音速の追跡者 (魔女っ子アルト姫)
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1話

真夜中。頼りなさげに街灯が宵闇に抵抗するかの如く、灯りを付けているが古びているからか時々消えては点灯を繰り返し続けている。加えて街灯の間隔も長い為に、暗さは余計に深く思える。酷く静かな町の中は更に静かに思える。

 

「ほっほっほっほっ……」

 

そんな闇の中にポツンと浮かび上がる人魂のような灯り、それは一人のウマ娘が胸に付けているライトの灯りだった。夜目は利くが、相手に自分は此処に居るという証明になるので外す訳にはいかない。両親にも夜走るならばと口酸っぱく言われているので外すつもりはない。規則正しい呼吸と共に走り込んでいく。そんな中、首から下げていたトランシーバーが鳴った。

 

「此方ネクスト0、どうぞ」

『あ~あ~此方キーパー1。今大丈夫か、手を借りたい』

「了解」

 

今時トランシーバーと思われるかもしれないが、研究者でもある父が作った通信機(トランシーバー)は備えあれば患いなしと言わんばかりに機能が詰め込まれている。110番だけではなく119番は当たり前、その気になれば警察の無線にだって入り込める。そこまでする必要があったのか、と首を傾げるが作りたかったかららしい。日課のランニングをやめると要請先へと向かう。

 

「マッハチェイスを実行します」

 

自分に言い聞かせるかのように呟くと、瞬時に加速していく。あっという間に時速60キロにまで達して道路を駆け抜けていく、疾風を纏って町中を疾駆する。故に町の人々は音速の追跡(マッハチェイス)という名を付けた。彼女もそれが気に入っている、何故ならば―――

 

「マッハチェイサー、定刻通りに只今参上いたしました。ご注文の品をお届けに参りました」

 

自らの名前を象徴するものとなっているからだ、マッハチェイサー。それが彼女の名前だ。

 

 

 

「今回は外れだったな」

 

そんな言葉を口にしながら懐から棒付き飴を取り出して口へと含んで、徒労感を拭おうとする。態々島根までやって来たというのに飛んだ外れ籤を引いたもんだと溜息が出そうになるが、こういった話にはよくある誇張は定番。というよりも本番に弱く本来のポテンシャルを発揮出来なかったというべきだろう。収穫はあったが、スカウトの報告書通りではなかった。

 

「まっ今度来る時には見抜きの辰っさんの期待に沿うような走りを見たいもんだ」

 

中央トレセンに勤務するトレーナーである男性は今回スカウトの代理として島根までやって来ていた。本来来るはずのスカウトをするベテラン且つ見抜きという異名すら持つ辰五郎がぎっくり腰をやってしまったらしく、丁度暇だった自分にお鉢が回って来た。まあ旅行として考えれば悪くはないと自分を励ましながら、駅の道を行くのだが―――

 

「参ったな。迷った……」

 

同じ道を行けばいいと適当な道を歩いていたのが災いしたらしい、何時の間にか同じように見えるが全く違う道を進んでいたらしく完全に迷っていた。この年になった迷子になったという事実に思わず凹んでいた時だった。

 

「どうかなさいましたか」

 

不意に声を掛けられた。振り返ってみると思わず驚きそうにある自分を抑え込んだ、何故ならば其処にはミホノブルボンに似ているウマ娘がいた。よく見ると栗毛ではなく葦毛と栗毛が混ざったセミロング、そしてミホノブルボンよりも身長は高い170センチほどだろうか。身長が高いせいかかなりがっしりとしたような印象を受ける。

 

「ああいや、ちょっと野暮用で来た帰りなんだけど……恥ずかしい話だが道を間違えちまったらしい」

「確かにお見掛けしませんね、何方から」

「東京からだ、すまんが駅までの道ってどうすりゃいい?」

「成程。ではご案内します、私も駅に用がありますので」

 

助かった、地獄に仏だと思わず思ってしまう。いい歳した大人が迷子だと素直に言うのもあれのように思えるが、このウマ娘の事も少しばかり気になっているので悪くはないと思っている。

 

「この辺りの道は似ています、同じ道だと思っていても迷う方は多いのです」

「やっぱりか……俺も同じ道を選んでたと思ったんだけど……いやはや、この年で迷子とは情けない限りだ」

「それを素直に話せる方は情けなくはないと思います、聞くは一時の恥聞かぬは一生の恥です」

「そう言われると有難いな」

 

見た目こそミホノブルボンに似ているが、彼女に比べるとかなり話しやすい。彼女はなんというか、まるでロボットでも相手にしているような気になるような話し方なので何とも言えないのである。それと比べてると普通の人と話しているという実感がある、いやそれを実感するのも大分可笑しいとは思うが。

 

「(随分と走り込んでるみたいだな……)」

 

案内されついでに目の前の彼女の身体をバレない程度に観察する。トレーナーとして仕事をしているので観察眼には自信がある、まず目を引くのはガッチリと絞り込まれつつも筋肉で覆われている腿。ウマ娘は基本的に良く走るが此処までガッチリとした筋肉で覆われるのは相当に走り込んでいる証。そして歩いていて全く重心がブレておらず体幹が確りとしている。これは相当に速いと自分の勘が囁いている。

 

「間もなく駅に到着します、彼方です」

「おおっ良かった、いやぁ携帯使ってても上手く来れなかったかもな。助かったよ」

「いえ、困ってる方を放置する訳にはいきませんので」

 

敬礼のようなハンドサインをしながら此方を真っ直ぐと見据えてくる、性格も良い上に優しい娘だ。

 

「兎に角助かった、なんか礼をしたいんだが」

「当然の事をしたまでです」

「いやいやいや、その当然で俺は助かったんだ。礼させてくれ」

「……ならば今度は野暮用ではなく、この町を楽しむ目的で訪れてください」

「それが礼になるなら喜んでそうさせて貰うよ」

 

如何にも言葉や表情から彼女はこの町に強い愛着を持っているらしい。愛郷心という奴だろうか、そのお礼になるならば今度は休みを利用した旅行でこの町を訪れてのんびりとするのも悪くはないだろう。この近くに流れている川は日本で一番綺麗な清流としても有名だった筈、そこで釣りをするのも悪くないかもしれない。

 

「ああそうだ、お嬢さん名前は?」

「私は―――少々失礼します」

 

名前を告げようとした時、突然携帯が鳴り響いた。それを取ると何やら話をする中で了解したと直ぐに携帯を仕舞うと、頭を下げて来た。

 

「申し訳ありませんが私はこれで失礼させて頂きます、急用が入ってしまいました。またこの町に来られる事をお待ちしております」

「あっおいちょっと!?せめて名前を!!」

 

あっという間に駆け出して去っていく、その後には一陣の風だけが残されてジャケットを揺らした。風を纏うように走りさる、そんなウマ娘と出会う事が出来た。ならば―――今回のスカウトは大成功だったかもしれないなっと口角を持ち上げる。

 

「此処の学校じゃないのかもしれないな。という事は島根のトレセンか……ちょっと調べてみるか、出来ればスカウトしてぇな」

 

そんな事を呟く中央のトレーナー、沖野は彼女と会う前に感じていた徒労感など遥か彼方に忘却すると高揚感を感じたまま駅の改札へと向かうのであった。



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2話

「如何なってんだぁ……」

 

思わず苛立ちの籠った声を出しながら珈琲を啜る、好きな豆の筈なのに何時も以上に苦く、そして酸味も強く感じられる。心持次第で味が大きく変わるのも頷ける。それ程までに今の自分は気分が宜しくないらしい。

 

「そのような生徒は日本ウマ娘トレーニングセンター学園島根校には在学しておりません、あのレベルのウマ娘が在学してないって事はねぇだろうに……でも実際そうなんだよな……」

 

代理として赴いた島根、そこで出会った一人のウマ娘。元々の目的だったウマ娘の走りよりもその走りは素晴らしかった、せめてあの時の礼をしたいと名前ぐらいは調べたかったのだが……島根校には在学していないと返されてしまった。自分でも島根校のデータベースの閲覧許可を取って生徒の確認をしてみてもあのミホノブルボンに似た少女は何処にも見当たらなかった。

 

「もしかしてまだ中等部ですらねぇとかか……いやそれならあり得るがそれだと一からのやり直しになるな……あの言い方からしてあの町が地元ってことには間違いないとは思うんだが」

「何を唸ってるのよ」

 

ブツブツと言いながらもキーボードを叩き続けていた沖野に対して眼鏡を掛けたバリバリのキャリアウーマンのような同僚、東条トレーナーが声を掛けて来た。如何やら近くで聞いていてうるさかったのかもしれない。

 

「悪いおハナさん、俺が辰っさんの代わりに島根行ったの知ってるよな」

「ええ、貧乏くじ引いたって嘆いてたわね」

「それを言わないでくれよ、貧乏くじどころか一等当選確実な人材見つけたんだから」

「―――へぇっ」

 

その言葉に眼鏡を光らせながらも瞳を鋭くする、少々性格面に問題こそある沖野トレーナーだが中央トレセンでトレーナーが出来るだけの優秀な人材ではあるしその観察眼は確かな物。実際問題として彼が率いるチームスピカは自分のチームリギルと拮抗すると言われる程の強豪チームへとなっている。そんな彼が一等当選という程の人材を見つけられたというのは興味が沸く。

 

「ちょっと道に迷った時に案内してくれたんだけどさ、最後に別れる時に凄いスピードで走っていったんだ。ありゃとんでもなかったな……体幹にフォームも確りしてたがそれ以上に速い」

「興味が沸くわね、なんて子なの?」

「それが名前聞く前に急用出来たって言われちまってさ、あんだけフォームも確りしてるならトレーニングも万全だと思ったから島根のトレセンに問い合わせしたんだが……梨の礫だ」

 

口ぶりからして誇張などは一切していないと分かる、沖野()がそこまで言う程のウマ娘ならば正しく逸材なのだろう。だがそんなウマ娘がトレセンに在学していない、地方の怪物とも呼ばれるオグリキャップも元々は地方であるカサマツトレセン学園に通っていた。だが今回は地方トレセンにすらいない、となると一般校に通っている事になるが……そうなると流石のトレセンでも調べる事は難しくなる。そもそも名前すら分からないのが痛すぎる。

 

「もう一回ダメ元で行くしかねぇかなぁ……多分あそこの町には居ると思うんだけど……」

「何でそう思うの」

「今度はこの町を楽しむ為に来てくれって言ったんだよ、島根を楽しみに来てくれじゃなくてこの町をだからそんだけ地元が好きって事だと思うんだ」

「確かにそうかもしれないわね……」

 

オグリキャップに倣うならば地元愛が強い名の無き怪物だろう。あれだけのポテンシャルがありながら完全に無名、一応島根内のレースにも目を通して見たが全く姿が見えなかった。それ故に沖野は溜息しか出なかった、何故名前を聞けなかったのか……と。

 

「もうミホノブルボンに似てるって事ぐらいの情報量しかねぇ……」

 

沖野もまさか此処まで情報が出ないなんて思っても見なかった、学園に通っていないにしてもレースには出ているだろうという安易な考えをしていた自分を殴り付けたくなっていた。だがあの走りは本当に素晴らしかった、出来る事ならばターフを駆ける姿を間近で見たいと欲求が沸き上がる。そんな思いに蓋をしながらも取り敢えず以前行った町のホームページにアクセスする事にする。

 

「あの町になんか宿とかあったかなぁ……民宿とか……あっ」

「如何したのよ」

 

ホームページにアクセスした時、思わず沖野が静止した。口元からはトレードマークとも言える飴が零れ落ちる。それを受け止めつつも口へと突っ込みなおして上げながら東条は画面を見てみた。そこには以前行われた町の夏祭りの写真がホームページに映し出されていた、小さな町の小さなお祭りだが皆が笑顔でカメラにピースやポーズを取っている中に一人のウマ娘がいた、他にもウマ娘はいるがそのウマ娘はミホノブルボンに似ていた。まさか……と思っていると沖野が小さく、いた……と呟いた。

 

「そう、そうそうそうっこの子だよおハナさん!!俺が探してたの!!マジかこんな所に手がかりがあったなんて!!!」

「灯台下暗しとはこの事ね……でも流石にこれはしょうがないかも」

 

レースに名を残す訳でも無ければトレセンに在籍している訳でも無い、トレセン関係者ならばまず探す場所には一切名前が無い。逆に旅行者などならば見るであろう滞在先のホームページには乗っていたのだから。しかもご丁寧な事にホームページには民宿のご案内というのもあって、そこをクリックすれば先程のウマ娘が家族と思われる人たちと一緒に大きな看板を持っていた。

 

「―――……俺の苦労って一体……」

「まあいいじゃない、無駄な努力よりも無駄になる努力よ」

「そ、そうだな……」

 

笑顔でピースサインを作っている彼女の近くには兄だろうか、金髪だが和服を纏いながら腰に刀を差した外国人っぽい男性が後ろにやたら達筆な歓迎!!という看板の前で仁王立ちしている。そしてそんな二人と肩を組むようにしている眼鏡を掛けている温和そうな男性が映っている。兎も角で大きな手掛かりを得た、これでスカウトに行けると沖野は肩の荷を下ろしながら珈琲を啜る。今度は美味く感じられる。

 

「……この子のスカウト、ルドルフにも行かせて良いかしら。休養も兼ねて、という事で」

「俺は構わないぞ。俺が行った方が話は円滑だと思うから俺は行くけど、まあマジで顔合わせ位しかねぇから何とも言えないが」

「それでもないよりマシではあると思うわ」

 

リフレッシュを兼ねて沖野の同行者を決める東条の言葉を聞きながらも改めて彼女の名前を見てみた。民宿を開いている家の一人娘で自慢の手料理でお出迎えと書かれている。そんな彼女の名前は―――

 

「マッハチェイサー、そうかあの子はマッハチェイサーっていうのか。愛称はチェイス……良い名前だな」




主人公が全然出ねぇ。

あと、無料10連でバレンタインのエイシンフラッシュをお迎え出来ました。
それとハロウィンのクリークも来ました。なんか、季節限定に好かれてる感。


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3話

「んっ~やっぱりこの町は空気良いなぁ~……」

 

長い旅を終えてきた旅人のように身体を伸ばしながらも空気の良さを感じつつ、肺一杯に吸い込む。まさかこれほど早く此処にやって来る事になろうとは思いもしなかった。あの後、直ぐに予定を確認しつつ理事長に直談判して許可を取り付けると民宿の予約を取った。今日という日を本当に待ち望んだと言わんばかりに心は晴れやかだった。

 

「確かにこれは空気が美味い。千山万水、豊かな自然でなければ此処までの良い空気は感じ取れないな」

「そうですね、来たばかりというのに既に良い所というのが理解出来ます」

 

前回と違う点を上げるとすれば同行者がいるという事だろう。しかもその同行者が日本のウマ娘の皇帝とも呼ばれるシンボリルドルフ、史上初の無敗でのクラシック三冠達成、優れた戦歴とその凛とした容姿から皇帝の異名で知られる。勝利よりも、たった3度の敗北を語りたくなる程の存在。そしてもう一人は女帝と呼ばれ、シンボリルドルフと同じチームリギルに所属し、自他ともに厳しく人望を集めるエアグルーヴ。何方も中央を代表するに相応しいウマ娘だ。

 

「にしても……お前達がスカウトに同行して来たとか分かったら卒倒するんじゃねぇかな……」

「沖野トレーナー、私達の事は気にしないでくれ。私はスカウトに首を突っ込むほど野暮ではない」

「同じく、其方は其方ですべき事に集中してくれ」

「いや無理だろ、皇帝と女帝が一緒に来てんだぞ。気にすんなってのが無理だ」

 

その世界のレジェンドと言えるウマ娘、そしてそれに引けを取らない程の実力者を連れてスカウトに来たなんてされる側からしたらプレッシャーが半端ないだろう。安請け合いをしてしまったが、これは失敗だったかもしれない……と沖野は少しばかりため息を吐いた。

 

「野暮用処か大事になっちまったなぁ……」

「失礼、予約をなされた沖野殿で宜しいか」

「ああそうだけど」

 

と思わず反射的に返事をしながら振り向いてしまった。そこには民宿の予約ページにも乗っていた金髪の男性が居た。同性から見てかなりの美丈夫、紺色の甚兵衛に身を包んでおり、金色の髪は星のように輝いており甚兵衛との相性は極めていい。予約者だと分かると笑みを強みながら力強く歓迎!!と言い放った。

 

「よくぞ来てくださった、ようこそ天倉町へ!!」

「ああどうも。沖野です」

「名乗らせて頂こう、私の名はグラハム・スタインベルト。この天倉町を愛する男だ!」

 

何とも強い圧を感じる、そして凄くテンションが高い。自分のチームスピカのゴールドシップに何か近い物を感じる。

 

「おおっ其方のお嬢さん方もそうかな?」

「ええ、シンボリルドルフです」

「同じくエアグルーヴです」

「フム、シンボリルドルフ殿にエアグルーヴ殿だな。良し覚えたぞ、今回は我が家の民宿のご予約を感謝致そう!!」

 

シンプルに歓迎してくるグラハムの圧もこの二人からすればそこまでの物ではない。レース中に掛かるプレッシャーはもっと凄まじい物なのだから。だが、如何にも違和感を覚えた沖野。この位の反応で済ませるのか、いやそれとも事情がある事を察してそういうフリをしてくれているのだろうか。だが―――それなら覚えたなどというだろうか。

 

「では早速出発するとしよう、いや我が家に向かう前に何処かに寄るのも問題ない」

「いや大丈夫です」

「では早速向かうとしよう!!」

 

そう言いながら車を回してくるから暫し待たれぃ!!と走っていく後姿を見送りながらシンボリルドルフが愉快そうにクスクスと笑い声を出した。

 

「何とも愉快な方だな、この民宿は思った以上に当たりかもしれないな。楽しく過ごせそうだ」

「随分と賑やかでしたね……私は少し苦手かもしれません」

「有難い限りだと思ったらいいさ、何せ私達を唯のウマ娘として扱ってくれるようだ」

 

自分の感じていた違和感は矢張り感じていたらしい。シンボリルドルフの知名度はハッキリ言って途轍もない、ウマ娘で知っている名前を上げろと言われたら真っ先に出ると言っても過言ではない程。だが、グラハムはそんな彼女を目の前にして覚えたといった、まるで全く知らないように。

 

「此方がオフであるという事を理解しているのでは」

「それはそれで有難いだろう」

「そうでしょうが、会長を知らないなどあり得ません」

「まあ普通はないわな」

 

今の二人は完全なオフとして髪型も変えているし伊達眼鏡を掛けて変装している。彼女ら程の有名人になれば要らない者が着いて来かねない、実際トレセンを出てからはそれを撒くのに苦労した。だが、此処ではそんな視線は一切感じないしグラハムもそんな素振りを感じさせない。心からリラックス出来そうだ。

 

「お待たせした!!では乗車されよ!!」

 

グラハムが回してきた黒いミニバンに荷物と共に乗り込むと直ぐに発進される。ハンドルを切りながらグラハムは天倉町についての事を話してくれた。此方が退屈せぬように配慮しつつも如何にこの町が素晴らしいのかを誇らしげに語り出した。

 

「天倉町は典型的な盆地にある町、それ故のこの辺りは交通の便は宜しくないが故にそれを求めて多くの人がやって来る。都会では味わえない程に静かな時間が長く、何も喋らずにいれば自然の音が耳を心地良く刺激する。近くには清流も流れており、そこで泳ぐのもまた素晴らしい!!そして清流で取れる鮎の塩焼きなどもう堪らずにそれだけを求めてリピーターも多く訪れる程!!」

「確かに此処まで静かな場所でのんびりするのは気持ちよさそうだ」

「ウマ娘であるならば早朝の時間帯に軽く走るのもお勧めしておこう!!早朝の冷たくも清々しい空気の中、川沿いを走るなど最高の贅沢と言っておこう!!!」

「ず、随分と語るのだな……」

「当然!!私はこの町に心奪われた男だからな!!」

 

この町の事を語る時の彼の顔は酷く輝いている、極めて愛郷心が高い―――のだろう。この町に心奪われたと自称しているが、本当に心奪われているのだろう。そして話した川沿いを行く中で田園の中を走っていく。山々に囲まれた中にある田、季節になればこの辺りは金色の稲穂で波打つ。是非それを見て欲しかったと残念がっている。

 

「グラハムさんは民宿の経営を仕事にしてるんですか」

「否、私の本職は米農家だ」

「こ、米農家!?」

「ハハハハッ!!言っただろう、私は波打つ金色の大地に目を奪われたのが切っ掛けなのだ!」

 

車を運転するモデルも顔負けな美丈夫がまさかの米農家というのは驚きでしかない。だがそうなると本当にこの町を愛しているのも納得がいく。そんな中で到着したのかミニバンは一件の家の敷地へと入っていく。それなりに大きい家で降りてみると直ぐに一人の男性が出迎えてくれた、眼鏡を掛けた温和そうな男性、彼もホームページで見た人だ。

 

「Welcome.ようこそ我が家へ。私はクリム・スタインベルト、民宿を経営する傍らで研究をしている物好きだ」

「どうも今回はお世話になります、沖野です」

 

沖野は握手に応じる。同じように甚兵衛を羽織っている外国人、だがその日本語は極めて堪能で時折英語が混じる位で会話は全く苦労しない。彼はグラハムの父親という事になるらしく息子のハイテンションぶりに迷惑しなかったかと気を遣ってくれる。

 

「兎も角、お泊りの間は心を込めて御もてなしをさせて頂くつもりだ。ウチにはウマ娘の一人娘が居るのでね、男所帯だがその辺りは弁えているので安心してくれて構わないよ」

「ウマ娘……そうか予約ページに居た彼女ですね」

 

知っているのだが、如何にもそこまで知らないように話す様に沖野は少しワザとらしさを感じるが、クリム氏は気にする事もなく当たりだと応える。

 

「Exactly.今夜は娘が腕によりをかけてご馳走を作ってくれる、是非楽しみにしてくれたまえ」

「それは夜が待ち遠しい。折角料理を準備してくれるのであれば、出来ればその子にもご挨拶をしたいのですが」

「今は少し出ていてね、もう直ぐ帰って来るとは思うだが……」

 

腕時計を見つめながらそう言っていると規則正しい足音が聞こえてくる、道路へと目を向けてみるとそこには一人のウマ娘が何やら箱のようなバッグを背負いながら帰って来た。シンボリルドルフとエアグルーヴは本当にミホノブルボンに似ていると思うが、沖野を見てあれ?と表情を変えながら首を傾げる姿に確かに別人だと感じる。

 

「以前道案内をした東京の方、ですよね」

「ああ、覚えててくれたか。約束通りに天倉町を楽しませて貰いに来た」

「そうですか、それで態々ウチを……遠い所へようこそいらっしゃいました」

 

頭を下げる彼女に沖野は少しばかり気になっていた事を尋ねてみる。

 

「聞いてもいいか、そのバッグってもしかして……」

「ウマ娘対応型の運搬用バッグです。ヘルプを頼まれましたので」

 

如何やら最近流行っているウマ娘宅配サービスとは別の物らしい、以前急に姿を消してしまったのもこのヘルプだったのだろうと沖野は自己完結した。そんな中で他の二人を発見して其方にも頭を下げた。

 

「本日は我が家の民宿をご利用頂き有難う御座います。私は本民宿の看板ウマ娘兼料理長を務めておりますマッハチェイサーと申します」

「では敢えてもう一度言わせて貰おう、グラハム・スタインベルトであると!!」

「では私も流れに乗って、クリム・スタインベルト」

『ようこそ天倉町へ!!』




何でグラハムにしたかって?

暴走が想像しやすいのと脳内再生が余裕だから。


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4話

「改めて自己紹介をさせてもらうよ、シンボリルドルフだ」

「エアグルーヴだ」

「ンで俺は沖野だ、よろしくなマッハチェイサー」

「チェイスで結構です。私にとっては其方の方が馴染み深いので」

 

家へと上げて貰った一同はそこで一先ずマッハチェイサーへの挨拶を行った。本人もそれを受け取りながらも自分のことはチェイスで良いと返す、其方の方が呼ばれているらしくこの町では基本的にチェイス呼びでマッハチェイサーと呼ぶ時などは病院などに診療を受けた時ぐらいしかないらしい。

 

「沖野さん……で宜しいのでしたか、天倉町に来て下さったのは嬉しいのですがお連れがいるのは何かご理由が?」

「あ~……やっぱ分かる?」

「何となくですが」

 

チェイスはそれなりに勘が利くので何かを意味しているのは分かる、別段ウマ娘を連れてくること自体は何とも思わないしむしろこの町を多くの人に楽しんで貰えるという点においては大歓迎なのだが、それにしては如何にも沖野の表情が優れないというか違和感を覚える。何か後ろめたい事を考えているように感じられると素直に伝えるとバツが悪そうにしながらも如何して分かるのかねぇ……と溜息をつきながらグラハムが淹れてくれた緑茶を口にする。

 

「おっ美味いなこのお茶……じゃねぇな悪い、今度は純粋に楽しみに来るって言ったんだが……今回は仕事で来たんだ」

「仕事、ですか。天倉町に何の御用で?そもそも沖野さんは何のお仕事を」

「おいおいここまで来てすっとぼけるのはそっちが野暮……っておい気づいてないのか?」

「?」

 

信じられないと言いたげな沖野に対して逆に何を示しているのか全く分からなそうな表情を作るチェイス。まさか本当に分かっていないのか、家族の二人が分かっていないのはまだ解る、だがウマ娘である当の本人が何も分かっていないのか―――皇帝であるシンボリルドルフと女帝エアグルーヴが目の前にいるのに全く理解すらしていない。

 

「あ~……俺は中央のトレセンでトレーナーをやってんだよ」

「トレーナー……ああそういえば、お会いした日に私の中学校にスカウトが来たとか如何のこうのとクラスメイトが言っていた気がします。沖野さんの事でしたか」

「そうだよ俺だよっというかあの中学校だったのかよ!?如何してあの日いなかったんだよ」

「色々ありまして」

 

その一言で終わらせてしまうチェイスにがっくりと項垂れる。これは、本当に何も分かっていない。つまりグラハムとクリムの態度も一切の演技などではない、彼らはウマ娘の走る舞台について全く知識がないのだ。皇帝ですら知らない世界の有名人でしかない、いや有名人とすら見ていない。ウマ娘としてしか見ていないのだ。

 

「あ~……チェイス、トゥインクル・シリーズというものは知っているかな」

「島根トレセンの友人が出ているらしいローカル・シリーズと同じウマ娘のレースの舞台とだけ」

「ま、まさか本当にそれしか知らないというのか……?」

「逆に聞きますが、それ以上の知識がいるのですか?」

 

皇帝は思わず口角を痙攣させたかのように引き攣った笑いを浮かべ、女帝は本気で頭を抱えてしまった。自分達が死力を尽くして走っている舞台であるトゥインクル・シリーズ、ウマ娘にとっての聖戦といっても過言ではないトゥインクル・シリーズ(それ)について名前しか知らないうえに詳しく知ろうと思ったこともないと言われてしまった。色んな意味で辛い、そんな物が込み上げてくる二人に代わって沖野が流れをぶった切るかのように話を進める。

 

「あ~つまりだチェイス!!俺達はお前をスカウトに来たんだよ、中央トレセンに来ないかって!!」

「スカウト」

「ああ、こっちで走らねぇか!?」

 

これは兎に角シンプルに行くしかない。彼女にどれだけ中央の魅力を語った所で彼女には理解出来ない、クラスメイトのウマ娘からある程度聞いている程度しかない。スポーツ新聞の見出しにある野球の記事程度の認識なのだろう。だから率直に、自分が彼女を欲しているということを強くアピールするしかない。シンボリルドルフとエアグルーヴもその方が効果的だと思う。咄嗟にその判断が出来るのは凄いとすら思う。

 

彼女のそれは自分たちのプライドを著しく刺激するものだからだ。といっても本当に興味もなくて理解しようとも思っていなかったものだったのでこれは怒りに抱いてもしょうがないので誇りは捨てるしかない。だがそれでも二人からすればショックだった、これでも有名な自覚はあるし多くのウマ娘に夢を与えてきたつもりだったのに―――彼女にはそれが届かないどころか範疇外にあったのだから。

 

「クリム父さん、スカウトというのは当然凄いのですよね」

「うむ。私もそちらには明るくないので何とも言えないが……野球で考えるといい、プロ球団のスカウトが来ないかと言ってきてるような物と思えば解りやすいのではないかな」

「……凄いですね。でも何故私なのですか、島根にもトレセンはありますので其方の生徒をスカウトするのが当然では」

「俺は一瞬しか走る姿を見てねぇが解るんだ、チェイスお前は間違いなく凄いウマ娘になれる!!三冠ウマ娘だって夢じゃない位の逸材だ!!」

「すいません三冠ウマ娘って具体的には」

 

取りあえず三冠の凄さ位しか分からないチェイス、彼女のマイペースさと知識のなさが合わさって極めてやりづらい……そんな時にグラハムが思わずテーブルをたたきながら叫んだ。

 

「スカウトなどこのグラハム・スタインベルトが断固として認めん!!!!」

「兄さん」

 

クリムがスカウトの凄さを語っている隣で大きな反応を示したグラハム、如何やら此方は此方である程度分かってくれているらしい。それが反対の意見だとしても有難いと思えるほどに沖野達はチェイスのマイペースさに煽られてしまっていた。だが反対ならばそれを確りと受け止めて理解を勝ち取れる様に努めなければならないと背を正す、そしてそれに対して皇帝が切り込んだ。

 

「理由を聞いても宜しいでしょうか」

「そんな物一つしかない!!チェイスにあのような破廉恥な衣装を着せて大衆の前を走らせるなど言語道断!!」

「「は、破廉恥!?」」

「……あ~……」

 

ウマ娘の二人からすれば驚きの理由だった。だが一方の沖野としては一定の理解を思わず示してしまった。

 

「そんなものを着て走ってたのか兄さん」

「ああ、以前配達に行った時に中継を目にした。その時に驚愕した!!男装の麗人と言った素晴らしい衣装ではあったが、年頃の乙女ともあろう者があれほど大胆に胸元を開けるなど……破廉恥だ、破廉恥だぞウマ娘ェ!!!」

 

それを聞いて思わず二人は硬直した、グラハムが語った破廉恥なウマ娘というのに思い当たる節がある。同じチームリギルに所属するフジキセキ、彼女が纏う勝負服の特徴に驚くほど合致する。まさかスカウトの拒絶の理由がチームメイトの勝負服だったとは……しかも破廉恥云々には如何にも反論しづらい、何故ならばウマ娘の勝負服にはかなり攻めたデザインが多くあるからだ。

 

「チェイスにそのような服を着せるなど、神や法律が許してもこのグラハムが許さん!!着せるのであれば着物だ、そちらの系統の方が絶対にチェイスには似合う!!!」

「あ~……安心してくれグラハムさん。あれは勝負服っていうんだが、G1っていう最上位レースでしか着ないしそもそも全部が全部そういうデザインって訳じゃない。あんたが言うように着物みたいなのもある」

「何そうなのか!?だとしても乙女が容易に柔肌を晒すなどあってはならない事には変わりはない、しかも胸元をあんな大胆に(はだ)けさせる等……!!」

「落ち着きなさいグラハム」

 

フジキセキがクローズアップした場面を見ただけなのと余りの衝撃にそれ以降の映像が頭に入ってこなかったグラハムにとっては中央に行くということは愛しい妹がそんな衣装を着て走るのでは……という不安があるのだろう。兄としてはある意味当然の不安なのかもしれない。

 

「兄もこう言ってますので、取り敢えず保留ということでいいでしょうか」

「ああうん、ひとまずこの話は置かせてもらおう、かな……二人もそれでいいだろ?」

「あ、ああ……大丈夫だ」

「そうしよう……」

「ではお茶請けに最中を出しましょう、兄さん、煩くした罰だから兄さんの秘蔵最中を出して」

「何ぃ!?あれは今夜月見をしながら食べようと思ってた物で!!」

「私を訪ねてきてくれた人達にあんな声をあげた罰」

「何とぉぉぉっ!!!」

 

一先ず小休止という事で今のところはスカウトの話はやめておく事にした。これは思った以上の難関スカウトになりそうだ……トゥインクル・シリーズをローカル・シリーズと同じ物としか知らず、誰もが知る筈の皇帝すら知らないウマ娘(チェイス)と娘ほどではないが其方について知らない、だが中立だと思われる父親(クリム)、そして最大の反対派であり偏見なようで偏見ではない部分で大反対の(グラハム)

 

「どうすりゃいいんだこれ」

 

沖野の本音に答える者は誰もいなかった。




なんかね、グラハムが出てきた理由はこれなの。なんか即座に破廉恥だぞガンダムゥ!!!がウマ娘ェ!!!に脳内変換された。

そして会長&副会長、自分を全く知らないどころかトゥインクル・シリーズすらまともに知らなくて大ショックなところにチームメイトのことを言われて大打撃。


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5話

縁側に座り込みながら景色を眺めつつも思わずそんな声が漏れ出てしまった。美味しい最中と緑茶の組み合わせが正しく極上だった、それで幾分か心持は穏やかになったがそれでも何とも言えない気分は晴れる事は無かった。まさか此処までウマ娘の世界に理解がないと思わなかった、そういう世界がある事は知っているが本当に初歩しか知識がないのが彼女、マッハチェイサー。これまでのスカウトとは全く違う、興味を示した事すらない相手に話を持ち掛けるなんて難しいなんてレベルではない。

 

「強敵、だなぁ……」

「全くだ……何なのだあのウマ娘は、いやたわけというつもりはないのだが」

「気持ちは分からなくはない。だがこうもはっきりとされると少し凹むな」

 

素直にテンションが落ち込んでいる皇帝と女帝。それは自分とて同じだ、スカウトに当たってある程度の経路を立てていたつもりだったが道筋を組み立てる所か材料にもならないと来た。難敵過ぎると溜息を吐いているとチェイスが此方へと近づいてきた。

 

「夕食は午後6時半を予定しています、何か苦手な物やアレルギーなどはありますか?」

 

どうやら夕食の確認に来てくれたらしい、特に好き嫌いもないしアレルギーが無い事を伝えると直ぐに調理に入るとそのまま家の裏側へと入っていった。良くも悪くも自分達の常識が通用しないウマ娘、どうやって口説き落とすべきかと……と改めて沖野は思案を巡らせるのであった。

 

「シンボリルドルフとエアグルーヴ……何か聞いた事があるような、ないような……何だっけな、皇帝と帝王の流れが良すぎるってのは聞いた事がある気が……」

 

そんな事を呟きながらも食事の準備に取り掛かっているマッハチェイサーことチェイス。彼女には秘密がある、誰にも言っても信じないかもしれないが、ウマソウルなる物があるという研究結果があると言われるこの世界ならば受け入れるかもしれないものがある。彼女には前世の記憶がある、しかもその前世にはウマ娘の元になったであろう馬が存在した世界の記憶が。

 

 

「競馬だって全然知らないのに……」

 

自分が知っている馬の名前なんてハルウララとディープインパクト、後はゴールドシップとステイゴールド辺り。尚、後でスマホで調べてみたらその馬と同じ名前のウマ娘は実在した。というか自分の名前のマッハチェイサーからして完全に馬の名前ではないのでその辺りは気にしない方が良いのかもしれない、というか競馬の知識もない自分からしたらそれって本当に馬の名前か?というのが多すぎる。

 

「もう少し調べるべきだったかな……まあ興味なかったから調べなかったんだが」

 

競馬の知識もなければクラスメイトのウマ娘の進路にも大して興味が無かった。自分が生きたいと思う道を既に定めていたのもあるせいだとは思う。

 

「俺の名前なんて完全に仮面ライダーだしな、この世界にないけど……ないけど……」

 

マッハチェイサーは仮面ライダードライブのVシネマで登場したマッハの形態の一つの名前だ、個人的にはチェイサーマッハの方が好きだがどっちも好きなので問題はない。そもそもベルトさんが父親になってる時点で大分凄い世界だと言うしかない。その上であの乙女座が兄なんてもう胃もたれしそう。

 

「スカウトねぇ……アスリートになるって事だよな、全然実感沸かねぇ……後でもう一度詳しく聞いてみるかな」

 

一先ず自分の人生に関わる事だから詳しくは聞いておきたい、変態兄貴が煩いせいで区切られてしまったので余計に聞いておきたい。

 

「チェイス、少しいいだろうか」

「―――シンボリルドルフさん、何用でしょうか」

 

やべぇ、なんか皇帝様の顔がなんかシリアスっぽいぞ。俺なんかやっちゃいましたってうん、やらかしてましたね。

 

 

「すまないな、私達の為の食事の準備をする所だというのに」

「お気になさらず。私はいわば宿の従業員です、それがお客様の料理の準備をするのは当然なのですから」

 

思わず後を追いかけてしまったシンボリルドルフ、沖野とエアグルーヴも続いており先程の話の続きをしようという事なのだろうとチェイスは解釈をする。

 

「先程は兄が申し訳ありませんでした、私の事を想ってくれてはいるのですが如何にも行き過ぎているようで」

「いや、良いお兄さんじゃねえか。あんだけ妹の為になれる兄貴ってのはそうはいないぜ。それに……ウマ娘の勝負服はぶっちゃけ、俺も少し思ってた」

「思われていたのか……」

 

沖野の言葉に若干ショックを受けたのか、エアグルーヴのやる気が下がる。咳払いしつつ本題に話を戻す。

 

「改めて、君はスカウトについては如何思っているのか聞かさせて貰えないだろうか」

「正直な話……良く分からないです、光栄な事だと思いますが」

 

自分達からすれば理解出来ないかもしれないが、彼女からすれば唐突にやって来た知らない世界からの誘い。困惑して当然。

 

「お前はクラスメイトのウマ娘と走ったりはしなかったのか、それならばレースへの興味などは当然あるだろう」

「走った事はありますが、そこまでは。身体を動かすには良いかな位にしか」

 

それを聞いて言葉が詰まった。ウマ娘には本能として走る事への執着のような物がある、走る事に喜びを感じ、そこで発生する駆け引きなどには強い闘争心を掻き立てられる。だが目の前のウマ娘(チェイス)は走る事への拘りは希薄で走れるのであれば走る程度にしか思っていないように感じられる。ウマ娘としては相当に異端な部類だ。

 

「ではチェイス、君の夢を聞いてもいいかな」

「夢、ですか」

「ああ。私達はトゥインクル・シリーズ、自分の走りに夢を載せる。その夢を叶える為、誰かに夢を見せる為に走っているといっていいだろう、私は全てのウマ娘が幸せになれる時代を作りたいと思ってる。だから君の夢を聞かせてくれないか」

 

夢の為に走る、それがウマ娘だと言わんばかりの言葉。実際、多くのウマ娘にとって走る事はそれだけ重要な事なのだ。それに興味を示さないチェイスの夢には酷く興味をそそられる。それを問われると即答した、夢があるのならばそれを中央で叶えないかと言おうとも思ったが……

 

「私の夢は警察官になってこの町の人たちに恩返しする事です」

「警察、官……だと?」

 

思わずエアグルーヴが声を上げてしまった。とても立派な夢だとは思う、そして生まれ故郷に恩返しをしたいというのも素晴らしい夢だと思う。三冠ウマ娘になる、日本一のウマ娘に、天皇賞連覇などなどの夢とは大きく離れている為に少し、予想とは違った物で驚いてしまう。

 

「警察官、そうなのか……いやすまない、少し意外とは思ったが素晴らしい夢だ」

「有難う御座います」

「だが、警察学校に入る為には確か18歳位からだった筈だ。入学までの間、トレセンに入って身体を鍛えるというのも悪くはないと思うが」

「……一先ず、夕食の後にもう一度お話を聞かせてください」

 

そう言って頭を下げてからチェイスは夕食の準備へと取り掛かっていった。軽い足取りで向かって行く彼女を見送りながらも沖野は思わず心底意外そうな声を上げる。

 

「警察官、警察官か……ウマ娘の警官はいない事もないけど最初からってのは珍しいな」

「私も引退後の進路としてそちらの道を考えるというのは聞いた事はあるが……」

「それについても夕食後に尋ねてみよう。彼女の名の通り、これは私達と彼女のチェイスだ」




シンデレラグレイを2巻まで読んでみました。
それで、オグリの勧誘の時の会長が何か……それはあかんやろ……ってちょっと思っちゃった。


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6話

豪勢な夕食の後、存分に腹を満たしたシンボリルドルフとエアグルーヴ、そして沖野。ウマ娘である自分達の腹を満たすに相応しい量と素晴らしい味わいはトレセンのカフェテリアでの食事にも引けを取らない。そしてグラハムの言っていた通りの鮎の塩焼きは実に美味しかった。そんな幸福に満ちた満足感に包まれながらも、皇帝は一人、縁側に腰を落ち着けながら満天の星空へと瞳を向けていた。この光景もきっとグラハムの心を掴んだ一つなのだろうと思いながらもチェイスの事を考える。

 

「警察官……確かに立派な夢だ、だが如何してそれを夢見たのだろうか……」

 

彼女とて、全てのウマ娘が幸せになれる時代にしたいという壮大な夢を持っている。それはある種、名門であるシンボリに生まれた彼女だからこそ抱く夢。様々な教育を受けたであろう彼女が心の底から抱いた途轍もない夢だ、ならばチェイスのその夢はどんな物なのだろうかというのも気になる、如何してそういう夢を抱いたのか。そんな思いを星空に映しながらひたすらに思案する中でお盆の置かれる音に耳が反応して隣を見るとそこにはクリムが居た。

 

「Good night.実に良い夜だ、如何だい月見酒とはいかないが月見茶でも」

「御相伴させて頂きましょう」

 

お盆にあるのは唯の麦茶だが、酷く美味く感じられた。矢張りこの星空の景色故だろうか。

 

「済まないね」

 

唐突に謝罪するクリムに理解が及ばない。彼らは何か自分達に謝る事などしていない筈、だが思ったが言葉の続きを聞けば納得がいくものだった。

 

「私達は余りにもウマ娘の事を知らなさ過ぎた、君達の事を侮辱してしまったに等しい」

「お気になさらず、と言いたい所ですが正直なところを言ってしまえば少しショックでしたね。私は自分が有名だという自覚がありましたが、まさか此処まで知られていなかったというのは……今思えばそのような考えは傲慢なのかもしれません」

「全く以て返す言葉がない。如何にも私はウマ娘の娘を育てる親としては不合格だろうからね、お詫びに何か聞きたい事があれば応えるとしよう」

 

そう言われると矢張り聞きたい事がある、無論チェイスの事である。

 

「クリムさんはチェイスを中央にスカウトする事に反対しないのですか」

「私はあの子が行きたいと思うならば行かせてあげたいとは思う、何せあの子の人生だ。好きなように生きればいい、別に直ぐに警察官にならなくてもその前に様々な事を経験する事も為になる」

「では、何故警察官になろうと思っているのでしょうか」

 

応えてくれるという言葉に甘えるように夢の理由を尋ねてみる。それに一瞬クリムは口を噤んだ。人のよさそうなクリムは僅かに沈黙を作ったまま、空を見上げてから許しを貰うかのように誰かの名前を小さく呼んだ。ウマ娘の聴力からはそれは当然聞こえてきた。

 

「―――構わないね。進ノ介、霧子

 

その名前に首を傾げるよりも先にクリムは言った。

 

「単刀直入に言えば―――チェイスは私の娘ではないのさ、私の親友の娘なんだ」

「何ですって……?」

 

本当の娘ではない、それに本当に驚いた。出会って直ぐだが、チェイスは心からクリムを敬愛しているように見えるし夕食の時には沖野やクリムにビールの御酌もしていた。その時の笑みなどは本当に親子の物だった、だが改めて思い返せばチェイスは必ずクリム父さんと名前を付けて呼んでいた事も思い出す。

 

「本当の父の名は泊 進之介、そして妻は泊 霧子。二人とも素晴らしい警察官だった」

「では彼女はご両親に憧れて」

「Exactly.この天倉町では有名なコンビでね、サボり魔だがギアが入ると誰よりも頼もしい進之介と真面目でお目付けであった霧子は最高のパートナー同士でね。二人が結ばれるには時間はかからなかった」

「成程それなら憧れるのも―――……っ」

「ああ、そういう事さ」

 

そんな素晴らしい両親に恵まれている筈なのに今はクリムの元にいる。つまりそれは……そういう事なのだ。既に進之介と霧子の二人はこの世を去っている。警察官として素晴らしい働きをした、銀行強盗が人質を取った場に居合わせた二人は即座に逮捕を試みて見事に逮捕したが……最後っ屁とも言える強盗が発砲した銃弾を受けて致命傷を負ってしまった。

 

「私は機械工学が専門だが犯罪心理学にも精通していた、故に警察には出入りしていたし進之介達とも仲が良かった。チェイスの事も可愛がっていたよ」

 

チェイスは一人残された、霧子には弟がいたがアメリカに渡っていた為に直ぐには戻れなかった。その間だけチェイスを預けるつもりだったが……チェイスはその時に知ったのだ、父と母がどれほどまでにこの町に貢献して町を愛していたのか。絶え間なく町の人々が自分を訪れて励ましの言葉を送ったり、お菓子をくれたり、気分を晴らす為に遊ぼうと誘って来てくれた。街の人たちが、いや天倉町全体が思ったのだ、この町の為に命を落とした二人の代わりに愛してあげようと。

 

「そしてチェイスはアメリカに行く筈だったのだが……チェイスはそれを拒んだ。父と母を愛してくれたこの町に恩返しをしたいと、自分も警察官になって父と母と同じようにこの町の為になりたいとね」

「―――……素晴らしい想いですね、私でもそんな風には思えるかどうか」

 

当時のチェイスは僅か4~5歳、そんな幼い少女にそこまで思わせるほどにこの町は彼女に無償の愛を注いでくれたのだ。だから彼女はそれに応えようとしている、警察官になって立派になった姿を皆に見せてやるんだと思っているに違いない。

 

「では、中央にスカウトするというのは無粋……だったかもしれませんね」

「そうとも言えないさ」

 

思わず目を丸くしながらも耳を動かしてしまった。養父としてチェイスを育てて来たクリムとしては良くも悪くも自分の可能性を確かめる事もなく、道筋を決めつけてそこに走るという事をしてしまった娘に対して勿体ないという思いがある。愛郷心が強い為に基本的に町に居続けているチェイス、だが一度はこの町を離れるべきだと思っている。

 

「あの子の原動力はこの町の為、警察官になりたいというのもこの町への恩返しをしたいという想いから。だが警察官になる事だけが恩返しではない、他の方法なんて幾らでもある。私はもっと世界を見て欲しい、まだまだ知らないことはいっぱいあるんだ、それを知ってからこの町の為に動いても良い」

 

正しく親心だ、子供の為を想って旅立たせてやるべきだとクリムは思っているのだろう。今回のスカウトはいい切っ掛けになるとさえ思っている、それを聞いてシンボリルドルフは改めて向き直ると頭を下げた。

 

「お気持ち確りと受け取りました、沖野トレーナーが戻ってきたら改めて話を詰めさせて頂こうと思います」

「ああ勿論だとも、だが問題は君達がチェイスを口説き落とせるかにかかっている。頑張りたまえ」

「誠心誠意、誠実に」

 

そして、彼女はグラハムによって近場の温泉施設うららから戻って来た沖野と共に改めてチェイスのスカウトを再開するのであった。



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7話

天倉町の朝は霧とともに始まる。盆地である天倉町には冷やされた空気が霧となって重くなり、盆地へと溜まる。なので基本的に早朝には霧が起る、冷たい空気が肌に触れ、息を吸い込むと身体の中にもそれが浸透する。同時に意識が鋭くなっていく、まだわずかに残っていた眠気が消え去る。

 

「随分と朝早いんだな」

「おはようございますエアグルーヴさん、私にとっては何時もの事です」

 

振り向いてみるとそこにはまだ何処か眠たげだったが、霧の冷たさで目が覚めたと言わんばかりのエアグルーヴとシンボリルドルフがそこにいた。そこまで深くはないが町全体を包み込んでいる少しばかり濃い霧を新鮮な目で見つめている、天倉町は別名朝霧の町とも言われる程に霧は身近な存在。寧ろ霧が無いのは余りイメージが無い。

 

「走るのかチェイス、良ければ一緒に行かせて貰えるかな。沖野トレーナーは兎も角、私達はリフレッシュ目的でこの町へきている。その町を走ってみたい」

「構いません。ですが遅れないように気を付けてください」

「霧に惑わされるな、という事か」

 

それもあるが、以前の沖野のように道を間違えると途端に沼に嵌る。地元民ならば問題ないが余所者ならば確実に迷子になる、そうなると探すのは面倒臭い。なので町に慣れていない者からすれば似たような道が多いこの町と少し濃い霧は最悪なのである。一緒に走るのは構わない、だが着いてくるなら遅れるなと遠回しに言ってきたのだ。皇帝と女帝相手に。

 

「たわけ、余り私達を舐めるな……と言いたい所だが、お前にはその意味が分からんか。ならば走りで見せるのみ」

「それも一興。それにスカウトと言っておいて君の実力を全く知らずにいる、故に見定めるつもりで私達も走るとしよう」

「では行きましょうか」

 

その言葉と共にチェイスは走り出す―――が、それは想像よりもずっと速かった。初速から40キロは出ているような速度で走り出した、それに驚きこそするが二人もそれに遅れる事もなく続いて行く。トゥインクル・シリーズで活躍したウマ娘が昇る事が出来るドリームトロフィーリーグで活躍し続けるウマ娘だ、レースのレの字も知らないウマ娘に置いておかれる事などあり得ない。

 

霧の中に木霊する足音、他のウマ娘も走りこそするが流石にチェイス程早起きして走る者はいない。彼女は基本的に3時半には目を覚ます、それは長年の習慣化なのか、それとも目的があるのか目覚まし無しにその時間に起きる。そして走る、それをずっと繰り返している。何故かと言われたらウマ娘だから、というしかないかもしれない。

 

「成程、中々に走り甲斐があるな!!」

「そうですね!!」

 

舗装された道路を越えて川沿いの道へと移行したチェイスを追う二人、状態の悪いアスファルトの道はダートのコースよりも性質が悪い。凸凹していたり罅割れも酷く偶にバランスを崩しそうになる。そんな道を先導しながら走り続けるチェイスは走り慣れているから一切ブレない、それ以上にフォームも綺麗で体幹も素晴らしい。

 

「(沖野トレーナーは僅かに見たというだけでチェイスの才覚を見抜いたのか……彼も凄まじいな)」

 

そんな才覚を持つチェイスはラストのコースへと入った、がそれを体感した皇帝と女帝は思わず息を荒くした。何故ならばそれは完全な山道、道路の状態もそこまで良くないのもあるが頻繁にカーブが顔を覗かせて身体を大きく振られる。右カーブかと思ったら直後に左カーブだったりと滅茶苦茶なコースが山を登る坂道。本当にきつい。

 

「エアグルーヴ、大丈夫か……!?」

「大丈夫、です会長。まだまだ行けます!!」

 

声高に返事をするエアグルーヴ、息こそ荒いがまだまだ覇気もある。息は荒いのは自分も同じだが、まだ自分の方が余裕があった。だが、このコースは想像以上にキツい。坂道は平地に比べて3倍の負荷が身体に掛かると言われている、そこに道のコンディションの悪さとカーブがそれに拍車をかける。中山レース場の心臓破りの坂と言われる急坂が、この道に比べたら何処が急なんだと思いたくなる。

 

「(チェイスは、息一つ乱していないというのに……!)」

 

単純な慣れと熟知しているという精神的な優位性もあるだろうが、それでもチェイスの身体が素晴らしいというのは言うまでもないだろう。日本のウマ娘界において最高と呼ぶ者もいるシンボリルドルフとトップクラスに座するエアグルーヴ、その二人よりも平然な顔をするのは他の者が見たら驚愕するに違いない。そう思っていると漸く長い長い山道は終わりを告げた。高台の展望台、休憩スペースもありそこに入るとチェイスも脚を止めた。

 

「お疲れ様です。此処で休憩しましょう」

「わ、分かった……」

「ふぅっ……」

 

思わず膝に手を付きながら呼吸を整えるエアグルーヴと空を仰ぐようにしながら深呼吸を繰り返して身体の中に籠った熱を出そうとするシンボリルドルフ。それに比べて平然としながらも何処かに歩いて行くチェイス。

 

「会長、奴は想像以上ですね」

「全く偉そうな事を言った我々がこれとはな、トレセンに戻ったら鍛え直そうと強く思った所だ」

「同感です。自分への評価を否定するつもりはありませんでしたが、何処かそれが慢心になっていたようです」

 

世間が自分達へと向けるそれらは正当な物だと思って受け止めている、それに相応しい自分であろうと彼女らは生きてきたつもりだったが、どうやらそれに胡坐をかいてしまっていたのかもしれないと自分を戒める。それはある意味自分達の事なんて何も知らない彼女にしか出来ないものだ。

 

「エアグルーヴ。君はどう思う、チェイスは中央のスカウトに相応しいと思うかい?」

「相応しいでしょう。あの走りをレースで見たいと思う程に」

「私もだ、オグリキャップの時の事を少し思い出してしまったかな」

 

 

「これで良いかな」

 

持って来ていた財布から硬貨を出して自販機のボタンを押す。まあこれで良いだろうという安直なチョイスでウマ娘向けのニンジン風味のスポーツドリンクを購入する、尚自分は普通のスポドリ。前世の影響か、普通の方が好きなのである。というかウマ娘向けと称して何でもかんでもニンジンの味を付けるのをやめろと声を大にして言いたい。嫌いじゃないけどそこまで好きじゃないんだニンジン。

 

「流石皇帝と女帝。普通に着いて来られた」

 

流石はウマ娘レース界のレジェンドだ、自分のトレーニングコースに簡単に着いて来られた。しかも山道に入って来てからワザとペースを上げたのに余裕で着いて来られた、前にクラスメイトのウマ娘を誘ったらもう息も絶え絶えで山道に入ってから5分でダウンしたのに。

 

「ドリンク買ってきました。どうぞ」

「んっああすまない、気を遣わせてしまったかな」

「有難い」

 

汗をかいている二人は何処かちょっとエロい。健康的な汗をかいて見目麗しい美女はグッとくるものがある。自分はウマ娘で女、だけど来るものがある。まあそういう事ではないのだが……まあ男と恋愛できるのか?という疑問はある、孫位は見せてあげたいとは思うのだが……。

 

「スポーツドリンクをチョイスしましたが、大丈夫でしたか」

「塩分補給には持って来いだ。寧ろ少しガッツリ飲みたかった」

 

そう言いながらエアグルーヴは一気にドリンクを飲み干していく。おおっ一気になくなっていく、ウマ娘向けは普通のに比べて量も多い。これだって200円のℓサイズなのにあっという間に無くなった。そう思っていると何やらルドルフさんが何やらこっちを見てきた。

 

「チェイスがチョイスしてくれたドリンクという訳だな」

 

―――えっ何、ギャグ?しかもくっそ下らねぇオヤジギャグレベルのギャグでドヤ顔してるんだけど。このパーフェクトレディみたいなルドルフさんがこんな事言うの?何、なんか試されてるのか、なんかすっごいエアグルーヴさんが何とも言えない顔してんだけど何を求められてるの俺。ならば、此処であの返しをしないのはライダー好きの名折れ。返すべき返しは―――!!

 

 

「チェイスがチョイスしてくれたドリンクという訳だな」

 

また会長のあれが出た……生徒会長でもあるシンボリルドルフは高嶺の花、皇帝という二つ名も加わって完璧超人さに拍車が掛かっており後輩所か同級生にも尊敬されて気軽に接して貰えない事が多い。なので切っ掛けになればとダジャレを言うようになったのだが……エアグルーヴにはそれがあまり理解出来ず、その意図を汲み取れない自分に辟易する事があるのだが……これにチェイスは如何するのかと内心で不安にいるとチェイスのそれは予想外だった。

 

「今のは私の愛称であるチェイスと選ぶという意味のチョイスを掛けた大変面白いギャグです」

「これは参ったな、こうして解説されると中々に気恥ずかしい物なのだな」

「そして私を選んでスカウトを掛けていますね」

「驚いたな、そこまで分かるのか?」

 

まさかの乗っかりでギャグを正確に解説してみせた。流石のエアグルーヴもスカウトの事迄絡めた事とは気付けなかった。存外に会長とチェイスの相性はいいのだろうか……そう思っていると向かい側の山の頭を越えて朝日が顔を覗かせた。その柔らかな朝が霧を照らして、虹色に輝く霧は酷く幻想的な光景を作り上げていた。

 

「私はこの光景が好きなのです。なので毎日此処に来ているのです」

「美しい光景だ、確かにこれはあの道を走った価値がある」

「実に素晴らしい光景……成程、納得だ」

 

幻想的な光景、霧が作り出すこの時間にしか見れない贅沢。自然が作り上げた芸術的な風景を見つめながらチェイスはある事を問う。

 

「私はこの町の為になりたい、中央に行ったとしてもそれは出来るでしょうか」

「出来るさ。君は言っていたじゃないか、この町の魅力を感じて欲しいと。ならば君が発信すればいい、そして誇ればいい。私の生まれ故郷は素晴らしいのだと」

「……それも一つの道、かな」

 

一度瞳を閉じてからチェイスは決心する。

 

「スカウトの話、お受けします。私はこの町が私にしてくれた事を返す為に走ります」

「ああそれで構わない。それが君の夢ならばそれに全力を尽くすといい」




色んな意味でライダーネタと親和性が高い。


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8話

「おいおいおいスカウトには首を突っ込まないって言ってたのに随分と野暮ったい事を自分からしたもんだな、ええっ会長」

「それについては申し訳ないと思っているよ、だが逆に其方の手間が省けたと思ってくれ」

「自分のやるべき仕事を掻っ攫われて省けたと思って喜べはないでしょうに」

 

そんな苦言に分かっていたつもりだったが、苦笑いを浮かべる事しか出来ない皇帝。実際問題彼女は公言していた筈の事を破って自らスカウトに乗り出して勧誘して成功させたのに近い。以前のオグリキャップの一件もあるから、理事長や秘書のたづな、そしてチームリギルの東条トレーナーからも結構キツく言われている筈だったのだが……これじゃあ此方が文句を言われる立場だと沖野は溜息混じりに茶を啜る。

 

「んで如何だったよ、皇帝と女帝から見て」

 

まあ言い過ぎるのも考え物だとして、実際に共に走った感想を聞く。現役レースにて活躍し続けるウマ娘として。

 

「彼女の全力を見たわけではないが凄まじいの一言。私とエアグルーヴが初見だった事を鑑みても良い道とは言えない山道を息一つ乱す事もなく走り抜けた。あのスタミナは凄まじい」

「体幹やフォームにも一切の狂いが無い上に地面に足が触れる時間も私達並に短い」

「ああ、一度全力疾走を見たいものだ」

 

かなり高評価だった。殆ど自分の意見と同じのチェイスのポテンシャル。瞬発力だけではない、如何にすれば力を逃がさずに走れるかも熟知している。

 

「その走りも俺は見てぇなぁ……脚、触らせてくれねぇかな」

「……沖野トレーナー、せめてそれは本当に当人の許可を得てからした方が良い。彼女は警察官を目指している、そんな彼女に普段通りで触ったら確実に通報されるぞ」

 

シンボリルドルフの心底呆れたような心配するような視線とエアグルーヴのこのたわけが……と言わんばかりの冷たい視線が沖野へと突き刺さっていく。優れたトレーナーである事は確実ではあるものの、彼の悪癖というか習性というか……ウマ娘の脚を良く触る行動がある。特に彼のチームスピカではそれが多いらしく、よくチームメンバーによって制裁されている。チーム内ならばまだよいだろうが、まだ入っていないウマ娘にやるのは完全にアウト、しかも警察志望にそれをやったら確実に通報される。

 

「その位弁えてるから安心してくれ」

「貴様のたわけた言葉など信用ならんわ」

「以下同文」

「ひでぇ」

 

取り敢えず皇帝が言いたい事は一つだけ。中央のトレーナーが通報されて逮捕されるのは不味いので早急にその悪癖は直せ、である。というか今までなんでされないんだろうと思い続けている。

 

 

「うおおおぉぉぉぉ……チェイスゥゥゥ行ってしまうなんて……私は寂しいぞぉぉ……」

「大袈裟だぞグラハム、妹が成長する為の武者修行をすると思えばいい。たった一日会わないだけでもあの子は成長する筈だ」

「うううぅぅぅ……」

 

駅の構内に木霊するグラハムの泣き声、嗚咽を響かせながら妹の旅立ちをグラハムはなんとか許容しつつもその寂しさに打ちひしがれていた。この天倉町で最もチェイスを溺愛していたのは彼であるのだからこの反応は分からなくはない。

 

「こうなったら―――チェイス、毎週私の武士道米を送るぞ。これこそ私の愛だ!!」

「毎週は邪魔。せめて毎月にして」

「みなまで言うな、先刻承知だ!!」

「絶対分かってない。クリム父さん、郵便局の虎二朗さんに話通しておいて」

「分かってるよ」

 

話を通した結果、中央へと戻るのと一緒に中央に行く事が決定したチェイスは大急ぎで荷物を纏めた。この事で天倉町は町のアイドル的な存在であるチェイスを大々的に送り出そうとしたのだが、流石にチェイスは恥ずかしいとして家族の見送りのみで勘弁して貰った。が、代わりにレースに出る時には絶対に応援に行くから連絡するようにと言われた。

 

「改めて―――シンボリルドルフさん、エアグルーヴさん。我が娘を宜しく頼むよ、忙しいかもしれないが暇が出来た時程度で良いから様子を見てやってくれないかな」

「その辺りはお任せください、スカウトした者の責任として、そして生徒会長として彼女を支えましょう」

「副会長として、微力ながらお力添えします」

 

生徒会長(皇帝)として、副会長(女帝)として助力を誓う。まだ何も知らぬウマ娘である彼女が歩む道はどんなゴールになろうとも苦難が待ち受けるのは確実だ、それ程までにウマ娘の勝負(レース)世界は厳しい。身を持って実感している先達者、助けを求められれば素直に助けるつもりでいる。

 

「沖野さん、今度は仕事ではなく私用でお越しください。その時は是非我が家に」

「ええ。俺も気に入りましたから今度はバカンスで来ます」

 

確かに本当に良い町だった、仕事ではなく私用で来たいと心から想わせるに十分な町だった。今度は絶対に私用で来ると誓う。

 

「チェイス……君が居なくなると思うと寂しいが、君がこの町に留まり続ける事はきっと進之介と霧子は望んでいない筈だ。可愛い子には旅をさせよ、旅をして、経験を積んで成長して帰っておいで。そして、君の作る朝ご飯を食べさせてくれたまえ」

「クリム父さん、はい絶対に大きくなって帰ってきます。後お願いしていたものもお願いします」

「No problem.其方こそ私の専門だからね」

 

最後に何かをお願いしつつも固い握手をした後にチェイスはそれを跳び越えるようにしながらクリムに抱き着いた、娘の行動に僅かに目を大きくするが直ぐにハグを返した。

 

「I love you, my father」

「―――……I love you too, my daughter」

 

最後にそんな言葉をやり取りを終えると電車がやって来てしまった。名残惜しそうに離れるとチェイスは沖野達と共に電車に乗り込む、そして扉が閉まり電車が発車する。その時に彼女たちは涙を流しながらも必死に笑顔を作って手を振るチェイスとそれを笑顔で見送る父と兄―――そして線路から見える道路に並んだ天倉町の人々が大きく広げた大きな横断幕を見た。

 

マッハチェイスでブッチギレ!!

頑張れマッハチェイサー!!

 

「―――私はこの愛に、応える……」

 

一人の少女の小さな言葉は誰のどんな決意表明よりも強く、逞しく聞こえた。町全体がくれた愛、それに応える為に彼女は走ると改めて誓ったのであった。



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9話

日本ウマ娘トレーニングセンター学園スクール中央校。

 

トゥインクル・シリーズを目指すウマ娘の育成を行う教育機関としては最高峰であり、中央と言えば超が付くほどのエリート校。チェイスは全く興味を持っていなかったが、トゥインクル・シリーズは国民的スポーツ・エンターテイメントとして位置付けられている。そして、そのトレセン学園に所属するウマ娘の全てが舞台での活躍を目指しているといっても過言ではない。

 

そんな中央へのスカウトを経ての転入する事になったチェイスは中央へとやって来たその日は、移動の疲れもあるだろうという事で直ぐに寮へと案内された。

 

「おおっ来たな、アンタが期待のスカウトルーキーのマッハチェイサーだな?会長から話を聞いてるよ」

 

チェイスが入る事になったのは美浦寮、玄関を潜ってみるとそこには褐色肌で如何にも姉御肌と言わんばかりに快活そうな笑みを浮かべているウマ娘が出迎えてくれた。

 

「アタシは寮長のヒシアマゾンだ、皆からはヒシアマ姐さんって呼ばれてるね。まあ好きなように呼んでくれて構わないよ」

「マッハチェイサーです、今日からお世話になります。地元ではチェイスと呼ばれてました、宜しければそうお呼びくださいヒシアマ姐さん」

「応っそうさせて貰うよチェイス。さてと、基本的に寮では相部屋になるんだけどアンタは今の所一人部屋だ」

 

基本的に二人一組の部屋らしいのだが、チェイスが通されたのは一人部屋であった。気軽に過ごせるのは素直に有難かった、そう思いながら部屋へと案内された時、隣の部屋から出て来た一人のウマ娘が酷く吃驚したように声を上げた。

 

「ブ、ブルボンさん!?ど、如何して美浦寮に!?」

 

小柄で何処かおどおどしている自分よりも小柄なウマ娘、何やら勘違いされているらしい。

 

「ああ違うよライス、この子はマッハチェイサーっていうんだ。ミホノブルボンに似てるけどよく見て見な、結構違うだろ?」

「えっ……あっ確かに髪の色とか、ちょっとブルボンさんより大きいかも……」

「似ている方が居るんですね。初めまして、島根から来ましたマッハチェイサーと申します。気軽にチェイスとお呼びください」

 

ニコやかに笑いながら手を差し伸べる、チェイスとしては仲良くしたいからと手を差し伸べたのだが如何にも既に在学しているミホノブルボンと自分はかなり似ているのか、おどおどされながら握手に応じてくれた。

 

「ラ、ライスシャワーです。宜しくね。えっと……チェイスさん」

「此方こそ。ご苦労お掛けするかもしれませんがよろしくお願いします」

「んじゃ荷物置いて来な、簡単だけど寮を案内してやるから」

「え、えっとヒシアマゾンさん。ライスも手伝います」

「おっありがとなライス」

 

何処か男らしい笑みを浮かべながらも帽子越しにライスシャワーの頭をくしゃくしゃと撫でまわすヒシアマゾンとそれを擽ったそうに受け入れつつも、顔を赤くしているライスシャワー。僅かながら中央でもなんとかやれそうだと思いを抱きながら、荷物を部屋の中に置いて二人に案内されて寮探索へと繰り出したのであった。そして―――ミホノブルボンと毎回毎回見事に間違われるのであった。

 

「どれだけ似ているんだろうか……」

 

夜、ベッドに入りながら思わずそんな事を思案してしまう程度には気になっていた。ヒシアマゾン曰く、髪色を一緒にして表情を変えずにいたら絶対に分からないと言われてしまった。

 

「まあ取り敢えず……寝るか……」

 

初めての環境だが、その程度で眠れなくなる程チェイスは繊細ではないのでそのまま眠りに落ちていった。

 

 

そして翌日。矢張り環境が変わっても習慣は変わらないのか、朝早くに目が覚めてしまった。それでも普段よりも遅い4時半の起床なのである程度は影響されているのだと分かる。兎も角走りに行こうと思ったのだが……この辺りの地理はまだ頭に入れていない事を思い出して日課のジョギングは取りやめにしたのであった。

 

「チェイス起きてるかい?」

「ヒシアマ姐さんですか、今出ます」

 

室内でストレッチと簡単な筋トレを行っているとドアをノックする寮長の声が聞こえて来た。直ぐにドアを開けるとよっ!!と片手を上げる元気そうなヒシアマゾンの姿がそこにあった。

 

「良かった起きてたかい、来たばっかりのウマ娘は寝坊する事が多いから一応起こしに来たんだけど野暮だったかな」

「いえそれでも寝坊はしました。4時半に起きてしまいました」

「十分に早いよ、まあいいか。ちょいと早いけど朝食なんて如何だい?この後アンタはまず理事長室に顔出さないといけないから、早めに済ませちまおうって誘いに来たのさ」

「有難う御座います、ではご相伴に預からせてもらいます」

 

こっちだよ、と足取り軽く食堂へと先導していくヒシアマゾン。如何やら本質的に世話焼きな姉御肌なんだなと思いながらも共に朝食を済ませるのだが―――

 

「アンタ、随分と少なくないかい?そんなじゃ持たないだろ、ホラッこれも食べなよ」

 

前世の影響か、ウマ娘としては少食なチェイス。だがそれでは駄目だとヒシアマゾンにご飯を山盛りにされておかずも追加されてしまった。

 

「いえ私は余り……」

「いいから食べる!!ほらっこのサバの味噌煮なんて絶品だからどんどん食べる!!」

「……はい」

 

実際、レースに出ないのであればそれで良いかもしれないがこれからは違ってくるのだから必要なカロリーは大きく変動するのである。この日、ウマ娘としての量を食べた気がしたチェイスであった。

 

「……食べ過ぎでは」

「なぁにこれからレースで活躍するんだろ、だったらこの位食べないとダメだよ!!ほら、もう迎えが来るだろうから元気出して行っといで!!」

 

羽目を外した夏祭りやお正月の餅つき大会以来かもしれないほどに重くなった腹を引きずりながら、ヒシアマゾンに背中をぶっ叩かれながら食堂を後にする。これがウマ娘が普段食す量なのか、実家ではこの量を食べなくて良かったと心の中で想いながらも一度自室に戻りながらも荷物を持って寮を出るとそこにはシンボリルドルフが待っていた。

 

「おはようチェイス、よく眠れたかな」

「おはようございます、何時もより少し寝過ぎました」

「君のいう少しなのだから本当に少しなのだろうな、という事は5時起き位かな」

「いえ4時半起きです」

 

それを聞いて肩を竦めながら本当に早いなと思う、天倉町での滞在中も思ったがチェイスの起床は極端に早い。朝練をしようというウマ娘でも此処までの早起きはいない。朝が少し苦手な自分としては羨ましいショートスリーパーっぷりだ。

 

「さて、行こうかチェイス。今日には君の荷物も届くはずだ、今日は理事長に挨拶した後は部屋で荷解きを済ませてしまうといい。そして明日、改めてトレセン学園を案内するよ」

「今日でも大丈夫ですよ?」

「フフッ何、私が自分で案内したいという我儘を通したいんだよ。それではいけないかな」

「律儀ですね」

 

父との約束を守りたい、という皇帝なりの我儘なのか誠意なのか。兎も角チェイスはそれを素直に受け取って後に続く事にした。寮を出て直ぐに見えてくる巨大な敷地、それ全てはトレセン学園の物だというのだから驚き。校舎へと入って案内された理事長室、ノックすると何処か威厳という物よりもハツラツ!!というのが似合いそうな声が響いてきた。

 

「歓迎。マッハチェイサー、ようこそトレセン学園へ!!私達は君を歓迎するぞ!!」

 

そこにいた何処か子供にも見えるが、何処か不思議とカリスマ性と威厳のある若々しい理事長とその隣で笑みを浮かべ続ける大人の魅力に溢れる女性に歓迎されながらチェイスはトレセン学園での日々のスタートを切ろうとしていた―――のだが……

 

「スペ、スカーレット、ウオッカ。やぁっておしまい!!」

「はいっゴールドシップさん!!」

 

突如現れた麻袋を持ちながら、マスクとサングラスで顔を徹底的に隠しながら頭陀袋を構えたウマ娘4人に迫られたチェイスは……一先ず全力でその場から逃げ出す事にした。

 

「くそっ何なんだいきなり!!これが中央の洗礼なのか!!?」

 

絶対に違う。これは何方かと言えば七不思議。



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10話

いきなりの襲撃、ではないだろうが唐突に不審者スタイルのウマ娘に拉致されかけたチェイス。何とかその場から逃げ出そうとするのだが―――相手のウマ娘は凄まじく素早かった。これが中央だと言わんばかりに何度も追い付いてきては頭陀袋を被せてこようとするそれに軽い恐怖を覚えてしまった。流石のチェイスも逃げ切る事が出来ずに確保され、何処かの部屋へと連行されてしまったのだが―――

 

「マジですまんかった」

 

確保され、担ぎ上げられて連れていかれた先は何処かの部屋だった。自分を取り囲むように見つめてくるウマ娘の視線に犯人の視線というのはこういう物なのかという気分になりそうになったのだが、その中にあるやっちまったぁ……と言わんばかりの表情を浮かべている男を見て、チェイスは素直にお前かよっと思った。

 

「何だよトレーナー、折角ゴルシちゃんがお前が待ってたっていう奴を連れて来てやったっていうのに」

「だから待てって言っただろ俺は!!普通に俺の名前出せばいいって言ったのに飛び出したのはお前だろゴルシィ!」

 

一番高身長でスタイルが良い葦毛のウマ娘はあっけからんとした態度で何も悪びれる事もなく、言った。如何やら此処はスカウト中に何度か話を聞いた沖野のチームスピカというチームの部室であるらしい。ならば自分は何故このような扱いをされたのか、そして―――警察志望としてあまり見逃がせない。

 

「にしても本当にミホノブルボンにそっくりね……私も吃驚しちゃったわ」

「髪の色とか変えたらマジで分かんねぇだろうなこれ」

「私もブルボンさんと間違えてないかって何度も聞いちゃいましたもんね」

「取り敢えず、謝罪しろお前ら……」

 

本当に何なのだろうか、突然拉致されて連行されて来た自分としてはぶっちゃけ軽く苛立っている。一先ず―――

 

「お、おいチェイス本当に済まな―――っておい何で携帯出してんだ」

「一先ず、理事長に報告の後、然るべき所に通報する為です」

「いや本当に済まなかった俺の指導不足っていうか伝達ミスなんだ本当に申し訳なかった!!」

「……町を楽しんでくれた貴方に免じて今回は見逃がします」

 

地面に額を擦りつける処か叩きつけた沖野、取り敢えず沖野も本意ではないというのはこの焦り様からわかる事。なのでそれに免じて通報は取りやめる事にした。

 

「それで如何して私は拉致、連行されたのですか」

「いや、今日お前さんが来るって話をチーム内でしてウチに勧誘するぞって事を伝えたら……その、うちの大問題児がな……」

「ひでぇなトレーナー、ゴルシちゃんが問題児だっつぅのかよ、ハハハハッ否定しないぜ」

「否定出来る要素が一つもないの間違いですわ……」

 

悪意が無かったのだけは理解した、理解はしたが……一般的な常識からしてこのような行為は犯罪に該当する恐れがあるのでもうやめておいた方が良いと忠告しておく。

 

「んじゃ改めて……此処はチームスピカの部室だ、スカウト中にも何度も話したと思うけど俺のチームだ」

「だったら尚の事、一言言われれば普通に来ましたが」

「いやホントにすまん……俺も飛び出して行った時には無理矢理連れてくるんじゃないかって冷や冷やしてた……ゴルシ、頼むからもうやめてくれ。ガチで通報されかねん」

「んだよったく分かった~」

 

個性的な面々だという事は聞いていたが、これは個性的過ぎないだろうか。確かにこれならシンボリルドルフも何と表現するべきだろうな、と言葉を濁らせるのも頷ける気がして来た。謝罪が織り交ぜられた自己紹介が行われているのも奇妙な始まり、そんな中でスピカの面々について名を聞いて行くと流石のチェイスでも聞いた事があるような名前ちらほらあった。

 

「如何だチェイス、多少なりとも知ってる名前ないか?」

「トウカイテイオーさん位、でしょうか」

「えっちょっと待ちなさいよ!テイオーが有名なのは分かるけどそれ以外は!?スズカさんとかマックイーンとかに反応なし!?」

「無駄だぞスカーレット。チェイスは元々警察志望でレースの事は全然知らなかったからな、皇帝の事すら全く知らなかった位だし」

『嘘ぉぉぉ!!?』

「会長の事全然知らなかったのぉ!!?」

 

思わず部室から上がる悲鳴のような驚愕の声、矢張りウマ娘として自分は異端なんだという事を改めて思い知るのであった。特にトウカイテイオーは尊敬している会長ことシンボリルドルフの事も知らなかったと言われてこれでもか、という声を出してしまった。

 

「というか警察志望って……もしかしたら、俺達通報されてた……?」

「だから俺が慌てたんだよ……」

「あ、あのすいませんでした……」

「それについてはもう良いです」

 

もう勘弁する事に決めているので今更掘り返すつもりはない、二度としないのであればだが。まあゴールドシップの事を知れば知る程にそれは無理だと分かっていくだろうが……警察志望だと聞いてメジロマックイーンは漸くこのチームにお目付け役というかストッパーが誕生するのでは!?と半ば感動的な瞳を作っていた。まあ主に問題行為の被害に合っている彼女だからこそだろう。

 

「んでチェイス、如何だスピカに入らねぇか?スカウトした俺としては是非とも迎え入れたいんだが」

「よくもまあそんな事を抜け抜けと言えますね」

「いやホントすまんって……」

 

沖野としても一言声を掛けて連れて来て貰おうとしていたのだ、それなのにこんな事になってしまってもう何も言えない。天倉町でのコンタクトと打って変わって余りにも最悪すぎるコンタクト、これにチェイスは溜息混じりに承諾した。

 

「まあ、沖野さんにはスカウトして貰った事もあります。なので現状私の事を一番分かっているトレーナーさんですのでスピカに入ります」

「そうか!いやぁ有難う!!」

 

と素直な感想と胸を撫で下ろした沖野、正直断られるんじゃないかと冷や冷やしていた所だった。トレーナーとしてもっとゴールドシップの手綱を握らなければ……いや握った所でどうせ暴走を止めるなんて事は無理なんだろうが、その方向性を何とかしなければ……じゃなければマジで逮捕者が出かねない。

 

「んでだチェイス、お前さんのデビュー戦は三週間後だ。その時までにレースの事とかキッチリ教えてやるから、覚悟しとけよ?」

「はい―――えっ三週間後にデビュー戦……?」

 

それを聞いて思わずチェイスの思考は停止した。所謂宇宙猫的な表情で硬直した、見た目がミホノブルボンに似ているというのもあってスピカの面々は思わず吹き出すのだが……沖野の言葉に遅れて驚愕した。

 

「さ、三週間後ってトレーナーさん!?私の時よりマシですけどいきなり過ぎません!!?」

「そうですわ!!しかもレースの事も全くご存じではないのに何を考えてらっしゃいますの!!?」

「いやいやいやそれまでに教えれば大丈夫だって」

「そういう事じゃねぇだろこれは!!?」

 

 

拝啓。進之介父さん、霧子母さん、クリム父さん、私のデビュー戦……三週間後だそうです、応援宜しく……。

 

「あの、加入取り消ししても良いですか……」

 

思わずそう言ったチェイスは何も悪くないだろう。



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11話

雲一つない晴天の空が酷く恨めしい、今の自分はこんなにも悩ましい事態に陥っているというのに何でお前はそんなにも悩みが無い状態なのか……と訴えかけるかのような目線。一先ずスピカへと入る事自体は問題ない、自分をスカウトしてくれた相手が率いるチームだ。其処に文句を言うつもりはない、チームメンバーに文句を言いたいのはグッと我慢しておく。だが―――

 

「中央、いやウマ娘のレースってこんなに唐突に決まるものなんですか」

「普通はないな……レースの日程という物はもっと事前に知る事が出来るし、ウマ娘とトレーナーとの相互の承諾を経て申請される。一部のトレーナーがスランプに陥っているウマ娘に発破をかける為に勝手に申請するというのはあるが……まさか嘗てのスペシャルウィークの焼き直しとは」

「ですよね……」

 

先日の衝撃的な出来事、拉致連行からのスピカ入りの直後知らされた3週間後のデビュー戦決定。もう流れが早すぎて頭が痛くなってきた、昨日は取り敢えず荷物の整理もあるのでそれで解放された。そして今日、改めてトレセン学園を案内してくれているシンボリルドルフに今回の事を相談したのだが……困ったような表情のまま、少し頭を抱えられた。

 

「しかし参ったな、3週間とは……間に合うだろうか、いやスペシャルウィークの事を考えれば大丈夫だろうが……これでは君のお父様に申し訳が立たない……」

「一先ず今日から猛特訓が開始とだけ言われています」

 

シンボリルドルフとしては、学園を案内がてら自分が所属するチームリギルの練習風景を見せてレースについてまでの流れなどを説明してあげようとプランを立てていた。それが音を立てて崩壊してしまった。流石は中央一の問題チーム、スピカだ。チームメンバーがメンバーなら、それを監督するトレーナーもトレーナーだ。

 

「暇さえあればリギルの練習にも見に来ないか、リギルの東条トレーナーも君には興味を示していてね」

「何も知らない田舎者をからかっているだけでは?」

「そう言う事ではないよ、早朝共に走った時の話をしたら是非とも一度見たいから誘いをかけてくれと言われていてね。あれは君をリギルに誘う気があったと思うよ」

 

先を越されてしまった、と内心では思っている。シンボリルドルフとエアグルーヴですらキツいと思う山道を息一つ乱す事もなく走り切るウマ娘、これに興味を示さないトレーナーはいないだろう。その走りを間近で見たいと思うのは道理、出来る事ならば自分の手で育てたいと思うのは教育者としては寧ろ正常。

 

「チェイス、君の走りならばメイクデビューは問題はないだろう。故に基礎は確りとやる事だ、後は……ウイニングライブだな」

「ライブ……?」

「ああ、矢張り知らんか……まあ、沖野トレーナーから話はあるだろうから確りと聞くと良い」

 

当然、チェイスはウイニングライブの事なんてまるで知らなかった。此処はチームに入ったのだからそのトレーナーから聞くのがベストだろうと敢えて詳しくは話さないでおく。

 

「兎も角、トレセン学園は君を歓迎する。何か困ったらすぐに私を訪ねて構わないぞ、エアグルーヴも力になってくれるだろう」

「お手数おかけします、生徒会長様」

「ルドルフで構わないよ」

「分かりましたルドルフさん。そうでした、これをお渡しするの忘れてました」

 

そう言いながらチェイスは持っていた袋から大きめの箱を取り出した、綺麗に梱包されたそれを受け取る。

 

「天倉町名物の源氏巻、天倉巻です。どうぞチームの皆さんにも持って行ってあげてください」

「これはこれはご丁寧に済まない。そう言えば天倉町では確りとしたお土産を買えていなかったな、助かるよこれでチームメイトに言い訳が立つ」

 

 

「ああ、ウイニングライブの練習は確りとさせるつもりだぞ。流石に新聞でこの有様って書かれるのはもうやだしな」

「新聞でそんな風に書かれるって何があったんですかね」

 

会長にトレセン学園の案内をして貰った後、やってきたスピカの部室。其処でこれからの詳しい予定を聞かされることになったチェイス、如何やら過去に新聞でウイニングライブが余りにも散々だったので色々書かれたらしい。寧ろそれだけ書かれるって何があったのか酷く気になった。

 

「まずライブだけど、ウマ娘のレースはレースで勝ったウマ娘はステージでファンへの感謝を込めたウイニングライブを披露するんだよ」

「……いや、感謝の為に歌って踊るって全然意味分かんねぇですよ」

 

改めて聞いてもまるで意味が分からない。だが実際、ウマ娘は唯走れるだけではいけない。歌唱力とダンスのスキルも確りと磨かなければならない、色々と解せないがそういう事になっており、疎かにするとお叱りが飛んでくるらしい。

 

「チェイスってダンスとかって出来るのか?」

「ブレイクダンスなら」

「いやそっちか!?」

 

一時期友達に誘われてブレイクダンスに嵌っていた時期があった。ウマ娘としての運動神経はダンスでも遺憾なく発揮され、メキメキと上達していった。天倉町のお祭りではステージに友達と共に立って盛り上げの為に一役買った事だってある。だがそれはあくまで祭りの催し物としてである。アスリートとして走った後に踊るのは全く以て理解出来ない。

 

「まあそういう事なんだ、諦めてダンスの練習にも勤しんでくれ」

「はぁ……」

「そして、勿論走りについての特訓も並行して行うからぶっちゃけきついから覚悟しとけよ」

「一方的に言う方は楽でいいですね」

「それを言うなよ……」

 

取り敢えずグチグチ言う事はもうやめる事にした、それで事態が好転するならいくらでもするがどうせしないのだから懸命に取り組んでやる。

 

「まず早速、今日はライブの練習だ。テイオーが先生役をやってくれるから確りな、あいつ結構厳しいから頑張れ。チェイスは歌は行けるのか?」

「天倉町では年末年始に年忘れカラオケ大会がありました、それに毎年出場しています」

「……何だかんだでお前さんってレースへの適性凄い高いと思うぞ」




―――何時の間にかお気に入りが1000件突破している件について。

有難う御座います!!


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12話

スピカに加入して初の本格的なウマ娘トレーニングを開始したチェイス。レースの技術はないとの事だが、元から走り込みを続けていただけあって走りのフォームはかなりの出来、それを行っている最中にリギルの東条トレーナーがシンボリルドルフを伴ってやって来た。

 

「本当にミホノブルボンにそっくりね……」

「だろ?俺も天倉町で顔合わせた時にマジで吃驚したんだよ」

「それにしても……貴方、好い加減あの勧誘方法やめときなさい」

「今回ばっかりはマジで事故なんだよ……」

 

東条トレーナーは後悔していた。理事長の所に連れて行った後は寮で荷物の整理もあるから帰らせたと聞いたので、後日勧誘、最低でも走りを見せて貰おうと思っていたら既にスピカに勧誘されていた。実際スカウトしたのは沖野なのでそこはまあ……納得出来るが、問題はスピカ伝統と言っていいのか、ほぼほぼ拉致な勧誘方法で連れて行かれたと聞かされて本気で頭を抱えた。

 

「あの子、警察志望なんでしょ。マジで通報されるわよ」

「される寸前だったよ。まあ今回の一件でゴルシも止めてくれるって言ったから多分大丈夫、だと思う」

「信用がないわよ、付き合い長いんだから確りと手綱を握りなさい」

「分かってる」

 

本当に分かっているのか極めて謎。だが一先ずはトレーニング中のチェイスへと目を向ける、が、今行っている坂路トレーニング。ウマ娘のトレーニングの中でも最もキツい部類に入るトレーニングで彼女が似ているミホノブルボンはこれをし続ける事でスタミナを克服したと言われる。そんなキツい坂を―――軽快な走りであっさりと登ってしまった。一緒に走っていたスペシャルウィークを遥か後方に抜き去って。

 

「あれがルドルフが言ってた山道を抜けた走りか……ピッチ走法も既に身に付いてる、しかも足の回転がかなり速い」

「チェイスは毎朝山道を走っていたからか、坂道は慣れっこだそうです。しかもその山道はかなり路面状態が悪いのにも拘らず」

「息一つ乱してないってどんな山道なんだよ」

「私とエアグルーヴもきついと思う山道、としか言えませんね」

 

改めてその言葉の意味を実感する。普通坂道であれば負担が大きく加速は難しい筈なのに、チェイスは問題なく加速していく。彼女にとってレースの坂道なんて平坦な道と何も変わらない。この程度で坂道なんて認めないと言いたげな程に凛とした立ち姿でスペシャルウィークが登り切るのを待っている。

 

「む、無理ぃ……チェ、チェイスちゃん何でそんなに平気そうなの……?」

「地元では山道を走ってました、これ以上に傾斜がありましたので」

「う、うそぉ……」

「沖野トレーナー、坂路はあと何本走ればいいですか?」

「何本!?」

 

信じられない!と言いたげなスペシャルウィークの声が木霊する、それはまだやれるのかというよりもそれに付き合わなければいけない事への物なのだろう。まるで藁にも縋るような瞳を投げかけてくる、元々これ以上坂路を走らせるつもりはなかったので別のメニューを当てておく。

 

「いや坂路はいいぞチェイス。チェイス、今度はスペと走ってくれ。レースまでにレースの技術やらを叩きこむ」

「分かりました、スペ先輩歩けます?」

「も、もう少し待ってぇ……」

 

一先ずスペが回復するのを待ってから並走トレーニングに入る事になった。どんな身体をしているのか、と沖野と一緒にされたくはないが東条も気になって来た。

 

「あの子、マッハチェイサーの脚質は?」

「差しか追い込み……だと思う、一応走り方を一通りやらせてみたけど追い掛ける走りかたが一番合ってるな」

 

如何にもハッキリしないが、チェイスは他の走り方も出来ている。なのでやろうと思えば逃げも先行だって出来る、だが追い込みか差しが本人的には走りやすかったとの事なので脚質はこの二つだと思っている。

 

「かなり素質があるって事ね」

 

全ての戦法に適応を見せるウマ娘はそうはいない、思い当たるのはマヤノトップガン位だろうか。レース向けの技術を教え込めば彼女はそれをどんどんと吸収していって更に大きく成長する。現状でもまだ触りしか教えていないが、十分な見込みがある。

 

「話を聞けば、元から警察志望だったから誰かを追いかける練習位はしてたらしい。犯人を追いかけてワッパを掛ける為って言ってたな」

 

成程とある程度の納得が出来る。レース向けではないが、誰かを追いかける練習はしていたならば差しや追い込みに適性が高いのは頷ける。名前がまるでそれを物語っているかのようだ、後方でチャンスを伺い続けてその時が来たら一気に相手を追い詰める追跡を開始する。

 

「沖野トレーナー、チェイスの練習なら私も付き合いましょう。彼女のお父様に任せてくれと言った手前何もしないというのは……」

「そうね、目の前でそのやり取りを見ていて何もさせないというのは随分とあれね」

「なんか凄い棘あるな……まあおハナさんが良いならいいけど」

 

少々言い方があれだが、シンボリルドルフの協力を仰げるのは相当にデカい。技術で言えば最高峰のウマ娘の手を借りられるのであれば、ほぼ知識皆無のチェイスに必要な事や駆け引きの事も教える事が出来る。それに走っている状態でなければ理解出来ない物も多々ある。

 

「おいチェイス、喜べ皇帝様がお前のトレーニング手伝ってくれるってよ!!」

「えっか、会長さんも走るんですか!?」

「ああ、折角の機会だ。スペシャルウィークも宜しく頼むよ」

「お手数おかけします」

 

相変わらずな挨拶、ある程度情報収集はしたがまだシンボリルドルフの偉大さという物はまだ理解出来ていない。野球をした事のない者が野球の三冠を理解出来るかと言われたらそこまで分からないのと同じだろう。同じ世界に入り、理解を深めるからこそ分かるものもある。だが自分を一人のウマ娘として接してくれるチェイスとの会話は彼女としては何処か心が軽い物だった。

 

「そうだチェイス、君から貰った天倉巻だがリギルの皆からも大好評だったぞ。通販など出来るのか?」

「出来ますよ、何だったら私が作りますので」

「えっ会長さん天倉巻って何ですか凄い気になるんですけど!?」

「チェイスの地元の名物のお菓子だよ、しっとりとした生地に柔らかな甘みのある二種類の餡が入っていて実に美味しかった」

「チェイスさん私も食べたいです!!」

「では後日御作りします」




チェイスの脚質
逃げ:C 先行:B 差し:A 追い込み:A

逃げだけは少し苦手っぽい。警察志望だから追う事には慣れてるけど、逃げる事は不得手?


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13話

初のレース描写、如何かお手柔らかに……。


時間という物は思った以上に早く過ぎゆくもので3週間という時間はあっという間に終わってしまった。今日までにライブの練習やレースの知識や技術の積み重ねなどを徹底的に叩き込まれたチェイス。そこにはあのシンボリルドルフの協力もあった為に万全とも言える状態にまで仕上げる事が出来たのは、胸を撫で下ろせる要素だった。そもそも3週間後にデビューにしなければこうならなかったのに……。

 

兎も角この日までにチェイスは最高のコンディションに仕上がっている、やる気も十分。後は実際に走ってみるしかない。それがどんな結果になるかは分からない、どんなに実力や才能があろうが大一番での勝負を決定づける要因にはならない。戦いに絶対など存在しない、あの皇帝ですら敗北はある。それと同じだ、後は―――勝利の女神が微笑んでくれるように自分を魅力的に見せつけるのみ。

 

『此処、東京レース場。次は第8レース、メイクデビュー戦、芝2000m。10人のウマ娘が走ります、天気は太陽に恵まれ快晴その物。バ場状態は良の発表となりました』

 

間もなく始まるレース、パドックでの状態は悪くはなかった。寧ろ元気な姿を見せ付けたチェイスは普段の落ち着いた雰囲気とは打って変わって何処かエンターテイナーのような姿を見せ付けていた。

 

「チェイスさん結構落ち着いてますね」

「そうですわね、パドックでは突然バク転から上着を脱ぎ棄てるなんて事をしますから緊張でハイになってると思ってしまいましたわ」

 

そう、パドックではなんとバク転で登場しながら勢いよく上着を脱ぎ棄てるというパフォーマンス染みた事をやってみせた。そして笑顔を浮かべて決めポーズまで取ってみせた。ミホノブルボンに似ているからかクールな印象を受けていたのだろう観客はそのパフォーマンスに一気に虜になったらしく、既に多くのチェイサーを呼ぶ声が起きている。

 

「元々チェイスはエンターテイナーな所があってね、天倉町でもああして町を盛り上げてくれていたものさ」

「へぇっそうだったんだ……っておじさん随分詳しいね、チェイスの知り合いなの?」

「そんなところ、かな?ねぇ沖野さん」

「ってぇっチェイスの親父さん!!?」

『ええっ!!?』

「Hello there!」

 

応援する為にスタンバっていたスピカの面々、そのすぐ隣にはなんと島根の天倉町にいる筈のチェイスの父親であるクリムがそこにいた。

 

「ちょっ如何して此処に!?」

「娘のデビュー戦を見に来たんだよ、それ以外に理由が必要かい?」

「……いや、ないですね。すいません野暮な事聞きました」

「Never mind.君達がチェイスの言っていたスピカの皆だね、話は聞いているよ中々にユーモアに溢れるチームだとね」

 

極めて温和でニコニコとした笑顔を浮かべているのだろうが、チェイスとのファーストコンタクトの事を考えるとどうしても素直に喜ぶ事が出来ずに顔が強張ってしまう。ユーモア溢れるというのもチェイスなりの配慮を感じる、まさか拉致りましたなんて言える雰囲気ではなくなってきた。いやどんな雰囲気であろうとも言うべき言葉ではないが。

 

「学園でのチェイスは如何かな、浮いたりしていないかい?」

「大丈夫そうだったよ、転入生だからなんか色々話しかけられたりしてたって言ってたけど」

「ライスさんと友達になったとも聞きましたよ」

「ライスとは、いやはや米農家な長男がいる私としては面白く聞こえてしまうね」

 

そんな話をしているとファンファーレが鳴り響いた。いよいよゲートインだ。チェイスは大外枠になる為に一番最後、初戦が大外枠というのは何とも言えないがある意味この状況はチェイスの実力を測るには絶好の場と言えるのかもしれない。本番の空気の中でどんな走りを見せてくれるのか、沖野は心から楽しみだった。

 

「ああ、そうそう沖野さん。勧誘方法については変更を勧めるよ」

「こ、心得ております」

 

『最後に8枠10番にチームスピカの新星、マッハチェイサーが入ります。ミホノブルボンに似ているという事で話題にもなっていたウマ娘です』

『パドックではミホノブルボンがやらないようなパフォーマンスまでやったらしいですね、走りはどんな違いがあるのか楽しみです』

 

ゲート、周囲が閉ざされた閉鎖空間。ウマ娘達は狭い場所を苦手する、走る事に快感を覚えて疾走感を好む彼女らからすれば閉塞感というのは忌避に近い感情を覚えるのだろう。だが、チェイスはそんなこと覚えない。何故ならば狭い場所は落ち着きを覚えるからだ、この辺りも普通のウマ娘とは一線を画す。

 

「(好きなように走れ……か、難しい注文を出してくれる)」

 

―――今回は好きなように走ってくれ、技術はある程度身に付いたけど経験が皆無だ。だから好きなようにやっちまえ。

 

 

沖野からの指示は完全な自由裁量に任せるという物。知識と技術はある程度着いたが、まだまだ経験が足りなさすぎる、故に好きなようにやらせるという。だったら好きなように走ってやろうじゃないかとチェイスは完全に決め込みながら、地面を踏め締める。そして―――スタートが切られる。

 

『さあメイクデビュー戦がスタートしました!!各ウマ娘、出揃って、おっと10番マッハチェイサー僅かに出遅れたか?』

 

少しリラックスしすぎた為かスタートは悪かった、だが問題はない。

 

『先頭を行くのは一番人気のリードオン、おっと既に逃げているぞ!!これは大逃げの体勢だ!!開幕から飛ばしております!!』

『ツインターボを思わせる大逃げっぷり、この勢いが何処まで続くのか』

 

塊から抜け出したウマ娘を見つめる、先行作戦のウマ娘が多いのがチェイスの目の前には塊となっているのが見える。あまり聞き慣れない大勢の走る音、だがそれが自然と耳に馴染んでいく辺り自分もウマ娘だった事を思い出させられる。

 

『最後尾にはマッハチェイサー、ですがピッタリと虎視眈々と先頭を狙う集団の背後に付いています』

『走り方が綺麗ですね。これは何時力を開放するのかが楽しみです』

『先頭を行くリードオン、そしてその背後には二番人気のジェットタイガー、モニラと続きます!!』

 

その位置を保ったまま、チェイスは走り続ける。唯々力強く地面を踏みしめて走り続けていく、既に集団は4つに別れた。先頭集団、それを追う集団、チャンスを狙う集団、そしてチェイス。ピッタリと微動だにせずに走り続けているチェイス、木霊するチェイスの力強い足音に前を行くウマ娘達は寒気と恐怖を覚え始めた。

 

―――自分達は何に追われているんだ。

 

『さあ第四コーナーに差し掛かる!!先頭は変わらずリードオン、このまま逃げ切るか!!』

「―――マッハチェイスを実行します、ずっと……チェイサーッ!!!」

 

瞬間、地面が抉れる。そして加速する。今までなりを潜め続けていた怪物が遂に目覚めた、遂に動いた。

 

『第四コーナーを抜けたッさあこのままリードオンの独走……いや後ろから来ている!!凄まじい追い上げだ、既に先頭集団を射程に収めようとしているウマ娘がいるぞぉ!!』

「嘘!?」

「この状況で追いつくなんて……!!」

 

先頭を走るリードオンとジェットタイガーは驚愕する、もう明らかに突き放していた筈の集団。もう勝てない筈の集団から抜け出した風があった、風はターフを舞い、駆け抜けて自分達の喉元にまで迫って来る。思わず目が其方に行った時―――そこにいたのは絶対的な追跡者。

 

『マッハチェイサー、マッハチェイサーだ!!マッハチェイサーが最後尾から一気に上がってここまで喰らいついて来たぁ!!とんでもない追い上げだ、一体何処から現れたんだ!!?』

『マッハチェイサーのスピードにリードオンとジェットタイガーはペースが崩れて来てしまってますね、此処から立て直すのは難しいでしょう。さあチェイサーの名の如くの追跡を見せてくれるのか!?』

 

実況と解説にも熱が入る。一番人気と二番人気の一騎打ちだと思われていた所に常に最後尾に居続けたウマ娘が突然の強襲。なんて展開なんだ、これに熱くならずに何処に熱くなれというのか。

 

「こんのぉぉぉお!!!」

「負けて、堪るかぁぁ!!!」

 

『リードオンとジェットタイガーも意地を見せる!!!』

 

「ずっと……マッハッ!!!」

 

チェイサーの意味を知っているか、チェイサーは追い掛けるという意味がある。それは強い酒をストレートで飲む場合、続けて口直しに飲む水や炭酸水の事も差す。つまりどういう意味かと言えば―――追いかけて掴ませる、自分にはピッタリという事だ。マッハの速度で相手を追いかけ、捕縛する。それがマッハチェイサー!!

 

『並ば―――ない!!追いつくどころか完全に抜き去ったぞマッハチェイサー!!一身から二身!!完全に抜け出たぁ!!』

 

坂道なんて屁でもない、そのまま一気に登り切って更に加速する。追い抜いた後は追い付けない程マッハのスピード。悪いが此処まで来たチェイスにブレーキなんて存在しない、故に勝者の道は譲れない。

 

『ゴール!!!二着以下に五身を付けて見事な勝利を飾りましたマッハチェイサー!!正しく名が体を現すような走りでした!!音速の追跡者、マッハチェイサー!!彼女の伝説は此処から始まるぅ~!!!』

「音速の追跡者、悪くないな」

 

ゴールしたチェイスは頬に笑みを浮かべながら大歓声で震える観客席を見た、そこでは自分の応援してくれている多くの人がいる。そして今日まで色んな事を教えてくれたスピカのメンバーも―――だけではない、そこには父がいた。連絡はしたが流石に来れないって言っていたのに、無理をしてくれたというのか。

 

「Nice Drive!!」

 

大歓声の中だろうとも父の声は聞こえた、その言葉を聞けた時内側から熱い物がこみあげて来た、そして―――思わずポーズを取った。

 

「追跡、追抜、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!これから宜しくぅ!!」

「全く……うちの娘と来たら」

 

普段は大人しいが、気分が乗ってギアが入ると途端にエンターテイナーとしての顔が見えてくる。その時に見せる笑顔が可愛い事……現に多くの観客を虜にしてしまっている。そんな娘の活躍をこの目で見れて本当に良かったと思う、そして不意に青空を見上げて―――

 

「見えているかな進之介、霧子。君達の娘は元気にやっているよ、少々元気過ぎる程にね」




マッハの剛っぽくエンターテイナー要素。


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14話

唐突に決まってしまったメイクデビュー。それを見事な勝利で飾る事に成功したチェイス、その後のウイニングライブも問題なくこなした。間奏の間にアドリブとしてブレイクダンスっぽい動きをしたりもしたが、雰囲気は壊していないので彼女個人の持ち味として受け入れられている。新聞では

 

『スピカの新星、音速の追跡者・マッハチェイサー!!走りも踊りも楽しませるエンターテイナー』

 

と称されていた。地味に過去のスピカと比較されていたりもしていたが、スピカの面々はあまり気にせずに新メンバーが新聞で大きく取り上げられている事にシンプルな祝福をするのであった。そんな肝心のニューフェイス、マッハチェイサーはスピカの部室にて改めてのデビュー戦のお見事な勝利を祝われていた。

 

「チェイス、良い走りだったぜ。流石俺が見込んだだけのあるウマ娘だよな」

「何言ってんのよ、そこは会長とエアグルーヴ先輩が見込んだって言うべきでしょ。スカウトって言っても結局やったのは会長って聞いたけど」

「それはほら、最初にスカウトに行こうって言った俺の手柄って事でさ……」

 

如何に自分の見る目が確かだった、と言わんばかりだが実際のスカウトはシンボリルドルフが行ったと言っても過言ではない。まあチェイスに目を付けたのは沖野だから彼の実績と言えなくもないのだが……。

 

「それにしてもチェイスの最後の追い込み、本当に凄かったよね~」

「本当にあれには驚きましたわ」

 

トウカイテイオーの言葉にメジロマックイーンが同意する。確かにチェイスの適性的には戦術として正しい、だがまだそれらについては経験不足だから全てを当人に任せっきりだった。それなのに沖野からしてもここしかないというタイミングで一気にスパートを掛けたのには驚いた、そして最後の直線で見せた途轍もない剛脚。他者を寄せ付けない程の加速を見せたチェイス、正しく音速の追跡者の姿がそこにはあった。

 

「一切ブレずに後方に居続けたのもあんだろうな。だって前が速度上げようとも差が広がらないとか不気味過ぎてかかるぞ」

 

ゴールドシップの指摘通り、特にチェイスの前を走っていたウマ娘はチェイスのこの不気味とも取れる静けさによってペースを乱されていた。チャンスをうかがう筈だったのに、後方にて身動ぎせずに一瞬の隙を伺い続ける狩人のような様に困惑してしまった。あの試合で自分の走りが出来ていたのはトップ争いをしていたリードオン、ジェットタイガー、モニラのみだろう。

 

「車間距離を取るのは基本なので」

「車間距離って……」

「天倉町では兄が運転するバイクの後ろにくっ付いて走ったりを良くしてました。その時には距離を一定に保つ訓練もしてました」

 

本人曰く、スピード違反を取り締まる練習のつもりでやっていたらしいがそれが上手く効果を発揮してくれたとの事。言うなれば、チェイスは犯罪者を追う警察官となって走っていたという事になる。確かにこれは精神的に未熟なウマ娘ほど刺さる戦法、そうでなくともペースを崩しやすくなる。

 

「兎に角デビュー戦勝利おめでとうチェイス、これからどんな目標で走るのかって目標あるか?」

「目標、ですか……」

「クラシック三冠、トリプルティアラ、春シニア三冠、秋シニア三冠って感じに色々あるんだよ」

 

と言われても良く分からないとしか言いようがない。辛うじて皇帝の三冠云々という事をスカウトされた時に軽く聞いた事があるような気がするだけで、最近の授業で次はクラシック三冠について詳しく話しますという事を言われた。まだまだチェイスのそちらの知識は著しく欠如している。

 

「ぶっちゃけ違いが分かりません」

「だよなぁ……そうだな、一先ずクラシックの三冠を目指すか。スピカ(ウチ)じゃスペにテイオーも挑んだ道だぞ」

「私は皐月賞と菊花賞で負けちゃいましたけどね」

「僕は挑めなかったからね」

 

クラシック三冠。皐月賞、日本ダービー、菊花賞のG1レースを征したウマ娘に与えられる称号。この称号を得る為に多くのウマ娘が挑んできた、特にトウカイテイオーは敬愛するシンボリルドルフが無敗でこの三冠を征した事から自らもと挑んだ、だがその制覇は叶わなかった。当時は酷く悔やんだらしいが今はいい思い出となっているらしい。

 

「クラシック三冠かトリプルティアラかの選択になるけどな、どっちがいい?」

「ティアラを付けるのは性に合いませんのでクラシックで」

「そんな決め方で良いのかしら」

 

サイレンススズカの静かなツッコミに苦笑いを浮かべる沖野。確かにそんな決め方で良いのかとも思うが、距離適性の事を考えるとチェイスは中長距離路線のクラシック向きと言えるだろう。その為にはまだまだトレーニングを行う必要はあるし、知識も経験も付けなければならない。やる事は多いがきっと彼女ならばやり遂げる事だろう。

 

「んじゃクラシック三冠を目指してみるかチェイス!!」

「折角なので行ける所まで行ってみます、何故ならば―――私はマッハチェイサーですから」

 

『チェイス、本当に素晴らしい走りだったよ。きっと進之介と霧子も喜んでいる筈だ。君は私の誇りだ、さあ行ける所まで突っ走ってみなさい』

『はい。ひとっ走り―――レースで駆けてきます』

 

マッハで行ける所まで行ってやる、どんな相手が待っていようとも喰らいついて追い抜かしてやると言わんばかりに闘気に溢れているチェイスに周囲からは拍手が起きる。

 

「んじゃ早速トレーニングと行くか。スカーレットにウオッカ、お前達の調整も兼ねてチェイスと一緒に練習をやるぞ。色々教えてやってくれ」

「望む所よ、チェイス私に着いて来られるかしら!」

「寧ろ追い抜かされるんじゃねぇか、俺を抜いてみなチェイス!!」

「おいおいレースやるんじゃないんだぞ、チェイスはレース終えたばっかなんだから」

 

そう言いながらも沖野の表情は柔らかく部室から飛び出して行く面々を見送りながら新しく飴を加える。実際、チェイスの走りは自分が思っている以上の物だった。最後に見せたあの走り、彼女は既に領域に指を掛けている可能性すらある、もしかしたら既に……そんなウマ娘がクラシック三冠へと挑む。多くのウマ娘が目指しながらも涙と共に見上げる称号。

 

「行ける所まで、いやお前ならやれるぞチェイス。もしかしたら―――無敗の三冠だって……気合、入れていくか」

 

頬を強く叩きながら自らも部室を出る。多くのライバルが待ち構えるだろうが彼女は決して屈しないだろう、何故ならば―――彼女は既にそれだけの強さを纏っているからだ。後はそれを伸ばし続けていくだけ。




色んな意味で話題性に事欠かないチェイス。


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15話

「あれがレースの感覚か……」

 

メイクデビューから数日、沖野に言われたとおりに十二分に足を休めた為に既に身体には活力で溢れかえっていた。活力もあるが、彼女の体には精神的な力にも満ちていた。初めてのレースを体験し、そこで見事な大勝を飾っての見事なデビューを飾った。勝てた事は勿論嬉しい、だがそれ以上にクリムからの言葉が何よりも嬉しいと感じられていた。次も勝てば父は褒めてくれるのだろうか、そんな何処かズレた事を考えながら席に着くと隣のウマ娘が話しかけてきた。

 

「おはようチェイスさん、デビュー戦おめでとうございます」

「有難うえっと……エーフィ」

「はい、お隣のエーフィです」

 

名前に迷いながらも話す姿に笑みを作りながら応えるのはクラスメイトであり、隣の席に座るエーフィグローリー。彼女の特徴は光の当たり方によって輝き方を変える不思議な葦毛の長い髪。光が当たると葦毛には見えない美しい色合いの紫に見えるのが最大の特徴。自分よりも先にデビューをしている同期でもある、が、彼女は短距離走者(スプリンター)なので恐らく被る事はないだろう。

 

「本当に素晴らしかったですわ、あそこまでピッタリと付けるなんて……私には出来ない事です」

「コツが分かれば簡単だと思うぞ、相手の呼吸に合わせて走ればいいだけ」

「それが難しいと思いますよ?」

 

気品のあるお嬢様といったように微笑むエーフィ、地方からの転入生ということで自分は何処か田舎者扱いで僅かに距離を取られていた。当然だ、レース関連の知識が皆無な上にスピカの沖野と皇帝、女帝にスカウトされて中央にやってきたなんて他のウマ娘からしたらよくは思えないだろう。チェイスはあまり気にしていなかった、そんな中で仲良くしてくれたのが隣のエーフィだった。

 

「出来れば私の走りに組み込んでみたいのですが……相性が最悪ですから無理ですわね」

「エーフィは逃げだったね、それに短距離だったらあまり必要とは思えないな」

「でも、折角ですから並走トレーニング致しませんか?私チェイスさんの走りを近くで見たいです!」

「勿論良いよ」

 

この中央に来てから初めての友達*1といえる存在、お嬢様な上に今まで箱入り状態だったらしく彼女としてもチェイスのことは何も気にせずに仲良くしたいと思っている。

 

「その代わりに今度勉強を教えてくれないか、レースの知識をつけないといけない」

「お任せください、チェイスさんのファン一号として全力で応援いたしますわ!!」

「いや、すまないけど私のファン一号は私の地元の人に取られてると思う」

「ならば中央でのファン一号ですわ!!」

「それならたぶん大丈夫だと思う」

 

 

 

 

 

「さてとチェイス、改めてクラシックの三冠を目指すに当たってなんだが……お前には基本的にガンガン走ってもらって経験値の蓄積と覚えた技術の実践をどんどんやってもらうつもりだ。後次のレースも俺のほうで目安をつけさせて貰う」

「分かりました、レースのほうはお任せします。分かりませんので」

「少しは分かる努力はしてくれよ、な?」

「エーフィにお願いしてお勉強中です」

 

そう言いながら懐からエーフィから借りたお勉強ノートを取り出して胸の前で構えてフンスと言わんばかりのドヤ顔でアピールするチェイス。やはり彼女は自分たちが思う以上に幼いというか無邪気な所が目立つ気がする。ミホノブルボンを知っているだけにどうにも頭がバグりそうになるのを抑えながら改めてこれからのプランを明確にしておく。

 

「これからどんどん走って貰う事になる。ぶっちゃけ相当にキツいと思うが俺も全力でサポートするから頑張ってくれ」

「わかりました、それで今日は誰と走ればいいんですか」

「それは―――」

「私だよ!!」

 

バァァンッ!!と大きく扉が開け放たれた、それに振り返るとそこには光を背負いながら大きく胸を張りながらも自信満々な表情でどっからでも掛かって来いと言わんばかりの笑みを浮かべていた。そこにいたのは青い髪と紫と青い瞳のオッドアイが極めて特徴的な小柄なウマ、スピカのメンバーではないがスピカにとっては深い関りがある人物でもある。

 

「チェイス紹介する、あいつはチームカノープスに所属しているウマ娘の」

「ツインターボ!!気軽にターボでいいぞ!!」

「ツインターボさん、以前どこかで聞いたような……」

 

と記憶を巡らせてみるとレースの当日に解説が名前を出していたような気がした。自分はレースに集中していたので大して意識していなかったが、彼女がそのツインターボなのかと握手をする。

 

「テイオーから話は聞いてるぞ!デビュー戦は中々に凄い走りをしたらしいじゃないか!!その走りをターボにも見せてほしいぞ!!」

「今日はスズカが外しちゃってるからな、同じく逃げ戦法が出来るツインターボに代理を頼んだんだ。少しの間だけど頼むな」

「ウムッ!!うちのトレーナーからもしっかりと聞いてるから任せとけ~!!それじゃあチェイス、さっそくだけど走るから続け~!!」

「えっはいって速っ!?ちょっと待ってくださいターボさん!!」

 

ターボの代名詞である最初っからの全力全開の走りの加速力に驚きながらもそれにチェイスは続いていく。デビュー戦では逃げ戦法のリードオンにも追いつけたが、次も同じとは限らない。様々な戦法のウマ娘との経験を積むために今回はカノープスの南坂トレーナーに頭を下げて短期間だがツインターボをスピカで借りる事になった。

 

「さてと……次のチェイスのレースは―――」

 

「あのターボさん大丈夫ですか……何か飲み物買ってきましょうか」

「ゲホゲホ……だ、大丈夫……でも、チェイスは優しいんだな……」

*1
二人目はライスシャワー、三人目はヒシアマゾン。



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16話

コースに到達前にガス欠になった処かまるで逆噴射が起きたかのような失速を見せ付けたツインターボ。後で知った事だが、ツインターボは最初っから全力全開でぶっ飛ばす、破滅型とも称される大逃げスタイルを取っている。故に勝つときは圧勝するが負ける時には本当に逆噴射とも形容される減速して惨敗するらしい。

 

「プハァッ!!お陰で生き返った、いやぁ悪いね態々買って来て貰っちゃって。おまけに此処まで連れて来て貰っちゃって」

「ツインターボ先輩は軽かったので全然大丈夫でしたよ」

「せ、先輩……!!」

 

それでもチェイスからしたら先輩である事には変わりないので普通に敬意を払って先輩と呼ぶ、態々自分のトレーニングの為に来てくれたのだから精一杯の敬意を持とうという気持ちでいるのだが、何やらツインターボは先輩という響きに感動しているような姿を見せた。

 

「フフンッ!!チェイス、お前には見込みがあるぞ!!何か困った事があったらこのツインターボ先輩に遠慮なく言うんだぞ、練習の手伝いから模擬レースまで全部引き受けたげる!!」

「頼もしいです先輩。これからよろしくお願いしますツインターボ先輩」

「タ、ターボで良いってば!!」

 

彼女自身は小柄なウマ娘、チェイスの身長は173㎝でツインターボの身長は146㎝で20㎝以上の身長差がある。彼女自身、身長の低さもあって気軽に仲良くしてくれるウマ娘は数多いが敬意をもって接してくれるという相手は希少だったらしい。特に先輩呼び且つ名前を間違えずに呼んでくれる相手は特に珍しく、かなりチェイスの事が気に入った模様。

 

「よ~しそれじゃあターボのスタートダッシュを伝授してあげよう!!これさえあれば大逃げで大勝確実だ!!」

「それは是非知りたいんですけど……私、追い込みか差しがメインなので」

「ま~細かい事は気にしない気にしない!!さあ早くトレーニング行くよトレーニング!!」

 

手を引っ張るターボに導かれてコースへと入るチェイス、少々強引な所はあるが彼女からはまるで悪意を感じないし頼ってくれているからそれに全力で応えようとしているのだろうというのが分かる。

 

「よ~しまずは軽く走ってウォーミングアップだ!!チェイス着いて来い~!!」

「はい分かりま……ってツインターボ先輩待ってくださいそれ絶対ウォーミングアップのペースじゃないですって!!完全にエンジン全開じゃないですかぁ!!」

 

先にトレーニングを始めた二人に追いついた沖野が見たのは……ターフの上で息絶え絶えになったツインターボを膝枕しながら団扇で扇いでいるチェイスの姿だった。

 

「ぅぅぅっ……ゴメンチェイスまた面倒掛けた……」

「この位大丈夫です、先輩のお役に立てるのならば私も誇らしいです」

「うううっお前はなんていい後輩なんだ……」

「いや、お前ら何があったんだよ」

 

 

「という訳でして私が膝枕をしていたという事です」

「噂には聞いたけど、ホントに毎回全力なんだな……」

「ターボは何時でも全力が良い、だってずっと一番が気持ちいいもん!」

「まあウチにはスズカがいるから気持ちは分かるけどな」

 

事情を説明している間に何とか回復したツインターボ、破滅逃げも当人の意志による物らしい。まあずっと一番で居られているかは余り言及しない方が良いだろう。実際それで勝っているレースもあるのだから、負けているレースも多いが。

 

「という訳でチェイスとの並走を頼みたかったんだが……ターボお前さん走れるのか?」

「勿論!!チェイスの膝枕でもう元気いっぱいだぞ、程よい硬さの上に柔らかさがあって普通にいい寝心地だった!!」

「ほほう、やっぱりいいトモをしてるとその辺りの性能も良いのか」

「いや流石に分かりません」

 

それを聞いて矢張り一度触って確かめてみたいなぁと思いつつも自重しておく。流石にもう勝手に触るつもりはないが、チェイスの場合は許可を得るのも恐怖を感じる。

 

「んじゃまずは軽い並走トレーニングだ、早速始めてくれ」

「分かった!!行くぞチェイス、もう一周だ!!」

「はい先輩」

「先輩……!!」

 

先輩という言葉に何やら悦を感じているツインターボと共にコースへと入る。そして沖野の言葉と共にスタートが切られる―――のだが

 

「ターボエンジン全開だぁぁぁ!!!」

「ってツインターボ先輩またですかぁ!?」

「並走トレーニングだっつの!!」

 

又もやロケットスタートを決めて一気に離れていくツインターボを追いかけるようにチェイスも一気にギアを上げて追いかけていく。これでは唯の模擬レースだと沖野がため息を吐きながらも追いかけるチェイスを見つめる。既に15身も離れているツインターボ、だが途中でその差は一切開かなくなった。チェイスも本気を出すかのようにその後を追い掛けるからだ。

 

「なんて速さだ……!!」

 

これがターボエンジンだと言わんばかりの完全な独走状態。最初から全力全開も頷けるほどの超スピードでの疾走、今使っているコースは2000m。それを短距離で走るような速度を維持したままで走り続けている、これが本当に先程力を使い果たしたかのような逆噴射を見せたあの先輩か!?と思わずチェイスは驚愕の中にあった。

 

「チェイスの膝枕で絶好調だぁぁ!!さぁらにぃ~……ドッカァァァァアアアン!!!」

「マジ!!?」

 

ラストのコーナーからの直線、チェイスも此処で全ての力を出し切る為に溜めていた力を解放する。それによってツインターボとの差を5身にまで詰めた所でなんとツインターボが更なる加速を行ったのである。もう完全に逃げ切られる、もう捕縛どころか追跡も出来ない。完全に逃げ切られた、そのままターボはチェイスに10身の大差を付けてゴールを決めたのであった。

 

「やっぱり気持ちいい~!!ターボはこうじゃないとね!!」

「いやあのな、並走トレーニングを頼むって言ったじゃないか。完全に逃げ切ってどうすんだよ」

「……あっ」

「いや忘れないでくれよ……」

 

これは彼女が所属しているチーム・カノープスの南坂トレーナーも大変なんだろうなと内心で彼への同情を浮かべつつも漸くゴールしたチェイスを出迎える。

 

「如何だったチェイス、ツインターボのターボエンジンは」

「……御見それしました。そしてツインターボ先輩、もっとお願いします!!!私は絶対に先輩の大逃げを私の走りで確保して見せます!!」

「おおっその意気や良し!!それじゃあもう一本行こうか!!」

「はい!!」

「待て待て待てっ!!だから並走トレーニングをやれって言ってるだろうがお前ら!!!」

 

この時、チェイスはツインターボを心から先輩と呼ぶことを決め、彼女を絶対に自分の走りで捕まえてみせると誓うのであった。



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17話

ツインターボとの出会いはチェイスにとって大きな刺激となった。スタートから全力で飛ばすウマ娘、メイクデビューでも感じたあの走り、それに追いつき、捕縛する為の走りを完成させなければならないと普段以上に練習へと取り込む姿が見られるようになったチェイス。それはサイレンススズカが戻って来てからも続いており、如何すればいいのかと彼女なりに試行錯誤を繰り返しながらの毎日が続いている。

 

「ターボ全開ぃぃぃぃぃっっ!!!」

「遅れてなる物かぁぁ!!!」

 

「いやぁっ……凄い元気だねぇ」

 

練習中の二人を見つめる一人のウマ娘は思わずそんな言葉を漏らした。ツインターボはツインターボでいつも通りのエンジン全開で加減するつもりは一切なし、だが最近では逆噴射の頻度も少なくなってきている、徐々にスタミナが付いてきているという事なのだろうか。そしてそんなウマ娘に追いつかんと駆け抜け続ける音速の追跡者、マッハチェイサーの走りもキレが増し始めている。

 

「あっネイチャじゃん、如何したの」

「やっほテイオー。ウチのターボが迷惑かけて無いか見に来ただけ」

 

やって来たのはカノープスに所属するナイスネイチャ、ツインターボのチームメイト。様子を見に来たらしいが、目の前で行われている練習に僅かながらに目を奪われる。

 

「凄いねマッハチェイサー、ターボの速度に慣れ始めてるのか少しずつだけど距離が縮まって来てる」

「うん、僕も思ってる。走れば走る程に走り方を学習してる」

 

何も知らなかったが故に一度技術を教えるとまるでスポンジのように吸収していく、練習にもひたむきなので教え甲斐もある。ツインターボもそんな所に惹かれてるのか負けじと毎日毎日チェイスの相手を務めている。そして毎日の全力全開での疾走が効いているのか、全力全開が維持出来る頻度が増えてきている。

 

「チェイスが追い上げればツインターボ師匠も伸びる、師匠が抜ければチェイスが更に追い上げる。本当にいい関係になっちゃってるよ」

「ホントだね~ちょっとキラキラしちゃってネイチャさんには辛いかもねぇ」

 

冗談を含ませながらそれを言った時、ネイチャは思わず目を見開いた。チームメイトがコーナーを越えて最後の直線に入った時、最大加速を掛けようとした時にチェイスも加速を掛けた。その時の爆発的なスパートは4~5身あった差をみるみる縮めていった。ツインターボは失速していない、チェイスがツインターボのスピードを完全に捉えた瞬間だった。

 

「ターボ師匠に追いついてる!!?」

「最終加速を掛けている状態で追いつくなんて……なんて剛脚」

 

「やるなチェイスぅ!!だけど―――今日もターボが勝ぁぁぁぁぁつ!!!」

「今日こそ、私が貰ったぁぁぁぁぁぁあ!!!」

 

互いが互いを既にライバルとして認識しているかのようなやり取りをしながらも死力を尽くしたラストスパートが更に磨きが掛かっていく。時速65キロを超えるスピードに吹き付ける風が両者の身体から余計なものを削ぎ落としていく。最終的に残ったそれは更に研磨され、輝きを増していく。その輝きを纏い、地面を強く踏みしめながら二人は叫びながらゴールを越えた。

 

「トレーナー今のどっちが勝ったの!?ターボ師匠、それともチェイス!?」

 

思わず食い入るように沖野へと問いかける、ストップウォッチを構えていた沖野もそれを見ながら僅かに固まっていた。トウカイテイオーから強く言葉を掛けられて漸く我に返ったのか、ストップウォッチを見返しながらどちらが勝ったかを伝える。

 

「頭一つでツインターボの勝ち、だな……」

「おおっターボ師匠の勝ちだ~!」

「いやでも、あのターボに此処まで迫るって相当凄くない……?」

 

ツインターボの走りは悪くないどころかここ最近の中でもトップクラスにキレがあった。常に全力全開の走りに相応しい走りだったのにそれを更に超えるような加速、ロケットスタートの加速とラストスパートの加速、正しく対になる二つの加速、ツインターボだ。

 

「ど、如何だぁチェイスぅぅぅ~……今回もターボが勝ったぞぉ……」

「こ、今回こそって思ったのに……次は負けない……!!」

 

それなのにそれに喰らいつきながらもラストの直線で勝負に出たチェイス。加速を継承したかのような爆発的なスパートの掛け方、元々追い込みが得意故に最後まで力を溜め込んで最後に爆発させる走りのチェイスだが、その加速がまるでツインターボのように異様な爆発力があった。何方が勝っても可笑しくないほどに凄まじい接戦。

 

「チェイスの奴、追い込みなのにターボみたいな走りになってんな……まあここ最近、ターボを捕まえる事を目標にしてるっぽいからなぁ」

「でも凄くない今の走り!!スズカと走っても絶対いい所まで行くってチェイス!!」

「それは俺も同感。今度スズカと走らせてみるか、次のレースもある訳だしな」

 

チェイスの次のレースは芙蓉ステークス、マイルを走らせるのも悪くはないと思ったが矢張りチェイスの適性は中長距離。だったら其方重視で走らせた方が良いだろう。ツインターボも同じ適性なのでそういう意味では酷く頼りになる練習相手と言える。

 

「やるなぁチェイス……今度はもっと大差を付けてターボが勝つぞ……!!」

「今まで最高に迫れてるんです、このままターボ先輩を絶対に追い抜きます……!!」

「上等……でも、もうだめぇ……」

 

流石に全てを使い切ったのか、啖呵を切った後再びターフの上に転げてしまう。それはチェイスも同じなのか膝を折って座り込んでしまう。

 

「あ~らら、ターボってば完全燃焼だね。トレーナーさんアタシがターボ連れてこうか?」

「いやあのままにさせてやりな、何時もの事だからな」

「何時もって……ありゃ」

 

ネイチャの視線の先ではチェイスの膝を借りて呼吸を整えようとしているツインターボと快く膝を貸しているチェイスの姿がある。身長や体格の関係で姉妹所か親子に見えるような光景だ。しかもチェイスがツインターボを見る瞳が酷く優しいのがそれに拍車をかけている。もしかして彼女もスーパークリークのような趣味が……と一瞬勘ぐってしまう。

 

「なんかチェイスの膝って寝心地良いんだってさ、だからターボ師匠ってば走り終わると毎回膝借りてるんだよ」

「ええっ……それでいいのかターボ、完全に子ども扱いされてるようなもんなのに……」

「大丈夫だと思うよ、チェイスってばターボ師匠の事を先輩として尊敬してるっぽいし」

「それなら先輩として威厳を見せてあげればいいのに……全くしょうがないな」

 

そう言いながらもナイスネイチャの表情は酷く優しく、微笑ましい物を見つめる物になっていた。既にあの二人には硬い絆が構築されているのだ、キラキラで美しい絆が。



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18話

「ずっとっ……マッハァッ!!」

 

気迫を込めた声とともに加速するチェイス。ツインターボのスピカへの派遣期間が終わった事で彼女は元のカノープスへと戻っていった。酷く名残惜しそうにしていたが、彼女はちょくちょく顔を出してはチェイスの相手を買って出てくれている。この事については南坂からも許可が出ているらしく寧ろ走らせてやって欲しいという要望が沖野に届いている程である。

 

「よしっチェイス20分休憩だ」

「はい……!!」

 

熱の放出するかの如く、長々と息を吐いて身体の中の熱を逃がす。ツインターボというライバルであり先輩によって大きな刺激を受けたチェイス、その走りは益々鋭さが増しておりとんでもない事になり始めている。ツインターボは現在シニアクラスを走るウマ娘でチェイスとは比べ物にならない実戦の経験がある、その走り方故に酷い波はあるが、メジロマックイーンを負かしたあのライスシャワーにも勝利した事がある実力が確かなウマ娘。

 

「はいっチェイスちゃん」

「すみませんスズカ先輩……助かります」

 

そんなウマ娘をまだジュニアクラスであり、デビュー戦をこなしただけのウマ娘が猛追したというだけで驚きだが、チェイスは既にターボを捉え始めている。経験を積めば恐らく勝ちを狙える程の実力を備え始めている。一方、ツインターボもそんな後輩の影響か、精神と肉体が成長したのか逆噴射が起きにくくなり始めており南坂曰く、チームリギルと模擬レースをして確かめてみるらしい。

 

「スズカ走れるか?」

「大丈夫です。計測ですか?」

「いや―――チェイスと走ってくれ」

「!」

 

チェイスの隣でウォーミングアップを終えたスズカは指示を待っていたのだが、待っていましたと言わんばかりに走り出そうとするのを沖野が止める。そしてその内容に驚いた。なんとチェイスと走ってくれという物だからだ。

 

「えええっ!?チェイスさんとスズカさんが走るんですか!!?」

「こりゃ面白そうな対決だな、今からでも宣伝してくるか?」

「おやめなさい」

 

スピカの面々もスズカとチェイスが走ると聞いて酷く興味が沸く。異次元の逃亡者(サイレンススズカ) VS 音速の追跡者(マッハチェイサー)、何方が勝利するのだろうか。

 

「ツインターボの協力でチェイスも大分技術も走りも安定してきた、だからここで一気に格上であるスズカとぶつけて仕上がりを一度確認する」

「ま~確かに。師匠には悪いけど、スズカの方が上だもんね」

 

同じ大逃げのウマ娘ではあるが、格で言えば確実にスズカの方が上。そして気になる、そんなスズカ相手に期待の新星(ニュービー)、チェイスは何処まで追い付く事が出来るのか。ツインターボとのトレーニングで何処まで行けるのか、そしてこれからの課題を確認する為の勝負にチェイスは深呼吸をしてから立ち上がった。

 

「宜しくお願いしますスズカ先輩」

「ええ、此方こそ」

 

おっとりとしつつも優し気な笑みでチェイスに微笑みかけるが、その瞳には確かな強さの光が宿っている。既に見えているのは自らが独占する景色のみ、そこにチェイスの姿はない、完全に自分の世界で完結しているスズカにチェイスはどうなるのか。皆が気になる中で二人はスタート地点に立つ。

 

「いいか、2000m勝負だ。チェイス、相手がスズカだからって臆することなくぶつかって行けよ!!!」

「……はいっ!!!」

「スズカ、新人が相手だからって油断するなよ。相手はターボの速度に追いつけそうになる位だ、全力でぶっ飛ばせ!!」

「はい」

 

気合を入れるチェイスと対照的に酷く冷静でクールなスズカ、これが彼女だなと思える態度だ。そしてスタートフラッグを持ったダイワスカーレットに目配せをする。彼女は大きく旗を振り上げて準備に入った。

 

「いい、行くわよ二人とも!!位置について―――」

 

―――マッテローヨ!!

 

 

ターフを踏みしめる、相手が如何であろうと自分の走りをすればいい。そうだ、自分はマッハでありチェイサーだ。その通りに走ればいいんだ。

 

 

「よーい……スタート!!!」

 

―――イッテイーヨ!!

 

「「ッ!!」」

 

 

全く同時に地面を蹴って走り出す。ツインターボ直伝の爆発加速のロケットスタート、火を噴いて加速するが如くに走るチェイス、過去最高とも言えるスタートなのに既に目の前には自分を追い抜いて2身は離れているスズカの姿があった。

 

「やっぱりスズカさん速い!!」

「チェイスさんのスタートだって決して悪くはない、寧ろ最高のスタートでしたのに……!!」

 

分かっていたつもりだった、同じチームとして走りの実力を知っていた面々だが改めて目にするとその実力の凄まじさを肌で感じられる。第一コーナーを既に過ぎたサイレンススズカを追うように駆けるチェイス。ツインターボだろうが距離を一定に保つのが持ち味だが、今回ばかりはそれは通用せずに離され始めていく。

 

「流石だなスズカ」

 

思わず沖野は嬉しそうな声を出した。これがやっぱり自分の知っているスズカだと言わんばかりの走りであり、これが好きな走りだ。海外遠征も行い、そこでも逃げ続けたスズカの走りは最早逃げウマ娘の中でもトップの領域。後ろのウマ娘に自らの影すら踏ませる事もなくゴールまで唯々走り抜け続けていく最早異次元の領域の疾走、異次元の逃亡者。

 

「これがっ世界の走り――――!!」

 

間もなく最終コーナーに入る、自分と相手の差は10身はある。ツインターボと走り込んだ事で少しずつだが、自分の実力にも自信が付いてきたが自分は慢心していたのか、自分の力なんてまだまだこんな物なのか。思わず思ってしまう中で―――火が付いた。

 

「―――上等だ……これが世界なら、その世界に追いついてやろうじゃないか……何故なら俺は、ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!!」

 

ラストコーナーに入った時、チェイスは爆発した。大地を強く踏みしめて駆ける、踏みしめたターフが炸裂したかのような跡が残る。瞳を爛々と輝かせながらサイレンススズカを猛追する。瞳に青白い光と紫色の光を発散させながら、それが走る事で二つの軌跡となりながらチェイスの道を作り出していく。

 

「チェイスさんが来た!!」

「でもスズカ先輩だってスパートに入ってる!!」

「間に合うのか!?」

 

走る、走る、空気の渦を纏いながら疾走する。絶対に負けないという強い意志が光となって瞳から溢れるかのような走りは大きく離されていたスズカを喰らいつくかの如くどんどん距離を詰めていく。ラスト200m、遂にチェイスは残り3身となろうかという所。異次元の逃亡者の影を音速の追跡者が捉えようと―――いや、出来なかった。

 

「―――……っ!!」

 

一瞬だった。影をあと一歩、あと一歩踏みしめた時に踏めると思った時にそれは一気に自分が届かない距離まで伸びていった。これが―――世界を経験したウマ娘の走りなのか……それを実感させるように最後にサイレンススズカはギアを上げた更に加速して8身を付けての勝利を飾った。

 

「スズカさんの勝ちだ!!」

「やっぱり流石にスズカには勝てねぇよなぁ」

「でもチェイスだって頑張ったわよ!!」

「最後のスパートなんてスズカが抜かれるんじゃないかって思う位凄い気迫だったもん!!」

 

スピカの面々もこれには白熱してしまった。予想通りの結果にはなったとはいえ、チェイスも十二分な力を見せ付けた。自分達ですらスズカの影を踏むなんて事は中々出来ない。本気を出していないとはいえあと一歩の所まで行ったのだから大したものである。

 

「お疲れ様スズカ、如何だったチェイスは」

「凄い子だと思います。特に最後の追い上げは凄かったです、ちょっと本気出しちゃいました」

 

ラストスパート、チェイスがすぐそこまで迫って来た時にスズカは全力に近い力を出した。それで振り切る事が出来たが、それはチェイスが油断出来ない力を既に持ち始めている事の証明でもあった。

 

「伸びると思うか、チェイス」

「これからどんどん成長すると思いますよ」

「そっか」

 

全力を使い果たしたのか倒れこんだチェイスを見つめる沖野、これでチェイスはまだまだ上の世界を知った。ツインターボには悪いが、彼女にこの役目は出来ないだろう。彼女には仲の良い先輩兼ライバルとしていて貰う、それがチェイスには一番いいだろうから。

 

「ハァハァハァハァ……これが最高峰のウマ娘の力……必ず、それだって追い付いて見せる―――私は、マッハチェイサーなんだから……」

 

敗北したとしても清々しい気分の中にいたチェイス、更なる高みを目指す事を決意しながら笑みを作る。まずは―――次のレースで絶対に勝つ。



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19話

気付けば季節は移ろい、秋となっていった。暑い夏はウマ娘にとっては辛い季節、それはチェイスも例外ではなく思わずダレてしまいそうな中で必死にトレーニングを積み続けていた。サイレンススズカとの模擬レースで感じ取れた更に上の世界を走るウマ娘の力、それに辿り着きたいという強い欲求に身体が応えるかのように力を付けていく。秋へと移ろう間には夏合宿があり、スピカに所属するチェイスもその合宿に参加する事になった。

 

「行くぞ~チェイス、今日は砂浜で勝負だ~!!」

「負けませんよターボ先輩……今日こそ勝ちます!!」

 

今回の合宿は複数チームが合同で行う事に主眼が置かれており、スピカはリギルとカノープスと共に合宿が行われた。チェイスは此処で芙蓉ステークスに向けての特訓を行う事になった。砂浜という今までの芝とは全く違う環境ゆえに苦戦しつつも、ひたすらに努力し続けていく。カノープスと一緒という事もあって、当然ツインターボとも一緒にトレーニングをこなったり勝負を行ったりもしたのだが……どうにもチェイスは彼女に強く影響を受けているのか、何処か似て来ている。

 

「チェイス今日は砂浜で勝負だ~!!」

「負けませんよターボ先輩!!」

「「いざ勝負―――ぶっへぇっ!!?」」

「いやアンタら打ち合わせでもしてるの?」

 

砂浜でレースのような事をしようと踏み出した第一歩で見事にすっ転んで顔面から砂浜に突っ込む姿などは皆の爆笑を誘い、ナイスネイチャからはまるで姉妹のようだとからかわれたりもした。そんな事もあってか、リギルよりもカノープスと酷く親密になっていくチェイスに沖野は微笑ましいと思いながら見ていたのだが……

 

「なあなあスピカのトレーナー」

「何だターボ」

「チェイスをカノープスに頂戴!」

「いや無理だっつの!!」

 

マチカネタンホイザやイクノディクタスにも相当に気に入られたらしく、ツインターボによる引き抜き未遂などの事件が起ったりもした。それを直接スカウトしたシンボリルドルフとエアグルーヴはちゃんと中央に馴染めているようで安心したのか、これでクリムにも胸を張る事が出来ると思う傍らで

 

「私達もある程度は交流を深めるべきだろうか……」

 

と真剣に考える皇帝に女帝は上手くアドバイスが出来ずにやる気が下がるという一場面もあったりした。そんなこんなもあって夏合宿はあっという間に終わりを告げると、季節は秋―――即ち、チェイスの第二戦、芙蓉ステークスがやって来たのである。

 

 

『中山レース場、第9レース、芙蓉ステークス。芝2000mの右回りで行われます。三番人気はジェットタイガー、体格を生かした力強い走りで他者を圧倒できるか。二番人気はリードオン、リードを序盤からもぎ取る大逃げは決まるのか!?そして一番人気はマッハチェイサー、デビューでは見事な走りでジェットタイガー、リードオンを抜き去った走りを今回も見せてくれるのか!?』

 

パドックを経てゲートへと入るの待つ、体調は良好で調子も良い。二戦目という事もあって気合十分なチェイス。今か今かと戦いの時を待ち続けている。今回は7枠8番。以前の物よりは内側に入っているがそれでも外枠であるのは変わりない。

 

「マッハチェイサー、また逢ったな」

 

気が強く男勝りな口調で話しかけられる、振り返るとそこには漆黒の髪を靡かせながらもバイザーのような眼鏡を掛けているが、その程度では隠せない程に鋭い瞳が特徴的なウマ娘、デビュー戦でも対決したリードオンがいた。

 

「前回は負けた。だが此度は負けるつもりはない、今度こそお前が追い付けない速度で駆け抜けてやる」

「望む所です。私だって負けるつもりはありません」

「お~お~私を無視とは言ってくれなさるねぇリード殿」

 

少し低めで唸るような声にリードオンは舌打ちをした、隣を見ればそこには栗毛で自分よりもずっと体格が優れているウマ娘がそこにいる。ジェットタイガー、同じくデビュー戦で対決したウマ娘。

 

「貴様など眼中にない、私の後塵を拝し続けていればいいんだ」

「フッフッフ、だが今日こそは勝つぞ。そしてチェイス殿、貴方にも負けませんぞ」

「此方こそ。お二人はお知り合いで?」

「同室なだけだ」

「そういう事です」

 

何とこの二人は同室だったらしい、同室でライバルとは……色々と大変そうだと思っていると入場の合図が始まる、次々とゲートの中へと入っていくウマ娘。中にはゲート難なウマ娘もいるのか手古摺ったりもしているが、チェイスはあっさりと入っていく。間もなく行われる始まり、開始を静かに待ち続けるチェイス―――そして

 

『今、芙蓉ステークスの幕が切られました!!やはりここで飛び出すのはリードオン―――おっとジェットタイガー凄まじい気迫と共に既にリードオンと競り合っている!?まだ始まったばかりだが大丈夫なのか!?先頭からリードオン、二番手はほぼ真横を陣取っているジェットタイガー。三番手は3身程離れているメイズメイス』

 

同室の因縁という奴なのか、大逃げ戦法を取るリードオンに並び立ったジェットタイガー。あれで持つのだろうかという疑問もあるが、チェイスは絶好のスタートを切りながらもマイペースに走っていた。

 

「よし、チェイスの癖の矯正は利いたな」

 

普段通りのスタートを切る事が出来た姿に沖野は胸を撫で下ろした。何故ならばここ最近チェイスはツインターボとの練習が日課になってしまっていたのでそれに合わせたようなスタートダッシュを取るようになってしまっていたので先行気味になっていた。今回の合宿ではそこを徹底して矯正し、自らの走りに徹するようにさせた。それが利いているようで安心する。

 

『そして最後尾にはマッハチェイサー、前回と同じく虎視眈々とチャンスを伺う狩人を思わせるような走りです』

『以前のレースでも前方との距離を全く離さない走りが彼女の特徴でしたからね、今回も同じ作戦でしょうか』

 

大逃げをするリードオン、そしてそれにペースを合わせているが故に結果的に大逃げとなっているジェットタイガー。それらに引っ張られるかの如く、レース全体のペースは異様にハイペース。自分のペースを守る事が出来ずに既にチェイスの前を行くウマ娘の息は乱れ始めているが、そこにピッタリと追従する追跡者がおりさらにペースが乱れる。

 

「ずっとっ―――チェイサー!!!」

 

『さあ第三コーナーを越える―――おっと此処でマッハチェイサーだ!!マッハチェイサーが勝負を掛けた、次々と抜いて上位と踏み込んでいく!!音速の追跡者が此処で牙を剥いたぁ!!!』

 

「チィッ来たか!!」

「前回よりも早い……だが負けん!!」

 

前回のレースよりも早い仕掛けにリードオンとジェットタイガーは驚くが、自分達も同じように加速する。あの時の雪辱を晴らしてやると言わんばかりにスパートを掛けていく。だが音速の追跡者はそんな事など関係ないと言わんばかりに追いついてくる。

 

『ぐんぐんと追い上げてくる!!既に三番手、さあデビュー戦の再現と言うべき状況となってまいりました。第四コーナーへと入って一番手はリードオン、二番手はジェットタイガー、そして三番手マッハチェイサー!!この三人のウマ娘の戦いとなったぁ!!』

 

遂に第四コーナーへと入る、60キロを超える風の中でチェイスの集中力は最高峰に高まっている。だが、リードオンとジェットタイガーも負けてはいない。此奴には負けない!!と言わんばかりに更に加速を掛けてチェイスを振り切らんとしている。大逃げに合わせてかなりのハイペースだった筈のジェットタイガーは既に苦しそうだが―――持ち前のタフネスな精神のみでそれを支えながら更にスパートを掛ける。

 

「随分と、キツい……!!だがこの苦しみが、私を強くする!!」

「負けるか、お前などに負けて堪るかぁぁ!!」

 

『おっと此処でリードオンとジェットタイガーが完全に並んだ!!そのまま両者ラストスパートを掛ける!!急坂での戦いだ、途轍もない戦いが始まろうとしている!!』

 

限界など越えている、それを越えたスピードを出し続ける両者。何時体力が尽きても可笑しくない中で両者は駆け抜け続けていく―――だが、二人はその時凄まじい寒気を覚えてしまった。背後から一段と重く、冷たいプレッシャーが自分達へと降り注いで来た。いったいこれは何だ、何がそこに居るんだと思った直後、プレッシャーが消えた―――いや、それに飲まれたんだと理解した。

 

「ずっと―――マッハッ!!!」

 

『マッハチェイサーが抜け出たぁ!!やはりこのウマ娘は違うのか、リードオンとジェットタイガーの全力の走りを一瞬で抜き去って先頭へと躍り出たぁ!!彼女が纏うのは正しく音速、音の速度を纏い追い上げ追い抜く!!更に加速していくぞマッハチェイサー!!坂道だろうがなんのその!!このウマ娘にとって加速出来ない道などはないのか!!』

 

リードオンもジェットタイガーも今のクラスで考えればとんでもなく強い、だがそれ以上のウマ娘と走り続けたチェイスはそれ以上の力を付けていた。その領域に辿り着く為に鍛え上げた剛脚、それを活かしてそのままゴールへと辿り着く。

 

『ゴール!!4身差を付けてマッハチェイサー一着!!二着はリードオン、三着アタマ差でジェットタイガー!!このウマ娘の力は本物だ、音速の追跡者、マッハチェイサー!!!』

 

始まりの勝利はまぐれなどではない、実力でもぎ取った事を証明してみせた。凄まじいまでの追い上げに歓声が上がり、その歓声に応えるかのようにチェイスは息を整えてから大声を張り上げながらポーズを取った。

 

「追跡、追抜、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!どう皆さん、いい絵だったでしょう?」







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20話

無事に二勝目を上げる事が出来たチェイス、その実力も紛れもない物へとなりつつある現状だが、彼女は如何にも何処か不満げな表情を作りながら休養していた。レース後はニコやかな笑みを作り、ファンを楽しませるエンターテイナーとしての姿を見せ付けて会場を沸かせ、ウイニングライブでも一切手を抜かずに完璧にやり遂げたが、それが終わってから何とも言えない表情を作り続けていた。

 

「如何したんですかチェイスさん、不機嫌そうな顔を作って」

「不機嫌というか、なんというか……」

 

練習しているスピカのメンバーを見つめつつも簡単なストレッチをしてから沖野の手伝いをする程度の事をしている彼女へとリハビリ中のメジロマックイーンが声を掛ける。彼女も彼女でリハビリメニューが一段落したので休憩に入ろうとしていた所だった。

 

「なんかこの前のレースで不満な点でもあったのか?」

「いえあのレースは私の出せる力を出したつもりです、そこに文句はないんですけど……出せる力しか出せなかった事が不満というか」

「どういうことですの、それって」

 

何とも要領を得ない発言に首を傾げるので詳しく話を聞いてみる事にした。

 

「前にスズカ先輩と走った時みたいな走りをしようと思ったんです、でもそれが出来なくて」

「あの時っていうと、あのスズカにあと一歩まで迫ったあれか?」

「はい、あと一歩で影を踏めそうなところで逃げ切られたあれです」

 

根に持っているというよりも、あの時ほど印象的な敗北は無かったという事だろう。ツインターボにも数多くの敗北を喫しているが、あれらは何方かと言えば競い合える格上のライバルであってスズカは完全に雲の上の存在と勝負した末の敗北で意味合いが全く違ってくる。それでも本気でなかったとはいえサイレンススズカにあそこまで追い迫れるだけでも大したものだと二人は思うが。

 

「私って基本的に走る時って意識を二つに分けてるんですよ、まずは追いかける意識と最後のスパートを掛けて突き放す逃げの意識」

「あれか、ずっとチェイサーとかずっとマッハって言ってる奴か」

「あれがチェイスさんの中でもスイッチという訳ですの?」

「そんな感じです。でもスズカ先輩の時は全く違った、あれは―――追いかける事すらまともに出来てなかった」

 

正しく次元が違うウマ娘相手にチェイスは普段の走りが全く通用しない状態だった。それでもその世界に喰らいつく為に追い掛けながら逃げ切ろうとした、その時に世界から色が消えて真っ白になった気がした。自分が風の中に溶けていき、風と一つになったような不思議な感覚。そして先を行くサイレンススズカだけに色があり、息遣いや走るペース、腕の振り方までもが詳細に理解出来るような……そんな感覚があった。

 

「成程、それを芙蓉ステークスでも確かめてみようとしたけど駄目だったから不満げって事か」

「恥ずかしかながら……あの時の感覚は一体……」

「そりゃゾーンだな」

 

聞き慣れない言葉に思わず首を傾げる。良くも悪くもレースについて何も知らなかったが故に首を傾げる事も多かったからか、如何にもそんなポーズが似合うようになってきてるチェイスに二人は笑みを作りながらも改めてゾーンに対して説明する。

 

ゾーンとは端的に言えば究極の集中状態を指す。集中力が最高にまで高まった結果、周囲の景色や音などが意識の外に排除され、自分の感覚だけが研ぎ澄まされて、活動に没頭できる特殊な意識状態とされている。今回で言えば走る事に没入して実力以上のパフォーマンスを発揮する事が出来たという事になる。

 

「超一流のウマ娘はゾーンをコントロールして何時でも集中力を高めてレースに臨むって話を聞いた事がある。確かシンボリルドルフもゾーンは使える筈だぞ」

「ではチェイスさんはそのゾーンに入れているという事ですか!?」

「いや、話を聞く限り片足がその段階に入っただけっぽいな」

 

そんな物があったなんて全く知らなかった、だがチェイスのゾーンはまだまだ不完全である上に無意識的且つ偶然そこに入れただけに近い状態。それではゾーンとは決して言う事が出来ない程の劣化でしかない。しかし、超一流のウマ娘でないと入れない世界を体験する事が出来たというのは大きな財産でもある。

 

「ウチで言えばスズカもゾーンに入れるな、まああいつの場合は完全に無意識だけど入ろうと思えば入れちまうって感じだろうけど」

「スズカ先輩もなんですか?」

「あいつの場合は先頭を走る、先頭の景色を譲らないって事でゾーンに入る。あの尋常じゃない集中力はそういうもんだろうな」

 

しかし、このゾーンの入り方は先頭を走り続けるという事に執着のような集中を生み出すサイレンススズカならでは。しかも彼女自身それがゾーンである事には気付いていないし気付いたとしても変わる事はないだろう。故に参考にはならないしあてにする事は出来ない。

 

「っつっても俺が何かアドバイスしたくても何とも言えないからなぁ……如何したもんか……」

「いえ、変な事言ってすいませんでした。如何すれば良いのか分からない物をなんとかしようとするよりも、今出来る事を一つずつこなしていく事にします」

「立派な考えだとは思いますがそれを放置するのももったいないと思いますわ」

 

当人の意見は御尤もな物だが、メジロマックイーンの意見だって理解出来る。超一流のウマ娘でも全員がそこに至れる訳じゃない、そんなゾーンの片鱗を味わったのであれば鍛錬次第ではその領域に入門し、かの皇帝のように自在に引き出す事だって出来る筈。それが出来ればチェイスは更に強くなる―――なるのだが、流石の沖野もそんな指導はした事がない。かと言ってこのまま何もしないのはあまりにも勿体ない、如何したものかと頭を捻る。

 

「ルドルフに頼んでみるか?いやでも忙しいだろうし流石に無理は言い過ぎるのもおハナさんから小言を貰うし、ああいやでもチェイスの為ならその位……」

「それならアタシが何とかしてあげてもいいよ、ルドルフも気を掛けてる期待の新人さんだし走り方も似てるから多分適任はこっちね」

「そうなのですか、それならお願いした方がいいのではありませんか?チェイスさんの為にも」

「いやでも流石にそんなホイホイ簡単に頼む訳にも―――って今の誰だ」

「アタシだよ」

 

背後から聞こえてきた声、それに振り向いてみると……そこにはレジェンドがいた。三冠ウマ娘の称号を人々を魅了する刺激的な走りで勝ち取った伝説のウマ娘、あの皇帝、シンボリルドルフと肩を並べる存在、ミスターシービー。それが今、そこにいた。

 

「ミミミミミッミスターシービーさん!!?あの、三冠ウマ娘の!!?」

「うんそうだよ、チェイスって子をルドルフが気に掛けてるって聞いたから見に来たんだ。そしたらゾーンの話をしてるからつい口を挟みたくなっちゃって、ごめんねトレーナー」

「い、いやそんな事は……」

 

思わず背筋を正してしまう沖野、それはチェイスも同様だった。彼女の美しさにゾクゾクと身体が震えてしまう、まるで歌舞伎の女形のような美しさと凛としたカッコよさ、そして何処か人懐っこそうな温和な笑みのバランスがエゲツない。もっともファンに愛されている三冠ウマ娘というのも頷ける。

 

「それでゾーンの事だけどさ、アタシが教えてあげるよ」

「えっ……ええっ!?」

「うん、ほらっ走り方も似てるしさ、ルドルフよりアタシの方が適任だと思うし。ハイ決まりね、それじゃまた顔出すからその時に詳しい話しようね」

 

最後にチェイスの頭を軽く撫でてからじゃあねっ♪とウィンクをチェイスにしながらも何処か優雅だが風のように去っていくミスターシービーに思わずポカン……と固まってしまう三人。それは走り終わって自分達の今のはどうだったのかと、スペシャルウィーク達に言われるまで続いてしまった。

 

「……なんか、凄い……」

 

そんな言葉を捻る出すのが精一杯なチェイスに、沖野とメジロマックイーンは思わず同意してしまった。




皆大好きというか私が大好きミスターシービー。


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21話

ミスターシービー。ウマ娘の世界についての知識が皆無と言っても良かった筈のチェイスですら聞いた事がある名前だった。天倉町で自分の脚を見込んだ配達のお手伝いをしている時に時折大人たちが何かを話している所に出くわした事があった。

 

『やっぱりルドルフだろ』

『いやいやブライアンだって中々……』

『シービーだろ』

『『それな』』

 

そんな話だっただろうか、シービーというのが一体何なのか当時の自分は全く分からなかった。いやまあ現在の自分も全く分かっていないのだが……それでも皇帝や女帝を一切知らない自分でも知る程のウマ娘という認識をチェイスは持っている。

 

「まさか、ミスターシービーが来るとは……予想外過ぎてなんも言えねぇよ俺……」

「全くですわ……」

 

スピカの皆が改めて走り始めたところで沖野とメジロマックイーンが頭を抱えたように呟くのを見つつチェイスは頭を撫でられた時の感触が残っているのか、頭を自分で触り直したりしつつも先程のウマ娘の姿を想起する。今まであったウマ娘の中で一番綺麗でカッコいい人だというのが素直な感想であった。

 

「な、なあチェイス……やっぱり」

「全然知りません。でも名前は聞いた事はあります」

「そ、そうか……良かった、これで俺ミスターシービーの事全然知らねぇって言われたらどうしようかと……」

「正気になって下さいトレーナーさん、名前しか知らないのも全然知らないのと同義です」

「安心しろ。皇帝の名前すら知らないよりはマシだろ」

「……確かにそうですわね」

 

三冠ウマ娘を上げろと言われて上げられるのがシンボリルドルフ、ナリタブライアン、そしてミスターシービー。その中でも最も名が轟いていると言っても過言ではないのがミスターシービー、最も愛された三冠ウマ娘として有名。そのルックスだけではなく信じられないような戦いで勝ち進み、ファンの魂にいつも違う何かを直接訴え続け、そのドラマチックな姿から"叙情の三冠ウマ娘"と評される。

 

「間違いなく、ウマ娘の中でも屈指の実力者だ。そんなウマ娘に練習を見て貰えるって……チェイス、お前やばいぞ」

「凄く貴重で素晴らしい機会ですわ!!是非とも物になさってください!!」

「はぁ……」

 

如何に凄いかを熱弁されたところで悪いとは思うのだが、何とも凄さが分かりにくい。自分もウマ娘のレースの世界に入った身なのでは三冠ウマ娘の凄さ位は分かるようにはなってきている、がその程度なのである。貴重云々と言われても、以前同じ三冠ウマ娘のシンボリルドルフに練習を見て貰っているのだが……と内心で想いつつも口には出さないでおいた。絶対怒られると分かっているから。

 

「まあ落ち着いて考えればミスターシービーの方が向いてるってのは分かる話だな……チェイスの走り方にもマッチしてる」

「シービーさんは確か……追い込み型、でしたわね」

「ああ。ルドルフは差しか先行……つってもやろうと思えば逃げも追い込みもできるけどな、それでもミスターシービーはチェイスとおんなじ追い込み。だから教わるなら確かにあっちだな。んで如何だったチェイス、ある程度レースに触れて来てからあった三冠ウマ娘の感想は」

 

一先ず感想を聞いてみる事にした。様々な事を知ってスカウトの時とは大分違ってきている筈だと思って話を振ってみる。問われてチェイスは頭を撫でられた事を思い出しながら感想を述べる。

 

「手が柔らかかったです」

「そ、そこかぁ……」

「まあ手は相手の印象を測る材料にもなると言いますし……」

 

チェイスにこの手の話を振るのはもうしない方が良いのだろうか……と内心で想う沖野であった。

 

 

 

「鯖味噌定食、鯖多めで」

「あいよっ!!チェイスちゃんったらもっと大盛でも良いんだよ、アンタは食が細いんだから」

「今日はそんなに動いてませんから、それに食べ過ぎて皆さんのお手数になるのもあれですので」

「くぅ~!!この子ってば泣かせる事言うよ、他の大食いに聞かせてやりたいよ!!」

 

民宿の調理担当として料理をし続けてきた身として料理の仕込みや手間などは確りと理解している、特にこれだけの大食漢なウマ娘達が大人数で食べにくるカフェテリアの調理スタッフの苦労は分かる。料理長はそんな事気にせずに喰えと言えるだけの剛の者だが通常スタッフはチェイスの気遣いは暖かい物だった。

 

「いただきます」

 

基本的に実家でも料理担当は自分であり、朝昼晩と全てを自分でやっていたからかカフェテリアでの食事というのは少しばかり戸惑った。最初の内はお弁当を作って来てしまったほどだ、だがそれも慣れてしまえば良い物でお弁当のインスピレーションに大変役立っている。帰った時には増えたレパートリーで家族に料理を振る舞おうと心に決めている。

 

「あのチェイスちゃん、お隣良いかな?」

「ライスさん、はいどうぞ」

 

手を合わせた時にやって来たのは隣の部屋であるライスシャワー、チェイスにとっては二人目の友人であり朝食は一緒に取る仲。そんなライスの近くにもう一人いた。それを見た時に驚いた、鏡を見たような気分というのはこういう事なのかと。

 

「えっとチェイスちゃん、こっちはミホノブルボンさん。一緒にご飯を食べたいんだけど、良いかな?」

「あっはい、私は別に……」

「初めましてミホノブルボンです」

 

ミホノブルボン、散々自分がそっくりだと言われ続けて来たウマ娘がそこにいたのである。しかも以前調べてみたら、無敗のまま三冠に手が届きそうだった超実力者のウマ娘、そしてその三冠を阻止したのが友人にもなったライスシャワー。凄い組み合わせだと内心で想うのであった。

 

「マッハチェイサーです、チェイスと気軽に呼んでください」

「では此方もブルボンと呼んでください。折角ですので仲良くしましょう」

 

そんな言葉を交わしながら握手を交わすのだが、それを見てライスシャワーは自分とミホノブルボンを見比べるように視線を往復させる。

 

「本当にそっくり……」

「そこまで似ているのですかライス」

「うん、そっくり」

「ちょっと隣同士で立ってみましょうか」

「そうしましょう」

 

一緒に立ってみると益々似ているのが良く分かる。違うのは髪の色と身長、そしてチェイスの方は表情に変化が付いているので見分けがつくがこれで無表情に徹せられたら自信が無くなってくる。髪の色まで揃えられたらもう完全にアウトだろう。最早双子の領域になってくるだろう。

 

「以前、マスターから髪を染めたのかと言われた事がありまして。それで貴方の事を知りました」

「う~む確かに、ヒシアマ姐さんが似ているというのも分かります」

「あ、あの取り敢えずご飯食べよ?」

「「そうしましょう」」

「息もピッタリなんだね、二人とも」

「「そんな事は……あるかもしれません」」

 

これが切っ掛けとなってチェイスはミホノブルボンとも友達になり、ちょくちょく一緒にご飯を食べるようになるのであった。一緒に居ると周囲のウマ娘がどっちがどっちだっけ……と迷う事が多発するようになったとか。



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22話

「それじゃあ準備してくるから」

「はい」

 

数日後、普段の練習を行うコースには普段とは違う緊張感のような物が漂っていた。ウォーミングアップがてらに走り出していく三冠ウマ娘ミスターシービー。走る姿さえも何処か美しさすら感じられるのか、それを見つめるスピカの面々はそれに見惚れるように見つめていた。

 

「ううぅぅぅ~……なんだかすごい、緊張しますぅ」

「おいおいスペ、お前が走る訳じゃねぇんだから緊張するこたぁねぇだろ」

「無茶言わないでくださいよぉ……」

「全くだぜ……」

 

緊張し続けて顔が青くなっているスペシャルウィークに全く平常運転と変わらないゴールドシップが肩を叩くが、それは無理だろうとウオッカが同意する。何せ、三冠ウマ娘と自分達のチームメンバーが走るのだ。それを緊張せずに見ていろというのも酷な話だ。彼女たちにとって三冠ウマ娘というのは雲の上の存在であり憧れの存在なのだから。

 

「でも、ミスターシービー先輩の走りを見れるなんて……凄い貴重よ、絶対に見逃さないようにしないと……」

「全くですわ……」

「会長の方が凄い……でも、僕でも分かる位にミスターシービー、先輩の凄さは分かるよ」

 

シンボリルドルフを敬愛し彼女のようになることを夢見るトウカイテイオーですら普段の調子で言葉が出ない。シンボリルドルフとは違う空気を纏い、ナリタブライアンとは違う強さを確立させたミスターシービー。それを間近で見れる機会などもう滅多に存在しない。そして、今チェイスと走る事になるのだが―――

 

「チェイスの奴、落ち着いてんなぁ……」

「お、大物ですねチェイスさん……」

「いやあれは単純にシービーの凄さが分かってねぇだけだ、どっちかと言えばバカ者が近い」

 

そんな事はあまり言いたくはないのだが、ミスターシービーの凄さを理解出来ていないのならばバカ者という表現は寧ろ的確に近い。それでもそれがチェイスの持ち味なのかもしれない、バカと鋏は使いよう。逆に言えば全く緊張せずにナチュラルな状態で居られている、つまり無駄に力み過ぎないという事だ。

 

「よし、準備OK。それじゃあチェイス、走る?」

「胸をお借りします」

「いいよ~、アタシの胸を存分に貸したげる。それじゃあミスター・トレーナー合図宜しく」

「お、おう」

 

隣に並び立つミスターシービーとマッハチェイサー。実力差は明白、何方が勝つのかと言われたら誰もが即座にミスターシービーというだろう、だが、それでも結果はどうなるのだろうかという気持ちを抑えられない。何方が勝つのかではない、どんなレースを見せてくれるのかという事が気になってしょうがない。震える腕を抑えながらフラッグを構える。

 

「よぉ~いッ……スタート!!!」

 

力強い言葉に振られたフラッグ。それと同時に走り出していくチェイス、そしてミスターシービー。共に走り出しは好調、両者ともに追い込みの位置を取っている故かほぼ横並びの状態が続いている。

 

「チェイスさん、得意の追い込みの位置だけど……シービーさんも同じ」

「同じ追い込み同士の対決、如何なんだろうな……」

 

同じ戦法を得意とするゴールドシップも今回の対決は楽しみにしていた。自分の戦法に組み込むなんて事は一切考えていない、彼女は既に自分の走りを確立させているしそこに他者の技術が介在する隙間も存在しない。故に唯の興味だ、ウマ娘に追い込みを得意とするものが他と比べて少ない故の興味。

 

「―――っ……」

「いい走りね」

 

隣を走る相手が自分の走りを評価する、それは素直に嬉しい事だがチェイスは走り辛さを感じてしまっていた。典型的な追い込み型である上に何かを追いかけるという意識が強くあるチェイスにとって前方に何もおらずほぼ真横に並走されている状況は息苦しさにも似た何かを覚える。

 

「(落ち着くんだ、ミスターシービーさんは私と同じ脚質だ。時が来たら確実に仕掛ける……ならばそれより前に仕掛けるべきなのか、いや一緒のタイミングで……それともそれより後に……!?)」

 

初めて感じる重圧(プレッシャー)がチェイスの心を揺さぶっていく。感じた事もない感覚が内臓を締め付けるような痛みを作り出す。純粋な混乱が頭の中を支配し始めていく。経験の無さがチェイスの中にあった何かを壊して不安を掻き立てていく、本当に自分の走りが出来るのかと不安でいっぱいになる。

 

「さてっ―――そろそろかな」

「(来るっ!!?)」

 

その時、チェイスは―――逃げた。無意識だったかもしれないが、溜め続けていた力を解き放ってしまった。兎に角前へ、前へと思いながら駆けだした。だがミスターシービーは一切仕掛けていなかった、彼女は依然遥か後方にいた。そして―――チェイスはそのまま逃げ切ってミスターシービーに大差を付けて先にゴールする事が出来たのだが、全く嬉しさの欠片も得る事も出来ずに唯々、極まった心を落ち着けるが為に荒い呼吸をする。

 

「うん、あの位が限界だと思った。まだまだ経験が足りないみたいね」

「ッ……じゃあ、あの時の言葉って……」

「そう言う事」

 

あれはスパートのタイミングなどではなく、自分が重圧に耐えきれなくなるタイミングだった。それは事実であり、あの言葉が無くても自分は駆けていた事だろう。

 

「でも走り方は綺麗だしスパートの掛け方も上手い。ルドルフが目を掛けるのも分かるわ」

「有難う、御座います……」

「次は私が貴方の前を走ってあげる、それで比べてみましょうか」

 

何処か呆然としたような頭を動かしながら、休憩を入れてからもう一度走る。宣言通りにミスターシービーはチェイスの前を走る事になった、位置としては追い込みだが、前を塞ぐように走っているのにチェイスは先程よりも極めて心が楽だった。

 

「これなら、ずっとっ―――チェイサー!!」

 

今度こそ、自分の走りを……!!と言わんばかりに駆け出す、此処から一気に行く!!と思った時だった、全く同時のタイミングで彼女もスパートを掛けた。それは信じられない速度だった。今度こそ万全の走りを出せると思った自分の想いを一蹴するかのような途轍もない追い込みをかけた、自分のチェイサーとは比べ物にならないそれに言葉を失ってしまった。

 

「―――」

 

サイレンススズカの時よりも圧倒的な力の差を感じた、だが自然と身体に力が入るようになる。同時に世界から音が、色が消えていき身体を滑るように抜けていく風が身体と一つになっていく。そして―――目の前のミスターシービーのみがハッキリと見える、もうそれしか見えなくなった時にチェイスの瞳が輝いた。

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!!」

 

猛追、既に200mを切っているミスターシービーをチェイスも凄まじい勢いで追い掛けていく。サイレンススズカに迫った時を思わせるような途轍もない走りを発揮する姿は音速の追跡者の名に恥じない走り―――だが、ミスターシービーとの差をそれ以上広げないのが精々であり、そのままチェイスは15身という大差を付けて敗北を喫した。

 

「うん、今度は良かったよ。あれが君の本来の走りだね」

 

倒れこんでしまっているチェイスの傍まで寄りながら評価をする。今度の走りこそチェイス本来の走り、既に完成は見えているがチェイス自身が弱い為に揺らぎが生じやすいのが弱点だと指摘する。それは突然この世界に入ってきた故の弱点だろう、だがそれはもっともっと練習すれば克服出来る程度の物。

 

「チェイス、君は追跡者だけど同時に逃亡者でもある。警官だからって逃げに苦手な意識持っちゃ駄目、前に出て犯人を止めるのも警察だと思う」

「―――そうか……確かに」

「まずはそこの改善ね、後チェイス―――貴方は走る事は好き?」

 

唐突な質問、だがチェイスは直ぐに答える事が出来た。

 

「……中央に来るまではあまり好きではありませんでした、でも……走る楽しさを知ってからは好きになってきました」

「うんなら合格。なら、今度は勝てるかって不安にならない位に勝つって思う事ね。それが貴方に必要な事」

 

御呪いを掛けるように額を軽く指で押しながらチェイスに言った。

 

「これからはそれを意識しなさい、そうすれば貴方は前に進める。分かった?」

「はい、とても」

「それならよし」

 

そう言いながらミスターシービーは笑った。その笑顔に思わず見惚れながらも頬を赤くしながら、立ちあがった。

 

「あの、ミスターシービーさん……もっと一緒に走って貰えませんか?」

「勿論いいわよ、言ったでしょ存分に貸してあげるって。後シービーで良いわよチェイス」

 

それからチェイスはミスターシービーと共に走り続けた。スピカのメンバーも混ざりながら走ったが、途中からチェイスは心からその時間を楽しむようになっていた。こんなにも走る事が楽しいなんて想いもしなかったのか、弾けるような笑みを浮かべている彼女をみてミスターシービーは笑みを零した。

 

 

 

「如何だったシービー。チェイスは」

「いい子だった、気に入っちゃったかもね」

「おやおや、君にそこまで言わせるとは何か感じる物でもあったかい」

「内緒♪」




良く分かんないけどシービー書くの凄い楽しかった。


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23話

『強いっ強すぎるぞマッハチェイサー!!今ッ7身差を付けて今ゴールイン!!芙蓉ステークスに続き紫菊賞を征しましたぁ!!これにて3戦3勝、敗北を知らない音速の追跡者、マッハチェイサー!!彼女が追い掛けるのは果てしない勝利のみなのか!?彼女の追跡を振り切るウマ娘は現れるのか!?』

 

「マッハチェイサー、音速の追跡者更なる躍進か……」

 

新聞を広げてみれば、先日のチェイスの勝利が大きく取り上げられている。彼女の象徴となっている印象的な台詞とポーズ、その瞬間を切り取った写真がデカデカと掲載されている様は正しく彼女の成長と飛躍を見せ付けている。ミスターシービーに走りを見て貰ってから更にキレが増しているのか、チェイスは正しく快進撃を続けている。これならクラシック三冠も夢ではないというところまで来ている―――が

 

「好い加減、徹底マークされるころだな」

 

チェイスはこれまで勝ち続けている、最初は最後尾に居ながらも最後のスパートになればチェイスは全てを抜き去って先頭へと立ち華麗にゴールする。見る者の視線を釘付けにする戦い方をする彼女に周囲もその力を危険視する。此処まで無敗で勝ち上がり続けているチェイスを許しておく筈がない、これまでも勝ち続けて来たウマ娘に対する徹底したマークというのはあった。その中でも一番有名なのはテイエムオペラオーの包囲網だろうか。

 

記念に置いて、本来ライバル同士である筈のウマ娘達が結託し、打倒テイエム連合を結成し徹底したマーク戦法を複数人で展開した。それ程までにテイエムオペラオーというウマ娘の実力はエゲツなかった。それでも彼女は下り坂にて壁が綻んだ隙を突いて一気に包囲網を突破、先頭を行くメイショウドトウをハナ差で捉えて勝利をもぎ取った。

 

「あれほどって事はないだろうが……十二分にあり得る話だな」

 

チェイスは追い込み型、基本は最後尾でチャンスを伺い続けて最後に全てを追い抜いて行くスタイル。故に前を行くウマ娘に結託されたら確実に前に行けなくなる。今の内から対策を考えて置く必要があるかもしれない、一先ずこの事をチェイスに話すかと思いながら新聞を置いてコースへと向かう。

 

「今日こそ勝ぁぁぁぁぁあああああつ!!!」

「今日も勝つぅぅぅぅぅぅ!!!」

 

先日のレースの熱も冷めていないだろうに、チェイスは今日も今日とてツインターボとの何時ものレース勝負を行っていた。レースを終えてそこまで日が経っていないのにあそこまで走れるまで回復する辺りを見るに別の意味でサイボーグのように見える。故にミホノブルボンの妹説が出るのも無理はないだろうな……と内心で思ってしまう。

 

「あっトレーナーさん、やっほ~いやぁ今日もウチのターボが悪いね」

「構わねぇって。もう日課みたいなもんだし、やってた方がチェイスだって調子がいい」

「チェイスちゃんと走るとターボも調子いいみたいだもんね」

「走る日と走らない日を比べるとターボの逆噴射が起らない確率が50%ほど違います」

 

こうしてスピカの練習中に顔を出すのが当たり前になって来たカノープスの面々、ナイスネイチャに、マチカネタンホイザ、イクノディクタス。ツインターボの付き添いなのではあるが、当人達としてはチェイスにも会いに来ている。如何にもチームメイトよりもライバルチームであるカノープスの方に馴染んでいる感が否めない。これはあれだろうか、ゴールドシップに拉致られてきた事をまだ根に持っている事への裏返しなのだろうか。

 

「なんというかなぁ……本当にツインターボみてぇな走りをするんだよなぁ……」

 

序盤のロケットスタートもそうだが、最初から最後までほぼ全力で駆け抜けていってラストにもう一度ブーストを掛けて走る姿は如何にもツインターボに被るのである。最初こそ普通に追い込みの走りだったのに、先輩と慕うウマ娘と走る時に限っては同じような戦法になる。一体如何なっているのだろうか……。

 

「「貰ったぁぁぁぁぁっっっ!!!」」

「ゴール!!テイオー今のどっちっ!?」

「―――師匠の勝ち!!」

「よっしゃああ!!!今日もターボが勝ったぁぁ!!」

「ま、また負けた……」

 

これで通算何度目の勝利かなんて数えた事もないが、今回のレースもまたツインターボが勝ったらしい。偶にはチェイスが勝つ事もあるが、それはあくまで逆噴射が起きた場合の話であって最高の状態のツインターボには一切勝った事が無いチェイスは悔しそうに溜息をつくのであった。

 

「フフンッ!!チェイス今回はだいぶ惜しかったぞ、今度はターボに勝てると良いな!!」

「こ、今度こそ勝ちます……って言いたい所ですけどターボ先輩、滅茶苦茶脚プルップルですけど大丈夫ですか」

「―――じ、実は限界だったりしちゃうんだなぁこれが……」

 

そのまま崩れ落ちるかのように倒れこんだツインターボ。限界を出し尽くしたのか、生まれたての小鹿のように脚が震えまくっている、何とかそれを抑えようとしても全く止まらないのか逆に置いて手どころか腕までもが震えてしまっている。

 

「膝、使います?」

「ごめんお願いしてもいい……?」

「勿論です。でもここだと危ないですし移動してからもしましょうか」

「世話を掛けるねぇ……」

「お気になさらず」

 

慣れた手つきでツインターボをお姫様抱っこするとそのままターフから退く、チェイスだって脚は震えている筈なのに彼女を抱き抱えた瞬間にそれを抑え込んでそこから退いた。そしてそこでお決まりの膝枕をツインターボへと差し出すのであった。

 

「にしてもチェイスの膝枕も本当に見慣れたわね……」

「最初は驚いたけどな」

 

恒例行事と成り果てたチェイスの膝枕、そしてその上で呼吸を整えるツインターボ。レースをする度にやっていれば驚きも慣れへと変わる物。最早何とも思わなくなってきた。

 

「でもそれだけ気持ちいいって事なのか、チェイスの膝枕」

「アタシ一回借りたけどあれやべぇぞ、気抜いたら熟睡出来っぞ」

「そうなんだ……って何でゴールドシップさん何時借りたんですか!!?」

「この前」



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24話

『さあ百日草特別、間もなくスタートです!!各ウマ娘、ゲートインを終えておりますが彼女らの熱気は此処にまで届くかのようです!!会場は既に揺れております!!3戦3勝無敗のウマ娘マッハチェイサー、彼女は今日も勝利を捉えるのか、それとも他のウマ娘が先に捕まえるのか!!?緊張の一瞬が間もなく幕を開けようとしています!!』

 

4勝目が掛かった百日草特別、だがその熱気は何処か異常な物だとチェイスは何処かで分かっていた。ほぼ全てのウマ娘から視線を集めている、つまり―――そう言う事なのだろう。

 

「(沖野さんの予想通りって事か……)」

 

 

「徹底したマーク、ですか」

「ああ、そういう戦法自体は別に珍しくはない」

 

レースの1週間ほど前、沖野からある話を受けた。それはマーク戦法について。

 

「簡単に言えば狙いを絞ってそのウマ娘との戦いだ、外れれば負けも濃厚になって来るが当たりさえすれば勝ちウマ娘との勝負に持っていける」

「今回、私がその対象になるって事ですか」

「無敗で此処まで来てるからな、その可能性は十二分にある。基本的にはそのレースでの一番人気を狙って来る事が多い」

 

恐らくほぼ確実にマークされるだろう、此処で潰そうとするウマ娘はいる、此処で絶対に勝つと思うウマ娘もいる。故にマークは絶対にされる。だから今のうちに伝えておく必要がある。

 

「チェイス、マークに対抗するには如何すれば良いと思う?」

「偏差射撃されるなら予想外の動きで回避する、ですよね」

「そう言うことだ」

 

幸いな事もある、それは―――チェイスが尊敬するウマ娘が全面的に協力してくれるという事だろう。

 

「チェイス―――徹底的にターボと走れ、それが対応策だ」

「成程、分かりました―――先輩の後継者になります」

「そうだけどなんか違うからな!?」

 

 

 

『今、百日草特別の(ゲート)が切られました!!先頭は―――な、なんとマッハチェイサー!!』

 

絶好のスタートダッシュを切ったチェイス、いきなり集団から抜け出して先頭へと躍り出るとそのまま突き放しにかかる。まさかの展開に観客からも動揺の声が出始める、何より共に走っているウマ娘達の顔も面白い位に歪んでいる。だったら―――それをもっと強めてやる。

 

「さあマッハチェイスを実行します、ずっと―――マッハッ!!!!」

 

『マッハチェイサー更に加速したぁ!!なんという展開でしょうか、音速の追跡者まさかまさかの逃げ戦法だぁ!!!』

『これは、驚きです。しかもこの逃げ方は……まるでツインターボのような大逃げです』

 

「な、なんですってぇぇ!!?」

「嘘でしょ!?」

「マッハチェイサーって追い込みじゃないの!!?」

 

チェイスへのマークを行おうとしていたウマ娘達はそれに驚愕させられた、常に最後尾に居ながらも不気味な程に足並みを備えて走ってくる追跡者がまさか自分達を完全に振り切らんばかりの大逃げ、半数以上のウマ娘がチェイスの事をマークしていたのにそのマークが一瞬で完全に振り切られたのだ。

 

 

百日草特別で行う戦法は逃げ、それもツインターボと同じ逃げを使えという指示を受けた。流石にチェイスも出来るのかと不安だったが、そんな事は完全に杞憂だったのだ。何故ならば彼女はその目に焼き付けているのだから、自分の前を走り続けるウマ娘を。それと共に走り続けているのだから。ならば出来ない事なんてない。

 

 

『マッハチェイサー既に10身以上差を付けて独走状態、追い込みをせずに大逃げ、このまま2000mを一人で逃げ切るつもりかマッハチェイサー。このまま逃げ切られるのか、第三コーナーへ最初に入るマッハチェイサー、全く勢いが衰えない!!このウマ娘は逃げる事も出来るのか!!!』

『二番人気のシルバーアカシアも必死に走りますが、彼女も逃げるウマ娘ですが全く追い付けていません』

『さあ大ケヤキを越えたマッハチェイサー、此処から最後の直線に入るぞ。他のウマ娘達もラストスパートに入ろうかという所、マッハチェイサーの独走を此処で阻止できるか!!?』

 

「追い込み型の癖にぃ……!!!」

「マークの対策のつもりだろうけど!!」

「付け焼き刃なんかにぃ!!!」

 

シルバーアカシアを筆頭にどんどん後方のウマ娘がラストスパートを掛ける。本来の戦法とは真逆の戦法、それで自分達の意表をついてそのまま逃げ切るつもりなのだろうがそんな事をさせて堪るか、自分達が、本来出来ない脚質の走りをするウマ娘に負けるなんてプライドが許さない!!!と最後の力を振り絞った、そして距離が縮まった時、行ける、矢張り付け焼き刃だ!!と歓喜しようと思った時だった―――

 

「チェイサーは追いかけるだけが芸じゃない―――とても、速いッッ!!!」

 

ツインターボを思わせるほぼ全力での走り、既に息は上がり脚は重くなり始めているがチェイスは笑みを深くしながら重くなる脚に更に力を込めて地面を蹴った。彼女もラストスパートを掛けた、流石にツインターボの常に全力での走りは出来ない。故にある程度の余力は残していた、そしてそれを最後の最後で大爆発させた最終加速を掛けた。

 

『マッハチェイサーもラストスパートを掛ける!?何というウマ娘だ、シルバーアカシア、レッドバースト、ラストバトルも懸命に追いかける。だが逃げる逃げる!!マッハチェイサーが逃げる、音速の追跡者、今トップで勝利を捕まえたぁぁぁぁ!!!』

 

追い込みである筈のウマ娘が逃げで勝ち切った、誰もが思いもしなかった展開に観客はもう賑わいが沸騰しきっている。このウマ娘はそれ程までに幅広い脚質で勝負出来るのか!?それをマジマジとレースを見ている人たちに見せ付けた。そして、普段よりバテてはいるが、笑みを作りながら彼女の定番ポーズを取る。

 

「追跡、大逃げ、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!どう皆さん、予想を裏切った中々にパンチの利いたいい絵だったでしょう?」

 

例えマークしようがそれすら振り切られる可能性もあるという事。追跡者は追いかけるだけが能ではないと深く刻まれた。

 

 

 

 

そんな大逃げを見せ付けたレースをたった一人だけ、面白くなさそうにしながら見つめていた男がいた。

 

「―――あれが泊 進之介の娘……生意気な、必ず潰す……あの時のようにはいかない……ヒッヒッヒ……」

 

 

「なあ、警察に通報した方が良いかな」

「如何した急に」

「だってあのおっさん、マッハチェイサー見ながらすっげぇ気持ち悪い顔しながらキモい笑い方してるぞ」

「う~ん……ちょっと差別っぽいけどあれは流石になぁ……ってあっこっち見た。なんか凄い勢いで逃げた」

「何だったんだあのおっさん……」



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25話

百日草特別で見事な大逃げを見せ付けて勝利を掴み取ったチェイス。元々幅広い走り方が出来るという片鱗を見せていたが、此処に来て逃げの適性を開花させたことで更に注目が集まる。が、それは逆に如何すればチェイスを捉える事が出来るのかという課題を対戦ウマ娘に投げ掛ける事にもなっている。追い込みと逃げではまるで戦法が真逆で下手にマークをする事は危険。つまり―――自分の走りのみで倒せと言っているような物。

 

「頂きます」

 

そんなエゲツなさを発揮したチェイスはそんな評価を向けられているもお構いなしと言わんばかりにカフェテリアにて食事にしていた。4戦4勝無敗のウマ娘ではあるが、当人的にはあまり気にならないのかあくまで周りが勝手に騒いでいるというだけに捉えている様子。

 

「チェイス此処良いか!?」

「ターボ先輩、はいどうぞ。是非ご一緒しましょう、ネイチャ先輩も」

「悪いね~んじゃお邪魔~っと」

 

食事を楽しんでいるとそこへナイスネイチャを伴ってツインターボがやってきて席に着く。手を合わせて食事に手を付けようとする前に、ツインターボは胸を張ってチェイスの事を鼻高々に褒め称える。

 

「中々に良い走りだったぞチェイス!!まあ流石に私には及ばなかったけどな!!」

「流石にターボ先輩のようには走れませんよ」

「いやいや~走らなくて正解だよ、あれはターボの個性というかなんというか、だけの走りだから」

「ネイチャ、それって褒めてるのか?」

「ん~一応」

 

んじゃエッヘン!!と胸を張る姿を見ながら単純で良いね~と半笑いしながらハンバーグを口にする。実際ツインターボの破滅逃げは誰にも出来る訳じゃない、最後まで全力を維持出来るのかという問題もあるが、体格も小さく体重も少なめなツインターボだからこそあの走りが出来るのではないかとナイスネイチャは思っている。

 

「それにしても、ターボと一緒に走ってるからって逃げまで出来るようになって本当にチェイスってば才能あるよね。キラキラしててちょっと羨ましいかも」

「キラキラ、ですか……私は輝いてませんよ、自分から輝こうとしてるだけです」

「それってどう違うんだ?」

「先輩、口の周りが」

 

同じニンジンハンバーグを食べているが、口周りを汚している先輩にウェットティッシュを差し出しながらチェイスは語る。自分は自分から輝こうとしていると。

 

「そこにいるだけで盛り上げられるような存在ではないんです、自分で工夫して周りを明るくして自分も輝くって思ってます。だから私が輝いているのはスピカの皆さんだけじゃなくてターボ先輩やネイチャ先輩、カノープスの皆さんにも輝かせてもらってると思ってます」

「う~んそう言われるとちょっと照れるねぇ」

 

頬を掻きながらも素直な嬉しさを感じる。何処か斜に構えて真正面から受けない様にするナイスネイチャ、だが此処まで素直に自分は貴方のお陰で頑張れてますなんて言われてしまうと恥ずかしさが嬉しさと共に湧き上がってくる。初戦から勝ち続けているマッハチェイサー、彼女は才能もあるがそれ以上に誰かと共に努力する事で開花するタイプなのだろう。と思いながら一番慕われているツインターボへと目を向けると……

 

「うぅぅぅぅチェイスぅぅぅぅお前、お前は何て良い後輩なんだぁぁぁぁ……」

「ってターボ号泣しすぎ……感動するのは分かるけどさ、ほらっ湿っぽいのは似合わないって」

「先輩……そうだ、先輩たち次のレースに応援に来て貰える事は可能でしょうか」

「あれ、もう決まってるの?」

 

試合に勝ったばかりなのにも次に意識を向けているのか、なんだかトウカイテイオーと戦う為に不知火特別、はづき賞、小倉記念というレースを2週間おきというローテーションで組んだ時の事を思い出してしまう。そして何のレースに出るかと思えば―――それは12月のレース、ホープフルステークスであった。

 

「ホープフルステークス!!絶対に行く!!」

「ってそれってGⅠレースよね?」

「そうかそうか遂にチェイスも―――ってええええっGⅠ!!?」

「意味分かって言ってなかったんかい!!?」

 

主に中長距離路線を目標にしたジュニアクラスのウマ娘が最初に目指すGⅠと言ってもいいホープフルステークス、確かにチェイスがこれに挑むのも道理だろう。何せクラシック三冠を目指すのであれば必然的にGⅠを目指す事になる。

 

「行くっ絶対に応援行く!!だからチェイス絶対に勝つんだぞ!!」

「まあターボがそんだけ気合入れて応援行くならネイチャさんも応援に行きますか~折角だからカノープス全員で応援に行くってのは如何かな」

「おおっそれいい、絶対に良い!!チェイスはカノープスのメンバーって言っても過言じゃないもん!!」

「いや絶対に過言だしチェイスはスピカだし」

 

と言いつつもイクノディクタスもマチカネタンホイザも絶対に応援に行く事は賛成してくれるだろうし、南坂トレーナーだって許可はくれるだろう。何せツインターボの実力向上にチェイスは滅茶苦茶に貢献しているのだから。

 

「でも何で態々応援してほしいって言ったの?いや出るって聞いたら確実に行くだろうけど」

「いえその……恥ずかしい話なのですが、そのレースには私の兄が応援に来るらしいのですが……」

「あ~成程ね」

 

兄が来るからというを聞いて大分察する事が出来た。チェイスからお兄さんの話は聞いているがかなり溺愛しているらしく、中央に来る事にも勝負服云々の事だけで反対したと聞いた。そんなお兄さんに自分はこっちでもうまくやれているという事を示したいのだろう、トレセン近くの商店街の人達に良く応援して貰っているナイスネイチャはそれは良く分かった。

 

「任せといて、ちゃんとカノープス全員で応援しに行くから」

「うんっなんならでっかい応援旗だって作るぞ!!」

「いや流石にそれは恥ずかしいです……」

「まあまあ、こういう風に応援するからさチェイスも頑張んなよ」

「―――はいっ絶対に勝ちます」

 

自分だけでは輝けない、そう言いながらもチェイスは輝いている。輝けていないと思っているのは彼女の周囲には既に多くの星が輝いていて自分の輝きが分からないだけ。何処か自分みたいだとナイスネイチャは思う。自分もトレーナーに自分は輝いていると言われた事があった、見えていないように見えて唯遠いだけであって確りと輝きはある。

 

「よしチェイス、今日はカノープスで一緒に練習するぞ!!」

「分かりました今日こそは勝ちます!!」

「いやいやいや……せめてスピカのトレーナーさんに許可は取りなさいよ」

 

 

「すいません、ターボさんが無理を言ってしまったのに」

「いいっていいって気にすんな、折角だからもう定期的に合同練習やろうぜ。その方があいつらの為になるって」

「……ですね」

 

 

「テイオー、勝負だ!!あの時の挑戦状の貸し、今此処で返してやる!!此処であの時の勝負だぁ!!」

「望む所!!って何か今の可笑しくない?」

「ターボ、そこは借りを返すです」

「あれ、そうだっけ……?」

 

「チェイスちゃん行くよぉ~!!よ~いスタッぶっへぇっ!!?」

「タンホイザ先輩大丈夫ですか!?落ち着いて鼻を確りと摘んで下を向いて下さい、直ぐに冷やせるものを準備しますのでそしたら目の間のおでこを冷やしてください。そうすれば止まりやすいです」

「手慣れてんなぁチェイス」

「なんか、スピカよりカノープスの方に馴染んでない?」

「拉致られて連れて来られたチームよりも尊敬出来る先輩のチームに馴染むのはある種、道理ですわね……」

「ア、アハハハハ……」

 

 

「た、確かにウチのチームの為にもなりますね……本当に、色んな意味で……」

「ウチ的にはなんか、チェイスがどんどんカノープス色に染まっててなんか複雑だな……」




色んな意味でカノープスメンバーっぽくなっていくチェイスであった。


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26話

「失礼します」

「おおっ~チェイス!!どうしたんだ態々こっち迄顔出すなんて珍しいな!!」

 

カノープスの部室、最早所属チームよりもずっと馴染んでいる故か部室を開ける動作にも戸惑いなども一切無く自宅に帰って来たかのような自然を伺える。確かにこれは沖野トレーナーも複雑な顔をするな、と南坂トレーナーは思う。ツインターボのチェイスを勧誘しよう!!というのも強ち洒落にならないのではないだろうか。

 

「日頃のお世話になっておりますので本日は私の地元の名物を作ってまいりました、是非皆さんでお食べください」

「これはこれは、態々すいません。確か島根の出身でしたよね、となると……源氏巻ですかね」

「はい、私の町の名物の天倉巻です」

 

常日頃からお世話になっているツインターボ、そしてカノープスの為にチェイスが全て一から作った特製の天倉巻。尚、まだスピカのメンバーには作っていない。彼女の中ではスピカよりもカノープスの方が優先順位的には高いらしい。

 

「トレーナー今直ぐ食べたい今直ぐ!!」

「そうですね、丁度作戦会議をする所ですし美味しいお茶請けにはピッタリですね」

「糖分を同時に摂取する事で会議の効率もより増す事でしょう」

「いやぁ~こりゃナイスタイミングだったねぇ~」

「有難うね~チェイスちゃん、折角だから一緒に食べようよ」

 

作戦会議をするというのに他のチームを平然と誘うマチカネタンホイザ、だがそれに一切異論が挟まれない辺り本当に馴染んでいるチェイスなのであった。トレーナーも全く反論をしないどころか賛成してしまっている。だがチェイスはそれを申し訳なさそうに断る。

 

「申し訳ありません、私はこれから勝負服の試着をしなければいけないのです」

「おおっ勝負服とな!!?ターボも、ターボも見たい!!」

「ターボさんはこれから会議ですよ、ターボさんが会議をすると言ったんじゃないですか」

「ムッ~……」

 

勝負服は格付け最上ランクのGⅠレースにて着用する特別な衣装。どんな衣装であろうとも、ウマ娘の神秘で力が漲るらしく例え着物のような動き辛そうなものであろうとも、どんなに嵩張るような衣装でも寧ろ力が漲るらしい。そして全国トップクラスの猛者達が集うトゥインクル・シリーズでも、GⅠレースを走る栄誉に与れる者はほんの一握りであり、自分の勝負服を手に入れることはウマ娘達にとって大きな名誉。

 

「チェイスの勝負服かぁ~……どんな感じなんだろうね」

「まあ少なくとも私の兄が破廉恥云々とは騒がない物です」

「ハハハッ……兎も角チェイスさん、天倉巻を有難う御座います」

「はい、言ってくださればまた作りますのでどうぞお気軽に。それでは失礼します」

 

丁寧に頭を下げてから退出していくチェイスを見送る、本当に出来た後輩だ……と皆が思う。ツインターボが先輩と呼ばれて慕われている事に酷く感動して嬉しがるのもよく分る。

 

「ねぇねぇっトレーナー早く食べよう!!」

「そうですね、それでは早速……ネイチャさん、お茶の準備をお願いします」

「はいは~いネイチャさんにお任せ~っと」

 

カノープスは天倉巻を食べながら作戦会議をする―――筈だったのが、チェイスが丹念に作った天倉巻は想像以上に美味しかったのか普通におやつの時間となって皆でほのぼのとした時間を過ごしてしまった。

 

「あっこれこし餡と白餡だ、甘さがいい塩梅だし分量も考えられてて後味もスッキリだね~」

「こっちは抹茶にチョコクリーム!!ターボこの組み合わせ好きだってチェイス覚えててくれたんだな!!」

「此方は粒あんとこし餡……スタンダートな組み合わせですが、なんという王道で深い味わい……」

「これは……抹茶に白餡!!これもおいひぃ~♪」

「お茶と合いますねぇ……」

 

 

 

「……うん、サイズはピッタリです。私の希望通りのデザインで満足です」

「しっかし……そこまで似るかねぇ……」

 

勝負服の試着を終えたチェイスはフンスと鼻息を少し荒くしながらもご満悦であった。届いた勝負服は自分の思い描いた通りのデザインと備品と納品された、何もかもが完璧すぎる。そんな満足なチェイスを見る沖野は勝負服のデザインを見てミホノブルボンを想起した。デザインが似ているという訳ではないが、方向性はかなり同じな印象を受ける。

 

「後は……あれが届けば問題はありませんね」

「あれって全部あるだろ」

「いえ、父さんからあれが届いておりません」

「クリムさんからって……何を」

 

そう問いかけようとした時に、試着室の扉をノックする音が聞こえて来た。誰かと思いきや、入ってきたのは秋川理事長とたづなであった。

 

「ウムッ失礼するぞ!!マッハチェイサー、勝負服は気に入ったかな!?」

「最高の出来です」

「それは良かったですね」

「しっかし、防具面も確り完備するとか珍しいな」

 

チェイスの勝負服の各部には身を守る為のプロテクターが入っている。そう言った物を勝負服に付け加えるウマ娘はいるが、そういうのはレースによる怪我を経験したウマ娘やレースに対する恐怖心を拭えないウマ娘が使う物。だが最初からそれらを完備しているのか酷く珍しい、が此処でチェイスは真面目な顔で言う。

 

「何を言ってるんですか、あれだけの速度で走るんです。寧ろプロテクターの類は必要不可欠です。GⅠレースは特に激しいレースなのですからその辺りの警戒も必要だと私は思います」

「ウムッ正論!!怪我はしてからでは遅いのでそれらの警戒は重要!!」

「規約にもプロテクターの類は禁止されておりませんし、寧ろ推奨はすべきだとは思います」

「まあ確かに……」

「おっと忘れる所であった!!マッハチェイサー、君の御父上からだ!!」

 

理事長は下げていた袋から箱を取り出すとそれをチェイスへと手渡す。沖野はそれを聞いて興味を惹かれた、クリムからの贈り物。しかもチェイスの話からすると勝負服に関する事だと思われる、一体何なのかと思っていると中を開けてみるとチェイスは大いに顔を輝かせながらそれを宝物のように胸に抱きしめた。

 

「やっと、これで私は本当のマッハチェイサーになれる……」

「本当のって何なんだ、というか何で理事長が渡すんです?」

「ウムッ本来ならば通常通りに渡しても良いのだが、勝負服に関する事ゆえURAの検査が入っていたのだ。後々からやっかみを掛けられるのは嫌だろうと思って私の方で手を回しておいた。そして、結果として全く問題なかった。寧ろURAの調査委員会は目を丸くしていたぞ、こんな物を娘の為に作るのか!?とな」

「おいチェイスみせてくれよ益々気になって来た」

 

興味をそそられるが、チェイスはそれを勝負服が入っている袋に一緒にしまいながら胸に抱きながら笑顔でウィンクしながら拒否する。

 

「ホープフルステークスでのお楽しみです♪まあ期待しててください、最高の絵になりますから」

「余計に気になる……」



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27話

遂にこの日がやって来た。12月、ジュニア王者を決めると言ってもいいGⅠレース、ホープフルステークス。中山レース場には多くの人が押し寄せている、流石に有記念ほどの人ではないが、それに負けない熱気が中山レース場に渦巻いている。それもその筈、このレースの条件はクラシック三冠の一角である皐月賞と同じ。つまりこのレースの結果がクラシックに直結すると言ってもいい、皆がその目に焼き付けようと押し寄せてきている。

 

「チェイスまだかな~まだかな~!!」

「落ち着きなってターボ、もうちょいだって」

 

パドックでは各ウマ娘達がこのレースの為に拵えた勝負服に身を包んで絶対に勝つという意識を燃やしている、勝負服に浮かれている者も居るがそれでも闘志に溢れている。そこにはチェイスと何度も戦っているリードオンとジェットタイガーの姿もあり、彼女らもチェイスの登場を待ち望んでいる。

 

『さあ今回のホープフルステークス、ダントツの一番人気のマッハチェイサーの登場です!!』

 

いよいよ来るか!!と観客たちが騒ぐ中、ド派手にバク転をしながら跳び上がり空中で捻りを加えての登場をするチェイス。それに皆が興奮するが皆が首を傾げる、何故ならば彼女が纏っているのはジャージ、勝負服などではなかったからだ。間に合わなかったのだろうかという声も聞こえてくる。

 

「何でチェイス勝負服じゃないんだ!?スピカのトレーナー如何言う事なんだ!?」

「いや俺が知りたいわ!?」

 

思わずツインターボだけではなく、スピカのメンバーからもどういうことなのかと問い詰められるが全く分からない。そんな時、その中心に立つチェイスが一際大きな声を出した。

 

LADIES&GENTLEMEN! IT'S TIME FOR SUPER STAR ACTION!!

 

そんな言葉を飛ばしながらもジャージの上着を脱ぎ棄てると彼女の腰部分に何やら青いドライバーのような物があった。そしてこれ見よがしにその手に中にあった車のような物を揺らしながらドライバーの一部をスライドさせてそこへと差し込んだ。するとドライバーは音を立てながらそれが何かを叫ぶ。

 

シグナルバイク!!シフトカー!!

 

共に流れ出すロック調の音楽、それに何が起こるのか全ての人の視線を釘づけにしていた。それを待っていたと言わんばかりにチェイスはポーズを取りながら叫んだ、それこそ自分が本当の意味でのマッハチェイサーになる為の合言葉だ。

 

「Let’s ―――変身!!!」

 

マッハ!チェイサー!

 

直後にチェイスの四方を取り囲む光の輪、それはその身体へと装着されるかのように収束していき形を変えていく。そして―――光が収まった時、そこにあったのは勝負服に身を包んだマッハチェイサーの姿だった。ライダースーツを思わせるような全身を覆っている、シルバーと紫がメインの下半身と青を基調とした上半身、そしてジェットヘルメットにも見えるバイザーを身に付けたこれこそチェイスの勝負服。

 

「追跡、大逃げ、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!如何皆さん、中々にサプライズの利いた絵だったでしょう?」

 

ポーズを取った後、バイザーを上げてから笑顔でそう言って見せると一気に観客に火がついて大歓声が起きる。何というパフォーマンスなのか、此処までやるウマ娘がこれまでいただろうかと言わんばかりにあらゆる視線を独り占めしていた。

 

「カッコいいぞ~チェイス~!!ターボもそれ使ってみたい~!!」

「いぃやぁ~……なんかアニメの変身シーンみたいだったね」

「エンターテイナーなチェイスらしいですね」

「カッコいいよね~今まで以上人気でそう」

 

「チェイスさん凄いカッコいい~!!」

「スペの時とは大違いだな」

「それを言うのはやめてあげなさいって……ウオッカ如何したの?」

「―――超カッコいい。トレーナー俺もあれ使いてぇ!!」

「僕も僕も~!!」

「一瞬であそこまでやれるのは確かに便利ですわ……」

「いや俺に言われてもな……」

 

だがこれでチェイスが何故ホープフルステークスを楽しみにしていてくれと言ったのもよく分った。まさかこんな演出が登場するなんて予想外にも程がある、あの時理事長が渡したのは恐らくあのドライバーであれが勝負服を展開させたという事なのだろう……いったいどういう仕組みなのか酷く気になる。

 

「おやっ沖野さんじゃないか、奇遇ですな」

「実にお久しぶりだな、と言っておこう!!」

 

その声に聞き覚えがあって思わず振り返ってみるとそこにはクリムとグラハムがそこにいた。

 

「あっチェイスさんのお父さん!!」

「Hello there!また逢ったねスピカの皆さん方」

「チェイスのお父さんなのか!?」

 

まだ面識のないカノープスは声を聞いてチェイスの父親なのかと尋ねてみると笑顔で頷きつつグラハムも兄だと挨拶をする。

 

「おおっ~!!ツインターボだぞ、チェイスとはよく一緒に走ってるんだ」

「では君達がチームカノープスだな?!チェイスがメールで言っていたぞ、尊敬出来る先輩方が所属しているチームで良くお世話になっていると。このグラハムも兄として礼を言わせてほしい!!」

「い、いやぁ尊敬出来る先輩とかちょっと照れちゃいますねぇ」

「私達は真摯に応えているだけですので……」

「フフンッ!!特にターボとチェイスは仲良しだぞ!!」

「ほほう!!」

 

何やらグラハムはカノープスの面々と話し込み始めた、気質的にも相性がいいのかこの辺りもチェイスと似ているからかもしれない。その間に沖野はこの間の事を尋ねてみる事にする。

 

「クリムさん、この前理事長がチェイスに贈り物を渡したんですけど……URAでもチェックしたとか」

「ああ。チェイスが付けているドライバー、マッハドライバー炎は私が作ったものだよ。と言っても大した機能はないさ、せめてああいう事が出来る事ぐらいだよ」

「いや十分凄すぎると思うんですが……もしかして天倉町を離れる時のお願いってこれですか」

「Exactly.こう見えても私は結構優秀な科学者でね」

 

そう言いながらもその場で勢いよく回転してからポーズを取るなどして完成した自分を見せているチェイス。あれだけ喜んでくれるとは思いもしなかった、娘の為に頑張った甲斐があったという物だ。

 

「ねえねえおじさん!!あれって僕とかも使えたりする!?」

「Yes.君の詳細なデータなどがあれば問題ないよ、と言ってもその為にはデータを取るのに時間がかかるけどね。チェイスの場合は私の研究を手伝ってくれていたからそのデータがあったんだよ」

「ターボも使いたい!!」

「おいおいおい……なんかすいませんね」

「HAHAHA.娘の友人に此処まで頼りにされるのも悪い気分はしないさ」

 

「どう皆さん、これ中々に凄いでしょ~?」




うん、やっちゃったぜ。尚、唯勝負服は唯の勝負服でしかないので特殊能力云々はない。

ある意味、トニーが関わる前のスパイダーマンのスーツに近い。


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28話

「(最高の出来だ……流石はベルトさん、いやクリム父さんだ……本当にありがとうございます、これで―――俺はマッハチェイサーだ)」

 

そんな思いを抱きながらチェイスはゲートインを今か今かと待ち続けている。その瞳に燃ゆる炎は今までの物とは比にならない程に大きく強い炎が灯っている。静かに吐き出される息にも力が感じられ、周囲のウマ娘は思わずそれに威圧されるかのようにつばを飲み込んでしまう。ゲートインもまだなのにその集中力は異常の一言。もう既に自分の世界に入ってしまっている。

 

「今日こそと思ったが……何だ、この奴のプレッシャーは……」

「フ、フフフッ……緊張、しますなぁ……」

 

今日こそ借りを返し無敗のウマ娘という称号を奪い取ってやると意気込みを込めていた筈のリードオンとジェットタイガー、彼女らも勝負服を纏い体調は万全、精神も充実しており過去最高の仕上がりを見せている。だがそれでも今のチェイスが放つプレッシャーには僅かに困惑を覚えて息を呑んでしまう。そんな中、遂に鳴り響いたファンファーレ。それらに釣られるようにゲートインが開始されていく。

 

『誰をも魅了し、心を奪う希望の星が誕生する。ホープフルステークスが間もなく開幕致します!!ジュニア王者を決めるこのレースを征するのはどのウマ娘か!!?3番人気は優しい巨人、ジェットタイガー!!この評価は不満か!?2番人気は常に先頭を引っ張るトップバッター、リードオン!!そして全ての観客の視線を独り占めするエンターテイナー!!一番人気、音速の追跡者ことマッハチェイサー!!』

 

上げていたバイザーを降ろす、視界が変わる、意識が切り替わる。

 

『各ウマ娘ゲートに入って、体勢整いました』

 

準備は出来ている、もう何時でもいい、さあ始めよう。この衣装で―――マッハチェイサーの姿を見せてやる。

 

『さあ、ゲートが開いた! 各ウマ娘綺麗なスタートを切りました』

『誰が先頭を導くのか楽しみです』

『その言葉に応えるようにリードオンが先頭に立った!矢張り得意の大逃げで来たぁ!!』

 

先頭に飛び出したリードオン、得意の逃げで今回は誰にも先を譲る気などはないと言わしめるかのようなとんでもない速度を出して行く。メジロパーマーの大逃げ*1やツインターボのそれを思わせるような走りで早くも先頭に立つ。常に先頭を立ち続ける彼女、そしてその背後には巨人が控える。

 

「フフフッ一人だけで行かせはしない」

「ならば付いてきてみろ!!」

 

 

「やっぱりあの二人が流れを作るか……」

 

リードオンとジェットタイガーが流れを作るのは分かっていた、この二人は常に先頭と2番手でレースを作る走りをする。他のレースではその走りで他者を圧倒し、それぞれが一着を取り合うライバル同士。その二人が今日も流れを作る。

 

『そして最後尾にはマッハチェイサー、得意の追い込みでごぼう抜きを狙っています』

『本当に身体のブレが無い美しい走りですね、勝負服がライダースーツのように見えますから余計にそれが際立ってますね』

 

「よし、良いぞチェイス……!」

「いっけ~チェイス~!!ごぼう抜きだぁ!!!」

「チェイスゥゥゥゥ!!!ボディラインがくっきり過ぎてるぞぉぉお!!!だが、無事に育ってくれてて私は嬉しいぞぉぉぉ!!!」

「やめなさいグラハム、凄い変態っぽい」

 

グラハムの奇声は兎も角、得意の追い込み戦法で最後尾でチャンスを伺い続けているチェイス。普段と変わらぬ走り、だが違う物があった。普段以上に走りが力強く足音が重々しく大きく響いている。

 

「(な、なんなのこの音……!?)」

「(爆弾が、破裂してるみたいな―――)」

 

『おっとマッハチェイサー、最後尾から徐々に順位を上げて行きます』

『モニラとハギノジャックがペースを落としていますね』

『マッハチェイサー得意の追い込み、徐々に顔を覗かせようとしているのか。此処まで4戦4勝のウマ娘は何時仕掛けるのか!!?』

 

「まだまだ、もっと、もっともっと疾走ォォォォ!!!」

 

背後から上がってくるチェイス、その気配を強く感じ取ったのかリードオンは更に速度を上げていく。もっともっと逃げないとあのウマ娘には勝てない、同室のライバルであるジェットタイガーも上がって来るが彼女の事は熟知している。何せ幼馴染だ、だが―――あのウマ娘の事は全く分からない、あの剛脚もあの追い込みも何もかもが予想を常に超えてくる……。

 

「今度こそ、今度こそマッハチェイサーに勝ぁぁぁああああつ!!!」

「私を含めないとは―――後悔させてやらぁぁぁぁ!!」

 

リードオンが上がればジェットタイガーも上がっていく。今日こそチェイスしか見ていないお前の目を私に向けさせてやると言いたげな走り。間違いなく最高の走り―――と思った時だ、背後から何かが迫って来たのを感じる。何度も感じて来た怪物が迫るような重圧、遂に来たんだ、あいつがっ―――!!

 

『さあ最後のコーナーに入ったぞっ!!トップは変わらずリードオン、いやジェットタイガーも並んでいる!!ライバル同士のぶつかり合いに挑むウマ娘は―――いたぞ一人いたぁ!!遂に、遂に来たぁぁぁ!!!』

 

「―――ずっと……チェイサーッ!!!

 

『上がって来たぁ!!上がって来たぞ音速の追跡者、マッハチェイサー!!!此処で一気に3番手にまで上がって来たぁ!!ジュニアクラスを盛り上げてきたウマ娘三人の対決、さあホープフルステークスを征するのはどのウマ娘だぁ!!』

 

踏みしめるターフ、その先に広がるコース、走れば走る程に感覚はより鋭敏、より細やかに研ぎ澄まされていく。そう、この感覚は―――あの感覚だ、ミスターシービーと走った時のあれだ。これがゾーンなのかは分からない、だがこの状態ならば自分は、もっともっと先に行けるはずという確信がそこにある。何故ならば―――

 

『並んだ、並んだぞマッハチェイサー!!!既に最後の直線に入っている、リードオンも必死に走る!!ジェットタイガーも凄いスパートだ!!さあどのウマ娘が抜け出すのか、ジュニアの星となって輝くのはどのウマ娘なのかぁ!?』

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

 

その時、誰もがチェイスの姿に見惚れた。バイザー越しでも分かる程に彼女の瞳は輝きを放っていたのだ。青白い光と銀色が混ざった紫の光が左目と右目から溢れ出し、それが複雑に絡み合いながら一つの軌跡となってチェイスを後押しする。それによって生み出される剛脚、それが真の力を発揮し―――二人のライバルを追い抜いてチェイスは先頭へと立った。

 

『マッハチェイサー抜け出た!!先頭だ、先頭はマッハチェイサー!!凄まじいラストスパートだ、リードオン、ジェットタイガー共に懸命に走るが差が全く詰まらない!!完全に先頭、3身、いや5身差を付けているぞ!!最後の坂で此処まで伸びるのか!!?このウマ娘は他とは違う、全く別次元の何かを感じさせる走りをする!!音速の追跡者、マッハチェイサー今トップでゴールイン!!!』

 

ゴール板を駆け抜け、トップでゴールを決めたチェイスは溢れんばかりの大声援を受けながら少しずつ速度を落していく。

 

『一等星の輝きを見せクラシックへと繋がる道へ第1歩を踏みだしたのはマッハチェイサー!!無敗のジュニア王者の誕生だぁぁぁ!!2着ジェットタイガー、3着リードオン!!』

 

普段よりも息がかなり上がっている、身体も重くなっており脚にも力が上手く入らない。それでも身体には充実感で満ち満ちている。バイザーを上げながら放熱するかのように深々と息を吐きながら観客の方へと身体を向ける凄まじい大声援が降り注いでくる。それが酷く心地いい、そして望まれている、ならば答えなければならない、何故ならば……自分はマッハチェイサーだから。

 

「追跡ィ!!大逃げェ!!何れも―――……」

『マッハ!!!』

「ウマ娘―――マッハチェイサー!!!」

 

ポーズを取る時、皆が同じ台詞を言ってくれた。こんな事もあるのかと感動しながらも最高に力を入れながらポーズを取る。これが自分の最高の走りだ。

 

「如何皆さん―――最高の絵だったでしょう?」

 

 

「Nice drive!!」

「チェイスゥゥゥゥゥウウ!!!!お前こそ、お前こそ私の宝だぁぁぁぁ!!!抱きしめたいなああああああ!!!」

*1
当人曰く爆逃げ



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29話

「フゥッ……」

オツカーレ!!

 

バイザーを上げてからドライバーからシフトライドクロッサーを引き抜く、変身が解除されて勝負服からジャージ姿へと戻る。

 

「お疲れさんチェイス、やっぱ草臥れたか?」

「エンターテイナーっていうのは誰かに夢を与えるのが仕事ですから、その分の疲れは必要経費です」

「なんというかまあ、お前って本当に大人びてるよな」

 

隣に立つ沖野はレースの疲れもあるだろうに報道陣に囲まれて質問などに応えたチェイスを労うようにニンジン味のスポーツドリンクを差し出す。一瞬ニンジン味か……と顔を歪めそうになるが、折角の心遣いなので何も言わずに飲み始める。

 

「にしても本当におめでとう、これでお前は無敗のジュニア王者だ。次はいよいよ―――クラシックだ」

「クラシック三冠……その為のスタートダッシュは良い感じに出来たと思っていいんですよね」

「勿論。というか、まさかお前が此処まで来るとは思わなかったぞ俺。流石に幾つかは負けるって思った」

 

チェイスの走りが此処までの物というのは正直想定外なのか、流石の沖野も肩を竦めてしまう。幾つかは負けはするが、それを糧にしてさらに成長すると思っていた。だからこそツインターボやサイレンススズカと言った格上をどんどんぶつけていった。それにこそ負け続けているが公式レースでは無敗。それで居ながらまだまだ底が知れない、これはひょっとしたらひょっとするかもしれない。

 

「でも私はまだまだ走れる、まだまだ……」

「向上心があって何よりだな。まあ兎に角今は少し休め、ウイニングライブまでまだ時間はあるから控室で休憩しとけ。クリムさん達は俺が呼んできてやるから」

「すいません、トレーナーさんだって取材でお疲れでしょうに」

「お前さんに比べたら大したもんじゃねえよ」

 

そんな事を言いながらチェイスを控室に待たせながら、沖野はクリム達を呼びに行く事にする。椅子に座りながら一息つきながら、残ったドリンクを飲み干す。

 

「やっぱりスポドリにニンジンは合わねぇよな……」

 

そんな愚痴を零していると扉がノックされる、沖野ではない。流石に早すぎるだろうし声位は掛けるだろう。少しばかり警戒しながら扉を開けてみるとそこには眼鏡を掛けたスーツ姿の男がニコニコとしながら笑いながら自分を見て声を張り上げた。

 

「どうもマッハチェイサー、いやぁやっぱり彼の娘だ。目元がよく似ている」

「何方でしょうか」

「おっとこれは失礼、私は警視庁で捜査一課課長をしている仁良 光秀という者だ」

「警察……何か御用ですか」

 

チェイス自身、その名前に覚えがある訳ではない。前の人生では実に覚えのある名前だが、此方は初見の名前に首を傾げる。それを見て仁良は一瞬戸惑ったようにしつつも笑みを崩さないようにしながらまるで親戚の子供を可愛がるような口調のまま近づいてくる。

 

「いやいやいや、泊巡査から話ぐらいは聞いていたんじゃないかな?彼が警視庁に居た頃の上司なんだよ私は」

「いえ全く」

「……まったく?」

「欠片も聞いた事がありません」

 

何処からかピシッ……という音が聞こえてくるようだった。仁良が持っている扇子に力が掛かって歪んでいく。チェイスは本当に聞いた事がない、進之介と霧子から全く聞いた事も無ければクリムからも聞いた事がないのでそうしか答えるしかない。

 

「ま、まあいいさ。君のお父さんには目を掛けていてねぇ……」

「結局貴方は何の用で来たんですか。私はレースと取材の後で少し疲れているんです、手短に願います」

「(このガキ……!!)」

 

警察官と聞けば普通の人間ならば怯んだり遜ったりする筈なのに全くその素振りをしないチェイスに内心で苛立ちを募らせる。そもそも警察に疚しい気持ちが無ければそんな態度を取る必要はないし毅然とした態度で居ても問題はない。

 

「では手短に……君の活躍は実に素晴らしかった、だがクラシックでもそれが続くとは思わない事だね」

「それは何か事件性があるという事ですか」

「―――はっ?」

「貴方は警察という立場を明かして私に話をしに来たのでしょう、ならばそのような意図が無ければ不自然です」

 

父と母が警察官だっただけあって警察への理解度は高い、故に無駄に怯えないしそれが来ている事は深刻に受け止めるチェイスに仁良は呆然とした顔を向けてしまった。

 

「必要でしたら私の方からトレセン学園の理事長を通してURAに話を通させて頂きますが」

「い、いやその必要はない!!事件性なんて全くない!!」

「ならば何故、警察官という立場を明かした上でそのような発言をしたのですか。私への警告や脅しのつもりですか」

「い、いやそれは―――」

私を無礼るなよ

 

瞬間、チェイスは本気でキレた。自分が尊敬し本気でなりたいと思っている警察官という立場をこの男は悪用しているに近い、そしてそれを使って自分を脅迫しようとすらしていたのかもしれない。それが断じて許せる事などではない。顔に影を作りながらの低く唸るような声と共に出される迫力に仁良は思わず情けない声を出しながら後退りしていく。

 

警察だと言えば、父さんの上司だと言えば私が信用すると思っているのか。ふざけるのも大概にしろ

「―――っ……!!!こ、こここ、後悔するぞ!!お前はクラシックで無様に負けて地べたを這いずるんだ!」

 

腰砕けになりながらも控室から逃げるように飛び出して行く仁良、それをチェイスは鼻で笑いながらも改めて椅子に座り直しながら緑茶を淹れて一息つく。

 

「お父さんもあんな上司の下だったなんて、苦労したんだろうな……でもだから天倉町であんな笑顔で警官をしてたのかな」

 

―――チェイス、お父さんはこの町で警官をやって本当に良かったと思ってるぞ。

 

「私も、お父さんみたいな警官になりたいなぁ……」

「成れるさ、君ならね」

 

そんな言葉を呟いた時、クリムが笑顔で此方を見つめていた。如何やら完全に扉が閉まっていなかったらしく独り言が聞かれていたらしい。恥ずかしいと思っていたら控室にツインターボを始めたとした皆が一気に入って来た。

 

「チェイスぅぅぅ凄いカッコよかったぞ!!あのドライバー、ターボにも使わせて!!」

「あっズルいぞ俺だって使ってみたいんだ!!」

「あ、あのチェイスさんおめでとう」

「よぉっチェイス、友人2号と3号がお祝いに来てやったぞ!!」

 

直ぐに騒がしくなっていく控室にチェイスは噴き出しながらも直ぐに満面の笑みを作ってダイブしてきて抱き着いてくる兄を受け止めながら、その愛に包まれた。例えどんな事になろうと自分は無様になんて終わらない、こんなにも自分の事を想ってくれる人たちが居るんだから。

 

 

 

 

「いいか、分かってるな!?クラシックで絶対にあいつの娘を倒せ!!」

「お前に言われるまでもない、というかお前はもう顔を出すな。私の品位が落ちる―――マッハチェイサー、貴様の速さなど私の輝きで潰してやる」

 

 

「う~ん正しくNice drive!!クラシックであの子と走る日が来るのが楽しみ。まあ私は天皇賞狙いだけど―――さてと、あんなレースを見せられたら昂ってしょうがないから走って帰るとしましょうか、Start my engines!!」




演者さんは兎も角、ドライブの中でも屈指の悪人登場。


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30話

父の上司という仁良 光秀。余りにも突然すぎる出会いにチェイスは驚くというよりも何処か怒りを感じていた。だが、それも直ぐに皆からの祝福で消え失せていた。と言ってもやる事は確りやるのがチェイス、今回の事は確りとトレーナーから理事長に報告して貰ったとの事、如何やら仁良自身は警備責任者の仲介でこの会場に来ていたらしく、警備の手伝いのような事をしていたらしい。実際は謎だが。

 

厳重な注意と幾らかの罰則が適応されるという話を後々聞かされた。出来ればもう会いたくないような男だともう忘れる事は出来ない。兎も角、チェイスはGⅠレースを征した。そして無敗のまま、ジュニアクラスを終えていよいよクラシックへと挑戦する事になる。そんな彼女がすべきこと、それは―――

 

 

「もう間もなく仕上がります」

「まだかよ~チェイス、もうスペが待ちきれねぇって顔してるぞ」

「し、してません!!まだ、まだ何とか待てます!!」

「何とかなのね……」

「でもターボもお腹ペコペコだぞぉ~……」

「あと少しですので」

 

それは忘年会兼新年会の準備であった。今回はカノープスの面々も参加しており、かなり賑やかなパーティになる。その分、食材やらの準備も大変で沖野トレーナーは酷く財布の心配をしていたのだが―――そこに嬉しい知らせがあった。

 

『ヂェイズゥゥゥゥよくぞやったぞぉぉぉ……これは私いや、天倉町からの細やかな贈り物だ、皆で食べてくれぇぇぇ……』

『いや全然細やかじゃないんですけど……』

 

グラハムがGⅠ勝利を祝して大量の食材を送って来たのである。グラハムの武士道米を筆頭に近所から野菜に山菜、イノシシの肉や卵に牛乳etc……もう使い切れないほどの量が送られて来た。これには沖野も嬉しい悲鳴であり今回は財布が薄く軽くならずに済んだ……が、今度は逆に量が多すぎたのでカノープスを招待したという側面もあった。

 

「しかし良いんですかね、今回はチェイスさんのGⅠ勝利のお祝いでもあるのにその主役にお食事の準備をさせてしまって……」

「細かい事なんて気にしちゃだめだってトレーナー、チェイスが自分でやるって言ってるんだから。でもネイチャも手伝ったんだよな!!」

「ま~私もちょっと手伝ったけど、基本全部一人でやってたね。手元を一切見ずにあんだけ細かく千切りやるとか信じられなかったわ」

 

料理上手でも知られるナイスネイチャすら褒めるしかない料理の腕前、これでも民宿では看板ウマ娘兼料理長だったのだから料理には相当に自信がある。トレセン学園にいる間に増えたレパートリーもフル活用して忘年会と新年会に相応しいメニューを作り上げている。

 

「お待たせしました、最後の料理のローストビーフが完成しました」

「おっ~!!!凄い、ターボもう食べたい!」

「駄目だってターボせめて頂きますしてから!!」

「このまま齧り付きたい~!!」

「あげません!!」

「ってスペのもんじゃねぇだろ!!」

 

と巨大なローストビーフを巡るツインターボとスペシャルウィークの小さな激闘があったりもしながらも、漸く出揃った料理の数々。部屋に大きく広げられたテーブルが完全に埋め尽くされる程の料理に食いしん坊でもあるウマ娘達の食欲はストレートに刺激されていく。

 

「んじゃまあ皆さっさと食いたそうだから……今年は皆お疲れ!!来年はもっと頑張ろう!!んじゃ頂きます!!」

『いただきま~す!!』

 

次々と伸ばされていく手が料理を取っていく、健啖家であるウマ娘がこれだけ集まっているのだからこの料理の山もそこまでもたないだろうなぁと思いつつもチェイスはジュースを口にする。一応お代わりの準備でもしておくか……とキッチンに立って料理の続きをすることにする。

 

「チェイスなんでまた台所に立ってんの?」

「追加の料理を作ろうと思いまして、スペ先輩は特に健啖家ですからきっと直ぐに足りなくなります」

「あ~……既にコロッケが無くなってるもんね……」

 

視線を向ければコロッケの山をあっという間に平らげているスペシャルウィーク、そんな彼女はツインターボ達が食べているローストビーフに目を付けて其方へと向かって行き、それを阻止するためにツインターボ、イクノディクタス、メジロマックイーン、ウオッカ、ダイワスカーレットと言った防衛線と戦いを繰り広げている。

 

「んじゃアタシも手伝うよ。ネイチャさんはこういう時は裏方をやるの好きだし」

「すいません、では少し早いですが年越しうどんを茹でましょう。それとお雑煮で稼げるはずです」

「おおっ既に仕込み済みとは準備万端だね」

「毎年天倉町の新年会で仕込みをしてましたから」

 

ナイスネイチャも地元の商店街のイベントには参加して様々な経験をしているが、料理の一点においてはチェイスの方が上を行っているらしい。既に数多くの仕込みがされている鍋を温め直しながら、他の料理も作っていく動きに全く無駄がない。

 

「んでジュニアを無敗で勝ったウマ娘であるチェイスさんは来年の抱負とかあるの?」

「抱負、ですか」

「三冠ウマ娘になる!!とかだったりなんかあるでしょ」

 

うどんを鍋に放り込みながら少し考えてみる。ウマ娘としてレースに出た初めての年、そしてレースに勝ち、尊敬出来る先輩に出会って、三冠ウマ娘に走りを見て貰って、本当に今までの人生としてはあり得ない様な展開ばかりだった。今までの抱負と言えば……家内安全とかそんな感じだった気がする。だが来年からは別の物にすべきなのだろうと言われたような感じがした。

 

「……友達に負けない、ですかね」

「友達ってどういうこと?」

「実は……島根のトレセンに居た友人が来年の4月から中央に来る事になったらしいんです。ですからそれに負けない、ですかね」

「おおっそりゃ凄いね」

 

地方トレセンから中央トレセンへの転入、それは実力が無ければできない事。それだけの力を見せ付けてスカウトされて中央へと行く、それだけの力があるという事に他ならない。そんな友人と同じ世界に入ったのだから今度は同じ世界で戦うライバルとして負けないという意志が感じられる。

 

「因みにその友達って何ていうの?」

「サクラハリケーンです」




やっぱりなんかカノープスの方が動かしやすいというか、くっそ馴染んでる。


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第31話 掲示板回

初の掲示板回です。ちょっとやってみたかったので。
こんな感じかなぁ……というものです。


141:名無しのウマ娘ファン ID:xZgs1d0i7

 今年も終わりか……

 

142:名無しのウマ娘ファン ID:hzv8jLWZW

 早いもんだな。

 

143:名無しのウマ娘ファン ID:TZlDxMO4o

 >>141

 >>142

 去年も言ってたぞ。

 

144:名無しのウマ娘ファン ID:JZwYAeOaI

 毎年言っちまうよ、この時期は。

 

145:名無しのウマ娘ファン ID:EXoDgIDV9

 俺氏、アメリカから漸く帰国。日本空気が懐かしい、後今一押しのウマ娘って誰か分かる?

 

146:名無しのウマ娘ファン ID:qJ9FD6ocd

 >>145

 出張お疲れさん。一押しっていうのも難しいだろ、今年も色々と盛り上がってるし。

 

147:名無しのウマ娘ファン ID:b0wZJcGKz

 だなぁ~テイオーは骨折から復活して頑張ってるし、今年はダイワスカーレットとウオッカの戦いだって激しいし。

 

148:名無しのウマ娘ファン ID:56+0zRJoe

 んじゃ新人限定で。

 

149:名無しのウマ娘ファン ID:d9w0e+xFv

 >>148

 新人なら、マッハチェイサー一択だな。

 

150:名無しのウマ娘ファン ID:OwbUtHyQf

 そうそう、今年無敗のままホープフルステークスで勝ったスピカの新星。

 

151:名無しのウマ娘ファン ID:L30TX1Nk4

 しかも追い込み型で凄い持ち上がるんだよな、追い上げて来た時の会場の盛り上がりっぷりはやばい。

 

152:名無しのウマ娘ファン ID:r1NwqbDde

 超かわいいしな。

 

153:名無しのウマ娘ファン ID:xIbHHDg+f

 それでエンターテイナーだからファンサービスも凄い。

 

154:名無しのウマ娘ファン ID:HJo2tZz+I

 超かわいいしな。

 

155:名無しのウマ娘ファン ID:vL1/nvSsZ

 スピカもスピカでリギルで負けない位になって来たよなぁ……

 

156:名無しのウマ娘ファン ID:RirbtztJL

 超 か わ い い し な。

 

157:名無しのウマ娘ファン ID:iL1rYdx7f

 しつけぇwww

 

158:名無しのウマ娘ファン ID:HWSOw/3OI

 お前がマッハチェイサーのファンなのは分かったから。

 

159:名無しのウマ娘ファン ID:hNAD9gmtK

 あの子が可愛いのはもう誰もが認める所だから落ち着け。

 

160:名無しのウマ娘ファン ID:WZw4v9ZzP

 凄い……ファンだ。

 

161:名無しのウマ娘ファン ID:b2CoAOBHF

 >>156

 新人だとその子が目立ってるって認識で良いのか、どんな感じのウマ娘?

 俺、お姉さん系が好きなんだよね。エアグルーヴ推しです。

 

162:名無しのウマ娘ファン ID:cRo8DRBwv

 分かる、エアグルーヴいいよね。なんか人妻感が……。

 

163:名無しのウマ娘ファン ID:P3Qb+UIKf

 そこはマルゼンスキーだろ常考。

 

164:名無しのウマ娘ファン ID:CU1KN4SoD

 俺はビワハヤヒデ姉貴が……

 

165:名無しのウマ娘ファン ID:W8+yxp7vg

 スーパークリークだろ。

 

166:名無しのウマ娘ファン ID:2xuQDjW0U

 あれは姉じゃない。ママだ。

 

167:名無しのウマ娘ファン ID:+Ih9LZGrS

 >>166スーパークリークは私の母親になってくれる女性だ!!

 

168:名無しのウマ娘ファン ID:N7RVlgxzH

 うわ出た。

 

169:名無しのウマ娘ファン ID:5T/WfkPKJ

 スーパークリークの話題が出ると何処からともなく沸くマザコン。

 

170:名無しのウマ娘ファン ID:5JAEe+QrD

 一説によるとスーパークリークのトレーナーという噂。

 でも実際スーパークリークの包容力は異常。

 

171:名無しのウマ娘ファン ID:svJoQvri1

 お~いちょっと~マッハチェイサーについては如何なんだよ。

 

172:名無しのウマ娘ファン ID:N0Z/emJtS

 脱線しすぎたな。マッハチェイサーの特徴はなんと言っても―――ミホノブルボンにすげぇ似てる事だ。

 

173:名無しのウマ娘ファン ID:u71NS906l

 違いがマジで髪の色と身長位しかないからな。

 

174:名無しのウマ娘ファン ID:nWjwiJmet

 妹さんって認識でおk?

 

175:名無しのウマ娘ファン ID:wqYVxv4xX

 純粋に似てるだけっぽい。というか見た目似てるけど性格が全然違うからな。

 

176:名無しのウマ娘ファン ID:ki7f+B4+z

 メイクデビューから飛ばしてたもんな、バク転しながら登場してジャージ脱ぎ捨ててポーズ決めてたし。

 

177:名無しのウマ娘ファン ID:hNjobCtsQ

 最初、誰しもがブルボンの妹?って思うのを行動で破壊していくスタイルだったな。

 

178:名無しのウマ娘ファン ID:8nduZG4Ak

 ワイ、あの時にウィンクされて一目惚れ。一生推す事を決意。

 

179:名無しのウマ娘ファン ID:9WKYyqpel

 そりゃ推すわ。

 

180:名無しのウマ娘ファン ID:sT0dPQ8ct

 丁度いいからお前が語れ。

 

181:名無しのウマ娘ファン ID:CrvIfPkYu 

 確かに、あんだけ可愛いって言ってたって事は説明できる位のファンって事だよな。

 

182:名無しのウマ娘ファン ID:wGTPtoK7X

 カタッテミロヤ。

 

183:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:RirbtztJL

 >>182

 やってやろうじゃねぇかよこの野郎!!

 何を語ればいい。

 

184:名無しのウマ娘ファン ID:yqT38VA5J

 意外と確りとしてて芝。

 

185:名無しのウマ娘ファン ID:D2UeDWX12

 えっと……どんなウマ娘なん?

 

186:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:RirbtztJL

 脚質は追い込み―――と思わせておいて大逃げもこなせる。見た目はミホノブルボンに似てるけど性格面が全然違って兎に角エンターテイナー、パドックだと大きなアクションでみんなにアピールしたり写真映えするようにポーズもノリノリで取ってくれる。

 

187:名無しのウマ娘ファン ID:MXSkq9y8I

 えっちょっとまって、追い込みなのに逃げもこなせるってどういう事。

 

188:名無しのウマ娘ファン ID:AiniPNKz4

 それは皆が思う事だわ、でもこれマジなのよね。

 

189:名無しのウマ娘ファン ID:0VlXENico

 百日草特別だったかな、それで大逃げかましたんだよな。

 

190:名無しのウマ娘ファン ID:lde+IevCK

 追い込みウマ娘が何で……。

 

191:名無しのウマ娘ファン ID:voojXoOR0

 そこは俺が言おう。以前カノープスのツインターボが隣でマッハチェイサーの応援してたんだけど、その時にターボはチェイスとよく一緒に走ってるんだぞ!!ってドヤ顔で言ってたぞ。チェイスっていうのが愛称らしい。

 

192:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:RirbtztJL

 何!?俺でも知らない事を何で……!?

 

193:名無しのウマ娘ファン ID:epzoR7CcM

 おう、自称ファン1号崩壊したぞ。

 

194:名無しのウマ娘ファン ID:voojXoOR0

 まあ関係者情報的な奴だし気にすんな。

 んでターボさん曰く、本当に良く走り込んでるらしくてほぼ毎日勝負してるらしい。それでターボさんも自分の走りが強化されてるって言ってたわ。

 

195:名無しのウマ娘ファン ID:n3yCymndu

 あ~そう言えば最近ツインターボ調子いいもんな、この前もGⅡだけど3連勝してたし。

 

196:名無しのウマ娘ファン ID:VBJrHVXxx

 というか、あのツインターボも毎日勝負って恐ろしいことしてるな……最高速度だけならサイレンススズカと同等だろ確か。

 

197:名無しのウマ娘ファン ID:voojXoOR0

 なお逆噴射。

 

198:名無しのウマ娘ファン ID:o4POKeIWO

 最近してねぇんだからやめたれや。

 

199:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:RirbtztJL

 くっ……挽回だ!!

 彼女の特徴と言えばレース後に取るポーズとコメント。

 

 『追跡、追抜、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!どう皆さん、いい絵だったでしょう?』

 

 ちなみに大逃げしてからはコメントが一部代わって

 

 『追跡、大逃げ、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!どう皆さん、いい絵だったでしょう?』

 

 に変わってる。この時にするドヤ顔とポーズがカッコよさと可愛さがやばい。

 

200:名無しのウマ娘ファン ID:1VJ/BpT9R

 う~んやっぱりチェイスって言ったらこの最後のポーズだよな。全力で走って疲れてるだろうに笑顔と明るさ全開でこれやるんだぜ。

 

201:名無しのウマ娘ファン ID:3+gE8qRsN

 笑顔崩さないウマ娘は多いけど、此処まで見てる人にサービスするのはあんまりいないよなぁ。

 

202:名無しのウマ娘ファン ID:1kWM0RszH

 しかもウイニングライブでは一番ダンスがキレッキレ。

 

203:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:RirbtztJL

 マッハチェイサーは一時期ブレイクダンスに嵌っていたらしく、その時の名残がライブでアドリブとして顔を見せる。

 これもまたおちゃめで可愛い。

 

204:帰国者 ID:EXoDgIDV9

 う~ん益々興味沸いてきた。というか、今見返したら無敗でホープフルステークスに勝ったってマ?

 

205:名無しのウマ娘ファン ID:8QySHjU9m

 >>204

 マジだぞ。

 

206:名無しのウマ娘ファン ID:G8tuXLtJL

 4戦4勝のままホープフルステークスに挑戦、そこでも見事に勝って5戦5勝でクラシックに挑戦だ。

 

207:名無しのウマ娘ファン ID:voojXoOR0

 このまま三冠チャレンジしてくれるんじゃないかって期待中。

 

208:名無しのウマ娘ファン ID:9rb+cIsGK

 にしてもミホノブルボンに似てて、それでスピカに所属して三冠チャレンジってなんかちょっと運命的な物を感じちまうなぁ。

 

209:帰国者 ID:EXoDgIDV9

 もう決めた、マッハチェイサーの全レース見返すわ。帰国したてで身体重いけどちょっくらスーパーで酒と刺身とかの摘み買って来て見るわ。

 

210:名無しのウマ娘ファン ID:AamFl6vbW

 おう見ろ見ろ。

 

211:名無しのウマ娘ファン ID:GNyAO/pFO

 飲み過ぎで直ぐにつぶれるなよ。

 

212:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:RirbtztJL

 最後に語らなければならないと事と言えば……矢張り彼女の勝負服だ!!

 

213:名無しのウマ娘ファン ID:XWa7wA9Ns

 キター!!

 

214:名無しのウマ娘ファン ID:eIFsH6+IT

 待ってました!!

 

215:名無しのウマ娘ファン ID:xALtedjTT

 皆大好き!!

 

216:名無しのウマ娘ファン ID:+RMqZo4Hn

 俺生で見たけど迫力やばかったわ。

 

217:名無しのウマ娘ファン ID:l4/2sv4Em

 >>216

 生ってマジか、俺仕事で行けなかったわ。今度のGⅠ出る時は絶対に行く、有給取っていくわ。

 

218:帰国者 ID:EXoDgIDV9

 えっえっ?勝負服?

 

219:名無しのウマ娘ファン ID:rDPydIm46

 まあ、そうなるわな。

 

220:名無しのウマ娘ファン ID:Vc8BNmUWI

 初のGⅠ挑戦で勝負服公開、ってだけじゃないんだぜ。

 

221:名無しのウマ娘ファン ID:QFB5ulCKv

 語ってあげてファンニキ。

 

222:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:RirbtztJL

 任された。

 彼女はパドックに現れた時、何故かジャージ姿だった。それに皆が疑問を抱いた、何故勝負服ではないのかと。その時に彼女は叫んだ、その場にいる全員に向けて。そしてジャージを脱ぎ捨てた時、彼女の腰には何やらキャロットマンを連想させるようなドライバーがあったんだ。

 

223:帰国者 ID:EXoDgIDV9

 えっまさか……

 

224:名無しのウマ娘ファン ID:nDBauz7hk

 流石に分かるよな。

 

225:名無しのウマ娘ファン ID:Kn2qj1nHx

 そう、そうなんだよ。

 

226:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:RirbtztJL

 そして彼女はそのまま―――変身と叫んだ。次の瞬間に光に包まれた彼女はライダースーツのような勝負服に身を包んでいた、しかもヘルメットまで完備していたから下に着ていたなんてあり得ない。そして放たれる彼女の台詞

 

『追跡、大逃げ、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!如何皆さん、中々にサプライズの利いた絵だったでしょう?』

 

まるでアニメや特撮でしかないような変身にもうその場は興奮の嵐。

 

227:名無しのウマ娘ファン ID:q3zhr6M6M

 マジでやばかったわ、UMATUBEの急上昇にも載ってるから見た方が良いぞ帰国ニキ。

 

228:名無しのウマ娘ファン ID:WBtUcKdtV

 もう完全に漫画のヒーローだったもんなww

 

229:名無しのウマ娘ファン ID:3ZXMOTkoR

 大きなお友達だけではなく、小さなお友達のハートもガッチリゲットとか欲張りすぎぃ!

 

230:名無しのウマ娘ファン ID:hLPZdGdNH

 というかあのドライバーってマジで何なんだろうな。どうなってんだろ。

 

231:名無しのウマ娘ファン ID:6Xw7S1d+k

 なんでもチェイスのお父さんが娘の為に作ってくれたってインタビューでは言ってたな。

 

232:マッハチェイサーの自称ファン一号ID:RirbtztJL

 あれ、他のウマ娘にも渡しても良いと思う。凄い便利じゃん。ライブ中にそれぞれの勝負服のチェンジとか凄い盛り上がりそう。

 

233:名無しのウマ娘ファン ID:Y9sRsHA+s

 あ~それ良いな!!

 

234:名無しのウマ娘ファン ID:HPIlAyD37

 サイレンススズカが走りながら衣装が変わる……胸が厚くなるな。

 

235:名無しのウマ娘ファン ID:aSHP8HwpZ

 せめて熱くなってくれ。

 

236:帰国者 ID:EXoDgIDV9

 今見て来た。何あれ超カッコいいんですけどぉ!!

 

237:名無しのウマ娘ファン ID:aY/troSbB

 惚れたな?

 

238:帰国者 ID:EXoDgIDV9

 今からマッハチェイサーを推します!!

 

239:名無しのウマ娘ファン ID:4NGS4xR+2

 ようこそ……

 

240:名無しのウマ娘ファン ID:BggwNLIGB

 マッハの世界へ……。

 

241:名無しのウマ娘ファン ID:PnLc8rTpb

 歓迎しよう、盛大にな!!

 



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32話

忘年会は気づけば新年会へと化け、チェイス特製の年越しうどんはあっという間に消費されていった。これでもかなりの量のうどんを打ったつもりだったのだが……健啖家なウマ娘の中でも特に大食漢なスペシャルウィークに次々と消費されていき、後日リギルに渡しに行こうと思っていた分まで食べられてしまう所だった。あんだけ食べてまるで妊婦のように膨れたお腹が少しすれば直ぐに引っ込むのだから、同じウマ娘ではあるが生命の神秘というかウマ娘の神秘を垣間見た瞬間であった。

 

「さてと……お前らそろそろ参拝に行くぞ~。スぺ、お前はもう食うなよ」

「食べてませんよ、でもチェイスちゃんの天倉巻は食べたいです!!」

「今度作ってもらえよ」

「なんだ、スピカはまだ食べてないのか?天倉巻凄い美味しいぞ!!」

「何で知ってるんですか!?」

「フフンッこの前にチェイスが持ってきてくれたからな!!」

「何、ですって……!?」

 

ツインターボが如何に天倉巻が美味しかったを語って見せるとスピカの食いしん坊代表であるとスペシャルウィークと甘い物好き代表のメジロパックイーンことメジロマックイーンが強く反応した。名前だけは知っていたが、まだ食べた事が無いのに何故カノープスは食べた事があるのか!?と強く思う中でナイスネイチャが何処か呆れたように口にする。

 

「スピカに誘われた時に無理矢理拉致られた時の事をまだ気にしてるんじゃない?」

「くぅぅぅなぜあの時に、わたくしはゴールドシップを止めなかったのか……!!!」

「私も食べてみたいのにぃ……」

「やっぱり、チェイスはカノープス寄りなのか」

「あははは……」

 

それを見てやはりファーストコンタクトが最悪すぎた事を嘆く。あの時にしっかりとゴールドシップを止められていたらチェイスはもっとスピカに馴染めていただろうに……これはカノープスへの移籍をしたいと言われたら素直に認めることも考えておかなければならないだろう……出来ればスピカに留まってほしいのだが、チェイスの事を考えたら……何とも言えない。溜息をついていると着替えが終わったチェイスが部屋へと入ってきた。

 

「お待たせしました」

「お~!!!チェイス凄いカッコいい!!」

「そこは奇麗って言ってあげなさいよ、いやでも、本当に雰囲気がガラリと変わった……」

 

部屋に入ってきたチェイスを見て見惚れる一同、ツインターボはキラキラと輝いているチェイスを見て騒いでいるがそれにはナイスネイチャも同感だった。黒を基調しながらも金色の花と龍が入っている着物は気品と凛々しさに溢れている、そして軽く化粧もしているのか薄く紅が唇に引かれており艶っぽい大人の雰囲気を醸し出している。

 

「すいません、久しぶりだったので手間取りました」

「い、いや全然待ってないけど……すげぇなチェイス、お前着物なんて持ってたのか……というか一人で着付けできるのか」

「大和撫子の嗜みだと兄から教わりました」

「グラハムさんからか」

 

チェイスは色々と日本被れなグラハムからいろいろと仕込まれている、着物の着こなしから生け花……何なら剣術まで仕込まれている。剣術は役に立つか不明だが、それでも本人的には楽しかったので良いと思っている。尚、グラハムは国家資格である1級着付け技能士という資格を持っている。別に米農家なんてやらなくても生計はばっちりと立てられるハイスペックな男なのである。

 

「でも友人は着物の上に革ジャンを着るのが好きだと言ってました」

「なんかごちゃごちゃしてねぇかそれ」

 

そんなやり取りをしながらも到着した神社。まだ日の出前というのもあってまだ薄暗いが、新年に合わせて出店なども多く出揃っており境内は賑わいを見せている。

 

「甘酒とかもありますね!!」

「おいおい、せめてお参りしてからにしろって」

「は~い」

「というか、あんだけ食べたのにまだ入るってどんだけよ……」

 

チェイス特製の料理を一番食べたといっても過言ではないスペシャルウィーク。それなのに出店の焼きニンジンやら甘酒やらに興味を示している姿にややげんなりとするナイスネイチャ、チェイスの調理を手伝った身としては彼女を本当の意味で満腹させるにはどうしたらいいのだろうかと考えてしまう。これがオグリキャップとタッグを組まれたらもうギブアップしかないだろう。改めて、カフェテリアの料理スタッフの皆さんに感謝を捧げるのであった。

 

「今年も大逃げする……!!」

 

と隣のツインターボがお参りをする隣で同じように手を合わせて自分の願い事、目標を捧げる。

 

「(……私の夢、目標、天倉町の愛に応えられる走りが出来ますように……)」

 

やはりチェイスの目標といえばそこしかない。元々天倉町に居たいという想いは皆が自分にくれた愛情故、そして自分は中央でその愛に応えられるだけの走りをしたいと町を出るときに強く思ったのだ。ならば矢張り目標はそれしかない、マッハチェイスでブッチギル……それを体現し、最速で勝利を捕まえる。それだけだと。

 

「チェイスおみくじ引こうおみくじ!!」

「新年の運試しですね、お付き合いします」

 

お参りの後は自由行動。ツインターボと共におみくじを引きに向かう。ターボはかなりの力を込めて振って中身を出した後にチェイスが引く。一緒に見ようということでいっせ~の~っせ!!で中身をあけてみると……

 

「おおっ大吉だ!!!チェイスは!?」

「―――やりました」

 

Vサインを作りながら見せ付けた中身は同じく大吉であった。仲良しな先輩後輩コンビ、此処でも仲の良さを発揮するのであった。

 

「よ~し今年はGⅠで勝ぁぁぁぁぁつ!!!」

「私もクラシック頑張ります」

 

そう言いながら改めて中身へと目を向けてみる、基本的に占いには興味を示さないチェイスだが、折角ツインターボと同じ大吉だったので詳しく見てみようと思った。その中で気になったのは―――待ち人だろうか。

 

「(連絡もせずに、急に訪れる人に幸運のチャンスがあります)……ハリケーンじゃない、よねメールくれたし……」

「チェイス甘酒!!甘酒買いに行こ!!」

「アッハイ、わかりました。参りましょうか」

 

待ち人の欄で僅かに首を傾げるが、すぐに切り替えて一緒に甘酒を買いに行く。が、甘酒を受け取ったときに複数人の人に声をかけられた。

 

「あ、あの間違ってたらごめんなさい。マッハチェイサーさんじゃないですか!?」

「はい、私はマッハチェイサーですが……」

「あ、あの大ファンなんです!!握手お願いできますか!!!?」

「握手、ですか?私なんかの……」

 

思わず目を白黒させながらも大きく頭を下げながら手を差し出してくる幼いウマ娘、エンターテイナーとしての一面を持つチェイスだが自分個人へ此処まで強い感情を一対一でぶつけられた事は余り無い。自分が話題性が強いのは分かっていたが、こうして握手を求められるとそうなのかと強く認識し始めた。

 

「私なんかでいいのなら……」

「あっ有難う御座います!!感動だぁぁ……最高だぁ……!!って隣の方ってツインターボさん!?すごい、あ、あのサインとか!!?」

「おおっ勿論良いぞ!!ターボのサインが欲しいなんて見どころがあるな!!」

「ああもうなんて最高な日なんだろう!!新年一発目から最っ高すぎる!!」

 

その声につられて多くの人が此方を見れるのだが、自分がマッハチェイサーとは気づかれていなかったのか続々と人が集まってきてしまった。

 

「メイクデビューからのファンなんです!!」

「クラシック期待してるぜ!!」

「マッハチェイスってやつで頑張ってくれよな!!」

「ねぇ~ねぇ~お姉ちゃん、あの変身ってやつやって見せて~!!」

 

その中には変身を見たいという声も一定数存在していた。やはり今までにない勝負服の披露だったのでインパクトは抜群、ニュースでも取り上げられていてクリムの元にはURAから正式なオファーが来ているという話を聞いた。

 

「おっ~ターボも見たいぞ!!でも流石に無理かな?」

「フッフッフッ……ご安心ください、こんな事もあろうかと―――抜かりなく、マッハドライバーは持ってきております」

 

持ってきたいたバックの中に忍ばせていたマッハドライバー、それを見た瞬間に周囲の人々のテンションは一気に上がっていく。一旦甘酒とバックをターボに預けてドライバーを装着すると―――チェイスはノリノリで変身して見せた。

 

「Let’s ―――変身!!!」

 

マッハ!チェイサー!

 

「追跡、大逃げ、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!如何皆さん、良い絵だったでしょう?」

 

新年早々、ファンサービスを欠かさないチェイスに境内は大盛り上がりになったという。




「でも着てた着物とかってどうなってるんだ?」
「解除すればまた着物に戻りますよ」
「やっぱりターボも欲しい!!」


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33話

「あけましておめでとうございます、遅ればせながら新年のご挨拶をさせて頂きます。此方、天倉巻です。以前ルドルフ会長よりご好評だったとお聞きしたのでお持ちしました。珈琲にも合いますのでどうぞお受け取り下さい。勿論、リギルの皆さんの分も沢山御作りしましたのでご安心を」

「……思ってた以上に確りとした子なのね貴方。いえ、何でもないわ。明けましておめでとう、此方こそ宜しく」

「いえ、スピカのメンバーならば当然の評判かと」

 

新年の挨拶をリギルの東条トレーナーにしつつ持参した天倉巻をお土産に姿を見せたチェイス。チェイスの事はそこまで知っている訳ではない、いや能力面では理解は深いつもりではいる。何せ無敗でクラシック挑戦をするジュニア王者、マークは欠かさなかった。だが性格面はあまり……スピカの勧誘に困惑し、理事長に通報しようとする程度には常識的という事ぐらい。如何やら相当に真面目な子らしい、尚更スピカには合わない……と思ってしまう、いやストッパーとして考えると適任かもしれない。

 

「個人的にも、貴方はリギルに入って欲しかったと思ってるわ。はぁ……あの時にルドルフに連れて来て欲しいというべきだったかしら……」

「いえ恐らく言ったとしてもゴールドシップ先輩に途中で拉致されてたのがオチだと思います」

「容易に想像できてしまうのが嫌ね」

 

あの破天荒っぷりはもう誰にも止められないだろう、チェイスという警察官志望のウマ娘というある種のワイルドカードの存在の影響で少なくとも拉致による勧誘はやめてくれたので大分マシにはなっている。まあそれ以外で未だに破天荒さは健在なのだが……彼女についてはもう諦めた方がいいのかもしれない。

 

「本日はどんなご用件でしょうか?移籍のお話でしたら何方かと言ったらカノープスにしたいのですが」

「いえそういう話じゃ―――って……カノープスに馴染んでる話はマジなのね」

「冗談です。流石にスカウトして下さって恩もありますのでスピカに在籍するつもりです」

「それならリギルに来ても良いと思うけど」

「……」

「真面目に考えなくていいから」

 

ちょっとした意地悪で何方かと言えばスカウトを行ったシンボリルドルフとエアグルーヴの事を引き合いに出してリギルに来てくれてもいいのよ?と言ってみるが確かに……と言わんばかりに本気で思案する顔になったので止めておく。ミホノブルボンよりもずっと話は通じるが、何処か天然っぽいので注意は必要だろう。

 

「まあ、いいわ。兎も角私からも遅くなったけどジュニア王者おめでとう。クラシック挑戦は言っておくけど並大抵の事じゃないわよ」

「理解しているつもりです、テイオー先輩にブルボンさん、そしてライスさんからもお話は聞いています」

 

クラシック三冠。幾人ものウマ娘がその栄光を掴もうとした、だが夢半ばで断念したウマ娘の数知れず。そこにまた一人、挑戦しようとするウマ娘がいる、奇しくもトウカイテイオーとミホノブルボンと同じく、無敗のままでクラシックへと挑むマッハチェイサー。そんな彼女にはある意味今回の要件の本題は相応しいかもしれない。

 

「それで取材の話をする為に今日は呼んだのよ」

「取材、ですか……?」

「ジュニア王者になった貴方は年度代表ウマ娘のジュニア部門の最優秀ウマ娘候補にも選ばれてたんだから当然……まさかこれも分からないのかしら……?」

「全く」

 

シンボリルドルフやエアグルーヴ、そして沖野から全く以てウマ娘の世界に付いての知識はないと聞いていたがまさか此処までとは……TVもあまり見ないタイプだったのだろうか。いや最近の子はTV離れも多いと聞くから可笑しくはないのだろうか……。

 

「URAが選ぶそれぞれのクラスで活躍したウマ娘を表彰するのよ、此処まで良いかしら」

「取り敢えず」

「宜しい。それで貴方が候補として選ばれてたって事、それでまあ最優秀は別のウマ娘にはなっちゃったけど、貴方にも取材来るって事を知らせる為に呼んだのよ」

「……あの、何でそれを東条トレーナーが私にお話しするので?」

 

色々と突っ込みたい事もあるが、お参りの時に色々とファンの人たちに囲まれてその辺りの自覚がぼんやりとしながらも芽生え始めているチェイスは少しばかり恥ずかしそうに頬を赤くするのだが……それならなんでスピカのトレーナーである沖野が自分に教えてくれないのだろうかという疑問をぶつけた。

 

「取材の了承とかが全然来ないから私から聞いて欲しいって言われたのよ、ついでに取材に付いて色々アドバイスもしてあげて欲しいってね」

「それは……お手数をお掛けします」

「いいのよ、正直彼の尻拭いには慣れちゃってるわ」

「……肩、お揉みしますか?」

「……有難う、気持ちだけ受け取って置くわ」

 

重々しい溜息に思わず本当に苦労しているんだなぁ……と心から同情が沸いてしまいそんな事を口走ってしまった。それをやんわりと遠慮する東条だが、素直に彼女の顔には疲れが滲んでいる気がする。

 

「それで取材についてだけど、貴方の素の状態を見せればいいわ。特に緊張はせずに普段通りにしておきなさい、月並みだけどこれが秘訣よ」

「成程……」

「後、貴方のドライバー……でいいのかしら、勝負服関連で絶対質問が来るからそれに対する答え位は考えておいた方が良いかもしれないわね」

「やっぱり、ですか」

 

周囲の反応から分かってはいたが、矢張りマッハドライバーは相当に衝撃的だったらしい。ホープフルステークスの後のネット記事では自分の勝負服の事が随分と派手に書かれていたのは印象的だった。

 

「東条トレーナーから見たらマッハドライバーってどう思います?」

「マッハドライバーっていうのねそれ。普通に欲しいわね、瞬時に勝負服への変化も出来るっていうのは色々と活用できるわ。例えばそうね……それをウイニングライブで活用してライブ衣装と勝負服をチェンジしたら盛り上がると思わないかしら?」

「超盛り上がります、走り抜けながらコスチュームチェンジとか超いいと思います」

「でしょ。だからURAもそれには凄い興味惹かれてるわ、当然ウチのチームも興味津々よ。折角だからこの後変身だったかしら、近くで見せて貰う事って可能かしら」

「勿論。というか今も持って来てます」

 

 

 

 

「やっと日本に着いた~……」

「Hey!!あそこを見てごらん、チェイスが映ってるぞ!!」

「おっマジじゃん!!?すっげぇな話には聞いたけど、流石俺の姪っ子だ。んじゃ早速行こうぜ博士!!」

「OK!!愛しのチェイスちゃんに会いに行こうか!!」




チェイスが最優秀に選ばれなかった理由。

チェイスは基本中距離のみで走っていたが、最優秀に選ばれたウマ娘はマイルも含めて走っていた、マイルのGⅢやGⅠにも出て活躍したからその差で選ばれなかった。

「私の輝きをもってすれば当然だ」

最優秀ウマ娘のコメントより一部抜粋。


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34話

「いや本当にすまん!!つい、うっかりしてて忘れてたんだ!!」

「まあもう良いですけど……移籍考えるか……」

「っ!?」

「冗談です」

 

割かしジョークにならない事が多いチェイスのギャグ。警察官志望の彼女のそれは本当にギャグじゃすまないのでは……という含みがあるので油断できない。

 

「ですけど連絡事項は確りとしてください、私が居なかったらどうするつもりだったんですか」

「いやそれはホントすまん……ゴルシの奴に色々とされて疲れてて……」

「またゴルシ先輩か」

「宝探しだっていきなり拉致られたと思ったらマグロ漁船に乗ってて、マグロ釣りあげたらゴルシが寿司屋の板場に立ってて俺に寿司握って出してきて、それが美味いと思ったら……」

「よし、私が悪かった」

 

今回ばかりは勘弁しておく事にしよう。沖野も色々と苦労しているらしい、というかチェイスによって拉致勧誘が無くなった分の拉致が沖野へと向けられたと行った方が正しいのかもしれない。まあ今までが今までだったらしいのでその責任だと思って貰おう。

 

「だとしても取材が今日なんていきなり過ぎます。全く……それで結局私は何をすればいいんです?」

「まあ簡単な質疑応答と普段の練習の様子の取材とかだから普段通りで大丈夫だぞ」

 

簡単に言ってくれるが自分は取材なんて初めてどうしたらいいのか全く分からない、天倉町の地元新聞の記事作りに協力した事はあるがそれはあくまで取材する側の話、今回は全く役に立たないのである。

 

「ああそうだ、今回の取材のカメラマンさんがもうすぐ来る筈だぞ」

「カメラマンって写真も撮るんですか……まあそっちは慣れてますけど」

「取材だから当然だろ、ホームページとかにもお前さんの写真あったしそういうので慣れてるのか?」

「いえ、私の叔父さんが現役でカメラマンなんです」

 

それは初耳だった。と言っても自分が知っている事なんてクリムとグラハムの事ぐらいだし、その二人の事も詳しくは知らない身なので何とも言えないのである。曰く、まだ父と母が存命の頃は良く被写体として撮られていたらしく、その影響で自分は映り映えする角度やポーズなどに詳しいのでそれらはパドックやインタビューなどで活用しているとの事。

 

「道理で随分とカメラ映りが良かったりタイミングよく振り向いてウィンクする訳だ」

 

そんな事を言っていると部室の扉が叩かれる、約束の時間にピッタリ。沖野が扉を開けるとそこには白いジャケットを羽織りながらも首から一眼レフカメラを提げている若々しい男性がいた。

 

「どうもっ!!今回の取材でのカメラマンを担当する者ですけど」

「ああ、話は伺ってます。時間ピッタリですね」

「そりゃ時間を守るのは社会人として当然ですから―――」

 

と直後に男性は風のように部室へと入るとチェイスの前へと行くとそのままチェイスを深々と抱きしめた。

 

「んなぁっ!?」

 

突然すぎる行動に呆気に取られる沖野、まさかこんな堂々とウマ娘にこんな事をするなんて……と思いながらも直ぐに対応しなければと動こうとした時に変化があった。突然の事に驚いていたチェイスだが、直ぐに穏やかな顔を作るとその男性の背中に手を回して抱きしめ返した。

 

「ああっ……本当に大きくなったなぁ……元気そうで姉ちゃんや進兄さんも喜んでるよ……」

「剛叔父さんもお元気そうで……また逢えて嬉しいです」

 

何処かしんみりとした空気が流れるが、叔父さんという言葉に反応するようにチェイスから離れながらもチェイスが良くする回転してからの腕を組むポーズをしつつ抗議するような顔でチェイスに言葉を掛ける。

 

「おいおいおい、俺はまだまだ若いっての―――見た目がな!!いやぁ結構なダンディな歳だけどそのギャップでアメリカでも結構モテモテなんだぜ?」

「剛兄さんは昔からモテてましたからね、というか何時の間に日本に帰って来てたんですか」

「ついこの間だよ、お前の写真を是非って頼まれてな」

「おみくじってこの事か……」

「おみくじ?」

「いやなんでもないです」

 

何だよ言えよ~と言いながらも少々乱暴だが可愛がるように頭をグシャグシャと撫でられるチェイス、それに耳はピクピクと動いて尻尾は嬉しそうに揺れている。沖野からしたら一体何の事なのか全く分からないのだが、ワザとらしく咳払いをしてこっちに気付いて貰う事にした。

 

「えっと……チェイス、お知り合い……なのか?」

「知り合いというよりも私のお母さんの弟、詰まる所私の叔父さんです」

「どもっ!!改めまして現在超絶売れっ子カメラマンの詩島 剛、んでチェイスの叔父さんやってま~す。宜しくぅ!!」

 

キレッキレのポーズをしてみせる姿は何処かレース後のポーズを取る姿に似ている、如何やらチェイスの元々のポーズは彼の物をリスペクトした物らしい。いきなり過ぎてビックリしてしまったが家族という事ならば先程の抱擁も理解出来る。

 

「改めましてチームスピカの沖野です、今日は宜しくお願いします」

「どうも~まあ俺に任せておけばチェイスの写真なんて問題はないって。なんせチェイスがおむつを替える時からずっと写真お"う"ぅ"っ!!!?」

「―――なんか言いましたか剛兄さん」

「な、何でもございません……」

 

得意げに語ろうとした内容が余りにもあれだったので脇辺りに重々しいエルボーが突き刺さった。かなりの力の一撃だっただろうに、苦しそうにはしているが普通に立てている辺り、相当に鍛え込んでいるという事を察する事が出来る。

 

「ああそうだ、俺の他にもう一人一緒に来てるぞ」

「えっ?」

「だってお前レースでドライバー使っていいパフォーマンスしたろ、そのインタビューもあるだろうから設計者も連れて来た」

「それってクリムさんですか」

「あれ聞いてねえの?あのドライバーってクリムだけで作った訳じゃないんだぜ」

 

それについてはチェイスも初耳だった。確かに作って欲しいというのは頼みはしたが、詳しい進捗は聞いてはいなかった。なのでクリムが一人で作ったものだと思っていた。そんな事を想っていると部室の扉が開け放たれた。それは立派な髭を蓄えながらもバイクのヘルメットとゴーグルを装着したままの何処かご年配の男性だった。が、その人もチェイスの姿を見るとゴーグルを外しながら大きく笑いながら彼女を抱きしめた。

 

「HAHAHAHA!!Hey チェイスちゃんお久~しぶり~!!」

「ハーレー博士……!?世界旅行中じゃなかったんですか!?」

「剛ちゃんと一緒に来たんだよ~また綺麗になっちゃって~」

 

その男性はクリムの恩師でもあるハーレー・ヘンドリクソン。チェイスにとって祖父のような人であり、良く懐いていたがある時から世界旅行に行くと言ってから音信不通だった。クリムと同じかそれ以上の科学者なのでマッハドライバーについては実は此方にお願いしたかったが、連絡が取れなかったのでクリムにお願いしたという経緯もある。

 

「さてチェイスさん、今回は取材でもあるんだよ」

「えっ何でハーレー博士が……?」

「あれ知らねぇのチェイス、博士は世界中巡りながら色々本出してんだぜ。旅行本とかウマ娘に関する研究発表とか……んで今回は俺と博士が取材するんだぜ」

「……ええ~!!!?」

 

流石のチェイスも大声を上げてしまった。まさか取材というのが最早身内と言っても過言ではない人達からの物だとは思いもしなかった。おみくじの『連絡もせずに、急に訪れる人に幸運のチャンスがあります』というのはこういう事だったのか……と内心で驚くのであった。

 

「月刊トゥインクルの編集長と私は仲良しでね、私がチェイスのほぼ身内だと言ったらすんなりOKが出てね!!」

「代わりに来る筈だった乙名史ちゃんは最優秀ウマ娘の所に行ってるらしいな」

「あ~そっち行ってんのか」




「―――という事ですね!!素晴らしいです!!」
「いやそこまでは言ってない、というか何なんだこの記者は!?私の発言を正しく取材する気はないのか!!?」

最優秀ウマ娘に選ばれたウマ娘は、超絶パワフル且つ妄想の入った解釈をする記者に全力で振りまわされていた。


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35話

「追跡、大逃げ、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!」

「いいよいいよ~チェイス、もっとこっちに笑顔笑顔!!」

 

ノリノリでポーズを取るチェイスとそれをバッチリと撮影する剛、元々エンターテイナー気質な所がある彼女とお調子者な所がある剛は極めて相性がいいのか程よく騒ぎながらも撮影は滞りなく進んでいく。

 

「チェイスの奴、なんか普段以上にノリノリだなぁ……」

「HAHAHA!!そりゃそうだよMr.沖野。チェイスと剛ちゃんは紛れもないFamily何だからねぇ!!!」

「家族、まあそりゃそうか」

 

思い起こせばチェイスは家族の前だと基本的に笑顔だったし常に楽し気にしていた気がする、特に剛とは仲が良いのかそれが強い気がする。血が繋がった叔父というのもあるが、剛自身が強い愛情を示してくれているのもあるのだろう。

 

「うっしっ良い写真撮れたぜ!!次は是非とも走ってる姿を撮りたいんだが……トレーナーさんよぉ~チェイスを走らせるのってNGか?」

「いや全然OKですよ、寧ろ練習風景を映すのは当然ですし」

「Nice!!私もチェイスちゃんの走る姿を見たかったんだ、カッコいい所見せてくれよ~チェイスちゃん」

「勿論!!何せ私は―――マッハチェイサーですから!!」

 

両脚を揃えて数回転してから決めポーズを取るチェイスのお得意の動き、それも今回は何時も以上に回転に勢いがある上に笑顔にドヤ顔がプラスされている。チェイスにとってはこのハーレー博士という人も同じ家族なのだろう、胸を張ってコースへと向かっている途中―――

 

「WOW!!ひょっとして……YES!!Mr.剛デース!!」

「おっ―――なんだタイキじゃねえかハ~ウディ!」

「ハウディ~!!」

 

勢いよく走り込んで来て抱き着いてきたのはチームリギルに所属している最強マイラーの異名もあるタイキシャトル。最早タックルに値するような勢いだったのに慣れているかのように回転しながら力を受け流しつつ、まるで遊ぶようにタイキシャトルを抱きとめる剛。

 

「まさかトレセンで会うとは思いませんデシタ!!撮影デスカー?」

「応よ、お前さんも知ってるだろマッハチェイサー。俺の姪っ子なんだよ」

「WHAT!?初耳デース!!」

「言ってねぇもん」

 

元々アメリカ生まれであるタイキシャトル、如何やら日本に来る前から剛とは付き合いがあったらしくよく写真を撮って貰っていた関係にあったらしい。そんなタイキシャトルは此方を見ると笑顔を見せながら勢いよく抱き着いてきた。

 

「ハウディ~!!マッハチェイサー、一回会ってみたかったんデース!!」

「あ、あの力つよっ……!!」

「お~いタイキその辺りにしといてやってくれ、シャトルどころかロケットでチェイスが軽く窒息死掛かってる」

「OH!!ソーリー、Are you ok?」

「ア、アイムオーケー……」

 

ロケットのような破壊力を秘めたタイキシャトルのハグ、彼女自身の勢いもあるが体格も良い上にスタイルも良い。大きな胸でチェイスの顔を見事に覆い尽くしてしまっていた、何とかそこから脱出出来たチェイスだが……巨乳は凶器にもなる、と聞いた事があるが真実だった……と感触を楽しむ暇もなかった様子。

 

「WOW!!プロフェッサーハーレー、ハウディ~!!!」

「ハウディ~タイキちゃぁ~ん!!」

 

とハーレーにも抱き着くタイキ、此方は此方でご高齢だが兎に角パワフルな影響か真正面からそれを受け止めながらも全く気にしていない。

 

「ちょっとタイキ貴方いきなり―――」

「先輩待ってくださ~い!!」

「ありゃおハナさんにエルコンドルパサーじゃねぇか」

 

タイキシャトルを追いかけるようにやって来たのはチームリギルの東条トレーナーと怪鳥の異名を取っているエルコンドルパサー、スピカのスペシャルウィークとは同じクラスでありライバルでもあり、日本ダービーでは激しいデッドヒートの末に1位同着という結果も出した超強豪。リギルの名に恥じない実力者。

 

「って沖野君じゃない、ああそっか今日だったわね彼女の取材」

「ああ、これから走る姿を撮りたいっていうから向かってたんだ」

「OH!!それなら丁度いいデース!!トレーナーさん、ワタシマッハチェイサーと走りたいデース!!」

 

タイキシャトルは笑顔全開で東条にそう進言する。実際彼女はこれから東条の下でエルコンドルパサーと共にトレーニングを行う事になっている、そこにチェイスが入るというのは沖野と東条の両名が許可すれば可能ではある。

 

「俺は別に問題はないけどおハナさんは如何する?」

「そうね……エルと二人で走らせるつもりだったけど、悪くはないわね。お願いしても良いかしら」

「私も大丈夫です、胸をお借りするつもりで行きます」

 

チェイスとしても願ったり叶ったり。クラシック挑戦に向けて格上のウマ娘と対決するのはいい経験になる、しかも相手がマイル最強とも言われるタイキシャトルと凱旋門賞にて2着に輝いたエルコンドルパサー。いい経験にならない訳が無い。

 

「距離は如何するんだおハナさん」

「タイキの調整と調子の把握が目的だから、1600のマイルのつもりよ」

「んじゃチェイスにもマイルの経験を積ませるのに丁度いいな。宜しく頼むぜ」

「こっちも丁度いいから彼女の力を存分に見せて貰うわ」

 

チェイスの適性距離は中長距離、マイルも走れない訳ではないがその二つに比べたら少し苦手とするぐらい。だがそれ以上に超格上のウマ娘と戦えるのは素晴らしいの一言に尽きる、これならもっともっとチェイスは進化するだろう。

 

「マッハチェイサー、あの時のコスチュームチェンジって見る事出来ますカ~?」

「私も見たいデ~ス!!」

「勿論―――常備してます」

 

と先輩二人の前にノリノリで勝負服へと変身するチェイス、それを間近で見た東条は改めて目を丸くした。一瞬で勝負服に着替える事が出来るあれは矢張り便利と言う他ない。

 

「ベリーベリークール!!マッハチェイサー、超カッコイイデース!!!」

「私もそれ使ってみたいデース!!」

「チェイスで大丈夫ですよ」




外国産馬という事でタイキシャトルとエルコンドルパサーにご登場して貰いました。

チェイスの距離適性は
短距離:D マイル:B 中距離:A 長距離:A

こんな感じで中長距離レースが好ましい。

次回、タイキとエルとのマイルレース勝負!!


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36話

「なんでこんなにあっという間に大騒ぎになってるんですかね」

「他の子にはいい刺激になるから元々タイキとエルの模擬レースの予定は告知はしてたのよ」

「いやそっちは良いと思いますよ、問題なのは……」

 

激突

タイキシャトル、エルコンドルパサー、マッハチェイサー!!

 

デカデカとやたら達筆な字で書かれた看板が置かれている事だった。ついさっき一緒に走る事が決まって途中でドリンクを買ったりタイキシャトルやエルコンドルパサーとのスリーショットを撮ったりしたりしている間にこんな看板が何時の間に準備されたのだろうか。というか、リギルは元々自分を走らせるつもりだったのだろうか。

 

「らっしゃいらっしゃいおせんにキャラメル、焼き立てホカホカでボリューム満点のゴルシちゃん特製焼きそばは如何かな~!?」

「ニンジンセットもあるぞ~!!」

「如何して私まで……はい、焼きそばが5つで1500円ですわね」

「ゴルシ先輩にターボ先輩……それにマックイーン先輩まで」

「やっぱりゴルシかぁ……」

 

思わず頭を抱える沖野。一体どこで聞きつけたのか、此処に来るまでの短い間に看板と弁当やらの販売物の準備とツインターボを味方につけている。しかもスピカメンバーもそれに巻き込まれている……というか一緒になっている。主にメジロマックイーンが巻き込まれている。

 

「あっトレーナーさん!!ゴールドシップさんからチェイスちゃんがタイキシャトルさんとエルちゃんと走るって聞いて応援に来ました!!」

「おう、それは結構だな。既に焼きそばで腹が膨れてるのが無けりゃな」

 

満面の笑みを浮かべながら特盛焼きそば弁当を抱えているスペシャルウィーク、それさえなければチームメイトの応援に来た美談になっていたかもしれないのに……。

 

「よぉっチェイス!!ちょいと小耳に走るって話を挟んだから広めておいてやったぞ」

「ああはい、えっとお礼を言うべきなんでしょうか……」

「気にしなくていいぞ~天倉巻を何時までもくれない事への意趣返しだかんな」

「根に持ってんじゃねえよ……」

「そうそう、チェイスちゃん何で天倉巻作ってくれないんですか!?」

 

如何やら割と本格的に根に持たれているらしい。

 

「いやだって……ぶっちゃけ、拉致られて入ったチームにどんな顔して持って行けばいいんですか、なんか素直に持って行きづらいんです」

「それ言われると辛いけど……もうチームメイトだから気軽に持って来て良いのよ?」

「それじゃあ明日もって行きますね」

「やりましたわっ!!ツインターボさんから散々美味しいと自慢されていた天倉巻を遂に食べられますわ!!」

「やった~!!」

「フフンッ!!それだけチェイスはカノープスに馴染んでいるという事だな、やっぱりカノープスに」

「駄目だっつの!!」

 

まあ取り敢えず禍根の一つのような物になっていた天倉巻の問題は片付いたという事にしておこう……因みにツインターボは純粋に散歩中に出くわし、ゴールドシップに看板ウマ娘として手伝って欲しいと頼まれて快諾したらしい。

 

「何か想像以上に凄い大騒ぎに……」

「まあいいじゃねぇかチェイス、こういうのは盛り上がった方が上がるだろ?」

「否定はしませんけど……」

「HAHAHA.まあいいさ、頑張ってきなさいって!!」

 

一先ずジャージに着替える為に更衣室へと向かって行くチェイスを見送る。まあ単純に考えてみてジュニア王者とも言うべきチェイスがリギルが誇るメンバーであるタイキシャトルとエルコンドルパサーと対決するのだから話題にならない訳が無い。

 

「んでトレーナーさん、其方の方は?」

「ああ、チェイスのご家族で今回の取材を申し込んできた方々だ」

「チェイスさんのご家族の方々なのですか!?」

「そゆこと~ユニークな勧誘したらしいな」

「HAHAHA.元気があって結構結構!!」

 

そう言われて何処かぎこちない笑いを浮かべながら本当にやめておこうと……改めて心の中で誓いながらもそれを誤魔化すようにスペシャルウィークは今回のチェイスの勝率について尋ねるのであった。

 

「チェイスちゃん、タイキシャトルさんとエルちゃんに勝てますかね」

「いやぁレースに絶対はないって言いたいけど流石にきついと思うぞ、タイキシャトルもエルコンドルパサーもチェイスよりも遥かに格上だ。純粋な実力だけじゃなくて経験値でもな」

 

タイキシャトル、エルコンドルパサー。何方も既に多くのGⅠレースを走ってきているウマ娘、実力は言うまでもないし経験値の差もエグい程にある。何よりチェイスはマイルの経験は少ない。勝てないとは言うつもりはないがそれでも勝率は相当に薄い。だからこそどこまで追い迫る事が出来るかがカギになるしこれで走りの向上をしてくれればいいと思っている。

 

「改めてみせて貰うわよ、貴方が見込んだチェイスの走りって奴を」

「さて、俺も楽しみだよ」

 

 

「先輩方、本日はよろしくお願いいたします」

「YES、手加減せずに行きまマスヨ~!!」

「着いて来れますかね~?」

「行きます」

 

少しばかり挑発染みた視線を投げかけるエルコンドルパサーの言葉に強い言葉と視線で返すと、へぇっ……と言いたげに見返す。唯の幸運で無敗でジュニア王者になった訳ではない、それを証明すると言いたげなそれに二人は楽しみが沸き上がってくる。踏みしめるとウッドチップが割れる音がする、1600のマイルレース。経験はハッキリ言って薄い―――だが、拒否する理由にはならない。

 

「それでは準備は良いな、位置について―――」

 

東条トレーナーが声を張り上げる、それに合わせて体勢を作る。剛もハーレーも見ている、無様な姿など見せられない。無敗だのは正直如何でもいい―――ただ、走り切るのみ――――!!

 

「スタート!!!」

 

合図とともに飛び出して行く各、先頭を行くは矢張りタイキシャトル。凄まじい加速力を見せ付けながら最前線でレースを引っ張る。その背後にエルコンドルパサー、その背中につきながらチャンスを伺う形。そしてそこから数身差離れた位置に付きながらもピッタリと付いて行くチェイス。

 

「OH~チェイスちゃんがウマ娘として走るのは初めて見るけど、なかなかいい走りをするねぇ~」

「相変わらず綺麗なフォームで走りやがるよな~う~んいい被写体♪」

 

逃げを打つタイキシャトル、その背後に付きながらも脚を溜めつつチャンスを待つエルコンドルパサー。最後にチェイスという状態、此処からどうなるのか。そんな思いが強まる中で先頭が更に加速する、エルコンドルパサーに挑発的、ついて来られるのかと言いたげなそれに不敵な笑みを浮かべながらもスリップストリームで風の抵抗を軽減しつつも追従していく。

 

「逃がしまセ~ン!!」

「フフンッまだまだまだぁ~!!」

 

まだまだスピードは上がっていく、これが数多くのレースを経験しGⅠレースにも多く勝って来たウマ娘の走りだと言わんばかり。それについて行くチェイスはその実力を身を持って体験しつつも最も身近とも言える先輩、ツインターボとは全く違うスピードを感じていた。

 

「凄い……!!」

 

ウッドチップを踏みしめながらもチェイスは追走する、ツインターボとは全く違うスピード感。付いて行くという普段通りの戦法でも全く感覚が違う。気を抜くと一気にふるい落とされそうになる。

 

「ずっとっ―――チェイサー!!!」

 

「チェイスが仕掛けた!!」

「でも、ちょっと遅くねぇか!?」

 

矢張りマイルのコースに慣れてない故か、勝負に出るのが僅かに遅いように感じられる。既に最後の直線に入ったタイキシャトルとエルコンドルパサー。それに追いつく事が出来るのか。

 

「いっけぇっ~チェイス~!!!」

「まだまだまだ行けるぞ~!!

「ウマ娘は度胸だぁ~ブッチギレぇっ!!!」

「ターボ全開だ~チェイス~!!!」

 

誰もがタイキシャトルとエルコンドルパサーの一騎打ちに注目していた時に一気にギアを上げて猛追し始めたチェイス。それまで維持していた差、約8。それが縮まっていく。

 

「きましタネ!!」

「さあ、此処から来れますか!」

 

試すかのように二人も脚に力を入れる。こうなった二人に追い付ける訳がない、誰もが既に思う中で自分を応援するチームスピカ、ツインターボの言葉は確かに届いた。此処から捲れるか、いや捲ってみせる。そう言わんとするかのように少女の瞳に二つの光が宿る。

 

「ずっと、マッハチェイサァァァァァ!!!」

 

 

―――そう、それだよ。

 

 

誰がそう呟いた途端、チェイスは凄まじい剛脚を発揮し始めた。著しい加速を行いながらもタイキシャトルとエルコンドルパサーを食い千切らんとするようなとんでもない気迫を纏いながら迫ってくる。その気迫は二人をして冷や汗を出してしまう程のもの。

 

「ラストスパート―――全開デース!!」

「私も続きマース!!」

 

振り切るかのような最終加速、これが本当の全力だと言わんとする二人の走りにチェイスは喰らいつく。そしてあっという間に1600mという距離は走破された。一着はタイキシャトル、二着は1身差でエルコンドルパサー。三着はチェイスだが―――8身あった差は4身差まで追い迫っていた。

 

「お疲れ様、如何だった二人とも。チェイスの実力は」

「ベリーベリーストロング……マイルでしたから優位は保ててまシタ」

「これが中距離だったら、負けはしなかったと思いますけど、ギリギリまで来たと思いマス」

「……スカウトできなかった事が改めて悔やまれるわね」

 

勝利はしたが、今回はタイキシャトルの調整の為にマイルでのレース。本来のフィールドである中距離ではない。ならば其処での勝負だったなら?正しく、沖野が言った通りにレースに絶対はなく、彼方が勝っていた事も考えられる。最後の末脚はとんでもない、そして恐らく彼女はゾーンへと半身が入りつつある。これでクラシックに挑戦するのだからどんな結果になるのか……。

 

「チェイスお疲れさん。焼きそば喰うか?」

「ハァハァハァ……せめてドリンクを……」

「あるぞチェイス!!今度はターボが膝貸そうか?」

「すいませんターボ先輩……お膝は、また今度……」

「如何だった、あの二人との対決の感想は」

 

ターフ上では倒れこみながらもスピカから健闘したと褒められている姿が見える。本当に此処からどうなるのか、楽しみでありつつも少し怖くもある。



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37話

「お待たせしました、これが天倉巻です」

「やっと……やっと食べられますわ!!」

 

この日を待ち望んでいたのだ!と言わんばかりに眩い光を散らせるような笑みを作るメジロマックイーン、漸くスピカの部室へとやって来た天倉巻。だが問題なのはその量、部室の机を簡単に埋め尽くすほどの量が用意されていたのであった。

 

「な、なんつぅ量だ……もしかして、この量を作る為に時間掛かってたとか……」

「流石にそれはないですけど……スペ先輩の事を踏まえると相当な量は必要だと思ってましたので」

「凄いですチェイスちゃん、これ全部食べて良いんですよね!!?」

「ちょっとスペ先輩独りで食べようとしないで!?」

 

もう既に手を付けているスペシャルウィークは本当に凄い勢いで天倉巻を食べていく、このままだと本当に一人で食べ尽くしてしまいそうな勢いなので他のメンバーも手を伸ばしていく。

 

「んっ本当に美味しいわこれ!甘さも控えめだからいっぱい食べられちゃうわ!!」

「う~んこれ美味しい~!!あっしかもこれ蜂蜜入りだ!」

「色々と味を揃えたつもりですので」

「いやぁ悪いなチェイス、なんか催促しちまったみたいで!!」

 

実際催促してたじゃねぇか……と内心で想いながらも珈琲と一緒に天倉巻を食べる沖野。まあ確かにツインターボが絶賛するのも分かる、これはチェイスの料理の腕が良いからなのか、それとも天倉巻というお菓子自体が優れているのがどちらなのだろうか。まあ恐らく両者ともに正解なのだろう。

 

「本当に美味しいですわ!中身が二つに分かれていて味に飽きが来ない上に甘さも控えめですからパクパク行けてしまいますわ!!」

「ホントすごい勢いで食べるわねぇ……」

「マックイーンってスイーツ系に限ってはスペ先輩並に喰うもんな……」

 

美味しいです!!最高ですわ!!という声がダブって聞こえてくる、一方はスペシャルウィークで一方はメジロマックイーン。大食漢で有名なスペシャルウィークだが、甘いものに限ってはメジロマックイーンも同じと言えるだろう。

 

「また太るぞパックちゃん」

「なっ!?ま、またとは何ですの!?というかパックちゃんって何なんですの!!?」

「お前の事だぞ、メジロマックイーンことメジロパックイーン」

「失礼ですわね!?本当に失礼ですわ!!」

 

ゴールドシップの言葉にお冠なメジロマックイーンだが、周囲はその言葉を否定出来ない。実際甘いものをこんなに食べたら本当に太るだろう。

 

「一応、カロリーと糖質の計算はしましたのでカフェテリアのスイーツ類よりは抑えられてます」

「えっ本当なの!?」

「はい。先輩の食べる量は把握してますので、カロリー計算をした物を新しく開発しました。まあお陰でお届けするのが遅れましたが……それについては本当に申し訳ありませんでした」

「まさか、私の為に……!?」

 

天倉巻を渡すのが遅れたのは渡しづらかったのもあるがそれ以上に量の準備とその他諸々があった為である。それを聞くとメジロマックイーンは思わず涙ぐみながら心から嬉しくなってきたのであった。

 

「チェイスさん、心から感謝致しますわ……これからは何時でも私を頼って下さいませ、メジロ家の誇りに掛けて力になりますわ!!」

「あ、有難う御座います……まさかそこまで言われるのは予想外だったんですが……」

「まあうん……マックイーンは色々と苦労してるしな」

 

他のウマ娘に比べて太りやすい体質にある為か、カロリー計算やら糖質管理に苦心しているメジロマックイーン。当人自体は甘いものは大好きなので特に大変との事、偶にスイーツを我慢しているのに目の前の席にスイーツをもって座ってくるトウカイテイオーが来た時は本当に辛かったとの事。

 

「後そうでした、他のメジロの皆さんにも作りましたのでどうぞ」

「まぁっ!!これはご丁寧に……今度のお茶会にはこれですわね♪」

「おっそれじゃあゴルシちゃんからは特製のドクダミ茶を贈呈してやるぞ♪」

「ドクダミって雑草じゃない!?」

「何を飲ませようとしているんですか貴方は!!?」

「お前はドクダミの凄さを分かってねぇな!!すげぇんだぞテロとかに使えるんだぞ!!」

 

ギャアギャアと一気に騒がしくなる部室内だが、スピカとしてはこれは日常茶判事。本当に賑やかなチームだと思いつつもチェイスはこの空気が最近になって漸く好きになれてきたような気がして来た。今までは何方かと言えば一人でいる方が多かったし友達も静かなタイプが多かったからか、スピカの空気には中々馴染めなかった。

 

「いいもんですね……こういうのも」

「だろ、だからもうあんなこと冗談でも勘弁してくれよ?」

「分かってますって。珈琲お代わり淹れます?」

「頼むわ」

 

そう言いながら沖野に新しいコーヒーを淹れる。時間はかかったが、漸くチェイスはスピカメンバーになれたと沖野は感じるのであった。

 

「あのトレーナーさん、私の次のレースっというかクラシック初戦はどうなるんですか?」

「そうだな……今回の走りでマイルも練習すれば行けるって実感は持てただろ、だからその練習を織り交ぜようとは思うけど基本は中距離メインで行く。中距離を初戦に据えるなら2月のすみれステークス、マイルを組み込んでもいいならきさらぎ賞か共同通信杯が狙い目だな」

 

何故マイルはその二つと言われたら、マイルの練習を踏まえつつも距離が中距離に近い1800mなのが理由。今から練習すれば行けるかもしれないが、それでも中距離路線がメインだったチェイスには出来るだけ長い距離の方が良いだろうという意図がある。

 

「長距離の練習は良いんですか?」

「そっちは勿論するけど、優先度は低めだな。長距離のレースが少ないのもある、その辺りはマックイーンやテイオーにコーチについて貰って徹底的にやるから安心してくれ」

「成程……実はブルボンさんから今度一緒に走りましょうというお誘いを受けたんです」

 

それを聞いて思ったのは他のウマ娘が困惑しそうという感想だった。ミホノブルボンの戦法は逃げ、そしてチェイスは追込。仮に他のウマ娘も参加するレースだと仮定すると瓜二つと言っても過言ではない二人に前と後ろに挟まれる事になる。分かっていたとしても頭がバグりそうだと思う。

 

「そういう話があるなら、俺の方からブルボンのトレーナーに話を通してやるよ。あっちも興味あるらしいしな」

「すいませんお願いします」

「チェイスちゃ~ん、この抹茶味ってもうないんですか~?」

「えっもうないんですか!?」

「スペシャルウィークさん、一人で食べ過ぎですわ!!私は抹茶入りはまだ15個しか食べてませんわ!!」

『十分食べてるじゃん!!』




ドクダミとささげとミントテロはマジでやめて……トラウマなの……。


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38話

チェイスの朝は早い。

 

「……朝ですね」

 

天倉町からいた時の習慣故か、3時半ごろになると自然と目が覚める。一応目覚ましも掛けてはいるが、毎回毎回それよりも早く起きてしまうのでアラームを解除してからベットから降りる。今は一人部屋なので良いが、その内この部屋にも同室者が来る事を考えると何か考えていた方が良いかもしれないと思いつつ顔を洗う。

 

「……何時まで経っても慣れたようで慣れんな、これには」

 

レースの事には色々と慣れてきているのに未だに全く慣れないしこれから先も慣れる気が一切しない物がある。下着である。元男である身としては着けない物を着ける事に抵抗がある……まあ着けないと色々と面倒なので確りつけるが……。

 

「……ちょっとキツくなったかな、ランジェリーショップとか一番行きたくないのに……」

 

チェイスの身体は既に本格化しているが、まだ身体の一部は大きくなっている。身長は少しずつ、がそれ以上にまた胸のサイズが大きくなっている気がする。以前計った時は86だった気がする……正直重いし肩が凝るので勘弁して頂きたい。男としてはこの胸に憧れた事もあったが、体験してみると結構辛い事が多い。

 

「ハァッ……まあスポブラで良いだろ」

 

そんな事を吐き捨てながらジャージに着替えて外へと出ていく。秋ごろになって開拓が終わったトレセンの周辺地理。生憎近くには朝日が綺麗に見える山が無い事は非常に残念だが……その代わりに朝日によって輝く川でその無聊を慰めている。

 

「おっチェイスさんおはよ~」

「おはようございます」

「今日も朝早いなぁ~!!」

 

開拓が終わってから毎日走っているからか、ルート上にある商店街では早朝の仕入れを終えて開店準備を行っている店の店主から声を掛けられたりしている。ナイスネイチャにこの商店街を紹介されたという経緯もあってか、チェイスはこの商店街でも可愛がられていた。

 

「チェイスちゃん如何だい今日は良いニンジンが仕入れられたんだけど一本どうだい!!」

「いえ、大丈夫です」

「何言ってんだい、チェイスちゃんはこっちのリンゴに決まってるじゃないか」

「おっとこりゃ行けねぇ、ほれっ遠慮しねぇで持ってきな!!」

 

投げつけられたリンゴをキャッチする、毎回遠慮はするのだがご厚意を頂いてしまっている。その分はレースで返そうと最近は思っている、一先ず貰ったリンゴは朝日が昇って来たのに合わせて訪れた川沿いで休憩しながら食べる事にした。

 

「うん、最高の贅沢」

 

このリンゴの鮮度も品質も最高レベル、それを味わいながら朝日を見るというのも最高の贅沢だ。

 

「あれっチェイスじゃん」

「おっ本当だ!!」

 

リンゴを食べ終わった頃、再び走り出そうとした時に不意に声を掛けられた。そこにいたのはナイスネイチャとツインターボの二人だった。同じように学園指定のジャージに身を包んでいる。

 

「おはようチェイス、朝早いんだな!」

「おはようございますターボ先輩にネイチャ先輩。お二方もお早いようで」

「いやね、普段は寝てる時間なんだけどターボは今度のレースも勝つ!!って意気込むもんだからさ、その為の朝練をするって事になったの。んでアタシはまあ付き添いっていうかターボがバテた時の回収係?」

「バテないもん!!最近は全然逆噴射しないもん!!」

「確かにしないけど念の為って奴よ」

 

ツインターボは最近調子を上げており、GⅡでの連勝記録を順調に伸ばしており今度こそはGⅠを取る!!とかなり息込んでいる。そんな原動力になっているのは自分を先輩と慕うチェイスのお陰である事は言うまでもないだろう。彼女との練習はツインターボにとっては大きな成長源となっていて、トップスピードを維持出来る時間は伸びている上に精神的にも成長している。

 

「宜しければお付き合いしても宜しいでしょうか」

「勿論いいぞ、チェイスも一緒に走るぞ~!!」

「お~お~チェイス絡みとなると元気いっぱいだねぇ~ターボは」

 

何時も以上に元気を出すというか、威厳を出そうとしているというか……正確にはやる気が漲るというべきなのだろうか。互いが互いを刺激するいい関係になっているとよくわかる。

 

「そうだネイチャ先輩、少しご相談があるんですが」

「おっ何々。ネイチャ先輩に何のご相談?」

「その……実はまた……」

「あ~成程ね、いいよ」

「んっ何の話?」

 

以前の休みに気分展開を兼ねて新しい洋服を見に行った時にウマ娘向けのスポーツショップに居たチェイスを見かけた事があったのだが……その時に何の色気も飾り気もないスポーツブラを選ぼうとしていたので、それを止めて選んであげた事があった。お洒落などには余り興味がないらしいので、その後も服を選んであげたりもした。チェイス自身見た目が良いので服の選び甲斐があっていい気分であった。それからチェイスは時折、服装の事などで相談しに来るようになった。

 

「何だチェイスは御洒落に興味ないのか、駄目だぞそれでは。今トキメクウマ娘がそれじゃ駄目だぞ!!」

「ターボも何だかんだで気遣ってるもんね」

「いえその……下着を買い替えたくて……」

「うわっまだ大きくなってんの?ヒシアケボノみたいになるんじゃないの?」

「それはそれで困るような……」

 

そんなからかいをしつつも後輩に頼られるという事に嬉しさを感じつつも任せておきなさいと胸を叩く。こうしているとツインターボがチェイスに尊敬されて嬉しそうにするのが良く分かる。

 

「んじゃそれはまた今度にして―――走りますか」

「よ~し走るぞ~!!」

「はいそれじゃあ……ってターボ先輩また全力全開ですか!?」

「だから何でもかんでも全開で走るのはやめなさいって言われてるでしょうが!!?」

 

この後、倒れて動けなくなったツインターボはチェイスがおんぶして寮へと戻った。




チェイスの身体データ。

身長:174㎝
体重:レースに出る関係で食べる量が増えたので、増量。
スリーサイズ:B88/W55/H89
靴のサイズ:両方ともに26.5


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39話

「チェイス~!!」

「ゴフッ!?」

 

マイル適応の練習中の事、突然飛びついてきてたツインターボ。最早タックルと言うべきそれはチェイスの脇腹に突き刺さった、が、それを必死に耐えながらも出来るだけ顔に痛みが現れない様に気を付けながら返事をする。

 

「ど、如何しましたターボ先輩……」

「あっごめんつい飛び付いちゃった!!」

「い、いえ今度から気を付けて頂ければ……」

 

「あれぜってぇ我慢してっぞ」

「尊敬してるからってあそこまで出来るなんて」

「どんだけ敬愛してるんだろうな……」

 

 

「それで如何なさいました……?」

「フフンッこれを見よ!!」

 

そう言いながら見せてきたのはトロフィーだった。誇らしげにツインターボはそれを掲げている事からその意図が分かる。

 

「もしかして師匠勝ってきたってこと?」

「流石はテイオーだな!そう、ターボは勝って来たのだ!!6身差でGⅡの日経新春杯を大勝して来たぞ!!」

「おおっターボ先輩おめでとうございます!!」

 

先日行われたGⅡの日経新春杯、それに出場したツインターボはいつも通りの大逃げ戦法に打って出たわけだが今回の彼女は何時も以上に走りにキレがあり、ラストの直前では更に加速して他のウマ娘を置き去りにして大勝利を掴み取った。

 

「でも教えてくだされば応援に行ったのに……」

「何を言ってるんだ、チェイスはクラシックに挑戦するんだから自分の事に集中するのは当たり前だぞ。今だってマイルの練習中なんでしょ、だったらそれに集中!!」

 

チェイスとしてはツインターボのレースならば必ず駆けつけるつもりでいる、ツインターボもそれは分かっていたので敢えて知らせる事はせずにこうしてレースの後に話を持って来た。それはクラシックが一度しか挑戦できない大切な時期である事を理解しているのと、目の前でトウカイテイオーの怪我の事を知ってるからこその気遣い。尊敬してくれるのは嬉しいけど、その為に自分の事を疎かにするのは頂けない。

 

「これからもターボは全力でチェイスを助ける、だからチェイスも自分に出来る事は全力でやる事。そしてターボは絶対にGⅠで勝つ、だから約束!!」

「はい、約束です」

「ウムッそれでこそチェイス!!」

 

硬い握手を結び合っている二人、本当に理想的な関係性を築いているこの二人。先輩後輩というだけではなく本質的にはライバルであり師弟の関係でもある、なんとも面白い関係だ、面白いが故に理想形だ。

 

「チェイス、お前のレースはマイルで良いんだな?その後は弥生賞だ、いよいよ本格的にクラシック挑戦だ。今日もスズカに揉んでもらえ」

「はい、スズカ先輩今日もお願いします!」

「ええっ私を捕まえてみてね」

「スズカと走るの!?ターボも走りたい~!!」

「いやいやいやレース明けなんだから脚を休ませろって」

 

サイレンススズカとの練習を開始したチェイスをベンチに座りながら膝にトロフィーを載せながら観戦するツインターボ。思えばこうやってチェイスの練習を見るのは初めてかもしれない、初めて会った時からずっと一緒に走って来た。だからこうしてみるのは酷く新鮮に映る。

 

「ツインターボさん、日経新春杯勝利おめでとうございます。お隣宜しくて?」

「うんいいよ~」

 

隣に座って来たメジロマックイーン、リハビリも順調で後は調整をしつつ復帰戦に望む段階。

 

「そ~言えばネイチャから聞いたぞ、今度はテイオーの距離で戦って勝つって」

「そうですわね、今度はテイオーの得意な距離で勝ちますわ」

「フフン、だったらターボだってテイオーに勝つぞ!!」

 

トウカイテイオーのライバルとも言うべきメジロマックイーン、あと少しで怪我から復帰し改めてターフを駆ける名優となる。そしてツインターボも自称ではあるが生涯のライバルだと言い張っている、トウカイテイオー自身もそれは否定せずにライバルだという事は認めている。なのでいざという時はメジロマックイーン、トウカイテイオー、ツインターボの激突するレースがあるかもしれないという事になる。

 

「チェイスさんはツインターボさんから見て如何思います?」

「ターボでいいよ、ん~……」

 

異次元の逃亡者を必死に追いかける音速の追跡者。これで何度目の戦いになるのやら分からないが、チェイスは一度もサイレンススズカを捕まえる事が出来ていない。あくまでマイルでの感覚の修得と勝負位置の把握などが目的ではあるが、チェイス的にはサイレンススズカには勝ちたいと強く思っているらしく、普段以上に練習に力を入れている。

 

「凄い奴」

「か、簡潔ですわね」

「んでターボが大好きで大切な後輩!!」

 

ニカッと分かった笑顔は太陽のように明るかった。スピカよりもずっと馴染んでいるカノープス、そして一番慕っているツインターボにマッハチェイサーとはどんなウマ娘なのかと尋ねたかった、ツインターボにとっては本当にそれだけなのだろう、それで十分なのだろう。それ以上に理由なんて必要がない。

 

「ターボはチェイスと走りたい、GⅠのレースで競って競って競い合いたい!!絶対に楽しいし燃えるもん!!それでターボが勝つ!!」

「素敵な目標ですわ、そう言われたら私もチェイスさんと走りたくなってきましたわ」

「うん絶対に走ろう!!有記念で走ろう!!」

「それは―――確かに最高の舞台ですわね」

 

目指すは有記念、果てしない目標だが折角の目標なんだから大きい方が良いとツインターボは胸を張る。こんな風に明るくてハツラツだからこそ一度は引退を決めたトウカイテイオーを奮い立てせ、その走りでもう一度……と決意させる事が出来たのだ。

 

「おおっあとちょっとだ頑張れチェイス~!!!そうそうあとちょっとってあぁ~加速して引き剥がされた~!!」

「フフッ流石にまだスズカさんは捕らえられませんわね」

「ムムムッ~チェイス次こそ行けるぞ~!!」




やっぱりターボ先輩は可愛い。実装はよ。


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40話

『本日、此処東京レース場で行われるのはGⅢ共同通信杯。16人のウマ娘が出走します!!天気は生憎の分厚い雲に覆われ、僅かに雪も見えるようになっております。今日のバ場発表は稍重となっていますが、これが今回のレースにどのような影響を及ぼすのか』

 

まだまだ厚めの冬服が手放す事が出来ない2月、本日の気温は2度。極めて寒いうえに雪までちらつき始めてしまっている、この寒さの中で走る上で確りとしたウォーミングアップは欠かせないし走る前に身体が冷えてしまっては元も子もない。出走ウマ娘はみな何処か気張った顔付きをしている。

 

『三番人気はモニラ、マイルでは負け知らず。その末脚は今日も冴えるのか、二番人気はジェットタイガー、優しい巨人はマイルでも強さを見せます!!一番人気はこのウマ娘!!無敗のジュニア王者マッハチェイサー!!中距離がメインであるこのウマ娘、マイルではどんな走りを見せてくれるのか楽しみです!!』

『ジュニアでは走ってきたのは中距離のみ、マイルでも得意のマッハチェイスは出るのか楽しみですね』

 

息を吐けば白くなって登っていく。そんな様子を見つつもチェイスは暢気に勝負服を着て。バイザーを上げた状態で息を吐いて放熱再現やりたいなぁ……なんてくだらないことを考えていたのであった。初のマイル挑戦であるのにも関わらずこのウマ娘はなんてマイペースなのだろうか……。

 

「フフフフッ……まさか貴方がマイルに挑戦するとは、少し驚いたよ。リードオンには悪いが今日は私との一騎打ちですな」

「ジェットタイガーさん」

「タイガーで結構ですぞ、私もチェイス殿と呼ばせて貰う故」

 

ゲートイン前に話しかけてきたのはジュニアクラスで幾度も戦ってきたジェットタイガー。如何やら今回はリードオンはいないらしい、なので今回は彼女との激突ということになる。

 

「何にせよ本日も宜しくお願い致しますぞ、一言だけ言わせていただけるのであれば私は負けませんぞ、こう見えてマイルは大得意故」

「此方こそ宜しくお願いします。私だって負けるつもりはみじんもありません、勝つ気でいます」

「ではっ―――あとは雌雄を決するのみ、ですな」

 

静かだが力強い、そんな笑みを浮かべながら手が差し出される。それを強く握る返すと彼女はそれを望んでいたかのように笑った、そしてそれを切っ掛けにするかのようにゲートインの時間が訪れた。5枠9番のチェイス、今回はこの位置になるがどんなレースをするのかと観客だけではなくほかのウマ娘たちも警戒を強めていた。

 

『各ウマ娘ゲートに入って、体勢整いました』

 

 

やはりゲートの中に入ると自然と神経が鋭敏になっていく感覚がする、そんな感覚の中でチェイスは唯々始まりの時を待つ。そして―――その時が訪れた。

 

『さあ今共同通信杯の(ゲート)が切られました!!先頭は―――マッハチェイサー!!そのあとにジェットタイガーが鋭く食らいつく!!』

 

「マッハチェイスを実行します、ずっと―――マッハッ!!!!」

「フフフッリードオンの代理のつもりですかな、ならば―――続くのみ!!」

 

『百日草特別以来の逃げ戦法だぞマッハチェイサー!!新年一発のレースで得意の追い込みではなく大逃げ戦法!!それを追走するのはジェットタイガー、リードオンと走る時と同じようにマッハチェイサーを逃がさない!!!』

 

ゲートが開いた直後からの爆走、スタミナの配分なんて一切考えないような大逃げに驚くウマ娘たち。何せクラシック一発目でもあるこのレースで得意の戦法で感触を確かめるなどではなく過去に一度やった真逆の戦法を使うとはまさか思わなかった。だが、それに驚かなかったのはジェットタイガー、彼女だけがチェイスの走りについていく。

 

『レースを引っ張るのはマッハチェイサー、まさかの大逃げ戦法でレースを引っ張ります!!おっと他のウマ娘たちもそれに続こうとしているのか、掛かっているぞ!!1800mとはいえこのペースで大丈夫なのか!?』

『彼女の逃げ戦法はツインターボやメジロパーマーを彷彿とさせるものですね、ですがそれに続くジェットタイガーの走りも素晴らしいです』

 

マイルを散々サイレンススズカと走って分かった。追い込みの掛け方もだいぶ分かって来たが、それ以上にいい戦法がある。それが以前に一度だけ行った逃げ戦法である。中距離を逃げ切る事が出来たのならばマイルだろうがそれが出来る筈だと沖野から逃げ戦法を提案された。実際に逃げで走ってみると追い込みよりもしっくり来たので逃げで走ってみる事にしたのであった。

 

「―――ずっと……マッハッ!!!

 

『此処でマッハチェイサーがスパートをかける!!凄まじい加速だ、ジェットタイガー食い下げる、食い下がる!!2身差を維持したままで駆け抜ける!!ラストの直線でこの二人の激突だ!!』

 

「負けん、負けてたまるかぁぁ!!!」

 

『此処でジェットタイガーもスパートを掛ける!!!さあマッハチェイサーに追いつけるか、行けるのかタイガー!!』

 

猛烈な勢いで迫るジェットタイガー、このウマ娘は矢張り直線で最大の力を発揮する。ヒシアケボノにも匹敵する巨体から繰りだされる走りは凄まじいストライドを誇る、それは音速の追跡者をも捉える―――

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

 

いや捉えられない。更に加速したチェイスはスパートをかけるジェットタイガーを置き去りにして更に先へと突き進んでいく。

 

『マッハチェイサーが更に抜ける!!なんという強さだマッハチェイサー!!音速の追跡者、逃げでもその強さを証明するかのように今ゴール!!!!』

 

逃げ切られた、ジェットタイガーは二着でゴールイン。矢張り強い、さすがはジュニア王者……その名に相応しい強さだと思わず膝をついてしまいながらも前にいるチェイスを見てジェットタイガーは静かに笑う。

 

「本当に、凄い人だ……」

 

「追跡ィ!!大逃げェ!!何れも―――……」

『マッハ!!!』

「ウマ娘―――マッハチェイサー!!!」

 

定番のポーズで会場が沸き上がる中、一人のウマ娘がチェイスの活躍をうれしそうな表情で見つめていた。

 

「さっすがチェイス!!昔っから凄かったもんねぇ~……でも、もうターフはあんただけのものじゃない、何故なら―――ここからは私のステージなんだから!!」



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41話

「よし休憩!!」

「皆さんお疲れ様です、ドリンクをご用意しました。此方に天倉巻もご用意してますので」

 

共同通信杯にて大逃げで大勝したチェイス。ジュニア王者は幸運による産物などではないという事を改めてその実力を見せ付けた、そんなチェイスは他のメンバーが練習中に差し入れを持って来ていた。今は脚を休める時間なのだが何もしないというのはどうにも性に合わないので、サポート役に徹している。

 

「プッハァ~!!生き返る!!」

「この天倉巻は抹茶とチョコクリームですわ!!」

「って早ぇよマックイーン手を付けるの!?」

「私達だって食べたいんですから~!!」

「ボクも食べる~!!あっこの天倉巻、蜂蜜入りだ!!」

 

我先にと天倉巻に群がるスピカメンバー、良くも悪くも天倉町の名前はトレセン内で広まっている傾向にある。

 

「手伝って貰って悪いなチェイス、でも休んでて良いんだぞ」

「料理は仕事であり趣味ですからいい気分転換になりました、はいトレーナーさんも。スズカ先輩もどうぞ」

「悪いな」

「有難うチェイスちゃん」

 

すっかりスピカにも馴染んでいるチェイスは度々天倉巻を作ってくるようになった、ご丁寧な事に甘さやカロリーも調整しているのでトレーニング中でも安心して食べられる。個人によっては燃費が悪い為、朝昼晩の食事の間を絶食と表現する者も多い。

 

「マックイーン食べ過ぎには気を付けろよ、幾らチェイスがカロリーとかに気を遣ってくれてるって言ったって食べ過ぎたら普通にアウトだからな」

「わ、分かってますわ!!」

「だったらこれはアタシが貰うわ」

「ああっ!?ゴールドシップさん貴方、楽しみに取って置いた最後の抹茶チョコ味を!!」

「20個以上喰ってるじゃねぇか」

 

それでも個人によって太りやすいのもあるので油断は出来ない。代表例はメジロマックイーン、そして食べ過ぎによって皐月賞を落としたスペシャルウィーク。

 

「そう言えば天倉巻と言えば……チェイス、島根のトレセンに友達がいるとかスカウトした時に言ってたよな」

「はい。以前町のお祭りに来てくれた人でその時にステージで一緒にブレイクダンスをやりました」

「実は今日、島根のトレセンから一人中央に来るんだよ」

 

それを聞いて思わず友人を思い出した、だが彼女が来るのは4月の筈。ならば別の人だろうか。

 

「おっなんだ島根って事はまたチェイスみたいな奴が来るのか?んじゃアタシが連れて来てやろうか!!」

「連れて来るのはいいけど、頭陀袋で拉致るのはやめろよ」

「もうやらねぇって。この看板で引っ張って来るだけだっつの」

「……あの、その看板直しません?」

 

何処からともなく取り出されたスピカの勧誘に使う看板。が、そこにあるのは土に埋まっているウマ娘の姿と"入部しないとダートに埋めるぞ"という最早よく分からない脅迫めいた文章。これで入部したいというウマ娘がいるだろうか。

 

「絵なら自信ありますから私描きますよ」

「おっマジで?いい加減この看板もマンネリ感漂ってきたもんな~」

「いや普通に考えてないと思います……私もスピカに入る前に見て何これ……って思いましたもん」

 

スペシャルウィークの言葉は的を射ている。沖野の放任主義的な所が押し出されていて何とも自由らしさが強調されていると言えばそうだが……。本当にメンバーを集めたいなら本気で変えるべきだと思っている。

 

「んでそいつの事を聞いて吃驚したんだよ」

「何に驚いたの?」

「そいつ、あのサクラのウマ娘だったんだよ」

「サクラって……バクシンオーさんとかの」

 

サクラと言えばウマ娘の世界においてはメジロ家にも並び劣らないとされる名家、別名サクラ軍団。有名処を上げろと言われたら矢張り短距離最強ウマ娘として真っ先に名が上がるサクラバクシンオーだろう。まあ彼女は別の意味でも有名ではあるが。

 

「あのもしかして……そのウマ娘の名前って―――」

「おっ~此処が中央トレセン学園のコースかぁ~!!島根のトレセン以上に広くて設備も揃ってるなぁ~!!!」

 

その名前を口にしようと思った時、何処からともなく快活な声が響き渡った。視線を向けてみるとそこには肩に青いバッグを担ぎながらコースを見渡して耳を激しく動かしているウマ娘がいた。キラキラと瞳を輝かせながら目の前に広がる全てに興味を示して今すぐにも走ってみたいっという気持ちが見えている。

 

「おっいい所にチームを発見!!お~いちょっと話を―――ってああああああああああああああ!!!!!???」

 

元気よく跳躍してから着地すると声を掛けようとするのだが……突如として大声を上げるとそのウマ娘は凄い勢いで此方へと迫って来た。突然の事に何事かと皆が困惑する中でそのウマ娘はチェイスへと抱き着いた。

 

「チェイスゥゥゥゥおっ久しっぶり~!!!!直ぐに会えちゃうなんて流石は私ぃ~!!」

「も、もしやかと思ってましたけど本当に貴方だったなんて……ハリケーン」

「えへへっ来ちゃったぜ♪」

 

チェイスの胸に顔をうずめながらも笑顔でチェイスにウィンクをするウマ娘、彼女こそがチェイスの友人であり島根トレセンから中央にスカウトをされた存在。桜の花びらを模した髪飾りが特徴的なウマ娘、サクラハリケーン。

 

「4月に此方に来ると言ってたじゃないですか……?」

「あ~だって三冠に挑戦出来ないかもって思ってさ、無理言って早めに転入させて貰ったんだぜ。いやぁ~チェイスがレースに興味を持ってくれて私は嬉しいな~順調に育ってくれて嬉しい限り~胸も順調に育ってくれてるみたいで……ボリュームもマシマシで抱き着き心地もまた倍増しちゃって……」

「知ってますか、セクシャルハラスメントって同性でも適応されるんですよ」

「マジすんませんでした」

 

自分の胸にぐりぐりと顔を埋めて感触を楽しんでいる友人、だが容赦はしないと言わんばかりに問答無用で警告を発する。それに流石にやり過ぎたと反省したのか後方に飛び退きながらそのまま後ろ向きに滑りながら土下座するという器用な真似をするサクラハリケーンに色物集団扱いされるスピカも呆気に取られてしまった。そんな友人に溜息をつきながらもチェイスは笑顔を作った。

 

「でも、貴方に会えて嬉しいです」

「おうっ私も嬉しいよ!!これから宜しく!!」




チェイスの友人事、サクラハリケーン参戦。

性格は紘汰ベースでチェイスに対してちょっとスキンシップが激しめ。そしてサクラバクシンオーとは親戚関係……?


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42話

「という訳でトレーナーさんのお話の方は私の友人でした、改めて紹介させて頂きます。私の友人のサクラハリケーンさんです」

「どうも恐縮です、サクラハリケーンです。島根のトレセンから来ました!一応戦績は5勝1敗っす!!」

 

土下座から立ち上がって挨拶をするサクラハリケーン。チェイスの友人という事で興味をそそられるが、戦績も中々。如何やら移籍が決まった後の最終レースでライバルとも言えるウマ娘と激戦を繰り広げ、写真判定の末に2着になってしまったとの事。

 

「あれマジで悔しかったぁぁぁぁ!!今度やったら絶対負けないし!!」

「中々良いガッツしてるっぽいな」

「うっす!!フィジカル面とガッツには自信あります!!」

 

快活な笑顔は何処となくサクラバクシンオーを彷彿とさせる。矢張り親戚なのだろうか。

 

「あのバクシンオーさんとは御親戚なんですか?」

「あっ勿論です!!と言っても私は分家っつうかなんというか……そういう感じで立場的には弱い部類ですけどバクシンオーさんには色々とお世話になりました。バクシンバクシーン!!ってレースに連れ出してくれたのもあの人ですし」

 

ハリケーンはサクラの家に所属こそしているが、如何にも複雑な事情というか、サクラの中では弱い立場にあるらしく集まりにも消極的で行くのは年始の集まり程度、そんな時にレースをしようと誘ったのがサクラバクシンオーで何とも想像しやすい図だ。確かに彼女は妙な事なんて気にせずに一緒に走ろうと声を掛けるだろう。

 

「ンで学園の案内は任せてくれって言われてて、でも私ってばワクワクを抑えられなくて自分で探検に来ちゃったんですよね~」

「アハハッ分かる分かる、ボクもトレセンに初めて来た時はワクワクドキドキで探検しに行っちゃったもん」

「でしょでしょ!?」

「私はテイオーさんに案内された時は本当に感動したな~」

「やっぱりですよね!?」

 

と、チェイスと違ってあっという間にスピカの空気に馴染んでいく。基本大人しく静かなタイプなチェイスと違ってテンションは高くお調子者な性格のハリケーンはスピカの相性は最高に近い。

 

「いやぁ~中央って島根と全然違うんだよなぁ!!人もウマ娘もすげぇ多いし、ぶっちゃけ此処に来るまでめっちゃ迷った!!」

「おいおい何だ何だそれじゃあ中央じゃ生きていけねぇぞ?しょうがねぇなこのゴルシちゃんがこの辺りを案内してマスターさせてやるよ」

「マジで!?先輩お願いします!!」

「いや、ゴールドシップさんに頼むのだけはやめておいた方が良いですわよ……」

 

そんな感じで話の中心になっているハリケーン、沖野は取り敢えず仲良くなれているように安心しているがそれ以上にハリケーンの戦績に関心を向けていた。5勝1敗、酷く立派な戦績だ。最後の一戦などはほぼ勝利したと言っても過言ではない程の激戦。これは中々に良い奴が中央にやって来たなと内心で笑っている。

 

「ハリケーンは何処のチームに所属するとかは考えてるの?」

「いや全然。でも折角ならチェイスのチームに入りてぇと思ってるけど」

「いいぞ入っても」

「ああそれじゃあ入って……ってうぉいテストとかそういうの無いんすか!?」

 

まるでタマモクロスのようなキレッキレなツッコミ動作をしながらハリケーンは沖野に問いをぶつけた。そんな簡単にチームへの入部を決めてしまってもいい物ではないだろう。

 

「別に問題はないぞ、スピカは入部テストとか設けてないし入りたきゃ入っていいぞ」

「ええ~……なんか私の想像してた中央と全然違う、なんか漫画みてぇに入部テストがあって希望者と鎬を削って合格者の資格をもぎ取る的な物を想像してたわ」

「そういうチームもあるわよ、リギルが代表的だし」

「ああやっぱりあるんだ……ってリギルってあの皇帝とかの居るチームですよね!!?か~一度見てみてぇ、出来れば勝負したい!!」

 

流石にハリケーンはその辺りの事に精通しているのか、皇帝だけではなく女帝にスーパーカーと言ったリギルに所属しているウマ娘の異名を列挙しながらも何時かその人達とも走ってみたいと闘志を露わにしている……が、それを沖野は謎の感動に包まれていた。

 

「そうそう……これが普通の反応なんだよ、皇帝って言われたらこの位驚いたり感動するのが当然なんだよ……」

「知識が皆無ですいませんでした」

「ああいや、あれはあれで新鮮で面白かったけどな。主に自分の事を知らないって言われた皇帝の顔が」

「えっチェイス、お前まさか……そう言えばスカウトに皇帝が来たって言ってたけどまさか……」

 

錆びた歯車のような動きでチェイスの方を見ながら引き攣った表情で問いかける。此方側の知識が少ない事は知っていたがまさか……と思っていると頷かれてしまうハリケーンはずっこけた。

 

「嘘だろお前!!?皇帝知らなかったってどんだけだよ!?TVとか見ないのか!?」

「みませんよ。天気予報だって最近はアプリで確認すれば済みますし」

「……国民的なスターがスカウトに来てアンタ誰って顔したのかよ……信じらんねぇ」

 

それを見て沖野もうんうんと頷く。

 

「今は分かってますから良いじゃないですか」

「そういう訳に行かねぇだろ……謝罪とかしに行ったのか?」

「天倉巻持参で挨拶には行きました」

「なら、いいのかな、うん。取り敢えず俺もこのチームに入りますんで宜しく!!」

 

色々ありながらもハリケーンはチームスピカに入る事を決意した。色々と緩い所はあるが、ハリケーン的には良い環境かもしれない、早速走りを見せて貰おうと思ったのだが……

 

「あ~すんません、この後寮に行って荷物の片付けと同室の子に挨拶しないといけねぇんで……」

「確かにそれもそうだな。んじゃチェイス、色々と手伝ってやれ」

「分かりました」

「おっそれじゃあ色々と話を聞かせてくれよ~チェイスちゃ~ん」

「そう言いながら抱き着きながら胸に顔を押し付けるのやめて貰えますか」

 

本当に仲が良いのか二人の距離は近い。そんな二人の後姿を見ながらも沖野はトレーニングを再開するぞ~と号令をかけるのであった。

 

 

「そう言えばヒシアマ姐さんから私の部屋に同室の方が来ると聞いてましたが……」

「えって事は……俺の部屋って此処って聞いたぜ」

「うん私の部屋です」

「やったぁっチェイスと同部屋だ!!これから毎日そのナイスボインを楽しめるな!!」

「……」

「あっちょ警察に通報はマジでやめて反省してますから」




ハリケーンの胸はスズカ位。


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43話

「バクシンオーさぁぁぁぁんッッッ!!」

「ハリケーンさぁぁぁぁあん!!!」

「「ヒシッ!!!」」

 

チェイスの友人こと、サクラハリケーンが中央トレセンにやってきた翌日。改めて学園内を案内している時に突如、ハリケーンは走り出した。何故ならばと問えば彼女にとっての大恩人とも言うべきウマ娘、サクラバクシンオーがいたからである。それは相手も同じなのか同時に駆け出すとMAXスピードに近い速度で向かい合いながらも同時に互いを抱きしめた。あの速度をどうやって殺したのか、同じ速度でぶつかって速度を相殺したというのか、だったら衝撃とか色々問題になるだろうに……。

 

「バクシンオーさんお久しぶり~!!会いたかった~!!!」

「私もですよ~!!島根の方に行くと聞いてたのにまたこうしてお会いできるのが嬉しいですよ~!!」

「「バクシン的に感動~!!」」

 

……何とも騒がしい二人組だ。言うなればチェイスにとってのツインターボのような存在がサクラバクシンオーという事になる。なので自分もツインターボと一緒に居る時は基本的にテンションが高めなので何も言えない。

 

「本当にお会いしたかった~!!」

「アハハハッ本当にお元気そうで何より、さあ私の胸を存分にお貸ししますから!!」

「それじゃあ遠慮なく―――」

ハリケーン?

「ア、アハハハ!!何時までもバクシンオーの御胸を借りる私じゃないですよ~これでも成長してるですってば~!!」

「なんと、ハリケーンさんも大きくなったという事ですね!!」

 

ハリケーンの悪癖というなんというか……これは抑制するほかない。彼女は貧乳、当人はそれを気にはしていないが自分にはない大きな胸というものに憧れているのか、そういう趣味がある。尚、そっち系ではない、単純にデカい胸が好きなだけというだけらしい。

 

「おおっマッハチェイサーさん!!先日のレースの勝利おめでとうございます!!あのレースは素晴らしかったですね、実にバクシン的な勝利でした!!」

「あ、有難う御座います。バクシン的勝利……って何だろう」

「バクシン的はバクシン的勝利だよ!!ねえバクシンオーさん」

「そうです、バクシン的勝利です!!」

「「バクシンバクシーン!!!」」

「ああはい、そうですねバクシンですね」

 

取り敢えずもうツッコむ事を放棄してそういうものなのだな、という事にしておこう。

 

「それで今は学園の案内という事ですね、では委員長である私が委員長として相応しい案内をしてあげましょう!!」

「ああでも今チェイスにして貰ってるんですけど……」

「ああいや、私の事は気になさらず。バクシンオーさんお願いします、バクシン的な案内を」

「勿論ですとも!!それじゃあハリケーンさんついてきて下さいね、行きますよバクシン的に!!」

「応勿論です!!」

「「バクシンバクシーン!!!」」

 

そのまま大声を張り上げたまま、怒られない程度の駆け足で去っていく二人を見送ったチェイス。特に疲れた事をしたわけでもないのに酷く疲れたような気がしてならない。

 

「何でこうも疲れてんだろうなぁ……飯、喰いにでも行くか……」

 

何処か疲れたように重い足取りでカフェテリアへと向かって行くチェイス、それを見た生徒達はきっと三冠に向けて特訓をしてるから疲れてるんだろうなぁ……という解釈をして応援をしたり、励ましの言葉を掛けたりをするのであった。肝心の当人は何で疲れているのかも分からない故に居たたまれない気持ちになりながらも辿り着いた先でお気に入りの鯖味噌定食を頼むのだが……

 

「此処がカフェテリアです!!さあ次なるバクシンの為にいっぱい食べましょう!!」

「はい!ってチェイスじゃん、折角だから一緒に食べようぜ~!!」

「良いですね~!!」

「……ああそうか、騒がしさに疲れてんだな俺……」

 

漸く分かった疲労感の正体、だが喜ぶ処か分かってしまったが故に更に増したそれに深い深い溜息を漏らすのであった。

 

「ど、如何したのチェイスさん。疲れてない?」

「ああライスさん……いえ、少し……私って賑やかなのは好きだけど騒がしいのって嫌いなんだってのが漸く分かったと思いまして……」

「……?よ、よく分からないけど元気出して、ねっ?」

 

偶然出くわしたライスシャワーに手を握られて励まされた時、衝動的に彼女が天使のように見えたのは恐らく幻覚などではないのだろう。

 

「……ライスさん、貴方は天使か、それとも幸運と癒しを運ぶ遣いか」

「ふえっ?」

 

 

「このゴルシちゃんに着いて来られるかなぁ!?」

「此処からは私のステージだァァァァァ!!!!」

 

そんな風に雄叫びにも似た勇ましい叫びを上げながらもターフの上を疾走する嵐。自信があると言っていたフィジカルに偽りはなく、5勝を挙げたという戦績にも納得がいく。寧ろ彼女を負かしたというウマ娘にも興味が沸く。

 

「如何ですのハリケーンさんは」

「いやぁこりゃまた逸材。スカウトされるだけあるわ」

 

沖野としても納得の強さ。ローカルシリーズからトゥインクルシリーズの移籍は基本的に結果を出したウマ娘でないとあり得ない。故に彼女の実力は保証されているような物だったがそれを改めて目にするとその凄味が更に明白なる。

 

「あんなハイペースでスタミナが持つってのは中々だな」

 

新人を歓迎する兼実力判断の為の模擬レース。対戦相手はゴールドシップ、スピカの中でもその肉体的な頑強さはワントップでスタミナも凄まじい。フィジカル面を自慢していたのでゴールドシップとの対決になった。当人の希望で2500mの長距離でのレースとなったが、その距離をハイペースで駆け抜けているのにも拘らず、ハリケーンの脚質は衰えずにスパートを掛け始めたゴールドシップに食い付いている。

 

「ぬおおおおおおっ追い抜かれたけど追い抜かしてやるぅぅぅ!!!」

「やってみなっこのゴルシちゃん相手になぁ!!」

 

完全に追い抜いたゴールドシップ、完全な独走態勢が出来上がっていると言っても過言ではないのにハリケーンは鋭い末脚を発揮してゴールドシップを追走する。超が付きそうな程のハイペースだったが故にスタミナ切れを起こし始めているのか、フォームが崩れ始めているがそれを根性のみで支えながらもスパートを掛ける。

 

「私のステージィィィィ!!!」

「いい根性してるじゃねぇか!!んじゃアタシも―――抜錨ぉぉぉ!!!」

「うっそだろ更に!?」

 

ゴールドシップに喰らいつくという根性を見せ付けるが、此処で本気で走り始めたゴールドシップは一気に加速してハリケーンを置いてけぼりにしていく。それに驚いたのか、それも限界が来たのか走りが乱れていき最終的に7身差でハリケーンは敗北してしまうのだが……それでも十二分なポテンシャルは見せつけた。

 

「だあああああくそぉ、負けたぁ……」

「いやはやちょっと本気になっちまったぜ」

「先輩お疲れ様です」

「サンキュチェイス」

 

ドリンクを渡しながらもチェイスは此処までゴールドシップに追い迫るだけで凄まじいと感じられる。

 

「一対一の勝負だからって力入り過ぎだな、意地になってただろ」

「……うっす。チェイスに私の走りを見て欲しかったし、中央に来てからの初走りだったので勝ちたくてつい……」

「だろうな、お前さんの脚質は差しだろ。あれじゃあほぼ先行か逃げだ、自分の走りをしろよ、そうすればゴルシにだって勝てたかもしれないのに」

「……すいません」

 

沖野の言葉を確りと受け止めながらもハリケーンは内心で少しだけショックだった。これでも島根のトレセンではトップクラス、№1とも言われるぐらいには強かった。なので中央でも絶対に行けると思った、だがそんな見通しはあまりにも甘かったと実感した。自分などまだまだヒヨッコなんだ、それ所か焦って自分の走りすら出来なかった。なんて無様な姿だ。だが同時に思う、自分はまだまだ強くなれる。そう思うだけで嬉しくなってきた。

 

「トレーナーさん、俺―――クラシック三冠にチャレンジしたいんです。それまでにもっともっと練習します、だから―――このチームで頑張らせてください!!」

「おう、その意気込み気に入った。改めてようこそスピカへ」

「うっす!!―――でも、流石にちょっと休憩を……チェイス~胸貸して~」

「そこは膝でしょ」




バクシンオーは書いてると不思議と元気になる。これが、バクシン……!?

後、バクシンって書いててバクシン的に鎮圧せよってフレーズが脳裏を異常な程に過る。何を鎮圧する気だ。

個人的にはファイヤーよりもフォース派でした。尚、曲的にはファイアー。だってジャムプロだし。


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44話

「ホラホラッもっと頑張らねぇとゴルシちゃんにまた負けるぞ~!!」

「今度こそぉぉぉっ!!」

 

改めてスピカへと加入したハリケーン。チェイスよりも遥かに親和性が高い為か既に馴染んでおり、特にゴールドシップとは仲良くなって何時も一緒になって走っている。自分とツインターボを傍から見たらこんな感じなのかなぁ……と思いつつもチェイスは次のレース、即ち弥生賞の事を考えていた。

 

「弥生賞……皐月賞と同じ条件でのレース、今までの物だと芙蓉ステークスと同じって事にはなるがGⅡでのレースだ、あれと同じだとは思うなよ」

「当然です。他の方々も私と同じように大きくなっている筈です」

「その通りだ、お前だけが成長してるだけじゃない」

 

確かにチェイスの成長は著しいのは確か。本当にレースや走りの知識が無かったのかと言いたくなる程に急激な成長をし続けている、だがそのチェイスに触発されて同期のウマ娘達の実力も軒並み上がっているといってもいい。スペシャルウィーク、グラスワンダー、エルコンドルパサーの三強が名を連ねた黄金世代とも言われる世代、それに勝るとも劣らない程に粒がそろっている。

 

「中山レース場については言うまでもないと思うが、最後の坂が難所だな。まあチェイスは寧ろ坂道は得意だろうから問題ないだろうが」

「何だったら坂路を走りますが、ブルボンさんからまた一緒に走らないかとも誘われてますから」

「走る時はせめて一言言ってからにしてくれ、な?」

 

以前、ミホノブルボンが分身してる!?という小さな騒ぎが起きた時があった。一体何の戯言かと思われたが真実は簡単、チェイスが一緒に坂路トレーニングをしていたという簡単な理由だった。坂路の申し子とも呼ばれるミホノブルボンの隣を走り続けるチェイスを話を聞いて様子を見に来たシンボリルドルフは

 

『伊達に何年も毎朝山を登って朝日を見に行っていないという事だな』

 

その言葉にエアグルーヴもおおむね同意であった。彼女もあの山道を登った経験があるが故に出来る納得であった。問題なのはその量であり、普通のウマ娘なら絶対に走れなくなる程の疲労を訴えるであろう回数の坂路を走り続けていた。それなのに当の本人達はケロッとしていた。

 

『やりますねブルボンさん……!!』

『チェイスこそ』

『『じゃあもう一本』』

『いや流石にそこまでにしておきたまえ』

 

流石のルドルフがストップを入れるほどに走る二人、それを聞いた沖野はそれからは坂路を走る時は一言告げてからにしてほしいというようになった。ミホノブルボン並の坂路への強さというのは魅力的な所だが、流石にそこまで走り込まれると不安が過る。

 

「それでは坂路、行ってきます」

「ああ、3本までだぞ」

「分かりました」

 

一瞬不満げな表情を見せそうになったが、素直に従ってくれるチェイスに胸を撫で下ろす。山道を走り込んでいたので坂路には相当に強いが他のトレーニングとの兼ね合いもあるので制限は掛けておく。

 

「あ~くそまた負けたよこんちきしょう!!」

「お疲れさん、ドリンク行くか?」

「頂きます!!」

 

ゴールドシップに揉まれたのか、大敗を喫したハリケーンは手渡されたドリンクを憂さ晴らしをするかのごとく一気飲みしていく。

 

「ああ畜生!!」

「また負けたみたいだな」

「8身差も付けられた……今度こそ勝つ!!」

 

威勢自体は良いがゴールドシップに勝つ事は難しいだろう、純粋に実力が不足しているのもあるがゴールドシップは普段の奇行や言動で隠れがちだがスピカでも一二を争える程の実力者なのだから。

 

「んでチェイスは?」

「坂路に行ったぞ」

「ゲェッ~……あいつ今以上に坂に強くなってどうする気なんだよ……私も一緒に行った事あるけどあそこマジできついのに……」

 

ハリケーンもチェイスの早朝の走りに付き合った事があるのか山道のキツさは身を持って体験済み。あれを何年もずっと、しかも毎日続けていたのだから信じられない。

 

「やっぱりそんなキツいのか、ルドルフとエアグルーヴもキツいって言ってたが」

「単純な坂路じゃないんですよ、路面状態は悪い上に自然の山に沿うように道路があるから右へのカーブの次は左カーブっていうのが当たり前。車で登るのだって嫌ですよあんなの」

「想像するだけでヤダな……それを何年もか」

「毎日っすよ毎日、ぶっちゃけ唯のバカでしょそんな事するのって」

 

呆れ果てているハリケーンの言葉には同意せずにはいられない。友人である彼女に此処まで言わせるチェイス、あの走りの源流は矢張り天倉町にある。そしてその強さは今、改めて日本中に知れ渡ろうとしている。

 

「ハッキリ言って、今のクラシックではチェイスは最も警戒すべきウマ娘の一人として見られてる。だがその程度で止められるほどあいつは軟じゃない、止められるとしたら―――あいつの強さを熟知しているお前か他の二人ぐらいだ」

「へへん、中央の走りにも大分慣れて……って他にもいるんすか?」

「ああいる。チェイスが負ける可能性が高い相手……その内の一人と弥生賞でぶつかる事になる」

 

その相手はチェイスと同じくジュニア最優秀ウマ娘の候補として選ばれたが、出走レースのクラスの差で軍配が上がったウマ娘。目的はトリプルティアラだと公言しているが、弥生賞に名乗りを上げた。それはチェイスへの挑戦状なのか、それとも……。

 

「ゴルドドライブ。それが次の弥生賞で最も警戒すべきウマ娘」

 

今最も勢いがあるウマ娘を上げろと言われたら上がるのがマッハチェイサー、そして最も輝いているウマ娘と言われるのがゴルドドライブ。距離適性はマイルと中距離、それ故のティアラ路線らしいが……それでも何時矛先が向けられるかは油断ならない。

 

もう一人、警戒すべきウマ娘はいるが……其方は今は気にしない方がいい、気にすべきは―――

 

「そうだ、その力でマッハチェイサーを―――!!」

「黙っていろ三下、貴様の言う事など聞く耳持たん。だが―――彼女には興味がある、その速さと私の輝きのどちらが素晴らしいかがな……」



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45話

訪れた弥生賞当日、この日中山レース場にはGⅡとは思えぬほどの観客が訪れていた。それはサイレンススズカ、エルコンドルパサー、グラスワンダーが激突した毎日王冠を彷彿とさせる。あれほどという訳ではないが、此度激突するのはジュニアクラスを賑わせ、クラシッククラスに乗り込んできたジュニア王者同士の激突と言ってもいい。

勝つのは音速の追跡者(マッハチェイサー)、それとも究極の輝き(ゴルドドライブ)か。

 

「マッハチェイサー、だな」

「そうですが」

 

間もなくゲートインという事でチェイスは声を掛けられた。初めて聞く声に耳が其方には動きながらも振り向いた。そこにいたのは見事なまでに艶やかな金髪を靡かせている長身且つ抜群のプロポーションを持つウマ娘、最も輝いているウマ娘として最優秀ジュニア級ウマ娘に選ばれたゴルドドライブ。究極の輝きとも呼ばれるのに相応しい輝きを放っている。

 

「ゴルドドライブだ。最優秀ジュニア級ウマ娘を争ったという君とは話をしてみたかった、だが今日は言葉ではなく走りで語らせて貰う事にしよう」

「マッハチェイサーです、本日は宜しくお願いいたします」

 

礼儀正しく頭を下げて手を差し出すチェイスにゴルドドライブは一瞬キョトンとした顔を作ったが、直ぐに噴き出しながらもその手を握り返した。

 

「いや済まないな、成程あの三下が気に入る訳の無いタイプだな」

「三下?」

「何、私にも君に取るに足らん屑の三下だ。レース前にその名前で精神汚染を起こす必要もないだろう」

「随分と言いますね」

「それに相応しい人間性を持っているという事だ」

 

初めて会うゴルドドライブにチェイスは内心で警戒感を強めていた。何故ならばその名前は仮面ライダーを知っている身としては無条件で警戒に値する程の者だからだ、自分の名前やハリケーンの事からもしかしたらと思っていたが……まさか此奴がウマ娘として現れるのは予想外にも程があった。

 

「一つだけ聞いてもいいかマッハチェイサー」

「チェイスで結構です」

「そうか、私の事もゴルドかドライブ、好きなように―――お前は何の為に走るのか」

 

何処か真剣な面持ちをしながらゴルドドライブはそれを尋ねて来た。何を目標にしているのか、夢を尋ねているようにも取れるか違う。走っている理由を問われているとチェイスは感じ取る、そして自分が抱いているゴルドドライブの内面(それ)とは大きなギャップを感じつつも応える。

 

「単純です。私は愛に応えたい」

「愛、か……これはまた、私には分からんものを言われてしまったな」

「分からない?」

「いや、済まない余計な事を聞いた。兎も角今日は宜しく頼む」

 

そう言いながらもゴルドドライブは去っていく、自分のゲートの前へと移動していく様を見送りながらもチェイスは改めて深呼吸をして自分の中のざわめきを落ち着けていく。

 

「(あれがゴルドドライブ……蛮野がそのままって訳じゃなさそうだが……シンゴウアックスを衝動的に振るいたくなってきた)」

「(あれは何をやっているんだ……そして何故だ、何故あれを見ると寒気がするんだ……?)」

 

ゲートに入る前、何かを振るうような真似をしている事をしているチェイスを不思議な目で見るゴルドドライブは謎の寒気に襲われていた。

 

 

『抜けるような青空のもと中山レース。芝2000m、15人のウマ娘が走ります。三番人気はリードオン、今日も末脚は冴えるのか』

「今日こそはマッハチェイサーに勝つ……!!」

 

リードオンに続いて次のウマ娘が入る。

 

『そして二番人気は此処まで6戦6勝、ゴルドドライブ!!無敗で最優秀ジュニアウマ娘に選ばれた言わずと知れたジュニア王者、今日も圧倒的な輝きを纏っております!!』

「さあ、今日も私の輝きを御披露だ」

 

そして―――

 

『そして一番人気はこのウマ娘!!無敗のジュニア王者マッハチェイサー!!此処まで無敗、6戦6勝、敗北を知らないウマ娘が今ゲートインしました!!』

『ですが今回は二番人気のゴルドドライブとの人気差はほぼありませんでした、今回は一番人気のウマ娘が二人といるといっても過言ではありません』

 

一番人気マッハチェイサー、二番人気ゴルドドライブ。今回のレース人気はこの二人に集中している、そしてその二人の人気の差はほぼ互角。互いに無敗のジュニア級の王者同士、勝負服と追い込みにも拘らず大逃げも出来るという事の話題性で僅かにチェイスが人気の上では上回ったというだけ。だがその実力は未知数。どうなるのか全く分からない。

 

『各ウマ娘ゲート入り完了。体勢が整いました―――そして今、スタートしました!!先頭を行くのはゴルドドライブ、二番手はリードオンが続きます』

 

先頭を行くはゴルドドライブ、彼女は今まで共に走って来たリードオンよりも先に前へと出た。このレースを引っ張るのは自分だと言わんばかりの走り、そしてその走りは何処かサイレンススズカを想起させる程に風を纏っている。

 

『そして最後尾にはマッハチェイサー、前回の大逃げではなく得意の追込でマイペースに走ります』

 

逃げてよいとは思う、だが自然と身体は馴染んだこの走りを選んでいる。だが―――今回のレースはあまりにもペースが速い。ゴルドドライブの高速に皆が付いて行こうと必死になっているのが自分でも分かる、前のウマ娘に合わせているペースは徐々に上がっている。

 

『さあ逃げる、逃げるぞゴルドドライブ!!リードオンを僅かに引き離していく!!さあ間もなく第三コーナーへと差し掛かる!!』

「マッハチェイスを実行します―――ずっと……チェイサーッ!!!

 

流石にもう仕掛けないと不味い、そう判断したチェイスはマッハチェイスを発動させる。溜め込んできた力を一気に爆発させて次々と順位を上げながら第三コーナーへと入っていく。どんどんどんどん加速していく、身体が風の中に溶けていくような錯覚を感じながらも遂に見えた―――ゴルドドライブ。

 

『リードオンを抜いてマッハチェイサーが上がって来たぁ!!!音速の追跡者、此処でトップ争いに踏み込んできた!!!リードオンは厳しいか、マッハチェイサーとの差がどんどん開いて行く!!』

 

「そん、な、バカな……勝ちたい、勝ちたい、お前に勝ちたいのに―――どうして」

 

そんな言葉はチェイスには届かない、更に差が開いていって最終コーナーへと入っていく二人のウマ娘をリードオンは目に焼きつける事しか出来ない。涙が込み上げながらも―――リードオンは必死に走る、必死になって……。

 

『最終コーナーでマッハチェイサーが捉えた、ゴルドドライブを捉えた!!遂に並んだ、並んだぞ!!正真正銘、ジュニア王者同士の一騎打ちだぁぁ!!!』

 

「矢張りお前だったか、マッハチェイサー!!!」

 

分かっていたぞ、と言わんばかりの笑みを深めるゴルドドライブ。きっと自分の輝きに着いて来られるのはお前だけだと分かっていた、だがその速さは私に通じるのかどうか見せて貰うと言わんばかりに更に加速していく。此処まで大逃げし続けているのにまだ加速する余力があるのかと言わんばかりの加速。

 

『ここでゴルドドライブ抜け出した!マッハチェイサーを完全に置き去りにするか!?』

 

「―――ずっと……マッハッ!!!

 

『いやマッハチェイサーも更に加速する!!再び並び立ったぁ!!!凄いウマ娘の対決だ、中山の急坂で此処までの激戦を繰り広げている!!何方も一歩も譲る事もない!!真のジュニア王者は何方だ、何方が真の王の資格を掴み取るのか!!?王位争奪戦を征するのは何方だぁ!!?』

 

坂を上った両者、一歩も譲らぬ大激戦。だがその時―――ゴルドドライブの身体が輝いたように見えた。同時に笑みを深めるゴルドドライブは挑発するかのように聞こえるように言って見せた。

 

「これで良いのか―――ずっと……マッハッ!!!

「なっ!?」

 

『ゴルドドライブ此処で抜け出た!!真の王者はこの私だと言わんばかりに更に加速した!!!』

 

その走りは正しく自分の走りだ、自分のマッハチェイスだ、何故それが出来る!?お前は私なのか、一瞬で様々な考えが脳裏を過る中でチェイスは思った―――

 

―――勝ちたい、勝ちたい、お前に勝ちたい、お前に負けたくない……ゴルドドライブ!!!

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

 

瞳から二つの光が溢れ出す、絶対的な勝利への渇望が溢れ出しチェイスの身体を更に先へと突き進ませていく。己の走りを会得したと言わんばかりのゴルドドライブにこれは出来るか!!?と言わんばかりの気迫を出しながらも一気に加速する、限界の更に向こう側へと駆け出して行く。

 

『此処でマッハチェイサーも追走!!!信じられません、再び並び立った!!?再びマッハチェイサーとゴルドドライブが並び立た―――いや抜いた抜いたぞマッハチェイサー!!!ゴルドドライブを抜き去ったぁ!!!』

 

「―――私のゴルドランを越える……!!?」

「私は、私は―――マッハチェイサーだぁぁぁぁぁ!!!」

 

完全に抜き去る、音速の追跡者は究極の輝きを置き去りにして速度の頂点を極めようとする。そしてそのまま―――マッハチェイサーはトップでゴールを潜る。

 

『ジュニア王者の王位争奪戦、勝者はマッハチェイサァァァ!!!半身差を付けて無敗のジュニア王者、ゴルドドライブに勝利ぃぃぃ!!』

 

ゴールした時、思わずチェイスは膝に手を置いて全身で息をしてしまった。それはゴルドドライブも同じなのかかなり息を乱している、此処まで無敗だったウマ娘同士の激突は音速の追跡者に軍配が上がった。その勝負に大歓声が上がる中でチェイスは笑みを深めながらふらつく足に力を込めながら、ポーズを取る。

 

「追跡、大逃げ、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!如何だい皆さん……今回は最高に熱くていい絵だったでしょう……!?」

 

その言葉に同意するかのような大歓声で会場が揺れる。無敗の王者は同じ王者を破り真の王者となった、そしてその王者は栄光の冠を手に入れる為に次のステージへと進むのだ。そんな相手にゴルドドライブは―――ゆっくりと近づきながら声を掛けた。

 

「おいマッハチェイサー……」

「―――ハァハァハァハァハァ……な、なんでしょうか……?」

「……次は、こうはいかんぞ」

 

何処か悔し気にしつつも何処か晴れやかな笑みを作りながらゴルドドライブはチェイスへと握手を求めていた。それを見てチェイスは思わずキョトンとしてしまった、彼女の中にあったゴルドドライブと決定的に乖離したからだろう。

 

「この借りは必ず返す。私は必ずトリプルティアラを得てみせる、だからお前も約束しろ。必ず三冠ウマ娘になれ、そして―――有記念で貴様を下して見せる」

「―――存外に熱い人ですね、良いでしょう……次は互いに冠を得てから」

 

強く強く、互いの手を握りしめる。今度はお前を負かす、今度も自分が勝つ。そんな思いをぶつけ合いつつも両者はお互いをライバルとして認め合いながら再選を誓う。次は―――更なる高みにて。

 

「お前が羨ましい、愛で走る事が出来るお前が」




ゴルドドライブ、思って以上に凄いライバル感になった。

まあ中身が蛮野じゃないからある種当然なんだけどね!!


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46話

「流石に、無理をし過ぎたか……脚がもうフラフラだ……」

 

ゴルドと再戦の約束をしたチェイス、三冠を取ってから有記念でのリベンジマッチ。それを快諾したのだが、如何にも流石に疲労し切っているのかウイニングライブが始まるまでは控室で大人しくしている事にしていろと沖野からも厳命され、それに逆らうつもりもなかった。それ程までに疲れている。

 

「それにしてもゴルドドライブ……ある程度予想はしてたけど、あそこまでなんて……」

 

ゴルドドライブ。大基になっているであろう存在からある程度は能力や得意な物を想定はしていたがあそこまでの物は予想していなかった。

 

 

―――これで良いのか、ずっと……マッハッ!!!

 

 

「ゴルドドライブのゴルドコンバージョン……間違いない、マッハチェイスの一部を再現(コピー)したんだ、一度傍で使っただけで」

 

途轍もない才能だと言わざるを得ない。ウマ娘にはそれぞれ得意な戦術、戦い方や個性がある。ゴルドはそれを自らの物にする事が出来る、しかもそれを自らの力にプラスする事が出来るとしたら……彼女は経験を積めば積むほどに強くなることになる。再現にも限界や自分との相性もあるだろうが……それでも異常。事実上、ゴルドドライブは全ての距離、脚質を出来ると言っても良い。

 

「とんでもないのと再戦の約束しちゃったなぁ……次、勝てるんだろうか」

 

素直にクラシック路線と被らなくて良かったと安堵せざるを得ない。あれならばトリプルティアラは夢ではない、逆を言えば問題は自分になるのだが……何とかするしかないだろう。兎も角、次のレースも勝つだけ―――

 

「(コンコンッ)チェイス、私だ。ゴルドドライブだ、入っても良いか」

「はい、構いません」

 

そんな事を想っていると丁寧なノックと共に聞こえて来た声、それは先程まで戦ったゴルドだった。入室を認めると彼女はゆっくりと入って来たが椅子に座っている自分を見ると直ぐに謝罪してきた。

 

「済まん休息中だったか」

「いえ、座っていれば大丈夫です」

「そうか……話をしたい、レース前に聞いた事を詳しくな」

 

ゲートインの時の話になる、なぜ走るのか。と尋ねられた事に対してだった。

 

「私はなぜ走るのかと聞いた、そしてお前は愛だと答えた。その意味を知りたい」

「意味、と言われましても……そのままですが」

「……詳しく頼む」

 

どういう事なのかは分からないがゴルドは詳しく話を聞きたがる、隠す事でもないので素直に話す事にしたチェイス。両親の事、そして天倉町の事、その愛に応える為に走っている。それをゴルドは唯静かに聞き耳を立て続けていた。そして全てを聞き終えると―――

 

「そうか……愛とはそういう事だったか、済まない辛い事を聞いた」

「いえ、私は別に……逆に聞いてしまいますが貴方はあの時、分からないといっていましたがそれは何故」

「……そのままの意味さ、私の親は如何しようもない屑だった」

 

何処か羨まし気な瞳を作りながらも思わず歯軋りをしながらも父の事を思い浮かべたゴルドは不愉快そうな顔をした。思い出したくもない、あれの血が自分に流れていると思うと吐き気がする。

 

「蛮野 天十郎、科学者としては超一流だが人間としてはド三流以下な男だった」

「(そっちかぁ~……というか、あれいるのかよ……いや、母さんと剛兄さんの事考えたら居るだろうけど……)」

 

内心でそういう事だったか……と半ば納得するチェイス。蛮野 天十郎……元ネタ的な事を考えたら自分の母である霧子の父親、つまる所自分の祖父に該当する。進之介()霧子()からは名前を聞かなかったし葬式でもそう言った事はなかったのでいないのだろうと高を括っていたら……マジでいたとは……。

 

「娘である私を下劣な目で見つめ、自らの欲を満たす事しか考えぬ外道だ……母が居なくなってから何度……クッ……!!」

「それは……何とも」

 

両親はおろか故郷の町全体に愛されたチェイスとは酷く対照的な存在、故かチェイスが走る理由というのが愛というのが理解出来なかったのだろう。なんていったら良いのか分からなそうな顔をしているとゴルドは何処か明るい顔を作りながらも大丈夫だといって来る。

 

「安心してくれ、あいつはもうこの世にいない」

「えっ亡くなっているんですか?」

「私が外出中に新型の動力炉のテストをしていたらしいが……失敗したらしく動力炉の爆発にあって死んだ。因果応報だ、動力炉というのも誰かの技術盗用に決まっている」

 

吐き捨てるかのように明らかになった蛮野の末路にチェイスは内心でざまぁwwwと笑いが止まらなくなりそうだった。兎も角これで不安材料がなくなったといえる。これは素直に安心出来る情報である。

 

「まあお陰で私は別の屑の家に引き取られる事になったが……蛮野に比べたらマシだ」

「……あのゴルド、大丈夫ですか色んな意味で」

 

蛮野から逃れられたと思ったら別の屑の所に行く事になったと聞いて本気で心配になって来た。色んな意味でゴルドドライブは大丈夫なのだろうか……。それに対しては心配いらないと笑みを伴って返答する。

 

「何、まだマシだ。国家権力に属する奴だが……マシだ、襲われるよりずっといい」

「……それってもしかして……」

「ああ、私の保護者は仁良 光秀だ。以前は奴が済まなかった」

「……甘い物、要ります?」

「同情、感謝する。頂こう」

 

この後もゴルドと色々と話を聞きながらも交友を深める事になったチェイス、そして自分の天倉町での事を話すと素直に羨ましそうにしながらも何時かその町に行ってみたいと漏らすようになっていたゴルド。

 

「あの三下にお前を叩き潰せと言われたが……まあそれは言われずともするさ、決着は付けたいからな」

「フフフッ望む所です」



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47話

弥生賞を見事に制したチェイス、次はいよいよクラシック三冠の初戦となる皐月賞。それに向けて万全の調整を目指すのだが三冠は何方かと言えば通過点にしか思っていないのかもしれない。

 

 

―――必ず三冠ウマ娘になれ、そして有馬記念で貴様を下して見せる。

 

 

新たなライバル、ゴルドドライブ。彼女はトリプルティアラを目指し、自分はクラシック三冠を目指す。今までは漠然とした気持ちでしか三冠を目指そうとしか思っていなかった。唯トレーナーに目的として提示されて目指すと決めただけ、だが―――今は違う。ゴルドドライブとの約束を果たし今度も自分が勝利する為に三冠を得る。その為に今日も走るのだ。

 

「如何だチェイス」

「ちょうど終わりました―――よいしょっと」

 

部室内で作業を行っていたチェイスは何かを持ち上げた、そこには―――青空の下で勝負服姿で走るチームスピカの面々が描かれている。そう、今までは本当に勧誘する気があったのかと言わんばかりの看板をチェイスが大きくリニューアルした。

 

「輝け乙女、ターフで煌け一番星。か、悪くないコピーだな」

「しかし久しぶりに筆を取ったからか肩が凝りました」

「悪いな、急がせちまって」

 

何故この看板が必要になったかと言われたら―――季節は春、4月になったからである。そう、新入生がトレセン学園にやってくる。スピカは既に名が知れた強豪の一つになっているがその看板はあまりにも……そんな看板で勧誘するのはチェイスも嫌だったので思い切って全面的に書き直しを決意。ターフを駆け抜けるチームスピカを描いた看板に大変更したのである。

 

「私だってあんな看板で勧誘とかしたくないです」

「だ、だよなぁ~……」

「チェイス~看板まだある~!?」

 

部室の扉を壊さん勢いで入ってくるハリケーン。そしてすぐに看板を見るとそれを担ぎ上げた。

 

「そうそうこれこれ!!前の看板なんて酷かったもんな~あれ見て入ろうとかゴル姉さんみたいなウマ娘だけだって」

「アハハハハッ……んじゃハリケーン、宣伝頼むぞ」

「ラジャりました!!行くぞバクシンバクシーン!!」

 

一気に駆け出して行くハリケーン、彼女は入学式を終えてチームの見学やこれからの事を考えている新入生にスピカの宣伝をして貰う事になっている。この後はスピカのパフォーマンスレースの準備もあるので沖野は其方に回らなければならない。スピカのメンバーの大半も其方に回る事になっている。

 

「さて、チェイスに憧れてくるウマ娘もいるかな」

「私なんかよりも憧れる存在はいるでしょう」

 

スペシャルウィーク、サイレンススズカ、トウカイテイオー、メジロマックイーン、ダイワスカーレット、ウオッカ、ゴールドシップ。自分とハリケーンを除いてもこれだけの凄まじいメンバーが揃っている、目が行くとしたら確実に其方なのだから自分に憧れるなどはないと断言するチェイスに沖野は頬を掻く。

 

「何言ってんだよ、お前だって無敗のジュニア王者で三冠挑戦ウマ娘だろ」

「テイオー先輩やマックイーン先輩には負けます」

 

謙遜なのか本心なのか、推し量り辛いが取り敢えずチェイスにも確りとトレーニングコースに来るようにと伝えて沖野は去っていく。

 

「私に憧れる……か、分からないな……」

 

何とも言えない気持ちになりながらもノロノロと部室を出る事にした。青空が広がる、そこへ桜の花びらが舞い華やかに彩っていく。この季節は本当に綺麗だと思いながらも何処か曇った気持ちのチェイス。彼女は常に憧れる側の存在だったが故に憧れを受ける側が分からない。

 

「言うなれば私が仮面ライダーになったようなもんか……」

 

感覚的にはそれに近い、何時の間にか自分はそんな側になっていたのだ。

 

「あっあのもしかしてマッハチェイサーさんじゃないですか!?」

「―――えっああはい、確かに私はマッハチェイサーですが……」

 

不意に声を掛けられて振り向いてみた、そこにいたのは流星が特徴的な鹿毛のウマ娘と額に菱形の流星がある栗毛のウマ娘と―――何処か、ツインターボを彷彿とさせるような赤と青に別れている髪と同じ色のオッドアイをしたウマ娘が酷くキラついた瞳で此方を見つめていた。

 

「ああああああ、あの私マッハチェイサーさんに憧れてトレセンに来ました!!」

「わ、私にですか?」

「はいっ!!!メイクデビューでお見掛けした時からファンです!!!」

 

と早口になりながら鼻息を荒くする姿に思わず圧倒される。そんな彼女を制するように両隣に居たウマ娘が落ち着くように声を掛ける。

 

「本当にチェイスさんのファンなんだね」

「私達も人の事は言えないけどね、私はマックイーンさんが憧れだし」

「うんうんっ私はテイオーさん!!」

「私は断然チェイスさんです!!まさか入学初日から会えるなんて……最っ高だ!!」

「そ、そうですか……」

 

と先程から随分と圧を感じる……しかし、この彼女には何処か既視感を感じた。何処だったか……と記憶を巡らせていると漸く思い出せた、あれは初詣に行った時の事……そう、おみくじを引いた後に甘酒を買おうとした時に―――

 

「もしかして、神社でお会いした……」

「お、覚えててくれたんですね!?ハイあの時にサインと握手をして貰ったウマ娘です!!」

 

脚を揃えながらまるで敬礼のような事をしながらも満面の笑みを浮かべながら挨拶をしてくるウマ娘、自分に憧れを持ってくれた少女が自分の背中を追ってトレセンにやって来た……なんというか、少しくすぐったい。

 

「私、マシンビルダーって言います!!今日からピカピカのトレセン学園生です!!」

「同じくキタサンブラックです!!ビルちゃんとは今日会ったばかりですけどお友達です!!」

「サトノダイヤモンドです、もう仲良しです」

 

三人揃って笑って言ってきた、それにチェイスは先程の曇りが一気に晴れるような感覚になりながらも同じように笑う。

 

「ようこそトレセン学園へ、私はマッハチェイサー。チェイスで結構ですよ、折角ですからチームスピカの所までご案内しますがどうします?」

「行きます行きます行きます!!!」

「是非お願いします!!テイオーさんに御挨拶しなきゃ!!」

「私はマックイーンさんに!!」

「では参りましょうか」

 

先導するチェイスについて行く三人のウマ娘、それぞれ別々の憧れを抱きながらも彼女らは前に進む。そしてそれらを見つめながらもチェイスは何処か前に進んだような気がしていた。これがスペシャルウィークが言っていた誰かに夢を見せる、という事なのかもしれない……と。




実は参拝シーンで登場してたライダーマシン系ウマ娘の二人目。マシンビルダー。タキオンと絡んで化学反応を起こそうと思ってます。

実はこのポジションをオートバジンにしようか滅茶苦茶悩んだ。出すとしたらナリタタイシンみたいな感じの子になるのかな。


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48話

「はふぅ……チェイスさんに覚えていてもらえたなんて最っ高な日……ああ、もう死んでもいいわ私」

「ビルちゃん大丈夫なんか、足がふらふらしてるよ」

 

マシンビルダー。今年から新しくトレセン学園に入学したウマ娘でチェイスに憧れを抱いてやってきた、その憧れの度合いはかなり強いのかトレーニングコースへと案内をしている最中に行っている雑談でも何やら声を上げてふら付いて倒れそうになるという事があった。

 

『ビャアアアアアアアァァァァ!!!??今季最注目と言っても超絶エンターテイナーのマッハチェイサーさんのポーズ練習に出くわしてしまうなんてぇぇ!!?これも日々徳を積んでいたお陰!!?』

『……ええっと、ポーズ取った方が良い流れですよね?』

『是非!!!!!』

 

「(なんか、デジタルさんみたいな感じだなこの子……)」

 

以前、試合後のポーズにバリエーションを持たせようと色々と練習している時に偶然出くわしたアグネスデジタルの事を思い出す。如何にも似ている、まあ何方かというとあれがポテトになるのだろうが……。

 

「さて到着しましたが……既に随分と集まってますね」

 

スピカのパフォーマンスレースが行われているコースには既に多くのウマ娘達が集まってターフを走っているウマ娘に熱い視線を向けている、どうやら走っているのはダイワスカーレット、ウオッカ、ゴールドシップの三名らしい。

 

「やっぱりスピカって凄い注目されてるんですね」

「まあテイオー先輩にマックイーン先輩もいますからね、ある種当然です」

「チェイス先輩も居るんですから当たり前ですよね!」

「いえ、私はそこまではないでしょう」

 

鼻息を荒くしながら推しを図るビルダーの言葉を軽く受け流しながらもレースが見える位置まで前進していく。そこではラチの直ぐ傍でストップウォッチを構えている沖野、その手伝いをしていると思われるスペシャルウィークとハリケーンがターフを凄い気迫で走っていく皆を見つめていた。

 

「チェイス来たのか」

「はい、来ましたけど……なんか随分と気合が入ってますね先輩方」

「入ってるも入ってる、入りまくりだ」

 

新入生の前でカッコつけたいというのあるだろうが、次のスピカのエースは自分だと誇示しているような気合の入り方。まあそれだけ練習にも力が入るのだから悪くはないのだが……。

 

「さてと―――パフォーマンスレースはこんな感じになるんだが……この後は普通に練習風景の見学になる。希望するなら今から軽くだけど練習に混ざる事も可能だぞ?」

 

沖野の声にウマ娘達から歓声が上がる。そして練習方法もスピカそれぞれのメンバーについて練習をするという方針になったため歓声はもう更に強くなっていった。元々今日は軽めのメニューをするつもりだったのでそれも可能なのだろう。

 

「テイオーさん宜しくお願いします!!」

「うん、軽くで行くけど確り付いてきてねキタちゃん」

 

「マックイーンさん、私頑張ります!!」

「ええ、でもあまり気負い過ぎないよう」

 

その言葉に従うようにキタサンブラックはトウカイテイオーの元へ、サトノダイヤモンドはメジロマックイーンの元へと駆けていった。その他の皆の元にも多くのウマ娘達が並んだりしている姿を見ると矢張り人気があるのだなという事を実感する。人数で一番多いのはサイレンススズカ、次点は僅差でトウカイテイオーだろうか。有記念での勝利は感動的だったのが理由だろう。

 

「んでまあ……気にすんなチェイス」

「いえ私は別に」

 

慰めるように声を掛ける沖野、こればっかりは致し方ないという物。ジュニア王者とはいえシニア級で活躍しているスピカメンバーと比較するのは酷、チェイスはこれから人気が爆発すると沖野は思っている―――が、そんな思いに反するようにチェイスの元にはウマ娘がいた。マシンビルダー……だけではない。もう一人のウマ娘がそこにいた。

 

「ぐぬぬっ……私だけがチェイスさんを独り占めすると思い込んでいた……ですが私以外にもチェイスさんのファンがいた事は嬉しい、ああ何で矛盾、なんて狂おしくも悩ましい二律背反!!!」

「……うっさ」

 

銀色に近い葦毛に栗毛の前髪、そして黄色い瞳が特徴的で何処か冷めたような態度を取り続けているウマ娘。沖野はそれを見て思わずナリタタイシンを思い浮かべた、よく彼女に似ている気がする。

 

「えっと……一先ず自己紹介をさせていただきます」

「知ってるよマッハチェイサー、ジュニア王者で弥生賞じゃゴルドドライブに勝利して今期のクラシック三冠ウマ娘の筆頭って言われてる」

「おおっ良い事言いますね!!貴方結構なチェイスさんのファンなのでは!?更に補足するなら―――」

「ウザい……ニュース見てれば誰でも分かるっつの」

 

テンションが上がってきているマシンビルダーはもう一人の言葉に激しく同意しながらも早口で次々と情報を述べていくのだが、それを煙たがるように顔を顰める。だが本気で嫌悪をしている訳ではないのか距離を取る訳でも無ければ、耳を背ける訳でも無く其方にも耳を傾けている。如何やら悪い子ではないらしい。

 

「んじゃま、チェイスの事は御二人さん分かってるみたいだし俺に分かるように自己紹介頼むぜ?」

「えっとマシンビルダーです、チェイスさんに憧れてトレセンに来ました!!!夢はチェイスさんみたいになる事、です!!」

「……オートバジン」

「(おいおいおいオートバジンかよ……成程既視感あると思ったらたっくんか……)」

 

サクラハリケーンを始め、ゴルドドライブで大分耐性は付いたつもりだったがまさかまさかのオートバジンの登場である。しかもご丁寧に凄いたっくんこと、乾 巧っぽいのである。

 

「んじゃチェイス、この二人を頼むなってハリケーン誰もいないのか……」

「いやまあ地方上がりっすから分かってはいたけど結構きついっすねこれ……」

「チェイス、ハリケーンも入れてやってくれ」

「分かりました」

「チェイス~!!!」

「だから一々胸に顔を突っ込むのやめて貰えます?」

 

「はぅ!!これはもしや―――ハリチェイ!!?」

「……意味分かんねぇこいつら……バカばっか」




やっぱり出したいから突っ込んだ。

あとマシンビルダーはなんというか……若干デシたんっぽいかな。チェイス限定のデジたんみたいな……。


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49話

皐月賞を控えるチェイス、そんな彼女は今日も今日とて最終調整を行い続けている。スピカは今日も変わらない―――という訳でもなく、新学期になってから新メンバーが加入した。

 

「ダイヤちゃん行こっ!!」

「うんっ負けないよ!!」

 

筆頭とも言うべきはキタサンブラックとサトノダイヤモンドの二人。以前からトウカイテイオー、メジロマックイーンのファンとしてスピカメンバー内でも名前は知れ渡っていたしそれがいざ満を持してやって来たという事に喜びを抱かずにいられなかった。互いの目標を以前から知っていた故か、それと同じチームに入れたという喜びもあり、力も入っている。沖野も認める有望株。

 

「チェイスゥ~並走やろうぜぇ~!!」

「分かりましたから取り敢えずそれやめなさい、好い加減にしないとマジで通報しますよ」

「そう言いながらしないくせに~このこの~」

「……」

「あっちょマジすんませんでしたですからあの無表情のまま携帯構えないで……ああお待ちになってぇ!!!」

 

「やふぅ……やっぱりハリケーンさんとチェイスさんの組み合わせはベストマッチ!!」

「バカばっか」

 

ストレッチを行いながらも憧れのチェイスとハリケーンの行いを尊いと乙女がしてはいけないような表情をしながらも拝んでいるマシンビルダーと、それを横目で見ながら罵倒するオートバジン。この二人もスピカに加入した。チェイスに憧れを抱く彼女が加入するのは分かる流れだったが、オートバジンまでもが加入するのは予想外だった。

 

「御二人とも、走るのでしたら一緒に如何ですか」

「是非是非是非!!!」

「……分かった」

 

チェイスが絡めば基本超ハイテンション、そうでなくても基本的にテンションが高めなマシンビルダーと寡黙で他人との触れ合いは何処か不得手にも思えるオートバジン。何処か正反対な二人の面倒はパフォーマンスレースの時の縁もあってチェイスが見る事にしている。

 

「オートバジンさん、お一つ聞いても良いですか」

「何」

「ビルダーさんには私という理由がありましたが、貴方が如何してスピカに入ろうと思ったのか聞いても良いですか?」

 

踏み込んだ言い方をすればなぜあの時、自分の所に来たのかという事だった。ビルダーは分かりやすい、だが彼女は違う。自己紹介の時にも名前以外の事は語らない、何処か消極的というか自分から積極的に情報を口にするタイプではない。分かっている事と言えば……

 

『アチッ!!』

『大丈夫ですか、お水どうぞ。氷も入ってますので』

『ぅぅぅっ……』

 

たっくん譲りの猫舌という所だろうか。一緒に食事した時にラーメンを頼んでいたが、レンゲにとって相当に息を吹きかけて冷ましていたがそれでも熱いと言ってしまう程の猫舌だった。

 

「……別に。アンタのとこに人が居なかったから、うるさいのは嫌だし」

「それならハリケーンさんの所でも良かったのでは?」

「実力が分からない奴の所に行っても意味がない」

 

先程まで一緒だった先輩にこの辛辣な言葉である。矢張りたっくんっぽい、と思っていると何処かそっぽを向きつつもその先を少しだけ話してくれた。

 

「……夢を押し付けてこないから、後その……アンタがホープフルステークスでの走りがちょっとカッコイイと思ったから。ちょっとだけだ、ちょっとだけ」

「そうですか、光栄の極みですね」

「……うっさい、やめろ撫でるな」

 

思わず手が伸びてしまった。オートバジンの頭を軽く撫でてしまうが彼女は口では拒絶するが嫌がってはいないらしい。尻尾は嬉しそうに揺れているし耳の動きもそれを示しているように見える。

 

「……アタシより彼奴を撫でてやったら」

「―――い、いえ私なんて畏れ多い!!」

「では」

「いえ私なんて―――はふぅ……ふみにゅぅ……うへへへへっ♪」

「放送禁止顔になってますよ」

「やっぱりバカだ」

 

羨むような顔をされたのでビルダーにも手を伸ばすのだが、畏れ多いと言いつつも撫でる手を止める訳でも無い彼女は直ぐに蕩けていき、最終的には放送できないようなひどい顔のままチェイスの撫でを堪能し始めるのであった。

 

「チェイス、ンな事より自分の事いいの」

 

取り敢えず酷い顔と乙女が言うべきではないような言葉を連発し続けているビルダーの事は放置して、話をチェイスの事へと持って行く。自分達にとって既にレースを経験している先輩に面倒を見て貰う事は嬉しい限りだが、その先輩は間もなくGⅠのレースであるクラシック三冠の一つの皐月賞に挑むのだ。それなのにそれに向けての練習やらをせずに新人の世話をしている暇なんてないだろうと言いたい。

 

「やるべき事はやってますよこれでも」

 

やるべき事は行っている、タイムもかなりいい結果になっているし今まで以上にスタミナも付いている。最初こそこれで満足するのは不味いと思っていたが、沖野から根を詰めすぎるのは悪い方向になると言われてその辺りの調整をし、気分のリフレッシュも狙って新入生の指導を行っている。

 

「随分と自信あるね」

「自信があるというか……唯やるだけです。それに―――私にとって三冠はあまり気にしてませんから」

「―――はっ?」

 

オートバジンは思わずお前は何を言っているんだと言わんばかりの表情を浮かべた。三冠ウマ娘、あのシンボリルドルフやミスターシービー、ナリタブライアンなどが達成した名誉ある称号をあまりに気にしていないというのか。それを目指して幾人ものウマ娘が鎬を削っているのに……。

 

「ゴルドドライブ、知ってますか」

「……知ってる、弥生賞でぶつかったやつでしょ。そいつはティアラ路線に行くらしいけど」

「ええ、約束したんですよ。私はクラシック三冠を、彼女はトリプルティアラを。その冠を得てからもう一度戦おうって、私はその為に三冠に挑むんです」

「何それ、他の連中が目指してる目標とかなのに如何でも良いっての?」

「まあ端的に言えば―――だって私は私ですから、私なりに目指したい物を目指します」

 

その言葉に思わずポカンとした顔になったオートバジンは、我に返るなり呆れたようにそっぽを向いてしまった。

 

「何それ、バッカみたい、ホント……スピカってバカばっか」

「否定出来ませんねバカばっかなのは嫌ですか?」

「……嫌とか言ってないし……」

 

そんな彼女を一度軽く撫でてあげてから立ち上がり、名残惜しそうにするビルダーを見つつも手を叩く。

 

「さて、そろそろ次に行きますかビルダーさんにオートバジンさん」

「はい!!」

「……うん。あとバジンでいい、アタシだけってなんか除け者みたいだし」

 

この時、オートバジンいやバジンとの距離が少しだけ近くなったような気がしたチェイスであった。




なんか、いいよね。素直になれない子が小声で否定するの、いいよね。


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50話

「―――さあ行くか」

 

『さあ次に現れるのは大本命!!本日の一番人気―――マッハチェイサー!!!』

 

アナウンスと共に爆発する凄まじい歓声、それに応えるかのようにまるで新体操の演技なのかと言わんばかりに走りからのバク転、そして伸身三回宙返り一回捻りを決めながらパドックへと姿を現したチェイスは手を振ったり笑顔でそれらに応えていく。

 

「それじゃあ―――お待ちかねのイベントと行きますか……!!」

 

ジャージの上着を脱ぎ棄てると矢張りあったドライバー、それに更に歓声が上がる。曰くマッハドライバー炎、それが露出すると手の中に転がしていたそれをドライバーへと勢いよく装填しながらポーズを取り始めた。それに呼応するかのように流れ出す音楽、そして

 

シグナルバイク!!シフトカー!!

 

「Let’s ―――変身!!!」

 

マッハ!チェイサー!

 

「追跡、大逃げ、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!如何皆さん、いい絵だったでしょう?」

 

勿論だと言わんばかりの大歓声が沸き上がる、ホープフルステークス以来となるチェイスの勝負服の披露。これに沸き上がらない訳が無い、男も女も、大人も子供も魅了するド派手なパフォーマンス。この日を待ち望んでいたのだとカメラでこの瞬間を切り取って永遠に保存しようと躍起になっている人までいる。

 

「いいぞ~チェイス~!!!カッコいいぞ~!!」

 

その声に思わずバイザーを上げてしまった、その視線先にはツインターボがいた。その周囲にはスピカの面々も居るが、何故かツインターボだけは勝負服を着ているのでよく目立っている。

 

「にしても何でアンタ勝負服来てんの?また飛び入り参加とか言い出すんじゃないわよね」

「違うもん!!チェイスの三冠チャレンジなのにそこまで野暮な事はしないぞ!!」

「じゃあなんで?」

「勝負服の方が気合入れた応援が出来ると思ったから!!」

「成程、確かに一理ありますね」

 

確かに気合を入れるという意味では一番適しているのかもしれないと納得してしまう、そんな応援を体現すると言わんばかりに一番声を張り上げているツインターボに笑顔で手を振ってから踵で高速回転してからのポーズで応えるチェイス。矢張りエンターテイナーだ。

 

「はぅ!!チェイスさんが私に笑いかけ―――」

「アンタじゃないだろ、如何見たってターボにだ」

「―――分かってるっつの!その位妄想する事ぐらい自由でしょ~が~!!!」

「バカ」

 

ビルダーとバジンの二人も応援には駆けつけていた。このクラシック三冠ほど重要な物はない、その初戦―――どんな戦いを繰り広げるのかと様々な面持ちを浮かべている。特にスペシャルウィークとトウカイテイオーは緊張しているのか顔が硬い、それを見たバジンは溜息を漏らす。

 

「先輩二人が緊張しても意味はないです、だったらせめて応援してください」

「わ、分かってるつもりだけど……やっぱりこの空気は緊張しちゃうよ」

「そうだよね~……」

「ハァ……」

 

そんな溜息を漏らした直後、次のウマ娘がパドックへと姿を現した。それは青をベースにしながらもオレンジの肩当や胸当てを付けて、何処か武者のような印象を与えつつも名前にもあるサクラの意匠が何処愛らしさも演出している。そのウマ娘は―――サクラハリケーン。そう、スピカからは今回二人のウマ娘がクラシックに挑戦するのである。

 

「ハリケーンの奴も張り切ってんなぁ~転ぶなよ~」

「しかし、ハリケーンさんも同時に挑戦とは……何方を応援致しましょうか」

「私はチェイスさん一択!!」

「同じく」

 

新人二人(ビルダー&バジン)はチェイスを真っ先に応援すると名乗りを上げる。まあ指導役を担っている彼女を応援するのはある意味道理だろう。

 

「えっと……キタちゃんは如何する?」

「どっちも応援する!」

「そうね、確かにそれが一番いいと思うわ」

 

キタサンブラックの言葉に同意するようにスピカは二人を一緒に応援する事にした。カノープスはカノープスで如何するかと僅かに迷ったが、付き合いも長いしツインターボの事もあるのでチェイスを応援することで一致したという。

 

「おやおやおや、応援にも力が入ってるね」

「んっこの声って……」

 

沖野が振り向いてみるとそこには―――チェイスの父親であるクリム、兄であるグラハムがそこにいた。

 

「Hello there!!」

「お久しぶりと名乗っておこう!!」

「お~チェイスのお父さんじゃないか!!やっぱり応援!?」

「当然、娘の晴れ舞台―――しかも三冠の初戦だからね。応援に来ない訳にはいかないさ」

「ウムッ!!実は今回は天倉町を上げて応援に行こうという事になる筈だったのだが……流石に難しくて、せめて我々だけでも来ようという事でやってきた次第」

 

町としてはチェイスの応援に来る事には大賛成だったのだが……如何にも予定が合わない人が多数だったので今回は家族である二人を送り出そうという事になった。だが次の機会には絶対に皆でやって来るという言伝を預かっている。スタンドの一部を占領する勢いで天倉町から此方に乗り込むつもりらしい。

 

「そりゃいい、チェイスも喜びますね」

「だろう!?矢張り沖野氏は分かっているな!!」

「さてチェイス―――君のDriveを見せて貰うよ」

 

 

早くもバイザーを降ろし、集中の体勢を作っているチェイス。例えどんなレースでも気構えを変えるつもりはない、だがこの勝負服に身を包むとどうしても気が昂ってしまう。なのでそれを予防する意味でも早めにバイザーを降ろしている。この道を行けばターフだ、あと少しで始まるのだ―――

 

「チェイス」

 

そう思っていると背後から掛けられた声、振り返るとハリケーンが真剣な顔つきでそこにいた。バイザーを上げるとハリケーンは鋭い瞳を作りながら言った。

 

「ぶっちゃけ、私は三冠とかは如何でもいい。チェイスと勝負して勝ちたいから今此処に居る―――ゴルドドライブだけがアンタのライバルじゃないって事だけは分かっててほしい」

「……分かってますよそんな事、ハリケーン」

 

ゴルドドライブだけを意識している訳ではない、どんな相手だろうとも全力で向かって行くだけでしかない。寧ろ自分はそう言う事しか出来ないと不器用なウマ娘だと思っている。

 

「ハリケーン、私のマッハチェイスに簡単に追い抜かれないでくださいね」

「舐めないでよね、此処からこそが私のステージだよ」

 

そんな言葉を投げ合いながら―――二人はターフの上へと姿を見せた。



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51話

『さあ今ターフへとやって来たのは大本命、一番人気のマッハチェイサー!!おっと此処でもバク転、そこから大ジャンプ!!さらに着地からの見事なポーズ!!なんというサービス精神、会場のボルテージはMAXを越えてオーバーヒート中!!』

 

ターフへと姿を現したチェイスは平常運航、サービス精神旺盛なエンターテイナー。手を振る所かド派手なパフォーマンスで全ての視線を釘付けにしてやると言わんばかりの行動である。

 

「せぇの……」

『チェイス~!!!』

「ヘヘンッ!!」

 

カノープスからの応援が耳に入ると直ぐに其方に向き直りつつメットを外し、笑顔とウィンクをしながらポーズを取って声援に応える。

 

「いいぞチェイス~!!」

「いやはや凄い人気だよね~」

「うんうん、カノープス名誉メンバーなのは伊達じゃないよね」

「圧倒的な一番人気、流石としか言いようがありません」

 

それを聞いたバジンはどういうことなのかと沖野へと視線を送った。ツインターボからはことある事にチェイスをカノープスに!!という話が持ち上がったので妥協案というか、名誉メンバーという形でチェイスをカノープスに加入させる事になったとの事。

 

「……アリなのそれ」

「まあ便宜上な、実際はチェイスはスピカのメンバーのままだしいわば口約束みたいなもんだ」

「……なんというか、バカばっかだな本当に」

 

呆れたようにスピカに入ってから口にする頻度が激増し、すっかり口癖のようになってしまった言葉を口にしてしまうのはある意味当然なのかもしれない。と思う一方であそこまで誰かを魅了するチェイスというウマ娘の凄さに納得の息が漏れる、自分もその一人なのだから。

 

「―――頑張れチェイス……さん

「ッッッ!!おやおやおやぁぁぁ~?聞きました、確かに聞きましたよオートバジンさん。何だ貴方もやっぱりチェイスさんのファンだったじゃないですかぁぁああん!?なんだ何だ何ですかそれならあなたもチェイスさんのファンになったのかな?なんて言わなかったのに~って痛ったい!?なんで脚踏むんですか!?やめてくださいウマ娘の力で踏まれると最高に痛いんです!!!」

「うっさいっ……死ね!!」

「いやぁぁぁぁトレーナーさん助けてぇぇぇぇ!!!」

 

 

「何やってんだろあれ……」

「さあ……じゃれあってるんじゃね?それか、ビルダーにちょっかい出されてキレたとか」

「ありそうですねそれ」

 

ゲートに向かっている最中、何やらバジンがビルダーに強く威嚇している姿が見えた。まあ彼女は何が怒りの糸に触れるのか分かりにくいが、騒がしいからキレたというのもありそうだ。ゲート前に到着すると凄まじいプレッシャーを向けられた。最早殺気にも等しく、他のウマ娘まで怯えて委縮してしまっている。そしてそれを向けてくるのは隣のゲートに入るウマ娘であった。

 

「マッハチェイサー……この日を待ちわびたぞ」

「リードオン」

 

その殺気はたった一人に捧げられている、だがその殺気はあまりにも強すぎる為に周囲にも漏れてしまっている。

 

「今日こそ、今日こそ貴様を下す……私はその為に今日を待ったんだ……!!」

 

鋭すぎるその瞳、そしてその中に炎を燃やしているリードオンは地面に置いた足を擦るようにしながら前から後ろに掻いた。所謂前掻きである、前掻きとは分かりやすく言えばウマ娘が幼い時に行う欲求不満を示す行動。こうして欲しい、構って欲しいというのを現す行為で本来は歳を重ねて自制を覚えていくとすることはなくなっていくが―――前掻きは幅広い欲求を示す行動でもある。不快である、体調が悪い時にもこれは行われる。

 

「リードオン―――貴方」

「これで分かる、私の真価が……!!」

 

全て言い終わったと言わんばかりに自分のゲートの前へと歩いて行く、如何にも様子が可笑しい。これまで何度も戦ったがあんな姿を見た事は無かった。ハリケーンも心配そうな視線をやるとそこへジェットタイガーがやってくる。

 

「……すまないチェイスさん、気分を悪くしないでやって欲しい。リードオンは如何しても貴方に勝ちたいのだ、その為に今日まで必死の努力を重ねて来たんだ」

「タイガーさん……」

「えっと……」

 

ハリケーンにもジェットタイガーは挨拶をすると事情を話す。これまで何度も敗れてきたリードオンはチェイスに勝ちたいと強く思っていた。だが前回の弥生賞で自分はチェイスと対決するまでもなく敗れてしまった。それが自分の不甲斐無さを更に浮き彫りにさせ焦ってしまっている。そして、対決する今日の為に猛特訓を重ねて来た。同室のジェットタイガーも不安になる程の特訓を。

 

「貴方が悪いわけではない、彼女は自分の弱さに飲まれている。レースに勝つのではなく貴方に勝つ事に固執している」

「私に……」

「だから―――貴方はありのまま走ってくれ、そして目を覚まさせてやってほしい」

 

それだけを伝えるとジェットタイガーは丁寧に頭を下げてから自分のゲートの前へと移動していく。それを見て改めてチェイスは思う、トゥインクルシリーズというのは様々な思いが、決意が、覚悟が交錯するのだと。今日この舞台の為に重ねた努力がこの場で発揮される、だがレースに絶対はない。どんな錬磨も発揮される事も無ければ発揮しても届かない事もある―――だが、それがレースだ。残酷な事だが、それがこの世界の真実だ。

 

「ハリケーン、改めて勝負です―――このレースで、皐月賞のこの場で」

「分かってる―――勝つぞ」

 

互いの顔を見る事もなく腕をぶつけあう、戦友同士のような雰囲気を醸し出す二人。チェイスはメットを被り直すとバイザーを降ろして―――準備を整えた。

 

『最も速いウマ娘が勝つという皐月賞!!成長を見せつけるのは誰だ!!』

 

ファンファーレが鳴り響く、同時に次々とウマ娘達がゲートインしていく。

 

『優しき巨人は力強い走りで上位を狙います、三番人気ジェットタイガー!二番人気、リードオン!!本日は凄まじい気迫とやる気に満ち溢れているように見えます!!本日の主役はこのウマ娘を置いて他にいない!!スタンドに押し掛けたファンの期待を一身に背負い、今、無敗で三冠に挑むのはジュニア王者マッハチェイサー!!』

 

冷たい空気が周囲に満ちていく、そして―――今

 

『クラシック初戦、皐月賞!スタートしました!!』

 

『いっけぇ~チェイスぅ!!!頑張れハリケーン!!!』

『マッハチェイスでブッチギレ~チェイスゥゥゥ!!!』

 

一瞬の静寂の後、ゲートが開きウマ娘達が一斉にスタートを切った。歓声と拍手が鳴り渡り、ウマ娘達を応援する声が轟いて行く。それらを受けながらそれぞれのウマ娘達の脚が唸りを上げながらターフを駆けていく。

 

『さあ先頭に飛び出したのは矢張りこのウマ娘!!2枠4番リードオン、今日も初っ端から飛ばして行きます!!それに追走するのは5枠9番のジェットタイガー!!この二人が矢張りペースを作ります!!』

 

「今日こそ、今日こそお前に勝つ!!!」

「全く―――本当に君は!!」

 

このウマ娘、リードオンの戦術は常に変わらない。メジロパーマー、ツインターボの如くの破滅逃げ。破滅逃げとはいうが恐ろしいのはレースが終わるまでそのスタミナが持ってしまう事だろう。だが今日は何時もに増してスピードが早め、その背後でスリップストリームで走りやすさを作っているジェットタイガーはこのペースで走り切れるのかという疑念すら浮かべる。

 

『そして中団、地方からやってきたサクラ軍団からの刺客、サクラハリケーンも良い位置についています』

『マッハチェイサーと同じ島根からやって来たらしいですね、しかし力強い良い走りです』

『そして最後尾、7戦7勝のジュニア王者マッハチェイサーが続きます。今日もマッハチェイスは炸裂するのか!!』

 

自分の戦法は何も変わらない、時が来たら全てを抜き去っていくだけ。何も考えずに坂を上ってコーナーへと入っていく、最初の坂で僅かに減速しているようだがリードオンは一切減速せずにむしろ加速し続けているような印象を受ける。本当に何も考えない破滅逃げ、ペースもへったくれもない。

 

「さあ上げて行くぜ―――此処からは私のステージだ!!!」

『此処でサクラハリケーンが仕掛ける!上がっていく、上がっていくぞ!!』

 

コーナーを越えた先の下り坂、下り坂で一気に加速するように駆け出して行く。チェイスが坂路が得意なように彼女も坂路が得意―――と言ってもハリケーンの場合は下り坂は独壇場に近い。抜群の体幹とバランス感覚の持ち主である彼女は下り坂で一切減速せずに行ける。

 

『サクラハリケーン凄まじい加速力だ!!一気に中団から抜け出してリードオンとジェットタイガーに追い付いたぁ!!』

 

「チェイスだけが敵だと思ってんなら―――誤算だったな」

「くっ……!!」

「手強い……!!」

 

あっという間にトップに食い込んできたハリケーン。独走状態だった筈のリードオンに並び立っている、ジェットタイガーはあっさりと抜かれたがまだまだ戦いはこれからだと思っているが同時にハリケーンの強さも感じる。

 

「(ふざけるな、ふざけるなよ……お前なんぞに負けて堪るか、マッハチェイサーでもないお前なんかに!!!)」

 

「マッハチェイスを実行します―――ずっと……チェイサーッ!!!

 

第3コーナーへと入った時、チェイスは仕掛けた。お前が負けたくないというのなら勝ちに行ってやる、勝ってみせろと言わんばかりに一気に駆け上がっていく。思わず追い抜かれていくウマ娘達は無理ぃ~!!という諦めの声を上げてしまう程に爆速の追い抜き。そして第4コーナーへと入った時―――

 

『さあ来たぞ来たぞ来たぞ、マッハチェイスが遂に巻き起こったぁぁぁ!!!』

「いいぞチェイスゥゥゥゥッ!!!!そのままブッチギレぇぇぇぇぇぇえええ!!!!私の姫ぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」

「……グラハム」

 

何処からか奇声が聞こえたような気がしたが恐らく気のせいだろう。そんな事を放置してチェイスはトップ集団へと到達した。

 

「来たかッ!!だが、負けん!!」

『ジェットタイガーも上がっていく!』

 

「負けねぇよ!!だって、此処はもう私のステージだぁぁ!!!」

『サクラハリケーンが猛烈に上がっていく!リードオンを追い抜く!!』

 

「ふざけるな、ふざけるなぁぁぁ!!!」

『リードオンも上がるが苦しそうだ!!ペースが速すぎたか!!』

 

「―――ずっと……マッハッ!!!

『マッハチェイサーが追い掛ける!!ジェットタイガーとリードオンを抜くか、抜いた抜いたぞ!!!』

 

争いはこの4人になる―――と思われたが、二人を置き去りにしてハリケーンが一番先に飛び出し、それを追い掛けるようにチェイスも抜けていく。最後の坂に入った時、既にハリケーンとチェイスの一騎打ちとなっていた。

 

「如何して―――どうして私は、お前と走れない……あいつめぇぇぇぇ!!!」

 

 

 

『さあ中山の坂へと入ったサクラハリケーンとマッハチェイサー!!!このまま桜吹雪が逃げ切るか、それとも音速の追跡者が桜吹雪を捕まえるのか!!?』

 

「おおおおおおおっっっ!!!私のステージは私だけのものだぁぁぁぁ!!!」

「此処は―――お前だけのステージじゃない!!!」

 

完全な一騎打ち、互いに坂路が得意とするウマ娘が激突する。一方はその身を中心にしたサクラの花びらの嵐を纏いながら激進する、そして一方は―――瞳から光が溢れ、二筋の光の残滓を残しながら疾走する音速の追跡者。互いに溢れ出して行く勝利への渇望、だがそれはお互いへの物ではない―――このレース、皐月賞に勝つというものだ。

 

「いっけぇぇぇチェイスゥゥゥゥ!!!」

『坂道を抜けてサクラハリケーンとマッハチェイサー、完全に横並び状態!!このままいくのか、一体どっちが速いんだ!!?どちらが勝利をもぎ取るんだ!?』

 

最後の直線、坂を上がった直後に負荷が軽くなった時に―――チェイスは更に加速した。目の前に見えた、桜花賞を取ったゴルドドライブの姿が。待っている、あのゴールの先で―――自分を待っている。だったら行ってやる、最速で駆け抜けてやる、だから待っていろ……今度も自分が勝つ!!!

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

「うあああああああああああっっ!!!!」

 

『抜けた抜けたぞ!!マッハチェイサーがサクラハリケーンを越えた!!!速い速い!!2身から3身差!!!駆け上がった、マッハチェイサー無敗のまま最速のウマ娘である事を証明した、今ゴォォォォオオオル!!!マッハチェイサー、トウカイテイオー、ミホノブルボンが成し遂げた無敗での皐月賞制覇を成し遂げた!!このまま無敗で三冠に挑みます!!』

 

「やったぁぁぁぁ!!!見た見たチェイスのお父さん、チェイスが勝ったぞ!!まずは一冠だ!!!」

「あ、ああっ!!凄いぞチェイス……流石は我が娘!!」

「素晴らしいぞヂェイズゥゥゥゥゥ!!!!」

 

「すげぇ……あれがチェイスさんのマッハチェイス……」

「どうどうどう!!?あれが私の憧れたマッハチェイスなのです!!どう、これからマジでチェイスさんのファンになって―――いってぇ!?」

 

先頭でゴールしたチェイスにスタンドは総立ち。スピカやカノープスもお祭り騒ぎである。走り切ったチェイスは脚を止めながらバイザーを上げ、深々と息を吐き出して呼吸を整える事に従事する。

 

「くっそぉぉぉ……やっぱりチェイス強いぃ……」

 

それは2着だったハリケーンも同じく、彼女の場合は悔しさもあって崩れ落ちてしまった。だがその表情は何処までも晴れ晴れだった。悔いもない走りが出来たという喜びに満ちている。そして―――

 

「―――また負けた……ハハハハッまた負けたか……」

 

最終的に4着になってしまったリードオン、チェイスそしてハリケーンに抜かれた時に精神的に敗北を認めてしまったのか、それ以上前に行く事が出来ずに前に出たジェットタイガーに敗北してしまった。虚しさが出てしまってる笑いにジェットタイガーが心配そうな顔をする。

 

「リード……」

「……笑えよタイガー、あれだけ勝つと言ってこれだ。笑ってくれ」

「笑いませんよ、私は貴方の努力を誰より知っているつもりだ。誰かの努力を笑う事などしません」

「……ふふふっバカ真面目女め―――鍛えますか、タイガー付き合え」

 

だが直に顔を明るくして次こそはという闘志を燃やし始めた、それを見てジェットタイガーは矢張りこうでなければと笑みを深めたのであった。そして―――

 

『8戦8勝、無敗での皐月賞制覇!!このままの勢いでシンボリルドルフの無敗三冠に並べるか!?トウカイテイオー、ミホノブルボンが成し遂げられなかった三冠を手にするのか!?』

「するさ、だがそれすら過程―――なぜなら私は―――!!!」

 

ターフの中心で思いっきりメットを脱ぎ捨てながらチェイスは大きな声を張り上げながらポーズを取る。

 

「追跡ィ!!大逃げェ!!何れも―――……」

『マッハ!!!』

「ウマ娘―――マッハチェイサー!!!」

 

観客たちも叫ぶ、スピカもカノープスも、クリムもグラハムも叫ぶ。皆の心は一つになりながらチェイスを祝い、それを胸にチェイスは叫ぶのだ。

 

「如何だい皆さん、無敗での皐月賞制覇―――良い絵だったでしょう?これからも爆走してくんで宜しくぅ!!!」




今更ながらの名前の元ネタ。

リードオン→野球のリードオフマンから。でも調べてみたら普通に競走馬で居たのでちょっと弄った。

ジェットタイガー→ゴジラに出て来たジェットジャガーから。

モニラ→モスラ。

私の奴って結構単純だからね。アニメのモブウマ娘より簡単だと思う。ニシノダイオーをニシヤマザグレートにするとか普通分かんないって。


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52話

「……」

「だ、大丈夫かチェイス。凄く疲れているが……」

「……」

 

生徒会室の来客用のソファに倒れこむかのように突っ伏しているチェイス、クラシック三冠の初戦である皐月賞を制覇した彼女。ウイニングライブも完璧にこなし、トウカイテイオー、ミホノブルボンが成し得なかった偉業を達成するのでは!?という期待が込められ更に熱が過熱している―――が、それがまた別の意味でチェイスには新しい問題となっていた。マスコミの取材である。

 

「……町の取材の何倍もパワフルだった……」

「まあチェイスの言うそれはあくまで地方の町の祭りの取材だろう……全国レベルの活躍をしたウマ娘に来るマスコミはそれ以上なのは当然だ」

 

無敗での皐月賞制覇という事で話題性も抜群であるチェイスの元にはほぼ毎日取材の申し込みが来ており、ある程度の取材には受けてはいるがそれでも追い付かない程。早朝の日課すらこなせない程にチェイスは報道陣に追い回されてしまっている。その影響もあってチェイスは今ストレスもマッハで溜まっており、如何したらいいのかをシンボリルドルフに相談にやって来たのである。

 

「朝の日課すら出来ないなんて……」

「よしよし大変だったねチェイス」

 

普段はツインターボに膝を貸している彼女だが、今回ばかりは彼女が膝枕のお世話になっている。三冠ウマ娘のミスターシービーの膝枕である、なんという贅沢……。偶然生徒会室に顔を出していたらしく話に参加してくれた、という事は生徒会室にはミスターシービー、シンボリルドルフ、ナリタブライアンという三冠ウマ娘が勢揃いしている事になる。

 

「チェイスにとっては日本ダービーの重圧よりも日課をこなせない方が余程問題らしいな」

「そのようで」

 

ミスターシービーに頭を撫でられているチェイスの姿は世間で報じられている常勝無敗のウマ娘とは酷くかけ離れている、慣れない環境に悪戦苦闘している少女にしか映らない。

 

「チェイス、お前はエンターテイナーを自称しているのだろう。ならば慣れろ」

「いやぶっちゃけ私はその辺りは気にしません、ウイニングライブでも緊張とかしませんでしたもん。でもそれに挑む為のプライベートタイムが削られているのが問題なのです」

 

エアグルーヴは確かにと顎に手をやる。メイクデビュー戦のウイニングライブからチェイスは一切緊張せずにライブをこなす、これからメイクデビューを行うであろう生徒達の見本として相応しい程に堂々としながらも真面目に行うので関心していた。注目されるのは良い、だが彼女にとって重要なのは早朝に走れないという一点のみなのである。

 

「そんなに大事なのか」

 

ナリタブライアンの問いにチェイスはミスターシービーの膝の上に乗った頭を動かす。最早習慣になっているそれ、朝の冷たい空気の中を走ってこれからの一日を元気に過ごす為の原動力にしている。それが出来ないとなると―――一気に調子が崩れる。

 

「朝食にずっと出て来たものが突然出て来なくなるんですよ、そりゃ崩れますよ。ブライアン先輩風に言うと……朝にお肉が食べられないみたいなもんです」

「成程―――確かに朝に肉が喰えんのは力が出ないな」

「それで納得するのか……」

 

まあ分からなくはないが……兎も角取り敢えず朝はなんとしてでも走りたいというのがチェイスの要望であるらしい。

 

「それならば簡単な事だ、私と理事長の方でそのように話しておこう。彼らにとっても三冠ウマ娘に成りえるチェイスの調子を崩す要因になったなどという風にはなりたくはないから直ぐに利くだろう。良くも悪くも彼らは利益に忠実だからな」

「その分鬱陶しくもあるがな」

「まあそういうお仕事だからしょうがないと思うよ」

 

一先ず何とかなりそうだという事が分かってチェイスはかなり安心した。十年以上も続けている日課が出来なくなっただけでこの有様というのは正直自分でも驚いた、土地勘が無かった頃は覚える為に少しずつ遠出していくようにしていたので感じなかったが……走るという行為に喜びや生きがいを感じているという事を改めて実感した。

 

「ねぇっチェイス、今度また一緒に走らない?」

「はい、それは勿論OKですけど」

「それじゃあ決まりね。前より走りが良くなったか見てあげるよ」

「今度は勝ちますよ私」

「フフフッその意気その意気」

 

エアグルーヴは少しだけ驚いた。あの三冠ウマ娘相手に勝つと宣言する、なんて無謀な……とも思えたがそれを見たシンボリルドルフとナリタブライアンは何処かそれを認めるような笑みを口元に浮かべている。

 

「それじゃあ早速走ろうか」

「えっまた今度って……」

「いいから良いから、ほら走るよ~」

「あ~う~自分で歩けます~」

 

半ば引き摺るようにしながら連行されていくチェイス、笑みを湛えたまま意気揚々と生徒会室から出ていくミスターシービー。それを見送ったシンボリルドルフは書類にサインしつつ少しだけ笑った。

 

「ダービーには最も幸運なウマ娘が勝つと言われている、ならば幸運とは何だろうな、何が幸運を引き寄せると思う」

「天性のものではないのでしょうか」

「それもある、ブライアン君はどう思う?」

「強さだ、意志の強さ」

「私もそう思う」

 

 

「チェイスさん如何しまし……ミスターシービー……さん」

「あれっえっとミホノブルボンだっけ、折角だから一緒に走らない?チェイスと似てる子と走るっていうのも面白そうだし」

「―――是非」

「私の意見は……まあブルボンさんとも走れるのは光栄ですが」

 

 

彼女は速さを証明した、ならば次なる証明は幸運。幸運を引き寄せるのは強い意志。負けない、勝つと言った強い意志が幸運を引き寄せる、ならば如何なるだろうか―――チェイスはそれを持っている。幸運を手繰り寄せる才能のような物を。

 

「さて、彼女はどうなるのかな……いや、三冠よりも此方かな」

 

そう言いながら机の上に広げてあった一つの資料に目をやった。そこには桜花賞でレコード勝ちをしたウマ娘を称える記事があった、そのウマ娘は―――ゴルドドライブ。そして彼女は取材で応えている。

 

『私は必ずトリプルティアラを獲得する、そして―――再びマッハチェイサーと対戦し勝つ』

 

チェイスもそれは知っている筈、つまり―――自分達が得た三冠は彼女にとっては通過点、果たすべきはライバルとの決着だ。

 

「私は少しばかり、チェイスが羨ましいな」

 

レースに絶対はない、だがそのウマ娘には絶対がある。そうとまで言われた皇帝、シンボリルドルフは競い合うライバルがいるチェイスを少しばかり、羨んだ。




最近会長こと、シンボリルドルフの事改めて調べてみたんですがやっぱり頭おかしいですな。ゲームみたいな史実がゴロゴロ出て来やがる。

競い合った馬はいたけどライバルはいなかった、そう言われる程に圧勝し続けた皇帝。うん、やべぇわやっぱり会長。

ウマ娘やってると実際の競馬にも興味沸くし、何だったらダービースタリオンとかウイニングポストとかやってみたくなってくる。


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53話

「おっといたいた、探したよポニーちゃん」

「ポニーちゃん?」

 

廊下を歩いている時、不意に声を掛けられた。振り向いてみるとそこにいたのは自分が入っている美浦寮、その一方の寮である栗東寮の寮長を務めつつチームリギルに所属しているフジキセキだった。自分がエンターテイナーとしての名前が挙がっていく内にトレセンの二大エンターテイナーとして呼ばれるようになっていたが、こうして話すのは初めての事だった。

 

「フジキセキ先輩、私に何か御用でしょうか」

「うん、用があると言えば用があるんだがね。あるのは私ではなくてね、君と是非話したいという子が居てね。時間を貰えるかな」

「はい問題ありません」

「感謝するよ」

 

まるで王子様のような雰囲気を醸し出しながらカッコよさと色気を持つフジキセキ、実はチェイスは本人とは全く関係ない所で因縁があった。グラハムがスカウトに大反対した原因のウマ娘、曰く破廉恥だと叫んだ勝負服を纏っているのがフジキセキなのである。まあ当人同士はその事を知る由はないのだが……。

 

「皐月賞は見事だったよ、リギルの皆でTV観戦したが君の走りは圧巻だったよ」

「私はまだまだです、今のままだと―――きっと勝てませんから」

「おやおやおや凄い向上心のポニーちゃんだ、日本ダービーまでに君の満足の行ける走りになるように祈ってるよ」

 

ズレてしまっているが、チェイスは特に気にはしていなかった。ダービーでは満足できる走りをしたいのは事実である。そんな事を想いながらフジキセキに連れられながら歩んでいった先で待っていたのは―――

 

「ビコー連れて来たよ」

 

何処か少年にも見える程に元気が有り余っていてツインターボにも何処か似ている気がする小柄なウマ娘と、ジェットタイガーにも並ぶ……いや体格を含めたら確実に勝っているであろうチェイスよりもずっと大きなウマ娘。

 

「良かったね、ずっとお話したいって言ってたもんね」

「うん有難うフジ先輩!!」

 

待っていたのは二人のウマ娘。一方の小柄なウマ娘はビコーペガサス、そしてもう一方はヒシアケボノ。連れて来られたチェイスにビコーペガサスは勢いよく駆け寄ると目を輝かせながらある事をせがんできた。

 

「お願いっ!!あの変身って奴を見せて!!!」

「―――へっ?」

 

突然すぎるお願いに思わず目が点になった。どんな内容なのかと内心何処かで身構えていただけにそのお願いに拍子抜けしてしまったのだろうか、呆れたような声が漏れてしまいフジキセキはクスクスと笑いながらもビコーペガサスを宥めるように声を出す。

 

「ビコー、チェイスを困らせるような事を言っちゃだめだよ」

「うぅ~分かってる、分かってるけどさフジ先輩、あのキャロットマンみたいな変身を間近で見たいの!!」

「でも気持ちは分かるなぁ~、UMATUBEの急上昇に乗る位だし生で見たいのも分かるよ」

「でしょでしょ!!?」

 

キャロットマンという名前には覚えがあった。仮面ライダーがこの世界にない事を知ってガックリ来ていたチェイスだが、同時にある存在を知った。それが特撮ヒーロー・キャロットマンである。造形的には戦隊シリーズ系だったが、変身に使われるベルトの形状がモロ仮面ライダー龍騎のVバックルで、何だか引きたくなるレバーはフォーゼ、変身に使うアイテムが野菜系なのか鎧武……もう色々と盛り沢山で知った時は全力でツッコミを入れたのをよく覚えている。

 

「キャロットマン、その必殺技と言えば―――」

「ハッ……必殺の―――」

「「キャロットキック!!」」

 

突然の振りにビコーペガサスは声を合わせて言って見せた、そして同時にキャロットマンを知ってるんだ!!と更に瞳を輝かせた。チェイスは基本的に特撮は全部いける口で大人も子供も楽しめる特撮キャロットマンも楽しめた。若干、ライダーを思わせるトラウマ要素もあって懐かしい気分にもなっていたりした。

 

「如何やら話が合いそうで安心したよ。今ので分かると思うけど、ビコーは君の勝負服が凄く気になっているらしくてね」

「うんうんっ!!だってすごいキャロットマンみたいだったもん!!変身ってやってみたいもん凄く!!」

「ビコーちゃんってばずっと話したい話したいって言ってたんだ~、でもなかなか時間取れなかったりして」

「それはそれは……では早速変身しますか」

「えっ今出来るの!?」

 

ビコーペガサスの興奮と驚きに満ちた声に応えるかのように何処からともなくマッハドライバー炎を取り出すチェイスは腰へと押し当てる。ドライバーからは自動でベルトが伸びてチェイスの腰を締めすぎず緩すぎない、だが完全に固定されるよう瞬時に巻かれた。

 

「おおおおおおおおっっ!!!!」

「ビコーちゃんちょっと声落とさないと~でもこれって本当に凄い」

「ああ、私も見てもいいかな?」

「勿論です、では―――参ります」

 

シグナルバイク!!シフトカー!!

 

「Let’s ―――変身!!!」

 

マッハ!チェイサー!

 

「追跡、大逃げ、何れも……マッハッ!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!」

 

目の前で光と共に装着される勝負服、そして完了後のポーズも勿論忘れない。それは本当にキャロットマンの変身シークエンスの流れと同じでありビコーペガサスの瞳は輝きを更に増していくだけではなく全身が凄まじく震えていく。

 

「凄い、凄いよ~それ!!本当に一瞬で勝負服になれちゃうんだ!!」

「いやはやこれは本当に驚いたよ、ビコーが憧れるのも頷ける」

「―――本当に凄い、超凄いよぉ……!!」

 

目の前で変身の光景を見たビコーペガサスは震えっぱなしである。正しく感動と喜びのダブルパンチ。キャロットマンに強い憧れを持つが故。いや、一度は変身してみたい、そう夢見て憧れる人は多い筈だ。そして目の前にそれを叶えるであろう存在が現れる時にどうなるだろうか―――当然、感動に打ち震える。

 

「ね、ねえ一生のお願い!!それ使わせてくれない!!?」

「あ~……出来ればそうしてあげたいのですが、巻く事は出来ると思いますが変身は私の勝負服のみが登録されてますので……」

「そ、それもそうか……」

「でも父さんが予備として幾つか送ってくれると連絡をくれましたので、その時にお願いしてみましょうか」

「良いの!?是非お願い!!」

 

これを機にチェイスはビコーペガサスと深い友情で結ばれた。




ベルトの装着は誰でも可能、但し衣装装着には装着者のデータと衣装の登録が必要なので誰でも変身は出来ない。


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54話

「セイハァァァァァァ!!!」

「ずっと―――マッハッ!!」

 

コースを駆け抜け続ける二人のウマ娘、ハリケーンとチェイス。スピカから日本ダービーへと参加するメンバー、間もなくに迫っているダービーに向けて最後の追い込みをかけ始めている。

 

「凄い気迫……」

「うん、チェイスさんもハリケーンさんも……」

 

両者ともに気合が入っており、練習にも途轍もない熱が込められておりそれはキタサンブラックとサトノダイヤモンドも圧倒されてしまう程。

 

「二人とも競い合えるから負けたくないって想いもある、それがチームスピカでもあるの」

「スズカ先輩、競い合えるライバル……」

「そう、キタちゃんとダイヤちゃんもそうでしょ?」

 

そう問いかけられると思わず顔を見合わせながらも笑顔でハイっ!!と応えて返す。それを横目で見つつ一人でチェイスの走りを見続けるバジン。ビルダーは激しい接戦を繰り広げている二人、曰くハリチェイに興奮して倒れた。それを見てバカと呟く彼女は既にスピカでは見慣れるようになった。

 

「二人とも良い仕上がりだな、これならダービーも最高の状態で臨めるな」

 

横目をやると沖野がストップウォッチを構えながらも二人の走りを見て満足気な笑みを漏らす、トレーナーとしては三冠に挑む二人が誇らしいと言った所だろうか。だがバジンとしてはそれがいまいち信頼できないというか、分からない。

 

「……何でハリケーン出すの」

「何でって……そりゃあいつが出たいって言うから」

「普通、無敗を邪魔しようとするのは出さないでしょ」

 

ハリケーンのポテンシャルはチェイスに匹敵する。島根のトレセンに通っていた分技術的な面では勝っているし経験も秀でている。なのでハリケーンがダービーを制する事だって考えられる。だとしたら普通は無敗のままダービーに挑戦するチェイスとは一緒に出すべきではない、と考えている。

 

「まあ考えなくはなかったな、前にも無敗のテイオーと連覇を狙うマックイーンが天皇賞春に出る時は俺も少し悩んだ」

「ンじゃ何で」

「ハリケーンが勝負したいって言うんだし、チェイスもそれを望んでる。それじゃ足りないか」

 

足りないというかよく分からないというのが素直な感想。勝負したいというのは分かるが……態々栄光が潰れるかもしれない時にするべき事なのか、そんなにまで勝負が大切なのかとも思う―――ライバルもおず、明確な目標を抱いた事がない自分にも理解出来ない物だった。

 

「チェイス、聞いていい」

「なんですか」

 

ハリケーンが坂路トレーニングに入り、一人になっている時に声を掛ける。

 

「ハリケーンがダービー出る事、何とも思わないの。負けるかもしれないのに」

「前にも言いましたが私は三冠なんて如何でも良いんです、その先にある為の前哨戦に過ぎませんから」

「それは聞いた。それが叶えられなくなるかもしれないのにって話」

「その時はその時です」

 

あっさりと答えてみせるチェイスにバジンは驚いた。

 

「ハリケーンの方が強かったというだけです、その時はそうですね……菊花賞で挽回してからゴルドに挑むだけですかね」

「……なんでそんなに走れるのか、分かんないな」

 

ウマ娘だから走る、何処か漠然とした思いだけでトレセン学園にまでやって来たと言っても過言ではないバジン。自分の夢なんてなければ目標もない、そういう存在だから来ただけで走る。

 

「……夢なんてないって言ったら大体の奴は勿体ないとか言うんだよ、私なら三冠ウマ娘だって目指せるとか最強のウマ娘になれるとかほざく。意味分かんない、興味ないって言ったらギャアギャア騒いで……煩わしくてしょうがなかったんだよ。夢なんてなくても走っちゃ駄目なのかって思ってる」

 

オートバジン、彼女のポテンシャルはそれ程までに高い。彼女の指導役として共に走ったりメニューを見ているチェイスにはそれが良く分かる。

 

「気軽に走るの好きなんだよ、自分の為だけに走るのが」

「だからスピカに」

「……三冠ウマ娘にするとかってさ、つまりトレーナーとかの夢も背負うって事じゃん。無理だよ、気楽に行きたい私には」

 

夢を持てないでいる事は自覚している、だがそれを周囲から激しく言われた事で何処か強いコンプレックスになってしまった。だから何も背負わない自分のままで居たいと思ったのだろう。ウマ娘の意思を尊重して自主性を優先するスピカに入ったのはある種の必然だったのかもしれない。

 

「私には夢があります、夢というか……憧れですね」

「……何」

「警察官になる、それが私の夢です」

「―――ハッ?」

 

思っても見なかったコメントにバジンは大きく口を開けてしまった。トゥインクルシリーズのクラシックに出ていて、しかも三冠ウマ娘の最有力候補とも言われている存在が目指しているのは警察官なんて……何の冗談かと思えてしまった。

 

「私はスカウトされるまでレースに興味を持ったことは全然ありませんでした、だからトレセン学園に来たのも見聞を広める為……というべきですかね」

「何それ……そんな感じで来た訳?」

「だからレースでの目標はあっても夢は私もないですよ。夢なんてそんなので良いんですよ、夢は自分で持ったり誰かのお陰で持てる物です。私の場合は両親です」

「誰かのお陰で……」

 

その時に初めて見たチェイスの走りを思い出す、ホープフルステークスであんなにも凄い走りを見せたチェイスの事が気になった。カッコいいと思った、柄にもなく……憧れた。あの背中を追いかけたらもしかしたら……夢を持てるんじゃないかとも思った。

 

「知ってますか。夢を持つと時々凄く切なくなりますけど、時々凄く胸が熱くなる―――らしいですよ」

「らしいって……」

 

カッコいい事を言いながらそれかよ、と思ったが直ぐにチェイスは立ち上がった。そして自信に溢れた表情のまま軽く笑った。

 

「私はレースに掛ける夢はない、でも……こんな私でも誰かが憧れたりしてくれる人はいます。だからその為に走ろうと思ってます、故郷の人が応援してくれるなら私はその応援に応える為に走る―――それが私が走る理由、ですかね」

「走る、理由……憧れた人……って」

 

不意に顔が赤くなった。もしかして自分が憧れている事がバレたのかと顔を上げると既にチェイスは次のトレーニングの為に走り出してしまった後だった。ものすごい羞恥に襲われる。だが……同時に胸が凄く暖かくなった。夢がなくても理由があれば走れる……それが答えなのかもしれない。そう思いながら、沖野の元に向かう。

 

「……トレーナー」

「何だよバジン」

「―――私、クラシック三冠を目指してみる。チェイス……さんと同じ道を走ってみたい」

「そうか、立派な目標が出来たな」

 

赤くなった顔を隠すようにそっぽを向きつつも頷く。安易に夢だと言わない沖野もバジンはある程度気に入っている、彼の元なら走れそうだ―――あの、憧れた背中に向かって。



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55話

その戦いに勝てれば、やめてもいいと言うウマ娘がいる。
その戦いに勝ったことで、燃え尽きてしまったウマ娘もいる。
その戦いは、私たちを熱く、熱く狂わせる。
勝負の誇りの世界にようこそ。
ダービーへようこそ。



―――URA日本ダービー記念CMより



『全てのウマ娘が挑む頂点、日本ダービー!!この大舞台で歴史に蹄跡を刻むのは誰なのか、本日此処東京レース場には大観衆が歴史的瞬間を目に焼き付けようと押し寄せております!!』

 

この日がやってきた、クラシック三冠の2戦目。ウマ娘、トレーナー、出身地……関係者全ての最大の目標ともされるGⅠレース。その世代の頂点を決めるとも言われる祭典、東京優駿。このターフの上に立つ全てのウマ娘が放つ熱気はこの東京レース場に集った16万人よりも強い。ターフを駆けるウマ娘にとってダービーウマ娘というのはそれほどまでも栄光ある物なのだ。今日走る全員が―――それを求めて、此処に立つ。

 

「……」

 

あと少し歩けば日の光を浴びる、この先はターフ、戦うべき場が広がっている。今日、自分はそこで走る。日本ダービー、これを征するのは容易ではない、だが自分は征する為に此処に来た―――その先の景色を見る為に。

 

「力、入り過ぎ」

「わっ!?」

 

不意に背中を押されて軽くつんのめる。転びはしないが吃驚してしまった、振り向いてみるとそこにはお世話になった先輩、ミスターシービーが笑顔で此方を見つめていた。

 

「いよいよだね、どんな気持ち?」

「……思ったより緊張、してますね」

 

流石のチェイスも緊張を隠しきれていない。皐月賞は取った、だがこのダービーは違うと空気で分かる。あのシンボリルドルフもダービーは違うとも言っていた、そんな舞台で走る、ゴルドとの約束を果たす為の関門の一つと考えていたのに気付けばそれ以上に意識していた。

 

「一度だけのレース、その舞台で私は―――」

「はいっそこまでだよチェイス、難しい事は考えない」

「むぎゅ!?」

 

不意に抱き寄せられる、それ以上はいらないよ。と言わんばかりの行動。

 

「チェイス、貴方はもう如何すれば良いかなんて分かってる。後はそれに徹すればいい、一生に一度しかないレースを走るんだから貴方らしく走ればいい。自分だけの走りをすればいいの、貴方の走りで―――勝てばいいの」

「っ……」

 

 

―――ダービーのコツはね、勝つって思う事。

 

 

以前、ミホノブルボンと共に走った時にそう言われたのだ。勝つという執念をエンジンにくべて、歓声も、限界も、運も全て飲み込む。全てを今此処に置いたっていいという全力を込めて走る。それがコツだと。

 

「そう、貴方は貴方らしくでいい」

「―――私らしくですか、何とも……私好みの答えですね」

「うんっ何時ものチェイスらしくなってきたね、私が好きなチェイスに」

 

悪戯が成功したようにミスターシービーはクスクスと笑いながらチェイスを離した。そして改めてその背中を押してあげる。

 

「行っておいで、そして楽しんでおいで、勝っておいで―――マッハチェイサー」

「行ってきます、楽しんできます、そして勝ってきます―――ミスターシービー」

 

偉大な先輩の声を受けた新星は今―――ターフへと脚を踏みいれた。

 

『さあ二番人気の地方からやって来た桜吹雪ことサクラハリケーン!!皐月賞ではマッハチェイサーとの激戦を演じてみせました!!今回はリベンジなるか!!』

「此処だって私のステージだ!!」

 

ターフへと姿を現したハリケーン。皐月賞でその強さを見せつけた事で二番人気をもぎ取っている。そしてその後に姿を現したのは―――

 

『さあやってきた、やって来たぞぉ!!!此処まで8戦8勝、負けを知らない無敗の音速の追跡者、マッハチェイサー!!!!』

 

誰もが待っていた、今日君の走りを見に来たんだと言わんばかりの会場が揺れる。皐月賞を征した無敗のウマ娘、マッハチェイサー。そしてターフに姿を現した彼女は何時も通りに連続バク転からの大跳躍、そして捻りを加えてからの見事な着地からのキレッキレのポーズを取って観客を沸かせる。

 

「キャアアアアアッ!!チェイスさんカッコいいいいいいい!!」

「ホントビルダーはチェイスにぞっこんだなぁ」

「全くですわ、ハリケーンさんだって出ますのに」

 

大きく手を振って観客達にアピールするチェイスの姿に沸騰するビルダー、倒れそうになるが気合で持ちこたえる、がまた倒れそうになって持ちこたえるの無限ループに入っている。

 

「バカ」

「まあまあまあ……」

「にしても本当にあのパフォーマンス忘れないわね」

「足挫かねぇとか考えないとかねえのかな」

 

ウオッカの心配も分からなくもないが、その辺りは確りと心得ているのだろう。まあ本当に挫いたら笑えないが……ハリケーン曰く、島根でのライバルウマ娘が一回選抜レースでやらかした事があるという話を聞いて僅かながらに心配の種が増えたのは内緒である。

 

『矢張り期待が集まるのはマッハチェイサー、此処で勝利すればミホノブルボン以来の無敗での二冠ウマ娘の誕生となります。誰もがその瞬間を心待ちにしていますが、レースに絶対はない。その絶対を生み出すのか、それとも他のウマ娘達がその絶対を打ち砕くのか、間もなくレース開始です!!』

 

そうだ、レースに絶対なんて存在しない。それを覆したのはシンボリルドルフ位だろう。このダービーで全てが分かる、試される。

 

「……チェイスは絶対に勝つ……絶対に負けない」

 

そんな言葉を呟いたのはバジンだった。胸の前で硬く握り込んだ両の手がそこに込められた思いを物語っている。ハリケーンもダービーを取るだけの力はある、だがチェイスだってそれは同じ。どうなるのかは運命の女神しか知りえない……だから―――

 

「チェイスゥゥゥゥ!!!ハリケェェエエエン!!!どっちも負けるなぁぁぁぁ!!!」

『どっちも勝てぇぇぇぇえ!!!』

 

沖野の声に釣られるようにスピカの面々も更に応援の声を大きくさせる。その応援の中、遂にファンファーレが鳴り響きゲートインが始まっていく。間もなくだ―――もう、始まるんだ……。

 

『各ウマ娘ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

「チェイスさんっ……勝って……!!」

 

バジンのそんな願いが合図になったかのように音を立ててゲートが開け放たれ―――

 

『ウマ娘の祭典、日本ダービー!!今、スタートしました!!』



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56話

『先頭を行くのは矢張りこのウマ娘、リードオン。皐月賞での雪辱を晴らすと言わんばかりに今日は気合と笑顔に溢れております!!』

『良い笑顔ですね、あの笑いは強いでしょうね』

『そして二番手はお馴染み、優しき巨人ジェットタイガー!!』

 

「今日も疾走ぉ!!」

「フフフッ楽しそうで何より!!」

 

皐月賞から連続しての出走となるリードオン、彼女が出るレースは必ず彼女がレースを作り上げていく。ツインターボさながらの大逃げ、だが今日は何時も以上に逃げている。

 

「おいおい何だあのペース、あれで持つのか?」

 

思わずゴールドシップがそんな言葉を漏らしてしまう程の激走、その速度はメジロマックイーンが三連覇に挑んだ天皇賞春のそのペースにも似ている。あの時もメジロパーマーの爆逃げで全体のペースが上がって3200とは思えぬほどのペースだったが、それを彷彿とさせる。

 

「恐らくですが持つと思いますわ」

「でもあのペースじゃ破滅逃げ、ですよね」

「ええ、ですが断言致しますわ。リードオンさんは最後まであのペースで行くでしょう」

 

サトノダイヤモンドの言葉を肯定しつつも断言する、このレースを引っ張るのはリードオンだと。既に第二コーナーへと入り始めていくが、リードオンはジェットタイガーと共に後続との差を10身差としている。その差は更に広がりつつある。

 

『中団ではシルバーアカシア、モニラ、ハギノジャックそしてサクラハリケーンが控えております』

『サクラハリケーンはいい位置に付いてますね、何時仕掛けてもいい順位に食い込めるでしょう』

 

「いい顔してるなぁ~……そうそう、レースは楽しんでなんぼだぜ」

 

そんな言葉を漏らしつつも走り続けるハリケーン。皐月賞で殺気に溢れていた彼女が良くもあそこまで変われたものだと思いつつも走り続けていく。そして其処へ規則正しい足音が響いてくる、どんなに遠くても聞こえてくる。やっぱりライバルはあいつと君しかない、そう思いながらもハリケーンは力を込めて大地を蹴る。一気に中団から抜け出していく。

 

『おっとサクラハリケーンが此処で上がり始めた、一気に上がっていくぞ。少し早くないか!?』

 

間もなく第三コーナーも終わる、未だに先頭はリードオンが死守。2身差でジェットタイガー。破滅的なペースのままで走り抜け続ける両者だが脚色は全く衰えない。このまま逃げ切ってやると言わんばかりだが―――そうは問屋が卸さない、レースに絶対なんて存在しないのだ。

 

「マッハチェイスを実行します―――ずっと……チェイサーッ!!!

「来るか、だったら―――!!!」

 

『上がってきた!!上がってきた上がってきた驚異的な追い上げを見せる音速の追跡者、マッハチェイサー!!!最後尾から一気に上がってくる矢張り始まったマッハチェイス!!一気に中団へと駆けあがり更に上がっていくが、同時にサクラハリケーンだサクラハリケーンも上がっていく!!皐月賞でデッドヒートを演じた二人のウマ娘が日本ダービーの舞台でも争うのか!!』

 

「さあ来いっチェイス、ハリケーン!!」

 

遂に起動した二人、中団を越えていくチェイスとそこから飛び出すハリケーンは共に先頭を目指して驀進していく。異常なペースで飛ばしていくリードオンの走りにも追い付いて行く二人に後続はついて行く事が出来ない。今回のダービー、勝者を競うのはこの四者。第四コーナーを過ぎ、最後の直線へと入る。

 

「この坂ぁ……!!」

 

『さあリードオンが先頭だ、だがこの速度を維持したまま坂は辛いか!?此処まで快調に飛ばし続けて来たリードオン、もう辛いか、かなり苦しそうだ!!背後からジェットタイガーが迫る、並んだこのまま超えられるか!?』

 

「まっけるもんかぁぁぁ!!!」

「私とて……!!」

 

『いや並んだ、完全に並んだぞジェットタイガー、リードオン!!このまま坂を越えられ―――いや、背後からマッハチェイサーとサクラハリケーンが一気に坂を駆けあがっていくぅ!!!』

 

坂路には滅法強いチェイス、チェイス程ではないが坂路には慣れているハリケーン。二人にとってはこの位の坂なんて速度を落す程ではないと言わんばかりにやや減速してしまっていたリードオンとジェットタイガーに追い付く隙を与えてしまった。一気に並び立ったは同時に坂を掛け登って最後の直線の本当の勝負へと入った。

 

「マッハチェイサー、今度こそ―――私が勝ぁぁぁぁつ!!!」

「私とて負けるつもりなど毛頭ない!!!」

 

『此処でリードオンとジェットタイガーが抜きんでるか!?』

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

「―――此処からは私のステージだ!!

 

『いやマッハチェイサーとサクラハリケーンが同時に抜けたぁぁぁ!!!』

 

ラスト300m。完全に並んでいる二人は熾烈な戦いを繰り広げ続ける、何方に勝利の天秤が傾いても可笑しくない。もうスタンドは総立ち、何方が勝ったとしても何の文句も出ないであろう、この瞬間を楽しんでいる、燃え上がっている、この瞬間に狂っている。全身全霊を傾けて勝者を見届けられる事への喜びを噛み締める。

 

「負けるか、負けるかぁぁぁ今度こそ私が勝つゥゥゥゥゥ!!!」

「私が、私が―――勝つ!!!」

 

勝利の渇望が滾る、エンジンが更に熱くなり脚の回転が速くなる。両者ともに何方が抜き出すか、それともこのままゴールへと向かうのか。桜吹雪を纏うハリケーン、二筋の光を瞳から溢れさせながら疾走するチェイス。何方が勝つのか。後100m……!!

 

「いっけえええええチェイスゥゥゥゥ!!!」

「もう少しですよぉぉ!!!」

「どっちもぶち抜けぇぇぇ!!!」

 

聞こえてくる、見えてくる。チームメイトたちの応援が視界の端に引っかかる。自分達を応援している姿が映る、もう顔が青いのか赤いのかも分からないビルダーは喉を震わせて叫んでいる。チェイスを応援する声、ハリケーンを応援する声が響く。その中で祈るようにしていたバジンは―――震えていた手の結びを解いて柵に手を付きながら大声を張り上げた。

 

「いっけえええええええチェイスさぁぁぁぁあああん!!!!」

 

―――応援してくれるなら私はその応援に応える為に走る、それが私が走る理由、ですかね。

 

「―――私は、私は……マッハチェイサーだ……」

 

脚が重い、胸が苦しい、だがまだ行ける。自分はまだまだ行けるんだ、あの声があるから走れるんだ、あの子が、オートバジンが、マシンビルダーが憧れている自分。そんな自分であり続ける、彼女らの夢であり続ける。その為に自分は―――

 

「だから私は―――とても、速ぁぁああいっっっ!!!!

 

その時だ、チェイスの瞳の色が一つになる。輝きは全身を包んで更に先へと踏み込んでいく。それはもう一歩、先の世界へとチェイスを導く風。この時―――彼女は本当の意味で領域へと踏み込んだ。

 

『マッハチェイサー、マッハチェイサーだ!!!前に出た、サクラハリケーンを越えていく!!桜吹雪を越えて音速の追跡者、無敗で二冠達成!!!ミホノブルボン以来、無敗でダービーを征しましたぁぁぁ!!!残る冠は菊花賞!!彼女の伝説は最後の地、京都へと移ります!!』

 

ゴールを越えて少しの間、走り続けたチェイスは漸く脚を止めた。全身に凄まじい疲労感が纏わり付いてくる、荒い息を吐き続けていると隣にハリケーンが立って手を差し出してくる。その表情は晴れやかな笑みだ。

 

「敵わんなぁチェイス……万全のつもりだった、けど……負けちまったよ」

「ハリケーンこそ……勝てないと思いましたよ……」

「ニャハハハッ頑張りましたから……おめでとうダービーウマ娘」

 

差し出された手を握りながら立ちあがり直すと同時に全身に浴びる大歓声と拍手、これがダービーを征したウマ娘のみが感じる事が出来る景色。ゾクゾクと高揚感と満足感が自分を満たし始めていく。そして傍にやってきたのはハリケーンだけではない、リードオンとジェットタイガーもだ。

 

「全く強いよマッハチェイサー、でも楽しかった。楽しんで走るのが私に合ってる、なあタイガー」

「やれやれやれ、名声欲に囚われた貴方が開放されるのには随分と時間が掛かりましたな」

「そ、それを言うな……そ、それよりもマッハチェイサー、何時ものポーズ、やるんだろ?」

 

顎で観客の方を示される、そりゃそうだ、この場でやらない方が可笑しいだろう。そう答えるとリードオンたちは顔を見合わせると自分の背後に付いた。

 

「私達もそれをやらせて貰うぞ」

「何、振り付けなら心配いりませんぞ。何せ何度も負けて目に焼き付いてますから」

「ハハハッそりゃいいや、んじゃチェイス―――やっちまおうぜ」

「―――それでは皆さんご唱和ください!!」

 

チェイスの背後に立ったリードオン、ジェットタイガー、サクラハリケーン。彼女らはチェイスの言葉に合わせながら一緒にポーズを取りながら叫んだ。

 

「追跡ィ!!」

「大逃げェ!!」

「何れも……!!」

 

「マッハ!!!」

 

初めてやると試みとは思えないほどに4人の動きはシンクロしていた。そして誰よりも笑顔だった。そして最後の言葉は全員揃って―――だ。何時も異常にパワフルで元気いっぱいに。

 

『ウマ娘―――マッハチェイサー!!!』

 

 

「如何でした皆さん、ダービーを制覇した絵は!?そしてこの絵なんて―――最高の絵でしょう!!?」




ラストのとても速~いは、チェイサーがシフトスピード・プロトタイプを使った時の時のイメージしてみました。


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57話

無敗での皐月、ダービー制覇による二冠。ミホノブルボン以来の快挙を達成したマッハチェイサーことチェイス。その事は直ぐに報道されて全国へと広まっていく、当然の事だがチェイスへの注目度は更に増していく。そして次はいよいよクラシック三冠のラスト、菊花賞。それを制覇すれば、三冠を達成する事になる。しかもここまで無敗、シンボリルドルフに続き二人目の無敗での三冠ウマ娘の誕生という事になる。

 

「矢張り次なる菊花賞、勝利を目指しますか!?」

「当然です、菊花賞も狙います」

 

ダービー後のインタビューで当然この事に言及されたチェイスは笑顔で肯定する。だが、奇しくも彼女と同じような答えを述べるウマ娘がいた。

 

「当然、次の秋華賞も勝つに決まっている」

 

それはゴルドドライブ。彼女もトリプルティアラの一角、オークスで勝利を挙げた。そして―――同じことを口にする。同じ瞳を作り、同じ笑みを浮かべて言うのだ。

 

「ですが私が目指すのはその先です」
「だが私が目指すのはそこではない、先だ」

 

どこか遠くを見つめながらもそれが見えているかのようにぶつかり合う。遠くない未来で行われる再戦、その時に―――蹴りを付けると言わんばかりに。二人が目指すのは互いにぶつかる舞台のみ。互いにそれまでのレースは道に過ぎない、両者ともにそれ以上は言及しなかったが、世間では既にマッハチェイサーとゴルドドライブの再度の激突が楽しみとされている。

 

そしてそんなトレセン学園には彼女への取材の為に多くの報道陣が―――

 

「生憎次の菊花賞に向けて万全を期すためにチェイスは休養中ですので取材はお受けできません」

 

ダービーの疲れを癒す為にその身体を十二分に休ませる事に専念していた。それらを聞いた報道陣の一部は不満の色を作る物も居るが、多くは納得の色を浮かべている。あれだけの激走を見せたのだ、身体を休める為に集中させるのは当然だ。

 

「その代わりと言っちゃなんですが―――」

「此処からは私のステージだ!なんつって、私で良ければ取材受けますよ」

 

その代わりを務めたのが、二戦続けてチェイスと激闘を繰り広げたハリケーン。地方から中央にやって来たその勢いのままにチェイスとほぼ互角の勝負を繰り広げる彼女にも大きな注目は集まっている。そんなハリケーンの取材に沖野は付き合いつつ内心でチェイスが確りと休めている事を願うのであった。

 

 

「ふぁぁぁぁ……あれ、こんな時間なの……?」

 

目が覚めたチェイスは目覚まし代わりに使っている携帯を手に取るともう10時になっているのを見て驚きを含んだ寝惚けた声を上げてしまった。如何やら本格的に身体に疲労が溜まっているらしく、普段ならば絶対に起きている筈の時間まで寝ていたようだ。

 

「……駄目、頭がポヤポヤしてる……」

 

早朝に起きている筈の自分が此処まで眠気を感じているなんて……こんな感覚は何時振りだろうと思う程に寝惚けてしまっている。気を抜いたら直ぐに倒れこんで眠ってしまえそうな程だ、頭の上に何かが浮いているような気分になっていると扉を開く音がする。そして自分の姿を見てクスリと笑った声も聞こえて来た。

 

「漸く起きたなチェイス。ウムッそのような寝惚けた姿も愛らしい、全く抱きしめたいなぁ!!故に抱きしめる!!」

「むきゅっ!!?」

 

不意に抱き締められて変な声が漏れる、厚い胸板に顔が押し付けられてぎゅうぎゅうと力強く抱きしめられた事で驚いて眠気が飛んでいく。しかしそこはパワーがあるウマ娘ゆえにそれに抗議しつつも顔を上へと反らして息を確保する。

 

「プハッ!!兄さん……乙女の部屋に入ったら極刑って名言知らないの?」

「知らん!!だが流石に寝坊助だったお前を起こしに来た故に免罪を求める!!」

「ムゥッ……分かった、分かったから離れて……」

「分かった、では早く降りてくるように!!食事は準備してあるぞ!!」

 

そんな大声と共に去っていく兄。此方は先程まで寝ていたという事を考慮して少しは声を落として欲しい物だ。まだ疲労が抜けきっていないのだから……。そんな文句を言っても何も始まらないので布団からもそもそと出て布団を畳み押し入れに放り込むと階段を下りていく。階段先の居間ではクリムが新聞を読みながらTVを見ていた。

 

「おはようクリム父さん……」

「Good morning.いやGood beforenoonだねチェイス。よく眠れたかい?」

「多分……10時ごろに寝た筈だから……」

「ハハハッチェイスにしては珍しい12時間睡眠だね」

「うっわそんな寝てたんだ……」

 

無敗の二冠ウマ娘になったチェイス。ミホノブルボンの時も相当な騒ぎになったので今回もそれに匹敵するだろうという懸念があってシンボリルドルフやエアグルーヴ、ミスターシービーなどからの勧めがあって沖野に相談した結果、早速実行される事となった。

 

そして、チェイスは天倉町の実家にいた。此処ならば町全体がチェイスの味方であるので何かあっても直ぐに耳に入れる事も出来るし休息も十二分に取れる。

 

「さあ出来たぞチェイス!!グラハム特製朝食御膳!!」

 

テーブルに並べられたグラハム特製の朝食。言わずもがなの純和食のフルコースがテーブルを埋め尽くしている、起きたばっかりなのにこれを食えというのもウマ娘相手だからこそ出来る事だろう。

 

「一番の一押しはグラハム特製胡麻豆腐、寺で教えて貰った精進料理だ」

「うにゅ~……」

「こらこらこらチェイス、ちゃんと起きなさい。ホラッまずは顔を洗ってきなさい」

 

クリムの隣に座っていたチェイスだが、グラハムの説明なんて聞こえないのかゆっくりと寄り掛かるかのようにクリムの膝の上に頭を置いてしまった。かなり寝惚けているらしい。顔を洗って来いと言われてフラフラと立ちあがって洗面所へと向かって行くのだが―――

 

「いったぁ!!?」

 

途中でぶつかるような音と共に悲鳴が聞こえてきたので壁にぶつかったらしい。そんな声に二人は笑った。

 

「チェイスがあのような声を出すとは、随分と可愛らしくなった物だ」

「何を言う、チェイスは元々愛らしいのだからそれが増したというべきだ。元から姫のようだったのに更に磨きがかかったなぁ……!!」

 

確かに、そういうのが正しいだろう。トレセン学園に行って随分と変わったのだと実感する。レースもそうだが、チェイスの内面も随分と変化したように思える。朝早く起きてくるあの子がこんなにも寝坊して、しかも寝惚けているなんてもう何年も見ていない。

 

「今日の夜はうららに行こうか、あそこは疲労回復の湯があるし」

「うむ、賛成!!」

「はぁぁぁ……」

 

そんな話をしていると頭を摩りながらチェイスが戻って来た。

 

「チェイス、目は覚めたか?」

「お陰様で……あたたたっ……タンホンザ先輩みたいに鼻血出すかと思った……」

「フフフッ取り敢えず食べてしまいなさい」

「はい、頂きます」



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58話

「……なんというか、なんというかだなぁ……」

 

テーブル一杯の朝食など天倉町で食べる事などは基本なかった、それをあっさりと平らげた辺り自分もトレセン学園出の生活に染まっていたのだなという事を実感する。素直に過去の自分が見たらなんというのかという思いになっていた。

 

「基本安静で走りは厳禁か……しょうがないか」

 

ウマ娘の脚は消耗品でガラスの脚とも形容される程に繊細で酷使し続ければ必ず折れる。悲願の為に走り続けた、因縁を果たす為に駆け抜けた、憧れた人を追いかけた、そんな思いで走って終わったウマ娘は数多い。あっさりとやって来る終わりの時、抗うのかそれとも受け入れるのか。

 

―――その時にならないと思うけど、だからこそ今は確りと休むんだぞチェイス。

 

「面倒臭いなぁ……」

 

レースの道を歩む前はこんな事に悩む事なんてあり得なかったのにそれを受け入れているし理解も深くなっていた。変わったもんだとお茶を啜りながら景色を見つめる、その姿は嘗て歩んだ過去を振り返る老人のような様で何処か老成しているように映った。

 

「何やってんの、爺臭い」

「失礼な事を言いますね、私は私なりに楽しんでるだけです」

「それが爺臭いっていうんだよ―――お帰りチェイス」

「ただいま式」

 

縁側に腰掛けていたチェイスへと言葉を掛けながら砂利を踏みしめて近づいてくる友人の言葉は相変わらず棘があった、でも何処か心配するような温かみがあって不思議な温度を持った。少しだけ笑いながら隣に腰掛ける彼女、昔ながらの友人の式。

 

「随分とご活躍のようじゃないか、ええっ音速の追跡者」

「やれるだけをやってるだけですよ私は」

「ハッ。そこは自分の成し遂げた事だって誇る所だろ、相変わらず冷めてるっつぅかなんていうのか」

 

対丈の藍色の着物に赤い革のジャンバー、そして履いているのはブーツ。相変わらず変な服装のスタイルだ、色んな意味で濃いトレセン学園でも私服でこんな服装のウマ娘はいなかったしそれに匹敵するようなスタイルの持ち主も居なかった。色んな意味で一点物だ。

 

「んで向こうは如何なんだよ」

「まあ、色々と濃いですね」

 

そう言いつつも改めて此方の友人達も濃いわぁ……という事を思う。隣にいる式だって十二分に濃い、だって―――彼女は極道の娘だ。

 

「親父がアンタと話したがってたよ、是非中央でのレースの事を聞きたいって」

「では折を見て御挨拶に行きます」

「アタシにアンタのサイン欲しいって言っといてくれとか……はぁ……娘のダチにサイン強請るなっつの」

「その位なら大丈夫ですよ」

 

式の実家である両儀組は極道と言っても昔気質の筋を通すタイプの極道で違法行為には手を出さない。式曰く、父を慕ったり憧れた者が集まった集団が組の原型、そしてそれが時間が経つにつれて大きくなって行って今の両義組となった。故にヤクザとは言えない。地元の警察とも敵対するどころか関係は良好。父、進之介の飲み仲間も両義組の構成員が多かった。

 

「んでどのぐらい此処にいんの」

「2~3週間を予定しています。目的は休養ですので」

 

利き足を摩りながらそれに応える、それを見ながら式は興味なさげにふぅん……と答える。聞いておいてそれか……と思っていると下げていた袋からアイスを取り出して差し出してきた。

 

「んっ」

「どうも」

 

彼女のお気に入りのイチゴ味アイス、地味に買おうとすると普通に高い。その分美味しかったりするが。

 

「皆に変わりはないですかね」

「知らない、でもまあアンタが中央に行って騒いでる連中はいた」

「でしょうね」

 

元々この天倉町にスカウトに来ていた沖野、訪れた学校には御眼鏡に合う者はいなかった。だが突然自分という存在が選出されて中央に行った、それに驚いた者も居れば気に入らないと憤慨する者も居れば祝福する者も居たと思うと式は述べた。

 

「ウザがってた奴も多い」

「当然ですよ、レースに興味が無くて警察官志望だった私が突然中央ですから気に入らない人が居て当然です」

「まあ、今やそんな連中はいないけどね」

 

当人にそんな実感はなかったが、チェイスは直ぐに中央の力を思い知ると思われていたらしい。島根のトレセンを飛び越えての中央、超実力重視の世界の中心へと飛び込んだ世間知らずと笑っていた者もいたが―――そこで結果を出し続けたチェイスに何かを言おうとする者はいなくなる。

 

「立派だと思う、自分で自分の価値を証明したんだから」

「有難う御座います式。そう言われて少しだけ実感がわきます、まあ警察を目指す気持ちは変わりませんが」

「変な所で頑固なのは変わらないか」

 

そんな風に微笑みながら式はアイスを食べ終わると袋にゴミを突っ込み、そのまま立ち上がって振り向いた。

 

「まあゆっくりしてきな、天倉町は何時だってアンタの味方をし続けるんだから」

「勿論です。でもまあ休養目的ですから1週間は走れないのは不満ですが」

「その位我慢しろっての、んじゃ今度はシンとか連れて来る」

「ええ。お待ちしています」

 

んじゃ、と何処かぶっきら棒に挨拶をして去っていく式を見送る。久方に食べたアイスはトレセンで食べた物よりもおいしかった、矢張り天倉町以上に自分に合う土地というのはないのだろう。此処で休息を取れば確かにトレセンにいるよりも何倍も早く回復する事は間違いないだろう。

 

「何処の征服王ですか私は、いや英霊かこの場合。だけど走れないのは何かやだなぁ……」

 

走る喜びと楽しさを知ってからは走る事へ執着は持っていなかった筈なのに、何時の間にか持つようになってしまった。自分もウマ娘だという事だという事だ、だが走るのは不味い、ならば―――

 

「クリム父さん、蔵の鍵貸してください。私の自転車を出したいんですが」

「それならもう出してあるよ、整備も万全だ。何処か出かけるならそれを使うといい」

「お見通しですか……」

 

流石は父さんだと思いつつもチェイスは他の友達にも会いたいなぁという思いを抱いて行くのであった。

 

「そうだチェイス、君の仲の良い先輩のツインターボ君だったかな。彼女用のドライバー、名付けてマッハドライバー蒼炎が出来上がった、勝負服の方は彼女のトレーナーと理事長さん経由でデータを貰えたので何とか登録が出来て完成したよ」

「という事は……ターボ先輩と変身出来る!?」

「Yes!!というかチェイスはターボ君を本当に尊敬しているね、スピカの皆とは仲良く出来ているのかい?」




私の母方の実家にもこんな感じで何とか組みたいなものがありました。田舎って時に凄い面を見せるものですよ。


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59話

「ではチェイス、私は田んぼに居るから何かあれば顔を出してくれ」

「分かった」

「確りと!!休むように」

「さっさと行って」

 

ピシャン!!と高い音と共に閉められた扉、追い出すような形になってしまったがこれもさっさと仕事に行こうとしない兄が悪いと自分を正当化させながら居間へと戻って適当なチャンネルを眺める。休養の三日に入るが……どうにも手持ち無沙汰になってしまった感が否めない。端的に言えば暇なのである。

 

「クリム父さんはドライバーの件で島根のトレセンに行ってるし……まさか私の我儘がこんなにもなるとは……」

 

テーブルの上に置いて眺めるのは自分のマッハドライバー炎、そしてツインターボ専用に作って貰ったマッハドライバーの2号機である蒼炎。元々自分のドライバーは革新的な物だと言われていてホープフルステークスの一件以来ずっとウマ娘界隈、特に勝負服業界を騒がせ続けていた。現在もマッハドライバーに対する問い合わせなどで常にクリムの電話は鳴っていると言っても過言ではない。

 

と言ってもマッハドライバーは簡単には増産する事は出来ない、それに使用するにして実質的に専用品になってしまう。なのでその第一段階としてチェイス経由で複数人のウマ娘に使用して貰う事になった。出来ればGⅠで活躍するウマ娘が好ましいと言われたが……チェイスはそれに拘る気は皆無。

 

「まあ取り敢えず……ターボ先輩に試して貰ってから、かな」

 

手元にある蒼炎を見つめながらこれを見たらどう思うだろうかという反応を予想する。喜ぶだろうか、いやきっと喜ぶだろうがそれはきっと大きな物だろう。一緒のGⅠレースに出て一緒に変身しようと言い出しても別に驚くつもりはないしその光景を少しだけ妄想する。

 

『行くよチェイス!!』

『ええ、出来てます』

『『変身!!』』

 

「……めっちゃ、いぃ……」

 

同時変身が出来るなんて素晴らしい光景だろうか、是非ともやりたい。そうなると彼女と一緒のレースに出る事が条件になってしまうのだが……そうなると菊花賞の後のGⅠで可能性が一番高いのは……矢張り目標としている有記念になるのだろうか。いやジャパンカップなども該当はするのだろうか、取り敢えずその辺りは南坂トレーナーや沖野にも話を聞いてみるしかないだろう。

 

「……久しぶりに、やるか」

 

そう言いながらチェイスは自室へと向かう。休養が目的が故に走る事は出来ない、せめて1週間は確り休めとキツく言われているのでまだ走れない。そして今は家に誰もいない、なので―――久しぶりに趣味に没頭するのも悪くないだろう。

 

「よし」

 

ウマ娘用のイヤホンを装着してパソコンの前に座り込む、誕生日プレゼントとして貰った自分専用のパソコン。家庭にあるパソコンとしては明らかさまな程にオーバースペック、何せ天才科学者のクリムとその先生であるハーレー博士が共同でパーツを厳選して中身のソフトまで組んだオリジナルパソコン。処理落ちはこのゲームの華とも言われる某地球防衛軍をプレイしても絶対に処理落ちしない。寧ろ絶対に家庭で使うにしては勿体なさすぎる。

 

「今日は……ハリケーンの事もあるし折角だから鎧武にしようかな」

 

何重にもパスワードとセキュリティを設定したファイルをクリックしたその奥にあるのは―――音楽作成ソフト、そして幾つもの曲が丁寧に並んでおりその一つを弄る事にする。

 

「もうちょっと低いよな……あれでも何かこれじゃ無い感が……」

 

ブツブツと呟きつつもキーボードを叩きつつも自分の記憶に深く刻まれている物と何度も何度も比較しながらそれへと近づけるように努力する。時折机の端に置いてあったチョコを頬張りながらも作業をし続ける。何度も何度も反復し、研磨してボンヤリとしたものではなく明確な形へと仕上げていく。レースの時のような集中力を捧げながら作業する事3時間……

 

「よし、一旦これで流してみよう」

 

お気に入りのブルーベリーとカシスのジュースで喉を潤しつつもイヤホンを外してスピーカーの音を上げて全身でそれを感じる。ウマ娘は聴力は良い、だが本当の音楽は全身で聞く物だ。チェイスは生演奏派である。聞き終えると保存を掛けてから身体を伸ばす。

 

「74%って所か……問題は歌い手だよなぁ……俺が歌った所でなぁ……いっその事、トレセンで誰かに聞いて貰って歌って貰うか。うむそうしよう、ライダー曲復活の日も近いかもしれん……最初はビルドが妥当かないやオーズも良いな」

 

マッハチェイサー、その名前がそうさせるのか、生前好いていたライダーの曲の復活を夢見ていた。そんな時、携帯が鳴った。

 

「んっ?」

 

誰かと思って取ってみると相手はツインターボからだった。直ぐに通話状態にする。

 

「はいもしもしマッハチェイサーです」

『あっチェイス!?ターボ用のドライバー完成したって本当なの!!?』

「はい、送った画像の通りです。ターボ先輩をイメージして青を増やしたそうですが如何でしょう」

『超カッコいい!!』

 

蒼炎の完成の報告と実物写真の感想だった。早く使ってみたい、今すぐにでも送って欲しいと大騒ぎで遠くからナイスネイチャとマチカネタンホイザの諫めるような声が聞こえてくるのでどうやら部室から掛けてきているらしい。

 

「でもまだ最終調整が終わってませんので……」

『えっ~!!?何が終わってないんだ!?』

「勝負服を登録するアイテムの形状ですかね、私みたいな車型のシフトカーかバイク型のシグナルバイクの二択になるんですがどうします?」

『チェイスとお揃いがいい!!』

 

結果、ツインターボの変身アイテムはシフトカーに決定した……が、それを見た時にチェイスは少しだけ固まった。

 

「……クリム父さん、これシグナルバイクとシフトカーの間は空けずに流しましょう」

 

何故そう進言したのか、それは―――見た目がシフトデッドヒートだったからである。

 

「後、これサイドカーみたいにしましょう。使う時はバイクをサイドカーに嵌め込む感じで」

「んんっ?何故そうするのかね」

「そうした方がカッコいいからです」

「成程カッコいいなら仕方がない」

 

そちら方面にも色々と理解が深い父でチェイスは心から感謝を込めたサムズアップをし、クリムはそれに同じくサムズアップで応えるのであった。




ツインターボ(シフトデッドヒート)の場合→シグナルバイクシフトカー!! となる。

マッハチェイサー(シフトライドクロッサー)の場合→シグナルバイク!!シフトカー!! となる。

細かいかもしれないがこういった拘りは大事なのである。


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60話

久方ぶりに履くシューズの感触を確かめるようにつま先で地面を蹴る。漸く1週間が過ぎた、ジッとし過ぎたからか僅かながらに身体が重くなっている気がする。疲労を抜く為とはいえ何もしないのは思った以上に退屈だった。これもレースの楽しさを知ったせいかと思うと少しだけ後悔の念が浮かぶが、動けるようになったと思うと直ぐにそんな物は消える。

 

「うん、もう大丈夫……ホッ!!」

 

その場でステップを踏みつつ軽く踊ってみる。と言ってもウイニングライブで披露するようなダンスではなくガチガチのブレイクダンス。前世でガンフォームのダンス再現をしようと思って挫折したものだがウマ娘の身体能力がある今では完璧に再現出来てしまう。

 

「よっ……と」

 

最後に派手にウインドミルを決めてから立ち上がる。手芸でも勉強して自作で衣装でも作ってガンフォームコスでもやるかと思う一方でそういえばコミケとかってこの世界あるのかなと思い始める。アグネスデジタルがそんな事を言っていたような気がするのであるとは思うが。

 

「おっ?お~お~!!やっぱりぃチェイちゃんだ~!!」

 

何やら興奮したような声を上げながら駆け寄ってくる音が聞こえる。振り向いてみるとバカでかいリュックを背負ったまま道路を爆走してくるウマ娘の姿が見えた。ルビーのような真紅に金色のメッシュが入っている髪を靡かせながら笑顔が眩しく、急ブレーキを掛け笑顔を振りまきながらサムズアップで自分に挨拶をして来た。

 

「何だ帰って来てたなら言ってくれたらいいのにさ!!」

「お久しぶりです先輩、一応1週間前からいたのですが……」

「えっ嘘ってそう言えば1週間前って私が出掛けた時だったような……」

「……相変わらずの放浪癖ですね」

「せめて冒険癖って言って欲しいな~」

 

何も変わっていない事に安心を覚えれば良いのか、それとも呆れれば良いのか正直言って分からないのだが……取り敢えず元気で居てくれる事を喜んでおこう。

 

「一先ずお久しぶりですビートチェイサー先輩。また何処かにお出かけに?」

「五つ越えた山にちょっとね」

 

彼女はビートチェイサー、父親の影響で走るよりも冒険する方が大好きという変わり種。何時の間にか出掛けていて帰って来た時には必ずお土産を持って配るのがお決まりのパターン。そんな放浪癖の影響か、大学生にも拘らず休学しがち……なのだが別の方面でもかなり優秀なのか問題になっていないかとか……。

 

「今回ので良い論文が書けそう~♪」

「まあそれは良かったとは思いますが、偶には真面目に授業に出たらどうです?先生泣いてますよ多分」

「う~ん……気が向いたらね♪」

 

サムズアップと共に笑う先輩に溜息が漏れる。真面目にしていれば学校一の秀才なのに……そんな彼女だが、恐らくだがレースに出ても相当に強いとチェイスは思っている。何せ、彼女が行くのは未開のジャングルだったり無人島ばかり。そんな土地ばかり行くので肉体も相当に鍛え込まれている。随分前にスカウトを受けた事もあるという話も聞いた。

 

「いやぁニュース見てビックリしちゃった、無敗の二冠なんて先輩として鼻が高いよ」

「それは嬉しいですが、失礼ですけど先輩に何かをして貰ったという記憶はないのですが」

「どっちかと言えば迷惑かけたもんね」

 

訪ねて来たと思ったら全身泥だらけ、木の枝や葉っぱが付きまくる、空腹の状態で庭先で倒れこむなどなど……毎回毎回仰天するような姿でやって来るのがビートチェイサーだった。だが、身なりを綺麗にしてから語ってくれるのは自分がして来た冒険譚だったりお土産の出自だったりと楽しい話ばかりだった。

 

「まあ兎も角元気そうで何より何より~後はいこれ、お土産のタケノコの山」

「あっどうも―――」

 

思わずお菓子かな?と思ったのだが……リュックの中から大量の筍が山のように出て来た。少しもすれば庭の一角に筍が積み上がって出来た小山が完成した。

 

「―――マジの筍の山……?」

「いやさ、知り合いのお爺ちゃんが畑を荒らしてるイノシシで困ってるって言うから退治してあげたら竹林持っててさ。御礼って事で一杯貰ったんだよね、あと30分ぐらいで猪のお肉も来ると思うよ、これからなんだっけ……そうそう菊花賞なんだからパワーつけなきゃいけないんだから!!だからパーティやろパーティ!!」

「あっはい、有難う御座います……でも処理、如何しよう……」

「それなら大丈夫、助っ人にカブっちゃんディケたんと呼んでるから」

「あの二人をそんな風に呼べるのは先輩だけですよ……」

 

脳裏を過る二人のウマ娘、チェイスとしては二人も良い先輩ではあるが色々と性格が強烈なので少しだけ苦手意識がある。年上だろうが立場が上だろうが平然としながら意見を言える程に胆力に富んでいる二人をちゃん付け&たん呼び出来るのは彼女位だろう。

 

「さあさあ早く仕込んじゃお、私も手伝うから。ドラちゃんに話聞かれてるからいっぱい作らないとマジで一瞬でなくなるよ?」

「それを早く言ってくださいマジで今すぐ始めないとダメじゃないですか!!?」

「アハハハッ!!そうだね~私達が食べる分まで食べられかねないもんね~」

 

如何やら暇なんて言っている状態ではなくなってしまった、パーティをやるのは決定事項な上にあの大食漢が来るなら本当に急がなければならない。あのオグリキャップと良い勝負をする程なのだから……。

 

「というか何で私の家なんですか会場!?」

「だってチェイちゃんの記念パーティーだし」

「ああもう駄弁ってる暇がない、先輩は取り敢えずお二人を早く連れてきてください!!」

「合点だ!!」




ビートチェイサー

天倉町在住のチェイスの先輩。
別名2000の特技を持つウマ娘。
中央からスカウトを受けた事があるが、あまり覚えていないらしい。


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第61話 掲示板回

二回目の掲示板回。

今回はチェイスだけの話題ではない。


16:名無しのウマ娘ファン ID:nWFjTW446

 マッハチェイサー、ちょっと化物すぎねぇ?

 

17:名無しのウマ娘ファン ID:easD6Re9O

 >>16

 おっ?なんだチェイスアンチか

 

18:名無しのウマ娘ファン ID:NsMEMPLvn

 よくもこのスレに顔出せたな

 

19:名無しのウマ娘ファン ID:tHauNAmwB

 覚悟は良いか

 

20:名無しのウマ娘ファン ID:nASEt1BQr

 俺は出来てる。

 

21:名無しのウマ娘ファン ID:UOpT8ijTl

>>16

 判決、死刑!!

 

22:名無しのウマ娘ファン ID:nWFjTW446

 待って待って!!俺が言いたいのはそう言う事じゃないんだよ!!

 

23:名無しのウマ娘ファン ID:4WkVgl1RU

 >>22

 ええい見苦しいぞ!!!

 

24:名無しのウマ娘ファン ID:EJZmjDqwf

 貴様の一介の男ならば、潔く腹を切れい!!

 

25:名無しのウマ娘ファン ID:nWFjTW446

 何これのノリ、めっちゃ怖いんですが。

 いや、俺トレーナーやってんだけど担当の子が凄いマッハチェイサーを打倒目標にしてるんだよ。

 

26:名無しのウマ娘ファン ID:Hmdh1pCS6

 >>25

 何だそう言う事か。

 

27:名無しのウマ娘ファン ID:JQTmpb5z1

 辛く当たって悪かったな。

 

28:名無しのウマ娘ファン ID:7QGB6PMhq

 >>27

 や さ い せ い か つ

 

29:名無しのウマ娘ファン ID:i70KixLDq

 いきなりそれ使うんじゃねえよwww

 

30:一般トレーナー ID:nWFjTW446

 そこはやさしいせかいやろがい!!

 

31:名無しのウマ娘ファン ID:dd507GDES

 首を出せい!!

 

32:名無しのウマ娘ファン ID:FMGjS5mKh

 総スカンで芝

 

33:名無しのウマ娘ファン ID:VMF79BTJc

 まあ兎も角、このスレだと気を付けな。

 ここには自称チェイスのファン一号おるから。

 

34:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:S9ns+ZLdC

 >>33

 俺を呼んだか!!

 そして新人、これでお前とも縁が出来たな!!

 

35:名無しのウマ娘ファン ID:GFduTuMlX

 >>34

 うわでた。

 

36:名無しのウマ娘ファン ID:9wpmRG1kl

 待ってましたファンニキ!!

 

37:名無しのウマ娘ファン ID:hVIf3HNWz

 というかキャロットマンに出て来たあいつはやめろwww

 

38:名無しのウマ娘ファン ID:YkW6ZDMt9

 インパクトの塊でキャロットマン完全に喰ってたからなwww

 

39:名無しのウマ娘ファン ID:IkdwHcBjA

 というか守備範囲広すぎだろファンニキ。

 

40:名無しのウマ娘ファン ID:KqBAblfDh

 ウマキュアも熟知してたろアンタ。

 

41:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:S9ns+ZLdC

 ファンとして、当然の嗜みだろ。そして―――

 トレーナー、貴様はアンチか?

 

42:名無しのウマ娘ファン ID:dOgnL1e4O

 ひぇっ

 

43:名無しのウマ娘ファン ID:vZWMt6mzK

 普通に怖いから止めろ。

 

44:一般トレーナー ID:nWFjTW446

 いやアンチではない。俺としては寧ろすげぇなぁ……という言葉しか出ない。

 担当の子は目標にしてる。

 

45:名無しのウマ娘ファン ID:49zUKithA

 あ~……成程な。バリバリ活躍中だし。

 

46:名無しのウマ娘ファン ID:FIFhg1TFa

 逃げウマ娘だとサイレンススズカ辺りを目標にするって聞いたな。

 

47:名無しのウマ娘ファン ID:U9qLub6Uy

 その辺りは同じ世界で戦うウマ娘の運命みたいなもんだろ。

 

48:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:S9ns+ZLdC

 憧れは良いけど、そのままチェイスになろうとするのはアウトだな。

 

49:一般トレーナー ID:nWFjTW446

 俺もそこは理解してるけど、なんかスゲェレース見返してるんだわ。

 でも勝ちたいから見てるらしい。

 

50:名無しのウマ娘ファン ID:pq/YdENZF

 それならセーフか。

 

51:一般トレーナー ID:nWFjTW446

 俺も最近は一緒になって研究してる。でも……

 ま っ た く か て る き が し な い。

 

52:名無しのウマ娘ファン ID:8+qvLxr2n

 芝www

 

53:名無しのウマ娘ファン ID:Q7R6FAbij

 素直でよろしいwww

 

54:名無しのウマ娘ファン ID:I6JMAlYWL

 確りしろやトレーナーwww

 

55:一般トレーナー ID:nWFjTW446

 ふっつうに分かんねぇよどうすりゃいいんだよ!!?

 あのペース崩さない一定の走りも追い込みもそう簡単に対策なんて出来ねぇよ!!

 出来たとしてもあのこ逃げまで出来るんだぞ!?如何すりゃいいんだよ!!!

 

56:名無しのウマ娘ファン ID:4mMZAgUIO

 >>55

 どうどう。落ち着け。

 

57:名無しのウマ娘ファン ID:jCWupz95i

 あ~……対戦相手目線だとやっぱりそう言う事に何のな。

 

58:名無しのウマ娘ファン ID:WVZ1ozD8y

 改めて追い込みでも逃げでも出来るってやべぇな。

 

59:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:S9ns+ZLdC

 そこはチェイスだし。

 

60:名無しのウマ娘ファン ID:KnQqtdpGb

 それだけで済ませてやるな、一般ニキが絶望するぞ。

 

61:一般トレーナー ID:nWFjTW446

 もう絶望してるわ!!

 もう何度も対決してるのに勝てねぇんだよ!!!

 

62:名無しのウマ娘ファン ID:/vqIc0Q83

 >>61

 えっ何、もう戦ってんの?

 

63:名無しのウマ娘ファン ID:NxIZlxdAH

 っつう事はもしかして……あの子アタリか?

 

64:名無しのウマ娘ファン ID:pNA/3W6r+

 いやいやいやあの子かも。

 

65:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:S9ns+ZLdC

 >>62

 >>63

 >>64

 おっと、勝手に予想するのは結構だが口に出すのはマナー違反だ。

 

66:名無しのウマ娘ファン ID:M7bxg+uR3

 悪い、無粋だった。

 

67:名無しのウマ娘ファン ID:Y90+R6zGb

 一般ニキも悪かった。

 

68:一般トレーナー ID:nWFjTW446

 ああいや、俺の方もすいませんでした。マジで行き詰まってて。

 

69:名無しのウマ娘ファン ID:TYJI17klt

 トレーナーさんだもんなぁ……担当の子と二人三脚だから俺達とは目線も違うだろうし色々悔しさもあるだろうしな。

 

70:名無しのウマ娘ファン ID:tyyU9D5Bv

 色々溜まってるって奴だな。

 

71:名無しのウマ娘ファン ID:Qlduz4yuO

 >>70

 しょうがないにゃあ……

 

72:名無しのウマ娘ファン ID:CWL1AvAHd

 >>71

 おめぇは何やってんだwww

 

73:名無しのウマ娘ファン ID:fHcW5Xg6W

 でもチェイスだけじゃなくてゴルドドライブの方は良いのか?

 

74:名無しのウマ娘ファン ID:+obatdrk0

 出たよチェイスと並んでクラシック最強格の一人。

 

75:名無しのウマ娘ファン ID:cdjVVKOnk 

 というか最早二強状態だよな。

 

76:一般トレーナー ID:nWFjTW446

 話題で分かると思うけど俺の担当クラシック三冠の路線だから当たらないんだ。

 でもシニアだと当たるからなぁ……。

 

77:名無しのウマ娘ファン ID:LshmsAZmN

 でもゴルドドライブもかなりやばいよな。

 

78:名無しのウマ娘ファン ID:blSs//lKb

 レース中はゴルドに近寄るな、だっけ。

 

79:名無しのウマ娘ファン ID:KqCbK8t5c

 近寄っちゃだめってどゆこと?

 

80:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:S9ns+ZLdC

 >>79

 ゴルドドライブは相手のウマ娘の走法をコピーできるんだよ。

 しかも自分の走りにプラスしてな。

 

81:名無しのウマ娘ファン ID:1m3QNDzaH

 ―――ギャグだよなそれ?

 

82:名無しのウマ娘ファン ID:XOdW0iyTx

 ところがどっこい。

 

83:名無しのウマ娘ファン ID:l5FJ8knq+

 夢じゃありません。

 

84:名無しのウマ娘ファン ID:NotC3KJfS

 現実、これが現実……!!

 

85:一般トレーナー ID:nWFjTW446

 マジなんだよ。俺の同期がティアラ路線の子を担当してるけど、コピられて惨敗してる。

 だからマーク戦法が通じない、やったら自分の走りを奪われるんだよ。

 

86:名無しのウマ娘ファン ID:us1CLfgG6

 マーク通じないって何それ。

 

87:名無しのウマ娘ファン ID:n5HfrLro2

 曰く、ゴルドラン。相手の強さを自分の物にするらしい。

 

88:名無しのウマ娘ファン ID:tPXRcEKhI

 勇者かな?

 

89:名無しのウマ娘ファン ID:so2Gg7FUZ

 黄金勇者はお帰り下さいwww

 

90:名無しのウマ娘ファン ID:6ggzWlTve

 そっちじゃねえよwww

 

91:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:S9ns+ZLdC

 弥生賞でチェイスもゴルドと走った時、コピられてたっぽいしな。

 だが其処は我らがチェイス!!それを捻じ伏せたの上で勝ったのだ!!

 

92:名無しのウマ娘ファン ID:Y0KdA6aHj

 マジかよ。いや勝ったのは知ってるけど。

 

93:一般トレーナー ID:nWFjTW446

 えっそれマジで!!?ゴルドランを破ってんの!?どうやって……!?

 

94:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:S9ns+ZLdC

 流石に分からんけど、ラストで二人が並んだ時にゴルドが抜きそうになった所でコピってるって中央の友人がいってた。

 でもそこで更にチェイスが加速してるからそこでなんかしたんだと思う。

 

95:名無しのウマ娘ファン ID:fA1oKj7ob

 マジか、皆で見ようぜ!!

 

96:名無しのウマ娘ファン ID:Zx51ZAphm

 賛成!!

 

97:名無しのウマ娘ファン ID:vfPqvEDpk

 うわ、だとすると再戦する時にどうなるんだろ!?

 

98:名無しのウマ娘ファン ID:y5Cqsp4Xd

 今から超楽しみになってきた!!

 

99:名無しのウマ娘ファン ID:b5y7fkUM1

 有で再戦誓ってるんだよな。

 

100:名無しのウマ娘ファン ID:eAcSXQhMO

 三冠とトリプルティアラ取った上でな。

 

101:一般トレーナー ID:S9ns+ZLdC

 これは貴重な情報だ、シニアに向けて対策が取れる!!

 

102:名無しのウマ娘ファン ID:UhcJOBRQ9

 頑張れ一般ニキ。俺はチェイス推しだけど頑張るトレーナーとウマ娘は素直に応援するぞ。

 

103:名無しのウマ娘ファン ID:Bc/8nSJld

 同じく。頑張れ!!

 

104:名無しのウマ娘ファン ID:Vo2BLYOfz

 頑張れ多分あの子のトレーナー!!

 

105:名無しのウマ娘ファン ID:6BxX8iuKN

 チェイスに勝てるか分からないけど頑張れよトレーナー!!

 

106:名無しのウマ娘ファン ID:nWFjTW446

 うん応援は嬉しいんだけどなんか腹立つ応援だなおい!!

 

107:名無しのウマ娘ファン ID:ZPa1cThPR

 此処のスレ民はチェイス推し故。

 

108:名無しのウマ娘ファン ID:ibjmzOHZO

 致し方なし。

 

109:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:S9ns+ZLdC

 まあ是非もないよね!!



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62話

自分が主役のパーティーと言われながらも結局キッチンに立ち続けていたチェイス。これも全部天倉町が誇る大食漢が悪い。絶対彼女はオグリキャップやスペシャルウィークといい勝負が出来ると内心で想いながらもチェイスは久しぶりの天倉町を走っていた。

 

「フッフッフッ……」

 

規則正しい呼吸を行いながら走る、速度は約40キロで車とも楽勝で並走出来る。レースを行うウマ娘としてはかなり遅めの速度だが、別に速度を求めている訳でもトレーニングの為に走っているのではない。休養していた時に溜まっていたストレスを解消するために走っている。

 

「天倉町で走るのは一番だ、矢張り此処が私の魂の場所だ」

 

カッコつけた言い方だが、それだけチェイスにとってここで走る事に馴染みを感じつつ喜びを覚えるのだ。それだけ自分はこの町を愛している。ビートから聞いた事だが自分の影響もあってこの町を訪れる者は増加傾向にあるらしい。インタビューで自分が名前を出したからだろう。それでもこの町は良くも悪くも田舎で目ぼしい物はないし盛り上がりに欠けると言われたらそこまでの町。故に自分を活用してくれてもいいと思っていたが―――天倉町はそんな事はしなかった。

 

そのような話が持ち上がらなかった訳ではないが、直ぐに取り下げられたらしい。個人が町に頼るのは正しいが、町が個人に頼るのは間違っていると取り下げられたらしい。

 

「全く……愛おしい町です本当に」

 

そんな町だからこそ父と母の子供である自分を愛してくれたのだろう、我が子のように扱ってくれたのだろう。だからこそ自分は走る、愛に応える為に―――

 

「いやはや本当に凄い活躍だよ、マッハチェイサー。また会えて光栄だね」

「そうですか、何の用ですか―――仁良 光秀」

 

 

嫌な声が聞こえてくる。上から見下ろしつつも此方をバカにするような物を含めた小物の声、振り向くとそこにはニヤニヤと気色の悪い笑みを浮かべている自称父の元上司の仁良 光秀がいた。チェイスが二度と会いたくないと心の底から思っていた男がそこにいた、というか顔を見るまで考えないようにしていた。だが、同時に嬉しい顔もあった。

 

「ゴルドお久しぶりです」

「久しいなチェイス、壮健なようで何よりだ」

「ゴルドこそ。活躍は聞いております」

 

ひょっこりと背後から顔を出すのはライバルであるゴルドだった。出来れば彼女だけに会いたかった……と思いつつ沖野から持つように言われていたICレコーダーをONにする。

 

「呼び捨てとは、礼儀が無いらしいね。流石は泊巡査の娘か?」

「引き取った娘相手に屑呼ばわりされる貴方ほどではありません」

「なっ……お前私に拾って貰った恩を忘れたのか……!?」

「知ってるか、一時の恩はその後の行いで捨てられるという事を」

 

ゴルドは仁良に引き取られた事なんて恩とは思っていないだろう、既に彼女はレースでの獲得賞金などもあって既に自立しているとメールで聞いた。

 

「それで何の用ですか、ゴルドに私を潰せと言った仁良 光秀さん」

「グッ……このガキィ……!!」

「おい三下、いい加減にしておけ」

 

刹那、仁良は一気に顔を青くしながら身体を震わせていく。まるで生まれたての小鹿のようなプルプル加減。ゴルドがドスの利いた声と怒りを露わにしたからだろう。

 

「部下の墓参りなんてらしくない事を言いだすと思って、着いてきて正解だったな」

「ゴ、ゴルドお前!!わ、私は養父だぞ!!何だその口の利き方は!!そんな風に育てた覚えはないぞ!!」

「奇遇だな、私もお前にまともに育てられた覚えはない。私を育ててくれたのはお爺様とお婆様であって貴様は名ばかりの養父だ」

 

如何やら本当に色々と大変な家庭なのが透けてくる、幸いなのが仁良の祖父と祖母は良い人らしく其方には良くされているらしい。逆に養父という外套を被っている程度の扱いしかされていない仁良はどんな風にゴルドに接してきたのだろうか……。

 

「ゴルド、この人貴方にどんなことして来たんですか。仮にも養父ならばある程度の礼節はあると思いますか」

「私もそう思う。だがこいつは私を引き取った理由は見た目が良かったのとトゥインクルシリーズで活躍させて名声を得る為なんだぞ、ウマ娘の力を知ってるから反撃が怖い、という理由で手を出されないだけ蛮野よりマシという所か」

「うわぁ……」

「やめろ、貴様まで私をそんな目で見るのか……くそ、ゴルドもうお前なんぞ知るか!!」

 

と顔を真っ赤にしつつも涙ぐみながら車に乗って走り去っていく。アクセル全開なのか、とんでもないスピードで爆走していく。普通に70~80キロは出ているのではないだろうか。本当にあれは警察なのだろうか。

 

「あの先、事故が起きやすいので警察が張ってるんですけど」

「ハハハッ捜査一課課長が警察に捕まるか、これは傑作だな!!」

「ゴルドも大変ですね」

「もう慣れたさ」

 

その表情は何処か哀愁が漂っている。その後、仁良は速度違反で島根県警に止められて大恥をかいたらしい。因みに仁良はURAとトレセン学園からチェイスの件で届いた苦情によって苦しい立場に置かれているらしく、警察内でも良くない目で見られているとの事。

 

「それでゴルドは如何して天倉町へ」

「先祖なんて何とも思ってない奴が自分から誰かの墓参りにも行くとは思えなくてな。それでまさかと思ったら着いて来たらこの町だったという訳だ、さてこれからどうするか……」

 

仁良に着いてきただけなのでこれからどうするのかは全く考えていなかったらしいゴルド。一応財布などはあるので飛行機などには乗れるし適当に観光でもして帰るかと思案中。

 

「でしたら私の家に来ませんか、私の家は民宿ですのでお客様は大歓迎です」

「民宿、それは素晴らしいな。だが突然いいのか、予約などは」

「暫くは予約は入ってませんから大丈夫です。貴方こそ予定は大丈夫なんですか?」

「お前と同じで私は休養中の身でな、暇なんだ」

 

 

そんなやり取りをすると思わず二人は噴き出して大声を出して笑い合った、なんて可笑しいんだろうか、そして笑えるのだろうか。

 

「残りは秋華賞、お前は菊花賞。その後は―――分かっているな?」

「有記念ですね」

「そうだ、その時に借りを返す。私のゴルドランでな」

「望む所です、またマッハチェイスでぶっちぎってやります」



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63話

「ただいま戻りました」

「お帰りなさいチェイスさん!!」

「お待ちしてました、あっお荷物持ちますよ」

「有難う御座いますキタちゃんにダイヤちゃん」

 

休養から戻って来たチェイス、ゴルドとの再会という思いもよらぬ出会いもあったが概ね良い休養となって心身ともにリフレッシュ出来ていた。

 

「おっ帰って来たなチェイス、如何だった久しぶりの天倉町は」

「何も変わらない町でした。私を売りにしていないので相変わらず静かな町でした」

「粋なことしてくれるねぇ」

 

天倉町はそもそもが経済的に困窮している訳でも無ければ、知る人ぞ知る穴場的な人気もあったのでチェイスを売りにする必要が無かったのもある。そして町全体の娘という扱いのチェイスをそんな風に扱うなんて事を親心が許さなかったのだろう。するにしても当人の許可は絶対に取るとの事。

 

「しかし……最後の日にはとんでもない大宴会で……」

「愛されてますねチェイスさん」

「あまり言わないでください、恥ずかしいので」

 

もうその勢いを町興しに使えよ、と言いたくなる程の大規模宴会であった。まあ宴会自体は良いのだが、その場で歌を歌えと言われたのは結構あれだった。まあウイニングライブの延長だと完全に割り切っていたが……式などの友人から新作歌えと煽られてやってしまったのだけが心残りである。

 

「にしてもこのお土産も凄い量ですね」

「多分ですが、後からもっと来ますよ。野菜やら米やら……」

 

チェイスが頑張って持ってきた分だけでも相当な量のお土産があるのにこれ以上に来ると言われて沖野は僅かに顔が引き攣りそうになった。まあそれだけチェイスが愛されているという事の証明だが、それを考えると良家の御令嬢であるサトノダイヤモンドやキタサンブラックの事を考えるとそれ以上に来る可能性があるのでは……と僅かながらにこれからの事に不安が募りそうになって来た。

 

「兎も角お土産は有難く貰うな、天倉巻あるか?何だったらトレーナー仲間に配って来るから、おハナさんも喜ぶと思うし」

「そうしてくださると助かります、所で他の皆さんは?」

「皆コースで練習中、キタとダイヤはメイクデビューに向けての話をする為に来て貰ってんだ。後はビルダーとバジン待ちだな」

 

「お待たせしましたぁぁぁあ!!」

「うっさい……」

 

噂をすれば影とはよく言ったもんである。名前を出した途端にビルダーとバジンが扉を大きく開けながら入って来た。そしてそれに応じるような形で振り向いてみると案の定というか何時もの反応というか……

 

「チェイ、スさん……が帰って来たぁぁぁぁぁ!!!我が世の春が来たぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「もう6月で梅雨時」

「さあ盛り上がって参りましたあぁぁぁぁ!!」

 

最近では卒倒する事すらなくなってきたが代わりにテンションが簡単に天元突破するようになってきたビルダー。沖野もこれには見慣れるようになってきた、というかゴールドシップに拉致られたりしている彼としては騒ぐ程度で動じる事なんてないのかもしれない。

 

「はぁ……なんでこんな奴と同室なんだよ……」

「大丈夫バジンちゃん」

「……チェイスが居ない間、ずっとテンション低いと思ったら急激に上がるし部屋だと神棚作ってなんか祀ってるし……」

「それだけチェイスさんを尊敬してるって事だよ」

「はぁ……だったらこっちに迷惑かけないでほしいわ……」

 

憧れ且つ最推しであるチェイスと会えなかったビルダーの調子は極端に悪かったとの事、故に時折チェイスのレース映像やらダンスの練習映像を見せて調子の維持をしていたと沖野は語る。尚、時折露出の高い衣装で踊っていた際は鼻血を出していたとの事。

 

「んじゃまあ取り敢えず話を始めるか、チェイスも一応参加してくれるか?参考までに話聞きたいし」

「分かりました」

 

と言っても自分のメイクデビューの時の話は全く参考にならないと思うのだが……だって転入して3週間でデビュー戦だったのだから……それでも力になれるのならと参加する事になってバジンの隣に座る、すると隣からバジンが顔を伏せながらも小さく話しかけてくる。

 

お帰りチェイス……さん

「ええ、ただいま」

 

なんだかんだでバジンもチェイスの帰りを待っていたのだ。それを言葉にして返答を貰うと直ぐにそっぽを向いてしまうが、耳と尻尾は嬉しく揺れている。本当にツンデレ気質だなぁ……とチェイスは思うのであった。

 

「もう直ぐ夏合宿だ、そこでの仕上がりを見つつ具体的なメイクデビューを決めようと思ってる」

「合宿!?凄い楽しみになって来たねキタちゃん!!」

「うん、どんなことするだろう……?あっそうだ、トレーナーさん合宿なら宿泊場所が必要ですよね。それならサトノグループにお任せください」

「おっマジで?ンじゃ後で合宿の予定地渡しちまってもいいか?」

「はいお任せください♪」

 

満面の笑みで快諾する。流石巨大コンツェルンであるサトノグループの御令嬢……簡単にそんな事を言えるのは流石としか言いようがない。

 

「初めての合宿になるだろうからお前達は他の面子と同じようにガッツリ鍛えようと思うなよ、基礎的な部分を集中的に鍛えてその先を狙うようにな。まずはメイクデビューだ、特にバジン」

「……何」

「お前は如何にもチェイスに倣おうとしてる節がある。お前はお前らしく走ればいい、この合宿でそれを確かめてくれ」

「……分かった」

 

本人的には良く分からないらしいが、如何にもそんな節があると沖野は語る。彼女の脚質は先行、チェイスを何処か意識した走りをして自分の走りを阻害している。それでも他の新入生から頭一つは飛び出る程には彼女は素晴らしい逸材だが……自分の走りが出来れば確実に三冠は狙えると沖野は思っている。

 

「あとビルダー。お前は芝かダートどっち出たいかも決めといてくれ」

「どっちもは駄目ですか?私としてはデジたん先輩に倣うのも悪くないと思ってますけど」

「いや駄目って訳じゃないが……誰かに倣ってそうしようってのは駄目だな、自分でしっかり考えてそれなら文句は言わない。だから合宿でそれについても考えてくれ」

「は~い」

 

ビルダーは芝だろうがダートだろうが走りが乱れない、バ場状態がどんなに悪かろうがパフォーマンスが崩れない事が最大の長所。なので当人が言うようにアグネスデジタルのように芝、ダートの双方を目指すのも悪くはない。

 

「んでチェイス」

「はい」

「この夏合宿ではお前は菊花賞を目指したトレーニングを積んでもらう」

 

クラシック三冠の最終戦、菊花賞。無敗での三冠が掛かっているが、菊花賞の3000mはチェイスにとって一番長いレースにもなってしまう。練習ではその距離にも走り切ってみせたがレースではそれが通じるかは分からない。だが幸運な事もある。

 

「合宿ではマックイーンと一緒に走って貰う事を考えてる。実力が確かなステイヤーの先輩がいるんだ、確り揉んでもらえ」

「はい」

 

メジロマックイーンの存在である。菊花賞よりも距離が長い天皇賞春の連覇経験者、生粋のステイヤーであるメジロマックイーンにその指導などをして貰うつもりでいる。

 

「そして……合宿が終わったらマックイーンは本格的に復帰させる、その前段階だと思ってくれ」

「えっマックイーンさん復活するんですか!?」

 

サトノダイヤモンドの言葉に沖野はサムズアップで応える、遂に名優とも呼ばれるウマ娘の復活。憧れのウマ娘の復活にサトノダイヤモンドは既に大興奮で隣に座っているキタサンブラックに抱き着いてしまう。

 

「さあお前らもお前らで先輩に負けるなよ、先輩を飲み込むつもりで成長してけ!!」

『はい!!』

 

その言葉と共に会議を締めながらも皆に練習に行くように促す。皆が合宿の事もあって意気揚々と向かって行く、そんな彼女らを見つめながらもチェイスも身体を伸ばしながら沖野と共に練習へと向かう。

 

「ああそうだチェイス、これだよな前にちょっかい掛けて来たって警察官って」

 

新聞を取り出した沖野はとある記事を見せて来た、そこにあったのは……全国紙の一面を見事に飾っている仁良 光秀の姿だった。そこには現職警官、またもや不祥事!?と面白可笑しく派手に書かれていた。

 

「はいこの人です、ついでにゴルドの養父です」

「養子にしてたウマ娘を置き去りにしたってゴルドドライブかよ……ほら、此処の記事にあるだぞ」

「ええ、しかも天倉町ですよ置き去りにしたの」

「……マジで?」

「マジです」

 

結局あの後ゴルドに迎えが来る事もなく、チェイスの休養最終日まで一緒に家に泊まっていった。ゴルドは天倉町を存分に楽しみ、天倉巻や武士道米をお土産にして笑顔で帰っていった。そして仁良は祖父と祖母に大激怒されたとか何とか……。

 

「チェイスだけじゃなくて娘にもって……どういう奴なんだよ、仮にも警官だろ」

「強いて言うなら……悪代官ですかね」

「せめて警察で例えてくれ、いやまあ分からなくもないが」




フルアーマー・フクキタルをお迎え出来ました。

嬉しいけど、嬉しいけど……!!


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64話

「失礼します」

「おおっ~チェイス~!!!」

 

カノープスの部室へと顔を出したチェイス、そんな彼女を最早同じチームメイトとして迎え入れていくツインターボ。彼女に限った話ではないが、チームを率いる立場である南坂トレーナーもカノープスの一員に近い認識になっているのもあれな話である。

 

「島根から帰ってきましたのでご挨拶をと、此方天倉巻やその他のお土産です」

「や~や~これはどうもどうも、ネイチャさんも天倉巻気に入っちゃってさ自作してみたんだけどなんか違うんだよねぇ……今度作り方教えて貰ってもいい?」

「勿論です」

「ターボも!!ターボも手伝う!!」

「あ~はいはい有難うね、んでチェイスはお土産くれに来てくれたの?」

「いえ、本題は此方です」

 

そう言いながら取り出したのは小さな箱、その箱をテーブルの上に置きながらもそれをゆっくりと開けた。そこにあったのを見て目を煌かせるツインターボ、何故ならば其処にはチェイスが送って来た画像と全く同じ物がそこにあった。マッハドライバー蒼炎とシフトツインターボ、ツインターボ専用のドライバーとシフトカーである。

 

「これが以前チェイスさんから送られて来た画像の……」

「ターボの専用のドライバーだね!」

「チェイス、これ本当に、えっ本当にターボのだよね……!?」

「はい。クリム父さんがターボ先輩に合うように調整した専用仕様です」

 

蒼く塗装されたマッハドライバーにツインターボのオッドアイの瞳に合わせたようにカラーリングされたシフトカー、正しく専用仕様の変身セットにツインターボの喜びは天元突破しそうになっている。

 

「チェイスゥゥゥ本当に有難う~!!!」

「まだですよ、先ずは変身しないと」

「ハッ確かにそうだ!!じゃあすぐに、直ぐに変身する!!」

 

と今直ぐにとドライバーとシフトカーを手に取るのだが―――南坂トレーナーに流石に部室内では勘弁してくださいと言われたので外でやる事になった。

 

「おや、チェイスじゃないか。島根から帰って来たのか?」

「ルドルフ会長、はい戻ってきました。お土産は後程生徒会室までお持ち致します」

「それは有難いな」

 

部室から出ると直ぐに鉢合わせたのはまさかのシンボリルドルフであった。何をしているのかと聞いてみると今年も多くのウマ娘が入学し、各チームに多くの新人が入っているので必要によっては部室の改築や新設チームの為の新しい部室などを作らなければいけないのでその最終チェックと気分転換代わりの見回りをしていたとの事。

 

「そだ!!カイチョーもターボの変身見てってよ、これチェイスのお父さんがターボの為に作ってくれたんだぞ!!」

「ほう……噂に聞くマッハドライバー、という奴だな。興味深いな、私も見学させて貰ってもいいかな?」

「いいよねトレーナー!?」

「ええ、私はターボさんさえ良ければ」

 

実はシンボリルドルフもドライバーは良いなぁと思っていたらしく、許可さえ下りたら真っ先に申し込みをしようと思っているらしい。

 

「えっとまずはドライバーを腰に押し当てるっと……おおっ!?自動で巻き付いた、しかも全然苦しくない!!」

「随分とハイテクだな……うむ、ハイテクな技術が入ってくるな」

「今のはハイテクと入ってくるを掛けた大変面白いギャグです」

 

即座にその返しをするチェイスに一瞬、その場が凍りそうになるのだがツボに入ったのか笑いを押し殺しきれずに爆笑するナイスネイチャに生徒会長様は一瞬で調子が三段階ほど上昇したかのようなキラメキを纏って行くのだが、それは一旦放置して解説を進める。

 

「そして先輩の場合はサイドカーのような作りになってますのでバイク部分を折りたたむようにして嵌め込んでください」

「えっと……こうかな?」

「あっなんかいい感じじゃない?」

「それで次は」

「ドライバーの一部をスライドさせ、そこへシフトカーを入れてください」

 

 

シグナルバイクシフトカー!!

 

 

「おおっ!?なんか凄いカッコいいのが流れ始めた!!」

 

装填と同時に鳴り響き始める待機音声、これもデッドヒートの物でチェイスが頑張って再現した物。好評なようで良かったと胸を撫で下ろす。

 

「そしてそのまま完全にシフトカーをドライバーに収めてください、そして変身の言葉の音声を認識させればOKです」

「分かったぞチェイス!!それじゃあ行っくぞぉぉ……変身!!」

 

 

ツインッターボ!!

 

 

以前見たチェイスの変身を参考にしつつも勢いよく回転した後に右腕を思いっきり回してからの決めポーズと共に唱えられた言葉。直後にツインターボの周囲の三つの光の輪が取り囲む。頭と脚にあった光は胸の前にあった光へと徐々に近づいていき、一つになったと思ったら光は二つの光輪へと分裂すると二つのエンジンのように激しく回転しながらツインターボへと融合するかのようにぶつかる。直後に光は消えてそこには勝負服姿へと変わっているツインターボの姿があった。

 

「ッッッ……これ超カッコいい……!!超カッコいい、超カッコいいよチェイスこれ!!ねえねえねえもう一回やっていいっねえねえいいでしょ良いでしょ!!?」

「はいそれはもうターボ先輩の物ですので」

「やったぁぁぁ!!」

 

とテンションが超上がっているツインターボは解除の仕方を教わると早速変身解除、そしてまた変身する。その繰り返しをし始める。

 

「凄いターボ、凄いカッコいいよこれ!!」

「―――私も使ってみたいです」

「イクノ目が凄い光ってるよ、まあ私も使ってみたいのは同じだけどね」

「チェイス本当に有難うぉぉぉぉお!!!最高の後輩だよチェイスはぁぁぁぁ!!!」

 

抱き着きながらも大粒の涙を流して喜ぶツインターボにチェイスは少し困りつつも光栄だと言いながらも何とか泣き止ませようと努力する。そんな姿を見たシンボリルドルフはまるでトウカイテイオーのようなツインターボの姿を見て自分とチェイスは似ているなと思いながら微笑んだ。

 

「トレーナー、これテイオーに自慢して来ていい!!?いいよね絶対に良いよね、答えは聞いてない!!」

「構いませんので話は聞いて……ってターボさん!?」

「あ~大丈夫だトレーナー、私が連れて来るから」

 

と駆けていくツインターボを追いかけていくナイスネイチャ、だがチェイスもチェイスで此処まで喜ばれるとは思いもしなかった。何時の日か、ライダーシステムが勝負服の要になる日が来るかもしれない……。




ターボの変身。イメージ的にはタイプ:トライドロンへの変身が一番近い、変身の光がタイヤになって装着されるトライドロン。光が二つの光に分裂して勝負服になるツインターボ……みたいな。まあそんなイメージで。

尚、この後ターボが盛大に自慢してくれたおかげでテイオーからも使いたいという有難くも熱烈な要望が届いた。


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65話

「ハァァァァッッッ……」

「え、えっと大丈夫チェイスちゃん。なんだか疲れてるみたいだけど……ライスのハンバーグ一つ上げようか?」

「ああいえ大丈夫です、なんかすいません……」

 

昼食時、チェイスはお気に入りの鯖の味噌煮を頼んで食べようとしていたのだが……如何にも疲れているのか箸が進まずに隣に座っていたライスシャワーに心配されてしまった。別段身体に疲れがあるという訳ではないのだが……何方かと言えば精神的に少し疲れているというべきなのだろう。その疲労の原因は―――敬愛するツインターボ先輩であった。

 

「ライスさんも聞いてるかもしれませんが、ターボ先輩がマッハドライバーを本当に気に入ってしまったらしくて……」

「ああ、ライスも聞いたよ。ずっと付けてて休み時間もチェイスちゃんみたいにカッコよく変身する為に練習してるんでしょ?」

「らしいです……如何やらそれが他の先輩方の目にも止まったようで……」

「ああっ……」

 

 

「いざっ……MAXターボ変身―――トォッ!!」

 

ツインッターボ!!

 

『カッコいい~!!』

「良いでしょ~!?」

 

 

「そんな感じに宣伝してくれたのは良いんですが……ターボ先輩がご丁寧に私の手元にある予備のドライバーがあるという事まで話してしまって……是非譲ってほしいという話が来てしまって……」

「た、大変だね……」

「大変ですよ……」

 

確かに予備のドライバーは幾つか存在する、だがそれだけあっても変身出来ない。一応シフトカーやらもクリムから預かっている、というかこういった事態を想定して無理をして作ってくれた事には心からの感謝を捧げる。一応シフトカーにデータを入力して勝負服をスキャンさせれば使えるようにはなる―――が、如何せん数に限りがあるのである。

 

「一応父が無理して数は用意してくれたんですがそれでも多くは配れませんから……というか、ターボ先輩に渡したのだって言うなれば感想とか使って不具合とかないかを確かめるに近いんですよ」

「それならいっぱいの人に使って貰ったら……あっそっか取り合いになっちゃう」

「はい、誰に渡したらいいのか……」

 

それはまあ色んな方々がドライバーの希望を出してきている。身近な所ではスピカのトウカイテイオーにウオッカ、他にもウイニングチケットにビワハヤヒデ、他にはドライバーを基にして女子向けアニメのプリンセス☆ファイター通称プリファイの変身アイテムを作って欲しいという要望を出してきたカワカミプリンセス……もう素直に頭が痛くなってくる。

 

「す、凄い名前ばっかり上がるね……」

「まあマシなのはビワハヤヒデ先輩ですかね……」

 

『マッハチェイサー、済まないが私にも例のドライバーを見せて貰う事は可能だろうか』

『えっ見るだけ、ですか?』

『まあ欲しくないかと言われたら素直に首を縦に振るだろうが、純粋に興味深いのでな―――一つ聞きたい、この髪をそのドライバーで何とか出来たりするだろうか』

『……えっと……父さんに相談してみますね』

『有難い……!!』

 

ビワハヤヒデは何方かと言えば自分の髪の毛を何とか出来るのでは!?という期待の現れであった。兎も角、クリムとハーレー博士に相談する事は決まった。完全に何とかする事は出来ないが、自分の髪で窒息する事が無くなる位には髪を纏められる安眠キャップが後日ビワハヤヒデに送られて、涙を流して感謝されたチェイスが居た。

 

その先輩を除外したとしても希望者が多いというのが悩みなのだが……尚その中には確りとハリケーンも存在しており、サクラバクシンオーと共に変身して桜吹雪を驀進的な勢いで広めるとか何とかいってたような気がする。同室なので非常に煩い。

 

「もういっその事ライスさん使います?」

「ふえっ!?ラ、ライスが使うの!?え、えっと嬉しいけどライスは自分で勝負服着るの好きだから大丈夫だよ?ああでも違うよ!?使うのが嫌な訳じゃないよ!?」

「その位分かりますよライスさん」

 

最初こそ少し考えていたが断りを入れつつチェイスの気を悪くしてしまったのでは!?と思って大慌てて訂正する姿に思わず愛らしさを感じて思わずキュンと来る。なんだろう、こんな妹が欲しかった……と心から思うと同時に彼女は高等部で自分の先輩なんだよな……と思い直す。

 

「お隣失礼しますチェイスさん」

「ブルボンさん」

 

そんな話をしている最中にやって来たのは未だに一緒に居るとどっちがどっちだっけと言われてしまうミホノブルボンだった。特に新入生には姉妹やら分身の術やら言われたりしている。

 

「チェイスさん、あの変身を近くで見る事は可能でしょうか」

「えっともしかしてブルボンさんも……」

「はい、是非使用してみたいと思っております」

 

心なしか彼女の瞳は輝いているように見えた、意外にもそういう方面に理解があるのだろうか……まあ勝負服的にはミホノブルボンが一番ドライバーがあっているような気がしなくもないとチェイスも思ってはいた。

 

「えっと……ブルボンさんなら私の奴が何とか行けるのかな……分からないですけど、出来たとしても私の勝負服になっちゃいますが」

「大丈夫です、私は気にしません」

「着てみたいんだねブルボンさん……」

「はい、マスターもあれはロマンだと言っておられました」

 

如何やら彼女のトレーナーも其方には明るいらしい。

 

「えっと……取り敢えず、父さんにもう少し数送れないか相談してみます……」

「是非お願いします」

「え、えっと早くご飯食べちゃお?もう直ぐ鐘なっちゃうよ?」

「「そうですね、そうしましょう」」

 

即座に異口同音になるチェイスとミホノブルボンを見て、思わず微笑んでしまうライスシャワーであった。



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66話

マッハドライバーの予想外の大人気に流石のチェイスも困惑を隠しきれなかった。まさか自分の趣味全開のものがウマ娘界隈で此処までの波紋を生み出すなんて考えもしなかった。あの音声も自分は馴染み深いし感動もあるが、受けは悪いと思っていたのにノリが良いと概ね好評で困惑しか生まれない。

 

「チェイスチェイス、こういうポーズを考えてるんだけどどうかな!?」

「えっとそうですね……」

「こっちがいいかな!?」

 

そしてそんな大人気の火付け役にもなってくれたツインターボ、常にドライバーを付け続けながらどんな変身ポーズが良いのかと考えているらしく偶然顔を合わせたチェイスにこのポーズは如何か!?と意見を求めている。宛ら変身のおもちゃを買って貰ったばかりの子供とその姉と言った感じになっている。

 

「いやいやポーズならこっちの方が!!」

「おおっそのポーズも良いなぁ!!でもターボ考案のこれに勝てるかな!?」

「ムムッこれは中々……!!」

 

そこにビコーペガサスも入ったらもうチェイスでは止めらない。特撮好きであるビコーペガサスはビコーペガサスで憧れのキャロットマンのようになるために跳び蹴りの練習をしていたりポーズの練習を既にしていた身なので現在のツインターボと反りが合わない訳もなく、凄い勢いで仲良くなった上に一緒に変身談義迄始めてしまった―――ならば其処に自分が混ざらないなんてあり得ないとチェイスも参戦する。

 

「それならこれも良いと思います」

「それも良い!!じゃあこんなのは!?」

「ムムッそれならターボはこんなのだぁ!!」

 

と何時の間にか話は白熱して変身ポーズ談議に花が咲くのであった。そしてウイニングライブ中にこれらの事を活用できないかという話になったりもしたりして……そんな時間を送りつつもビコーペガサスには約束であるのでマッハドライバーを渡す。そして残りのドライバーについては……

 

「では申し訳ありませんがお願いします」

「任せておくと良い、私の名前に掛けて相応しい相手に託すことを約束しよう」

 

生徒会に委ねる事にした。ドライバーの使用権利を得る為のレース開催を企画してくれるという事なので、其方に全面的に任せる事にした。一先ずこれでなんとか自分に色々と話を持ってくるのは少なくなるだろう……まあ完璧に無くすことは無理だろうが。

 

 

 

そんな事もありながらもチームスピカは合宿に向かう日がやって来た。が、如何にも先輩方の反応はあまりよくはない。何でも隣でリギルが立派なホテルに泊まっていたのに、自分達は隣のかなりボロい旅館だった事があって随分と気にかかっているらしい。

 

「お前らなぁ……まあ今回は安心しろ!なんたって今回はダイヤの心遣いでサトノグループのホテルだからな、その辺りは安心していいぞ」

「やった~!!それなら安心出来るね」

「ダイヤちゃん態々ありがと~!!」

「いえいえ、この位お安い御用です♪」

 

笑顔でそんな事を言えてしまう辺り、本当にお嬢様なのだなとも思ってしまう。兎も角良い環境である事は確定している事に安心を浮かべているメンバーが多い中、沖野はある事を言う。

 

「実を言うとな、天倉町での合宿も考えなくはなかったんだよな~」

「天倉町っつうとチェイスの故郷か?」

「ああ、折角チェイスの実家は民宿やってるし毎朝走ってたっていうコースを走らせるのも悪くないって思ってたが断念した。流石に10人以上で民宿はきついと思ってな」

「いけない事はないでしょうが、色々と難しいかもしれませんので英断ですね」

 

一般住宅としては広い部類に入る家ではあるが、それでも流石に10人以上が泊まるとなると流石に狭く苦しく感じるだろうし流石に色々とキツいので遠慮させて貰った。

 

「後、今回はカノープスとも合同合宿だ。合宿中は合同トレーニングや模擬レースが目白押しだ、今回の仕上がりによっては芙蓉ステークスでのデビューも考えるからな。気合入れてけよ新人諸君」

 

そんな言葉に新入部員達は気合の籠った表情で返事を返す。そして沖野はチェイスへと声を掛ける。

 

「特にチェイス、この合宿の後にお前は菊花賞が待ってる。それを見据えて徹底的に扱くぞ、マックイーンにゴルシ、長距離相手は頼むぞ」

「承知いたしましたわ、メジロ家の名に恥じぬ走りをチェイスさんに御披露し菊花賞への力になりますわ」

「まあこのゴルシちゃん全部任しときな!!んじゃチェイスは着いたら遠泳な、取り敢えず20キロ!!」

「分かりました」

「いや勝手に決めるなっつの!!最初はカノープスと合同でミーティングだっつの!!チェイスも簡単に了承すんじゃねえ!!」

 

少し慌てた様子で止められるが、こう見えてチェイスは泳ぐ事は得意なので問題はないと思われる。だがまあ、トレーナーが組んだスケジュールに従うべきだと思いつつもチェイスは窓の外の景色を眺める。

 

「……」

「チェイスなんかあった」

 

そんな自分に隣のバジンが声を掛けてくる、何処か心配するような瞳を作っている。自分が何やら無理をしているように見えたのか、それとも……兎も角何も心配ないと言わんばかりに彼女の頭を撫でる。

 

「大丈夫です、一緒に合宿頑張りましょう」

「……勝手に撫でるな」

 

口こそ悪いが、撫でられているバジンの耳と尻尾は嬉しそうに動いている事を見たサイレンススズカは微笑ましく見守った。



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67話

始まった夏合宿。今回はクラシック三冠のラストに挑戦するチェイスもいる事もあってキツめにすると前々から宣言されていたのでその内容も中々に辛い物となると沖野も宣言していた。その最初はいきなりカノープスとの合同トレーニング。

 

「まず見本としてツインターボ、スペ、スズカ、マックイーン、チェイス、タンホイザで走って貰う」

「おっ~いきなりか、どんなメニューでもドンと来い!!」

 

トレセン学園の水着を着用して砂浜へと集合した一同へと沖野と南坂トレーナーがメニューを確認しつつ、最初に六名を選出して見本として走るように言われる。それに気合を出すツインターボだが、これからどんな風に走るというのだろうか。しかも選出されたのはスピードに自信があるツインターボとサイレンススズカ、そして長距離が得意なメジロマックイーンとマチカネタンホイザ。この面子で何をするというのか。

 

「まずお前達には横並びで走って貰うんだが……今呼んだ順に先頭を走ってくれ」

「ってこれは……最初はターボが先頭で良いってこと?やった先頭だ~!!」

 

一番最初に一番先を走れる事に喜ぶ先輩に笑みを零すチェイスだが、直ぐ近くで僅かにムッとしているサイレンススズカがみえた。矢張り先頭を譲るというのは彼女にとっては嫌な事らしい。

 

「んでだ、こっからあそこまでツインターボが先頭で走ったら今度はスペが先頭で、次がスズカで次がマックイーンで感じなんだが……先頭になった奴は自分が今出せるスピードを出せる限り出して走ってくれ、んで他はそれに追いつこうとしてくれ」

「えっそれって……ツインターボさんとかスズカさんに続けって事ですか!!?」

「そう言う事だ」

「これはスピードとスタミナの強化を兼ねてます、シャトルラン形式ですが休みなしの連続ですのでかなりきついですよ」

 

一番最初がツインターボ、しかも彼女は性格上確実にMAXスピードを出すに違いない。その次はスペシャルウィーク、そして次はサイレンススズカ……それらが終わっても今度は長距離が得意なメジロマックイーンとマチカネタンホイザが控えているので速さを維持したままになるであろう。

 

「んじゃ行くぞ、よぉ~い……スタート!!」

「ターボ―――MAXダァァァァアシュ!!!」

 

「ってええええっツインターボさん速すぎません!!?」

「この後走る気あるんですの!!?」

 

スペシャルウィークとメジロマックイーンが驚愕してしまう程の爆速でスタートダッシュを決めると即座にトップスピードに到達したツインターボに思わず驚きの声が漏れる。チェイスとの勝負を続けている為か、スタートダッシュも相当に上達しているのか一瞬で最高速度に到達できるようになっているツインターボ。それに喰らいつけというのだからこれは相当にきつい、しかも地面は砂浜。足は取られて走りにくい。

 

「追い付け、ない……!!」

「流石ターボ先輩……!!」

「ターボやるぅ!!って追い付いてる!!?」

「嘘!?」

 

たった一人、ツインターボに追い付けていた。それはサイレンススズカ。先頭の景色は譲らんと言わんばかりに隣に並んだ、他のメンバーは6身差はある。そしてそのままスズカはターボと共に真っ先にゴールする。

 

「やるなぁスズカ!!でもお前が先頭の時は直ぐに追い付くぞ!!」

「ええ、望む所よ」

「休むな休むな、次はスペだ。よ~い……スタート!!」

「い、行きま~す!!」

 

他がゴールすると直ぐにスタート、今度はスペシャルウィークが先頭で先程よりは追い付くのは容易。それでも辛さは感じるが……先程よりも楽に皆がゴールしすぐさま次、サイレンススズカが先頭でスタートするのだが―――此処で牙を剥き始める。

 

「この速度差……!!」

「中々に来ますわね……!!」

 

トップスピードがほぼ同じとも言われる二人のウマ娘、それを連続ではなく間に他が挟まっている事で負担が重く圧し掛かって来るかのように感じられてくる。しかもサイレンススズカのスピードは尋常ではないのでツインターボも追い付けない―――と思いきや

 

「負けないぞぉ……!!」

 

「ってうっそターボ、スズカに喰らいつけてる!?」

「逆噴射してませんね、着いて行けてます!!」

 

ツインターボはスズカのフルスピードに追走出来ている、チェイスとの勝負をほぼ毎日やり続けた結果が出てスタミナも相当に着いている為に何とか喰らいついてそのままゴールする事が出来た。そして……既にバテが来始めてきている状態で長距離を得意とするメジロマックイーンにバトンが渡り、まだまだ行けると言わんばかりの速度で駆け抜けていく。

 

「これは、きくっ……!!」

「チェイス今度はお前だぞ、気合入れてけ~」

「分かってます―――マッハチェイス、ずっと……マッハッ!!」

 

回って来たチェイスの手番、久しぶりの大逃げスタイルでの疾走だが既に息も上がっており疲れも見え隠れしている状態ではかなり辛い。精々最高速度の70~80が限界という所だった。それは他のメンバーも同じだが、経験値の差とも言うべきなのか、精神力で完全に上回られている為かあっさりと並走されてしまう。

 

「よ~しいくぞ~えいえいむんッ!!」

 

最後である筈なのに全く平気そうな顔をしながらも見事な走り、そのまま駆け抜けていくメンバーの中でチェイスは最下位、それ所か砂浜に足を取られて軽く転んでしまってしまった。

 

「ううっ……結構、きついです……」

「だから言ったろキツいって」

「チェイス~……ひ、膝貸して……」

「あ、仰向けになりますのでご自由にどうぞ……」

 

流石に満足に膝も貸せないので仰向けになって自由に使って貰うという緊急処置を取る程度にはキツいらしいこのトレーニング。メンバーにもよるが、砂浜という足場が悪い場所で速度が違うレースを連続で強要されるので相当に来る。見本も終わったのでさっそく他のメンバーもグループ分けして走らされる事になっていく。

 

「チェイス、休み終わったらお前は海の中だ。太腿辺りまで浸かる辺りで出来るだけ走ろうとしてくれ」

「わ、分かりました……」

 

まだまだ、合宿は始まったばかりである。



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68話

「……走りますか」

 

例え合宿であろうともチェイスは普段通りに目を覚ます。但し隣のベットで眠っているバジンを起こさないように静かに、合宿中はくじ引きで決まった相手と同室になるのだがチェイスの場合はバジンだった。バジンはその事を口では誰でもいいと言いつつも、尻尾は嬉しそうに揺れていたので嫌ではない様子で安心した。

 

「待って」

 

ジャージに着替えていよいよ外へと思った時に上がった声に振り向く、起こしてしまったかと思ったが―――

 

「鍋焼き、うどんとか……ふざけるな……いや、がらせか……!?」

「寝言ですか……ですがバジン的には凄い悪夢ですね」

 

凄い猫舌の彼女に鍋焼きうどんとは……アツアツのおでんの大根を無理矢理口に押し込まれるレベルの拷問である。取り敢えず魘されて辛そうなので頭を撫でてあげる、すると少しずつだが苦しみが和らいでいくのか穏やかな寝息へと変化していく。5分ほどして愛らしい寝顔で眠るバジンの姿がそこにあった。

 

「えへへ……ウニャニャニャ……」

「普段の貴方からは考えられませんね」

 

悪夢が払われた事を確認しつつもチェイスは部屋を出た。ホテルなので明るい、その明るさに少々眩しさを覚えつつもロビーから外に出ると天倉町の朝とは違う潮風に包まれたヒンヤリとした朝の空気に身が包まれる。

 

「……行きますか」

 

普段なら山の上を目指すが、此処は海岸が近いので海岸線を沿って走る事にした。潮風が身体を撫でる感触を感じつつも唯々走り続けていく。

 

「……落ち着かない、晴れない……頭がモヤモヤする……」

 

違う、何もかもが違う。環境が違うからか、だからこんな気持ちなのかとそんな思いを打ち払おうとするかのように走る速度を上げていく。足音が更に激しさを増していくような気がするが何も晴れない。チェイスは初めて感じるモヤモヤとした感覚に不快感を示す。

 

「もっと、もっともっと走れば―――マッハッ!!」

 

思わず、マッハチェイスを始めてしまった。一気に加速していくチェイス、風の中に飛び込み景色が線のように流れていく。自分が集中できる走り、そのままマッハチェイサーへと移行しようとするのだが―――全く入れない。走りはいい筈なのに全く入れない、ギアが上がらない、気分が悪い、気持ち悪い―――

 

「ぁぁぁっ……ずっと―――」

「ストップストップ!!チェイスとまれスピード違反だ!!」

 

その言葉に思わず思考が凍り付き、ブレーキを掛けた。だがその時に異音に気付いた、靴から金属音と共に火花が散った。漸く止まった時、後ろからスクーターに乗った沖野が大慌てで駆け寄った。

 

「やっと追い付いた……」

「ト、トレーナーさん……」

「フロントのスタッフさんから、葦毛と栗毛の混じったウマ娘が蹄鉄付けたまま出たっていうから大急ぎで追いかけて来たんだよ……声かけても全然止まらない所か加速するから焦ったぞ……」

「蹄鉄……あっ」

 

この時、チェイスは初めて気づいた。アスファルトを走る際のラバーシューズではなく蹄鉄を付けていた靴を間違えて履いて出てしまったのだと。硬いアスファルトの上を蹄鉄で走るのは効率が悪い上に衝撃が脚に来るために負担も大きい、芝や砂の上を走る為のそれで一般道路を走るなんて以ての外。

 

「……すいませんでした……」

 

酷くしおらしく落ち込んでしまったかのように小さくなるチェイスに沖野は調子を崩されてしまう、兎も角彼女に歩道に移動するように言って一言断ってから脚を触診する。あんな速度でアスファルトの上を蹄鉄で走ったのだからかなりの衝撃が脚に来ている筈、場合によっては今日のトレーニングは休ませる必要がある。

 

「如何したチェイス。蹄鉄付けたままなのは偶にやっちまう行為だが、スピード違反なんてお前らしくないぞ?」

 

警察官を志すチェイス、故に彼女は交通ルールは確りと守る。速く走ったとしてもそれは違反にならない範囲での事で今回のような違反になってしまう事はあり得なかった。何時もの彼女と違って何処か何かに囚われているかのような表情のまま、触診を受けているチェイスは小さく答える。

 

「分かり、ません……頭の中がモヤモヤして、ギアが全然入らなくて……だから走ってモヤを飛ばそうとして……」

「それであんな走りをしたって訳か」

「はい……」

 

独自の表現で完全には分からないが、スランプのような状態に入ってしまったのだろうかと推測する沖野。無敗のクラシック二冠と言ってもその実は他のウマ娘よりもずっとレースの経験もない幼い少女でしかない。故に他のウマ娘よりもそれが掴めずに気分が悪くなっているのかもしれない。

 

「脚には問題は無しか……だけどチェイス、もう蹄鉄履いて走ったりすんなよ?」

「分かりました……すいませんでした」

「いや分かればいいんだ、だからホラそんなしんみりすんなよ。ほらっ元気に行こう」

 

そう言いつつもヘルメットを差し出しつつスクーターの後ろに座るように言う、無言のまま後ろに横向きに座りつつ確りと掴まるのを見るとアクセルを回してホテルへと戻っていく。だが如何にもチェイスの様子は優れない事から根は深いようだと沖野は溜息をつく。

 

「(どうしたもんかなぁ……単純なスランプ……だと良いんだが、それはそれで如何やって越えさせてやるべきか……)」

 

水平線の向こう側、そこから朝日が見え始める景色を見つめるチェイスは何処かそれをボンヤリと見つめる。

 

「(如何にもギアが入らない……如何して……こんな時ってどうしたらいいんだろう、教えてお父さん……)」



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69話

「よしゴール!!」

 

合宿は一日中トレーニングが行われる。特別なメニューでもある為に普段の物よりも厳しい、初めての合宿にもなるメンバーもそれを感じつつも必死にメニューをこなしている。

 

「一着、ね」

「やっぱりスズカ速ぇな~まあ二着のゴルシちゃんも中々の物だとは思うでゴルシ。だけどこれからゴルシちゃんの時代ナノーネ、故に絶対に負けないでゴルシ」

「何なんですのその語尾……」

 

合宿であろうとも先頭を譲る気皆無のサイレンススズカが今回もまた一着をもぎ取った、次々とゴールを決めていく中で最後にチェイスがゴールしてメニューが終了する。チェイスが入る前に行われた合宿のトライアスロンを一部変更したメニューを行ったが……矢張りというべき強さを見せつける面々にキタサンブラックらは憧れと感嘆の声を漏らしていた。

 

「やっぱりテイオーさん達凄い……あんなメニューをこなしてるのにまだまだ余裕そう」

「今すぐにでも走り出せそう、私達も何時かあんな風になれるのかな……ねっバジンちゃん」

「興味ない」

「相変わらずだなぁバジン」

 

そんな言葉を漏らすのは先輩ではあるものの、合宿は初体験なので其方に混ざりながらも監督役のような事をしているハリケーンだった。島根トレセンでは合宿はした事が無かったが、友人同士で似たような事はした事はあったのだが……流石に専門職の組んだメニューとは雲泥の差を感じている。

 

「はふぅぅぅ……しかしチェイスさんも全く平然とゴール、ぁぁぁ堪らねぇぜ……!!」

「お~い乙女が出していい声じゃないぞ~……まあ、チェイスのボディは中々にけしからんけどね」

「「ぐへへへ……」」

「バカ、本当にバカばっか」

「ア、アハハハ……辛辣だねバジンちゃん」

 

実際にそうだろうと鼻を鳴らすバジンは気持ち悪い笑みを漏らすビルダーとハリケーンを一瞥するが、その端でチェイスを見つめた。荒い息のまま額の汗を拭って次のトレーニングへと向かおうとする姿は次の菊花賞を確実に取る為と言わんばかりだが……違う気がした。

 

「どしたんだろチェイス」

 

 

チェイスの基本メニューは脚力強化、というのも菊花賞は3000mの長距離レースとなっている。スタミナは十分ではあるが、それを走り切る精神力とトモを作り上げる為。砂浜での走り込みや海に入り水の抵抗を受けたまま出来るだけ走るというものが多くなっている。

 

―――辛い時こそ脚を上げる、苦境にも負けない強いトモを作れチェイス。

 

「……何も考えるな、唯やるだけだ」

 

未だに、チェイスの頭には不快なモヤが掛かり続けていた。如何すれば晴れるのか全く分からないままただ時間だけが進んでいた、分からない事に時間を使うべきではないと無視するが……漠然とした不安が少しずつ大きくなり始めていた。

 

「お~いチェイス~一緒に走ブッフェッ!!?」

「タ、ターボ先輩!!?」

 

必死に今出来る事をこなし続ける時、突然水柱が舞い上がる。此方を見つけたツインターボが一緒に走ろうと誘う為に海へと入ってきたのだが……チェイスに比べて体格が小さかったうえに運悪くその時に大きな波が来てしまったので飲まれた上に躓いてしまって見事に沈没。チェイスも驚愕して其方へと急行する。

 

「ターボ先輩大丈夫ですか!?この辺りは深いから気を付けてとトレーナーさんが言ってたじゃありませんか!」

「ボボボ!!ボボゥボボボボッアバァァ……」

 

沈没した上に上手く脚が付かずに立てないでいるツインターボを大急ぎで引き上げる、口から海水を吐き出す様はマーライオンめいている。取り敢えず無事であるようで安心した。

 

「いやぁっ……チェイスと一緒に走りたくてつい」

「そう言って頂けるのは有難いですけどせめてもうちょっと気を付けて……」

「大丈夫、ターボは強いしチェイスの先輩だから!!」

「普段だったら頼もしいんですが沈没直後では……」

「うっ……」

 

まあ兎も角、このままでいる訳にもいられないのでツインターボを抱いたまま一旦海から出る事にした。

 

「よし、じゃあ一緒に走るかチェイス!!」

「少しは休んでからの方がいいのでは……」

「大丈夫、ターボは強いから!!」

 

Vサインを作って笑いかけてくるツインターボに素直な尊敬な気持ちとその前向きさが羨ましくなった。自分も彼女のようであればこんな悩みを抱える事なんてなかったのだろうか……。

 

「如何したチェイス、なんか顔暗いぞ?」

「ッ……いえ少し考え事を」

 

顔を覗き込まれて思わず飛び退いてしまった。何時の間にか顔を下に向けてしまっていたらしく、ツインターボからしたら覗き込むというよりも見上げる形ではあるがらしくもないし元気のない後輩を心配しただけ。

 

「あっ分かったぞ、合宿で疲れてるんだな!!スピカの練習は中々にキツいらしいからな!!よしターボがトレーナーに直岩盤してやるぞ!!」

「いえそういう訳では……ってもしかして直談判の事ですか?」

「そうとも言うな!!」

「そうとしか言わないと思いますけど……何処の王子ですか直岩盤って」

 

そう思いつつも、素直にツインターボと話していると何処か胸が楽になっているような気がした。

 

「チェイス、何か困ってるなら相談乗るぞ!!だってターボはチェイスの先輩だからな、後輩は先輩に頼る物だ!!」

「……頼って、良いんでしょうか」

「いいぞ、寧ろターボが頼り過ぎてたからお返しに何かしないといけないからな。さあ来い、ドンと来い!!」

 

と胸を叩きながら張り切っているツインターボ、そんな彼女に甘えるようにチェイスは素直に話す事にした。例え有力な解決策が出なくても話す事でこのモヤモヤを少しは晴らす事が出来るかもしれないという希望を抱きながら。



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70話

練習メニューをこなしている皆の面倒を見ていた沖野は役目を果たしつつもスランプになってしまったと思われるチェイスの事を考えていた。が、そこへメニューを終えて戻って来たメンバーがやって来た。思わず呟いてしまった言葉がどうやら聞こえてしまったらしく、スペシャルウィークが大きな声で聴いてきた。

 

「チェイスちゃんがスランプって本当なんですか!?」

「多分、だけどな……あいつなんか抱えてるっぽい」

 

レースに限らず、こう言った事にスランプというものは付き物。怪我による不振、環境の変化による不振、理由は様々であるが調子を一気に崩してしまうウマ娘は実際に多い。スピカメンバーで言えば分かりやすいのはトウカイテイオーだろう。怪我もそうだが、無敗での連勝を続けていたがメジロマックイーンとの天皇賞春との勝負に敗れ、少しの間成績が振るわなかった時期があった。

 

「でも何が原因なんだろ、ボクが見る限りチェイスって調子も良いと思ってたんだけど」

「順調にタイムも伸びてますし、如何したのでしょうか」

「そこが分かんねぇんだよなぁ……」

 

何か切っ掛けになったのかさえも分からない、此処までのチェイスは正しくミホノブルボンの再来と言われる程の連勝をし続けており最高潮をキープし続けている。そしてそこから更に前へと進み続けており停滞ではなく成長。何がスランプに結び付いたのかも把握できない。

 

「なんかあったのかしら、ホラッ否定的な記事を見つけてとか」

「なくはねぇだろうけどチェイスってそれを気にするようなタイプかよ、嫌な警察官に絡まれても平然とするような奴だぞ」

 

そう、ダイワスカーレットの言葉を否定するウオッカの言葉通りにチェイス自身は性格的にかなり強固。現職警官が圧力を掛けようとしてきても屈しない程、故に余計に分からないのだ。

 

「ならこのゴルシちゃんが何とかしてやるよ」

「えっ何とか出来るんですかゴールドシップさん!?」

「モチのロンよ、ゴルシちゃんとマグロ漁に行けばスランプ一発よ」

「駄目みたいですね」

 

サイレンススズカの言葉通りに対処法が見つからない。思わず空を見上げた沖野は溜息混じりに言う。

 

「チームトレーナーなのに情けねぇ話だ……ツインターボに頼るしかねぇか」

 

 

 

「という事なんです」

「ホウホウ……」

 

ツインターボと対面するように腰を下ろして自分の悩みを素直に打ち明けるチェイス。訳の分からないモヤが掛かってしまって如何すればよいのかという事を尋ねる、それに真剣な表情で聞きながら唸るツインターボ。なんだかんだでツインターボもシニアクラスで走っているウマ娘、彼女ならばきっと良い案を貸してくれる―――

 

「ターボ分かんない!!」

「……そうですか」

 

という訳もなく、ドヤ顔のまま大きな声で分からないという返答をされてしまった。個人の内面、そして当人としてもなんとも分からない物なので他人であるツインターボには感じづらいので如何にも出来ないというのは分からなくはないのだが……余りにも正直に分からないと言われて流石のチェイスも言葉に困っていた。

 

「でも諦めるなんて駄目だぞ、チェイスは何時かターボと一緒にGⅠレースを走るんだから!!」

 

分からないと言いつつもツインターボは只管に強い言葉を掛け続ける、そこにあるのは心から自分を尊敬する後輩と共に最高の舞台で走り競い合いたいという夢に近い目標。その為に走り続けて欲しいと思っているのは真実。

 

「……走れ、るか分かりません……」

「チェイス?」

 

如何しようもない不安が押し寄せてくる、このままモヤが晴れる事が無かったらどうすればいいのだろうか。このまま菊花賞で勝つ事なんて絶対に出来ない、そうなったら自分は……どうなってしまうんだろうか。

 

「駄目だよ暗い事ばっかり考えたら!!」

「でも……」

「じゃあチェイスは何で走ってるんだ、如何してレースに出たんだ?」

 

無理矢理にでも思考を切り替えさせないとダメだと思ったのか根本的な事を問いかけた。

 

「……それはスカウトされたからです」

「いやそうじゃなくてえっと、こういう時って何て言えばいいんだ!?」

 

あーでもないこーでもないと頭をひねって何とか言葉を作ろうとするツインターボ、如何すれば良いのかもう分からなくなってきたのでそれさえもリセットする事にした。その時閃いた。

 

「そうか、分かったぞ!!そうかそうだったのか、チェイスの悩みとは……!!」

「あのなんかその言い回し色々と危ないのですが……」

「チェイスの悩み、それは―――プレッシャーだ!!」

「プレッシャー……ですか」

 

と言われてもピンとこないのが素直な感想だった。これ迄のプレッシャーは感じて来たつもりだったしそれがこのモヤモヤの原因だと言われても本当にそうなのかという疑問しか浮かんでこないのである。

 

「先輩は如何してプレッシャーだと……?」

「チェイスって確か天倉町の人たちの為に走ってるって言ってたよね」

「はい」

「んでその為に走って来て、勝ち続けて今になる。つまり―――そういう事だ!!」

「あの、全然分からないんですけど……」

 

自信満々に告げられても全く分からない。詰まる所どういうことなのか……。

 

「だ~から~チェイスはこれまで勝ち続けてクラシック二冠、ドルドゴライブってライバルも今はいるでしょ?」

「ゴルドドライブです」

「そうそれ!!そのライバルとの約束とか天倉町の為に走るっていうのが圧し掛かって来てるんだよきっと、次負けたら如何しようっていうのも多分だけどきっと思ってるぞ無意識に。特に菊花賞なんて凄い注目を集めるレースだしな、重圧も大きくなって当然だ!!」

 

天倉町の愛に応える為に走る、それが自分の走る理由だった。だが―――何時しかそれが呪縛のような変化を遂げていたのかもしれない。そしてゴルドドライブとの約束、三冠を手にして有記念で決着を着ける、それを強く意識するような段階になり菊花賞でそれが決まると言ってもいい。それらが圧し掛かって着るのかもしれないとツインターボは見抜いた。

 

「なら、私は如何すれば……」

「そんなの簡単だよ―――チェイス、ターボと勝負だ、全身全霊を掛けた真剣勝負だ!!!」



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71話

「なあ、ツインターボって今どこに……って何処行くんだ?」

「ああ丁度良かった、スピカの皆さんも来て貰えませんか。ターボさんが如何にもお話を聞いてくれないようでして」

「何だよどうしたんだよどしたどした?」

 

チェイスのスランプ克服のためにツインターボに協力を仰ごうとカノープスの元へと向かおうとしていた時だった、偶然近くにいた南坂トレーナーを発見したのだが……如何やら向こうも此方を探していたのか着いてきてほしいとまで言われてしまった。如何にも状況が掴めないが取り敢えず共に行きながら話を聞く事にした。

 

「何だ何か問題か」

「問題、という程のモノではないんですが……ターボさんがチェイスさんと勝負をすると言いますので一言言っておきませんといけないので」

「ンだよターボとチェイスの勝負なんて何時もの事じゃねぇか」

 

ゴールドシップの言う通り。ツインターボとのレースは最早恒例行事の域、デイリーミッションとバジンは称する程に毎日毎日行われている。今更声を掛けて貰わなくても……と思うのだが今回ばかりは勝手が違う。

 

「如何にもターボさん曰く今回ばかりは違うらしいんです」

「違うって……師匠如何かしたの?」

「私には何とも……チェイスさんの為にはこれが一番としか」

「……こりゃ、頼みに行くのは野暮だったか?」

 

自分達が思っている以上に、ツインターボというウマ娘はチェイスの内面を深く深く理解しており歩み寄っているのだと沖野は理解した。頼むなんて無粋だった、あの二人の絆には。

 

 

「にしてもなんか、今回ターボ随分マジっぽいね」

「ええ、念入りにウォームアップしてます」

 

近くにあるレース場、此処もサトノグループ所有の施設でありホテルに泊まっているスピカとカノープスは自由に使う事が出来るので砂浜では基礎練習をしレース場では応用とも言える実践形式の模擬レースを行う。そして今回はツインターボとチェイスというお決まりの二人のレースが行われようとしているのだが……随分とツインターボが念入りにウォームアップする姿にナイスネイチャとイクノディクタスは物珍しさを覚える。

 

「真剣勝負だもん、全力で行けるようにしないと……いっちにぃいっちにっ……」

「普段からそんな感じでやればいいのにね~」

 

おどけつつも言うチームメイトに肩を竦める。確かに普段は速く走りたいという気持ちが溢れていて何処かおざなりになっているように見えてしまう姿が一切ない。本気で取り組んでいる姿が見えている。

 

「チェイスちゃん良い感じもうちょっとね~」

「はいっ……」

 

マチカネタンホイザと共にウォームアップをしているチェイス、今回はそれ程までに彼女の為になるというのだろうか。

 

「なんか、やっぱりなんかチェイス暗い感じしない?」

「そうなんですか、私にはあまりわかりませんが……」

「あ~なんて言ったら良いのかな、なんか無意識的に違和感感じてるけどそれが分からなくて気持ち悪さを抱えてる的な」

「良く分かりますね」

「まあ、そんな感じの人が飲みに来たりとかしてたからねウチのお店に」

 

実家がスナックを経営して自分もその手伝いをしていたか様々な人の様子を見て来たナイスネイチャからしたら簡単に分かってしまうらしく、チェイスのそれを一瞬で見抜いた。こればっかりはどれだけの人間を見て来たのか、話を聞いてきたのも影響するので彼女ならではの長所と言える。

 

「ターボ~チェイスちゃんのウォームアップ終わったよ~」

「よっしゃ~!!チェイス、準備は良いか~!!?」

「はい、問題ありません」

 

温まった身体、良いパフォーマンスを絶対に発揮出来る、今度こそ絶対に……と強く意気込みながら構えようとすると隣から元気よく自分の名前を呼ばれた。

 

「チェイス、余計な事なんて考えてちゃ駄目だぞ。チェイスってば今はグチャグチャのドロドロ状態なんだからそれで考えても何も出来ないぞ!!」

「グチャグチャのドロドロ……?」

「そう、だから―――ターボと初めて走った時みたいに楽しく走ろっ!!」

 

弾けんばかりの笑みが視界を埋め尽くした、何も考えずに唯々楽しく走ろうと言われた。楽しく走る……

 

『貴方は走る事は好き?』

「あっ」

 

不意に、ミスターシービーに言われた言葉を思い出した。

 

好き、好きだった筈だ……でも、何時の間にか走る事に楽しさなんて感じなくなっていったような……次も勝てるのかと不安になってきて、負けたら天倉町の為に走れないと思えたような気がして―――

 

「ターボ先輩は、この事を分かって……?」

「お~いチェイス、そろそろスタートするけど準備良い?」

「えっ……あっはい、大丈夫ですネイチャ先輩」

 

正気に戻ったチェイスは漸く準備を整えた、そして―――同時にもう一つ言葉が過った。

 

『勝てるかって不安にならない位に勝つって思う事ね。それが貴方に必要な事』

 

「(そっか、結果に囚われてて……そうか、ターボ先輩が言いたい事ってそういう事なんだ。大切なのは結果じゃない、その途中だ、そこにもっと大切な物があって結果はそれを誇示する舞台でしかないんだ)」

「んじゃ行くよ~位置について……」

 

間もなく始まる、もう直ぐ開始のファンファーレが鳴る。だがその前に言わないといけない。

 

「ターボ先輩、私―――楽しみます、だから一緒に走りましょう。今日も、何時か一緒に走るGⅠも絶対に楽しく!!」

「うんっ!!それじゃあチェイス、いざ尋常に―――」

「尋常に―――」

 

「よ~い……ドン!!!」

 

「「勝負!!」」

 

 

「おっやってるぞトレーナー!!」

「何とか間に合った……って」

 

チームスピカの面々がそこに着いた時、既にレースは始まった。両者共に全力を出している本気のレース、何処までもどこまでの逃げる逃亡者(ツインターボ)。それを凄まじい勢いで追走する音速の追跡者(マッハチェイサー)。だがそれ以上に……二人が浮かべている本当に楽しそうな笑顔に此方迄笑みがこぼれてしまった。

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

全力全開MAAAAAAAAXツインターボ!!

 

そのレースは同着、勝負こそ着く事は無かったが一人のウマ娘の心の中にあったモヤは完全に晴れ渡っていた。故に―――この勝負はツインターボの勝ちとなった。



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72話

早朝、今度は確りとアスファルトを走るのに適した靴を履いてきている。海岸沿いの道を走り続けたチェイスは以前には感じられなかった清々しくも気持ちいい気分に浸りながらも水平線を見つめながら思わず呟いた。

 

「何とも面倒臭いなぁ……ウマ娘って奴は」

 

自虐のような言葉だが本当にそう思う。別に何とも思わなかった走るという事に執着し、調子を崩したと思ったら何かを掴んだと同時に今度は楽しさと清々しさを取り戻して自分の為に走り続けていく。本当に不思議な感覚だ、それともこんな事を考える自分の方が異端なのだろうか。だとしても如何もする気はない。

 

「菊花賞か……まあ負けたら負けたでそれはそれで良いか、別に無敗を目指してる訳でも無いんだから」

 

別段、マルゼンスキーのようなトゥインクルシリーズ無敗を目指している訳でも無い。増してはシンボリルドルフのような無敗の三冠なんてもっと興味がない、興味があるのはゴルドドライブとの再戦のみ。菊花賞参加も約束を果たす為だけでしかない。弥生賞以来の激突が待ち遠しくてしょうがない、早く走りたい、彼女ともう一度雌雄を決したい……。

 

「フフッ」

 

思わず、身体が疼いた。弥生賞を思い出すだけでこれだ、本当に戦えるようになったらどうなるのだろうか。そしてこんな気持ちになれるようにしてくれたツインターボには感謝してもしきれない。もういっその事、彼女も有記念に出れたらいいのに、そうなったら本当に最高だろう。

 

「よし、帰るか―――マッハのスピードで」

 

そんな事を口遊みながらもチェイスは走り出していく、今日も今日で特訓なのだから頑張らなければ……。

 

「そういえば今日はダンスもあるんだったな……なんだっけ、うまぴょい伝説だっけ……なんだようまぴょいって」

 

意味のない自問自答をしつつも道を戻っていきホテルのロビーへと入って受付のスタッフに頭を下げた時だった、スタッフが何処か笑いながらも待合のソファを指差した。それに導かれて其方を見ると……そこには何やら如何にも不機嫌ですと言わんばかりのバジンの姿があった。

 

「バジン?あなた如何して此処へ」

「……どっかのバカが朝っぱらからいないから探してたのよ」

 

ムスッとした表情のまま抗議の視線を向けてくる、確かに早朝の事は伝えておかなかった。だが正直怒られるとは思っても見なかったので少しばかり困ってしまう。

 

「起こすのも悪いと思いまして」

「こんな朝早く起きるとか、バカなの」

「習慣でしたから」

 

まあ確かにその言葉で断じられてしまったら終わりな気がしなくもない。何故か前世では学校も早く行っていた、中学では一番最初に教室入りが当たり前で高校では教員が門を開けるタイミングで学校に着くのが当然だった。それがずっと続いているのだが……今思うと何でそんな事をしていたのか謎である、遅刻が嫌だったからだろうか。

 

「……心配して本当に損した」

「してくれてありがとうございます」

「うっさい」

「辛辣ですね」

 

完全にご機嫌斜めなバジン、それは態度にも確りと現れており足は前掻きをして耳は絞られている。これは相当にお冠なご様子。

 

「すいませんバジン、前もって話しておくべきでした」

「……」

「あの、如何すれば許して貰えますか?」

「知らない」

 

そっぽを向かれてしまった。素直に辛い、同室の相手がこの態度というのは色んな意味で辛い。下の弟も妹もいなかった身としてはこんな時にどんな対応をすればいいのか分からない。

 

「……分かりました、取り敢えずトレーナーさんに部屋を変えて貰うように頼みましょう」

「何、逃げる訳」

「いや単純に私と同室なのは嫌だと思いまして」

「……ハァッ鈍感」

「何で罵倒されたんですか」

 

何故か呆れられて罵倒されて解せない。と言いたげなチェイスに対してバジンはソファから立つと部屋へと戻るのか歩き出していく、だが彼女は何故来ないのかと問いかけて来た。本格的に如何しろってんだよと思いつつもその後に続いていく、部屋へと入るとバジンはそのまま自分のベッドに腰を落ち着けた。

 

「……来て」

「私に如何しろと」

「罰として朝食まで膝枕の刑」

「えっ私が?」

「アンタがするんだよ、何でアタシがやらなきゃいけないんだよ」

 

つまり所自分のせいで変な時間に起きた責任を取れという事なのだろうか、少しばかり理解が追い付いたようなきがする。そしてそれは正当な主張なのでそれに素直に従ってバジンのベッドに腰掛けながらもやり慣れている体勢になりながら膝を差し出した。それを見たバジンはそのまま―――チェイスの顔を下から見上げられるように身体を真っ直ぐ、チェイスの向きに合わせた仰向けに寝転んだ。

 

「悪くない、やり慣れるだけはあるね」

「普段はターボ先輩ばかりが利用してますからね」

「ふぅん……専用って言いたいわけ」

「いえ、別にそういう訳では」

「そう」

 

それを聞いて満足したのか少しだけ耳が動いて機嫌が直ったように見える、それを見て本当に女性というのは分からないと思う。ウマ娘の自分が言う事ではないが……本当に分からない事の方が多い。同性の方が気楽だと言ってた友人の気持ちが分かって来た。

 

「アタシだって……」

「?」

「アタシだって、アンタの為に色々考えてたのに勝手に立ち直って、勝手に元気になって……」

 

それを聞いて分かった。バジンはチェイスの為に色々と手立てを準備していた、彼女にとってチェイスは単純な先輩というだけではなく憧れの存在であり自分の目標。そんな彼女が調子を崩した、ならば力になりたいと思うのは当然。トウカイテイオーもシンボリルドルフが不調だと言われたら居ても立っても居られなくなるだろう。

 

が、自分が何かをする前に先を越された。立ち直ってくれて嬉しいという気持ちはあるがならば自分のこの想いはどうなるのか、無駄だというのか……そんな風に憤りを感じてしまっても可笑しくはない。故にチェイスは彼女が望む事をしてあげる事にした。

 

「……チェイス、アンタはアタシの……その目標―――で憧れ……なんだからもっと確りしてよね」

「そうですね、貴方の為にももっと頑張りましょう」

「バカそうじゃないでしょ、自分らしくあれって言いたいの、それがアタシの為なの」

「成程そう来ましたか」

「バカ、やっぱりアンタはバカ」

 

そんな言葉を言いつつも彼女の声色は柔らかくなり、顔は自分の胸で隠れてしまっているがきっと笑っている事だろう。そして少しすればそんな彼女の寝息が聞こえてくる。

 

「おやすみバジン」




あれ、バジンってヒロインだっけ。


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73話

様々な意味ですっきりとした夏合宿も終わっていよいよ秋へと入った。この時期からメイクデビューを行うウマ娘も多くある意味では新人にとっては一番重要な時期にもなってきてキタサンブラック、サトノダイヤモンド、マシンビルダー、オートバジンも早くデビューしたいという思いを爆発させようとしている―――がそれ以上に気合が入っているウマ娘もいる。

 

「―――ずっと……チェイサーッ!!」

 

チェイスことマッハチェイサーである。菊花賞まで残りは一か月、それまでに万全な状態にまで自分を仕上げなければならないと熱が入っている。感じていたスランプを完全に乗り越えた事で一段と大きくなったような印象を抱かせる。そして―――

 

「トレーナー、彼奴チェイスやばくね?」

「トモを強化するメニューを中心にしたとはいえ、これは……」

 

「お、追い付けないっ……!?」

「ま、マジかよ!!?」

 

スペシャルウィーク、ウオッカを完全に振り切って独走していくチェイス。だが彼女の目にはその二人は最初から眼中になかった、あるのは―――目の前で走っていた一人のみ。

 

「今日こそ勝たせて貰いますターボ先輩!!」

「やってみせなよチェイス!!」

 

ツインターボである。今日も今日とて行っているツインターボとのレースに先行バと差しバとして混ぜて貰う形になっていたスペシャルウィークとウオッカだが、最早二人が追い付ける距離ではない程に爆走し続ける二人に思わずゴールドシップと沖野も呆然とそれを見つめるしかなかった。彼女も彼女で今年こそGⅠレース勝利を目指して夏合宿は人一倍努力しており、チェイスと同じメニューまでこなしていた。その影響は如実に出ている。

 

「凄い、ですね……ターボさんがこの距離で全くバテないなんて……」

「以前のターボとは別人だね!!」

「ええ、今回の2400でターボはほぼフルスピードを維持し続けています」

 

南坂の言葉にマチカネタンホイザとイクノディクタスも同じような言葉を漏らさずにはいられなかった。ツインターボが合宿で普段以上に頑張っていたのは分かっていたが、それが此処まで現れるなんて思いもしなかった。残りが400切ろうかという所で―――二人は一気にスパートを掛ける。

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

全力全開MAAAAAAAAXツインターボ!!

 

全く同時に掛けられるスパート、瞳から光を溢れさせるチェイス―――そしてツインターボはそれに対抗するかのようにその走りは一気に鋭さを増していく。それはまるでチェイスのマッハチェイスのようなだ。それを証明するかのように瞳からは光が溢れており、彼女のツインテールの先が青白く光を纏っているように見える。

 

「もしかしてターボさん……」

 

「「貰ったぁぁぁぁぁぁ!!!!」」

 

最後の直線勝負、最終スパートを掛けていく二人は咆哮にも似た雄たけびを上げながらゴールを決めた。一体どっちが勝ったのかとこれは模擬レースでも気になると皆が見る中でトレーナー二人が握っていたタブレットに映っているタイムを見ると……

 

「ギリギリ、ターボさんが逃げ切りましたね」

「0.61秒差でチェイスが負けてるな」

 

「よっしゃああああ!!!!これで破竹の15連勝ぉ~!!!」

「また、また負けたのかぁ……」

「フッフッフッこのターボ先輩を越えようなんてまだまだ甘いのだぁ!!」

「……そう言いつつも私が勝ったことはあるんですけどね」

「ウグッ!!?」

 

肝心の二人は何時ものようにじゃれ合っている、なんというか合宿が終わって更に仲が良くなっているような印象を受ける。まあチェイスのスランプを取り除いたのはツインターボなのだからそれは当然なのかもしれない。

 

「だけどこのタイムは……ターボさんの2400mでは最高の記録ですよ」

「えっマジで!?」

「本当ですよ、ほら」

「おおっ~!!!」

 

自己記録の更新を図らずもやっていた事に大喜びのツインターボ、しかも驚くべき事なのはあれだけの速度で走っていたのにぴょんぴょんと飛び跳ねられる元気がまだ余っているという点にある。こういっては失礼かもしれないがレース後は力尽きてチェイスに膝枕されていた印象が強い為か、本当に別人のように見える。

 

「これなら天皇賞秋は大丈夫だな!!」

「えっ師匠天皇賞に出るの?」

「そう、ターボは天皇賞に出るのだ!!」

 

初のGⅠレース勝利として狙っているのはなんと天皇賞秋、確かに中距離のGⅠレースならばそれを狙うのは当然かもしれない。だが同時にスピカ内に緊張が走る、何故ならばスピカからも天皇賞へはサイレンススズカ、トウカイテイオー、そしてメジロマックイーンが参加することを決めている。

 

「こりゃ負けてられないな、ウチもターボに負けないように頑張らねぇと」

「まっけないぞ~!!特にテイオー、改めて勝負だ!」

「よ~し負けないよ、スズカにだってボクは負けないからね!!」

「ええ、私も負けてられないわ」

「受けて立ちますわ、メジロ家に恥じぬ走りで」

 

全員やる気十分、言うなれば此処に居る全員が勝利を狙うに相応しいだけの能力を持ち合わせている。誰が勝っても可笑しくはない。沈黙の日曜日とも言われた悲劇を塗り替えるサイレンススズカか。不屈の帝王であるトウカイテイオーか、天皇賞の盾は渡さないと誓う名優メジロマックイーンか、それとも急激に力を付けた逃亡者ツインターボか。本当に楽しみなレースとしか言いようがない。

 

「でも本当な菊花賞に出たかったなぁ~チェイスと走りたかったぞ」

「まあ流石にそれはね」

「でしたら有記念しかありませんわね」

 

その言葉を聞いて心からもっと走りたくなって来たチェイス。尊敬する先輩たちと走る前にまずは―――菊花賞だ。




番外編としてアプリのストーリーみたいなのを書くのも最近良いなぁ~と思い始めてます。


彼女はだれの為に走るのか。

追跡者はなにを思うのか。


みたいな感じになるのかな。まあその場合は完全なIFで進之介と霧子は存命かな。


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74話

ちょっと切り口を変えた視点チェンジ編。


「……眠れない」

 

如何しても眠れずにベットの中でうだうだと身体を動かし続ける。眠りたいのに眠れないのは酷く不快で時間が何時も以上に長く感じられる。聞こえてくるのは時計が時を刻む音と……同室の暢気な鼻提灯が膨らみ萎むの繰り返しの音。自分がこんなにも眠れていないのになんて暢気な……と怒りを抱いても致し方ないと部屋を出る。

 

コツッ、コツッ……。廊下は最低限の灯りが照らされているだけの薄暗さがあり、何とも不気味さがある。怪談話に出てくるような雰囲気に一瞬脚が止まりそうになるがウマ娘としてのプライドが脚を動かして行く。流石に夜も良い時間だ、門限を破って外に行くつもりはない。だが休憩室は空いている筈、そこで少し一人になろう―――と思っていた時、そこに明かりが灯っていた。

 

先客がいるのか、本当は一人が良かったが此処まで来たのに戻るのも嫌な気分になるのでミルクでも一気飲みして帰ってやろうと……と思って扉に手を掛けた時だった。扉にある窓から中が見える、先客の姿は―――

 

「……チェイス?」

 

其処に居たのは、自分の憧れであるマッハチェイサーの姿だった。彼女は自分に気付いたのか扉を開けながら微笑んできた。

 

「如何しました、こんな時間に」

「こっちの台詞なんだけど」

 

兎も角中へと入りながらソファに腰を落ち着けた。

 

「私は野暮用です、キャロットマンに出演依頼が来たのでそれについての話のつめやらコラボとか……まあ趣味兼仕事です」

「そういうのはやるんだ」

 

エンターテイナーと言われつつもチェイスは嫌な仕事は基本的にやらない、エンターテイナーとは誰かを楽しませるものであり晒し者になる為のものではないのだから、と彼女は語っている。特に三冠目前になるというそう言った事も少なくはない、なので取材も基本的にトレセン学園で行われる物のみを受けている。

 

「それで貴方は如何したんですかバジン。らしくない顔をしてますけど」

「……やっぱ分かる」

「そりゃ解りますよ」

 

レースの経験は他よりも少ないが、これでも他人とは多く接してきた。気遣われた経験は誰よりも多いからか、その逆もまた然りなのである。

 

「……来週の事で、ちょっと……」

「ああ、メイクデビューですもんね」

 

来週、オートバジンは遂に公式レースデビューをする。沖野からのお墨付きも貰っていよいよデビューとなるのだが……如何にもその事が気になってしまって眠れなくなってしまっていた。今からこんな事になってしまってこれからが大丈夫なのかと不安になってくる。

 

「アンタは、なかったのデビューする時」

「私はありませんでした」

 

流石はエリート様だ、自分と違って万全の心構えという奴が―――

 

「私の場合はスカウトされて中央に来て二日目辺りでしたかね、そこでスピカに入ったんですがその時に唐突に三週間後にデビュー戦だからそれまでに基本を詰め込むぞって言われました。だからレースに間に合わせようとする事ばかりでンな事考えてる暇ありませんでした」

「―――ハッ?あのセクハラトレーナーんな事やりやがったの?」

 

全然違った。当時のチェイスはレースについての知識が皆無な上にウイニングライブがある事すら知らなかった、それなのに三週間後にデビュー戦をすると一方的に通告されたのだ。だからそれまでは忙しさに忙殺されていたと言ってもいいので特に眠れない事は無かった、寧ろ疲れてよく眠れた位である。

 

「最初は大変でした、レースで全力疾走した後でライブとかマジで意味分かりませんでしたもん。素直に休ませろよって思いました」

「……まあそこは、分からなくはない」

「感謝なら別の方法とかあるだろとか、まあ気付いたらもう慣れちゃってますし―――慣れていくんですよ、初めての事にも」

 

ではこの緊張にも何れ慣れるのだろうか、全く想像もつかずに漠然とした不安が巻き起こる中で炭酸水を一気飲みしたチェイスは簡易キッチンへと立った。

 

「ミルクでしたよね、軽くアレンジしても?」

「……飲みやすくしてね」

「無論」

 

慣れた手つきで牛乳を鍋に掛けながらもそこにいくらかの調味料を入れながらも木べらでかき混ぜていく。淀みなく流れるような動作に思わず母親のようだ……という思いを抱いてしまい、何を考えているんだと自分を戒める。出来るまでの間、手持ち無沙汰なのでスマホを取り出す。画面が指紋で汚れるのが嫌なのでキー付きのスマホ。他のよりもずっしり来るが重量感がある方が安心する、暑い夏でも何か被って圧迫感があった方が寝れるのと同じである。

 

「はい、お待ちどうさまです」

 

そう言って出してくれたのは綺麗な緑色をした飲み物、牛乳を頼んだ筈なのだが……。

 

「特製の抹茶オレです、私が眠れなかった時に母が良く作ってくれた品です。天倉巻も残ってますし如何です?」

 

そう言って差し出してくれた天倉巻、これは好物だ。一つ食べる、こし餡とつぶ餡だ。そして抹茶オレを口に運ぶ……。

 

「あっ……」

 

温かい、全く熱くない。人肌に温められたそれは猫舌な自分でも火傷をしない、それ所か抹茶のほろ苦さに牛乳のコクが良く感じられた。そしてそこへ天倉巻の甘さが加わっていく。そして最後には後味がスッキリ、完成された組み合わせだと言わざるを得ない。気遣ってくれた、猫舌な自分がちゃんと味わえるように。その優しさが嬉しくて、温かくて……恥ずかしくなって思わず顔が赤くなるが尻尾が嬉しそうに揺れてしまう。

 

「デビュー戦は私も応援に駆け付けます、だから頑張ってくださいね」

「……良いっての、アンタは菊花賞に向けて準備しとけ」

「貴方の応援で揺らぐほど、私は弱くありませんよ」

「……ウザッ。良いから来なくていいから」

 

ぶっきら棒にそんな風に言ってしまう、だが実際は来てくれたら心から嬉しいし心強い。でも必要ない、自分の力を心から試したいという思いが沸き上がって来た。チェイスの優しさを受けてそう思った、自分の為に走るなんてまだよく分からないけど―――憧れた人の背中を追う為に、それに相応しい走りをする事ならきっとできる。

 

「……私、勝つから。見に来なくていい」

「これはこれは、強気ですね。期待、しちゃいますよバジン」

「黙ってみてろ……抹茶オレ有難う……美味しかった

 

少しの音でかき消されてしまうそうな声で御礼を言うと我慢が出来なくなり部屋から飛び出してしまい、ドアに背中を預けるような形で顔を隠す。もう顔の赤さを隠せただろうか、バレていないだろうか。その時に聞こえてきた声に思わず―――胸が温かくなった。

 

「不安になったら何時でもお相手しますよ、おやすみなさいバジン」

 

そんな言葉が聞こえて来て、もう辛抱堪らくなって、何故か暴力的な気分になってしまいながらそれを何かにぶつけないように気を付けながらも廊下を全力疾走して部屋に戻ってベッドに飛び込んでしまった。

 

ぅぅぅっ~……

 

なんて子供っぽいんだと自分を想いつつも、心から嬉しさが溢れ出してきて気付いたら口角が上がっていた。そして―――少しだけ、自分の事が好きになれたような気がしたまま布団を巻き込んでロール状になってしまった。

 

「もう寝る……!!」

 

―――おやすみなさいバジン。

 

幻聴だろう、だが耳に残っていたチェイスの声がそんな言葉を木霊させる。何故か分からないけど、チェイスに抱きしめられているような気がして、そのまま熟睡する事が出来た。そして―――

 

「私はまだ自分の夢なんて分からない、でも―――あの人の為なら走れる……!!!」

『強い、強いなんてウマ娘だ!!オートバジン、二着以下に9身差をつけて圧勝!!!スピカのニューフェイス、オートバジン!!彼女の快進撃は此処からだぁ!!!』

 

そしてオートバジンはメイクデビュー戦にて圧勝した。自分の為ではなく誰かの為ならば走れる、その走りは何処か歪だが何処までも強く堅牢な物だった。そして―――

 

「チェイ、ス……?チェイス!!?」

 

彼女は知った―――その走りを確かにする方法を。



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75話

「いよいよ、ね……なんか私まで緊張して来たわ」

「そりゃ俺だって同じだっつの、寧ろスピカで緊張しねぇ奴なんていないっつの」

 

ダイワスカーレットの言葉に同意しつつも訂正を加えるウオッカの言葉に概ね全員が同意した。

 

「スペちゃん如何したの、なんだか凄い気合入ってるけど……」

「気合を送る準備です……ムムムッ日本一のウマ娘になれるようなオーラを送る……日本総大将からのエールゥ……!!」

 

何やら気合を練り上げるスペシャルウィーク、日本総大将とジャパンカップで言われた彼女がエールを送る。確かに最高の応援になる事だろう。

 

「この日の為に―――預金を全部卸して最高の望遠レンズカメラを買ったんです、最高の瞬間を取ってみせます!!」

「……ンな事に金使うってバカなの」

 

と、さり気なく全財産が無くなった事を暴露しているビルダーを罵倒するバジン。この二人の掛け合いも見慣れたような気がする。

 

「でも凄い気迫だね……まだ、皆出て来てないのに気合が伝わってくるみたい」

「うん、本当に凄い。これが―――クラシック三冠の最後の一角、菊花賞」

 

サトノダイヤモンドの言葉に同意し、キタサンブラックが思わず呟いた。そうこの場こそ―――クラシック三冠、最後の冠を掛けた戦いの場、京都競場、菊花賞。

 

 

今世代のクラシック世代、それは神童であるウマ娘が引っ張っている世代だと誰かが言う。それは否定こそされないが、それを聞いた誰もが笑うのだ。誰もが言う、お前は何も分かっていないと。あの世代はあのウマ娘が強いだけではない、ライバルたちが全て強いのだ、だからこそあのウマ娘の強さは輝いているのだ。彼女が言った言葉がある。

 

 

―――私は自分で輝きを放てない、周囲の輝きがあるからこそ自分も輝ける。

 

 

それが全てを語っている、彼女が対戦するウマ娘全てのレベルが高い。その中でも選りすぐりのメンバーが今日、雌雄を決する。

 

『おっと会場が揺れる程の大歓声が上がります!!4番人気でこの大歓声、今回の菊花賞は一味違う!!6枠11番、優しき巨人ジェットタイガー!!さあ次は3番人気、1枠2番先導ウマ娘リードオン!!今日も爆逃げが火を噴くのか、それとも今日こそは逃げ切るのか!!?』

 

誰もが目指す栄光、それに及ばなかった、敗れた、それでも挑戦し続けるウマ娘達がいる。

 

『2番人気はこのウマ娘!!5枠10番、桜吹雪サクラハリケーン!!』

 

それを見る皆もそれを楽しみに来るのだ、不屈の挑戦者であり続ける彼女らが勝利する姿を。

 

『さあ、遂に、遂に地下道から姿を見せるのは―――!!!』

 

無敗の三冠は夢物語だ。絶対の皇帝たるシンボリルドルフだからこそ成した奇跡なのだ、絶対にもう現れる事なんてない。誰もがそう言う。不屈の帝王トウカイテイオーが、坂路の申し子ミホノブルボンが、あと一歩の所で夢敗れその栄光を手に出来なかった。だからもう現れない―――ウマ娘ファンが諦めかけていた時にそのウマ娘は姿を見せた。

 

嘗て、シンボリルドルフに敗れ王座を奪われたミスターシービーを想わせる走りをするウマ娘。これまで9戦9勝にして全勝無敗、これに勝てば―――無敗の三冠だけではない、あの幻のウマ娘とも言われたトキノミノルの10戦10勝に並び立つのだ。大記録が二つ掛かった異例のGⅠレース菊花賞、それに挑むウマ娘の名は―――

 

『注目一番人気!!2枠3番、此処までの9戦9勝、無敗のウマ娘が二冠を携えてついに此処までやってきた!!音速の追跡者マッハチェイサー!!』

『素晴らしい仕上がりですね。今日、此処に集まった14万人、そしてTVの前で多くの人が彼女の走りを見に来ています。そして同時に皆こうも思っています、あの音速の追跡者を捕まえるウマ娘が遂に生まれるのではないかと』

『様々な期待が寄せられる菊花賞、どんなレースになるのでしょうか!!?』

 

「チェイス~!!!頑張れ~!!!」

「気楽に行けよ~気楽~」

「無茶を言う物ではありませんわ、ですがご自分の走りをなさってくださいまし~!!!」

 

チームメイトの声援が投げ掛けられる、それと同時に―――

 

「チェイス~いっけ~!!ぶっちぎっちゃえ~!!!」

 

当然のようにカノープスのツインターボも応援に駆けつけてくれていた。

 

「にしてもターボも天皇賞秋があるのに、良く決断したよね」

「だってチェイスの菊花賞だよ、もう見られないんだよ!?見るしかないじゃん、生で応援したいじゃん!!」

 

その言葉には皆が同意する。例え自分のレースが明日に控えていようがツインターボは絶対に駆けつけるだろう。天皇賞秋へに向けての最終調整があるだろうに……チームメイトも含めてだが、態々来てくれた。その事に心からの感謝を浮かべつつもチェイスは手を振り終えると上げていたバイザーを降ろして気合を入れ直す。それを見つめるのは何もチームスピカやカノープスだけではない。

 

「いよいよですね会長」

「ああ。しかし、まさか彼女が此処までの逸材だったとは驚天動地、だが―――同時に嬉しくもあるな」

「全く、本当にあの日にあの子をスカウトできなかったのが惜しかったわね」

 

レース場を見下ろすようなスタンドの最上段で視線を投げかけているのはチームリギルのシンボリルドルフ、エアグルーヴ、そしてトレーナーである東条。チェイスを直接スカウトしに行った二人も今日この日が来る事を心待ちにしていたのだ。

 

「ルドルフ、貴方はどう思うかしら」

「レースに絶対はありません、例えどれ程に錬磨をしたウマ娘だとしても時の運はあります」

「それをあなたが言うのはちょっと皮肉っぽいよ、絶対の皇帝様」

 

何処か茶化すような言葉にシンボリルドルフは少しだけ笑いながら其方を見ながら抗議の視線をやる、そこにいたのは同じく三冠ウマ娘であるミスターシービー。

 

「ああ、だからこそ言うんだ。レースに絶対はない、私に絶対があるとするならば自分の中にある信念、絶対に譲らないという強い気持ちだ。きっとチェイスにもそれはある」

「それは同感、だから私も見に来たんだ。今日、この日のレースを本当に楽しみにしてた」

 

ゲートインしていくウマ娘達、それを本当に楽しそうに、嬉しそうに見つめるミスターシービー。どんな勝負になるのかという視線を投げかけるシンボリルドルフ、二人の三冠ウマ娘が見守る中―――菊花賞が始まった。



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76話

『各ウマ娘ゲート入り完了しました……今スタートしました!!』

 

始まった菊花賞。どんな勝負になるのか既にスタンドからは大声援が木霊する。菊花賞は最も強いウマ娘が勝つと言われている、この3000mという長距離レース。そして心臓の破りの急坂とも言われる淀の高低差4mの坂、この長丁場でのそれは異常なまでに身体に来る。体力、走力、知力、気力。それら全てに優れるウマ娘でなければ越える事なんて出来ない。

 

『先頭へと飛び出すのは矢張りリードオン、例え3000mのレースであろうとも一度も戦法を変えない大逃げを打ちます。そして背後からジェットタイガー、矢張りこの二人が流れを作るのか』

「今日こそ、今日こそ勝ってやるんだぁぁぁ!!」

「それは私とて同じだ!!」

『そして最後尾にはマッハチェイサーが続きます、ペースを乱さない音速の追跡者は何時仕掛けるのか期待です』

 

何も変わらない、彼女と走る時は本当に何時もこうだ。だからこそ自分も同じ走りで行く。だが―――矢張り今回ばかりは上手くはいかないらしい。

 

「チェイス、完全にマークされてる」

「アタシもやられた事あるなあれ」

 

此処で初めてと言ってもいいチェイスに対するマークが成功していると言ってもいい、先行と差しのウマ娘がチェイスに対する対策と言える戦法を取っている。いや、それぞれがそれぞれで勝負しているが結果的にそれがチェイスに対しての対策に繋がっている。

 

「ど、如何言う事ですか?」

「先行の奴らは駆け引きをして他を落としてチェイスのコースを塞ごうとしてる。差しは差しでそれを躱そうとしてるが、逆にそれがチェイスの壁にも成っちまってる……こりゃ終盤までこのままの可能性まであるぞ……」

 

これを抜ける為にはより外へと抜けるしかないのだが……3000mという長距離でそれをやるのはあまり得策ではない。チェイスは確かにスタミナも大幅に強化されているがそれでも出来るだけ脚を温存して最後に一気に伸ばしたいはずだ。しかしこのまま残り続ける可能性だったあるんだ、かなり辛い状況と言わざるを得ない。

 

「ハリケーンちゃんも巻き込まれちゃってますね……」

「ああ、チェイス対策に巻き添え喰らってる感じだ」

 

『さあ各ウマ娘がスタンド前に入ります、14万人を超える大歓声がウマ娘達の背中を押します!!全ウマ娘が、ウマ娘達がファンの声援を走りに変えて更に越えていく越えていく、さあ先頭は未だリードオンとジェットタイガー。この二頭に挑むウマ娘はいるのか!!?』

 

「いるさ―――此処に一人な!!此処からは、此処からが私のステージッ……だぁぁぁぁぁ!!!!」

 

その時、大歓声が一瞬静まり返った。誰もが思いもしなかった、先頭集団を追う集団の壁、勝負の時を待ち受ける彼女らがその時を待っていたのを嘲笑うかのように勝鬨を上げるのは自分だと宣言するように―――彼女は飛んだ。

 

『な、なんとぉぉぉ!!?飛んだ、サクラハリケーンが舞ったぁぁぁ!?サクラが宙を舞いました、サクラが舞って壁を越えて行ったぁ!!?』

『し、信じられません。しかもそのまま速度を落す事もなく走り出してる……』

『サクラハリケーン何というウマ娘だ!!勝鬨を上げるのは自分だ、自分を見ろと言わんばかりの走りだ、天を駆けるウマ娘、サクラハリケーンがリードオンとジェットタイガーに迫っていくぅ!!!』

 

神話にはペガサスという翼を持ち空を駆けたウマ娘がいたという、まるでそれはこういう事を言うのだと言わんばかりの跳躍を見せたサクラハリケーン。前方の壁を軽々を飛び越える跳躍、4~5メートルは跳躍したのかという高さを舞いながらも何事もなく着地しながら走り抜けていくその姿に壁を作っていたウマ娘達は呆然とし、一瞬の隙が出来た。

 

「此処だっ!!マッハチェイスを実行しまっ―――!?」

『マッハチェイサー此処で仕掛けっ―――マッハチェイサー体勢が大きく崩れています!!倒れこまないように必死に身体を立て直している、如何したんだ一体アクシデント発生か!!?』

 

その瞬間、チェイスは大きく体勢を崩した。右膝に鈍痛が走ってバランスが崩れる、倒れこまないように必死に踏み込むが―――鈍い痛みが徐々に大きくなっていく。

 

「チェイ、ス……?チェイス!!?」

 

コーナーで仕掛けようとしたチェイスが大きく体勢を崩して更に距離が離れていく姿に思わずバジンが悲鳴のような声を上げた。

 

「チェイスちゃん如何しちゃったんですか!?」

「体勢を崩すなんてあり得ませんわ!!絶対に何かがあったんですわ!!ゴールドシップさん貴方何か見たんじゃなくて!!?」

「悪い、ハリケーン見てた」

 

スピカも突然の事に騒然する。余りにも突然すぎるそれに何が起きたのかと軽いパニックが起きる中、一人だけ静かにレースを見ているウマ娘がいた、それは超高精度の望遠レンズでチェイスを映していたビルダー。だがそれは―――顔面を青どころか灰色に染めてであった。異変に気付いたツインターボが背中をさすりながら尋ねた。

 

「如何したんだ大丈夫か!?」

「ら、落鉄です……前から蹄鉄が飛んできてチェイスさんの、右膝を……」

「こんな時に!?」

 

震えながらの声にナイスネイチャは思わず声を出してしまった、レースでの落鉄は珍しくない。ウマ娘は時速60キロを超える速度で走る、加えてウマ娘の脚力によっては直ぐに蹄鉄は消耗して使い物にならなくなる事なんてザラである。だがそれが当たるなんて……不運にもほどがある。

 

「じゃ、じゃあ今すぐにチェイス走らせるのやめさせないと不味くない!?」

「不味いな……マジで膝に当たったなら洒落に―――」

 

『マッハチェイサー持ち直した、持ち直したぞマッハチェイサー!!そのまま一気に加速していく、マッハチェイスが始まったのか!!?』

 

その言葉に思わずレースに目を向けるとそこにはマッハチェイスを開始したチェイスは一気に順位を上げていく姿があった。第二コーナーを越えて淀の坂へと間もなく入るという所、まさか平気なのかと思うがチェイスの顔はバイザーで隠されて見えない。

 

「チェイス、三冠なんてどうでもいい、だから無事でいてくれ……!!」

 

『マッハチェイサーがどんどん上がっていく!!淀の急坂なんて何その、此処まで坂に強いウマ娘がいたでしょうか!!?ミホノブルボンを思わせるような坂の強さだ、ぐんぐん加速していくぞマッハチェイサー!!』

 

急坂を越えて行くチェイスは遂に先頭をゆくリードオンとジェットタイガー、そしてサクラハリケーンを捉えた。最早勝負はこの4人に絞られた。先程のアクシデントなんて何のその、越えて行くチェイスは更に加速していく。

 

「来たか、だけど―――えっ!!?」

「まさか―――」

「まっじっでぇ!!?」

 

「ウァァァァッッッッ……―――マッハッッチェイ……サァァアアアアア!!!!

 

『か、加速した!!更に加速したぞマッハチェイサー!!?上り坂に続いて下り坂でも更に加速した!!!』

『これはミスターシービーと同じ、それ以上の加速……』

『抜け出た、抜け出たぞマッハチェイサー!!!完全に抜け出した!!3身から4身!!さらに、更に行くのか!?なんというウマ娘だ!!ミスターシービーが、シンボリルドルフが、ナリタブライアンが辿った栄冠の道を今一人のウマ娘が激走しておりま―――マッハチェイサー、マッハチェイサーの右足が、右足が赤く染まっております!!』

 

誰もがその言葉に驚愕した、悲鳴を上げた、トップを走り続けるチェイスの右足がコスチューム越しにも分かる程に赤くなっていた。やっぱりあのアクシデントで何かあったのか!?と誰もが思う。

 

「チェイスやめろもう走るな!!」

 

思わず沖野が叫んだ、防具も入っていた筈だから大丈夫だと思っていたが駄目だったんだ。これ以上走ったらどんな事になるのか分からない、だから―――

 

行けええええええっチェイスゥゥゥゥゥゥ!!!!!

 

誰もがその声に驚いた、悲鳴でも無ければ静止の声でもない。彼女の背中を押す後押しの声だったのだ。その中心は―――ツインターボ。

 

「ターボアンタ何を―――」

後悔を、後悔を残すなぁぁぁぁ!!!諦めないで、最後まで走れぇぇぇぇぇぇ!!!!

 

「私は―――とても、速ぁぁああいっっっ!!!!

 

その言葉がトリガーになったのか、チェイスは最後のスパートを掛けた。右足に激痛が走ろうが関係ない、走れるのであれば走る、自分は夢を背負っているんだ。自分に憧れているウマ娘がいる、夢を背負うというのはそう言う事だ、最後まで諦めない、後悔なんてしない―――その為に走る!!!!

 

『マッハチェイサーが走る、駆け抜ける―――諦めない、例えどんなアクシデントがあろうともいま彼女の走りは変わりません!!だから今、この瞬間を目に焼き付けましょう!!今、今マッハチェイサーが……無敗で三冠ウマ娘に―――輝きましたぁぁぁぁ!!!』

 

爆発する大歓声、アクシデントの事などはもうどうでも良かった。新たな三冠ウマ娘の誕生を誰もが祝福する。ゾクゾクとゴールしていくウマ娘達もその強さに目を見張った。右足が赤く染まっているのにも拘らずあの走り……認めるしかない、憧れるしかない。そして次はそんなあなたに勝つという意志を浮かべる。その中でチェイスはヘルメットを外した、そこには痛みに耐える苦悶の表情はなく清々しい笑みがあった。そして―――

 

「追跡ィ!!大逃げェ!!何れも……!!マッハ!!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!」

 

激痛に苛まれながらもチェイスはあのポーズを取った、勝利のポーズを。見ろ世界、これが新しい三冠の栄誉を手にしたウマ娘だ。

 

「如何皆さん、今回はちょっとハラハラさせちゃってけど、中々にいいレースだった、で……しょ―――」

 

チェイスは笑顔を浮かべたままだった、そのままもう踏ん張りが利かなくなった右足から崩れるように倒れこんだ。それを見てスピカ、カノープスの面々が思わず飛び出しながら彼女の元へと駆け寄っていった。全身全霊を振り絞ったが故にもう意識が朦朧としていた彼女は脚の怪我もあるので大急ぎで病院へと搬送されていった。



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77話

「んっ……んんっ……」

 

目が覚める、いや寧ろ何で自分は眠っていたのだろうか。そう思える程に不自然な目覚めだった。

 

「―――知らない天井だ……」

 

視界の先に広がっていた景色に思わずそんな呟きが出てしまった。天井なんて意識してみない筈なのにどうしてこんな言葉が出るのだろうか……まあ言いたい台詞だったのは確かだがと内心で軽くふざけていると隣から声が聞こえて来た。

 

「チェイス―――チェイス!?起きた、目が覚めた!!?」

 

其処に居たのはツインターボの顔があった、慣れ親しんだ敬愛する先輩がそこにいた。だが自分が良く知っている元気ハツラツとした顔ではなく何処か安心したような不安の中にあったような顔だったので首を傾げてしまったのだ。

 

「ま、待ってて今、スピカのトレーナー連れて来るからぁ!!!」

 

慌てた様子で飛び出して行くツインターボ、扉が閉まった直後辺りであいたぁ!?という声が聞こえたのできっと転んだのだろう、自分を大切にしてくださいと思いつつも不意に右脚に痛みが走った。布団が中途半端に掛けられているが、視線の先には包帯で包まれている右脚がそこにあった。そして其処で漸く思い出した、自分は菊花賞を走っていたんだその途中で落鉄が自分の脚に……

 

「随分と無茶、してたなぁ……」

 

我ながらそう思えた。冗談抜きで痛かった、地面を踏みしめる度に抉られるような激痛が走るのだ。良く走れたなぁ……と思えた。所謂ランナーズハイという奴だろうか、きっとそれになっていたんだろうなと思う。でも最後まで走れたんだ。

 

「ようチェイス、起きたみたいだな」

 

ボンヤリとしていると沖野が病室へと入って来た、その表情は何処かホッと胸を撫で下ろしている物で溜まっていた荷物を漸く卸せたかのような顔つきだった。かなり心配をかけてしまったらしい。ベッドの隣にある椅子に腰かけた。

 

「如何だ気分は」

「さあ……何で寝てたんだっけ、あれこの天井知らないなって思う程度には元気だと思います」

「ハハッ暢気な奴だな、レース場は大騒ぎだったんだぞ?お前の脚は真っ赤に染まってるしそのままで走り続けるし、ゴールしたら倒れるわ」

「なんかすいませんでした、迷惑かけて……あっウイニングライブ」

「それはハリケーンやリードオンにジェットタイガーが全力でやってくれたよ、お前さんが居ないとは思えないほどに大盛り上がりだったよ」

 

主役が居ないとは思えない、矢張り自分が不在のままウイニングライブは行われたらしい。だがそこは自分と同じ程に強いウマ娘達が、ライバル達が全力で盛り上げてくれたらしい。あの場で走っていた全員が主役と言わんばかりだった、特にハリケーンの大跳躍は凄まじく、2着だった彼女がチェイスの代理と言っても過言ではなかった。

 

「見たかったなぁそれ……」

「何言ってんだよ、本当はお前がそのセンターで歌う筈だったんだぞ?無敗の三冠ウマ娘さんよ」

「あっそっか……三冠ウマ娘……か」

「実感ないか?」

 

無敗の三冠を手に入れた、ンな事言われても実感が沸かない。だってレース後の取材を受けた訳でも無ければウイニングライブで歌ったわけではない、そんな状態で実感しろというのも無理な話だ。

 

「トレーナーさん、落鉄の事ですけど」

「んっ……ああ……お前の前を走ってたモニラの蹄鉄だった」

 

何度か走った事がある彼女の物だったらしい。話を聞けば彼女もナリタブライアンのように脚力が強すぎるタイプのウマ娘らしく、蹄鉄を既に何十と消費してきているらしい。そして今回、不運にもチェイスへとぶつかってしまった、蹄鉄はプロテクターにあたったのだが……余りの速度で衝突した為にプロテクターを深々と抉ったのが事の顛末。

 

「本当にプロテクター入れててよかったな」

「まあそれは良いんですよ、モニラは大丈夫なんですか?」

「いや、チェイスお前の事なんだぞ……?」

「私の事だからです」

 

沖野は思わず驚いてしまった、チェイスは自分の怪我の原因もなったと言える相手の事を心配し始めたのだ。三冠ウマ娘の実感こそないが、世間が喚きたてるには余りにも十分過ぎる。少しでも早く釈明しなければ彼女の選手生命が危うくなる。

 

「少しは自分の事をだな……」

「だからこそです。あれは完全な事故です、巡り会わせが悪かったせいで起きる事故のうちの一つです。それを無用に喚いて彼女を貶めようとするのは私が許しません」

 

病院に搬送される程の怪我なのに彼女は他人を気遣っている。全力で走れなかった、あの怪我が無ければ……と言った後悔はなく、唯々あれは不運な事故でしかないと言えてしまう心の強さに本気で驚いてしまった。

 

「―――分かった、理事長にもお願いしてマスコミ各社に送っとくし俺も取材でそう言っとくわ」

「お願いします。私に後悔なんてありませんから―――ターボ先輩の言葉通りに、最後まで走れましたから」

 

改めて枕に頭を預けながらチェイスは言った、沖野はその言葉を絶対に世間に伝えようと決めた。

 

「確かにあれが無ければっていうのは分かる意見ですが―――脚は残しても後悔は残さない、それが私の真実です」

「ったくカッコいい事言いやがって、んじゃもうちょっと気が紛れる話をするか。お前さんの怪我はそこまで深くはない。幸いな事に骨に異常はない」

 

それを聞いて胸を撫で下ろした、骨折には至っていない。だがそれでも入院は必要となる怪我なのでこのままチェイスは精密検査を含めて入院をする事になると告げられる。

 

「入院かぁ……すっげぇ暇そう」

「そんだけの事が言えるなら全然大丈夫だな、だけど後で皆にはちゃんと謝れよ。バジンとか大泣きしてたんだからな」

 

―――チェイス……ねぇ起きてよ、ねえ冗談は嫌だって……チェイス確りして!!お願いだから目を開けて、開けてってばぁ!!やだやだやだ……やだってばぁ!!

 

「って号泣してて救急隊員が救急車に乗せる時までお前に泣きついて―――」

「トレーナーさん、後ろ後ろ」

「えっ後ろ?」

 

チェイスに思わず苦笑さしつつも後ろを指差すのでそちらを見ると……そこにはまるで般若のような表情をしながら怒気を纏ったバジンの姿があった。

 

……

「あっ……えっと、つまりだなチェイス!!それだけバジンはお前の事を心配してたって事を俺は言いたくてだな!!」

……ああ心配してたさ、伝えてくれてありがとう……それはそうと、ちょっと病院裏の路地まで付き合え、何直ぐに済む……

「ちょっやめろバジン暴力反対!!?チェイス助けてくれぇ!!」

そいつ庇うわけチェイス……?

「ご自由にお持ちください」

流石チェイス……さあトレーナー……ひとっ走り付き合えよ

「絶対違うだろぉ!!?だ、誰か助けてくれぇ!!ゴルシでもいいからぁ!!」

 

バジンがトレーナーを連れて行った直後、今度は雪崩込んでくるようにスピカとカノープスの面々が入って来て今度はその対応に追われるチェイス。そしてその最中……何やら地獄からの悲鳴が聞こえたような気がしたが、気にしないでおいた。

 

「いやあれはお前がわりぃよ」

「……はんせいしてます……」

 

その後、路地裏で倒れている沖野がゴールドシップの手によって回収されたという。




JRAのCMみたいな奴を作るとしたら、チェイスはどうなるだろうなぁ……。

というか、あのCM作る人達センスえぐすぎない?


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78話

「やぁっチェイス、思ったより元気そうで何よりだ」

「ルドルフさん、ええまあ元気だとは思いますよ」

 

スピカとカノープスの面々が帰った翌日、病室へと尋ねて来たのはシンボリルドルフ、ミスターシービーだった。直ぐに身体を起こそうとするがそのままで居てくれと釘を刺されてしまった。代わりに直ぐに角度を付けて貰って座っているに近い形にして貰う。

 

「改めて三冠おめでとう、私以来の無敗の三冠ウマ娘の誕生を祝いに来たよ」

「私もお祝いに来たよ、本当に凄かったよチェイス」

「有難う御座います」

 

本当はこの場にエアグルーヴと東条トレーナーも来る筈だったが、リギルの事もあるし生徒会として処理しなければいけない事もある。なので実際はシンボリルドルフも出来るだけ早く帰らなければならないのだが、如何しても話がしたかったので先延ばしにさせて貰った。ミスターシービーは普通に生徒会長に比べれば気楽な立場なので普通に残った。

 

「しかし君も無茶をするな……あんな状態で走るなんて、恐らく私でもしないぞ」

「ホント、あの脚で良くもあんなスパート掛けられたって思う」

 

と三冠ウマ娘である二人の先輩からお前どうなってんだよと言わんばかりの視線が向けられる、実際自分も中継映像の録画を見て客観的に自分がどんな状況なのかを見てみたが……本当にあの状態からよくもあんな加速を掛けられたと思う。

 

「実際激痛でした、でも何て言うんでしょうね……如何でもいいかなって」

「……良くもそんな事を言えるな」

「実際そうですし」

 

アドレナリンドバドバで痛みを抑えつけていたというよりも、もっと理性的な物が痛みを越えていた気がした。此処で脚を止める事は出来ない、走り切る、どんな事があろうとも、そんな気持ちだけで走っていた。

 

「夢を背負っちゃってますから」

「その言葉は私達からすればどんな言葉よりも説得力があるね、ねえルドルフ」

「全くだ。それを持ち出されたら何も言えないさ」

 

絶対の皇帝、禁忌を破った者、その二人にとってはその言葉だけで十分過ぎる。そしてチェイスは次は自分の願いを叶える番だと拳を強く握った。

 

「でもこれで気兼ねなく有記念に望めます」

「ゴルドの事ね、あの子も凄かったな~」

 

菊花賞よりも早く行われたティアラ路線の最終レース、秋華賞。それに出場したゴルドドライブは―――宣言通りにトリプルティアラを獲得した。彼女は約束を守った、そしてその記者会見で堂々と宣言をしてくれたのだ。

 

『チェイス、私は約束を守った。次はお前の番だ―――先に待ってるから』

 

まるで恋焦がれる乙女のような熱い想いが込められた言葉、それだけが彼女がインタビューで口にした言葉だった。そう告げると早々に彼女はその場を後にした、彼女にとってはもう完全に次の狙いは有記念に向けられているのだ。いや、最初からそこしか見ていなかったのだろう。トリプルティアラすら踏み台にしていくその姿に様々な感情を向けるが、それらを全て実力で捻じ伏せた。

 

―――その実力を一人のウマ娘に定めて放とうとしている。それに応える義務がある。

 

「今年は嘗てない盛り上がりになりそうだ。なんせトリプルティアラとクラシック三冠であるウマ娘の激突、さて何方が勝つのだろうな」

 

何処か悪戯気な言葉を作るシンボリルドルフだが、彼女も本心で何方が勝つのかという思いが滾ってしまっている。これ程迄の状態で開催される有が過去にあっただろうか、いや無い筈だ。無敗の三冠ウマ娘、敗北はそのウマ娘のみのトリプルティアラウマ娘。

 

「それでチェイス、そう言う事を言えるって事は怪我は大丈夫って事で良いんだよね?」

「はい。リハビリ含めて全治1か月という所です」

「それなら問題は無いな、流石にジャパンカップに間に合わないがそもそも出る気はないのだろう」

「ああ、そう言えばありましたね」

 

とそんな事を言うチェイスに思わずシンボリルドルフは苦笑し、ミスターシービーは大笑いだった。久方ぶりに見るチェイスのボケのような素の反応、あのジャパンカップをそんな物もあったか、と言ってしまうこのウマ娘は本当に……。

 

「まあジャパンカップは……如何でも良いです、眼中になかったですし」

「アハハハッチェイス貴方本当に最高!!」

「あの、何でそんな笑ってるんですかシービーさん……?」

「だってねぇルドルフ!?アハハハッ!!!」

「当てつけかなシービー」

 

絶対の皇帝と呼ばれているシンボリルドルフだが、彼女でも敗北を喫した事はある。数多くの勝利よりも敗北を語りたくなるとさえ呼ばれる、その敗北の一つがジャパンカップだった。それを如何でも良いというのでミスターシービーは爆笑しているのだろう。流石に腹が立つのか語尾が強めになっている。

 

「あ~久しぶりに笑った笑った、今年のジャパンカップは別の意味で荒れそうな気がする。だってチェイス出ないんだもん」

「まあ怪我の事もあるだろうから理解はされるだろう、怪我の事も考えると無理をしてでないのは正しい」

「治ったとしても出ませんけどね」

 

此処までハッキリ言うとシンボリルドルフも何だか笑えて来てしまった。彼女からすれば海外から来るであろう強豪ウマ娘なんて眼中にない所か名前も知らなければ知ろうとする興味も沸かない、恐らく偶然耳に入るか誰かに言われなければそのまま知らないままで終わる事もあり得る。興味があるのはライバルであるゴルドドライブとの決着のみ。

 

「じゃあチェイス、ゴルドがそこでも勝負しよう!!っていったら?」

「出ようとすると思いますね、まあそれで間に合わなかったらゴルドに急に約束増やしたのが悪いって文句付けますけど」

「やれやれ、何処までもライバルが優先か」

 

なんというか、このマイペースさというか恐いもの知らずさと言えばいいのか……スカウトした時と全く変わらないと思わず微笑むのであった。




次回は……お見舞いか掲示板回かなぁ……。


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第79話 掲示板回

19:名無しのウマ娘ファン ID:HKP1g2cOl

諸君遂にこの日が来た。

 

20:名無しのウマ娘ファン ID:ee72n9adx

 いよいよだな。

 

21:名無しのウマ娘ファン ID:JuhivHSXG

 ああ、歴史に刻まれる日だ。

 

22:名無しのウマ娘ファン ID:F7fCdU6kx

 待ちに待ったぞ。

 

23:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 再び出張から帰って来たぜ!!日本よ、私は帰って来たぁ!!!

 

24:名無しのウマ娘ファン ID:Itm36gQAe

 >>23 

 おおっ帰国ニキ!!

 

25:名無しのウマ娘ファン ID:PpkHKkVsz

 随分久しぶりだなぁ!!

 

26:名無しのウマ娘ファン ID:P1Z1T9V9X

 なんだあれ以来顔見せなかったら心配してたぞ。

 

27:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 くそ上司のせいであの三日後にアメリカにとんぼ返りだった

 

28:名無しのウマ娘ファン ID:sv7CspYRp

 うわ……

 

29:名無しのウマ娘ファン ID:fVCStE2ct

 芝も生えない位につら……

 

30:名無しのウマ娘ファン ID:iZzXABZqw

 マジドンマイ。

 

31:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 本来は来週からアフリカだ。

 

32:名無しのウマ娘ファン ID:R958vMDzs

 >>311

 おいおいおいそれ大丈夫か?

 

33:名無しのウマ娘ファン ID:83z5o6YTs

 大丈夫、(労基に)通報する?

 

34:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 大丈夫、何故なら―――上司に辞職願を顔面にシュッー!!して来てからな!!

 

35:名無しのウマ娘ファン ID:lgU/j4alL

 >>34

 超!!エキサイティング!!

 

36:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 フハハハッ!!給料は良かったけどあんなブラックはもうこりごりだ!!

 ウマ娘の中継もろくにみられない位だったからな!!

 

37:名無しのウマ娘ファン ID:mkV5o7juQ

 大変な仕事だったんだな。

 

38:名無しのウマ娘ファン ID:IMwiujR2g

 めでたいが、今は大丈夫なのか?

 

39:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 趣味もねえ、友達も居ねえ、彼女もいた事がねぇ仕事人舐めんな!!

 数年プー太郎でも余裕だわ!!

 

40:名無しのウマ娘ファン ID:SYioZXhWE

 それはそれで悲しい気が……

 

41:名無しのウマ娘ファン ID:stO6xKpcU

 全くだよ……。

 

42:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 まあ、いざとなったら実家頼るわ。実家はウマ娘方面に力入れてるから。

 

43:名無しのウマ娘ファン ID:IGUXZv9nG

 帰国ニキの話も気になるが、いよいよゲートインだぜ。

 

44:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 遂に来た来たやっと来た!!チェイスがクラシック三冠の栄誉を手にする日が!!

 

45:名無しのウマ娘ファン ID:N3Ux2xvyj

 おお、ファンニキも来た。でも今回はライバルもライバルで粒ぞろいだからなぁ。

 

46:名無しのウマ娘ファン ID:7AWXtYvHa

 常に結果を出し続けてきた先導者のリードオン

 その隣を走り続けた優しき巨人ジェットタイガー。

 

47:名無しのウマ娘ファン ID:vj3nYEOuy

 チェイスと同じく島根からやってきたサクラ軍団の刺客のサクラハリケーン。

 誰が菊花賞を取っても可笑しくない面子ばっかりだからな。

 

48:名無しのウマ娘ファン ID:0O3dErPuT

 おおっスタートしたぞ!!

 

49:名無しのウマ娘ファン ID:bfhy+t79S

 戦闘はやっぱりリードオンとジェットタイガーのコンビか。

 

50:名無しのウマ娘ファン ID:gqugcG59h

 なんか最早おなじみだよな。

 

51:名無しのウマ娘ファン ID:8k4MUATWL

 だけど、今回3000なのに持つのか?絶対に逆噴射すんだろ。

 

52:名無しのウマ娘ファン ID:CVQbOo4ah

 日本ダービーでも結局タレなかったしなぁどうなんだろ。

 

53:名無しのウマ娘ファン ID:vxzkJcT6Q

 んでサクラハリケーンが中団でチェイスは最後尾。

 

54:名無しのウマ娘ファン ID:4SOIPh2bw

 チェイスは何時も通り―――ってあれ

 

55:名無しのウマ娘ファン ID:eKOSlbSqD

 なんか、列が横に広がってる?

 

56:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 こりゃ先行と差しが同時にそれぞれチェイス対策が働いてんな。

 

57:名無しのウマ娘ファン ID:DXBPKBmKQ

 えっどういうこと?

 

58:名無しのウマ娘ファン ID:rMjqaW9j1

 なんかこれ、俺ゴルシのレースでも見た事あるぞ。

 

59:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 >>56

 ファンニキ説明プリーズ。

 

60:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 後ろからぶち抜くスタイルのチェイスに対して、終盤に壁を作るように他のウマ娘と駆け引きして押し付けようとしてる。

 それぞれがやってるから色々込み合ってるけどそのせいで横に広い壁が出来てるな。

 

61:名無しのウマ娘ファン ID:r9OglGbIP

 >>60

 うわ、それってハリケーンも辛くねえか。

 

62:名無しのウマ娘ファン ID:Sev1rKt9T

 ハリケーンどころか、チェイスに前にいる差しの子達は全員辛い。

 

63:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 そんだけチェイス警戒されてんのか……。

 

64:名無しのウマ娘ファン ID:/pQiJ2oPP

 まあ無敗の二冠だから警戒は当然。

 

65:名無しのウマ娘ファン ID:y6PygWQVm

 悪名高いオペラオー包囲網に比べたら可愛いもんだぞ。

 

66:名無しのウマ娘ファン ID:5nCHwVBej

 ああ、噂に聞くあれか。

 

67:名無しのウマ娘ファン ID:MNyz2HDq6

 はっ?

 

68:名無しのウマ娘ファン ID:djAgAQYC+

 えっ?

 

69:名無しのウマ娘ファン ID:i26F0Fn44

 マジ?

 

70:名無しのウマ娘ファン ID:ZaBSD3Yn5

 えええええええええええええええええええ!!!!!???

 

71:名無しのウマ娘ファン ID:9NK0sMraf

 はあああああああ!!?

 

72:名無しのウマ娘ファン ID:YqHnen/Al

 おいおいおい、なんだ何が起きた!?

 

73:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 さ、サクラハリケーンが飛んだぁ!!?

 

74:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 うっそだろお前!!?今何m飛んだ!?走ってる最中だぞ!?どういう高さ飛んだ!?

 

75:名無しのウマ娘ファン ID:DxRdKK2gZ

 いや確かに解説の言う通りにウマ娘の身体能力が出来なくはない、っつうかできるけど

 

76:名無しのウマ娘ファン ID:t5UG3hmVP

 菊花賞だぞ!?GⅠだぞ!!?クラシック三冠なんだぞ!!?

 

77:名無しのウマ娘ファン ID:kJ4jNK2rt

 そんな大舞台でなんつう事を……。

 

78:名無しのウマ娘ファン ID:meqvi0Xqk

 いやこれ、マジで面白い事になって来たぞ!!

 

79:名無しのウマ娘ファン ID:L5+2K3iHa

 やっべ鳥肌止まらねぇんだけど!!今上司の目を盗んでみてるけどやめられねぇんだけど!!

 

80:名無しのウマ娘ファン ID:cAEImDULm

 >>79

 お前は仕事しろ。

 

81:名無しのウマ娘ファン ID:1T4VwqGY/

 ハッハァ!!こりゃチェイスも一筋縄じゃ行かねぇぞ!!

 

82:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 だけど今ので浮足立ってるぞ!!今だチェイス、ぶち抜けぇ!!

 

83:名無しのウマ娘ファン ID:H0TijW2kE

 えっ

 

84:名無しのウマ娘ファン ID:b4KPZ4hZC

 チェイス……?

 

85:名無しのウマ娘ファン ID:zEp7jyPt1

 チェイスが倒れそうになってる!?

 

86:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 ゼッてぇアクシデントだろこれ!?中止させろぉ!!

 

87:名無しのウマ娘ファン ID:GocfdFmEX

 ああ、ずるずると下がっていく……。おい誰か現地に居ないか!?見れてない!?

 

88:名無しのウマ娘ファン ID:nQ8xQjTXW

 悪い自宅だ!!

 

89:名無しのウマ娘ファン ID:FPRXEI0XT

 誰か、誰かいねぇか!?

 

90:名無しのウマ娘ファン ID:gI+s66dL7

 おいやべぇって!!マジでやべって!!

 

91:名無しのウマ娘ファン ID:PZ7my+Yqd

 >>90

 なんだ如何した!?

 

92:現地班 ID:gI+s66dL7

 今現地で見てるけど、隣でスピカのメンバーの話が聞こえたけどマジでやばい!!

 

93:名無しのウマ娘ファン ID:GUf8l+6Dp

 >>92

 だから何がだよ!?

 

94:現地班 ID:gI+s66dL7

 落鉄だよ!!前から落鉄した蹄鉄がチェイスの右ひざを直撃したらしい!!

 

95:名無しのウマ娘ファン ID:8n091aR9g

 >>94

 おいそれマジか!?洒落になってねぇぞ!!?

 

96:現地班 ID:gI+s66dL7

 マジだよスピカのトレーナーさんがすげぇ焦ってる!!

 

97:名無しのウマ娘ファン ID:5ledWzyf2

 マジで洒落になってねぇって!!ウマ娘の命だぞ脚って!!

 

98:名無しのウマ娘ファン ID:JtfNtn8A7

 しかも膝って……。

 

99:名無しのウマ娘ファン ID:+jbl39+Ng

 っておいチェイスがマッハチェイスかけ始めたぞ!?

 

100:名無しのウマ娘ファン ID:lLA+0Dk89

 ハッマジで!!?膝に蹄鉄喰らって大丈夫なのかよ!?

 

101:名無しのウマ娘ファン ID:plTBDQrln

 当たり所が良かったとか……

 

102:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 ンな訳ねぇだろ!!?あんなスピードで蹄鉄がぶつかったら痛いなんてレベルじゃねぇんだぞ!!

 

103:現地班 ID:gI+s66dL7

 ア、マジ!?トレーナーさんがチェイスは勝負服にプロテクターを装備してるらしい!!

 その影響かもしれん!!

 

104:名無しのウマ娘ファン ID:wIlpp+xyR

 ぼ、防具完備か!?なら、大丈夫……なのか?

 

105:名無しのウマ娘ファン ID:3MgYWzlMQ

 いやでも、ってはっや!?

 

106:名無しのウマ娘ファン ID:f8OTn+2zF

 マジかよ淀の坂って心臓破りって言われてんだぞ!?

 

107:名無しのウマ娘ファン ID:j0PtHcQo6

 ああもう、兎に角応援すっぞ!!

 

108:名無しのウマ娘ファン ID:xJJT0za1b

 取り敢えずこのまま何事もなくゴールしてくれるだけでいい!!

 

109:現地班 ID:gI+s66dL7

 チェイスが来た!!トップ集団に―――っておい嘘だろ!!?

 

110:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 ミスターシービーかよ!!?

 

111:名無しのウマ娘ファン ID:+aGMVc5m5

 下り坂でとんでもねぇ加速してやがる……。

 

112:名無しのウマ娘ファン ID:RlqbQtdGd

 おいおいおい、同じ戦法どころか同じタブーを犯すのか。

 

113:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 えっなんでタブー?

 

114:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 >>113

 基本昇り坂はゆっくり上る、下り坂はゆっくり降りるっていうのが定石なんだよ。

 ミスターシービーはそれを破って三冠になった。タブーは誰かが作る物に過ぎないって言われるぐらいに

 彼女の走りはやばかった。

 

115:名無しのウマ娘ファン ID:gtfEc+wvW

 トップだ!!チェイスがトップ!!

 

116:名無しのウマ娘ファン ID:+HYM5J6ZC

 すっげぇ一気にトップだ!!

 

117:名無しのウマ娘ファン ID:p32iObbix

 このまま一気に行っちまえ!!

 

118:名無しのウマ娘ファン ID:Evs+PmmHm

 ああああああああああ!!!?

 

119:名無しのウマ娘ファン ID:0ntFTrn2u

 チェイスの右脚がすげぇ赤くなってる!!?

 

120:名無しのウマ娘ファン ID:dT/FyKqka

 やっぱり蹄鉄が当たって怪我してたのか!!?

 

121:名無しのウマ娘ファン ID:KVZDfkujj

 やめろチェイスもう止まれぇ!!

 

122:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 それ以上走ったら下手したら!!!

 

123:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 何ではしれんだよ、あれでぇ!!

 

124:名無しのウマ娘ファン ID:BQNkm6YbV

 マジか、更にスパート掛けるのか!!?

 

125:名無しのウマ娘ファン ID:MQgSyhcST

 止まったって誰も文句言わないのに……

 

126:名無しのウマ娘ファン ID:We3MOuVCm

 すげぇ……

 

127:名無しのウマ娘ファン ID:n29bgwOy0

 チェイス、マッハチェイサー……

 

128:名無しのウマ娘ファン ID:deR5RWm6N

 無敗で、三冠、達成……!!!

 

129:名無しのウマ娘ファン ID:WJsgLB00b

 ま、マジかよ……あんな怪我してて

 

130:現地班 ID:gI+s66dL7

 トレーナーさんとか走るなって叫んでだ。

 

131:名無しのウマ娘ファン ID:DLvBE6yPy

 >>130

 当たり前だろそんなの。

 

132:名無しのウマ娘ファン ID:aUQmNBvM5

 でも走り切った……。

 

133:現地班 ID:gI+s66dL7

 ツインターボさんがチェイスに走れって言ってた。

 

 『後悔を、後悔を残すなぁぁぁぁ!!!諦めないで、最後まで走れぇぇぇぇぇぇ!!!!』

 

 って、一人だけ叫んでた。

 

134:名無しのウマ娘ファン ID:DR2FXrgg+

 >>133

 後悔を残すな、か。

 

135:名無しのウマ娘ファン ID:V+amabyva

 >>133

 テイオーに諦めない事を見せ付けたあの子らしい言葉だ……。

 

136:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 あんな状態でも笑顔のままだ……すげぇ、すげぇチェイス……お前が、お前がナンバーワンだ。

 

137:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 ああっ!!?倒れた!!?

 

138:名無しのウマ娘ファン ID:nn+tOqGnl

 やっぱげんかいだったんだ!!

 

139:名無しのウマ娘ファン ID:Xa8s95LqI

 スピカとカノープスのメンバーが駆け寄ってく。

 

140:現地班 ID:gI+s66dL7

 ああっ……オートバジンの声が悲痛過ぎる。普段素っ気無い凄い尊敬してたんだな。

 救急隊に運ばれてった……。

 

141:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 命に別状はないだろうけど……脚の状態は如何だろうなぁ……。

 

142:名無しのウマ娘ファン ID:X2YcU+v2f

 あんな状態で走ってるしなぁ……。

 

 

 

 

 

222:名無しのウマ娘ファン ID:AR/KBNuDN

 なんだかんだでウイニングライブは凄い盛り上がってたな。

 

223:名無しのウマ娘ファン ID:oN3EN2HIy

 肝心のチェイスおらんかったけど、凄い大激戦だったもんんぁ。

 

224:名無しのウマ娘ファン ID:DSdHdxNqu

 ハリケーンが代理センターだったけど、凄かった。

 

225:名無しのウマ娘ファン ID:MZ7WVk/5x

 でもチェイス大丈夫かなぁ……。

 

226:名無しのウマ娘ファン ID:dyP6hmasf

 おいお前らニュース見ろニュース!!チェイスの事に関するお知らせ出てるぞ!!

 

227:現地班 ID:gI+s66dL7

 マジで!!?

 

228:名無しのウマ娘ファン ID:dyP6hmasf

 マジだ!!早く見ろ!!

 

229:名無しのウマ娘ファン ID:+5ZqMSa4y

 サンクス!!

 

230:名無しのウマ娘ファン ID:op9ct3UcG

 っしゃあ!

 

231:名無しのウマ娘ファン ID:Nf9LgP0of

 チェイス起きた!?良かったぁぁ……

 

232:名無しのウマ娘ファン ID:s469dfZmW

 意識はハッキリしてて今は安静中……まあそうだよな。でも良かったなぁ……

 

233:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 いやというか、本人のコメントが凄いな……よくこんな事言えるな。

 

234:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 なんて言ってんの!?ウチTVねぇんだよ!!

 

235:名無しのウマ娘ファン ID:vA2lY6NTj

 >>234

 UMATUBEで生やってるからそこに行け!!

 

236:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 『あれは完全な事故です、巡り会わせが悪かったせいで起きる事故のうちの一つです。

  それを無用に喚いて彼女を貶めようとするのは私が許しません』

 

237:名無しのウマ娘ファン ID:ufHE0aRrf

 >>236

 カッコ良過ぎだろ……。

 

238:名無しのウマ娘ファン ID:+ruI8uaEr

 >>236

 唯の事故だって言えちゃうんだ……。

 

239:名無しのウマ娘ファン ID:QXgDHMBWl

 これ、落鉄しちゃったモニラ救われただろうなぁ……。

 

240:名無しのウマ娘ファン ID:K+pTvCTAI

 無敗のウマ娘を落鉄で怪我させたとか、とんでもない事になる所だったな。

 

241:名無しのウマ娘ファン ID:JKH/5EdmR

 モニラファンの俺、チェイスにマジ感謝。

 

242:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 いやカッコ良過ぎだろ、何で走ったのかって事に対しての答え。

 

 『脚は残しても後悔は残さない、それが私の真実です』

 

243:名無しのウマ娘ファン ID:wlmdMKz9T

 惚れた。

 

244:名無しのウマ娘ファン ID:p7688dDST

 痺れた。

 

245:名無しのウマ娘ファン ID:LfKTC6n0U

 抱いて。

 

246:名無しのウマ娘ファン ID:MBHX4HAsX

 顎くいして。

 

247:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 一生推します。

 

248:名無しのウマ娘ファン ID:1w1yGZhnO

 怪我も1か月位で完治かぁ……

 

249:名無しのウマ娘ファン ID:mk0L0Xmgr

 良かった、骨にダメージはないのか……。

 

250:名無しのウマ娘ファン ID:j2gPTGXGI

 いやこれはいい教訓なんじゃねえかな。マジで蹄鉄の対策確りするべきだろ。

 

251:名無しのウマ娘ファン ID:LJLrwxKjN

 プロテクターしてあんな出血。マジで危なかったんだな。

 

252:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 他の子に当たってたら……

 

253:名無しのウマ娘ファン ID:pDddbKwvS

 ヒェッ……。

 

254:名無しのウマ娘ファン ID:+XuKhN01f

 というかチェイスwww

 

255:名無しのウマ娘ファン ID:zWAIqHcB/

 もう有に出る気満々で芝

 

256:名無しのウマ娘ファン ID:QpcaVKsas

 そっか、トリプルティアラのゴルドドライブとの再戦か!!

 

257:名無しのウマ娘ファン ID:5E3JKHOzm

 三冠ウマ娘とトリプルティアラウマ娘との対決!!

 

258:名無しのウマ娘ファン ID:CUFVRCyDQ

 さあ盛り上がって参りました!!

 

259:名無しのウマ娘ファン ID:lI06cRBjp

 私は別な所が盛り上がって参りました。

 

260:マッハチェイサーの自称ファン一号 ID:dX9KizNQQ

 >>259

 きもい

 

261:帰国者 ID:G+FKTZCl5

 >>259

 タヒね

 

262:現地班 ID:gI+s66dL7

 >>259

 地獄に落ちろ。

 

263:名無しのウマ娘ファン ID:lI06cRBjp

 >>260

 >>261

 >>262

 ひでぇ

 

264:名無しのウマ娘ファン ID:oREloGEPt

 >>263

 当たり前だよなぁ!?

 

265:名無しのウマ娘ファン ID:pUzvLKe4e

 >>263

 まあ是非もないよね!!

 



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80話

「あ、あの~……マッハチェイサーさん、こんな事を言うのは間違ってると思うんだけどサイン貰えないかしら……?」

「大丈夫ですよ。後チェイスで結構ですよ」

 

京都の病院の個室に入院中のチェイス、怪我の状態が良くなったら転院も検討されているが一先ずは病院で静かに過ごしている。と言っても暇なのでハリケーンにお願いして寮の自室にある自分のノートパソコンを送って貰って暇潰しを行っている。基本的にライダー曲の編集作業で暇を潰しているのだが、時折様子を見に来る看護師や医者が無敗の三冠ウマ娘になった自分のサインを強請ってくることがある位が目立った事だろう。

 

「はいどうぞ」

「有難う!わぁこれが無敗の三冠ウマ娘の……サイン!!院長と看護師長の目を盗んでもらいに来た甲斐があったわ……!!」

「禁止されているのですか?」

「ええ、だって負担になっちゃうでしょ?だから本当はこういうのグレーなんだけど……ごめんなさい!!」

「いえこの位ならお安い御用ですよ、というか院長さんと看護師長さんも貰いに来てましたよ?」

 

とシレっとチェイスは告げ口をする。

 

「え"っそれマジ?!」

「マジもマジ、本気と書いてマジと読みます」

「あんの狸親父と狐ババア……自分達が禁止するとか厳しく罰するとか言ってたくせにぃ……!!!ごめんなさいチェイスさん、ちょっと用事できたので行きますね!!」

「はい、お手柔らかに」

 

そう言いながら病室から飛び出して行くナース、病院内は基本静かにな筈だが……まあ致し方ないだろう。それに自分は秘密にしてくれとは言われていないし、サイン位は別にいいと思っている。なので平気で言ってしまう、そんな事を思いながらもウマ娘用のワイヤレスフォンを付けて編集作業に戻る。

 

「う~ん……こういうのって企画出したら通るのかな……理事長は何か分かってくれそうだし相談してみるかな、無敗の三冠ウマ娘ってどれだけの力があるのかも寄るか……」

 

何やら考えているのか、理事長に相談することを念頭に置きつつも何かを書き込むようにキーを叩き続けていくチェイス、それが一段落したのかエンターキーを叩いた。画面には完了の文字が映ったのを確認して水を飲む。

 

「さてと、どうなるかだな……」

 

編集作業もそこそこに今度はネットサーフィンでも楽しむかと思った時だった、携帯が鳴ったのでワイヤレスフォンを其方へと接続し直してから直ぐに通話を繋げる。

 

「はいもしもし」

『あっチェイス!?ターボだよ!!』

「ターボ先輩、如何したんですか?」

 

電話の相手はツインターボであった。彼女もこの病院に長くいてくれたが、天皇賞が迫っているので惜しみつつも病院から去って行った。

 

『何かチェイスの声が聞きたくなっちゃってさ、ほらっあと少しで天皇賞で頑張りまくってるから』

「フフフッ私も応援に行きたいですが、流石に許可は下りませんでした。応援してますよTVでの観戦ですが』

『気にしなくていいって!!むしろ体を直す事を優先しなきゃダメだぞ?隠れてトレーニングも絶対ダメ!!』

「分かってますって、私って隠れてそんな事をするように見えるんですか?」

『一応だって一応。なんかスピカのトレーナーからそう言っておいてくれて言われたの』

 

沖野から自分はそんな風に見えているのだろうか、だとしたら甚だ心外だ。それは置いておいて、そのまま楽しく会話をしていたのだが、ツインターボは何処か言い淀むかのように声が小さくなっていき、遂には黙り込んでしまった。

 

「あの、ターボ先輩?」

『チェイス……ターボ、天皇賞で勝てるかな』

 

聞こえてきたのは彼女らしくない不安に満ちた言葉だった。普段ならば絶対に勝つ、初めてのGⅠ制覇だと意気込みを述べる筈なのにそんな勢いは全くない。

 

『ターボもチェイスに負けないように走るって決めたんだけど……菊花賞でのチェイスの走りは本当に凄かったと思う、でもターボにはそれが出来るのかな……』

 

僅かに浮かび上がって来た不安、ツインターボにとってチェイスは大切な後輩なのは間違いない。そんな後輩が無敗の三冠ウマ娘になった事は本当に嬉しいし誇らしい。だが自分はそんな後輩に相応しい先輩なのかと何処かで想ってしまったのかもしれない。だがチェイスは

 

「出来ますよ」

『如何してそう思うの?』

「私が尊敬しているからです」

 

心からツインターボを信じる。理由はシンプル、彼女が自分にとってトレセン学園で一番尊敬していると言っても過言ではない程に信頼しているから。例えどんな走りであっても彼女を尊敬する心を変えるつもりは一切ない、自分にとってはツインターボというウマ娘は尊敬する先輩で絶対勝ちたいウマ娘なのだから。

 

「天皇賞で勝ってください、テイオー先輩もスズカ先輩もマックイーン先輩も置き去りにして」

『テイオーもスズカも……ターボに出来るってチェイス思ってるの?』

「勿論。そして一緒に有記念で一緒に走りましょう」

『―――そうか、そうだよな!!うん、ウジウジ考えてるなんてターボらしくなかった!!例えどんなレースでもターボは全力で走るだけだった!!』

 

聞こえてくるのは何時ものハツラツとして彼女の声、それに深い安心感を覚えてしまう自分が居た。そして最後に聞こえてきたのは―――ツインターボの強い覚悟と決意の声だった。

 

『チェイス、絶対に勝つよ。チェイスの為にも、いやターボの為に勝つ』

「はい、応援してます」

 

そして―――天皇賞秋が始まる。




次回―――ツインターボ、天皇賞秋!!


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81話

「すっごいですよこれ!!」

 

思わずそんな声を上げたのは日本総大将ことスペシャルウィーク、そんな彼女がいるのは東京レース場。今日は天皇賞秋、チームスピカからはトウカイテイオー、サイレンススズカ、メジロマックイーンというメンバーが参加する。どのウマ娘も実力は正しくトップクラス、故に一番人気から三番人気はこの三人が独占していた。しかも殆ど僅差が無い程に人気が集中しているので彼女は思わず声を上げてしまった。

 

「スズカが一番でマックイーンが二番、テイオーが三番……か」

「なんかテイオーが一番下ってなんか違和感あるわね」

「つってもある種順当だろ?てか、どうせ誰が一番下でも俺達は違和感あるっていうぜ多分」

 

ウオッカのそんな言葉に確かに、と全員が苦笑するのであった。パドックでの様子も順調、きっと問題ない。

 

『さあ四番人気、ツインターボがパドックに入ります』

 

そしてそれに続く人気のツインターボ、スピカとしては敵ではあるがある意味では一番警戒心が薄い。チェイスの事もあるので何というか、チームメンバーの一人にように思ってしまうのだ。そんな彼女は体操服のまま出て来た、皆が困惑するよりも先に―――腰のベルトに目が行った。

 

シグナルバイクシフトカー!!

 

「……変身!!」

 

ツインッターボ!!

 

 

収められたシフトカーと共に噴き出す蒼い炎、そして光に包まれたツインターボ。まるでチェイスのような変身を決めながら勝負服へと変化した。この事に観客たちは大盛り上がり。ツインターボにあっているというのもあるが、これが同じように他のウマ娘達もあれを使う日が近いのではないかという現われでもあるからだ。

 

「やっぱあれカッコいいよなぁ!!くっそぉ~俺もあのレースに勝てたらなぁ!!!」

「まあしょうがないわよ、次のレースに出るしかないわよ」

 

トレセン学園ではマッハドライバー争奪戦とも言うべきレースが開催されていた。そのレースで全てのマッハドライバーが配布されたわけではないが、それでもレースに勝ってドライバーをゲットしたウマ娘はいる。ウオッカも参加したが生憎あと一歩届かなかった模様。因みのその時にドライバーを手にしたのはミホノブルボンだった。

 

「でも……なんか、ツインターボさん凄い気合入ってますね」

 

スペシャルウィークの言葉に思わず沖野も同意してしまう、掛かっている……と言う訳ではないが普段の彼女とは考えられない程に集中しているのか目つきが鋭くなっている。このレースはスピカでの争いと取り上げている新聞もあるが、今の彼女を見るとそんな事は言えなくなる。

 

「こりゃ……今回のレース、荒れるぞ」

 

 

『ウマ娘たちが追い求める一帖の盾。鍛えた足を武器に往く栄光への道、天皇賞秋!!』

 

「マックイーンさ~ん!!頑張れ~!!」

「テイオーさ~ん!!」

「スズカさぁ~ん!!!」

 

「せぇ~の……」

『ターボファイトォ~!!!』

 

それぞれを応援するサトノダイヤモンドにキタサンブラック、そしてスペシャルウィーク。三人揃って別々を応援する姿に思わず笑みを零していると少し離れたところから聞き慣れた声が聞こえてくる、それはカノープスの声だった。

 

「ターボさんやっぱりいい仕上がりですね」

「うんうん、気合も十分だもんね!!」

「でもなんかターボっぽくない感じもするよね、凄い集中力だけど」

 

ナイスネイチャの言葉には思わず全員が同意する。ツインターボはレース前でも元気いっぱいと言った様子で跳ねまわる位のタイプなのに今は静かに瞳を閉じて集中している様子が見えている。何ともらしくない……と言うのも失礼かもしれないが、見慣れない姿に違和感を覚える。

 

「しかし今日のターボの仕上がりは過去最高レベルです。上位に入るのは確実―――いえ訂正します、ターボが勝ちます」

「そだね。近くで見てきたアタシたちが信じるのが一番だよね」

 

今日までツインターボは本当に頑張っていた、それも全て勝つ為、自分が勝手に宿敵と呼んでいたトウカイテイオーに勝つ為、そんな彼女に勝ったメジロマックイーンにも勝つ為―――そして、自分よりも速いと言われ海外でも勝利した異次元の逃亡者を越える為に。そう思ってナイスネイチャたち、チームカノープスは一丸になって天皇賞秋の為にサポートをして来た―――が違うのだ。

 

『各ウマ娘ゲートに入って、体勢整いました』

 

トウカイテイオーに勝つ為ではない、メジロマックイーンを越える為でもない、サイレンススズカより速く走る為でもない―――彼女は、自分が勝つ為に此処に来たのだ。

 

『勝利するのは不屈の帝王、トウカイテイオーか!?それとも名優、メジロマックイーンか!?はたまた沈黙の日曜日と同じく1枠一番、一番人気でそれらを破るサイレンススズカか!?さあ今、スタートしました!!』

 

ゲートが開き、遂に天皇賞秋が始まった。

 

「いっけぇ~テイオーさん!!」

「マックイーンさん!!!」

「スズカさぁ~ん!!!」

 

『ハナを奪うはやはりこのウマ娘、サイレンススズカ!!宝塚記念でも見事な勝利を収め連勝街道を驀進―――いや、サイレンススズカの隣を爆走しているウマ娘がいるぞ!!ツインターボ、ツインターボだ!!猛烈な加速でサイレンススズカを猛追していく~!!!』

 

お前だけじゃないんだ、と言わんばかりのロケットスタート。ツインターボは誰もが予想していたサイレンススズカの一人旅を絶対に許さない。

 

「いっけぇっターボ!!!」

『速い、速すぎるぞこの二人!!?圧倒的な速さだ、他のウマ娘を既に置き去りにして二人旅ぃ!!しかしこのままで持つのか、余りも早すぎる、まるでスプリンターだ!!』

 

余りに速すぎるサイレンススズカとツインターボ。他にも逃げウマ娘は参加してる―――だが、それすら追い付けない程の大爆走。

 

「ス、スズカ先輩速すぎ……!?」

「それだけじゃない、何、あのターボ先輩のスピード……!?」

 

余りに速すぎる、自分達は本当に天皇賞を見に来ているのか。短距離のレースを見に来ているのではないかと錯覚するほどに異常な超ハイペース、ほぼ横並びのサイレンススズカとツインターボから三番手は10身以上も突き放している。

 

『1000mの通過タイムは―――57秒ジャスト!?ツインターボ、サイレンススズカ共に途轍もない速度だ!!何だこの勝負は、最速のウマ娘の決定戦か!?』

 

「スズカさんの大逃げは予想していました、ツインターボさんのもですがこれは―――!」

「速すぎるよ~スズカも師匠も~!?」

 

驚きのあまり、メジロマックイーンとトウカイテイオーがそんな言葉を漏らしてしまう程だった。最初から二人はサイレンススズカに着いて行こうと考えていた、だが、そんな事は意味がないと言わんばかりに加速し続けていく両者。

 

「(速い……チェイスちゃんと走りで速くなってたのは知ってたけどこれは……!!)」

 

ほぼ真横に付き続けているツインターボ、それにサイレンススズカは感じた事もない脅威を感じ取る。だけど―――

 

「先頭の景色は、譲らない!!」

『此処でサイレンススズカが加速した!!ツインターボを抜き去っていくぞぉ!!」

 

第四コーナーを越えて遂にトップに躍り出たサイレンススズカ、後は最終直線。此処で一気に走り切るのみ。

 

『矢張りこのウマ娘は強い!!嘗ての悪夢を振り払うかの如く、影を踏ませないサイレンススズカ!!このまま逃げ切る―――いや、来ている!!』

 

「ッ――!!」

 

過去最高の速度、最高の走りだと言える走りに一人……それを追いかけ続けるウマ娘がいた。奇しくも同じく逃亡者と呼ばれるウマ娘、そのウマ娘はツインターボ。

 

「負けない、負けない負けない!!」

 

『ツインターボが喰らいつく!!異次元の逃亡者、サイレンススズカの走りに付いてきている!!』

 

「いっけぇっターボォぉ!!」

「そのまま抜けぇ!!」

 

「ターボは、ターボが勝つんだ……チェイスと約束したんだ……!!!」

 

―――一緒に有馬記念で一緒に走りましょう。

 

「ターボが、ターボが―――勝ぁぁぁああああああつ!!!!」

 

刹那、先頭の景色を独占していたサイレンススズカの視界に青い髪が映り込んだ。ツインターボの髪が入り込んできた、前に、出られた。

 

『ツインターボが抜いたぁぁぁ!!!ツインターボ、ツインターボだ!!!逃亡者ツインターボ、異次元の逃亡者を踏み越えて行くぅ!!』

 

「これがぁぁぁぁっターボの、全開の走りだぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

完全に抜き去った、サイレンススズカの前へと出てそのまま駆け抜けていく。凄まじいまでに伸びていく走り、影すら踏ませない異次元の逃亡者を捕まえて更に超えた逃亡者。追跡者にして逃亡者、この日、ツインターボは―――異次元を越えた。

 

『ツインターボだぁぁぁ!!一着ツインターボ、二着サイレンススズカ!!ツインターボ、サイレンススズカを破って天皇賞を征しましたぁ!!遂に初のGⅠ初勝利ぃ!!!』

 

何もかもを抜き去って先頭に立ったツインターボはそのままゴールした、異次元の逃亡者さえも置き去りする二重の加速(ツインターボ)、遂に念願のGⅠ初勝利。遂に掴み取った初の勝利よりも彼女は、何よりの喜びに包まれていた。それは―――

 

「ハァハァハァッ―――見てたかチェイス!!これがターボの力ぁ!!次は有だぁ!!」

 

―――望む所です。

 

 

そんな声が聞こえてきた気がした。幻聴などではない、きっとチェイスの言葉だとツインターボは更に笑みを深めるとサイレンススズカが握手を求めて来た。

 

「完敗でした、凄かったですツインターボさん」

「エッヘン!!スズカも速かったぞ、また一緒に走ろっ!!」

「はい、是非」

 

そう言いながら固く握手を交わすと会場から大歓声と拍手が上がった。二人の戦いを称賛する雨だ。

 

「師匠凄かったよ~!!ついて行く事も出来なかったぁ~」

「全くですわ……まあ今回は三着でテイオーに勝つ事は出来ましたので良しとしましょう」

「あれっテイオー負けたのか?なんだそれでもターボのライバルか~?」

「ムムムッ……四着だから何も言えない……」



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82話

天皇賞秋で遂に念願のGⅠ勝利を挙げたツインターボ。その勝利に後押しされるかのように、チェイスは京都の病院からトレセン学園に近い病院に転院を行い回復に努めていたが―――

 

「予想よりも早いですね……これなら問題はないでしょう」

 

チェイス自身の治癒能力が優れているのか、それともツインターボの勝利を受けて身体が活性化したのかは分からないが兎も角予定よりも早く怪我は治りリハビリに入る事になった。

 

「いいぞ~チェイス、この後はプールでのメニューが待ってるからあんまり気張り過ぎるなよ」

「分かりました」

 

トレセン学園に戻って来たチェイスは沖野の下でリハビリの励む―――のだが

 

『チェイスさん三冠おめでとう~!!』

「あっはい、どうも」

『あの、サインください!!』

「あっはい、分かりました」

『あの、朝のランニングにご一緒しても良いですか!?』

「いいですけど朝4時起きになりますが大丈夫ですか?」

 

無敗の三冠ウマ娘になったという事を完全に失念していたのか、とんでもない祝福を受けてしまったチェイスは思わず呆然となってしまっていた。三冠ウマ娘としての先輩たちもこんな感じだったのだろうかと、若干現実逃避を行いながらのリハビリとなっている。

 

『チェイスさん頑張れ~!!』

「そこぉっ声が小さい!!もっと腹から声出せぇい!!」

『はいっビルダー会長!!チェイスさんファイトォ~!!』

 

「いや、ビルダーは何をやってるんですか」

 

スピカの練習には多くのウマ娘達が押し寄せており、自分の応援を行うように声援を送り続けている。トウカイテイオーの時もこんな事はあったが、今回は本当に量と圧が凄い事になっている。

 

「あいつら全員お前のファンクラブのメンバーなんだよ、んでその会長をやってるのがビルダーなんだ」

「暇なんですかビルダーは」

「いやあいつもあいつで次のレースが近い筈なんだけどなぁ……まあやりたいっていうからやらせてる。その方があいつの為にもなるし」

「そういうもんですかねぇ……」

 

沖野としてはある意味助かっている。チェイスが三冠を取った時にはそりゃもうとんでもない騒ぎになった、無論トレセンも例外ではなく取材の申し込みは殺到するわスピカへの加入申し込みも凄い事になった。自分もチェイスのようになりたい、無敗の三冠ウマ娘を育て上げたチームに入りたいなどで凄かった。が、それを別の意味で収めたのがビルダーなのである。

 

『スピカ公認マッハチェイサーファンクラブぅ?』

『こういう騒ぎを収める為には何かを正式に認めるのが一番です、それが捌け口になりますから。という訳でチェイスさんのファンクラブ設立の許可オナシャス!!ちなみにルドルフ会長と理事長にはOK貰ってます!!』

『ほぼ俺の承諾要らねぇじゃねえか!?』

 

そんなわけで設立されたファンクラブだが、やってる事は至極真っ当な上にかなり確りしている。スピカの練習見学は厳正な抽選で決められたウマ娘だけにしてスピカの練習を阻害しないようにコントロールを行ったり、報道の波からチェイスだけではなくスピカを守る!!というウマ娘の壁も構築したり……熱いチェイス推しであるビルダーならではの方針が展開されている。尚、副会長はアグネスデジタルである。

 

「チェイス~調子は如何?」

「悪くはないと思います、トレーナーさんによると来週に一度病院で見て貰ってその経過によって通常メニューに復帰させると」

「それは結構ですわ、あの時は顔面蒼白になりましたが大事無いようで安心しましたわ」

 

まあ取り敢えずファンクラブはビルダーに任せるとしよう。ストレッチをしているとトウカイテイオーとメジロマックイーンが声を掛けてくる、偉大な先輩二人、である前にもっと尊敬する先輩が勝った相手という認識が出てきて気を付けようと思った。

 

「ねえチェイス、聞いても良いかな。無敗の三冠ウマ娘になった感想ってどんな感じ?」

 

トウカイテイオーは聞いてみたかった。如何してもそれを尋ねたかった、彼女にとって三冠ウマ娘というのは如何しようもない程に大きな目標だった。だが、それは運悪く絶たれてしまった。菊花賞を目前にしての故障、叶えられなかった夢、それを叶えたチェイスに聞いてみたかった。

 

「……う~ん……何も変わらない、ですかね」

「変わらない……ええっ!?訳分からないよ~如何言う事!?」

「私にとって三冠というのは元々狙っていたという訳ではないですし……何方かと言えば、約束を果たす為の最低条件でした」

「最低、条件……」

「ゴルドドライブとの再戦、ですわね?」

 

メジロマックイーンの言葉に頷いた。チェイスにとっての三冠はゴールではない、通過点にしか過ぎないのだ。元々レースの世界に入ったのもスカウトされたからに過ぎず、レースへの興味も無かったに等しい彼女にとってはレースで得られる地位や名誉は大したものではない。寧ろ―――そこで会えたライバルの方が何百倍も価値がある物なのだ。

 

「トリプルティアラとクラシック三冠、その称号を携えて再び戦う。その約束を果たす為には必要だったから、ですね」

「なんていうか、凄いなぁ……ボクなんて会長みたいになりたくて三冠ウマ娘目指してたのに、チェイスはそれが踏み台なんだもん」

「踏み台じゃありません、糧です」

 

マッハチェイサーの力の根源はこの意志の強さなのかもしれない、恐らく彼女はこれからもずっと強くなり続けるだろうとトウカイテイオーは感じた。彼女にはゴルドドライブという最高のライバルがいる、そして互いが互いを高め合って行く。その関係が崩れない限り、二人は何処までも成長し続ける。同時に思う―――このウマ娘に勝ちたいと。

 

「私の本当はゴールはもっと先です」

「チェイスのゴールか……やっぱ警察官か?」

「はい、私の夢ですから。言うなればテイオー先輩の三冠ウマ娘への夢が、私の警察官という夢です」

「う~ん、そう言われたら納得出来るかも~……よしボクもその応援の為に、チェイスの練習メニュー手伝うよ!!次はプールだっけトレーナー、ボクが面倒見るよ!!」

「おっ、そりゃ助かる。俺もある程度取材連中の相手しねぇと行けなくてさ……」

「それなら私もお供しますわ。テイオーだけでは少し不安ですし」

「なに~!?」

 

とても賑やかな空気に包まれながらもチェイスは笑顔を深めながら、秋晴れの空を見上げる。この空が冬に染まる頃―――自分は再び駆け出すのだから。




一応シニアクラスでの構想はあるけど……これ居るシニア?

その場合、主人公がなんかバジンとかに移りそうな気がするけど。


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83話

音速の追跡者。それがチェイスの異名である。そのまま名前から取っただけだと言われてしまえばそうかもしれないが、彼女はこの名前を気に入っていた。だが、マスコミ関係者は別の名で呼ぶ事がある―――化物。

 

島根にもトレセンが存在するがこれ程迄の逸材が居た事はない。サクラハリケーンがサクラ軍団のような名門とも呼ばれる一族から出たならば納得出来るだろう、だが彼女の場合は父や母が名が通ったウマ娘でなければアスリートですらないし周囲にも有名なウマ娘がいる訳でも無い。正しく突然発生した化物という印象が拭えない。

 

突如として生まれた化物は幾度も名門のウマ娘達が挑み続けた三冠という称号を無敗のまま手にした。かの皇帝と同じ道を、幻のウマ娘と同じ戦績で勝ち取った。そして同時に思うのだ―――島根のような地方には彼女のような怪物的な素質を持ったウマ娘がいるのではと。

 

チェイスは計らずも中央の二軍、という印象しかなかった地方ウマ娘達に対する認識を変えようとしていた。

 

 

「やれやれ……随分と気が早いなURAは」

 

溜息混じりに机の上に書類を放るシンボリルドルフにエアグルーヴは耳を傾けた。どんな書類を見ていたのかと副会長として興味があるのか、それとも敬愛する会長の言葉に興味があるのだろうか。

 

「何だURAがバカでもやったか」

「いや、違うさある意味正当な物ではあるとは思うが言葉通りに早い物さ―――ドリームトロフィーに関する書類さ、チェイス宛ての」

「成程そりゃ早いな」

 

ナリタブライアンは納得した。トゥインクルシリーズで目覚ましい活躍をしたウマ娘が上がる事が出来るドリーム・シリーズ。当然、シンボリルドルフやナリタブライアンもそこに名を刻んでいる。他にもマルゼンスキーやオグリキャップなどの超強豪が犇めき合う正しく夢の舞台というに相応しい者達で行われるレース。それにチェイスにもその招待状が送られる候補に乗った事が決定する通知が届いたという訳だ。今の段階で来たのだから、これは事実上の決定に近い。

 

「ですが、チェイスはまだクラシックです。本当に気が早すぎます」

「無敗の三冠ウマ娘だ、それを逃す訳にはいかないという表れだろう」

「分からんでもないが……無理だろ」

「ああ、私もそう思う」

 

ナリタブライアンのぶっきら棒の言葉に皇帝も女帝も頷いた。恐らくチェイスにとってドリーム・シリーズへの招待状なんて何の魅力も感じないだろう。自分達と戦えるなんて言われても材料にすらなり得ない。

 

「シニアで満足いくまで戦ったら彼女はあっさりとレースから身を引くだろうな」

「ええ、私もそんな光景が簡単に想像出来ます。URAが必死に説得しようとしても一蹴するでしょう」

 

夢の舞台よりもきっと自分の夢を優先するだろう、彼女はこのトレセンに通っているウマ娘とは前提が違っているのだから。

 

「まあ渡さない訳にはいかないんだが……まあ時を見て沖野トレーナーに渡しておくか」

 

そう思いながら、書類を確りとファイルに閉じながら保管する。欲を言えばシンボリルドルフも最高の舞台でチェイスと走りたいという欲はあるが、彼女にはすべてのウマ娘が幸福になれる時代を作る事を夢見ている。そんな彼女がチェイスの夢を妨害するなんて事はない。

 

 

「あの……バジン随分近くありません?」

「見張り。隠れて走ったりしないようにする為の」

「私は自制が出来ない子供ではないんですが……」

 

当人の回復力が高いのか完治まで後僅かというところまで来ているチェイス、だがチェイスには見張りと称してバジンがピッタリとくっ付いてきていた。トレーニング中も休憩中も食事中も……完全にマークされている。

 

「なんだか、人気だねチェイスちゃん」

「これは人気と言っていいんでしょうか……ライスさんからも何か言ってください」

「う~ん……でもあと一歩の所で走っちゃうのって多いから、しょうがないと思うよ?」

 

一緒に食事をしていたライスシャワーに相談してみるが、良い案は貰えない所かバジンの見張りに対して理解を示されてしまった。

 

「そう言う事、アタシが見る限り……チェイスは絶対に走らせない。どこぞのバカ記者が煽るかもしれないし」

「そうなったら常備してますボイレコで録音して即座に理事長に流しますので」

「足りない、SNSで拡散して社会的に殺すべき……」

「な、なんかバジンちゃん殺気だって怖いよ……?」

「いやアンタだけには言われたくない」

「ふぇ?」

 

何とも過激な発言だが、ボディーガードとしてはこれ以上ないほどに頼もしいかもしれない……実際、学園内であっても油断は出来ない。そんな意気込みでバジンは見張り兼護衛の役回りについている。

 

「取り敢えず私は鯖味噌のお代わりを……」

「アタシが行く、チェイスは座ってろ」

「あっはい」

「ライス先輩、見張り少し変わって」

「あっうんいいよ」

 

そう言いながらチェイスの食器を持って席を立つのだが、時折振り返って此方を見てくる。なんだか色んな意味で複雑な心境になってくる。

 

「そんなに私って信頼ありませんかね」

「違うよ。多分だけどバジンちゃんはチェイスちゃんにもう怪我とか絶対にして欲しくないんだと思うよ、だからムムムッ~って気合入っちゃってるんだと思う」

 

ライスシャワーから見るとバジンはかなり必死になっているというか、心配になって気を遣っているように見える。細かな段差を見てチェイスの脚が縺れないか、他のウマ娘がサインを強請って来た際にも挙動の一つ一つを見逃すまいとするような眼光を向けるなど……まるで天皇賞に向けて精神を鍛えていた時の自分のような雰囲気を感じる。

 

「だからチェイスちゃんは変に思わないで、頼もしいな~って思ってあげると良いと思うよ。そうすればチェイスちゃんも楽だしバジンちゃんも良かったって思うと思うの」

「そういう物ですか……頑張ってみます」

「鯖味噌持ってきたよ」

 

そしてやって来る鯖味噌のお代わり、隣に座り直してくるバジンの頭に手をやって撫でながらチェイスは感謝の言葉を述べる。

 

「有難う御座いますバジン、こんな風にして貰えるのは嬉しいです」

「なっ何だよ突然……やめろ勝手に撫でるなって……ンもう……」

 

ライスシャワーは見ていた、耳と尻尾が酷く嬉しそうに動いている所を。

 

 

「ハゥッ!!これは……チェイスさんとバジンの新しいベストマッチ……!?」

「まるで聖母の様な笑みを浮かべながら頭を撫でるチェイスちゃん、それに対してツンデレ的な対応しつつも耳と尻尾は嬉しさを隠せずにいながらのンもうと言ってしまうバジンちゃん……てぇてぇ……マジてぇてぇよぉ……」

「デジタル先輩!!」

「ビルダーちゃん!!」

「「これこそちょい天然とツンデレの至高のベストマァァアアチッッ!!!!」」




ビルダーとデジたんは平常運航。


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84話

「―――漸く、脚が戻りました」

 

菊花賞から約一か月、チェイスの脚は完全に回復した。その感触を確かめる為、そして今までの鬱憤を晴らす為が如く早朝のランニングへと出かけているチェイス。久しく使うような感覚になる脚は不思議と軽く感じられて溜まっていたものが一気に流れ出して行くような感覚が、一歩一歩と地面を踏みしめる度に感じられる。

 

「気っ……持ち良い~……」

 

風が身体を通り抜けていく、もっともっともっとギアを上げたくて身体が疼いている。だが我慢だ、此処の制限が40キロだ。警察志望がもう破る訳にはいかないんだ。此処が天倉町だったら地元の誼で許される、それ所かもっと走れと急かされるが三冠ウマ娘になった事で朝のランニングに記者が付こうと必死になっているらしい―――なので走る時間を少し早めた。

 

「まあいいか、走れるだけでも満足だ。さて帰るか」

 

現在4時半。普段ならもっとゆっくりしてから走りに出るのだが、対策に普段よりもずっと早く出てみた。これからはこの時間に走る事を決めつつも自分のショートスリーパーに感謝する。そんな事を思いながらも学園へと戻っていく。すると―――美浦寮の入り口辺りに随分な数のウマ娘達が待機していた。

 

『あっチェイスさんおはようございます!!』

「如何しました皆さん、こんな時間に」

『これから走りますよね、是非お一緒させてください!!』

 

と頭を下げて来た。如何やらヒシアマゾンに聞いて自分の走る時間帯を調べて合わせて来たらしい。そこまでするかと思いつつも何やら悪い事をしてしまった気になって来た。

 

「と言っても……私、もう走ってきちゃいましたけど」

『ええええっ!?』

「まだ朝早いのでボリュームは下げて」

 

慌てて口を押えるウマ娘達、ビルダーやバジンの同級生たちばかり。頑張って起きたのに如何してと言わんばかりの瞳を作っている。

 

「今までの時間だと確実に記者が張ってると思いましたので、時間を変えたんです」

『そ、そんなぁ……』

「しょうがないポニーちゃん達ですね、じゃあ河川敷辺りを軽くジョギングしますか」

『有難う御座います!!』

 

寮長繋がりでフジキセキを真似てみたが……如何にも自分には合っていない。なんだポニーちゃんって……柄にもない事を言った自分に鳥肌が立ってきた。一先ず後輩たちを先導しながら普段使わないルートで走り込みを再開するのであった。

 

「ずっと―――マッハァッ!!!」

 

練習の時間となった時、チェイスは待ち兼ねていたと言わんばかりにトレーナーの到着を今か今かと待ち続け、やってくると許可を取り付けて早速走りだした。早朝の安全運転なんて目じゃない程にぶっ飛ばす、一気にトップギアを入れてのフルスロットル。景色が白くなって風と一体化する感覚―――やっぱりこれが溜まらない。

 

「ちょっチェイスもう走ってる訳!?」

「ああ、完治のお墨付きは昨日貰ったからな。マッハチェイスの解禁だ」

 

怪我をする前の走りと全く遜色がない、大なり小なり怪我明けならばそれを戻す為にする物だが……チェイスはそれを既にリハビリで完全に取り戻していた。マッハチェイスに死角なし、無敗の三冠ウマ娘の復活だ。

 

「タイムも良いな、チェイス今まで我慢して来た甲斐があったな」

「ええ。朝もランニングしましたが、その時もギアを抑えつけるのが大変でした。まあ一番大変だったのは授業中でしたが」

「ハハハッそりゃ結構」

 

言いつけ通りに辛抱強く待ってくれていたのはバジンに見張りを頼んだ時から分かっていた事、溜め込んだ力が徐々に解放されて行っているようで逆に良い休養になって成長に繋がるかもしれない。

 

「あっチェイス走れてるね、よ~し今度はボクと走ろうよ!!」

「ええいいですよ」

「コラコラコラ勝手に決めるなっつの」

「そうだぞテイオー、チェイスはターボと走るんだから!!」

「だから勝手に……来たのかターボ」

「無論!!」

 

何時の間にかシレっと混ざっていたツインターボ、本当に最近ツインターボがスピカに混じっても違和感が無くなってきている。南坂と相談して合同トレーニング機会を増やそうかという話も持ち上がっている。天皇賞のツインターボの勝利はカノープスの宣伝にも繋がっているらしく、ちらほら加入体験希望者が増えているらしい。沖野的にも今のスピカを一人で回すのも限界が来始めているので申し出としては有難い、理事長にもサブトレーナーの相談も行っている。

 

「あっそう言えば会長から面白い話を聞いたよ」

「面白い話?何々気になる」

「名前は聞き忘れたけど、ジャパンカップの為に来日した海外のウマ娘が如何して今年のクラシック最強のウマ娘と戦えないの!?って不満言ってたらしいよ」

 

それを聞いて沖野はあっ~……と納得の溜息を漏らしてしまった。凱旋門賞でブロワイエに追い迫ったエルコンドルパサー、そしてブロワイエに勝利したスペシャルウィーク、世界的に見ても強豪と言えるウマ娘との戦いを求めて来日する海外のウマ娘は少なくないし寧ろ増加傾向にある。其処に飛び込んできた無敗の三冠ウマ娘の存在が耳に入れば絶対に戦いたいと思う事だろう。

 

「何でと言われても……元々のスケジュールに組んでなかったから、としか言えないです」

「チェイスにとって海外のウマ娘とか如何でもいいもんな!!そんな事よりもターボやゴルドと走る有記念の方が大切だもん」

「はい、最優先です」

「アハハッだよね~会長もチェイスはそういうだろうって言ってた」

「良いから~早く走ろ~」

「だから……ああもう分かった、2000m一本だけだぞ?」

 

渋々許可を出す沖野にハイタッチをするツインターボとトウカイテイオー、何だかんだでこの二人も凄い仲が良いのである。そんな二人と共にコースへと入っていくチェイスを見つめながら沖野は懐にしまってある飴を取り出す。

 

「(考えなくはないが……まあチェイスの意志が最優先だ、走りてぇなら来年のJCを狙えってんだ)ンじゃ始めるぞ~」

 

何処か吐き捨てるような言葉を言いつつも沖野は飴を加えて、ストップウォッチを握った手を上げる。

 

「よぉ~い……スタート!!!」




別の意味でジャパンカップが荒れる。


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85話

あくる日、練習中にチェイスの携帯に連絡が入った。随分と繰り返しと掛けてくるので誰なのかと思って確認してみると……チェイスは笑みを作りながら沖野に許可を取って電話を掛け始めた。

 

『ああチェイス、すまんな何度も連絡してしまって。練習中だったか』

「いえ、休憩に入りましたので。それで如何しましたゴルド、態々そんなに掛けてくるなんて」

 

連絡を掛けて来てくれたのはライバルであるゴルドドライブだった、ライバルと言ってもレース以外では良き友人として連絡を取り合ったりこの前は一緒に変装してスイーツ食べ放題に繰り出して一緒に取った写真を同時にSNSにアップして沸かせたりしている。

 

『本当は夜でも良かったんだが、少しでも早く教えた方がお前の為にもなると思ってな』

「私の為、ですか……如何したんですか一体」

『あの屑についてだ』

「屑……ああ、仁良 光秀についてですか」

 

ゴルドの義父に当たる仁良 光秀、何時ぞやの天倉町での一件で嫌な全国紙デビューを決めてしまったせいで随分と肩身の狭い思いをしていると聞いている。

 

「正直名前も聞きたくないんですが」

『ああ、私だって聞きたくなんてない』

「それで朗報というのはゴルドの親権がお爺様とお婆様に移ったという事だったりしますか?」

『ああそれもあるな』

「マジですか」

 

軽い冗談のつもりだったのだが、マジでゴルドの親権は仁良の父と母に移ったらしい。ゴルド的には万々歳で今は今までお爺様とお婆様と呼んでいたのに、お父様とお母様と呼ぶ事になれずに悪戦苦闘しているらしい。

 

「フフフッ私にも覚えがありますよ、クリム父さんをそう呼ぶのにも苦労しました」

『全くなんであそこまで恥ずかしいんだ……これならGⅠで勝つ方が楽だ』

「その内慣れますよ、少しずつ慣れて行けば」

『ムゥッ……』

 

話を聞けば聞くほどにゴルドは苦労しているらしいが、それでも声は軽やかに弾んでいる。実際、御二人は若々しくそう呼ぶ方が相応しいらしいのだが……流石に急に変えるのは大変らしい。因みに二人はトレーナーと担当ウマ娘の関係だったらしく、ゴルドの活躍を大層喜んでいるとの事。トリプルティアラを取った時は嬉しすぎてその事が乗っている新聞をそこら中から買い占めたらしい。

 

『す、すまん私事が過ぎた』

「いいえ、友達が幸せそうで何よりです」

『からかうのはやめてくれ……それで仁良についてだが……奴め左遷されたとの事だ』

「左遷―――えっマジですかそれ」

『マジもマジ、大マジだ。奴の元部下の人が親切にも教えてくれた、何でも私のファンらしくてな。サインと引き換えに教えてくれたぞ』

 

何でも、これ迄も軽薄かつ不謹慎な言動や嫌がらせも多かったのだが、遂に限界を迎えたらしく降格処分を受けるか左遷されるかの二択を迫られたらしい。何でも離島にある小さな警察署に飛ばされたらしい。しかもその署長は剣道と空手の有段者で相当に厳しいとの事。

 

『一日一便しかないフェリーに乗らないと島を出られない程度には離島らしいぞ、如何だ私とお前にとっては朗報だろう』

「フフッ私よりもずっとうれしそうじゃないですかゴルド」

『当然だろう!!漸くあの屑から離れたんだ、この上なく嬉しいに決まっている』

 

ゴルドの晴れやかな声が聞こえてくる、本気で嬉しいのが伝わってくる。

 

『これで漸くお前との再戦に集中出来るという物だ、準備を怠るなよ?』

「怠ると思ってます?」

『あり得んな。見ていろチェイス、ヴァージョンアップした私のゴルドランでお前をぶっちぎってやる』

「ほう、随分と大きな口を叩くじゃないですか」

 

思わず、ゴルドに釣られるようにチェイスの言葉も強さを増していく。それを見ていたスピカメンバーは基本的に敬語キャラなチェイスがあんな事を言う事に少しばかり驚いていた。

 

「私のマッハチェイスに一度負けているのに、そう簡単に越えられるとでも?」

『負けたからこそ、練度を上げて挑むのだ。今度は貴様に敗北の味を思い知らせてやる』

「貴方に敗れるのは吝かではありませんが……私だって伊達に無敗で三冠になった訳じゃないんでね―――今度も負けるのはお前だゴルド」

『ほざけ―――勝つのは私だチェイス、貴様は私の後塵を拝していればいいんだ』

 

突如として二人は殺気のようなオーラを纏う、威圧感に溢れたそれは電話越しに相手へと伝わっていく。

 

『私は貴様の予想を超えて行く、付いて来られるのなら付いて来て見ろ音速の追跡者』

「逆だろ、お前が私の背中を追うんだよ究極の輝き」

「『――上等だ、ブッちぎってやる』」

 

最後には全く同じセリフをぶつけ合いながら電話を切った、携帯を置きながらドリンクを喉奥へと流し込みながら空を見上げる。朗報と共に齎された宣戦布告、なんて胸が躍る……最高の舞台でライバルと全力を出し合う……待ち遠しい。

 

「トレーナーさん、次のメニューをお願いします。ゴルドには絶対に負けない為に」

「お、応っ!任せろ!!」

 

今までにない程にやる気に満ち溢れるチェイス、絶対に勝つ。その為にトレーニングに励む。そんなチェイスに思わずバジンが尋ねた。

 

「チェイス……ゴルドとは、仲いいの悪いの?」

「良い方だと思いますよ、この前も一緒にスイーツバイキングに行きましたし。デラックスメロンパフェって奴を一緒に食べたりもしましたよ」

「何ですって!!?あの不定期に店頭に情報が開示され、数量限定且つ予約も出来ずに当日に並ばないと食べられない幻のスイーツを食べたんですの!!?」

「詳しいな、おい」

「こ、これは―――やっぱりチェイゴル!!?そ、それともゴルチェイ!?ハゥッ―――!!」

「ギャアッビルダーまたかよ!?おい大変だビルダーがまた鼻血出して倒れたぞ!?」



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86話

お洒落な雰囲気のとあるカフェ。自己主張しすぎない静かなジャズのレコードが掛けられて珈琲を嗜む者にとって最高のリラックス空間を演出されている店内の奥に二人のウマ娘がいた。一方はウマ娘サイズのカフェオレを飲んでいるが、一方は普通サイズの珈琲を優雅に嗜んでいた。そんな姿をストローを咥えつつ見ていたウマ娘は思わず言う。

 

「にしても……なんていうか、妙に似合ってないよね」

「そうですかね、この位は誰でも合いますよ」

「いやねえよ」

 

思わずそんなツッコミを行っているのはバジンだった、今日はトレセン学園もトレーニングも休みの日。そんな彼女はチームメイトと共に街へと繰り出した。と言っても一応メイクデビューで鮮烈なデビューを飾っている身なので一応変装は確りとして、服装もレザーパンツに合うコーデを着用しつつ髪にもウェーブを掛けてレースの自分を知っているならばまず分からないように仕上げた。一応アグネスデジタルのお墨付き。

 

「……コスタリカコーヒーは良いですね、私はもう少し煎りが深い方が好みですが」

「良く飲めるね」

 

そんなバジンの視線の先では紫と黒を中心にしたコーディネートをしているのだが……どっから見ても男装の麗人、フジキセキよりも男らしさを強調しているが元かある可憐さが美しさに転化され、眼鏡越しの視線は堪らないとビルダーはアグネスデジタルと共に鼻血を吹いてぶっ倒れたので保健室に放り込んで出て来た。脚を組んで珈琲を飲む姿も妙に様になっているチェイス。

 

「……珈琲派な訳?」

「いいえそういう訳ではありませんよ。紅茶も好きですし、気分で変えます」

「ふぅん……まあいいや、そろそろ行こ」

「ええっマスターご馳走様でした」

「あいよ……また来な」

 

少々頑固そうなお爺ちゃんマスターだが、声が僅かに上擦っている。壁には自分のサインが飾られており、同時に自分とのツーショットがマスターの近くの写真盾に飾られている。ファンとの事だったのでサインと撮影に応じた、流石に写真は飾らないでほしいとお願いしたら快くOKしてくれた。

 

「さてと、何処に行きますか。任せますよバジン」

「んっ……んじゃ行くよ」

 

今日は怪我が完治するまでに色々とお世話になったバジンの恩を返す為に、一日付き合う事にしたのである。と言ってもチェイスは三冠ウマ娘なので下手に外には出られないので入念に変装した上で外部に行く用事のあるトレーナーに適当な所まで載せて貰ったりして出て来た。

 

「まずは如何しようかなぁ……基本ブラブラして適当に店に入ってなんか買う程度だからなぁ……ゲーセンはうるっさいし……」

「適当に行きましょう」

「だね」

 

バジンは元々ファッションを気にするタイプではないし流行に敏感なタイプでもない、自分が良いと思った物を纏うタイプで服も女っぽさが少しある程度の物ばかり。その点についてはチェイスもどっこいどっこいなので強くは言えない。なので―――

 

「なんか最近、随分とシューズが新しくなってますね。ハリケーンも随分騒いでました」

「ね」

 

結局、レースに関係する事に落ち着くのである。レース中やトレーニングにも使用するランニングシューズを見に来た二人、専門店なだけあって品揃えも豊富で簡単に見ているだけでも時間を潰す事は容易。

 

「というか、その原因みたいなもんだよチェイス」

「えっ私?」

「菊花賞の落鉄が原因」

 

菊花賞での落鉄による負傷は随分と話題を集めた、防具を着用していたのにも拘らずあれほどの怪我になった。その為にメーカーは蹄鉄とシューズを嵌め込む部分のバージョンアップに追われているとの事。その関係で新モデルと称して新しいシューズが出まくっている。

 

「成程そういう事でしたか」

「でも、実際落鉄が減るのは良い事だから良い傾向だとは思う」

「ですね、あっバジンこれなんかどうですか?」

 

目に留まったのは黒をメインにしながらも銀や赤いラインが入ったシューズ、中々にカッコいいシューズにバジンも目を輝かせている。

 

「―――良いセンスしてるじゃん」

「お褒めに預かり光栄です、サイズは如何です?」

「……うんピッタリ、これにしっ―――」

 

これにしようと決めたバジンの言葉が急に止まった。口角をピクピクと動かしながらのそれに首を傾げるが直ぐに解せた。値段である。この専門店はURA傘下のメーカーなのでトレセン学園の生徒証を見せれば割引してくれるが、それでもとんでもなく高い物だった。それもその筈、質を表すグレートがGⅠ、つまり最高級品。この値段も頷ける。

 

「高っ……いやでも、これからの事を考えると買って損は……でもこの出費は……」

 

一応メイクデビュー以外にもレースには出ているバジン、その賞金もあるのだが……それでも手を出すことを躊躇する程に高い。投資の意味も含めて買うべきかと悩んでいると―――

 

「すいません、これをお願いします」

「ハイ、お買い上げ有難う御座います」

「えっあっちょ!?待ってまだ買うって決めてないってば!!」

 

自分に選んでくれたシューズと一緒に会計へと検討していたシューズをレジへと持って行ってしまうチェイス。二人分となると値段も凄い事になる、何せグレートGⅠが二つだ。まるで家電を買うような値段に庶民的な家庭出身のバジンは震えた。

 

「カードで」

「はい、畏まりました」

 

そんな自分を放置してカードでさっさと支払いを済ませてしまうチェイス。あっという間にシューズは綺麗に梱包され、袋に入れられて受け取ってしまった。呆然としている自分の手を引いてお店を出ながらチェイスはバジンの分のシューズを差し出した。

 

「はい」

「な、何をやってんのさ……!?」

「偶には先輩らしい事をさせてください、返品は受け付けませんからね♪」

 

思わず大声を出そうとしてしまった自分の唇に人差し指でチャックを付けつつ、お茶目なウィンクをしてきた。思わずそんな姿に見惚れてしまい、少しの間呆然としてしまった。そして正気に戻ると買って貰ってしまったシューズを胸に抱きしめていた。

 

「ぁっ……有難う……これ履いて絶対にGⅠ勝つから……

「フフフッ期待させて貰いますよバジン、さあ次行きましょう」

 

手を重ねて引っ張っていくチェイスにバジンはなされるがままだった、嬉しさと恥ずかしさで顔を見る事も出来ない。爆発しているのかと思う程に大きな音を立てる心音が繋いだ手を通じて聞こえていないか、このまま走り出してしまいたい……と思う反面、握ってくれた手を放したくないという二つの想いに挟まれてしまって暫くバジンは茹蛸状態のままだったという。

 

「あれ?バジン、シューズを新しくしたんですか?」

「ん」

 

寮の部屋では同室のビルダーが酷く丁寧に、大切そうにそのシューズを手入れしているのを目撃したという。

 

「(これで絶対に―――ホープフルステークスで勝つんだ、チェイスが勝ったあの舞台で……私が初めて見たあの舞台で)」




お出かけってこんな感じで良いんですかね、分かりません。


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87話

「何時まで顔真っ赤で伏せているつもりですか、可愛いポニーちゃん♪」

「―――からかうなバカ……」

 

シューズを購入した専門店が入っているショッピングモールの休憩ブースに入ってジュースを飲んでいるチェイスはまだ茹蛸になっているバジンに声を掛ける。

 

「まだシューズ代出して上げた事、気にしてるんですか?」

「……絶対に返す」

「良いですよ別に。後輩の為に何かしてあげるのは先輩として当たり前ですよ」

「―――私の気が済まない」

 

何とも意固地な子だ。ならば……別の物で返して貰おう。

 

「だったら勝利で返してください、そのシューズに見合う勝利と貴方の成長で返済という事で」

「……分かった、絶対に勝つから」

 

漸く顔を上げたバジンの瞳は決意に染まっていた。絶対に勝つ、此処までしてくれた憧れの人に報いる為にも―――この人の為に走るならきっと勝てると不思議な気持ちがあった。

 

「だから、チェイスも勝ってよ。ゴルドなんかに負けないで」

「ええ解ってます」

 

そんな言葉に呼応するかのように目の前の壁に掛けられていたTVがCMを流し始めた。其処に映っていたのはチェイスが走っていた菊花賞、人気のURA制作のCMシリーズのThe Winnerシリーズ。

 

伝説は再演された

そのウマ娘の名は「マッハチェイサー」

 

皐月賞、東京優駿を一着で駆け抜けて迎えたクラシックの最終レース

 

その偉業は「皇帝」シンボリルドルフの無敗の三冠、「パーフェクト」トキノミノルの10戦10勝

 

そして赤く染まる右脚

 

音速の英雄は勝利した

 

伝説に、そして悲劇に

 

次の最強を目指せ

 

如何やら有記念に出走するウマ娘の名場面的な所を切り出しているらしい。偶然自分の場面が放送される所に出くわしたという所だろうか……こうしてみると観客が悲鳴を上げるのも分かるような脚の染まり具合、走った本人が言うべき事じゃないだろうが……痛そうである。

 

「本当に凄かったよなぁあの菊花賞!!」

「ホントホント」

 

CMが流れた事で周囲の客たちの話題が自分へと切り替わっていく。矢張り衝撃的な勝利だったので様々な人の記憶に色濃く焼き付いている、無敗の三冠というのもあるが……矢張り怪我をしながらも勝利した事が大きい模様。

 

「やれやれ……こんなんだから外出も楽じゃないんですけどね」

「……」

「バジン?」

 

周囲からの声に照れつつも喜んでいるチェイスの服を摘まむバジン、顔を伏せつつもその表情は不安と怒りが入り混じっているような感じだった。バジンからすればあの菊花賞は本当に気が気ではなかった。あの段階でもう走らないで欲しかった、止まって欲しかったのに走り続けた。約束の為に?夢の為に?それの為に危険に突っ込むのか、バジンにはまだよくわからなかった。

 

「……」

「大丈夫ですよ、大丈夫」

 

不安になる彼女の頭を撫でるチェイス。まだ夢が何なのか分からないバジンにとって、あそこまで走り抜けたチェイスは理解出来ない領域。本当に危なかったら走らないでほしいという思いの方が強い……だけどチェイスはきっといつか、バジンも夢を持てた時に自分の気持ちを分かってくれるだろうと信じている。

 

「さっ行きましょう、そろそろお昼にしましょうか。甘えん坊なポニーちゃんに奢ってあげますよ」

「―――……ポニーちゃんはやめて」

「まあそう言わずに、行きますよ」

 

そう言いながらも握られた手をバジンは振り払う事もなく、遠慮するように少しだけ力を込めて一緒に歩き出した。

 

「さて何が良いですかね、何が食べたいですか?」

「……何でもいい」

「それじゃ……お寿司にでもしましょうか」

 

遠慮していた手、それを逆に強く握り直されて吃驚して尻尾が勢いよく上がってしまう。一緒に顔も上げてチェイスを見ても微笑みを返すだけで何も言わない、ああもう……

 

誑し……

「何か言いました?」

「別に……」

 

この後、回らない寿司屋もあったのだが流石にバジンが大遠慮して回る寿司屋に変更になった。まあ流石のチェイスも回らない寿司屋に入った事もないのでその気はなかったのだが……因みに回転寿司にはウマ娘向けのフルーツ寿司やニンジン寿司もあったのだが、バジンはそれを美味しそうに食べていたがチェイスは普通の鯵やかっぱ巻きなどを中心に食べていたとの事。

 

「ふぅ……食べた食べた。回転寿司も中々に侮れませんでしたね」

「……御馳走様、やっぱり少し」

「気にしないでください」

 

回転寿司なので流石にシューズ代ほどまでにはならなかったが、それでもウマ娘二人で食べたのでテーブルには皿の山が積み重なっていた。お店側はウマ娘が来る事は珍しい事ではないので普通に対応してくれたのは助かった。お値段もそこそこだったがチェイスは平然とカードで払った、その時にサインをする形式だったのでしたのだが、その時にマッハチェイサーである事がバレたが……店員はギョッとしつつも興奮を抑えてこっそりとサイン色紙にサインして欲しいとお願いしてきたので応えたりもした。

 

「さて、次は如何します―――おっとあそこ行きましょうか」

「あそこってゲーセン?何、チェイスってゲーセン好きなの」

「全然」

 

思わずじゃあ何でと思ってしまうのだが、バジンはゲーセンに引っ張られていく。本当に喧しい所だと思っていると入ったのはプリクラだった、折角遊びに来たのだから記念にこういう事もしようという事だった。

 

「別に携帯のカメラで良いじゃん……」

「そう言うこと言わないで、ホラッ」

「ちょっと引っ張られないで……キャッ!?」

 

聞いた事もないような声を上げるバジンだが、慌ててしまうのも当然。チェイスが抱き寄せて結果的に頬がくっつきあうような態勢になっているのだから。

 

「こ、これで撮る気!?」

「可笑しいですか?天倉町だと結構こういう感じで撮ってたんですけど」

「ああもう、分かったよ!!」

 

もうやけくそだ!!と言わんばかりに前を向きバジンに笑みを作るチェイス、そして写真は撮られて―――

 

「あれ、バジンってば携帯カバーになんか写真張ってます?」

「ん」

「見せてくださいよ~なんか気になります」

「ザケんな」

 

と拒否するバジンは携帯をポケットにしまうのだった。誰にも見せてあげない、何故ならば……そこには顔を赤くしながらもぎこちない笑みを作る自分と満面の笑みを作っているチェイスが頬を合わせているプリクラがある。

 

「(―――チェイスと一緒……宝物……)」

 

バジンはニヤける顔を抑えられずに枕に顔を突っ込むのであった。




途中の奴は以前感想で読者C様が書いてくださったものです。

まあ菊花賞が来るの奴を無理矢理有馬に持ってきた訳ですが……有馬出走ウマ娘への応援t系な物だと思えば別にいいよね!!

トキノミノルのミス・パーフェクトですが、実馬のトキノミノル号がパーフェクトと称されたからと読者C様からお言葉を貰いました。なのでパーフェクトと変更しました。


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88話

記念。ウマ娘の全てが此処にあるとも言われる冬のグランプリレースで実質的な年度最優秀ウマ娘決定戦と呼ぶファンも多い。圧倒的な認知度の他にも、このレースでは数多くのドラマが生まれて来た事でも有名。今一番皆の記憶に新しく刻み込まれているレースは恐らく、トウカイテイオーの復活劇。そんな有記念に今年はとんでもないウマ娘が殴り込みをかけて来た。

 

再び訪れた無敗の三冠ウマ娘

音速の追跡者、マッハチェイサー

 

無敗の(ティアラ)奪還を狙うトリプルティアラ

究極の輝き、ゴルドドライブ

 

今年のクラシックを最も盛り上げた二人のウマ娘の出走、以前からこの二人は有記念への出走と互いの対決へ強い意識を抱き続けていた。互いに掲げた目標を見事に達成し、弥生賞の再現となるこのレース。だが単純な再現とはならない、あの時とは共に走る面子が全く違うのだから。

 

「う~ん……」

「何見てんだよ?」

「いや出走表をな、改めて見て……何だこれって思ってたところだ。ってこれ毎年言ってるけどな」

 

パドックに入った沖野は出走表を改めてみたのだが……そこにある面子を見て毎年言ってしまう言葉をまた繰り返してしまう。だが本当にこれは言ってしまうのだ、この有記念はファン投票。そのファンの期待を一身に背負ったウマ娘達が出走する、故に走るメンバーも錚々たる事になるのは毎年恒例。

 

「テイオーも出るかなぁ……チェイスの奴、大丈夫かねぇ」

「大丈夫ですよ、きっとゴルドさんとの決着に燃えてる筈ですから!!」

「いや、その相手がとんでもねぇって話してんだよ」

 

スペシャルウィークの言葉も分かるが、ゴールドシップの心配はそこではないのだ。このレースに出て来るのはクラシックだけではない、シニアも混ざる。経験豊富で勝ち豊富な連中も混ざってのレースで今までのような一対一の真剣勝負なんて物は成立しにくい。チェイスが他に抜かれる、ゴルドが他に抜かれる、二人揃って抜かれるなんてのもあり得る。

 

「でも私はツインターボさんが一番怖いと思うわ」

「スズカさんもですの?実はわたくしもですわ」

 

サイレンススズカの意見に賛同するメジロマックイーン、天皇賞秋で敗れたから……というのが無い訳でも無いが、それを踏まえてもあの時の彼女のスピードは本当に途轍もなかった。サイレンススズカを振り切ってしまう程の超スピードが此処でも発揮された場合―――チェイスは恐らく追い付く事は出来ないと思っている。

 

「でもあれ、対策のしようないと思うんだけど」

「だよな」

「まあ逃げ全般がそうとも言えちまうが……どれだけ上手く力を温存するかになるけど、あそこまでのスピードになるとそういう領域をぶち抜くからな……スズカもそうだし」

 

速過ぎて追い付けない、それを地で行くのがサイレンススズカ及びツインターボの走り方とでも言うべきだろう。純粋な走力で追い付かれる前にブッちぎって勝つ。技術なんて関係なしの力押しだが、実践出来るなら呆れる程有効な戦術なのは確かなのである。

 

『さて次は―――おっと、入場ウマ娘の申し出でこれより連続している三人が同時に登場するようです』

 

余りにも突然すぎる言葉にアナウンスに観客から戸惑いの声が聞こえてくるのだが、それをぶち破るような勢いで跳んでくるのがそのウマ娘であった。バク転からジャージを脱ぎ捨てるマッハチェイサー、全力ダッシュから飛び出して危なっかしいが着地するツインターボ、そしてチェイスと全く同じ動きを模倣して登場するゴルドドライブ。

 

「おやゴルド、それもゴルドランのちょっとした応用ですか?」

「フッそんな所だ」

「フフンッターボはこんな日を楽しみにしていたのだ!!でもまさかゴルドも一緒なんて驚いたぞ?」

「フフッチェイスのお父様に特注した甲斐があったな」

 

そう言いながらツインターボとゴルドもジャージを脱ぎ捨てるとそこにはドライバーがあった。だがゴルドのはマッハドライバーとは異なっている、円形のディスプレイ付いており、どことなく車を思わせるな形状をしている。そして手首にも何かを巻いている。一体何なのかと皆が疑問に思う中、チェイスとツインターボがドライバーを開けた。

 

「さてと―――行きますか。皆さんがお待ちかねです」

「よっしゃ~変身だ~!!」

「ああ、やるか」

 

そう言いながらゴルドもドライバーへと手をやる、そしてキーのような摘みを回す。宛ら車のエンジン掛けのようだ。

 

START YOUR ENGINE!

 

同時に鳴り響く鼓動のようなエンジンの音、それを見てツインターボは目を輝かせるのだがチェイスが膝で軽く突いて自分の変身に集中させる。

 

シグナルバイク!!シフトカー!!

シグナルバイクシフトカー!!

 

シフトカーが装填されるマッハドライバーを見つつもゴルドは懐から自分と同じように黄金にカラーリングされたシフトカーを取り出した。そのシフトカーの後部を回転させながらも左手首に装着していたシフトブレスへと装填した。そしてゴルドもゴルドでノリノリでポージングを行いながら二人に息を合わせて―――

 

「Let’s―――」

『変身!!!』

 

マッハ!チェイサー!

ツインッターボ!!

DRIVE! TYPE-GOLDEN!

 

チェイスとツインターボと同じように光に包まれていくゴルド、だが即座にその身を煌びやかなドレスのような勝負服が包み込んでいくのだが―――その最後に何処からともなく真紅のリング状の光が飛来して彼女へと装着された。左肩から襷掛けされた真紅の装飾が装着された。

 

「フオオオオオオッッッ!!ゴルドの何それ何それ何それぇ!!?ターボのにも負けない位にカッコよくてキラキラしてる~!!」

「フフン!!如何だ、以前天倉町でチェイスの御実家に世話になった時にお願いしたものだ。三日前に頂けたゴルドライバーだ!!」

「カックイイ~!!!」

「本当に色んな意味での特別仕様ですから大切にしてくださいね、音声とか音楽とか全部私が0から作った訳ですから」

「ウムッ!!実に感謝しているぞ!!」

 

成程、これがやりたかったのかとその場にいる全員が納得する程に見事なまでの同時変身だった。だがその甲斐もあってその場はもう興奮の嵐である、ツインターボの言葉を否定する者は誰も居なく、マッハドライバーの派生形なのか!?と色んな意味での興奮が入り乱れる。

 

「―――トレーナー、俺はマッハドライバーとゴルドのドライバー、どっちを選べばいいんだ!!?」

「……気に入ったのウオッカ……?」

 

 

 

「チェイス一つ聞いていいか、この赤い所だが……お婆様が作ってくれた部分だ。しかしなぜこの部分だけあんな感じでこうなるんだ……?」

「禁則事項です♪」

「カッコいいから良いじゃん!!良いじゃんスゲ―カッコいいから良いじゃん!!」

「……確かにな!!」



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89話

『さあ、今年もこの日がやって参りました。暮れの中山レース場、吹き荒ぶ寒風を跳ね返す程の異様な熱気がターフと観客席を包んでおります。GⅠ有記念です。間違いなく今年の総決算に相応しい激しいレースが繰り広げられる事でしょう』

『私もこの日が来るのを楽しみにしていました、今年の有記念は今までとは違いますからね』

 

解説の言葉に思わず全員が同意する、今までこんな中山があっただろうか。確かに熱気に包まれているが、何処かで重苦しくも感じ続けていた異様な不思議な緊張感が漂い続けている。それもその筈だ―――正しく、今年の中山は一味も二味も違う。

 

『さあウマ娘が次々ターフへと姿を現します。今年を様々に盛り上げてくれたウマ娘ばかり、全員が貫録を携えながらレースへの気迫を纏っております』

 

此処に並び立つ者は全員が強者、一人たりとも弱者など存在しないのだ。この場に立てる事自体がその証。そんな者が集う場の空気は、熱く重苦しい。これがシニアを経験するウマ娘達なのかと言わんばかりの空気がそこにある。

 

『不屈の帝王、トウカイテイオー。今年もあの復活劇のような走りを期待するファンも多い、得意のテイオーステップが炸裂するのか?』

『ナイスネイチャも怖い存在です、ブロンズコレクターとも言われますが、それだけ安定して上位を狙える実力があります。故に爆発すれば勝利も十分に狙える立場です』

『ウイニングチケットもBNWの一角として再び姿を現しました、ダービーウマ娘としての力を見せ付けるのか?』

『驚異の連帯率保持ウマ娘、ビワハヤヒデも姿を現します。今回も勝利の理論は冴えるのか?』

 

次々と上げられて行くトレセン学園の先輩たちの名前が耳に木霊する。その実力の高さも知っている、それが如何した。レースはそんなものだ、誰かが負けて誰かが勝つのだ。相手が誰だろうと関係はない、レースに絶対はない―――その言葉に倣うならば、それぞれが持つ絶対がレースを揺れ動かす。そうするだけだ。

 

「ターボ見参!!やっほ~中山~!!!」

 

『おっと此処で登場するのは念願のGⅠ勝利を達成した驚異の逃亡者ツインターボ。天皇賞秋ではあのサイレンススズカを抜き去るという見事な逃亡劇を見せてくれましたが、今回はどんな走りをしてくれるのでしょうか?』

『逃げのウマ娘としてペースを作れるかがカギですね』

 

 

「うっひょお~すっげぇ人だなぁ!!此処で走れるなんてさいこ~!!タイフーン見てる~!!?」

 

『菊花賞では驚異の大跳躍を見せたサクラハリケーンも怖い存在です、巷では飛将軍とも呼ばれているそうですよ』

『その跳躍を生み出す脚、その走りがどんな風になるのか楽しみです』

 

 

「フッ……私の輝きで視線を釘づけにしてやるさ」

 

『さあ此処で姿を現したのは究極の輝き、トリプルティアラ、ゴルドドライブ!!弥生賞での雪辱を果たす為に此処まで上がって来た新世代の女王はどんな走りを見せるのか、ゴルドランで走り抜けるのか注目です』

『パドックではツインターボやマッハチェイサーと共に別のドライバーで変身したそうですね、そういう意味でも注目です』

 

 

「さあ―――準備は万端、行きましょうか」

 

ヘルメットを外して脇に抱えたまま地下道を出る。同時に浴びる光と大歓声、皆自分を待っていてくれたんだという思いで胸がいっぱいになりそうになりながらもターフへと足を踏み入れる。

 

『さあ遂に姿を現しました!!伝説も悲劇も塗り替えて手にした冠はシンボリルドルフ以来の無敗の三冠、クラシックを盛り上げたウマ娘、音速の追跡者、マッハチェイサー!!菊花賞での負傷で出走出来るのかやや不安視されていましたが……おっと此処でバク転、そこからポーズを決める!どうやら私達の不安なんて余計なお世話なようです』

『本当にエンターテイナーですね彼女は。そんな彼女の走りがどのような物になるのか、大きな期待を寄せてしまいます』

 

 

「お前は……余計な事をせんでもいいだろうに、レースで証明すれば」

「こうすれば皆さん、気兼ねなく楽しめるでしょう。そんな風に配慮するのも私の仕事です」

「何の仕事だ、お前はアスリートだろ」

 

遠巻きに、これから自分と走るんだから怪我するような余計な事してんじゃねえぞ抗議をするゴルドだがそれを何のその、と受け流すチェイスに溜息をつきながらも間近で初めて見るチェイスの勝負服姿をジロジロと見つめる。

 

「しっかし……エンターテイナーだ何だと言われてるが勝負服にそれらしさは微塵も無いな。何だその色気もないライダースーツは、バイクにでも乗る気か?」

「勝負服自体に色気はないですけど、私のボディラインは出てますから色気は出てるのでは?」

「チェイスも結構おっぱい大きいもんな!!」

 

ツインターボの言葉に合わせて腕を組んで胸を強調するチェイス、そもそも勝負服は自分の身体を防護する為のものであってサービスの物ではない。

 

「この勝負服だからこそ、菊花賞でも怪我を軽く出来たんですよ。貴方の要望を考えると何かを言われる筋合いはないのですが」

「おっとそれを持ち出されると何も言えんな」

「というか、ゴルドもゴルドで凄いあれですよ。何でそれで走れるんですか」

 

ゴルドの勝負服は本当に煌びやかな黄金のドレス、他にも宝石の様な輝きがあるが黄金に輝く勝負服はゴルドが元々持つ煌びやかが合わさって凄く眩しく見える―――のだが、完全に夜会にでも出る気なのというドレスなのである。具体的に言えばロングドレスで地面スレスレの所まで伸びている、これで走って転ばないのだろうか……。

 

「ゴルドよくそれで走れるな~転ばない?」

「何心配はいらないさ、それにほれ」

 

そう言いながらもゴルドはスッとスラリと伸びた美しい脚をドレスから見せた。長い脚が醸し出す見事な脚線美だ、如何やらスリットが入っているらしくそこから足を出しているらしい。

 

「こんな風にスリットも入れている。これで転ばん、それにこれは結構便利だぞ。相手から脚が見えんから作戦がバレにくい効果もある」

「おおっそんな効果もあるのか?!」

「まあ確かにストライドかピッチかは分かりにくいと思いますが……必要なんですか貴方に?」

「まあ、ぶっちゃけ要らん。だが綺麗だろ」

「うんっ凄いキレイ!!」

「それは認めます、貴方が№1だ」

「ハハハッそうだろうそうだろう……ってレースもする前に私を上にするな!!」

 

とノリツッコミをかますゴルドに思わず三人は大笑いをするのであった。それを遠巻きに見ていたナイスネイチャは苦笑いをしつつも観客にサービスし続けているハリケーンの肩を突いた。

 

「どったのネイチャ先輩」

「いや~なんかさ、有記念なのに凄いニュートラルだなぁって思ってさ。チェイスって昔からあんな感じ?」

「まあマイペースでしたねぇ、でも良くないですか?だからこそあいつは強いと思いますよ」

「そうかもね」

 

気付けば三人揃って一列に並ぶと思い思いのポーズを取って観客にサービス兼アピールをしまくっている始末。本当にこれからレースをするんだよな、と言いたくなるような空気の違いだ。だが……確かに緊張し続けるよりもいいかもしれない、気付けばウイニングチケットまで混ざって何かやり始めてしまった。

 

「アハハハハッ……いやはや愉快だねぇ」

 

ナイスネイチャの言葉に全てが凝縮されているような感じだった。そして―――

 

『さあ場内にファンファーレが響き渡ります、今年の№1を決める有記念。各ウマ娘、次々と枠入りしていきます。それぞれが応援するファンの声援に背中を押されているかのようです。全員が真剣な面持ちでスタートの時を待ちます』

 

 

遂に始まる、この中山レース場で。

 

今日という日を待ち焦がれた、その為に走ってきたと思うウマ娘達。

 

真の決着と着ける為、もう一度戦う為、約束を果たす為、夢を叶える為。

 

それが今―――実現する。

 

 

『GⅠ有記念―――今、スタートしました!!!』

 

時代という一年を駆け抜けたウマ娘達。

今、選ばしウマ娘達から最強のウマ娘が生まれる。

祝え、そして刮目せよ。これが―――

ウマ娘達一年の集大成だ!!




選出したウマ娘については、出したかったのとまあ……好きだから。
時代とかは勘弁ね!!細かい事は良いんだよの精神で!!

尚、他にも居る。


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90話

『さあスタートしました、GⅠ有記念。矢張り飛び出してレースを作るのはこのウマ娘、別次元の逃亡者ツインターボ。それにビワハヤヒデ、ゴルドドライブが続きます』

 

遂に始まった一年最強のウマ娘を決めると言っても過言ではないGⅠレースが。そんなレースで一番に飛び出したのはツインターボ、得意の大逃げを変える事はあり得ない。自分にこれ以外の戦術なんて出来る訳がない、という自覚しつつもこれが一番好き。

 

「あの時のレースよりもずっとハイペースだな……」

 

そんなターボの後ろに着くのはビワハヤヒデ。チェイスから安眠キャップを受け取ってから自分の髪で窒息する事が無くなって本当に熟睡できるようになってからはレースの調子もどんどん上向きになっておりレースに出ればほぼほぼ1着。今回の有記念人気は彼女である。

 

「これが噂に聞くツインターボ走法か……なんて馬鹿なペースなんだ……!」

 

初めてツインターボと走る事になるゴルドドライブは余りにも速すぎるペースに驚きを隠せなかった。ティアラ路線にも逃げウマはいたが此処までのスピードではなかった、本当にこのまま最後まで行くつもりなのかという速度に余計な事を考えるなと頭を振るって走りに集中する。

 

『中団にはウイニングチケット、サクラハリケーン、ナイスネイチャ、そしてトウカイテイオーが控えます』

『何とも言えない緊張感が漂いますね。此処を越えて行くのは怖いですね』

 

「タイフーン見てるかな~」

「なんて暢気……」

 

そんな事を口走っているハリケーンにナイスネイチャは思わず言ってしまった。この緊張感あふれる有記念でハリケーンは事もあろうかと共に走るライバルを気にする訳でも無く、島根のトレセンでライバル関係だった相手を意識しているのである。これは馬鹿にされているのだろうか、いや違う。ハリケーンは唯レースを楽しんでいるだけだ。

 

『そして最後方にはマッハチェイサーが着きます』

『怪我明けですが、以前と全く変わらない程に綺麗な走りですね』

 

「(今回は随分とハイペースですね……まあターボ先輩の影響でしょうけど)」

 

シニアも入り混じるレースでもチェイスは何処までもマイペースだった。そして今まで走って来た公式レースよりもハイペースと思った、自分は慣れてしまって完全に感覚がマヒしているが、ツインターボのスピードとはそこまでに驚異的なのである。サイレンススズカのトップスピードとほぼ同等かそれ以上とも言われる彼女とずっと走り続けて来たチェイスにとってはこの程度何の問題もないが……他の面子には如何にも焦りにも取れる汗が見えた。

 

『さあ各ウマ娘がスタンド前に入ります、先頭を行くのはツインターボ。このまま一人旅か、天皇賞の再来となるのか?』

 

スタンド前を過ぎてもツインターボの優位は全く揺らがない、他に逃げウマもいないためにノビノビと走れる。気持ち良さすら感じながらも駆け抜けていく。そろそろ他のウマ娘達も仕掛けに入る頃合だが、ゴルドドライブもそれは同じ―――だが

 

「(このレース、チェイスだけを見るなんて私は馬鹿だ……これがシニアか……!!)」

 

チェイスだけを見ていたに等しいゴルド。この異常とも言える超ハイペースにゴルドも疲労が溜まり始めてきている、だが前方を走るビワハヤヒデも後ろから追って来るウイニングチケット、ナイスネイチャ、トウカイテイオーも全く衰えない。これが才能だけでは決して覆せない経験の蓄積による差だと叩き込まれたような気分になってきたが―――それが逆にゴルドを激しく燃え滾らせる燃料となる。

 

「上等だ―――私は貴様ら全てを抜き去ってやるだけだ、私は……究極の輝きを放つトリプルティアラの冠するウマ娘、ゴルドドライブだ!!!」

 

その言葉と共に一気に地面を踏みしめた。まだまだ先は長いが、そんな事言ってられるか、その程度で事で負けてやる程トリプルティアラの称号は軽くないんだ!!と言わんばかりに加速していくゴルド。

 

『おっとゴルドドライブが此処で加速した!!ビワハヤヒデを抜いてツインターボへとぐんぐん迫っていく!!此処で仕掛けて大丈夫なのか、中山の坂を越えれるのか!?』

 

「甘く見られた物だな……ならば勝って見せろ!!」

「くっ!!」

 

『ビワハヤヒデも此処で加速する!!トリプルティアラを取った所で自分に勝てると思うなと言わんばかりに並び立つ!!そのままツインターボを追って第三コーナーへと向かって行く!!』

 

「ボクだってぇ!!」

「負けないぞぉ!!」

「アタシだってぇ!!!」

「私のステージだってこっからだぁぁぁ!!!」

 

後方からも著しい追い上げをし始めるウマ娘達、凄いプレッシャーを背中に受けながらも駆け抜けていくゴルドだが、遂に待っていた時が来た。

 

「よ~しだったら―――ターボォアップ!

 

それはツインターボの更なる加速だった。その時の足を確りと観た、走る時のフォームを観た、腕の振りを観た―――お前の走りは頂いた。

 

これで良いんだな、ターボォ……アップ!!!

 

『出たぁ!!ゴルドドライブの代名詞、ゴルドラン!!!まるで前を走るツインターボが分身したかのような加速をし始めて行く!!』

 

ツインターボの加速を物にしたゴルドはこのまま一気に―――と思ったのだが、周囲は全く引き剥がせない。せめて1身差位しか距離を離せていないのだ、如何してだ、と思うが思ったが直ぐに分かった。脚が普段以上にずっと重いのである。ゴルドにとっては2500は初の距離、それでいながらこの超ハイペースレースで想像以上に身体には疲労が蓄積している。

 

「ぐっ……!!」

 

如何にゴルドランが相手の強さを自分の強さにプラスするという技であっても肝心の基礎的な体力がかなり落ちている状態では真価を発揮出来ない。ツインターボの大逃げに対応しきれていないのが大きく出てしまっている。

 

「だがっ私は負けるわけには―――!!」

 

―――その時に来た。無数のウマ娘が駆け抜ける中で、バラバラに地面を蹴る音の中に聞こえてくる規則正しい足音が。

 

『来た来た来たぁ!!遂に来たぞ、ゴルドドライブの走りに対抗するのは矢張りこのウマ娘しかいない!!ランに対抗するのは矢張りチェイス!!マッハチェイサーが一気に上がってきたぁ!!』

 

間もなく第四コーナー、やや外回りだがその分誰もいないターフを使って一気に加速してトップスピードで駆け抜けていくチェイスが次々と駆けあがっていく。それを見てハリケーンもニヤリと笑って、大地を蹴った。

 

『おっと此処でサクラが舞ったぁ!!菊花賞のように他のウマ娘を跳び越す事すらないが、跳躍から一気に加速していくサクラハリケーン!!中団から抜け出していく!!!だがビワハヤヒデもスパートを掛ける!!ゴルドドライブ苦しいか!?いやビワハヤヒデと共に上がっていく!!間もなくツインターボを捉えられるか!?』

 

「チェイス、お前に勝つのは私だぁぁぁぁ!!!」

「来たなチェイス!!今度こそ全力全開だぁ!!」

「―――ま、まだ先があった……!?」

 

チェイスの気配を感じたのか、ツインターボは更に加速していった。そしてそれを追いかけて隣を一瞬で抜けていくチェイスにゴルドは驚いた、そういえば言っていた。ツインターボという尊敬出来る先輩といつも一緒に走っていると、お前は何時もあのスピードについて行っているのか……!?

 

「私だって、私だってぇ!トリプルティアラ、いやそんな事どうでもいい!!お前に勝ちたいんだぁ!!!

 

トリプルティアラなんて称号に心のどこかで心地良さを覚えていた、だがそんな事は本当は如何でも良いんだよ!!お前に勝つ為だけに取った称号なんだ、勝ちたい、勝ちたい、お前に勝ちたい!!そんな思いが形になったのか、ゴルドドライブは加速していく。だが―――未体験だったツインターボを甘く見ていた事が重く圧し掛かる。

 

「―――ずっと……マッハァァァァ!!

MAAAAAAAAXツインターボ!!

 

『マッハチェイサー、マッハチェイサーだゴルドドライブを完全に抜き去って更に先へと向かって行くぅ!!!』

 

―――そうか、ぁぁっ……これが、これが世界なんだな……なんて世界は遠くて、熱くて、楽しいんだ……。

 

『さあ有記念、勝利を争うのはこの二人だ!!逃亡者ツインターボ!!音速の追跡者マッハチェイサー!!念願のGⅠを取ったウマ娘はそのまま無敗の三冠ウマ娘を破るのか!?それとも無敗の三冠ウマ娘が意地を見せるのか!?凄まじいデッドヒートだ!!この一戦を目に焼き付けろぉ!!』

 

「今日こそ、今日こそ私が勝ぁああああああああつッッッ!!!」

「ターボが勝つんだぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

中山の急坂だとしても二人の勢いは全く衰えない、寧ろさらに燃え上がっていく。凄まじいまでのデッドヒート、抜きつ抜かれつつの大接戦。このままこの二人が争い続けると誰もが思っていた、そう誰もが―――だが挑戦者はまだいたのだ。

 

「だぁあああああああああああああああ!!!!!」

 

『ゴ、ゴルドドライブだ!!先頭争いから脱落したと思いきやここで大挽回だぁぁ!!そのまま横並んだ一直線だ!!ツインターボ、マッハチェイサー、ゴルドドライブ、これが最後の大激戦!!!』

 

「遅いですよゴルドォ!!」

「お前を、抜きに来たぁ!!」

「役者がそろったね!!」

 

「―――ずっと……マッハッチェイサァァァァ!!

全力全開MAAAAAAAAXツインターボ!!

フル、スロットルゥゥゥゥゥ!!

 

最後の仕上げだ!!と言わんばかりに力を振り絞って更に加速する三人。完全に先頭争いはこの三人に絞られた、後はもうどこまでそれを維持出来るのか、という勝負になった。さあ坂を越えて最後の勝負所―――

 

『ゴルドドライブ、後退していく!?流石に限界だったのか!!そのまま下がっていく!!最後に女王の威厳を見せましたが此処で下がっていくぅ!!』

 

初めての距離での超ハイペースで既に限界だったゴルドはそのまま下がっていく、そして―――最後の勝負。それはチェイスとターボの一騎打ち。

 

「私が勝つ、私が……絶対に!!」

「ターボが、ターボが勝つんだ……!!」

「「譲らないったら譲らないんだぁぁぁぁ!!!!」」

 

全身全霊を振り絞り尽くさん叫びと共に走り続けていく二人、それは距離を圧縮したかのような凄まじい走りへと変えながら人々の目をくぎ付けにして記憶に焼き付いた。この世紀を一戦を。そして―――

 

「「だああああああああああああああああ!!!!!!」」

 

『マッハチェイサー、ツインターボ何方も譲らない!!どっちがどちらが勝つんだ!?ほぼ横一直線、だが―――マッハチェイサー、マッハチェイサーだ!!僅かに抜き出た!!そのまま、抜き出て……ゴォォォオオオオル!!!マッハチェイサー無敗のまま、有を征しましたぁ!!!二着ツインターボ、三着ビワハヤヒデ!!四着トウカイテイオー、ゴルドドライブは五着!!ですが最後の走りは見事でしたぁ!!』

 

ゴールを越えて止まったチェイスは荒い息を吐き続ける、実況の言葉を直ぐには信じられなかった。自分が本当にツインターボに勝ったのか……?と思わず疑ってしまった、だが大歓声と自分の名前が一着を照らすのを見て漸く理解した、勝ったのだと……。

 

「チェ、チェイスゥゥゥ……強かったぞぉぉぉぉぉっ……あとちょっとだったんだけどなぁ……!!」

「タ、ターボ先輩強すぎます……何とか勝てました……」

「全く末恐ろしい後輩だなお前は」

 

振り向いてみればそこには眼鏡を直しつつも微笑ましい瞳を作りながらも此方を見つめて来るビワハヤヒデが居た。ツインターボに手を貸しつつも其方を向き直る。

 

「見事だったぞチェイス」

「あ、有難う御座います……でももう、フラフラで……」

「あの走りなら当然だ、だがシニアはもっと激しいぞ。其処で走れるか?」

「―――走りますよ」

 

その言葉を聞ければ満足だと言わんばかりに拍手を送る、それに合わせるように他のウマ娘達も拍手を送り始める。浴びるような拍手を浴びる中でゴルドが此方を見ているのに気づいた。

 

「ゴルド」

「……ハハッ全くこれだから面白い、目標が増えたな。ツインターボ、貴方も倒す。そう誓う」

「おおっ良いぞ!!何時でも挑戦を受けるぞ!!」

 

如何やらゴルドの目標にツインターボが加わったようだ、彼女にとってあの大逃げそれまでに刺激的で勝ちたいと思える物だったのだろう。それを見届けながらもチェイスは観客の方を向き直る。ヘルメットを脱ぎながらもポーズを取る。

 

「追跡ィ!!大逃げェ!!何れも……!!マッハ!!!ウマ娘―――マッハチェイサー!!!」

 

「如何皆さん!!!最高に熱いいい絵だったでしょう!!」

 

その言葉を否定する者は一人もいなかった。正しく一年の締めくくりに相応しい最高のレースだった。その後のウイニングライブも最高の物だった。その場で―――

 

「え~皆さん、菊花賞では怪我の為にライブを欠席してしまい申し訳ありませんでした。ですので皆さんさえ宜しければですが、此処でその分のライブをさせて頂きたいと思っております。如何でしょうか皆さん!!」

 

チェイスは菊花賞で出来なかったライブをやりたいと言い出した。理事長にもお願いしてみたら思った以上にすんなりとOKが出た、但しそれは有で勝つ事が出来たらの話、そして観客の皆さんと他のウマ娘の賛同が得られればの話。しかし、それを断る者なんて一人もいなかったのだ。

 

「有難う御座います!!それじゃあ皆さん行きます―――さあ、ノリノリで行っちゃおう!!」

 

まさかの連続ライブだったが、その場は大歓声に包まれた。様々な意味でこの有記念は伝説となったのかもしれない。




ゴルドの敗因はターボのハイペースに配分が追い付かなかった事、そして2500が初めてで適性がA寄りのBだったことが原因。

それでも最後の最後に並べたのは驚異的。トリプルティアラは伊達ではないという所を見せ付けた。


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91話

見事、年間無敗を達成したチェイス。それもトウカイテイオー、ビワハヤヒデ、ウイニングチケットといったGⅠレースで勝利を上げて来たウマ娘相手にしての勝利による達成は大きな話題を呼ぶ事となっている。一部ではそんなウマ娘と戦えなかった事を悔やむ海外ウマ娘の声もあったとか……ともあれ、有記念の覇者にもなったチェイスは年間最優秀ウマ娘を受賞する事となった。

 

「……」

「チェイス~大丈夫か?」

「大丈夫、ではないです……」

 

そんな風に疲労を露わにしているチェイスの背中をツインターボは優しく摩る。別にレースの疲れが残っている訳ではないのだ。出席したURA本部内で行われていた年度最優秀ウマ娘の表彰式、そこでもう凄まじい量の報道陣からの質問攻めなどを受けた為に流石のエンターテイナーもヘロヘロ状態なのである。何とかトレセンまで戻って来れたが、この有様なのである。

 

「随分と騒がれたもんな~」

「流石に疲れます……」

「海外への挑戦意欲だとかも突っ込まれたもんね」

 

ジャパンカップに出なかったチェイス、だがこれ程までに強さを持っているのならばまだ誰もなした事がないあのレースを、征する事が出来るのではないかと数多くのメディアが突っついた。そう言われても考えた事もないレースに対する気持ちなんて応えようがない。

 

「これはあれですかね、暗に日本から出てけというメッセージですか?」

「それはないよ、もしもそんな奴がいたらアタシに言ってね。潰すから」

 

と隣からチェイスの頭を撫でているミスターシービーが表面上は見惚れる程の笑顔だが、凄まじい圧を発している。今現在、チェイスはツインターボと共に生徒会室に顔を出していた。シンボリルドルフから改めてのお祝いの言葉を貰えたのだが、その途中で思わず疲れが溢れ出してしまった。

 

「それだけ君は期待されているという事さ。海外への挑戦、恐らくエルコンドルパサーに重ねているんだろうな」

「エルちゃん先輩に、ですか?」

「エルちゃんか……随分と奴に可愛い呼び名を付けたな」

 

エアグルーヴは思わず少しだけ微笑んだ。こう呼んだのは友人のスペシャルウィークが彼女の事をエルちゃんと呼ぶのに引っ張られてしまったから、その時は直ぐに謝罪したのだが何やらその呼び名を気に入ったらしく、そのまま呼ぶようにしている。

 

「凱旋門賞でエルコンドルパサーは2着だった、あれが日本のウマ娘が打ち立てた最高記録だ。世界最高峰の凱旋門、それに君が出たらどうなるのかと皆考えずにはいられないんだ。これはチェイスに限らずに優れたウマ娘が現れた時には必ず出る話題と言っても差し支えない」

「そ~いえばウチのトレーナーも言ってたぞ、この前飲み会で凱旋門に挑む最強メンバーみたいな話で盛り上がったって」

 

野球で言えば最強のオーダーに近い物があるのだろうとチェイスは認識する。まあ確かに気持ちは分からなくはないのだが……。

 

「チェイス、お前は如何なんだ海外への挑戦については」

「一切考えてませんが」

「即答かお前」

 

まさかの即答で返ってきた言葉にエアグルーヴも若干呆れている。

 

「シニアに漸く上がる段階でそんな事なんて考えませんよ、せめてシニアのジャパンカップに出ようと思ってる位なんですよ私は」

「そうか、今度のジャパンカップには出る気はあるのか」

「取材で散々シニアの春の三冠やら秋の三冠とか聞かれまくりましたから……」

「よしよし大変だったなチェイス」

「いい子いい子、此処ではのんびりしていいから」

 

取材の時の事を思い出してグロッキーになるチェイス、流石のチェイスもまだ有の疲れが抜けきっていない状態でのあの取材はきつかった模様……素直にツインターボとミスターシービーの撫でが癒しとなっている。

 

「しかし……ツインターボ、君の2500の完全な逃げには私も驚いたよ」

「ふえっ?」

 

お茶菓子としてチェイスが持って来た天倉巻を口いっぱいに頬張っていたツインターボは突然自分の名前を出されて驚いた。紅茶でそれを流し込みつつ会長の方を見る。

 

「長距離でのレースで逃げを打ったウマ娘は数多いが、君は最初から最後まで一切速度を緩めなかっただろう。そんなウマ娘は今までに居なかったさ」

「多少なりともペースとかを落としたりはするしね」

「エッヘン!!だってターボは最初から全力なんだもん、ずっと全力の方が気持ちいいし負けても納得いくもんね!!」

「成程、納得の意見だ」

 

それでも化物染みている。サイレンススズカでも2500なんて距離を逃げ続ける事は出来ない筈、それをツインターボはやってのけた。下手すれば彼女は天皇賞春の3200をも逃げ切る事もやってのけてしまうのではないだろうかと思えてしまう。

 

「フフフッ……一度君と走ってみたいと思えるよ」

「ホント!?じゃあ走ろうよ、折角だからテイオーも誘ってチェイスと一緒に!!」

「それは面白そうだな、私もチェイスの走りを体験してみたいと思っていた所だ」

 

ニコやかな笑みを浮かべ続けているが、シンボリルドルフの内心はもっと熱くなっている。何故ならば自分以来の無敗の三冠ウマ娘、それ所か有記念を征した事で四冠になっている。そしてスカウトした身としてはその実力がどれほどのものになっているのかを感じてみたい、競い合ってみたいというウマ娘の本能が荒れ狂っているのだ。

 

「折角だ、エアグルーヴ君も如何だ。チェイスの走りを体験したくないか?」

「はいお邪魔でなければ」

「おおっ!!皇帝と女帝、それに帝王が揃った!!」

「んじゃ私も参加させて貰うよ、チェイスが走るんだったらルドルフだけなんてズルいからね」

 

あれよあれよなんだか凄い話になっていく。と言ってもまだ何時やるかは定かではないし、これだけのメンバーで走るのであればいろいろな調整も必要なので行うのは時期を見てにしようという事になったのであった。

 

「なんだか、凄い事になって来た……」



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92話

「はい、出来ましたよバジン」

「……ありがと」

「お気になさらず、それじゃあ食べましょうか」

 

美浦寮の食堂のキッチンを借りて作った料理、それを休憩室を借りて並べて待ち人のバジンと共に席に着いた。何故こんな事をしたのかは単純明快、バジンが見事にホープフルステークスで勝利したから。本当はスピカで大々的にお祝いをしようとしたのだが、当の本人が騒がしいの嫌だと拒絶し祝われるなら静かな方が良いとチェイスと一対一で祝う事になった。なぜそうなったかというと―――

 

『……無敗の三冠ウマ娘に一対一で祝われる、これ以上の豪勢があんの?』

 

そう言われて思わず沖野も確かに納得して、取り敢えずスピカでもお祝いのメッセージなども送ったりした後にチェイスに任せる事になった。という事でチェイスはバジンの為に料理をこしらえて二人っきりで祝う事になったのである。

 

「しかし、お見事でしたよバジン。まさかラストであそこまでの末脚を発揮するとは驚きました」

「別に、大した事じゃない」

「初のGⅠ勝利なのにクールですね」

 

チェイスも観戦に行ったが、バジンは見事な走りだった。最後の最後に追い抜かれそうになったのだが、残りが555mになった時にバジンの潜在能力が解放された。

 

―――あの人が見てるんだ、今此処で負けたらあの人を穢すみたいなもん……そんな事、して堪るかぁぁぁぁ!!!

 

『―――オートバジン抜け出した!!残る500mという所で更に加速する!!何というスピードだ、そのまま一気にゴール!!!一等星の輝きを見せクラシックへと繋がる道へ第1歩を踏みだしたのはオートバジン!!チームスピカの新星オートバジン、彼女がクラシックでどんな走りを見せるのか今から目が離せません!!』

 

「チェイスから見たら高がジュニアのGⅠなんて遊びでしょ。別に見に来なくていいって言ったのに……」

「そんな風に思った事はありませんよ、バジンが出るレースですから楽しみでしたよ」

「……あっそ」

 

恥ずかしさを隠すように棒棒鶏を頬張った、その味がいいからか一瞬咀嚼が止まると直ぐによく噛み始める。何というか本当に彼女は素直じゃない。流石たっくんの愛車だ。

 

「それにしても、貴方の勝負服も中々素敵でしたよ」

「……そ」

 

素っ気無くしているが、耳と尻尾が嬉しそうに動いているのをチェイスは見ている。それに……見ている身としては微笑ましい気持ちになってしまったのだ。何故ならばバジンのそれは何処かライダースーツに近かったのだ、自分のそれと比べたら装飾などもあるし走るのに邪魔にならないようなマントが腰にあった。自分の菊花賞を見ていたからか、胸部にもプロテクターを追加している黒を素地にして銀色の防具に赤いラインが走っている。

 

「(なんというか、ファイズとウィザードのミックスみたいな感じでしたね……でもカッコいいからOKです!!)」

 

チェイス的にはど真ん中ストライクだったらしく、実に良いなぁ!!と内心でテンション上がりまくっていたのは秘密である。

 

チェイスが……

「んっ?」

チェイスが買ってくれた……靴があったから、勝てた……

「そんな事ありませんよ、貴方の実力です」

「違う」

 

か細かった言葉を強めながら、確りと否定する。自分の実力だけではなかった、今の自分ではホープフルステークスは速すぎた舞台だった、他の全員が強かった。勝てたのは―――

 

「チェイスが……色々、くれたから……」

 

精一杯の答え、真実を届ける。自分だけでは決して届かなかった遥かな地平の先、そこに届けてくれたのは紛れもない、目の前にいる憧れの人なのだから……そう告げるとチェイスは本当に優しい笑みを浮かべながら頭を撫でる。

 

「例えそうだとしても、それを力に変えられたのは貴方です。だから―――その勝利は貴方の物で良いんです。誇りなさい、力に変えなさい、また勝ってください。さあご飯のお代わり要ります?」

「……バカ」

「フフッ」

 

その後も二人っきりの宴は進んでいった。そして綺麗に食べ切って食器を洗って元に戻してバジンの所に戻ると、満腹になった為か完全に船を漕いでいた。なので肩を貸して上げながら部屋まで送ってあげるのだが……部屋に同室の筈のビルダーの姿はなかった。

 

「そう言えばビルダーはデジタルさんと一緒に出掛けるとか言ってましたね……遠征に行くとか啓蒙を高めるとか……いやそれはいいのだろうか」

 

―――啓蒙を高めてきます!!

 

「バジン、部屋に着きましたよ」

「んっ~……」

「しょうがないですね……ホラッベッドは此処ですよ」

 

そのままベッドへと導いて寝かせてあげる、すると直ぐに寝息を立てて夢の中へと走り出して行く。そんなバジンに微笑みながらも自分も部屋に戻ろうとするのだが、バジンの手が自分の手を握り込んできた。

 

ぃゃ……居て……

 

何か怖い夢でも見たのだろうか、涙を流しながら必死に懇願するようなバジン。そんな姿の彼女の手を振り払う訳にも行かない、なので傍にいてあげる事にした。

 

「大丈夫、貴方は一人じゃない。私が居ますよ、だから心配は何もいりませんよ」

 

何度も何度もそんな言葉を掛け続けると少しずつバジンの表情が柔らかくなっていく、そしてそれを繰り返していく内に漸く手を放してくれた。その時にはもう怖い夢なんてなくなっていたのだろう。

 

「おやすみバジン、良き夢を」

 

と額に軽くキスを落としてあげる。母が寝る時にやってくれた事を思い出した、安眠のお守りだと、これできっと彼女の安眠も守られる事だろうと部屋を出る。

 

「~!!!!」

 

その時、僅かに起きてしまったバジンは突然の事に悶絶し結果的に寝不足になったとか。




矢張りバジンはヒロインなのでは?

と書きながら私は訝しんだ。


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93話

「無敗の三冠ウマ娘、有記念を征する……か」

 

新聞にデカデカと掲載されている記事に沖野は呟いた。有を征してからチェイスの話題は新年になっても尽きない、寧ろシニアクラスに上がった事でその活躍が更に期待されている。その理由としてはチェイスの一強とも言うべき状態が崩れたからだろう。

 

「ゴルドドライブ、打倒マッハチェイサーを掲げる……だろうな」

 

クラシックでは路線違いでまともな戦いは弥生賞と有記念だけだった最大のライバルのゴルドドライブがシニアでは戦おうと思えば同じレースに出走する事は出来る。それでも二人の適性距離をを考えると戦うのは中距離に限定されるかもしれないが、それでも戦うのは目に見えている。

 

と言っても今までもチェイスの一強状態と言えるものではなかった。リードオン、ジェットタイガーやサクラハリケーンと言ったライバルも負けず劣らずの実力者揃い、それらが一気にシニア入りする事で既に実力確かなシニアが更に混沌とする事になる。逆に自分達がお前を倒すと昂りを見せているシニアウマ娘も多い。

 

「何処まででっかくなるんだろうなぁチェイス」

 

確かに逸材だとは思った。初めて会った時からターフで走る姿を見たいと思ったし三冠だって夢じゃないとは思った、だが……此処までの成長を遂げるのは完全な想定外且つ予想外。しかも恐らくまだチェイスは伸びる余地がある。正しくスーパーウマ娘だ、更にウマ娘の世界は更に白熱していくのだろう―――

 

「だけど、彼奴はそんな事気にせずにこっち行くんだろうな」

 

そんなチェイス自身が一番興味なさそうにしている、満足するまで走ったら直ぐに彼女は蹄鉄を外すのだろう。それを周りは必死になって止めるのだろう、その力をずっとこの世界で生かし続けて欲しいと望むのだろうが……きっと警察官になる事を彼女は選択する。どれだけ勿体ないと言われようが必ず、そうだと分かる確信がある。

 

「トレーナーさん、バジン達が待ってますよ」

「あっ悪いもうそんな時間か、今行く」

 

部室へと顔を出して来たチェイス、レースの休養を兼ねてバジン達の練習を見てくれている。そう言われて新聞を畳んでともに部室を出る。

 

「しっかし今年は今年で大変な年になるなぁ……何せ、クラシック挑戦が三人も居るんだ」

「全員仕上がりとしては良い方だと思います、キタちゃんとダイヤちゃんは言うまでもないですがお互いに高め合ってます」

「だろうなぁ、バジンは?」

「良いと思いますが、私ではそこまで突っ込んだ事は言えません」

 

今年、スピカからは三人のウマ娘がクラシックに挑戦する。キタサンブラック、サトノダイヤモンド、オートバジン。沖野としては三人とも素質は申し分なく十分に勝利を狙えると思っている、がチーム的には出来るだけ同じレースに被らせる事は避けたかったなぁと思っていたりはする。その辺りで言えばビルダーには助かっている。

 

「ビルダーはやっぱりクラシックには」

「距離適性的にもちょっときついなぁ、彼奴はマイル向きだからな。走れるとして2000……いや2200がギリギリだろうな」

 

マシンビルダーはクラシック三冠には挑戦しない、距離があっていないのもあるが当人がダートでの出走も希望しているので其方を優先するつもりでいる。

 

「ビルダーはヒヤシンスステークスだなっつってもウチだとダートの走った経験ある奴があんまりいないからなぁ……その辺りは他にお願いしてみるかなぁ」

「それについては私から話は通してありますよ、デジタルさんとスマートファルコンさんに許可は取ってあります」

「早いな」

「デジタルさんは直ぐに、ファルコンさんには今度一緒にダンスをやるという事で了解を得ました」

 

ダートに関しては確かに頼もしい面子が揃っている。アグネスデジタルはビルダーが目指すところでもあるのでこれ以上の無い人選とも言える。

 

「なあチェイス」

「何ですか」

「お前さ、やっぱり警察官になるんだろ?」

「はい、私の夢ですから」

 

それを聞いて何処か安心しつつも寂しさを覚えてしまった。

 

「大変だぞ~三冠になっちまったから多分、周り全力で止めるぞ」

「それこそマッハチェイスでぶっちぎります」

「ハハハッ怖ぇなそりゃ」

 

トレーナーとしては止めるべきなのかもと思いつつもチェイスはこうでなくてはと思う自分が居て自分に呆れる。だがこんな彼女だから三冠になれたのだろう。

 

「ねえチェイス、マッハチェイスの最後の伸びってどうやるの」

「ずっとマッハの部分ですか?」

「それ」

 

バジンは自分の持ち味であるラストの末脚、そこにチェイスのマッハチェイスを応用できるのではないかと思っているらしくマッハチェイスのやり方についてかなり詳しく聞いてくる。

 

「良いんですかね。私とバジンでは脚質がまるで違いますが」

「ラストスパートの掛け方の参考にするっていうのならそこまでの問題も起きる事もないとは思うぞ、但しバジンあくまで参考にする程度な。自分の走りを潰すのはNGだ」

「言われなくても分かってる」

 

そういう事なら……とマッハチェイスのやり方というよりも自分の走りの一部をバジンに教える事になる。一定距離から一気に力を開放するバジンの走りとはマッハチェイスのスパートの相性は良好なのかもしれない。

 

「バジンのラストスパートの名前でも付けますか、マッハチェイスみたいに」

「別にいい」

「え~……折角私なりに名前とか考えたのに」

「聞かせて」

「うぉいバジン、お前には自分の意志ねぇのか。お前もお前でビルダーの事言えない位にチェイス中心じゃねえか」

 

チェイスに倣う事を止めたと思ったらこれだ、まあ追い込みの走り方を落とし込もうとしている訳ではないから良いか。



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94話

「―――はいOKです!!」

オツカーレ!!

 

バイザーを上げてからシフトカーを引き抜くと同時に聞こえてくる声は本当のねぎらいの声に聞こえてくる辺り、かなり疲れているんだなという事が分かった。変身解除と共に差し出されたドリンクを差し出す沖野の顔を見て僅かにホッとしたのは少しばかりのヒミツである。

 

「お疲れさんチェイス、にしても……マスコミの取材は引き気味だったのにこういうのは積極的なんだな」

「だってファンですし」

「お、応……まあ勝負服からしてそうか」

 

今チェイスがいるのは大人気の特撮番組、キャロットマンの撮影現場。以前から撮影依頼やコラボなどの話が来ており、チェイスはそれを積極的に受けていた。そして漸くURAからの許可が下りたのである。なので堂々としながらキャロットマンの撮影にやって来た。

 

「にしても……三冠ウマ娘が特撮に出るって中々に前代未聞だぞお前」

「好きなものを好きと誇って何が可笑しいんですか?」

「ああいやそういう意味じゃないって、ほらっ前例が前例だからこういった事にも協力的ってのが珍しいんだよ」

「あ~……確かにシービーさんやルドルフ会長、ブライアン先輩もこういう事には興味ないでしょうからね」

 

自由人、真面目な会長、お肉好きな堅物。確かにこんな面子では今自分がやっている事をやるなんて絶対にありえないなと納得する。

 

「それにしても……このサインは一生のお宝です!!」

「高巌さんのサイン、だったか。俺でも知ってるぐらいの人だからなぁ……」

 

そんなチェイスが胸に抱いているのはキャロットマンを初めてとしたヒーローを演じ続けて来たスーツアクター、高巌さんのサインであった。その名前を聞いた時はまさか此処の世界にも!?と大興奮したのを今でも覚えている。そして高巌さんも自分の事を知っていたのかサインにも快く応じてくれた処か

 

『実は家族が君のファンなんだ、私にも君のサイン貰えないかな』

『―――勿論です。出来る限りの協力を惜しみません』

『あっ一緒に写真とか……』

『喜んで!!ファンサービスは私のモットーですから!!!』

『ハハハッ気が合うね、じゃあ私も君のモットーにファンサービスで応えないとね』

 

「―――三冠ウマ娘になって良かった……」

「それを、これで言われる事に対して俺はどんな顔をしたらいいんだろうなぁ……」

「笑えばいいんじゃないですかね」

 

出来る事ならば笑いたいが死んだ笑いしか出ないのである。だって漸く三冠ウマ娘になってからの前向きな発言を引き出せたのに、それはウマ娘関連のレースや取材ではなく、特撮界のレジェンドによって齎されたものなのだから……。

 

「チェイスちゃ~ん、ライブの撮影準備はいりますのでスタンバイお願いします~」

「分かりました。それではトレーナーさん、私行きますので」

「あ、ああ気を付けてな」

 

今まで見た事もない位に足取りが軽いチェイスに何とも言えない気持ちになって来た。

 

「複雑な気分だなぁ……だってあの顔、有に勝った時と同じかそれ以上に良い顔してるんだから」

 

 

「ハッ~……やっべぇなにこの充実感」

 

久方ぶりに顔を出す前世、ここ最近はレースに集中しっぱなしだったがキャロットマンの撮影は本当に素晴らしい。前世でも行きたい行きたいと思いつつも全然いけなかった、せめてロケ地に顔を出すのがせいぜいだった。

 

「というか高巌さんの身体能力エグかったなぁ……紘汰さんみたいなアクションを連発しまくってたなぁ……スーツ着たまま、補助も無しで壁を一瞬走ってそのままバク宙ってマジで半端ねぇ」

 

話を聞いてみると血筋に母と曽祖母がウマ娘だったのが関連しているのかもしれないと語っていた、その内この世界の人類の身体能力はもっととんでもない事になるのではないだろうか。というかマジでウマ息子とかその辺りが出てきてもおかしくない様な気がする……尚、ダンスが苦手というのは共通していた。

 

「ビコーさんに頼まれてたキャロットマンとかのサインもバッチリ。というか皆さんも皆さんで凄いドライバーに興味津々だったよなぁ……」

 

まあ自分達が作っている作品の中に登場するような物がマジで開発されたのだからそりゃ興味津々にもなるか……。

 

コンコンッ

 

「んっ……誰でしょう」

 

おっと、スタッフさんかな?ンじゃこっからはマッハチェイサーに戻らないとな……。

 

「はい」

「あ、あのマッハチェイサーさん……ですよね?」

 

えっ誰この幼女。

 

 

控室で休んでいたチェイス、扉をノックする音に耳を動かしながら扉を開けてみると……そこにいたのは綺麗な栗毛をした幼いウマ娘がそこにいた。

 

「はい、私がマッハチェイサーですがどうしました?」

「あ、あの……えっと……さ、サインください!!」

 

震える手で抱えていたサイン色紙をお辞儀しながら差し出す少女、その時思わずペンが零れて床に落ちる。それを慌てて拾おうとして拾えない少女の代わりにそれを拾って手を差し出した。

 

「勿論喜んで、此処では何ですから此方にどうぞ」

「は、はいっ有難う御座います!!」

 

控室に入れてあげながらチェイスは慣れた手つきでサインを書くのだが、その間も少女からは熱い視線を向けられる。ビルダーに似ているような気もするが如何も違う気がする。

 

「はい、出来ましたよ」

「あっ有難う御座います!!やったっ三冠ウマ娘のチェイスさんのサイン……!!い、一生宝物にします!!」

「フフッそれは光栄ですね」

 

そして話を聞いてみた。如何やら父と共にキャロットマンのファンで今日の撮影見学を抽選で見事に勝ち取って二人で来たのだが……如何やらトイレの帰り道で道に迷ってしまったらしい。そしてこの色紙も元々はキャロットマンのサインを貰う為の物だったらしい。

 

「成程……それじゃあ、これから貰いに行きましょうか」

「えっ……!?」

「大丈夫、私と一緒に行きましょう」

「は、はい!!」

 

一緒に手を繋ぎながら迷子を案内していたという体で控室に行き、丁度キャロットマンのスーツを着込んでいた高巌さんにサインをお願いして握手、サイン、写真をお願いして貰い少女は本当に嬉しそうにしていたので高巌さんと一緒に微笑んでしまった。

 

「それじゃあ、気を付けて帰るんですよ?もう迷わないように」

「はい、有難う御座いましたチェイスさん!!」

「いえいえ」

 

最後に別れようとした時に少女は去ろうとする自分に向けて勇気を振り絞るかのように声を張り上げた。

 

「私、チェイスさんみたいなカッコよくて強くて綺麗なウマ娘になれますか」

「ええ、なれますよ。諦めないで努力して、夢に向かい続ければ必ず」

「それじゃあ、何時か一緒に走ってくれますか!?」

「貴方が夢を諦めなかったら、走る時は来ると思いますよ」

 

そんな風に言うと少女は目を輝かせるお父さんらしき人に行くぞ~と言っているので今にも其方へと駆け出して行ってしまいそうになる。だがきっといつかある時は来るだろう。

 

「また、会える日を楽しみにしてますよ」

「はいっ!!私、トレセン学園に行きますから待っててください!」

 

そんな風に宣言をしてから少女は駆け出して行った。大きな夢を背負った物だと思いながらも、悪くないと微笑みながらその背中に向けて手を振る。

 

「夢を背負う、か……フフフッ」

 

 

 

「お父さん吃驚したぞ、あのマッハチェイサーと一緒に居るんだから……」

「ごめんなさい……でも見てこれっチェイスさんとキャロットマンのサイン!!お写真も一緒に撮ったの!!」

「羨ましすぎるよぉ~オルちゃん」

「えへへっ♪」

 

父に頭を撫でられるウマ娘、そんな彼女はトレセン学園へと目指す。そして彼女もまた―――三冠ウマ娘になる事を目指してターフを駆ける事になる。夢のバトンはこうして渡されていくのかもしれない。



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95話

「なあチェイス、お前曲作ってるって本当か?」

「事実ですが」

 

唐突に沖野に尋ねられたチェイスは思わず肯定する。天倉町での癖が出たというべきか……だが何故そんな事を聞いてきたのだろうか。

 

「というか、何故そんな事を聞いてくるんですか」

「いやな、今年は新入生が来る前に春のファン感謝祭を開くんだけどその時にチェイスのステージをやらないかって話が持ち上がってんだよ」

「……何故私のステージという話が?」

「理事長が言ってたぜ、お前菊花賞の時にライブ出来ないのが悔しかったから何かしたいって相談したって」

 

確かにそういう事は相談していた。結果的にそれは有記念でのライブで実現する事になった―――のだが、流石に全てがその通りになったという訳ではない。だとしてチェイスとしてはライブを確りと出来た事に満足だったのだが……まさか此処で掘り返されるとは思いもしなかった。

 

「その時に菊花賞で歌えなかったお詫びにオリジナルの曲を歌いたいって言われて理事長も感動したって言ってたぞ」

「そ、そうですか……理事長そこまで言わなくてもいいじゃないですか……」

「まあまあそれだけの熱意を持ってくれてるって本当に喜んでたんだよ。ンでまあ他のウマ娘の兼ね合いもあって結局winning the soulだったろ、そのリベンジをファン感謝祭でやらないかってのが持ち上がってんだよ」

 

まあ確かに自分の曲では他のウマ娘が対応出来ないので致し方ない面もあった、だがファン感謝祭でソロライブの舞台を作り上げてしまえば問題なく実行する事が出来るので理事長はやりたかった事が出来なかったチェイスへの配慮としてソロライブの企画を考えているらしい。

 

「チェイス的には如何だ、その曲っていうのは出来てるのか?」

「まあ出来てるのもありますけど……私が歌うのを前提として作ってないのもありますし」

「いや、お前が作った奴だろ」

「男性ボーカルのつもりで作ったのもあるんですよ」

 

一応出来ているのもあるのだが……チェイス的には満足していない。矢張り素晴らしい歌い手の声を吹き込んでこそ曲は完成される、一応自分が歌うのも試した事はあるのだが……原典を知っているが故の弊害かもしれないが、満足出来るようなものではなかったのである。

 

「まあでも、考えて貰ってもいいか。感謝祭ではソロライブを目玉にする事を考えてるらしいから、まあ他のウマ娘もライブするだろうけどな」

「分かりました」

 

話を聞いてから一度部屋に戻ってノートパソコンでデータを確認してみる、完成しているのはオーズにビルド……後なんかウマ娘的にグッとくる歌詞だった冒険者の歌。これを歌えという事になるのだが……個人的な趣味でやっていたライダー曲の再現、それを歌おうとしたが結果的に未遂で終わった。だがそれを改めてやる事を考えると……不安がある。

 

「受け入れられるのかなぁ……」

 

これは何かを作る人達は必ず思う事なのだろうか、民宿で料理を出していた時には感じる事も無かった経験に戸惑いを隠せない。

 

「どっすかな~……」

 

思わずそんな事を呟きながらも歩きだしていくチェイス、適当に歩きながらも思案を巡らせる。やっぱり此処は誰かに一度聞いて貰って意見を求めるべきではないか、天倉町のようなお祭りでの出し物ではなく実際にライブで歌う者としての意見を求めるべきだろう。

 

「……取り敢えず、走るか」

 

色々考えていた頭の中が煮詰まって来てしまった、一度それをスッキリさせようと思って少しばかり外を走ろうと思い至る。但しトレセン学園の敷地の中、学園と寮の周囲に限定しようと思って走り出した時―――学園の校門近くで何やらトレセン学園を見つめている少女を見掛けた。憧れと決意に溢れているような瞳の強さを感じさせる少女にチェイスは見覚えがあった。

 

「あれ、もしかして……」

「えっ……チェイスさん!?」

 

それは以前、キャロットマンの撮影に望んでいる時に出会った幼女―――の筈なのだが、あの時からあまり時間が経っていない筈なのになんだか大分大きくなっているような……また小さな少女だった子が何時の間にか成長期を迎えたような……。

 

「あ、あの私です分かりますか……?キャロットマンの撮影現場で」

「ええっ分かりますよ、サインをしてあげた後に一緒にキャロットマンの所までいった女の子……ですよね?」

「はっはいそうです!!凄い、お父さんとお母さんも驚いていたのにチェイスさんは分かっちゃうんだ!!」

 

何処か興奮しているような少女、そんなに自分は凄い事をしたのだろうか……。

 

「しかし如何したんですか、こんな所で」

「わ、私今年の春からトレセン学園に通うんです。だからその、我慢できなくなって見に来ちゃって……そしたらまさかチェイスさんと会えるなんて……!!」

 

成程そういう事だったのか。そして話を聞くとあの日から数日後に本格化が始まったとの事。思春期のある段階に入るとウマ娘は急速に成長する、それが本格化。彼女にもそれが訪れて身体が大きくなったとの事で服を買い替えたりして大変との事。

 

「チェイスさんはこれから走るんですか!?それならご一緒したいんですけど!?」

「ああまあ、走ろうと思ってたんですけど……ちょっと考えるのをやめたくて」

「何か、心配事が?」

 

と不安そうな目で尋ねられるのでそこまでの事ではないと言いつつもファン感謝祭での事を素直に話す。正直どんな意見でもいいから欲しいというのが今の気持ちだからだ。

 

「私、聞きたいです」

「そうですか」

 

とまあファンである彼女の視点から見たらチェイスのソロなんて聞きたいし見たいに決まっているのである、これは意見を求めるのを失敗したかなと思うのだが……

 

「チェイスさんが歌うんですもん、きっと大丈夫です」

 

純粋な眼差しでそう告げる少女、何の根拠もない言葉だが何故か力強く感じられる。不意に太陽が雲から出た時の彼女の髪は何処か金色に輝いて見えたのもきっと気のせいではないだろう。

 

「そう、ですね……やるだけやりますか」

「私感謝祭絶対に来ますから!!」

「是非、それじゃあ少しですが一緒に走りますか。えっと……そう言えば名前をまだ聞いてませんでしたね」

「えっあっそう言えば!?え、えっと私オルフェーヴルです。お父さんやお母さんにはオルちゃんって呼ばれてます」

「オルフェーヴル、良い名前ですね。覚えました」




はい、という訳で皆さんの予想通りに金色の暴君ことオルフェーヴルです。
気性難で有名ですけど、大人しいという話も確りある三冠馬です。
有馬記念での5歳の少年との話は本当に好き。


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96話

再来だ、再来だ。誰もが彼女の活躍を見て、そう口にした。

 

トウカイテイオーの再来だ。ミホノブルボンの再来だ。

 

誰もが記憶に残る彼女らの名前を口にする中、彼女は己を証明した。

 

そしてその証明は彼女だけの伝説へとなった。

 

彼女の名はマッハチェイサー。勝利すら逃げられない、音速の追跡者。

 

 

「あの、ビルダーなんですかこれ」

「何ってプロモーションビデオのスタートのパターンAですけど何か」

「真顔で何言ってんですか」

 

ビルダーに是非見て欲しい物があるというので見てみたら、何やらテロップと共に穏やかだが力に溢れていて聞き者の心を震わせるような見事な声で魅了する声が流れ出し、その背後ではレース中の自分の一瞬を切り取ったのが続いて行く。本当にこれは何だと言いたい。

 

「私、感謝祭でスピカ公認マッハチェイサーファンクラブの会長としてマッハチェイサーの戦歴で出し物をすることにしましたので」

「私の許可は何処に行ったんですか」

「トレーナーさんには許可取ったからOKです!!」

「NGですよ。ビルダー貴方、妙な方向で沖野さんに似て来てますよ」

 

確かにスピカのトレーナーからの許可があるならばいいかもしれないが……せめて当の本人から許可を取れと言いたい。いやまあ嫌とは言うつもりはないのだが……自分で良いなら題材にするぐらい……というよりもそれよりもずっと気になる事がある。

 

「このナレーションの人、絶対にあの人ですよね」

「あっ分かります?」

「こんなダンディで優しくもありながらもカッコよさと力強さがある人他に居ないと思いますが……」

 

日本が誇るトップ声優の一人だ、しかもビルダーが全く否定していないのを見るとマジでそうらしい。

 

「ダメ元でオファーしてみたら二つ返事でOK貰えました、出来ればチェイスのサインが欲しいとの事です」

「サインならいくらでも……じゃなくて、ギャラとか如何したんですか」

「レースの賞金とかその他諸々ブッコみました」

「敢えて言います、貴方バカですか」

「ぁぁぁっ……チェイスさんに罵倒される、ああ駄目いけない物に目覚めてしまいそう……!!」

 

目の前で悶絶する後輩を見てうわぁっ……と内心でドン引く、所だが彼女は自分のファンである上にいろいろ手を貸してくれている相手なので無碍にするのも……というのもある。だがその上でこいつはバカだと思ってしまったのだ、自分は悪くない。

 

「ハァッ……まあいいですけど、貴方がそれでいいのならそうしなさい。ですけどそういうのはせめて自分の為に使ってください、それが色んな意味で一番なんですから」

「抜かりはありません……何故ならば―――必要な物はトレーナーさんの財布から出して貰いましたから」

「……最近は出費が無くて東条さんに集る事が無かった沖野さんの財布が……」

 

ゴールドシップに色々と振り回されてマグロ漁船にも乗る機会が増えている沖野、色んな意味で同情を禁じ得ない……。だがそうなると本格的に自分も感謝祭で何かをする事、いやソロライブを本当に完璧な物にしなければいけなくなってきた……そんな事を考えながらもビルダーと別れて部室へと入るとそこでは珈琲を飲みつつも今日のメニューを確認している沖野の姿があった。

 

「おっチェイスおっす」

「どうもです、ビルダーに財布を薄くさせられたと聞きましたが大丈夫ですか?」

「……まあシューズだけだからまだ何とか……」

 

顔を背けながらの発言で以前バジンに買ってあげたような最高グレードのシューズを買わされたようだ、安い物でも8~9万はする位には良いお値段をしている。

 

「チェイス、お前さん次のレースは如何する?やっぱ大阪杯にしとくか」

 

中距離のレースならば恐らくゴルドは出て来るだろう。ゴルドの適性はマイルと中距離、チェイスの適性とも重なっているこれには出て来るだろうと沖野は踏んでいたのだがそれはチェイスによって否定される。

 

「いえ、ゴルドはそれには出ません。彼女は宝塚記念に出るそうです」

「宝塚記念か……本人から聞いたのか?」

「ええ」

 

―――今の私ではお前に勝つ処かシニアで勝つ力すらない。だからまずは力を付ける、もう一度戦うのはそれからだ。

 

「だ、そうです」

「なんつうか、思った以上にゴルドドライブって熱い奴なんだなぁ……」

 

熱いがそれ以上に冷静に自分を分析する事も出来ている。有記念での五着が相当に堪えてるらしく、そのリベンジに燃えながらもシニアの手強さにさらに闘志が沸き上がっているとの事。何だかんだで彼女も強い相手と走れる事に強い喜びを露わにするタイプなのである。

 

「んじゃチェイス、お前次如何するんだ?春のシニア三冠も取りに行く事を目指して大阪杯に行ってみるか?」

「いえ、私はそんな物に興味ないです」

「おうすげぇよお前、そんな風にそれを足蹴りに出来るウマ娘なんてお前位だろうな」

「もう一度、菊花賞を走りたいんです」

 

その言葉を理解するに僅かに掛った、もう一度菊花賞―――つまり、同じ3000を走りたいという事だろう。近いレースでその条件に当てはまるレースと言えば……阪神大賞典。GⅡではあるが距離は菊花賞と同じ3000m。

 

「天皇賞春を狙うつもりか?」

「はい。ゴルドは私に勝つ為に様々な思案を巡らせ、実践するつもりです。ならば私はそれに負けない位に努力するのが当然の事……私に憧れてくれているウマ娘の夢を守る為にも」

 

脳裏を過る一人のウマ娘、オルフェーヴル。あの純粋な瞳を向けられるのに相応しい背中を作りたい、それがゴルドのライバルであるマッハチェイサーの役目だと思っている。

 

「―――よし分かった、だがそうなると厳しくなるから覚悟しとけよ。何せ相手はスピカ最強って言ってもいいステイヤーだからな」

「はい、分かってます」




「―――!?」
「ど、どうしましたバジン」
「今……チェイスが……いやなんでもない。(チェイスのファンなんて幾らでもいるじゃん……でもなんなのこの胸騒ぎ……)」


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97話

「チェイス、これからのメニューはこれを付けて行って貰うからな」

「はい―――ッてぇ何ですかこれ……!?」

 

次なるレースを阪神大賞典へと定めたチェイス、そしてその先にある天皇賞春を見据えたメニューが組まれる事になって今日からそのメニューを行う事になるのだが……沖野から専用の蹄鉄が渡されたのだが……普通の蹄鉄と比べてかなり重く思わず手がどころか一瞬身体が持って行かれそうになってしまう。

 

「専用の蹄鉄だ」

「何だか懐かしいですわね」

「ホントだね」

 

通常よりもずっと重い蹄鉄と言われて思わずメジロマックイーンとトウカイテイオーはそんな声を上げてしまった。一方は連覇、一方は無敗を賭けた天皇賞春に向けての特別メニュー。メジロマックイーンが課せられたのは重い蹄鉄を装着しての下半身強化トレーニングだったので思わずそんな言葉が出る。

 

「……」

「どしましたゴル姐さん?」

「いや、あれでマックイーンに背中踏まれて超いてぇ目にあった事思い出しちまった……」

「それよく無事でしたね……」

「認めたくねぇもんだな、自分自身の身体の頑丈さというのを……」

 

その一方で文字通り痛い目にあったゴールドシップは渋い顔をしてハリケーンに慰められていた。

 

「場合によってはキタにダイヤ、ビルダーとバジンにも手伝って貰う事もあるからな。でもその場合はシニアに入ったチェイスに合わせる事になるから覚悟しとけよ?」

「どんとこいです!!」

「何時でもお相手します」

「寧ろご褒美です!!」

「分かった」

 

そんな事がスピカに伝礼される中でチェイスは一先ずシューズに蹄鉄を嵌める事にした。本当にこれは何キロあるのだろうか……一時期、ウマ娘のパワーがどのぐらいあるのだろうかとパワーリストやらを身体に付けて走った事はあるが……マジでそんな事をやる事になるとは思わなかった。落鉄しないようにしっかりとハンマーで打ち付けるとシューズを履く―――のだが

 

「重っ……!?」

「だからこそ効くんだ、辛い時こそ更に腿を上げて走る事が求められるのが長距離だ。3200を想定するとこの位は必要になるんだ」

 

そう言いながらもジャンプで越えろと言わんばかりに柵を設置する沖野。これもメジロマックイーンが行っていたトレーニング、先輩もこうやって強くなったんだから安心して挑めという奴だろうか……一先ずそれへと跳ぼうとするのだが……これが想像以上に重いのかいきなり引っかかってしまった。そして同時に響くズシン!!という重く低い着地音。

 

「これは……生半可な気持ちで挑んだら怪我しますね……本気で行きます」

 

 

「フッ!!ハッ!!タァ!!」

 

走り込みを続けるメジロマックイーンの視界にはあの時の自分と同じようなトレーニングを積んでいる後輩(チェイス)の姿があり、思わず自分と重ねてしまった。きっと彼女は何倍も強くなるのだろう……と思うのだが、如何にも着地時の音が随分と違う。そして地面には蹄鉄の跡が残っているが……跡どころの話ではなく柵の左右を繰り返し着地するが、そこが少しずつ深くなっている。

 

「トレーナーさん、あれってどのぐらい重いんですの。私の時でもあそこまで地面は凹んだりはしませんでしたわよ?」

「ああ、ざっと言ってマックイーンの時の1.7倍だな」

「約2倍じゃありませんの!?」

 

そりゃ凄い音もする筈ですわ!!と言いたくなった、そんな物を今使わせているのかと。

 

「チェイスの一番の持ち味って分かるかマックイーン」

「持ち味、ですか……そうですわね、矢張りマッハチェイスによる追い上げの伸びでは?」

「それもあるけどあいつはフォームが全くブレねぇ事なんだわ」

 

チェイスは何年もずっと山道を走り続けていた。その結果として悪路や坂路にも非常に強いタフネスな走りが魅力にも映るが、それ以上にフォームが全くブレない。それによって走る時のエネルギーを全く逃がす事もなく無駄なエネルギーの消費もしない、言うなればスタミナの消費が他のウマ娘に比べて少ない。

 

「マッハチェイスもそこまで脚を残したからこそ活きる、何せ他の奴よりもずっと体力が残ってるから出せるパワーも段違いだ」

「成程……納得しました。チェイスさんは元々体力がある上にフォームが綺麗でブレないからこそあの豪脚が生まれますのね」

「そういう事」

「……面白いですわね、これは」

 

チェイスの強さの秘密を教えたのは完全にワザと。天皇賞春は簡単にはいかないぞ、そう発破を掛けている。元々菊花賞を走り切れるチェイスならば天皇賞春の距離も直ぐに物に出来る。強敵になるぞ、と言って来ている。だがそれを言われて恐れる程軟ではないのが最強のステイヤーとも呼ばれるメジロマックイーン。さらに闘志が掻き立てられる。

 

「トレーナーさん、私もメニューをお願い致します。あれ程までに努力なさっている姿を見せられて何もしない程、私は大人しいウマ娘ではありませんわ♪」

「知ってるよ、つうか大人しいウマ娘ならトレーナーにプロレス技なんて掛けねぇっつの」

「本当に一言多いですわ」

 

取り敢えず専用のメニューは組むという話をして、またもやチーム内での戦いかと少しばかりため息が出るがどうしようもなくその戦いが見たくなってきてしまう。此処まで無敗のチェイスが本気のメジロマックイーンと戦うとどんなレースを繰り広げる事になるのだろうか。その為に自分も出来る限りの協力をしよう。

 

「チェイスさん!!お手伝いに来ました、さあ私を飛び越えてください!!ゴールドシップさんもマックイーン先輩にこうして協力していたそうです!!」

「流石に危ないと思いますよ……?」

「いえ大丈夫です!!思いっきり踏んでも私にはご褒美なので!!」

 

一先ず、ビルダーを止める事から始めよう。



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98話

「待たせたな」

「いえ、来たばかりですよ」

「ならせめてくつろぐ姿を隠そうとする努力をしたらどうだ?」

 

待ち合わせ場所にいた相手を見て思わずため息をつきながらもカフェの席に着く。来たばかりという癖に珈琲を嗜む姿は堂に入り過ぎている。明らかに15分以上は楽しんでいるだろう。

 

「それは此処のコスタリカ珈琲が絶品なのがいけないのです、貴方も如何です?」

「ならばいただこう。マスター、私にもお勧めの珈琲をブラックで頼む」

 

自分の注文にマスターは低い声で「あいよ」と答えて直ぐに準備を始めた。そして少しするとやって来た珈琲、何方かと言えば紅茶派な自分……というよりも家の趣味で紅茶が多かっただけなのだが……さて……と口にすると苦味が美味いと感じられるほどにコクがあって美味な物だった。

 

「ホゥ……これはいいな」

「私のお気に入りです。マスター、彼女は私のライバルです」

「……サイン、貰えるか?」

「ああ、これ程に美味い珈琲が飲める店ならばまた来たい。是非書かせて貰おう」

 

低い声ながらも何処かテンションが高めなマスターにサインを手渡すと同時にツーショット、スリーショットを撮るとマスターは顔には出さないが嬉しそうにしながらも御礼としてケーキをサービスとして出してくれた。それをゴルドドライブは有難く受け取るのであった。

 

「最近の其方はどうですか」

「何も変わらんさ、トリプルティアラという看板目的で取材はひっきりなしだが……最近は無遠慮な愚か者が多くてトレーナーからの指示で取材は全般的に拒絶している」

 

彼女の戦績はたった一人のウマ娘に負けるまでは名前の通りに輝いていた、だがそれも崩れ去った。そんな自分の心境を聞きだそうとする愚かな者が増えており正式に訴えを出すレベルだ。これが敗者のシナリオという奴なのかと少し項垂れた事もあった程だ。

 

「ゴルドのトレーナーさんですか、どんな方なんですか?」

「そうだな……あまり細かい事は気にしない豪快な男だな。大らかで常に笑っているが、意外と激情家だな」

 

純粋な興味から尋ねてみたら思った以上に饒舌に語り出した。あまり細かい事は気にしないからか、スケジュールは結構適当な所があるので自分が修正したりトレーニングに関してもそれは同じで苦労していると愚痴を零している―――つもりなのだろうが当人は終始笑顔であった。

 

「そんなトレーナーだが、私は彼以外のトレーナーの指示で動こうとは絶対に思わん。私に対して無遠慮な記者がいたんだがそいつに本気で怒ってくれてな……そうだな、あの時ほどこういう人が父親で居てほしかったと願った事は無かったな」

 

そんな言葉を口にしたゴルドに思わずチェイスは驚いた。そして同時に少し悪い笑みを浮かべた。

 

「随分と惚れこんでるじゃないですか」

「惚れこっ!?い、いや違うぞ!?私は別にハートの事を別にそういう目で見ている訳じゃないんだ!?」

「成程、ハートさんというんですね。それがニックネームなのかは知りませんが随分と親し気に呼んでますね」

「ち、ちがっ……!?」

 

顔を赤くしながらも必死に否定する姿なんてもう完全に恋する乙女じゃないか、まあ担当ウマ娘とトレーナーの恋物語というのは割かしメジャーなジャンルではあるので別に珍しくはない。そしてチェイスは察した、もう二人はかなり深い仲なんだと。

 

「お、おい聞いているのかチェイス!?」

「ええ聞いてますよ、その赤いコートもそのハートさんに選んでいただいたんでしょう?」

「な、何故それを!?」

 

この辺りは完全なメタ的な知識だが、これはもう確定的だ。そのハートとやらは自分が知っているハートだと。だがそうなるとメディックはどうなるのだろうか……という考えが浮かぶのだが……まあそれは何れ聞けるだろうと余り突っ込まないでおこう。これ以上ゴルドを弄るのも可哀そうだ。

 

「ゴルド、貴方それでマスコミにそういう類の話を振られたらどうするつもりなんですか。一発で拡散しますよ?」

「フンッあいつら程度で揺れる私などではない」

「じゃあなんで私の言葉で揺れるんですか」

「お前と奴らは違う、そういう事だ」

 

納得出来るような出来ない様な……そんな気持ちになるが、まあそういう事にしておこう。

 

「さてと―――久しぶりのオフなんですから思いっきり遊びますか」

「そうだな……ったく妙に疲れたぞ……というか碌に遊び方も知らんくせに大きな口を叩くな」

「いいじゃないですかウィンドウショッピングだって立派な娯楽です」

「これが天下の三冠ウマ娘だと思うと泣けてくるな」

「よしウマッターでハートさんの事言ってやろっと」

「おいバカやめろ」

 

そんなやり取りをする二人をこっそりとみていたマスターは僅かに微笑んだ。天下のクラシック三冠ウマ娘とトリプルティアラウマ娘だろうと年頃の娘である事は変わりないのだと。折角だ、お代わりの珈琲と趣味で作ったケーキでもサービスしてやるかと動き始めたのであった。

 

「全く……あそこのマスターには随分と世話になってしまったな」

「まさか元パティシエだったのは意外でしたね、今度マックイーン先輩にお勧めしても良いかもしれませんね」

「お前の指定した店は楽しませて貰った、今度は私が店を紹介してやる」

「期待してますよ」

 

久しく重なったオフ、二人は存分に英気を養うとその日の夜に全く同じ時間に一緒に楽しんだ写真を投稿してSNSを盛り上げるのであった。




なんでゴルドのトレーナーがハート様なのかって?
単純明快、蛮野への嫌がらせ。


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99話

「こっからは私のステージだぁぁぁぁ!!!」

「ずっと―――マッハッ!!!」

 

今日も今日とて練習を欠かさないウマ娘達。そんな中でも天を駆けるウマ娘、飛将軍とも呼ばれるようになったサクラハリケーンと音速の追跡者ことマッハチェイサーは気合を入れて練習を望んでいる。ハリケーンは大阪杯、チェイスは阪神大賞典という目標に向かって練習に励んでいる。そんな先輩の背中を追いかけるように必死に練習に身を入れるウマ娘もいる。

 

「まだ、まだ早い……!!」

 

クラシック挑戦、弥生賞を控えているオートバジン。彼女も必死の練習を積んでいる。特に彼女の場合はスピカ内にもライバルがいるのも影響している。

 

「やぁぁぁぁぁ!!!」

「たぁぁぁぁぁ!!!」

 

サトノダイヤモンドとキタサンブラック。自分と同じくクラシック路線に進む事になっている二人の存在、同じ目標に向けて仲間と練習出来るのはこれ以上にない財産になるが、それ以上にこの二人は手強いのである。自分にとって最大の障害となりうる相手が身内にいるというのは矢張り辛い物を感じる。

 

「此処っ―――!!!」

 

特定のポイントに到達する、それと同時にバジンは残っている全ての力を開放して最後のスパートをかける。マッハチェイスのノウハウも一部吸収してレベルアップも図っている為か、スピードもかなり上がっているのだが……

 

「ぅぅぅっ……!!!」

 

バジンはゴール前で一気に失速してしまう、先程までの凄まじい速度は影も形もない。ツインターボの逆噴射にも見える程の急激な減速、それでも意地でゴールするのだが……沖野からは厳しい表情から厳しい意見が飛んでくる。

 

「バジン、無理にそれやろうとするなよ。まだ身体が出来上がり切ってないんだ。基礎を確りと鍛えてからでも遅くない、今のお前じゃそれは武器じゃなくて拘束具でしかねぇぞ」

「クッ……!!」

 

マッハチェイスの一部を吸収した事でバジンは成長した、のだがその反面それはかなりのリスキーパワーとなってしまっている。吸収前ならば問題なく走り切る事が出来た筈だが、パワーアップした事で今のバジンの身体能力ではそれを十二分に発揮出来なくなってしまっている。スパートの反動に身体が耐えられないとでも言うべきか……今までは発動地点である555mからゴールまで維持出来たが、だが今はその半分も走り切る事が出来なくなっている。

 

「前に戻すべきだと思うぞ、流石にチェイスとお前じゃ身体のレベルが違うぞ」

「ヤダ……私は変えない、もう一本行ってくる!!」

「おいおいおい……おいバジン!」

 

そう言いながら走り出してしまうバジン。確かに大幅なパワーアップは出来ている、だがジュニアからのクラシック上がりたてのバジンでは十二分に使いこなす事は出来ない。無理にでも戻させるべきなのだが……当人の意志は固いのか戻そうとしない。

 

「あいつの頑固さには参るなぁ……まあそこが取り柄でもあんだけど……」

「トレーナーさん、すいませんが新しい蹄鉄を貰えませんか?」

 

バジンに参っているとチェイスが蹄鉄の交換を要求してきた、如何やらかなり擦り減ってしまったのか利き足側の方の蹄鉄がポッキリ行ってしまったらしい。予備は準備してあるので直ぐに用意するとチェイスはそれをシューズに打ち始める。

 

「にしてもよくそれで坂路ダッシュ出来るなぁ……」

「指示したのはトレーナーさんじゃないですか」

「だからってスピード落とさずに一気に登り切る奴があるか、お前はミホノブルボンか。いや下手したらあいつより性質悪いぞ」

 

チェイスは時折、ミホノブルボンの並走相手として起用される事もある。鬼とも称されるミホノブルボンのトレーニングメニューに平然とついていけるのは彼女位なのでミホノブルボンのトレーナーからも重宝されており、更に厳しくするかとメニューの見直しが行われた事を沖野は知っている。

 

「なあチェイス、バジンの走りだが……」

「クリムゾンチャージの事ですね」

「所謂マッハチェイス的な奴かそれ、まあカッコいい名前だから良いか」

 

そんな風にチェイスは呼んでいるらしい、クリムゾンスパートにするか悩んだらしいがそこは割とどうでもいい。

 

「現状、あいつにクリムゾンは荷が重い。もっと基礎を鍛えてからじゃないと使い物にならない」

「それには同意です。現状のクリムゾンチャージは更に進化してます。言うなればアクセルクリムゾン・チャージです。その進化にバジンが追い付けてません」

「お前から言ってやってくれないか、お前からなら聞くだろ」

 

バジンはビルダー以上にチェイスを絶対視している、というか最早盲目的になっている面もある。マッハチェイスを取り入れたのもその影響とも言える、なので言い方は悪いが原因であるチェイスに責任を取らせて矯正するのが一番手っ取り早い。

 

「……下手に抑えつけるよりも鍛えた方が良いと思いますよ、既に先が見えているなんて割とレアなケースだと思いますし」

「そりゃ分かってはいるんだけどなぁ……俺もキタやダイヤのメニュー監督したりで大変なんだよ、ビルダーはビルダーで平常運航過ぎるし」

「ああうん、そうでしたね……分かりました、私の方で何とか言っときますよ」

 

頼むぞ、と言いながらもバジンのタイム計測を行っているストップウォッチを手渡しながらキタサンブラックとサトノダイヤモンドの方へと向かって行く沖野を見送りながらも蹄鉄を叩く。

 

「やれやれ、これも先輩の役目ですか」

 

 

「ハァハァハァッ……!!」

 

もう直ぐあの地点だ、身体が分かるのがどれだけ走れば解放点(残り555m)なのかが自然と理解出来る。其処で自分の全てを発揮する、色々試している。それでも解けない、トレーナーは身体を作れというけれども、基礎を作れというのも分かるけど……自分はこの走りを出来るだけモノにしたいんだ―――

 

「Start Up……!!」

 

来た、此処で一気に開放する。一気に加速して本来出せる最高速度すら超越して更に加速する、元々のモノも限界超えるような走りだったが今はそれを遥かに超える力を出せる。それにバジンは誇りに思っていた、これこそ自分だけの走りだ、そしてチェイスに胸を張って誇れるものだと。

 

「まだ、まだまだァ!!」

 

もっと行ける、世界はまだ視えている。世界が線になるまで走る!!と地面を更に強く踏みしめた時にその片鱗が見えた、これだ!!と思った時に全身が一気に重くなり力が入らなくなってしまった。またか、と自分に苛立った。先程までの速度はない、普段の走りの半分以下の速度でゴールする。なんて無様な走りなんだと自分を殴りたくなってくる。拳を作って握り込んでいると、そんな自分の手を包み込む温かい感触が来た。

 

「お疲れ様ですバジン、以前よりもクリムゾンチャージに磨きが掛かってますね」

「……駄目だよあんなのじゃ……あんなのじゃ、もっともっと、走れるようにしないと……!!」

 

バジンは疲労の渦の中にいるのに鋭い瞳を作り続けている、全く意志は折れていない。寧ろ不甲斐無い自分という物が更に燃え上がる燃料となっている。

 

「……一つ提案があります、それを受けるかはあなた次第ですがどうします?」

「何」

「バジン、走りを変えましょう」

「―――ハッ?」




シニア編はちょくちょくこんな風にバジン視点を入れて行こうと思います。

そっちの方がバジンのツンデレも書けるから私も楽しいんだ。


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100話

「チェイス、お前バジンに何吹き込んだ?」

「吹き込んだって人聞きの悪い言い方ですね」

「んじゃ訂正するわ、どんなアドバイスしたんだ?」

 

沖野の視線の先では2000mを走っているバジンの姿があるのだが、前よりも走りにメリハリが付いている。

 

「今までのバジンの走りは逃げ寄りの先行、それでも十二分に良かったのにマジで何やったんだ」

「単純です、脚質を変えさせました」

 

バジンは良くも悪くも最後のスパートに固執してしまっている、だったらそれに合わせた戦法に変えてしまえばいい。先行であった走りを差しへと変更して脚を溜めるようにして走る様に言ったのだが、チェイスとしても思った以上に本人に適性があったのかあっという間に差しを体得した。

 

「逃げか追い込みしか出来ない私とは大違いですね」

 

やろうと思えばチェイスも出来ると言えば出来るのだが、差しと先行に関しては経験がほぼ皆無に近いのでそれをやる位なら大逃げを打つか追い込みで戦うしかないのである。

 

「そうだトレーナー、阪神大賞典で大逃げを打つのはどうでしょうか」

「サラッととんでもない事言うなぁ……逃げ切れる自信があるのか?」

「あると言えばあります、パーマーさんにお話とか聞いたりもしてます」

 

天皇賞春で大逃げを打った上に途中でさらにペースを上げるというとんでもない事をやらかしているウマ娘、メジロパーマー。彼女も彼女でチェイスとは仲が良い、というよりもメジロ家のウマ娘とは基本的にチェイスは仲が良い。

 

「連勝記録が掛かってたりするのに、よくそんな事言えるなぁ……」

「まあいいじゃないですか、何時か負けるんですから」

 

こういう事を言える胆力は見習うべきなのだろうか、それとも勝つつもりで挑めと諫めるべきなのだろうかと沖野は悩む。そんな中でいよいよバジンが最後のスパートを掛ける地点へと差し掛かって来た。これまではかなり力尽きて来た彼女だが差しに変えた事でそれが如何なるのか―――

 

「Start Up……!!」

 

地面を深く踏み込む、同時に姿勢を低くしながらも一気に加速していく。上半身が地面とほぼ平行するかのような低さを維持しながらの超スピード。ぐんぐん加速しているそれに合わせて沖野はストップウォッチを押してその時間を計測するのだが―――ぐんぐん伸びていく、そのまま加速し続けたままゴールする。そして直後に緊張の糸が切れたかのように速度が落ちる。

 

「―――ッ……ハァハァハァ……!!!」

「10秒ジャスト……!!」

「越えましたね」

 

スパートを完全に決められた、そんな実感はバジンも感じられたのか振り向きながらも出来た……と小さく呟きながらもゾクゾクと押し寄せる高揚感に身体を委ねつつもチェイスの元へと駆け出して行った。

 

「見た、見た!?出来た、出来たよクリムゾンチャージ!!」

「ええっ確りと見ました。差し変更は思った以上に成功でしたね」

「でしょっ♪」

 

と嬉しそうに尻尾を揺らすバジン、彼女にとってこのスパートを完成させる事は本当に重要な事であり今回の事は本当に大きな進歩なのである。

 

「差しへの変更、突然すぎるけど此処までのキレがあるなら……よし、バジンはこれから差しの練習を重点的にやるぞ。徹底的に身体にそれを叩きこむんだ」

「―――っ!?……分かってる」

 

どうやら沖野がいる事に気付いていなかったのか、咄嗟にそっぽを向きながら普段の調子で返事をする。それをしてももう遅いだろうに、全く困った子だと思いながら思わず彼女の頭に手が伸びて撫でてしまう。

 

「っ!?い、いきなり撫でるな!!?」

「すいません嫌でした?」

「別に、そうじゃないし……」

 

本当に極端だ、チェイスに対しては心を開くのにそれ以外の相手に対しては基本的に辛辣な態度が一貫する。チームメイトにすらある程度マシな対応しかしてくれないというのにチェイスと自分達ではどんな差があるというのだろうか……。

 

「トレーナー、これから大阪杯想定で真紅先輩とゴル姐さんと一緒に走るんでタイムの計測オナシャ~ス!!」

「ちょっと真紅先輩って何よ?」

「そだぞ、それだとスカーレットがスルペタ人形になっちまうぞ」

「いやぁ~きついでしょ」

「如何言う意味よそれ!!!」

 

一瞬で賑やかになる面々にもう慣れた様子で計るぞ~と宥める辺り、沖野も流石である。

 

「如何ですか弥生賞に勝つ自信はありますか?」

「勝つ。それだけ」

 

バジンは勝つ気しかない、どんな相手だろうが絶対に勝つという絶対的な自信に溢れ返っている。これから本当の意味でチェイスの背中を追いかけるという戦いが始まるのだ、その道は決して楽な物ではない。厳しく辛い物だ、それでも彼女はその道を変えるつもりはない。

 

「チェイス」

「なんですか」

「応援、来てね」

「勿論」

 

後日、バジンは弥生賞に見事に勝利した。これによりミスターシービー、シンボリルドルフのような2年連続の三冠ウマ娘誕生かメディアに取り上げられる事となる。そして―――

 

「遂に来た、トレセン学園……チェイスさんが要る場所……」

 

トゥインクルシリーズに新しい風が吹き込む季節となる。その風はスピカにも吹き込む事になる、チェイスに憧れる少女はその背中を夢見て追いかけてきた。そして―――新しいドラマが始まる。



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101話

トレセン学園。日本ウマ娘トレーニングセンター学園スクール・中央校。トゥインクルシリーズの中心地、日本ウマ娘レースにおいての最大のエリート校。季節は春、今年もこのトレセン学園にウマ娘達がやってくる。次の三冠ウマ娘か、次の最速か、次の最強か、どのような夢を描いて此処にやって来るのかは分からないが―――今年もこの季節が来る。

 

「うわぁ~凄い、凄い人だねキタちゃん」

「うん。去年の私達もこんな感じだったんだねダイヤちゃん」

 

スピカの練習を見つめる新入生たちに去年の自分達を重ねてしまうキタサンブラックとサトノダイヤモンド。自分達もあんな感じだったのかなぁと思うと、もう1年が経ったのかと思ってしまう。

 

「キタにサトイモ、今度アンタらとビルダーの番」

「あっうん分かったバジンちゃん」

「んもうその呼び方やめてってば!!」

 

新入生たちの姿を見ている二人にからかいを交えたような口調でバジンは走れという。サトイモというよく分からない略し方に当人は不満、流石にバジンも日常的に使っている訳ではなく注意を促す時のみに使っている。

 

「いやぁ~今年も良い子がいっぱい来てますね~」

「全くだね~中には中々良い物をお持ちになっとりますウマ娘ちゃんも居りますな~」

「ハリケーン、好い加減にしないと殴りますよ」

 

流石に毒牙に掛けさせる訳にはいかないとチェイスがストップをかけておく。まあ流石にいきなり変な事をするとは思わないが、言っておかないと不味いだろう。と思ったのだが、直ぐに新入生たちは凄い声を上げた。突然の大声に吃驚するチェイスだがビルダーは当然ですよと何故か胸を張る。

 

「そりゃ三冠ウマ娘さんが出てきたら大騒ぎになりますってっという事で私はファンクラブ勧誘してきます!!」

「その前に走りなさい」

「ハリケーン先輩に譲ります!!」

「あっマジで!?んじゃ走る~!!」

 

なんてフリーダムな二人なのだろうか……何時の間にファンクラブ会長モードに入っていたビルダーは公認ファンクラブの加入は此方という看板の下で案内をやっているし、ハリケーンはそれを真に受けてキタサンブラック、サトノダイヤモンドに混じって走り出している。本当になんて自由なのだろうか……。

 

「よおっチェイス。人気者で何よりだな」

「何より、なんですかね……顔を出したら突然叫ばれて吃驚したんですか」

「そりゃ今まで雲の上の存在だった有名人が先輩になって会える所に居るんだから騒ぐってものだ」

 

そう言われたら結構納得、後で会長に三冠ウマ娘としての立ち振る舞いとかを聞いて来ようと思うチェイスであった。そんな時、一人のウマ娘がチェイスに近づいていった。畏れ多い、高嶺の花、雲の上の存在とキャアキャアと声を上げるウマ娘達の中で一人だけ、近づいて行く。その表情にあるのは嬉しさと喜び。

 

「あ、あのチェイスさん……!!」

「おや」

 

振り向いた先に居たのは光を受けて金色の光を放つように艶やかで美しい栗毛のウマ娘、あの時よりも大きくなっている気がする。自分よりかは小さいがそれでも大きい部類に入るだろう、それでも表情にあるのは初めて会った時と全く同じ表情に此方も笑みが零れる。

 

「あの時ぶりですね」

「はい、来ました」

 

何処か恥ずかし気にしながらも照れながらの笑みは何処か力を感じさせる、此処に来て再び顔を合わせるの三度目。それもなんだか不思議の巡り会わせのように感じられる。

 

「何だチェイス顔見知りか?」

「ええ。これで三度目になりますかね……」

「え、えっと……新入生のオルフェーヴル、です……よろしくお願いしますっ……!!」

 

恥ずかしそうにしながらも出来る限りの大きな声と誠意を込めた挨拶に応、と返しておく。なんともライスシャワーを思わせるような精神面だと沖野は素直に思った。この子もチェイスに憧れているという所から思わずバジンを連想したがどんな走りを見せてくれるのかと思わず期待せずにはいられない。

 

「オルフェーヴルさん、折角会えた事ですから走りませんか?」

「い、良いんですか!?で、でも私なんかと一緒なんて……」

「いやいやいやそんな事ねぇって」

 

何処か消極的なオルフェーヴルに対して沖野は誰かと走ってくれた方がチェイスの為にもなるし折角来た新入生たちにもいい刺激になるから、と最初にチェイスと一緒に走る様に言う。と言っても軽く、走り込みのような形にはなるが……と明言するが

 

「ご、ご迷惑にならないのなら……!!」

「んじゃ頼むぞチェイス。このオルフェーヴルとが終わったら希望者と一緒に走って貰うからな」

「そういう事ですか……やれやれ、それじゃあ走りますかオルフェーヴルさん」

「さ、さん付けなんてしないでください。えっと、お父さんとお母さんから呼ばれてるオルちゃんって呼んでいただけたら……」

「ではそのように呼びますね、オルちゃん」

 

二人一緒にコースへと入っていく、正直な所彼女の走りが気になるのが素直な所。ハッキリ言えばオルフェーヴルの脚が気になった、触った訳ではないがあの脚は相当なものを秘めているという印象を抱く。その片鱗でも見せてくれれば……と沖野は思ったのだが、そこで見た物は全く違う物の片鱗であった。

 

「ではオルちゃん、行きますよっ」

「はいっご一緒させて頂きます!!」

 

スタートする二人、軽い並走トレーニングになるのでチェイスもそこまで速度は出さない。オルフェーヴルも別にそこに文句はないのかその後に続いて行くのだが―――徐々にフォームがブレているように見えた。

 

「何だ、なんかフォームが……」

 

「―――我慢出来ない……!!」

「お、オルちゃん……?」

 

先程までの大人し気な少女の姿は跡形もなく、口角を持ち上げながらもそこから歯を見せながらも瞳は鋭く獰猛な物へと変貌していった。そして隣を走っていたチェイスを追い抜きながらも挑発的な声をチェイスへとぶつける。

 

「こんなのじゃ満足出来ないなぁ!!もっと、もっとだ。全力で走ろうぜ!!」

「えっ貴方そんなキャラだったんですか?」

「さあ早く、早く早く走ろうぜぇ!!!」

 

そのままチェイスを煽りながらも走り続けているオルフェーヴル、それを見ていた者は驚くが同時にそこで見せつけた彼女の走りのキレはこの時点で目を見張るものがあった。途中からチェイスも本腰を入れ始めて走り出すのだが……

 

「そうだよこの走り!!やっぱり凄いじゃねえか!!」

「この子……」

「こりゃ、またとんでもねぇのが来たな……」

 

それからは一度も追いこす事は出来なかったが、彼女はチェイスに最後まで着いていき離される事がないままゴールするのだった。

 

「え、えっとその……ごめんなさい!!走ってる途中で凄い嬉しくなってというか、なんか途中から凄い暴力的な気分になっちゃったというか……そのえっとえと……今までこんな事無かったんですけどその……!!」

「大丈夫ですよ気にしなくても、とてもいい走りでしたよ」

 

ゴールしてからオルフェーヴルは大慌てでチェイスに謝り始めた。何度も走った事はあるが、こんな興奮は初めてだったらしくああなったしまったと語るが……逆にそれは彼女が持ち合わせている潜在的な能力と闘争心の表われだと沖野は感じ取った。オルフェーヴル。彼女は間違いなく大成すると思った。

 

「チェイス……何そいつ」

「新入生のオルフェーヴルさんです」

「え、えっとオルフェーヴルです」

「……オートバジン、仲良くしてくれなくていいから」

「えっ……」

「ちょっとバジン貴方何を」

「……なんか、気に入らない」



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102話

「ではあの時の阪神大賞典も?」

「勿論行きました!!」

 

スピカの新メンバーとなったオルフェーヴル、以前からの知り合いという事もあってチェイスが面倒を見る事になっている。他にもスピカの加入希望者はいるのだが、これ以上の人数は沖野の管理能力の限界を越えるので理事長にお願いしてサブトレーナーを探して貰い、決まってからという事になった。

 

「次は天皇賞春ですね、応援します……!!」

「有難う御座います」

 

阪神大賞典では見事に一着をもぎ取ったチェイス、菊花賞のリベンジを果たしたと言っても過言ではない。次はいよいよ天皇賞春になるのだが……その前にスピカからは皐月賞に向けてキタサンブラック、サトノダイヤモンド、オートバジンが出走するので沖野は其方に集中している。特にバジンはかなり気合が入っており、自己ベストを更新する走りを見せ続けている。

 

「それにしても、その蹄鉄凄い重そうです……それでよく走れますね」

「まあ慣れましたから」

 

阪神大賞典を越えて尚、重量蹄鉄は外していない。皐月賞が終わったタイミングで外して更なる成果を試す予定だが……どんな風に走れるのか楽しみにしている。

 

「さて、それじゃあ貴方の走りも見ましょうか。奇遇な事に同じ追い込みな事ですし」

「はい宜しくお願いします!!」

 

オルフェーヴルの脚質は追い込みか差し、チェイスとマッチしているので指導役としてはかなり適している。最初はゴールドシップも候補に挙がったが、流石にそれはまずいという事でチェイスに一任された。そして―――

 

「さあ行くぜぇ……!!もっと、もっとだチェイス!!」

「う~ん……凄い豹変っぷりですねやっぱり……」

 

レースに限った話ではないのだが、ターフで走ろうとすると大人しい気質が一気に豹変して凶暴性が剥き出しになっていく。余りの豹変っぷりにスピカ全員が仰天したのは笑い話。だが、それが剥き出しになった時のオルフェーヴルの走りは凄まじい物があり、これを磨き上げたら何処までの高さまでに行くのかと全員が楽しみにしている。

 

「フフッ元気で宜しい。揉んであげますから全力で来なさい」

「ったりめぇだぁ!!行くぜ行くぜ行くぜぇ!!」

「(なんかモモみたい……後でプリン奢ってあげようっと)」

 

 

「やぁぁぁぁぁ!!!」

「たぁぁぁぁぁ!!!」

「だぁぁぁぁぁ!!!」

 

同じように練習を重ね続けているキタサンブラック、サトノダイヤモンド、オートバジン。三人同時にクラシック挑戦を行うので沖野も大変な気持ちではあるが、逆にどんなレースになるのかと楽しみな気持ちで一杯。

 

「お~三人とも気合入ってんな~」

「もう直ぐ皐月賞ですもんね、気合も入りますよ」

「にしても三人同時とはね。トレーナーも大変ね」

「全くだ。せめて一人ぐらいティアラ路線に行ってくれたら楽だったのにな」

 

今更に言っても意味がないし本心でもない様なたわごとを吐きながら肩を竦める、それが本人達の意志なのだから致し方ない。自分はそれを手伝ってやるしかない。

 

「フゥッ……今回は私は1着だったね」

「ムゥッ~……トレーナーさんもう一本、もう一本お願いします!!」

「……アタシもやる」

 

一着でゴールしたキタサンブラックに負けてられないと闘志を燃やすサトノダイヤモンド、その意気や良しと沖野も許可を出すのだが……その時に遠くを見つめているバジンに目が留まった。

 

「どしたバジン、疲れたか?」

「……違う」

 

彼女が不愛想なのは普段からの事なのだが、どうにも最近はそれに磨きが掛かってしまっている気がする。ムスッとしており、少し怒っているのかと思うような様子が続いている。そんなバジンにゴールドシップはははぁ~ん?と分かったような顔をする。

 

「分かったぜ~バジン。お前、オルフェにチェイスが取られちまって不機嫌なんだろ~?」

「なっ!?ち、違うし!!何でアタシが新人に嫉妬しなきゃいけないのさ訳分かんないし!!」

「またまた~」

 

指でツンツンしてくるゴールドシップにバジンは顔を真っ赤にしながらも必死に否定しながらも、遂にキレて拳を炸裂させた。

 

「るっさい!!」

「目がぁぁぁぁぁぁ!!!!」

「あれは痛いですわね……まあゴールドシップさんなら大丈夫でしょうけど」

「確かに大丈夫だけどそれはねぇだろマックイーン……」

 

何事もなく平然に立ち上がるゴールドシップ、指先の第二間接を突き出した状態の握り拳、所謂カーヴィング・ナックルを顔に喰らって目にもあたっていたのに如何して平然と立ちあがれるのか……まあ彼女の事なのでこれ以上考えるのは無駄なのでやめておこう。

 

「何でもないっつってんだろ!!さっさと走るよキタノサトイモ!!」

「なんか纏められてる!?」

「その言い方やめてってばバジンちゃん!」

 

そんな事を言いながらも走り出して行くのを見ながらもあれは完全にオルフェーヴルに嫉妬している。前に何故かオルフェーヴルの事が気に入らなくて仲良くしなくていいとも言っていたし、その事も関係しているのだろうか。

 

「(見せ付けてやる……見せ付けてやる!!)」

「バジンちゃん、なんか凄い速い!?」

「どんどん、速くなってる……!?」

 

 

 

「バジン調子良さそうですね」

「凄いですね先輩……でもどうして仲良くしなくていいって言われちゃったんでしょうか……」

 

走りも終えて普段の大人しい状態に戻ったオルフェーヴルと共にバジンの走りを見る。矢張り皐月賞を控えている為か凄い気迫を感じる走りだ、あれならラストスパートの出来も酷く期待出来る。だが、どうして彼女はオルフェーヴルが気に入らないのだろうか……。

 

「(何でバジンはオルフェーヴルを……んっ?オルフェーヴル……オルフェ、ヴル……オルフェノク……あれっもしかしてそういう事……?)」

「私、仲良く出来ますか?」

「大丈夫ですよ、多分ですけど後輩が出来て緊張しちゃってるんですよ。待って上げましょうね」

「はいっ……♪」

 

慰めも含めて頭を撫でてあげる。彼女の金色の輝きを放つ栗毛の髪は酷く撫で心地が良い、上質なシルクを思わせる程に素晴らしい肌触りだ。思わず頬が綻んでいるとバジンの走りが更に鋭さを増していく。これは皐月賞が楽しみだ。

 

「負けない、あんな奴に絶対に負けるもんか……!!」



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103話

「チェイス、一つ尋ねても良いかね。如何して皐月賞を見に行かないのだ?」

「それを聞く為に態々呼んだ、のですか?」

 

その日、チェイスの姿は生徒会室にあった。今日は皐月賞、スピカの面々は出走するメンバーの応援へと向かって行ったがチェイスは学園に残っていた。普通に授業を受けていたのだがエアグルーヴから呼び出しを受けて足を運ぶとシンボリルドルフからそんな問いかけをされた。

 

「私も私で天皇賞が控えてますので其方に集中しろとトレーナーさんから言われましたので」

「成程、道理だが有備無患の君ならば問題はないとも思うのだが」

「理由はそれだけではないと仰りたいのですね」

「そんな所だ」

 

エアグルーヴの言葉に同意しながらも目の前のチェイスを見る。自分以来の無敗の三冠ウマ娘、こうして対面すると本当に大きくなったと同時に末恐ろしさすら感じる。一時期はフロックだと言われていた事もあったが、それら全てを自分の力のみで捻じ伏せて来た、名門の出でもないウマ娘が此処まで大きくなるとはURAの上層部は絶対に考えもつかなかった事だ。

 

「正直な事を言うと、予感があります。それに備える為です」

「どんな予感かな?」

「敗北です」

 

余りにも単純な言葉だったがそれを君が恐れるのかとも思った。此処まで無敗を貫き続けている無敗の三冠ウマ娘が。

 

「随分と弱気だな。それでも三冠か」

 

ナリタブライアンが何処か呆れたようにも聞こえるような声色で言った。

 

「私は別に意識して勝ち続けたわけじゃありません、唯走ってきただけです。次の天皇賞―――私はどうなるか分からない」

 

無敗であるが故に実感している物がある、シニアクラスの闘志だ。トゥインクルシリーズのこのクラスへと登って分かった、阪神大賞典では肌で感じた。クラシックでも感じる事は感じたがそれ以上の凄まじい物が渦巻いているのが分かるのだ―――私がお前を倒すという意志を。

 

「純粋な闘争心、私を打ち破るという意志が私は素直に脅威と感じました」

「それが挑戦される者という事さ、私にも似た経験がある」

 

皇帝シンボリルドルフ。それを破ろうとしたウマ娘は数多い。その挑戦を受け続けながらも絶対と言われた彼女でさえも敗北は存在する、だがその度に皇帝は更に強さを増して行ったという。

 

「私は勝利に拘りはしません、敗北したとしてもそれを受け止める心構えも出来ています」

「では、君を慕うオートバジンの皐月賞を見に行かない理由は」

「―――私は彼女の夢です、その夢を守る為に。胸を張れるウマ娘で居る為に」

 

良い心構えと面構えだとシンボリルドルフは口角を上げた。敗北は怖くはない、寧ろ来るなら来い。だが敗北で揺らぎたくはない、自分は自分の為だけに走っている訳ではない事を既に知っている。如何やら藪蛇だったかもしれない。

 

「無粋だったかもしれないな、済まないなチェイス突然呼び出してしまって」

「いえ、お気になさらず」

 

丁寧に頭を下げてからチェイスは生徒会室から立ち去っていく、そんな姿を見送りながらも紅茶を口にする。

 

「勝ち続けるのもいい、だが敗北というのも存外悪くはない。それを知って強くなるのか、それとも―――それすら必要ないとそのまま強くなるのか、楽しみだ」

 

 

 

ガァンッ!!!

 

外れた重りの音を聞くと何で自分はこんなものを付け続けて走ってんだよ、と思いたくなる。その証拠にそう思っているであろうオルフェーヴルが目を点に、そして口を開けて驚いている。

 

「―――よし。準備は良いですよオルちゃん、オルちゃん?」

「えっあっはい!!すいません凄い音でしたから」

「確かに、大賞典から更に重さを追加して貰いましたから」

 

沖野曰く、これ以上は害になるというギリギリのラインをインベタドリフトしたとの事。インベタドリフトがどういう物かは分からないが、内角ギリギリのストレートという事だろう。

 

「しかし良かったのですか皐月賞に行かなくて」

「興味ありますけど……やっぱり私はメイクデビューに向けて頑張りたいですしチェイスさんのお手伝いしたかったので」

「そうですか、では後で一緒に走りましょうか」

 

そう言うと耳と尻尾を動かしてストレートに喜びを表現する姿に思わず頬が緩む、如何にもバジンのツンデレに慣れていると彼女のそれは少々眩しく映り気味。だがそれが良い、と自分の中で何かが叫ぶ。

 

「さてっ―――マッハチェイスを開始しましょう」

 

天皇賞春、そこが自分にとって初めての敗北後になるのか、それともシンボリルドルフの跡に続くような事になるのかなんてもうどうでもいい。自分は唯、今立っているターフを全力で駆け抜けるのみだ。

 

「それでは開始10秒前!!」

 

自分が走る理由なんて決まっている。天倉町の愛の為、自分を憧れと呼んでくれた人の為に走る。それだけで十分だ。

 

「5、4、3、2、1、スタート!!」

 

さあ―――マッハチェイスを始めよう。

 

チェイスの仕上がりは完璧、これならば天皇賞春も勝ちを十二分に望める。それを確認する事が出来たのでその後はオルフェーヴルと共に軽く走りながらもチェイスはトレーニングに勤しんでいた。そして―――トレーナーたちが帰ってきた、当人達から話を聞こうと思って中継やニュースには手を付けていない。

 

「お帰りなさい、如何でしたか」

「何だチェイス見てなかったのか」

「直接聞きたかったんです」

「そっか……いや、惜しい所まで行ったんだけどな。ダイヤが二着でキタが三着だった」

 

それを聞いて二人は照れたような恥ずかしそうな笑みを浮かべていた。それでもGⅠレースでニ着と三着ならば十分過ぎる程に立派な戦績だ、これは先輩としても鼻が高い……と思って居たのだがバジンの姿が見当たらない。もしかして……と思ったのだが沖野は静かに首を横に振った。

 

「皐月を勝ったのはリギルのドゥラメンテ、本当に凄かった」

「そうですか、これは大きな目標が出来ましたね」

「「はいっ!!打倒ドゥメちゃんです!!」」

 

本当に仲良しだと分かる異口同音に笑ってしまう。しかしこの二人を越えるとは……ドゥラメンテというウマ娘も相当な強者だと分かる。自分もうかうかしていられないかも……だがそこで気になった、ならばバジンは。

 

「バジンは如何したんですか」

「あいつは……7着だった。その事が相当ショックだったのか、一人で寮に戻っちまったよ」

 

バジンが7着。それを聞いても直ぐには信じられなかったが、嘘を言う訳が無いのでそうなのだろう……と咀嚼する。

 

「様子、見てきます」

「頼むぞチェイス……泣いてたから慰めてやってくれ」




バジン、皐月賞7着。

次回はこの辺りを。


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104話

「ヒシアマ姐さん、バジンはどんな様子でした」

「なんていうかねぇ……気の毒な位に落ち込んでた」

 

バジンに会う為に寮まで戻って来たチェイス。其処で偶然出くわしたヒシアマゾンに物を尋ねると何とも言いにくそうにバジンの様子について答えてくれた。

 

「顔面蒼白になっちまってさ、今にも泣きだしそうなのを必死に我慢してて……なんというか、何とも言えない感じだったね」

「そうですか……ビルダー隠れてないで出て来なさい」

「ひゃ、ひゃい!!」

 

廊下の角で隠れるように此方の様子を伺っていたビルダーに声を掛ける。同室の彼女にも話を聞いておきたい。

 

「今のバジンは」

「えっと……あんまり、良くはないです……泣いてますから」

「あんだけ気合入れて7着だったんだ、悔しくて当然だよ」

 

本当に悔しいとは思っているだろうがそれだけではないのだろうとチェイスは分かっている、だからこそ自分が行かなければいけない。

 

「ヒシアマ姐さん、少し行ってきます」

「あいよ。後で食堂に来なよ」

「あっ私も手伝います」

 

ビルダーはヒシアマゾンについて行く、そして自分はバジンの部屋へと行く。部屋の前に着くと耳を澄ませてみる、誰もいない様な静かさ。ウマ娘としての聴覚でも聞こえない、部屋に居るのかと思うが気配は感じられる。間違いなくいる。ならば……きっと彼女の精神はグチャグチャだという事になってしまう。

 

「バジン、入りますよ」

 

扉を開ける。部屋の中は真っ暗だった、その中でベットの上で膝と一緒に枕を抱えながらもそこに顔を埋めて声を殺すようにして泣き続けている姿があった。その姿は自分が知っている物よりも酷く小さく、弱弱しい物だった。

 

「……」

 

チェイスが入ってきた事に気付いたのか、僅かに肩を震わせた。それでも顔を上げる事は無かった、無言の姿からは如何して来たんだ、こんな姿は見て欲しくなかったというメッセージが伝わってくるのが分かる。それでもチェイスは来た、そのまま隣に座ると静かにバジンの頭を撫でる。

 

「……」

「……」

 

何も言わず、何も聞かずに唯々隣に座って時間が経つのを待つ。唯静かにずっとずっと……どれだけの時間が経ったのか分からない、唯少しずつ時間が経つたびに押し殺していた声が漏れるようになっていった。そして、遂に声を聞く事が出来た。

 

「勝て、なかった……それどころか……」

「貴方は頑張ったんでしょう、それで私は十分満たされてますよ」

「違う……違うっ……」

 

貴方のようになりたかった、貴方のように走りたかった。そう思って走ってきたんだ、だから皐月賞は勝ちたかったんだ……それなのに負けてしまった。唯の負けではなかった―――

 

 

《さあオートバジンがスパートを掛ける!!このまま皐月の栄冠を手にするのか!?》

 

『行けるっ……!?』

 

《ドゥラメンテ、ドゥラメンテが一気に抜き返す!!オートバジン、限界なのか、ズルズルと後退していく!!後方からはキタサンブラック、サトノダイヤモンドがドゥラメンテを追走する!射程距離に収めた!!》

 

功を焦ってしまった。掛けるべき場所ではない地点で掛けてしまった、その結果はツインターボのような逆噴射までとはいわないが大幅な減速。此処まで無敗だったバジンはチェイスに続くどころか、その後を追う資格がないと言われたような7着だった。

 

「チェイスみたいになるなんて、唯の夢だったんだ……私なんかが、見ちゃいけない夢だったんだ……」

 

彼女の背中を追う資格なんて自分にはないと激しく自分を責め立てる、此処まで自罰的になるバジンは見た事がない。それ程までにチェイスはバジンにとって特別な存在だった、そんな人の為に走ろうと思っていたのにその結果がこれだ。だからもう走りたくないとさえ思ってしまった。

 

「見てはいけない夢なんて存在しません、貴方が私のようになりたいのならば好きにすればいい。私もそうします」

 

だがチェイスはそれを強く否定する。人は誰しも夢を見る、それは生きる力にもなる。それはチェイス自身が証明している。彼女は天倉町から愛を受けた、その愛に応える為に恩返しの為、憧れた父と母のようになりたくて警察官になりたいと望む。だがそれはURAやファンからしたら理解出来ないかもしれないが、この夢を曲げるつもりなどはない。

 

「私のようになりたいならば、私はその道を作りましょう。その道を走りなさい」

「道……?」

「日本ダービー、菊花賞、有馬記念。私が走ったレースで貴方は勝利を目指しなさい、そこで私を越えてみせなさい。一度負けた程度で燻るような性格じゃないでしょう貴方は」

 

皐月賞で負けたからなんだ、自分の走りはそれだけじゃないのは知っているだろうと叱咤する。だったら他で証明しろと力強く言うチェイスにバジンは漸く顔を上げた。泣き続けた故に目は真っ赤に充血している、そんなバジンの瞳から零れた雫を拭ってあげる。

 

「こんな所で泣くんじゃありません、泣くんだったら胸位貸して上げます。その後特訓にも付き合います、さあ行きますよオートバジン。私のようになりたいなら立ちなさい」

「―――無敗の癖に負けたからとかよく言う……よね」

「ターボ先輩とかシービーさんには良く負けてるから負けは経験しまくってます」

「そーじゃないでしょうが……」

 

ぶっきら棒に悪態をつきながらも、バジンは漸く涙を止めて笑いを浮かべた。この後、一緒に食堂へと行ってヒシアマゾンとビルダーが用意してくれた食事をお腹がいっぱいになるまで食べるとバジンはチェイスにお願いして寝るまでの添い寝とおまじないを要求した。

 

「あの時、起きてたんですか?」

「凄い恥ずかしかったけどもう良い、隠さないから。これからは甘えるから、覚悟しといて」

「なぁんか……思ってもない方向に着地したような……」




バジン、吹っ切れる。色んな意味で。


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105話

「……」

「ありゃ如何したのよチェイス、珍しいじゃん難しそうな顔するなんて」

「ネイチャ先輩」

「おっす~お隣失礼しちゃうね」

 

食堂でお気に入りの鯖の味噌煮を食べていたチェイスの隣に座り込むナイスネイチャ。しかし普段は頬を緩ませている筈のチェイスが何とも言えない表情で食べ続けているのが如何にも気になったので隣に座り込んだ。

 

「なんか悩み事?天皇賞だってもう直ぐなのに」

「悩み事、と言いますか……嬉しい事ではあるんですが恥ずかしいというか……」

「何々どったのよ?」

 

懐から手紙を取り出すとテーブルの上を滑らせるようにナイスネイチャの前へと差し出した、読んでいいという事だろうからそれを開いてみる。

 

「何何?文章的にクリムさんみたいだね……あ~……成程、そういう事?」

「はい、そういう事なんです」

 

読み進めていくごとに段々と解せて来たのか困ったような笑みを浮かべるが、気持ちはよく分かると言わんばかりに同情する。そこにあったのは今度の天皇賞春には天倉町の皆で応援に行くから頑張ってくれ、といった事が書かれている。これまで父と兄が応援に来てくれた事はあるが町を上げて応援に来るなんて事は無かったので恥ずかしくなってしまっているらしい。

 

「いやぁ~なんか気持ちは分かるなぁ。アタシも選抜レースの時とか近くの商店街のおっちゃんおばちゃんが応援に来たり、カノープスに入った時なんてトレーナーさんにおすすめをどっさり渡してネイちゃんをお願いします!!なんて言うもんだから恥ずかしくてさ~」

「なんか、凄い解りますね……私も町のお祭りから市の歌謡大会に出る事になった時に凄い応援団が……」

「あ~分かる分かる。嬉しいのは分かるんだけど気合入り過ぎなんだよね」

「ええ。我が子同然と思ってくれるのは嬉しいです、ですが……」

「「加減を知って欲しい」」

 

チェイスの言葉に合わせるような言葉を言い放つナイスネイチャ。同じような経験をし続けている身としては言いたい言葉や気持ちなんてすぐに分かってしまう。そして二人は直ぐに噴き出して笑い合う。

 

「応援は有難いんだけどね~」

「ええ。でもそれが力になったりしますね」

「アハハッ……まあね、プレッシャーになったりもするけど」

「そうですね……でも私は嬉しいです」

 

薄らと浮かべる笑みは紛れもない心からの笑み、それを見て矢張り自分とは違うんだなぁと思う。自分は商店街の人たちの応援を出来れば遠慮したいと思っていた、自分よりも強いウマ娘に負ける姿を見られたくない、期待外れだと思われたくない。そんな風に考えたりするのにチェイスは違う、本当の意味で応援を受け止めて力に変える事が出来る強いウマ娘なんだ。

 

「私は天倉町の愛に応えたい、だから応援してくださるのは嬉しいです……でもやり過ぎないか凄い不安です」

「あ~……成程ね、確かにそれは心配になるわ」

 

そう言った意味で心配になるのもよく分かる、ナイスネイチャも自分の故郷の商店街の人達とトレセン近くの商店街の人達が意気投合してしまって一緒に応援しよう!!となった時は心底心配になった。特にチェイスは三冠ウマ娘だ、それに相応しい応援にしようととんでもない張り切りをする事も十二分に考えられる。

 

「加えて……商店街の皆さんも応援に来てくださるらしくて……」

「あ~……そう言えばチェイスもアタシみたいにおじちゃんおばちゃんに人気あったか」

 

こうなると本当に自分と状況が似て来てしまうのか、しかも走るのは天皇賞。それに負けないようにと力いっぱい応援する事が予想出来てしまう。

 

「うわぁっ……改めて読むと凄い事書いてあんじゃん。バスを貸し切ってこっちに来るとか応援の練習の為にチェイスのレース映像見ながらやってるって書いてある……こりゃ当日凄い事になるよ」

「ですよね……もう嬉しい以上に恥ずかしいが全開になっちゃうんですけど」

「アハハ……まあ、なんかあったらアタシに言いなよ?何だったらおっちゃん達にも言っとくからさ」

「いえ、折角のご厚意ですし……エンターテイナーを自称する以上力に変えようと思います」

「強いねぇ~」

 

こう言った所は本当に尊敬に値する、自分なら確実に何とかしてやめて欲しいと言ったり少しは自重して……と交渉する為に頭を捻りそうな所だが……そんな姿勢だからこそ応援する人もやり甲斐を感じるのだろう。

 

「んじゃアタシも応援しちゃおうかな?」

「ネイチャ先輩、それは……嬉しいですけどこのタイミングでは意地悪です」

「まあ頑張りなって。それだけ期待してるって事だよ」

 

ケラケラとからかうような笑いにチェイスは力が抜けてしまった。これは天皇賞当日は色んな意味で覚悟を決めて行かなければならないかもしれない。

 

「おっ~此処に居たのか~チェイス!!ってご飯中だったのか、んじゃターボも一緒に食べる~!!」

「ターボ先輩、はいご一緒しましょう」

「ちょっと私を忘れんなチェイス」

「あっ私もお願いします!!」

「バジンにオルちゃんもですね、はいどうぞ……ってバジン、近いです」

「いいじゃん別に」

「ずるいですバジン先輩!!」

「早い者勝ち」

 

一瞬で騒がしくなっていくチェイスの周り、まあ日常的にこんな風に騒がしければ当日もそこまで困る事もないだろうとナイスネイチャは思いながらもお代わりを取りに行くのであった。



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106話

『唯一無二、一帖の盾をかけた熱き戦い。最長距離GⅠ天皇賞春!!場状態は良での発表となりました』

 

雲が掛かりがちな青い空の下、行われる天皇賞春。

 

『5番メジロマックイーンの登場です!!天皇賞の盾は譲れないと帰って来た名優が勝ち取った1番人気、その期待に応える事は出来るのか!?そして2番人気は無敗の三冠ウマ娘、音速の追跡者、16番マッハチェイサー!!』

 

一番人気はメジロマックイーン、チェイスとはかなりの僅差での争いではあったが矢張り天皇賞春での人気は猛烈な物。繋靭帯炎を乗り越えての舞台、矢張り誰もが期待する。それはチェイスの連勝を越える程のモノ。矢張り最大の敵は彼女――だけではない。

 

『そして来たぞ3番人気、漆黒の髪を靡かせた黒い刺客こと9番ライスシャワー!!この天皇賞の舞台で再度の激突を行うメジロマックイーンとライスシャワー、メジロマックイーンはリベンジを果たすのか、それともまたライスシャワーが勝利を収めるのか!?』

 

チェイスの友人でもあるライスシャワー、彼女もこのレースに出走している。生粋のステイヤーで長距離であればある程に力を発揮するタイプのウマ娘、最強ステイヤーの名前を上げろと言われたら真っ先のこの二人の名前が上がる程。自分が勝つにはこの二人に勝たなければならない……だがそう思うと無性に燃えて来る。

 

「マックイーン先輩、ライスさん。本日は宜しくお願い致します」

「ええっ此方こそ。同じチームですが手加減は致しませんわ、正々堂々と戦いましょう。ライスさんも貴方と走れる日を楽しみにしておりましたわ」

「ライスも、だよ。またマックイーンさんと走れて嬉しい……だから、ライスも精一杯走るからね」

 

礼儀正しく挨拶をしつつも互いに闘志を燃やして行く、それは何もウマ娘達だけではない。

 

「―――天皇賞春、最もGⅠレースでは距離が長い」

「如何した急に」

「マッハチェイサーが今まで走った中で最長距離は菊花賞の3000m、だがこのレースでは200メートル長い3200m。しかも相手にはあのメジロマックイーンとライスシャワー、最強のステイヤーのタッグと言ってもいい。幾ら無敗の三冠ウマ娘と言っても不利と言わざるを得ない」

「確かにな」

 

それを見守る観客たちも同じだ。誰が勝つのか、マッハチェイサーが無敗の記録を伸ばすのか、それともメジロマックイーンが意地を見せて再び盾を得るのか、それら二人をライスシャワーが捻じ伏せるのか。本当にどうなるのかドキドキが止まらない。

 

「うううっ~……」

「オルフェ大丈夫か?ほれ水飲め水」

「有難う御座いますゴールドシップさん……何か緊張しちゃって……」

「おいおいおいお前が緊張したって何も変わらねぇんだぞ?」

 

それは分かっている、だけど緊張せずにはいられないと言った様子のオルフェーヴル。憧れのチェイスのGⅠの応援に来られた事は極めて光栄だが、相手も相手でとんでもない強豪揃い。勝利を疑う訳ではないのだが、緊張しない訳が無い―――疑う訳でもない、それでも心は騒めく。

 

『各ウマ娘、ゲートインが終了しました』

 

騒めく心が強制的に落ち着かせる、もう瞬き一つ許されない。もう始まるんだ……。

 

『今、スタートしました!!先頭を行くのは1番のクリスタルクイーン、その背後には8番ダイスロール、1番シャグダン。その背後にはメジロマックイーン、ライスシャワーが続きます』

 

メジロマックイーンの天皇賞3連覇と同じような展開、敢えてあの時と同じような走りをしているのかと思われながらも今度はそれを打ち破るのかそれともまたそれに敗れるのかと興奮が上がる中でチェイスはそれを遠い位置で見つめている。

 

『そして最後尾にはマッハチェイサー。静かに状況を見極めながら規則正しい走りをし続けております』

 

ド定番とも言えるチェイスの最後尾。流石に3200の長距離を大逃げ出来る自信なんてない、寧ろ何でメジロパーマーはこの距離を逃げ続けられたのか本気で思う。そのまま大歓声に震えている正面スタンド前を通過する。まだ誰も仕掛けない、メジロマックイーンもライスシャワーも静かにその時が来るのを待っている。当然チェイスも。

 

「チェイスさん頑張ってぇぇ!!!」

「行けえっチェイス!!」

 

スタンドの最前線で声援を送るオルフェーヴルとバジン、あの日から完全にチェイスに対しての態度が変わったバジンも大声を上げている事に思わず沖野も驚いてしまうが、同じように声援を送る。

 

『先頭は未だにクリスタルクイーン、1差でダイスロール、そこから2離れてメジロマックイーンとライスシャワーが続きます。2回目の第三コーナーの坂へと入ろうとしております』

 

「さあ、行きますよ―――マッハチェイスを開始します、ずっと……チェイサー!!」

 

『おっと此処でマッハチェイサーが一気に上がってくる!!』

 

坂では誰もがペースが落ちやすくなる、だがチェイスにとっては坂なんて得意中の得意。なんならこの坂の芝が重い状態だろうが関係なしに駆け上がる事が出来る。それを証明するが如く、どんどん順位を上げていって上位争いに食い込むほどに上がっていく。そして坂を上がり切った時に耐え忍んだウマ娘が動く。

 

『このままマッハチェイサーがトップに行くのか!?いや、此処でメジロマックイーンが仕掛ける!!ライスシャワーも動いた!!』

 

ゆっくり上がってゆっくり降りる、それがセオリーだがセオリー通りでは勝てない相手がいる。それが今の相手達だ。

 

「ずっと―――マッハ!!」

『メジロマックイーンとライスシャワー、クリスタルを一気に抜き去って先頭!!いやマッハチェイサーも来た!!やはりこの三人のウマ娘の争いだ、一気に三人が並び立ったぁ!!』

 

「頑張れマックイーン!!」

「マックイーンさぁぁあん!!」

 

名優を押す声。ライバルと自らを憧れとするウマ娘の声。

 

「行けっライス……!!」

 

黒い刺客を押す声。それは自らが破ったライバルの声。

 

「いっけえええチェイスぅぅぅ!!!」

「頑張ってぇぇぇ!!」

 

音速の追跡者を押す声。彼女に夢を見るウマ娘の声。

 

 

そのどれもが強く、同じだけ大きな声。どれが一番なんて優劣は計れない。どれも同じ力だけの力がある、そうなると―――

 

「はぁぁぁぁぁ!!!」

「やぁぁぁぁぁ!!!」

「だぁぁぁぁぁ!!!」

 

最後は意地のぶつかり合い、一番強い意志が最高の結果を引き寄せる。

 

『譲らない譲らない譲らない!!誰も抜け出さない!!いや抜け出せない!!マックイーンが伸びる、ライスシャワーとマッハチェイサーも伸びる!天皇賞春、栄光の盾を手に入れるのは一体誰なんだぁ!?』

 

ラストの直線に入っても誰も譲らない、チェイスは最後の切り札を切っても二人を振り切れない所か追い抜く事すら儘ならない。それでも彼女は諦めずに走り続ける、決して諦めない。それは二人も同じ、そのまま―――三人は同時にゴール板の前を通過した。

 

『ゴォォオオオオオル!!!三者入り乱れる大接戦のままゴールしました!!』

 

「「「ハァハァハァ……」」」

 

ゴール板を駆け抜けた彼女らに唯の一歩を踏み出す力さえも残っていない、唯その場で立ち尽くしながら荒い息で呼吸を整えようと必死になるのみ。次々とゴールするウマ娘達の姿見える中で、決着は写真判定による物だと言われる。一体誰が勝つのか、名優メジロマックイーンか、黒い刺客ライスシャワーか、音速の追跡者マッハチェイサーか。誰もがその結果を待ちわびる中で―――それは訪れる……のだが

 

「「「同着……!?」」」

 

そこにあったのは同着の文字。それもただの同着などではない、三人同時の同着。これまでに二人同時の同着は例があった、スペシャルウィークとエルコンドルパサーの日本ダービーはまさにそれだった。だが三人が一着の同着というのは殆ど聞かない。

 

「これは……凄い事に、なっちゃいましたね」

「全くですわね、新しい伝説を作ってしまいましたわね」

「でも、ライスは嬉しい、かな……だって三人一緒にウイニングライブで真ん中で踊れるんでしょ?」

「それは確かにそうですわね」

 

そう言われると同着も良いなと思えて来る。でもこうなるとライブのセンターはどうなるのだろうか、自分達が決めるのだろうか、それとも出走の番号順とかだろうか……そんな事を思いつつもチェイスは大歓声に溢れかえるスタンドを見つめながらも普段のポーズを取った。

 

 

「あれね……私と戦ってくれなかったウマ娘は、フフフッこっそり来日した甲斐があったわね。貴方にはお姉様と一緒に挑ませて貰うわね、ジャパンカップが今から楽しみね」



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107話

天皇賞春の終了によってスピカは次の事へと切り替わっていく。当然、クラシック路線を走っているメンバーの次の目標、即ち日本ダービーに向けての調整である。

 

「調子良さそうですね」

「ああ、お前とマックイーンの天皇賞がマジでいい刺激になってるみたいでな」

 

ターフを走り続けているキタサンブラック、サトノダイヤモンド、そしてオートバジンの走りには気合が漲っており期待を寄せるには十分な走りを見せ付けている。皐月賞でも十分に力を見せる事が出来た二人は今度こそと、打倒ドゥラメンテを掲げてダービー制覇を目指すバジン。チーム内でのライバル故にいい影響を与え合っている。

 

「ビルダーだって順調だからなぁ、いやぁ改めて前年度はすげぇ豊作だ」

「NHKマイルカップで一着ですからね」

 

そう、我が道を行くと言わんばかりにクラシック路線にティアラ路線をガン無視して出たいレースにのみ出る事を貫いているビルダーもビルダーで絶好調なのである。しかも次はジャパンダートダービーを狙っているとの事で本格的にアグネスデジタルの後継者を名乗る気が満々らしい。

 

「オルちゃんは如何します?」

「オルフェなぁ~……ぶっちゃけ、チェイスお前から見て如何思う?」

「二重人格者です」

「そうじゃねえよ!!」

 

「おうチェイス、なんか呼んだか!?」

「いいえ頑張ってと言ったんです」

「応あんがとな!!んじゃそれに応えてやるか、行くぜ行くぜ行くぜぇ~!!」

 

沖野のツッコミに反応しつつも応援されていると分かると直ぐに更に元気になって走り込みを再開するオルフェーヴル。二重人格と言いたくなるのも納得な変貌ぶりだが聞きたい事はそういう事ではない。まあチェイスも分かっているのか、素直に確りと答える事にした。

 

「真面目な話をしますとあの性格は一長一短かな、と思います。潜在的な物を全開にして走ってこそオルちゃんはフルスペックを活かせます。でもそこを上手く補強してあげないと崩れます、例え走っている最中でも」

「やっぱりか……ガッツもあるしパワーも相当な物、それを全開にし過ぎるの問題になる……ぜいたくな悩みだ」

 

別の意味での性格難というべきだろうか、普段は大人しい分スイッチが入ると潜在的な物が一気に爆発する。その爆発の方向性によっては思わぬ大崩れをするかもしれない。

 

「取り敢えずチェイス、お前も出来るだけ一緒に走ってやってくれ。経験を積ませてその方向がブレないようにしてやらねぇと」

「分かってますよ、可愛い後輩の為ですから一肌脱ぎますよ」

 

正直、彼女の為に一肌脱ぐのは悪い気分はしない。自分のファンというのもあるが、同じく追い込み型というの親近感が湧くし教える側としてもやりやすいのである。後趣味が同じというのもポイントが高い。

 

「……チェイス、キタノサトイモに勝ったから撫でて」

「その前にタオルとドリンクですよ」

「……撫でて」

「はいはい」

 

そんな内心が読んだと言わんばかりにやって来たバジンは頭を撫でて来る事を要求してきた、例えチームメンバーの前だろうが甘えるようになってきたバジン。シンボリルドルフに甘えるトウカイテイオーはこんな感じなんだろうな……と思いつつも撫でてやる事にする。

 

「にしてもバジン、お前変わったな……前はそんなことしてなかったろ」

「気にするな、私は気にしない」

「なんか清々しくなってるし……」

 

まあこれはこれで良いのかもしれないが……余りにも対応が変わりすぎているので戸惑いが止まらないのは致し方ない……そう思っていると遠くから此方を見つめているウマ娘が見えた。まるで宝石なように輝く美しい真紅の髪を靡かせているスタイル抜群のウマ娘、トレセン学園では一度も見かけた事がない。

 

「トレーナーさん、あの方見た事ありますか?」

「んっ……いや見た事ってマジかよ……」

 

沖野に話を振ってみると顔を強張らせて頬を痙攣させたようにピクつかせた。知っているのか?と思ったが沖野は硬直から解除されない、しかし視線を送っているとこっちに来てよ、的なハンドサインをして来た。

 

「どうやら私を御所望なようで、ちょっと行ってきます」

 

バジンは不満げな顔をするが、一度強く撫でてあげてからそちらへと向かって行く。バジンは不機嫌そうに鼻息を鳴らしてから硬直し続けている沖野の脛を蹴る。

 

「てぇなおい!!?」

「っるさい、何時までもアホ面晒し続けるよりマシでしょ」

「あたたた……ったくチェイスに向ける素直さを少しは他人に向けてくれ頼むから……」

「断る」

 

変わったのはチェイスに対する態度だけでそれ以外は全く変わっていないのだから……と思っていると視線で質問を投げてくる。

 

「あのウマ娘、知ってんの?」

「ああ、まあな……にしてもマジか……直接来るってこたぁ割かしマジって事だぜこりゃ」

 

 

「何か御用ですか?」

「先ずはお礼を言わセて貰ウね、突然のお誘イニ応えてくれテ」

 

自分へと掛けてくる言葉、日本語はやや片言だった。十二分に聞き取れるし流暢に喋れていると言ってもいいレベルのそれだが、どうやら海外からやって来たウマ娘である事が分かった。

 

「興味があっテ一度、話してみたかっンだ―――無敗の三冠ウマ娘とネ」

「成程……それでご感想は?」

「Amazing!!天皇賞春も見させて貰ったけど、最高ノレースダったワ。是非とも去年のジャパンカップでも貴方と走りたかったわ」

「もしかして、私と戦えないと言っていたウマ娘とは……」

 

微かに覚えている記憶、トウカイテイオーが会長からこういった話があったという事を聞いているがその本人が目の前の彼女という事になるのか。彼女は肩を竦めながらも鋭い瞳で此方を見つめながらも朗らかに笑う。

 

「だからこそ、今年ハ確リ戦いタイ。ジャパンカップには出る?」

「そのつもりです」

「Good!!楽シくナってキタワネ!!」

 

テンションが上がるのは結構だが、あくまで予定に過ぎない事を出来れば留意してほしい。菊花賞での怪我もあるし予期せぬトラブルが起こる事も十分にあり得るのだから。

 

「それで、貴方のお名前は?」

「Oh!!名乗って無かッタわね……My nane is―――トライドロン、宜しくねマッハチェイサー」

 

 

「ハイパービークルって異名を持つウマ娘だ。あらゆる距離を走破する奇跡の脚質と数多の技術(スキル)を駆使するアメリカ屈指の実力者だ」



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108話

正直言って考えていなかった訳ではなかった。自分の名前もそうだが、天倉町の知り合いにもライダーマシンの名前を冠する友人は居た。ビートチェイサー然り、そんな彼女曰くカブッちゃんことカブトエクステンダーにディケたんことマシンディケイダー。そんな知り合いもいるので何時か逢うかもしれないと思っていた。だが―――まさかその対象がアメリカのウマ娘だとは思いもしなかった。

 

「そんなに凄い方なんですか」

「凄いなんてもんじゃきかねぇよ、ダートも芝も行ける上に全ての走り方に精通してるんだぞ」

 

トレセン学園にもハッピーミークというウマ娘がいる。彼女も芝にもダートにも対応出来る上に全ての距離に対応できる奇跡のウマ娘と称されるが……トライドロンの場合はそれを完全に凌駕している。芝でもダートでも距離を問わず好走できるという、競走ウマ娘としてはなかなかの逸材ではあるが、これといった長所が無いのが欠点としてあげられている。だがトライドロンの場合はそれが無い。

 

「なんて言うべきかな……短距離なら短距離の技術(スキル)が、長距離なら長距離のって技術あるだろ?」

「はい。スピードやらスタミナの温存やらですよね」

「トライドロンは走るステージによって適した技術を繰り出してくるんだ、しかも大量にな」

 

ハイパービークルとも呼ばれる所以である。走るレースに合わせた技術を繰り出して自分の走りを強化してくるのである、短距離専門だろうが長距離専門だろうが関係なしに彼女は勝利をもぎ取ってくるのである。走れぬ場など無しと言わんばかり、その走りでアメリカのウマ娘の中でも最強格として真っ先に名前が上がる。

 

「とんでもないですね」

「だろ、凄い奴に目を付けられちまったな……まあ幸いなのが今年のジャパンカップって事か……去年はもっとやべぇからな」

「どんな方が居たんですか?」

「トライドロン以上のバケモンが居たんだよ。オペラオー包囲網的な事をされてそれを一瞬でブッちぎって圧勝するようなバケモン」

「何処のモンスターマシンですかそれは」

 

一体どんなウマ娘なんだ……と思わず思ってしまうのだが、その後に名前を聞いてチェイスは思わず納得してしまった。確かにそいつならしょうがないわ、寧ろ戦いを挑んだ事自体が間違いだわと諦めすら浮かぶ。

 

「そいつライドロンっていうウマ娘なんだけどな」

「ああうんしょうがねぇわそれは」

「何だ知ってるのかよ」

「ああいや、そうじゃないですけどなんか説得力というか……」

 

その名前を出されたらもう納得するしかないのである、というかそれが本当に現役じゃなくて良かったと安心してしまう。絶対に勝てないし勝ち筋があったとしても不思議な事が起って絶対に逆転されると自信を持って宣言できる。

 

「んで今は引退してトライドロンのトレーナー的な事をやってる。やりたい事は全部やり切った、だから次のやりたい事って言って今度はトレーナーだ、全く以てすげぇよ。その手始めに妹をって具合なのかね」

 

何でも一発でトレーナー試験に合格したとかで扱い的にはサブトレーナーらしいが、既に一流のような手腕を発揮しているという話まで出ている程に完璧すぎるウマ娘。しかしそう言った進路に進むウマ娘もいるのか……と警察官志望のウマ娘は思うのであった。

 

「というかトライドロン、さんのお姉さんなんですか」

「ああ。姉貴のライドロンみたいにトライドロンも今の所負けなしだ」

 

何というか、色んな意味で本当にとんでもない相手に目を付けられてしまったらしい。トライドロンだけでもお腹いっぱいなのにそのバックアップに時間さえも超えてしまうライダーマシンのライドロンが付いているなんて悪夢だろうか。いや実際に戦わないだけマシなのだが……。

 

「兎に角チェイス、ジャパンカップに出るつもりなら覚悟しておいた方が良いぞ。何も強敵はトライドロンだけじゃないんだからな、他にも来るだろうからな」

「分かってます、というかジャパンカップの心配をする前にまず宝塚記念の事を心配しないといけませんからね」

「応、そういう事だ」

 

ジャパンカップも大いに気になるのだが、今は宝塚記念に専念しないといけない。何せ―――宝塚記念にはゴルドも出るのだから。ヴィクトリアマイルを征して宝塚記念に望むつもりでいるのだから。

 

「ウチからもお前以外に今回はゴルシとハリケーンも出るから覚悟しとけよ、相手はゴルドだけじゃないぞ」

「ハリケーンは兎も角、ゴールドシップ先輩も一緒ですか……なんか恐怖を感じるのは私だけですかね」

「言いたい事は分かる」

 

流石にレースでは普段の奇行やらは出ないが、それでも不安になる気持ちは理解出来る。

 

「私は私で頑張りますが、それより先に日本ダービーが先でしょう」

「ああそりゃ解ってるし特別メニューも渡してあるから大丈夫だ」

「……サブトレーナー、まだ決まらないんですか?」

「……中々な」

 

疲れたような笑みを浮かべる沖野、大分大所帯になっているスピカ。流石に沖野一人ではチーム管理も辛くなってきたころなので理事長にもサブトレーナーをお願いしているのだが……普段から知れ渡っているスピカの奇行の影響で引き気味になっているのに加えて、自分という無敗の三冠ウマ娘が誕生してしまった事で色んな意味で敬遠されがちになってしまっている。

 

「なんか、すいません」

「いやいやいやチェイスが謝る事なんてねぇよ」

「肩ぐらい揉みますよ」

「……悪い頼めるか」

 

 

沖野トレーナー。ゴールドシップの奇行に巻き込まれて色んな意味で鍛えられていると言っても流石に限界が近くなっている模様。




良かったねチェイス、ライドロンとは戦わないよ。
彼女がサポートするトライドロンと戦うだけだよ!!

チェイス「どっちにしろ絶望的だよ!!?」


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109話

「トライドロンか……あの化物の妹か」

「知ってるんですねゴルドは」

「お前が知らなすぎるだけだ、あれらは酷く有名だぞ」

 

行きつけの喫茶店でコーヒーを嗜んでいる所、やって来たゴルド。久しぶりに顔を合わせる事になったのでトライドロンが自分の所に来たという話をしてみると矢張り彼女はトライドロンの事を知っていた。というか自分が全く知らなすぎるという事なのだろう。

 

「少しは知る努力をしたらどうだ」

「だって海外挑戦とか如何でもいいですし」

「ジャパンカップがあるのだからせめて知っておけ……やれやれ」

 

そう言いながらも肩を竦めるゴルド。そんなに自分は物知らずだろうか、別にいいだろうと思うが……せめてエルコンドルパサーが挑戦した年の凱旋門賞位は調べるか、と思った。尚、本当にその年の凱旋門賞しか調べなかったので最近のことは全く調べなかった。

 

「しかし厄介だな……トライドロンがジャパンカップに来るとなると相当に厄介だ……認めなくはないがアメリカにおける最強ウマ娘は紛れもない奴だ、まあ現役という条件を付けるがな」

「一番はライドロンでしょうね」

「ああ。奴の父親もトレーナーらしいが、噂だとマンノウォーのトレーナーだったという話がある」

「誰ですか」

「……面倒だから自分で調べろ」

 

この後調べて分かったが、マンノウォーはアメリカウマ娘界史上最高とされるウマ娘だという事が分かった。既に引退しているとの事だが、これ迄どんなに優秀なウマ娘が出て来てもマンノウォーを越える事は出来ないとされているらしい……ライドロンはそれに肩を並べる事が許されているという評価を受けているとの事。

 

「ライドロンが相手になるよりも遥かにマシだが……それでも厄介だ、極めて厄介だ」

「トレーナーさんも言ってましたよ、マジモンのバケモンだと」

「その評価は正しい。ライドロンが化物を超越した何かだとすればトライドロンはスペックがバケモンだ」

 

随分な評価な気もするが、これが妥当なのである。ライドロンは基礎的なスペックも狂っているが、それらを活かした技術も狂っている。誰が勝てるんだと言われる程の存在だった。トライドロンはまだマシ、基礎的なスペックは一流で技術は超一流。なのでトライドロンはまだ勝ち目は一応残されている。

 

「因みにどうやって勝ちます?」

「あ~……そうだな、私ならゴルドラン……いや無理だな、あのオーバースペック走法を真似るなんて私には無理だ」

 

あのゴルドが一瞬で諦めを浮かべる事にチェイスは衝撃を受ける。曰く、トライドロンの走りは常に何かしらの技術を発動させていると言ってもいい。身体のそれぞれの部位が技術を行使してそれらを全て集約して一つの走りにしているらしい、なので一つの走りに見えて実際は無数の技術を一つにした物なので幾らゴルドでもゴルドランでコピるなんてムリゲーなのである。

 

「そもそもだ、大量の技術を体得するのは分かる。才能あるウマ娘が時間をかけて努力を重ねて行けばいずれその領域にはたどり着ける、だが奴は違う。まだ発展途上にも拘らずに異様な技術を体得し加えて戦場を選ばん」

「何方か一つなら分かるんですけどね……デジタルさんも芝もダートも行けますし」

「ああ、お前の後輩にマシンビルダーがいるだろ。そういうのは偶に居るんだ、だが……」

 

努力する天才なんて生易しい物じゃない、天性の素質と肉体を持った類稀な努力する天才……というべきだろう。この位でないと表現出来ない。

 

「じゃあライドロンは」

「バグだな」

「そこまで言いますか」

「お前も一度レース映像を見て見ろ、私の気持ちが分かる」

 

まあライドロンだからその位の表現があっている……のだろう多分。

 

「しかしトライドロンか……お前も大変だったな」

「私も、と言いますと?」

「私にも来たんだよ、まあ私の場合はフランスからだが」

 

如何やら自分がトライドロンの訪問を受けたのと同じようにゴルドドライブも似たような事をされたらしい。しかもフランスとは……ライダーマシンでフランス関連あったっけ……と真面目に考えるチェイスだがゴルドは気にする事もなく続けた。

 

「お前もとんでもない相手が来ただろうが、私も私でとんでもないのが来た。しかもご丁寧にジャパンカップに来ると言ってな」

「もうトライドロンでお腹いっぱいなんですが」

「奇遇だな、私もだ」

 

ゴルドとしても自分の元に来たウマ娘の事で一杯だったのにトライドロンの事で加減しろバカと言いたくなった。まあチェイスも同じ気持ちだという事に胸を撫で下ろしつつも話し始めた。

 

『Bonjour jeune femme』

『フランス出身者か、ああ私に何の……え"っ』

『フフフッ何、君に対して挑戦状を届けに来たしがない怪盗さ。来たるジャパンカップにて勝利と君のライバル、マッハチェイサーを頂きに参上するというね♪』

『はっ!?何チェイスをだと!?おい待てどういうって何処行った!!?』

 

「えっ何、私狙われてるんですか」

「らしいな……取りあえず周辺には注意しておけ」

 

もう色んな意味で嫌な予感がしてきてしまった。というか怪盗と言われてチェイスは一つだけ、思いついたのだ。ライダーマシンではないのだが、確かに一人だけ該当するのがいると。

 

「そのウマ娘は凱旋門賞の勝利者でな、鮮やかな走りで勝利を奪い去る怪盗―――その名もウルトラルパン。此奴も化物と呼ぶのに相応しいウマ娘だ」

「何なんだ今年のジャパンカップは……修羅場か?」

「激しく同意する」




という訳で、ライダーマシンじゃねえけど怪盗がやって来る。

アルティメットルパン、改めウルトラルパンもジャパンカップにやって来る、しかも狙いはチェイス。


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110話

「遂にですね」

「―――うん」

 

―――日本ダービー当日。最後の調整は上々、キタサンブラックにもサトノダイヤモンドにも負けない。絶対に勝つというつもりで溢れ返っている。それでも緊張が溢れている、控室にも聞こえてくる程に溢れんばかりの歓声に心が揺れそうになっている。

 

「チェイスはどうだったの、ダービーは」

 

思わず聞いてしまった、無敗の三冠ウマ娘に。貴方のダービーはどうだったのかと。それに彼女は少しだけ笑いながら答えてくれた。

 

「私だって緊張しましたよ流石に、でもある人から言われたんですよ。難しく考える必要なんてない、自分らしく走ればいいだけだって」

「らしくかぁ……」

 

それを聞いても分からなかった、夢も無い自分の自分らしくって一体何なのだろうか。寧ろ自分がダービーを走っていいのかという考えすら出て来てしまう。上を見上げていた自分をチェイスは溜息混じりに抱き寄せた。

 

「ちょっチェイス!?」

「よしよし……大丈夫大丈夫、貴方は大丈夫です。私の自慢の後輩なんですから」

 

チェイスの豊満な胸に抱き寄せられて困惑する中で子供をあやすように背中を優しく叩きながらも頭を撫でてくれる、子ども扱いされているようで普段の自分なら怒る筈なのに酷く落ち着いて行くのが分かった、本当に心地良くて……暖かくて、落ち着くんだ……そんな思いに包まれると不思議と緊張なんてなかった。

 

「バジン、貴方はもう如何すれば良いかなんて分かってる。後はそれに徹すればいい、一生に一度しかないレースを走るんだから貴方らしく走ればいい。自分だけの走りをすればいいの、貴方の走りで―――勝てばいいんです」

「―――うん……ねぇチェイス、我儘言っていい?」

「好きな事を」

「……前に寝る前にやってくれたみたいにキスして」

「起きてたんですね、いけない子」

 

そう言いながらもチェイスはバジンの額に唇を落としてくれた。これが自分の勝利のお守りだ、これがあればもう自分は揺るがない。もう走り切るだけだ。

 

「もう、大丈夫。頑張れる」

「それならば良しです、それじゃあ―――そんな貴方にご褒美です」

 

そんなバジンへとチェイスはある物を手渡した。それを見てバジンは呆然としながらも見返す。

 

「先日認可が降りました、権力って奴も使いようですね」

「これって……」

 

困惑する自分にチェイスは最高にいい笑顔だった。そして気付けばバジンも笑顔になっていた。

 

 

『全てのウマ娘が挑む頂点、日本ダービー!!この大舞台で歴史に蹄跡を刻むのは誰なのか、本日此処東京レース場には大観衆が歴史的瞬間を刻みつけるのは一体どの蹄鉄なのかを目に焼き付けようと押し寄せております!!』

 

既に多くのウマ娘が地下バ道を通ってターフに姿を見せている、キタサンブラックとサトノダイヤモンド、そして前回皐月賞を征したドゥラメンテも同じく。ダービーに出る者にしか味わえない興奮をその身に浴びながらも今か今かと始まりの時を待っている。

 

「バジンちゃん遅いねダイヤちゃん」

「うん……何かあったのかな」

 

何処か不安そうな表情を向け合っているキタサンブラックとサトノダイヤモンド。今日まで必死に練習してきたライバルが来ない事に言いようのない不安を浮かべているのだが、そんな不安なんて意味がないと言わんばかりに地下バ道を通ってその姿を見せた。

 

『さあ此処で登場するのは5番人気の―――おっとオートバジンどうした!?パドックでは纏っていた勝負服を着ていないぞ!?これは完全な私服だ、どうしたんだ問題発生か!?』

 

姿を見せたバジンは纏っていた筈の勝負服ではなく、完全に私服だった。ジーンズに白いTシャツという何とも味気の無い女らしくない格好だ、そんな姿に観客はどよめきを見せる中でキタサンブラックとサトノダイヤモンドは思わず駆け寄っていった。

 

「如何したのバジンちゃん勝負服!?破れちゃったとか!?」

「そ、それなら大変!!ま、待っててね今お父様たちに連絡するから、こんな事もあろうかとスピカの勝負服のスペアを用意して貰ってるから!!」

「ンな事やってたのダイヤちゃん!?」

 

サラッというとんでも発言に驚愕した友人、だがバジンは酷く落ち着いていた。何も慌てていない、それは最大のライバルとも言えるドゥラメンテが近づいてきても同じだった。

 

「オートバジンさん、貴方なんのつもり。私達をバカにしてるの、それでも勝てるって言いたいの、ふざけないで」

「んな訳ないでしょ寧ろバカにされてるのはアタシ、ダービーを舐めてると思われてるなんて心外。皐月賞制覇ウマ娘も大した事ないね」

「じゃあその姿は何」

「唯の―――願掛けよ」

 

そう言いながらもバジンは腕に掛けていた何かを手に取った、それは銀色の―――ベルトだった。それを腰へと着けた。カチャ、という接続音が聞こえるとポケットから彼女が愛用しているのと同じガラケー型のスマホのようなデバイスを開いて突然番号を入力し始めた―――555と。

 

【Standing by】

 

同時に鳴り響く警告音にも似た高い音、それは全てのウマ娘の注目と大歓声を上げていた筈の観客たちを静寂にさせながら視線を集めていた。そうか、これが注目されるという事か、確かにこんな状態で最高のパフォーマンスが出来たらゾクゾクするだろう。あの人の気持ちが分かってきた気がする、だったら自分もそうしよう、あの人と同じように―――この中でカッコよく決めてみよう。あの日見たあの人の姿―――

 

『Let’s ―――変身!!!』

 

あれを見て、自分もと考えていた。後から恥ずかしいしバカバカしいと思っていたが好きなように言われてもいい、自分は今決めた。私の夢は―――あの人のようになる事、あの人みたいにカッコよくて胸を張って夢に走れるような立派なウマ娘になる事。だからこれは―――その第一歩だ!!!

 

 

変身!!

 

【Complete】

 

デバイスをベルトへとセットする。同時に流れた音声と共にベルトから伸びていく赤い光のライン、胸部、肩、腕、脚へと伸びていくそれらが全身へと伸び終わると眩いばかりの閃光を放ちバジンの身体は勝負服へと変じていた。

 

「わぁっ!!バジンちゃんそれってもしかして……!!」

「チェイスさんと同じ……!!」

「「変身ベルト!?」」

「アタシ、専用のね」

 

チェイスが渡したのは以前からクリムにお願いしていた専用ドライバー、ファイズドライバー。と言っても此方はマッハドライバーよりも仕組みやら機構が簡便化されているので大して時間は掛からなかった―――が、実はホープフルステークス辺りからお願いしていたのだが、渡すのが今日にズレこんでしまった。時間がかかったのはクリムがデバイスを普通に携帯としても使えるようにしたいと思って色々試行錯誤していたせいなのもある。

 

「どう、これでも舐めてるって言いたい訳?」

「―――いえ撤回します、倒すに値します」




「あいつ……俺の私服みたいな恰好で出て来た時はどうなるかと思ったぞ……」
「ホント、アンタみたいな不敵さだよね」
「るせぇ」


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111話

「―――チェイス、あれ欲しい」

「ウオッカ先輩浮気性ですね」

「人聞きの悪い事言うなよお前!?」

 

観客として見つめている面々の中で一際輝きの強い瞳でバジンを見つめていたウオッカは思わずチェイスに言った。まあその気持ちは分からなくもない。

 

「だってよ、自分で変身コード入力して音声流れて、待機音が出てきて其処で変身してそこでコンプリートだぞ!?カッコいい要素てんこ盛りじゃねえか!!」

「落ち着きなさいよウオッカ、本格的に迷惑になるわ」

 

それにはチェイスも強く同意せざるを得ない、丁度放送時期的にもガラケーが広まっていたしそれ故に自分も友達と一緒に変身ごっこをやっていた物だ。どのライダーに変身したいかと言われたら真っ先にファイズを上げる自信がある位には大好きなライダーである。そんなライダーの相棒の名前を冠しているのだからあれを送らなければ……と思って送った。

 

「父さん曰く、後4つあるらしいですのでその内の一つにします?」

「マジか!?」

「その内の一つは入力形式が音声認識ですけど、どうします?」

「音声、なんだすげぇそそられるぜ!!」

「盛り上がってないでバジンの応援しろよお前ら」

 

正論である、この話はまた後でしようと切ってからゲートインしようとしているバジンへと目を向ける。矢張り目を引いている、一番人気であるドゥラメンテを上回る程に目を集めている。当然だ、あんな事をすれば。

 

「バジン、貴方はこれを跳ね返せますか?」

 

『各ウマ娘ゲートイン完了、出走の準備が整いました』

 

ゲートインが終わり、歓声が静まっていく。間もなく始まるレースのスタートを静かに皆が見守っている、そして今―――

 

『スタートしました!!キタサンブラック、これはいいスタートを切りました。先頭はキタサンブラック』

 

良いスタートを切れた、そう思いながらも飛び出して行くキタサンブラックを見つめる。同じチームにサイレンススズカがいる身としては先頭を行く姿に憧れを持つのはウマ娘としては当然の事だろう、だが自分は自分だと思いながらも走り続けていく。

 

『サトノダイヤモンドから中団、アイアンスティール、クリンスマッシュの後ろにオートバジンが続きます。そしてその背後には皐月賞を征したドゥラメンテがおります』

 

背後にあいつがいる、自分が完膚なきまでに負けた彼奴が。だが気にするな、このまま行こう、とバジンはそのまま駆け抜けていく。外枠だったが外枠の方が得意な身としては有難かった。

 

『さあ第二コーナーを越えて間もなく第三コーナー。先頭はキタサンブラック、このまま逃げ切るのか。いや背後からも追い上げが始まっている、彼女の一人天下は此処までかもしれません。此処からは正しく頂点の奪い合いの大合戦であります!!』

 

「キタちゃん、勝負だよぉ!!」

 

『此処でサトノダイヤモンドが抜け出した!!スカイスリーボールを越えてキタサンブラックに並び立つ!!』

 

此処で仕掛けたか、とも思うが確かにもう仕掛け所だ。勝負のやり方が上手いと思えた、走りながら思うがどうして自分は此処まで冷静なのかと不思議だった。チェイスから貰ったこのドライバーのお陰なのだろうか、それとも―――御守りにくれたキスのお陰だろうか。まあ真偽は如何でも良いんだ、自分はこのダービーで―――

 

「全力で走るだけ、勝負だ―――!!」

「行かせるかぁ!!」

 

『オートバジン、いやドゥラメンテが同時にスパートを掛けた!!凄い走りだ、ぐんぐん上がって行きます!!最終コーナーへと差し掛かってキタサンブラック、サトノダイヤモンド、オートバジン、ドゥラメンテの競り合いだ!!ダービーの栄冠を抱くのは一体どのウマ娘なのか!?間もなく最後の直線だ、此処で勝負が決まるぞ、さあ誰が、誰が行くのか!!?』

 

「やぁぁぁぁぁ!!!」

「はぁぁぁぁぁ!!!」

「だぁぁぁぁぁ!!!」

 

絶叫、気迫の籠り切った叫びが上がる中でバジンは集中し続けていた。そして―――突如として世界から色が抜けていく。世界が凪いだ、自分の足音しか聞こえない。そして見えた―――ターフの上に見えた赤いライン、自分の勝負服に走っているラインと全く同じ物じゃないか……。

 

「―――行こう」

 

【Start up】

 

心臓がバカみたいな音を立てていく、そう思った時に身体の力が漲った。そう言えば―――もうあの地点(残り555m)を越えた頃じゃないかな……だからか、不思議と納得しながらもバジンはその身体に漲っていた力に身を委ねるとそのまま地面を蹴る、その時に見た。空気が歪むような加速をしながら駆け抜けていくバジンの姿を。

 

『―――!!?―――、―――!!!―――、―――――――!!!』

 

何かが聞こえるような気がしたが、自分の耳に届く前に自分が駆け抜けていた。何処まで走れるような気がした、このまま世界の果てまでも走れてしまうような気がした。心臓は地面を踏みしめる度により強く、音を掻き鳴らして血潮を加速させていく。それが何処までも気持ちいい、このまま―――

 

 

【3.0】

 

【2.0】

 

【1.0】

 

【Time out】

 

「ガァッ―――!?」

 

その途端に、全身に力が入らなくなった。さっきまでMAXスピードで走れていた筈なのに全く力が入らなくなって進めなくなった、息が苦しい、空気を、空気が欲しい……我を忘れそうになりながらも立ち止まりながらも肩で息をする。だが同時に思った。

 

「しまっ―――!!?」

 

ダービーで自分は何をやっているんだ!?だが全身を包み込むような異様な倦怠感で顔を上げる事も出来なかった、まるで過呼吸のような呼吸で必死に酸素を求める。同時に募っていく自責の念、何をやって……あれだけチェイスに応援されて、プレゼントまで貰っておいて……いい恥晒しだ……。

 

「バジンちゃん、バジンちゃん大丈夫!?」

「大丈夫だよ確り、ゆっくりゆっくり息して!?」

「キタノ、サトイモ……」

「んもうそれやめてってば!!」

 

気付けば、自分は膝をついた息をしていた。そんな自分を心配して二人が顔を覗き込んでいた。そんな心配をかける様な状態なのか、余計に情けないな……そう思っているとドゥラメンテが自分を見下ろしてきた。どうせこいつが勝ったんだろと思っていると彼女は爽やかな笑みを浮かべながら言ったのだ。

 

「負けましたよ、誰にも負けないと思ってましたのに思い上がりでした」

「―――ハッ?」

 

こいつは何を言っているんだ?と思わずそんな顔をしてしまった、負けた?こいつが?キタサンブラックかサトノダイヤモンドが勝ったという事なのかと思ってしまった。

 

「キタノサトイモ、どっちが勝ったの」

「えっ?いやもしかしてバジンちゃん気付いてないの?」

「何が……」

「ほらあれ!!」

 

サトノダイヤモンドが指差した先に目をやった。そこにあったのは―――一着に輝く自分の番号だった。

 

「アタシが……勝ったの?」

「そうだよ、バジンちゃんが一気に抜け出したんだよ?それで私が二着でキタちゃんが三着」

「堂々のスピカが独占だよ!!」

「全く、強かったですよ三人とも」

 

そう言われても信じられなかった。自分が、ダービーで勝った?本当に?呆然としていると漸く大歓声に気付いた、それは自分の名前を呼んでいたのだ。

 

『バ・ジ・ン!!バ・ジ・ン!!バ・ジ・ン!!』

 

自分の名前を呼ぶコール、それを聞いても理解出来なかったが―――不意に目を動かした時に見えたのは自分のお父さんとお母さんが大きな声で勝利を祝福してくれている姿だった。

 

「凄いよバジン~!!!流石~!!」

「良く、よくやったぞ~!!」

 

「―――そっか、アタシ、アタシ……っしゃあああああああ!!!!」

 

漸く挙げられた勝利の歓声、バジンは日本ダービーを征した事を受け入れた。勝者が感じる事が出来るそれを笑顔で浴びた。

 

「おめでとうございますバジン。見事でしたよ」



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112話

控室にて休んでいると扉が大きく開け放たれた。そこにいたのはバジンの両親だった。

 

「お父さん、お母さん―――アタシ、アタシ……やったよぉ!!」

「うん、うん本当によくやったわバジン……本当に、本当に……日本ダービーに勝っちゃうなんてぇ……」

 

入ってきた母、乾 真理は涙を流しながらも力強く抱きしめてくれた。進路をトレセン学園に向かうと決めた時に一番応援してくれたのが母だった、自分のレースには毎回毎回駆けつけて応援までしてくれた。そんな母の前で有終の美を飾る事が出来たのは本当に嬉しい、頭を何度も何度も撫でてくれて本当に心地いい。そんな中で仏頂面をし続ける男が控室に入り、少々乱暴に頭を撫でる。

 

「お父さん……」

「……お疲れさん」

 

如何にも不器用な感じが出まくっているのはバジンの父である乾 巧。普段から不機嫌そうな表情を浮かべていて人との付き合いは得意ではない、故か娘に対しても距離間が分からないのか余り上手く接する事が出来ずにいる。加えてトレセン学園に行くと決めた時に父は母と違って反対だった。

 

『夢もない奴がンな所行っても何も出来ねぇよ』

 

父の言葉は今思えば正しかったのだと思う。でも今は違うと思う、そんな自分の走りを見て父はどう思ったのかどうしても聞きたかった。

 

「お父さん、あの……アタシの走り……」

「まだまだだな。何だ最後の無様な姿、あれでダービーウマ娘とか笑わせるなよ」

「ちょっと巧!!」

 

何て言い草だと食って掛かろうとするが、直ぐにだけどと訂正しながら先程よりも強く強く頭を撫でる。そして少しだけ口角を持ち上げて笑みを作ってくれた。

 

「よく頑張った、本当によく頑張ったなバジン」

 

その言葉が何よりも嬉しかった、本当に嬉しくて……思わず涙ぐみながら強く抱き着いてしまった。

 

「イデデデッ!!?こんのバカ娘、自分の力の強さまだ分かってねぇのか!?」

「いいじゃない今日ぐらい♪」

「良かねぇよ!!」

 

父は怒り、母は笑い、娘は泣いている。そんな光景は酷く輝いているように見えた、そんな様子を開けられていた控室の扉に寄り掛かりながらも見ていたがこのままでは不味いだろうと扉にノックをして自分が来た事を知らせる。誰かが来た事に過敏に反応したのはバジンと巧、その様子はそっくりだった。何だかんだで親子だという事だ。

 

「チェッチェイス何時の間に!!?」

「今来た所です、このまま団らんさせてあげても良かったのですが……ダービーウマ娘への取材班が御待ちかねですよ」

「あっそ、そうだった!?い、今行くから!!」

 

バジンは父と母にまた後で!!と告げてから慌てながらも飛び出して行く、ああいう姿を見ると年頃の娘なんだなと思う。まあ自分とは色々と違うから当たり前か……と勝手に納得する中で此方に色んな視線を投げているバジンのご両親に目を向けるのだが……

 

「(いやうん、クリム父さんとかハーレー博士でもしかしたらと思ってたよ。でもマジでこうだとは思わんでしょ……)」

「あっあの、マッハチェイサーちゃんよね!?無敗の三冠ウマ娘の!!」

「はい。スピカでは一応バジンの先輩をやらせて貰ってます」

「話は娘からよく聞いてる、なんか迷惑かけちゃってるみたいだな」

「(たっくんじゃねえや、たっさんだ。すげぇ声渋い)」

 

「え、えっとサインとか貰える!?」

「おい顔合わせて早々にサインとか失礼だろ」

「喜んで、ファンサービスは私のモットーですから」

「ニュースで言ってたけど、マジでエンターテイナーなんだな」

 

妻のそんな要望にも当たり前のように対応するチェイスに一種の尊敬の眼差しを送りながらも、父親として聞いておきたかった事があったのでちょうどいい機会だから聞いておこうと口を開く。

 

「なあマッハチェイサーさんよ」

「チェイスで結構です」

「んじゃ遠慮なく。アンタから見たバジンはどんな感じなんだ。あのバカ、アンタの事はよく話すけど自分の事は全然喋らない」

 

バジンの性格からして確かに自分の事はあまり語ろうとはしないだろう。例えレースに勝ったとしても大した事無かった、マグレ、とかそんな風に言って誤魔化そうとするのが目に見える。褒められたいのだろうが恥ずかしくて中々言い出せないのだろう、特に父に褒めて貰いたいがこの性格の父には少し言いづらいのだろう。

 

「あいつはこのまま夢がないままでも走れるのか」

「巧……」

 

父として不安だ、自分にて夢を持てずに憧れで走っているあの子はこれからも走る事は出来るのか。夢と憧れを持つウマ娘では大きく違ってくる、日本ダービー制覇は見事だが……この先の世界に進んでも大丈夫なのか。

 

「夢を持つと時々すっごい切なくなるが、時々すっごい熱くなる……私も夢はありますけどそれはレースとは全く無関係の物です。それなのに私は此処まで来れてます、唯夢を持つ事だけが正しい事ではないと思いますよ」

 

警察官になりたい。そんな夢を持ったチェイスはこの世界に入った、彼女に力を与えているのは夢ではなく応援してくれている人たちの思いに応えようとしたから。だから夢=力とは思わない。

 

「私はレースに掛ける夢は皆無です、ですけどこんな私に夢を重ねてくれているウマ娘がいるから私はその夢を守る為に走ってます」

「夢を守る為に、走るか……あいつもそんな感じで走ってんのか」

「それは直接聞くべきですね、ご心配なのは確かでしょう―――でもバジンはこれからもっと伸びますよ、私もうかうかしてられないかもしれませんね」

 

そう言い残してチェイスはそれでは、と去って行った。後残されながらもその言葉を反芻して天井を見上げた。

 

「なあ、俺心配し過ぎか?」

「そうかもね、巧ってばバジンの事になるとムキになるから。木場さんに懐いちゃった時なんて暫く機嫌悪かったもんね」

「るせえ」

 

そんな事を言いつつも、彼の表情は洗い立ての洗濯物のように綺麗な物だった。




つう訳でうん、バジンのご両親です。

なんか潔癖症の人が迫って来てる気がしますけど、貴方には小説版の沙耶さんがいるでしょう。えっ嫌だって?ヤンデレはね、妥協点見つけて良い感じに受け入れるとね、楽だよ。


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113話

日本ダービーが終了した事で一つの大きな行事が済んだ……と肩の荷を下ろすには早い。何故ならば来月には宝塚記念、そして再来月にはジャパンダートダービーがある。沖野にとってはまだまだのんびりするには早い為に懸命にメニューの作成に勤しんでいるのだが……

 

「沖野さん、スカーレットさん達のメニュー構築終わりましたよ」

「悪い南坂、今度飯奢るわ。俺の行きつけでいいよな?」

「ええ、あそこのチキン南蛮大好きなので。あと取材の電話が来てます、5番です」

「またかよ!!これで何件目だちくしょ~!!」

 

臨時で南坂トレーナーが補佐として仕事を手伝う必要がある程に沖野は多忙になっていた。理由としては矢張り日本ダービーを征したオートバジン、だけではなく二着サトノダイヤモンド、三着キタサンブラックとスピカが日本ダービーの表彰台を独占した事も大きく関係している。その事を合わせての取材申し込みが殺到しており、チームメンバーのメニュー作成も覚束なくなってきている。

 

「しかし、去年のチェイスさんよりすごい事になってますね」

「あんの時はチェイスだけだったからな……」

「沖野さんも名実ともに名トレーナーですもんね、連続でダービーウマ娘を輩出したチームトレーナーとして」

「はいもしもし」

「邪魔しない方が良いですね」

 

加えて沖野個人への取材の申し込みもあったりするので、今までよりもずっと忙しい毎日を過ごしている。彼の机近くのゴミ箱には飲み捨てられた栄養ドリンクの空き瓶が多く捨てられている。

 

「失礼します。差し入れに天倉巻と天倉緑茶、後お弁当を作ってきました。時間を見て食べてください」

「……あっしまった昼飯の時間過ぎてる!?あ~もう駄目だ、一息入れようぜ」

「そうですね、チェイスさん有難く頂きますね」

 

そんな時にチェイスからの差し入れは心と身体を癒してくれた。

 

 

「態々すいませんでしたねビルダー、手間を掛けさせました」

「いえいえいえ寧ろご褒美でした!!」

「そ、そうですか……」

 

2000mのタイムを計って貰うのに協力して貰ったビルダーにお礼を言いつつも去っていく彼女の背中を追っていく。彼女だってジャパンダートが待っているのに済まない事をした、自主的に協力すると言ってくれたが遠慮するべきだったと今更ながらに後悔しながらもドリンクを啜る。

 

「……ハリケーンにゴルシ先輩か、ハリケーンはまだしもゴルシ先輩かぁ……」

 

次の宝塚記念での事を考えると毎回これにぶち当たってしまう自分が居る。ハリケーンは友人という事も会って別段緊張はしないのだが、ゴールドシップ相手だと如何にも緊張というか、不思議と力が籠るというか……頭陀袋で拉致しようと追いかけられた事がトラウマにでもなっているのだろうか……強ち否定出来ないと思いつつもダイワスカーレットとウオッカと共に模擬レースを行っているゴールドシップを観ながら彼女の強みを振り返る。

 

ゴールドシップの強みと言われたら……他のウマ娘と比べて常軌を逸した頑強な肉体の強さを活かした中盤からのロングスパート、通称ゴルシワープ。自分と同じ追い込み型の彼女だが、ワープしたかと見まがうような最後方からの高速の追い込みが圧倒的な強み。徐々にギアを上げてラストで爆発させる自分と長時間のスパートを掛けて一気にごぼう抜きをする彼女。

 

「ハリケーンには悪いけど、間違いなくゴルシ先輩との勝負にもなる筈……」

 

宝塚記念で注意すべき相手はゴールドシップだけではない、ゴルドも出走する。最大の敵が最低でも3人いる事になる。これを破るには……奇策に打って出るのもありだがこのメンバー相手に奇策で勝つなんて自信は毛頭ない。なので―――今まで通りの戦法を取りつつ、実力で捻じ伏せるしかない。

 

「……いや改めて怖いな、ゴルシ先輩怖すぎ」

 

問題なのはゴールドシップの土壇場での爆発力。スピカとして一緒に居て分かる事だが、彼女の爆発力は本当にエゲツないのである。対策として彼女のレース映像を見てそれは再確認させられた。ゴルシワープにどこ迄対抗出来るのかというのも焦点になってくる。

 

「おうおう如何した如何した~チェイス、今度アタシと一緒に走るからって緊張してんのか~」

 

考えこんでいる間に走り終わったのか、首にタオルを掛けながらも指で胸を突いてくるゴールドシップ。本当に抜群のプロポーションと神々しいまでの美貌を持つウマ娘なのに……何でこんな弾けているんだろうか。

 

「胸を突くのやめてください。ある意味では凄い緊張してますよ、ゴルシ先輩が変な事しないかとか」

「何だそんなに期待されちまったらやるしかねぇな~。アタシがウイニングライブで木魚ライブやってやるよ!!」

「やめてください、誰得なんですか。木魚とか他のメンバー何すれば良いんですか、虚無僧の格好でもして笛とか太鼓でも叩けと?」

「良いなそれ採用!!アタシが勝ったらチェイス虚無僧な!!」

「やっべ藪蛇だった」

 

益々負けられなくなってきた宝塚記念。ゴルドとの再戦以上にゴールドシップに負けられなくなってきたとはどういうことなのか。

 

「よ~しチェイス、これから出掛けるから付き合えよ!!」

「何処に行く気ですか?」

「決まってるだろ―――マグロ、ご期待ください」

「一人で行ってください」

「お前も来るんだよ」

「―――脱兎!!」

「逃がすかぁ!!」

 

この後、トレセン内でチェイスとゴールドシップのマグロ漁を賭けた勝負が繰り広げられる事になった。何度も捕まりそうになった結果、生命の危機を感じたのか全力で走り続けて何とか生徒会室に逃げ込む事に成功、偶然遊びに来ていたミスターシービーに泣き着いたという。そしてゴールドシップはというと……

 

「おっと、ゴルシちゃんは女帝に捕まる前にクールに去るでゴルシ。んじゃチェイス今度行こうな、バイビー!!」

「待てゴールドシップ貴様!!!今度という今度は逃がさんぞ!!!」

 

「シービーさぁぁぁん……」

「よしよし怖かったね、胸位は貸してあげるから。もう大丈夫だからね~」




尚、その日就寝していたのに何時の間にかマグロ漁船に乗っていた事に気付いて愕然とするチェイスであった。

「何、だと……!?私は確かに部屋で寝ていた筈なのに……!?」
「残念だったな、トリックだよ」
「うわああああああああああっっっ!!?裏切ったな、私の願いを裏切ったな!?」
「お前はいいチームメイトだけど、君が逃げた上に隙を見せるのがいけないのだよ。ハッハッハ!!」
「謀ったな、謀ったなゴルシ先輩!!?」


というやり取りがマ漁船の上で行われていたと、ゴルシ馴染みの漁師は語った。


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114話

「なあチェイス、お前新しい勝負服一切着ないよな」

「突然ですね」

 

控室に激励しに来てくれた沖野は勝負服姿のチェイスを見てそんな事を口にした。年度最優秀ウマ娘に選出された際に新しい勝負服が贈呈されているのにも拘らず彼女は一切それを纏わない。なのでURAから自分に連絡が来ていたりもする、何か不満があったりするのかと。沖野としては当人が着たい方で良いだろ、と思っているので何も取らなかったが一応聞いてみた。

 

「URAから言われたんだよ、何か気に入らないのかって」

「だってあんな露出の激しいドレスとか着ませんよ。趣味じゃないです」

 

新しい勝負服はドレス系。それだけなら着ていたかもしれないが露出が激しいので着る気にならないのである、あれの為に予備のシフトカーを使ってデータを入力するのもバカらしいとさえ思っている。

 

「後、あんなドレスでどうやってプロテクターを装着しろと?」

「あ~……成程、そっちが主か」

 

当初から安全面などに気を遣って勝負服にプロテクターを標準装備していたチェイスとしては礼服にしか見えず、レースで着るような物に見えない。まあゴルドなどのそれを否定する訳ではないが……警察官志望としてはあんな速度で走ってる訳なのだから身を守る事を考えてしまうのである。

 

「菊花賞での事もあるしな……分かったURAには俺が言っとくわ、そう言う理由だからって」

 

それを聞き終えるとチェイスは控室から出て行った、いよいよ宝塚記念。

 

『票に託されたファンの夢。思いを力にかえて走るグランプリ宝塚記念!!生憎の雨の影響で場は不良の発表となりました』

 

「これ以上強くなるなよぉ……?」

 

そんな言葉が呟かれる程に雨の中のレースとなった宝塚記念。雨は酷いわけではないが風もあるので雨粒が叩きつける様な形で身体に当たってくる、雨によって身体も冷える上に不良の発表、相当にタフなレースになる事が予想される。

 

『人気と実力を兼ね備えたトリプルティアラのゴルドドライブ!!今日は三番人気です。ヴィクトリアマイルを見事に制した女王はこの舞台でも力を見せるのか』

 

手を額に当てて傘代わりのようにしている姿が見えるゴルド。流石にこの雨の中での走りはあまり歓迎したくはないと見える。

 

『二番人気は無敗の三冠ウマ娘、マッハチェイサー!!ゴルドドライブと再度激突しますが、今日はどんな走りを見せてくれるのでしょうか』

 

この雨の中で一番平気そうな顔をしているのがチェイスだろう、何故ならばヘルメット込みでの勝負服なのだから。

 

『今日の主役はこのウマ娘を措いて他にはいない。ゴールドシップ!!一番人気です、このウマ娘が無敗の三冠ウマ娘を抑えつけての一番人気です!!』

『皆の期待が寄せられているのが良く分かりますね』

 

そう、一番人気はゴールドシップ。これ迄の宝塚記念で圧倒的な強さを見せつけているゴールドシップ、このウマ娘ならばチェイスの連勝を止めてくれるのではと期待するファンが後押しした結果が一番人気という結果に表れている。しかも―――彼女には宝塚記念の三連覇という偉業が掛かっている。いるのだが……

 

「おいチェイス、何でサングラスをかけているんだあいつは」

「ゴルシ先輩の行動に一々ツッコんでたら命がいくつあっても足りませんよ」

「そ~そ~。良い感じに受け流すのが長生きのコツ」

「ええっ……」

 

この雨の中で何故かサングラスを掛けて何故か決め顔をしているゴールドシップに困惑するゴルドにチェイスとハリケーンは彼女と接する上での心得を教えてあげる。が、長生きのコツだと言われて困惑の声しか出せないゴルドであった。

 

『さあ、最後にサクラハリケーンがゲートイン。各ウマ娘ゲートに入って体勢が整いました』

 

間もなく開始するレース。だが……妙にゴールドシップが騒いでいる事に気付いたチェイス、チラリと横目で見てみると……

 

「「負ける気がしねぇ!!ンだぁ真似すんな!!」」

 

と左隣と何やら言い合いのような事をしているのが見えた。お互いがお互いに叫んでいるようにも見えるが……取り敢えず自分は自分だと思って準備を整えてスタートに合わせた―――その時

 

『ゴールドシップの連覇かそれとも他のウマ娘が待ったをかけるのかってああっゴールドシップが立ち上がった!?出ない出ないゴールドシップが出ない、大観衆からどよめきが響いております!!』

「やっべっ!?」

 

隣のウマ娘と何やら喧嘩の一歩手前のようなやり取りをしていたせいか、ゴールドシップは思わず興奮して掴み掛ろうと隣のゲートへと乗り込もうとまでしていた。その影響で一気に遅れを取ってしまい、普段から最後方にいるチェイスよりもずっと後ろからスタートする事になってしまった。

 

「何やってんだゴルシィィィィイイイイ!!!?」

 

ゴールドシップと付き合いの長い沖野もこれには大絶叫。もう色んな意味で前代未聞の幕開けである。

 

「「キャアアアアア!!?」」

「ゴールドシップさん貴方何をやってますのぉぉぉぉ!!?」

「いやマジで何やってんだよ!?」

「連覇!?連覇掛かってんのよアンタ!?」

「―――擁護、不能……」

 

スピカからも悲鳴続出。アグネスデジタルと共に様々な活動をしてウマ娘には色々と寛容な精神を身に付けているビルダーも何も言えなくなっている。

 

「やっぱりバカだ、本当にバカだ……」

 

普段は注意されるであろうバジンのそんな言葉も、今回ばっかりは……誰も注意しなかった。




うん、このSS書こうと思ってた時から決めてたんだ、これやろうって。私の初競馬だもん、ゴルシの120億円事件って。

これこそ大事件ってね。

あと和服の会長きました。


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115話

風が強まってくる、雨が強くなってきているような錯覚を味わいながらも全身にぶつかってくる。雨は体温を奪って行く、だがそれにも負けずと走り続けているウマ娘達。そんなウマ娘に熱狂が渦となる―――と言いたい所だが今回ばかりは全く別の渦が生まれているのだから笑えない。

 

『マッハチェイサーの後方、5身離れた最後方にはゴールドシップがいます。まさかの事態を引き起こしながらも懸命に走っていますが間に合うのでしょうか』

『まさか過ぎる出来事でした、声を上げちゃいました』

 

この宝塚記念の連覇がかかっている筈のゴールドシップ、それが渦の中心。まさかの隣のウマ娘に食って掛かるという事をやってスタートを大きく遅れてしまうという事をやってしまった。故に観客からは様々な感情を乗せた声が漏れている。

 

「まだまだだぞゴルシ~!!」

「こっから巻き返せ~!!」

「真面目に走れよお前今回は~!!」

 

だが諦めや怒りの声よりも遥かに笑ったり応援する声が圧倒的に多いのである。それはまるで子供の運動会を見に来ている保護者のような和やかな雰囲気を出しながらも最後方で走っているゴールドシップへと声を送っている。これも彼女のカリスマ性が成せる業なのだろうか……

 

「マジかよお前~……」

「んもうゴルシってば……まあしょうがないな」

「ゴルシだしな」

『寧ろこっから食い付くのがゴルシだし』

 

「ゴ、ゴールドシップさんへの信頼が凄いです……」

「まあうん……あいつは別の意味でチェイス並みのエンターテイナーだからな」

 

感じた事もないような和やかで楽し気な雰囲気に包まれているのに目を丸くして辺りを見回しているオルフェーヴルに沖野は何処か諦観の表情になっていた。もうこうなったら手遅れだしやらせるだけやらせるしかない。

 

『先頭を駆け抜けるのはゴルドドライブ、逃げを打っておりますがこのまま逃げ切れるのか!?直ぐ後方にはサクラハリケーンがピッタリとくっ付いております!』

 

「逃がさねぇよ……!!アタシの跳びは流石のアンタでもコピれないでしょうしね!!」

「寧ろメリットがないわ」

 

先頭を走り続けているのはゴルド。チェイスが来る前にさっさと逃げ切ってしまおうという事なのか、ツインターボに負けたからなのかは分からないが先行から逃げに戦法を最近は変えてきている。それにピッタリと張り付いて行くハリケーン。分かった事だがハリケーンにとってはゴルドのゴルドランは怖くない。何故ならば―――彼女の切り札はスイッチの切り替えに跳躍が必要になるから。

 

「オラオラオラァ!!」

 

『サクラハリケーン激しくゴルドドライブを煽って行きます、これはかなり走りにくいぞ!!』

 

溜め込んだ力を解き放って跳躍、そこから着地で更に深く踏み込んでから一気に大加速するハリケーンの戦法は他のウマ娘にとってはリスクしか付き纏わない。なのでゴルドランでコピーされる心配はないとハリケーンは酷く強気であった。

 

「マジで貴方何なんですか……」

「うぉおおおマジでミスったぁぁぁ!!これも全部シャカシャカスイスのせいだ!!」

「っザけんなぁ!!」

 

と前から怒号が聞こえて来た。丁度前あたりにはゴールドシップと激しい言い合いをしていたエアシャカールがいた、彼女も彼女でゴールドシップ程ではないがかなりの出遅れをかました上にリズムが大いに狂ってしまって酷く走りにくそうにしている。

 

「だけどなっゴルシちゃんはこういうのは大得意なんだよなぁ!!」

「それじゃあ―――勝負しましょう、先輩」

 

『第四コーナーを過ぎて―――内だ!!内から上がって来たゴールドシップ、マッハチェイサー共に既に上位にいるぞ!!ゴルドドライブとサクラハリケーンを既に捉えている!!』

 

外から一気に上がっていくチェイスの背後にピッタリとくっ付いていきながら駆けあがっていくゴールドシップ。確かに大幅に出遅れた、今回のレース場は雨によって場が悪かった。だがそんなの関係ないと言わんばかりに悪路に強いチェイスと常識なんて知るかと吐き捨てるゴールドシップは一気に内を突いて駆けあがっていた。

 

「噂に聞くワープという奴か!?」

「膨らんだ隙を突かれてる!!」

 

既に射程圏内に捉えられていた二人は思わず焦った。チェイスが駆け上がって来る事は予測出来ていたがまさかゴールドシップまで駆け上がって来るなんて……あんな出遅れをしておいて、どういう走りをしているんだ!?とその焦りを二人は見逃さない。

 

「ゴルシちゃんを舐めんなよぉぉぉぉ!!!木魚ライブ絶対にやってやるぅぅ!!」

「ホントこの先輩怖いなぁ!!?」

「冗談抜きで命を危機を感じるのはなんでだ!!?」

「そのモチベーションで此処まで持ち直すこの人マジで可笑しい!!」

 

とゴルシ節全開のままとんでもない大混戦になった先頭集団。掲示板に乗る事も難しいと諦めていた者の予想を裏切る様にゴールドシップはそのまま力強く走り続けていく。後輩たちの後ろを取りつつも追い抜かんと迫り続けている、そんな先輩に色んな意味で危機を感じて三人はどんどんスピードアップしていく。

 

「ヒャッハァァァァ!!!」

「すいません、ハリケーンとゴルド―――身代わりお願いします!!」

「あっちょまってチェイスゥゥゥ!!」

「本気で待ってくれぇぇぇ!!」

 

命の危険を感じた事でリミッターが外れたのだろうか、チェイスは一気に加速して先頭に立ってそのまま逃げだしていく。そんな彼女に二人は懸命に走るのだが……背後から迫って来たねっとりした笑い声が身体を包み込んだような気がした。

 

「つぅかまえたぁ♪」

「「ヒィッ!!?」」

 

『マ、マッハチェイサー抜け出したっというよりもこれは逃げ出したというべきなのでしょうか!?サクラハリケーンとゴルドドライブもなんだか凄い形相で走っております!?これが連覇ウマ娘の覇気なのか、底力なのか!!?』

 

そのまま二人を飲み込んだゴールドシップはそのまま駆け抜けていった。そして―――

 

『ゴール!!一着マッハチェイサー、そしてあれだけの遅れを見せながらもゴールドシップ何とまさかまさかの二着ぅぅぅぅ!!!?』

 

「いやぁ惜しかったよな!!どこぞのシャカシャカの邪魔なければゴルシちゃんが勝ってたのにな!!」

「マジでそう思えるから怖い……」

「つう訳で、アタシに抜かれたそこの二人―――マグロ漁な♪」

「「なんで!!?」」




はい、という訳で宝塚記念でした。ゴルシ、木魚ライブやる為に頑張って二着。流石にあの遅れは致命的で無ければチェイスに圧勝してた模様。

因みに三着はゴルドドライブ。ハリケーンは五着に沈みました。尚、週末マジでマグロ漁船に拉致られた模様。

当時の事を思い出しましたが、なんというか……阿鼻叫喚でありながらも凄い和やかでもあったんですよね。純粋にゴルシを応援している人も大勢いたし笑っている人もいた。マジで運動会のような雰囲気もありました。

いやぁぁぁぁ!!!って絶叫とあちゃ~wwwってのが半々ぐらいでしたかね。尚、私の親父は絶叫側。確かゴルシに数万突っ込んだとか言ってたような……

興味ありましたら2015年の宝塚記念で検索してみてください。良くも悪くも競馬に興味沸きますよ。初競馬がこのレースだった私が保証します。


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116話

間もなく夏休み、そこでは恒例の合宿が行われるのだが幾らトゥインクル・シリーズに挑戦しているとはいえ学生でいる限り逃れる事が出来ない試練がある。期末試験。流石に赤点を取れば補習を受けなければ合宿参加は認められない。

 

「―――良し、今年赤点無し!!補習無しで合宿行けるな」

 

沖野の言葉に思わず全員がホッと胸を撫で下ろした。今回も何とか赤点を避ける事に成功したメンバーは特に胸を撫で下ろしている。

 

「因みにトップは―――テイオーとマックイーン、流石だな」

「フフン!!会長みたいになる為にはレースだけじゃ駄目だからね!!」

「メジロ家としては当たり前の事ですわ」

 

と胸を張っている二人はほぼ満点だった。流石の二人―――なのだが此処で抗議の声を上げるのはゴールドシップ。

 

「なんでだよ~ゴルシちゃんが一番だろ」

「普通は120点の答案なんか存在しねぇんだよ、何でプラス20点なってんだよ」

 

ゴールドシップは100点満点の試験で何故か120点のモノがあった。其処は普通に100点として処理されているが……それでもゴールドシップは3番手の成績な辺り流石である。

 

「チェイスも流石だな」

「有難う御座います」

 

チェイスもチェイスで普通に優秀な成績を修めている、警察官志望するだけあって其方も優秀で沖野としても一安心。まあ成績の悪い者に一言言いたい気持ちもあるのだが、苦しい試験を終える事が出来たのだから勘弁してあげる事にする。

 

「ンでお前ら、今回の合宿先なんだが―――今回はちょっと分ける事にした」

「分ける、ですの?」

「ああ、前半と後半にな。最初は山、後は海って感じにする」

 

今回も結構きつめのメニューになると前置きされながらの二段階形式の合宿にやる気をみなぎらせていく面々だが―――そんな時にチェイスを見る沖野。

 

「んで前半では―――チェイスの故郷の天倉町に行きます!!」

「えっ初耳なんですが」

 

まさかの合宿の舞台に選ばれる事になった天倉町に戸惑いの声が出てしまう。

 

「チェイスさんの故郷!?絶対に行きます、というか行かないと死んでも死にきれない!!」

「天倉町―――チェイスさんの故郷……」

「ゴクリ……」

 

とビルダー、オルフェーヴル、バジンは何やら興奮しているのだが、何故そこを選んだのかと疑問の声も上がる。寧ろそれは当然の事だろう。

 

「何だチームの予算ねえのか?」

「寧ろ余ってるレベルだわ」

「んじゃ如何してなのトレーナー?」

「普段通りに海での合宿も考えたけど、ワンパターンだし変化が欲しかったのも一つだ。んでまあこれは前以て言っとくか、天倉町での合宿ではチェイスの走ってるコースを走って貰う」

 

それを聞いて面々は少しばかり顔色を変えた。チェイスがトレセン学園に来るまでずっと走り続けて来た道の事は聞いている、初挑戦とはいえあのシンボリルドルフとエアグルーヴが苦戦したという山道、それを自分達も走るという事に様々な色が浮かび上がっていく。

 

「特に菊花賞を控えてるキタ達は気合入れとけよ」

 

そんな風に視線を向けられたクラシック挑戦中の三人は真剣な面持ちで頷いた。三冠を達成した先輩が走り続けていたという道を走る事で大幅なレベルアップが見込めるかもしれない。それを考えたら早く合宿に行きたい気持ちが生まれて来てしまう。

 

「オルフェーヴルは初めての合宿でキツいかもしれないけど……お前も三冠を狙ってるなら此処で張り切らない選択肢はないぞ?」

「はい、えっとチェイスさんみたいに頑張ります!!」

 

特にオルフェーヴルについては合宿中の出来上がり次第ではレースに出す事も考えている。今の状態でデビューさせても勝ちを狙う事も出来るだけの仕上がり具合だが、折角チェイスに憧れているのだから天倉町で特訓してモチベーションアップを図るのも悪くはないだろう。

 

「宿泊先については俺の方でチェイスの親父さんと相談してるからそこは安心してくれ。場合によっては寝る場所だけ別れるかもって事は了承してくれな」

「何だったらキャンプ形式なのも楽しそうだよね!!皆でカレー作って、テントを張るとか!!」

「あっそれ楽しそうですね!!」

 

とワイワイと楽し気な話になっていくが、沖野はそれはそれでありだな……と考えたりする中でミーティングを切り上げて皆にコースに行くように指示を出す。

 

「天倉町で合宿……楽しみではありますが少しばかり心配な気もしますね」

 

個人的には大いに楽しみではあるのだが、どんな風になるのか心配な面でもある。お嬢様であるメジロマックイーンやサトノダイヤモンドを連れて行ってもいいのだろうかというのもあるが……それ以上に自分の知っている良くも悪くも個性がスピカメンバーに負けず劣らずな先輩方が変な事をしないかという不安もある。

 

「ねぇねぇチェイスちゃん、天倉町にも天倉巻以外にも何か美味しい名物ってあるの!?」

「結構ありますよ。私の兄が作ってるお米もそうですし、天倉巻以外のお菓子もあります」

「どんなものがありますの!?」

「おうおうマックちゃんすげぇ食い付きぶりだな」

 

そんな不安は抱えているだけ無駄だ、と言わんばかりに先輩や後輩達から天倉町への質問攻めで考えている暇なんてなくなっていったのだった。



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117話

間もなく夏休みに入って合宿が始まろうという時、チェイスは久々の休日を適当に過ごそうと思っていたのだが……ある連絡を受けて肩を落としながら空を見上げていた。

 

「ハァッ……」

「どうしたんだチェイス、溜息なんて珍しいな」

 

そんな彼女を見掛けたのは生徒会長ことシンボリルドルフ、チェイスにしては珍しい表情を見掛けながら声を掛けるのだが無言で差し出されたスマホの画面にはゴルドからのチャットが飛んできていた。

 

【トレセン学園周辺に報道陣多数、今回はやめておいた方がよさそうだ】

 

それを見て全てを察してしまった。これも所謂有名税という奴だろう、ウマ娘として名が売れれば売れる程にマスコミからのそう言ったやっかみは増していくもの。早朝はほぼないと言ってもいいが代わりに最近は休日などには取材申し込みが非常に多い、先日の宝塚記念での勝利も大いに影響しているだろう。

 

「流石に草臥れるか、無理もないか」

「幾らなんでもオーバーです、エンターテイナーだからって無制限に取材を受けると思ってんですかあの輩」

 

かなり荒れている言葉からもチェイスは精神的にも疲労している事が伺える事に同じような瞳を向ける。自分も経験した事ゆえに気持ちは深く理解出来る。無敗の三冠ウマ娘、という意味合いでは既に自分を越えて勝ち続けている。何処まで行くのか、何処まで勝ち続けるのか、その先がどんなところにあるのかと誰もが気になってしょうがない。

 

「……」

「チェイス?」

「―――会長も私がレースで走り続けるべきだと仰いますか?」

 

 

その言葉に成程、其方だったのか……と納得しつつも直ぐには答えは出さなかった。それは宝塚記念でのインタビュー。

 

『本日の勝利おめでとうございます!GⅠの勝利は6勝ですね!!』

『これから先のレースの予定はどのように考えておりますか!?』

『このまま、シンボリルドルフを越える事が目標でしょうか!!?』

 

インタビューが毎回毎回凄い事になるのも慣れてきている自分が居るチェイスはびっくりするほどに冷静に対応する事が出来ていた。矢張り慣れているという事だろう、自分でも痛い程実感出来た。

 

『これからのレースは……そうですね、一応ジャパンカップを目指そうと思っています。その後は……全く考えてませんね』

『ジャパンカップ!!去年は菊花賞での怪我で出走なりませんでしたものね、その無念を晴らすという事でしょうか!?』

『いえ去年はジャパンカップに出るつもりとか欠片も無かったので無念とかないのです』

『さ、左様ですか……』

 

エンターテイナー故にインタビューは答えてくれるのだが……普通ならばある程度取り繕うであろう言葉を一切せずに本音をぶっ放すので記者としては少々やり辛いという相手として認識されているチェイスであった。沖野としてはもう少し手心を……と思うが、これがチェイスなので致し方ない。

 

『と、兎も角その先は如何しますか!?ドリームトロフィーリーグへの移籍も考えられますか!?それとも海外への挑戦なども感がられてますか!?』

 

そんな中で一人の記者が聞いた言葉、誰もが気になるであろうそれ。トゥインクル・シリーズのその先と言ってもいいレースの舞台、そこにいるのはシンボリルドルフやマルゼンスキー、オグリキャップと言ったウマ娘達が控えている。そんな彼女らとどんな走りをするのだろうか……と皆が思っている。

 

『……ドリームトロフィーか……』

 

それを尋ねられてチェイスは思わず上を見上げながら呟いただけで答える事はなかった。記者は何か不味い事を聞いてしまっただろうかとおろおろとしてしまっているので沖野が軽く肩を叩く。

 

『大丈夫か、疲れたか流石に』

『……いえ大丈夫です。私はあまり先の事を考えるタイプではないので、それだけが私の道とは思いません』

『そ、それだけとは!?では一体どんなレースを走るのですか!?』

 

チェイスはその問いに応えなかった。だが、沖野は何処かイラついているのように思えた、なので今日のレースの反省や休養もあるからチェイスの取材はこれまで似させてほしいと言いながら彼女の手を取りながら退出していった。そしてその最中に

 

『……走る事だけが、私の道じゃない』

 

そんな風に呟いていたチェイスに沖野は少しだけ胸が痛くなった気がした。

 

 

チェイスにとってトゥインクル・シリーズで走るという事は別段特別な夢ではない。彼女にとっての本当の夢は警察官になるという物、しかし周囲はそれを聞いた時必ず阻止しようと動くだろう。これ程の力を持ったウマ娘を簡単に引退させるなんて許す訳がない、それは記者の質問がよく現わしてるチェイスの価値。

 

「チェイスは如何したい、走るのが嫌になったか?」

「いえ、走るのは好きです。ですが私にも叶えたい夢はあります、それは走っているだけでは絶対に掴み取る事が出来ない物です」

「確かにな」

 

ウマ娘として走っているだけでは絶対に夢を叶えられない。シンボリルドルフもそれは分かっているしチェイスをスカウトしに行った身として、クリムとも話したので引退するというのであれば止める気はない。

 

「……でも、私を夢にしてくれているウマ娘がいる。その夢を私自身が終わらせていいのかなとも思います」

「オルフェーヴルにオートバジンだな」

「ええ」

 

自分の為にウマ娘としての走りを捨てる覚悟なんて出来ている、だけど彼女らは自分に夢を抱いている。それを終わらせる事になるのではと彼女は不安に思っている。

 

「チェイス、それは少し傲慢だぞ」

「傲慢、ですかね……」

「確かに君に憧れているのは確かだろうが、彼女らだって君の意志を全否定する事なんて望みはしない」

 

気持ちは分からなくはない。だが優先すべきは己だ、今は大丈夫かもしれないが他者を優先し続けて己を壊す事が一番の侮辱になってしまう。自分の夢を鑑みて現実と照らし合わせて道を定めて行く、それが夢と現実の決め方だ。

 

「……難しいですね」

「先人の役目として相談ならいくらでも乗ろう。生徒会室で話を聞こう」

「ではお邪魔でなければ……」

 

夢と現実の決め方、家に戻ったら父にも話してみようとチェイスは思いながらも歩きだして行った。不思議とその足取りは軽かった。



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118話

「到着っ~此処が天倉町だ」

 

そんな言葉と共に窓の外へと目を向ける面々。其処に映るのは典型的な田舎の風景、田んぼが広がっている中を通る道路には走る車は非常に少なく5分に1台ぐらいだろうか。農作業するお爺さんお婆さんの姿も多く見受けられるし都会の喧騒なんて存在しないと言わんばかりの穏やかで済んだ空気が広がっている。

 

「見てみてキタちゃん!!あそこあそこ、凄い綺麗な川あるよ!!」

「本当!!日本一綺麗な清流にも選ばれたっていうのもホントだね!!」

「素晴らしい空気のおいしさ……メジロ家の別荘を思い出しますわ」

 

お嬢様組にとっては何処か物珍しいのか、天倉町の景色に興味が尽きないらしい。普通の田舎の景色も楽しく映っている。

 

「此処が天倉町、チェイスちゃんの故郷。なんだか実家思い出しちゃうな~」

「そっかスペ先輩って北海道出身でしたもんね」

「でもなんかいい雰囲気よね。なんだかトレセン学園に帰ったらうるさく感じちゃうんじゃないかしら?」

「おっ~あそこに鮎がいるじゃねぇか!!塩で食うと上手いんだよな~」

「此処で合宿するんだね~凄い楽しみ!!」

 

スペシャルウィークを始めたとしたメンバーは純粋にトレセン学園との環境の差に既に順応しているのか、これからの合宿についての楽しみを浮かべつつも此処を楽しみたいと願っている。

 

「本当に静かでいい場所……此処で走ったらどんなに気持ちいいのかしら」

 

その中で相変わらずなのは矢張りサイレンススズカ。この環境で思いっきり走ったらどんなに気持ちいいんだろうな、という想像に胸を躍らせている。そして―――

 

「此処がチェイスさんの故郷……やっばっ聖地だ、拝んでおこう……」

「いや拝むか普通……?」

「チェイスさんが走ってた道、ワクワク……!!」

 

チェイスに憧れ、様々な感情を向けているウマ娘三人娘は純粋に天倉町に来れた事を喜んでいた。走っていたコースを走れるという事もあるが、それ以上に何かもあるだろう。そんな彼女らの声を聴きつつもチェイスは久しぶりの天倉町の空気を肺一杯に吸い込んでいた。

 

「やっぱ久しぶりだから気分いいか?」

「ええ。やっぱり此処が私の魂の場所です、私の走るべき場所は此処です」

 

そんな風に晴れやかな表情で言うチェイスに沖野は笑う。無敗の三冠ウマ娘がこんな表情でこんな事を言ったと世間に公表したらどんな反応が来るだろうか、そんなくだらない事を思いながらも車を走らせ続ける。取り敢えず向かうのチェイスの家、メンバーを分けるにしても取り敢えず天倉町でのお世話は任せてしまっているので挨拶は必要だろうと思って行くのだが……

 

「あれっ……なあチェイス、此処……だったよな」

「此処ですけど……あれ、なんかデカくなってる……?」

 

チェイスの案内で辿り着いた民宿をやっているチェイスの家、普通の家としても考えても広い筈の家なのだが……以前来た時よりも大きくなっている。広い一階部分から二部屋分のニ階があるのが特徴だったのだが……一階も二階も広くなっている、案内を間違えたかと思ってしまう程度には見違えていた。だがそれが杞憂だったと直ぐに思い知ったのは玄関から甚平を羽織ったクリムが現れたからだった。

 

「Hello there!!ようこそ、そしてお帰りチェイス」

「ただいまクリム父さんってそうじゃないですよ、なんですかこれ」

「ああ。改築したんだよ」

 

あっけからんと言ってのけるクリムにチェイスは何故に?と質問で返す、理由は単純―――ドライバーのせいだと。

 

「マッハドライバーの事でURAが色々突いてくるんだ、だからいっそと思ってハーレー博士と一緒に研究所を起こして此処をその本部にしたんだ」

「あ~……」

 

URAとしてもマッハドライバーの変身機能は異常の一言。長年勝負服を作って来たURA傘下の企業も再現不可能と言わざるを得ない、故かクリムを丸め込もうとする動きが多かったのでハーレー博士と共に研究所を起こしてしまったとの事。

 

「と言っても実質的な研究所の施設は私の部屋とハーレー博士専用オフィスだけで他は民宿で使う大部屋とかさ。それに、実は前から民宿としてのグレードを上げたいとずっと思っていてね」

「という事は……」

「Yes.スピカの皆様全員、受け入れる準備はとっくに出来ているよ」

 

お茶目にウィンクしながら笑うクリムの言葉に全員から喜びの声が上がった。致し方ないとはいえ別れる事は覚悟していたが、全員揃って泊まれるのは矢張り嬉しい物だ。

 

「そっかそりゃウチで面倒見れますよって言ってくれる訳だ。紹介をしてくれるって思ってたけど文字通り面倒見てくれるって意味だったのか」

「Exactly!さあスピカの皆さん、どうぞ中へ。我が家でどうぞごゆっくりと寛いでくれたまえ」

『宜しくお願いしま~す!!』

 

そんな声とともに荷物を降ろして入っていく皆を見つつもチェイスはすっかり大きくなった我が家を見つつ思わずこの改築にどの位掛かったのだろうか……とひっそりと考えていた。料理長として民宿の看板娘としてやっていた時は家計簿も付けていたので、其方も気になってしまった。

 

「ああ、お金のことについてはNo problem.これでも私は特許とかの使用料が結構入って来るからね♪」

「流石クリム父さん……でも一言言ってくださいよ……私の獲得賞金とかも出したのに」

「フフフッ娘の収入を当てにするほど、まだ落ちぶれていないよ」

「いえ改築するなら檜風呂を着けて欲しかったですから、その分自分で出そうと思って」

「着けてあるよ」

「父さんマジ最高愛してる」

 

娘の欲しい物を察せてこそ父親さ、と胸を張るクリムに沖野は流石だな……と素直に感心した。そして浮かれているメンバーに気を引き締めるように促す。

 

「ほらお前ら、荷物置いたらジャージに着替えろ。ストレッチと軽く動いたら早速チェイスのランニングコースに走りに行くぞ!!」



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119話

ランクSSを漸く育成出来ました記念で投稿します。

やっぱりスズカって育てやすいですよね、やっぱり彼女が№1!!


「んっ~……朝以外に走ったのは久しぶりですがいい物ですね」

 

真夏の太陽が燦燦と日差しを大地へと向けて放ち続けている、正直な事を言えば酷く暑いが此処は峠の頂上である為か風が常に吹いており汗をかいている身体に涼やかな空気を提供してくれる。それに身を委ねながらも自販機でℓサイズのペットボトルを纏め買いする。自販機で此処まで飲み物を買った経験なんてない、が今の自分には色んな意味で潤沢なので気にしない。

 

「飲み物買ってきましたけど……飲めます?」

「アタシは飲む~」

 

とゴルシが平気そうな顔をしながらスポーツドリンクを受け取って一気飲みしていく、矢張りこの人は身体の耐久度的な話で言えばウマ娘の中でも上から数えた方が早いんだろうなと思いながらも他のメンバーへと目を向けるのだが……

 

『む、無理ぃ~……』

 

日陰になっている草地に五体投地しながらダウンしていた。こうしてみると矢張り皇帝と女帝は凄かったんだなぁと、今更ながら思い知るチェイスであった。

 

「だらしねぇ~な、アタシがこんなに元気なのにお前らそれかよ」

「む、無茶言うんじゃないわよ……むしろ、何でアンタはそんなに元気なのよ……?」

 

とスカーレットから声が飛んできた。今日から始まった合宿、早速天倉町の洗礼というかチェイスが何年もやり続けて来た事を体験した面々はそのキツさに驚愕していた。最初こそ普通に走れていたが徐々に舗装状態が悪い川沿いの道に移行していくにつれて徐々に崩れ始めて行くものを感じ、そして遂に姿を現した峠の道……。

 

「ね、ねえチェイス本当に会長たちも此処、走ったのぉ……?」

「走りました、息こそ乱れましたがお元気そうでした」

「テ、テイオーさんそれは会長さん達だからだと思いますぅ……」

「同感、ですわ……」

 

峠の中を走っている山道、道路の状態もそこまで良くないのもあるが頻繁にカーブが牙を向いて来た。通常のレースではあり得ない程に身体を振られる上に当然のように勾配もきついので身体に掛かる負荷は通常の坂路トレーニングの数倍。

 

「こ、これがチェイスの強さ、の根源……!!」

「悪路、には強いつもりでしたけど……勝利の法則が、見えない……」

 

バジンもビルダーも流石に辛そうにしている、というよりもスピカメンバー全員が辛そうにしている。それを見て沖野は流石にキツかったかな……と思いながらも一番心配な者に目を向けた、オルフェーヴルである。一番下になる彼女にとって一番辛い筈―――

 

「ハァハァハァ……へっなんだこの位、全然、大した事ないじゃん……?」

 

なのだが、彼女は休憩所の壁に寄り掛かるようにしつつも立ちながらも強気な言葉を口にし続けていた。ゴルシを除けば一番元気な姿を見せている事に沖野も驚愕した。

 

「嘘でしょ……オルチャン、大丈夫、なの……?」

「こ、このぐれぇどうってこと、ねぇよ……!さあ、ダウンヒルに行こうぜ―――あの坂でスピード出したら気持ちいいぜ……!?」

「―――走ってみたいわ……!!」

「それで元気出すスズカ先輩って何なん」

 

バジンが思わずツッコミをする位には元気なオルフェーヴルモチベーションが分かりやすいようでわかりにくいスズカ。そんな面子にドリンクを渡している時に沖野はチェイスに尋ねてみた。

 

「車で来たけど、運転するだけでも割とキツかったぞ……一体何時からこんな所走ってるんだ」

「さあ……もう10年かもうすぐ10年かぐらいだと思いますよ」

「マジかよ……」

 

どちらにしろ約10年という事になるのか、ある意味納得がいく。こんな所をずっと走り続けたらそりゃ足腰は鍛えられるし体力も根性も付くはずだ。ミホノブルボンは長距離に対応する為に坂路を続けてあれだけの強さを得た、それと同じようにチェイスも坂路を走り続けた。だがその年月はブルボンよりも圧倒的に長い。

 

「こんな所を10年って……なんか信じられない……」

「でもここの走り込みがチェイスさんを三冠にしたって思うと納得しちゃうね」

 

それには皆同意だ。確かにこれなら強くなる、そしてここを走り切れるようになった時自分達は更なる高みに登る事が出来るという確信もある。此処を天倉町を合宿場所に選んだのもよく分かる。

 

「さてと……そろそろ下りますか。好い加減に下らないともっと暑くなって辛くなりますから」

 

それを聞いてゲッ~と声を出しつつも立ち上がり始める、大分回復してきている辺り流石スピカのメンバーだ。

 

「オルフェは俺と一緒に車で下るぞ」

「ンでだよ走れるっつの!!」

「焦るなってこの中じゃ一番経験が薄いんだから」

「チェ……」

 

不満げにしつつも指示に従って車に乗り込んでいくオルフェ。いざ走ると一気に気性こそ悪くなるが聞き分けが悪い訳でも無いので、何だかんだで指示に正当性さえあればしっかりと聞いてくれる。

 

「今日は日が高い時に走ってるが、明日からはこれを毎朝行う」

「ま、毎朝ですかぁ!!?」

「マジぃ……?」

 

毎朝にこれをやるのかと思うと酷く萎える……というか本気でやりたくない……。

 

「文句は言わない、その代わりにクリムさんに頼んで飯は豪華にして貰う事になってる」

「因みに朝は何時起きにします?私基本4時起きなんですか」

「……流石に6時ぐらいにしてやってくれ」

「朝日が見えないじゃないですか……分かりました、私4時起きで走ってから皆さんと走ります、これで良いですか?」

「いや、どんだけ朝日みたいんだよお前」

 

尚、チェイスは合宿中はマジで2往復を続けたのであった。



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120話

天倉町での合宿を引き続き行っているチームスピカ、盆地故の暑さもあるがそれに負けないように頑張るメンバーたち。近くには川もあるのでそこに泳ぎに行ったりもしている。そんなある日の事だった、早朝に共に走りにいったチェイスの姿が見えなくなっていた。それに気付いたバジンは辺りを見合し、沖野にその事を尋ねた。

 

「……トレーナー、チェイスは?」

「んっそこらにいねぇの?」

「居ない」

「えっチェイスさん居ないんですか?」

 

と、ションボリと尻尾が下がるオルフェーヴル。がそんな時に沖野はある事を思い出した。

 

「そう言えば、クリムさんから今日はチェイスを休ませてほしいって言われてたな」

「えっ何かあったんですか?」

「墓参りだそうだ」

 

 

山の中に作られた長い長い階段、それをまるで平地のように駆けあがっていくウマ娘、チェイスの姿がそこにあった。テンポよく、しかし極めて速いペースで登り切ったチェイスは息一つ乱す事も無くそのまま奥へと進んでいく。山にある神社、そこに参拝を行うと直ぐに傍にある山道を進んでいく。少し進んでいくそこにあったのは墓地……

 

「此処に来るのも久しぶりですね」

 

そんな言葉を漏らしつつもチェイスは持ってきたバックからタオルを取り出してそれを水で濡らすと一つ一つの墓石を丁寧に拭いて行く。墓参りをする時にはともに他の墓石も拭くようにしている、というのも此処に眠っているのは天倉町にいる人達、つまり自分を可愛がってくれた人たちのご家族もいる。何か都合があって来られない場合などは代わりにやってあげていた事もあるからか、もう習慣に近い。

 

「フゥッ……さてと」

 

全ての墓石を拭き終わると今度は線香に火を灯す、そして共にグラハムが作ったお米を供えて行く。一つ一つに手を合わせ続けて行く中、最後に向かうのは―――泊家の墓と刻まれている墓石、そう父と母の墓。

 

「遅くなって申し訳ありません。色々、変化もありましたので……」

 

彼女の口調は普段のそれよりもずっと柔らかくなっていた、それが本当の彼女……いや、泊 進之介と泊 霧子の娘としての彼女なのだろう。そう言いながらも父と母の好物だったお酒を置いておく。

 

「本当ならひとやすミルクを備えてあげるべきなのかもしれませんが……其方は自宅の方で供えておりますのでご勘弁してくださいね、それと私、トゥインクルシリーズで今走っている事を改めてご報告させて頂きますね」

 

前に帰省した時は自宅の神棚での話はしたけど、此方には顔を出せなかった、それだけが心残りだった。身体を休めることが主目的だったので致し方ないという所もあるのだが……

 

「三冠ウマ娘にもなりました、一応今も無敗を貫いています。と言っても私はこのままドリームシリーズとやらに進むつもりはないんですけどね、やっぱり警察官になりたいという夢を諦めるつもりは毛頭ありません、取り敢えず今年のシニアは走り切るつもりですが……その先は、如何しましょうかね」

 

何処か困ったような笑みを浮かべているチェイス、出来る事ならばこの言葉に応えて欲しいと思ってしまっているがそれは無理な話だという事は分かっている。それでもやはり聞いてしまうのだ。

 

「走る事は楽しいです、ハリケーンやゴルドと競い合うのは血が滾ります。ですけどそれはそれ、これはこれという奴ですね。ああそうそう、今年のジャパンカップというレースにトライドロンという凄いウマ娘が出るんです、アメリカ最強ウマ娘の妹さんらしいです。態々私と戦いたいとまで言ってきた方です」

 

様々な事を、この場で言う。クリムにも話した事でもあるが、やはり父と母に話すのとは違うと思ってしまっている自分が居る。そして一頻り話し終えると……瞳を揺らすのであった。

 

「夢を背負うって本当に大変ですね……お父さんとお母さんもこんな事を思っていたんでしょうか?」

 

自分に夢を抱き、目標として走ってくれているウマ娘がいる。そんな彼女らに為に自分は何かをするべきなのではないか、残すべきなのかがあるのではないだろうかと思ってならない。自分はまだまだ走れる、伝えられる事があるのでは……

 

「考えすぎかもしれませんが……夢を見せた者としての責務があるのではと思っています、きっと何かが……」

 

時折夢に見るのだ。バジンやオルちゃんと共にレースをする姿を、それはG1の舞台であり真剣勝負の場だった。予知夢なのかは分からないが、きっとそういう場面は来るのだという予感はある。少なくとも、この年の有記念でバジンと走る場面は回って来る。その次は……オルちゃんと走れる。

 

「ともかく、今年の有を考えるより先に天皇賞秋ですかね。見ていてください、私頑張ります―――応援、してくれますよね?」

 

何処か不安げな言葉を掛けてしまった自分に情けない差を感じつつも、荷物を纏め始める。そろそろ帰らないといけない……最後に頭を深々と下げると一旦神社に戻ろうとした時、後ろから肩を押されるような感覚に襲われる。

 

「うわっ……今のって……?」

 

まるで誰かに押されたかのような感覚だった。だが後ろには誰もいない、あるのは墓標だけ……まさかね……と思いながらも改めて帰路へと着くのであった。だが不思議とのその足取りは極めて軽く、今まで以上に速く走れている自分が居たのである。

 

「ただいま帰りました」

「あれ、墓参りは終わったのか?」

「ええもう大丈夫です―――さて、今日は御馳走にでもしますか」

「えっご馳走ですか!?」

 

ご馳走という言葉に反応するスペに思わず溜息を漏らす沖野、だがチェイスは一段と気分がいいように見えた。墓参りをする事でメンタルが切り替わったのだろうか……それともと思う中、チェイスは沖野に向けて言った。

 

「トレーナー、天皇賞秋に向けてのメニューお願いしますね」

「言われるまでも無いけどな」

 

様々な意味で万全な状態にさせてやると誓う沖野。それに満足気に笑いながらもチェイスは着替えを始めるのであった。




漸くこのSSのラストの構想が出来ました。

ラストは―――有馬に決めました。やっぱりラストと言えば有馬ですよね。


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