ、それに重賞馬だらけだ」

 

 

日本ダービーの敗戦は距離が原因と世間ではみなされていた。

毎日王冠で彼は本物なのではと騒がれた。

天皇賞は彼が正真正銘のもう一頭の怪物であることを知らしめるチャンスであった。

 

 

「贅沢な悩みだ……」

 

 

彼のつぶやきは美浦トレセンの喧騒に消えていった。

 

 

数日後、週末の天皇賞・秋に向けた最終追い切りが美浦トレセンで行われていた。

美浦トレセンで最終追い切りを取材していた報道陣は、調教師、騎手から並々ならぬプレッシャーが放たれているのに気が付いていた。

調教のタイムは良好であり、順調そのものであることを示していた。

 

 

「同期が三冠馬になりましたからね。こっちも負けていられませんよ」

 

 

インタビューに応えた高森騎手の顔と声には、確かな自信があった。

これはあるかもしれん。

取材陣の一部は熱をもったまま、テンペストクェークの記事をまとめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

2005年10月30日

三冠馬の誕生の熱も冷めやらぬ中、古馬王道路線の開幕を知らせるG1競争が東京競馬場で行われようとしていた。

昨年の覇者、ゼンノロブロイの連覇か、それともエアグルーヴ以来の牝馬の制覇か、それともハーツクライの悲願か。3歳馬はストーミーカフェとキングストレイル、テンペストクェークの3頭のみであった。

その中で、テンペストクェークは、毎日王冠の勝ち方、そして調教の調子の良さも買われ、4番人気に支持されていた。

 

 

第10Rを走る馬たちのパドックでは、多くの観客に囲まれて、馬たちが周回していた。

 

 

「今日は前回みたいに気持ちが前に前に行こうとしていませんね。でも、足取りはしっかりしていて、集中できていますよ」

 

 

引綱をもっている秋山が、高森にテンペストクェークの様子を話す。

 

 

高森にとって今日のレースで注意すべき相手は多数いた。

まずテンペストと最近、併せ馬をさせてもらっているゼンノロブロイ。昨年の覇者であり、秋古馬三冠を達成した猛者である。前走のインターナショナルステークスもなれない芝を走りながらも2着と好走をしていた。

次は牝馬で宝塚記念を制したスイープトウショウ。気性が激しいとのことだが、今日は割と普通に見える。斤量は同じでも、注意が必要である。

ハーツクライも警戒対象の一頭である。G1タイトルには縁がないが、実力を付けつつある一頭であると聞いている。

他にも逃げ馬のタップダンスシチーやヴィクトリアマイル制覇のダンスインザムードも油断してはいけない相手である。

 

 

「ヘヴンリーロマンス……」

 

 

札幌記念を勝利した馬である。そこまで目立つ存在ではないが、前走がフロックではない可能性もあるため、頭には入れておこうと考えていた。

 

 

「逃げ馬がいる以上、ペース確認が重要だな」

 

 

破滅的大逃げと見せかけて、実はスローペースで前残りなんてことになったら目も当てられない。

 

 

「さあ、行こうか。お前の栄光の場所へ」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺はいま、ゲートに入るため、順番待ちをしていた。

 

 

【よう】

 

 

【え、はい】

 

 

黒い馬も今日は走るようで、気合が入った様子でゲートインを待っていた。

 

 

【勝つ】

 

 

そうかい。お前強そうだしな。でも、俺も負けられない。

 

 

【俺が勝つ】

 

 

そして俺はゲートの中に入っていった。

さあ、集中、集中。

おかしいなあ、ちょっと時間がたちすぎるような……

というか長くない?なんで?

 

 

【やだ!】

 

 

「あ~スイープトウショウが駄々こねちゃってるね。テンペストはああじゃないから助かるよ」

 

 

どうやら俺の隣に入る予定だった馬がなかなか入らないようである。

まあ馬だし仕方ないよな……

 

 

「頼む、入ってくれ……」

 

 

【やだ】

 

 

騎手や係員の人間たちが必死になっている。

さすがにこれ以上はいい感じで高まっていた集中力が欠けてきてしまうよ。

 

 

【おい、黒いやつ】

 

 

俺の隣にいる黒い馬を呼ぶ。

 

 

【なんだ、話しかけるな】

 

 

【あの馬、わがまま】

 

 

【だから?】

 

 

【入るように呼ぶ】

 

 

さすがにこれ以上は騎手君の集中力にも影響があるし、さっさと始めたい。

 

 

【わかった】

 

 

よし、じゃあ行くぞ……

 

 

【さっさとはいってくれ】

【入れ】

 

 

駄々をこねてた馬を呼んだ。

 

 

「ちょっとイライラしているのかな?落ち着いてね~」

 

 

どうも怒っていると思われたようで、首元をすりすりとされて、宥められた。

勘違いさせて申し訳ねえ。

 

 

ちょっとすると、隣の馬もゲートに入っていき、そのまま他の馬もゲートに入ったようである。

 

 

ゲートが開いた音とともに、俺は走り出した。

 

 

「行くぞ!」

 

 

ああ、行こう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

スタートでスイープトウショウがぐずついていたため、テンペストと隣のゼンノロブロイがイライラしていたのがわかった。

ただ、すぐに落ち着いたので、よかった。

 

ゲートが開くと同時にテンペストもスタートする。スタートが上手であるのも彼の強みでもある。

俺は、スタートと共に、周りの馬を妨害しないようにスピードを上げていった。

 

予想通りタップダンスシチーが先頭に立って逃げ始めていた。そしてテンペストの同期でもあるストーミーカフェもどんどんと前に行っているのが見えた。

 

 

2コーナーではいきなりインには入らず、外からの競馬を進めていた。

 

 

「ちょうど中団にゼンノロブロイがいるな」

 

 

テンペストが、いつも追っているあの黒い馬の後ろにつくようにスピードを調整する。

そうすると、彼はそれに従って、ゼンノロブロイに半馬身ほど後ろで走り続けていた。

 

身体の大きさが近いからか、スピードを合わせるのはそこまで苦ではないと判断して、併せて走らせていた。

 

そのまま直線を走り切り、第3コーナーを越えていく。

コーナリングもうまいので、減速や消耗もなく走れるのは強いな。

 

第4コーナーを過ぎたあたりで、ややペースが遅いと判断した俺は、テンペストにスピードを上げるように指示する。

 

 

「さあ、行くぞ」

 

 

前には膨らんで直線で並んでいる先行馬たちがいるので、彼に外ラチの方に向かうように指示をする。

先行していたダンスインザムードやアサクサデンエンが加速していくのがみえた。

 

 

「行くぞ、テンペスト!」

 

 

俺は前に一頭の馬もいない大外に来たことを確認して、一発の鞭を入れる。

「任せろ!」といわんばかりに一気に加速していくのがわかった。

残り400を過ぎたあたりで、横からゼンノロブロイが上がってくるのが見えた。

 

 

「もっとだ、もっと」

 

 

気が付くと、先頭にはどの馬もいない。

あと100メートルほどであった。少し首を内ラチ側に向けると、逃げ馬をとらえて猛追する数頭の馬が見えた。もうどの馬か判断する暇はなかった。

 

 

「気を抜くな!テンペスト」

 

 

その言葉と共に、軽く鞭を打つ。

その瞬間、テンペストはさらに加速していくのがわかった。

このまま、このままだ。

 

そして、俺たちはゴール板を通過していた。

すぐにゆっくりと減速していく指示を出しつつ、周りを見ると、近くにゼンノロブロイ、それにヘヴンリーロマンス、ダンスインザムードが走っていた。

 

 

「結構危なかった。最後少しでも緩めたら間違いなく2頭に持っていかれてた……」

 

 

馬の視界は後ろの方も見えるので、後続が想像以上の速さで迫っているのが見えたのかもしれない。

 

 

「ありがとうテンペスト。これでお前もG1ホースだ」

 

 

集中していて気が付かなかったが、大歓声が競馬場内に響き渡っていた。

 

 

「高森さん、おめでとうございます」

 

 

クールダウンで走らせていると、他の馬に乗っていた騎手が俺を讃えてくれた。

 

 

そうだ、俺はG1ジョッキーになれたんだ。

勝つ自信はあった。テンペストの強さを信頼できたから、想定通りの競馬をすることができた。

 

 

長かった、長かったよ……

 

 

よく考えたら全員後輩なんだよなあ……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『それでは、テンペストクェーク高森騎手です。おめでとうございます』

「ありがとうございます。本当にありがとうございます」

『鞍上でも涙が隠せない様子でしたね』

「はは、そうですね。テンペストクェークが勝つことが出来てよかったって思いました。その後に後輩たちからおめでとうございますって言われて、その時にG1を初めて勝てたんだと実感しました」

『最後は大外一気で決めました。この勝ち方は想定通りで』

「はい、最後の400メートルならだれにも負けないと自信がありました。あとは位置取りが心配なだけでした。でも、しっかり指示に従ってくれました」

『苦節28年の道のりでした。初G1の感触はいかがでしょうか』

「本当にうれしいです。でも、私ではなくテンペストをほめてください。彼が私に勝ちをくれました」

 

『……それでは最後に一言お願いします』

「これからもテンペストは勝ち続けます。応援よろしくお願いします」

「俺勝ったぞ!勝ったぞ!」

 

 



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馬、連勝する

誤字脱字の報告ありがとうございます。


西崎は出走馬主席でテンペストクェークが走る天皇賞・秋が始まるのを待っていた。

慣れた馬主たちは談笑をしているが、今の彼は緊張でそれどころではなかった。

皐月賞や日本ダービーでG1レースは経験しているが、今回は、本当の本当に自分の所有馬が優勝するかもしれないと期待しているからであった。

 

 

「藤山先生も高森騎手もあんな自信満々なんだもの。期待してしまうよ」

 

 

そんな感じで緊張した顔をしていると、同じく不安そうな顔の女性がやってきた。

 

 

「浩平さん。私、場違いじゃないでしょうか」

 

 

彼女は西崎浩平の妻の西崎涼子である。

今まで特に競馬に興味がなかったこともあり、競馬場に来たことはなかった。しかし夫の平身低頭なお願いに折れて、一緒にやってきたのである。

ただ、彼女は一応社長夫人という肩書ではあるが、競馬場の独特の雰囲気に戸惑っていた。

 

 

「大丈夫だよ。多分……」

 

 

そんなこんなでパドックの時間になっていた。

急いで地下通路を歩いてパドックに到着する。出走馬主はパドックの内側に入れるので、普通の人より間近で馬の様子を見ることが出来る。

 

パドック周回では、秋山厩務員がテンペストクェークをいつものように曳いていた。天皇賞・秋という古馬のG1 ということもあり、強そうな馬がたくさん歩いていた。

 

 

「それで、浩平さんの馬はどうなんですか?正直私には調子がいいのかわからないわ」

 

 

「私にもわからん……ただ、落ち着いているので、ひどい事にはならないと、思う……」

 

 

しばらくすると、藤山調教師、高森騎手が現れ、簡単な挨拶をする。

 

 

「お願いします。期待していいんですね?」

 

 

「任せて下さい」

 

 

G1を一つも勝ったことのない旬などとうに過ぎた騎手の言葉がやけに頼もしく聞こえていた。

 

 

騎乗合図が出て、高森騎手とテンペストクェークは本馬場へと移動していった。

それと同時に自分たちも馬主席に移動する。

 

席に戻るころにはG1のファンファーレが鳴り響き、ゲートインが始まっていた。

 

 

「頑張ってくれ……」

 

 

ゲートが開くと、一斉に馬たちが走り始める。

テンペストクェークは好スタートを決めて、そのまま中団に待機して走っていた。

先頭は予想通りストーミーカフェとタップダンスシチーが逃げていた。

向こう正面ではゼンノロブロイの少し後ろを走っているようで、順調な走りに見えた。

 

 

『……1000メートル通過は62.4。少し遅いペースか……』

 

 

ターフビジョンを見ると確かに1000メートルの通過が62.4となっていた。

これは少し遅いのでは? 皐月賞の時は60秒を切っていたはずだと西崎は思っていた。

実際、スローペースだ。前残りがあるんじゃないかと周りで話している声が聞こえた。

 

 

彼の勝負所の4コーナー以降の直線では、外に膨れて、大外を走っていた。

この瞬間、毎日王冠の直線が頭に浮かんだ。

逃げ馬が馬群につかまり始めた残り400メートル、高森騎手がテンペストクェークに鞭を入れたのが見えた。

その瞬間、一頭だけ倍速しているような加速で、中団後方から一気に突き抜けた。

残り200メートルを超えたあたりで先頭に立つと、そのまま先頭を走っていた。

 

 

「そのまま、そのまま!!」

 

 

周りでは、差せ!だの抜かせ!だの粘れ!といった声援が響き渡っていた。

 

 

後ろからテンペストクェークにも負けないほどの脚で猛追する馬たちを後目に、彼の愛馬はゴール前でさらに加速したように見えた。

 

 

「いけ!いけ!」

 

 

そして、テンペストクェークが先頭でゴール板を駆け抜けた瞬間に、西崎は驚きと歓喜で茫然としていた。

 

 

「テンペストクェークって浩平さんの馬よね。もしかして勝ったの?」

 

 

「ああ、勝ったよ。俺の愛馬が勝ったぞ!!」

 

 

まだ確定ではない。ただ審議のランプはともっていない。

それに1馬身差の勝利だったため写真判定の必要はなかった。

 

 

しばらくするとターフビジョンに勝ち時計などが表示される。自分の馬の数字が1着の場所に表示された。

勝ち時計は1.59.8。

 

 

「大外一気で1馬身差か。本当に三歳馬か……」

 

 

「あれに勝ったディープインパクトと有馬で当たるのか……」

 

 

驚異的な末脚を見せたテンペストクェークに他の馬主たちも驚愕していた。

ちょっと居心地の悪さを感じながら、彼らは口取りに向かった。

 

装鞍所には関係者が集まっており、藤山調教師を筆頭に厩舎のスタッフ、島本牧場の二人もいた。

藤山調教師とがっちりと握手を交わし、感謝の言葉を交わした。

 

 

「先生、ありがとうございました」

 

 

「おめでとうございます。オーナー、本当に良かったです」

 

 

「天皇賞を勝てました。まさか本当に勝てるとは」

 

 

みな男泣きをしていた。暑苦しい空間に妻は少し疎外感を感じていたようである。

藤山厩舎のスタッフや島本牧場の二人と話していたら、今日の主役のテンペストクェークが戻ってきた。

 

高森騎手は号泣していた。

泣いていて何を言っているのか正直わからなかったが、感謝の言葉を言っていることだけはわかった。

 

 

「高森君は初のG1だからね。あれぐらい泣いたって許されるよ」

 

 

西崎は、その初G1にテンペストクェークが貢献できてよかったと思っていた。

 

毎日王冠でも経験した口取り。ただ天皇賞ということもあり、さらに人の数が多かった。

そして今日は天皇陛下が天覧に訪れていた天覧競馬でもあった。

口取りは毎日王冠のときと変わりはなかったが、彼の首にかかった優勝レイには「天皇賞」の文字が刻まれていた。

 

 

「それにしても全く落ち着いてるなあ……」

 

 

口取りを一切嫌がらないので、関係者は助かっていたりする。

そして必ずカメラ目線をキメてくれるので、すぐに写真撮影は終わるのである。

西崎の妻が、大きくて強いんですね、といって身体を触ったりしたが、「どんなもんだい!」といった感じで嘶き返しており、「まあ可愛い」と言っている。

天皇賞馬をかわいいか……と一同は思っていた。そして一般人が触ったり近づいても特に怒らないし、逆に人間に気遣いを見せるテンペストにみな驚いていた。

 

 

「これが天皇賞……」

 

 

皐月賞や日本ダービーでディープインパクトの表彰式を見ていたときと同じ感想が溢れた。やはりG1レースの表彰式は規模や格式が違っているなあと感じていた。

 

 

表彰式は、つつがなく進んでいき、ついに天皇賞の盾を受け取るときが来た。

 

 

「って大きいな」

 

 

写真などで見たことはあったが、想像の2回りくらい大きかった。

因みに、もらえる天皇賞の盾はレプリカらしく、表彰式の本物よりは小さい。

 

 

「ああ、これが父の見たかった景色か……」

 

 

名前を刻まれた馬服をきた自分の愛馬、そして天皇賞の盾の重さを感じながら、表彰式は終了した。

 

その日は、友人・知人、それに他の馬主や生産者の方々の対応で、いっぱいいっぱいになり、夜は、知人や部下たちと夜遅くまで宴会をしたのであった。

 

次の日の新聞には、泣きながらスタンド最上階にいる天皇陛下に対して最敬礼をした高森騎手と、彼と一緒に首を下げていたテンペストクェークの写真が一面となった。

 

 

高森康明47歳、天皇賞・秋にて初G1制覇。

テンペストクェーク、父ヤマニンゼファーと親子二代天皇賞・秋制覇。

西崎浩平、所有馬初のG1制覇。

 

 

西崎は、これが生涯唯一のG1の表彰式でもいいと思っていた。

これ以上の栄光を望むものじゃないとすら思っていた。

だからこそ、11月20日の京都競馬場で彼は自分の愛馬が想像をはるかに超える強さであったことを思い知らされたのであった。

 

 

『……大外をついてデュランダルだ……』

『……先頭はダイワメジャーだ。ダイワメジャーが伸びてくる。これは決まるか……』

『……大外からラインクラフトが来た、その後ろからテンペストクェークだ。ものすごい末脚だ、これは行くのか、行くのか……』

『……ダイワメジャーが粘るが、外からテンペストクェークだ!これは決まった!差し切ったーーー!!』

 

 

先頭を走るダイワメジャーを大外から強襲し、ゴール前で差し切ってゴールイン。彼の後ろについてきたハットトリックの猛追も躱して、半馬身差での勝利であった。

勝ち時計は1.32.0であった。

 

 

『毎日王冠、天皇賞秋、マイルチャンピオンシップの重賞3連勝。3歳馬が天皇賞秋に続いてマイルチャンピオンシップを制しました。今年の3歳馬は強すぎる!』

 

 

天皇賞の感動を返せ……と思った一同であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

数日前にレースを終えて、今はゆっくりと休んでいる。

さすがに最後のレースは厳しかった。

フルパワーの全身全霊で走ればもう少し余裕を持ちつつ勝利できたと思うが、これ以上負荷をかけたらヤバいとなんとなく感じた。なので、少しセーブをして走った。

勝ててよかった。負けたらマジで申し訳ないと思ったから。

 

 

「これでGⅠを2勝目か……本当に強いなあ。担当厩務員として表彰台に上がれるとは思わんかった」

 

 

いつも通り、兄ちゃんは俺の世話を真剣にしてくれる。前の前のレースを勝った時は、騎手君は号泣していた。

ずっと俺に何か言っていたと思う。

多分感謝の言葉だと思った。

騎手君が俺を導いてくれたから俺は勝つことが出来たんやで。

まあ感謝されて悪い気はしないな。

 

 

【もちろん兄ちゃんもやで】

 

 

「春まで休養って聞いたけど、牧場に戻るのかね」

 

 

「それだが、育成牧場の方に放牧が決まった」

 

 

「わかりました。テンペスト~故郷には帰れないみたいだぞ~」

 

 

「まあテンペストは場所とかあまり気にしない馬だからな……」

 

 

【もっと褒めなさい】

 

 

「まさかここまで強いとは思わなかった。体調の方はどうだ?」

 

 

「全く問題ないです。疲れは残っているので、休養出来てよかったと思います」

 

 

「検査結果とかで問題はないことはわかっていても、現場の目も気になるんだよな」

 

 

俺の脚をじろじろと見ているおっちゃん。

俺の脚は無事だぞ。鍛えていますから。

 

 

「そういえばまた取材が来るみたいだ。明日の全体会議で話すけど、いろいろと話せるようにお願いいたします」

 

 

「そういえばテンペストクェークも一気にスターホースですものね」

 

 

次のレースはいつかな……

というかあの小柄な馬に全然会わないな。あいつってこのトレーニング場にいないのかね。

黒い馬はいるんだけど。

そうそう、あいつに勝ったぜ、俺。本気の本気の勝負で勝てたのはうれしかった。

あの後、「まけたぜ」って言われた。

でも俺が少しでも油断したら負けてたから、あいつも相当強かったはずだ。

ただ、ちょっと威圧感というかそういった雰囲気が弱くなった気がする。

去年の秋ごろに見かけたときより、確実に。

 

 

【歳ってやつなのかな】

 

 

「こうやって馬房にいるときは大人しくて手がかからないな。G1ホースとは思えんな」

 

 

俺の顔をおっちゃんが撫でる。

もっと撫でなさい。おほ~

 

 

「有馬記念でディープと再び!とか言われているらしいですけど」

 

 

「人気投票だから仕方がないけど、さすがに無理だと思わないのかね……」

 

 

ふう、気持ちよかったぜ。

次も頑張るから、いろいろとよろしく頼むよ。おっちゃん、兄ちゃん。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

その後、テンペストクェークは育成牧場に預けられ、年内は休養に入った。

因みにこの歳、テンペストクェークはWTRRで123(M-I)と評価された。香港マイルを勝利したハットトリックをMCSで。インターナショナルステークスで僅差の2着になったゼンノロブロイを天皇賞・秋で破ったことが評価されての数字であった。

 

年末の有馬記念に向けて、競馬界が盛り上がる中、藤山厩舎では一息ついた形となった。

 

 

 

 

2005年 秋

10月9日 毎日王冠:1 GⅡ(東京第11R・芝1800メートル)6621.8万円

10月29日 天皇賞・秋:1 GⅠ(東京第10R・芝2000メートル)1億3582.2万円

11月20日 マイルチャンピオンシップ:1 GⅠ(阪神第11R・芝1600メートル)9790.6万円

 

賞金:2億9994.6万円

 




毎日王冠→秋天→MCSのローテを連勝したのってカンパニーやダイワメジャーがいるんですよね。
カンパニーは8歳で達成してますし、なんなんでしょうねこのおじさん……

ハットトリックがMCSで勝利しないと香港マイルに行けなさそうなんですが、この世界ではしっかりと香港マイルに出走出来て、勝利したということにしてください。
でないと産駒が消えてしまったりしてしまうので……

秋天の覇者ヘヴンリーロマンスは牝馬なので勘弁を。あの天皇賞の写真は好きです。
この数年後にムキムキの牝馬たちが牡馬を蹂躙するので牝馬の時代は彼女たちにということで。


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閑話2

誤字脱字報告、感想ありがとうございます。


1:名無しの競馬ファン

JRA賞も決まったので2005年の競馬を語る。

 

・アンチ、荒らしはスルーで

 

2:名無しの競馬ファン

有馬記念終わった後も似たようなスレが乱立してたぞ

 

3:名無しの競馬ファン

>>2 まあ、年度代表馬とか決まってなかったし。

 

4:名無しの競馬ファン

>>2 表彰とか見てからだとどうしても来年になってしまうよね

 

5:名無しの競馬ファン

今年の受賞馬一覧

 

年度代表馬 ディープインパクト(牡3・栗東)

 

最優秀2歳牡馬 フサイチリシャール(牡2・栗東)

 

最優秀2歳牝馬 テイエムプリキュア(牝2・栗東)

 

最優秀3歳牡馬 ディープインパクト(牡3・栗東)

 

最優秀3歳牝馬 シーザリオ(牝3・栗東)

 

最優秀4歳以上牡馬 ハーツクライ(牡4・栗東)

 

最優秀4歳以上牝馬 スイープトウショウ(牝4・栗東)

 

最優秀短距離馬 テンペストクェーク

 

最優秀ダートホース カネヒキリ

 

最優秀障害馬 テイエムドラゴン

 

最優秀父内国産馬 テンペストクェーク

 

 

6:名無しの競馬ファン

続いて主なGⅠ勝ち馬(中央競馬)

 

フェブラリーステークス:メイショウボーラー

高松宮記念:アドマイヤマックス

桜花賞:ラインクラフト

皐月賞:ディープインパクト

天皇賞・春:スズカマンボ

NHKマイルカップ:ラインクラフト

優駿牝馬:シーザリオ

東京優駿:ディープインパクト

安田記念:アサクサデンエン

宝塚記念:スイープトウショウ

スプリンターズステークス:サイレントウィットネス

秋華賞:エアメサイア

菊花賞:ディープインパクト

天皇賞・秋:テンペストクェーク

エリザベス女王杯:スイープトウショウ

マイルチャンピオンシップ:テンペストクェーク

ジャパンカップダート:カネヒキリ

ジャパンカップ:アルカセット・ハーツクライ(レコード同着)

阪神ジュベナイルフィリーズ:テイエムプリキュア

朝日杯フューチュリティステークス:フサイチリシャール

有馬記念:ディープインパクト

 

 

7:名無しの競馬ファン

プラスα

シーザリオ→アメリカンオークス制覇

ハットトリック→香港マイル制覇

ゼンノロブロイ→インターナショナルステークス2着

 

こんなところか

 

 

8:名無しの競馬ファン

>>5

>>6

>>7

サンクス

 

9:名無しの競馬ファン

妥当なところって感じかな……

 

 

10:名無しの競馬ファン

古馬、特に牡馬がちょっと物足りないかな

 

11:名無しの競馬ファン

というか3歳勢が強すぎんだよ。

 

12:名無しの競馬ファン

3歳勢というか、2頭だよな……

 

13:名無しの競馬ファン

ディープインパクト;皐月・ダービー・菊花+有馬

テンペストクェーク:天皇賞・秋、マイルCS

この怪物たちを何とかしろ。

 

14:名無しの競馬ファン

ゼンノロブロイもハーツクライも2頭にやられたからなあ……

他の4歳以上の馬も振るわなかったし。

 

15:名無しの競馬ファン

というかジャパンカップの同着ってGⅠだと史上初じゃない?

 

16:名無しの競馬ファン

>>15 そうだよ。着順が確定するのにかなり時間がかかったらしいし、相当な審査をしたんだと思うよ。

 

17:名無しの競馬ファン

それで同着か……しかもレコードか。

 

18:名無しの競馬ファン

ディープインパクトに勝てると思ったんだけどなあ。

 

19:名無しの競馬ファン

>>18 でも惜しかったよね。首差で差し切られたみたいだし。

 

20:名無しの競馬ファン

>>18 ディープの陣営が彼本来の競馬が出来なかったとか言ってて嘘だろと思ったわ。

 

21:名無しの競馬ファン

>>20 悔し紛れの言い訳乙って思ったけど、勝っているんだからそんなこと言わないよな。

 

22:名無しの競馬ファン

というディープって無敗でクラシックを終えたってこと?確かこれって史上初では?

 

23:名無しの競馬ファン

シンボリルドルフもジャパンカップで負けたからね。その後の有馬記念は勝ったけど。

 

24:名無しの競馬ファン

ルドルフはあの日程と体調が最悪っていう相当な不利もあったから……

 

25:名無しの競馬ファン

そういえばそうだったな。もう20年近く前だからルドルフのことを知らない人も多くなってそう。

 

26:名無しの競馬ファン

シンボリルドルフといえば、あの騎手も引退したね。

 

27:名無しの競馬ファン

そういえばそうだったな。やっぱり歳には勝てないのかな。

 

28:名無しの競馬ファン

ルドルフおじさんは、今後は解説とかそっちの方に向かうのかな。

 

29:名無しの競馬ファン

>>28 今のところそうみたい。

 

30:名無しの競馬ファン

まあ名騎手=名調教師ってわけでもないからな。

 

31:名無しの競馬ファン

それはそうと、最優秀短距離馬ってテンペストクェークでいいのかな。

 

32:名無しの競馬ファン

>>31 ちょっと?になるところもあるけど、正直高松宮記念、安田記念、スプリンターズステークス、マイルCSの勝ち馬がそれぞれ違うからね。

 

33:名無しの競馬ファン

>>31 3歳でマイルCSを獲ったからって考えれば……

 

34:名無しの競馬ファン

ハットトリックは香港マイル獲ったけど、海外だしな。

 

35:名無しの競馬ファン

テンペストクェークも皐月賞あたりからずいぶん変わったよな。逃げから差し・追込に変えたからかな。

 

36:名無しの競馬ファン

皐月賞とかの走りを見ている限り、ディープインパクトを後ろから差せるのはテンペストぐらいじゃない?あの脚はやばいよ。

 

37:名無しの競馬ファン

毎日王冠→秋天→マイルCSの連勝はえぐい。疲労とか無理しすぎで来年燃え尽きなければいいけど。

 

38:名無しの競馬ファン

>>36 さすがに無理じゃね?と思ったけどいけそうな雰囲気があるんだよな。

 

39:名無しの競馬ファン

>>37 来年2月ごろまで休養だし、その辺は陣営がしっかりしていると思うから大丈夫だと信じている。

 

40:名無しの競馬ファン

それにしてもテンペストクェークって天皇賞・秋を獲ったから、ヤマニンゼファーとの親子二代での勝利か。

 

41:名無しの競馬ファン

マイルCS取っているからニホンピロウイナーと祖父・子で勝利しているぞ。

 

42:名無しの競馬ファン

ニホンピロウイナー・ヤマニンゼファーの血統が活躍しているのうれしい。

 

43:名無しの競馬ファン

熱狂的なファンが多かったからな。ゼファー魂の横断幕がGⅠの舞台で見ることができたのはよかった。しかも勝っているし。

 

44:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファー産駒で初GⅠだったよな。種付け料もかなり安くなって、ほとんど産駒がいなくなり始めているのに、なんで突然こんな怪物が湧き出てくるんだよ。

 

45:名無しの競馬ファン

>>44 ほんとうにそれ。血統に入っているGⅠ馬の能力が結集したんじゃねって感じ。

 

46:名無しの競馬ファン

ここまでテンペストクェークの話ばかり。専用スレでやれよな。

 

47:名無しの競馬ファン

それはそうなんだけど、やっぱり印象に残っちゃたしね。ディープインパクトはお腹いっぱいなので。

 

48:名無しの競馬ファン

普通のニュースとかでもダービーや菊花賞、有馬記念が取り上げられていて驚いたわ。ハルウララブームを思い出す。

 

49:名無しの競馬ファン

オグリキャップブームを思い出すな。まああれに比べたら全然盛り上がってはいないけど。

 

50:名無しの競馬ファン

オグリキャップの第二次競馬ブームはちょっと比較にならないので……

 

51:名無しの競馬ファン

売上が落ちてきたから、新しいヒーローが登場してJRAもウキウキなんやろうな。

 

52:名無しの競馬ファン

ちょっとごり押ししすぎじゃね?ッと思ったけど、めちゃくちゃ強いからなあ……

 

53:名無しの競馬ファン

もう凱旋門だ、なんだって言っているしな。よほどのことがなければ行くと思うけど。

 

54:名無しの競馬ファン

まあローテ的に阪神大賞典→春天→宝塚を勝ってから、フォア賞→凱旋門賞って感じじゃないかな。

 

55:名無しの競馬ファン

エルコンドルパサーみたいに欧州に長期遠征っていうのもロマンがあるけど、日本でもっと見たいしな。

 

56:名無しの競馬ファン

凱旋門なんてどうでもええは、テイエムオペラオー以来の古馬王道グランドスラムが見たい。

 

57:名無しの競馬ファン

>>56 ほんとそれ。

 

58:名無しの競馬ファン

>>56 一度も勝ってないんだし、日本最強馬を送り込まなくてどうすんだよ。そんなんだから競馬後進国とか舐められるんだよ。

 

59:名無しの競馬ファン

>>58 ジャパンカップで外国馬が久しぶりに勝った(引き分け)からって外国馬より日本馬が劣っているとは思えんけどな。

 

60:名無しの競馬ファン

因みにディープは父も母も外国産馬やで……

 

61:名無しの競馬ファン

それを言ったら純日本産の馬なんていねえよ……

 

62:名無しの競馬ファン

ちょっと荒れてきたので、話を変えましょうか。

テンペストクェークとディープインパクトってどっちが強い?

 

63:名無しの競馬ファン

>>62 もっと荒れる話題を投下するのはやめろ

 

64:名無しの競馬ファン

>>62 そういうのは専用スレでやっているぞ

 

65:名無しの競馬ファン

>>62 ガソリン投下で草

 

66:名無しの競馬ファン

>>62 そもそも土俵が違うし。

 

67:名無しの競馬ファン

ディープインパクトは2000~3000

テンペストクェークは1600~2000

決着がつくとしたら2000メートルの舞台。つまり秋天じゃね?

 

68:名無しの競馬ファン

凱旋門賞に行ったら出れないじゃん。

 

69:名無しの競馬ファン

>>68 じゃあ宝塚で。

 

70:名無しの競馬ファン

>>69 2200はちょっとテンペストに不利じゃね?

 

71:名無しの競馬ファン

でもマイルだとディープが不利だろうし。

 

72:名無しの競馬ファン

ハイハイ、これ以上は荒れるのでやめ止め。

 

73:名無しの競馬ファン

こういうのを見ていると、王道路線を走るシンボリルドルフにはニホンピロウイナーがいて、ディープインパクトにはテンペストクェークがいる。本当に同世代はスプリントかダートに行くしかねえな。

 

74:名無しの競馬ファン

牝馬にはラインクラフト、シーザリオがいる。

ダートにはカネヒキリがいるぞ。スプリントくらいかな。

 

75:名無しの競馬ファン

スプリントだって移り変わりの激しい魔境みたいなものだし、逃げ場がねえ。

 

76:名無しの競馬ファン

来年は5歳以上の古馬がどれくらい頑張れるのか楽しみではある。

 

77:名無しの競馬ファン

一つでもディープに勝てば、永遠に評価される段階にきているな。

 

78:名無しの競馬ファン

つい数日前に4歳になったばかりの馬がすでに歴代最強クラスの馬に名前を連ねている。競馬の歴史に立ち会えて満足。

 

79:名無しの競馬ファン

競馬なんてそんなもんやで。多分十年くらいあとにもめちゃくちゃ強いのが出てきて、ディープとどっちが強いみたいなスレが乱立する。

 

80:名無しの競馬ファン

すでにルドルフVSディープみたいなの生まれているしね

 

81:名無しの競馬ファン

最強を決めたがるのは競馬に限らず人間そのものの習性やな。

 

82:名無しの競馬ファン

まあ直接対決があれば、その時に決めればいいんじゃね?

 

83:名無しの競馬ファン

テンペストクェークがすでに3敗しているのは内緒だぞ

 

84:名無しの競馬ファン

>>83 草

 

85:名無しの競馬ファン

>>83調教師、騎手補正を掛ければテンペストの方が……

 

86:名無しの競馬ファン

騎手の差は大きいな……

 

87:名無しの競馬ファン

ディープ:天才

テンペスト:おじさん

 

88:名無しの競馬ファン

高森騎手をおじさんというな。ちょっと老けているけどまだ40代だぞ。

 

89:名無しの競馬ファン

40代は十分おじさんやで。

 

90:名無しの競馬ファン

高森騎手は結構苦労しているからあまりからかってやりなさんな。

テンペストでGⅠを2つ獲ったんだからマジでよかったとは思う。

 

91:名無しの競馬ファン

「この歳まで騎手を続けたからこそテンペストクェークと出会うことができた」ってインタビューで答えていたな。

 

92:名無しの競馬ファン

たしか高森騎手って一度騎手免許を失効したんじゃなかったっけ。

 

93:名無しの競馬ファン

30代の時に事故で死にかけた。その時は二度と騎手に戻れないといわれたほどだったけど、復活して、中央に戻ってきた。

 

94:名無しの競馬ファン

一時期奇跡の復活って感じで報道されてたな。まあその後は何とか食い下がっているって感じだったけど。

 

95:名無しの競馬ファン

まあ、GⅠ獲りまくっている後輩に比べたら……って感じよな。

 

96:名無しの競馬ファン

なにはともあれ初GⅠおめでとうって感じやな。

 

97:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファーも二人の騎手の初GⅠ馬だし、何かあるのかね……

 

98:名無しの競馬ファン

そういえばそうだったな。

 

99:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファーと同じってことは、後は安田記念制覇かな。

 

100:名無しの競馬ファン

父が成し遂げられなかった3階級GⅠ制覇も見たい。

 

 



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馬、次に向けて

マイルCSも終わり、テンペストクェークは重賞3連勝、GⅠ2連勝という栄光を勝ち取り、一気にスターホースの階段を駆け上がっていた。

ディープインパクトに比べると知名度は低いが、コアな競馬ファンからかなり支持されていた。

12月に入り、テンペストクェークは翌年に向けて英気を養うべく、育成牧場に預けられていた。

 

そんな12月のとある休日に、藤山が予約した会議室で、西崎と藤山は面会していた。

電話やメールでも問題はないのだが、大切な馬の話なので、対面で話すのが藤山の流儀であった。

ただ最近はテンペストが有名になったことから、重要な話をするときは、このような形がとられている。

 

 

「今日はありがとうございます。それと、テンペストクェークのマイルCS勝利おめでとうございます」

 

 

「ありがとうございます。これも先生方のおかげです」

 

 

「3歳馬で天皇賞・秋とマイルCSを連勝したのは史上初です。本当にテンペストクェークは強くなりました」

 

 

「本当にその通りですね。初めての馬でここまで走ってくれるとは思いませんでしたよ。周りの人からも驚かれます」

 

 

馬主の資格を有して2年でダービーを制した人はいるが、初の所有馬が3歳でGⅠを2勝したという話は聞いたことがなかった。

 

 

「そういえば、テンペストクェーク以外の馬は所有しないのですか?昨年はセリにも同行しましたが……」

 

 

「ちょっと惹かれる馬がいなくて……」

 

 

二人はセリや藤山調教師の知り合いの牧場を巡って、馬を探したものの、西崎の眼にかなう馬はいなかったようである。

テンペストクェークに目を焼かれてしまった西崎にとって、他の馬は凡庸な馬にしか見えなかったのである。

テンペストと初めて会ったときのように、「面白い」と思える馬はいなかった。

 

 

「……西崎オーナー。テンペストクェークのような馬はそう簡単にはいませんよ。いたとしても、有力な馬主や牧場が所有したり、クラブが所有したりするので」

 

 

「やはりそうですか……テンペストのような馬がいないかと探していましたが彼は特別なのですね」

 

 

西崎のため息に、こりゃあ彼はこれからも苦労するなと思った藤山であった。

 

 

「焦る必要はありませんし、今はテンペストの方に集中してもいいと思いますよ」

 

 

「そうですね。テンペスト関係でいろいろあったので、大変でした……」

 

 

西崎の生活も少し変わり始めていた。GⅠレースを連勝した話は馬主界隈だけでなく、世間一般に知れ渡ったため、自称友人や自称親戚がやたらと湧いてきたのである。もともと経営者であるので、そういった輩が絡んでくることは多かったのだが、明らかに多くなっていた。

 

 

「テンペストクェークを売ってくれ~なんて話もありまして。さすがにどうかと思いましたが」

 

 

「あ~、たまにありますね。特に西崎さんは新人馬主ですから……」

 

 

「本当に参りますよ。ただ、それもうれしい悲鳴という奴です。テンペストが活躍したからこその騒動ですからね」

 

 

機嫌よく笑う西崎に、そこまで心配する必要はないなと思った藤山であった。

 

 

「そういえば、テンペストクェークのグッズも販売されるんですよ。オグリキャップみたいにぬいぐるみが一家に一体って感じになりませんかね」

 

 

「さすがにそこまでは……ディープインパクトの方がその立場になるのでは?」

 

 

「確かに無敗の三冠馬って方がインパクトがありますよね……」

 

 

「ははは、テンペストももっと活躍すれば絶対にたくさん売れるようになりますよ。さて、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 

テンペストクェークの話題で場が暖まったところで、藤山は話の本題を切り出した。

 

 

「今日西崎さんに報告したいことは、今後のテンペストクェークの出走計画についてです」

 

 

「確か2月のレースから始めるという話でしたね」

 

 

「2月末の中山記念からスタートする予定です。6月には安田記念にも出走しようと考えています。GⅠを2勝しているので、出走除外に怯える心配はもうありません。あるいは宝塚記念も考えています」

 

 

どれも1600~2000メートルの彼が得意とする距離のレースである。特に安田記念は彼の父親のヤマニンゼファー、祖父のニホンピロウイナーが勝利しているレースであるため、ぜひ獲っておきたいと藤山は考えていた。

 

 

「その辺りのレース計画は先生方に任せます。彼がしっかり走れるローテーションでお願いします」

 

 

西崎的には、特に文句のない出走計画であった。しかし、藤山は、西崎にとある提案をした。

 

 

「それでなんですが、安田記念の前に、ドバイのレースを走らせてみませんか?」

 

 

ドバイのレースを走らせてみたい。この提案こそが本日の本命の話である。

 

 

「ドバイ……ですか。近年になって競馬が盛んになった土地ですよね」

 

 

突然、日本とは関係のない外国の名前が出てきたことに西崎は困惑していた。

 

 

「はい。賞金額が高く、近年とくに注目を集めつつある国です。そこでドバイミーティングが開催されます。その中のドバイデューティフリーなら、テンペストクェークでも十分勝利を狙えると思います」

 

 

ドバイミーティングは、アラブ首長国連邦のドバイにあるナド・アルシバ競馬場にて行われる国際招待競走の開催日、同日に行われる重賞の総称である。

総賞金600万ドルのドバイワールドカップ(ダート)をはじめ、世界最高峰レベルの賞金額を誇るレースが多い。

2001年にステイゴールドがドバイシーマクラシック(当時はGⅡ)でファンタスティックライトに勝利したことで日本でも有名になったレースである。

 

 

「藤山先生が勝利を狙えるというのであれば、それを信用します。ただ、ドバイに行くということは、それ相応の費用も掛かるのではありませんか」

 

 

馬を輸送する飛行機の往復代金を中心に、日本の輸送とは桁違いの費用が掛かる。馬主初心者の西崎もそれくらいは知っていた。

 

 

「それなんですが、このレースは国際招待競走なのです。これは競馬の主催者がその国に所属していない馬を招待して、輸送費や滞在費用などを負担してもらうことが出来ます」

 

 

「それだと我々の負担はほとんどないということなのですね」

 

 

「その認識で構いません。ただ、「招待」を受ける必要があります。その辺は2月にわかると思いますが……」

 

 

「「招待」ですか。テンペストクェークはそれを受ける可能性はありますか?」

 

 

「あります。天皇賞とマイルCSのGⅠを2勝しているうえ、WTRRで123ポンドを獲得しています。可能性は十分にあり得ます」

 

 

「なるほど……因みにこのレースでテンペストは勝てますか?」

 

 

西崎は、勝ち目があるからこそ、提案しているのだとわかっていたが、本人の口から説明が欲しかった。また、基本的には藤山に出走レースの制定などは任せているが、海外となればある程度の根拠が聞きたいと思っていた。

 

 

「ドバイDFの距離は、芝の1777メートルです。マイル~中距離では現在日本最強馬といっていいテンペストなら十分勝ち目があります。そして、飛行機は未経験ですが、テンペストクェークは馬とは思えないほど輸送に強いです。そして環境適応能力も非常に高い。海外のレースでも万全の状態で戦えると思います」

 

 

サラブレッドは本来繊細な生き物である。しかし彼は、弥生賞で負けたとき以外に精神的に弱くなった時が一切ないのである。美浦トレセンに来て数日でゼンノロブロイと喧嘩できる胆力もある。競争能力以外の能力が非常に優れているのがテンペストクェークの強みでもあった。

 

 

「そこまで自信があるのでしたら、是非お願いします。ただ、招待されなかった場合には当初の出走計画の通りに進めてください」

 

 

「ありがとうございます。予備登録は1月頃に行われます。第一希望はドバイDF、第二希望はドバイWCにしたいと思います。招待状は2月中に届くと思います」

 

 

「中山記念は距離も近いので、試金石といった形ですね」

 

 

「そうなります。さすがに休養明けでいきなり海外レースは彼でも厳しいと思いますので、しっかりと叩いていきたいと思います」

 

 

「中山記念で惨敗したらちょっと恥ずかしいですね」

 

 

「ははは、それがあるのが競馬ですからね」

 

 

こうして、テンペストクェークのドバイDF出走(予定)が決定した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺は、いつものトレーニング場を離れて、見知らぬ土地に来ていた。

初めてきた土地であったが、特に問題なく過ごすことが出来ているため、文句があるわけでもなかった。

こっちに来てから少しの間は、のんびりと過ごしていたが、冬の風が冷たくなった今は、それなりにトレーニングに励んでいる。

どうも夏の休みのようなものではないようだ。

自分としても長く休むと、せっかく鍛えぬいた体のキレが失われてしまうと思うので、こうやって運動させてくれるのはありがたかった。

 

 

「美浦のスタッフから聞いていましたが、本当に手がかかりませんね」

 

 

「かなり頭がいいというのは本当のようだな」

 

 

ここでも、俺の世話をしてくれる人がいる。

ここで俺が暴れたりしたら、兄ちゃんやおっちゃんに迷惑が掛かるので、俺は優等生を演じている。

 

 

【もっとメシちょうだいな】

 

 

ただ、少し御飯の量が少ないので、もっと欲しい。

その辺の草を食う、文字通り道草を食ってもいいのだが、どうやら俺のメシというのは、人間のアスリートのように、しっかりと量や種類などが管理されていることが多いようである。

なので、むやみやたらに喰らい尽くすわけにはいかなかった。

 

 

「って御飯の要求か。こうやってバケツを鳴らしてアピールするところなんかは可愛いよな~」

 

 

そういって、俺を撫でてくれるので、俺はそれに応じる。

うーん。やっぱ兄ちゃんと騎手君の撫で方が一番うまいな。

 

 

「なんか微妙な顔をしているけど、まあいいか。しっかり食って、運動して、トレーニングして、春から頑張るんだぞ」

 

 

次のレースでも勝てるようにしっかりと身体を整えねば。

俺はもう誰にも負けたくないのだから。

 

 

俺がこの牧場?に来てしばらくの時間がたった。

しばらく過ごしていると、この牧場にも、様々な馬がいることが分かった。

部屋の隣にも馬がいるし、走り回っていると、近くに他の馬が走っていたりする。

数はトレーニングセンターに比べると少ないが、それでも顔を合わせたりする。

 

 

【ボス】

【強い......】

 

 

なんというか何故かここで自分がボス認定されてしまったのである。

ここに来てすぐに、俺がしばらく厄介になるので、「よろしく」という意味も込めて他の馬に挨拶をしたのだが、それ以降なぜか俺がここのボスとなっていた。

 

最初は全部無視してここで生活をするつもりだった。

だが、自分をボスと認める馬たちがいるなかで、その役目を放棄するのは、あまりに無責任だと考えるようになった。

 

前にいたトレーニング場では、あの黒い馬がボス扱いされていた。

意外とあいつは偉ぶるような奴はなかったりするが、暴れている馬がいたらそいつを一喝して鎮めていたりした。

そういう強さも持っているからこそあの黒い馬は他の馬から一目置かれていたにだろう。

 

俺には知性がある。そして理性もある。ただ、あくまで俺は馬である。

馬として生きる以上、馬の社会に適応する必要がある。

だが、俺は他の馬より強く、そして賢い。

あの黒い馬にできて、俺にはできないわけがないだろう。

 

それに、あの黒い馬には色々と恩がある。

夏の終わりから秋にかけて、あの馬と走ったから俺は強くなれた。

強い馬のお手本として最適な馬だった。

 

そいつから、お前が次のボスだと認定されてしまった。アイツは普段は結構物静かな馬だけど、周りの馬からは一目置かれていた。それにそこまでボスの座にこだわる奴でもなかった。まあ結構こだわりが強いやつだったけど。未だに運動とかで人間が俺の方を優先したりすると怒ったりするけどね。

 

何はともあれ、自分からボスと主張しなくても、周りから勝手にボス扱いされることもあるのかもしれん。

まあ、なるようになれだ。

 

それにしてもあの黒い馬。外見ではわからないが、ここに来る前に走った時には威圧感や勢いのようなものが少し衰えているのがわかった(他の馬よりは普通に強そうだったが)。

もしかしたらあいつは、自分が衰えつつあるのを自覚していたのかもしれない。

 

なら、その意思を受け取っておこう。

あいつに勝った証拠として......

 

 

【取り敢えずここで馬の社会の経験を積むか】

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2006年が始まってすぐの1月初旬、2005年のJRA賞が発表され、表彰式が行われた。

年度代表馬は、無敗の三冠馬にして無敗でクラシックを終えたディープインパクトであった。

そして、藤山厩舎のエースであるテンペストクェークは、3歳でマイルチャンピオンシップを制したことが評価され、最優秀短距離馬を受賞した。

藤山厩舎の馬がJRA賞を受賞するのは初めてであった事なので、厩舎スタッフ全員でお祝いの宴会を行ったりしていた。

そんな表彰式が終わった数日後。テンペストクェークは育成牧場で英気を養っており、美浦トレセンにはいなかった。

定期的に藤山などのスタッフが見に行ったりしており、大きな問題は発生していないようである。

 

 

そんな中、藤山は、西崎と表彰を受けた記念会を改めて二人で会っていた。

 

 

「最優秀短距離馬の受賞おめでとうございます」

 

 

「ありがとうございます。これも高森騎手や藤山先生たちのおかげです。初めての馬でここまで来れるとは思いませんでした」

 

 

JRA賞の表彰式では、藤山が表彰台に上がっていた。

表彰を受けた馬の大半が栗東所属の馬であったため、何とか美浦の面目を保つことが出来たと思っていた。

 

 

「これからもテンペストクェークは勝ちます。まずは中山記念からです。予備登録は済ませましたが、出走できればドバイも勝っていきます」

 

 

「その言葉を信用させていただきますよ。よろしくお願いします」

 

 

「あと、テンペストクェークの様子ですが、特に問題はなく過ごせているようです。手が掛からないうえ、賢いので、かなり可愛がられているようです」

 

 

「それなら安心です。どこに行っても彼は可愛がられますね」

 

 

「少しいたずら好きなところもあるようで、そこも可愛いんですよ。小学生の息子を思い出してね……」

 

 

「島本さんたちが言ってましたね。生まれたときから人間にずっと育てられてきて、人間と共に過ごしてきたから、自分のことを人間だと思っている節があると」

 

 

「表情が豊かだったり、妙に頑固だったりするのは人間っぽいんですよね。ただ、最近は馬嫌いが治ってきているそうなんですよ。夏以前は興味すら向けなかったのに」

 

 

テンペストクェークの馬嫌いは陣営の中では有名であった。夏頃まで、彼が親しくしている馬は、同じトレセンにいたゼンノロブロイくらいだった。

 

 

「いま預けられている厩舎でボスになっているらしいです。馬同士の喧嘩を仲裁したり、ボスとしての仕事もそれなりにしているみたいです」

 

 

「は~。馬の社会にもボスはあるんですね。それでテンペストがボスとは……」

 

 

「やっぱりゼンノロブロイに何か感じるものがあったんだと思いますよ。彼は所属している厩舎の馬から一目置かれていますから。あまり自分から強く主張するような馬ではないですけど、カリスマ性はありますからね。テンペストもそこに惹かれたので?」

 

 

「あ~確かに2歳の時からゼンノロブロイには反応していたと聞いています。ほかの馬には興味も示さないのにって」

 

 

「懐かしいですな。あとは2頭で併走や曳運動を一緒にするようになってから、一層たくましくなりましたね」

 

 

ゼンノロブロイは藤山とは別の有名厩舎に所属している馬である。本来であればライバルになり得るテンペストクェークと併走などの調教を一緒に行う義理もないのだが、ゼンノロブロイ陣営には承諾してもらっている。馬が合うというのも意外と重要なのである。

テンペストは明らかにゼンノロブロイのことを意識しており、彼との調教でさらに強くなったと陣営は見ている。

そのため、テンペストクェークがゼンノロブロイを破って天皇賞・秋を勝利したときは、少し気まずかったが、代わりにある約束をしたので、その辺は解決した。

そのゼンノロブロイはジャパンカップを3着、有馬記念を3着と最後まで粘り続け、引退した。

 

 

「ゼンノロブロイには感謝しないといけませんね……もう美浦トレセンからいなくなりますし、テンペストもさみしくなるんじゃないでしょうかね」

 

 

「う~ん。さみしがっている様子を一度たりとも見たことがないので、どうなんでしょうね。短い間だったし、厩舎も違いましたけど、いいコンビだったと思いますね」

 

 

「二頭とも身体も大きいので、見栄えがいいですね。いや威圧感があるのかな」

 

 

テンペストは、西崎が出会ったときは、体は大きいが貧乏くさい外見と外向気味の脚のせいで立派には見えなかった。しかし、今は500キロ超えの馬体とムキムキの筋肉がついている超一流馬となっていた。同様にゼンノロブロイも500キロ近い大柄の馬体である。だからこそ、他の馬からみたら、畏怖の存在となっていたのかもしれない。

 

 

「人間でいえば、シルベスター・スタローンとアーノルド・シュワルツェネッガーがいるようなものですかね」

 

 

「ははは、もしかしたら馬からは、そんな風にみられているのかもしれませんね」

 

 

その後も二人は、テンペストの話で盛り上がったのである。

 

 

 

 

2月中旬、テンペストクェークは、育成牧場から帰還して次走の中山記念に向けて調教を積んでいた。そこに、ドバイからの招待状が届いた。

藤山調教師一同はこれを受諾し、テンペストクェークのドバイデューティフリーへの挑戦が確定した。

日本からは、昨年の香港マイルを勝ったハットトリック、安田記念を勝ったアサクサデンエンが出走予定であり、日本馬の初制覇が期待されていた。

 

 

 




テンペストクェーク目線
「どうも、これからよろしく」
他の馬目線
「夜露死苦」

ただ、キレたナイフのような雰囲気は消えつつあるので、前ほどは恐れられてはいないようです。


ドバイの招待については、ジャスタウェイを参考にしたので、2006年時点だといろいろ間違っているかもしれません。ご容赦ください。


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馬、砂の国へ

文字数が少し多くなったので、2話に分けて投稿します。
いつも誤字脱字、感想ありがとうございます。


2006年2月26日、中山競馬場開催のGⅡ中山記念がテンペストクェークの4歳初戦となった。

育成牧場から帰ってきたテンペストクェークは、体のキレが鈍ることなく順調に調教をこなし、中山記念へと挑んだ。ドバイからの招待状を受け取り、出走を表明しているテンペストクェークにとっては一種の叩きレースであった。

中山競馬場での競馬は、1着1回、2着2回と良好な成績であったこと、得意な距離であったこと、調教、パドックの仕上がりが良好だったこともあり、1番人気でレースを迎えた。

 

レースでは、抜群のスタートを決めると、いつものような後方待機策ではなく、そのまま先頭集団にとりついて走った。最終コーナー付近で一気に加速して、先頭を走っていたバランスオブゲームをゴール前100メートルほどで追い抜き、そのまま1馬身差でゴールした。バランスオブゲームも後続を置き去りにするほどの加速をしたが、それを上回る脚でテンペストクェークがゴールを駆け抜けた。

雨の中、馬場状態は重であったが、それを全く感じさせない走りであった。

 

 

レース後の騎手のコメント

『先頭集団で走るのは初めてだったが、問題なかった。最後も素晴らしい加速で走ってくれた。道悪を苦にしないことはわかっていたが、それを結果で示してくれた』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今、俺はまた見知らぬ場所に来ていた。

 

冬の間世話になった牧場からいつものトレーニング場に戻って、身体を鍛えぬく毎日を送っていた。

ちょっと前には、去年の春に走った競馬場で走った。

レースは、雨のせいで、芝がぬかるんでいたけど、特に問題なく走ることが出来た。

結果は勿論1着である。

結構走りにくそうにしている馬が多かった。その一方で、伸び伸びと走っている馬もいて、芝の状態一つで、得意不得意が現れるんだなあと思っていた。

俺はどうかって?俺はどっちも問題ない。

これは俺にしかできないことかもしれないが、普通の芝と、雨が降った後の芝では少し走り方を変えている。

そうしないと、うまく地面を蹴り上げることが出来なかったり、滑ったりするからだ。

この辺は何というか、絶妙な調整が必要だから、説明が難しい。

 

あと、あの黒い馬がどこを探してもいなくなっていた。

どこか別の場所で走っているのか。それとも引退してしまったのか。俺にはそれを知るすべはなかったが、きっと彼ならどこでもやっていけるだろう。

 

まあとにかく、俺は前のレースも勝利して、しっかりと騎手君や兄ちゃんたちを喜ばせることが出来たのだ。

そして、疲れを癒していたら、俺はまたトラックに乗せられて見知らぬ場所に連れてこられたのである。

 

 

【ここはどこだ……】

 

 

「さすがのテンペストも初めての場所だから少し緊張しているかな。それでも落ち着いているけど」

 

 

それと俺と同じように連れてこられた明るい茶色の馬。この馬もどこかせわしなさそうにしていた。

 

 

【落ち着け。ここは大丈夫だ】

 

 

【……そうだね】

 

 

そういえばこの馬は、去年のレースで一緒に走ったな。

 

 

「アサクサデンエンの方も落ち着いているのでよかったです。テンペストも威張り散らすタイプではないので、大人しい馬とは相性がいいのかな」

 

 

【まあよろしく】

 

 

【うん、よろしく】

 

 

この馬は特に攻撃的でもないし、ガツガツしていないな。俺やあの黒い馬よりも年上かもしれん。まあ、俺の方が強いと思うが……

 

 

見知らぬ場所は、俺が過ごしていたトレーニング場と同じような場所だった。やたらと俺の行動や状態をチェックする人がいる以外は普通にトレーニングを行っていた。

なんかやたらと注射で血を採られたりするし、獣医?のような人もいるんだけど、俺ってなんかやらかした?

もしかして俺が人間並みの頭脳を持っていることがバレたのか。解剖は嫌だな……

 

そんなことを思っていたが、特に危害を加えられることはなく、ちょっと変わった日常を味わう程度で何日が過ぎていった。

 

 

そして、再びトラックに乗せられた先は、空港であった。

目の前には飛行機が鎮座していた。

俺に耳あてのようなカバーをかぶせたのは、音対策のためか。確かにうるさい。

最初に俺と一緒にやってきた馬も怯えている。

周りを見渡すと、他にも馬がいる。俺と同じレースを走った事がある馬もいれば、初めて出会う馬もいた。

ただ、全員怖がったり、不快感をあらわにしていた。

 

 

【怖い怖い】

【なんだこれは、食われる】

【うるさい!】

 

 

【まあ、頑張れ……】

 

 

俺にはどうにもできないので、とりあえず頑張って耐えることを伝えておいた。

馬にはこれは厳しいのかな。

 

そんな感じで俺は飛行機に乗り込み、空の上で過ごした。メシや水は完備されていたし、温度もちょうどよかったので意外に快適だった。ただ文句があるとするならば、横になって寝そべりたかった……

一緒に乗っていた馬は爆音などの不快感のせいか、かなり大変そうであった。ただ、お世話の人間もいたので、慣れたころには、落ち着いていたのでよかった。

 

 

 

 

そして飛行機から降ろされた場所は、見たこともない場所だった。

いや、基本初見のところばかりなんだけど、なんというか空気感が日本とは違うのだ。

ここはいったいどこの国だろうか。

 

ただ、わかることがあるとすれば、俺は世界と戦うことになるだろうということだ。そうなると、俺は騎手君やおっちゃんたちだけでなく、日の丸を背負って戦うことになる。

俺が情けない走りをすれば、それは日本の馬全体がバカにされることになる。

 

 

【絶対に勝つ】

 

 

【疲れた】

【眠い】

 

 

おい、同志たち、君たちももっとやる気を出したまえよ……

馬に国家は関係ないか。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

テンペストクェークは、3月25日にドバイで開催されるドバイDFに出走するため、検疫を受けることになった。同じく美浦所属で、ドバイDFに出走予定のアサクサデンエンと共に、栗東の厩舎で検疫を受けつつ調教を行った。

そして、検疫期間終了後の3月16日、関空から、ドバイミーティングに参加する馬と共にドバイへと旅立ったのである。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

西崎にとって海外旅行はそこまで身近なものではなかった。

経営者で普通の人よりは資産があるが、仕事も海外に関係するものではなかったうえ、特に海外志向もなかったので、家族旅行などでしか海外には縁がなかった。

そんな彼は今、砂の王国、UAEのドバイにやってきたのであった。

 

今回のレースで招待されたのは西崎と妻の涼子だけであった。用意された飛行機もホテルもしっかりとしたものであったため、金持ちの国ってすごいと二人で感嘆していた。

因みに、会社の競馬好きの部下たちを招待することはできなかったが、彼らは自費で応援に行くと言い張り、テンペストクェークのファンたちを巻き込んで、応援ツアーを勝手に企画してついて来ているらしい。

今回のドバイミーティングに出走する馬は、日本で優秀な成績を残している馬が多い。

ハーツクライのようなクラブ法人の馬もいるが、西崎と同じ個人馬主が所有している馬もドバイに来ていた。

 

 

「カネヒキリとユートピアはあの馬主の馬か。ディープインパクトだけでもすごいのになあ……」

 

 

自分では到底たどり着けない境地だなあと考えていた西崎であった。

最初の所有馬でドバイまで来ている西崎も幸運を超えた豪運でもあるが、それを指摘する者はこの場にはいなかった。

 

 

滞在するホテルからそう遠くない場所に、テンペストを含めた日本馬たちがいる厩舎があるとのことだった。特にやることもないため、妻を連れてテンペストに会いに行くことにしたのである。

 

テンペストの馬房がある厩舎では、ドバイで走る日本の馬が過ごしていた。暑い国の配慮なのか、エアコンが効いていたため、心配された暑さは問題なかった。

実際の競馬も夜なので、そこまで気にする必要はないと聞かされている。ただ寒暖差が激しいため、調教などで調子を落としてしまう馬もいるとも聞いていた。

 

 

「テンペストの調子はどうですか」

 

 

「ここに来たときは少し緊張していたようです。ただ、慣れたのか今はゆっくりしていますね。飛行機でも食って寝てを繰り返していましたし、精神的にも肉体的にも全く問題は起きませんでした。これなら十分戦えると思います」

 

 

厩務員の秋山が自信をもって答えた。彼はテンペスト専属の厩務員として、この地にやってきたのである。

 

 

「それは心強いです。テンペストも異国の地で戸惑っているかもしれませんが、安心できるようによろしくお願いします」

 

 

「わかりました。まあ、こいつはいつも通りやってくれると思いますよ。な、テンペスト」

 

 

秋山が馬房から顔を出していたテンペストの首をさすると、ヒンッと軽く嘶いて、秋山の帽子を咥えて馬房の奥に引っ込んだ。

 

 

「って、返せ」

 

 

「可愛いですね。テンペスト、こっちに来れますか?」

 

 

帽子を奪って笑っているテンペストを涼子が呼んだ。すると、涼子の頭の上に帽子を被せて、そのまま馬房で横になって寝始めた。

 

 

「可愛い~」

 

 

歳も考えないで可愛いと連呼している妻を横目に、二人は、やっぱりこの馬には中に人間が入っているか、あるいはロボットなんじゃねーかと思っていた。

それと同時に、いつものペースを全く崩さないテンペストに、確かな自信を感じ始めていた。

 

 

その後、数日間ホテルで過ごしたあと、主催者によるパーティーなどが開催された。

最初は、雑多な馬主の一人ですよ~といった顔をしていた西崎夫妻であったが、同じ日本人のグループにつかまり、毎度のように大物馬主や生産者たちとパーティーを過ごしたのであった。

因みに島本牧場からも牧場長の島本親子が生産者代表としてドバイ入りをしていたが、慣れない環境と飛行機で完全にグロッキーになっており、この場には参加していなかった。

 

 

開催日が近くなると、騎手の高森もドバイ入りして、調教の手伝いやテンペストの状態確認などを行っていた。またナド・アルシバ競馬場は初めてであるので、過去のレース映像の確認などを行っていた。

 

 

「よし、これで大丈夫だ」

 

 

「調子がいい。馬体も昨年よりもさらに進化している。というか本当にすごいな……」

 

 

彼の身体はピカピカに輝いていた。あの貧乏くさいと呼ばれた姿を微塵も感じさせない仕上がりであった。

その様子に、他の日本馬の陣営も、ヤバいと感じ始め、彼を遠巻きで観察していた他国の陣営も、なんだあの馬はとひそかに話題になっていた。

気が早い関係者などは、水面下でテンペストクェークのことを狙っていたりしたが、西崎の馬主ネットワークのあまりの弱さに、挫折していたりもした。

 

 

ドバイでの時間はあっという間に過ぎ去り、3月25日、ドバイミーティングが開催された。

 

 




ラジオNIKKEIの記事が正しいのであれば、
角居厩舎所属
カネヒキリ(ドバイWC)
フラムドパシオン(UAEダービー)
ハットトリック(ドバイDF)
橋口厩舎所属
ハーツクライ(ドバイSC)
ユートピア(ゴドルフィンマイル)
にアサクサデンエン(ドバイDF)が一緒の飛行機に乗っていったようです。
6頭以上乗せれるのかわかりませんが、テンペストもこの馬たちと同じ便でドバイに行きました。

ハーツクライの応援に、のちのジャスタウェイの馬主も行っているようなので、もしかしたら彼と西崎は交流していたかもしれません……


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砂塵に吹き荒れる暴風

【ドバイデューティフリー】

アラブ首長国連邦のナド・アルシバ競馬場にて開催されている芝・1777メートルの競争である。1996年にダート2000メートルで開催されたが、2000年からは芝や距離が変更され、2002年にGⅠ昇格と共に現在の距離1777メートルとなった。

賞金額が高く約1800メートルという距離であるため、中距離の精鋭馬が集まるレースになりつつあった。

2001年にイーグルカフェが9着に敗れて以来、日本からの挑戦は行われていない。

 

2006年に、このレースに挑む日本馬は3頭いる。

3歳で天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップを制し、現在重賞を4連勝中のテンペストクェーク、香港マイルを勝利したハットトリック、安田記念を制したアサクサデンエンである。

海外馬では、2005年にチャンピオンステークスを勝利したデビッドジュニアや、2003年にコックスプレートを勝利したフィールズオブオマーなど、世界のGⅠ馬が集まっていた。

 

 

「うーん、デビッドジュニアは昨年調子が良かったからな。警戒対象だな」

 

 

調教師の藤山にとって自分が管理する馬が海外のレースに出走するのは初めてである。そのため、海外のレースはそこまで詳しいわけではなかった。しかし、今回、テンペストが海外で走ることになったため、海外馬の情報の収集はしっかりと行っていた。

 

 

「ただ、明らかな怪物はいないな。むしろテンペストの方が警戒されているのかもしれん」

 

 

少なくとも、マイルCSで敗れたハットトリックと天皇賞・秋で敗れたアサクサデンエンの関係者からは、最大級の警戒を受けていることがわかっていた。

 

 

「高森くんもこの場に飲まれていない。やはりGⅠを勝ったことが大きかったな」

 

 

テンペストの鞍上は一貫して高森騎手であった。海外の舞台では、より優れた騎手を据えるべきではないかと考えもした。

しかし、テンペストには高森騎手以外にはありえなかった。彼は、テンペストの上にいるときは、別人のように輝いていた。

その輝きを常に放ってくれればいいのにとは思っていたが……

 

 

「人事は尽くした。あとは天命を待つのみ。頼んだぞ、二人とも……」

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

レース直前の俺たち騎手が待機する部屋には、独特の緊張感が漂っていた。

この雰囲気は日本の競馬とそこまで変わらない、ただ、違うことがあるとすれば、周りにいる騎手が外国人騎手ばかりであることだ。

 

知り合いがほとんどいないこの状況で、俺はなぜか冷静でいられた。

緊張しすぎていない、それでいてリラックスもしていない。

いい状態だ。

 

 

「ふ~、あと少しかな」

 

 

今はドバイDFに出走する馬がパドックで周回している時間だ。

そんな緊張感の中、俺に日本語で声をかけてくる男がいた。

 

 

「高森さん、改めてですが今日はよろしくお願いします」

 

 

今日のアサクサデンエンの鞍上で、昨年ディープインパクトで栄光を勝ち取った、日本競馬界屈指の天才騎手であった。

一応俺の方が先輩なので、律儀に挨拶をしてきたようだ。

本番前の騎手は、ピリピリしていることが多いので、話しかけにくいオーラを放っていることも多い。ただ、俺はそういうタイプではないので、意外と後輩から話しかけられることが多い。

 

 

「こちらこそよろしく。それにしてもさすがというか、場慣れしていますね」

 

 

彼は2001年にステイゴールドでドバイシーマクラシックを勝利している。この場を知っているという意味では俺より先輩かもしれん。俺が先輩であることって年齢だけ……?

戦績?比べるのがおこがましいくらいだよ……

 

 

「ありがとうございます。日本代表として健闘しましょう」

 

 

そういって、彼は自分の場所に戻っていった。

なんというか凄いやつだな……ただ、目は笑っていなかった。

 

しばらくすると係員が合図する。そろそろ時間だ。

 

パドックには、先生と西崎オーナーとその関係者がいた。

 

 

「高森騎手、テンペストを無事に導いてください」

 

 

「高森君、テンペストをよろしく頼みます」

 

 

GⅠを2勝しかしていない俺に、この舞台でもテンペストに乗ることを許してくれた。

俺の経験とテンペストとの絆を信じてもらえた。

 

だからこそ勝たなければならない。

 

騎乗合図とともに、俺はテンペストにまたがる。

完璧な仕上がりだ。

 

 

「テンペスト、今日もよろしく頼むよ」

 

 

もはや恒例行事のように、彼の嘶きが帰ってくる。

調子も最高。さあ行こうか。

 

本馬場に入り、返し場で馬場状態を確認する。

テンペストは特に問題なく走り、ゲートインを待つことになった。

 

1枠2番が俺たちの枠順だった。

ゲートインも問題なく進み、ゲートが開くのを待つ。

 

 

「行くぞ!」

 

 

ゲートが開いた瞬間、テンペストは外に飛び出した。

 

 

タイミングもよく、好スタートであった。

ここから400メートルくらいは直線のコースであるため、外枠の馬たちが内によって来る。

そのため、内側を走っているテンペストは、外から蓋をされてしまう可能性があった。

そして、予期した通り、外から馬が内枠によって来た。

 

今回は、あまり後方での競馬はしたくなかった。幸い先行での競馬は中山記念で経験済みであったため、テンペストも戸惑うことなく俺の指示を聞いてくれている。

 

スタートがよかったため、俺たちは先頭集団のやや後ろに位置して最初のコーナーまで走ることが出来た。隣に一頭馬が走っていたが、1頭だけなので問題はない。これが2頭、3頭と被せられると、ラストの直線で抜け出しにくくなる。

 

コーナーを曲がっていると、斜め後ろに、水色の勝負服を着た騎手が乗っているデビッドジュニアがつけてきていた。

こいつも要注意馬だったな。

おそらく最終直線でこいつも一気にスパートをかけてくるだろう。

 

 

最初のコーナーを過ぎるころには、先頭にザティンマンが走っており、3頭が先頭集団を形成して、その後ろにテンペストがいる流れになっていた。体感のタイムでは、そこまで早いタイムではない。

前残りするかもしれない。先行策は間違いではなかったな。

 

テンペストの状態を確認するが、変な汗も、呼吸もしていない。痛めたような走りもしていないな。

これならしっかりとラストで決めてくれるだろう。

 

それにしてもテンペスト、なんかカメラ追いかけてないか……

前を行く馬と騎手の間から、中継用のカメラを乗せた車が走っているのをチラチラとみている気がする。

 

 

「集中してくれ!テンペスト」

 

 

こんな時に注意するのはどうかと思うが、さすがにケガをされたり、接触事故になったりするのは怖い。

 

 

残り1000メートルを通過する。依然として先頭はザティンマンである。

ここから400メートルほどのコーナーを越えて、あとは600メートル近い直線コースが待っている。

 

コーナーの終盤では、後方で待機していた馬たちが徐々に加速してきたのがわかった。

それに伴って、テンペストも無理のない程度にスピードを速める。

テンペストの凄いところは、こういったスピードの調整がものすごく細かく利くところだ。普通の馬だったら、ここまでの調整は利かない。

車のアクセルと同じ感覚で乗ることが出来る。

 

もう少しだ、もう少し我慢してくれよ

テンペストが前に行きたがってうずうずしている様子が分かった。

 

残り400メートル前、後ろにいた馬が横に並び立ってきたのがわかった。

デビットジュニアであった。

 

 

彼らが、俺たちを抜かそうとした瞬間、俺はテンペストに一発の鞭を入れた。

それだけで充分であった。

重心が低くなり、一気に前に行こうとする彼だけのフォームに変わる。

 

高速道路で一気にアクセルを踏んで加速するような感覚に襲われた。

この瞬間が最高だった。

 

 

「行くぞ!」

 

 

スパートをかけたテンペストは、半馬身ほど前にいたデビットジュニアを抜き返し、そのまま粘り続けている先頭勢を捉える。しかし、隣のデビットジュニアもテンペストクェークに抜かれまいと、馬体を合わせて、走っている。

2頭同時に、先頭を走っていたシャドーロールを付けている馬であるザティンマンを抜かしたのは、ラスト200メートルでのことだった。

そしてその数秒後、隣で粘っていたデビットジュニアが後退していき、俺たちは単独で先頭になった。

 

後は、後ろから猛追する馬たちを引き離すだけだ。

テンペストの様子がおかしくなっていないか、そして後方から馬が来ていないかを確認しつつ、走っていた。

 

ラスト50メートル。

もう、誰も追いつけないだろう。

そのまま俺たちはゴール板を駆け抜けた。

 

 

ゆっくりと減速しつつ走っていると、すぐに後ろから、2着以下の馬が追い付いてきた。

歓声が聞こえる。

 

勝ったテンペストは、舌をペロペロさせながら、気分がよさそうにクールダウンの走りをしていた。

 

 

「お疲れさん。お前が最強だよ!」

 

 

「どういたしまして」という意味かどうかはわからないが、嘶きで返してくれたのがうれしかった。

 

しばらくテンペストがゆっくり走っていると、誘導馬がやってきた。

そういえばこのレースって馬の状態がよくない場合以外には、騎乗した状態でインタビューを受けるんだったな。

ひそかに勉強していた英会話がこんなところで役に立つとはな……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『……残り400メートル。先頭は依然としてザティンマン。このまま粘れるか。ここでデビットジュニアが動いた、前のテンペストクェークを捉えるか……』

 

『……テンペストクェークに鞭が入った、抜かせない、抜かせない。そのまま2頭のデッドヒート。残り200メートルで先頭のザティンマンを抜かした……』

 

『……テンペストクェークだ、テンペストクェークが抜け出した。デビッドジュニアは後退していく。先頭はテンペストクェークだ。このまま2馬身、3馬身と差が開いていく。テンペストクェークそのままゴールイン。圧巻の走りでドバイデューティフリーを制しました。暴風はドバイでも吹き荒れた!』

 

 

テンペストクェークは、2着のデビットジュニアに5馬身差をつけての圧勝であった。ラスト200メートルでのデッドヒート。そして、そこから抜け出したテンペストは、そのまま最速の脚をもってゴール板を駆け抜けた。

 

勝ち時計は1.48.22であった。タイム的には早いレースではなかったが1着と2着の着差は歴代最高の記録であった。また2着と3着の着差も3馬身半あったため、2着のデビットジュニアも強い馬であった。

ただ、テンペストクェークがその上を行ったのである。

 

 

西崎は彼がラスト200メートルで抜け出した瞬間、勝ちを確信した。

そして、ゴール板を駆け抜けた瞬間、人目をはばからず声を上げた。

 

そして、隣にいた藤山や妻、そして島本哲司と哲也の二人、応援団として駆け付けた部下たちと万歳三唱を行った。

 

 

「西崎さん、彼らを迎えましょう。最強のコンビを!」

 

 

高森騎手は意外にも英語が話せるらしく、馬場のインタビューも手慣れたものであった。

それが終われば皆で口取りである。

結構な大所帯ではあったが、全員写真に写って、最高の1枚を撮ることが出来た。

因みにこの時もテンペストはキメ顔で写真に写っていた。

 

 

表彰式では、西崎と調教師の藤山、騎手の高森が表彰台に上がり、表彰を受けた。

日本初のドバイデューティフリー制覇は、テンペストクェークが初の所有馬である新人馬主、GⅠ馬は通算1頭だけの厩舎の調教師、GⅠ勝利は2勝、重賞勝利も数えられる程度のおじさん騎手によって達成されたのであった。

現地のお祭りのような雰囲気も相まって、表彰式もお祭り騒ぎだったが、表彰台に上がった3人は全員緊張で変な顔をしていた。

表彰式後は、西崎は注目の的であった。

そして余波として生産牧場主の島本親子、藤山調教師や高森騎手も注目の的であった。

 

特に高森騎手は普通に英語を話せることもあり、海外の馬主から「もし海外にきたら連絡をくれ」などと冗談なのか、本気なのかわからないラブコールも受けていたりした。

そして気の早い人は種牡馬の話なども持ち上がり、もはやカオスになりつつあった。

 

 

そんなドバイの日々を過ごした西崎は、数日後に日本へ帰国した。

 

 

『テンペストクェーク、5馬身差の圧勝。ドバイデューティフリー初制覇』

 

 

日本に帰国後、テンペストクェークの活躍を報じた新聞は、西崎の宝物の一つになった事は言うまでもない。そして、社長室には、天皇賞の盾と共に、勝利したトロフィーが飾られることになった。

 

 




デビットジュニアは、英チャンピオンステークス、ドバイDF、エクリプスSとトップクラスの中距離GⅠを3勝している名馬です。
血統を見るとリボーの直系のようです。血統に関しては詳しくないですが、21世紀ではあまり見かけない血統かな?と思いました。
日本にやってきて種牡馬になっているようですが、結果は芳しくないです。今でも現役の種牡馬であるので後継が現れるといいなあと思いました。


ジャスタウェイはなんで1800メートルなのに1777メートル時代のタイムを全部更新する記録を打ち立てているんですかねえ……
レコード更新どころか45秒台で誰も走れていないので、あの1800メートルの舞台では、彼は本当に世界最強だったと思います。


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次のレースは?

3月25日にドバイで開催されたドバイミーティングでは、日本馬が躍動した。

ゴドルフィンマイルではユートピアが優勝し、日本馬として初めて海外ダート重賞を制覇した。ドバイシーマクラシックではハーツクライが圧勝して、ステイゴールド以来の勝利をもたらした。そして、ドバイデューティフリーで2着に5馬身差、3着に8馬身差をつけてテンペストクェークは勝利した。

栄光をつかんだテンペストクェークはレース後もケガ等の問題が起きることはなく、3月末に日本に帰国した。そして、検疫期間後は、美浦トレーニングセンターの藤山厩舎に戻り、激走と輸送の疲れを癒しつつ、次の戦いへの準備を進めていた。

 

 

「テンペストの調子はどうですか?」

 

 

「さすがのテンペストもレース数日後に飛行機での輸送が重なったので、少し疲れ気味です。ただ、1週間もすれば体力も気力も回復すると思います」

 

 

「わかりました。次のレースは少なくとも中4週間以上はあける予定です。無理なくダメージを抜いてきますので、引き続き頼みます」

 

 

「わかりました」

 

 

そういうと、秋山は別の馬の馬房の掃除があるため、そちらに向かっていった。テンペストの馬房の前に、藤山は一人残された。

目の前では、テンペストが「なんだ?」といった感じで藤山の方を向いていた。

 

 

「次はどうするか......」

 

 

4月以降に日本で開催されるGⅠ競争は、天皇賞・春、安田記念、宝塚記念の3レースがある。天皇賞は、3200メートルという超長距離は論外であるため、候補から外れる。

 

 

「安田記念か宝塚記念か……」

 

 

テンペストに有利なのは、マイルレースで直線が長い東京競馬場開催の安田記念である。ただ、2200メートルの宝塚記念も出走してみたいという気持ちはある。

何より、すでに水面下でディープインパクトVSテンペストクェークが実現するのではないかと動き始めているのを感じ取っていた。

安田記念から宝塚記念の連戦も考えたが、どちらも中途半端な結果に終わる可能性もあるため、どちらかに絞る方がいいと藤山は思っていた。

 

 

「宝塚記念に行くなら、途中でどこかのレースを使うか?3か月間何もしないのもどうかと思うしな」

 

 

5月27日開催の芝2000メートルの金鯱賞あたりが考えられるが、これも本当に必要なレースなのかはわからなかった。

 

 

「西崎さんに信用してもらっているからって自分勝手に決めていいわけじゃないからな……」

 

 

オーナーの西崎もいろいろとテンペストの出走計画や騎手、厩舎について口を挟まれたりしているらしい。

 

「もっといい厩舎がある」

「もっと腕のいい騎手を乗せろ」

 

こういった言葉をうんざりするほど聞かされるようになったと、愚痴られたほどである。

 

確かに、厩舎や騎手を見ると、何故ドバイDFを制覇できたのか不思議なほどのメンツである。多くの人は、「テンペストクェークという馬は、誰が管理してもそれぐらいの結果を出せる怪物だからだ」と思っている。実際にその側面は強い。彼は、すでに歴史に名を遺した名馬たちに匹敵する強さに成長している。

しかし、それでもテンペストの実力が花開いたのは、自分たち藤山厩舎の努力があったからだと思っている。

騎手の高森も、皐月賞で彼と折り合って以降は、まさに人馬一体の活躍をしている。藤山もテンペストを高森騎手以上に乗りこなすことが出来る騎手などいないと思っている。

つまり、テンペストクェークという怪物におんぶにだっこというわけではないのである。

 

 

「目立つと余計なことを言ってくる奴が必ずいる。その中には役立つアドバイスがあるかもしれないが、大半は無視しなさい。何が必要で、何が不必要かについては、君たちは学校やここでしっかりと学んだはずだ。また、注目されているということを自覚して、不用意な発言、行動には注意してください」

 

 

調教助手や厩務員たちには、テンペストクェークという宝石が、自分たちの手にあることを自覚するように訓示してある。

JRAによるディープインパクトのごり押しとも呼べるような宣伝の結果、競馬界は盛り上がっている。そしてそのディープインパクトに対抗できる馬としてテンペストクェークも注目を浴びている。

取材などもかなり増えてきていた。今までの藤山厩舎にはなかった変化である。

 

雑音が増えたので、これまで以上に気を付けなければならなくなったのである。

 

 

「宝塚か......今のテンペストなら......どうだろうな」

 

 

昨年の秋の活躍やドバイでの激走。そして日々の調教の様子。これらを見て、テンペストは既にディープインパクトに匹敵する馬なのではないかという考えが、確信に変わりつつあるのを覚えていた。

 

 

「全く、安田か宝塚か、なんて贅沢な悩みをさせてくれるねえ」

 

 

うれしい悲鳴だと言いながら、馬房から首を出していたテンペストを撫でる。

なんや? といった感じでテンペストが嘶くと、藤山が被っている藤山厩舎専用のキャップのつばを咥えて、そのまま頭から取ってしまった。

 

 

「また、変な遊びを覚えて……返しなさい」

 

 

「嫌だね」といった感じで嘶き、首を上に振って口にくわえた帽子を放り投げた。

そして、タイミングよく頭の上に落として、帽子を被ったのであった。

 

 

「帽子が好きなのかね……新品を用意してあげるから」

 

 

これ以降、彼は藤山厩舎の帽子を頭にのせることが多くなった。特に取材のときは帽子をよこせ、とせがむようになった。その姿は、自分も藤山厩舎の一員であることを示すようであった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

先日、俺は国外のレースで1着となった。

人の数や盛り上がり、おっちゃんたちの雰囲気。そして、俺をわざわざ飛行機に乗せてまで海外のレースに出したのだ。相当に重要なレースだったのだと思う。

だからかなり気合を入れて走った。

レースでは、最後に俺と競ってきた馬がいたが、最後はぶっちぎってやった。

これで俺は5連勝だ。まだまだ連勝は続けたい。

 

ただ、レースが終わった数日後に飛行機に乗せられて、見知らぬところで過ごしたのは、さすがに疲れた。

やっとトレーニング場の自分の部屋についたときには、知らず知らずのうちに精神的にも疲れが出ていたことを改めて感じた。

そして、最近はまたしっかりとトレーニングを積んでいるのだが、ちょっと面倒なことになり始めていた。

 

 

【またお前か】

 

 

【絶対に勝つ】

 

 

俺と同じくらいの大きさの明るい色をした馬が最近になってよく絡んで来るようになった。

それで、こいつなんだが、物凄く我が強い。そして俺様気質だ。

そうなると一応ボスを務めている俺のことが気に入らないようで、目を合わせるたびに絡んでくるようになった。

日本に行く前にも一回走ったけど、その時よりもさらに威勢がいい。

実際一緒に走るとなかなか強い。あの黒い馬と同じくらいの強さや威圧感がある。

だが、俺も負けてはいられないんだよ。

 

 

【俺の勝ち】

 

 

【負けた。次は勝つ】

 

 

今日も併走で何とか追い抜くことが出来た。確かこいつはよく前の方でレースをしていたよな。だったら追い抜く練習の相手としては最適だな。それにかなり強いし。

 

 

「ダイワメジャーとテンペストは仲がいいんですかね……?」

 

 

「仲が悪いわけではないと思いますが……ダイワメジャーは負けん気も強いですから、いい刺激になると思います」

 

 

「テンペストは強者にモテモテですね」

 

 

「ゼンノロブロイにアサクサデンエン、それにダイワメジャー。なんか年上のムキムキの牡馬からモテますね……」

 

 

【おい、もう一回走るぞ】

 

 

【お前も俺も疲れている。また今度な】

 

 

もーこいつしつこい~

次走ったらぜってー負かす。

だって、負けたら絶対こいつ煽ってきそうだもん。

 

 

「人間でもよくいるじゃないですか、男にモテる男。いや漢という言うべきか……」

 

 

「まあ喧嘩しないなら問題ありませんが、やっぱり心配ですね」

 

 

うるさい馬と離れて、クールダウンをしていると、前方で何か気に入らないことがあるのか、暴れている馬がいた。

 

 

【おい、静かにしろ】

 

 

全く、そんなんだと見放されてしまうぞ。

俺たちは人間ありきの種族なんだからな。

 

 

「すいません。おかげで落ち着きました」

 

 

「はあ……。テンペスト、変わったなぁお前」

 

 

トレーニングが終わると、俺はいつも通り身体の手入れしてもらい、飯の時間となった。

ウーム、うまい!

 

 

しばらくゆっくり過ごしていると、半年ほど前に見た人間たちが俺の部屋の近くに来たのであった。

アレは、アナウンサーちゃん!もしかしてまた俺に取材ですか?

 

 

【にいちゃん!帽子もってきて】

 

 

「あ~わかった、わかった。持ってきてやるから」

 

 

俺はもう有名人だからな。オシャレに決めたいぜ。

それに、この帽子は俺の世話をしている人たち全員が被っている帽子だ。俺もここの一員なんだから、被らせてくれよな。

 

 

「藤山調教師、いつも取材を受けていただきありがとうございます」

 

 

「いえ、皐月賞のころからの付き合いですからね。競馬ファンもテンペストのことも気になっているでしょう」

 

 

「まず、テンペストクェークのドバイデューティフリー制覇、おめでとうございます」

 

 

「ありがとうございます。いい勝負はしてくれると思っていましたが、想像以上の強さを発揮してくれました」

 

 

「海外のGⅠ馬に5馬身差での勝利でした。本当に強い勝ち方でした。レースでは想定通りの走りだったのでしょうか」

 

 

「テンペストは逃げ以外なら基本的にどのポジションについてもしっかりとラストでスパートを決めてくれます。なので想定通りといえば想定通りですね。ただ、レース展開が少しスローだったので、先行策を採ったのがあの着差の要因といえますね。その判断ができた高森騎手にも感謝です」

 

 

ウーム。やはり取材中におっちゃんにちょっかいを掛けるのは気が引けるな。ただ、物凄い真剣な取材ってわけではなさそうだ。

っと、兄ちゃんが俺の帽子をとってきたな。被せなさい。

 

 

「テンペスト、お前のお気に入りだぞ」

 

 

うむ、耳で支えるのが少し大変だ。

どう?似合ってます?

 

 

「帽子……?」

 

 

「どうもこの帽子が気に入ったみたいでね。彼もうちの厩舎の一人と考えれば彼専用の帽子があってもいいかなと思いまして。こうやって被らせてあげてます」

 

 

「テンペストクェーク号も藤山厩舎の一員といった感じですね」

 

 

「ええ、彼も我々の一員です。帽子に関しては想定外でしたが……」

 

 

「可愛らしい一面も見れたところで、次走についてお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」

 

 

「次走ですが、安田記念か宝塚記念を考えています。まあこの辺りは競馬ファンの皆様なら予想がつくと思いますが」

 

 

「安田記念ですと、ニホンピロウイナー、ヤマニンゼファーから続く親子三代制覇を狙うことになりますね」

 

 

「ええ、是非獲りたいと考えています。ただ、宝塚記念を望む声が大きいのも事実です。この辺りはテンペストの調子、オーナーと相談の上、決めていきたいと思います」

 

 

「宝塚記念にはディープインパクトが出走すると考えられますが……」

 

 

ん?俺の方を見てどうしたんだ?

まさか何かついているのか?

あ~やっぱおっちゃんのスリスリが一番気持ちいええ。

 

 

「……そうですね。ただ……どのレースに出ても、テンペストは負けません。絶対に。今のテンペストには絶対があります」

 

 

「……あ、ありがとうございました。ものすごい自信を見せた藤山調教師への取材でした」

 

 

おい、なんかアナウンサーちゃんが少し引いているぞ。何言ったんだよおっちゃん。

うーん。なんか余計なことを言ったような気がするぞ……

まあ、俺は俺で頑張るだけさ。きっと俺の強さをアピールするようなことを言ったに違いない。俺の強さをこんなにも信じてくれているんだ。

取材が終わると、取材のクルーが俺を撫でてくる。

アナウンサーちゃん。俺もっと強くなるから、今後ともよろしくな~

 

 

 

 

この放送が競馬チャンネルで流れると、藤山陣営は完全に宝塚記念を射程にしていると競馬ファンは捉えてしまい、阪神大賞典→春天→宝塚記念を予定しているディープインパクトと宝塚記念で激突するのではないかという話がどんどんと広まっていった。

テンペストクェークは、どのレースに出るか正式に決まっていないのにもかかわらず、ディープインパクトの強さに惹かれたファンと、主に昭和から平成初期を生きた競馬おじさんたちから支持をうけたテンペストクェークのファンが、決戦は宝塚記念だと盛り上がり始めていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「本当に申し訳ありません」

 

 

藤山は開幕早々西崎に謝罪していた。

後で自分の厩舎の調教助手や厩務員から、あの訓示は何だったんだよと白い目で見られていた。

 

 

「確かに文脈的にみると、テンペストクェークはディープインパクトには負けませんといっているようにしか見えませんね」

 

 

ディープインパクトが阪神大賞典を勝利。そして春の天皇賞ではマヤノトップガンが記録したレコードを1秒以上縮める走りで圧勝した。そして陣営は宝塚記念後に凱旋門賞へ行くことも表明していた。

そこに、テンペストクェーク陣営の藤山調教師の発言が重なり、宝塚記念でディープインパクトとテンペストクェークの対決が行われると盛り上がってしまった。

 

 

「つい勢いで言ってしまいました……」

 

 

「まあ、私としては別にテンペストを安田記念に出しても問題ないと思いますが……」

 

 

「JRAやメディアがあおり始めていますからね。ここで安田記念に行けば、間違いなく逃げたと揶揄されてしまいます。本当に軽率な発言でした……」

 

 

「頭を上げてください。それに、遅かれ早かれ、このような状況になっていたと思います」

 

 

藤山調教師の発言は、テンペストクェークはどのレースでも絶対に勝つ。そして、その相手はディープインパクトただ一頭のみであるという風に捉えられていた。

これに反応をしたのが、他の有力馬の関係者たちであった。

昨年の快進撃から警戒は受けていたが、ドバイDFの圧勝と取材での発言もあり、栗東や美浦の関係者が打倒ディープインパクトに打倒テンペストクェークが加わって燃え上がっていた。

 

 

「テンペストクェークが他の関係者から超えるべき壁として扱われるようになるとは思っていましたが、あの取材が着火剤になってしまいました。ただ、過去の名馬たちも皆このような扱いを受けていましたので、彼も名馬の一員になり始めているのだと思います」

 

 

「そうなると、ディープインパクトの陣営はもっと大変そうですね」

 

 

「なかなかプレッシャーで苦労しているという話は耳に入りますね。多分あちらさんはもっとプレッシャーがかかっていると思いますよ。何せここまで無敗で来ていますからね……」

 

 

ディープインパクトは弥生賞から重賞を8連勝、GⅠを5連勝している。宝塚記念を勝利すれば、GⅠ6連勝と、テイエムオペラオーやシンザン(後のGⅠレースを6連勝しているため)に並ぶことになる。

 

 

「結局のところ、テンペストクェークは宝塚記念を走れるのですか?さすがに日本ダービーのようになるなら別のところを走らせますよ」

 

 

「走れます。2200メートルは彼の本気が発揮できるギリギリの距離ですが、問題ありません。2300メートル以上走ると、馬が本能的に走るのを止めてしまうと思います。ダービーのときもそうでしたので」

 

 

「勝算はありますか?」

 

 

「100%勝つとは言えません。ただ、テンペストクェークはすでに中距離なら歴代最強クラスの馬になっています。ですので、勝算はあります。……いえ、絶対に勝ちます」

 

 

宝塚記念はグランプリである。ただ、すでにGⅠを3勝しているトップホースのテンペストクェークが除外されるとは到底考えていなかった。

 

 

「わかりました。宝塚記念でいいと思います。それに、3連敗のまま終わらせたくありません」

 

 

西崎は、藤山調教師が口が滑った理由がなんとなく分かったのであった。

彼は、テンペストがディープインパクトに負けるとは心の底から思っていない。絶対に勝てると考えているから取材で口にしてしまったのだろうと考えた。

そこまで自信があるならと、西崎は決断したのである。

 

普段は、テンペストクェークには最後まで走り切ってくれれば基本的には何着でも問題はないと思っている(もちろん狙うのは1着であるが)。

ただ、今回ばかりはテンペストクェークに勝ってほしいという欲があった。そして、彼の底知れない強さと、藤山調教師の言葉を信じることにした。

 

 

5月、テンペストクェークは宝塚記念出走を正式に表明した。

 

 

 




テンペストクェークは5歳も走りますので安田記念と3階級GⅠ制覇への挑戦は来年になります。


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決戦、宝塚記念 前編

2006年、日本競馬界は異様な盛り上がりを見せていた。

6月25日、京都競馬場開催の宝塚記念にて、無敗で三冠を制し、一度も前を譲ったことがないディープインパクトと、ドバイDFを含めた重賞5連勝中のテンペストクェークの両雄が激突することが決まったからである。

 

メディアは当初、ディープインパクトを大規模に宣伝していた。その甲斐もあってか、競馬場に押し掛けるファンは増加していた。しかし、ごり押しにも近い宣伝に、ちょっとした反感を持っている競馬ファンも数多くいた。もちろん彼らは、自分の眼で無敗の三冠馬を見ることが出来たことに歓喜していた。そしてディープインパクトの走りに魅了されていたことは事実であった。

しかし、父サンデーサイレンス、そして毎度おなじみの生産者。これに少し飽き飽きしていたことも事実であった。クラシック時代からディープインパクトには絶対があった。絶対の強さが競馬ファンを退屈にさせたのである。

この状況に現れたのが、昭和後期から平成初期にかけて活躍した名馬の血統を受け継いだテンペストクェークであった。

彼の評価は、弥生賞までは、ヤマニンゼファーの素質馬がいる程度の認識だった。

皐月賞では、ディープインパクトを最も追い詰めた馬と評価され、ファンの脳裏にその姿を焼き付けた。

秋からは古馬戦線に殴り込みに行き、3歳で天皇賞・秋とマイルCSを勝利して、その強さは本物だと考えた。

そして、2006年春にはドバイDFを圧勝したことで、彼の強さは怪物だと認識した。

 

この強さに競馬ファンは飛びついた。

ディープインパクト一強を打ち崩せるのは彼しかいないと。

ディープインパクトブームによって増えた新参競馬ファン。ここにテンペストクェークに惹かれた古参競馬ファンが合流することで、ブームは一気に爆発した。

 

その動きを察知したメディアは、ディープインパクトとテンペストクェーク双方を一気に推しはじめた。ケーブルテレビだけでなく、通常の民放放送までもがこの熱狂の渦に飲み込まれていた。

スポーツ番組で特番が組まれ、宝塚記念のCMが次々と放送された。

この6月だけは、かつての競馬ブームを彷彿とさせる熱狂が日本を支配していた。

 

 

「盛り上がってますね」

 

 

「ちょっと盛り上がりすぎですね」

 

 

宝塚記念の約1週間前に、東京のとある会議室。西崎と藤山はいつもの会合を行っていた。

藤山はやたらと増えた取材を受けていたこともあり、少々お疲れ気味であった。

西崎も、相変わらず余計な口を出してくる人をあしらいながら仕事をしているので、彼も少々疲れ気味であった。

 

 

「ここ数週間、ちょっと競馬が盛り上がりすぎではないですか。CMも宝塚記念のモノばかりやってますし。スポーツ番組でテンペストの取材が流れたときはびっくりしましたよ。ゴールデンタイムですよ……」

 

 

「意外と芸能界やメディア界に熱狂的な競馬ファンがいますからね。視聴率と自分の趣味を兼ねた番組を、大手を振って作れるので張り切っている人が多いみたいです」

 

 

「結構テンペストのファンも多いってことがわかりましたよ。愛されているんですね」

 

 

「彼の父親のヤマニンゼファーがとても人気のある馬でしたからね。テンペストの祖父や父が走っていた時代を知っている競馬ファンが応援しているみたいです。あとはディープインパクト一強に対する反発も影響しているようです」

 

 

「うーん。テンペストは判官贔屓で人気って感じですかね」

 

 

弥生賞と皐月賞、日本ダービーで3連敗しているため、ディープインパクトの方が強いと思われているのは事実であった。

 

 

「いえ、意外とテンペストの方も評価されていますよ。少し距離不安がささやかれていますが……これは仕方がありませんね」

 

 

日本ダービー以降は一度も2000メートルを超える距離を走っていないのである。そのため、距離が少し長いのではないかと危惧しているファンも多かった。歴代の宝塚記念の勝ち馬をみても、2400メートル以上のレースを勝っている馬がほとんどである。

 

 

「あとは、騎手や調教師の差も勝敗に大きく影響するんじゃないかと言われてますね......まあ、私の厩舎はテンペストが来るまでGⅠ馬がいませんでしたから。ただ悔しい限りです」

 

 

「そんなことありませんよ。藤山先生にはいつもお世話になっていますし、テンペストがここまで強くなったのは先生の貢献も多いと思いますよ」

 

 

テンペストに素質があったとはいえ、馬主初心者の西崎を父との縁があったからという理由で受け入れてくれたことには感謝していた。また藤山厩舎は重賞馬の数こそ少ないが、コンスタントにオープン馬を輩出しており、金もコネもあまりない馬主たちからはかなり評判がいい厩舎である事を西崎は知っていた。そのため、テンペストの成長に藤山が大きく貢献しているという言葉はお世辞でもなんでもなかった。

 

 

「そう言っていただけるのはありがたいです。それよりも高森くんに結構なプレッシャーがかかっているのが心配ですね。もう50近いとはいえ、こんな経験初めてでしょうから」

 

 

48歳の大ベテランで、テンペストクェークではじめてGⅠを手にした騎手である。お世辞にも名騎手とはいえない評判(彼の名誉のために言っておくと下手くそと罵られるほど酷い訳ではない)であるためか、馬におんぶに抱っこのリュックサックなどと揶揄する人もいるぐらいだ。

 

 

「世間の評判ではアレですけど、私たちはそうは思いませんよ。そうでなければとっくに変えていますし。テンペストにはやはり彼しかないと思います」

 

 

「高森騎手以外にテンペストと呼吸を合わせて走れる騎手はいないと思います。テンペストも慣れた騎手の方が走りやすいと思いますしね。宝塚記念以降も彼でお願いしたいと思っているくらいですよ」

 

 

高森くんも本当にいい馬主さんに巡り会えたなあと藤山は呟いた。

尤も、彼はテンペストクェークに乗っている時だけは本当に輝いているので、たとえ西崎以外がテンペストの馬主だったとしても高森騎手を変えてくれなどとは言わないだろうとも思っていた。

 

あとは調教についてです、と前置きを置いて藤山は話し始める。

 

 

「テンペストの調教の方も問題なく進んでいます。スピードや瞬発力は現状でトップクラスのものがあります。そのため、課題はスタミナです。実際の競馬は2200メートル以上は走らされますので、少なくとも2300メートルまでは走れるくらいのスタミナを付ける必要があります。そのため、先週までは本番に向けて厳しめの調教を行なっていました」

 

 

ドバイから期間が空いたこともあり、疲労も完全に抜けていたこと。そして怪我には細心の注意を払っていたこと、そして彼自身の頑丈さも相まって、厳しめの調教を受けながらもテンペストの健康状態、脚部状態は共に良好であった。

 

 

「このままいけばドバイよりも完璧な仕上がりで宝塚に行けると思います」

 

 

「それならよかったです。大一番に絶不調では情けないですからね」

 

 

「テンペストは人の感情を読むのがうまいですからね。次の宝塚記念はドバイよりも厳しいという厩舎の雰囲気を感じ取っているみたいです。今まで割と調教中も遊んだりすることが多かったんですけど、ここ数週間は本気モードに入っているようで、おふざけが一切なくなりました。もう一段階成長したと思います」

 

 

そういって不敵に笑う藤山をみて、やはりこの人は、最初から負ける気などゼロだったのだと西崎は認識した。

 

 

「勝ちましょう。勝ってあの国に出ましょう」

 

 

「ええ。あそこに行くのは、国内最強馬を討伐してからですね」

 

 

二人は怪しく笑いながら、宝塚記念と、その後のテンペストクェークについて話し始めた。

 

 

 

 

6月25日、宝塚記念当日。

テレビはこぞって中継番組を作成して放送していた。

 

『日本を震撼させた無敗の三冠馬が、今日ここ京都競馬場で2200メートルを走ります。三冠馬となった菊花賞、そして驚異のワールドレコードをたたき出した天皇賞・春。その京都競馬場で新たな伝説を作ることはできるのでしょうか。この淀の舞台を制し、凱旋門につなげることはできるのでしょうか。衝撃の英雄、ディープインパクトが出走します』

『主役はディープインパクトだけではありません。涙をのんだ3歳春。覚醒した3歳秋。天皇賞秋・マイルCSを連続で制覇。そして日本馬初のドバイDFを5馬身差で勝利。マイルから中距離で圧倒的な走りを見せています。今日、この淀の舞台で暴風は吹き荒れるのか。暴風は衝撃を呑み込むのか。そよ風を超えた暴風、テンペストクェークが出走します』

『本日は京都競馬場で春競馬の総決算、第47回グランプリ宝塚記念が行われます。注目は凱旋門賞出走を表明しているディープインパクト、そしてドバイDFを圧勝し、今ノリに乗っているテンペストクェークの2頭です』

『多くの競馬ファンが待ち望んだこの宝塚記念。京都競馬場はあいにくの天気となっております。昨日より降り続いた雨により、馬場状態は稍重となっておりました。しかし先ほど馬場状態が重となりました』

『かなり強い雨が降るときもあり、傘が手放せない天候です。しかしながら、京都競馬場には発表によりますとすでに約10万人以上のファンが駆けつけています』

『現在ディープインパクトは単勝2.2倍、テンペストクェークは単勝3.8倍となっております。ディープインパクトが人気では優勢でありますが、ほぼ完全な2強体制となっております』

『枠順は、注目のディープインパクトは6枠9番、テンペストクェークは3枠3番になっております』

 

 

京都競馬場は大雨となってしまった。それでも10万人を超える観客が集まり、京都競馬場は大盛況となっていた。

 

『ディープインパクトはここで勝てばGⅠを6連勝。日本記録に並びます。そして、このレースの後は凱旋門賞へ向かいます』

『そうですね、ここを勝って弾みにしたいと考えているでしょうね』

『そして、今日は天候が雨になってしまいました』

『馬場状態がちょっと心配になりますね。重馬場との発表ですが、不良に近い重なんじゃないかなと思います。前のレースもかなり遅いタイムになっていましたし、芝や泥が飛んでいましたからね。馬場状態は、相当悪いと思います』

『ディープインパクトがこの馬場状態でどの程度パフォーマンスを発揮できるのかが気になりますね。阪神大賞典は稍重でも圧倒的な走りをしましたが、それを下回る馬場状態ですからね。ここでもいつものパフォーマンスをすれば、勝算は高いのですが……』

『ディープインパクトに関しては、ここで重馬場を経験できたのはよかったのではと思います。ロンシャンの芝は非常に重いことで有名ですからね』

『一方のテンペストクェークは中山記念で重馬場でも全く問題ないことをすでに見せていますから、馬場状態だけで見ればテンペストクェークの方が有利なのかもしれません』

『しかしね、距離がちょっと未知数なんですよね。日本ダービーではラスト200メートルほどで失速していましたので……』

『ただ、1年前のことですからね。秋に本格化してからは手が付けられないくらい強かったですから、2200メートルなら走り切ってしまうのでは?とも思います』

『色々と不安点はありますがディープインパクトより先着できる実力はあると思います』

『なるほど……どちらにも勝算があると見ました』

 

 

その後、番組はディープインパクトのGⅠレースの映像を、テンペストクェークの映像を流して、解説陣がこれを盛り上げていった。

 

 

『パドック周回が始まりました。注目のディープインパクトですが、442キロとやや増となっております。身体付きも良好でかなり期待ができる状態でしょう』

『追い切り評価も高く、いつも通りのパフォーマンスが発揮できると思います』

『2番人気のテンペストクェークですが、馬体重は520キログラムと、ドバイDFと増減がありません。これは、完璧に近い仕上がりなんじゃないでしょうか。ドバイDFと同等か、それ以上のパフォーマンスができるのではと期待してしまいます』

 

 

その後、番組は3番人気以降の馬を紹介していく。

そして、解説陣や競馬好きの芸能人が次々と自分の予想をしていくが、7割がディープインパクト、3割がテンペストクェークを本命においていた。

 

 

『本馬場入場が始まりました。第47回グランプリ宝塚記念、開催です』

 

 

『……今日の大注目、ディープインパクト。無敗ロードはまだまだ続くか。名手に導かれロンシャンへの道筋を栄光で切り開く……』

『……涙をのんだ3歳春。反撃のときは来た。世界を制した暴風は、淀の舞台で吹き荒れるか。テンペストクェーク、鞍上は勿論高森騎手であります……』

 

 

馬場入場のポエムが流れる。

そして、返し馬が始まり、馬たちが雨でぬれた淀のターフを走り始めた。

返し場の途中、テンペストクェークが鞍上を振り落とすというハプニングがあった。

しかし、その後は何も問題なく走ってスタートポケットに向かっていった。

 

 

『返し馬が終わりましたが、ディープインパクト、テンペストクェークの調子はどうでしょうか』

『いや~いい感じですね。テンペストクェークが途中で高森騎手を振り落としたときはどうかと思いましたが、そのあと、全く問題なく走っていましたね。実際、ゲートインを待機していますが、落ち着いていますね。ディープインパクトの方も集中しているのがわかります。ちょっとテンペストクェークの方が、ディープインパクトの方を見ていますが、何か感じるものがあるのかもしれませんね』

 

 

解説陣が返し馬の様子を評価している。この時点で、2頭の評価は人気通りの高い評価であった。

そして、ゲートインが始まった。

 

 

『京都競馬場、馬場状態は重です。ただ、先ほどから雨がかなり強くなっております。状態は不良に近いのではないでしょうか』

『それでもこの観客の歓声です。今日のレースを心待ちにしていたのでしょう。そろそろファンファーレが始まります』

 

 

宝塚記念だけでしか使われない特別なファンファーレが鳴り響く。

 

 

『ディープインパクト、テンペストクェークはともにかなり集中していますね。歓声もファンファーレも、雨も関係ないといった形です』

 

 

ディープインパクトもテンペストクェークも全く問題なくゲートへ入る。

 

 

『……春のグランプリ、宝塚記念。今スタートしました!』

 

 

長く短い2200メートルが始まった。

 




この2006年宝塚記念は入場者数も売り上げもJRAが期待したほどではありませんでした。
天候もあったと思いますが、やはり絶対の強さは人を退屈にさせてしまったのだと思います。

ただこの世界では、中距離でディープインパクトを脅かすテンペストクェークという怪物がもう一頭いたので、盛り上がりました。今回の対決の舞台が2200メートルと絶妙な距離ですが、これまでの勝ち馬が2400メートル以上を勝っている馬が多いので、ディープ有利程度に思われていますが、それでも盛り上がっています。



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決戦、宝塚記念 後半

区切りが悪かったので2話に分けました。
こちらが後半です。


外の雨の音が聞こえるくらい、部屋は静まり返っていた。

調整ルームは、どんな騎手でも狭さや不便さは同じである。

食堂やサウナといった共有スペースには他の騎手がいるが、今日の自分はそんな気分ではなかった。

 

 

「宝塚記念か……」

 

 

若いころに一度だけ出走したことがあるレースだ。まあ入着もできなかったが。その時は阪神競馬場での開催だったな。

......思えば長く騎手を続けてしまった。

29年も騎手をやっていて初めて獲ったGⅠが28年目の昨年。

そんな俺の乗る馬が、宝塚記念で現役どころか史上最強馬になりつつある馬の最大のライバルとは……

 

俺はてっきり安田記念に行くと思っていたが、先生と西崎オーナーはそうではなかったらしい。先生は外では隠しているが、厩舎内ではディープインパクトに勝つという「自信」を隠し切れていなかった。

ただ、ここ数週間のテンペストの調教、そして追切の様子を見て、実際に乗ってみて、その自信がただの見栄ではないことが分かった。

ドバイのときよりもさらに仕上がっているように思えた。

 

それでも、宝塚記念は厳しいものになるだろう。相手はここまでGⅠを5連勝、重賞は8連勝している。しかも無敗である。日本競馬史上最強馬と呼ぶ声もあるぐらいだ。

マイルに近い距離ならテンペストの方が速いだろう。だが、宝塚記念は2200メートルだ。

ディープインパクトの本質はステイヤーだが、神戸新聞杯や皐月賞で見せたように中距離でもその実力をいかんなく発揮できる。つまり中距離でも超一流の実力を持っている馬である。

2000メートルから距離が伸びれば伸びるほどテンペストは不利になって、ディープには有利になると思われる。

 

 

「明日も雨か。重馬場、下手すれば不良馬場になるかもな」

 

 

テンペストは馬場状態を苦にしない。道悪でも問題なく走るパワーがある。この点については心配していない。

彼の祖父は不良馬場が苦手だったのだが、血統のどの馬が道悪適性を彼に与えたのだろうか......全くわからない。

 

それよりも、問題は距離だ。宝塚記念は2200メートルだが、馬群の外側を走ればその分距離は増える。

枠順は3枠3番。そのままインをついて経済距離で走るのもいいかもしれない。

 

 

「いつも通り大外一気か、それとも先行策か……」

 

 

レースのシミュレーションを延々と行う。どこでどう待機するか、どこでスパートをかけるか、ディープインパクトはどうするか。他の馬はどうするか。

 

こうして、一人で考えていると、どうしてもマイナス思考が頭をよぎる。ドバイの辺りから薄々と考えていたことである。

 

 

「俺でいいのか……」

 

 

ディープインパクトVSテンペストクェークが盛り上がれば盛り上がるほど、プレッシャーが高まっているのがわかった。天皇賞やドバイのときも緊張はしたが、ここまでではなかった。今回は、相手が俺たちと因縁のある相手だというのも大きいのかもしれない。

明日、テンペストが負ければ、彼はディープインパクトに4連敗したことになる。負ければ勝てなかった要因を指摘される。真っ先に指をさされるのは俺の存在だ。

俺のことをテンペストのリュックサックと揶揄する人がいるのは知っていた。俺の実績を考えればそのヤジも仕方がないとも思うが、それでもキツイものがあった。

そして、明日負ければ、テンペストの熱狂的なファンからは「テンペストクェークは高森というロートルがのっていたからディープインパクトに勝てなかった」と輪をかけて言われることになるだろう。

そうなれば、次走からは別の騎手になるかもしれない。

先生やオーナーからは、宝塚記念以降も主戦騎手としてテンペストに乗ることが約束されている。しかし、この世界はそんな優しい世界じゃない。騎手の変更なんて当たり前のように行われる世界だ。

もしかしたら、次はディープインパクトの鞍上で輝いている後輩騎手が主戦になるかもしれない。

それだけは嫌だった。

一度マイナス思考に陥ると、そればかり考えてしまう。

40後半にもなって情けない......

 

マイナス思考を片隅に追いやろうと、テレビをつけるが、頭の片隅から消えることはなかった。

 

 

 

 

6月25日、京都競馬場は大雨だった。

不良馬場にちかい重馬場が、ディープインパクトとの4回目の戦いの舞台だった。

 

 

「高森君。テンペストは、調教師人生でもう一度やれと言われても無理だといえるほどの状態に仕上げました。あとは託します」

 

 

「テンペストが勝っている姿を見たいです。よろしくお願いします」

 

 

先生とオーナーからテンペストを託された。

緊張が先生やオーナーに伝わっていないか心配だった。必死に隠していたが、もしかしたら見透かされていたのかもしれない。

 

パドックに行くと、そこには今日のレースを走る歴戦の馬たちが歩いていた。その中で、彼は輝いていた。大雨であったが、その馬体は、強者のオーラを放っていた。

俺が騎乗した後歩く、本馬場に入場するための馬道では、静かに前を歩くディープインパクトを見つめていた。

 

 

「やっぱり負けたことを覚えているんだな」

 

 

とても賢い馬だ。そして今日は過去一番といっていいほど集中している。というよりディープインパクトに対して闘志を燃やしているのがわかった。

だが、それで前のめりになっているわけでもない。

あくまで冷静であった。

 

 

本馬場に入ると、芝の状態を確認するように走り始めた。

歩いたり、ジャンプしたり、スキップをしたり。中山記念でも同じような動きをしていた。

中山記念のときから薄々気が付いていたが、テンペストは馬場状態で走り方を微妙に変えている。だから良馬場の高速競馬にも、重馬場の道悪にも問題なく対応ができるのだろう。

こんな馬は見たことがなかった。

 

だからこそ、怖かった。

この素晴らしい馬が俺のせいで負けてしまうのではないかと。

 

 

「……勝てるのか」

 

 

俺より腕のいい騎手がいるのでは?

そう思うと、手綱を持った手が震えていた。

ドバイでもこんなに緊張しなかった。何故だろうか、たまらなくターフが怖かった。

 

緩めのスピードでゲートに向かっていたテンペストがいきなりその場で止まり、突然立ち上がったのであった。

俺はたまらずターフの上に降り立ち、脚や身体の状態を確認した。

彼は、耳を絞り切っていた。

まるで、やる気がないなら帰れというように。

そういえば馬は乗り手の感情に敏感な生き物だった。

 

 

「すまん、テンペスト……」

 

 

俺がそういうと、彼は頭を上下させ、あっちを見ろと首をゲート付近に向けた、

彼が見据える先には、ディープインパクトがいた。

 

ああ、俺はなにを考えていたんだ。

彼は負ける気なんて全くなかったんだ。何を考えているんだ俺は。

彼に失礼だ。なんで負けるなんて思っているんだ。

俺に初のGⅠをプレゼントしてくれたのは彼だ。

俺に海外の頂点を見せてくれたのも彼だ。

なんでそんな強いテンペストを俺は信頼できていないんだ。

彼の強さを一番間近で見てきたのは俺だ。それを信頼しないでどうするんだ。

俺は相棒失格だ。

 

 

「すまんかったな、相棒。このレース、勝つぞ」

 

 

「任せろ」、そんな嘶きが返ってくる。

ありがとうテンペスト。少しプレッシャーに負けかけていたみたいだ。

というか俺を気遣ってくれたのか……

 

 

ゲート前では、出走する馬たちがゲートインを待っていた。

何万人もの観衆が大雨の中、俺たちの戦いを観に来ていた。

もうすぐ始まる。

3枠3番のゲートに入る。全く問題ない。いつも通りだ。

 

全ての馬が入った。

もうすぐだ。

 

 

「行くぞ、テンペスト!」

 

 

ゲートが開く音と共に、テンペストと俺はスタートした。

俺と相棒の絶対に負けられない2200メートルが始まった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今俺はレースを走る。大切なレースだ。

この日のために、苦しいトレーニングを積んできた。

兄ちゃんやおっちゃん、それに俺の周りにいる全員が今日のレースのために尽力していた。

それなのに、騎手君がかなり青い顔をして、手が震えていた。

 

おい、なんでそんな顔をしている。

まさか負けるのが怖くなったのか?ふざけるなよ。

俺は立ち止まって彼をレース場の地面に降ろした。ケガをされると困るので、あくまでゆっくりとだが。

あいつらを見ろ。今日の倒すべき相手だ。

俺は3回もあの小柄な馬に負けている。絶対に勝たないといけない相手だ。

それに今日はあの明るい色をした大柄な馬もいる。

強そうなライバルたちと俺たちは走るのだぞ。

それなのになんでそんな顔をしているんだ。何を臆しているんだ。

 

 

【俺を誰だと思っているんだ】

 

 

騎手君のおかげで俺はここまで強くなったんだぞ。なんでそれを信用できないんだ。

俺だけの力ではあの小柄な馬には勝てないぞ。

さあ、いつもの騎手君に戻りなさい。

俺は強いぞ。

 

 

騎手君は俺に何か言葉をかけると、首元を撫でてくれた。

……いつもの彼だな。

 

 

【さあ、乗りなさいな。勝ちに行くぞ】

 

 

騎手君が俺の上に乗る。

気合を入れて俺は鳴き、ゲートの方に走る。

 

ゲートの前にはライバルたちがすでに準備を整えていた。

 

 

【今日は勝つ】

 

 

【負けない】

 

 

いつも絡んでくるイケイケの馬、そして……

 

 

【今日も勝つよ】

 

 

小柄な馬だ。だが、そのオーラはとんでもないものを持っている。

俺は強くなった。だから勝たなければいけない。

 

 

【絶対に勝つ】

 

 

さあ、ゲートインだ。

ゲートに入ると、後は目の前の扉が開くのを待つだけだ。

しばらく待機していると、騎手君が俺に合図を送る。

そろそろだな。

 

 

ガシャンという音と共に、ゲートが開く。

 

俺はそのタイミング通りに前に飛び出した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

ゲートが開いてすぐに抜群のスタートを切ることが出来た。

ここでしっかりと自分のポジションを見つける。

今日はテンペストにとっては久しぶりの2000メートル以上の距離だ。

なるべく経済コースを通りたい。インは馬場が荒れているようだが、彼なら大丈夫だろう。

 

 

『……ディープインパクトはいつものように後方に下げていきました。そして外から上がってきたのはバランスオブゲーム。テンペストクェークもやや後ろに待機するようです……』

 

 

ゲートが隣だったダイワメジャーは予想通り先行に、ハットトリックも前に行ったな。

ちょうど俺たちの前には1番のリンカーンがいる。

俺たちの位置はちょうど中団の後方あたりか。それでディープは後方と、いつものことだな。

 

 

『……各馬コーナーに差し掛かります。先頭はバランスオブゲーム。それにダイワメジャー、シルクフェイマス、ハットトリックが続きます。テンペストクェークは中団後方。ディープインパクトは後方からの競馬です……』

 

 

テンペストは大柄な馬にしてはコーナーがかなりうまい。それに荒れた芝でも全く苦戦しないで悠々と走っている。

コーナーでリンカーンらが前に前に進んでいったので、少し速度を調整して、後方集団の前あたりにつける。こういう細かいスピードの調整がうまいのは本当に助かる。

 

 

「少し縦長だな……」

 

 

『向こう正面に入りまして、先頭はバランスオブゲーム、そしてダイワメジャー……3番のアイポッパーまでが先行集団か。そこからやや距離を空けて7番ナリタセンチュリーが後方集団の先頭を行きます。その後ろにテンペストクェークが走ります……』

 

 

ディープインパクトはおそらく俺たちの少し後ろにいるだろう。

京都競馬場は直線終わりあたりに上り坂がある。ただ、テンペストは上りを苦にしないので、特に警戒する必要はない。坂に差し掛かると、彼の走り方がまた少しだけ変化したように感じた。

 

 

『……京都競馬場の坂を上がっていく。ディープインパクトが上がっていた。上がってきました。後ろから中団の位置まで上がっていこうとしています。大外を回るようです。これで問題ないのがこの馬の強いところであります……』

 

 

来たか……

このパターンになったらもうファンは勝利を確信しているだろう。

大外を回っても全く問題ないといわんばかりに、内側を走っている馬に並びかける。

俺たちの前にはカンパニーがいるな。俺たちに内側を取らせないつもりだな。

そりゃあそうだろうな。

だが、ここからがテンペストの本領だぜ。

 

 

『さあ第4コーナーが終わって直線だ。もうディープインパクトは大外直線一気態勢だ。ここから追い込みが見れるのか。テンペストクェークはその位置で大丈夫なのか……』

 

 

坂を下った先にあるコーナーからの直線。先行の馬が次々と外に膨れつつ直線に入っていく。コーナー終わりで固まっていた馬群がほどけ始めた。

外に行く馬もいれば、内を攻める馬もいた。

蓋をされたように見えるだろう。ただ、俺には一本の道筋が見えた。

内をついた馬が、内ラチのないゾーンに入り、内側によれたのである。そのおかげで、外側を走っていた馬との間に空間が生まれたのだ。

 

 

「行くぞ!テンペスト!」

 

 

鞭を打ち、彼にその空間へと突入するように指示する。

一気にスパート体勢に入り、異次元の加速力が俺の身体を襲った。重馬場とは思えない。パワー、スピード、瞬発力すべてがかみ合った完璧な加速だ。

 

 

『……外からディープインパクトだ。バランスオブゲームも粘るが苦しいか……っと中央からテンペストクェークだ、テンペストクェークが猛烈な勢いで走りこんでくる。二番手ダイワメジャーを抜かしていく……』

 

 

ダイワメジャーの鞍上が、「嘘だろっ」と叫んだのが聞こえた。実際少しダイワメジャーの馬体がテンペストの身体に接触したが、彼は気にもしていなかった。

先頭のバランスオブゲームはもう持たないだろう。そして……

 

 

『8番のディープインパクトがバランスオブゲームをとらえる。残り200メートル。テンペストも上がってくる。しかしディープインパクトが伸び続ける……』

 

 

やっぱり来たか。

ディープが先頭を追い抜いてすぐに俺たちも追い抜く。

あと2馬身、1馬身半、1馬身。

クソ、あと少しなのに。

 

 

『ディープインパクト先頭。テンペストクェークが猛追するが、これは届かないか……』

 

 

あと150メートル。3/4馬身が遠い。

テンペスト、頼む。あと少しだけ、少しだけ力を出してくれ!

俺は祈るようにしてテンペストに鞭を入れた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

大雨のせいか、芝がかなり濡れている。

前の馬が蹴り飛ばした泥や飛沫が俺の身体を汚していくのがわかった。

後でシャワーをしてもらえばいいので、気にはならないな。

それよりも、コーナーを走っているときは、前に馬がたくさんいて、どうするか悩んだ。

しかし、直線に入ると、馬が内側に行ったり、外側によれて行ったりして、俺たちが前に行く空間が生まれたのが見えた。

そうか、騎手君はこれを見越していたのか。

その瞬間、俺は鞭を打たれた。

任せろ。今日も一気に決めてやるよ。

 

脚の回転数を上げ、一気にスパートをかけていく。

前に馬が少し俺の方によれてきた。

邪魔だ!どけ!

 

 

【くそ、強い……】

 

 

少しぶつかったようだが、俺には関係ない。

ただ、前に行くだけだ。

 

他の馬を抜かしていき、ヘロヘロになっていた先頭の馬を向かそうとしたとき、少し離れた横にあの小柄な馬が猛スピードで加速しているのが見えた。

 

やっぱりお前か!

俺は必死に追いかける。

あいつの鼻は俺より1メートル近く前にある。このままだと俺は負ける。

脚を動かしているが、その差が縮まらない。

少しでも力を抜けば、あっという間に離されてしまうだろう。

 

クソ、また俺は勝てないのか。

少し前まで勝てていたのは、あいつがいなかったからなのか。

ああ、疲れたなあ……

 

今日は距離がちょっと長いなあ……

息が上がり、意識が少し朦朧としている。

 

 

 

 

2着でも大丈夫かな?

 

 

 

 

騎手君の鞭に打たれた。

 

俺は何を考えていた?

 

負けるのがしょうがない?2着でも十分?

何を言っているんだ。ふざけるな、ふざけるな。

俺はおっちゃんや兄ちゃん、それに騎手君の努力を何だと思っているんだ。

さっき俺は勝つぞと意気込んだばかりだろうが。

 

ありがとう、騎手君。いや相棒。

おかげで目が覚めた。

 

疲労はある。だが、まだまだ走れると俺の本能が告げている。

俺の脚は、肺は、心臓はまだいけると告げている。

 

この日のために俺は徹底的に身体を鍛えぬいた。その成果を今出さなくて、いつ出すんだ。

ゴールまであと少ししかない。

前にはあの小柄な馬が走っている。

このままでは負けてしまう。

それは嫌だ。もう3回も負けているんだ。このまま負け犬になるなんてごめんだ。

おっちゃんが、兄ちゃんが、騎手君が、そしていろんな人が俺のために戦ってきていたんだ。

ここで出し惜しみしてどうする。

さあ、俺の脚よ。本領を発揮するときが来た、フルパワーで走るときが来たぞ。

 

今目覚めないでどうするんだ。乾坤一擲の大勝負のときが来たんだ。こんなときに眠っている場合か!

 

景気付けとばかりに、もう一発鞭が入れられる。

 

いい気分だ。

行くぞ、これが俺の全身全霊だ。

 

 

「テンペスト!差すぞ!」

 

 

もっと、もっと足の回転数を上げろ。

前に、前に行けるように地面を蹴り上げろ。

肺が苦しい。いつものことだ。

心臓がうるさい。これぐらい大丈夫だ。

脚がきしむ。筋肉が何とかしてくれる。骨は大丈夫だ。

今までのトレーニングを思い出せ。壊れるほど柔な鍛え方はしてないはずだ。

でもやっぱ怖い!神様仏様ご先祖様。俺の身体を守ってくれ。

がむしゃらに俺は走った。

 

数秒が永遠のように感じた。

周りがスローに見えた。

 

 

もう何も感じなかった

もう何も考えなかった。

俺はただ、ゴールだけを目指していた。

 

 

 

 

気が付くと、俺はスピードを緩めていた。

あれ、レースはどうなった……

脚は……大丈夫だ。痛みはない。ただ、これは筋肉痛がひどくなりそうだ。

肺は……大丈夫だ。呼吸が乱れているが、疲れているだけだ。痛みはない。

心臓は……大丈夫だ。拍動が聞こえるくらい早く、強く打っているが、痛みもしびれもない。

俺は何とか賭けに勝った。

限界のスピードで俺は走っていた。

これで負けたなら、もう相手を褒めるしかないだろう。

 

 

「テンペスト!テンペスト!勝ったぞ、俺たち勝ったぞ!」

 

 

大歓声が俺たちを包んでいた。

勝てたのか?どうなんだ。

騎手君の喜びからすると、俺は勝てたみたいだ。

ああ、よかった。よかった。

 

 

【次は負けない】

 

 

前を走っていた小柄な馬からひと言もらった。

ああ、そうか。

 

【俺も負けねえよ】

 

 

しばらくクールダウンで走ると、一気に疲労が俺を襲った。

 

 

「大丈夫か……?」

 

 

ああ、少し疲れた。

思った以上に体力を使いすぎたな。

ただ、俺の身体は無事だよ。心配しないでいいさ。

 

 

「ありがとう。これでテンペストもグランプリホースだ」

 

 

去年の春のリベンジ成功だ。

まあ1勝3敗で負け越しているけど。

あの馬の手前、次は負けないと言ったが、正直二度と一緒に走りたくねえ……

もう少し出力を上げていたら、多分俺の身体のどこかがぶっ壊れていたな。

 

 

「テンペスト、よくやった……」

 

 

おっちゃんや兄ちゃんたちが泣いていた。

ああ、俺は勝てたんだ。

みんなの努力を実らせることが出来たんだ。

夢を叶えることが出来たのだろう。

俺に感謝していた。俺を讃えていた。そして、みな笑顔だった。

 

俺が何故馬になったのかはわからない。

だけど、この光景を目にすることが出来たのなら、馬になった甲斐があったのかもしれない。

 

また激しいレースが俺を待っているかもしれないが、今はこの喜びをかみしめよう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『……ディープインパクト、ディープインパクトが先頭だ。このまま決まるのか。テンペストクェークが伸びてきた。これはどうなるか、どうなるのか。ディープか、テンペストか。テンペストがさらに伸びる。伸びる!差し切ったテンペスト差し切ってゴールイン。ディープインパクト敗れる!最後に差し切ったのはテンペストクェークだ!』

 

 

大雨の京都競馬場に大歓声が響き渡る。

ラスト1ハロンの死闘に軍配が上がったのはテンペストクェークであった。

ラスト100メートルで3/4馬身差を詰めて、アタマ差をつけての1着であった。

わずか5秒程度ではあったが、猛烈な加速であった。

 

 

『淀の舞台に暴風が吹き荒れました。勝ち時計は2.12.8。テンペストクェーク、ディープインパクトと共に同タイムです。3着ナリタセンチュリーに5馬身半の差が付いております。ラスト1ハロンの激闘を制したのはテンペストクェークでした……』

 

 

第47回宝塚記念は、2頭の怪物がラスト1ハロンでデッドヒートを行うというまさに理想ともいえるライバル同士の戦いが行われ、その末にテンペストクェークが勝利した。

テンペストクェークはこれでGⅠを4連勝。重賞6連勝となった。

 

そして、これがディープインパクトとテンペストクェークの最後の戦いとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤマニンゼファー「いや俺2200メートル走ったことないし……」
ニホンピロウイナー「息子に同じく」
サクラチヨノオー「屈腱炎で引退した自分が応援しても……」
マルゼンスキー「脚部不安が……」

ご先祖様......


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決戦、宝塚記念 跡地

大雨の降りしきる京都競馬場。

悪天候にも関わらず10万を超える観客が宝塚記念を観にやってきていた。

遠方地であるため、競馬場に行けないファンや、天候が理由で観戦を諦めたファンもいたが、彼らはみなテレビやラジオ中継を見て、聞いていた。

 

雨による馬場状態の悪化という要素はあったが、特に問題は起こらずに、メインレースの宝塚記念は始まった。

ディープインパクトは最後方、テンペストクェークも後方集団で走っており、予想通りの展開であった。

第3コーナーを過ぎ、徐々に前の馬を抜きつつ、大外をまくってきたディープインパクトにファンは歓声を上げていた。いつものパターンだと歓喜していた。

その一方で、テンペストクェークは馬群の中におり、多くのファンがその位置で大丈夫なのかと心配していた。

ラストの直線では、大外から一気に加速して先頭を奪うディープインパクトと、馬群の中央を突破して、猛烈な末脚でディープを追っているテンペストクェークの姿があった。

 

まさか、こんな夢のような展開が実現するなんて。

競馬ファンは、このライバル対決を見たくて競馬場に訪れたのである。ただ、ディープインパクトとテンペストクェークの真っ向勝負が100%みられるとは思っていなかった。そんなに都合のよい展開にならないのが競馬だからだ。

しかし、目の前の光景は、自分たちが見たくて仕方がなかった光景であった。

 

ラスト1ハロンでの死闘。

お互いに馬の後方を走っていたせいか、騎手も馬も泥まみれになりながらも、ゴールを目指して飛ぶように走っていた。

先頭を行くディープインパクト。それを猛追するテンペストクェーク。

3/4馬身差まで縮まったが、それから差は中々縮まらなかった。

あと100メートル。時間にして5秒程度。

もうだめかと思った瞬間、普段はゴール前でテンペストクェークに鞭を入れることがない高森騎手が、鞭を入れたのであった。

その瞬間、テンペストクェークが再加速して、縮まらなかった差がどんどんと縮まっていき、ゴール手前でテンペストクェークがディープインパクトを差し切ったのであった。

ターフビジョンにゴールの瞬間が流れ、ゴールの瞬間を見ることができなかったファンたちが決着を見極めていた。

 

アタマ差。

 

それが第47回宝塚記念の勝敗を決めた着差であった。

 

外れ馬券が舞い散っていた。そして、多くの観客が伝説のレースの終わりを見届けていた。

 

 

 

口取り、表彰式が終わり、レースの熱気が収まりつつある京都競馬場。2人の男性が、馬主席の近くで話し合っていた。

 

 

「西崎さん。今回は負けました。本当にテンペストクェークは強い馬ですね」

 

 

「ありがとうございます。藤山先生、高森騎手。テンペストに関わった関係者の方々のおかげです。私は何もしていませんよ……」

 

 

「この舞台で私のディープインパクトと対決するという決断をしたのは西崎さんですよ。最終的な責任は馬主が持つものです。敗北も勝利も。だから、もっと喜んでいいものだと思いますよ」

 

 

宝塚記念に出走するという選択をしたのは西崎本人である。世の中の流れに押されたという側面が強かったが、西崎はテンペストが勝ってくれると信じたからこそ、この宝塚記念に出走したのである。

 

 

「はい、ありがとうございます。本当にすごいレースでした。それに、やっとあなたの馬に勝つことが出来ました」

 

 

「私たちも勝つ自信はあったのですが……今日に関しては調教師の先生も、騎手の方も何一つミスはしていませんでした。テンペストクェークがディープインパクトの力を上回ったのだと思います」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

西崎は感謝の言葉を伝えると共に、レース前から気になっていたことを質問する。

 

 

「......藤山先生が仰っていました。これでディープインパクトとの対決は最後になるかもしれないと。凱旋門賞後はやはりジャパンカップ、有馬記念をお考えで?」

 

 

「今後のレースプランは、体調や疲労などを考慮して決めますが、西崎さんのお考え通りの出走計画を立てています。そして、ディープインパクトは、来年は走らないと思います」

 

 

テンペストクェークはマイル~中距離が適正距離なので、ディープインパクトと対決できるGⅠレースは天皇賞・秋くらいであった。凱旋門賞に出走が決まっているディープインパクトも日程的に出走するのが難しいため、2頭が激突するレースは、今年はなかったのである。

 

 

「来年は、というと種牡馬になるのですか?」

 

 

「ええ。まだ決定事項ではありませんし、検討段階の話ですからこのことは内密にお願いします。テンペストクェークにもおそらく種牡馬入りの話はたくさん来ているのではないでしょうか」

 

 

「ハイ、それはもういろいろなところから。ディープインパクトの生産者の方々からもお誘いを受けています。あと海外からも……」

 

 

テンペストクェークは主流の血統とはいいがたい血統ではあるが、それでもGⅠを複数勝利している馬であるので、種牡馬としての需要は一定数あった。

名馬=名種牡馬とは限らないのだが、それでもロマンと可能性を捨てることはホースマンには出来ないのである。

 

 

「ドバイを勝ちましたからなあ。あれは凄かった。西崎さんは、馬主は初心者と聞いています。初めてのことではあると思いますが、彼の引退後の道についても本格的に考え始める必要があると思います。……余計なお世話でしたら申し訳ありません」

 

 

「ああ、いえ。自分もいつか考えないといけないことだとは思っていたので。助言ありがとうございます」

 

 

「そういえば、テンペストクェークは、この後はどのレースに出る予定ですか?噂だと海外に行くとかなんとか……」

 

 

「それですが……」

 

 

しばらくの間、2頭の怪物の所有者たちは、馬の話で盛り上がったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

京都のとある飲食店。

ここには、競馬を終えた二人の男がいた。

 

 

「高森さん……なんで最後差せたんですか」

 

 

「俺の思いに応えてくれたんですよ~俺のテンペストが。いや〜気持ちよかったなあ、高森コール。初めてでしたよ」

 

 

二人は泥酔していた。

一人は、宝塚記念でテンペストクェークの鞍上の高森。もう一人はディープインパクトの鞍上の騎手である。

 

 

「ああ~ディープの無敗伝説を終わらせてしまった……」

 

 

「俺のテンペストの方が強かったってことですな。というか君、こんなに酔うタイプだったっけ?」

 

 

高森の知る限り、彼が知り合いの目があるところで泥酔しているという話を聞いたことがなかった。それほどまでに悔しかったのだろうとも思っていた。

 

 

「先生も、馬主の方も、誰も自分を責めないんです。君は完璧な競馬をしてくれたと言って」

 

 

「実際、そうだと思うよ。ラスト1ハロンまではやばいと俺も思ったし」

 

 

「有馬のような、普通の走りをしてしまって、それで負けてしまったならまだ納得ができます。でも、彼はいつも通り最高の走りをしてくれたんです。それなのに……」

 

 

「まあ、そこは俺とテンペストの絆の勝利かな」

 

 

「なんなんですか、あの馬。ドバイのときも強いと思ってましたけど、強すぎますよ」

 

 

「まあね、マイルから2000メートルなら俺のテンペストが最強ですね」

 

 

「……その距離での最強はサイレンススズカです。これは譲りません」

 

 

「いいや、テンペストの方が強いね。最後のゴール前で絶対に差し切っている」

 

 

「それはあり得ないです。絶対に先にゴールします」

 

 

二人は、自分の愛馬の強さを自慢しまくりながら、どんどんと酒を飲み続けていく。

 

 

「あかん、目が回ってきた。まだ飲みますよ」

 

 

「……もう無理。というか俺、明日関東に帰らんといかんのに何やってんだよ」

 

 

二人の騎手による喜びと悲しみの宴会は、夜が明けるまで続けられた。

二日酔いによる地獄の苦しみは平等に二人を襲ったという。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺は今、筋肉痛に襲われている。

そりゃあフルパワーで走ったから仕方がない。

ただ、想定内の疲労だったので、本当に良かった。

ケガでもしたら、兄ちゃんやおっちゃん、騎手君たちを悲しませてしまうからな。

 

 

「テンペストの様子はどうですか?」

 

 

「かなり疲れているようで、寝てるか食べてるかのどちらかですね。ただ、どれも想定の範囲内です。やっぱり頑丈ですよテンペストは」

 

 

「検査では骨、肺、心臓、内臓、そして屈腱等の腱に異常がなかったのが本当によかったです。ディープインパクトを差し切ったときの加速は少し怖かったくらいです」

 

 

最後のフルパワー加速。あれはもう封印したほうがいいな。

多分何回もやったらマジで脚がぶっ壊れる。

鍛えていたのと、調子が良かったから何とか保ったけど、ヤバかった。

 

 

「藤山先生、今回の宝塚記念は本当にすべてが上手くいきましたね。それと、お身体の方は大丈夫でしたか?」

 

 

おっちゃんは少し調子の悪そうな顔をしているのが気になる。

いや、調子を崩すのは俺なんじゃないのかね?

ほれほれ、どうしたんだ?

 

 

「こらこら、服を引っ張らない。医者に行きましたが、軽い胃潰瘍だったみたいです。軽度なので、通院程度ですみましたよ」

 

 

「胃潰瘍……ストレスが原因ですか……」

 

 

「そうみたいです。やはり無理していたところもあったみたいです。調教師人生のすべてをかけて調教を行いましたから。もう一回あのレベルまで仕上げろと言われても多分無理だと思います」

 

 

「何かありましたら、絶対に病院へ行ってください。藤山先生に倒れられたら、馬も私たちも路頭に迷ってしまいます」

 

 

「その通りですね。ただ、これからも本格的に忙しくなります。秋山君たちスタッフにも尽力していただきますから、よろしくお願いしますね」

 

 

「はい、テンペストクェークのイギリス遠征に向けて、尽力してまいります」

 

 

話は終わったかな?

疲れているけど、運動はしないとな。

俺を外に出してくれい。

 

 

「あ~わかったわかった。すいません。そろそろテンペストの運動の時間みたいなので、行ってきます」

 

 

「わかりました。テンペスト、ありがとうな~」

 

 

うーむ。おっちゃんのすりすりが一番気持ちええな。

ちなみに二番手は兄ちゃん。三番手は騎手君。

 

 

さて、今、俺は森林の間の道を歩いている。

横に明るい色をした俺と同じくらい大きい馬がいる。

まあ、いつものイケイケな馬だ。

 

 

【走ろうぜ】

 

 

【また今度な】

 

 

うーん。前のレースでは俺が勝ったことを覚えているらしく、うるさく俺に絡んでくる。

多分俺が一回でも負けたら延々とその一回で勝ち誇ってくるパターンだな。

絶対に負けねえ。

 

 

【むかつく、むかつく!】

 

 

【やめろって……】

 

 

近くまで寄ってきて、俺にじゃれつく。

お前でかいから洒落にならねーんだって。

 

 

「なんか楽しそうですね」

 

 

「テンペストの方は死んだ眼をしていますよ……」

 

 

その様子を見ていた他の馬が

 

 

【楽しそう】

【俺も俺も】

 

 

といった感じで俺たちの近くに寄ってくる。

俺は、名目上はボスということになっているのだが、ちょっと立ち位置がわからない。

俺は別に偉ぶりたいわけではない。ただ、暴れていたり、人間や他の馬に危害をくわえそうな馬には全力で注意をしたりしている。そういうのがボスの仕事だと思うからだ。

あの黒い馬は、ボスとして扱われていないと怒っていたりしたけど、我を忘れた馬を一喝して大人しくさせたりしていたからな。

 

 

「入厩したときからは考えられないよな~お前が馬を従える様子なんて。本当に逞しくなったよ」

 

 

【ああ、もう離れなさい。人間の迷惑でしょうが!】

 

 

【はーい】

【わかった】

 

 

「テンペストは、気性が穏やかな馬にも好かれますけど、やんちゃというか、ちょっと気性が悪い馬にも好かれるんですよね」

 

 

「本当に度量が広くなったなあ……キレたナイフみたいなテンペストはどこに行ってしまったのやら」

 

 

なーんか悪口を言われた気がするぞ。

 

 

【うるせえ!】

 

 

「ああ、そんなに怒らないで。やっぱこいつ人間の言葉わかっているよ、絶対に」

 

 

俺は運動を終えると、いつもの自分の部屋に戻って、ゆっくりする。

 

次のレースはいつかな。

また、みんなと笑い合いたい。

ライバルを倒したい。

もっと強くなりたい。

 

全く、俺は欲張りだな。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

宝塚記念の熱狂も冷めやらぬ中、7月初旬。

藤山厩舎、というか西崎オーナーからテンペストクェークのイギリス遠征が発表された。

まず第一目標が決められた。

 

 

『インターナショナルステークス』

 

 

テンペストクェークの親友?のゼンノロブロイが惜しくも敗れたレースであった。

 

まだ、反撃は終わらない。

 

2006年夏、欧州に日本からやってきた暴風と衝撃が襲い掛かる。

 

 

 

 

 

テンペストクェーク成績

2006年 春

2月26日 中山記念:1 GⅡ(中山第11R・芝1800メートル)6621.8万円

3月25日 ドバイデューティフリー:1 GⅠ(ナド・アルシバ・芝1777メートル)300万USドル(2006年3月25日時点での円ドル相場118.04円で計算。3億5412万円)

6月25日 宝塚記念:1 GⅠ(京都第11R・芝2200メートル)1億3473万円

 

2005年春:8860.1万円

2005年秋:2億9994.6万円

2006年春:5億5378.8万円

合計:9億4233.5万円



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閑話3

1:名無しの競馬ファン

必要っぽいので立てた。

取り合えず概要を

第47回宝塚記念

1着:テンペストクェーク

2着:ディープインパクト

3着:ナリタセンチュリー

タイム:2.12.8

 

2:名無しの競馬ファン

>>1 サンクス

 

3:名無しの競馬ファン

実況スレは盛り上がったな。

 

4:名無しの競馬ファン

すごかった。それしか言えない。

 

5:名無しの競馬ファン

久しぶりにドラマを見せてもらった。

 

6:名無しの競馬ファン

世界一治安の悪い競馬民が大人しくなるほどの名勝負だった。

 

7:名無しの競馬ファン

ディープに賭けていた人もかなり多かったみたいで、12レースが終わった後も大雨でうなだれていた奴がいたわ。

 

8:名無しの競馬ファン

>>7 明らかに従来の競馬ファンとは違う毛色の観客も多かったけど、いつもの人種もいて安心した。

 

9:名無しの競馬ファン

>>7 新規ファンに治安の悪さを見せていくスタイルで草

 

10:名無しの競馬ファン

>>3 マジでいっておけばよかった。変な逆張りするんじゃなかった。

 

11:名無しの競馬ファン

>>10 俺も。なんかどうせ期待したような対決は見られないんだろうって思っていた。

 

12:名無しの競馬ファン

実況スレにいるような奴なんてみんなそんな奴ばかり。

 

13:名無しの競馬ファン

なんで近所なのに行かなかったんだよ。最悪だよ。

 

14:名無しの競馬ファン

実際雨が降ってなかったらもっと気軽に行ってた人は多そう。

 

15:名無しの競馬ファン

北海道からは遠かったが、最高の思い出だったぜ。

 

16:名無しの競馬ファン

>>15 うらやましい

 

17:名無しの競馬ファン

>>15 遠方地のファンも入場していたらしいな。別のスレでも結構見かける。

 

18:名無しの競馬ファン

>>17 一種の旅行感覚で来てたファンが多いみたい。ついでに京都観光もかねて京都に来ていた人が多い。そういう人は雨でも問題なく観戦するから。

 

19:名無しの競馬ファン

>>18 京都民だけど、京都市内のホテルとか、結構賑わったみたい。

 

20:名無しの競馬ファン

そういえば入場者数は13万人超えたくらいだったらしいな。去年の菊花賞と同じくらいかちょっと上回るぐらいだったらしい。

 

21:名無しの競馬ファン

雨でよくそれだけ集まったな。

 

22:名無しの競馬ファン

京阪が臨時列車出していた。しかもラッピング電車走っていたし。

 

23:名無しの競馬ファン

>>22 テンペストとディープとかの写真が貼ってある奴だな。

 

24:名無しの競馬ファン

5月ごろに2頭の対決が実現するのがわかって、それから2か月ちょっとでラッピング電車走らせるってどんだけだよ。

 

25:名無しの競馬ファン

菊花賞のとき、大増発しても間に合わないぐらいの人が押し寄せたからな。それで味を占めたのでは?

 

26:名無しの競馬ファン

春天の時はそんなのなかったのに……

 

27:名無しの競馬ファン

おそらく前々から鉄道会社とJRAが計画はしていたんだと思うよ。それで2頭の対決が実現するとなって、本格的に盛り上がりそうだから実行したのでは?

 

28:名無しの競馬ファン

その可能性は高い。阪神競馬場開催だったら阪急がラッピングしてたのかな?

 

29:名無しの競馬ファン

さあ?まだラッピング電車自体そんなに普及していないし、よくわからないわ。

 

30:名無しの競馬ファン

>>29 そのあたりの考察は鉄オタに任せようや。

 

31:名無しの競馬ファン

宝塚記念の出走する全頭の写真が貼ってあったけど、やっぱり一番目立っていたのはディープとテンペストだったな。

 

32:

>>31 そりゃあそうでしょうね。あれだけ持ち上げられていればそうなる。

 

33:

>>31 こういうライバル対決って結構あっけなく終わることが多いんだけど、全競馬ファンが望んていた展開になったのは凄かった。

 

34:

宣伝していたJRAが一番泣いて喜んでいそう。

 

35:

歴史に残るレースだったからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

150:名無しの競馬ファン

さて、そろそろレースの総評と行くか。

 

151:名無しの競馬ファン

>>150 いろいろと語りたくなることが多かったからな。

 

152:名無しの競馬ファン

改めて実況を見返してみると、本当に馬場状態が悪いな。

 

153:名無しの競馬ファン

結構走りにくそうにしている馬も多かった。

 

154:名無しの競馬ファン

距離が長いってコメントしている陣営もあったな。ダイワメジャーやハットトリックとか。

 

155:名無しの競馬ファン

テンペストは2月の中山記念で重馬場適正があることを証明していたし、雨になってテンペストを軸にした人多いんじゃないの。

 

156:名無しの競馬ファン

それは思った。ただ、距離がどうなのかわからなかったから、ディープにした。総合では黒字になったからよかったが。

 

157:名無しの競馬ファン

3着ナリタセンチュリーが予想外だった。それだけ……

 

158:名無しの競馬ファン

馬場状態が荒れると、馬券も荒れやすいからなあ。

 

159:名無しの競馬ファン

>>158 その荒れやすい展開で問題なく1着2着争いに入ってくる2頭は……

 

160:名無しの競馬ファン

>>159 そりゃあ真の強者は条件は選ばないからな。

 

161:名無しの競馬ファン

>>159 これでディープもテンペストも本当に強い馬であることが証明されたな。

 

162:名無しの競馬ファン

ディープの大外捲りはいつも通りって感じだった。これは勝ったなって思った。なお……

 

163:名無しの競馬ファン

テンペストは途中までそんなところにいていいのかよって思ったわ。最後の直線で中央突破してくるとは思わなかった。

 

164:名無しの競馬ファン

なんで馬群に突っ込んでいけるんですかねえ。

 

165:名無しの競馬ファン

オグリキャップとバンブーメモリーのマイルCSを思い出した。距離とか違うけど。

 

166:名無しの競馬ファン

>>165 俺もだ。テンペストはオグリの生まれ変わりか何かか?

 

167:名無しの競馬ファン

マイル~中距離にかけてはガチでオグリ以上の力はあると思う。ただ有馬記念やJCは走れないな。

 

168:名無しの競馬ファン

本質がテンペストと同じマイラーなのに2500メートルで勝てるオグリキャップがおかしいだけ。

 

169:名無しの競馬ファン

テンペストは本来2200メートルが限界らしいな。高森騎手がレース後のインタビューで言ってた。

 

170:名無しの競馬ファン

最後の直線まで経済コースを通っていたのは、最短距離を走らせるためだとか。それで最後に中央突破まで持ってくるんだよ。なんであの人、昨年までGⅠを1つも獲ってないの?

 

171:名無しの競馬ファン

それがテンペスト以外だとしょうもないミスをやらかすんだよなあ。テンペストだけ見ると名騎手って感じなんだけど。

 

172:名無しの競馬ファン

>>171 普段の高森騎手は……まあ物凄い下手ではないけど、上手いわけでもないよねって感じの騎手。若いころは結構いいところまで行ったんだけど、ケガとかいろいろあって今の位置に落ち着いている感じ。

 

173:名無しの競馬ファン

>>171 復活劇もあってか、結構ひそかに応援している人も多い騎手だよ。人気馬に乗っていることが少ないから影が薄くなっているけど。あと髪も。

 

174:名無しの競馬ファン

>>173 髪のことは言ってやるなよ……

 

175:名無しの競馬ファン

そろそろ競馬の話に戻るで~

 

176:名無しの競馬ファン

せやな。結局なんでテンペストが勝てたん?正直マイルや2000メートルやったらテンペストのほうが有利だったとは思うけど。

 

177:名無しの競馬ファン

道悪適正がテンペストの方が高かったのと、距離が長すぎなかった。あと、ダービーのときより成長していたことが要因かな。

 

178:名無しの競馬ファン

成長していたのは事実だね。3歳春のときに比べて見違えるほどになっていたし。

 

179:名無しの競馬ファン

あとは調教が完璧だったこともあるかも。藤山調教師曰く、もう二度と再現できないほどの完成度とのこと。

 

180:名無しの競馬ファン

藤山調教師、その後胃潰瘍で病院に行ったらしいな。新聞のコラムに書いてあったわ。

 

181:名無しの競馬ファン

藤山厩舎はわりと雰囲気が朗らかとしている厩舎で有名だったりする。ただ、宝塚記念に射程を収めた後の2か月間は近寄りにくいオーラがあったらしい。

 

182:名無しの競馬ファン

調教師と騎手と馬、すべてが完璧だったからこその勝利だったんだな。さすがのディープ陣営もこれには勝てんよ。

 

183:名無しの競馬ファン

調教師も騎手もディープはいつも通り完璧な競馬をしたって言ってたしな。

 

184:名無しの競馬ファン

藤山陣営の執念が上回ったって感じなのね。

 

185:名無しの競馬ファン

なんというか物語にしても出来すぎだよな……

 

186:名無しの競馬ファン

日本最大の生産牧場出身で、超良血。そして、日本有数の調教師、騎手に導かれ無敗の三冠を達成した超エリート馬。

一方は、小規模牧場で誕生した微妙な血統。調教師も騎手も有名ではないが、彼らと共に研鑽を積んでいった雑草魂馬。

その両者が、ラスト1ハロンの死闘とか、競馬漫画かよ。本当にリアルタイムで見れて最高だった。

 

187:名無しの競馬ファン

>>186 漫画や映画にしてもご都合主義が過ぎるわな。ただ、こういう物語は大好き。

 

188:名無しの競馬ファン

>>187 せやな。ハッピーエンドがええな。テンペストもディープもどっちもケガもないしな。どっちかが引退とかなったら最悪だわ。

189:名無しの競馬ファン

>>188 どっちも元気にまだまだ走ってくれそうなのがうれしい。燃え尽きていなければいいんだけど……

 

190:名無しの競馬ファン

>>189 あの激戦の後だものな。目に見えた異常がなくても、走れなくなるような馬も多いからな。ダイユウサクとか有馬で最高の走りをした後燃え尽きてしまったし。

 

191:名無しの競馬ファン

まだ、親子3代安田記念制覇も、3階級GⅠ制覇も成し遂げていないし、頑張ってほしい。

 

192:名無しの競馬ファファン

>>191 日本で残す目標がこれくらいしかないし、テンペストは得意距離なら歴代最強レベルになっているのでは?

 

193:名無しの競馬ファン

マイルならタイキシャトルって思ったけど、テンペストもマイルで不良馬場でも問題なく走っていそう。

 

194:名無しの競馬ファン

親父も祖父も得意距離だと強かったけど、テンペストは負ける気がしないっていうぐらい強い。

 

195:名無しの競馬ファン

昨年の毎日王冠のあたりからちょっと手が付けられないくらいに成長したな。何があったんだろうか。

 

196:名無しの競馬ファン

皐月賞で逃げを止めたあたりから信じられないくらい強くなった。

 

197:名無しの競馬ファン

藤山調教師の話だと、逃げ以外はなんでもできるらしい。なんで逃げてたんだよ。

 

198:名無しの競馬ファン

馬の気性とか?エピソードか何かで、馬嫌いって聞いたし。

 

199:名無しの競馬ファン

でもゼンノロブロイと仲が良かったって話も聞いたぞ。

 

200:名無しの競馬ファン

併走とか一緒になっていたらしいね。記事になってた。

 

201:名無しの競馬ファン

GⅠ馬同士の併走とか豪華やな~。テンペストの強さはそこから来ているのかも。

 

202:名無しの競馬ファン

成長力が半端ない。あとかなり頑丈だよね。

 

203:名無しの競馬ファン

大柄な馬体にしてはケガと無縁。

 

204:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファーは若い時は体質が弱かったって話はあったけどケガが多い馬ではなかったな。

 

205:名無しの競馬ファン

母父のサクラチヨノオーはケガで引退だったな。マルゼンスキーも脚部不安があった。そんな馬の欠点を全く感じさせない頑丈さ。

 

206:名無しの競馬ファン

まあ、昨年の秋のローテは別として、結構ゆとりのあるレース間隔だから、そのあたりは結構陣営も気を使っているよね。

 

207:名無しの競馬ファン

何にせよ、ケガで引退って姿だけはあまり見たくはないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

450:名無しの競馬ファン

ディープインパクトは凱旋門賞に行くみたいだけど、どんな日程なのかな。

 

451:名無しの競馬ファン

まだ詳しいことはわからないけど、フォア賞からの凱旋門賞に行くって、話だね。

 

452:名無しの競馬ファン

マジで頑張ってほしいわ。

 

453:名無しの競馬ファン

芝が日本と違うらしいけど大丈夫なのかね。そこが心配。

 

454:名無しの競馬ファン

あの馬場の宝塚記念であれだけの激走ができたんだから大丈夫だとは思うよ。そういう意味ではディープの道悪適正を見れてよかったんじゃないかな。

 

455:名無しの競馬ファン

>>454 日本の重馬場とロンシャンの馬場は、またちょっと違うけど、そういう考え方もできるな。

 

456:名無しの競馬ファン

コースも独特だからなあ。なんて欧州の競馬場ってあんなのばっかりなの……

 

457:名無しの競馬ファン

ドイツは普通だぞ。まあ一番やばいのはイギリスだけど。

 

458:名無しの競馬ファン

エプソムとかその辺の丘の草原に競馬場作りましたって感じだからな。

 

459:名無しの競馬ファン

ツアーとかあるのかな。

 

460:名無しの競馬ファン

もう予約開始されているらしいよ。もし、ディープが出走できなかったら何を見にロンシャンに行くの?って感じになりそうだけど。

 

461:名無しの競馬ファン

なんかちょっと心配だなあ。欧州の競馬って日本とはノリがちょっと違うから。

 

462:名無しの競馬ファン

ちょっと日本の競馬場とは違うらしいね。白い目で見られなければいいけど。

 

463:名無しの競馬ファン

ディープは凱旋門賞確定だとして、テンペストはどうなの?

 

464:名無しの競馬ファン

わからない。スプリンターズステークスに行くんじゃないかって話はある。ヤマニンゼファーが取り損ねた3階級GⅠ制覇があるし。

 

465:名無しの競馬ファン

そういえばゼファーは惜しいところまで行ったんだったな。

 

466:名無しの競馬ファン

相手がニシノフラワーとサクラバクシンオーじゃなかったら……

 

467:名無しの競馬ファン

クソつよ短距離馬がライバルだったんだよな。

 

468:名無しの競馬ファン

海外に行ってほしいなあ。マイルや10ハロンレースが欧州の夏にはいっぱいあるし。

 

469:名無しの競馬ファン

確かに。なら候補はインターナショナルステークスか

 

470:名無しの競馬ファン

あとはクイーンエリザベスⅡ世ステークスとかチャンピオンステークスもあるな。

 

471:名無しの競馬ファン

テンペストがドバイで勝ったデビットジュニアは2005年のチャンピオンステークス勝ち馬だったな。

 

472:名無しの競馬ファン

はえ~なら勝てるのでは?

 

473:名無しの競馬ファン

>>472 そんな甘くないで。それだったらジャパンカップ勝っている馬がみんな海外GⅠ獲れることになるし。

 

474:名無しの競馬ファン

テンペストの次走ってインターナショナルステークスじゃないの?

 

475:名無しの競馬ファン

>>474 まだ公式発表されてないでしょ。新聞とかにはそんな情報はなかったぞ。

 

476:名無しの競馬ファン

インターネットの記事にもなかったな。

 

477:名無しの競馬ファン

オーナーのブログに書いてあったんだけど

URL https://…

 

 

478:名無しの競馬ファン

嘘だろ?というかテンペストのオーナーってブログやってたのかい。

 

479:名無しの競馬ファン

本当だ。天皇賞の盾の写真とか、関係者じゃないと絶対に撮れない写真貼ってある。

 

480:名無しの競馬ファン

ちょっと前に始めたばかりなのね。

 

481:名無しの競馬ファン

「インターナショナルステークスに出走することを藤山調教師と相談の上で決めました」

本当に海外に行くのか……

 

482:名無しの競馬ファン

ドバイと違って招待競走じゃないから、遠征費用は基本的に全部自費だし、イギリスのGⅠレースの賞金て日本のGⅡより少ない場合も多いから、下手したら赤字だぞ。

 

483:名無しの競馬ファン

たしかこの人ってテンペストが初の所有馬なんだよね。それでイギリス遠征とかやべえ。

 

484:名無しの競馬ファン

まだ30代で経営者だぞ。肝が据わっているというか怖いもの知らずというか。

 

485:名無しの競馬ファン

こんな情報ブログに掲載していいのかよ

 

486:名無しの競馬ファン

テンペストの馬主は西崎氏だし、いいんじゃねーの。こりゃあ明日の新聞が楽しみだな。

 

487:名無しの競馬民ファン

インターナショナルステークスか。去年はゼンノロブロイが惜しかったな。

 

488:名無しの競馬ファン

勝った馬はドバイWCで優勝した。あと8月のキングジョージでハーツクライと戦う。

 

489:名無しの競馬民ファン

そういえばハーツもイギリス遠征組だな。

 

490:名無しの競馬ファン

日本のトップホースが全員海外遠征か。誰かが勝ってくれればいいんだけど。

 

491:名無しの競馬ファン

ディープなら凱旋門賞は可能性があると思う、それぐらい強いし。

 

492:名無しの競馬ファン

マイル~中距離なら絶対にイギリスでも勝つことが出来ると思う。タイキシャトル以来のマイルGⅠを望む。

 

493:名無しの競馬ファン

日程的にジャック・ル・マロワ賞は難しいけど、クイーンエリザベスⅡ世ステークス、ムーラン・ド・ロンシャン賞はいけるのでは?ちょっと日程的にきついかな。

 

494:名無しの競馬ファン

どのレースも欧州最高峰のレースだな。これに勝てたら、日本だけでなく欧州でも種牡馬として求められそう。

 

495:名無しの競馬ファン

確かに、もしかしてそれを狙って……?

 

496:名無しの競馬ファン

いずれにしても、今年の海外競馬は熱くなりそう。実況見れるかな。できれば日本語がいいんだけど。

 

497:名無しの競馬ファン

さすがに中継はするんじゃないかな。宝塚であれだけ視聴率を獲れたんだから。

 

498:名無しの競馬ファン

楽しみ。絶対に見る。

 

499:名無しの競馬ファン

暇だったらイギリス行きてえなあ。

 

500:名無しの競馬ファン

金も時間もない……

 

501:名無しの競馬ファン

無職だから時間はあるが、金がない。

 

502:名無しの競馬ファン

>>501 働け。

 

503:名無しの競馬ファン

>>502 辛辣で草。

 

504:名無しの競馬ファン

ゼファー魂の横断幕の人は、マジで行きそうだけど。

 

505:名無しの競馬ファン

向こうって横断幕ありなの?

 

506:名無しの競馬ファン

さすがにダメでしょ。でも、あれがヨークやアスコット、ニューマーケットで翻っている姿を見たい。

 

 

 




テンペストの親父のヤマニンゼファーは天皇賞・秋でセキテイリュウオーとものすごい競り合いを繰り広げました。レースも状況も違いますが、ゼファーのファンは、宝塚記念でテンペストに親父の姿を見た人もいたのかもしれません。


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第四章 飛翔編
馬、本場の地へ


第4章、飛翔編

神ってる、レベチなテンペストクェークをお楽しみください。
あとハーツクライとディープインパクトも



注)28話と同時投稿なのでこちらが最新話です。


宝塚記念の熱狂も冷めやらぬ中、美浦トレセンの藤山厩舎は慌ただしく動いていた。

管理しているテンペストクェークが、無敗の現役最強馬であるディープインパクトに勝利したためである。

もともとドバイを勝利するなど注目度の高い馬であったが、宝塚記念を契機として、さらに注目度が上がったのであった。取材の申し込みなどもさらに増え、お祭り騒ぎ状態となっていた。

テンペストはすぐに新しい戦場へと旅立つことになっているため、ゆっくりしている暇はなかった。

 

 

「テンペストが入厩する厩舎ですが、ゼンノロブロイが昨年のインターナショナルステークスに出走した際にお世話になった厩舎になりました」

 

 

藤山は、ゼンノロブロイの調教師や馬主に頼み込んで、遠征先の厩舎を見つけることに成功した。彼らからは、ゼンノロブロイの借りを返してきてくれと頼まれている。

 

 

「ニューマーケットですか。一度行ってみたかったんですよね……」

 

 

厩務員の秋山は、テンペスト専属としてイギリスに滞在することになる。

競馬の聖地ともいえるニューマーケットに行けるのは秋山にとっては夢のような出来事であった。藤山は日本にも管理している馬がいるため、イギリスに常駐することはできないが、定期的に向こうに行く予定であった。

 

 

「それにしても、今回の遠征費。結構馬鹿になりませんよね」

 

 

「そうですね。輸送費や登録料、それに私たちスタッフの遠征費用。色々なお金が基本的に自腹ですからね。それでいて、賞金額が日本のGⅡレース並みかそれより少ない場合が多いから割にあいませんね」

 

 

インターナショナルステークスの1着賞金額は、約30万ポンド、日本円にして6570万円である。

 

 

「テンペストの得意な距離のレースが夏から秋にかけて、イギリス、フランスにたくさんあります。どれか勝つだけでも偉業ですよ」

 

 

数年前からタイキシャトルを始めとして日本の馬が欧州のGⅠを制している。しかし、ほんのわずかな数である。

欧州に対するコンプレックスというものは多かれ少なかれ日本のホースマンは持っていた。

 

 

「不思議なんですよね。テンペストならすごいことをやってくれるって思えるんですよね。騎手でも調教師でもない自分がこんなことを思えるぐらい凄い馬です」

 

 

「彼なら案外簡単にとってきてしまうのでは?と油断しそうになってしまいます。すでにテンペストは英国で戦う準備が出来ているので、気が緩みかけていますね……」

 

 

苦笑しながらテンペストの馬房を眺める。

今、彼はプールで泳いでいる最中である。色々と器用な馬であるが、なぜか泳ぐのは苦手であるらしい。ただプール自体はそこまで嫌いではない。

 

テンペストクェークは宝塚記念の疲労が少し残っていた。そのため、すぐに英国には出発せずに、期間を少し空けて7月下旬に英国へと旅立つ予定である。

 

 

「そういえば、ハーツクライの調教師から、できればテンペストと併走や曳運動をさせてほしいと要望がありました」

 

 

「ハーツクライですか。キングジョージに出走する予定でしたね」

 

 

7月29日に開催されるキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス(King George VI and Queen Elizabeth Diamond Stake)にハーツクライは出走する予定である。芝12Fで開催され、凱旋門賞に匹敵するほどの格があるGⅠレースだと言われている。

 

 

「宝塚記念の疲労がもう少し早く抜ければ、7月15日の飛行機で一緒にイギリスに向かうことが出来たんですけどね」

 

 

テンペストの疲労は想定内であったとはいえ、全くの無傷ではなかった。疲労が残っている状態での輸送と、慣れない新天地への移動は、いくらテンペストが強くても、良くないと判断した。そのため、テンペストは少し遅れた飛行機で輸送されることになった。

 

 

「検疫とかもあるから、一緒にいられるのは直前だけだと思いますけど、果たして大丈夫ですかね……」

 

 

ドバイで一緒の飛行機に乗ったりしていた時には、喧嘩もしなかったので相性が悪いとは思わなかった。ただ、ハーツクライもどちらかといえばボス気質の馬なので、同じくボスであるテンペストと相性がいいのかはわからなかった。

 

 

「テンペストは他の馬から畏れられるほどの威圧感を持っているんですけど、自分から威張りに行くようなことはしないので、結構自分がボスだ!っていう気が強いタイプの馬ともうまく付き合えていますね。絶対に格下に見られたり、舐められたりはさせないので、他のボス気質の馬と対等に付き合える性格なんだと思います。ゼンノロブロイとも最後の方には対等の仲を築いていました。たぶんハーツクライとも相性がいいと思いますよ」

 

 

「それなら、申し出には承諾しようと思います。同じ日本勢として、ハーツクライには勝ってほしいですから」

 

 

ハーツクライがキングジョージ

テンペストがインターナショナルステークス

ディープが凱旋門賞

 

もしこれが実現したなら、日本競馬が世界に届いたということを証明することが出来る。レースが被らないなら、同じ日本勢として、応援するのは当然のことであった。

ただ、なんだかんだでディープインパクトは凱旋門賞を勝ちそうである。

同じレースは出走しないが、ディープが勝っているのにテンペストが負けてしまうのは嫌だった。

 

 

「テンペストの調子は良好ですね」

 

 

「プール調教に行けるレベルまで回復していますし、数日もすれば普通に坂路調教も可能になるでしょう。それに宝塚記念で鍛えぬいた身体がまだ持続できています。しっかり現地で調整すれば、最高の仕上がりになると思います」

 

 

「宝塚記念で限界を超えてしまったのかと思いましたが、彼はしっかりと自分の限界というものを理解していたようですね」

 

 

競走馬は意外と無理をし過ぎてしまう生き物でもある。無理をすると故障といった形で現れる。ケガをする一歩手前の力で走れるのもテンペストの強さでもあった。

 

 

「英国の初戦の結果次第ですが、出走レースの間隔は昨年の秋並みかそれよりキツくなる可能性が高いです。細心の注意を払いましょう」

 

 

「わかりました」

 

 

そろそろプール調教が終わる頃だったため、藤山は厩舎の外に出た。

しばらくすると、調教助手に連れられて、テンペストがゆっくりと厩舎に戻ってきた。

 

 

「宝塚記念の疲労については、もう少しで抜けると思います。近日中に、航空輸送をしても問題ないレベルにまで回復すると思います。これなら、検疫や輸送を終えて、イギリスに到着してからすぐに現地で調教を行えると思います」

 

 

テンペストはドバイに行った際には、到着した次の日から元気いっぱいに走り回っていた。輸送負けという言葉は彼の辞書には存在しないようである。

 

 

「ありがとうございます。本村さん、現地での調教を頼みました」

 

 

藤山厩舎には2名の調教助手が所属しているが、本村は彼の専属としてイギリスに渡ることになっている。代わりに、別の厩舎から応援が入ることになっている。

 

 

「私は専属で彼についていくことはできません。電話などで指示はしていくつもりですが、最終判断は君に任せます」

 

 

「ありがとうございます。ケガと体調に気を付けて調教を行っていきます」

 

 

藤山厩舎は、秋山厩務員と、本村調教助手、そして様々なコネを経由して手配した現地の関係者を加えた陣営で英国遠征を行うことになった。

 

 

7月下旬、検疫を終えたテンペストクェークは空港から飛行機に乗せられた。

目指す先は、競馬の本場であるイギリスである。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

さて、俺はまた飛行機に乗せられて、どこかの国に連れてこられたようである。

前の国とはちょっと違う雰囲気を感じる。

 

飛行機から、また輸送されて、ついた場所は広大な土地だった。

 

 

【広いなあ……】

 

 

たくさん馬がいるが、それでも広く感じるくらいの場所である。

それに緑もたくさんあるし、のんびりとした雰囲気を感じる。

ただ、ここが休養の場所でないことは俺もわかっていた。

俺はこの国で戦うことが決まっているのだろう。こっちで再会した兄ちゃんたちは、緊張した面持ちだった。きっと激戦が俺を待っているのだと思う。

 

 

「やっぱり全く輸送負けしていませんね。それに、もうこの場所を気に入ったようです」

 

 

「やっぱり美浦と違って広いし、馬にとって環境がいいのかねえ……」

 

 

うーむ。

新しい場所に来てテンションが少し上がっているのかな。

ちょっといろんな場所を見に行きたいな。

 

 

「憧れの英国のニューマーケットにこんな形で来れるとはなあ……テンペスト、ありがとう」

 

 

兄ちゃんが俺を撫でてくる。

感謝しているのか?まあ俺をほめても何も出てこないぞ。

 

 

「本格的な調教は、こっちのスタッフとの打ち合わせが終わってからだから、少しの間だけど、テンペストにはゆっくりしてもらっておこうかな」

 

 

俺の部屋もいい感じだし、これならしっかり走れそうだな。

 

それから数日をここで過ごしていた。

その間は、厳しいトレーニングは行っていない。俺は結構ここを気に入ったけど、さすがに新天地に来ていつも通りとはいかないようだ。

 

 

「ハーツクライの方ですが、少し精神的に不安定みたいですね」

 

 

「テンペストと相性が合えばいいのだけど」

 

 

隣を歩く兄ちゃんに連れられて行った先にいたのは、白いラインのような模様が顔にある馬だった。

確かこいつは見覚えがあったような……

 

 

【お前、知っている】

 

 

そうだ、去年の秋くらいにこの馬と走ったな。

いや、もっと最近だ。

前に別の国に行ったときに同じ飛行機に乗った馬だ!

 

 

【久しぶり、元気?】

 

 

【……ああ】

 

 

おかしいなあ。

こいつ、もっとイケイケな感じだったと思うんだけど。

タイプとしては俺にやたらと絡んでくるあの明るい大きな馬と同じだと思ったが……

 

 

【なんだ?しょぼくれてんな】

 

 

もしかしてホームシック?

ふーん。

可愛いところあるじゃん

 

 

【ふーん】

 

 

俺はちょっとからかってやる。

 

 

【弱っちいなあ。赤ちゃんかお前は】

 

 

【うるせえ!】

 

 

お怒りであった。元気はあるようだな。

 

 

【お!それくらいの元気はあるか】

 

 

こいつもこの国のレースに出るのだろう。

日本の馬たちの代表としてこの遠い異国に来ているんだから、もっとしっかりとせえ!

前にいる馬は今にも俺に飛び掛かってきそうな目つきをしていた。

 

 

【待ちやがれ!】

 

 

【いやだね】

 

 

「……ああ!放馬!!」

 

 

俺たちは、油断していたにいちゃんの一瞬のスキをついて彼らの手から逃れる。

すまんな、兄ちゃん。ちょっと俺も走り回りたいんや。

 

 

【うふふ~。可愛い声出しちゃって~】

 

 

【気色の悪い声を出すな。むかつく!】

 

 

俺の精一杯の可愛い声は大変不評だったらしい。

少しの間、自由に走り回った俺たちは、人間のところに戻る。

俺たちを追いかけていたのか、かなり疲れているようだな。

 

 

「はぁ、はぁ……結局戻ってくるのかよ……」

 

 

「もうすぐ本番なのに、大丈夫なのか...…」

 

 

俺たちは人間から脚や身体のチェックを受ける。

大丈夫だよ、本気で走ってないから。

お遊びみたいなものだよ。

あの馬も、それに気づいていたみたいだし。

 

 

【俺の方が強いし速い】

 

 

【やっぱむかつくお前……】

 

 

最後に挑発して、俺はあいつと別れた。

うん、いい目してたじゃないの。

これなら惨敗はしないだろうな。

 

そして俺はあの馬を煽ったとして、結構ガチ目に怒られた。

馬にそんな怒り方しちゃだめだよ~って感じで見つめていたが、ダメだった。

ちくせう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

7月29日、アスコット競馬場。

この日は、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスが開催されていた。

昨年の凱旋門賞を勝ったハリケーンラン、昨年のインターナショナルステークス、今年のドバイWCを勝ったエレクトロキューショニスト。そして今年のドバイSCを勝ったハーツクライが有力馬として激突した。

 

 

『……残り400メートルを切った。外にハーツクライだ。外からハーツクライ。エレクトロキューショニストを捉える……』

 

『……残り200メートル。先頭はハーツクライだ。ハーツクライ粘る。内からハリケーンランが伸びてくるぞ。ハーツクライが粘る、粘っている。3頭の叩きあいだ……』

 

『……ハリケーンランが差し切るか、ハーツクライが粘るか。これは、これは……』

 

 

ほとんど同時に内側にいたハリケーンランと外側にいたハーツクライがゴール前を駆け抜けた。そのすぐ後を、真ん中のエレクトロキューショニストが走り抜けた。

 

 

『……勝ったのは、ハーツクライです!ハーツクライだ!勝った!勝ちました。日本勢初のキングジョージ制覇です。アグネスワールド以来のイギリスGⅠ制覇。それもキングジョージを獲りました……』

 

 

盛り上がりも見せるアスコット競馬場には、藤山厩舎の二人がいた。

 

 

「勝ちましたね」

 

 

「調教は少し物足りないようだったが、テンペストと走ってからは精神的に落ち着いていたようだ。というか闘争心が高くなってたらしい」

 

 

「……2頭で追いかけっこをしたみたいですし、テンペストは何を吹き込んだんですかね」

 

 

それは馬にしかわからないのである。

 

 

「さて、次はテンペストの番だ」

 

 

8月に行われるインターナショナルステークス。

現段階では、そこまで怪物クラスの馬が出走するという情報はなかった。

それでも油断できないのが競馬である。ただ、テンペストの調子も上向きであるため、このままいけば、ドバイレベルの仕上がりは期待できそうであった。

現地の調教師や厩務員からも評価は日に日に高まっているのを感じていた。

 

 

「結局インターナショナルステークスの次はどのレースにするんですか?」

 

 

秋山にはまだ今回の英国遠征の最終的なレースプランは伝えられていなかった。初戦でダメだったらすぐに日本に帰る可能性もあるためだった。

 

 

「フランスのムーラン・ド・ロンシャン賞を考えたんですが、少し日程的に厳しいです。9月からはアイリッシュチャンピオンステークス、クイーンエリザベスⅡ世ステークスを考えています。その後は10月のチャンピオンステークスを走る予定です」

 

 

他にも国外ではあるが、アメリカのブリーダーズカップマイル。あとはオーストラリアのコックスプレートも検討していた。ちなみに、誰に吹き込まれたかわからないが、オーナーの西崎がブリーダーズカップ・クラシックに出たいと言い出したときは、さすがに全員で止めていた。

 

 

「結構厳しいローテですね」

 

 

「レース後に不調を感じたら即座に中止する予定です。ただインターナショナルステークスからアイリッシュチャンピオンステークス、クイーンエリザベスⅡ世ステークスを連戦している馬はいないわけではないですよ。例えばジャイアンツコーズウェイやファルブラヴが走っています」

 

 

「こっちの馬は中2週間ぐらいで走っていたりすることがありますね」

 

 

「ええ。ただ、これらの出走計画はインターナショナルステークスの結果次第です。日本へ早々に帰らないようにしたいですね」

 

 

「わかりました。ここで輝かせてみせましょう」

 

 

出走まであと数週間であった。

 

 




ハーツクライ「抜かれそうになったとき、目の前に気持ち悪い声で俺を挑発してくるあのクソ野郎が走っている姿が思い浮かんだ。あれに負けるのだけは癪に障るので、頑張ったら先頭だった。なんか複雑」



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準備完了、当方に攻略の用意あり。

次話は、明日投稿予定です。


7月末のキングジョージでハーツクライが勝利したことで、海外遠征に来ている日本馬の注目度が一層高まっていた。

ハーツクライ陣営には多くのメディアが集まり、極東から来訪した日本馬の強さを伝えていた。

そして、すでにイギリスに入国し、インターナショナルステークスに向けて調教を積んでいるテンペストにも注目が集まっていた。

 

 

『テンペストクェークですか?8ハロン~10ハロンのレースならハーツクライでも勝つのは難しい馬ですね。この距離なら現時点で間違いなく日本最強の馬ですよ』

 

 

ハーツクライ陣営は、テンペストクェークをお世辞抜きに褒めていた。キングジョージを勝ち、世界の名馬の仲間入りを果たしたハーツクライ陣営からの評価であった。

テンペストクェークの評判はさらに上昇していた。ドバイDFで5馬身差の圧勝劇を見ていた関係者は、ヤバい馬がやってきたと冷や汗をかいていた。

とある厩舎関係者は、テンペストクェークの調教を見た後でコメントを残していた。

 

『あの馬はやばいね。素の能力なら世界トップクラス。あとはうちの国の芝に適応できるかどうかだね。もし適応したなら、勝てる馬は一握りしかいないと思うよ』

 

 

イギリスの競馬関係者、競馬ファンは、インターナショナルステークスでのパフォーマンスで、彼の強さを見極めるつもりであった。

日本やドバイの芝なら間違いなく世界トップクラスの実力を有していることはわかっていた。そのため、イギリスの競馬場の芝の違いにどの程度適応することができるのかについて注目していた。

 

レースに出走する陣営としては、極東の競馬後進国からやってきた馬にでかい顔をされたくはないという気持ちもあり、いつもより気合が入っていた。

関係者の様々な思惑が入り混じりながら、8月上旬は過ぎていった。

 

 

 

 

「秋山君、本村君。イギリスでのテンペストの世話や調教、お疲れ様です」

 

 

調教師の藤山も定期的にイギリスには来ていたが、美浦の自分の厩舎の馬のこともあるため、常駐することはできない。そのため、イギリスと日本を行ったり来たりを繰り返していた。

今日は、テレビ電話で現地のスタッフと連絡を取っていた。騎手の高森も参加している。

 

 

「テンペストの調子はどうですか」

 

 

自分の相棒の状態について高森騎手が尋ねる。

 

 

「全く問題ありません。ハーツクライが先に帰りましたが、特段変わりなく過ごしています。調教も順調ですので、しっかりと本番で走れると思います」

 

 

「ハーツクライがテンペストに挑発されて、いい感じで気合が入ったって向こうの調教師の人達から感謝されました。バカにしていただけのような気もしますが……」

 

 

厩務員の秋山と本村が最近のテンペストの様子を応える。

 

 

「ハーツクライにはよいスタートを切ってもらいました。我々もそれに続きたいです。来週には我々も現地入りしますので、それまではよろしくお願いします。それと、出走計画が確定しました。西崎オーナーからの了解もとりました」

 

 

藤山調教師から、日本のスタッフ、そして現地で調教に参加してもらっているスタッフに今後の出走計画を伝える。

 

 

8月22日 インターナショナルステークス(芝・10F88Y)ヨーク競馬場

9月9日 アイリッシュチャンピオンステークス(芝・10F)レパーズタウン競馬場

9月23日 クイーンエリザベスⅡステークス(芝・8F)アスコット競馬場

10月14日 チャンピオンステークス(芝・10F)ニューマーケット競馬場

 

 

「改めて考えますと、かなり厳しいローテーションですね」

 

 

欧州最高峰のG1レースを2ヶ月以内に4戦する計画に秋山達も唸る。特に2戦目と3戦目のレース間隔は2週間程度しか空いていない。

勿論これは登録しただけである。

どこかのレースで不調が発生、あるいは疲労などでレースに耐えうることが出来ないと判断すればすぐに出走を取り消す予定であった。

異常をすぐに察知できるように、これまで常に彼のことを見ていた担当厩務員の秋山、そして調教助手の本村を現地に常駐させたのである。騎手の高森も定期的にテンペストの様子を確認するためにイギリスに行くことになっている。医者も現地人だけでなく、日本でテンペストを診ていた人も常駐してこちらに滞在していた。

これらの費用は全てオーナーの西崎が提供していた。

 

 

「目指すは全勝です。ただ、テンペストの調子が最優先なので、そこは忘れないようにお願いします」

 

 

テレビ電話を切ると、高森やスタッフたちは藤山に挨拶をして、部屋から出ていった。

一人残された部屋で藤山は、さすがに厳しいかなと考えていた。一方で、テンペストなら大丈夫だとも思っていた。

 

 

「いや、そんな思考では馬を壊しかねない。絶対はあり得ない。理想は重要だ。だが現実もしっかりと考えていこう」

 

 

映像や本村たちスタッフによれば、仕上がりはドバイと同等かそれ以上だろうとのことである。前にイギリスで確認したときよりもよくなっていた。

さすがに宝塚記念のレベルまで仕上がってはいないが、あれはもう二度と再現できないレベルの仕上がりであった。

 

 

「彼に会うのが楽しみだ」

 

 

 

 

8月中旬、藤山が再びイギリスに入国した。

インターナショナルステークスに向けて、最後の調整を見るためである。

 

 

「本番では、西崎オーナー、それに島本牧場の哲也君も来るとのことです。ただ、基本的には完全にアウェー状態なので、空気にのまれないように気を付けてください」

 

 

藤山の訓示の後、スタッフは、自分の仕事に戻る。

藤山はスタッフとの打ち合わせがあるため、別の厩舎へと向かっていった、

 

一人になった秋山は、テンペストの下に向かい、彼の様子をチェックする。

相変わらず調教をしていないときは食っているか寝ているかのどちらかだった。

 

 

「テンペスト。期待しているからな」

 

調教のご褒美に人参を少しだけ与える。

嬉しそうに食べるテンペストの鼻先を撫でる。

 

彼は人参も好きだが、リンゴやバナナといった果物も好物だったりする。あとセロリといった野菜も問題なく食べる。一番好きな食べ物はメロンで、宝塚記念後にオーナーから祝いとして夕張メロンが差し入れされ、それ以来メロンをよこせとせがむようになった。

試しに普通のメロンを与えたら、微妙な顔をして食べていた。

高級品しか受け付けないわけではないが、さりげなく高いものを要求してくる意地汚さがテンペストにはあった。

糖度が高いので、そんなにたくさん上げることはできないため、もっぱらご褒美扱いになっている。

 

彼が立ち上がり、軽く嘶くと、同じ厩舎で過ごしている馬たちが嘶き返す。

テンペストはここにきて1週間程度で厩舎のボスになっていた。

喧嘩をして頂点に立ったわけではなく、いつの間にかボス扱いされていたのだという。

 

 

「ここのボスになったんだから、後は、実力を示すだけだ。がんばってくれよ」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

車から降りると、そこは競馬場であった。

ここがホースマンの原点にして頂点。ニューマーケットか。

俺がこの地に来れるなんてな。

 

 

「高森さん。こっちです」

 

 

見知った顔である秋山君に導かれて、相棒のいる厩舎へと向かう。

しばらく歩くが、広いし自然も多い。時間がゆったりと進んでいるような感じがする。確かに馬にかかるストレスはこっちの方が少なそうだな。

 

テンペストがいる厩舎の前に、見知った鹿毛の馬がいた。

 

 

「テンペスト、元気してたか?」

 

 

「勿論さ!」、そんな感じに嘶き返してくれる。彼は人間の言葉にしっかりと反応してくれる。賢い馬だ。

他にも見知った顔もいれば、この厩舎のスタッフと思しき人の姿も見える。

 

 

『高森騎手ですね。私はここの厩舎で調教師をしています』

 

 

『私は高森康明です。テンペストですが、どうですか』

 

 

俺が英語を話せることを知っているのか、ここの厩舎の調教師に英語で話しかけられた。きれいな英語だ。さすが英国人。

 

 

『最高です。本当に素晴らしい。馬体の強さも勿論ですが、適応能力、そして賢さ。すべてが最高水準といってもいい』

 

 

べた褒めであった。ダービーを獲っている調教師からここまで褒められるとは。さすがだな。

 

 

『ここまでしていただいた以上、レースでは勝ちますよ』

 

 

テンペストが俺の服を引っ張って、遊んでくる。あとで遊んでやるから……

そういいながらも、俺は彼の顔を撫でてあげる。

 

 

『……最初はこちらの競馬に慣れた騎手に乗ってもらった方がいいのではないかと思いましたが、それは杞憂でしたね』

 

 

普通ならそう考えるだろうな。

ただ、俺は譲らないさ。

 

 

『彼の上は誰にも譲りませんよ。結果で示しますから』

 

 

俺はそのあと、テンペストに乗って彼の仕上がり具合をチェックした。

想像以上だった。これなら勝てるとも思った。

運動を終えると、彼は自分の馬房に戻っていった。

彼が戻ると、食事をしていた馬やボケッとしていた馬が、テンペストに対して嘶く。警戒や挑発の嘶きではなく、「お帰りなさい」といった歓迎の嘶きだ。

彼はこの地でも問題なく過ごせているようだ。

 

 

残念ながら俺はこの地に別荘など一切持っていないので、俺は関係者の寝泊まりするところで世話になることになった。

時差ボケなどで、むしろ俺の方が体調を悪くしていた。

馬よりも体調管理が出来ていないと馬鹿にされた気分だった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

【インターナショナルステークス】

ヨーク競馬場の芝10ハロン88ヤードで施行するGⅠレースである。1972年に設立されたレースで歴史あるレースではないが、欧州のトップホースが集まるレースであった。2005年にゼンノロブロイが挑むも、エレクトロキューショニストに僅差で敗れて2着となった。

 

 

300年近い歴史を誇るヨーク競馬場には、インターナショナルステークスを観戦しに来た英国紳士と淑女があふれていた。その中に、異質な集団がいた。

全員ドレスコードでしっかりと決めているものの、なぜか水色の謎の旗やのぼりを持った集団がいた。

日本からやってきた応援団であった。

日本とはノリが違う欧州競馬にそんなもの持ち込めるのかよとテンペスト陣営は思っていたが、特に問題はなかったらしい。

色々とあったらしいがその辺は語ると長くなるため割愛する。

 

 

「……テンペスト、イギリスでお前の応援が見れるとはな」

 

 

現地のファンもテンペストクェークの走りがどのようなものか期待している人が多かった。そのためか、1番人気に推されていた。

しかし、一方では自分たちの国の馬や贔屓の馬が勝つことを願っていた。

 

 

「期待に応えるぞ、テンペスト」

 

 

完全アウェーの状態だったが、珍集団となっている日本からの応援団が妙に心強かった。

待機所では、藤山調教師とオーナーの西崎、それに生産者代表でイギリスに来た哲也も来ていた。

 

 

「高森騎手、ここでは、馬体のぶつけ合いやブロックなどが日本より露骨に行われると思います。気を付けて乗ってください」

 

 

高森もそういった話は日本人の騎手からよく聞いていた。

実際にこの場所に来てみるとかなりのアウェー感を味わっていた。ドバイでは日本の馬も出走しており、日本人の関係者も多かった。

ただ、この場所には、テンペストクェーク陣営以外は全てイギリスやアイルランドなどの欧州勢であった。

他の騎手も全員外国人で、顔には出していないが、意識されているということは感じていた。昨年アルカセットでジャパンカップを同着1位に導いた欧州のトップジョッキーもこのレースにはいた。

露骨なラフプレーはしてこないが、ルールに反しない程度の嫌がらせは確実にしてくるだろうなと高森は感じていた。

 

 

「ええ、事前の予習は済ませましたよ。あと彼から馬場状態やコース状態もよく聞きましたから」

 

 

高森騎手は、昨年のゼンノロブロイで2着となった騎手に、借りを返してくると宣言していた。

 

 

「他の馬だけど、はっきり言ってしまえばテンペストクラスの化け物はいないです。必要以上に警戒する必要はない。いつも通りの競馬をしてください」

 

 

1番人気はテンペストクェークである。

2番人気は、ディラントーマス。前走のアイルランドダービーを勝利しており、英ダービーも3着に入っている馬である。

3番人気は、チェリーミックスで、GⅠを2勝している馬である。

4番人気は、ノットナウケイトで、GⅠ勝利はないものの、エクリプスSで2着になっている馬である。

日本での実績、ドバイでの実績を評価すれば、テンペストがもっとも有力馬であった。ただ、初めてイギリスの競馬場で走るということもあり、この点が不安視されていた。

 

 

「また、日本の芝とはかなり違うようです。通常時でも芝が重いと言われていますが、さらに稍重となっているから気を付けてください」

 

 

「テンペストなら問題ないとは思いますが、全くダメダメなら、ケガをしないように走らせてきます」

 

 

騎乗の合図があり、高森騎手はテンペストクェークに騎乗する。

そのままゆっくりとヨーク競馬場の芝に入ると、テンペストはいつものようにゆっくりと歩いたり、スキップをしたりして、ここの芝の感覚を確かめていた。

日本と同じように出走前の準備をしていると感じていた。

 

前の馬に追従するように歩くが、その足取りもしっかりしていた。

 

ゲートへと向かうように指示されると、テンペストクェークは、ゆっくりとゲートの方へ向かっていた。

 

 

「いい感じだな。テンペスト、どうだ?ここの芝にはなれたか?」

 

 

高森騎手からは、テンペストはご機嫌のように見えていた。

足元を気にする様子もなかった。

 

 

「頭数が少ないなあ……」

 

 

テンペストを入れても8頭である。欧州の競馬では珍しい事ではなかったが、初めて欧州で競馬をする高森には新鮮であった。

 

しばらくすると、ゲートインが始まり、テンペストは大外の枠に入る。

西崎や藤山、そして日本からわざわざ駆け付けた応援団。そして中継を応じるメディアに日本の競馬ファンが固唾をのんでスタートを見守っていた。

 

ゲートが開いた瞬間、8頭の馬が飛び出した。

2006年インターナショナルステークスが始まった。

 

 

 

 

 

 




少し長くなったので分割しました。


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イギリスを襲う天変地異

分割したのでこちらが第31話です。


8月22日、日本のテレビ局は、衛星放送で一頭の日本馬が出走するレースの中継を行っていた。

その様子をイギリスに行くことが出来ない競馬ファンたちが見ていた。牧場の仕事でイギリス入りができない島本牧場の牧場長の島本哲司、そしてスタッフたちもテレビにかじりつく様に見ていた。

 

『本日は、平日ではありますが、競馬の中継をお届けします。今日は日本のテンペストクェークがインターナショナルステークスを走ります。その模様を生放送で中継していきます』

『7月末にハーツクライがキングジョージを勝利した興奮を忘れられません。再び私たちに感動と興奮をもたらしてくれるのでしょうか。テンペストクェークがイギリスGⅠ、インターナショナルステークスを走ります』

『昨年はゼンノロブロイが挑みましたが惜しくも2着に敗れました。この雪辱を果たすことはできるのでしょうか』

『昨年は本当に惜しいレースでしたね。勝ったエレクトロキューショニストはドバイWCも勝っていますし……』

 

 

見慣れた競馬番組の司会の二人が、昨年のゼンノロブロイのレースについて述べる。エレクトロキューショニストに僅差で敗れた昨年のレース映像が流れる。

 

 

『いやー本当に惜しいレースでした。改めて見ても悔しい結果です』

『今回はテンペストクェークが再び頂点を目指して挑戦していきます。さて、実況は○○アナウンサー、そして解説は○○さんにお願いしていきます』

 

 

映像が現地のヨーク競馬場の現在の状況に移り変わる。

 

 

『イギリス北部にあるヨーク競馬場でインターナショナルステークスが行われようとしています。日本のテンペストクェークがイギリスでのGⅠ制覇をめざして出走します』

『テンペストクェークはここで勝てばGⅠは5連勝。重賞は7連勝になります。去年の毎日王冠から負けなしです。宝塚記念のような絶好調をキープしていれば勝利は難しくはないかもしれません』

『テンペストクェークは大外枠の8番になっております。それでは出走馬8頭を紹介していきます』

 

 

1番の馬から順番に紹介される。GⅠを勝利した馬もいるが、圧倒的な成績を残している馬はいなかった。

 

 

『最後に8番のテンペストクェークです。レースの約1か月前にイギリスに入国して、ニューマーケットに入厩していました』

『この馬はいつもしっかりと落ち着いているのですが、今日も落ち着いていますね。映像越しですが、仕上がりも万全ですね』

『チャンスはありますでしょうか』

『今年はこれといった怪物クラスの馬が出走していません。ただ、馬場状態が稍重なのが気になりますね。宝塚記念で重たい馬場でも走れることがわかっていますからね。ここの芝に適応することができたら、勝利する可能性はかなり高くなりますよ』

 

 

映像では、水色の帽子を被った高森騎手が馬と共にゲートインを待っていた。

 

 

『水色の帽子、高森騎手とテンペストクェークが8番ゲートに収まりました』

『2006年、8頭立てとなったインターナショナルステークス、暴風は吹き荒れるか。今、出走しました』

 

 

ゲートが開き、一斉に馬たちが走り出した。

 

 

―――――――――――――――

 

 

ゲートが開く。

テンペストは問題なくスタートした。

ただ、他の馬と同じタイミングだったので、左隣にはすでに馬がいた。

 

スタートしてすぐに一回目のコーナーがあるのがこの競馬場の特徴でもある。

今は焦らずに隣の馬と馬体を併せながらコーナーに向かう。

 

最初のコーナーでは、スピードを少し落としながら、内ラチの方へと向かっていく。

2番人気は……前から3番手あたりか。

ここから500メートルほどの直線がある。

ここではしっかりと足を溜めさせてもらおうかな。

俺たちは後方2番手の位置でレースを進める。テンペストの様子を確認するが、特に走りにくそうにはしていない。

 

しばらく走って、直線の途中まで来たが、稍重のせいなのかちょっとペースが遅い。

今の俺たちは変わらず後方2番手の位置にいる。ラストの直線が900メートル近くあるとはいえ、少し心配だな。どうするか……

 

テンペストの様子は特に問題なく走っている。宝塚記念のときとは違う走り方をしているな。もうここに適応したのか。さすがだ。

これなら後方からの末脚で勝負はできるな。それなら今は無理しないでいい。後ろにいるときだ。

スパートが不発に終わったらその時はしょうがないと思うしかない。

 

最後のコーナーを回る。2番人気と3番人気が併走しながら走っているな……

ここのコーナーを抜けるとあとは900メートル近い直線が待っている。

コーナー終わりで少し外に膨れた俺たちに、隣にいた馬が露骨に馬体をぶつけてきた。

 

ここで来たか。

はは、ここで悔しそうな顔をすれば満足かな?

 

残念ながらテンペストはそんな程度の妨害じゃあひるまない。

俺たちを吹っ飛ばしたければ、ばんえい馬を持ってくるんだな!

 

テンペストも気にしていない様子で、少しずつスピードを上げながら走っている。身体の方も大丈夫そうだ。

 

ラスト4ハロンを過ぎると、他の馬たちは馬場状態の良い中央や外ラチ付近へと走っていく。

俺たちはどうするかって?

テンペスト、お前、前に誰もいない方が走りやすいよな?

 

そのまま俺たちは最短距離の内ラチに沿いながらスピードを上げていった。

テンペストは全く問題なく走っているな。これならいける。

 

先頭もそこまで前に行っていない。

……ってなんで4馬身くらいしか離れていないんだ。あと700メートルくらいはあるぞ。

……いや、テンペスト、待って、待って。スピード上げるの早い!

 

ただ、テンペストは気持ちよさそうに走っている。変な汗もかいていなければ、泡も吹いていない。呼吸も乱れていなかった。脚使いも良好だ。

……もしかして、もう大丈夫なのか?

 

ここでスパートをかけてみるのも面白いかもしれん。

次のレースが近いから、あまり消耗はさせたくないけど、彼の力を信じてみるか。

 

 

「行くぞ!英国紳士にお前の力を見せてやれ」

 

 

鞭を入れた瞬間、地を這うような低姿勢になり、一気に加速する。

日本のときよりも力強く、それでいて軽やかなギャロップであった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺は今、レース中である。

コーナーを終えて、他の馬や騎手、それに騎手君に力が入ってきたのがわかる。

どうやらこれがラストの直線のようだ。

 

それにしてもここのレース場の地面は走りやすいな。いつも無駄遣いしていた俺のパワーをしっかりと地面に伝えることが出来るから、踏み込みがいい感じで走れる。ただ、ちょっと負担も大きくなりそうだから、着地には気を付けながら進まないとな。

 

そんな調子の良さを感じる俺であるが、気に入らないことがある。

俺にぶつけてきた馬もそうだけど、なんというか雰囲気が全体的に気に入らない。

俺はいいとしても、明らかに俺の騎手君をバカにした態度をとっている奴もいた。兄ちゃんやおっちゃんに対してもだ。

人間相手には隠せているようだけど、馬の俺には解るぞ。

絶対に負けたくない。彼らと笑顔で終わりたい。

 

さて、そろそろかな。

騎手君、今日は調子がいいから、少し前からスパートをかけたい。

 

いいかな?

 

拒否されたら、彼の指示に従うつもりだった。

たけど、彼は俺にゴーサインを出してくれた。

 

ありがとう

 

俺は、鞭に叩かれると同時に一気にスパートをかける。

蹴り上げる。そして、滑らかに着地する。

イメージはあの小柄な馬だ。あいつはそういうのが上手かった。

俺以外の馬は外側を走っている。

なんでそんな遠回りをするのかと思ったが、確かに地面が少しボコボコしている。

なるほど、そういうことか。

ただ、俺には関係ないな。

俺はしっかりと大地を蹴り上げて加速する。

 

気が付いたら俺の前方の視界から他の馬は消えていた。

疲れもあまり感じないな。ランナーズハイとかではなく、普通にしっかりと走れている。

まだまだ、俺は走れる。もっともっと走れるぞ。

 

俺たちは誰にも止められない。止めさせない。

俺たちを止めたければ、あいつを連れてこい。あいつにだって俺は負けるつもりはないがな。

 

そう思った瞬間に、騎手君は俺に減速の指示を出す。

ありがとう騎手君。俺を信用してくれて。

今日もしっかりと勝つことが出来たよ。

少し疲れたけど、前のレースよりはましだな。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

テンペストクェークはラストの直線に入り、どんどんと内ラチを走り始めた。一頭だけポツンと走っていた状態に、ヨーク競馬場の常道を知っている人からは不味いという悲鳴が聞こえた。

 

 

『……テンペストクェークが内側で走っている。これは大丈夫なのか。あと3ハロン半。すでに前から5馬身程度まで近づいている』

 

 

しかしその声は杞憂であった。

 

 

『……あと3ハロン。テンペストクェークに鞭が入った。一気に加速していく。誰もいない内ラチ側を走る。5馬身、4馬身、どんどんと差を縮めていきます……』 

 

 

高森騎手がラスト3ハロンで鞭を入れると、テンペストクェークは一気に加速していき、先頭集団の馬に残り2ハロンで追いついた。

 

 

『追いつく、そして抜かしていく。2ハロンを切って先頭に立った。まだ加速する。まだまだ前に進む。後続の馬を置いていくぞ。これは大丈夫なのか?持つのかこれで……』

 

 

先頭の馬に追い付いた後は、周りの馬が粘ることもできず、そのまま置き去りにしていき、さらに加速していった。残り2ハロン。他の馬も鞭が入り一気にスパートをかけていく。しかし、テンペストの末脚の前では止まっているも同然であった。

 

 

『……独走だ、テンペストが独走です。6馬身、7馬身リードを獲った。後続が止まっているように見える。これはもう決まった。独走だ』

 

 

ラスト1ハロン。この時点ですべての人がテンペストの勝利を確信した。

ラスト100メートル。あれ?これマジ?といった感じで困惑し始めた。

ラスト50メートル。もう笑うしかなかった。

 

 

『……二番手争いは接戦だ。しかしテンペストはそのはるか前にいる。テンペストゴールイン。これはとんでもないレースになった。もう後続が全く見えませんでした。10馬身以上の差をつけてのゴールです。イギリスに暴風が吹き荒れた!』

『いや……ちょっと想像以上です。もう何も言えません』

 

 

テンペストクェークがゴールを駆け抜けたとき、日本のテレビ中継は後ろの馬を映すことが出来なかった。

 

12馬身差

 

メンツがそろっていなかった。そんな言い訳すらさせてくれない当レース史上最大着差の圧勝劇であった。

 

 

テレビには茫然とした顔でテンペストを見つめる藤山達一行がいた。

そして勝利したテンペストクェークは、舌をペロペロしながら、楽しそうにクールダウンをしていた。

 

 

『テンペストクェークが今年のインターナショナルステークスを制覇しました。10馬身差以上の圧勝劇でした』

『人気通りの勝利といった形なのですが、ちょっと勝ち方が異常すぎますね。この後アイリッシュチャンピオンステークスに向かうのであればここまでの着差は必要ないと思うのですが……』

 

 

解説もさすがに苦言を呈していた。鼻差だろうと大差だろうと勝ちは変わらないのである。

 

 

『ただ、やはり圧勝劇は気持ちがいいですね。本当に強い馬です。見たことがありません』

 

 

解説と実況が、レースの振り返りを行う。

といってもラスト3ハロンで誰もいない内側を猛スピードで駆け抜けていっただけなので、解説も何もなかった。

ただ、暴力的な競馬が行われただけであった。

 

 

「やった。俺たちのボーが、イギリスで勝ったぞ。本場で勝ったんだ!」

 

 

島本牧場は、しばらく茫然とテレビ中継を見ていたが、我に返った哲司が大歓声を上げ、用意していたクラッカーを鳴り響かす。

それと同時に従業員たちが一斉に歓喜の声を上げた。

 

 

「……一体なんの血統が彼にあれだけの欧州の馬場適性を与えたのか。ハビタット? それともニジンスキーか」

 

 

大野は自分の研究してきた血統学が覆される気分を味わいながら画面に映るテンペストクェークを見ていた。映像越しなため、不明確ではあるが、大野が計測した上がり3Fは日本の高速馬場と同等かそれ以上の数字であった。洋芝で稍重とは思えない数字であった。

 

 

「そういえば、こういうのが見たいから私は馬産に関わるようになったんだったな。さて、これから忙しくなるな……」

 

 

英国などの欧州の馬産関係者を巻き込んだ島本牧場の騒乱の夏が始まった。

 

 

 

 

場面は変わってヨーク競馬場。

遥か彼方の極東からやってきた競走馬が、本場イギリスのGⅠレースを圧勝したことに、観客は歓声を上げていた。

 

 

「テンペストの様子は?」

 

 

クールダウンを終えて藤山達のところへと戻ってきたテンペストの様子を、一番に気にしていたのが藤山調教師であった。

近くで見た感じでは特に目立った故障はなかった。テンペストはいつも通りであった。

ひと安心した藤山は、高森に詰め寄る。

 

 

「高森くん。テンペストを勝利に導いてくれてありがとう。確かにすごいレースだったよ。でもね、この後連戦があることくらいわかっていたよね?」

 

 

「申し訳ございません。鞭を一発使ったらどんどん加速してしまって。特に苦しそうにもしてないので、そのまま走らせたら、いつの間にか10馬身近く差が付いていました」

 

 

「いや、差が付いていました、じゃないのよ。それを制御するのが君の仕事でしょう」

 

 

調教師によるお説教タイムの横で、秋山らがテンペストの馬体をチェックする。

 

「あれ?なんだよ、これ」

「なあ、なんでこんなに……」

 

秋山達がテンペストの様子にざわつく。

 

 

「どうした!故障か?」

 

 

藤山、高森、そして西崎が血相をかえてテンペストに近寄る。

 

 

「いえ、故障ではないです。というかむしろピンピンしています」

 

 

「疲れてはいますが、宝塚記念とかに比べたらといった感じです。詳しく検査する必要があると思いますが、汗の量も呼吸もそこまで……といった感じですね」

 

 

藤山がちょっと足を見せてといって前足の蹄を見ると、彼専用の蹄鉄が見える。

すり減りやすいはずの彼の蹄鉄は、レース前からほとんど消耗がなかった。

 

 

「……もしかして走り方また変わった?」

 

 

藤山が足元から離れると、テンペストは西崎の下に向かい、着用していた高そうな服を引っ張って破き、被っていたシルクハットを奪い取っていた。

 

 

「テンペスト、お前は本当にサラブレッドなのか?」

 

 

その目線に気付いたようで、シルクハットを被ったテンペストが、藤山の方を見て、にやりと笑っていた。その姿を藤山は永遠に忘れなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

競馬ニュース速報

テンペストクェーク、インターナショナルステークスを圧勝            

 現地時間8月22日、英・ヨーク競馬場で行われたインターナショナルステークス(英GⅠ・芝10ハロン88ヤード)は、高森康明騎手騎乗のテンペストクェーク(牡4、美浦・藤山順平厩舎)が、最後の直線3ハロンから加速して、残り2ハロンで先頭に立ち、そのまま12馬身差をつけて圧勝した。2着にはノットナウケイト、3着にマラヘルが入った。同レースにおける12馬身差は史上初。

 勝ったテンペストクェークは、父ヤマニンゼファー、母はセオドライトという血統。04年12月にデビューして初勝利。05年は弥生賞、皐月賞はディープインパクトの前に2着。05年の秋に毎日王冠、天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップを連勝。06年は中山記念、ドバイデューティフリーを勝利。前走の宝塚記念(GⅠ)では、ディープインパクトを破ってGⅠ4連勝を成し遂げていた。通算成績は12戦9勝(GⅠは5勝)。

 

 日本調教馬による英GⅠ制覇は、2000年のジュライカップを制したアグネスワールド、2006年にキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスを制したハーツクライに並ぶ3頭目。藤山順平調教師はドバイデューティフリーに続き、海外GⅠを連勝の快挙を成し遂げた。

 

 テンペストクェークの次走については、9月9日開催の愛チャンピオンステークス(芝・10ハロン)を予定している。




モデルはクイーンアンステークスのフランケルです。


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愛とジャガイモの国で

因みに漢字表記が愛なだけで愛の国というわけではない。


8月22日にイギリスのヨーク競馬場にて施行されたインターナショナルステークスで、テンペストクェークは圧巻の走りを見せた。

2着ノットナウケイトに12馬身差をつけての圧勝であった。レースの歴代着差記録を更新したのである。イギリスのGⅠ競走の着差ではなかった。

 

英国の競馬関係者は、これからシーズンが終わるまでに8ハロン~10ハロン路線であの馬に勝たなければならないのかと息を吐いていた。

幸いなのは、スプリント路線と中長距離路線にはやってこないことだった。

一方で、インターナショナルステークスで燃え尽きてしまったのではないかと危惧していたのは、日本の競馬ファンや関係者である。あれだけの激走だったので、疲労や故障があるのではと考えていた。

しかし、藤山厩舎より発表された情報によって、取り敢えずは安心していた。

 

 

『馬に故障や重度の疲労がないかレース後に検査しましたが、今のところは特に不調はありません。疲労も我々の想定内のものでした。後になって不調が判明する場合もあるため、断言はできませんが、次は9月のアイリッシュチャンピオンステークスに向かう予定です』

 

 

映像も届いており、元気にご褒美の果物を食べて喜んでいるテンペストが映っていた。馬体はガレておらず、レースのときの輝きを失っていなかった。

 

 

『ラスト2ハロンあたりでスパートをかけようと思ったんですけど、テンペストが3ハロン前くらいで前に行きたそうにしていたので、鞭を入れました。その後もスイスイと前に行くものだから、大丈夫だなと思っていましたよ。もしかしたら、彼はこっちの芝の方が得意なのかもしれませんね。気持ちよさそうに走っていましたよ。終わった後の息の入りも良かったですし、クールダウンの走り方も問題なかった。頑丈な馬です。次のレースもしっかりと走ってくれると思います』

 

 

騎手の高森のコメントも記事になり反響を呼んだ。

4歳夏になって英国の芝が本来の適正馬場であるのではという疑惑が生まれたのである。

 

欧州の関係者は彼の血統に興味津々であった。

彼は1969年に欧州でマイルを中心に走っていたハビタットの直系であった。ハビタットは短距離から10F路線を中心として産駒を残しており、彼の血がこの地での激走につながっていると考えていた。また、母の血統にはニジンスキーもいるため、彼の血も影響しているのではと考える人もいた。

ただ、3代以内の馬の大半が日本の馬なので、結論は出なかった。結局のところ、競馬はこういう不思議があるから面白いのだということで結論した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今日はご褒美をもらっている。

果物うま~。

でも前に食べたメロンがいいなあ~

ね、にいちゃん?

 

 

「あのメロンはもうないよ。おしまい」

 

 

ちくせう。

さて、前のレースだが、少し調子に乗ってしまったな。

よく考えたらゴール板を一番初めに駆け抜ければいいので、あんなにぶっちぎる必要はない。

騎手君がおっちゃんに注意されていたし、すまんことをしてしまった。

次からはもう少しゆとりをもって走ろう。

まあ、負けないように走るけどね。

 

 

【う~ん気持ちいい】

 

 

俺は疲労回復に効くマッサージを受けながら体を震わせる。

 

 

「気持ちよさそうだな~」

 

 

「テンペストの状態もいいですし、アイルランド入りはできそうですね」

 

 

「まったく、前のレースは本気じゃなかったのかな」

 

 

「それはないとは思いますが……ただ、宝塚記念を見るに前に馬がいると頑張りすぎてしまうようですね」

 

 

どうも普段のレース後の雰囲気と違う。

おそらく俺はすぐに次のレースに向かうのかもしれない。

疲労の回復は進んでいるが、それでも万全の状態にしたい。

 

 

「それにしてもテンペストはよく食べて飲んで寝ますね」

 

 

俺が他の馬も観察して分かった事だが、馬は結構立って寝ていたりする。横になって寝ている時間もあるが、立ちながら寝ている馬も多い。

あと疲れていると食事も水もあまり摂れなくなってしまう馬もいたりする。

 

俺はやろうと思えば3時間くらい連続で寝れる。横っ腹をさらけ出しながらな。

ただ寝っ転がり続けるのは身体には良くないので2時間程度に一回は起きて飯と水を飲んでまた寝る。みたいなことを繰り返して俺は体を休めている。

ほかの馬は野生の本能が残っているのか寝ているときもそわそわしている馬が多い。

俺か?俺に野生の本能なんて残っていると思うか?

 

休養中での運動もしっかりと行う必要もある。

身体の疲労を抜きつつ、筋力や瞬発力、スタミナをキープしないといけないのが中々難しい。

まあ、俺はその辺の調節はかなり上手いけどな。

 

 

「なるべく今の力をキープしたままアイルランドへ行くぞ」

 

 

そろそろ運動の時間だな。人を乗せて走ることはしないけど、早歩きをしたり、軽く走ったりはする。

トコトコと身体の様子をチェックしながら歩く。

 

 

「足取りも軽そうだな。思った以上に疲労は蓄積していないみたいだ」

 

 

自分で言うのもあれだが、俺は結構頑丈だったりする。今まで一度もケガをしていない。

頑丈な体に生んでくれた母や、ご先祖様に感謝せねばな。

 

 

【ありがとう、まだ見ぬ父よ】

 

 

俺の短い休養期間は食って寝て運動してを繰り返して過ごした。

疲労が回復してからは短い期間ではあるがトレーニングを積んだ。

しっかり調整することが出来たし、いい感じでご飯や飲み物を与えてくれた兄ちゃんたちには感謝だ。

 

そして2週間もしないうちに、俺はまた別の土地に降り立つことになった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

テンペストクェークはレースの少し前にアイルランドに入り、最終調整を受けていた。

中2週間の連戦となるため、馬の調子や疲労を見て出走の可否を判断する予定だったが、スタッフ全員が、この状態なら十分走れると判断したため、9月9日開催のアイリッシュチャンピオンステークスに正式に出走することを宣言した。

英国際S→愛チャンピオンSの連戦で連勝した馬は、2000年のジャイアンツコーズウェイがおり、アイアンホースとも言われた名馬である。これに続くことが出来るのかと期待されていた。

 

一方の欧州陣営は絶対にこれ以上は負けられなかった。賞金や種牡馬としての価値だけでなく、プライドにかけても勝たなければならなかった。

 

2006年の愛チャンピオンSは中々のメンバーが出走を表明していた。

前走のインターナショナルステークスでは、テンペストの前に4着に敗れた愛ダービー馬のディラントーマス。

ナッソーステークスなどGⅠを5勝しているアイルランド所属のアレクサンダーゴールドラン。

英オークス、愛オークスを獲り、2004年のカルティエ年度代表馬に輝き、古馬になってからは香港ヴァースやプリンスオブウェールズステークスなど、GⅠレースを合計6勝しているイギリス所属の牝馬であるウィジャボード。

 

以上の3頭が主な有力馬であった。

 

特に、地元のアイルランド所属で、自国のダービーを制したディラントーマス陣営は、雪辱に燃えていた。

アイルランド最大ともいえるオーナーブリーダーが馬主の馬であり、極東からやってきた馬に自分たちの芝を荒らされてたまるかという気持ちがあり、再戦に燃えていた。

 

 

「テンペストの方も調子はいいな。ただ、前に比べると少しスケールが落ちるな」

 

 

現地でテンペストの最終調整をしていた藤山や本村は、彼の馬体を確認して仕上がりをチェックしていた。

 

 

「脚、特に腱に熱は持っていませんし、筋肉の張りもありません。しっかりと走れる状態です。高森騎手に騎乗してもらって、脚や息遣いはいつものレース前と変わらないとのことです」

 

 

「それなら、大丈夫だ。医者も太鼓判を押していたし、これなら事故の可能性は低いだろう」

 

 

想定外だったのは、彼の回復力の高さと頑丈さであった。うれしい誤算でもあった。

ただ、それが絶対ではないのが競馬であるため、騎手の高森には、少しでも違和感があったらすぐに競走を中止するように厳命していた。

 

 

「凱旋門賞前に、ディープインパクトのライバルになりうる馬は全てつぶします。あの馬を倒したければまずはテンペストを倒してから挑戦しなさい、といった感じで」

 

 

なお、史実において2006年凱旋門賞に挑んだ馬はいなかった。

 

 

「門番が魔王級の強さなんですが……」

 

 

―――――――――――――――

 

 

「俺に金と休みがあれば……」

 

 

場所は変わってここは日本の東京のどこか。

この男は、ディープインパクトで競馬に入り、宝塚記念でテンペストクェークとの死闘を見て、完全に競馬に入れ込んだ若者であった。

インターナショナルステークスは、有給とボーナスを使ってヨーク競馬場に行くことができたが、さすがに2週間後にアイルランドに行けるほどの貯金はなかった。

そのため、競馬番組の中継で我慢していた。

彼は、イギリスで親しくなったテンペストクェークの大ファンの人からもらったのぼりを掲げてテレビを見ていた。

 

 

「それにしてもゼファー魂とテンペスト魂って……」

 

 

ヤマニンゼファーの方は水色の生地に赤色の文字、そしてテンペストの方は水色の生地に黄色の文字が書かれていた。どちらも勝負服の色を反映していた。

 

 

『……さて、そろそろ出走の時間です』

 

 

司会が映っているスタジオの映像から、現地の映像に切り替わった。

 

 

『アイルランド、レパーズタウン競馬場にて、もうまもなくアイリッシュチャンピオンステークスが始まります。解説はいつもの○○さんです』

『よろしくお願いいたします』

『今回は6頭の出走となります。一頭、出走を回避したため6頭立てのレースとなっております。頭数が少ないのはこちらはテンペストクェークの影響ともいえるのでしょうか』

『前走のインターナショナルステークスの走りがちょっと驚天動地でしたからね。疲労で出ないのかなって思ったんですけど、全く問題なく出走してきましたからね。現地でも一番人気ですし、相当脅威に映っているんじゃないでしょうか』

『改めてですが、GⅠレースが6頭立てとは日本では考えられませんね』

『ただ、当日の馬場状態や出走予定の相手によって出走取消にしたり、登録を控えたりすることは欧州ではよくあることです。ただ、勘違いしないでいただきたいのは、このアイリッシュチャンピオンステークスは、かなり格の高いレースです。凱旋門賞へのプレップレースとしての役割も大きいですが、中距離路線の重要なレースという格付けでもあります』

『なるほど。ありがとうございます』

 

 

テンペストが海外に行くということもあり、海外のレースについて掲載されている競馬雑誌を購入していた。記事には、数々の欧州の名馬たちがこのレースを勝利したことが書かれていた。

 

 

『出走馬を紹介します。2番のマスタミートは重賞を連勝しており調子を上げてきている馬です。4番はアレクサンダーゴールドランです。GⅠを5勝している馬です。5番はテンペストクェークです。前走のインターナショナルステークスでは2着に12馬身差をつける圧勝劇を演出しました。6番はウィジャボードです。前走のナッソーSでは4番のアレクサンダーゴールドランと壮絶なたたき合いを制しています。7番は2番人気となっているディラントーマスです。愛ダービーを非常に強い勝ち方をしました。そして1番はエースです。この馬はディラントーマスのペースメーカーとして出走するようです』

『ディラントーマスは調子がよさそうですからね。愛ダービーのときの力を発揮できれば、少なくともインターナショナルステークスのような走りにはならないでしょう。アレクサンダーゴールドラン、ウィジャボードともにGⅠを複数回勝利しており実績もありますので、油断できません』

『同じ厩舎からペースメーカーが出走していますね。こちらはレースにどのような影響がありますか』

『有力馬に有利なペースを作るために出走させることはよくありますが、その馬が勝ってしまったり、先着してしまったりすることもありますので、絶対にペースメーカーがいる厩舎の馬が勝つとは言えませんね。日本では見られない戦略があるのが欧州競馬の特徴です』

 

 

「ふーん。そんなのもありなのか」

 

 

問題が全くないわけではないし、いろいろと物議をかもしていることではあるが、新参ファンの彼にはよくわかっていなかった。

 

 

『テンペストクェークがゲートに入りました。もう間もなく発走です』

『……スタートしました。全頭出遅れ無しの好スタート。先頭に立ったのは予想通りペースメーカーのエース。最後方にマスタミートがいます。テンペストクェークは前から4番手の位置につけています。2番人気のディラントーマスは2番手、3番人気のウィジャボードは3番手となっております』

 

 

向こう正面の直線が800メートル近くあるため、しばらく順位の変動のない競馬が続いている。

 

 

『先頭は依然としてエース。そこから離れてディラントーマス、二馬身ほど後ろにウィジャボード、その後ろにテンペストクェーク。最後方にアレクサンダーゴールドランとマスタミートが続きます』

 

 

直線が終わり、第3コーナーに差し掛かると、先頭を走っていたエースに少しずつだが2番手以下の馬たちが追い付いてくる。

 

 

『第3コーナーに入りました。2番手はディラントーマス、1馬身後ろにウィジャボード。更にその後ろでぴったりと付けているのがテンペストクェークです』

 

 

第4コーナー以降は緩やかに上り坂となっているためパワーやタフさも求められるレースである。テンペストは2200メートルのレースも経験しているため、大丈夫だと思っていた。

 

 

『第3コーナーを回って第4コーナーに向かいます。ここから緩やかな上り坂になりますが、テンペストクェークは末脚を発揮できるか。先頭のエースが5頭を引き連れて、最後のコーナーを回っています。ここでウィジャボードが上がってきたぞ。マスタミートとアレクサンダーゴールドランはまだ後方にいる。2番手のディラントーマスも上がってきた。最後の直線に入ってきた』

 

 

直線に入り、先頭の3頭が横並びになる。テンペストはその後ろにいた。

 

 

「前がふさがれているぞ。大丈夫なのか!」

 

 

前に先行馬3頭。そして外は後方から追い上げてきた2頭の馬でふさがれてしまっていた。

 

 

『ディラントーマスがエースを捉える。エースはここでいっぱいか。ディラントーマス先頭。二番手はウィジャボード。テンペストクェークはまだ後ろにいる。この位置で大丈夫なのか。後方から二頭も上がってくる……』

 

 

先頭を走っていたペースメーカーのエースはその役目を終えたとばかりに後方へとズルズルと後退していった。その後退していくピンクの勝負服を見ていた実況が気付く。

 

 

『ディラントーマスとウィジャボードのたたき合いになった。後方外からアレクサンダーゴールドランとマスターミートが追い上げるがこれは届かないか。ああっとテンペストクェークがエースを躱してインから伸びてくる。高森騎手が鞭を入れている。残り2ハロン。これは届くのか』

 

 

「来た!来たーーー!」

 

 

テンペストの猛烈なスパートが始まったことに興奮して、持っていたのぼりを放り出して歓声を上げる。

 

 

『ウィジャボードが先頭、ディラントーマスも負けじと差し返す。2頭のデッドヒートだ。内からテンペストクェークも伸びてくる。すごい末脚だ。これは届くか。届くのか』

 

 

2頭の争いを最内側から強襲したのはテンペストクェークであった。

残り100メートルでディラントーマスに追い付くと、そのまま2頭のデッドヒートに加わる。

 

 

『内側からテンペストクェークがきた。2頭に並んだ。ディラントーマスが出たぞ。テンペストは大丈夫か。ウィジャボードも差し返す。3頭の叩き合いになった』

 

 

「差し切れ!行け、差せ!」

 

 

『テンペストクェークが伸びる。抜け出した。テンペストクェークが抜け出した。差し切った差し切ったゴールイン。ラスト1ハロンの死闘を制したのはテンペストクェークだ!』

 

 

 

ゴール前50メートル付近で前に抜け出したテンペストクェークが半馬身ほど差をつけてゴールラインを通過した。

 

 

「……やった!勝ったぞ!テンペスト万歳。ゼファー魂万歳!」

 

 

『直線の途中までは完全に進路をふさがれていたテンペストクェーク。しかし見事に内ラチと衝突寸前ともいえる場所から強襲して差し切りました。タイムは2.02.7です。2着ディラントーマスに半馬身差です。3着はウィジャボード、4着にアレクサンダーゴールドラン。5着にマスタミート。6着にエースという結果になりました』

『いやー最終直線に入ったときに、前と外がふさがれた時はどうかと思いましたけど、最内を攻めて突破してきましたね』

『残り1ハロンを過ぎたあたりで競り合いを演じている2頭に割り込んできました形となりました』

『そうですね。ペースメーカーのエースが後退していって、2頭の叩き合いになった事で、ディラントーマスの内側にスペースが空いていたんですよ。後退しているエースを躱したのもすごいですが、あのインに突入するのは中々難しいですね。ただ、テンペストクェークは宝塚記念で、中央突破で一気に前をこじ開けていますから、こういった展開は得意なんだと思います。隣に馬がいても、柵があっても容赦なく末脚を爆発させることが出来る。馬と騎手が一体でないとできないことです。もちろん前をふさがれるという展開に持ってこないのが一番なんですが、こういった状況に陥ったときに、こういった騎乗ができるのは本当に素晴らしいと思います』

 

 

テレビでは、レースの映像が再び流れており、解説が高森騎手の騎乗をべた褒めしていた。

 

 

『ディラントーマス、ウィジャボードも強い走りでしたね』

『そうですね、ディラントーマスはまだ3歳馬ですし、今後も楽しみな1頭になりそうです。注目しておくといいかもしれませんね』

『どちらかが凱旋門賞に来る可能性もありますね。その場合はディープインパクトと戦うことになりますね』

『私も楽しみにしています。是非出てきてほしいです』

『それにしても本当に素晴らしい末脚でした。えーっと計測した上がり時計ですが、ラスト1ハロンが10秒台だったようです』

『10秒台……レパーズタウン競馬場のパワーのいる芝でこれだけの数字が出せる日本馬はテンペストクェーク以外にはいないと思います』

『本当の本当に強い馬です。テンペストクェーク。次走は8ハロン路線に向かいます。クイーンエリザベスⅡ世ステークスに出走予定です』

『今年はメンツが揃うと思います。更に厳しい競馬になると思いますが期待していきたいです』

 

 

「いいレースだった。これでテンペストクェーク。GⅠを6連勝か。確かGⅠの連勝記録は6連勝だったような……ってことはタイ記録更新ってことか」

 

 

次のレースも絶対に見ると。そして可能なら、また欧州に行って生でレースが見たいと思っていた。

 

 

「って、あの人。アイルランドまで行ってたのか……」

 

 

奇妙なのぼりや横断幕を持った人が中継に映りこんでいたのを彼は見逃さなかった。

 




今のテンペストの強さは、最近偉い人のガチ目に怒られている生涯収支マイナス1億円君が100回賭けても100回勝つくらいには強いです。


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馬、人気者になる?

アイルランドのレパーズタウン競馬場は、歓声に包まれていた。

アイルランドダービーを制したディラントーマスを内ラチ強襲で一気に差し切ったテンペストクェークに対する驚愕の歓声であった。

 

 

『なんであの状況から差し切れるんだ』

『ラスト2ハロンの加速は何だったんだ……』

 

 

「万歳!これでGⅠ6連勝だ!」

 

 

藤山と西崎は大歓声を上げて喜んでいた。

日本からのファンが水色の横断幕とのぼりを振り回していた。

 

 

『すごい馬だ。本当に素晴らしい強さだ』

 

 

周りで待機していた他の調教師や馬主たちから西崎や藤山が囲まれる。

一体どうやってこんな馬を見つけてきたのか、どのような調教をしていたのか。

西崎には種牡馬の話や移籍の話が大量に舞い込んでいた。

彼らの目には、もう東洋人だから、競馬後進国だからという侮りはなかった。

 

 

テンペストクェークの表彰が終了すると、スタッフたちはテンペストの馬体のチェックや世話に戻る。西崎は他の馬主たちに連れていかれてどこかに消えていった。

 

 

『テンペストクェーク。とてもすごい馬でした。まさか内から来るとは』

 

 

『ありがとうございます。ちょうど内が空いていたので、そこを突かせていただきました』

 

 

『ウィジャボードとの競り合いに集中しすぎて、内を塞ぐことが出来なかったのは私のミスでしたね』

 

 

『もし内が開いていなかったら、別のところを突破していたと思いますよ。いいレースをありがとうございました』

 

 

握手をして藤山のところに向かう高森騎手を見ながら、欧州の騎手が話す。

 

 

『彼、昨年の秋に初めてGⅠを勝利した騎手らしいな。普段の騎乗はそうでもないが、あの馬に乗っていると、すごい騎乗をするようだな』

 

 

『日本の宝塚記念というGⅠの奴だな。あのレースは本当にすごいレースだった。スペースを見つけてそこに馬を導く能力は飛びぬけて高いのかもしれないな』

 

 

彼らは日本から来訪した馬と騎手の話題で盛り上がった。そして、自分の馬が勝てなかったことへの反省を行っていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

9月10日、フランスロンシャン競馬場。GⅡフォワ賞。

2006年のフォワ賞は6頭立てとなっている。ただ、出走するメンツは豪華な面々であった。

1番のプライドは昨年のフォワ賞、そして今年6月のサンクルー大賞を勝利している。2番は昨年の凱旋門賞の覇者、ハリケーンラン。

4番はドイツのダービー馬で昨年のBCターフ、今年のコロネーションCを勝ったシロッコ。

5番は日本の無敗の三冠馬、ディープインパクト。

凱旋門賞に向けた叩きのレースという意味合いが強いフォワ賞であったが、なかなかのメンツが揃っていたため、注目を集めていた。

日本のファンは、ディープインパクトが当然勝つと思っていた。

 

 

『2006年フォワ賞。今スタートしました……』

『ディープインパクトは好スタート。そして、前の方に上がってきています……』

 

スタートが良すぎたのか、ディープインパクトは先頭2番手で走っていた。

 

『ペースメーカーのニアオナーが先頭を走る。そこから数馬身離れてディープインパクト。内にハリケーンラン、外にシロッコがいます……』

 

 

ロンシャンの坂を上がっていくと、シロッコが2番手になり、ディープインパクトは3番手になる。

 

『カーブを切りながら、先頭のニアオナーが先頭。シロッコとディープインパクトが2番手争い。その後ろにハリケーンランがいます……』

 

 

カーブが終わり、フォルスストレートが始まる。

 

 

『フォルスストレートに入りました。順位の変動はなし。依然として先頭はニアオナーであります。ディープインパクトはシロッコの内側で併走している。ハリケーンランはその後ろにぴったりと付けている』

 

『最後の直線に入った。各馬スパートをかけていく。ディープインパクトも鞭が入ったがなかなか引き離せない。シロッコ、ハリケーンランも伸びてくる』

 

『シロッコが先頭になった。内からディープインパクト、外からはハリケーンラン。残り200を切った。ディープインパクト苦しい、これは大丈夫なのか』

 

『ハリケーンランが差してくるがシロッコが粘る。ディープインパクトも伸びてくる。ディープインパクト差し切れるか。これは接戦だ。前3頭がゴールイン。これは接戦になりました』

 

 

テレビ中継では3頭が同時にゴールしたように見えていた。

 

 

『ディープインパクトがやや優勢か……』

 

 

3頭の入線時の映像が流れる。

そしてしばらくして、ディープインパクトが1着、シロッコ2着、ハリケーンラン3着が告げられた。

ギリギリの勝利だったこともあり、あのディープでも海外のGⅡだとここまで苦戦するのかと競馬ファンは思っていた。

 

 

『普通の走りをしてしまいました。これが本番だったらと思うとぞっとします。ただ、いろいろな課題点を見つけることが出来たので、叩きのレースとしては最適だったと思います』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

ディープインパクトのフォワ賞の勝利に日本の競馬ファンが盛り上がっているころ、テンペストクェークはアイルランドからイギリスのニューマーケットの厩舎に戻った。

愛チャンピオンステークスの疲労は想定通りであるとはいえ、次のレースは9月23日である。このレース間隔も2週間しかなかった。

 

 

専属の医者による検査や調教師たちのチェックでも特に故障や不調は見当たらなかった。

彼は相変わらず食っては寝て、そして運動を繰り返していた。

 

 

「テンペストの休む時間が増えているな」

 

 

生活習慣はいつも通りだが、運動前にストレッチのような行動をよく見せるようになった。彼なりに環境に適応して、この激戦を乗り越えようとしていた。

 

中2週間しかないため、騎手の高森はイギリスに入国したままである。

テンペストの様子を鞍上の感覚でチェックしていた。

 

 

「高森君、みんな。集まってくれ。クイーンエリザベスⅡ世ステークスの出走メンバーが確定した」

 

 

藤山厩舎のメンバーが集まる。

 

 

「次のレースだが、欧州勢が本腰入れてテンペストを止めに来たぞ」

 

 

出走予定の馬とその勝ち鞍が書かれた書類をスタッフたちが読み込む。

クイーンエリザベスⅡ世ステークスには欧州のマイル戦線を戦ってきた馬たちが集結したのである。

 

ジョージワシントン:2歳時にGⅠを2勝、3歳となった今年は英2000ギニーを勝利している。愛2000ギニーも2着と好走しており、有力な3歳馬である。

 

アラーファ:ジョージワシントンと激闘を繰り広げてきた3歳馬。愛2000ギニーとSt.ジェームズパレスステークスを2連勝している。

 

コートマスターピース:サセックスSでソビエトソングを破った6歳馬。5歳で初めてGⅠフォレ賞を勝利した遅咲きの馬である。

 

プロクラメーション:2005年のサセックスSを勝利した4歳馬。今年はまだ勝利がないが、GⅠ2勝目を狙って参戦する。

 

リブレティスト:2006年のジャック・ル・マロワ賞、ムーラン・ド・ロンシャン賞を連勝した4歳馬。3歳では1戦もできなかった馬でもある。

 

ソビエトソング:6歳の牝馬。すでに旬は過ぎたといわれているが、マイルGⅠを4勝し、カルティエ賞最優秀古馬を受賞したマイルの女王である。

 

マンデュロ:2006年にドイツからフランスに転厩したドイツ出身の馬。GⅠ勝利こそないが、常に2着か3着を確保している4歳馬。何かのきっかけで覚醒すれば相当強い馬になりそうな雰囲気を感じている。ドラール賞に向かう予定だったが、ムーラン・ド・ロンシャン賞からの連戦で参戦する。

 

ナンニナ:コロネーションSとフィリーズマイルを勝利している3歳牝馬である。

 

 

ここに天皇賞・秋、マイルCS、ドバイDF、宝塚記念、英国際S、愛チャンピオンSの6つのGⅠを連勝している、マイル~中距離の怪物、テンペストクェークが出走予定である。

 

このほかにもキリーベッグス、リヴァーティバー、イワンデニソヴィッチが初GⅠ勝利を目指して参戦予定である。

 

合計12頭が出走を宣言していた。内GⅠ馬は9頭である。3歳馬から6歳馬のマイルの有力馬が集結した。その中で一番人気はテンペストクェークであった。

 

本来の予定ではクイーンエリザベスⅡ世ステークスに出走計画を立てていない馬もいたが、対テンペストクェークを目指して参戦を宣言した。10ハロン路線で欧州の馬たちが惨敗してきた中、現時点で考えられる最高のマイラーでテンペストを迎え撃つという布陣であった。

そして、テンペストに勝利すれば、それだけで種牡馬としての価値が跳ね上がるという金銭的なことを考えている陣営もいた。

 

 

「前のレースも実績のある強い馬は多かったですけど、今回は数も多いですね。場合によってはテイエムオペラオーのような状況になりかねませんよ」

 

 

テンペストは基本的には差し、追込が得意な馬である(先行も特に問題なくこなせるが)。そのため、ラストでスパートをブロックされればさすがのテンペストでも勝利は難しい。

 

 

「高森君。かなり厳しいレースになると思います」

 

 

「ええ、前のレースも前と外を塞がれて危なかったですからね。12頭となればさらにブロックや妨害も露骨になってくるでしょう」

 

 

次のアスコットでのレースはさらに厳しい展開になりそうな予感がしていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

前のレースはちょっと難しい展開だった。

それでも騎手君と俺がコースを見つけて、一気にそこを通り抜けることが出来た。

ちょっと騎手君の脚が柵に当たっていて痛くないか心配だったけど、気にした様子がなかったので安心。

 

レースが終わって、こっちに来てから世話になっているトレーニング場で、俺は走っている。前のレースの疲労も完全には回復しきっていないが、あと数日で元通りになるだろう。

兄ちゃんたちがせわしなく動いているから、また同じくらいの間隔でレースがあるのだと思う。疲労回復と、肉体の維持を同時に行わないといけないが、そこはまあ努力だな。

 

それにしても今日は人が多い。

おっちゃんや兄ちゃんだけでなく、見知らぬ人達がいるな。

あれはビデオカメラか。外国人のカメラマンだな。

ということは俺、海外デビューですか。そうですか。

 

 

【俺の身体をピカピカにしてな~。あと帽子】

 

 

「はいはい、ちょっと待ってな」

 

 

兄ちゃんが俺の鬣や身体をブラッシングしてくれる。そして俺の頭に帽子。

完璧。

このイケメン顔をしっかり映してな。

 

 

『今日は日本からやってきたスーパーホースの取材にやってまいりました。インターナショナルステークス、アイリッシュチャンピオンステークスを勝利したテンペストクェークです。こちらはトレーナーの藤山順平さんです。本日は取材を受けていただきありがとうございます』

 

『イギリスの競馬ファンの方々も、テンペストクェークがどんな馬なのか気になっているでしょうから。何でも聞いてください。こっちに来てからは、馬や厩舎スタッフのことを考えて慣れるまでは取材は全て断っていましたが、これからは取材は解禁しますので、よろしくお願いします』

 

 

こっちに来てから初めての取材だな~

それがまさか海外テレビとは。

 

『帽子を被っていますがこれは……』

 

『ああ、気にしないでください。こういった外部の見知らぬ人間が来ると帽子を被らせろとうるさいものでね。変なことを覚えたようです。ただ、彼もうちの厩舎の一員なので』

 

『なるほど、面白い性格をしているようですね』

 

『よく言われますよ』

 

 

何言ってんだかわかればなあ……

いやわかったらそれはそれで怖いけど。

 

 

『それでは、始めて行こうと思います。まず、イギリス遠征に来ようと思った経緯についてお願いします。様々なリスクを負ってまでもこの国に来た理由はありますか』

 

『単純に、テンペストが挑戦可能な大レースが多かったこと。あとは本場のイギリスでGⅠを獲ってほしいと考えたからですね。テンペストが得意とする距離はマイル~10ハロンなので、英国際Sをはじめ、テンペストに勝ち目のあるGⅠレースがあったことがイギリスに来た最大の理由ですね。日本人として、近代競馬発祥の地でGⅠを獲っている姿が見たいという気持ちもありました』

 

『日本の馬もレベルが高いことは承知していますが、やはり芝を含めた競馬の違いなどもあり難しいと思います。それでも勝つ自信があったのでしょうか』

 

『正直に言いますと、ありました。彼は日本でパワーが必要な馬場状態でも問題なく走れていました。そのため、こちらの競馬場の芝にも対応できると考えていました。それに、輸送にも強く、適応能力が桁違いに高く、イギリスの環境にもすぐに適応できると考えていました。実際に彼は数日でニューマーケットを自分の庭のように受け入れていました。彼はもうこの厩舎の長として受け入れられていますよ』

 

『確かに馬がリラックスしているように見えますね。藤山トレーナーの話から考えるに、イギリスやアイルランドの芝に適応できたのも計算の内だったということなのですね。一部のファンからは、彼の4代前のハビタットが大きく影響しているのではないかと聞かれていますが、これも計算の内だったのでしょうか』

 

『いえ、血統についてはそこまで意識はしていませんでした。それを言ってしまうと日本の馬は4代前にさかのぼると大体が欧州かアメリカの馬になってしまいますからね。ただ、マイル~10ハロンに強いところは代々受け継いでいるのだと思います。彼の父系では唯一のGⅠ馬ですから、危うく日本でハビタット血統は消えるところだったのだと思います』

 

『ありがとうございます。イギリスでもハビタット系は衰退しつつありますので、彼の子供たちが走るのが楽しみです』

 

『オーナーの判断なので、どこで種牡馬になるかはわかりませんが、いつかこの地で彼の子供が走ってほしいですね』

 

『続いて、レースについて聞いていきたいと思います。まず、初戦のインターナショナルステークスからです。12馬身差の圧勝劇でした。これは狙っていましたか』

 

『いえ、そうではないですね。馬がどんどん前に行ってしまったとのことで、最初は連戦のことを忘れてないかと思ったのですが、存外テンペストが疲れていませんでした。余力を残してあれだけの走りをしたのかと戦慄しましたね』

 

『あれで余力があったんですね……その2週間後にはアイルランドでアイリッシュチャンピオンステークスに出走しました。このレース間隔はあまり日本馬にはなじみがないと思いますが……』

 

『そうですね。実際、疲労が抜けきらなかったり、不調が続くようなら出走はしない予定でした。ただ、テンペストは普通に万全の状態になったので、当初の予定通り出走しました。それで勝つことが出来たので、本当に強くてタフな馬です』

 

『インコースからの末脚は本当に素晴らしいものがありました。高森騎手の騎乗も光りました』

 

『そうですね。テンペストと一番信頼関係を結べているのは高森騎手です。日本の皐月賞というレースのときから彼らは人馬一体になったと思います。これからも彼が乗り続けますよ』

 

『高森騎手の騎乗にも注目が集まりそうです。続いて……』

 

 

うーん。

今日は真面目な取材みたいなので、あまり俺の出番がなさそうだな……

というかおっちゃんこの国の言葉をしゃべれないんだな。

多分となりに立っている人が通訳しているように見える。

 

 

『……テンペストは本当に賢いですよ。自分の名前を認識していますし、自分が負けた馬も覚えています。テンペスト、こっち向いて』

 

 

何やおっちゃん。

 

 

『本当ですね。強く賢く、それでいてタフ。本当にスーパーホースですね』

 

『それに結構かわいいところもあるんですよ。テンペスト、お前の好物だぞ』

 

 

あれは、メロン。メロンではないか。

まあどうせ安物なんだろう?そうなんだろう?

 

 

【うまい!うまい!うまい!】

 

 

『すごい勢いで食べますね。好物なんですか?』

 

『ええ。日本の最高級のメロンです。やっと輸入することが出来ましたよ。これが大好きなんだよな~』

 

 

【うまい。もっともっと】

 

 

俺はすぐに食べ終えた。

もっとちょうだい。

俺はおっちゃんの服の裾を引っ張る。

 

 

『はい、これでお終いだよ。お終い』

 

 

【やだ】

 

 

『こういうところも可愛いんですけどね』

 

『はは、可愛さも兼ね備えた馬のようですね』

 

 

その後も取材は続くが、結局メロンはもらえなかった。

ちくせう。

次のレースもがんばってもっとたくさんもらうことにしよう。

 

 

『次はクイーンエリザベスⅡ世ステークスですが、出走メンバーには豪華なメンツが揃っています。自信はありますでしょうか』

 

『ええ、ありますよ。マイルのスペシャリストたちが相手ですが、彼なら勝ってくれます。皆さんが驚愕する走りが出来たらと思います』

 

 

そろそろ終わりかな。

また来てな~

 

 

【また来いよ~】

 

 

『テンペストが我々に挨拶してくれたところで取材を終わりにしたいと思います』

 

 

 

 

番組は数日後に放送され、ファンの人数が増えた……らしい。

 

 



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秒速20メートル

俺は馬である。

今日はレースの日である。

この国に来て俺の家になっていた場所から少し移動した場所で俺は待機していた。

というかレース間隔が短くない?

俺じゃなかったら壊れちゃうよ。

 

 

「テンペスト、今日はよろしくな」

 

 

おう騎手君。今日も頼むよ。

 

それにしても、なんか今日は周りの騎手や人間の目が怖いな。

前みたいに侮っているわけではないが、明らかにこちらを意識している目だ。

 

 

【俺はやるぞ!俺は絶対にやる】

 

 

やたらと気合が入っている馬がいた。

他の馬は大人しく芝を歩いているのだが、隣を歩く人間のいうことを聞こうとしない馬がいた。

 

 

【静かにしなさいな】

 

 

【うるせえおっさん】

 

 

おっさんだと!まだ俺はピチピチの4歳だぞ。

全く失礼極まりない奴だな

 

相変わらず動こうとしなかったり、どこか別の場所へ行こうとしていた。

そんなんじゃあこのレースは勝てないぞ。

ただ、彼の仕上がりは中々のモノであった。

おそらく俺より年下の馬だな。

仕方がない、少なくともレースに集中できるようにしてやるか。

 

 

【俺が最強だ】

 

 

俺は周りを挑発する。

全員の馬の目が変わった。

 

 

【お前、倒す!】

 

 

人間を困らせていた馬が、俺の方に敵意をむき出しにしていた。

 

 

【かかってこい、若いの】

 

 

【絶対に俺の方が強い!】

 

 

落ち着かない様子だった馬はいい感じでレースへの闘争心を高めていた。

これなら問題ないな。

 

 

「テンペスト、大丈夫か?ジョージワシントンが少しうるさかったからな……」

 

 

悪い騎手君。

これで万事オッケーだ。

 

 

「今日は稍重か。またパワーの必要な馬場だな」

 

 

さて、そろそろレーススタートだ

俺たちは誘導されながらゲートに入る。

さあ、行くぞ!

ゲートが開くと同時に俺はロケットスタートを決めようと後ろ脚に力を入れた。

 

 

「テンペスト!」

 

 

少しではあるが、俺は滑ってしまった。そこまで体勢を崩されたわけではなかった。

しかし、俺は出遅れてしまった。

前には馬がすでに走っている。

懐かしいな、去年のレースを思い出す。

 

 

「テンペスト、大丈夫か」

 

 

大丈夫だよ、騎手君。すまんかったな。

それで、今日はどうする?

 

 

「落ち着いている……これなら問題はない」

 

 

さて、俺たちは最後尾だ。

こうなると俺のスパートで一気に最後に抜かしていく必要がある。

疲労を溜めないように、息が上がらないように、落ち着いて走ろう。

いつ決めるかは……騎手君、頼むぞ。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

強豪ぞろいのクイーンエリザベスⅡ世ステークス。

その大事なスタートで、テンペストは躓いてしまった。

 

 

「テンペスト!大丈夫か」

 

 

落馬するほどではなかったが、すでにほかの馬はゲートを飛び出していた。

テンペストも体勢を立て直して、ゲートから出てくれたが、最後方の馬でも数馬身程度差が開いてしまっていた。

 

 

「まだチャンスはある!」

 

 

テンペストは落ち着いていた。

今は焦ってスピードを上げる必要はないという俺の指示をしっかりと聞いてくれていた。

皐月賞のときとは大違いだ。それだけ彼も成長して、俺を信頼してくれているのだろう。

 

2、300メートルほど走って、テンペストの様子が普段と変わりがなかったため、少しだけスピードを速めて、後続の最後方の馬は……青色の勝負服を着た馬。えーと名前は……。番号が見えんからわからん。同じ青の勝負服が3人もいるからな。3頭同時出しとは馬の所有者は金持ちだなあ。

 

テンペスト、今日はお前のためにこれだけのメンバーが揃ったんだぜ。お前を倒すと息巻いている奴ばかりだ。

そんな奴らに、期待通りのお前の凄さを思い知らせてやろうぜ。

 

 

少しずつ加速したおかげもあり、アスコットの直線前のコーナーでやっと最後方の馬の尻に追い付いた。

 

ラストの直線は約2ハロン半。しかも残り上り坂だ。

本当にタフな競馬場だよ。よくハーツクライは12ハロンを走り切ったな。

先頭まで10~12馬身くらい。そんなに差は広がっていないな。

ただ、ここからスパートをかけてくるだろうから、一気に順位が変わってくるな。

……ペースもそこまで早くはない。ただ、このレースの歴代の記録は、早くても30秒台後半なので、これぐらいが適正ペースなのかもしれない。

 

残り3ハロンの標識を過ぎる。

前を行く馬たちも、徐々にスピードを上げていっているのがわかった。

 

テンペスト、俺たちも行くぞ。

鞭は入れない。ただ、前の馬を一気に抜き去るために、コーナーを曲がりながら外に出ていくように指示する。

 

直線に入ると、斜め前にはピンクの勝負服の馬がいた。確か6番の馬だな。この馬が最後方だな。

そしてどんどんと前の馬たちがスパートをかけていくのが見えた。

ヨシ、もういいだろう。

よく我慢してくれた。

大捲りからの大外一気を見せてやろうじゃないの。追込のお家芸は、ディープインパクトだけじゃないんだぜ。

鞭を入れた瞬間に、テンペストが一気に加速する。

残り2ハロン半。前には11頭。

上等だ。すべて撫で切ってやるぞ。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『……残り2ハロン半を切って直線に入っていきます。先頭はキリーベッグス。隣にはアラーファが並ぶ。先頭集団はかなり込み合っているぞ。テンペストクェークは最後方に位置している。前に11頭いるがこれは大丈夫なのか』

 

 

テレビで、ラジオで、競馬場で。

多くのテンペストファンは、さすがに無理だろうとあきらめていた。

そこまで広い差はついていなかったが、このレースはマイルレース。そして他の馬も歴戦の馬であり、今まさに鞭が入って末脚を炸裂させているのである。

いくらテンペストでも優勝は無理だろう。せめて2着や3着になれればいいかな。躓いて出遅れてしまったという仕方がない理由もある。そう思っていた。

しかし一部のファン、そして藤山達は何も心配していなかった。

このラスト2ハロン半から発揮される末脚が彼の真骨頂であると信じているからだ。

 

 

『テンペストクェークに鞭が入った、高森騎手が鞭を入れた。さあここからがこの馬の真骨頂、一気に加速して前の馬を抜いていく抜いていく。あっという間に3頭抜いたぞ。先頭はアラーファ、ジョージワシントンも一気に仕掛けてくる。ソビエトソングも顔をのぞかせている。まだ先頭争いは続いている……』

 

 

残り1ハロン半。先頭はアラーファ、キリーベッグスが争っていた。そこにジョージワシントンが外から一気に抜かそうとしていた。

 

 

『……テンペストクェークが大外から一気に猛追する。ものすごい末脚だ。しかし先頭もどんどんと加速していく。残り1ハロン。先頭に立っていたアラーファが粘っているが、ジョージワシントンが猛追する。これは先頭が変わるぞ……』

 

 

1/2ハロンの少し手前で、先頭がジョージワシントンに変わった。テンペストクェークはすでに4番手のコートマスターピースを抜かしており、ジョージワシントンに肉薄していた。

 

 

『……テンペストクェーク猛追、残り100メートル。テンペストがすでに2番手になっている。ジョージワシントンを捉える捉える。すでに半馬身差まで迫っている』

 

 

先頭のジョージワシントンが残り1/2ハロンを越えてすぐ、テンペストクェークは外からジョージワシントンに追い付いて、馬体を併せて走っていた。

 

 

『テンペストクェークが差し切るか。ジョージワシントンも粘るがこれは苦しい。3番手以降を引き離す。これはテンペストだ、テンペストが抜いていく。半馬身、1馬身、これは決まった。テンペストクェークが1着でゴールイン。なんという末脚だ!彼に抜けない馬はこの世にいないのか。2着はジョージワシントン、3着は……』

『テンペストクェーク、クイーンエリザベスⅡ世ステークスを制覇!これでGⅠを7勝目。シンボリルドルフ、テイエムオペラオーに並びました。まだ4歳の夏です。ルドルフの壁を超える馬はこの馬なのか……』

 

 

ゴール前5,60メートル付近で先頭を走るジョージワシントンを差し切り、そこから1馬身半の差をつけてゴール板を駆け抜けた。

 

ラストの直線にいた11頭の馬を、驚異的な末脚で撫で切ったのである。

ある中継放送では、先頭争いを続ける馬を映し続けていたため、テンペストクェークが残り1ハロンを切ったあたりでいきなり画面に現れるという映像が放送された。

まさにワープのような末脚であった。

 

 

『……ラスト1Fが10秒。なんなんだこの馬……』

 

 

手元に持っていたストップウォッチを周りに見せながら呆然とする英国の競馬ファン。

 

 

『マイルレースだぞ。なんで大外からの追込が成功するんだ』

 

 

この日、このアスコットに集まった馬は、名馬ばかりだ。伝統の2000ギニーやフランス、イギリスのマイルレースなど様々なGⅠレースを勝利してきた強者ばかりである。

それを大外一気で撫で切ったテンペストは、まさに怪物であった。

 

 

勝ちを信じていた藤山厩舎のスタッフたちですらやべえ、この馬。本当に俺たちが育てた馬なのか?と驚愕していた。

 

 

【やったぜ。俺が一番!】

 

 

当のテンペストクェークは、相変わらず舌をペロペロさせながら、気持ちがよさそうにクールダウンをしていた。

騎手の高森もテンペストの首元を撫でて誉めまくっていたため、超絶ご機嫌であった。

 

 

 

 

テンペストクェークが藤山達の下に戻ると、さすがのテンペストも疲労の様子を見せていた。ただ、異常が見受けられるわけではなかった。

 

 

「テンペスト、それに高森君。お疲れさまでした。見事な競馬でした」

 

 

「先生、出遅れてしまって申し訳ありません。あれがなければもう少し楽に競馬ができたのですが……」

 

 

「あれは仕方がないです。その後に、焦らずに落ち着いた騎乗が出来ていたのでよかったと思います。本当に最後の末脚は素晴らしいものでした」

 

 

「本当に速かった……ちょっと怖かったくらいです。多分最後10秒くらいで走ってたと思います」

 

 

二人の会話をテンペストが何話しているの?といった感じで割り込んでくる。スタッフたちが緊急で馬体をチェックしていたが、外観上、そして歩調や息は特に問題がなかった。

 

 

「先生、テンペストは特に問題はないです。さすがに疲労は見えますが」

 

 

「さすがにこれだけの走りをして疲れてなかったら怖いですよ」

 

スタッフたちがテンペストの状態について確認しているなか、高森はテンペストのオーナーがいないことに気付いた。あたりを見渡していると、人込みの中から西崎がふらつきながら出てきた。

 

 

「ああ、やっと抜け出せた。高森騎手、藤山先生、それに皆さん。本当にありがとうございます。本当に強かったです」

 

 

どうやら、他の馬主から質問攻めにあっていたらしく、抜け出すのに時間がかかったようであった。

 

 

「テンペストが頑張ってくれたおかげです。本当に強い馬です」

 

 

テンペストには、西崎のお高い服を破ったという前科があるため、西崎は警戒しながら自分の愛馬を撫でる。

 

【俺って強いでしょ?】

 

気持ちよさそうに軽く嘶くと、西崎の被っている帽子を取り上げる。

 

 

「コラ、返しなさいって。それも結構高いんだから……」

 

 

ヘイヘイッといった感じで、西崎の頭に帽子を被せる。

このオーナーと馬のやり取りはばっちりテレビに映されており、強くて賢く、それでいて人懐っこいという話は本当だったのかと多くのファンが喜んだ。

 

 

「しかしオーナー。これでテンペストのGⅠは7勝目。シンボリルドルフ、テイエムオペラオーに並びました。それに、天皇賞・秋から数えて、GⅠは7連勝です。ロックオブジブラルタルの記録に並びました。もう世界の名馬といってもいいかもしれません」

 

 

 

藤山が西崎に、テンペストが打ち立てた偉業を伝える。

 

 

「テンペストが走った3連戦を3連勝した馬もいないみたいで、来年は種牡馬入りするのか?って執拗に聞かれてしまいました」

 

 

「欧州やアメリカは、現役は3歳~4歳までで、本命は種牡馬という風潮が強いですからね」

 

 

勿論、5歳や6歳以上まで走る馬もいるが、GⅠを何連勝もしている馬や血統を高く評価されている馬などはすぐに引退させて、種牡馬にすることが多かった。

 

 

「うちで種牡馬になってくれって言われても、海外のことは全く分からないです……とんでもない額を出されても逆に困ってしまいます……」

 

 

忘れがちかもしれないが、西崎という馬主の初の所有馬がテンペストクェークなのである。そのため、引退後の道筋についてはまだあやふやなところが多いのである。

 

 

「順当にいけば日本で種牡馬入りなのではと思います。しかしテンペストはこっちの馬場の方が好きみたいなので、欧州で種牡馬になっても面白いかもしれませんね」

 

 

テンペストクェークの生まれ故郷は北海道の小規模牧場なので、いい意味で生産者とのしがらみがない。そのため、どこに行くことだってできるのである。

 

外国人のインタビュアーからのインタビューで流暢な英語を披露する高森騎手。そして調子に乗った彼は、自分がテンペストとどれだけ信頼関係を築いているのかを証明するために、テンペストに口づけする。

 

むさくるしいおっさんにファーストキスを奪われ、死んだ眼になっているテンペストを見ながら、西崎は彼の将来のことを考えていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

騎手君から悪魔のキッスをいただいた。

何やねん……俺とそういう関係を結びたいのか己は。

 

まあ親愛って意味だろうけど、君にやられても何もうれしくないからね。

あとでケガしない程度に軽く蹴飛ばしておいた。

 

最後に俺が抜かした馬はレース前に人のいうことを聞いていなかったヤンチャな馬だった。

 

 

【お前、強い】

 

 

【お前もな。また走ろう】

 

 

【次は俺が勝つ】

 

 

あの癖馬っぷりを見せつけていた馬とレースが終わった後に少しだけ仲良くなった。どうも俺より年下らしく、かなり我儘な性格らしい。お世話する人間を召使のようにしていた。

 

また走ろうと約束したが、それは果たされないのかもしれない。

俺は日本の馬で、彼はこっちの国の馬だからな。

ただ、また走るときがあったら、もっと手ごわい馬になっているだろうな。戦うのが楽しみだ。

 

 

レースが終わって、競馬場から自分の部屋がある建物に帰る。ここが前から自分の部屋だったような感覚だ。もう1か月以上もここにいるからなあ。

それにしても、こっちに来てから3戦したし、そろそろ日本に帰るころなんじゃないかな。

別に日本が恋しいというわけではないが、日本の競馬ファンの人達が俺の勇姿を生で見れないのは残念がっているのではないだろうか。

こっちの国の人間をファンにしてしまえば問題はないだろうけど、他国の馬は応援されにくいだろうしなあ。

 

 

【ボス、どうした】

【何かあった?】

 

 

【何でもない。さて、今日も一日がんばるぞい!】

 

 

【【【お~】】】

 

 

うーん。こっちでもボス扱いされているけど、マジで俺は何もしていないんだけどな……

 




英国のアスコットでラスト1ハロン10秒ってあり得るのかと思いましたが、最強馬論争にいまだに顔をのぞかせるダンシングブレーヴはエプソムダービーでラストの1F10.3を叩き出しているので、理論上は可能と判断しました。現実味がないとの意見は踊る勇者に言ってください。

レースのイメージはデュランダルです。マイルとスプリントで大外一気を決める姿は強烈なものがありました。




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凱旋門に我らが旗を

テンペストクェークがニューマーケットでレースの疲れを癒しているころ、ディープインパクトは、凱旋門賞に向けて調整を行っていた。

つい先日、クイーンエリザベスⅡ世ステークスを勝利したテンペストクェークを管理している藤山調教師からも連絡が入っている。

 

 

『凱旋門賞に行くかもしれない有力馬は全員叩きのめしました。あとは本番でテンペストと戦った時のような走りをしてください』

 

 

「全く、プレッシャーかけてくれますね」

 

 

この夏、日本馬が競馬の本場である欧州で躍動していた。

キングジョージを勝ったハーツクライ。

英国際S、愛チャンピオンS、クイーンエリザベスⅡ世Sを勝ったテンペストクェーク。

特にテンペストクェークはすでにマイル~中距離で現役世界最強馬に君臨している。

そうなると、当然ディープインパクトへの期待も上昇するのである。

 

 

「フォア賞は危なかった。やはりディープは馬体を併せられると少しスピードが鈍るな。初めての海外に初めての洋芝でかなり戸惑っていたのもあるが、本当に本番でなくてよかった」

 

 

フォア賞が終わったあとも、疲労をそこまで見せておらず、徐々にこちらの環境にも慣れてきたように見える。

体調も万全で、いい意味でいつも通りのディープインパクトであった。

 

 

「先輩や同期の馬にこれだけ御膳立てされているのだから、絶対に勝たなくてはな」

 

 

ロンシャンの舞台に衝撃が走る……かもしれない。

 

 

 

 

【凱旋門賞】

1920年にフランスで誕生した国際競走である。ロンシャン競馬場の芝2400メートルで行われ、世界中のホースマンの目指すべきレースとされている。多くの名馬がこの凱旋門賞で栄光を勝ち取った。この凱旋門賞が行われる10月1週の日曜日とその前日の土曜日には、短距離から長距離までの大レースが数多く施行され、凱旋門賞ウィークなどと呼ばれている。

1969年のスピードシンボリが初めて凱旋門賞に出走してから、日本馬の挑戦の歴史が始まった。このときの結果は着外であり、当時日本最強馬だった馬の敗北に世界のレベルの高さと海外遠征の厳しさを思い知らされた。その後もシリウスシンボリやメジロムサシが挑むも世界の頂は遥か彼方であった。1999年にはエルコンドルパサーが長期の海外遠征を経て挑戦したが、モンジューの前に惜しくも2着に敗れた。その後も2頭が挑戦したが、芝の違いや海外遠征の難しさもあり、勝つことはできていない。

凱旋門賞という言葉は、日本のホースマンにとって憧れであると同時に、呪いでもあった。

 

 

「テンペストがもう少し長い距離を走ることが出来れば挑戦していたんだけどなあ……」

 

 

「2200~2300が限界ですからね。テンペストには凱旋門賞は厳しいですね」

 

 

西崎はロンシャン競馬場に来ていた。テンペストは出走していないが、ディープインパクトの凱旋門賞を観るためにフランスに来ていたのであった。仕事もあるのでレースが終わったらすぐに帰る予定である。そして、隣にはイギリスから帰るついでに寄ったという藤山調教師がいた。彼もレースが終わったらすぐに日本に帰国するとのことである。イギリスからフランスと、国同士の移動が楽なのも西欧の特徴である。

 

 

「ロンシャン競馬場2400メートルのコースは高低差が10メートル近くありますからね。重い芝を駆け抜けるパワーと傾斜を苦にしないスタミナ。それにフォルスストレートといった日本にはないコース形状もありますので、馬との折り合いも試されます。本当に難しい競馬場ですよ」

 

 

「ディープインパクトは勝てますかね」

 

 

現状ディープインパクトは一番人気であった。日本人が大量に賭けたことが要因であるが、日本馬の躍動を見てきた現地のファンや関係者からも評価はされていた。また、フォア賞での結果も考慮されての人気だった。

 

 

「可能性はありますね。フォア賞でディープらしくない走りをしていましたけど、ぎりぎりで勝利しましたからね。いつも通りを心がけていれば勝てると思います。昨年の凱旋門賞馬のハリケーンランは、キングジョージ以降は昨年のような勢いはないですし、シロッコも調子がいいとは言えませんね。むしろ怖いのはレイルリンクですね」

 

 

「確かフランスの3歳馬ですね」

 

 

「凱旋門賞も斤量が馬の年齢とかで変わるんですよね。ディープインパクトやハリケーンラン、シロッコは59.5㎏なんですけどレイルリンクは56㎏なんですよ。それでいて、フランス所属でパリ大賞を含めた5連勝で勢いに乗っている馬ですから。おそらくディープ陣営も警戒していると思いますよ。まあ、斤量なんて絶対的な馬の力の前にはそこまで影響はしないと思いますが」

 

 

「なるほど。こういう話を聞くと、日本の馬が外国で勝つことの難しさがわかります。テンペストは4勝していますけど……」

 

 

「テンペストはちょっと規格外というが普通のサラブレッドの範疇を超え始めているので、あの馬を基準にするとほとんどの馬が並になってしまいますよ」

 

 

テンペストは日本の天皇賞・秋からクイーンエリザベスⅡ世ステークスまでGⅠ競走を7連勝している。海外GⅠでは、ドバイDFから4連勝していることになる。特に英国際S→愛チャンピオンS→クイーンエリザベスⅡ世Sの連勝はジャイアンツコーズウェイですらも達成できなかった記録である。最高のメンツといわれたクイーンエリザベスⅡ世Sを驚異的な末脚で全頭差し切っての勝利は、欧州の競馬関係者を震撼させた。稍重のアスコット競馬場でラスト1Fを10秒ジャストで走っており、マイルの舞台であるとはいえダンシングブレーヴの再来とまで言われていた。

 

 

「ただ、ディープも並の馬ではないですからね。少なくとも2200メートル以上であの馬にかなう馬はいないと思います。あとは、どれだけこのアウェーの地で彼らしい競馬ができるかが勝負の鍵だと思います。というかJRAがあそこまで宣伝してしまっているんですから勝たなきゃヤバいですよ」

 

 

「わかっていたとはいえ、テンペストのときよりも来ている日本人が多いですね」

 

 

ロンシャン競馬場にはツアーや個人で来た日本人、欧州在住の日本人がたくさん来ていた。これが凱旋門賞なのかと西崎は思っていた。

 

 

「さて、そろそろパドック入場だな」

 

 

 

 

日本では、競馬番組だけでなくスポーツ番組が特番を用意して中継を報道していた。

多くの競馬ファンがテレビに噛り付いてみていた。馬券の結果を見るために競馬を見るというより、ワールドカップやオリンピックを見るような感覚であった。

 

 

『……パドック周回はまだ始まっていません。欧州ではパドック周回はレースの直前に行われるのですね』

『この辺りも日本と違いますね。パドック周回の時間が短いのも特徴ですね』

『パドック周回が始まるまで、ディープインパクトのライバルの馬の紹介です……』

 

 

映像では、ハリケーンランとシロッコが紹介される。

 

 

『ハリケーンランはキングジョージでハーツクライの2着に敗れていますが、実績は十分な馬です。昨年の世界ランキング1位の馬ですから、能力は相当高いものを持っていると思います。シロッコもフォア賞は2着でしたがアタマ差での敗北でしたので、そこまで敗北は参考にならないと思います。実績も十分ですからね。ただレイルリンクなんかも斤量差や最近のレースの状態を見ると、ライバルになりうる馬だと思います』

『ありがとうございます。ディープインパクトをもってしても手ごわい相手がいるということですね。それにしても現地の様子ですが、かなりの観客が入っていますね』

『日本人も多いみたいですが、現地のファンも多いみたいですね。ハーツクライやテンペストクェークが大活躍していますからね。その二頭を破ったことがあるディープインパクトはどんな馬なんだという興味もあるみたいです』

 

 

テレビではスーツやドレスで着飾った観客がパドック回りに沢山いる光景が移っていた。

 

 

『さて、展開の予想ですが、どのような競馬が行われると思いますか』

『ディープインパクトの末脚がしっかりと発揮できるような走りをしていく必要がありますね。スタートからの直線でしっかりとポジションを確保して、前半にしっかり脚を溜める必要があると思います。フォア賞のときはそれが少しできていませんでしたからね。コーナーが下り坂なので、そこでスピードを上げ過ぎてしまうと、ラストの直線で足が鈍る可能性もありますから、いかに折り合いをつけて走ることが出来るのかがポイントになると思います』

『ありがとうございます。あ、そろそろパドックの周回が始まるようです』

 

 

装鞍所から出てきた出走馬たちが次々とパドックを周回する。ディープインパクトの様子はいつも通りといった感じであった。

その後、調教師や騎手へのインタビューが行われ、勝利への自信の程を語っていた。

 

 

『騎乗した後も落ち着いていますね。いい意味でいつも通りといった感じです』

 

 

短いパドック周回の後に、本馬場へと向かう。その間には多くの観客がおり、日本の競馬場より、馬と人の距離が近かった。

 

ロンシャン競馬場のコールに入ると、誘導馬に誘導されながら、8頭の馬が歩いていた。先頭はディープインパクトであった。

返し馬が始まると、歓声が上がる。

 

 

『返し馬が始まりました。走りの方はどうでしょうか』

『フォア賞を経験したおかげか、足取りは軽そうに見えますね。ここでも落ち着いて騎手の指示を聞いていますね』

 

 

返し馬が終わりスターティングゲートへと馬たちが向かう。

 

 

『さて、そろそろゲートインが始まります』

 

 

ライバルたちが次々とゲートに入っていく。ディープインパクトは最後のゲート入りであった。

 

 

『最後に日本のディープインパクトがゲートに入ります。第85回凱旋門賞。日本の悲願なるか。スタートしました!』

 

 

ゲートが開かれると、8頭の馬が一気に飛び出した。

 

 

『全頭揃ってスタート。大きな出遅れはありません。ディープインパクトは後方集団に入りました。先頭はアイリッシュウェルズ。二番手にシロッコ、そのやや後ろにはハリケーンランがおり、馬群が固まっております』

 

 

スタートしてから1000メートル近い直線が続く。途中から上り坂となっており、ここで登坂力のない馬は体力を消耗させられてしまう。

 

 

『……ディープインパクトは現在7番手。後方集団には、レイルリンクにシックスティーズアイコン、そしてディープインパクト、最後方にプライドがいます』

 

 

2006年の凱旋門賞は、8頭立てという少数でのレースとなっていた。

そのためか極端な逃げ馬やハイペース馬がおらず、序盤はややスローペースな展開となっていた。

 

 

『……ディープインパクトは後方集団に位置しております。先頭はアイリッシュウェルズ。二番手はシロッコです。その後ろにハリケーンランがおります。ディープインパクトはフォア賞とは違い後方からの競馬をしております』

 

 

長い直線と坂が終わると、第3コーナーが始まる。ここから坂が下りになり、1600メートル地点まで一気に下ることになる。ここでスピードを上げ過ぎると、スタミナを消費することになる。

 

 

『まもなく残り1400メートル。ディープインパクトは現在7番手に位置しています。アイリッシュウェルズ先頭、シロッコ二番手、その後ろにハリケーンラン。そしてレイルリンクと続きます……』

 

 

第3コーナー、第4コーナーを終えて、完全に坂を下り終えると、250メートルほどの直線に入る。この直線はフォルスストレートと呼ばれ、馬が最後の直線と勘違いしてしまうことがあるため、馬との折り合いの付け方も試される場所であった。

 

 

『残り1000メートルを切って、ロンシャンのフォルスストレートに入ります。ややペースが上がった形になったでしょうか。アイリッシュウェルズ、シロッコ、ハリケーンランがややペースを上げた形になった。ディープインパクトは変わらず7番手。しっかりと折り合っているようにも見えます……』

 

 

フォルスストレート中盤、ディープインパクトは最後方のプライドの外ラチ側の斜め前にいた。そして、残り700メートルあたりに差し掛かってから少しずつスピードを上げていた。

 

 

『……ディープインパクトが動き始めました。外を回りながら少しずつスピードを上げていく。しかし先頭集団もペースを上げていく。アイリッシュウェルズにシロッコ、ハリケーンランもスピードを上げている。ディープインパクトは捉えることが出来るか……』

 

 

最後の緩やかなコーナーを過ぎたとき、アイリッシュウェルズ、シロッコが先頭を争っており、その後ろをハリケーンランが走っていた。そこから少し離れてレイルリンクが走っており、ディープインパクトはレイルリンクからやや離れた外側を走っていた。

 

 

『フォルスストレートが終わって最終コーナーに入る。シロッコがここで先頭に立つ。先頭はシロッコ。隣にアイリッシュウェルズ、やや後ろにハリケーンランがついている。ディープインパクトは現在5番手。これは大丈夫なのか!』

 

 

最後のコーナーを過ぎると、残りは533メートルの直線である。数多くの名馬がこの直線の叩き合いを制して栄光をつかみ取っていた。

ディープインパクトは我慢に我慢を重ねていた。騎手が、しっかりと脚を溜めるように指示をだし、ディープインパクトもそれにしっかりと従っていた。

 

 

『……最後の直線に入った。ラスト500メートルの攻防が始まる。先頭はシロッコ。ハリケーンランは前が支えているか。アイリッシュウェルズは少し後退している。ディープはまだか、まだなのか』

 

 

残り400メートルに入り、先頭集団の馬たちがスパートをかけていたが、そこまでの伸びを見せていなかった。

ディープインパクトは外に出しており、徐々に先頭集団に近づいていた。

 

 

『シロッコ先頭。後方からピンクの帽子、レイルリンクが猛烈なスパート。シロッコに並びかける。ディープインパクトにも鞭が入った。一気に加速する。外からディープだ。ハリケーンラン、アイリッシュウェルズを躱して現在3番手。まだわからない!』

 

 

残り200メートル。先頭は地元フランスの3歳馬のレイルリンクであった。シロッコもスタミナが尽きたのかズルズルと後退し始めており、先行馬が軒並みハイペースで沈む状況となっていた。そこを強襲したのが中団で待機していたレイルリンクと、さらにその後ろから一気にスパートをかけたディープインパクトであった。最後方にいたプライドも一気に先頭に迫っていた。

 

 

『レイルリンク先頭。ディープは2番手。残り200メートルを切った。1馬身差でディープ二番手。後ろからプライドが迫る』

 

 

多くの人が差し切れと願っていた。

先頭のレイルリンクがするすると伸びていく姿に、ディープは大丈夫なのかと思っていた。

重い芝、慣れない環境。フォア賞での辛勝。ディープが実力を発揮できない要素を考えればきりがない。

そんな心配をよそに、ラストの100メートル。ディープの脚は止まらなかった。

騎手が最後の鞭を入れた。

 

ディープインパクトがさらに加速した。

同じように伸びてきたプライドを突き放し、半馬身前にいるレイルリンクを捉えて、そのままの勢いで抜き去った。

いつも日本で見慣れた光景であった。

 

 

『ディープインパクトが捉える。捉える。行け!差せ!差し切れ!』

『頑張れ!行け!差せ!』

 

 

アナウンサー、解説が己の仕事を放棄してディープインパクトを応援していた。

現地のファン、競馬実況を見ている、聞いている日本のファン。

多くの競馬に魅了された人々がディープの勝利を願っていた。

 

 

『ディープインパクトが伸びる。伸びていく。残り100メートルでレイルリンクを躱した。ディープ先頭。先頭はディープだ! ディープ差し切った。そのまま伸びていく。これは決まったか。あと少しだ。1馬身、2馬身……。今先頭でゴール。ディープインパクト凱旋門賞制覇!』

『差し切った!勝った!』

 

 

ディープインパクトは凱旋門賞のゴールを先頭で通過した。

ビデオ判定の必要もない。

2馬身半差の勝利であった。

 

残り700メートルくらいから徐々にスピードを上げていき、残り3ハロンを切ったあたりから一気に加速していく。そのいつも通りをロンシャンの舞台で見せることが出来た。

 

 

『スピードシンボリが、メジロムサシが、シリウスシンボリが、エルコンドルパサーが、マンハッタンカフェが、タップダンスシチーが。そして挑戦できなかった馬たちの思いが、執念がここに実りました』

 

 

観客の歓声がロンシャン競馬場を包み込んだ。

日本のホースマンの悲願が達成された瞬間であった。

 

 

 

 

『ありがとうございます。この場所でこのインタビューを受けるのが夢であり志でもありました。ディープは飛んでくれました。本当に強い馬です。本当に……。ああ、勝てた。やっと勝てた……』

 

 

 

 

 

 

ロンシャンに日の丸が掲げられた。

 

 

 

 

この日、門は開かれた

 

 

 

 

 



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欧州遠征最終戦

ディープくんは特にドーピング検査に特に引っかかることもなく11月末のジャパンカップに出走する予定です。

G1レースの連勝記録ですが、G2とかのレースを挟んでの連勝記録とG1レースのみの連勝記録に分かれるみたいです。G1レースのみの連勝記録はドバイDFからの5連勝になります。
ブラックキャビアが8連勝、フランケルとゼニヤッタが9連勝、ウィンクスが10連勝の記録を持っています。



『ディープインパクト。凱旋門賞を制覇』

 

 

日本では号外でディープインパクトの凱旋門賞制覇が報道された。

普段のニュース番組でも取り上げられるほどの盛り上がりであった。

主戦騎手、調教師は連日の取材でうれしい悲鳴を上げていた。

 

 

「……なんかテンペストのときと反応違いませんか?こっちは3戦全勝しているのに。そりゃあ私も現地ではしゃいでしまいましたけど」

 

 

西崎はディープの勝利を祝福しつつも、面白くない気分を味わっていた。テンペストの海外レースは番組が用意されて中継や解説もしっかり行われているので、文句は言えない。しかしながら、ディープインパクトの凱旋門賞制覇に比べると影が薄かった。

 

 

「それは仕方がないと思いますよ。凱旋門賞ですからね。日本の競馬界にとって目指すべきレースであり、一種の呪いのようなものでしたから」

 

 

凱旋門賞が終わったその日の便で日本に帰国し、その翌日にはすでに会社のオフィスにいた。そして、その昼休みに競馬好きの部下たちと凱旋門賞について話していた。

 

 

「海外競馬を追いかけていた私にしてみれば、インターナショナルステークスにアイリッシュチャンピオンステークス、そしてクイーンエリザベスⅡ世ステークスを同一年度に3連勝する方が化け物ですよ。凱旋門賞馬は毎年生まれますけど、テンペストの偉業を達成する馬は今後出てくるかも怪しいくらいだと思いますよ」

 

 

実際、テンペストクェークがドバイDFや英国際Sを勝利した後もかなり競馬界は盛り上がっていた。ただ、その後テンペストが当然のように勝つので、「まあテンペストなら勝って当然か」といった空気すら生まれていた。

それでもQEⅡSの末脚にはすべてのファンが驚愕していたのだが。

 

 

「テンペストの調子がいいから走って勝ったけど、やっぱり常識外の馬なんだな」

 

 

(なんでこんなすごい馬を社長みたいな新人馬主が引き当てられたのだろう……)

 

 

競馬好きの部下たちはひっそりと思っていた。

中央で馬主ができるほどではないが地方馬主の資格を持っている部下もいれば、一口馬主をやっている部下もいる。彼らからしてみれば、信じられない領域にいる馬を所有しているのが自分の社長であった。

羨ましいとは思っていたが、いろいろとしがらみも増えて大変そうだとも思っていた。

 

 

「テンペストクェークの次走は、チャンピオンステークスを走るとのことですけど、その次はどうなっていますか」

 

 

発表されているのは10月14日施行のチャンピオンステークスに出走までである。それ以降は白紙であった。

 

 

「いろいろと悩んでいるんだよねえ……一応、香港マイルか香港カップを先生からは勧められているよ」

 

 

「香港国際競走ですか。賞金額も高いですし、テンペストクェークなら十分に勝利を見込めますね」

 

 

12月に施行される香港国際競走。藤山陣営は、テンペストに何もなければそのまま香港に行くという計画を立てていた。

ワイワイと盛りあがる中、一人の部下が突拍子もない提案をする。

 

 

「社長。テンペストクェークですが、ブリーダーズカップなんかはどうでしょうか。欧州馬だと10月開催のレース後にアメリカに行ってブリーダーズカップに出走している馬は多いですよ」

 

 

この部下は、以前にBCシリーズについて西崎に教えていた人間だった。西崎が欧州へ行く前の出走計画でBCクラシックに出走させたいという要望を出した間接的な原因であった。

 

 

「ブリーダーズカップか。マイルなら確かに可能性はありそうだな。ただこれ以上馬に負担がかかる出走間隔はやめた方がいいと思うけどな」

 

 

「来年ならいけるんじゃないか?」

 

 

後は昼休みが終わるまでテンペストクェークの次走をどうするかという余計なお世話な話で盛り上がった。

西崎は部下たちの喧騒を見ながら遥か彼方の地で戦っている自分の愛馬のことを考えていた。

 

 

 

 

場所は変わって、ニューマーケット。

テンペストクェークはクイーンエリザベスⅡ世ステークスの疲れを癒し終え、本番に向けた調整を行っていた。

 

 

「うーん。仕上がりはそこそこだが絶好調というわけでもないって感じだな」

 

 

「やはりレースが続いていましたからね。獣医による検査では特に異常は見当たりませんでしたが……」

 

 

騎手の高森と調教助手の本村がテンペストクェークの調子について話し合っていた。

 

 

「乗った感触としては普通に走れてはいます。特に脚を気にする様子もないので、ケガなどの心配はないと思います。ただ、仕上がり具合は欧州遠征で一番よくないですね。ただ、これでも普通の馬に比べたら調子はいいと思いますが」

 

 

「レース後の休養から本格的な調教までの期間が短かったですからね……むしろここまで調整が済んでいるほうが驚きます。やはり自己管理能力が高いですよ」

 

 

「テンペストは割と嫌なものは嫌とはっきり表現するし、体調がよくないときも人間にしっかりと知らせるからな」

 

 

馬は自身の不調を我慢して隠してしまうことがある。野生の本能のようなものである。テンペストはそういった我慢は一切しないので、ある意味わかりやすい馬だったりする。

テンペストはスタッフに自身の不調などを伝えていないため、何か不調があるわけではないと判断していた。もちろん厩務員や調教師、獣医をはじめとしたスタッフが徹底的な検査を行ったうえで最終的な判断はしているが。

 

 

「次のチャンピオンステークスもなかなかのメンバーが揃いましたからねえ……」

 

 

先週、ロンシャン競馬場にて開催された凱旋門賞でディープインパクトが勝ったことで、今年の欧州競馬の下半期は、日本馬に蹂躙されたと言われている。そのためプライドを傷つけられていた。

ディープやテンペストの血に興味津々ではあったがそれはそれであった。

 

今回のチャンピオンステークスで、テンペストクェークには土をつけて帰ってもらうという意思を感じるメンバー構成となっていた。

二人は、スタッフに配布された2006年チャンピオンステークス出走馬の概要が書かれた紙を眺めていた。

 

 

サーパーシー(1番)

2006年の英国ダービーを制した3歳馬だが、ダービー後に故障しており、このレースが復帰戦である。英2000ギニーを2着以外はすべて勝利しており、全盛期の力が戻っているのであればかなりの強敵である。

 

プライド(2番)

2006年のサンクルー大賞を勝利し、先日の凱旋門賞では3着に入着している。6歳で初のGⅠタイトルを獲るという大器晩成の牝馬である。凱旋門賞での調子の良さを維持しており、要注意の一頭である。

 

ノットナウケイト(3番)

8月の英国際Sでテンペストに12馬身差を付けられて2着となった4歳馬。雪辱を果たすべくチャンピオンステークスに挑んできたようである。

 

ロブロイ(4番)

ベットフレッドドットコムマイルを勝ち、サセックスSを3着に入った馬である。大きなタイトルはないが、こういった馬が突如覚醒する可能性もあることを考慮する必要がある。

 

オリンピアンオデッセイ(5番)

英2000ギニーを3着と実績らしい実績はない馬である。ロブロイ同様に覚醒に注意が必要な馬である。

 

レイルリンク(6番)

パリ大賞を勝利し、凱旋門賞ではディープインパクトに敗れ2着に終わった。しかし調子の良さをキープしており、日本馬に負けた雪辱は日本馬で果たさせてもらうという陣営の方針により出走することになった。こちらも油断できない一頭である。

 

テンペストクェーク(7番)

説明不要。

 

ディラントーマス(8番)

今年の愛ダービー馬。愛チャンピオンステークスではテンペストにゴール前で内側から差し切られての2着。アメリカ遠征を取りやめて、テンペストへの借りを返しに来たようである。

 

ハリケーンラン(9番)

昨年の凱旋門賞馬にして世界最高評価を受けた馬。キングジョージ以降、精彩を欠いた走りをしているが、それでも実績と実力は屈指のモノがある。ハーツクライ、ディープインパクトと日本馬に2連敗しているため絶対に勝つと意気込んでいるようである。

 

マラーヘル(10番)

英国際Sの3着を含めてGⅠは未勝利であるが、欧州の重賞戦線を戦ってきた5歳馬である。特に注意する必要はないが、覚醒する可能性は考慮する必要がある。

 

エレクトロキューショニスト(11番)

昨年の英国際Sでゼンノロブロイを破って勝利して、今年のドバイWCを勝利している。10ハロン路線ではかなりの力を持つ馬である。9月ごろに体調不良を起こしたらしいが無事に回復して当初の予定通り出走を表明してきた。

 

コンフィデンシャルレディ(12番)

仏オークスを勝利した3歳牝馬。斤量が55㎏と一番軽いので注意が必要な馬である。

 

アレキサンダーゴールドラン(13番)

ナッソーSや香港Cを制した5歳牝馬。愛チャンピオンSは4着でテンペストに敗れている。実績もあるので、注意が必要な馬である。

 

デビッドジュニア(14番)

昨年のチャンピオンステークス。そして今年のエクリプスSを勝利した4歳馬。ドバイDFではテンペストクェークの前に2着に敗れている。日本で種牡馬入りすることが9月に決まった。本来はBCクラシックに出走する予定であったが、日本のテンペストクェークを倒してから種牡馬にしてやりたいと、慣れ親しんだ英国のターフをラストレースに選択した。

 

 

出走メンバーを見て高森と本村はめまいがした。

 

 

「……なんなんですかね。これ」

 

 

14頭中10頭がGⅠ馬であった。

現状10Fを走れる最高峰のメンツが揃っていた。

 

 

「こいつらを相手に絶好調でないテンペストが戦うのか……」

 

 

「前のレースも相当ですが、こっちも相当ですね。わざわざこっちのレースに来る馬もいるくらいですからね」

 

 

「藤山先生は凱旋門の後始末をして帰ると言ってましたけど」

 

 

「何それ怖い」

 

 

今年のチャンピオンステークスには、凱旋門賞に敗北した馬が3頭出走する予定である。また、ほかのメンバーも凱旋門賞に出走してもおかしくないメンバーである。

藤山調教師は、その馬たちを叩きのめして、欧州を更地にして帰るつもりであった。

 

 

「ただ、最優先は馬の調子です。こればかりは最初から変わりません」

 

 

「そうですね。テンペストがタフすぎてこの言葉が実現したことはないですけど」

 

 

「それが一番なんですよ……」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今回は少し長めの回復期間を過ごしている。

といっても兄ちゃんたちの雰囲気から、そろそろレースがあることがわかる。

前のレースの疲労もなくなって、今は筋力や瞬発力を完璧にするために身体を鍛えなおしている。

ただ、今回は自分の身体を理想の水準までは持っていけなかった。あの小柄な馬と戦ったレースが100%とすると、今の俺は80%台って感じかな。

身体に異常らしい異常はないので、レースを走り切ることはできるだろう。ただ、あの時のように圧倒的な走りができるかどうかはわからない。

ただ、今発揮できる力で最大限を尽くすことに変わりはない。

 

それにしても、兄ちゃんたちも含めて、最近俺を見る目がたまに恐ろしい生き物を見るような感じになっている。

最近ちょっと調子に乗って馬らしくないことをし過ぎたように思える。研究所送りは嫌なので、自重しようと思う。

 

 

 

 

そしてレース当日。

普段トレーニングをしている場所から近いところに競馬場があるらしい。

こうやってすぐ近くにあると楽なんだけどなあ。

 

 

さて、今日の対戦相手はっと……

結構見知った馬が多い。

それに前回のレース以上に視線が厳しい。

ぱっと見た感じで、4頭ヤバそうな馬がいる。こりゃあ警戒対象だな。

 

 

【じ~】

 

 

なんかみられている。

そう思ったら少し離れたところから俺の方をじっと見つめる馬がいた。

 

 

【……なに?】

 

 

【あなた、強い?】

 

 

なんだ、いつもの挑発か。この馬もオラオラ系かな?

 

 

【俺が一番強い】

 

 

【ふ~ん】

 

 

そう言うと、視線を外して、ゲートへと入っていった。

なんだこいつ。

というかこいつ、雌か。

なんというか変な馬。

 

ただ、筋肉の付き方もいい。闘争心もあってオーラを感じる。

この馬もヤバいな。

 

そう思いながら、俺はゲートに入る。

 

さあ、騎手君。

今日も頼むぞ!

 

扉が開くと同時に、俺は飛び出した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

チャンピオンステークス

イギリスニューマーケット競馬場にて1877年から芝10ハロンで施行されているGⅠレースである。日程的に凱旋門賞やブリーダーズカップに参加する馬が回避することもあるため、有名馬が回避することも多かった。しかしマイル~中距離を得意とする馬が参加することも多く、決して格の低いレースではない。

英国屈指の名馬であるブリガディアジェラートや鉄の女と呼ばれた名牝トリプティク、日本になじみのあるピルサドスキーといった馬がこの10ハロンを制していた。

 

 

「テンペスト。今日もやばい馬たちがたくさんいるぞ~」

 

 

俺は相棒の上にまたがりながら、他の馬たちを見る。

前のレースは最高峰のマイラーが集まったが、こっちは10Fを走れる馬が総力を結集したって感じだな。

 

さて、今日のテンペストの調子は普通だ。ドバイ以来、まさに絶好調だったテンペストの調子が普通に落ち着いている。いやむしろこれだけ連戦を戦ってきて、普通に走れる状態に持ってきている方が凄いのだと思う。

 

 

「今日の状態でディープを差した再加速の脚は使わない方がいいな」

 

 

ただし、勝ちを捨てたつもりはない。

今のテンペストは、切り札を封印しても勝負になるレベルの強さを持っている。

あとは実際のレースの展開、そして俺の騎手としての腕次第だ。

ニューマーケット競馬場の2000メートル直線コース。全体的に上り坂のコースで、ラスト300メートルでさらに傾斜がきつくなる。馬場状態も稍重。

タフなコースだ。おそらくテンペスト以外の日本馬だったら適性が合わずに勝負にもならないだろう。

 

 

14頭が収まるスターティングゲートに次々と出走予定の馬が入っていく。

途中プライドと目線を合わせて嘶いていたが、喧嘩していたわけではないようだ。そういえばテンペストは牝馬に特に興味を示さないな。助かるといえば助かるのだけど。

 

特に何か起きることもなく、プライドもゲートに入った。

そして、テンペストもゲートに入って、スタートの準備が整った。

今日は躓かないように気をつけてな。

 

 

聞きなれた音と共に俺とテンペストはスタートを飛び出した。

 

 

テンペストと共に、好スタートを切ったのがハリケーンラン。そしてサーパーシーであった。ハリケーンランの斜め後ろにつけるようにテンペストを誘導する。

それにしてもハリケーンランが逃げか。凱旋門賞で進路がふさがれて実力を発揮できていなかったからかな。

 

俺たちの隣にはディラントーマス、内側にノットナウケイト、少し離れた外側にデビッドジュニアがおり、先行ポジションに陣取っていた。

レイルリンクにエレクトロキューショニスト、それにプライドは後方集団にいるな。こいつらはラストで一気に先頭を差し切ってくるタイプだからある意味予想通りだ。

 

残り7ハロン。

中央に馬群が寄ってきたな。これだけ広いんだからもっと外に行けばいいのに……

もう少し後ろを走っていたら間違いなく囲まれていたな。

先頭はハリケーンランとノットナウケイトがいる。その後ろの先行集団に俺たちとディラントーマス、サーパーシー。他の有力馬はおそらく俺たちの後ろにいる。一番厄介のエレクトロキューショニストが後ろでマークしているな。こいつには、ゼンノロブロイやカネヒキリが負けた雪辱を果たさせてもらうよ。

そう思っていたら露骨に馬体をぶつけられた。

 

まあこれだけ密集した馬群ならぶつかっても文句は言えないな。

 

 

「××○○(放送禁止用語)」

 

 

まあこれぐらいの無礼は許されるだろう。

だが残念だったな。テンペストにそんな攻撃は効かない。

 

 

残り5ハロン。

先頭はハリケーンラン、ノットナウケイトとサーパーシーが争っている。その後ろにディラントーマスがおり、半馬身後ろに俺とテンペストはいる。末脚が得意な馬が多いから、少しだけ位置を下げさせてもらった。

後ろを覗くと、エレクトロキューショニストとレイルリンクが俺たちをマークするようにぴったりと後ろに張り付いていた。アレキサンダーゴールドラン、マラーヘル、コンフィデンシャルレディも中団あたりで機会をうかがっているのも見えた。大外スタートのデビッドジュニアも外で走っているのも見えた。

それ以外の馬はおそらく後方集団にいるのだろう。自分の目では見えなかった。

 

 

残り4ハロン。

ハリケーンランとノットナウケイト、それにサーパーシーが少しずつスピードを上げていくのがわかる。ちょっと早いんじゃないかな。

俺たちはペースを守りつつ、周りの馬の動向を探った。

少しずつだが、後方集団にいた馬が、内ラチ側や外ラチ側から顔をのぞかせているのがわかった。マラーヘル、それにアレキサンダーゴールドラン、外からデビッドジュニア、内からはプライドも。

 

 

残り3ハロン。

そろそろスピードを上げるか。すでに両隣にエレクトロキューショニストとレイルリンクに並ばれている。

あ!こいつテンペストの顔に鞭当てやがったな。

テンペストが一瞬反応したが、変に力も入っていない。

 

 

「××○○(多分アメリカの南部で使われている汚い英語)」

 

 

とりあえず、これくらいは言っておこう。

ペースがどんどん上がってくるのがわかる。

これは先頭の4頭は総崩れだな。ノットナウケイト、サーパーシーは限界に近いのが後ろでもわかった。ただ、ハリケーンランとディラントーマスはまだ疲れ切っていないな。これは粘りそうだ。

差し切るとしたらラスト2ハロンからだ。

 

 

残り2ハロン。他の馬がどんどんと横に広がり、横一列になりつつある。

 

そろそろだな。

テンペストに鞭を入れる。

一気にトップギアに入った。よーいドン!の加速勝負でテンペストに勝てる馬はいない。

 

 

「行くぞ、テンペスト!」

 

 

加速力を体で感じる。ただ、絶好調のときより加速が鈍いと感じた。

今日はやはり二段階加速は使わない方がいいな。

 

もしかしたら、ラストは接戦かもしれないな……




2018年にロアリングライオンがテンペストローテを3連勝します。ただ2011年以降、クイーンエリザベスⅡ世ステークスがブリテッシュチャンピオンズデーに組み入れられたこともあり、チャンピオンステークスに出走することはできなくなります。


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女王陛下のテンペストクェーク号

前走の他陣営の妨害に関しては、2014年の凱旋門賞のゴールドシップを見ていると、これくらいのことはしてくるだろうなと思ったので書きました。もし不快な思いをされた方がいましたら申し訳ありません。

最後の叩き合いは1993年天皇賞秋と2014年安田記念を参考にしました。


「行くぞ、テンペスト!」

 

 

俺に鞭が入った。

俺は後ろ脚に力を入れ、芝を蹴り上げる。

筋肉が盛り上がるのを感じる。

地面がえぐれるのを感じる。

どんどん加速していくのがわかる。ただ、両隣の馬も一気に加速していくのがわかる。

 

それにしても、俺の顔、というか首あたりに鞭を当ててきた奴がいる。

 

この程度の妨害でこの俺が怯むとでも?そう思っているなら甚だ遺憾だね。

ただ、普通にムカつくし、騎手君も怒っているみたいなので、絶対に勝ってやる。

その後に馬鹿にしてやろうと思う。

 

 

前を行く馬が少しずつ後退していく。俺はその馬の隣を一気に躱して先頭に立った。

 

俺をずっとマークしていた両隣の2頭の馬、そして外と内側から猛追してくる馬が見える。

顔つき、息遣い。

間違いない。こいつらが今日のレースの主役だ。

 

俺はいつも、騎手君が鞭を入れてからおおよそ20秒程度でゴールしている。

あと10秒。そう思ったら、一度引き離したはずの2頭が俺の隣に追い付いてきた。

いろいろとむかつくが実力は間違いなく本物だ。

 

やはり今日は脚のキレが悪い。

いや、今までが良すぎたのかもしれん。

クソ、絶対に負けられねえ。

 

 

「テンペスト、頑張ってくれ」

 

 

両隣の馬と身体がぶつかり合う。

お互いの騎手同士の身体すらもぶつかり合うのが見えた。

騎手君、すまんが耐えてくれ。

隣の仮面のようなものを付けた馬の鼻が俺よりも前に行くのが見えた。

俺はすかさず首を下げてその馬の前に行く。

騎手君のタイミングに合わせろ。

絶対に負けない。負けてたまるか。

俺はここで勝つために生まれてきたんだ。

こんなところで足踏みしていられるか。

 

 

【最強は、この俺だ!】

 

 

隣の馬、そして騎手からも絶対に勝つという意志を強く感じた。

そして何より騎手君からもその意志を感じた。

 

 

騎手君から減速の指示が出るまでの数秒間、俺は騎手君の動きとシンクロしていた。

俺より前に馬はいなかったはずだ。

ただ、絶対に勝てたという自信はなかった。

 

 

「テンペスト、大丈夫かい?」

 

 

騎手君が俺の顔の方をすりすりと撫でてくれる。

あの程度のことで俺がやられるとでも?

 

 

【大丈夫さ】

 

 

スピードを緩めてクールダウンをしていると、俺たちと接戦を繰り広げた馬が近くに寄ってきた。

 

 

【俺が勝った】

【え?俺じゃないの?】

【内側の私ね】

【いいや俺だ】

 

【5頭もいるのか……】

 

 

俺とデッドヒートを繰り広げていた2頭の馬だけでなく、外側と内側から一気に追いつき、俺たちと同じタイミングでゴールした馬がいるようだ。

 

 

【さて、誰が1着かな】

 

 

俺たち馬には結果はわからなかった。

人間たちの判断を待とう。

 

 

【あなた強いね】

 

 

レース前に俺の方を見ていた馬が俺に近づいてくる。

 

 

【まあね。君も強かったよ】

 

 

【ありがとう。強いの好き】

 

 

ふむ。

どうやら俺のことを気に入ってくれたらしい。

今までムキムキの野郎ばかりすり寄ってくるから、なかなか新鮮な気分だ。

 

 

【また走ろうね】

 

 

【おうよ】

 

 

性別は違うが油断できない実力を持っている馬だったな。

次走るときは警戒せねば。

 

 

さて、誰が勝ったかな?

俺が勝ったときは、鞭を当ててきた奴を煽ってやろう。

自分たちは弱いですと言っているようなものだからな。

 

ばーかばーか!

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

『……残り2ハロンを切って馬群は横に広がった。14頭が横に広がった。先頭のノットナウケイト、ハリケーンラン、サーパーシーは厳しいか』

 

 

2ハロンの線を越え、ひと塊だった馬群は横に広がり、すべての馬が最後のスパートに入っていた。

 

 

『テンペストクェークに鞭が入った。一気に加速する。ノットナウケイトを躱して先頭に立つ。しかし後ろでマークしていたレイルリンクにエレクトロキューショニストが猛追する。しかしまだ横一列。5馬身も差がないぞ』

 

『残り1ハロン半。テンペストクェーク先頭。レイルリンクとエレクトロキューショニストが迫っている。外からデビッドジュニアとロブロイが伸びてくる。ハリケーンラン、デュラントーマスも粘っている。内側からはプライドが伸びてきた。これは全く分からない!』

 

『残り1ハロンを切った。テンペストクェークにレイルリンク、エレクトロキューショニストが並んだ。外からデビッドジュニア、内からプライドが伸びてくる。3頭の激しい競り合いだ。内外の2頭も一気に強襲をかけてくる』

 

 

中央の3頭の叩き合い。そして外側と内側から一気に差し切ろうとする2頭がいた。

 

 

『この3頭の争いか。3頭の叩き合いだ。テンペストかレイルリンクかエレクトロキューショニストか。内外からプライドとデビッドジュニアだ!』

 

 

中央の3頭の競り合い、そして内側と外側から一気にゴール前で差し切りを狙った2頭。ほとんど同時にゴールラインを駆け抜けた。

 

 

『テンペストクェークかレイルリンクか、エレクトロキューショニストか。内側のプライドか。それとも外側のデビッドジュニアか。5着まで全く分かりません』

 

『6着は半馬身差でディラントーマス。そこから3馬身差で7着ロブロイ、8着にはハリケーンラン。9着争いでアレキサンダーゴールドラン、オリンピアンオデッセイ、コンフィデンシャルレディ、12着にマラーヘル。13着にサーパーシー、14着にノットナウケイトという結果になりました』

 

 

繰り返し流れる映像には5頭の馬がほとんど同時にゴールラインを通過する様子が映されていた。

 

 

『これは接戦です。首の上げ下げで決まりそうですね』

『そうですね。これは時間がかかりそうです』

『今日のテンペストクェークは圧勝とはいきませんでしたね』

『テンペストクェークの末脚がいつもより鈍いという印象を受けましたね。やはり4連戦は厳しいものがあったのでしょう。それにしても、勝たせまいと妨害を受けていたように思えますが、全く怯むことがありませんでしたね。それに、ラストで並ばれても、絶対に前に行かせるものかと、前へ前へと行こうとする勝負根性。本当に素晴らしいものがありました。彼はやはりヤマニンゼファーの子ですよ』

『ラストの死闘を制する馬はどの馬でしょうか。着順の確定までもうしばらくお待ちください』

 

 

着順が確定するまで、馬たちが待機していた。途中プライドとテンペストクェークが嘶き合っていたが、喧嘩をしているわけではなかった。

 

しばらくすると、着順が確定する。

 

 

1 Tempest Quake

2 Pride

3 Electrocutionist

3 Rail Link

5 David Junior

 

 

『テンペストクェーク1着。1着です!2着プライドと僅差の勝利です。3着はエレクトロキューショニストとレイルリンクの同着。わずかに遅れたか、デビットジュニアが5着です』

『いやー、本当にすごいレースでした。どの馬も1着になってもおかしくない展開でしたね』

『テンペストクェークはこれでGⅠを8勝目。ロックオブジブラルタルの7連勝を超えました。そして、シンボリルドルフ以来超えることが出来なかった7冠の壁を超え8冠目の栄光を手にしました。本当にすごいです』

『欧州遠征を全勝で飾りました。おそらく、同一年にこの4戦を走って4勝する馬は現れないでしょう。彼の名声は何十年も伝えられることになるでしょう』

 

 

歓声が響く競馬場。

テンペストクェークは自分に鞭を当てた騎手がいたほうに向かって舌を出したり、変顔をしたりしていた。

多くの人は変な顔して可愛いと思っていたが、騎手の高森だけは、テンペストが妨害をしてきた騎手を盛大に煽りまくっていることに気付いていた。

 

 

「お前は優しいなあ」

 

 

高森は煽り散らしているテンペストを苦笑しながらその姿を見続けていた。

 

このようなアクシデント?もあったが、特に問題なく表彰まで終了した。

テンペストクェークと高森騎手、そして藤山厩舎のスタッフたちの尽力。陰で支えたゼンノロブロイ陣営や美浦に厩舎を構える調教師たち。その総力を結集したテンペストクェークの欧州遠征は全戦全勝という圧倒的な成績で終了した。

 

 

『本当の本当に強い馬です。世界最強の相棒です。藤山調教師、それにスタッフの皆さん。西崎オーナーには感謝の気持ちしかありません。それと、テンペストにも』

『高森騎手は本当によくやってくれました。それに本村調教師、秋山厩務員。オーナーの西崎さん。そしてこちらで我々のサポートをしてくださったスタッフの皆さん。そのほかにもたくさんの人に支えられた欧州遠征でした。テンペスト、ありがとう』

『この近代競馬発祥の地でこれだけ活躍できたのも、高森騎手や藤山調教師一同のお陰です。まだテンペストは走りますので、応援していただけたら幸いです』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

最後の激戦を俺は勝つことが出来たらしい。

かなりきつかったが何とか乗り越えることが出来た。正直少し休養が欲しいくらいだ。

その願いが通じたのか、前のレースが、俺のこの国でのラストレースだったようだ。

兄ちゃんも含めて、撤収の準備をし始めているのがなんとなくわかった。

3か月程度だったが、なかなか楽しい時間を過ごせた。

 

 

【さて、今日ものんびり過ごすかな】

 

 

まだ帰国までに日にちがあるのが、のんびり過ごしていると、初めて目にする場所へと連れてこられた。

そこには、そこそこ人が集まっていた。あれ、騎手くんもいるな。

 

 

「テンペスト、頼むから暴れたりふざけたりしないでくれよ……」

 

 

「大丈夫だとは思うが……」

 

 

俺を引っ張って歩く兄ちゃんたち。

それに騎手君も近くにいる。

 

 

【なんだ?取材か?】

 

 

「よしよし。今日は凄い人が来ているんだぞ~」

 

 

帽子を被せてもらって、その上身体もピカピカに洗ってもらったのは取材があるからか。

となると、もしかしたらメロンも?

 

 

【メロン!メロンを忘れてないよね?】

 

 

「……今日は、メロンはないよ。って服を引っ張るな」

 

 

どうやらご褒美はないらしい。

レースの後に貰えたからか。ちくせう。

 

大勢のカメラマンやレポーター、あと黒服のいかつい人間がいた。いつもと雰囲気が違うな。

なんだろうか。

 

辺りを見渡すと、人に囲まれるように、物凄く高貴なオーラを放っているおばあちゃんがいた。

なんかすごく偉い人みたいなので媚を売っておこう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

ときはチャンピオンステークス終了後。テンペストクェークは、疲労の回復も必要であるため、11月頃までは英国にいることになっていた。

 

 

「ええっ!?ここに女王陛下が来る?」

 

 

「ええ。本当です。当代の英国の女王がテンペストクェークを見たいとのことです」

 

 

当代の女王陛下が競馬好きで、馬主であることは周知の事実である。英国の競馬は、元々貴族や王族とのつながりが深いのもあるが、彼女の競馬好きはかなりのものであるとのことである。

 

 

「テンペストを見たいとは……。ディープの方ならわかりますが。確か牝系の方に女王陛下が所有していた馬がいるんですよね」

 

 

「ディープの方も興味があるらしいが、あっちはフランスにいるから簡単に会いには行けなかったらしいです。テンペストに関しては、自分の名前が付いたクイーンエリザベスⅡ世ステークスを中継で見ていたそうで、それで衝撃を受けたとのことです」

 

 

「先生はどうする予定ですか……」

 

 

「どうもこうも、王室からのお願いですよ。断るなんて無理です。日程の調整に関しては割と融通は利かせてくれるようです」

 

 

女王陛下の日程は年間を通してギッチリと決められている。そこにねじ込んでまでもテンペストを見てみたいと思うのかとスタッフは驚いていた。

一応はプライベートでの訪問という形になるらしいが、相当な警備体制や取材が組まれるのではないかと予想していた。

因みにテンペストは初対面の相手でも落ち着いているので、そのあたりが問題に上がることはなかった。

 

 

 

 

そして当日。

ニューマーケットには、報道陣と、王室のSPや政府関係者が詰め寄っていた。

馬優先の町であるため、他の馬に影響が出ないように、配慮はされているようではあった。色々と騒動はあったようだが、関係者による調整の結果なんとか実現することができたようである。

公務ではないとのことであるがSPや政府関係者、取材陣もいるため、プライベート? であった。

 

 

 

『無理を言ってしまい、申し訳ありませんでした。我々のお願いを聞いていただきありがとうございます』

 

 

『いえ、こちらこそ、テンペストに興味を示していただき、ありがとうございます(英国の王室からのお願いは「お願い」じゃないんだよな……)』

 

 

藤山は英語が流暢に話せないため、通訳を通じてコミュニケーションをとっていたが、その内心は緊張でいっぱいであった。

 

 

しばらくすると、秋山厩務員と本村調教師助手、高森騎手に連れられて、テンペストクェークがやってきた。

ざわめきとカメラのシャッター音が聞こえるが、テンペストクェークは相変わらずリラックスした雰囲気で辺りを見回している。

脚や尻尾、耳、首の高さ。どれも大丈夫だった。

 

 

「テンペスト、今日も落ち着いていますね」

 

 

「この辺りは特に問題はないです。本当に馬なのかよくわからなくなりますが……」

 

 

藤山が対応している間、秋山達はテンペストの様子を確認していた。

 

 

いろいろな会話を終えてテンペストに近づく女王陛下。

テンペストも特に驚くこともなく、相手を見つめていた。

 

 

『テンペストクェーク。我々イギリスの馬を叩きのめした、遠い極東の地からやってきた日本の馬』

 

 

その体躯は分厚い筋肉に覆われ、圧倒的な『力』を感じさせていた。

しかし目を細めながら気分がよさそうに女王の服をはみはみする様子はとても世界最強馬とは思えなかった。

 

 

(おい、あの服めちゃくちゃ高そうだぞ)

(頼むから破かないでくれよ)

 

 

曳き綱を持ちながらテンペストの様子を見ている二人は心臓が止まりそうだった。

 

 

『とても賢い子ですね。いつもこのような大人しい馬なのですか』

 

 

通訳を通じて秋山に話しかける。

 

 

「え~、普段は大人しいです。それに調教や運動でも我々の指示に従順です。ちょっといたずら好きなところもありますけど、服を噛むくらいです」

 

 

『確かに、私の服を咥えていますね。あら……?』

 

 

テンペストが首を背中に向けて振っている。

 

 

「これ、乗れって言ってんのか……」

 

 

「いやさすがに無理だろ。相手は女王だぞ……」

 

 

スタッフだけでなく、相手の女王陛下、そして王室関係者も困惑していた。

 

 

『乗れるなら乗ってみたいです。現役の世界最強の競走馬に』

 

 

女王陛下のお願いの一言で、あれよあれよという間に鐙や鞍といった道具が用意され、乗馬の準備がされていた。

テンペストが競走馬としては考えられないほど落ち着いた性格であることは関係者の間では知れ渡っていた。

 

 

『テンペストに乗って気を付けることは特にありません。普通に乗馬用の馬と同じ感覚で問題ありません。乗馬用の馬よりも乗りやすいかもしれません』

 

 

そして女王陛下が乗っても特にテンペストは驚いたり立ち上がったりすることもなく、彼女と厩務員たちの指示に従って大人しくしていた。

 

 

『テンペストクェーク。ありがとう』

 

 

鞍上で声をかけると、耳を動かして軽く嘶き反応する。

その様子を多くの競馬関係者たちが見ていた。

 

 

しばらくゆっくりと辺りを歩き、女王陛下の乗馬は終わった。

最後にテンペストは、秋山が預かっていた自分の帽子を奪い取り、女王陛下にプレゼントしていた。

 

 

『本当にありがとうございました。彼が何故、我々イギリス、そして欧州の馬に勝つことが出来たのか少しわかりました。私もこのような素晴らしい馬に巡り合えるように尽力していきたいですね』

 

 

「は、はい。もったいないお言葉です……」

 

 

緊張で何をしゃべっているのかわからなくなっている藤山をテンペストは不思議そうな顔で見つめていた。

 

 

こうして、女王陛下のドキドキ訪問ツアーは大きな事故もなく終了した。

UMA的行動は控えると宣言したことをすぐに忘れて調子に乗ったテンペストクェークであった。

 

そして、テンペストの一連の行動は当然の如く報道されたのである。

競馬関係の新聞だけでなく、大手の新聞社がこの一件を報じた。

 

『イギリス競馬始まって以来の屈辱』

 

自分たちの国の女王がプライベートとはいえ会いに行きたいと願い、その馬をべた褒めしているのである。そしてあろうことか乗馬を楽しんだのである。

しかし、英国際SからチャンピオンSまでの4連戦(ドバイも含むと5戦)で、英国の馬は彼によって叩きのめされている以上、何も言えなかった。

ある文屋はとある小説を基にして、

 

『女王陛下のテンペストクェーク号(H.M.H. Tempest Quake)』

 

と揶揄していた。

 

それと同時に英国の一般大衆は、極東の島国からやってきたスーパーホースに興味津々であった。強い存在は多くの人を引き付けていた。

イギリスは平地競走を上回る勢いで障害競走が盛んな国である。そのため障害競走の方に金を賭けることが多い。

しかし、平地競走で自国を含めた欧州馬を圧倒する遥か彼方からやってきた来訪者に興味がそそられないわけではなかった。

彼の強さは、一歩間違えばヒールにもなりえたが、愛嬌のある姿を映した取材映像や露骨な妨害や不利を受けながらもそれを跳ね除ける圧倒的な強さを見せたレースの映像を見て、恐ろしいほど強く、それでいて可愛いと人気者になっていた。

 

競馬ファンの中には、血統に魅力を感じている人もいた。今のイギリスを含めた欧州の競馬の主流は、ノーザンダンサー系が多数であった。しかしテンペストクェークはハビタット系で、ノーザンダンサーの血は母父方面の5代先にしかなかった。そのため、非主流の血統の馬が主流の血統の馬をなぎ倒していく様を見て楽しむ人も一定数はいたのである。このような、主流に対する反発というものは日本に限らず万国共通のモノであった。

 

また、日本のように馬のぬいぐるみという文化がないイギリスで、テンペストのぬいぐるみは、競馬に特に興味がない一般人に可愛いと受けたのであった。そのため、日本ほどではないが、それなりに売れたようであった。

このように、テンペストクェークは妙な人気を獲得して、惜しまれつつもイギリスの地を飛び立った。

 

しかし、次のレースは香港国際競走を予定していたため、欧州馬を出走予定の関係者からは、またか……と思われていたようである。




女王陛下はディープインパクトの母方の曽祖母の馬を所有していたようで、結構ディープのことも気にかけていたようですね。
なおこの話はフィクションなので、女王陛下関係の話は真に受けないでいただけると幸いです。


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絶対王者

感想ですが、後日まとめて返信いたします。


欧州遠征を終えたテンペストクェークは、日本へと帰国した。そして、検疫を終えた後、美浦の藤山厩舎の馬房に約4ヶ月ぶりに戻った。

日本馬で初めて女王陛下を背中に乗せたテンペストクェークは当然日本でも大きく報道された。帰国する際に使用した飛行機が日本に到着した際には多くのメディア関係者やファンがその到着を歓迎した。

また、騎手の高森もテンペストクェークとのコンビで海外GⅠを5勝しており、世界の高森などと呼ばれていた。藤山調教師も海外GⅠを通算で5勝しており、歴代トップの記録を更新していた。そしてオーナーの西崎も初の所有馬がテンペストクェークという幸運を通り越した豪運の持ち主であり、欧州遠征を実行するという本当に新人馬主かと疑うような豪胆な馬主だと思われていた。ただ、本人があまり社交界関係に出てこないため(ディープの馬主やヤマニン、サクラの馬主に誘われたら出てくることがある)、割と謎の存在として扱われていた。本人曰く、胃が痛い。とのことである。

 

 

久しぶりの故郷に戻り、新しい戦いに向けて調教を積んでいる11月末。美浦トレセンは冬の寒さが到来し始めていた。

 

 

「テンペストが帰ってきたら他の馬たちが騒がしいですな」

 

 

「うちの厩舎の問題児たちも急に大人しくなったって話題ですよ」

 

 

すでに美浦全体を統括する大親分となっていたテンペストだったが、4カ月ほど留守にしていたため、彼の不在中にいろいろとオイタをしようとした馬もいたようである。しかし、そういった馬はダイワメジャーを中心とした別のボス格の馬にわからされていた。

因みに、彼はニューマーケットでも厩舎だけでなく近隣の馬たちのボスに君臨していた。彼がイギリスの地を離れるときは、他の馬たちが寂しそうにしていたという。

 

今日は、調教助手の本村と共に調教場に向かっている途中である。美浦では、テンペストに道を譲る馬しかいないので、大名行列の気分を味わっていた。

ただ、他の馬が怖がっている様子はなく、

 

【元気?】

【久しぶり!】

 

といった感じで軽く挨拶をしているように見えていた。

 

 

「本当に変わったなあ……」

 

 

若駒時代の彼の威圧的な態度を思い出しながら今後の予定を思い出す。

 

 

「次は香港カップか……」

 

 

テンペストクェークの次走は香港国際競走で施行されるレースの内の一つである香港カップに出走することが決まった。欧州遠征の疲労も回復してきたこともあり、これならしっかりと走れると判断しての出走宣言であった。出走予定の馬も地元香港を中心に欧州や日本と、多国籍なメンバーが揃いつつあった。

 

 

「日本からはアドマイヤムーンとディアデラノヴィアが出走するのか。あとはプライドにアレキサンダーゴールドランとウィジャボードの牝馬組。あとはエレクトロキューショニストも参戦か。見慣れたメンバーが多いな」

 

 

忘れがちだが、テンペストは日本の馬である。とったGⅠの内、5勝が海外であるため、海外馬扱いされている節がある。

 

 

「どの馬が勝つか、ではなくどうやってテンペストが勝つかになっているようですよ。先日のジャパンカップのディープインパクトのように」

 

 

本村の独り言に応えたのは、別の馬の調教を手伝っていた高森騎手であった。

つい先日に行われたジャパンカップ。ディープインパクトは史上初の日本馬の凱旋門賞馬としてジャパンカップに出走した。そして当然のように勝利した。もはやおなじみとなった単勝1倍台の人気に応えていた。

 

 

「ディープも有馬記念で引退か……」

 

 

「種牡馬になるなら早い方がいいですからね。噂によるとかなりの額のシンジケートが組まれるらしいですよ」

 

 

「本人の強さは勿論、血統も最高峰だからなあ。当然と言えば当然でしょうね」

 

 

「テンペストは、強さ自体は間違いなく本物なんだけど、血統が微妙だからな。そこまですごいシンジケートは組まれないだろうな」

 

 

「もしかしたらイギリスやアイルランドに行くかもしれませんね。まだ先の話ですが」

 

 

テンペストクェークは来年も走ることを宣言している。

父がなしえなかった3階級GⅠ競走制覇と、親子3代安田記念制覇が目標である。藤山と西崎は何か企んでいるようだが、そのことは他のスタッフは知らなかった。

一部の関係者からは頼むから早く引退してくれと泣かれたという噂があるが、真偽は不明であった。

 

 

「まだまだ元気いっぱいなので来年も活躍はできると思いますね。まずは香港が最優先ですが」

 

 

「4歳シーズンの無敗がかかっていますからね。それにここで勝ったら年度代表馬もより近くなるでしょうね」

 

 

「そうだな。しかし相当揉めるだろうなあ……」

 

 

JRAのお偉いさんが頭を悩ませる様子が思い浮かんでいた。

11月中旬に決定されたカルティエ賞では、テンペストクェークが年度代表馬と最優秀古馬を受賞した。日本馬として初めての栄光であった。

ただ、テンペストクェークは日本では宝塚記念と中山記念しか走っていない。99年の年度代表馬論争以上に混迷を極めるだろうと思われている。

 

 

「香港も勝って、もっと悩ませてやるかな」

 

 

別に恨みはないが、個人的に好きな馬(騎乗など一度もしていないが)のスペシャルウィークが年度代表馬に選ばれなかったことを持ち出す高森であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

いつものトレーニング場所に戻ったと思ったら、またよくわからない国に来たでござる。

馬使いが荒いよ~全く。

これはあれが欲しくなりますな。

 

 

「……レースに勝ったらあげるよ」

 

 

まあレースに勝ったら貰えると思うので頑張りたい。

おっといけない。欲望をむき出しにし過ぎたな。

日の丸、そしてみんなの期待を背負っていることを自覚しておかなければな。

 

こっちに来てから数日後にはレースである。

今俺は他の馬と一緒に歩いている。

当然俺が一番視線を集めていた。

 

 

【またあったね】

 

 

【そうだな】

 

 

どうやら前のレースで一緒に走った馬がいるようだ。前にいる雌の馬だ。

 

 

【今日こそ勝つわ】

 

 

【なら俺に勝ってみろ】

 

 

すると、その前を歩いていた馬も俺を挑発してきた。

 

 

【勝つ。負けないよ】

 

 

そういえばこの馬とも走ったな。なんか顔なじみばかり。

取り敢えず、挑発し返しておこう。

 

 

【いや~雌の君では厳しいのでは?】

 

 

【うるさい。ぶちのめす】

 

 

闘争心の高いお姉さま方だこと。

いや~、年上のお姉さんと話すのはいいなあ~

 

 

【先輩!僕は速いですよ!ねえ先輩!】

 

 

そんな至福のひと時を邪魔するのはいつも男である。

飛行機で一緒だった年下の馬にすり寄られた。飛行機やこっちで生活する建物で一緒だったからか、やけに俺に懐いてきていた。

彼を引き連れていた人間が慌てている。

 

 

「ん?アドマイヤムーンとも仲がいいのか。最近は牝馬からモテていると思ったけど、相変わらず牡馬からもモテるな」

 

 

【はいはい。そういうのは俺に勝ってから言ってな】

 

 

【絶対に勝ちます!】

 

 

年下のこいつにも負けられないな。

 

それにしても調子がいいな。気分も高揚してきたぜ~

更に俺への目線が集まる。

ふむ、俺の仕上がり具合に皆注目しているんだな。

 

……あの、なんか笑われているんですけど。

 

【あ!】

 

 

「……テンペスト。お前は……」

 

 

兄ちゃんがあきれた声を出す。

高揚した気分が一気に冷静になる。

 

 

【申し訳ねえ……】

 

 

俺の息子が暴れん坊で申し訳ねえ……

 

 

「別に他の牝馬がフケているわけでもないし、何に興奮したんだお前……」

 

 

いや、気分が高揚していただけなんよ。

あ~恥ずかしい。

今日のレースって結構な規模の競走だよな。めちゃくちゃ人いるし。しかも日本人だけじゃなくて欧米人も結構いるし。

俺の醜態が世界中に流れたってことかよ……

 

 

「まあ、すぐに落ち着いたからいいけど」

 

 

すでにクールになった俺と俺の息子。

だが一度やらかした記憶は消すことはできない。

レース直前に俺に乗りに来た騎手君も苦笑いしていた。

 

 

「何に興奮していたんだ。年上の牝馬に誑かされたのかな?」

 

 

【違う……】

 

 

俺はそんな童貞ムーブをかましたわけではないのだ。あ、でも俺童貞だった。

その何とも言えない目で俺を見ないでくれ……

 

 

【絶対に負けられねえ】

 

 

これで負けたら雌馬に興奮して負けたというずっと笑われる黒歴史を作ってしまう。

 

 

「まあ、今は落ち着いているからいいかな。さて、今日も勝ちに行くぞ」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「馬っけを出したときはどうなるかと思ったが、すぐに落ち着きましたね」

 

 

「テンペスト、パドックに来る前から妙にテンションが上がっていましたね。それが原因ですかね。フケとか関係なく出るのですね……」

 

 

西崎と藤山が本馬場に入ったテンペストを見ながら、パドックでの醜態を思い出す。

観客が少ないレースでならまだいいが、国際GⅠであれをやられるととんでもなく恥ずかしい。

テンペストは勝てば帳消しになると考えているようだが、ピルサドスキーの例を見ると、永遠にネタにされることが確定している。

 

ただ、それでも人気を見ると圧倒的一番人気であった。すぐに落ち着いたのが功を奏したようである。

 

 

「テンペストは勝てますかね……」

 

 

「パドックでの行動はそこまでマイナスに作用はしないでしょうね。高森騎手が乗り込むころにはいつも通りに戻っていました。調教も完璧ではありませんが、前回のチャンピオンステークスよりは調子がいい状態には持ってこれました」

 

 

「そうですか……それでも心配になってしまいますね」

 

 

「テンペストは勝ちますよ。安心してください」

 

 

藤山の言葉には確信があった。

最強の王者につけられた名前は、‘天災地変’。

世界を駆け抜けた大嵐と大地震が香港を襲う。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

香港は、日本に近いため、多くの日本人が香港の沙田競馬場を訪れていた。

日本の民放やケーブルテレビ関係の報道関係者も香港入りして、報道を行っていた。

 

 

『沙田競馬場ですが、多くの日本の競馬ファンが訪れています。今年も数多くの日本馬が出走を表明しております』

 

 

香港スプリントにシーイズトウショウとメイショウボーラー。香港マイルにダンスインザムード。香港カップにアドマイヤムーンとディアデラノヴィア、テンペストクェーク。香港ヴァースにソングオブウインドとアドマイヤメイン。以上の8頭が出走予定である。

 

特に香港カップに出走するテンペストクェークは日本、現地ですでに大本命の単勝1倍台になっていた。

香港に応援に来ている競馬ファンも多数おり、彼ら彼女らにインタビューをしていた。

 

そして今まで話しかけるか否か迷っている珍集団もいた。

青色の幟と横断幕を持った集団がおり、異様な雰囲気を醸し出していた。別に大声を上げるわけでもなく、礼儀正しく振舞っているので、特に害はないが、目立ってはいた。

 

 

「とりあえず話だけ聞いてみましょうか」

 

 

クルーの決定でインタビューに向かうことになったようである。

 

 

『すいません。日本の方ですか?』

『ええ、そうですよ。日本のテレビですか?』

『○○テレビの○○という番組の中継をしておりまして、今日の香港カップに来た観客の方にインタビューをしているのです。もしよろしければご協力していただけますか?』

『ええ、勿論構いませんよ』

 

珍集団の代表としてインタビューを受けたのは、一人の男性であった。

 

『そちらの幟や横断幕は自作のモノですか?』

『そうですね。元々ゼファー魂という競馬ファンなら一度は見たことがある横断幕がありまして。それを模倣してテンペスト魂というものを作って応援しようじゃないかと思いましてね。今ではゼファー魂とテンペスト魂でこうやって応援している次第ですよ。あ、ちゃんと許可は取ってますのでご安心を』

『……もしかしてイギリスやアイルランドに行ってましたか?』

『いましたとも。当然です。おかげで無職になりましたが、テンペストクェークのお陰で生活は成り立っていますよ』

 

ヤバい奴の話を聞いてしまったと少し後悔した一同であった。

 

『テンペストクェークですが、どのようなところに魅力を感じていますか?』

『その圧倒的な強さもそうなんですが、賢く、気性も素晴らしいところですね。見ていて楽しい馬というのはそうそういませんよ』

『なるほど。こうやって多くの人も魅了するのもテンペストクェークの魅力の一つなのですね』

『その通りだと思います』

 

 

こうして、一般人?のインタビューが終わり、香港国際競走の出走時間が刻一刻と迫ってきていた。

香港ヴァースや香港スプリント、香港マイルが終わり、日本馬は残念ながら勝利することはできなかった。このため、テンペストクェークら3頭にかかる期待も大きくなりつつあった。

 

 

『……他の馬には申し訳ないですが、テンペストクェーク一択ですね。彼が負ける姿が想像できない。プライドやアドマイヤムーンも強い馬ですけど、格が違いますね。ほかにも調子がよさそうな馬もいますが、この距離でテンペストクェーク相手に勝つのはかなり難しいと言わざるを得ませんね。パドックで少し興奮した様子でしたが、本馬場に入るころには落ち着いていましたし、それで弱くなるような馬とは思えませんね』

 

 

4歳になって7戦7勝。

彼は絶対王者である。

競馬に絶対はない。だが、今の彼には絶対があった。

 

 

『……出走13頭。今スタートしました。内枠ハイインテリジェントが飛び出した。テンペストクェークもいいスタートを切った……』

 

 

2006年香港カップは、ハイインテリジェント、グロールが先頭になり、馬群を引っ張っていく形となった。

有力な逃げ馬がいなかったこともあり、ペースはややスローであった。

そんななか、テンペストクェークと高森騎手は先行策を選択した。

 

 

『……注目のテンペストクェークは前方4番手。ヴィヴァパタカと併走しながら先頭集団で競馬を進めています。中団にウィジャボードにエレクトロキューショニスト。アドマイヤムーンとプライドは後方におります……』

 

 

沙田競馬場のバックストレートを先頭から4頭目で走っていた。

彼は何度か先行策で競馬を進めていたこともあるため、熱心なファンは特に心配もなくレースを観戦していた。

ペースはややスローペースとなっていた。

 

 

『……第3コーナーから第4コーナーに入ります。各馬ペースが上がってきた。ヴェンジェンスオブレインが先頭になる。後方のプライド、アドマイヤムーンもどんどん上がってくる……』

 

 

最後のコーナーを曲がると、後方にいた馬たちが外を回りながら、直線でのスパート態勢に入っていた。

 

 

『ラスト400メートルを切った。各馬鞭が入っている。テンペストクェークが内から出て、一気に先頭に立つ。それを追うようにウィジャボードとエレクトロキューショニストも伸びてくる。外からプライドだ。プライドも上がってきたぞ。さらにアドマイヤムーンも上がってきた!』

 

『残り200メートルでテンペストクェークが先頭。その後ろにエレクトロキューショニストだ。ウィジャボードは苦しいか。プライドが差を縮めてくる。テンペストを差し切るか。後方からさらにアドマイヤムーンだ。先頭との差が縮まる縮まる!』

 

『100メートルを切った。先頭のテンペスト粘る。プライドが伸びてくる。そしてアドマイヤムーンも来た。これはどうだ!』

 

 

先に仕掛けて、先頭に立ったテンペストクェークを、残り100メートル付近で差し切ろうとしているプライドがいた。最内からは、テンペストクェークを差し切ろうと、エレクトロキューショニストも伸びてきていた。更に外から猛烈な加速で2頭を一気に抜かそうとしているアドマイヤムーンがいた。勝負はこの4頭だと観客は直感で判断していた。

もしかしたらチャンピオンステークスのような鼻差の勝負になると思った。

 

 

『しかし抜けない、抜けない。テンペストクェークが1馬身リード。先頭テンペストだ!3頭は間に合わない!先頭はテンペストクェークだ!』

 

 

猛追を見せるプライドに1馬身差をつけたままテンペストクェークはゴール板を駆け抜けた。アドマイヤムーンも驚異的な末脚で先頭を捉えようとしていたが、プライドと同時に入線するのが精いっぱいであった。エレクトロキューショニストも最後の最後でプライドとアドマイヤムーンに差し切られ、アタマ差で4着であった。ウィジャボードも最後に伸びを欠き、そのまま5着入線であった。

 

 

『テンペストクェーク、GⅠを9勝目。強い、強すぎる。これが世界の頂か。これが世界最強か。挑戦者をすべてなぎ倒しての勝利です!』

『大捲りからの大外一気、中団待機からの差し、そして先行策からの好位抜出。逃げ以外の脚質が自在なのも恐ろしいところですね』

 

 

地元の香港の競馬ファンに世界最強の強さを見せつけたテンペストクェーク。

この香港カップの勝利でGⅠ競走を9勝。重賞競走は11連勝。GⅠ競走に限定しただけでも7連勝となった。

テイエムオペラオーとは異なった形の無敗の成績で4歳の競走生活を終えた。

 

 

『おおっとテンペストクェークに近づこうとする馬がいますね。これは......アドマイヤムーンとエレクトロキューショニストですかね』

 

 

喧嘩をしているわけでもなく、戯れあっているようにも見えた。

牡馬に囲まれて死んだ目をしているテンペストを、クールダウンを終えて装鞍所に戻ろうとしていた他の馬たちが興味ありげに見つめていた。

【君たちもこっちにきたら?】

テンペストの嗎が響くと、他の馬がテンペストの周りに集まっていた。

沙田のターフ上でちょっとしたサラブレッドの群れができた。

 

流石に迷惑だと騎手の高森に解散するように言われたため、サラブレッドの集会はすぐに終了した。

ちなみにテンペストは最後までプライドやウィジャボードの方を見ていた。アドマイヤムーンに絡まれて邪魔されていたが。

ルンルン気分で表彰式を終え馬房に戻ってきたテンペストに、「色気付きやがって......馬っ気出していたくせに」とボソリと呟いた秋山は、テンペストによって服を破かれたという。

 

 

 

 

テンペストクェーク 欧州遠征+香港遠征成績

 

8月22日 インターナショナルステークス:1 GⅠ(ヨーク・芝10F88Y) 298,095ポンド(レート220円で計算。65,580,900円)

 

9月9日 アイリッシュチャンピオンステークス:1 GⅠ(レパーズタウン・芝10F) 599,000ユーロ(レート148.5円で計算。88,951,500)

 

9月23日 クイーンエリザベスⅡ世ステークス:1 GⅠ(アスコット・芝8F) 141,950ポンド(レート221円で計算。31,370,950円)

 

10月14日 チャンピオンステークス:1 GⅠ(ニューマーケット競馬場・芝10F) 198,730ポンド(レート222円で計算。44,118,060円)

 

12月8日 香港カップ:1 GⅠ(沙田競馬場・芝2000メートル) 12,000,000 HK$(レート15円で計算。180,000,000円)

 

合計:4億1002万1410円

総賞金:13億5235万6410円

 

 

※インターナショナルステークスとアイリッシュチャンピオンステークスは2006年の賞金額がわからなかったため、2007年の賞金額を代用しました。




ディープを香港ヴァースに出走させるか悩んだんですが、JCから期間が短すぎることと、有馬記念に日本最強馬がいないのは少し寂しいと思ったので、有馬記念に出走してもらうことになりました。


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閑話4

・とある競馬ブログ

もはや世界に敵なし。史上最強馬、テンペストクェーク
 現地時間12月10日、香港・紗田競馬場で行われた香港カップ(芝・2000メートル)で、テンペストクェークが勝利した。先頭集団の4,5番手でレースを進め、ラスト400メートルで先頭に立つと、猛追するプライド、アドマイヤムーン、エレクトロキューショニストを寄せ付けず、そのまま先頭でゴールを駆け抜けた。

 これでテンペストクェークはGⅠ競走を9勝したことになり、日本記録をさらに更新した。そして4歳シーズンは8戦して8勝と、無敗であった。4歳シーズンを無敗というと2000年のテイエムオペラオーを思い出す。今回のテンペストクェークの偉業は、それを超えるものであると言えよう。

 

2006年のテンペストクェークの勝ち鞍

2月26日中山記念GⅡ1T1800中山競馬場
3月25日 ドバイデューティフリーGⅠ1T1777ナド・アルシバ競馬場
6月24日宝塚記念GⅠ1T2200京都競馬場
8月22日インターナショナルステークスGⅠ1T10F88Yヨーク競馬場
9月9日アイリッシュチャンピオンステークスGⅠ1T10Fレパーズタウン競馬場
9月23日クイーンエリザベスⅡ世ステークスGⅠ1T8Fアスコット競馬場
10月14日チャンピオンステークスGⅠ1T10Fニューマーケット競馬場 
12月10日香港カップGⅠ1T2000沙田競馬場

 改めて表にすると、勝ち鞍の異次元さが際立つだろう。GⅠ競走を7連勝はロックオブジブラルタルに並ぶ世界タイ記録である。

 宝塚記念は無敗の三冠馬にして、凱旋門賞馬であるディープインパクトを破っての勝利。また英国際Sでは12馬身差の圧勝劇。QEⅡSでは欧州のマイルの王者たちを大外一気で撫で切っての勝利。現状の芝の世界最強決定戦ともいえるメンバーが揃ったチャンピオンステークスでも、鼻差の死闘を制して勝利した。そして、11月に発表されたカルティエ賞では年度代表馬と最優秀古馬を受賞し、日本初の快挙を達成した。

 こういった経緯もあり、今回の香港カップはやや消化試合感が強かった。むしろ、テンペストクェークに1馬身差まで迫ったプライドとアドマイヤムーンを褒めるべきである。特にアドマイヤムーンは3歳馬であるので、来年以降が楽しみな一頭になっただろう。

 

~中略~

 

 さて、テンペストクェークの強さの特徴としては、その圧倒的な末脚だろう。一気にトップギアに持っていき、上がり1Fを10秒ジャストで走り切る馬は歴代の名馬でも数少ない。また、中団後方や最後方からの末脚勝負が目立つが、ドバイDFや香港Cのように、先行策からの好位抜出も上手く、レース展開によってさまざまな戦法を採ることが出来るのも強みである。これはテンペストクェークのレースでの気性の良さが生み出している長所であるといえるだろう。

 適正距離がマイル~中距離であるため、長い距離が走れないこと以外、欠点らしい欠点は見当たらない。スピード、瞬発力、パワー、タフさ、勝負根性、気性、全て最高峰の能力がある。日本の高速馬場、欧州の重たい洋芝双方を苦にしないで走ることができる変幻自在な適正。輸送を全く苦にしない強靭な精神力。彼に走れない国、馬場はないのではないだろうか。ダートが走れるなら、アメリカの競馬に遠征するというのも考えられる。いずれにしても最強馬にふさわしい能力を有していることに間違いはない。

 テンペストクェークの次走はまだ発表されていない。連覇を狙ってドバイDFに挑むのか。はたまたそのパワーを活かしてダートを走るのか。それとも父ヤマニンゼファーが成し遂げることが出来なかった3階級GⅠ制覇のため、高松宮記念に出走するのか。これからも目が離せない。

 

 

 

・島本牧場2006年の騒乱

 

テンペストクェークを生産した島本牧場。繁殖牝馬の数もそこまで多くはないが、地方競馬を中心に馬を送り出している優良牧場であると評判の牧場であった。

そんな小規模牧場は、昨年度より、忙しい毎日を送っていた。

 

 

「ええ、セオドライトは確かに所有馬ですが……。はい、はい。申し訳ありませんが、それは私の一存では決めることはできませんもので……」

 

 

『テンペストクェークを産んだ牝馬が見たいですか?日程については……』

 

 

日本だけでなく、海外からも電話が多くかかってきていた。英語が流暢に話せるのが従業員の大野だけであるため、かなりの負担がかかっていたが、そろそろ休みたいですねと笑いながら電話や見学の対応をしていた。

 

 

「あ~疲れました。もともとテンペスト関係で忙しくなっていましたけど、チャンピオンステークス以降さらに問い合わせが増えましたね。特に海外から」

 

 

「まあ、多くは日本人を通しての連絡なので、そこまで苦労はしませんよ。それにしても女王陛下の報道が大きかったようですね」

 

 

イギリスの女王がチャンピオンステークスの後にテンペストクェークに騎乗して、その強さを讃えたという話は日本でも話題となっていた。近代競馬発祥の地であり、その競馬に大きく関わった王族からの最大級の賛辞であった。また、11月に発表されたカルティエ賞では年度代表馬と最優秀古馬を受賞して、最高峰の栄誉を受けた。

また、WTRRやタイムフォームのランキングでも単独1位の評価を受けており、その数値も歴史的名馬と同等の値が与えられていた。

このことから、世界最強の競走馬であるテンペストクェークの両親に注目が集まるのは当然であった。

 

 

「それにしてもセイがこんなに人気になるとはなあ……」

 

 

「強い馬の弟妹は人気になりますからね。セオドライトの2004はいい値段で売ることが出来ました。彼のお陰でもありますね」

 

 

セオドライトの2003が売れたときはまだテンペストクェークがデビューする前だったこともあり、そこまでの値段では取引されなかった。またしても父の強行の結果、父トウカイテイオーというロマンの塊だったことも要因である。現在は地方競馬の中でもレベルの高い南関東競馬の重賞で掲示板に載るなど、そこそこの活躍を見せているようである。

妹のセオドライトの2004はテンペストが覚醒し始めたときに売れた馬である。再現性を検討したいという大野の意見もあり、テンペストと同じように、父がヤマニンゼファーの牝馬である。テンペストクェークの全妹ということもあり、結構な値段で取引がされた。現在は中央競馬でデビュー予定だという。スプリンターとしての素質があると聞いている。

 

今、牧場にいるのはセオドライトの2005(1歳)と今年の4月に誕生したセオドライトの2006である。2005の方は父がアグネスデジタルで、2006はフジキセキである。

 

 

「テンペストクェークは突然変異だとしても、その半弟や全妹にはそれなりの素質馬が生まれていますし、もしかしたらセオドライトの方が凄いのかもしれません」

 

 

「母父サクラチヨノオーの牝馬にも注目が集まっているらしいです」

 

 

「テンペストの母方方面にはサクラの馬が多いですからね」

 

 

テンペストの母の母の父はサクラユタカオーであるため、サクラ軍団のファンもテンペストのことをかなり応援していた。また、3代先まで父系、母系の大多数が日本馬であるため、古参の競馬ファンからも熱心に応援されている。

 

 

「テンペストクェークは5代先までの血統でインブリードはありませんし、何が作用しているのか全く分かりません。お手上げです」

 

 

日本中の馬産関係者がなんでこの血統であんなヤバい馬が生まれたのかと頭をひねっていた。

ヤマニンゼファー、サクラ軍団の意地がテンペストクェークを生み出したのだと島本牧場のスタッフは解釈していた。

 

 

「それにしても哲也君。英語の勉強は捗っていますか?私は忠告しましたよ。英語をしゃべれるようにしておきなさいと」

 

 

「会話は難しいですよ……それにテンペストが海外を走るなんてわかるわけないじゃないですか……」

 

 

大野は笑いながら、ドバイやイギリスで生産者代表として取材を受けていた哲也の様子を思い出していた。

 

 

「まあ、この騒乱も一時のモノですよ。ただ、この島本牧場は、「テンペストクェーク」という世界最強のサラブレッドを生産した牧場であるという栄誉は残り続ける。彼の残してくれたものを活用しないといけませんね」

 

 

島本牧場と親交があった牧場の閉鎖・統合が相次いでいる。島本牧場も無関係ではいられない。

テンペストとセオドライトが残してくれた遺産を有効活用しなければ、次は自分たちの番であるのだ。

 

 

「哲也、大野君!外務省の人から電話よ!」

 

 

「外務省~?なんでそんな場所から?」

 

 

「忙しい日はまだまだ続きそうですね……」

 

 

英国王室からの手紙が外務省を通じて島本牧場に送られたとのことであった。

女王陛下直筆の手紙は家宝になったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

・高森騎手の年末年始

 

 

高森康明48歳は例年とは異なる年末年始を送っていた。

藤山調教師からは、年末年始の休暇をもらい、調教の手伝い等は免除してもらっている。

 

 

「……まあ、この歳でフリーじゃないのもあれだけどな」

 

 

ただ、藤山厩舎に所属していたからこそテンペストクェークと出会うことができた面もあるので、自分の現状には満足していた。

 

 

「あ~腰がいてえ、首がいてえ、体中がいてえ……」

 

 

騎手になって20年以上。職業病ともいえる腰痛は年々悪化してきていた。

高森は騎手人生に影響が及ぶような落馬事故を2回。そして交通事故で一度三途の川を渡りかけていた。毎回復帰困難と言われるようなケガをしているが、そのたびに復活して現役に戻り続けていた。

藤山調教師は、怪我から復帰した高森を気にかけてくれた人だったので、今でも厩舎所属の騎手として恩返しをしている最中だったりする。フリーで食っていけるほどの実力があるかと言われたら何も言えなくなってしまうが......

 

不死鳥の如く復活した彼でも、近年は事故の古傷が痛むことが多く、目の前には「引退」の文字がちらついていた。

 

 

「それにしても、この俺があのトークショーや競馬番組の主役で呼ばれるとはなあ」

 

 

去年まで通算GⅠ勝利数0勝だったが、今は通算9勝の騎手となっていた。その内海外が6勝である。口の悪いファンはテンペストのリュックサックであると馬鹿にするが、宝塚記念の騎乗や海外での騎乗を見た関係者は、決してテンペストのリュックサックなどではないと評価している。

テンペストに騎乗してから、騎手成績も良化しており、ベテランの意地を見せていた。

昨年から人生の絶頂期にいる高森であったがその終わりも少しずつ近づいているのがわかっていた。

 

 

「まだ、終われない......」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2005年のディープインパクトブームから続く競馬ブームもあり、馬だけでなく騎手についても人気が高まりつつあった。そのため、テレビ局はスポーツ番組などの企画で人気騎手のトーク番組などが作成されていた。

 

『昨年から続く、今年の競馬を振り返りましょうのコーナーが始まりました。昨年も好評だったので、恒例行事になりつつあります』

『今日のゲストはディープインパクトで凱旋門賞を獲りました……騎手と、テンペストクェークで海外GⅠ6勝を含む、GⅠ7連勝を達成した高森康明騎手です』

『『よろしくお願いします』』

『今日は2006年の競馬の振り返り企画ということで、今年の競馬界を盛り上げた二人の騎手からいろいろな話を聞いていきたいと思います』

『いや~いろいろなことがありましたね。正直私はテンペストクェーク以外で大した成績は残していないので、ここに呼ばれていいものかと緊張しておりますよ』

『何言っているんですか高森先輩。獲ったGⅠは自分より多いじゃないですか』

 

―ディープインパクトで春天・凱旋門賞・JC・有馬記念を制し、フェブラリーステークス、NHKマイルカップの計6勝。一方の高森騎手はテンペストクェークでGⅠを7勝している―

 

『さて、今年はまさに世界へ飛翔した年となりました。ハーツクライがドバイシーマクラシックとキングジョージを、ディープインパクトが凱旋門賞を、テンペストクェークはドバイDFを含めて海外6勝をしました。また、テンペストクェークはカルティエ賞年度代表馬と最優秀古馬を受賞しており、日本馬初の快挙を達成しております』

 

―11月に発表されたカルティエ賞では、テンペストクェークが年度代表馬と最優秀古馬を受賞した。これは日本馬として初めての快挙である―

 

『ドバイでユートピア、ハーツクライ、テンペストクェークと幸先よく獲りましたからね。そこから流れが来ていたのかもしれないです』

『多分その流れを決定的にしたのがハーツクライのキングジョージ制覇ですね。テンペストはその流れに乗ることが出来ましたね』

『本当に、2頭のお陰でディープを侮る人がいませんでしたよ。特にテンペストクェークのお陰で。いい意味でも悪い意味でも……』

『インターナショナルステークスとクイーンエリザベスⅡ世ステークスでやり過ぎましたね』

 

―8月のインターナショナルステークスでは、12馬身差をつけての圧勝。9月のクイーンエリザベスⅡ世ステークスでは最後方から11頭をごぼう抜きしての勝利であった―

 

『クイーンエリザベスⅡ世ステークスでは大捲りからの大外一気、あれ結構ディープインパクトを意識したんですよ。伝わりましたか?』

『十分伝わりました。国際電話で、『なんだ、あのフォア賞は。舐めてんのか?』ってわざわざ言ってきたぐらいですからね。怖い先輩です』

『そんなこと言ったかな?』

『とぼけないで下さいよ……』

 

 

『ディープインパクトのフォア賞は辛勝といった形での勝利でした。改めてお聞きしますが、やはり環境が異なるという要因が大きかったのでしょうか』

 

―9月に行われたフォア賞では、ディープインパクトは苦戦を強いられ、ぎりぎりの勝利であった。そのため本番に向けて不安の残る結果となった―

 

『そうですね。スタートが良くてそのまま先行で進まざるを得なくなってしまって、その上、早めに仕掛け始めてしまったのが大きな要因ですね。あとは初めての馬場やコースに慣れていなかったのも大きいですね。本当に本番でなくてよかったと思います』

『でも、その後の凱旋門賞は本当にディープらしい競馬でしたね。テレビで見てて、最後の直線に入ったときに勝ったなって思いましたよ』

『凱旋門賞では、しっかりと指示に従ってくれました。本当に賢くて我慢強い馬ですよ』

『まあ、テンペストはいきなり12馬身差だったけどね』

『……彼はサラブレッドの常識が通じない馬です。UMAで馬です』

『乗っている自分もたまにそう思うから何も言えない』

 

 

『お二人が揃っているということもあります。やはりファンの皆さんが気になるのはあの宝塚記念なのではないでしょうか。詳しいお話をお願いします』

 

―2006年、第47回宝塚記念。大雨の京都競馬場で行われた2200メートルのレースで、ディープインパクトとテンペストクェークが激突した。激しい死闘の末、テンペストクェークがアタマ差での勝利をつかんだ―

 

『そんな渋い顔しないでくださいよ』

『ちょっとしたトラウマなんです。今でもたまに夢に見ますよ』

『まあまあ。あの宝塚記念は本当に自分たちの思い通りの展開だったんですよ。もともと道悪が大得意なのはわかっていたので、馬場状態が悪ければ悪いほどこっちに有利だと思っていました。ディープにはそこまで関係ありませんでしたけどね』

『テンペストクェークの道悪適性が高いのはわかっていました。ただ、ディープも馬場状態が悪くても走ってくれることはわかっていたので、心配はなかったですね』

『むしろテンペストで心配だったのは距離です。実力を完全に発揮できるギリギリの距離がこの距離くらいでしたから。阪神競馬場での開催だったらスタミナ切れになっていたかもしれないですね。こういう事情もあって、本番では徹底してインコースを走らせました。芝の状態は悪かったですけどテンペストにはマイナス要素にはなりませんでした』

『テンペスト陣営が最短距離を走ってくるのはわかっていましたね。第4コーナー付近で囲まれていたときも、多分抜け出してくるとは思っていたので、全力でディープを走らせましたよ。ただ、あの末脚を、馬群を突破しながら使ってくるのは想像以上でしたね。後ろからヤバいのが来たって瞬時にわかりましたね』

『あの時は本当に道筋が見えましたね。テンペストも怖がりもせずに馬群の隙間に突入したので、度胸も超一流だと思いましたよ。馬群を抜けたら、やっぱり前にディープがいたので、絶対に差し切るってつもりだったんですけど、後1馬身が縮まらなくて、これはやばいと思いましたね。あと少しだけ頑張ってくれって思って鞭を一回入れてのあの再加速でした』

『油断していたわけではないですが、ラスト100メートルくらいでは勝ったと思いました。そこから意味不明なレベルの加速をしてきたテンペストに差し切られました。さすがのディープでもあの再加速から逃げることはできませんよ……』

『藤山先生の人生の中で最高ともいえる仕上がりだったからできた荒業でしたね』

『ディープはいつものように最高の走りをしてくれました。ただ、テンペストクェークがそれを上回ったのだと思います』

『まあ、もう一回やれと言われたら勝つ自信はないですけどね。10ハロンなら負けませんが』

『10ハロンでテンペストクェークに勝てる馬は……探すのは難しいですね』

『ただ、あの宝塚記念が、テンペストとディープがぶつかる上で最高の条件だったのだと思います』

『距離、競馬場、天候。少しでも条件が違っていたら、あのようなレースはできなかったと思います』

 

 

『本当に奇跡的な条件が重なったからこそ生まれた死闘だったのですね』

 

 

番組はここでCMに入った。

その後、数十分にわたり、2006年の競馬のこと、そして彼らの競馬観についての話が続いた。

普段めったにメディア露出をしないベテラン騎手とトーク力抜群の人気騎手との珍しい対談番組は高視聴率を記録した。




高森騎手が、メディア露出が少なかったのは、そこまで大した成績を収めていないことと、藤山厩舎で新人騎手の如く働いているからです。


テンペストの血統の秘密
父父ニホンピロウィナー
父ヤマニンゼファー
母父サクラチヨノオー
母父父マルゼンスキー
母母父サクラユタカオー

実はセオドライトは、モデルの馬がサクラ軍団にいます。

追記
「セオドライト」のモデルになった馬は五代先にナスルーラ5×5のクロスがあります。テンペストクェークは5代先までクロスがありません。
紛らわしい書き方をしてしまい申し訳ありませんでした。当該記述は削除致します。


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閑話5

次話から第5章です。


2006年のJRA賞の選出は騒乱の予感が漂っていた。

本命中の本命が2頭いるからである。どちらもこれまでの日本の馬がなしえなかった栄光を勝ち取った怪物だからである。

最優秀4歳以上牡馬と年度代表馬の選出が大きく揉めることが確実視されていた。

メイショウサムソンやハーツクライ、ダイワメジャーと優秀な成績を残した馬は多数いるが、この2頭のような突出した成績の馬はいなかった。

 

ディープインパクト

昨年度の最優秀3歳牡馬・年度代表馬である。2006年は阪神大賞典(GⅡ)、天皇賞・春(GⅠ)、フォア賞(GⅡ)、凱旋門賞(GⅠ)、ジャパン・カップ(GⅠ)、有馬記念(GⅠ)を勝利した。日本競馬界の悲願であった凱旋門賞を勝利している。

 

テンペストクェーク

昨年度の最優秀短距離馬である。2006年は、中山記念(GⅡ)、ドバイDF(GⅠ)、宝塚記念(GⅠ)、英国際S(GⅠ)、愛チャンピオンS(GⅠ)、クイーンエリザベスⅡ世S(GⅠ)、チャンピオンS(GⅠ)、香港C(GⅠ)を勝利した。8戦無敗で内GⅠを7勝。2006年度のカルティエ賞年度代表馬と最優秀古馬に選出されている。

 

ディープインパクトが出走した7戦の内、5戦が日本国内のレースである。そしてジャパン・カップや有馬記念で挑戦してきた馬を粉砕している。日本国内の競走を多数勝利していることが、日本競馬を中心に考えるべきだという記者から支持されていた。

テンペストクェークは、欧州GⅠ4勝を含めた8戦で、一度も敗北しなかった。そして、カルティエ賞年度代表馬を受賞している。そして何より、宝塚記念でディープインパクトに勝利しているのである。

この宝塚記念が問題なのである。歴史に残る激闘の第47回宝塚記念は、テンペストクェークが勝利している。

 

多くの記者がアタマを悩ませていた。

そして審査会も悩んでいた。

「もう2頭でいいじゃん」という声もあった。実際、1963年はメイズイとリユウフオーレルの2頭が選出されている。しかしこれは啓衆社賞時代のもので、JRAが主催になってからは2頭が選出されたことは一度もない。

2006年度の日本中央競馬界を代表する馬という意味では、この2頭が双璧をなしていたのは事実である。しかし2頭選んだところでどっちつかずだと批判されることが目に見えていた。

 

しかし、再現不可能性の高さ、そしてディープインパクトを筆頭とした倒した馬の強さ、史上初の欧州年度代表馬の受賞、WTRRのI/Mで139ポンド(ダンシングブレーヴは141ポンド)の評価を、英タイムフォームのレーティングでも140ポンドの評価を受けていたこと。

このこともあり、テンペストクェークに流れは傾いていた。

 

 

しかしながら、そんなことはお構いなしにネットではお祭り騒ぎになっていた。

 

 

年度代表馬決定!

1:名無しの競馬ファン

ディープとテンペストのどっちかわかる人おる?

信者スレもアンチスレも凄いことになっているけど

 

テンペストクェークとかいう最強馬Part○○

https://

無敗の三冠馬ディープインパクトPart○○

https://

 

 

2:名無しの競馬ファン

>>1 そんなんわかるか

 

3:名無しの競馬ファン

>>1 わからんからもめている。

 

4:名無しの競馬ファン

>>1 対立厨か?

 

5:名無しの競馬ファン

ディープインパクトとテンペストクェークの2頭以外は考えられないのはわかっている。ただ、どっちかとなると全くわからん。勝ち鞍の異次元性や欧州年度代表馬、WTRRの評価を加えるとテンペストクェークかな。

 

6:名無しの競馬ファン

エルコンドルパサーの理論を適用すれば、テンペストクェークなんじゃないの

 

7:名無しの競馬ファン

ディープインパクト 7戦6勝(天皇賞春、凱旋門賞、JC、有馬記念)

テンペストクェーク 8戦8勝(宝塚記念、海外GⅠ6勝)

 

GⅠの数だけならテンペストだな。

 

8:名無しの競馬ファン

>>7 スペシャルウィークという馬がいてな……

 

9:名無しの競馬ファン

>>7 国内の競走成績を重視するか、海外を重視するかだな

 

10:名無しの競馬ファン

ディープも凱旋門賞勝っているし、海外成績〇、国内成績〇でディープになるんじゃないの?

 

11:名無しの競馬ファン

でもディープは宝塚記念の直接対決で負けているしなあ。

 

12:名無しの競馬ファン

>>11 これが大きい

 

13:名無しの競馬ファン

>>11 ディープが勝っていればディープがかなり有利になるんだけどなあ。

 

14:名無しの競馬ファン

欧州年度代表馬を選ばないのはどうかと思うけどなあ

 

15:名無しの競馬ファン

何でもかんでも欧州が上という感覚が嫌だな

日本中央競馬界が主催する賞なんだから日本を重視しないとダメでしょ。

 

16:名無しの競馬ファン

でもテンペストクェークは中央競馬に所属している馬だぞ。その馬が海外で実績を出しているんだからそれを讃えないでどうするんだよ

 

17:名無しの競馬ファン

欧州の年度代表馬が日本では選ばれないwwwってバカにされそう。

 

18:名無しの競馬ファン

99年のエルコンドルパサー理論で行けばテンペストになりそうだけど

 

19:名無しの競馬ファン

>>18 最初の記者投票はスペシャルウィークだった。でもいろいろあってエルコンになった。

 

20:名無しの競馬ファン

>>19 それで今は選出方式が少し変わっている。記者投票であることに変わりはないけどね。

 

21:名無しの競馬ファン

この2頭以外の馬を選んだ記者、マジで晒上げられそう。

 

22:名無しの競馬ファン

逆張りしすぎてよくわからなくなった奴ならやりそう。

 

23:名無しの競馬ファン

ハーツクライのキングジョージも十分偉業なんだけど、2頭の前ではかすんでしまうなあ。

 

24:名無しの競馬ファン

>>21 テイエムオペラオーのときは満票で選出されているし、逆張りできないぐらい圧倒的なら変な奴は湧かないだろう

 

25:名無しの競馬ファン

どっちも例年なら満票で選出されるくらいの成績なのに。

 

26:名無しの競馬ファン

>>25 宝塚記念が2着だからテンペストがいなければ獲っていた。秋の天皇賞が凱旋門賞に替わっただけでほとんど古馬王道制覇しているようなものだからな。

 

27:名無しの競馬ファン

凱旋門賞の勝利がプラスポイントにならないとかわけわからん

 

28:名無しの競馬ファン

欧州GⅠ4戦4勝がヤバすぎる。どれも最高峰レベルのGⅠ競走だし

 

29:名無しの競馬ファン

止めに来た欧州馬をすべて叩き潰したからな。

 

30:名無しの競馬ファン

「凱旋門賞を勝つ馬は、毎年誕生する。しかし、この4戦を同一年度に4連勝できる馬は今後数十年にわたって現れることはない」

 

31:名無しの競馬ファン

>>30 名言

 

32:名無しの競馬ファン

それに日本ドバイ英国アイルランド香港の5か国で走って全戦全勝だからな。ちょっと怖い。

 

33:名無しの競馬ファン

>>21 あの馬を選ばない俺かっこいいとかやりそうなやつはいるかもしれない

 

34:名無しの競馬ファン

テンペストが走ったレースってマイル~中距離しかないけどそれでいいのかよ

 

35:名無しの競馬ファン

>>34 ディープだって勝ったレースは2400、2500、3000、3200だぞ。テンペストは1600、1777、1800、2000(10ハロン)、2200だから多様性という意味ではテンペストに分がある。

 

36:名無しの競馬ファン

>>34 タイキシャトル……

 

37:名無しの競馬ファン

タイキシャトルもマイル、スプリントで活躍して年度代表馬になった

テンペストくらい突出した記録なら適正距離とか勝ち鞍の距離とか問題にならない

 

38:名無しの競馬ファン

欧州年度代表馬とWTRR139ポンドはプラスポイントとして大きすぎる。少なくともマイル~10ハロンならダンシングブレーヴに匹敵する強さって評価されたようなものだし。

 

39:名無しの競馬ファン

年度代表馬にならなかったら英国競馬界から皮肉を言われそう。

 

40:名無しの競馬ファン

やっぱりテンペストクェークなのかな。ディープ好きだけど、流石に相手が悪すぎる。

 

41:名無しの競馬ファン

>>40 本当にこれ

 

42:名無しの競馬ファン

ディープは決して弱いわけではない。ただ、宝塚記念の直接対決に負けたのが大きかったな。

 

43:名無しの競馬ファン

あれは結構紙一重の結果だったらしいから、あれが本当に天下分け目だった。

 

44:名無しの競馬ファン

そこをテンペストが勝利したわけだし、やっぱり年度代表馬になれってことなんじゃないのかな

 

45:名無しの競馬ファン

年度代表馬と最優秀4歳以上牡馬は多分この2頭だろうけど、他はどうよ。

 

46:名無しの競馬ファン

結構そこまで悩まない感じかな。

 

 

 

 

 

542:名無しの競馬ファン

例年ならそろそろ発表だけど

 

543:名無しの競馬ファン

ちょっと遅い?

 

544:名無しの競馬ファン

記者投票だからそんな悩む要素はないのでは?

 

545:名無しの競馬ファン

何かあったのかな?

 

546:名無しの競馬ファン

早漏がたくさんおりますね

 

547:名無しの競馬ファン

テンペスト!

 

548:名無しの競馬ファン

年度代表馬・最優秀4歳以上牡馬・最優秀短距離馬・最優秀父内国産馬 テンペストクェーク(牡4・美浦)

最優秀2歳牡馬 ドリームジャーニー(牡2・栗東)

最優秀2歳牝馬 ウオッカ(牝2・栗東)

最優秀3歳牡馬 メイショウサムソン(牡3・栗東)

最優秀3歳牝馬 カワカミプリンセス(牝3・栗東)

最優秀4歳以上牝馬 ダンスインザムード(牝5・栗東)

最優秀ダートホース アロンダイト(牡3・栗東)

最優秀障害馬 マルカラスカル(牡4・栗東)

特別賞 ディープインパクト

特別賞 高森康明(年間海外GⅠ6勝・年間GⅠ7勝)

特別賞 ・・・(凱旋門賞制覇・年間GⅠ6勝)

 

 

549:名無しの競馬ファン

年度代表馬テンペストクェーク

 

550:名無しの競馬ファン

テンペストクェークおめでとう!

 

551:名無しの競馬ファン

なんだかあっさり決まったな

 

552:名無しの競馬ファン

やはり無敗とGⅠ7連勝と欧州年度代表馬、宝塚記念でディープに勝利が大きかったか。文字にしていくと化け物だな。

 

553:名無しの競馬ファン

まあ蓋を開けてみたらやっぱりなって感じ

 

554:名無しの競馬ファン

天皇賞や有馬記念がないがしろにされた感じがして残念。

 

555:名無しの競馬ファン

>>554 そのレース、世界の中だと特に格は高くないんだわ

 

556:名無しの競馬ファン

世界、世界ってこの欧州かぶれが

 

557:名無しの競馬ファン

>>556 残念ながら日本はパートⅡ。今年からやっとパートⅠ。天皇賞とJCは国際競走だけど、有馬記念はそうじゃないし。

 

558:名無しの競馬ファン

やっぱりテンペストアンチが現れるか。

 

559:名無しの競馬ファン

ディープのファンだけど、正直テンペストが受賞するとは思っていた

 

560:名無しの競馬ファン

>>559 それな。ちょっと勝ち方や勝ち鞍が異次元。さすがのディープでも無理だわ。

 

561:名無しの競馬ファン

やっぱり宝塚記念の勝敗が大きな影響を及ぼしたな。

 

562:名無しの競馬ファン

>>561 そうか?普通に欧州4戦の4連勝とカルティエ賞受賞、WTRR単独世界一が評価された結果だと思うけど。

 

563:名無しの競馬ファン

1敗と全勝の違いは大きいと思う。直接対決の勝敗も。

 

564:名無しの競馬ファン

宝塚の勝敗の結果がそのまま年度代表馬にか。

 

565:名無しの競馬ファン

というか最優秀短距離馬もテンペストか

 

566:名無しの競馬ファン

>>565 国内のスプリント~マイル勝ち馬がまたばらけてしまったからね。

 

567:名無しの競馬ファン

テンペストは一応マイル区分のドバイDFとクイーンエリザベスⅡ世S勝っているからなあ。

 

568:名無しの競馬ファン

世界でもトップクラスのマイラーを全員倒したし。仕方がないのかも。

 

569:名無しの競馬ファン

2つ以上勝っている馬がいれば

 

570:名無しの競馬ファン

投票された馬は結局テンペストとディープだけだったな。

 

571:名無しの競馬ファン

ステイヤー区分世界最強馬とマイル中距離区分世界最強馬やぞ。他にどの馬を入れろというんだよ。

 

572:名無しの競馬ファン

人気投票ではないからね。

 

573:名無しの競馬ファン

これでテンペストクェークは欧州の年度代表馬と日本の年度代表馬を獲ったのか。あとはエクリプス賞年度代表馬だけだな。

 

574:名無しの競馬ファン

>>573 それとるためにはダートで勝たないといけないから無理。

 

575:名無しの競馬ファン

>>574 あそこのダート勝つとか永遠に無理だろ。地元勢が強すぎる。

 

 

 

 

593:名無しの競馬ファン

去年の俺に、2006年の年度代表馬はテンペストクェークって言っても信じていたかな。

 

594:名無しの競馬ファン

昨年の秋から覚醒していたけど、ディープが強すぎた。

 

595:名無しの競馬ファン

今やそのディープを超えたわけだからなあ

 

596:名無しの競馬ファン

>>595 超えたという表現はちょっと違う気がするな

 

597:名無しの競馬ファン

馬主のコメント

「このたびは大変名誉な賞をいただき、ありがとうございます。テンペストクェークを支えてくださったすべての方に御礼申し上げます。2006年度のテンペストクェークは8戦8勝、GⅠ競走を7連勝で終えることが出来ました。非常に厳しいレースが多かったですが、大きな怪我をすることなく走ることが出来ました。来年度も元気な、そして強いテンペストクェークであり続けるように努力してまいりますので、応援していただけると幸いであります」

 

調教師のコメント

「この度は、栄誉ある賞に選出していただき、誠にありがとうございます。これも、厩舎スタッフ、トレセン関係者を含めた方々のご支援があったからこその栄誉であります。そしてファンの皆様のご声援が我々の励みになりました。今年も世界に飛翔できるように奮励努力してまいりますので何卒よろしくお願いします」

 

騎手のコメント

「年度代表馬おめでとうございます。テンペストクェークは私を世界の頂きへ連れて行ってくれました。数多くの支援をしていただいた関係者の方々には、感謝の気持ちしかありません。今年は世界最強馬の名にふさわしいレースできるように努力してまいります」

 

 

598:名無しの競馬ファン

・馬主3年目の新人

・通算GⅠ管理馬1頭

・47歳にして初GⅠ制覇の48歳騎手

 

599:名無しの競馬ファン

>>598 本当にシンデレラストーリーやな……

 

600:名無しの競馬ファン

>>597 本当におめでとう

 

601:名無しの競馬ファン

感無量だろうな。

 

602:名無しの競馬ファン

高森騎手は特別賞なんだね。そういえばあの人も対象になっていたか。二人も特別賞とはなあ。凱旋門賞も大きいわな。

 

603:名無しの競馬ファン

>>602 48歳で海外GⅠ6連勝、GⅠ競走7連勝の世界記録タイを達成したことへの評価だそうだ。

 

604:名無しの競馬ファン

テンペストの力が強かったとはいえ、初見の欧州であれだけの騎乗が出来たんだからそりゃあ評価は高いな。

 

605:名無しの競馬ファン

>>603 48歳で人生の絶頂期か。諦めないで足掻き続けるのも大切なんだな。

 

606:名無しの競馬ファン

高森康明:通算重賞勝利数19勝(内テンペストクェーク11勝)、GⅠ9勝(内テンペストクェーク9勝)

 

607:名無しの競馬ファン

>>606 改めて見るとなんで高森騎手がテンペストクェークの主戦騎手なのかわからないな。

 

608:名無しの競馬ファン

言っておくけど別にテンペストクェークのお気に入りのリュックサックってわけじゃないからな。

 

609:名無しの競馬ファン

>>608 少なくともテンペストとは名コンビだよ

 

610:名無しの競馬ファン

本当にいい馬と出会えてよかったなあ……

 

611:名無しの競馬ファン

表彰式も楽しみ。番組があるんだったっけ?

 

612:名無しの競馬ファン

らしいね。今年は競馬の注目度が一気に上がった年だし。

 

613:名無しの競馬ファン

ちょっと他の馬の肩身が狭いような気がするけど、まあ楽しみ。

 

614:名無しの競馬ファン

テンペストクェークは今年も走るし、競馬を見るのが楽しみだなあ。

 

615:名無しの競馬ファン

今年は強い牝馬が多いらしいぞ。

 

616:名無しの競馬ファン

ウオッカは牝馬三冠狙えるかもしれんな。強い。

 

617:名無しの競馬ファン

テンペストはやっぱり高松宮記念に行くのかなあ……

 

 

 




本作品では、フィクションの人物以外は基本的には名前は出さない方針です。
隠す意味はないかもしれませんが、この世界では、同じ顔や能力を持つ別の名前の人物かもしれませんので……


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第五章 伝説編
馬、癒しの場所へ


2006年度のJRA賞の表彰式が2007年の1月に行われていた。

注目は勿論年度代表馬のテンペストクェークであった。

その選考にはかなりの論争があったものの、選出外となったディープ陣営が

 

「宝塚記念で負けている以上仕方がない。この勝敗が逆だった場合には異議はあるが、現実はそうではない。テンペストクェークが素晴らしい成績を残したことが、彼の年度代表馬の受賞につながった。おめでとうございます」

 

とコメントしており、本人たちが納得しているのであればそこまで騒ぎ立てる必要はないという雰囲気に落ち着いた。

テンペストクェークの成績と受けた評価や栄誉が異次元のものだったと考えれば、初の凱旋門賞馬であるディープインパクトが選出されなかったことは仕方がないと多くの人が思っていた。

 

 

「まあ、99年と違って明確な直接対決の結果がありますからねえ……」

 

 

「年度代表馬に最優秀4歳以上牡馬、最優秀短距離馬、最優秀父内国産馬の4つを受賞できる日が来るとは……」

 

 

昨年もJRA賞の表彰式には出席したが、今年は年度代表馬という格別な賞を受賞している。そのため、注目度も桁違いに高かった。

ただ、カルティエ賞の表彰などで、すでに彼らの心の許容範囲を超えていたため、徐々に慣れ始めていた。

ただ、こういう場に慣れていないおじさんが一人いた。

高森騎手である。

彼はテンペストクェークの主戦騎手としてだけでなく、特別賞を受賞したので受賞者として参加していた。

 

 

「俺が、JRA賞に……」

 

 

縁のないものだと思っていたので、感無量であった。

 

 

 

 

『今日はJRA賞の表彰式にお邪魔したいと思います!』

『昨年度の日本競馬を彩った馬、そして関係者の方々を表彰する栄誉ある表彰式の模様をお伝えします』

 

 

大きな会場には表彰式のための準備が行われており、すでに見知った騎手や関係者の顔ぶれも集まり始めていた。

会場の中で、一際目立つのが、飾られているトロフィーであった。

 

 

『これが年度代表馬のトロフィーですね。意外と大きい……』

『名前があります。テンペストクェーク、今年の年度代表馬です』

 

 

―2006年度代表馬、テンペストクェーク。

 

初めて海外を制したドバイデューティフリー

宿敵との対決を制した宝塚記念

12馬身差の圧勝劇、インターナショナルステークス

内からの強襲で差し切ったアイリッシュチャンピオンステークス

欧州の一流マイラーを撫で切ったクイーンエリザベスⅡ世ステークス

芝世界最強決定戦、鼻差を制したチャンピオンステークス

王者の圧巻の走り、誰も寄せ付けなかった香港カップ

 

8戦8勝、GⅠ7連勝。欧州年度代表馬。英国王室が認めた現役世界最強のサラブレッド。

まさに圧倒的な成績での受賞だった―

 

 

『そのほかにも昨年度の競馬を彩った馬たちが、各部門を受賞しております』

『そして、今年は特別賞もあります。凱旋門賞を制覇したディープインパクトです。そして12年ぶりに騎手としての受賞が二名おります。海外GⅠ6勝、年間GⅠ7勝の高森康明騎手です。もう一人は、年間GⅠ6勝、そして日本人騎手として初めて凱旋門賞を制した……騎手です』

『騎手が特別賞を受賞するのは94年以来ということで、特別なことですね』

 

 

馬だけでなく、騎手や調教師などの関係者の表彰も行われる。ディープの主戦騎手が騎手大賞(最多勝利騎手・最高勝率騎手・最多賞金獲得騎手)を受賞しており、騎手として最高の栄誉を受賞していた。

騎手や調教師たちのインタビューも同時に行われていた。

見慣れたメンツの中に、高森騎手と藤山調教師がいた。2年前まではこの場にいることは考えられなかった二人であった。

 

 

『特別賞、二人目は高森康明騎手です。海外GⅠ6勝を含めた年間GⅠ7勝。偉大な功績を讃えての受賞です。おめでとうございます』

『ありがとうございます。テンペストのお陰でこの場に立つことが出来ました。先生やオーナー、多くの関係者の方々の支援があってのことだと思います。本当にありがとうございました』

 

48歳のベテラン騎手の晴れ舞台に、彼の苦労を知っている関係者から惜しみない拍手が送られた。

 

 

そして最後は年度代表馬の受賞であった。

 

 

『2006年、年度代表馬はテンペストクェークです』

『藤山調教師、おめでとうございます』

『ありがとうございます。このような歴史に名を残す名馬と共に戦うことが出来て、感無量でございます。今年もテンペストは走りますので、応援の方をよろしくお願いします』

 

 

かくして、厳かな表彰式は終了した。

 

 

 

『西崎オーナー、年度代表馬の受賞おめでとうございます』

『え?あ、テレビですか?ええ、ありがとうございます。先生や高森騎手、それにいろいろな人達のお陰ですよ。私は皆さんを信用していただけですので』

 

『テンペストクェークの初戦についてですが、高松宮記念との話がありますが……』

『そうですね、そのあたりは先生と話し合って決めたいと思います。ただ安田記念に焦点を当てていくことは間違いないですね。これからも応援の方をお願いします』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

どうやら年を越したようだ。俺が今いる場所でも新年の祝いをしていた。

 

今、俺は去年の今頃に過ごしていた施設で身体を休めている。

とはいっても適度な運動はさせてもらっているけど。体のキレは維持しておきたい。

 

去年は本当に大変な一年だった。

日本で走った回数より海外で走った回数の方が多いくらいだから。

全部勝つことが出来たのは、俺の頑張りがあったからだと思う。

いや、別に調子に乗っているわけではないよ。ちょっとぐらい自画自賛してもいいじゃん。

まあ、自分も含めて、騎手君やおっちゃん、兄ちゃん、いろんな人が頑張ったからここまで強くなれたことは紛れもない事実だな。

 

 

【ぬ~ん】

 

 

そんな俺はいつも通りこの施設で俺の世話をしてくれる人からマッサージを受けている。

うん55点。

 

 

「気性がいいって聞いていたけど本当なんだな」

 

 

俺はいつものように運動に行く。

他の馬も多くいるが、特に俺に喧嘩を売ってくるような馬はいない。

まあ俺から喧嘩を売ることもしないし、威圧することもしない。

 

 

【ほらほら、走れ走れ~】

 

 

俺が後ろから追いかける。

そうすると前にいる馬がみんな走り始める。

もっと速くなるんやで。俺たちはここでしか生きられないんだから。

 

 

「テンペストがいると他の馬が真面目になってくれるのでありがたいですね」

 

 

「気性が荒い馬もテンペストの前だとちょっとヤンチャになるくらいなので、万が一のケガとかも防止できるので助かっています。本来であれば我々人間の仕事なんですけどね」

 

 

「馬には馬の社会があるからなあ。絶対王者には逆らえない雰囲気があるのかな?テンペストは序列争いにはそこまで関心がないようですが……」

 

 

【さて、俺も行くか!頼むぞ】

 

 

「おっと、テンペストが走りたがっているな。あくまで調整だからあまり本気で走るなよ~」

 

 

俺はまだまだ負けられない。

もっと強い奴がいるかもしれない。

だから頑張らないとな。

 

 

しばらくここで過ごしていると、俺はトラックに乗せられて別の場所に来ていた。もうトレーニング場に戻るのかと思ったが、初めて訪れる場所であった。

 

 

【ここはどこだ?】

 

 

トレーニング場でもなければ牧場でもないな。それにレース場でもない。俺に一体何を……

もしや、俺を解剖するつもりか!

ここは研究所か!

ちょっと最近調子に乗り過ぎていたからついに俺が馬っぽい生き物であることがバレたか。

 

 

【解剖は嫌だ……】

 

 

「テンペストのテンションが下がっていますね……疲れたのかな?」

 

 

しかし、周りを見渡してみても白衣の人間はいないし、みな俺に友好的だ。

研究所でないならここはどこなんだ?

俺も暇ではない。次への戦いのためにしっかりと休まなければならないのに。

不満が少々残るが大人しく従っておこう……

 

 

「ごめんな~でもこれからいい気分にさせてやるからなあ~」

 

 

全く、メロンでももらわなきゃ怒っちゃうぞ!

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「テンペストクェークですが、福島のリハビリテーションに行くことになった」

 

 

「故障ですか!放牧先で何か?」

 

 

藤山調教師からの発表に、スタッフ一同が騒然となる。厩舎どころか日本の宝のような馬が故障した馬が行く施設に行くと言われたからである。

 

 

「いやいや、そうじゃないですよ。リフレッシュと疲労回復のためです。昨年頑張ったからご褒美も兼ねています。何とかスケジュールをねじ込むことが出来たよ」

 

 

「それはよかったです……テンペストは、温泉はどうなんですかね」

 

 

「馬は基本的に温泉が好きだし、多分気に入ってくれるんじゃないかな」

 

 

こうして、テンペストクェークは福島県いわきにある競走馬のリハビリテーション施設に行くことが決まった。

 

 

 

 

『今日はこちら、福島県いわき市にある、競走馬リハビリテーションセンターにきております。ここでは、けがをした競走馬たちが温泉療法を用いてレースに復帰できるようにリハビリを行っています』

『そして、なんと今日は、あの競走馬も来ているようで、その姿を特別に見せていただけるとのことです』

 

 

動物の特集番組で、競走馬の特集番組が組まれていた。その中で、温泉に入る馬という映像を撮りたいと考えた番組は特別な許可を得て、いわき市のリハビリテーション施設に取材を行っていた。

 

 

『なんと今日は、昨年度の年度代表馬のテンペストクェークが来ているとのことです』

 

 

番組としては本当に偶然だったらしく、何とか現役最強馬の様子を見れないかと考えていた。

 

 

「テンペストクェーク号ですか?それなら今プールでの運動が終わったので、これから温浴場の方に向かいますよ」

 

 

そしてプール調教を終えた一頭の鹿毛のサラブレッドがゆっくりと歩いてくる姿をカメラが映した。

 

 

「テンペストクェーク号はプールが苦手なので、終わった後はちょっと不機嫌なんですよね。お~今からいいところに連れて行ってあげるから」

 

 

軽く嘶くと、大人しくスタッフに連れられて温浴場に向かっていった。

そして、顔に温泉マークがついたメンコを付けられ、近くの源泉のお湯が溜まった浴場に四肢を入れて、背中からお湯がかけられていた。

 

 

『いわき温泉の源泉を利用した浴場で、競走馬の疲労回復に効果的であると言われています。そしてメンコには温泉のマークが付けられており、とても可愛らしいですね』

 

 

気持ちいいのか、耳はリラックスモードになっており、前脚で水を掻いて遊んだりしていた。

 

 

しばらくのんびりと過ごしていたテンペストであったが、そろそろ外に出る時間が近づいていた。

 

 

「ほら、そろそろ出るよ」

 

 

【いやじゃ】

 

 

「あまり長い時間入れさせるのはよくないんですけどねえ……」

 

 

指定の時間が経過して、スタッフがテンペストクェークを浴場から外に出そうとしても、ヤダヤダと首を振って、外に出ようとしなかった。

 

 

「ああ~やっぱりこうなったか……」

 

 

『あれからしばらく経ちましたが、テンペストクェーク号は梃子でも動かないようです……』

 

 

「しょうがない、あれで釣るか。おーい、アレ持ってきてくれ~」

 

 

スタッフの一人が指示を出してしばらくすると、別のスタッフが何かを持ってきていた。

それはメロンであった。

 

 

「ほ~ら、テンペスト。お前の好物のメロンだぞ~」

 

 

今までぬぼーっとした顔で温泉を楽しみ、全く外に出ようとしないテンペストが、「それを早く言え!」と言わんばかりに、スッっと浴場からでて、メロンを持ったスタッフに近づこうとしていた。

 

 

「待て待て、まずは身体を拭いてからだよ」

 

 

『え~好物のメロンにつられて、何とか浴場から出たテンペストクェークでした。なかなか想像できない可愛らしい一面を見ることが出来ましたね』

 

 

「まあ可愛い馬ですよ。今日初めて浴場に入ったんですけど、これから出すときに苦労しそうです……」

 

 

『このように、現役最強の競走馬も骨抜きにしてしまう、温泉がここにはありました』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺はいまとても気分がいい。

そう、今自分がいる施設は、俺たち馬のための温泉だったのだ。

まあ、他にもプールとかいろいろあるけど。

 

 

【お前、大丈夫か?】

 

 

【うん、ちょっと痛い】

 

 

俺の隣にいる馬もそうだが、ここにはケガをした馬がたくさんいる。

多分温泉もケガの回復に効果的だからあるのだろう。

 

 

【頑張れ】

 

 

【ありがとう】

 

 

ケガか……

俺はそういうのには縁がない。これはいつも俺の身体をチェックしてくれるみんなのお陰だ。あと頑丈な体に生んでくれた母親のお陰だな。育児放棄したけど。

 

それにしても、この水中で歩く機械。

中々の性能だな。これなら確かに脚への負担もそこまで大きくない。ケガをした馬のリハビリにはもってこいのトレーニングマシンだ。

 

俺はもっと進化しなければならない。

停滞は敗北に繋がる。

ただ、俺ができないことって長い距離を走ることくらいだからなあ……

 

まだ冬の寒さは厳しい。

次のレースはいつになるのだろうか。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

厳しい冬の寒さが襲う1月下旬。

栗東トレーニングセンターではいつものように多くの馬がトレーニングを積んでいた。

 

 

『テンペストクェーク 次走は高松宮記念へ』

 

 

「今度はスプリント戦か……節操がねえな」

 

 

数多くのGⅠ馬を輩出している名調教師が率いる厩舎である。

そのボスである調教師は、新聞を読みながら渋い顔をしていた。

この厩舎には、テンペストクェークの出走予定と同じ高松宮記念を目標にしている馬がいた。

 

 

「重賞競走レベルになると、なかなか勝ちきれないな……末脚のキレもあるから、間違いなく能力はあると思うのだがな……」

 

 

その馬は、重賞を勝利することが出来ていなかった。しかし、掲示板には必ず入る安定的な実力を有している馬である。

 

 

「まずは目の前の競馬からだな……」

 

 

彼の目の前には調教を受ける一頭の栗毛の馬がいた。

 

スズカフェニックス

 

不死鳥の名を付けられた善戦続きの競走馬は、覚醒のときを迎えようとしていた。

 

 

 

 



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馬、新たなる戦いへ

ゴールデンシックスティ君
マジで強いですね。
安田記念来るらしいので生で見たいなあ......


冬の寒さが厳しい1月初旬の東京某所。

正月の喧騒が終わり、いつも通りの日常が戻り始めた時期である。

 

 

「昨年度はいろいろとありがとうございました。今年もよろしくお願いします」

 

 

「こちらこそ、テンペストクェークのお陰で、たくさんの夢を実現できました。それにしても、最近はいろいろと忙しくて、改まって作戦会議というのは久しぶりですね」

 

 

テンペストクェークの馬主の西崎と、調教師の藤山が、いつもの会議室で怪しい会議、もといテンペストクェークの出走計画についての方針を決める会議を行っていた。

 

昨年は欧州年度代表馬、JRA賞年度代表馬を受賞し、日欧で最高峰の評価をされていた。

ライバルのディープインパクトは引退し、今年から種牡馬として活動することになっていた。テンペストも種牡馬入りすることも考えられたが、衰えは見えず、まだまだ走れるため、2007年もレースに出ることが決まった。

 

 

「テンペストですが、特に変わりなく過ごしているようです。春からもしっかり走ってくれると思います」

 

 

「わかりました。元気そうでよかったです。去年はちょっと無理をさせ過ぎてしまったような感じがありましたので」

 

 

一年間に8戦しており、そのうちGⅠ競走は7戦。そのすべてを勝利しており、消耗は非常に激しいものだったと考えられる。

 

 

「今年は少しゆとりあるローテにしたいですね。少なくとも中1か月程度は空けるつもりです」

 

 

種牡馬としてのテンペストには彼がレースで稼ぐ金額以上の価値があると考えられていた。主流の血統ではないが、ダメ血統というわけではないため、種牡馬としての価値が全くないわけではないのである。

そのため、無理なレース間隔で走って、命に関わるケガをされたらと言われたりもしていた。

 

「ただ、テンペストの身体には特に異常もないですし、消耗も見られないので、いろいろと挑戦は続けていたいと思いますが」

 

 

「その挑戦の第一弾がスプリント制覇ですね」

 

 

「ええ、3月25日の高松宮記念で3階級GⅠ制覇を狙います」

 

 

テンペストクェークは、マイルと中距離のレースは制している(SMILE区分だとMILを制覇しているので3階級は実は制覇済みだったりする)。彼に長距離を走らせることは論外である。3階級GⅠ制覇を狙うとなると、スプリントGⅠを制覇する必要が生まれてくる。

 

 

「テンペストクェークはこの距離は大丈夫ですか。距離が長すぎるのが無理な馬がいるように、距離が短すぎても無理な馬もいると聞いておりますが」

 

 

「この3階級制覇は私が提案したことですので、自信をもって、『走れます』と言いたいところではあるのですが……」

 

 

西崎の質問に、渋い顔をしながら藤山は答える。

 

 

「テンペストクェークは1200メートルを十分に走れます。ただ、マイルや中距離のように圧倒的に走れるかと言われると難しいところです」

 

 

「それは……」

 

 

「テンペストは中距離も走れるマイラーです。そのため、純粋なスプリンターとしての能力や実績は彼のマイルや中距離のものに比べるとやや落ちます。それでもスプリンターとしてはトップクラスの能力は持っていますが」

 

 

「テンペストは純粋なスプリンターではないということですか?」

 

 

「実績的にはそうなりますね。スプリントGⅠを勝利している馬は、マイルGⅠも同様に勝利している馬が多いのです。スプリントも走れるマイラーか中距離も走れるマイラーかの違いです。テンペストは一応後者に当たります」

 

 

「一応......ですか」

 

 

「基本的に競走馬は体格でスプリンターよりか、ステイヤーよりか見分けることができます。テンペストは体格は短距離向きの体型をしています。ディープなんかはステイヤー寄りの体型ですね」

 

 

そう言って二頭の写真を見比べる。

たしかにテンペストクェークとディープインパクトの体格は異なっていた。

 

 

「ただ、テンペストは中距離まで問題なく走れました。そのため今までテンペストにはマイル〜中距離に対応する調教を施してきました。ですのでスプリンターとしての能力値は実のところ未知数と言ってもいいのかもしれません。一応調教ではトップレベルのものを持っていることは確認できていますが、本番のレースに関しては未知数なのです」

 

 

「そうだったんですね......先生たちの自信も以前と比べると落ち着き気味だったので難しいのかな?と思っていました」

 

 

「マイルや中距離レースのように自信をもって勝てると断言できない部分もありまして......ただ体格や調教の様子を見る限り、スプリント戦も十分に戦えます。祖父や父はスプリンターとしての才能は間違いなくありましたから、テンペストもそれをしっかり受け継いでいると思います。

 

 

「血統......父が達成できなかった記録を子が成し遂げる。それもまた競馬か......」

 

 

テンペストクェークの父のヤマニンゼファーは、安田記念と天皇賞秋を勝利し、マイルと中距離のGⅠを制していた。彼はスプリンターとしての才能もあったため、スプリンターズステークスに2回挑んだが、ニシノフラワーとサクラバクシンオーという屈指のスプリンターに阻まれ、2回とも2着に敗れている。

 

 

「今年はニシノフラワーやサクラバクシンオーのような化け物スプリンターはいないので、テンペストなら十分に制覇を狙えます」

 

 

実は、昨年度も香港カップではなく香港スプリントに出走させる計画も立てていたが、地元香港勢が強すぎるためさすがの藤山も回避させていた。

 

西崎も高松宮記念に出走する可能性のある馬たちのデータや歴代の勝ち馬の詳細を見ながら、うんうんと唸っていた。

テンペストクェークは現在重賞を11連勝、GⅠは7連勝中である。この記録をさらに更新させるとなれば、彼の適正距離であり、昨年も走ったドバイDFへ出走したほうがいいとも考えていた。

しかし、テンペストクェークはいままで誰もなしえなかったことを数多く達成してきた馬である。

 

 

「いきましょう……高松宮記念に」

 

 

彼は挑戦を選んだ。

ただ、無謀な挑戦ではない。

馬の消耗も特に気にならない程度であり、勝算も十分にある。ただ、今までのように「絶対」という言葉がないだけである。

 

 

「わかりました。それでは、前哨戦についてですが阪急杯を予定しております。ただ斤量負担も大きいので、これについては後日詰めていきましょう」

 

 

一先ず、テンペストクェークの2007年最初の目標レースは高松宮記念に決まった。

 

 

「高松宮記念の次ですが、どのような出走計画にしましょうか。何パターンか考えてきましたが」

 

 

藤山はテンペストの出走できそうなレースをまとめた書類を西崎に手渡す。

 

 

安田記念ルート

3月25日:高松宮記念(芝1200メートル)GⅠ 中京競馬場

4月29日:クイーンエリザベスⅡ世カップ(芝2000メートル)GⅠ 沙田競馬場

6月3日:安田記念(芝1600メートル)GⅠ 東京競馬場

6月以降は海外遠征ルートへ

 

海外遠征ルート

3月25日:高松宮記念

4月29日:クイーンエリザベスⅡ世カップ

6月20日:プリンスオブウェールズステークス(芝10ハロン)GⅠ アスコット競馬場

或いは

7月7日:エクリプスステークス(芝10ハロン)GⅠ サンダウンパーク競馬賞

 

8月1日:サセックスステークス(芝8ハロン)GⅠ グッドウッド競馬場

或いは

8月12日:ジャックルマロワ賞(芝1600メートル)GⅠ ドーヴィル競馬場

 

 

「一つ目は安田記念を目標にしたプランです。親子3代で一つのGⅠ競走を制覇するというのは難しい事ではありますので、こちらをメインに考えてはいます。高松宮記念後の疲労やダメージによっては、香港を回避する可能性もあります。安田記念後は8月のマイルレースの2つのどちらかを走りたいですね」

 

「海外ルートでは、イギリス遠征を再度決行します。すべて狩り尽くして終わらせることを目標にします。フランスのGⅠを走ったことがないので、ジャックルマロワ賞に行くのもおすすめです」

 

 

海外遠征ルートの出走計画を発表したら、頼むから来ないでくれと懇願されそうな内容であった。

 

 

「海外ルートも魅力的ですが、やはり安田記念を目標にしたいですね」

 

 

ニホンピロウイナー、ヤマニンゼファーのファンからも望まれている安田記念制覇を選択肢から外すことはできなかった。

 

 

「もちろん、エクリプスステークスとかも興味はありますけどね……」

 

 

「まあ、あくまで海外にはこういうレースがあるということだけは提示しておきたかっただけですので。安田記念は昨年から目標にすると決めていましたものね」

 

 

「ええ、絶対に獲ってきて欲しいレースですね」

 

 

目標、安田記念。

 

 

「あと、秋ですが……」

 

 

「……まじですかい」

 

 

怪しい計画をたてる二人であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

温泉でリラックス&リフレッシュした俺は、体力気力満タンでいつものトレーニングをする場所に戻った。

そして今日もハードなトレーニングを行っている。

 

 

「昨年の激戦の疲労も特にないみたいだし、本当にタフだなあ……」

 

 

【俺はやるぞ~】

 

 

「なんか気合が入っていますね」

 

 

早くレースに出たい。

そんな気持ちでいっぱいだった。

 

それなのに……

 

 

「……大丈夫か~テンペスト?」

 

 

「39.0℃か……熱発ですね。軽い感冒のようです。阪急杯は来週ですが、大事をとって止めた方がいいですね」

 

 

俺は見事に風邪をひいてしまった。

いろいろと張り切り過ぎたせいだ。

正直辛くはない。十分走れるくらいだ。

ただ、おっちゃんたちは俺を休ませるつもりらしい……

 

 

【申し訳ない……】

 

 

「今まで順風満帆すぎて忘れていたが、こういうアクシデントも馬にはつきものだったな」

 

 

「阪急杯がダメとなると、ぶっつけ本番で高松宮記念になりますね」

 

 

「……正直なところ、斤量負担が大きい前哨戦を走らせる必要があるのかどうかについて私も疑問があったんです。ただ、いきなりのスプリント戦は厳しいのではと思ったので出走に踏み切ったのですが……」

 

 

ああああああああ

申し訳ねえ……

 

 

「あ~そんな馬房の隅っこでいじけないの。やっぱこいつ俺たちに迷惑かけたって思っているみたいですよ。賢いなあ……」

 

 

「お~よしよし。次頑張ろうな」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「テンペストが風邪を引くとはなあ……」

 

 

西崎はテンペストクェークが阪急杯の前週に熱発を起こしたことを藤山調教師からその日に報告を受けていた。

当然出走回避には賛成しており、馬の健康を最優先にするようにお願いしている。

そんな彼は今、テンペストクェークとは関係のないレースを見に来ていた。

 

 

「それにしても、テンペストの妹が牝馬クラシック戦線に挑戦できるとはなあ……」

 

 

島本牧場で生産されたセオドライトの2004は、順調に成長し、とある馬主の所有馬となり栗東の調教師の下でデビューを果たした。

新馬戦、オープン戦を勝利して、昨年11月のファンタジーSで2着、12月の阪神JFでは3着と好走を見せていた。

本日発走予定である、桜花賞のステップ競走のチューリップ賞でもそこそこの人気を集めていた。

西崎は、彼女を所有する馬主からの誘いで競馬場に訪れていたのであった。

 

 

「ウオッカにダイワスカーレットが1,2番人気か。ダイワスカーレットはダイワメジャーの妹なんだな。なんかダイワの冠の馬には縁があるというか……」

 

 

『……続いてヤマニンシュトルム。馬体重は545㎏、+7㎏』

 

 

「でかいなあ……」

 

 

テンペストよりも大きな馬体を有した鹿毛の牝馬は、首を振り回し、曳き歩くスタッフを文字通り振り回しながら歩いていた。全兄のテンペストにあやかって、暴風という意味を持つドイツ語を付けられていたが、行動がすでに暴風のようであった。

 

 

「テンペストクェークの全妹ということでね、気性がいい馬かと思ったんですけど、正反対でした」

 

 

調教師のコメントである。

ヤマニンゼファーは素直な馬だったらしいが、その姉はかなり気性が荒かったと言い伝えられている。牝馬の気性が荒くなる因子が組み込まれているのではないかと疑われつつあった。

因みに現在地方競馬を走っている父トウカイテイオーの兄は、普通に素直な馬だったりする。

 

 

「ただ、首回りとかも含めて物凄い筋肉ですね。正直テンペストより凄い」

 

 

「スプリンターとしての素質は非常に高いらしいです。ただ、気性が荒すぎて控える競馬ができないらしいです。マイルでも厳しいようです。あと大柄なのでコーナリングも苦手です。なんというかシュトルムという言葉通りの馬だと思います」

 

 

ヤマニンシュトルムの馬主は、彼女のポテンシャルを評価しつつも、マイナス要素が多すぎると語っていた。

それなりに知名度のある厩舎だったこともあり、デュランダルやスイープトウショウでGⅠを制した若手のホープに騎乗してもらうことが出来ている。しかし、その騎手もだいぶ手を焼いているようである。

 

 

その後も騎手を振り落とそうとしたり、返し馬を拒否したりと派手な行動を見せていたテンペストの妹、ヤマニンシュトルムはゲート入りも拒否するなどの駄々をこねまくっていた。

何とかなだめてゲート入りすることが出来たが、この時点で馬主はくたくたであった。

 

 

肝心のレースはというと、ラストの直線まで先頭を走り続け、なぜか最後の直線を大外で走り、最後に後続の馬に抜かされて4着でのゴールであった。

 

 

「何とか4着でしたね……」

 

 

「最初から掛かりっぱなし、先頭なのに大外ぶん回し、よくこれで4着になりましたよ。基本的に先頭なうえ、大外を走るから斜行の心配がないのは幸いですが」

 

 

スタートは得意とのことである。「さっさと出たい」という気持ちが強いからだろうと陣営は語っている。

 

1着ウオッカ、2着はダイワスカーレットで人気通りの着順であった。おそらくこの馬たちが今年の牝馬戦線を引っ張っていくことになるだろうと考えていた。

また、このレースに出走していないだけで、有力な牝馬はまだいると聞いている。

ここに狂乱の暴風娘が投入されることになると考えると、まだまだ来年の競馬は面白くなるなあと考えていた。

 

 

 

 

 

 

3月25日、中京競馬場には多くの観客が詰めかけていた。

目当ては昨年の年度代表馬にして、現役世界最強馬であるテンペストクェークであった。

 

 

『テンペストクェークですが、出走予定であった阪急杯の前に、体調不良で回避しております。このため、1200メートル戦を一度も走ったことがないという点が唯一の懸念点ですね。健康状態は特に問題はないようで、体調不良も軽い感冒だったようなので、しっかりと調教は行えていることが調教タイムから見て取れますね』

 

 

今回の高松宮記念には、絶対的な王者は存在しない。上位人気の馬ならだれが勝ってもおかしくはない状態であった。

善戦続きのスズカフェニックス、昨年の覇者にして珍名馬オレハマッテルゼ、前哨戦を勝利したエムオーウイナーやプリサイスマシーン。

そこにマイル~中距離の絶対王者テンペストクェークが乗り込んできた形となった。

 

現在、初の1200メートル戦であるにもかかわらずテンペストクェークが一番人気であった。二番人気は善戦続きのスズカフェニックスである。ただ単勝倍率はそこまで大きな差はなかった。

 

 

「……ヤバいなあ」

 

 

藤山調教師がパドックを見て呟く。

それを聞いていた西崎は頭に?を浮かべながら彼に問いかける。

 

 

「何がヤバいのですか?」

 

 

「スズカフェニックスの仕上がりがちょっと桁違いですね。テンペストもしっかりと調教は積むことが出来たのですが……」

 

 

自分にはあまりわからないのではと思ったが、よく観察してみると、脚や尻の筋肉の付き方が、絶好調のときのテンペストに似ていると感じた。たしかに調子がよさそうに見えた。

前哨戦の熱発回避、絶好調のライバル、初めてのスプリント戦、それなのに一番人気という何か嫌な予感を感じた藤山であった。

 

 

「これはちょっとわからなくなったな」

 

 

電撃6ハロンの戦いに幕が上がる。




ヤマニンゼファーの姉2頭は、ゼファーが入厩する際に「ヤマニンポリシーの仔はこれで最後に願いますよ」と調教師に言わしめたほどの気性の激しさがあったらしいです。テンペストの全妹はその因子を受け継いでしまったのかもしれません。

いろいろとヤバいフラグを積み重ねるテンペストでありますが、果たして……


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電撃6ハロン

「ちょっとわからないかもしれんなあ」

 

 

珍しく先生が弱気になっている。

テンペストの調教は順調であった。追切の様子も問題はなく、今もパドックで調子がよさそうに歩いている。

ただ、騎手の眼から見てもスズカフェニックスの仕上がりはかなりのモノだ。雰囲気としては宝塚記念のテンペストに似ている。

そして騎手は彼だ。

……なんだか縁があるなあ

まあ、それだけ多くの馬に乗っているということなのだろう。

それにスズカフェニックスはサンデーサイレンス産駒だ。

マーベラスサンデー、サイレンススズカ、スペシャルウィーク、ディープインパクトetc.

サンデー産駒で数多くの栄光を勝ち取っている騎手だ。

 

そして、今日のライバルは奴だと俺の本能が知らせてくる。

 

 

「いろいろと不安要素があるが、こちらでできる限りのことはしました。後は頼みます」

 

 

「高森騎手。テンペストをよろしくお願いします」

 

 

今までのように圧倒的なレースはできないかもしれない。

だが、負ける気など毛頭もない。

 

「大丈夫です。彼の強さは本物ですから。表彰式の準備をしていてください」

 

 

これは自惚れではない。油断でもない。

勝ちに行くぞ、テンペスト。

 

 

馬場に入場するとき、テンペストが見つめていた先は、スズカフェニックスであった。馬の眼からも、何かわかることがあるのかもしれない。

返し馬の調子もいい。

速度はあげずに、重馬場となった芝の感触を確かめながら走っている。

いつものテンペストだ。

そう、いつも通りでいい。

7枠13番のゲートにスムーズに入る。

 

 

「日本のファンに、お前の勇姿を見せてやろうぜ」

 

 

ゲートが開いた瞬間に、テンペストは飛び出した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

開幕スタートダッシュに成功した俺は、騎手君の操作に従うように、先頭集団で走り始めた。

今日はかなり水気を含んだ芝になっている。そのためか、一部の馬は走りにくそうにしていた。

俺はこういう地面は特に問題なく走れるので、気になることはなかった。

 

それにしても今日はいつものレースよりちょっとだけペースが早い。

ただ、騎手君も含め、他の馬もペースを緩める気配がしないので、これが適正のペースなのだろう。

だったらそれに従うまでだ。

 

しばらく直線を走り続ける。先頭まで大体10メートルくらいかな。

ペースは依然として少しだけ早いな。ただ、これが短い距離なら特に問題はない。しっかりとラストのスパート用の力を溜められるだろう。

 

 

そして、直線が終わるとコーナーが始まる。

コーナーでは外側を回って走ることになった。

内側が最短距離なんだろうけど、馬がいるので、流石に走ることはできない。ロスかもしれないけど、無理に内側に行く必要はないのだろう。

 

 

「やっぱりきたか!」

 

 

俺の少し後ろから、緑色の服を着た騎手を乗せた馬が前の方にやってくるのが見えた。

騎手君が声を上げたのが聞こえた。

君もあの馬がヤバいと感じていたんだな。

気が合うな。俺もだ。

 

コーナーの終わりが見えてくる。

気が付けば、奴らは俺の隣で走っていた。

俺が内側、隣で一番外を走っているのが奴ら。

直線に入る前に奴らがスパートをかけ始めたのが見えた。

 

 

「ヤバいな!行くぞ!」

 

 

加速して俺の前に行くライバルに危機感を感じたのか、騎手君が俺に鞭を入れて、スパートの指示を出す。

まだコーナーが終わっていないが、いいだろう。

一気に行くぞ!

 

ぬかるんだ地面を一気に蹴り上げる。

鍛えぬいた自分の筋肉が躍動するのを感じた。

 

ライバルは1.5メートルくらい前か。

問題ない。

勝つのは、俺たちだ!

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

競馬場のターフビジョンにゲートの様子が映し出されていた。

 

 

『春のスプリント王決定戦、高松宮記念です。昨年の覇者から、新進気鋭、そして絶対王者の18頭が揃いました』

『絶対的なスプリント王が存在しない今年の高松宮記念。短距離を走り続けてきた古豪も、初タイトルを狙う新進気鋭も、そしてマイル~中距離で比類なき強さを魅せる絶対王者も、すべての馬にチャンスがあります』

『注目の年度代表馬テンペストクェークですが、調子はよさそうですね。1200メートルは短すぎるのではないかと思われている人もいるようですが、自分はそんなことはないように思えますね。むしろ短距離向きな体格をしていますし、スプリントにも充分対応できると思いますよ。ただ、前哨戦を挟まないぶっつけ本番のスプリント戦ということだけが心配な点ですね』

 

 

スタート直前の1番人気はテンペストクェークであった。二番人気はスズカフェニックスであった。

 

 

『もう一頭注目するとしたら、スズカフェニックスですね。追切のタイムも素晴らしい。かなりの仕上がりだと思います。タイトルは東京新聞杯だけですが、ポテンシャルは相当なものがありそうです』

 

 

テンペストクェークの3階級GⅠ制覇か、オレハマッテルゼの連覇か、それとも古豪、新進気鋭の勝利か。観客は今か今かと待ち構えていた。

 

 

『ゲート入りは順調に進んでいます』

 

『新しいスプリント王は誰になるのか。新たなるニューヒーローが誕生するのか、父の果たせなかった栄光をつかむことが出来るのか。3階級GⅠ制覇に向けて、絶対王者が走ります。電撃6ハロン、今スタートしました!』

 

『各馬きれいなスタートを切りました。テンペストクェークが一歩先に出る。それに続いてエムオーウイナー、ディバインシルバーがどんどんとに出てくる。その後ろにモンローブロンド、シーイズトウショウ、サチノスイーティーが続きます。テンペストクェークはやや控えて6番手にいます』

 

 

テンペストクェークが好ダッシュを見せ、そのほかの馬も大きく出遅れた馬はおらず、スタート直後の直線は込み合っていた。

コーナー前まで進むと、縦長の展開になっていき、先頭の2頭が引っ張っていく形になっていった。

 

 

『依然としてテンペストクェークは前から6頭目。やや外を走っている。その後ろには……』

 

『……8番のスズカフェニックスは中団後方外を走っている……』

 

『……最後方はビーナスライン。先頭、600メートルを通過しました。タイムは34秒です。ややスローペースか』

 

 

重馬場の影響か、当初から予想されたようにペースがややスローであった。先頭集団が前残りするのではないかと考えている観客も多くいた。

第3コーナーから第4コーナーに入るころ、中団にいたスズカフェニックスが外を回りながら先頭集団に取り付こうとしていた。そしてテンペストクェークもそれに併走するように前に上がっていく。

 

 

『……各馬スピードが上がってきた。縦長から徐々に馬群が固まってきている。先頭は依然としてディバインシルバー、その横にエムオーウイナー、そしてその後ろにテンペストクェークとスズカフェニックスが併走している』

 

 

第4コーナーでスズカフェニックスとテンペストクェークに鞭が入った。

先に仕掛けたのはスズカフェニックスであったが、両者ほぼ同時に末脚を炸裂させたのであった。

 

 

『直線に入って外から2頭が出てきた!スズカフェニックスとテンペストクェークだ。残り300を切って先頭はディバインシルバー、エムオーウイナー。先頭集団は粘るが、これは厳しいか!』

 

 

先頭集団で逃げていた馬たちを中団、後方から差し切りを考える馬が一気に猛追する。しかし重馬場ということもあり、重たい馬場が苦手な馬は、なかなか加速することが出来なかった。

しかし、第4コーナーから加速を始めた2頭は、残り300メートル付近ですでに先頭集団から2、3馬身程度の場所で控えていた。そして外を走っていたこともあり、前を遮る馬は一頭もいなかった。

 

 

『残り200を切った。内側のシーイズトウショウが伸びるがこれは厳しい。外からスズカフェニックスが先頭、その後ろにテンペストクェークだ。後続を引き離す!これはこの2頭だ!』

 

 

重馬場をものともしない切れ味ある末脚を先に発揮したのはスズカフェニックスであった。

 

 

『スズカフェニックスだ、しかしテンペストクェークも伸びる、フェニックスかテンペストか!後続に2馬身、3馬身の差をつけた。2頭の叩きあいだ、どっちだ!どっちだ!』

 

 

ラスト200メートル。先に抜け出したのはスズカフェニックスであった。しかしそこから異次元の伸びを見せ、テンペストクェークが前を行くスズカフェニックスに馬体を併せた。

そこから数十メートルは二頭の競り合いであった。

 

 

『2頭同時にゴールイン!これは全く分からない!先に仕掛けたスズカフェニックスか、それとも追いついたテンペストクェークか。これは全く分からない!』

 

 

実況も解説も、観客もわからなかった。

首の上げ下げもシンクロしていたため、ターフビジョンやテレビ画面に流れるゴールの瞬間を見直しても同じタイミングで入線しているようにしか見えなかった。

 

 

『勝ち時計は1.07.5です。2着と3着の着差は3馬身半。まさに2頭の圧勝劇でした』

 

 

重馬場とは思えない末脚を2頭は炸裂させていた。特にラストの直線300メートルの末脚は他の馬が止まっているように見えるものだった。

 

 

 

1着と2着の判定に時間がかかっていた。

 

 

「……これ、同着だよな」

 

 

特殊な方式で撮影された写真には、2頭仲良く揃って入線している様子が映し出されていた。鏡に映った画像でも同じように映っていた。

公正な競馬を運営するために、最新鋭の技術と人員で着順の判定を行ったが、何度確認しても、誰が確認しても同着であった。

これがもし誤審だった場合、年度代表馬であるテンペストクェークに配慮した、などと言われてしまう。それは避けたい未来であった。

そのため、時間の許す限り慎重に判定を行ったが結果は同着であった。

 

 

「仕方がない、同着だ」

 

 

こうして珍しいGⅠ競走同着が高松宮記念で適用された。

2005年のジャパンカップ以来であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「どちらでしょうか」

 

 

「いや、わからん」

 

 

先にスズカフェニックスに前に行かれた時は肝が冷えたが、テンペストはそこからしっかりと追い付いてくれた。末脚のキレが同じなら、後は馬体を併せて押し切ろうと考えたが、スズカフェニックスの方もかなり粘っていた。

あと100~200メートル長かったら俺たちの勝ちだったと思う。

 

それにしても手ごたえがわからん。

同じ接戦だったチャンピオンステークスは、心の中では勝ったかもという気持ちがあったが、今回はまるで分からなかった。ただ、負けたかもという気持ちもなかった。

 

 

「ちょっとわかりませんでしたね」

 

 

そういえば彼は、スペシャルウィークの有馬記念でのトラウマがあったな……

あまり刺激しないでおこう。

 

 

しばらく待つがなかなか結果判定がでない。

……もしかして

 

 

「これってまさか……」

 

 

ターフビジョンに同着の文字が点灯する。

 

 

「マジか」

 

 

大歓声が上がり、2頭の同着を観客が歓迎しているのが聞こえた。

スプリント戦とはいえ、テンペストの得意な展開に持ち込んで同着にされたのか……

 

 

「スズカフェニックス、強かったですね」

 

 

「いい馬ですよ。本当に今日は頑張ってくれましたね。それにしても初のスプリント戦でも本当に強かったです。体格的にはこちらの方が得意なのかもしれませんね」

 

 

「......もしかしたら私たちが勝手に彼の適性を当てはめてしまっているだけなのかもしれませんね」

 

 

「本当に恐ろしい馬です......」

 

 

本当に規格外の馬だよ、俺の相棒はね......

しっかり調教していけば、香港スプリントだって取れるかもしれん。そう思わせてくれるほどテンペストの能力の底が知れなかった。

 

彼との会話を切り上げると、俺とテンペストは先生たちのところに向かう。

実は同着という経験はないので、この場合どうなるのかがわからなかった。

 

 

「高森君、お疲れ様。同着ではあるが、1着は1着だ。ありがとうございました」

 

 

「本当にお疲れ様です。テンペストも頑張ったな~」

 

 

スタッフやオーナーたちに褒められるテンペスト。

いつものように喜んでいるが、ちょっと悔しそうにしているのは気のせいだろうか。

 

 

「お前は頑張ってくれたよ。次も頑張ろうな」

 

 

首を撫でて、彼の奮闘を讃える。

軽く首を振って嘶くと、いつものテンペストに戻った気がした。

……結構わかりやすいな、テンペスト。

いろいろあったけど、今年もよろしくな。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「同着の場合ってどうなるんですか?」

 

 

「2005年のジャパンカップのときは、表彰式は同時には行わなかったみたいです。今回はどうなるのでしょうね。賞金に関しては、1着と2着の合計を半分にした金額が支払われるはずです」

 

 

テンペストのチェックが終わった厩務員の秋山が賞金について説明をする。

高松宮記念の1着賞金は約9800万円で、2着賞金が約3900万円である。

 

 

「計算すると大体6900万くらいですね。GⅡレベルの重賞の賞金額より少し多いくらいになってしまいますね」

 

 

「まあ、勝てないよりはマシですね」

 

 

高森騎手とスズカフェニックスの騎手が同時にインタビューを受けているのをしり目に、西崎と藤山は彼の達成した記録を思い返す。

 

 

「同着のインパクトで忘れていましたが、テンペストってこれでGⅠを10勝目ですよね」

 

 

「そうですね。GⅠの連勝記録も8連勝で新記録です。中山記念を挟んだ場合の記録は10連勝です。あと重賞も12連勝です。そしてスプリント、マイル、インターミディエートの3階級GⅠ制覇を達成しました」

 

 

「これ、ゼッケンに入れる星のマークのスペース足りなくなりませんか……」

 

 

テンペストのゼッケンには獲ったGⅠの数と同じ9個の星のマークが刻まれている。今日の勝利で10個目となる。

この後も普通にテンペストは勝ちそうなので、入れるスペースがなくなりそうだと危惧していた。

 

 

「さて、そろそろ表彰をどうするか決まるだろうし、忙しくなりますよ」

 

 

最終的に、スズカフェニックスのオーナーも西崎も表彰については、主催者側の都合に合わせると明言したため、表彰は同時に行われることになったのであった。

トロフィーはスズカフェニックスが、優勝レイはテンペストクェークが受け取ることになって、無事に終了した。

 

 

 

 

祝勝会には、多くの関係者が集まっていた。

同着だったのでスズカフェニックスの馬主と話し合い、同じ会場で祝勝会をすることになった。珍しい同着を共に祝いましょうということだった。

スズカフェニックス陣営もスプリント戦とはいえ、世界最強馬と同着の1位になったのはかなりの快挙。ケガもなく無事に走り終えてくれたので良かったと話していた。ただ、調教の出来も過去最高と言えるほどで、当日の馬の状態も最高だったのにも関わらず、同着に持っていくのが精一杯だったことにはかなりの悔しさを滲ませていた。

 

 

「西崎さん、おめでとうございます」

 

 

「ああ、ありがとうございます。この間のチューリップ賞ではお世話になりました」

 

 

「いえいえ、また見に来ていただけたら幸いです」

 

 

テンペストの全妹を所有している馬主であった。

そしてテンペストの父ヤマニンゼファーの馬主でもあった。

 

 

「テンペストはゼファーがどうしても勝てなかった短距離GⅠを勝ってくれました。私の眼でこの光景を見ることが出来てよかったです」

 

 

本音を言えば、自分の所有馬で3階級GⅠ制覇を達成したかったが、それは望み過ぎであることも自覚していた。

 

 

「私はただ、出走を決めただけですよ。本当にすごいのはテンペスト自身と、騎手やスタッフの方々ですよ。それに、ヤマニンゼファーの強さがあったからテンペストは今日のレースに勝てたのだと思います」

 

 

「……そういってもらえるとゼファーも喜びます」

 

 

会話を終えた西崎は、競馬の奥深さを痛感していた。

 

 

「これがブラッドスポーツと呼ばれる所以なのかな……」

 

 




本当はどちらかでに決着をつける予定だったのですが、ドバイターフを見て同着にしてしまいました。パンサラッサ君しゅごい


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閑話6

第43話と同時投稿しております。

実際の実況スレはちょっと公序良俗に反する言葉が乱立するので、かなりマイルドな表現になっていることをご承知ください。



・高松宮記念の実況スレ

 

34:名無しの競馬ファン

テンペストクェークが一番人気

スズカフェニックスが二番人気

 

35:名無しの競馬ファン

テンペストクェークって1200メートルは初めてだけど大丈夫なのかね。

 

36:名無しの競馬ファン

普通にスピードはあるし、大丈夫なんじゃね。

 

37:名無しの競馬ファン

阪急杯を回避したときは大丈夫かと思ったけど、追切のタイムもいいし、別に大丈夫なんじゃね。それよりスズカフェニックスが二番人気なのがわからん。

 

38:名無しの競馬ファン

>>37 スズカフェニックスの方は追切の様子がかなり良かったことと、上がりのタイムがかなりいいから期待されている。

 

39:名無しの競馬ファン

正直今の短距離は王者がいないからな。有力馬ならだれでもチャンスがあるんじゃないかな。

 

40:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファーも1200メートルで好走しているし、普通に走れると思う。

 

41:名無しの競馬ファン

2回とも2着だったな。ライバルが強すぎた。

 

42:名無しの競馬ファン

ニシノフラワーはいいとして、サクラバクシンオーはちょっとねえ……

 

43:名無しの競馬ファン

ただ、純粋なスプリンターとしての能力はやや劣るらしいけど。

 

44:名無しの競馬ファン

>>43 それ、テンペストクェークのマイル~中距離の能力に比べたらって意味だからな。

 

45:名無しの競馬ファン

普通にトップクラスの能力があるってことじゃないですか……

 

46:名無しの競馬ファン

それにライバルになりうる絶対的な強さを持っているスプリンターはいない。だから一番人気になっている。

 

47:名無しの競馬ファン

テンペストクェークが勝てばGⅠは10勝目か。どこまでいくんだよ。

 

48:名無しの競馬ファン

しかも短距離、マイル、中距離の3階級GⅠ制覇

 

49:名無しの競馬ファン

ダービーや有馬とか獲ってない馬でここまで勝つ馬とか意味わからん。

 

50:名無しの競馬ファン

海外が6勝だからなあ。実質海外馬扱いされているのは笑える。

 

51:名無しの競馬ファン

ゼッケンに勝ったGⅠの数だけ星のマーク付けているみたいなんだけど、だんだんスペースが消えてきている。

 

52:名無しの競馬ファン

贅沢過ぎる悩み

 

53:名無しの競馬ファン

欧州年度代表馬、ランキング単独一位etc. 俺たちは新しい歴史を見ている。

 

54:名無しの競馬ファン

その歴史的名馬は温泉でメロンにつられる安い馬だけどな

 

55:名無しの競馬ファン

というか去年から癖馬というかバカ馬らしい要素はあったけど

 

56:名無しの競馬ファン

>>55 言っておくがテンペストは滅茶苦茶賢いらしいからな。バカっぽいのは事実だけど。

 

57:名無しの競馬ファン

>>56 バカという基準が馬ではなくて人間なんだよ。小学校高学年くらいのガキを思い浮かべる。

 

58:名無しの競馬ファン

取材とかで厩務員とか調教師をからかって遊んでいる様子を見たけど、やっぱり賢いよ。大人しくしないといけない場所では大人しいし。オンオフの切り替えが人間レベル。

 

59:名無しの競馬ファン

騎手公認でUMA扱いされていたからな。人間の言葉わかってるんじゃないのか

 

60:名無しの競馬ファン

高森騎手いわく、テンペストの悪口を言うと、服を破られるらしい。なんか人の雰囲気や声色とかで判断しているって話だよ。

 

61:名無しの競馬ファン

絶対に人間には噛みつかないし、蹴ったりもしないらしい。

 

62:名無しの競馬ファン

記者とかの話によると、馬房とかでカメラを向けると、必ずカメラの方を向いてくれるらしい。そうすると人間が喜ぶって認識しているらしいよ。

 

63:名無しの競馬ファン

は~さすがやなあ……

 

64:名無しの競馬ファン

下手な乗馬用の馬より乗りやすそう。

 

65:名無しの競馬ファン

>>64 それはない……ないよね?

 

66:名無しの競馬ファン

>>64 女王陛下が普通に乗ってるんだよなあ……

 

 

 

 

 

87:名無しの競馬ファン

ただのテンペストスレになってしまったので軌道修正。

高松宮記念だけどどんな展開になりそうよ。

 

88:名無しの競馬ファン

重馬場だからなあ。もしかしたら前残りするかもしれん。ただ、テンペストに重馬場は不利どころか有利だからな。普通に上がり1Fを10秒台で走ってくると思うよ。

 

89:名無しの競馬ファン

じゃあやっぱテンペスト軸に考えるかなあ。

 

90:名無しの競馬ファン

こういう時にドカッと負けたりすることがあるから怖いのよ

 

91:名無しの競馬ファン

テンペストおじさんはテンペストに賭けているだろうなあ……

 

92:名無しの競馬ファン

あのテンペストを追いかけ続けて仕事を失った狂人か。

 

93:名無しの競馬ファン

多分ぶっこんでるだろうな。

 

94:名無しの競馬ファン

さて、そろそろパドック周回だな

 

95:名無しの競馬ファン

テンペストは仕上がりがよさそうだな。馬体重も香港カップのときと変わっていないし。

 

96:名無しの競馬ファン

休み明け初戦でも問題なさそう。というかこういう調整ミスったことがないのは強い。

 

97:名無しの競馬ファン

その辺のテンペストの強さの一つだよなあ。

 

98:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスもかなりいいな。テンペストに負けず劣らずだな。

 

99:名無しの競馬ファン

落ち着いているし、筋肉の付き方もいい。これは買いだな。

 

 

 

 

 

152:名無しの競馬ファン

返し馬もよさそうだ。今も落ち着いている。これはテンペストが行くんじゃないか

 

153:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスもよさそうだぞ。

 

154:名無しの競馬ファン

そろそろファンファーレだ。

 

155:名無しの競馬ファン

関東も好きだけど関西も好き

 

156:名無しの競馬ファン

どうなることやら……

 

157:名無しの競馬ファン

頼んだぞ高森、負けたら承知しねえぞ

 

158:名無しの競馬ファン

ゲート入りもスムーズ。頼むから躓くなよ

 

159:名無しの競馬ファン

ゲート入りはヨシ

 

160:名無しの競馬ファン

スタート!

 

161:名無しの競馬ファン

スタートした!

 

162:名無しの競馬ファン

スタートうまい!

 

163:名無しの競馬ファン

テンペストうまいな

 

164:名無しの競馬ファン

躓かなければスタートはうまい方よ

 

165:名無しの競馬ファン

先行ポジションか、いい位置。

 

166:名無しの競馬ファン

ちょっと外側だけど、よきよき。

 

167:名無しの競馬ファン

ちょっとスローペースか?

 

168:名無しの競馬ファン

そうみたいだな

 

169:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスが上がってきたぞ

 

170:名無しの競馬ファン

大外回ってきた!

 

171:名無しの競馬ファン

これ大丈夫なのか

 

172:名無しの競馬ファン

むしろ後ろだと不味いってことだろ。

 

173:名無しの競馬ファン

ペースが遅いって判断したのか

 

174:名無しの競馬ファン

直線!

 

175:名無しの競馬ファン

見慣れた光景

 

176:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスだ

 

177:名無しの競馬ファン

おいおいテンペストと末脚勝負するのかよ

 

178:名無しの競馬ファン

スズカフェニックス先頭

 

179:名無しの競馬ファン

テンペスト大丈夫か

 

180:名無しの競馬ファン

テンペストが伸びた!

 

181:名無しの競馬ファン

この二段階加速よ!

 

182:名無しの競馬ファン

お見せっ!お前の末脚を!

 

183:名無しの競馬ファン

いけ、差せ

 

184:名無しの競馬ファン

粘れ、頼む

 

185:名無しの競馬ファン

いったーーーーー

 

186:名無しの競馬ファン

どっちだーーーー

 

187:名無しの競馬ファン

差し切った?

 

188:名無しの競馬ファン

わからん

 

189:名無しの競馬ファン

なんだこれ

 

190:名無しの競馬ファン

ほぼ同着

 

191:名無しの競馬ファン

写真判定だな

 

 

 

 

 

205:名無しの競馬ファン

長いな

 

206:名無しの競馬ファン

結局どっちよ

 

207:名無しの競馬ファン

流れている映像見てもわからん。首の上げ下げまでシンクロしておる。

 

208:名無しの競馬ファン

3着に3馬身半かよ。圧勝だな。

 

209:名無しの競馬ファン

テンペストは予想できたとして、スズカフェニックスがここまで伸びるとは

 

210:名無しの競馬ファン

調子がよさそうっていう判断は間違いではなかった。

 

211:名無しの競馬ファン

テンペストがレース前にパドックとかで見つめたりしている馬って結構上位入着する馬が多いのよね。何か感じる事でもあるのかな。

 

212:名無しの競馬ファン

>>211 それマジ

 

213:名無しの競馬ファン

>>211 さすがに嘘だろ

 

214:名無しの競馬ファン

>>211 録画を見返すか

 

215:名無しの競馬ファン

同着!

 

216:名無しの競馬ファン

同着か~

 

217:名無しの競馬ファン

まあなんとなくわかってた。

 

218:名無しの競馬ファン

映像でもほとんど同じだったもんなあ

 

219:名無しの競馬ファン

時間の掛けようが物語っているわな。

 

220:名無しの競馬ファン

同着かあ

 

221:名無しの競馬ファン

同着だと賞金とかどうなるんだったっけ

 

222:名無しの競馬ファン

1着賞金と2着賞金の合計金額を半分にした金額になるはず。

 

223:名無しの競馬ファン

馬券の方は?

 

224:名無しの競馬ファン

>>223 1着が2頭以上となった場合は、いずれか1頭の馬を1着、いずれかの1頭の馬を2着、及びいずれかの1頭の馬を3着とみなす

 

225:名無しの競馬ファン

一昨年のジャパンカップもそんな感じだった

 

226:名無しの競馬ファン

完全に二頭の世界だったな

 

227:名無しの競馬ファン

テンペストクェークが凄いのか、スズカフェニックスが凄いのか、それとも他の馬が情けないのか

 

228:名無しの競馬ファン

>>227 全部じゃね

 

229:名無しの競馬ファン

テンペストクェークはこれでGⅠを10勝目か

 

230:名無しの競馬ファン

GⅠは8連勝。中山記念を挟むと10連勝。重賞は12連勝。ヤバい

 

231:名無しの競馬ファン

>>230 化け物定期

 

232:名無しの競馬ファン

父ヤマニンゼファーから意味不明な怪物が誕生していて笑える

 

233:名無しの競馬ファン

母方の方面はサクラの馬だらけだから。何気にサクラレイコの血が入っているのも面白い。

 

234:名無しの競馬ファン

マルゼンスキーの強さも受け継いでいるな。脚部不安は全く受け継がなかったけど。

 

235:名無しの競馬ファン

祖父の重馬場×も受け継いでいない。

 

236:名無しの競馬ファン

意味わからない

 

237:名無しの競馬ファン

とりあえず3階級GⅠ制覇おめでとう!

 

238:名無しの競馬ファン

ドバイDFの方が賞金額も勝つ可能性も高いのに、あえて高松宮記念に向かったのは凄い

 

239:名無しの競馬ファン

西崎オーナーと藤山調教師のタッグには目が離せねえ……

 

240:名無しの競馬ファン

次は安田記念かな?

 

241:名無しの競馬ファン

西崎オーナーのブログによると、疲労次第で決めるらしい。問題ないなら香港のQE2Cに行くらしい。

 

242:名無しの競馬ファン

1200から2000って大丈夫なのかよ

 

243:名無しの競馬ファン

大丈夫なんじゃね?

 

244:名無しの競馬ファン

 

 

 

 

 

266:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスの評価も上がったのかな

 

267:名無しの競馬ファン

本来の適正とは違う距離とはいえ、テンペストクェークに同着だからなあ。最後の末脚もかなりのモノだったし。重馬場の方が強いのかな。

 

268:名無しの競馬ファン

オレハマッテルゼやプリサイズマシーンとかの3番人気以下の馬も健闘するかの思ったけど、ダメだったなあ。

 

269:名無しの競馬ファン

2頭がアタマ抜けていたな。テンペストは1200メートルでもトップクラスの実力があるってわからされただけだった。

 

270:名無しの競馬ファン

でもスズカフェニックスもかなり実力があるってわかったからこれから楽しみだな。次は安田記念かな

 

271:名無しの競馬ファン

安田記念はテンペスト、ダイワメジャーが出るだろうしちょっと厳しいのでは……

 

272:名無しの競馬ファン

そのダイワメジャーもテンペストには全敗しているからなあ

 

273:名無しの競馬ファン

5着のオレハマッテルゼとかも安田記念にいくとおもうけど、正直力不足かなあ。

 

274:名無しの競馬ファン

どうなるんだろうね

 

 




今後の実況スレ形式の掲示板は、くどく無い程度に入れていこうと思います。
ただ、新しいお話を期待してくださる方も多いと思いますので、レースがある話と同時投稿にしていこうと思います。
何卒よろしくお願いいたします。


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ドキッ!牡馬(とセン馬)だらけの香港遠征

俺は馬である。

ちょっと前に走ったレースでは、どうやら同着だったようで、普通に悔しかった。

距離がちょっと短いというのもあったが、それはただの言い訳でしかない。

それに、俺と同着だったあの馬。なかなかのスピードを持っていた。気合も十分だったし、かなりの強敵だったな。

 

騎手君たちは俺を褒めてくれたのでよかったが、次はもっとしっかりと勝利したい。

 

 

そんな感じでレースを終えた俺は、また忙しい毎日を送っていた。

そして俺は今、空の上にいた。

 

 

【また、海外かよ……】

 

 

本当に馬使いが荒いんだから。

俺じゃなかったら調子を落としてしまうぞ。

全く……

次はどこの国かな?

久しぶりに去年のあのトレーニング場に行きたいな。あそこには俺を慕ってくれた馬たちもたくさんいるし、何より雰囲気が良かった。

実家のような安心感があった。

 

しかし、飛行機はそこまで長い時間のフライトではなかった。

やっと自由になれる。

……が、その前に。

 

 

【なんでこんなに待たせたの?】

 

 

飛行機が飛ぶ前に、狭いコンテナで10時間近く待たされたことはちょっと怒ってもいいよね。

 

 

「テンペスト、かなり怒ってません?」

 

 

「めったに怒らない馬らしいけど、今回のことは相当頭に来ているらしい。機上でもかなりカッカしていたらしいよ」

 

 

いろいろな事情があったのだとは思うけど、それを起こさないのがプロってものでしょ。

この飛行機は俺しか乗ってなかったからいいけど。

普通の馬だったら多分調子悪くしていたぞ。

 

 

「ごめんな。ホラ、これあげるから」

 

 

【そんなもので、ってメロンだ!】

 

 

うん。

まあプロでもミスはあるし、許してあげよう。

別に食べ物につられたわけではない。決してそうではない。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「飛行機の機体トラブルがあって、ストールの中で10時間以上も閉じ込められたらしいですけど、普通に元気ですね」

 

 

繊細なサラブレッドにとってこれだけのことが起きれば、相当に精神面でダメージが入ってしまう。

しかし目の前で飼い葉を食べているサラブレッドは、そんなトラブルはそもそもありませんでしたというばかりにいつも通りであった。

 

 

「テンペストは身体能力に加えて、精神力が下手な人間より強いですね。自分も飛行機で10時間以上も待機させられたら普通に参ってしまいますよ」

 

 

「当の本人はケロッとしてますけどね」

 

 

香港遠征に帯同している秋山と本村は、元気そうに過ごしているテンペストを見て、強い馬だなあと感じていた。

テンペストクェークは4月29日に香港の沙田競馬場で行われるクイーンエリザベスⅡ世カップに出走予定であった。

西崎オーナーは、高松宮記念の後は安田記念でもいいのではと考えていたが、高松宮記念が終わった後もテンペストに大きな疲労もダメージもなかったため、藤山調教師に勧められた出走計画の通り、海外GⅠであるクイーンエリザベスⅡ世カップに出走を決めたのであった。

曰く、「テンペストはエリザベス女王に縁があるし、出れるなら出ましょうか」とのことである。

 

 

「基本的には昨年の香港カップと同じですね。テンペストが大得意の2000メートル競走ですし、負ける要素がないって言われてますよ」

 

 

「それはそれでキツイものがある。去年のディープ陣営の気持ちが理解できるよ……」

 

 

テンペストはすでにGⅠを10勝しており、連勝記録をさらに伸ばし続けている。世界に目を向ければGⅠ競走やGⅠ級競走を10勝以上した馬はいないわけではない。ただ、これだけ国際色豊かな勝ち鞍を有している馬は他には存在しなかった。

 

絶対的な強さは確かに人を退屈にさせる。

ただ、テンペストはその退屈させる領域を超えてしまったのである。この偉大な馬がどこまで行くのか、その先を見たいと思うようになっていた。

 

 

「JRAもメディアも全力でテンペストを応援していますからね。もう行きつくところまで行くしかないでしょう」

 

 

香港での評判も高い。

マイル~中距離であの馬に勝てる馬は、香港にはいないとまで言わしめていた。

全盛期のサイレントウィットネス級の馬(マイル~中距離版)に勝てるわけがないと戦意喪失している関係者もいた。

それでもクイーンエリザベスⅡ世カップにはテンペストを含めた11頭の馬が集結した。

 

 

「それにしてもダイワメジャーがチャンピオンズマイルの方に出走するとはね。アドマイヤムーンと同じようにUAEから転戦してきたみたいです」

 

 

同じ日に施行されるマイルGⅠのチャンピオンズマイルにダイワメジャーが出走予定であった。すでに香港入りしており、アドマイヤムーンと共にこちらで調整を行っている。

ドバイDFを勝利したアドマイヤムーンも、テンペストと同様にクイーンエリザベスⅡ世カップに出走予定であり、香港カップ以来のレースである。

 

 

「ダイワメジャーの関係者からは、テンペストの香港遠征は歓迎されていますよ。ダイワメジャーと仲がいいですからね」

 

 

競走馬は繊細な生き物であるため、見知った仲の馬がいるかいないかで遠征の結果も変わったりする。テンペストは一人で遠征に行ってもまったく問題がないが、それは彼がUMAであるが故の特殊性なので、他の馬に当てはめてはいけないのである。

 

 

 

 

そしてテンペストの香港での調教初日。

すでに多くの報道陣が詰めかけて、テンペストの調子を見定めていた。輸送トラブルがあったことは伝わっており、万が一もあるためである。

今日は軽めの調整と聞いているがどのような様子であるのかは気になるところである。

 

 

「……こりゃあだめだな」

 

 

テンペストに向けてはなった言葉は、テンペストが勝てる見込みがないという意味での言葉ではなかった。

他の馬に可能性がないという意味での言葉であった。

 

テンペストクェークはいつも通りだった。

そう、昨年の圧倒的な走りを見せたときと何も変わっていなかった。

このことは、クイーンエリザベスⅡ世カップでは、去年と同じような走りをしてくるという意味を持つ。

香港GⅠを2勝、ドバイSCを勝ったヴェンジェンスオブレイン、ドバイDFを勝利したアドマイヤムーンと強豪はそろっている。しかし彼らでもテンペストクェークを倒すのは難しいのではないかと言わざるを得なかった。

そして軽めの調教を見た後も、その存在感は変わらなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「注目されていますね……」

 

 

今日は最終追切の日だ。

俺とテンペストはいつも通りの追切を終えて、クールダウンを行っていた。

同じようにアドマイヤムーンやダイワメジャーも追切を終えてクールダウンをしていた。

 

 

「それにしても、なんか縁がありますねえ……」

 

 

アドマイヤムーンの鞍上はまたしても彼だった。

いや、日本一の腕前を持つ騎手だからGⅠあるところに彼の姿有りといったところか。

ダイワメジャーの鞍上は、結構俺と年齢が近い騎手だ。若いころは笠松時代のオグリキャップに乗っていたこともあると聞いている。数年前に地方競馬から中央競馬に殴り込みをかけてきた実力派騎手でもある。

 

クールダウンで歩かせていると、ダイワメジャーが何か気に入らないのか、テンペストに突っかかっていた。それをテンペストは軽くあしらっていた。これは、美浦でも割と見かける光景だ。

また、アドマイヤムーンとも仲がいいのか何やら嘶きあっている。アドマイヤムーンは、レースや調教時以外では大人しい気性であるためか、同じく穏やかな気性であるテンペストとは相性がいいようだ。香港カップのときもテンペストと仲良くしていたと聞いている。

 

 

「イケイケな長男にバランス感覚のある次男、大人しい三男って感じですね」

 

 

ちょうど6歳、5歳、4歳と年齢が違うのも面白い。

テンペストがいい感じに潤滑油になっているのか、アドマイヤムーンとダイワメジャーも喧嘩することなく調教を受けているな。

 

 

「全く、修学旅行に来たわけじゃないんだぞ」

 

 

俺の言葉に、上に乗っていた二人が笑う。

 

 

「修学旅行ですか。どちらかといえばカチコミに近いですけどね……」

 

 

「チャンピオンズマイルに出走するのはダイワメジャーだけなので、頑張ってくださいね」

 

 

「き、緊張しますねえ……」

 

 

2歳しか変わらないが、一応俺の方が先輩である。

彼らには勝ってきてほしいところである。

ただ、同じレースに出る彼には負けたくはない。

 

 

「君には負けませんよ」

 

 

「お手柔らかにお願いします、先輩」

 

 

こうやってトップ層と軽口を言える程度には俺も強くなったのかねえ……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

4月29日、香港・沙田競馬場。

国際色あふれる競馬場に、とある一団が訪れていた。

 

 

「いやー社員旅行で香港、それも競馬場に来れるとは。社長には感謝しかありませんね」

 

 

西崎が社長の測量会社は、年間スケジュールが詰まっているため、社員旅行というものを例年は行っていない。

しかし、幹部から、香港競馬を見に行くついでに、GWで香港に社員旅行に行きませんかという提案を受けて、社員の福利厚生も兼ねて社員旅行で香港に来ていたのであった。テンペストが出走しなかったらどうする予定だったのかについては聞いてはいけない。

競馬に興味のない社員は地元の香港観光に繰り出しており、競馬場にいるのは、競馬好きの社員かテンペストクェークに興味のある社員だけであった。

社長の西崎は馬主として交流があるのか、別の場所に行ってしまったため、社員は思い思いの行動をしていた。

ただ、海外の競馬場は初めてであるため、固まって過ごしていた。

 

 

「今日のメインレースがチャンピオンズマイルとクイーンエリザベスⅡ世カップか。他にも地元の香港のレースもあるし、賭けていくぞ~」

 

 

「まあ、一文無しになるなよ……」

 

 

ああやって人は金を失っていくんだなと若い社員を見ながら競馬好きの幹部社員たちは見守っていた。

 

 

「現地の新聞ではテンペストクェーク特集もやっているみたいですね」

 

 

テンペストの写真が一面に掲載されており、特集されていることが中国語が読めない彼らでも分かった。

 

 

「地元の香港勢や出走している陣営からしてみれば、なんでここに来るんだよと思われていそうですね」

 

 

高松宮記念と安田記念の間に日本と近い香港で、しかも芝2000メートルというテンペストが得意な距離のGⅠレースがあったので、このレースを選んだだけである。

海外遠征を遠足感覚で行う陣営である。

 

 

「安田記念を射程に入れなければ、6月~8月の英国のマイル~中距離レースに出てたかもって言ってましたね。テンペストなら全部獲ってきそうで怖いですけど」

 

 

「そうしたら多分英国の関係者から来ないでくれと泣きつかれるぞ」

 

 

笑い合う社員たち。

彼らの中には、地方競馬の馬主をしている人もいれば一口をやっている人もいる。

数年前に、自分の社長が馬主になり、馬を買ったことは知っていた。

血統は微妙ではあったが、ロマンがあった。ただ、社長の父親である前社長を知っている社員は、選馬眼の悪さも受け継いでいないかと心配していた。

 

無事にデビューができると聞いたときは一安心した。

新馬戦を勝利したときは、会社で祝勝会をした。

重賞で2着になったときもお祭り騒ぎだった。

皐月賞での走りは社員の度肝を抜いた。

一昨年の秋以降の連勝劇になんで社長が、と嫉妬もした。

昨年の圧倒的な走りは嫉妬すらも忘れさせた。

 

気が付けば皆テンペストクェークの虜にされていた。

 

 

「さて、最初はチャンピオンズマイルか。ダイワメジャーがどこまで走れるかな」

 

 

その後、めったに来られないであろう沙田競馬場を散策したり、地元の競馬を観戦して楽しんでいた。一部の社員は所持金の大半を溶かし尽くして顔が死んでいた。

そして午後、第7競走チャンピオンズマイルが始まる。

 

 

「さて、ダイワメジャーは2番人気か。日本での実績もあるし、ドバイDF3着も評価されたのかな。1番人気はグッドババか。今年に入って3連勝中の馬だな」

 

 

ダイワメジャーはGⅠを3勝しており実績はあるが、意外と取りこぼしも多いことやドバイからの海外連戦も考慮されて2番人気となっていた。

現地を訪れている日本人は、ダイワメジャーに賭けている人も多かった。

 

パドック周回でも特に問題はなく、そのまま出走時間となり、ゲート入りが始まる。

パドック周回のダイワメジャーは調子がよさそうに見えていた。

 

 

ゲートが開き、10頭の馬が飛び出す。

ダイワメジャーは先行策をとるようで、3,4番手の位置にいる。1番人気のグッドババは先行集団で走り、エイブルワンが先頭一番手で逃げている。

向こう正面を走り続け、大きな順位の変動がないままそのままの位置で第3コーナーに入る。

 

 

「頼むぞ!行け!」

 

 

第4コーナーが終わり、七番人気のエイブルワンが変わらず先頭で逃げており、そこから2馬身程度後ろに3番の馬がいる。そしてその後ろにダイワメジャーは控えていた。

ゴールが近くなったことで、観客の歓声も徐々に大きいものになる。

 

残り400メートルを切り、直線に入ると、ダイワメジャーが一気に伸びてきて、先頭で粘り続けるエイブルワンを捉えにかかる。

 

 

「いいぞ!行け!そのままだ!」

 

 

残り200メートル、先頭のままスピードを落とさないエイブルワンに少しずつ並びかける。

そして、そのまま馬体を併せると、残り100メートルまで熾烈な叩き合いとなった。

 

しかり100メートル付近で、ダイワメジャーが抜け出すことに成功し、そのままエイブルワンに差をつけていく。

 

残り50メートル。後続の馬たちが迫るが、ダイワメジャーの脚色は衰えることなく、そのままゴールした。

 

ゴールの瞬間、大歓声が沸き起こる。

 

1着ダイワメジャーで、エイブルワンはそこから半馬身差での2着であった。

優れたスピードの持続力と、強い勝負根性が光ったダイワメジャーらしい勝利であった。

 

 

「よし!よし!勝ったぞ!」

 

 

ダイワメジャーを本命にしていた社員は飛ぶように喜んでいた。1番人気のグッドババは6着であったため、この馬を本命にしていた若い社員は有り金を失っていた。

 

 

 

 

日本馬初のチャンピオンズマイル制覇の興奮が冷めやらぬなか、テンペストクェークが走るクイーンエリザベスⅡ世カップが始まった。

もしかしたらジャイアントキリングが起こるかも……という期待を粉砕する圧倒的な走りをテンペストクェークは見せつけた。

 

 

『残り300を切って先頭はテンペストクェーク!このまま押し切るか。アドマイヤムーンはまだ後方だ。これはどうなんだ。早仕掛けなのか』

 

『残り200メートルを切って後続に3馬身差、まだ加速する、加速する、テンペストクェークが先頭だ。そのまま行くのか、残り100メートル……』

 

『テンペストクェークだ!これは決まった、独走だ!テンペストクェークだーーー!』

 

『世界最強の頂はここまで強いのか、2着ヴィヴァパタカに7馬身差の圧勝!3着争いはアドマイヤムーンとヴェンジェンスオブレインです』

 

『勝ち時計は2.00.8です。強い、強すぎる……。第4コーナーまでは中団後方で走り、外を捲りながら直線に入って一気に加速、ラスト300メートルで先頭に立って後は誰も寄せ付けない圧巻の走り。これでGⅠを9連勝、GⅠを11勝目になります。芝10ハロンで彼に勝てる馬はもうこの世にはいないのか』

 

 

地元香港の強豪馬やドバイのGⅠを勝利したアドマイヤムーンを寄せ付けない圧巻の走りでの勝利であった。

 

 

「つ、強え……」

 

 

「他の馬にチャンスすら与えなかったな」

 

 

「テンペストに単勝で賭けても何も美味しくないな。実質2着を当てるレースだよ、これは」

 

 

西崎社長の所有馬が世界最強の強さを有していることをまざまざと体感させられた一同であった。

 

 

 

この日、テンペストクェークは圧倒的一番人気に応え、2着に7馬身差をつける圧勝劇でクイーンエリザベスⅡ世カップを勝利した。

この日に施行されたGⅠ競走は二頭の日本馬に蹂躙された。テンペストは二代目香港魔王、天地を揺るがす天災地変として香港の競馬ファンの心に刻み込んだのであった。

 

 

 




タイムフォームのオールタイムランキングの上位層の馬がいるおかげで、もしかしたらこれくらいの馬ならいるかもしれないレベルで済みます。
リアルって怖いね。


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マイルの皇帝 前編

香港で行われたクイーンエリザベスⅡ世カップを7馬身差で圧勝したテンペストクェークは、日本だけでなく世界中で報道されていた。

関心が薄いのはダート王国のアメリカの競馬関係者くらいであった。

次走が母国の安田記念であるため、欧州の競馬関係者は、あの怪物が再び襲来しないことに安堵していた。

テンペストクェーク以外の馬の関係者にとっては、優勝は非常に厳しいと言わざるを得ない状況であった。ディープがいた時代と何も変わっていないのである。

そんな関係者の苦悩とは裏腹に、競馬ファンは、ニホンピロウイナー、ヤマニンゼファーに続く、親子3代安田記念制覇の偉業が達成される瞬間を心待ちにしていた。

 

 

香港から帰国したテンペストは、特に問題もなく、次走の安田記念に向けて疲労の回復と馬体の調整を行っていた。

前走でのダメージも陣営が想定したレベルであったため、安田記念には十分な状態で出走することが出来ると考えていた。

 

 

「そういえばテンペストクェークの獲得賞金額が歴代第3位になったらしいですよ。海外も含めてですが」

 

 

朝の調教やその後始末がいち段落付き、休憩時間に入った藤山厩舎では、スタッフが思い思いに過ごしていた。藤山調教師とテンペストの担当厩務員である秋山の二人がくつろぎながらテンペストの話題で会話していた。

 

 

「高松宮記念が約6900万円で、香港が800万香港ドルだったな。1香港ドル約15円で計算すると1億2000万円か。去年まで大体14億円ぐらいだったら、合計で16億円以上稼いだのか……」

 

 

因みにディープインパクトは三冠ボーナス無しで約16億6000万円である。

 

 

「GⅠを11勝しても、まだテイエムオペラオーにも届かないのかとは思いますが、欧州の賞金額を見てしまうと仕方がない気がしますね」

 

 

「あれだけの激戦を繰り広げてもそこまでの金額ではなかったですからね。香港やドバイは、賞金額という意味ではありがたいですね」

 

 

「招待競走だと遠征に必要な経費も節約できるのでそこもありがたいです。英国遠征はかなりの費用が掛かりましたからね。私の交通費だけでもかなりの金額でしたからなあ」

 

 

英国で出走したGⅠ競走は招待競走ではないため、輸送費や現地での滞在費などの経費は全てオーナーである西崎が負担していた。テンペストが遠征費用を支払えるぐらい稼いでいたので問題はなかったが、費用的な面でも海外遠征というのは難しいものであると藤山達は痛感していた。

それなのにオーナーは、また長期の海外遠征をしたいと考えているようである。

 

 

「安田記念のあと、本当にあっちに行くんですか?」

 

 

「費用面や現地のコネクションさえ何とかなれば問題はないですね。今は栗東を含めた他の調教師やJRA、あとは大手のオーナーとかにいろいろと動いてもらっている最中です」

 

 

「西崎オーナーも時々ぶっ飛んでいるというか、チャレンジャーですよね」

 

 

「いろいろな出走プランを提案している自分が言えることではないけど、アクティブな方ですよ」

 

 

藤山調教師一同は、西崎オーナーからの希望を受けて、何やら着々と準備を進めている様子であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

向こうの国で走って、それですぐに帰ってきて、少し休んでまた特訓。

いや~忙しいねえ……

ただ、身体は元気なので、特に文句を言うつもりはない。

 

それにしても、1年以上俺は負けていない。まあ、負けるつもりはさらさらないがな。

ただ、最近は張り合いのある相手があまりいないなあ……

いや、相手が誰であろうと関係ないな。

 

俺は坂道をひたすらに走りまくる。

なかなかの強度のトレーニングだ。

ただし、あまり負荷をかけ過ぎてもケガの元になるので、その辺りは自分の感覚とおっちゃんたちの指示に従いながら走る本数やスピードを決めている。

がむしゃらに走るのではない。今の自分に足りていない筋肉を見定めながらトレーニングをすることが効率的なのである。

 

 

【また負けた】

 

 

いつものように大柄な馬と走っている。

本気の俺と対等に近い形で戦うことができる数少ない馬だ。

去年ぐらいから日本にいるときはよく一緒にトレーニングを積んでいる。

 

レースでは一度も負けたことはないが、普通に強い馬だから油断は絶対にできない。

トレーニング内容や強度を考えると、おそらく同じレースをまた走りそうな予感がする。

 

 

【絶対に負けない】

 

 

俺だって簡単には負けてやらない。

 

 

【クソッ】

 

 

やはりこいつも闘争心がめちゃくちゃ強い。

負けた後俺にいつも突っかかってくるのは、やめてほしいが。

トレーニングとはいえ、たまに俺に勝つこともあるんだけど、その時はやたらと勝ち誇ってくる。

滅茶苦茶むかつくので、レースでは負けたくない。

 

 

【もう一回!】

 

 

【いいぜ、受けて立つよ】

 

 

俺はひたすらにおのれの身体を鍛えぬく。

隣のライバルには負けたくないからだ。

 

 

【今日も俺の勝ち!】

 

 

俺が変顔をして挑発する。

前まではすぐに怒って俺を追いかけようとするのだが、最近は学習したようで、そこまで不機嫌にはならない。

 

 

【次は勝つ。待ってろ!】

 

 

……やっぱ張り合いがあるやつがいないとな。

 

そういえばあの黒い馬や小柄な馬、それに海外で俺を追いかけまわした馬は元気だろうか。彼らも強かった。

俺が3回負けたあの馬とは、あまり会話をしたことがなかった。まあ、いろいろな人に大事にされているだろうから大丈夫かな。

他の2頭は心配しないのかって?

あんな熊でも殺せそうな馬、心配する必要はないよ。

 

ということで今日のトレーニングは終わり。

さあ飯だ。

 

 

【メシよこせ】

 

 

「はいはい、身体洗ってからだよ」

 

 

シャワーを忘れていた。

気持ちよくしてな~

 

シャワーの後は自分の部屋に戻って俺はメシを食べる。

ああ今日も疲れた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

ダイワメジャーは馬である。

彼にはテンペストクェークのような人間の魂がインストールされているわけではないため、知能は普通のサラブレッドであった。

ただ、GⅠサラブレッドだけあってか、それなりに賢い馬であった。

そして、非常に負けず嫌いであった。

 

若いころはもっと傍若無人で、まさにサンデーサイレンスの子供といった気性だったが、いろいろとスパルタ教育を受けたおかげで、競走馬としてデビューできるくらいには素直になったという。

 

重い人間を乗せて走るのは正直好きではないが、同族に勝つことは好きだった。だから少なくとも彼に指示を出す騎手のいうことは聞いていた。

初GⅠの皐月賞、競走馬として致命的な病気の発覚、そこからの復活と波乱万丈な競走馬生活を送っていた。

 

そんな彼がテンペストクェークと出会ったのは、重度の喘鳴症から復活した4歳のころである。

ゼンノロブロイからボスの座を移譲され、美浦トレセンのトップに君臨した年下の馬を気に入るわけがなかった。

そのため、最初のころはよくダイワメジャーから突っかかっていたが、テンペストはそれを上手くあしらいながら付き合っていた。

 

テンペストクェークとダイワメジャーは馬体の大きさなどが似ているため併走などのトレーニングも一緒に行うことが多い。

そのためか、お互いが意識するようになり、いつしかライバルとなっていた。

 

 

「テンペスト!ダイワメジャーを挑発しないの!」

 

 

……ライバル関係なんだよ。たぶん。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

6月3日、東京競馬場は、メインレースである安田記念をお目当てにした競馬ファンが詰めかけていた。

ディープインパクト(前年のハルウララも)から始まった競馬ブームは、ディープインパクトが引退した後も、やや勢いは落ちたものの継続していた。

2007年は絶対王者であるテンペストクェークの動向に加えて、牝馬クラシック戦線が非常に充実しており、桜花賞でのダイワスカーレットとウオッカの激闘、そしてウオッカの64年ぶりの牝馬でのダービー制覇など、新参古参の競馬ファンを熱くするレースが続いていた。

 

 

「1着はテンペストクェークとして、その後はどうするか……」

 

 

ネットの競馬予想、雑誌・新聞の競馬予想は、すでに2着馬を当てるレースとなっていた。

 

・馬の能力値が桁違いに高い

・中1ヶ月の連戦はダメージにならない

・逃げ以外の脚質が自在であるため、展開に左右されない

・レースでの気性がいいため、ほぼ掛からない

・スタート得意なうえ、多少の出遅れでもリカバリーが可能

・馬場状態の変化による不利が全くない

 

この絶対の安定感があるからこその圧倒的な人気であった。人気があり過ぎて、銀行レースになっていた。

 

 

「テンペストクェーク銀行が破綻するときはいつになることやら……」

 

 

メガバンクレベルの安定感であった。

東京競馬場の横断幕の設置が許可された場所では、無数の横断幕が掲げられていた。

 

『ゼファー魂』

『テンペスト魂』

『おじさんの星 高森康明』

『藤山順平厩舎 応援中』

 

一際目立つのがテンペストクェークの応援の横断幕である。

 

 

「あれが、ドバイや英国にも持ち込まれたんだから笑うよなあ……」

 

 

テンペストクェークにはコアなファンも多い。中には世界中追いかけるために仕事を失った狂人もいるくらいだ。

 

 

「やっと誕生したヤマニンゼファーのGⅠホースだものなあ……」

 

 

その唯一のGⅠホースが、世界最強の怪物になるとはだれも想像できなかった。

パドック周回中のテンペストクェークは相変わらずピカピカの馬体で、仕上がり具合も上々であった。

ゴリゴリのマッチョマンといった体格をしており、眼光の鋭さも相まって、気性の悪そうな馬にみえてしまう。しかし、テンペストは人に従順で優しい性格をしているので、ギャップもあってか人気に拍車を掛けていた。

テンペストクェークのゼッケンには勝ったGⅠの数だけ星のマークが刻まれている。11勝しているテンペストは、特別に大きな星と小さな星が1つずつ刻まれていた。大きな星一つでGⅠを10勝分とのことである。

この10勝分の星をゼッケンにつけることが出来る馬が、彼以降に生まれるのかは定かではなかった。そのためテンペスト専用の星であった。

 

 

 

「テンペスト以外で調子がよさそうなのはダイワメジャーかな。時計も良好だし、ワンチャンあり得るかもな」

 

 

パドック周回が終わり、本馬場入場が始まる。

 

 

「頼むぞ!スズカフェニックス。お前の末脚を見せてやれ!」

 

 

この男は、穴党であった。

それでも3番人気に支持されている馬を選んでいるあたり、妥協はしているようである。

 

 

 

 

『天候も良好の東京競馬場、第57回安田記念が始まります』

『外国馬4頭を含む18頭がレースに参戦しました』

 

ラジオ中継からは競馬の実況が流れる。

競馬場の向こう正面が見えにくいことや、ターフビジョンが見えにくいこともあるため、競馬場に来た時も片耳イヤホンで競馬中継のラジオを聞いていた。

 

『テンペストクェークが2倍を切っていて、1.2倍ですかね。まあ順当といった形ですね。二番人気のダイワメジャーがこの倍率ですからね。去年のディープインパクトを思い出しますね』

『海外馬も4頭来ましたね。チャンピオンズマイルを走った4頭がそのままこちらに来たといった形ですね。ダイワメジャーはこの馬たちに勝利していますし、そこまで高い人気にはなっていないですね』

『テンペストクェークはもう何も言うことはありません。馬体重は増減なしの520キロ。調教の時計も、パドックの様子もいつも通りでした。これは、今までのようなパフォーマンスを発揮してくると思います』

『対抗することが出来るとすれば、ダイワメジャーやスズカフェニックスだと思いますが、テンペストクェークが何かミスをしない限り、厳しい展開になると思います』

『以上の3頭以外での推奨馬となると、香港勢のグッドババも良さそうですね。まだ大きなタイトルこそありませんが、潜在能力は高いものがあると思いますね』

 

 

スタート直前であるため、この中継を聞いてその馬を買いに行くことはなかったが、注目だけはしておこうと思っていた。

 

 

『馬場状態ですが、良と出ております。芝の内側は荒れているとのことですが、そこまで走りにくいわけではないようです。外からの差し、追込が有利というわけではないようです』

『展開ですが、コンゴウリキシオーが逃げで引っ張っていくことが予想されます。ダイワメジャーは先行策、スズカフェニックスは中団待機でラストの直線で決めてくるのではないかと思います。テンペストクェークはおそらく中団待機からの差し、あるいは先行策からの好位抜出を図ると思いますが、この辺りはペースや展開次第ですね』

 

 

実況が話し終わるころには、スタートの時間が迫っていた。

ファンファーレが鳴り響き、馬たちがスターティンゲート内に入っていく。

テンペストクェークも外枠のゲートにゆっくりと入り、その他の馬も問題なくゲートに入っていった。

 

 

『関東での春のGⅠ、最後を飾る第57回安田記念。今、始まります』

『スタートしました!各馬揃ってきれいなスタートです』

 

 

親子三代制覇の夢を乗せて、テンペストクェークの、日本での最後のレースが始まった。

 




ニコニコ動画でアニメを見ていたところ、コメント欄に「ベリーエレガント」という馬がいることが書かれておりまして、どんなネタ馬かと思ったら豪州の1400メートルG1のウィンクスSや3200メートルG1のメルボルンカップを含めたG1を11勝している名牝でした。
こういう何気ないところから世界の名馬を知ることが出来ました。


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マイルの皇帝 後編

「ダイワメジャーに馬体を併せない方がいい。あの馬は叩き合いや併せに強い」

 

 

「テンペストクェークも叩き合いにはめっぽう強いですけど、無理に向こうの得意な展開に持ち込む必要はありませんね」

 

 

先生からアドバイスを受ける。

この通りに進められるかどうかは、本番の展開次第だが、瞬発力勝負なら絶対に負けない自信があった。

それに、テンペストの実力なら、展開がダイワメジャーに向いた時でも差し切れる自信があった。

 

 

「良馬場か。昨日は走ったときはかなりの高速馬場だったけど、今日は、少し時計は掛かりそうだな」

 

 

ハイペースになればなるほど有利になるが、果たしてどうだろうな。

 

パドック周回が終わり、俺たち騎手が乗り込むときが来た。

辺りを見渡すと、テンペストの応援や俺や先生の応援の横断幕が掲げられている。

単勝1.2倍。

 

 

「期待に応えないとな」

 

 

テンペストは、軽く嘶き、地下を通って俺と共に本馬場へと入っていく。

予想通り馬場状態は良好だ。内側はちょっと荒れているが、気にならないレベルであった。

ゲート前でテンペストのゲートインを待っていると、テンペストとダイワメジャーが何やら嘶き合っていた。

威嚇し合っているわけではないので、問題はないが、何を話しているのやら……

頼むで、相棒。

 

ゲートインは特に問題なく終わる。

 

ゲートが開き、テンペストが飛び出す。

しかし他の馬のスタートもよく、一気に飛び出すことが出来なかった。

枠順が8枠だから、スタートで差をつけたかったが、仕方がないな。

無理に内側に行かない方がいいな。斜行になりかねない。

先頭に行きたい馬に行かせて、中団待機だな。

 

200メートルほど走ると、先頭には予想通りコンゴウリキシオーがおり、ダイワメジャーも先頭集団の内側のポジションで走っていた。

結構いい場所にいるな……

 

俺たちは中団後方の外側を走っており、スズカフェニックスが隣を走っていた。

……まさかマークでもするつもりか?

言っておくが、マイルの舞台でテンペストと瞬発力勝負は自殺行為だと思うぞ。

そう思ったが、どうやら違うな。これは単純に俺たちと考えていることが同じであるだけだな。

 

そのままの位置をキープして第3コーナーを走り、名物の大ケヤキを通過する。ペースはそこまで早くない。これは前残りするかもしれん。

そのため俺はテンペストに前に行くように指示を出した。第4コーナーの外を回りながら走るため、ロスは大きいが、大外から決めるならこのコースしかないだろう。

 

ダイワメジャーが内側の先行集団にいる。

 

 

「ダイワメジャーがヤバいな」

 

 

残り500メートル。

大外強襲。

イメージは、2001年天皇賞秋だ。

 

 

テンペストに最初の鞭を入れた瞬間、一気に加速が始まる。

暴力的な加速で、速度が上がる。視界が狭まる。

 

残り200メートル。

内側で2頭が競り合っているのが見える。

叩き合いには参加しない。ただ、単純に外から差し切る。

 

 

「今日は存分に走れ!」

 

 

もう2回鞭を入れる。

身体が後ろに持っていかれそうなほどの加速力を見せる。

ディープを後ろから差した走りを日本のファンに見せつけろ!

 

ゴール板を越えた瞬間、俺たちより前に馬はいなかった。

 

俺は心の中でガッツポーズをしながらテンペストに減速の指示を出した。

さすがのテンペストも汗びっしょりで息も上がっていた。

ただ、脚や身体に異常があるようなそぶりは見せていなかったので、そのままクールダウンを行う。

 

 

「高森さん、なんで外から来れるんですか……」

 

 

ダイワメジャーの騎手がゆっくりと併走しながら声をかけてきたのがわかった。今日のレースはダイワメジャーに展開が向いていたレースだったと思う。

 

 

「なんでといいってもなあ、それを狙っていたとしか言えないなあ」

 

 

「……凄い馬です。お手上げです」

 

 

テンペスト、お前凄いってさ。

 

 

「ありがとう、テンペスト。頑張ったな」

 

 

俺は彼の健闘を讃えて、首元を優しく叩く。テンペストは意外と褒められるのも好きなので、こういったアフターケアも欠かさない。

さて、オーナーの喜ぶ顔を見に行くかな。

その前にウイニングランだ。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

第57回安田記念のスタートは、大きく出遅れた馬はおらず、白熱した先行争いが行われることになった。

 

 

『先頭に出るのはコンゴウリキシオーにエイブルワン、マイネルスケルツィです。その後ろにジョリーダンスとキストューヘヴンがおり、内側にダイワメジャーがおります』

 

 

当初の予想通り、コンゴウリキシオーが逃げを打ち、ダイワメジャーは先頭集団でレースをしていた。

 

 

『……中団後方にザデューク、外にスズカフェニックスとテンペストクェークが併走しております。今日は中団後方からのレースを進めています水色の帽子の高森康明……』

 

 

テンペストクェークとスズカフェニックスは得意の末脚を活かすため、やや後方に控える競馬をしていた。

第3コーナーに差し掛かるころにはそれぞれの位置が決まったようで、やや縦長の展開となっていた。

 

 

『大ケヤキを越えて、第4コーナーに入ります。先頭は依然としてコンゴウリキシオー、ダイワメジャーは4番手で進めている……』

『……テンペストクェークとスズカフェニックスが外から出てきます。最終コーナーを曲がって、500メートルの直線が待っております。ペースはそれほど早くない、これは前が残るか!』

 

 

直線に入ったとき、ダイワメジャーは絶好のポジションにいた。前にいる馬は逃げているコンゴウリキシオーだけで、進路を邪魔する馬もいない。何よりペースは思ったほどハイペースではなく、展開はダイワメジャーに向いていた。

 

 

『ダイワメジャーが伸びてくる。コンゴウリキシオーも粘っている!残り400メートル。テンペストクェークは外から伸びるがこれは厳しいか』

 

 

残り300メートル。

内側にいるコンゴウリキシオーとそれに馬体を併せつつ追走するダイワメジャーがいた。そしてそこから2馬身ほど後ろに馬群が固まっていた。

テンペストは大丈夫なのかと思った瞬間、後方の馬群から流星の如く飛び出してきたのが、鹿毛の馬であった。

 

 

『テンペストクェークだ!テンペストが外から一気に伸びてくる。これだ!これを待っていた!鞭が入る入る、テンペストクェーク加速!』

 

 

ディープインパクトを、ディラントーマスを、ジョージワシントンを差し切った驚異的な末脚が、先頭の2頭に襲い掛かった。

 

 

『ダイワメジャー先頭、しかし外からテンペスト、外からテンペストクェークだ!』

 

 

観客席側を走っていたテンペストクェークは、ラストのゴール前50メートルを切った付近で、逃げ粘るコンゴウリキシオーに半馬身差をつけて先行していたダイワメジャーに追いつき、そのまま半馬身差をつけてゴール版を駆け抜けた。

 

『テンペストクェーク1着でゴール!差し切りました!』

『テンペストクェーク安田記念制覇!これでGⅠを12勝目!もう誰にも止められない、だれも止めることはできない。世界最強の怪物はどこまで進むのか』

『強いですね。本当に強い。枠順も展開も関係ない強さです』

『強い強いテンペストクェーク。記録はどこまで伸び続けるのでしょうか。2着はダイワメジャー、3着にコンゴウリキシオーが入線しております』

 

『テンペストクェークが人気に応えての勝利となりました』

『テンが速くならず、落ち着いたペースで進んでいたので、前有利の展開だったんですよ。だから、好位から伸びたダイワメジャーが逃げ粘っているコンゴウリキシオーを捉えたときはいけるかと思ったんですがね。外からテンペストクェークが怪物の末脚で差し切りましたね。差し馬には流れが向いていないはずなんですけど……』

 

 

実際に、テンペストクェークと同じように外から差し切りを狙ったスズカフェニックスは、ダイワメジャーに2馬身程度差をつけられており、前の2頭を捉えることが出来なかった。

 

 

『テンペストクェークの上がり時計ですが手元の時計で10秒台前半を記録していますよ。ラストの加速は宝塚記念やクイーンエリザベスⅡ世ステークスで見せた驚異的な再加速ですよ。あれがある限り、逃げ先行馬はテンペストから逃れることはできませんね』

『このマイルの舞台で彼に勝てるとしたら、超ハイペースの大逃げを行い、上がり時計も34秒台くらいで走る馬でないと厳しいですね。それか、テンペストの瞬発力と加速力を超える末脚を持つ馬ですかね』

 

『テンペストクェークが正面スタンドに帰ってきています。父ヤマニンゼファー、母セオドライト、母の父はサクラチヨノオーであります。これでGⅠを12勝目です。GⅠの連勝記録は10勝目を更新しました。重賞に至っては14連勝です。いったいどこまで行くのでしょうか。彼を止めることが出来る馬は存在するのでしょうか……』

『そして何より、祖父ニホンピロウイナー、父ヤマニンゼファーに続く安田記念制覇です。これで親子三代同一GⅠ制覇という偉業を達成しました。祖父、そして父から受け継いだ才能を遺憾なく発揮し、マイルの王者に君臨しております』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

レースを終えて今はクールダウンをしている。

今日は久しぶりにガチのガチで走った。

そうじゃないと先頭にいるあいつに追い付かないと思ったからだ。それに騎手君も俺と同じことを思ったらしく、最後にもっと加速するように鞭で叩かれた。

やっぱ疲れるわ、これ。

毎回使っちゃだめだな。

 

 

「テンペスト~お疲れ様」

 

 

身体につけていたもろもろの装備を外される。

足元のチェックを受けるため、俺は大人しく指示に従う。

兄ちゃんもだが、走った後はみんな俺を褒めてくれる。笑顔になってくれる。

まあ、ちやほやされるのは嫌いではないな。うん。

 

 

「高森騎手、お疲れさまでした。見事な差し切りでした」

 

 

「ちょっとダイワメジャーに向いた展開でしたが、何とか勝てました。テンペストが頑張ってくれたおかげです」

 

 

首をすりすりしてくれるのはありがたい。

もっと頑張るから、アレ、頂戴ね。

 

レースが終わった後の脚や身体のチェックが終わり、ちょっとしたシャワーを浴びて、俺は一時的に使っている競馬場内の部屋に戻った。

そして、近くにはあいつがいる。

 

 

【勝てない!】

 

 

「滅茶苦茶荒れていますね……」

 

 

「闘争心が強いから負けたことがわかるんですよ。それにテンペストのことは特別意識していましたからねえ」

 

 

怖いなあ。

これからゆっくりしようと思ったのに。

まあ、今の俺が何を言っても意味はないな。

 

 

「……馬房が近いのは不味くないですか」

 

 

「ケガしないように見張ってはおきます。あと、テンペストがダイワメジャーを挑発しないように注意してください。お願いします」

 

 

【クソ、クソ!】

 

 

あいつは壁を蹴ったりしているのか俺のところまで音が聞こえる。

おいおい、ケガでもしたらどうするんだよ。

 

 

【おい!お前!】

 

 

【なんだ!うるせえ!】

 

 

【俺に勝ちたいか?】

 

 

【勝つ!俺は強い!】

 

 

やはり闘争心が本当に強い。俺以上かもしれない。

負けた悔しさがわかる馬だ。

周りの人間から見たらわからないかもしれないが、こいつはかなり賢い馬だ。

敗北を理解できている。これすら理解できない馬もいるからな。

 

 

【俺はいつでも待っている】

【だから、いつでもかかってきやがれ】

 

 

俺に反応したのか、物凄い声?で俺に反応してきた。

 

 

【倒す!勝つ!】

 

 

憂さ晴らしが出来たのか、ものすごい勢いで出された水や飯を食べ始めた。

 

……面白い奴だよ。

俺もあんな感じだったのかな。

 

 

今日のレースも絶対に負けたくないと思って臨んでいた筈だ。前のレースも、その前のレースも。

それにトレーニングのときも、あいつには負けたくないと思っている。それは間違いない。

ただ、今の俺はレースに負けたらあそこまで悔しくなれるのだろうか。

そして、俺はレースで負けたらあいつくらい熱く燃え上がることはできるのだろうか。

 

俺と対等に戦える相手はもう日本にはいないだろう。

 

 

なんだかつまらないな……

 

 

……いや、気のせいだ。

俺はひどく傲慢な考えをしてしまった。

俺の闘争心はいつだって燃え上がっているはずだ。

今燃え上がっているアイツにも負けないように、そしてまだ見ぬ強敵に負けないように頑張らなくては。

 

こんな傲慢な気持ちでレースに臨んではいけない。

皆に失礼だから。

 

さて、次はどこでどんなレースをするのかな。

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「西崎さん!おめでとうございます!凄かったです!」

 

 

祝勝会では、様々な競馬関係者が参加していた。さすがに世界最強のサラブレッドにふさわしい会を開かないと拙いと思ったのか、それなりの規模であった。

 

 

「ありがとうございます。テンペストは本当に頑張ってくれました。あとは厩舎の皆さんと高森騎手のお陰ですね」

 

 

もう何度目かわからない言葉であった。

 

 

「ニホンピロウイナーからの安田記念制覇。本当にこの目で見ることが出来るとは……」

 

 

因みに、同じく親子3代制覇として挙げられるのは、メジロアサマ、メジロティターン、メジロマックイーンでの天皇賞を制覇であるが、厳密には春と秋で異なるレースだったりする(距離3200メートル時代の天皇賞秋なので実質同レースといえるが)。

 

祝勝会は良好な雰囲気で終わり、終了の時間が近づいていた。

 

 

『え~皆さん。今日はこの祝勝会にお集まりいただき、誠にありがとうございました。引き続きではありますがテンペストクェークを応援していただけると幸いであります……』

 

 

テンプレートな挨拶が行われる。

しかし、最後の言葉は、会場の人々を驚愕の渦に引き込んだ。

 

 

『……最後になりますが、テンペストクェークの次走についてです。藤山先生と相談して秋の目標レースを決めました。10ハロンレースで、獲ることが出来ていないレースを目指します』

 

 

テンペストクェークは、日本の天皇賞秋、英国の英国際S、チャンピオンS、アイルランドの愛チャンピオンSを勝利している。これ以外の10ハロンレースというとコックスプレートなどが挙げられる。

 

 

「……まさか」

 

 

テンペストクェーク陣営の動向を探っていた人達はなんとなく予想がついていた。最近の動きや関係者からの情報もあるからだ。

 

 

『テンペストクェークは、10月27日にアメリカ、モンマスパーク競馬場で行われる、ブリーダーズカップ・クラシックに出走します!』

 

 

「アメリカのダートか……」

「本気なのか……」

 

 

『前哨戦としてアメリカ合衆国内のダートレースを出走することを予定しております。そして7月中旬にはアメリカに向かいます。日本から離れた場所ではありますが、応援の程よろしくお願いします』

 

 

波乱の情報を残して祝勝会は終了した。

 

テンペストクェークの激戦はまだ終わらない。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

競馬ニュース速報

テンペストクェーク安田記念勝利、次走はアメリカダート戦へ

 6月3日(日)、東京競馬場で行われた安田記念(GⅠ・芝1600メートル)は、高森康明騎手騎乗のテンペストクェーク(牡5・美浦・藤山順平厩舎)が勝利した。ラスト50メートルで、先頭争いを繰り広げるダイワメジャーとコンゴウリキシオーを大外から差し切っての勝利であった。今回の安田記念の勝利で、ニホンピロウイナー(1985)、ヤマニンゼファー(1992、1993)に続く親子三代制覇を達成した。

 現在、テンペストクェークはGⅠ競走を12勝しており、日本記録を更新し続けている。また、GⅠ競走のみの連勝記録も更新し、世界記録は10連勝となった。通算成績は19戦16勝。

 

・主な勝ち鞍(GⅠ)

2005年 天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップ

2006年 ドバイデューティフリー、宝塚記念、インターナショナルステークス、アイリッシュチャンピオンステークス、クイーンエリザベスⅡ世ステークス、チャンピオンステークス、香港カップ

2007年 高松宮記念、クイーンエリザベスⅡ世カップ、安田記念

 

 藤山調教師は、テンペストクェークの秋の目標として、10月27日にアメリカ・モンマスパーク競馬場にて施行されるブリーダーズカップ・クラシックであることを明言した。7月中旬には米国へ向けて出発し、現地で休養、調教を行う予定である。ブリーダーズカップ・クラシックはタイキブリザード(1996、1997)とパーソナルラッシュ(2004)が出走しているが、13着、6着、6着と厳しい状況が続いている。

 




実際のレースは審議があったようですが、この世界ではなかったということですぐに着順が確定しています。

そして、若干燃え尽き気味のテンペストの闘争心に火が付く存在がいるのでしょうか……
いないならいるところに向かわせます。


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閑話7

第47話と同時投稿になっております。


・テンペストクェークの安田記念を応援する

 

 

1:名無しの競馬ファン

安田記念に出走するテンペストクェークを応援するスレです。

 

・荒しはスルー

・ネットマナーは守りましょう

 

2:名無しの競馬ファン

2007年6月3日15:40発走予定

 

3:名無しの競馬ファン

これまでのテンペストクェークの戦績

18戦15勝

GⅠ:11勝

 

4:名無しの競馬ファン

>>1 スレ立てサンクス

 

5:名無しの競馬ファン

今年はテンペストが走ってくれるからうれしい

 

6:名無しの競馬ファン

去年は、宝塚以降ずっと海外だったからね。

 

7:名無しの競馬ファン

実質海外馬だったからなあ

 

8:名無しの競馬ファン

高松宮記念は同着だったけどスプリントも走れる化物

 

9:名無しの競馬ファン

3着に3馬身差つけているからな。相当なレベルのスプリンターじゃないと歯が立たない

 

10:名無しの競馬ファン

適正距離1200~2200の化物

 

11:名無しの競馬ファン

2400以上のレースには出てこないのが救い

 

12:名無しの競馬ファン

>>11 2000メートル以下のレースには大体いるので逃げ場がない

 

13:名無しの競馬ファン

そういえばテンペストってマイルが強いのかと思ったけど、マイルレースは2回しか走っていないんだね

 

14:名無しの競馬ファン

>>13 ドバイDFもマイル区分に入るから3戦だな

 

15:名無しの競馬ファン

全部勝っているけどね

 

16:名無しの競馬ファン

2005年のマイルCSと2006年のドバイDFとQE2Sだな

 

17:名無しの競馬ファン

後は2000メートルレースが大半

 

18:名無しの競馬ファン

高松宮記念:1200

QE2C:2000

安田記念:1600

 

19:名無しの競馬ファン

バリエーション豊かだな

 

20:名無しの競馬ファン

マイルレースも得意距離だから頑張ってほしい

 

 

 

 

 

117:名無しの競馬ファン

枠順決まったらしい。

8枠16番

 

118:名無しの競馬ファン

外枠だなあ

 

119:名無しの競馬ファン

大丈夫なのこれ……

 

120:名無しの競馬ファン

>>119 正直枠順はどこになっても勝てる馬だと思う

 

121:名無しの競馬ファン

逃げ以外はなんでもできるからな

 

122:名無しの競馬ファン

出遅れても、去年のアスコットのような末脚があれば問題ないでしょ

 

123:名無しの競馬ファン

直線は長いしな

 

124:名無しの競馬ファン

まあ騎手の判断に任せるしかないな

 

125:名無しの競馬ファン

安田記念も高森騎手。新馬戦のときからパートナーっていうのはいいな

 

126:名無しの競馬ファン

まあ、大きな失敗していないし、変える理由もないですけど

 

127:名無しの競馬ファン

リュックサックって言っている奴、まじで節穴だよな

 

128:名無しの競馬ファン

初見の海外の大レースを全部勝っている騎手がリュックサックなわけないだろ

 

129:名無しの競馬ファン

普通にテンペストが強すぎるだけかもしれんけど、少なくとも宝塚記念は高森じゃなかったら勝ててなかった。

 

130:名無しの競馬ファン

>>117 外枠はテンペストにはきついですかね

 

131:名無しの競馬ファン

>>130 特に気にしなくてもいいと思う

 

132:名無しの競馬ファン

テンペストの強みって操縦性の高さだと思うよ

 

133:名無しの競馬ファン

>>132 騎手が話していたな。

 

134:名無しの競馬ファン

>>132 操縦性が高いうえ、ペース配分を途中で変更しても問題なく走ってくれる能力が高いらしい。

 

135:名無しの競馬ファン

>>132 高森騎手は馬というより車に乗っている感覚に近いって言っている

 

136:名無しの競馬ファン

レスポンスが馬とは思えないほど早いらしい。ハンドルを握っている感覚に近いから乗っていて楽しいとのこと。

 

137:名無しの競馬ファン

完全に車感覚で笑う

 

138:名無しの競馬ファン

スパートをかけるときは、下手な車よりヤバいらしい。

 

139:名無しの競馬ファン

確か高森の愛車ってランエボじゃなかったっけ?

 

140:名無しの競馬ファン

ラリーカーレベルの加速力は乗ってて怖いだろ

 

141:名無しの競馬ファン

何回か振り落とされそうになったらしい

 

142:名無しの競馬ファン

よく乗れるなあ……

 

143:名無しの競馬ファン

上がり1Fを10秒だからなあ。時速70㎞は出ている。

 

144:名無しの競馬ファン

シートベルトなしは怖い

 

145:名無しの競馬ファン

おじさん騎手には厳しそう

 

146:名無しの競馬ファン

テンペストの後はどうするんだろうねえ

 

147:名無しの競馬ファン

一緒に引退っていうのも考えられるよな

 

148:名無しの競馬ファン

ここまで足掻いてきた人だし、乗れなくなるまでやめなさそうだけどね

 

 

 

 

 

380:名無しの競馬ファン

テンペストクェークで稼ごうと思ったが、オッズが……

 

381:名無しの競馬ファン

テンペストクェークは超低金利だからな

 

382:名無しの競馬ファン

1番人気で1.4倍か。ディープみたいだな。

 

383:名無しの競馬ファン

まあ、マイルレースで負ける姿が想像できないからな

 

384:名無しの競馬ファン

前のレースで疲れていないか心配だったけど、そうでもないんだな

 

385:名無しの競馬ファン

>>384 去年の欧州4戦のレース間隔を見たら、中1ヶ月なんて長期休養みたいなもの

 

386:名無しの競馬ファン

>>384 テンペストって頑丈でタフでもある。弱点がなさすぎる。

 

387:名無しの競馬ファン

テンペストは応援しているけど、それはそうとジャイアントキリングが生まれるところも見てみたい

 

388:名無しの競馬ファン

絶対王者は負けないから王者なのだよ

 

389:名無しの競馬ファン

ワンチャンあるのがダイワメジャー

 

390:名無しの競馬ファン

なんでGⅠを4勝している馬がワンチャン扱いされるんですかねえ

 

391:名無しの競馬ファン

テンペストが強すぎるのがいけない

 

 

 

 

 

409:名無しの競馬ファン

テンペストは今日も順調だな。パドックも落ち着いている。

 

410:名無しの競馬ファン

いつも通りで安心する

 

411:名無しの競馬ファン

いつも520キロだな

 

412:名無しの競馬ファン

馬体重の管理が上手すぎる

 

413:名無しの競馬ファン

飼い葉の量を調節して、勝手に体重管理しているらしい。

 

414:名無しの競馬ファン

何それ怖い

 

415:名無しの競馬ファン

アタマのいい馬は結構自己管理能力が高いことが多い

 

416:名無しの競馬ファン

ダイワメジャーも調子がよさそう

 

417:名無しの競馬ファン

相変わらずこの2頭はムキムキやな

 

418:名無しの競馬ファン

どっちもデカい

 

 

 

 

 

431:名無しの競馬ファン

テンペストクェーク銀行

1.2倍

 

432:名無しの競馬ファン

ディープの1.0倍よりマシ

 

433:名無しの競馬ファン

実質2着以下を当てるレース

 

434:名無しの競馬ファン

銀行が破綻するとき、多くの人を巻き沿いにするから気を付けようね

 

435:名無しの競馬ファン

>>434 縁起でもねえ

 

436:名無しの競馬ファン

返し馬も順調!

 

437:名無しの競馬ファン

さあいこう

 

438:名無しの競馬ファン

ゲートインも順調

 

439:名無しの競馬ファン

頼むぞ、俺のテンペスト!

 

440:名無しの競馬ファン

お前のテンペストではない

 

441:名無しの競馬ファン

スタート!

 

442:名無しの競馬ファン

出遅れない

 

443:名無しの競馬ファン

テンペストは外側か

 

444:名無しの競馬ファン

コンゴウリキシオーが逃げている

 

445:名無しの競馬ファン

ダイワメジャーいい位置

 

446:名無しの競馬ファン

テンペストは中団後方

 

447:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスと併走している。マークされている?

 

448:名無しの競馬ファン

テンペストはこの位置でいい

 

449:名無しの競馬ファン

ペースは速くないぞ

 

450:名無しの競馬ファン

逃げがそこまで速くない。これはまずい

 

451:名無しの競馬ファン

前残りするかも

 

452:名無しの競馬ファン

コーナーでテンペストが上がってきた!

 

453:名無しの競馬ファン

外捲ってきた。これで勝つる!

 

454:名無しの競馬ファン

ヤバいヤバい

 

455:名無しの競馬ファン

おいおい、前残りしているぞ

 

456:名無しの競馬ファン

逃げが粘っている

 

457:名無しの競馬ファン

これダイワメジャーの勝ちパターンだぞ

 

458:名無しの競馬ファン

外からテンペスト!

 

459:名無しの競馬ファン

キターーーーーー!

 

460:名無しの競馬ファン

こっちも勝ちパターン

 

461:名無しの競馬ファン

差せ

 

462:名無しの競馬ファン

いけいけ

 

463:名無しの競馬ファン

行った

 

464:名無しの競馬ファン

差し切った!

 

465:名無しの競馬ファン

テンペスト!

 

466:名無しの競馬ファン

これが世界最強だよ

 

467:名無しの競馬ファン

強いいいいい

 

468:名無しの競馬ファン

12勝目とかまじかよ

 

469:名無しの競馬ファン

強すぎるよ、完全にダイワメジャーの勝ちパターンだったじゃん

 

470:名無しの競馬ファン

前残りの先行勢有利の展開なのに差し切れるとかおかしいだろ。

 

471:名無しの競馬ファン

これが世界を制した末脚か

 

472:名無しの競馬ファン

親子三代安田記念制覇おめでとう

 

473:名無しの競馬ファン

伝説だよ

 

474:名無しの競馬ファン

俺たちは今伝説を見ている。

 

475:名無しの競馬ファン

こんな馬もう二度と出てこない

 

476:名無しの競馬ファン

1,2、4番人気で決着

 

477:名無しの競馬ファン

カチカチだったなあ

 

478:名無しの競馬ファン

もう日本で走っても虐殺にしかならんだろこれ

 

479:名無しの競馬ファン

>>478 欧州でも虐殺してきた後なんだよなあ

 

480:名無しの競馬ファン

>>478 香港でももう勝てる馬がいないって話題だよ

 

481:名無しの競馬ファン

>>478 オーストラリアに行くか……

 

482:名無しの競馬ファン

>>481 来ないで

 

 

 

 

 

871:名無しの競馬ファン

嘘だろ……

 

872:名無しの競馬ファン

どうした急に

 

873:名無しの競馬ファン

テンペストクェークの次走

 

http://___

 

 

874:名無しの競馬ファン

マジかよ

 

875:名無しの競馬ファン

どういうこと。なんか見れない

 

876:名無しの競馬ファン

アメリカかよ!

 

877:名無しの競馬ファン

本気で世界を獲りに行くのかよ

 

878:名無しの競馬ファン

ブリーダーズカップ出走、しかもクラシックかよ

 

879:名無しの競馬ファン

アメリカ競馬の絶対の牙城じゃねえか

 

880:名無しの競馬ファン

「テンペストクェークは10月27日モンマスパーク競馬場にて施行されるブリーダーズカップ・クラシック出走を目標にしていきます。7月中に米国に出国し、現地で休養、調教を行います。前哨戦としていくつかのレースを検討中です。出走が決定しましたら、正式に発表いたします。日本を離れますが、変わりなく応援していただけると幸いです。

 

881:名無しの競馬ファン

うっそだろマジかよ

 

882:名無しの競馬ファン

BCクラシックか……

 

883:名無しの競馬ファン

日本馬どころか欧州馬だって1着になった事がないレースだぞ。

 

884:名無しの競馬ファン

ダート世界最強決定戦といっても過言じゃないレースに出るのかよ。さすが厳しいだろ。

 

885:名無しの競馬ファン

BCマイルじゃねーのか

 

886:名無しの競馬ファン

そんなにヤバいのBCクラシックって

 

887:名無しの競馬ファン

ブリーダーズカップの中での最高峰のレース

アメリカのダート頂上決戦が行われるマジでアメリカ最強馬決定戦のようなレース

 

888:名無しの競馬ファン

サンデーサイレンスも勝利している最高峰のGⅠレース。賞金額もクソ高い。

 

889:名無しの競馬ファン

>>883 一度だけ1993年にフランスの調教馬が勝っている。それ以外は全部アメリカしかいない。

 

890:名無しの競馬ファン

去年のインヴァソールはウルグアイ産馬だけど、途中からアメリカの調教師のところに行ったから、BCクラシックのときはアメリカ調教馬になっている

 

891:名無しの競馬ファン

ジャイアンツコーズウェイが2着になっているけど、それぐらい強い馬でも勝てないレース。

 

892:名無しの競馬ファン

招待競走でも何でもないから、全部自腹だな。しかも7月からの長期遠征。どれだけ金が吹き飛ぶのやら

 

893:名無しの競馬ファン

テンペストの賞金額の大半が自分の遠征費で使われていそう

 

894:名無しの競馬ファン

それにしても本当にエンターテイナーだな、テンペストのオーナーと藤山調教師。マジでチャレンジャーだよ

 

895:名無しの競馬ファン

「日本にも香港にも欧州にも彼に勝てる馬がいなくなったので、ダート王国の最高峰のレースを獲りに行く」

要約するとこれ

 

896:名無しの競馬ファン

豪州のコックスプレートじゃない当たりに気合を感じる

 

897:名無しの競馬ファン

テンペストはダートを走れるのかよ

 

898:名無しの競馬ファン

わからん。けどテンペストならやってくれそう

 

899:名無しの競馬ファン

一回もダートレース出ていないのに大丈夫かよ

 

900:名無しの競馬ファン

アメリカのダートは日本とかなり違う。日本は砂、アメリカは土。スピードもパワーもどちらも高いレベルの能力が必要

うん、テンペストは大丈夫だな

 

901:名無しの競馬ファン

専用スレが出来ているぞ。

そっちに行くか

 

http://___

 

902:名無しの競馬ファン

盛り上がってきました

 

903:名無しの競馬ファン

まだまだ盛り上がりは終わらねえ

 

904:名無しの競馬ファン

本当にブームを終わらせる気がないな、競馬の神様

 

 

 



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馬、一休みする

6月中旬の北海道。

本土に比べると梅雨がないため、比較的過ごしやすい季節である。

サラブレッドの生産が盛んな北海道のとある地区に、島本牧場があった。

 

小規模牧場の島本牧場には、少し前では考えられないほど注目が集まっていた。

GⅠ競走を12勝している世界最強のサラブレッドのテンペストクェークを生んだ牧場であるからだ。

現在、そこには多くの報道陣や一般人が詰め寄せていた。

 

 

「ボーの奴が帰ってくるってだけでここまで人が集まるとはな」

 

 

牧場長の島本哲司は報道陣を見ながら呟く。

 

 

「あなた、テンペストグッズがどんどん売れていますよ。今のうちに稼ぎましょう」

 

 

哲司の妻はテンペストグッズを報道陣やファンに押し売っており、商魂の逞しさが垣間見える。

地元の役場も全力で乗っかっており、テンペストクェーク展を実施していたりするくらいである。

テンペストが勝利した競走のトロフィーや優勝カップ、賞状、優勝レイなどがオーナーから提供されていた。特に英国を中心とした海外GⅠ関係のものは、日本ではこの展示だけしか見られないということもあり、多くの競馬ファンが押しかけていた。

また、テンペストは8月以降、長期のアメリカ遠征に行くことを表明しており、競走馬としてのテンペストを日本で見ることができる機会が今後は少なくなると考えられたため、テンペストの放牧に多くの人が駆けつけていた。

 

 

「あ~そこに入るなって言っているでしょう。頼むから変なことはしないでくれよ~」

 

 

息子の哲也は報道陣や観客を誘導するので精いっぱいであった。

一応役所の支援もあり、警備関係の人員を提供してもらっているためか大きなトラブルは起きていなかった。

 

 

「テンペストの弟妹たちがいい値段で売れたおかげで、放牧地も拡張できたし、そっちにテンペストを入れるから大丈夫だとは思うけどな」

 

 

テンペストの放牧地は、乗馬コースなどがある場所の近くであるため、現役の繁殖牝馬や仔馬たちがいるところとは離れた場所である。刺激を与えるようなことにはならないだろうと考えたため、今回の短期放牧を受け入れたのであった。

 

しばらくすると、JRAの文字が書かれた馬運車が牧場に入り、観衆がどよめく。

 

 

「テンペストだ!」

 

 

馬運車から係員に引かれて降りてきた鹿毛のサラブレッド。彼こそ、世界最強の競走馬であるテンペストクェークであった。

眼を細めながら、トテトテと歩いており、周りに大勢の人がいる事も全く気にならない様子でスタッフに曳かれて歩いていた。

 

 

「相変わらず図太いなあ……」

 

 

こうやって人が集まることを許可しているのも、テンペストがサラブレッドとは思えないほどの図太さを持っているからだ。実際のレースではズブさとは全く縁がないが。

 

 

「あ、こら!フラッシュは禁止だ!」

 

 

どこかのバカがフラッシュ撮影をしてしまい、もろにその光をテンペストに浴びせてしまった。

ヤバいと思ったのか撮影者は謝っていたが、周りから白い目で見られていた。

肝心のテンペストは立ち止まったものの、特に驚いた様子は見せていなかった。

しかし、カメラマンに近づくと、手にしていたカメラを奪い取り、そのまま持って行ってしまった。

 

 

「……また変なことをしている」

 

 

他の人間も茫然としながらも、ルールを破った奴に対する報いであるとして考えるのを止めた。

こうして、テンペストの短い休養が始まった。

 

 

 

 

「はあ、どうすっかねえ」

 

 

牧場長、島本哲司は悩んでいた。

セオドライトの次の種付け相手である。

これまでの種付けの相手は以下のとおりである。

セオドライトの2002(牡):父ヤマニンゼファー

セオドライトの2003(牡):父トウカイテイオー

セオドライトの2004(牝):父ヤマニンゼファー

セオドライトの2005(牡):父アグネスデジタル

セオドライトの2006(牡):父フジキセキ

セオドライトの2007(牝):父グラスワンダー

そして今年はハーツクライを種付けしており、受胎も確認されている。

 

テンペストクェークはGⅠを12勝した怪物となり、父トウカイテイオーの牡馬も先日地方競馬で重賞を勝利している。ヤマニンシュトルムも今年の牝馬戦線を賑わせている一頭である。

父アグネスデジタルの牡馬も近々栗東の厩舎に入厩予定で、無事に競走馬としてデビューが出来そうだといわれている。

また、牧場にいる2頭の仔馬も特に問題なく成長している。

 

 

「来年は奮発してディープインパクトを……」

 

 

テンペストのライバルであるディープインパクトは今年から種牡馬入りしており、一年目から目が飛び出るほどの種付け料であった。

しかし、彼の産駒成績が上がれば上がるほど、種付け料は上昇していくことも考えられる為、2,3年目くらいが狙い時であるとも考えていた。

セオドライトとはノーザンダンサーの5×5のクロスがあるだけなので、特に問題もない。

 

 

「大野君は身の丈に合わない投資は考え物といっていたが、勝負することも必要だろうな」

 

 

普通に成長さえしてくれれば、ディープという良血統とセオドライトの実績が重なって、大きな金額で取引できるだろうとも考えていた。これを捕らぬ狸の皮算用ともいう。

 

哲司の机にはテンペストクェーク関係で連絡を取ってきた人々の名刺などがまとめられている。

日本最大級の馬産グループを筆頭に、有名クラブの代表者、有名馬主たちである。

ちなみに、セオドライトの2005はセリでディープの馬主に購入されており、いい馬を買うことが出来ましたと声を掛けられたこともある。

もっと厄介なのは、海外の超大物の馬主たちの日本での連絡先もあることで、こちらから連絡することすら躊躇うようなメンツばかりであった。

 

そもそも島本牧場は地方を中心に細々と馬を送り出す小規模牧場である。零細というほど弱くはないが、大手に比べることもできないほどの規模である。

そんな小規模の牧場が所有する牝馬に父ヤマニンゼファーを種付けしたのも、父ヤマニンゼファーの馬が徐々に消えつつある状況に寂しさを覚えたからという超個人的な理由があったからだ。

その個人的な理由で種付けした馬が、GⅠを12勝し、17億円を稼ぎ、そして世界の名立たる競走馬たちの仲間入りをするとは全く予想できなかった。

 

日本のGⅠだけならまだ許容範囲内であった。しかし海外、それも本場の欧州で無敵の強さを見せつけて勝ちまくったのである。

生産者として表彰を受けたこともあったが、何が何だか全く分からなかった。

そのうえ、テンペストという馬を超えたUMAのような生物が、女王陛下を乗せたという意味不明なことをやらかしたこともあり、外務省を通じて英国王室とのやり取りをするという、大変胃が痛むことも行われていた。

 

 

「まさかとは思うけど、皇室関係者は介入してこないよね……」

 

 

ここから連絡が来たら、流石に胃が痛むどころの話ではないため、絶対に波風を立てないでくれよと思っていた。

藤山調教師も西崎オーナーも、良い意味でも悪い意味でもアクティブな人達であるため、何をしでかすかわからなかった。

その証拠にテンペストはこの短期放牧を終えると、すぐにアメリカに飛び立つことになっている。長期のアメリカ遠征であり、本気でダート王国に殴り込みに行く予定である。

 

 

「本当にすごい馬になっちゃったなあ……」

 

 

いろいろな意味も込めて感慨にふけっていると、息子の大声が聞こえてくる。

 

 

「父さん!栗東の調教師の先生から連絡が来ているよ」

 

 

「なんだってこんな時に」

 

 

この電話のせいで、島本牧場のスタッフに更なる負担が生まれるとは、この時は思いもしていなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今、俺は休養中である。

ちょっと前のレースに勝利した俺は、この生まれ故郷である牧場に連れてこられたのである。

どうやら今までの激戦の疲れを癒すために、この懐かしく、そしてのんびりした場所に送られたようだ。

最近いろいろと疲れていたので、助かる。

 

 

「ボー!運動するぞ」

 

 

食っちゃ寝をしていると身体のキレも落ちるので、定期的に俺の上に人が乗って運動はすることになっている。

俺の世話をしてくれるのは、若い男だ。トレーニング場でお世話をしてくれる兄ちゃんより若いな。

しばらくゆっくり歩いていると、見慣れた場所を発見した。

 

 

「ボー、そっちは乗馬用だから、ってそういえば昔ここで遊ばせていたんだよな」

 

 

懐かしき我が子供時代。あの時は調子に乗っていたが、それでも懐かしい場所だ。

久しぶりに行きたい。

 

 

「仕方がないか、ケガしないように気を付けるんだぞ」

 

 

上に乗った人間がおりて、俺を柵や障害物がある場所に入れてくれた。

 

 

【うーん、こういうのもまた一興】

 

 

俺がケガをしないように作られているためか柵や障害物はかなり低い。

まあ、俺も誰かに迷惑はかけたくないので無理はしない。

 

しばらく俺が遊んでいると、若い兄ちゃんがなにやら俺をじっと見つめてくる。

いやん、そんな目で見ないで。

 

 

「テンペストは馬術もできそうな気がするなあ……ちょっと教えてみるか」

 

 

何やら怪しい顔をしておりますなあ。

どうやら俺の上に乗りたいとのことなので、大人しく指示に従う。

俺の上に乗れるのは騎手君を含めた限られた人だけなのだから、もっと楽しみたまえよ。

 

 

「テンペスト、ちょっと俺の指示に従ってくれるかな?」

 

 

なんだ?走るのか?なんでもいいや。

 

 

【何するの?】

 

 

上に乗った彼は何やらリズムよく俺に指示を出してくる。

ふむ、どうやらこのリズムの通りに歩けってことだな。

ふふ、俺は完璧な馬だからな。

 

 

「そうそう、うまいうまい!」

 

 

【どんなもんよ】

 

 

普段の走りとはまた違って面白いな。

これはこれで楽しい。

 

 

「これでいざとなったら馬術馬になれるな」

 

 

うん、いい運動になった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「うまいぞ~」

 

 

乗馬コースできれいな常歩を披露している馬がいた。

早朝一番ということもあり、島本牧場の乗馬コースには人はほとんどいなかった。まだ日が昇ったばかりであったが、テンペストや馬産関係者にとってはそこまで早い時間ではなかった。

 

 

「さて、そろそろ終わるかな」

 

 

良い運動ができたと上機嫌になったテンペストを連れて哲也は馬房へと向かったのであった。

 

 

 

 

「すいません。朝早くに乗馬のコースにいた馬は、こちらの乗馬クラブの馬ですか?」

 

 

馬の世話もいち段落付き、哲也は応援のために乗馬関係の仕事を手伝っていた。

しばらく仕事をしていると老齢の男性から声を掛けられた。

 

 

「ボーのことですか?鹿毛で大柄の?あの時間帯に?」

 

 

「敷地の外からでしたが、あなたとの呼吸もあっており、綺麗な常歩、早歩だったので印象に残っておりましてね」

 

 

確かに遠目からだと馬の種類はわからないなと思いながら、自分が乗っていた馬について紹介する。

 

 

「あの馬はテンペストクェークという現役の競走馬ですよ。ちょっと運動もかねて歩かせていただけです」

 

 

「えぇ……あれが現役の競走馬なのですか……それにテンペストクェークといえばGⅠを勝っている馬ですよね。牧場の方にいるのかと思いました」

 

 

「ええ、ここが彼の生まれ故郷なんですよ。てっきりご存知だと思っていました」

 

 

老紳士が言うには、島本牧場の近くに自分の知り合いがいるらしく、初めてこの場所に来たとのことである。

朝、散歩がてら近くに乗馬をやっている牧場に来たら、テンペストクェークに乗っている哲也のことを見かけたようである。

 

テンペストクェークが島本牧場にいることは知っていたが、乗馬施設がある方にいるとは思わなかったらしい。

ある意味では当然である。

 

 

「ずいぶん昔ではありますが、乗馬を嗜んでいたこともありましてね。それにしても現役の競走馬があそこまで大人しいとは思いませんでした。引退した馬が乗馬になることはありますが、訓練する必要があると聞きますからね」

 

 

「テンペストクェークは本当に人に従順なんですよ。多分訓練をすれば馬術関係の競技にもすぐに出場できるくらいには賢くて気性がいいですよ」

 

 

「なるほど。引退後は馬術馬になっても面白そうですな」

 

 

「そうですね。ただ、彼は種牡馬になると思うので、難しいと思いますよ。さすがのテンペストでも種牡馬生活を送りながら馬術の練習はできないと思いますので」

 

 

「それは少し残念ですなあ……」

 

 

こうして老紳士との会話は終わった。

この短い期間で、島本哲也は簡単な馬術をテンペストに教えた。このことが、のちのち厄介な出来事につながることを、この時は誰も知らなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

なんか2回目だなこれ。

いや、気のせいか。

 

俺は今、大変な目に遭っている。

 

俺は生まれ故郷に来てしばらくは一人で悠々と暮らしていた。

しかしつい先日から、俺の隣の場所で新しく暮らすようになった馬がいる。

多分年下の雌の馬だ。

まあ、別に雌だから興味があるとかではない。

 

 

【何見てんだ。殺すぞ】

 

 

道路と柵があるから大丈夫だけど、あちらさんの殺気がヤバい。

というか基本「殺す」「潰す」の言葉しか聞こえないのが怖すぎる。

 

 

【あんちゃん、こいつ、めっちゃ怖いよ】

 

 

「ごめんなボー、お前の妹がここまで気性が悪いとは思わなかったよ」

 

 

というか雌の馬を隣にしない方がいいと思うのだけど。

俺は気にしないけど。

 

 

【……フン】

 

 

何があったんだよ……。

ということで俺は激ヤバな馬の面倒を見ることになったようである。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「なんでうちの牧場で預かることになったんですか……」

 

 

島本牧場には現役の競走馬が2頭放牧で繋養されている。

1頭はテンペストクェークで、人に従順で賢いため、全く問題はなかった。

問題があるのはもう1頭の方であった。

ヤマニンシュトルムという名前の3歳牝馬であり、GⅠ戦線を賑わせていた実力馬である。

そして彼女はテンペストクェークの全妹であり、島本牧場出身の馬である。

 

 

「仕方がないだろ。気性が悪すぎてどこの育成牧場も放牧先として断られたんだから」

 

 

「本当になんで競走馬になれているのか不思議なレベルですよ」

 

 

面倒見のいいテンペストクェークの隣の放牧地で繋養しているが、すでに彼にも喧嘩を売っており、癖馬に強い彼でも手を焼いているようである。

 

 

「スタートがよく、基本大逃げでなおかつ大外を走るから接触事故とかは起こしたことはないのが救いだな。ただ、調教も満足にできないし、騎手の指示もガン無視しているので、競馬らしい競馬ができないとのことだ。一応、レースに出ないと世話をしてもらえないことがわかっているのか、「レース」は走ってくれるらしい」

 

 

桜花賞が終わり、手ごろなレースがないことや、馬体がまだ完成されていないこともあり、夏まで休養することとなっていた。しかし、日常生活での気性が悪すぎた結果、どこの放牧先にも受け入れを断られたようである。すでに厩務員を筆頭に数人の関係者を負傷させていることが原因である。

 

 

「狂乱の暴風娘と呼ばれてファンもいるようですが、現場からしてみればたまったものではないですね」

 

 

騎手が必死になって抑えようとするが、首を獅子舞のように振り回しながら爆速で大逃げをするさまは見ているファンからは面白がられていた。しかもそれで掲示板に入着する能力があるため、覚醒したらどれだけ強くなるのかという期待もあった。

 

 

「せめて、もう少しだけ大人しくなってくれればなあ……」

 

 

「まともに調教できていないうえ、馬体もまだ完成していないのにGⅠで入着できるのか。ある意味凄いな」

 

 

現在は、生まれ故郷の牧場に来たおかげか、激烈な気性の悪さは今のところは見せていなかった。

 

 

「何とかならないものかねえ……」




妹の面倒を見ることになった島本牧場一同とテンペストクェークの明日はいかに……

因みに妹ちゃんはサンデーサイレンス以上、ヘイロー、セントサイモン以下くらいの気性です。プラスαとしてフル装備と取っ払ったメイケイエールのような走りをしています。


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テンペストの休日

気温も上がってきたこの生まれ故郷のこの大地。

俺は広い広いこの大地で十分な休養をとっていた。

俺のためにこんなに広い場所を開放してくれるなんてありがたや、ありがたや

だけど一つ問題点がある。

 

 

【ぶち殺すぞ】

 

 

【も~怖いなあ……】

 

 

俺の隣の場所でいつも苛ついている年下の雌馬が煩いのである。

やれ「殺す」だの、「ぶちのめす」だの恐ろしい言葉を吐き捨ておって。

 

 

【あいつら嫌い。お前も嫌い】

 

 

ふむ、どうやら彼女は人間が嫌いなようだ。

まあ、確かに人間を乗せて走るのは重いので嫌という馬も多い。それに鞭を入れられるのも嫌な馬もいる。後、単純に他者から命令されるのも嫌というプライドの高い奴もいる。

こいつは他人から命令されるのが死ぬほど嫌いな馬だ。

そりゃあ上に乗って命令する騎手やあれこれ命令するおっちゃんたち人間のことが嫌いになるのもわかる。

だが、人間と共に生きるのが俺たちの宿命だ。

俺たちは人間に作られた生物のようなものだからな。だから、彼らを拒絶することは死ぬことと同義でもある。

基本的に人間に従いつつ、自分の要求を通していくのが大人の対応ってものだよ。

え、俺の若いころ?その話をするな。ぶっ飛ばすぞ。

 

あとこいつ、かなり強い。

筋肉の付き方、体幹、威圧感。どれも一級品のモノを持っている気がする。

少なくとも俺が戦ったライバルたちと同様の才能を感じるのだ。

プライドがクソ高いのも、身体が大きくて、自分が強い馬であることを知っているからだろうな。

……なんでこいつ雌なの?

 

あと、よくわからないが、こいつは他人のような気がしない。何か縁を感じてしまう。気のせいだろうけど。

正直この馬に対していろいろ矯正する義理もないが、将来有望で何か縁を感じるこいつには少しだけまともになってもらおうかな。

それに、ここで俺を育ててくれた人間も手を焼いているみたいだし、少しお礼も兼ねてね。

 

ただ、どうするかねえ……

下手に脅しても意味がないし。

よし、対プライド高い馬対策で行くぞ

 

 

【弱い奴やなあ~】

 

 

俺はありったけの笑みで奴を笑う。

反応してくれればいいが……

 

 

【うっさい!】

 

 

【弱い奴ほどよく吠える】

 

 

【なんだと!殺すぞ!】

 

 

どうやらこっちに食いついたようだ。

プライドが高い奴は煽るのに限る。

というか目が血走っていて怖!

 

 

【なら、俺と勝負しろ】

 

 

俺は柵をジャンプして飛び越え、隣の馬がいる場所に入り込む。

これぐらいの高さの柵なら俺は簡単に越えられる。人間を心配させたくないから今まで秘密にしていたけど。

 

 

【て、てめえ!】

 

 

【よお、待たせたな】

 

 

ふむ、ノリで柵を越えたが、これ後で滅茶苦茶怒られる奴だな。

まあいい。

さあ、俺と戯れようぞ。

俺は全力で走り始める。ついてこれるかな。

 

 

【ぶっ殺す】

 

 

【や~い、ってクソ速い!】

 

 

こいつクッソ速い。マジかよ。

やばいやばい。

 

 

【うおおおおおお】

 

 

【マテコラコロス】

 

 

俺と奴はひたすらに走り回った。

トレーニングやレースとは関係なくここまで走り回ったのは久しぶりだな。

まあまあ疲れたな。

さすがにスピードもスタミナは俺の方が上のようだが。

 

 

【……コロス】

 

 

【俺に勝てたらな】

 

 

【クソ……】

 

 

【なら強くなれ】

 

 

【うるさい。お前嫌い】

 

 

【嫌いで結構。これから鍛えぬいてやる】

 

 

【……ヤダ】

 

 

ははは、多分また挑発したら乗ってくるだろうな。

さ~て、俺は元の場所に戻るかな……

 

 

「テンペストく~ん。ちょっといいかな?」

 

 

あ~、一杯人間が集まっている。

皆滅茶苦茶怖い顔をしている。

 

 

【ごめんね……】

 

 

「媚びた顔しても無駄ですよ。君、賢いからね」

 

 

だめだ、全然効かない。

信じられないぐらい怒られた。

なんか馬に対する態度じゃなくない?最近……

 

 

ただ、この後、ちゃんとした場所で奴と走らせてくれる機会があった。なんと騎手君まで駆けつけてくれたのである。

当然勝った。

まだまだ若い。だが、いろいろな課題を解決したら、相当な強さの馬になりそうだな。

ただの傲慢なプライドは必要ない。

 

プライドを闘争心に変えればいいだけの話だ。

 

 

......奴の上に乗っていた騎手はとても大変そうだったな。

ふむ、これから苦労しそうな顔をしている。

彼に幸あれ!

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

島本牧場の厩舎内で3人の男たちが話し合っていた。

 

 

「獣医にも確認してもらいましたが、テンペストクェークとヤマニンシュトルムには何も問題はありませんでした」

 

 

大野が島本親子に「テンペストクェーク、妹と競走する事件」に関係する報告を行う。

牡馬と牝馬が同じ時間を過ごしてしまったということで、検査等を行ったが特に問題はなかった。

また、2頭とも走り回っていたので、脚部のチェックもしたが、これも全く問題なかった。

 

テンペストの方は、結構な高さの柵を簡単に越えていたようで、今まで大人しかったのは何だったんだと全員で驚いていた。

 

テンペストは「ごめんなさい」といった感じでスタッフに顔をスリスリと寄せて謝っていたようだが、今回はしっかりと叱ったようである。

テンペストがこういった行動をするときは大体人間に媚を売っているときだから、反省はしていない場合が多いと、藤山調教師一同から通達されていたため、容赦なく叱ったのである。

馬は怒られるとやる気をなくしてしまうことも多いので、あまり強く叱ることはないのだが、テンペストにそういう配慮は必要ない。なんだかやんちゃ坊主を叱っているような感覚だったという。

 

 

「あれ以来、ヤマニンシュトルムの方が、テンペストクェークに会わせろと煩いのですよね」

 

 

ヤマニンシュトルムの世話をしている哲也は嘆く。

容赦なく蹴られ、噛みつかれるとのことであるため、かなり気を付けていた。

 

 

「発情しているわけではないようです。どうやら彼にあおられまくった挙句、一度も勝てなかったことが悔しいみたいで、相当頭に来ているみたいです」

 

 

「どうすっかな……さすがに一緒に放牧するわけにはいかないし……」

 

 

場長の哲司も悩んでいた。

テンペストは勿論であるが、シュトルムの方も、GⅠをいくつも勝てる可能性のある素質馬である。ケガなどされては困るのである。

今回の事件は割と笑えない問題であった。

 

 

「仕方がない。先生方に相談するかな……」

 

 

「それがいいでしょう」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「それで俺が呼ばれたと」

 

 

「申し訳ありません。ただ、ちゃんと走らせるなら高森騎手に頼んだ方がいいと思いまして」

 

 

俺は、今日は完全オフの日だ。

ただ、テンペストと彼の妹のヤマニンシュトルムが併走するため、騎手として騎乗してほしいという依頼を聞いて、北海道まで飛んできたのである。

傍らにはヤマニンシュトルムの主戦を務めている若い騎手もいる。

あ、噛まれた。痛そうだなあ……

彼は笑っているけど。

 

 

「大丈夫ですか?」

 

 

「いや~きついです。でもなかなか可愛いところもありますよ。意外とかまってちゃんかもしれませんね?」

 

 

そういってシュトルムの顔を撫でる。

いや、絶対「コロス」みたいな目をしているよ、その馬。

あ、また噛みついた。容赦ねえな。

というか蹴りつけようと狙っているように見える。

厩舎スタッフを病院送りにしたのは本当らしいな。

 

 

「テンペストクェークの全妹ということで大人しい馬かと思ったんですけどね……実際は凄まじい気性の持ち主でした。ただ、本当に素質はあります。テンペストから何か学んでくれればいいのですが」

 

 

「テンペストも気性が激しい馬の扱いは上手いですからね。2頭で何か話し込んでいるようですね」

 

 

「生まれ故郷に来たおかげか少し落ち着いているようですね」

 

 

「……あれで?」

 

 

「いつもはもっと酷いですよ。少しでも彼女の間合いにいたら容赦なく蹴りが飛んでいますからね。絶対に馬房に彼女がいるときに中には入らせませんし、調教のときは関係者以外は絶対に近づけません」

 

 

マッサージ機械などを使おうにも、下手に脚に近づけば攻撃されるため使うことが出来ないとのことである。

 

 

「気性が荒い馬はたくさん見てきましたが、彼女ほどの馬は滅多にいませんね。レースそのものは拒否しないのだけが救いです。そうでなかったらデビューすらできませんでしたからね」

 

 

向こう側ではお互いの先生たちが話し込んでいる。

そしてテンペストとシュトルムは嘶きあっている。どうもテンペストが煽っているようにも見える。テンペストと2年以上付き合っているが、彼はあえて他馬を煽ることがある。

それをコミュニケーションのツールとして使っているようだ。

本当に頭がいい。馬というより人間に近い。

いや、馬なんだけどさ。

 

 

「30年近く騎手をしているけど、こんな経験は初めてだよ」

 

 

俺たちは今、育成牧場に来ている。

トレセンにあるような規模のモノではないが、ちゃんとした坂路コースやウッドチップコースもある。

そこを島本牧場や西崎オーナーが自腹で借りたようである。

そしてわざわざ騎手と調教師を呼んだのもいろいろな事情があるためらしい。

 

 

「シュトルムはバカではありませんよ。自分の名前や私たち人間の顔も覚えていますし。ただ、本当にプライドが高いので、命令されるのが死ぬほど嫌いなようです。おそらくレースで負けることよりも。ケガをした厩務員は全員、シュトルムに何らかの行為を命令したときにやられたそうです。それはそうと日常生活でも何かしらにイラついているようですが。かなり神経質な性格ともいえますね。困ったお嬢様ですよ」

 

 

お嬢様って……

俺の知っているお嬢様はそんな血走った目で騎手や調教師を睨まないのだが……

 

 

「それって騎手が一番大変なのでは……?」

 

 

まだ若いのに癖馬に乗ることになったのか……

いや、デュランダルやスイープトウショウを乗りこなしているのだから、彼にとってはお手馬なのか?

 

 

「調教は気が向いたときにしかやってくれませんし、レースには何とか出てくれるといった感じです。賢いので、レースやトレーニングをさぼりすぎると御飯がもらえないことは理解しているみたいですが。本当に嫌そうな顔していますが……」

 

 

「なんというか本当に気難しい馬ですね。テンペストでよかった……」

 

 

「高森さんがうらやましいです……でも自分にとっては可愛い馬ですよ」

 

 

凄いなあ……

俺も若い時はこんなバイタリティーがあったかねえ……

 

 

ウォーミングアップや今日の進行について全員で確認を行い、実際に走ることになった。

 

 

「シュトルムが前を走って、テンペストが抜くのか。まあよくある形式だな」

 

 

若い馬を追わせることが多いが、テンペストは追い抜く方が得意だからな。シュトルムの方が逃げ先行が得意だし。

俺は騎乗しながらテンペストの状態をチェックする。

歩行もいいな。

休養をしていたと聞くが、身体のキレはそこまで鈍っていない。レース前に比べたら力不足だが、十分だ。相手も同じような感じだしな。というかお互いに鈍っていたらこんなことはさせない筈だ。

 

 

「無理しない程度に頑張ろうな」

 

 

テンペストはわかったと言わんばかりに嘶いて首を上げ下げする。

 

 

「行くぞ!」

 

 

少し離れたところから俺たちが追い始める。

GⅠ12勝馬とGⅠで掲示板を一度も外したことがない馬同士の併せ馬か。

 

そこまで速度は出させない。ケガ防止のためでもある。

ただ、やはり古馬として、そして世界最強の競走馬だけあって、ほとんど全力で走っていないのに、簡単に前を行くシュトルムを追い抜かした。

 

向こうも本気の全力では走らせようとはしていない。

それでも結構な強度で走っているようだ。フルパワーで走らせすぎないように制御したのか騎手の方が疲れ切っていた。

……お疲れ様です。

 

テンペストが勝ち誇ったように満面の笑みをシュトルムに向ける。だからそういうのが煽りになるんだって。相手は3歳牝馬だぞ。お前は古馬だ。勝ち誇るんじゃない。

いや、これはワザとだな

息が上がっている彼女は、かなりイラついているように見える。

 

 

「落ち着いたらもう一本しようか」

 

 

同じ条件でもう一回。

しかし結果は変わらない。

悠々とテンペストは走っていた。これが俺の強さだと言わんばかりに。

あ~もしかしてテンペスト、プライドをへし折りにかかっているな。大人げねえ。

というか君も弥生賞まであんな感じだったよ。調教や日常生活では大人しかったし、こっちのいうことは聞いてくれたけど。

 

 

「ああ、騎手を振り落としちゃって……」

 

 

テンペストがあたりに響き渡るような低い嘶きを上げる。

これは待てって感じかな。

美浦で暴れたりしている馬がいるときに使うものだ。人間でも威圧感があって近づけないほどのモノだ。美浦の人間は慣れたものだけど、栗東の人達には衝撃的かもな。

暴れようとしていたシュトルムが大人しくなる。

ただ、じっとテンペストの方を睨みつけて、嘶き返していた。

 

こうして兄妹の喧嘩?は終わった。

まあ、兄貴が強すぎるな。

 

 

「あれ?彼はどこに?」

 

 

さっきまでシュトルムに乗っていた騎手がいなくなっている。調教師たちもだ。

事情を知っていそうな先生に聞く。

 

 

「シュトルムのアフターケアだと。今がチャンスだ、とのことだ」

 

 

「そういえばオーナーの方は大丈夫なんですかね。こんなことしたらプライドごと闘争心まで折りかねませんが……」

 

 

馬によっては負け癖がついてしまったり、やる気を無くしてしまう可能性もあるような併せ馬であった。

 

 

「シュトルムのオーナーは了承しているとのことです。さすがにこれ以上騎手の、人間の指示を聞かないと、いつ事故が起きて、他の馬たちに迷惑をかけるか怖いとのことで、荒療治を許可してくれたようです。テンペストならシュトルムを恐れない上、彼女を叩きのめせる実力を持っていますからね。適任だったわけです」

 

 

相当悔しそうにしていたな。あとはそのプライドの高さが、レースでの負けん気に変わってくれればいいのだけどね。競走で負けることの本当の悔しさを知ったようだし。

本当に煽るのがうまいよなあ。

 

 

「テンペストも最初の頃は尖っていましたし、血統的に何かあるのかなあ……」

 

 

テンペストは弥生賞までは割と天狗だった。それに俺のことを信頼していなかった。

彼は愛嬌がいいので忘れがちだが、結構プライドが高い。最初の方はプライドの高さが仇となって誰も信用していなかった。それでも、ディープに負けて、皐月賞で俺と喧嘩して、それでやっと心を開いてくれた。

まあ、彼は日常生活や調教では大人しく従順だったけどね。

 

 

「多分ある程度は成功したと思いますね。テンペストに威圧された後のあの目。あれはテンペストと同じバイタリティーを感じますよ。あとはどれだけ人間を信用するかですね」

 

 

「彼らも大変だなあ」

 

 

HAHAHA!と笑う俺たち。

願わくば、彼らに祝福のあらんことを。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

その日、ヤマニンシュトルムの主戦騎手は泊まり込みで、島本牧場で荒れる彼女に付き添った。

曰く、「ここまで来ましたので。これぐらいなら付き合いますよ」とのことであった。

彼と彼女との間には、語りきれないほどの出来事があったようである。そのおかげか、島本牧場放牧後は少しだけ指示に従ってくれるようになったとか。

彼女の物語はまだまだ始まったばかりである。

 

 

 

そして、季節は本格的に夏になる。

テンペストクェークは美浦トレセンに戻った後、少しの調整をしてから検疫厩舎に入り、そして米国へと旅立った。

 

 

【また君たちとか……】

 

 

【狭い!嫌い!】

 

 

【狭いなあ……疲れる……】

 

 

テンペストクェークのライバルたちと共に。



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馬、自由の国に上陸する

7月中旬から行われるテンペストクェークのアメリカ遠征は、当初は1頭だけで殴り込みに行く予定であった。

しかし、テンペストクェークと縁のある2頭の馬がアメリカ遠征に参加すると表明したのであった。

 

 

「ダイワメジャーにアドマイヤムーンの2頭がアメリカ遠征に参加するのか……」

 

 

アメリカへ同行する予定だった秋山も安田記念が終わった後にこの話を聞かされており、有力馬によるアメリカへの総攻撃を行う遠征になると感じていた。

ダイワメジャーは、安田記念を2着の後、出走予定であった宝塚記念は疲労のため回避して短期放牧に出されていた。宝塚記念でGⅠ2勝目を勝ち取ったアドマイヤムーンは、栗東トレセンで疲労を抜いている最中である。

 

 

「昨年の流れで海外遠征への心理的なハードルが下がりましたからね。メイショウサムソンは凱旋門賞、デルタブルースはメルボルンカップを目指すそうですよ」

 

 

調教助手としてアメリカ遠征に参加する本村も今年海外遠征を計画している馬たちの情報を振り返る。

ダイワメジャーはブリーダーズカップ・マイルを、アドマイヤムーンはブリーダーズカップ・ターフを目標にしている。

アメリカの競馬はダートが主流であるというのが共通認識である。悪い言い方をすると、芝は二軍に近い扱いともいえる。近年は芝のレースの注目度も高まっているので、完全な二軍扱いというわけではないが、アメリカ競馬を代表する名馬たちは、基本的にはダートの王道を走った馬である。

ただ、そんな芝路線でも、ブリーダーズカップで施行される芝の国際GⅠは、格が低いレースではない。特にBCターフはデイラミやファンタスティックライトを筆頭に、欧州の有力馬が参加したりするため、確実に勝利できる甘いレースなどではない。また、BCマイルもマイルの有力馬が集まることが多く、レベルの高いレースになることも多い。

 

 

「なんか他の2頭が帯同馬でテンペストが本命って感じですけど、帯同馬なのは実質テンペストのような気が……」

 

 

テンペストは1頭でも遠征先で特に問題なく過ごせる。しかし本来馬というものは繊細で臆病な性質を持っており、気性が荒いような馬でも環境が変わると元気がなくなってしまうようなことは珍しい事ではないのである。

その点、テンペストは2頭と仲が良く、お互いを高め合うことが出来るライバルでもあるため、よい相乗効果が生まれると考えていた。

また人間にも同じことは言える。

テンペスト陣営の遠征スタッフは初のアメリカであるが、海外遠征そのものの経験は、国内屈指のレベルで豊富である。そこに他の2頭の陣営もあやかるということである。グループでいたほうが落ち着くし、安心するというのは馬も人間も変わらないのかもしれない。

 

 

「ダイワメジャーもアドマイヤムーンも個人馬主という点も大きかったな」

 

 

馬主初心者の西崎オーナーが積極的に海外遠征をして、結果を出している姿に、ダイワメジャーの馬主やアドマイヤムーンの馬主(共同名義であるが)がアメリカ遠征に賛同する形での参加となっていた。

遠征の費用は決して安い金額ではない。ただ、2頭とも海外GⅠを勝利しており、勝算は十分に計算できると判断してテンペスト陣営の計画に乗ったのである。

因みにダイワスカーレットも連れて行こうかと考えたようだが、流石に止めたようである。

 

 

「ダイワメジャーもアドマイヤムーンも勝算はあるんでしょうかねえ。そりゃあなかったら遠征なんかしませんが」

 

 

「米国の芝は比較的日本に近いようですし、競馬場も小回りである点以外は日本の競馬場と同じような形状なので、戦いにはなると思いますよ」

 

 

今年のブリーダーズカップが施行されるモンマスパーク競馬場は、外側のメインのトラックがダートで、内側がターフである。日本の競馬場とは正反対である。そのため、小回りのコースになってしまうのである。

 

 

「むしろ心配されるのはテンペストの方ですよ。芝からダートに行くんですから」

 

 

「トレセンのダートは普通に走っているので、ダートには苦手意識はないと思いますが……」

 

 

「アメリカのダートは日本のものとは違いますからね。ただ、スピードもパワーもあるテンペストならうまく適応してくれると思いますよ。そのための3ヶ月ですからね」

 

 

3ヶ月の遠征でどこまで対応できるのか。そこがBCクラシックを勝利するキーポイントであった。テンペストクェークは馬場状態、芝の違いによる悪影響をほとんど受けない能力を有しているので、多分大丈夫だという楽観論も現場では存在してた。

そもそも無理なら大人しく欧州遠征をしていたので、そこはかとない自信が陣営にはあった。

 

 

「二人とも、ちょっと来てくれるかな。テンペストの件でね」

 

 

二人が海外遠征について話し合っているところに、調教師の藤山が現れる。

 

 

「……あいつはいったい何をやっているんだ」

 

 

生まれ故郷で疲れを癒しているはずのテンペストが、同じく島本牧場で繋養されている全妹のヤマニンシュトルムと大喧嘩をしたとの話だった。

お互いにケガがなかったので一安心するが、この大事な時期に問題は起こさないでくれとも思っていた。

 

 

「それでなんだが……」

 

 

その後、北海道で本格的な兄妹喧嘩の仲介をすることになり、海外遠征前にスタッフの気苦労が増えたのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今、俺は飛行機に乗っている。

そう、またなんだ。また海外に行くようだ。

そして今回は俺だけではなく、2頭の馬が同じ飛行機に乗っている。どうも彼らも俺と同じ場所に行くようだ。そして彼らは俺と顔見知りである。

まず、俺のライバルであり、いつも俺に絡んでくる大柄な馬。

 

 

【狭い!気持ち悪い!】

 

 

そして、眠そうにしている年下の馬。

 

 

【またこれか……狭いなあ……】

 

 

大柄な馬に関しては説明不要だろう。

俺とよく走っているし、俺と同じトレーニング場で日々過ごしている。どうやら俺と同じように海外に行くようである。

そしてもう一頭の馬は俺たちに比べると小柄な馬だ。あと多分年下。

ちょっと前の海外で一緒に走った馬だな。

俺のことを結構慕ってくれる可愛い奴だ。まあ、レースのときの闘争心は目を見張るものがあるが。

それにしても2頭とも飛行機は苦手なのかな。ちょっと調子が悪そうだ。

いや、これだけの爆音や浮遊感、狭さがあると確かに普通の馬にとっては辛いところがあるのかもしれないな。

 

 

【おい、お前ら】

 

 

【なんだ!】

【なに?】

 

 

【もっと楽しく】

 

 

【無理!】

【疲れる】

 

 

ノリが悪いな。

こういう時は誰かの悪口に限る。

 

 

【強い雌の馬がいた】

 

 

【詳しく!】

【強い?】

 

 

【殺されかけた】

 

 

馬にもわかるようにあの凶暴な娘のことを伝える。こいつらも雌の話には興味があるのか。

 

 

【怖い】

【大きくて、怖い雌……】

 

 

【お前知っているのか】

 

 

【あいつ怖い、嫌い!】

 

 

あの雌馬、彼に一体何をしたのだろうか……

いや、全方位でケンカを売りまくっているのか。

 

 

【俺は勝った!】

 

 

【なに!なら俺も勝つ】

【凄い……!】

 

 

いつもの調子が出てきたようだな。

さて、長いフライトを楽しもうじゃないか。

 

 

―――――――――――――――

 

 

7月中旬、テンペストクェーク以下2頭のアメリカ遠征軍は無事にフライトを終え、アメリカの大地に降り立った。

モンマスパーク競馬場で入国検疫が行われ、特に問題なく、現地の厩舎に入厩した。3頭仲良く同じ厩舎に入厩して、準備万端といったところである。

 

日本、英国、アイルランド、UAE、香港の5か国のGⅠレースを勝利し、現役の競走馬では世界最強である馬がダート王国であるアメリカ競馬に殴り込みに来たと話題になっていた。

芝では世界最強かもしれないが、ダートではアメリカの馬たちが負けるわけがないと思っている人が大半であった。

その一方で、3カ月近い遠征と前哨戦まで使うテンペスト陣営に、本気で戦いに来ていることは感じ取っていた。

 

競馬場に入厩して数日は調教を行わず、新しい環境に慣らしていくことから始まった。そして、想定通り、テンペストは数日で新天地の環境に慣れたようで、外で走らせろと煩くしていた。

 

 

「ダイワメジャーもアドマイヤムーンも少しずつ慣れ始めているようですね。軽めの調教を始めてみてもいいかもしれません」

 

 

「相変わらず元気だなあ……」

 

 

すでに現地のアメリカ馬たちから一目置かれているようで、彼が嘶くと、他の馬たちも何かしらの反応をしている。

今日は藤山調教師もテンペストの様子の確認もかねて訪米していた。

 

 

「テンペストたちの出走計画は決定したんですか?」

 

 

アメリカ遠征が決まったときに、出走計画は策定したが、確定していたわけでなかったので、改めてスタッフたちと確認する。

 

 

「とりあえずはこのような計画を立てている」

 

 

配布された資料には、スケジュールと出走する予定のレースの概要などが記載されていた。

基本的に東海岸の主要なレースが前哨戦として考えられていた。基本的にはGⅠレースが選出されていた。

 

・8月19日 パシフィッククラシックS GⅠ(AW10ハロン・デルマー競馬場)

西海岸のデルマー競馬場で行われるレース。西海岸の馬たちがBCクラシックに向かう際の前哨戦として出走する場合が多い。ただし、AWの馬場であることや、西海岸のデルマー競馬場のレースであることは留意しておく必要がある。

 

9月1日 ウッドワードS GⅠ(ダート9ハロン・サラトガ競馬場)

サラトガ競馬場にて施行されるレースで近年の年度代表馬(03年マインシャフト、04年ゴーストザッパー、05年セイントリアム)がこのレースを制しており、重要度が非常に高い。また、BCクラシックとのレース間隔も中2ヶ月と程よいため、優先度は高い。

 

9月30日 ジョッキークラブGCS GⅠ(ダート10ハロン・ベルモントパーク競馬場)

ベルモント競馬場にて施行されるG1 レースである。BCクラシックが創設する前は、こちらのレースがシーズン最後の大一番として扱われていた。数多くの名馬がこのレースを勝利しているが、スキップアウェイ以降、当レースとBCクラシックを連勝した馬が出ていない。レース間隔も中1ヶ月弱であるため、前哨戦で力を使い果たしてしまうことが考えられる。

 

 

「今のところ計画しているのは以上の3レースです。ただ、パシフィッククラシックSは西海岸のレースである上、今年はAWでの施行なので優先度は低いですね」

 

 

「シガーはウッドワードS→ジョッキークラブGCS→BCクラシックを3連勝していますが、テンペストにも可能でしょうか……?」

 

 

「去年の欧州遠征を鑑みれば不可能ではないと思いますが、あまり負担はかけたくないですね。そうなるとウッドワードS→BCクラシックが理想的だと考えますが……」

 

 

「ただ、テンペストの場合はレース間隔が中1ヶ月もあれば疲労、ダメージも回復しますので、この計画にはそこまでこだわりがあるわけではないです。ただ、3戦連続はやめた方がいいと思いますが……」

 

 

前哨戦の本命の二つのレースにはどちらも登録して、その時の調子やレースの相手次第で決めることとなった。

 

 

「次にBCクラシックに出走可能性が高い有力馬です」

 

 

資料には、調教師や騎手、勝ち鞍、血統などが記載されていた。

 

 

「まず3歳勢ですが、今年は有力馬が多いですね。絶対的な王者はいませんが、かなりハイレベルな強さを持った馬がいます」

 

・ストリートセンス

今年のケンタッキーダービーを制した3歳牡馬である。勝利を逃したレースでも2着か3着を確保しており、安定的な実力を有している。ただし、8月のトラバースSを目標にしているためか、前哨戦でぶつかる可能性は低い。

 

・カーリン

今年のプリークネスSを制した3歳牡馬である。ケンタッキーダービー3着、ベルモントステークス2着と惜しい競馬が多い印象である。ただ、過酷な日程を難なく走っており、予定している前哨戦を使ってくる可能性が非常に高い馬である。

 

・ハードスパン

GⅠ勝利はないものの、米国三冠路線を2着、3着、4着と堅実に走っており、確かな実力は有している。こちらもケガの情報はないため、前哨戦でぶつかる可能性が高い。

 

・ラグズトゥリッチーズ

ケンタッキーオークス、ベルモントSを勝利した3歳牝馬である。牝馬ながらベルモントSでカーリンを破っており、男勝りな女傑である。

 

 

「現時点での3歳の有力馬はこのあたりです。アメリカは夏にもGⅠレースが多数開催されているので、そこで覚醒する3歳馬もいるかもしれません。そのため、油断はできません。少なくとも三冠路線を走って好成績の馬はマークしておく必要があります」

「続いて古馬ですが、現在、有力な古馬はそこまでいません。ただ、絶対王者に等しい能力を持つ怪物が一頭います」

 

 

・インヴァソール

元々はウルグアイの馬で、現地の三冠レースを圧勝した後米国に渡り、UAEダービーで4着になって以降は無敗でBCクラシック、ドバイWCに勝利している。現時点で米国最強の古馬と評価されている。ただ、ドバイWC後に故障が見つかったようで、8~9月頃までは休養して、回復してからBCクラシック連覇を狙うとのことである。

 

・ラヴァーマン

昨年GⅠを4連勝するなど、調子の良さを見せていた5歳牡馬である。ただ、遠征が苦手なのか、ホームグラウンドの西海岸から離れると調子を落としているように見える。実力は高いため警戒が必要である。

 

 

「インヴァソールの動向次第ですね。軽度なケガのようで、そこまで長引かないとの情報が入っていますので、油断はできません。そのほかの古馬に関しては、夏のGⅠ戦線の成績を見極める必要がありますね。こちらも覚醒する馬がいるかもしれませんので」

 

 

「インヴァソールは当然として、3歳勢がなかなか強いなあ……」

 

 

「こっちも牝馬が牡馬クラシックで勝っているみたいですね。わざわざ牡馬と戦っているということはディスタフの方にはいかないですよね……」

 

 

「牝馬がクラシックディスタンスで強くなり始めているのは世界共通か……」

 

 

「あとは、騎手については全戦を高森騎手に任せる予定です」

 

 

「そうでしょうね。テンペストの相棒は彼だけですので」

 

 

テンペストに乗りたいという外国人の騎手は非常に多い。特に欧州の名騎手たちは彼の走りを間近で見ており、その気持ちが強い。なお、他の日本人の騎手はテンペストと高森騎手の間に入り込む余地がないとして、諦めている。

 

 

「とりあえず、これからダートに適応できるようにゆっくりと調教を積んでいこうと思います」

 

 

こうして、テンペストクェークのアメリカでの戦いが始まった。

 




エスポワールシチーの一口馬主をやっている人のブログを見たのですが、BCクラシックへの遠征で約4500万したそうです。それに加えて登録料で25万ドルも掛かったそうです。
3ヶ月の遠征をおこなうテンペストはどのくらいかかるのでしょうかねえ。


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馬、慣れない

モンマスパーク競馬場

アメリカ合衆国ニュージャージー州にある競馬場で、サラブレッド競走の平地競走のみを開催している。

アメリカ競馬には、日本のJRAのような統括組織が存在しない。北米サラブレッド競馬委員会やジョッキークラブなどは存在しているが、マーケティングや血統の管理等が主な役目であり、競馬全体を統括する組織はない。

競馬は、各州の認可を受けた主催者が独立した組織として開催されている。そのため、競馬場の規模によっては経営危機になっている競馬場もある。

また、日本や欧州のように、大規模なトレーニング施設に入厩して調教を行う方式は採用されておらず、競馬場に併設された厩舎に入厩して調教を行う方式が主である。

この辺りの特徴は日本の地方競馬に似ているところがある。

 

テンペストクェーク以下2頭も、モンマスパーク競馬場に併設されている厩舎に入厩して、調教を積んでいく予定である。

 

 

「なんというか、いい意味でも悪い意味でも注目されていますね」

 

 

長期遠征組の一員としてアメリカへ同行した秋山達はなんとなく居心地が悪かった。

 

 

「新たな新天地に挑戦してくるチャレンジャーとしては好意的にみられていますね。それはそれとしてダート王国を侮るな、舐めるなという意見も多いですが」

 

 

確実に勝つために、3か月近い長期遠征を行い、前哨戦も走らせるというテンペストクェーク陣営の本気をアメリカの競馬関係者は感じ取っていた。だからこそ強く反応しているのであった。

 

 

「さて、テンペストの様子はどうかな」

 

 

競馬場内のダートコースで軽く走っていた。

やはりチラチラとそこはかとない視線を感じながら、テンペストに乗っていた。

 

 

「うーむ、少し走りにくさを感じているのかな?」

 

 

日本や欧州にいたときのようないきなり適応という姿を見せていなかった。

 

 

「日本ダートとやっぱり全然違うな。土だよ、これは」

 

 

「やっぱりいつものような調子の良さは見せていませんね。……いきなり欧州芝を軽やかに走る方が異常だったんですよ」

 

 

「普通はこういう反応なんだよな。テンペストも普通の馬だったということだな。UMAとか言ってごめんな~」

 

 

軽く嘶くと撫でてくる本村や秋山の服を引っ張る。

 

 

「まあ、9月まで1カ月近くはありますから、ゆっくり慣らしていきましょう」

 

 

遠くではダイワメジャーやアドマイヤムーンも軽めの調教を積んでいるのが見えた。

話を聞くと、彼らも少し戸惑っていたが、すぐに慣れ始めたとのことで、調子を徐々に上げてきているようであった。

 

 

「ただ、環境が変わったストレスはそこまで感じていないようですね。いつも3頭で仲良くしているので」

 

 

「アドマイヤムーンが2頭の影響を受けたのか、ちょっと我が強くなったってしまったと嘆いていましたが……」

 

 

「ははっ、ダイワメジャーは当然として、テンペストもヤンチャなところがありますからねえ」

 

 

「そうですねえ。さて、ダートの走り方をしっかり学んでくれよ、テンペスト」

 

 

こういった形で慣れさせる期間があってよかったと痛感したスタッフたちであった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

新天地にやってきてしばらく。

俺は新しい場所でトレーニングを受けていた。

 

ここは俺たちが暮らしている場所とレース場が近い。ほとんど併設されているようなものだ。

そして……

 

 

【は、走りにくいぞ】

 

 

砂というか土のコースを走っている。

トレーニング場で走った砂のコースとまた違う。

スピードを重視して走ると、土が邪魔になる。

逆にパワー重視で走ると、スピードが落ちる。

あと脚に結構衝撃がダイレクトで伝わる。

バランス感覚が難しいな……

 

 

【うーむ。今までとは違う感触】

 

 

「やはりテンペストは少し不満げにしていますね」

 

 

「調教のタイム自体は別に悪いわけではないです。ただ本人が納得していないというか……」

 

 

俺に乗っている人間も少し違和感を覚えているようだ。

すまんなあ……

 

 

【ねえ】

 

 

俺は近くでクールダウンしている馬たちに話しかける。

こいつらは前からここでトレーニングを積んでいる現地の馬だ。ちょっと聞いてみるか。

 

 

【どんな感じで走る?】

 

 

【うーん、わかんない!】

【ずばっと走る!】

【スイーッとする】 

 

 

うん、わからん。

習うより慣れろかな。

あまりお手本になるような馬もいないしなあ。

お手本になるような奴がいればまた別なのだがなあ。

 

 

「そういえば結局出走レースはどうなったのですか?」

 

 

「9月1日のウッドワードSにするようです。ジョッキークラブGCSは、このレースの結果や疲労、ダメージ次第で決めるそうです。BCクラシックまで中1ヶ月を切っているから積極的に出走させるわけではないですね」

 

 

「そうか……まだ時間があるとはいえ、しっかりと調整していかないとなあ」

 

 

さて、今日の練習は終わり。

飯をよこせ~

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「ダイワメジャーとアドマイヤムーンの出走計画を決定しました」

 

 

「ふむ、まあオーソドックスな出走計画ですね。おおよそ東海岸の芝馬のローテだと思いますね」

 

 

BCマイルを目標にしているダイワメジャーは10月6日にキーンランド競馬場にて施行されるシャドウェルターフマイルSを前哨戦として選んだ。9月16日にカナダのウッドバイン競馬場にて施行されるウッドバインマイルも検討されたようだが、カナダに行く必要があるため、選ばれることはなかった。

ダイワメジャーは昨年、毎日王冠→天皇賞秋→マイルCSのローテを走り切っており、レース間隔については大きな問題にはならなかったようである。安田記念から3ケ月近く休養するという点も大きい。

 

 

「ダイワメジャーの方は調子がいいみたいですね。テンペストに絡んで遊んでいますよ。もう6歳なのに……」

 

 

アドマイヤムーンの方は9月8日にベルモントパーク競馬場にて施行されるマンノウォーSに出走する予定であった。ターフクラシック招待Sも前哨戦として有名であるが、9月30日施行であるため、疲労を考慮してここを回避することにしたようである。

 

 

「ドバイDFの後のQEⅡ世Cはちょっと調子を落としていましたからね。中1ヶ月以上空けたほういいという判断なのでしょう」

 

 

「これで3頭のローテーションは決まったということですね」

 

 

「テンペストの方のローテの方は注目されているようです」

 

 

「そういえばアメリカメディアから取材も入っていたな。心配です……」

 

 

テンペストがいろいろと芸達者なことは米国の競馬関係者の知るところであり、彼の姿を映像に収めたいと取材が殺到していたのである。

 

 

「先生が中心に受け答えはすると思いますが、こっちでの調教は本村さんが中心ですからね。おそらくいろいろと聞かれると思いますが……」

 

 

そして数日後、テンペストクェークの取材日である。

現地メディアと日本のメディア関係者が訪れていた。本格的な調教が始まる前の最後の休養日での取材である。

日本からテンペストの様子を確認しに来た藤山調教師と本村、秋山の3人が揃って取材を受けることになっていた。

 

 

『今日は時間を作っていただき、ありがとうございます』

 

『こうやってアメリカの競馬ファンの人達にテンペストのことを知ってもらうことも大切ですので。是非彼の姿を撮っていってください』

 

 

カメラの先には馬房でくつろぐテンペストの姿が映される。

そしてカメラに気が付くと、馬房から頭を出して藤山調教師の服を引っ張っていた。

それを見た秋山が持っていた帽子をテンペストに被せると、楽しそうに首を振り回していた。

 

 

『あ~テンペストはこういう時帽子を被りたがるんですよ。私たちが被っているのを真似しているのかな』

 

『日本やイギリスの取材でも被っておりましたね。彼のチャームポイントと言えますね』

 

『ええ、テンペストは賢いですよ。こういった取材が自分をアピールする場所であることを理解しているようですから』

 

 

カメラに指をさして、「テンペスト、カメラだぞ」というと、テンペストは歯茎を露わにして笑う。

 

 

『……本当に賢いですね』

 

『芸達者ですよ。勝手に覚えてきましたからね』

 

『賢くて、それでいて強い。なるほど、人気になるわけですね』

 

 

テンペストが一嘶きすると、近くの馬房や近くの厩舎から馬たちの嘶きが返ってくる。

 

 

『テンペストはもうこのモンマスパークの馬たちのボスになりましたよ。日本の美浦、英国のニューマーケット、そしてここ。彼はサラブレッドたちに慕われる何かがあるらしいです』

 

『昨日の調教の様子を撮影していましたが、他の馬たちがテンペストクェークに道を譲っていたりしていましたね』

 

日本語の通訳が少し考え込んだ後、レポーターの英語を藤山達に伝える。

 

『ただ、他の馬から恐れられているわけではないのですよね。仲良くしていますし。隣のダイワメジャーやアドマイヤムーンとも特に仲が良いですよ』

 

隣の馬房でなんだなんだと取材陣を眺めていた2頭が嘶く。

 

『仲良し3人組といった感じなのですね。遠征では帯同馬も必要と聞きますし』

 

『……まあ、テンペストがどちらかといえば帯同馬の立場になっているのですけどね』

 

『とても面白い馬です。彼のエピソードももっと聞きたいですね……』

 

『いいですよ。語り切れないぐらいのエピソードがありますからね』

 

 

テンペストの面白い様子が撮れたせいか、レースのことを忘れて彼の面白エピソードが中心となった取材になってしまったのであった。

 

この放送を見た米国の競馬ファンは、「いや、調教内容とかは?」と盛大に突っ込んだそうである。

そして、テンペストで気をひかせて、あまり情報を出させないようにしているのではという疑惑を持たれた。高度な情報戦を展開していると勝手に勘違いされたのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

8月下旬

俺はアメリカの大地に降り立っていた。

実はアメリカにやってくるのは初めてだったりする。

 

 

「高森騎手!長時間のフライトお疲れ様です」

 

 

競馬場で俺を出迎えてくれたのは、本村君であった。

 

 

「ファーストクラスだったから快適だったよ。本当にオーナーには頭が上がりません……」

 

 

英国遠征も含めてだが、俺の飛行機は基本的にファーストクラスを用意してもらっている。腰痛もちとしては非常にありがたいのだが、エコノミーと文字通り桁が違う料金に、胃が痛くなったりすることもあった。

 

 

「それだけ高森騎手のことを気遣ってくれているってことですよ」

 

 

「本当にありがたい限りですよ。こっちでもテンペストに乗せてもらえるんですから」

 

 

「乗り代わりなんてありえませんよ。テンペストに一番うまく乗れるのは高森騎手しかいませんから。それがオーナーも含め、我々の共通意思ですので」

 

 

「はは……」

 

 

まあ、その期待を裏切らないように頑張らねばな。

 

テンペストたち日本馬がいる厩舎では、今日の調教を終えた3頭が仲良くご飯を食べていた。

 

 

「元気にしていたか?」

 

 

俺に気が付いたようで、首を揺らしながら嘶いて反応する。

見た感じはいつも通りだな。筋肉の付き方もしっかりしている。

本村さんたちは流石だな。あとテンペストも。

隣にいる2頭の馬も調子がよさそうに見える。

 

 

「テンペストの調教の方はどうですか。こっちのダートはどうです?」

 

 

「それなんですが、走れてはいます。おそらくその辺のGⅠ級の馬は一捻りできるくらいには。ただ、少し違和感があるというか……」

 

 

「違和感、ですか?」

 

 

「これは乗ってみないとわからないのですが、目に見えて走りにくそうにしているわけではないのですが、どこか違和感があるような、そんな感じです」

 

 

違和感か……

 

 

「おそらくここのダートが原因だと思うのですがねえ」

 

 

「実際に乗ってみないとわからないな」

 

 

追切で確認しないとな。

さて、すぐにサラトガ競馬場に向かわないといけないのか。

国土が広いっていうのも面倒なところがあるんだな。

 

 

 

 

「……確かにちょっと違和感があるな」

 

 

最終追切を終え、俺はいつものテンペストと少し違うことに違和感を覚えた。

ケガを隠しているとか、不調が原因というわけではないと思う。

おそらくは……

 

 

「やはりこのダートが原因だと思いますね。スピードとパワーのバランスが少し崩れている」

 

 

「やはり……」

 

 

それでもテンペストなら並の馬には勝てるだろう。

並の馬には、だが。

 

 

「こっちに来たか、インヴァソールは」

 

 

テンペストと激突することになった前回BCクラシックの覇者、そしてドバイWC覇者。現状、アメリカ古馬最強の競走馬である。

ケガからの復帰戦ではあるが、回復後にしっかりと休養と調教を積んだためか、かなり調子が良いという情報も入ってきている。

 

 

「ジョッキークラブGCSの方にはカーリンが向かうようですし、どちらの前哨戦にでても激闘は避けられないと思います」

 

 

「2か月の休養を挟める方がいいということか」

 

 

「あくまで本命はブリーダーズカップということです。オーナーからも最後に勝ってくれれば、途中で負けても問題はないと言われています」

 

 

連勝記録がかかっているのになあ。

いや、記録を狙うならわざわざアメリカにはいかないか。

 

 

「勝つつもりではいきますよ。ケガや疲労困憊にはさせませんけどね」

 

 

負けたとしても、必ずテンペストの次走につながるレースにするつもりだ。

 

 

「そのつもりでお願いします」

 

 

「それに……テンペストならいろいろと吸収してくれると思いますよ。頭がいいですからね」

 

 

テンペストは宝塚記念後に微妙に走法を変えている。というより、馬場状態や芝の状態で走り方を変えているのだが。

ただ、宝塚記念の後は顕著であった。あのレースの前までは、テンペストは蹄鉄の消耗が激しい馬であった。それが、英国遠征に行ってから、蹄鉄がほとんど消耗しなくなった。

この話を凱旋門賞を獲って珍しく泥酔していた彼に話したら、

 

 

「それ、ディープと同じですね」

 

 

と言われた。

よく考えたらあいつはディープの走りを一番近くで見ていた馬だ。

ダービー後、テンペストが更に強くなったのもゼンノロブロイと併せ馬をし始めたあたりからだった。

あいつは他の馬をよくみている。

 

テンペストが一番恐ろしいのは、一緒に走った馬の良いところを自分に取り入れることが出来る能力を持っていることだと思う。本人が意識的にやっているのかについてはわからないが。

 

そして、ここのダートでも同様の能力を発揮する可能性は高い。

テンペストなら、素の能力でGⅡレースを圧勝できるだろう。だが、本当にこっちのダートに適応するなら、敵は強ければ強いほどいい。

こっちの馬はテンペストと同じで馬格が大きく、ムキムキな馬が多い。

 

次のレースは現米国最強馬だ。

相手にとって不足はない。

 

 

「大丈夫ですよ。テンペストは勝ちますから」

 

 

最後の最後に勝つのは俺たちだ。

 

 

 

 

 

 

 

 




なお、洋芝に関しては元々得意だったので、数日の調教で完全にマスターしたようです。

ウイポで言えばレースを数回こなすと勝手に適性が◎になるような能力ですね。
うーん、この見稽古馬、やっぱUMA。


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ダート王国の神髄

9月1日サラトガ競馬場

ニューヨーク州のサラトガ・スプリングスに位置する競馬場では、今日もレースが開催されていた。

アメリカはGⅠ競走の数が多く、GⅠ競走内でも格の違いがある。本日開催予定のウッドワードSは伝統ある重賞の一つであり、GⅠ競走の中でも高い地位にある競争である。

 

 

騎乗予定の高森と、現地で調教を担当している本村が明日のレースに向けて調整を行っていた。

 

 

「テンペストですが、調子は良好です。馬体重も520前後で安定していますし、調教の内容も良好でした。しかし……」

 

 

いつもテンペストに乗っているスタッフに追切で乗った高森、そして日本と現地の獣医の診断でテンペストの身体的な問題は全くないと判断していた。

 

 

「最後まで違和感が抜けなかったな。ケガの前兆ではないみたいだけど、やっぱりここのダートに完全に適応できなかったか。あと一歩何かが足りないのかな」

 

 

いきなりのダートで骨折、屈腱炎発症という可能性は限りなく低い。1ヶ月近くこちらで調教を行っていたが、そのような兆候は一切見られなかった。

しかし、少しの違和感だけが残っており、やや調整に不安を感じていた。

この情報は限られたスタッフにしか伝わっておらず、徹底的な防諜が図られていた。

 

 

「その辺りは仕方がありません。本番までに解決していくしかないですね」

 

 

「そのための前哨戦というわけですね。ただ、先生が候補にしていた前哨戦ってかなり格のあるレースなんですよね」

 

 

数多くの名馬が勝利しているGⅠ競走であり、伝統ある重賞レースばかりであった。

 

 

「最近ですと、マインシャフトにゴーストザッパー、セイントリアム。近年のエクリプス賞を獲った馬がこのGⅠを勝利していますからね。前哨戦扱いをされていますが、レベルは相当に高いレースですよ」

 

 

ゴーストザッパーもセイントリアムもその後のBCクラシックを勝利している。マインシャフトはケガでBCクラシックには出走できなかったが、優勝の最有力候補であった。

 

 

「それに、GⅡで勝利してもテンペストの成長に繋がらないと考えたんじゃないですかね。実際今のテンペストならGⅡレベルなら余裕で勝てますよ」

 

 

驕りでも慢心でもなく、客観的に現在のテンペストの実力を評価しての発言であった。

すでにテンペストは米国の競走馬の中でも最上位クラスの実力を有している。

 

 

「そもそも、1ヶ月以上慣らす期間があったとはいえ、初の米国のダートでここまで適応できていることが異常なんですよ」

 

 

ライバルに挙がる馬がインヴァソールやクラシックを勝利した馬たちである時点で、テンペストはすでに強者なのである。

 

 

「あとは本番でどれくらい走れるかですね。日本の競馬とはまた違いますからね」

 

 

「アメリカ競馬の研究もしましたが、先行が強いですからね。かといってハイペースに巻き込まれでもしたらそのまま撃沈なんてことも……」

 

 

高森もテンペストが米国遠征に行くことを聞いてから、アメリカの競馬を熱心に研究していた。心底英語が理解できてよかったと思っていた。

 

 

「テンペストの操縦性を活かすも殺すも私次第ってことになりそうです」

 

 

「期待していますからね。がんばってください」

 

 

「プレッシャーだなあ……」

 

 

若干の不安要素もありながらも、テンペストクェークは初めての米国でのレースを走るのであった。

 

 

 

 

『日本の競馬ファンの皆さん、そしてアメリカ競馬を愛する皆さん。今日は日本の馬がアメリカで走ります。2007年ウッドワードSが始まります』

 

 

日本のテレビ局では、テンペストクェークのアメリカ遠征の第一戦目の様子を中継放送していた。

多くの競馬ファンがテンペストの動向に注目しており、中継放送を見ているファンも多かった。

 

 

『さて、このウッドワードSですが、10月末に行われるアメリカ競馬の祭典ブリーダーズ・カップクラシックの重要な前哨戦の一つに位置付けられているGⅠ競走です。もちろんこのレース自体の格も高く、伝統ある重賞レースの一つですね』

『ここに出走する馬たちはBCクラシックを狙っている馬が大半ですので、ライバルたちとの最初の対決とも言えますね』

 

『テンペストクェークのライバルですが、一番の有力候補はインヴァソールです。元々はウルグアイの馬で、現地の三冠競走を圧勝した後に米国に乗り込んできて、UAEダービーを4着になった後から、GⅠを6連勝しています。昨年のBCクラシック、今年のドバイWCというダート最高峰のレースを連勝していますので、現時点でアメリカ最強馬といっていいでしょう。まさに侵略者の名にふさわしい強さを持っています』

『ドバイWC後にケガをしたようですが、休養も調教もしっかりと受けているようで、馬体もかなりの仕上がりだと思いますね』

 

 

映像ではインヴァソールのレース映像が流れる。

 

 

『……次に紹介するのはローヤーロンです。7月のホイットニーHで初のGⅠタイトルを獲得していますし、調子がいいですね。ライバルの一頭になりそうです』

『……以上の10頭が今年のウッドワードSの出走メンバーになります。現在の人気ですが、やはりインヴァソールがアタマ一つ抜けて一番人気ですね。続いてテンペストクェーク、ローヤーロンと並んでいます』

『実績も十分ですからね。インヴァソールはケガ、休養明けでどのくらい走れるのかがポイントになりそうです』

 

 

一頭一頭の解説が終わり、馬たちがゲートへと進む。

競馬ファンが固唾をのんで見守る中、テンペストクェークは難なくゲートに入る。

 

 

『全頭ゲートインしました』

 

 

アメリカ競馬特有のベルの鳴る音と共にゲートが開き、一斉に馬たちがスタートする。

 

 

『スタートしました。テンペストクェークは好スタートです……』

 

 

好スタートでゲートを飛び出したテンペストクェークは、外枠だったこともあり、他の馬の外側を走りながら最初のコーナーを通り過ぎた。

 

 

『……先頭はワンダリンボーイが逃げております。テンペストクェークは前4番手で競馬をしています。インヴァソールは3番手であります……』

 

 

サラトガ競馬場の向こう正面に入り、テンペストクェークは先行集団の外側を走っていた。最有力のライバルであるインヴァソールはその内側3番手を走っていた。

 

 

『ローヤーロンが上がってきた。先頭替わってローヤーロン。差を広げていきます』

 

 

向こう正面コーナーで3番人気のローヤーロンが伸びはじめ、先頭に躍りでる。それを追ってテンペストクェークとインヴァソールも伸びていく。

 

 

『テンペストクェーク、インヴァソールもそれに続きます。先頭はローヤーロンに続いてテンペストクェーク、インヴァソールが続きます。これは大丈夫なのでしょうか」

 

『第4コーナーに差し掛かって先頭はローヤーロン。ペースはそこまでハイペースではない。これは前が残るか』

 

『各馬鞭が入った。先頭はローヤーロンだ。しかし後ろにテンペストとインヴァソールがいる。2頭もスパート態勢。どんどん伸びる!3頭以下は5馬身以上差が付いております!』

 

 

残り200メートルを切ったあたりから一気に加速した2頭は、そのまま先頭のローヤーロンを交わして2頭の叩き合いとなった。

 

 

『インヴァソールが抜け出した!テンペスト2番手、インヴァソールだ!インヴァソール先頭だ!』

 

 

ゴール前で抜け出したのはインヴァソールであった。そして、そのままクビ差をつけて先頭でゴールラインを越えた。

 

 

『インヴァソールが古馬の、アメリカの意地を見せた!インヴァソール1着!』

『絶対王者テンペストクェーク敗れる!これがダート王国の神髄か、芝の絶対王者に土をつけたのはウルグアイの英雄だ~!』

『3着は3馬身差でローヤーロン、そして4着以下に8馬身差をつけております。勝ち時計は1.48.4です』

 

 

多くの日本の競馬ファンが落胆のため息をついてしまった。

しかしこれはあくまで前哨戦であることを知っている競馬ファンは、初のダートでここまで走れるなら十分だとも思っていた。

 

 

『インヴァソール、やはり強かったですね。ただ、テンペストクェークは惜敗といった形でしょう。3着に3馬身差、それ以下には8馬身近い差をつけましたからね。彼は間違いなくアメリカ競馬の最上位の実力は持っていることがわかりました。前哨戦としてはいい経験になったのではないでしょうか』

『次のレースが非常に楽しみになるレース内容でしたね』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺はインヴァソールの隣で徹底的にマークし続けた。

乗っている俺が一番わかる。

少しずつテンペストの走りが変わっていくのを。

潤滑油を差した後の歯車のように少しずつ違和感が消えていく。

パワーとスピードのバランスが少しずつ改善している。

 

最後の直線、ローヤーロンは大丈夫だ。

問題はインヴァソールだ。

 

 

「頼む、テンペスト!」

 

 

テンペストに鞭を入れる。

一気に加速態勢に入る。

隣のインヴァソールも加速し始める。

やはり速い!

 

スパートでもやはり違和感がある。

それでも徐々に適合し始める。

先に抜け出したインヴァソールとの差を確実に縮めている。

 

 

「クソッ!ダメだったか......」

 

 

やはり強い。流石現役古馬最強格の馬だ。

 

 

「クビ差か……」

 

 

切り札のラストスパート。

こっちのダートに完全に適応していない以上、今のテンペストに使わせるわけにはいかない。アレは負担が大きいからな。

ただ、突破口は見えた。

アレが芝と同じように使えれば間違いなくテンペストは勝てる。

それにテンペストはここのダートに適応しつつある。

少なくとも違和感は消えつつある。

それにしても久しぶりにテンペストで負けたな。

 

 

「久しぶりにお前を倒せる馬が現れたぞ」

 

 

インヴァソールに対して燃え上がるような闘争心を見せている。

次でテンペストは完全に覚醒できる。

出来ればもう一戦したいところだな。

 

 

「さて、どうやって言いくるめるか......」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

 

 

「大丈夫だ。次は勝てる。絶対にだ」

 

 

騎手君が首を叩いて俺を労ってくれている。

今日は俺の実力不足が招いた敗北だ。

 

そう、俺は今日のレースで負けたのである。

久しぶりの負けだ。2年ぶりぐらいだ。

 

 

「初の海外ダートで2着なら問題はありません。連勝記録はいつか途切れるものです」

 

 

おっちゃんもすまんかったなあ。

負けちまって。

 

 

「いつもなら勝てたと思います。ただ、インヴァソールの伸びが想定以上でした。完全に復活していますね」

 

 

「そうか、それでテンペストはどうだった」

 

 

「……先生。もう一戦させてもらえませんか」

 

 

負けてしまったな。

ただ、走り方が分かった気がする。パワーとスピードの調節が難しかったが、理解できた。

あの俺とずっと走ってた1着の馬。そう、あいつだ。あいつは強かった。

おそらくずっとこの土の上を走ってきた馬なのだろう。色々と勉強させてもらいましたよ。

 

もう少しで勝てた。ただ、加速力が足りなかった。

 

 

「ええっと、ジョッキークラブGCSに出すってことですか?」

 

 

「ええ、テンペストに異常がなければですが」

 

 

「……オーナーとも相談しなければ決められませんね。あと納得できる理由も」

 

 

なにやら騎手君やおっちゃんたちが話し込んでいる。

何をしているのだろうかね。

 

 

【まあ、次は勝つ】

 

 

ははっ

俺が負けるとはなあ。

 

 

……舐めやがって

 

 

日本から来た俺が負けた。

こっちの人間は俺のことをどこか侮っている。

顔には出していないが俺たち馬には解る。

どこか俺たちのことをバカにしていたことを。

 

それで負けたのだ。

 

騎手君やおっちゃんたちがどれだけ舐められるのか。

俺にだって想像できる。

この世界、舐められたらお終いだ。俺は少なくともあの黒い奴からそう教わった。

 

俺はチャレンジャーだ。

俺はもう王者ではない。

その自覚が足りなかった。

 

 

【ああ、早く走りたい。走らせロ......】

 

 

ああ、楽しみだ。

楽しみだなあ。

 

 

「なんかテンペストがすごい形相で睨んでいるんですが」

 

 

「......彼も走り足りないみたいですね」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

テンペストクェークの遠征初戦は2着に敗れた。

その結果は全世界の競馬関係者に知れ渡った。

 

絶対王者が敗れたというマイナスな反応をするものもいた。

しかし多くの人はテンペストクェークが世界最強クラスの怪物であることを再認識したのである。

 

初のダート、そして海外。相手は現時点でアメリカ古馬最強馬であった。その馬にクビ差で敗れたのである。

むしろクビ差まで追い詰めたのである。

彼の走りから目を離せない日は続いている。

 

 

モンマスパークに戻ったテンペストは、レースの疲れを癒していた。

スタッフによる入念なチェックとケアが行われていた。

 

 

「レースが終わった後なのに本当によく寝てよく食べるなあ」

 

 

故郷から遥か彼方のアメリカの地で、まるで昔からずっと住んでいたように振る舞っていた。この適応能力の高さもテンペストクェークの強みである。

 

 

「それで、次走はどうなりましたか?」

 

 

テンペストを曳いて歩いている秋山と本村が、次のレースについて話し合う。

 

 

「テンペストの回復次第ですね。オーナーにも了承は取れました」

 

 

テンペストクェークは本来の想定では、本番のBCクラシックに向かう予定であった。しかし騎手の高森の提案を受けた藤山調教師は、もう一つで検討中であったジョッキークラブGCSに出走させることを決定した。

 

 

「条件として、獣医全員の健康チェック、見た目・乗り方のチェックをスタッフ全員で行って、全員のGOサインが必要ですけどね」

 

 

「欧州の連戦を耐えきったテンペストなら特に問題はないと思いますが、慣れないダートということもありますからね。入念にチェックは必要ですよ」

 

 

ジョッキークラブGCSも、ダートに適応させるのを優先するようにと厳命されている。

 

 

「テンペストが完成するまであと一歩とのことですけど、あと一歩って何ですかね。正直騎手ではない私にはわかりませんが……」

 

 

「私も騎手出身ではないですからねえ。先生は騎手出身ですし、何か共感することがあったのかもしれませんね」

 

 

「……テンペストのためになるのであれば、私たちは全力を尽くすまでです」

 

 

裏方のスタッフたちの戦いはまだまだ始まったばかりである。

 

 

・競馬ニュース

テンペストクェーク、敗れる!
 9月1日、サラトガ競馬場(アメリカ・ニューヨーク州)にて行われたウッドワードステークス(ダート・9ハロン)で、テンペストクェーク(牡・5歳・藤山順平厩舎)が2着に敗れた。1着はインヴァソール、3着ローヤーロン。

 三番手で競馬を進めたテンペストクェークであったが、ラスト300メートルでインヴァソールと共に抜け出し、叩き合いとなった。残り50メートル付近でインヴァソールが抜け出し、クビ差での決着となった。これでテンペストクェークのGⅠ連勝記録は10連勝で止まった。

 藤山調教師は「初のアメリカのダートで2着は好成績。相手も強い馬だったので、特に問題があるとは思っていない。次はさらに強くなってくれる」とコメントを残した。

 

 

 

 




テンペストクェークのダート適正が〇になった。
スピードが上がった
パワーが上がった
三冠馬キラーが復活した。
闘志が回復した。
やる気が絶好調になった。
先行が◎になった。
体力が30減った。


連勝記録が途絶えた代わりに、テンペストは最後の覚醒を迎えます。




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片鱗

テンペストの欧州遠征の出走ローテの参考にしたジャイアンツコーズウェイですが、BCクラシック初挑戦でティズナウと対等に戦っているのはいったいどういうことなんでしょうね。


テンペストクェークは9月1日のウッドワードSで2着に敗れた。1着のインヴァソールはケガ前と全く能力が落ちていないことを見せつけた。

テンペストクェークのGⅠ連勝記録は10でストップし、重賞の連勝記録も14でストップした。そのため、GⅡ以下のレースに出走してダートにならせばよかったのではないかという意見も散在されたが、陣営は想定の範囲内として意に介さなかった。

 

テンペストクェークも無敵ではないのだなあと楽観視していたのはどちらかと言えば日本の競馬ファンであった。

一方、米国の競馬関係者はテンペストクェークの能力が想定を遥かに上回っていることに気が付いたのである。

 

1着のインヴァソールは昨年から今年にかけて、米国の競馬を圧倒した馬である。ケガからの復帰戦とはいえ、その馬にダート初挑戦の馬がクビ差まで迫ったのである。

3着には3馬身差をつけており、米国最強馬がいなければ余裕で勝利していたことになる。

レース結果を受けて、テンペストを止めるには米国最強馬を充てる必要があると認識されてたのであった。少なくとも、BCクラシック連覇を達成したティズナウと対等に戦ったジャイアンツコーズウェイやサキーと同等かそれ以上の力を米国のダートでも有していると認識されたのである。

 

 

 

 

9月も下旬に差し掛かり、モンマスパーク競馬場では、テンペストクェークがダイワメジャーとの併せ馬をしていた。その様子を藤山調教師と本村は見守っていた。今日乗っているのは高森騎手であった。

テンペストは、9月30日のジョッキークラブGCSに向けて、休養と調教が行われていた。ウッドワードSでそこまで消耗していなかったので、すぐにテンペストが元気いっぱいになり、調教を積み始めたのである。

併せ馬が終わり、高森が調教師のところに戻ってくる。

 

 

「乗った感じはどうですか」

 

 

「おそらく、この調子ならジョッキークラブGCSにも出走できます」

 

 

テンペストはダートに完全に適応するまではフルパワーでは走ることできていなかったのである。そのため、消耗もそこまで激しいものではなかった。

 

 

「本当にタフな馬ですね。本番はあくまでBCクラシックなので、追い込みすぎないように気を付けないといけませんが」

 

 

「次のレースでは消耗させすぎないように気を付けます。ただ、負けるつもりはありませんけど」

 

 

負けたことで面倒な批判を藤山陣営は受けている。もちろん陣営はすべて無視しているが。

 

 

「その心意気で頑張ってください。それとダイワメジャーの方はどうですか?」

 

 

「ダイワメジャーもいい感じで仕上がっていますね。マイルの方はそこまでメンツはそろわなさそうですし、彼が本来の力を発揮できれば獲れると思いますね」

 

 

ダイワメジャーは10月6日のシャドウェルターフマイルSに向けて調整が行われていた。何やら気合が入っているようで、遠征先とは思えないほど充実した日々を送っているようである。

 

 

「それにしても、アドマイヤムーンは惜しかったですね」

 

 

高森も日本でレースの映像を見ていた。

 

 

「負けたといっても2着ですからね。ターフの方も期待できますよ」

 

 

アドマイヤムーンは、9月8日のマンノウォーSに出走し、惜しくも2着に敗れた。テンペストについで2着であったため、日本の競馬ファンたちは惜しい競馬にやきもきしていただろうとこっちの関係者は思っていた。

 

 

「あと、アドマイヤムーンもテンペストやダイワメジャーと競い合って高め合っているので、同時遠征は成功だと思いますね。特にソラを使う癖がだいぶ治ったと聞きました」

 

 

藤山もアドマイヤムーンの悪い癖の話は聞いていたが、それが治りつつあることを聞いていた。

 

 

「それは本当に助かるでしょうね。前のレースもそれで差し切られたみたいなので」

 

 

「……どうもテンペストが関係してるみたいなんですよね」

 

 

「もう私は驚きませんよ」

 

 

高森は自分のお手馬がUMAであることに慣れていたのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

悔しい敗戦を糧に俺はまたトレーニングを頑張るつもりだ。ただ、今はレースの疲れを癒す時間だから、しっかり休もう。

まあ、そこまで疲れていないので、すぐに走りたいけどね。

久しぶりに仲間たちのところに帰ると、後輩君がいなかった。

俺と同じように別の場所でレースでも走っているのだろうか。頑張れ!とエールだけは送っておこう。

ふむ、暇なので隣の奴と話すか。

 

 

【負けました!】

 

 

【おい!】

 

 

俺が負けたことが気に入らなかったのがいつものように唸っていた。

 

 

【強かったか?】

 

 

お前はいつもそれだな。

まあ、その気持ちはわからんでもない。

 

 

【ああ、強かった】

 

 

【そうか……】

 

 

【お前は勝てよ】

 

 

【当たり前だ!俺は強い!】

 

 

日本にいるときともう調子は変わらないな。彼はこれなら勝てるだろう。

まあ、他馬の心配している場合じゃないけどね。

 

疲れを癒して、トレーニングを再開してしばらくすると、後輩君も戻ってきた。

疲れているようで、飲み食いの量も減っていたので、大丈夫かと思ったが、すぐに回復したので良かった。

 

 

【どうだった?】

 

 

【負けました……】

 

 

そうか、負けたのか。

俺と同じだな

 

 

【俺もだよ】

 

 

【ええ……】

 

 

【次は勝つ!】

 

 

そして今日は俺と一緒に走っている。

うーん、やっぱり気のせいじゃないよな。

 

俺が前で走り、彼は追い抜くというトレーニングをするとき、彼はいつも俺を抜いた瞬間に力を抜く癖がある。

彼も結構賢いので、ゴールというか、走りの終わりの地点を覚えているみたいで、終わりの地点の前あたりでちょっと力を抜いているように見えるのよね。

まあ、彼も強いから並の馬では抜けないと思うけど……

 

 

【俺にはできるんだな】

 

 

少し本気に近い速度で走り、ゴール直前で彼を抜き返す。

 

 

【こうなるから気をつけろ】

 

 

【……?】

 

 

……あ、これ無意識にやってるのかもしれん。

 

 

【ゴール前で力抜かない!】

 

 

【……!はい!】

 

 

……あれ?なんで俺はこんなことをしているんだ?

まあいいか。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

9月30日、ベルモントパーク競馬場。

天候は良好で、馬場状態も良好であった。

メインレースのジョッキークラブGCSは夕方の出走であり、夕日が競馬場を照らしていた。

すでにアメリカの競馬関係者はテンペストのことを舐めるのを止めていた。東洋人の馬だからという理由だけで侮る関係者は、このGⅠレースの場にすら立てないだろう。

最大限の警戒をテンペストクェークに払っていた。

藤山調教師もテンペストなら勝てると考えつつも、ライバルの強さも考えていた。

ちなみに西崎オーナーは仕事が立て込んでいるらしく、アメリカに来ることはできていなかった。BCクラシックには絶対に来るとのことである。

 

 

「正直このレースで警戒すべき馬はカーリンですね。あとはローヤーロンくらいですね」

 

 

ハイレベルな3歳路線でプリークネスSを勝利し、残りの三冠競走でも好走している。前走のハスケルHでは斤量差もあり3着に敗れているが、強い馬であることに変わりはない。少々詰めが甘いようにも見れるため、そこが狙いどころかもしれない。

ただ、今日に限っては調子がよさそうに見えていた。

 

 

「わかりました。米国での初GⅠを獲ってきます」

 

 

高森は、勝つつもりでいた。もちろん約1か月後のBCクラシックへの疲労は残さないようにするつもりであったが。

テンペストの気合も十分であり、顔を撫でてから乗り込む。

 

 

「頼んだよ、テンペスト」

 

 

首を叩いてテンペストが反応する。

いつもの光景である。

 

 

「大丈夫ですよ、先生。勝てますから」

 

 

その顔は誰にも見られていなかったが、テンペストは首を後ろに向けてみていたのであった。

 

 

【怖っ!何考えてんだろう】

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

テンペストはいつも通り落ち着いていた。

もうこんな時間か。夕日がまぶしいな。ただ、きれいだ。

 

 

「テンペスト。今日はお前の真の力を見せてやろうぜ」

 

 

ウォーミングアップで走り始める。

ヨシ!本番でもちゃんと走れそうだ。

 

4番のゲートにも特に問題なく入る。

本当に集中しているな。

もう前しか向いていない。頼もしいよ。

 

係員の声、そしてゲートの開く音と同時にテンペストは前に動き始めた。

ベルの音も聞こえるが、その時には俺たちはゲートから完全に抜け出していた。

いいスタートだ。

 

先頭は1番の馬が行くようなので、無理に競ることはしないでいい。

3番の葦毛の馬とローヤーロンがその後ろにいるな。

ローヤーロンが積極的に前に行くみたいだが、ここは付き合う必要はない。

 

コーナーが終わるところでローヤーロンの後ろ、3番手につける。

このあたりでしばらく様子を見よう。極端なハイペースでなければな。

 

先頭は1番の馬、次にローヤーロン。そこから1馬身くらい後ろに俺たち。かぶせるように外側に3番の馬、そしてその後ろにカーリンがいるのが分かった。

 

向こう正面を走っているが、ペースはそこまで早いペースではないな。

あとカーリンが後ろにつけてきた。

……やっぱマークされている?

 

1000メートルは59秒くらいか?

 

 

「テンペストは……大丈夫だな」

 

 

呼吸も大丈夫だ。変な汗も泡も吹いていない。

順調だ。

 

コーナーに入ると、少しずつペースが上がってくるのが分かった。

途中で外からカーリンが加速して上がってくる。

まだだ、まだ我慢だよ。

 

最後のコーナーの途中でカーリンに先行されるが、問題はない。

前の2頭は……

1番の逃げ馬はダメそうだな。ローヤーロンは多分残る。

 

予想通り、1番の馬がローヤーロンとカーリンに抜かされていくのが見えた。

こういう逃げ馬が垂れてくるのが邪魔なんだけど、最内が開いているから大丈夫だな。

 

 

「テンペスト!内を通るぞ!」

 

 

コーナーが終わり直線に入る瞬間、苦しそうな1番の馬と内ラチとの間にテンペストを滑り込ませる。

 

 

「行くぞ!テンペスト!」

 

 

鞭を入れる。

もうテンペストに違和感はない。

1馬身前にローヤーロン、半馬身前にローヤーロンの外側にいるのがカーリン。

やはり強い。

ローヤーロンの騎手と体がぶつかるほどまで近づく。

テンペストに叩き合いを挑むのが間違いだと教えてやる。

 

外からカーリンが加速してくるのもみえる。

 

 

「行くぞ!」

 

 

残り100メートルを切った。

使うのは残り数秒だけでいい。

今はそれだけでもいい。

 

俺はテンペストに軽く鞭を入れた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

いつもより軽く鞭でたたかれた。

……なるほど、理解した。

 

本気を出すのは最後だけってことだな。

 

隣の馬は息も絶え絶えだ。こいつには勝てるだろう。

だが、その外側にいる馬。奴には今のままではぎりぎりで負けるだろう。

なんとなく俺にはわかる。

 

今のままではな

 

 

俺は一気に力を解放させる。

土を蹴り上げ、全身の筋肉を躍動させる。

前に、前に行け。

イメージしろ!俺の前にいるあいつの姿を!

 

わずか数秒の時間だっただろう。

すぐに騎手君から減速の指示が出される。

なんだ、もう終わりか。

 

 

「テンペスト、ありがとう。俺たちの勝ちだ」

 

 

まあ、結構ギリギリって感じだったけどね。

 

 

「テンペスト、疲れているか?」

 

 

俺をねぎらってくれる。

今日は勝てたぞ。

みんな。

 

 

ただ、まだ本当の闘いは残っているんでしょ、騎手君。

だって、前のレースも、今日のレースも、ピリピリした雰囲気が少し和らいでいるし。そういうのは目ざといんだぜ。俺たち馬って。

 

俺は騎手君の指示に従うよ。

君が俺に全力を出せという指示をくれるときを待っているよ。

次が楽しみだ。

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

『……先頭は依然として逃げるブラザーボビー。すぐ後ろにローヤーロンがいます。テンペストクェークは3番手、ポリティカルフォース、カーリンと続きます……』

 

『第3コーナーに入って、カーリン4番手。テンペストクェークの後ろにいます。依然としてブラザーボビーとローヤーロンが先頭集団を形成しております』

 

 

2頭が先頭で逃げており、その2馬身ほど後ろでテンペストクェークとカーリンは控えていた。

 

 

『……第4コーナーでカーリンが上がってきた。テンペストクェークはまだ動かない。先頭のブラザーボビーは厳しいか……』

 

『……テンペストクェークがインをついて上がってくる。ここがテンペストのすごいところだ。内ラチに沿って一気に前に向かいます。先頭は変わってローヤーロン。カーリンも外から伸びてくる!』

 

 

4番手となっていたテンペストクェークは第4コーナーの終わりで、後退するブラザーボビーを交わして、最内から一気に上がってきた。

 

 

『残り300メートル。先頭はローヤーロン。粘る粘る。外からカーリン、そして内からテンペストだ』

 

 

残り200メートルを切るころには、テンペストとローヤーロンとの競り合いが始まっていた。

 

 

『テンペストが並んだ!これは2頭の競り合いになった。しかし外からカーリンも伸びてくる。2頭かわすか!』

 

 

外から伸びてきたカーリンが残り100メートルを切ったあたりで競り合いを演じる2頭に並びかけ、抜かそうとした瞬間、高森騎手が一回だけ鞭を入れた。

 

 

『カーリンが差し切るか!いや、テンペストクェークが抜け出した。これはテンペストだ!カーリン間に合わない!テンペストクェークが先に抜け出した!』

 

『テンペストクェーク1着で今ゴール!2着はカーリン。3着はローヤーロンです』

 

 

残り50メートルほどで外から差し切ろうとしたカーリンだったが、叩き合いから抜け出したテンペストの加速をとらえることができず、アタマ差で2着となった。

 

 

『テンペストクェーク、伝統あるジョッキークラブGCS制覇です。米国GⅠ初制覇!そして日本勢初の米国、海外ダートGⅠ制覇です。芝もダートも関係ない。絶対王者が帰ってきたぞ!』

 

『前哨戦とはいえ、本当に強い馬です。テンペストクェークに走れない場所はないのでしょう。あとは本番に期待するだけです』

 

 

 

 

クールダウンが終わり、高森騎手とテンペストは歓声を受けながら藤山調教師のところに戻ってきた。

 

 

「お疲れ様です。よくやりました」

 

 

「ありがとうございます。もう、テンペストに死角はありません。彼が最強です」

 

 

「断言できるほどか……」

 

 

テンペストは疲れた様子を見せることなく、馬体のチェックをするスタッフたちに従っている。

 

 

「余力も残しました。切り札も軽く使えましたし、前哨戦として最高の結果です」

 

 

「まだ検査をしないとはっきりとはいえんが……」

 

 

藤山はテンペストの様子を見る。

まだ走り足りないといった感じで、闘志が一向に衰えていない。

 

 

「まだ走り足りないか?」

 

 

その通りだと言わんばかりに前足を掻いて軽く嘶く。

 

 

「次はぞんぶんに走らせてやるからな」

 

 

やっぱりこいつは強い奴だと再認識した藤山であった。

 

 

 

 

 

 




テンペストのダート適正が◎になった
スピードはもう上がらない
パワーはもう上がらない
闘志は最高潮だ
調子は絶好調だ
体力が30減った
二段階加速(米国ダート)を取得した



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閑話8

閑話なので、56話と同時に投稿しようと思ったのですが、諸事情により完成させることができなかったので、閑話単体での投稿となります。


・テンペストの米国遠征初戦を観戦する

225:名無しの競馬ファン

あと少しで発走だ

 

226:名無しの競馬ファン

出走回避もなかったし、10頭立てになったか

 

227:名無しの競馬ファン

今のところ一番人気はインヴァソールだな。テンペストは2番人気

 

228:名無しの競馬ファン

実績から考えたら妥当な人気だな。

 

229:名無しの競馬ファン

インヴァソールはケガ明けだけど、それまでずっと勝っているからなあ。

 

230:名無しの競馬ファン

ドバイWCも強かったし妥当ですね

 

231:名無しの競馬ファン

ケガも酷いものではなかったし、逆に休養できたともいわれているな。

 

232:名無しの競馬ファン

テンペストは勝てるのかねえ

 

233:名無しの競馬ファン

>>232 何度目だよそれ。気持ちはわかるが

 

234:名無しの競馬ファン

どれだけダートに慣れているかだな。これはあくまで前哨戦でしかないけどね。

 

235:名無しの競馬ファン

>>234 前哨戦がGⅠレースなのか……

 

236:名無しの競馬ファン

>>235 日本だと珍しいけど、アメリカだとそうでもない。

 

237:名無しの競馬ファン

ウッドワードS自体はBCクラシックの前哨戦ではあるけど、結構格のあるレースだよね。

 

238:名無しの競馬ファン

>>237 ゴーストザッパーとか勝っているしな。

 

239:名無しの競馬ファン

展開はどうなるかねえ

 

240:名無しの競馬ファン

正直他の馬あまり知らんからわからん。先行有利とは聞くけど。

 

241:名無しの競馬ファン

>>240 そのままハイペースで爆沈なんでこともあるけどな

 

242:名無しの競馬ファン

テンペストはどのポジションでも走れるからなあ。高森騎手次第。

 

243:名無しの競馬ファン

先行策かなあ

 

244:名無しの競馬ファン

好位抜出も上手くなったしなあ。

 

245:名無しの競馬ファン

でもやっぱりテンペストは後ろから一気に抜かしていくのが一番似合うな。

 

246:名無しの競馬ファン

>>245 わかる

 

 

 

260:名無しの競馬ファン

そろそろ出走だ

 

261:名無しの競馬ファン

テンペストの様子はどうかな

 

262:名無しの競馬ファン

いつも通りってそれはいいってことか

 

263:名無しの競馬ファン

見た感じ落ち着いているし、大丈夫だと思うな

 

264:名無しの競馬ファン

インヴァソールも問題はなしか

 

265:名無しの競馬ファン

ゲートインも問題なし。

 

266:名無しの競馬ファン

そろそろだ。

 

267:名無しの競馬ファン

スタート!

 

268:名無しの競馬ファン

いいスタートだ。

 

269:名無しの競馬ファン

失敗しなくてよかった。

 

270:名無しの競馬ファン

テンペストは4番手か。

 

271:名無しの競馬ファン

いい位置だな。

 

272:名無しの競馬ファン

先行策をとったか。まあ王道だしな。

 

273:名無しの競馬ファン

ペースも極端に速くない。大丈夫だな。

 

274:名無しの競馬ファン

インヴァソールが不気味だな。

 

275:名無しの競馬ファン

ローヤーロンが上がってきた。これ大丈夫か。

 

276:名無しの競馬ファン

大丈夫だろ。

 

277:名無しの競馬ファン

テンペスト3番手!末脚を見せてくれ。

 

278:名無しの競馬ファン

インヴァソールも上がってきた。強いなこの馬。

 

279:名無しの競馬ファン

テンペストも来た!

 

280:名無しの競馬ファン

テンペスト行け

 

281:名無しの競馬ファン

インヴァソールも来たぞ!

282:名無しの競馬ファン

やばいやばい。これ追いつけん

 

283:名無しの競馬ファン

ああ……

 

284:名無しの競馬ファン

インヴァソールが勝ったか……

 

285:名無しの競馬ファン

テンペストクェーク2着。インヴァソールが勝った。

 

286:名無しの競馬ファン

連勝記録が止まった……

 

287:名無しの競馬ファン

インヴァソールってあんなに強いんだ。

 

288:名無しの競馬ファン

無敗でウルグアイ三冠レースを圧勝した競走馬だよ。それにBCクラシックもドバイWCを含んてGⅠを6連勝中の怪物。

 

289:名無しの競馬ファン

ケガ明けだったけどしっかり復活していたな。強い。

 

290:名無しの競馬ファン

テンペストはクビ差だったか。前哨戦でよかったな。

 

291:名無しの競馬ファン

2着なら十分な結果だと思うけどなあ。

 

292:名無しの競馬ファン

>>291 そりゃあ勝ってほしいというの心情だよ。

 

293:名無しの競馬ファン

初のアメリカのダートで2着は十分怪物ですよ。相手も現役のアメリカ競馬最強馬なんですから。

 

294:名無しの競馬ファン

インヴァソールのこと知らない人が多すぎるな。去年の米国のダートで無双した最強馬だぞ。

 

295:名無しの競馬ファン

海外競馬、特にアメリカ競馬知らない人が多いからな。欧州とはまた違った魔境だよ。

 

296:名無しの競馬ファン

>>295 そこで2着に食い込むのは相当な能力がないと無理。

 

297:名無しの競馬ファン

3着のローヤーロンだって弱い馬じゃない。3馬身差つけているテンペストたちが強すぎるだけ。

 

298:名無しの競馬ファン

あっけなく惨敗して日本に戻るってことにならないようなので一安心。

 

299:名無しの競馬ファン

>>298 惨敗する可能性は低いと思ったけどな。米国のダートってタイム的には芝に近いタイムが出るから日本の芝、欧州の芝を好走したテンペストならそれなりな結果は残すと思ったよ。

 

300:名無しの競馬ファン

テンペストと似たローテ走ったジャイアンツコーズウェイもいきなり2着になっているし。

 

301:名無しの競馬ファン

そもそもテンペストのダート適正ってどこから湧いてきたんだ?

 

302:名無しの競馬ファン

>>301 そりゃあ……父じゃね?

 

303:名無しの競馬ファン

>>301 ヤマニンゼファーも条件戦まではダート走っていたし、そこからじゃないの?

 

304:名無しの競馬ファン

>>301 テンペストの前の代表産駒がサンフォードシチーだし、何かあるのかも。

 

305:名無しの競馬ファン

>>304 アメリカのダートと日本のダートはかなり違うし、あまり参考にはならないかもしれん。一応ハビタットの孫にアメリカでGⅠ4勝を挙げた馬がいるけど、参考にならんな。

 

306:名無しの競馬ファン

>>305 じゃあ結局何が作用しているんだよ……

 

307:名無しの競馬ファン

>>306 わからない。というか父ヤマニンゼファー、母父サクラチヨノオーの血統の馬がGⅠを12勝していること自体がおかしいんだよ。

 

308:名無しの競馬ファン

もう、「テンペストクェークという馬だから」でいいような気がする。

 

309:名無しの競馬ファン

>>308 ダートに挑戦するときも、「まあテンペストならそれなりに走ってくれるでしょう」と当然のように思っている人が多すぎて、感覚がマヒしている。

 

310:名無しの競馬ファン

>>309 解説者も含めて、勝利できなくとも、惨敗はあり得ないって予想しているのは異常なのよ。

 

 

 

366:名無しの競馬ファン ID:TKusN3jZA

テンペストの次走ってどうなるんだろうか。そのままBCクラシック直行かな?

 

367:名無しの競馬ファン ID:gEP0Gm5M2

>>366 わかんね。アメリカ行ってから陣営の発表する情報がかなり少なくなったから。

 

368:名無しの競馬ファン ID:E2ZJI09xK

取材も走りに関する情報を一切開示させなかったものなあ……

 

369:名無しの競馬ファン ID:vyr/cE/s7

あれ、テンペストの可愛さにごまかされたって話題になってたぞ。

 

370:名無しの競馬ファン ID:KdpupA9V9

>>369 実際芸達者だし……

 

371:名無しの競馬ファン ID:MZCEb2PPG

>>370 女王陛下を乗せただけあるなあ

 

372:名無しの競馬ファン ID:zsvjKVDT5

>>371 なんで現役の競走馬(日本産)に英国の女王陛下がってなってそう。

 

373:名無しの競馬ファン ID:l0x5vc6vg

>>369 実際かわいいからね。しかたない。

 

374:名無しの競馬ファン ID:bjOPErEMe

次走についてだけど、体調次第で決めると思うよ。

 

375:名無しの競馬ファン ID:YrfKCDvH/

もう一戦挟むならジョッキークラブゴールドカップの方かな。

 

376:名無しの競馬ファン ID:V7/F5x1dJ

たぶんそうだね。前哨戦でGⅠというのも豪勢だけど。

 

377:名無しの競馬ファン ID:MFyGfsJqN

>>376 ブリーダーズ・カップ設立まではこっちが秋の大一番って感じだったらしい。

 

378:名無しの競馬ファン ID:gazAI60nT

疲労ともあるから直行っていう選択肢も当然考えられるしなあ。

 

379:名無しの競馬ファン ID:vS+vW2X0+

テンペストがアメリカで走っているところをもっと見たいねえ。

 

380:名無しの競馬ファン ID:zu7riZRrL

>>379 こればかりは馬の都合が優先だね。

 

 

 

 

 

 

 

・テンペストの米国遠征第2戦目を観戦する

 

 

352:名無しの競馬ファン

 

 

353:名無しの競馬ファン

ということで、テンペストの血統表のどの馬が米国のダート適正を与えたかについては「わからない」ということで結論が出ました。

 

354:名無しの競馬ファン

>>353 結局わからないのかい。

 

355:名無しの競馬ファン

>>353 何だったんだこの時間は

 

356:名無しの競馬ファン

>>353 テンペストのスレでやれ、ってここもテンペストのスレだったわ

 

357:名無しの競馬ファン

>>356 半実況スレだから……

 

358:名無しの競馬ファン

>>356 テンペストの総合スレみたいなものだからな。想像以上にダートで走ったので、血統民が騒ぎ出した。

 

359:名無しの競馬ファン

血統民という謎のワード

 

360:名無しの競馬ファン

>>359 前のスレから数週間にわたってちびちびと続いてきた論争が終わった。

 

361:名無しの競馬ファン

>>360 というかもう次のレース日近いのに血統の話しを続けていて怖いわお前ら。

 

362:名無しの競馬ファン

>>361 それで結局わからないのか……

 

363:名無しの競馬ファン

>>362 わかる方がおかしいともいえる。

 

 

 

382:名無しの競馬ファン

はい、血統の話は終わり。テンペストは勝てますかね。

 

383:名無しの競馬ファン

>>382 勝てる可能性は高いね

 

384:名無しの競馬ファン

距離も10ハロンだし問題ない。一番の有力馬のカーリンも普通に強い馬だけど、インヴァソールに比べたら格は落ちる。

 

385:名無しの競馬ファン

欧州のローテを戦ってきたテンペストなら日程的な苦しさはないだろうしね。

 

386:名無しの競馬ファン

人気も1番人気みたいだな。前走が評価されたらしい。

 

387:名無しの競馬ファン

インヴァソールにクビ差の2着だしな。まぐれではないよ。

 

388:名無しの競馬ファン

欧州で4戦4勝の怪物だぞ。前評判も別に低くなかったからな。前のレースでさらに評価が上がった。

 

389:名無しの競馬ファン

陣営からのコメントが定型文なのが逆に怖いわ

 

390:名無しの競馬ファン

高森騎手もありきたりなことしか言わんしなあ。この間のレースでもインタビュー受けてたみたいだけど。

 

391:名無しの競馬ファン

>>390 テンペストの騎手の事はあまり知らなかったけど、テンペスト以外でGⅠをとっていないのか......

 

392:名無しの競馬ファン

>>391 言っておくが、高森騎手は下手くそではないからな……

 

393:名無しの競馬ファン

>>390 「期待してください」とは言い続けているし、文字通り期待して待ってやる。

 

 

 

432:名無しの競馬ファン

そろそろ出走時間だな。現地は夕方で夕日がきれいだ。

 

433:名無しの競馬ファン

まあテレビ越しだけどね

 

434:名無しの競馬ファン

テンペストが一番人気のままだな。

 

435:名無しの競馬ファン

映像越しだけど、調子はいいと思うな。

 

436:名無しの競馬ファン

レース前は基本的に今と同じ感じだから期待できる。

 

437:名無しの競馬ファン

今回は勝ってくれ。そして俺の給料を増やしてくれ。前消えたから。

 

438:名無しの競馬ファン

>>437 テンペスト銀行の被害者がここに……

 

439:名無しの競馬ファン

>>438 前のテンペストは2番人気だっただろうが。

 

440:名無しの競馬ファン

ゲート入りも良好

 

441:名無しの競馬ファン

スタート!

 

442:名無しの競馬ファン

いいスタート

 

443:名無しの競馬ファン

先行ポジションだな

 

444:名無しの競馬ファン

このまま、このまま

 

445:名無しの競馬ファン

ペースは速すぎないし大丈夫そうだ。

 

446:名無しの競馬ファン

頼む勝ってくれ

 

447:名無しの競馬ファン

カーリンにマークされている?

 

448:名無しの競馬ファン

カーリン上がってきた!

 

449:名無しの競馬ファン

テンペストはまだ上がらないか

 

450:名無しの競馬ファン

逃げ馬が垂れてきた。

 

451:名無しの競馬ファン

イン突き!これがあるからテンペストは強い

 

452:名無しの競馬ファン

ローヤーロンも粘る。それよりカーリンが怖い

 

453:名無しの競馬ファン

外から伸びてきた。これヤバイ

 

454:名無しの競馬ファン

テンペスト行け!

 

455:名無しの競馬ファン

伸びた!

 

456:名無しの競馬ファン

よしよしよーし

 

457:名無しの競馬ファン

1着だ

 

458:名無しの競馬ファン

テンペスト1着

 

459:名無しの競馬ファン

あぶねー。ギリギリじゃん

 

460:名無しの競馬ファン

鼻差、いやアタマ差くらいか。

 

461:名無しの競馬ファン

最後の伸びが見れてよかった

 

462:名無しの競馬ファン

いや強いわ、この馬

 

463:名無しの競馬ファン

というか海外ダートGⅠって初じゃね

 

464:名無しの競馬ファン

初めてだね。まさかテンペストが獲るとは。

 

465:名無しの競馬ファン

歴戦のダート馬たちを抑えてテンペストが獲りやがったよ

 

466:名無しの競馬ファン

可能性は高いと思ったけど、現実味が……

 

467:名無しの競馬ファン

これ前哨戦なんだよね。なんかエンディングが始まりそうなんだけど

 

468:名無しの競馬ファン

ブリーダーズ・カップが本番なの忘れていた

 

469:名無しの競馬ファン

確かに忘れかけていたわ。

 

470:名無しの競馬ファン

高森騎手英語うまいなあ

 

471:名無しの競馬ファン

インタビュー何言っている?

 

472:名無しの競馬ファン

まあ、無難な感じのことを言っている。次もよろしく的な。

 

473:名無しの競馬ファン

もう少し喜んでも……

 

474:名無しの競馬ファン

>>473 本番はあくまでBCクラシックってことだな

 

 

 

488:名無しの競馬ファン

ああ、ブリーダーズ・カップ見に行きてえなあ

 

489:名無しの競馬ファン

>>488 日本馬3頭でるからツアーも組まれているぞ。相当高いけどな

 

490:名無しの競馬ファン

>>489 アメリカは、遠い……

 

491:名無しの競馬ファン

そういえばテンペストを追いかけ続けた人も行くのかな

 

492:名無しの競馬ファン

ブログを見たけど行っているみたいだぞ。ウッドワードSの時から。帰りの飛行機代もかけて帰れなくなりかけたらしいけど。

 

493:名無しの競馬ファン

>>492 バカかな?

 

494:名無しの競馬ファン

>>493 狂人の類

 

495:名無しの競馬ファン

>>494 どうやって帰ったのか。そしてなぜまたアメリカに行くことができているのかわからないけど、今回はしっかりお金を増やせただろうね。

 

496:名無しの競馬ファン

>>495 ブログによると、別のレースで帰りの飛行機代とか全部取り返したらしい。いろいろとドラマがあったらしいよ。

 

497:名無しの競馬ファン

>>496 勝手に壮大な物語を展開するな

 

498:名無しの競馬ファン

>>486 ヒシミラクルおじさんといい、たまに奇跡のような人が現れるから競馬って面白い。

 

499:名無しの競馬ファン

それは競馬の面白い要素なのか……?

 

 

 




テンペストたちが海外で暴れ回ったので、BC級のレースじゃなくても日本から馬券は買えるようになってます。


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決戦前夜

諸事情により感想返しが滞ってしまい申し訳ありません。
必ず返信いたしますので、今後ともよろしくお願いします。



テンペストクェークの米国ダートGⅠ制覇で盛り上がる中、オーナーの西崎は悩んでいた。

最近は仕事が立て込んでおり、テンペストのレースを観に行くことができないため、若干の寂しさを感じつつも、次のBCクラシックを楽しみにしていた。

そんな中、とある馬産関係者たちとの協議がやっと終わったのである。

 

 

「テンペストの今後か……」

 

 

テンペストクェークはその気になれば7歳くらいまでは今の力をキープしたまま走り続けることができると藤山調教師から伝えられている。

ただ、頑丈なテンペストでも、ケガのリスクは常に伴っているため、あまり長く現役を続ける必要はないと西崎は思っていた。そして、もう充分にテンペストは暴れまわってくれたとも考えていた。

 

 

「引退か……」

 

 

さみしい気持ちは大きい。ただ、いつか訪れることでもある。

すでにテンペストは種牡馬となることが決定している。

この話は藤山調教師とも共有している。

馬産関係者との話し合いもテンペストの種牡馬入りのオファーに関する内容であった。

 

 

「こんなにお金が動くのか……」

 

 

日本一の馬産グループとの会話を思い出す。

 

 

「テンペストクェークにはこれだけの価値があります」

 

 

提示された額は約30億円。種牡馬ビジネスのことに疎い西崎にとって途方もない値段であった。テンペストがBCクラシックを勝利した場合には、さらに上がる可能性もあるとのことだ。

テンペストのライバルのディープインパクトはさらに倍近くの51億円であるという。シンジケートでも一口8500万円という莫大な金額であった。

 

 

「あの、こんなにお金をかけてテンペストが種牡馬として失敗、なんてことも考えないのですか?」

 

 

「名馬=名種牡馬とならないのが馬産の世界です。莫大な金額をはたいて購入した種牡馬が全く結果を残せなかったという話はよくあることです」

「それでも、我々はテンペストクェークという偉大な馬の次の物語を見たいと思うのです」

 

 

もしテンペストが日本の主流の血統、それこそディープ級の血統であったら。おそらく50億以上は軽く超えていたとのことである。主流とは言い難い血統であるがゆえに評価が下がってもこの値段なのである。

ただ、ヘイローやロベルト系にミスタープロスペクター系、ノーザンダンサー系と5代先までクロスしないことも魅力的であった。薄め液としても期待されているのである。

 

 

「海外、特にアイルランドやイギリスからのオファーも強いと聞いております。我々にはそれを阻む権利はありません」

 

 

もし海外で種牡馬入りさせたとしても、西崎オーナーの馬主業に横やりを入れるような真似は絶対にしないとも話していた。

もともとテンペストは彼らとは一切関係がない出自の馬であるからでもある。

 

 

「とはいってもなあ。やっぱり日本で種牡馬になるのが普通だよね」

 

 

初めて所有した馬が、シンジケートが組まれるほどの馬になるとは思いもしなかった。そんなことを思っていたら逆に夢を見すぎだと笑われるくらいである。

 

 

「決断の時は近いかな……」

 

 

まずはいつ引退するかについてであった。

 

そして、その時は西崎の心の中では決まりつつあった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

前のレースは勝利することができた俺は、いつもの場所に戻り、疲れを癒していた。

一回負けたけどリベンジ成功だな。

ただ、不完全燃焼でもあった。全力で走らせてはくれなかったのである。

ただ、これについて不満はない。

おそらく大本命のレースが俺を待っているのだと思う。

その証拠に、おっちゃんたちの雰囲気がいつもよりもピリピリしているのだ。

身体のチェックの頻度も増えており、大レースが近いことを予感させている。

 

 

【俺はやるぞ!】

 

 

疲れを癒す期間だとわかっていても、走りたくなってしまう。

KOOLになれ俺。

ケガでもしたら皆の努力が水の泡だ。

おっちゃんたちの許可が出るまでは身体を休めよう。

 

 

そして、休養が終わると、厳しい特訓の日々が待っていた。

あの時を思い出す。

俺が一度しか勝てなかったあいつとの最後の対決の時を。

 

 

「テンペストの調子はどうですか」

 

 

「万全ですよ。むしろもっと走らせろとうるさいくらいです。無理をさせすぎないようにセーブさせないといけませんね」

 

 

この調子だと大体2週間後くらいかな?レース本番まで。

俺は勝つ。これは当然だ。

だが、忘れてはいけない。俺たちと一緒に来た同士たちとともに勝つ。

俺たちが最強であることをこの国の奴らに刻んでやろうぜ。

 

 

【なあ、お前ら!】

 

 

つい先日のレースで勝利してウキウキな友人と、トレーニングを頑張っている後輩君。君たちにも頑張ってもらいたい。そして俺たちの強さを知らしめてやろう。

 

 

【勝つ!うれしい!】

【頑張る!】

 

 

【俺についてこい!】

 

 

彼らは俺とは違うレースに出るのだと思う。トレーニング内容が若干違うし、人間の雰囲気的にも違う。同じレースにでるならもっと人間同士がピリピリしているからな。

でも俺と近い時期にレースには出るのだと思う。

なら最高の状態で本番に行くぞ。

 

 

【俺は負けん】

【ついてく!】

 

 

俺たち3頭でトレーニングするときもある。

騎手君の指示に従うが、それでも負けたくはない。

先頭は俺だ。

 

ああ、楽しいなあ。

 

 

【勝つぞ!】

 

 

 

 

そんな燃え上がる俺の気持ちとは別に、雨の日々が続いた。

……ええ。

まあいいけどさ。雨好きだし。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

10月下旬。

ニュージャージー州のモンマスパーク競馬場は雨が降り注いでいた。

 

 

「こりゃあ雨の中の開催になるかもしれないなあ……」

 

 

高森は空を眺めながら嘆く。

本番まであと1週間となり、藤山調教師や高森騎手もアメリカに入国し、テンペストの最終調整に参加していた。

 

 

「テンペストは雨でも特に問題はないですけどね」

 

 

藤山調教師も雨に濡れながらテンペストの様子を観察していた。

泥まみれになっても特に問題もないうえ、楽しそうに雨の中を走っていた。

 

 

「テンペストのやる気に中てられたのか、ダイワメジャーやアドマイヤムーンの調子もいいみたいです。ダイワメジャーは前のレースも勝ちましたしね」

 

 

ダイワメジャーは前哨戦として選んだシャドウェルターフマイルSを勝利して、GⅠ5勝目を挙げた。芝のレースとは言え、サンデーサイレンスの子供がアメリカにやってきたということもあり、孫であるシーザリオがアメリカで勝利した時よりも話題にもなっていた。

 

 

「3頭とも期待が持てそうです」

 

 

藤山は、2頭を管理している調教師たちから感謝までされてしまったのである。

 

 

「BCマイルの方はダイワメジャーが本命になりそうです。ただ、ターフの方はちょっとやばいかもしれないです」

 

 

BCターフにはディラントーマスの参戦が決定している。昨年はテンペストクェークに連敗していたが、今年はガネー賞、キングジョージⅥ&QES、愛チャンピオンS、凱旋門賞を勝利しており、絶好調であった。他にも2006年以前にBCターフを制した馬たちが出走を予定しており、一筋縄ではいかぬレースになることが予想されていた。

 

 

「そして、BCクラシックも……」

 

 

高森も、出走が決まったテンペストのライバルたちのことは調べに調べていた。

 

 

「海外から襲来した絶対王者に現役最強古馬、3歳強豪馬と役者はそろいましたからね」

 

 

芝の絶対王者にして、ダートにも適応した怪物テンペストクェーク。

昨年度の覇者にして、テンペストに土をつけたウルグアイの英雄インヴァソール

ケンタッキーダービー、トラヴァースSを勝利した3歳3強の1頭ストリートセンス。

プリークネスSを勝利し、その他のレースでも好走を続ける3歳3強の1頭カーリン

牝馬でありながらベルモントSを勝利した最強の女王である3歳3強の1頭ラグズトゥリッチズ。

そのほかにも3強には劣るが、三冠路線を好走したハードスパンやテンペストに苦渋を味わわせられた古馬のローヤーロンとGⅠ勝利経験を持つ馬が他にも参戦を表明していた。

 

 

「メンツがそろわなかった。そんな言い訳はできないメンバーとなりましたね」

 

 

すでに打倒テンペストクェークで動いている陣営もある。前走で惜しくも敗れたカーリンの陣営は特に燃えていた。

 

 

「すでにテンペストの強さは知れ渡っています。油断なんて誰もしてくれませんでしょうから、厳しいレースにはなりそうですね。気を付けてください」

 

 

「わかりました。テンペストの強さを世界中に轟かせて見せますよ」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『テンペストクェーク、ダート初勝利』

 

 

テンペストクェークの勝利の記事を見ながら、俺は調整ルームで待機していた。明日の騎乗が終われば、先生とともにアメリカに向かうことになっている。

ゲン担ぎとまではいかないが、勝って向こうに行きたい。

 

俺はテンペストの主戦騎手であるが、常にアメリカにいるわけにはいかない。

西崎オーナーは、現地でずっとテンペストの調教に付き合ってもいいと言って、滞在費や給料まで出そうとしていたが、流石にそれは断った。

勝負勘など、レースでしか養えない経験もあるからだ。それにテンペストの調教のことは藤山先生たちに任せればいい。

 

明日のレースの展開の予想やデータ分析を終え、少し手持ち無沙汰になったので、サウナルームに向かう。

 

 

「あ、どうもです」

 

 

部屋に入ると、ブリーダーズ・カップでともに戦う二人の騎手がいた。

アドマイヤムーンに騎乗予定の天才騎手とダイワメジャーに騎乗予定のベテラン騎手である。

そしてその間にテイエムオペラオーで一世を風靡したイケメン騎手も座っていた。

 

 

「ダイワメジャー、お見事でした。強かったですね」

 

 

「ありがとうございます。テンペストクェークのおかげで遠征先でも調子がいいみたいで。次も期待できそうですよ。アドマイヤムーンの方も調子がよさそうだって聞きましたよ」

 

 

「ええ、同じ遠征組の2頭と調教を行ったおかげかソラを使う癖がなくなったらしいです。次に乗るときが楽しみですよ」

 

 

テンペストが馬を逸脱した行動をしているのはもう慣れたので誰も突っ込まない。

 

 

「それにしてもアメリカのダートGⅠを初めてとったのがテンペストになるとは思いませんでした……」

 

 

「自分はダート馬より芝の馬の方が、結果が出るんじゃないかと思っていましたので、不思議ではないですね」

 

 

「テンペストなら日本のダートでも結果は出すと思いますけどね。それでも結構適応するのに時間がかかったんですよ」

 

 

俺はテンペストの秘密を二人に打ち明ける。

案の定二人はマジかといった顔で苦笑いする。

 

 

「それでインヴァソールの2着になるのはおかしいですよ。ヴァーミリアンですら歯が立たなかった相手ですよ」

 

 

そういえば彼は次のJBCクラシックからヴァーミリアンに騎乗する予定らしいな。

 

 

「あの強さでまだ完成していなかったんですか……」

 

 

「ええ、やっと前のレースで完全に適応できました。本番が楽しみですよ」

 

 

「勝手に強い馬の長所を吸収して強くなっていく馬なんてずるいですよ。ディープの走法も吸収されたみたいですし」

 

 

「まあ、ディープインパクトがいたからテンペストは強くなれたといっても過言ではないですからね」

 

 

「今でも宝塚記念の夢を見るんですよ。責任取ってください先輩」

 

 

「ええ......そんなこと言われてもなあ……」

 

 

競馬場では年齢関係なくライバルであるが、こうやって談笑し合うことぐらいは許されるだろう。

二人は先に入っていたこともあり、しばらくすると先にサウナから出て行った。

 

 

「……」

 

 

40超えの先輩騎手二人に30台中盤の偉大な先輩騎手と騎乗前日のサウナで一緒。

うん、胃が痛くなるわ。

いくら陽気な性格の彼でも気を遣うよ。

それにしても後輩の彼。年齢は違うけど俺と似たような境遇でもあるんだよなあ。

テイエムオペラオーとのコンビは見ていて眩しかったなあ。

俺は微妙な成績の時代だったから羨ましく見えた記憶しかない。

 

 

「テイエムオペラオーの後、大変だったか?」

 

 

「ええ、いろいろと」

 

 

「そうか……自分はもう歳だからな」

 

 

もし俺が若い時にテンペストと出会っていたら。

何か変わっていたのだろうか。

テンペストの後に俺はどうするべきだろうか。引退という文字がチラつく俺にとって、まだ若い彼が羨ましくもあった。

 

 

「いつかオペラオーのような馬と出会って、それで高森さんとテンペストクェークみたいに世界を制してみたいですね」

 

 

若さは関係ないか……

 

 

「そうか。なら俺みたいにケガはするなよ」

 

 

「……高森さんのケガは、割とシャレにならないケガなので気を付けます」

 

 

まあ、3回死にかけた人間の言うことは説得力があるよね……

 

 

「それはそうと君は女装が趣味なのかい?」

 

 

ずっと気になっていたことだ。二人きりなのでぜひ聞いておきたい。

 

 

「違います!」

 

 

……ごめん。マジだと思っていました。

 

 

サウナから出て、俺は自分の部屋に戻る。

 

 

「……テンペスト」

 

 

テンペストの引退が俺にとっての区切りになりそうなことは理解できている。

俺が現役を続行しても、テンペストのような馬に出会える確率は限りなく低いだろう。ただ、俺は、昔の俺にはもう戻れない。日本の頂点を、世界の頂点を知ってしまったのだから。

この身体が動く限り俺は......

 

 

「勝ってから決める事だな」

 

 

迷いはいらない。

まずは明日のレースを、そしてテンペストとのレースのことだけを考えるんだ。

 

 

次の日、条件戦とはいえ、人気薄の馬を2回も勝利に導いた俺は、絶好調であった。

そして、次がテンペストクェークとの最後の戦いであることを胸に秘めながら俺はアメリカに向かった。

 

 

「必ず勝つ」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

様々な人の思いが交錯する中、テンペストクェーク、ダイワメジャー、アドマイヤムーンの戦いが幕を開ける。

 

 

競馬の祭典ブリーダーズ・カップ開幕

 

 

 

 




種牡馬関係の金額ですがオグリキャップがおおよそ18億程度だったらしいです。もっと安いOR高いという意見もあるかと思いますが、取り敢えず30億円くらいに設定しました。
クラシックディスタンスはテンペストは走れませんが、その辺は牝馬の血統でなんとかなるでしょう......

それにしてもディープは高いですね。あとラムタラもヤバいですね。


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ブリーダーズ・カップ 前編

アーモンドアイ......


モンマスパーク競馬場では、10月26日、27日にかけて北米最大規模の競馬の祭典、ブリーダーズ・カップ・ワールド・チャンピオンシップスが開催されていた。

このレースは1日に多くのGⅠ競走が行われ、世界トップクラスの高額な賞金が設定されている世界最大規模の競馬のレース群である。特に2007年は競走数が増加し、2日開催となっていた。

26日は新設の3競走が行われ、盛り上がりを見せていた。しかし本命の競走は27日に集中しており、日本馬3頭が出走するレースもこの日に施行される予定であった。

 

 

「やはり雨の影響は大きそうですね……」

 

 

昨日からのレースを見続けていた藤山は馬場状態を見ながら嘆く。

まだ小雨が降っており、芝も不良馬場に近く、ダートに至ってはドロドロの田んぼ状態ともとれる状態であった。

 

 

「アドマイヤムーンは意外と重馬場に強いみたいですけど、ダイワメジャーはなあ……」

 

 

3頭の中で一番初めに走るのはダイワメジャーである。彼は重馬場にそこまで強いというわけではなかった。

ただ、調教の仕上がりはかなりのものらしく、馬のやる気も高いようである。

 

 

「秋山君、本村君。テンペストの調子はどうですか?」

 

 

もう何度目になるかわからない言葉であった。

 

 

「万全です。テンペストもレースが近いことが分かっているのか、お遊びなしの真剣モードです」

 

 

馬房には、目を閉じて立っているテンペストの姿があった。

その馬体は分厚い筋肉に覆われ、完璧に近い状態であった。

 

 

「今日は西崎オーナーも来ている。それに日本から来た競馬ファンやアメリカ在住の日本人の競馬ファンもたくさん来ている。みんなの期待に応えましょう」

 

 

「「「はい!」」」

 

 

今日この日のためにスタッフたちは一丸となって自らに課せられた仕事を遂行してきた。その努力が花開くときが来たのである。

 

 

「テンペスト……頼んだぞ」

 

 

 

 

モンマスパーク競馬場の関係者の観戦場所では、日本人の馬主や関係者が集まっていた。

近くにはテンペストクェークを中心に、日本でみられる横断幕が特別に掲げられており、日本の競馬場に近い雰囲気を醸し出していた。

 

 

「ダイワメジャーのライバルはエクセレントアートですね……」

 

 

西崎は藤山手製のデータブックを確認していた。

次に行われる競走はダイワメジャーが出走するBCマイルである。

ダイワメジャーの馬主も流石に緊張の面持ちでターフを眺めていた。

 

 

「調子はいいと聞いております。あとは馬がどれだけ頑張ってくれるかですね」

 

 

彼はそう語っていた。

調教師や騎手にあとは頼むだけである。ここまで来たらできるのは応援だけであった。

西崎の誘いに乗り、アメリカに送り出した自分の愛馬は、想像以上にこちらに適応して見せた。すでに前哨戦で勝利しており、GⅠ5勝目を獲ることが出来た。

これも仲の良いテンペストのおかげであるとも聞いている。

アメリカのダート最高峰に挑戦するテンペストに比べれば格は落ちるかもしれないが、それでも世界トップレベルのマイルレースであることに変わりはない。

 

 

「ここまで来ることができるとは……」

 

 

西崎との出会いがなければ絶対に来なかったであろうアメリカの大地。

不思議な縁に感謝しつつ、自分の愛馬の出走を待っていた。

 

 

 

 

ダイワメジャーは2番人気であり、1番人気は英国からやってきたエクセレントアートであった。

多くの観客が見守る中、出走する合計14頭の馬がゲートに入った。

ベルが鳴る音とともにゲートが開かれ、14頭が一気に飛び出した。

15時24分 ブリーダーズ・カップ・マイルの開始である。

 

 

『スタートです。ジェレミーはやや遅れたか。しかし横並びでのスタートです』

 

 

やや遅れた馬がいたものの、大きく出遅れた馬はおらず、横並びでのスタートとなった。

最初のコーナーまでの直線で、熾烈な先行ポジション争いが始まった。

 

 

『先頭を行きますのはコスモノーツ、それに合わせるようにキッブデヴィル、外からはリマーカブルニュースが行きます。ダイワメジャーは現在外側5番手付近で進めております』

 

 

やや外側の10番ゲートからのスタートであったダイワメジャーはスタートで失敗することなく、いつもの先行ポジションをとるように走っていた。

 

 

『コーナーに入りまして、先頭はコスモノーツ。続いてキップデヴィル、マイタイフーンと続きます。やや外にダイワメジャー、そしてリマーカブルニュースが続きます。そして……』

 

 

大逃げをする馬はおらず、先頭集団が固まったままコーナーを走り終え、向こう正面に入った。

コーナー付近ではダイワメジャーは四番手のポジションで走っていた。ライバルのエクセレントアートは後方で走っており、追込のポジションであった。

 

 

『……リマーカブルニュースがやや前に出したか。キップデヴィル、ダイワメジャーを抜いて3番手になります。ダイワメジャーは5番手です。続きますは……』

 

 

BCマイルは、縦長の展開にはならず、6馬身ほどの空間に10近くの馬が密集する展開となっていた。ダイワメジャーもその集団におり、やや外側でふたをされていない状態であった。

 

 

『コーナーに入って、先頭はコスモノーツ。リマーカブルニュースが2番手におります。一団となって最終直線に向かいます。ダイワメジャーは現在4番手。3/4マイル、1200メートル通過は1分14秒。これはスローペースか!』

 

 

連日の雨によって馬場状態は不良馬場に近い重馬場であった。そのためペースはスローペースであった。

 

 

『コーナーが終わって、これはダイワメジャーが上がってくる。2番手にダイワメジャーが上がってきました。エクセレントアートはやや後退して先頭はコスモノーツ。後続の各馬もスパート態勢。ダイワメジャー2番手!』

 

 

直線に入って、外側からダイワメジャーが徐々に加速して2番手になる。

逃げていたコスモノーツもそこまで体力を消耗していなかったのかズルズルと後退することはなく、そのまま先頭で粘り続けていた。

その半馬身ほど後ろでダイワメジャーは走っていたが、まだ脚を少し溜めている状態であった。

 

 

『残り1ハロンを切った。先頭はコスモノーツ。そしてダイワメジャー。後方からキップデヴィルが伸びてくる。コスモノーツは苦しいか!』

 

 

モンマスパーク競馬場の最後の直線コースの内ラチがなくなるところまで来ると、すでにコスモノーツダイワメジャーと並走状態にあり、ややスピードが鈍っている状態であった。この2頭をまとめて交わすようにしてキップデヴィルが外から伸びてきた。

 

 

『先頭変わってダイワメジャー。外からキップデヴィルも上がってくる。2頭のたたき合いか!後方からエクセレントアートも伸びるがこれは厳しいか』

 

 

ダイワメジャーとキップデヴィルの後方2馬身ほど後ろからエクセレントアートが猛追するが、あと100メートルを切った地点では届きそうになかった。

 

 

『ダイワメジャー先頭。粘る粘る。キップデヴィルを寄せ付けない。これはダイワメジャーだ!またダイワメジャーだ!』

 

 

ラストの直線で猛追するキップデヴィルに先頭を譲ることなく、首差で先にゴールした。エクセレントアートは終盤に一気に追い込むが前の2頭をとらえることが出来ず3着に敗れた。展開が追込に向かなかったこともあったが、それでも驚異的な末脚での3着であった。

 

 

『ダイワメジャー、日本馬初のブリーダーズ・カップ制覇!歴史に残る一戦です。これでダイワメジャーはGⅠを6勝目。サンデーサイレンスの子供がブリーダーズ・カップを勝ちました』

『先行策からの押切勝ち。ダイワメジャーが最も得意とする戦法での勝利となりました。鞍上は本当にこの馬の強さを知っている!』

『栄光と挫折のクラシック。奇跡の復活を遂げた4歳春。そして最強の後輩たちとの死闘の日々。これはすべてこの日のためにありました』

 

 

クビ差ではあったが、強い競馬での勝利であった。まさにクビ差圧勝であった。

低評価を覆した皐月賞。その後の惨敗と致命的ともいえる病気の発症。そこからの復活。そしてディープインパクトとテンペストクェークという最強の後輩たちの台頭。6歳のこの時までダイワメジャーは走り続けた。数多くの負けも経験した。それでもこの舞台で勝利したのは、陣営の努力と、ダイワメジャー本人の負けん気の強さが故であった。

ここに彼らの努力は結実した。

 

 

「やった!やりましたよ!」

 

 

「勝った!勝った!」

 

 

ダイワメジャー陣営、そして日本陣営は大きく盛り上がり、大歓声に包まれていた。

大歓声の中ダイワメジャーは威風堂々と言った形で調教師たちのもとに帰ってきた。

勝利したことが分かっているのか、首を振り回して大きく嘶いていた。

 

 

「次はアドマイヤムーンの番です。襷は託しました」

 

 

「受け取りました。最高の形でテンペストに託します」

 

 

ダイワメジャーの鞍上からアドマイヤムーンの鞍上に勝利の意思が託される。

2頭は決してテンペストの前座ではない。ただ、もっとも過酷で困難なレースに出走するのはテンペストクェークである。

最高の形でお膳立てしてやろうというのは当然の流れであった。

 

 

「さて、どう戦うかな」

 

 

天才のつぶやきは、大歓声の中に消えていった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

【そうか、勝ったか】

 

 

俺は大歓声からわずかに聞こえるアイツの声を聞き取っていた。

あれだけ俺は強いと連呼していれば誰だってアイツが勝ったことくらいわかる。

まあ、アイツの実力なら勝って当然だ。

 

多分俺は最後に走るのだろう。

後輩君も気合が入った様子で人間たちに連れられて行った。

 

 

「テンペストの出番はまだだぞ~」

 

 

【……】

 

 

俺は猫のようにしてストレッチをする。ウーム気持ちいい。

 

 

「ネコかお前は……」

 

 

今日のレースのために俺は走りこんだ。

そして今日は本当に大切なレースなのだろう。

おっちゃんに兄ちゃんたち、それに騎手君も緊張した面持ちだった。

 

俺に期待している人がたくさんいる。

だけど、馬となった俺にとっての世界はそこまで広いものではない。

だから俺は騎手君たちのために、そして俺が最強であることを証明するために走る。

 

なぜ俺が馬になったのかはわからない。

だが、俺の走りで騎手君たちが喜ぶなら俺が生まれた意味もあるのかもしれない。

 

 

しばらくすると、大歓声が聞こえ、俺の近くで待機していた兄ちゃんたちが喜んでいた。

そして俺を真剣な目で見つめて何かを託すように首元を撫でた。

 

 

そうか、俺の出番が来たか。

 

 

【任せな】

 

 

さあ、勝ちに行くぞ

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『さて、そろそろブリーダーズ・カップ・ターフの時間が近づいてきました。このレースには、アドマイヤムーンが出走予定です』

『アドマイヤムーンにとってはダービー以来となる2400メートルでの競走です。距離に若干の不安を感じますが今の実力なら十分走れる距離でしょう。前走のマンノウォーSでは惜しくも2着に敗れていますが、中1か月以上空けていますので、休養も調教も順調だったようで、勝算は十分にあります』

 

 

競馬場で誘導馬とともに歩く競走馬たちが映し出される。

日本の競馬ファンは中継映像に噛り付きながら馬の状態を確認していた。

 

 

『さて、ライバルたちの紹介です。まずは2番のレッドロックスです。昨年のBCターフを制しております』

『次に3番のベタートークナウです。なんとこの馬、3年前にこのレースを勝利しております。また、2005年のジャパンカップにも出走していますがその時は12着でした』

『6番はイングリッシュチャネルです。昨年のBCターフは3着でしたが、GⅠはすでに5勝しており、現時点でのアメリカの芝最強馬です。ドバイDFでアドマイヤムーンはこの馬に勝利しております』

『7番は大注目のディラントーマスです。2006年の愛ダービーを制し、2007年の今年はキングジョージと凱旋門賞を同一年度に制覇しております。この距離においては欧州最強馬です』

 

 

ディラントーマスは、昨年英国際S、愛チャンピオンS、チャンピオンSと激突した馬であるため、名前を聞いたことがある競馬ファンも多かった。今年は欧州の最高峰の大レースであるキングジョージと凱旋門賞を制覇し、それ以外のレースでも連対を一度も外していない。

 

 

『今年は古馬が8頭、3歳馬が1頭と、古馬が多いレースとなっております。現在圧倒的一番人気はディラントーマスとなっております。日本のアドマイヤムーンは3番人気です』

 

 

大きな問題もなくゲートに次々と入っていく。アドマイヤムーンの走りに期待が高まる。

 

 

『さあ、態勢が完了しました。2400メートル芝12ハロン。クラシックディスタンスの勝者はいかに。月はアメリカに輝くのか』

『今スタートです!』

 

 

ベルの鳴る音とともに馬たちが一斉にターフに飛び出す。

 

 

『横並びでスタート。8頭がまずまずのスタートで始まりました。注目のディラントーマスは後方からのレースとなっております』

 

 

出遅れた馬はおらず、先行ポジションを取ろうとする馬がスピードを上げながら前に前にと進んでいく。

 

 

『先頭争いはシャムディナンにフライガイ、その後ろにイングリッシュチャネルが付けております。その1馬身ほど後方に昨年の勝ち馬レッドロックスが追走しております。アドマイヤムーンはレッドロックスの外側に控えております。現在5番手です。ディラントーマスは馬群の最後方の6番手におります』

 

 

最初のコーナーに入り、曲がりながら走っている様子が映し出され、アドマイヤムーンが4,5番手のあたりで走っていた。

 

 

『コーナーが終わってスタンド前の直線に入ります。先頭はフライガイが逃げております。その後ろにシャムディナン、イングリッシュチャネルが付けています。4番手にトランスダクションゴールド、外側後ろにアドマイヤムーン。その後ろにレッドロックスがおります』

 

 

アドマイヤムーンは4番手のポジションでレースを進めており、やや先行ポジションに陣取っていた。

 

 

『……ディラントーマスは現在6番手。第1コーナーをカーブしてアドマイヤムーンは現在5番手。先頭はフライガイ。しかしすぐ後ろからシャムディナンとイングリッシュチャネルが追走します』

 

 

大きく逃げる馬はおらず、先頭で逃げるフライガイから1馬身後ろで2番手のシャムディナンとイングリッシュチャネルが並走していた。2頭の真後ろにトランスダクションゴールドがおり、外側のやや後ろをアドマイヤムーンが並走していた。

ディラントーマスもトランスダクションゴールドの後ろを追走するレッドロックスをマークするように張り付いて走っていた。

 

 

『向こう正面に入ってイングリッシュチャネルが2番手に入ります。1200メートル通過は1分19秒。馬場状態もあってかややスローペースです。4番手にアドマイヤムーン。その内側にトランスダクションゴールドです』

 

 

コーナーが終わり、向こう正面のストレートに入るころには、イングリッシュチャネルが2番手に出てきており、アドマイヤムーンも4番手、馬群の中ごろでポジションをキープしていた。

 

 

『……6番手にディラントーマス。レッドロックスをマークする形で競馬をしております』

 

『先頭はフライガイ。一馬身ほど後方にイングリッシュチャネル。そこに合わせるように外側シャムディナンがおります。そこからやや離れて4番手にアドマイヤムーンです』

 

 

先頭集団が3頭になり、4番手となったアドマイヤムーンと2馬身ほど差がつく。その後ろにレッドロックスとディラントーマスの2頭が追走していた。

 

 

『向こう正面が終わって、コーナーを曲がります。4番手アドマイヤムーンも少しずつ上がってきた。おおっとレッドロックスも合わせたように上がっている。そして先頭がイングリッシュチャネルになる。ここから仕掛けるのか!』

 

 

コーナーに入り、アドマイヤムーンもスピードを上げていき、外側を通りながら3番手の位置につけた。その後ろのレッドロックス、ディラントーマスも同時にスピードをアップしてきた。

そして2番手にいたイングリッシュチャネルが先頭に取って代わり、主導権を握り始めていた。

 

 

『さあ、コーナー終盤。先頭はイングリッシュチャネル。フライガイが2番手、外からアドマイヤムーン3番手。ディラントーマスは現在6番手。しかし馬群が固まっている!』

 

 

第4コーナーでは馬群がひと塊になっており、先頭のイングリッシュチャネルが引っ張っていた。そして外目にアドマイヤムーンが抜け出しており、加速態勢に入っていた。

 

 

『さあ、ラストの直線に入ります。先頭はイングリッシュチャネルで、外からアドマイヤムーンが伸びてくる。ディラントーマスは内側5番手。イングリッシュチャネルが抜け出した!』

 

 

直線に入った瞬間に、各場最後のスパートを開始する。先頭で勢いのついていたイングリッシュチャネルが一気に抜け出すと、外から飛び出してきたアドマイヤムーンも一気に前に躍りでる。

 

 

『先頭イングリッシュチャネル。アドマイヤムーン猛追!アドマイヤムーンも伸びてくる。2頭がどんどんと伸びていく。ディラントーマス3番手。しかし3馬身4馬身と差をつけていく。イングリッシュチャネルか!アドマイヤムーンか!』

 

 

優勝は、後続の3番手をどんどんと引き離して先頭を突き進むイングリッシュチャネルと切れ味ある末脚を繰り出してそれを猛追するアドマイヤムーンに絞られた。

 

 

『アドマイヤムーン伸びる!伸びる!これは差し切ったか?二頭ほぼ同時に駆け抜けました!アドマイヤムーンが差し切ったか!それともイングリッシュチャネルが粘ったか!』

『3着はシャムディナン、4着にディラントーマスです。しかし3着に6馬身半の差がついております』

 

 

『ディラントーマスは最後に伸びませんでした。一方でイングリッシュチャネルとアドマイヤムーンは早めに抜け出すと勢いそのままに一気に独走状態でした。着順ですがまだ判明しておりません。しばらくお待ちください』

 

 

映像には2頭のゴールの様子が流れており、観客は一喜一憂している状態であった。

そしてしばらくすると、結果が発表される。

 

 

『アドマイヤムーンだ!アドマイヤムーンが1着です。遠く離れたアメリカの地で月が燦然と輝きました!栄光あるBCターフを制したのは日本馬アドマイヤムーンです!』

『クラシックの悔しさ、そして覚醒した4歳春。これでGⅠを3勝目。海外2勝目です!』

 

 

アドマイヤムーンの鞍上も指を差した後にガッツポーズで大歓声に応え、関係者のところに戻ってきた。

 

 

『これで日本2勝目!ブリーダーズ・カップで日本馬が躍動しております。まさに快進撃です』

『本当に遠征は大成功ですね。日本の馬がこんなに早くブリーダーズ・カップを制する日が訪れるとは思いませんでした』

『さて、次はブリーダーズ・カップのメインレースのクラシックです。遠征軍の総大将テンペストクェークが走ります』

 

 

日本勢の躍動に大興奮であったが、まだレースは終わりではない。

 

 

『本中継はこのままブリーダーズ・カップ・クラシックの模様をお伝えいたします』

 

 

まだ興奮は終わらない。

 



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ブリーダーズ・カップ 後編

2007年ブリーダーズ・カップは大盛況のなか予定されていたレースが次々と開催されていった。

マイルでダイワメジャーが、ターフでアドマイヤムーンが勝利し、日本馬が大きく躍動していた。

しかしこのブリーダーズ・カップ、大本命のレースはダートレースなのである。そして西海岸、東海岸の強豪馬が、クラシック戦線の激闘を戦い抜いた3歳馬が、経験豊富な古馬たちが、そして海外からやってくる強豪馬が。彼ら彼女らが一堂に会するダートの大レースが行われようとしていた。

それがメインレースのダート10ハロン、クラシックである。

賞金総額500万ドル、1着賞金270万ドルの超高額レース。世界最強の馬を決めるのにふさわしい舞台であった。

日本で大種牡馬となったサンデーサイレンス。

覚醒してから敵なしだったシガー。

欧州最強馬たちを相手取って連覇したティズナウ。

多くの名馬がこのレースを勝利してきた。

そして今年も最高のメンツがそろっての開催となった。

 

 

日本のスポーツ番組の特番ではブリーダーズ・カップの模様を中継する特番が作られて放送されていた。

ディープインパクトの凱旋門賞等で味を占めた各種メディアは、テンペストクェーク達の海外挑戦を、スポーツの国際試合という側面を強調して報道した。

要するにサッカーのワールドカップの時と同じようなノリである。

テンペストクェーク(+2頭)=日本代表という図式が成立したことで、「ニッポンチャチャチャ」というなじみのフレーズでテンペストたちは一般の人からも応援されていた。

こういった経緯もあり、少々大げさともいえるレベルでの中継番組が作られていたのである。

 

こういったノリで作られた番組であったが、割としっかりと作られていたため、競馬ファンも受け入れてみている人も多かった。

 

 

『最後にこのブリーダーズ・カップのメインレースであるクラシックについて紹介していきます。このレースは……』

 

 

テンペストが出走するレースの説明が行われ、

 

 

『……そしてライバルたちの紹介です』

 

 

ライバルの馬たちも詳細に解説がなされていた。

 

 

『インヴァソール』

ウルグアイで無敗の三冠馬となり、アメリカに殴り込みにやってきた『侵略者』だ。UAEダービーを4着になった後は昨年のBCクラシック、今年のドバイWCを制し、ウッドワードSではテンペストクェークを破ってGⅠ7連勝を達成した。現時点でアメリカ最強と言われている馬だ。

 

『ストリートセンス』

「スポーツの中で最も偉大な2分間」と呼ばれるほどの価値を持つケンタッキーダービーを制した3歳馬。真夏のダービーと呼ばれるトラヴァーズSにも勝利しており、今年の3歳馬の中で最も勝利が有力視されている馬だ。

 

『カーリン』

プリークネスSを勝利した3歳馬だ。ダービーは惜しくも3着。そしてベルモントSでも2着と惜しい競馬を続けている。前走ジョッキークラブGCSではテンペストクェークと差のない2着であり、確実に実力はつけてきている。栄光を再び勝ち取ることはできるのか。

 

『ラグズトゥリッチズ』

今年のケンタッキーオークス、そしてベルモントSを勝利した3歳牝馬だ。性別の壁を超え、牡馬を蹴散らす女王は牝馬限定戦ではなく、牡馬との勝負を選んだ。前走のガゼルSを圧勝し、GⅠを5連勝中である。

 

 

人気が集中している馬たちの紹介が終わると、それぞれの馬の調教師たちのインタビューが流れる。

その中でも特にテンペストのことに言及していたのがカーリンの陣営であった。

 

 

『前のレースでは負けてしまいましたからね。次は絶対に勝ちたいね。我々も最高の状態に仕上げてきました。カーリンは勝ちますよ』

 

 

どの陣営も気合を入れてこのレースに向かっていた。

そして一般の競馬ファンたちも大きく盛り上がりを見せていた。今年はバラエティ豊かな馬たちがそろっているからである。

3歳クラシックを3頭で分け合い、うち1頭は牝馬であった。その馬たちが夏の競馬を経て再び集結したのである。そして古馬には現役最強馬がいる。

そして遠く離れた島国から、世界最強の評価を受けた馬がやってきた。しかも前哨戦で2着1着とすでに米国最強馬に匹敵する強さを持っている馬であった。

 

 

『ダービー馬の強さを見せてほしい』

『ダービーの、ベルモントSの、ジョッキークラブGCSの借りをここで返して』

『アメリカ最強馬の実力を見せつけてほしい』

『牝馬はもう牡馬を叩きのめせる。それを証明してほしいですね』

 

 

多くの人がそれぞれの馬たちを応援していた。

 

 

『断然テンペストだね。私は彼に有り金すべてを賭けるつもりだよ』

『こっちに来てまだ2戦しか走っていないけど、本当に強い馬だね。応援しているよ』

『トレーニングセッションの動き、あれは本当に良かった。直感に来たね』

 

 

テンペストを応援する声も日本人だけでなく現地のファンからも聞こえてきていた。

芝ではなくダートに挑戦するチャレンジャーとして、そしてアメリカの牙城を揺るがす強者として。2回の前哨戦を使うという陣営の本気をたたえるファンも多かった。

 

 

『さあ、2007年ブリーダーズ・カップ、その大トリを飾りますクラシック。出走する馬たちが出てきました!』

 

 

場面は現地の映像に切り替わり、アナウンサーと解説者が喋り始める。

馬具を付けられた12頭の馬たちがモンマスパークのダートコースに現れ、誘導馬とともに歩いていた。

そして、開催をたたえるトランペットの音楽が流れ、会場は再び盛り上がり始めようとしていた。天候も日差しが雲の間から見える程度には回復していた。

 

 

『さあ、今年のクラシックは12頭での開催となりました』

『しかし先ほど紹介したように、参戦したメンバーのレベルはかなりのハイレベルです。なんといってもGⅠ馬が10頭もいるのですから』

『それでは、改めて出走馬の紹介をしていきます』

 

 

コース上を歩く馬たちのプロフィールとともに1頭1頭丁寧に解説が入る。

 

 

『……そして7番のテンペストクェークです。前走ジョッキークラブ金杯では4番のカーリンを抑えての優勝でした。ダートでも十分なパフォーマンスを発揮できそうです。それに馬体の調整も完璧ですね。大一番に最高の仕上がりを見せております。鞍上はもちろん高森康明騎手です』

 

 

優勝候補の5頭以外にも油断できない馬たちが紹介された。GⅠを勝利している3歳馬ティアゴやハードスパン、エニギヴンサタデー。テンペストやカーリンたちへ逆襲の機会を伺うローヤーロン。そしてとある事情で現役復帰を果たしたジョージワシントン。

最高のメンバーがそろったクラシックであった。

 

 

 

 

「すべて高森騎手とテンペストに託します。勝って、そして無事に帰ってきてください」

 

 

「高森君、テンペスト。頑張ってきてください。私から言える言葉はこれぐらいしかありません」

 

 

高森騎手がテンペストに乗る前に、西崎オーナーと藤山調教師が託した言葉はそれほど多くなかった。

西崎は調教師たち、そして高森騎手とテンペストのことを信頼していた。そして藤山達も高森とテンペストのコンビを信じていた。

 

誘導馬に引き連れられて馬場に入っていくテンペストはピカピカに輝いているように見えた。

馬体のバランス、そして筋肉の付き方も完璧と言えるほどであった。

アメリカの筋骨隆々な馬たちに劣るどころか、それすらも上回るほどの完成度である。

 

モンマスパーク競馬場で調教を重ね、日に日に強くなっていく様子を他陣営はしっかりと偵察していた。そして、テンペストクェークという馬が絶好調であることを悟っていた。

かつてないほどの激戦になることが予想しており、テンペストの強さを間近で感じ取ったカーリンを筆頭に、それぞれの馬にとって最高ともいえる調教が行われていた。

もう油断し見下した人間は誰もいない。この場にいるのは一流のホースマンだけであった。

 

 

「さあ、いこうか。テンペスト」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「勝ちましたよ。次は高森さんとテンペストクェークの番です」

 

 

「ええ、受け取りました。勝ってきます」

 

 

アドマイヤムーンを勝利に導いた彼から勝利の襷は受け取った。

この日のためにテンペストたちはこの遠く離れた異国で何か月も過ごしたんだ。

俺たちがこのブリーダーズ・カップの舞台にいるのは、観光のためでもない、研修のためでもない。

 

 

「勝つために来たんだ」

 

 

テンペストの気合もばっちり入っている。

走りたくてうずうずしていることが俺にはわかる。

掛かってしまう心配など今更する必要もない。

彼は俺の指示にしっかりとしたがってくれる。信頼しているぞ。テンペスト。

 

ダートコースはところどころに水たまりができるほどのドロドロの状態である。

テンペストは地面の感触を確かめるように脚を動かしていた。

泥だらけになる覚悟はできているか?テンペストよ。

首元を撫でると、軽く嘶いて反応する。

ご機嫌だ。

 

 

「それにしても……」

 

 

去年のQE2世Sで走ったジョージワシントンが出走するとはなあ。マイルの方がいいと思うのだけど……

聞いた話だと種牡馬として失格の烙印を押されて現役復帰したらしいのだけど、本当なのかな。

そうだとすると少し可哀そうだな……

 

 

「いや、今はレースに集中だ」

 

 

テンペストと仲が良かったからいろいろと感傷にふけってしまうな。

ただ、レースでは容赦はしない。雪辱の機会は与えない。

 

 

競馬場のスタンド前の直線の端にあるスタートポケットからダート10ハロンの競走は始まる。

トラブルもなくテンペストを含めた12頭がゲートに入る。

 

 

「勝って帰るぞ!テンペスト!」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

ベルの鳴る音とともに、ゲートが開く。

そして12頭の馬たちが一斉にスタートした。

 

 

『メイン競走、クラシック、今スタートしました。大外ティアゴが少し出遅れたか。インヴァソールは好スタート、テンペストクェークはまずまずのスタートです』

 

 

大外枠のティアゴが出遅れた以外には大きく出遅れた馬はいなかった。人気馬のインヴァソールは好スタートを切っており、先行ポジションに控えようとしていた。

 

 

『内側ローヤーロンも前に前に向かいます。ストリートセンスは後ろに控えるのか。そして外から端を獲ろうとしているのがハードスパンです』

 

 

スタンド前の最初の直線で、先頭に立ったのはハードスパン。そしてローヤーロンが続き、インヴァソールとジョージワシントン、エニギヴンサタデーが先行ポジションでレースを進めていた。

テンペストクェークとカーリン、そしてラグズトゥリッチズ、ストリートセンスはそこから数馬身ほど後ろで中団を形成していた。

 

 

『7番手にダービー馬ストリートセンス。マークするようにして横につけているのはカーリン。その後ろで内側ラグズトゥリッチズ、外側テンペストクェークが並んでおります。先頭から6~7馬身ほど離れております……』

 

 

最初のコーナーを曲がり、第2コーナーに入るころには、先頭集団から6馬身ほど離れた場所で、優勝候補の4頭が走っていた。

 

 

『第4コーナーが終わって先頭はハードスパン。2番手はローヤーロンとダイアモンドストライプス。その後ろにインヴァソールとエニギヴンサタデーです……』

 

 

先頭集団には優勝候補のインヴァソールがおり、ローヤーロンも前目での競馬であった。

ジョージワシントンが先頭集団の最後方におり、そこから数馬身ほど後ろにカーリン、ストリートセンスらが続いていた。

テンペストクェークも前の馬の泥を浴びながら落ち着いた様子で走っていた。

 

 

『ジョージワシントンから数馬身ほど後ろにストリートセンスにカーリン、ラグズトゥリッチズの3歳3強。そしてテンペストクェークもおります』

 

 

向こう正面の直線に入ると、少しずつスピードを上げていったのは中団の先頭にいた2頭であった。

 

 

『先頭は依然としてハードスパン。おっとジョージワシントンがやや後退する。そして後ろからカーリンとストリートセンスが上がってきた。ここから3歳3強の力を発揮するのか!』

 

 

2頭がスピードをアップして先頭集団に襲い掛かった。それに反応するようにテンペストの隣で走っていたラグズトゥリッチズもスピードを上げていく。

テンペストクェークの高森騎手はまだ動かなかった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

「うえっぷ!泥が」

 

 

飛んできた泥が顔面に直撃して、不快感を覚える。

一方のテンペストは泥が顔に当たっても何も反応することなく自分の指示に従っていた。

本当にタフな馬だ。

 

先行ポジションをとっても良かったが、ほかの馬のスタートが良かったので、なかなか前に行けなかった。こっちに来てから先行策を選択し続けてきたけど、もともとテンペストは差しの方が得意なので、特にこだわることはやめて中団に控えさせることにした。

 

向こう正面に入ってしばらくすると俺たちと同じように中団で控えていたカーリンとストリートセンスがスピードを上げて先頭集団にとりつこうとしていた。

それに反応してラグズトゥリッチズも前に行こうとしていた。

 

どうするか……

いや、まだ早い。

まだ、我慢だ。

 

 

「テンペスト……我慢してくれ……」

 

 

このドロドロの馬場だ。

普通の馬なら末脚は平時より鈍るだろう。

だが、テンペストにそんなものは関係ない。

勝負は、第3コーナーの終わりからだ。

 

 

―――――――――――――――

 

 

『第3コーナーから第4コーナーに入って先頭はハードスパン。後方から青い勝負服カーリンがやってきた。3番手、2番手になった。第3コーナーから勝負を仕掛けてきた。内側からストリートセンス、ラグズトゥリッチズも上がってくる』

 

 

第3コーナーに入って中団に待機していた馬たちが一機に勝負を仕掛け、先頭集団に食らいつく。2番手、3番手にいた馬たちは彼らに追走することが出来ず、その座を譲っていた。

しかし先行ポジションにいながら彼らに反応した馬がいた。

先頭から4番手外目で走っていたインヴァソールもカーリンが2番手に上がると同時にスピードを上げ、追走し始めたのである。

そして第4コーナーに入った瞬間、中団にいた一頭の馬に鞭が入った。

 

 

『第4コーナー、先頭はハードスパン。ローヤーロンはここで後退か。カーリンとインヴァソールが外から、内からストリートセンスとラグズトゥリッチズが上がってくる。そして大外からテンペストクェークだ!後退する先行勢を交わして一気に加速。外から一気に上がってきた!』

 

 

外から先頭を走るハードスパンを交わそうとしていた2番手のカーリン。それをマークするように走るインヴァソール。その外を捲って走りこんできたのがテンペストクェークであった。

 

 

『先頭がカーリンになった。外からインヴァソールとテンペストクェーク。内からラグズトゥリッチズ。やや遅れてストリートセンス。この4頭が一気に上がってきた。しかし逃げ粘るハードスパン。ジャイアントキリングなるか!さあ、ラストの直線に入る!』

 

 

直線に入り、いち早く抜け出したのが3歳馬のカーリンであった。内側で走るラグズトゥリッチズも伸びているが、やや切れ味が悪い。

遅れて直線に入ったストリートセンスも加速が鈍っているのかなかなか前に進まなかった。

カーリンの加速に反応してついて行ったのは、インヴァソールとテンペストクェークであった。

そして終始逃げていたハードスパンも粘り続けており、ずるずると後退することなく、カーリン達に食いついてきていた。

 

 

『直線に入って、先頭カーリン、そしてインヴァソールが続く。テンペストクェークは1馬身後方。ハードスパンも粘っている!テンペストクェークはまだ動かない。これは厳しいのか!?』

 

 

カーリンの優勢を伝え、テンペストはまだ後ろにいるという競馬場内の実況を聞いた天才騎手が呟く。

 

 

「ここで終わるわけがないだろう。ここからが彼らの本気だよ」

 

 

テンペストの恐ろしさを間近で体験した騎手の言葉とともに、テンペストは驚異的な加速を見せた。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

そして今俺はレース中である。

大事な大事なレースだ。

このレースの価値なんて馬の俺にはわからない。

それでも、何ヶ月もこの日のために準備をして、この日のために戦ってきたということは俺にも理解できる。

来ている人の数も多い。きっとこの国一番のレースなのだろう。

なら、気合も入るってものよ!

 

 

「テンペスト!我慢だ」

 

 

となりで走っていた馬たちが次々とスピードを上げて、前の馬たちにとりついていく姿を見て、俺は反応してスピードを上げようとしていた。

しかし、騎手君からストップの指示が出る。

……そうか。「まだ」なんだな。

 

 

「我慢してくれ~」

 

 

君に任せるよ。

あの日あの時、俺たちの歯車がかみ合ったとき。

あの時から俺は君とともに戦うことを決めたんだ。

君の指示で俺はずっと勝ち続けてきた。

俺は信じるよ。

 

コーナーを曲がりながら俺は自分の力を解放する時を待つ。

 

 

「本当によく我慢してくれた」

 

 

俺に鞭が一発入れられる。

待っていたぞ。

俺はコーナーを曲がりながら一気に加速態勢に入る。

 

俺は直線も大好きだけど、コーナーも大好きなんだよ。

 

 

「うおっと!」

 

 

遠心力に負けないように少し体を傾けながら一気に駆け抜ける。

前にいる馬が邪魔だ。

だったら外を通って行けばいいだけの話だ。

少なくともアイツは当たり前のようにやっていた。

地面がドロドロ?

関係ない。俺の筋肉に蹴れない地面はない!

 

直線に入ると、俺がこの間のレースで勝った馬と、その前のレースで俺が負けた馬が前にいた。

やっぱ強いな。お前ら。

 

全員泥まみれであった。

だが、だれも力を抜こうとはしていなかった。

 

スパートで体力を使ったこともあり、今の俺は疲れている。

このままのペースなら俺は1着になれるか怪しいだろう。

 

いいや、俺の前でゴールしてよい馬など存在してなるものか。

俺はあいつにだって最後は勝ったんだ。

ぎりぎりでの勝利?

そんなの許せるわけがないじゃないか。

 

疲れている?そんなのいつものことだ。

そんなものは言い訳でしかない。

 

俺は勝つためにここにいるんだ。

こんな遠くの国まで応援に来てくれた人がいる。

俺の勝利を願う人がいる。

俺と共に戦う人がいる。

その期待に俺は応えたい。

 

 

さあ、騎手君、相棒よ。

俺の準備は整ったぞ!

 

 

「最後だ!テンペスト!」

 

 

俺に1回、そして2回の鞭が入る。

馬の俺でも少々痛いくらいの鞭捌き。

これは相棒からの闘魂注入だ!

 

 

【マカセロ!】

 

 

俺は最後の、全身に残るすべての力を総動員して地面を蹴り上げる。

骨がきしみ、肺が痛む。

心臓が狂ったように動いている。

大丈夫だ。

俺は3年間、これぐらいで壊れるような鍛え方はしていない。

 

これが俺の全身全霊だ。

 

思い知れ!

心に刻み込め!

 

 

この俺が、世界で一番強いってことを!

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

モンマスパーク競馬場の約300メートルの最終直線。テンペストクェークは、残り250メートル地点で先頭を走るカーリンから1馬身ほど後方を走っていた。カーリンもインヴァソールもまだ余力を残しており、さらにスピードを上げようとしていた。

 

 

『直線残り1ハロン!テンペストクェークにさらに鞭が入った!テンペスト先頭だ!どんどんと伸びていく!インヴァソール、カーリンも伸びていくが、テンペストだ!テンペストが伸びる。1馬身、2馬身とリードを広げる。こんなことがあるのか!こんな馬が存在していいのか!なんなんだこの馬は!』

 

 

最終直線に入って、先頭を走るカーリンとそのやや後ろで走るインヴァソールの騎手たちは、風のように外から抜き去っていくテンペストクェークを唖然とした表情で見ていた。

 

インヴァソールの騎手はまだ若い騎手であった。そんな彼は、ウルグアイからやってきた最強の馬に乗ることができた。そして、彼に騎乗して数多くの強敵を倒してきた。海をこえてやってきた最強の怪物も一度は討伐したはずだった。

しかし前を行く馬はその時とは比べ物にならないほど強く、そして速かった。

彼も必死で食らいつくように走っていた。しかし、風のように加速する鹿毛の馬をとらえることはできなかった。

 

カーリンの騎手は、なかなか大きなタイトルを取る馬と出会うことが出来なかった。そんな中で、出会ったカーリンは本当に強い馬だった。同期の怪物との激闘で鍛え抜かれた馬体は、この秋に充実期を迎えていた。

前のレースでテンペストに敗れたが、カーリンもフルパワーでは走らせていなかった。そしてこのレースでは絶対に勝てると意気込むほどの仕上がりでこの直線まで来ていた。

しかし、ラスト1ハロン付近で一気に自分たちを抜かして前に行ってしまった馬は、因縁の鹿毛の馬であった。

 

 

((なんなんだ、あの馬は))

 

 

必死にゴールを目指す2頭の馬、そして泥まみれになって少しでも前の着順を目指す馬たちをあざ笑うかの如く、どんどんと前に消えていった。

 

 

『Leading the way is Tempest Quake! Tempest, it's coming! Decided! The tempest has come from Japan!』

『Both Carlin and Invasor succumbed. The greatest racer in the world is now born!』

 

 

ラスト2ハロンを超え、大外を捲りながら直線に入ったテンペストは、先頭集団に喰らい付いた。そして、残り250メートル付近で高森騎手の鞭に呼応し、一気に加速してカーリンとインヴァソールの叩き合いを外から一気に交わした。並ぶことなく先頭に立ったテンペストクェークは、そのまま1馬身、2馬身とどんどんリードを広げてゴールラインを通過した。

その暴力的なまでの加速は、まさに暴風そのものであった。

 

 

勝ち時計は2.00.22。

ドロドロの田んぼのような馬場状態にもかかわらず、これはトラックレコードであった。

2着カーリンに4馬身差。3着インヴァソールに4馬身半差。4着ラグズトゥリッチズに7馬身差であった。

 

水色と黄色の勝負服、そして騎手も馬も泥まみれになっていた。しかしこの汚れが彼らの勲章であった。

観客は新たなる王者を拍手と歓声で歓迎した。

現地の競馬ファンは強豪馬たちが並ぶことすら叶わない異次元の疾走に、かつての名馬たちの姿を思い描いた。

 

ここに、名実ともに世界最強のサラブレッドが誕生した。

 

 

 

 

 



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凱旋

PoWSを勝利する日本馬は現れるでしょうか

ちなみにテンペストは、QE2世Sでロードノースほどではありませんが、出遅れをしたくせに、アスコットの最終直線を上がり1F10秒で走って勝利しています。


テンペストクェークが先頭でゴールポストを駆け抜けた。

ラスト1ハロン半の直線。テンペストは風のように加速し、ライバルたちを置き去りにした。

実況がテンペストの名前を叫び、彼の栄光を称えた。

ファンの大歓声とどよめきがモンマスパーク競馬場を包み込んだ。

 

 

『……インヴァソールも、カーリンも、ストリートセンスも、ラグズトゥリッチズも。彼の強さに屈しました。おおよそ4馬身差。そしてこの記録はトラックレコードを更新しています。日本からやってきた天災が、アメリカをねじ伏せました……』

 

 

2着カーリンに4馬身差という圧勝劇でダート10ハロンの競走は終わった。

アメリカの強豪馬たちは、テンペストクェークの加速についていくことはできなかった。

 

 

『第4コーナーからの大外を回ってのスパート。そしてラストの直線での意味不明な加速は何だったのでしょうか……』 

 

 

クールダウンが終わり、泥まみれになった騎手と馬が、誘導馬とともにスタンド前に戻ってきた。

そして勝利騎手へのインタビューが騎乗したまま行われる。テンペストは流石に疲れた様子を見せていたが、嫌がるそぶりも見せることなく誘導馬と視線を合わせていた。

 

 

『テンペストクェークを勝利に導いた高森騎手は現在49歳。47歳で初めて日本のGⅠを勝利した遅咲きの騎手です。テンペストクェークとともに世界を駆け巡ったまさにベストパートナーでしょう』

『ライバルたちが先に仕掛ける中、冷静に脚を溜め、最後に一気に爆発させました。その胆力と判断力は素晴らしいものがありますね』

 

 

インタビューを終えたテンペストクェーク達は、スタンド前に戻り、多くの人々に出迎えられた。

藤山調教師を中心とした藤山厩舎のスタッフたち。そして西崎オーナーとその関係者(妻一人)。そして島本牧場の二人が高森騎手とテンペストたちを労っていた。

 

 

「高森君、テンペスト。本当にお疲れさまでした。頑張りましたね。本当にありがとうございます。そして、おめでとう!」

 

 

藤山は自分の管理する馬が勝ったことよりも、テンペストクェークという最高の馬と、ずっと目をかけてきた騎手が世界最高の栄誉をつかんだことを喜んでいた。

 

 

「高森騎手、藤山先生に皆さん。本当にありがとうございました。テンペスト!本当に頑張ったな~!強かったぞ!」

 

 

西崎が泥まみれのテンペストの首元を撫でて彼の健闘を称える。その彼はどんなもんだと誇らしげに嘶いていた。

藤山は、テンペストが構って構ってとうるさいので、取り敢えず彼が喜ぶので藤山厩舎(ブリーダーズカップ特別バージョン)の帽子を被らせておく。すると満足したのかスッと大人しくなり写真撮影に応じていた。

もう誰も突っ込まない。

しばらくすると、馬主である西崎や調教師の藤山に対するインタビューも始まる。

 

 

『テンペストクェークのオーナーの西崎氏です。おめでとうございます』

 

『ありがとうございます。本当に強かったです』

 

『大勢の日本のファンの人たちも来ていますね。何か一言お願いします』

 

『アメリカにまで来ていただいて本当にありがとうございます。この声援がテンペストたちの励みになったのだと思います』

 

『7月ごろにこの国に来て、2回もレースを経験させました。このブリーダーズカップにかける思いというのはどのようなものだったのでしょうか』

 

『このレースは、世界最高峰のレースだと聞いておりました。テンペストクェークは強い馬です。この偉大な馬が世界最高峰のレースを勝つ、そんな姿を見たいと思いました。でも生半可な挑戦では跳ね返されるとも思いました。それぐらいレベルの高いレースです。だから本気で挑ませていただきました』

 

ちなみにこのオーナーは数年前までブリーダーズ・カップ・クラシックがダート競走であることすら知らなかった人である。

何はともあれ、西崎のインタビューも終わった。すらすらとインタビューに答えており、どうやら事前にいろいろと準備をしているようであった。勝つ気満々だったようである。

藤山調教師も様々なメディアからインタビューを受けており、あわただしいひと時を過ごしていた。

 

客席で待機していた日本陣営はお祭り騒ぎであった。

最後の直線で抜け出した瞬間、ファンはテンペストが勝ったと確信した。そして先頭で駆け抜けたとき、応援の声は大歓声に変わった。

そしてドロドロの馬場なのにトラックレコードを更新し、米国の強豪馬に4馬身差をつけて快勝したテンペストに困惑もしていた。

 

 

「……強くね?」

「怖いぐらい強い」

「意味が分からん。なんなんだよ、この馬」

 

 

その反応は、現地で、日本でブリーダーズ・カップの中継を見ていた競馬関係者たちも同様であった。

アドマイヤムーンやダイワメジャーの生産者代表としてアメリカに来ていた関係者は、自分たちが関与した2頭の勝利とダート世界王者に輝いたテンペストクェークの栄光に歓喜していた。その一方で、テンペストクェークの価値がさらに上がったため、今後のことを考えて、やや憂鬱にもなっていた。

 

 

「……これは30億では無理かもしれませんね」

 

 

「アメリカさん、というよりアラブの彼らが本気で取りに来るな。欧州・米国でここまで走れる馬だ。札束で殴りつけてくるだろうな……」

 

 

「西崎オーナーはもっと大変になりそうですね」

 

 

「それにしても700万ほどで買われた馬が20億稼ぎましたか。この後のことも考えたらもっと稼ぐことになりそうですね」

 

 

「ヤマニンゼファーからこんな馬が生まれるとはね。我々も血統の研究で馬を知った気になっていたけど、まだまだ分からないことは多いよ」

 

 

「「これだから馬産は、競馬はやめられない」」

 

 

競馬や馬を知り尽くした気持ちになっていたが、そんなことはなかったと再認識したのであった。

 

 

「「日本で種牡馬、なれるかねえ……」」

 

 

そして、世界中の馬産関係者とのマネーゲームに付き合うかどうか悩むことになるのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

ああああああ、疲れたああああ。

マジでしんどい。

脚の骨が折れるかと思った。

ちょっとフルパワーで走りすぎた。

 

 

【疲れた……】

 

 

ちょっと騎手君に闘魂を注入されすぎたな。

 

だが、俺は勝った。

俺の強さを証明できた。

俺より先に走る奴は誰もいなかった。

 

勝った後はいろいろな人に褒められた。

俺の勇姿を映像に収めたいのか、カメラをたくさん向けられた。サービスをたくさんしておいた。かっこいい写真を頼むよ。

 

レース場から帰ってきた後に一番初めにしたことは身体を洗ってもらったことだ。

泥まみれだったからな。騎手君も泥んこでちょっとおかしかった。

ただ、勝ったんだしそれぐらいは我慢してな。

 

 

「テンペストの状態は?」

 

 

「骨や心臓、それに肺に異常はありませんでした。ちゃんと食べていますし、元気ですよ。少し腱に熱を持っているようで、ケアはしないとだめですね」

 

 

「そうか。やはりあの馬場であれだけのスピードで走ったからな。故障馬が続出しているようだよ」

 

 

「インヴァソールは春先のケガが再発して引退。まあこのレースが引退レースだったので特に問題はないのでしょうけど。ラグズトゥリッチズも骨折が発覚したみたいですね。ジョージワシントンも右前脚の剥離骨折で早々に離脱していましたし、負担が大きいレースだったのだと思いますよ」

 

 

「あの馬場状態でトラックレコードだったものな。文字通り死力を尽くしていたってことだ」

 

 

ああ、疲れた疲れた。

しばらく走れんよこれ。

温泉に入りたい。この国だとないのかねえ。

後メロンよこせ!

頑張ったんだから!

 

 

【メロン!メロン!】

 

 

【うるさい!】

 

 

「テンペスト~静かにしてね。ダイワメジャーが怒っちゃうよ」

 

 

おっと失礼。俺と同じようにレースで勝利した友人と後輩君。彼らも疲れているのか、部屋でゆっくりとしていた。

 

 

「そうだテンペスト!いいものを持ってきたぞ~」

 

 

そ、それは!

 

 

【メロン!ほしい!】

 

 

兄ちゃんの手にあるのはあのおいしいメロンではないか!

 

 

「よく頑張ってくれたご褒美だよ。味わってね」

 

 

上手い!上手い!

これが食べたかったんだ!

 

 

【うまい!】

 

 

なんか視線を感じる。

ふと隣を見ると、友人と後輩君が俺とメロンをじっと見ている。

 

 

「ダイワメジャーとアドマイヤムーンの分もあるからな~先生たちからもいいって言われているし、味わってな」

 

 

【甘い!おいしい】

【おいしい!もっと!】

 

 

どうも隣の馬もメロンを気に入ったようだ。

あと桃のような果物も食べている。

いいなあ……

 

 

「テンペストの分の桃もあるよ」

 

 

やったぜ!

 

 

【うまい!】

【おいしい!】

【もっと!】

 

 

「こいつら可愛いなあ……」

 

 

【ちょうだい!】

【ああ…….】

 

 

「ってテンペスト!ムーンのオヤツをとっちゃダメでしょ!」

 

 

食い意地が張りすぎてしまった。

すまぬすまぬ。

お詫びメロンにこっちのバナナをあげよう。

 

 

【おいしい】

 

 

「全く、テンペストは意外と食い意地が悪いからなあ……」

 

 

欲張りすぎちゃったぜ。

それにしてももっと欲しいなあ……

 

 

「流石にこれ以上はダメだな。おやつタイムはおしまいだよ」

 

 

友人も後輩くんもまだ食べたいようで、前脚を地面に鳴らして催促する。

俺ももっと欲しかったが、こうなった時は基本的に追加でくれることはないので、諦めて部屋の中に戻る。

後輩くんももらえないことがわかったみたいで、俺と同じように部屋に戻った。

……お前も戻りなよ。

 

 

「テンペストもムーンも帰ったよ。おしまいですよ、メジャー」

 

 

【もっと!】

 

 

友人は結構粘り続けていたが、結局もらえなかったようで、渋々部屋に戻っていった。

意外と食いしん坊なんだな……

 

 

 

 

おやつタイムが終わり、しばらくゆっくり過ごしていると、俺たちは外に連れられて行くことになった。

広場に出ると、たくさんの人たちが俺たちにカメラを向けながら待機していた。

それになんか着せられたし、何なら騎手君もいる。

ふむ、どうやら俺たちの勇姿をカメラにもう一度収めたいようだな。ぞんぶんに撮りなさい。

 

 

【あっち見るといい】

 

【面倒。疲れた】

【だるい】

 

 

2頭は気に入らないらしい。

まあまあ、あとでご褒美もらえると思うぞ。

 

 

『えっと、テンペストが真ん中で隣に2頭が並ぶことって出来ますか?』

 

「ほら、テンペスト。こっちに来て」

 

 

騎手君が俺を引っ張る。

なるほど、そっちに行けばいいのだな。

君たちも来なさいよ。

せっかくなんだから一緒にね。

 

しぶしぶといった感じで2頭も俺と隣同士になってしばらく立ち続ける。

騎手君たちもいい笑顔で人間たちの撮影に応えているようだ。

 

 

【疲れた。帰る!】

【おなか減ったなあ】

 

 

流石に二人とも嫌気がさしたのか、首を振って部屋に戻ろうとする。

まあ俺も疲れたし一緒に帰るか。

 

 

「って、勝手に帰ろうとしないでくれ……」

 

 

【疲れたもん!】

【そうだ】

【寝たい】

 

 

「3頭とも不機嫌なので、流石にこれぐらいにしましょうか」

 

 

「テンペストのおかげでダイワメジャーも暴れませんが、本来もっと暴れるぐらい気性が荒いんですよ彼」

 

 

『テンペストは2頭のボスなんですか?』

 

 

「まあボスというよりまとめ役といった方がいいのかもしれないですね。本人はあまり偉ぶったりしないのですが」

 

 

『賢い馬なんですねえ……』

 

 

写真撮影会が終わったようで、俺たちは部屋に戻される。

あ~疲れた疲れた。

人気者はつらいねえ。

 

何はともあれ、全員勝ててよかった。

これでこの国にもう未練はないな。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「疲れた……」

 

 

アメリカのホテルで高森はここ最近の疲れを癒していた。

現地の競馬新聞を片手に高級なウイスキーを飲む。

 

テンペストの勝利は米国競馬界を震撼させた。彼の近親にアメリカで大きく活躍した馬がいないためである。テンペストの血統は何なんだという話もあった。

その一方で、日本からやってきたチャレンジャーの勝利に賞賛もしていた。テンペストたちはアメリカ競馬に真っ向から挑戦して、勝ったのである。そのファイティングスピリットは大きく評価されていた。

 

 

「ま、来年以降はまたアメリカの馬が勝つと思うけどね」

 

 

アメリカ競馬のレベルは高いから、そんな簡単に他国の馬が勝てるとは思っていなかった。なお、翌年はAWの影響もあって、連続でアメリカ馬がクラシックを落とすことになる。

 

 

「……またメールか」

 

 

テンペストクェークと共に、BCクラシックを勝利したことで、高森の話を聞きたいという人が押し寄せたからだ。

友人や知り合いからの祝福のメールや電話も多数寄せられている。

初めてGⅠで勝った時や英国で勝利した時も今と同じような状況だったが、より多くなっている気がしていた。

 

 

「ああ、終わったのか……」

 

 

まだ、公開していない情報であるため、口に出すことはできない。

 

 

「ラストラン。最高のラストだった……」

 

 

テンペストクェークはBCクラシックを最後に、現役を引退することが決まっていた。

オーナーの西崎から告げられたのがジョッキークラブGCSの後であった。5歳冬のシーズンが引退の目安的なこともあったので、覚悟はしていた。

今回のブリーダーズ・カップの祝勝会は日本で行うことになっている。その時にテンペストの引退は発表される予定だ。

その一方で、テンペストも自分もまだまだ戦えるという気持ちも大きかった。

 

まだ走っていないレースはある。

英国の春のマイルレースや10ハロン競走。それにフランスのマイルレースもだ。オーストラリアにだって行ってみたい。

そう思ったが、オーナーの決定は止められない。

それにテンペストは種牡馬になれる。彼は厳しい競走馬の世界の生存競争を生き抜いたのだ。これから悠々自適に暮らせるのなら、それは彼のためでもある。

 

 

「……いや毎日3回以上も種付けするのは流石にキツイか。そもそも牝馬に興味あるのかね。香港の時は牝馬に興奮したというより、レースに対して気持ちが高ぶったかららしいし。これで種無しだったら……」

 

 

笑えない冗談である。

ただ、そういう馬もいるので、種牡馬ビジネスの恐ろしいところでもあった。

 

 

「俺の役目は終わったか……」

 

 

こうして高森とテンペストとの闘いの日々はいったん幕を下ろすことになった。

まだ完全なお別れではない。

引退式とかも残っているので、さよならはその時に伝えればいい。

それでもやはり寂しさを感じつつ、アメリカでの時間は過ぎ去った。

 

 

 

 

そして数日後の日本では、ブリーダーズ・カップの祝勝会が行われていた。

ダイワメジャーとアドマイヤムーンの、特に生産者は日本の馬産関係者の中でも重鎮と言っていい人たちであったため、非常に豪華な顔ぶれであった。

一方のテンペストの関係者は特に有名な人もいないので、招待された人は顔を青くしながら祝勝会を楽しんで?いた。

 

 

「西崎さん。あなたの誘いに乗って本当に良かったです。アドマイヤムーンはアメリカで輝くことが出来ました。本当にありがとうございます」

 

 

「あ、いえ。アドマイヤムーンやダイワメジャーがいたおかげでテンペストも調子を落としませんでしたし、チーム日本で戦うことができたからこそ、大きな事故やミスも起きなかったのだと思います。我々だけではこのような結果は生まれませんでしたよ」

 

 

西崎は今回の遠征の発起人であったため、成功を一番に祝われていた。

だいぶ慣れたのか西崎は特に緊張することなく談笑を楽しんでいた。なお妻は飲み物の味がわからなくなるほど緊張しているようである。

 

藤山も調教師として他の関係者とブリーダーズ・カップの話や、今後の競馬についての話を語り合っていた。

 

島本親子は馬産関係者からテンペストやその弟妹たちの話や、今後のセオドライトへの種付けの話などの話を振られ、頭がこんがらがっていた。いつも通りの二人である。

 

大団円で終わったアメリカ遠征。

この祝勝会をもって、その栄光も一区切りとなる。

そして……

 

 

「テンペストクェークは今回のレースをもって引退します。たくさんのご声援とご支援、本当にありがとうございました。無事走りきることが出来ました!」

 

 

テンペストクェークが現役を退くことが、公に周知されて、祝勝会は終了した。

 

 

 

 

11月中旬。

テンペストクェークは日本に無事帰国した。ブリーダーズ・カップを勝利しての凱旋であった。ダイワメジャーもテンペストと同じ便で帰国しており、検疫を経て美浦に戻った。

 

 

『ダイワメジャー、有馬記念で引退。兄妹対決実現!』

『アドマイヤムーン、香港ヴァーズ出走へ』

 

 

ダイワメジャーは桜花賞と秋華賞、エリザベス女王杯を制した妹のダイワスカーレットと有馬記念で激突することが決まった。

そしてアドマイヤムーンは、アメリカからそのまま香港へと向かい、香港ヴァースがラストランになる予定であった。

 

そしてテンペストクェークは……

 

 

『テンペストクェーク、現役引退』

『最強の王者 引退へ』

 

 

ブリーダーズ・カップの祝勝会で陣営から発表された引退宣言は、日本、世界の競馬界を揺るがしていた。まだ走れるのではという声も大きく、引退を惜しむ声も多かった。

ただ、BCクラシックを勝利し、一つの区切りでもあった。

 

 

『テンペストクェークの行く先は?』

『アイルランドで種牡馬入りか!?』

 

 

新聞、ネットはテンペストクェークの動向を探るのに必死であった。

特に種牡馬入りに関する情報は多くの関心を寄せていた。

西崎オーナーが日本はもちろん、アラブの王族や欧州の馬産関係者、米国やオセアニア地域、果ては南米の競馬関係者とも面会していることが報じられていた。

しかしどれも眉唾の情報であった。

 

テンペストの引退、そして秋のGⅠ戦線と競馬の盛り上がりが続くなか、テンペストクェークの引退式の日程が決まった。

 

最後の時は近い。

 

 

 

 

 

 

テンペストクェーク 2007年成績

 

3月25日 高松宮記念:1(同着) GⅠ(中京・芝1200m) 6903.8万円

 

4月29日 クイーンエリザベス2世カップ:1 GⅠ(沙田・芝2000m) 800万HK$(2007年のレート15円で計算。1億2000万円)

 

6月3日 安田記念:1 GⅠ(東京・芝1600m) 1億390.6万円

 

9月1日 ウッドワードS:2 GⅠ(サラトガ・ダート9ハロン) 10万ドル(2007年9月1日の円ドルレート116.07円で計算。1160.7万円)

 

9月30日 ジョッキークラブGCS:1 GⅠ(ベルモントパーク・ダート10ハロン) 45万ドル(2007年9月30日の円ドルレート115.43円で計算。5194.35万円)

 

10月27日 ブリーダーズ・カップ・クラシック:1 GⅠ(モンマスパーク・ダート10ハロン) 270万ドル(2007年10月27日の円ドルレート114.23円で計算。3億842.1万円

 

2007年合計:6億6491.15万円

総賞金:20億1727.1910万円

 




テンペストクェークは引退です。
もっと走らせたいという思いもあります。それを期待していただいている読者の方もいます。ただ、今回のBCクラシックが最後になります。
これ以上は引き延ばしになってしまいます。ダイジェストにした場合、今までの盛り上がりを台無しにしてしまうと思うからです。

テンペストがまだ獲っていないレース(プリンスオブウェールズSやエクリプスS、ジャックルマロワ賞、コックスプレート、ドバイWC等)は彼の子供の世代が荒らしまわってくれると思います。




23日10:00に掲示板回+αを投稿します。

追記
賞金額の計算を間違っていたため算定し直しました。


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閑話9

・島本牧場の優雅なアメリカ旅行

 

 

「ああああ!本当に勝った!勝った!」

 

 

「俺たちの馬が勝った!ボーの奴がやった!」

 

 

モンマスパーク競馬場の関係者席に、島本牧場の代表者である島本哲司と哲也はいた。

自分の牧場で誕生した馬、それも哲司の趣味で配合された血統の馬が、世界最高峰のダートレースを先頭で駆け抜けていった。

 

 

「藤山先生!テンペストが!テンペストが勝ちましたよ!」

 

 

オーナーの西崎は大はしゃぎであった。

 

 

「まあ、テンペストならやってくれると信じていましたよ」

 

 

藤山は冷静にテンペストの走りを見ているようだったが、顔には笑みを浮かべていた。

全然冷静ではなかった。

 

泥まみれのテンペストが戻ってくると同時に大勢の報道陣や関係者が騎手や馬主、調教師たちに群がる。

おお~ええなあと思っていた島本親子にも当然生産者代表としてインタビューを受けることになる。

アメリカはもちろん、日本でも主流とは言えない血統の馬が誕生した経緯を聞きたかった人も多かった。

 

 

「あ、私が好きな馬同士の配合です。ええ。好きな馬同士です」

 

 

調子に乗って、趣味で購入した牝馬に、趣味で選んだ種牡馬を付けたという、全てが牧場長の趣味の馬だったことが発覚し、世界中の馬産関係者が頭を抱えることになる。

 

そしてテンペストクェークのBCクラシックの勝利は、またしても日本の島本牧場にも波及していた。

セオドライトが昨年、そして今年産んだ仔馬を見たい、欲しいという問い合わせ。そして、セオドライトを取引したいという電話も多数寄せられていた。これはさらに忙しくなると従業員一同覚悟を決めていた。

 

※セオドライトの繁殖成績

テンペストクェーク(GⅠ14勝)

父トウカイテイオーの牡馬(地方重賞、交流重賞制覇)

ヤマニンシュトルム(キーンランドC勝利。スプリンターズS2着)

父アグネスデジタルの牡馬(2歳条件戦勝利済み)

 

そして父フジキセキの牡馬も1歳馬のセリで億を超える金額で取引がされて、有名な馬主が所有することになった。

そして、当歳馬としてすくすくと成長している父グラスワンダーの牝馬もすでに注目の的であった。

そのうえ、セオドライトに種付けさせてほしいという逆オファーもあった。現役時代活躍したものの、血統的に、実績的に冷遇されていた種牡馬たちのオーナーや関係者たちからの声であった。

 

 

「ふむ、こっちの馬はなかなか面白いですね」

 

 

リストを見ながら笑っているのは島本牧場の参謀である大野であった。

彼は逆オファーを出してきた馬たちのリストを見ながら、ロマンというのもいいものだと考えていた。

その一方で、自分たちの生活に直結するリスクについて、危機感を募らせていた。

 

 

「ふむ、米国の住宅価格が下落していますね。これは多分爆発するでしょう。不景気になりそうですし、今のうちに稼ぐだけ稼ぎましょうか」

 

 

島本牧場の収入源はあくまで零細の馬主との取引であるため、不景気は経営に直撃する。大野は今後不景気が訪れることを予測しており、いまのセオドライトブームで稼げるだけ稼いで、体力をつける必要があると判断していた。

そうなると、有名な種牡馬にして、高値で取引してもらうというのも必要なことだと考えていた。

 

 

「本当にセオドライトの2002は頑張ってくれました。それに流行りの血統がすべてではないことを世界中に知らしめてくれました。こうやってサラブレッドは進化していくんですね」

 

 

「さて、島本さんが余計なことを口走っているようですし、いろいろと準備を進めないといけませんね」

 

 

早口で話しているインタビューを受けている自分の雇い主を見ながら鳴りやまない電話の着信音をBGMに作業をし始めた。

 

島本牧場の眠れない夜はまだまだ続く。

 

 

 

 

・テンペストクェークのBCクラシックを観戦する

 

1:名無しの競馬ファン

10月27日開催のブリーダーズ・カップ・クラシックに出走するテンペストクェークを応援するスレです。

 

・アンチはスルーで

・公序良俗は守りましょう

 

 

2:名無しの競馬ファン

キタキタ!

 

3:名無しの競馬ファン

アメリカの競馬を実況中継してくれるのはありがたい。

 

4:名無しの競馬ファン

>>3 テンペストたちが荒らしまわっているからな。時差があっても視聴率がいいらしいよ。

 

5:名無しの競馬ファン

>>4 あとメディア関係者に競馬ファンが多いのよ。趣味と実益を兼ねている。

 

6:名無しの競馬ファン

>>5 この時ばかりは助かる。普段はアレだけど。

 

7:名無しの競馬ファン

まあ画質があまりよくないのは仕方がない。

 

8:名無しの競馬ファン

衛星中継だからね。リアルタイムで見れるだけ感謝や。

 

9:名無しの競馬ファン

画質悪すぎ。

 

10:名無しの競馬ファン

>>9 仕方がないんや……

 

11:名無しの競馬ファン

>>9 いやなら後で取った映像を見ろ。それか現地行け

 

12:名無しの競馬ファン

>>11 現地行きたかった。さすがにアメリカは遠い

 

13:名無しの競馬ファン

>>12 ツアー代金ウン十万って話だしなあ

 

14:名無しの競馬ファン

>>13 金持ちしかいけねえってことか

 

15:名無しの競馬ファン

テンペストは海外にいることが多いから、あまり日本で見られんのよね

 

16:名無しの競馬ファン

>>15 GⅠ13勝の内8勝が海外だからな。

 

17:名無しの競馬ファン

>>16 レースは確かに生で見られんのよね

 

18:名無しの競馬ファン

でも安田のあとに島本牧場で見学会とかやってたな。

 

19:名無しの競馬ファン

>>18 でもあれ抽選制だったし

 

20:名無しの競馬ファン

>>18 アレ行きたかった。人数絞るのは仕方がないと思うけどね

 

21:名無しの競馬ファン

>>20 まあ、マナー悪い奴はいくらでもいるからな。

 

22:名無しの競馬ファン

抽選当たった奴がテンペストに触らせてもらったって自慢していて羨ましすぎて嫉妬ですよ

 

23:名無しの競馬ファン

>>22 それマ?

 

24:名無しの競馬ファン

>>23 マジらしい。アイツ競走馬なのかよ……

 

25:名無しの競馬ファン

まあ、とある牝馬が牧場に来てから見学会全部中止になったけど。

 

26:名無しの競馬ファン

>>25 暴走娘か……本当にテンペストの妹なのか?

 

27:名無しの競馬ファン

ああ……そりゃあ仕方がない。

 

28:名無しの競馬ファン

仕方がないな。危険だもん。

 

29:名無しの競馬ファン

全員仕方がないってなるのは本当にやばい。

 

30:名無しの競馬ファン

>>29 だってねえ……

 

31:名無しの競馬ファン

>>30 まあ重賞も取ったし、来年が楽しみの一頭ではある。

 

 

 

 

76:名無しの競馬ファン

現地は雨ですね。ずっと降っていたみたいで、馬場状態はかなり悪いらしい。

 

77:名無しの競馬ファン

重馬場になったか

 

78:名無しの競馬ファン

おいおい、なんだよあのダートコース。田んぼじゃねえか。

 

79:名無しの競馬ファン

うっわすごいドロドロ。これテンペスト大丈夫かよ。

 

80:名無しの競馬ファン

芝の重馬場には強かったけど

 

81:名無しの競馬ファン

欧州の洋芝の稍重でも問題なく走れているし、大丈夫じゃね。

 

82:名無しの競馬ファン

ダートの重馬場は初経験なんだよなあ

 

83:名無しの競馬ファン

まあ大丈夫やろ。それよりほかの2頭はどうなんだろうか……

 

84:名無しの競馬ファン

>>83 アドマイヤムーンはまだいい。ダイワメジャーはわからん。

 

85:名無しの競馬ファン

日本勢3勝したらもう絶頂ものですよ

 

86:名無しの競馬ファン

>>85 流石に都合よすぎ

 

87:名無しの競馬ファン

>>85 マイルはまだいいけど、ターフはちょっと。

 

88:名無しの競馬ファン

>>85 クラシックもやばい馬だらけだぞ

 

89:名無しの競馬ファン

>>87 ディラントーマスが来るからなあ。キングジョージと凱旋門賞はやばい

 

90:名無しの競馬ファン

アドマイヤムーンも強いから大丈夫さ

 

91:名無しの競馬ファン

2400走れるのかなあ……

 

92:名無しの競馬ファン

多分大丈夫。だと思う。

 

93:名無しの競馬ファン

>>89 メイショウサムソンでも歯が立たなかったからなあ。ジャパンカップに期待だ。

 

94:名無しの競馬ファン

デルタブルースとポップロックの豪州遠征も楽しみ。メルボルンカップ連覇頑張ってほしい。

 

95:名無しの競馬ファン

本当に海外遠征が当たり前のようになったなあ

 

96:名無しの競馬ファン

JRAが海外競馬に関心が注がれている今を逃さないとばかりに遠征費の補助を出しまくっているからな。まあ補助の条件はかなり厳しいけど。

 

97:名無しの競馬ファン

まあ基本全員GⅠ勝っている馬が遠征しているしね……

 

98:名無しの競馬ファン

>>97 アグネスワールドみたいな場合もあるし、意外な馬が意外なところで活躍するのかも。

 

99:名無しの競馬ファン

本当に日本の競馬のレベルは上がったなあ。

 

 

 

272:名無しの競馬ファン

ダイワメジャー!やった!

 

273:名無しの競馬ファン

勝ったで~

 

274:名無しの競馬ファン

強かった。クビ差だけど強かった。

 

275:名無しの競馬ファン

いつも通りのダイワメジャー。

 

276:名無しの競馬ファン

これでアメリカ2勝目か。

 

277:名無しの競馬ファン

GⅠを6勝目。もう名馬の一頭よ。

 

278:名無しの競馬ファン

妹も強いし最強の兄妹や

 

279:名無しの競馬ファン

日本馬初のBC制覇

 

280:名無しの競馬ファン

まさか凱旋門賞とBCを制覇する時を見れるとは

 

281:名無しの競馬ファン

まあマイルなので本命の競争ではないけどね

 

282:名無しの競馬ファン

>>281 テンペストがとるので大丈夫です

 

283:名無しの競馬ファン

それでもやっぱり海外の、それもアメリカの大レースでの勝利は偉大だよ。

 

284:名無しの競馬ファン

5歳と6歳でGⅠを5勝するとか。病気がなかったらもっと勝っていたのかもなあ。

 

285:名無しの競馬ファン

療養した時にゆっくりできたからこそ6歳まで走れているのかもしれんよ

 

286:名無しの競馬ファン

>>284 そのあたりはIFなので。

 

287:名無しの競馬ファン

サンデーサイレンスの子供が芝とはいえアメリカのGⅠを勝つとはなあ

 

288:名無しの競馬ファン

いろいろと不遇だったSSにとって最高の意趣返しだろうね。

 

289:名無しの競馬ファン

性格的に天国で爆笑していそう

 

290:名無しの競馬ファン

次はダートで取りにいかねばな

 

291:名無しの競馬ファン

子供の代では無理だろうけど孫やひ孫の代でね。

 

292:名無しの競馬ファン

まあテンペストが先に獲りますけど

 

293:名無しの競馬ファン

>>292 本当に獲れる可能性があるからこわい。

 

294:名無しの競馬ファン

テンペストの前にまずアドマイヤムーン。ディラントーマスを倒せ!

 

295:名無しの競馬ファン

>>294 2400メートル勝てれば種牡馬としても期待できるな。

 

296:名無しの競馬ファン

頑張れ!

 

297:名無しの競馬ファン

イングリッシュチャネルも怖いな

 

298:名無しの競馬ファン

結構メンツがそろっているな。

 

299:名無しの競馬ファン

アドマイヤムーンは期待できそう?

 

300:名無しの競馬ファン

陣営も自信あるみたいだし大丈夫でしょ。マンノウォーSも2着だったけど十分な結果だし。

 

301:名無しの競馬ファン

頼むぞ~

 

302:名無しの競馬ファン

そういえば全員日本人の騎手なんだな。

 

303:名無しの競馬ファン

ダイワメジャーもアドマイヤムーンも今の騎手で勝ち続けているし、変える必要はないのでは?

 

304:名無しの競馬ファン

テンペストの高森騎手は替える必要はないしな。乗り替わりしたら暴動が起きる

 

305:名無しの競馬ファン

現状現地の騎手に乗り替わるメリットないからな。2戦アメリカで乗っているし。

 

306:名無しの競馬ファン

もう伝説のコンビだよ。

 

307:名無しの競馬ファン

日本人騎手が海外を獲りまくるのは本当に見ていて気持ちいい。

 

 

 

411:名無しの競馬ファン

よーし獲った!

 

412:名無しの競馬ファン

あぶねえ~

 

413:名無しの競馬ファン

写真判定になった時はどうなるかと思ったけど差し切ったか

 

414:名無しの競馬ファン

差し切ったのはやっぱすごいわ

 

415:名無しの競馬ファン

やっぱ強いよこの馬。

 

416:名無しの競馬ファン

BC2連勝や‼

 

417:名無しの競馬ファン

ターフ勝ったのはでかい。ドバイに宝塚、BCターフ。すごい名馬や。

 

418:名無しの競馬ファン

世界的な名馬になってしまった……

 

419:名無しの競馬ファン

またサンデーサイレンスの血統の馬が勝ったか

 

420:名無しの競馬ファン

マジであの馬の性格なら大爆笑してそう

421:名無しの競馬ファン

BC2勝目はやばい。今まで全く勝てなかったのに。

 

422:名無しの競馬ファン

>>421 去年ディープが凱旋門獲ったし、凱旋門にこだわる必要なくなったしな。強い馬が世界中に行くことになった。

 

423:名無しの競馬ファン

まあメイショウサムソンが今年は言ったけどディラントーマスに負けた。

 

424:名無しの競馬ファン

>>423 フランスでの敵を米国で討った

 

425:名無しの競馬ファン

>>423 そういえばメイショウサムソンの敵討ちでもあるのか

 

426:名無しの競馬ファン

凱旋門での屈辱をターフで晴らすとかイミフ

 

427:名無しの競馬ファン

それだけ日本馬があちこちで躍進しているってことだな。

 

428:名無しの競馬ファン

>>426 ジャパンカップじゃないのは笑う。

 

429:名無しの競馬ファン

BC2勝目。日本人の騎手乗せて、日本の馬が勝つところを見るとはなあ

 

430:名無しの競馬ファン

>>429 本当にいい時代になったものだよ

 

431:名無しの競馬ファン

>>429 ちょっと前の競馬ファンに、今の日本馬の活躍を伝えたら気絶しそう。

 

432:名無しの競馬ファン

>>431 これに加えてまだクラシックが残っているからな。これ獲ったら自動的にダート世界最強の馬が日本で誕生したってことになる。意味わからんよ。

 

433:名無しの競馬ファン

クラシックは絶対に勝ってほしい

 

 

 

534:名無しの競馬ファン

さあ、テンペストの出番だ

 

535:名無しの競馬ファン

キタキタキターーーーーーー

 

536:名無しの競馬ファン

頼むぞ~

 

537:名無しの競馬ファン

テンペストは2番人気。1番はインヴァソール。

 

538:名無しの競馬ファン

>>537 結局この人気のままレースになるか。インヴァソールは一度勝っているしな

 

539:名無しの競馬ファン

改めてみるとメンツがやばい。

 

540:名無しの競馬ファン

GⅠ馬10頭はいいとして、ライバル馬が多い

 

541:名無しの競馬ファン

古馬最強のインヴァソールに、3歳3強。そして我らがテンペストクェーク。

 

542:名無しの競馬ファン

事前予想の通り、かなりハードな戦いになるな。

 

543:名無しの競馬ファン

それにしてもなんだよこの馬場。田んぼ状態じゃねえか

 

544:名無しの競馬ファン

ひっどい馬場。ダートというより泥だなこりゃ。ディスタフの時から変わってねえや。

 

545:名無しの競馬ファン

こういうときに波乱が起きたりするけどどうなんでしょうかね。

 

546:名無しの競馬ファン

芝の重馬場にはめっぽう強いのがテンペスト。多分大丈夫だ。

 

547:名無しの競馬ファン

全員泥まみれだろうな

 

548:名無しの競馬ファン

現地で見たかったけど、こうやって特番で中継をやってくれるのはありがたい。画質悪いけど。

 

549:名無しの競馬ファン

>>548 リアルタイムで見れるのありがたい

 

550:名無しの競馬ファン

スポーツの国際試合って感じだよね。ノリが

 

551:名無しの競馬ファン

JRAが宣伝をスポーツ方面で攻めてきたからな。売り上げに直結するかどうかはわからないけど。

 

552:名無しの競馬ファン

ここで勝てばワールドカップで優勝するぐらいの偉業だからなあ

 

553:名無しの競馬ファン

頑張れニッポン。頑張れテンペスト!

 

554:名無しの競馬ファン

高森!頼んだぞ!

 

555:名無しの競馬ファン

マジで勝て。

 

556:名無しの競馬ファン

ゲート入りは順調だな。

 

557:名無しの競馬ファン

暴れ馬なし。嫌がる馬なし。テンペストもいい感じ。

 

558:名無しの競馬ファン

ほんとスーッと入っていくよな。

 

559:名無しの競馬ファン

これで全部入った。

 

560:名無しの競馬ファン

ハジマッタ!

 

561:名無しの競馬ファン

スタート!

 

562:名無しの競馬ファン

いいスタート!

 

563:名無しの競馬ファン

スタートはいい。

 

564:名無しの競馬ファン

結構好スタート馬が多いな。

 

565:名無しの競馬ファン

スタートで失敗しないのはいい

 

566:名無しの競馬ファン

この馬場だし、先行が有利かな

 

567:名無しの競馬ファン

ちょっと後ろに控えた

 

568:名無しの競馬ファン

中団か

 

569:名無しの競馬ファン

7番手くらい

 

570:名無しの競馬ファン

カーリンとストリートセンスも一緒

 

571:名無しの競馬ファン

これなら大丈夫だ

 

572:名無しの競馬ファン

まだわからん

 

573:名無しの競馬ファン

先行勢が怖い。

 

574:名無しの競馬ファン

このまま粘るかも

 

575:名無しの競馬ファン

大丈夫かよこの位置

 

576:名無しの競馬ファン

そこは前目に付けた方がええやろ

 

577:名無しの競馬ファン

高森騎手にしかわからん

 

578:名無しの競馬ファン

これっていい感じなのか

 

579:名無しの競馬ファン

正直わからん。ただ、この馬場だし、末脚は鈍るかも

 

580:名無しの競馬ファン

前残りする?

 

581:名無しの競馬ファン

7番手付近追走。カーリンとかといっしょ

 

582:名無しの競馬ファン

インヴァソールは先行か、やばい

 

583:名無しの競馬ファン

大丈夫かよ

 

584:名無しの競馬ファン

まだわからんよ

 

585:名無しの競馬ファン

ペースはちょっと早いか?

 

586:名無しの競馬ファン

重馬場だけど結構いいペースだな

 

587:名無しの競馬ファン

カーリンが上がってきた

 

588:名無しの競馬ファン

ストリートセンスも

 

589:名無しの競馬ファン

3強が一気に前に行った。

 

590:名無しの競馬ファン

何やってんだよ。今行かないとやばいぞ

 

591:名無しの競馬ファン

高森動かない

 

592:名無しの競馬ファン

おいおい、早く動け

 

593:名無しの競馬ファン

テンペスト上がってきた

 

594:名無しの競馬ファン

おそい。前がふさがれている

 

595:名無しの競馬ファン

外からかよ。ロスがひどい

 

596:名無しの競馬ファン

キターーー!

 

597:名無しの競馬ファン

外から上がってきた

 

598:名無しの競馬ファン

はやい

 

599:名無しの競馬ファン

コーナリングうっま!

 

600:名無しの競馬ファン

一気に前に行ったな

 

601:名無しの競馬ファン

カーリンとインヴァソールが強い

 

602:名無しの競馬ファン

ラスト直線。

 

603:名無しの競馬ファン

ギリギリ行けるか

 

604:名無しの競馬ファン

なんだこの加速

 

605:名無しの競馬ファン

これを待ってた

 

606:名無しの競馬ファン

強くね

 

607:名無しの競馬ファン

決まった‼

 

608:名無しの競馬ファン

いった!

 

609:名無しの競馬ファン

テンペストキターーーー!

 

610:名無しの競馬ファン

やばいナニコレ

 

611:名無しの競馬ファン

強すぎるだろ

 

612:名無しの競馬ファン

3馬身以上はあったぞ

 

613:名無しの競馬ファン

なんなんだよあの加速は。怖い

 

614:名無しの競馬ファン

マジで強い

 

615:名無しの競馬ファン

何が接戦予想だよ。圧勝じゃねーか

 

616:名無しの競馬ファン

意味わからんぐらい強い

 

617:名無しの競馬ファン

よくやった

 

618:名無しの競馬ファン

高森騎手やべえ

 

619:名無しの競馬ファン

高森すげえな

 

620:名無しの競馬ファン

アメリカのダートでしかも重馬場で大外捲って勝利はやばいよ

 

621:名無しの競馬ファン

ダート最強馬じゃねーか

 

622:名無しの競馬ファン

ほんとにダートで勝つとは

 

623:名無しの競馬ファン

圧勝で笑う

 

624:名無しの競馬ファン

しかもこれってトラックレコードじゃねーか

 

625:名無しの競馬ファン

なんであの馬場でレコードたたき出してんの

 

626:名無しの競馬ファン

やっぱこいつUMAだわ

 

627:名無しの競馬ファン

日本勢ブリーダーズ・カップ3連勝。

 

628:名無しの競馬ファン

マイルにターフ、そしてクラシックも持っていかれた。アメリカさんは屈辱だろ……

 

629:名無しの競馬ファン

どうせならウオッカかダイワスカーレット連れて行ってディスタフも獲ってしまえばよかったのでは?

 

630:名無しの競馬ファン

>>629 なんでダート馬じゃねーのかという疑問はともかく、日本馬がBCシリーズをここまで席巻できるのは多分これが最初で最後だろうからな

 

631:名無しの競馬ファン

>>630 本当にいきなり連勝し始めてびっくりする

 

632:名無しの競馬ファン

マジで強い。強すぎる

 

633:名無しの競馬ファン

なんで芝の世界最強がダートの世界最強になってんだよ

 

634:名無しの競馬ファン

これ、レーティングどうなるんだろう。

 

635:名無しの競馬ファン

シーバード越えだろこれ

 

636:名無しの競馬ファン

ドバイミレニアムは超えた。間違いなく

 

637:名無しの競馬ファン

ダート最高峰のレースで2着馬に4馬身差とか強すぎる。しかも斤量が2キロ近く重いのに

 

638:名無しの競馬ファン

テンペストは270万ドル獲得したってことだから、大体20億円越えか。これも世界記録だな。

 

639:名無しの競馬ファン

テイエムオペラオー軽く超えているのか

 

640:名無しの競馬ファン

高森騎手の英語うっま。マジでアメリカ人と普通に会話しとるやんけ。

 

641:名無しの競馬ファン

騎手名鑑に特技「車の運転」「英会話」って書いていたぐらいだぞ。なんの役に立つか全くわからなかったけど

 

642:名無しの競馬ファン

それがイギリスやアメリカで勝った時に役に立つとはな。

 

643:名無しの競馬ファン

藤山調教師、満面の笑み

 

644:名無しの競馬ファン

西崎オーナーもすげえな

 

645:名無しの競馬ファン

若いなあ、オーナー

 

646:名無しの競馬ファン

この馬主初心者が、ほかの先輩馬主たちを引き連れて米国に殴り込みにいったってマジ

 

647:名無しの競馬ファン

テンペスト。相変わらず帽子をかぶる。

 

648:名無しの競馬ファン

なんか派手な帽子被っている

 

649:名無しの競馬ファン

テンペスト、満面の笑み

 

650:名無しの競馬ファン

歯茎むき出しで笑ってんのかこいつ

 

651:名無しの競馬ファン

ほんまこいつ頭いいんだな。勝ったことわかっている。

 

652:名無しの競馬ファン

芸達者やな。周りに人が集まっても全く驚かないし。精神が図太い

 

653:名無しの競馬ファン

表彰式で尻や脚を触られていても全く動じないからな

 

654:名無しの競馬ファン

可愛い

 

655:名無しの競馬ファン

可愛い

 

656:名無しの競馬ファン

可愛い

 

657:名無しの競馬ファン

>>654〜656 語彙力破壊されている……

 

658:名無しの競馬ファン

島本牧場ってテンペストの生産者か

 

659:名無しの競馬ファン

あ、ロマンおやじだ

 

660:名無しの競馬ファン

ロマン親父はダメ

 

661:名無しの競馬ファン

好きな父の牝馬に好きな種牡馬を付けた結果UMAが生まれたってこと?

 

662:名無しの競馬ファン

インタビューでそういっているな

 

663:名無しの競馬ファン

何言ってんだって顔している

 

664:名無しの競馬ファン

全米の生産者が頭抱えてそう

 

665:名無しの競馬ファン

零細血統でも活躍馬は生まれるさ

 

666:名無しの競馬ファン

>>665 GⅠ14勝はありえんのだわ

 

667:名無しの競馬ファン

芝の世界王者、ダートの世界王者

こんな馬が主流血統からでも生まれんよ。

 

668:名無しの競馬ファン

見事にミスプロ系、ノーザンダンサー系、ヘイルトゥリーズン系から外れているものなあ。ノーザンダンサーの血は入っているけど母父方面で5代先だし……

 

669:名無しの競馬ファン

マルゼンスキーがやっぱすごいってこと?

 

670:名無しの競馬ファン

マルゼンスキーがテンペストクラスの馬だったとすると、あの時代にテンペストがいたってことか。

 

671:名無しの競馬ファン

そりゃあ誰も勝てんよ。

 

672:名無しの競馬ファン

脚部不安のないマルゼンスキー

 

673:名無しの競馬ファン

それってチートじゃん

 

674:名無しの競馬ファン

だからUMAなんだよ

 

 

 

748:名無しの競馬ファン

表彰もおわったな

 

749:名無しの競馬ファン

本当に強かった

 

750:名無しの競馬ファン

強い。それに尽きる

 

751:名無しの競馬ファン

高森騎手もこれでGⅠを14勝目か。

 

752:名無しの競馬ファン

テンペストと一緒に戦ってきたからな

 

753:名無しの競馬ファン

今日のレースも他の馬が勝負を仕掛けたところに乗らないで、冷静だったからな。

 

754:名無しの競馬ファン

それで大外を回って前に出すのはやばい

755:名無しの競馬ファン

テンペストの脚が発揮できるとわかっていたんだろうね

 

756:名無しの競馬ファン

まあインタビューで言ってたしな

 

757:名無しの競馬ファン

馬の方も普通に騎手の言うとおりに動いているのはやばい。

 

758:名無しの競馬ファン

スパート賭けながらコーナー曲がるのが上手い……

 

759:名無しの競馬ファン

馬体大きいのに本当に上手いよね。

 

760:名無しの競馬ファン

多分というか絶対になんだけど、テンペストって芝とダートで微妙に走り方変えているよね。スパートの時とかコーナリングの時とかも

 

761:名無しの競馬ファン

その辺はテンペスト陣営がはっきり答えないからわからん。

 

762:名無しの競馬ファン

>>761 まあ企業秘密だからな

 

763:名無しの競馬ファン

>>760 等速ストライドってこと?セクレタリアトじゃん

 

764:名無しの競馬ファン

まあ、和芝・洋芝、米国ダート。それに良馬場、重馬場でパフォーマンスが変わらないのはそういうことなんだと思うよ。

 

765:名無しの競馬ファン

引退したら情報が開示されるんじゃねえの

 

766:名無しの競馬ファン

やっぱこいつUMAだよ。

 

767:名無しの競馬ファン

というか状況に応じて、その都度変えているならどこでも走れるってこどじゃん。

 

768:名無しの競馬ファン

前哨戦2戦ってもしかして重要な要素だったのかもしれんな……

 

769:名無しの競馬ファン

あれでテンペストは完全に米国ダートに適応したってことになるな

 

770:名無しの競馬ファン

いったいどんな体の構造をしているんだよ……

 

771:名無しの競馬ファン

……ストライドを工夫すれば、比較的長い距離も走れるんじゃねえの?

 

772:名無しの競馬ファン

流石にそれはねえ、と思いたい。

 

773:名無しの競馬ファン

まあ、テンペストの可能性は無限大ってことか

 

774:名無しの競馬ファン

BCクラシックを勝てたのは奇跡ではない。テンペストの能力があったからなんだな。

 

775:名無しの競馬ファン

多分何回やっても結果は変わらないと思う。

 

776:名無しの競馬ファン

>>775 そう思わせるぐらい圧倒的なレースだった

 

777:名無しの競馬ファン

テンペストの次はどうなるのかね

 

778:名無しの競馬ファン

さあ?このままいけば香港じゃない?

 

779:名無しの競馬ファン

有馬記念は出ないと思うし。

 

780:名無しの競馬ファン

香港カップか香港マイルか

 

781:名無しの競馬ファン

流石にジャパンカップダートは無理だろうしな

 

782:名無しの競馬ファン

ダートなら東京大賞典じゃね。

 

783:名無しの競馬ファン

地方交流重賞にBCクラシック馬を出すのはあかんよ……

 

784:名無しの競馬ファン

日本のダートは……走れそうだな。

 

785:名無しの競馬ファン

普通に走れそうだからやばい

 

786:名無しの競馬ファン

引退の線も濃厚だよな。5歳だし、大レース勝って区切りもいいし。

 

787:名無しの競馬ファン

>>786 暴れるだけ暴れまわったからな。

 

788:名無しの競馬ファン

>>786 日本で走っている姿をまた見たいけど、そのあたりはしょうがないか

 

789:名無しの競馬ファン

>>786 種牡馬入り確定しているようなものだし、ケガでもされたら困るからな。

 

790:名無しの競馬ファン

>>786 欧州で取ってないマイル中距離レースと、豪州のレースを蹂躙して引退

 

791:名無しの競馬ファン

>>790 ひでえ

 

792:名無しの競馬ファン

>>790 平気でやれそう。ドバイWCも勝てばもっと賞金を獲得できるね。

 

793:名無しの競馬ファン

>>792 でも種牡馬入りで動く金額の方がやばいと思うぞ。クラシック勝ったから、ディープ級まで跳ね上がるかも。

 

794:名無しの競馬ファン

テンペストってアラブの王族や英国の関係者からも人気あるからなあ……マネーゲームに対抗できるかね

 

795:名無しの競馬ファン

血統的も主流ではないけど、ダメ血統ではないからな。

 

796:名無しの競馬ファン

名馬が名種牡馬にならないってのも理解したうえで、莫大な資金を投入すると思うよ。

 

797:名無しの競馬ファン

>>796 それが馬産だしな。

 

798:名無しの競馬ファン

>>797 ラムタラ……

 

799:名無しの競馬ファン

>>798 あれは割と見えている地雷だっただろ……

 

800:名無しの競馬ファン

引退するにしても、種牡馬になるにしても、まだまだテンペストに翻弄されそうだな。

 

 




この世界では馬インフル騒動は起きていません


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テンペストの引退狂騒曲

「テンペストの引退は撤回できませんよ。オーナーの意向は無視できません」

 

 

藤山は厩舎で受け入れている馬たちの調教、馬主たちとの関係構築など、調教師としての仕事をしていた。これに加えて、テンペストクェークの調教師としての対応を行っていた。

 

 

「そうですか……」

 

 

目の前にいるのはJRAの関係者であった。

 

 

「日本の競馬ファンの前で最後に走ってほしいという気持ちはわかります。それを望む声が多いことも。おそらく有馬記念も選ばれると思いますが……」

 

 

テンペストはまだ登録を抹消していないため、まだ競走馬としてはJRAに所属しているのである。

有馬記念のファン投票はまだ始まってはいないが、選ばれる可能性は高い。

 

 

「テンペストに2500メートルは長いです。走れないことはないですが、勝利は難しいです。テンペストのファンは、テンペストの勝利を望んでいます。負ける姿を見せたくはないですね」

 

 

テンペストのことを信頼しているからこそ、彼に有馬記念は厳しいという結論に至っていた。

今までも難しい挑戦はしてきた。しかし、それはあくまで勝ち目があり、入念な準備を重ねたうえでの挑戦であった。

テンペストの距離の壁を超えるために必要な準備期間は短すぎるのである。

 

 

「ちなみにダートの方はどうでしょうか」

 

 

「ジャパンカップダートは流石に期間が短すぎます。ブリーダーズ・カップの疲労とダメージが抜けません」

 

 

テンペストが日本のダートを走れないとは言わない藤山であった。

ただ、流石のテンペストもBCクラシックの激走の疲労やダメージは大きかったようで、もし引退をしなかったとしても年内は走らせたくないというのが実情であった。

 

オーナーの意志も固いことが分かったこともあり、それ以上の要求はしてこなかった。JRA側もそこまでの期待はしていなかったようである。

 

 

「……わかりました」

 

 

「引退式の方、よろしくお願いします」

 

 

関係者との面会が終わり、一息つく。

実はテンペストのラストレースに関してはJRA以外にも是非うちで走ってほしいというオファーは来ていた。

 

 

「南関に香港、それにドバイも……」

 

 

南関東競馬が主催するダート2000メートル競走の東京大賞典。テンペストが昨年勝利した香港カップを含めた香港国際競走である。

ダートも勝てることが分かったのか、ドバイWCにも出走してほしいという話も来ていた。彼らの狙いとしてはレース後に、自分たちのところで種牡馬になってもらうという意図もあるだろうと考えていた。

 

 

「テンペストが東京大賞典ねえ……」

 

 

BCクラシックを勝った馬が地方交流重賞に参戦するのは違和感が大きかった。

 

 

「……何はともあれ、テンペストとの戦いも終わりか」

 

 

藤山はまだ、テンペストは走れると見立てていた。

彼としても、まだ走らせてみたいレースもある。イギリスやフランスのマイル中距離レース、それにオーストラリアのレース。おそらく暴れまわることもできるだろう。

 

 

「ま、今回は見逃してやるとだけ言っておこう」

 

 

その役目はテンペストの子供たちに任せればいいだけの話である。

お別れの時は近い。

 

 

「引退式でなにを話そうかなあ……」

 

 

定期的に交換するテンペストの蹄鉄。藤山の部屋にはそれが飾ってある。

それを見ながら、スピーチの原稿を考えるのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

泥だらけのレースで勝利して、そして疲労回復もそこそこに、やっと自分の故郷に戻ってきた。

あれからもいろいろと大変だった。取材、撮影と忙しい日々を過ごしていた。

まあ俺の勇姿をかっこよく伝えてくれるのなら構わないけどね。

 

そして今日、俺は競馬場に来ていた。

レースなのかと思ったが、そうではない。

そもそもレースに向けたトレーニングをほとんどしていない。

あのレース以降、俺は体重や体力維持の運動以外は走っていない。

 

 

「テンペスト。お前の最後の晴れ舞台だ」

 

 

俺をずっと世話をしてくれている兄ちゃんに連れられて、俺は競馬場に入っていく。

 

そこには大勢の人がいた。

カメラを構えた人、何かを持っている人。

人でいっぱいであった。

 

 

「みんなお前のために集まったんだよ、テンペスト」

 

 

最近の兄ちゃんやおっちゃんたちの雰囲気。

そしてこの雰囲気。

そうか、そういうことなのか……

あのレースが俺にとって最後のレースだったんだな。

 

今日で俺は引退するのか……

 

もう、俺はレースに出る必要はないのか。

もう、俺は彼らとともに戦うことはできないのか。

 

それは寂しいな。

まだ俺は走れるのに……

あの時のレース。俺はすべての力を注ぎこんだ。

残念だしもっと走りたい。だけど悔いは全くない。

 

 

【そうか……】

 

 

ぐるぐると歩いていると、騎手君やおっちゃんたちの声が聞こえる。

俺には何を話しているのか全く分からない。

ただ、全員が悲しんでいることだけは理解できた。

 

雰囲気もどこか悲しげであった。

 

俺は……

 

俺の走りに意義はあったのか。

俺が存在する価値はあったのか。

 

その答えはここにあった。

 

競馬場を観戦場所いっぱいに詰めかけた人たち。もう夜に近い夕方だ。それなのに、こんなにも多くの人が俺のことを見に来てくれている。

 

なぜ、俺が馬になったのかはわからない。

なぜ、人間の魂を宿したのかはわからない。

 

ただ、俺は、この馬になってよかった。

心からそう思う。

俺の3年間の走りの成果がここにはあった。

 

 

眩しいライトの光、人のどよめき。

ああ、きれいな光景だ。

 

 

そういえば、アイツや友人との再戦が出来なかったか……

それだけが心残りだな。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

12月上旬。

夕闇に包まれた東京競馬場。

すべてのレースが終わった後であったが、競馬場に来ていた観客は帰ろうとはしていなかった。

むしろ、これから始まるイベントが本命で集まった人たちが多かった。

 

 

『テンペストクェーク 引退式』

 

 

テンペストクェークの引退式が東京競馬場で行われる予定であった。

彼の伝説の幕開けとなった毎日王冠と天皇賞・秋を勝利した地での引退式であった。

 

 

『ただいまより、テンペストクェーク号の引退式を始めさせていただきます』

『皆様、パドックの入場口にご注目ください』

『先日、アメリカで行われたブリーダーズ・カップ・クラシックを勝利し、GⅠを14勝したテンペストクェーク号の登場です!』

 

 

司会の言葉と共に、パドックに現れたのは3人の男と1頭の鹿毛の馬であった。

テンペストクェークと共に戦った3人のホースマンの姿であった。

 

この様子はテレビで中継されており、アナウンサーたちが実況する。

 

『藤山調教師がテンペストクェーク号に騎乗しておりますね。そして両隣にいるのは、秋山厩務員、そして本村調教助手です』

 

 

パドックを回りながら、その雄大な馬体を見せつけるテンペストクェーク。

そのゼッケンには大きな星が1つ、小さな星が4つ刻まれていた。

 

 

『ゼッケンには勝利したGⅠ競走の数だけ星が刻まれております。普通の星では表現できないため、大きな星1つで10勝分であるとのことです。果たしてこの巨大な星を刻む馬がこの後、現れるのでしょうか……』

 

『この引退式のために、多くのお客さんが詰めかけております。彼の最後の勇姿を見届けようと、多くの人が集まりました』

 

 

パドック付近には人が集中し、かなり混雑していた。

それどころか、メインビジョンが見える位置まで観客で一杯であった。

 

 

『テンペストクェーク、その名前にふさわしい強さの馬でした。彼の最後の勇姿を、しっかりと目に焼き付けたいです』

 

 

観客に見せつけるようにパドックを歩く1頭の馬。

今日の主役は彼でしかなかった。

 

 

『それでは、皆様。ここでテンペストクェーク号の輝かしい軌跡を映像で振り返っていきましょう』

 

 

そしてメインビジョンでテンペストクェークの激闘の映像が流れ始める。テレビでも同様の映像が流れていた。

題名は『Memories of テンペストクェーク ~世界を制した暴風伝説~』

 

 

『2002年、北海道の島本牧場で生まれた鹿毛の牡馬、テンペストクェーク。父ヤマニンゼファー、母父サクラチヨノオーという、牧場長肝いりの血統の馬であった』

 

 

当歳馬時代のテンペストと共に満面の笑みを浮かべている島本親子の映像が流れる。島本親子はこんな写真が使われることは全く知らなかったので、なんで俺たちが?と思っていた。

 

 

『美浦の藤山順平厩舎に入厩し、2004年12月にデビュー戦を勝利で飾ります』

 

 

新馬戦の大逃げの映像が流れる。

それを見ていた関係者一同は苦笑いをしながら眺めていた。

テンペストは見ようともしなかった。

 

 

『2戦目の条件戦も勝利し、そのままの勢いで弥生賞に挑戦。しかしそこには宿命のライバルがいました』

 

 

テンペストクェークにディープインパクトは欠かせないとしてクラシック春の苦闘の映像が使われていた。これは関係者からの希望であった。

 

 

『弥生賞、皐月賞、日本ダービーでライバルに敗北。しかしこの時の悔しさは秋になって爆発した』

 

『休養明けの毎日王冠で初重賞を飾ると、そのままの勢いで天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップも連勝。管理する藤山厩舎、そして高森康明騎手にGⅠ初勝利をもたらしました』

 

 

大外から一気に差し切るテンペストの3戦の映像が流れる。

 

 

『そして翌年2006年。ドバイデューティフリーを勝利したテンペストクェークは、再び宿命のライバルとの対決を迎えます』

『大雨のなかの宝塚記念。ディープインパクトとのラスト1ハロンのデッドヒートを制し、ライバル対決を制しました』

 

 

大雨の中、2頭の叩き合いの様子が流れる。最強にして最高のライバルとのマッチレースの記憶はまだ新しい。

 

 

『そして、テンペストクェークは欧州へ渡り、伝説を作ります』

 

『インターナショナルステークス、12馬身差の圧倒』

『アイリッシュチャンピオンステークス、内ラチからの強襲』

『クイーンエリザベス2世ステークス、最後方からの全頭なで斬り』

『チャンピオンステークス、根性の鼻差勝利』

『香港カップ、余裕を見せた1馬身差』

 

 

テンペストの勝利したレースのダイジェストシーンが流される。

 

 

『2006年年度代表馬、最優秀3歳以上牡馬、最優秀短距離馬を受賞。そしてその栄光は海外からも評価されました』

『レーティング139ポンドを獲得し、単独世界一の評価を受け、そして欧州年度代表馬の受賞。日本を超え、欧州でもその名前を轟かせました』

『そして2007年も栄光は続きます』

 

『高松宮記念、執念の同着勝利、3階級制覇』

『クイーンエリザベス2世カップ、7馬身差の余裕』

『安田記念、半馬身差の圧勝劇。親子三代の覇道』

 

 

『2007年、テンペストクェークはついにアメリカ合衆国にわたります。目指すはダート世界最強。その初戦は海の向こうの怪物に阻まれました』

 

『そしてラストラン。ダート世界最強を決めるブリーダーズ・カップ・クラシック。そこにはアメリカ屈指のライバルたちの姿がありました』

 

 

先日行われたクラシックの中継映像が流れる。

泥まみれの馬場を異次元の加速で走り抜けるテンペストクェークの姿が映し出された。

 

 

『4馬身差をつけての圧勝。芝、そしてダート世界最強の馬が誕生した瞬間であった』

 

 

ダイジェスト動画が終わり、テンペストクェークの偉大な記録が映像に流れる。

 

 

『テンペストクェーク(Tempest Quake)』

『2002年3月生まれ』

『父ヤマニンゼファー 母セオドライト』

『通算成績 22戦18勝』

『重賞16勝(うちGⅠ 14勝)』

『2005年

毎日王冠(GⅡ)

天皇賞・秋(GⅠ)

マイルチャンピオンシップ(GⅠ)

2006年

中山記念(GⅡ)

ドバイデューティフリー(GⅠ)

宝塚記念(GⅠ)

インターナショナルステークス(GⅠ)

アイリッシュチャンピオンステークス(GⅠ)

クイーンエリザベス2世ステークス(GⅠ)

チャンピオンステークス(GⅠ)

香港カップ(GⅠ)

2007年

高松宮記念(GⅠ)

クイーンエリザベス2世カップ(GⅠ)

安田記念(GⅠ)

ジョッキークラブゴールドカップ(GⅠ)

ブリーダーズ・カップ・クラシック(GⅠ)』

 

『2005年度JRA賞最優秀短距離馬 最優秀父内国産馬』

『2006年度JRA賞年度代表馬 最優秀4歳以上牡馬 最優秀短距離馬 最優秀父内国産馬』

『2006年度欧州年度代表馬 最優秀古馬』

 

『その雄大な馬体と猛々しい走りで世界中のファンを魅了した絶対の王者、テンペストクェークは種牡馬として次の世代にその強さを託します』

 

 

映像が終わると、拍手をしたい気持ちを抑えて、彼の栄光を静かにたたえていた。

 

 

『映像の通り、テンペストクェーク号は2002年3月に北海道の島本牧場にしてその生を受けました。父ヤマニンゼファー、母セオドライトの血統』

『2004年のデビューから重ねた勝利は18勝。そして重賞は16勝。GⅠは14勝であります。数多くの記録を塗り替えました。その猛々しい走りは、まさに暴風の名にふさわしいものでした』

 

そして、テンペストクェークの関係者が登壇し、それぞれ紹介される。

 

馬主:西崎浩平

調教師:藤山順平

騎手:高森康明

調教助手:本村昭文

生産者:島本哲司

厩務員:秋山元彦

 

秋山は自分が登壇するとは全く思っていなかったので、何もスピーチの原稿を考えていなかったようで、声がかかった瞬間「???」という顔をしていた。

テンペストクェークにからかわれる映像が多数流出しており、秋山もテンペストのチームの一員だからという陣営の熱い希望があっての登壇であった。

 

花束の贈呈などが行われ、それぞれのインタビューが始まる。

 

 

西崎浩平

『今までご声援いただき、誠にありがとうございます。日本だけでなく世界中の競馬ファンの皆さんの応援をいただきました。テンペストクェークは世界中を駆け巡ることが出来ました。これも関係者の皆様方のご支援のおかげであります。本当にありがとうございました』

『ここまで全くの怪我無く走り切ってくれました。ブリーダーズ・カップの激走は彼のすべてが詰まったレースでした。本当にお疲れさまでした。そしてありがとう!』

 

藤山順平

『強い。この一言に尽きる馬でした。速さ、タフさ、賢さ。すべてが、私が見たこともないほどの能力を持っていました。この場で語りつくすことはできませんが、一言声をかけるなら、「お前が最強だ」という言葉ですね。世界の頂を見せてくれてありがとうテンペスト!』

 

高森康明

号泣しすぎていたため、何を言っているのかわからなかった。

聞き取れる範囲では、「ありがとう」と「さようなら」は言っていた。

 

本村昭文

『イギリス、アメリカでの調教は自分が担当することになって、本当にどうしようかと思いました。しかし、テンペストは本当にタフでした。初めての場所で空気も水も食べ物も変わる。人間ですらストレスを受ける環境でありながら、彼は全く動じませんでした。現地の厩舎でだけでなく、ニューマーケットやモンマスパークのボスになってしまうほどの強さでした。厳しい調教にも耐える精神力、それでいて不調があれば我々に申し出る管理能力の高さ。こういった能力の高さが彼の強さを引き出していたのだと思います』

『強くて、そして賢い。そして優しい馬でした。ありがとう、そしてさようなら』

 

島本哲司

『テンペストは私のロマンを体現した馬でした。そして島本牧場の希望になってくれました。彼が走るたびに、彼の血統にいる馬たちの姿が思い浮かぶ、そんな馬でした』

『彼が生まれたとき。その時はものすごい雪と風の日でした。そのうえ、生まれた瞬間に地震まで起きましたからね。もう地球が、やばい馬が生まれることを察したんじゃないかと思うような日でしたよ。西崎オーナーもこのエピソードからテンペストクェークという立派な名前を付けてもらいました。その名前の通り、猛々しい馬になってくれました』

『全くケガをしないで走り切ってくれたのは本当にうれしい限りです。彼の子供たちも、彼の強さとタフさ、賢さを受け継いでくれたらと思います。彼の旅路はまだ終わりません。ありがとう、ボー!』

 

 

秋山元彦

『自分がこの場に立てることを光栄に思います。テンペストは賢い馬でした。強いのはもちろんなんですが、本当に賢かったです。自分の名前も理解していましたし、レースの勝ち負けも理解していた。彼には理性がありました。こんな馬を見たのは初めてでした』

『一番の思い出ですか。やっぱり女王陛下に乗ってもらったことですね。あれは生きた心地がしませんでした。まあ、彼なら大丈夫だと確信していましたし、だからこそ実現したわけなんですが。とにかく、人間の気持ちを察する能力が桁違いに高かったですね。あとは他の馬に対しての面倒見もよかったですし、そういうところが彼がボスとして慕われていた要因なんだと思います』

『本当に語りつくせないほどのエピソードがありますよ。とりあえず、お疲れ様です。いろいろとありがとう。テンペスト!』

 

 

最後に西崎が代表として引退式のトリを飾る。

 

 

『最後になりますが、今までテンペストクェークを応援していただき、誠にありがとうございました。テンペストの物語はとりあえずの終わりを迎えます。本当に偉大な馬でした。私に、藤山先生たちに、そして日本に、世界の頂を見せてくれました馬でした』

『彼の父は、そよ風と呼ぶにはあまりに強烈な馬でした。そのそよ風から、世界中を驚愕させる暴風が誕生する。本当に出来すぎた物語のようです。そしてその物語はまだ続きます』

『テンペストは、日本中の、いえ、世界中のホースマンたちの夢を背負います。彼のような、強くて、頑丈で、そして賢く優しい。そんな子供たちが世界中の競馬場を駆け回る日が来ることを願っています』

『最後になりますが、このような引退式を用意していただき、誠にありがとうございました。テンペスト!本当にありがとう!』

 

 

感謝のスピーチが終わり、最後は関係者一同との写真撮影であった。

チーム藤山のメンバーがテンペストと共にターフ上で並ぶ。

真面目な撮影会が終わると、テンペストは高森に乗れという仕草をみせ、相変わらず号泣している彼を上にのせていた。

藤山厩舎の帽子をかぶった全員による、最高の撮影会であった。

 

 

「ありがとう、テンペスト」

 

 

目を細めたテンペストの鼻先に、額をつけて頭を垂れた高森騎手との写真は、彼らが唯一無二の相棒であることを証する一枚であった。

 

それは人とサラブレッドの絆を証明した一枚であった。

 

 

拍手でテンペストクェークは見送られ、引退式は終了した。

世界最強のサラブレッドの物語が終わった。

 

 




コントレイルとゴールドシップの引退式を参考にしました。
ゴールドシップの編集された映像は本当に感動しました。ニコ動の偏向報道のタグには笑いましたが......




追記
いろいろと考えた結果、星は10個で一つにしようと思います。永久欠番的なものにしてもいいかなと思ったからです。いろいろな意見、ありがとうございました。


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夢の終わりと続き

12月下旬。

テンペストクェークは美浦の藤山厩舎でのんびりと過ごしていた。

東京競馬場で行われた引退式も大成功に終わり、多くのファンと関係者に見送られ、彼の競走生活にピリオドを打った。

 

 

「テンペストですけど、まだ行き先が決まっていないんですか?」

 

 

秋山がテンペストの首を撫でながら、今日の調教が終わっていち段落ついている藤山と話す。話題はテンペストの今後についてであった。

 

 

「もともと30億程度のシンジケートが組まれる予定だったんだけど、それを上回る金額が世界中、主にアラブの人間とイギリス、それにアイルランドから提示されているようでね。オーナーもどうするか悩んでいるようですよ」

 

 

西崎はテンペストがしっかりと管理してもらえるのであれば、どこで種牡馬になってもいいと考えており、お金についてもそこまで気にしているわけではなかった。

日本最大規模の馬産関係の企業からは、約30億近くの金額を提示されていた。西崎としてはその金額で十分だと考えていた。

しかし、アメリカのダートで圧倒的なパフォーマンスを見せたことで、アラブの王族が本腰を入れてマネーゲームを挑んできたのである。ドバイミレニアムを超える力を持つ馬で、しかもダート・芝の二刀流も可能。ドバイワールドカップを勝利する後継が誕生する可能性も高いということもあり、その豊富な財力を盾に莫大な金額を提示してきていた。また、英国やアイルランド、アメリカに牧場を持っており、そこで管理されている良血の牝馬についても西崎に積極的に紹介しているほどであった。

また、アイルランドの牧場も大規模なシンジケートを用意する準備があるとして、西崎と交渉していた。

 

 

「十億単位の金が飛び交っているようです。テンペストはおおよそ20億稼ぎましたが、まだまだ稼ぎそうですね」

 

 

「オーナーも大変ですなあ……まあ、日本人としては、日本で種牡馬になってほしいという気持ちが大きいですが」

 

 

「そうですよね……それを期待してくれるファンも大きいですし」

 

 

「ただ、この問題がこじれると面倒なことにもなりかねないんですよね」

 

 

「ドバイのレースや英国のレース締め出し!なんて露骨なことは流石にしないでしょうけど、良血統の牝馬や種牡馬の輸入が滞ったり……なんてことも考えられますからねえ……」

 

 

「……まあ、お金以上に大切なこともありますので」

 

 

いろいろな人の悩みの種になっている当の本人は、寝藁の上でゴロゴロしているのであった。

 

 

 

 

テンペストクェークの馬主である西崎浩平は、信じられない額の金額がテンペストの種牡馬入りに関して動いていることに戦慄していた。

 

 

「イギリスにアイルランド、それにオーストラリアまで?あっちは走っていないんだけどなあ……」

 

 

米国のダートを圧倒できる実力を持っていることが分かった以上、ダート最高峰にして最高賞金額を誇るレースを主催する石油王たちが動かないわけがなかった。

そして短距離~中距離が中心のオーストラリアも名乗りを上げており、競馬の主要国がテンペストに注目していた。

 

 

「実はテンペストは欧州の方に適正があるのかもしれないって言われているし、あっちで種牡馬になった方が成績は上がるのかな?」

 

 

勝利した場所が多すぎて、彼の本来の適正というのが全くわかないのである。本来の適正もなく、すべてが◎の適正を持っているだけなのかもしれないが。

 

ずっと悩みぬいた西崎であったが、最終的には、日本で走っている子供の姿を見たいという気持ちと、いろいろと陰で支援してくれたうえ、一番熱心にお誘いしていた日本最大規模の馬産グループに決めるのであった。

 

ただ、そう簡単にことが進まないのが、種牡馬ビジネスなのである。

西崎はしばらく、忙しさに翻弄されることになるのであった。

 

 

 

 

マツリダゴッホの有馬記念制覇という波乱で終わった2007年の中央競馬。

そして2007年JRA賞の発表。

テンペストクェーク引退後も日本の競馬は滞りなく進んでいった。

 

 

「……マジか」

 

 

競馬新聞やスポーツ新聞が一面で報じたのは、一頭の馬の種牡馬入りのニュースであった。

 

 

『テンペストクェーク 総額60億円で種牡馬入り」

『ディープインパクト超え、驚異の60億円のシンジケート』

『初年度の種付け料は1000万超えか?』

 

西崎にずっとラブコールを送っていた日本最大級の種牡馬繋養施設を有するグループでテンペストクェークは種牡馬となることが決まったのである。

報道では、一口何円になるだの、初年度の種付け料は何円になるといったことが書かれていた。

 

しかし、この報道の裏で、かなりの密約が交わされていたことは、まだマスコミ関係者には報じられていなかった。

 

テンペストクェークを自分たちの牧場に引き入れたいと考えた馬産関係者は世界中に存在していた。その中でも特に要望が大きかったのが、アイルランド最大規模の生産牧場、英国に拠点を置いているアラブの王族のグループの傘下の牧場であった。

彼らのマネーゲームに付き合うことを恐れた西崎たちは、彼らととある取引を行っていた。

 

それは、日本で6年間種牡馬として活動したら、英国で3年、アイルランドで3年間移籍するという内容であった。その後は産駒の成績次第で決まることになっていた。

シンジケートが組まれたといっても60株の内、30株を日本が、15株を英国が、15株をアイルランドが所有することになったのである。つまるところ、一般人締め出しの完全寡占体制を敷いていたのである。本券の半分を海外の牧場が持つという異例の事態であった。

マネーゲームを仕掛けないし、1口1億円×15株の15億円を支払う。その代わりにうちで繋養させろという熱い要望を持ち掛けていた。

最初の6年間は日本にうちの繁殖牝馬を持っていくから本券分は優先的に種付けさせてくれ。そして3年間は俺たちの国で自由にさせろということである。

もちろん管理責任等については厳重に決められていた。グループの渉外担当は連日の交渉に泣いていたのは言うまでもない。

 

もちろん見返りは用意されていた。良質な種牡馬や繁殖牝馬の融通。今後、英国を含めた欧州遠征での手助けなどである。

 

また、西崎が、いろいろな馬に種付けしてあげたいという要望もあり、種付け料はやや低めに設定されることになった。一般人締め出しのシンジケートだからこその荒業であった。

 

 

ともあれ、彼の去就は決まった。

そして、そのテンペストも美浦トレセンから旅立つ日がやってきた。

行き先が決まるまで、どこかの育成牧場か、島本牧場で過ごしておこうかと考えたらしいが、管理体制が厳重な美浦のトレセンで過ごさせたほうがセキュリティ的にも安心だということで、藤山厩舎でテンペストは過ごしていた。

 

 

「じゃあな、テンペスト。向こうでも頑張りなよ」

 

 

厩務員の秋山が最後のブラッシングをする。

テンペストが乗る馬運車の周りには、トレセンの運営に支障をきたさない程度にはマスコミ関係者たちが集まっていた。みすぼらしい格好で終えるわけにはいかないとして、丁寧に仕上げられていた。

 

テンペストが秋山厩務員と共に厩舎から出てきた瞬間、カメラのシャッター音が響き渡る。

前には藤山や本村といった厩舎のメンバー、そして高森騎手が出迎えていた。

 

 

「じゃあな。お前の子供が俺のところに来る時を待っているよ」

 

 

「調教師になったら、君の子供と世界を目指すよ。向こうでも頑張ってね」

 

 

高森騎手は何も言わなかった。

ただ、テンペストの方を見て、最後の別れを惜しんでいた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

しばらく俺はのんびりと過ごしていた。厳しいトレーニングの日々はもう送ることはない。

俺はあの日、引退したのだから。

おっちゃんたち人間が決めたことだ。馬の俺はそれに従うしかない。

それは仕方がないことだ。

ただ、これから俺はのんびりと過ごすことになるのだと思う。それもまた一興だな。

 

 

そして、俺が第二の故郷といっていいトレーニング場を離れる時が来た。

兄ちゃんたちの雰囲気で分かる。

もう二度と俺はこの土地に来ることはないということがだ。

 

 

【じゃあな。みんな仲良く元気にやれよ】

 

 

【……はい】

【わかった】

【いかないで】

 

 

俺は同じ建物で過ごした仲間たちに別れの挨拶を告げる。

建物から出ると、カメラを構えた人たち。そしておっちゃんたちや騎手君がいた。

おっちゃんたちは俺を労ってくれた。

何を言っているのかはわからないけど、伝えたい気持ちは俺には理解できる。

 

そして騎手君。

君のおかげで俺は強くなれた。

 

 

【ありがとう……】

 

 

俺の最高で唯一の相棒は何も言わなかった。

言わなくたってわかるさ。

 

 

さて、景気づけだ!

ご照覧アレ!

 

 

【あばよ!皆に幸あれ!】

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

馬運車に乗ろうとした瞬間、テンペストは立ち上がり、今まで聞いたこともないほどの甲高く、それは大きな嘶きを発した。

それは調教が終わり、少し落ち着いていた美浦トレセンに響き渡る嘶きであった。

 

厩舎で休んでいた馬

トラックで走っていた馬

道路を歩いている馬

シャワーを浴びている馬

 

気性が悪い馬も、賢い馬も、のんびり屋な馬も。

若駒も、古馬も、牝馬も、セン馬も。

 

嘶きが響き渡った範囲、そして他の馬が嘶いたことで厩舎から厩舎へ、そのどよめきは美浦中に広まったのであった。

 

すべての馬が、この地の王が去り行くことを認識し、それに反応したのである。

 

 

「……まったく。本当に強くて、そして偉大な馬だよ。相棒」

 

 

美浦のボス争いはまた激しくなるなと思いながら、高森はテンペストが乗った馬運車を眺めていた。

そして車が消えると、静かに涙を流した。

 

 

 

 

これから、テンペストは種牡馬として新たなる戦いに挑む。

それは雄として、そして生命としての強さを見せつけなければならない過酷な生存競争でもある。

そして、大種牡馬は、過酷な種付けで生命力を削られ、長生きすることができない場合が多い。種牡馬として活躍すればするほど、命は削り取られていく。

それでも、種牡馬になれるのはほんの一握りである。

サラブレッドの生存競争で極めて優秀な成績を残したテンペストクェークによる、新たなる戦いの生活が始まる。

彼の物語は、まだ始まったばかりだ。




シンジケートの話は、テンペストがイギリスやアイルランドで種牡馬をするための策でしかないので、話半分に聞いてください。ツッコミどころ満載ですがここはフィクション強めでお願いします。

これでテンペストが種牡馬大失敗だったら、3か国の関係者全員が頭を抱えることに……


次話が最終話になります。
7/2 10:00投稿予定です。



種牡馬時代のお話
データコーナー
妹のお話
テンペストおじさんのお話
高森騎手をはじめとした関係者たちのその後
馬術関係のお話
後世の掲示板

これらの話を蛇足にならない程度に本編終了後に閑話として投稿予定です。


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エピローグ

イメージは2005年〜2007年版夢の第11レースです。


俺は馬である。

俺は今、暗闇を歩いている。

どこまでも、どこまでも続く暗闇を。

 

 

【ここは、どこだ……】

 

 

そして、途方もない時間を歩いたような、それとも全く歩いていないような。時間感覚がおかしくなっているのか?

 

そんなとき、目の前に光が見えたのである。

 

 

【あっちに行ってみるか】

 

 

俺は走って光の方へ向かう。

これは……

 

光の中に飛び込むと、そこは何もない大草原であった。

まばゆい太陽と、雲一つない青空。心地よい風。

こんなところで走り回ったら、とても気持ちいいんだろうなあ。そう思わせてくれる。そんな光景。

 

 

「久しぶりだね」

 

 

後ろから聞きなれない。それでいてどこかで聞いたことがある声が聞こえた。

振り返ると、そこには小柄な馬がいた。

……間違いない。

 

 

「久しぶりだな。ディープインパクト」

 

 

「ええ。本当に長生きしてくれちゃって。僕がどれだけ待ったことか」

 

 

「お前が早すぎるんだよ。本当にな……」

 

 

「なんであれだけ種付けして、30以上も生きているんですかあなたは」

 

 

「生命力の違いとだけ言っておこう」

 

 

懐かしいなあ。ディープの奴、俺が日本に帰ってきたときにはいなくなっていやがったからな。

 

 

「ところで、ここはどこだ?」

 

 

「さあ、それは僕らにもわからないよ。ただ、ここは僕たちサラブレッドたちの、競馬の理想郷と言っていい場所だよ。のんびりするのもよし、走り回るのもよし。何でもできる場所さ。そして、再戦の場所でもある」

 

 

「再戦の……場所?」

 

 

「そうだよ。僕は君ともう一度戦いたいとずっと思っていた。でもそれはかなわなかった。だから……」

「もう一度、君を叩き潰してやる。これは僕からの挑戦状だ!」

 

 

意味の分からないことを言う俺のライバル。意味が分からないのに、俺の心は燃え上がり始めていた。

 

 

「いいぜ。距離は?場所は?」

 

 

「東京競馬場2400メートル……と言いたいところだけど、君にとっては苦手な距離だね」

 

 

「流石にそれは遠慮願うぜ。マイル、10ハロン……は流石に俺に有利すぎるな」

 

 

「君にその距離で勝てる馬なんてス……いや、何でもない。とにかく、その中間で戦うしかないね」

 

 

「そうなるとあのレースが適当だな」

 

 

「なら、あの時と同じ場所、距離で戦おうか」

 

 

「そうだな。それがいい」

 

 

わかっているじゃねーか。俺たちの最後の決戦の場所。

 

 

「「京都競馬場2200メートルで勝負だ」」

 

 

俺たちがそういった瞬間、大草原が消え去り、そして地面になじみの芝が生え始めた。

そして周りを見渡せは、大きなターフビジョン、そして観客席。

間違いない、これは京都競馬場だ。

こんな不思議な光景なのに、今の俺には一切の疑問はわかない。

 

 

「でもよ、俺たちだけじゃ競馬はできねえぞ。これじゃあただのかけっこだ」

 

 

「もちろん、その通りさ。だから、君と戦いたいと願う馬たちも集めてきたよ。というか勝手に集まってきたよ。もう人間を乗せて競馬場で走るのは面倒臭いし嫌って言って、のんびりしているような連中も、君が来たと知ったら目の色変えて走りたいっていうんだから。本当に人気者だね」

 

 

「よう、久しぶりだな。若造。強くなったか?」

 

 

ディープの言葉と共に、後ろから渋くていい声が聞こえる。

 

 

「ゼンノロブロイ……」

 

 

「せめて「さん」ぐらいつけろ。まあいい。俺もお前には負けっぱなしだったしな。リベンジさせろ」

 

 

「……いいぜ。かかってきやがれ。俺は強いぞ」

 

 

「おい、お前を倒すのは俺だ」

 

 

ゼンノロブロイとの会話に割り込んできたのは、でかい奴。こいつのことを忘れた覚えはない。俺と共に戦い続けた友人でありライバルだ。

 

 

「ダメジャー……久しぶりだな」

 

 

「俺をそのあだ名で呼ぶんじゃねえ。ぶっ殺すぞ」

 

 

「すまんすまん。安田記念のあとの約束、ここで果たしてやるよ」

 

 

最後まで心残りだった友人との再戦。この時を待っていた。

そして次々と現れる俺のライバル、友人、後輩、先輩たち。

 

 

「先輩!僕も忘れないでくださいね」

「マイルじゃねーけど、俺は負けん。アスコット、それにモンマスパークのリベンジだ」

「久しぶりですね。あなたと私の子供はちゃんと育ちましたよ。それはそうと、あなたには負けっぱなしでしたし、今回こそ勝たせてもらいますよ」

 

 

見覚えのある馬たちが俺に挑戦状をたたきつけてくる。

俺が日本で、ドバイで、香港で、欧州で戦った奴らばかりじゃねーかよ……

まあいいさ。全員返り討ちにしてやる.

いや待て、ジョージワシントン。君には11ハロンは長いと思うが……

まあいいか。本人が納得しているわけ「あとでマイルの連中も集めてレースだからな!」……やっぱりそう来たか。

 

「今日は芝で勝負してやる。俺たちの国に殴り込んできた暴風に敬意を表してな。ただ、これが終わったら俺たちのダートでもう一度勝負だ」

 

 

カーリンにインヴァソール。

俺がアメリカで戦ったライバルたちもいる。

 

 

「ああ、いいぜ。どっちも返り討ちにしてやる」

 

 

意気揚々としていると、ディープが再び俺の前にやってくる。

 

 

「そろそろいいかな」

 

 

「いいぜ。いいメンバーが集まったしな」

 

 

「あと、すごい先輩や後輩たちが君をお待ちみたいだよ。本当に人気者だね」

 

 

ふと遠くをみると、なんかやばそうなオーラを放っているサラブレッドたちがいた。

 

マイルで11馬身差くらいつけて、俺の再来と呼ばれていそうな馬

仏国生まれで凱旋門賞を6馬身差つけていそうな馬

英国の英雄と呼ばれてそうな馬

マイルで不敗。英2000ギニーを8馬身差で勝ってそうな馬

英国の短距離路線も無双していそうな馬

イタリア史上最強と言われていそうな馬

米国三冠をすべてレコードで走ってそうな馬

 

……いや多いよ。

しかも結構伝説っぽいオーラを醸し出している馬もいるし、先輩ばかりじゃねーか。

いや、後輩もいるけど。

 

まあいい。

誰であろうと俺にかなう馬はいねえよ(長距離は無理)。

 

 

「いいぜ、これが終わったら全員かかってきやがれ!日本の芝だろうとイギリスやフランスの芝だろうが、日本のダートだろうが、アメリカのダートだろうが、どんなコースでも構わない。相手になってやる」

 

 

俺がそう叫ぶと、レジェンドたちだけでなく、観客席にいつの間にかいた馬たち、そして俺と共にゲートインを待つ馬たちの闘争心が燃え上がったのを感じた。

 

 

「やっぱり君は面白いね。それでこそ倒しがいがあるよ」

 

 

「さあ、始めようか。伝説の宝塚記念の再来を!」

 

 

いつの間にか俺の上に乗っているのは、相棒の高森騎手。ディープの上には彼が乗っている。あれ?アドマイヤムーンの上にもいるけど……まあいいや。

 

 

心地よいファンファーレが鳴り響く。

あの時と違って今は快晴だ。

つまり良馬場。

だけど関係ない。世界中を巡った俺はあの時とは違うぜ。

まあ、それはディープも同じだろうけどね。

 

 

『それでは、第47回宝塚記念と同じコースで行われます、京都競馬場2200メートル特別競走。出走馬の紹介です』

 

『1枠1番 ジョージワシントン』

『1枠2番 ノットナウケイト』

『2枠3番 デビットジュニア』

『2枠4番 スイープトウショウ』

『3枠5番 プライド』

『3枠6番 ウィジャボード』

『4枠7番 ダイワメジャー』

『4枠8番 ゼンノロブロイ』

『5枠9番 エレクトロキューショニスト』

『5枠10番 アドマイヤムーン』

『6枠11番 ハーツクライ』

『6枠12番 ディラントーマス』

『7枠13番 ハリケーンラン』

『7枠14番 マンデュロ』

『7枠15番 カーリン』

『8枠16番 インヴァソール』

『8枠17番 テンペストクェーク』

『8枠18番 ディープインパクト』

 

 

場内の実況が聞こえる。

懐かしい。

全員がゲートに入る。

そしてゲートが開く。

 

俺は全身の力を躍動させて、ゲートから飛び出した。

 

 

「……ああ、楽しいなあ」

 

 

『栄光の座はただ一つ』

 

 

 

 

サラブレッドは走り続ける。

終わりのない夢を乗せて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10ハロンの暴風 完

 




これにて、テンペストクェークの物語はお終いです。

今までありがとうございました。


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データの章
登場人物・馬紹介


テンペストクェーク(Tempest Quake)

主人公/サラブレッド

 

経歴

2002年に島本牧場で誕生した鹿毛の牡馬。父ヤマニンゼファー、母セオドライト、母父サクラチヨノオー。幼名『ボー』。

2004年12月に新馬戦を勝利。2005年毎日王冠で初重賞制覇。2005年天皇賞・秋で初GⅠ制覇。2007年引退。

引退後は種牡馬として活躍。2011年に産駒がデビューし、世界中で産駒が活躍した。日本のSS系やキングマンボ系、欧州のノーザンダンサー系、アメリカのミスプロ系、ストームキャット系等の各国の主流血統の種牡馬たちと対等に戦った。

2026年(24歳)で種牡馬を引退。その後余生を引退馬繋養牧場で過ごした。2037年8月、35歳で死没。その墓は島本牧場の敷地に建てられた。

種牡馬として活躍する一方、その賢さと従順さ、身体能力の高さを買われて馬術馬としても活躍。オリンピックにも出たりしている。

 

性格

人間の魂がインストールされた馬。馬の脳みそに人間の演算能力は釣り合わないため、文字や言葉、一部の記憶等の演算能力はそぎ落とされている。それでも馬を超えた頭の良さをもつ。

若駒時代の性格はナルシストかつナチュラルに他馬を見下すヤバい性格をしていた。弥生賞でディープインパクトに敗れ、天狗の鼻を折られた。そして、自分が一番強く、「お前を勝たせてやる」という傲慢な考えを捨てたことで、上記の性格は徐々に治っていった。元々、真面目で温厚な性格ではあったので人間からも馬からも好意的に見られることが多くなった。

当初は、自分が人間であるという意識が強すぎたがゆえに、馬の社会を拒否していた。しかし、ゼンノロブロイから馬の社会の生き方を教えてもらったことで、自分が馬であることを受け入れた。その後は賢さと面倒見の良さ、そして圧倒的な強さを武器に、厩舎のボス、そして美浦トレセンのボスに上り詰め、伝説のボスとして関係者から語り継がれるほどになった。

 

能力

非常に高い身体能力を有している。スピード、パワー、瞬発力は世界最高峰である。また高い知能と知性を有しているおかげか、学習能力と自己管理能力が高い。精神力も非常に強く、遠征にも強い。そして22戦して一度もケガらしいケガをしたことがなく、非常に頑丈でタフである。また、操縦性が非常に高いため、脚質が万能に近い。

総合的にみると、長い距離が苦手なこと以外はすべての能力が高水準でまとまっており、弱点らしい弱点がない。日本の高速馬場、欧州の重たい馬場、アメリカのダート、そしてそれぞれの良馬場重馬場、すべてに対応可能な万能性を有しているのが特徴である。

人間の魂が宿ったのは神様の気まぐれか、それとも……

幼駒時代は足が外向気味で見た目は貧乏臭かったが、そのころからケガや病気とは無縁であったという。

 

 

高森康明

副主人公/騎手

経歴

1958年8月神奈川県で出生。競馬関係者とは無縁の一族であったが、競馬好きの父と共に旅行と称して競馬場に連れて行ってもらったことで競馬を好きになり、騎手を目指すようになった。1977年(19歳)で騎手免許を取得し、美浦で騎手としてデビューを迎えた。

198X年に初重賞を制覇するが、同年に落馬事故によって全治1年近くの大けがを負う。しかし半年で復帰し、騎手として復活する。

30歳の年に結婚するもその年に2度目の落馬事故を経験。全治1年以上の大けがを負うが、半年程度で回復。そして1年後に騎手として復帰した。

40歳が迫る年齢の年、愛車を運転中に居眠り運転の事故に巻き込まれて意識不明の重体となる。騎手として復帰は絶望的と言われながらも驚異的な回復力を見せ、事故から3年後に騎手として復帰。復帰の際にいろいろあって、離婚している。

復帰後は藤山厩舎に拾われ、所属の騎手として活動。2004年12月にテンペストクェークと出会う。2005年に天皇賞・秋で初GⅠを制覇する。

テンペスト引退後、ケガの古傷や年齢による老いと戦いながらも騎手として2013年(55歳)まで最前線で戦い抜いた。2013年にテンペストクェークのファーストクロップでGⅠを勝利し、大団円を迎えた。

引退後は、海外遠征を支援する仕事を行いながら、競馬の普及に努めた。

子供が2人いるが、1人は地方で騎手をしているようである。

 

性格・その他

のほほんとした見た目とは裏腹に不屈の精神を持ち合わせている。結構したたかな性格をしているが、善良な人間であるため、後輩からは慕われていたりする。

センスや勝負勘といったところが一流の騎手に比べると劣っているのは事実であるが、決してヘタクソな騎手ではない。ただ30年以上騎手を続けておきながら、勝利数が伸び悩んだのは、肉体の全盛期に何度も大けがを負ってしまい、その時に中々いい馬に巡り合うことが出来なかったことも大きな要因ともいえる。

特技は車の運転と英会話。この二つの特技が、テンペストとの戦いで大きく役立ったようである。

 

意外と文才もあるようで、引退後にテンペストクェークと過ごした日々を描いた作品を執筆。日本語と英語で書き上げた力作はルドルフの背に並ぶ公式怪文書として世に出回った。

 

 

 

通算成績

10550戦822勝(勝率.077)

重賞勝利数32勝(内16勝をテンペストクェーク)

GⅠ勝利数17勝(内14勝をテンペストクェーク)

2006年度JRA賞特別賞

 

 

藤山厩舎関係者

 

藤山順平

調教師

1990年代中盤に50歳で厩舎を開業。G1勝利馬はいないが、重賞勝利馬、オープン馬をコンスタントに排出する厩舎である。零細馬主の馬も受け入れ、それでいて結果を出しているあたり、調教師としては優秀である。

高森騎手は、騎手時代に可愛がっていた後輩であり、その不屈の精神を見込んで自分の厩舎の所属騎手にした(もちろん高森騎手の腕を信用していたこともある)。

テンペストクェーク引退後には委託馬が増加。大手のクラブ馬を任せられるほどになり、それ相応の結果を残した。定年後は高森と共に海外遠征を支援する仕事に就きながら、競馬の普及に努めた。

いろいろな名馬を見てきたようだが、最後まで最強の馬はテンペストだと公言し続けていた。

 

本村昭文

調教助手

騎手出身ではないが、調教師を目指しており、藤山厩舎で修業を積んでいた。藤山からは信頼されており、テンペストの海外遠征においては、彼が現地での調教を担当していた。

その後、調教師試験に合格し、美浦で厩舎を開業した。藤山が調教師を引退するときには、彼の構築した馬主ネットワークやコネを引きついだ。

テンペストクェークのラストクロップで再びブリーダーズカップ・クラシックを制するのはまた別のお話。

 

秋山元彦

厩務員

藤山厩舎で働く若い厩務員。今時(2005年基準)の若者であるが、JRAの厩務員として働くことが出来るだけあってか、馬の世話を含めた仕事はしっかりとできる。テンペストクェークと共に世界中を駆け回り、いろいろなドタバタに巻き込まれた。大変だったが、楽しい時だったと思っている。

藤山調教師が引退後は、本村厩舎に異動し、最後まで馬とかかわり続けた。強い馬を担当することもあったが、やっぱり一番強かったのはテンペストだと公言し続けている。

 

 

馬主関係者

 

西崎浩平 

馬主

セオドライトの2002を庭先取引で購入した。馬の購入は初めてなのに、セレクトセールなどのセリではなく庭先取引で行う豪胆な人。父親は島本牧場と縁のある人だった。

父親の会社を継いだ若社長でもある。それでも反対が起きなかったあたり優秀な人である。

父親は経営者としては一流であるが、馬主としては二流だったらしい。あまり相選眼がよくなかったようである。このため、彼の息子が特に有名でもない牧場で、取り立てて優秀な血統でないうえ、どことなく外見もピリッとしない馬を買ったため、そこも遺伝したのかと思われていたらしい。

2008年以後はリーマンショックによる大不況によって会社の経営が傾きかけたこともあり、馬主として活動は控えていた。しかし、一口馬主として活動は続けており、数多くの名馬の一口馬主に参加していた。そのため、相馬眼は本物であると噂されている。英国遠征や米国遠征など、数多くの伝説を作り出しており、凄い人だと認識されている。

テンペストクェークのラストクロップで再びブリーダーズカップ・クラシックを制する。

 

 

西崎涼子

西崎浩平の妻。

競馬のことはよく知らないし、興味もなかったが、テンペストのことは可愛がっていた。

 

 

西崎の部下たち

西崎が経営する測量会社の社員たち。西崎の父の影響からか競馬好きが多い。中には地方で馬主をしている人、一口をしている人もいる。父ヤマニンゼファーという微妙な血統の馬を所有した時は大丈夫なのかと心配したが、その馬が伝説になったため、その心配は杞憂であった。リーマンショック以降の不況で経営が傾きかけるが、なんとか乗り越えた。

 

 

牧場関係者

 

島本牧場

北海道静内のどこかにある競走馬の生産牧場。繁殖牝馬の数はそこまで多くはないが零細というほどの規模ではない。

牧場長兼社長:島本哲司

その他従業員(家族、親戚が多い)

テンペストクェークが誕生する以前、G1級の馬は生産したことがないが、地方重賞を勝利する馬やなどを輩出し、勝ち上がり率も悪くないため、地方馬主などから評価されていた。馬房のほかに、訓練用のコースがあるなど、1歳馬の育成をある程度は行うことが出来る。

セオドライトの子供たちのおかげで、体力をつけることに成功し、リーマンショック以降の不況を乗り越えることができた。放牧地の改良や育成施設の拡充も行っており、むしろ強くなったようである。

 

 

島本哲也

地元の農業高校の畜産関係学科を卒業後、実家の島本牧場に就職。馬と気持ちを通わせられるとかそういった特別な力はない。体力はあるので、若い労働力として日々奮闘している。馬に関わる一族として、馬を愛しているが、競馬が甘い世界ではないことも理解している。しかし、馬産の仕事を選んだのは彼が馬を愛しているからである。

テンペストクェークのことは、血統や外見のこともあり、心配していた。しかし大人しく、健康体であった彼が、この先の栄光をつかめるようにと一番願っていた。それがまさかあそこまで強くなるとはだれも思っていなかった……

 

 

島本哲司

祖父から引き継いだ島本牧場を経営している。堅実な経営をモットーに、最新の競馬の知識を研究するなど意欲のあるホースマンである。そんな彼が母父サクラチヨノオーの牝馬を購入し、ヤマニンゼファーを種付けしたのはロマンを感じていたからである。それもまたホースマンが故の行動だろう。

テンペストクェークやヤマニンシュトルムが世界で活躍した結果、趣味で配合した馬で世界を獲ったロマンに生きたオヤジと認識されている。

 

 

大野慎

大手の牧場で働いていたが、いろいろあって島本牧場に流れ着いてきた。血統や生産に関して研究を行っており、島本牧場の参謀的存在。税理士の資格も持っているため島本ファームの税務関係の仕事も行っていた。また、投資関係の仕事もしているようで、この人がいなかったら島本牧場はつぶれていたかもしれないといわれるほどの人。

テンペストクェークについては結構いいところまで行くと思っていたが、さすがの彼の眼を以ってしても、世界最強の馬になるとことは見抜けなかったらしい。

セオドライトについては、自身の血統の理論を当てはめることができない異色の牝馬として認識しており、牧場長のロマンを優先してあげている。それ以外については堅実に馬を生産している。

 

 

島本ゆう

島本哲司の妻で、東京の有名大学の商学部を卒業しているエリート。何の因果か北海道の牧場に嫁いできた。テンペストクェークの当歳馬時代の写真集やグッズを制作するなど、商魂たくましい性格をしている。意外と儲けた模様。

 

 

その他の人達

 

 

ディープインパクトの主戦騎手

ディープインパクトに乗り、テンペストクェーク達をたびたび追い詰めた。宝塚記念では絶対に勝てると思った展開からテンペストに逆転された。この時のレースは夢で思い出すほどのトラウマになっている。

テンペスト引退後も騎手の最前線で戦い続けた。年齢によって衰えは見せるが50歳を超えてもGⅠを勝ち続ける姿は、彼が天才であり、努力家でもある証拠であった。テンペストクェークの産駒にもたびたび騎乗しており、彼の強さを、子供たちを通じて感じていた。

 

 

ダイワメジャーの主戦騎手

ダイワメジャーと共にアメリカにまでやってきたベテラン騎手。地方競馬の英雄であり、中央競馬でも結果を残した実力のある名手。走る馬は賢くないという持論を持つが、テンペストクェークについては信じられないほどの賢さを持っていたと語っている。

 

 

テンペストおじさん

テンペストクェークによって人生と運命が狂った人。彼の走るレースを追いかけ続け、仕事も失ったが、テンペストによって稼がせてもらっていた。アメリカ初戦で全財産を失うが、そこから飛行機代や当面の生活費を競馬で稼いだという伝説を持つ。その話は漫画となった。もっぱら狂人の類として認識されている。

一番やばいのは当該人物であるが、テンペストおじさんと呼ばれる人は他にもいるらしく、もはや概念と化している。彼らの持つテンペスト魂、ゼファー魂の横断幕と幟は、産駒が走るたびに掲げられた。テンペストが種牡馬として頑張りすぎたため、ゼファーやテンペストの血統が大して珍しくなくなってしまったため、嬉しい反面、複雑な気持ちを抱えるファンもいるようだ。面倒臭いね。

 

 

JRA関係者

ディープインパクトとテンペストクェークの活躍によって到来した競馬ブームの恩恵を一番受けた人たち。競馬の広報の仕方をライバル対決や国際化という観点で行ったことで第三次競馬ブームと呼べるブームを起こすことに成功した。テンペストを筆頭に日本の馬が海外で勝ちまくったことがこのブームを支えた。テンペスト引退後も牝馬たちの激戦がこの後を引き継いだ。しかしリーマンショックによる不況の影響で、競馬ブームは終息した。このブームでバブル時代の第二次競馬ブームほどではないとはいえ、馬券売上が著しく上昇し、競馬の一般化に成功した。

しかし、オグリキャップに加えて、ディープやテンペストの幻影を追うようになってしまったのは果たして幸せなことなのかはわからない。

 

 

馬主たち

テンペストクェーク達に魅せられ、大いなる夢を抱いた。その道は破滅か栄光か……

テンペストの産駒にはお世話になった人も多い。

 

 

女王陛下

圧倒的な力を見せたテンペストに興味を示したものすごく高貴なお方。テンペストに乗せてもらったこともあり、思い入れのある馬になったようである。もちろん、自分の所有する牝馬にテンペストを種付けした。彼の血を受け継いだ牡馬に活躍してほしいと思うのは、流石に都合のいい夢だと思っていたが、その馬がQE2世Sで勝利したことで、無事脳が焼かれた。

テンペストが英国にやってきたときは、プライベートの時間を作って会いに来ていたようである。

 

 

英国の競馬ファン

障害競走の方が庶民人気は高いとはいえ、自国の女王がお熱になっている平地競走の馬が気にならないわけもなく、その圧倒的なパフォーマンスと賢くて芸達者な面をもつテンペストを気に入ったようである。

古いファンは、マイルから中距離での圧倒的なパフォーマンスにブリガディアジェラードの姿を思い浮かべたようである。

何故か馬術馬として英国に来訪した時は、日本人は頭がおかしくなったのかと思ったようだが、普通に活躍したので、もうこの馬は人間の理解に範疇が及ぶ馬ではないと判断し、脳を焼かれた。

 

 

香港の競馬関係者

QE2世Cの7馬身差で心がおられていた。ただ国際競走としての格もあるため、香港国際競走に出走してきた場合には全力で向かえうつつもりだった。その前に引退したため、少し安心したとか。ただ、彼の妹とその舎弟(ロードカナロア)がお家芸のスプリントを蹂躙していくことはまだ誰も知らなかった。

 

 

アメリカの競馬関係者

ダートで日本の、それも芝の馬にやられたことは結構なショックであった。しかし、アメリカに正々堂々と殴り込んできて勝利をもぎ取っていったファイティングスピリットはたたえていたようである。

テンペストの血統には興味があったが、テンペストという馬がスペシャルなだけで、あくまで芝が中心であるだろうと考えていたこともあり、そこまで熾烈なマネーゲームには参加しなかったが、アメリカに牧場を持つアラブの王族がテンペストの産駒をたびたびアメリカに投入し、波乱を巻き起こした。

 

 

ウルグアイの競馬関係者

ウルグアイ最強の名馬、インヴァソールが4馬身差で敗れたことに衝撃を受けた。そして近い未来、テンペストの直系の子孫が襲来することになるが、それはまた別のお話。

 

 

アラブの競馬関係者

欧州の芝で、アメリカのダートで圧倒的な力を見せつけたテンペストのことを欲しがらないわけもなく、マネーゲームを挑んできた。いろいろあって、テンペストが彼らの完全な所有馬になることはなかったが、それなら自分たちの牧場の牝馬に種付けをして、後継の種牡馬を誕生させればいいだけのことと考えていたようである。その目論見が成功したかどうかは……

 

 

馬術関係者

テンペストクェークに脳を焼かれた人達。現役種牡馬で世界最強の競走馬を馬術競技に出させようとするなど、普通に考えれば狂気とも思える行動を起こした。テンペストの利権が複雑だったため、馬術競技に出場することは不可能だと思われていた。しかしテンペストがテストで馬術馬としての素養が非常に高いことがわかってしまったため、関係者たちは大いに悩むことになった。いろいろあって馬術馬としても登録され、シーズンオフに訓練と大会に出場していた。2012年ロンドンオリンピックに出場し、完璧な馬術を披露してメダルを獲得した。このせいで世界中から意味不明な生命体として認識されるようになり、西竹一以来となるメダルに、全員脳を焼かれた。

 

 

後世の競馬ファンたち

最強馬論争という不毛な争いで競馬場、居酒屋、掲示板で盛り上がる人達。テンペストクェークの成績を見て、なんでこんな馬が日本で誕生したのかと疑問に思っている。マイル中距離部門では文句なしの最強馬であるが、ダートでいつも論争を起こしている。またディープとの比較も争いの種になっている。

テンペストが芸達者だったこと、そして無駄に長生きしたので、彼の映像はたくさんの媒体で残った。そのため、いつの時代にも一定数のファンがついていた。

20年代に流行った擬人化ゲームでは、あまりにも強すぎたことと海外で活躍しすぎたことが原因か、プレイアブルキャラとして登場することができなかった。

 

 

メロン農家

高級メロンの農家たち。テンペストの大好物だったこともあり、便乗していろいろと売り出した。海外にいるテンペストにメロンを届けるため、いろいろな機関と協力して、その販路を開拓した。ニューマーケットの競馬関係者から美味しさが伝わり、女王陛下にも献上されることになった。

 

 

登場馬たち

 

セオドライト

1996年生まれ。栗毛の牝馬。2000年まで中央で走り続け、ケガで引退した。同年に島本牧場に買い取られ、2001年にヤマニンゼファーを種付けした。

2002年にテンペストクェークが誕生。彼を筆頭に産駒が次々と活躍し、日本競馬史上最高の名牝と呼ばれるようになった。

20歳の年に繁殖牝馬を引退。その後は島本牧場のリードホースとして活躍。30歳で死没した。14頭の産駒がいるが、全頭が勝ち上がり、GⅠ馬7頭、重賞馬9頭という途方もない成績を収めている。

ちなみに育児放棄をしたのは主人公のみ。理由は異物感を感じたから。

 

血統のモデルはサクライップニー

 

2002年産駒 テンペストクェーク 牡

父ヤマニンゼファー GⅠ14勝

2003年産駒 牡

父トウカイテイオー JpnⅡ2勝

2004年産駒 ヤマニンシュトルム 牝

父ヤマニンゼファー スプリントGⅠ勝利

2005年産駒 牡

父アグネスデジタル JpnⅢ1勝

2006年産駒 牡

父フジキセキ オープン馬

2007年産駒 牝

父グラスワンダー 条件馬

2008年産駒 牡

父ハーツクライ GⅠ1勝

2009年産駒 牡

父ミホノブルボン GⅠ3勝(英国マイル・スプリントGⅠ)

2010年産駒 牝

父タイキシャトル オープン馬

2011年産駒 牝

父カルストンライトオ 地方競馬で勝利

2012年産駒 牡

父デビットジュニア GⅠ2勝(欧州GⅠ制覇)

2013年産駒 牝

父セイウンスカイ オープン馬

2014年 不受胎

2015年産駒 牡

父ロードカナロア GⅠ2勝(南アフリカで競走馬となった)

2016年産駒 牡

父クレイドルサイアー GⅠ2勝(オーストラリアで競走馬となり、引退後同地で種牡馬となった)

 

 

 

ヤマニンシュトルム

2004年島本牧場で誕生。鹿毛の牝馬。父ヤマニンゼファー、母セオドライト、母父サクラチヨノオー。

テンペストクェークの全妹で、非常に気性が荒いことから、狂乱の暴風娘、破壊神などと恐れられた牝馬。馬体も大きく、550キロ程度あったようである。

同期にウオッカ、ダイワスカーレット、アストンマーチャンなどがいる。

島本牧場時代はそこまで気性は荒くなく、プライドの高い馬だと思われていた程度に過ぎなかったが、育成牧場、そして厩舎に所属してから気性の激しさが増した。原因はプライドが死ぬほど高く、命令されるのが大嫌いだからと分析している。

厩務員や調教助手を病院送りにしており、彼女と接するときはプロテクターやヘルメットで完全防備する必要があるといわれるほどの攻撃性を有していた。同様に他の馬にもあたりが厳しく、年上の牡馬ですら彼女には近づけないほどであったという。

テンペストにわからされた後は、少しいうことを聞くようになり大逃げ一辺倒だった脚質もある程度制御が利くようになり、重賞、GⅠを制覇するようになった。

気性が常に不安定であったが、海外に行こうが、日本にいようが変わらなかったため、ある意味安定はしていた。

騎手は気性難の駆け込み寺となっている彼。シュトルムと共に世界を駆け巡った。命令してくる人間は大嫌いだし、彼のことも大嫌いだけど、他の人間に比べたらマシと思っていたようである。最後にちょっとだけデレてくれたらしい。

同じ厩舎で後輩のカレンチャンとは死ぬほど仲が悪かったらしく、目を合わせるたびに威嚇し合っていたようである。彼女が引退する年に入厩したロードカナロアは、彼女に逆らえず、舎弟にされていたと語られている。栗東のボスであったトーセンジョーダンとも仲が悪く、2頭は絶対に引き合わせるなと関係者たちに通達されていたほどである。

仲がいい馬はほとんどいなかったが、なぜかダイワスカーレットとだけは親しくしていたようである。

引退後は繁殖牝馬になったが、自分の子供を甘やかすため、産駒成績はいまいちだったらしい。ただ子供を守るため、さらに気性が荒くなっており、子育て中は特定の厩務員以外は接触禁止の命令が出ていたほどであった。騎手の彼が再会したのが繁殖牝馬を引退して丸くなった後のことであった。

 

 

ディープインパクト

テンペストクェークの鼻っ面を叩き折ったライバル。生産者、血統、馬主、調教師、騎手、そのすべてが完璧と言われたスーパーエリート。この世界では無敗でクラシックを制し、凱旋門賞も獲った。通算成績15戦14勝(GⅠ8勝)。

その圧倒的なパフォーマンスやメディアの報道から、威圧感満載な馬だと思われているが、馬体は小柄であり、性格も人懐っこい性格だったりする。

テンペストとは種牡馬時代に再会しており、隣同士の馬房だった。シンボリクリスエス・ディープインパクト・テンペストクェークの3頭は放牧地が近かったこともあり、親しくしていたようである。産駒もたびたび激突しており、最後までライバルであった。

 

 

ゼンノロブロイ

先輩のシンボリクリスエスに喧嘩を売って(と噂されている)ボスの座を奪い取った競走馬。いろいろな伝説を残している。ただ、威張り散らすようなタイプではなく、普段は大人しく、人に従順で静かな馬だった。ただ黒くて大柄であるため、威圧感は満載であった。

入厩したてで、キレたナイフとなっていたテンペストを見て、生意気だが面白い奴として目をかけていた。3歳春以降、丸くなり始めていたテンペストに、馬の社会で生き方や強者としてのあり方を教えていた。5歳になり、自分の能力が落ちつつあることを自覚していたため、テンペストに自分の後を引き継いでもらおうと考えていたようである。また、テンペストとたびたび併せ馬を行っており、テンペストが彼の走りを学習・吸収したことで結果的に彼を超一流の馬に育て上げたことになった。

テンペストが彼のことを黒くてデカい馬と認識していた。

種牡馬時代にテンペストと再会。お互いあまり干渉することはなかったが、たまに嘶き合っていたという。

 

 

ダイワメジャー

テンペストクェークと幾度となく戦い続けたライバル。ただ、現役時代は一度も勝つことが出来なかった。再戦の約束をしていたが、果たされることはなかった。BCマイルを制するなど、海外からも高い評価を受けている。

クラシック春の栄光と、病気による挫折。そして復活とテンペスト並みにエピソードが満載の馬だったりする。またテンペストと一緒にいる映像がたくさん残っているため、この世界では人気のあるアイドルホースとなった。気性は荒く、俺様気質だったりするが、負けず嫌いであるため、レースでは真面目であった。

種牡馬時代にテンペストと再会。相変わらずテンペストにうるさく絡んでいたようである。

 

 

アドマイヤムーン

テンペストクェークの後輩でライバル。彼のことを先輩のボス馬として慕っていた。BCターフや香港ヴァースを勝利したこともあり、海外から高い評価を受けている。

オンオフがはっきりしており、普段は大人しい性格である。テンペストと一緒にいる映像がこちらもたくさん残っているため、この世界では人気のあるアイドルホースとなっている。

引退後は青い服で有名な馬主のグループに購入され、種牡馬となった。

 

 

アサクサデンエン

ドバイDFで同じ飛行機に乗ったときから仲良くなった。同じ美浦トレセン出身ということもあり、たまに併せ馬をしたり、曳き運動をしたりしていた。温厚な性格をしていたようで、威張り散らすタイプのボスではないテンペストの近くは居心地が良かったようだ。

 

 

ハーツクライ

2005年の有馬記念はディープに惜しくも敗れたが、2005年のJC、2006年ドバイSC、KGⅥ&QEDSを制した。イギリス遠征では、陣営のミスによってかなり消耗してしまっていたが、テンペストにあおられたことで闘争心が復活。それにより死のキングジョージを制することになった。しかし、その代償は大きく、ディープインパクトと再戦することなく引退することになった。

テンペストのことはむかつく奴という認識で、引退後に再会すると常に威嚇していたようである。ただ、嫌いではないようだ。

 

 

ジョージワシントン

史実ではサラブレッドの宿命を背負ったような生き方をした馬。この世界ではBCクラシック後にケガで引退。その後は英国の田舎の牧場で余生を過ごした。結構イケイケな性格らしく、人を召使のように扱っていたが、テンペスト曰く悪い奴ではないらしい。

 

 

プライド

史実でチャンピオンステークス、香港カップを制した名牝。テンペストと仲が良い牝馬で、実際種付けの相手に選ばれた。産駒は、重賞を勝つことはできなかったが、繁殖入りしている。

テンペストのことは強くて魅力的な牡馬だと思っていたようである。

 

 

ウィジャボード

テンペストと数度対戦した牝馬。香港カップで挑発してきたが、逆にテンペストに挑発し返され、キレていた。香港カップ後に引退し、会うことはないと思っていたが、テンペストが英国に行ったため、種付け相手として再会する。その子供は牝馬であり、勝つことはできなかったが繁殖入りしたそうである。

 

 

エレクトロキューショニスト

ゼンノロブロイを倒して英国際Sを勝利し、2006年ドバイWCを制するなど、中距離で活躍した名馬。死のキングジョージ後、死神の鎌から逃れ、チャンピオンステークスと香港カップでテンペストと激突した。テンペストのことはいい奴だと思っているようだ。種牡馬としてそこそこ活躍し、引退後はひっそりと余生を過ごした。

 

 

スズカフェニックス

高松宮記念でテンペストと同着になった馬。実はマイル中距離ほどスプリントが得意ではないということは世間には知れ渡っていなかったこともあり、全盛期のテンペストに同着になった(安田記念では負けたが)として、史実より評価が高くなった。そのおかげか、マイネルホウオウ以外に重賞勝ち馬を出すことができたとか。

 

 

ディラントーマス

同一年度にキングジョージと凱旋門を獲った凄い馬。テンペストと3回戦い、3回とも敗れているため、評価はやや落としている。BCターフではアドマイヤムーンに敗れ、凱旋門賞で勝利したメイショウサムソンの仇を討たれた。

 

 

スイープトウショウ

天皇賞・秋でゲート入りをごねていたところ、テンペストとゼンノロブロイに早く入れと脅された(と思っている)ため、二頭のことが苦手になったらしい。テンペストは彼女に種付けしたようだが、最初は嫌がられており、地味にショックだったらしい。一応仲直りはできたらしい。やだやだと拒否する気性難であるが、人に襲い掛かったりするような馬ではなかったとのこと。テンペストとの子供は、素質のある馬だったが気性が荒く、1着か大敗かを繰り返すような馬だった。

 

 

カーリン

ジョッキークラブGCS、BCクラシックでテンペストと激突したアメリカの馬。プリークネスSを勝利したものの、2着や3着が多く、歯がゆい結果が続いていた。BCクラシックでは、米国最強馬であるインヴァソールには勝利したものの、信じられないパフォーマンスを見せたテンペストに敗れた。翌年ドバイWCを圧勝し、GⅠ競走を次々に勝利したが、AWとなったBCクラシックでは4着と敗れた。二度とプラスチックの上を走らせるなと激怒したとかなんとか。

 

 

インヴァソール

ウルグアイで三冠馬となり、アメリカにやってきた最強馬。BCクラシック、ドバイWCを勝利しており、2007年時点でダート最強馬だった。史実で引退に追い込まれたケガが軽傷であったため、現役を続行した。ウッドワードSでテンペストに勝利したが、自分の走りを彼に吸収されてしまい、BCクラシックでやり返された。

 

 

ヤマニンゼファー

産駒の成績は芳しくなく、競馬の歴史に消えつつあった平成初期の名馬。種牡馬引退間近の晩年にテンペストクェークとヤマニンシュトルムという最強クラスの馬を世界に送り出した。種牡馬テンペストクェークが世界中で暴れまわったため、数十年後の世界では、ゼファー、ニホンピロウイナー、ハビタットの血統はそこまで珍しいものではなくなってしまったらしい。

 

 

サクラチヨノオー

マルゼンスキー産駒で日本ダービーを制したサクラ軍団の名馬。ゼファー同様、後継に恵まれなかったが、セオドライトという世界最高峰の名牝を世に送り出したことで、その名前を世界に刻んだ。

 

 

マルゼンスキー

テンペストの能力の源はこいつなんじゃないかとまことしやかにささやかれている昭和の名馬。あの時代にテンペストクラスの能力がある馬がいたと考えると、そりゃあ誰も勝てねえよと改めて認識したとかしないとか。

 

 

ニホンピロウイナー

マイルの皇帝。無敗の三冠馬であるシンボリルドルフでも、マイルではかなわないと言わしめたマイル路線の開拓者。勘違いしがちだが、ミスターシービーの世代である。テンペストも無敗の三冠馬と比較されているので、祖父の姿を思い描いた人も多いようだ。

 

 

ハビタット

1970年代に英国のマイル路線で活躍した。産駒も優秀だったが、後継になりうる大種牡馬がいなかった。テンペストやその子供たちが世界中で暴れたため、数十年後にはそこまで珍しい血統ではなくなってしまった。

 

 

藤山厩舎の馬たち、美浦トレセンの馬たち

テンペストがボスとして君臨した同じ時代に厩舎とトレセンにいた馬たち。最初はキレたナイフのようなテンペストを怖がったり、近づかないようにしていたが、丸くなり、ボスとしての風格が身についてからは、慕うようになっていった。

大人しい馬は、威張り散らさないテンペストの近くを気に入っていた。逆にダイワメジャーのように気が強い馬たちも、偉ぶってこないテンペストのことは気に入っていたみたいである。ただ、圧倒的な馬格と威圧感、賢さを持つテンペストに喧嘩を売るようなことはできないと本能的に察していたため、テンペストをボスと認めていた。また、テンペストは喧嘩や争いの仲裁も積極的に行っていたため、そこから慕うようになった馬も多い。

彼が引退していなくなった後は、し烈なボス争いが美浦や厩舎で勃発したようである。

 

 

テンペストの産駒たち

たくさん種付けした結果、たくさんレースで勝利した。そして後継種牡馬となった馬もたくさんおり、その馬たちが世界中に彼の血統をばらまいた。その結果、ハビタット系から独立してテンペストクェーク系が誕生するほどになってしまい、数十年後には特に珍しくない血統になってしまった。

 

 

 

 




足りない人や馬もいると思うので、思いついたらその都度更新していきます。


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Wikipedia風

テンペストクェーク(競走馬)

 

テンペストクェーク(欧字名:Tempest Quake 香:天災地変 2002年(平成14年)3月‐2037年8月)は、日本のサラブレッドである。

 

 

テンペストクェーク

現役期間 2004-2007

欧字表記 Tempest Quake

香港表記 天災地変

品種 サラブレッド

性別 牡

毛色 鹿毛

生誕 2002年3月

死没 2037年8月(35歳没)

登録日 2004年12月

抹消日 2007年12月

父 ヤマニンゼファー

母 セオドライト

母の父 サクラチヨノオー

生国 日本

生産者 島本牧場

馬主 西崎浩平

調教師 藤山順平

調教助手 本村昭文

厩務員 秋山元彦

 

競走成績

タイトル 

JRA賞年度代表馬(2006年・2007年)

最優秀4歳以上牡馬(2006年・2007年)

最優秀短距離馬(2005年・2006年・2007年)

最優秀父内国産馬(2005年・2006年・2007年)

カルティエ賞年度代表馬(2006年)

カルティエ賞最優秀古馬(2006年)

エクリプス賞年度代表馬(2007年)

エクリプス賞最優秀古牡馬(2007年)

顕彰馬

 

生涯成績

22戦18勝

中央競馬12戦9勝

(イギリス)3戦3勝

(アイルランド)1戦1勝

(UAE)1戦1勝

(香港)2戦2勝

(アメリカ)3戦2勝

 

獲得賞金 20億1727万1910円

(中央競馬)7億6115万9000円

(イギリス)638,775ポンド

(アイルランド)599,900ユーロ

(UAE)300万USドル

(香港)2000万香港ドル

(アメリカ)324万USドル

 

WTRR

M/I 123 2005年

I 139 2006年

I 141 2007年

 

勝ち鞍

GⅠ 天皇賞(秋) 2005年

GⅠ マイルCS 2005年

GⅠ ドバイDF 2006年

GⅠ 宝塚記念 2006年

GⅠ インターナショナルステークス 2006年

GⅠ アイリッシュチャンピオンステークス 2006年

GⅠ クイーンエリザベス2世ステークス 2006年

GⅠ チャンピオンステークス 2006年

GⅠ 香港カップ 2006年

GⅠ 高松宮記念 2007年

GⅠ クイーンエリザベス2世カップ 2007年

GⅠ 安田記念 2007年

GⅠ ジョッキークラブゴールドカップ 2007年

GⅠ ブリーダーズカップ・クラシック 2007年

GⅡ 毎日王冠 2005年

GⅡ 中山記念 2006年

 

 

概要

競走馬として、2007年(平成19年)に日本調教馬として初めてブリーダーズカップ・クラシックを勝利した。2007年(平成18年)には、公式レーティングで歴代世界ランキング1位の評価を受けた。

種牡馬としては、日本・英国・アイルランド・アメリカで活躍し、2017年・2018年英・愛リーディングサイアーを獲得した。

2006年・2007年に連続でJRA賞年度代表馬・最優秀4歳以上牡馬を受賞した。2006年には、日本馬として初めて欧州年度代表馬を受賞し、2007年に日本馬として初めてエクリプス賞年度代表馬を受賞した。

 

 

経歴

 

島本牧場時代

 

種付け

島本牧場の牧場長島本哲司の希望により、2000年に購入した父サクラチヨノオーの繁殖牝馬セオドライトとヤマニンゼファーとの交配が行われた。この配合は哲司の趣味であることがのちの取材で判明している。

 

誕生

2002年(平成14年)3月、北海道の島本牧場にて誕生。誕生した日、島本牧場付近は、発達した低気圧に覆われ、猛烈な暴風雪に覆われていた。また、誕生して数分後に震度4程度の地震にも見舞われた。このエピソードがテンペストクェーク(暴風+地震)の名前の由来となった。

牧場長の島本哲司は、生まれたばかりの同馬を見て、足が外向気味であったが、いたって普通のサラブレッドであったと語っている。

 

当歳馬~育成牧場時代

テンペストクェークは母馬から育児放棄を受けたため、牧場スタッフに育てられた。その影響か、他の馬との接触を嫌がるようになり、いつも一人で空を眺めていたりしていた。また、足が外向気味で、外見も貧乏臭かったこともあり、牧場側としてはあまり期待していなかったと語られている。しかし、追い運動では優れたスピードを見せており、生垣を飛び越えるなど、高い身体能力を有していることが徐々にわかってきており、いいところまで行けるのではないかと思っていたスタッフもいたようである。

2003年の夏に、西崎浩平によって購入された。決め手は、島本牧場に併設されている乗馬の障害コースを楽しそうに走っている姿を見て面白い馬だと思ったからだと西崎は語っている。取引金額は約750万円であった。

2003年秋に、島本牧場の近くにある育成牧場である〇△牧場に入厩。馴致訓練で全く手がかからないこともあり、育成担当スタッフは賢い馬だったと指摘している。また、身体能力も同期の他の馬に比べて優れており、心配されていた馬群嫌いも、調教では見せることもなかったため、期待馬の1頭となっていた。

 

藤山厩舎に入厩

2004年の初夏に美浦トレーニングセンターの藤山順平厩舎に入厩し、本村昭文調教助手と秋山元彦厩務員が担当することになった。育成牧場でテンペストクェークを見た藤山は、スピードや瞬発力には光るものがあると感じ、引き受けた。しかし、馬格は立派だが、どことなく貧乏くさい外見をしていたこともあり、本当に大丈夫かと自分の相馬眼を疑ったという。

入厩後、坂路トレーニングで好タイムをだしており、藤山は重賞も考えられると思ったようである。また調教にも従順で大人しい性格もあってか、手のかからない馬と厩舎スタッフから思われていた。ただ、馬体の成長がやや遅かったこともあり、デビューは12月にもつれ込んだ。

 

 

2歳―3歳春

 

2歳新馬戦

テンペストクェークは、2004年12月12日中山競馬場第5競走の2歳新馬戦(芝2000メートル)で厩舎所属の騎手である高森康明を据えてデビュー。高森は同馬に乗る前に「GⅠの舞台に立ちたいか」と聞かれたという。高森は12月まで、同馬の調教に参加していなかったため、調教師にそこまで言わせる馬なのかと思ったと語っている。

レースでは、好スタートを決めると先頭に立ち、そのまま後続を引き離して3馬身差で勝利した。新馬戦の勝利を祝う一方で、ここからテンペストクェークの逃げたがる気質との戦いが始まったと藤山は語っている。

この1戦で2歳シーズンを終えた。

 

3歳春

年が明け、3歳となったテンペストクェークの2戦目は、2005年1月30日に中山競馬場第9レースのセントポーリア賞であった。藤山は関西に遠征し、若駒ステークスに出走させる予定であったが、同馬がレース中に鞍上の指示に従わないという課題が露呈したため、条件戦に変更した。

レースは、スタートで鼻を切るとそのまま先頭でレースを進めた。2着に1馬身差まで詰め寄られるも、逃げ粘り勝利した。しかし、このレースでも鞍上の指示に従わず、好き放題に逃げてしまったため、クラシック本番に不安を残す結果となった。

 

次走には皐月賞トライアルの第42回弥生賞に出走。このレースには、若駒ステークスを衝撃的な末脚で勝利し、「三冠は確実」と言われているディープインパクト、2歳王者マイネルレコルト、京成杯勝ち馬のアドマイヤジャパンも出走しており、前哨戦というにはハイレベルなメンツがそろっていた。

レースは、前走と同じようにスタートから逃げ続け、向こう正面で数馬身差をつけて独走していたが、ラストのゴール前でディープインパクトに捉えられて2着となった。レース後、藤山はディープインパクトに敗れはしたが、初の重賞で2着になったことは評価していた。しかし、テンペストクェークの逃げの気質、そして騎手の指示に従わない気性の悪さについては早急に改善しなければならないと本音では思っていたと語っている。

 

4戦目は第65回皐月賞に出走した。レースは、ディープインパクト共々出遅れてしまい、ほかの馬から3馬身ほど離れた後方からの競馬になった。第1コーナー付近で掛かるそぶりを見せていたが、高森がそれを抑え込み、後方からの競馬を進めることになった。このとき、鞍上の高森は、「テンペストに競馬というものを教える必要があった。彼の本来の強みである抜群の末脚を発揮させるには、ここで我慢させる必要があった」と語っている。第4コーナーを過ぎたあたりで外に出すと、そのまま大外を回って直線で加速。前を行くディープインパクトを追走するも、半馬身差で敗れた。藤山は、3着には5馬身差をつけており、ディープインパクトに半馬身差まで迫ることができたと評価し、これからもっと活躍できると確信したという。

 

5月29日の東京優駿では、第4コーナーまでは中団後方でレースを進め、ラストの直線でスパートをかけるも、残り200メートル付近で失速。6着に敗れた。距離が長かったことが敗因であると分析しており、今後は2000メートル以下のレースに出走させることにしたという。本レースがテンペストクェークの競走成績で連対および掲示板を外した唯一のレースとなった。

 

その後、テンペストクェークは休養という名目で島本牧場に戻り、英気を養った。ディープインパクトに迫った馬として知名度が向上しており、重賞未勝利の馬なのに人気があったと牧場関係者は語っていた。

 

3歳秋

テンペストクェークは、9月上旬に美浦トレセンに戻り、調整を続けた。

秋の初戦は10月9日に東京競馬場で開催された毎日王冠であった。天皇賞・秋を目指す同馬にとって勝利しておきたいレースであった。

レースでは、好スタートでそのまま中団後方で待機すると、第4コーナー付近で大外に抜け出し、直線で鞭を入れるとそのまま加速。上り3ハロン32.4の脚で、先頭を走るサンライズペガサスを残り100メートル付近で抜き去り、1馬身半差で優勝した。高森は、テンペストクェークは古馬と対等に戦える実力を身に付けていると思ったと語っている。本レースの勝利は、馬主の西崎にとっても初の重賞勝利であった。

 

そして次走の天皇賞・秋では毎日王冠の勝ちっぷりが評価され4番人気に支持されていた。調教でも調子のよさを見せており、高森も「同期の三冠馬には負けていられない」と自信のある発言をしていた。

レースは、中団でゼンノロブロイをマークするように外を回って走り、第4コーナーで外を回って、直線に入った。そのまま先頭になると、後続の猛追を振り切って2着のヘブンリーロマンスに1馬身差で勝利した。テンペストクェークはGⅠ初勝利を飾り、騎手の高森、調教師の藤山、馬主の西崎も初のGⅠ勝利を手にした。特に、高森は47歳にして初のGⅠ勝利であった。

 

3歳シーズンのラストレースは、11月20日に京都競馬場でおこわなれたマイルチャンピオンシップであった。前走から中3週間での出走であったが、調教のタイムもよく、1番人気で本番を迎えた。

レースは、第4コーナーまで中団で待機し、直線で外に抜け出して、そのまま前を走るダイワメジャーを差し切って優勝した。毎日王冠、天皇賞(秋)、マイルCSを同一年度に連勝するのは初の記録であった。

この勝利が評価され、香港マイルを勝利したハットトリックを抑えてJRA賞最優秀短距離馬を受賞した。同様に、最優秀父内国産馬も受賞した。

12月に〇△育成牧場に向かい、休養と調整を行った。

 

 

4歳(2006年)前半

 

ドバイデューティフリー

2006年1月、藤山はドバイミーティングへの遠征とその前哨戦として中山記念を走ることを表明した。2月に招待状が届き、ドバイデューティフリーへの挑戦が確定した。

前哨戦の中山記念は、一番人気で本番を迎えると、重馬場にも関わらず、逃げ粘るバランスオブゲームを差し切って1馬身差で勝利した。

 

3月16日にドバイミーティングに出走予定のハーツクライらとともに関空からドバイに出国した。3月25日、レース本番では、先頭から4番手付近からの競馬となった。直線に入って残り400メートル付近で抜け出したデビットジュニアとの叩き合いとなったが、残り200メートル付近でテンペストクェークが抜け出すと、そのまま後続に5馬身をつけて勝利した。同レースは、日本調教馬での初勝利であった。

レース後は安田記念を念頭に置いた計画を立てていたが、藤山が「テンペストクェークならディープインパクトにも勝てる」旨の発言をしたことで、宝塚記念への出走が決まった。藤山は「そんなことは言っていない。あくまで、『どのレースに出ても勝てる』といっただけ」と語っている。

 

宝塚記念(詳しくは 第47回宝塚記念 を参照)

陣営の宣言通り、テンペストクェークは6月25日京都競馬場で開催となった第47回宝塚記念に出走した。天皇賞(春)を勝利し、GⅠを5連勝。重賞を8連勝中のディープインパクトと激突することになった。ファン投票ではディープインパクトが15万票、テンペストクェークが12万票を集めた。

当日の天候は大雨で不良馬場に近い重馬場であった。返し馬で騎手の高森を振り落とすというハプニングがあったが、馬、騎手ともに問題なくレースが始まった。スタート後、後方集団で競馬を進め、第4コーナー付近で馬群に包まれたものの、直線で馬群の中央を突破し、先頭を走っていたディープインパクトを猛追、ゴール前で差し切ってアタマ差で勝利した。

騎手の高森は「最後の最後に、もう少し頑張ってくれと鞭を入れたら、テンペストが反応してくれた。文字通り死力を尽くした戦いだった」と語っている。

 

 

4歳後半(欧州遠征)

宝塚記念後、馬主の西崎はテンペストクェークを、英国で開催されるインターナショナルステークスに出走させることを表明した。7月下旬に出国し、ニューマーケットで調整を行うことになった。

 

8月22日、欧州遠征の初戦となったインターナショナルステークスでは、後方待機策を選択し、最後方2番手で競馬を進めた。直線に入ると4ハロン付近で加速し始め、残り2ハロン付近で先頭に立った。他馬が外ラチ沿いを走るのを横目に内ラチを走り続け、後続に12馬身もの差をつけて優勝した。この着差は同レース最大着差であった。「少しスパートが速かったと思ったが、特に苦しそうにもしていなかったので、そのまま走らせたら、大差になった」と高森は勝利後のインタビューに答えている。このレースの勝利で、公式レートは139ポンドを獲得し、単独1位となった。

 

次走は9月9日、アイルランドのレパーズタウン競馬場で行われるアイリッシュチャンピオンステークスに出走した。愛ダービーを勝利したディラントーマスや2004年カルティエ賞年度代表馬に輝いたウィジャボードなどが出走予定であった。

レースは、4番手付近で競馬を進め、最後の直線で先頭争いを繰り広げていたディラントーマスとウィジャボードを最内から差し切って優勝した。第4コーナー付近で、前と外側をふさがれる形になったが、最内を強襲しての勝利であった。

 

3戦目は9月23日、アスコット競馬場で行われるクイーンエリザベス2世ステークスに出走した。このレースには英2000ギニーを勝ったジョージワシントン、愛2000ギニーを勝利したアラーファを筆頭に、欧州のマイルGⅠ馬8頭を含む11頭が集結。合計12頭でのレースとなった。

レースでは、スタートで躓き、3,4馬身ほど遅れてスタートとなったが、最終コーナーで最後尾に追いつき、そこから外を回って、最終直線に入り、上り1ハロン10秒という驚異的な末脚で前を走る11頭を差し切っての勝利であった。このレースの勝利によって、2006年当時の欧州最強マイラーの地位を確立した。

 

4戦目は10月14日にニューマーケット競馬場で行われるチャンピオンステークスに出走した。このレースにも、デビットジュニアやディラントーマス、エレクトロキューショニスト、英ダービーを制したサーパーシー、サンクルー大賞を勝利したプライド、2005年凱旋門賞制覇のハリケーンランなど、GⅠ馬10頭が出走を表明した。事実上の欧州中距離最強馬決定戦となった同レースは、ラスト3ハロンでテンペストクェークとエレクトロキューショニスト、レイルリンクの3頭の叩き合いとなったが、ゴール直前で内側からプライド、外側からデビットジュニアもなだれ込み、5頭がほぼ同時のタイミングで入線した。ビデオ判定の結果、鼻差8センチでテンペストクェークが勝利した。

これでテンペストクェークはGⅠ競走を8勝し、これまで最多とされてきた7勝のシンボリルドルフ、テイエムオペラオーを上回り、歴代最多記録を更新した。欧州GⅠ4連戦4連勝が評価され、この年のカルティエ賞年度代表馬、最優秀古馬を受賞した。日本馬が同賞を受賞するのは史上初めてである。

11月にはイギリスのエリザベス女王がニューマーケットに訪問し、その際にテンペストクェークに乗馬している。このため、女王陛下のテンペストクェーク号と呼ばれた。

 

欧州遠征後、テンペストクェークは香港国際競走に招待され、香港カップに出走することが決まった。ここにはチャンピオンステークスを走ったメンバーも出走を表明しており、日本からはアドマイヤムーンとディアデラノビアが出走する予定であった。

レース当日は1番人気で迎えたが、パドックで馬っけを出すなど、入れ込み具合が心配された。レース本番は、第4コーナーまで先頭から4番手で競馬を進め、直線で先頭になると、そのまま1馬身差で勝利した。

 

帰国後は育成牧場で休養しつつ、1月には福島のリハビリテーションセンターに入厩して、英気を養った。

この年、テンペストクェークは、8戦8勝。GⅠ7勝が評価され、JRA賞年度代表馬、最優秀4歳以上牡馬、最優秀短距離馬、最優秀父内国産馬を受賞した。また、騎手の高森も年間GⅠ勝利数の最多記録を更新したこともあり、特別賞を受賞している。

 

 

5歳春(2007年)

 

5歳になったテンペストクェークの目標は、父ヤマニンゼファーが達成できなかった、短距離マイル中距離の3階級GⅠ制覇と親子3代安田記念制覇であった。そのため、最初の目標として掲げられたのが短距離GⅠ高松宮記念制覇であった。その前哨戦として阪急杯を選択したものの、熱発で回避となった。

3月29日、中京競馬場で行われた高松宮記念では、初のスプリントではあったものの、1番人気に支持された。レースでは、中団前方で道中を過ごし、第4コーナーで外から仕掛けた。同様のタイミングで仕掛けたスズカフェニックスが先頭に立つもゴール板手前で追いつき、同タイミングで入線した。ビデオ判定の結果同着となり、2頭が勝利することになった。この勝利により、GⅠの連勝記録が8勝となり、ロックオブジブラルタルの持つ7勝を更新した。藤山は、「スプリント戦はマイルや中距離に比べたら得意な距離ではないけど、しっかりと走ってくれた」と引退後に語っているが、3着には3馬身差をつけており、スプリント戦でもかなり高い能力があることを見せつけている。

 

次走は香港の沙田競馬場で行われるクイーンエリザベス2世カップであった。ドバイDFを勝利したアドマイヤムーンが出走していたが、ラストの直線手前で先頭に立つと後続を引き離し、7馬身差で勝利した。調教前に調子のよさを見せていたテンペストクェークに対して、現地のメディアは「実質2着を予想するレースだ」と評価し、それが実現した形となった。

 

春シーズンのラストは、親子三代制覇を掲げて安田記念に出走した。チャンピオンズマイルを勝利したダイワメジャーが出走していたが、ここでも1番人気に支持された。レースでは、第4コーナーまで中団で待機し、直線で外から仕掛けた。コンゴウリキシオーを交わして先頭となったダイワメジャーをゴール前で差し切り、優勝した。この勝利でGⅠ10連勝を達成した。ダイワメジャーの鞍上も、「先行押切の理想的な競馬だった。あそこから大外一気で差し切られたら打つ手がない」とコメントを残しており、お手上げの状態であったという。

レース後、陣営はブリーダーズカップ・クラシック制覇を目標に、アメリカ遠征を表明した。この動きに同調し、ダイワメジャー、アドマイヤムーンもブリーダーズカップへの出走を表明し、日本馬3頭による遠征が行われることとなった。6月中旬からは、テンペストクェークは島本牧場で休養と調整を行った。

 

5歳秋

 

7月に美浦に戻ると、そのままダイワメジャー、アドマイヤムーンとともにアメリカへ出国した。モンマスパーク競馬場の厩舎に入厩し、8月から本格的な調教を開始した。

 

遠征初戦はサラトガ競馬場で行われるウッドワードSに出走した。昨年のブリーダーズカップ・クラシックを制し、ここまでGⅠを6連勝中のインヴァソールが出走しており、ハイレベルな戦いとなった。レースは先行集団で競馬を進め、直線で抜け出すものの、先に仕掛けたインヴァソールを捉えきれず2着となった。藤山は「初のダートで2着は十分評価できる」とコメントを残しているが、このコメントは、アメリカのダートに完全に適応できていなかったことを隠すためのブラフであったと語っている。

 

2戦目はベルモントパーク競馬場で行われるジョッキークラブGCに出走した。テンペストクェークがダートに慣れるため、日程が厳しくなるが出走することにしたという。このレースには、プリークネスSを勝利したカーリンが出走していたが、ラストの直線で外から差し切って勝利した。日本調教馬のアメリカのダートGⅠ(海外ダートGⅠ)の初勝利であった。

 

そして最終戦は、10月27日、モンマスパーク競馬場で開催されたブリーダーズカップ・クラシックであった。同レースにはインヴァソール、ストリートセンス、ラグズトゥリッチズ、カーリンなどが出走しており、ハイレベルな一戦となった。レース当日は連日の雨により、コースに水溜りが発生するほどの馬場状態であった。

テンペストクェークはインヴァソールに次ぐ2番人気でレースを迎えた。レースは先頭から5,6馬身ほど離れた中団の後方で進め、第4コーナーで仕掛け始めた。外を回って直線に入ると残り2ハロンで先頭に立ち、そのまま後続を引き離して4馬身差で勝利した。勝ち時計2.00.22はトラックレコードであった。

このレースでの勝ち方を評価され、タイムフォーム誌は歴代1位のシーバードを上回る148ポンドという評価を与え、公式レートは歴代1位のダンシングブレーヴと同様の141ポンドが与えられた。

このレースの数日後、西崎によってテンペストクェークの引退が発表された。勝利したGⅠは14勝で内国際GⅠ9勝。重賞は16勝という数多くの日本記録を更新しての引退であった。

引退式は12月に東京競馬場で行われ、10万人以上のファンが駆け付けた。

翌年に2007年度JRA賞年度代表馬、最優秀4歳以上牡馬、最優秀短距離馬、最優秀父内国産馬を受賞。すべて2年連続であった。また2月には米国のエクリプス賞年度代表馬と最優秀古牡馬を受賞した。これで日本、欧州、米国の3か国で年度代表馬となった。

 

引退後の動向については、1月初旬に決まり、60億円(1億円×60株)のシンジケートが組まれ、日本で種牡馬となることが決定した。ディープインパクトの51億円を超える日本最高価格となるシンジケートであった。(詳しくはテンペストクェークのシンジケートを参照)

 

競走成績

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

種牡馬時代

 

2007年12月に競走馬登録が抹消され、2008年から北海道で種牡馬となった。厩舎ではライバルであったディープインパクトの隣の馬房があてがわれたという。

 

初年度の種付け料は、800万円とシンジケートの額にしては比較的安値であったが、これは西崎の要望があったためである(詳しくはテンペストクェークのシンジケートを参照)。初年度は日本国内外から牝馬が集まり200頭に種付けを行った。

 

その後、毎年200頭以上に種付けを行い、数億円で取引される産駒も現れる中、2011年7月に初年度産駒がデビューした。2歳重賞の勝ち馬は現れなかったが、JRAで15勝をマークした。

2012年は、GⅠを制する馬が誕生し、期待に応えてみせた。

 

2014年からアイルランドの牧場で種牡馬として繋養される。

 

2017年から英国の牧場で種牡馬として繋養される。

 

2020年からアメリカの牧場で種牡馬として繋養される。

 

2022年に日本へ帰国し、種牡馬として繋養される。

 

2026年(24歳)で種牡馬を引退。

2030年にラストクロップがブリーダーズカップ・クラシックを制覇。

 

 

最期

 

2037年8月、繋養先の牧場で死亡が確認された。眠るように亡くなっており、老衰であった。35歳没。

JRAは9月のレースでテンペストクェーク追悼競走を実施、全国の競馬場で記帳台が設置され、数多くのファンが訪れた。

死亡のニュースは世界に報じられ、追悼を受けた。英国では王室がコメントを発表するなど、大きく報じられ、テンペストクェークの産駒が走る世界中の競馬開催国で追悼競走が実施された。

その後、島本牧場にテンペストクェークの墓が置かれることになった。

 

 

競走馬としての特徴

 

レーススタイル

新馬戦から弥生賞までは典型的な逃げ馬であったが、皐月賞以降は差し、追込みを得意とするようになった。ラストの直線で一気に差し切るというレーススタイルが基本であるが、先行策からの好位抜出で勝利したレースも多く、変幻自在の脚質を有していた。これは後述するテンペストクェークの操縦性の良さに起因するものであるといえる。

 

テンペストクェークの強み

スピードについて、調教師の藤山は、「並のGⅠ馬では太刀打ちできない。快速馬にふさわしいスピードがあった。この辺りはニホンピロウイナーやヤマニンゼファーのものを受け継いでいる」と述べており、非常に優れたスピードを有していた。

 

瞬発力について、騎手の高森は、「スローペースでもハイペースでも、鞍上の合図とともに一気にトップスピードに持っていくことができる。間違いなく歴代最強」と語り、「テンペストの走りは車と似ている。アクセルを一杯に踏み込んで一気にトップギアに持っていくような感じ。私の乗る愛車と同じようなイメージでラストスパートは走っていた。ちゃんと加速に対する準備をしないと、間違いなく振り落とされる」と語っており、加速力は随一だったことがうかがえる。また、「トップギアに入った後、ラスト200~100メートルくらいでもう一回加速することができた。この段階に入るとどんな馬場でも1ハロン10秒くらいで駆け抜けることができた」と語っており、テンペストクェークの末脚の強さを評価している。同様に藤山も「末脚のキレは歴代最高。しかも途中で失速することが一度もなかった。一度鞭を入れれば、一気にトップスピードに持っていき、そのままゴールまで飛んでいくことができた」と圧倒的な瞬発力によって生み出される末脚を高く評価している。

 

また、宝塚記念の重馬場や欧州の洋芝、ブリーダーズカップ・クラシックの不良馬場など、パワーの必要な馬場でも結果を残している。高森は、こっちの馬場の方が走れている気がすると発言しており、力のいる馬場でもいかんなく能力を発揮できた。実際、クイーンエリザベス2世Sでは上がり1Fを10秒で駆け抜けている。

 

総評すると、現代競馬で求められるスピード、瞬発力、パワーの3要素すべてがとびぬけた能力を持っている馬であった。

 

 

身体的特徴

レース時の体重が520~530キログラムで推移しており、大柄な体格をしている。4歳以降は520キログラムで出走していることが多く、この体重がベストであったと語っている。馬格が大きいため、他馬と接触しても全く怯むことがなかったと高森は語っており、叩き合いに強いのもこの体の大きさがあるからだと高森は語っている。大柄馬でありながら、故障とは縁がなく、非常に頑丈であった。厳しい日程で走り抜けた欧州遠征もケガをすることなく走り切ったことで、アイアンホースとも呼ばれていた。このタフさと頑丈さは産駒たちにも受け継がれている。

 

体質はかなり強く、熱発で阪急杯を回避した以外は、常に万全の状態でレースに出走していた。またヨーロッパやアメリカなど、世界各国を巡りながらも、全く体調を崩すことがなかった。厩務員の秋山は、「どんな土地に行ってもすぐにそこの食事と水になじむ。飛行機の上で平気で爆睡して、向こうに入厩してガツガツと飼い葉を食べていた」と語っており、身体そのものが強靭であった。

 

馬格は、短距離馬に見られるような胴の詰った体型をしているが、非常に柔軟性が高く、バネがあること、後述の距離や馬場状態によって走法を変えることができるため、2000メートル以上の中距離も走ることができた。

蹄については、大きな特徴を持っているわけではなかったが、とにかく頑丈さと再生力が普通の馬とは違った。あれだけの衝撃がかかる走り方(これも4歳以降に改善されるのだが)をしておきながら、ダメージがほとんど入らない。仮に傷がついてもすぐに戻っている、裂蹄とは無縁の馬だったと装蹄師は語っている。

 

総評すると、非常に頑丈な馬だったことがうかがえる。

 

 

走法の特徴

テンペストクェークの走法は変幻自在の一言に尽きる。決まった走り方が存在しておらず、レースの条件や展開、状況に応じて常に可変であったといわれている。高森と藤山は「テンペストクェークの走り方は無限である」と述べている。これはテンペストクェークが距離やコース、馬場状態で走り方を変えていることを意味している。この走法を変えることができる能力が、テンペストクェークの万能性の正体であると語っている。

スパートのとき、コーナーを走っているとき、坂を上るとき、スプリント戦、マイル戦、中距離戦、馬場状態。条件によってストライドの大きさが明らかに変化していることが分かっている。特に宝塚記念後はレースごとにストライドの長さが異なっていた。

発達した筋肉と頑丈な四肢と蹄によって、地面を蹴り上げる力が通常の馬に比べて強かったこと。上下左右のバランスが良く、全くぶれることがない体幹を有していたこと。非常に柔軟性が高かったこと。これらのすべての強さを持っていたことが、テンペストクェークの可変ともいえるストライドの多様性をもたらしたと評価されている。

 

ストライドだけでなく、レース中の脚さばきについても大きな特徴があった。「四肢が通常の馬に比べて頑丈であったことは間違いないが、ここまでケガが少ないのは、地面への着地と蹴り上げの脚さばきに秘密がある」と調教助手の本村は語っている。テンペストクェークは、宝塚記念までは蹄鉄の消耗が激しく、脚を芝に叩きつけるような走り方をしていた。しかし、同レース以降は地面に無駄なく着地し、バランスよく蹴り上げるようになったという。ディープインパクトも蹄鉄の消耗が少ない馬だったこともあり、2頭の走法を調査した結果、馬格や走法そのものは異なるが、着地時の脚さばきや蹴り上げるタイミングなどが似通っていることが判明している。これは後述するように、テンペストクェークがディープインパクトの走り方を学習して、それを自分なりにアレンジして身に着けたものではないかと言われている。

 

 

知能・性格・気性

 

高森は「とても賢い。我々人間が思っている以上にテンペストクェークは物事を考えることが出来ている」と評価している。厩務員の秋山も「人間の感情や雰囲気を察する能力が馬とは思えないほど高い。自分の名前を理解していたし、人間の顔も間違いなく記憶している。本当に頭がいい」と述べている。

テンペストクェークが世界中で圧倒的なパフォーマンスを見せ、どのような馬場でも問題なく戦えた要因として、「学習能力の高さ」を高森は語っている。「3歳の夏にかけて、ゼンノロブロイと併せ馬をするようになった。そこからぐっと能力が伸びた」と語っている。また「宝塚記念の後に走り方が微妙に変わっていた。間違いなくディープインパクトから何か吸収したと思う」とも述べている。「他の馬の良いところを学習して、それを自分なりにアレンジして身に着ける能力がある。いうならば見稽古に近い能力を持っている」と評価している。藤山もこの能力は認めており、「米国のダートにならすために前哨戦を2戦使った。インヴァソールやカーリンといった強い馬から走り方を学習したことがBCクラシックの圧勝につながった」と語る。

 

性格は基本的に温厚で優しい性格をしているが、やんちゃなところもあったという。しかし、不機嫌な時でも絶対に人間にかみついたり、蹴り飛ばしたりすることはなかったという。「香港カップの時に、馬っけを出したテンペストをちょっとからかったら、痛くない程度にけられました。こういうことが出来る馬なんです」と秋山は述べている。

その一方で闘争心の強く負けず嫌いな性格をしていたと藤山は語っている。「勝ち負けの重要性を理解していた。負けるのが大嫌いで勝つのが大好きな馬だった。競馬という勝負事を理解していた」と言われており、その闘争心の高さを評価されている。実際、ディープインパクトに敗北した時は、ずっと睨み付けていたうえ、宝塚記念の際にも、以前に負けたことを覚えていたように、同馬を見続けていたという。

この闘争心の高さが、勝負根性の高さにつながっており、「前に馬がいると、絶対に抜かそうとするし、後ろから馬が迫れば、絶対に抜かせないように走った。あきらめるという選択肢は彼にはなかった」と高森は評価している。実際、叩き合いには非常に強く、馬体がぶつかり合い、顔近くの首に鞭を当てられたチャンピオンステークスでも、怯むことなく走っている。勝負根性の強さは父譲りだと藤山は述べており、ヤマニンゼファーを思い出す関係者もいたようである。

 

生まれたとき、母馬から育児放棄をされ、人間に育てられた経緯もあり、人懐っこい性格をしていた。しかし、他の馬を嫌い、近づこうともしなかった。幼駒時代の育成を担当した島本牧場の担当者は、「自分たち人間がちょっと可愛がりすぎた。母馬が育てることを放棄してしまったので、私たちが面倒を見ていたんですけど、そのせいで自分を人間だと思い込んでしまったのかもしれないですね」と述べている。しかし、この馬嫌いな性格は3歳夏ごろからみられなくなり、4歳になるころには、厩舎のボス、ひいては美浦トレセン全体を統括するボスにまで上り詰めていた。

他の馬を威圧するような暴君ではなく、気が弱い馬を守ったり、馬同士の喧嘩を仲裁するなど、馬の社会のまとめ役として君臨しており、いろいろな馬から慕われていたと、美浦の関係者たちから語られていた。そのため、テンペストがいると、普段気性が荒い馬でも調教がスムーズにいくといわれ、テンペストに合わせて調教スケジュールも組む厩舎もあったという。欧州遠征でニューマーケットに入厩した際も、数日で現地のボスになり、帰国する時には、近くの厩舎すべてを統括するボスになっていた。同じくモンマスパークでも同様にボスとなっており、圧倒的なカリスマ性があったようである。非常に賢く、馬としては考えられないほどの知性と理性があったからこそ、他の馬たちをまとめることができたのだと、秋山は語っている。また、テンペストクェーク自身は、威張り散らすようなことをしなかったが、圧倒的ともいえる馬格と馬とは思えない知性を有していたため、他の馬が自然と従ったのではないかとも言われている。

 

 

評価

 

レーティングによる評価

2005年のWTRRではI/Mでのパフォーマンスが123ポンドと評価され、総合で第14位となった。

2006年の同ランキングではI区分で139ポンドに評価され、単独世界1位となった。この数値はエルコンドルパサーの134ポンドを上回り、日本調教馬歴代1位のレーティングであった。

2007年の同ランキングではI区分で141ポンドに評価され、昨年同様に単独世界1位となった。この数値はダンシングブレーヴと同値であり、世界1位タイ記録となった。同馬はレーティングの見直しの際に138ポンドとなったため、単独1位となった。

また英国のタイムフォーム誌による評価では、シーバードの145ポンドを超える148ポンドの評価が与えられ、歴代1位となった。テンペストクェークが古馬になって加算された斤量を負いながらも圧倒的なパフォーマンスを発揮し、6か国の国際GⅠを勝利したこと、欧州のマイル中距離GⅠ4連戦を同一年度に4連勝したこと、そしてダートGⅠ最高峰であるブリーダーズカップ・クラシックで圧勝したことがこの評価につながったと言明している。日本、欧州、米国で年度代表馬を受賞できる馬が今後現れる可能性は限りなく低く、前人未到の大偉業であると関係者は述べている。

 

 

競馬関係者による評価

テンペストクェークを管理した調教師の藤山は、入厩した当時は間違いなく重賞を狙える素質はあると評価していた。そして、デビュー前にはGⅠを獲れる器であると評価していた。3歳の夏を越えたあたりから、能力は歴代のGⅠ勝ち馬たちでもかなわないほどのものを持っているのではと思い始め、4歳春ごろに確信したという。「単純に強い。暴力的な強さがある。そして何より賢く人に従順。最後の方はサラブレッドとして完成形に近い生命体になっていた」と語っている。

 

22戦すべてに騎乗した高森は、「最初は自分の指示を聞こうとせず、自分だけでレースをしようとしていた。そういう意味では賢すぎたが故の行動だったのだと思う」とし、デビューから弥生賞までのテンペストクェークを気性難だったと評価している。しかし、皐月賞以降は「完璧な馬。馬というより車に近い。操縦性が桁違いにいい。ハンドルを切るのと同じくらい反応が良く、細かな調整が完璧に行える馬だった。アクセルペダルを踏んでいる感覚でスピードの調整が出来るので、レースの展開に合わせて、走らせることができた。本当に馬とは思えなかった」としており、その操縦性を高く評価している。また、勝負根性にも触れており、「絶対に勝ちたいという闘争心があったからこそ、最後の最後で再加速する切り札が生まれたのだと思う」と述べている。

 

調教助手の本村は、海外遠征を担当した経験から、遠征での強さを挙げている。「スピードや瞬発力といった能力は自分が見た中で最高のものを持っていた。ただ、彼の本当の強さは精神力が馬の範疇を超えるほど強靭であること」と語っている。「本来サラブレッドは繊細な生き物。飛行機で輸送され、見たこともない場所に見たこともない人や馬たちがおり、人間でもストレスを感じるほどの状況になっても、テンペストは全く動じなかった。輸送で体重を減らしたことがないのは彼の特徴でもあった」と語っている。香港カップの際には、飛行機のエンジントラブルの影響で十数時間、外に出ることもできなかったが、競馬場に到着するとトラブルなどなかったかのように飼い葉を食べていたという。

 

厩務員の秋山は、テンペストクェークの強さに、自己管理能力と環境適応能力の高さを挙げている。レースが近くなると、自分で飼い葉の量を調整して、体重や体力を管理していたという。また少しでも不調を感じたら、厩務員たちに申し出ており、「ある意味で野生の本能を失っていますね」と語っている。海外遠征では、現地の水や土、空気を含めたあらゆる『環境』に適応する能力がサラブレッドの範疇を超えていると評価した。「どのような土地に行こうとも、ストレスと感じないどころか、その土地に適応する能力。この能力が高かったから、彼は長距離移動や大規模遠征に強かった」と総評している。

 

テンペストクェークを間近で見た騎手たちも、高く評価している。

……騎手

「ディープインパクトとはまた違った形の最強。あまりこういうことは言わない主義だけど、10ハロンではディープでも勝つのは難しい。得意距離なら世界最強という評価は妥当だと思う。芝もダートも関係なく走れるのだからね」

 

……騎手

「安田記念で完璧な競馬をしたダイワメジャーを大外一気で差し切られたとき、どうやったらテンペストクェークに勝てるかわからなくなった。自分が間近で見た競走馬で間違いなくマイル、中距離において最強の馬」

 

……騎手

「コンゴウリキシオーに乗って安田記念を走った時が印象深かった。ダイワメジャーに抜かされて、2着かと思ったとき、外からものすごいスピードで馬が走りこんできたのが見えた。それがテンペストクェークだった。イケるかもしれないという希望を叩き潰されるほどの、暴力的とも表現できる強さがあった」

……騎手

「今でも忘れられない馬の1頭。もし乗れるなら何としてでも乗りたい、そう思わせるほどの馬だった。プライドも強い馬だったけど、彼にはかなわなかった。スパートをかけてからのトップギアへもっていく力は歴代最強レベルだと思う」

 

……騎手

「クイーンエリザベス2世ステークスが印象的だった。リブレティストに乗っていて、スタートに出遅れたテンペストクェークの姿が見えて、マイルレースであの出遅れは痛いだろうなと思った。ただ、最後の直線でいつの間にか前にいて、そのまま1着になっていた。もし機会があるなら絶対に乗ってみたかった。まあ、彼の相棒は高森氏だけだと思うけどね」

 

……騎手

「マイルCSはハットトリックもいい位置で進めることができた。ただ、テンペストクェークの末脚にはついていけなかった。この馬はもっと活躍すると思ったよ。彼の偉業を見たら、世界最強と言われるのも納得できる」

 

……元騎手

「明確な弱点がない。テンペストクェークの強みはルドルフと同様に欠点らしい欠点が見当たらないところ。常に最適な競馬をする能力を持っている。仮にルドルフで勝負するとしても、2200メートル以下ではかなり厳しい戦いになる。それぐらいの馬」

 

競馬評論家

「マイル中距離においては世界最強であることは間違いない。競走馬が、その競走生活で1回か2回くらいしか出来ないような渾身の走りを毎回やっていたように思える。宝塚記念のデッドヒートは間違いなく歴史に残るライバル対決だった」

 

競馬評論家

「日本の馬が、愛チャンピオンSやブリーダーズカップ・クラシックといった海外の格のあるレースを勝つ日を自分の目で見ることができるとは思わなかった。世界中の競馬関係者が彼の強さを認めている。彼を倒すために集結させた欧州のGⅠ馬たちが彼に勝つことが出来なかったことが評価をさらに高くしている。アメリカや香港でも伝説の馬の1頭として評価している人間はたくさんいる。一つの国だけで伝説となった馬はたくさんいるけど、世界中で伝説になった馬はそうはいない。テンペストクェークはそういう次元に足を踏み入れた神話級の馬」

 

調教師

「弥生賞の時までは、よくいる素質馬といったイメージだったが、皐月賞でディープインパクトに迫った末脚を見て、GⅠ級の馬になると思った。ただ、4歳ごろから手が付けられないほどの強さになっていた」

 

調教師

「ゼンノロブロイと併せ馬をし始めてから一気に強くなった。それ以降は無敵に近い強さだった。全盛期のタイキシャトルでも勝利は確実ではないだろう」

 

調教師

「出力がまるで違う。あれだけの出力を持ちながら、ケガとは無縁だったのは理解できない。戦車のようなパワーと頑丈さがありながら、スピードや加速力はジェット戦闘機だった」

 

 

 

表彰

2006年、2007年のJRA賞年度代表馬

2006年のカルティエ賞年度代表馬

2007年のエクリプス賞年度代表馬

 

 

殿堂

平成21年度、顕彰馬に選出。

2028年に英競馬殿堂入り。

2018年に米競馬殿堂入り

 

 

馬術(詳しくはテンペストクェークの馬術成績を参照)

 

ロンドンオリンピック 馬場馬術個人 金

 

サラブレッドで且つ種牡馬であるにもかかわらず、その気性の良さと従順さ、賢さと身体能力の高さを買われて、種牡馬オフシーズンは馬場馬術馬として活躍。2012年ロンドンオリンピックにも出場し、馬場馬術としては史上初、馬術競技としては1932年ロサンゼルスオリンピックで西竹一とウラヌスが障害飛越競技以来の金メダルであった。

 

 

影響

 

社会現象

第3次競馬ブームの中核となった。2004年のハルウララブーム、2005年のディープインパクトブーム、2006-2007年ディープ・テンペストブーム、2008年の牝馬戦線ブームの4段階によって構成されていた。競馬ブームが爆発したのが、2006年6月開催の第47回宝塚記念であった。本ブームの特徴として、国際化があげられる。第二次競馬ブームもあり、競馬のスポーツ化は進んでいたものの、賭博の要素が大きく、完全に一般人にまで受け入れられているとは言い難かった。しかし、すでに社会現象を起こしていたディープインパクトの凱旋門賞制覇、そのディープインパクトを唯一打ち破ったテンペストクェークによる欧州4連勝、そして翌年のアメリカ遠征の成功などにより、海外で日本馬が戦うことをスポーツの国際試合として扱うようになった。これにより、オリンピックやワールドカップと同様の盛り上がりを見せるようになり、競馬のさらなるスポーツ化が進んだ。

(詳しくは第三次競馬ブームを参照)

 

 

種牡馬成績

 

産駒の傾向

テンペストクェークは世界中で活躍し、芝のマイルから中距離で活躍していた。産駒もその傾向が強い。やや晩成傾向があるが、欧州の2歳GⅠを勝利した馬が複数いることから、完全な晩成型の種牡馬と言い切ることはできない。

日本の芝、ダート、欧州の芝、アメリカのダートを問わず、産駒は活躍しており、その産駒成績はバラエティー豊かである。しかし、テンペストクェークのように、世界中のGⅠレースを制し、芝・ダートの二刀流の成績を残した馬はほとんどいなかった。

距離はスプリントから中距離で強さを発揮しており、日本においては馬場状態が悪くなればなるほど成績が向上している。欧州では、リーディングサイアーに輝くなど、活躍馬も多く、同馬の本来の適正は洋芝だったのではないかといわれるようになった。

一方で長距離は苦手にしており、長距離GⅠを勝利した産駒はわずかである。しかし12ハロンGⅠを勝利した馬は多いため、多少の距離延長には成功した。しかしこの傾向はあくまで直接の産駒であり、母父としては長距離の成績も向上している。

 

種牡馬生活

日本・欧州・米国と4か国を渡り歩いたが、常に落ち着いており、他の種牡馬とも仲が良かった。

種付けは、最初はやり方がわからないのかかなり戸惑っている様子だったため、ディープインパクトの種付けの映像を見せて、しばらく学習させた。これが功を奏したのか、スムーズに行えるようになったという。自分の仕事が種付けであることを理解していたのか、連日の種付けを淡々とこなしていたという。また、好みの牝馬もいなければ、苦手な牝馬もおらず、年齢も馬体の大きさも関係なくスムーズに種付けを行うため、関係者からは手がかからなくていいといわれている。ただ、牝馬からもかなりモテたようで、嫌がる牝馬はめったにいなかったとのことである。

受胎率も90%以上を記録しており、20歳を超えても150頭近くに種付けを行っているなど絶倫であった。24歳で種牡馬を引退したが、関係者曰く「あと数年は現役バリバリでできたと思う」といわれているが、これまでの功績を鑑みて、引退となった。引退後も35歳まで平然と生きており、生命力がサラブレッドを超越しているといわれていた。

 

成績

多分日本ではディープ、キンカメの次点くらい

欧州ではガリレオと対等に戦っていた

 

GⅠ級優勝馬

たくさんいるので省略

 

 

血統

 

血統背景

父ヤマニンゼファーは安田記念、天皇賞(秋)を制した競走馬。母セオドライトは競走馬時代は条件馬と活躍馬ではなかったが、GⅠ馬7頭を輩出する、屈指の名牝と評価されている。

全妹に高松宮記念、ジュライカップ、香港スプリント等の短距離で活躍したヤマニンシュトルムがいる。

サイアーラインとしてはHabitat系に分類される。

 

血統図

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 




種牡馬成績や産駒については、ちょっと考えつかなかったので、閑話で代表産駒に関する話を作ります。
まあたくさんいて、世界中に種をばらまいたと思ってください。
後継の種牡馬も世界中にばらまきました。

ネタっぽいエピソードとかは別データ辞典で書きます。


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大百科風

本当は特殊タグを使いまくって本家風にしたかったのですが、技術力が足りなかった……
ハーメルンの機能を全く活かすことができない……


テンペストクェーク

 

 

 

10ハロンの暴風。

 

JRAヒーロー列伝

 

テンペストクェークとは、2002年生まれの日本の競走馬・種牡馬である。

唯一、ディープインパクトを破った馬にして、2006年、2007年の世界最強の競走馬である。マイル・中距離の国際GⅠを6か国で勝利し、無類の強さを誇った。得意距離においては、史上最強馬とも呼ばれていた馬。

競走成績は22戦18勝 GⅠ14勝

馬名の由来は暴風+地震から。

 

2009年に顕彰馬に選出された。

 

主な勝ち鞍

2005年:天皇賞(秋)(GⅠ)、マイルCS(GⅠ)、毎日王冠(GⅡ)

2006年:ドバイDF(GⅠ)、宝塚記念(GⅠ)、英国際S(GⅠ)、愛チャンピオンS(GⅠ)、クイーンエリザベス2世S(GⅠ)、チャンピオンS(GⅠ)、香港カップ(GⅠ)、中山記念(GⅡ)

2007年:高松宮記念(GⅠ)、クイーンエリザベス2世カップ(GⅠ)、安田記念(GⅠ)、ジョッキークラブGC(GⅠ)、ブリーダーズカップ・クラシック(GⅠ)

 

JRA賞年度代表馬(2006年・2007年)

最優秀4歳以上牡馬(2006年・2007年)

最優秀短距離馬(2005年・2006年・2007)

最優秀父内国産馬(2005年・2006年・2007年)

カルティエ賞年度代表馬(2006年)

カルティエ賞最優秀古馬(2006年)

エクリプス賞年度代表馬(2007年)

エクリプス賞最優秀古馬(2007年)

顕彰馬

 

 

概要

 

誕生からデビューまで

 

2002年3月、北海道の島本牧場にて生誕。生まれたその日は、北海道を発達した低気圧が覆っており、猛烈な暴風雪となっていた。そのうえ、誕生して数分後に地震も発生しており、それに驚いて、生まれてすぐに立ち上がったといわれている。

 

当歳馬、1歳馬時代は足がやや外向気味で貧乏くさい外見をしていたが、追い運動などで優れたスピードを見せていたなど、素質を感じさせるエピソードがある。幼名は『ボー』。理由はいつもぼーっと空を眺めているから。島本牧場ではこの名前で呼ばれていたようである。

1歳の夏に、約750万円で取引され、西崎浩平の所有馬となった。馬主として初めて所有した馬がテンペストクェークであった。西崎オーナー曰く、「楽しそうに走り回る姿を見て、決断した」とのことであった。

育成を担当した牧場では、馴致訓練を全く嫌がらず、賢い馬であると評価されていた。生産牧場と縁のあった美浦の藤山調教師が入厩先として紹介され、テンペストを見た藤山が、素質はあると判断したこともあり、2歳の晩春に入厩した。

入厩後は才能の片鱗を感じさせるところを見せており、重賞ならいけるだろうと思っていたとのことである。しかし、馬体の成長がやや遅かったこともあり12月にデビューとなった。

 

 

競走馬時代

 

新馬戦

12月12日の中山競馬場2歳新馬戦でデビューを迎えた。主戦騎手は厩舎所属の高森康明であった。この時「GⅠに舞台に立ちたいか」と藤山調教師に言われたらしく、そこまで素質のある馬なのかと思ったらしい(厩舎所属の騎手だったが、テンペストの調教には参加していなかったため)。

デビュー戦はスタートから鼻を切って逃げはじめ、そのままゴールするという、典型的な逃げで勝利した。しかし、陣営が想定した勝ち方とは異なっているうえ、テンペストクェークが騎手の指示に従おうとしなかったため、一抹の不安を抱えたという。

 

2005年になり、1月30日のセントポーリア賞(500万以下)に出走。こちらも大逃げで勝利し、連勝を飾った。しかしここでも騎手の指示に従おうとせず、自由気ままに逃げてしまったため、陣営は頭を抱えることになる。

 

そして3戦目は皐月賞のトライアルレースの弥生賞に出走。ここには、新馬戦、若駒Sを衝撃的な末脚で圧勝したディープインパクトが出走していた。また2歳王者のマイネルレコルトなどの重賞馬も多数出走しており、条件馬に過ぎないテンペストクェークは、父ヤマニンゼファーの馬がいる程度にしかみられていなかった。

レースでは、いつものように大逃げを見せて、第4コーナーまで独走状態だったものの、ラストの直線でディープインパクトに交わされて2着となった。3着4着とも同タイムでの入線であった。このレースでも、テンペストクェークが騎手の指示を全く聞こうとしないため、「ただ乗っているだけになってしまった」と高森は語っている。

初重賞は2着と健闘したものの1着のディープインパクトは直線で鞭を一回も使わないという余裕っぷりだったので、その実力差は隔絶したものがあると思われていた。

 

 

覚醒

皐月賞ではディープインパクトが圧倒的な一番人気に推されており、テンペストクェークは未来の三冠馬誕生のおまけのような扱いであった。レースでは、ディープインパクト共々出遅れ、その上道中で掛かるという最悪の展開になったが、落ち着きを取り戻し、後方からのレースを進めた。ラストの直線でディープインパクトともに一気に抜け出したものの、半馬身差で2着となった。掛かるテンペストクェークを必死に抑え込んでいた時に、高森は「テンペストに競馬を教える必要があった。好き放題に走って勝てるものではないと教えたかった。彼は賢いから、絶対にわかってくれると思った」と語っている。実際この後から、騎手の指示に従わなかったレースはなく、信頼関係を結ぶことができたと陣営は語っている。

 

次走は日本ダービーに出走。しかし、距離が長かったこともあり、残り200メートル付近で失速。ディープインパクトの2冠達成を6着で見届けることになる。テンペストクェークの生涯成績の内、連対を外したのはこの1戦のみである。もし出走をしていなければ21戦連続連対でシンザンの記録を超えたのかもしれない……

陣営はダービーのことは口にしないので、多分黒歴史扱いなんだと思う。

藤山は「テンペストの距離限界を測ることができた。宝塚記念への布石になったから後悔はしていない」と語っているので、黒歴史ではないようだ。

 

 

伝説の始まり

ダービー後、故郷の島本牧場で休養。その後美浦トレセンに戻り、10月の毎日王冠への出走に向けた調教が積まれた。

このころになると馬体も完全に出来上がり、若駒時代の貧乏くささから見違えるほどの外見になっていた。2歳年上のゼンノロブロイと仲が良かったようで、併せ馬をたびたび行っていた。2頭の関係者は「併せ馬をし始めてからテンペストが一気に強くなった」と語っており、後述の強い馬の走り方などを吸収する能力はこのころから見せていたようである。

ライバルを強くしてしまっていいのか、それで……

 

休養明け初戦の毎日王冠は、第4コーナーから大外に出ると、そのまま直線一気で駆け抜け、勝利。初の重賞制覇であった。ここから5歳秋まで一回も敗北することなく、世界中で無双することを予想できた人間はだれ一人としていなかった。

勝利そのままの勢いで、天皇賞(秋)に向かい、毎日王冠と同様のレース展開で勝利した。これでGⅠを初制覇し、名馬の仲間入りを果たした。ちなみに、オーナー、騎手、厩舎にとって初のGⅠであったため、感動的な雰囲気で表彰式を迎えた。

11月には京都競馬場で開催されたマイルCSに出走。先頭で粘るダイワメジャーを捉えて、大外一気で勝利。これでGⅠを2勝目。重賞3連勝を飾った。毎日王冠→天皇賞→マイルCSを同一年度に3連勝した馬はテンペストクェークとダイワメジャー、カンパニーのみである。3歳馬に至ってはテンペストクェークのみである。

祖父のニホンピロウイナーも同レースを勝利しており祖父と孫の2代での勝利であった。

 

マイルCS後は休養に入ることが決まり、育成牧場で休養と調整を行った。

この年、JRA賞最優秀短距離馬と最優秀父内国産馬を受賞。香港マイルなどマイル重賞を3勝したハットトリックじゃないのかよという意見もあったが、3歳でマイルCSを勝利し、直接対決で勝利したことが決め手だったようだ。

 

 

年間無敗の始まり

翌年、ドバイミーティングに出走することを表明。芝1777mで行われるドバイデューティフリーへの予備登録を行った。2月に招待状が届き、正式に出走することが発表された。

その前哨戦として、中山記念が選択された。

1番人気で当日を迎えたものの、雨による影響で重馬場であった。しかし、逃げ粘るバランスオブゲームを中山の短い直線でとらえると、そのまま1馬身差で勝利した。

 

重賞4連勝の実績も評価され、1番人気でドバイDFへ出走。先行集団後方でレースを進め、ラストの直線で先に抜け出そうとしたデビットジュニアを捉えると、そのまま後続を引き離し、5馬身差で勝利した。この圧勝劇に、マイル中距離の現役最高馬と評価されるようになった。

 

日本に帰国後、陣営は親子三代制覇のため安田記念に出走させる予定だったが、日本最強馬となっていたディープインパクトとの宝塚記念での決戦を望む声に押されて、宝塚記念への出走を表明。決して藤山調教師がインタビューで余計な口を滑らせたわけではない。

距離が不安視されたものの、陣営は今のテンペストなら大丈夫だと太鼓判を押してレースに挑んだ。藤山が「調教師人生でもう一度やれといわれても無理なぐらい完璧な調教を施した。ストレスで胃潰瘍になるほどだった」と語るほどの仕上がりを当日は見せていた。このため、ディープインパクトを倒せる馬になりうるかもしれないと人気を集め、2頭に人気が集中した。

ライバル対決と銘打ち、大規模な宣伝が行われた結果、大雨にも関わらず13万人を超えるファンが京都競馬場に集結した。また各局が特番で中継番組を放映し、多くの人が世紀のライバル対決を見守った。ディープインパクトというすべてがエリートの王道路線の最強馬と、テンペストクェークというすべてが零細でありながら別路線で最強となった馬の激突に多くのファンが心を動かされたのである。

 

『……ディープインパクト、ディープインパクトが先頭だ。このまま決まるのか。テンペストクェークが伸びてきた。これはどうなるか、どうなるのか。ディープか、テンペストか。テンペストがさらに伸びる。伸びる!差し切ったテンペスト差し切ってゴールイン。ディープインパクト敗れる!最後に差し切ったのはテンペストクェークだ!』 ○○アナウンサー

 

重馬場で迎えたレースは、ディープインパクトが第4コーナーから大外を捲って直線で先頭に立つというこれまで何度も見た展開となり、誰もが彼の勝利を確信した。しかし、コーナーで馬群に包まれ、抜け出すことが出来なくなっていたテンペストクェークが、直線に入った時にできた馬群中央のわずかな隙間を突破してディープインパクトに肉薄した。ラスト100メートル付近でテンペストクェークが一気に加速し、前を走るディープインパクトを交わしてアタマ差で勝利した。2頭のデッドヒートはテンペストクェークに軍配が上がった。ライバル対決の理想形とも言っていい展開に、同レースを史上最高の宝塚記念に推す声も大きい。

これでテンペストクェークは重賞6連勝を飾り、GⅠも4勝となった。

 

 

欧州遠征

レース後、陣営は英国遠征を表明。インターナショナルステークスを初戦にして、欧州のマイル・中距離レースに出走予定であることを明かした。

7月末にイギリスのニューマーケットの厩舎に入厩。先に入国していたハーツクライと出会う。この時のハーツクライは、単独でのイギリス遠征もあって、かなり精神的に疲弊している状態であった。この情けないライバルの姿を見て、テンペストクェークがハーツクライをあおりに煽ったらしく、2頭仲良く放馬してしまったのである。この時の光景は厩舎スタッフによって映像に撮られていたようで、ハーツクライがキレまくっている様子が見れる。ただ、テンペストクェークに闘魂を注入されたのか、KGⅥ&QEDSでは、乾坤一擲の走りを見せて、ハリケーンランやエレクトロキューショニストを抑えて、勝利した。ここから、日本馬による欧州の蹂躙が始まった。

 

8月22日のインターナショナルステークスに出走したテンペストクェークは、ラストの直線残り4ハロン付近からスパートをかけると、2ハロン付近で先頭に立ち、そのまま後続を突き放した。最終的に12馬身差をつけて圧勝し、英国の競馬関係者に強烈な挨拶をたたきつけた。「走りたがっていたので、そのまま走らせたらどんどんと加速していった」と高森はコメントを残している。ちなみに、「日程が詰まったレース間隔なのに、こんな走りをさせて何をしているんだ」と藤山調教師はダメ出しをしている。この12馬身差は同レースの最大着差であり、いまだに破られていない。

 

欧州遠征2戦目はアイルランドで行われるアイリッシュチャンピオンステークスである。凱旋門賞のプレップレースとしての位置づけが強いレースであるが、多くの名馬が勝利してきた格のあるレースである。愛ダービーを制したディラントーマスや2004年度欧州年度代表馬の牝馬ウィジャボードなどが出走していた。レースはペースメーカーが先頭を走るという欧州らしいレースとなった。直線の前で、後退してきた逃げ馬と、外側の馬群に挟まれてしまったが、高森騎手はテンペストクェークを最内に寄せて勝負を仕掛けた。そして、先頭で叩き合いを演じるディラントーマスとウィジャボードを内ラチから強襲し、半馬身差で勝利した。

この勝利で、無茶苦茶強い馬が極東の島国から襲来してきたと認識され、それ以降は欧州の3歳馬、古馬がテンペスト出走予定のレースに出走することを次々と表明してきたのであった。

 

3戦目はイギリスのアスコット競馬場で行われるクイーンエリザベス2世ステークスであった。英国の下半期の最強マイラー決定戦とも呼べるレースで、3歳から古馬の一流のマイラーが集結するレースである。12頭中9頭がGⅠホースという豪華なメンツがそろっており、欧州最強マイラー決定戦となったレースとなった。英2000ギニーを制したジョージワシントン、愛2000ギニーを制したアラーファ、仏マイルGⅠを連勝したリブレティスト、マイルGⅠ4勝のマイルの女王ソビエトソングなど錚々たる面子であった。

テンペストクェークは、スタート直後で躓いてしまい、最後方から3、4馬身後方からの競馬となった。最後のコーナーに入る前に最後尾に追いつき、そのままコーナーを曲がりながら外から捲り始め、直線で大外一気を敢行した。残り1/2ハロン地点で先頭に立っていたジョージワシントンを捉えて、先頭に立ち、1馬身差で勝利した。

出遅れから前11頭全頭を差し切っての勝利で、稍重のアスコット競馬場を上がり1F10秒で駆け抜けており、信じられない末脚を発揮しての勝利であった。

このレースの勝利で、2006年欧州最強マイラーの座を手にし、GⅠ7勝を記録した。レースの中継では、テンペストクェークが一気に先頭に迫ってくる様子を映し切ることができず、映像の範囲外の後ろから突然現れたように見えたため、ワープしてきたと言われていた。

レース後のインタビューの際、高森騎手がテンペストクェークに熱い口づけをしているが、相当嫌だったらしく死んだ目になっている写真が残っている。

 

欧州での最終戦は、ニューマーケット競馬場で行われたチャンピオンステークスであった。このレースにも錚々たるメンバーがそろっており、14頭中10頭がGⅠ馬であった。こちらも欧州中距離最強決定戦ともいえるレースになっていた。ただ、流石のテンペストクェークも連戦の疲労もあったのか調子を落としていたが、それでも勝てると踏んだ陣営は出走を決意した。

レースでは、ラスト3ハロンでエレクトロキューショニスト、レイルリンクとの叩き合いとなり、騎手同士がぶつかり合うほどの激しいぶつけ合いが行われ、ゴール直前に外と内からデビットジュニアとプライドが同タイミングで入線していた。ビデオ判定の結果鼻差8センチでテンペストクェークが勝利した。5頭が同タイムでの決着となった。

馬体をぶつけられたうえ、鞭まで当てられたテンペストクェークであったが、全くひるむことなく走り続けており、驚異的な闘争心と勝負根性が評価されたレースとなった。

 

この勝利によって、これによりシンボリルドルフ以来超えることのできなかった7冠の壁を突破した。また、欧州遠征4戦全勝という偉業を達成した。英国際S→愛チャンピオンS→QE2世S→英チャンピオンSというマイル中距離の王道レースを同一年度に達成した馬は後にも先にもテンペストクェーク1頭だけである。なお、2013年よりQE2世Sと英チャンピオンSが同一日での開催となったため、この4戦を同一年度に勝利することは事実上不可能となり、競馬界のアンタッチャブルレコードの一つとなっている。

この4戦が評価され、カルティエ賞年度代表馬と最優秀古馬を受賞。日本調教馬初の偉業であった。

 

2006年シーズンのラストレースは香港国際競走に招待され、香港カップに出走することになった。香港での馬名は「天災地変」。世界を駆け抜けた暴風伝説にふさわしい名前であった。

香港カップには、エレクトロキューショニストやウィジャボード、プライドなど欧州の強豪馬が出走しており、日本からもアドマイヤムーンとディアデラノビアが出走していた。

圧倒的な1番人気に支持されたが、レース前のパドックで馬っ気を出してしまい、集中できていないのではと思われたが、それでも1番人気は覆らなかった。この時、プライドやウィジャボードといった牝馬に興奮したのではと思われていたが、「あれは多分レース前で気持ちが高ぶっていただけだと思う」とパドックで曳いていた秋山は分析している。

レースでは、スタート後に先行集団に入って競馬を進めると、最後の直線で先頭に立って、そのまま1馬身差で押し切って勝利した。先行策から好位抜出という王道の展開で勝利し、変幻自在な脚質を見せつけた。

この勝利でGⅠ7連勝を達成。ロックオブジブラルタルに並んで世界記録タイ記録を達成した。

 

テンペストクェークは8戦8勝で2006年シーズンを終えた。ドバイDFから香港カップまでのGⅠ7勝で7連勝を記録。凱旋門賞を勝利した、ディープインパクトを抑えて、JRA賞年度代表馬を受賞した。直接対決の勝敗がこの選考に大きな影響を与えたようである。

この年をもって宿命のライバルであったディープインパクトは引退。テンペストクェークは来年も現役であることを表明。それと同時に、父ヤマニンゼファーが達成できなかった三階級GⅠ制覇(スプリント・マイル・中距離)と安田記念親子三代制覇を目標にすることが発表された。

 

 

5歳春

2007年初戦は高松宮記念を見据えて、前哨戦として阪急杯に出走することを発表。しかし、熱発で回避することになり、高松宮記念に直行することになった。初のスプリント戦ということもあり今までのような圧倒的な1番人気ではなかった。レースは最終コーナーで馬群の外を通りながら末脚を発揮し、同じように伸びてきたスズカフェニックスと叩き合いとなった。最終的に同タイミングで入線し、ビデオ判定の結果同着と判定され、2頭の勝利という形となった。

スズカフェニックスの調教師は、最高の調教を施して、乾坤一擲ともいえるレース内容だったのにも関わらず同着であったため、どうやったらテンペストクェークに勝てるのか疑問に思ったという。「マイル中距離ほど得意ではない」らしいが、後続に3馬身ほど差をつけており、一流のスプリンターであったことは間違いないだろう。というか得意距離においては世界最強なんだから、彼の「ちょっと得意ではない」は国内最高峰レベルだということを忘れてはならない。

 

2戦目は香港に遠征し、クイーンエリザベス2世カップへ出走。現地での調整の段階で「1着テンペストクェーク。2着を決めるレース」と評価されるなど、圧倒的な支持を受けていた。レースは、最終コーナーから直線に入ったところで先頭に立ち、そのまま7馬身差をつけて勝利。他馬を完封しての勝利であった。同日開催のマイルGⅠでダイワメジャーが勝利したこともあり、香港勢としてはヒエヒエの結果であった。

 

日本帰国後、6月には安田記念に出走。ニホンピロウイナー、ヤマニンゼファーに続く親子三代制覇に期待がかかったレースであった。当日も圧倒的一番人気で迎えていた。レースは、逃げ馬が引っ張りながらも、ハイペースにはならなかったこともあり、先行勢が有利な展開となった。先頭2,3番手でレースを進めたダイワメジャーがラスト100メートル付近で先頭になりそのまま押し切って勝利するかと思った瞬間、大外からテンペストクェークが猛烈な末脚を発揮してゴール。半馬身差での勝利であった。ダイワメジャーの勝ちパターンを封殺した圧倒的な走りであった。

この走りでGⅠの連勝記録を10勝とし、通算重賞連勝記録14勝とした。

 

 

米国遠征

レース後、陣営からテンペストクェークの米国遠征が発表された。ダート最高峰のレースであるブリーダーズカップ・クラシックを目標として、いくつかの前哨戦を使っていくことを表明した。芝の世界王者がアメリカのダートに乗り込んでいくという挑戦的な内容に、盛り上がりを見せる中、アドマイヤムーンとダイワメジャーもアメリカ遠征に参加することを表明。3頭による遠征が行われることになった。

7月末に出国し、モンマスパーク競馬場の厩舎に入厩した。

 

 

9月1日、サラトガ競馬場で行われたウッドワードSがテンペストクェークのダート挑戦の初戦となった。レースには2006年のBCクラシック、2007年のドバイWCを制し、GⅠ6連勝中の怪物、インヴァソールも出走しており、いきなり米国最強馬との戦いとなった。

レースは米国競馬に合わせて先行策を選択。直線で抜け出したものの、インヴァソールに及ばず2着に敗れた。日本ダービー以来となる14戦ぶりとなる敗北であった(それでも連対を外さないあたりは流石である)。

 

陣営は9月30日ベルモントパークで行われるジョッキークラブGCへの出走を表明した。中1ヵ月でのレース間隔であったが、テンペストクェークにダートでの走りを学んでもらうために必要であった前哨戦2戦であったと藤山は語っている。

レースには、プリークネスSを勝利した3歳馬のカーリンが出走しており、レース展開もラストの直線で叩き合いとなった。ゴール前に前を走るカーリンを差し切って勝利し、日本調教馬として海外ダートGⅠ初勝利を飾った。どのダート馬でもできなかった偉業である(米国のダートは日本のダートとは大きく違うが)。

 

そして10月27日、ダート世界最高峰レース、ブリーダーズカップ・クラシックに出走。インヴァソールにカーリン、ストリートセンス、ラグズテゥリッチズが出走メンバーに名前を連ねており、ハイレベルな一戦となった。

当日は雨の影響で不良馬場となっており、コースには水がたまっており、田んぼといえるような状態であった。最悪の馬場状態といえる状態でレースはスタートした。テンペストクェークはカーリンら3歳3強とともに中団で待機して競馬を進めた。最後のコーナーで外を回って加速すると、先頭にいるインヴァソールとカーリンを直線でとらえて先頭に立つと、そのまま後続を引き離して4馬身差で勝利した。強烈すぎたそよ風から誕生した暴風は、最強の暴風となってアメリカを蹂躙した。

 

『残り2ハロン!最終直線に入った!テンペストクェークに鞭が入った!テンペスト先頭!どんどんと伸びていく!インヴァソール、カーリンも伸びていくが、テンペストだ!テンペストが伸びる。1馬身、2馬身とリードを広げる。こんなことがあるのか!こんな馬が存在していいのか!なんなんだこの馬は!』 ○○アナウンサー

 

『Leading the way is Tempest Quake! Tempest, it's coming! Decided! The tempest has come from Japan!』『Both Carlin and Invasor succumbed. The greatest racer in the world is now born!』 モンマスパーク競馬場場内アナウンサー

 

このレースで公式レーティングは141ポンドとなりダンシングブレーヴと並んだ。そしてタイムフォームレーティングでも148ポンドの評価を与えられ、名実ともに世界最高の馬としてその名を歴史に刻んだ。

 

 

引退

11月上旬、オーナーによって引退が表明されテンペストクェークの伝説は一旦幕を下ろすことになった。

調教師曰く、「7歳くらいまでは多分走れる」とのことである。この発言が本当かどうかはわからないが、種牡馬になった後、相変わらず現役馬顔負けの馬体を維持し続けていたテンペストクェークを見ると本当だったのかもしれない。

 

12月中旬に東京競馬場にて引退式が行われ、10万人以上の観客に見守られながら現役を引退した。

翌年、JRA賞年度代表馬を受賞。同年のエクリプス賞年度代表馬も受賞。これで3か国の年度代表馬を受賞したことになり、ワールドホースとしての地位を確立させた。

ちなみに最優秀ダート馬の受賞は逃している。日本のダートを一戦も走っていないことが理由である。

 

1月に60億円のシンジケートが組まれて、日本で種牡馬になることが決まった。いろいろと密約があったようで、このシンジケートが理由で、テンペストクェークは欧州で種牡馬生活を送ることになる。一説によると、100億を超える金額を提示されたのではないかといわれているが、このシンジケートについては誰も口を開かないため、真相は闇の中である。

 

 

 

競走馬としての総評

 

22戦18勝2着3回。ダービーを除けば21戦連対を達成しており、抜群の安定感を誇る。海外成績は10戦9勝2着1回と圧倒的な数字を残しており、GⅠ競走10戦中9勝であった。GⅠ連勝記録は10勝で、間にGⅡ以下のレースの記録を入れると12勝。重賞は14連勝となっており、堂々の日本一である。ちなみに10連勝記録は世界記録でもある。

賞金獲得額は海外も含めて20億円を超えており1位。3か国で年度代表馬となり、日本だけでなく世界の競馬の歴史に名を残した名馬である。

 

レーススタイルは、先行、差し、追込を自由自在に使い分けており、変幻自在な脚質が持ち味であった。ただ、高森騎手曰く、「後ろから一気に仕掛けて前の馬をぶち抜くのが一番得意だった」としており後方からのレースが一番得意であったようだ。その末脚は、ハイペースでもスローペースでも関係なく、鞭が入った瞬間に一頭だけ早送りをするような加速を見せるのが特徴。一気にトップギアに持っていく瞬発力は歴代最強の馬と関係者は語っている。どんなコースや馬場でも上がり3Fを32~33秒台で駆け抜ける能力を持つが、残り2ハロン地点からの加速が群を抜いている。驚異的な追込で最後方から11頭をなで斬りにしたクイーンエリザベス2世Sでは、上り2ハロンを、10.2-10.0で走り抜けている。またラストランのブリーダーズカップ・クラシックもハイペースな展開でドロドロの不良馬場でありながら、上り2Fを10.9-10.3で走っている。

また、重馬場に非常に強く、パワーも日本の馬とは一線を画していた。実際、日本馬が泣いてきた重たい馬場の英国やアイルランドで圧倒的なパフォーマンスを見せている。その一方で高速馬場にも非常に強く、スピードについても並のGⅠ馬では勝負にならないレベルだといわれている。

 

身体能力だけでなく、その他の面について評価する声も多い。

まずレースの気性と弥生賞までは鞍上の指示に従わないといった悪癖があったが、皐月賞以後は騎手の指示に常に従っていた。そのため、「テンペストは自分の指示通りに動いてくれる。テンペストが負けるときは自分の騎乗ミスで負けたと思うくらいであった。それくらい操縦性が高い馬だった」と高森は述べており、操縦性の高い馬だったことがうかがえる。この操縦性の良さを鑑みれば、馬術で活躍できた理由もなんとなく理解できる。

次に精神面だが、こちらも高く評価されている。非常に強靭な精神力を有しており、物事に全く動じなかったという。サラブレッドの繊細性をどこかに捨ててきたといわれるほどの馬だったという。レースではズブさとは無縁の馬だったのに、精神面はかなりタフだった。

普段の性格は穏やかな性格であったが、競馬に関しては闘争心が非常に高く、負けず嫌いな性格でもあったという。高い知性も備わっていたこともあり、競馬が勝負事であることを明確に理解していたという。前に馬がいれば絶対に抜かそうとするし、後ろから馬が来れば絶対に抜かせまいとしようとするらしく、このことが叩き合いの強さ、末脚の強さに影響しているのではないかと騎手の高森は語っている。

 

総評としては、長い距離が苦手なこと以外欠点らしい欠点が見当たらない馬といえるだろう。馬としての基礎能力だけでなく、精神面や頑丈さ、気性、操縦性といった能力値が非常に高い馬である。

 

 

種牡馬時代

 

概要

引退後は、歴代1位となる60億円のシンジケートが組まれて、日本で種牡馬入りした。ただ、種牡馬入りの際に条件がいろいろとあったようで、2014年からアイルランドで、2017年からはイギリスで、2020年からはアメリカで種牡馬となった。

2022年には日本に帰国し、種牡馬として活躍している。

産駒成績は日本においてはディープインパクト、キングカメハメハの次点といった形で活躍していた。

欧州では猛威を振るい、ガリレオなどのノーザンダンサーを祖とする種牡馬たちと対等に戦い、後継の種牡馬たちを大量に残していた。2017年、2018年のリーディングサイアーにも輝いている。

 

産駒傾向

産駒傾向としては、日本においては、芝・ダート問わず活躍馬を輩出している。クラシック競走でも好成績を残しているが、どちらかといえば3歳秋になってから覚醒する馬が多い。ただ、2歳GⅠや重賞を勝利した産駒もおり、必ずしも晩成型になるわけではない。重馬場に強い産駒が多いが、時計の出る馬場でも特に苦戦している様子はないので、産駒の特徴は多種多様である。

距離については、スプリントから中距離にかけて好成績を残している。また、2400メートル競走でも活躍馬を輩出しており、中長距離でも結果を残している。

 

日本産の産駒も世界中に遠征をおこなっており、好成績を収めた馬が多かったため、欧州に種牡馬としてやってきたときは大きな期待が寄せられた。そして、2歳GⅠをいきなり勝利する馬が現れると、2000ギニーや英ダービーといった3歳クラシック路線や、マイル・中距離路線、スプリント路線で暴れまわった。こちらも12ハロン競走でも結果を残しており、幅広い距離で産駒が活躍した。

父が勝利したアメリカのダートでも走っている産駒が多く、米国のダートでも多数の活躍馬が誕生している。そのため、2020年よりアメリカで種牡馬となったようだ。

最終的には、オーストラリアや南アメリカでも産駒は活躍しており、産駒成績もワールドワイドとなっている。

 

 

エピソード

 

名馬特有の濃いエピソードが多い。というかめちゃくちゃ多い。テンペストクェークが賢く芸達者であったこと、享年35歳と長寿だったためである。

 

・ロマン配合

父ヤマニンゼファーも母父サクラチヨノオーも競走馬としては華々しい活躍をしている(サクラチヨノオーはダービー以後アレだが)が産駒の成績はあまり芳しくない。そんな馬同士を交配させて誕生したのがセオドライトの2002、のちのテンペストクェークであった。

SSやブライアンズタイム、トニービンといった外国産種牡馬の時代と当たってしまったとはいえ、歴史の陰に消えつつある血統であった。それでも血統にはBlushing Groomやテスコボーイ、チャイナロック、ガーサントにマルゼンスキーと有名な種牡馬がおり、決してダメ血統ではなかった。ただ、現代競馬で活躍する血統かといわれれば頷きにくい血統であることは事実であった。

要するに、日本はおろか、欧州米国でも主流とはいいがたい血統であった。しかしそれを承知で交配したのは、何らかの計算があってのこと……ではなく、単純に牧場長の趣味だったという。テンペストクェークの活躍で世界中の血統の研究が大きく狂ったのは言うまでもない。

 

・馬嫌い

3歳春くらいまで、他の馬と積極的にかかわろうとせず、寄せ付けようとしなかったらしい。曰くキレたナイフのような馬だったとのこと。島本牧場の関係者は「母馬が育児放棄をしてしまった関係上、生まれたときから人間の手で育てられた。いろいろと心配なところも多くて、可愛がりすぎてしまった。これが原因で自分のことを人間だと思い込んでしまったのだと思う」と話しており、幼少期の生まれが原因であったといわれている。しかし、この性格は3歳夏ごろから見られなくなる。

 

・外見

当歳馬時代は足がやや外向気味で毛並みも微妙で、どことなく貧乏くさい外見をしていた。ただ、外向気味の脚も競走には問題ないレベルであったうえ、貧乏くさい外見であったが、ケガや病気とは無縁であったため、そこまで問題にはならなかった。ただ、幼駒のセリでは外見は重要な要素であるため、血統も相まって、高く評価はされないだろうと半ばあきらめていた。しかし、3歳夏ごろからは完全に馬体が完成し、520キロ超えの馬体も相まって筋骨隆々で威圧感満載の外見になった。

 

・ディープインパクト

同期にして宿命のライバル。弥生賞、皐月賞、日本ダービーでテンペストクェークに勝利したが、翌年の宝塚記念でやり返された。2200メートル以下ならテンペストクェーク、それ以上はディープインパクトというのがもっぱらの認識である。種牡馬時代に2頭は再会しており、親密にしていたようで、隣同士の放牧地だった時は、よく併せ馬をしたり、嗎あっていたようである。

2022年に日本に帰国した際には、ディープインパクトやシンボリクリスエスを筆頭に、親しかった馬達が軒並みいなくなってしまったため、結構落ち込んでいたという。ただ、新しく入ってきた種牡馬とすぐに仲良くなっているようである。

 

・帽子好き

テンペストクェークの画像を検索すると、大体帽子を被っているものが出てくる。インタビュー等の動画でも被っていることが多い。種牡馬時代や引退後もファンとの交流の場に出るときは被っていることが多かった。現役時代は厩舎の帽子を被っていることが多かったが、英国では西崎オーナーの被っていたシルクハットを奪い取って被っていた映像が残っている。意外とおしゃれ好きだったのかもしれない。お気に入りの帽子は藤山厩舎の帽子で、どこに行っても必ず厩舎に飾られているという。

 

・伝説のボス

所属していた藤山厩舎のボスであることはもちろん、美浦トレセン全体を統括するボスであった。また海外遠征で入厩したニューマーケットやモンマスパークでもすぐに現地の馬たちのボスになったというエピソードがある。4歳になるころには、美浦のボスになったようである。

テンペストクェークは弱い馬を守り、喧嘩の仲裁をするなど、馬社会のまとめ役となっていた。テンペストの前だと気性が荒い馬でも一睨みで大人しくなるなど、カリスマ性と威圧感は馬の目から見ても圧倒的だったのだろう。自分から「自分はボスだ」と主張するタイプではなく、後ろから見守りつつ、何かあったら前に出てくるタイプのボスだったと厩舎関係者は語っている。

テンペストクェークが引退によって美浦からいなくなる時には、美浦中の馬がテンペストの最後の嘶きに反応したという伝説のような話が残っている。ちなみに映像も完全に残っているので、マジの話である。

 

・友人が多い

テンペストクェークと仲の良い馬は結構たくさんいる。ライバルのディープインパクトも種牡馬時代に隣同士の馬房だったこともあり、仲が良かったようである。同じくシンボリクリスエスとも親しくしている姿が確認されている。現役時代では、ダイワメジャーやゼンノロブロイ、アドマイヤムーン、アサクサデンエンとも仲が良かったらしい。ハーツクライは英国遠征時にテンペストに煽られたのを覚えているのか、いつも威嚇していたらしい。ただ、不仲というほどでもなかったらしい。どっちだよ。

海外で過ごした時間も多いため、海外馬の数も含めると、数えきれないほどの友人がいたようである。コミュ力が高い馬だったのだろう。

 

・絶倫

2008年から種牡馬として活躍しているが、毎年200頭以上の種付けを行っており、受胎率も90%を常に超えていた。一日4回の種付けを行ったときも嫌がることなく種付けを行っていた。牝馬のえり好みもなく、種付け自体も上手であったため、各国の関係者は手間がかからない馬だったと語っている。ただ、種付けが好きかといわれるとそうではなく、自分の仕事として割り切っていたのではないかとも言われている。チャイナロックの血統が彼の種付け能力に反映したかどうかはわからない。

 

・知能

テンペストクェークにかかわった関係者たちのすべてが、彼の知能の高さを指摘している。一度行った場所を覚えており、人間の顔を覚えているなど、記憶力もよかった。「一度言い聞かせたことは大体覚える」と関係者も語っている。また学習能力が非常に高く、他の馬の走り方などを吸収して自分なりにアレンジすることが得意だったようである。馬術馬として活躍できたのも、スポンジのように技を吸収する能力があったからだといわれている。

 

・サービス精神

現役時代からカメラを向けると立ち止まってくれたり、名前を呼ぶと反応するなど、非常にサービス精神が旺盛であった。種牡馬時代も、必ず見物人の近くによってきてくれたり、立ち上がって嘶いたりするため、見物人から好評であった。完全に自分目当てで人間が来ていること、自分が何かすれば喜んでくれると言うことも理解しているため、こういった行動をするらしい。ただ、帽子を被って不用意に近づくと高確率で取られるため、見学の際には絶対に帽子を被るなと注意されている。

 

・適正距離

テンペストクェークが最も得意とする距離は1600メートルから2200メートルである。しかし、調教師の藤山は、「目標を12ハロン競走にして調教を積んでいけば、多分それくらいの距離も走れるはず。ダービーのこともあったし、体格的にも宝塚記念ぐらいの距離が限界だと思っていた。だけど、テンペストの学習能力の高さと、距離やコース、条件によって常に変わるストライド幅を考えれば、もう少し長い距離も走れたと思う。ただ、このテンペストの能力に確信を持てたのがアメリカ遠征の時だったから、ちょっと遅かったけどね」とコメントを残している。また、調教助手の本村も「テンペストには無限の可能性があった。6歳も走れたらという「もし」があったのなら、連勝記録も止まっていたので、12ハロンのGⅠに挑戦してもいいかもしれないと藤山先生と思っていた」と語っている。

高松宮記念を勝利しているため、下限は1200メートルである。そして伝説の宝塚記念をディープインパクト相手に勝利しているため、上限は2200メートルとするのが通常であるが、調教次第では、2400メートルや有馬記念の2500メートルも走れたのかもしれない。

 

・最強

競馬の最強論争ほど不毛な話題はない。時代や条件によって比較することが難しいからである。その中で、マイル~中距離においては、最強であると多くの場合において結論付けられるのがテンペストクェークである。中距離までなら日本どころか世界最強馬の一角に数えられている。実際WTRRでは141ポンドで2022年現在単独一位を維持し、タイムフォームのレーティングでも148ポンドの評価を受けており、これも単独一位である。一方でダービーでの敗北や、その後12ハロンの競走を勝利していないため、同馬を最強馬とすることに批判する声もある。

引き合いに出されるのがフランケルであるが、マイル中距離で戦った場合どちらが強いのかは欧州の競馬ファンの論争の的である。マイルだとフランケル、10ハロンならテンペストクェークという決着がつくことが多いようだ。ディープインパクトの時といい、どこの国も同じようなことを考えるのである。

日本、欧州、米国で年度代表馬になった馬はテンペストクェーク1頭だけであり、6か国の国際GⅠを勝利した馬も彼1頭だけである。「1つの国や地域で伝説になっている馬は多いが、それを超えて、文字通りワールドホースと呼べる馬は彼ぐらいである」と海外のとある評論家は語っている。最強かどうかは、議論の余地があるが、彼の勝ち鞍を再現できる馬は今後現れることはないため、唯一無二の馬であることは間違いない。

テンペストクェークに乗るまで、GⅠ未勝利だった高森騎手を乗せてGⅠ14勝できる馬が最強じゃないわけないだろという話はNGである。

 

・英国王室

テンペストクェークと英国の王室は深い関係にある。欧州遠征を全勝で終えた11月に、女王陛下がニューマーケットに訪れ、彼にまたがったことからその関係は始まった。彼女がテンペストクェークに近づいて首元を撫でたところ、乗れという仕草を見せたため、乗馬することになったという。テンペストはこの人は偉い人だということが分かっていたと厩務員の秋山は語っている。ともあれ、世界最強のサラブレッドに乗せてもらった競馬が大好きな女王陛下は、テンペストクェークのことをたいそう気に入ったのであった。このため「女王陛下のテンペストクェーク号(H.M.H Tempest Quake)などと現地で呼ばれた。

その後種牡馬となった彼に、自分の所有している牝馬を当然のように種付けしており、その馬が自身の名前を冠したクイーンエリザベス2世ステークスで勝利したため、完全に脳が破壊されてしまったようである。

 

・メロン好き

大好物はメロンらしく、しかも高級な夕張メロン。一応普通のメロンや果物もおいしそうには食べるのだが、明らかにテンションが違うので味の違いを分かっていたようである。欧州遠征やアメリカ遠征でもご褒美とのために厩舎スタッフにJRA、そして農水省、外務省、航空会社等があの手この手で頑張った結果、結構な数が持ち込まれたようで、テンペストクェークの走りを支えた。

この時ニューマーケットに美味しいメロンということで広まったようで、そこからいろいろあって英国王室にも献上された。今でも競馬関係者から人気のあるフルーツとなっている。

 

・温泉好き

無類の温泉好きらしく、一度入ると出ようとしないらしい。その時は大体メロンでつられるようにして出される。現役中にも温泉に入っている姿をニュースに取り上げられたりしている。引退後も定期的に入っていたようで、特別待遇であった。お湯が温いと不機嫌になるらしく温泉に関しては割と面倒くさい性格だったと施設のスタッフからはあきれられていた。

 

・西崎オーナー

テンペストクェークの所有者である西崎オーナーは、この馬が初の所有馬である。初の所有馬で世界最強の馬にして世界最高峰の種牡馬のオーナーとなった。強運を超えて豪運を持つ人。また、欧州遠征や米国遠征、また安田記念を回避して宝塚記念でディープと激突させるなど、非常に豪胆なオーナーでもある。テンペストクェーク以後はしばらく競走馬を所有していなかったが、有名馬の一口に参加していることが多く、相馬眼は本物であるようだ。

 

・馬名の由来

テンペストクェークが誕生した日は、牧場のある地域を猛烈な暴風雪が襲っており、風と雪で身動きが全く取れなくなるレベルの天候であった。ただ馬産にそんなのものは関係なく、最悪な天候の中で誕生した。生まれてすぐに地震も発生したというオマケまでついてきたようである。そのエピソードから暴風と地震を組み合わせた名前となった。やばい生命体が生まれてくることを地球が恐れていたのではないかと言われたりしている。

 

・妹

全妹がヤマニンシュトルムである。気性難エピソードに事欠かないあの牝馬である。この2頭は2歳年が離れているが、2007年に島本牧場で遭遇している。その時に大喧嘩をしたという記録や証言が残っている。ヤマニンシュトルムが執拗にテンペストクェークに喧嘩を売っていたらしく、珍しくそれに怒ったテンペストが妹の放牧地に侵入して、どちらの格が上かをわからせたとの話がある。また、この後に島本牧場の近くの育成牧場で2頭の併せ馬(主戦騎手が乗った)をしたらしく、全て兄が勝利している。この時から妹にとって兄は不倶戴天の敵になったようで、「テンペストクェーク」の名前を出すだけで不機嫌になるほどであった。

 

・泳ぎが下手くそ

テンペストクェークの苦手なものとして、プールトレーニングがあげられる。かなり泳ぐのが下手なため、あまりプールトレーニングは好きではなかったようである。プールそのものはそこまで嫌ではなかったようではある。温泉は好きなくせに……

 

・テンペストおじさんの誕生

メディアの影響もあり、一般人からも人気のあるテンペストクェークであるが、妙に熱心なファンが多く、カルト的な人気がある競走馬だったりする。父ヤマニンゼファーも産駒が走るたびに『ゼファー魂』の横断幕を掲げるファンがいるなど、熱心なファンが多い競走馬だったことも影響していた。3歳秋以降は有志のファンによって、競馬場には『ゼファー魂』のほかに、『テンペスト魂』の横断幕や幟が掲げられるようになり、英国やアメリカの競馬場でも掲げられていた。

テンペストファンは老若男女問わずいたが、一番目立ったファンがおじさんだったため、テンペストクェークの熱心なファンを総じて『テンペストおじさん』と呼んでいた。

その一番目立ったおじさんこと、狂人の類と呼ばれ、各多くの伝説を残した一般人(おじさん)である。

エピソードとしては、

 

・新馬戦のときのテンペストクェークに数万単位の金額を投入

 

・以後、すべてのレースを競馬場にて観戦(日本中の競馬場はもちろん、ドバイ、イギリス、アイルランド、香港、アメリカすべて)

 

・日本ダービー以降、有り金すべてをテンペストクェークに賭ける

 

・応援のために仕事を辞めて無職になる

 

・香港で一般人としてインタビューを受けるが、テンペストのレースをすべて観戦するために無職になったことを笑顔で語り、インタビュアー、スタジオの出演者含めて全員をドン引きさせる。

 

・アメリカ遠征のウッドワードSでテンペストが敗れた時も、帰りの飛行機代を含めた有り金すべてを賭け、すべてを失った。

 

・競馬場にいたアメリカ人と意気投合し、十数ドルを貸してもらう。そこから別のレースで帰りの飛行機代と当面の生活費を稼ぐ。

 

・BCクラシックで興奮しすぎて病院送りになる。

 

・テンペストとの日々(勝手に追いかけているだけだが)をつづったブログが大ヒットし、漫画などになった。

 

都市伝説のような話だが、全て本当のことらしい。

テンペストクェークの産駒のレースを見に、日本全国の競馬場に現れるらしく、目撃情報がたびたび上がっている。

なお、自分のマネは絶対にするなと本人はたびたび忠告しているので、真似はしないようにしよう。

 

 

その他・記録

 

 

獲得賞金について

テンペストクェークの生涯獲得賞金額の20億1727万1910円は当時の世界最高記録だった。その後、2019年にウィンクスに更新されたものの、日本記録としては2022年現在も最高記録である。単年の獲得賞金額は古馬王道グランドスラムを達成したテイエムオペラオーに続いて2位である。欧州4連戦の賞金額が低いから仕方ないね……

 

 

相棒・高森康明

これまでの通算成績や勝ち鞍を見る限り、日本国内外の実績のある騎手が騎乗していても何らおかしくはない。しかし、22戦のすべてを騎乗したのが2005年時点までGⅠ勝利数0勝の高森康明騎手(当時47歳)であった。実際、空前のライバル対決と呼ばれた宝塚記念までは、「もっといい騎手に替えろ」などと批判されることも多く、精神的に追い詰められていたことも告白している。しかし、毎日王冠以降、初のダートで相手がアメリカ最強馬だったウッドワードS以外、すべてのレースで勝利しており、高森が騎手として失敗したレースは一度としてなかった。「テンペストクェークは誰が乗っても勝利することができる馬である」という批評も聞くことが多いが、調教師がそれを否定している。

「高森騎手はテンペストの強さを一番知っていた。誰よりもテンペストを信頼していたからこそ、あれだけ大胆な騎乗をすることができた。そしてテンペストも彼の指示に忠実に従っていた。皐月賞でしっかりと折り合いをつけることができたこのコンビを、実績がないからという理由で替えるなんてことは考えなかった」、「テンペストは結構プライドが高いし、何より賢い。気性はいいし、優しいから勘違いしがちだけど、信頼した人間にしか本当の意味で心は開かない。高森騎手のことは本当に心から信頼していたし、乗り替わりなんてしたらまた一から信頼関係の構築をしないといけない。それにテンペスト自身が信頼している高森騎手を替えたとなると、それを指示した我々調教師たちに不信感を持つようになるだろう」と調教師の藤山は語っている。テンペストクェークと高森が信頼し合っていることを証する映像や写真、エピソードは多数残っており、人馬一体という言葉が似あうコンビであった。

高森康明騎手は、2度の落馬事故で騎手生命を危ぶまれるほどのケガを負っている。そのうえ交通事故で死の淵に立たされたこともあるほど、苦難の人生を歩んできた。しかし、そのたびに騎手として復活し、最前線で戦い続けた不撓不屈の精神を持った騎手である。そんな彼が晩年に出会った馬が、世界最強の馬であった。この出来すぎた物語のような話は、のちにドラマとなった。テンペストも本人役としてしっかりと出演している。やっぱUMAだよこいつ。

ちなみにテンペストクェークと過ごした日々を書いた著書を執筆している。書いている内容は割と気持ち悪いが、普通に面白い。本人の語学力が無駄に発揮されたのか、英訳版も出版されている。

 

 

馬術馬、テンペストクェーク

種牡馬として活動する一方、オフシーズンには馬術馬として大会に出場していた。本来サラブレッドは馬術馬には向いていないうえ、種牡馬を経験した馬はもっと向いていないといわれている。しかしテンペストクェークにはそんなことは関係なかったようで、試験を全く問題なく合格し2009年から馬術大会に出場し始めている。ただ、流石にケガのリスクを考慮して障害馬術はNGだったようである。

2012年にはロンドンオリンピックの馬場馬術個人と団体に出場。個人で金メダルを獲得した。1932年のロサンゼルスオリンピックの西竹一以来の馬術での金メダルであった。

その後、英国に渡ったことで馬術馬を引退した。

後にも先にも種牡馬として現役中の馬が、馬術で金メダルを取ることはないと断言されている。ある意味競馬よりも意味不明な偉業を達成している。

そしてこの功績から、UMAの称号を世界から与えられた。

 

ちなみに産駒で牡馬は賢く、素直で大人しい馬が多いため、競走馬になれなかった、引退した馬も馬術馬や乗馬馬になれる割合が高い。あとタフで頑丈なので、サラブレッドなのに馬術や乗馬の世界で重宝されている。

 

 

記録

生涯獲得賞金 20億1727万1910円

 テイエムオペラオーの18億3518万9000円を更新。世界記録。

1走り当たりの獲得賞金額 9169万4177円

 テイエムオペラオーの7058万4192円を更新。

平地GⅠ 14勝

 シンボリルドルフ、テイエムオペラオーの7勝を更新。

平地GⅠ 10連勝(GⅠ競走以外の競走を挟まない)

 ロックオブジブラルタルの7連勝を更新。世界記録。

平地GⅠ 年間7勝(7戦無敗)

 テイエムオペラオーの5勝を更新。

平地GⅠ 13戦連続連対

 テイエムオペラオーの9戦連続連対を更新。

平地GⅠ 19連対

 テイエムオペラオーの11連対を更新。

平地重賞 16勝

 テイエムオペラオーの12勝を更新。

平地重賞 14連勝

 テイエムオペラオーの8連勝を更新。

 

6か国のGⅠ競走勝利

11競馬場でのGⅠ勝利

WTRR単独世界一

タイムフォームレーティング単独世界一

カルティエ賞年度代表馬

エクリプス賞年度代表馬

英国競馬殿堂入り

米国競馬殿堂入り

顕彰馬

2012年ロンドンオリンピック 馬場馬術個人金

 

記録の大体がテイエムオペラオーのものを更新している。国内は12戦9勝であるため、中央競馬だけの記録はそこまでぱっとしない(GⅠ5勝)が、海外では10戦9勝(GⅠ9勝)と無類の強さを発揮しており、中央競馬との記録を合算すると世界記録をいくつも更新している。

 

 

 

血統

 

背景

 

父ヤマニンゼファー、母セオドライト、母父サクラチヨノオーという血統。全妹にヤマニンシュトルムがいる。父、母父共に産駒成績はぱっとしないうえ、島本牧場という小規模な牧場出身ということもあり、生まれたときから高い評価を受けていたわけではない。

母は史上最高の名牝と呼ばれる牝馬であるが、テンペストクェークが最初の産駒であるため、この時はただの繁殖牝馬に過ぎなかった。

 

この異色ともいえる配合は、生産牧場の牧場長、島本哲司の趣味による配合であることが、インタビュー等で明かされており、ロマン配合の大成功例として挙げられている。

この場長のロマンが原因で世界の血統図の変化を与えることになるとは誰も思わなかった。思ってたまるか。

 

 

血統図

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

主な産駒

 

 

 

 

 

関連動画

 

 

 

 

 

関連項目

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




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いつもありがとうございます。


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アニヲタwiki風

データコーナーは最後になります。
ニコニコ大百科以上に編集者の主観が入ったディープのアニヲタwikiは必見です。こういうのもまた一興。
要望があればその都度加筆していきますので、メッセージにてお願いいたします。



テンペストクェーク

 

登録日:20XX年○月○日

更新日:2022年10月29日

 

 

タグ一覧

05クラシック世代 G1馬 JRAのお気に入り ヤマニンゼファー産駒 グランプリホース サラブレッド 日本血統の執念 サクラ軍団 ロマン配合 第三次競馬ブーム リアルチート 歴代最強候補 10ハロンの暴風 暴風伝説 名馬 神馬 天皇賞馬 牡馬 種牡馬 社会現象 顕彰馬 末脚 世界1位 高森康明 競走馬 競馬 アイアンホース 万能 英国王室 エリザベス女王 UMA 馬術 馬場馬術 2012年ロンドンオリンピック 

 

 

女王陛下のテンペストクェーク号

 

東京競馬場ポスター(2022年 エリザベス女王在位70周年特別記念ポスター)

 

 

テンペストクェークとは、日本の元競走馬、現役種牡馬。

国内・国外GⅠ14勝という日本記録を持ち、GⅠ10連勝の世界記録を持つ。

マイル、中距離において、日本を含めた6か国で暴れまわり、同期でライバルのディープインパクトと共に第三次競馬ブームを引き起こした。

日本はおろか欧州でも最強馬候補の筆頭として名前が挙がっており、世界中からその強さを讃えられている伝説級の競走馬。

種牡馬としても素晴らしい活躍を見せ、その血統は世界中の馬産業界のブランドとして扱われており、世界中の競馬場で産駒が活躍している。

また、馬術馬としても活躍し、2012年馬場馬術に出場した選手の騎乗馬としてオリンピックに出場。金メダルを獲得し、世界中からUMA認定された怪物馬である。

 

 

2002.3~

父:ヤマニンゼファー

母:セオドライト

母父:サクラチヨノオー

 

通算成績22戦18勝[18-3-0-1]

 

主な勝ち鞍

2005年

毎日王冠(G2)

天皇賞(秋)(G1)

マイルCS(G1)

 

2006年

中山記念(G2)

ドバイDF(G1)

宝塚記念(G1)

インターナショナルS(G1)

愛チャンピオンS(G1)

クイーンエリザベス2世S(G1)

チャンピオンS(G1)

香港カップ(G1)

 

2007年

高松宮記念(G1)

クイーンエリザベス2世C(G1)

安田記念(G1)

ジョッキークラブGC(G1)

BCクラシック(G1)

 

◯目次

 

・出生

2002年3月、島本牧場で誕生。父は強烈すぎたそよ風と呼ばれたヤマニンゼファー。母はのちに日本競馬屈指の名牝と呼ばれるセオドライトであった。母の父はオグリ世代のダービー馬サクラチヨノオーである。全妹にスプリント路線で活躍したヤマニンシュトルムがおり、半妹弟にG1馬、重賞馬が多数存在している。

 

父は種牡馬としての実績はかなり低く、血統的に高い評価を受けることはなかった。また、足は外向気味で貧乏くさい外見をしていたようで、こちらの面でも高い評価は受けていなかった。生産者である島本牧場も繁殖牝馬が20頭もいない小規模牧場で、中央の重賞馬をたまに輩出する程度の牧場であった。ここまでわかる通り、血統や生産牧場、外見のマイナス要素が大きく、幼少期から高い評価は与えられていなかった。しかし、生垣をジャンプして超えるような遊びをしており、けがを心配したスタッフによって、乗馬コースで遊ばせられていたというエピソードがあるなど、運動量や身体能力の高さの片鱗は見せていた。

また、母馬が育児放棄をしたため、人間のスタッフに育てられたこともあり、非常に人懐っこい性格に育った。ただ、この生い立ちのためか、ほかのサラブレッドたちとそりが合わなかったらしく、いつも一人でいることが多かった。このことが、のちの関係者を大いに困らせることになる。

こういった経緯もあり高値では取引されないだろうと従業員たちは考えていたが、1歳の夏に庭先取引で個人オーナーの西崎浩平氏に750万円程度で購入された。当時のヤマニンゼファーの種付け料が約50万円程度だったという情報もあるため、それなりの値段で取引がされたようである。「仔馬が楽しそうに障害を跳んで遊んでいる姿を見て、この馬がいいと思った」と西崎氏は語っているが、このセオドライトの2002が馬主として初めて所有した馬であった。

 

1歳の秋には育成牧場に入厩し、馴致訓練などの育成が行われた。馴致訓練を全く嫌がらず、併せ馬でも高い能力を見せており、高い素質があるのではないかと評価されていた。その後、育成牧場での同馬を見た美浦の藤山順平調教師が、重賞をとれる能力はあると判断したこともあり、藤山厩舎に入厩が決まった。牧場関係者や島本牧場と藤山氏とは縁があったらしく、真っ先に紹介されたという。島本牧場や育成牧場、西崎氏は、大手の厩舎に縁もコネもなかったため、有名な調教師に預けられることはなかったのである。

藤山厩舎は、G1馬を輩出したことがなかったが、コンスタントにオープン馬を輩出し、たまに重賞馬も輩出していた厩舎であった。ただ、零細馬主の競走馬を積極的に受け入れており、そういった人たちから高い評価を受けていた調教師であった。新人馬主に小規模な生産牧場に育成牧場と零細欲張りセットのような状況だったため、本馬が藤山厩舎に預けられたのは必然であったのかもしれない。

競走馬として登録されることになると、『テンペストクェーク』という名前が正式に登録された。これは、牧場が猛烈な暴風雪に襲われていた時に誕生し、生まれて数分後に地震も発生したというエピソードから名付けられた。怪物が誕生することを地球が恐れていたのかもしれない。

 

2004年の夏に美浦トレセンに入厩し、本格的な調教が始まった。当初の見込み通り、「重賞は取れる能力はある」と藤山氏は思ったようで、将来を期待させるスペックを見せていた。しかし、馬体の完成が遅かったこともあり、デビューは12月とやや遅めであった。

デビュー直前に、厩舎の所属騎手である高森康明氏が乗り込んだ。藤山厩舎所属の騎手なのに本馬に初めて乗ったのが12月だったのは、単純に他の馬の調教で手いっぱいだったことと、本馬の調教を藤山調教師と本村調教助手が専属で行っていたためである。

「乗った時、潜在能力の高さを感じた。どこまで強くなれるのか底がわからなかった」と高森氏は話しており、「この馬ならG1を取れるのではないか」と思っていたという。

 

 

・現役時代

2歳-3歳(2004年-2005年)

2004年12月に東京競馬場の新馬戦でデビュー。血統や調教師、騎手が有名ではないため、大きな注目を集めることはなかったが、追切の時計などが評価され、5番人気まで上がったものの、パドックで入れ込むような姿を見せたため、最終的に8番人気に落ち着いた。

レースはスタートから先頭に立ち、そのまま逃げ続けて3馬身差で勝利した。勝ち方自体は逃げ切り勝ちといった形で大きく評価されるような勝ち方ではなかった。この1週間後にディープインパクトとかいう怪物が衝撃のデビューを飾ったため、全部話題がそっちに流れたというのもある。

ただ、このような「逃げ」での勝ち方は陣営の想定にはなく、この時からテンペストクェークのレースでの気性の悪さとの戦いが始まった。騎手の指示に全く従わないという悪癖を見せ始めていたのである。のちの評価で、人に従順で操縦性が高いといわれる本馬もデビュー戦から弥生賞までは騎手の指示に全く従おうとせず、好き勝手に走り回る気性難だったのである。「賢すぎたのだと思う。自分の力だけで勝てると思っているから、騎手の自分のことなんてリュックサック程度にしか思っていなかったのだと思う」と高森氏は語っており、割とナルシストな性格であったようだ。

また、厩舎でもほかの馬との関わり合いを拒否するなど、日常生活でも問題点を抱えており、他の馬に対しては「切れたナイフのようだ」と意味の分からないコメントを藤山調教師は残している。

 

2戦目は1月30日に中山競馬場で開催されるセントポーリア賞(500万以下条件戦)に出走した。本来は関西遠征をおこない若駒Sに出走する計画を立てていたが、前述の折り合い面で課題を抱えていたため、計画を変更した。もし当初の予定通りなら1月の時点でディープインパクトと激突していたことになる。

レースは前回と同様に最初から最後まで逃げ続け、1馬身差で勝利した。逃げ馬の典型的な勝ち方といえる勝利であったが、陣営は折り合い面での課題が全く解決できなかったとして、かなり危機感を感じていたという。

 

続いては、皐月賞のトライアルレースである弥生賞に出走。ここにはすでに三冠確実といわれているディープインパクト、2歳王者のマイネルレコルトなどの重賞馬も出走しており、ハイレベルなメンツがそろっていた。レースでは前2戦と同様に最初から先頭に立ち続けていたが、途中で後続に数馬身以上の差を付けるなど、第4コーナーまでは独走状態であった。しかし、最終直線でディープインパクトにかわされて2着に終わった。2着争いも接戦で、ぎりぎりで2着を確保したと言っていいような結果であった。ディープインパクトはこの時、全く鞭を使っておらず、着差以上に隔絶した実力差を見せ付けたレースであった。

このレース後に珍しく飼い葉の食いが悪くなったようで、目に見えて落ち込んでいたようで、「精神的に結構ナイーブなところもあった」と語られるほどであった。ただし、陣営はこの敗北をそこまでマイナスにはとらえていなかった。どうやら調子に乗っていたテンペストクェークにはいい薬になったと考えている節があったと藤山陣営は告白している。曰く「島本牧場や育成牧場で甘やかされて育ってきて、それで同期のなかでも飛びぬけて才能があった。そのうえ新馬戦と条件戦で勝利したことで、明らかに調子に乗っていた」「世間知らずの生意気な小学生」などとわりと辛辣な言葉を投げかけられている。いずれにしても馬に対するコメントではないだろう。

 

次は皐月賞。「誰が勝つか」ではなく「どのようにディープが勝つか」といわれるほど、ディープインパクトに注目が集まったレースとなった。しかし、スタート直後で躓いたディープインパクトと同様に、テンペストクェークもゲートから出るのが遅れてしまい、2頭同時に出遅れてしまった。また、第1コーナー付近まで騎手の指示に従わず、完全に掛かってしまっていた。しかし高森騎手が懸命に抑え込んだことによって第2コーナー付近で落ち着きを取り戻し、後方から競馬を進めることになった。第4コーナーで外を捲って先頭に立ったディープインパクトをさらに外から猛追したものの、差し切ることはできず2着に敗れた。ディープは1.58.5のレコード記録での勝利であり、3着には5馬身差をつけていた。敗れはしたものの、ディープインパクトに匹敵する能力を秘めているのではないかと一部のファンから、「この後化けるかもしれない」と期待され始めたレースであった。また、久しぶりのヤマニンゼファー産駒の期待馬に、ゼファーファンが沸いたのは言うまでもない。

このレースで、馬となんとか折り合いをつけることができた騎手の高森は、「もし前に行こうとしたら、喧嘩してでも自分の指示を聞いてもらおうと思った。彼は賢いから自分の力で勝てると思っていたのだと思う。だけど、競馬はそんな簡単なものじゃないってことを知ってほしかった。『俺は20年以上この世界で戦っているんだから、もっと俺を信用してくれ』、こんな風に思って、乗っていました」と自身の著書で語っている。

また、ディープインパクトの騎手は、「テンペストクェークが猛追してきたのがわかった。ディープが加速してくれたおかげで差し切られずに済みました」として、本馬の猛追に肝を冷やしていたと語っている。

 

次は日本ダービーに出走することになった。しかし、テンペストクェークにとっては距離が長いのではないかといわれていた。本馬の体格は父と同様に胴が詰まった短距離馬であったからである。レースでは、最終直線で見せ場を作ったものの、6着に敗れた。このレースは、テンペストクェークが競走生活で唯一掲示板を外したレースとなった。

勝利したのは、2着のインティライミに5馬身差をつけ、レコードタイ記録をたたき出したディープインパクトであった。弥生賞から数えて3連敗となったテンペストクェークであったが、この雪辱は1年後に果たされることになる。

 

ダービー後は故郷の島本牧場で過ごし、休養とリフレッシュを行った。休養を終えて帰厩したテンペストクェークは、同じ美浦トレセンのゼンノロブロイと併せ馬などをしたことで、坂路などの調教のタイムが軒並み向上し、急激な成長を見せた。馬体が完成し始めたこともあるが、併せ馬を定期的に行っていた別厩舎のゼンノロブロイから走り方などを学習したことも大きいといわれている。馬体も成長し、さらに強くなったテンペストクェークは10月の毎日王冠に出走することが決められた。

 

毎日王冠には、ダイワメジャーやスイープトウショウといったGⅠ馬が出走しており、なかなかのメンツがそろっていた。レースは、第4コーナー付近までは後方で待機し、直線に入ってから大外一気で、そのまま先頭を交わして勝利した。古馬を相手に完勝といっていい内容であった。馬、オーナーにとって初の重賞制覇であり、ヤマニンゼファー産駒待望の中央平地重賞であった。そして、この勝利から怒涛の連勝記録が始まるのである。

 

10月末の天皇賞(秋)は106年ぶりとなる天覧競馬となり、記念すべきレースとなった。出走メンバーにはゼンノロブロイやスイープトウショウを筆頭とした実績のある古馬が集結していた。この中でテンペストクェークは、毎日王冠の勝ち方が評価されて4番人気に支持されていた。

レースは、スイープトウショウがゲート入りを渋るというハプニングがあったものの、滞りなく始まった。中団でゼンノロブロイをマークするように外を回って走り、第4コーナーで外を回って、直線に入った。そのまま先頭になると、後続の猛追を振り切って2着に1馬身差で勝利した。勝ち時計は1.59.8であった。

この勝利で、初GⅠのタイトルを獲得。また、騎手、厩舎、馬主、そしてヤマニンゼファー産駒初のGⅠ勝利であった。天覧競馬であったこともあり、馬上からの高森騎手の最敬礼と、なぜか同じように頭を下げてお辞儀をしているテンペストクェークの写真が撮られている。このころからUMAだったんじゃないか。

 

3歳シーズンのラストレースは京都競馬場開催のマイルCSであった。中3週間と3歳馬には厳しい日程であったが、1番人気でスタートとなった。レースは、第4コーナーまで中団で待機し、最終直線で大外から先頭にいたダイワメジャーをゴール前で差し切った。テンペストクェークは、上がり3F32.8という最速の大外一気で勝利するという豪脚を見せつけた。この勝利でGⅠを連勝し、毎日王冠、天皇賞(秋)、マイルCSを初めて同一年度に連勝した。この後、ダイワメジャーとカンパニーが同様に連勝するものの3歳での連勝はテンペストクェークのみである。

マイルCS後は、翌年まで休養と調整に入った。

 

この年の活躍で、WTRRのM/I区分のレーティングで123ポンドを獲得。JRA賞の最優秀短距離馬と最優秀父内国産馬を獲得した。香港マイルを勝利したハットトリックと短距離馬の受賞を争ったが、3歳馬で活躍したという点が評価されての受賞であった(あとは直接対決で勝利したこと)。

 

 

4歳(2006年)

充実期を迎えたテンペストクェークの最初の目標は、2006年3月末にUAEのナドアルシバ競馬場で開催される「ドバイミーティング」への出走であった。いくつかあるレースの中で、陣営が選択したのは芝1777mで行われる「ドバイデューティフリー」であった。賞金額が300万USドルと高額であるため、世界の強豪マイラーが集うレースである。予備登録後の2月に招待状が届き、出走が確定した。

 

2006年の初戦は、ドバイDFのステップレースとして2月末に中山競馬場で行われる芝1800mの中山記念に出走した。雨の影響で重馬場となったが、昨年の勝ちっぷりを評価されたこともあり、1番人気でレースを迎えた。レースは、好スタートのまま先行し、先頭集団でレースを進め、最終直線で逃げ粘るバランスオブゲームを交わして1馬身差で快勝した。

4歳になっても好調ぶりを見せつけたテンペストクェークは確かな手応えを見せたのであった。

 

3月中旬には、ドバイミーティングに出走する馬たちと共に関西空港からドバイに向かい、トラブルなく当日を迎えた。レース前には、テンペストの馬体の良さを見た競馬関係者からは、日本からすごい馬がやってきたと思わせるほどの完成度を見せつけていた。

レースには日本のハットトリック、アサクサデンエンが出走し、海外の有力馬は英チャンピオンSを勝利したデビットジュニアやコックスプレート勝ち馬のフィールズオブオマーなど、世界のGⅠ馬が集まっていた。しかし、テンペストクェークが直近の成績が一番良かったこともあり、優勝候補として評価されていた。

レースでは、先頭から3,4番手付近で競馬を進めるという先行策を選択。ハイペースにならなかったこともあり、余裕をもって最終直線に入った。

テンペストのやや後方にいたデビットジュニアが先に仕掛けるものの、それに反応した高森騎手が鞭を入れて一気に加速し、残り200メートル付近で先頭馬を交わした。そのまま2頭の末脚勝負になる……と誰もが思ったが、並びかけてきたデビットジュニアをそのまま突き放し、5馬身差をつけて圧勝した。

この着差は同レース最大着差というとんでもない勝ち方をしたこともあり、国際的にも高い評価を得ることになった。このレースが同馬の最高のパフォーマンスを示したレースになったと考えていた有識者もいたが、それは良い意味で裏切られることになる。このレースがあくまで海外での伝説の始まりに過ぎなかったのである。

 

日本に帰国後、陣営はテンペストクェークの次走を安田記念に設定しようとしていた。ニホンピロウイナー、ヤマニンゼファーから続く親子三代安田記念制覇という目標があったためである。その一方で、宝塚記念でのディープインパクトとの対決を望む声が上がってきていたのである。

当時、JRAからの強引ともいえる宣伝のおかげもあってか、ディープインパクトは競馬ファンの枠組みを超えて世間からの人気を集めていた。すでにデビューから無敗で10連勝中、弥生賞から重賞8連勝中の怪物を倒せる可能性があるのは、昨年からGⅠを勝ち続け、ドバイDFで圧巻のパフォーマンスを見せたテンペストクェークしかいないと期待されてのことであった。よく考えると、ほかの馬では歯が立たないと言っているようなものだし、テンペストクェークに対しても当て馬感が強いので失礼な話ではあるが、当時はそれぐらいディープインパクトの強さが際立っていたのである。とはいえ、どのレースに馬を出走させるかは陣営が判断することであるため、ライバル対決が実現するかどうかは未知数であった。テンペストクェークはマイル~2000メートルを得意としているため、2200メートルの宝塚記念は距離に不安があるのではないかと考えられていたためである。より勝率が高いのは、得意距離である安田記念であることも事実であるため、そちらに出走する方が合理的ではある。しかし、藤山調教師は「今のテンペストクェークには絶対がある。どんなレースでも負けることはない」と語り、テンペストクェークを史上最強の怪物が待ち受ける宝塚記念に出走させることを宣言したのであった。こうして、2頭の怪物が宝塚記念にて激突することが決まったのであった。

2頭の対決は多くの注目を集め、当日は大雨の中、13万人以上の競馬ファンが京都競馬場に駆け付け、スポーツ番組の特番という形で、多くの放送局が中継番組を報道した。当日の天候は大雨であり、馬場状態は不良馬場に近い重馬場となった。ディープインパクトは阪神大賞典で稍重の馬場を経験しているが、この馬場に対してはやや経験不足といった声も聴かれた。一方のテンペストクェークは中山記念で重馬場を経験しているため、馬場の経験ではややテンペストクェーク有利なのではと思われていた。しかしながら、2000メートル以上の競馬での実績の違いから、一番人気は当然のようにディープインパクトであった。ただし、これまでのように圧倒的一番人気ではなく、本馬にも人気が集まっていた。藤山が「調教師人生でもう一度やれと言われても無理といえるほどの状態にまで仕上げた」と語っており、大雨の中でも神々しい馬体を見せつけていた。どちらの馬も絶好調であったため、競馬ファンたちは、これは世紀のライバル決戦が見れるかもしれないと大きく盛り上がっていた。ほかの陣営からしてみれば悪夢以外の何物でもない。

レース直前の返し馬で高森騎手を振り落とすというハプニングがあったものの、特に問題はなく宝塚記念は始まった。スタート後、中団後方に待機し、内柵沿いの経済コースを走りながら、末脚を発揮する機会をうかがっていた。第4コーナーに差し掛かると、ディープインパクトがいつものように先団にとりついて、直線一気の態勢に入った。一方の本馬は、内側を通り続けていたため直線に入るまで馬郡の中にいたため、抜け出すことは難しい位置取りであった。しかしながら、直線に入ってわずかに生じた馬群の隙間を縫って一気に抜け出し、残り250メートル付近でバランスオブゲームを捉えて先頭に躍り出ていたディープインパクトを猛追し始めた。残りの馬たちが重たい馬場状態に苦戦している中、異次元の加速を見せる2頭の追い比べがはじまった。残り100メートル付近でディープインパクトが半馬身ほどリードしていたが、鞍上高森の追い鞭による闘魂注入のおかげか再加速し、そのままアタマ差をつけてゴール板を通過した。

 

「暴風が衝撃を飲み込んだ!これが日本競馬の執念だ!」―『宝塚記念』○○アナー

 

この勝利でテンペストクェークは、重賞6勝目、GⅠ4勝目を獲得し、グランプリホースとなった。一方のディープインパクトにとっては、初の敗北であり、唯一の黒星となった。

大雨による重馬場で、時計のかかるコンディションの中、勝ち時計は2.12.8。両者ともに上がり3Fは33秒台後半という優秀なタイムであった。ただ、本馬の方がラスト1Fを10秒台で駆け抜けており、このラスト1Fの猛烈な末脚にディープインパクトは敗れたのであった。

高森騎手は「あと少し頑張ってくれと思って鞭を入れた。彼は応えてくれた。スピード、パワー、瞬発力だけでなく父譲りの驚異的な勝負根性があったからこの競馬は勝つことができた」とパフォーマンスを高く評価した。ディープインパクトの鞍上は、「間違いなく、ディープにとって理想的な競馬だった。油断も慢心もしていなかった。だけど差し切られた。しばらくショックで呆然としていた」と語っており、決して忘れることができないレースの一つであると語っている。

ちなみに、3着のナリタセンチュリーには5馬身半差をつけており、ほかの陣営からは、この2頭と秋競馬で戦い続けなければいけないのかと思われることになり、多くの絶望を与えたレースとなった。

 

宝塚記念で雪辱を果たしたテンペストクェークは、夏から秋にかけて、欧州の中距離レースに向かうことを発表。その最初のレースとして、8月22日ヨーク競馬場開催のGⅠレース、インターナショナルステークスへの出走を表明した。昨年に、ゼンノロブロイが惜しくも2着に敗れたレースである。その後は体調を判断しながら、欧州のGⅠレースに出走する計画であった。

宝塚記念後の7月下旬に日本から出発し、英国のニューマーケットの厩舎に入厩し、同地で調教が始まった。現地での評価も高く、好走が期待されていた。

欧州遠征1戦目のインターナショナルステークスでは、愛ダービーを勝利したディラントーマスがいたものの、大きな実績を持った馬はそこまでおらず、8頭立てでのレースとなった。

スタートと同時に中団に待機し、レースを進めた。ラストの直線に入ると、ほかの馬が馬場状態の良い外ラチ側によって行くのを見ながら、内ラチを走り続けていた。そして残り3ハロン半くらいから加速し始め、そのまま先頭に立つと、後方の馬を全く寄せ付けることなく独走状態となった。最終的に2着のノットナウケイトに12馬身差という着差をつけて圧勝した。同レース最大着差での勝利であり、現地の競馬関係者からは、極東から怪物がやってきたと大きく警戒されることになった。

一方で、今後の連戦を考えると、ここまでの圧勝劇は疲労を考慮すると必要なかったのではと藤山調教師は考えていたようだが、馬の方に異常が全くなかったため、心配は杞憂であった。というより、まだまだ余力を残していたということである。

 

欧州遠征2戦目は、9月9日にアイルランドのレパーズタウン競馬場にて開催されるアイリッシュチャンピオンステークスであった。前から中2週でのレースであり、日本馬にとってはなかなかハードなレーススケジュールであったことから疲労等が心配された。しかし、体調面、精神面に特に異常はなかったことから問題なくレースに出走した。ここではディラントーマスのほかに、GⅠ5勝中のアレキサンダーゴールドランや2004年の欧州年度代表馬に選ばれたウィジャボードといった強豪牝馬が出走していた。レースでは、ペースメーカーのエースが先頭を走って逃げるという展開になった。直線手前のコーナーで馬体をぶつけられ、進路をスタミナ切れで後退してきたエースにふさがれるという不利を受けながらも、騎手の足が接触するほどの内ラチ沿いから一気に抜け出し、先頭で競り合っていたディラントーマスとウィジャボードに残り半ハロンで追いついた。3頭の叩き合いになると思われたが、残り50メートル付近で一気に抜け出し、そのまま半馬身差で勝利した。

道中の不利を寄せ付けず、4歳牡馬というライバル3頭よりも不利な斤量を重ねながらも勝利したことで、テンペストクェークが欧州最強クラスの実力を有した馬であることを現地の競馬関係者に知らしめた。ここから、対テンペストクェークとして欧州陣営の強豪馬が集結することになる。

 

欧州遠征3戦目は、9月23日開催のクイーンエリザベス2世ステークスであった。英国の上半期のマイル王決定戦ともいうべきレースであり、3歳馬から古馬まで各地のマイルレースを走っていた強豪が集結するGⅠレースである。2006年は、テンペストクェークを止めるべく、欧州中の強豪馬が集結した。英2000ギニー勝ち馬のジョージワシントン、愛2000ギニー、St.ジェームズパレスS勝者のアラーファ、フランスマイルGⅠを連勝中のリブレティスト、マイルの名牝ソビエトソングに、それをサセックスSで破ったコートマスターピースなどが出走を表明した。12頭中、9頭がGⅠ馬であり、現時点で集めることができる最高のマイラーが集結していた。この豪華なメンツで、前のレースから2週間という短い間隔、最大斤量を背負うという不安要素もあったが、現地オッズでは一番人気に支持されていた。

レースでは、スタート直後に躓いてしまい、大きく出遅れてしまうというハプニングが発生してしまった。しかしながら、最終コーナー手前までにゆっくりと最後方に追いつき、そこから外を回りながら直線に入り、一気に加速。上がり1F10秒という驚異的な末脚を見せつけ、先頭を走るジョージワシントンを捉えて1馬身半差で勝利した。

ラスト3ハロンから強豪のマイラーたち11頭を撫で切りにし、2着に1馬身半差をつけた驚異的な末脚を欧州の人間に見せつけたのであった。この勝利で、名実ともにマイル世界最強馬として評価されることになった。

 

欧州遠征最終戦は、10月14日開催のチャンピオンステークスであった。このレースでも対テンペストクェークのため、欧州中の強豪馬が集結した。愛チャンピオンSを走ったディラントーマスやウィジャボード、アレキサンダーゴールドラン、2006年英ダービー馬のサーパーシー、2005年のインターナショナルステークスでゼンノロブロイを破り2006年のドバイWCを勝利したエレクトロキューショニスト、2005年凱旋門賞馬ハリケーンラン、2006年パリ大賞、2006年凱旋門賞2着のレイルリンク、2006年サンクルー大賞馬のプライド、2006年仏オークス馬コンフィデンシャルレディ、2005年チャンピオンSの勝ち馬のデビットジュニアが参戦していた。14頭中10頭がGⅠホースであり、現状芝中距離最強決定戦のようなレースであった。これだけのメンバーを集めながらも、現地では絶大な支持を集め、圧倒的一番人気に支持されていた。

2006年当時はニューマーケット競馬場で開催されていたため、直線10ハロンのコースであった。レースは中団で待機し、残り3ハロンから一気に加速し始めた。このレースでは、馬体をぶつけられ、顔付近に鞭が当てられるといった露骨な妨害を受けたが、意に介さない強靭な精神力でレースを進めていた。ラスト2ハロンからは同じように上がってきたレイルリンクとエレクトロキューショニストの2頭と激しい叩き合いを演じた。そしてゴール前直前で一気に迫ったデビットジュニアとプライドと共に5頭同タイミングでゴールに入線した。判定の結果テンペストクェークが鼻差で先着し、勝利の栄光を手にした。このレースでGⅠ8勝目をマーク。シンボリルドルフの7勝の記録を超え、日本記録を更新した。わずか2か月弱の期間でマイル中距離GⅠを4戦し4連勝するという快挙を達成した。現在では、QE2世SとチャンピオンSが同一日開催になったため、本馬のローテを再現することはほぼ不可能となっている。

11月には、欧州でのマイル中距離GⅠレースを同一年度に4連勝したことが評価され、2006年度のカルティエ賞年度代表馬、最優秀古馬を受賞した。これは、日本馬として初の快挙であった。

 

2006年シーズンの最終戦として、テンペストクェークは12月10日に香港沙田競馬場で行われる香港国際競走の香港カップに出走した。レースでは、欧州からの連戦組であるプライドやエレクトロキューショニスト、BCフィリー&メアターフを勝利したウィジャボードといった強豪馬も出走、日本からアドマイヤムーン、ディアデラノビアが出走した。レース前のパドックで馬っ気を出すというどこぞのアイルランド馬ムーブをかますものの、一番人気は揺らぐことはなくレースは始まった。スタート後は、先頭集団で最終直線まで進めるという先行策を選択。最後の直線で先頭に立ち、そのまま1馬身差で勝利した。アドマイヤムーンやプライドなどの後続馬が猛追するが、驚異的な粘りで先頭を維持する本馬を差し切ることはできなかった。

この勝利により、2006年シーズン無敗が確定。8戦8勝GⅠ7連勝というとんでもない成績を残した。この年の活躍でWTRRの中距離区分のレーティングにおいて139ポンドを獲得し世界一位に輝いた。同時に、2006年度のJRA賞年度代表馬、最優秀4歳以上牡馬、最優秀短距離馬、最優秀父内国産馬を受賞した。

年度代表馬の選出では、GⅠ4勝、7戦6勝という成績を残したディープインパクトと争った。日本の悲願であった凱旋門賞を勝利しており、普通なら満票で年度代表馬に選ばれるような成績であった。どちらの馬を選ぶべきか最後の最後まで争われたが、最終的には8戦8勝の年間無敗の達成と直接対決の結果が考慮されたのか、テンペストクェークが年度代表馬に選ばれた。凱旋門賞を勝利し、天皇賞やJC、有馬記念を勝利したのにも関わらず、年度代表馬を取り逃したディープインパクトであったが、相手が悪かったとしか言いようがないだろう。それほどまでに異次元の記録を本馬は残したのである。

 

5歳(2007年)

日本欧州ドバイ香港で無敵の強さを見せたテンペストクェークは、5歳シーズンの目標として2つ掲げた。1つは父ヤマニンゼファーが成し遂げることができなかったスプリントGⅠでの勝利。史上初のスプリントマイル中距離の距離3階級制覇である。2つ目は、祖父のニホンピロウイナーから続く安田記念3代制覇である。陣営は1つ目の目標の達成のため、高松宮記念への出走を表明した。その前哨戦として阪急杯への出走が決められていたが、熱発で直前に回避し、ぶっつけ本番で高松宮記念へ向かうことになった。

軽い感冒であったことから、調教にも影響は及ばなかったため、高松宮記念には当初の予定通り出走することができた。出走メンバーは昨年の覇者オレハマッテルゼなど、重賞馬が多数出走していたが、絶対的な強者はいなかった。当時のスプリント路線はまさに群雄割拠の時代となっていたのである。当日の中京競馬場の馬場は重馬場であったが、道悪適正の高い本馬にとってはもってこいの条件であったため、初のスプリント戦でも1番人気になっていた。中団待機からの直線一気といういつも通りのスタイルでレースを進めるも、同様に伸びてきたスズカフェニックスとの叩き合いとなった。最終的に同時にゴールへ入線したため、ビデオ判定が行われることになった。2頭の鞍上もどちらが勝ったから全く分からなかったとコメントしており、判定の結果が出るまで勝敗が全く分からない状況であった。数十分にわたるビデオ判定の結果同着と判定され、2頭が勝者となった。

この勝利で史上初のスプリントマイル中距離の距離3階級制覇を達成した。父が成し遂げることができなかった偉業を、息子が達成したのであった。そしてロックオブジブラルタルの持つGⅠ7連勝記録を更新し、8連勝を記録した。

初めての短距離戦は、負けはしなかったが同着という結果であったため、距離がやはり短かったのではという声も聞かれた。しかし、着差があまりつきにくい短距離戦で3着に3馬身半差をつけており、短距離においてもトップレベルの能力を有していることがわかる。また、スズカフェニックスは、競走生活の中で一番仕上がっていたといっても過言ではないほど絶好調であり、その馬をもってしても同着に持っていくのが精いっぱいであったことを考慮する必要もある。

 

2戦目は再び香港に遠征をおこない、クイーンエリザベス2世カップへ出走した。航空機のトラブルにより10時間以上ストール内で待機させられるという苦行を経験させられたが、肉体的にも精神的にも特に問題は発生せず、沙田競馬場に到着した。ドバイDFを勝利したアドマイヤムーンといったライバルがいる中、当然のように圧倒的1番人気の評価を受けていた。レースでラストの直線で先頭に立つと、そのまま後続に7馬身差をつけて圧勝した。実質2着を予想するレースになるという当初の予想通りの結果であった。芝の10ハロン競走ではGⅠ級の馬でも太刀打ちできない強さになっていたのである。この馬が年末の香港国際競走にやってくることを考えると香港勢としては憂鬱以外の何物でもなかったようで、地元の競馬会からは、12月は日本の有馬記念に行ってくれと願われていたようである。

 

日本に帰国後、テンペストクェークは6月の安田記念に出走した。チャンピオンマイルを制覇し、GⅠ4勝中のダイワメジャーが出走していたものの、圧倒的1番人気に支持された。レースは道中を中団で待機し、直線大外一気で先頭にいたダイワメジャーをゴール前で差し切り、半馬身差で勝利した。テンが速くならず、好位からの先行押切を狙うダイワメジャーにとって理想的ともいえる展開となったが、本馬の上がり3F33.5秒、1F10秒台という最速の末脚に差し切られる形となった。本馬と同様に中団後方から末脚勝負に持ち込んだスズカフェニックスの上がり3Fが34.3秒であったことから、一頭だけ出力が異なる末脚であったことは間違いないだろう。「勝てると思ったら、外からテンペストが飛んできた。これで勝てないなら、どんな展開でも勝てんよ」とダイワメジャーの調教師はコメントを残している。この勝利でGⅠを12勝、連勝記録を10連勝に伸ばした。そして、親子3代安田記念制覇の偉業を達成した。

 

安田記念後、陣営は春先に予定していた通り、海外遠征計画を発表した。ただ、当初予定していた欧州遠征ではなく、北米最高峰レースであるブリーダーズカップ・クラシックを目標にしたアメリカ遠征をおこなうという内容であった。7月以降にアメリカに入国し、前哨戦を使ってBCクラシックに向かうという本格的な遠征計画であった。当初は本馬一頭のみの遠征計画であったが、BCマイル制覇を掲げたダイワメジャーと、BCターフ制覇を掲げたアドマイヤムーンも参加を表明し、3頭による遠征が行われることになった。GⅠを複数回勝利している馬が3頭もアメリカに向かうことは史上初のことであった。

遠征前の最後の休養として、6月中旬頃から故郷の島本牧場で放牧され、英気を養った。ただ、同時期に全妹の破壊神ヤマニンシュトルムも帰郷していたため、気が休まったのかは定かではない。そしてこのときに、とある従業員から馬場馬術の技術を仕込まれていたようで、本馬の引退後の運命が変な方向に捻じ曲がることになる。

 

島本牧場で英気を養った?テンペストクェークはダイワメジャーとアドマイヤムーンを引き連れて日本を出国、無事BCクラシック開催地のモンマスパーク競馬場に入厩した。8月からは本格的な調教や調整が行われ始め、アメリカのダートへの慣らしが行われていた。そして、9月には米国初戦としてウッドワードSに出走することが決まった。レースには06年のBCクラシック、07年のドバイWCを含めたGⅠ6連勝中のインヴァソールがケガからの復帰戦として出走することになり、いきなり芝とダートの怪物の頂上決戦が行われることになった。レースではアメリカ競馬らしく先行策を選択し、ラストの直線で仕掛けたものの、先に仕掛けたインヴァソールを差し切ることができず、2着に敗れた。これにより連勝記録はストップすることになったが、初の米国ダートで、相手も相手であったため、評価を落とすことはなかった。

この時点ではテンペストクェークはダートに適応しきれていなかったらしく、さすがの適応能力でも米国ダートは難しかったようである。この「まだ適応できていない」という事実は、引退後に藤山調教師や高森騎手たちから出てきた話であり、当時はほかの日本馬の陣営も含めてほとんど気が付いていなかったようである。アメリカ最強古馬に僅差での2着ということを念頭に考慮すると、適応できていなかったと想像できる方がおかしいだろう。

 

このまま、BCクラシックへ直行するかと思われたが、陣営はジョッキークラブGCに出走することを表明した。BCクラシックと同じ10ハロン競走であり、前哨戦としても有名なレースである。しかし、スキップアウェイ以降、このレースとBCクラシックを連勝した馬がいなかったりする。前哨戦で力を使ってしまうことが心配されたが、2か月弱で4連戦した経験があるテンペストクェークには問題ないレース間隔であった。

レースにはプリークネスSを勝利したカーリンが有力馬として出走しており、2頭に人気が集まった。レースではこの2頭が最終直線で争うことになり、最後に伸びを見せた本馬がカーリンを下して勝利した。日本馬初の米国ダートGⅠの勝利であった。このレースで完全にダートへの感覚を掴んだようで、やっと本当の実力を発揮できると陣営は考えていたようである。カーリンを倒しておいて本気ではなかったとか意味が分からないが、当人たちが言うなら本当のことだったのだろう。ちなみにこの5歳秋が馬体的に一番完成されていた時期らしく、藤山は「欧州のレースに出ていたら全部勝っていた」とのことである。それはそれでみたい気がする。

 

前哨戦を勝利したテンペストクェークは、当初の予定通りBCクラシックへ出走することになった。賞金総額500万ドル、1着賞金270万ドルという高額賞金レースであり、北米における最高峰レースの一つであった。2007年にも強豪馬が集結し、相手にとって不足なしというメンバーであった。ケンタッキーダービー馬のストリートセンス、プリークネスSを勝利し、翌年はドバイWCを含めてダート路線で無双するカーリン、牝馬ながらベルモントSを勝利し、牡馬を蹴散らしているラグズテゥリッチズ、そして現役アメリカ最強馬のインヴァソールの4頭を筆頭に、GⅠ勝利馬が出走馬12頭中10頭というハイレベルなレースとなった。

当日のモンマスパーク競馬場は連日の雨により、不良馬場となっていた。水たまりだらけのドロドロの馬場状態であり、タフなレースになることが予想されていた。現地での人気は、インヴァソールに敗れた影響からか、2番人気に支持されていた。

レースは問題なくスタートをするも、前2戦で選択した先行策ではなく、中団で控えることを選択した。第3コーナー付近で並走していたカーリンやストリートセンスが仕掛ける中、足を溜め続け、第4コーナーで外に持ち出すと、そこから大外を捲りながら一気に加速して、残り200メートル付近で先頭に立った。先頭に立った後は、後続にいるカーリンやインヴァソールを引き離して4馬身差をつけて勝利した。日本馬として初であり、1993年以来となる非アメリカ馬のBCクラシック制覇であった。

 

「こんな馬が存在していいのか!なんなんだこの馬は!」 ○○アナ

「馬場も国も関係ない。世界よ、これが暴風という名の絶対王者だ!」 ○○アナ

 

勝ち時計は2.00.22というトラックレコードを記録。ラスト上がり3Fを12.4-10.9-10.3の33.6秒で駆け抜けており、驚異的な末脚での勝利であった。ラスト1ハロンでカーリンやインヴァソールも上がり3Fは34秒台前半と非常に優秀な足を見せていたが、本馬の末脚についていくことができなかった。不良馬場をものともせず、最終コーナーで大外を捲りながら先頭に立って、そのまま後続に4馬身差をつけるという強すぎる勝ち方にアメリカの競馬関係者は頭を抱えたという。

 

 

引退

BCクラシック後、オーナーより引退が発表された。国内でのラストランを希望する声もあったが、12月に登録が抹消され、正式に引退することが決まった。12月下旬には東京競馬場で引退式が行われ10万人以上の観客に見送られながらターフに別れを告げた。

 

この年は公式レーティングの中距離部門で141ポンドの評価を受け、ダンシングブレーヴに並んだ。そしてタイムフォームレーティングでは、シーバードを超える148ポンドの評価を受けた。昨年と同様にJRA賞年度代表馬、最優秀4歳以上牡馬、最優秀短距離馬、最優秀父内国産馬を受賞した。アメリカでも3戦2勝でBCクラシックを勝利したことが評価されて、エクリプス賞年度代表馬を受賞した。これで日本と欧州、アメリカの3地域の年度代表馬を受賞したことになり、年度代表馬三冠を達成した。この記録を達成した競走馬は後にも先にもテンペストクェークのみである。

 

引退後は当然のように顕彰馬に選出され、史上29頭目であった。また、2018年に米競馬で殿堂入りが発表され、日本馬初の快挙を達成した。

 

 

・種牡馬

現役時代の比類なき成績、そして馬場を選ばない万能性、気性の良さなどから、種牡馬としても大きな期待を寄せられていた。唯一の懸念点とすれば、ダービーを筆頭とした12ハロン競走を勝利していない点や血統がやや主流から外れている点であった。距離については、肌馬で調整すれば問題ないと考えられていた。血統についても、主流から外れているだけで、ダメ血統というわけではないし、ノーザンダンサーの血も5代先で、ミスプロ系やヘイルトゥリーズン系からは外れているため、アウトブリード要員としても期待できるとも考えられていた。

欧州での活躍、米国での活躍が評価されたこともあり、組まれたシンジケートは驚異の1億円×60口の60億円であった。一年早く引退したディープインパクトの51億円を超える歴代1位の金額であった。海外、特にイギリスとアイルランドから評価が高く、彼らからの圧力もあって、ここまで金額が跳ね上がったようである。もしも、血統が優れていたら、シンジケートの額は100億円を超えていたかもしれないと噂されているほどであり、現役時代の実績が中心で、本馬はこれだけの価値を高めたのである。

ちなみに、シンジケートに何やら密約があったらしく、2014年からはイギリスで、2017年からはアイルランドで活動していた。2020年からアメリカで2年間種牡馬として活動し、2022年から日本に戻ってきている。

ラムタラが頭によぎった人もいるだろうが、本馬の種牡馬実績は60億の金額を超えるような実績を残している。当たり外れが大きかったり、牝馬はなぜか気性が荒くなったりと、問題点がないわけではないが、世界中で数多くのGⅠホースを世に送り出した。日本では種牡馬成績ではディープやキングカメハメハの次点(ハーツクライやステイゴールド、シンボリクリスエス、ダイワメジャーと争っていた)くらいの評価であった。

欧州においては産駒が猛威を振るっており、2017年・2018年の英愛リーディングサイアーに輝いている。イギリスやアイルランド欧州で誕生した産駒たちが暴れまわっているのである。また、アメリカでも産駒が活躍しており、21年、22年に誕生した世代が暴れまわる可能性は高い。

恐ろしい点としては、クロノセンチュリーを筆頭に、後継種牡馬として活躍している牡馬が世界中にいることである。このままいくと、テンペストクェーク系が誕生する可能性があるほどである。

 

産駒の傾向としては、短距離から中距離に強い。12ハロン競走にも対応した産駒が次々に誕生しており、距離延長には成功している。ただ、晩成傾向が強いため、3歳秋から本格化する傾向がある。GⅠを複数回勝利している馬が多く、引退まで強さを維持する馬が多い。2歳で活躍した馬は、早熟に終わる傾向もあるが、2歳GⅠを勝利したバーテックスやコンスティチューションのように強さを古馬になっても維持している馬もいるので、よくわからないというのが評価である。

馬場適正については、芝、ダート両方で結果を残しているが、欧州の成績を見るに、欧州の芝を最も得意としている。ただ、父のように芝ダート二刀流を達成した馬はほとんど見られなかった。

 

 

●代表的な産駒(日本)

日本では2008年~2013年の6年間種牡馬生活をしていたが、その間に10頭のGⅠ馬を輩出した。2015年から2019年まで5年連続で天皇賞・秋を勝利しているなど、中距離レースに強い。2014年に海外に移動したため、2017年世代が現在の日本における最後の世代となっている。2022年には日本に帰国して、種牡馬として活用し始めたため、数年後には父テンペストクェーク産駒がまた競馬場を賑わせることになるだろう。後継種牡馬の産駒との対決が楽しみである。

 

・モウコダマシイ(2009年産)

栄光の12年世代の牡馬。2012年ジャパンカップダートで産駒初GⅠを勝利した。母父メイセイオペラというロマンの塊であった。馬主、出生地、育成牧場、所属厩舎すべてが兵庫であったため、阪神地区で絶大な人気があった。

引退まで園田競馬に所属していながらドバイWCを筆頭に日本国内外のダートGⅠを勝利した。ホッコータルマエやコパノリッキーといったダートの猛者たちと激闘を繰り広げた。アメリカに遠征した際には、三冠馬アメリカンファラオの2着に敗れている。種牡馬となり、ダート系で有力馬を多数輩出している。

名前の由来となった球団とはコラボしていたりする。園田の英雄として扱われており、銅像が建てられている。

 

・メジロフィナーレ(2009年産)

栄光の12年世代の牡馬。別名最後のメジロ。母父メジロライアンで、2011年にオーナーブリーダーから撤退したメジロ牧場が最後に送り出した競走馬。能力は間違いなくあったが世代の壁に苦しみ、なかなか重賞を勝つことができず一種のステイゴールド状態となっていた。6歳となった2015年に天皇賞・秋を勝利し、メジロ牧場の最後の栄光をもたらした。ライアンと同じように、たてがみをカットしており、メジロの冠が名前についている最後の馬であったため、非常に人気のある馬であった。

 

・トウショウリリー(2010年産)

2013年世代の牝馬で秋華賞を勝利した。牝馬ながら冠名が前にあるが理由は不明。非常に気性が荒く、調教もまともにできない女王様気質であった。気まぐれな性格でもあり、やる気があるときは好成績を残すが、そうでないときの方が多かった。ただ、パドックでレースに前向きかそうでないかが素人でもわかるくらいはっきりしていたので、ある意味わかりやすい馬であった。主戦騎手曰く、シュトルムに比べたら全然かわいい方とのことである。

 

・ダイワバーミリオン(2011年産)

2014年世代の牝馬で桜花賞を勝利した。モーリスとマイル中距離戦線で殴り合っていた女傑。母がダイワスカーレットであり、脚質も含めて気質は母に似ていた。しかし、アグネスタキオン譲りの脆さは父の血統で打ち消されたようで、引退までマイル中距離路線をしっかり走り切った。

 

・クロノセンチュリー(2011年産)

14年世代の牡馬。別名黒塗りの高級車。何も知らなければ普通にかっこいい名前の牡馬。2014年のJCを3歳で勝利し、クラシックディスタンスでも勝てることを証明した。父譲りの欧州適性を見せつけており、2015年には2頭目の凱旋門賞馬となった。宝塚記念では、120億事件の裏でひっそりと勝利していた。レース後、勝ったことで調子に乗ったことが白饅頭の癇に障ったのか、その後は栗東トレセンで出会うたびに吠えられていたようである。種牡馬としては欧州に行ったテンペストクェークの代わりとして期待され、それに応えた。後継種牡馬筆頭。

 

・エイシンアンダンテ(2012年産)

2015年世代の牝馬。3歳冬まではどこにでもいる条件馬に過ぎなかったが、4歳から本格化した。2016年のVM制覇後、欧州に遠征して欧州のマイル中距離路線で活躍した。牝馬限定戦では好走するが、牡馬混合戦では凡走するため、牡馬が苦手なイメージが持たれているが実際は逆だったらしい。

 

・ダノンブラスト(2013年産)

2016年世代の牡馬。2015年に朝日杯を制し、翌年は3歳で安田記念を制覇し、親子4代制覇を達成した。テンペストクェークの牡馬にしては珍しく気性が荒く、成績が安定しなかった。牝馬がとにかく好きで、牝馬がいるレースではパドックで馬っ気を出すのが恒例行事と化していた。このため、アグネスデジタルとは違う意味で変態と呼ばれていた。無事種牡馬入りすることができたようで「今が一番幸せそう」と関係者から言われている。

 

・ウインアレグロ(2013年産)

2016年世代の牡馬。ダート路線を突き進み2016年チャンピオンCを3歳で勝利した。2020年まで現役を続け、ダート重賞で活躍した。現役引退後は種牡馬として活躍している。産駒の中でも外見が父に一番似ていたこともあり、芝路線に進んだこともあったが、全く好走することがなかったため、早々にあきらめられている。

 

・インパクトクェーク(2014年産)

母父ディープインパクトという誰もが待ち望んだ血統を持つ牡馬。2017年にテンペストクェーク産駒として初めて日本ダービーを制した。その後も古馬の王道路線を走り続け、GⅠを8勝して引退した。天皇賞・秋を3連覇しており、府中2000メートルの鬼と呼ばれた。幼駒時代は見栄えがぱっとせず、やや病弱であったこともあり、高い評価をされていなかった。なお馬主はディープの人。

 

・プリンセスハピネス(2014年産)

2017年桜花賞を制したものの、同年に屈腱炎で引退した牝馬。名前が可愛らしいので、主戦騎手を女性騎手にするという陣営の謎の采配により、何かと注目を集めていた。桜花賞を勝ったときはいろいろな人から手のひら返しにあっていた。そして何より、テンペストクェーク産駒の有力馬でありながら、小柄でおとなしい牝馬であったため、多くの人に驚かれた。

 

 

●代表的な産駒(海外)

日本での種牡馬時代から海外で活躍する産駒が誕生していた。2014年以降は欧州で種牡馬として活動しており、多くの産駒が欧州で誕生した。

英国、アイルランド、フランスで猛威を振るっており、ノーザンダンサーを祖とする有力種牡馬(主にガリレオ)とバチバチにやり合っている。2022年現在、欧州だけで35頭のGⅠホースを送り出している。

オーストラリアでも活躍馬がたびたび輩出されており、種牡馬生活を送っていないにもかかわらず12頭のGⅠホースが誕生している(GⅠ競走が多いという理由もあるが)。

香港ではオセアニア地域から馬を仕入れていることが多いため、そこから渡ってきた産駒が香港競馬でも活躍している。

アメリカでも10年代後半から人気が高まり、2020年から種牡馬として活動している。

その他の地域でも少しずつテンペストクェーク産駒の馬が浸透しているようで、今後も活躍馬は増えていくことが予想されてる。

 

※欧州で代表的な産駒のみ紹介(GⅠ5勝以上)

・ウェザリングウィズユー(Weatheringwithyou)(2009年産)

2012年世代の牡馬。3歳でクイーンエリザベス2世SとチャンピオンSを勝利した。当時の英国女王の所有馬で、自身の名を冠したレースを勝利した孝行馬。名前の意味は「天気の子」、直訳では「あなたと共に困難(嵐)を乗り越える」という意味。フランケルという現代競馬最強クラスの馬にチャンピオンSで勝利をするという偉業を達成した本馬にふさわしい名前であるといえる。GⅠこそ2勝だけだが、それ以上に記憶に残った一頭であった。

 

・ワイルドハント(Wild Hunt)(2015年産)

2018年世代の牡馬。種牡馬としてイギリスに渡ったテンペストクェークの最初の産駒。ジュライカップなどのスプリント路線で活躍した。父のあだ名がワイルドハントだったことから、それに倣ってつけられた。マイル路線では距離が長すぎたのか勝つことができず、生粋のスプリンターであった。英・仏のスプリントGⅠを6勝。

 

・グナイゼナウ(Gneisenau)(2014年産)

母はドイツ出身の牝馬。日本の牧場で誕生し、日本で走る予定だったが、とあるドイツ人の馬主と調教師に見つかったことで、ドイツで競走馬になった牡馬。名前の由来はドイツの軍人。2017年にドイツ三冠を達成(GⅢのセントレジャーもしっかり走った)。2018年にはガネー賞、タタソールズ金杯、サンクルー大賞、ベルリン大賞、バーテン大賞を勝利し、凱旋門賞に出走。ドイツ最強馬として英国最強馬バーテックス、最強牝馬エネイブルと激突したが、3着となった。このころの欧州の有力馬にしては珍しく、2018年JCにも出走しているが、インパクトクェークとアーモンドアイのレコード決着の前に3着に敗れた。4歳で引退し、ドイツで種牡馬になっているようである。独・仏・愛のGⅠを8勝。

 

・バーテックス(Vertex)(2015年産)

種牡馬としてイギリスに渡ったテンペストクェークの最初の産駒。2015年生まれ。母父デイラミの葦毛の牡馬。名前の通り、「頂点」に等しい実力を持った21世紀中長距離部門最強馬の筆頭。2017年の2歳GⅠを圧勝すると、そのまま2018年の英2000ギニー、英愛ダービー、キングジョージ、凱旋門賞を無敗で勝利し、4歳には父が走ったアメリカのダートGⅠ3戦を3連勝した。負けたレースはエネイブルが勝利した2019年のキングジョージのみ。GⅠ13勝というとてつもない成績を残して引退した。母父がデイラミだったためか葦毛の馬であった。着差をあまりつけないテイエムオペラオータイプの馬だったため、強さがわかりにくかったが、鞍上曰く「本気で走ったレースは一度もない」とのこと。信じられないくらい強く、父を超えたかもしれない唯一の馬。英仏愛米のGⅠを13勝。

 

コンスティチューション(Constitution)(2015年産)

母父エーピーインディの牡馬。2017年にアメリカでデビューすると2歳GⅠを勝利し、テンペストクェークの産駒は晩成タイプが多いというイメージを払拭した。2018年はケンタッキーダービー、トラバースS、BCクラシックを制覇。2019年にペガサスWCを勝利しドバイWCに出走したものの、欧州最強馬のバーテックスの前に2着に敗れた。レース後すぐに引退し、種牡馬となった。アメリカにおける種牡馬テンペストクェークの地位を確固たるものにした競走馬。非常に大人しく優しい気性であり、栗毛で目立つ馬だったこともあり、現地では人気のある馬だった。日本語訳は「憲法」。米国のGⅠ5勝。

 

・オンザビーチ(On the beach)(2017年産)

意味は「渚にて」。2020年の愛2000ギニー、StジェイムズパレスS、ムーランドロンシャン賞を制したマイル王。同年のマイルCSに突如参戦を表明し、グランアレグリアと激突したことで有名となった。馬主が日英のハーフであったため、日本に参戦したようである。英愛仏のGⅠを5勝。

 

・ライツインザスカイ(Lights in the sky)(2018年産)

2018年生まれの牝馬。誰が呼んだか欧州版メイケイエール。牝馬でありながら気性は温厚で、顔も体格も見栄えが良かったため、大きな期待を寄せられていた。しかしレースでは暴走特急となってしまうという悪癖を持っていた。ただ、素の能力は父やバーテックスに勝るレベルといわれているように、掛かりながら愛オークスやヨークシャーオークス、香港マイルを勝利し、スノーフォールやゴールデンシックスティといった強豪馬に勝利している。2022年にはジュライカップも勝利しており、適正距離がよくわからない。凱旋門賞にも出走したが、5着に敗れた。英愛仏香でGⅠ5勝。

 

 

 

●競走馬としての評価

日本国内では2006年、2007年に年度代表馬に2009年には顕彰馬に選出されている。このことが示すように、競馬関係者、ファンから非常に高い評価を得ている。テンペストにかかわった関係者やその走りを間近で見てきた騎手たちから、マイル中距離において史上最強馬だと讃えられている。強い馬にありがちな「同世代が弱かったのでは?」という議論においては、ディープインパクトを筆頭に、戦って勝利してきた相手を見ればそのような言葉を投げかけることはできないだろう。本馬が最強馬の筆頭候補に挙がるのは、倒してきた相手や勝利したレースの格が非常に高いからだといえるだろう。

ディープインパクトと比較されることが多いが本馬は4戦1勝と3回敗北している。これらの敗北は、すべて3歳春の戦績であり、馬体が完成して覚醒する前の敗北であることから、本馬が劣っていると評価することは難しい。古馬になった2頭の比較においては、2200メートルでは互角。2200メートルより上ではディープインパクト、以下ではテンペストクェークだと評価される場合が多い。最強と呼ばれる馬同士が本当に激突しているが、どちらのファンも永遠にどちらが強いかを議論し続けることになるだろう。なお、マイルにおいては祖父のニホンピロウイナーや同じく無敵の強さを誇ったタイキシャトル、近年だとグランアレグリアやアーモンドアイなどと比較されることが多いが、本馬が優勢であると評価することが多い。

 

海外からの評価も非常に高く、2006年にカルティエ賞年度代表馬、2007年にエクリプス賞年度代表馬を受賞している。3つの年度代表馬を受賞した馬は本馬以外に存在しておらず、文字通りワールドホースとして評価され続けている。

WTRRにおいては2006年に中距離区分で139ポンド、2007年に中距離区分で141ポンドを獲得した。当時はダンシングブレーヴと同値であったが、レーティング見直しが行われたあとは、現在まで単独一位として君臨している。

英タイムフォーム社のレーティングでは、2006年に140ポンド、2007年に148ポンドが与えられた。これは145ポンドのシーバードを上回る数値であり、現在も更新されていない世界最高値である。2006年はドバイ、欧州、香港で欧州の強豪馬を蹴散らし、凱旋門賞馬となったディープインパクトを宝塚記念で倒していることが評価された。2007年は北米最高峰レースであるBCクラシックでの圧勝劇が評価されたこともあり、148ポンドという破格の数値が与えられた。これは、過去にジャイアンツコーズウェイやサキー、ガリレオといった名馬たちですら、BCクラシックの壁に阻まれていたこと、インヴァソールを筆頭とした強豪に勝利したことが考慮に入れられた。タイムフォーム社のレーティングで2年連続140ポンド以上の評価を獲得した競走馬は、ブリガディアジェラードとフランケル、バーテックスと本馬の4頭のみである。

マイル中距離で破格の能力を見せた本馬は、英国の古い競馬ファンからはブリガディアジェラードに匹敵すると評価された。そのほかにも00年代前半に活躍したドバイミレニアムやロックオブジブラルタル、ジャイアンツコーズウェイなどのマイル中距離で活躍した馬たちとも比較されている。特にフランケルの比較においては、フランケル引退後から盛んに実施された。マイルではフランケルが優勢で、10ハロン競走においてはテンペストクェークが優勢になると評価する声が大きいが、どちらが強いかという結論が出ることは永遠にないだろう。

 

●競走馬としての特徴

・身体能力

快速馬にふさわしいスピードを有しており、日本やアメリカの高速競馬にも問題なく対応していた。父や祖父の能力を余すことなく受け継いでおり、産駒にも受け継がれている。

パワーにも優れており、日本欧州米ダートの重馬場でも上がり1Fを10秒台で走り抜ける化け物のような力を持っている。登坂力にも優れており、坂が多い欧州の競馬場でも問題なく走っている。

瞬発力は、世界最強の豪脚と評価される。スローペースでもハイペースでも、先行でも差しでも追込でも関係なく一気にトップギアに持っていくことができる。鞍上高森曰く「スポーツカーの加速力」と言わしめている。ターボやニトロを搭載していたんじゃないかと冗談で語られ、うまく乗りこなさないと後ろに吹っ飛ばされると言われるほどである。

末脚で有名なディープインパクトとは末脚の質が異なる。ディープインパクトは中距離でも長距離でも関係なく上がり3Fを、場合に依っては4F、5Fからでも可能な超ロングスパートができ、最後まで速度を維持することができる末脚を持っていた。一方のテンペストクェークは上がり1Fが10秒台前半という短距離レベルの末脚を10ハロン競走で繰り出してくる最強レベルの切れ味が特徴である。上がり3Fは常時32~33秒台であり、上がり2Fが20秒台を記録しているレースも多いため、この末脚を一瞬の切れ味と表現することは誤りである。むしろ、一度スパートに入ると、スピードが落ちることなく、最後まで加速し続けるというスピードの粘りも特徴であるといえる。末脚のキレは、世界中の競馬場で変わりなく発揮することができていた。宝塚記念のように2200メートルでも上がり1Fを10秒台で走っているので距離も馬場も関係なく発揮できる万能の末脚であった。

 

・精神力、気性など

スピードや瞬発力といった基礎的な能力だけでなく、精神面についても高く評価されている。特に勝負根性については、非常に優れていると評価されている。馬体を合わせた叩き合いにもめっぽう強かった。チャンピオンSのように、馬体や鞭をぶつけられても、全く戦意を喪失しない闘争心と集中力を持っているため、妨害という妨害が意味をなさなかった。レースにおける粘り強さは間違いなく父のヤマニンゼファーの驚異的な勝負根性を受け継いでいると思われる。

気性もよく、騎手や調教師に従順な性格であった。騎手の高森は、車のような操縦性があったと語っている。何より反応速度が非常に優れていたため、レース中の位置取りや抜け出しなどが非常にうまかった。騎手の思うように動くことができるため、乗りやすい馬であったことは間違いない。厳しい調教にも従順で、レース前の厩舎の雰囲気を察して、飼い葉の量を調整して、常にベストの体重で本番に挑んでいた。馬体重520キロが多かったのは、馬自身が勝手に調整していた面も大きい。つまるところ、レースの調整に失敗したことが一度もなかった(阪急杯の回避は熱発であったため仕方がなかった)。また、精神的にも非常にタフで、海外遠征を行く際に輸送負けしたことが一度もない。クイーンエリザベス2世Cに出走する際に、航空機のトラブルで狭いストール内で10時間以上も待機させられた時も、全くへこたれておらず、好物のメロンを食べて勝手に機嫌が直っていた。長期遠征でもニューマーケットやモンマスパークに到着してすぐに現地になじんでおり、人間以上の適応能力を見せている。

勝負強さや我慢強さが特徴的であるが、自らの不調を感じたときは遠慮なく人間に申し出る一面もあった。けがや体調不良を隠す馬も多い中、おおよそ野生の本能を失っていると調教師から言われている。管理する側としてはわかりやすくてありがたい限りだろう。

 

・万能性

日本、欧州、米国の馬場すべてで勝利しており、脚質も万能であった。どうやら馬場や距離、コースや坂の有無によってストライドの幅や走法を微妙に変えているようで、万能性はこの可変走法とも呼べる走り方によって生まれている。強靭な四肢と筋力、抜群の柔軟性があったからこんな走り方ができたようである。この万能走法故に日本のセクレタリアトと呼ばれることもある。

加えて、非常に賢いためか、スポンジのように言われたことや見たことを吸収する能力があるようで、併せ馬やレースをした馬たちの走法などを勝手に学習し、自分の走り方に取り入れるという見稽古に近い能力を有している。このため、テンペストクェークは強い馬と戦えば戦うほど強くなっていくというゲームのような成長能力を持っているのである。実際ゼンノロブロイとの調教以降はさらに強くなったようで、ディープとの宝塚記念以降は、ディープの走法に似るようになり、脚部への負担が減ったといわれている。この見稽古能力のおかげで、様々な馬場に対応した走りを学習しているのだと推測されている。

適正距離については、一番得意な距離は1600~2000メートルであるといわれている。もともと体格的に短距離向きであることに間違いないが、マイル以上も走れる可能性があるということで、入厩当初から2000メートルまで走れるように調教を施されていた。このため、この距離が一番の得意距離になったのだという。ただ、宝塚記念や高松宮記念を見るに、1200~2200メートルでも破格の能力を持っている。これもその距離に向けて事前に調教をしっかりと施したが故の結果だと調教師たちは語っている。

2200メートル以上については、覚醒する前の3歳春のダービーしか走っていないため、わからないのだが、上記のことを鑑みるにしっかりと準備をすれば12ハロン競走でも走れた可能性は高い。藤山も「6歳でも現役なら12ハロン路線に進んでいたかもしれない。しっかり調教を施して準備をすれば多分走れた」とのことである。ただ、超長距離については、「ミホノブルボンの例もあるので、できないことはないと思う。ただ、さすがのテンペストでもけがのリスクが高まるのでやる必要はないと思う」と藤山は語っている。長距離の価値が下がりつつある中で、無理に走らせる必要はないと思うが、長距離まで走れるようになったテンペストクェークを見てみたいと思わないと言えばウソになる。

日本のダートは一度も走っていないが、曰く「普通に走れる」とのことである。

 

・その他

欧州4連戦などのローテを走りながらも故障とは無縁の競走生活を送った。馬体重も520キロ前後(一番重かった時がマイルCSの535㎏程)の大柄な馬体であったが、引退時の馬体検査でも全くの健康優良体であったようで、アイアンホースの名にふさわしい頑丈さを有していた。この特徴は産駒にも受け継がれており、頑丈で健康な産駒が多い。このため、もろさが目立つ血統の馬と交配することが多い。

 

競走馬としての総評は、ジェット機のようなスピードや加速力がありながら、戦車のようなパワーと頑丈さを両立した能力を有していた。そのうえ、自動的に相手を学習して勝手に強くなっていく高性能なコンピューターを搭載していた。文字通り、通常の競走馬から逸脱したレベルの馬であったといえる。

 

 

●人気

競馬ファンだけでなく、世間一般からも高い人気を誇った競走馬である。同期のディープインパクトともに第三次競馬ブームの絶頂期を支えた。ディープインパクトと宝塚記念で激突して勝利したあたりから、人気が一気に上昇した。

温泉につかってなかなか出ようとしない場面や、メロンを取られて怒る場面、取材のアナウンサーを嘗め回すなどの気性がよく、温厚で優しく愛らしい姿を様々なメディアで放送されたこともあり、「賢くてかわいい馬」というイメージを持たれることが多かった。しかし、実際の競走ではすさまじい強さを発揮して世界中の強豪をなぎ倒していく「競走馬」としての強さを見せつけ、前述の愛嬌のある姿とのギャップがあったことも本馬の人気に拍車をかけた。

また、零細の血統に(実際は零細ではない)大手とは無縁の牧場出身、馬主は初心者という零細まみれの出自の競走馬が、通算GⅠ馬ゼロの厩舎に入厩し、ケガから不死鳥のごとく復活してあがき続けるベテラン騎手と共に日本競馬、世界競馬のエリートたちと戦っていくというストーリーに多くの人がひかれたのであった。この点はオグリキャップに似ているといえる。

一般大衆からの人気も高かったが、それ以上にカルト的な人気もあったのが本馬の人気の特徴である。父ヤマニンゼファーが妙に根強い人気のある競走馬であったため、ゼファーファンがそのまま本馬のファンになっていた。現在も産駒が走るレースに掲げられる「ゼファー魂」や「テンペスト魂」の横断幕や幟は、現役当時も世界中で掲げられていた。

ヒシミラクルおじさんのような名物のおじさんがおり「テンペストおじさん」と呼ばれる奇怪な人物も登場した。

 

海外においては特にイギリスで人気が高い。理由としては当時の英国女王のお気に入りの競走馬であったことがあげられる。チャンピオンSが終わり、帰国に向けて休養中であったテンペストクェークを、一目見たいと厩舎に訪れたことから彼女と本馬の縁は始まった。自身の名を冠したレースを圧倒的なパフォーマンスで勝利したのを見て興味を持ったのがキッカケであったらしい(キングジョージをハーツクライが、凱旋門をディープインパクトが勝利して日本馬への注目が高まっていたのも大きい。実際ディープの血統には彼女の所有していた馬の名前がある)。ニューマーケットで長期滞在していたので、一番会いやすい日本馬であったこともこの奇妙な縁を紡ぐ要因となった。そして、乗馬体験をしたり、帽子をプレゼントされたりと、テンペストクェークから至れり尽くせりの接待を受けたことで、完全にお気に入りになったらしく、そこから熱心に追いかけるようになったようである。

なんで一国の女王を現役競走馬に乗せているのか疑問に思うが、馬の方が乗ってくれ乗ってくれと催促したらしく、乗馬体験が始まったようである。馬術馬になる素養はこのときからあったようだ。

女王陛下を経由して、英国の一般国民にも本馬は周知された。実は英国は障害競走の方が庶民人気は高い国なのだが、それはそれとして自国の女王が絶賛する極東からの来訪者に興味がわかないわけではなかった。あとは日本と同じように人気になったのである。種牡馬として英国に滞在した際には、見物客が訪れるほど根強い人気が残っている。あとは、ロンドンオリンピックの馬場馬術で活躍したという点も大きい。

 

 

●高森康明騎手とテンペストクェーク

22戦すべてに騎乗し、数多くの激闘を繰り広げた主戦騎手である。自身初のGⅠタイトルを含め、騎手人生晩年に出会い、自分の運命を変えた馬だと語っている。総じて言葉が重たい。これが中年男性の面倒臭さか……

テンペストの方も、高森騎手には懐いており、出会うたびに乗って行けとうるさく主張するようである。

 

『最初はちょっと貧乏くさい馬だと思った』(2004年新馬戦後インタビュー)

 

『このままではそれなりの馬で終わってしまう。だからこそ私は彼と喧嘩をすることにした』(2005年皐月賞 著書より)

 

『遠すぎる背中が近くに見えた。そう思うと自然と笑っていた』

(2005年皐月賞の感想 2006年正月特番にて)

 

『自分がGⅠを取ったことより、テンペストが勝てたことがうれしかった』

(2005年天皇賞秋後インタビュー)

 

『つっよ……』

(2006年ドバイDFでの勝利後の馬上インタビュー)

 

『やっと勝てました。絶対に負けられない戦いでした。彼の強さが詰まった最高のレースだった。ありがとう』

(2006年後宝塚記念後インタビューより

 

『なんかぶっちぎってました……』

(インターナショナルステークス後の感想)

 

『出遅れたけど、テンペストは冷静でした。冷静になれたからこそ、最後の豪脚を見せることができた。精神面でも大きく成長してくれました』

(QE2世S後のインタビューより)

 

『王者の風格ですね。かわいい牝馬にすり寄られたからかな?彼もいっぱしの漢になったものですよ』

(香港カップ後のインタビューにて。その後服を破られる)

 

『初のダートでここまでやれるなら十分。次は勝ちます』

(米国初戦後のインタビューにて)

 

『本当に強い、間違いなく世界最強だよ。相棒。』

(BCクラシック後インタビューにて)

 

『テンペストと出会うために自分は死の淵から蘇ってきた。彼の上は誰にも渡したくなかった』(2007年テンペストクェーク引退式)

『強くて、賢くて、優しくて、それでいて誇り高い。私にとって最愛にして最高の相棒』

(2007年テンペストクェーク引退式)

 

『彼にとっての至高はディープインパクト。私にとっての至高はテンペストクェーク。本当にすごい馬が同じ年に生まれたものです』

(2014年騎手引退後トークショー)

 

『強かっただろ?この馬のお父さんはもっと強かったぞ』(テンペスト産駒で地方交流重賞を勝利した地方騎手の息子に対してYouTube上で謎の自慢をする)

 

『○○と戦ったらテンペストが勝つ』

(2007年以降、名馬が誕生するたびに自身の相棒を引き合いに出す大人げない元主戦騎手)

 

『馬術?彼ならオリンピックに出れるんじゃないですか?頑張ってほしいですね』

(2009年馬場馬術の大会に出場することが決まったときのインタビュー)

 

『金メダルですか?順当にいけば獲れると思いますよ。彼を我々の常識にあてはめない方がいいですよ』(2012年ロンドンオリンピック前のインタビュー)

 

 

●性格・小ネタ

 

・優しい性格

若駒時代から、人間相手には懐っこくて優しい性格であった。古馬になっても、種牡馬になっても性格は全く変わっておらず、気性が穏やかな馬として一番に上がるほどの馬である。

 

・馬嫌い

若駒時代は他の馬と交流することを嫌い、いつも一人であった。これは生まれが関係しているといわれている。誕生してすぐに、母馬から育児放棄を受けてしまい、仕方なく人間によって育てられたという経歴がある。牧場のスタッフが熱心に育てたこともあり、健康に育つことはできたが、人間に育てられ過ぎたせいで自分のことを人間だと勘違いしてしまったようである。これにより、他の馬と交流するのが嫌になってしまったのではないかと考えられる。この馬嫌いの性格は、3歳夏ころから改善され、古馬になる頃には見られなくなる。

 

・意外とやんちゃ

おとなしくて優しい性格であるが、意外とやんちゃなところもあり、温泉から出ようとしなかったり、かまってほしくて馬主や騎手、調教師の服を破いたりすることもあった。ただ、けがをさせるようなことはしなかったらしい。手加減ができる馬であった。

 

・賢い

歴代でも屈指の賢さを持つ。自分の名前や、騎手などの関係者の名前は確実に覚えていたようである。それどころか、ライバルや同じ厩舎の馬の名前まで憶えていたという。また、一度行った場所も覚えていることが多く、記憶力がいいと評判であった。馬場馬術の競技馬として活躍できたのも、技やタイミングを完璧に覚える能力があったからだといわれている。

人によって態度を変えていることも確認されている。英国女王とは何度か交流をしたことがあるが、総じて敬意のようなものを見せている(厩務員と共に頭を下げる、大切な帽子をプレゼントするなど)。2012年の園遊会にも参加しており、当時の天皇陛下に対しても同様に敬意を示している。逆に自分のことをないがしろにする人間についてはそれ相応の態度をとったりすることがある(それでも攻撃をしないあたり相当優しい)。

 

・きれい好き

実はきれい好きな一面もある。馬房内でも排泄する場所が決まっており、自身が寝転がる場所には絶対に排泄は行わなかった。放牧地でも同様であったため、掃除がしやすいと厩務員からは評判であった。

 

・伝説のボス

美浦トレセン時代には、藤山厩舎だけでなくトレセン全体を統括する伝説的なボス馬として君臨していた。気性が悪い馬を諫めたり、喧嘩を仲介したり、弱い馬を守ったりと、何かあった時に裏から出てくるタイプのボスであった。これは日本に限ったことではなく、英国で滞在したニューマーケットやアメリカのモンマスパークでも現地に到着してすぐにボスとして君臨するようになったようである。

種牡馬になった後も何かと癖の強い馬たちとも上手に交友関係を結びつつ、やはりどこか一目置かれるような立場であったようだ。

 

・友達が多い

馬社会の中でもボスとして君臨している一方で、友人も非常に多かった。現役時代は同じ美浦に所属し、ともにアメリカ遠征に行ったダイワメジャーと仲が良かった。2歳年上のゼンノロブロイとも親しくしていたようで、併せ馬後は2頭で何やら嘶き合っていたところが目撃されている。そのほかにもアサクサデンエン、栗東のアドマイヤムーンといった先輩後輩とも仲が良かった。

種牡馬時代には、馬房や放牧地が近い馬たちと仲が良かった。特にシンボリクリスエスとは親友になったようで、楽しそうに嘶き合っていた映像が残っている。ディープインパクトとも友人であったようで、よく併せ馬をしていた。

海外の8年間でも向こうの種牡馬たちと仲良くなっていたようで、たびたびSNSなどで併せ馬をしたり、嘶き合っている様子が投稿されていた。

2022年の帰国後は、気性が荒くなり王様になってしまったロードカナロアと交流しているようである。テンペストに対してはそこまで偉ぶったりしないらしく、彼が一切逆らえなかった凶暴な牝馬の雰囲気をテンペストから感じ取っているからのではないかと噂されている。ただ、海外に行く前に特に仲が良かったディープやボリクリがいなくなっており、ちょっと寂しそうにしていたとのことである。ただ、産駒のエピファネイアやコントレイルと親しくできたようである。息子のクロノセンチュリーとも仲が良いようである。

 

・仕事人

毎年200頭以上の種付けを15年経験し、受胎率も非常に高い絶倫の持ち主。ただ、牝馬や種付けが好きかといわれるとそうではないらしい。どうやら自分に与えられた仕事の一つだと理解しているためらしい。牝馬のえり好みがないため、関係者からは大変ありがたがられている。

 

・偉大なる兄貴

全妹に世界最強のスプリンターであるヤマニンシュトルムがいる。半妹、半弟も多数のGⅠ馬がおり、偉大なるセオドライト一族の長兄である。なおヤマニンシュトルムからは蛇蝎のごとく嫌われているようで、写真はおろか、名前を出すだけでも切れ散らかすレベルとのことだ。

 

・オーナー

馬主の西崎浩平はテンペストクェークが初の所有馬である。馬主初所有馬が世界最強の競走馬となったというとんでもない人である。宝塚記念への出走や欧州、米国遠征など初心者とは思えない豪胆な決断をしたすごい人だと認識されている。テンペストクェーク引退後は、彼を初めて見たときと同じような感覚を持つような馬以外は所有しないと心に決めていたらしく、現在まで所有馬はテンペストのみである。ただ、数多くの有名馬の一口馬主には参加しているとの噂もある。

 

・血統

父ヤマニンゼファーと母父サクラチヨノオーという謎の配合の結果誕生したテンペストクェーク(とヤマニンシュトルム)であるが、緻密な計算や計画によって配合されたわけではなく、単純に牧場長の趣味の産物であることがBCクラシック後のインタビューにて判明している。単純に好きな馬同士を掛け合わせただけで、世界最強馬が2頭も誕生したのだから、競馬や血統は面白いのである。なおセオドライトはミホノブルボンやクレイドルサイアーといったマイナー血統でもGⅠ馬を輩出しているので、この馬が一番やばかったんじゃないかといわれたりしている。

当時の日本の主流血統からは外れた血統であるが決してダメ血統ではない。マルゼンスキーを筆頭に、優秀な成績を残した競走馬・種牡馬の血が本馬には流れている。彼の活躍は間違いなく血統に名を連ねた名馬たちの執念が生み出したものであるとも言えよう。

 

 

 

追記・修正は年度代表馬三冠を獲得してからお願いします

 

 

 

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蛇足の章
テンペストクェークの代表産駒で打線を組んでみた


いわゆる打線スレ


テンペストクェーク産駒で打線組んでみた

 

1:名無しの競馬ファン

1番 中 モウコダマシイ

2番 遊 ダイワバーミリオン

3番 捕 クロノセンチュリー

4番 一 インパクトクェーク

5番 三 Vertex

6番 二 メジロフィナーレ

7番 左 Constitution

8番 右 Weatheringwithyou

9番 投 Lights in the sky

 

2022年現在

異論は認める。

 

2:名無しの競馬ファン

フランス、ドイツ、オーストラリアの馬がいない。やり直して。

 

3:名無しの競馬ファン

ガバガバ打線で草

 

4:名無しの競馬ファン

クリーンナップはいいとして、もっといい馬がいるだろう。スプリント路線の馬が全然おらん。

 

5:名無しの競馬ファン

>>2 ウイポでしか知らんような馬出されても困るやろ

 

6:名無しの競馬ファン

1番の名前の破壊力よ

 

7:名無しの競馬ファン

>>6 こいつが頑張ったおかげで、テンペストの評価が上がったんだから功労者ですよ。

 

8:名無しの競馬ファン

ダート種牡馬としても優秀だしな、こいつ。

 

9:名無しの競馬ファン

ヘブンズロード、ストームクェークがおらんやんけ。

 

10:名無しの競馬ファン

スプリント馬がいないのは論外。

 

11:名無しの競馬ファン

英国屈指のスプリント王のワイルドハントがいない。やり直し。

 

12:名無しの競馬ファン

アルゼンチンの英雄は?

 

13:名無しの競馬ファン

>>12 流石にその辺はマイナーすぎねえか……

 

14:名無しの競馬ファン

そろそろ解説していくぞ。

 

1番 中 モウコダマシイ

 

2009年度産(2012年クラシック世代)で母父メイセイオペラの牡馬。テンペストクェークのファーストクロップ。兵庫県にある馬産とは関係ない牧場出身の競走馬。園田競馬場でデビュー。その後、連勝を重ね、11月の兵庫ジュニアグランプリを制覇。3歳になり、菊水賞、兵庫チャンピオンシップ、兵庫ダービーの兵庫三冠を無敗で達成。園田で無敵の馬となる。2013年~2016年はホッコータルマエやエスポワールシチー、ニホンピロアワーズ、コパノリッキーなどのダート強豪馬たちと対等に戦った。2015年秋にはアメリカ遠征をおこない、父が勝てなかったウッドワードSを勝利したものの、BCクラシックでアメリカンファラオにアタマ差で敗れた。引退後はダート種牡馬として活躍。園田の英雄として銅像が建てられるほどの馬となった。名前はアレだが、テンペストクェークの代表産駒で、ダート系の筆頭種牡馬。

 

 

15:名無しの競馬ファン

>>14 ただの珍カスで草

 

16:名無しの競馬ファン

>>15 言葉に気をつけろ

 

17:名無しの競馬ファン

本当にふざけた名前だけど、生まれも育ちも所属もオール兵庫だからなあ。馬主ももれなく尼崎の人だし。

 

18:名無しの競馬ファン

兵庫に牧場なんてあったっけ?

 

19:名無しの競馬ファン

>>18 サラブレッドの生産牧場とは全く関係ない牧場で生まれたらしい。

 

20:名無しの競馬ファン

兵庫の片田舎で余生を過ごさせていた牝馬にテンペストを種付けするという意味不明なことをしでかした狂人の馬主

 

21:名無しの競馬ファン

テンペストやディープに関わって人生が狂った人多すぎ!

 

22:名無しの競馬ファン

メンコは虎柄という筋金入りだからな。

 

23:名無しの競馬ファン

勝手にロゴ使おうとして怒られたんだったっけ?

 

24:名無しの競馬ファン

普通にダメだったらしい。

 

25:名無しの競馬ファン

メイセイオペラ以来の地方所属馬の中央GⅠ制覇で、史上初の地方馬の海外ダートGⅠ制覇馬なのに、名前のせいでいまいち凄さが伝わらない。

 

26:名無しの競馬ファン

斤量差がなければアメリカンファラオに勝ってたかもしれない化け物だぞ。

 

27:名無しの競馬ファン

>>26 父なら勝ってた

 

28:名無しの競馬ファン

>>27 世界最強のおやじはNGで

 

29:名無しの競馬ファン

あまりモウコダマシイをバカにするなよ。割とマジで園田の英雄扱いだからな、こいつ。

 

30:名無しの競馬ファン

ドバイWC勝っている馬が園田の地方重賞に出走しちゃダメでしょ。案の定馬なりで大差勝ちだったし……

 

31:名無しの競馬ファン

でも園田競馬所属だし……

 

32:名無しの競馬ファン

中央移籍を頑なに拒んだらしいからね

 

33:名無しの競馬ファン

>>24 一応コラボはしているよ。スパイチュとのツーショットポスターが家にあるし。

 

34:名無しの競馬ファン

>>33 マジか。調べたマジだった。

 

35:名無しの競馬ファン

>>34 馬の方は世界一になったのに、球団の方は一向に優勝できない。なんでだろうね。

 

36:名無しの競馬ファン

>>35 その話はなんjでやれ……

 

37:名無しの競馬ファン

そろそろ次行くぞ。

 

38:名無しの競馬ファン

2番 遊 ダイワバーミリオン

 

2011年産駒(2014年クラシック世代)で母父アグネスタキオンの牝馬。ダイワスカーレット産駒で現在唯一のGⅠ馬。母や母父を襲った脚部不安を全く感じさせない頑丈な馬だった。マイル中距離路線で活躍。3歳時代に桜花賞を制し、4歳以降は同期のモーリスと激戦を繰り広げた。頑丈さは父譲りであったが、賢さは母譲りだったこともあり、逃げ先行が得意だった。2015年香港マイル、2016年天皇賞・秋、マイルCS

 

 

39:名無しの競馬ファン

ポキオンタイマーとかいうクッソ不名誉な死神の鎌から逃れた馬。

 

40:名無しの競馬ファン

>>39 テンペストクェークの頑丈さが勝った

 

41:名無しの競馬ファン

モーリスとマイル中距離で戦った怪物牝馬やな。

 

42:名無しの競馬ファン

香港マイルがクソ強かった。マイルでモーリス相手に4馬身差とかマジかよってなった。

 

43:名無しの競馬ファン

ダイワスカーレットに似ていたけど、適正距離はマイルよりだったみたい。

 

44:名無しの競馬ファン

栗毛でムキムキなところは確かに似ていた。

 

45:名無しの競馬ファン

母に似てあまり頭が良くなかったっていうけど本当?

 

46:名無しの競馬ファン

>>45 本当らしい。人の顔とか全く覚えんかったらしい。教えたこともすぐ忘れる。とにかく逃げたがる馬だったらしい。ただ、気性が悪いわけではなかったし、バカな子ほど可愛いのか愛されていたね。

 

47:名無しの競馬ファン

>>46 途中からはちゃんと騎手の指示に従っているんだよね……

 

48:名無しの競馬ファン

だからあんなバカキャラにされていたのか……

 

49:名無しの競馬ファン

母の方のバカっていうのは結構言いがかりに近いところもあるけど、こいつはマジで関係者全員がバカって言っているからなあ……

 

50:名無しの競馬ファン

盛り上がってきましたね。

次いくで

 

51:名無しの競馬ファン

3番 捕 クロノセンチュリー

 

2011年産駒(2014年クラシック世代)で母父シンボリクリスエスの牡馬。父と母父に似て大柄な鹿毛の牡馬。2歳重賞を制覇し、クラシックに期待がかかるが、皐月賞、日本ダービー2着と歯がゆい結果となる。秋のJCで初GⅠを制覇し、翌年2015年にドバイシーマクラシック、QE2世C、宝塚記念を連勝。秋には凱旋門賞に向かい、ディープ以来2頭目の凱旋門賞馬になる。その後、BCターフ2着、有馬記念2着で現役を引退。2014年から海外に行ったテンペストクェークの代わりの種牡馬として期待され、その期待に応えた。

 

 

52:名無しの競馬ファン

>>51 黒塗りの高級車やんけ

 

53:名無しの競馬ファン

>>52 マジで不名誉なあだ名はやめて差し上げろ。

 

54:名無しの競馬ファン

黒+センチュリー=黒塗りの高級車

 

55:名無しの競馬ファン

止めろ、これ以上このスレを汚くするな。

 

56:名無しの競馬ファン

同じクロノから始まるのに、ジェネシスの方と何が違ったのか。慢心、環境の違い……

 

57:名無しの競馬ファン

テンペストクェーク産駒で2400メートルGⅠを勝てることを証明した競走馬で、後継種牡馬筆頭なんだけどなあ……

 

58:名無しの競馬ファン

>>57 凱旋門賞馬だしな。ディープ以来の。

 

59:名無しの競馬ファン

オルフェがダメだったから、当分先になると思ったら、普通に勝ったからなあ。強かった。

 

60:名無しの競馬ファン

外見がテンペストに似ていたから、テンペストがいなくなって寂しがっていたプイやボリクリの近くで放牧させたら、父と同じように仲良くなった話好き。

 

61:名無しの競馬ファン

気性がいいし、賢いし、強いしでイケメンホースだった。

 

62:名無しの競馬ファン

なんかテンペストクェークの牡馬は割と気性が良くて賢い馬が多いんだけど、牝馬はバカだったり、気性が荒かったりで、極端すぎねえか

 

63:名無しの競馬ファン

スイープトウショウとの子供のトウショウリリーも気性激だったものな。

 

64:名無しの競馬ファン

ヤマニンシュトルムと同じ血が流れていると考えればなんも不思議ではない。

 

65:名無しの競馬ファン

そういわれると確かに……

 

66:名無しの競馬ファン

別に賢くて気性のいい牝馬もいないわけではないよ。まあ9番にやばいのが控えているけど。

 

67:名無しの競馬ファン

こいつのベストレースってやっぱり凱旋門賞?

 

68:名無しの競馬ファン

いや、エピファネイアとの叩き合いを制した2014年のJCじゃね。

 

69:名無しの競馬ファン

あれ見て、祖父、父から勝負根性を受け継いでいるわと思った。

 

70:名無しの競馬ファン

産駒もエピファネイアとやり合っているし、ライバルやね。

 

71:名無しの競馬ファン

ちなみに実馬同士はクッソ仲悪いらしい。父親のボリクリとテンペストは仲良かったのに……

 

72:名無しの競馬ファン

そろそろ次に行きます。

 

73:名無しの競馬ファン

4番 一 インパクトクェーク

 

2014年産駒(2017年クラシック世代)で母父ディープインパクトの牡馬。ついに誕生したテンペストディープ配合の競走馬。2017年日本ダービーを制したのち、秋古馬王道路線に。天皇賞秋で父譲りの重馬場の鬼を発揮してキタサンブラックを差し切って勝利した。ジャパンカップ、有馬記念を2着3着と好走。2018年大阪杯、天皇賞秋、ジャパンカップを制覇。2019年はドバイシーマクラシック、宝塚記念、天皇賞秋を制覇。史上初の天皇賞秋3連覇を達成。GⅠ8勝で引退した。種牡馬入りしたものの、テンペストとディープの血が強すぎたため、牝馬選びになかなか苦戦したとのこと。日本におけるテンペストクェーク産駒の最高傑作(芝)といわれている。ちなみにダートはモウコダマシイ。

 

 

74:名無しの競馬ファン

クッソ強い怪物。負けたレースも基本掲示板内だったし。

 

75:名無しの競馬ファン

ライバル配合の究極体だよな。強い父と強い母父を合わせたら強い馬が出来るというバカ理論の結晶。

 

76:名無しの競馬ファン

天皇賞秋3連覇は立派ですよ。20億近く稼いだしねえ。

 

77:名無しの競馬ファン

春天がドバイに代わっただけで、古馬王道グランドスラムを2年連続で走ったアイアンホース。

 

78:名無しの競馬ファン

本当に頑丈な馬だったよね

 

79:名無しの競馬ファン

あと少しで父の賞金額を超えれたんだけどねえ。

 

80:名無しの競馬ファン

ケガらしいケガが全くなかったアイアンホース。

 

81:名無しの競馬ファン

>>80 テンペストクェークの産駒、アイアンホース多すぎねえか

 

82:名無しの競馬ファン

だって頑丈な馬ばかりなんだもん。馬主孝行な馬が多いんやで。

 

83:名無しの競馬ファン

>>82 その分走らない馬はとことん走らないけどね。

 

84:名無しの競馬ファン

日本だと、ディープに比べて当たり外れが大きいのが難点か……

 

85:名無しの競馬ファン

まあGⅠ馬や重賞馬の数は立派の一言ですし、後継をしっかり残せているのは大きい。

 

86:名無しの競馬ファン

>>85 テンペストクェーク自身がまだまだ現役で種牡馬やってますけどね。ことしで20歳なのに、200頭近く種付けしていて草。

 

87:名無しの競馬ファン

>>86 絶倫おじさん

 

88:名無しの競馬ファン

>>87 コントレイル君はオヤジの同期と戦わないといけないのか……

 

89:名無しの競馬ファン

「親父の方が強かったぞ」

 

90:名無しの競馬ファン

>>89 あんたに3回勝てる馬はプイくらいしかいねえんだわ

 

91:名無しの競馬ファン

>>88 割とマジでコントレイルには頑張ってもらわんと困る。

 

92:名無しの競馬ファン

さて次は欧州の最強です。

 

93:名無しの競馬ファン

5番 Vertex

 

2015年産駒(2018年クラシック世代)で母父デイラミの葦毛の牡馬。こちらは欧州におけるテンペストクェーク最高傑作といわれている競走馬。2歳GⅠのデューハーストSを大差で勝利し、2018年英2000ギニー、英ダービー、愛ダービー、KG6&QES、凱旋門賞を無敗で制し、欧州三冠を達成した。2019年は、ドバイWC、タタソールズ金杯、コロネーションC、エクリプスSを勝利したが、KG6&QESでエネイブルに敗れて初敗北を喫した。その後、陣営は凱旋門賞、ではなくBCクラシック制覇を表明。ウッドワードSとジョッキークラブGC、BCクラシックを当たり前のように制覇して、無敵の強さを見せつけた。GⅠ13勝。100億円を超えるシンジケートが組まれ、英国で種牡馬となった。その名の通り、頂点ともいうべき強さを有していた怪物。

 

 

94:名無しの競馬ファン

うわ、出た。

 

95:名無しの競馬ファン

12ハロンの怪物が来ちゃった。

 

96:名無しの競馬ファン

勝ち方は最後に差し切ってゴールかギリギリで押し切るような鼻差圧勝みたいなレースが多かった。どちらかというとテイエムオペラオータイプ。まあ取りこぼしが一回しかないからめちゃくちゃ強かったんだと思うけど。

 

97:名無しの競馬ファン

>>96 それでもオヤジには届かなかった。

 

98:名無しの競馬ファン

キングジョージで負けた以外一回も先頭を譲らなかったからなあ。

 

99:名無しの競馬ファン

無敗の欧州三冠馬だったりする。

 

100:名無しの競馬ファン

>>99 2000ギニーも勝利しているから、マイルでも勝っているんだよね。

 

101:名無しの競馬ファン

プイの息子も無敗の三冠馬。テンペストの息子も無敗の三冠馬。これでイーブンやな。

 

102:名無しの競馬ファン

>>101 本当にね……

 

103:名無しの競馬ファン

長距離が苦手だから菊花賞で勝てないんですよ

 

104:名無しの競馬ファン

>>103 というより、日本のテンペストの産駒って結構晩成傾向が強く出ちゃっているから、本格化するのが3歳秋からの馬が多いのよね。2歳重賞獲ったりする馬は割と早熟で終わっちゃうことも多いし。

 

105:名無しの競馬ファン

欧州やアメリカでもその傾向は強いぞ。ただ、2歳GⅠ勝っている馬もいるし、やや傾向がある程度かもしれん。

 

106:名無しの競馬ファン

2000ギニーやケンタッキーダービーには間に合う産駒が多いから、あえて2歳は無理させないで、出走数を絞る陣営もいるみたいだね。

 

107:名無しの競馬ファン

まあこいつは普通に2歳GⅠ勝って、4歳まで問題なく走り切りましたけど。しかもアメリカのダートまで。

 

108:名無しの競馬ファン

テンペストと同じように二刀流ができた馬で一番強かったのってコイツだよなあ。

 

109:名無しの競馬ファン

テンペストと同じように変幻自在な脚質とストライドを持っているのはこの馬ぐらいだったらしい。

 

110:名無しの競馬ファン

よく見るとノーザンダンサーの血がほとんど入っていないのか……

 

111:名無しの競馬ファン

母父デイラミって……なんでこういう血統であんな化け物が生まれるんですかねえ

 

112:名無しの競馬ファン

2019年に引退して、2020年から種牡馬として供用されているから、産駒はまだ先だけどね。

 

113:名無しの競馬ファン

テンペストクェークの最高傑作って言われても納得できる。

 

114:名無しの競馬ファン

次に行きますね。

 

115:名無しの競馬ファン

6番 二 メジロフィナーレ 

 

2009年(2012年クラシック世代)の母父メジロライアンの牡馬。2011年にオーナーブリーダーから撤退したメジロ牧場が最後に送り出したGⅠ馬。本来は「メジロ」の冠は使わない予定であったが、GⅠを獲れる才能があったため、最後にふさわしい名前とともに送り出された。この馬のデビュー後、メジロ牧場は解散した(7月)。馬主は専務取締役の人。

スピードに優れており、陣営からクラシックを期待されたが、皐月賞は3着、ダービーは3着と世代の壁に苦しんだ。その後も惜しいレースが続き、5歳(2014年)になるまで主な勝ち鞍がセントポーリア賞(500万以下)というステイゴールド状態となっており、いい意味でも悪い意味でもネタ馬となっていた。しかし、2015年の天皇賞(秋)で初のGⅠを制覇。メジロブライト以来となる天皇賞の盾を手にした。その後香港ヴァースを勝利して現役を引退。種牡馬となった。騎手はズズズで有名な野球選手と同じあだ名の名ジョッキー。

別名最後のメジロ。

 

 

116:名無しの競馬ファン

最後のメジロの馬。母父がライアンなのも熱い

 

117:名無しの競馬ファン

最後の最後で天皇賞に勝てたのは大きかった。

 

118:名無しの競馬ファン

>>117 2015年から2019年までテンペスト産駒が天皇賞を勝っているんだね。その始まりとなった馬。

 

119:名無しの競馬ファン

本当にいろいろと惜しい馬だったから、最後の最後にGⅠを連勝したのは大きかったね。

 

120:名無しの競馬ファン

ただ、父譲りの頑丈さでとにかく走りまくってた。

 

121:名無しの競馬ファン

天皇賞の盾は最後に持ち帰った功労馬だからねえ

 

122:名無しの競馬ファン

何気に2000メートル時代の天皇賞で勝ったメジロ馬って初めてでは

 

123:名無しの競馬ファン

斜行した白饅頭がいるからなあ

 

124:名無しの競馬ファン

名は体を表すというか、本当にフィナーレで終わった

 

125:名無しの競馬ファン

相変わらず人気がある馬

 

126:名無しの競馬ファン

競馬ファンからすれば、メジロが天皇賞で勝っているのを見るのが久しぶりだったし、母父がライアンだからねえ。そりゃあ感涙ものよ

 

127:名無しの競馬ファン

この馬、結構メジロのエピソードで出てくるけど、末っ子感が強いのはこういう事情があったからなんだな。

 

128:名無しの競馬ファン

あの漫画だと、そんな感じで描かれているな。

 

129:名無しの競馬ファン

甘えん坊で馬群を怖がってしまう可愛い性格をしているという。

 

130:名無しの競馬ファン

賢いけど、精神面が弱かったらしい。

 

131:名無しの競馬ファン

図太い性格の奴が多いテンペストの産駒にしては珍しいよなあ。

 

132:名無しの競馬ファン

>>131基本的にそういう馬はデビューすることなく消えていくんだと思いますけどね。GⅠ勝った馬の中では精神面が弱点だったってこと。

 

133:名無しの競馬ファン

>>129 だからこそ、豪快な追込が見れた。見ていて楽しかった。

 

134:名無しの競馬ファン

とにかくドラマがあった

 

135:名無しの競馬ファン

テンペスト産駒にしては小柄な方だったね

 

136:名無しの競馬ファン

でも筋肉でムキムキだったのは印象的だった

 

137:名無しの競馬ファン

次はアメリカの産駒です。

 

138:名無しの競馬ファン

7番 左 Constitution

 

2015年産駒(2018年クラシック世代)の母父エーピーインディの牡馬。アメリカでデビューすると2歳GⅠを勝利し、テンペストクェークが産駒は晩成タイプが多いというイメージを払拭した。ケンタッキーダービー、トラバースS、BCクラシックを制覇。その後引退し、種牡馬となった。アメリカにおける種牡馬テンペストクェークの地位を確固たるものにした競走馬。非常に大人しく優しい気性だった。また栗毛で目立つ馬だったこともあり、牝馬からモテモテだった。日本語訳「憲法」。

 

 

139:名無しの競馬ファン

こいつがアメリカで活躍して以降、テンペストの産駒があっちでも増えた。

 

140:名無しの競馬ファン

それどころか2020年からアメリカで種牡馬をすることになったからなあ

 

141:名無しの競馬ファン

グッドルッキングホースだったから、向こうでも人気者だった。

 

142:名無しの競馬ファン

ケンタッキーダービーの出遅れからの追込はマジで意味不明なんだよなあ

 

143:名無しの競馬ファン

見事に出遅れて、大捲りして最後の直線で一気にぶち抜いていくの、完全に父親そっくりだったわ

 

144:名無しの競馬ファン

アメリカのダートで追込成功している時点で驚異的。

 

145:名無しの競馬ファン

>>141 ケンタッキーダービーであの走りをしたイケメンホースが人気にならないわけがない。

 

146:名無しの競馬ファン

三冠路線走って、夏も走って、BCクラシックまで王道路線を走ったのも大きいね

 

147:名無しの競馬ファン

まーたアイアンホースになっておる

 

148:名無しの競馬ファン

頑丈だから仕方ないね。

 

149:名無しの競馬ファン

名前もかっこいいよなあ

 

150:名無しの競馬ファン

まあ憲法がない国に拠点を置くオーナーの馬だけど

 

151:名無しの競馬ファン

イギリスは慣習法の国だから……

 

152:名無しの競馬ファン

このネタは海外でも定番のネタ。まあ英国で走っていたらもっと面白かっただろうけど。

 

153:名無しの競馬ファン

さて、次は有名な産駒です。

 

154:名無しの競馬ファン

8番 右 Weatheringwithyou

 

2009年産駒(2012年クラシック世代)の母父ジャイアンツコーズウェイの牡馬。女王陛下の所有する牝馬に種付けした結果誕生した鹿毛の競走馬。2歳GⅠを好走し、英2000ギニーなど、マイル競走で好走するもなかなか勝利できなかった。そして2012年のクイーンエリザベス2世ステークスでエクセレブレーションを破って勝利した。自身が生産し、所有した馬で自身の名を冠するレースを勝利するという生涯最高の体験をすることができた。続くチャンピオンステークスでは、フランケルに鼻差で勝利し、無敗記録を最後の最後で打ち破った。その後、3歳で引退し、種牡馬となり、英国にやってきたテンペストクェーク共々、種牡馬として大成した。日本語訳「天気の子」

 

 

155:名無しの競馬ファン

女王陛下の情緒がおかしくなる

 

156:名無しの競馬ファン

自分の所有馬が自分の名前を冠するレースで勝つってどんな気分なんやろ

 

157:名無しの競馬ファン

勝った瞬間に気絶したくらい

 

158:名無しの競馬ファン

マジで喜びすぎて意識がなくなってたらしい

 

159:名無しの競馬ファン

本当にテンペストクェークに狂わされているなあ

 

160:名無しの競馬ファン

そりゃあ在位70周年の式典に呼ばれるわけだよ

 

161:名無しの競馬ファン

>>160 またテンペストクェークがいるって話題になってたな。本当にサラブレッドかこいつ

 

162:名無しの競馬ファン

>>161 もうその疑問は十年以上前に結論が出ているんだわ。生物学上はサラブレッドだけど、突然変異で少しだけ進化しちゃった個体ってね。

 

163:名無しの競馬ファン

総じてUMAなんだが。

 

164:名無しの競馬ファン

勝ったGⅠは2つだけだけど、フランケルに勝っているのはやばい。

 

165:名無しの競馬ファン

>>164 種牡馬としてもマイラーやスプリンターを送り出しているし、優秀だよ。

 

166:名無しの競馬ファン

>>164 あの時にフランケルはあまり調子が良くなさそうだったけど、しっかり勝てたのは大きいよね。

 

167:名無しの競馬ファン

名前もオシャレだよなあ

 

168:名無しの競馬ファン

テンペスト→暴風→天気から連想して、その子供だから天気の子

 

169:名無しの競馬ファン

そんな読み方するんかこれ……

 

170:名無しの競馬ファン

英語って結構そういう面強いし

 

171:名無しの競馬ファン

何気に欧州で初GⅠ馬だったし、割とテンペストクェークにとって重要な馬だったりする

 

172:名無しの競馬ファン

この馬も含めて、日本で種付けされた馬が欧州で活躍したから、欧州にテンペストが行くってなった時、向こうの関係者がかなり期待していたよな。その結果バーテックスとかが生まれたわけだし。

 

173:名無しの競馬ファン

やっぱ洋芝が本来の適正なのでは?

 

174:名無しの競馬ファン

日本の芝・ダート、欧州の芝、米国の芝・ダート、豪州の芝でGⅠホースがいるからなあ。

 

175:名無しの競馬ファン

>>174万能で草

 

176:名無しの競馬ファン

女王陛下といい、この馬にかかわった人の人生や情緒を破壊しすぎや

 

177:名無しの競馬ファン

>>176 本当にね……

 

178:名無しの競馬ファン

さて、そろそろ最後です。

 

179:名無しの競馬ファン

9番 投 Lights in the sky

 

2018年産駒(2021年クラシック世代)の母父モンジューの牝馬。アイルランドで生まれ、大人しく、気性の良い牝馬だった。しかし、レースになると闘争心を抑えきれずに暴走してしまう癖があった。1000ギニー制覇後、ディープインパクト産駒のスノーフォールと激闘を繰り広げ、英オークスは大差で2着に敗れたものの、愛オークス、ヨークシャーオークスで勝利した。チャンピオンS3着の後、香港マイルに出走。ゴールデンシックスティを破って勝利するという大金星を挙げた。普段は大人しく愛らしい性格をしていたので、関係者から愛されている。日本にも似たような馬がいるような気がするが気のせいだろう。2022年はドバイターフで5着に敗れたが、ジュライカップを制覇して、スプリンターとしての才能も見せつけた。日本語訳「天の光」

 

 

180:名無しの競馬ファン

欧州版メイケイエール。

 

181:名無しの競馬ファン

でもめちゃくちゃ強い。アタマ獅子舞のように振り回して、他馬にタックルしながら猛スピードで先頭に出て、そのまま押し切るのがいつものレーススタイル。

 

182:名無しの競馬ファン

英オークスはスノーフォールの前に大差で負けたけど、そのあと全部やり返している。今年もライバル対決がみれると思ったんだけどなあ……

 

183:名無しの競馬ファン

ジュライカップはめちゃくちゃ強かった。珍しくスタートが上手かったから、そのまま先頭で走り続けることができたからかな。

 

184:名無しの競馬ファン

本当に暴走特急だけど、普段は大人しいっていうね。

 

185:名無しの競馬ファン

>>184 なんでこういうところまで名古屋走りのお嬢様と同じなんだよ

 

186:名無しの競馬ファン

スノーフォールとのライバル対決はもっと観たかったね。

 

187:名無しの競馬ファン

強化型メイケイエールは草なんだよ。というかゴールデンシックスティを沙田のマイルで倒すのはヤバすぎるんだよねえ。素質だけならマジでインパクトクェークとかバーテックスと変わらんと思う。

 

188:名無しの競馬ファン

是非スプリンターズSに来てほしい

 

189:名無しの競馬ファン

>>188 二頭とも最近はマシになったとはいえ、レースが壊れちゃう。

 

190:名無しの競馬ファン

本来の適正は多分父と同じマイル~中距離だからな。オークス勝てている分、距離適性はもっと万能。

 

191:名無しの競馬ファン

何気に凄い馬だよねえ。

 

192:名無しの競馬ファン

>>190 だからこそこの打線スレにいるわけで……

 

193:名無しの競馬ファン

というわけで、おしまいです。

あとは自由に議論してください

 

194:名無しの競馬ファン

>>193 まあ楽しかった。初心者にはいいと思う

 

195:名無しの競馬ファン

>>193 乙

 

196:名無しの競馬ファン

>>193 異論はあるけど、まあ妥当と思える部分も多い

 

197:名無しの競馬ファン

欧州だと勝ち上がり率もかなり高いし、やっぱり適正は洋芝なんだろうねえ。

 

198:名無しの競馬ファン

>>197 その話は長い論争になるからやめれ

 

199:名無しの競馬ファン

>>197 勝ち上がり率だと欧州が上だけど、日本でも普通に活躍馬が多いし、よくわからんというのが答えなのでは。

 

200:名無しの競馬ファン

>>199 よくわからないっていうのはテンペストクェーク全般に言えること

 

201:名無しの競馬ファン

>>199 UMAだからね。

 

202:名無しの競馬ファン

母父としても優秀みたいだし、ほんと特異点のような馬になり始めているよな

 

203:名無しの競馬ファン

流石に日本だとディープを筆頭にしたSS系やキンカメ系の次点くらいだけど、欧州だと完全にノーザンダンサーの種牡馬たちと対等に戦っているからなあ。後継になりうる種牡馬もたくさんいるし。

 

204:名無しの競馬ファン

ガリレオもいなくなったし、もう少し欧州で種牡馬生活を送らせたかったのが本音だろうね。

 

205:名無しの競馬ファン

これ以上ノーザン系の血が多くなっても困るし、ありがたい存在だと思うね。

 

206:名無しの競馬ファン

非ノーザン系でここまで優秀な種牡馬だもの。大人気ですよ

 

207:名無しの競馬ファン

相変わらず受胎率も高いし、種付け頭数も多いみたいで。絶倫やな

 

208:名無しの競馬ファン

全然寿命を削っている感じがないんだよね。いつも艶々でピカピカな馬体しているし。

 

209:名無しの競馬ファン

大種牡馬たちがみんな20歳くらいでなくなっていくからなあ。心配だよ。

 

210:名無しの競馬ファン

曰く、「全く堪えている様子がない。いつも元気いっぱい」とのこと。

 

211:名無しの競馬ファン

生命力が強いっすね

 

212:名無しの競馬ファン

今年もディープ産駒が勝っているし、テンペストが戻ってきてくれたから、数年後にはまた産駒たちで賑わいそう

 

213:名無しの競馬ファン

まあ、孫やひ孫たちが走っているから、横断幕や幟は珍しくないんですけどね。

 

214:名無しの競馬ファン

そのうちテンペストクェーク系になりそうな勢い。

 

215:名無しの競馬ファン

GⅠホース数そのものはディープとかには負けるけど、種牡馬になった産駒の成績もそれなりに高いのが異常なんだよねえ。

 

216:名無しの競馬ファン

オーストラリアに行った種牡馬が、現地で猛威を振るい始めているみたいでね……

 

217:名無しの競馬ファン

ああ、タマモフォルゴーレか。

 

218:名無しの競馬ファン

母父タマモクロスとかいうロマンの結晶の馬やったな。オーストラリア行った聞いたけどそんなことになってんのか。

 

219:名無しの競馬ファン

去年のコックスプレート勝っている。

 

220:名無しの競馬ファン

そういえばウィンクスのGⅠ10連勝阻んだのもテンペストの産駒やったな

 

221:名無しの競馬ファン

オーストラリア競馬が今熱いのよね。

 

222:名無しの競馬ファン

今後見てみるか。

 

223:名無しの競馬ファン

例のゲームから入った人も、世界の競馬に目を向けてみるといいぞ~

 

224:名無しの競馬ファン

>>223 意外なところで日本の馬との関係がある馬やレースがあったりするからね

 

225:名無しの競馬ファン

せめて沙田とメイダン、ロンシャン、アスコットは実装してくれ。

 

 

 

こうしてスレはどんどんと消費されていったのであった。

 

 

 



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脱童貞の暴風

北海道某地方

ここには、日本最大級の種牡馬繋養施設がある。競走生活で華々しい活躍が認められたほんのひと握りのサラブレッドだけが、この地で種牡馬となれるのである。

テンペストクェークは総額60億円という途方もない金額でシンジケートが組まれ、2008年より種牡馬として供与される予定であった。

 

この地にやってきたテンペストクェークは、健康状態のチェックなどを受け、数多くの名馬たちが過ごした、過ごしている厩舎、放牧地に繋養されることになった。

 

 

「もう、併せ馬をしていますね……」

 

 

スタッフは、放牧地で隣り同士になった二頭の馬をほほえましそうに見守っていた。

大柄の鹿毛の馬と、小柄な鹿毛の馬であった。

 

 

「ディープの方もライバルのことを覚えていたみたいですね」

 

 

馬房も隣同士で、隣に新しい馬がやってきたと興味を向けていたディープが、テンペストクェークの姿を見て、嬉しそうに嘶いていた。

今も、2頭は一心不乱に柵ごしで走り回っている。

それを見て、近くで放牧されているシンボリクリスエスも嘶いて、2頭を眺めていた。

 

 

「藤山先生たちから聞いていた通り、馬から好かれやすいんですかね」

 

 

「もともと美浦全体のボス馬だったらしいけど、暴君ではなかったらしい。なんにせよ、ストレスを感じていないみたいで、よかったです」

 

 

「あとは、受精能力や種付けが好きなら完璧だな」

 

 

小柄な牝馬しか好まないというとんでもない種牡馬や、種牡馬入り後に無精子症だと判明した馬もいないわけではない。ただ、テンペストの雄としての能力はおそらく大丈夫だろうと考えられていた。

テンペストはシンジケートの関係もあって、種牡馬入りしたのがやや遅かった。そのため、1月中旬から試験交配が始められる予定であった。

 

 

「多分、大丈夫だと思いますよ......」

 

 

「「……大丈夫だよね?」」

 

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺が第二の故郷から旅立ってからそこそこの時間がった。

新しくやってきた場所は、そこそこの馬が住んでいるところであった。

そこには、新しく見る馬がたくさんいた。ただ、見知っている馬も結構いた。

 

 

『ひさしぶり』

 

 

『ああ、ひさしぶり』

 

 

あの小柄な馬もいたのだ。もう走っていないのか、ちょっと太った姿であった。

どうやら俺はこいつと共同生活を送ることになるみたいだ。

 

 

『初めまして』

 

 

こっちには見たことがない馬もいる。黒くてでかいな。俺と同じくらいかちょっと大きいかもしれない。耳がちょっと特徴的だな。

 

 

『これからよろしく』

 

 

『うん、よろしく』

 

 

どうやら暴れん坊な性格ではないようだ。彼とも仲良くできそうだな。

こうして、俺は新天地で新しい仲間と生活を送ることになったのだ。あの煩い親友兼ライバルもいるし、俺の恩人?恩馬?である黒いアイツもいた。あと、威嚇ばっかりしてくるけど、海外で喧嘩したあの馬もいた。

皆ここに来ていたのか……

そういえば俺って何すればいいのかなあ。のんびり過ごすのもありだが、それはそれでつまらん。

 

そう思っていた時期が、私にもありました。

 

 

『早く、早く!』

 

 

なんか目の前にもっさりとした感じの雌馬がいた。なんか今まで見てきた雌の馬とは違う感じ。そして周りには人間がたくさん。

 

……え?

 

 

「……テンペストクェークが牝馬に興味を示さないのですけど」

 

 

「……やばくないっすか?」

 

 

なんか周りの人間もあたふたしているし、俺、何かやっちゃいました?

前の雌の馬はなんか早く早くって言っているし。

 

 

「もしかして、発情に反応していないのか?」

 

 

あれ、これってもしかして、俺にヤれといっているのか?

……俺の仕事ってもしかしてこれ?

雌馬と交尾することが俺の仕事なのか?

というかこのために俺はここに呼ばれたのか。人間って不思議だねえ。

 

さて、周りの人間が青い顔をし始めているし、そろそろちゃんとしないとやばい。

思い出せ、2年くらい前のレースを。あの時は俺の息子は臨戦態勢になっていたはずだ。

 

 

『よしよしよし!来たぞ!』

 

 

「うわ!いきなりなんだ!ってああ、よかった」

 

 

とりあえず俺のご立派様を見て安堵するみんな。

ふむ、雌馬からいい感じのフェロモンというかそんな感じのオーラを見たいなのが出ているし、それも利用していけばいいのか。なるほど、なるほど。

 

 

で、交尾ってどうやるの?

自慢じゃないが俺は野生の本能は捨てている。

とりあえず雌馬の周りをまわってみるが、当然何もない。

 

 

「どうしたんだ!テンペスト……」

 

 

ああ、またみんなの顔が曇り始めた。

とりあえず後ろに立ってみよう。

 

 

『どうしたの?』

 

 

『……どうしよう』

 

 

「もしかしてやり方がわからないのか?」

 

 

俺があたふたしていると、俺の周りで見守っていた人間の一人が牝馬のとある部分に指を向けていた。

……なるほど。そこに入れればいいのか。

 

 

『ありがたや、ありがたや』

 

 

こうして、俺は脱童貞となったのだ。

いや、雌馬とヤる頻度多いなあ!

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「種畜検査の結果が出ましたよ。良好ですって」

 

 

テンペストクェークの試験交配の結果は良好であった。種畜検査の結果、彼の精液には精虫がウジャウジャいるという表現が正しいほどの結果をたたき出していた。これなら受精能力に問題はないとスタッフたちの一安心していた。

その一方で問題も発生していた。

 

 

「……ヘタクソですね」

 

 

「ええ、下手ですね」

 

 

テンペストクェークは種付けが上手くなかったのである。種付け練習が行われているが、ぎこちない様子を度々見せており、馬自身も困惑している様子だった。

 

 

「おそらく今年は200頭近く種付けすると思うから、早くてうまい方がいいんですけどねえ……」

 

 

すでに多くの関係者から種付け依頼が殺到しているのが現状である。一日に4頭近くの相手をしないといけない場合も想定できるため、種付けが上手いことに越したことはないのである。あとは交配の際の事故も減らすことができる。

 

 

「ただ、少しずつ上手になってきていますので、もう少し練習をさせてみて、今後のことを考えてみましょう」

 

 

「そうですね」

 

 

テンペストの試験交配の話は終わり、次は近々行われるイベントについての話題となった。

 

 

「そろそろ、種牡馬展示会ですね。今年はテンペスト目当ての人も多いから大変だな。特に渉外担当が……」

 

 

テンペストクェークに熱烈な視線を向ける関係者は、日本だけではない。むしろ、欧州といった海外の関係者の方が熱烈な視線を向けている。彼らとの交渉や契約を取りまとめる渉外関係の仕事をしている職員は地獄のような忙しさであった。相手はアラブの王族や英国の王室や貴族といったやばい人達も多いのである。

 

 

「とりあえず、彼の性格や習慣なんかをしっかりと調査して、快適に種牡馬生活を送れるようにしましょう」

 

 

「そうですね。藤山厩舎からは、おとなしくて手がかからないし頭がいいって言われているので、大丈夫だとは思いますけどね」

 

 

「頭がいい馬は割と癖が強い馬が多いのよ。まあ、今のところは大丈夫だけどね」

 

 

人間に従順で賢い馬と評判のテンペストクェークは、種牡馬施設のスタッフからも手がかからなくていいと思われ始めていたのであった。

 

 

 

 

「引退したのに馬体は立派だなあ……」

 

 

「……今年も走れたんじゃないか?」

 

 

2008年の種牡馬展示会が、2月中旬に行われていた。多くの人が集まって、カメラを向けていた。引退して数か月がたっていたが、筋骨隆々な馬体は相変わらずで、まだ現役で走れたんじゃないかと思った関係者も多かった。

 

 

『今回の展示会に当たり、美浦より藤山先生がお見えになっておりますので、応援のメッセージをいただきたいと思います』

 

『よろしくお願いいたします。美浦トレセンで調教師をしております、藤山順平です。昨年までテンペストクェークを管理しておりました』

 

 

藤山調教師が話し始めると、「知っている声だ!」といわんばかりに反応し、声のする方に向かおうとするテンペスト。それを必死で止めるスタッフの攻防が見えた。

 

 

『……私の声を覚えてくれているみたいですね。本当に賢いです。さて、テンペストクェークですが、馬体を見ての通り、ザ・短距離馬といった馬格をしております。ただ、宝塚記念での走りを見た通り、中距離でも問題なく走れる能力を持っております。能力は現役時代の彼の走りを見てもらえればわかりますが、スピード、瞬発力、パワーすべてが最高峰のものを有しております。そして、気性もよく、賢い。何より頑丈でタフです。これらの要素を受け継いでくれる産駒が必ず現れると思います』

 

『祖父ニホンピロウイナー、父ヤマニンゼファー、そして母父サクラチヨノオー、3代先までの血統には、昭和から平成初期にかけて日本競馬を盛り上げた名馬の血が流れております。この血を受け継いだ産駒たちが競馬場を駆け回ることを期待しております』

 

『これから、種牡馬としてのテンペストクェークをよろしくお願いいたします』

 

 

藤山の挨拶が終わると、スタッフによってテンペストクェークの解説が行われる。22戦18勝GⅠ14勝。6か国のGⅠ競走を勝利した驚天動地の戦績はすでに全員が頭に入れている情報であった。

 

テンペストクェークが本当に種牡馬として活躍できるかは未知数である。心配されているのは血統的な魅力が低いことである。ただ、専門家に言わせれば、決してダメ血統ではないということだ。むしろ、非主流血統であることの方がありがたかった。SS系の後継種牡馬はディープインパクトを筆頭に数多く存在している。そのほかにもシンボリクリスエスやキングカメハメハといった期待の種牡馬たちの血統から外れたハビタット系が主流血統となってくれれば、より多様性が生まれるのである。

 

 

『種付け料は800万円のキャリアスタートとなります。すでに数多くの依頼が来ております』

 

 

初年度の種付け料は800万円。シンジケートの額にしてはかなり安めの金額である。そのため、すでに種付け依頼がかなり来ていた。

 

 

「……あとはテンペストクェークが種付けに慣れてくれればすべてが解決するのにな」

 

 

「それなんですが、藤山先生が「だったら、他の馬の種付けの様子を見せてやればいい」って言っていたので、今度ディープインパクトの種付けの様子を見せることになりました」

 

 

「……ええ」

 

 

「ライバルの種付けの様子を見させられるとか、意味わかんないなあ……」

 

 

その後、ライバルの交尾の様子を見せられるテンペストクェークの目はどことなく死んでいた。

 

何はともあれ、展示会は大成功に終わり、テンペストクェークの種牡馬としての最初のシーズンが始まった。

 

 

 



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馬術の道へ その1

2007年、華々しい成績を残して現役を引退したテンペストクェークは、翌年、日本で種牡馬となっていた。

種牡馬入りでかなりの関係者が苦労したようだが、それでも無事に種牡馬として活動を始めていた。

そんなある日、テンペストを管理する馬産グループに衝撃の連絡が入ったのであった。

普段なら話半分でお断りするような内容の話であったが、今回は相手が問題であった。

 

 

「テンペストクェークを馬術馬として活動させてほしいって……」

 

 

「JEFも一体何を考えているんだ。そんなもの無理に決まっているだろう。現役種牡馬が馬術なんて……」

 

 

テンペストクェークは種牡馬である。そしてその価値はシンジケートの金額で60億円以上。その権利関係も3か国が関与している。

何より、現役種牡馬が馬術に出場するなんてことは考えたこともないし、考えようとも思わない。

 

 

「一体なにを思って馬術馬にしたがっているんだ……いくらテンペストクェークの気性が良く、操縦性が良い馬だとしても限度がありますよ」

 

 

「まったく、あちらさんも困ったものです」

 

 

競走馬から乗馬、馬術馬になるためには、それなりの訓練が必要である。ましてや種牡馬を経験した馬はもっと扱いが大変になる。簡単に馬術馬になれるわけではないのである。

「まあ、テンペストクェークのブランドを利用したいだけでしょうね」と幹部たちは笑っていたが、今回の要請の発起人の名前が割とシャレにならない人物であったため、一抹の不安も感じていた。

結局、シーズンオフの期間に「体力維持のため」という名目で、簡単な訓練が行われることになったのであった。当然障害馬術などというリスクの高い種目には、全員が猛反対したため、馬場馬術に絞って行われることになった。

 

 

2008年の種付けシーズンも終わり、従業員たちもいち段落が付いたころ、テンペストクェークの馬術訓練が行われることになった。

 

 

「馬場馬術の馬は、若駒時代から調教していく馬も多いですし、そもそもサラブレッドという品種そのものが向いていないといわれているわけですよ。テンペストクェークはずっと競走馬として育てられてきましたし、種付けも経験してます。オフシーズンだけ訓練して馬術馬になれるほど甘い世界ではないですよ。それに競走馬として優秀な体格をしていても、馬術馬として優秀とは限りません」

 

 

見学に来ていたJEFの関係者に説明するテンペストの関係者たち。

引退馬が馬術競技用の馬になることは珍しいことではない。しかし、時間をかけてゆっくりと調教していくものであって、種牡馬生活を送りながらできるようなものでは到底ないのである。

なんでこんな面倒なことを……というのが正直な感想であったが、同じ『馬』にかかわるものとして、蔑ろにすることはできなかった。

態度には見せていなかったが、「何言ってんだよこいつらは」という考えを持っていた馬産関係者は、一人の大御所の馬術関係者の一言で凍り付いた。

 

 

「私は見ました。故郷の島本牧場で美しい馬術を見せるテンペストクェークの姿を」

 

 

「「「……え?」」」

 

 

久しぶりに人を乗せるのが楽しいのか、ウキウキな気分で鞍上の指示に従って歩くテンペストクェークは、最初は普通に走り回っていた。しかし、鞍上が指示を送ると、きれいな歩様を見せ、規則正しい運歩を見せていた。その姿は、間違いなくある程度訓練された馬術馬にしかできない芸当であった。

 

 

「私、聞いていませんよ。テンペストクェークが馬術の初歩をマスターしているなんて」

 

 

「一体誰が、って島本牧場?何やってんだよ彼らは!」

 

 

「昨年の6月ごろに馬術の練習をしている姿を見て、この馬だ!と私も思ったわけですよ。それがテンペストクェークだったんですが……」

 

 

島本牧場で哲也が運動と称して馬術を教え込んでいた様子を見かけたときのエピソードを話す初老の男性。そして頭を抱える馬産関係者たち。

 

 

「現役の競走馬、それも世界最強の馬に何を教え込んでいるんだ……」

 

 

あくまで初歩であるが、馬術を短時間で習得し、1年近く経過しているのに、覚えているという驚異的な記憶力と学習能力に驚愕していた。

 

 

「すぐに島本牧場の関係者を呼んでくれ。話が聞きたい」

 

 

「ああ、また仕事が増える……」

 

 

仮に馬術馬として活動するとしても尋常じゃないほどの苦労が予想される。テンペストクェークの権利関係は3か国にまたがっているため、そこをクリアすることも難題であった。むしろ海外の彼らが強固に反対してくれと願うほどであった。

また60億円という価値のある馬に乗って大会に出場するという選手がいるのかどうかも怪しい。

心の底では、多分どこかで無理が生じて、この話はなかったことになるだろうと全員が思っていたのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

レースから引退した俺は、てっきり死ぬまでゆっくりできるものかと思ったが、実際のところはそうではなかった。

毎日のように雌の馬と交尾をするという仕事が俺に課されていたのである。

最初はやり方がわからなくて苦戦したし、あの小柄な馬の交尾の様子を映像で見せられて……

一番つらかったのは、陰でこっそりと交尾の様子を生で見せられたことだ。

何が楽しくてライバルの交尾の様子を見学せなあかんねん。

まあ必死で覚えたよ。交尾の仕方。

それから毎日毎日雌の馬とヤリまくった。一日3回とか鬼畜かと思ったが、この体は案外丈夫なようで、全く疲れなかった。さすが俺って感じ。

ただ、交尾をするのもシーズンがあるようで、ある時期からパタッと仕事がなくなった。

そのため、本格的に暇になっているのだ。

隣の馬たちと、とりとめない話をするのも楽しいが、限度がある。

何か刺激が欲しいが、だからと言ってここで世話をしている人たちに迷惑はかけれないしなあ。

 

そんな感じで過ごしていたとある日、俺は久しぶりに人を乗せることになった。

最近、人に曳かれて運動をするようになったから、もしかして現役復帰?と思ったがそうではないようだ。

 

 

「現役引退したとは思えないなあ……」

 

 

俺の上に乗っているのは、最近俺と歩いたり走ったりしている人。どうもここのスタッフのようだ。

その彼が俺の上に乗っている。

 

 

「さて、いこうか」

 

 

【む、これは!】

 

 

懐かしい。

去年くらいに俺の生まれ故郷で教わった手綱さばきだな。なるほど、彼から教わったことを覚えているのか俺を試しているんだな。

ふふ、俺は頭がいいので、ちゃんと覚えているんだな、これが。

 

 

【ふふん!】

 

 

「……おかしいなあ。このレベルの歩様をマスターするのに数年はかかるのに」

 

 

リズムに乗って、正確に。

まっすぐ歩く。

意外と難しいんだよ。まっすぐ歩くっていうのは。

レースでも直線なのに曲がってくる馬もいるくらいだし。

 

 

「当たり前のようにまっすぐ歩くし、横木を普通に跨ぐし……」

 

 

俺はしばらく歩き続ける。

4拍子でゆっくりと。これはレースじゃないんだから落ち着いてね。

 

 

「テンペスト、君は一体何を仕込まれたんだい?」

 

 

この後も2拍子で早歩きっぽいのをしたり、横にずれるように歩いたり、旋回したりした。この辺りは生まれ故郷のお世話係の彼から教わったので普通にできる。

 

 

「お疲れ様。こりゃあいろいろと大変なことになるな」

 

 

久しぶりにいい運動ができた。

それにしてもなんかみんな俺のこと化け物のような目で見てない?

なんか現役の時よりひどい目で見てくるんだけど気のせいですか?

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

テンペストのお披露目から数日後、島本牧場に来客が訪れていた。

 

 

「ボー、テンペストは結構大食いなので、休養中でも運動させる必要があったんです。ただ、走り回らせても危ないし、だったら人を乗せて安全な運動をさせてあげようと思っただけです」

 

 

テンペストクェークの繋養先の関係者たちである。

話題は、60億のシンジケートが組まれた種牡馬が、なぜか馬術の初歩をマスターしていることについてであった。

すでにこの島本牧場で仕込まれたことは確認済みである。

 

 

「それで、馬術の技を教え込むかね、普通……」

 

 

「どんどん吸収するもので……すごいですよ、たった1か月で歩度変換や横運動、それに尋常駈歩までマスターしてしまうんですよ」

 

 

ちなみに1ヶ月でマスターできるような内容ではない。

この言葉を聞いて、馬産関係者一同は頭が痛くなった。なんで現役の競走馬、しかも他人が所有している馬に馬術を教え込んでいるんだよと心の中で思っていた。

 

 

「あ、でもオーナーも元気そうで何よりって面白がっていたので……」

 

 

本当に何をやっているんだよと頭の中が混乱する関係者たちである。

 

 

「それで、テンペストって馬術馬になれるんですか?」

 

 

「彼が普通の引退馬なら、その道に進むことになるでしょう。これだけの才能の持ち主ですから。ただ、彼は種牡馬です。それに十億単位の価値のある馬です。かなり難しいと思います」

 

 

「そうですか……結構いい線行くと思ったんですけどね」

 

 

「ハハハ……」

 

 

笑っていたが、目は笑っていなかった。

君がとんでもない爆弾を用意してくれたおかげで、こっちはとんでもないことになったよ。とは口言しないあたり、さすがである。

 

 

「とにかく、現役の競走馬に馬術を仕込むなんてことはやめておいた方がいいですよ」

 

 

「……はい。ただ、それができるのは多分ボーだけだと思います」

 

 

「……それについては同意します」

 

 

やっぱUMAだよあの馬。

テンペストにかかわる多くの人が再認識したのであった。

 

 

 

 




なお、このお話はフィクションです。
間違っても現役種牡馬に馬術をやらせようとしないでください。


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座談会 その1

201×年4月某日

冬も終わり、心地よい陽気に包まれた東京競馬場。

平日ではあるものの、少なくない人が競馬場に訪れていた。

 

イベントが行われるようで、ステージや観客用のパイプ椅子、音声機材などが整えられており、スタッフたちが忙しそうに動いていた。

ステージ上には、看板が吊り下げられていた。

 

『『暴風と共に』出版記念座談会』

 

看板を見る限り、何かの書籍が発売される記念イベントが開かれることがわかる。

よく見ると、新品の本が飾られ、大きな鹿毛の競走馬の写真やぬいぐるみがステージ上に掲げられていた。

今日、平日にもかかわらず、東京競馬場でこのようなステージが設置されたのは、元JRAの騎手の高森康明が執筆した書籍の発売を記念したイベントが開催されるからだった。

 

著者は、数度の大ケガから不死鳥のように復活し、50歳を超えても第一線で活躍した名騎手である。ただ、これだけなら引退した騎手による自伝的著書として売り出されるだけである、そこまで大きな話題にはならないだろう。

しかしこの騎手は、2005年~2007年にかけて世界中の競馬場を駆け抜け、比類なき強さを見せつけた伝説のスーパーホースの主戦騎手であった。その競走馬はハイセイコーやオグリキャップ、ハルウララ、ディープインパクトのように競馬に疎い一般人でも知っている競走馬であった。

 

その馬の名前は『テンペストクェーク』

 

22戦18勝。GⅠ14勝。

ディープインパクトと共に第三次競馬ブームを牽引し、文字通り世界最強の競走馬として君臨した伝説の馬である。

そしてその主戦騎手として全レースに騎乗したのが本日の主役である高森であった。

 

発売記念イベントと称したこの座談会には、高森だけでなく、JRAの調教師である藤山順平も参加するというものであった。

このため、伝説の馬の主戦騎手と担当調教師の話を生で聞けるとして、大勢の人がこの座談会に応募していた。

 

 

入場が開始されると、大勢の人が競馬場内に入り、座談会が行われる場所に向かっていた。

そんな状況を見ながら、緊張した面持ちをしている男がいた。

 

 

「東京の書店の時のイベントより多そうだな」

 

 

薄毛を気にしていたこともあり、引退と同時にスキンヘッドにした中年男性が高森康明であった。

 

 

「GⅠの時よりはマシだと思いますよ。それに今日の主役は高森君ですから、もっと堂々としなさいな」

 

 

高森に話しかける初老の男性。彼こそ現役調教師の藤山順平であった。

すでに定年間近であるが、まだまだ現役な様子である。

 

 

「先生の話を聞きたいってファンも多いと思いますし、先生も主役ですよ」

 

 

「まあ、それもそうだね。今日のために他では話していないネタも持ってきたので、満足してもらえますかねえ」

 

 

「まだ隠し持っていたんですか……」

 

 

二人が緊張を緩和するように話していると、外は観客であふれかえっており、ざわめきが舞台裏に聞こえるほどになっていた。

 

 

「さて、そろそろ出番だ」

 

 

 

 

『本日は、『暴風と共に』出版記念座談会にお越しいただき、誠にありがとうございます』

 

司会によるイベントの概要や注意事項などが伝えらる。

 

『それではお待たせしました。高森康明騎手、藤山順平調教師の登場です』

 

二人は、観客の拍手と共に壇上に現れる。

 

『高森です。本日は、私の著書の発売イベントということで、東京競馬場まではるばる来ていただいてありがとうございます。テンペストの著書ということで、いろいろな話ができたらと思います』

『藤山です。高森君から『どうしても』とお願いされたのでやってきました。今日は高森くんやテンペストの恥ずかしい話をたくさんしてやろうと思います』

 

おじさん二人によるトークイベントは開催されたのであった。

司会による二人の経歴説明や簡単なアイスブレイクをはさみながら、話は本題の著書、そしてテンペストクェークとの話になっていく。

 

『それにしても高森くん。タイトルの『暴風と共に』ってなんかわかりにくくないですか?シンプルに『テンペストの背』とかでよかったんじゃないの?』

『『テンペストの背』はさすがにまずいですよ。先輩に怒られますよ……』

 

これは知っている人は知っているネタであった。

 

『執筆には先生方にも協力してもらいまして。本当に助かりました』

『エピソードの話をチェックしたりしただけですよ』

 

著者は高森であったが、執筆の協力者として藤山や本村、秋山といった藤山厩舎の関係者、オーナーの西崎などが名を連ねていた。

 

『藤山調教師は、『暴風と共に』にどのような感想を持ちましたか?』

 

著書の話となり、司会が本の感想を藤山に求める。

 

『本文は、なんというか全体的に話の内容が情緒的というか。もう読んだ人はわかると思いますが、叙情的なんですよね。自分には書けない文章です』

『それは私の溢れるばかりの文才が光ったのだと思います』

 

このイベントは、本の購入特典でもあるため、来ている人は基本的に読了済みの人である。

そして、なんだかんだ競馬関係者も彼の本を読んでいたりする。

そしてほぼ全員が、藤山調教師と同じ感想を持つに至った。

 

『ほかの調教師の先生たちに感想を聞いたけど「面白いけど、なんかしっとりした文面で気持ち悪い」とか「先を読みたくなると思うけど、高森騎手の内面が表に出すぎて怖い」とかですし』

『え、酷くないですか?』

 

聞いていないという顔をする高森であったが、本を読んだ観客は、残当だと思っていた。

 

『さて、高森くんを茶化すのはそろそろおしまいにして、テンペストの話をしましょうか。皆さんも我々おじさん二人の話より、そっちの話を聞きたいって人の方が多いでしょうから』

『なんだか納得はいきませんが、そうしましょうか』

 

話は、テンペストとの馴れ初めの話へ移る。

 

『第1章はテンペストとの出会いから始まるので、まずは初めてテンペストを見たときの話から始めましょうか』

『私は知り合いの育成牧場から連絡があって、大柄な鹿毛の馬を紹介されたことがテンペストクェークとの初めての出会いでした。見た目はなんか貧乏くさいし、足もちょっと外向だったし、血統もちょっと地味だったのでどうなんだろうかとは思いました。ただ、走りを見ていると、いいものを持っている。中央でもやっていけるなとは思いましたね』

『確かに入厩したとき、GⅠを何勝もするような馬には見えませんでしたね』

 

テンペストクェークの入厩当時の写真を見たことがある人なら、育成牧場時代や入厩したばかりのころの彼の見栄えがあまりよくないということを知っていた。

 

『ただ、調教をしていく中で、この馬はすごいかもしれないって少しずつ思い始めたんですよ。身体能力がとにかく優れていた。それにとても賢い。調教においては手がかかりませんでしたね。あとは距離の柔軟性もあった。もともとスプリントやマイルが中心かなって思っていたんだけど2000メートルくらいなら普通に走れる能力を持っていたんですよ。むしろ、純粋な短距離よりマイルや中距離の方が走りやすそうにしていたんですよね。まあ、この辺の認識はキャリアの最後の方で崩れるわけですけど』

『この適正距離の話は、先生や本村さんからよく聞きましたよ。その辺の話も後でしましょうか』

『まあ、とにかくこの時はマイルや中距離で一番活躍できると考えていたわけです。だからクラシック初戦の皐月賞に出走したいとも思いました。ただ、ちょっと体の仕上がりが遅かったので、デビューが12月にずれ込んでしまったんですけど』

『調教は、先生と本村さんが直接関わっていた、私が初めてテンペストに乗ったのは、デビュー前なんですよね。『GⅠの舞台に立ちたいか?』と聞かれたときは、そんなにすごい馬なのかって思いましたね』

『実際、どこかでGⅠを獲ってくれるだろうと期待はしていました』

『追切で乗ってみて、能力の底が見えなかったですね。本当にすごい馬なのかもしれないって期待しましたよ。もしかしたらと思いましたね』

 

そして話はデビュー戦から3歳春の話に移る。

 

『デビュー戦から皐月賞までは苦難の連続でした。あそこまで逃げたがる性格だとは全く思いませんでしたからね。調教では全く見せていませんでしたので……』

『テンペストが想像以上に頑固な性格だったことが原因でしたね』

『まさか逃げたがる性格だとは思いませんでした。日常生活では確かに他の馬と関わることを嫌う性格でしたけど、坂路調教や併せ馬では見せていませんでしたから』

 

『テンペストの逃げはどういった経緯で生まれたのでしょうか?』

 

『多分賢すぎたんだと思います。一番先頭で走ってそのままゴールすれば勝てるって思いこんでいたんだと思います』

『新馬戦やセントポーリア賞のときは一定のペースを刻んで走っていました。多分、全部自分で考えてやっていたことでしょうね。私の指示なんてまるで聞いていませんでした。あのときは本当にただのリュックサック状態でしたよ』

『調教でいろいろと教えてきたはずなんですが、本番のレースだと全くいうことを聞かなくなってしまう。どうしようかと悩みましたね』

 

『この話はテンペストクェークを語る上では外せないエピソードですね。当初はどのような脚質や戦法を想定していたのでしょうか』

 

『後ろに控えて足を溜めて、一気に爆発させる。一気にトップギアに持っていく瞬発力がこの時の彼の一番の強みでしたからどちらかといえば後方待機策が向いていると考えていました』

『調教で乗っていて、瞬発力というか末脚のキレを感じることは多かったですからね』

『まあ、最後の方のテンペストは多分大逃げもできるようになっていたとは思いますが、この時はまだ発展途上でしたから。肉体も精神も』

『前に競馬のゲームでテンペストの脚質が自在になっていたのを見たことがあるけど、あれは古馬になったあたりの話で、2,3歳の時はそこまで脚質に融通が利くわけではないですよね』

『まあ大逃げでも重賞馬に勝てるくらいには強かったですけどね。なんだかんだ弥生賞もマイネルレコルトやアドマイヤジャパンに勝っているわけですから』

『でも、本物の怪物には全く歯が立ちませんでした』

 

『そこからディープインパクトとの初対戦につながっていくわけですね。お二人はディープインパクトについてどのような感想をお持ちになったのでしょうか』

 

『血統も調教師も生産者もそうそうたるメンツでしたからね。期待が隠しきれていないというのは美浦にも伝わってきていましたよ』

『若駒ステークスで、シンボリルドルフとかナリタブライアンとか、そういう伝説級の馬が現れたって感じでしたね』

 

『初対戦となった弥生賞。ここでテンペストクェークは最後にディープインパクトにかわされて2着になりますが、ここから因縁が始まったといってもいいのでしょうか』

 

『そうですね。実は2戦目は若駒ステークスに出ようかと考えていた時期もありまして、もし実現していたらお互い2戦目から激突していたのかもしれません』

『2戦目で関西遠征は気合入っているなあって思いましたけど、テンペストの走りやディープのこともあって実現はしませんでしたけど……』

『3月の弥生賞が初対戦となったわけですが、結果としては力の差を見せつけられましたね。馬なりで余裕の走りをされたら、何も言えないですよ』

『テンペストも前に前に行こうと掛かってしまって、ちょっと暴走状態に近かったです。それでも最後まで逃げ粘れたのは彼の能力が高かったからだと思いました。普通の馬ならそのままずるずると後退して着外に飛んでしまうと思うので』

『ただ、この敗北はテンペストにもいい薬になったんじゃないかなって心のどこかでは思っていました。聞けば牧場や育成牧場で甘やかされて育てられ、同期の中でも飛びぬけて才能もあったわけです。それで2回連続で勝ったことで調子にのっていたのではないかなあって思いましたね』

『本当に世間知らずの生意気な小学生って感じだったのは覚えていますね。レースで騎手のいうことは聞かないし、妙に頑固でプライドは高いし、それで負けたら馬房の隅でいじけてあからさまに落ち込んでいましたし……』

 

『いろいろなお話を聞いていると、若駒時代のテンペストクェークに対して、お二人は辛辣なことが多いですね……』

 

『まあ、そう思わせてくれるほど人間臭いというか、可愛げのある性格をしていたということです。もちろん大事に育てようとは考えていましたけどね』

『当時から強くてかわいい馬でしたよ。それはそうと、我々人間でもわかるくらいには調子に乗っていたのは事実なので』

 

『ここから皐月賞に入っていくわけですが、ライバルのディープインパクトとそろっての出遅れ。この時はどのような状況だったのでしょうか』

 

『まあ、高森君の本に書いてあることがすべてだと思いますね。ちょっと集中力を欠いているのかなとはパドックで見えましたけど』

『あの時はテンペストとどう折り合っていくかについてずっと考えていました。ただ、スタートで出遅れたのは多分彼が集中できていなかったことが原因だと思います。自分ももう少し注意してあげるべきだったと思います』

『2頭とも出遅れて、どよめきがすごかったですよ』

『やばいって思いましたが、その一方でチャンスだと私は思いましたね。あとは本に書いてあることが、私がレース中に考えていたことのすべてです。競馬は一人だけでは勝てないことをわかってもらう必要がありました。騎手の自分が必要であることを彼にわかってもらいたい一心でした』

『書いてあることが主観的過ぎて、ちょっと理解できないところもありますが、掛かっているテンペストと抑えようとしている高森君の様子を見ると、何となくわかる気がしました』

『主戦を下ろされてもいい覚悟で彼と喧嘩をしましたから。ただ、あの時から、私と彼は繋がった。そう思いますね』

『途中からしっかりと高森君の指示に従って、最後に一気に伸びてきてくれました。このレースで一歩上のステージに行ってくれましたね』

『最後の直線で鞭を入れたら、振り飛ばされるぐらいの加速力を見せてくれました。調教でも見せたことがないくらいでしたよ。もう少しでディープに届きそうだったんですけど、そこまで甘くはありませんでしたね』

 

『後ろから迫ってくるテンペストを察知して、ディープインパクトを再加速させたという話ですね』

 

ディープインパクトも伝説級の馬であるため、多くのエピソードが関係者から語られている。

 

『その辺りは流石だなあって思いましたね。ただ、遠すぎる背中が一気に近づいた気がして、自然と笑ってしまいましたね』

『中山の坂を駆け抜ける姿を見て、間違いなくGⅠをとれると確信しました。震えましたよ』

『まあ、そのあとダービーで負けるんですけどね』

『3歳春のテンペストにとって、ダービーの2400メートルは長すぎました。ただ、ダービーに出走する権利があるのに、回避するという選択はできませんでしたね』

『当日は大外枠だったんで、なんか最高に運がないなあって思いました。実際、残り200メートルくらいでテンペストがスピードを緩めたので、怒られない程度に抜いて走らせました。応援してくれた人には申し訳ないと思いましたけど、無理すべきレースではなかったので』

 

『そして、秋競馬につながっていくわけですね。夏を超えたあたりからテンペストクェークの能力が一気に開花したといわれていますね。やはり馬の成長自体が晩成型だったのでしょうか』

 

『放牧から帰ってきて、体つきが変わっていましたね。毎日王冠に向けた調教で、日に日に筋骨隆々の馬体に変わっていったのは印象的でした。体重はそこまで変わらなかったんですけど、体のキレというか筋肉のキレ、質が変わっていました』

『そうですね。夏の上り馬じゃないですけど、本当に強くなったと思います。瞬発力だけでなく、スピードやパワーもどんどんと成長していました』

『弥生賞や皐月賞で2着になってはいますけど、馬体の成長具合は晩成傾向があるのは事実ですね』

『あとは、ゼンノロブロイと一緒に調教をするようになって一気に変わりましたね。身体も精神も』

『ゼンノロブロイの陣営には本当に感謝しています。ライバルを強くするような行為ですからねえ……』

『そのあたりの話は騎手の私はわからないんですけど、どんな感じで交渉したんですか?』

『テンペストが馬嫌いという話は美浦でも有名だったんですけど、ゼンノロブロイには反応していたんですよね。ゼンノロブロイもテンペストを気に入っていたのか、目が合うたびに嘶いていたので、相性がいいのかもしれないと私も○○調教師も思っていたんです。それで、2頭で調教していけばお互いにいい効果が生まれるんじゃないかと思って夏明けに提案してみたわけです。実際はテンペストが一方的にゼンノロブロイの強さを吸収して尋常じゃないくらい強くなってしまったわけですが……』

『まあ、先生たちもテンペストを強くしたのはゼンノロブロイと我々だって言ったりしているので……』

 

ゼンノロブロイとの友情(仮)の話も盛り上がり、話題は、高森達にとって初のGⅠタイトルの天皇賞の話へと移る。

 

『天皇賞秋は我々にとっては『初』ばかりでした。高森くんに私の厩舎、それにテンペストクェーク、ヤマニンゼファー産駒、西崎オーナーにとっても初めてのGⅠタイトルでした。本当に長い道のりでした』

『私の著書に書いてあることがすべてです。この日のために自分は3回蘇ったんです。いろいろと犠牲にしてしまいましたが……』

 

高森は、40歳手前のとき、交通事故で意識不明の重体となった。一命をとりとめたが、騎手復帰どころか日常生活もまともに送れない状態になった。そこから数年かけて騎手に復帰したわけだが、その代償として私生活を犠牲にしている。家族優先主義のとある騎手からも苦言を呈されていたが、それでも高森は止まれなかったのである。

 

『テンペストの末脚なら、大外一気で行けると確信していました。彼はそれに応えてくれました。なんかこの時点でエンディングを迎えたような気がしていました』

『関係者全員がそんな感じがしていましたね。次のマイルチャンピオンシップで苦戦することなく連勝したので、ふわふわした気持ちが吹き飛びましたけど』

『この辺りから私も先生も、オーナーも欲を見せ始めるんですけど、その辺の話も本には載っていますので』

『香港に行こうとしていたのは秘密です。本村君に怒られてすぐにやめましたが。さすがに日程的に3歳の彼を無理させるわけにはいきませんものね』

『本村さんがいなければどうなっていたことやら……』

 

『お二人ともテンペストクェークの強さにいろいろと狂わされてしまったようですね……』

 

実際に狂った人は関係者だけではないということは会場の観客はみんな知っているのである。

テンペストクェークの3歳の話はここまで続き、次は年間無敗を達成した4歳の話へと移っていった。

 




その2に続く

テンペストおじさんも狂人だけど、高森騎手も割と狂人の類に入ります。

馬術編も執筆中ですが、なかなか難しいので、少しお待ちしていただけると幸いです。


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Episodes of Yamanin Sturm その1

ウインマリリン、香港ヴァース制覇ということで記念投稿。



2011年1月中旬、一頭の競走馬が引退を迎えていた。

牝馬ながら550㎏超えの巨大な体躯、日本競馬史にも稀にみるほどの気性の悪さ、そして圧倒的な強さ。強さとネタ要素が満載の競走馬であった。

その馬の名は、「ヤマニンシュトルム」。

日本はおろか世界にその名を刻んだ偉大なる兄を持ち、自身も当代の世界最強スプリンターとして後世に語り継がれる競走馬である。

 

 

「ああ、放馬!!!」

 

 

大勢の観客が見守る中、当の暴れん坊は厩務員を振り払って、ターフを疾走していた。

 

 

「……締まらないなあ」

 

 

「やっぱり引退式はやるべきではなかったか……」

 

 

主戦騎手を務めた若い男と調教師の男性は予想できていた結末に、頭を抱えていた。

観客の笑い声と、関係者の怒号が競馬場に響き渡る中、騎手の男は、彼女との思い出を振り返っていた。

 

 

 

 

 

 

ヤマニンシュトルムと騎手の彼との出会いは、2006年にまでさかのぼる。当時の彼は、スイープトウショウで宝塚記念やエリザベス女王杯を制するなど騎手として脂が乗り始めていた時期であった。

2006年の初夏、栗東のとある厩舎よりお呼びがかかり、そこで初めてヤマニンシュトルムと出会ったのである。

彼女のことは知らないわけではなかった。「テンペストクェークの全妹が栗東にやってくる」という話は、騎手界隈でも話題であったからだ。そして育成牧場では一番強く素質がある馬だと太鼓判を押されているという話も聞いていた。ただ、「とても気性が悪い」という話も漏れ聞こえていたのである。

彼としては、素質のある馬に乗りたいという気持ちもあったが、そういう馬は自分よりも実績のある先輩たちに取られてしまうだろうなあとも考えていた。

しかし、彼女を管理する調教師は、彼を指名したのである。

理由は「気性が荒い短距離馬のデュランダルで活躍した実績がある。シュトルムも短距離馬としての高い素質がある。それに牝馬で癖の強いスイープトウショウとも根気良く付き合っていた。彼に任せてみたい」とのことである。

彼の努力が、ヤマニンシュトルムと結びついたのである。自分の実績や努力を評価してもらったことに嬉しさを感じるのは、人として当たり前の感情であろう。漏れ聞こえてくる「結構やばい馬」という噂にはいったん耳をふさいで、期待を胸にトレセンへとやってきた彼女と対面したのである。

 

そして待っていたのは、入厩当日に馬運車の作業員を病院送りにし、厩舎の壁に穴をあけた凶暴な牝馬であった。

 

 

「知っていたよ……数日前にあれだけ騒ぎになったんだから……」

 

 

あえて聞こえないふりをしていただけであった。

目の前にいるでかい鹿毛の牝馬は、目を細めて、耳を絞り、前脚を地面に擦り付けて、人間を威嚇していた。明らかに見知らぬ人間である彼を威嚇しているようだった。完全防備の厩務員2人に渋々と従っているようだが、彼らがいなくなれば即襲ってくるような雰囲気であった。

 

 

「ちょっと気性が荒いですが、素質は間違いなくありますよ」

 

 

調教師の言葉に「ちょっとではないだろう」と心の中でツッコミを入れつつ、後半の言葉には同意していた。

筋肉の付き方や身体の厚みはまだまだなところがあったが、それでも2歳とは思えないたくましい肉体をしていた。

 

 

「短いのが得意な体つきです。鍛えればすぐにデビューできると思いますよ」

 

 

父や兄のことを鑑みると早熟とは考えにくい。未完成でありながらも、強さを見ることができる馬であった。

 

 

「彼女なら重賞、いやGⅠをとれるかもしれません。是非とも君に彼女を導いてほしい」

 

 

調教師からここまで言われて断れる騎手がいるだろうか。しかも本人からの直接の依頼である。ここまで期待してくれているのを嬉しくなる半面、目の前にいるでかくてやばい牝馬に乗るのかという不安もあった。

 

 

「よろしくお願いいたします」

 

 

断ることはできなかった。

調教を重ねていけば、レースができるくらいの気性に落ち着くはずだと考えていた。

それが間違いであると気付いたのは、7月の新馬戦前の最終追切のときであった。

 

・騎乗に一苦労

・まっすぐ走らせるのに一苦労

・鞭を使うなと調教師からの厳命

・油断すると噛みつく

・他馬を威嚇する

Etc.

 

追切をするだけで精魂尽き果てたようであった。

普段の調教にも参加させてもらうかとも考えているほどであった。いろいろな意味で慣れる必要があるからである。ただ、調教の際にも乗ると、余計に嫌われるような気もしていた。

 

一応調教審査は合格しているため、レースに出走することはできる。

この辺りも相当厩舎関係者は苦労したようである。

 

 

「ゲートが嫌いすぎて、逆にスタートが得意なのは不幸中の幸いですね。その分ゲート入りは相当ごねそうですが……」

 

 

そういうのはスイープトウショウでお腹いっぱいであった。

 

 

「スピードはやはり優れたものがありますね。ただ、先頭に立つとそのままどんどんと加速して暴走する癖はどうにもできませんでした。実戦で少しずつ慣れていくしかないです」

 

 

スタートを失敗してハナをとれなかった場合は最後方に抑えるか、あえて大回りをするかのどちらかになるだろう。騎乗前から何となくわかっていたが、併走を嫌がるあたり、馬群も嫌いなケがある。

 

そんな不安要素がありながらも、7月の新馬戦は危なげなく勝利した。

ゲート入りを嫌がるそぶりは見せたものの、大外枠だったこともあり、レースの運営やほかの馬に迷惑をかけるレベルではなかった。

レースでは、抜群のスタートを決めてそのまま先頭に立ち、最後まで逃げ続けての勝利であった。

結果を出せたことに一安心しつつも、レース中一切騎手のいうことを聞かなかったシュトルムに対して、大きな不安を感じていたのも事実であった。

 

そして、その不安は2戦目のダリア賞で的中することになる。

ゲート入りを渋りに渋り、係員数人がかりでゲートに入れることができたと思ったらスタート前にゲートを破壊して飛び出してしまった。レースそのものは新馬戦と同様に騎手の指示をガン無視した大逃げで1着になった。

当然、発走調教再審査に出走停止1ヶ月という処分を下されてしまったのである。

 

その間、陣営はなんとかしようとさまざまな策を講じた。

矯正馬具をつけたこともあった。シャドーロールにブリンカー、メンコなどを付けたこともあったが、ことごとく失敗に終わった。

どうやら顔や耳に何かを付けられるのが嫌らしく、ない方がマシという結果に終わった。ハミや鞍ですら嫌がるのに、これ以上追加で馬具を付けることは出来なかったのである。

ただ、調教師や調教助手の懸命の努力もあり、調教再審査になんとか合格することはできたのであった。

そして、出走停止期間も明けたシュトルムは、2歳重賞レースに挑戦した。結果としては、ファンタジーSで2着、GⅠの阪神JFでは3着と好走を見せることができた。しかしゲートを嫌う癖や騎手の指示に従わない走りは改善が見られず、毎回運営から注意を受けていた。

 

 

 

 

年が明けた2007年、桜花賞の前哨戦のチューリップ賞を目指して調整が行われることになっていた。その間シュトルムは放牧に出されていた。

シュトルムの騎手は、馬とは違い、休みなどなく様々な馬に騎乗する日々を過ごしていた。そんな忙しい日々の中、2名の騎手が競馬場で談笑していた。一人はヤマニンシュトルムの主戦騎手として、苦難の道を歩んでいる若い騎手、もう一人は、テンペストクェークの主戦騎手として、今一番輝いているベテラン騎手であった。

 

 

「そういえばテンペストの妹はどうですか?」

 

 

「正直きついです……スイープがお嬢様のような馬ですよ」

 

 

そもそもスイープトウショウは走ってくれたら扱いやすい馬だったし、やたらと喧嘩をしたり、人を攻撃したりするような馬ではない。ワガママだったが。

 

 

「そんなに酷いのですか?」

 

 

「......メンコを付けようとしたら、メンコを奪って足蹴にしてボロボロにするぐらいには」

 

 

ヤマニンシュトルムの気性の話は競馬サークルの中でも話題になっているほどであった。牝馬でテンペストクェークの全妹だから繁殖牝馬として価値はあるし、何か起こる前に引退させろという声も少なくなかった。

ただ、主戦騎手としてはなんとかしてまともな競馬が出来るようになりたいと考えていた。

 

 

「能力の底が知れません。ただ、何をやってもレースに本気になってくれませんし、指示を聞いてくれません......」

 

 

「はは、若いときは似るものなのかねえ。テンペストも人のいうことを全く聞かない奴だったよ。逃げしかできなくてね。まあ、日常生活では大人しかったけどね」

 

 

「そういえばテンペストクェークも弥生賞までは逃げでしたね。あれも気性が関係していたんですね」

 

 

「まあ、テンペストのあれは、ちょっと賢すぎるが故の行動というか、調子に乗っていたというか……」

 

 

「そうですか……シュトルムも正直頭はいいとは思うのですが、それ以上に暴れん坊です」

 

 

暴れん坊というよりは、常にピリピリしているという方がいいだろうと陣営からは思われていた。それに加えてすぐに怒りゲージがマックスになる程の瞬間湯沸かし器であった。

 

 

「地方で走っている次男もおとなしくて賢い馬って聞いたね。ただ、結構プライドが高い性格みたいですね。テンペストもあれでプライドが高いし、シュトルムもそうなのかもしれないねえ」

 

 

「確かに何か命令した時にかなり不機嫌になりますね。プライドが高いかあ……」

 

 

シュトルムはいつもカッカしているが、特に攻撃的になるのは、誰かに命令されるときであった。偉ぶっているボス馬に喧嘩を売っていたこともあった。

 

 

「そのプライドの高さがレースに向いていればいいのですが……」

 

 

今のところは彼女にとって競馬は自分の世話をしている人間に命令されて仕方がなく走っているに過ぎない。よくわからない狭いところに押し込められ、嫌いな同類と走らされるというものであった。

 

 

「まあ、本当にどうしようもなくなったら、喧嘩をしてみるといいかもしれないですよ。皐月賞の時にテンペストと喧嘩をして、それでいろいろと受け入れてもらいましたから」

 

 

何かとんでもないことを言っているような気がしたが、実際皐月賞から人馬一体の活躍をしているので何を言えなかった。

 

 

「喧嘩か……死ぬぞ……」

 

 

あの大きな激情の狂乱娘と喧嘩をしたら命が何個あっても足りないだろうと思っていた。

もっと別のアプローチが必要なのではと考え始めていた。

 

 

 

 

 

 

そして、季節は初夏を迎える。

シュトルムは桜花賞で掲示板を確保したものの、同期の怪物牝馬たちから少し実力的に離されてしまっていた。

桜花賞後のレースについては、距離的にオークスは難しいことや馬体がまだ未熟であったことから、夏か秋まで放牧に出すことになった。

しかし、相変わらずの気性の悪さ故に、放牧先が決まらないというありさまであった。ただ、紆余曲折あり、6月ころに故郷の島本牧場に放牧が決まったのであった。

 

放牧先の島本牧場には安田記念を制してGⅠを12勝目を挙げた全兄のテンペストクェークも休養を兼ねて滞在していた。

父も母も同じ兄妹の2頭であったが、仲良くなるという都合のいい展開は訪れず、シュトルムが喧嘩を売りまくっていた。

テンペストクェークは基本的に大人しい馬であるが、他の気の強い、荒い馬に対しても臆さず付き合える胆力を持つ馬である。そのためシュトルムの挑発をスルーしていたのだが、さすがに癇に障ったのか大げんかをしてしまった。幸い何も起きなかったものの、一歩間違えば大怪我もありえた事件であった。島本牧場のスタッフが平身低頭になったのはいうまでもないだろう。

 

そして、紆余曲折があって、テンペストクェークとシュトルムの併せ馬を行うことになったのであった。シュトルムが事件の後もずっと情緒不安定であり、鹿毛の馬を見つければ常に吠えるように威嚇しているという状態であった。

最終的には、牧場近くの育成牧場のトラックを使っての対決であった。双方の主戦騎手も呼ばれており、本格的なものであった。

双方の馬主、調教師たちの同意のものとで行われた併せ馬であったが、結果はテンペストクェークの勝利であった。

 

 

「……なんて強さだ」

 

 

シュトルムの陣営は、テンペストクェークの強さは知っているつもりであった。

騎手の彼は、天皇賞やマイルCS、高松宮記念などで間近で見てきたつもりであった。しかし、シュトルムとの併せ馬をして改めて理解させられた。あの馬は怪物どころの馬ではない。シュトルムもウオッカやダイワスカーレットと鎬を削ってきた競走馬としては最上位の能力を有する馬だ。しかし、お互い本気で走らせていないとはいえ、格が違った。戦う土俵にすら立たせてもらえなかった。

 

「これはバトルではない、講習会(セミナー)だ」

 

昔読んだ漫画にこんなセリフがあった。それと同じような併せ馬であった。

 

 

「……これが世界最強の競走馬の実力か」

 

 

2回の併せ馬を終え、シュトルムは完膚なきまでに叩きのめされた。

 

 

「って!シュトルム!」

 

 

シュトルムが暴れようとして、騎乗している騎手を振り落とそうとした。

その瞬間、猛獣のような唸りがテンペストクェークから発せられた。

 

【やめろ】

 

その瞬間、シュトルムが止まり、テンペストクェークを睨みつけていた。

 

 

「落ち着いたのか……?ほかの馬から威嚇されてもこんなことなかったのに」

 

 

「さすが美浦トレセン最強のボス……」

 

 

馬としての格の違いを見せられた併せ馬となった。こんなことをすれば馬がやる気をなくしてしまうかもしれないという考えもあった。実際負け癖ややる気を失ってしまう可能性もあった。そのリスクを考慮しても、一度シュトルムには『敗北』を経験してもらいたかったのである。

もし勝てたなら、行きつくところまでいかせればよかったと考えていたようだが、さすが世界最強馬といったところで、シュトルムは叩きのめされたのであった。

 

陣営は、シュトルムの怒れる感情を、レースの闘争心に向けてやりたいと考えていた。今のシュトルムは人間に命令されて仕方がなく走っているだけに過ぎない。もちろん競走馬の大半は調教師や騎手に命令されたから走るような馬ばかりだろう。ただ、強い馬は勝ち負けをしっかり意識している馬が多い。テンペストのライバルのダイワメジャーなんかは代表例だろう。

シュトルムに、自発的に勝利を目指してほしかったのである。シュトルムはとんでもないほどプライドが高い。ただ、そのプライドの高さが競馬に向いていなかった。ライバルたちに負けても気にも留めていなかった。

だが、今日はシュトルムが負けて初めて感情を露わにしたのである。その感情は間違いなく負けたことに対する怒りとテンペストクェークに対する激しい怒りであった。

 

 

島本牧場に戻ってもシュトルムはその怒りを見せ続けていた。

それに寄り添うように騎手や調教助手、厩務員たちは見続けていた。担当の調教師は丸一日厩舎を空けることはできないため、直ぐに栗東に戻っていた。

 

 

「なあ、シュトルム。悔しいだろう。テンペストに負けてよ」

 

 

テンペストの名前を出した瞬間、唸りのような嘶きを発する。

 

 

「なら俺が勝たせてやる。テンペストに」

 

 

(だからほんの少しでいいから、一緒に戦わせてくれ……)

 

 

テンペストクェークは夏以降、アメリカに旅立つ。その後はわからないが、シュトルムが今後進むスプリント路線に来ることはないだろう。テンペストと戦う機会は限りなく低い。それでも彼女の不倶戴天の敵として存在してもらう必要があった。

そして、勝ちたければ、自分たち人間のことを少しだけでもいいから聞いてほしいという願いもあった。

 

 

「次はよろしく頼むよ、シュトルム!」

 

 

そういって騎手の彼はシュトルムを撫でる。そして気安く触んなボケといった形で腕に噛みつかれる。

 

 

「いてえ……」

 

 

ただ、以前にかまれた時よりは手加減してくれたように感じていた。

それを見て厩舎の関係者たちは「うんうん」といった顔で見守っていた。

島本牧場の面々はドン引きしていた。

 

こうして、シュトルムは溢れるばかりの激情の感情を、レースへの闘争心に向けるようになった。

ここから、彼女と彼らの快進撃が始まる。

 

 




モデルになった騎手の彼は2001年までスイープトウショウを管理する厩舎に所属していたようですが、いつからフリーになったかわからないので、とりあえず2006年の段階ではフリーとして活動しているという設定にします。
あと騎手の人はあくまでモデルであるので、実際の人物とは何ら関係ありません。おそらく名前は全く違うし、顔も違います。なぜか気性難を押し付けられることは同じですが。調教助手の人も同様です。
多分シュトルムを経験しているからカレンチャンに対する癒し度は桁違いに上がっていると思います。


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馬術の道へ その2

馬場馬術に関しては、恒星社厚生閣出版の『馬場馬術―競技へのアプローチ―』を参考にしています。
あとは各種サイト、ユーチューブ等も参考にしています。
調べれば調べるほど乗馬をやってみたくなるこの頃。ただ資金的余裕がないことと、体重が重すぎてお馬さんが可哀想になるので、当分は無理そうです。


テンペストクェークの2008年の種付けシーズンは何事もなく無事に終わった。

当初ヘタクソだった種付けも、関係者とテンペスト本人の尽力により、最後の方には上手になっていた。

そして、種牡馬として第二の馬生を歩み始めたとともに、なぜか馬術馬としてのキャリアもスタートさせたのである。

とはいえ、いきなり大会に出場!などということにはならない。

一部の人間は掛ってしまったのか「大会に出しちゃいましょう」などと危ないことを言っていたが、さすがに実行には移されなかった。

冷静な人間はいたようである。

なお、現役の種牡馬を馬術馬にするということが、冷静な判断の結果生まれたのかという疑問には答えないものとする。

 

テンペストクェークの意外な才能を発揮した馬術のテスト会以降、関係者たちは今後のことを決めるため、東奔西走していた。

 

 

「ああ……イギリスやアイルランドから関係者が来る……」

 

 

「どう説明したものか」

 

 

テンペストクェークのシンジケートには3か国が関係しており、複雑な権利関係が組まれている。このため、簡単に馬術大会に出ようとしても難しいのである。

案の定関係者からは「日本人の頭がおかしくなった」といわれ、何がしたいんだと問い合わせが殺到している。

今のところ、世間には流出していないが、それも時間の問題だろう。

 

 

「メディア対応の時の言い訳も用意しておかないといけませんね……」

 

 

「テンペストが馬術大会に出れば否が応でもばれますからね」

 

 

「いっそのこと偽名で出しますか」

 

 

「すぐにばれるだろうからやめた方がいいですね……」

 

 

関係者たちは奔走していた。

もちろん、「馬術なんてしません!」と断ることだってできるのである。

しかし、テンペストはサラブレッド、それも競走馬としてずっと育てられてきたのにも関わらず、馬場馬術の才能の片鱗を見せつけているのである。

それを見逃したくないという馬術関係者から大きな要望もあったのである。

 

 

「あっちの方が掛かりすぎじゃないですか?テンペストはすごいですけど、じゃあオリンピックに出れますかって言ったらさすがに期待しすぎだと思いますし……」

 

 

「そう思いたいけど、なんか最終的にオリンピックに行ってしまいそうな気がしてしまうのはなんでなんでしょうね」

 

 

この「テンペストなら、なんか上手くいくかも」という謎の感情がテンペストクェークの馬術馬への道を切り開いていた。

 

 

「一応、『テンペストクェークの体力錬成とストレス発散のため』という理由だけど、正直弱いなあ」

 

 

「まあ、テンペストが動き足りないって夏頃からうるさかったのは事実ですからね。馬のストレス発散なのに馬場馬術というのは意味が分かりませんが……」

 

 

「テンペストは人に乗ってもらうのが好きな馬ですからね。人間の目から見てもちょっと手持ち無沙汰な雰囲気を出してしましたけどね。馬術はなあ……」

 

 

こうして、社員やスタッフたちは関係各所への説明のために奔走したのである。

そして現場の人間もテンペストクェークの馬術の練習に奔走していた。

 

 

「とりあえず、来年の冬ころに大会に出場できることを目標に練習していこうと考えています。まずはAクラスからですね」

 

 

「選手はどうしましょうか」

 

 

「さすがに大学や実業団の馬術の選手たちに乗ってもらおうと思いますが、60億の現役種牡馬、しかも世間を賑わせたスーパーホースに乗ってくれる選手がいるのかどうかはわかりませんね」

 

 

馬術は、馬だけでなく上に乗る人間の両者のコンビで行われる競技である。馬の実力だけでなく、選手の実力も結果を出すには必要な要素だったりする。特に馬場馬術は選手と馬とのコンビネーションが非常に重要である。

そして、名の知れた選手たちはすでに相棒と呼べるような馬がいる。簡単に馬を変えるわけにはいかなかった。

また、テンペストは60億円の価値がある馬である。しかも現役の種牡馬でサラブレッドであり、一般人も知っているほどの知名度のアイドルホースでもある。テンペストの実力と将来性については、JEFのお偉いさん方のお墨付きを得ているがしかし、あまりにもリスクが大きすぎるのである。

このため練習レベルの騎乗でも馬術の選手たちからは断られているとのことである。

 

 

「とりあえず、AクラスとかLクラスまではうちの関係者に乗ってもらって、そこで実績を作って、乗ってもらう選手探しですかね……」

 

 

馬にかかわる企業であるため乗馬技能検定の資格や騎乗者資格を持っているスタッフはいる。実際、現在のテンペストと馬術の練習をしている人間は、資格を持っているスタッフが担当している。ただ、彼らはあくまで馬産の仕事の一環として騎乗しているのであって、対外的な大会に出ることを想定しているわけではない。

このため、改めて選手を決める検討会が始まっていたがなかなかこれといった人材は見つからなかった。

まず、日馬連B級を取得できるレベルの能力。これは社内外にもそれなりにいる。

ただ、60億円の馬に乗って馬術競技の大会に出場するという肝の据わった人材はなかなかいなかった。それに加えて、テンペストクェークとの相性の良さというのも加わるため、簡単に人材は見つからなかった。

 

 

「そういえば島本牧場の倅も馬術の資格を持っていたような……」

 

 

行き詰った雰囲気が漂う中、一人の社員から流れ出た言葉が、一気に流れを変えた。

 

 

「「「それだ!!!」」」

 

 

「経歴を調べてきました。人選としては意外といいかもしれませんよ」

 

 

爆速で島本牧場の倅こと、島本哲也の情報が全員の前にさらされる。

 

 

「ふむ、高校でHB級資格を取って、馬場馬術の全国大会に出場しているのか。さすがに入賞まではしていないが、実力としては十分だな。今も島本馬術倶楽部に所属して、B級免許も取得していますし、腕の方は問題ないと思いますね」

 

 

「それに現役の競走馬に馬術を仕込む等の豪胆さ。テンペストクェークを幼駒時代から育成して、信頼関係も構築されている。うってつけの人材ですよ」

 

 

「彼には自分で蒔いた種を自分で処理してもらいましょうか」

 

 

「よし、決まりだ!これで行くぞ!」

 

 

こうして会議は終わった。

彼らの目には、断らせるわけにはいかないという意思が宿っていた。

そして、数日もたたないうちに、幹部社員も含めて静内の島本牧場へ直行したのである。

 

 

 

 

島本牧場の場長島本哲司とその妻ゆうは、息子がテンペストクェークに乗ることを笑顔で了承した。

 

 

「いいですよ。むしろこの条件でなら喜んでお願いしたいですね」

 

 

「いいじゃないですか。しっかりお給料ももらえますし、うちの牧場にとっても」

 

 

もちろん、最初はリスクが大きすぎるとして、息子を苦境に立たすことは反対していた。しかしよく考えてみると、大本の原因は島本牧場の管理体制にあり、さらにその元凶は息子の哲也にある。

そして、哲也の頑張りに応じて、日本最大の馬産複合体から島本牧場への援助も申し出てくれたのである。

テンペストやシュトルム、そしてセオドライトのおかげで、島本牧場の経営は安定しているが、小規模牧場にとってこの提案は断ることはできなかった。

 

 

「いや、俺はここの仕事があるし……」

 

 

「大丈夫ですよ。24時間365日こちらにいてもらう必要はありませんし、そもそも種付けシーズンはお休みする予定ですので」

 

 

関係者たちから謎のフォローが入る。種付けは2月頃から遅くても7月頃であるため、その時はさすがに馬術の練習はしないようである。主に夏~初冬までを練習期間として想定しているようである。

実際、関係者の多数は、テンペストを馬場馬術のグランプリレベルまで高めようとは思っていない。大事な種牡馬でもあるので、練習についてもあくまで「ストレス発散や体力錬成のため」の範囲を超えることはしないというのが大前提であった。掛かり気味の彼らでも、それだけは譲れない一線であった。

 

 

「テンペストに馬術の技術を仕込めるくらい彼から信用されていますし、下手な関係者よりもよっぽど信頼できます。こと馬場馬術については、競馬よりも乗り手と馬の信頼性が重要視されますから」

 

 

テンペストクェークは母馬のセオドライトから育児放棄を受けた関係で、人間によって育てられたという経緯がある。その時に一番近くで育ててきたのが哲也である。

テンペストにとっても特別な人間であることに間違いない人物である。

 

 

「哲也も高校で馬術を頑張っていたし、やってみたらどうだね」

 

 

「……うーん。ちょっと考えたいですね」

 

 

流石に今ここで決めることを強いるほど鬼畜ではないため、しばらくしたら返事が欲しいとのことであった。

両親もあんなことは言っていたが、息子の決断を優先するつもりであった。

 

 

「ああああああ、なんで俺あんなことやったんだ……」

 

 

テンペストがアメリカ遠征前の休養の際に、島本牧場に帰ってきた。テンペストはのんびりと過ごしていたが、どこか動きたくてうずうずしていたのであった。それに幼駒時代から乗馬コースで遊んでいたこともあり、テンペストなら大丈夫かなと思って馬術を教え込んだのである。実際テンペストは楽しそうにしていたので問題ないだろうと安易に考えていた。

 

 

「まさかあの人が馬術界の大御所とはなあ。どこかで見たことある人だと思ったら……」

 

 

1年前の因果が廻ってきただけである。

60億の馬に乗るというプレッシャーはあるが、テンペストなら大丈夫だという不思議な安心感もあった。

 

 

「まあ、Aクラスだけだし、それくらいなら問題ないか。なんか当て馬扱いなのはちょっとあれだけどなあ……」

 

 

哲也に与えられた役割は、テンペストが馬場馬術の馬として適性があることを示すことである。何も最上位の大会にまで出るということではない。

テンペストなら、哲也のあとの本物の選手ともうまくやっていけるだろうという確信もある。

 

 

「馬術か……」

 

 

哲也は地元の農業高校出身である。大学に行こうかと考えたこともあったが、すぐに牧場で働きたいと考えていたこともあり、卒業と同時に島本牧場で働き始めていた。

馬術部時代のことが昨日のように思い浮かぶ。全国大会に出場したのは懐かしい思い出である。大学で馬術を継続したいという気持ちもあったが、馬産にすぐにかかわりたいという気持ちの方が大きかった。

ただ、馬術への熱が冷めていたわけではなかった。今も実家の乗馬クラブで定期的に練習をしているし、休日には馬術大会に出場したこともある。

ただ、注目度の高いテンペストと共に馬術大会に出るというのは想定外であった。

 

 

「いや、完全に俺のせいなのは間違いないけどさ……」

 

 

某騎手のように、キツイでしょ。という気持ちもなくはない。それと同時に、生まれた時から育ててきた愛馬と共に戦えるという期待もあった。

テンペストに馬術を仕込んだのは、自分が彼と大会に出たいなどという欲望から生まれた行為ではないが、それはそれとして期待してしまうものである。

 

 

「覚悟を決めるか……まあ上に行ったとしてもMクラスくらいまでだろうし」

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

俺は馬である。

気温も涼しくなり、季節も少しずつ冬に近づいてきた。

冬は雪まみれになるし、馬の身体でも寒いときは寒いのであまり好きではない。まあ、夏よりはマシだけど。

最近は交尾の仕事は全く入ってこない。

多分シーズンのようなものがあるのだろう。来年に備えておかねば。またアイツの交尾の様子なんて見たくはないからね。

そんなことを思いながら日常を過ごしていると、俺の見慣れた人間がやってきた。

 

 

「ボー、久しぶりだね」

 

 

【元気してたか】

 

 

彼は俺の生まれ故郷で俺をずっと育ててくれた人間だ。現役時代に故郷に帰ったときも、彼にお世話をしてもらっていた。俺にとっての恩人でもある。

何やら手に持っているのは、メロンっぽい果物。

さあ、よこしなさいな。

 

 

「メロンは逃げないからね」

 

 

【おいしい】

 

 

うむ、この味だよ。ありがとう。

それにしても、俺に何か用があるのかな?

 

 

【用は何かな?】

 

 

「服を引っ張らないでね。全く……」

 

 

顔と首を撫でられる。

ふむ、なかなか上達したな。80点!

 

 

「やっぱり懐いていますね。島本牧場の人だってわかっているんでしょうかね」

 

 

「母馬が育児放棄をした関係上、自分がいろいろと世話を焼いていましたからね。覚えてくれているのはありがたいです」

 

 

俺の部屋の前に飾られている帽子を被せてくれる。

わかっているね~

 

 

「……本当に信頼しているんですね。この帽子、限られた人以外が触るとテンペストから怒られますよ」

 

 

「そうなんですね……意外と偏屈なところもあるじゃないの。かわいいやつめ。って服を引っ張らないで」

 

 

何話しているのかな。俺の名前を呼んでいると思うから俺の話だと思うけど、なんか揶揄われた気がするので、服を引っ張って抗議する。

それよりメロンをもっとください。

 

 

「……さすがにこれ以上はあげませんよ」

 

 

【(´・ω・`)】

 

 

「変な顔をしない」

 

 

「やっぱり、楽しそうですね。高森騎手や藤山先生が来たときもこんな感じでしたよ。『俺に乗っていけ~』って感じでうるさかったですけど」

 

 

「まだまだ元気が有り余っているってことでしょうかね。ストレス発散って意味で馬術をやるのは意味が分かりませんが」

 

 

「それについては社員全員が思っていることですけど、テンペストは人に乗ってもらって、人と共に何かすることが好きみたいですね」

 

 

「そうですか……」

 

 

【何話してる?】

 

 

真剣な顔で俺を見つめる彼。

そんな見つめちゃいやん。

 

 

「決めました!テンペスト!俺と頑張ろうぜ!」

 

 

首元を軽くたたかれる。

何やら決断したような顔をしている。

よくわからないけど……

 

 

【がんばれ!】

 

 

――――――――――――――――

 

 

騎手が決まってからは話が早かった。

秋頃から練習が始まった。相変わらず退屈そうに放牧地で過ごしていたテンペストにとって、馬術の練習は新鮮で楽しいものであったようで、哲也が来るとルンルンの気分で放牧地から出ていく様子が見られた。

 

 

「……シンボリクリスエスがなんか変な歩き方しているんですけど」

 

 

「あれ馬術の奴だよね」

 

 

「そういえばテンペストはクリスエスと仲が良かったな」

 

 

「「「また問題が増えた……」」」

 

 

シンボリクリスエスとは放牧地が隣同士であるため、よく併せ馬をしたり、何やら会話をするように嘶き合っていたりする姿がたびたび目撃されている。同じく隣のディープインパクトとも仲がいいのだが、彼は流石に真似はしていないようだった。

種付けシーズンが終わって、放牧地でのんびりしているシンボリクリスエスにとっても新鮮だったようで、自主練を勝手にしているテンペストの動きを見て、自分も真似していたようである。

 

 

「生兵法はけがの元なので、止めさせるしかないかな」

 

 

幸い、シンボリクリスエスも賢い馬なので、人間にその動きはやめろと言われたので、素直に止めていた。

ちょっとしたトラブルはあったものの、テンペストの種牡馬兼馬術馬としての生活は充実していた。

 

 

 

 




ローズキングダム君もたまに柵を破壊するらしいですね。馬も結構ほかの馬の行動を見ていたりするようです。

いきなり有名な選手には乗ってもらえないよね......?


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