10ハロンの暴風 (永谷河)
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第一章 黎明編
馬、大地に立つ


マイル~中距離馬が好きなので、架空馬として活躍させます。
なのでウマ娘ではアグネスデジタルやタイキシャトルとかが好きです。
出来ればヤマニンゼファーやダイワメジャーとかも……


2002年3月某日、北海道静内のとある牧場で1頭の仔馬が生まれようとしていた。

ここ数日は、かつてないほどの悪天候に北海道は見舞われていた。牧場の近くも完全にホワイトアウト状態になるほどの猛烈な暴風雪に、さすがの北海道民も警戒を強めていた。

しかし、牧場スタッフには悪天候など関係なかった。

 

極寒の空気の中、母馬から1頭の鹿毛の馬が産み落とされた。

 

「生まれた!父さん、セイが生みましたよ!」

 

「よし、よし。今のところは特に問題はないな」

 

生まれてきた仔馬の見た目は、いたって普通のサラブレッドの仔馬であった。

 

「他のスタッフに連絡してくるから、母さんと哲也はセイたちをみていてくれ」

 

50代ほどの男は厩舎から出ていき、他の従業員がいる建物に向かっていった。

 

「よしよし。セイも落ち着いているし、大丈夫そうね」

 

「あとはこの仔が立ち上がれば……」

 

50代ほどの女性と、20代前半の若い男が2頭の馬を見守っていた。まだ予断は許さないが、とりあえず落ち着いたと安堵した瞬間、地面が揺れ始めたのである。

 

「うお!地震か!」

 

突然の揺れに、人間も母馬も驚く。

 

「セイ!大丈夫よ~」

 

突然の揺れに落ち着きを失った、母馬をなだめる。

幸いにも揺れはそこまで大きなものではなかったうえ、揺れも短かったので、母馬が暴れてしまうということはなかった。

 

「俺、他の馬も見てきます!」

 

哲也と呼ばれた青年が馬房を出ていこうとした瞬間、生まれたばかりの仔馬が立ち上がったのである。

 

「揺れに驚いて立ったのか?」

 

「そうみたいねえ……生まれて10分程度で立ち上がるなんて」

 

かくして、セオドライトの2002は、猛烈な暴風雪、地震と自然の脅威に襲われながら誕生したのである。

 

 

 

待望の仔馬が誕生して1週間が経過した。猛烈な吹雪も止み、久しぶりの晴天であった。

鹿毛の仔馬は、虚空を見上げてぼーっとしていることが多かった。おっとりしているとも言われていた。

 

「それにしてもセイが育児放棄するとはなあ……」

 

「今までこんなことなかったのに……」

 

二人の男が馬房で大人しくしている仔馬を見ながら話をする。一人はこの牧場の場長であり、島本牧場の経営者でもある島本哲司であった。もう一人の若い青年は、哲司の息子の哲也であった。

仔馬を眺めていると、物欲しそうな顔をして、二人に近づいてきた。普段はおっとりしているのに、食べ物のことになると目の色が変わるのが、この仔馬の性格であった。

 

「それにしてもよく飲むなあ」

 

哺乳瓶にしゃぶりつく仔馬を見て感嘆する。

 

「というか飲みすぎじゃあ……」

 

「まあこれくらい食欲が旺盛なほうがいいでしょう」

 

あきれるぐらいの食欲を見せる仔馬を二人は見守っていた。

 

 

休憩時間に入り、島本哲司はため息を吐きながら、ベンチに座っていた。

 

「今年はちょっと不味いなあ。全員無事に育ってくれればいいけど」

 

彼の勤める島本牧場は、繁殖用の牝馬が12頭の牧場である。零細というほど小規模ではないが、大手の牧場に比べたら小規模といわざるを得ない規模である。地方競馬を走る馬を中心に生産しており、南関東の重賞を制覇した馬や、中央のダート戦線で活躍する馬を定期的に輩出するなど、堅実な経営を続けてきた。

しかし近年は牝馬の高齢化が進み、入れ替えを検討していた時期でもあった。しかし、今年は、2頭がすでに死産してしまっているうえ、3頭が昨年不受胎であった。

 

「なんでこういう危機的状況なのに親父はロマンに走るんだよ……」

 

親父が一昨年に牧場に仕入れた馬は、セオドライトと呼ばれ、中央の芝を走っていた牝馬であった。血統は父がサクラチヨノオーである。未勝利戦は突破できたものの、それ以上の成績は残すことが出来なかった。

一昨年引退して、その後に島本牧場にやってきたのである。

 

 

「サクラチヨノオーってダービー馬だし、マルゼンスキーやニジンスキーも名馬だけどさあ……」

 

そしてセオドライトに種付けをした馬も彼の父親のこだわりの馬であった。

 

「ヤマニンゼファーを付けるってどういうことよ」

 

そう、セオドライトの2002は父が好きな名馬同士を配合した馬であった。

 

「まあ、まったく走らないってわけじゃなさそうだから問題ないのかな」

 

この島本牧場には、配合を考えて、研究している参謀的存在がいるが、彼が反対していないなら問題ないってことなのだろうというのが牧場スタッフの総論であった。

 

ゼファーの産駒は全く走っていないわけでない。彼の産駒がレースに出ると、ゼファー魂と書かれた横断幕が張られる程度には地方、中央で走っている。

ただ、外国産種牡馬全盛期の今、重賞を取るような馬を輩出するような種牡馬かといわれれば違うだろう。

 

「まあ、種付け料が50万程度だったみたいだし、そこまで大きな賭けではないか」

 

生まれた仔馬は牡馬であったため、もし走ってくれれば、ニホンピロウイナーから続く血統がつながることになる。

 

「妄想に過ぎないなあ……」

 

ただ、今のところは気性に問題はないし、健康状態もいい。堅実に走ってくれそうではあるというのが現状の評価であった。

しかし、こういった馬が、病気や事故で亡くなることも稀によくあるので、油断してはいけないのである。

 

 

そこからしばらく時間がたち、冬の季節が終わり、春真っ盛りの時期となった。

 

「うーん、不味いなあ」

 

「不味いですねえ」

 

食事以外はボケっとしていることからボーちゃんと呼ばれ可愛がられている鹿毛の仔馬を見て牧場スタッフたちが嘆く。

 

「脚がちょっと外向になってますね」

 

「それにあんなによく食べるのに毛並みもどこかよくないし」

 

「「「「び、貧乏くさい馬だなあ……」」」」

 

自分たちが生産しておいてよく言うと思うが、実際に見栄えというのは重要である。まだ産まれて数カ月も経過していない馬だから大丈夫だとも思っているようである。

 

「まあ気性は穏やかですし、問題はないと思いますよ」

 

「それが逆に怖いんだよ。他の馬と一緒になったら怯えてしまうんじゃないかって」

 

気性がよい、穏やかというのもメリットだけではない。闘争心や負けん気の強さというのも競走で勝つうえでは重要な要素だったりする。

 

そんなスタッフたちの心配をよそに、仔馬は空を見上げていた。

 

 

 

 

 

畜生道に落ちました。

ふざけんなよ。よりにもよってサラブレッド?なめんな。

しかも人間の言葉もわかんねえし、文字も読めねえし、なんかちょっと色あせて見えるし。

まあ味覚だけは馬に合っているのか、ミルクはうめえや。

 

母馬らしい馬は、俺を数日で育児放棄をかましやがった。

馬の本能的に、俺が馬っぽくないことを察したのかもしれん。

それに俺は人間だったという記憶があるが、じゃあ俺が何者でどんな暮らしをしていたとかは全く記憶がない。思い出せないとかそういうのではなく、そもそも記憶にないといった感じだ。

まるで人間の魂だけを馬に入れたような、そんな感じがする。そもそも俺って俺なのか?深く考えたら深みにはまりそうなので、このことを考えるのはやめにしている。

 

生まれてからしばらくは、俺は馬のふりをしていた。

人間っぽい挙動をする馬なんて気味が悪いし、最悪の場合は研究所にでも売られて解剖でもされてしまうかもしれない。

ただ、俺には馬がどういった生活をしているのか全く分からなかった。だから無駄な行動をせずにボケーッと空を見上げたりしていた。

ただ、この体。やたらと腹が減る。燃費がたいそう悪いようで、その時は欲望むき出しでミルクを飲みまくっている。

人間は驚いているようだが、それだけだったので、多分大丈夫だろう。

言葉はわからなくても、表情や声色で結構何を思っているのかぐらいはわかったりする。

 

俺はこの後どうなるのだろうか。できれば乗馬の馬になりたいなあ。かっこいいし。人間の魂がインストールされているし、オリンピックなんかも出られたりして。

サラブレッドは……ちょっと嫌だなあ。

競馬ってなんか怖いし。鞭を入れられまくって痛そうだし。疲れそうだし。

 

ただ、俺の母ちゃん、見た目がサラブレッドっぽいんだよなあ……

 

ちくせう……

 




牧場関係は、じゃじゃ馬グルーミングUpとかそういう漫画とかを参考にしています。

競馬を本格的に見始めたのはジャスタウェイの時代から。それ以前は、祖父に阪神競馬場に連れて行ってもらったりしていた程度です。

[2022/5/12]
セオドライトの戦績の描写を訂正。


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馬、同期と過ごす

暴風雪と地震の中で生まれた鹿毛の仔馬は島本牧場ですくすくと育っていった。

ボーちゃんと呼ばれ、かわいがられている馬の顔には流星などはなく、脚に靴下もない、いたって普通のサラブレッドといった外見であった。ちょっと足が外向なのと、どことなく貧乏くさい外見を除けば……

 

春も過ぎるあたりまでは大人しくおっとりしているとスタッフから言われていたボーちゃんであったが、他の仔馬とは反りが合わないらしく、一人でいることが多いようである。

 

「ボーのことですが、やっぱり他の馬が嫌いみたいですね……」

 

「人間に育てられた馬はそうなりやすいって聞いていたが」

 

彼の母馬は彼の育児を放棄してしまったため、止むを得ず哲也ら牧場スタッフがミルクを上げるなどの世話をしていた。

幼いころから馬に慣れていないせいか他の馬に関わろうともしないのである。

 

「そろそろ母馬からの離乳の時期ですが、ボーはどうしましょうか」

 

「どうしましょうって、そりゃあ他の馬と一緒の放牧地にいれるしかないだろうよ」

 

ボーにとっては可哀そうな話ではある。しかし、競走馬として生きていくためには、他の馬に怯え続けているようでは話にならないのである。

 

(うーん。ボーのやつ、なんか怯えているというよりは、ただただ「馬」そのものが嫌いなだけって気がするけど……)

 

彼の世話をしている哲也は鹿毛の仔馬が、怯えているから他馬に近寄らないのではなく、単純に馬という存在が嫌いなだけではと思っていた。

 

(まあ、ゲートやパドックで逃げようとしない程度であれば、馬が嫌いでも構わないけどな)

 

そんな心配をよそに、他の仔馬たちの離乳の時期が始まり、2002年に誕生した馬たちは牧場の放牧地で集団生活を送り始めたのであった。

 

 

「いつもこの時期は可哀そうになりますねえ」

 

母馬から引き離され、鳴き続ける仔馬を見て、哲也の母である島本ゆうが嘆く。

 

「しょうがないとはいえ、鳴く仔馬たちを見るのは辛いものがあるな」

 

それでも競走馬として育っていくためには必要な試練でもある。暴れたり、食欲が落ちたりしないようにスタッフたちも細心の注意を払って行う必要があるため、油断はできなかった。

 

「それに比べてボーはなあ……」

 

もともと母馬から見放されていたので、離乳に関する苦労はなかった。一応離乳をすませた今年誕生した同期の馬たちと同じ放牧地で集団生活を送っているのだが、相も変わらず一人でいることが多い。

 

こういう場合、群れを作って先頭を常に走っている馬などは、素質があると見込まれて、取引のセールスポイントになるのだが、彼はいつも一人で過ごしている。「このままじゃあ誰にも買ってもらえないぞ~」とつぶやきながら彼の動きを見ていた。

 

島本牧場は、馬主としての活動は控えている。大手の生産牧場のようにオーナーブリーダーをやれるほどの規模ではない。地方はともかくとして、中央は馬一頭でも維持費がとんでもない金額になるため、馬主としての活動は難しいのである。

 

「でもボーちゃん、結構頭いいと思うのよね~」

 

「確かに暴れたりしないし、俺たちの言うことはしっかり聞いてくれるからな」

 

「私たちがボーちゃんって呼ぶと耳を向けてくるし、決まったところにしか排泄しないじゃない。それってやっぱり賢いってことなんでしょうね」

 

「賢ければ走るってわけではないけどなあ」

 

頭が良すぎる馬は、どこかで手を抜くことを覚えたりすることもあるらしい。ちょっとおバカな方が走ったりすると聞いたこともある。

 

(シンボリルドルフなんかは騎手に競馬を教えたっていうぐらい賢かったらしいし、名馬と呼ばれる馬は賢いエピソードが多いからなんともいえないなあ)

 

ただ一つだけ言えることがあるとすれば、名馬と呼ばれる馬は、みな闘争心が高く、負けず嫌いだったというエピソードが多い事である。

 

「闘争心は……なさそうだなあ……」

 

「そうねえ……おっとりしていて優しい仔ですしね~」

 

「でもプライドは高いのかもしれないな。俺は他の馬とは違うんだ!って感じで」

 

闘争心はないがプライドは高い。やっぱりよくわからないと思う二人であった。

1頭だけに注目するわけにはいかないが、島本牧場の話題は、ボーに向いていることが多かった。こういう意味では将来有望なのかもしれない。

 

 

 

 

 

俺は馬だ。

最近、母馬と離れた他の馬と一緒に暮らしている。

あいつら母馬と離れてすぐは、鳴きまくっていた。その点俺はずっと一人(+人間)だったので悲しいとかそういう気持ちすらない。

人間は、母親がいなくてさみしがっているんじゃないかと思っていた時もあるみたいだ。だが待ってほしい。人間の魂をインストールしている俺を畜生どもと一緒にしないでもらいたいな。

人間は、俺に他の馬と一緒に行動してほしいと思っているようだが、それは俺のプライドが許さねえ。俺はお前ら畜生とは違って人間様の魂がインストールされているんだ。一緒になんかいられるか。俺は一人で帰らせてもらう!

 

 

【なんだお前、生意気】

 

【こっち来いよ】

 

ほかの馬、おそらく俺と同期の奴らからこんな感じに呼ばれることがある。

誘ってくる馬には【別に放っておいて】と返しているが、中にはケンカを売ってくる奴もいる。

争いは低レベルの者同士でしか生まれないという言葉があるため、俺はケンカを売ってきたり、ちょっかいをかけてきたりする馬を無視し続けている。

畜生どもと一緒にすんじゃねえ。ぺっぺっぺっ!と唾を吐く。

 

人間どもは俺のことを興味津々な目で見てくる。どことなく哀れんだ目で見てくるのは気のせいだと信じたい。

というか俺はサラブレッドだったんだな。馬には詳しくない俺でも、なんとなく他の馬の体つきが走るための体であることが分かった。

ということは人を乗せるのか……なんか嫌だなあ……

でも人間の言うことを聞かないと、捨てられそうだし、さすがにそれは勘弁願いたい。

 

あと俺の名前はわからないが、人間は俺の名前を呼ぶとき、決まって同じ声を出すので、自分を呼んでいるときには反応してやっている。

 

「賢いなあ~」

 

おそらく喜んでいるのだろう。

当然だ、人間だもの。いやこの場合は馬人間か?でもそれだとなんか違うなあ。

まあ世話をしてもらっているわけだし、媚くらいは売っておかないと。

 

「お前はプライドが高いのかもしれんなあ」

 

よくわからんが同情されているように見える。なんだなんだ?俺は同情されるような覚えはないぞ。

 

「そのプライドの高さが負けん気になったらなあ」

 

まあ人間が何を話しているかわからんが、今のところは期待してもらってるのかもしれん。いつも偉そうな人間がたくさん俺を見て指をさしてくるくらいだからなあ。

 

【注:見た目が貧相なので、残念がっているだけです】

 

もしかしたら、俺っていけるところまで行っちゃうんじゃない?

 

 




結構性格が尊大なボーちゃんが人間の言うことを聞いているのは、人間の魂がインストールしてあるので、他の馬畜生のように暴れたりするのが恥ずかしいと思っているからです。
一応衣食住を提供してもらっており、その恩をあだで返すようなことはしないようにしているからです。

ただ、彼の行っている行為や見た目が自分の評価を下げているとは毛ほどにも思っていません。


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馬、走り回る+趣味を覚える

2002年も秋になり、北海道は本土に比べると暑さが和らぎ始めた時期になった。

この時期は、離乳した仔馬たちに追い運動を行い始める時期でもあった。馬に乗った人が仔馬を後ろから追いたてて、仔馬を運動させることである。基本的に競走馬のデビューは2歳であるため、1歳秋までは放牧を中心に基礎体力づくりが行われる。この基礎体力づくりの一環として、追い運動は重要なのである。

 

島本牧場では、当歳馬たちが、牧場スタッフたちが乗った馬に追いかけられ、放牧地内を走り回っていた。

 

「ボー!お願いだから走ってくれ~」

 

哲也が馬の上から鹿毛の仔馬に嘆く。仔馬は仕方がないなあ~といった感じで走り始めた。

 

「よし、いいぞ~」

 

ボーのやつは結構面倒くさがりなのか、走り回らない。ただ、哲也を含めた牧場のスタッフが「頼むよ~」などとお願いをすると素直に走り始める。

 

そんな様子を2人の男が見守っていた。一人は牧場長の哲司。もう一人は島本牧場の従業員の大野慎であった。

 

「大野君。セオドライトの仔はどう思うかね」

 

「何とも言えませんね。脚の外向もこの程度なら走った馬などいくらでもいます。外見も貧乏くさい感じはありますが、それはあくまで人間の主観でしかありませんから。実際彼の健康状態は全く問題ありません」

 

「確かにそうなのだが、売り主としてはちょっと困るんだよねえ」

 

「種付け料も高くはありませんでしたし、そこまで高く売れる必要はありませんよ。そもそもあなたのロマンを追求した配合なんですから、自信をもってください」

 

「そうだなあ。俺たちが諦めたらおしまいだものな」

 

「その通りです社長」

 

そういって大野と呼ばれた男は従業員棟に戻っていった。

 

「彼の目にはボーがどのように映っていたのかねえ……」

 

 

自室に戻った大野は、セオドライト2002のデータをチェックしながら先ほどの追い運動を受ける仔馬のことを頭に思い浮かべる。

 

「セオドライトの2002。本当によくわからないな」

 

大野は、配合の理論や競走馬の最新の情勢などの情報を収集して分析することを本業にしており、島本牧場の参謀とも呼ばれていた。あと税理士の資格も持っているので、税務関係の仕事も行っている。

種付け料が安い種牡馬をどのような血統の牝馬にかけ合わせれば、走る馬が誕生するのか。地方のダートで走る馬はどのような性質を持っているのかなどを事細かく分析して、牧場の競走馬の生産に役立たせているのである。

 

「社長の好きなサクラチヨノオーの牝馬も安く手に入れることが出来ましたし、ヤマニンゼファーの種付け料もそこまで高いものではない。社長のロマンが意外と安く済ませることが出来たのは幸いでした」

 

これがサンデーサイレンスのような種牡馬ではなくて本当に良かったと思っていた。大野は、自由に血統の研究などをやらせてもらっている以上、社長には恩があると感じている。なので彼の要望には最大限配慮することにしている。

たまにシンザンの血統が欲しいなどと言って困らせることがあるが、その時にはしっかりと止めている。

 

「今のところは、穏やかで馬嫌いな性格の仔馬でしかない。ただ、あの仔馬は何か特別なものがある」

 

それなりに馬を見続けてきた彼の直感があの馬にはスペシャルな何かがあるのではないかと告げていたのである。

おおよそ、このような直観は外れることが多いのだが……

 

「私の馬を見る目が試されますね……」

 

こうして、ボーと呼ばれる人間の魂をインストールしたある意味特別な馬に注目する人間が増えたのである。

 

 

冬になり雪が本格的に積もるまで追い運動を行っていた哲司達牧場スタッフは今年の当歳馬たちは冬を越えることが出来そうだと考えていた。

死産や不受胎もあったが、誕生した馬全員がしっかりとこの時期まで元気に育ってくれているのである。

その中でも取り立てて元気な馬がいた。

 

「それがよりにもよってボーなのか」

 

相変わらず放牧地で、一人でいることが多いし、集団での追い運動では興味がなさそうに最後尾をちんたらと走っている。

しかし、哲司が1頭だけの時に馬に乗って追いかけると、ものすごいスピードで逃げ始めるのである。

 

(もしかして、ボーって意外と才能がある?)

 

ボーの世話を担当している哲也と、定期的に様子を確認に来る父の哲司と母のゆう、秋あたりから遠くから双眼鏡で眺めている大野の4人が彼の走りを見続けた上での感想であった。

 

 

「哲也君、ちょっといいかな」

 

ボーを馬房に戻し、従業員の建物に戻る途中、大野に哲也は話しかけられた。

 

「何でしょうか大野さん」

 

「セオドライトの2002だけど、多分あれはいいところまで行くからいろいろと準備しておいた方がいいよ」

 

「それって……」

 

哲也の反応も見ることなく大野はどこかに行ってしまった。

 

「確かに一人のときはいい感じで走っているけど、集団の時はあんな感じだしなあ……」

 

この時の準備しておいた方がいいという言葉の意味を痛感したのは数年後の話である。

 

 

 

 

俺は馬である。

最近、馬に乗った人間に追いかけられる。

 

「ほらー走ってくれー」

 

最初は面倒くさかったのだが、いつも世話をしてもらっている人間がお願いしているから仕方がなく応えてやる。

 

【走れ、走れ!!】

 

人間に乗られて俺を追いかけてくる馬も意外と楽しそうに追いかけてくる。

 

【もっと速く走らないと喰われるぞ~】

 

食われるってなんだよと思ったが、馬にも野生の本能があるし、追いかけられるっていうのは敵から逃げる本能を刺激するのかもしれん。

 

ちょっと本気で走ってやるぜ~

 

「おいおい!そんな猛スピードで逃げなくても」

 

さすがに疲れたので、クールダウンもかねてトコトコ歩いて人間と馬の間を歩く。

 

【お前結構速い】

 

俺を追いかけていた馬から褒められる。畜生に褒められてもうれしくなんてないんだからね。

 

他の馬に交じって追いかけられることもあったが、自分が畜生の1頭であると思い知らされるので、最後尾でちんたらと走っていた。

 

【お前遅い。がんばれ】

 

【遅いやつ。バカ】

 

一番先頭のやつはまだいいとして、その後ろのやつ。バカはねーだろバカは。

まあ高尚な私は、そんな低レベルな挑発には乗らないけどね。バーカバーカ。

 

 

そんな毎日を過ごすうちに徐々に我慢できないことがあった。

 

【暇だ~!!!】

 

「うわ!どうした!どこか痛いのか?」

 

おっとすまん。驚かせてしまったみたいだな。人間が俺の脚や体のあちこちを見る。

いやね。暇なのよ。人間の魂がインストールされている以上、人間の娯楽の知識もインストールされているのである。

 

というか今はいつの時代なのだろうか。携帯電話を持っている人がいたから昭和ではないだろうけど。

ただ、面白いことは自分で見つける必要があるし、ちょっといろいろと試してみようかな。

 

俺が見つけた趣味その1。

穴掘り。ひたすら地面を掘り続けることである。蹄にダメージが入るのは怖いので、軟らかい土をホリホリして遊ぶ。そしてある程度掘ったら逆に埋める。

 

趣味その2

低めの木を飛び越える。

意外とこの体はばねがあるようで、放牧地の中にある生垣のような低い木低い柵のようなものを飛び越える。意外と体に当たったりするので、練習が必要であった。

そのため、馬に追われているときもぴょんぴょん跳ねながら走ったりして体のばねを鍛え始めた。

 

趣味その3

夜にちょっと柵の外に出てみる。といっても何がいるのかわからないので、近くをうろうろして探検しているだけであるが。

ただ、人に見つかると怒られるし、多分俺の世話をしている人間も怒られてしまうと思うので、細心の注意を払う。監視カメラもないしね。

 

新しい暇つぶしを覚えた俺は、二度目の冬を迎えようとしていた。

 

 




この悪趣味な遊びが原因で、スタッフたちの気苦労が加速します。


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馬、買われる

北海道の冬は厳しい。マイナス十度を軽く下回る日も多く、試される大地といわれる過酷な土地である。

馬は寒さには強いため、人間に比べたら北海道の冬はましに感じているのかもしれない。

 

「それにしてもお前はあったかそうだな」

 

目の前にボケーッと立っている鹿毛の馬に対して哲也が呟く。

新年を迎えて1歳になった鹿毛の仔馬は、生まれたときよりはるかに大きくなっていた。そして、冬毛に生え変わったことで、全体的にもっさりとした感じになっていた。

 

「相変わらず何考えてんだかわからんなあ……」

 

冬の始まりから明らかになった彼の奇行。何度かやめるようにやさしく注意してはいる。しかし、注意してしばらくは奇行を止めるが、スタッフが見てないところで行っているため、哲也もどうしようかと悩んでいた。

 

「土を掘ったり埋めたりするのは雪が降ってからやらなくなったからいいけど、木や柵をジャンプして越えようとしているのは不味いよなあ」

 

ケガでもしたら、大変なことである。ちょっとした傷から病原菌が入って病気で亡くなることだって考えられる。脚の骨を折れば、競走馬としての命どころか、「馬」としての命も失われかねない。

さすがに冬になってからこういった奇行はしなくなっていたが、春になったら再発する可能性がないとは言えなかった。

 

「また、みんなと相談しないとなあ……」

 

本性を現し始めたなあと感じ始めた島本牧場であった。

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

俺は馬である。

冬になったようで、さすがの馬でも寒く感じることがある。ここってどこなんだろうか。サラブレッドってたしか北海道で生まれることが多いって聞いたことがあるけど。

まあ別にいいや。

冬になって穴掘りも走高跳もできなくなった(あと普通に監視の目が厳しくなってできなくなった)。ちくせう。

ただ、定期的に脱走していることは知られていないらしい。まあクマや車とか怖いから柵のすぐ外でキャッキャしているだけだけどね。このスリルがいいのよね。

それはそうと今俺はいろんな人に囲まれている。

というかなんか眠いようなそうでないようなボーっとした不思議な気分である。

 

なんか脚に変な機械を押し当てられるし、よくわからん。

って鼻になんか入れてきた!やめてくれ!

別に痛いわけじゃないけど(感覚ないし)、なんか嫌だ!

さすがの俺も怒っちゃうぞ!

 

【やめてくれ……】

 

「お~し、いいこだぞ~。これで健康診断は終わりだな。骨の状態もいいし、大丈夫そうだ」

 

「めっちゃ耳絞ってますけど……」

 

「鎮静剤が効いているとはいえ、サラブレッドですからね。それにしても体重は400㎏以上あるのか。結構大きくなりそうだな」

 

「まだまだ成長すると思いますし、経過を見守りましょう」

 

鼻にあんな変なものいれるとか鬼かこいつら。

二度とごめんだぜ……

 

 

 

 

ーーーーーーーーーーーーーーー

 

 

冬が過ぎ、厳しい寒さの北海道にも春が訪れる。

この年、2002年に誕生した仔馬たちは全員、すくすくと成長していた。

そして、2003年に生まれた仔馬たちも母親と共に春の訪れを感じていた。

 

「ボー。おまえにも弟が生まれたぞ~」

 

セオドライトの2003が3月終わりごろに誕生し、問題なく育っていた。育児放棄が心配されたが、昨年のことが嘘のように、当たり前のように生まれたばかりの仔馬を育てていた。

 

「なんでボーは見放されちゃったんだろうなあ……」

 

まだまだ馬のことはわからないなあとつぶやきながら、馬房で寝ている鹿毛の馬を見つめる。

相変わらず貧乏くさいというかもっさりとした印象を受ける外見の1歳馬は、春になり、哲也たちが忘れかけていた奇行をまた始めていたのである。

 

「さて、そろそろ外に出すか。ボーいくぞ~」

 

哲也の声に反応して、軽く嘶き、彼の下に近寄ってくる。

 

「名前を認識できているあたり、賢いんだろうけどな」

 

放牧地に入ろうとすると、外にいた父親に止められる。

 

「ボーだけど、今日は先にこっちに来てくれ」

 

それに従い、父親の後ろをついていく。少し歩くと、乗馬用の広場があった。島本牧場は乗馬や簡単な馬術もやっているので、乗馬自体は珍しい事ではない。

 

「ここにある障害コースで走らせてやればいいと思ってな。もちろん高さは低いし、安全面にも配慮するが。変な木や柵でやられるより何倍もましだ」

 

「確かにここならボーもストレス発散できそうだな」

 

狙い通り、ボーは小さな障害を越えたりして遊び始めた。初めてなのにやけに上手であった。

 

「いや、障害競走馬を育てているわけじゃないんだけどなあ……」

 

「確かにボーの父の血統は短い距離のほうが得意だし、障害競走は無理だと思うけど、バネが鍛えられたなら普通の競走でも役に立つさ。一応何か起きないように見張っておいてくれ」

 

父親は厩舎のほうに戻っていった。

 

「それにしても楽しそうにしてるなあ。まあよかったのかもしれんな」

 

そんなほのぼのとした日々は、長いようで早く過ぎ去っていった。

そして、彼のターニングポイントが訪れようとしていた。

 

 

 

 

 

 

夏も近づき始めたある日のことである。

 

「哲也~ちょっとこっちに来てくれ」

 

父親に呼ばれたため、掃除を中断して声の方へ向かう。そこには若い男と父親が談笑していたのだった。

 

「こちらは西崎さん。うちの馬を見に来てくださった馬主さんで、彼の父親はよくうちの馬を買ってくださった恩人みたいな人だったよ」

 

馬主と聞いて、哲也は態度を改めて歓迎した。

 

「これは、ようこそお越しいただきました」

 

「いやいや、そんなにかしこまらなくてもいいですよ」

 

自分と同じ年かちょっと上くらいかと思い、馬主ってすげえなと心の中で思っていた。

 

「1歳馬を見せてもらいましたけど、やっぱり自分にはよくわからないですね。やっぱりいるんですか?この馬が次のダービー馬だ!って言っちゃう人とかって」

 

「さすがにこの牧場の馬を見てそう言ってくださった人はいませんね。調教師の方が見に来ていただけることもあるんですけど、よくて重賞を獲れそうだ、とかそのレベルですね」

 

「やっぱりそういうものなんですね……ってそれはそうと、あと1頭見てない馬がいるとかで彼を呼んでもらったんですよね」

 

「あー、そうだそうだ。彼にボーを見せてやってくれ。これからあそこに行くだろう」

 

本来の目的を思い出したかのように、哲也に指示を送った。ストレス発散も兼ねたボーの運動は他の馬と違って特徴的といえば特徴的である。

 

「わかりました。これから案内しますので少々お待ちください」

 

ボーを連れて歩いていき、いつもの場所につくと、嬉しそうにボーは走り回っていった。

 

「これって乗馬?馬術?で見たことがあるんですけど、こういうトレーニングって行うものなんですか?」

 

「いや、普通はしないと思います。少なくともここでは。ただ、彼は勝手に柵や低木でジャンプしてしまうので、安全面に配慮してここで運動させています」

 

「うまいものですねえ……それに楽しそうです」

 

ボーは普段は眠そうにしていることが多い。しかし食べるときと遊ぶときは楽しそうにしている。

しばらく彼の「遊び」を眺めていると、唐突に馬主の男から言葉が発せられた。

 

「決めました。この馬にします。私の初めての馬は彼に決めました!」

 

「えぇ……」

 

こうして、セオドライトの2002は、馬主が決まったのであった。

その価格は意外にも高く750万円だった。

曰く、こんなに面白そうな馬を見せてくれたお礼も兼ねた金額であった。

種付け料や1年間の維持費等を込みにしても黒字であったうえ、昨年からいちばん気にしていた馬を選んでもらえたことに安堵していたのである。

 

 

 

 

 

 

北海道……ではなく、北海道から東京行きの飛行機の中で一人の男が笑っていた。

 

「いい出会いに巡り合えました」

 

島本牧場で鹿毛の牡馬を購入宣言したばかりの男であった。さすがにすぐに購入! とはいかず、しかるべく手続きを行う必要があるため、いったん東京に戻ることになったのである。

そもそも彼は、馬主というものにそこまで興味があるわけではなかった。父親が馬主をしていた事もあり、馬そのものには愛着があったが、競馬には興味は向いていなかった。

事実、亡くなった父親の会社を継いだあとも、馬のことは忘れていたぐらいである。

ただ、馬主のネットワークというものは結構大きなものであるという話を聞いたので、とりあえず馬主の資格を取り(幸い条件はクリアできていた)、父親とつながりのあった牧場に赴いたのであった。

 

「厳しい世界だって聞いているけど、少しくらい期待してもいいよね」

 

 

こうして、ボーは東京の馬主(初心者)、西崎浩平に買われたのであった。

よかったね。

 




西崎浩平の父は、経営者としては一流だったが、馬主としては二流でした。
彼の年齢は30代中盤くらいだと思ってください。若く見られるが嬉しいわけではないとのこと。


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馬、育成牧場へ

2003年も夏になり、島本牧場がある北海道も夏の暑さに見舞われていた。

夏になると、馬主や調教師が牧場を訪れて、将来有望な馬を買いに来ることも多くなっていた。セリも行われるため、多くの幼駒たちの引取り先が決まっていくシーズンでもあった。

島本牧場でも、地方競馬の馬主たち相手に2002年に誕生した幼駒たちが売られていったようである。

 

「ボーが結構いい値段で売れてくれてよかった。馬主の方も本業はしっかりしているようだし、ひとまず安心だな」

 

「それにしても即決でしたね。数百万の買い物をその場で決めるとは……」

 

名馬を所有している馬主でも、事前に牧場や調教師などと綿密に打ち合わせを行ったりして購入したりすることが多い。

 

「そろそろボーもここからいなくなるのかあ……」

 

「そう考えると寂しいものだな」

 

1歳の秋になると、島本牧場の馬は、育成牧場へと旅立つ。ここで競走馬になるための本格的な訓練を受けるのである。大手の牧場では、育成牧場も兼業しているようなところもあるが、残念ながら島本牧場にはそのような設備も人材もいない。

例年、牧場生まれの馬を預かってくれるなじみのところに入ることが決定している。

 

「ここよりも馬が多い場所で大丈夫なのかな」

 

こうして島本牧場にいる最後の時を過ごしていったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

最近、俺の世話をしてくれる人間のテンションが低いように見受けられる。

どうした。彼女にでもフラれたのか?

ここでは彼には世話になっている。少しぐらいは俺をかわいがる権利をやってもいいと思っていたのだが……

そんなことを思って日々を過ごしていた。

 

「ボー。今日でお前はここから出ていくことになる。色々と大変だったけど、あっちに行ってもがんばれよ」

 

「いいか~向こうの人たちに迷惑はかけんでくれよ~」

 

俺の世話をしていた彼を含めた多くの人間たちが俺に声をかけてきた。

何を言っているのかわからないが、悲しい気持ち?を感じる。俺はどうなってしまうんだ?

 

しばらくすると、俺は牧場の外に連れられて行き、目の前のトラックに乗せられようとしていた。

 

【なんだなんだ!】

 

「お~怖くないぞ~」

 

見知らぬ人が俺をトラックに入れようとするので、少し驚いた。

まあ、トラックに入れというなら入るが……

 

「すんなり入りましたね」

 

「まあ気性自体は真面目で穏やかなので。多分大丈夫だと思います」

 

もしかしたら俺は別のところに行くのかもしれん。そしてこれがここの人間たちと最後の別れかもしれん。

 

【いろいろと世話になったな】

 

小学校の卒業式みたいなものか。次の場所はどんなところか気になるところである。

もしかしたらもう競馬場を走るのかもしれん。

いろいろと覚悟をしておいた方がいいかもしれんなあ……

 

 

 

と思っていた時期も俺にはありました。

あたり一面に馬、馬、馬である。これぞ群馬。

トラックに揺られてついた先には、俺がいた牧場よりも大きい牧場であった。

しかし、馬の数が桁違いに多い。100頭以上はいるんじゃねえか

そしてそれだけ多く馬がいるということは……

 

【こっちこいよ!】

 

【つかれた】

 

【お前嫌い!】

 

俺にちょっかいをかける奴が増えるということである。

何度も言うが、俺は馬であり人である。馬のコミュニティーに入るなんて死んでもごめんだ。これはプライドの問題である。

なのでここでも徹底的に無視することに決めたのである。たまにうるさいから睨んだりするけど。というか睨まれたくらいで何も言えなくなって逃げてしまうって軟弱すぎだろ……

 

ここに到着してしばらくは、牧場と同じように過ごしていた。

しかしある日、俺は人間にいろんなものを付けられるようになったのである。

人が乗るために必要な鞍を背中につけられた。

口になんかよくわからんものを入れられた。なんか変な気分だ。

 

「普通は嫌がるもんなんですけど」

 

「鞍もハミも問題ありませんでした。やっぱり賢いですし、気性もいいですね」

 

「馬嫌いな点を除けば今のところ順調だな」

 

どうやら俺はすこぶる優秀なようである。首の下あたりを撫でられるのは気分がいい。もっと撫でたまえ。

実際、他の馬は嫌がって悲鳴を上げたり、人間を蹴ったり噛みつこうとしたりしている奴もいるようだ。嘶きが聞こえることがある。

やはり俺は天才のようだ。

というの半分冗談で、これくらいなら我慢できるのである。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「島本さん、今日はお越しいただきありがとうございます」

 

「いえいえ、こちらこそ」

 

島本哲司は、ボーが入厩している育成牧場の担当者に呼ばれて来たのであった。

 

「それでボーのことで何かあったのでしょうか。それとも他のうちの馬が?」

 

「セオドライトの2002のことです」

 

なんとなく予想はしていた哲司であった。

 

「何かうちの馬が粗相でも……」

 

「うーん、なんというかちょっと変わった馬だなと思いまして。あと、脱走癖は牧場のころからあったのですか?」

 

「脱走癖?って脱走?」

 

「たまに夜間放牧中に放牧地から外に出ているようで、この間何とか現場を取り押さえて、馬に注意はしたのですが……」

 

「……目を離した隙にやっていたのかもしれません」

 

「うちは警備や監視がしっかりしてますからね。多分島本さんのところと同じ感覚でいたのだと思います。穴は掘るし柵は越えるわ…」

 

「大変申し訳ない……」

 

「ただ、暴れまわったり、我々の言うことを聞かないというわけではないので、そのあたりは確かに真面目な馬だと思います。注意した後は脱走を図っていないので、今のところは大丈夫ですが」

 

「それで今日はこのことを……」

 

「いえ、彼の能力についてです。まだ本格的な訓練は行っていませんが、馬具の着脱も苦にしませんし、おそらくこのままいけば、競走馬としてデビューすることはできると思います」

 

実際に、気性が荒すぎて、人間が乗ることすらままならない馬もいたりするため、馴致訓練というのはかなり重要である。

 

「それはよかったです」

 

「ただ、馬体の仕上がりが少し遅いように見受けられます。このため、あまり早い時期でのデビューは難しいかもしれません。この辺りは来年の春の出来次第ではありますが」

 

「仕上がりが遅い、ですか。そういえばヤマニンゼファーもデビューが遅かったですね」

 

ヤマニンゼファーは、骨膜炎などが理由で、調教があまり行えなかったため、デビューが4歳3月と遅い時期であった。

 

「そういう意味では父親に似たのかもしれません。ただ、体質は良好なのでしっかりと調教は積めると思います」

 

「そうですか。ゼファーが好きだった私にとっては、父に似た馬になりそうというだけでも、彼を送り出すことが出来てよかったと思います」

 

「私も驚きました。少し前まではゼファーの産駒はそれなりにいたのですが、最近はめっきり減りましたから」

 

ヤマニンゼファーの産駒は90年代にはそれなりに中央地方を走っていた。しかし、産駒成績が良くなかったこともあり、2000年代に入ると徐々に数を減らしていっている状況である。

 

「ところでこの話は西崎オーナーには?」

 

「伝えております。『自分は馬に関しては素人なので、専門家に任せます。それにしても面白い馬だ。買ってよかった』と仰っていました」

 

「相変わらず豪気な人です……」

 

こうして彼の育成牧場時代は過ぎていったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である(2回目)。

北海道?の厳しい冬が過ぎ、俺は走っていた。ひたすら走っていた。

 

今日も坂のある道を走り、一汗かいてきたところである。

 

「あの馬ヤバいです」

 

「そんなにか?」

 

「手がかかりません。調教をしたら一回で覚えてくれます。それに他の馬が嫌いだから、馬群が苦手かと思いましたが、そんなこともありませんでした。」

 

どうやら俺をほめたたえているようだ。

自画自賛になるが、俺より速い馬はここにはいない。

全員ぶちのめした。

 

「オンオフがはっきりしているといえばいいんですかね。普段は他馬を寄せ付けないほどなんですが、調教の時は近くに馬がいても気にしたそぶりも見せませんし、馬体同士がぶつかっても何も反応せず、黙々と走ってくれます」

 

ここでは、俺が速くなるために必要なことをいろいろとやってくれている。

俺のようなスペシャルがその辺の馬に負けるわけにはいかないんだよ。

それに俺に期待してくれている人もいるようだし、お世話をしてもらった分の恩を返すのも人間として当然のことだと思う。これはただの馬にはできないことだ。

 

「それに、体調が悪い時なんかは調教を拒否したり、わざと力を抜いたりしていますし、自己管理もできています。ちょっと信じられないです」

 

「機嫌が悪いときでも人間や物を蹴ったりしませんし、そもそもあまり怒ることもないです。そういう意味では穏やかな性格ともいえます」

 

それはそうと、俺ってどうやら他の馬よりちょっと体が大きいらしい。そんな体をこんな細い脚で支えているんですよ。無理は禁物でしょ。他の馬は無理して走って体調を崩しているのもいたし、自己管理は人間ならできて当然よね。

 

「まだまだこれからもっと成長しますし、期待してもいいかもしれないです」

 

俺にかなう馬なんていないんじゃね?

待ってろ、日本ダービー(←さすがにダービーは知っていたらしい)。

 

 

「ただ、体格的に長い距離はちょっと無理かもしれないですね……」

 

 

こうして彼は順当に調子に乗っていたのである。

同期に日本競馬の歴史を塗り替えるほどの怪物がいるとは知らずに。

 




気性:真面目で穏やか(人間に対しては)

Qなんで穴を掘るの?
Aストレス発散
Qどうやって脱走を?
A穴を掘ると柵の間に隙間できるやろ?それをこうしてこうじゃ
(穴は塞がれました)

ま、まじめ?
馬基準ならまじめです!


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馬、名前が決まる

ストックがあるので放出していきます。


第六話

 

 

俺は馬である。

雪が残りつつも、寒さが和らいできた今日このごろ。

俺はいつも通り、屋内のコースを走っていた。脚に金属の変なものを取り付けられ、坂道を走る。

それにしてもあんなにヤバそうなもの付けているのに痛くもなんともないのな。

真っ赤に染まった金属を見たときは少しビビった。それに釘みたいなもので打ち付けられたときは、いつ痛みが襲ってくるんじゃないかとびくびくしておしっこちびりそうになった。

でもなにもなかったので、今は問題なく走れている。

おそらくこの道具は、脚の先を保護するための道具なのだろう。

 

それにしても俺は速いのだろうか。ここにいる他の馬に比べたら速いのは確かなんだが……

 

【お前速い。強い】

 

【疲れた】

 

隣で併走していた馬たちが、俺のことを速くて強いと言ってくることが多くなった。

まあ悪い気はしない。

それにしてもいつから俺は競馬場に行くのだろうか……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2004年も春になり、2002年に生まれた馬たちは2歳馬となっていた。仕上がりの早い馬だと、もうデビューしてもいいような馬もいる。

こうなると、育成牧場から卒業して、中央なら栗東や美浦所属の調教師の厩舎や、地方なら地方競馬の調教師の厩舎に入厩して、さらなるトレーニング生活を送ることになる。

 

「西崎さん、島本さん。セオドライトの2002ですが、入厩先は決まりましたか。一応我々の方でも推薦することは可能ですが」

 

良血馬だったり、兄弟姉妹が有力馬だったりすると調教師側から預かりたいと願い出ることもある。しかし、セオドライトの2002はお世辞にも血統はいいとは言えないし、兄弟姉妹にも有力馬はいない。生産牧場も有名ではないし、育成牧場も小規模であるため、そういった有名調教師との縁もなかった。

それでも幾人かはぜひうちにと名乗り出ているところもあるが、最終的な判断は馬主が行うため、保留にしている。

 

「と言いましても、馬主初心者の私には競馬会にコネはありませんし。父も馬主としては微妙だったので、その息子の私が頼んでも逆効果かもしれないです」

 

「それで、島本さんに相談しているというわけです」

 

「うーん。一人いるが、預かってもらえるかな」

 

哲司の頭の中に、一人の調教師の名前と顔が思い浮かんでいた。

 

「ちなみにその方は?」

 

「美浦の藤山順平先生です。G1馬こそいませんが、コンスタントにオープン馬や重賞馬を送り出しているので、腕はいい方だと思います」

 

「藤山先生ですか。そこまで大きい厩舎ではないですが、面倒見のいいひとだと評判ですし、育成牧場としても問題はないと思いますが」

 

「私はよくわからないけど、一度話してみたいな」

 

この後、哲司の計らいで、調教師の藤山が育成牧場に来ることになった。

 

「あと、名前考えました」

 

「おー。いつまでもボーじゃかっこ悪いもんなあ」

 

「まだ正式登録は先ですが、名前は……」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺の名前が変わったらしい。

正確に言うと二パターンあることが分かった。

あだ名みたいなものか?

 

「テンペストクェーク(Tempest Quake)、かっこいい名前になっちゃって」

 

「馬主の人曰く、生まれたときが記録的な暴風雪の時だったからテンペストにしたらしい。しかも地震も起きたらしいから、暴風の意味をもつテンペストと地震のアースクェークのクェークをくっつけたらしい」

 

「なんというか凄い時に生まれたんですね」

 

「暴風のような猛烈な走りを見せてほしいって願いも込められているんじゃないかな」

 

俺の名前はどうやらかっこいいようだ。

豚の角煮とかサバの味噌煮とかふざけた名前じゃなくてよかった。というかそんな名前ないよね?(※あります)

 

新しい名前をもらってテンションが上がっている俺を誰かが見ているような気がした。

ねっとりとした視線。さては俺のファンだな。

 

「コラ、よそ見すると危ないぞ」

 

視線の先を探そうときょろきょろしていたら、上に乗っている人間に注意されてしまった。

こりゃ失礼。

しかし誰なんだろうなあ。前の牧場の人間ではないだろうし。

 

トレーニングを終え、自分の部屋に戻ると見知らぬ人間が俺の近くに寄ってきた。

 

「彼が哲司くんの言っていたヤマニンゼファーの子か。名前はテンペストクェーク……」

 

「はい、調教も問題なく進んでいます。調教時は人に従順で、普段も基本的には真面目で穏やかな性格をしています。闘争心もありますし、馬群が嫌いというわけでもないので、しっかりとデビューはしてくれると思います」

 

「自分の名前を呼ばれた時に反応したみたいだ。確かに賢い」

 

なんやなんや?俺に用か?

俺の世話やトレーニングの手伝いをしている人間がえらくへりくだってるな。相手のおっさんは偉い人なのか?

だったらちょっとはサービスしてみるか。

俺を撫でる権利をやろう。

 

「こうやってすり寄ってきたときは、首のあたりを撫でてやると喜びますよ」

 

「人懐っこいところもあるんですね。外見がどことなく貧乏くさい、脚がちょっと外向気味なところ以外はかなり完璧ですね」

 

おー、このおっちゃん(おじさんからグレードアップした)撫でるの上手いな。うわぁ~気持ちいい……ダーレーアラビアンの母よ。

 

「走りを見ていたが、右回りも左回りも苦にしていないな……決めました。この子を預かります。いえ、むしろ紹介してくれてありがたいほどです。」

 

「こちらこそありがとうございます。あとは、西崎オーナーの承諾だけですね」

 

なんだ?なんか俺のターニングポイントがあっさりと決まったような気がするが……

ご機嫌な二人が俺の部屋から離れていき、俺はまた一人になった。

そろそろ俺も競馬場に行く日が来るのかなあ……

それはそれでワクワクする。

 

こうして彼は美浦のトレセンに入厩することが決まったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2004年の春も終わりに近づいたころ。ボー改めテンペストクェーク(以下、テンペストと呼称する)は、育成牧場を卒業した。

 

「馬運車でも落ち着いていましたし、輸送にも強いと思います」

 

「それはいい。精神的にもタフ、それに賢い。競走能力さえ高ければ、後は言うことなしだな」

 

藤山調教師一同は育成牧場のスタッフから、テンペストの脱走癖や他馬嫌いの話を聞いてはいたが、そのあたりはしっかり管理すれば何とかなるだろうと考えていた。

しかし、美浦という千を超える馬がいるトレーニングセンターが、彼のストレスにどれだけ影響を与えるのかということがわかっていなかった。そして、ナチュラルに他の馬を見下す性格が歴戦の馬たちの神経を逆なでさせるのかを知らなかったのである。

 

入厩後数週間後事件は起こった。

 

「大変です!テンペストクェーク号とゼンノロブロイ号が!」

 

この報告に、トレーニングや出走日程を調整していた藤山調教師は飲んでいたコーヒーを吹き出してむせていた。

 

「なんでゼンノロブロイが。テンペストはボスの座に全く興味も示さなかったし、そもそも他の馬にからもうとすらしない馬だぞ」

 

「それが、曳き運動の際に、ゼンノロブロイ号の前をテンペスト号が横切ってしまったみたいで。それが癪に障ったみたいです」

 

美浦でも屈指のボス馬として君臨しているゼンノロブロイは、人間には従順な馬だったりする。やたらめったらケンカを仕掛けるようなチンピラでもない。ただ自分がボスとしてないがしろにされていると感じるとかなり怒るようである。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今俺は、黒い大きな馬に絡まれている。

といっても蹴ろうとしたり、噛みつこうとしているわけではない。

人間が俺たちを動かそうと必死になっているが、今回はそれを無視する。

 

【お前、生意気だな】

 

「不味い、早く2頭を引き離せ」

 

「だめです。ピクリとも動きません!」

 

見たらわかる。こいつは強者だ。体の大きさだけなら俺より少し大きいくらいだが、筋肉や風格が今まで出会った馬の中でもひときわ大きい。

こいつは普通の馬じゃない。

だから俺は反応してやった。

 

【なんかようか】

 

【俺が上だ。従え】

 

なんだこいつ。ただ、こいつの威圧感の前だったら並みの馬はみな従うだろうな。

だが俺は違う。

 

【断る。俺にかまうな】

 

その瞬間、馬とは思えない重低音の嘶きが響き渡った。

フーン、そういうことね。

面白い。応えてやる。お前は強いみたいだしな。

土俵に乗ってやるよ。

俺も思いっきり息を吸い、嘶き続けた。

 

にらみ合い、嘶き合う。

 

お互いに蹴りや噛みつき、タックルなんかはしない。それをしたら逆に負けだ。

それがわかっているからガンの飛ばし合いで済ましている。

 

長いような短い時間が過ぎた。

 

周りに人間が集まってきており、さすがにこれ以上は迷惑だなと思った瞬間、相手が人間に従ってどこかに行ってしまった。

俺もそのあと人に従って、いつものトレーニングを受けることになった。

 

【またやろうぜ】

 

黒い馬はこう言い残していった。え~面倒……

 

副産物として、俺に絡む馬がめっきりいなくなったのはよかったのかもしれない。

今後は、定期的に俺にかまわないでオーラを出すといいのかもしれんなあ……

 

 

 




馬/テンペストクェーク
人間の魂がインストールされた馬。馬の脳みそに人間の演算能力は釣り合わないため、文字や言葉、一部の記憶等の演算能力はそぎ落とされている。そのため、中学二年生のようなムーブをかましている。それでも馬を超えた頭の良さをもつ。
性格はナルシストかつナチュラルに他馬を見下すヤバい性格をしている。その一方で、世話になった人間にはその恩を返す律儀な面もある。そのため、人間目線からは真面目で大人しい馬と思われている。
また、人間としての意識が強すぎるせいか、馬として扱われるのがやや不満な様子。ただ、自分が「馬」であることに変わりはないため、しぶしぶ受け入れている模様。ささやかな抵抗として、群れようとしなかったり、他馬を畜生扱いして見下している。
実際に能力もあるため、今のところは俺TUEEEEを楽しんでいる。
今のところ、彼が認識した馬はゼンノロブロイ号のみである。


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第二章 苦闘編
中山競馬場第5R:2歳新馬戦(芝・右・2000m)


第2章 第7話

 

 

俺は馬である。

この大きな牧場?いやトレーニング施設?は結構すごい。

プールがあるのは面白い。俺はどうやら泳ぎは得意ではない。だが、水につかって全力で泳ぐというのもなかなかハードだったりする。

そして最近は扉のようなものに入る訓練を受けている。

これは見たことがあるぞ。

たしかスタートをするときに馬が入るゲートだったと思う。

俺にとっては怖くもなんともないのだが、普通の馬にとっては恐怖の対象だったりするらしい。

 

【怖い、出たい】

 

【ひどい、やめて】

 

ゲートに入らないと、スタートができないし、競馬場で走るためには必須の技能なのかもしれない。人間もかなり大変そうにしていた。

 

「テンペストはゲートも苦にしないようだね。最初はスタートが苦手だったようだけど、最近はうまく出ることが出来ているようだし、能力試験も無事に合格できそうだ」

 

「基本的には我々の指示に従ってくれるので、ありがたいです」

 

俺は優秀なようで、たびたび人間から期待の目で見てもらえる。多分俺と同じ年の馬で俺より速いやつはいないだろう。

 

「一度馬房を抜け出したときはどうしたものかと思ったが、注意したらやめてくれたな」

 

「ただ、生まれたときからストレスが溜まると奇行にはしると聞いていますので、定期的に自由に散歩させたり、けがをしないように遊ばせる必要があります」

 

ここでも、ここの施設の大きさとかを見てみたかったので、部屋を抜け出したんだけど、すぐに見つかってしまった。前にいた牧場の時はある程度成功したのに……

と思っていたが、よく観察すると、そこら中に監視カメラがあった。

さすがにあれはかいくぐれねえ……

ただ、その後に、自由に走り回る時間をくれたり、ジャンプするハードルのようなものを作ってくれたりしたので、その辺はありがたく思っている。

まあ見ていなさい。簡単に勝ってみせるからな。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

俺の名前は高森康明。

JRAの騎手として、日々馬に騎乗している。

年齢は……そろそろ体に悲鳴が出始める年齢とだけ言っておこう。

藤山厩舎に所属して、藤山調教師の管理する馬に乗っている。

え?この年齢でフリーじゃないかって?

今までいろいろとあったので、昔から恩のある藤山先生にお世話になっている。

つまりそういうことだ。

 

「最近の若い子は凄いねえ……俺も馬が良ければな~」

 

自分でもわかっている。馬のせいではないと。自分の実力不足だということも。

ただ、それでも若いころはG1を狙える馬に乗せてもらってた。それで入着だってしたこともある。

運も実力も足りない人間は、この世界ではやっていけない。

それでも俺は最後のときまであがき続けるしかない。

 

「それにしても改まってなんだろうな」

 

俺は、藤山先生に呼ばれていた。飯を食わせてもらっている以上、先生の言葉は絶対である。返せないほどの恩もあるので、急いで先生のところに向かった。

 

厩舎には1頭の鹿毛の馬と厩務員、調教助手、先生が立っていた。

鹿毛の馬は自分の方に顔と耳を向けていた。ただ結構大柄な馬である。

たしか夏前くらいに厩舎に入厩した馬だと聞いている。名前はテンペストクェークだったな。来てすぐにゼンノロブロイと大喧嘩をしたとかで話題になった馬だ。

 

「高森くん、単刀直入に聞く。君はG1の舞台に立ちたいか?」

 

いきなりの質問であった。

 

「当然です。そのために私はこの歳まで現役を続けているんです」

 

この言葉を聞いて、NOと答えるジョッキーはいないだろう。

それにしても先生にここまで言わせる馬なのか……

 

「結構。君にはテンペストクェークの騎手としてこれから頑張ってもらいたい」

 

「わかりました」

 

「彼は賢い、それに素直だ。競争能力も優れている。少なくとも重賞は獲れるとは思っている」

 

そんな素質のある馬なのかとテンペストクェーク……長いからテンペストと呼ぶか。

体は大柄だが、どことなく貧乏くさい。具体的には毛並みがあまりよくない。流星も靴下もないので、大柄なこと以外はよくいるサラブレッドといった感じである。

ただ、筋肉はしっかりとついているので、しっかりと走ってくれるとは思う。

 

「デビュー日も決めてある。12月中旬の新馬戦を予定している。来週には最終追い切りを行うから、準備しておくように」

 

「わかりました」

 

先生は他の馬の様子を見に行ってしまったので、残ったスタッフの人達に彼の性格や特徴などを聞いていく。

担当厩務員の秋山元彦曰く、普段は大人しく、真面目な性格。不機嫌な時でも蹴ったり噛みついたり、モノに当たったりしないから助かるとのこと。賢いからある程度自己管理もできるようである。

調教助手の本村昭文曰く、自己主張はそこまで激しくない。ただ、嫌な時は断固として動かなくなるので、頑固な性格でもある。ただ、そういう時は決まって体調がちょっと悪かったりするときだから自己管理能力は自分が見てきた馬の中でも群を抜いて一番とのことである。

 

話を聞きながら彼の方を見ると、自分の名前が呼ばれると、耳が反応していたりした。

やはり彼は頭がいいのだろう。

そういう馬には、誠実な態度をとるのが一番である。

 

「テンペスト、俺は高森。君の上に乗る人間だ。これからよろしく頼むよ」

 

首を撫でられるのが好きらしいので、撫でてあげると、喜んでいるようであった。

こうして俺とテンペストの初めての顔合わせは終わったのである。

 

 

新馬戦の数日前の最終追い切りの日、俺はテンペストの上にいた。

正直、騎手と馬の相性は乗ってみないとわからない。それどころか、実際の競争にならないとわからないときもある。なるべく早く彼の走りを見極めなければならない。

 

彼は大柄な馬ではあるが、これくらいなら何度も騎乗したことがあるので特に問題はなかった。

 

そして、俺はこの馬の潜在能力の高さに驚かされた。

どうやら、4F(800m)のタイムがベストを更新したらしい。自分が想定したタイムより早くなってしまったのは反省点である。しかし、明らかに緩そうにしていたので、少しだけ早めのラップで走らせた。もちろん100%以上の力で走るように指示したわけではない。むしろ、最後少しゆとりを持たせたと思う。まだデビューに向けて調教している馬にそこまで求める必要はないだろう。

 

「新馬戦もいい感じで行けると思います。まだ能力を隠し持ってますね」

 

タイムもそうだな、まっすぐしっかり走ってくれるのもいい。意外に本気で走ると斜行してしまう馬も多かったりする。全力ではないとはいえ、右回り、左回りも特に苦にしていない。

聞けば輸送にも強いとのこと。

いろいろな選択肢が広がるのは、馬が勝ち上がっていくうえで重要な要素でもある。

 

「その言葉を聞いて安心しました。馬主の方はこの馬が初めての所有馬だそうだ。是非とも初勝利をプレゼントしてあげたいところだ」

 

初めてでこの馬を引き当てたのか。なんというか凄い人だな。

 

「日曜が楽しみだな……」

 

俺と彼の長くて短い相棒生活がスタートしたのであった。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

12月12日(日)中山競馬場

 

中山競馬場では、今日は12レースの開催が予定されていた。メインレースは11Rの朝日杯FSであった。

テンペストクェークはこのレースではなく、午前11時55分発走の5Rでデビューする予定であった。

芝/2000メートルで争われる本レースは、テンペストクェークをふくめて14頭で行われる予定である。

メインレースがG1レースということもあり、いつもよりも人が多く競馬場に入場していた。

 

 

「すいません、島本さん。付き合ってもらっちゃって。初めてが多いもので、勝手を知らないもので」

 

 

「こちらもうちの期待の1頭の初レースですから、倅と一緒に来てしまったよ」

 

 

「西崎さん、お久しぶりです」

 

 

オーナーの西崎、島本牧場の島本親子が中山競馬場のパドックを観察している。まだ4Rを走る馬がパドックを歩いているため、それを眺めながら、今日のレースのことを話していた。

 

 

「それで今日のレースですが、うちのテンペストは勝てそうですか?」

 

 

「えーっと今の人気は5番人気ですね。追切のタイムが評価されたみたいです。ただ、パドックの様子でこの人気は大きく変化しますし、そもそも一番人気が必ず勝つわけでもないので何とも言えないです」

 

 

「調教師の藤山先生の話だと、調子はいいとは言ってましたね。騎手もベテランの高森騎手なので、まったくのダメって感じにはならないと思います」

 

 

馬主として細々と活動したこともある島本牧場の二人が、初心者のオーナーの質問に答える。

 

 

「私もいろいろと調べたのですが、不確定要素が多すぎて……」

 

 

「競馬とはそういうものですからねえ。ところで馬主席の方にはいかないのですか?」

 

 

 

競馬場には馬主が入れる場所が存在する。彼はそこに入る資格のある馬主である。

 

「ちょっと気後れしまして。ここでお二人と観ているほうが楽しそうです」

 

 

((馬主のコミュニティーに興味があるから馬主になったんじゃないのかい))

 

 

「まあいずれ慣れたら行こうと思いますよ。お!あの馬白くてかわいいですね」

 

 

ドキドキとハラハラの新馬戦が始まろうとしていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬だ。

今俺は人間と一緒に馬の尻を見ながら歩いている。

柵の向こうには人間がそれなりにいた。

どうやらここで俺を品定めしているようである。

そしてここは競馬場なのだろう。

トラックで運ばれて、見知らぬ土地にきて、見知らぬ場所で過ごした。

いつも俺の世話をしている人たちが、緊張した顔をしてるので一発でわかった。

今日は俺の初レースの日であることが。

 

 

「今日も落ち着いているな。これなら大丈夫そうだ」

 

 

ここは、俺たち馬の様子をみて、馬券を買うための場所なのだろう。

実際に俺たちを食い入るような目線を向けている人が多くいる。

お!あそこにいるのは、俺が生まれた牧場にいた人間だ。

わざわざここまで来てくれたのか。

少し挨拶をするかな

 

 

「って、どうした?」

 

 

少し立ち止まって、彼の方を向いてヘドバンをする。

そうすると、彼らが俺の方に指をさしていた。

よし。

 

 

「何だったんだ?もしかして知っている人でもいたのか?まさかな……」

 

 

そういえば馬券を買う人達はどういう基準で俺たちを見ているのだろうか。

少しサービスするかな。今日は俺が勝つだろうし。

 

 

「うお!どうした!」

 

 

俺は二本足で立ち上がり、元気があることを周りの人に見せつけた。

その後も頭を揺らしたり、スキップみたいなことをして馬券師にアピールをした。

 

 

「おいおい、入れ込んでいるのかよ……」

 

 

「テンペストクェーク……父はヤマニンゼファーか。応援程度に買うかな」

 

 

「ちょっと見栄えが悪いかな?しかし……」

 

 

あれ?おかしいなあ。

なんか俺をみる目線がこころなしか冷たくなったような。

 

 

「やっぱり緊張しているのかな。大丈夫だぞ~」

 

 

俺を引いている人間も俺が暴れだしたのかと思い、俺の首をさすってくる。

うーん気持ちいい。

 

 

「とまれー!」

 

 

よくわからん声と共に、俺を引く人間が歩みを止めたため、俺も歩くのを止める。

しばらく待っていると、ちょっと前に俺の上に乗ったおじさんが近づいてきた。

 

 

「今日はよろしく、テンペスト」

 

 

どうやら彼が俺の騎手らしい。

そうか、俺がお前を勝たせたるからな。

 

さあ行こう。

 

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

時間になった。

俺はテンペストの上に乗る。手綱の調節もいい。鐙もしっかりしている。大丈夫だな。

 

後は誘導馬に従って、本馬場に行くだけだ。パドックで暴れた?ようだが、今は落ち着いている。汗もかいていないし泡も吹いていない。いつも通りだ。

 

「さあ、行こうか」

 

(俺に任せときな)

 

返し馬では、改めて芝の状態をチェックする。そこまで荒れていないし、内側も使えそうだ。

 

(それにしても、芝を走るのは気持ちええなあ)

 

なんかあまり集中していないと感じるのは気のせいだろうか。

 

 

「入れ込みすぎるよりはマシかな」

 

こうして俺たちはゲートのある場所へと向かった。

今回の俺たちは1枠1番である。見事な最内枠である。

 

ファンファーレが鳴り、いよいよレースの始まりである。

新馬戦らしく、ゲート入りをごねる馬もいたが、大きな騒ぎはなく、大外以外の馬がゲートの中に入った。

 

 

「ふ~」

 

 

『最後に大外のレーベンが入りまして、全頭ゲートイン完了……』

 

 

ガシャンという音が鳴り、ゲートが開いた。

そして、テンペストは最高のスタートを切って、先頭に躍り出て、そのまま加速していった。

 

 

「って、逃げるのかいな」

 

 

どうやらなかなか大変なことになってしまったな……

 

『……スタートしました。先頭に立ったのは内枠1番のテンペストクェーク。最高のスタートを切って、先頭に躍り出ています。二番手はベルグオース、三番手はサンワードハッスルとなっております。おおっとテンペストクェークそのまま後続に差をあける、これは逃げでしょうか……』

 

 

(とりあえず、一番早くスタートして、一番早くゴールすれば勝ちだもんな)

 

 

「掛かっているわけじゃないのか……」

 

 

『……前半3ハロンは35.2。新馬戦ではかなり速いペースです。これは持つのでしょうか。すでに後続にかなりの差をあけております。二番手集団は変わらずベルグオースとレーベン、シャイニングスルーが続きます……』

 

 

ペースは速い。自分の計算ではおおよそ1ハロン11秒後半のペースで走っている。

 

 

「自分でペースを作っているのか……」

 

 

調教の時もペース通りに走る馬だったと聞いているが、本番でも発揮できるとは。だが、このペースが持つのか。

そのまま第三コーナーを越え、第四コーナーに差し掛かるとき、テンペストのスピードがやや緩んだように感じた。

 

 

(やべえ、キツイ!)

 

 

『第四コーナーを越えて先頭は依然としてテンペストクェーク。後続も必死に追っているがこれは捉えることが出来るか……』

 

 

「テンペスト、頑張ってくれ!」

 

 

後続から次々と馬が迫っているのが分かった。

 

 

『200メートルを切って坂を駆け上る。外からアクレイムが伸びてくる。しかしテンペストクェーク、これは残るか、残るか!これはセーフティーリードか』

 

 

(この距離なら、多分大丈夫だろう……)

 

 

彼が力を抜いた瞬間、ゴールを駆け抜けていた。

 

 

『テンペストクェーク一着でゴールイン。三馬身差で逃げ切りました。勝ち時計は2.02.1。二着はアクレイム、三着はシャイニングスルーです。四着は……』

 

 

(うへ~疲れた……)

 

 

「何はともあれ、初勝利だ。よくやったよテンペスト」

 

 

(これで俺の強さも本物ってことだな)

 

 

なんだろう、疲れた顔をしているが、どことなく調子に乗っているように見えるのは気のせいだろうか。

 

 

「いろいろ課題があるレースだったが、とりあえず勝つことが出来てよかった」

 

 

いろいろ、ね……

 

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・・

 

 

『一着はテンペストクェーク。見事な逃げでした。続いて二着は……』

 

 

目の前で、自分の馬が勝利する。その瞬間の喜びを西崎は感じていた。

 

 

「私の馬が勝ったぞ~!」

 

 

いい大人が子供のようにはしゃいでいた。

 

 

「それにしてもボーのやつ、逃げ馬だったのか」

 

 

「馬群が嫌いってことなんですかねえ……」

 

 

二人はレース内容に少し思うところがあるのか、頭をひねっていた。

 

 

「まあ何はともあれ……」

 

 

「「「勝ててよかった~」」」

 

 

こうしてテンペストクェークの新馬戦は、勝利で終わった。

様々な課題を残しつつも……

 

 

 




彼の脚質は、逃げ「以外」です。
でも競馬初心者は大逃げが強い馬って感じちゃうよね。
私もそうでした……

レースの反省会は次回に

実際のレースのタイムはもう少し遅いですが、大逃げ馬の影響で展開が早くなってしまったと思ってください。


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馬、問題児になる

自分はスマホゲームはやらないと誓っているのでウマ娘はやっていません。
アニメ、漫画は読んでいますが……
なので、ジャンルをウマ娘にしませんでした。




12月12日(日)の中山競馬場5Rの新馬戦は、テンペストクェークが大逃げを行い勝利した。パドックでの奇行もあり、8番人気に甘んじていたものの、その予想を覆す結果であった。

最高のスタートを切って、そのまま先頭を走り、粘りきってのゴールであった。

生産者や、馬主、騎手などの関係者が集まっての記念撮影なども終わり、テンペストクェークは自分の馬房に戻っていた。鞍上の高森は騎乗予定があるため、この場所にはいなかった。

 

 

「大逃げを行ったんだ。しっかりとケアをしておかないとな。馬体の方に問題はあったかな?」

 

 

「今のところ特に問題はないようです。呼吸も落ち着いているので、肺にも影響はないと思います。ここでできる検査は限られていますが、大丈夫だと思います」

 

 

藤山調教師と厩務員の秋山がテンペストクェークをチェックしながら彼の体を気遣っていた。

 

 

「当初の想定とは異なる勝ち方だったが、こういうこともあるのが競馬だ。諸々の振り返りは後日にするとして、今日はしっかりと勝ちを喜びましょう」

 

 

自分の管理する馬が勝つ。これが調教師を含めたホースマンたちの最上の喜びでもあった。

 

 

 

 

次の日、テンペストクェークの馬主の西崎が藤山調教師の下に訪れていた。

西崎は、昨日は祝勝会だったようで、少々二日酔い気味だった。

 

 

「テンペストクェークを勝利に導いていただきありがとうございました」

 

 

島本牧場の二人は二日酔いに襲われながらも、朝早くの便で北海道に戻っていった。そのため、彼らの分も含めて藤山に感謝の気持ちを伝えていた。彼にとって初めて所有した馬が勝ったのである。当然といえば当然である。

 

 

「いえ、こちらこそ素質のある馬を預けていただき、ありがとうございます」

 

 

この会話も昨日さんざん行った会話である。新馬戦で馬が勝ち、こうやって喜びを爆発させる馬主の顔をみるのも楽しみの一つであった。

 

 

「彼の様子はどうでしょうか」

 

 

「さすがにレースが終わった後は疲れた様子でした。今も少し疲れた様子は見せていますが、概ねいつも通りですね。おそらく数日もすれば元の調子に戻ってくれると思います」

 

 

「それならよかったです。ケガも多い世界だと聞いているので、安心しました」

 

 

「体調管理については私共に任せてください。それで、次の目標ですが、昨日の新馬戦を勝った場合のプラン通りに行くことを計画しています」

 

 

調教師の仕事は、馬の調教プランを考えるだけではない。管理している馬の出走計画も考える必要がある。それもテンペストクェーク1頭ではなく、管理馬すべてである。最近は馬主の意向が強くなってきてはいるものの、藤山厩舎では、彼とスタッフたちが出走計画を練っているのである。

 

 

「私は素人ですので、プロのあなた方に任せます。次のレースはいつになりますか」

 

 

「本来であれば、1月の若駒ステークスに挑もうと考えていたんですが、少し昨日の走りが気になりましてね。もう一度陣営で再検討する予定です」

 

 

新馬戦を勝った馬は、条件戦(現在は1勝クラスなどと呼ばれている)に挑む。素質のあると感じた馬は、オープン戦や重賞に格上挑戦させることもある。当初予定していた若駒ステークスはオープン戦である。

 

 

「気になる?といいますと……」

 

 

「ああ、大逃げという戦法での勝ち方はあまり一般的ではないもので。まだ彼の脚質、レースの戦い方を見極めたいと思いましてね」

 

 

「なるほど、わかりました。私ももう少し勉強をしようと思います。今後も彼をよろしくお願いいたします」

 

 

彼が立ち去った後、藤山は今後のプランをどうするか再度考えていた。他に管理する馬がいる以上、テンペストクェークだけを贔屓することはできないが、それでも期待の一頭だけに、比重はどうしても重くなる。

 

 

「自分の管理する馬が勝ったのに、悩むとは。贅沢になったものだよ……」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

レースから幾日が立ち、俺はトレーニングを行う場所に戻っていた。

さすがにちょっと疲れた。

最初は自分の想定したペースで走っていたと思ったが、最後のコーナー付近でスピードが落ちていた。坂もきつかった。

ただ、俺より前を走る馬はいなかったな。

最初から先頭に立って、最後まで先頭で行く作戦は成功したといっていいだろう。

ただ俺の上に乗っている騎手が不気味なほど何もしなかったんだよなあ。

最初は前に行くなって感じで指示を受けたんだけど、それだと作戦が台無しになってしまうしあえて無視した。ちょっと申し訳なかったが。

そうしたらその後は何もされなかった。

鞭でバシバシしばかれるのかと思ったら、コーナーの終わりで一回、坂をのぼっているときに一回だけ優しく叩かれただけだったし。

まあぐいぐい来られる人よりマシかな。

 

あと、やっぱ俺って強いわ。

ちょっと想定より遅かったけど、これぐらいなら次のレースも勝てるかな。

いろいろと心配そうな顔を向けてくるけど、大丈夫だ。

俺に任せなさいな。

俺のことは俺が一番わかっているんだから。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「藤山先生。テンペストですが、やはり自分でペースを作ろうとしていました」

 

 

「最初の3ハロンが11秒台後半、中盤3ハロンが12秒台中盤、終盤が12秒ジャストくらいだったな。上がり3ハロンは36.1か。終盤あまり加速はしていなかったのはスタミナ切れかな?」

 

 

「確かに第四コーナー付近で少しスピードが緩んだんですが、坂でまた加速しました。ただ、最後の100メートル付近で少し力を緩めていましたね」

 

 

勝ち時計が2.02.1であった。このタイムは新馬戦では速いタイムではあるが、異常な速さではない。ただ彼の大逃げのせいで、他の馬もペースを上げてしまったようで、全体的に早い展開のレースになってしまった。逃げ・先行の馬もスタミナが切れかかっていたし差し・追込の馬も最後の加速が鈍っていた。

 

 

「うーん、逃げ気質だったのか?調教では全く気づけなかったが……」

 

 

「確かに最終追い切りで自分が乗ったときもペースを守ろうとするところはありました」

 

 

調教を見ていて、優れたスピードは間違いなく父や祖父から受け継いでいることがわかった。また、一気に加速する瞬発力も明らかに他の馬より抜きんでている。それに人に従順だから、騎手がペースを把握して、先行待機策や後方待機策のどちらもいけると踏んでいた。

 

 

「調教で他の馬と併走するときは追い抜くタイミングなんかはしっかりと指示に従ってくれていたんだが」

 

 

「少し思ったんですが、彼は自分で考える能力が高すぎるのだと思います。今までのエピソードを聞いていると、結構彼はプライドが高いことがわかります。真面目で大人しいのは確かなんですが、想像以上に頑固です」

 

 

「手を抜くというより自分に絶対の自信があるということか」

 

 

「先頭に立って加速し始めたときには一度スピードを緩めるように指示したんですが、聞いてくれませんでしたね。多分ですが、彼は大逃げで勝つように最初から考えて、それを実行したんだと思います。だから、作戦外の走りをさせようとした私の指示を無視したのだと思います」

 

 

「自己管理能力が高いと思っていたがそこまでとは」

 

 

「しかし、先生もお気づきになっているとは思いますが、中盤にペースが落ちていたり、終盤でスピードが鈍っているのを見ると、自分の想定に自分の体がついていかなかったのだと思います」

 

 

「次は若駒ステークスを予定していたが、条件戦に変えたほうがいいかもしれないな」

 

 

「おそらく今のままでも勝てると思いますが、彼に彼の本当の力を教える必要があります」

 

 

テンペストクェークは馬とは思えないほどの賢さを持っている。それは人間の魂がインストールされているからである。

しかし人間の賢さがインストールされていても、彼に「競馬」の賢さはインストールされていないのである。

なので、彼は「ゴールで自分の体力が尽きるくらいのペースで走れば勝てるよね」という結論で走っている。案外自分の体というものは自分では理解できないものなのである。

 

 

「今の話を聞く限り、坂路や併走なんかの実際に走る調教をただの体力トレーニングとしか思っていないのかもしれんな。それに本当の意味で人間を信頼していないのかもしれん」

 

 

「信頼していないというより、自分のことは自分で何とかするものだと思い込んでいる可能性があります。だからこそ「頑固」な性格なんだと思います」

 

 

ここまで自己を確立してしまっている2歳馬を見るのは初めてであった。

そして、藤山調教師は、この無駄に高い知能をどうやって制御し、競馬はタイムアタックではなく、「競争」であることを教えることが出来るのかを考えるのであった。

 




因みに当初の想定で若駒Sに行った場合、同期の怪物にわからされます。


話のストックはここまでです。


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馬、慢心する

2005年1月1日

2004年が終わり、テンペストクェークの3歳クラシック期が始まった。

世間は年始の休日である。

しかし、ホースマンたちに年末年始はない(因みに休日がないわけではない)。

馬という生き物に年末年始など関係ないのだ。

 

藤山調教師は、今年こそ、うちの厩舎からG1馬を輩出したいと考えていた。いつもは、あくまで理想として掲げた目標であったが、今年は現実味のある目標でもあった。

 

テンペストクェークという素質馬を管理することが出来ているからだ。

ただ、その馬には少し問題があった。

 

気性は真面目だ。体調が悪いとかそういう理由以外で拒否することはない。

それに普段の性格も穏やかだ。厩務員や調教師、調教助手、騎手を蹴ることも噛みつくこともない。他の馬に自分から絡みに行くことはない。ゼンノロブロイとの一件はいったい何だったのだろうかと思うぐらいだ。

ただ、プライドが高い。そして自分が大好きだ。人間で例えるなら究極のナルシストといったところだ。あと頑固である。

 

 

「次のレースはどうするか。オープンの若駒Sでも行けると思ったんだがなあ……」

 

 

「調教では我々の指示に従うので、本番でどうやって彼を御するかですね」

 

 

藤山や調教助手たちスタッフが頭を悩ませている。

 

 

「騎手の問題ってわけではないのが逆に面倒でもある。多分アレはリーディングジョッキーの指示でも従わないと思うな」

 

 

実際、調教や新馬戦を見ていた一部の騎手から、機会があれば乗せてほしいという要望もある。大きなミスをしていないのに、騎手を替えるのはさすがに信義則に反するため、今のところ替えるつもりはない。

勿論騎手と馬の相性というのもあるため、一人の騎手にこだわらないという考えもあるが、彼の場合は、誰が乗っても同じになりそうなのである。

 

 

「そして、栗東に現れた超新星か……」

 

 

彼を悩ませるのはテンペストだけではない。

ここにきて、2歳重賞戦線を戦った馬ではなく、12月の中旬にデビューした馬が輝きを放っていたのである。

 

 

「新馬戦だけでは何とも言えん。ただ、血統、生産牧場、調教師、騎手、馬主の布陣が完璧だ」

 

 

近年の日本競馬の集大成ともいえる圧倒的な陣営であった。

それが新馬戦を圧勝したという話、そして騎手や調教師の隠しきれない期待感は美浦にまで伝わっている。

 

 

「ただ、次の走りを見ないと何とも言えないな。一戦だけ圧倒的であとはダメ、なんて馬はいくらでもいる」

 

 

希望的観測で放った言葉は、テンペストクェークを出走させようとしていた若駒ステークスで打ち砕かれることになる。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。今日もしっかりトレーニング中である。

前のレースで最後少しばててきたので、しっかりとトレーニングをする必要がある。

プール、よし!

坂道、よし!

朝のトレーニングを終えたあとは、ゆったりと過ごすことになる。

食って寝て運動する。これぞ健康習慣なのである。

 

 

「テンペスト、久しぶり」

 

 

自分の部屋で飯を食っていると、見知った顔の人間が俺に声をかけてきた。

おお~俺の上の人。わかりにくいのでこれからは騎手君とよぼう。

 

 

【なにかようか】

 

 

部屋の外に頭と首を出して、人間の顔をなめてやる。

ほれほれ~

 

 

「相変わらず人には懐っこいなあ」

 

 

撫でるのがうまくなったじゃないか。

もっと頼むぞ~

 

 

「次は条件戦か。こいつの能力なら、前と同じように逃げても勝てるとは思う。だけど果たしてあの馬に勝てるのか……」

 

 

うーん。なんか思い悩んでいるようだな。

最近他の人間もうんうん唸っているようだし、何かあったのかな?(←君とディープのせいです)

 

 

「俺もしっかりお前を導くからさ、だから俺を信用してほしい」

 

 

俺の顔を撫でながら騎手君が話しかける。

任せておけ。次も俺がお前を勝たせてやる。

俺は強いからな。

 

 

【任せろ!】

 

 

ふんふんと嘶き、彼の思いに応える。

 

 

「いまいち伝わっていないような気がするなあ……」

 

 

意外と表情が豊かなテンペストを見ながら彼は嘆いていた。

 

 

こうして絶妙にかみ合っていない二人は、1月30日東京競馬場第9Rセントポーリア賞に出走することになった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

1月30日、晴れた天候の中、東京競馬場ではそれなりの人が競馬を楽しんでいた。

競馬場内で二人の男が話し合っていた。

 

 

「西崎オーナー、今年のクラシックを獲るのはかなり難しいと思います」

 

 

「クラシックといいますと、皐月賞、日本ダービー、菊花賞ですよね」

 

 

「その通りです。テンペストクェークは弥生賞から皐月賞、日本ダービーの王道路線を検討していました。ただ、菊花賞は距離が長すぎるので出走する計画は立てていませんでしたが」

 

 

軽々しくダービーを獲りたいなどというものではない。しかし、素質のある馬を見たら言わずにいられないのである。

 

 

「それで、獲るのが難しいというのは?」

 

 

「ちょっとヤバい馬がクラシック戦線に殴りこんでくることが予想されます」

 

 

彼が順当に勝ち進んだ場合のプランも藤山は用意していた。大半の馬は計画通りに走ることはないが、テンペストクェークはそれが狙えると思っていたのである。

 

 

「ヤバい馬って、もしかしてディープインパクトですか?」

 

 

すでに競馬関係者の中では話題となっていた栗東の超新星。名前のように、競馬界に深き衝撃を与え始めていた。

 

 

「確かに若駒ステークスの走りは凄かったですね。素人目でも強いなあって思いましたもの。やっぱり先生の目から見てもすごいのですか?」

 

 

「ナリタブライアンクラスの馬だと思ってください」

 

 

さすがの西崎もナリタブライアンは知っていた。ものすごく強い馬だったと父から聞いたことがある。

 

 

「正直、今のテンペストクェークでは、勝利はかなり難しいです。幸い、彼は短い距離も問題なくいけます。NHKマイルカップを目指してもいいかもしれません」

 

 

3歳G1は皐月賞、東京優駿、菊花賞のほかにNHKマイルカップという1600mのレースがある。さすがにそこにはディープインパクトは出走しないだろうと思っている。むろん短距離路線にも猛者たちが待ち構えているため、決して楽な道ではない。要するにディープインパクトから逃げるということである。

 

 

「うーん。藤山先生や他の皆さんはどうお考えで?」

 

 

オーナーの質問に、藤山は素直に答える。

 

 

「皐月賞、そして日本ダービーを獲りたいと考えています。競馬に携わる人間で、日本ダービーを目指さない人はいません。ただ、勝つためには、数多くの問題を解決する必要があります」

 

 

折り合いの問題、距離の問題、そして最強のライバルの存在。

解決すべきことは多い。だが、それを乗り越えるためにいるのが調教師の役割でもある。

テンペストクェークが生粋のスプリンターやマイラーなら諦めがつく。しかし彼は中距離までなら十分走れる能力があるため、諦めたくないという気持ちが生まれているのであった。

ただし、テンペストクェークの所有者は西崎である。自分を信頼してくれているとはいえ、彼の意見を聞く必要があった。

 

 

「でしたら、あなた方の思うようにお願いいたします。それに皐月賞や日本ダービーを走るテンペストクェークの姿を私も見たいです」

 

 

「オーナー、ありがとうございます」

 

 

「いえいえ、だって藤山先生、最初から諦めるつもりなんてなかったでしょう。顔にかいてありましたもの。さすがの私でもわかりますよ」

 

 

苦笑して指摘されたため、藤山は、そんなにわかりやすい表情をしているのかと顔をさする。

 

 

「これはお恥ずかしい……」

 

 

二人は笑い合う。時計を見るとそろそろ準備をし始める時間であった。

 

 

「さて、そろそろ私は席の方に行こうと思います。今日はよろしくお願いしますね」

 

 

「勝利できるように最善を尽くします」

 

 

こうしてテンペストクェークは王道路線に突き進むことになった。

 

 

 

 

第11Rのメインレース、東京新聞杯を見るために、それなりの人が東京競馬場を訪れていた。テンペストクェークの走る第9Rも、そこそこの人が観客として観戦していた。

彼の人気は2番人気であった。今日はパドックでは大人しくしていたため、順当に人気を上げていたのであった。因みに一番人気はニューヨークカフェである。

ファンファーレがなり、ゲートインが始まり、各馬がゲートに入っていく。

テンペストクェークも問題なく入り、出走を待っていた。

 

 

『大外カンペキがゲートに入りまして、態勢完了……スタートしました。勢いよく飛び出たのは7番テンペストクェーク。新馬戦に続いて逃げに入ります。後続は内から14番コクサイトップラヴ、コパノスイジンが続きます……』

 

 

『……向こう正面先頭に立ったのはテンペストクェーク。逃げていきます……』

 

 

『……第三コーナーを曲がって先頭は依然としてテンペストクェーク、後続に5馬身差をつけています、後続は……』

 

 

『……早いペースとなっております。先頭が残り600メートルを通過、第四コーナーから直線に入ります。テンペストクェークは依然として先頭。後続も追い上げるが、差がなかなか縮まらない。テンペストクェークそのままゴールイン。一馬身半でエイシンサリヴァン、三着は……』

 

 

『……勝ち時計は1.47.8です。これでテンペストクェークは2連勝。二戦とも逃げで勝利しました……』

 

 

テンペストクェークは無事、条件戦を勝ちぬいたのであった。

騎手の高森は、やっぱり彼は強いなと思っていた。

 

 

「やっぱり逃げでも十分強い。この辺の馬では倒せないな」

 

 

(今日も11秒後半でずっと走ってた。おそらくこのラップが自分の体力に釣り合うスピードだと理解しているんだな。前回よりタイムが安定している)

 

 

(ラスト後続の馬があんなに追い上げて来ても焦りもしなかった。やはり絶対の自信があるんだな)

 

 

(ただな、今日は一馬身半まで縮められた。やはり最後の最後で少し失速する。差しや追い込みで強い馬は、前にいる馬を全力で捉えに来る。この程度の「逃げ」では間違いなくG1級の馬に捉えられるだろうな)

 

 

「次はおそらく皐月賞のトライアルレースだ。お前が戦った馬よりはるかに強い馬が来るぞ」

 

 

勝利の余韻を感じつつも、次の激闘を予感していた高森であった。

 

 

(やった!勝ったぜ!やっぱ俺って天才だな~)

 

 

一方、馬の方は浮かれていた。

 

 

 

 

 




次回、テンペストクェーク、衝撃に出会う。

弥生賞→皐月賞って王道だと思っていたんですが、2012年にシロイアレことゴールドシップが共同通信杯→皐月賞で買ってから弥生賞→皐月賞を勝った馬っていないんですよね。


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馬、強敵と出会う

感想並びに誤字脱字の報告、誠にありがとうございました。


第十話

 

 

2005年、競馬界は久しぶりに沸いていた。

昨年はゼンノロブロイが天皇賞・秋、ジャパン・カップ、有馬記念を連勝したが、圧倒的な人気があるとはいえなかった。

競馬人気も少し陰りが見えつつある状況で、1頭のサラブレッドが強烈な輝きを放っていた。

新馬戦、若駒ステークスの2戦を圧勝したディープインパクトである。この馬の可能性に、気の早い人などは、未来の三冠馬などともてはやしていた。

これに待ったをかけるのが、朝日杯FSを勝利したマイネルレコルトを中心とした2歳戦線を戦ってきた馬たちである。

それらの有力馬が一堂に集結するのが皐月賞である。しかし、その前哨戦となる弥生賞にもクラシック戦線有力馬が集まることも多い。すでにディープインパクト、マイネルレコルト、アドマイヤジャパンが出走を予定している。

テンペストクェークも弥生賞に向けて調整を行っていた。新馬戦と条件戦の2戦だけであるので、クラシックの本命とは評価されていなかった。しかし、血統が面白いため、応援している競馬ファンは多いようである。

 

さあ、激闘の2005年春が始まる。

 

 

 

2005年3月

美浦トレセンの藤山厩舎では、テンペストクェークの弥生賞に向けての調整が行われていた。

 

 

「併せ馬の調子は良好でした。この調子なら、弥生賞も問題なく走れると思います」

 

 

「わかりました。追い切りでも確認してみます」

 

 

調教助手と騎手の高森がテンペストクェークの調子を確認していた。

そこに藤山調教師が加わり、弥生賞のことを話し始めた。

 

「やっぱり調教だと従うんですね……」

 

 

「本番になると意固地になってしまうのかもしれませんね。調教そのものは順調です」

 

 

調教タイムもいい。そして、余裕も見せている。ただ、藤山が考えている勝ち方でないことが懸念点であった。ただ、相手は馬である。人間の想定することなど、彼らにとっては関係ないことである。

 

 

「私も彼の脚質がわからなくなってしまいました」

 

 

おかしいなあと藤山は嘆く。

関係者は少なくとも本質は「逃げ」ではないと考えている。優秀なスピードと抜群のスタートがあるので、十分強いが、彼の本質ではないのである。

実際に彼は後ろレース中盤で後続の馬が近づいてくるとスピードを上げてしまう癖がある。それにラストでやや失速してしまう癖もあるため、G1級の逃げができるとは思えないのである。今のままでも一流の馬にはなれるだろうとは考えていた。ただミホノブルボンやサイレンススズカ級の馬になれるとは思えなかったのである。

本来の走りは末脚を活かす戦法が向いているはずであると考えていた。初期の調教で、追う馬を行っていた。その際に、オープン馬を先行させ、走らせていた。走り方やスピードを模倣させたり、強い馬を目標にさせるためである。その際に、最後の2Fで一気に加速して、あっという間に先行馬を置いて行ってしまったことがあった(1秒近く先着していた)。

乗っていた調教助手は、振り落とされそうになったと回想していた。

この走りをしてほしいと、強めの調教をする日には追い越しの調教をしているのだが、なぜか彼は本番の競馬では逃げしかしないのである。

賢いといっても馬なんだなあと調教師たちは考えていた。というより、賢い馬は調教師や騎手の言うことをよく聞くので、彼はある意味でバカなのではないかとも考えていた。

彼がこのことを聞けば、憤慨するであろうが、彼に競馬脳はインストールされていないので、競馬に関してはバカであることに間違いはないのである。

 

 

「弥生賞ではできれば彼の末脚を見たいので、中団あたりで控えることが出来ればそれで行ってくれ」

 

 

「わかりました。しかし、拒否された場合は今まで通りに行きますか?」

 

 

「今回は少し強めに指示してもらってもいいかな。それでもだめならいつも通りで」

 

 

さすがにレース中に喧嘩をされても困るので、ある程度のラインを決めることにしたのである。

 

 

「それで頼むよ。ただし、無理だけはさせないでくれ。西崎オーナーもこれだけはよく言ってくるのでね」

 

 

「わかりました」

 

 

去っていく騎手を見ながら、藤山は弥生賞のことを考えていた。

マイネルレコルトやアドマイヤジャパンも強い。重賞を勝ち、実績もある。しかし、2戦しかしていないディープインパクトに世間の注目は集まっている。

天才とも言われた騎手がべた褒めしているというのも注目される要因だろう。

 

 

「おそらく追い込みで来るだろう。果たして逃げ粘ることが出来るのか……」

 

 

スローペースでは確実に捉えられるだろう。かといってハイペースでスタミナをつぶそうにも、アレはおそらく全く関係なく猛烈な追い込みでばてた逃げ馬、先行馬をとらえるだろう。

 

 

「あれ?どうやって勝てばいいんだ?」

 

 

藤山順平は悩み続けたが、答えは出なかった。

 

 

 

栗東トレセンのとある厩舎

メジロマックイーンを中心に名馬を送り出したベテラン調教師の下で、1頭のサラブレッドが戦いに向けて調教を受けていた。

 

 

「競馬に絶対はない。だが彼を負かすことが出来る馬は……」

 

 

マイネルレコルトやアドマイヤジャパンなどの有力馬のデータを確認しながら彼を負かす可能性のある馬を検討する。すでに彼だけでなくスタッフ全員が何度も検討を重ねている。しかし競馬に絶対はないという言葉の通り、「万が一」、起こりそうな要素を探し出していた。

 

 

「テンペストクェーク、2戦を逃げ勝ち。調教も悪くない。血統的にはマイルが主戦場か?いや、2000メートルも走っている。十分中山も走ってくるだろう。2戦とも逃げ切り勝ちか。騎手は……高森君か。彼もあの事故がなければなあ……」

 

 

このときのテンペストクェークについて、ディープインパクトの調教師は、「注意すべき馬の一頭」だったと後に話している。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

先日、トラックに乗せられて、競馬場に運ばれた。

このトラックは意外と快適なので、うとうとしていたら、すぐに到着してしまった。

 

この競馬場に備え付けられた俺の部屋も意外と快適で、しっかりと人間にお世話をしてもらっている。最近調子がいいので、ウキウキ気分であった。

ただ、さすがにレース前なため、いっぱい食べることが出来ないので、その点は少し不満である。

まあ走る前にバカ食いはしないよなと納得しているので文句は言わない。

ところでこの建物、他の馬も結構入っていたりする。まあいつもの場所にもたくさん馬がいるのでそこまでストレスにはならないが、俺にちょっかいをかけてくる奴もいるので、そういう奴は基本的に無視している。

 

そんなこんなで過ごしていると、やけに人の集まっている部屋があった。

 

 

【頑張るぜ】

 

 

ちょっとよく見えないが、なんかやけにちやほやされている。

きっとあの馬も俺と同じように人間に愛されているのだろう。一緒に走るかはわからんが、あの馬に期待した人を裏切らせてしまうのはちょっと悲しいなあ。だってレースに勝つのは俺だからだ。

 

(因みにこのナルシストが同情した馬は、鹿毛でちょっと小柄で、額に小さな白い流星のある馬である)

 

 

「うーん。普段は結構イケメンなんだけど、たまに変な顔をするんだよなあ……何考えてるんだろう」

 

 

俺の世話をしている人間がなんか言っているみたいだ。ちょっと馬鹿にされた気がするので、服を引っ張ってやる。

 

 

「って、やめてくれ」

 

 

俺の首元を撫でてきたので、やめてやる。

 

 

「うーん人の言葉がわかっているのかなあ……」

 

 

いつがレースの時間がわからんから、横になってゆっくりしていよう……

 

そしてぼーっと過ごしていたら、見知った人間がたくさん俺の部屋の前にきて、俺を外に連れ出した。

そろそろレースかな。

 

 

背中に色々つけられて、いつものぐるぐる回る広場に出ると、今までとは比べ物にならないほどの人がいた。というかちょっと寒いな。馬には問題ない気温だけど人間は寒そうにしてる。騎手君はあんな寒そうな格好で大丈夫なのかねえ。

 

いつものようにグルグルと同じ場所を回っていると、やけに人間の視線を集めている馬がいることに気づいた。

そこにいたのは小柄な馬であった。

ただ、俺は黒い馬と初めて立った時と同じようなオーラをあの馬から感じたのである。そして、他にも強そうな馬は何頭もいた。

今まで戦ってきた馬とはレベルが違う。

そう確信した。

だが、勝つのは俺だ。

 

しばらくすると、騎手君がやってきた。相変わらず寒そうな格好だな。

俺のモフモフで温まってもいいんやで。

 

 

「よろしく頼むよ。テンペスト」

 

 

【任せなさい】

 

 

「ハハッ、やっぱ賢いなあ……」

 

 

さあまいりましょうぞ

歩いて競馬場の芝の上に入ると、曇天が広がっていた。観客席にはかなりの人がいた。歓声も聞こえる。

俺はウォーミングアップを兼ねてしっかりと走ってゲートの方に向かった。

 

 

2005年3月6日 第42回報知杯弥生賞(G2)

芝・右・2000m/天候:曇/芝:良

 

『中山競馬場ですが、天候は雲、気温は非常に寒くなっております』

『前走、若駒Sから約2か月、ディープインパクトが関東にやってきました。皐月賞トライアルレース、第42回報知杯弥生賞には、ディープインパクトのほかに2歳王者マイネルレコルト、京成杯を勝ったアドマイヤジャパンなど、これが皐月賞といっても過言ではないメンバーが集まっております』

『確かにいいメンツが集まってますね。ただ、ディープインパクトが圧倒的な一番人気なんですよね。2番3番人気も先ほど紹介してもらった馬ですし、大番狂わせが起こる可能性はあまり大きくはないかなと思います。人気がすべてではないですが、2戦でここまで人を魅了する馬というのも久しぶりに見た気がします』

『そろそろスタートですが、気になる馬はいますか』

『上位馬以外ですとテンペストクェークが結構いい感じだと思うんですよね。調教のタイムもいいし、パドックでも集中している。風穴を空けてくれるかもしれません』

『7枠8番のテンペストクェークですね。期待してみていきましょう』

 

 

出走を伝える音楽が聞こえる。たしかファンファーレといったか

これもいつもと違う音色だった。

どんどんと馬がゲートの中に入っていき、人間に引かれてゲートの中に入った。

 

 

【はやく、はやく】

 

 

【でたい、せまい】

 

 

自分はそうでもないが、やっぱりゲートが嫌な奴もいるようである。

 

 

『大外のディープインパクトが入りました。皐月の夢へつながる大事なレース。弥生賞スタートです』

 

 

ゲートが開く音と同時に、一気に飛び出す。

スタートダッシュは俺の得意分野だぜ。

 

 

『いいスタートを切ったのはやはりテンペストクェーク。ディープインパクトもいいスタートです。そのままテンペストクェーク先頭、ダイワキングコンが追走します……』

 

 

観客席の前を走ると、大きな歓声が聞こえる。やっぱり人が多い。これは相当に大きなレースなんだろう。

 

前でいつものように走ろうとすると、騎手君が俺に減速するように指示してくる。

うーん、でも今までもこのペースで勝ってきたし、大丈夫だって。それに今日は相手も強そうだし、レースの規模も大きいみたいだから、いつもより早めのペースで走るから。

 

 

「やっぱりだめか……頼む、一度でいいから俺を信用してくれ」

 

 

ああもう、大丈夫だって。俺の強さを信じてくれ。

 

 

「クソっ、おれはリュックかよ……」

 

 

この時点で俺は先頭に立っているが、意外とすぐ後ろに馬がついてきていた。もう少し早めのペースでもいいのかな。

 

 

『……ディープインパクトは後方3番手でゴール版を通過しています。かなり早い時計が出ています……』

 

 

コーナーを曲がっていく。くそ、後ろのやつらも結構速い。もっと速く走らないと。

 

 

「加速した?これ以上は後半持たなくなるぞ」

 

 

騎手君が俺を止めようとする。

でも、他の馬は強そうなやつが多いし、今速く走っておかないとヤバい気がする。

 

 

『……ここでマイネルレコルトが3番手に上がりました。その後方にアドマイヤジャパンがいます。ディープインパクトは後方2番手……』

 

 

直線を走り、次のコーナーに入っていく。コーナーで外に膨らんでいかないようにして走らないとな。

結構難しい。

 

 

『テンペストクェークが逃げていく逃げていく。残り800通過が1.11.5となっております。大逃げです。後続に10馬身以上差を広げています。これは持つのでしょうか……』

 

 

「ヤバい、ちょっと早いぞテンペスト」

 

 

後ろの馬がやけに遠くに見える。

あれ?早いのか?あれ?

俺は混乱していた。12秒くらいで走っていたはずなんだが……

慌てて、俺はペースを緩めた。

 

 

『……2番手ダイワキングコン、その後ろにマイネルレコルト、アドマイヤジャパンが続きます。ディープインパクトは、おおっとディープインパクトが上がってきた。残り600から上がってきました……』

 

 

コーナーを曲がり、直線にはいる。

疲れてきた。最初に飛ばしすぎた。

あともう少しだ……

 

 

『コーナーを曲がりながらディープインパクトが大外から上がってきた。先頭はテンペストクェーク。まだ6馬身以上あります。これは届くのでしょうか。かなりのハイペースです』

 

 

「来たぞ!テンペスト。もう少し頑張れ」

 

 

確かこのコースはゴール前に坂があるんだった。ここで最後に粘り切るぞ。

後ろからどんどんと馬が迫ってくるのを確認しながら俺は走り続けた。

 

 

『大外からディープインパクト、マイネルレコルトも上がってくる。テンペストクェークも粘る粘る。内からはアドマイヤジャパンも伸びてきた……』

 

 

くそ、脚が鈍り始めた。中盤に速く走りすぎたか。それでも、これなら勝てる!

そう思った瞬間、おれの左側から、猛スピードで馬が抜き去っていった。

 

 

『……ディープインパクト捉えた、内からアドマイヤジャパンも並ぶ。ディープインパクト抜けた抜けた!そのままゴールイン!』

 

 

そして俺は、右から来た馬と並んでゴール板を駆け抜けた。俺の左にも馬がいたので、俺は2位か3位か4位かもしれん。

ただ、初めて負けたことは事実であった。

 

 

『ディープインパクトが勝った。大逃げ馬をとらえても勝利。衝撃の3連勝だ!!!』

 

 

『勝ち時計は2.01.2。非常に早いレース展開となりました。2着から4着は接戦でした。写真判定をしばらくお待ちください』

 

 

勝った馬をたたえる声が聞こえた。歓声も受けている。

息も絶え絶えになりながら、俺は芝のレース場を後にした。

くそっ……

 

 

 

 

騎手の心、馬知らず。

当たり前である。しかし、人間をインストールしているのにこれでいいのかテンペストクェーク。

覚醒への鍵は意外とすぐそばにあったりするものである。

 

 

 

 

弥生賞後の藤山調教師への取材

 

 

「いい走りはしてくれたと思います。初めての重賞で2着ですからね。接戦を拾えたのは本当に良かったと思います。調教でもいいタイムを出していたので、入着以上は期待していました」

「大逃げは……ノーコメントで」

「今後の予定ですが、皐月賞に向かいます。ただし、体調も考えて判断していきます。今後も彼の応援をお願いします」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




私はディープインパクトが現役のころは学生だったので、彼の走りを生で見ることはありませんでした。
しかし弥生賞は馬身差があまりないなあと思ったら、馬なりで走っていたんですね……


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馬、負けを知る

第11話

 

2005年3月

弥生賞を終えた藤山厩舎では、無事に馬が帰ってきたことを安堵しつつ、皐月賞への準備が始められていた。

 

 

「それにしても、うちの先生は、よく3戦だけで皐月賞に出ようと考えられましたね。賞金的に弥生賞で優先出走権を確保していなかったら出られなかったんじゃないんですかね」

 

 

用事で厩舎に訪れていた騎手の高森が、テンペストクェークの担当厩務員の秋山に問いかける。

ディープインパクトが勝利した第42回報知杯弥生賞では、テンペストクェークはハナ差で2着となった。2着から4着まで同タイムであり、僅差での勝利であった。

 

 

「それだけテンペストに期待していたってことでしょうね。新馬戦の後は、オープン戦や共同通信杯や京成杯のような重賞にも出す予定だったみたいです。ただ、騎手の指示に従わないという状態だったから、セントポーリア賞に変えたみたいです」

 

 

「そうなんですね。でも、トライアルレースは他にもありますし、ディープインパクトと当たる弥生賞に行かなくてもよかったのでは?」

 

 

トライアルレースはスプリングカップや若葉ステークスなどがある。わざわざ弥生賞というリスクある決断をする必要があったのかが気になっていた。もちろん他のトライアルレースにも強豪はいるので絶対に安全というわけではない。

 

 

「そうなんですよね。ただその辺りは自分にはよくわかりませんでした。馬の成長のためとしか言わないもので……オーナーの方が納得しているみたいなので、問題はないかと思いますけどね」

 

 

「馬のため、ですか……そういえばテンペストの調子はどうですか?」

 

 

弥生賞が終わり、美浦トレセンに戻ったテンペストクェークは、疲れをいやしながら、次のレースに向けた調整を行っていた。

 

 

「体調や疲労は回復したようですね。調教も始めてますし、皐月賞も大丈夫だと思います。ただ……」

 

 

「やっぱり落ち込んでいますか」

 

 

「はい。彼は結構大食いなんですけど、しばらく食べようともしませんでしたからね」

 

 

弥生賞が終わった後はずっと馬房の隅でいじけていたし、しばらくご飯を食べようともしなかったらしく、大柄で立派な馬体は見事にガレてしまっていた。

ただ、数日後にはよく食べるようになり、体つきは元に戻りつつあるので安心であった。

また、馬体が大きいので、脚部へのダメージも細心の注意が払われていたが、特に問題はなかったようである。

 

 

「まあプライドの高い馬でしたからね。初めて負けたみたいなものですし」

 

 

「馬ってそんなに勝ち負け意識してましたっけ?」

 

 

勝つのも負けるのも人間の理論である。最後尾を走ってもケロッとしている馬もいるし、一番に駆け抜けても疲れたから早く帰りたいと駄々をこねる馬もいる。ご褒美をもらいたいがゆえに頑張る現金な馬もいたりするので、馬の性格によるともいえる。ただ、負け続けると負け癖が付く馬もいるし、一頭の馬に負け続けると、走る気をなくしてしまう馬もいる。併せ馬や出走するレースを考える際に意外と相性なども考えている。

ただ、負けを意識し、人間のようにはっきりと落ち込むという馬はあまり聞いたことがなかった。やはりかなり賢い馬だとこういうこともあるのだろうかと考えていた。

 

 

「聞けば、彼は生まれた牧場でも育成牧場でも基本的にちやほやされて甘やかされて育ったみたいですからね。馴致も早く、同世代よりも早い。それに基本的には人に従順で真面目。そりゃあ可愛がられますよ。実際うちの厩舎でも調教のとき以外は、蝶よ花よと可愛がられてますし」

 

 

「なんというか感性が人間らしいというか。賢いところもそうだけど、どことなく人間っぽいところがあるんだよなあ……」

 

 

「中に人間でも入っているんじゃないですか?」

 

 

高森たちは冗談を言いながら笑っていた。

テンペストには人間の魂がインストールされているので彼の指摘は間違いではない。

 

 

二人が馬房の近くによると、見慣れた鹿毛の馬がこちらを見ていた。

 

 

「元気にしているか~」

 

 

首元を撫でてやると、嬉しそうに嘶く。

こういうところは可愛いんだよなあと思いながら、彼の馬体を自分の目でもチェックする。

 

 

「負けていじけるなんて可愛いところもあるじゃないか~」

 

 

そういってすりすりと撫でると、耳が絞られ、不機嫌になった。

その瞬間、高森の服にかじりついたのである。

 

 

「……やっぱこいつ人間の言葉わかってません?」

 

 

「どうなんでしょうね……」

 

 

ごめんごめんと謝りながら撫でてやると服を放して、馬房の奥に引っ込んでいった。

二人はしばらく彼の話題で盛り上がっていた。

 

 

 

 

「皐月賞はディープ一択って雰囲気ですね」

 

 

「新聞を見ればよくわかるさ。それにしてもJRAがやけに張り切っているな」

 

 

東京のとある個室料理屋で藤山と西崎が話していた。こうして馬主とコミュニケーションをとるのも調教師の仕事の一つである。

広げられた新聞にはディープインパクトの記事が一面に記載されていた。

 

 

「テンペストの様子はどうですか?」

 

 

「今のところは順調ですね。弥生賞の疲労も抜けましたし、脚部等にダメージもありませんでした。これならしっかりと走れると思います」

 

 

「それならよかったです。初めての馬がG1レースに出れるなんて本当にありがたいです」

 

 

そういえばオーナーはテンペストクェークが初めての所有馬だったんだなと思いながら話していた。血統も微妙、写真を見たが、見栄えも微妙、生産牧場も大手ではない。そんな馬を初めてでよく買ったなと思っていた。

安い馬や血統が魅力的ではない馬が名馬になった事は普通にある。しかし、あくまで例外であって、価格が高い馬や良血統の馬の方が、走ってくれる可能性は高いのである(数億の馬が走らないというのもざらにあるのが競馬の恐ろしくも面白いところではある)。

 

 

「聞いていませんでしたが、テンペストを買おうって決めた根拠はあるんですか」

 

 

「直感ですね。とりあえず一頭いい馬はいないかなと探していて、父がお世話になっていた島本牧場に行ってみたんですよ。そうしたら楽しそうに走ったりジャンプしたりしている彼がいたんですよね。それで、この馬がいいと思って、気が付いたら買ってました」

 

 

「なんというかオカルトチックですねえ」

 

 

「まあ、こういうのはこれっきりにしたいと思いますね」

 

 

馬主としては順風満帆なスタートを切った西崎だが、父のこともあり、厳しい世界であることも自覚していた。

 

 

「それで、テンペストは皐月賞を勝てますか?」

 

 

「直球ですねえ……正直に話しますと、かなり難しいですね。ディープインパクトが強すぎます」

 

 

「そうですか……弥生賞だと結構肉薄はしていたと思いますが……」

 

 

「それなんですけど、最後のスパートで一回も鞭を入れてないんですよね。終わった後もケロリとしてましたし」

 

 

さすがに皐月賞では本気で走ってくるだろうから、それを加味しておかなければらないと考えていた。

 

 

「スパートが掛かると、まったく失速しないですし、そのまま延々に加速していくような気がします。スタミナもありそうなので、ハイペースな展開でも容赦なく上がり3F最速をたたき出せると思います。追込なので、マークや包囲はできませんし、勝ち方がわからないです。」

 

 

「なんか勝てるビジョンがますます見えないのですが……」

 

 

「テンペストもいい末脚を持っていると思いますが、実戦で見せたことがないので未知数です。ただ、勝ちにはいきます。それに彼も本気になったみたいなので......」

 

「本気になった、というと?」

 

 

意味深なことをつぶやく藤山に西崎が食いつく。

 

 

「調教を終えたがらなくなったんですよね。もちろんケガが怖いので、スパルタ特訓のような調教はしていませんが。走らせろ、走らせろと催促してくるみたいでね。苦手だったプール調教も嫌な顔せずに行ってますし、負けたことが相当悔しかったみたいですね」

 

 

こういう負けん気の強さを持っていたのは幸いであった。

藤山は、テンペストクェークは賢いし、人の言うことは聞く真面目な性格であることは認めていた。ただ、レースになると騎手の指示を全く聞かないため、プライドが高い性格であるとも思っていた。バカだから指示に従うのではなく、賢すぎるから指示に従わないのではと考えていた。

実際は、彼は、自分のことは自分が一番理解しているという傲慢さがゆえに騎手の指示に従わないのである。なぜ、この道20年近く騎手をやっている人間よりうまくレースができると思うのだろうか。なぜ、何十年も馬を見続けてきた調教師より自分の脚質や能力がわかると思うのだろうか。ある意味愚か者である。

 

 

「このままいけばかなりいい仕上がりになりそうです。少なくとも惨敗という結果にはならないと思います」

 

 

自信ありげに話す藤山であった。

 

 

 

 

[皐月賞]

日本ダービー、菊花賞と合わせた3歳場限定の「三冠レース」の初戦である。中山競馬場2000メートルで行われるレースであり、イギリス2000ギニーをモデルに作られたレースである。「もっとも速い馬が勝つ」といわれるレースである。

 

 

2005年4月17日開催の第65回皐月賞では、ディープインパクトが圧倒的な人気を獲得していた。二番人気以下が二桁倍率になるほどであった。

テンペストクェークも弥生賞2着が評価され、3番人気に位置していた。パドックでは、彼の父親のヤマニンゼファーのファンだった人が作った横断幕「ゼファー魂」が掲げられていた。

「そよ風から暴風へ」そんな横断幕も掲げられていた。

それを見た島本哲司は、ゼファーを種付けしてよかったと心から思っていたのであった。

パドックで自分の生産した馬が落ち着いて歩いていた。

 

 

「今日も大丈夫そうだ。せめて入着はしてくれよ~」

 

 

故郷の牧場やオーナーも含めた、関係者が彼の激走を応援していのである。

 

 

皐月賞2000メートルが始まる。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

やってきたぜ競馬場。

ここは前に走った場所と同じ競馬場だと思う。

そして、グルグル回っていると、俺が負けた小柄な馬がいた。他にも前一緒に走った馬も何頭かいた。

あの馬には絶対に負けない。そのために俺は鍛えなおしてきた。

苦手なプールだって頑張った。

 

ただ、勝てる気があまりしないのはなぜだろうか。

俺が息も絶え絶えになっているのに、あいつは平然としていた。

これが生まれ持った才能の違いというものなのか。

わからない。

ただ、負けっぱなしは性に合わないのも事実だ。

あと俺よりちやほやされているのはなんか気に喰わない。

だって人間がみーんなあいつの方を見ているんだもの。

なんでわかるかって?意外と目線でわかるものだぞ。

 

お前らの買った馬券を紙くずにしてやる。絶対にだ。

ただ、どうやって走ったら勝てるかわからない。わからない……

 

 

そんな気持ちで騎手を乗せ、芝のコースへ歩いていく。

 

 

「あれ?今日はちょっと元気ないのか?大丈夫かな……」

 

 

どうしようか。

走りながらも考えていた。

 

 

そして気が付くと俺はゲートに入っていた。

ガシャンという音と共に、ゲートが開いたのを俺はボケッと見ていた。

 

 

「アッ……」

【アッ……】

 

 

テンペストクェーク、痛恨の出遅れである。

そして隣の馬も躓いたらしく、出遅れていた。

 

上位人気馬の同時出遅れであった。

 

 

しまったぁぁぁぁ

 

 

 



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覚醒

第12話 皐月賞

 

 

皐月賞本番前、俺は美浦の調整ルームで明日のレースのことを考えていた。

 

 

「皐月賞か……」

 

 

久しぶりの皐月賞だ。

俺が皐月の舞台に立つのは何年振りだろうか。

ケガをしてから鳴かず飛ばずだった。

奇跡の復活などとはやし立てられたが、結局のところ、実力も運もなければいい馬には巡り合えないのである。

古傷や、長年の騎乗で蓄積されたダメージで身体が痛むこともあり、引退の文字が頭をよぎったこともあった。

だが、いつかG1を獲ってやる。その気持ちでここまでやってこれた。テンペストでG1を獲れなきゃ、二度と縁がない舞台になるだろう。

明日の皐月賞が勝負どころだ。俺にとってもテンペストにとっても。

そして、なんの因果か枠順はディープインパクトの隣であった。

 

 

「明日が楽しみだな……」

 

 

いい意味で俺は緊張感を保つことが出来た。

彼は俺の指示に従ってくれるだろうか。

弥生賞で負けたことをはっきりと認識していた。それで、焦って、意固地になって前以上に暴走するかもしれない。

だが、俺は決めていた。明日のレースで、彼と喧嘩をすることを。

こんなことを言ったら、正気を疑われるかもしれない。ただ、ここで一度ぶつかり合わないと、あいつはこの先ずっと「それなり」な馬で終わってしまう気がしていた。

俺の騎手人生を賭けてでも、折り合いをつけてみせる。

 

 

「これで俺の騎手人生もおしまいかもな」

 

 

藤山先生のところをクビになったら、本格的に俺は騎手として食っていけなくなるだろう。そうなったらどっかの牧場で働くかね……

ただ、俺はあいつと共に戦える自信があった。

その日の夜は長く、短かった。

 

 

 

その十数時間後、俺は中山競馬場にいた。すでに1レース走っており、騎乗した馬を初勝利に導くことが出来た。オーナーの人はたいそう喜んでおり、皐月賞も応援するといってくださった。

調子がいい。

時間が過ぎるのは早い。先生との連絡・調整などを行っているうちに、皐月賞の出走になっていた。

テンペストは馬房でも落ち着いた様子だった。

そういえば新馬戦のときはやけに張り切っていたよな。その後は落ち着くようになったけど。まあいいか。

パドック周回が終わり、俺たち騎手が乗るときが来た。

彼を曳いていた秋山君が話しかけてきた。

 

 

「今日なんですが、ちょっと集中していないというか、上の空な感じなんです。元気がないというわけではないのですが……」

 

 

「こんなときにか……」

 

 

誘導馬に従って、レース場に入ると、大観衆がいた。

多くの人はディープインパクトの勝利を見に来ているのだろう。

圧倒的一番人気。しかも3番人気のテンペストが二桁倍率になるほどのぶっちぎりだった。

 

 

「風穴空けてやろうぜ……」

 

 

返し馬でも良好な走りを見せていた。

ただ、ちょっと集中力が欠けているように見えた。

 

 

「いや、もしかして集中しすぎている?」

 

 

この時点で俺は嫌な予感がしていた。

 

 

ファンファーレが鳴る。久しぶりにターフの上で聞いた関東G1ファンファーレ。そして大観衆から放たれる歓声。

ああ、やっとこの舞台に立てた。

ゲートインが行われていく。

 

 

「行くぞ!テンペスト」

 

 

いつもなら嘶いて反応するのだが、今日はそれもない。

ちょっと不味いかもしれない。

ゲート出るときに軽く鞭を入れてみるか?そう思いながらゲートに入り、出走を待つ。

こういうとき、彼は全く騒いだりしないのは助かる。

全ての馬が入ったのを確認して、ゲートが開くのを待った。

 

 

ガシャン、そんな音と共に、ゲートが開き、他の馬がスタートしていった。

テンペストは、それに反応していなかった。スタートの合図を送ったが反応しなかった。

 

 

「アッ……!」

 

 

我に返ったかのように、彼は慌ててスタートを切った。

わずか1秒程度の遅れであったが、すでに俺たちは最後尾に近くなっていた。

そしてなぜか隣のディープインパクトも遅れていた。

躓いた?こりゃあファンは絶叫ものだな……

 

 

 

―――――――――――――――

北海道のとある牧場では、従業員が集まって、テレビを見ていた。

自分たちが生産した馬が、クラシック初戦の皐月賞に出ているためだ。

 

『……2005年、牡馬クラシックはこの皐月賞から始まります。8万人の競馬ファンが中山競馬場に訪れています。未来の三冠馬にみな、夢を託しております。今日は大注目のディープインパクトが走ります』

 

『単勝1.3倍の圧倒的人気ですからね。まだ3戦しかしていないのに、ここまで期待されるのは、アグネスタキオンを思い出しますね』

 

『未来の三冠馬の誕生はいかに、ですね。レースの展開ですが、どのような形が予想されますでしょうか』

 

『そうですね。スタートが得意なテンペストクェークが先頭に立って逃げを打ってくると思いますね。ダイワキングコンやビックプラネットもそれに追従すると思います。レース展開がハイペースになる可能性もありますので、ディープインパクトはどのようなタイミングで抜けてくるのかがカギになりそうです』

 

『ありがとうございます。14番ディープインパクトもゲートに入りました。問題ないようです……』

 

『アドマイヤジャパンがゲート入りを嫌がっていましたが、しっかりとゲートに入りました。そして、大外ダンスインザモアがゆっくりとゲートイン。全頭ゲートインです』

 

『ゲートが開いた。第64回、皐月賞スタートです。ああっとディープインパクト、それにテンペストクェークが出遅れたか?』

 

 

「「「「ああぁ……」」」」

 

 

スタートで大きく出遅れたテンペストに、何とも言えない声が上がった。

 

 

「大丈夫かよ、テンペスト……」

 

 

大波乱の皐月賞が始まった。

―――――――――――――――

 

 

スタートが遅れたテンペストと俺であったが、俺はそこまで焦ってはいなかった。

むしろ都合がよかった。

ただ、明らかに最後尾になるつもりはなかったが。

せめて中団くらいには付けておきたかったが、もうそんなことを考えている暇ないな。

予想通り、彼は前に行きたがっていた。

前はここで諦めてしまったが、今日は違う。とことんつきあうぜ、テンペスト。

 

 

『……第1コーナーに向かって先行争いになりました。ディープインパクト、テンペストクェークは後方からの競馬になりました。あっと、テンペストクェークですが、これは少し掛かっているのでしょうか……』

 

 

多分折り合いがついていないとか思われているんだろうなあと考えながら、前に行かないように彼に指示を送る。初めての出遅れ、しかも大事なレースで。わかるよ、焦るよな。

 

お前は強い、そして速い。だが、今のお前より速いやつはいくらでもいる。いつの間にか隣前にいたディープインパクトもそうだ。お前と喧嘩したゼンノロブロイもだ。

そいつらに勝つには、お前だけではダメなんだよ。

お前は自分が一番走り方をわかっていると思っているんだろう。だから俺の指示を聞かないんだな。

 

 

「だがな……」

 

 

お前は生まれて3年しか経っていないだろう。競走馬になってから2年も経ってない。

俺はなあ、この世界で20年以上も戦ってきたんだ。

ロートルかもしれないが、それでもお前よりはこの世界を知っているんだ。

だから……

 

俺はお前の重りでもリュックサックでもないんだ。

 

だから、俺に任せろ。

 

俺は彼の首元をかるく叩いた。こんなことをレース中にするもんじゃないことぐらいわかっている。危険であることだってわかっている。

だが、彼に俺の意思を伝えなければ、この競馬は惨敗で終わってしまう。

もっと早く彼と「対話」すべきだった。セントポーリアや弥生でやるべきだった。

これは受動的であった俺のミスだ。

 

 

「テンペスト!」

 

 

彼の耳が少し反応したように思えた。

そして、不必要に入っていた全身の力が抜けたようにも感じた。

強引に制御する必要もなくなった。

 

俺の気持ちが伝わったなんて思わない。ただ、彼が根負けしてしぶしぶ従っているのかもしれない。

もしかしたら彼の末脚は不発に終わるかもしれない。自由気ままに走らせた方がよかったかもしれない。

そんな気持ちがよぎった。

だけど、俺は、先生たちや自分の経験、そしてこいつの才能と努力を信じることにしていた。

 

 

「さあ、ここからが本当の勝負だ」

 

 

この日、この瞬間、彼らの歯車がかみ合った。

 

 

 

 

『……先頭はビックプラネット、その後ろにコンゴウリキシオーがいる……』

『……千メートル通過は59秒台で通過している。ここでディープインパクトが少し順位をあげる。後ろはアドマイヤフジ……』

 

 

ディープインパクトが大外を回りながら、少し前の方に出ていった。確かにすこし前に出る必要があるな。俺はテンペストに指示を送ると、彼も少しだけスピードを上げて、中団のやや後ろにつけた。

第3コーナーを抜けるころには、ディープインパクトはさらに先頭の方に抜けており、すでに中団の先頭付近にいた。

 

 

『第四コーナーを過ぎて、ビックプラネット先頭。しかし差はあまりない。中団が固まっている。ディープインパクトは外からしっかりと回っている……』

 

 

後方から一気に追い抜く必要があるため、こうしてコーナーで膨らむ必要があった。走る距離が伸びるため、タイム的にもロスとなる。しかし、不思議とその心配はしていなかった。

 

そして、このままでは、あの馬においていかれると感じた俺は、彼に加速するように指示を出した。

すると、スーッと加速していくと同時に、前の馬も後ろの馬もいない大外に膨らんで、走っていた。

 

 

「大外一気。いいね。採用だ!」

 

 

残り400メートルを過ぎて、直線に入る瞬間、俺たちの3馬身ほど前にいたディープインパクトに鞭が入った。

加速段階に入っていたディープインパクトがさらに加速したように感じた。簡単には終わらせない。お前の三冠を阻むのは、俺たちだ。

 

 

「行くぞ!」

 

 

俺が鞭を軽く一発入れた瞬間、彼の体の重心が低くなったように感じた。首も前に前に行こうと下がっていた。

そして、俺は後ろに引っ張られるような加速を感じていた。

 

こんな馬初めてだ……

というか調教でも見たことねえぞ、こんな走り……

 

一気に加速したテンペストは、坂を駆け上がりながら先行集団を抜き去っていた。

 

 

『……ディープインパクト先頭に立っている。そこに大外からテンペストクェークがものすごいスピードで迫ってくる。先頭はディープインパクトだ、テンペストクェークが差し切るのか。これは……』

 

 

差し切れ!勝ち筋が見えた!

その瞬間、彼の猛烈なスピードが少し減速した。

そして、ディープインパクトと俺たちはゴール板を通過していた。

 

 

『ディープインパクト、ゴールイン!そして半馬身差でテンペストクェーク。まず4連勝で1冠目を獲りました。テンペストクェークの猛追を振り切り、三冠への第一歩を踏み出しました』

 

 

写真判定をするまでもない。俺たちの負けだ。

あと半馬身くらい足りなかった。

原因はわかっている。最初にテンペストと喧嘩して、余計な体力を消耗させてしまったことだった。

掲示板には1.58.5の数字が表示されていた。2002年にノーリーズンが記録したレコード記録と同タイムであった。1着と2着の差は1/2馬身。3着には5馬差をつけていた。

 

 

「こりゃあクビかもなあ……」

 

 

ただ、覚醒したこいつが、未来の三冠馬を打ち破る瞬間を見ることが出来ると考えていた。

高い壁だが、超えられないわけではない。

 

 

「その時に、俺が乗っているかはわからんが、これからよろしく頼むよ。テンペスト」

 

 

俺は笑いながら、勝った馬の方を見ていた。

 

 

 

 

数年後、ディープインパクトの騎手は語った。

『もうパーフェクトですね。走っているというよりより飛んでいる感じでした。最後にテンペストクェークが一気に突っ込んできたのはさすがにヤバいと思いましたが、最後の最後でさらにディープインパクトも加速してくれたので、差し切られませんでしたね。パーフェクト以外の言葉が見つかりませんよ』

『ただ、テンペストクェークの鞍上の高森さんが終わった後、やけにニコニコしていたんで、何だったのかと思ったんです。ただ、その後のテンペストクェークの走りや、1年後のあのレースのことを考えたら、そういう意味だったんだなって理解しましたね』

 

 




タイムがやや早くなっていますが、テンペストクェークの猛追を察知した騎手が、ディープインパクトをさらに加速させたためです。もし併せることが出来ていたら、結果は変わっていたかもしれません。


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馬、信頼する

俺は馬である。

走ったレースは僅差で負けてしまった。しかし、あの小柄な馬も全力で走っていた。

その馬をもう少しで抜かせそうだった。

しかし、最後の最後で足が鈍ってしまった。

理由はわかっている。

最初に騎手君と喧嘩をしてしまったからだ。あの時の俺は前へ、前へ、行こうとしていて、全身の力を使ってしまった。無駄な体力を使ってしまった。

出遅れたのも俺が集中していなかったからだ。いや変なことに集中してしまったからだ。

それに焦って、いつものように前に行こうとしてしまった。

 

今思えば、あそこで前に行ってたら、さらに体力を使って、最後は追い抜かれて終わっていたと思う。

それを騎手君が阻止してくれた。彼には解っていたのだろう。

ここで前に行ってはいけないと。

 

 

【申し訳ねえ……】

 

 

「やっぱり落ち込んでるなあ……ただ、前よりは元気そうだ」

 

 

最後の鞭を入れられたタイミングもよかった。

そして、俺は自分でもわからないほど加速する走りをすることが出来た。

練習でもこんな走りをしたことはなかった。

 

もしかしたら騎手君はずっと俺にこの走りをして欲しかったのかもしれない。

俺が先頭に立とうとすると、いつも減速させようとしていた。

アレは、体力を温存して、最後に決めてやろうぜ!という俺に対しての提案だったのかもしれない。

この間のレースでも、途中で俺の名前を呼んだのはよく覚えている。首を叩かれているのもわかった。

あれで俺は落ち着くことが出来た。

 

 

【申し訳ねえ、申し訳ねえ……】

 

 

感謝、圧倒的感謝。

俺は気持ちいい走りができた。

俺の勘違いでなければ、あの馬も全力で走っていた。

それを少なくとも捉えることが出来た。

高すぎる壁だと思っていたが、超えられないわけではないことを理解することが出来た。

これはあの走りのおかげだ。

鞭が俺に入った瞬間、不思議と俺はあの走りができた。

あの感覚は忘れない。

 

俺に気付かせてくれたのも彼だ。

これからは彼の指示に従おう。

 

次は負けない。

 

 

……まあミスをするときもあるだろうか、その時は助けてやろう。

 

 

相変わらず上から目線な時もあるが、少し変化することができたテンペストであった。

 

 

【というか体が痛い……】

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

皐月賞から幾日が経過した後、騎手の高森は美浦トレセンに来ていた。

目的は来週騎乗予定の馬に乗ることだったが、テンペストに会いに来るのも目的の一つであった。

 

 

「テンペストの様子はどうですか?」

 

 

「走り終わった後は疲れていたようで、食が落ちていましたが、今は回復していますね」

 

 

厩務員に連れられて、鹿毛の大柄な馬が出てきた。

この間の皐月賞では513kgだった。1着のディープインパクトが444㎏であったので、70㎏近くの体重差があったことになる。

馬なんてみんな同じだろと思う人も多いが、それぞれに個性があったりする。

テンペストクェークは流星もないし靴下もない鹿毛の馬なので、一般人がサラブレッドと想像すると出てくるような馬であった。

目がクリッとした目ではなく、どちらかといえば目つきが鋭い方なので、気性が悪い馬?と勘違いされることもあるらしい。

 

 

今日は、美浦にある森林馬道でリフレッシュを兼ねた運動を行う予定だったので、自分が乗りたいと表明しての騎乗であった。

ゆっくりと整備された道を歩いており、時折馬の嘶きが聞こえている。

テンペストもリラックスしており、のんびりと歩いていた。

 

 

「相変わらず、一人だなあお前は」

 

 

ゼンノロブロイとの一件もあり、彼に近づこうとする馬はおらず、悠々と歩いていた。

彼はちょっかいをかけられるのが嫌なので、この状況を満喫していた。

 

 

「テンペスト~前はありがとうな~」

 

 

首元をさすってやると、軽く嘶いて反応する。

 

 

「はは、かわいいやつめ」

 

 

あれ以来少し心を開いてくれたような気がしていた。

賢くて大人しい。だけど頑固で強情。

それでも、少し人馬一体に近づけた気がしたのだった。

こういうことがあるから騎手はやめられないと考えていた。

 

 

 

 

午前中の調教が終わり、午後の休憩の時間になっていた。もちろん関係者は午後も忙しいのであるが、調教時に比べると緊張感は薄れていた。

藤山厩舎では、騎手の高森と厩務員の秋山、調教師の藤山が話し合っていた。

高森が馬房で彼に別れを告げるとき、いつもよりスキンシップが激しかったようで、服は破けるし、顔や腕では彼の唾液でべたべたになっていた。

「遊びたいだけなのか、俺に感謝しているのか、よくわからん」といっていた。普通、騎手は嫌われるものなんだけどなあとと語っていた。あともう大人しい馬とは思わんとも言っていた。

 

 

「皐月賞だが、よくやってくれました。1着ではないのは残念ですが、相手が相手ですので。オーナーも喜んでいました」

 

 

「ありがとうございます。ただ、テンペストと最初に喧嘩してしまったのが体力を消耗させてしまったみたいです」

 

 

「見てましたが、完全に掛かっている馬を必死で落ち着かせる騎手って感じでしたね。1番人気、3番人気の出遅れ。そしてテンペストは掛かって騎手と喧嘩する。最初の直線のあたりは悲鳴が聞こえましたよ」

 

 

秋山もレースを見つつ、大丈夫かと思っていた。パドックでは少し元気がなかったので、どこにあんな元気があったのかと驚きもしたようである。

見事な出遅れをしてしまったが、ディープインパクトも躓いてしまったようで、スタート後はテンペストよりも後ろにいた。

ただ、物凄い遅れでもなければ、立ち上がったり暴れたりしたわけではないので、再審査になることはなかった。

 

 

「すいません。あれは私のミスでした」

 

 

「次からは注意してくださいね。ただ、あのあと、しっかりと彼と折り合うことが出来たのはよかったです。そして、最後の末脚も完璧でした」

 

 

「すごかったです。あんな走りは調教でも見たことがありませんでした」

 

 

藤山や秋山が驚くのも無理はなかった。

本番のレースで初めて見せた走りであったからだ。

体の重心が低くなり、前に前に加速していく彼の彼だけの走りであった。

 

 

「乗ってて怖いと思ったのは初めてです。ただそれでもディープには届かなかった」

 

 

「何度もビデオで確認しましたが、最後の最後に騎手が、テンペストが来るのを察知して、ディープインパクトを再加速させたようです。あれだけの馬に乗っているのに一切油断もなかったみたいですね」

 

 

こういう状況判断能力の高さも、天才が天才たる所以なんだろうと一同は思っていた。

 

 

「次も高森くんに頼むからよろしくお願いしますね。西崎オーナーからも君でお願いするとも言われました」

 

 

出遅れに、レース中に喧嘩、僅差の2着と、主戦騎手を外される可能性もあった。しかし、しっかりと折り合いをつけて走ることが出来た点を評価してもらえたことが、騎乗の継続につながった。

藤山は直接言わないし、高森も勘付いているが、弥生賞後から、彼に騎乗したいというアピールを受けていた。中にはリーディングジョッキーを獲ったことがあるような騎手もいた。

マナー違反ともいえるが、そんな甘い世界でもないのが騎手の世界でもある。

 

 

「ありがとうございます。次はやっぱりダービーですか?」

 

 

高森が藤山に聞いた瞬間、いつもの砕けた口調に戻り、渋い顔をして話し始めた。

 

 

「それなんだがなあ……やっぱり2400メートルはテンペストには長いようでね。ただ、出走する権利があるのにダービーに行かないというのもどうかと思うところもあるのよね」

 

 

東京優駿日本ダービー

全てのホースマンが目指すべきレースである。

当初の予定では日本ダービーを目指していたが、彼の適正距離が2400メートルに届かないことがわかったのである。父方の血統的には、マイルから2000メートルが適正ではあるが、彼は少しだけ長い距離も走れる体格、体力があった。それが逆に彼らを悩ませていた。

しかし、勝ち目がないからといって出走を諦めるというのもホースマンとしてどうかと思ってしまうのも事実であった。

 

 

「ダービーか……これも何年ぶりだろうか」

 

 

「そういえばそうだねえ。あの時は私も若かった……」

 

 

いや、少なくとも若くはなかっただろと2人は思っていた。

 

 

「まあ、オーナーとも相談して決めることだな。彼もダービーには興味もあるようなので。一応いろいろな選択肢があることや彼の距離のこととか、前例とかも話す予定だ」

 

 

「わかりました。自分もダービーで騎乗することを前提に準備を進めます」

 

 

こうして高森騎手がテンペストクェークに継続して騎乗することが決まった。

 

 

 

 

 

皐月賞から1週間後、4月下旬、東京のとある場所に西崎は来ていた。

出走間際以外で、調教師の藤山に呼ばれることがなかったため、何事かと思ったが、馬主初心者に藤山の知り合いの馬主たちを紹介したいとのことだった。

 

 

「うちに預けてくれる方々は零細の方が多い。だからこそ収支をプラスにしようとしている人たちです。今後馬主を続けていくのであれば、交流は持っておいた方がいいでしょう」

 

 

その言葉もあり、西崎は紹介された場所を訪れていた。

藤山調教師に紹介された馬主の方々は会社役員や経営者が多かったが、物凄いお金持ちといった人はいなかった。地方競馬の馬主をしているサラリーマンの人もいたぐらいである。

みな、ロマンと実利を両立して馬主をしているらしく、いきなり皐月賞2着馬となったテンペストクェークに興味津々であった。

多少嫉妬もあるようだが、純粋な興味の方が多かったらしく、購入時のエピソードなどを聞かれたのであった。

 

 

「私はあまり競馬のことはわかりません。ただ、父は日本ダービーと天皇賞を獲りたいといっていました」

 

 

「西崎オーナーの御父上は、よく私のところに馬を預けてくださったんですよ。馬主としては大成された方ではありませんでしたが、馬を愛していた方でしたね」

 

 

父のことを知っている人もいるらしく、彼は、生前の馬主としての父の話を聞いていた。みな、「人間としては超一流だけど、馬主、選馬眼は二流だった」と声をそろえて言っていたようである。

 

そして、西崎がこの場所にきたのは、馬主として知り合いを増やすためだけではない。今後のテンペストクェークの出走について、普通の馬主ならどんな風に考えているのかを聞きたいという気持ちもあったから参加したのである。

 

 

「テンペストクェークの次のレースは、日本ダービーを予定しています。ただ、先生の話ですと、距離がちょっと長すぎるようなんですね。それにディープインパクトもいますし……」

 

 

「西崎さん、自分の馬がダービーに出られるだけでもどれだけ幸運なのかをわかっておいた方がいいですよ。私なんか20年以上馬主をやってますが、一回も出走したことはありませんからね」

 

 

彼らから、ダービーは他のG1レースとは価値が違うと教えられた。

2002年に生まれた数千頭のサラブレッド達の頂点を決める闘いに参加できるのはわずか18頭。たとえビリでもダービーに出走できたというだけでも一生の思い出になる。それぐらいのレースである。

 

 

「一国の宰相になるより難しいといわれるほどのレースなんです。確かにディープインパクトは強いです。ただ入着するだけでも栄誉なんですよ」

 

 

「私は、馬の都合を優先した方がいいと思うかな。明らかにマイルまでしか走れない馬とかは出走しない方がいいかな」

 

 

あとはもう意見の出し合いだった。

西崎がわかったことは、ダービーがただのG1レースではないということである。

 

 

「藤山先生、テンペストはダービーを走れますか?」

 

 

以前、テンペストクェークの出走プランを聞いたとき、皐月賞から日本ダービーを走らせたいと要望していたのを思い出していた。

西崎は、その時の藤山調教師の顔を思い出していた。

 

 

「走れます。皐月賞の疲労も抜けていて、調教もスムーズに進んでいます。今のところ、脚部に不安はありませんし、体調も良好です。なので大きなトラブルがない限り、出走自体は問題ないです。ただ……」

 

 

「ただ?」

 

 

「距離が長いです。2000メートルくらいなら十分走れます。おそらく2200メートルも許容範囲内でしょう。ただ2400メートルとなると、最後は持たない可能性があります。」

 

 

「長すぎる、ということですね。新聞でそんなことが書かれていました」

 

 

「いえ、長すぎるわけではない、というのがちょっと厄介なんです。彼は素の能力が桁違いに高いです。それこそ、ディープインパクトと比べても引けを取らないレベルです。なので、200、300メートルくらいなら距離の壁を突破できてしまうかもしれないのです。そして、それは彼の競争生活を縮める可能性があります」

 

 

「そうなると、テンペストは無事に帰ってこられるのか心配になります」

 

 

「絶対は保証できません。ただ、G1レースは馬の消耗度が違います。強い馬が集まってくるので、限界を超えたレースをすることが多くあります。もちろん、限界を超えないように制御するのが騎手の役目でもありますが……」

 

 

「そうですか……」

 

 

「消耗という観点では、他のプランとして考えていた安田記念出走でも同じように消耗が激しくなります。こちらは古馬との激戦が予想されますので」

 

 

プランとしては安田記念出走や宝塚記念出走も考えていた(宝塚記念は投票順もあるし、賞金的に出走できるかわからない部分も多いというのも考慮している)。

3歳限定のマイル戦であるNHKマイルカップも考えたが、皐月賞から中3週間でのG1レース連戦は、さすがに3歳馬には厳しいということもあり、皐月賞に出走する時点で出走計画からは除外していた。

 

 

「あとは、このまま秋まで全休というのも考えられます」

 

 

札幌記念か毎日王冠からの天皇賞秋、マイルチャンピオンシップ。どこかでG1を勝てば香港もいけるのではと考えていた。

 

 

「そうですね。最初はダービーには出ないといけないのかな?とは思っていましたが、いろいろな視点があることがわかりました」

 

 

「わかりました。ただ、ダービーを目指すならそれに対応する調教をしていくので、早めにお願いします」

 

 

「わかりました」

 

 

こればかりは、藤山先生だけに決断させるわけにはいかないなと思った西崎であった。

 

 

テンペストクェークの次走は……

 

 

 

 




テンペストクェークの脚質や馬体のモデルにした馬がみなダービーに出ているんですよね。
勝ったG1レースが全部マイル~2000メートル前後の馬がです。
やはりチャンスがあるなら出したいっていうのがホースマンの本音なのでしょうかねえ……

ただ、自分が読んだ調教師の本では、G1レースは馬の消耗度が違うため、現時点では無理だと判断したら出走を見合わせたほうがいいとも書かれていたので、何とも言えないです。



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日本ダービー

誤字脱字の報告、ありがとうございます。
あとランキングに入ったみたいです。誠にありがとうございます。


東京優駿【日本ダービー】

日本でこの競争が行われたのは、昭和7年のことである。当時は「東京優駿大競争」と呼ばれ、戦前から行われていたのである。現在は、皐月賞、菊花賞と共に、3歳牡馬クラシックを構成しているレースである。

 

もとは、英国エプソム競馬場で行われる「ダービー」を参考にしている。距離は2400メートルで、東京競馬場で開催される。今日では、3歳馬の頂点を決める競争であり、すべてのホースマンが目指すべきレースであるといわれる。

 

「日本ダービーは最も運のある馬が勝つ」と呼ばれる。昔のレースの映像を見ればわかるが、かつては20頭以上が同時に発走するレースであった。そのため、枠順の良さが勝利に直結していたのである。本当に強い馬には関係ないのかもしれないが、内枠の勝率が高いのは事実である。

 

皐月賞で2着となったテンペストクェークは、第72回東京優駿に出走することを表明していた。皐月賞でディープインパクトを猛追した脅威の末脚を期待するファンも多かった一方で、父方の血統的に距離が長いのではと囁かれていた。

そして、枠順が決まる日、オーナーの西崎は、電話の前でうろうろとしていた。藤山調教師が枠順を教えてくれることになっていたため、会社の自分の部屋で大人しくしていたのである。

 

 

「はい、西崎です。はい、はい。わかりました……」

 

 

電話を切り、机の上に座って手を組んで沈黙する。

 

 

「8枠18番か……」

 

 

テンペストクェーク、距離不安に加えて大外枠になったのであった。

 

 

「これは天がダービーは走らせるなっていう啓示なのかねえ……」

 

 

藤山調教師やテンペストクェークと日本ダービーについてよく聞いていた。

馬の消耗や勝ち目を考えると見送ってもよかったかもしれない。

ただ、日本ダービーというレースを、今後の自分が選んだ馬たちが走ってくれるのかわからない現状、そのチャンスを逃すという選択は自分にはできなかった。

ただ、無理に一着は狙わなくていいとお願いはした。

 

 

「騎手にも伝えておきます。ただ、相手は馬です。テンペストは結構負けず嫌いなので、無理をしてしまうかもしれません」

 

 

「ただ、皐月賞以降、高森騎手に信頼を寄せるようになったので、指示は聞いてくれる可能性が高いです」

 

 

あ~やっぱ出走しなければよかったかも……

悶々とした思考は行動にも現れ、秘書や部下たちに不審な目で見られた一日となった。

 

 

 

 

 

「8枠18番か~」

 

 

「やはりダービー走るなって啓示なのかもしれないです」

 

 

「不吉なことを言わんでくれ」

 

 

「すいません……」

 

 

枠順が決まり、最後の調整を高森と藤山は行っていた。

 

改まった口調になると基本的に「騎手」と「調教師」という仕事の関係になる。

 

 

「距離についてですが、おそらく2200~2300あたりで失速すると思います。馬次第ですが、無理は厳禁です」

 

 

「わかりました。脚が鈍った瞬間、減速するように指示します」

 

 

こうしてダービーの作戦が決まった。

もしテンペストクェークが2400メートルまであの末脚で走り切れるなら問題はない。皐月賞のようにディープインパクトを猛追あるいは先に仕掛けて逃げ切ればいい。

途中で足が鈍ったら無理はさせない。

勝つ気では走らせる。

でも馬の寿命は削らせない。

 

 

「なかなか難しいなあ……」

 

 

久しぶりのダービーの騎乗は、何とも言えない難しさのある騎乗であった。

 

 

 

 

 

 

2005年5月29日第72回東京優駿

 

 

『……ファンファーレが鳴って第72回日本ダービーが始まります……』

『注目のディープインパクトですが、ゲート付近では落ち着きを取り戻しております』

 

『しっかりとゲートインしました』

 

『第72回日本ダービー、スタートしました……』

 

『ディープインパクトは後方から。それにテンペストクェークも続く……』

 

『……第三コーナーを回ってディープインパクトが上がってきた。テンペストクェークも続きます……』

 

『第四コーナーを回って直線に入ります。ディープインパクトが上がってきた。大外からディープインパクトです……』

 

『……先頭はインティライミ、これはもうディープインパクトが躱していく。ああっとテンペストクェーク猛追、インティライミも粘る……』

 

『……ディープインパクト先頭、後続を引き離す。これは圧勝か……』

 

『……ディープインパクト先頭でゴールイン。圧勝です。強い強すぎる……』

 

 

 

『やはりディープインパクトが強かったですね。ふたを開けてみれば圧勝でした……』

 

『……6着のテンペストクェークでしたが、やはり距離が長かったのだと思います。ラスト200くらいで失速し始めてしまいましたからね。ただ、それまでの猛追は目を見張るものがありました。これは今後が期待できそうですよ……』

 

 

 

 

 

 

 

「負けました。長かったです」

「負けてしまいましたね」

「やっぱり長かったね」

 

 

騎手、馬主、調教師がそれぞれダービーの感想を話す。

新聞やテレビは二冠馬の誕生に沸いていた。

単勝倍率1.1倍。単勝支持率73.4%。

14万人の前で、怪物は最高の走りを見せた。

 

 

『5馬身差の衝撃』

『三冠目前』

『レコードタイ記録』

 

 

テンペストクェークは、中団で待機して、最後の直線で末脚を炸裂させた。残り300メートルまではディープインパクトに肉薄していたのだが、ラスト200メートルを過ぎたあたりから失速し、後方を走っていたインティライミらに差し切られ、6着となった。

 

 

「脚が鈍った時点でテンペストも自分の力が尽きたのをわかったのか、無理はしませんでした」

 

 

油断騎乗と思われないように、明らかに力を抜かせるような行為はしなかった。まあ無理するとわかっていたら戒告覚悟で止める予定だったようだ。

 

 

「そのおかげか消耗は激しくなかったです。入着が争えたのは、テンペストの能力が高いからが故でしょう。これから秋までゆっくり休ませます。そして秋、来年度の競馬に耐えられる体づくりをしてもらいます」

 

 

「そうなると、一度島本牧場に帰りますね」

 

 

「あそこは、放牧地の手入れもしっかりしていますし、スタッフの意識も高い。安心でしょう」

 

 

「次への準備、というわけですね」

 

 

「ええ、秋からが彼の本番です。札幌記念、毎日王冠、富士ステークスそして、天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップ。古馬との戦いが本格化しますが、彼なら勝てます。絶対に勝たせます」

 

 

「ええ、秋からもテンペストクェークをよろしくお願いします。藤山先生、高森騎手」

 

 

 

 

テンペストクェーク

2004年

12月12日 2歳新馬戦[中山5R 2000m] 1着 約700万円

2005年

1月30日 セントポーリア賞(3歳500万以下)[東京9R 1800m] 1着 約1000万円

3月6日 弥生賞(GⅡ)[中山11R 2000m] 2着 約2200万円

4月17日 皐月賞(GⅠ)[中山11R 2000m] 2着 約4900万円

5月29日 東京優駿(GⅠ)[東京11R 2400m] 6着 

 

 

 

 

 




この馬のモデルはダイワメジャー、ジャスタウェイだったりします。
他にも何頭かいますが……


こんなに軽くダービーを済ますなら出走しなければいいんじゃね?と思いますが、自分がテンペストクェークのような馬の馬主ならやっぱり日本ダービーを走らせたいと思ってしまいました。
ただ、勝てるほど甘くないです。


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閑話

・馬主西崎の優雅?な生活

 

テンペストクェークの馬主、西崎浩平は、東京都内で会社を経営している経営者である。父が亡くなった後、いろいろあって、まだ30代中盤だった西崎が社長に就任した。

因みに業務の内容は測量会社である。いくつかの営業所を抱える測量会社であるが、如何せん地味なので、目立つことはなかった。

彼がテンペストクェーク(セオドライトの2002)を購入したのは、藤山などに話した理由のほかに、母馬の名前が「セオドライト」という測量に関わる機器の名前だったからというどうでもいい理由もあった。

因みに、テンペストクェークが美浦でケンカしたゼンノロブロイのオーナーは株式会社ゼンリンの社長である。ゼンリンの地図は業務でも使うため、肝が冷えたようである。

 

 

「社長、セントポーリア賞おめでとうございます!」

 

 

馬主になって、馬を走らせてから、自分より年上の幹部社員がプライベートでも話しかけてくるようになった。

父がかなり馬好きで、それに影響を受けた社員も多く、一口馬主をやっているのもいると聞いていた。

そしてよく言われることもあった。

 

 

「それにしても父がヤマニンゼファーで、母父がサクラチヨノオーというのは、なんというか渋いですね」

 

 

西崎は競馬、特に血統などの知識はほとんどなかった。彼が自分なりに調べたところ、主流の血統ではないようだ。

よく馬主になったなともいわれたりもしていた。

父の縁でつながった島本牧場、そしてそこからつながった藤山厩舎。血統的にも見栄え的にも微妙であったテンペストクェークをしっかりと育ててくれたことに恩を感じてもいた。餅は餅屋に、という考えのもと、調教やレースについては彼らに任せていた。要求があるとすれば、彼が健康に走る姿を見たいということだけであった。

ただし、馬主として全くの不勉強では格好がつかないので、レースのことや血統、競馬の規則などを猛勉強中でもあった。

 

「いや、親父の願いもかなえてやりたいな。天皇賞の盾も……」

 

 

そんなささやかな馬主生活に変化が訪れていた。

具体的には弥生賞を2着で終えたあたりからである。

世はディープインパクト一色であったが、ニホンピロウイナーから続く父内国産馬、それにコアな人気があったヤマニンゼファーの血統をもつ馬がクラシックに挑戦するということもあり、テンペストクェークにもひそかに人気が高まっていたのである。

そしてとどめは、皐月賞の激走であった。

 

あのディープインパクトに半馬身差まで迫ったうえ、信じられない末脚を炸裂させての2着であったからだ。

中山競馬場の馬主席で、最後は大声で彼を応援していた。いい大人がみっともないと思ったが、周りの馬主たちも興奮を隠せない様子で観戦していたため、問題ではなかった。

 

問題は、彼の走りを見て、彼に興味を持った人々がいたということだ。

 

 

「おいおい、これ上場企業の会長の名刺じゃないか、これも社長、これも社長」

 

彼の父のヤマニンゼファーの馬主や、母父のサクラチヨノオーの馬主から、応援しているとも言われた。

極めつけは、日本最大級のサラブレッドの生産者たちともつながった事であった。

 

 

「親父はこういうのを夢見てたのかねえ……」

 

 

これからどうするのか悩む西崎であった。

テンペストクェークによって、彼の馬主生活は大きく変化していった。

 

 

 

 

 

 

 

 

・皐月賞後の某掲示板

 

1:名無しの競馬ファン

皐月賞も終わってある程度落ち着いたのでかたりませう

 

2:名無しの競馬ファン

結局ディープだったな。

 

3:名無しの競馬ファン

1.3倍だったし、美味しくなかったな。

 

4:名無しの競馬ファン

>>2 当然の結果といった感じだったな。

 

5:名無しの競馬ファン

>>2 知ってた

 

6:名無しの競馬ファン

なんなんだよあの化け物

 

7:名無しの競馬ファン

未来の三冠馬とか言い過ぎって思ってたけどあの走りを見ると納得してしまうわwww

 

8:名無しの競馬ファン

距離適性はどうなのよ。菊はいけるか?

 

9:名無しの競馬ファン

正直はっきりと断言はできないけど、長距離も余裕でこなせそうではある。

 

10:名無しの競馬ファン

このまま無敗で三冠馬になったら、シンボリルドルフ以来か

 

11:名無しの競馬ファン

>>10 そうだな。ナリタブライアンは強かったけど無敗ではなかったし。

 

12:名無しの競馬ファン

凄い事だとは思うけど、なんか面白みに欠けるな

 

13:名無しの競馬ファン

>>12 もうアンチが湧き始めているんか

 

14:名無しの競馬ファン

>>12 まあわからんでもないが、未来の三冠馬を応援しようぜ

 

15:名無しの競馬ファン

>>13 すごいとは思うが、父サンデーサイレンス。生産者も馬主も騎手も調教師全部完璧すぎてなあって感じ。これからもこんな感じの馬しかいなくなるんかねえ

 

16:名無しの競馬ファン

>>15 確かに超絶エリートって感じだもんなあ。

 

17:名無しの競馬ファン

>>15 サクラ、メジロの馬もG1レースであまり見なくなったし、多様的ではないよな

 

18:名無しの競馬ファン

だけどサンデーサイレンスのおかげで日本の競馬のレベルはかなり上がったし、文句は言えんよな。

 

19:名無しの競馬ファン

そこで弥生賞、皐月賞2着のテンペストクェークですよ。ここはディープインパクトのスレではないので彼のことも語ろう。

 

 

20:名無しの競馬ファン

>>19 最初の直線で騎手と喧嘩しながら走って、最後にディープに半馬身まで迫ったもう一頭の怪物のことか。

 

21:名無しの競馬ファン

>>19 さすがに忘れてないけど、まずは勝ち馬のディープからって感じ

 

22:名無しの競馬ファン

新馬戦から一貫して逃げていたと思うんだけど、この馬の本質って差しや追い込みなのでは?

 

23:名無しの競馬ファン

上がり3Fをディープ並みで走っている奴が逃げ馬なわけがない。

 

24:名無しの競馬ファン

最初ケンカしていたし、逃げたがる性格なのでは?

 

25:名無しの競馬ファン

>>24 馬群が嫌いなのかね。

 

26:名無しの競馬ファン

最後の末脚は震えた。馬連買っといてよかった。美味しくはなかったけど

 

27:名無しの競馬ファン

一瞬行けるかって思ったもんなあ

 

28:名無しの競馬ファン

ナリタブライアンみたいな末脚だったな。最後の走り方もそっくりだったし。

 

29:名無しの競馬ファン

面白いうまだな~って思って調べたら父ヤマニンゼファーかよ

 

30:名無しの競馬ファン

>>29 母父サクラチヨノオーだぞ。平成初期の競馬血統やな

 

31:名無しの競馬ファン

>>29 祖父はニホンピロウイナーだし、2000mはちょっと長いのかなと思ったけど、そうでもないみたいだ。

 

32:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファーって産駒成績はそんなに良くないよなあ。なんでこんな馬が?

 

33:名無しの競馬ファン

>>32 こういう馬が走るのも競馬なんやで

 

34:名無しの競馬ファン

>>29 弥生賞から恒例の横断幕が張ってあった。

 

35:名無しの競馬ファン

>>34 あの熱心なファンが作っている奴かwww

 

36:名無しの競馬ファン

ゼファー:そよ風 テンペスト:暴風

こう考えるといい名前だな。

 

37:名無しの競馬ファン

全てがエリートのディープインパクトと、雑草魂のテンペストクェークか。

 

38:名無しの競馬ファン

でも日本ダービー走れるの?マイル~2000メートルくらいが得意な馬だと思うけど。

 

39:名無しの競馬ファン

母父はダービー馬だし……

 

40:名無しの競馬ファン

もしかしてたらマイル戦線に行くのかもしれん

 

41:名無しの競馬ファン

そうなるとこれで2頭の戦いは終わりってことなのか

 

42:名無しの競馬ファン

>>42 来年の宝塚とか天皇賞秋とかで走るんじゃね

 

43:名無しの競馬ファン

もしかしたら有馬にも来るかもしれない

44:名無しの競馬ファン

ディープインパクトは間違いなく有馬を走ると思うけど、テンペストクェークはわからんな

 

45:名無しの競馬ファン

ダービーも楽しみだけど、テンペストクェークの次走も楽しみ。

 

46:名無しの競馬ファン

ダービーで再びっていうのもあり。

 

47:名無しの競馬ファン

というかここまで語ってきたけど、2頭以外は……

 

48:名無しの競馬ファン

5馬身差ついちゃあねえ……

 

49:名無しの競馬ファン

マイネルレコルトやアドマイヤジャパンもいい馬であると思うけど

 

50:名無しの競馬ファン

いうてテンペストクェークだって重賞勝ちはまだないからね

 

51:名無しの競馬ファン

>>50 弥生賞と皐月賞でディープ以外には勝っているからな。世代2番手に一気に躍り出たって感じ。

 

52:名無しの競馬ファン

テンペストがマイル路線に進むとなると、同世代は短距離かダートに行くしかないのでは。

 

53:名無しの競馬ファン

王道路線に強敵がいるとき、別路線にも大体強敵がいる。

 

54:名無しの競馬ファン

そういえば祖父のニホンピロウイナーもルドルフ時代のマイルの王者だったな。

 

55:名無しの競馬ファン

>>54 他の陣営からしてみればたまったもんじゃないな。

 

56:名無しの競馬ファン

そういえば、テンペストクェークにも専用スレが立ってたな。そっちで語るか……

 

57:名無しの競馬ファン

ディープも早々に専用スレが立ってたし、これから盛り上がりそう

 

58:名無しの競馬ファン

テンペストクェークがタイトルを獲ればもっと対立が盛り上がりそうだな。

 

59:名無しの競馬ファン

>>58同じ路線なら盛り上がるだろうけど、そうじゃないならそこまでじゃないかなあ

 

60:名無しの競馬ファン

JRAもごり押ししているし、なんかありそうな気はする。

 

 

 

 

 

 

 

 

・テンペストクェーク号、初取材?

 

皐月賞のダメージも完全に消え、日本ダービーに向けて調教を積んでいる藤山厩舎にとある要望が届けられていた。

 

 

「はあ……うちのテンペストに取材ですか」

 

 

「正確に言うと、テンペストクェークと我々調教師たちにだね」

 

 

藤山は、厩務員や調教助手を集めた会議でテレビ取材のことを話し始める。

 

 

「日本ダービーに向けた取材とかではなくて?」

 

 

「そうみたいだ。もちろん断ってもいいし、オグリキャップのときのような強引な取材はしないと断言してもらっている」

 

 

オグリキャップとメディアに関わる悪評はホースマンの間ではかなり敏感な話題でもある。

 

 

「テンペストの担当としては、彼は見知らぬ人が来ても興奮したり、神経質になることはないので、大丈夫だとは思います」

 

 

「その辺はあまり心配していないよ。無駄に図太いからな。それに皐月賞前に一度あったケーブルテレビの競馬チャンネルの取材のときも全く問題なかったからな」

 

 

この図太さは彼の最大級の長所でもある(レースではズブくないが)。

 

 

「確かに皐月賞で有名になったとはいえ、未タイトルの馬をレースとは関係なしに取材したいっていうのは珍しいですね」

 

 

ディープインパクトなんかは物凄い取材要請が殺到しているという噂を聞いた。

 

 

「まあ、ルールを守らない奴らならたたき出せばいいだけの話だし、むげに断らんでもいいか」

 

 

それに、もしこいつが伝説の名馬になるようなら、その時の貴重な映像になるかもしれんしな、とも考えていた。

そういうわけで、テンペストのテレビデビューが決まった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今、俺はテレビカメラに映されている。

前に一度映されたこともあったが、ちょっと自分がふてくされていたというか、あまり集中できていない時期だったので、そっけない対応をしてしまった。

俺を応援してくれるファンもいるし、ここのおっちゃんや俺の世話をしてくれる兄ちゃんにも迷惑はかけたくないので、今日はしっかりと対応したいと思っている。

 

 

「今日はありがとうございます。ルール等は全てのクルーに周知させましたので、何卒よろしくお願いいたします」

 

 

「はい、テンペストは見知らぬ人にも問題なく接しますが、ここには他の馬もいます。ですので大声やフラッシュなどは注意してください」

 

 

何を話しているのかわからないが、俺に取材かな?と思ったので、カメラ映りがいいように部屋から首を出してみる。

 

 

「ちょうど、テンペストも出てきましたので、始めましょうか」

 

 

「そうですね。では、手順通りにお願いいたします」

 

 

お!そろそろ始まるって感じだな。アナウンサーの人は結構きれいな人だな。

まあ、馬なので何とも思わないけど。というか俺、雌の馬とやるの?

それは複雑だな……

 

 

「本日は、茨城県にある美浦トレーニングセンター。その中にある、藤山厩舎を訪れています。ここには、皐月賞2着、そして日本ダービー出走を予定しているテンペストクェーク号がおります。今日は、藤山順平調教師や厩務員の方など、テンペストクェーク号を支えるスタッフの皆様にお話を伺おうと思います。藤山調教師、秋山さん、今日は取材を受けていただき、ありがとうございます」

 

 

「いえいえ、こちらこそ。世間はディープインパクト一色ですし、競馬ファンの方々に何か話題が提供できればと思いますよ」

 

 

「まずは日本ダービー出走、おめでとうございます」

 

 

「ありがとうございます。オーナー、そしてスタッフを含めた多くの方々の協力のおかげです」

 

 

「皐月賞は2着ではありますが、後続に5馬身差をつける強い走りでした。弥生賞まで逃げていたのですが、皐月賞での走りは想定内で?」

 

 

「それについてはノーコメントで……ただ、皐月賞では我々の想定を超える走りをしてくれました。テンペストの強さを引き出した高森騎手には感謝しかありません」

 

 

「そうなりますと、今後も高森騎手が主戦ということになるのでしょうか」

 

 

「はい。彼もなかなかの苦労人ですので、テンペストともども応援よろしくお願いいたします」

 

 

どうやら取材が始まっているみたいだな。ちょっとサービスするか……

 

 

「テンペスト~ちょっとこっち向いてくれ~」

 

 

兄ちゃんが俺に話しかけてきているな。

 

 

【俺ちゃんと映ってる?】

 

 

「ちゃんと反応するんですね」

 

 

「こうやって、懐っこいところもあるので、世話をしていて楽しいですよ」

 

 

「身体が大柄なので、怖いイメージがありますが、やさしい子ですよ」

 

 

「そうなんですね。って大丈夫ですか?」

 

 

首を伸ばして、兄ちゃんの顔を舐める。

どう?俺可愛い?

 

 

「ははは。彼は感情を表すときはこうやって色々と反応してくれるんですよ。よく服に噛み付くんですよね。構って欲しい時、不機嫌な時は特に。何回か服を破かれたこともありますよ。ただ、怒っているときでも絶対に服以外の場所には噛みつきませんし、蹴ってくることもないです。その点はかなり助かります。今はあなた方に興味があるみたいですね」

 

 

「そうなんですね~かわいらしいです」

 

 

「見た目はちょっと怖いですし、頑固なところもありますけどね……」

 

 

む?ちょっと悪口言われた気がするぞ、兄ちゃん。

 

 

【コラコラ】

 

 

「って今度はこっちか……こいつ、自分が悪く言われたりするのがわかるらしく、ちょっと文句を言うとこうやって服を引っ張るんですよね」

 

 

「……なんというかとても賢いのですね」

 

 

「そうですね。たまに人間が入っているんじゃないかと思うほど賢いんですよね」

 

 

「どっかにチャックでもあるかもしれんなあ」

 

 

「藤山調教師も面白い冗談をおっしゃりますね」

 

 

「「……」」

 

 

「……冗談ですよね?」

 

 

「まあそれくらい賢いってことです」

 

 

ふむ。あまり取材の邪魔をするのも悪いな。カメラの方をずっと見ているか。

ちょっと変顔を……

 

 

「このようにとても賢いテンペストクェーク号ですが、日本ダービーの自信のほどは」

 

 

「勝ちます!といいたいところですが、ディープインパクトを筆頭に強い馬はいますからね。断言はできません」

 

 

「距離の不安が噂されていますが……」

 

 

「その辺りを話してしまったら面白くないでしょう。企業秘密ということで」

 

 

「なるほど、これは予想するのが大変そうですね」

 

 

「それも含めて楽しんでください」

 

 

ほーいほいほい

どう?ちゃんと撮れます?

 

 

「先ほどからテンペストクェーク号がすごい顔をしていますが……」

 

 

「「……」」

 

 

「なんでノーコメントなんですか……」

 

 

「こういう馬だと思って下さい」

 

 

「と、というわけでテンペストクェーク号の日本ダービーに向けた一言をお願いいたします」

 

 

「こんな馬ですが、本当に強いので応援よろしくお願いします」

 

 

「藤山調教師、秋山さん、ありがとうございました」

 

 

「ほれ、テンペスト挨拶」

 

 

【終わりか?】

 

 

「すごいですね……」

 

 

終わりか。俺のファンが増えるといいなあ……

 

 

 

こうして、テンペストの取材は終わった。この後、島本牧場への取材内容も含めた番組が放送された。どうやら好評だったようで、定期的に取材が組まれることになった。




架空馬には欠かせない掲示板と取材のお話。


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第三章 反撃編
馬、秋に向けて


夏真っ盛りの北海道。

一頭の馬が島本牧場で過ごしていた。

昨年の新馬戦から日本ダービーまでを走り切ったテンペストクェークが秋競馬に備えての休養とリフレッシュを兼ねて、故郷の牧場へ帰ってきたのであった。

 

 

「まさか親父の趣味で種付けして生まれた馬が、クラシック戦線を走るとはなあ。しかも皐月賞は2着になったし」

 

 

ディープインパクトとかいうマジモノの怪物がいなければ、皐月賞のタイトルはテンペストクェークのモノだった。ただ、競馬とはそういうものだったりするので、仕方がないと割りきってはいた。

 

 

「ボーが頑張ったおかげで、妹も買ってもらえたし、本当にわからないものだな」

 

 

セオドライトの2004は、父親の知り合いの馬主にそこそこいいお値段で売られた。これも彼の活躍のおかげであった。半分ご祝儀みたいなところもあったようだが。

 

 

「ただなあ……」

 

 

哲也が見つめる先には、明らかに牧場スタッフとは異なる人であった。

もともと島本牧場は乗馬のコースなどがあり、乗馬目当ての観光客などが来ることはよくあった。ただ、今回のように1頭の馬を見るために、わざわざ北海道の辺境に来る人はあまりいなかった。

勿論うれしいことはうれしいのだが、マナーの悪い客もいるため、それを警戒する苦労が増えたともいえる。

 

 

哲也の母の、『当歳馬時代からの育成記録を写真集にでもして売れば』という提案から、作った写真集はまあまあの売れ行きであった。

これはのちにプレミアがつくのだが、この時は誰も知らなかった。

 

 

「しかし重賞を一個も勝ってない馬にしては人気だな~」

 

 

理由としては、いま競馬界を沸かせているディープインパクトのおこぼれのようなものでもあった。皐月賞の特集が組まれるたびに、テンペストクェークの強さも強調されたため、それに便乗して知名度が高まっていた。

そして、ダービー前に放送されたテンペストクェークの特集放送の内容も良かったため、意外とファンを獲得していた。

あとは、超絶エリートともいえるディープインパクトに対して、雑草魂のテンペストクェークと、判官贔屓で応援している人も結構多いためであった。

 

ちなみに彼がここに戻ってきてからの世話を担当しているのも哲也である。

育成牧場にいたときより大きくなったテンペストは、当然何倍も動くのである。

 

 

「つ、疲れた……」

 

 

「情けないな~」といった嘶きをして、テンペストは哲也の服を引っ張って先へ進もうとする。

 

 

「って引っ張るな……っていうか力強い」

 

 

こうして毎日へとへとになるまで振り回されているのであった。

よく食い、よく寝て、よく動く。

なんともたくましい馬であった。

 

 

そして、哲也も含め、スタッフたちを驚かせたのが、彼が馬を無視しなくなっていた点である。

現役競走馬であるため、繁殖牝馬や仔馬たちとは引き離しているが、それでもお互いの嘶きが聞こえることがある。

どうも1歳馬たちが、彼に興味を持ったらしく、積極的に話しかけに行ったりするようである。

哲也が聞いた話では、美浦トレセンの裏ボスとして恐れられている馬らしいのだが、特に他の馬たちを威圧することなく、仔馬たちの嘶きに反応しているようである。

 

 

「よくわからんもんだなあ……」

 

 

「何か心境の変化でもあったのでしょうかね」

 

 

後ろから現れたのは牧場スタッフの一人である大野であった。

 

 

「わかるものなんですか?」

 

 

「さあ?ただ、向こうでの生活でいろいろあったってことじゃないですか。どうも、とんでもなく賢いようなので」

 

 

「はあ……」

 

 

「それより、私は言ったでしょ。準備しておきなさいって。取材で全く話せていなかったじゃないですか」

 

 

彼は、この馬が単独取材を受けるほどの馬になることがわかっていたのか、哲也に取材があったときに、エピソードを話せるよう準備をしておけと言っていたのである。

 

 

「大野さんがいい感じに話せていたわけがわかりましたよ……」

 

 

「これから、もっとすごいことになるんじゃないですかね。次は英語の勉強でもしておいた方がいいんじゃないかな?」

 

 

言いたいだけ言ってどこかへ行く大野の後姿を見て、ため息をついていた。

 

 

「……さすがに冗談ですよね」

 

 

こうして、島本牧場での生活は過ぎていった。

基本的にどこに行ってもペースを崩さないテンペストだったが、やはり生まれ故郷は落ち着くのかのんびりと過ごしていった。

 

 

 

 

 

 

残暑が厳しい9月上旬

この時期も藤山厩舎は忙しい。

今年は管理している馬が2頭もオープン入りを果たし、1頭は重賞で入着していた。3歳馬も、全頭1勝を上げることが出来ており、ノリノリな状態であった。

そんな中、厩舎のエースが帰ってきたのであった。

 

 

「まあまあ丸くなってますが、許容範囲内でしたね」

 

 

「これくらいならこれからの調教で絞れますね」

 

 

藤山や調教助手たちが彼の体つきを見て評価する。

帰ってきたテンペストクェークはすっかり太っていたが、太りすぎといわれるほどではなかったので、一同安心していた。

 

 

「体つきもよくなったし、秋も十分戦えますね」

 

 

「そうだな。ここからが本番だ」

 

 

「馬の状態も確認しました。出走計画に変更はなさそうですね」

 

 

「ああ、ここから10月の毎日王冠を初戦として、10月末の秋の天皇賞、そして11月のマイルチャンピオンシップに挑む」

 

 

これ以外にも、札幌記念から天皇賞秋、富士ステークスからマイルチャンピオンシップ、毎日王冠からマイルチャンピオンシップなど何パターンも用意していた。

ただ、来年の春に是非とも出走させたいレースがあるため、この秋にマイル~中距離の実績を作っておきたかった。毎日王冠後の消耗を見て、天皇賞の方を飛ばすことも考えているが、臨機応変に対応する予定であった。

 

 

「香港も検討しましたけど、ちょっと日程がきついですね」

 

 

「マイルチャンピオンシップの後は来年の2月までは休みにする」

 

 

ただ、これらの計画はあくまでテンペストクェークが勝ち続けた場合の話である。情けない走りをしようものなら、またどこかのオープン戦や重賞競走で鍛えなおす予定であった。

 

 

 

藤山厩舎、テンペストクェークの3歳秋が始まった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

夏の間は自分が生まれた牧場に戻ることが出来たので、サマーバケーションを満喫した。

さすがにキレが鈍るのは嫌なので、運動はしていたが、少し丸くなってしまった。

 

 

【ただいま】

 

 

「元気にしてたみたいだな~」

 

 

「ちょっと丸くなりましたが、健康ですよ。外厩挟まなくても問題ないって向こうのスタッフが言ってたけど確かにそうでした」

 

 

騎手君と兄ちゃんが俺の前で話をしていた。

また、闘いの日々が幕を開ける。休みボケしないように気を付けないとな。

 

 

「ダービーはちょっと残念だったが、想定内だったな。それに、彼の限界の距離を知ることもできたし」

 

 

それにしても、最後に走ったレースは何だったんだろうか?正直俺には長かった。なんというか、超えてはいけない一線のような気がする長さだったな。

騎手君やおっちゃんたちには悪いと思ったけど、最後に休ませてもらったよ。

ただ、みんな怒っていなかったので、何が目的だったのかわからなかったなあ……

 

 

「先生が仰ってましたね。2200メートルちょっとがテンペストクェークの距離限界だって。それ以上は馬が本能で走るのを止めると」

 

 

「それができるのがテンペストの凄いところなんだよ。限界を超えてしまって故障してしまう馬も多いからさ」

 

 

騎手君が俺の顔を撫でてくる。う~んいい気分。

 

 

「……ここで働いていればそういう話はよく聞きますね」

 

 

「まあこれからのレースは彼の得意な距離だからね。ただ、番組間隔が狭いから、体調や故障には要注意だね。俺も走らせ方には気を付けないとな」

 

 

「厩務員として責任重大だなあ……」

 

 

ふーむ。そろそろ俺を外に出してくれ。

 

 

「っと、テンペストが外に出たがってますね。そろそろ時間か」

 

 

「私も用事があるので、それでは」

 

 

騎手君はどこかにいってしまい、俺は部屋の外に出された。

兄ちゃんに従って外に出ると、たくさんの馬がいた。

 

 

【うーん、今日もいい天気!】

 

 

……威圧しているつもりはないが、俺が歩くと、他の馬が誰も近くに寄ろうとしないのである。

しばらく歩くと、見知った、というか一方的に絡まれた?黒い馬がいた。

 

 

「ヤバい、なんでこの場所にゼンノロブロイがいるんだよ」

 

 

他の人間が焦り始めている。

いや、さすがにこんなところでケンカはしないよ

そう思ってたら向こうから黒い馬がやってきた。

 

 

【久しいな】

 

 

【なに】

 

 

気が付くと周りから馬がいなくなってた。

 

 

「喧嘩……しているわけではないのか?」

 

 

「そうみたいですね」

 

 

【お前強くなった。走ろうぜ】

 

 

【え~まあいいけど】

 

 

この黒い馬、たぶんあの小柄な馬なみに強いと思う。ただ、どうも去年の秋ごろに比べると雰囲気が変わった気が……

 

 

「って横に並んで歩くのか……」

 

 

「秋山さん、これ大丈夫ですか?」

 

 

しばらく隣同士で歩いていると、さすがに人間の方が俺たちを引き離しにかかったので、素直に指示に従う。というかこいつも人間には従順だよな。

 

 

それからというものの、よく黒い馬と一緒に走るようになった。

それで思ったけどやっぱこいつ強い。

こういうのがいっぱいいるのか……

今日も黒い馬を後ろから追いかける練習をしていた。上にはいつもの騎手君が乗っている。結構本格的な訓練だ。

本番のように本気では走らないが、練習で出せる精いっぱいの力で走ったら、黒い馬を追い抜くことができた。

まああの黒い馬も全力では走っていなかったみたいだけど。

 

 

【お前、次のボス】

 

 

【へ?】

 

 

ええ……

 

 

 




馬もそうですが、「ボス」というのは強くて威張っているだけでは務まりません。ただただ狂暴なだけではボスにはなれません。外敵から群れを守り、仲間の間の諍い事を仲介して解決するのもボスの役目です。
ゼンノロブロイは何故こいつを……
まあ、放牧を経て多少は丸くなったので。



あとウイニングポスト風だと1500〜2200が現在の彼の適正距離です。


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馬、久しぶりの

10月9日東京競馬場は曇りであった。

競馬場内にはメインレース目当ての客でにぎわっており、盛り上がっていた。

 

西崎も、テンペストクェークの応援のために競馬場にやってきていた。

弥生賞や皐月賞、日本ダービー後に、知り合いとなった馬主とレースや馬のことを話していた。

 

 

「今日のレースですが、西崎さんの馬が唯一の3歳馬ですね」

 

 

「そうなんですよね。有力な馬は菊花賞のトライアルレースの方に行くと聞いてます」

 

 

「調子は凄くいいと聞いていますし、もしかしたらチャンスがあるかもしれませんね」

 

 

因みに彼の馬は毎日王冠を走るわけではなかった。

 

 

「期待はしていますよ。藤山先生や高森騎手を信じていますから」

 

 

口ではこう言っているが、内心は結構不安であった。

出走表には、昨年の皐月賞馬ダイワメジャー、宝塚記念を勝った牝馬スイープトウショウ、NHKマイルカップと昨年の毎日王冠勝ち馬のテレグノシス。このほかにも重賞を勝ってきている有力馬が多数出走していた。

賞金的にここで優先出走権を得ておかないと天皇賞は厳しいといわれていたこともあり、かなり不安でもあった。

 

 

「頼みましたよ……」

 

 

 

 

 

パドックでは、特に問題なく自分の乗る馬、テンペストクェークが歩いていた。

 

 

「相変わらず、落ち着いているな」

 

 

「ただ、ちょっとうずうずしているというか、まあ走りたがってます」

 

 

「こりゃあ逆に全力を出しすぎないように注意しないとな」

 

 

俺は彼の上に乗る。よろしく頼むよと首元を軽く叩く。

「任せろ!」と嘶き返してくれる。

やっぱり最高だよ、お前は。

 

 

「さて、お前の力を見せつけるときが来たぞ」

 

 

レース場に入る。

今日は稍重の状態だが、返し馬では時に苦にしている様子はなかった。

こいつはスピードも瞬発力もあるが、パワーもある。それこそダートだってこいつは走れるだろう。血統的にどこから受け継いだのかは知らんが。

 

 

「さて、ダイワメジャーが先行策で来るだろうな。ハイペースも考えられる」

 

 

まあ、こいつの末脚でぶち抜けばいい。ここの直線は長いのだからな。

 

 

 

ゲートに問題なく入る。

多少なりとも嫌がったり、何かしらの反応をしたりするのが普通なのだが、テンペストは特に変わりがない。

 

 

「さあ、行くぞ!」

 

 

ゲートが開いた。

それと同時に飛び出す。

 

 

『……ゲート開いてスタートしました。好スタートはテンペストクェーク。今日は逃げるのか、いえ、少し後ろに下がっていきました。変わって先頭はダイワメジャー……』 

 

『……第3コーナーを過ぎまして、先頭はダイワメジャー……中団やや後方にテンペストクェークがおります……』

 

『直線に入った。コスモバルク、サンライズペガサスが先頭。内からダイワメジャー、スイープトウショウも追い込んでくる……大外にテンペストクェーク……』

 

『残り400メートルを超えて、坂を越えます。先頭はサンライズペガサス。2番手はバランスオブゲーム。ここで大外からテンペストクェークが上がってきた。サンライズペガサスが逃げ切るか、テンペストだ、テンペストクェークが抜いていった。先頭はテンペストクェーク。テンペストクェークがそのまま先頭。サンライズペガサス、テレグノシスも粘るが、これはどうだ……』

 

『テンペストクェークがそのままゴールイン。テンペストクェークの末脚が決まりました。ラスト100メートル付近で先頭のサンライズペガサスを抜き去り、そのままゴールイン。勝ち時計は1.46.4。2着に1馬身半でした。皐月賞2着の実力を古馬の先輩に見せつけました。』

 

 

先頭を行くサンライズペガサスを抜いて、そのまま先頭を走りぬいた。

ゴールした後、テンペストの様子を確認するが、少し息が上がっているくらいであった。余力を残してのゴールだった。

さすがに古馬のレースだけあって、タイムは早い。

だが、こいつはもう古馬と対等に戦える身体と実力を手に入れているようだ。

 

 

「天皇賞が楽しみだな……」

 

 

テンペスト、そしてオーナーにとっての初めての、俺にとって久しぶりの重賞制覇であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「いけ!いけ!そのまま!そのまま!」

 

 

馬主席にいた西崎は、テンペストの激走を見守っていた。

最後の直線まで後ろの方にいたこともあり、日本ダービーのようになるのではないかと思っていたが、400メートルを切ったあたりから一気に加速していき、そのまま先頭の馬を差し切って先頭でゴールした。

 

 

「よし!よしよしよーーーし!」

 

 

周りにいた馬主たちも悔しそうではあったが、勝ち馬を讃えていた。

 

 

「西崎さん。おめでとうございます。初重賞ですね」

 

 

様々な祝福の言葉を受けながら口取り式に向かう。装鞍所につくと、藤山調教師一同がすでに集合していた。

 

 

「藤山先生、ありがとうございました」

 

 

「おめでとうございます。強かったですよ」

 

 

握手を交わして、健闘を讃えた。

毎日王冠と書かれた赤色の優勝レイを首に巻いた自分の愛馬は誰よりも輝いて見えた。

 

 

「ああ……うれしいです」

 

 

「西崎オーナー、おめでとうございます」

 

 

騎手の高森がオーナーに感謝の言葉を告げてきた。

 

 

「高森さん、ありがとうございました。おかげで重賞を獲れました」

 

 

「いえ、彼の力のおかげですよ。私も久しぶりに重賞の勝利を味わうことが出来ました」

 

 

高森から見て、オーナーはもう十分というほど喜んでいた。

 

 

「オーナー、次の天皇賞でもこの場所に立てますよ。それどころか、何回だってここに立たせてみせます」

 

 

「ありがたいことを言ってくれますね……よろしくお願いします」

 

 

西崎は、この時はお世辞くらいに捉えていたが、彼は宣言通り、何度もこの栄光の場に立つことになる。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

先日のレースでは久しぶりに勝利することが出来た。

夏の前のレースと同じ場所で走ったから、途中まで後ろにいて大丈夫かとひやひやしていたが、彼のタイミングでスパートをかけたら、最後に追い抜いてゴールすることが出来た。

今までは、レースの後に全身の痛み、筋肉痛?が結構長く残っていてつらかった。しかし、今回は数日で痛みがなくなってきていた。

さすがに今走れと言われたら拒否するが、疲労回復の速度や体へのダメージが少なくなった気がする。

 

 

「よ~しよし、頑張ったなあ」

 

 

騎手君やおっちゃん、兄ちゃんを筆頭に俺に関わっている人はみんな笑顔になっていた。

やはり大きなレースだったのだろう。勝った後は大きなタオルみたいなものを巻き付けられて写真まで撮影されてしまった。

俺のイケメンフェイス?はしっかりと映っていたのだろうか……

 

 

「テンペストの調子はどうです?」

 

 

「藤山先生、ダメージもだいぶ抜けてきましたね。前よりも回復が早いので、天皇賞もいけると思います」

 

 

「そうか。私たちも細心の注意を払うが、担当厩務員としてよろしく頼む」

 

 

そういっておっちゃんはどこかに行ってしまった。

 

 

「それにしても、ディープインパクト、ディープインパクトってな~んか面白くないなあ。なあテンペスト」

 

 

なんだ?そんなに不愉快な顔をして。ほれほれ、俺の顔でも見て癒されなさいな。

 

 

「まあ馬には関係ないよなあ……」

 

 

なんだよ~

 

 

「ああ、悪い悪い。お前もいっぱい勝ってファンに愛されるといいな」

 

 

まかせなさいな。

 

 

 

 

9月中旬以降、阪神競馬場は無敗の二冠馬の圧巻のレースに沸いていた。

菊花賞のトライアルレース、神戸新聞杯(GⅡ)に出走したディープインパクトは、いつもの走りで1着になり、菊花賞に向けて絶好調をアピールしていた。

三冠は確実とまで言われていた。

 

ディープインパクトが勝つか負けるかではなく、どのように勝つかというレベルであった、

JRAもゴリ押しといえるほどにディープインパクトを宣伝していた。

 

その喧騒の中、テンペストクェークは天皇賞・秋を走る。

 

 

 

 



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天皇賞・秋

10月23日、京都競馬場には多くの人が集まっていた。数百人近い徹夜組を含め、1万人以上が開門前から競馬場に押し寄せていた。

目的はディープインパクトの三冠達成を目に焼き付けるためである。

最終的には13万人以上が押し寄せたようである。

単勝支持率79%、単勝オッズは1.0倍。元返しになってしまうほどの人気であった。

 

結果はディープインパクトの圧勝であった。先行抜け出しを図ったアドマイヤジャパンを直線で抜き去り、2馬身差をつけてゴールした。3000メートルの上がり3Fは33.3という驚異的なタイムであった。

ナリタブライアン以来の三冠馬、そしてシンボリルドルフ以来の無敗の三冠馬の誕生であった。

 

騎手は3本の指を高々と示した。この日、競馬に絶対があった。

 

 

 

 

『無敗三冠、ディープインパクト』

『新しき皇帝 無敗三冠ディープインパクト』

 

競馬新聞だけでなく、スポーツ新聞も菊花賞の様子を大々的に伝えていた。

世はまさにディープインパクトフィーバーであった。

 

 

「やっぱ強いなあ。3000のラストで33.3ってなんだよ。テンペストの毎日王冠のときが32.3だから末脚では勝ってるな」

 

 

秋山はテンペストクェークの馬房を掃除しながら今日の新聞の一面を思い出していた。

1800メートルと3000メートルを一緒にするようなものではないと思いながらも、自分の担当馬の方が強いと無駄に主張していた。

 

 

「まあ、2000メートル以下の舞台に来ればうちのテンペストのほうが強いな」

 

 

な~テンペスト~と話しかけると、「なんだよ」といった感じで嘶き返す。

 

 

「来週は天皇賞。ここで勝てばお前もスターホースの仲間入りだ。しっかりと走ってきてくれよ~」

 

 

厩務員にも賞金の一部が入ってくる。馬主や騎手に比べると雀の涙ほどではあるが、賞金額が大きいレースであるほど、自分のお小遣いが増えるのである。

ただ、彼らの一番の願いは、レースで勝って、無事に帰ってくることである。

 

 

「秋山くん、彼の調子はどうかな。明日は最終追い切りなので、もう一度確認しておきたくてね」

 

 

調教師の藤山が馬房を訪れて、彼らの調子を確認する。

 

 

「今のところは問題ないですね。体調は万全です。脚部に問題もないです。それにこいつは賢いので、自分で食いの量を調整してレースに備えるようになってます」

 

 

本人曰く、自分のトレーニングを支えている人間の動きや表情で緊張感が大体わかるらしい。なので、レース前は、暴飲暴食を控えたり、体のキレを確認するように走ったりしているようである。

 

 

「毎日王冠の走りができれば、優勝は確実に狙える。2000メートルの天皇賞秋を3歳馬が優勝したのはバブルガムフェローとシンボリクリスエスだけだが、そこにテンペストクェークの名前をぜひ乗せてやりたい」

 

 

「高森さんなんかはもう獲る気満々らしいですけどね。オーナーに宣言までしてしまってますし」

 

 

「久しぶりの重賞制覇で気持ちが高ぶってたらしいな。不味いこと言ったって後で青い顔していたよ。まあ、ただのお世辞でもホラでもない事を示してもらわないとな」

 

 

藤山調教師はテンペストクェークを撫でると、厩舎から出ていった。

 

 

「さて、掃除終わり。寝藁を汚さないから楽だわ~」

 

 

一方、馬房から出ていった藤山調教師は、心の底では結構な不安に襲われていた。

 

 

「出走メンバーはかなり豪華になったな。これで勝てるのか……」

 

 

テンペストクェークというかなりの素質馬を管理することが出来ている。春までは同期の怪物や折り合いの面でタイトルを獲ることが出来なかった。

しかし秋になってテンペストクェークは馬体も精神的にも完全に覚醒の時期を迎えている。

これだけの馬を勝たせることが出来なかったら……と考えるとかなりのプレッシャーであった。

 

 

「タップダンスシチー、スイープトウショウにゼンノロブロイ、それに重賞馬だらけだ」

 

 

日本ダービーの敗戦は距離が原因と世間ではみなされていた。

毎日王冠で彼は本物なのではと騒がれた。

天皇賞は彼が正真正銘のもう一頭の怪物であることを知らしめるチャンスであった。

 

 

「贅沢な悩みだ……」

 

 

彼のつぶやきは美浦トレセンの喧騒に消えていった。

 

 

数日後、週末の天皇賞・秋に向けた最終追い切りが美浦トレセンで行われていた。

美浦トレセンで最終追い切りを取材していた報道陣は、調教師、騎手から並々ならぬプレッシャーが放たれているのに気が付いていた。

調教のタイムは良好であり、順調そのものであることを示していた。

 

 

「同期が三冠馬になりましたからね。こっちも負けていられませんよ」

 

 

インタビューに応えた高森騎手の顔と声には、確かな自信があった。

これはあるかもしれん。

取材陣の一部は熱をもったまま、テンペストクェークの記事をまとめるのであった。

 

 

 

 

 

 

 

2005年10月30日

三冠馬の誕生の熱も冷めやらぬ中、古馬王道路線の開幕を知らせるG1競争が東京競馬場で行われようとしていた。

昨年の覇者、ゼンノロブロイの連覇か、それともエアグルーヴ以来の牝馬の制覇か、それともハーツクライの悲願か。3歳馬はストーミーカフェとキングストレイル、テンペストクェークの3頭のみであった。

その中で、テンペストクェークは、毎日王冠の勝ち方、そして調教の調子の良さも買われ、4番人気に支持されていた。

 

 

第10Rを走る馬たちのパドックでは、多くの観客に囲まれて、馬たちが周回していた。

 

 

「今日は前回みたいに気持ちが前に前に行こうとしていませんね。でも、足取りはしっかりしていて、集中できていますよ」

 

 

引綱をもっている秋山が、高森にテンペストクェークの様子を話す。

 

 

高森にとって今日のレースで注意すべき相手は多数いた。

まずテンペストと最近、併せ馬をさせてもらっているゼンノロブロイ。昨年の覇者であり、秋古馬三冠を達成した猛者である。前走のインターナショナルステークスもなれない芝を走りながらも2着と好走をしていた。

次は牝馬で宝塚記念を制したスイープトウショウ。気性が激しいとのことだが、今日は割と普通に見える。斤量は同じでも、注意が必要である。

ハーツクライも警戒対象の一頭である。G1タイトルには縁がないが、実力を付けつつある一頭であると聞いている。

他にも逃げ馬のタップダンスシチーやヴィクトリアマイル制覇のダンスインザムードも油断してはいけない相手である。

 

 

「ヘヴンリーロマンス……」

 

 

札幌記念を勝利した馬である。そこまで目立つ存在ではないが、前走がフロックではない可能性もあるため、頭には入れておこうと考えていた。

 

 

「逃げ馬がいる以上、ペース確認が重要だな」

 

 

破滅的大逃げと見せかけて、実はスローペースで前残りなんてことになったら目も当てられない。

 

 

「さあ、行こうか。お前の栄光の場所へ」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺はいま、ゲートに入るため、順番待ちをしていた。

 

 

【よう】

 

 

【え、はい】

 

 

黒い馬も今日は走るようで、気合が入った様子でゲートインを待っていた。

 

 

【勝つ】

 

 

そうかい。お前強そうだしな。でも、俺も負けられない。

 

 

【俺が勝つ】

 

 

そして俺はゲートの中に入っていった。

さあ、集中、集中。

おかしいなあ、ちょっと時間がたちすぎるような……

というか長くない?なんで?

 

 

【やだ!】

 

 

「あ~スイープトウショウが駄々こねちゃってるね。テンペストはああじゃないから助かるよ」

 

 

どうやら俺の隣に入る予定だった馬がなかなか入らないようである。

まあ馬だし仕方ないよな……

 

 

「頼む、入ってくれ……」

 

 

【やだ】

 

 

騎手や係員の人間たちが必死になっている。

さすがにこれ以上はいい感じで高まっていた集中力が欠けてきてしまうよ。

 

 

【おい、黒いやつ】

 

 

俺の隣にいる黒い馬を呼ぶ。

 

 

【なんだ、話しかけるな】

 

 

【あの馬、わがまま】

 

 

【だから?】

 

 

【入るように呼ぶ】

 

 

さすがにこれ以上は騎手君の集中力にも影響があるし、さっさと始めたい。

 

 

【わかった】

 

 

よし、じゃあ行くぞ……

 

 

【さっさとはいってくれ】

【入れ】

 

 

駄々をこねてた馬を呼んだ。

 

 

「ちょっとイライラしているのかな?落ち着いてね~」

 

 

どうも怒っていると思われたようで、首元をすりすりとされて、宥められた。

勘違いさせて申し訳ねえ。

 

 

ちょっとすると、隣の馬もゲートに入っていき、そのまま他の馬もゲートに入ったようである。

 

 

ゲートが開いた音とともに、俺は走り出した。

 

 

「行くぞ!」

 

 

ああ、行こう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

スタートでスイープトウショウがぐずついていたため、テンペストと隣のゼンノロブロイがイライラしていたのがわかった。

ただ、すぐに落ち着いたので、よかった。

 

ゲートが開くと同時にテンペストもスタートする。スタートが上手であるのも彼の強みでもある。

俺は、スタートと共に、周りの馬を妨害しないようにスピードを上げていった。

 

予想通りタップダンスシチーが先頭に立って逃げ始めていた。そしてテンペストの同期でもあるストーミーカフェもどんどんと前に行っているのが見えた。

 

 

2コーナーではいきなりインには入らず、外からの競馬を進めていた。

 

 

「ちょうど中団にゼンノロブロイがいるな」

 

 

テンペストが、いつも追っているあの黒い馬の後ろにつくようにスピードを調整する。

そうすると、彼はそれに従って、ゼンノロブロイに半馬身ほど後ろで走り続けていた。

 

身体の大きさが近いからか、スピードを合わせるのはそこまで苦ではないと判断して、併せて走らせていた。

 

そのまま直線を走り切り、第3コーナーを越えていく。

コーナリングもうまいので、減速や消耗もなく走れるのは強いな。

 

第4コーナーを過ぎたあたりで、ややペースが遅いと判断した俺は、テンペストにスピードを上げるように指示する。

 

 

「さあ、行くぞ」

 

 

前には膨らんで直線で並んでいる先行馬たちがいるので、彼に外ラチの方に向かうように指示をする。

先行していたダンスインザムードやアサクサデンエンが加速していくのがみえた。

 

 

「行くぞ、テンペスト!」

 

 

俺は前に一頭の馬もいない大外に来たことを確認して、一発の鞭を入れる。

「任せろ!」といわんばかりに一気に加速していくのがわかった。

残り400を過ぎたあたりで、横からゼンノロブロイが上がってくるのが見えた。

 

 

「もっとだ、もっと」

 

 

気が付くと、先頭にはどの馬もいない。

あと100メートルほどであった。少し首を内ラチ側に向けると、逃げ馬をとらえて猛追する数頭の馬が見えた。もうどの馬か判断する暇はなかった。

 

 

「気を抜くな!テンペスト」

 

 

その言葉と共に、軽く鞭を打つ。

その瞬間、テンペストはさらに加速していくのがわかった。

このまま、このままだ。

 

そして、俺たちはゴール板を通過していた。

すぐにゆっくりと減速していく指示を出しつつ、周りを見ると、近くにゼンノロブロイ、それにヘヴンリーロマンス、ダンスインザムードが走っていた。

 

 

「結構危なかった。最後少しでも緩めたら間違いなく2頭に持っていかれてた……」

 

 

馬の視界は後ろの方も見えるので、後続が想像以上の速さで迫っているのが見えたのかもしれない。

 

 

「ありがとうテンペスト。これでお前もG1ホースだ」

 

 

集中していて気が付かなかったが、大歓声が競馬場内に響き渡っていた。

 

 

「高森さん、おめでとうございます」

 

 

クールダウンで走らせていると、他の馬に乗っていた騎手が俺を讃えてくれた。

 

 

そうだ、俺はG1ジョッキーになれたんだ。

勝つ自信はあった。テンペストの強さを信頼できたから、想定通りの競馬をすることができた。

 

 

長かった、長かったよ……

 

 

よく考えたら全員後輩なんだよなあ……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『それでは、テンペストクェーク高森騎手です。おめでとうございます』

「ありがとうございます。本当にありがとうございます」

『鞍上でも涙が隠せない様子でしたね』

「はは、そうですね。テンペストクェークが勝つことが出来てよかったって思いました。その後に後輩たちからおめでとうございますって言われて、その時にG1を初めて勝てたんだと実感しました」

『最後は大外一気で決めました。この勝ち方は想定通りで』

「はい、最後の400メートルならだれにも負けないと自信がありました。あとは位置取りが心配なだけでした。でも、しっかり指示に従ってくれました」

『苦節28年の道のりでした。初G1の感触はいかがでしょうか』

「本当にうれしいです。でも、私ではなくテンペストをほめてください。彼が私に勝ちをくれました」

 

『……それでは最後に一言お願いします』

「これからもテンペストは勝ち続けます。応援よろしくお願いします」

「俺勝ったぞ!勝ったぞ!」

 

 



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馬、連勝する

誤字脱字の報告ありがとうございます。


西崎は出走馬主席でテンペストクェークが走る天皇賞・秋が始まるのを待っていた。

慣れた馬主たちは談笑をしているが、今の彼は緊張でそれどころではなかった。

皐月賞や日本ダービーでG1レースは経験しているが、今回は、本当の本当に自分の所有馬が優勝するかもしれないと期待しているからであった。

 

 

「藤山先生も高森騎手もあんな自信満々なんだもの。期待してしまうよ」

 

 

そんな感じで緊張した顔をしていると、同じく不安そうな顔の女性がやってきた。

 

 

「浩平さん。私、場違いじゃないでしょうか」

 

 

彼女は西崎浩平の妻の西崎涼子である。

今まで特に競馬に興味がなかったこともあり、競馬場に来たことはなかった。しかし夫の平身低頭なお願いに折れて、一緒にやってきたのである。

ただ、彼女は一応社長夫人という肩書ではあるが、競馬場の独特の雰囲気に戸惑っていた。

 

 

「大丈夫だよ。多分……」

 

 

そんなこんなでパドックの時間になっていた。

急いで地下通路を歩いてパドックに到着する。出走馬主はパドックの内側に入れるので、普通の人より間近で馬の様子を見ることが出来る。

 

パドック周回では、秋山厩務員がテンペストクェークをいつものように曳いていた。天皇賞・秋という古馬のG1 ということもあり、強そうな馬がたくさん歩いていた。

 

 

「それで、浩平さんの馬はどうなんですか?正直私には調子がいいのかわからないわ」

 

 

「私にもわからん……ただ、落ち着いているので、ひどい事にはならないと、思う……」

 

 

しばらくすると、藤山調教師、高森騎手が現れ、簡単な挨拶をする。

 

 

「お願いします。期待していいんですね?」

 

 

「任せて下さい」

 

 

G1を一つも勝ったことのない旬などとうに過ぎた騎手の言葉がやけに頼もしく聞こえていた。

 

 

騎乗合図が出て、高森騎手とテンペストクェークは本馬場へと移動していった。

それと同時に自分たちも馬主席に移動する。

 

席に戻るころにはG1のファンファーレが鳴り響き、ゲートインが始まっていた。

 

 

「頑張ってくれ……」

 

 

ゲートが開くと、一斉に馬たちが走り始める。

テンペストクェークは好スタートを決めて、そのまま中団に待機して走っていた。

先頭は予想通りストーミーカフェとタップダンスシチーが逃げていた。

向こう正面ではゼンノロブロイの少し後ろを走っているようで、順調な走りに見えた。

 

 

『……1000メートル通過は62.4。少し遅いペースか……』

 

 

ターフビジョンを見ると確かに1000メートルの通過が62.4となっていた。

これは少し遅いのでは? 皐月賞の時は60秒を切っていたはずだと西崎は思っていた。

実際、スローペースだ。前残りがあるんじゃないかと周りで話している声が聞こえた。

 

 

彼の勝負所の4コーナー以降の直線では、外に膨れて、大外を走っていた。

この瞬間、毎日王冠の直線が頭に浮かんだ。

逃げ馬が馬群につかまり始めた残り400メートル、高森騎手がテンペストクェークに鞭を入れたのが見えた。

その瞬間、一頭だけ倍速しているような加速で、中団後方から一気に突き抜けた。

残り200メートルを超えたあたりで先頭に立つと、そのまま先頭を走っていた。

 

 

「そのまま、そのまま!!」

 

 

周りでは、差せ!だの抜かせ!だの粘れ!といった声援が響き渡っていた。

 

 

後ろからテンペストクェークにも負けないほどの脚で猛追する馬たちを後目に、彼の愛馬はゴール前でさらに加速したように見えた。

 

 

「いけ!いけ!」

 

 

そして、テンペストクェークが先頭でゴール板を駆け抜けた瞬間に、西崎は驚きと歓喜で茫然としていた。

 

 

「テンペストクェークって浩平さんの馬よね。もしかして勝ったの?」

 

 

「ああ、勝ったよ。俺の愛馬が勝ったぞ!!」

 

 

まだ確定ではない。ただ審議のランプはともっていない。

それに1馬身差の勝利だったため写真判定の必要はなかった。

 

 

しばらくするとターフビジョンに勝ち時計などが表示される。自分の馬の数字が1着の場所に表示された。

勝ち時計は1.59.8。

 

 

「大外一気で1馬身差か。本当に三歳馬か……」

 

 

「あれに勝ったディープインパクトと有馬で当たるのか……」

 

 

驚異的な末脚を見せたテンペストクェークに他の馬主たちも驚愕していた。

ちょっと居心地の悪さを感じながら、彼らは口取りに向かった。

 

装鞍所には関係者が集まっており、藤山調教師を筆頭に厩舎のスタッフ、島本牧場の二人もいた。

藤山調教師とがっちりと握手を交わし、感謝の言葉を交わした。

 

 

「先生、ありがとうございました」

 

 

「おめでとうございます。オーナー、本当に良かったです」

 

 

「天皇賞を勝てました。まさか本当に勝てるとは」

 

 

みな男泣きをしていた。暑苦しい空間に妻は少し疎外感を感じていたようである。

藤山厩舎のスタッフや島本牧場の二人と話していたら、今日の主役のテンペストクェークが戻ってきた。

 

高森騎手は号泣していた。

泣いていて何を言っているのか正直わからなかったが、感謝の言葉を言っていることだけはわかった。

 

 

「高森君は初のG1だからね。あれぐらい泣いたって許されるよ」

 

 

西崎は、その初G1にテンペストクェークが貢献できてよかったと思っていた。

 

毎日王冠でも経験した口取り。ただ天皇賞ということもあり、さらに人の数が多かった。

そして今日は天皇陛下が天覧に訪れていた天覧競馬でもあった。

口取りは毎日王冠のときと変わりはなかったが、彼の首にかかった優勝レイには「天皇賞」の文字が刻まれていた。

 

 

「それにしても全く落ち着いてるなあ……」

 

 

口取りを一切嫌がらないので、関係者は助かっていたりする。

そして必ずカメラ目線をキメてくれるので、すぐに写真撮影は終わるのである。

西崎の妻が、大きくて強いんですね、といって身体を触ったりしたが、「どんなもんだい!」といった感じで嘶き返しており、「まあ可愛い」と言っている。

天皇賞馬をかわいいか……と一同は思っていた。そして一般人が触ったり近づいても特に怒らないし、逆に人間に気遣いを見せるテンペストにみな驚いていた。

 

 

「これが天皇賞……」

 

 

皐月賞や日本ダービーでディープインパクトの表彰式を見ていたときと同じ感想が溢れた。やはりG1レースの表彰式は規模や格式が違っているなあと感じていた。

 

 

表彰式は、つつがなく進んでいき、ついに天皇賞の盾を受け取るときが来た。

 

 

「って大きいな」

 

 

写真などで見たことはあったが、想像の2回りくらい大きかった。

因みに、もらえる天皇賞の盾はレプリカらしく、表彰式の本物よりは小さい。

 

 

「ああ、これが父の見たかった景色か……」

 

 

名前を刻まれた馬服をきた自分の愛馬、そして天皇賞の盾の重さを感じながら、表彰式は終了した。

 

その日は、友人・知人、それに他の馬主や生産者の方々の対応で、いっぱいいっぱいになり、夜は、知人や部下たちと夜遅くまで宴会をしたのであった。

 

次の日の新聞には、泣きながらスタンド最上階にいる天皇陛下に対して最敬礼をした高森騎手と、彼と一緒に首を下げていたテンペストクェークの写真が一面となった。

 

 

高森康明47歳、天皇賞・秋にて初G1制覇。

テンペストクェーク、父ヤマニンゼファーと親子二代天皇賞・秋制覇。

西崎浩平、所有馬初のG1制覇。

 

 

西崎は、これが生涯唯一のG1の表彰式でもいいと思っていた。

これ以上の栄光を望むものじゃないとすら思っていた。

だからこそ、11月20日の京都競馬場で彼は自分の愛馬が想像をはるかに超える強さであったことを思い知らされたのであった。

 

 

『……大外をついてデュランダルだ……』

『……先頭はダイワメジャーだ。ダイワメジャーが伸びてくる。これは決まるか……』

『……大外からラインクラフトが来た、その後ろからテンペストクェークだ。ものすごい末脚だ、これは行くのか、行くのか……』

『……ダイワメジャーが粘るが、外からテンペストクェークだ!これは決まった!差し切ったーーー!!』

 

 

先頭を走るダイワメジャーを大外から強襲し、ゴール前で差し切ってゴールイン。彼の後ろについてきたハットトリックの猛追も躱して、半馬身差での勝利であった。

勝ち時計は1.32.0であった。

 

 

『毎日王冠、天皇賞秋、マイルチャンピオンシップの重賞3連勝。3歳馬が天皇賞秋に続いてマイルチャンピオンシップを制しました。今年の3歳馬は強すぎる!』

 

 

天皇賞の感動を返せ……と思った一同であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

数日前にレースを終えて、今はゆっくりと休んでいる。

さすがに最後のレースは厳しかった。

フルパワーの全身全霊で走ればもう少し余裕を持ちつつ勝利できたと思うが、これ以上負荷をかけたらヤバいとなんとなく感じた。なので、少しセーブをして走った。

勝ててよかった。負けたらマジで申し訳ないと思ったから。

 

 

「これでGⅠを2勝目か……本当に強いなあ。担当厩務員として表彰台に上がれるとは思わんかった」

 

 

いつも通り、兄ちゃんは俺の世話を真剣にしてくれる。前の前のレースを勝った時は、騎手君は号泣していた。

ずっと俺に何か言っていたと思う。

多分感謝の言葉だと思った。

騎手君が俺を導いてくれたから俺は勝つことが出来たんやで。

まあ感謝されて悪い気はしないな。

 

 

【もちろん兄ちゃんもやで】

 

 

「春まで休養って聞いたけど、牧場に戻るのかね」

 

 

「それだが、育成牧場の方に放牧が決まった」

 

 

「わかりました。テンペスト~故郷には帰れないみたいだぞ~」

 

 

「まあテンペストは場所とかあまり気にしない馬だからな……」

 

 

【もっと褒めなさい】

 

 

「まさかここまで強いとは思わなかった。体調の方はどうだ?」

 

 

「全く問題ないです。疲れは残っているので、休養出来てよかったと思います」

 

 

「検査結果とかで問題はないことはわかっていても、現場の目も気になるんだよな」

 

 

俺の脚をじろじろと見ているおっちゃん。

俺の脚は無事だぞ。鍛えていますから。

 

 

「そういえばまた取材が来るみたいだ。明日の全体会議で話すけど、いろいろと話せるようにお願いいたします」

 

 

「そういえばテンペストクェークも一気にスターホースですものね」

 

 

次のレースはいつかな……

というかあの小柄な馬に全然会わないな。あいつってこのトレーニング場にいないのかね。

黒い馬はいるんだけど。

そうそう、あいつに勝ったぜ、俺。本気の本気の勝負で勝てたのはうれしかった。

あの後、「まけたぜ」って言われた。

でも俺が少しでも油断したら負けてたから、あいつも相当強かったはずだ。

ただ、ちょっと威圧感というかそういった雰囲気が弱くなった気がする。

去年の秋ごろに見かけたときより、確実に。

 

 

【歳ってやつなのかな】

 

 

「こうやって馬房にいるときは大人しくて手がかからないな。G1ホースとは思えんな」

 

 

俺の顔をおっちゃんが撫でる。

もっと撫でなさい。おほ~

 

 

「有馬記念でディープと再び!とか言われているらしいですけど」

 

 

「人気投票だから仕方がないけど、さすがに無理だと思わないのかね……」

 

 

ふう、気持ちよかったぜ。

次も頑張るから、いろいろとよろしく頼むよ。おっちゃん、兄ちゃん。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

その後、テンペストクェークは育成牧場に預けられ、年内は休養に入った。

因みにこの歳、テンペストクェークはWTRRで123(M-I)と評価された。香港マイルを勝利したハットトリックをMCSで。インターナショナルステークスで僅差の2着になったゼンノロブロイを天皇賞・秋で破ったことが評価されての数字であった。

 

年末の有馬記念に向けて、競馬界が盛り上がる中、藤山厩舎では一息ついた形となった。

 

 

 

 

2005年 秋

10月9日 毎日王冠:1 GⅡ(東京第11R・芝1800メートル)約6600万円

10月29日 天皇賞・秋:1 GⅠ(東京第10R・芝2000メートル)約1億3500万円

11月20日 マイルチャンピオンシップ:1 GⅠ(阪神第11R・芝1600メートル)約9700万円

 

賞金:約3億8600万円

 




毎日王冠→秋天→MCSのローテを連勝したのってカンパニーやダイワメジャーがいるんですよね。
カンパニーは8歳で達成してますし、なんなんでしょうねこのおじさん……

ハットトリックがMCSで勝利しないと香港マイルに行けなさそうなんですが、この世界ではしっかりと香港マイルに出走出来て、勝利したということにしてください。
でないと産駒が消えてしまったりしてしまうので……

秋天の覇者ヘヴンリーロマンスは牝馬なので勘弁を。あの天皇賞の写真は好きです。
この数年後にムキムキの牝馬たちが牡馬を蹂躙するので牝馬の時代は彼女たちにということで。


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閑話2

誤字脱字報告、感想ありがとうございます。


1:名無しの競馬ファン

JRA賞も決まったので2005年の競馬を語る。

 

・アンチ、荒らしはスルーで

 

2:名無しの競馬ファン

有馬記念終わった後も似たようなスレが乱立してたぞ

 

3:名無しの競馬ファン

>>2 まあ、年度代表馬とか決まってなかったし。

 

4:名無しの競馬ファン

>>2 表彰とか見てからだとどうしても来年になってしまうよね

 

5:名無しの競馬ファン

今年の受賞馬一覧

 

年度代表馬 ディープインパクト(牡3・栗東)

 

最優秀2歳牡馬 フサイチリシャール(牡2・栗東)

 

最優秀2歳牝馬 テイエムプリキュア(牝2・栗東)

 

最優秀3歳牡馬 ディープインパクト(牡3・栗東)

 

最優秀3歳牝馬 シーザリオ(牝3・栗東)

 

最優秀4歳以上牡馬 ハーツクライ(牡4・栗東)

 

最優秀4歳以上牝馬 スイープトウショウ(牝4・栗東)

 

最優秀短距離馬 テンペストクェーク

 

最優秀ダートホース カネヒキリ

 

最優秀障害馬 テイエムドラゴン

 

最優秀父内国産馬 テンペストクェーク

 

 

6:名無しの競馬ファン

続いて主なGⅠ勝ち馬(中央競馬)

 

フェブラリーステークス:メイショウボーラー

高松宮記念:アドマイヤマックス

桜花賞:ラインクラフト

皐月賞:ディープインパクト

天皇賞・春:スズカマンボ

NHKマイルカップ:ラインクラフト

優駿牝馬:シーザリオ

東京優駿:ディープインパクト

安田記念:アサクサデンエン

宝塚記念:スイープトウショウ

スプリンターズステークス:サイレントウィットネス

秋華賞:エアメサイア

菊花賞:ディープインパクト

天皇賞・秋:テンペストクェーク

エリザベス女王杯:スイープトウショウ

マイルチャンピオンシップ:テンペストクェーク

ジャパンカップダート:カネヒキリ

ジャパンカップ:アルカセット・ハーツクライ(レコード同着)

阪神ジュベナイルフィリーズ:テイエムプリキュア

朝日杯フューチュリティステークス:フサイチリシャール

有馬記念:ディープインパクト

 

 

7:名無しの競馬ファン

プラスα

シーザリオ→アメリカンオークス制覇

ハットトリック→香港マイル制覇

ゼンノロブロイ→インターナショナルステークス2着

 

こんなところか

 

 

8:名無しの競馬ファン

>>5

>>6

>>7

サンクス

 

9:名無しの競馬ファン

妥当なところって感じかな……

 

 

10:名無しの競馬ファン

古馬、特に牡馬がちょっと物足りないかな

 

11:名無しの競馬ファン

というか3歳勢が強すぎんだよ。

 

12:名無しの競馬ファン

3歳勢というか、2頭だよな……

 

13:名無しの競馬ファン

ディープインパクト;皐月・ダービー・菊花+有馬

テンペストクェーク:天皇賞・秋、マイルCS

この怪物たちを何とかしろ。

 

14:名無しの競馬ファン

ゼンノロブロイもハーツクライも2頭にやられたからなあ……

他の4歳以上の馬も振るわなかったし。

 

15:名無しの競馬ファン

というかジャパンカップの同着ってGⅠだと史上初じゃない?

 

16:名無しの競馬ファン

>>15 そうだよ。着順が確定するのにかなり時間がかかったらしいし、相当な審査をしたんだと思うよ。

 

17:名無しの競馬ファン

それで同着か……しかもレコードか。

 

18:名無しの競馬ファン

ディープインパクトに勝てると思ったんだけどなあ。

 

19:名無しの競馬ファン

>>18 でも惜しかったよね。首差で差し切られたみたいだし。

 

20:名無しの競馬ファン

>>18 ディープの陣営が彼本来の競馬が出来なかったとか言ってて嘘だろと思ったわ。

 

21:名無しの競馬ファン

>>20 悔し紛れの言い訳乙って思ったけど、勝っているんだからそんなこと言わないよな。

 

22:名無しの競馬ファン

というディープって無敗でクラシックを終えたってこと?確かこれって史上初では?

 

23:名無しの競馬ファン

シンボリルドルフもジャパンカップで負けたからね。その後の有馬記念は勝ったけど。

 

24:名無しの競馬ファン

ルドルフはあの日程と体調が最悪っていう相当な不利もあったから……

 

25:名無しの競馬ファン

そういえばそうだったな。もう20年近く前だからルドルフのことを知らない人も多くなってそう。

 

26:名無しの競馬ファン

シンボリルドルフといえば、あの騎手も引退したね。

 

27:名無しの競馬ファン

そういえばそうだったな。やっぱり歳には勝てないのかな。

 

28:名無しの競馬ファン

ルドルフおじさんは、今後は解説とかそっちの方に向かうのかな。

 

29:名無しの競馬ファン

>>28 今のところそうみたい。

 

30:名無しの競馬ファン

まあ名騎手=名調教師ってわけでもないからな。

 

31:名無しの競馬ファン

それはそうと、最優秀短距離馬ってテンペストクェークでいいのかな。

 

32:名無しの競馬ファン

>>31 ちょっと?になるところもあるけど、正直高松宮記念、安田記念、スプリンターズステークス、マイルCSの勝ち馬がそれぞれ違うからね。

 

33:名無しの競馬ファン

>>31 3歳でマイルCSを獲ったからって考えれば……

 

34:名無しの競馬ファン

ハットトリックは香港マイル獲ったけど、海外だしな。

 

35:名無しの競馬ファン

テンペストクェークも皐月賞あたりからずいぶん変わったよな。逃げから差し・追込に変えたからかな。

 

36:名無しの競馬ファン

皐月賞とかの走りを見ている限り、ディープインパクトを後ろから差せるのはテンペストぐらいじゃない?あの脚はやばいよ。

 

37:名無しの競馬ファン

毎日王冠→秋天→マイルCSの連勝はえぐい。疲労とか無理しすぎで来年燃え尽きなければいいけど。

 

38:名無しの競馬ファン

>>36 さすがに無理じゃね?と思ったけどいけそうな雰囲気があるんだよな。

 

39:名無しの競馬ファン

>>37 来年2月ごろまで休養だし、その辺は陣営がしっかりしていると思うから大丈夫だと信じている。

 

40:名無しの競馬ファン

それにしてもテンペストクェークって天皇賞・秋を獲ったから、ヤマニンゼファーとの親子二代での勝利か。

 

41:名無しの競馬ファン

マイルCS取っているからニホンピロウイナーと祖父・子で勝利しているぞ。

 

42:名無しの競馬ファン

ニホンピロウイナー・ヤマニンゼファーの血統が活躍しているのうれしい。

 

43:名無しの競馬ファン

熱狂的なファンが多かったからな。ゼファー魂の横断幕がGⅠの舞台で見ることができたのはよかった。しかも勝っているし。

 

44:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファー産駒で初GⅠだったよな。種付け料もかなり安くなって、ほとんど産駒がいなくなり始めているのに、なんで突然こんな怪物が湧き出てくるんだよ。

 

45:名無しの競馬ファン

>>44 ほんとうにそれ。血統に入っているGⅠ馬の能力が結集したんじゃねって感じ。

 

46:名無しの競馬ファン

ここまでテンペストクェークの話ばかり。専用スレでやれよな。

 

47:名無しの競馬ファン

それはそうなんだけど、やっぱり印象に残っちゃたしね。ディープインパクトはお腹いっぱいなので。

 

48:名無しの競馬ファン

普通のニュースとかでもダービーや菊花賞、有馬記念が取り上げられていて驚いたわ。ハルウララブームを思い出す。

 

49:名無しの競馬ファン

オグリキャップブームを思い出すな。まああれに比べたら全然盛り上がってはいないけど。

 

50:名無しの競馬ファン

オグリキャップの第二次競馬ブームはちょっと比較にならないので……

 

51:名無しの競馬ファン

売上が落ちてきたから、新しいヒーローが登場してJRAもウキウキなんやろうな。

 

52:名無しの競馬ファン

ちょっとごり押ししすぎじゃね?ッと思ったけど、めちゃくちゃ強いからなあ……

 

53:名無しの競馬ファン

もう凱旋門だ、なんだって言っているしな。よほどのことがなければ行くと思うけど。

 

54:名無しの競馬ファン

まあローテ的に阪神大賞典→春天→宝塚を勝ってから、フォア賞→凱旋門賞って感じじゃないかな。

 

55:名無しの競馬ファン

エルコンドルパサーみたいに欧州に長期遠征っていうのもロマンがあるけど、日本でもっと見たいしな。

 

56:名無しの競馬ファン

凱旋門なんてどうでもええは、テイエムオペラオー以来の古馬王道グランドスラムが見たい。

 

57:名無しの競馬ファン

>>56 ほんとそれ。

 

58:名無しの競馬ファン

>>56 一度も勝ってないんだし、日本最強馬を送り込まなくてどうすんだよ。そんなんだから競馬後進国とか舐められるんだよ。

 

59:名無しの競馬ファン

>>58 ジャパンカップで外国馬が久しぶりに勝った(引き分け)からって外国馬より日本馬が劣っているとは思えんけどな。

 

60:名無しの競馬ファン

因みにディープは父も母も外国産馬やで……

 

61:名無しの競馬ファン

それを言ったら純日本産の馬なんていねえよ……

 

62:名無しの競馬ファン

ちょっと荒れてきたので、話を変えましょうか。

テンペストクェークとディープインパクトってどっちが強い?

 

63:名無しの競馬ファン

>>62 もっと荒れる話題を投下するのはやめろ

 

64:名無しの競馬ファン

>>62 そういうのは専用スレでやっているぞ

 

65:名無しの競馬ファン

>>62 ガソリン投下で草

 

66:名無しの競馬ファン

>>62 そもそも土俵が違うし。

 

67:名無しの競馬ファン

ディープインパクトは2000~3000

テンペストクェークは1600~2000

決着がつくとしたら2000メートルの舞台。つまり秋天じゃね?

 

68:名無しの競馬ファン

凱旋門賞に行ったら出れないじゃん。

 

69:名無しの競馬ファン

>>68 じゃあ宝塚で。

 

70:名無しの競馬ファン

>>69 2200はちょっとテンペストに不利じゃね?

 

71:名無しの競馬ファン

でもマイルだとディープが不利だろうし。

 

72:名無しの競馬ファン

ハイハイ、これ以上は荒れるのでやめ止め。

 

73:名無しの競馬ファン

こういうのを見ていると、王道路線を走るシンボリルドルフにはニホンピロウイナーがいて、ディープインパクトにはテンペストクェークがいる。本当に同世代はスプリントかダートに行くしかねえな。

 

74:名無しの競馬ファン

牝馬にはラインクラフト、シーザリオがいる。

ダートにはカネヒキリがいるぞ。スプリントくらいかな。

 

75:名無しの競馬ファン

スプリントだって移り変わりの激しい魔境みたいなものだし、逃げ場がねえ。

 

76:名無しの競馬ファン

来年は5歳以上の古馬がどれくらい頑張れるのか楽しみではある。

 

77:名無しの競馬ファン

一つでもディープに勝てば、永遠に評価される段階にきているな。

 

78:名無しの競馬ファン

つい数日前に4歳になったばかりの馬がすでに歴代最強クラスの馬に名前を連ねている。競馬の歴史に立ち会えて満足。

 

79:名無しの競馬ファン

競馬なんてそんなもんやで。多分十年くらいあとにもめちゃくちゃ強いのが出てきて、ディープとどっちが強いみたいなスレが乱立する。

 

80:名無しの競馬ファン

すでにルドルフVSディープみたいなの生まれているしね

 

81:名無しの競馬ファン

最強を決めたがるのは競馬に限らず人間そのものの習性やな。

 

82:名無しの競馬ファン

まあ直接対決があれば、その時に決めればいいんじゃね?

 

83:名無しの競馬ファン

テンペストクェークがすでに3敗しているのは内緒だぞ

 

84:名無しの競馬ファン

>>83 草

 

85:名無しの競馬ファン

>>83調教師、騎手補正を掛ければテンペストの方が……

 

86:名無しの競馬ファン

騎手の差は大きいな……

 

87:名無しの競馬ファン

ディープ:天才

テンペスト:おじさん

 

88:名無しの競馬ファン

高森騎手をおじさんというな。ちょっと老けているけどまだ40代だぞ。

 

89:名無しの競馬ファン

40代は十分おじさんやで。

 

90:名無しの競馬ファン

高森騎手は結構苦労しているからあまりからかってやりなさんな。

テンペストでGⅠを2つ獲ったんだからマジでよかったとは思う。

 

91:名無しの競馬ファン

「この歳まで騎手を続けたからこそテンペストクェークと出会うことができた」ってインタビューで答えていたな。

 

92:名無しの競馬ファン

たしか高森騎手って一度騎手免許を失効したんじゃなかったっけ。

 

93:名無しの競馬ファン

30代の時に事故で死にかけた。その時は二度と騎手に戻れないといわれたほどだったけど、復活して、中央に戻ってきた。

 

94:名無しの競馬ファン

一時期奇跡の復活って感じで報道されてたな。まあその後は何とか食い下がっているって感じだったけど。

 

95:名無しの競馬ファン

まあ、GⅠ獲りまくっている後輩に比べたら……って感じよな。

 

96:名無しの競馬ファン

なにはともあれ初GⅠおめでとうって感じやな。

 

97:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファーも二人の騎手の初GⅠ馬だし、何かあるのかね……

 

98:名無しの競馬ファン

そういえばそうだったな。

 

99:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファーと同じってことは、後は安田記念制覇かな。

 

100:名無しの競馬ファン

父が成し遂げられなかった3階級GⅠ制覇も見たい。

 

 



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馬、次に向けて

マイルCSも終わり、テンペストクェークは重賞3連勝、GⅠ2連勝という栄光を勝ち取り、一気にスターホースの階段を駆け上がっていた。

ディープインパクトに比べると知名度は低いが、コアな競馬ファンからかなり支持されていた。

12月に入り、テンペストクェークは翌年に向けて英気を養うべく、育成牧場に預けられていた。

 

そんな12月のとある休日に、藤山が予約した会議室で、西崎と藤山は面会していた。

電話やメールでも問題はないのだが、大切な馬の話なので、対面で話すのが藤山の流儀であった。

ただ最近はテンペストが有名になったことから、重要な話をするときは、このような形がとられている。

 

 

「今日はありがとうございます。それと、テンペストクェークのマイルCS勝利おめでとうございます」

 

 

「ありがとうございます。これも先生方のおかげです」

 

 

「3歳馬で天皇賞・秋とマイルCSを連勝したのは史上初です。本当にテンペストクェークは強くなりました」

 

 

「本当にその通りですね。初めての馬でここまで走ってくれるとは思いませんでしたよ。周りの人からも驚かれます」

 

 

馬主の資格を有して2年でダービーを制した人はいるが、初の所有馬が3歳でGⅠを2勝したという話は聞いたことがなかった。

 

 

「そういえば、テンペストクェーク以外の馬は所有しないのですか?昨年はセリにも同行しましたが……」

 

 

「ちょっと惹かれる馬がいなくて……」

 

 

二人はセリや藤山調教師の知り合いの牧場を巡って、馬を探したものの、西崎の眼にかなう馬はいなかったようである。

テンペストクェークに目を焼かれてしまった西崎にとって、他の馬は凡庸な馬にしか見えなかったのである。

テンペストと初めて会ったときのように、「面白い」と思える馬はいなかった。

 

 

「……西崎オーナー。テンペストクェークのような馬はそう簡単にはいませんよ。いたとしても、有力な馬主や牧場が所有したり、クラブが所有したりするので」

 

 

「やはりそうですか……テンペストのような馬がいないかと探していましたが彼は特別なのですね」

 

 

西崎のため息に、こりゃあ彼はこれからも苦労するなと思った藤山であった。

 

 

「焦る必要はありませんし、今はテンペストの方に集中してもいいと思いますよ」

 

 

「そうですね。テンペスト関係でいろいろあったので、大変でした……」

 

 

西崎の生活も少し変わり始めていた。GⅠレースを連勝した話は馬主界隈だけでなく、世間一般に知れ渡ったため、自称友人や自称親戚がやたらと湧いてきたのである。もともと経営者であるので、そういった輩が絡んでくることは多かったのだが、明らかに多くなっていた。

 

 

「テンペストクェークを売ってくれ~なんて話もありまして。さすがにどうかと思いましたが」

 

 

「あ~、たまにありますね。特に西崎さんは新人馬主ですから……」

 

 

「本当に参りますよ。ただ、それもうれしい悲鳴という奴です。テンペストが活躍したからこその騒動ですからね」

 

 

機嫌よく笑う西崎に、そこまで心配する必要はないなと思った藤山であった。

 

 

「そういえば、テンペストクェークのグッズも販売されるんですよ。オグリキャップみたいにぬいぐるみが一家に一体って感じになりませんかね」

 

 

「さすがにそこまでは……ディープインパクトの方がその立場になるのでは?」

 

 

「確かに無敗の三冠馬って方がインパクトがありますよね……」

 

 

「ははは、テンペストももっと活躍すれば絶対にたくさん売れるようになりますよ。さて、そろそろ本題に入りましょうか」

 

 

テンペストクェークの話題で場が暖まったところで、藤山は話の本題を切り出した。

 

 

「今日西崎さんに報告したいことは、今後のテンペストクェークの出走計画についてです」

 

 

「確か2月のレースから始めるという話でしたね」

 

 

「2月末の中山記念からスタートする予定です。6月には安田記念にも出走しようと考えています。GⅠを2勝しているので、出走除外に怯える心配はもうありません。あるいは宝塚記念も考えています」

 

 

どれも1600~2000メートルの彼が得意とする距離のレースである。特に安田記念は彼の父親のヤマニンゼファー、祖父のニホンピロウイナーが勝利しているレースであるため、ぜひ獲っておきたいと藤山は考えていた。

 

 

「その辺りのレース計画は先生方に任せます。彼がしっかり走れるローテーションでお願いします」

 

 

西崎的には、特に文句のない出走計画であった。しかし、藤山は、西崎にとある提案をした。

 

 

「それでなんですが、安田記念の前に、ドバイのレースを走らせてみませんか?」

 

 

ドバイのレースを走らせてみたい。この提案こそが本日の本命の話である。

 

 

「ドバイ……ですか。近年になって競馬が盛んになった土地ですよね」

 

 

突然、日本とは関係のない外国の名前が出てきたことに西崎は困惑していた。

 

 

「はい。賞金額が高く、近年とくに注目を集めつつある国です。そこでドバイミーティングが開催されます。その中のドバイデューティフリーなら、テンペストクェークでも十分勝利を狙えると思います」

 

 

ドバイミーティングは、アラブ首長国連邦のドバイにあるナド・アルシバ競馬場にて行われる国際招待競走の開催日、同日に行われる重賞の総称である。

総賞金600万ドルのドバイワールドカップ(ダート)をはじめ、世界最高峰レベルの賞金額を誇るレースが多い。

2001年にステイゴールドがドバイシーマクラシック(当時はGⅡ)でファンタスティックライトに勝利したことで日本でも有名になったレースである。

 

 

「藤山先生が勝利を狙えるというのであれば、それを信用します。ただ、ドバイに行くということは、それ相応の費用も掛かるのではありませんか」

 

 

馬を輸送する飛行機の往復代金を中心に、日本の輸送とは桁違いの費用が掛かる。馬主初心者の西崎もそれくらいは知っていた。

 

 

「それなんですが、このレースは国際招待競走なのです。これは競馬の主催者がその国に所属していない馬を招待して、輸送費や滞在費用などを負担してもらうことが出来ます」

 

 

「それだと我々の負担はほとんどないということなのですね」

 

 

「その認識で構いません。ただ、「招待」を受ける必要があります。その辺は2月にわかると思いますが……」

 

 

「「招待」ですか。テンペストクェークはそれを受ける可能性はありますか?」

 

 

「あります。天皇賞とマイルCSのGⅠを2勝しているうえ、WTRRで123ポンドを獲得しています。可能性は十分にあり得ます」

 

 

「なるほど……因みにこのレースでテンペストは勝てますか?」

 

 

西崎は、勝ち目があるからこそ、提案しているのだとわかっていたが、本人の口から説明が欲しかった。また、基本的には藤山に出走レースの制定などは藤山に任せているが、海外となればある程度の根拠が聞きたいと思っていた。

 

 

「ドバイDFの距離は、芝の1777メートルです。マイル~中距離では現在日本最強馬といっていいテンペストなら十分勝ち目があります。そして、飛行機は未経験ですが、テンペストクェークは馬とは思えないほど輸送に強いです。そして環境適応能力も非常に高い。海外のレースでも万全の状態で戦えると思います」

 

 

サラブレッドは本来繊細な生き物である。しかし彼は、弥生賞で負けたとき以外に精神的に弱くなった時が一切ないのである。美浦トレセンに来て数日でゼンノロブロイと喧嘩できる胆力もある。競争能力以外の能力が非常に優れているのがテンペストクェークの強みでもあった。

 

 

「そこまで自信があるのでしたら、是非お願いします。ただ、招待されなかった場合には当初の出走計画の通りに進めてください」

 

 

「ありがとうございます。予備登録は1月頃に行われます。第一希望はドバイDF、第二希望はドバイWCにしたいと思います。招待状は2月中に届くと思います」

 

 

「中山記念は距離も近いので、試金石といった形ですね」

 

 

「そうなります。さすがに休養明けでいきなり海外レースは彼でも厳しいと思いますので、しっかりと叩いていきたいと思います」

 

 

「中山記念で惨敗したらちょっと恥ずかしいですね」

 

 

「ははは、それがあるのが競馬ですからね」

 

 

こうして、テンペストクェークのドバイDF出走(予定)が決定した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺は、いつものトレーニング場を離れて、見知らぬ土地に来ていた。

初めてきた土地であったが、特に問題なく過ごすことが出来ているため、文句があるわけでもなかった。

こっちに来てから少しの間は、のんびりと過ごしていたが、冬の風が冷たくなった今は、それなりにトレーニングに励んでいる。

どうも夏の休みのようなものではないようだ。

自分としても長く休むと、せっかく鍛えぬいた体のキレが失われてしまうと思うので、こうやって運動させてくれるのはありがたかった。

 

 

「美浦のスタッフから聞いていましたが、本当に手がかかりませんね」

 

 

「かなり頭がいいというのは本当のようだな」

 

 

ここでも、俺の世話をしてくれる人がいる。

ここで俺が暴れたりしたら、兄ちゃんやおっちゃんに迷惑が掛かるので、俺は優等生を演じている。

 

 

【もっとメシちょうだいな】

 

 

ただ、少し御飯の量が少ないので、もっと欲しい。

その辺の草を食う、文字通り道草を食ってもいいのだが、どうやら俺のメシというのは、人間のアスリートのように、しっかりと量や種類などが管理されていることが多いようである。

なので、むやみやたらに喰らい尽くすわけにはいかなかった。

 

 

「って御飯の要求か。こうやってバケツを鳴らしてアピールするところなんかは可愛いよな~」

 

 

そういって、俺を撫でてくれるので、俺はそれに応じる。

うーん。やっぱ兄ちゃんと騎手君の撫で方が一番うまいな。

 

 

「なんか微妙な顔をしているけど、まあいいか。しっかり食って、運動して、トレーニングして、春から頑張るんだぞ」

 

 

次のレースでも勝てるようにしっかりと身体を整えねば。

俺はもう誰にも負けたくないのだから。

 

 

俺がこの牧場?に来てしばらくの時間がたった。

しばらく過ごしていると、この牧場にも、様々な馬がいることが分かった。

部屋の隣にも馬がいるし、走り回っていると、近くに他の馬が走っていたりする。

数はトレーニングセンターに比べると少ないが、それでも顔を合わせたりする。

 

 

【ボス】

【強い......】

 

 

なんというか何故かここで自分がボス認定されてしまったのである。

ここに来てすぐに、俺がしばらく厄介になるので、「よろしく」という意味も込めて他の馬に挨拶をしたのだが、それ以降なぜか俺がここのボスとなっていた。

 

最初は全部無視してここで生活をするつもりだった。

だが、自分をボスと認める馬たちがいるなかで、その役目を放棄するのは、あまりに無責任だと考えるようになった。

 

前にいたトレーニング場では、あの黒い馬がボスとして君臨していた。

あいつは偉ぶっているだけではなく、暴れている馬がいたらそいつを一喝して鎮めていたりした。

そういう強さも持っているからこそあの黒い馬はボスだったのだろう。

 

 

俺には知性がある。そして理性もある。ただ、あくまで俺は馬である。

馬として生きる以上、馬の社会に適応する必要がある。

だが、俺は他の馬より強く、そして賢い。

あの黒い馬にボスができて、俺にはできないわけがないだろう。

 

それに、あの黒い馬には色々と恩がある。

夏の終わりから秋にかけて、あの馬と走ったから俺は強くなれた。

強い馬のお手本として最適な馬だった。

 

そいつから、お前が次のボスだと認定されてしまった。

あいつはそろそろ引退するのかもしれない。

外見ではわからないが、ここに来る前に走った時には威圧感や勢いのようなものが少し衰えているのがわかった(他の馬よりは普通に強そうだったが)。

もしかしたらあいつは、自分が衰えつつあるのを自覚していたのかもしれない。

 

なら、その意思を受け取っておこう。

あいつに勝った証拠として......

 

 

【取り敢えずここでボスの経験を積むか】

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2006年が始まってすぐの1月初旬、2005年のJRA賞が発表され、表彰式が行われた。

年度代表馬は、無敗の三冠馬にして無敗でクラシックを終えたディープインパクトであった。

そして、藤山厩舎のエースであるテンペストクェークは、3歳でマイルチャンピオンシップを制したことが評価され、最優秀短距離馬を受賞した。

藤山厩舎の馬がJRA賞を受賞するのは初めてであった事なので、厩舎スタッフ全員でお祝いの宴会を行ったりしていた。

そんな表彰式が終わった数日後。テンペストクェークは育成牧場で英気を養っており、美浦トレセンにはいなかった。

定期的に藤山などのスタッフが見に行ったりしており、大きな問題は発生していないようである。

 

 

そんな中、藤山は、西崎と表彰を受けた記念会を改めて二人で会っていた。

 

 

「最優秀短距離馬の受賞おめでとうございます」

 

 

「ありがとうございます。これも高森騎手や藤山先生たちのおかげです。初めての馬でここまで来れるとは思いませんでした」

 

 

JRA賞の表彰式では、藤山が表彰台に上がっていた。

表彰を受けた馬の大半が栗東所属の馬であったため、何とか美浦の面目を保つことが出来たと思っていた。

 

 

「これからもテンペストクェークは勝ちます。まずは中山記念からです。予備登録は済ませましたが、出走できればドバイも勝っていきます」

 

 

「その言葉を信用させていただきますよ。よろしくお願いします」

 

 

「あと、テンペストクェークの様子ですが、特に問題はなく過ごせているようです。手が掛からないうえ、賢いので、かなり可愛がられているようです」

 

 

「それなら安心です。どこに行っても彼は可愛がられますね」

 

 

「少しいたずら好きなところもあるようで、そこも可愛いんですよ。小学生の息子を思い出してね……」

 

 

「島本さんたちが言ってましたね。生まれたときから人間にずっと育てられてきて、人間と共に過ごしてきたから、自分のことを人間だと思っている節があると」

 

 

「表情が豊かだったり、妙に頑固だったりするのは人間っぽいんですよね。ただ、最近は馬嫌いが治ってきているそうなんですよ。夏以前は興味すら向けなかったのに」

 

 

テンペストクェークの馬嫌いは陣営の中では有名であった。彼が親しくしている馬は、同じトレセンにいたゼンノロブロイくらいだった。

 

 

「いま預けられている厩舎でボスになっているらしいです。馬同士の喧嘩を仲裁したり、ボスとしての仕事もそれなりにしているみたいです」

 

 

「は~。馬の社会にもボスはあるんですね。それでテンペストがボスとは……」

 

 

「やっぱりゼンノロブロイに何か感じるものがあったんだと思いますよ。併走や曳運動を一緒にするようになってから、一層たくましくなりましたからね」

 

 

ゼンノロブロイは藤山とは別の有名厩舎に所属している馬である。本来であればライバルになり得るテンペストクェークと併走などの調教を一緒に行う義理もないのだが、ゼンノロブロイ陣営には承諾してもらっている。馬が合うというのも意外と重要なのである。

テンペストクェークがゼンノロブロイを破って天皇賞・秋を勝利したときは、少し気まずかったが、代わりにある約束をしたので、その辺は解決した。

そのゼンノロブロイはジャパンカップを3着、有馬記念を3着と最後まで粘り続け、引退した。

 

 

「ゼンノロブロイには感謝しないといけませんね……もう美浦トレセンからいなくなりますし、テンペストもさみしくなるんじゃないでしょうかね」

 

 

「う~ん。さみしがっている様子を一度たりとも見たことがないので、どうなんでしょうね。ただ、うちの厩舎のボスは、すでに彼のようなものですし、ゼンノロブロイがいなくなったあとは、美浦全体のボスになるんじゃないでしょうかね」

 

 

「身体も大きいですからね。島本牧場で見たときより見違えましたよ」

 

 

西崎が出会ったときは、体は大きいが貧乏くさい外見と外向気味の脚のせいで立派には見えなかった。しかし、今は500キロ超えの馬体とムキムキの筋肉がついている超一流馬となっていた。だからこそ、他の馬からみたら、畏怖の存在となっているようである。

 

 

「人間でいえば、アーノルド・シュワルツェネッガーがいるようなものですかね」

 

 

「ははは、もしかしたら馬からは、そんな風にみられているのかもしれませんね」

 

 

その後も二人は、テンペストの話で盛り上がったのである。

 

 

 

 

2月中旬、テンペストクェークは、育成牧場から帰還して次走の中山記念に向けて調教を積んでいた。そこに、ドバイからの招待状が届いた。

藤山調教師一同はこれを受諾し、テンペストクェークのドバイデューティフリーへの挑戦が確定した。

日本からは、昨年の香港マイルを勝ったハットトリック、安田記念を勝ったアサクサデンエンが出走予定であり、日本馬の初制覇が期待されていた。

 

 

 




テンペストクェーク目線
「どうも、これからよろしく」
他の馬目線
「夜露死苦」

ただ、キレたナイフのような雰囲気は消えつつあるので、前ほどは恐れられてはいないようです。


ドバイの招待については、ジャスタウェイを参考にしたので、2006年時点だといろいろ間違っているかもしれません。ご容赦ください。


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馬、砂の国へ

文字数が少し多くなったので、2話に分けて投稿します。
いつも誤字脱字、感想ありがとうございます。


2006年2月26日、中山競馬場開催のGⅡ中山記念がテンペストクェークの4歳初戦となった。

育成牧場から帰ってきたテンペストクェークは、体のキレが鈍ることなく順調に調教をこなし、中山記念へと挑んだ。ドバイからの招待状を受け取り、出走を表明しているテンペストクェークにとっては一種の叩きレースであった。

中山競馬場での競馬は、1着1回、2着2回と良好な成績であったこと、得意な距離であったこと、調教、パドックの仕上がりが良好だったこともあり、1番人気でレースを迎えた。

 

レースでは、抜群のスタートを決めると、いつものような後方待機策ではなく、そのまま先頭集団にとりついて走った。最終コーナー付近で一気に加速して、先頭を走っていたバランスオブゲームをゴール前100メートルほどで追い抜き、そのまま1馬身差でゴールした。バランスオブゲームも後続を置き去りにするほどの加速をしたが、それを上回る脚でテンペストクェークがゴールを駆け抜けた。

雨の中、馬場状態は重であったが、それを全く感じさせない走りであった。

 

 

レース後の騎手のコメント

『先頭集団で走るのは初めてだったが、問題なかった。最後も素晴らしい加速で走ってくれた。道悪を苦にしないことはわかっていたが、それを結果で示してくれた』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今、俺はまた見知らぬ場所に来ていた。

 

冬の間世話になった牧場からいつものトレーニング場に戻って、身体を鍛えぬく毎日を送っていた。

ちょっと前には、去年の春に走った競馬場で走った。

レースは、雨のせいで、芝がぬかるんでいたけど、特に問題なく走ることが出来た。

結果は勿論1着である。

結構走りにくそうにしている馬が多かった。その一方で、伸び伸びと走っている馬もいて、芝の状態一つで、得意不得意が現れるんだなあと思っていた。

俺はどうかって?俺はどっちも問題ない。

これは俺にしかできないことかもしれないが、普通の芝と、雨が降った後の芝では少し走り方を変えている。

そうしないと、うまく地面を蹴り上げることが出来なかったり、滑ったりするからだ。

この辺は何というか、絶妙な調整が必要だから、説明が難しい。

 

あと、あの黒い馬がどこを探してもいなくなっていた。

どこか別の場所で走っているのか。それとも引退してしまったのか。俺にはそれを知るすべはなかったが、きっと彼ならどこでもやっていけるだろう。

 

まあとにかく、俺は前のレースも勝利して、しっかりと騎手君や兄ちゃんたちを喜ばせることが出来たのだ。

そして、疲れを癒していたら、俺はまたトラックに乗せられて見知らぬ場所に連れてこられたのである。

 

 

【ここはどこだ……】

 

 

「さすがのテンペストも初めての場所だから少し緊張しているかな。それでも落ち着いているけど」

 

 

それと俺と同じように連れてこられた明るい茶色の馬。この馬もどこかせわしなさそうにしていた。

 

 

【落ち着け。ここは大丈夫だ】

 

 

【……そうだね】

 

 

そういえばこの馬は、去年のレースで一緒に走ったな。

 

 

「アサクサデンエンの方も落ち着いているのでよかったです。テンペストも威張り散らすタイプではないので、大人しい馬とは相性がいいのかな」

 

 

【まあよろしく】

 

 

【うん、よろしく】

 

 

この馬は特に攻撃的でもないし、ガツガツしていないな。俺やあの黒い馬よりも年上かもしれん。まあ、俺の方が強いと思うが……

 

 

見知らぬ場所は、俺が過ごしていたトレーニング場と同じような場所だった。やたらと俺の行動や状態をチェックする人がいる以外は普通にトレーニングを行っていた。

なんかやたらと注射で血を採られたりするし、獣医?のような人もいるんだけど、俺ってなんかやらかした?

もしかして俺が人間並みの頭脳を持っていることがバレたのか。解剖は嫌だな……

 

そんなことを思っていたが、特に危害を加えられることはなく、ちょっと変わった日常を味わう程度で何日が過ぎていった。

 

 

そして、再びトラックに乗せられた先は、空港であった。

目の前には飛行機が鎮座していた。

俺に耳あてのようなカバーをかぶせたのは、音対策のためか。確かにうるさい。

最初に俺と一緒にやってきた馬も怯えている。

周りを見渡すと、他にも馬がいる。俺と同じレースを走った事がある馬もいれば、初めて出会う馬もいた。

ただ、全員怖がったり、不快感をあらわにしていた。

 

 

【怖い怖い】

【なんだこれは、食われる】

【うるさい!】

 

 

【まあ、頑張れ……】

 

 

俺にはどうにもできないので、とりあえず頑張って耐えることを伝えておいた。

馬にはこれは厳しいのかな。

 

そんな感じで俺は飛行機に乗り込み、空の上で過ごした。メシや水は完備されていたし、温度もちょうどよかったので意外に快適だった。ただ文句があるとするならば、横になって寝そべりたかった……

一緒に乗っていた馬は爆音などの不快感のせいか、かなり大変そうであった。ただ、お世話の人間もいたので、慣れたころには、落ち着いていたのでよかった。

 

 

 

 

そして飛行機から降ろされた場所は、見たこともない場所だった。

いや、基本初見のところばかりなんだけど、なんというか空気感が日本とは違うのだ。

ここはいったいどこの国だろうか。

 

ただ、わかることがあるとすれば、俺は世界と戦うことになるだろうということだ。そうなると、俺は騎手君やおっちゃんたちだけでなく、日の丸を背負って戦うことになる。

俺が情けない走りをすれば、それは日本の馬全体がバカにされることになる。

 

 

【絶対に勝つ】

 

 

【疲れた】

【眠い】

 

 

おい、同志たち、君たちももっとやる気を出したまえよ……

馬に国家は関係ないか。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

テンペストクェークは、3月25日にドバイで開催されるドバイDFに出走するため、検疫を受けることになった。同じく美浦所属で、ドバイDFに出走予定のアサクサデンエンと共に、栗東の厩舎で検疫を受けつつ調教を行った。

そして、検疫期間終了後の3月16日、関空から、ドバイミーティングに参加する馬と共にドバイへと旅立ったのである。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

西崎にとって海外旅行はそこまで身近なものではなかった。

経営者で普通の人よりは資産があるが、仕事も海外に関係するものではなかったうえ、特に海外志向もなかったので、家族旅行などでしか海外には縁がなかった。

そんな彼は今、砂の王国、UAEのドバイにやってきたのであった。

 

今回のレースで招待されたのは西崎と妻の涼子だけであった。用意された飛行機もホテルもしっかりとしたものであったため、金持ちの国ってすごいと二人で感嘆していた。

因みに、会社の競馬好きの部下たちを招待することはできなかったが、彼らは自費で応援に行くと言い張り、テンペストクェークのファンたちを巻き込んで、応援ツアーを勝手に企画してついて来ているらしい。

今回のドバイミーティングに出走する馬は、日本で優秀な成績を残している馬が多い。

ハーツクライのようなクラブ法人の馬もいるが、西崎と同じ個人馬主が所有している馬もドバイに来ていた。

 

 

「カネヒキリとユートピアはあの馬主の馬か。ディープインパクトだけでもすごいのになあ……」

 

 

自分では到底たどり着けない境地だなあと考えていた西崎であった。

最初の所有馬でドバイまで来ている西崎も幸運を超えた豪運でもあるが、それを指摘する者はこの場にはいなかった。

 

 

滞在するホテルからそう遠くない場所に、テンペストを含めた日本馬たちがいる厩舎があるとのことだった。特にやることもないため、妻を連れてテンペストに会いに行くことにしたのである。

 

テンペストの馬房がある厩舎では、ドバイで走る日本の馬が過ごしていた。暑い国の配慮なのか、エアコンが効いていたため、心配された暑さは問題なかった。

実際の競馬も夜なので、そこまで気にする必要はないと聞かされている。ただ寒暖差が激しいため、調教などで調子を落としてしまう馬もいるとも聞いていた。

 

 

「テンペストの調子はどうですか」

 

 

「ここに来たときは少し緊張していたようです。ただ、慣れたのか今はゆっくりしていますね。飛行機でも食って寝てを繰り返していましたし、精神的にも肉体的にも全く問題は起きませんでした。これなら十分戦えると思います」

 

 

厩務員の秋山が自信をもって答えた。彼はテンペスト専属の厩務員として、この地にやってきたのである。

 

 

「それは心強いです。テンペストも異国の地で戸惑っているかもしれませんが、安心できるようによろしくお願いします」

 

 

「わかりました。まあ、こいつはいつも通りやってくれると思いますよ。な、テンペスト」

 

 

秋山が馬房から顔を出していたテンペストの首をさすると、ヒンッと軽く嘶いて、秋山の帽子を咥えて馬房の奥に引っ込んだ。

 

 

「って、返せ」

 

 

「可愛いですね。テンペスト、こっちに来れますか?」

 

 

帽子を奪って笑っているテンペストを涼子が呼んだ。すると、涼子の頭の上に帽子を被せて、そのまま馬房で横になって寝始めた。

 

 

「可愛い~」

 

 

歳も考えないで可愛いと連呼している妻を横目に、二人は、やっぱりこの馬には中に人間が入っているか、あるいはロボットなんじゃねーかと思っていた。

それと同時に、いつものペースを全く崩さないテンペストに、確かな自信を感じ始めていた。

 

 

その後、数日間ホテルで過ごしたあと、主催者によるパーティーなどが開催された。

最初は、雑多な馬主の一人ですよ~といった顔をしていた西崎夫妻であったが、同じ日本人のグループにつかまり、毎度のように大物馬主や生産者たちとパーティーを過ごしたのであった。

因みに島本牧場からも牧場長の島本親子が生産者代表としてドバイ入りをしていたが、慣れない環境と飛行機で完全にグロッキーになっており、この場には参加していなかった。

 

 

開催日が近くなると、騎手の高森もドバイ入りして、調教の手伝いやテンペストの状態確認などを行っていた。またナド・アルシバ競馬場は初めてであるので、過去のレース映像の確認などを行っていた。

 

 

「よし、これで大丈夫だ」

 

 

「調子がいい。馬体も昨年よりもさらに進化している。というか本当にすごいな……」

 

 

彼の身体はピカピカに輝いていた。あの貧乏くさいと呼ばれた姿を微塵も感じさせない仕上がりであった。

その様子に、他の日本馬の陣営も、ヤバいと感じ始め、彼を遠巻きで観察していた他国の陣営も、なんだあの馬はとひそかに話題になっていた。

気が早い関係者などは、水面下でテンペストクェークのことを狙っていたりしたが、西崎の馬主ネットワークのあまりの弱さに、挫折していたりもした。

 

 

ドバイでの時間はあっという間に過ぎ去り、3月25日、ドバイミーティングが開催された。

 

 




ラジオNIKKEIの記事が正しいのであれば、
角居厩舎所属
カネヒキリ(ドバイWC)
フラムドパシオン(UAEダービー)
ハットトリック(ドバイDF)
橋口厩舎所属
ハーツクライ(ドバイSC)
ユートピア(ゴドルフィンマイル)
にアサクサデンエン(ドバイDF)が一緒の飛行機に乗っていったようです。
6頭以上乗せれるのかわかりませんが、テンペストもこの馬たちと同じ便でドバイに行きました。

ハーツクライの応援に、のちのジャスタウェイの馬主も行っているようなので、もしかしたら彼と西崎は交流していたかもしれません……


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砂塵に吹き荒れる暴風

【ドバイデューティフリー】

アラブ首長国連邦のナド・アルシバ競馬場にて開催されている芝・1777メートルの競争である。1996年にダート2000メートルで開催されたが、2000年からは芝や距離が変更され、2002年にGⅠ昇格と共に現在の距離1777メートルとなった。

賞金額が高く約1800メートルという距離であるため、中距離の精鋭馬が集まるレースになりつつあった。

2001年にイーグルカフェが9着に敗れて以来、日本からの挑戦は行われていない。

 

2006年に、このレースに挑む日本馬は3頭いる。

3歳で天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップを制し、現在重賞を4連勝中のテンペストクェーク、香港マイルを勝利したハットトリック、安田記念を制したアサクサデンエンである。

海外馬では、2005年にチャンピオンステークスを勝利したデビッドジュニアや、2003年にコックスプレートを勝利したフィールズオブオマーなど、世界のGⅠ馬が集まっていた。

 

 

「うーん、デビッドジュニアは昨年調子が良かったからな。警戒対象だな」

 

 

調教師の藤山にとって自分が管理する馬が海外のレースに出走するのは初めてである。そのため、海外のレースはそこまで詳しいわけではなかった。しかし、今回、テンペストが海外で走ることになったため、海外馬の情報の収集はしっかりと行っていた。

 

 

「ただ、明らかな怪物はいないな。むしろテンペストの方が警戒されているのかもしれん」

 

 

少なくとも、マイルCSで敗れたハットトリックと天皇賞・秋で敗れたアサクサデンエンの関係者からは、最大級の警戒を受けていることがわかっていた。

 

 

「高森くんもこの場に飲まれていない。やはりGⅠを勝ったことが大きかったな」

 

 

テンペストの鞍上は一貫して高森騎手であった。海外の舞台では、より優れた騎手を据えるべきではないかと考えもした。

しかし、テンペストには高森騎手以外にはありえなかった。彼は、テンペストの上にいるときは、別人のように輝いていた。

その輝きを常に放ってくれればいいのにとは思っていたが……

 

 

「人事は尽くした。あとは天命を待つのみ。頼んだぞ、二人とも……」

 

 

 

――――――――――――――――

 

 

レース直前の俺たち騎手が待機する部屋には、独特の緊張感が漂っていた。

この雰囲気は日本の競馬とそこまで変わらない、ただ、違うことがあるとすれば、周りにいる騎手が外国人騎手ばかりであることだ。

 

知り合いがほとんどいないこの状況で、俺はなぜか冷静でいられた。

緊張しすぎていない、それでいてリラックスもしていない。

いい状態だ。

 

 

「ふ~、あと少しかな」

 

 

今はドバイDFに出走する馬がパドックで周回している時間だ。

そんな緊張感の中、俺に日本語で声をかけてくる男がいた。

 

 

「高森さん、改めてですが今日はよろしくお願いします」

 

 

今日のアサクサデンエンの鞍上で、昨年ディープインパクトで栄光を勝ち取った、日本競馬界屈指の天才騎手であった。

一応俺の方が先輩なので、律儀に挨拶をしてきたようだ。

本番前の騎手は、ピリピリしていることが多いので、話しかけにくいオーラを放っていることも多い。ただ、俺はそういうタイプではないので、意外と後輩から話しかけられることが多い。

 

 

「こちらこそよろしく。それにしてもさすがというか、場慣れしていますね」

 

 

彼は2001年にステイゴールドでドバイシーマクラシックを勝利している。この場を知っているという意味では俺より先輩かもしれん。俺が先輩であることって年齢だけ……?

戦績?比べるのがおこがましいくらいだよ……

 

 

「ありがとうございます。日本代表として健闘しましょう」

 

 

そういって、彼は自分の場所に戻っていった。

なんというか凄いやつだな……ただ、目は笑っていなかった。

 

しばらくすると係員が合図する。そろそろ時間だ。

 

パドックには、先生と西崎オーナーとその関係者がいた。

 

 

「高森騎手、テンペストを無事に導いてください」

 

 

「高森君、テンペストをよろしく頼みます」

 

 

GⅠを2勝しかしていない俺に、この舞台でもテンペストに乗ることを許してくれた。

俺の経験とテンペストとの絆を信じてもらえた。

 

だからこそ勝たなければならない。

 

騎乗合図とともに、俺はテンペストにまたがる。

完璧な仕上がりだ。

 

 

「テンペスト、今日もよろしく頼むよ」

 

 

もはや恒例行事のように、彼の嘶きが帰ってくる。

調子も最高。さあ行こうか。

 

本馬場に入り、返し場で馬場状態を確認する。

テンペストは特に問題なく走り、ゲートインを待つことになった。

 

1枠2番が俺たちの枠順だった。

ゲートインも問題なく進み、ゲートが開くのを待つ。

 

 

「行くぞ!」

 

 

ゲートが開いた瞬間、テンペストは外に飛び出した。

 

 

タイミングもよく、好スタートであった。

ここから400メートルくらいは直線のコースであるため、外枠の馬たちが内によって来る。

そのため、内側を走っているテンペストは、外から蓋をされてしまう可能性があった。

そして、予期した通り、外から馬が内枠によって来た。

 

今回は、あまり後方での競馬はしたくなかった。幸い先行での競馬は中山記念で経験済みであったため、テンペストも戸惑うことなく俺の指示を聞いてくれている。

 

スタートがよかったため、俺たちは先頭集団のやや後ろに位置して最初のコーナーまで走ることが出来た。隣に一頭馬が走っていたが、1頭だけなので問題はない。これが2頭、3頭と被せられると、ラストの直線で抜け出しにくくなる。

 

コーナーを曲がっていると、斜め後ろに、水色の勝負服を着た騎手が乗っているデビッドジュニアがつけてきていた。

こいつも要注意馬だったな。

おそらく最終直線でこいつも一気にスパートをかけてくるだろう。

 

 

最初のコーナーを過ぎるころには、先頭にザティンマンが走っており、3頭が先頭集団を形成して、その後ろにテンペストがいる流れになっていた。体感のタイムでは、そこまで早いタイムではない。

前残りするかもしれない。先行策は間違いではなかったな。

 

テンペストの状態を確認するが、変な汗も、呼吸もしていない。痛めたような走りもしていないな。

これならしっかりとラストで決めてくれるだろう。

 

それにしてもテンペスト、なんかカメラ追いかけてないか……

前を行く馬と騎手の間から、中継用のカメラを乗せた車が走っているのをチラチラとみている気がする。

 

 

「集中してくれ!テンペスト」

 

 

こんな時に注意するのはどうかと思うが、さすがにケガをされたり、接触事故になったりするのは怖い。

 

 

残り1000メートルを通過する。依然として先頭はザティンマンである。

ここから400メートルほどのコーナーを越えて、あとは600メートル近い直線コースが待っている。

 

コーナーの終盤では、後方で待機していた馬たちが徐々に加速してきたのがわかった。

それに伴って、テンペストも無理のない程度にスピードを速める。

テンペストの凄いところは、こういったスピードの調整がものすごく細かく利くところだ。普通の馬だったら、ここまでの調整は利かない。

車のアクセルと同じ感覚で乗ることが出来る。

 

もう少しだ、もう少し我慢してくれよ

テンペストが前に行きたがってうずうずしている様子が分かった。

 

残り400メートル前、後ろにいた馬が横に並び立ってきたのがわかった。

デビットジュニアであった。

 

 

彼らが、俺たちを抜かそうとした瞬間、俺はテンペストに一発の鞭を入れた。

それだけで充分であった。

重心が低くなり、一気に前に行こうとする彼だけのフォームに変わる。

 

高速道路で一気にアクセルを踏んで加速するような感覚に襲われた。

この瞬間が最高だった。

 

 

「行くぞ!」

 

 

スパートをかけたテンペストは、半馬身ほど前にいたデビットジュニアを抜き返し、そのまま粘り続けている先頭勢を捉える。しかし、隣のデビットジュニアもテンペストクェークに抜かれまいと、馬体を合わせて、走っている。

2頭同時に、先頭を走っていたシャドーロールを付けている馬であるザティンマンを抜かしたのは、ラスト200メートルでのことだった。

そしてその数秒後、隣で粘っていたデビットジュニアが後退していき、俺たちは単独で先頭になった。

 

後は、後ろから猛追する馬たちを引き離すだけだ。

テンペストの様子がおかしくなっていないか、そして後方から馬が来ていないかを確認しつつ、走っていた。

 

ラスト50メートル。

もう、誰も追いつけないだろう。

そのまま俺たちはゴール板を駆け抜けた。

 

 

ゆっくりと減速しつつ走っていると、すぐに後ろから、2着以下の馬が追い付いてきた。

歓声が聞こえる。

 

勝ったテンペストは、舌をペロペロさせながら、気分がよさそうにクールダウンの走りをしていた。

 

 

「お疲れさん。お前が最強だよ!」

 

 

「どういたしまして」という意味かどうかはわからないが、嘶きで返してくれたのがうれしかった。

 

しばらくテンペストがゆっくり走っていると、誘導馬がやってきた。

そういえばこのレースって馬の状態がよくない場合以外には、騎乗した状態でインタビューを受けるんだったな。

ひそかに勉強していた英会話がこんなところで役に立つとはな……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『……残り400メートル。先頭は依然としてザティンマン。このまま粘れるか。ここでデビットジュニアが動いた、前のテンペストクェークを捉えるか……』

 

『……テンペストクェークに鞭が入った、抜かせない、抜かせない。そのまま2頭のデッドヒート。残り200メートルで先頭のザティンマンを抜かした……』

 

『……テンペストクェークだ、テンペストクェークが抜け出した。デビッドジュニアは後退していく。先頭はテンペストクェークだ。このまま2馬身、3馬身と差が開いていく。テンペストクェークそのままゴールイン。圧巻の走りでドバイデューティフリーを制しました。暴風はドバイでも吹き荒れた!』

 

 

テンペストクェークは、2着のデビットジュニアに5馬身差をつけての圧勝であった。ラスト200メートルでのデッドヒート。そして、そこから抜け出したテンペストは、そのまま最速の脚をもってゴール板を駆け抜けた。

 

勝ち時計は1.48.22であった。タイム的には早いレースではなかったが1着と2着の着差は歴代最高の記録であった。また2着と3着の着差も3馬身半あったため、2着のデビットジュニアも強い馬であった。

ただ、テンペストクェークがその上を行ったのである。

 

 

西崎は彼がラスト200メートルで抜け出した瞬間、勝ちを確認した。

そして、ゴール板を駆け抜けた瞬間、人目をはばからず声を上げた。

 

そして、隣にいた藤山や妻、そして島本哲司と哲也の二人、応援団として駆け付けた部下たちと万歳三唱を行った。

 

 

「西崎さん、彼らを迎えましょう。最強のコンビを!」

 

 

高森騎手は意外にも英語が話せるらしく、馬場のインタビューも手慣れたものであった。

それが終われば皆で口取りである。

結構な大所帯ではあったが、全員写真に写って、最高の1枚を撮ることが出来た。

因みにこの時もテンペストはキメ顔で写真に写っていた。

 

 

表彰式では、西崎と調教師の藤山、騎手の高森が表彰台に上がり、表彰を受けた。

日本初のドバイデューティフリー制覇は、テンペストクェークが初の所有馬である新人馬主、GⅠ馬は通算1頭だけの厩舎の調教師、GⅠ勝利は2勝、重賞勝利も数えられる程度のおじさん騎手によって達成されたのであった。

現地のお祭りのような雰囲気も相まって、表彰式もお祭り騒ぎだったが、表彰台に上がった3人は全員緊張で変な顔をしていた。

表彰式後は、西崎は注目の的であった。

そして余波として生産牧場主の島本親子、藤山調教師や高森騎手も注目の的であった。

 

特に高森騎手は普通に英語を話せることもあり、海外の馬主から「もし海外にきたら連絡をくれ」などと冗談なのか、本気なのかわからないラブコールも受けていたりした。

そして気の早い人は種牡馬の話なども持ち上がり、もはやカオスになりつつあった。

 

 

そんなドバイの日々を過ごした西崎は、数日後に日本へ帰国した。

 

 

『テンペストクェーク、5馬身差の圧勝。ドバイデューティフリー初制覇』

 

 

日本に帰国後、テンペストクェークの活躍を報じた新聞は、西崎の宝物の一つになった事は言うまでもない。そして、社長室には、天皇賞の盾と共に、勝利したトロフィーが飾られることになった。

 

 




デビットジュニアは、英チャンピオンステークス、ドバイDF、エクリプスSとトップクラスの中距離GⅠを3勝している名馬です。
血統を見るとリボーの直系のようです。血統に関しては詳しくないですが、21世紀ではあまり見かけない血統かな?と思いました。
日本にやってきて種牡馬になっているようですが、結果は芳しくないです。今でも現役の種牡馬であるので後継が現れるといいなあと思いました。


ジャスタウェイはなんで1800メートルなのに1777メートル時代のタイムを全部更新する記録を打ち立てているんですかねえ……
レコード更新どころか45秒台で誰も走れていないので、あの1800メートルの舞台では、彼は本当に世界最強だったと思います。


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次のレースは?

3月25日にドバイで開催されたドバイミーティングでは、日本馬が躍動した。

ゴドルフィンマイルではユートピアが優勝し、日本馬として初めて海外ダート重賞を制覇した。ドバイシーマクラシックではハーツクライが圧勝して、ステイゴールド以来の勝利をもたらした。そして、ドバイデューティフリーで2着に5馬身差、3着に8馬身差をつけてテンペストクェークは勝利した。

栄光をつかんだテンペストクェークはレース後もケガ等の問題が起きることはなく、3月末に日本に帰国した。そして、検疫期間後は、美浦トレーニングセンターの藤山厩舎に戻り、激走と輸送の疲れを癒しつつ、次の戦いへの準備を進めていた。

 

 

「テンペストの調子はどうですか?」

 

 

「さすがのテンペストもレース数日後に飛行機での輸送が重なったので、少し疲れ気味です。ただ、1週間もすれば体力も気力も回復すると思います」

 

 

「わかりました。次のレースは少なくとも中4週間以上はあける予定です。無理なくダメージを抜いてきますので、引き続き頼みます」

 

 

「わかりました」

 

 

そういうと、秋山は別の馬の馬房の掃除があるため、そちらに向かっていった。テンペストの馬房の前に、藤山は一人残された。

目の前では、テンペストが「なんだ?」といった感じで藤山の方を向いていた。

 

 

「次はどうするか......」

 

 

4月以降に日本で開催されるGⅠ競争は、天皇賞・春、安田記念、宝塚記念の3レースがある。天皇賞は、3200メートルという超長距離は論外であるため、候補から外れる。

 

 

「安田記念か宝塚記念か……」

 

 

テンペストに有利なのは、マイルレースで直線が長い東京競馬場開催の安田記念である。ただ、2200メートルの宝塚記念も出走してみたいという気持ちはある。

何より、すでに水面下でディープインパクトVSテンペストクェークが実現するのではないかと動き始めているのを感じ取っていた。

安田記念から宝塚記念の連戦も考えたが、どちらも中途半端な結果に終わる可能性もあるため、どちらかに絞る方がいいと藤山は思っていた。

 

 

「宝塚記念に行くなら、途中でどこかのレースを使うか?3か月間何もしないのもどうかと思うしな」

 

 

5月27日開催の芝2000メートルの金鯱賞あたりが考えられるが、これも本当に必要なレースなのかはわからなかった。

 

 

「西崎さんに信用してもらっているからって自分勝手に決めていいわけじゃないからな……」

 

 

オーナーの西崎もいろいろとテンペストの出走計画や騎手、厩舎について口を挟まれたりしているらしい。

 

「もっといい厩舎がある」

「もっと腕のいい騎手を乗せろ」

 

こういった言葉をうんざりするほど聞かされるようになったと、愚痴られたほどである。

 

確かに、厩舎や騎手を見ると、何故ドバイDFを制覇できたのか不思議なほどのメンツである。多くの人は、「テンペストクェークという馬は、誰が管理してもそれぐらいの結果を出せる怪物だからだ」と思っている。実際にその側面は強い。彼は、すでに歴史に名を遺した名馬たちに匹敵する強さに成長している。

しかし、それでもテンペストの実力が花開いたのは、自分たち藤山厩舎の努力があったからだと思っている。

騎手の高森も、皐月賞で彼と折り合って以降は、まさに人馬一体の活躍をしている。藤山もテンペストを高森騎手以上に乗りこなすことが出来る騎手などいないと思っている。

つまり、テンペストクェークという怪物におんぶにだっこというわけではないのである。

 

 

「目立つと余計なことを言ってくる奴が必ずいる。その中には役立つアドバイスがあるかもしれないが、大半は無視しなさい。何が必要で、何が不必要かについては、君たちは学校やここでしっかりと学んだはずだ。また、注目されているということを自覚して、不用意な発言、行動には注意してください」

 

 

調教助手や厩務員たちには、テンペストクェークという宝石が、自分たちの手にあることを自覚するように訓示してある。

JRAによるディープインパクトのごり押しとも呼べるような宣伝の結果、競馬界は盛り上がっている。そしてそのディープインパクトに対抗できる馬としてテンペストクェークも注目を浴びている。

取材などもかなり増えてきていた。今までの藤山厩舎にはなかった変化である。

 

雑音が増えたので、これまで以上に気を付けなければならなくなったのである。

 

 

「宝塚か......今のテンペストなら......どうだろうな」

 

 

昨年の秋の活躍やドバイでの激走。そして日々の調教の様子。これらを見て、テンペストは既にディープインパクトに匹敵する馬なのではないかという考えが、確信に変わりつつあるのを覚えていた。

 

 

「全く、安田か宝塚か、なんて贅沢な悩みをさせてくれるねえ」

 

 

うれしい悲鳴だと言いながら、馬房から首を出していたテンペストを撫でる。

なんや? といった感じでテンペストが嘶くと、藤山が被っている藤山厩舎専用のキャップのつばを咥えて、そのまま頭から取ってしまった。

 

 

「また、変な遊びを覚えて……返しなさい」

 

 

「嫌だね」といった感じで嘶き、首を上に振って口にくわえた帽子を放り投げた。

そして、タイミングよく頭の上に落として、帽子を被ったのであった。

 

 

「帽子が好きなのかね……新品を用意してあげるから」

 

 

これ以降、彼は藤山厩舎の帽子を頭にのせることが多くなった。特に取材のときは帽子をよこせ、とせがむようになった。その姿は、自分も藤山厩舎の一員であることを示すようであった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

先日、俺は国外のレースで1着となった。

人の数や盛り上がり、おっちゃんたちの雰囲気。そして、俺をわざわざ飛行機に乗せてまで海外のレースに出したのだ。相当に重要なレースだったのだと思う。

だからかなり気合を入れて走った。

レースでは、最後に俺と競ってきた馬がいたが、最後はぶっちぎってやった。

これで俺は5連勝だ。まだまだ連勝は続けたい。

 

ただ、レースが終わった数日後に飛行機に乗せられて、見知らぬところで過ごしたのは、さすがに疲れた。

やっとトレーニング場の自分の部屋についたときには、知らず知らずのうちに精神的にも疲れが出ていたことを改めて感じた。

そして、最近はまたしっかりとトレーニングを積んでいるのだが、ちょっと面倒なことになり始めていた。

 

 

【またお前か】

 

 

【絶対に勝つ】

 

 

俺と同じくらいの大きさの明るい色をした馬が最近になってよく絡んで来るようになった。

それで、こいつなんだが、物凄く我が強い。そして俺様気質だ。

そうなると一応ボスを務めている俺のことが気に入らないようで、目を合わせるたびに絡んでくるようになった。

日本に行く前にも一回走ったけど、その時よりもさらに威勢がいい。

実際一緒に走るとなかなか強い。あの黒い馬と同じくらいの強さや威圧感がある。

だが、俺も負けてはいられないんだよ。

 

 

【俺の勝ち】

 

 

【負けた。次は勝つ】

 

 

今日も併走で何とか追い抜くことが出来た。確かこいつはよく前の方でレースをしていたよな。だったら追い抜く練習の相手としては最適だな。それにかなり強いし。

 

 

「ダイワメジャーとテンペストは仲がいいんですかね……?」

 

 

「仲が悪いわけではないと思いますが……ダイワメジャーは負けん気も強いですから、いい刺激になると思います」

 

 

「テンペストは強者にモテモテですね」

 

 

「ゼンノロブロイにアサクサデンエン、それにダイワメジャー。なんか年上のムキムキの牡馬からモテますね……」

 

 

【おい、もう一回走るぞ】

 

 

【お前も俺も疲れている。また今度な】

 

 

もーこいつしつこい~

次走ったらぜってー負かす。

だって、負けたら絶対こいつ煽ってきそうだもん。

 

 

「人間でもよくいるじゃないですか、男にモテる男。いや漢という言うべきか……」

 

 

「まあ喧嘩しないなら問題ありませんが、やっぱり心配ですね」

 

 

うるさい馬と離れて、クールダウンをしていると、前方で何か気に入らないことがあるのか、暴れている馬がいた。

 

 

【おい、静かにしろ】

 

 

全く、そんなんだと見放されてしまうぞ。

俺たちは人間ありきの種族なんだからな。

 

 

「すいません。おかげで落ち着きました」

 

 

「はあ……。テンペスト、変わったなぁお前」

 

 

トレーニングが終わると、俺はいつも通り身体の手入れしてもらい、飯の時間となった。

ウーム、うまい!

 

 

しばらくゆっくり過ごしていると、半年ほど前に見た人間たちが俺の部屋の近くに来たのであった。

アレは、アナウンサーちゃん!もしかしてまた俺に取材ですか?

 

 

【にいちゃん!帽子もってきて】

 

 

「あ~わかった、わかった。持ってきてやるから」

 

 

俺はもう有名人だからな。オシャレに決めたいぜ。

それに、この帽子は俺の世話をしている人たち全員が被っている帽子だ。俺もここの一員なんだから、被らせてくれよな。

 

 

「藤山調教師、いつも取材を受けていただきありがとうございます」

 

 

「いえ、皐月賞のころからの付き合いですからね。競馬ファンもテンペストのことも気になっているでしょう」

 

 

「まず、テンペストクェークのドバイデューティフリー制覇、おめでとうございます」

 

 

「ありがとうございます。いい勝負はしてくれると思っていましたが、想像以上の強さを発揮してくれました」

 

 

「海外のGⅠ馬に5馬身差での勝利でした。本当に強い勝ち方でした。レースでは想定通りの走りだったのでしょうか」

 

 

「テンペストは逃げ以外なら基本的にどのポジションについてもしっかりとラストでスパートを決めてくれます。なので想定通りといえば想定通りですね。ただ、レース展開が少しスローだったので、先行策を採ったのがあの着差の要因といえますね。その判断ができた高森騎手にも感謝です」

 

 

ウーム。やはり取材中におっちゃんにちょっかいを掛けるのは気が引けるな。ただ、物凄い真剣な取材ってわけではなさそうだ。

っと、兄ちゃんが俺の帽子をとってきたな。被せなさい。

 

 

「テンペスト、お前のお気に入りだぞ」

 

 

うむ、耳で支えるのが少し大変だ。

どう?似合ってます?

 

 

「帽子……?」

 

 

「どうもこの帽子が気に入ったみたいでね。彼もうちの厩舎の一人と考えれば彼専用の帽子があってもいいかなと思いまして。こうやって被らせてあげてます」

 

 

「テンペストクェーク号も藤山厩舎の一員といった感じですね」

 

 

「ええ、彼も我々の一員です。帽子に関しては想定外でしたが……」

 

 

「可愛らしい一面も見れたところで、次走についてお聞きしたいのですが、よろしいでしょうか」

 

 

「次走ですが、安田記念か宝塚記念を考えています。まあこの辺りは競馬ファンの皆様なら予想がつくと思いますが」

 

 

「安田記念ですと、ニホンピロウイナー、ヤマニンゼファーから続く親子三代制覇を狙うことになりますね」

 

 

「ええ、是非獲りたいと考えています。ただ、宝塚記念を望む声が大きいのも事実です。この辺りはテンペストの調子、オーナーと相談の上、決めていきたいと思います」

 

 

「宝塚記念にはディープインパクトが出走すると考えられますが……」

 

 

ん?俺の方を見てどうしたんだ?

まさか何かついているのか?

あ~やっぱおっちゃんのスリスリが一番気持ちいええ。

 

 

「……そうですね。ただ……どのレースに出ても、テンペストは負けません。絶対に。今のテンペストには絶対があります」

 

 

「……あ、ありがとうございました。ものすごい自信を見せた藤山調教師への取材でした」

 

 

おい、なんかアナウンサーちゃんが少し引いているぞ。何言ったんだよおっちゃん。

うーん。なんか余計なことを言ったような気がするぞ……

まあ、俺は俺で頑張るだけさ。きっと俺の強さをアピールするようなことを言ったに違いない。俺の強さをこんなにも信じてくれているんだ。

取材が終わると、取材のクルーが俺を撫でてくる。

アナウンサーちゃん。俺もっと強くなるから、今後ともよろしくな~

 

 

 

 

この放送が競馬チャンネルで流れると、藤山陣営は完全に宝塚記念を射程にしていると競馬ファンは捉えてしまい、阪神大賞典→春天→宝塚記念を予定しているディープインパクトと宝塚記念で激突するのではないかという話がどんどんと広まっていった。

テンペストクェークは、どのレースに出るか正式に決まっていないのにもかかわらず、ディープインパクトの強さに惹かれたファンと、主に昭和から平成初期を生きた競馬おじさんたちから支持をうけたテンペストクェークのファンが、決戦は宝塚記念だと盛り上がり始めていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「本当に申し訳ありません」

 

 

藤山は開幕早々西崎に謝罪していた。

後で自分の厩舎の調教助手や厩務員から、あの訓示は何だったんだよと白い目で見られていた。

 

 

「確かに文脈的にみると、テンペストクェークはディープインパクトには負けませんといっているようにしか見えませんね」

 

 

ディープインパクトが阪神大賞典を勝利。そして春の天皇賞ではマヤノトップガンが記録したレコードを1秒以上縮める走りで圧勝した。そして陣営は宝塚記念後に凱旋門賞へ行くことも表明していた。

そこに、テンペストクェーク陣営の藤山調教師の発言が重なり、宝塚記念でディープインパクトとテンペストクェークの対決が行われると盛り上がってしまった。

 

 

「つい勢いで言ってしまいました……」

 

 

「まあ、私としては別にテンペストを安田記念に出しても問題ないと思いますが……」

 

 

「JRAやメディアがあおり始めていますからね。ここで安田記念に行けば、間違いなく逃げたと揶揄されてしまいます。本当に軽率な発言でした……」

 

 

「頭を上げてください。それに、遅かれ早かれ、このような状況になっていたと思います」

 

 

藤山調教師の発言は、テンペストクェークはどのレースでも絶対に勝つ。そして、その相手はディープインパクトただ一頭のみであるという風に捉えられていた。

これに反応をしたのが、他の有力馬の関係者たちであった。

昨年の快進撃から警戒は受けていたが、ドバイDFの圧勝と取材での発言もあり、栗東や美浦の関係者が打倒ディープインパクトに打倒テンペストクェークが加わって燃え上がっていた。

 

 

「テンペストクェークが他の関係者から超えるべき壁として扱われるようになるとは思っていましたが、あの取材が着火剤になってしまいました。ただ、過去の名馬たちも皆このような扱いを受けていましたので、彼も名馬の一員になり始めているのだと思います」

 

 

「そうなると、ディープインパクトの陣営はもっと大変そうですね」

 

 

「なかなかプレッシャーで苦労しているという話は耳に入りますね。多分あちらさんはもっとプレッシャーがかかっていると思いますよ。何せここまで無敗で来ていますからね……」

 

 

ディープインパクトは弥生賞から重賞を8連勝、GⅠを5連勝している。宝塚記念を勝利すれば、GⅠ6連勝と、テイエムオペラオーやシンザン(後のGⅠレースを6連勝しているため)に並ぶことになる。

 

 

「結局のところ、テンペストクェークは宝塚記念を走れるのですか?さすがに日本ダービーのようになるなら別のところを走らせますよ」

 

 

「走れます。2200メートルは彼の本気が発揮できるギリギリの距離ですが、問題ありません。2300メートル以上走ると、馬が本能的に走るのを止めてしまうと思います。ダービーのときもそうでしたので」

 

 

「勝算はありますか?」

 

 

「100%勝つとは言えません。ただ、テンペストクェークはすでに中距離なら歴代最強クラスの馬になっています。ですので、勝算はあります。……いえ、絶対に勝ちます」

 

 

宝塚記念はグランプリである。ただ、すでにGⅠを3勝しているトップホースのテンペストクェークが除外されるとは到底考えていなかった。

 

 

「わかりました。宝塚記念でいいと思います。それに、3連敗のまま終わらせたくありません」

 

 

西崎は、藤山調教師が口が滑った理由がなんとなく分かったのであった。

彼は、テンペストがディープインパクトに負けるとは心の底では思っていない。絶対に勝てると考えているから取材で口にしてしまったのだろうと考えた。

そこまで自信があるならと、西崎は決断したのである。

 

普段は、テンペストクェークには最後まで走り切ってくれれば基本的には何着でも問題はないと思っている(もちろん狙うのは1着であるが)。

ただ、今回ばかりはテンペストクェークに勝ってほしいという欲があった。そして、彼の底知れない強さと、藤山調教師の言葉を信じることにした。

 

 

5月、テンペストクェークは宝塚記念出走を正式に表明した。

 

 

 




テンペストクェークは5歳も走りますので安田記念と3階級GⅠ制覇への挑戦は来年になります。


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決戦、宝塚記念 前編

2006年、日本競馬界は異様な盛り上がりを見せていた。

6月25日、京都競馬場開催の宝塚記念にて、無敗で三冠を制し、一度も前を譲ったことがないディープインパクトと、ドバイDFを含めた重賞5連勝中のテンペストクェークの両雄が激突することが決まったからである。

 

メディアは当初、ディープインパクトを大規模に宣伝していた。その甲斐もあってか、競馬場に押し掛けるファンは増加していた。しかし、ごり押しにも近い宣伝に、ちょっとした反感を持っている競馬ファンも数多くいた。もちろん彼らは、自分の眼で無敗の三冠馬を見ることが出来たことに歓喜していた。そしてディープインパクトの走りに魅了されていたことは事実であった。

しかし、父サンデーサイレンス、そして毎度おなじみの生産者。これに少し飽き飽きしていたことも事実であった。クラシック時代からディープインパクトには絶対があった。絶対の強さが競馬ファンを退屈にさせたのである。

この状況に現れたのが、昭和後期から平成初期にかけて活躍した名馬の血統を受け継いだテンペストクェークであった。

彼の評価は、弥生賞までは、ヤマニンゼファーの素質馬がいる程度の認識だった。

皐月賞では、ディープインパクトを最も追い詰めた馬と評価され、ファンの脳裏にその姿を焼き付けた。

秋からは古馬戦線に殴り込みに行き、3歳で天皇賞・秋とマイルCSを勝利して、その強さは本物だと考えた。

そして、2006年春にはドバイDFを圧勝したことで、彼の強さは怪物だと認識した。

 

この強さに競馬ファンは飛びついた。

ディープインパクト一強を打ち崩せるのは彼しかいないと。

ディープインパクトブームによって増えた新参競馬ファン。ここにテンペストクェークに惹かれた古参競馬ファンが合流することで、ブームは一気に爆発した。

 

その動きを察知したメディアは、ディープインパクトとテンペストクェーク双方を一気に推しはじめた。ケーブルテレビだけでなく、通常の民放放送までもがこの熱狂の渦に飲み込まれていた。

スポーツ番組で特番が組まれ、宝塚記念のCMが次々と放送された。

この6月だけは、かつての競馬ブームを彷彿とさせる熱狂が日本を支配していた。

 

 

「盛り上がってますね」

 

 

「ちょっと盛り上がりすぎですね」

 

 

宝塚記念の約1週間前に、東京のとある会議室。西崎と藤山はいつもの会合を行っていた。

藤山はやたらと増えた取材を受けていたこともあり、少々お疲れ気味であった。

西崎も、相変わらず余計な口を出してくる人をあしらいながら仕事をしているので、彼も少々疲れ気味であった。

 

 

「ここ数週間、ちょっと競馬が盛り上がりすぎではないですか。CMも宝塚記念のモノばかりやってますし。スポーツ番組でテンペストの取材が流れたときはびっくりしましたよ。ゴールデンタイムですよ……」

 

 

「意外と芸能界やメディア界に熱狂的な競馬ファンがいますからね。視聴率と自分の趣味を兼ねた番組を、大手を振って作れるので張り切っている人が多いみたいです」

 

 

「結構テンペストのファンも多いってことがわかりましたよ。愛されているんですね」

 

 

「彼の父親のヤマニンゼファーがとても人気のある馬でしたからね。テンペストの祖父や父が走っていた時代を知っている競馬ファンが応援しているみたいです。あとはディープインパクト一強に対する反発も影響しているようです」

 

 

「うーん。テンペストは判官贔屓で人気って感じですかね」

 

 

弥生賞と皐月賞、日本ダービーで3連敗しているため、ディープインパクトの方が強いと思われているのは事実であった。

 

 

「いえ、意外とテンペストの方も評価されていますよ。少し距離不安がささやかれていますが……これは仕方がありませんね」

 

 

日本ダービー以降は一度も2000メートルを超える距離を走っていないのである。そのため、距離が少し長いのではないかと危惧しているファンも多かった。歴代の宝塚記念の勝ち馬をみても、2400メートル以上のレースを勝っている馬がほとんどである。

 

 

「あとは、騎手や調教師の差も勝敗に大きく影響するんじゃないかと言われてますね......まあ、私の厩舎はテンペストが来るまでGⅠ馬がいませんでしたから。ただ悔しい限りです」

 

 

「そんなことありませんよ。藤山先生にはいつもお世話になっていますし、テンペストがここまで強くなったのは先生の貢献も多いと思いますよ」

 

 

テンペストに素質があったとはいえ、馬主初心者の西崎を父との縁があったからという理由で受け入れてくれたことには感謝していた。また藤山厩舎は重賞馬の数こそ少ないが、コンスタントにオープン馬を輩出しており、金もコネもあまりない馬主たちからはかなり評判がいい厩舎である事を西崎は知っていた。そのため、テンペストの成長に藤山が大きく貢献しているという言葉はお世辞でもなんでもなかった。

 

 

「そう言っていただけるのはありがたいです。それよりも高森くんに結構なプレッシャーがかかっているのが心配ですね。もう50近いとはいえ、こんな経験初めてでしょうから」

 

 

48歳の大ベテランで、テンペストクェークではじめてGⅠを手にした騎手である。お世辞にも名騎手とはいえない評判(彼の名誉のために言っておくと下手くそと罵られるほど酷い訳ではない)であるためか、馬におんぶに抱っこのリュックサックなどと揶揄する人もいるぐらいだ。

 

 

「世間の評判ではアレですけど、私たちはそうは思いませんよ。そうでなければとっくに変えていますし。テンペストにはやはり彼しかないと思います」

 

 

「高森騎手以外にテンペストと呼吸を合わせて走れる騎手はいないと思います。テンペストも慣れた騎手の方が走りやすいと思いますしね。宝塚記念以降も彼でお願いしたいと思っているくらいですよ」

 

 

高森くんも本当にいい馬主さんに巡り会えたなあと藤山は呟いた。

尤も、彼はテンペストクェークに乗っている時だけは本当に輝いているので、たとえ西崎以外がテンペストの馬主だったとしても高森騎手を変えてくれなどとは言わないだろうとも思っていた。

 

あとは調教についてです、と前置きを置いて藤山は話し始める。

 

 

「テンペストの調教の方も問題なく進んでいます。スピードや瞬発力は現状でトップクラスのものがあります。そのため、課題はスタミナです。実際の競馬は2200メートル以上は走らされますので、少なくとも2300メートルまでは走れるくらいのスタミナを付ける必要があります。そのため、先週までは本番に向けて厳しめの調教を行なっていました」

 

 

ドバイから期間が空いたこともあり、疲労も完全に抜けていたこと。そして怪我には細心の注意を払っていたこと、そして彼自身の頑丈さも相まって、厳しめの調教を受けながらもテンペストの健康状態、脚部状態は共に良好であった。

 

 

「このままいけばドバイよりも完璧な仕上がりで宝塚に行けると思います」

 

 

「それならよかったです。大一番に絶不調では情けないですからね」

 

 

「テンペストは人の感情を読むのがうまいですからね。次の宝塚記念はドバイよりも厳しいという厩舎の雰囲気を感じ取っているみたいです。今まで割と調教中も遊んだりすることが多かったんですけど、ここ数週間は本気モードに入っているようで、おふざけが一切なくなりました。もう一段階成長したと思います」

 

 

そういって不敵に笑う藤山をみて、やはりこの人は、最初から負ける気などゼロだったのだと西崎は認識した。

 

 

「勝ちましょう。勝ってあの国に出ましょう」

 

 

「ええ。あそこに行くのは、国内最強馬を討伐してからですね」

 

 

二人は怪しく笑いながら、宝塚記念と、その後のテンペストクェークについて話し始めた。

 

 

 

 

6月25日、宝塚記念当日。

テレビはこぞって中継番組を作成して放送していた。

 

『日本を震撼させた無敗の三冠馬が、今日ここ京都競馬場で2200メートルを走ります。三冠馬となった菊花賞、そして驚異のワールドレコードをたたき出した天皇賞・春。その京都競馬場で新たな伝説を作ることはできるのでしょうか。この淀の舞台を制し、凱旋門につなげることはできるのでしょうか。衝撃の英雄、ディープインパクトが出走します』

『主役はディープインパクトだけではありません。涙をのんだ3歳春。覚醒した3歳秋。天皇賞秋・マイルCSを連続で制覇。そして日本馬初のドバイDFを5馬身差で勝利。マイルから中距離で圧倒的な走りを見せています。今日、この淀の舞台で暴風は吹き荒れるのか。暴風は衝撃を呑み込むのか。そよ風を超えた暴風、テンペストクェークが出走します』

『本日は京都競馬場で春競馬の総決算、第47回グランプリ宝塚記念が行われます。注目は凱旋門賞出走を表明しているディープインパクト、そしてドバイDFを圧勝し、今ノリに乗っているテンペストクェークの2頭です』

『多くの競馬ファンが待ち望んだこの宝塚記念。京都競馬場はあいにくの天気となっております。昨日より降り続いた雨により、馬場状態は稍重となっておりました。しかし先ほど馬場状態が重となりました』

『かなり強い雨が降るときもあり、傘が手放せない天候です。しかしながら、京都競馬場には発表によりますとすでに約10万人以上のファンが駆けつけています』

『現在ディープインパクトは単勝2.2倍、テンペストクェークは単勝3.8倍となっております。ディープインパクトが人気では優勢でありますが、ほぼ完全な2強体制となっております』

『枠順は、注目のディープインパクトは6枠9番、テンペストクェークは3枠3番になっております』

 

 

京都競馬場は大雨となってしまった。それでも10万人を超える観客が集まり、京都競馬場は大盛況となっていた。

 

『ディープインパクトはここで勝てばGⅠを6連勝。日本記録に並びます。そして、このレースの後は凱旋門賞へ向かいます』

『そうですね、ここを勝って弾みにしたいと考えているでしょうね』

『そして、今日は天候が雨になってしまいました』

『馬場状態がちょっと心配になりますね。重馬場との発表ですが、不良に近い重なんじゃないかなと思います。前のレースもかなり遅いタイムになっていましたし、芝や泥が飛んでいましたからね。馬場状態は、相当悪いと思います』

『ディープインパクトがこの馬場状態でどの程度パフォーマンスを発揮できるのかが気になりますね。阪神大賞典は稍重でも圧倒的な走りをしましたが、それを下回る馬場状態ですからね。ここでもいつものパフォーマンスをすれば、勝算は高いのですが……』

『ディープインパクトに関しては、ここで重馬場を経験できたのはよかったのではと思います。ロンシャンの芝は非常に重いことで有名ですからね』

『一方のテンペストクェークは中山記念で重馬場でも全く問題ないことをすでに見せていますから、馬場状態だけで見ればテンペストクェークの方が有利なのかもしれません』

『しかしね、距離がちょっと未知数なんですよね。日本ダービーではラスト200メートルほどで失速していましたので……』

『ただ、1年前のことですからね。秋に本格化してからは手が付けられないくらい強かったですから、2200メートルなら走り切ってしまうのでは?とも思います』

『色々と不安点はありますがディープインパクトより先着できる実力はあると思います』

『なるほど……どちらにも勝算があると見ました』

 

 

その後、番組はディープインパクトのGⅠレースの映像を、テンペストクェークの映像を流して、解説陣がこれを盛り上げていった。

 

 

『パドック周回が始まりました。注目のディープインパクトですが、442キロとやや増となっております。身体付きも良好でかなり期待ができる状態でしょう』

『追い切り評価も高く、いつも通りのパフォーマンスが発揮できると思います』

『2番人気のテンペストクェークですが、馬体重は520キログラムと、ドバイDFと増減がありません。これは、完璧に近い仕上がりなんじゃないでしょうか。ドバイDFと同等か、それ以上のパフォーマンスができるのではと期待してしまいます』

 

 

その後、番組は3番人気以降の馬を紹介していく。

そして、解説陣や競馬好きの芸能人が次々と自分の予想をしていくが、7割がディープインパクト、3割がテンペストクェークを本命においていた。

 

 

『本馬場入場が始まりました。第47回グランプリ宝塚記念、開催です』

 

 

『……今日の大注目、ディープインパクト。無敗ロードはまだまだ続くか。名手に導かれロンシャンへの道筋を栄光で切り開く……』

『……涙をのんだ3歳春。反撃のときは来た。世界を制した暴風は、淀の舞台で吹き荒れるか。テンペストクェーク、鞍上は勿論高森騎手であります……』

 

 

馬場入場のポエムが流れる。

そして、返し馬が始まり、馬たちが雨でぬれた淀のターフを走り始めた。

返し場の途中、テンペストクェークが鞍上を振り落とすというハプニングがあった。

しかし、その後は何も問題なく走ってスタートポケットに向かっていった。

 

 

『返し馬が終わりましたが、ディープインパクト、テンペストクェークの調子はどうでしょうか』

『いや~いい感じですね。テンペストクェークが途中で高森騎手を振り落としたときはどうかと思いましたが、そのあと、全く問題なく走っていましたね。実際、ゲートインを待機していますが、落ち着いていますね。ディープインパクトの方も集中しているのがわかります。ちょっとテンペストクェークの方が、ディープインパクトの方を見ていますが、何か感じるものがあるのかもしれませんね』

 

 

解説陣が返し馬の様子を評価している。この時点で、2頭の評価は人気通りの高い評価であった。

そして、ゲートインが始まった。

 

 

『京都競馬場、馬場状態は重です。ただ、先ほどから雨がかなり強くなっております。状態は不良に近いのではないでしょうか』

『それでもこの観客の歓声です。今日のレースを心待ちにしていたのでしょう。そろそろファンファーレが始まります』

 

 

宝塚記念だけでしか使われない特別なファンファーレが鳴り響く。

 

 

『ディープインパクト、テンペストクェークはともにかなり集中していますね。歓声もファンファーレも、雨も関係ないといった形です』

 

 

ディープインパクトもテンペストクェークも全く問題なくゲートへ入る。

 

 

『……春のグランプリ、宝塚記念。今スタートしました!』

 

 

長く短い2200メートルが始まった。

 




この2006年宝塚記念は入場者数も売り上げもJRAが期待したほどではありませんでした。
天候もあったと思いますが、やはり絶対の強さは人を退屈にさせてしまったのだと思います。

ただこの世界では、中距離でディープインパクトを脅かすテンペストクェークという怪物がもう一頭いたので、盛り上がりました。今回の対決の舞台が2200メートルと絶妙な距離ですが、これまでの勝ち馬が2400メートル以上を勝っている馬が多いので、ディープ有利程度に思われていますが、それでも盛り上がっています。



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決戦、宝塚記念 後半

区切りが悪かったので2話に分けました。
こちらが後半です。


外の雨の音が聞こえるくらい、部屋は静まり返っていた。

調整ルームは、どんな騎手でも狭さや不便さは同じである。

食堂やサウナといった共有スペースには他の騎手がいるが、今日の自分はそんな気分ではなかった。

 

 

「宝塚記念か……」

 

 

若いころに一度だけ出走したことがあるレースだ。まあ入着もできなかったが。その時は阪神競馬場での開催だったな。

......思えば長く騎手を続けてしまった。

29年も騎手をやっていて初めて獲ったGⅠが28年目の昨年。

そんな俺の乗る馬が、宝塚記念で現役どころか史上最強馬になりつつある馬の最大のライバルとは……

 

俺はてっきり安田記念に行くと思っていたが、先生と西崎オーナーはそうではなかったらしい。先生は外では隠しているが、厩舎内ではディープインパクトに勝つという「自信」を隠し切れていなかった。

ただ、ここ数週間のテンペストの調教、そして追切の様子を見て、実際に乗ってみて、その自信がただの見栄ではないことが分かった。

ドバイのときよりもさらに仕上がっているように思えた。

 

それでも、宝塚記念は厳しいものになるだろう。相手はここまでGⅠを5連勝、重賞は8連勝している。しかも無敗である。日本競馬史上最強馬と呼ぶ声もあるぐらいだ。

マイルに近い距離ならテンペストの方が速いだろう。だが、宝塚記念は2200メートルだ。

ディープインパクトの本質はステイヤーだが、神戸新聞杯や皐月賞で見せたように中距離でもその実力をいかんなく発揮できる。つまり中距離でも超一流の実力を持っている馬である。

2000メートルから距離が伸びれば伸びるほどテンペストは不利になって、ディープには有利になると思われる。

 

 

「明日も雨か。重馬場、下手すれば不良馬場になるかもな」

 

 

テンペストは馬場状態を苦にしない。道悪でも問題なく走るパワーがある。この点については心配していない。

彼の祖父は不良馬場が苦手だったのだが、血統のどの馬が道悪適性を彼に与えたのだろうか......全くわからない。

 

それよりも、問題は距離だ。宝塚記念は2200メートルだが、馬群の外側を走ればその分距離は増える。

枠順は3枠3番。そのままインをついて経済距離で走るのもいいかもしれない。

 

 

「いつも通り大外一気か、それとも先行策か……」

 

 

レースのシミュレーションを延々と行う。どこでどう待機するか、どこでスパートをかけるか、ディープインパクトはどうするか。他の馬はどうするか。

 

こうして、一人で考えていると、どうしてもマイナス思考が頭をよぎる。ドバイの辺りから薄々と考えていたことである。

 

 

「俺でいいのか……」

 

 

ディープインパクトVSテンペストクェークが盛り上がれば盛り上がるほど、プレッシャーが高まっているのがわかった。天皇賞やドバイのときも緊張はしたが、ここまでではなかった。今回は、相手が俺たちと因縁のある相手だというのも大きいのかもしれない。

明日、テンペストが負ければ、彼はディープインパクトに4連敗したことになる。負ければ勝てなかった要因を指摘される。真っ先に指をさされるのは俺の存在だ。

俺のことをテンペストのリュックサックと揶揄する人がいるのは知っていた。俺の実績を考えればそのヤジも仕方がないとも思うが、それでもキツイものがあった。

そして、明日負ければ、テンペストの熱狂的なファンからは「テンペストクェークは高森というロートルがのっていたからディープインパクトに勝てなかった」と輪をかけて言われることになるだろう。

そうなれば、次走からは別の騎手になるかもしれない。

先生やオーナーからは、宝塚記念以降も主戦騎手としてテンペストに乗ることが約束されている。しかし、この世界はそんな優しい世界じゃない。騎手の変更なんて当たり前のように行われる世界だ。

もしかしたら、次はディープインパクトの鞍上で輝いている後輩騎手が主戦になるかもしれない。

それだけは嫌だった。

一度マイナス思考に陥ると、そればかり考えてしまう。

40後半にもなって情けない......

 

マイナス思考を片隅に追いやろうと、テレビをつけるが、頭の片隅から消えることはなかった。

 

 

 

 

6月25日、京都競馬場は大雨だった。

不良馬場にちかい重馬場が、ディープインパクトとの4回目の戦いの舞台だった。

 

 

「高森君。テンペストは、調教師人生でもう一度やれと言われても無理だといえるほどの状態に仕上げました。あとは託します」

 

 

「テンペストが勝っている姿を見たいです。よろしくお願いします」

 

 

先生とオーナーからテンペストを託された。

緊張が先生やオーナーに伝わっていないか心配だった。必死に隠していたが、もしかしたら見透かされていたのかもしれない。

 

パドックに行くと、そこには今日のレースを走る歴戦の馬たちが歩いていた。その中で、彼は輝いていた。大雨であったが、その馬体は、強者のオーラを放っていた。

俺が騎乗した後歩く、本馬場に入場するための馬道では、静かに前を歩くディープインパクトを見つめていた。

 

 

「やっぱり負けたことを覚えているんだな」

 

 

とても賢い馬だ。そして今日は過去一番といっていいほど集中している。というよりディープインパクトに対して闘志を燃やしているのがわかった。

だが、それで前のめりになっているわけでもない。

あくまで冷静であった。

 

 

本馬場に入ると、芝の状態を確認するように走り始めた。

歩いたり、ジャンプしたり、スキップをしたり。中山記念でも同じような動きをしていた。

中山記念のときから薄々気が付いていたが、テンペストは馬場状態で走り方を微妙に変えている。だから良馬場の高速競馬にも、重馬場の道悪にも問題なく対応ができるのだろう。

こんな馬は見たことがなかった。

 

だからこそ、怖かった。

この素晴らしい馬が俺のせいで負けてしまうのではないかと。

 

 

「……勝てるのか」

 

 

俺より腕のいい騎手がいるのでは?

そう思うと、手綱を持った手が震えていた。

ドバイでもこんなに緊張しなかった。何故だろうか、たまらなくターフが怖かった。

 

緩めのスピードでゲートに向かっていたテンペストがいきなりその場で止まり、突然立ち上がったのであった。

俺はたまらずターフの上に降り立ち、脚や身体の状態を確認した。

彼は、耳を絞り切っていた。

まるで、やる気がないなら帰れというように。

そういえば馬は乗り手の感情に敏感な生き物だった。

 

 

「すまん、テンペスト……」

 

 

俺がそういうと、彼は頭を上下させ、あっちを見ろと首をゲート付近に向けた、

彼が見据える先には、ディープインパクトがいた。

 

ああ、俺はなにを考えていたんだ。

彼は負ける気なんて全くなかったんだ。何を考えているんだ俺は。

彼に失礼だ。なんで負けるなんて思っているんだ。

俺に初のGⅠをプレゼントしてくれたのは彼だ。

俺に海外の頂点を見せてくれたのも彼だ。

なんでそんな強いテンペストを俺は信頼できていないんだ。

彼の強さを一番間近で見てきたのは俺だ。それを信頼しないでどうするんだ。

俺は相棒失格だ。

 

 

「すまんかったな、相棒。このレース、勝つぞ」

 

 

「任せろ」、そんな嘶きが返ってくる。

ありがとうテンペスト。少しプレッシャーに負けかけていたみたいだ。

というか俺を気遣ってくれたのか……

 

 

ゲート前では、出走する馬たちがゲートインを待っていた。

何万人もの観衆が大雨の中、俺たちの戦いを観に来ていた。

もうすぐ始まる。

3枠3番のゲートに入る。全く問題ない。いつも通りだ。

 

全ての馬が入った。

もうすぐだ。

 

 

「行くぞ、テンペスト!」

 

 

ゲートが開く音と共に、テンペストと俺はスタートした。

俺と相棒の絶対に負けられない2200メートルが始まった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今俺はレースを走る。大切なレースだ。

この日のために、苦しいトレーニングを積んできた。

兄ちゃんやおっちゃん、それに俺の周りにいる全員が今日のレースのために尽力していた。

それなのに、騎手君がかなり青い顔をして、手が震えていた。

 

おい、なんでそんな顔をしている。

まさか負けるのが怖くなったのか?ふざけるなよ。

俺は立ち止まって彼をレース場の地面に降ろした。ケガをされると困るので、あくまでゆっくりとだが。

あいつらを見ろ。今日の倒すべき相手だ。

俺は3回もあの小柄な馬に負けている。絶対に勝たないといけない相手だ。

それに今日はあの明るい色をした大柄な馬もいる。

強そうなライバルたちと俺たちは走るのだぞ。

それなのになんでそんな顔をしているんだ。何を臆しているんだ。

 

 

【俺を誰だと思っているんだ】

 

 

騎手君のおかげで俺はここまで強くなったんだぞ。なんでそれを信用できないんだ。

俺だけの力ではあの小柄な馬には勝てないぞ。

さあ、いつもの騎手君に戻りなさい。

俺は強いぞ。

 

 

騎手君は俺に何か言葉をかけると、首元を撫でてくれた。

……いつもの彼だな。

 

 

【さあ、乗りなさいな。勝ちに行くぞ】

 

 

騎手君が俺の上に乗る。

気合を入れて俺は鳴き、ゲートの方に走る。

 

ゲートの前にはライバルたちがすでに準備を整えていた。

 

 

【今日は勝つ】

 

 

【負けない】

 

 

いつも絡んでくるイケイケの馬、そして……

 

 

【今日も勝つよ】

 

 

小柄な馬だ。だが、そのオーラはとんでもないものを持っている。

俺は強くなった。だから勝たなければいけない。

 

 

【絶対に勝つ】

 

 

さあ、ゲートインだ。

ゲートに入ると、後は目の前の扉が開くのを待つだけだ。

しばらく待機していると、騎手君が俺に合図を送る。

そろそろだな。

 

 

ガシャンという音と共に、ゲートが開く。

 

俺はそのタイミング通りに前に飛び出した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

ゲートが開いてすぐに抜群のスタートを切ることが出来た。

ここでしっかりと自分のポジションを見つける。

今日はテンペストにとっては久しぶりの2000メートル以上の距離だ。

なるべく経済コースを通りたい。インは馬場が荒れているようだが、彼なら大丈夫だろう。

 

 

『……ディープインパクトはいつものように後方に下げていきました。そして外から上がってきたのはバランスオブゲーム。テンペストクェークもやや後ろに待機するようです……』

 

 

ゲートが隣だったダイワメジャーは予想通り先行に、ハットトリックも前に行ったな。

ちょうど俺たちの前には1番のリンカーンがいる。

俺たちの位置はちょうど中団の後方あたりか。それでディープは後方と、いつものことだな。

 

 

『……各馬コーナーに差し掛かります。先頭はバランスオブゲーム。それにダイワメジャー、シルクフェイマス、ハットトリックが続きます。テンペストクェークは中団後方。ディープインパクトは後方からの競馬です……』

 

 

テンペストは大柄な馬にしてはコーナーがかなりうまい。それに荒れた芝でも全く苦戦しないで悠々と走っている。

コーナーでリンカーンらが前に前に進んでいったので、少し速度を調整して、後方集団の前あたりにつける。こういう細かいスピードの調整がうまいのは本当に助かる。

 

 

「少し縦長だな……」

 

 

『向こう正面に入りまして、先頭はバランスオブゲーム、そしてダイワメジャー……3番のアイポッパーまでが先行集団か。そこからやや距離を空けて7番ナリタセンチュリーが後方集団の先頭を行きます。その後ろにテンペストクェークが走ります……』

 

 

ディープインパクトはおそらく俺たちの少し後ろにいるだろう。

京都競馬場は直線終わりあたりに上り坂がある。ただ、テンペストは上りを苦にしないので、特に警戒する必要はない。坂に差し掛かると、彼の走り方がまた少しだけ変化したように感じた。

 

 

『……京都競馬場の坂を上がっていく。ディープインパクトが上がっていた。上がってきました。後ろから中団の位置まで上がっていこうとしています。大外を回るようです。これで問題ないのがこの馬の強いところであります……』

 

 

来たか……

このパターンになったらもうファンは勝利を確信しているだろう。

大外を回っても全く問題ないといわんばかりに、内側を走っている馬に並びかける。

俺たちの前にはカンパニーがいるな。俺たちに内側を取らせないつもりだな。

そりゃあそうだろうな。

だが、ここからがテンペストの本領だぜ。

 

 

『さあ第4コーナーが終わって直線だ。もうディープインパクトは大外直線一気態勢だ。ここから追い込みが見れるのか。テンペストクェークはその位置で大丈夫なのか……』

 

 

坂を下った先にあるコーナーからの直線。先行の馬が次々と外に膨れつつ直線に入っていく。コーナー終わりで固まっていた馬群がほどけ始めた。

外に行く馬もいれば、内を攻める馬もいた。

蓋をされたように見えるだろう。ただ、俺には一本の道筋が見えた。

内をついた馬が、内ラチのないゾーンに入り、内側によれたのである。そのおかげで、外側を走っていた馬との間に空間が生まれたのだ。

 

 

「行くぞ!テンペスト!」

 

 

鞭を打ち、彼にその空間へと突入するように指示する。

一気にスパート体勢に入り、異次元の加速力が俺の身体を襲った。重馬場とは思えない。パワー、スピード、瞬発力すべてがかみ合った完璧な加速だ。

 

 

『……外からディープインパクトだ。バランスオブゲームも粘るが苦しいか……っと中央からテンペストクェークだ、テンペストクェークが猛烈な勢いで走りこんでくる。二番手ダイワメジャーを抜かしていく……』

 

 

ダイワメジャーの鞍上が、「嘘だろっ」と叫んだのが聞こえた。実際少しダイワメジャーの馬体がテンペストの身体に接触したが、彼は気にもしていなかった。

先頭のバランスオブゲームはもう持たないだろう。そして……

 

 

『8番のディープインパクトがバランスオブゲームをとらえる。残り200メートル。テンペストも上がってくる。しかしディープインパクトが伸び続ける……』

 

 

やっぱり来たか。

ディープが先頭を追い抜いてすぐに俺たちも追い抜く。

あと2馬身、1馬身半、1馬身。

クソ、あと少しなのに。

 

 

『ディープインパクト先頭。テンペストクェークが猛追するが、これは届かないか……』

 

 

あと150メートル。3/4馬身が遠い。

テンペスト、頼む。あと少しだけ、少しだけ力を出してくれ!

俺は祈るようにしてテンペストに鞭を入れた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

大雨のせいか、芝がかなり濡れている。

前の馬が蹴り飛ばした泥や飛沫が俺の身体を汚していくのがわかった。

後でシャワーをしてもらえばいいので、気にはならないな。

それよりも、コーナーを走っているときは、前に馬がたくさんいて、どうするか悩んだ。

しかし、直線に入ると、馬が内側に行ったり、外側によれて行ったりして、俺たちが前に行く空間が生まれたのが見えた。

そうか、騎手君はこれを見越していたのか。

その瞬間、俺は鞭を打たれた。

任せろ。今日も一気に決めてやるよ。

 

脚の回転数を上げ、一気にスパートをかけていく。

前に馬が少し俺の方によれてきた。

邪魔だ!どけ!

 

 

【くそ、強い……】

 

 

少しぶつかったようだが、俺には関係ない。

ただ、前に行くだけだ。

 

他の馬を抜かしていき、ヘロヘロになっていた先頭の馬を向かそうとしたとき、少し離れた横にあの小柄な馬が猛スピードで加速しているのが見えた。

 

やっぱりお前か!

俺は必死に追いかける。

あいつの鼻は俺より1メートル近く前にある。このままだと俺は負ける。

脚を動かしているが、その差が縮まらない。

少しでも力を抜けば、あっという間に離されてしまうだろう。

 

クソ、また俺は勝てないのか。

少し前まで勝てていたのは、あいつがいなかったからなのか。

ああ、疲れたなあ……

 

今日は距離がちょっと長いなあ……

息が上がり、意識が少し朦朧としている。

 

 

 

 

2着でも大丈夫かな?

 

 

 

 

騎手君の鞭に打たれた。

 

俺は何を考えていた?

 

負けるのがしょうがない?2着でも十分?

何を言っているんだ。ふざけるな、ふざけるな。

俺はおっちゃんや兄ちゃん、それに騎手君の努力を何だと思っているんだ。

さっき俺は勝つぞと意気込んだばかりだろうが。

 

ありがとう、騎手君。いや相棒。

おかげで目が覚めた。

 

疲労はある。だが、まだまだ走れると俺の本能が告げている。

俺の脚は、肺は、心臓はまだいけると告げている。

 

この日のために俺は徹底的に身体を鍛えぬいた。その成果を今出さなくて、いつ出すんだ。

ゴールまであと少ししかない。

前にはあの小柄な馬が走っている。

このままでは負けてしまう。

それは嫌だ。もう3回も負けているんだ。このまま負け犬になるなんてごめんだ。

おっちゃんが、兄ちゃんが、騎手君が、そしていろんな人が俺のために戦ってきていたんだ。

ここで出し惜しみしてどうする。

さあ、俺の脚よ。本領を発揮するときが来た、フルパワーで走るときが来たぞ。

 

今目覚めないでどうするんだ。乾坤一擲の大勝負のときが来たんだ。こんなときに眠っている場合か!

 

景気付けとばかりに、もう一発鞭が入れられる。

 

いい気分だ。

行くぞ、これが俺の全身全霊だ。

 

 

「テンペスト!差すぞ!」

 

 

もっと、もっと足の回転数を上げろ。

前に、前に行けるように地面を蹴り上げろ。

肺が苦しい。いつものことだ。

心臓がうるさい。これぐらい大丈夫だ。

脚がきしむ。筋肉が何とかしてくる。骨は大丈夫だ。

今までのトレーニングを思い出せ。壊れるほど柔な鍛え方はしてないはずだ。

でもやっぱ怖い!神様仏様ご先祖様。俺の身体を守ってくれ。

がむしゃらに俺は走った。

 

数秒が永遠のように感じた。

周りがスローに見えた。

 

 

もう何も感じなかった

もう何も考えなかった。

俺はただ、ゴールだけを目指していた。

 

 

 

 

気が付くと、俺はスピードを緩めていた。

あれ、レースはどうなった……

脚は……大丈夫だ。痛みはない。ただ、これは筋肉痛がひどくなりそうだ。

肺は……大丈夫だ。呼吸が乱れているが、疲れているだけだ。痛みはない。

心臓は……大丈夫だ。拍動が聞こえるくらい早く、強く打っているが、痛みもしびれもない。

俺は何とか賭けに勝った。

限界のスピードで俺は走っていた。

これで負けたなら、もう相手を褒めるしかないだろう。

 

 

「テンペスト!テンペスト!勝ったぞ、俺たち勝ったぞ!」

 

 

大歓声が俺たちを包んでいた。

勝てたのか?どうなんだ。

騎手君の喜びからすると、俺は勝てたみたいだ。

ああ、よかった。よかった。

 

 

【次は負けない】

 

 

前を走っていた小柄な馬からひと言もらった。

ああ、そうか。

 

【俺も負けねえよ】

 

 

しばらくクールダウンで走ると、一気に疲労が俺を襲った。

 

 

「大丈夫か……?」

 

 

ああ、少し疲れた。

思った以上に体力を使いすぎたな。

ただ、俺の身体は無事だよ。心配しないでいいさ。

 

 

「ありがとう。これでテンペストもグランプリホースだ」

 

 

去年の春のリベンジ成功だ。

まあ1勝3敗で負け越しているけど。

あの馬の手前、次は負けないと言ったが、正直二度と一緒に走りたくねえ……

もう少し出力を上げていたら、多分俺の身体のどこかがぶっ壊れていたな。

 

 

「テンペスト、よくやった……」

 

 

おっちゃんや兄ちゃんたちが泣いていた。

ああ、俺は勝てたんだ。

みんなの努力を実らせることが出来たんだ。

夢を叶えることが出来たのだろう。

俺に感謝していた。俺を讃えていた。そして、みな笑顔だった。

 

俺が何故馬になったのかはわからない。

だけど、この光景を目にすることが出来たのなら、馬になった甲斐があったのかもしれない。

 

また激しいレースが俺を待っているかもしれないが、今はこの喜びをかみしめよう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『……ディープインパクト、ディープインパクトが先頭だ。このまま決まるのか。テンペストクェークが伸びてきた。これはどうなるか、どうなるのか。ディープか、テンペストか。テンペストがさらに伸びる。伸びる!差し切ったテンペスト差し切ってゴールイン。ディープインパクト敗れる!最後に差し切ったのはテンペストクェークだ!』

 

 

大雨の京都競馬場に大歓声が響き渡る。

ラスト1ハロンの死闘に軍配が上がったのはテンペストクェークであった。

ラスト100メートルで3/4馬身差を詰めて、アタマ差をつけての1着であった。

わずか5秒程度ではあったが、猛烈な加速であった。

 

 

『淀の舞台に暴風が吹き荒れました。勝ち時計は2.12.8。テンペストクェーク、ディープインパクトと共に同タイムです。3着ナリタセンチュリーに5馬身半の差が付いております。ラスト1ハロンの激闘を制したのはテンペストクェークでした……』

 

 

第47回宝塚記念は、2頭の怪物がラスト1ハロンでデッドヒートを行うというまさに理想ともいえるライバル同士の戦いが行われ、その末にテンペストクェークが勝利した。

テンペストクェークはこれでGⅠを4連勝。重賞6連勝となった。

 

そして、これがディープインパクトとテンペストクェークの最後の戦いとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヤマニンゼファー「いや俺2200メートル走ったことないし……」
ニホンピロウイナー「息子に同じく」
サクラチヨノオー「屈腱炎で引退した自分が応援しても……」
マルゼンスキー「脚部不安が……」

ご先祖様......


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決戦、宝塚記念 跡地

大雨の降りしきる京都競馬場。

悪天候にも関わらず10万を超える観客が宝塚記念を観にやってきていた。

遠方地であるため、競馬場に行けないファンや、天候が理由で観戦を諦めたファンもいたが、彼らはみなテレビやラジオ中継を見て、聞いていた。

 

雨による馬場状態の悪化という要素はあったが、特に問題は起こらずに、メインレースの宝塚記念は始まった。

ディープインパクトは最後方、テンペストクェークも後方集団で走っており、予想通りの展開であった。

第3コーナーを過ぎ、徐々に前の馬を抜きつつ、大外をまくってきたディープインパクトにファンは歓声を上げていた。いつものパターンだと歓喜していた。

その一方で、テンペストクェークは馬群の中におり、多くのファンがその位置で大丈夫なのかと心配していた。

ラストの直線では、大外から一気に加速して先頭を奪うディープインパクトと、馬群の中央を突破して、猛烈な末脚でディープを追っているテンペストクェークの姿があった。

 

まさか、こんな夢のような展開が実現するなんて。

競馬ファンは、このライバル対決を見たくて競馬場に訪れたのである。ただ、ディープインパクトとテンペストクェークの真っ向勝負が100%みられるとは思っていなかった。そんなに都合のよい展開にならないのが競馬だからだ。

しかし、目の前の光景は、自分たちが見たくて仕方がなかった光景であった。

 

ラスト1ハロンでの死闘。

お互いに馬の後方を走っていたせいか、騎手も馬も泥まみれになりながらも、ゴールを目指して飛ぶように走っていた。

先頭を行くディープインパクト。それを猛追するテンペストクェーク。

3/4馬身差まで縮まったが、それから差は中々縮まらなかった。

あと100メートル。時間にして5秒程度。

もうだめかと思った瞬間、普段はゴール前でテンペストクェークに鞭を入れることがない高森騎手が、鞭を入れたのであった。

その瞬間、テンペストクェークが再加速して、縮まらなかった差がどんどんと縮まっていき、ゴール手前でテンペストクェークがディープインパクトを差し切ったのであった。

ターフビジョンにゴールの瞬間が流れ、ゴールの瞬間を見ることができなかったファンたちが決着を見極めていた。

 

アタマ差。

 

それが第47回宝塚記念の勝敗を決めた着差であった。

 

外れ馬券が舞い散っていた。そして、多くの観客が伝説のレースの終わりを見届けていた。

 

 

 

口取り、表彰式が終わり、レースの熱気が収まりつつある京都競馬場。2人の男性が、馬主席の近くで話し合っていた。

 

 

「西崎さん。今回は負けました。本当にテンペストクェークは強い馬ですね」

 

 

「ありがとうございます。藤山先生、高森騎手。テンペストに関わった関係者の方々のおかげです。私は何もしていませんよ……」

 

 

「この舞台で私のディープインパクトと対決するという決断をしたのは西崎さんですよ。最終的な責任は馬主が持つものです。敗北も勝利も。だから、もっと喜んでいいものだと思いますよ」

 

 

宝塚記念に出走するという選択をしたのは西崎本人である。世の中の流れに押されたという側面が強かったが、西崎はテンペストが勝ってくれると信じたからこそ、この宝塚記念に出走したのである。

 

 

「はい、ありがとうございます。本当にすごいレースでした。それに、やっとあなたの馬に勝つことが出来ました」

 

 

「私たちも勝つ自信はあったのですが……今日に関しては調教師の先生も、騎手の方も何一つミスはしていませんでした。テンペストクェークがディープインパクトの力を上回ったのだと思います」

 

 

「ありがとうございます」

 

 

西崎は感謝の言葉を伝えると共に、レース前から気になっていたことを質問する。

 

 

「......藤山先生が仰っていました。これでディープインパクトとの対決は最後になるかもしれないと。凱旋門賞後はやはりジャパンカップ、有馬記念をお考えで?」

 

 

「今後のレースプランは、体調や疲労などを考慮して決めますが、西崎さんのお考え通りの出走計画を立てています。そして、ディープインパクトは、来年は走らないと思います」

 

 

テンペストクェークはマイル~中距離が適正距離なので、ディープインパクトと対決できるGⅠレースは天皇賞・秋くらいであった。凱旋門賞に出走が決まっているディープインパクトも日程的に出走するのが難しいため、2頭が激突するレースは、今年はなかったのである。

 

 

「来年は、というと種牡馬になるのですか?」

 

 

「ええ。まだ決定事項ではありませんし、検討段階の話ですからこのことは内密にお願いします。テンペストクェークにもおそらく種牡馬入りの話はたくさん来ているのではないでしょうか」

 

 

「ハイ、それはもういろいろなところから。ディープインパクトの生産者の方々からもお誘いを受けています。あと海外からも……」

 

 

テンペストクェークは主流の血統とはいいがたい血統ではあるが、それでもGⅠを複数勝利している馬であるので、種牡馬としての需要は一定数あった。

名馬=名種牡馬とは限らないのだが、それでもロマンと可能性を捨てることはホースマンには出来ないのである。

 

 

「ドバイを勝ちましたからなあ。あれは凄かった。西崎さんは、馬主は初心者と聞いています。初めてのことではあると思いますが、彼の引退後の道についても本格的に考え始める必要があると思います。……余計なお世話でしたら申し訳ありません」

 

 

「ああ、いえ。自分もいつか考えないといけないことだとは思っていたので。助言ありがとうございます」

 

 

「そういえば、テンペストクェークは、この後はどのレースに出る予定ですか?噂だと海外に行くとかなんとか……」

 

 

「それですが……」

 

 

しばらくの間、2頭の怪物の所有者たちは、馬の話で盛り上がったのであった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

京都のとある飲食店。

ここには、競馬を終えた二人の男がいた。

 

 

「高森さん……なんで最後差せたんですか」

 

 

「俺の思いに応えてくれたんですよ~俺のテンペストが。いや〜気持ちよかったなあ、高森コール。初めてでしたよ」

 

 

二人は泥酔していた。

一人は、宝塚記念でテンペストクェークの鞍上の高森。もう一人はディープインパクトの鞍上の騎手である。

 

 

「ああ~ディープの無敗伝説を終わらせてしまった……」

 

 

「俺のテンペストの方が強かったってことですな。というか君、こんなに酔うタイプだったっけ?」

 

 

高森の知る限り、彼が知り合いの目があるところで泥酔しているという話を聞いたことがなかった。それほどまでに悔しかったのだろうとも思っていた。

 

 

「先生も、馬主の方も、誰も自分を責めないんです。君は完璧な競馬をしてくれたと言って」

 

 

「実際、そうだと思うよ。ラスト1ハロンまではやばいと俺も思ったし」

 

 

「有馬のような、普通の走りをしてしまって、それで負けてしまったならまだ納得ができます。でも、彼はいつも通り最高の走りをしてくれたんです。それなのに……」

 

 

「まあ、そこは俺とテンペストの絆の勝利かな」

 

 

「なんなんですか、あの馬。ドバイのときも強いと思ってましたけど、強すぎますよ」

 

 

「まあね、マイルから2000メートルなら俺のテンペストが最強ですね」

 

 

「……その距離での最強はサイレンススズカです。これは譲りません」

 

 

「いいや、テンペストの方が強いね。最後のゴール前で絶対に差し切っている」

 

 

「それはあり得ないです。絶対に先にゴールします」

 

 

二人は、自分の愛馬の強さを自慢しまくりながら、どんどんと酒を飲み続けていく。

 

 

「あかん、目が回ってきた。まだ飲みますよ」

 

 

「……もう無理。というか俺、明日関東に帰らんといかんのに何やってんだよ」

 

 

二人の騎手による喜びと悲しみの宴会は、夜が明けるまで続けられた。

二日酔いによる地獄の苦しみは平等に二人を襲ったという。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺は今、筋肉痛に襲われている。

そりゃあフルパワーで走ったから仕方がない。

ただ、想定内の疲労だったので、本当に良かった。

ケガでもしたら、兄ちゃんやおっちゃん、騎手君たちを悲しませてしまうからな。

 

 

「テンペストの様子はどうですか?」

 

 

「かなり疲れているようで、寝てるか食べてるかのどちらかですね。ただ、どれも想定の範囲内です。やっぱり頑丈ですよテンペストは」

 

 

「検査では骨、肺、心臓、内臓、そして屈腱等の腱に異常がなかったのが本当によかったです。ディープインパクトを差し切ったときの加速は少し怖かったくらいです」

 

 

最後のフルパワー加速。あれはもう封印したほうがいいな。

多分何回もやったらマジで脚がぶっ壊れる。

鍛えていたのと、調子が良かったから何とか保ったけど、ヤバかった。

 

 

「藤山先生、今回の宝塚記念は本当にすべてが上手くいきましたね。それと、お身体の方は大丈夫でしたか?」

 

 

おっちゃんは少し調子の悪そうな顔をしているのが気になる。

いや、調子を崩すのは俺なんじゃないのかね?

ほれほれ、どうしたんだ?

 

 

「こらこら、服を引っ張らない。医者に行きましたが、軽い胃潰瘍だったみたいです。軽度なので、通院程度ですみましたよ」

 

 

「胃潰瘍……ストレスが原因ですか……」

 

 

「そうみたいです。やはり無理していたところもあったみたいです。調教師人生のすべてをかけて調教を行いましたから。もう一回あのレベルまで仕上げろと言われても多分無理だと思います」

 

 

「何かありましたら、絶対に病院へ行ってください。藤山先生に倒れられたら、馬も私たちも路頭に迷ってしまいます」

 

 

「その通りですね。ただ、これからも本格的に忙しくなります。秋山君たちスタッフにも尽力していただきますから、よろしくお願いしますね」

 

 

「はい、テンペストクェークのイギリス遠征に向けて、尽力してまいります」

 

 

話は終わったかな?

疲れているけど、運動はしないとな。

俺を外に出してくれい。

 

 

「あ~わかったわかった。すいません。そろそろテンペストの運動の時間みたいなので、行ってきます」

 

 

「わかりました。テンペスト、ありがとうな~」

 

 

うーむ。おっちゃんのすりすりが一番気持ちええな。

ちなみに二番手は兄ちゃん。三番手は騎手君。

 

 

さて、今、俺は森林の間の道を歩いている。

横に明るい色をした俺と同じくらい大きい馬がいる。

まあ、いつものイケイケな馬だ。

 

 

【走ろうぜ】

 

 

【また今度な】

 

 

うーん。前のレースでは俺が勝ったことを覚えているらしく、うるさく俺に絡んでくる。

多分俺が一回でも負けたら延々とその一回で勝ち誇ってくるパターンだな。

絶対に負けねえ。

 

 

【むかつく、むかつく!】

 

 

【やめろって……】

 

 

近くまで寄ってきて、俺にじゃれつく。

お前でかいから洒落にならねーんだって。

 

 

「なんか楽しそうですね」

 

 

「テンペストの方は死んだ眼をしていますよ……」

 

 

その様子を見ていた他の馬が

 

 

【楽しそう】

【俺も俺も】

 

 

といった感じで俺たちの近くに寄ってくる。

俺は、名目上はボスということになっているのだが、ちょっと立ち位置がわからない。

俺は別に偉ぶりたいわけではない。ただ、暴れていたり、人間や他の馬に危害をくわえそうな馬には全力で注意をしたりしている。そういうのがボスの仕事だと思うからだ。

あの黒い馬は、ボスとして扱われていないと怒っていたりしたけど、我を忘れた馬を一喝して大人しくさせたりしていたからな。

 

 

「入厩したときからは考えられないよな~お前が馬を従える様子なんて。本当に逞しくなったよ」

 

 

【ああ、もう離れなさい。人間の迷惑でしょうが!】

 

 

【はーい】

【わかった】

 

 

「テンペストは、気性が穏やかな馬にも好かれますけど、やんちゃというか、ちょっと気性が悪い馬にも好かれるんですよね」

 

 

「本当に度量が広くなったなあ……キレたナイフみたいなテンペストはどこに行ってしまったのやら」

 

 

なーんか悪口を言われた気がするぞ。

 

 

【うるせえ!】

 

 

「ああ、そんなに怒らないで。やっぱこいつ人間の言葉わかっているよ、絶対に」

 

 

俺は運動を終えると、いつもの自分の部屋に戻って、ゆっくりする。

 

次のレースはいつかな。

また、みんなと笑い合いたい。

ライバルを倒したい。

もっと強くなりたい。

 

全く、俺は欲張りだな。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

宝塚記念の熱狂も冷めやらぬ中、7月初旬。

藤山厩舎、というか西崎オーナーからテンペストクェークのイギリス遠征が発表された。

まず第一目標が決められた。

 

 

『インターナショナルステークス』

 

 

テンペストクェークの親友?のゼンノロブロイが惜しくも敗れたレースであった。

 

まだ、反撃は終わらない。

 

2006年夏、欧州に日本からやってきた暴風と衝撃が襲い掛かる。

 

 

 

 

 

テンペストクェーク成績

2006年 春

2月26日 中山記念:1 GⅡ(中山第11R・芝1800メートル)約6500万円

3月25日 ドバイデューティフリー:1 GⅠ(ナド・アルシバ・芝1777メートル)300万USドル(2006年3月25日時点での円ドル相場118円で計算。3億5400万円)

6月25日 宝塚記念:1 GⅠ(京都第11R・芝2200メートル)約1億3400万円

 

2005年春:約8800万円

2005年秋:約3億8600万円

2006年春:約5億5300万円

合計:約10億2700万円

 



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閑話3

1:名無しの競馬ファン

必要っぽいので立てた。

取り合えず概要を

第47回宝塚記念

1着:テンペストクェーク

2着:ディープインパクト

3着:ナリタセンチュリー

タイム:2.12.8

 

2:名無しの競馬ファン

>>1 サンクス

 

3:名無しの競馬ファン

実況スレは盛り上がったな。

 

4:名無しの競馬ファン

すごかった。それしか言えない。

 

5:名無しの競馬ファン

久しぶりにドラマを見せてもらった。

 

6:名無しの競馬ファン

世界一治安の悪い競馬民が大人しくなるほどの名勝負だった。

 

7:名無しの競馬ファン

ディープに賭けていた人もかなり多かったみたいで、12レースが終わった後も大雨でうなだれていた奴がいたわ。

 

8:名無しの競馬ファン

>>7 明らかに従来の競馬ファンとは違う毛色の観客も多かったけど、いつもの人種もいて安心した。

 

9:名無しの競馬ファン

>>7 新規ファンに治安の悪さを見せていくスタイルで草

 

10:名無しの競馬ファン

>>3 マジでいっておけばよかった。変な逆張りするんじゃなかった。

 

11:名無しの競馬ファン

>>10 俺も。なんかどうせ期待したような対決は見られないんだろうって思っていた。

 

12:名無しの競馬ファン

実況スレにいるような奴なんてみんなそんな奴ばかり。

 

13:名無しの競馬ファン

なんで近所なのに行かなかったんだよ。最悪だよ。

 

14:名無しの競馬ファン

実際雨が降ってなかったらもっと気軽に行ってた人は多そう。

 

15:名無しの競馬ファン

北海道からは遠かったが、最高の思い出だったぜ。

 

16:名無しの競馬ファン

>>15 うらやましい

 

17:名無しの競馬ファン

>>15 遠方地のファンも入場していたらしいな。別のスレでも結構見かける。

 

18:名無しの競馬ファン

>>17 一種の旅行感覚で来てたファンが多いみたい。ついでに京都観光もかねて京都に来ていた人が多い。そういう人は雨でも問題なく観戦するから。

 

19:名無しの競馬ファン

>>18 京都民だけど、京都市内のホテルとか、結構賑わったみたい。

 

20:名無しの競馬ファン

そういえば入場者数は13万人超えたくらいだったらしいな。去年の菊花賞と同じくらいかちょっと上回るぐらいだったらしい。

 

21:名無しの競馬ファン

雨でよくそれだけ集まったな。

 

22:名無しの競馬ファン

京阪が臨時列車出していた。しかもラッピング電車走っていたし。

 

23:名無しの競馬ファン

>>22 テンペストとディープとかの写真が貼ってある奴だな。

 

24:名無しの競馬ファン

5月ごろに2頭の対決が実現するのがわかって、それから2か月ちょっとでラッピング電車走らせるってどんだけだよ。

 

25:名無しの競馬ファン

菊花賞のとき、大増発しても間に合わないぐらいの人が押し寄せたからな。それで味を占めたのでは?

 

26:名無しの競馬ファン

春天の時はそんなのなかったのに……

 

27:名無しの競馬ファン

おそらく前々から鉄道会社とJRAが計画はしていたんだと思うよ。それで2頭の対決が実現するとなって、本格的に盛り上がりそうだから実行したのでは?

 

28:名無しの競馬ファン

その可能性は高い。阪神競馬場開催だったら阪急がラッピングしてたのかな?

 

29:名無しの競馬ファン

さあ?まだラッピング電車自体そんなに普及していないし、よくわからないわ。

 

30:名無しの競馬ファン

>>29 そのあたりの考察は鉄オタに任せようや。

 

31:名無しの競馬ファン

宝塚記念の出走する全頭の写真が貼ってあったけど、やっぱり一番目立っていたのはディープとテンペストだったな。

 

32:

>>31 そりゃあそうでしょうね。あれだけ持ち上げられていればそうなる。

 

33:

>>31 こういうライバル対決って結構あっけなく終わることが多いんだけど、全競馬ファンが望んていた展開になったのは凄かった。

 

34:

宣伝していたJRAが一番泣いて喜んでいそう。

 

35:

歴史に残るレースだったからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

150:名無しの競馬ファン

さて、そろそろレースの総評と行くか。

 

151:名無しの競馬ファン

>>150 いろいろと語りたくなることが多かったからな。

 

152:名無しの競馬ファン

改めて実況を見返してみると、本当に馬場状態が悪いな。

 

153:名無しの競馬ファン

結構走りにくそうにしている馬も多かった。

 

154:名無しの競馬ファン

距離が長いってコメントしている陣営もあったな。ダイワメジャーやハットトリックとか。

 

155:名無しの競馬ファン

テンペストは2月の中山記念で重馬場適正があることを証明していたし、雨になってテンペストを軸にした人多いんじゃないの。

 

156:名無しの競馬ファン

それは思った。ただ、距離がどうなのかわからなかったから、ディープにした。総合では黒字になったからよかったが。

 

157:名無しの競馬ファン

3着ナリタセンチュリーが予想外だった。それだけ……

 

158:名無しの競馬ファン

馬場状態が荒れると、馬券も荒れやすいからなあ。

 

159:名無しの競馬ファン

>>158 その荒れやすい展開で問題なく1着2着争いに入ってくる2頭は……

 

160:名無しの競馬ファン

>>159 そりゃあ真の強者は条件は選ばないからな。

 

161:名無しの競馬ファン

>>159 これでディープもテンペストも本当に強い馬であることが証明されたな。

 

162:名無しの競馬ファン

ディープの大外捲りはいつも通りって感じだった。これは勝ったなって思った。なお……

 

163:名無しの競馬ファン

テンペストは途中までそんなところにいていいのかよって思ったわ。最後の直線で中央突破してくるとは思わなかった。

 

164:名無しの競馬ファン

なんで馬群に突っ込んでいけるんですかねえ。

 

165:名無しの競馬ファン

オグリキャップとバンブーメモリーのマイルCSを思い出した。距離とか違うけど。

 

166:名無しの競馬ファン

>>165 俺もだ。テンペストはオグリの生まれ変わりか何かか?

 

167:名無しの競馬ファン

マイル~中距離にかけてはガチでオグリ以上の力はあると思う。ただ有馬記念やJCは走れないな。

 

168:名無しの競馬ファン

本質がテンペストと同じマイラーなのに2500メートルで勝てるオグリキャップがおかしいだけ。

 

169:名無しの競馬ファン

テンペストは本来2200メートルが限界らしいな。高森騎手がレース後のインタビューで言ってた。

 

170:名無しの競馬ファン

最後の直線まで経済コースを通っていたのは、最短距離を走らせるためだとか。それで最後に中央突破まで持ってくるんだよ。なんであの人、昨年までGⅠを1つも獲ってないの?

 

171:名無しの競馬ファン

それがテンペスト以外だとしょうもないミスをやらかすんだよなあ。テンペストだけ見ると名騎手って感じなんだけど。

 

172:名無しの競馬ファン

>>171 普段の高森騎手は……まあ物凄い下手ではないけど、上手いわけでもないよねって感じの騎手。若いころは結構いいところまで行ったんだけど、ケガとかいろいろあって今の位置に落ち着いている感じ。

 

173:名無しの競馬ファン

>>171 復活劇もあってか、結構ひそかに応援している人も多い騎手だよ。人気馬に乗っていることが少ないから影が薄くなっているけど。あと髪も。

 

174:名無しの競馬ファン

>>173 髪のことは言ってやるなよ……

 

175:名無しの競馬ファン

そろそろ競馬の話に戻るで~

 

176:名無しの競馬ファン

せやな。結局なんでテンペストが勝てたん?正直マイルや2000メートルやったらテンペストのほうが有利だったとは思うけど。

 

177:名無しの競馬ファン

道悪適正がテンペストの方が高かったのと、距離が長すぎなかった。あと、ダービーのときより成長していたことが要因かな。

 

178:名無しの競馬ファン

成長していたのは事実だね。3歳春のときに比べて見違えるほどになっていたし。

 

179:名無しの競馬ファン

あとは調教が完璧だったこともあるかも。藤山調教師曰く、もう二度と再現できないほどの完成度とのこと。

 

180:名無しの競馬ファン

藤山調教師、その後胃潰瘍で病院に行ったらしいな。新聞のコラムに書いてあったわ。

 

181:名無しの競馬ファン

藤山厩舎はわりと雰囲気が朗らかとしている厩舎で有名だったりする。ただ、宝塚記念に射程を収めた後の2か月間は近寄りにくいオーラがあったらしい。

 

182:名無しの競馬ファン

調教師と騎手と馬、すべてが完璧だったからこその勝利だったんだな。さすがのディープ陣営もこれには勝てんよ。

 

183:名無しの競馬ファン

調教師も騎手もディープはいつも通り完璧な競馬をしたって言ってたしな。

 

184:名無しの競馬ファン

藤山陣営の執念が上回ったって感じなのね。

 

185:名無しの競馬ファン

なんというか物語にしても出来すぎだよな……

 

186:名無しの競馬ファン

日本最大の生産牧場出身で、超良血。そして、日本有数の調教師、騎手に導かれ無敗の三冠を達成した超エリート馬。

一方は、小規模牧場で誕生した微妙な血統。調教師も騎手も有名ではないが、彼らと共に研鑽を積んでいった雑草魂馬。

その両者が、ラスト1ハロンの死闘とか、競馬漫画かよ。本当にリアルタイムで見れて最高だった。

 

187:名無しの競馬ファン

>>186 漫画や映画にしてもご都合主義が過ぎるわな。ただ、こういう物語は大好き。

 

188:名無しの競馬ファン

>>187 せやな。ハッピーエンドがええな。テンペストもディープもどっちもケガもないしな。どっちかが引退とかなったら最悪だわ。

189:名無しの競馬ファン

>>188 どっちも元気にまだまだ走ってくれそうなのがうれしい。燃え尽きていなければいいんだけど……

 

190:名無しの競馬ファン

>>189 あの激戦の後だものな。目に見えた異常がなくても、走れなくなるような馬も多いからな。ダイユウサクとか有馬で最高の走りをした後燃え尽きてしまったし。

 

191:名無しの競馬ファン

まだ、親子3代安田記念制覇も、3階級GⅠ制覇も成し遂げていないし、頑張ってほしい。

 

192:名無しの競馬ファファン

>>191 日本で残す目標がこれくらいしかないし、テンペストは得意距離なら歴代最強レベルになっているのでは?

 

193:名無しの競馬ファン

マイルならタイキシャトルって思ったけど、テンペストもマイルで不良馬場でも問題なく走っていそう。

 

194:名無しの競馬ファン

親父も祖父も得意距離だと強かったけど、テンペストは負ける気がしないっていうぐらい強い。

 

195:名無しの競馬ファン

昨年の毎日王冠のあたりからちょっと手が付けられないくらいに成長したな。何があったんだろうか。

 

196:名無しの競馬ファン

皐月賞で逃げを止めたあたりから信じられないくらい強くなった。

 

197:名無しの競馬ファン

藤山調教師の話だと、逃げ以外はなんでもできるらしい。なんで逃げてたんだよ。

 

198:名無しの競馬ファン

馬の気性とか?エピソードか何かで、馬嫌いって聞いたし。

 

199:名無しの競馬ファン

でもゼンノロブロイと仲が良かったって話も聞いたぞ。

 

200:名無しの競馬ファン

併走とか一緒になっていたらしいね。記事になってた。

 

201:名無しの競馬ファン

GⅠ馬同士の併走とか豪華やな~。テンペストの強さはそこから来ているのかも。

 

202:名無しの競馬ファン

成長力が半端ない。あとかなり頑丈だよね。

 

203:名無しの競馬ファン

大柄な馬体にしてはケガと無縁。

 

204:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファーは若い時は体質が弱かったって話はあったけどケガが多い馬ではなかったな。

 

205:名無しの競馬ファン

母父のサクラチヨノオーはケガで引退だったな。マルゼンスキーも脚部不安があった。そんな馬の欠点を全く感じさせない頑丈さ。

 

206:名無しの競馬ファン

まあ、昨年の秋のローテは別として、結構ゆとりのあるレース間隔だから、そのあたりは結構陣営も気を使っているよね。

 

207:名無しの競馬ファン

何にせよ、ケガで引退って姿だけはあまり見たくはないな。

 

 

 

 

 

 

 

 

450:名無しの競馬ファン

ディープインパクトは凱旋門賞に行くみたいだけど、どんな日程なのかな。

 

451:名無しの競馬ファン

まだ詳しいことはわからないけど、フォア賞からの凱旋門賞に行くって、話だね。

 

452:名無しの競馬ファン

マジで頑張ってほしいわ。

 

453:名無しの競馬ファン

芝が日本と違うらしいけど大丈夫なのかね。そこが心配。

 

454:名無しの競馬ファン

あの馬場の宝塚記念であれだけの激走ができたんだから大丈夫だとは思うよ。そういう意味ではディープの道悪適正を見れてよかったんじゃないかな。

 

455:名無しの競馬ファン

>>454 日本の重馬場とロンシャンの馬場は、またちょっと違うけど、そういう考え方もできるな。

 

456:名無しの競馬ファン

コースも独特だからなあ。なんて欧州の競馬場ってあんなのばっかりなの……

 

457:名無しの競馬ファン

ドイツは普通だぞ。まあ一番やばいのはイギリスだけど。

 

458:名無しの競馬ファン

エプソムとかその辺の丘の草原に競馬場作りましたって感じだからな。

 

459:名無しの競馬ファン

ツアーとかあるのかな。

 

460:名無しの競馬ファン

もう予約開始されているらしいよ。もし、ディープが出走できなかったら何を見にロンシャンに行くの?って感じになりそうだけど。

 

461:名無しの競馬ファン

なんかちょっと心配だなあ。欧州の競馬って日本とはノリがちょっと違うから。

 

462:名無しの競馬ファン

ちょっと日本の競馬場とは違うらしいね。白い目で見られなければいいけど。

 

463:名無しの競馬ファン

ディープは凱旋門賞確定だとして、テンペストはどうなの?

 

464:名無しの競馬ファン

わからない。スプリンターズステークスに行くんじゃないかって話はある。ヤマニンゼファーが取り損ねた3階級GⅠ制覇があるし。

 

465:名無しの競馬ファン

そういえばゼファーは惜しいところまで行ったんだったな。

 

466:名無しの競馬ファン

相手がニシノフラワーとサクラバクシンオーじゃなかったら……

 

467:名無しの競馬ファン

クソつよ短距離馬がライバルだったんだよな。

 

468:名無しの競馬ファン

海外に行ってほしいなあ。マイルや10ハロンレースが欧州の夏にはいっぱいあるし。

 

469:名無しの競馬ファン

確かに。なら候補はインターナショナルステークスか

 

470:名無しの競馬ファン

あとはクイーンエリザベスⅡ世ステークスとかチャンピオンステークスもあるな。

 

471:名無しの競馬ファン

テンペストがドバイで勝ったデビットジュニアは2005年のチャンピオンステークス勝ち馬だったな。

 

472:名無しの競馬ファン

はえ~なら勝てるのでは?

 

473:名無しの競馬ファン

>>472 そんな甘くないで。それだったらジャパンカップ勝っている馬がみんな海外GⅠ獲れることになるし。

 

474:名無しの競馬ファン

テンペストの次走ってインターナショナルステークスじゃないの?

 

475:名無しの競馬ファン

>>474 まだ公式発表されてないでしょ。新聞とかにはそんな情報はなかったぞ。

 

476:名無しの競馬ファン

インターネットの記事にもなかったな。

 

477:名無しの競馬ファン

オーナーのブログに書いてあったんだけど

URL https://…

 

 

478:名無しの競馬ファン

嘘だろ?というかテンペストのオーナーってブログやってたのかい。

 

479:名無しの競馬ファン

本当だ。天皇賞の盾の写真とか、関係者じゃないと絶対に撮れない写真貼ってある。

 

480:名無しの競馬ファン

ちょっと前に始めたばかりなのね。

 

481:名無しの競馬ファン

「インターナショナルステークスに出走することを藤山調教師と相談の上で決めました」

本当に海外に行くのか……

 

482:名無しの競馬ファン

ドバイと違って招待競走じゃないから、遠征費用は基本的に全部自費だし、イギリスのGⅠレースの賞金て日本のGⅡより少ない場合も多いから、下手したら赤字だぞ。

 

483:名無しの競馬ファン

たしかこの人ってテンペストが初の所有馬なんだよね。それでイギリス遠征とかやべえ。

 

484:名無しの競馬ファン

まだ30代で経営者だぞ。肝が据わっているというか怖いもの知らずというか。

 

485:名無しの競馬ファン

こんな情報ブログに掲載していいのかよ

 

486:名無しの競馬ファン

テンペストの馬主は西崎氏だし、いいんじゃねーの。こりゃあ明日の新聞が楽しみだな。

 

487:名無しの競馬民ファン

インターナショナルステークスか。去年はゼンノロブロイが惜しかったな。

 

488:名無しの競馬ファン

勝った馬はドバイWCで優勝した。あと8月のキングジョージでハーツクライと戦う。

 

489:名無しの競馬民ファン

そういえばハーツもイギリス遠征組だな。

 

490:名無しの競馬ファン

日本のトップホースが全員海外遠征か。誰かが勝ってくれればいいんだけど。

 

491:名無しの競馬ファン

ディープなら凱旋門賞は可能性があると思う、それぐらい強いし。

 

492:名無しの競馬ファン

マイル~中距離なら絶対にイギリスでも勝つことが出来ると思う。タイキシャトル以来のマイルGⅠを望む。

 

493:名無しの競馬ファン

日程的にジャック・ル・マロワ賞は難しいけど、クイーンエリザベスⅡ世ステークス、ムーラン・ド・ロンシャン賞はいけるのでは?ちょっと日程的にきついかな。

 

494:名無しの競馬ファン

どのレースも欧州最高峰のレースだな。これに勝てたら、日本だけでなく欧州でも種牡馬として求められそう。

 

495:名無しの競馬ファン

確かに、もしかしてそれを狙って……?

 

496:名無しの競馬ファン

いずれにしても、今年の海外競馬は熱くなりそう。実況見れるかな。できれば日本語がいいんだけど。

 

497:名無しの競馬ファン

さすがに中継はするんじゃないかな。宝塚であれだけ視聴率を獲れたんだから。

 

498:名無しの競馬ファン

楽しみ。絶対に見る。

 

499:名無しの競馬ファン

暇だったらイギリス行きてえなあ。

 

500:名無しの競馬ファン

金も時間もない……

 

501:名無しの競馬ファン

無職だから時間はあるが、金がない。

 

502:名無しの競馬ファン

>>501 働け。

 

503:名無しの競馬ファン

>>502 辛辣で草。

 

504:名無しの競馬ファン

ゼファー魂の横断幕の人は、マジで行きそうだけど。

 

505:名無しの競馬ファン

向こうって横断幕ありなの?

 

506:名無しの競馬ファン

さすがにダメでしょ。でも、あれがヨークやアスコット、ニューマーケットで翻っている姿を見たい。

 

 

 




テンペストの親父のヤマニンゼファーは天皇賞・秋でセキテイリュウオーとものすごい競り合いを繰り広げました。レースも状況も違いますが、ゼファーのファンは、宝塚記念でテンペストに親父の姿を見た人もいたのかもしれません。


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第四章 飛翔編
馬、本場の地へ


第4章、飛翔編

神ってる、レベチなテンペストクェークをお楽しみください。
あとハーツクライとディープインパクトも



注)28話と同時投稿なのでこちらが最新話です。


宝塚記念の熱狂も冷めやらぬ中、美浦トレセンの藤山厩舎は慌ただしく動いていた。

管理しているテンペストクェークが、無敗の現役最強馬であるディープインパクトに勝利したためである。

もともとドバイを勝利するなど注目度の高い馬であったが、宝塚記念を契機として、さらに注目度が上がったのであった。取材の申し込みなどもさらに増え、お祭り騒ぎ状態となっていた。

テンペストはすぐに新しい戦場へと旅立つことになっているため、ゆっくりしている暇はなかった。

 

 

「テンペストが入厩する厩舎ですが、ゼンノロブロイが昨年のインターナショナルステークスに出走した際にお世話になった厩舎になりました」

 

 

藤山は、ゼンノロブロイの調教師や馬主に頼み込んで、遠征先の厩舎を見つけることに成功した。彼らからは、ゼンノロブロイの借りを返してきてくれと頼まれている。

 

 

「ニューマーケットですか。一度行ってみたかったんですよね……」

 

 

厩務員の秋山は、テンペスト専属としてイギリスに滞在することになる。

競馬の聖地ともいえるニューマーケットに行けるのは秋山にとっては夢のような出来事であった。藤山は日本にも管理している馬がいるため、イギリスに常駐することはできないが、定期的に向こうに行く予定であった。

 

 

「それにしても、今回の遠征費。結構馬鹿になりませんよね」

 

 

「そうですね。輸送費や登録料、それに私たちスタッフの遠征費用。色々なお金が基本的に自腹ですからね。それでいて、賞金額が日本のGⅡレース並みかそれより少ない場合が多いから割にあいませんね」

 

 

インターナショナルステークスの1着賞金額は、約30万ポンド、日本円にして6570万円である。

 

 

「テンペストの得意な距離のレースが夏から秋にかけて、イギリス、フランスにたくさんあります。どれか勝つだけでも偉業ですよ」

 

 

数年前からタイキシャトルを始めとして日本の馬が欧州のGⅠを制している。しかし、ほんのわずかな数である。

欧州に対するコンプレックスというものは多かれ少なかれ日本のホースマンは持っていた。

 

 

「不思議なんですよね。テンペストならすごいことをやってくれるって思えるんですよね。騎手でも調教師でもない自分がこんなことを思えるぐらい凄い馬です」

 

 

「彼なら案外簡単にとってきてしまうのでは?と油断しそうになってしまいます。すでにテンペストは英国で戦う準備が出来ているので、気が緩みかけていますね……」

 

 

苦笑しながらテンペストの馬房を眺める。

今、彼はプールで泳いでいる最中である。色々と器用な馬であるが、なぜか泳ぐのは苦手であるらしい。ただプール自体はそこまで嫌いではない。

 

テンペストクェークは宝塚記念の疲労が少し残っていた。そのため、すぐに英国には出発せずに、期間を少し空けて7月下旬に英国へと旅立つ予定である。

 

 

「そういえば、ハーツクライの調教師から、できればテンペストと併走や曳運動をさせてほしいと要望がありました」

 

 

「ハーツクライですか。キングジョージに出走する予定でしたね」

 

 

7月29日に開催されるキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークス(King George VI and Queen Elizabeth Diamond Stake)にハーツクライは出走する予定である。芝12Fで開催され、凱旋門賞に匹敵するほどの格があるGⅠレースだと言われている。

 

 

「宝塚記念の疲労がもう少し早く抜ければ、7月15日の飛行機で一緒にイギリスに向かうことが出来たんですけどね」

 

 

テンペストの疲労は想定内であったとはいえ、全くの無傷ではなかった。疲労が残っている状態での輸送と、慣れない新天地への移動は、いくらテンペストが強くても、良くないと判断した。そのため、テンペストは少し遅れた飛行機で輸送されることになった。

 

 

「検疫とかもあるから、一緒にいられるのは直前だけだと思いますけど、果たして大丈夫ですかね……」

 

 

ドバイで一緒の飛行機に乗ったりしていた時には、喧嘩もしなかったので相性が悪いとは思わなかった。ただ、ハーツクライもどちらかといえばボス気質の馬なので、同じくボスであるテンペストと相性がいいのかはわからなかった。

 

 

「テンペストは他の馬から畏れられるほどの威圧感を持っているんですけど、自分から威張りに行くようなことはしないので、結構自分がボスだ!っていう気が強いタイプの馬ともうまく付き合えていますね。絶対に格下に見られたり、舐められたりはさせないので、他のボス気質の馬と対等に付き合える性格なんだと思います。ゼンノロブロイとも最後の方には対等の仲を築いていました。たぶんハーツクライとも相性がいいと思いますよ」

 

 

「それなら、申し出には承諾しようと思います。同じ日本勢として、ハーツクライには勝ってほしいですから」

 

 

ハーツクライがキングジョージ

テンペストがインターナショナルステークス

ディープが凱旋門賞

 

もしこれが実現したなら、日本競馬が世界に届いたということを証明することが出来る。レースが被らないなら、同じ日本勢として、応援するのは当然のことであった。

ただ、なんだかんだでディープインパクトは凱旋門賞を勝ちそうである。

同じレースは出走しないが、ディープが勝っているのにテンペストが負けてしまうのは嫌だった。

 

 

「テンペストの調子は良好ですね」

 

 

「プール調教に行けるレベルまで回復していますし、数日もすれば普通に坂路調教も可能になるでしょう。それに宝塚記念で鍛えぬいた身体がまだ持続できています。しっかり現地で調整すれば、最高の仕上がりになると思います」

 

 

「宝塚記念で限界を超えてしまったのかと思いましたが、彼はしっかりと自分の限界というものを理解していたようですね」

 

 

競走馬は意外と無理をし過ぎてしまう生き物でもある。無理をすると故障といった形で現れる。ケガをする一歩手前の力で走れるのもテンペストの強さでもあった。

 

 

「英国の初戦の結果次第ですが、出走レースの間隔は昨年の秋並みかそれよりキツくなる可能性が高いです。細心の注意を払いましょう」

 

 

「わかりました」

 

 

そろそろプール調教が終わる頃だったため、藤山は厩舎の外に出た。

しばらくすると、調教助手に連れられて、テンペストがゆっくりと厩舎に戻ってきた。

 

 

「宝塚記念の疲労については、もう少しで抜けると思います。近日中に、航空輸送をしても問題ないレベルにまで回復すると思います。これなら、検疫や輸送を終えて、イギリスに到着してからすぐに現地で調教を行えると思います」

 

 

テンペストはドバイに行った際には、到着した次の日から元気いっぱいに走り回っていた。輸送負けという言葉は彼の辞書には存在しないようである。

 

 

「ありがとうございます。本村さん、現地での調教を頼みました」

 

 

藤山厩舎には2名の調教助手が所属しているが、本村は彼の専属としてイギリスに渡ることになっている。代わりに、別の厩舎から応援が入ることになっている。

 

 

「私は専属で彼についていくことはできません。電話などで指示はしていくつもりですが、最終判断は君に任せます」

 

 

「ありがとうございます。ケガと体調に気を付けて調教を行っていきます」

 

 

藤山厩舎は、秋山厩務員と、本村調教助手、そして様々なコネを経由して手配した現地の関係者を加えた陣営で英国遠征を行うことになった。

 

 

7月下旬、検疫を終えたテンペストクェークは空港から飛行機に乗せられた。

目指す先は、競馬の本場であるイギリスである。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

さて、俺はまた飛行機に乗せられて、どこかの国に連れてこられたようである。

前の国とはちょっと違う雰囲気を感じる。

 

飛行機から、また輸送されて、ついた場所は広大な土地だった。

 

 

【広いなあ……】

 

 

たくさん馬がいるが、それでも広く感じるくらいの場所である。

それに緑もたくさんあるし、のんびりとした雰囲気を感じる。

ただ、ここが休養の場所でないことは俺もわかっていた。

俺はこの国で戦うことが決まっているのだろう。こっちで再会した兄ちゃんたちは、緊張した面持ちだった。きっと激戦が俺を待っているのだと思う。

 

 

「やっぱり全く輸送負けしていませんね。それに、もうこの場所を気に入ったようです」

 

 

「やっぱり美浦と違って広いし、馬にとって環境がいいのかねえ……」

 

 

うーむ。

新しい場所に来てテンションが少し上がっているのかな。

ちょっといろんな場所を見に行きたいな。

 

 

「憧れの英国のニューマーケットにこんな形で来れるとはなあ……テンペスト、ありがとう」

 

 

兄ちゃんが俺を撫でてくる。

感謝しているのか?まあ俺をほめても何も出てこないぞ。

 

 

「本格的な調教は、こっちのスタッフとの打ち合わせが終わってからだから、少しの間だけど、テンペストにはゆっくりしてもらっておこうかな」

 

 

俺の部屋もいい感じだし、これならしっかり走れそうだな。

 

それから数日をここで過ごしていた。

その間は、厳しいトレーニングは行っていない。俺は結構ここを気に入ったけど、さすがに新天地に来ていつも通りとはいかないようだ。

 

 

「ハーツクライの方ですが、少し精神的に不安定みたいですね」

 

 

「テンペストと相性が合えばいいのだけど」

 

 

隣を歩く兄ちゃんに連れられて行った先にいたのは、白いラインのような模様が顔にある馬だった。

確かこいつは見覚えがあったような……

 

 

【お前、知っている】

 

 

そうだ、去年の秋くらいにこの馬と走ったな。

いや、もっと最近だ。

前に別の国に行ったときに同じ飛行機に乗った馬だ!

 

 

【久しぶり、元気?】

 

 

【……ああ】

 

 

おかしいなあ。

こいつ、もっとイケイケな感じだったと思うんだけど。

タイプとしては俺にやたらと絡んでくるあの明るい大きな馬と同じだと思ったが……

 

 

【なんだ?しょぼくれてんな】

 

 

もしかしてホームシック?

ふーん。

可愛いところあるじゃん

 

 

【ふーん】

 

 

俺はちょっとからかってやる。

 

 

【弱っちいなあ。赤ちゃんかお前は】

 

 

【うるせえ!】

 

 

お怒りであった。元気はあるようだな。

 

 

【お!それくらいの元気はあるか】

 

 

こいつもこの国のレースに出るのだろう。

日本の馬たちの代表としてこの遠い異国に来ているんだから、もっとしっかりとせえ!

前にいる馬は今にも俺に飛び掛かってきそうな目つきをしていた。

 

 

【待ちやがれ!】

 

 

【いやだね】

 

 

「……ああ!放馬!!」

 

 

俺たちは、油断していたにいちゃんの一瞬のスキをついて彼らの手から逃れる。

すまんな、兄ちゃん。ちょっと俺も走り回りたいんや。

 

 

【うふふ~。可愛い声出しちゃって~】

 

 

【気色の悪い声を出すな。むかつく!】

 

 

俺の精一杯の可愛い声は大変不評だったらしい。

少しの間、自由に走り回った俺たちは、人間のところに戻る。

俺たちを追いかけていたのか、かなり疲れているようだな。

 

 

「はぁ、はぁ……結局戻ってくるのかよ……」

 

 

「もうすぐ本番なのに、大丈夫なのか...…」

 

 

俺たちは人間から脚や身体のチェックを受ける。

大丈夫だよ、本気で走ってないから。

お遊びみたいなものだよ。

あの馬も、それに気づいていたみたいだし。

 

 

【俺の方が強いし速い】

 

 

【やっぱむかつくお前……】

 

 

最後に挑発して、俺はあいつと別れた。

うん、いい目してたじゃないの。

これなら惨敗はしないだろうな。

 

そして俺はあの馬を煽ったとして、結構ガチ目に怒られた。

馬にそんな怒り方しちゃだめだよ~って感じで見つめていたが、ダメだった。

ちくせう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

7月29日、アスコット競馬場。

この日は、キングジョージ6世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスが開催されていた。

昨年の凱旋門賞を勝ったハリケーンラン、昨年のインターナショナルステークス、今年のドバイWCを勝ったエレクトロキューショニスト。そして今年のドバイSCを勝ったハーツクライが有力馬として激突した。

 

 

『……残り400メートルを切った。外にハーツクライだ。外からハーツクライ。エレクトロキューショニストを捉える……』

 

『……残り200メートル。先頭はハーツクライだ。ハーツクライ粘る。内からハリケーンランが伸びてくるぞ。ハーツクライが粘る、粘っている。3頭の叩きあいだ……』

 

『……ハリケーンランが差し切るか、ハーツクライが粘るか。これは、これは……』

 

 

ほとんど同時に内側にいたハリケーンランと外側にいたハーツクライがゴール前を駆け抜けた。そのすぐ後を、真ん中のエレクトロキューショニストが走り抜けた。

 

 

『……勝ったのは、ハーツクライです!ハーツクライだ!勝った!勝ちました。日本勢初のキングジョージ制覇です。アグネスワールド以来のイギリスGⅠ制覇。それもキングジョージを獲りました……』

 

 

盛り上がりも見せるアスコット競馬場には、藤山厩舎の二人がいた。

 

 

「勝ちましたね」

 

 

「調教は少し物足りないようだったが、テンペストと走ってからは精神的に落ち着いていたようだ。というか闘争心が高くなってたらしい」

 

 

「……2頭で追いかけっこをしたみたいですし、テンペストは何を吹き込んだんですかね」

 

 

それは馬にしかわからないのである。

 

 

「さて、次はテンペストの番だ」

 

 

8月に行われるインターナショナルステークス。

現段階では、そこまで怪物クラスの馬が出走するという情報はなかった。

それでも油断できないのが競馬である。ただ、テンペストの調子も上向きであるため、このままいけば、ドバイレベルの仕上がりは期待できそうであった。

現地の調教師や厩務員からも評価は日に日に高まっているのを感じていた。

 

 

「結局インターナショナルステークスの次はどのレースにするんですか?」

 

 

秋山にはまだ今回の英国遠征の最終的なレースプランは伝えられていなかった。初戦でダメだったらすぐに日本に帰る可能性もあるためだった。

 

 

「フランスのムーラン・ド・ロンシャン賞を考えたんですが、少し日程的に厳しいです。9月からはアイリッシュチャンピオンステークス、クイーンエリザベスⅡ世ステークスを考えています。その後は10月のチャンピオンステークスを走る予定です」

 

 

他にも国外ではあるが、アメリカのブリーダーズカップマイル。あとはオーストラリアのコックスプレートも検討していた。ちなみに、誰に吹き込まれたわからないが、オーナーの西崎がブリーダーズカップ・クラシックに出たいと言い出したときは、さすがに全員で止めていた。

 

 

「結構厳しいローテですね」

 

 

「レース後に不調を感じたら即座に中止する予定です。ただインターナショナルステークスからアイリッシュチャンピオンステークス、クイーンエリザベスⅡ世ステークスを連戦している馬はいないわけではないですよ。例えばジャイアンツコーズウェイやファルブラヴが走っています」

 

 

「こっちの馬は中2週間ぐらいで走っていたりすることがありますね」

 

 

「ええ。ただ、これらの出走計画はインターナショナルステークスの結果次第です。日本へ早々に帰らないようにしたいですね」

 

 

「わかりました。ここで輝かせてみせましょう」

 

 

出走まであと数週間であった。

 

 




ハーツクライ「抜かれそうになったとき、目の前に気持ち悪い声で俺を挑発してくるあのクソ野郎が走っている姿が思い浮かんだ。あれに負けるのだけは癪に障るので、頑張ったら先頭だった。なんか複雑」



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準備完了、当方に攻略の用意あり。

次話は、明日投稿予定です。


7月末のキングジョージでハーツクライが勝利したことで、海外遠征に来ている日本馬の注目度が一層高まっていた。

ハーツクライ陣営には多くのメディアが集まり、極東から来訪した日本馬の強さを伝えていた。

そして、すでにイギリスに入国し、インターナショナルステークスに向けて調教を積んでいるテンペストにも注目が集まっていた。

 

 

『テンペストクェークですか?8ハロン~10ハロンのレースならハーツクライでも勝つのは難しい馬ですね。この距離なら現時点で間違いなく日本最強の馬ですよ』

 

 

ハーツクライ陣営は、テンペストクェークをお世辞抜きに褒めていた。キングジョージを勝ち、世界の名馬の仲間入りを果たしたハーツクライ陣営からの評価であった。

テンペストクェークの評判はさらに上昇していた。ドバイDFで5馬身差の圧勝劇を見ていた関係者は、ヤバい馬がやってきたと冷や汗をかいていた。

とある厩舎関係者は、テンペストクェークの調教を見た後でコメントを残していた。

 

『あの馬はやばいね。素の能力なら世界トップクラス。あとはうちの国の芝に適応できるかどうかだね。もし適応したなら、勝てる馬は一握りしかいないと思うよ』

 

 

イギリスの競馬関係者、競馬ファンは、インターナショナルステークスでのパフォーマンスで、彼の強さを見極めるつもりであった。

日本やドバイの芝なら間違いなく世界トップクラスの実力を有していることはわかっていた。そのため、イギリスの競馬場の芝の違いにどの程度適応することができるのかについて注目していた。

 

レースに出走する陣営としては、極東の競馬後進国からやってきた馬にでかい顔をされたくはないという気持ちもあり、いつもより気合が入っていた。

関係者の様々な思惑が入り混じりながら、8月上旬は過ぎていった。

 

 

 

 

「秋山君、本村君。イギリスでのテンペストの世話や調教、お疲れ様です」

 

 

調教師の藤山も定期的にイギリスには来ていたが、美浦の自分の厩舎の馬のこともあるため、常駐することはできない。そのため、イギリスと日本を行ったり来たりを繰り返していた。

今日は、テレビ電話で現地のスタッフと連絡を取っていた。騎手の高森も参加している。

 

 

「テンペストの調子はどうですか」

 

 

自分の相棒の状態について高森騎手が尋ねる。

 

 

「全く問題ありません。ハーツクライが先に帰りましたが、特段変わりなく過ごしています。調教も順調ですので、しっかりと本番で走れると思います」

 

 

「ハーツクライがテンペストに挑発されて、いい感じで気合が入ったって向こうの調教師の人達から感謝されました。バカにしていただけのような気もしますが……」

 

 

厩務員の秋山と本村が最近のテンペストの様子を応える。

 

 

「ハーツクライにはよいスタートを切ってもらいました。我々もそれに続きたいです。来週には我々も現地入りしますので、それまではよろしくお願いします。それと、出走計画が確定しました。西崎オーナーからの了解もとりました」

 

 

藤山調教師から、日本のスタッフ、そして現地で調教に参加してもらっているスタッフに今後の出走計画を伝える。

 

 

8月22日 インターナショナルステークス(芝・10F88Y)ヨーク競馬場

9月9日 アイリッシュチャンピオンステークス(芝・10F)レパーズタウン競馬場

9月23日 クイーンエリザベスⅡステークス(芝・8F)アスコット競馬場

10月14日 チャンピオンステークス(芝・10F)ニューマーケット競馬場

 

 

「改めて考えますと、かなり厳しいローテーションですね」

 

 

中2週間程度しか空いていない番組間隔に、秋山達も唸る。

勿論これは登録しただけである。

どこかのレースで不調が発生、あるいは疲労などでレースに耐えうることが出来ないと判断すればすぐに出走を取り消す予定であった。

異常をすぐに察知できるように、これまで常に彼のことを見ていた担当厩務員の秋山、そして調教助手の本村を現地に常駐させたのである。騎手の高森も定期的にテンペストの様子を確認するためにイギリスに行くことになっている。医者も現地人だけでなく、日本でテンペストを診ていた人も常駐してこちらに滞在していた。

これらの費用は全てオーナーの西崎が提供していた。

 

 

「目指すは全勝です。ただ、テンペストの調子が最優先なので、そこは忘れないようにお願いします」

 

 

テレビ電話を切ると、高森やスタッフたちは藤山に挨拶をして、部屋から出ていった。

一人残された部屋で藤山は、さすがに厳しいかなと考えていた。一方で、テンペストなら大丈夫だとも思っていた。

 

 

「いや、そんな思考では馬を壊しかねない。絶対はあり得ない。理想は重要だ。だが現実もしっかりと考えていこう」

 

 

映像や本村たちスタッフによれば、仕上がりはドバイと同等かそれ以上だろうとのことである。前にイギリスで確認したときよりもよくなっていた。

さすがに宝塚記念のレベルまで仕上がってはいないが、あれはもう二度と再現できないレベルの仕上がりであった。

 

 

「彼に会うのが楽しみだ」

 

 

 

 

8月中旬、藤山が再びイギリスに入国した。

インターナショナルステークスに向けて、最後の調整を見るためである。

 

 

「本番では、西崎オーナー、それに島本牧場の哲也君も来るとのことです。ただ、基本的には完全にアウェー状態なので、空気にのまれないように気を付けてください」

 

 

藤山の訓示の後、スタッフは、自分の仕事に戻る。

藤山はスタッフとの打ち合わせがあるため、別の厩舎へと向かっていった、

 

一人になった秋山は、テンペストの下に向かい、彼の様子をチェックする。

相変わらず調教をしていないときは食っているか寝ているかのどちらかだった。

 

 

「テンペスト。期待しているからな」

 

調教のご褒美に人参を少しだけ与える。

嬉しそうに食べるテンペストの鼻先を撫でる。

 

彼は人参も好きだが、リンゴやバナナといった果物も好物だったりする。あとセロリといった野菜も問題なく食べる。一番好きな食べ物はメロンで、宝塚記念後にオーナーから祝いとして夕張メロンが差し入れされ、それ以来メロンをよこせとせがむようになった。

試しに普通のメロンを与えたら、微妙な顔をして食べていた。

高級品しか受け付けないわけではないが、さりげなく高いものを要求してくる意地汚さがテンペストにはあった。

糖度が高いので、そんなにたくさん上げることはできないため、もっぱらご褒美扱いになっている。

 

彼が立ち上がり、軽く嘶くと、同じ厩舎で過ごしている馬たちが嘶き返す。

テンペストはここにきて1週間程度で厩舎のボスになっていた。

喧嘩をして頂点に立ったわけではなく、いつの間にかボス扱いされていたのだという。

 

 

「ここのボスになったんだから、後は、実力を示すだけだ。がんばってくれよ」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

車から降りると、そこは競馬場であった。

ここがホースマンの原点にして頂点。ニューマーケットか。

俺がこの地に来れるなんてな。

 

 

「高森さん。こっちです」

 

 

見知った顔である秋山君に導かれて、相棒のいる厩舎へと向かう。

しばらく歩くが、広いし自然も多い。時間がゆったりと進んでいるような感じがする。確かに馬にかかるストレスはこっちの方が少なそうだな。

 

テンペストがいる厩舎の前に、見知った鹿毛の馬がいた。

 

 

「テンペスト、元気してたか?」

 

 

「勿論さ!」、そんな感じに嘶き返してくれる。彼は人間の言葉にしっかりと反応してくれる。賢い馬だ。

他にも見知った顔もいれば、この厩舎のスタッフと思しき人の姿も見える。

 

 

『高森騎手ですね。私はここの厩舎で調教師をしています』

 

 

『私は高森康明です。テンペストですが、どうですか』

 

 

俺が英語を話せることを知っているのか、ここの厩舎の調教師に英語で話しかけられた。きれいな英語だ。さすが英国人。

 

 

『最高です。本当に素晴らしい。馬体の強さも勿論ですが、適応能力、そして賢さ。すべてが最高水準といってもいい』

 

 

べた褒めであった。ダービーを獲っている調教師からここまで褒められるとは。さすがだな。

 

 

『ここまでしていただいた以上、レースでは勝ちますよ』

 

 

テンペストが俺の服を引っ張って、遊んでくる。あとで遊んでやるから……

そういいながらも、俺は彼の顔を撫でてあげる。

 

 

『……最初はこちらの競馬に慣れた騎手に乗ってもらった方がいいのではないかと思いましたが、それは杞憂でしたね』

 

 

普通ならそう考えるだろうな。

ただ、俺は譲らないさ。

 

 

『彼の上は誰にも譲りませんよ。結果で示しますから』

 

 

俺はそのあと、テンペストに乗って彼の仕上がり具合をチェックした。

想像以上だった。これなら勝てるとも思った。

運動を終えると、彼は自分の馬房に戻っていった。

彼が戻ると、食事をしていた馬やボケッとしていた馬が、テンペストに対して嘶く。警戒や挑発の嘶きではなく、「お帰りなさい」といった歓迎の嘶きだ。

彼はこの地でも問題なく過ごせているようだ。

 

 

残念ながら俺はこの地に別荘など一切持っていないので、俺は関係者の寝泊まりするところで世話になることになった。

時差ボケなどで、むしろ俺の方が体調を悪くしていた。

馬よりも体調管理が出来ていないと馬鹿にされた気分だった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

【インターナショナルステークス】

ヨーク競馬場の芝10ハロン88ヤードで施行するGⅠレースである。1972年に設立されたレースで歴史あるレースではないが、欧州のトップホースが集まるレースであった。2005年にゼンノロブロイが挑むも、エレクトロキューショニストに僅差で敗れて2着となった。

 

 

300年近い歴史を誇るヨーク競馬場には、インターナショナルステークスを観戦しに来た英国紳士と淑女があふれていた。その中に、異質な集団がいた。

全員ドレスコードでしっかりと決めているものの、なぜか水色の謎の旗やのぼりを持った集団がいた。

日本からやってきた応援団であった。

日本とはノリが違う欧州競馬にそんなもの持ち込めるのかよとテンペスト陣営は思っていたが、特に問題はなかったらしい。

色々とあったらしいがその辺は語ると長くなるため割愛する。

 

 

「……テンペスト、イギリスでお前の応援が見れるとはな」

 

 

現地のファンもテンペストクェークの走りがどのようなものか期待している人が多かった。そのためか、1番人気に推されていた。

しかし、一方では自分たちの国の馬や贔屓の馬が勝つことを願っていた。

 

 

「期待に応えるぞ、テンペスト」

 

 

完全アウェーの状態だったが、珍集団となっている日本からの応援団が妙に心強かった。

待機所では、藤山調教師とオーナーの西崎、それに生産者代表でイギリスに来た哲也も来ていた。

 

 

「高森騎手、ここでは、馬体のぶつけ合いやブロックなどが日本より露骨に行われると思います。気を付けて乗ってください」

 

 

高森もそういった話は日本人の騎手からよく聞いていた。

実際にこの場所に来てみるとかなりのアウェー感を味わっていた。ドバイでは日本の馬も出走しており、日本人の関係者も多かった。

ただ、この場所には、テンペストクェーク陣営以外は全てイギリスやアイルランドなどの欧州勢であった。

他の騎手も全員外国人で、顔には出していないが、意識されているということは感じていた。昨年アルカセットでジャパンカップを同着1位に導いた欧州のトップジョッキーもこのレースにはいた。

露骨なラフプレーはしてこないが、ルールに反しない程度の嫌がらせは確実にしてくるだろうなと高森は感じていた。

 

 

「ええ、事前の予習は済ませましたよ。あと彼から馬場状態やコース状態もよく聞きましたから」

 

 

高森騎手は、昨年のゼンノロブロイで2着となった騎手に、借りを返してくると宣言していた。

 

 

「他の馬だけど、はっきり言ってしまえばテンペストクラスの化け物はいないです。必要以上に警戒する必要はない。いつも通りの競馬をしてください」

 

 

1番人気はテンペストクェークである。

2番人気は、ディラントーマス。前走のアイルランドダービーを勝利しており、英ダービーも3着に入っている馬である。

3番人気は、チェリーミックスで、GⅠを2勝している馬である。

4番人気は、ノットナウケイトで、GⅠ勝利はないものの、エクリプスSで2着になっている馬である。

日本での実績、ドバイでの実績を評価すれば、テンペストがもっとも有力馬であった。ただ、初めてイギリスの競馬場で走るということもあり、この点が不安視されていた。

 

 

「また、日本の芝とはかなり違うようです。通常時でも芝が重いと言われていますが、さらに稍重となっているから気を付けてください」

 

 

「テンペストなら問題ないとは思いますが、全くダメダメなら、ケガをしないように走らせてきます」

 

 

騎乗の合図があり、高森騎手はテンペストクェークに騎乗する。

そのままゆっくりとヨーク競馬場の芝に入ると、テンペストはいつものようにゆっくりと歩いたり、スキップをしたりして、ここの芝の感覚を確かめていた。

日本と同じように出走前の準備をしていると感じていた。

 

前の馬に追従するように歩くが、その足取りもしっかりしていた。

 

ゲートへと向かうように指示されると、テンペストクェークは、ゆっくりとゲートの方へ向かっていた。

 

 

「いい感じだな。テンペスト、どうだ?ここの芝にはなれたか?」

 

 

高森騎手からは、テンペストはご機嫌のように見えていた。

足元を気にする様子もなかった。

 

 

「頭数が少ないなあ……」

 

 

テンペストを入れても8頭である。欧州の競馬では珍しい事ではなかったが、初めて欧州で競馬をする高森には新鮮であった。

 

しばらくすると、ゲートインが始まり、テンペストは大外の枠に入る。

西崎や藤山、そして日本からわざわざ駆け付けた応援団。そして中継を応じるメディアに日本の競馬ファンが固唾をのんでスタートを見守っていた。

 

ゲートが開いた瞬間、8頭の馬が飛び出した。

2006年インターナショナルステークスが始まった。

 

 

 

 

 

 




少し長くなったので分割しました。


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イギリスを襲う天変地異

分割したのでこちらが第31話です。


8月22日、日本のテレビ局は、衛星放送で一頭の日本馬が出走するレースの中継を行っていた。

その様子をイギリスに行くことが出来ない競馬ファンたちが見ていた。牧場の仕事でイギリス入りができない島本牧場の牧場長の島本哲司、そしてスタッフたちもテレビにかじりつく様に見ていた。

 

『本日は、平日ではありますが、競馬の中継をお届けします。今日は日本のテンペストクェークがインターナショナルステークスを走ります。その模様を生放送で中継していきます』

『7月末にハーツクライがキングジョージを勝利した興奮を忘れられません。再び私たちに感動と興奮をもたらしてくれるのでしょうか。テンペストクェークがイギリスGⅠ、インターナショナルステークスを走ります』

『昨年はゼンノロブロイが挑みましたが惜しくも2着に敗れました。この雪辱を果たすことはできるのでしょうか』

『昨年は本当に惜しいレースでしたね。勝ったエレクトロキューショニストはドバイWCも勝っていますし……』

 

 

見慣れた競馬番組の司会の二人が、昨年のゼンノロブロイのレースについて述べる。エレクトロキューショニストに僅差で敗れた昨年のレース映像が流れる。

 

 

『いやー本当に惜しいレースでした。改めて見ても悔しい結果です』

『今回はテンペストクェークが再び頂点を目指して挑戦していきます。さて、実況は○○アナウンサー、そして解説は○○さんにお願いしていきます』

 

 

映像が現地のヨーク競馬場の現在の状況に移り変わる。

 

 

『イギリス北部にあるヨーク競馬場でインターナショナルステークスが行われようとしています。日本のテンペストクェークがイギリスでのGⅠ制覇をめざして出走します』

『テンペストクェークはここで勝てばGⅠは5連勝。重賞は7連勝になります。去年の毎日王冠から負けなしです。宝塚記念のような絶好調をキープしていれば勝利は難しくはないかもしれません』

『テンペストクェークは大外枠の8番になっております。それでは出走馬8頭を紹介していきます』

 

 

1番の馬から順番に紹介される。GⅠを勝利した馬もいるが、圧倒的な成績を残している馬はいなかった。

 

 

『最後に8番のテンペストクェークです。レースの約1か月前にイギリスに入国して、ニューマーケットに入厩していました』

『この馬はいつもしっかりと落ち着いているのですが、今日も落ち着いていますね。映像越しですが、仕上がりも万全ですね』

『チャンスはありますでしょうか』

『今年はこれといった怪物クラスの馬が出走していません。ただ、馬場状態が稍重なのが気になりますね。宝塚記念で重たい馬場でも走れることがわかっていますからね。ここの芝に適応することができたら、勝利する可能性はかなり高くなりますよ』

 

 

映像では、水色の帽子を被った高森騎手が馬と共にゲートインを待っていた。

 

 

『水色の帽子、高森騎手とテンペストクェークが8番ゲートに収まりました』

『2006年、8頭立てとなったインターナショナルステークス、暴風は吹き荒れるか。今、出走しました』

 

 

ゲートが開き、一斉に馬たちが走り出した。

 

 

―――――――――――――――

 

 

ゲートが開く。

テンペストは問題なくスタートした。

ただ、他の馬と同じタイミングだったので、左隣にはすでに馬がいた。

 

スタートしてすぐに一回目のコーナーがあるのがこの競馬場の特徴でもある。

今は焦らずに隣の馬と馬体を併せながらコーナーに向かう。

 

最初のコーナーでは、スピードを少し落としながら、内ラチの方へと向かっていく。

2番人気は……前から3番手あたりか。

ここから500メートルほどの直線がある。

ここではしっかりと足を溜めさせてもらおうかな。

俺たちは後方2番手の位置でレースを進める。テンペストの様子を確認するが、特に走りにくそうにはしていない。

 

しばらく走って、直線の途中まで来たが、稍重のせいなのかちょっとペースが遅い。

今の俺たちは変わらず後方2番手の位置にいる。ラストの直線が900メートル近くあるとはいえ、少し心配だな。どうするか……

 

テンペストの様子は特に問題なく走っている。宝塚記念のときとは違う走り方をしているな。もうここに適応したのか。さすがだ。

これなら後方からの末脚で勝負はできるな。それなら今は無理しないでいい。後ろにいるときだ。

スパートが不発に終わったらその時はしょうがないと思うしかない。

 

最後のコーナーを回る。2番人気と3番人気が併走しながら走っているな……

ここのコーナーを抜けるとあとは900メートル近い直線が待っている。

コーナー終わりで少し外に膨れた俺たちに、隣にいた馬が露骨に馬体をぶつけてきた。

 

ここで来たか。

はは、ここで悔しそうな顔をすれば満足かな?

 

残念ながらテンペストはそんな程度の妨害じゃあひるまない。

俺たちを吹っ飛ばしたければ、ばんえい馬を持ってくるんだな!

 

テンペストも気にしていない様子で、少しずつスピードを上げながら走っている。身体の方も大丈夫そうだ。

 

ラスト4ハロンを過ぎると、他の馬たちは馬場状態の良い中央や外ラチ付近へと走っていく。

俺たちはどうするかって?

テンペスト、お前、前に誰もいない方が走りやすいよな?

 

そのまま俺たちは最短距離の内ラチに沿いながらスピードを上げていった。

テンペストは全く問題なく走っているな。これならいける。

 

先頭もそこまで前に行っていない。

……ってなんで4馬身くらいしか離れていないんだ。あと700メートルくらいはあるぞ。

……いや、テンペスト、待って、待って。スピード上げるの早い!

 

ただ、テンペストは気持ちよさそうに走っている。変な汗もかいていなければ、泡も吹いていない。呼吸も乱れていなかった。脚使いも良好だ。

……もしかして、もう大丈夫なのか?

 

ここでスパートをかけてみるのも面白いかもしれん。

次のレースが近いから、あまり消耗はさせたくないけど、彼の力を信じてみるか。

 

 

「行くぞ!英国紳士にお前の力を見せてやれ」

 

 

鞭を入れた瞬間、地を這うような低姿勢になり、一気に加速する。

日本のときよりも力強く、それでいて軽やかなギャロップであった。

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺は今、レース中である。

コーナーを終えて、他の馬や騎手、それに騎手君に力が入ってきたのがわかる。

どうやらこれがラストの直線のようだ。

 

それにしてもここのレース場の地面は走りやすいな。いつも無駄遣いしていた俺のパワーをしっかりと地面に伝えることが出来るから、踏み込みがいい感じで走れる。ただ、ちょっと負担も大きくなりそうだから、着地には気を付けながら進まないとな。

 

そんな調子の良さを感じる俺であるが、気に入らないことがある。

俺にぶつけてきた馬もそうだけど、なんというか雰囲気が全体的に気に入らない。

俺はいいとしても、明らかに俺の騎手君をバカにした態度をとっている奴もいた。兄ちゃんやおっちゃんに対してもだ。

人間相手には隠せているようだけど、馬の俺には解るぞ。

絶対に負けたくない。彼らと笑顔で終わりたい。

 

さて、そろそろかな。

騎手君、今日は調子がいいから、少し前からスパートをかけたい。

 

いいかな?

 

拒否されたら、彼の指示に従うつもりだった。

たけど、彼は俺にゴーサインを出してくれた。

 

ありがとう

 

俺は、鞭に叩かれると同時に一気にスパートをかける。

蹴り上げる。そして、滑らかに着地する。

イメージはあの小柄な馬だ。あいつはそういうのが上手かった。

俺以外の馬は外側を走っている。

なんでそんな遠回りをするのかと思ったが、確かに地面が少しボコボコしている。

なるほど、そういうことか。

ただ、俺には関係ないな。

俺はしっかりと大地を蹴り上げて加速する。

 

気が付いたら俺の前方の視界から他の馬は消えていた。

疲れもあまり感じないな。ランナーズハイとかではなく、普通にしっかりと走れている。

まだまだ、俺は走れる。もっともっと走れるぞ。

 

俺たちは誰にも止められない。止めさせない。

俺たちを止めたければ、あいつを連れてこい。あいつにだって俺は負けるつもりはないがな。

 

そう思った瞬間に、騎手君は俺に減速の指示を出す。

ありがとう騎手君。俺を信用してくれて。

今日もしっかりと勝つことが出来たよ。

少し疲れたけど、前のレースよりはましだな。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

テンペストクェークはラストの直線に入り、どんどんと内ラチを走り始めた。一頭だけポツンと走っていた状態に、ヨーク競馬場の常道を知っている人からは不味いという悲鳴が聞こえた。

 

 

『……テンペストクェークが内側で走っている。これは大丈夫なのか。あと3ハロン半。すでに前から5馬身程度まで近づいている』

 

 

しかしその声は杞憂であった。

 

 

『……あと3ハロン。テンペストクェークに鞭が入った。一気に加速していく。誰もいない内ラチ側を走る。5馬身、4馬身、どんどんと差を縮めていきます……』 

 

 

高森騎手がラスト3ハロンで鞭を入れると、テンペストクェークは一気に加速していき、先頭集団の馬に残り2ハロンで追いついた。

 

 

『追いつく、そして抜かしていく。2ハロンを切って先頭に立った。まだ加速する。まだまだ前に進む。後続の馬を置いていくぞ。これは大丈夫なのか?持つのかこれで……』

 

 

先頭の馬に追い付いた後は、周りの馬が粘ることもできず、そのまま置き去りにしていき、さらに加速していった。残り2ハロン。他の馬も鞭が入り一気にスパートをかけていく。しかし、テンペストの末脚の前では止まっているも同然であった。

 

 

『……独走だ、テンペストが独走です。6馬身、7馬身リードを獲った。後続が止まっているように見える。これはもう決まった。独走だ』

 

 

ラスト1ハロン。この時点ですべての人がテンペストの勝利を確信した。

ラスト100メートル。あれ?これマジ?といった感じで困惑し始めた。

ラスト50メートル。もう笑うしかなかった。

 

 

『……二番手争いは接戦だ。しかしテンペストはそのはるか前にいる。テンペストゴールイン。これはとんでもないレースになった。もう後続が全く見えませんでした。10馬身以上の差をつけてのゴールです。イギリスに暴風が吹き荒れた!』

『いや……ちょっと想像以上です。もう何も言えません』

 

 

テンペストクェークがゴールを駆け抜けたとき、日本のテレビ中継は後ろの馬を映すことが出来なかった。

 

12馬身差

 

メンツがそろっていなかった。そんな言い訳すらさせてくれない当レース史上最大着差の圧勝劇であった。

 

 

テレビには茫然とした顔でテンペストを見つめる藤山達一行がいた。

そして勝利したテンペストクェークは、舌をペロペロしながら、楽しそうにクールダウンをしていた。

 

 

『テンペストクェークが今年のインターナショナルステークスを制覇しました。10馬身差以上の圧勝劇でした』

『人気通りの勝利といった形なのですが、ちょっと勝ち方が異常すぎますね。この後アイリッシュチャンピオンステークスに向かうのであればここまでの着差は必要ないと思うのですが……』

 

 

解説もさすがに苦言を呈していた。鼻差だろうと大差だろうと勝ちは変わらないのである。

 

 

『ただ、やはり圧勝劇は気持ちがいいですね。本当に強い馬です。見たことがありません』

 

 

解説と実況が、レースの振り返りを行う。

といってもラスト3ハロンで誰もいない内側を猛スピードで駆け抜けていっただけなので、解説も何もなかった。

ただ、暴力的な競馬が行われただけであった。

 

 

「やった。俺たちのボーが、イギリスで勝ったぞ。本場で勝ったんだ!」

 

 

島本牧場は、しばらく茫然とテレビ中継を見ていたが、我に返った哲司が大歓声を上げ、用意していたクラッカーを鳴り響かす。

それと同時に従業員たちが一斉に歓喜の声を上げた。

 

 

「……一体なんの血統が彼にあれだけの欧州の馬場適性を与えたのか。ハビタット? それともニジンスキーか」

 

 

大野は自分の研究してきた血統学が覆される気分を味わいながら画面に映るテンペストクェークを見ていた。映像越しなため、不明確ではあるが、大野が計測した上がり3Fは日本の高速馬場と同等かそれ以上の数字であった。洋芝で稍重とは思えない数字であった。

 

 

「そういえば、こういうのが見たいから私は馬産に関わるようになったんだったな。さて、これから忙しくなるな……」

 

 

英国などの欧州の馬産関係者を巻き込んだ島本牧場の騒乱の夏が始まった。

 

 

 

 

場面は変わってヨーク競馬場。

遥か彼方の極東からやってきた競走馬が、本場イギリスのGⅠレースを圧勝したことに、観客は歓声を上げていた。

 

 

「テンペストの様子は?」

 

 

クールダウンを終えて藤山達のところへと戻ってきたテンペストの様子を、一番に気にしていたのが藤山調教師であった。

近くで見た感じでは特に目立った故障はなかった。テンペストはいつも通りであった。

ひと安心した藤山は、高森に詰め寄る。

 

 

「高森くん。テンペストを勝利に導いてくれてありがとう。確かにすごいレースだったよ。でもね、この後連戦があることくらいわかっていたよね?」

 

 

「申し訳ございません。鞭を一発使ったらどんどん加速してしまって。特に苦しそうにもしてないので、そのまま走らせたら、いつの間にか10馬身近く差が付いていました」

 

 

「いや、差が付いていました、じゃないのよ。それを制御するのが君の仕事でしょう」

 

 

調教師によるお説教タイムの横で、秋山らがテンペストの馬体をチェックする。

 

「あれ?なんだよ、これ」

「なあ、なんでこんなに……」

 

秋山達がテンペストの様子にざわつく。

 

 

「どうした!故障か?」

 

 

藤山、高森、そして西崎が血相をかえてテンペストに近寄る。

 

 

「いえ、故障ではないです。というかむしろピンピンしています」

 

 

「疲れてはいますが、宝塚記念とかに比べたらといった感じです。詳しく検査する必要があると思いますが、汗の量も呼吸もそこまで……といった感じですね」

 

 

藤山がちょっと足を見せてといって前足の蹄を見ると、彼専用の蹄鉄が見える。

すり減りやすいはずの彼の蹄鉄は、レース前からほとんど消耗がなかった。

 

 

「……もしかして走り方また変わった?」

 

 

藤山が足元から離れると、テンペストは西崎の下に向かい、着用していた高そうな服を引っ張って破き、被っていたシルクハットを奪い取っていた。

 

 

「テンペスト、お前は本当にサラブレッドなのか?」

 

 

その目線に気付いたようで、シルクハットを被ったテンペストが、藤山の方を見て、にやりと笑っていた。その姿を藤山は永遠に忘れなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

競馬ニュース速報

テンペストクェーク、インターナショナルステークスを圧勝            

 現地時間8月22日、英・ヨーク競馬場で行われたインターナショナルステークス(英GⅠ・芝10ハロン88ヤード)は、高森康明騎手騎乗のテンペストクェーク(牡4、美浦・藤山順平厩舎)が、最後の直線3ハロンから加速して、残り2ハロンで先頭に立ち、そのまま12馬身差をつけて圧勝した。2着にはノットナウケイト、3着にマラヘルが入った。同レースにおける12馬身差は史上初。

 勝ったテンペストクェークは、父ヤマニンゼファー、母はセオドライトという血統。04年12月にデビューして初勝利。05年は弥生賞、皐月賞はディープインパクトの前に2着。05年の秋に毎日王冠、天皇賞・秋、マイルチャンピオンシップを連勝。06年は中山記念、ドバイデューティフリーを勝利。前走の宝塚記念(GⅠ)では、ディープインパクトを破ってGⅠ4連勝を成し遂げていた。通算成績は12戦9勝(GⅠは5勝)。

 

 日本調教馬による英GⅠ制覇は、2000年のジュライカップを制したアグネスワールド、2006年にキングジョージⅥ世&クイーンエリザベスダイヤモンドステークスを制したハーツクライに並ぶ3頭目。藤山順平調教師はドバイデューティフリーに続き、海外GⅠを連勝の快挙を成し遂げた。

 

 テンペストクェークの次走については、9月9日開催の愛チャンピオンステークス(芝・10ハロン)を予定している。




モデルはクイーンアンステークスのフランケルです。


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愛とジャガイモの国で

因みに漢字表記が愛なだけで愛の国というわけではない。


8月22日にイギリスのヨーク競馬場にて施行されたインターナショナルステークスで、テンペストクェークは圧巻の走りを見せた。

2着ノットナウケイトに12馬身差をつけての圧勝であった。レースの歴代着差記録を更新したのである。イギリスのGⅠ競走の着差ではなかった。

 

英国の競馬関係者は、これからシーズンが終わるまでに8ハロン~10ハロン路線であの馬に勝たなければならないのかと息を吐いていた。

幸いなのは、スプリント路線と中長距離路線にはやってこないことだった。

一方で、インターナショナルステークスで燃え尽きてしまったのではないかと危惧していたのは、日本の競馬ファンや関係者である。あれだけの激走だったので、疲労や故障があるのではと考えていた。

しかし、藤山厩舎より発表された情報によって、取り敢えずは安心していた。

 

 

『馬に故障や重度の疲労がないかレース後に検査しましたが、今のところは特に不調はありません。疲労も我々の想定内のものでした。後になって不調が判明する場合もあるため、断言はできませんが、次は9月のアイリッシュチャンピオンステークスに向かう予定です』

 

 

映像も届いており、元気にご褒美の果物を食べて喜んでいるテンペストが映っていた。馬体はガレておらず、レースのときの輝きを失っていなかった。

 

 

『ラスト2ハロンあたりでスパートをかけようと思ったんですけど、テンペストが3ハロン前くらいで前に行きたそうにしていたので、鞭を入れました。その後もスイスイと前に行くものだから、大丈夫だなと思っていましたよ。もしかしたら、彼はこっちの芝の方が得意なのかもしれませんね。気持ちよさそうに走っていましたよ。終わった後の息の入りも良かったですし、クールダウンの走り方も問題なかった。頑丈な馬です。次のレースもしっかりと走ってくれると思います』

 

 

騎手の高森のコメントも記事になり反響を呼んだ。

4歳夏になって英国の芝が本来の適正馬場であるのではという疑惑が生まれたのである。

 

欧州の関係者は彼の血統に興味津々であった。

彼は1969年に欧州でマイルを中心に走っていたハビタットの直系であった。ハビタットは短距離から10F路線を中心として産駒を残しており、彼の血がこの地での激走につながっていると考えていた。また、母の血統にはニジンスキーもいるため、彼の血も影響しているのではと考える人もいた。

ただ、3代以内の馬の大半が日本の馬なので、結論は出なかった。結局のところ、競馬はこういう不思議があるから面白いのだということで結論した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今日はご褒美をもらっている。

果物うま~。

でも前に食べたメロンがいいなあ~

ね、にいちゃん?

 

 

「あのメロンはもうないよ。おしまい」

 

 

ちくせう。

さて、前のレースだが、少し調子に乗ってしまったな。

よく考えたらゴール板を一番初めに駆け抜ければいいので、あんなにぶっちぎる必要はない。

騎手君がおっちゃんに注意されていたし、すまんことをしてしまった。

次からはもう少しゆとりをもって走ろう。

まあ、負けないように走るけどね。

 

 

【う~ん気持ちいい】

 

 

俺は疲労回復に効くマッサージを受けながら体を震わせる。

 

 

「気持ちよさそうだな~」

 

 

「テンペストの状態もいいですし、アイルランド入りはできそうですね」

 

 

「まったく、前のレースは本気じゃなかったのかな」

 

 

「それはないとは思いますが……ただ、宝塚記念を見るに前に馬がいると頑張りすぎてしまうようですね」

 

 

どうも普段のレース後の雰囲気と違う。

おそらく俺はすぐに次のレースに向かうのかもしれない。

疲労の回復は進んでいるが、それでも万全の状態にしたい。

 

 

「それにしてもテンペストはよく食べて飲んで寝ますね」

 

 

俺が他の馬も観察して分かった事だが、馬は結構立って寝ていたりする。横になって寝ている時間もあるが、立ちながら寝ている馬も多い。

あと疲れていると食事も水もあまり摂れなくなってしまう馬もいたりする。

 

俺はやろうと思えば3時間くらい連続で寝れる。横っ腹をさらけ出しながらな。

ただ寝っ転がり続けるのは身体には良くないので2時間程度に一回は起きて飯と水を飲んでまた寝る。みたいなことを繰り返して俺は体を休めている。

ほかの馬は野生の本能が残っているのか寝ているときもそわそわしている馬が多い。

俺か?俺に野生の本能なんて残っていると思うか?

 

休養中での運動もしっかりと行う必要もある。

身体の疲労を抜きつつ、筋力や瞬発力、スタミナをキープしないといけないのが中々難しい。

まあ、俺はその辺の調節はかなり上手いけどな。

 

 

「なるべく今の力をキープしたままアイルランドへ行くぞ」

 

 

そろそろ運動の時間だな。人を乗せて走ることはしないけど、早歩きをしたり、軽く走ったりはする。

トコトコと身体の様子をチェックしながら歩く。

 

 

「足取りも軽そうだな。思った以上に疲労は蓄積していないみたいだ」

 

 

自分で言うのもあれだが、俺は結構頑丈だったりする。今まで一度もケガをしていない。

頑丈な体に生んでくれた母や、ご先祖様に感謝せねばな。

 

 

【ありがとう、まだ見ぬ父よ】

 

 

俺の短い休養期間は食って寝て運動してを繰り返して過ごした。

疲労が回復してからは短い期間ではあるがトレーニングを積んだ。

しっかり調整することが出来たし、いい感じでご飯や飲み物を与えてくれた兄ちゃんたちには感謝だ。

 

そして2週間もしないうちに、俺はまた別の土地に降り立つことになった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

テンペストクェークはレースの少し前にアイルランドに入り、最終調整を受けていた。

中2週間の連戦となるため、馬の調子や疲労を見て出走の可否を判断する予定だったが、スタッフ全員が、この状態なら十分走れると判断したため、9月9日開催のアイリッシュチャンピオンステークスに正式に出走することを宣言した。

英国際S→愛チャンピオンSの連戦で連勝した馬は、2000年のジャイアンツコーズウェイがおり、アイアンホースとも言われた名馬である。これに続くことが出来るのかと期待されていた。

 

一方の欧州陣営は絶対にこれ以上は負けられなかった。賞金や種牡馬としての価値だけでなく、プライドにかけても勝たなければならなかった。

 

2006年の愛チャンピオンSは中々のメンバーが出走を表明していた。

前走のインターナショナルステークスでは、テンペストの前に4着に敗れた愛ダービー馬のディラントーマス。

ナッソーステークスなどGⅠを5勝しているアイルランド所属のアレクサンダーゴールドラン。

英オークス、愛オークスを獲り、2004年のカルティエ年度代表馬に輝き、古馬になってからは香港ヴァースやプリンスオブウェールズステークスなど、GⅠレースを合計6勝しているイギリス所属の牝馬であるウィジャボード。

 

以上の3頭が主な有力馬であった。

 

特に、地元のアイルランド所属で、自国のダービーを制したディラントーマス陣営は、雪辱に燃えていた。

アイルランド最大ともいえるオーナーブリーダーが馬主の馬であり、極東からやってきた馬に自分たちの芝を荒らされてたまるかという気持ちがあり、再戦に燃えていた。

 

 

「テンペストの方も調子はいいな。ただ、前に比べると少しスケールが落ちるな」

 

 

現地でテンペストの最終調整をしていた藤山や本村は、彼の馬体を確認して仕上がりをチェックしていた。

 

 

「脚、特に腱に熱は持っていませんし、筋肉の張りもありません。しっかりと走れる状態です。高森騎手に騎乗してもらって、脚や息遣いはいつものレース前と変わらないとのことです」

 

 

「それなら、大丈夫だ。医者も太鼓判を押していたし、これなら事故の可能性は低いだろう」

 

 

想定外だったのは、彼の回復力の高さと頑丈さであった。うれしい誤算でもあった。

ただ、それが絶対ではないのが競馬であるため、騎手の高森には、少しでも違和感があったらすぐに競走を中止するように厳命していた。

 

 

「凱旋門賞前に、ディープインパクトのライバルになりうる馬は全てつぶします。あの馬を倒したければまずはテンペストを倒してから挑戦しなさい、といった感じで」

 

 

なお、史実において2006年凱旋門賞に挑んだ馬はいなかった。

 

 

「門番が魔王級の強さなんですが……」

 

 

―――――――――――――――

 

 

「俺に金と休みがあれば……」

 

 

場所は変わってここは日本の東京のどこか。

この男は、ディープインパクトで競馬に入り、宝塚記念でテンペストクェークとの死闘を見て、完全に競馬に入れ込んだ若者であった。

インターナショナルステークスは、有給とボーナスを使ってヨーク競馬場に行くことができたが、さすがに2週間後にアイルランドに行けるほどの貯金はなかった。

そのため、競馬番組の中継で我慢していた。

彼は、イギリスで親しくなったテンペストクェークの大ファンの人からもらったのぼりを掲げてテレビを見ていた。

 

 

「それにしてもゼファー魂とテンペスト魂って……」

 

 

ヤマニンゼファーの方は水色の生地に赤色の文字、そしてテンペストの方は水色の生地に黄色の文字が書かれていた。どちらも勝負服の色を反映していた。

 

 

『……さて、そろそろ出走の時間です』

 

 

司会が映っているスタジオの映像から、現地の映像に切り替わった。

 

 

『アイルランド、レパーズタウン競馬場にて、もうまもなくアイリッシュチャンピオンステークスが始まります。解説はいつもの○○さんです』

『よろしくお願いいたします』

『今回は6頭の出走となります。一頭、出走を回避したため6頭立てのレースとなっております。頭数が少ないのはこちらはテンペストクェークの影響ともいえるのでしょうか』

『前走のインターナショナルステークスの走りがちょっと驚天動地でしたからね。疲労で出ないのかなって思ったんですけど、全く問題なく出走してきましたからね。現地でも一番人気ですし、相当脅威に映っているんじゃないでしょうか』

『改めてですが、GⅠレースが6頭立てとは日本では考えられませんね』

『ただ、当日の馬場状態や出走予定の相手によって出走取消にしたり、登録を控えたりすることは欧州ではよくあることです。ただ、勘違いしないでいただきたいのは、このアイリッシュチャンピオンステークスは、かなり格の高いレースです。凱旋門賞へのプレップレースとしての役割も大きいですが、中距離路線の重要なレースという格付けでもあります』

『なるほど。ありがとうございます』

 

 

テンペストが海外に行くということもあり、海外のレースについて掲載されている競馬雑誌を購入していた。記事には、数々の欧州の名馬たちがこのレースを勝利したことが書かれていた。

 

 

『出走馬を紹介します。2番のマスタミートは重賞を連勝しており調子を上げてきている馬です。4番はアレクサンダーゴールドランです。GⅠを5勝している馬です。5番はテンペストクェークです。前走のインターナショナルステークスでは2着に12馬身差をつける圧勝劇を演出しました。6番はウィジャボードです。前走のナッソーSでは4番のアレクサンダーゴールドランと壮絶なたたき合いを制しています。7番は2番人気となっているディラントーマスです。愛ダービーを非常に強い勝ち方をしました。そして1番はエースです。この馬はディラントーマスのペースメーカーとして出走するようです』

『ディラントーマスは調子がよさそうですからね。愛ダービーのときの力を発揮できれば、少なくともインターナショナルステークスのような走りにはならないでしょう。アレクサンダーゴールドラン、ウィジャボードともにGⅠを複数回勝利しており実績もありますので、油断できません』

『同じ厩舎からペースメーカーが出走していますね。こちらはレースにどのような影響がありますか』

『有力馬に有利なペースを作るために出走させることはよくありますが、その馬が勝ってしまったり、先着してしまったりすることもありますので、絶対にペースメーカーがいる厩舎の馬が勝つとは言えませんね。日本では見られない戦略があるのが欧州競馬の特徴です』

 

 

「ふーん。そんなのもありなのか」

 

 

問題が全くないわけではないし、いろいろと物議をかもしていることではあるが、新参ファンの彼にはよくわかっていなかった。

 

 

『テンペストクェークがゲートに入りました。もう間もなく発走です』

『……スタートしました。全頭出遅れ無しの好スタート。先頭に立ったのは予想通りペースメーカーのエース。最後方にマスタミートがいます。テンペストクェークは前から4番手の位置につけています。2番人気のディラントーマスは2番手、3番人気のウィジャボードは3番手となっております』

 

 

向こう正面の直線が800メートル近くあるため、しばらく順位の変動のない競馬が続いている。

 

 

『先頭は依然としてエース。そこから離れてディラントーマス、二馬身ほど後ろにウィジャボード、その後ろにテンペストクェーク。最後方にアレクサンダーゴールドランとマスタミートが続きます』

 

 

直線が終わり、第3コーナーに差し掛かると、先頭を走っていたエースに少しずつだが2番手以下の馬たちが追い付いてくる。

 

 

『第3コーナーに入りました。2番手はディラントーマス、1馬身後ろにウィジャボード。更にその後ろでぴったりと付けているのがテンペストクェークです』

 

 

第4コーナー以降は緩やかに上り坂となっているためパワーやタフさも求められるレースである。テンペストは2200メートルのレースも経験しているため、大丈夫だと思っていた。

 

 

『第3コーナーを回って第4コーナーに向かいます。ここから緩やかな上り坂になりますが、テンペストクェークは末脚を発揮できるか。先頭のエースが5頭を引き連れて、最後のコーナーを回っています。ここでウィジャボードが上がってきたぞ。マスタミートとアレクサンダーゴールドランはまだ後方にいる。2番手のディラントーマスも上がってきた。最後の直線に入ってきた』

 

 

直線に入り、先頭の3頭が横並びになる。テンペストはその後ろにいた。

 

 

「前がふさがれているぞ。大丈夫なのか!」

 

 

前に先行馬3頭。そして外は後方から追い上げてきた2頭の馬でふさがれてしまっていた。

 

 

『ディラントーマスがエースを捉える。エースはここでいっぱいか。ディラントーマス先頭。二番手はウィジャボード。テンペストクェークはまだ後ろにいる。この位置で大丈夫なのか。後方から二頭も上がってくる……』

 

 

先頭を走っていたペースメーカーのエースはその役目を終えたとばかりに後方へとズルズルと後退していった。その後退していくピンクの勝負服を見ていた実況が気付く。

 

 

『ディラントーマスとウィジャボードのたたき合いになった。後方外からアレクサンダーゴールドランとマスターミートが追い上げるがこれは届かないか。ああっとテンペストクェークがエースを躱してインから伸びてくる。高森騎手が鞭を入れている。残り2ハロン。これは届くのか』

 

 

「来た!来たーーー!」

 

 

テンペストの猛烈なスパートが始まったことに興奮して、持っていたのぼりを放り出して歓声を上げる。

 

 

『ウィジャボードが先頭、ディラントーマスも負けじと差し返す。2頭のデッドヒートだ。内からテンペストクェークも伸びてくる。すごい末脚だ。これは届くか。届くのか』

 

 

2頭の争いを最内側から強襲したのはテンペストクェークであった。

残り100メートルでディラントーマスに追い付くと、そのまま2頭のデッドヒートに加わる。

 

 

『内側からテンペストクェークがきた。2頭に並んだ。ディラントーマスが出たぞ。テンペストは大丈夫か。ウィジャボードも差し返す。3頭の叩き合いになった』

 

 

「差し切れ!行け、差せ!」

 

 

『テンペストクェークが伸びる。抜け出した。テンペストクェークが抜け出した。差し切った差し切ったゴールイン。ラスト1ハロンの死闘を制したのはテンペストクェークだ!』

 

 

 

ゴール前50メートル付近で前に抜け出したテンペストクェークが半馬身ほど差をつけてゴールラインを通過した。

 

 

「……やった!勝ったぞ!テンペスト万歳。ゼファー魂万歳!」

 

 

『直線の途中までは完全に進路をふさがれていたテンペストクェーク。しかし見事に内ラチと衝突寸前ともいえる場所から強襲して差し切りました。タイムは2.02.7です。2着ディラントーマスに半馬身差です。3着はウィジャボード、4着にアレクサンダーゴールドラン。5着にマスタミート。6着にエースという結果になりました』

『いやー最終直線に入ったときに、前と外がふさがれた時はどうかと思いましたけど、最内を攻めて突破してきましたね』

『残り1ハロンを過ぎたあたりで競り合いを演じている2頭に割り込んできました形となりました』

『そうですね。ペースメーカーのエースが後退していって、2頭の叩き合いになった事で、ディラントーマスの内側にスペースが空いていたんですよ。後退しているエースを躱したのもすごいですが、あのインに突入するのは中々難しいですね。ただ、テンペストクェークは宝塚記念で、中央突破で一気に前をこじ開けていますから、こういった展開は得意なんだと思います。隣に馬がいても、柵があっても容赦なく末脚を爆発させることが出来る。馬と騎手が一体でないとできないことです。もちろん前をふさがれるという展開に持ってこないのが一番なんですが、こういった状況に陥ったときに、こういった騎乗ができるのは本当に素晴らしいと思います』

 

 

テレビでは、レースの映像が再び流れており、解説が高森騎手の騎乗をべた褒めしていた。

 

 

『ディラントーマス、ウィジャボードも強い走りでしたね』

『そうですね、ディラントーマスはまだ3歳馬ですし、今後も楽しみな1頭になりそうです。注目しておくといいかもしれませんね』

『どちらかが凱旋門賞に来る可能性もありますね。その場合はディープインパクトと戦うことになりますね』

『私も楽しみにしています。是非出てきてほしいです』

『それにしても本当に素晴らしい末脚でした。えーっと計測した上がり時計ですが、ラスト1ハロンが10秒台だったようです』

『10秒台……レパーズタウン競馬場のパワーのいる芝でこれだけの数字が出せる日本馬はテンペストクェーク以外にはいないと思います』

『本当の本当に強い馬です。テンペストクェーク。次走は8ハロン路線に向かいます。クイーンエリザベスⅡ世ステークスに出走予定です』

『今年はメンツが揃うと思います。更に厳しい競馬になると思いますが期待していきたいです』

 

 

「いいレースだった。これでテンペストクェーク。GⅠを6連勝か。確かGⅠの連勝記録は6連勝だったような……ってことはタイ記録更新ってことか」

 

 

次のレースも絶対に見ると。そして可能なら、また欧州に行って生でレースが見たいと思っていた。

 

 

「って、あの人。アイルランドまで行ってたのか……」

 

 

奇妙なのぼりや横断幕を持った人が中継に映りこんでいたのを彼は見逃さなかった。

 




今のテンペストの強さは、最近偉い人のガチ目に怒られている生涯収支マイナス1億円君が100回賭けても100回勝つくらいには強いです。


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馬、人気者になる?

アイルランドのレパーズタウン競馬場は、歓声に包まれていた。

アイルランドダービーを制したディラントーマスを内ラチ強襲で一気に差し切ったテンペストクェークに対する驚愕の歓声であった。

 

 

『なんであの状況から差し切れるんだ』

『ラスト2ハロンの加速は何だったんだ……』

 

 

「万歳!これでGⅠ6連勝だ!」

 

 

藤山と西崎は大歓声を上げて喜んでいた。

日本からのファンが水色の横断幕とのぼりを振り回していた。

 

 

『すごい馬だ。本当に素晴らしい強さだ』

 

 

周りで待機していた他の調教師や馬主たちから西崎や藤山が囲まれる。

一体どうやってこんな馬を見つけてきたのか、どのような調教をしていたのか。

西崎には種牡馬の話や移籍の話が大量に舞い込んでいた。

彼らの目には、もう東洋人だから、競馬後進国だからという侮りはなかった。

 

 

テンペストクェークの表彰が終了すると、スタッフたちはテンペストの馬体のチェックや世話に戻る。西崎は他の馬主たちに連れていかれてどこかに消えていった。

 

 

『テンペストクェーク。とてもすごい馬でした。まさか内から来るとは』

 

 

『ありがとうございます。ちょうど内が空いていたので、そこを突かせていただきました』

 

 

『ウィジャボードとの競り合いに集中しすぎて、内を塞ぐことが出来なかったのは私のミスでしたね』

 

 

『もし内が開いていなかったら、別のところを突破していたと思いますよ。いいレースをありがとうございました』

 

 

握手をして藤山のところに向かう高森騎手を見ながら、欧州の騎手が話す。

 

 

『彼、昨年の秋に初めてGⅠを勝利した騎手らしいな。普段の騎乗はそうでもないが、あの馬に乗っていると、すごい騎乗をするようだな』

 

 

『日本の宝塚記念というGⅠの奴だな。あのレースは本当にすごいレースだった。スペースを見つけてそこに馬を導く能力は飛びぬけて高いのかもしれないな』

 

 

彼らは日本から来訪した馬と騎手の話題で盛り上がった。そして、自分の馬が勝てなかったことへの反省を行っていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

9月10日、フランスロンシャン競馬場。GⅡフォワ賞。

2006年のフォワ賞は6頭立てとなっている。ただ、出走するメンツは豪華な面々であった。

1番のプライドは昨年のフォワ賞、そして今年6月のサンクルー大賞を勝利している。2番は昨年の凱旋門賞の覇者、ハリケーンラン。

4番はドイツのダービー馬で昨年のBCターフ、今年のコロネーションCを勝ったシロッコ。

5番は日本の無敗の三冠馬、ディープインパクト。

凱旋門賞に向けた叩きのレースという意味合いが強いフォワ賞であったが、なかなかのメンツが揃っていたため、注目を集めていた。

日本のファンは、ディープインパクトが当然勝つと思っていた。

 

 

『2006年フォワ賞。今スタートしました……』

『ディープインパクトは好スタート。そして、前の方に上がってきています……』

 

スタートが良すぎたのか、ディープインパクトは先頭2番手で走っていた。

 

『ペースメーカーのニアオナーが先頭を走る。そこから数馬身離れてディープインパクト。内にハリケーンラン、外にシロッコがいます……』

 

 

ロンシャンの坂を上がっていくと、シロッコが2番手になり、ディープインパクトは3番手になる。

 

『カーブを切りながら、先頭のニアオナーが先頭。シロッコとディープインパクトが2番手争い。その後ろにハリケーンランがいます……』

 

 

カーブが終わり、フォルスストレートが始まる。

 

 

『フォルスストレートに入りました。順位の変動はなし。依然として先頭はニアオナーであります。ディープインパクトはシロッコの内側で併走している。ハリケーンランはその後ろにぴったりと付けている』

 

『最後の直線に入った。各馬スパートをかけていく。ディープインパクトも鞭が入ったがなかなか引き離せない。シロッコ、ハリケーンランも伸びてくる』

 

『シロッコが先頭になった。内からディープインパクト、外からはハリケーンラン。残り200を切った。ディープインパクト苦しい、これは大丈夫なのか』

 

『ハリケーンランが差してくるがシロッコが粘る。ディープインパクトも伸びてくる。ディープインパクト差し切れるか。これは接戦だ。前3頭がゴールイン。これは接戦になりました』

 

 

テレビ中継では3頭が同時にゴールしたように見えていた。

 

 

『ディープインパクトがやや優勢か……』

 

 

3頭の入線時の映像が流れる。

そしてしばらくして、ディープインパクトが1着、シロッコ2着、ハリケーンラン3着が告げられた。

ギリギリの勝利だったこともあり、あのディープでも海外のGⅡだとここまで苦戦するのかと競馬ファンは思っていた。

 

 

『普通の走りをしてしまいました。これが本番だったらと思うとぞっとします。ただ、いろいろな課題点を見つけることが出来たので、叩きのレースとしては最適だったと思います』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

ディープインパクトのフォワ賞の勝利に日本の競馬ファンが盛り上がっているころ、テンペストクェークはアイルランドからイギリスのニューマーケットの厩舎に戻った。

愛チャンピオンステークスの疲労は想定通りであるとはいえ、次のレースは9月23日である。このレース間隔も2週間しかなかった。

 

 

専属の医者による検査や調教師たちのチェックでも特に故障や不調は見当たらなかった。

彼は相変わらず食っては寝て、そして運動を繰り返していた。

 

 

「テンペストの休む時間が増えているな」

 

 

生活習慣はいつも通りだが、運動前にストレッチのような行動をよく見せるようになった。彼なりに環境に適応して、この激戦を乗り越えようとしていた。

 

中2週間しかないため、騎手の高森はイギリスに入国したままである。

テンペストの様子を鞍上の感覚でチェックしていた。

 

 

「高森君、みんな。集まってくれ。クイーンエリザベスⅡ世ステークスの出走メンバーが確定した」

 

 

藤山厩舎のメンバーが集まる。

 

 

「次のレースだが、欧州勢が本腰入れてテンペストを止めに来たぞ」

 

 

出走予定の馬とその勝ち鞍が書かれた書類をスタッフたちが読み込む。

クイーンエリザベスⅡ世ステークスには欧州のマイル戦線を戦ってきた馬たちが集結したのである。

 

ジョージワシントン:2歳時にGⅠを2勝、3歳となった今年は英2000ギニーを勝利している。愛2000ギニーも2着と好走しており、有力な3歳馬である。

 

アラーファ:ジョージワシントンと激闘を繰り広げてきた3歳馬。愛2000ギニーとSt.ジェームズパレスステークスを2連勝している。

 

コートマスターピース:サセックスSでソビエトソングを破った6歳馬。5歳で初めてGⅠフォレ賞を勝利した遅咲きの馬である。

 

プロクラメーション:2005年のサセックスSを勝利した4歳馬。今年はまだ勝利がないが、GⅠ2勝目を狙って参戦する。

 

リブレティスト:2006年のジャック・ル・マロワ賞、ムーラン・ド・ロンシャン賞を連勝した4歳馬。3歳では1戦もできなかった馬でもある。

 

ソビエトソング:6歳の牝馬。すでに旬は過ぎたといわれているが、マイルGⅠを4勝し、カルティエ賞最優秀古馬を受賞したマイルの女王である。

 

マンデュロ:2006年にドイツからフランスに転厩したドイツ出身の馬。GⅠ勝利こそないが、常に2着か3着を確保している4歳馬。何かのきっかけで覚醒すれば相当強い馬になりそうな雰囲気を感じている。ドラール賞に向かう予定だったが、ムーラン・ド・ロンシャン賞からの連戦で参戦する。

 

ナンニナ:コロネーションSとフィリーズマイルを勝利している3歳牝馬である。

 

 

ここに天皇賞・秋、マイルCS、ドバイDF、宝塚記念、英国際S、愛チャンピオンSの6つのGⅠを連勝している、マイル~中距離の怪物、テンペストクェークが出走予定である。

 

このほかにもキリーベッグス、リヴァーティバー、イワンデニソヴィッチが初GⅠ勝利を目指して参戦予定である。

 

合計12頭が出走を宣言していた。内GⅠ馬は9頭である。3歳馬から6歳馬のマイルの有力馬が集結した。その中で一番人気はテンペストクェークであった。

 

本来の予定ではクイーンエリザベスⅡ世ステークスに出走計画を立てていない馬もいたが、対テンペストクェークを目指して参戦を宣言した。10ハロン路線で欧州の馬たちが惨敗してきた中、現時点で考えられる最高のマイラーでテンペストを迎え撃つという布陣であった。

そして、テンペストに勝利すれば、それだけで種牡馬としての価値が跳ね上がるという金銭的なことを考えている陣営もいた。

 

 

「前のレースも実績のある強い馬は多かったですけど、今回は数も多いですね。場合によってはテイエムオペラオーのような状況になりかねませんよ」

 

 

テンペストは基本的には差し、追込が得意な馬である(先行も特に問題なくこなせるが)。そのため、ラストでスパートをブロックされればさすがのテンペストでも勝利は難しい。

 

 

「高森君。かなり厳しいレースになると思います」

 

 

「ええ、前のレースも前と外を塞がれて危なかったですからね。12頭となればさらにブロックや妨害も露骨になってくるでしょう」

 

 

次のアスコットでのレースはさらに厳しい展開になりそうな予感がしていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

前のレースはちょっと難しい展開だった。

それでも騎手君と俺がコースを見つけて、一気にそこを通り抜けることが出来た。

ちょっと騎手君の脚が柵に当たっていて痛くないか心配だったけど、気にした様子がなかったので安心。

 

レースが終わって、こっちに来てから世話になっているトレーニング場で、俺は走っている。前のレースの疲労も完全には回復しきっていないが、あと数日で元通りになるだろう。

兄ちゃんたちがせわしなく動いているから、また同じくらいの間隔でレースがあるのだと思う。疲労回復と、肉体の維持を同時に行わないといけないが、そこはまあ努力だな。

 

それにしても今日は人が多い。

おっちゃんや兄ちゃんだけでなく、見知らぬ人達がいるな。

あれはビデオカメラか。外国人のカメラマンだな。

ということは俺、海外デビューですか。そうですか。

 

 

【俺の身体をピカピカにしてな~。あと帽子】

 

 

「はいはい、ちょっと待ってな」

 

 

兄ちゃんが俺の鬣や身体をブラッシングしてくれる。そして俺の頭に帽子。

完璧。

このイケメン顔をしっかり映してな。

 

 

『今日は日本からやってきたスーパーホースの取材にやってまいりました。インターナショナルステークス、アイリッシュチャンピオンステークスを勝利したテンペストクェークです。こちらはトレーナーの藤山順平さんです。本日は取材を受けていただきありがとうございます』

 

『イギリスの競馬ファンの方々も、テンペストクェークがどんな馬なのか気になっているでしょうから。何でも聞いてください。こっちに来てからは、馬や厩舎スタッフのことを考えて慣れるまでは取材は全て断っていましたが、これからは取材は解禁しますので、よろしくお願いします』

 

 

こっちに来てから初めての取材だな~

それがまさか海外テレビとは。

 

『帽子を被っていますがこれは……』

 

『ああ、気にしないでください。こういった外部の見知らぬ人間が来ると帽子を被らせろとうるさいものでね。変なことを覚えたようです。ただ、彼もうちの厩舎の一員なので』

 

『なるほど、面白い性格をしているようですね』

 

『よく言われますよ』

 

 

何言ってんだかわかればなあ……

いやわかったらそれはそれで怖いけど。

 

 

『それでは、始めて行こうと思います。まず、イギリス遠征に来ようと思った経緯についてお願いします。様々なリスクを負ってまでもこの国に来た理由はありますか』

 

『単純に、テンペストが挑戦可能な大レースが多かったこと。あとは本場のイギリスでGⅠを獲ってほしいと考えたからですね。テンペストが得意とする距離はマイル~10ハロンなので、英国際Sをはじめ、テンペストに勝ち目のあるGⅠレースがあったことがイギリスに来た最大の理由ですね。日本人として、近代競馬発祥の地でGⅠを獲っている姿が見たいという気持ちもありました』

 

『日本の馬もレベルが高いことは承知していますが、やはり芝を含めた競馬の違いなどもあり難しいと思います。それでも勝つ自信があったのでしょうか』

 

『正直に言いますと、ありました。彼は日本でパワーが必要な馬場状態でも問題なく走れていました。そのため、こちらの競馬場の芝にも対応できると考えていました。それに、輸送にも強く、適応能力が桁違いに高く、イギリスの環境にもすぐに適応できると考えていました。実際に彼は数日でニューマーケットを自分の庭のように受け入れていました。彼はもうこの厩舎の長として受け入れられていますよ』

 

『確かに馬がリラックスしているように見えますね。藤山トレーナーの話から考えるに、イギリスやアイルランドの芝に適応できたのも計算の内だったということなのですね。一部のファンからは、彼の4代前のハビタットが大きく影響しているのではないかと聞かれていますが、これも計算の内だったのでしょうか』

 

『いえ、血統についてはそこまで意識はしていませんでした。それを言ってしまうと日本の馬は4代前にさかのぼると大体が欧州かアメリカの馬になってしまいますからね。ただ、マイル~10ハロンに強いところは代々受け継いでいるのだと思います。彼の父系では唯一のGⅠ馬ですから、危うく日本でハビタット血統は消えるところだったのだと思います』

 

『ありがとうございます。イギリスでもハビタット系は衰退しつつありますので、彼の子供たちが走るのが楽しみです』

 

『オーナーの判断なので、どこで種牡馬になるかはわかりませんが、いつかこの地で彼の子供が走ってほしいですね』

 

『続いて、レースについて聞いていきたいと思います。まず、初戦のインターナショナルステークスからです。12馬身差の圧勝劇でした。これは狙っていましたか』

 

『いえ、そうではないですね。馬がどんどん前に行ってしまったとのことで、最初は連戦のことを忘れてないかと思ったのですが、存外テンペストが疲れていませんでした。余力を残してあれだけの走りをしたのかと戦慄しましたね』

 

『あれで余力があったんですね……その2週間後にはアイルランドでアイリッシュチャンピオンステークスに出走しました。このレース間隔はあまり日本馬にはなじみがないと思いますが……』

 

『そうですね。実際、疲労が抜けきらなかったり、不調が続くようなら出走はしない予定でした。ただ、テンペストは普通に万全の状態になったので、当初の予定通り出走しました。それで勝つことが出来たので、本当に強くてタフな馬です』

 

『インコースからの末脚は本当に素晴らしいものがありました。高森騎手の騎乗も光りました』

 

『そうですね。テンペストと一番信頼関係を結べているのは高森騎手です。日本の皐月賞というレースのときから彼らは人馬一体になったと思います。これからも彼が乗り続けますよ』

 

『高森騎手の騎乗にも注目が集まりそうです。続いて……』

 

 

うーん。

今日は真面目な取材みたいなので、あまり俺の出番がなさそうだな……

というかおっちゃんこの国の言葉をしゃべれないんだな。

多分となりに立っている人が通訳しているように見える。

 

 

『……テンペストは本当に賢いですよ。自分の名前を認識していますし、自分が負けた馬も覚えています。テンペスト、こっち向いて』

 

 

何やおっちゃん。

 

 

『本当ですね。強く賢く、それでいてタフ。本当にスーパーホースですね』

 

『それに結構かわいいところもあるんですよ。テンペスト、お前の好物だぞ』

 

 

あれは、メロン。メロンではないか。

まあどうせ安物なんだろう?そうなんだろう?

 

 

【うまい!うまい!うまい!】

 

 

『すごい勢いで食べますね。好物なんですか?』

 

『ええ。日本の最高級のメロンです。やっと輸入することが出来ましたよ。これが大好きなんだよな~』

 

 

【うまい。もっともっと】

 

 

俺はすぐに食べ終えた。

もっとちょうだい。

俺はおっちゃんの服の裾を引っ張る。

 

 

『はい、これでお終いだよ。お終い』

 

 

【やだ】

 

 

『こういうところも可愛いんですけどね』

 

『はは、可愛さも兼ね備えた馬のようですね』

 

 

その後も取材は続くが、結局メロンはもらえなかった。

ちくせう。

次のレースもがんばってもっとたくさんもらうことにしよう。

 

 

『次はクイーンエリザベスⅡ世ステークスですが、出走メンバーには豪華なメンツが揃っています。自信はありますでしょうか』

 

『ええ、ありますよ。マイルのスペシャリストたちが相手ですが、彼なら勝ってくれます。皆さんが驚愕する走りが出来たらと思います』

 

 

そろそろ終わりかな。

また来てな~

 

 

【また来いよ~】

 

 

『テンペストが我々に挨拶してくれたところで取材を終わりにしたいと思います』

 

 

 

 

番組は数日後に放送され、ファンの人数が増えた……らしい。

 

 



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秒速20メートル

俺は馬である。

今日はレースの日である。

この国に来て俺の家になっていた場所から少し移動した場所で俺は待機していた。

というかレース間隔が短くない?

俺じゃなかったら壊れちゃうよ。

 

 

「テンペスト、今日はよろしくな」

 

 

おう騎手君。今日も頼むよ。

 

それにしても、なんか今日は周りの騎手や人間の目が怖いな。

前みたいに侮っているわけではないが、明らかにこちらを意識している目だ。

 

 

【俺はやるぞ!俺は絶対にやる】

 

 

やたらと気合が入っている馬がいた。

他の馬は大人しく芝を歩いているのだが、隣を歩く人間のいうことを聞こうとしない馬がいた。

 

 

【静かにしなさいな】

 

 

【うるせえおっさん】

 

 

おっさんだと!まだ俺はピチピチの4歳だぞ。

全く失礼極まりない奴だな

 

相変わらず動こうとしなかったり、どこか別の場所へ行こうとしていた。

そんなんじゃあこのレースは勝てないぞ。

ただ、彼の仕上がりは中々のモノであった。

おそらく俺より年下の馬だな。

仕方がない、少なくともレースに集中できるようにしてやるか。

 

 

【俺が最強だ】

 

 

俺は周りを挑発する。

全員の馬の目が変わった。

 

 

【お前、倒す!】

 

 

人間を困らせていた馬が、俺の方に敵意をむき出しにしていた。

 

 

【かかってこい、若いの】

 

 

【絶対に俺の方が強い!】

 

 

落ち着かない様子だった馬はいい感じでレースへの闘争心を高めていた。

これなら問題ないな。

 

 

「テンペスト、大丈夫か?ジョージワシントンが少しうるさかったからな……」

 

 

悪い騎手君。

これで万事オッケーだ。

 

 

「今日は稍重か。またパワーの必要な馬場だな」

 

 

さて、そろそろレーススタートだ

俺たちは誘導されながらゲートに入る。

さあ、行くぞ!

ゲートが開くと同時に俺はロケットスタートを決めようと後ろ脚に力を入れた。

 

 

「テンペスト!」

 

 

少しではあるが、俺は滑ってしまった。そこまで体勢を崩されたわけではなかった。

しかし、俺は出遅れてしまった。

前には馬がすでに走っている。

懐かしいな、去年のレースを思い出す。

 

 

「テンペスト、大丈夫か」

 

 

大丈夫だよ、騎手君。すまんかったな。

それで、今日はどうする?

 

 

「落ち着いている……これなら問題はない」

 

 

さて、俺たちは最後尾だ。

こうなると俺のスパートで一気に最後に抜かしていく必要がある。

疲労を溜めないように、息が上がらないように、落ち着いて走ろう。

いつ決めるかは……騎手君、頼むぞ。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

強豪ぞろいのクイーンエリザベスⅡ世ステークス。

その大事なスタートで、テンペストは躓いてしまった。

 

 

「テンペスト!大丈夫か」

 

 

落馬するほどではなかったが、すでにほかの馬はゲートを飛び出していた。

テンペストも体勢を立て直して、ゲートから出てくれたが、最後方の馬でも数馬身程度差が開いてしまっていた。

 

 

「まだチャンスはある!」

 

 

テンペストは落ち着いていた。

今は焦ってスピードを上げる必要はないという俺の指示をしっかりと聞いてくれていた。

皐月賞のときとは大違いだ。それだけ彼も成長して、俺を信頼してくれているのだろう。

 

2、300メートルほど走って、テンペストの様子が普段と変わりがなかったため、少しだけスピードを速めて、後続の最後方の馬は……青色の勝負服を着た馬。えーと名前は……。番号が見えんからわからん。同じ青の勝負服が3人もいるからな。3頭同時出しとは馬の所有者は金持ちだなあ。

 

テンペスト、今日はお前のためにこれだけのメンバーが揃ったんだぜ。お前を倒すと息巻いている奴ばかりだ。

そんな奴らに、期待通りのお前の凄さを思い知らせてやろうぜ。

 

 

少しずつ加速したおかげもあり、アスコットの直線前のコーナーでやっと最後方の馬の尻に追い付いた。

 

ラストの直線は約2ハロン半。しかも残り上り坂だ。

本当にタフな競馬場だよ。よくハーツクライは12ハロンを走り切ったな。

先頭まで10~12馬身くらい。そんなに差は広がっていないな。

ただ、ここからスパートをかけてくるだろうから、一気に順位が変わってくるな。

……ペースもそこまで早くはない。ただ、このレースの歴代の記録は、早くても30秒台後半なので、これぐらいが適正ペースなのかもしれない。

 

残り3ハロンの標識を過ぎる。

前を行く馬たちも、徐々にスピードを上げていっているのがわかった。

 

テンペスト、俺たちも行くぞ。

鞭は入れない。ただ、前の馬を一気に抜き去るために、コーナーを曲がりながら外に出ていくように指示する。

 

直線に入ると、斜め前にはピンクの勝負服の馬がいた。確か6番の馬だな。この馬が最後方だな。

そしてどんどんと前の馬たちがスパートをかけていくのが見えた。

ヨシ、もういいだろう。

よく我慢してくれた。

大捲りからの大外一気を見せてやろうじゃないの。追込のお家芸は、ディープインパクトだけじゃないんだぜ。

鞭を入れた瞬間に、テンペストが一気に加速する。

残り2ハロン半。前には11頭。

上等だ。すべて撫で切ってやるぞ。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

『……残り2ハロン半を切って直線に入っていきます。先頭はキリーベッグス。隣にはアラーファが並ぶ。先頭集団はかなり込み合っているぞ。テンペストクェークは最後方に位置している。前に11頭いるがこれは大丈夫なのか』

 

 

テレビで、ラジオで、競馬場で。

多くのテンペストファンは、さすがに無理だろうとあきらめていた。

そこまで広い差はついていなかったが、このレースはマイルレース。そして他の馬も歴戦の馬であり、今まさに鞭が入って末脚を炸裂させているのである。

いくらテンペストでも優勝は無理だろう。せめて2着や3着になれればいいかな。躓いて出遅れてしまったという仕方がない理由もある。そう思っていた。

しかし一部のファン、そして藤山達は何も心配していなかった。

このラスト2ハロン半から発揮される末脚が彼の真骨頂であると信じているからだ。

 

 

『テンペストクェークに鞭が入った、高森騎手が鞭を入れた。さあここからがこの馬の真骨頂、一気に加速して前の馬を抜いていく抜いていく。あっという間に3頭抜いたぞ。先頭はアラーファ、ジョージワシントンも一気に仕掛けてくる。ソビエトソングも顔をのぞかせている。まだ先頭争いは続いている……』

 

 

残り1ハロン半。先頭はアラーファ、キリーベッグスが争っていた。そこにジョージワシントンが外から一気に抜かそうとしていた。

 

 

『……テンペストクェークが大外から一気に猛追する。ものすごい末脚だ。しかし先頭もどんどんと加速していく。残り1ハロン。先頭に立っていたアラーファが粘っているが、ジョージワシントンが猛追する。これは先頭が変わるぞ……』

 

 

1/2ハロンの少し手前で、先頭がジョージワシントンに変わった。テンペストクェークはすでに4番手のコートマスターピースを抜かしており、ジョージワシントンに肉薄していた。

 

 

『……テンペストクェーク猛追、残り100メートル。テンペストがすでに2番手になっている。ジョージワシントンを捉える捉える。すでに半馬身差まで迫っている』

 

 

先頭のジョージワシントンが残り1/2ハロンを越えてすぐ、テンペストクェークは外からジョージワシントンに追い付いて、馬体を併せて走っていた。

 

 

『テンペストクェークが差し切るか。ジョージワシントンも粘るがこれは苦しい。3番手以降を引き離す。これはテンペストだ、テンペストが抜いていく。半馬身、1馬身、これは決まった。テンペストクェークが1着でゴールイン。なんという末脚だ!彼に抜けない馬はこの世にいないのか。2着はジョージワシントン、3着は……』

『テンペストクェーク、クイーンエリザベスⅡ世ステークスを制覇!これでGⅠを7勝目。シンボリルドルフ、テイエムオペラオーに並びました。まだ4歳の夏です。ルドルフの壁を超える馬はこの馬なのか……』

 

 

ゴール前5,60メートル付近で先頭を走るジョージワシントンを差し切り、そこから1馬身半の差をつけてゴール板を駆け抜けた。

 

ラストの直線にいた11頭の馬を、驚異的な末脚で撫で切ったのである。

ある中継放送では、先頭争いを続ける馬を映し続けていたため、テンペストクェークが残り1ハロンを切ったあたりでいきなり画面に現れるという映像が放送された。

まさにワープのような末脚であった。

 

 

『……ラスト1Fが10秒。なんなんだこの馬……』

 

 

手元に持っていたストップウォッチを周りに見せながら呆然とする英国の競馬ファン。

 

 

『マイルレースだぞ。なんで大外からの追込が成功するんだ』

 

 

この日、このアスコットに集まった馬は、名馬ばかりだ。伝統の2000ギニーやフランス、イギリスのマイルレースなど様々なGⅠレースを勝利してきた強者ばかりである。

それを大外一気で撫で切ったテンペストは、まさに怪物であった。

 

 

勝ちを信じていた藤山厩舎のスタッフたちですらやべえ、この馬。本当に俺たちが育てた馬なのか?と驚愕していた。

 

 

【やったぜ。俺が一番!】

 

 

当のテンペストクェークは、相変わらず舌をペロペロさせながら、気持ちがよさそうにクールダウンをしていた。

騎手の高森もテンペストの首元を撫でて誉めまくっていたため、超絶ご機嫌であった。

 

 

 

 

テンペストクェークが藤山達の下に戻ると、さすがのテンペストも疲労の様子を見せていた。ただ、異常が見受けられるわけではなかった。

 

 

「テンペスト、それに高森君。お疲れさまでした。見事な競馬でした」

 

 

「先生、出遅れてしまって申し訳ありません。あれがなければもう少し楽に競馬ができたのですが……」

 

 

「あれは仕方がないです。その後に、焦らずに落ち着いた騎乗が出来ていたのでよかったと思います。本当に最後の末脚は素晴らしいものでした」

 

 

「本当に速かった……ちょっと怖かったくらいです。多分最後10秒くらいで走ってたと思います」

 

 

二人の会話をテンペストが何話しているの?といった感じで割り込んでくる。スタッフたちが緊急で馬体をチェックしていたが、外観上、そして歩調や息は特に問題がなかった。

 

 

「先生、テンペストは特に問題はないです。さすがに疲労は見えますが」

 

 

「さすがにこれだけの走りをして疲れてなかったら怖いですよ」

 

スタッフたちがテンペストの状態について確認しているなか、高森はテンペストのオーナーがいないことに気付いた。あたりを見渡していると、人込みの中から西崎がふらつきながら出てきた。

 

 

「ああ、やっと抜け出せた。高森騎手、藤山先生、それに皆さん。本当にありがとうございます。本当に強かったです」

 

 

どうやら、他の馬主から質問攻めにあっていたらしく、抜け出すのに時間がかかったようであった。

 

 

「テンペストが頑張ってくれたおかげです。本当に強い馬です」

 

 

テンペストには、西崎のお高い服を破ったという前科があるため、西崎は警戒しながら自分の愛馬を撫でる。

 

【俺って強いでしょ?】

 

気持ちよさそうに軽く嘶くと、西崎の被っている帽子を取り上げる。

 

 

「コラ、返しなさいって。それも結構高いんだから……」

 

 

ヘイヘイッといった感じで、西崎の頭に帽子を被せる。

このオーナーと馬のやり取りはばっちりテレビに映されており、強くて賢く、それでいて人懐っこいという話は本当だったのかと多くのファンが喜んだ。

 

 

「しかしオーナー。これでテンペストのGⅠは7勝目。シンボリルドルフ、テイエムオペラオーに並びました。それに、天皇賞・秋から数えて、GⅠは7連勝です。ロックオブジブラルタルの記録に並びました。もう世界の名馬といってもいいかもしれません」

 

 

 

藤山が西崎に、テンペストが打ち立てた偉業を伝える。

 

 

「テンペストが走った3連戦を3連勝した馬もいないみたいで、来年は種牡馬入りするのか?って執拗に聞かれてしまいました」

 

 

「欧州やアメリカは、現役は3歳~4歳までで、本命は種牡馬という風潮が強いですからね」

 

 

勿論、5歳や6歳以上まで走る馬もいるが、GⅠを何連勝もしている馬や血統を高く評価されている馬などはすぐに引退させて、種牡馬にすることが多かった。

 

 

「うちで種牡馬になってくれって言われても、海外のことは全く分からないです……とんでもない額を出されても逆に困ってしまいます……」

 

 

忘れがちかもしれないが、西崎という馬主の初の所有馬がテンペストクェークなのである。そのため、引退後の道筋についてはまだあやふやなところが多いのである。

 

 

「順当にいけば日本で種牡馬入りなのではと思います。しかしテンペストはこっちの馬場の方が好きみたいなので、欧州で種牡馬になっても面白いかもしれませんね」

 

 

テンペストクェークの生まれ故郷は北海道の小規模牧場なので、いい意味で生産者とのしがらみがない。そのため、どこに行くことだってできるのである。

 

外国人のインタビュアーからのインタビューで流暢な英語を披露する高森騎手。そして調子に乗った彼は、自分がテンペストとどれだけ信頼関係を築いているのかを証明するために、テンペストに口づけする。

 

むさくるしいおっさんにファーストキスを奪われ、死んだ眼になっているテンペストを見ながら、西崎は彼の将来のことを考えていた。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

騎手君から悪魔のキッスをいただいた。

何やねん……俺とそういう関係を結びたいのか己は。

 

まあ親愛って意味だろうけど、君にやられても何もうれしくないからね。

あとでケガしない程度に軽く蹴飛ばしておいた。

 

最後に俺が抜かした馬はレース前に人のいうことを聞いていなかったヤンチャな馬だった。

 

 

【お前、強い】

 

 

【お前もな。また走ろう】

 

 

【次は俺が勝つ】

 

 

あの癖馬っぷりを見せつけていた馬とレースが終わった後に少しだけ仲良くなった。どうも俺より年下らしく、かなり我儘な性格らしい。お世話する人間を召使のようにしていた。

 

また走ろうと約束したが、それは果たされないのかもしれない。

俺は日本の馬で、彼はこっちの国の馬だからな。

ただ、また走るときがあったら、もっと手ごわい馬になっているだろうな。戦うのが楽しみだ。

 

 

レースが終わって、競馬場から自分の部屋がある建物に帰る。ここが前から自分の部屋だったような感覚だ。もう1か月以上もここにいるからなあ。

それにしても、こっちに来てから3戦したし、そろそろ日本に帰るころなんじゃないかな。

別に日本が恋しいというわけではないが、日本の競馬ファンの人達が俺の勇姿を生で見れないのは残念がっているのではないだろうか。

こっちの国の人間をファンにしてしまえば問題はないだろうけど、他国の馬は応援されにくいだろうしなあ。

 

 

【ボス、どうした】

【何かあった?】

 

 

【何でもない。さて、今日も一日がんばるぞい!】

 

 

【【【お~】】】

 

 

うーん。こっちでもボス扱いされているけど、マジで俺は何もしていないんだけどな……

 




英国のアスコットでラスト1ハロン10秒ってあり得るのかと思いましたが、最強馬論争にいまだに顔をのぞかせるダンシングブレーヴはエプソムダービーでラストの1F10.3を叩き出しているので、理論上は可能と判断しました。現実味がないとの意見は踊る勇者に言ってください。

レースのイメージはデュランダルです。マイルとスプリントで大外一気を決める姿は強烈なものがありました。




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凱旋門に我らが旗を

テンペストクェークがニューマーケットでレースの疲れを癒しているころ、ディープインパクトは、凱旋門賞に向けて調整を行っていた。

つい先日、クイーンエリザベスⅡ世ステークスを勝利したテンペストクェークを管理している藤山調教師からも連絡が入っている。

 

 

『凱旋門賞に行くかもしれない有力馬は全員叩きのめしました。あとは本番でテンペストと戦った時のような走りをしてください』

 

 

「全く、プレッシャーかけてくれますね」

 

 

この夏、日本馬が競馬の本場である欧州で躍動していた。

キングジョージを勝ったハーツクライ。

英国際S、愛チャンピオンS、クイーンエリザベスⅡ世Sを勝ったテンペストクェーク。

特にテンペストクェークはすでにマイル~中距離で現役世界最強馬に君臨している。

そうなると、当然ディープインパクトへの期待も上昇するのである。

 

 

「フォア賞は危なかった。やはりディープは馬体を併せられると少しスピードが鈍るな。初めての海外に初めての洋芝でかなり戸惑っていたのもあるが、本当に本番でなくてよかった」

 

 

フォア賞が終わったあとも、疲労をそこまで見せておらず、徐々にこちらの環境にも慣れてきたように見える。

体調も万全で、いい意味でいつも通りのディープインパクトであった。

 

 

「先輩や同期の馬にこれだけ御膳立てされているのだから、絶対に勝たなくてはな」

 

 

ロンシャンの舞台に衝撃が走る……かもしれない。

 

 

 

 

【凱旋門賞】

1920年にフランスで誕生した国際競走である。ロンシャン競馬場の芝2400メートルで行われ、世界中のホースマンの目指すべきレースとされている。多くの名馬がこの凱旋門賞で栄光を勝ち取った。この凱旋門賞が行われる10月1週の日曜日とその前日の土曜日には、短距離から長距離までの大レースが数多く施行され、凱旋門賞ウィークなどと呼ばれている。

1969年のスピードシンボリが初めて凱旋門賞に出走してから、日本馬の挑戦の歴史が始まった。このときの結果は着外であり、当時日本最強馬だった馬の敗北に世界のレベルの高さと海外遠征の厳しさを思い知らされた。その後もシリウスシンボリやメジロムサシが挑むも世界の頂は遥か彼方であった。1999年にはエルコンドルパサーが長期の海外遠征を経て挑戦したが、モンジューの前に惜しくも2着に敗れた。その後も2頭が挑戦したが、芝の違いや海外遠征の難しさもあり、勝つことはできていない。

凱旋門賞という言葉は、日本のホースマンにとって憧れであると同時に、呪いでもあった。

 

 

「テンペストがもう少し長い距離を走ることが出来れば挑戦していたんだけどなあ……」

 

 

「2200~2300が限界ですからね。テンペストには凱旋門賞は厳しいですね」

 

 

西崎はロンシャン競馬場に来ていた。テンペストは出走していないが、ディープインパクトの凱旋門賞を観るためにフランスに来ていたのであった。仕事もあるのでレースが終わったらすぐに帰る予定である。そして、隣にはイギリスから帰るついでに寄ったという藤山調教師がいた。彼もレースが終わったらすぐに日本に帰国するとのことである。イギリスからフランスと、国同士の移動が楽なのも西欧の特徴である。

 

 

「ロンシャン競馬場2400メートルのコースは高低差が10メートル近くありますからね。重い芝を駆け抜けるパワーと傾斜を苦にしないスタミナ。それにフォルスストレートといった日本にはないコース形状もありますので、馬との折り合いも試されます。本当に難しい競馬場ですよ」

 

 

「ディープインパクトは勝てますかね」

 

 

現状ディープインパクトは一番人気であった。日本人が大量に賭けたことが要因であるが、日本馬の躍動を見てきた現地のファンや関係者からも評価はされていた。また、フォア賞での結果も考慮されての人気だった。

 

 

「可能性はありますね。フォア賞でディープらしくない走りをしていましたけど、ぎりぎりで勝利しましたからね。いつも通りを心がけていれば勝てると思います。昨年の凱旋門賞馬のハリケーンランは、キングジョージ以降は昨年のような勢いはないですし、シロッコも調子がいいとは言えませんね。むしろ怖いのはレイルリンクですね」

 

 

「確かフランスの3歳馬ですね」

 

 

「凱旋門賞も斤量が馬の年齢とかで変わるんですよね。ディープインパクトやハリケーンラン、シロッコは59.5㎏なんですけどレイルリンクは56㎏なんですよ。それでいて、フランス所属でパリ大賞を含めた5連勝で勢いに乗っている馬ですから。おそらくディープ陣営も警戒していると思いますよ。まあ、斤量なんて絶対的な馬の力の前にはそこまで影響はしないと思いますが」

 

 

「なるほど。こういう話を聞くと、日本の馬が外国で勝つことの難しさがわかります。テンペストは4勝していますけど……」

 

 

「テンペストはちょっと規格外というが普通のサラブレッドの範疇を超え始めているので、あの馬を基準にするとほとんどの馬が並になってしまいますよ」

 

 

テンペストは日本の天皇賞・秋からクイーンエリザベスⅡ世ステークスまでGⅠ競走を7連勝している。海外GⅠでは、ドバイDFから4連勝していることになる。特に英国際S→愛チャンピオンS→クイーンエリザベスⅡ世Sの連勝はジャイアンツコーズウェイですらも達成できなかった記録である。最高のメンツといわれたクイーンエリザベスⅡ世Sを驚異的な末脚で全頭差し切っての勝利は、欧州の競馬関係者を震撼させた。稍重のアスコット競馬場でラスト1Fを10秒ジャストで走っており、マイルの舞台であるとはいえダンシングブレーヴの再来とまで言われていた。

 

 

「ただ、ディープも並の馬ではないですからね。少なくとも2200メートル以上であの馬にかなう馬はいないと思います。あとは、どれだけこのアウェーの地で彼らしい競馬ができるかが勝負の鍵だと思います。というかJRAがあそこまで宣伝してしまっているんですから勝たなきゃヤバいですよ」

 

 

「わかっていたとはいえ、テンペストのときよりも来ている日本人が多いですね」

 

 

ロンシャン競馬場にはツアーや個人で来た日本人、欧州在住の日本人がたくさん来ていた。これが凱旋門賞なのかと西崎は思っていた。

 

 

「さて、そろそろパドック入場だな」

 

 

 

 

日本では、競馬番組だけでなくスポーツ番組が特番を用意して中継を報道していた。

多くの競馬ファンがテレビに噛り付いてみていた。馬券の結果を見るために競馬を見るというより、ワールドカップやオリンピックを見るような感覚であった。

 

 

『……パドック周回はまだ始まっていません。欧州ではパドック周回はレースの直前に行われるのですね』

『この辺りも日本と違いますね。パドック周回の時間が短いのも特徴ですね』

『パドック周回が始まるまで、ディープインパクトのライバルの馬の紹介です……』

 

 

映像では、ハリケーンランとシロッコが紹介される。

 

 

『ハリケーンランはキングジョージでハーツクライの2着に敗れていますが、実績は十分な馬です。昨年の世界ランキング1位の馬ですから、能力は相当高いものを持っていると思います。シロッコもフォア賞は2着でしたがアタマ差での敗北でしたので、そこまで敗北は参考にならないと思います。実績も十分ですからね。ただレイルリンクなんかも斤量差や最近のレースの状態を見ると、ライバルになりうる馬だと思います』

『ありがとうございます。ディープインパクトをもってしても手ごわい相手がいるということですね。それにしても現地の様子ですが、かなりの観客が入っていますね』

『日本人も多いみたいですが、現地のファンも多いみたいですね。ハーツクライやテンペストクェークが大活躍していますからね。その二頭を破ったことがあるディープインパクトはどんな馬なんだという興味もあるみたいです』

 

 

テレビではスーツやドレスで着飾った観客がパドック回りに沢山いる光景が移っていた。

 

 

『さて、展開の予想ですが、どのような競馬が行われると思いますか』

『ディープインパクトの末脚がしっかりと発揮できるような走りをしていく必要がありますね。スタートからの直線でしっかりとポジションを確保して、前半にしっかり脚を溜める必要があると思います。フォア賞のときはそれが少しできていませんでしたからね。コーナーが下り坂なので、そこでスピードを上げ過ぎてしまうと、ラストの直線で足が鈍る可能性もありますから、いかに折り合いをつけて走ることが出来るのかがポイントになると思います』

『ありがとうございます。あ、そろそろパドックの周回が始まるようです』

 

 

装鞍所から出てきた出走馬たちが次々とパドックを周回する。ディープインパクトの様子はいつも通りといった感じであった。

その後、調教師や騎手へのインタビューが行われ、勝利への自信の程を語っていた。

 

 

『騎乗した後も落ち着いていますね。いい意味でいつも通りといった感じです』

 

 

短いパドック周回の後に、本馬場へと向かう。その間には多くの観客がおり、日本の競馬場より、馬と人の距離が近かった。

 

ロンシャン競馬場のコールに入ると、誘導馬に誘導されながら、8頭の馬が歩いていた。先頭はディープインパクトであった。

返し馬が始まると、歓声が上がる。

 

 

『返し馬が始まりました。走りの方はどうでしょうか』

『フォア賞を経験したおかげか、足取りは軽そうに見えますね。ここでも落ち着いて騎手の指示を聞いていますね』

 

 

返し馬が終わりスターティングゲートへと馬たちが向かう。

 

 

『さて、そろそろゲートインが始まります』

 

 

ライバルたちが次々とゲートに入っていく。ディープインパクトは最後のゲート入りであった。

 

 

『最後に日本のディープインパクトがゲートに入ります。第85回凱旋門賞。日本の悲願なるか。スタートしました!』

 

 

ゲートが開かれると、8頭の馬が一気に飛び出した。

 

 

『全頭揃ってスタート。大きな出遅れはありません。ディープインパクトは後方集団に入りました。先頭はアイリッシュウェルズ。二番手にシロッコ、そのやや後ろにはハリケーンランがおり、馬群が固まっております』

 

 

スタートしてから1000メートル近い直線が続く。途中から上り坂となっており、ここで登坂力のない馬は体力を消耗させられてしまう。

 

 

『……ディープインパクトは現在7番手。後方集団には、レイルリンクにシックスティーズアイコン、そしてディープインパクト、最後方にプライドがいます』

 

 

2006年の凱旋門賞は、8頭立てという少数でのレースとなっていた。

そのためか極端な逃げ馬やハイペース馬がおらず、序盤はややスローペースな展開となっていた。

 

 

『……ディープインパクトは後方集団に位置しております。先頭はアイリッシュウェルズ。二番手はシロッコです。その後ろにハリケーンランがおります。ディープインパクトはフォア賞とは違い後方からの競馬をしております』

 

 

長い直線と坂が終わると、第3コーナーが始まる。ここから坂が下りになり、1600メートル地点まで一気に下ることになる。ここでスピードを上げ過ぎると、スタミナを消費することになる。

 

 

『まもなく残り1400メートル。ディープインパクトは現在7番手に位置しています。アイリッシュウェルズ先頭、シロッコ二番手、その後ろにハリケーンラン。そしてレイルリンクと続きます……』

 

 

第3コーナー、第4コーナーを終えて、完全に坂を下り終えると、250メートルほどの直線に入る。この直線はフォルスストレートと呼ばれ、馬が最後の直線と勘違いしてしまうことがあるため、馬との折り合いの付け方も試される場所であった。

 

 

『残り1000メートルを切って、ロンシャンのフォルスストレートに入ります。ややペースが上がった形になったでしょうか。アイリッシュウェルズ、シロッコ、ハリケーンランがややペースを上げた形になった。ディープインパクトは変わらず7番手。しっかりと折り合っているようにも見えます……』

 

 

フォルスストレート中盤、ディープインパクトは最後方のプライドの外ラチ側の斜め前にいた。そして、残り700メートルあたりに差し掛かってから少しずつスピードを上げていた。

 

 

『……ディープインパクトが動き始めました。外を回りながら少しずつスピードを上げていく。しかし先頭集団もペースを上げていく。アイリッシュウェルズにシロッコ、ハリケーンランもスピードを上げている。ディープインパクトは捉えることが出来るか……』

 

 

最後の緩やかなコーナーを過ぎたとき、アイリッシュウェルズ、シロッコが先頭を争っており、その後ろをハリケーンランが走っていた。そこから少し離れてレイルリンクが走っており、ディープインパクトはレイルリンクからやや離れた外側を走っていた。

 

 

『フォルスストレートが終わって最終コーナーに入る。シロッコがここで先頭に立つ。先頭はシロッコ。隣にアイリッシュウェルズ、やや後ろにハリケーンランがついている。ディープインパクトは現在5番手。これは大丈夫なのか!』

 

 

最後のコーナーを過ぎると、残りは533メートルの直線である。数多くの名馬がこの直線の叩き合いを制して栄光をつかみ取っていた。

ディープインパクトは我慢に我慢を重ねていた。騎手が、しっかりと脚を溜めるように指示をだし、ディープインパクトもそれにしっかりと従っていた。

 

 

『……最後の直線に入った。ラスト500メートルの攻防が始まる。先頭はシロッコ。ハリケーンランは前が支えているか。アイリッシュウェルズは少し後退している。ディープはまだか、まだなのか』

 

 

残り400メートルに入り、先頭集団の馬たちがスパートをかけていたが、そこまでの伸びを見せていなかった。

ディープインパクトは外に出しており、徐々に先頭集団に近づいていた。

 

 

『シロッコ先頭。後方からピンクの帽子、レイルリンクが猛烈なスパート。シロッコに並びかける。ディープインパクトにも鞭が入った。一気に加速する。外からディープだ。ハリケーンラン、アイリッシュウェルズを躱して現在3番手。まだわからない!』

 

 

残り200メートル。先頭は地元フランスの3歳馬のレイルリンクであった。シロッコもスタミナが尽きたのかズルズルと後退し始めており、先行馬が軒並みハイペースで沈む状況となっていた。そこを強襲したのが中団で待機していたレイルリンクと、さらにその後ろから一気にスパートをかけたディープインパクトであった。最後方にいたプライドも一気に先頭に迫っていた。

 

 

『レイルリンク先頭。ディープは2番手。残り200メートルを切った。1馬身差でディープ二番手。後ろからプライドが迫る』

 

 

多くの人が差し切れと願っていた。

先頭のレイルリンクがするすると伸びていく姿に、ディープは大丈夫なのかと思っていた。

重い芝、慣れない環境。フォア賞での辛勝。ディープが実力を発揮できない要素を考えればきりがない。

そんな心配をよそに、ラストの100メートル。ディープの脚は止まらなかった。

騎手が最後の鞭を入れた。

 

ディープインパクトがさらに加速した。

同じように伸びてきたプライドを突き放し、半馬身前にいるレイルリンクを捉えて、そのままの勢いで抜き去った。

いつも日本で見慣れた光景であった。

 

 

『ディープインパクトが捉える。捉える。行け!差せ!差し切れ!』

『頑張れ!行け!差せ!』

 

 

アナウンサー、解説が己の仕事を放棄してディープインパクトを応援していた。

現地のファン、競馬実況を見ている、聞いている日本のファン。

多くの競馬に魅了された人々がディープの勝利を願っていた。

 

 

『ディープインパクトが伸びる。伸びていく。残り100メートルでレイルリンクを躱した。ディープ先頭。先頭はディープだ! ディープ差し切った。そのまま伸びていく。これは決まったか。あと少しだ。1馬身、2馬身……。今先頭でゴール。ディープインパクト凱旋門賞制覇!』

『差し切った!勝った!』

 

 

ディープインパクトは凱旋門賞のゴールを先頭で通過した。

ビデオ判定の必要もない。

2馬身半差の勝利であった。

 

残り700メートルくらいから徐々にスピードを上げていき、残り3ハロンを切ったあたりから一気に加速していく。そのいつも通りをロンシャンの舞台で見せることが出来た。

 

 

『スピードシンボリが、メジロムサシが、シリウスシンボリが、エルコンドルパサーが、マンハッタンカフェが、タップダンスシチーが。そして挑戦できなかった馬たちの思いが、執念がここに実りました』

 

 

観客の歓声がロンシャン競馬場を包み込んだ。

日本のホースマンの悲願が達成された瞬間であった。

 

 

 

 

『ありがとうございます。この場所でこのインタビューを受けるのが夢であり志でもありました。ディープは飛んでくれました。本当に強い馬です。本当に……。ああ、勝てた。やっと勝てた……』

 

 

 

 

 

 

ロンシャンに日の丸が掲げられた。

 

 

 

 

この日、門は開かれた

 

 

 

 

 



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欧州遠征最終戦

ディープくんは特にドーピング検査に特に引っかかることもなく11月末のジャパンカップに出走する予定です。

G1レースの連勝記録ですが、G2とかのレースを挟んでの連勝記録とG1レースのみの連勝記録に分かれるみたいです。G1レースのみの連勝記録はドバイDFからの5連勝になります。
ブラックキャビアが8連勝、フランケルとゼニヤッタが9連勝、ウィンクスが10連勝の記録を持っています。



『ディープインパクト。凱旋門賞を制覇』

 

 

日本では号外でディープインパクトの凱旋門賞制覇が報道された。

普段のニュース番組でも取り上げられるほどの盛り上がりであった。

主戦騎手、調教師は連日の取材でうれしい悲鳴を上げていた。

 

 

「……なんかテンペストのときと反応違いませんか?こっちは3戦全勝しているのに。そりゃあ私も現地ではしゃいでしまいましたけど」

 

 

西崎はディープの勝利を祝福しつつも、面白くない気分を味わっていた。テンペストの海外レースは番組が用意されて中継や解説もしっかり行われているので、文句は言えない。しかしながら、ディープインパクトの凱旋門賞制覇に比べると影が薄かった。

 

 

「それは仕方がないと思いますよ。凱旋門賞ですからね。日本の競馬界にとって目指すべきレースであり、一種の呪いのようなものでしたから」

 

 

凱旋門賞が終わったその日の便で日本に帰国し、その翌日にはすでに会社のオフィスにいた。そして、その昼休みに競馬好きの部下たちと凱旋門賞について話していた。

 

 

「海外競馬を追いかけていた私にしてみれば、インターナショナルステークスにアイリッシュチャンピオンステークス、そしてクイーンエリザベスⅡ世ステークスを同一年度に3連勝する方が化け物ですよ。凱旋門賞馬は毎年生まれますけど、テンペストの偉業を達成する馬は今後出てくるかも怪しいくらいだと思いますよ」

 

 

実際、テンペストクェークがドバイDFや英国際Sを勝利した後もかなり競馬界は盛り上がっていた。ただ、その後テンペストが当然のように勝つので、「まあテンペストなら勝って当然か」といった空気すら生まれていた。

それでもQEⅡSの末脚にはすべてのファンが驚愕していたのだが。

 

 

「テンペストの調子がいいから走って勝ったけど、やっぱり常識外の馬なんだな」

 

 

(なんでこんなすごい馬を社長みたいな新人馬主が引き当てられたのだろう……)

 

 

競馬好きの部下たちはひっそりと思っていた。

中央で馬主ができるほどではないが地方馬主の資格を持っている部下もいれば、一口馬主をやっている部下もいる。彼らからしてみれば、信じられない領域にいる馬を所有しているのが自分の社長であった。

羨ましいとは思っていたが、いろいろとしがらみも増えて大変そうだとも思っていた。

 

 

「テンペストクェークの次走は、チャンピオンステークスを走るとのことですけど、その次はどうなっていますか」

 

 

発表されているのは10月14日施行のチャンピオンステークスに出走までである。それ以降は白紙であった。

 

 

「いろいろと悩んでいるんだよねえ……一応、香港マイルか香港カップを先生からは勧められているよ」

 

 

「香港国際競走ですか。賞金額も高いですし、テンペストクェークなら十分に勝利を見込めますね」

 

 

12月に施行される香港国際競走。藤山陣営は、テンペストに何もなければそのまま香港に行くという計画を立てていた。

ワイワイと盛りあがる中、一人の部下が突拍子もない提案をする。

 

 

「社長。テンペストクェークですが、ブリーダーズカップなんかはどうでしょうか。欧州馬だと10月開催のレース後にアメリカに行ってブリーダーズカップに出走している馬は多いですよ」

 

 

この部下は、以前にBCシリーズについて西崎に教えていた人間だった。西崎が欧州へ行く前の出走計画でBCクラシックに出走させたいという要望を出した間接的な原因であった。

 

 

「ブリーダーズカップか。マイルなら確かに可能性はありそうだな。ただこれ以上馬に負担がかかる出走間隔はやめた方がいいと思うけどな」

 

 

「来年ならいけるんじゃないか?」

 

 

後は昼休みが終わるまでテンペストクェークの次走をどうするかという余計なお世話な話で盛り上がった。

西崎は部下たちの喧騒を見ながら遥か彼方の地で戦っている自分の愛馬のことを考えていた。

 

 

 

 

場所は変わって、ニューマーケット。

テンペストクェークはクイーンエリザベスⅡ世ステークスの疲れを癒し終え、本番に向けた調整を行っていた。

 

 

「うーん。仕上がりはそこそこだが絶好調というわけでもないって感じだな」

 

 

「やはりレースが続いていましたからね。獣医による検査では特に異常は見当たりませんでしたが……」

 

 

騎手の高森と調教助手の本村がテンペストクェークの調子について話し合っていた。

 

 

「乗った感触としては普通に走れてはいます。特に脚を気にする様子もないので、ケガなどの心配はないと思います。ただ、仕上がり具合は欧州遠征で一番よくないですね。ただ、これでも普通の馬に比べたら調子はいいと思いますが」

 

 

「レース後の休養から本格的な調教までの期間が短かったですからね……むしろここまで調整が済んでいるほうが驚きます。やはり自己管理能力が高いですよ」

 

 

「テンペストは割と嫌なものは嫌とはっきり表現するし、体調がよくないときも人間にしっかりと知らせるからな」

 

 

馬は自身の不調を我慢して隠してしまうことがある。野生の本能のようなものである。テンペストはそういった我慢は一切しないので、ある意味わかりやすい馬だったりする。

テンペストはスタッフに自身の不調などを伝えていないため、何か不調があるわけではないと判断していた。もちろん厩務員や調教師、獣医をはじめとしたスタッフが徹底的な検査を行ったうえで最終的な判断はしているが。

 

 

「次のチャンピオンステークスもなかなかのメンバーが揃いましたからねえ……」

 

 

先週、ロンシャン競馬場にて開催された凱旋門賞でディープインパクトが勝ったことで、今年の欧州競馬の下半期は、日本馬に蹂躙されたと言われている。そのためプライドを傷つけられていた。

ディープやテンペストの血に興味津々ではあったがそれはそれであった。

 

今回のチャンピオンステークスで、テンペストクェークには土をつけて帰ってもらうという意思を感じるメンバー構成となっていた。

二人は、スタッフに配布された2006年チャンピオンステークス出走馬の概要が書かれた紙を眺めていた。

 

 

サーパーシー(1番)

2006年の英国ダービーを制した3歳馬だが、ダービー後に故障しており、このレースが復帰戦である。英2000ギニーを2着以外はすべて勝利しており、全盛期の力が戻っているのであればかなりの強敵である。

 

プライド(2番)

2006年のサンクルー大賞を勝利し、先日の凱旋門賞では3着に入着している。6歳で初のGⅠタイトルを獲るという大器晩成の牝馬である。凱旋門賞での調子の良さを維持しており、要注意の一頭である。

 

ノットナウケイト(3番)

8月の英国際Sでテンペストに12馬身差を付けられて2着となった4歳馬。雪辱を果たすべくチャンピオンステークスに挑んできたようである。

 

ロブロイ(4番)

ベットフレッドドットコムマイルを勝ち、サセックスSを3着に入った馬である。大きなタイトルはないが、こういった馬が突如覚醒する可能性もあることを考慮する必要がある。

 

オリンピアンオデッセイ(5番)

英2000ギニーを3着と実績らしい実績はない馬である。ロブロイ同様に覚醒に注意が必要な馬である。

 

レイルリンク(6番)

パリ大賞を勝利し、凱旋門賞ではディープインパクトに敗れ2着に終わった。しかし調子の良さをキープしており、日本馬に負けた雪辱は日本馬で果たさせてもらうという陣営の方針により出走することになった。こちらも油断できない一頭である。

 

テンペストクェーク(7番)

説明不要。

 

ディラントーマス(8番)

今年の愛ダービー馬。愛チャンピオンステークスではテンペストにゴール前で内側から差し切られての2着。アメリカ遠征を取りやめて、テンペストへの借りを返しに来たようである。

 

ハリケーンラン(9番)

昨年の凱旋門賞馬にして世界最高評価を受けた馬。キングジョージ以降、精彩を欠いた走りをしているが、それでも実績と実力は屈指のモノがある。ハーツクライ、ディープインパクトと日本馬に2連敗しているため絶対に勝つと意気込んでいるようである。

 

マラーヘル(10番)

英国際Sの3着を含めてGⅠは未勝利であるが、欧州の重賞戦線を戦ってきた5歳馬である。特に注意する必要はないが、覚醒する可能性は考慮する必要がある。

 

エレクトロキューショニスト(11番)

昨年の英国際Sでゼンノロブロイを破って勝利して、今年のドバイWCを勝利している。10ハロン路線ではかなりの力を持つ馬である。9月ごろに体調不良を起こしたらしいが無事に回復して当初の予定通り出走を表明してきた。

 

コンフィデンシャルレディ(12番)

仏オークスを勝利した3歳牝馬。斤量が55㎏と一番軽いので注意が必要な馬である。

 

アレキサンダーゴールドラン(13番)

ナッソーSや香港Cを制した5歳牝馬。愛チャンピオンSは4着でテンペストに敗れている。実績もあるので、注意が必要な馬である。

 

デビッドジュニア(14番)

昨年のチャンピオンステークス。そして今年のエクリプスSを勝利した4歳馬。ドバイDFではテンペストクェークの前に2着に敗れている。日本で種牡馬入りすることが9月に決まった。本来はBCクラシックに出走する予定であったが、日本のテンペストクェークを倒してから種牡馬にしてやりたいと、慣れ親しんだ英国のターフをラストレースに選択した。

 

 

出走メンバーを見て高森と本村はめまいがした。

 

 

「……なんなんですかね。これ」

 

 

14頭中10頭がGⅠ馬であった。

現状10Fを走れる最高峰のメンツが揃っていた。

 

 

「こいつらを相手に絶好調でないテンペストが戦うのか……」

 

 

「前のレースも相当ですが、こっちも相当ですね。わざわざこっちのレースに来る馬もいるくらいですからね」

 

 

「藤山先生は凱旋門の後始末をして帰ると言ってましたけど」

 

 

「何それ怖い」

 

 

今年のチャンピオンステークスには、凱旋門賞に敗北した馬が3頭出走する予定である。また、ほかのメンバーも凱旋門賞に出走してもおかしくないメンバーである。

藤山調教師は、その馬たちを叩きのめして、欧州を更地にして帰るつもりであった。

 

 

「ただ、最優先は馬の調子です。こればかりは最初から変わりません」

 

 

「そうですね。テンペストがタフすぎてこの言葉が実現したことはないですけど」

 

 

「それが一番なんですよ……」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

今回は少し長めの回復期間を過ごしている。

といっても兄ちゃんたちの雰囲気から、そろそろレースがあることがわかる。

前のレースの疲労もなくなって、今は筋力や瞬発力を完璧にするために身体を鍛えなおしている。

ただ、今回は自分の身体を理想の水準までは持っていけなかった。あの小柄な馬と戦ったレースが100%とすると、今の俺は80%台って感じかな。

身体に異常らしい異常はないので、レースを走り切ることはできるだろう。ただ、あの時のように圧倒的な走りができるかどうかはわからない。

ただ、今発揮できる力で最大限を尽くすことに変わりはない。

 

それにしても、兄ちゃんたちも含めて、最近俺を見る目がたまに恐ろしい生き物を見るような感じになっている。

最近ちょっと調子に乗って馬らしくないことをし過ぎたように思える。研究所送りは嫌なので、自重しようと思う。

 

 

 

 

そしてレース当日。

普段トレーニングをしている場所から近いところに競馬場があるらしい。

こうやってすぐ近くにあると楽なんだけどなあ。

 

 

さて、今日の対戦相手はっと……

結構見知った馬が多い。

それに前回のレース以上に視線が厳しい。

ぱっと見た感じで、4頭ヤバそうな馬がいる。こりゃあ警戒対象だな。

 

 

【じ~】

 

 

なんかみられている。

そう思ったら少し離れたところから俺の方をじっと見つめる馬がいた。

 

 

【……なに?】

 

 

【あなた、強い?】

 

 

なんだ、いつもの挑発か。この馬もオラオラ系かな?

 

 

【俺が一番強い】

 

 

【ふ~ん】

 

 

そう言うと、視線を外して、ゲートへと入っていった。

なんだこいつ。

というかこいつ、雌か。

なんというか変な馬。

 

ただ、筋肉の付き方もいい。闘争心もあってオーラを感じる。

この馬もヤバいな。

 

そう思いながら、俺はゲートに入る。

 

さあ、騎手君。

今日も頼むぞ!

 

扉が開くと同時に、俺は飛び出した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

チャンピオンステークス

イギリスニューマーケット競馬場にて1877年から芝10ハロンで施行されているGⅠレースである。日程的に凱旋門賞やブリーダーズカップに参加する馬が回避することもあるため、有名馬が回避することも多かった。しかしマイル~中距離を得意とする馬が参加することも多く、決して格の低いレースではない。

英国屈指の名馬であるブリガディアジェラートや鉄の女と呼ばれた名牝トリプティク、日本になじみのあるピルサドスキーといった馬がこの10ハロンを制していた。

 

 

「テンペスト。今日もやばい馬たちがたくさんいるぞ~」

 

 

俺は相棒の上にまたがりながら、他の馬たちを見る。

前のレースは最高峰のマイラーが集まったが、こっちは10Fを走れる馬が総力を結集したって感じだな。

 

さて、今日のテンペストの調子は普通だ。ドバイ以来、まさに絶好調だったテンペストの調子が普通に落ち着いている。いやむしろこれだけ連戦を戦ってきて、普通に走れる状態に持ってきている方が凄いのだと思う。

 

 

「今日の状態でディープを差した再加速の脚は使わない方がいいな」

 

 

ただし、勝ちを捨てたつもりはない。

今のテンペストは、切り札を封印しても勝負になるレベルの強さを持っている。

あとは実際のレースの展開、そして俺の騎手としての腕次第だ。

ニューマーケット競馬場の2000メートル直線コース。全体的に上り坂のコースで、ラスト300メートルでさらに傾斜がきつくなる。馬場状態も稍重。

タフなコースだ。おそらくテンペスト以外の日本馬だったら適性が合わずに勝負にもならないだろう。

 

 

14頭が収まるスターティングゲートに次々と出走予定の馬が入っていく。

途中プライドと目線を合わせて嘶いていたが、喧嘩していたわけではないようだ。そういえばテンペストは牝馬に特に興味を示さないな。助かるといえば助かるのだけど。

 

特に何か起きることもなく、プライドもゲートに入った。

そして、テンペストもゲートに入って、スタートの準備が整った。

今日は躓かないように気をつけてな。

 

 

聞きなれた音と共に俺とテンペストはスタートを飛び出した。

 

 

テンペストと共に、好スタートを切ったのがハリケーンラン。そしてサーパーシーであった。ハリケーンランの斜め後ろにつけるようにテンペストを誘導する。

それにしてもハリケーンランが逃げか。凱旋門賞で進路がふさがれて実力を発揮できていなかったからかな。

 

俺たちの隣にはディラントーマス、内側にノットナウケイト、少し離れた外側にデビッドジュニアがおり、先行ポジションに陣取っていた。

レイルリンクにエレクトロキューショニスト、それにプライドは後方集団にいるな。こいつらはラストで一気に先頭を差し切ってくるタイプだからある意味予想通りだ。

 

残り7ハロン。

中央に馬群が寄ってきたな。これだけ広いんだからもっと外に行けばいいのに……

もう少し後ろを走っていたら間違いなく囲まれていたな。

先頭はハリケーンランとノットナウケイトがいる。その後ろの先行集団に俺たちとディラントーマス、サーパーシー。他の有力馬はおそらく俺たちの後ろにいる。一番厄介のエレクトロキューショニストが後ろでマークしているな。こいつには、ゼンノロブロイやカネヒキリが負けた雪辱を果たさせてもらうよ。

そう思っていたら露骨に馬体をぶつけられた。

 

まあこれだけ密集した馬群ならぶつかっても文句は言えないな。

 

 

「××○○(放送禁止用語)」

 

 

まあこれぐらいの無礼は許されるだろう。

だが残念だったな。テンペストにそんな攻撃は効かない。

 

 

残り5ハロン。

先頭はハリケーンラン、ノットナウケイトとサーパーシーが争っている。その後ろにディラントーマスがおり、半馬身後ろに俺とテンペストはいる。末脚が得意な馬が多いから、少しだけ位置を下げさせてもらった。

後ろを覗くと、エレクトロキューショニストとレイルリンクが俺たちをマークするようにぴったりと後ろに張り付いていた。アレキサンダーゴールドラン、マラーヘル、コンフィデンシャルレディも中団あたりで機会をうかがっているのも見えた。大外スタートのデビッドジュニアも外で走っているのも見えた。

それ以外の馬はおそらく後方集団にいるのだろう。自分の目では見えなかった。

 

 

残り4ハロン。

ハリケーンランとノットナウケイト、それにサーパーシーが少しずつスピードを上げていくのがわかる。ちょっと早いんじゃないかな。

俺たちはペースを守りつつ、周りの馬の動向を探った。

少しずつだが、後方集団にいた馬が、内ラチ側や外ラチ側から顔をのぞかせているのがわかった。マラーヘル、それにアレキサンダーゴールドラン、外からデビッドジュニア、内からはプライドも。

 

 

残り3ハロン。

そろそろスピードを上げるか。すでに両隣にエレクトロキューショニストとレイルリンクに並ばれている。

あ!こいつテンペストの顔に鞭当てやがったな。

テンペストが一瞬反応したが、変に力も入っていない。

 

 

「××○○(多分アメリカの南部で使われている汚い英語)」

 

 

とりあえず、これくらいは言っておこう。

ペースがどんどん上がってくるのがわかる。

これは先頭の4頭は総崩れだな。ノットナウケイト、サーパーシーは限界に近いのが後ろでもわかった。ただ、ハリケーンランとディラントーマスはまだ疲れ切っていないな。これは粘りそうだ。

差し切るとしたらラスト2ハロンからだ。

 

 

残り2ハロン。他の馬がどんどんと横に広がり、横一列になりつつある。

 

そろそろだな。

テンペストに鞭を入れる。

一気にトップギアに入った。よーいドン!の加速勝負でテンペストに勝てる馬はいない。

 

 

「行くぞ、テンペスト!」

 

 

加速力を体で感じる。ただ、絶好調のときより加速が鈍いと感じた。

今日はやはり二段階加速は使わない方がいいな。

 

もしかしたら、ラストは接戦かもしれないな……




2018年にロアリングライオンがテンペストローテを3連勝します。ただ2011年以降、クイーンエリザベスⅡ世ステークスがブリテッシュチャンピオンズデーに組み入れられたこともあり、チャンピオンステークスに出走することはできなくなります。


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女王陛下のテンペストクェーク号

前走の他陣営の妨害に関しては、2014年の凱旋門賞のゴールドシップを見ていると、これくらいのことはしてくるだろうなと思ったので書きました。もし不快な思いをされた方がいましたら申し訳ありません。

最後の叩き合いは1993年天皇賞秋と2014年安田記念を参考にしました。


「行くぞ、テンペスト!」

 

 

俺に鞭が入った。

俺は後ろ脚に力を入れ、芝を蹴り上げる。

筋肉が盛り上がるのを感じる。

地面がえぐれるのを感じる。

どんどん加速していくのがわかる。ただ、両隣の馬も一気に加速していくのがわかる。

 

それにしても、俺の顔、というか首あたりに鞭を当ててきた奴がいる。

 

この程度の妨害でこの俺が怯むとでも?そう思っているなら甚だ遺憾だね。

ただ、普通にムカつくし、騎手君も怒っているみたいなので、絶対に勝ってやる。

その後に馬鹿にしてやろうと思う。

 

 

前を行く馬が少しずつ後退していく。俺はその馬の隣を一気に躱して先頭に立った。

 

俺をずっとマークしていた両隣の2頭の馬、そして外と内側から猛追してくる馬が見える。

顔つき、息遣い。

間違いない。こいつらが今日のレースの主役だ。

 

俺はいつも、騎手君が鞭を入れてからおおよそ20秒程度でゴールしている。

あと10秒。そう思ったら、一度引き離したはずの2頭が俺の隣に追い付いてきた。

いろいろとむかつくが実力は間違いなく本物だ。

 

やはり今日は脚のキレが悪い。

いや、今までが良すぎたのかもしれん。

クソ、絶対に負けられねえ。

 

 

「テンペスト、頑張ってくれ」

 

 

両隣の馬と身体がぶつかり合う。

お互いの騎手同士の身体すらもぶつかり合うのが見えた。

騎手君、すまんが耐えてくれ。

隣の仮面のようなものを付けた馬の鼻が俺よりも前に行くのが見えた。

俺はすかさず首を下げてその馬の前に行く。

騎手君のタイミングに合わせろ。

絶対に負けない。負けてたまるか。

俺はここで勝つために生まれてきたんだ。

こんなところで足踏みしていられるか。

 

 

【最強は、この俺だ!】

 

 

隣の馬、そして騎手からも絶対に勝つという意志を強く感じた。

そして何より騎手君からもその意志を感じた。

 

 

騎手君から減速の指示が出るまでの数秒間、俺は騎手君の動きとシンクロしていた。

俺より前に馬はいなかったはずだ。

ただ、絶対に勝てたという自信はなかった。

 

 

「テンペスト、大丈夫かい?」

 

 

騎手君が俺の顔の方をすりすりと撫でてくれる。

あの程度のことで俺がやられるとでも?

 

 

【大丈夫さ】

 

 

スピードを緩めてクールダウンをしていると、俺たちと接戦を繰り広げた馬が近くに寄ってきた。

 

 

【俺が勝った】

【え?俺じゃないの?】

【内側の私ね】

【いいや俺だ】

 

【5頭もいるのか……】

 

 

俺とデッドヒートを繰り広げていた2頭の馬だけでなく、外側と内側から一気に追いつき、俺たちと同じタイミングでゴールした馬がいるようだ。

 

 

【さて、誰が1着かな】

 

 

俺たち馬には結果はわからなかった。

人間たちの判断を待とう。

 

 

【あなた強いね】

 

 

レース前に俺の方を見ていた馬が俺に近づいてくる。

 

 

【まあね。君も強かったよ】

 

 

【ありがとう。強いの好き】

 

 

ふむ。

どうやら俺のことを気に入ってくれたらしい。

今までムキムキの野郎ばかりすり寄ってくるから、なかなか新鮮な気分だ。

 

 

【また走ろうね】

 

 

【おうよ】

 

 

性別は違うが油断できない実力を持っている馬だったな。

次走るときは警戒せねば。

 

 

さて、誰が勝ったかな?

俺が勝ったときは、鞭を当ててきた奴を煽ってやろう。

自分たちは弱いですと言っているようなものだからな。

 

ばーかばーか!

 

 

 

 

――――――――――――――

 

 

『……残り2ハロンを切って馬群は横に広がった。14頭が横に広がった。先頭のノットナウケイト、ハリケーンラン、サーパーシーは厳しいか』

 

 

2ハロンの線を越え、ひと塊だった馬群は横に広がり、すべての馬が最後のスパートに入っていた。

 

 

『テンペストクェークに鞭が入った。一気に加速する。ノットナウケイトを躱して先頭に立つ。しかし後ろでマークしていたレイルリンクにエレクトロキューショニストが猛追する。しかしまだ横一列。5馬身も差がないぞ』

 

『残り1ハロン半。テンペストクェーク先頭。レイルリンクとエレクトロキューショニストが迫っている。外からデビッドジュニアとロブロイが伸びてくる。ハリケーンラン、デュラントーマスも粘っている。内側からはプライドが伸びてきた。これは全く分からない!』

 

『残り1ハロンを切った。テンペストクェークにレイルリンク、エレクトロキューショニストが並んだ。外からデビッドジュニア、内からプライドが伸びてくる。3頭の激しい競り合いだ。内外の2頭も一気に強襲をかけてくる』

 

 

中央の3頭の叩き合い。そして外側と内側から一気に差し切ろうとする2頭がいた。

 

 

『この3頭の争いか。3頭の叩き合いだ。テンペストかレイルリンクかエレクトロキューショニストか。内外からプライドとデビッドジュニアだ!』

 

 

中央の3頭の競り合い、そして内側と外側から一気にゴール前で差し切りを狙った2頭。ほとんど同時にゴールラインを駆け抜けた。

 

 

『テンペストクェークかレイルリンクか、エレクトロキューショニストか。内側のプライドか。それとも外側のデビッドジュニアか。5着まで全く分かりません』

 

『6着は半馬身差でディラントーマス。そこから3馬身差で7着ロブロイ、8着にはハリケーンラン。9着争いでアレキサンダーゴールドラン、オリンピアンオデッセイ、コンフィデンシャルレディ、12着にマラーヘル。13着にサーパーシー、14着にノットナウケイトという結果になりました』

 

 

繰り返し流れる映像には5頭の馬がほとんど同時にゴールラインを通過する様子が移されていた。

 

 

『これは接戦です。首の上げ下げで決まりそうですね』

『そうですね。これは時間がかかりそうです』

『今日のテンペストクェークは圧勝とはいきませんでしたね』

『テンペストクェークの末脚がいつもより鈍いという印象を受けましたね。やはり4連戦は厳しいものがあったのでしょう。それにしても、勝たせまいと妨害を受けていたように思えますが、全く怯むことがありませんでしたね。それに、ラストで並ばれても、絶対に前に行かせるものかと、前へ前へと行こうとする勝負根性。本当に素晴らしいものがありました。彼はやはりヤマニンゼファーの子ですよ』

『ラストの死闘を制する馬はどの馬でしょうか。着順の確定までもうしばらくお待ちください』

 

 

着順が確定するまで、馬たちが待機していた。途中プライドとテンペストクェークが嘶き合っていたが、喧嘩をしているわけではなかった。

 

しばらくすると、着順が確定する。

 

 

1 Tempest Quake

2 Pride

3 Electrocutionist

3 Rail Link

5 David Junior

 

 

『テンペストクェーク1着。1着です!2着プライドと僅差の勝利です。3着はエレクトロキューショニストとレイルリンクの同着。わずかに遅れたか、デビットジュニアが5着です』

『いやー、本当にすごいレースでした。どの馬も1着になってもおかしくない展開でしたね』

『テンペストクェークはこれでGⅠを8勝目。ロックオブジブラルタルの7連勝を超えました。そして、シンボリルドルフ以来超えることが出来なかった7冠の壁を超え8冠目の栄光を手にしました。本当にすごいです』

『欧州遠征を全勝で飾りました。おそらく、同一年にこの4戦を走って4勝する馬は現れないでしょう。彼の名声は何十年も伝えられることになるでしょう』

 

 

歓声が響く競馬場。

テンペストクェークは自分に鞭を当てた騎手がいたほうに向かって舌を出したり、変顔をしたりしていた。

多くの人は変な顔して可愛いと思っていたが、騎手の高森だけは、テンペストが妨害をしてきた騎手を盛大に煽りまくっていることに気付いていた。

 

 

「お前は優しいなあ」

 

 

高森は煽り散らしているテンペストを苦笑しながらその姿を見続けていた。

 

このようなアクシデント?もあったが、特に問題なく表彰まで終了した。

テンペストクェークと高森騎手、そして藤山厩舎のスタッフたちの尽力。陰で支えたゼンノロブロイ陣営や美浦に厩舎を構える調教師たち。その総力を結集したテンペストクェークの欧州遠征は全戦全勝という圧倒的な成績で終了した。

 

 

『本当の本当に強い馬です。世界最強の相棒です。藤山調教師、それにスタッフの皆さん。西崎オーナーには感謝の気持ちしかありません。それと、テンペストにも』

『高森騎手は本当によくやってくれました。それに本村調教師、秋山厩務員。オーナーの西崎さん。そしてこちらで我々のサポートをしてくださったスタッフの皆さん。そのほかにもたくさんの人に支えられた欧州遠征でした。テンペスト、ありがとう』

『この近代競馬発祥の地でこれだけ活躍できたのも、高森騎手や藤山調教師一同のお陰です。まだテンペストは走りますので、応援していただけたら幸いです』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

最後の激戦を俺は勝つことが出来たらしい。

かなりきつかったが何とか乗り越えることが出来た。正直少し休養が欲しいくらいだ。

その願いが通じたのか、前のレースが、俺のこの国でのラストレースだったようだ。

兄ちゃんも含めて、撤収の準備をし始めているのがなんとなくわかった。

3か月程度だったが、なかなか楽しい時間を過ごせた。

 

 

【さて、今日ものんびり過ごすかな】

 

 

まだ帰国までに日にちがあるのが、のんびり過ごしていると、初めて目にする場所へと連れてこられた。

そこには、そこそこ人が集まっていた。あれ、騎手くんもいるな。

 

 

「テンペスト、頼むから暴れたりふざけたりしないでくれよ……」

 

 

「大丈夫だとは思うが……」

 

 

俺を引っ張って歩く兄ちゃんたち。

それに騎手君も近くにいる。

 

 

【なんだ?取材か?】

 

 

「よしよし。今日は凄い人が来ているんだぞ~」

 

 

帽子を被せてもらって、その上身体もピカピカに洗ってもらったのは取材があるからか。

となると、もしかしたらメロンも?

 

 

【メロン!メロンを忘れてないよね?】

 

 

「……今日は、メロンはないよ。って服を引っ張るな」

 

 

どうやらご褒美はないらしい。

レースの後に貰えたからか。ちくせう。

 

大勢のカメラマンやレポーター、あと黒服のいかつい人間がいた。いつもと雰囲気が違うな。

なんだろうか。

 

辺りを見渡すと、人に囲まれるように、物凄く高貴なオーラを放っているおばあちゃんがいた。

なんかすごく偉い人みたいなので媚を売っておこう。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

ときはチャンピオンステークス終了後。テンペストクェークは、疲労の回復も必要であるため、11月頃までは英国にいることになっていた。

 

 

「ええっ!?ここに女王陛下が来る?」

 

 

「ええ。本当です。当代の英国の女王がテンペストクェークを見たいとのことです」

 

 

当代の女王陛下が競馬好きで、馬主であることは周知の事実である。英国の競馬は、元々貴族や王族とのつながりが深いのもあるが、彼女の競馬好きはかなりのものであるとのことである。

 

 

「テンペストを見たいとは……。ディープの方ならわかりますが。確か牝系の方に女王陛下が所有していた馬がいるんですよね」

 

 

「ディープの方も興味があるらしいが、あっちはフランスにいるから簡単に会いには行けなかったらしいです。テンペストに関しては、自分の名前が付いたクイーンエリザベスⅡ世ステークスを中継で見ていたそうで、それで衝撃を受けたとのことです」

 

 

「先生はどうする予定ですか……」

 

 

「どうもこうも、王室からのお願いですよ。断るなんて無理です。日程の調整に関しては割と融通は利かせてくれるようです」

 

 

女王陛下の日程は年間を通してギッチリと決められている。そこにねじ込んでまでもテンペストを見てみたいと思うのかとスタッフは驚いていた。

一応はプライベートでの訪問という形になるらしいが、相当な警備体制や取材か組まれるのではないかと予想していた。

因みにテンペストは初対面の相手でも落ち着いているので、そのあたりが問題に上がることはなかった。

 

 

 

 

そして当日。

ニューマーケットには、報道陣と、王室のSPや政府関係者が詰め寄っていた。

馬優先の町であるため、他の馬に影響が出ないように、配慮はされているようではあった。色々と騒動はあったようだが、関係者による調整の結果なんとか実現することができたようである。

公務ではないとのことであるがSPや政府関係者、取材陣もいるため、プライベート? であった。

 

 

 

『無理を言ってしまい、申し訳ありませんでした。我々のお願いを聞いていただきありがとうございます』

 

 

『いえ、こちらこそ、テンペストに興味を示していただき、ありがとうございます(英国の王室からのお願いは「お願い」じゃないんだよな……)』

 

 

藤山は英語が流暢に話せないため、通訳を通じてコミュニケーションをとっていたが、その内心は緊張でいっぱいであった。

 

 

しばらくすると、秋山厩務員と本村調教師助手、高森騎手に連れられて、テンペストクェークがやってきた。

ざわめきとカメラのシャッター音が聞こえるが、テンペストクェークは相変わらずリラックスした雰囲気で辺りを見回している。

脚や尻尾、耳、首の高さ。どれも大丈夫だった。

 

 

「テンペスト、今日も落ち着いていますね」

 

 

「この辺りは特に問題はないです。本当に馬なのかよくわからなくなりますが……」

 

 

藤山が対応している間、秋山達はテンペストの様子を確認していた。

 

 

いろいろな会話を終えてテンペストに近づく女王陛下。

テンペストも特に驚くこともなく、相手を見つめていた。

 

 

『テンペストクェーク。我々イギリスの馬を叩きのめした、遠い極東の地からやってきた日本の馬』

 

 

その体躯は分厚い筋肉に覆われ、圧倒的な『力』を感じさせていた。

しかし目を細めながら気分がよさそうに女王の服をはみはみする様子はとても世界最強馬とは思えなかった。

 

 

(おい、あの服めちゃくちゃ高そうだぞ)

(頼むから破かないでくれよ)

 

 

曳き綱を持ちながらテンペストの様子を見ている二人は心臓が止まりそうだった。

 

 

『とても賢い子ですね。いつもこのような大人しい馬なのですか』

 

 

通訳を通じて秋山に話しかける。

 

 

「え~、普段は大人しいです。それに調教や運動でも我々の指示に従順です。ちょっといたずら好きなところもありますけど、服を噛むくらいです」

 

 

『確かに、私の服を咥えていますね。あら……?』

 

 

テンペストが首を背中に向けて振っている。

 

 

「これ、乗れって言ってんのか……」

 

 

「いやさすがに無理だろ。相手は女王だぞ……」

 

 

スタッフだけでなく、相手の女王陛下、そして王室関係者も困惑していた。

 

 

『乗れるなら乗ってみたいです。現役の世界最強の競走馬に』

 

 

女王陛下のお願いの一言で、あれよあれよという間に鐙や鞍といった道具が用意され、乗馬の準備がされていた。

テンペストが競走馬としては考えられないほど落ち着いた性格であることは関係者の間では知れ渡っていた。

 

 

『テンペストに乗って気を付けることは特にありません。普通に乗馬用の馬と同じ感覚で問題ありません。乗馬用の馬よりも乗りやすいかもしれません』

 

 

そして女王陛下が乗っても特にテンペストは驚いたり立ち上がったりすることもなく、彼女と厩務員たちの指示に従って大人しくしていた。

 

 

『テンペストクェーク。ありがとう』

 

 

鞍上で声をかけると、耳を動かして軽く嘶き反応する。

その様子を多くの競馬関係者たちが見ていた。

 

 

しばらくゆっくりと辺りを歩き、女王陛下の乗馬は終わった。

最後にテンペストは、秋山が預かっていた自分の帽子を奪い取り、女王陛下にプレゼントしていた。

 

 

『本当にありがとうございました。彼が何故、我々イギリス、そして欧州の馬に勝つことが出来たのか少しわかりました。私もこのような素晴らしい馬に巡り合えるように尽力していきたいですね』

 

 

「は、はい。もったいないお言葉です……」

 

 

緊張で何をしゃべっているのかわからなくなっている藤山をテンペストは不思議そうな顔で見つめていた。

 

 

こうして、女王陛下のドキドキ訪問ツアーは大きな事故もなく終了した。

UMA的行動は控えると宣言したことをすぐに忘れて調子に乗ったテンペストクェークであった。

 

そして、テンペストの一連の行動は当然の如く報道されたのである。

競馬関係の新聞だけでなく、大手の新聞社がこの一件を報じた。

 

『イギリス競馬始まって以来の屈辱』

 

自分たちの国の女王がプライベートとはいえ会いに行きたいと願い、その馬をべた褒めしているのである。そしてあろうことか乗馬を楽しんだのである。

しかし、英国際SからチャンピオンスSまでの4連戦(ドバイも含むと5戦)で、英国の馬は彼によって叩きのめされている以上、何も言えなかった。

ある文屋はとある小説を基にして、

 

『女王陛下のテンペストクェーク号(H.M.H. Tempest Quake)』

 

と揶揄していた。

 

それと同時に英国の一般大衆は、極東の島国からやってきたスーパーホースに興味津々であった。強い存在は多くの人を引き付けていた。

イギリスは平地競走を上回る勢いで障害競走が盛んな国である。そのため障害競走の方に金を賭けることが多い。

しかし、平地競走で自国を含めた欧州馬を圧倒する遥か彼方からやってきた来訪者に興味がそそられないわけではなかった。

彼の強さは、一歩間違えばヒールにもなりえたが、愛嬌のある姿を映した取材映像や露骨な妨害や不利を受けながらもそれを跳ね除ける圧倒的な強さを見せたレースの映像を見て、恐ろしいほど強く、それでいて可愛いと人気者になっていた。

 

競馬ファンの中には、血統に魅力を感じている人もいた。今のイギリスを含めた欧州の競馬の主流は、ノーザンダンサー系が多数であった。しかしテンペストクェークはハビタット系で、ノーザンダンサーの血は母父方面に5代先にしかなかった。そのため、非主流の血統の馬が主流の血統の馬をなぎ倒していく様を見て楽しむ人も一定数はいたのである。このような、主流に対する反発というものは日本に限らず万国共通のモノであった。

 

また、日本のように馬のぬいぐるみという文化がないイギリスで、テンペストのぬいぐるみは、競馬に特に興味がない一般人に可愛いと受けたのであった。そのため、日本ほどではないが、それなりに売れたようであった。

このように、テンペストクェークは妙な人気を獲得して、惜しまれつつもイギリスの地を飛び立った。

 

しかし、次のレースは香港国際競走を予定していたため、欧州馬を出走予定の関係者からは、またか……と思われていたようである。




女王陛下はディープインパクトの母方の曽祖母の馬を所有していたようで、結構ディープのことも気にかけていたようですね。
なおこの話はフィクションなので、女王陛下関係の話は真に受けないでいただけると幸いです。


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絶対王者

感想ですが、後日まとめて返信いたします。


欧州遠征を終えたテンペストクェークは、日本へと帰国した。そして、検疫を終えた後、美浦の藤山厩舎の馬房に約4ヶ月ぶりに戻った。

日本馬で初めて女王陛下を背中に乗せたテンペストクェークは当然日本でも大きく報道された。帰国する際に使用した飛行機が日本に到着した際には多くのメディア関係者やファンがその到着を歓迎した。

また、騎手の高森もテンペストクェークとのコンビで海外GⅠを5勝しており、世界の高森などと呼ばれていた。藤山調教師も海外GⅠを通算で5勝しており、歴代トップの記録を更新していた。そしてオーナーの西崎も初の所有馬がテンペストクェークという幸運を通り越した豪運の持ち主であり、欧州遠征を実行するという本当に新人馬主かと疑うような豪胆な馬主だと思われていた。ただ、本人があまり社交界関係に出てこないため(ディープの馬主やヤマニン、サクラの馬主に誘われたら出てくることがある)、割と謎の存在として扱われていた。本人曰く、胃がいたい。とのことである。

 

 

久しぶりの故郷に戻り、新しい戦いに向けて調教を積んでいる11月末。美浦トレセンは冬の寒さが到来し始めていた。

 

 

「テンペストが帰ってきたら他の馬たちが騒がしいですな」

 

 

「うちの厩舎の問題児たちも急に大人しくなったって話題ですよ」

 

 

すでに美浦全体を統括する大親分となっていたテンペストだったが、4カ月ほど留守にしていたため、彼の不在中にいろいろとオイタをしようとした馬もいたようである。しかし、そういった馬はダイワメジャーを中心とした別のボス格の馬にわからされていた。

因みに、彼はニューマーケットでも厩舎だけでなく近隣の馬たちのボスに君臨していた。彼がイギリスの地を離れるときは、他の馬たちが寂しそうにしていたという。

 

今日は、調教助手の本村と共に調教場に向かっている途中である。美浦では、テンペストに道を譲る馬しかいないので、大名行列の気分を味わっていた。

ただ、他の馬が怖がっている様子はなく、

 

【元気?】

【久しぶり!】

 

といった感じで軽く挨拶をしているように見えていた。

 

 

「本当に変わったなあ……」

 

 

若駒時代の彼の威圧的な態度を思い出しながら今後の予定を思い出す。

 

 

「次は香港カップか……」

 

 

テンペストクェークの次走は香港国際競走で施行されるレースの内の一つである香港カップに出走することが決まった。欧州遠征の疲労も回復してきたこともあり、これならしっかりと走れると判断しての出走宣言であった。出走予定の馬も地元香港を中心に欧州や日本と、多国籍なメンバーが揃いつつあった。

 

 

「日本からはアドマイヤムーンとディアデラノヴィアが出走するのか。あとはプライドにアレキサンダーゴールドランとウィジャボードの牝馬組。あとはエレクトロキューショニストも参戦か。見慣れたメンバーが多いな」

 

 

忘れがちだが、テンペストは日本の馬である。とったGⅠの内、5勝が海外であるため、海外馬扱いされている節がある。

 

 

「どの馬が勝つか、ではなくどうやってテンペストが勝つかになっているようですよ。先日のジャパンカップのディープインパクトのように」

 

 

本村の独り言に応えたのは、別の馬の調教を手伝っていた高森騎手であった。

つい先日に行われたジャパンカップ。ディープインパクトは史上初の日本馬の凱旋門賞馬としてジャパンカップに出走した。そして当然のように勝利した。もはやおなじみとなった単勝1倍台の人気に応えていた。

 

 

「ディープも有馬記念で引退か……」

 

 

「種牡馬になるなら早い方がいいですからね。噂によるとかなりの額のシンジケートが組まれるらしいですよ」

 

 

「本人の強さは勿論、血統も最高峰だからなあ。当然と言えば当然でしょうね」

 

 

「テンペストは、強さ自体は間違いなく本物なんだけど、血統が微妙だからな。そこまですごいシンジケートは組まれないだろうな」

 

 

「もしかしたらイギリスやアイルランドに行くかもしれませんね。まだ先の話ですが」

 

 

テンペストクェークは来年も走ることを宣言している。

父がなしえなかった3階級GⅠ競走制覇と、親子3代安田記念制覇が目標である。藤山と西崎は何か企んでいるようだが、そのことは他のスタッフは知らなかった。

一部の関係者からは頼むから早く引退してくれと泣かれたという噂があるが、真偽は不明であった。

 

 

「まだまだ元気いっぱいなので来年も活躍はできると思いますね。まずは香港が最優先ですが」

 

 

「4歳シーズンの無敗がかかっていますからね。それにここで勝ったら年度代表馬もより近くなるでしょうね」

 

 

「そうだな。しかし相当揉めるだろうなあ……」

 

 

JRAのお偉いさんが頭を悩ませる様子が思い浮かんでいた。

11月中旬に決定されたカルティエ賞では、テンペストクェークが年度代表馬と最優秀古馬を受賞した。日本馬として初めての栄光であった。

ただ、テンペストクェークは日本では宝塚記念と中山記念しか走っていない。99年の年度代表馬論争以上に混迷を極めるだろうと思われている。

 

 

「香港も勝って、もっと悩ませてやるかな」

 

 

別に恨みはないが、個人的に好きな馬(騎乗など一度もしていないが)のスペシャルウィークが年度代表馬に選ばれなかったことを持ち出す高森であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

いつものトレーニング場所に戻ったと思ったら、またよくわからない国に来たでござる。

馬使いが荒いよ~全く。

これはあれが欲しくなりますな。

 

 

「……レースに勝ったらあげるよ」

 

 

まあレースに勝ったら貰えると思うので頑張りたい。

おっといけない。欲望をむき出しにし過ぎたな。

日の丸、そしてみんなの期待を背負っていることを自覚しておかなければな。

 

こっちに来てから数日後にはレースである。

今俺は他の馬と一緒に歩いている。

当然俺が一番視線を集めていた。

 

 

【またあったね】

 

 

【そうだな】

 

 

どうやら前のレースで一緒に走った馬がいるようだ。前にいる雌の馬だ。

 

 

【今日こそ勝つわ】

 

 

【なら俺に勝ってみろ】

 

 

すると、その前を歩いていた馬も俺を挑発してきた。

 

 

【勝つ。負けないよ】

 

 

そういえばこの馬とも走ったな。なんか顔なじみばかり。

取り敢えず、挑発し返しておこう。

 

 

【いや~雌の君では厳しいのでは?】

 

 

【うるさい。ぶちのめす】

 

 

闘争心の高いお姉さま方だこと。

いや~、年上のお姉さんと話すのはいいなあ~

 

 

【先輩!僕は速いですよ!ねえ先輩!】

 

 

そんな至福のひと時を邪魔するのはいつも男である。

飛行機で一緒だった年下の馬にすり寄られた。飛行機やこっちで生活する建物で一緒だったからか、やけに俺に懐いてきていた。

彼を引き連れていた人間が慌てている。

 

 

「ん?アドマイヤムーンとも仲がいいのか。最近は牝馬からモテていると思ったけど、相変わらず牡馬からもモテるな」

 

 

【はいはい。そういうのは俺に勝ってから言ってな】

 

 

【絶対に勝ちます!】

 

 

年下のこいつにも負けられないな。

 

それにしても調子がいいな。気分も高揚してきたぜ~

更に俺への目線が集まる。

ふむ、俺の仕上がり具合に皆注目しているんだな。

 

……あの、なんか笑われているんですけど。

 

【あ!】

 

 

「……テンペスト。お前は……」

 

 

兄ちゃんがあきれた声を出す。

高揚した気分が一気に冷静になる。

 

 

【申し訳ねえ……】

 

 

俺の息子が暴れん坊で申し訳ねえ……

 

 

「別に他の牝馬がフケているわけでもないし、何に興奮したんだお前……」

 

 

いや、気分が高揚していただけなんよ。

あ~恥ずかしい。

今日のレースって結構な規模の競走だよな。めちゃくちゃ人いるし。しかも日本人だけじゃなくて欧米人も結構いるし。

俺の醜態が世界中に流れたってことかよ……

 

 

「まあ、すぐに落ち着いたからいいけど」

 

 

すでにクールになった俺と俺の息子。

だが一度やらかした記憶は消すことはできない。

レース直前に俺に乗りに来た騎手君も苦笑いしていた。

 

 

「何に興奮していたんだ。年上の牝馬に誑かされたのかな?」

 

 

【違う……】

 

 

俺はそんな童貞ムーブをかましたわけではないのだ。あ、でも俺童貞だった。

その何とも言えない目で俺を見ないでくれ……

 

 

【絶対に負けられねえ】

 

 

これで負けたら雌馬に興奮して負けたというずっと笑われる黒歴史を作ってしまう。

 

 

「まあ、今は落ち着いているからいいかな。さて、今日も勝ちに行くぞ」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「馬っけを出したときはどうなるかと思ったが、すぐに落ち着きましたね」

 

 

「テンペスト、パドックに来る前から妙にテンションが上がっていましたね。それが原因ですかね。フケとか関係なく出るのですね……」

 

 

西崎と藤山が本馬場に入ったテンペストを見ながら、パドックでの醜態を思い出す。

観客が少ないレースでならまだいいが、国際GⅠであれをやられるととんでもなく恥ずかしい。

テンペストは勝てば帳消しになると考えているようだが、ピルサドスキーの例を見ると、永遠にネタにされることが確定している。

 

ただ、それでも人気を見ると圧倒的一番人気であった。すぐに落ち着いたのが功を奏したようである。

 

 

「テンペストは勝てますかね……」

 

 

「パドックでの行動はそこまでマイナスに作用はしないでしょうね。高森騎手が乗り込むころにはいつも通りに戻っていました。調教も完璧ではありませんが、前回のチャンピオンステークスよりは調子がいい状態には持ってこれました」

 

 

「そうですか……それでも心配になってしまいますね」

 

 

「テンペストは勝ちますよ。安心してください」

 

 

藤山の言葉には確信があった。

最強の王者につけられた名前は、‘天災地変’。

世界を駆け抜けた大嵐と大地震が香港を襲う。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

香港は、日本に近いため、多くの日本人が香港の沙田競馬場を訪れていた。

日本の民放やケーブルテレビ関係の報道関係者も香港入りして、報道を行っていた。

 

 

『沙田競馬場ですが、多くの日本の競馬ファンが訪れています。今年も数多くの日本馬が出走を表明しております』

 

 

香港スプリントにシーイズトウショウとメイショウボーラー。香港マイルにダンスインザムード。香港カップにアドマイヤムーンとディアデラノヴィア、テンペストクェーク。香港ヴァースにソングオブウインドとアドマイヤメイン。以上の8頭が出走予定である。

 

特に香港カップに出走するテンペストクェークは日本、現地ですでに大本命の単勝1倍台になっていた。

香港に応援に来ている競馬ファンも多数おり、彼ら彼女らにインタビューをしていた。

 

そして今まで話しかけるか否か迷っている珍集団もいた。

青色の幟と横断幕を持った集団がおり、異様な雰囲気を醸し出していた。別に大声を上げるわけでもなく、礼儀正しく振舞っているので、特に害はないが、目立ってはいた。

 

 

「とりあえず話だけ聞いてみましょうか」

 

 

クルーの決定でインタビューに向かうことになったようである。

 

 

『すいません。日本の方ですか?』

『ええ、そうですよ。日本のテレビですか?』

『○○テレビの○○という番組の中継をしておりまして、今日の香港カップに来た観客の方にインタビューをしているのです。もしよろしければご協力していただけますか?』

『ええ、勿論構いませんよ』

 

珍集団の代表としてインタビューを受けたのは、一人の男性であった。

 

『そちらの幟や横断幕は自作のモノですか?』

『そうですね。元々ゼファー魂という競馬ファンなら一度は見たことがある横断幕がありまして。それを模倣してテンペスト魂というものを作って応援しようじゃないかと思いましてね。今ではゼファー魂とテンペスト魂でこうやって応援している次第ですよ。あ、ちゃんと許可は取ってますのでご安心を』

『……もしかしてイギリスやアイルランドに行ってましたか?』

『いましたとも。当然です。おかげで無職になりましたが、テンペストクェークのお陰で生活は成り立っていますよ』

 

ヤバい奴の話を聞いてしまったと少し後悔した一同であった。

 

『テンペストクェークですが、どのようなところに魅力を感じていますか?』

『その圧倒的な強さもそうなんですが、賢く、気性も素晴らしいところですね。見ていて楽しい馬というのはそうそういませんよ』

『なるほど。こうやって多くの人も魅了するのもテンペストクェークの魅力の一つなのですね』

『その通りだと思います』

 

 

こうして、一般人?のインタビューが終わり、香港国際競走の出走時間が刻一刻と迫ってきていた。

香港ヴァースや香港スプリント、香港マイルが終わり、日本馬は残念ながら勝利することはできなかった。このため、テンペストクェークら3頭にかかる期待も大きくなりつつあった。

 

 

『……他の馬には申し訳ないですが、テンペストクェーク一択ですね。彼が負ける姿が想像できない。プライドやアドマイヤムーンも強い馬ですけど、格が違いますね。ほかにも調子がよさそうな馬もいますが、この距離でテンペストクェーク相手に勝つのはかなり難しいと言わざるを得ませんね。パドックで少し興奮した様子でしたが、本馬場に入るころには落ち着いていましたし、それで弱くなるような馬とは思えませんね』

 

 

4歳になって7戦7勝。

彼は絶対王者である。

競馬に絶対はない。だが、今の彼には絶対があった。

 

 

『……出走13頭。今スタートしました。内枠ハイインテリジェントが飛び出した。テンペストクェークもいいスタートを切った……』

 

 

2006年香港カップは、ハイインテリジェント、グロールが先頭になり、馬群を引っ張っていく形となった。

有力な逃げ馬がいなかったこともあり、ペースはややスローであった。

そんななか、テンペストクェークと高森騎手は先行策を選択した。

 

 

『……注目のテンペストクェークは前方4番手。ヴィヴァパタカと併走しながら先頭集団で競馬を進めています。中団にウィジャボードにエレクトロキューショニスト。アドマイヤムーンとプライドは後方におります……』

 

 

沙田競馬場のバックストレートを先頭から4頭目で走っていた。

彼は何度か先行策で競馬を進めていたこともあるため、熱心なファンは特に心配もなくレースを観戦していた。

ペースはややスローペースとなっていた。

 

 

『……第3コーナーから第4コーナーに入ります。各馬ペースが上がってきた。ヴェンジェンスオブレインが先頭になる。後方のプライド、アドマイヤムーンもどんどん上がってくる……』

 

 

最後のコーナーを曲がると、後方にいた馬たちが外を回りながら、直線でのスパート態勢に入っていた。

 

 

『ラスト400メートルを切った。各馬鞭が入っている。テンペストクェークが内から出て、一気に先頭に立つ。それを追うようにウィジャボードとエレクトロキューショニストも伸びてくる。外からプライドだ。プライドも上がってきたぞ。さらにアドマイヤムーンも上がってきた!』

 

『残り200メートルでテンペストクェークが先頭。その後ろにエレクトロキューショニストだ。ウィジャボードは苦しいか。プライドが差を縮めてくる。テンペストを差し切るか。後方からさらにアドマイヤムーンだ。先頭との差が縮まる縮まる!』

 

『100メートルを切った。先頭のテンペスト粘る。プライドが伸びてくる。そしてアドマイヤムーンも来た。これはどうだ!』

 

 

先に仕掛けて、先頭に立ったテンペストクェークを、残り100メートル付近で差し切ろうとしているプライドがいた。最内からは、テンペストクェークを差し切ろうと、エレクトロキューショニストも伸びてきていた。更に外から猛烈な加速で2頭を一気に抜かそうとしているアドマイヤムーンがいた。勝負はこの4頭だと観客は直感で判断していた。

もしかしたらチャンピオンステークスのような鼻差の勝負になると思った。

 

 

『しかし抜けない、抜けない。テンペストクェークが1馬身リード。先頭テンペストだ!3頭は間に合わない!先頭はテンペストクェークだ!』

 

 

猛追を見せるプライドに1馬身差をつけたままテンペストクェークはゴール板を駆け抜けた。アドマイヤムーンも驚異的な末脚で先頭を捉えようとしていたが、プライドと同時に入線するのが精いっぱいであった。エレクトロキューショニストも最後の最後でプライドとアドマイヤムーンに差し切られ、アタマ差で4着であった。ウィジャボードも最後に伸びを欠き、そのまま5着入線であった。

 

 

『テンペストクェーク、GⅠを9勝目。強い、強すぎる。これが世界の頂か。これが世界最強か。挑戦者をすべてなぎ倒しての勝利です!』

『大捲りからの大外一気、中団待機からの差し、そして先行策からの好位抜出。逃げ以外の脚質が自在なのも恐ろしいところですね』

 

 

地元の香港の競馬ファンに世界最強の強さを見せつけたテンペストクェーク。

この香港カップの勝利でGⅠ競走を9勝。重賞競走は11連勝。GⅠ競走に限定しただけでも7連勝となった。

テイエムオペラオーとは異なった形の無敗の成績で4歳の競走生活を終えた。

 

 

『おおっとテンペストクェークに近づこうとする馬がいますね。これは......アドマイヤムーンとエレクトロキューショニストですかね』

 

 

喧嘩をしているわけでもなく、戯れあっているようにも見えた。

牡馬に囲まれて死んだ目をしているテンペストを、クールダウンを終えて装鞍所に戻ろうとしていた他の馬たちが興味ありげに見つめていた。

【君たちもこっちにきたら?】

テンペストの嗎が響くと、他の馬がテンペストの周りに集まっていた。

沙田のターフ上でちょっとしたサラブレッドの群れができた。

 

流石に迷惑だと騎手の高森に解散するように言われたため、サラブレッドの集会はすぐに終了した。

ちなみにテンペストは最後までプライドやウィジャボードの方を見ていた。アドマイヤムーンに絡まれて邪魔されていたが。

ルンルン気分で表彰式を終え馬房に戻ってきたテンペストに、「色気付きやがって......馬っ気出していたくせに」とボソリと呟いた秋山は、テンペストによって服を破かれたという。

 

 

 

 

テンペストクェーク 欧州遠征+香港遠征成績

 

8月22日 インターナショナルステークス:1 GⅠ(ヨーク・芝10F88Y) 298,095ポンド(2006年8月月間平均レート219.57円で計算。65,452,719円)

 

9月9日 アイリッシュチャンピオンステークス:1 GⅠ(レパーズタウン・芝10F) 599,000ユーロ(2006年9月9日レート148.20円で計算。88,771,800円)

 

9月23日 クイーンエリザベスⅡ世ステークス:1 GⅠ(アスコット・芝8F) 141,950ポンド(2006年9月月間平均レート220.81円で計算。31,343,979円)

 

10月14日 チャンピオンステークス:1 GⅠ(ニューマーケット競馬場・芝10F) 198,730ポンド(2006年10月月間平均レート222.55円で計算。44,227,361円)

 

12月8日 香港カップ:1 GⅠ(沙田競馬場・芝2000メートル) 12,000,000 HK$(2006年のレート約15円で計算。約180,000,000円)

 

合計:4億0979万5859円

総賞金:約14億3600万円

 

 

※インターナショナルステークスとアイリッシュチャンピオンステークスは2006年の賞金額がわからなかったため、2007年の賞金額を代用しました。




ディープを香港ヴァースに出走させるか悩んだんですが、JCから期間が短すぎることと、有馬記念に日本最強馬がいないのは少し寂しいと思ったので、有馬記念に出走してもらうことになりました。


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閑話4

・とある競馬ブログ

もはや世界に敵なし。史上最強馬、テンペストクェーク
 現地時間12月10日、香港・紗田競馬場で行われた香港カップ(芝・2000メートル)で、テンペストクェークが勝利した。先頭集団の4,5番手でレースを進め、ラスト400メートルで先頭に立つと、猛追するプライド、アドマイヤムーン、エレクトロキューショニストを寄せ付けず、そのまま先頭でゴールを駆け抜けた。

 これでテンペストクェークはGⅠ競走を9勝したことになり、日本記録をさらに更新した。そして4歳シーズンは8戦して8勝と、無敗であった。4歳シーズンを無敗というと2000年のテイエムオペラオーを思い出す。今回のテンペストクェークの偉業は、それを超えるものであると言えよう。

 

2006年のテンペストクェークの勝ち鞍

2月26日中山記念GⅡ1T1800中山競馬場
3月25日 ドバイデューティフリーGⅠ1T1777ナド・アルシバ競馬場
6月24日宝塚記念GⅠ1T2200京都競馬場
8月22日インターナショナルステークスGⅠ1T10F88Yヨーク競馬場
9月9日アイリッシュチャンピオンステークスGⅠ1T10Fレパーズタウン競馬場
9月23日クイーンエリザベスⅡ世ステークスGⅠ1T8Fアスコット競馬場
10月14日チャンピオンステークスGⅠ1T10Fニューマーケット競馬場 
12月10日香港カップGⅠ1T2000沙田競馬場

 改めて表にすると、勝ち鞍の異次元さが際立つだろう。GⅠ競走を7連勝はロックオブジブラルタルに並ぶ世界タイ記録である。

 宝塚記念は無敗の三冠馬にして、凱旋門賞馬であるディープインパクトを破っての勝利。また英国際Sでは12馬身差の圧勝劇。QEⅡSでは欧州のマイルの王者たちを大外一気で撫で切っての勝利。現状の芝の世界最強決定戦ともいえるメンバーが揃ったチャンピオンステークスでも、鼻差の死闘を制して勝利した。そして、11月に発表されたカルティエ賞では年度代表馬と最優秀古馬を受賞し、日本初の快挙を達成した。

 こういった経緯もあり、今回の香港カップはやや消化試合感が強かった。むしろ、テンペストクェークに1馬身差まで迫ったプライドとアドマイヤムーンを褒めるべきである。特にアドマイヤムーンは3歳馬であるので、来年以降が楽しみな一頭になっただろう。

 

~中略~

 

 さて、テンペストクェークの強さの特徴としては、その圧倒的な末脚だろう。一気にトップギアに持っていき、上がり1Fを10秒ジャストで走り切る馬は歴代の名馬でも数少ない。また、中団後方や最後方からの末脚勝負が目立つが、ドバイDFや香港Cのように、先行策からの好位抜出も上手く、レース展開によってさまざまな戦法を採ることが出来るのも強みである。これはテンペストクェークのレースでの気性の良さが生み出している長所であるといえるだろう。

 適正距離がマイル~中距離であるため、長い距離が走れないこと以外、欠点らしい欠点は見当たらない。スピード、瞬発力、パワー、タフさ、勝負根性、気性、全て最高峰の能力がある。日本の高速馬場、欧州の重たい洋芝双方を苦にしないで走ることができる変幻自在な適正。輸送を全く苦にしない強靭な精神力。彼に走れない国、馬場はないのではないだろうか。ダートが走れるなら、アメリカの競馬に遠征するというのも考えられる。いずれにしても最強馬にふさわしい能力を有していることに間違いはない。

 テンペストクェークの次走はまだ発表されていない。連覇を狙ってドバイDFに挑むのか。はたまたそのパワーを活かしてダートを走るのか。それとも父ヤマニンゼファーが成し遂げることが出来なかった3階級GⅠ制覇のため、高松宮記念に出走するのか。これからも目が離せない。

 

 

 

・島本牧場2006年の騒乱

 

テンペストクェークを生産した島本牧場。繁殖牝馬の数もそこまで多くはないが、地方競馬を中心に馬を送り出している優良牧場であると評判の牧場であった。

そんな小規模牧場は、昨年度より、忙しい毎日を送っていた。

 

 

「ええ、セオドライトは確かに所有馬ですが……。はい、はい。申し訳ありませんが、それは私の一存では決めることはできませんもので……」

 

 

『テンペストクェークを産んだ牝馬が見たいですか?日程については……』

 

 

日本だけでなく、海外からも電話が多くかかってきていた。英語が流暢に話せるのが従業員の大野だけであるため、かなりの負担がかかっていたが、そろそろ休みたいですねと笑いながら電話や見学の対応をしていた。

 

 

「あ~疲れました。もともとテンペスト関係で忙しくなっていましたけど、チャンピオンステークス以降さらに問い合わせが増えましたね。特に海外から」

 

 

「まあ、多くは日本人を通しての連絡なので、そこまで苦労はしませんよ。それにしても女王陛下の報道が大きかったようですね」

 

 

イギリスの女王がチャンピオンステークスの後にテンペストクェークに騎乗して、その強さを讃えたという話は日本でも話題となっていた。近代競馬発祥の地であり、その競馬に大きく関わった王族からの最大級の賛辞であった。また、11月に発表されたカルティエ賞では年度代表馬と最優秀古馬を受賞して、最高峰の栄誉を受けた。

また、WTRRやタイムフォームのランキングでも単独1位の評価を受けており、その数値も歴史的名馬と同等の値が与えられていた。

このことから、世界最強の競走馬であるテンペストクェークの両親に注目が集まるのは当然であった。

 

 

「それにしてもセイがこんなに人気になるとはなあ……」

 

 

「強い馬の弟妹は人気になりますからね。セオドライトの2004はいい値段で売ることが出来ました。彼のお陰でもありますね」

 

 

セオドライトの2003が売れたときはまだテンペストクェークがデビューする前だったこともあり、そこまでの値段では取引されなかった。またしても父の強行の結果、父トウカイテイオーというロマンの塊だったことも要因である。現在は地方競馬の中でもレベルの高い南関東競馬の重賞で掲示板に載るなど、そこそこの活躍を見せているようである。

妹のセオドライトの2004はテンペストが覚醒し始めたときに売れた馬である。再現性を検討したいという大野の意見もあり、テンペストと同じように、父がヤマニンゼファーの牝馬である。テンペストクェークの全妹ということもあり、結構な値段で取引がされた。現在は中央競馬でデビュー予定だという。スプリンターとしての素質があると聞いている。

 

今、牧場にいるのはセオドライトの2005(1歳)と今年の4月に誕生したセオドライトの2006である。2005の方は父がアグネスデジタルで、2006はフジキセキである。

 

 

「テンペストクェークは突然変異だとしても、その半弟や全妹にはそれなりの素質馬が生まれていますし、もしかしたらセオドライトの方が凄いのかもしれません」

 

 

「母父サクラチヨノオーの牝馬にも注目が集まっているらしいです」

 

 

「テンペストの母方方面にはサクラの馬が多いですからね」

 

 

テンペストの母の母の父はサクラユタカオーであるため、サクラ軍団のファンもテンペストのことをかなり応援していた。また、3代先まで父系、母系の大多数が日本馬であるため、古参の競馬ファンからも熱心に応援されている。

 

 

「テンペストクェークは5代先までの血統でインブリードはありませんし、何が作用しているのか全く分かりません。お手上げです」

 

 

日本中の馬産関係者がなんでこの血統であんなヤバい馬が生まれたのかと頭をひねっていた。

ヤマニンゼファー、サクラ軍団の意地がテンペストクェークを生み出したのだと島本牧場のスタッフは解釈していた。

 

 

「それにしても哲也君。英語の勉強は捗っていますか?私は忠告しましたよ。英語をしゃべれるようにしておきなさいと」

 

 

「会話は難しいですよ……それにテンペストが海外を走るなんてわかるわけないじゃないですか……」

 

 

大野は笑いながら、ドバイやイギリスで生産者代表として取材を受けていた哲也の様子を思い出していた。

 

 

「まあ、この騒乱も一時のモノですよ。ただ、この島本牧場は、「テンペストクェーク」という世界最強のサラブレッドを生産した牧場であるという栄誉は残り続ける。彼の残してくれたものを活用しないといけませんね」

 

 

島本牧場と親交があった牧場の閉鎖・統合が相次いでいる。島本牧場も無関係ではいられない。

テンペストとセオドライトが残してくれた遺産を有効活用しなければ、次は自分たちの番であるのだ。

 

 

「哲也、大野君!外務省の人から電話よ!」

 

 

「外務省~?なんでそんな場所から?」

 

 

「忙しい日はまだまだ続きそうですね……」

 

 

英国王室からの手紙が外務省を通じて島本牧場に送られたとのことであった。

女王陛下直筆の手紙は家宝になったことは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

・高森騎手の年末年始

 

 

高森康明48歳は例年とは異なる年末年始を送っていた。

藤山調教師からは、年末年始の休暇をもらい、調教の手伝い等は免除してもらっている。

 

 

「……まあ、この歳でフリーじゃないのもあれだけどな」

 

 

ただ、藤山厩舎に所属していたからこそテンペストクェークと出会うことができた面もあるので、自分の現状には満足していた。

 

 

「あ~腰がいてえ、首がいてえ、体中がいてえ……」

 

 

騎手になって20年以上。職業病ともいえる腰痛は年々悪化してきていた。

高森は騎手人生に影響が及ぶような落馬事故を2回。そして交通事故で一度三途の川を渡りかけていた。毎回復帰困難と言われるようなケガをしているが、そのたびに復活して現役に戻り続けていた。

藤山調教師は、怪我から復帰した高森を気にかけてくれた人だったので、今でも厩舎所属の騎手として恩返しをしている最中だったりする。フリーで食っていけるほどの実力があるかと言われたら何も言えなくなってしまうが......

 

不死鳥の如く復活した彼でも、近年は事故の古傷が痛むことが多く、目の前には「引退」の文字がちらついていた。

 

 

「それにしても、この俺があのトークショーや競馬番組の主役で呼ばれるとはなあ」

 

 

去年まで通算GⅠ勝利数0勝だったが、今は通算9勝の騎手となっていた。その内海外が6勝である。口の悪いファンはテンペストのリュックサックであると馬鹿にするが、宝塚記念の騎乗や海外での騎乗を見た関係者は、決してテンペストのリュックサックなどではないと評価している。

テンペストに騎乗してから、騎手成績も良化しており、ベテランの意地を見せていた。

昨年から人生の絶頂期にいる高森であったがその終わりも少しずつ近づいているのがわかっていた。

 

 

「まだ、終われない......」

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

2005年のディープインパクトブームから続く競馬ブームもあり、馬だけでなく騎手についても人気が高まりつつあった。そのため、テレビ局はスポーツ番組などの企画で人気騎手のトーク番組などが作成されていた。

 

『昨年から続く、今年の競馬を振り返りましょうのコーナーが始まりました。昨年も好評だったので、恒例行事になりつつあります』

『今日のゲストはディープインパクトで凱旋門賞を獲りました……騎手と、テンペストクェークで海外GⅠ6勝を含む、GⅠ7連勝を達成した高森康明騎手です』

『『よろしくお願いします』』

『今日は2006年の競馬の振り返り企画ということで、今年の競馬界を盛り上げた二人の騎手からいろいろな話を聞いていきたいと思います』

『いや~いろいろなことがありましたね。正直私はテンペストクェーク以外で大した成績は残していないので、ここに呼ばれていいものかと緊張しておりますよ』

『何言っているんですか高森先輩。獲ったGⅠは自分より多いじゃないですか』

 

―ディープインパクトで春天・凱旋門賞・JC・有馬記念を制し、フェブラリーステークス、NHKマイルカップの計6勝。一方の高森騎手はテンペストクェークでGⅠを7勝している―

 

『さて、今年はまさに世界へ飛翔した年となりました。ハーツクライがドバイシーマクラシックとキングジョージを、ディープインパクトが凱旋門賞を、テンペストクェークはドバイDFを含めて海外6勝をしました。また、テンペストクェークはカルティエ賞年度代表馬と最優秀古馬を受賞しており、日本馬初の快挙を達成しております』

 

―11月に発表されたカルティエ賞では、テンペストクェークが年度代表馬と最優秀古馬を受賞した。これは日本馬として初めての快挙である―

 

『ドバイでユートピア、ハーツクライ、テンペストクェークと幸先よく獲りましたからね。そこから流れが来ていたのかもしれないです』

『多分その流れを決定的にしたのがハーツクライのキングジョージ制覇ですね。テンペストはその流れに乗ることが出来ましたね』

『本当に、2頭のお陰でディープを侮る人がいませんでしたよ。特にテンペストクェークのお陰で。いい意味でも悪い意味でも……』

『インターナショナルステークスとクイーンエリザベスⅡ世ステークスでやり過ぎましたね』

 

―8月のインターナショナルステークスでは、12馬身差をつけての圧勝。9月のクイーンエリザベスⅡ世ステークスでは最後方から11頭をごぼう抜きしての勝利であった―

 

『クイーンエリザベスⅡ世ステークスでは大捲りからの大外一気、あれ結構ディープインパクトを意識したんですよ。伝わりましたか?』

『十分伝わりました。国際電話で、『なんだ、あのフォア賞は。舐めてんのか?』ってわざわざ言ってきたぐらいですからね。怖い先輩です』

『そんなこと言ったかな?』

『とぼけないで下さいよ……』

 

 

『ディープインパクトのフォア賞は辛勝といった形での勝利でした。改めてお聞きしますが、やはり環境が異なるという要因が大きかったのでしょうか』

 

―9月に行われたフォア賞では、ディープインパクトは苦戦を強いられ、ぎりぎりの勝利であった。そのため本番に向けて不安の残る結果となった―

 

『そうですね。スタートが良くてそのまま先行で進まざるを得なくなってしまって、その上、早めに仕掛け始めてしまったのが大きな要因ですね。あとは初めての馬場やコースに慣れていなかったのも大きいですね。本当に本番でなくてよかったと思います』

『でも、その後の凱旋門賞は本当にディープらしい競馬でしたね。テレビで見てて、最後の直線に入ったときに勝ったなって思いましたよ』

『凱旋門賞では、しっかりと指示に従ってくれました。本当に賢くて我慢強い馬ですよ』

『まあ、テンペストはいきなり12馬身差だったけどね』

『……彼はサラブレッドの常識が通じない馬です。UMAで馬です』

『乗っている自分もたまにそう思うから何も言えない』

 

 

『お二人が揃っているということもあります。やはりファンの皆さんが気になるのはあの宝塚記念なのではないでしょうか。詳しいお話をお願いします』

 

―2006年、第47回宝塚記念。大雨の京都競馬場で行われた2200メートルのレースで、ディープインパクトとテンペストクェークが激突した。激しい死闘の末、テンペストクェークがアタマ差での勝利をつかんだ―

 

『そんな渋い顔しないでくださいよ』

『ちょっとしたトラウマなんです。今でもたまに夢に見ますよ』

『まあまあ。あの宝塚記念は本当に自分たちの思い通りの展開だったんですよ。もともと道悪が大得意なのはわかっていたので、馬場状態が悪ければ悪いほどこっちに有利だと思っていました。ディープにはそこまで関係ありませんでしたけどね』

『テンペストクェークの道悪適性が高いのはわかっていました。ただ、ディープも馬場状態が悪くても走ってくれることはわかっていたので、心配はなかったですね』

『むしろテンペストで心配だったのは距離です。実力を完全に発揮できるギリギリの距離がこの距離くらいでしたから。阪神競馬場での開催だったらスタミナ切れになっていたかもしれないですね。こういう事情もあって、本番では徹底してインコースを走らせました。芝の状態は悪かったですけどテンペストにはマイナス要素にはなりませんでした』

『テンペスト陣営が最短距離を走ってくるのはわかっていましたね。第4コーナー付近で囲まれていたときも、多分抜け出してくるとは思っていたので、全力でディープを走らせましたよ。ただ、あの末脚を、馬群を突破しながら使ってくるのは想像以上でしたね。後ろからヤバいのが来たって瞬時にわかりましたね』

『あの時は本当に道筋が見えましたね。テンペストも怖がりもせずに馬群の隙間に突入したので、度胸も超一流だと思いましたよ。馬群を抜けたら、やっぱり前にディープがいたので、絶対に差し切るってつもりだったんですけど、後1馬身が縮まらなくて、これはやばいと思いましたね。あと少しだけ頑張ってくれって思って鞭を一回入れてのあの再加速でした』

『油断していたわけではないですが、ラスト100メートルくらいでは勝ったと思いました。そこから意味不明なレベルの加速をしてきたテンペストに差し切られました。さすがのディープでもあの再加速から逃げることはできませんよ……』

『藤山先生の人生の中で最高ともいえる仕上がりだったからできた荒業でしたね』

『ディープはいつものように最高の走りをしてくれました。ただ、テンペストクェークがそれを上回ったのだと思います』

『まあ、もう一回やれと言われたら勝つ自信はないですけどね。10ハロンなら負けませんが』

『10ハロンでテンペストクェークに勝てる馬は……探すのは難しいですね』

『ただ、あの宝塚記念が、テンペストとディープがぶつかる上で最高の条件だったのだと思います』

『距離、競馬場、天候。少しでも条件が違っていたら、あのようなレースはできなかったと思います』

 

 

『本当に奇跡的な条件が重なったからこそ生まれた死闘だったのですね』

 

 

番組はここでCMに入った。

その後、数十分にわたり、2006年の競馬のこと、そして彼らの競馬観についての話が続いた。

普段めったにメディア露出をしないベテラン騎手とトーク力抜群の人気騎手との珍しい対談番組は高視聴率を記録した。




高森騎手が、メディア露出が少なかったのは、そこまで大した成績を収めていないことと、藤山厩舎で新人騎手の如く働いているからです。


テンペストの血統の秘密
父父ニホンピロウィナー
父ヤマニンゼファー
母父サクラチヨノオー
母父父マルゼンスキー
母母父サクラユタカオー

実はセオドライトは、モデルの馬がサクラ軍団にいます。

追記
「セオドライト」のモデルになった馬は五代先にナスルーラ5×5のクロスがあります。テンペストクェークは5代先までクロスがありません。
紛らわしい書き方をしてしまい申し訳ありませんでした。当該記述は削除致します。


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閑話5

次話から第5章です。


2006年のJRA賞の選出は騒乱の予感が漂っていた。

本命中の本命が2頭いるからである。どちらもこれまでの日本の馬がなしえなかった栄光を勝ち取った怪物だからである。

最優秀4歳以上牡馬と年度代表馬の選出が大きく揉めることが確実視されていた。

メイショウサムソンやハーツクライ、ダイワメジャーと優秀な成績を残した馬は多数いるが、この2頭のような突出した成績の馬はいなかった。

 

ディープインパクト

昨年度の最優秀3歳牡馬・年度代表馬である。2006年は阪神大賞典(GⅡ)、天皇賞・春(GⅠ)、フォア賞(GⅡ)、凱旋門賞(GⅠ)、ジャパン・カップ(GⅠ)、有馬記念(GⅠ)を勝利した。日本競馬界の悲願であった凱旋門賞を勝利している。

 

テンペストクェーク

昨年度の最優秀短距離馬である。2006年は、中山記念(GⅡ)、ドバイDF(GⅠ)、宝塚記念(GⅠ)、英国際S(GⅠ)、愛チャンピオンS(GⅠ)、クイーンエリザベスⅡ世S(GⅠ)、チャンピオンS(GⅠ)、香港C(GⅠ)を勝利した。8戦無敗で内GⅠを7勝。2006年度のカルティエ賞年度代表馬と最優秀古馬に選出されている。

 

ディープインパクトが出走した7戦の内、5戦が日本国内のレースである。そしてジャパン・カップや有馬記念で挑戦してきた馬を粉砕している。日本国内の競走を多数勝利していることが、日本競馬を中心に考えるべきだという記者から支持されていた。

テンペストクェークは、欧州GⅠ4勝を含めた8戦で、一度も敗北しなかった。そして、カルティエ賞年度代表馬を受賞している。そして何より、宝塚記念でディープインパクトに勝利しているのである。

この宝塚記念が問題なのである。歴史に残る激闘の第47回宝塚記念は、テンペストクェークが勝利している。

 

多くの記者がアタマを悩ませていた。

そして審査会も悩んでいた。

「もう2頭でいいじゃん」という声もあった。実際、1963年はメイズイとリユウフオーレルの2頭が選出されている。しかしこれは啓衆社賞時代のもので、JRAが主催になってからは2頭が選出されたことは一度もない。

2006年度の日本中央競馬界を代表する馬という意味では、この2頭が双璧をなしていたのは事実である。しかし2頭選んだところでどっちつかずだと批判されることが目に見えていた。

 

しかし、再現不可能性の高さ、そしてディープインパクトを筆頭とした倒した馬の強さ、史上初の欧州年度代表馬の受賞、WTRRのI/Mで139ポンド(ダンシングブレーヴは141ポンド)の評価を、英タイムフォームのレーティングでも140ポンドの評価を受けていたこと。

このこともあり、テンペストクェークに流れは傾いていた。

 

 

しかしながら、そんなことはお構いなしにネットではお祭り騒ぎになっていた。

 

 

年度代表馬決定!

1:名無しの競馬ファン

ディープとテンペストのどっちかわかる人おる?

信者スレもアンチスレも凄いことになっているけど

 

テンペストクェークとかいう最強馬Part○○

https://

無敗の三冠馬ディープインパクトPart○○

https://

 

 

2:名無しの競馬ファン

>>1 そんなんわかるか

 

3:名無しの競馬ファン

>>1 わからんからもめている。

 

4:名無しの競馬ファン

>>1 対立厨か?

 

5:名無しの競馬ファン

ディープインパクトとテンペストクェークの2頭以外は考えられないのはわかっている。ただ、どっちかとなると全くわからん。勝ち鞍の異次元性や欧州年度代表馬、WTRRの評価を加えるとテンペストクェークかな。

 

6:名無しの競馬ファン

エルコンドルパサーの理論を適用すれば、テンペストクェークなんじゃないの

 

7:名無しの競馬ファン

ディープインパクト 7戦6勝(天皇賞春、凱旋門賞、JC、有馬記念)

テンペストクェーク 8戦8勝(宝塚記念、海外GⅠ6勝)

 

GⅠの数だけならテンペストだな。

 

8:名無しの競馬ファン

>>7 スペシャルウィークという馬がいてな……

 

9:名無しの競馬ファン

>>7 国内の競走成績を重視するか、海外を重視するかだな

 

10:名無しの競馬ファン

ディープも凱旋門賞勝っているし、海外成績〇、国内成績〇でディープになるんじゃないの?

 

11:名無しの競馬ファン

でもディープは宝塚記念の直接対決で負けているしなあ。

 

12:名無しの競馬ファン

>>11 これが大きい

 

13:名無しの競馬ファン

>>11 ディープが勝っていればディープがかなり有利になるんだけどなあ。

 

14:名無しの競馬ファン

欧州年度代表馬を選ばないのはどうかと思うけどなあ

 

15:名無しの競馬ファン

何でもかんでも欧州が上という感覚が嫌だな

日本中央競馬界が主催する賞なんだから日本を重視しないとダメでしょ。

 

16:名無しの競馬ファン

でもテンペストクェークは中央競馬に所属している馬だぞ。その馬が海外で実績を出しているんだからそれを讃えないでどうするんだよ

 

17:名無しの競馬ファン

欧州の年度代表馬が日本では選ばれないwwwってバカにされそう。

 

18:名無しの競馬ファン

99年のエルコンドルパサー理論で行けばテンペストになりそうだけど

 

19:名無しの競馬ファン

>>18 最初の記者投票はスペシャルウィークだった。でもいろいろあってエルコンになった。

 

20:名無しの競馬ファン

>>19 それで今は選出方式が少し変わっている。記者投票であることに変わりはないけどね。

 

21:名無しの競馬ファン

この2頭以外の馬を選んだ記者、マジで晒上げられそう。

 

22:名無しの競馬ファン

逆張りしすぎてよくわからなくなった奴ならやりそう。

 

23:名無しの競馬ファン

ハーツクライのキングジョージも十分偉業なんだけど、2頭の前ではかすんでしまうなあ。

 

24:名無しの競馬ファン

>>21 テイエムオペラオーのときは満票で選出されているし、逆張りできないぐらい圧倒的なら変な奴は湧かないだろう

 

25:名無しの競馬ファン

どっちも例年なら満票で選出されるくらいの成績なのに。

 

26:名無しの競馬ファン

>>25 宝塚記念が2着だからテンペストがいなければ獲っていた。秋の天皇賞が凱旋門賞に替わっただけでほとんど古馬王道制覇しているようなものだからな。

 

27:名無しの競馬ファン

凱旋門賞の勝利がプラスポイントにならないとかわけわからん

 

28:名無しの競馬ファン

欧州GⅠ4戦4勝がヤバすぎる。どれも最高峰レベルのGⅠ競走だし

 

29:名無しの競馬ファン

止めに来た欧州馬をすべて叩き潰したからな。

 

30:名無しの競馬ファン

「凱旋門賞を勝つ馬は、毎年誕生する。しかし、この4戦を同一年度に4連勝できる馬は今後数十年にわたって現れることはない」

 

31:名無しの競馬ファン

>>30 名言

 

32:名無しの競馬ファン

それに日本ドバイ英国アイルランド香港の5か国で走って全戦全勝だからな。ちょっと怖い。

 

33:名無しの競馬ファン

>>21 あの馬を選ばない俺かっこいいとかやりそうなやつはいるかもしれない

 

34:名無しの競馬ファン

テンペストが走ったレースってマイル~中距離しかないけどそれでいいのかよ

 

35:名無しの競馬ファン

>>34 ディープだって勝ったレースは2400、2500、3000、3200だぞ。テンペストは1600、1777、1800、2000(10ハロン)、2200だから多様性という意味ではテンペストに分がある。

 

36:名無しの競馬ファン

>>34 タイキシャトル……

 

37:名無しの競馬ファン

タイキシャトルもマイル、スプリントで活躍して年度代表馬になった

テンペストくらい突出した記録なら適正距離とか勝ち鞍の距離とか問題にならない

 

38:名無しの競馬ファン

欧州年度代表馬とWTRR139ポンドはプラスポイントとして大きすぎる。少なくともマイル~10ハロンならダンシングブレーヴに匹敵する強さって評価されたようなものだし。

 

39:名無しの競馬ファン

年度代表馬にならなかったら英国競馬界から皮肉を言われそう。

 

40:名無しの競馬ファン

やっぱりテンペストクェークなのかな。ディープ好きだけど、流石に相手が悪すぎる。

 

41:名無しの競馬ファン

>>40 本当にこれ

 

42:名無しの競馬ファン

ディープは決して弱いわけではない。ただ、宝塚記念の直接対決に負けたのが大きかったな。

 

43:名無しの競馬ファン

あれは結構紙一重の結果だったらしいから、あれが本当に天下分け目だった。

 

44:名無しの競馬ファン

そこをテンペストが勝利したわけだし、やっぱり年度代表馬になれってことなんじゃないのかな

 

45:名無しの競馬ファン

年度代表馬と最優秀4歳以上牡馬は多分この2頭だろうけど、他はどうよ。

 

46:名無しの競馬ファン

結構そこまで悩まない感じかな。

 

 

 

 

 

542:名無しの競馬ファン

例年ならそろそろ発表だけど

 

543:名無しの競馬ファン

ちょっと遅い?

 

544:名無しの競馬ファン

記者投票だからそんな悩む要素はないのでは?

 

545:名無しの競馬ファン

何かあったのかな?

 

546:名無しの競馬ファン

早漏がたくさんおりますね

 

547:名無しの競馬ファン

テンペスト!

 

548:名無しの競馬ファン

年度代表馬・最優秀4歳以上牡馬・最優秀短距離馬・最優秀父内国産馬 テンペストクェーク(牡4・美浦)

最優秀2歳牡馬 ドリームジャーニー(牡2・栗東)

最優秀2歳牝馬 ウオッカ(牝2・栗東)

最優秀3歳牡馬 メイショウサムソン(牡3・栗東)

最優秀3歳牝馬 カワカミプリンセス(牝3・栗東)

最優秀4歳以上牝馬 ダンスインザムード(牝5・栗東)

最優秀ダートホース アロンダイト(牡3・栗東)

最優秀障害馬 マルカラスカル(牡4・栗東)

特別賞 ディープインパクト

特別賞 高森康明(年間海外GⅠ6勝・年間GⅠ7勝)

特別賞 ・・・(凱旋門賞制覇・年間GⅠ6勝)

 

 

549:名無しの競馬ファン

年度代表馬テンペストクェーク

 

550:名無しの競馬ファン

テンペストクェークおめでとう!

 

551:名無しの競馬ファン

なんだかあっさり決まったな

 

552:名無しの競馬ファン

やはり無敗とGⅠ7連勝と欧州年度代表馬、宝塚記念でディープに勝利が大きかったか。文字にしていくと化け物だな。

 

553:名無しの競馬ファン

まあ蓋を開けてみたらやっぱりなって感じ

 

554:名無しの競馬ファン

天皇賞や有馬記念がないがしろにされた感じがして残念。

 

555:名無しの競馬ファン

>>554 そのレース、世界の中だと特に格は高くないんだわ

 

556:名無しの競馬ファン

世界、世界ってこの欧州かぶれが

 

557:名無しの競馬ファン

>>556 残念ながら日本はパートⅡ。今年からやっとパートⅠ。天皇賞とJCは国際競走だけど、有馬記念はそうじゃないし。

 

558:名無しの競馬ファン

やっぱりテンペストアンチが現れるか。

 

559:名無しの競馬ファン

ディープのファンだけど、正直テンペストが受賞するとは思っていた

 

560:名無しの競馬ファン

>>559 それな。ちょっと勝ち方や勝ち鞍が異次元。さすがのディープでも無理だわ。

 

561:名無しの競馬ファン

やっぱり宝塚記念の勝敗が大きな影響を及ぼしたな。

 

562:名無しの競馬ファン

>>561 そうか?普通に欧州4戦の4連勝とカルティエ賞受賞、WTRR単独世界一が評価された結果だと思うけど。

 

563:名無しの競馬ファン

1敗と全勝の違いは大きいと思う。直接対決の勝敗も。

 

564:名無しの競馬ファン

宝塚の勝敗の結果がそのまま年度代表馬にか。

 

565:名無しの競馬ファン

というか最優秀短距離馬もテンペストか

 

566:名無しの競馬ファン

>>565 国内のスプリント~マイル勝ち馬がまたばらけてしまったからね。

 

567:名無しの競馬ファン

テンペストは一応マイル区分のドバイDFとクイーンエリザベスⅡ世S勝っているからなあ。

 

568:名無しの競馬ファン

世界でもトップクラスのマイラーを全員倒したし。仕方がないのかも。

 

569:名無しの競馬ファン

2つ以上勝っている馬がいれば

 

570:名無しの競馬ファン

投票された馬は結局テンペストとディープだけだったな。

 

571:名無しの競馬ファン

ステイヤー区分世界最強馬とマイル中距離区分世界最強馬やぞ。他にどの馬を入れろというんだよ。

 

572:名無しの競馬ファン

人気投票ではないからね。

 

573:名無しの競馬ファン

これでテンペストクェークは欧州の年度代表馬と日本の年度代表馬を獲ったのか。あとはエクリプス賞年度代表馬だけだな。

 

574:名無しの競馬ファン

>>573 それとるためにはダートで勝たないといけないから無理。

 

575:名無しの競馬ファン

>>574 あそこのダート勝つとか永遠に無理だろ。地元勢が強すぎる。

 

 

 

 

593:名無しの競馬ファン

去年の俺に、2006年の年度代表馬はテンペストクェークって言っても信じていたかな。

 

594:名無しの競馬ファン

昨年の秋から覚醒していたけど、ディープが強すぎた。

 

595:名無しの競馬ファン

今やそのディープを超えたわけだからなあ

 

596:名無しの競馬ファン

>>595 超えたという表現はちょっと違う気がするな

 

597:名無しの競馬ファン

馬主のコメント

「このたびは大変名誉な賞をいただき、ありがとうございます。テンペストクェークを支えてくださったすべての方に御礼申し上げます。2006年度のテンペストクェークは8戦8勝、GⅠ競走を7連勝で終えることが出来ました。非常に厳しいレースが多かったですが、大きな怪我をすることなく走ることが出来ました。来年度も元気な、そして強いテンペストクェークであり続けるように努力してまいりますので、応援していただけると幸いであります」

 

調教師のコメント

「この度は、栄誉ある賞に選出していただき、誠にありがとうございます。これも、厩舎スタッフ、トレセン関係者を含めた方々のご支援があったからこその栄誉であります。そしてファンの皆様のご声援が我々の励みになりました。今年も世界に飛翔できるように奮励努力してまいりますので何卒よろしくお願いします」

 

騎手のコメント

「年度代表馬おめでとうございます。テンペストクェークは私を世界の頂きへ連れて行ってくれました。数多くの支援をしていただいた関係者の方々には、感謝の気持ちしかありません。今年は世界最強馬の名にふさわしいレースできるように努力してまいります」

 

 

598:名無しの競馬ファン

・馬主3年目の新人

・通算GⅠ管理馬1頭

・47歳にして初GⅠ制覇の48歳騎手

 

599:名無しの競馬ファン

>>598 本当にシンデレラストーリーやな……

 

600:名無しの競馬ファン

>>597 本当におめでとう

 

601:名無しの競馬ファン

感無量だろうな。

 

602:名無しの競馬ファン

高森騎手は特別賞なんだね。そういえばあの人も対象になっていたか。二人も特別賞とはなあ。凱旋門賞も大きいわな。

 

603:名無しの競馬ファン

>>602 48歳で海外GⅠ6連勝、GⅠ競走7連勝の世界記録タイを達成したことへの評価だそうだ。

 

604:名無しの競馬ファン

テンペストの力が強かったとはいえ、初見の欧州であれだけの騎乗が出来たんだからそりゃあ評価は高いな。

 

605:名無しの競馬ファン

>>603 48歳で人生の絶頂期か。諦めないで足掻き続けるのも大切なんだな。

 

606:名無しの競馬ファン

高森康明:通算重賞勝利数19勝(内テンペストクェーク11勝)、GⅠ9勝(内テンペストクェーク9勝)

 

607:名無しの競馬ファン

>>606 改めて見るとなんで高森騎手がテンペストクェークの主戦騎手なのかわからないな。

 

608:名無しの競馬ファン

言っておくけど別にテンペストクェークのお気に入りのリュックサックってわけじゃないからな。

 

609:名無しの競馬ファン

>>608 少なくともテンペストとは名コンビだよ

 

610:名無しの競馬ファン

本当にいい馬と出会えてよかったなあ……

 

611:名無しの競馬ファン

表彰式も楽しみ。番組があるんだったっけ?

 

612:名無しの競馬ファン

らしいね。今年は競馬の注目度が一気に上がった年だし。

 

613:名無しの競馬ファン

ちょっと他の馬の肩身が狭いような気がするけど、まあ楽しみ。

 

614:名無しの競馬ファン

テンペストクェークは今年も走るし、競馬を見るのが楽しみだなあ。

 

615:名無しの競馬ファン

今年は強い牝馬が多いらしいぞ。

 

616:名無しの競馬ファン

ウオッカは牝馬三冠狙えるかもしれんな。強い。

 

617:名無しの競馬ファン

テンペストはやっぱり高松宮記念に行くのかなあ……

 

 

 




本作品では、フィクションの人物以外は基本的には名前は出さない方針です。
隠す意味はないかもしれませんが、この世界では、同じ顔や能力を持つ別の名前の人物かもしれませんので……


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第五章 伝説編
馬、癒しの場所へ


2006年年度のJRA賞の表彰式が2007年の1月に行われていた。

注目は勿論年度代表馬のテンペストクェークであった。

その選考にはかなりの論争があったものの、選出外となったディープ陣営が

 

「宝塚記念で負けている以上仕方がない。この勝敗が逆だった場合には異議はあるが、現実はそうではない。テンペストクェークが素晴らしい成績を残したことが、彼の年度代表馬の受賞につながった。おめでとうございます」

 

とコメントしており、本人たちが納得しているのであればそこまで騒ぎ立てる必要はないという雰囲気に落ち着いた。

テンペストクェークの成績と受けた評価や栄誉が異次元のものだったと考えれば、初の凱旋門賞馬であるディープインパクトが選出されなかったことは仕方がないと多くの人が思っていた。

 

 

「まあ、99年と違って明確な直接対決の結果がありますからねえ……」

 

 

「年度代表馬に最優秀4歳以上牡馬、最優秀短距離馬、最優秀父内国産馬の4つを受賞できる日が来るとは……」

 

 

昨年もJRA賞の表彰式には出席したが、今年は年度代表馬という格別な賞を受賞している。そのため、注目度も桁違いに高かった。

ただ、カルティエ賞の表彰などで、すでに彼らの心の許容範囲を超えていたため、徐々に慣れ始めていた。

ただ、こういう場に慣れていないおじさんが一人いた。

高森騎手である。

彼はテンペストクェークの主戦騎手としてだけでなく、特別賞を受賞したので受賞者として参加していた。

 

 

「俺が、JRA賞に……」

 

 

縁のないものだと思っていたので、感無量であった。

 

 

 

 

『今日はJRA賞の表彰式にお邪魔したいと思います!』

『昨年度の日本競馬を彩った馬、そして関係者の方々を表彰する栄誉ある表彰式の模様をお伝えします』

 

 

大きな会場には表彰式のための準備が行われており、すでに見知った騎手や関係者の顔ぶれも集まり始めていた。

会場の中で、一際目立つのが、飾られているトロフィーであった。

 

 

『これが年度代表馬のトロフィーですね。意外と大きい……』

『名前があります。テンペストクェーク、今年の年度代表馬です』

 

 

―2006年度代表馬、テンペストクェーク。

 

初めて海外を制したドバイデューティフリー

宿敵との対決を制した宝塚記念

12馬身差の圧勝劇、インターナショナルステークス

内からの強襲で差し切ったアイリッシュチャンピオンステークス

欧州の一流マイラーを撫で切ったクイーンエリザベスⅡ世ステークス

芝世界最強決定戦、鼻差を制したチャンピオンステークス

王者の圧巻の走り、誰も寄せ付けなかった香港カップ

 

8戦8勝、GⅠ7連勝。欧州年度代表馬。英国王室が認めた現役世界最強のサラブレッド。

まさに圧倒的な成績での受賞だった―

 

 

『そのほかにも昨年度の競馬を彩った馬たちが、各部門を受賞しております』

『そして、今年は特別賞もあります。凱旋門賞を制覇したディープインパクトです。そして12年ぶりに騎手としての受賞が二名おります。海外GⅠ6勝、年間GⅠ7勝の高森康明騎手です。もう一人は、年間GⅠ6勝、そして日本人騎手として初めて凱旋門賞を制した……騎手です』

『騎手が特別賞を受賞するのは94年以来ということで、特別なことですね』

 

 

馬だけでなく、騎手や調教師などの関係者の表彰も行われる。ディープの主戦騎手が騎手大賞(最多勝利騎手・最高勝率騎手・最多賞金獲得騎手)を受賞しており、騎手として最高の栄誉を受賞していた。

騎手や調教師たちのインタビューも同時に行われていた。

見慣れたメンツの中に、高森騎手と藤山調教師がいた。2年前まではこの場にいることは考えられなかった二人であった。

 

 

『特別賞、二人目は高森康明騎手です。海外GⅠ6勝を含めた年間GⅠ7勝。偉大な功績を讃えての受賞です。おめでとうございます』

『ありがとうございます。テンペストのお陰でこの場に立つことが出来ました。先生やオーナー、多くの関係者の方々の支援があってのことだと思います。本当にありがとうございました』

 

48歳のベテラン騎手の晴れ舞台に、彼の苦労を知っている関係者から惜しみない拍手が送られた。

 

 

そして最後は年度代表馬の受賞であった。

 

 

『2006年、年度代表馬はテンペストクェークです』

『藤山調教師、おめでとうございます』

『ありがとうございます。このような歴史に名を残す名馬と共に戦うことが出来て、感無量でございます。今年もテンペストは走りますので、応援の方をよろしくお願いします』

 

 

かくして、厳かな表彰式は終了した。

 

 

 

『西崎オーナー、年度代表馬の受賞おめでとうございます』

『え?あ、テレビですか?ええ、ありがとうございます。先生や高森騎手、それにいろいろな人達のお陰ですよ。私は皆さんを信用していただけですので』

 

『テンペストクェークの初戦についてですが、高松宮記念との話がありますが……』

『そうですね、そのあたりは先生と話し合って決めたいと思います。ただ安田記念に焦点を当てていくことは間違いないですね。これからも応援の方をお願いします』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

どうやら年を越したようだ。俺が今いる場所でも新年の祝いをしていた。

 

今、俺は去年の今頃に過ごしていた施設で身体を休めている。

とはいっても適度な運動はさせてもらっているけど。体のキレは維持しておきたい。

 

去年は本当に大変な一年だった。

日本で走った回数より海外で走った回数の方が多いくらいだから。

全部勝つことが出来たのは、俺の頑張りがあったからだと思う。

いや、別に調子に乗っているわけではないよ。ちょっとぐらい自画自賛してもいいじゃん。

まあ、自分も含めて、騎手君やおっちゃん、兄ちゃん、いろんな人が頑張ったからここまで強くなれたことは紛れもない事実だな。

 

 

【ぬ~ん】

 

 

そんな俺はいつも通りこの施設で俺の世話をしてくれる人からマッサージを受けている。

うん55点。

 

 

「気性がいいって聞いていたけど本当なんだな」

 

 

俺はいつものように運動に行く。

他の馬も多くいるが、特に俺に喧嘩を売ってくるような馬はいない。

まあ俺から喧嘩を売ることもしないし、威圧することもしない。

 

 

【ほらほら、走れ走れ~】

 

 

俺が後ろから追いかける。

そうすると前にいる馬がみんな走り始める。

もっと速くなるんやで。俺たちはここでしか生きられないんだから。

 

 

「テンペストがいると他の馬が真面目になってくれるのでありがたいですね」

 

 

「気性が荒い馬もテンペストの前だとちょっとヤンチャになるくらいなので、万が一のケガとかも防止できるので助かっています。本来であれば我々人間の仕事なんですけどね」

 

 

「馬には馬の社会があるからなあ。絶対王者には逆らえない雰囲気があるのかな?テンペストは序列争いにはそこまで関心がないようですが……」

 

 

【さて、俺も行くか!頼むぞ】

 

 

「おっと、テンペストが走りたがっているな。あくまで調整だからあまり本気で走るなよ~」

 

 

俺はまだまだ負けられない。

もっと強い奴がいるかもしれない。

だから頑張らないとな。

 

 

しばらくここで過ごしていると、俺はトラックに乗せられて別の場所に来ていた。もうトレーニング場に戻るのかと思ったが、初めて訪れる場所であった。

 

 

【ここはどこだ?】

 

 

トレーニング場でもなければ牧場でもないな。それにレース場でもない。俺に一体何を……

もしや、俺を解剖するつもりか!

ここは研究所か!

ちょっと最近調子に乗り過ぎていたからついに俺が馬っぽい生き物であることがバレたか。

 

 

【解剖は嫌だ……】

 

 

「テンペストのテンションが下がっていますね……疲れたのかな?」

 

 

しかし、周りを見渡してみても白衣の人間はいないし、みな俺に友好的だ。

研究所でないならここはどこなんだ?

俺も暇ではない。次への戦いのためにしっかりと休まなければならないのに。

不満が少々残るが大人しく従っておこう……

 

 

「ごめんな~でもこれからいい気分にさせてやるからなあ~」

 

 

全く、メロンでももらわなきゃ怒っちゃうぞ!

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「テンペストクェークですが、福島のリハビリテーションに行くことになった」

 

 

「故障ですか!放牧先で何か?」

 

 

藤山調教師からの発表に、スタッフ一同が騒然となる。厩舎どころか日本の宝のような馬が故障した馬が行く施設に行くと言われたからである。

 

 

「いやいや、そうじゃないですよ。リフレッシュと疲労回復のためです。昨年頑張ったからご褒美も兼ねています。何とかスケジュールをねじ込むことが出来たよ」

 

 

「それはよかったです……テンペストは、温泉はどうなんですかね」

 

 

「馬は基本的に温泉が好きだし、多分気に入ってくれるんじゃないかな」

 

 

こうして、テンペストクェークは福島県いわきにある競走馬のリハビリテーション施設に行くことが決まった。

 

 

 

 

『今日はこちら、福島県いわき市にある、競走馬リハビリテーションセンターにきております。ここでは、けがをした競走馬たちが温泉療法を用いてレースに復帰できるようにリハビリを行っています』

『そして、なんと今日は、あの競走馬も来ているようで、その姿を特別に見せていただけるとのことです』

 

 

動物の特集番組で、競走馬の特集番組が組まれていた。その中で、温泉に入る馬という映像を撮りたいと考えた番組は特別な許可を得て、いわき市のリハビリテーション施設に取材を行っていた。

 

 

『なんと今日は、昨年度の年度代表馬のテンペストクェークが来ているとのことです』

 

 

番組としては本当に偶然だったらしく、何とか現役最強馬の様子を見れないかと考えていた。

 

 

「テンペストクェーク号ですか?それなら今プールでの運動が終わったので、これから温浴場の方に向かいますよ」

 

 

そしてプール調教を終えた一頭の鹿毛のサラブレッドがゆっくりと歩いてくる姿をカメラが映した。

 

 

「テンペストクェーク号はプールが苦手なので、終わった後はちょっと不機嫌なんですよね。お~今からいいところに連れて行ってあげるから」

 

 

軽く嘶くと、大人しくスタッフに連れられて温浴場に向かっていった。

そして、顔に温泉マークがついたメンコを付けられ、近くの源泉のお湯が溜まった浴場に四肢を入れて、背中からお湯がかけられていた。

 

 

『いわき温泉の源泉を利用した浴場で、競走馬の疲労回復に効果的であると言われています。そしてメンコには温泉のマークが付けられており、とても可愛らしいですね』

 

 

気持ちいいのか、耳はリラックスモードになっており、前脚で水を掻いて遊んだりしていた。

 

 

しばらくのんびりと過ごしていたテンペストであったが、そろそろ外に出る時間が近づいていた。

 

 

「ほら、そろそろ出るよ」

 

 

【いやじゃ】

 

 

「あまり長い時間入れさせるのはよくないんですけどねえ……」

 

 

指定の時間が経過して、スタッフがテンペストクェークを浴場から外に出そうとしても、ヤダヤダと首を振って、外に出ようとしなかった。

 

 

「ああ~やっぱりこうなったか……」

 

 

『あれからしばらく経ちましたが、テンペストクェーク号は梃子でも動かないようです……』

 

 

「しょうがない、あれで釣るか。おーい、アレ持ってきてくれ~」

 

 

スタッフの一人が指示を出してしばらくすると、別のスタッフが何かを持ってきていた。

それはメロンであった。

 

 

「ほ~ら、テンペスト。お前の好物のメロンだぞ~」

 

 

今までぬぼーっとした顔で温泉を楽しみ、全く外に出ようとしないテンペストが、「それを早く言え!」と言わんばかりに、スッっと浴場からでて、メロンを持ったスタッフに近づこうとしていた。

 

 

「待て待て、まずは身体を拭いてからだよ」

 

 

『え~好物のメロンにつられて、何とか浴場から出たテンペストクェークでした。なかなか想像できない可愛らしい一面を見ることが出来ましたね』

 

 

「まあ可愛い馬ですよ。今日初めて浴場に入ったんですけど、これから出すときに苦労しそうです……」

 

 

『このように、現役最強の競走馬も骨抜きにしてしまう、温泉がここにはありました』

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

俺はいまとても気分がいい。

そう、今自分がいる施設は、俺たち馬のための温泉だったのだ。

まあ、他にもプールとかいろいろあるけど。

 

 

【お前、大丈夫か?】

 

 

【うん、ちょっと痛い】

 

 

俺の隣にいる馬もそうだが、ここにはケガをした馬がたくさんいる。

多分温泉もケガの回復に効果的だからあるのだろう。

 

 

【頑張れ】

 

 

【ありがとう】

 

 

ケガか……

俺はそういうのには縁がない。これはいつも俺の身体をチェックしてくれるみんなのお陰だ。あと頑丈な体に生んでくれた母親のお陰だな。育児放棄したけど。

 

それにしても、この水中で歩く機械。

中々の性能だな。これなら確かに脚への負担もそこまで大きくない。ケガをした馬のリハビリにはもってこいのトレーニングマシンだ。

 

俺はもっと進化しなければならない。

停滞は敗北に繋がる。

ただ、俺ができないことって長い距離を走ることくらいだからなあ……

 

まだ冬の寒さは厳しい。

次のレースはいつになるのだろうか。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

厳しい冬の寒さが襲う1月下旬。

栗東トレーニングセンターではいつものように多くの馬がトレーニングを積んでいた。

 

 

『テンペストクェーク 次走は高松宮記念へ』

 

 

「今度はスプリント戦か……節操がねえな」

 

 

数多くのGⅠ馬を輩出している名調教師が率いる厩舎である。

そのボスである調教師は、新聞を読みながら渋い顔をしていた。

この厩舎には、テンペストクェークの出走予定と同じ高松宮記念を目標にしている馬がいた。

 

 

「重賞競走レベルになると、なかなか勝ちきれないな……末脚のキレもあるから、間違いなく能力はあると思うのだがな……」

 

 

その馬は、重賞を勝利することが出来ていなかった。しかし、掲示板には必ず入る安定的な実力を有している馬である。

 

 

「まずは目の前の競馬からだな……」

 

 

彼の目の前には調教を受ける一頭の栗毛の馬がいた。

 

スズカフェニックス

 

不死鳥の名を付けられた善戦続きの競走馬は、覚醒のときを迎えようとしていた。

 

 

 

 



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馬、新たなる戦いへ

ゴールデンシックスティ君
マジで強いですね。
安田記念来るらしいので生で見たいなあ......


冬の寒さが厳しい1月初旬の東京某所。

正月の喧騒が終わり、いつも通りの日常が戻り始めた時期である。

 

 

「昨年度はいろいろとありがとうございました。今年もよろしくお願いします」

 

 

「こちらこそ、テンペストクェークのお陰で、たくさんの夢を実現できました。それにしても、最近はいろいろと忙しくて、改まって作戦会議というのは久しぶりですね」

 

 

テンペストクェークの馬主の西崎と、調教師の藤山が、いつもの会議室で怪しい会議、もといテンペストクェークの出走計画についての方針を決める会議を行っていた。

 

昨年は欧州年度代表馬、JRA賞年度代表馬を受賞し、日欧で最高峰の評価をされていた。

ライバルのディープインパクトは引退し、今年から種牡馬として活動することになっていた。テンペストも種牡馬入りすることも考えられたが、衰えは見えず、まだまだ走れるため、2007年もレースに出ることが決まった。

 

 

「テンペストですが、特に変わりなく過ごしているようです。春からもしっかり走ってくれると思います」

 

 

「わかりました。元気そうでよかったです。去年はちょっと無理をさせ過ぎてしまったような感じがありましたので」

 

 

一年間に8戦しており、そのうちGⅠ競走は7戦。そのすべてを勝利しており、消耗は非常に激しいものだったと考えられる。

 

 

「今年は少しゆとりあるローテにしたいですね。少なくとも中1か月程度は空けるつもりです」

 

 

種牡馬としてのテンペストには彼がレースで稼ぐ金額以上の価値があると考えられていた。主流の血統ではないが、ダメ血統というわけではないため、種牡馬としての価値が全くないわけではないのである。

そのため、無理なレース間隔で走って、命に関わるケガをされたらと言われたりもしていた。

 

「ただ、テンペストの身体には特に異常もないですし、消耗も見られないので、いろいろと挑戦は続けていたいと思いますが」

 

 

「その挑戦の第一弾がスプリント制覇ですね」

 

 

「ええ、3月25日の高松宮記念で3階級GⅠ制覇を狙います」

 

 

テンペストクェークは、マイルと中距離のレースは制している(SMILE区分だとMILを制覇しているので3階級は実は制覇済みだったりする)。彼に長距離を走らせることは論外である。3階級GⅠ制覇を狙うとなると、スプリントGⅠを制覇する必要が生まれてくる。

 

 

「テンペストクェークはこの距離は大丈夫ですか。距離が長すぎるのが無理な馬がいるように、距離が短すぎても無理な馬もいると聞いておりますが」

 

 

「この3階級制覇は私が提案したことですので、自信をもって、『走れます』と言いたいところではあるのですが……」

 

 

西崎の質問に、渋い顔をしながら藤山は答える。

 

 

「テンペストクェークは1200メートルを十分に走れます。ただ、マイルや中距離のように圧倒的に走れるかと言われると難しいところです」

 

 

「それは……」

 

 

「テンペストは中距離も走れるマイラーです。そのため、純粋なスプリンターとしての能力は、彼のマイルや中距離の能力に比べるとやや落ちます。まあ、それでもGⅠ級の能力を持っていますが」

 

 

「テンペストは純粋なスプリンターではないということですか?」

 

 

「そうなります。スプリントGⅠを勝利している馬は、マイルGⅠも同様に勝利している馬が多いのです。スプリントも走れるマイラーか中距離も走れるマイラーかの違いです。テンペストは後者にあたります」

 

 

テンペストクェークの父のヤマニンゼファーは、安田記念と天皇賞秋を勝利し、マイルと中距離のGⅠを制していた。彼はスプリンターとしての才能もあったため、スプリンターズステークスに2回挑んだが、ニシノフラワーとサクラバクシンオーという屈指のスプリンターに阻まれ、2回とも2着に敗れている。

 

 

「ただ、今年はニシノフラワーやサクラバクシンオーのような化け物スプリンターはいないので、テンペストなら十分に制覇を狙えます」

 

 

実は、昨年度も香港カップではなく香港スプリントに出走させる計画も立てていたが、地元香港勢が強すぎるためさすがの藤山も回避させていた。

 

西崎も高松宮記念に出走する可能性のある馬たちのデータや歴代の勝ち馬の詳細を見ながら、うんうんと唸っていた。

テンペストクェークは現在重賞を11連勝、GⅠは7連勝中である。この記録をさらに更新させるとなれば、彼の適正距離であり、昨年も走ったドバイDFへ出走したほうがいいとも考えていた。

しかし、テンペストクェークはいままで誰もなしえなかったことを数多く達成してきた馬である。

 

 

「いきましょう……高松宮記念に」

 

 

彼は挑戦を選んだ。

ただ、無謀な挑戦ではない。

馬の消耗も特に気にならない程度であり、勝算も十分にある。ただ、今までのように「絶対」という言葉がないだけである。

 

 

「わかりました。それでは、前哨戦についてですが阪急杯を予定しております。ただ斤量負担も大きいので、これについては後日詰めていきましょう」

 

 

一先ず、テンペストクェークの2007年最初の目標レースは高松宮記念に決まった。

 

 

「高松宮記念の次ですが、どのような出走計画にしましょうか。何パターンか考えてきましたが」

 

 

藤山はテンペストの出走できそうなレースをまとめた書類を西崎に手渡す。

 

 

安田記念ルート

3月25日:高松宮記念(芝1200メートル)GⅠ 中京競馬場

4月29日:クイーンエリザベスⅡ世カップ(芝2000メートル)GⅠ 沙田競馬場

6月3日:安田記念(芝1600メートル)GⅠ 東京競馬場

6月以降は海外遠征ルートへ

 

海外遠征ルート

3月25日:高松宮記念

4月29日:クイーンエリザベスⅡ世カップ

6月20日:プリンスオブウェールズステークス(芝10ハロン)GⅠ アスコット競馬場

或いは

7月7日:エクリプスステークス(芝10ハロン)GⅠ サンダウンパーク競馬賞

 

8月1日:サセックスステークス(芝8ハロン)GⅠ グッドウッド競馬場

或いは

8月12日:ジャックルマロワ賞(芝1600メートル)GⅠ ドーヴィル競馬場

 

 

「一つ目は安田記念を目標にしたプランです。親子3代で一つのGⅠ競走を制覇するというのは難しい事ではありますので、こちらをメインに考えてはいます。高松宮記念後の疲労やダメージによっては、香港を回避する可能性もあります。安田記念後は8月のマイルレースの2つのどちらかを走りたいですね」

 

「海外ルートでは、イギリス遠征を再度決行します。すべて狩り尽くして終わらせることを目標にします。フランスのGⅠを走ったことがないので、ジャックルマロワ賞に行くのもおすすめです」

 

 

海外遠征ルートの出走計画を発表したら、頼むから来ないでくれと懇願されそうな内容であった。

 

 

「海外ルートも魅力的ですが、やはり安田記念を目標にしたいですね」

 

 

ニホンピロウイナー、ヤマニンゼファーのファンからも望まれている安田記念制覇を選択肢から外すことはできなかった。

 

 

「もちろん、エクリプスステークスとかも興味はありますけどね……」

 

 

「まあ、あくまで海外にはこういうレースがあるということだけは提示しておきたかっただけですので。安田記念は昨年から目標にすると決めていましたものね」

 

 

「ええ、絶対に獲ってきて欲しいレースですね」

 

 

目標、安田記念。

 

 

「あと、秋ですが……」

 

 

「……まじですかい」

 

 

怪しい計画をたてる二人であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

温泉でリラックス&リフレッシュした俺は、体力気力満タンでいつものトレーニングをする場所に戻った。

そして今日もハードなトレーニングを行っている。

 

 

「昨年の激戦の疲労も特にないみたいだし、本当にタフだなあ……」

 

 

【俺はやるぞ~】

 

 

「なんか気合が入っていますね」

 

 

早くレースに出たい。

そんな気持ちでいっぱいだった。

 

それなのに……

 

 

「……大丈夫か~テンペスト?」

 

 

「39.0℃か……熱発ですね。軽い感冒のようです。阪急杯は来週ですが、大事をとって止めた方がいいですね」

 

 

俺は見事に風邪をひいてしまった。

いろいろと張り切り過ぎたせいだ。

正直辛くはない。十分走れるくらいだ。

ただ、おっちゃんたちは俺を休ませるつもりらしい……

 

 

【申し訳ない……】

 

 

「今まで順風満帆すぎて忘れていたが、こういうアクシデントも馬にはつきものだったな」

 

 

「阪急杯がダメとなると、ぶっつけ本番で高松宮記念になりますね」

 

 

「……正直なところ、斤量負担が大きい前哨戦を走らせる必要があるのかどうかについて私も疑問があったんです。ただ、いきなりのスプリント戦は厳しいのではと思ったので出走に踏み切ったのですが……」

 

 

ああああああああ

申し訳ねえ……

 

 

「あ~そんな馬房の隅っこでいじけないの。やっぱこいつ俺たちに迷惑かけたって思っているみたいですよ。賢いなあ……」

 

 

「お~よしよし。次頑張ろうな」

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「テンペストが風邪を引くとはなあ……」

 

 

西崎はテンペストクェークが阪急杯の前週に熱発を起こしたことを藤山調教師からその日に報告を受けていた。

当然出走回避には賛成しており、馬の健康を最優先にするようにお願いしている。

そんな彼は今、テンペストクェークとは関係のないレースを見に来ていた。

 

 

「それにしても、テンペストの妹が牝馬クラシック戦線に挑戦できるとはなあ……」

 

 

島本牧場で生産されたセオドライトの2004は、順調に成長し、とある馬主の所有馬となり栗東の調教師の下でデビューを果たした。

新馬戦、オープン戦を勝利して、昨年11月のファンタジーSで2着、12月の阪神JFでは3着と好走を見せていた。

本日発走予定である、桜花賞のステップ競走のチューリップ賞でもそこそこの人気を集めていた。

西崎は、彼女を所有する馬主からの誘いで競馬場に訪れていたのであった。

 

 

「ウオッカにダイワスカーレットが1,2番人気か。ダイワスカーレットはダイワメジャーの妹なんだな。なんかダイワの冠の馬には縁があるというか……」

 

 

『……続いてヤマニンシュトルム。馬体重は545㎏、+7㎏』

 

 

「でかいなあ……」

 

 

テンペストよりも大きな馬体を有した鹿毛の牝馬は、首を振り回し、曳き歩くスタッフを文字通り振り回しながら歩いていた。全兄のテンペストにあやかって、暴風という意味を持つドイツ語を付けられていたが、行動がすでに暴風のようであった。

 

 

「テンペストクェークの全妹ということでね、気性がいい馬かと思ったんですけど、正反対でした」

 

 

調教師のコメントである。

ヤマニンゼファーは素直な馬だったらしいが、その姉はかなり気性が荒かったと言い伝えられている。牝馬の気性が荒くなる因子が組み込まれているのではないかと疑われつつあった。

因みに現在地方競馬を走っている父トウカイテイオーの兄は、普通に素直な馬だったりする。

 

 

「ただ、首回りとかも含めて物凄い筋肉ですね。正直テンペストより凄い」

 

 

「スプリンターとしての素質は非常に高いらしいです。ただ、気性が荒すぎて控える競馬ができないらしいです。マイルでも厳しいようです。あと大柄なのでコーナリングも苦手です。なんというかシュトルムという言葉通りの馬だと思います」

 

 

ヤマニンシュトルムの馬主は、彼女のポテンシャルを評価しつつも、マイナス要素が多すぎると語っていた。

それなりに知名度のある厩舎だったこともあり、デュランダルやスイープトウショウでGⅠを制した若手のホープに騎乗してもらうことが出来ている。しかし、その騎手もだいぶ手を焼いているようである。

 

 

その後も騎手を振り落とそうとしたり、返し馬を拒否したりと派手な行動を見せていたテンペストの妹、ヤマニンシュトルムはゲート入りも拒否するなどの駄々をこねまくっていた。

何とかなだめてゲート入りすることが出来たが、この時点で馬主はくたくたであった。

 

 

肝心のレースはというと、ラストの直線まで先頭を走り続け、なぜか最後の直線を大外で走り、最後に後続の馬に抜かされて4着でのゴールであった。

 

 

「何とか4着でしたね……」

 

 

「最初から掛かりっぱなし、先頭なのに大外ぶん回し、よくこれで4着になりましたよ。基本的に先頭なうえ、大外を走るから斜行の心配がないのは幸いですが」

 

 

スタートは得意とのことである。「さっさと出たい」という気持ちが強いからだろうと陣営は語っている。

 

1着ウオッカ、2着はダイワスカーレットで人気通りの着順であった。おそらくこの馬たちが今年の牝馬戦線を引っ張っていくことになるだろうと考えていた。

また、このレースに出走していないだけで、有力な牝馬はまだいると聞いている。

ここに狂乱の暴風娘が投入されることになると考えると、まだまだ来年の競馬は面白くなるなあと考えていた。

 

 

 

 

 

 

3月25日、中京競馬場には多くの観客が詰めかけていた。

目当ては昨年の年度代表馬にして、現役世界最強馬であるテンペストクェークであった。

 

 

『テンペストクェークですが、出走予定であった阪急杯の前に、体調不良で回避しております。このため、1200メートル戦を一度も走ったことがないという点が唯一の懸念点ですね。健康状態は特に問題はないようで、体調不良も軽い感冒だったようなので、しっかりと調教は行えていることが調教タイムから見て取れますね』

 

 

今回の高松宮記念には、絶対的な王者は存在しない。上位人気の馬ならだれが勝ってもおかしくはない状態であった。

善戦続きのスズカフェニックス、昨年の覇者にして珍名馬オレハマッテルゼ、前哨戦を勝利したエムオーウイナーやプリサイスマシーン。

そこにマイル~中距離の絶対王者テンペストクェークが乗り込んできた形となった。

 

現在、初の1200メートル戦であるにもかかわらずテンペストクェークが一番人気であった。二番人気は善戦続きのスズカフェニックスである。ただ単勝倍率はそこまで大きな差はなかった。

 

 

「……ヤバいなあ」

 

 

藤山調教師がパドックを見て呟く。

それを聞いていた西崎は頭に?を浮かべながら彼に問いかける。

 

 

「何がヤバいのですか?」

 

 

「スズカフェニックスの仕上がりがちょっと桁違いですね。テンペストもしっかりと調教は積むことが出来たのですが……」

 

 

自分にはあまりわからないのではと思ったが、よく観察してみると、脚や尻の筋肉の付き方が、絶好調のときのテンペストに似ていると感じた。たしかに調子がよさそうに見えた。

前哨戦の熱発回避、絶好調のライバル、初めてのスプリント戦、それなのに一番人気という何か嫌な予感を感じた藤山であった。

 

 

「これはちょっとわからなくなったな」

 

 

電撃6ハロンの戦いに幕が上がる。




ヤマニンゼファーの姉2頭は、ゼファーが入厩する際に「ヤマニンポリシーの仔はこれで最後に願いますよ」と調教師に言わしめたほどの気性の激しさがあったらしいです。テンペストの全妹はその因子を受け継いでしまったのかもしれません。

いろいろとヤバいフラグを積み重ねるテンペストでありますが、果たして……


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電撃6ハロン

「ちょっとわからないかもしれんなあ」

 

 

珍しく先生が弱気になっている。

テンペストの調教は順調であった。追切の様子も問題はなく、今もパドックで調子がよさそうに歩いている。

ただ、騎手の眼から見てもスズカフェニックスの仕上がりはかなりのモノだ。雰囲気としては宝塚記念のテンペストに似ている。

そして騎手は彼だ。

……なんだか縁があるなあ

まあ、それだけ多くの馬に乗っているということなのだろう。

それにスズカフェニックスはサンデーサイレンス産駒だ。

マーベラスサンデー、サイレンススズカ、スペシャルウィーク、ディープインパクトetc.

サンデー産駒で数多くの栄光を勝ち取っている騎手だ。

 

そして、今日のライバルは奴だと俺の本能が知らせてくる。

 

 

「いろいろと不安要素があるが、こちらでできる限りのことはしました。後は頼みます」

 

 

「高森騎手。テンペストをよろしくお願いします」

 

 

今までのように圧倒的なレースはできないかもしれない。

だが、負ける気など毛頭もない。

 

「大丈夫です。彼の強さは本物ですから。表彰式の準備をしていてください」

 

 

これは自惚れではない。油断でもない。

勝ちに行くぞ、テンペスト。

 

 

馬場に入場するとき、テンペストが見つめていた先は、スズカフェニックスであった。馬の眼からも、何かわかることがあるのかもしれない。

返し馬の調子もいい。

速度はあげずに、重馬場となった芝の感触を確かめながら走っている。

いつものテンペストだ。

そう、いつも通りでいい。

7枠13番のゲートにスムーズに入る。

 

 

「日本のファンに、お前の勇姿を見せてやろうぜ」

 

 

ゲートが開いた瞬間に、テンペストは飛び出した。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

俺は馬である。

開幕スタートダッシュに成功した俺は、騎手君の操作に従うように、先頭集団で走り始めた。

今日はかなり水気を含んだ芝になっている。そのためか、一部の馬は走りにくそうにしていた。

俺はこういう地面は特に問題なく走れるので、気になることはなかった。

 

それにしても今日はいつものレースよりちょっとだけペースが早い。

ただ、騎手君も含め、他の馬もペースを緩める気配がしないので、これが適正のペースなのだろう。

だったらそれに従うまでだ。

 

しばらく直線を走り続ける。先頭まで大体10メートルくらいかな。

ペースは依然として少しだけ早いな。ただ、これが短い距離なら特に問題はない。しっかりとラストのスパート用の力を溜められるだろう。

 

 

そして、直線が終わるとコーナーが始まる。

コーナーでは外側を回って走ることになった。

内側が最短距離なんだろうけど、馬がいるので、流石に走ることはできない。ロスかもしれないけど、無理に内側に行く必要はないのだろう。

 

 

「やっぱりきたか!」

 

 

俺の少し後ろから、緑色の服を着た騎手を乗せた馬が前の方にやってくるのが見えた。

騎手君が声を上げたのが聞こえた。

君もあの馬がヤバいと感じていたんだな。

気が合うな。俺もだ。

 

コーナーの終わりが見えてくる。

気が付けば、奴らは俺の隣で走っていた。

俺が内側、隣で一番外を走っているのが奴ら。

直線に入る前に奴らがスパートをかけ始めたのが見えた。

 

 

「ヤバいな!行くぞ!」

 

 

加速して俺の前に行くライバルに危機感を感じたのか、騎手君が俺に鞭を入れて、スパートの指示を出す。

まだコーナーが終わっていないが、いいだろう。

一気に行くぞ!

 

ぬかるんだ地面を一気に蹴り上げる。

鍛えぬいた自分の筋肉が躍動するのを感じた。

 

ライバルは1.5メートルくらい前か。

問題ない。

勝つのは、俺たちだ!

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

競馬場のターフビジョンにゲートの様子が映し出されていた。

 

 

『春のスプリント王決定戦、高松宮記念です。昨年の覇者から、新進気鋭、そして絶対王者の18頭が揃いました』

『絶対的なスプリント王が存在しない今年の高松宮記念。短距離を走り続けてきた古豪も、初タイトルを狙う新進気鋭も、そしてマイル~中距離で比類なき強さを魅せる絶対王者も、すべての馬にチャンスがあります』

『注目の年度代表馬テンペストクェークですが、調子はよさそうですね。1200メートルは短すぎるのではないかと思われている人もいるようですが、自分はそんなことはないように思えますね。今まで走ったレースに比べれば適性が少しあっていない程度のモノでしょう。十分GⅠ級、それもトップクラスのモノを持っていますよ。前哨戦を挟まないぶっつけ本番のスプリント戦ということだけが心配な点ですね』

 

 

スタート直前の1番人気はテンペストクェークであった。二番人気はスズカフェニックスであった。

 

 

『もう一頭注目するとしたら、スズカフェニックスですね。追切のタイムも素晴らしい。かなりの仕上がりだと思います。タイトルは東京新聞杯だけですが、ポテンシャルは相当なものがありそうです』

 

 

テンペストクェークの3階級GⅠ制覇か、オレハマッテルゼの連覇か、それとも古豪、新進気鋭の勝利か。観客は今か今かと待ち構えていた。

 

 

『ゲート入りは順調に進んでいます』

 

『新しいスプリント王は誰になるのか。新たなるニューヒーローが誕生するのか、父の果たせなかった栄光をつかむことが出来るのか。3階級GⅠ制覇に向けて、絶対王者が走ります。電撃6ハロン、今スタートしました!』

 

『各馬きれいなスタートを切りました。テンペストクェークが一歩先に出る。それに続いてエムオーウイナー、ディバインシルバーがどんどんとに出てくる。その後ろにモンローブロンド、シーイズトウショウ、サチノスイーティーが続きます。テンペストクェークはやや控えて6番手にいます』

 

 

テンペストクェークが好ダッシュを見せ、そのほかの馬も大きく出遅れた馬はおらず、スタート直後の直線は込み合っていた。

コーナー前まで進むと、縦長の展開になっていき、先頭の2頭が引っ張っていく形になっていった。

 

 

『依然としてテンペストクェークは前から6頭目。やや外を走っている。その後ろには……』

 

『……8番のスズカフェニックスは中団後方外を走っている……』

 

『……最後方はビーナスライン。先頭、600メートルを通過しました。タイムは34秒です。ややスローペースか』

 

 

重馬場の影響か、当初から予想されたようにペースがややスローであった。先頭集団が前残りするのではないかと考えている観客も多くいた。

第3コーナーから第4コーナーに入るころ、中団にいたスズカフェニックスが外を回りながら先頭集団に取り付こうとしていた。そしてテンペストクェークもそれに併走するように前に上がっていく。

 

 

『……各馬スピードが上がってきた。縦長から徐々に馬群が固まってきている。先頭は依然としてディバインシルバー、その横にエムオーウイナー、そしてその後ろにテンペストクェークとスズカフェニックスが併走している』

 

 

第4コーナーでスズカフェニックスとテンペストクェークに鞭が入った。

先に仕掛けたのはスズカフェニックスであったが、両者ほぼ同時に末脚を炸裂させたのであった。

 

 

『直線に入って外から2頭が出てきた!スズカフェニックスとテンペストクェークだ。残り300を切って先頭はディバインシルバー、エムオーウイナー。先頭集団は粘るが、これは厳しいか!』

 

 

先頭集団で逃げていた馬たちを中団、後方から差し切りを考える馬が一気に猛追する。しかし重馬場ということもあり、重たい馬場が苦手な馬は、なかなか加速することが出来なかった。

しかし、第4コーナーから加速を始めた2頭は、残り300メートル付近ですでに先頭集団から2、3馬身程度の場所で控えていた。そして外を走っていたこともあり、前を遮る馬は一頭もいなかった。

 

 

『残り200を切った。内側のシーイズトウショウが伸びるがこれは厳しい。外からスズカフェニックスが先頭、その後ろにテンペストクェークだ。後続を引き離す!これはこの2頭だ!』

 

 

重馬場をものともしない切れ味ある末脚を先に発揮したのはスズカフェニックスであった。

 

 

『スズカフェニックスだ、しかしテンペストクェークも伸びる、フェニックスかテンペストか!後続に2馬身、3馬身の差をつけた。2頭の叩きあいだ、どっちだ!どっちだ!』

 

 

ラスト200メートル。先に抜け出したのはスズカフェニックスであった。しかしそこから異次元の伸びを見せ、テンペストクェークが前を行くスズカフェニックスに馬体を併せた。

そこから数十メートルは二頭の競り合いであった。

 

 

『2頭同時にゴールイン!これは全く分からない!先に仕掛けたスズカフェニックスか、それとも追いついたテンペストクェークか。これは全く分からない!』

 

 

実況も解説も、観客もわからなかった。

首の上げ下げもシンクロしていたため、ターフビジョンやテレビ画面に流れるゴールの瞬間を見直しても同じタイミングで入線しているようにしか見えなかった。

 

 

『勝ち時計は1.07.5です。2着と3着の着差は3馬身半。まさに2頭の圧勝劇でした』

 

 

重馬場とは思えない末脚を2頭は炸裂させていた。特にラストの直線300メートルの末脚は他の馬が止まっているように見えるものだった。

 

 

 

1着と2着の判定に時間がかかっていた。

 

 

「……これ、同着だよな」

 

 

特殊な方式で撮影された写真には、2頭仲良く揃って入線している様子が映し出されていた。鏡に映った画像でも同じように映っていた。

公正な競馬を運営するために、最新鋭の技術と人員で着順の判定を行ったが、何度確認しても、誰が確認しても同着であった。

これがもし誤審だった場合、年度代表馬であるテンペストクェークに配慮した、などと言われてしまう。それは避けたい未来であった。

そのため、時間の許す限り慎重に判定を行ったが結果は同着であった。

 

 

「仕方がない、同着だ」

 

 

こうして珍しいGⅠ競走同着が高松宮記念で適用された。

2005年のジャパンカップ以来であった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「どちらでしょうか」

 

 

「いや、わからん」

 

 

先にスズカフェニックスに前に行かれた時は肝が冷えたが、テンペストはそこからしっかりと追い付いてくれた。末脚のキレが同じなら、後は馬体を併せて押し切ろうと考えたが、スズカフェニックスの方もかなり粘っていた。

あと100~200メートル長かったら俺たちの勝ちだったと思う。

 

それにしても手ごたえがわからん。

同じ接戦だったチャンピオンステークスは、心の中では勝ったかもという気持ちがあったが、今回はまるで分からなかった。ただ、負けたかもという気持ちもなかった。

 

 

「ちょっとわかりませんでしたね」

 

 

そういえば彼は、スペシャルウィークの有馬記念でのトラウマがあったな……

あまり刺激しないおこう。

 

 

しばらく待つがなかなか結果判定がでない。

……もしかして

 

 

「これってまさか……」

 

 

ターフビジョンに同着の文字が点灯する。

 

 

「マジか」

 

 

大歓声が上がり、2頭の同着を観客が歓迎しているのが聞こえた。

スプリント戦とはいえ、テンペストの得意な展開に持ち込んで同着にされたのか……

 

 

「スズカフェニックス、強かったですね」

 

 

「いい仔だよ。本当に今日は頑張ってくれたね」

 

 

とりあえず、俺とテンペストは先生たちのところに向かう。

実は同着という経験はないので、この場合どうなるのかがわからなかった。

 

 

「高森君、お疲れ様。同着ではあるが、1着は1着だ。ありがとうございました」

 

 

「本当にお疲れ様です。テンペストも頑張ったな~」

 

 

スタッフやオーナーたちに褒められるテンペスト。

いつものように喜んでいるが、ちょっと悔しそうにしているのは気のせいだろうか。

 

 

「お前は頑張ってくれたよ。次も頑張ろうな」

 

 

首を撫でて、彼の奮闘を讃える。

軽く首を振って嘶くと、いつものテンペストに戻った気がした。

……結構わかりやすいな、テンペスト。

いろいろあったけど、今年もよろしくな。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「同着の場合ってどうなるんですか?」

 

 

「2005年のジャパンカップのときは、表彰式は同時には行わなかったみたいです。今回はどうなるのでしょうね。賞金に関しては、1着と2着の合計を半分にした金額が支払われるはずです」

 

 

テンペストのチェックが終わった厩務員の秋山が賞金について説明をする。

高松宮記念の1着賞金は約9800万円で、2着賞金が約3900万円である。

 

 

「計算すると大体6900万くらいですね。GⅡレベルの重賞の賞金額より少し多いくらいになってしまいますね」

 

 

「まあ、勝てないよりはマシですね」

 

 

高森騎手とスズカフェニックスの騎手が同時にインタビューを受けているのをしり目に、西崎と藤山は彼の達成した記録を思い返す。

 

 

「同着のインパクトで忘れていましたが、テンペストってこれでGⅠを10勝目ですよね」

 

 

「そうですね。GⅠの連勝記録も8連勝で新記録です。中山記念を挟んだ場合の記録は10連勝です。あと重賞も12連勝です。そしてスプリント、マイル、インターミディエートの3階級GⅠ制覇を達成しました」

 

 

「これ、ゼッケンに入れる星のマークのスペース足りなくなりませんか……」

 

 

テンペストのゼッケンには獲ったGⅠの数と同じ9個の星のマークが刻まれている。今日の勝利で10個目となる。

この後も普通にテンペストは勝ちそうなので、入れるスペースがなくなりそうだと危惧していた。

 

 

「さて、そろそろ表彰をどうするか決まるだろうし、忙しくなりますよ」

 

 

最終的に、スズカフェニックスのオーナーも西崎も表彰については、主催者側の都合に合わせると明言したため、表彰は同時に行われることになったのであった。

トロフィーはスズカフェニックスが、優勝レイはテンペストクェークが受け取ることになって、無事に終了した。

 

 

 

 

祝勝会には、多くの関係者が集まっていた。

同着だったのでスズカフェニックスの馬主と話し合い、同じ会場で祝勝会をすることになった。珍しい同着を共に祝いましょうということだった。

スプリント戦とはいえ、世界最強馬と同着の1位になったのはかなりの快挙。ケガもなく無事に走り終えてくれたので良かったと話していた。

 

 

「西崎さん、おめでとうございます」

 

 

「ああ、ありがとうございます。この間のチューリップ賞ではお世話になりました」

 

 

「いえいえ、また見に来ていただけたら幸いです」

 

 

テンペストの全妹を所有している馬主であった。

そしてテンペストの父ヤマニンゼファーの馬主でもあった。

 

 

「テンペストはゼファーがどうしても勝てなかった短距離GⅠを勝ってくれました。私の眼でこの光景を見ることが出来てよかったです」

 

 

本音を言えば、自分の所有馬で3階級GⅠ制覇を達成したかったが、それは望み過ぎであることも自覚していた。

 

 

「私はただ、出走を決めただけですよ。本当にすごいのはテンペスト自身と、騎手やスタッフの方々ですよ。それに、ヤマニンゼファーの強さがあったからテンペストは今日のレースに勝てたのだと思います」

 

 

「……そういってもらえるとゼファーも喜びます」

 

 

会話を終えた西崎は、競馬の奥深さを痛感していた。

 

 

「これがブラッドスポーツと呼ばれる所以なのかな……」

 

 




本当はどちらかでに決着をつける予定だったのですが、ドバイターフを見て同着にしてしまいました。パンサラッサ君しゅごい


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閑話6

第43話と同時投稿しております。

実際の実況スレはちょっと公序良俗に反する言葉が乱立するので、かなりマイルドな表現になっていることをご承知ください。



・高松宮記念の実況スレ

 

34:名無しの競馬ファン

テンペストクェークが一番人気

スズカフェニックスが二番人気

 

35:名無しの競馬ファン

テンペストクェークって1200メートルは初めてだけど大丈夫なのかね。

 

36:名無しの競馬ファン

普通にスピードはあるし、大丈夫なんじゃね。

 

37:名無しの競馬ファン

阪急杯を回避したときは大丈夫かと思ったけど、追切のタイムもいいし、別に大丈夫なんじゃね。それよりスズカフェニックスが二番人気なのがわからん。

 

38:名無しの競馬ファン

>>37 スズカフェニックスの方は追切の様子がかなり良かったことと、上がりのタイムがかなりいいから期待されている。

 

39:名無しの競馬ファン

正直今の短距離は王者がいないからな。有力馬ならだれでもチャンスがあるんじゃないかな。

 

40:名無しの競馬ファン

ヤマニンゼファーも1200メートルで好走しているし、普通に走れると思う。

 

41:名無しの競馬ファン

2回とも2着だったな。ライバルが強すぎた。

 

42:名無しの競馬ファン

ニシノフラワーはいいとして、サクラバクシンオーはちょっとねえ……

 

43:名無しの競馬ファン

ただ、純粋なスプリンターとしての能力はやや劣るらしいけど。

 

44:名無しの競馬ファン

>>43 それ、テンペストクェークのマイル~中距離の能力に比べたらって意味だからな。

 

45:名無しの競馬ファン

普通にトップクラスの能力があるってことじゃないですか……

 

46:名無しの競馬ファン

それにライバルになりうる絶対的な強さを持っているスプリンターはいない。だから一番人気になっている。

 

47:名無しの競馬ファン

テンペストクェークが勝てばGⅠは10勝目か。どこまでいくんだよ。

 

48:名無しの競馬ファン

しかも短距離、マイル、中距離の3階級GⅠ制覇

 

49:名無しの競馬ファン

ダービーや有馬とか獲ってない馬でここまで勝つ馬とか意味わからん。

 

50:名無しの競馬ファン

海外が6勝だからなあ。実質海外馬扱いされているのは笑える。

 

51:名無しの競馬ファン

ゼッケンに勝ったGⅠの数だけ星のマーク付けているみたいなんだけど、だんだんスペースが消えてきている。

 

52:名無しの競馬ファン

贅沢過ぎる悩み

 

53:名無しの競馬ファン

欧州年度代表馬、ランキング単独一位etc. 俺たちは新しい歴史を見ている。

 

54:名無しの競馬ファン

その歴史的名馬は温泉でメロンにつられる安い馬だけどな

 

55:名無しの競馬ファン

というか去年から癖馬というかバカ馬らしい要素はあったけど

 

56:名無しの競馬ファン

>>55 言っておくがテンペストは滅茶苦茶賢いらしいからな。バカっぽいのは事実だけど。

 

57:名無しの競馬ファン

>>56 バカという基準が馬ではなくて人間なんだよ。小学校高学年くらいのガキを思い浮かべる。

 

58:名無しの競馬ファン

取材とかで厩務員とか調教師をからかって遊んでいる様子を見たけど、やっぱり賢いよ。大人しくしないといけない場所では大人しいし。オンオフの切り替えが人間レベル。

 

59:名無しの競馬ファン

騎手公認でUMA扱いされていたからな。人間の言葉わかってるんじゃないのか

 

60:名無しの競馬ファン

高森騎手いわく、テンペストの悪口を言うと、服を破られるらしい。なんか人の雰囲気や声色とかで判断しているって話だよ。

 

61:名無しの競馬ファン

絶対に人間には噛みつかないし、蹴ったりもしないらしい。

 

62:名無しの競馬ファン

記者とかの話によると、馬房とかでカメラを向けると、必ずカメラの方を向いてくれるらしい。そうすると人間が喜ぶって認識しているらしいよ。

 

63:名無しの競馬ファン

は~さすがやなあ……

 

64:名無しの競馬ファン

下手な乗馬用の馬より乗りやすそう。

 

65:名無しの競馬ファン

>>64 それはない……ないよね?

 

66:名無しの競馬ファン

>>64 女王陛下が普通に乗ってるんだよなあ……

 

 

 

 

 

87:名無しの競馬ファン

ただのテンペストスレになってしまったので軌道修正。

高松宮記念だけどどんな展開になりそうよ。

 

88:名無しの競馬ファン

重馬場だからなあ。もしかしたら前残りするかもしれん。ただ、テンペストに重馬場は不利どころか有利だからな。普通に上がり1Fを10秒台で走ってくると思うよ。

 

89:名無しの競馬ファン

じゃあやっぱテンペスト軸に考えるかなあ。

 

90:名無しの競馬ファン

こういう時にドカッと負けたりすることがあるから怖いのよ

 

91:名無しの競馬ファン

テンペストおじさんはテンペストに賭けているだろうなあ……

 

92:名無しの競馬ファン

あのテンペストを追いかけ続けて仕事を失った狂人か。

 

93:名無しの競馬ファン

多分ぶっこんでるだろうな。

 

94:名無しの競馬ファン

さて、そろそろパドック周回だな

 

95:名無しの競馬ファン

テンペストは仕上がりがよさそうだな。馬体重も香港カップのときと変わっていないし。

 

96:名無しの競馬ファン

休み明け初戦でも問題なさそう。というかこういう調整ミスったことがないのは強い。

 

97:名無しの競馬ファン

その辺のテンペストの強さの一つだよなあ。

 

98:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスもかなりいいな。テンペストに負けず劣らずだな。

 

99:名無しの競馬ファン

落ち着いているし、筋肉の付き方もいい。これは買いだな。

 

 

 

 

 

152:名無しの競馬ファン

返し馬もよさそうだ。今も落ち着いている。これはテンペストが行くんじゃないか

 

153:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスもよさそうだぞ。

 

154:名無しの競馬ファン

そろそろファンファーレだ。

 

155:名無しの競馬ファン

関東も好きだけど関西も好き

 

156:名無しの競馬ファン

どうなることやら……

 

157:名無しの競馬ファン

頼んだぞ高森、負けたら承知しねえぞ

 

158:名無しの競馬ファン

ゲート入りもスムーズ。頼むから躓くなよ

 

159:名無しの競馬ファン

ゲート入りはヨシ

 

160:名無しの競馬ファン

スタート!

 

161:名無しの競馬ファン

スタートした!

 

162:名無しの競馬ファン

スタートうまい!

 

163:名無しの競馬ファン

テンペストうまいな

 

164:名無しの競馬ファン

躓かなければスタートはうまい方よ

 

165:名無しの競馬ファン

先行ポジションか、いい位置。

 

166:名無しの競馬ファン

ちょっと外側だけど、よきよき。

 

167:名無しの競馬ファン

ちょっとスローペースか?

 

168:名無しの競馬ファン

そうみたいだな

 

169:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスが上がってきたぞ

 

170:名無しの競馬ファン

大外回ってきた!

 

171:名無しの競馬ファン

これ大丈夫なのか

 

172:名無しの競馬ファン

むしろ後ろだと不味いってことだろ。

 

173:名無しの競馬ファン

ペースが遅いって判断したのか

 

174:名無しの競馬ファン

直線!

 

175:名無しの競馬ファン

見慣れた光景

 

176:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスだ

 

177:名無しの競馬ファン

おいおいテンペストと末脚勝負するのかよ

 

178:名無しの競馬ファン

スズカフェニックス先頭

 

179:名無しの競馬ファン

テンペスト大丈夫か

 

180:名無しの競馬ファン

テンペストが伸びた!

 

181:名無しの競馬ファン

この二段階加速よ!

 

182:名無しの競馬ファン

お見せっ!お前の末脚を!

 

183:名無しの競馬ファン

いけ、差せ

 

184:名無しの競馬ファン

粘れ、頼む

 

185:名無しの競馬ファン

いったーーーーー

 

186:名無しの競馬ファン

どっちだーーーー

 

187:名無しの競馬ファン

差し切った?

 

188:名無しの競馬ファン

わからん

 

189:名無しの競馬ファン

なんだこれ

 

190:名無しの競馬ファン

ほぼ同着

 

191:名無しの競馬ファン

写真判定だな

 

 

 

 

 

205:名無しの競馬ファン

長いな

 

206:名無しの競馬ファン

結局どっちよ

 

207:名無しの競馬ファン

流れている映像見てもわからん。首の上げ下げまでシンクロしておる。

 

208:名無しの競馬ファン

3着に3馬身半かよ。圧勝だな。

 

209:名無しの競馬ファン

テンペストは予想できたとして、スズカフェニックスがここまで伸びるとは

 

210:名無しの競馬ファン

調子がよさそうっていう判断は間違いではなかった。

 

211:名無しの競馬ファン

テンペストがレース前にパドックとかで見つめたりしている馬って結構上位入着する馬が多いのよね。何か感じる事でもあるのかな。

 

212:名無しの競馬ファン

>>211 それマジ

 

213:名無しの競馬ファン

>>211 さすがに嘘だろ

 

214:名無しの競馬ファン

>>211 録画を見返すか

 

215:名無しの競馬ファン

同着!

 

216:名無しの競馬ファン

同着か~

 

217:名無しの競馬ファン

まあなんとなくわかってた。

 

218:名無しの競馬ファン

映像でもほとんど同じだったもんなあ

 

219:名無しの競馬ファン

時間の掛けようが物語っているわな。

 

220:名無しの競馬ファン

同着かあ

 

221:名無しの競馬ファン

同着だと賞金とかどうなるんだったっけ

 

222:名無しの競馬ファン

1着賞金と2着賞金の合計金額を半分にした金額になるはず。

 

223:名無しの競馬ファン

馬券の方は?

 

224:名無しの競馬ファン

>>223 1着が2頭以上となった場合は、いずれか1頭の馬を1着、いずれかの1頭の馬を2着、及びいずれかの1頭の馬を3着とみなす

 

225:名無しの競馬ファン

一昨年のジャパンカップもそんな感じだった

 

226:名無しの競馬ファン

完全に二頭の世界だったな

 

227:名無しの競馬ファン

テンペストクェークが凄いのか、スズカフェニックスが凄いのか、それとも他の馬が情けないのか

 

228:名無しの競馬ファン

>>227 全部じゃね

 

229:名無しの競馬ファン

テンペストクェークはこれでGⅠを10勝目か

 

230:名無しの競馬ファン

GⅠは8連勝。中山記念を挟むと10連勝。重賞は12連勝。ヤバい

 

231:名無しの競馬ファン

>>230 化け物定期

 

232:名無しの競馬ファン

父ヤマニンゼファーから意味不明な怪物が誕生していて笑える

 

233:名無しの競馬ファン

母方の方面はサクラの馬だらけだから。何気にサクラレイコの血が入っているのも面白い。

 

234:名無しの競馬ファン

マルゼンスキーの強さも受け継いでいるな。脚部不安は全く受け継がなかったけど。

 

235:名無しの競馬ファン

祖父の重馬場×も受け継いでいない。

 

236:名無しの競馬ファン

意味わからない

 

237:名無しの競馬ファン

とりあえず3階級GⅠ制覇おめでとう!

 

238:名無しの競馬ファン

ドバイDFの方が賞金額も勝つ可能性も高いのに、あえて高松宮記念に向かったのは凄い

 

239:名無しの競馬ファン

西崎オーナーと藤山調教師のタッグには目が離せねえ……

 

240:名無しの競馬ファン

次は安田記念かな?

 

241:名無しの競馬ファン

西崎オーナーのブログによると、疲労次第で決めるらしい。問題ないなら香港のQE2Cに行くらしい。

 

242:名無しの競馬ファン

1200から2000って大丈夫なのかよ

 

243:名無しの競馬ファン

大丈夫なんじゃね?

 

244:名無しの競馬ファン

 

 

 

 

 

266:名無しの競馬ファン

スズカフェニックスの評価も上がったのかな

 

267:名無しの競馬ファン

本来の適正とは違う距離とはいえ、テンペストクェークに同着だからなあ。最後の末脚もかなりのモノだったし。重馬場の方が強いのかな。

 

268:名無しの競馬ファン

オレハマッテルゼやプリサイズマシーンとかの3番人気以下の馬も健闘するかの思ったけど、ダメだったなあ。

 

269:名無しの競馬ファン

2頭がアタマ抜けていたな。テンペストは1200メートルでもトップクラスの実力があるってわからされただけだった。

 

270:名無しの競馬ファン

でもスズカフェニックスもかなり実力があるってわかったからこれから楽しみだな。次は安田記念かな

 

271:名無しの競馬ファン

安田記念はテンペスト、ダイワメジャーが出るだろうしちょっと厳しいのでは……

 

272:名無しの競馬ファン

そのダイワメジャーもテンペストには全敗しているからなあ

 

273:名無しの競馬ファン

5着のオレハマッテルゼとかも安田記念にいくとおもうけど、正直力不足かなあ。

 

274:名無しの競馬ファン

どうなるんだろうね

 

 




今後の実況スレ形式の掲示板は、くどく無い程度に入れていこうと思います。
ただ、新しいお話を期待してくださる方も多いと思いますので、レースがある話と同時投稿にしていこうと思います。
何卒よろしくお願いいたします。


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ドキッ!牡馬(と騙馬)だらけの香港遠征

俺は馬である。

ちょっと前に走ったレースでは、どうやら同着だったようで、普通に悔しかった。

距離がちょっと短いというのもあったが、それはただの言い訳でしかない。

それに、俺と同着だったあの馬。なかなかのスピードを持っていた。気合も十分だったし、かなりの強敵だったな。

 

騎手君たちは俺を褒めてくれたのでよかったが、次はもっとしっかりと勝利したい。

 

 

そんな感じでレースを終えた俺は、また忙しい毎日を送っていた。

そして俺は今、空の上にいた。

 

 

【また、海外かよ……】

 

 

本当に馬使いが荒いんだから。

俺じゃなかったら調子を落としてしまうぞ。

全く……

次はどこの国かな?

久しぶりに去年のあのトレーニング場に行きたいな。あそこには俺を慕ってくれた馬たちもたくさんいるし、何より雰囲気が良かった。

実家のような安心感があった。

 

しかし、飛行機はそこまで長い時間のフライトではなかった。

やっと自由になれる。

……が、その前に。

 

 

【なんでこんなに待たせたの?】

 

 

飛行機が飛ぶ前に、狭いコンテナで10時間近く待たされたことはちょっと怒ってもいいよね。

 

 

「テンペスト、かなり怒ってません?」

 

 

「めったに怒らない馬らしいけど、今回のことは相当頭に来ているらしい。機上でもかなりカッカしていたらしいよ」

 

 

いろいろな事情があったのだとは思うけど、それを起こさないのがプロってものでしょ。

この飛行機は俺しか乗ってなかったからいいけど。

普通の馬だったら多分調子悪くしていたぞ。

 

 

「ごめんな。ホラ、これあげるから」

 

 

【そんなもので、ってメロンだ!】

 

 

うん。

まあプロでもミスはあるし、許してあげよう。

別に食べ物につられたわけではない。決してそうではない。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「飛行機の機体トラブルがあって、ストールの中で10時間以上も閉じ込められたらしいですけど、普通に元気ですね」

 

 

繊細なサラブレッドにとってこれだけのことが起きれば、相当に精神面でダメージが入ってしまう。

しかし目の前で飼い葉を食べているサラブレッドは、そんなトラブルはそもそもありませんでしたというばかりにいつも通りであった。

 

 

「テンペストは身体能力に加えて、精神力が下手な人間より強いですね。自分も飛行機で10時間以上も待機させられたら普通に参ってしまいますよ」

 

 

「当の本人はケロッとしてますけどね」

 

 

香港遠征に帯同している秋山と本村は、元気そうに過ごしているテンペストを見て、強い馬だなあと感じていた。

テンペストクェークは4月29日に香港の沙田競馬場で行われるクイーンエリザベスⅡ世カップに出走予定であった。

西崎オーナーは、高松宮記念の後は安田記念でもいいのではと考えていたが、高松宮記念が終わった後もテンペストに大きな疲労もダメージもなかったため、藤山調教師に勧められた出走計画の通り、海外GⅠであるクイーンエリザベスⅡ世カップに出走を決めたのであった。

曰く、「テンペストはエリザベス女王に縁があるし、出れるなら出ましょうか」とのことである。

 

 

「基本的には昨年の香港カップと同じですね。テンペストが大得意の2000メートル競走ですし、負ける要素がないって言われてますよ」

 

 

「それはそれでキツイものがある。去年のディープ陣営の気持ちが理解できるよ……」

 

 

テンペストはすでにGⅠを10勝しており、連勝記録をさらに伸ばし続けている。世界に目を向ければGⅠ競走やGⅠ級競走を10勝以上した馬はいないわけではない。ただ、これだけ国際色豊かな勝ち鞍を有している馬は他には存在しなかった。

 

絶対的な強さは確かに人を退屈にさせる。

ただ、テンペストはその退屈させる領域を超えてしまったのである。この偉大な馬がどこまで行くのか、その先を見たいと思うようになっていた。

 

 

「JRAもメディアも全力でテンペストを応援していますからね。もう行きつくところまで行くしかないでしょう」

 

 

香港での評判も高い。

マイル~中距離であの馬に勝てる馬は、香港にはいないとまで言わしめていた。

全盛期のサイレントウィットネス級の馬(マイル~中距離版)に勝てるわけがないと戦意喪失している関係者もいた。

それでもクイーンエリザベスⅡ世カップにはテンペストを含めた11頭の馬が集結した。

 

 

「それにしてもダイワメジャーがチャンピオンズマイルの方に出走するとはね。アドマイヤムーンと同じようにUAEから転戦してきたみたいです」

 

 

同じ日に施行されるマイルGⅠのチャンピオンズマイルにダイワメジャーが出走予定であった。すでに香港入りしており、アドマイヤムーンと共にこちらで調整を行っている。

ドバイDFを勝利したアドマイヤムーンも、テンペストと同様にクイーンエリザベスⅡ世カップに出走予定であり、香港カップ以来のレースである。

 

 

「ダイワメジャーの関係者からは、テンペストの香港遠征は歓迎されていますよ。ダイワメジャーと仲がいいですからね」

 

 

競走馬は繊細な生き物であるため、見知った仲の馬がいるかいないかで遠征の結果も変わったりする。テンペストは一人で遠征に行ってもまったく問題がないが、それは彼がUMAであるが故の特殊性なので、他の馬に当てはめてはいけないのである。

 

 

 

 

そしてテンペストの香港での調教初日。

すでに多くの報道陣が詰めかけて、テンペストの調子を見定めていた。輸送トラブルがあったことは伝わっており、万が一もあるためである。

今日は軽めの調整と聞いているがどのような様子であるのかは気になるところである。

 

 

「……こりゃあだめだな」

 

 

テンペストに向けてはなった言葉は、テンペストが勝てる見込みがないという意味での言葉ではなかった。

他の馬に可能性がないという意味での言葉であった。

 

テンペストクェークはいつも通りだった。

そう、昨年の圧倒的な走りを見せたときと何も変わっていなかった。

このことは、クイーンエリザベスⅡ世カップでは、去年と同じような走りをしてくるという意味を持つ。

香港GⅠを2勝、ドバイSCを勝ったヴェンジェンスオブレイン、ドバイDFを勝利したアドマイヤムーンと強豪はそろっている。しかし彼らでもテンペストクェークを倒すのは難しいのではないかと言わざるを得なかった。

そして軽めの調教を見た後も、その存在感は変わらなかった。

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

「注目されていますね……」

 

 

今日は最終追切の日だ。

俺とテンペストはいつも通りの追切を終えて、クールダウンを行っていた。

同じようにアドマイヤムーンやダイワメジャーも追切を終えてクールダウンをしていた。

 

 

「それにしても、なんか縁がありますねえ……」

 

 

アドマイヤムーンの鞍上はまたしても彼だった。

いや、日本一の腕前を持つ騎手だからGⅠあるところに彼の姿有りといったところか。

ダイワメジャーの鞍上は、結構俺と年齢が近い騎手だ。若いころは笠松時代のオグリキャップに乗っていたこともあると聞いている。数年前に地方競馬から中央競馬に殴り込みをかけてきた実力派騎手でもある。

 

クールダウンで歩かせていると、ダイワメジャーが何か気に入らないのか、テンペストに突っかかっていた。それをテンペストは軽くあしらっていた。これは、美浦でも割と見かける光景だ。

また、アドマイヤムーンとも仲がいいのか何やら嘶きあっている。アドマイヤムーンは、レースや調教時以外では大人しい気性であるためか、同じく穏やかな気性であるテンペストとは相性がいいようだ。香港カップのときもテンペストと仲良くしていたと聞いている。

 

 

「イケイケな長男にバランス感覚のある次男、大人しい三男って感じですね」

 

 

ちょうど6歳、5歳、4歳と年齢が違うのも面白い。

テンペストがいい感じに潤滑油になっているのか、アドマイヤムーンとダイワメジャーも喧嘩することなく調教を受けているな。

 

 

「全く、修学旅行に来たわけじゃないんだぞ」

 

 

俺の言葉に、上に乗っていた二人が笑う。

 

 

「修学旅行ですか。どちらかといえばカチコミに近いですけどね……」

 

 

「チャンピオンズマイルに出走するのはダイワメジャーだけなので、頑張ってくださいね」

 

 

「き、緊張しますねえ……」

 

 

2歳しか変わらないが、一応俺の方が先輩である。

彼らには勝ってきてほしいところである。

ただ、同じレースに出る彼には負けたくはない。

 

 

「君には負けませんよ」

 

 

「お手柔らかにお願いします、先輩」

 

 

こうやってトップ層と軽口を言える程度には俺も強くなったのかねえ……

 

 

 

 

―――――――――――――――

 

 

4月29日、香港・沙田競馬場。

国際色あふれる競馬場に、とある一団が訪れていた。

 

 

「いやー社員旅行で香港、それも競馬場に来れるとは。社長には感謝しかありませんね」

 

 

西崎が社長の測量会社は、年間スケジュールが詰まっているため、社員旅行というものを例年は行っていない。

しかし、幹部から、香港競馬を見に行くついでに、GWで香港に社員旅行に行きませんかという提案を受けて、社員の福利厚生も兼ねて社員旅行で香港に来ていたのであった。テンペストが出走しなかったらどうする予定だったのかについては聞いてはいけない。

競馬に興味のない社員は地元の香港観光に繰り出しており、競馬場にいるのは、競馬好きの社員かテンペストクェークに興味のある社員だけであった。

社長の西崎は馬主として交流があるのか、別の場所に行ってしまったため、社員は思い思いの行動をしていた。

ただ、海外の競馬場は初めてであるため、固まって過ごしていた。

 

 

「今日のメインレースがチャンピオンズマイルとクイーンエリザベスⅡ世カップか。他にも地元の香港のレースもあるし、賭けていくぞ~」

 

 

「まあ、一文無しになるなよ……」

 

 

ああやって人は金を失っていくんだなと若い社員を見ながら競馬好きの幹部社員たちは見守っていた。

 

 

「現地の新聞ではテンペストクェーク特集もやっているみたいですね」

 

 

テンペストの写真が一面に掲載されており、特集されていることが中国語が読めない彼らでも分かった。

 

 

「地元の香港勢や出走している陣営からしてみれば、なんでここに来るんだよと思われていそうですね」

 

 

高松宮記念と安田記念の間に日本と近い香港で、しかも芝2000メートルというテンペストが得意な距離のGⅠレースがあったので、このレースを選んだだけである。

海外遠征を遠足感覚で行う陣営である。

 

 

「安田記念を射程に入れなければ、6月~8月の英国のマイル~中距離レースに出てたかもって言ってましたね。テンペストなら全部獲ってきそうで怖いですけど」

 

 

「そうしたら多分英国の関係者から来ないでくれと泣きつかれるぞ」

 

 

笑い合う社員たち。

彼らの中には、地方競馬の馬主をしている人もいれば一口をやっている人もいる。

数年前に、自分の社長が馬主になり、馬を買ったことは知っていた。

血統は微妙ではあったが、ロマンがあった。ただ、社長の父親である前社長を知っている社員は、選馬眼の悪さも受け継いでいないかと心配していた。

 

無事にデビューができると聞いたときは一安心した。

新馬戦を勝利したときは、会社で祝勝会をした。

重賞で2着になったときもお祭り騒ぎだった。

皐月賞での走りは社員の度肝を抜いた。

一昨年の秋以降の連勝劇になんで社長が、と嫉妬もした。

昨年の圧倒的な走りは嫉妬すらも忘れさせた。

 

気が付けば皆テンペストクェークの虜にされていた。

 

 

「さて、最初はチャンピオンズマイルか。ダイワメジャーがどこまで走れるかな」

 

 

その後、めったに来られないであろう沙田競馬場を散策したり、地元の競馬を観戦して楽しんでいた。一部の社員は所持金の大半を溶かし尽くして顔が死んでいた。

そして午後、第7競走チャンピオンズマイルが始まる。

 

 

「さて、ダイワメジャーは2番人気か。日本での実績もあるし、ドバイDF3着も評価されたのかな。1番人気はグッドババか。今年に入って3連勝中の馬だな」

 

 

ダイワメジャーはGⅠを3勝しており実績はあるが、意外と取りこぼしも多いことやドバイからの海外連戦も考慮されて2番人気となっていた。

現地を訪れている日本人は、ダイワメジャーに賭けている人も多かった。

 

パドック周回でも特に問題はなく、そのまま出走時間となり、ゲート入りが始まる。

パドック周回のダイワメジャーは調子がよさそうに見えていた。

 

 

ゲートが開き、10頭の馬が飛び出す。

ダイワメジャーは先行策をとるようで、3,4番手の位置にいる。1番人気のグッドババは先行集団で走り、エイブルワンが先頭一番手で逃げている。

向こう正面を走り続け、大きな順位の変動がないままそのままの位置で第3コーナーに入る。

 

 

「頼むぞ!行け!」

 

 

第4コーナーが終わり、七番人気のエイブルワンが変わらず先頭で逃げており、そこから2馬身程度後ろに3番の馬がいる。そしてその後ろにダイワメジャーは控えていた。

ゴールが近くなったことで、観客の歓声も徐々に大きいものになる。

 

残り400メートルを切り、直線に入ると、ダイワメジャーが一気に伸びてきて、先頭で粘り続けるエイブルワンを捉えにかかる。

 

 

「いいぞ