【完結】閃光と隼と風神の駆ける夢 (そとみち)
しおりを挟む

第一部 本当の出会い
1 別離と出会い


オニャンコポンに単勝ぶっぱしたので初投稿です。
前作 ハルウララ ~有馬突破のキセキ~ を読了してからの閲覧をお勧めします。
https://syosetu.org/novel/285729/


 

 

 

 ゆっくりと瞼を開ける。

 

 見慣れた天井。トレーナー寮の一室、3年前の自分の部屋。

 ついさっきまでそこにいた、3年を…いや、数百年を共にした、愛バはもうそこにはいなくて。

 大いなる喪失感と、しかし今回はそれを上回る達成感とともに。

 立華 勝人(たちばな かずと)は、新しい世界線にその意識を飛ばしていた。

 

 

 立華勝人は世界の理から外れている。

 ウマ娘を育てるトレーナー業を営む彼は、日本の中でも最高峰といわれる中央のトレーナー資格を持ち、中央トレセン学園に配属された期待の新人──で、あった。

 彼が正しい意味でその立場にいたのは、彼の主観からするともはや遠い遠い昔の話である。

 

 彼はトレセン学園で自分の担当のウマ娘とともに3年間のトゥインクルシリーズを駆け抜けて、そして世界の理から外れた。

 3年前に世界が戻るのだ。

 愛バと共に歩んでいく自分の背中を見ながらも、分かたれた意識だけが3年前の状況に戻される。

 そうして、また新しい、違うウマ娘(運命)と出会い、3年間を駆け抜けて。

 そんな世界を繰り返し続けていた。

 

「…また、戻ってきたか」

 

 ベッドから身を起こし、窓から外を見る。

 冬の朝日がまぶしく部屋を照らしている。今日もいい天気だ。

 どうやら、『俺』はまたこの時間に戻ってきたらしい。

 あのハルウララと共に歩むのは、どうやら俺の役割ではないらしい。

 

「しかし、見たかったな。ハルウララの単独ライブ」

 

 観客動員数はオンライン視聴者を合わせて50万人以上。

 有マ記念で1着となった俺の愛バ、ハルウララの感謝祭ライブが今にも始まろうといったときに、意識が分かたれ、こちらに飛ばされてきたのだ。

 これが残念と言わず何と言おう。

 

「…ま、いいさ。ウララと仲良くやるんだぜ、前の俺」

 

 誰に聞かせるでもなく、ひとり呟く。

 いいんだ、俺はやり遂げた。今の世界では誰も知らない以前の世界線で、ハルウララに有マでの勝利の光景を見せてやることができた。

 その事実が俺の胸の中にあるだけで、十分だ。それだけで俺はまた、これからもやっていける。

 この永遠の輪廻で、新しいウマ娘とともに頑張っていける。

 

 だって、俺はトレーナーだからな。

 

 

「さて」

 

 状況を整理しよう。

 今回戻ってきたのは冬の時期のようだ。窓を開けると寒風が部屋に入り込んできたことからわかる。

 時間は朝。多分始業前。そしてスマホを開くと、1月の2週目。

 つまり時期としては、新人トレーナーとしてトレセン学園に配属になって数か月といったところか。

 無人島で目が覚めたり、なぜか不良に絡まれながらの目覚めとかそういうのじゃなくてよかった。今回はハードモードではなさそうだ。

 

「ってことは、来月には選抜レースか…」

 

 この選抜レースは、新人トレーナーにとっては試金石を見つける重要なイベントとなっている。優秀なウマ娘と専属契約を結べることがトレーナーの才能、能力の一つとして間違いなく試されるのだ。

 もちろん今回の俺もこの例には漏れない。ほかの新人とは心構えは違うが、早い段階で担当がついたほうがいいのは疑うところではない。

 選抜レースまでに今の世界の情報を集めて、知識を蓄える必要がある。

 

 まぁ情報を集めるとはいっても、ウマ娘がいないとか、法律が大きく変わっていたりとか、そういう日常的な部分はほとんど変化はない。基本的にはどんなにループを繰り返しても、日本のトレセン学園に勤務するトレーナーという立場に変更はないのだ。

 

 ただし、1点、毎回ループするたびに大きく変化がある点がある。

 それはウマ娘たちのデビュー状況、およびレースの勝利の内訳だ。

 どのウマ娘がデビュー済みなのか、レースの勝敗、ドリームリーグまでいっているのか、まったくもってランダムなのだ。

 前回のループでは未デビューだったウマ娘が、次の周でドリームリーグに行っていることも珍しいことではない。

 多少の傾向はあり、マルゼンスキーやシンボリルドルフなどはすでにトゥインクルシリーズを駆け抜けてドリームリーグに所属していることが多いが、それだって絶対ではない。

 中等部1年生のダイワスカーレットがドリームリーグに入っているのにルドルフが未デビューなんて世界線もあったくらいだ。

 お前らの年代設定どうなってんの?

 

「…ま、考えるだけ無駄か」

 

 まずは見に行こう。

 そうして、もはや何万回も繰り返したであろう朝のルーチンで朝食と着替えを行い、勤務先であるトレセン学園へ出勤するのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「では、担当がついていないトレーナーの皆さんの今月のお仕事はこちらになります。来月には選抜レースがありますから、それまでに整えておいてくださいね」

 

 緑色を基調とした制服に身を包んだ駿川たづな──たづなさんから新しい業務内容を受け取り、まだ担当がついていない新人トレーナーたちの集められるトレーナー室の自席につく。

 ウマ娘が2000人以上もいるこの学園の、やらなければいけない雑務は多岐にわたる。

 担当がついていない新人トレーナーにはそれらの事務処理や雑務を片付けることも仕事に含まれるのだ。

 まだ業務に慣れきっていない新人にとっては、それなりの業務量をこなさなければならないこの雑務は、仕事を覚えるという意味でも手を抜けるものではなく、それなりの労務内容となっていた。

 しかし、だ。

 

(ふんばってやれば3日ってところか、これくらいの業務量なら…余った時間で情報集められるな)

 

 俺はマグカップに朝のコーヒーを注ぎながら、自分に割り振られた今月の仕事の一覧を見て、タスクを処理し終える時間を逆算した。

 俺に限っては、トレセン学園内の仕事で悩んだり困ったり、やり方がわからないなどといった新人あるあるに該当しない。

 なにせ数百回は3年間の勤務を繰り返している。

 その勤務歴およそ500年超1000年弱。

 文字通り、学園にかかわる仕事でわからないことなどない。

 

 なんならたづなさんの正体だって知っているし、彼女の好みのラーメン屋の味だって知っている。

 レースの出走登録の仕方やらウマ娘の賞金がらみの確定申告のやり方やら花壇の手入れの仕方やらだって知っている。

 もちろん、それぞれのウマ娘の過去や抱える夢、想いも。

 

 しかし、ループを繰り返し続ける俺の考えとしては、前の周回のことはそれはそれで想い出として保管しておきたい気持ちがあった。

 知識の糧として覚え続けていることはあっても、次の周回までその関係性を持ち込もうとは思っていなかった。

 いや、正確には、その関係性を押し付けるようなことはしたくない。

 

 ただ、ここ最近の数十回のループの中では、そう。たまたま、一人の少女と交わした約束を破った自分を許せなくて。

 たまたま、運命が彼女との契約を何回も繰り返すようになり。

 そうして、彼女がもし有マ記念への出走を望まなければ…それはそれで、と思っていたのに、毎回の周回で必ず彼女は有マを夢見て、目指して、出走して、涙を流して。

 最後にその涙を、約束通り笑顔に変えられた。ただそれだけの、俺たちだけの物語。

 

 ───閑話休題。

 

(まずは全生徒のデータを後でタブレットにダウンロードし直すか。過去10年のレース情報もだな。ついでに出版社の情報も確認して…んでもって貯金口座変えて…引っ越しもしないとな…)

 

 片手間に割り振られた仕事のうち、机の前でできる仕事を秒で仕上げながら、もう片手間にタブレットで生徒たちの現在の状況の把握に努める。

 トレセン学園の生徒の顔と名前なら、新しく地方から転校してきたりといったレアな生徒でなければほぼ完全に記憶している。

 その子たちがデビューしているかどうか、どんなレースを走ったか、勝敗は、怪我などしていないか。

 他にも自分の生活状況を一新して、ウマ娘を担当した際に一番効率的に指導できるような最適化を。

 特にループしたての今の時期ではやることが大量にある。仕事に慣れきっているからと言って、やることがないわけではない。

 俺のこの世界線での日常は、こうして廻り始めたのだった。

 

 

 約1か月後。

 選抜レースが始まるグラウンド、そのうちトレーナーたちがタブレットやバインダー片手に集まる中に、俺もいた。

 

 選抜レースは1か月間にわたって、1週間に1度、全4回実施される。

 それぞれの距離、芝とダートに分かれて、得意な距離を生徒たちが選んで出走登録をする。

 まだ担当のトレーナーがついていないウマ娘たちが、我こそはと己の脚をアピールするために所狭しと集まっている。

 彼女たちにとってもこれはチャンスであり、そしてこの機会を逃すと専属のトレーナーがいなくなりデビューすら危うくなる。

 そんな分水嶺、執念すら感じられるほどの逢魔(おウマ)が時であった。

 

 俺はそんな熱気が生まれるグラウンドで、見知った顔しかいない選抜レースの、全体をよく見渡し、眺めていた。

 勝ったウマ娘へはトレーナーが声をかけに行き、目標や得意距離など、スカウトの聞き取りを始めている。

 負けたウマ娘でうまく実力を発揮できなかった者には声をかけに行くトレーナーは少なく、与えられるものは何もない。

 そんな残酷なまでの実力主義のこの世界で、しかし俺は勝利したウマ娘に声をかけに行くことはしなかった。

 

(お、シャウトマイネームがまだ未デビューなんだな…頑張れー、伸びるぞ君は。今終わったマイルレースはカラフルパステルが1着か。マイル戦としては遅めのタイムだが…何人か声掛けに行ったな。その子のパワーはいいぞ…そして実は中距離のほうが得意だから頑張れ専属になるトレーナー。……うわムシャムシャが短距離走ってる!お前の適正は中距離だぞオイ!大丈夫か…?あ、長距離でグリードホロウが走ってる…対抗バもいないしあれは勝つな。彼女は長距離得意だったからな)

 

 ウマ娘も、また新人トレーナーも同じように、見込みのある相方を見つけんと目をギラつかせている中で、俺はのんびりと全体を見渡すだけにとどめる。

 強い子がほかのトレーナーの専属になるのであれば、それはそれでいい。

 しかし俺にとって、ウマ娘をスカウトする、という行為は、ただ早く走った強いウマ娘に声をかけて、などといったものではなくなっている。スカウトの重みが違う。

 

 遥か過去に世界の理から外れた時も、またそのあとの繰り返すループの中でも、俺は不思議と、運命的な出会いをしたウマ娘とともに3年間を歩むことが多かった。

 ふと気になって声を掛けたら縁が生まれ、その縁で担当になる…そんな、運命が導いたように出会ったウマ娘に、強く惹かれる。

 もちろん普通に声をかけて担当になったウマ娘もいるが、ほとんどは契約するまでに紆余曲折あってから専属になるケースだった。

 それはウマ娘からの声掛けであったり、神社にいったら逆スカウトされたり、椅子の脚が目前に飛んできたりなど、どんなきっかけだったかは多岐に分かれてはいたが。

 それでも、そういう出会いを繰り返しすぎて脳を焼かれている俺は、ただルーチンのように勝ったウマ娘に声をかけに行くのではなく、自分の中で声をかけたい、気になる、と強い感情が現れるまで、動くのを待つ傾向にあった。

 なんならこの選抜レースで絶対に担当を決めなければならないわけではない。その後だってチャンスはあるし、担当が見つからなければサブトレーナーとしてしばらく働いたっていい。

 今日の選抜レースだって4回あるうちの1回目なのだ。あと3回もチャンスがあるのに、焦ることは全くない。

 そんな時間遡行者特有ののんびりした心持で、ウマ娘たちがターフに描く煌めきを観察していた。

 

 

 だが想像していた以上に早く、俺の感情が大きく動く事態が発生した。

 

(今回もいいウマ娘がいっぱいいたな…ヴィクトールピストなんかはあれ、クラシック3冠目指せる素質があるぞ)

 

 すべてのレースに目を通して、有望なウマ娘たちが次々スカウトされていくのを穏やかな目で眺めながら、周囲のほかの新人トレーナーからは怪訝な顔で見られているのを全く気にせずに、のんびりとデータを入力していく。

 そうして、その日の最終レースが始まろうとしていた。

 芝2000m右回り。ウマ娘のトゥインクルシリーズのレースでは花形ともいえる中距離のレースに参加するべく、ウマ娘たちがゲート付近に集まっている。

 やはり中距離のレースで活躍する可能性があるというのは他のトレーナーにとっても注目度が高いのだろう。最後のレースということもあり、トレーナーたちは集中してそのレースを観察している。

 

 なお、その前に行われた中距離レースでぶっちぎりの1着を取ったウマ娘、ヴィクトールピストはいきなりそのトモを男性トレーナーに触られて蹴り飛ばすというひと悶着があったようだ。

 あの人(沖野)どの世界線でもウマ娘に蹴られてんな。

 

(最後のレース、出走バは…ナビゲートライト、バシレイオンタッチ…お、タヴァティムサがいるな…それと……っ、これは…)

 

 俺は最終レースに出走するウマ娘たちの名前一覧をタブレットで確認しながら、そこに見知った名前を見つけた。

 そのウマ娘は、過去に何度も練習を共にし、ハルウララやほかのウマ娘ともよく並走して、ともに助け合った仲間。

 これまでのループで何度も強敵として自分の愛バとGⅠの舞台で競り合ったライバル。

 黒鹿毛のボブカットに、彫刻のように美しい肉体と美貌。お菓子作りが趣味の、ドイツから来たウマ娘。

 閃光の切れ味を持つ末脚を武器に、誇りある勝利を求めて走る、彼女の名は。

 

「………エイシンフラッシュ」

 

 かつての仲間でありライバル。

 ハルウララと有マを競い合った彼女が、選抜レースに出走していた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

2 䙧んだ閃光

 エイシンフラッシュ。

 彼女には本当に、ここ数十回のハルウララと共に夢を駆けた世界線ではお世話になった。

 

 彼女は優しい。優しく、面倒見がいい。

 ハルウララの、ともすればもどかしく感じてしまうであろう並走なども、真摯な態度で付き合ってくれた。

 差しを主の戦法としていた彼女はハルウララが有マに至るまでのダート戦で勝つための差しにかかるテクニックをよく教えてくれた。

 彼女の、仲間としての、そしてライバルとしての存在が、ハルウララの有マ勝利に大きく貢献してくれたことは間違いない。

 

 そして俺は、彼女の強さを知っている。

 その冷静沈着な思考によるレース全体の俯瞰、位置取りの上手さ。

 最終直線からぐんぐんと伸びる、閃光の切れ味を持った末脚。

 中距離以上のGⅠレースでもなお3ハロン32秒台を記録する豪脚。

 

(……この選抜レースはエイシンフラッシュだな)

 

 よって、レース内容もある程度の予測ができてしまった。俺は誰にも聞こえぬつぶやきを漏らす。

 確かにほかにも有力バはいる。タヴァティムサなんて中距離レースなら重賞レースも狙えるほどの脚の持ち主ではある。

 だが、エイシンフラッシュでは相手が悪い。

 最終直線が長めに見積もられている今回の右回り2000mであれば、彼女に軍配が上がるだろう。

 デビュー前の今の状態でも、彼女のトモを一瞥すれば、すでに末脚を武器に持っていることが分かった。

 

 そうして出走ウマ娘たちがゲートインしていく姿を見守って、今スタートが切られた。

 ゲートが開くと同時に飛び出すウマ娘が数人。出遅れが3人、うち一人はタヴァティムサだった。

 そして出遅れの中にエイシンフラッシュは入っていない。

 

(決まったな…)

 

 未デビューのウマ娘としては上々なスタートを切ったエイシンフラッシュと、走って数十秒間で他のウマ娘たちの位置取りが自分が想定していた内容と大きく変わらないことから、この先の流れを俺はすでに予測していた。

 おそらくは中盤までエイシンフラッシュが足をためて先行集団を見るような形で走る。

 その間に牽制や威嚇などは飛んでこない。まだそのレベルに達している子はいない。

 タヴァティムサが頑張って位置を上げているようだが、スタミナも同時に消費してしまっているだろう。

 最終コーナーを回ってエイシンフラッシュの末脚が輝いて、差し切って勝利だ。

 

 俺はこれまでのループの中で…それこそ、何千何万ものレースを見て、いくつもの勝利を掴んできた経験から、ある程度レースの予測を立てることができる。

 もちろん、レースに絶対はない。

 トゥインクルシリーズのレースでは、勝った!と思った瞬間に限界を超えたライバルウマ娘に差し切られたことも何度もあるし。

 厳しいか、と思った瞬間に領域(ゾーン)に目覚めた愛バが勝利を掴んだことも何度もあった。

 

 が、今見ているのはデビュー前のウマ娘の選抜レースだ。

 目覚める領域も、超える限界もまだ持ち合わせていない、原石のままのウマ娘たちだ。

 選抜レースで領域なんか出すようなウマ娘がいたらそれはもうヤバい。

 

 だから、このレースはエイシンフラッシュの勝ちだ。

 そう、思っていた。

 

(…?位置取りが、後ろすぎないか…?差し集団の後方?追い込みに近いぞ?)

 

 エイシンフラッシュがさらに位置取りを後方に移したのを見て、俺は怪訝に思った。

 そこでは後ろすぎる。あの末脚があったとしても追い切れるか厳しい位置まで落ちてしまっている。

 すでにレースは中盤を過ぎて最終コーナーに入ろうとしているところだ。

 

 おかしい。

 エイシンフラッシュの末脚を、レース運びを知っている自分の目から見て、明らかにおかしい。

 特段、GⅠ出走の時の彼女と比べていたりといった話ではない。未デビューであることも十分に考慮に入れ、トモの太さから想定できる脚力を意識したうえで立てた予測をさらに下回る(・・・)走り。

 エイシンフラッシュは、明らかに調子を落としている。

 

(そういえば表情も…よくはない。走っているのを見る限り故障ではないが…すでに、疲れてる?)

 

 最終コーナーを走り抜けるエイシンフラッシュが、目の前を駆け抜けていく。

 その顔は、これまでに見たこともないような……苦悶の表情。

 泣きそうな表情だとさえ感じた。

 

「………何があったんだ、エイシンフラッシュ…」

 

 そうして、やはり最終直線でも閃光の末脚は発揮されず、前を走るウマ娘たちとの距離を僅かに縮めるだけに終わった。

 レースを勝ったのは出遅れを巻き返して返り咲いたタヴァティムサだった。彼女の巻き返しに何人かのトレーナーが目を光らせ、さっそく声をかけに行っている。

 だが俺は、走り終えた後の俯いて荒い息を整えるエイシンフラッシュから目を離せないでいた。

 

 彼女に声をかけるトレーナーは一人もいない。

 後方に位置してから、単純にスタミナ不足で落ちていったように見えて、最後も伸びない。そんな結果だけ見れば惨敗の状況に。

 俺は、大きく、恐ろしく感情を揺さぶられた。

 

(君は……君は、そんな顔をして走るウマ娘じゃないだろう…!!)

 

 俺は知っている。エイシンフラッシュの強さを。

 彼女の、勝利のために努力し、結果を出してきた強さを。

 たとえ親友と同じレースに出たとしても、不安を飲み込み、誇りある勝利のために手加減抜きの勝負を繰り広げた、あの閃光を。

 

 レース後、とぼとぼと校舎に歩き去るエイシンフラッシュの背中を見て、いてもたってもいられずにそちらに足を向ける。

 ついさっき、前の周回のことは今回の世界線に持ち込まないとかほざいていたが、あれは嘘だ。

 ここで追いかけなきゃ、俺という存在が嘘になる。

 

 彼女が普通にレースをして普通に勝ち負けをしたならそれでいい。

 けれど、今回は明らかに調子を落とした状態でなお出走し、惨敗している。

 あれだけ世話になったウマ娘が落ち込んでいる姿を黙って見送ってやれるほど、この数百年で精神的に大人になった(擦り切れた)記憶は俺にはない。

 とにかく声をかけなければ、と、彼女を追う脚は少しずつ早足になっていた。

 

──────────────

──────────────

 

 

「はぁ、はぁ………はぁ、は──」

 

 息がなかなか整わない。

 それに重ねて、何度も何度もため息が出てしまう。

 エイシンフラッシュは、誰もいない校舎裏に足を向けて、夕日に染まり始めた校舎の壁に背を預けて、天を仰いだ。

 夕暮れ時の綺麗なオレンジ色が、しかし今は色褪せたように彼女の感情を動かさない。

 

「負けた…私は、勝たなければいけないのに…」

 

 負けた。

 その言葉を口にしたことで、思わず涙がぽろり、と一筋こぼれてしまう。

 それを袖口で拭いながら…本当なら大ウロにでも叫びに行きたいくらいだが今は選抜レース直後で満員だろう。

 だから一人になれるよう、ここに足を運んだ……けれど、一人になったことで余計に、自分の弱気が、弱音が頭をもたげる。

 

 勝てなかった。

 本格化も迎えてこれからというところで、担当のトレーナーがつけばトゥインクルシリーズに出られる。

 そこで彼女は、トゥインクルシリーズの3年間で…誇りある勝利を得るために。日々努力をした。

 そんな中、両親が選抜レースが開催される今月末に、ドイツから日本へ私の様子を見に来てくれるという連絡が入った。

 

 うれしかった。

 高等部になって精神的にも大人になったつもりではいるけれど、それでもやはり異国の地で最愛の両親となかなか会えないというのは心細い。

 両親からその連絡がきたときに、エイシンフラッシュは素直に喜んだ。

 

 会いに来てくれる両親には、私の学園生活の…これから走るレース生活に向けた、最高の報告をしたい。

 私が選んだ、信頼できるトレーナーを紹介して、これから頑張っていく姿を見せなければ。

 そのためには、より一層の努力を。

 

「……足りないのでしょうか、まだ」

 

 エイシンフラッシュは、普段持ち歩いている自分の手帳を取り出してスケジュールを再確認する。

 ここ数週間は、以前よりもトレーニングの時間を増やし、かつ肉体的負担がたまらないように…自分なりに、スケジュールを組んだ。

 だが、調子を落としてしまって…いや、言い訳に過ぎない。これは私の努力が足りなかったのだろう。

 であれば、練習の時間をもっと増やさなければ。

 辛いなんて言っていられない。私は、両親に心配をかけたくないのだ。

 だから、何としても次回の選抜レースでは1着になり、トレーナーを──────

 

「──────エイシンフラッシュ」

 

 そんな、追い詰められた思考のループに入りかけていたエイシンフラッシュに、男性の声がかけられた。

 はっと肩を震わせて、声をかけられたほうを見る。

 そこには、どうやら最後は走って追いかけていたらしい、息を切らせた立華勝人の姿があった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

3 Alles auf einmal tun zu wollen zerstört alles auf einmal

タイトル訳:すべてを一度で済ませようとすると、一度ですべて壊れる。
~ゲオルク・クリストフ・リヒテンベルク~


 

 

 

「……?…あなたは、先ほど見ていた…トレーナーの方?」

 

「立華勝人だ。いや、俺のことはどうでもいい……君のことだ。今のレース、何があったんだ?」

 

 何があった、と急に言われてエイシンフラッシュは混乱した。

 このトレーナーは、先ほどのレースを見て、一位の子でも二位の子でもなく、私を追いかけてきたようだ。

 ……warum(なんで)

 

「何が、と、言われましても…走って、負けた。それだけのことですが」

 

 …少し声が冷たくなってしまっただろうか。

 とはいえ、負けたレース後の、気が落ち込んでいるときに不躾に質問をされたことに対して怒ってもいいはずだ。

 先ほどまでの自罰的な感情から、目の前の相手へ向ける怒りの感情に、少しずつエイシンフラッシュの感情はシフトしていく。

 一人になりたいときに、邪魔をしてきたこの新人トレーナーへと。

 

「違う。明らかに君は調子を落としていた……君の本当の走りはあんなもんじゃないはずだ。今日に至るまでにどんなスケジュールで練習していたんだ?」

 

 そんな声を受けてもなお、目の前のトレーナーはさらに距離を詰めて、感情のこもった声で迫ってきた。

 その感情の色が心配であることは、余裕のないエイシンフラッシュにも理解できる。

 だが、そんな声をかけられること自体に、エイシンフラッシュは心当たりがなかった。

 

「別に、特段のことはしていません。選抜レースに向けてより速く走れるように、自分で組んだスケジュールですが」

 

「それ、見せてくれないか?君ほどのウマ娘が、あれほど調子を落としていた理由がわからない。勝てる相手だったはずだ」

 

「……遠慮のない方ですね。こちらです、どうぞ」

 

 まくしたてるように自分を気にするトレーナーへ、しかし自分を買っている内容の評価の言葉が零れて若干の興味がわいた。

 興味1割、面倒9割で、エイシンフラッシュは自分が手にしていた手帳を開き、目の前のトレーナーに見せる。

 それを食い入るように、真剣なまなざしで見るトレーナー。

 

 ここで初めてエイシンフラッシュは、目の前の男性トレーナーの顔を、目を、正面から見た。

 それなりに整った顔立ちに、幼さの残る目元。しかしその目は、どこまでも真剣で、真摯に感じられた。

 冗談でも気まぐれでもなく、私と真剣に話をしているのだと、そう思える程度には…彼は、本気だった。

 スケジュールに目を通し終えたのか、顔を上げて、その真剣なまなざしがエイシンフラッシュを正面から見据えた。

 その瞳に見定められ、わずかに肩を震わせるエイシンフラッシュ。どき、と心臓が大きく一回拍動した。

 そして、

 

「──きみ、自殺志願者?」

 

 とんでもない言葉がその男から放たれた。

 

 

「……は、はぁ!?言っていいことと悪いことがあります!急になんてことをいうんですか!」

 

 その言葉でエイシンフラッシュは感情が沸点に達した。

 レースでの敗北、最近の調子の悪さも加味して、彼女らしからぬ大声で目の前のトレーナーと舌戦を繰り広げる。

 

「そうも言いたくなる!なんだこのスケジュールは…朝5時から練習して授業の合間にも練習して午後も練習して夜も自主練って。子供が持ってきたバイキングの皿か!」

 

「子供とは何ですか!選抜レースで勝つためにはより多くの練習をしなければならないのです!私には負けられない理由があって…」

 

「勝ちたいのはみんな一緒だ。けどこのスケジュールは多すぎる!まだ体の基礎ができていないこの時期に増やすにしたって限度がある!こんなんじゃ足に負担もかかるし休めなくて調子も落ちるってもんだ」

 

「っ、練習を多くしているのは理解しています!ですから練習後の朝と夜にそれぞれ13分ほどマッサージの時間を増やして、食事の量も増やして…」

 

「睡眠時間削ってるからマッサージも食事も効果が出ない!食事の内容ももしかして筋肉がつくようにタンパク質増やしてなんて話をしないだろうな?タンパク質を含む料理を増やすということは消化によくないものが増えるってことだ。胃腸も痛める。さらに筋肉痛をケアする休息時間も取れてないから悪循環だ。言ってしまえば無駄足でしかない」

 

「っ、く、う、ぅっ…!」

 

 舌戦はエイシンフラッシュの旗色が苦しくなってきていた。

 確かに、自分でもかなりきつめのスケジュールを組んだことは自覚している。

 だが、それを無駄足と切り捨てられ、言葉に詰まったエイシンフラッシュは、いろんな感情をごちゃまぜにした涙を一粒、ぽろりと零した。

 

「なら…、なら、どうすればよかったというんですか……!私は、勝ちたいんです!!愛する両親のために、なにより、私のために…!!」

 

 涙に乗せて想いが零れた。

 自分では、自分の立てたスケジュールでは勝つことが難しいと指摘されて、エイシンフラッシュの剥き出しの感情が吐露される。

 

 勝ちたい。

 けれど、どうすれば勝てるのかが、私にはわからない。

 怒りと無力感と精神的な疲労がごちゃまぜになって、涙が止まらなくなっていく。

 

 涙を流して俯くエイシンフラッシュ。

 ぽたり、と手帳に落ちる涙を見て、立華はやっちまったな、と内心で反省した。

 だが、ここでかける言葉は中身のない慰めの言葉でも、謝罪の言葉でもない。

 彼女が求めているのはそんなものではない。

 勝利なのだ。

 

 立華は、己の経験…それこそ理を外れた経験からくみ上げた、今の彼女に向けた言葉を口にした。

 もちろん、エイシンフラッシュが興味を引いてくれるように、最初は彼女らしい伝え方で。

 

 

「……まずは痛めつけた筋肉が回復する時間が必要だ。現在の君の脚を見る限り、おおよそ52時間から55時間。休息のための睡眠時間は22時から8時間程度が望ましい」

 

「……え?」

 

「今日は部屋に戻ったらとにかく足をマッサージすること。13分といわず25分から30分はやってほしい。大腿筋周りを重点的に足首の柔軟も忘れずに。君の脚は君が思っている以上に疲労している。睡眠時間はさっき言った通り、眠りが浅くなりそうならトリプトファンを多く含む食べ物をとるべきだ。納豆は好きかい?栄養バランスが極めて優れた食品だからよかったら今日の夜にでも食べてくれ。で、起きてからまたマッサージだ。前日の夜にしっかりと足回りをマッサージしていれば朝には筋肉痛が顕著に表れるころだろう。その筋肉痛が日常生活を営む中で完全に抜けるまでそこから40時間程度はかかる見込みだ」

 

「………えっと、あの?」

 

「その時間は走ることはせず、レースの研究時間に充てよう。後で俺から君に参考になるレースのデータを送るよ。LANEやってる?フォローするから」

 

「あ、はい」

 

 唐突に自分のスケジュールをリスケされ、なおかつ内容が非常に耳触りの良い(・・・・・・)…時間まで指定された論理的なものだったことに、エイシンフラッシュの感情はフリーズした。

 フリーズしたままに促され、エイシンフラッシュがウマホのLANEの画面を差し出し、それをトレーナーがタブレットで読み取りフォローする。

 

「ありがとう。ついでに筋肉痛が回復するまでの食事メニューも夜までには送っておくので参考にしてくれ。筋肉痛が抜けるであろう55時間後からは改めて肉体的なトレーニングも再開するべきだが足への負担がかかる練習はまだ避けるべきだ。というより君はすでに未デビューのウマ娘の中では断トツに早く走れる脚をもっている、なんなら走るトレーニングは一切中止にしてもいいくらいだ───」

 

「あ、の?トレーナーさん?」

 

「───焦る必要はない。早く走れるその脚力を地面に伝えられるように体幹トレーニングを中心に組もう。また同時にメンタル面のケアもしたほうがいい。次回の選抜レースは参加せずに土日で好きな時間を過ごして気分転換をしてみよう。気分転換による精神的な安定はレースに影響が出ることは数々の論文が証明している通りで───」

 

「……………………その」

 

「───来週からの練習には温水プールをとりいれるべきだな。あれは足への負担が少なく、かつ水の中で足を動かすことで拘縮した筋肉をほぐす効果も得られる。特にこの時期は大きなGⅠも少なく選抜レース前ということもあって君のように走りたがるウマ娘が多いから予約も問題なく取れるだろう。今週中には申請をしておいてくれ。監督官は教官に依頼すればやってくれる───」

 

「……………………………その、トレーナーさん」

 

「俺なりに君のスケジュールをここ3週間分は組んでみるが、足を酷使しないことや練習量自体を増やさなければある程度自分でも組みなおしてみてほしい。3週目のレースに出走するかは君次第だけど、そこまでやっても君本来の完調の状態には戻っていないだろう。個人的には4週目でのレース出走をお勧め───」

 

「─────────トレーナーさん!!!!!!」

 

「したァい!?んがっ…!な、何かな…!?」

 

 

 まくしたてる立華の言葉に、あっけにとられて──いや、内容は聞いており、大変参考になるものでもあったが──止まらないそれに、エイシンフラッシュが大きな声を出す。

 耳元でウマ娘の声量を直に浴びた立華はその衝撃を食らって一旦言葉を区切った。変な声は出たけど。

 

 大声で目の前の、すでに認識は「ヤバいトレーナー」となっていたその男のスケジューリングを止めることに成功したエイシンフラッシュは、はぁああ、と大きなため息を出した。

 …いつの間にか、先ほどの怒りやら何やらが霧散していた。

 いや、一度思い切り吐き出せたからなのかもしれない。そこに情報を洪水のように渡されて、さっきまでのイライラするような不安はどこかへ流されて行ってしまった。

 

「……大変、参考にはなりました。ですが、私はまだわからないことが一つあります」

 

「ん、どこの部分だろう。根拠つけて説明してもいいけど」

 

「説明のことではありません!…いえそれも後で確認させていただきますが、それよりも……」

 

 そう、説明の内容ではないのだ。

 エイシンフラッシュが今持っている疑問、それは。

 

「───なぜ、私のことをそんなに気にかけてくださるのですか?」

 

 その一点に尽きた。

 なぜ、どうして私に?

 調子を出せず、先ほどのレースも8着と下から2番目、何もいいところも見せられなかった私に。

 

 その問いに、ふむ、と立華は思考する。

 ぱっと思いつく理由は簡単だ。彼女をこの世界が始まる前から知っていたから。

 もちろんそんなことを口にするつもりはない。これ以上彼女を混乱させたら宇宙に思考が飛び立つことは明白だ。スペースフラッシュの誕生である。

 だから適当な理由を作ってそれを言葉にしてもいいが……それは躊躇われた。

 

 なぜなら、それは嘘をつくことになるから。

 ウマ娘に対して真剣にかける言葉に、嘘を混ぜたくない。

 それは信念を超えて呪いになりえるレベルで、立華の性根に刻まれていた。

 その言葉の責任を取るために、何度でも、何度でもやり直したほどに。

 

 だから、今の自分の気持ちで嘘ではない思いを伝える必要がある。立華は少し思考の渦に沈む。

 そもそも、エイシンフラッシュが心配でついてきたのだって、彼女があまりにも調子が悪そうにしていたからだ。

 これが調子を崩さずに普通にレースを走っていれば、懐かしむことはあってもここまで世話を焼いてはいない。

 だから調子が悪かった君が気になって……いや、これだと弱いな。他のウマ娘だって調子を崩しながらも選抜レースに出走していた子もいる。

 であれば更なる理由…そもそもエイシンフラッシュがまず目についたことからか。彼女の末脚は本当に素晴らしいもので、見ていて美しさすら感じるほどだ。

 まだ鍛え切っていない状態の今の彼女の脚を見ても、明らかに末脚に使う大腿四頭筋が発達している。もはや生まれ持った才能なのだ。

 今回は不運にも調子が悪くほかのトレーナーの目には留まらなかったが、彼女が彼女らしく走れていればそれこそスカウトなど選り好みできるほどに集まっていたはずだ。

 

 ふむ。

 つまり俺は。

 そんな「一目」でわかるほどの「惚れ惚れする」くらい素晴らしい末脚を持つ彼女が、理由もわからず調子悪そうにしてたから追いかけたわけだ。

 これをシンプルに表現して伝えればいいな。よし。

 

 

「君に一目惚れした。そんなウマ娘が、調子を崩して走れてないのを黙って見過ごせなかったんだ」

 

「…ッ!」

 

 

 よし!うまく話せたな!






書き溜めたストックあるのでしばらくは毎日更新していく予定です。
メインウマ娘が揃うまでが…揃うまでが長い…!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

4 砂の隼、+1

オニャンコポン…日本ダービーは信じてるぞ…


 その後、エイシンフラッシュに名刺を渡して、泣かせてしまったことに謝罪をして別れた。

 家に帰ってから、交換したエイシンフラッシュのLANEに、先ほど話した内容のスケジュール、参考レースの動画、食事メニューを送るのも忘れない。

 練習内容についての注釈や根拠となる論文など示していたらなんかすごい文量(3万文字超)になったがよくあることだ。

 ハルウララにはできなかった理論的な指導を久しぶりに行えてちょっと楽しくなったのは秘密だ。

 

 ああ、しかし、先ほどは心配になりすぎた余りに、彼女自身が組んだスケジュールに対してきつい一言をこぼしてしまったことは心底反省だ。

 数百年の時間を生きているとはいっても、精神年齢はたいして成長しないものだと改めて実感する。三つ子の魂100までというが500を超えても変わるものではないようだ。

 申し訳ないことをしたな、と思うと同時に、彼女に対しての俺の関心はより強いものになった。

 

 エイシンフラッシュ。

 あの後、少しだけ彼女から両親のことを聞いた。

 前の世界線で既に聞いたことがある知識だったが、改めて彼女の口からきくと、その関係はとても尊いもののように感じられた。

 エイシンフラッシュが両親に恥じない自分を、誇りある勝利を求めるのであるならば…俺は、その手助けをしてやれるかもしれない。

 選抜レースがすべて終わったときに、彼女が俺を選んでくれるのなら。

 俺は、喜んで彼女のためにこの3年間を捧げよう。

 

 

 それから1週間が経過した。

 時々エイシンフラッシュからスケジュールに関する質問が来る以外は、特に目立った動きはない。

 彼女はどうやら俺の立てたスケジュールを尊重してくれたらしく、次に選抜レースに出るのは4週目、最後のレースということになった。

 であれば、俺の生活は大きく変わらない。学園に行き雑務を片手間に終わらせて、またレースの情報や論文などを調べる日々を送るだけだ。

 担当のウマ娘がついてからはこういったフリーな時間は意外と貴重になるので無駄にはできない。俺の行動は、ウマ娘のために、という想いを中心として動いている。

 

 そうして一日の仕事を終えて帰り道。

 てきぱきと業務を終えて他の同僚に先駆けて学園を後にする。

 夕暮れ時の色に近づく河川敷にかかる土手を気分よく歩いていた。

 …そういえば、この土手もいろんなウマ娘と一緒に歩いたな…と不意に昔を振り返る。

 

 俺にとって原初の光景である、サイレンススズカ。その次に俺を助けてくれたスーパークリーク。

 その後もいろんなウマ娘と歩いた……オグリキャップ、ダイワスカーレット、ウオッカ、エルコンドルパサー、スペシャルウィーク、ゴールドシップ…ゴルシの時は蹴飛ばされて土手を転がり落ちたなぁ…懐かしい、どんなにループを繰り返しても、想い出は色褪せない。

 今回の世界線でもそんな思い出を作りたいな…とゆっくりと土手を散策していた。

 

 その時だ。

 ()()()()()聞きなれた歌声(・・・・・・・)が、風に乗って耳に入ってきた。

 

「……この声は…」

 

 そう、この声は聞き覚えがある。この歌声に、猛烈に記憶がリフレインする。

 その記憶は、ハルウララとともに駆けたいくつもの3年間の記憶。

 あの、有マ記念を目指して走り抜けていた3年間で、この歌声を、ライブ会場で何度も何度も耳にしたから。

 

 その歌を歌うのは、栗毛のツインテールのウマ娘。

 ハルウララが走ったダート(・・・)のレースで、常に掲示板入りを果たし、かなりの頻度でウララの勝利を阻んだ強者。

 日本一のウマドルを目指し、輝くセンターの座を獲得するために逃げ続ける生粋の逃げウマ娘。

 砂のハヤブサ。

 

「スマートファルコン、か……」

 

 いろいろな思い出が脳裏によみがえる。

 ああ、彼女は本当に…本当に強かった。

 ハルウララを育て始めたころ、有マ記念への挑戦の前にまず彼女という壁を越えなければならなかった。

 何十回も繰り返し、俺の育成論も磨きがかかってきたころでも、スマートファルコンが同じレースに出走するときは気を引き締めてかからなければならなかった。

 どのウマ娘がダートで最強かと問われたら、ウララには申し訳ないが真っ先に名前を挙げるであろう、ダートの帝王。

 

 そんな彼女の歌声が、土手を歩く俺の耳に入ってきた。

 そういえばこの河川敷の橋の下で、よくライブの練習をしていたな、と。

 様子を見に行くつもりで、俺は土手から降りて歌声の聞こえるほうに歩みを進める。

 

 果たしてそこにいたのは、制服姿で振り付けを決めながらwinning the soulを歌うスマートファルコンだった。

 足元には荷物とスマートフォンが置いてあり、絶賛ライブパフォーマンス中。

 …だが、観客は一人もいない。

 この世界線では、スマートファルコンはまだ未デビュー組のウマ娘である。

 

「光~のはっやっさっでー、駆け抜ける衝動はー……っと、あれ?お客さん?」

 

「ああ、気にしないでくれ。素敵な歌声が聞こえてきてね、気になっただけだ」

 

 こちらにファルコンも気が付いたようで、歌いだしで一旦歌うのを止めてしまった。

 それは本意ではない。邪魔をするつもりで来たわけではなかったのだが。

 

「やだ、素敵だなんてー!もしかしてお兄さん、ファル子のファンになっちゃった?」

 

 そうしていたらなんとまぁ、気の早いお話が飛んできた。

 が、ファンかどうかと言われたらその答えは決まっている。

 絶対にYESだ。

 

 申し訳ないが前前前世からとっくの昔にファンである。

 その力強く雄々しい走り。差しに行ったウララから逃げ切る姿に、何度脳が破壊されたか知れない。

 ウララ一筋じゃないのかって?うるせぇファル子の歌を聞け。どっちの歌も好きだよ普通に。

 

「ああ、そうだな…少なくとも、もっと君の声を聴きたいとは思ったよ。つい今、ファンになった」

 

「ほんとー!?えへへ、うれしい!ファン第一号だねっ!それじゃファンのためにはりきって歌っちゃおー!1曲目はー…」

 

 その言葉にさらに気をよくしたのか、笑顔になりながらもスマホを弄って曲を選び始めるファルコン。

 なんと驚いたことにどうやらこの世界線では俺がファン第一号のようだ。

 満面の笑みで1曲目を歌いだすファルコンに、俺がこの場を立ち去ることなどできようか?できるはずがない。

 その後は1時間ほど、冬の寒空の下でスマートファルコンの単独ライブを独占し続けたのだった。

 

 歌い終えたスマートファルコンが水分補給をしながら、ファン第一号である俺に声をかける。

 

「っはー!いい汗かいた!お兄さんありがとねー、コールが完璧だったから楽しかったよ☆」

 

「あー、まぁウマ娘たちが歌う歌は全部覚えてるしな……これでも中央のトレーナーだし」

 

「え!?お兄さんトレーナーだったの!?」

 

 驚くスマートファルコンに、胸元についてるトレーナーバッジを示し、名刺を渡して証明する。

 

「立華勝人だ。といってもまだ新人だから担当とかはついてないけどな」

 

「ホントだー…あれ、でもこの間の選抜レースにトレーナーさん、いた?」

 

「ちゃんといたさ。ただ、誰かに声をかけたりはしなかったけどね…」

 

 声をかけなかったのは2週目の選抜レースの話である。

 1週目でエイシンフラッシュに声をかけて、そちらに自分の関心が向いたこともあり、積極的にウマ娘に声をかける理由がさらになくなっていたため、選抜レースはほぼほぼ情報収集と見学だけに終わっていた。

 ウマ娘からすれば誰にも声をかけずにただただ情報を取り続ける変なトレーナーだと思われただろう。そもそも注目すらされてなかった可能性大。

 そういうわけで、スマートファルコンが自分のことを初対面だと思うのも十分に納得がいった。

 

 もっとも、こっちはしっかりとスマートファルコンの情報は把握している。

 

「芝のレース1600m。5着、惜しかったな」

 

「う゛っ…」

 

 つぶれたような声を出して、スマートファルコンがため息を出して俯く。

 …正直な話をすれば、彼女が芝のコースを走っていることに思いっきり首を傾げた。

 彼女もまたハルウララと同じで、ダートに適性を持ち、芝を苦手とするウマ娘だ。

 レース展開も想像した通り、芝を走ることによって持ち前のパワーが活かしきれずにバ群に飲まれての5着だった。

 見るものが見れば……その2本の脚にはダートの適正、すさまじい才能の塊が宿っているのがわかるのだが。

 

 

「うーん、ちょっと調子が悪くって…ファル子失敗、てへ☆ けど、次のレースではちゃんと勝ち切って…」

 

「…なぁ、スマートファルコン」

 

 俯いた顔から空元気で笑顔を見せようとするスマートファルコンに、その先に続く言葉を切って声をかける。

 彼女自身、気づいてはいるのだろう。いや、中央に入学できている時点で自覚はあるはずだ。

 自分はダートのほうが早く走れるということを。

 

「ダートの選抜レースに出るつもりはないのか?」

 

「………」

 

 その言葉に、またスマートファルコンはうつむいてしまった。

 重ねる言葉を見つけるより先に、スマートファルコンの口が開く。

 

「…トレーナーさんも、そういうんだね」

 

 そうして、ぽつぽつとスマートファルコンは思いを吐露し始める。

 ダートのほうが走れることを自覚していることを。

 けれど、芝のレースで、大舞台のGⅠで勝つことを諦めきれないことを。

 ウマドルとして…大きなレースで勝つことで、みんなに見てもらいたいことを。

 おおよそ、俺の知っているダートの覇者、砂のハヤブサの言葉とは思えないような……彼女の本心を、聞いた。

 

「そう、か……そうか……」

 

 その想いを聞き遂げて、俺の感情は一言で表せば。

 ()()だ。

 

「…スマートファルコン、君……ダートのレースを見にいったことは?」

 

「えっ、…ええと、映像では見たことあるけど、現地に行ったことは……」

 

「そうか。……まずは一度見に行こう。明後日、時間あるか?」

 

 声に怒りが乗らないように努めて話して、彼女の想いを否定する。

 いや、否定というよりは……知らないことへの怒りだ。

 

 スマートファルコンは、芝のレースのほうが、ダートのレースよりも輝ける場所だと思っている。

 それをすべて否定はしない。今の日本のレースは、芝至上主義といってもいいくらいには、芝のレースが優遇されている。

 だが、それでも…ダートのレースでも本気で走るウマ娘がいる。そこを走ることに魂をかけるウマ娘たちが存在するのだ。

 それを知らないままに、否定の言葉は吐かせない。

 

 たとえ…そう、たとえ最後の目標を芝の有マ記念としていても、ハルウララと走り抜けた3年間はダートが主戦場だった。

 あのころの、熱い想いのぶつけ合いを、誰よりもスマートファルコンにだけは、否定してほしくない。

 だからこの誘いは、いわば俺のわがままだ。

 

「明後日?うん、特に大切な予定とかはないけど……」

 

「明後日、東京レース場でフェブラリーステークスが開かれる。それを一緒に見に行こう」

 

「え、えっ!?」

 

「…嫌か?」

 

「えっ、う、ううん、いやじゃないけど…でも、なんで?」

 

「君は、ダートのレースを一度見るべきだと思ったからだ。君が…誰よりも輝ける世界がどんなところか、知ってほしいんだ」

 

 ダートを走るならば、彼女は日本一…いや世界一を目指すことだってできると俺は信じている。

 そんな彼女が、知らないままで芝にしか希望を見いだせていないなんてことを、許すことはできなかった。

 

「せっかくだしお昼も奢るよ。11時ごろに学園寮に迎えに行くから。よろしくな」

 

「は、はい…って、その、待って!」

 

 約束を取り付けて帰ろうとした俺の背に、スマートファルコンが声をかけて止める。

 

「…トレーナーさん、なんで私にそんなにしてくれるの?今日、初めて会ったばかりの私に」

 

 ついこの間もエイシンフラッシュから聞いたような言葉が、スマートファルコンからも帰ってきた。

 その問いには、シンプルに答えられる。

 もちろんエイシンフラッシュの時と同じように、嘘はつかない。本心の、俺の気持ちで返事をした。

 

「ファン第一号だからな。ファンが推しを推すのは当たり前だろ?君に誰よりも、輝いてほしいだけさ」

 

 夕日を背に振り返りながら、俺の想いを返してやった。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 その表情に、思わず息を呑んだ。

 私、スマートファルコンの、初めてのファンになってくれた、新人の変なトレーナー。

 その人が夕日を背にしてこちらに振り返り、君を推すよ、と返事を返す。

 シチュエーションがあまりにも少女漫画チックすぎて、胸がきゅう、と締め付けられるような感覚を覚えた。

 

「────あっ」

 

 思わず惚けてしまったのだろうか。いつの間にか、件の…立華トレーナーは土手を上り帰路についていた。

 遠くへ、小さくなっていく彼の姿をまた目で追いながら、先ほど受け取った名刺を見る。

 ウマ娘がトレーナーから名刺を受け取る理由はただ一つ、スカウトだ。

 

(……今の、スカウトだったのかな?)

 

 結局、彼と交わした約束は、明後日に一緒にフェブラリーステークスを見に行くという、それだけ。

 実際に専属になるといった言葉を交わしてはいない。

 だが、スカウトする気もないウマ娘にここまで世話を焼いてくれるものなのだろうか?いやない。少なくとも自分の周りの友人間では聞いたことがない。

 ファンだから、と彼は言っていたが、それにしたって行動が急すぎるし…絶対に、それ以外の理由があるはずだ。

 

「…期待して、くれてるのかな、私に」

 

 そう、ダートを走る私に。

 彼も、私が芝で走ること自体は否定して……あれ?否定してたっけ?

 いや、してなかったっけ?えーと、さっきはダートレース見たことあるかって話をされて、一緒に行こうって話をしただけ?

 ……????

 

「…うー!よくわかんない!なんだったの今の!!」

 

 あまり考えることが得意ではない私は、奇妙な出会いと、少しときめいてしまった夕日を照らすトレーナーの顔と、理由がわからない明後日のレース観戦に考えがこんがらがって、しっぽを感情に任せてぶんぶんと振った。

 これでは、改めて歌っていこうという気分にもならない。

 

「帰ろっか…もういい時間だもんね」

 

 高架下に置いた自分の荷物やスマホを片付けて、自分も帰路に就こうとコンクリートで固められた河原に一度しゃがみ込む。

 そうしてバッグを開けようとしたところで。

 

 か細い、小さな鳴き声が耳に入ってきた。

 

「……んー?猫ちゃん?」

 

 猫の鳴き声だ。私の持つ大きめのウマ耳は、その声を聞き逃さなかった。

 この河原はそれなりに野生動物も出没する。狸の目撃証言があるくらいで、都内の河原としては動物たちが過ごしやすいところなのだろう。

 猫ならそれこそ珍しいものではない。どこにいるのかな、とウマ耳をきょろきょろさせて、興味本位で茂みの中に探しに向かう。

 

 そうして探していると、小さい鳴き声の発生源を見つけた。

 小さな段ボールだ。…段ボール?

 

「───み゛ゃ゛ーーー!?!?」

 

 捨て猫が、息も絶え絶えな様子で横たわっているのを見て。

 私は思わずウマドルらしからぬ汚い悲鳴を上げてしまった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

5 新たなる出会い

ルーキー日刊 1位 ハルウララ ~有馬突破のキセキ~
ルーキー日刊 2位 閃光と隼と風神の駆ける夢
嘘やろ。(昇天)


「───み゛ゃ゛ーーー!?!?」

 

「え!?なに今の声!?」

 

 スマートファルコンとの邂逅を終えて改めて帰路に着いた俺の耳に、奇妙な叫び声が響いてきた。

 といっても声の主にはすぐ予想がついた。先ほどまで話していたスマートファルコンだ。

 別れてすぐだったが…あんな変な叫びをあげるほどのことが彼女に起きたらしい。

 慌てて先ほど来た道を駆け戻る。

 

「なんだ、どうしたファルコン!?何があった?!」

 

「あっ、トレーナーさん!これ、これ見て!どうしよう!?」

 

 先ほどまでいたコンクリートの高架下から少し先、茂みの中で立ちすくんでいたスマートファルコンを見つけて駆け寄る。

 何か、足元にあるものを見下ろすような形で呆然としている彼女が指さす先を見れば。

 

「…段ボール?…猫、か、捨て猫…?」

 

「すっごい弱ってる!このままだと猫さん死んじゃう…!」

 

「っ…ひどいな、くそ」

 

 段ボールの中には、汚れ切って横たわる子猫が1匹。

 指先でそっと触れてみればまだ生命の熱を感じる。死んではいない…が、呼吸も弱弱しくなっている。

 恐らくは何日も雨ざらしでこの箱の中にいたのだろう。

 汚れたタオルと、恐らくは食べきってしまったエサの食べかすのようなものが乱雑に段ボールの中に散らばっていた。

 

「ど、どうしよう、トレーナーさん…!」

 

「どうするもこうするも…すぐ動物病院に連れていく!」

 

 そういって、猫の入った薄汚れた箱を抱え上げた。

 ここからの最寄りの動物病院だとトレセン学園の東のほうに1件ある。まだ営業時間内のはず。

 しかし遠い。ここからは2~3キロってところか…ひとっ走りする必要がありそうだ。

 タクシーを呼ぶよりは走ったほうが早いだろうと、俺が河川敷を走りだそうとした時…その段ボール箱が、スマートファルコンによって横から奪い取られた。

 

「…私が連れていく!私が走ったほうが早いでしょ!?動物病院ってどこにあるの!?」

 

「あ…ああ、学園の東の通りの、1階がスイーツショップ、2階がウマクドナルドになってるビルはわかるな?その隣の建物が動物病院だ」

 

「わかった!すぐ行くからトレーナーさんも後から来てね!」

 

「っておい!ちょっ、ちゃんと交通ルールは守るんだぞ!」

 

 と、病院の場所を聞き取ってから一目散にスマートファルコンが走り出す。最後にかけた注意の言葉はちゃんと耳に届いたようで、わかったー!と返事が返ってくる。

 その走りは、河川敷の芝の上を走る時から…俺がよく知ってる、砂の帝王の片鱗を見せる力強い走りであった。

 そして坂道を一気に駆け上り、土手…彼女の得意分野になってからはさらにすさまじい速度を見せる。

 やはり、彼女の脚は本物だ。

 

「…っと、のんきに見送ってる場合じゃないな!」

 

 それに続くようにして、自分も駆け足で追いかける。信号次第だが15分くらいの時間差で到着することができるだろう。

 今はそれ以外のことを考える時ではない。

 消えかけている命を守るために、スマートファルコンを追いかけるように動物病院へと急いだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「──極度の衰弱ですな。だが外傷もないし、反応も正常です。2~3日も入院させていけばすっかり治るでしょう、子猫は回復力も強い」

 

「そうですか…急な外来だったのに、ありがとうございました」

 

「あ、ありがとうございましたっ!うう、ファル子恥ずかしい…!」

 

 1時間後、動物病院のロビーで朗報を受けて安堵のため息を零し、頭を下げる俺とスマートファルコンの姿があった。

 どうやらスマートファルコンはかなり慌てて窓口に飛び込んだらしく、受付の方や獣医が何とも言えない表情を作っていた。

 まぁ、スマートファルコンが走っていったすぐ後に、事前に俺のほうで動物病院に連絡を入れていたので大きな混乱は起きず済んだのだが。

 

「まぁ、無事であったことは何よりです。さて……ええと、立華さん、でしたな」

 

「はい。もちろん入院費用や治療費は私のほうでお支払いさせていただきます」

 

「ああ、それは助かります。…それで、その後はどうされるおつもりです?捨て猫だったとお伺いしました。新たな飼い主を募集することもできますが…」

 

「いえ、俺が飼います。体調が戻ったら予防接種もお願いしていいですか」

 

「えっ、トレーナーさん……猫、飼えるの?」

 

 獣医と話して、猫を引き取ることについて話していると、スマートファルコンから疑問が飛んできた。

 恐らくは俺がトレーナー寮に住んでおり、そこはペットNGであるのでは?という当然の疑問だろう。

 しかし残念ながら俺はただの新人トレーナーではない。

 強くてニューゲームの権利を持つループ系トレーナーだ。

 

「ああ、先月からトレーナー寮を出てトレセンの近くで一人暮らししてるからね。ペットNGとかでもないし」

 

「ええーっ!トレセンの近くに!?お家賃とか、すごい高いんじゃないの…?」

 

「いや普通に家買った」

 

「家を!?買った!?!?おいくら万円!?!?」

 

「日本ダービーの賞金くらい」*1

 

「そんなに!?!?」

 

 なお40年ローンである。中央のトレーナーの金融的信用は強いので問題なく契約できた。

 

「…見えないなぁ、意外。トレーナーさん、実は名門のトレーナー一門の出身とか?」

 

「いや、そういうわけでもないんだが…まぁ色々だ」

 

 そう、金はある。というか現在進行中で増えてる。

 世界線を超えた直後から、俺は自分の貯金とか使える金をすべて株式につぎ込んでいるのだ。

 同じ時代を3年間繰り返し続ける俺は、どこの企業の株が伸びるとかどこの株が落ちるとか、そういうものをすべて記憶している。

 つまりは答えの見えてる株回しだ。レバレッジ全開で仕事の合間にぶん回すと貯金が1か月で10倍くらいになる。大体半年くらい続けると1年間に開催される全GⅠに勝利するのと同じくらいの金額が懐に入る。流石にそこまでやらないけど。

 そんなわけでちょっとローンを組んで家を買ったりしてもすぐに返せるのだ。

 

 もちろん株で稼いだ金で特別贅沢をしたりするわけではない。

 ほとんどすべては担当ウマ娘のために投資する。

 身嗜みを担当するウマ娘に合わせて品格のあるものにしたり、遠征用のワゴン車を買ったり、ウマ娘たちの遠征などの時に不自由させないようにしたり、などだ。

 ウマ娘を育てる中で、お金がなくて不自由をさせるようなことはないに越したことはない。

 一人暮らしをしているのもそれが理由。寮に住むよりも、トレセンの近くで一人暮らししていたほうが何かと便利なことが多いのだ。掃除は若干手間だけど。

 

 閑話休題。

 

「というわけで、自分のほうで飼うようにしますので、落ち着くまでよろしくお願いします、先生」

 

「わかりました。いい人に拾われたようで何よりですね。可愛がってあげてください」

 

「よかった…よかったねぇ、子猫ちゃん」

 

 そういうことで、何の縁か俺は猫を飼うことになったのだ。

 これまでのループでペットを飼ったことはないが…まぁ何とかなるだろう。新しい経験が得られる周回は歓迎するべきだ。

 後で猫の飼い方についてばっちり調べねばなるまい。

 

 さて、治療費なども支払いを終えて、ファルコンと共に動物病院を後にする。

 

「トレーナーさん」

 

「ん、なんだ?」

 

「…ありがとね、子猫ちゃんのこと助けてくれて…そのうえ、飼ってもらうことにもなっちゃって」

 

「お礼を言われることじゃない。飼おうと思ったのも何かの縁だと思ってのことだし…ファルコンが見つけてくれて命を拾った猫だからな、むしろ褒めます。えらいぞファルコン、よく見つけた。すぐに病院に届けてくれたし。優しいな、君は」

 

「…やだー!そんなに褒められるとファル子照れちゃう!うん、でも…本当に良かった」

 

 外に出ると、いつの間にか夜になっていた。

 河川敷にいたのが夕方だからな、そりゃ時間もかかるか。

 ……ん?夜?

 

「なぁファルコン。門限大丈夫か?」

 

「門限?………あー--っ!?!?」

 

 ヤバっ!?といった風にスカートのポケットに手を入れてウマホを取り出そうとするスマートファルコン。

 しかし、そこにはあるべきものがないようだ。

 ぱんぱん、と両方のポケットを探しても何も出てこず、そういえば今自分が手ぶらだったことに気づくスマートファルコン。

 

「…河川敷に全部置いてきちゃった。てへ☆」

 

「何やってんのお前…」

 

 いや、緊急事態だったし慌てていたことは間違いないので、責めるつもりもないが。

 小さくため息を零して、こうなれば今日は最後まで付き合うことにした。

 

「…河川敷に取りに戻ろう。夜だし誰もあの辺りは通らないから無事…だと思う」

 

「そ、そうだね!ファル子が歌っててもほとんど誰も来ないようなところだし…」

 

「そのあと寮まで送るよ、夜も遅いしな。それに事情があるわけだから、大人の俺も一緒に説明すれはフジキセキも怒らないだろ。なんかあったら俺の責任にしていいし」

 

「え、そんなそこまで…………イエ、オネガイシマス…」

 

 悪いと思ったのか一度は断りかけて、しかしフジキセキの圧のある笑顔が思い浮かんだのだろう。素直に付き添いをお願いするスマートファルコンに、俺は肩を竦めて苦笑した。

 そうして二人して河川敷に小走りで戻る。とはいえウマ娘の小走りについていくのは人間にとっては結構な速度だ。

 今日一日で5キロくらい走り回ったか。いい運動になってしまった。

 

「あ!よかった、荷物全部置いてある…!取られてなくてよかった~☆」

 

「なくなってても警察か学園に届けられてたとは信じたいけどな。中身はちゃんと確認しておけよ?」

 

「うん、バッグの中もしっかり……うわ。フラッシュさんからすごい着信入ってる…」

 

 河川敷に到着し、自分の荷物が無事残っていたことにファルコンが安堵したのもつかの間、ウマホに恐ろしい数の通知が入っているのを見てスマートファルコンは冷や汗をかいた。

 あの時間に厳しい心配性の同居人のことである。

 恐らくは正確に5分刻みでコールを入れていることだろう。

 

「ちょっとフラッシュさんに電話するね?………あ、もしもし☆」

 

『ファルコンさん!?無事ですか!?何の連絡もないから心配したんですよ!?』

 

「うわーんそう言われると思ったー!ごめんなさーい!!これには深い事情があってぇ…!」

 

 スピーカーモードにして通話を始めたファルコンのウマホから、聞きなれた声が響いた。エイシンフラッシュだ。

 何の連絡も入れていなかったことを怒るフラッシュに、ごめんねーすぐ帰りまーす!と半泣き顔でぺこぺこ謝るファルコンの後ろから、そっと声をかける。

 

「…フラッシュ、そう怒らないでやってくれないか?ちゃんとした事情があったんだ」

 

『…えっ、その声…トレーナーさん!?』

 

「や。ちゃんとスケジュール通り足のケアはしてる?今日の夜は股関節周りのストレッチを重点的にだったね」

 

『あ、は、はい…大丈夫です、しっかりこなしています。貴方から貰ったスケジュール通りに』

 

「ならよし。ファルコンは俺がすぐに送っていくから、もう少し待っていてくれるかな、待っててくれるね、ありがとう」

 

 グッドトリップ。そのままウマホに指を伸ばして通話終了のボタンを押した。

 すると、ぽかーんとした顔でスマートファルコンが俺の顔を見ているのに気付いた。

 

「……トレーナーさん、フラッシュさんと知り合いなの?」

 

「ん?ああ、まあな。こないだの選抜レースでちょっとアドバイスした仲かな」

 

「そうなんだ……そう、なんだ」

 

「言ってなかったっけ?…まぁいいさ、それより早く帰ろう。これ以上はもっと冷え込むぞ」

 

 実際、冬の夜の冷え込みが一番激しい季節である。

 ここまで走ってきたので俺の体はだいぶ温まっているが、ファルコンは制服のままで足もスカートだ。冷え込みもひとしおだろう。

 俺は自分の上着に羽織っていたコートを脱いで、スマートファルコンの肩にかけてやった。

 

「あ……トレーナーさん?」

 

「俺はさっき走って暑いくらいなんだ。それ羽織っててくれ、女の子が体冷やしちゃいけないしな。行こう」

 

「…うん」

 

 荷物をしっかりと持ったファルコンと俺は、学園に向けて歩き出した。

 フラッシュに一応の連絡を入れたし、忘れ物もとったのでもう急ぐ必要はない。

 ファルコンの歩調に合わせて肩を並べて夜道を歩く。

 

 意外にも、というべきか…学園までの道のりで、ファルコンから何か話しかけられたりなどはしなかった。

 結構元気な子だと思っていたのだが、先ほどフラッシュに怒られたのが効いたのだろうか?

 お互い無言で、冬の寒空に白い息を零しながら歩いて行った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…お帰り、ファルコン。さて、お話を聞かせてもらおうか?もちろん、そちらのトレーナーさんも」

 

「心配したんですからね…!…トレーナーさんも、こんな遅くまで女の子を連れまわして…!」

 

「ご、ごめんなさーい…!でもこれには深い事情がー…!」

 

「心配かけたのは本当にすまなかった。けどしっかりとした事情があってね。俺のほうから説明させてもらうよ、フジキセキ」

 

「…そうだね、納得できる理由を聞けないと私もしかるべき報告をしなければいけなくなるからね。中に入ろうか、客室で話そう」

 

 そうして到着した学園内、彼女たちの寮である栗東寮に到着すれば、寮長のフジキセキと同室のエイシンフラッシュが出迎えてくれた。

 心配の色が強い表情を見せて、エイシンフラッシュはスマートファルコンと何やら話している。

 俺はスマートファルコンからコートを返してもらいつつ…寮内の入り口近くに備えられている客室に通され、今日の事情を説明することにした。

 

 とはいっても、実際に事情があったのだ。

 そしてその事情は褒められることはあっても責められる謂れはない。

 俺は動物病院で作成した診察券と領収書を見せながら、フジキセキとエイシンフラッシュに今日の出来事を順を追って説明した。

 

「…というわけで、連絡が遅れたのは緊急事態でウマホを置いて行ってしまったせいだな。そこについては俺も気にかけておけばよかったと素直に反省している。けれど、ファルコンは子猫を助けたいという気持ちで行動していたわけで、何とかお咎めなしで済ませてやってほしい」

 

「……………話は、わかったよ。なるほど、子猫ちゃんをね…それは確かに斟酌されるべき事情だね」

 

「ファルコンさん……その、申し訳ありませんでした。そんな事情も知らず怒鳴ってしまって…」

 

「ううん、いいの!心配してくれてたのはわかってるし、連絡を返さなかったのは事実だから…」

 

 説明を終えて、フジキセキもエイシンフラッシュも納得してくれたようだ。

 フジキセキの判決として、ファルコン自体にお咎めはなし、注意として連絡はいつでも取れるように、といったところで落ち着いた。

 

「……それじゃ、話は終わったかな。寮の中にトレーナーがいつまでもいちゃまずいだろう、俺はもう帰るよ」

 

「ん、わかった。ファルコンの世話を焼いてくれてありがとう、立華トレーナー」

 

「感謝されるようなことじゃない、この学園のトレーナーなら誰でもそうするだろうさ」

 

 出された紅茶を飲み干して、席を立つ。

 基本的に学生寮は男子禁制、トレーナーなどはこういった事情がない限り入ることは許されていないのだ。

 入り口が近いので何も起きないとは信じているが、万が一にも気を抜いて下着姿で部屋の外に出た生徒と廊下でばったり、などということになったら俺の人生が終わる。

 速やかに退散させていただくこととした。

 

「それでは失礼して。……フラッシュ、君は再来週まで、じっくり足をいたわるようにね。最終週の選抜レースの結果、楽しみにしてる」

 

「はい。…貴方に立てていただいたスケジュール、大変に勉強になりました。調子もよくなってきていると感じます。結果は走りで見せますね」

 

「楽しみにしているよ。…ファルコンも」

 

「…あ、うん…今日は本当にありがとうね、トレーナーさん!後で子猫ちゃん、見に行くね!」

 

「ああ。…あと忘れてるかもしれないから念を押しておくけれど」

 

「…え?何かな?」

 

 …ああ、やっぱり忘れてるな。まぁ今日は約束した後にいろいろひと悶着あったし、仕方がない。

 なので約束を思い出してもらうために、しっかりと声をかけてから帰ることにした。

 

「明後日のデート。11時に迎えに行くから。楽しみにしてるからな」

 

「おや?」

 

「は?」

 

「えぇ!?ちょっとぉ!?今言う!?」

 

 よし、きちんと思い出してくれたようだ。

 そのまま何か追及される前に、客室を後にして寮を出ていった。

 後ろでは何やら(かしま)しく騒いでいるが俺には関係のないことだろう、たぶん。

*1
2億。




こいつクソボケなんだ!
前作でもネイチャにその辺つっつかれてましたね。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

6 魂の鼓動





 スマートファルコンを寮まで送り届けて家に帰る。

 スマホを取り出すと、エイシンフラッシュからLANEが届いていることに気づいた。

 

『私もレース観戦に同席していいですか?』

 

 ふむ。なるほど。確かに同室の子がGⅠのレース観戦に行くとなれば自分も見に行きたくなるだろう。

 息抜きをしてメンタルを整えるように、と助言をした手前、断る理由は一つもない。

 

『かまわないよ。お昼のケーキバイキングの予約、追加で1席取っておくよ』

 

『ありがとうございます。楽しみにしていますね』

 

 LANEに返事をして、ゆっくりと体を伸ばす。今日はちょっと走りすぎた。

 筋肉痛になるほどではないが、ストレッチはしてから寝ることにしよう。

 …ああそうだ、寝る前に猫の飼い方について調べないとな。明日は猫を飼うための道具とかも買ってくるか。

 

────────────────

────────────────

 

 そうして2日後、朝11時に寮に二人を迎えに行くと、二人とも私服で寮の前で待っていてくれた。

 その服はこれまでの周回でもよく見たことのあるものだ。

 エイシンフラッシュは大人びた、シックな雰囲気がよく彼女に似合う服。

 スマートファルコンはピンク色を基調とした、ウマドルとしての可愛さにあふれた服だ。

 

「やぁ、おはよう。待たせたかな?時間通りだと思うけど」

 

「おはようございます。まだ待ち合わせ時間の2分15秒前です。私たちもつい先ほど寮を出たところですよ」

 

「トレーナーさんおっはよー!今日はよろしくね☆」

 

 挨拶を交わして、二人を連れて東京レース場へ向かう。

 車を出してもよかったが…トレセンから東京レース場まではそこまで遠いというほどでもない。電車を使えば1時間もかからないで到着する。

 せっかくの休みをのんびり散策するという意味も込めて、歩いてレース場まで向かうことにした。

 

「…今日はいい天気ですね。レース日和です」

 

「そうだね、晴れてよかった」

 

「……トレーナーさん、まっすぐレース場に行くの?」

 

「いや、まず食事にする。途中でいい店知ってるから、そこでな」

 

 …若干空気が固い。

 いや、それも当然か。担当になったわけでもない男性トレーナーの引率なのだから。ここ数日で距離が詰まったとはいえ、まだ肩肘張らずに喋れるほど関係性を構築できているわけでもない。

 ただ、空気の固さがフラッシュとファルコンの間にも若干あるように感じる。…いや、気のせいだろう。二人とも、どの世界線でも大変仲が良かった記憶がある。

 はてな、と内心で首をかしげながら、俺たちは店に向かって歩いた。

 

────────────────

────────────────

 

「さて、ついたぞ。ここだ」

 

「わ、すごくいい雰囲気のお店!ウマスタにあげちゃおー!」

 

 レース場に向かう途中途中にある、都心に近いところのカフェショップにやってきた。

 ここはウマ娘向けのメニューもあり、かつ休日には予約制だがケーキ類食べ放題の催しもある。もちろん3名分の予約を取ったうえで来店した。

 これまでに何度も世界をループした結果、全国各地のウマ娘向けの穴場の店は把握している。

 

「ケーキも…かなり品質のいいものを作られているようですね」

 

「連れ出したのは俺だからな、お代は全部持つから。気にせず食べてってくれよな」

 

「はい、ありがとうございます。…私は後からついてきた身なのに、恐縮です」

 

「気にしない気にしない。先行投資ってやつ。ファルコンも食べ過ぎない程度にな」

 

「…あ…うん!えへへー、何から頼もうかなー☆」

 

 先ほどまでの若干堅かった雰囲気が、ケーキバイキングの魔力でやんわりと溶かされていく。

 やはりウマ娘には甘味は特効だ。困ったときは甘いものを食べさせてあげるのがいい。

 ウマ娘はケーキを食べるとやる気が上がる。古事記にもそう書かれている。

 

「フラッシュさん、このいちごムースが期間限定なんだって!もってっちゃう?」

 

「そうですね…そちらもかなり興味を惹かれますが、ドイツ菓子のシュトーレンがあるようです。こちらもいただきましょう」

 

「俺の一押しはガレット・デ・ロワだな。ここのはアーモンドの風味が素晴らしい。最高だよ」

 

「…!それも選びましょう。ファルコンさんもほかに何か持っていきますか?」

 

「うーん、一応主食も入れたいからサンドイッチかな?第一陣はこんなもんで行ってみよー☆」

 

 俺は自分用にイカ墨パスタを注文しつつ、二人が楽しんでケーキを選ぶ姿を満足して眺めた。

 ああ、やはりウマ娘には笑顔が一番似合う。

 願わくば、これよりも素晴らしい、満面の笑みを…レースの結果で、と。そう心から思った。

 

────────────────

────────────────

 

 さて、そうして昼食を楽しんだのち、電車を乗り継いで東京レース場にやってきた。

 時間はちょうど3時を回ったところ。

 今日はこれから、ここでフェブラリーステークスが開かれる。

 GⅠのレースが近づいてきたことで、観客席のボルテージも徐々に熱を帯びたものになっている。

 その雰囲気に、二人はウマ耳をそわそわとさせながら、砂のターフを眺めていた。

 

「…冬だというのにすごい熱気です。これがGⅠへの観客の皆様の期待なんですね…」

 

「そうだね…ダートのレースでも、こんなに…」

 

 この雰囲気を感じさせたかった。

 これから身を投じていくことになるトゥインクルシリーズ、その中でもGⅠという最高峰のレースがどれだけ注目を浴びて、どれだけ重圧があるか。

 

「君たちも、いずれこの歓声の中に立つことになる。ラチの内側、ターフの上でね。君たちにはそれだけの力がある」

 

「……………私たちが…」

 

「……………いつか、この歓声の中で…走る……」

 

 そうしているうちに、パドックにフェブラリーステークスを走るウマ娘たちが現れた。

 一人一人が、仕上がり切った肉体を観客の前でさらし、アピールを行う。

 俺の目から見て、素晴らしい仕上がりのウマ娘たち。この日のために、今日の勝利のために磨き上げられた宝石たち。

 しかしその宝石たちの中で、勝者の権利を得るものは一人だけ。

 

(……セイコーフランケンの仕上がりがダントツだな。他にはギャンブルビートとフジマサマーチもよく仕上がっている。この3人か…ほかのウマ娘も十分以上の仕上がりだが…)

 

 パドックで見える足と雰囲気から、俺はフェブラリーステークスの勝者を予測する。

 レースに絶対はない。

 だが、長年…と表現するにはいささか永すぎるほど、俺はパドックに上がるウマ娘を見てきた。

 これは走る、というウマ娘はパドックで足と顔を見るだけで理解る。おそらく今年はこの3人だ。

 

 そして、ゲート入りが始まり、レース場全体が静寂に包まれていく。

 それを眺める二人も、ごくり、と息を呑んで、ゲートが開かれる瞬間を待った。

 

『さぁ、最後のウマ娘がゲートインしました。今年のフェブラリーステークス…………スタートです!!』

 

 バカン!と音を立てて開かれるゲートと共に、16人のウマ娘が一斉に駆け出し、そしてレース場全体が爆発的な歓声に包まれる。割れるような大歓声だ。

 

「っ…!す、ごい…!」

 

「こんなに…こんなに、キラキラしてる…!」

 

 ウマ耳をぺたりと閉じて音に耐えながら、二人はレースに集中した。

 スマートファルコンは、その歓声、熱気、そして何より全力でダートを走るウマ娘たちを見て…そわそわと、しっぽを揺らしていた。

 その揺らぎは、果たしてどのような意味を持つのか。

 

 今まで知らなかったダートのレースの素晴らしさに触れたから?

 芝のレースだけがウマ娘達の輝ける場所じゃないと知ったから?

 大歓声の中全力で走るウマ娘達のその強さに目を奪われたから?

 

 それとも───自分も、ダートのGⅠを走ってみたいと思ったから?

 

 

『───第四コーナーを抜けて飛び出してきたのはギャンブルビート!しかしフジマサマーチがくらいついていくっ!ここでセイコーフランケンがさらに加速!3人が並ぶ!並ぶ!叩き合いだ!!残り100m、ここでギャンブルビートが伸びるか!?いやセイコーフランケンだ!セイコーフランケンだ!!ギャンブルビートを交わして、フジマサマーチ粘る!だがセイコーフランケンだっ!セイコーフランケン一着でゴォーーールっ!!!』

 

 

 大接戦となった今年のフェブラリーステークスを勝利したのは、パドックで一番の仕上がりを見せていたセイコーフランケン。

 息を整えながら、笑顔で高々と勝利の握り拳を掲げるセイコーフランケンに、惜しみない歓声が送られる。

 

「これが……これが、ダートの世界……()()()()()()…」

 

 スマートファルコンは、内なる衝動を抑えきれないかのように…惚けたような小さく口が開いたままの状態で。

 その輝かしい、キラキラした勝者の姿を見つめていた。






この話フラグしかない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

7 錯誤

※若干の曇らせがあります。





 フェブラリーステークスが終わった後、しっかりとライブも見届けてから、3人でレース場を後にする。

 すっかり夜の帳も降りた時間だが、このまま直帰すれば門限には問題なく間に合うだろう。

 

「トレーナーさん」

 

 レース場からの道を歩く俺の耳に、一歩半先を歩いているスマートファルコンから、振り返らずに言葉がかけられた。

 

「…今日はありがとう、トレーナーさん。レース観戦に誘ってくれて」

 

「ああ。……どうだった?」

 

「すごかった。…私、ダートのこと、知らなかった……知らないまま、どこかで芝のほうがいいんだって、勘違いしてたなって…」

 

 ぽつり、ぽつりと零すようにスマートファルコンが今日の感想を零していく。

 しかし、こちらに振り返ることはない。

 エイシンフラッシュも、スマートファルコンの独白を静かに聞いている。

 

「…ファル子、ダートを走るよ。ダートのレースでキラキラ輝けるウマドルになりたい」

 

「……そう、か」

 

 俺が今日、スマートファルコンに伝えたかったことはどうやらしっかりと伝わったらしい。

 …だが、それにしては彼女の声色が…そう、新しい輝きを見つけた時のそれではない。

 まるで、納得しきれない何かを抱えたままのようだった。

 

「芝のレースにも出たかったのは、本当だけど…そっちは諦める。私は、私が輝けるレースに出る」

 

「……ファルコン?」

 

「それでね、トレーナーさん────────」

 

 俺を呼んでから、その先の言葉を紡ぐことなく……長い沈黙。

 足を止めたスマートファルコンに、俺もフラッシュも併せて足を止めた。

 そして、振り返るスマートファルコンの表情は、

 

 

「────これ以上、思わせぶりはやめて?」

 

 

 今にも泣きそうな笑顔だった。

 

「っ、ファルコン、何を…」

 

「私ね、うれしかった。河川敷で歌っていたところに、トレーナーさんが声をかけに来てくれて。私のレースも見てくれていて、私のこと、気にかけてくれてた。うれしかったんだ」

 

「ファルコン?どうし…」

 

「うれしかったんだよ?子猫ちゃんを見つけたから、その日のお話は終わっちゃったけど…この人なら、私のこと、選んでくれるのかなって。私のことを、キラキラ輝かせてくれるトレーナーさんなのかなって。結構ときめいてたんだ。バカだよね。……だって」

 

「…っ」

 

 スマートファルコンが、俺の後ろに立つエイシンフラッシュを見る。

 エイシンフラッシュが息を呑むのが雰囲気で伝わった。

 

 

「──────トレーナーさんは、フラッシュさんの担当になるんでしょ?」

 

 

「っ、ファルコンさん!私はまだ、契約をしたわけでは…」

 

「ごまかさなくてもいいよ?フラッシュさん、選抜レースの前まで…かなり調子を落としてたよね。不器用だったから、私もかなり心配してたんだよ?けど、第一回の選抜レースの後、すっごく変わったの。知ってた?トレーナーさん」

 

「ふ、ファルコンさん!私は…!」

 

「フラッシュさん、トレーナーさんから教えてもらったスケジュールをね、部屋の中でずっと見てるの。楽しそうに…調子もとっても良くなって。私もそれを見て、いいトレーナーさんに巡り合えたのかな?って喜んでたんだ」

 

「…ファルコン」

 

「バカだよねぇ。私もフラッシュさんと同じトレーナーさんに…期待、しちゃうなんて。…あ、でも安心して?二人のことは応援するから。けれど……もう、見込んだ子がいることは、教えてほしかった、かな?ファル子、ちょっとショック~…」

 

 言葉の上では。

 言葉の上では、おどけたようにしているスマートファルコンだが、その瞳からは今にも涙がこぼれ落ちそうになっている。

 その様子を見て…しかし、エイシンフラッシュは口を閉ざした。

 彼女もまた、自分という存在に期待をしているのだろう。

 期待をして、くれていたのだろう。

 だからこそ、言えない。

 同室の親友とはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()、とは。

 

「…………スマートファルコン」

 

「…なにかな?」

 

 そんな、そんな気持ちをスマートファルコンにさせてしまっていたことを、俺はひどく後悔した。

 言葉足らずだった。あまりにも言葉足らずで……彼女たちに、勘違いをさせてしまっていたのだ。

 その結果が、今にも涙を零しそうな、スマートファルコンの瞳だ。

 彼女の瞳は、そんな理由で濡れてはいけない。あの瞳は、ファンを魅了し…キラキラした舞台で輝く瞳なのだ。

 

 だから俺は、ここに来るまでに、いや今日に至るまでに考えていたことを、二人に伝えることにした。

 

「1つ。……いや、2つだけ、訂正させてほしい」

 

「………」

 

「………」

 

 すぅ、と。一息吸って、自分の意思を言葉に乗せる。

 その表情を見て、スマートファルコンは…いや、エイシンフラッシュもまた、息を呑む。

 このトレーナーが、本気で、真剣な言葉を口にするときの顔。

 ひどく、熱い。

 

「…俺は確かに、フラッシュが俺を選んでくれれば…担当になろうとは思っていた」

 

「…だ、よね?」

 

「トレーナーさん…」

 

 それは事実。嘘のつけない事実。

 だが、この事実はまだ続きがある。

 

「だけどさ……ファルコン、君にも()()()()を思っていたんだ、俺は」

 

「……え?」

 

「…どういうことです?」

 

二人とも担当するつもりでいた(・・・・・・・・・・・・・・)。…俺はわがままなんだよ。運命的な出会いをしたウマ娘が、俺が見込んだウマ娘が二人いた。なら二人とも俺が育てたい。君たち二人に、栄光を掴ませてやりたい。一緒に勝ちたい。俺は……()()()と、()()()()んだ」

 

「「────────────」」

 

 絶句する二人。

 それはそうだろう。新人の、まだ担当を持ったことすらないトレーナーが、担当のウマ娘を二人持ちたい、というのだから。

 

「で、でもっ!トレーナーさん、まだ新人なんでしょ!?新人のトレーナーが二人以上のウマ娘を担当するなんて聞いたことが…」

 

「慣例では1人のウマ娘を担当にするようにはなっているが…規則には明記されていない。もちろん、あとで理事長や会長から何か言われるだろうが、知ったことじゃない。結果で黙らせる」

 

「…トレーナーさん、それは……」

 

 スマートファルコンの問いに答えた俺に、エイシンフラッシュが俺の言いたいことを察して言葉を重ねる。

 

「あなたの指導を受ければ、私たちは勝てる…と。そう考えておられるのですか?」

 

「そうだ。もっと言うなら、君たちならクラシック3冠も、すべてのダートGⅠ制覇も狙えるだろう。ああ、それだけの輝きを、キラキラを、俺は君たちの走りに見い出した」

 

「!!」

 

「ッ…!」

 

 そう、俺は知っている。かつての世界線(・・・・・・・)で、君たちの強さを知っている。

 そして、君たちの、この世界線での(・・・・・・・)脚を見て、走りを視て、出した結論だ。

 この二人は、勝てる。

 

「だから、それが1つ目の訂正だ。ファルコン、確かに俺はフラッシュに期待をかけているが…君にも、同じくらい期待をかけていることを、知ってほしかった」

 

「……と、レーナー、さん……」

 

 その言葉で、スマートファルコンの涙腺が決壊したかのように、ぽろり、ぽろり、と涙がこぼれ始める。

 くしゃりとゆがんだ瞳に、しかし口元は微笑みを作ろうとして、うまくいかないようだった。

 

「ああ、だからそんな寂しいこと言わないでくれ…勘違いさせたのは本当に悪かった。俺が、しっかり伝えておけばよかったな。どうにも俺は、ウマ娘と話すときに言葉足らずで気障ったらしくなるんだよ。悪い癖だな」

 

「…どれ゛ーな゛ーざぁん…!!それならもっと早くいってよぉぉ……!!あんな、私、ひどいこと言っちゃってぇぇぇ…!!」

 

「すまない、本当に。だから泣き止んでくれ。……フラッシュも、そもそもスカウトの話もだが、何も相談しなくて…悪かった」

 

nein(いいえ)nein(いいえ)!そんなことはありません。貴方は私が信じたかった通りの、優しい方でした…!貴方の選択を心から尊敬します…!」

 

 先ほどライブを見ていた時よりも感情をあらわにして、零れだした涙が止まらないファルコンに、しっかりと心から謝る。

 その涙をハンカチで拭ってやりながらも、フラッシュもまた、笑顔を浮かべていた。

 

 ここまでで、今日の…レース場に来るまでの固い雰囲気に納得がいった。

 二人の間に生まれていた微妙な距離感は、俺という存在がどちらを担当するか、という問題だったのだ。

 もっと早く察してあげていれば、スマートファルコンに厳しい言葉を使わせることもなく、こんなに泣かせることもなかった。

 すまなかったな、と彼女の頭を優しく撫でると、こくりとうなづいてくれた。後で何かしら埋め合わせは考えよう。

 

 そして、もう一つ。スマートファルコンに伝えることがある。

 撫でる頭をそのままに、俺は言葉を続ける。

 

「そして、もう一つ。……スマートファルコン。君は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……ふぇ?ど、どういうこと…?」

 

「俺は…()が走れないとか、()()()が走れないとか、その手の話が心底苦手(・・・・)でね。走れないウマ娘を走らせてこそ、トレーナーの冥利に尽きると思ってる」

 

「…え?ええ?」

 

「もちろん、君はダートのほうが速く走れるだろう。基本的にはダート路線がいいと思う。だけど、芝のレースに出走したくなる時だってあるだろ?その時は、必ず俺が、レースを勝ち負けできるまで仕上げ切ってみせるよ。必勝は約束できないが…後悔のない走りができるようには、必ず。その知識を俺は持ってる」

 

「…ほ、本当に?私、芝も走れるの?」

 

「俺はウマ娘に嘘はつかないのが信条なんだ。仕上げる時間は相応に必要だけど……大丈夫、走れるよ」

 

「………っ~~~!!」

 

 今度こそスマートファルコンの涙腺が決壊した。

 エイシンフラッシュが涙をぬぐうハンカチがさらなる水気を帯びてしまった。

 おかしい…俺は慰める意味でそのことを伝えたはずなのだが…。

 

「…トレーナーさん。ファルコンさんが芝も走れるように、指導できるというのは嘘ではないですね?」

 

「ああ。嘘はつかないって言っただろう。学生時代(・・・・)はそっちを専攻で調べ続けていた時期があってね。過去にあった論文を諳んじて見せようか?」

 

 学生時代というのは嘘ではない、方便だ。だから許してほしい。

 …実際には俺の学生時代の記憶など遥か彼方で、何してたかも覚えていない。そんな昔の記憶はもう擦り切れてしまった。

 今の俺という存在は、()()()()()()()()()()()()()()しかない。

 

 だが、俺がいくつもの3年間をループし続け…直近の、季節外れの桜を有マ記念で咲かせるために繰り返し続けた時期に、芝を走らせる関係の知識の論文はすべて読み漁った。それこそ暗記するほどに。

 正直な話、俺が指導するならば、スマートファルコンを芝のレースで勝たせることはそう難しいことではない。

 長距離の苦手を克服することもなく、もともと5着…掲示板には乗れる程度には走れるのだ。

 マイル~中距離の芝のレースであれば、半年から1年程度仕込めば、スマートファルコンも立派に走り抜けられるようになるだろう。

 

「だから、あとは選ぶのは君たちだ。再来週の最後の選抜レース…そこでの走りで、俺に応えを示してくれ」

 

 そう、俺の想いは伝えた。二人とも担当する覚悟はあることを。

 あとは、選ぶのは彼女たちだ。担当の契約とは、ウマ娘とトレーナー、双方の合意が必要となる。

 俺は、この場の流れで二人にこの後の3年間の運命を決める決定をさせたくなかった。

 よく考えて、その上で……彼女たちが選択した答えを聞きたかった。

 

「君たちの人生において、担当のトレーナーを選ぶということは…とても重要な選択になる。俺を選んでくれるのなら大変に光栄だが、よく考える時間もまた大切だ。それに、選抜レースにもしっかりと臨んでほしいからな」

 

「……そう、ですね。私も、トレーナーさんから頂いたスケジュールの、想いの生んだ結果を…レースで、貴方に見せたい」

 

「…ぐす、うん…わかるよ。私が、何を選択するのか…それを、トレーナーさんは見たいんだよね?」

 

 二人とも俺の意図を読み取ってくれて、しっかりとうなづいてくれた。

 

「そういうことだ。…ウマ娘なんだ。走りで語って見せなくちゃな。楽しみにしてるよ」

 

 二人とも、俺の言葉には笑顔で答えてくれた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 落ち着いてから、改めて帰り道を歩く。

 来る時とは違い、お互いにわだかまりも解けた今、いろんな話題が振られては二転三転し、ずいぶんと騒がしくなった。

 二人とも現役のJK、しかもGⅠレース観戦の帰りである。こういう雰囲気になるのがあるべき姿なのだろう。

 

「あ、そーいえばトレーナーさん。子猫ちゃん、あの後どうなったの?」

 

「ああ…まだ動物病院に入院してるけど、ずいぶんと元気も戻って、もう引き取りに来ても大丈夫だってさ。明日引き取りに行く予定。飼うための道具とかエサも整え済み」

 

「ホント!?よかったー!あの後どうなったか心配してたんだー!」

 

「以前、ファルコンさんが見つけた猫さんですね?無事だったようでなによりです」

 

 そして話は先日の子猫の話になった。

 明日には引き取りに行く予定になっている。これまでのループの中でも猫を飼うのは初めてだ。とても楽しみにしている自分がいる。

 なるべく手間のかからないおとなしい子であればいいのだが。

 

「可愛かったからなぁ…ふふ、見に行くの楽しみ。ね、ところでトレーナーさん?」

 

「ん、なに?」

 

「子猫ちゃんの名前ってもう決めてあるの?」

 

「む。名前……名前か。いや、まだ何にも決めてない。そうか名前か…」

 

 名前。スマートファルコンにそう聞かれて、そういえば名前を決めてなかったことに気づいた。

 猫の名前…名前か……河川敷で拾った三毛猫…ミケ?いやありきたりすぎるだろ。

 少し頭をひねったが全く思いつかない。

 せっかくなので、俺は二人に意見を聞いてみることにした。

 

「……いい名前が思いつかないから、君たちで決めてくれないか?」

 

「え?私たちで?うーん、そーだな…」

 

「オニャンコポン」

 

 

 エイシンフラッシュのカットインが入った。

 

 

「え?」

 

「なんて?」

 

「オニャンコポンです」

 

 

 !鋼の意志!

 

 

「…なんて?」

 

「なんで?」

 

「オニャンコポン。……いい名前ではありませんか?」

 

 

 唐突にフラッシュが掛かりだした。レースなら致命傷なんだが?

 …オニャンコポン。それが彼女の一推しの名前らしい。

 

 …なんで?

 

「その、フラッシュ。あー…オニャンコポン?って名前、か?どこからそんな名前に?」

 

「響きが可愛くないですか?」

 

「え、フラッシュさん、もしかして猫ちゃんの名前ずっと考えてた…?」

 

「はい、実はそうなんです。猫、と聞いて…急に脳裏にひらめいたこの名前、チャンスがあれば名付け親(ゴッドファーザー)になりたいと…あ、もちろん意味もありますよ」

 

 そういって、フラッシュがウマホを操作してオニャンコポンで検索する。

 すると、漫画の一コマや古いアニメの一コマなどが紹介される他に、ちゃんと内容のある記事が出てきた。

 

「偉大なる者、の意味…西アフリカの神様の名前らしいですね。ただ、響きが可愛いので印象深く覚えていたんです」

 

「…ほー。そんな名前の神様がいるんだな、知らなかった。オニャンコポンか……」

 

「オニャンコポン、オニャンコポン……うん、なんだか結構可愛い響きに感じてきたかも?」

 

 偉大なる者、なんて立派な意味があれば、言葉の響きも変わって聞こえてくるらしい。

 オニャンコポン、と何度も連呼しながら、ファルコンが納得を深め(洗脳され)はじめていた。

 

「うん…ファル子もオニャンコポンがいいと思うな☆」

 

「そうか………そうかぁ。二人がそう言うならそうするかぁ……!」

 

 

 翌日。

 動物病院に引き取りに行った際に、子猫の名前を聞かれて「オニャンコポンです」と伝えた時の獣医さんの顔はたぶん今後数ループは忘れないだろう。

 キャリーケースに入って、ニャー、と小さく鳴く子猫は、果たして自分の名前に納得しきっているのだろうか。

 

 ……まぁいいか!!よろしくなぁ!!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

8 3人目

※誤字報告について
本当にありがたいです。どしどし報告いただけると助かります。
ただ、筆者の癖で意味のない当て字をすることが多々あり(例:答える→応える 思い→想い)、そういったところは味として残したいと考えております。かしこ。

 


 子猫…オニャンコポンを引き取った翌日。

 俺はベッドで目を覚ますと、胸元の布団の中で眠っている子猫の重みに気がついた。

 

「…オニャンコポン、お前かなり人懐っこいな…?」

 

 オニャンコポン。フラッシュがつけたその名前で猫を呼ぶと、ニャー、と小さく返事が返ってきた。

 随分と賢い猫のようだ。連れて帰ってきてから家の中に放つと、一度いろんなところを駆けまわってまず下見を始めた。

 そしておおよそ見回ってきたかと思うと、今度はすぐに俺のそばに寄ってきた。

 猫の飼い方を調べた時には『慣れるまではしばらく人間から構わないほうがいい』と書かれていたが、オニャンコポンはむしろ自分から俺に構ってくれと言わんばかりに近寄ってくる。

 トイレも一発で覚えたし、エサなども警戒せずに素直に食べる。1日目にしてとにかくご主人に苦労を掛けない猫であった。

 

「ま、手間がかからなくていいな。おはよう、オニャンコポン」

 

 喉元を指先でくすぐると、気持ちよさそうにニャー、と鳴くオニャンコポン。

 なるほど、これは和む。猫推しの人の気持ちがよく分かる。

 俺は朝から気分を良くして、支度を整え、今日も仕事のために家を出るのであっ

 

 ───たのだが、しかし。玄関先でものすごく寂しそうな瞳で見てくるオニャンコポンが俺の足を止める。

 …俺はこれから家を出るのであるんだが?

 

「…行ってきます?」

 

 ニャー!とすごい抵抗の色の強い声で鳴かれた。

 え、何。行ってきちゃダメ?ダメか?俺これから毎日のように学園に行くんだけど?

 

「………一人は、いやか?」

 

 ニャー。

 肯定の色の返事が返ってきた。

 

 …思えばそうか、こいつ捨て猫だったんだもんな。

 ずっと一人で段ボール箱の中で、命の危機にさらされ続けていたんだった。

 そう考えれば、確かに引き取ってすぐに一人にしておくのはかわいそうってもんだ。

 しかし、となるとどうすればいいだろうか。オニャンコポンの気持ちは分かったが俺にも仕事がある。

 

 若干悩み、しかし解決策はすぐに思いついた。

 俺の脳内で、『同伴!!』と扇を広げる理事長の顔が浮かぶ。

 あの人、いつも猫連れてるじゃん。

 理事長が許されて俺が許されないことがあろうか。いやない。

 

「……一緒に行くか?」

 

 オニャンコポンの前にしゃがみこんで、そっと手を差し伸べる。

 すると、待ってたと言わんばかりに手のひらから腕を駆けのぼり、俺の肩に乗ってしっかりと肩口を掴んでむん!と気合を入れる子猫。

 いつでも準備はばっちりなようだ。

 

 …………………うーん。

 まぁこんだけ賢ければ大丈夫だろう。多分。なるようになれ。

 

「よし、行くか。勝手に離れたりすんなよ」

 

 理事長の許可を朝一で得てしまえばこっちのもんだと腹をくくって、俺はオニャンコポンを肩に乗せながら出勤した。

 

────────────────

────────────────

 

 

「驚愕ッ!!私のほかに猫を連れているものがいるとは!?」

 

「あら…随分となついておられますね、その子猫さんは。トレーナーさんの飼い猫ですか?」

 

 肩にオニャンコポンを乗せたまま朝一番に理事長室に向かい、理事長とたづなさんに経緯を説明したうえで了解を取る。

 二人とも、ウマ娘の生徒の気持ちを汲んだ対応に感心していただけたようで、問題が起きなければOK、と一先ずの許可を得ることができた。

 

「トイレや猫草の予備はあるので自由に使ってくれて結構ッ!猫缶は購買にあるのでそちらも活用してほしい!」

 

「ありがとうございます。猫缶はこの後さっそく買いに行かせていただきます」

 

「ふふ、理事長以外にも猫缶を購入してくれる人が初めて現れましたね!…本当に!…ようやく、入荷している意味が…!!」

 

 満面の笑みで猫グッズを準備してくれる理事長と、なぜか遠い目をして頷くたづなさん。

 そういえば購買でいつも売ってる猫缶、理事長が買っているシーンしか見たことなかったな。これまでのループの中でもずっと。

 あれ、なんで仕入れてるんですか?それをこの場でたづなさんに聞く勇気は俺にはなかった。

 

 そんなわけで肩にオニャンコポンを乗せながら校内を歩いていると、それはもう生徒から声をかけられまくる。

 何といってもここは女子の学び舎である。可愛いものと甘いものには目がないJCJK達の集まるトレセン学園だ。

 理事長以外に猫を連れているトレーナーがいる、となればそれは注目の的にならないはずがない。

 

「わ、猫ちゃんだー!すっごい可愛い!ね、ね、お兄さん、一緒に写真撮っていーい?ウマスタにあげたいの♪」

 

「構わないよ。ただ、まだ人慣れしていないからね。1枚だけにしてくれるかな?」

 

 

「おや~?これは可愛い猫ちゃんですねぇ~。………へぇ、トレーナーさんの。じゃあ今後も学内でいっぱいお会いしそうですねぇ、昼寝スポットで。よろしくね~子猫ちゃん」

 

「はは、昼寝もいいがあんまり授業はサボるなよ?」

 

 

「む、貴様。なんだその猫は…………ふむ、理事長にも話が通っているならいい。ただし、花壇はトイレでないことはしっかりと躾ておけ」

 

「大丈夫、賢い猫でね。勿論しっかり言い含めておくよ。花壇の手入れ、いつもお疲れ様」

 

 

「ふんぎゃろぉぉぉぉおー-!?!?!?今日のラッキーアイテムの三毛猫様がこんなところにぃぃ!?!?これがシラオキ様のお導きですかっ!?!?はぁ~ありがたや~~!!」

 

「すまん。鼓膜がイカれて何も聞こえない」

 

 

 俺はその日はずっと、集まってくる生徒たちにオニャンコポンの説明をしたりして、珍しく忙しい一日を過ごすのだった。

 

 なお、帰宅後にフラッシュとファルコンからLANEのメッセージが届いて、どうやら()とオニャンコポンは最終的に一部生徒の噂になっていたらしい。…なんで俺も?

 まぁいいか。可愛いものが周知されるのはいいことだ。

 これからもオニャンコポンは学園で愛される系の子猫ちゃんになるだろう。

 

────────────────

────────────────

 

 そんなあわただしい一日が終わると、その後はフラッシュとファルコン、二人の選抜レース出走…第四週の末まで、特段大きな出来事はない。

 そう、大きな出来事はない……のだが、小さい問題が発生した。

 もちろん、これまでの周回で経験したことがなかった、猫の飼育に関する問題である。

 最終の選抜レースを5日後に控えた現在、家の掃除を行っていた時にその問題と直面した。

 

「結構家ン中にオニャンコポンの毛が落ちるな…そうなるとはわかってたんだけどさ」

 

 粘着質の筒のついたコロコロでソファーやカーペットの掃除をしながら、俺はそこにへばりつく少量の俺の髪の毛と、それ以上に毛量の多いオニャンコポンの毛を見てうーん、と首をひねる。

 家で猫を飼うと、当然だが猫が家にいる間は自由に家の中を歩き回る。

 飼育サイトでは、猫の毛が落ちるのでこまめに掃除しましょう、と書いてあったが…

 

「こまめに、ねぇ……掃除面倒なんだよな…」

 

 俺は掃除が好きではなかった。

 

 いや、もちろん普通にできる。苦手というわけでもない。

 ただ、トレーナー業に全力を注ぎこみたい都合もあって、定期的に掃除をするのがどうにも習慣にならなかった。

 掃除をするとしても2週間に1度くらい。忙しいときは月1程度。もちろんトイレや水回り、ごみ出しなどは別として。

 男の一人暮らしで、しかも大半が仕事で家にいることも少ない。これまでの周回では、そのペースで困ったことはなかった。

 

 ……いや、一度だけあったか。エアグルーヴの担当をやっていた時だ。

 あの時は「月に1回くらいかな」と掃除の回数を伝えた瞬間に、般若の如き形相になったエアグルーヴに「たわけ!!」とめちゃくちゃ叱られ、その後は毎週末にエアグルーヴが掃除をしに来てくれていた。

 あの時はまぁ楽だった。掃除の後にエアグルーヴの調子もなぜかよくなってたからレースでも勝てる勝てる。

 あの世界線の俺はあの後どうしているのだろうか。ちゃんと掃除ができるようになったのか、はたまたエアグルーヴに尻に敷かれているのか…懐かしい、たわけな頃の自分の記憶を思い出す。

 

 …いやあの頃の思い出に浸っていてもエアグルーヴが掃除をしに来てくれるわけではない。彼女は花壇の手入れと生徒会で忙しいのだ。

 話を戻そう。

 そんなわけで、俺はこれからの掃除事情に若干頭を悩ませていた。

 その様子をなんだか申し訳なさそうな顔で見てくるオニャンコポンと目が合った。

 

「…心配すんなって。お前といるのは楽しいからな、何とかするさ」

 

 1週間も一緒に過ごしていれば、情というものもそれはもう猛烈に湧いてきていた。

 そもそもオニャンコポンは素直で言うことも聞くし、手間もかからない。最高の猫だ。*1

 なんなら顔は整ってるし、目は宝石のようにきれいだ。どこかの猫雑誌に掲載されてたって違和感はないね。うちの猫が一番かわいい、そうだろう?*2

 そりゃあ学園で人気も出るってもんですよ。理事長の猫と美猫グランプリやってみようか?絶対勝つぞうちのオニャンコポンは。*3

 

 …また話が逸れた。

 俺はひとまずの掃除を終えて、オニャンコポンに猫缶を与えてやりながら、さてどうするかと掃除問題に改めて思考を向ける。

 

 掃除をする時間は仕事に充てたいので取れない。

 だが掃除はしなければならない。

 エアグルーヴはこの世界線では掃除に来てくれない。

 つまりだ。

 

「雇うか…家事代行!」

 

 俺は周辺地域の家事代行の業者を調べるべく、スマホを手に取るのだった。

 

 

 …色々調べていると、今の自分にかなり合っている条件を見つけた。

 毎週清掃を実施、ペット可、交通費と日当で月7万~8万程度。

 金額面だけ見ると割高に感じるかもしれないが、都内の一軒家で毎週の清掃である。こんなもんだろう。

 そもそもお金を使う分には困ることはない。俺の所有する株式は今も指数関数的にお金を増加させている。

 こういう時に有効利用をさせてもらうくらいはループ系トレーナーの特典として許してほしいものだ。

 

 もう少し調べると、どうやらこの業者は業者側で登録しているハウスキーパーを斡旋してくれる仕組みになっているらしい。

 ウーマーイーツの家事代行版みたいなもんか。

 これでいいや、とさっそく業者に電話をかけて、労働条件を伝えていくのであった。

 

 

 そして翌日。

 今日は家事代行の業者から斡旋された我が家担当のハウスキーパーが来てくれる。

 挨拶と業務内容の確認、および簡単に清掃をしてくれる予定となっていた。

 オニャンコポンと遊びながらハウスキーパーを待っていると、指定された時間に家のチャイムが鳴らされた。

 

「はーい、今出ますよっと」

 

 さてどんな方がいらっしゃったかな、と玄関に迎えに行く。

 玄関のドアを開けると、そこにはなんと、ウマ娘が立っていた。

 

 しかもだ。

 猛烈に見覚えがある(・・・・・・・・・)

 

「おはようございますっ!家事代行の斡旋で来ました!立華さんですね、よろしくお願いしますなのっ!」

 

 元気よく挨拶する、その独特な口癖。

 サンバイザーを被って髪を片側に結った、特徴的な黒鹿毛の髪型。

 その走りはまさに名が体を表すがごとく疾風怒濤。マイルから中距離のレースを風の吹くままに駆け抜ける、『怪物』マルゼンスキーに並ぶ俊足の逃げ足を持つウマ娘。

 そのウマ娘の名は、

 

「アイネスフウジンです!これからお世話になります!」

 

 風神の名を持つウマ娘が、ハウスキーパーとして我が家の玄関に立っていた。

*1
事実陳列罪

*2
個人の感想

*3
ただの親バカ




このトレーナーの顔は一般的にイケメンと称される程度の顔です。クソボケトレーナーの固有スキルみたいなもん。
そんなのが子猫を肩に乗せて学園を練り歩いている。これはもう事件ですよ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

9 凪

「凪」の意味
風が止み、静まっていること。


「しかし、まさかトレセン学園のウマ娘が来るとはね…」

 

「あたしもまさかトレーナーが雇い主だなんて思わなかったの…」

 

 お互いに自己紹介を終えて、家の中を案内しながらアイネスフウジンと俺は揃って苦笑する。

 アイネスフウジンはつい最近、この求人に登録したばかりだという。

 

「交通費をブッチできるからめちゃくちゃ時給効率がいいの!半日だけで終わるから他のバイトも入れられるし!」

 

「そっか、ウマ娘だもんな…となるとウーマーイーツも登録してるな?」

 

「モチロンなの!」

 

 生粋のバイト戦士である。以前の世界線でもバイトをしていることは把握していたが、実際に目の当たりにするといろんな感想が浮かんでくる。

 その中でも特に感じたものは、心配だ。

 

「…しかし、アイネスフウジン。君は確かまだ担当がついていなかったよな?そんなにバイトして、練習とか大丈夫なのか?」

 

「んー、ちゃんと運動系の授業は出てるの。自主トレが十分かと言われるとちょっと怪しいけど…」

 

 早速掃除を始めるアイネスフウジンに、業務の邪魔にならない程度に心配の言葉をかける。

 そう、彼女はまだ未デビューのウマ娘なのだ。

 なんなら今月の選抜レースにもしっかりと出走している。

 しかしその成績は芳しくない。確か芝1600m、4着-3着-3着だ。

 ひどい走りではないが、決め手に欠ける。もっと言えば、走りが不完全。

 彼女の持ち味である突き抜ける逃げ足が、十分に発揮されていなかった。

 

「…………ふむ」

 

 彼女の体全体を服越しに見る。

 トモはやはり才能があるウマ娘というべきか、未デビューのウマ娘の中でも十分な発育となっている。

 だが、体全体の筋力が足りない。トレーニング不足による体幹の未発達が、彼女の走りを未熟なものにしてしまっている。

 すさまじい価値を持つ宝石が、磨かれずに曇っている状態だ。

 もったいない。そんな感想が頭に浮かぶ。

 

「…ちょっと、立華さん?あたしを見る目が怪しいんだけど?いきなり問題になるのはやめてほしいの」

 

「待て。そういう目で見てるわけじゃない…トレーナー目線で、走りについて考えを飛ばしてただけだ」

 

 アイネスフウジンに己の視線を指摘されて慌てて目を閉じる。

 そして話をうやむやにするためにオニャンコポンを顔の前に持ってきて盾として装備しながら、俺は言葉を続けた。

 

「…アイネスフウジン。雇った俺が言うのもなんだが…もう少しバイトを減らして、練習を増やしたほうがいいと思うぞ。いい脚してるのに、勿体ない」

 

「……勤務初日でそんなこと言われるとは思ってなかったの」

 

 えー?と面倒くさそうな表情を作るアイネスフウジン。

 まぁ確かに、そんな返事が返ってきても仕方がない。

 彼女からしたら、担当でも何でもない新人トレーナーが雇い主という立場で偉そうに説教しているだけなのだ。

 

 言い過ぎたか、と俺も反省の色を浮かべて、オニャンコポンの手をもって反省のポーズを構える。

 そんな様子に苦笑して、アイネスも肩の力を抜いてくれたようだ。

 しかし、続く彼女の言葉に、俺はまた感情を大きく揺さぶられることになった。

 

「大丈夫なの、どうせ次の選抜レースが最後のチャンス(・・・・・・・)だし」

 

「……なんだって?」

 

「…あ。やば、言っちゃったの……」

 

 しまった、という顔でアイネスが口元に手を当てる。

 俺は聞き逃せない内容が含まれた先の発言に、追及する。

 

「…最後?……何か、事情があるのか?」

 

「あー……気にしないで?って言っても、聞かないタイプのトレーナーだよね?立華さん」

 

「ああ。零した相手が悪かったな。話せば楽になるかもしれないし、壁にでも話してると思って聞かせてくれ」

 

「んー……いや、ね。ちょっと、学費が厳しいの。お父さんが倒れちゃって…命に別状はないんだけど…」

 

 ぽつ、ぽつとつぶやくようにアイネスフウジンがこぼした事情はこうだ。

 元々、アイネスフウジンの家は裕福なほうではなかった。

 一般家庭に3人のウマ娘。その中でも長女のアイネスフウジンは、幸いなことに走る才能があった。

 中央トレセンの試験をせっかくだからと受験してみたら合格、しかし学費の高さもあり遠慮していたアイネスフウジンだったが、子を思う両親の、せっかくウマ娘として生まれて中央に合格したのだから、という推しもあって入学した。

 

 だが、中央トレセン学園の学費は高い。

 元々種族として大食漢、かつ高性能な設備の整備費用などもあって、結構な学費がかかる。

 もちろん、奨学金制度などもあって、一般家庭出身のウマ娘でも在学をする分には問題ない程度には抑えられている。

 だが、その奨学金制度が適用されなくなる時期がある。

 本格化を迎えた後だ。

 

 本格化を迎えた後は、契約を交わしたトレーナと共にトゥインクルシリーズ、実際のレースに出走していくことになる。

 そこで賞金を獲得することが予想される──いや、そうあるべきである、というURA全体の意向もあり、奨学金はよほどの特別の事情がない限り一時打ち切りとなる。

 なのでウマ娘達は我先にと契約するトレーナーを見つけ出すのだ。その背景には切実な事情があった。

 

 つい先々月に本格化を迎えたアイネスフウジンも、奨学金制度が停止されていた。

 とはいえ、もちろんそれはわかっていたことであり、アイネスフウジンの両親もそれに備えて日々の生活を切り詰めて貯金も作っていた。

 だが、タイミング悪く、サラリーマンとして働く父親が急病で倒れたと連絡が入った。

 命に別状はなく、メンタルに影響があったりもしなかったが、しばらくの病休。

 公的制度による補償も受けてはいるが、4月には双子の妹が進級するなど、他にも出費が重なってしまい……学費が、かなり際どい状況となってしまっていた。

 

 もちろん、親は気にせずに学園に居続けてくれと言ってくれてはいる。家族はみな、中央にいる自分を応援してくれている。

 だが……それをアイネスフウジンが享受するということは、現時点では、両親と可愛い妹たちの生活を削るということと同義であった。

 その状況を長く続けることに、アイネスフウジンは耐えられなかったのだ。 

 

「…だから、あたしもバイトで頑張って補填してはいたんだけど…ね。もし今回の選抜レースでダメだったら…」

 

 今回の選抜レースで担当がつかないと、今年に開催される最初のメイクデビューには間に合わない。

 そうなると賞金が獲得できなくなり、結局のところ負担がいくのは実家の家族たちだ。

 

 

 …そういった事情により、アイネスフウジンがこの学園に残るためには、次の選抜レースで結果を残し、スカウトを受けて、最速でメイクデビューを勝ち切る必要があった。

 

「…そんな事情があったのか」

 

「うん。それで、ここ1か月くらいはバイト増やさざるを得なかったの。練習しなきゃ、とはわかってるんだけどね…」

 

 話を聞き終えて、俺は、深くため息をついた。

 もちろん、学園の制度について俺は誰よりも理解している。

 恐らくだが、父親が急病という事情もあるので、奨学金制度などは申請すれば復活はするだろう。

 だが、奨学金というものはいわば将来を見越した借金だ。

 勝ち切れず花咲かず、トレセン学園を後にするウマ娘もいることは悲しいが事実である。

 そうしたウマ娘にとって、さらに奨学金返済の負担は大きいものとなってしまう。アイネスフウジンにとっては選び難い選択肢だろう。

 

「勝てば、ね…全部丸く収まるの。けど、勝ち切れないレースが続いているのも事実で…なかなか「ウマ」生は「ウマ」くいかないの。なんてね」

 

「…会長が聞いても笑えないレベルのひどい冗談だ」

 

 ああ、本当にひどい冗談だ。

 何の因果で、こんなに才能のあるウマ娘が、練習不足と不幸が重なって、トレセンを去るなんて憂き目にあわなければならない?

 

 アイネスフウジンは強いウマ娘だ。

 エイシンフラッシュやスマートファルコンと同様、これまでの俺のループを繰り返した記憶で、何度もライバルとして立ちはだかった、駆ける風神。

 そして今日改めて全身を観察しても、才能に溢れるその両足。

 ただ、今はそれが磨かれていないだけ。磨くのを怠っているだけ。

 …勿体がなさすぎる。

 

 俺は…アイネスフウジンに、何というべきか悩んで、しかし声をかけ───

 

「あ、同情で担当になるなんて言うのはやめてほしいの」

 

 ────ようとして、止められた。

 二の句を告げる前に、アイネスフウジンが続ける。

 

「…ウマ娘とトレーナーの関係ってそんなに軽いものじゃないでしょ?勝ってもいないあたしに、家庭の事情を聴いたから、ってだけで担当になる、なんて言わないでね?そんなんじゃスカウトを受けられなかった他の子にも失礼だし…あたしだって、まだ諦めたわけじゃないの」

 

「…だが、はっきりと言わせてもらうが、明らかに練習不足だ。次の選抜レースまで1週間もない。君が次のレースを勝ち切れるかどうかは…」

 

「レースに絶対はない、でしょ?負けるつもりで走るウマ娘なんていないの。…スカウトで声をかけてくれるのなら、選抜レースで勝った後でよろしくなの。その時は考えてやってもいいの」

 

 ふふん、と。あくまで笑顔のまま、気丈に、はっきりと同情によるスカウトはやめて、と口にするアイネスフウジン。

 しかしその表情の奥…長い人生経験を持つ俺だから察せる、彼女の気苦労が、精神的消耗が…透けて見えるようだった。

 父が倒れ、家族が苦労している中、勝ち切れず、しかし働かなければならない。

 そんな、少しずつプレッシャーに押しつぶされてしまいそうな状況に……それでも彼女は弱音を零さず、誇り高く気丈に振る舞った。

 

「さ、話はおしまいっ!…吐き出せてちょっとすっきりしたの、ありがとね」

 

「……ああ」

 

「それじゃ仕事に戻るの。ここから先は雇用主とハウスキーパーの関係に戻るからね、立華さん」

 

「…わかった。よろしく頼むよ」

 

 彼女の切り替えによって先ほどまでの話は打ち切りとなり、家事代行の仕事に戻るアイネスフウジン。

 俺はそんな、無理をしているような様子の彼女を見て、もやもやとした気持ちを抱えたまま、掃除する様子を見守っていた。

 




今回出てきた奨学金やらなんやらの設定は余り深く突っ込まないで頂けると助かります。
フラグを立てるために生えてきた設定で、そんなに重く関わらないです。レース以外で曇り続けるウマ娘はこの世界線にはおらんです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

10 我儘

 その日の夜。

 自室でオニャンコポンにブラッシングをかけながら、思い浮かぶのはアイネスフウジンの顔。

 

『──同情はやめてほしいの』

 

 気丈にもそう言い切った彼女の顔が、脳裏から離れない。

 

 同情。そういう表現もあるだろう。

 確かに俺は彼女の境遇に同情したかもしれない。だが、それは決して、金銭的な問題を抱えていることへの同情ではない。

 彼女が走れなくなってしまうことへの喪失感だ。

 

 あの、疾風のような彼女の輝く逃げ足が、見れなくなる?

 たまたま運が悪く、金銭的な理由が重なってしまったから、などという理由で?

 ……世界的損失である。

 

 俺は、それを何とかするために…金銭的な援助ではない方法で、何かできないかと模索していた。

 金銭的な支援こそ、彼女は受け取らないだろう。彼女の家族もまた同じだ。その行為に何の理由もない。

 

 ではどうすればいいか。答えはシンプルだ。

 彼女に担当のトレーナーがつけばいい。

 そのためには次の選抜レースで、彼女が勝てばいい。

 そうして、メイクデビューの最初の開催時期…6月までに、勝ち切れるウマ娘に仕上げればいい。

 

 それができるトレーナーは誰だ?

 俺だ。

 

「……けど、な。ただのわがままなんだよな、これ…」

 

 そう、わかってるんだ。わかってるんだよ。これが俺のわがままだっていうことは。

 流石に退学を悩むほどまではいかなくとも、同じようにスランプに陥り、悩んでいるウマ娘なんてそれこそ沢山いる。

 勝者には栄光が与えられるトゥインクルシリーズだが、その陰に何倍もの敗者が存在しているのだ。

 それらすべてを助けるなんてことは俺にはできないし、ルドルフだってできないし、たとえ三女神にだってできないだろう。

 明確に勝者と敗者が生まれるこの競争社会では、大なり小なり、こぼれ落ちるものはある。

 

 だが。

 それでも。

 

知っちまった(・・・・・・)んだよなぁ…!」

 

 俺が、アイネスフウジンと出会ってしまったのだ。

 そして、知ってしまった。彼女の事情を。今にも失われそうな輝きを。

 それを、掬いたい…俺の掬える範囲のウマ娘を救いたい、と思うのは…罪なのだろうか?

 

「なぁ、どう思うよオニャンコポン。俺は……どうすればいい?」

 

 俺は両手にオニャンコポンを抱えて、もやもやした悩みを投げかける。

 オニャンコポンからは、ニャー、といつもの鳴き声しか返ってこない。

 しかし、俺にはその鳴き声が、やりたいようにやれ、と言っているように聞こえたのだ。

 

 そう、そのように聞こえた。

 もちろん俺には猫の言葉なんてわかるはずもない。

 つまりこれは、俺が本当にやりたいこと(・・・・・・・・・・・)を猫に代弁させたに過ぎない。

 

 そう、俺はアイネスフウジンを救いたい。

 掬いあげてやりたい。

 

「……だよな、OK。やれるんならやらなきゃな」

 

 決意は固まった。

 だが、その決意をした次に、考えるべき問題がある。相談するべき相手がいる。それは忘れてはいけないこと。

 俺はスマホを取り出して、まだ寝てはいないだろうと、ある相手へLANEで通話をかけるのだった。

 

────────────────

────────────────

 

「………え、トレーナーさん?」

 

「え!なんで、こんな時間に?」

 

 エイシンフラッシュとスマートファルコンは、エイシンフラッシュのウマホにかかってくる着信が彼女たちのトレーナー(仮)からのものであることに驚き、ベッドから体を起こす。

 二人とも、寮の自室…共に暮らす相部屋でパジャマ姿で、寝る時間までのんびりくつろいでいるところであった。

 慌てて通話ボタンを押すフラッシュ。

 もちろん、ウマホで通話する際にはウマ耳に通話口が届かないので、スピーカーモードである。

 

『もしもし、フラッシュか?すまんな、こんな時間に。まだ寝てなかったか?』

 

「はい、こんばんは、トレーナーさん。大丈夫です、睡眠の予定時間まではまだ32分10秒ほどありました」

 

『そうか。…ファルコンも起きてるか?寝てたら起こさないでやってほしいが』

 

「起きてるよー!こんばんはトレーナーさん☆なに、私にも話があるのかな?」

 

 電話口の向こうのトレーナーは、二人が起きていることを確認した。どうやら二人ともに話があるらしい。

 このトレーナーが自分たちに用があるということは…担当の件だろうか?

 エイシンフラッシュとスマートファルコンは顔を見合わせて、しかし心当たりがなく首をひねった。

 

『ああ、実はそうなんだ。急な話で悪いんだけどな……あー……どこからどこまで説明したもんか』

 

「…重要な話でしょうか?でしたらごゆっくり、お話しなさって大丈夫ですよ」

 

「うん、どうしたのトレーナーさん?何か大切なこと?」

 

『かなり大切なこと、だな。うん…先に言っておくと、なるべく怒らないで聞いてくれると助かる』

 

「…はい?」

 

「なんて?」

 

『んじゃ話すぞ。…実はな、家事代行を雇うことにしてな────────』

 

 そのあとに続くトレーナーの話は、まとめるとこうだった。

 猫の毛が落ちるから家事代行を雇った。

 そしたら来たのがアイネスフウジンだった。

 彼女ののっぴきならない事情(・・・・・・・・・・)を聞いた。

 何とか助けてやりたい。

 

 …のっぴきならない事情、の部分に詳しい説明はなかったが、二人は察しがついた。

 アイネスフウジン。同学年の、気のいい姉御肌の友人。また彼女はバイト戦士としても有名である。

 バイト戦士をしている、つまり…実家が金銭的余裕があまりないことは、同級生は誰も触れないが、何となく察していた。

 恐らくは、それ関係なのだろう。だが二人ともそこまで困窮の状態にあるとは知らなかった。

 アイネスフウジンは日常の中で、そんな素振りを見せることはなかった。周りに心配をかけたくないがために。

 

『…で、だ。次の選抜レースで彼女に助言したいと考えている。勝ち切れるようにな。担当してないウマ娘にこんなことしていいのかとか、そもそも二人の担当になるつもりがあるって言ったそばから何やってんのって話ではあるんだが…どうしても見過ごせなかった。話の流れ次第だけど、アイネスが勝てば…俺がほら、担当になる可能性もありそうで…アイネスに望まれたら、俺としては……だな?えっと、やっぱり、こう、アドバイスする手前……ちゃんと見てやらないと……とは思って…………その………3人目になるんだけど、担当してあげたいと……………その、思っているんですが…………………えっと、いかがでしょうか…………二人とも?』

 

 最終的にトレーナーの声色がどんどん弱弱しく、自信のないものになっていった。

 なぜかというと、二人がずっと無言だったからだ。

 特に、話の流れが見えて、3人目の担当になる、というあたりの説明から謎のプレッシャーをスマホ越しに立華は感じていた。

 

『………………ええ、と、ですね………』

 

「…………ぷっ」

 

「…………ふふっ、駄目ですよファルコンさん、まだ我慢……ふふ、あははは!!」

 

「はははっ!!フラッシュさんも笑ってるじゃん、ダメ、もう耐えられないってぇ!あははははは!!」

 

『えぇ何!?なんで今俺笑われてんの!?』

 

 長い沈黙のプレッシャーにオニャンコポンのお腹を無心でモフることで何とかこらえていた立華は、しかしそのあとにフラッシュとファルコンから思わぬ大爆笑を受けてパニックになった?

 なぜ?どこがウケた?

 

「ふふ……トレーナーさん、貴方は、そうですね、貴方という人は!本っ当に!バカですね!」

 

『なんで!?フラッシュからそんなに言われると俺泣きそうになるんだけど!?』

 

「マヤちゃんじゃないけど…私ね、トレーナーさんのことわかっちゃった☆うん、バカなんだね?」

 

『どうして罵倒の流れになった…?いや罵倒されても仕方ない内容だとは俺も思ってるけどさぁ!』

 

 続いて急に見込んだウマ娘から罵倒の言葉が投げかけられ、立華はオニャンコポンの横で宇宙猫状態になっている。

 そんな様子も察したのか、またくすくすと二人が笑う声が聞こえて、そして、続く言葉は。

 

「もう…トレーナーさん。私たちが、嫌だって言うと思ったんですか?」

 

『え』

 

「私たち、そういうトレーナーさんだから…困ってるウマ娘を見かけたら、放っておけないような人だから、信じてみようってなったんだよ?」

 

『…え。マジ?』

 

「そもそも…もうこの電話をかけてきている時点で、私たちのことを担当する気満々じゃないですか。何ですか、先日の『俺に応えを示してくれ、選ぶのは君たちだ』なんて言っていたのは。あの時のカッコいいトレーナーさんはどこに行ってしまったんです?」

 

『あっ急に言葉のナイフ』

 

「ホントにね!あ、でも事前に相談したのはファル子的には高得点かな?私には、相談も説明もな~んにもしてくれなかったもんねぇ☆」

 

『ごめんて。その件は本当にごめんって!』

 

 何やら漫才のような掛け合いが始まってしまったが…立華は、二人の言葉に、安堵を覚えていた。

 二人の言葉を好意的に解釈すると、つまり。

 

「アイネスさんのことは、私たちも存じています。とても気の良い方で、でもお忙しくしているということも」

 

「いつか逃げウマ娘達でアイドルグループ組むときに声かけようって思ってたんだ!でも、それが難しくなっちゃうかも、なんだよね?」

 

 

『……ああ、そうだ。俺はそんな、困っている…困っていて、それを周りに見せない、強い彼女を…助けてやりたい。それで、彼女とも(・・・・)、俺は勝ちたい』

 

 

「…事情は分かりました。私も応援します。アイネスさんが私たちと同じく貴方を選ぶようであれば、共に切磋琢磨する仲間として歓迎します」

 

「ファル子もだよ!だからトレーナーさん、アイネスさんのこと…よろしくね!」

 

『ああ、ありがとう二人とも…ありがとう!』

 

 話は決まった。

 立華は、身勝手な我儘を受け入れてくれた未来の担当ウマ娘二人に、心から感謝の言葉を返す。

 

 後は結果で示すだけだ。

 二人は、レースの結果で応えるために。

 立華は、アイネスフウジンを助けたいという我儘を通すために。

 

 最終週の選抜レースが、まもなく開催されようとしていた。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

11 風神の目覚め

「よ、アイネスフウジン。奇遇だな。…話がある」

 

「…立華トレーナー?」

 

 俺は最終週の選抜レース、その最終レースである芝1600mに出走登録を済ませたアイネスフウジンを見つけて声をかけた。

 今日に至るまでに、アイネスフウジンを掬うための準備は整えてきた。

 彼女は急に声をかけられ、しかしその相手が見知った男、自分の事情を漏らしてしまった俺であることに気づき、若干眉根を寄せている。

 

「何?…もしかして、この間の話の続きなの?」

 

「そうだ」

 

「そうだ、って……前も言ったでしょ。同情なら、やめて」

 

 はっきりと、前の話の続きをする、と断言する俺に、アイネスフウジンは辟易して一歩、距離を取る。

 前にも言ったはずだ。感情的な同情で選んでほしくはないと。

 選ぶなら、結果を見てからにしてほしいと。

 そんな思いが見て取れる、一歩半の距離。

 

 だが俺はすでに決意を固めている。この程度ではひるまない。

 肩に座ったオニャンコポンがニャー、と鳴くのを指先で軽くたしなめながら、言葉を続ける。

 

「ああ、前も聞いた。そのうえで、これは俺の我儘だ」

 

「我儘?」

 

「そう、我儘。…俺は、君ほど走れるウマ娘が、事情があるにせよ…デビューできない、レースを走れないなんて許せない。そう思った」

 

「…何言ってるの?」

 

「君は走れるウマ娘だ。きちんと鍛えれば勝てるウマ娘だ。俺が君を見て、そう判断した。───だからまず君をこの選抜レースで勝たせる。そしてメイクデビューも勝って、重賞レースも勝って、GⅠレースも勝たせる。俺にはそれができる」

 

 俺はまくしたてるように、言葉を並べた。

 並べた言葉に嘘は一切ない。

 アイネスフウジンならできると思っているし、俺なら出来ると思っている。

 ウマ娘と本気で話をするためには、絶対に嘘はつかない。俺の信条だ。

 

「…………言葉では何とでも言えるの。でも、貴方は新人のトレーナーでしょ?」

 

 アイネスフウジンが、俺のその言葉を受けて、さらに距離を取った。

 当然だ。俺はまだ何の実績も上げていない新人トレーナー。

 そんな奴が、甘い話をして一方的にまくし立てているのだ。

 警戒するのも当然というもの。

 

「……あたしはレースに向けてウォームアップしてくるの。……もう、邪魔しないで」

 

 ここまではまぁ、想定通り。

 だから俺は、プラン通りに事を進める。

 

「…言葉じゃ信じられないよな。そりゃそうだ。だから、脚で語ることにする」

 

「……どういうことなの?」

 

「第5レースの芝2000m。第6レースのダート1600mを必ず見てくれ。俺のアドバイスを受けていた子たちが走る。君の同級生の、エイシンフラッシュとスマートファルコンだ」

 

「…え!?フラッシュちゃんとファル子ちゃん!?あの二人が!?立華トレーナー、貴方、何を…!?」

 

「アドバイスしただけさ。その結果を、今日、レースで俺に示してくれることになってる」

 

「…あの、二人が…?」

 

 アイネスフウジンは、目の前のトレーナーの口から急に友人の名前が飛び出してきたことに驚きを隠せないでいた。

 しかもその二人はあのエイシンフラッシュとスマートファルコン。

 二人とも…前回の選抜レースで結果を出し切れず、くすぶっていた…と、記憶している二人だ。

 しかし、二人ともしっかりとした子だ。特にエイシンフラッシュは大人びており、警戒心もひとしおだろう。

 そんな彼女たちが、この胡散臭いトレーナーのアドバイスを受けた…?

 

「そのレースの走りを見てくれたら、改めて声をかけるよ。その時は俺の話を聞いてくれると嬉しい」

 

「…………」

 

「ああ、ウォームアップだけど、走りすぎないようにな。柔軟を多めにやったほうがいい。走っても1000mを1本までにしておくんだ」

 

「……そんなことはわかってるの」

 

 ウォームアップにまで口を出してから、俺は一度アイネスフウジンの前から立ち去った。

 

────────────────

────────────────

 

「なんなの……?」

 

 アイネスフウジンは、一言で表すなら、いら立っていた。

 今日の選抜レースは絶対に負けられないレースだ。

 あの人に言われなくても、想いは強いつもりだし、時間が取れない中でも自分なりに練習をしたつもりだ。

 家族のためにも、絶対に、負けられない(・・・・・・)

 

「それに、1000mを1本だけって…?訳が分からないの…!」

 

 確かにあのトレーナーの言う通り、自分は練習不足であり、スタミナはまだ少ないことを自覚している。

 そのため、1200mを3本くらい流す程度でウォームアップは済ませようとは思っていた。

 だが、あのトレーナーは1000mを一本にしろという。

 それだけしか走れなくては…フラストレーションがたまってしまうのではないか?

 

 しかも、気になる一言を置いて行った。

 第5レースと、第6レースを見ろって?

 そのレースに出走する、フラッシュちゃんと、ファル子ちゃんを見ろって?

 

「そのレースを見て、何かが変わるっていうの…?」

 

 大切なレースの前だというのに、もやもやがさらに積み重なっていく。

 見ろと言われれば…まぁ、自分のレースまでは時間もあるし、友人二人の大切なレースである。見に行くけれど。

 それで、何かが変わるというのだろうか。

 あの二人の、走りが、あたしに何かを見せてくれるというのだろうか。

 

 もやもやとした気持ちが晴れないままに、アイネスフウジンはゆっくりと柔軟からウォームアップを始めるのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 第5レースが間もなく始まろうとしていた。

 

「ふぅ……大丈夫、落ち着いて……toi、toi、toi…」

 

 ゲート前で、エイシンフラッシュが気持ちを静めるために、子供のころからのおまじないをつぶやく。

 緊張からではない。

 高揚感を、武者震いを止めるためのおまじない。

 先ほどから…走りたくて、走りたくて、仕方がない。

 

 …そういえば、前のレースではこのおまじないすら忘れていた。

 それほど、調子が悪かったのだ。それに気づかぬままに出走した1週目の選抜レースを思い出す。

 敗北の苦い味。

 校舎裏で流した涙。

 そして、新たなる出会い。

 

「……トレーナーさん」

 

 先ほど、肩にオニャンコポンを乗せている彼に会って、出走前に一言だけ言葉を交わした。

 

『見ていてください』

 

『ああ、見てるからな』

 

 その一言だけで、胸が暖かくなったのを覚えている。

 今の私は、一人じゃない。

 …二人でもないけれど。

 三人。きっと、今日が終われば四人。

 みんなで、トゥインクルシリーズを…夢をかける(・・・・・)、輝かしい未来が、待っているはず。

 

「誇りある、勝利を」

 

 

 

『───────さぁレースは終盤!先頭はいまだローズストーク!しかしここで素晴らしいコース取りでエイシンフラッシュが伸びてくる!直線を向いてエイシンフラッシュが止まらない!止まらない!!圧倒的な速度だ!まさに閃光の末脚で今ローズストークを差し切って先頭へ!』

 

『だがまだ加速する!これは強い!圧倒的な強さだ!!加速を続けたまま今!!ゴォールッッ!!見事な末脚を見せましたエイシンフラッシュ!第5レース、強さを見せつけたのはエイシンフラッシュです!』

 

『おおっと!?タイムが出ました!これはなんと、今年の選抜レース芝2000mの最高記録だ!ヴィクトールピストの記録を抜いてエイシンフラッシュが最速に名乗りを上げたっ!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 続く、第六レース。

 

「……うん。やっぱり、なんだか……こっちのほうがファル子に合ってる☆」

 

 とんとん、と軽くその場でジャンプして、砂の感触を足裏で味わう。

 ダート1600mのレース。

 これまでの選抜レースとは違い…ダートのレースを選択したスマートファルコンは、目の前にダートのコースが広がる光景を見て…驚くほど心が落ち着いていることを自覚した。

 芝のレースを走る前とは違う。

 私が、ここで走ることに、私の体が納得している。

 

 魂がここがいい(・・・・・)と叫んでいる。

 

 トレーナーに見せてもらった、フェブラリーステークスのレースの光景を思い出す。

 ダートを走るウマ娘達。全力で応援する観客。勝利の景色。ライブの盛り上がり。

 みんな、とってもキラキラしていた。

 

 私も、ここがスタートライン。

 いつか、私もあそこへ。

 

「だから、走るよ」

 

 先ほど話したトレーナーとは、2,3言話して…あとの想いは、全部走りで伝えることにした。

 私はダートのレースを走ることを選ぶ。

 トレーナーは芝も走れるようにしてくれるって言ってくれたけれど、やっぱり私は、ダートを走ることが得意なのだ。

 それを改めて自覚して、前向きにさせてくれたトレーナーに……私が、どれくらい走れるのか。示したい。

 見せつけたい。

 こんなにすごいウマ娘を、見つけてくれてありがとうって、伝えたい。

 

 私は、このダートに夢をかける(・・・・・)

 

「見ててね」

 

 

『───────すごい、すごい脚だスマートファルコンッ!最終コーナーを曲がり終えて既に後続とは5バ身以上の差がついている!後ろの子たちは間に合うのか!?差が…差が、さらに広がっていっているぞ!』

 

『追いすがるウマ娘よりも!逃げるスマートファルコンのほうが速いっ!!!何というパワー!何というウマ娘だ!!!今ッ!コース上に、砂のハヤブサが舞い踊る!!!後続をぶっちぎったまま、1着でゴォーーールッッ!!』

 

『何ということでしょう…ダート1600m、そのレースをただ一人逃げ切ったスマートファルコン!こちらもダート1600mの最高記録…いえ!()1600mの最高記録にタイムが並んだ!不朽の記録をこの選抜レースに刻みましたスマートファルコン!これは将来が楽しみなウマ娘が現れましたっ!!』

 

────────────────

────────────────

 

 呆然とした。

 二人の、レースを見て……魅せられた。

 その魂の輝きを魅せられた。

 

 見事なレース運び。強い走り。絶好調。記録更新。

 そんな喝采が周囲からは上がっている。

 だが、アイネスフウジンが魅せられたのはそこではない。

 

 彼女たちは、楽しそうに走っていた。

 そして、勝ちたいという想いが溢れていた。

 

 今のあたしに、ないもの。

 走るのが楽しくなくなったのは、いつから?

 負けられない、と思って走るのは、なんで?

 

 

 あたしは。

 あたしは──────

 

────────────────

────────────────

 

「……二人とも、見事なレースだったな」

 

「…………」

 

 俺は、第6レースが終わり…二人の走りを見届けたであろう、アイネスフウジンに後ろから声をかけた。

 圧倒的な走りを見せつけた、俺の愛バ達。

 彼女たちは、確かに、脚で、走りで答えを示してくれた。

 

 勝ちたい。

 

 貴方と、勝ちたい。

 

 そんな思いを、俺は二人から受け取った。

 そして、それを見たアイネスフウジンは、何を感じ取ってくれただろうか。

 

「…アイネスフウジン。君は、何のために走るんだ?」

 

「…!」

 

 俺はアイネスフウジンが振り返るのを待たずに、問いかける。

 彼女の、心の奥底を。本当の気持ちを、自覚させるために。

 それは、ウマ娘すべての原風景。

 

「あ、あたしは……あたしは、勝たないと学園にいられなくて…」

 

「違う。俺が聞きたいのは、そんな()()な装飾じゃない」

 

 

「あ、たしは!家族のために、負けられなくって…!!」

 

「違う!俺は、アイネスフウジン!君の()()の想いを聞きたい!」

 

 

 

「あたしは…あたしはッ!!」

 

 

「──────()()()()っっ!!!」

 

 

「勝ちたい!!フラッシュちゃんや、ファル子ちゃんみたいに…!思いっきり、レースに臨んで…全力で、走って!勝ちたい!!そう、勝ちたい…!!そのために、あたしは走ってる、んだ…!!!」

 

 

 声色に涙の音が混ざりながらも、本音を口にするアイネスフウジン。

 涙を零しながら振り返る彼女を見て、美しい、とただその感想が浮かぶ。

 そうだ。

 どんなウマ娘も…勝ちたいという想いで、走る。

 それを忘れては勝てない。まず、それを彼女に思い出させてやることができた。

 

「…勝ちたいの!トレーナー!あたしを勝たせて!全力で、走るから…!!」

 

「──待ってたぜその言葉!」

 

 一歩半の距離が、縮まる。

 アイネスフウジンを見据えて、俺は彼女とようやく正面から向き合うことができた。

 

「勝とう、アイネスフウジン。君が全力で走って、俺が君に策を授ける。必ず、君を最終レースで勝たせてみせる」

 

「お願いするの。あたしは貴方を信じる。貴方が見定めた、フラッシュちゃんとファル子ちゃんの走りを信じる。だから……あたしを勝たせて」

 

 彼女の、輝かしい原石のキラメキを、俺が磨き上げて見せる。

 俺たちは、最終レースに向けてミーティングを始めるのであった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

12 飛び出し、煌く

 ミーティングを終えて、最終レースのスタート地点へ向かうアイネスフウジンを見送る。

 俺の立てた作戦はすべて伝え終えた。

 事前にアドバイスしていた、走るのは1000mまで、というのも守ってくれていたらしい。

 これで、俺ができることは終わった。

 後は彼女次第。

 

「……トレーナーさん!…アイネスさんとはお話しできた?」

 

「私たちの走りが、いい影響を与えられていれば…よいのですが」

 

 一人に…いや、一人と一匹になった俺に、そのタイミングを待っていたかのようにファルコンとフラッシュが近づいてきた。

 二人とも先ほどまでは、レース終了後にトレーナーたちに囲まれてスカウトを受けていたところだったが、そこから抜け出してきたようだ。

 遠くに立つトレーナー方がこちらをじっと見ていることから察するに、すべての誘いを断ってきたのだろう。視線が痛い。

 

「やぁ、お疲れ様、二人とも。レース、実に見事だった。君たちの想いを受け取ったよ」

 

「…!ええ、雄弁に示したつもりです。私の想いを」

 

「ファル子もね、思い切り走れて…私の想いを見せられたつもり。…それじゃあ、トレーナーさん」

 

「ああ。……エイシンフラッシュ、スマートファルコン」

 

 二人に向き直り、正面から見つめる。

 より表情を真剣なものにして、俺は二人に想いの返答を。

 

「─────君たちを…スカウトしたい。君たちがトゥインクルシリーズで輝く、その手伝いを俺にさせてくれ」

 

「──はい、喜んで。共に、誇りある勝利へ」

 

「──うん!ファル子、がんばっちゃう!!」

 

 

 二人から、満面の笑顔による快諾を受けて。

 俺はこの世界線での、新たな愛バ達と契約を結んだ。

 

 

 

 

「…まぁこの後、もう一人増える予定なのですが」

 

「この節操なし☆ウマたらし☆かいしょーなし☆」

 

「急な温度差で風邪引きそうなんだが?」

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「それで……実際のところ、どうなんです?アイネスさんの調子は」

 

 最終レース、ゴール地点がよく見えるところに移動して、俺の右に並んだフラッシュが質問してきた。

 ニャー、と俺の代わりに返事をするオニャンコポンを肩からファルコンの腕の中に移動させつつ、俺は答える。

 

「正直なところ、ただレースをするだけならかなり厳しい。アイネスは自分で思っている以上に調整不足だ。いい脚は持ってるんだけどな…練習が足りてない。もし彼女がウォームアップで走りすぎていたら、それだけで後半スタミナ切れしかねないくらいにな。それは止めたけど」

 

 そう、現時点のアイネスフウジンは調整不足にもほどがあった。

 だから事前に声をかけて、ウォームアップで走りすぎるのを止めた。

 感情的な部分も加味して、走り足りないくらいでレースに臨んだほうが走りへの飢え(・・)が高まって勝率が上がると踏んだ。

 

「んー…いつもバイトで忙しそうにしてたもんね、アイネスさん。でも、本当に大丈夫かな…?」

 

 オニャンコポンをぽんぽんとなでながら、ファルコンが心配そうに視線をスタート地点、ゲートに向ける。

 一人ずつゲートインが行われていく中、アイネスフウジンはただコースの先を集中して見ていた。

 

「ああ…今回一緒に走るウマ娘の中でも、そうだな、サクラノササヤキとマイルイルネルが特に仕上がりがよさそうだった。ただ走るだけじゃあ、この二人のどちらかが勝つ。アイネスの勝ち目は薄い」

 

 サクラノササヤキとマイルイルネル。この二人はこれまでの選抜レースでも出走しており、それぞれ既に1着を取るほどの走りを見せていた。

 今回のレースでは間違いなくこの二人がアイネスフウジンの対抗バになるだろう。

 しっかり磨けばトゥインクルシリーズでもいい成績を残せる、なかなかの才能をもっている二人だ。

 

「それは……では、どうするのですか?」

 

 エイシンフラッシュが友人を想うが故の不安の言葉を零す。

 俺はそれに対して、問題はない、と言わんばかりに笑みを浮かべて返す。

 

 なぜなら、俺はサクラノササヤキとマイルイルネルを知っている。

 以前の世界線で、彼女たちの出走したレースの走りを知っている。

 この世界線で見た、彼女たちの選抜レースでの走りを知っている。

 

「…策は伝えた。後はアイネスが俺の策をちゃんと聞いて、実行して、そして…」

 

 各ウマ娘、ゲートインが完了した。

 

「…君達二人の走りを、正しく受け止められていれば、勝てる」

 

『─────最終レース、スタートですっっ!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 中等部のサクラノササヤキは、ゲートが開かれた瞬間に、見事な好スタートを見せた。

 彼女の脚質は逃げ。特に、スタートダッシュに定評がある。

 すでに前々週の選抜レースでも1位を獲得しており、この好スタートがトレーナーの目に留まり、スカウトも内定していた。

 最終週の選抜レースに出走したのは、最終週は実況もつき学外からの観客も多く、デビュー前に自分への注目を集めるため、という部分が大きな目的であった。

 

(フラッシュ先輩やファルコン先輩があんなに目立つなんて思ってなかったけどねっ!最後のレースは私が目立ーつ!)

 

 好スタートのまま勢いに乗ってハナを走る。

 1600mは彼女の脚質に合った得意距離。

 そしてサクラノササヤキは、スタートダッシュのほかにもう一つ武器としているものがあった。

 それは、体内時計の正確さ。

 

(400mを25秒、800mを50秒、1200mで75秒、そこからスパートをかけて1600mを1分37(97)秒。ビートを刻め!)

 

 そう、デビュー前のウマ娘としては、優秀な体内時計、ラップタイムの正確さを誇っていた。

 そしてそれを最終直線まで守りきれた時こそ、自分が絶好調の末脚を発揮できるとき。

 これまでレースで勝利したときは、このラップタイムの順守を完遂できていた。

 それが勝つための自分なりの道標であった。

 

 しかし、今回のレースではそこに待ったをかけるものがいた。

 

(………!アイネス先輩が、ついてきてる…!)

 

 自分の左後方、アイネスフウジンがぴったりと張り付いてきたからだ。

 しかも、抜かそうという気配はない。じっと自分の後ろに、ペースを合わせてついてきている。

 ただ、時折……自分の視界に、左側に、アイネスフウジンの姿が、ちらり、と見える。

 抜かそうとしているのか?しかし…そこから伸びてきたりはせずに、また1バ身以内の後方に戻っていく。

 

(くっ…動揺させるつもり!?でも、私は正確にビートを刻めば勝てる!勝てるんだから!)

 

 後方に他のウマ娘がいようと関係ない。

 私はただ、正確にラップタイムを刻むだけ。

 すぐ後ろを走るアイネスフウジンの足音を、極力()()()()()ように()()()()()()()、サクラノササヤキは第一コーナーに向けて走り続けた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『サクラノササヤキは正確にラップタイムを刻むことを得意とするウマ娘だ。スタートダッシュもうまい。今の君ではハナを取ることはできないだろう、逃げ切られたら終わりだ』

 

『…あたしは逃げはできないってこと?先行策を取らなきゃならないの?』

 

『違う。サクラノササヤキの走りをうまく自分の力に変えるんだ。…スタート後に何としても左後方に張り付け。プレッシャーをかけ続けるんだ。時々彼女の視界に入るようにして集中力を乱せ。同時に、彼女を風よけ代わりに使う。スリップストリームだな。そうしてアイネス、君のスタミナの消費は抑えられる、抑えられていると自分を信じ込め』

 

『………』

 

『同時に、サクラノササヤキも集中力が切れればスタミナの消費は激しくなる。掛かるんだ。だから途中でペースが崩れる。1000m地点で、実況がそれを教えてくれる。それを聞けばサクラノササヤキはさらに集中力を失うだろう』

 

『………なんか、やり方がコスいの』

 

『今の君が勝つために必要なことだ。それに、駆け引きや威圧なんてこの学園の会長様(・・・)の得意分野だろう。それら全部含めてレースさ。君もこの後、そういう世界に飛び込んでいくんだぞ?』

 

『…そうね、今は手段は選んでられないし。わかったの、必ずついていく』

 

『足をためることをイメージしろ。相手は必ず集中が切れていると思いこめ。レース中は酸素不足で複雑な思考はまだ誰もできない。思い込むことでプラシーボ効果が得られる』

 

『……いや、うん。言ってることはわかるの。けどなんかトレーナー、新手の詐欺師みたい』

 

『人聞き悪くない?』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『レースはサクラノササヤキが引っ張る形で進んでいます。それに続くアイネスフウジン、そして3バ身ほど離れてクロスシャトル、ブラックストーン、マイルイルレr…失礼、マイルイルネルが続く形です』

 

 自分の名前を噛まれて呼ばれ、サクラノササヤキと同級生のマイルイルネルはむっ、と少し機嫌を悪くする。

 いや、自分でも確かに名前は読みづらいと思っている。実況の方に申し訳ないと思わなくもない。

 だが、それを読み上げてこそ実況だろうとも考える。願わくば今後走るトゥインクルシリーズでは呼び間違えてほしくないものだ。

 まぁ選抜レースの実況はアナウンサー志望のウマ娘が練習として実況をしていたりするので、今の時点では高望みではあるが。

 

(しかし……この、ペースは…)

 

 早い。

 明らかに早いペースで進んでいる。

 先頭のサクラノササヤキは正確にラップタイムを刻むことで定評のあるウマ娘だ。実際、以前見た選抜レースでは機械のようにコンマ以内に誤差を収めて1着で走り抜けていた。

 自分もその後に開かれた2000m芝の選抜レースで勝利し、すでにスカウトももらってはいるが、今後ライバルになるであろうウマ娘の走りを見定めるために、わざわざこうして同じレースに出走しているというのに。

 その正確さが、壊され始めている。

 

(アイネス先輩か…?だが、そうなるとよくないな)

 

 そうして先頭の二人が1000mを通過して、実況の解説が入った。

 

『さあ先頭が1000m地点を通過しました!そのタイムは…ッ、なんと58秒9!早い!デビュー前のウマ娘達のレースとは思えない速さだ!これは大丈夫なのか!?』

 

(やっぱりか!先頭の二人は、かかってるんだ!となると僕は…どうする?どっちだ?)

 

 その実況を受けてマイルイルネルは2つの判断を迫られる。

 今、先頭のサクラノササヤキも実況を聞いて驚いているのだろう。明らかにペースが乱れ、さらに加速しようと踏み込んだのが見えた。

 アイネス先輩もそれに続くようだ。二人がこのまま走り切れるとなると、こちらも仕掛けを早めなければならない。

 だが、逆にこれで前の二人が撃沈するとなると、今度は早仕掛けした自分のほうがスタミナを無駄に消費することになり、後方から差されかねない。

 どっちだ?

 前の二人は、落ちるのか?落ちないのか?

 

 マイルイルネルが前方、加速して逃げ続ける二人を観察するために注視した。

 その時だ。

 

(…え?振り返った?)

 

 アイネスフウジンが、明らかに後ろを確認するために振り返ったのが見えた。

 レースの経験が豊富であれば、それは蜘蛛が張る糸、罠であることを察知できただろう。

 だがまだその経験は、このレースを走るウマ娘達にはない。

 そして、アイネスフウジンがとった行動に、マイルイルネルは心底から冷や汗をかいた。

 

(…………!!)

 

 笑ったのだ(・・・・・)

 まるで、自分が走り抜けるこの先、後ろから追い上げてくるウマ娘が追い付かないことを察したかのように。

 明らかに、余裕を見せつけられた。

 

(落ちない!ササちゃんはともかく、アイネス先輩には確信があるんだっ!早仕掛けしないとまずいっ!!)

 

 マイルイルネルが慌てて足に力を込めて、溜め切れていないその末脚で先頭集団に近づかんと加速する。

 その、実力者であるマイルイルネルが加速する様子に、周囲のウマ娘達もここが勝負どころなのだと勘違いして(・・・・・)、我先にと加速を仕掛ける。

 

 レースのすべてが、壊れ始めていた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『後方集団で注意するべきはマイルイルネルだな。彼女は末脚が強い。彼女を好きに走らせたら、今度は後方からぶち抜かれる。残り200m地点で一気に、ってところか』

 

『なら、どうするの?』

 

『本当なら、逃げを打ってるアイネスがけん制を打てればいいんだが…そんな技術はまだないからな。だからもうちょっと簡単な方法で代用する。タイミングさえ間違えなければ、マイルイルネルだけじゃなくて後ろのウマ娘全員が掛かるだろう』

 

『具体的には?』

 

『振り向いて、笑え。タイミングはちょうど1000mを通過した瞬間だ。そのタイミングより前でも後でもまずい。理由は省くが、1000mを通過した瞬間は、マイルイルネルは間違いなく君とサクラノササヤキ二人に注目している。だからそこでロス覚悟でいい、首だけ振り返って、マイルイルネルに向かって、笑え。にっこりと』

 

『にっこりと……こんな感じ?』

 

『…………君スマイルうまいって言われない?』

 

『バイト先でよくやるから…』

 

『…まぁ、それでいいや。本当はもっとこう、あくどく笑ってほしかったが…後で禍根が残ってもアレだしな。最高のスマイル一つ、頼む』

 

『はいなの♪』

 

『それでレースがぶっ壊れるから』

 

『はーなの!』

 

────────────────

────────────────

 

「…よし、ここまでは完璧だ」

 

 俺はアイネスフウジンが見事に俺の伝えた作戦をやり遂げて、目論見通りにレース展開が進んでいることを見届けてつぶやく。

 そのつぶやきにぴく、とウマ耳を動かして、二人の愛バがレース全体を俯瞰して一言。

 

「……その。かなり、レース全体が…乱れていますね」

 

「トレーナーさん、腹黒いって言われない?」

 

 失礼な。

 

「ルール上何の問題もないから」

 

「声が震えていませんか?」

 

「震えてないし」

 

「後でアイネスさんに一緒に謝ってあげようか?」

 

「いいから。…というか、実際のGⅠレースとかだとこれでもまだ可愛いほうだぞ。勝つためにはルールに抵触しない限り、あらゆる手段が許されるんだ」

 

 そう、実際のGⅠレースなど牽制とにらみ合いが飛び交う戦場のようなものだ。

 それをナイスネイチャとともに駆けた3年間で俺はよく知っているのだ。

 主に牽制を飛ばす側として。

 

「…それに、ここまでやって、ようやくアイネスが並んだところだ。サクラノササヤキもマイルイルネルも、ここから十分に差し返す脚を持っている」

 

「え…では最後の直線は、運否天賦ということですか?」

 

「いや、それとも違う」

 

 俺は、アイネスフウジンに授けた策…いや、最後の一つは、策とは言えないレベルの代物。

 だが、ウマ娘が走るうえで、何よりも大切なもの。

 つい先ほど、最終レース前に二人が魅せてくれて、アイネスフウジンが取り戻したもの。

 

「ここから先は───想いが強いほうが、勝つ」

 

 




オリウマ娘はアイネスフウジンの朝日杯に出走してる実在馬からもじっています。
レース展開も同様です。詳しくはアイネスフウジン(原作)のウィキペディア参照。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

13 集いし原石

『さあレースも終盤!最終コーナーを上がって最後の直線に入るっ!!先頭はいまだサクラノササヤキ、アイネスフウジンも食らいつく!後方から飛び込んでくるのはマイルイルネル、他のウマ娘達も迫ってきているぞ!残り300m、叩き合いだ!!』

 

 実況がうるさく響くが、アイネスフウジンはもはやそちらに意識を飛ばす余裕などなかった。

 ここまでサクラノササヤキのペースに合わせて、調整不足の足で走り続けてきた。

 スリップストリームが効いていた、そう思い込みも加味して、まだ走り抜ける体力はある、はず。

 サクラノササヤキよりは間違いなく。

 

 そして、後方集団、その先頭を走るマイルイルネルも、仕掛けどころを間違えているはずだ。

 本来はもっと溜めてから末脚を出すところを、自分たち二人の逃げのペースに惑わされて仕掛けどころを早めてしまっている。

 最後までスタミナが持つか、ギリギリのところになった、はず。

 

 そして、立華トレーナーは言っていた。

 

『最後の直線───────君の、これまでの、今日の、このレースへの想いを全部乗せて、走れ』

 

 そうすれば、勝てると。

 

(あたしは──────────────)

 

 

 

 ──────これまで。

 家族に恥じない自分でありたかった。

 金銭的な余裕はなくても、誇らしく生きてきた。

 周りに余計な心配もかけないように、何でもないように周囲には振舞った。

 辛い時もあった。

 このレースを迎える前まで、眠れない夜もあった。

 

 けれど。

 

『君の、これまでの生き様を俺は尊敬する』

『一人の女の子が、歯を食いしばって、周りに心配かけないように気丈に振舞う…並大抵のことじゃできない』

『同情はするな、と俺に言ってのけた君を、心から尊敬する』

 

 

 

 ──────今日。

 エイシンフラッシュの、閃光の末脚を見た。

 スマートファルコンの、強靭な豪脚を見た。

 二人の、楽しそうな、輝かしいような、咲き誇るような勝利を、見た。

 あたしも……あたしも、あの二人のように、輝いてみたい。

 勝ちたい。

 

 だから。

 

『あの二人は、俺に走りで応えてくれた』

『だから、俺は君の応えも聞きたい。君の走りを、俺は見たい』

 

 

 

 ──────このレースは。

 

 勝ちたい。

 勝ちたい。

 勝ちたい。

 

 負けられない、家族のためにも、私のためにも、負けられないレース。

 だから勝ちたい。

 エイシンフラッシュや、スマートファルコンが魅せてくれた、輝く笑顔を、あたしでも。

 だから勝ちたい。

 

『──待ってたぜその言葉!』

 

 勝ちたいといった私を。

 勝たせてくれるといった、その言葉を信じて。

 

 貴方と、勝ちたい!!!

 

 

「っ…はあああああああ─────!!!!」

 

 

 裂帛の叫びと共に。

 目覚め(覚醒)し風神が、駆ける。

 魂を燃やして、駆け抜ける。

 

────────────────

────────────────

 

 サクラノササヤキは、マイルイルネルは、アイネスフウジンの走りの『圧』に、躊躇いを覚えた。

 大声が邪魔だったわけではない。

 進路を塞がれたわけでも無い。

 ただ、アイネスフウジンから迸るほどの気迫…プレッシャーを至近距離で受けて、振り絞りながら最終直線を走るその1歩が、途端に重く感じられた。

 

(くっ…、これ、が!)

 

(先輩の、本気…!?)

 

 レースを走りながら、やられた(・・・・)、とは思っていた。

 サクラノササヤキは自分の集中を乱されたこと。

 マイルイルネルは仕掛け処を見誤らせたこと。

 その二つは事実となって彼女らの走りに水を差したが、それでも最終直線で逃げ切れる、差し切れるであろうと見積もっていた。

 

 しかし、実際はどうだ。

 アイネスフウジンは、自分達なんかより遥かに力強く、魂を燃やすかのように直線を駆け抜ける。

 この気迫の差は、想いの強さの違い。

 すでにスカウトも内定しており、彼女らにとって今回の選抜レースはあくまで力試しのようなもの。

 このレースにかける想いの差が、如実に最後の一伸びに現れる。

 

 ウマ娘は、想いを乗せて走る存在であるとは、誰が言ったか。

 このレースでは、その1点で…彼女たちは、アイネスフウジンに完敗していた。

 

(それ、でも!)

 

(全力で、走り、きる!)

 

 それでも、彼女たちは走る。

 ゴール板が目の前に差し掛かり、アイネスフウジンの背中が離れていくのを目前に見ていたとしても。

 決着がつくまでは、勝負は捨てない。

 

 この二人もまた確かに、トゥインクルシリーズを駆け抜けるウマ娘、その輝かしい舞台に立つ資格を有するのだから。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『残り200mを切ったところで頭一つ抜け出すのはアイネスフウジン!アイネスフウジンだ!!差が徐々に開いていくぞ!サクラノササヤキは厳しいか!いや耐える、それ以上差は広がらない!マイルイルネルが伸びてくる!だが縮まらない!アイネスフウジンが強いっ!その差は埋まることなく、超高速レースとなった最終レースを1着で今ッ!!アイネスフウジンが駆け抜けたッッ!!素晴らしい勝負根性、見事な走りだ!!2着はマイルイルネル、3着はサクラノササヤキ──────』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 勝った。

 ゴール板を、誰よりも早く駆け抜けた。

 

「はぁっ、はぁっ、はぁ、はぁ……」

 

 クールダウンするために足を緩めて、それでも荒い呼吸がなかなか戻らない。

 調整不足の結果が、レースが終わったこの瞬間に顕著に表れていた。

 むしろ自分よりも早く呼吸を整えた、後輩の二人…サクラノササヤキとマイルイルネルが、後ろから追いついてきた。

 

「…アイネス先輩、お疲れさまでした!見事にやられました…!」

 

「うん、僕も最後の直線で行けると思ってましたが…強かったです、先輩は」

 

 ぽん、と後輩二人に腰を軽く叩かれ、弱っている姿は見せられないと笑顔を作るアイネスフウジン。

 

「…えへへ、ありがと!でもホント、全力を振り絞ってこれなの…二人も強かったの!」

 

「ふふっ、本番では…トゥインクルシリーズではこうはいきませんからね!私がビートを刻みます!」

 

「いえ、僕が差し切りますよ。…それよりも、先輩。勝ったんです。ほら、観客に応えないと」

 

 マイルイルネルに言われて、アイネスフウジンはふと選抜レースを見ていた観客たちに顔を向ける。

 そこでは、ゴール直後の歓声を終えて、静かに、勝者のふるまいを待っている人たちがいた。

 ああそうだ、これは見た。ついさっき、見た。

 フラッシュちゃんが、ファル子ちゃんがやっていたように。

 あたしは、勝ち、誇る。

 

「……やったの!!勝ったのーー!!」

 

 両手を大きく広げて観客席に満面の笑みを向けるアイネスフウジン。

 最終レースの勝者に、観客席からは惜しみない拍手と歓声が送られたのだった。

 

 

 

 そしてその歓声も収まり、ゴール後の記録付けも済んだところで、アイネスフウジンの周りには複数名のトレーナーが集まってきていた。

 ハイペースなレースを走り切ったそのタイムは選抜レースのレコードを更新。

 また、レース展開を操る仕掛け、そして最終直線の気迫に光るものをトレーナーたちは見出していた。

 中堅チームのトレーナーから、大手のトレーナー、新人トレーナーまで、この最後のレースという大舞台で勝ち切ったアイネスフウジンを見初めて、次々とスカウティングの言葉をかける。

 

 しかし、アイネスフウジンはまだやり終えていないことがあった。

 確認し終えていないことがある。

 それを確かめないことには、今集まってきているトレーナーたちに返事できない。

 アイネスフウジンは、集まってきてくれたトレーナーたちの中にはいない、その人を目で探す。

 

 見つけた。

 肩に猫を乗せて、同級生の友人二人に挟まれて立っているウマたらし男。

 あたしを勝たせてくれた、トレーナー。

 

「ごめんなさい、ちょっと通して…!」

 

 トレーナーの垣根を分けて、レース直後の疲労で震える足を回して、小走りにそのトレーナーのもとへ駆け寄っていく。

 立華勝人。

 家事代行バイトの雇い主であり……あたしの、運命を変えた、その人に。

 

────────────────

────────────────

 

「はぁ、はぁ……立華トレーナー!!」

 

「やぁ、アイネス。見事なレースだったよ。…一着、おめでとう」

 

「おめでとうございます、アイネスさん!やりましたね!最終直線、お見事な走りでした!」

 

「おめでとー、アイネスさん!!えへへ、ファル子も見ててうれしくなっちゃった!」

 

 小走りだというのに、疲れが取れ切っていないからか肩で息をして、アイネスフウジンが俺に声をかけてきた。

 俺はまず返事として、勝利の祝福を。

 横にいる二人も同じように、友人の勝利を、大切な勝負を勝ち抜いたことへの喜びの言葉をかけていた。

 

「あはは…二人ともありがと。トレーナーのおかげで勝てたの…なんとかね」

 

「光栄な話だ。…さて、アイネスフウジン。君は今、ちょうどスカウトを受けていたんじゃなかったかい?」

 

 二人に祝福されて笑顔を作るアイネスフウジンに、俺は後ろでこちらの様子を見ているトレーナーたちのほうを見ていった。

 先輩の皆様方から刺さる目線が痛い。

 そりゃそうだろう。新人のトレーナーが、先ほどレコードを達成したウマ娘二人と、つい今しがた見事な勝利を飾ったウマ娘に囲まれているのだから。

 オニャンコポンを肩から頭の上に乗せ換えて、遠目からの心理的ガードを図る。

 

 そのうえで、俺はあえて(・・・)、アイネスフウジンを突き放すような言葉を選んで、かけた。

 

「アイネス、君は勝ち切った。胸を張って誇っていい勝利だ。今ならスカウトも選び放題だろ?君の希望…一番早くメイクデビュー戦に出たい、勝ちたい、という希望を伝えても受けてくれるトレーナーもあの中に複数いるはずだ」

 

「────は?」

 

「そうだね、あの中だとカノープスの南坂先輩なんかはレース出走もウマ娘の希望をかなり聞いてくれるタイプだ。指導もしっかりしているし、実績もある。他のトレーナーなら───」

 

「ふっ!」

 

「しゃい☆」

 

「───黒沼先ぱぐっへぇ!!??」

 

 直後、見事な肘が俺の両脇に突き刺さった。

 我が愛バであるフラッシュとファルコンの謀反だ。

 こんなにも早く担当ウマ娘から謀反を起こされることがあろうか?いやない。

 

「────トレーナーさん?何で無駄に恰好をつけようとしているんですか?そんなに情けない所を私に見せたいんですか?」

 

「────どうしてこういう所で素直になれないのかな?そんなんだからファル子を泣かせるようなことになったんだよ?反省してる?」

 

 圧がすごい。

 

「ごめんなさい。なんか気恥ずかしくて気障ったらしく格好つけてました。本当はアイネスの担当になりたいです」

 

「それでいいのです。まったく…」

 

「え、何。立華トレーナーってこんな感じなの…?」

 

「うん、残念ながらこんな感じなんだ☆」

 

 両脇を押さえて蹲りながら、なんとも情けない形でのスカウトの言葉になってしまった俺に、アイネスフウジンがあきれ顔で見下ろしてきた。

 何だろう。今回の世界線ってやっぱりおかしくない?ここまで運命力がこんがらがったことってある?

 ウララ…君が有マで勝ったことでなんか世界線おかしくなったかも知れないぞ。助けてくれウララ。

 しかして空を見上げても、青空にコメくいてー顔でやれやれと肩を竦めるウララの姿が浮かんだだけで何も助けてはくれなかった。

 

「はーなの。……えっとね、二人とも話は聞いていると思うんだけど…でも、その前にあたしも一つだけ、確かめたいことがあるの」

 

「……確かめたいことですか?」

 

「うん、まだこの人から聞いてないから…その答え次第では、後ろのトレーナーたちのところに戻るの。…ねぇ、立華トレーナー」

 

「ん……何かな」

 

 アイネスフウジンの瞳に、強い意志が込められているのを俺は見た。

 本気の質問だ。

 であれば、俺も本気で返さなければならない。

 

「なんで、あたしを助けてくれたの?もう二人も担当予定のウマ娘がいた…新人の貴方が」

 

 それは、エイシンフラッシュからもスマートファルコンからも問われたもの。

 なぜ、自分を?

 そして、それぞれに嘘偽りなく俺は自分の想いで答えた。

 もちろん、今回も嘘はない。本心から、俺の言葉で返す。

 俺が気を引き締めてアイネスフウジンを正面から見つめ返すと、少し驚いたように、アイネスの顔が紅潮したように見えた。

 

 アイネスフウジンを助けた理由。

 偶然の出会いで、たまたま彼女の事情を知った。

 そう、俺はそこで彼女に手を差し伸べない選択肢もあった。

 すでに二人も声をかけている状況だったのだ。

 

 それでも俺は彼女を掬うことを決めた。

 それはなぜか。

 

 少し考えて、しかし答えはすぐに出た。

 

 

「俺がそうしたかったからだな。俺はわがままなんだよ。フラッシュもファルコンもそうだけど…走れる、才能のあるウマ娘が、事情があって走れなくなる…輝けなくなる。そういうのが心底嫌なんだ」

 

「あたしも…そう、だったってこと?」

 

「ああ。間違いなく輝ける。輝いてほしい。願わくば、俺が磨き上げたい。アイネス、俺は()()()()()()()()()()

 

「────っ」

 

 

 そうだ。フラッシュの時も脚を見て一目惚れで、ファルコンの時も脚を見てファンになった。

 同じように、彼女の脚もまた、俺を魅了するのに十分な…輝きに溢れるそれだったのだから。

 

「だから、君をスカウトしたい。俺に…君が駆け抜けるトゥインクルシリーズの、その手伝いをさせてくれ」

 

「────────────」

 

 俺の想いをすべて伝えて、そしてアイネスフウジンの長い沈黙。

 彼女は、俺のスカウトの言葉に対して───すぐに返せる返事を、まだ(・・)持っていなかった。

 

 だから、一呼吸を置いてから。

 スマイルなどとは比べ物にならない、心からの笑顔を見せて。

 

 

「…あたしは、貴方と共に風になる!!トレーナー、これからよろしくお願いするの!!」

 

 俺の想いに、応えてくれた。

 

────────────────

────────────────

 

 

「それじゃ、改めて……3人とも、これからよろしくな」

 

「はい。皆さんで、頑張っていきましょう」

 

「ふふ、なんだか変な感じ!同級生の私たちが、同じトレーナーの担当になるなんて」

 

「わかるの!あたしなんて、話が今日の今日だから余計なの!昨日までこうなるなんて全く考えてなかったの」

 

 アイネスフウジンとも無事契約の約束を取り付けたところで、改めて4人で、いや4人と一匹であいさつを交わす。

 先ほどまでアイネスに…いや彼女だけではなくフラッシュやファルコンに目をつけていたトレーナーの皆様方からの熱い視線(最強の矛)に対しては、オニャンコポンシールド(最強の盾)で返して無事切り抜けた。

 

 これからは、俺には結果が求められるだろう。

 だが、彼女たちならやり遂げられると信じている。

 これからの3人の光り輝く勝利に向けて、俺も尽力していこう。

 

「ところで、アイネスさんはオニャンコポンとは初対面でしたっけ?」

 

 と、ここで新入りであるアイネスに対して己が名付け親である猫を紹介しようとフラッシュが掛かりだした。

 フラッシュは本当にオニャンコポンが好きだな。お母さんかな?俺も好きになったけどさ。

 しかし残念なことに、既に二人は面合わせを終えている。

 

「んーん、オニャンコポンちゃんなら先日会ってるの!そもそも、出会ったきっかけが家事代行のバイトで立華トレーナーのお家に掃除に行ったことなの」

 

「あ、そういえばそうでしたね…トレーナーさんはその時にアイネスさんからお話を伺ったのでしたっけ」

 

 電話で説明したよね?詳細には確かに伝えなかったような気もするが。

 オニャンコポン可愛さにフラッシュらしからぬ失態を見せて、フラッシュのしっぽがふわふわ揺れていた。

 あっオニャンコポンステイ。彼女らのしっぽはぺんぺん草ではありません!

 

「そーなの。そういえばその時にめちゃくちゃあたしの体に熱い視線を送られてた気がするの」

 

「は?」

 

「言い方」

 

「トレーナーさん☆?」

 

「違くて」

 

 

「何も違わないの。『もったいないな、その体…』って言われたの」

 

「体!?」

 

「もったいない☆!?」

 

「脚!脚が勿体ないって言った覚えがあるんだが!!」

 

 

「その時は何言ってんだろって思ってたけど、今日のレースで勝てたから…あの時の、立華さんの言葉、今なら信じられるの。あたし、勝てるって」

 

「『立華さん』?????」

 

「トレーナーさん☆?☆?☆?☆?」

 

「おっと急にワイバーンの群れが!」

 

 

 旗色の悪くなってきた俺は、オニャンコポンをフラッシュにパスして時間を稼いでもらい、一目散に逃げだした。

 トレセンステークス、グラウンド直線20m開催。レースの勝者はエイシンフラッシュであり、俺は見事に彼女のタックルを受けて倒れ伏し尋問を受けたのだった。

 

「…ふふん、あたしを泣かせた罰なの♪これからよろしくね、トレーナー♪」

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 ────────本当の出会いなど、一生に何度あるだろう?

 

 

 俺はこれまでに、数々の、様々なウマ娘と、出会い。

 そして、別れて。

 

 

 そうして、今。

 この世界で、また新たに、3人のウマ娘達と出会った。

 数奇な運命を辿る俺の、この世界での本当の出会いは、3度訪れた。

 

 

 これからは、彼女たちの為に。

 

 

 俺は、俺のすべて(ユメ)かける(カケル)

 

 

 

 

 

 




第一部完結。ようやく3人が揃いました。
この後少し閑話を挟んで、第二部に進みます。

どうでもいい話1
アイネスフウジン未実装なので、トレーナーからの誘いに即答出来てません。
フラッシュとファルコンは育成選択画面の一言で応えてます。
実装されたときには必ず引いて更新します。

どうでもいい話2
僕っ子マイルイルネル君可愛い…可愛くない?
レース相手の二人はここだけのキャラと考えてましたが後でまた出します。書いてて気に入った。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

14 閑話 エイシンフラッシュ

『お父さん!お母さん!』

 

『やあ、フラッシュ。見ていたよ、先ほどのレース。1着おめでとう』

 

『柔軟にコースを選んで、気持ちよく走っていましたね。成長が見えました』

 

 エイシンフラッシュは、最終レースを終え、4人で共に夢をかけることを約束した後…仕事で忙しい中、時間を作って今日の選抜レースを見に来てくれた両親に会いに来ていた。

 そのエイシンフラッシュに続くように、立華勝人…彼女のトレーナーも付き添う。

 折角両親が来日していらっしゃるのだから、ぜひご挨拶を、と考えたらしい。

 なお、彼が担当するほか二人のウマ娘たちは、親子の久しい再会にお邪魔するのも、と考え同席を遠慮していた。

 

『お父さん、お母さん。こちらが…私を、ここまで成長させてくれて、これから共にトゥインクルシリーズを歩むトレーナーです』

 

『ああ…こほん』「…初めまして、トレーナー、さん。大丈夫、娘と共に学んだので、日本語、少し──」

 

 母国語であるドイツ語で話していたが、日本人であるトレーナーへご挨拶をするならば、日本語で…とエイシンフラッシュの父が片言で日本語を話し出す。

 が、続くトレーナーの発言に、ご両親もエイシンフラッシュも、心底驚いた。

 

『いえ、配慮は不要です。──初めまして、お父様、お母様。エイシンフラッシュさんのトレーナーを務めさせていただきます、立華勝人と申します』

 

『!?と、トレーナーさん、ドイツ語を話せたのですか!?』

 

『ああ。学生時代(・・・・)に覚えたんだ。使う機会に恵まれてよかったよ』

 

『おお…語学にも明るい方でしたか。助かります。エイシンフラッシュの父です』

 

『母です。この度はお世話になります。それにしても、ドイツ語がお上手ですね』

 

 何と、立華がドイツ語を披露したのだ。

 挨拶だけではない、普通に会話もこなす。しかもネイティブレベルで流麗な発音。

 

 もちろん、学生時代に覚えたなどという話は方便である。

 実際は彼が何度もループを繰り返す中で、海外のレースに遠征などするとき…または、海外出身のウマ娘の担当をするとき、外国の論文を読むときに備え、覚えたものだ。

 他にも英語、フランス語、ロシア語、中国語などを修めている。

 なお、これらを覚えるのに、どの世界線でもとある記者(乙名史)の助力があったことを追記しておく。

 

『ありがとうございます。まだ若輩者で、新人の身ではありますが…誠心誠意、彼女たちの為に働く所存です』

 

『これはご丁寧に。大変お世話に……「たち」、ですか?』

 

『あ、お父さん……』

 

『ええ。私は、フラッシュさんのほかに、あと2名、担当することになっています』

 

 そして挨拶を交わす中で、立華は嘘偽りなく、自分のことを説明した。

 エイシンフラッシュのほかに、2名の担当を持つことを。

 それを隠すことは、彼女のご両親に嘘をつくことになるからだ。

 

『そうでしたか…。チームを運営するベテランのトレーナーだと、複数名担当することも多いとは聞いていますが』

 

『新人さん、なのですよね。ええと、それは……』

 

『お、お父さん、お母さん!この人はとても、信頼できる方で…』

 

『フラッシュ。心配される親御さんのお気持ちもごもっともだ。俺から説明させてもらう』

 

 立華は、かばってくれるように言葉を紡ぐフラッシュに、肩に乗せていたオニャンコポンを渡して口を閉じさせる。

 そうして、ご両親に向かって愛想笑いではない…真剣な表情を作り、想いを述べた。

 

『お二人が心配されるお気持ちもわかります。ですが…私も、彼女も、本気で想いをぶつけあって、この先を共に駆けたいと思い、お互いを選びました。他に担当する二人も同様です。私は、彼女たちの夢を託された』

 

『…………』

 

『であれば、私は自分のすべてを賭して、彼女たちの想いに応えます。私を、いえ、あなた方の信じる愛娘の選択を、信じてあげてください』

 

 エイシンフラッシュの父は、自分よりもだいぶ若い、いや息子と言って差し支えない年齢のトレーナーの瞳を、正面から見据えてその言葉を聞いた。

 立華もまた、真剣な表情の父親に真正面から見据えられてもひるむことなく、自分の意志を伝えた。

 

『…心から引き出されたものでなければ、人の心を惹きつけることはできない』

 

『…ドイツの詩人、ゲーテの一節ですね』

 

『ええ。私はこの言葉が好きでね。…君が、本当に心からの想いを担当するウマ娘達に伝えたからこそ。娘も、そのお二人も、君を信じることができたのでしょう』

 

『……私は』

 

『私も、君を信じることにします』

 

 想いを伝え、信じると言っていただけた。

 その言葉で、エイシンフラッシュもようやく安堵の息をつく。

 

『…君の瞳は、年齢に不釣り合いな、澄んだ色をしていますね。まるで、()()()()()()()()()な…深い経験を感じさせる目の色だ』

 

『っ。…初めて、そのような評価をいただきました。どうにも分不相応が過ぎますね』

 

『そうかな?……母さん、どうやら私達の育て方は間違っていなかったようだよ。男を見る目がある』

 

『あら、そう?貴方がそういうのならそうなのでしょうね。うまくやるのよフラッシュ、他の子たちに負けないように』

 

『ちょっ、お父さん!お母さん!?私とトレーナーさんはまだそのような関係では…!』

 

 エイシンフラッシュの父親は、本場ドイツでケーキ屋を営んでいる。

 老舗の名店であり、それは同時に様々な客と接することを意味する。毎日のように子供から老人まで、客を見続けてきた職人の目だ。

 それゆえ、人の目の色でその相手がどのような人なのか…ある程度察することができていた。いわば経験による洞察。

 

 その洞察が、立華という理から外れた存在の正体に僅かに触れた。

 もちろんそれは彼ら家族には想像もできないことであり、触れるだけで終わった…その後、何やら娘さんを僕に下さい的なシチュエーションに変わったことで、立華勝人は事なきを得た。

 

『…必ず、フラッシュの凱旋の報告を、ご両親に届けます。信じてお待ちいただけますか』

 

『ええ、無理はしないように、けれど、頑張ってください。娘をよろしくお願いいたします』

 

『はい!』

 

 日本式のお辞儀をどこで覚えてきたのか、やんわりと頭を下げるご両親に、立華も礼を返す。

 お二人の期待する愛する娘であるエイシンフラッシュを、彼女の望む、誇りある勝利を掴めるように。

 

 こうして、エイシンフラッシュのご両親と立華勝人の挨拶は無事に終了した。

 その後、外泊届を出していたためご両親と一晩、家族の時間を過ごすエイシンフラッシュを、オニャンコポンと共に見送ったのだった。

 




エイシンフラッシュのヒミツ①
実は、クソボケトレーナーから最初に立ててもらったスケジュール帳は大切に保管しており、今は二冊目。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

15 閑話 スマートファルコン

「響けふぁーんふぁーあっれー♪届けごーぉるっまっでー♪」

 

 河川敷の定位置、高架下にスマートファルコンの歌声が響く。

 それを、彼女のファン第一号である立華勝人と、ファン第二号であるオニャンコポンが聞いていた。

 放課後の、これまで通りの彼女のルーティーン。今日は仕事を早くに終えた立華は、自分が担当するウマ娘であるスマートファルコンの河川敷ライブを観に来ていた。

 

「…っふー!今日も応援ありがとー!」

 

「よかったぞ、ファルコン!」

 

 ニャー!とオニャンコポンも立華の声に続き、ファンコールを返す。

 とはいえ、他の観客は今のところ0である。

 トゥインクルシリーズのメイクデビューを果たしていないスマートファルコンについて、世間はまだ彼女を知らなかった。

 

「うーん、ウマドルとしての活動、これからどうしようかなぁ…」

 

「…え、どうした急に。なんか重い事情でもあるのか?」

 

「違うよー!えっとね、これから練習もしっかりしたものになるでしょ?あんまりこうして野外ライブばっかりやるのも減らしていかないとなー、って」

 

 スマートファルコンは、担当のトレーナーがついたことでこれから本格化する練習の前で、こうしたウマドル活動を続けることについて、少し懸念があった。

 しかし、それを聞いた立華は意外な言葉を聞いたな、と思案顔になる。

 

 これまで立華が過ごしてきたループの中では、彼女はいつもウマドル活動に血道を注いでいた。

 走るのも、ウマドルとしてキラキラ輝くため…もちろんレースで勝つことも目指していたが、ウマドルとしての輝きのほうを優先、しているように見えたからだ。

 そんな彼女が、自分という因子の影響を受けて……ウマドルから意識が逸れ始めていることに、奇妙な違和感を覚えた。

 

「…別に、ウマドルも続けてていいんだぞ?言ったろ、夢を応援するって。何ならプロデューサー業だってやってもいいぞ俺は」

 

「あはー、もちろんいきなり全部やめる、って話じゃないよ☆ウマドルは続けるつもりだし、レースで勝てばファンも増えるだろうし!その方向で走っていくつもり。けどね…」

 

「……けど?」

 

「…それ以上に、レースで勝ちたいの」

 

 勝ちたい。

 そんな彼女の想いが、今回の世界線ではさらに強くなっている。

 その衝動はどこから生まれたものなのか?

 

「…トレーナーさんにGⅠレースに連れて行ってもらって、すごい、みんなキラキラしてたじゃない?勝ったウマ娘も、惜しくも負けたウマ娘も…あの世界に、私、すっごく惹かれたんだ」

 

「…ああ、そう感じてくれたのは本当に嬉しいが」

 

「でね?この間の選抜レースで、ダートを走ったときに……なんかね、わかったの。『私は、ここがいい』って。私、ダートで走って、勝ちたい…そう、なんだか、すっごく勝ちたくて」

 

「…ふーむ」

 

「これまで以上に、レースで勝ちたくて、勝ちたくてたまらなくなったの。…ねぇトレーナーさん。これって、おかしなことなのかな?」

 

 勝ちたい。

 それはすべてのウマ娘が持つ本能。

 それを持つこと自体はおかしな話ではないし、それが強い衝動であるほど、ウマ娘は早く走る。

 だから、立華は少し言葉を探してから、スマートファルコンに答えを返した。

 

「…いや、別に何にもおかしなことじゃないさ。特に君みたいな、理由があってくすぶっていたウマ娘は…何かのきっかけで強く意識が変わることもある。きっと、ダートに本腰を入れたことで、そうなったんだろうさ」

 

「そうかな?そうかも?…うん、でも勝ちたい、って思うことはいいことだよね☆」

 

「ああ。そのために俺がいるんだし、俺がきっちり勝たせてやるさ。だから明日からの練習も頑張ろうな!」

 

「うんっ!」

 

 …その後も軽く話して、結論としては無難なところに落ち着いた。

 ウマドルとしても活動はするが、練習もしっかり頑張る。主軸はあくまで、走ること。

 そしてレースに勝つ。名が売れる。ウマドルとしての活動も盛り上がっていくだろう。

 そんな風に、今後の活動について目線合わせを行い、頑張っていこう、と誓い合う二人であった。

 

 

 

 

 

 

 ──────────二人には、当然知りえないことではあったが。

 

 立華勝人がスマートファルコンの運命に介入したことで、一つ変化があった。

 彼女に見せたレース、国内GⅠダート競走であるフェブラリーステークス。

 それは、彼女の(ウマソウル)の元となった存在である()が、国内のダートGⅠで、海外遠征の都合により出走していなかったレースであった。

 

 本来は、大井レース場にスマートファルコンを連れていき、一般的な重賞のダートレースを見せることでキラキラに目覚めて、()()()()としてダートを走ることを決意するのが彼女の物語。

 それを、立華勝人は無自覚に捻じ曲げた。

 フェブラリーステークスの輝きを、見せつけた。

 

 その結果。

 (ウマソウル)は、昂り、怒り、荒ぶった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それは魂の叫び。

 そうしてスマートファルコンもまた無自覚なままに、求めるものが『ウマ娘』として定義されたウマドルという道ではなく、『魂』が追い求めるレースの勝利に変わった。

 

 この変化が、のちに。

 日本中を…否、世界中を圧巻させる大事件になることを、誰も、まだ知らない。




スマートファルコンのヒミツ①
実は、クソボケトレーナーにまた頭を撫でてほしいと思っている。


なお、この世界線のスマートファルコンは魂が覚醒済みです。
大好きなダートウマなので盛るペコ(胸以外)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

16 閑話 アイネスフウジン

「はい、立華さん!今日のお仕事終わったの!ゴミは裏の倉庫にまとめておいたから、ちゃんと指定の日に出してくださいね!」

 

「ああ、ありがとうアイネス。いつも助かるよ。そんじゃ飯の時間にしようか」

 

 リビングでオニャンコポンと遊んでいた立華勝人が、割烹着で部屋に入ってくるアイネスフウジンに労りの言葉をかけた。

 今日は週末、アイネスフウジンの家事代行のバイトの日であり、朝から家の掃除をしていたのだった。

 そうして、午前中に掃除を終えれば、お昼を立華が作って振舞い、アイネスがゴチになる。

 そんな関係が、数回目の勤務にして固定化されてきていた。

 

「前も言った通り、遠慮しないで食べていいからな。特にメイクデビューまでは色々大変だろうし。何なら持って帰るか?おにぎりにして」

 

「んふー、お言葉に甘えちゃうの!いつも悪いねぇ立華さんや」

 

「ネタが古いが?」

 

「もー、乗ってくれないと恥ずかしいの!」

 

 オニャンコポンの相手を切り上げて、作っておいた料理を台所から持ってくる立華。

 割烹着を脱いで畳み、手を洗って料理が出てくるのを待つアイネスフウジンは、満面の笑顔だ。

 

 そもそも、このように立華が手料理を振舞うようになったのには理由がある。

 

『アイネス、君はこれから本格的に練習をするようになる。…つまりはその分、時間を割かれる。バイトについては…』

 

『うん、わかってるの。事前にいくつかのバイト先には話してるし、少しずつ減らしていくの』

 

『…すまんな、いろいろ関係できてるところもあるだろうから全部とは言わない。ただ、平日はなるべく少なくしてくれると助かる』

 

『オッケーなの!…あー、でもそうなるとまぁ、ちょっとコレ(お金)に困る部分は出てくるの…』

 

『だよな。ただ…その分お金を貸す、とか言っても君は断るだろう。…だから、なんだ。金銭のやり取り以外の部分で、まず俺に全力でタカってくれ』

 

『…いいの?遠慮、しないけど?』

 

『ああ、飯はいくらでも奢るし、練習用品ならチーム費でもポケットマネーでもいくらでも出す。もちろん、フラッシュやファルコンにも同じように伝えるし、同じように奢る。そんな余計な負担は君にかけたくないんだ、大切な時期だからな』

 

『………わかったの!それじゃ、お言葉に甘えて…この借りは、レースの勝利で返すことにするの!』

 

『ああ、それが俺にとって最高のお返しだ。期待してるぜ』

 

 そんなやりとりがあって、特に休日のアイネスフウジンが家事代行で働きに来るときは、必ず昼食を振舞うことにしていた。

 時間があればその後練習用品などを一緒に買いに行ったりもする。チームの備品を買いそろえるほか、彼女が私的に使うシューズや蹄鉄なども買いそろえていた。

 

 なぜなら金はあるのだ。

 立華としては、愛バ達に使わなくてどこに使うんだって話である。

 

「今日は麻婆豆腐と青椒肉絲だ。中華で攻めてみました。豆腐と肉でタンパク質も考慮。サラダもちゃんと食べような」

 

「わー、今日も美味しそうなの!立華さん、料理上手だよねぇ」

 

 テーブルに並べられる料理に、喉を鳴らして笑みを浮かべるアイネスフウジン。

 最初のころは恐縮もあったが、何度も奢られれば、この境遇に慣れてしまった。

 立華としては、大型犬を餌付けしている気分である。

 その隣で子猫が猫缶を食べているのを見ると「俺の家ペット増えたな」と謎の思考が頭をもたげてくるのだった。

 

「いただきますっ!…んー、ウマいの!お代わり!!」

 

「早食いはよせーっ!」

 

 ウマ娘用に作られた20合炊きの炊飯器から米を山盛りよそってアイネスに渡してやる。

 この後おにぎりも作って、焼きおにぎりにして日持ちするようにして渡してやるつもりであった。

 

 そうして暫く食事を楽しみ、お互いに綺麗にテーブル上の料理を平らげた。

 

「ごちそうさまなの!今日もありがと、立華さん」

 

「ああ。……なぁ、ところでアイネス」

 

「ん、なぁに?」

 

 食器を片付け、二人でかちゃかちゃと洗い物をしながら、前から気になっていたことについて立華は問いかける。

 

 

「────────その、なんで俺のこと、家では名前で呼ぶんだ?」

 

 

「え?苗字だよね?」

 

「まぁ苗字だがそうじゃない」

 

「…名前で呼んでほしいの?」

 

「そうじゃない!ほら、他の子はトレーナーって呼んでくれるし、アイネスだって学園ではトレーナーって呼ぶだろ?…なんでここでだけ?」

 

 そう、それが疑問だった。

 フラッシュやファルコンと同じように、学園では「トレーナー」と自分のことを呼んでくれるアイネスフウジンだが、なぜか家事代行として家に来るときは、「立華さん」と名前で呼ぶのだ。

 最初に家に訪れた時は雇用関係のほうが優先されていたのでそれもそうか、とは思っていたのだが…担当になったのだし、と。立華はその疑問をぶつけてみた。

 

「んー…なんていうか、あたしなりの区別?配慮?なの。ほら、一応あたし、家事代行として仕事の為に来ているわけじゃない?」

 

「そうだな」

 

「で、お給料も貰ってる。ごはんとかはまぁ、業務に対する報酬とは別の感謝の気持ちとして受け取れるけど…ここでさ、あたしがいつもみたいにトレーナー、って立華さんのことを呼んで、トレーナーと担当ウマ娘として接するとするじゃない?」

 

「…そうすると?」

 

「担当トレーナーの家にお金貰って毎週お掃除に行くウマ娘になっちゃって、それはヤバいの」

 

「あー…………なるほどなー………」

 

 立華は、その理由に合点がいった。

 確かに、トレーナーとして彼女と向き合っているつもりではあるし、アイネスフウジンもまたトレーナーとして自分のことは認めてくれているのだが、それはそれとして今の状況は雇用人とハウスキーパーの関係である。

 金銭の絡んだ雇用契約でもあるため、ここに別の関係性であるトレーナーと担当ウマ娘という関係を含めると、それは若干の危険性を伴う。

 

 なにせ金銭が発生しているのだ。これが金銭のやり取りが発生していない、エアグルーヴのような「お手伝い」で済むものならばよかったのだが、そうではない。

 しっかりとした立場を組み立てないままにこれが外部に漏れれば、担当のウマ娘に金を払って休みのたびに家に呼び、掃除をさせているクソ野郎トレーナーの肩書を得てしまうこと請け合いである。

 

「ようやく理解したわ。なるほど、俺の考えが足りなかったみたいでした。これからもそれで頼む」

 

「わかってくれたならよかったの…立華さん♪」

 

「だからと言って耳元で囁かないで」

 

 立華は事情を理解し、自分が思慮が浅かったことに反省して呼び方を改めることはやめた。

 それはそれとしてふざけて耳元で囁いてくる愛バには、お仕置きとしてオニャンコポンをけしかけてやることにした。

 

 いけっ!オニャンコポン!

 アイネスフウジンの しっぽをふる!

 オニャンコポンは メロメロに なっている!

 役に立たない番猫だった!

 

「……ってかさ、思ったんだけど」

 

 アイネスフウジンがオニャンコポンにしっぽを振って遊んでいるところに、立華は一つ思い立って提案する。

 

「呼び方がまずいっていうのは、家事代行のバイトしてるからだろ?この仕事も、ある程度レースに勝って金銭的な余裕が出てきたら辞めればいいんじゃないか?俺んちが初めての勤務先ってんなら元請け業者にも迷惑は掛からないだろうし、俺は別の人雇うし─────」

 

 アイネスフウジンの ふぶき!

 タチバナは こおりついた!

 

「……あ、ごめんね立華さん。オニャンコポンと遊んでて、()()()()()()()()()()。もう一度、言ってみてくれる?あたしに、よーく、聞こえるように」

 

「アイネス、君がいつも俺の家を掃除してくれて本当に助かってるよ!これからもよろしく頼むな!トゥインクルシリーズを駆け抜けるくらいまではずっとお願いしたいな!」

 

「ん、もちろんなの♪」

 

 この大型犬には、家事代行の仕事に謎の執着があるらしい。

 ウマ娘の尻尾をわざわざ踏みに行く必要はない。

 立華は、努めて冷静に本心(命乞い)を口にして、アイネスの機嫌を取るのだった。

 




アイネスフウジンのヒミツ①
実は、クソボケトレーナーの家になんやかんや理由をつけて私物を増やしていくのが楽しい。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

17 閑話 オニャンコポン

この話は徒然なるままに殴り書いたので誤字報告は大丈夫です。
死ぬほど筆が乗ったのは内緒。
読みづらいかもしれないので注意。


 吾輩は猫である。名前はオニャンコポン。

 どこで生れたかとんと見当がつかぬ。

 何でも、薄汚れた段ボールの箱の中でニャーニャー鳴いていた瞬間からが、私の()()()()の記憶の始まりである。

 

 私は、いわゆる生まれ変わりというやつである。

 猫の身になる前には人間の雌であったことは覚えている。

 以前の生がどのようなもので、どのように終わったかは、とんと記憶にない。

 ただ、猫の身で動く自分を自覚した、段ボールの中で意識が目覚めた時に、私は以前の生を思い出した。

 

 しかし状況は最悪である。

 恐らく私は捨て猫なのだろう、段ボール箱のふちが高く外の世界が見渡せぬが、青空が見えていることから屋外であることがわかる。

 冷たい寒風が身に染みて、近くにあった薄汚れたタオルに身をくるみ、自分を誰かが拾ってくれるのを震えて待つしかなかった。

 しかし何度か太陽と月が過ぎていくほどの時が経っても、待てども誰も己をのぞき込む人間はおらず、時には雨にも打たれ、意識が朦朧としてきている。

 たかが猫畜生、己の身の儚さと運の悪さに嘆くしかできない。

 だいぶ衰弱が増してきたとき、夕暮れの明るさを段ボールの底から見上げながら、天使か死神か、それが迎えに来るのをただ待った。

 

「~まだ終われない♪たどりーつきーたい…」

 

 そんなとき、何やら歌声が猫畜生になった私の耳に入ってきた。

 天使の歌声にしては随分と激しい旋律だ。だがその声色は私にとって最後の賭けをする切欠となった。

 歌声が聞こえてくるのであれば、近くに人間がいるのかもしれない。

 ならば、今残る体力で最後の一鳴きを。

 それで気づいてくれて、助けてくれれば賭けは私の勝ち。

 気づいてくれなければ、気づいて見に来ても助けてくれなければ、死神の勝ちだ。

 

 歌の切れ目を狙い、私は残る力を振り絞って、声を上げた。

 しかし、それはあまりにもか細い子猫の鳴き声となり、段ボールに反響の一つも残さず吸われてしまった。

 ああ、ああ、ここまでに体力を失いすぎたのだ。このようなか細い鳴き声では人間の耳には届くまい。

 歌声が聞こえた程度の距離であれば、風にかき消えてしまっただろうか。

 賭けに負けたことを悟った私は、鳴き声の結果を見ることなく、目を閉じて意識を途絶えた。

 きっと、目覚めることはないのだろう。

 これで次の生に行くのかどうかは知らないが、次に行くのであれば、願わくばこれほどの厳しい状況で目覚めたくないものだ───────────

 

────────────────

────────────────

 

 

 結論から言えば、私は生き延びた。

 目が覚めた時はどうやら動物病院のベッドであり、近くにいた看護師が言うことによればあの後人に拾われ、ここへ運び込まれたらしい。

 人間の話している内容は、何となくだが理解できる。意味として頭に落ちてくる。

 ただ、言葉として十全な理解が出来ているとは言い難い。これは私の脳みそが猫畜生の大きさになったことで思考能力も大したものにはなっていないのだろうと自分の中で理解を落とした。

 さて、こうして幸運にも命を繋いでしまったのであれば、ぜひとも私を掬いあげてくれた人へは何かしらの恩を返したいものだ。

 どうやら看護師が勝手に話しかけてくる話から推測すると、拾ったのは女子高生で、そばにいた教師のような人間がここまで運び、治療費などを負担し、さらにその後の飼育まで担当してくれるというのだ。

 ああ、なんと出来た人間であろうか。

 見知らぬ薄汚れた子猫を見つけ、咄嗟に動物病院へ運び、治療費まで支払ってその後の世話までしてくれるとは。大した聖人に救い上げられたものである。

 これはなんとしても、私も恩を返さねばなるまい。

 猫畜生に出来ることは大したことはないだろうけれども、それでも転生した元の知識もあり、その辺の猫畜生に比べれば随分に頭の廻る私であれば、何かしらできることはあろう。

 まず飼われる際に迷惑になるような行動はしないようにしよう、と。心に誓い、新たなる飼い主に相見えるのを心待ちにするのであった。

 

 そうして私の体力もすっかり回復し、予防接種の注射も大人しく甘受して、私が引き取られる日になった。

 初めて出会った我がご主人は、まだ20代も前半の若者といった具合である。

 顔立ちはなかなかに整っている。優男のようにも見えるが強い芯を持った瞳のようにも見え、自信家のようにも見えるがお調子者のようにも見える。

 また、見方によっては凡才のようにも見えるし、天才のような雰囲気も感じる。

 猫畜生にこのような評価をされるのは腑に落ちんだろうが、なんともつかみどころのない奇妙な青年であった。

 

 しかし、これまでの経過を知っていればそのような失礼な思いは雲散霧消する。

 これから私が息絶えるまで共に歩むであろうご主人へ、愛嬌を込めて、ニャー、と挨拶をするのであった。

 

 なお、私には名前がついた。

 私の名前はオニャンコポンというらしい。

 なんともまぁ、珍妙な名前をもらったものだ。

 

────────────────

────────────────

 

 さて、我がご主人の宅に居を構えて翌日。

 間取りを把握した私は、独り身でいることの若干の寂しさを紛らわすためにご主人の布団に潜り込んで眠った。ご主人の体温がとても優しく私の心を温めてくれていた。

 目覚めたご主人が私の頭を撫でる。恐らくは、人懐っこく賢い猫だと思われているのだろう。

 催したとしてもその辺でまき散らす猫畜生とは違い、こちらは思考の基準が人様である。

 トイレもしっかり覚えたしその辺を汚したりもしない。本能には負けるので爪は研ぐし動くものは追いたくなるが、ご主人に迷惑を駆けぬ忠猫となるよう努力する所存である。

 

 さて、しかしてご主人が身嗜みを整え、どうやらご出勤のようだ。

 家で一人で待っているのももちろん構わない。私はできる猫畜生なのだ。

 何ならお見送りをなさろうかと玄関先までついていき、出かけるご主人をじーっと見つめていると、どうやら出かけにくそうにしてしまったようだ。

 

 気にしないでよいという意味を込めて、ニャー、と返事をしたつもりであった。

 しかしその返事をどう勘違いしたものか、一緒に行こうかと言わんばかりにご主人が手を伸ばしてくるではないか。

 大丈夫なのだろうかと猫畜生に落ちた小さい脳味噌で私は考える。

 通常、猫畜生といえば野良で歩くか家で飼うもの。お仕事先に連れていけるようなことがあろうか?そういう職場で働いているのだろうか。

 ただ、ご主人の面を拝むとどうにも優しい微笑みで、その整った顔には私の雌の部分が随分と気分を良くしてしまう。

 ならば乗ってしまおう、とご主人の腕を伝い上り、今後私の定位置となる彼の肩を掴んで、むん!と気合を込めるのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 

 ご主人が出勤した職場は大変に大きな、恐らくは私立の学園なのだろう、なるほどそういえば看護師が教師が連れてきてくれたと言っていたなぁと今更ながらに思い出す。

 そして学園が近づくにつれて当然生徒ともすれ違う。淡藤色を基調とした制服の、どうやら女子高のようだ、スカートを履いた女としかすれ違わぬ。

 しかしそこで私は気づいた。

 そして魂消(たまげ)た。心から魂消た。

 なんと、その女子高生には謎のウマ耳と尻尾がついているのである。

 

 なんということだろうか。

 私の以前の生の記憶にはこのような生物は存在していなかった。

 はて、どうやら私は単純な生まれ変わりをしたわけではなく、異世界転生をしていたようだ。

 これはびっくり大三元。

 

 周りの女子…ウマ娘?というらしい彼女らにやれ可愛いとおだてられるものだから、ご主人の邪魔にならないように愛嬌だけは振りまいておいた。

 しかしその大きなウマ耳を見れば得心の行くとおり、恐らくは人の耳よりも集音性能が高いのだろうと察せる。

 私のか細い最後の鳴き声を拾い取ってくれたのは、この立派なウマ耳様であるのだ。

 そう考えれば、なるほど愛嬌のあるこのウマ娘という異形の存在が好きになってしまったのだから、猫畜生の嗜好など単純なものである。

 

 その日に出会ったものとしては、よもや小さく、はて小学生か迷子かと勘違いするような幼子が学園の理事長を務めているというのだからまた魂消てしまった。

 どうにもこの世界には私の世界の常識は通用しないようである。

 彼女の肩にもまた私とは別の猫畜生が居座っており、あちらは私と違い人様の心を持たぬ猫畜生のようだが中中(なかなか)にこれが頭がよい。

 恐らくは年齢としても学園としても相手のほうが先輩であろう、そういう存在には(へりくだ)っておくものである。

 どうやら私のことは初めての後輩として気に入ってもらえたらしく、その後はその猫とは学園でよく遊ぶ仲になった。猫の知人が初めてできた瞬間であった。

 

 さて、そうしてご主人の肩に乗り1日を学園で過ごしたところ、ある程度の状況はこの猫畜生の頭でも把握ができた。

 このウマ娘なる子らは走るのが大好きで、レースで勝敗を決め、それが国民的なイベントになっている。

 私の元の世界で言う競馬のようなものかとやれ思い、なるほどウマ娘という名前も安直だがわかりやすい一杯だと腑に落ちかけたが、競馬では競争後にライブなどしないのでやはり違うなと考えを改めた。

 とにかくそのようなレースがあり、我がご主人はそのレースに出走するウマ娘達を育て導くトレーナーであるということは理解した。

 若い顔立ちからも予想していたがやはり新人のようで、今は担当のウマ娘を見定めている最中らしいが、しかしすでに候補は幾人もいるらしい。

 どうにもトレーナー室という所の周りの会話を耳にするに、新人は一人のウマ娘のみ担当とするのが慣習のようだが、我がご主人はすでに数人につばをつけるという女誑し、いや馬誑しっぷりを見せていた。

 あわや女の敵か、とは思ったが、しかし私にも見せたように、真摯な表情をしたときにこのご主人はなんとまぁ、雌の心に突き刺さる表情を作るものだと私はすっかりと知っている。

 やれそれに誑かされたウマ娘達に合掌し、しかし私はご主人の猫なので担当につくウマ娘らには愛想をよくしておこうと心に備えた。

 

────────────────

────────────────

 

 そうして時期が立ち、何度かご主人には精神的な盾として扱われながらも穏やかな日々は過ぎていった。

 どうやら最終的にご主人のもとへは3人のウマ娘が集ったらしい。

 猫にレースはわからぬ。だが、ご主人が言うには将来が楽しみな原石であるようだ。

 穏やかな雰囲気を持つ、私の名付け親だという黒髪のウマ娘。

 私を見つけてくれたという、歌うのが趣味の茶髪で髪房を二つに結ったウマ娘。

 私のおかげで掃除の手間が増え、その結果ご主人との縁ができたという、活発的なサンバイザーを付けたウマ娘。

 この3人が一室に集まり、ご主人の話を聞いていた。

 

 さて、何の話をしているのやら、と猫畜生の頭を使い意味をかみ砕いていると、なるほどどうやらこの3人はチームという扱いで今後活動をしていくらしい。

 チーム、となると名前を付けねばなるまいと。

 名前。私の名前のように、あんまりにも珍妙ではその後のこの子らの行く先がかわいそうになってしまうだろう。

 わかっているだろうなご主人、女にとって呼び名とは大切なものなのだぞ、と。そんな意味を込めて、ニャー、と小さく鳴いてやった。

 まぁ、さてはて。こんな猫畜生に落ちた人生だが、しかしなんとも幸運にも、平和な日常を満喫できている。

 その日常に今後深く絡んでくるであろうこの3人のウマ娘達に、私は改めての挨拶として、ニャー、と小さく鳴いてやった。

 ご主人をよろしく頼むぞ、ウマ娘らよ。

 

 

────────────────

────────────────

 

「今日はオニャンコポンがよく鳴いてるの」

 

「ですね。…眠いのでしょうか?」

 

「ふふー、チーム活動の初日だからオニャンコポンも張り切ってるのかも?」

 

「どうかな、いつもは大人しいやつだけど。…さて、んじゃ俺たちのチーム名だが…これで本当に決定でいいんだな?」

 

「ええ。異論はありません」

 

「ファル子も賛成ー!響きも可愛いし、私たちにピッタリだもん!」

 

「そうね、あたし達みんな、猫に…オニャンコポンに縁があるもの同士なの。だから、今は使われてない星座ではあるけれど、『ねこ座』から名前を取って……」

 

 

「チーム『フェリス』!これで決定!それじゃ、今日から本格的に頑張っていこうっ!」

 

「「「おー!」」」




オニャンコポンのヒミツ①
実は、ご主人と一緒に入るお風呂がとても楽しみ。


次からチーム結成後の話になります。
オニャンコポンはメイン盾として頑張っていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第二部 ジュニア期
18 始動、チーム『フェリス』







 早速だが俺は理事長室に呼び出されていた。

 選抜レースを終えて3人と契約を結び、チーム『フェリス』を結成して、今日の午後から本格的にトレーニングを始めようといった矢先の出来事である。

 いきなりか。

 

「まぁそりゃ来るよな…」

 

 俺は肩でニャーと鳴いたオニャンコポンの喉をくすぐりつつ、理事長室の扉の前で一つ深呼吸を入れる。

 新人のトレーナーが、選抜レースで優秀な成績を残したウマ娘をいきなり3人も担当することになったのだ。

 それはもはや事件である。同輩のトレーナーたちからは羨望のまなざしを、先輩のトレーナー方からは一部の方々からの心配と、大多数からは嫉妬に近い感情の視線を受けてはいた。

 その辺はすべて含んだうえで彼女たちの担当になると決めていたので、俺の中ではこうなる覚悟はあったのだが。

 

「ま、なるようになるだろ…失礼します、トレーナーの立華です」

 

 俺は理事長室のドアをノックして返事を待つ。

 

「許可っ!入ってほしいっ!」

 

「おはようございます、立華さん。…さて、早速ですが御呼ばれされた理由はお分かりですか?」

 

 中に入るとそこにはいつものように理事長と、たづなさんが待っていた。

 雰囲気としてはあまり重苦しくはないだろうか、取り合えず折檻を受けるようなことはなさそうだ。

 

「失礼します。理由につきましては、まぁ……私の担当するウマ娘の件ですね?」

 

「肯定っ!!君は、新人にして…なんと!3人のウマ娘の担当になると聞いているっ!!」

 

「これまでの学園の歴史でも、極めて珍しい出来事です。大変仲良しのウマ娘達が友情から3人一緒に…といった話などはありましたが、今回はどうやらそういうご事情でもないと聞いています」

 

 学園では過去に新人が二人以上の担当を持つといったことはほとんど事例がない。

 それは、新人としての経験の浅さから、ウマ娘側でも自分以外の担当がつくことで指導の質が落ちることを危惧するし、トレーナーとしても面倒を見きれなくなる懸念がある。

 たづなさんの言うように、友達同士でセットでの契約を希望する、といった形の契約でもなければ…新人トレーナーの担当は基本的に一人。

 規則に明記はないが、暗黙の了解があった。

 まぁお叱りの言葉はあるよな、とソファに座って身構えていると、次の理事長の言葉は俺が思ってもいなかった内容だった。

 

「率直に言おうっ!我々は、君が本当に3人を育て切れるのか、君自身の負担が大丈夫かを心配しているっ!!」

 

 オニャンコポンをリリースして理事長の猫と遊ばせてやりながら、しかし理事長から出てきた言葉は、意外にも俺への心配の言葉であった。

 

「……分不相応だと叱責されるものかと思っていました」

 

「慮外っ!君は自信家なのかと思っていたが、案外小心者なのか!?」

 

「いえ、流石に自分がやってることが周りからよく見られないことくらいは理解してますからね。怒られるのかと」

 

「ふふ、一応今回の件にあたりましては…後からの報告にはなりますが、きちんとリサーチをしたうえで立華さんをお呼び出しさせてもらっています」

 

 たづなさんが説明を引き継いで言葉を続ける。

 

「エイシンフラッシュさん、スマートファルコンさん、アイネスフウジンさん…それぞれ、生徒会と私たちで今回のスカウトについて、経緯と事情、そして担当にかける想いをお伺いさせていただいておりまして」

 

「その中で、君が新人としては極めて有能なトレーナーであることは理解できたっ!彼女たちとの契約の中にも後ろめたい点はなく、きちんと信頼関係を構築したうえでの契約であったことは私が保証するっ!」

 

「説明を補足しますと…それぞれのウマ娘さんから聞いた貴方の行動、その内容が評価された、ということですね」

 

 エイシンフラッシュには、適切かつ綿密なスケジュール管理、レース情報の提供、肉体的なケアの手腕。

 スマートファルコンとは、思い悩むウマ娘のメンタルケアや、相談に親身に乗り、献身的な対応の実施。

 アイネスフウジンからは、レースに対する緻密的な作戦立案、レース相手のウマ娘の実力を見切る慧眼。

 

「この内容は貴方以外の他のトレーナーにも簡単にご説明させていただいておりまして、3人担当がつくことについてはひとまずのご了解を得ています」

 

「ここ最近、先輩トレーナーからの視線が痛かったですからね…特段のご配慮、ありがとうございます」

 

「いえいえ。トレーナーとして必要とされる能力…心構えはすでにできているものと私も判断できましたからね」

 

「過分な評価ですよ。まだ何の結果も出していない」

 

「ふふ、謙遜しすぎてはいけませんよ?…それにしても見事な手腕です。立華さんは、これまでにウマ娘を指導した経験があったのですか?」

 

「───はは、()()()

 

 明言はしない。

 方便で済ませておく。

 誰に言っても、()()()()()は信じてもらえないのだから。

 

「うむ!君という才能あるトレーナーが、これからさらに花開くことを我々も期待しているのだ!猫仲間でもあるからな!!…しかしっ!!やはり3人をいきなり担当となると、どうしても負担は大きくなるっ!結果も求められるだろうっ!」

 

「ええ、レースの遠征なども増えますし、チーム費で賄えない出費も出てきます。結果を出し切れなければ、周りからの目もなお厳しくなるでしょう…そのあたりも含めて、心配されていることがあれば、お伺いしておきたいんです」

 

 二人のお話を傾聴させていただいて、改めて大変に心配をかけてしまっているのだと自覚した。

 確かにお二人の言う通りで、チームの遠征などは人数分増えることになるし、指導だって3人分をこなすことになり単純計算で業務量は3倍になるのだ。

 それに、俺自身、過去のループの経験でも、いきなり3人を担当するのは初めてだ。

 なまじ業務を知っている分、今後自分にかかるであろう負担量も逆算できていた。

 流石に俺も内心では懲りており、これ以上ウマ娘の担当を増やさないように、とは思っている。サブトレーナーでもつかない限りは物理的に限界が来る。

 

「まず、心配していただいてありがとうございます。もちろん私も、業務量の負担や周囲の評価については理解しております」

 

「…ですよね?ええ、これまでの立華さんの業務成績も把握しています。()()()()()()()()()()、ほとんど残業もなく素早く正確にお仕事もできています。業務の呑み込みが本当に早くて…その分、これからご自身のお仕事がかなり増えてしまうこともご理解のはず。…そのうえで、大丈夫ですか?」

 

「大丈夫です、と胸を張れはしませんが…大丈夫なよう、心構えはしているつもりです」

 

 改めて、俺は姿勢を正して真剣に表情を引き締めて、二人を正面から見据える。

 これは真剣な話だ。であれば、俺は二人に対しても、担当ウマ娘にするのと同じように、真摯に想いを伝えるべきであろう。

 

「私は確かにまだ新人のトレーナーです。ですが、3人の想いを聞いて、心から力になりたいと思い、担当になることを選びました。私を選んでくれた3人のために…私は、私ができるすべてを彼女たちに捧げる所存です」

 

「「…っ」」

 

「もちろん、全部自分一人でできるなんて思っていません。遠征の際には他のチームトレーナーに担当を預けることにもなるでしょうし、困ったときには先輩トレーナーに躊躇わずに相談し、たづなさんや理事長にも相談をさせてもらうと思います。俺が俺一人の力だけであの子たちを育てたいんじゃない。あくまで、()()()()()()()()()()()、俺という存在があらゆる手段を使って全力でケアをするものだと思っています。だから俺は…ああいえ、失礼、熱が入って…私は…結果という目にわかる形でも…」

 

「……熱情っ!!君の熱い想いを受け取った!!だから、その、少し落ち着いてほしい!!君がとても真摯な想いを持ったトレーナーであることは十分に理解したっ!!」

 

「……そこまで想われる担当ウマ娘さんたちが少し羨ま…こほん。いえ、とても素敵な心掛けです。でしたら、困ったときには何でも相談してくださいね」

 

「……ありがとうございます。たづなさんの助力が得られるとなると、本当に心強い」

 

 俺は二人が若干たじろぐほどに熱を入れてウマ娘への想いを語ってしまったらしい。

 なんせ1000年近く煮詰めた俺のトレーナーとしての心情である、熱が入るのもやむを得ないだろう。

 本当は「結果という形でも出します、1年以内に重賞レース以上の成果を必ず~」と話を続けるつもりだったのだが。

 まぁいいや。少し落ち着いて、一息つくために出されたコーヒーを口にする。

 たづなさんの淹れる理事長室のコーヒーは美味い。

 

「得心!君が一人で何でも抱え込もうとしているようであれば止めたが、そうでないことも聞けて安心した!存分にやってほしいっ!困ったときには力になろうっ!」

 

「お話が聞けて良かったです。今日はありがとうございました、トレーナー室に戻っていただいて大丈夫ですよ」

 

「ありがとうございます。改めて、これから誠心誠意、努力して参ります。…行くよ、オニャンコポン」

 

 俺は話を終えて、お咎めもなくこれからの活動にご理解をいただけたことに安堵を覚えつつ、オニャンコポンを肩に乗せなおして理事長室を後にした。

 

 

────────────────

────────────────

 

「…ふぅ!うむ、たづなよ!なんだな!あの顔は、目はずるいな!ウマ娘に特効だ!」

 

「ええ、まだ若いのに、あそこまで()()()()()()()()()()目が出来る人がいるんですね…驚きました」

 

────────────────

────────────────

 

「では改めて、チーム『フェリス』は今日から始動します」

 

「はい。今日からよろしくお願いします、トレーナーさん」

 

「ファル子頑張っちゃうよー☆ね、ね!トレーナーさん!どんなトレーニングするの?」

 

「これまでのトレーニング不足を取り返すの!メイクデビューで勝ち切れるように、よろしくねトレーナー!」

 

 午後になり、授業を終えたウマ娘達がチーム『フェリス』に割り当てられたチームハウスに集まっていた。

 担当が一人だと空き教室などを使ってトレーナー室兼チーム室になることが多かったが、今回は担当が三人もいるため、新人としては破格の待遇であるチームハウスを受け賜っていた。

 

「そうだな、とりあえず一番早い開催のメイクデビューまで約4か月。それまでにみんなにやってもらうトレーニングは……」

 

 俺はチームハウスに備え付けのホワイトボードに、メイクデビューに向けたこれからの練習内容について記入していく。

 

 まず一つ目。

 『体幹トレーニング』と書く。

 おしまい。

 

「はい。これだけです」

 

「…え?」

「…んん☆?」

「…マジで言ってるの?」

 




クソボケのヒミツ①
実は、今の世界線に入ってようやく、大好きな曲「涙の種、笑顔の花」をフルで聞けるようになった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

19 地固め(真)



※※注意※※
この話は特にエビデンスとかはなく妄想の産物です。


「詳しく……」

 

「説明を…してほしいかな☆」

 

「私たちは今、冷静さを欠こうとしているの」

 

「しっかり説明するからそんな目で見ないで」

 

 ホワイトボードに書かれた『体幹トレーニング』という文字。

 それ以外の練習はメイクデビューまではしないと言い切った俺に、これでもかと困惑した6つの瞳が向けられる。

 オニャンコポンを放つことでその視線から逃れながら、しかし俺はしっかりと事情を説明する。

 

 ここでこの子たちがどれほどこのトレーニングの重要性を理解するかが、この先のトレーニングへのやる気と、爆発的な成長に直結するからだ。

 何百年もウマ娘の指導を繰り返し続けた俺が出した、一つの最適解であるこの指導法について。

 

「えっとな、ウマ娘が…速く、怪我なく、長く走るために、絶対に必要なトレーニングなんだ。それをみんなにも()()()()()()してもらったうえで、これから体幹を鍛えてもらう」

 

「…いえ、体幹トレーニングの重要さは、もちろん私たちも存じ上げていますが…」

 

「それだけしかやらないほど、なのかな?ファル子走りたいなー」

 

「トレーニング不足なのに、それだけで大丈夫かなって流石に不安になるの」

 

 皆が困惑の色を隠せないままに、どうして?と話の続きを促してくる。

 気持ちはわかる。

 なので、説明が長くなるからよく聞くように、と前置きして、俺は話を続けた。

 

「理由はいっぱいあるんだ、一つずつ説明していく。まず大前提の知識だが……体幹が強いウマ娘は、走りも速い」

 

「それは…その、速いウマ娘が、しっかり鍛えられていて、体幹も強くなっているという話ではないのですか?」

 

「違う。はっきり言うと、()()()()()()()()()()()()()()んだ。まずここの理屈から理解してもらうか」

 

 勉強が苦手なファルコンにもわかりやすいように、ホワイトボードにイラストも添えながら話を続ける。

 

「俺は前にフラッシュとアイネスには言ったな、いい脚してるのにもったいない、って感じの話」

 

「ええ、お伺いしました」

 

「聞いたの」

 

「あれな、もうちょっと実は意味がある。そもそもだが、君たちは3人とも才能があるウマ娘だ。脚の筋肉のつき方だけで言えば、余裕でジュニアのレースで勝てるくらいには発達している」

 

「え、そんなになの?でも…」

 

「…実際に私たちは、貴方に指導を受けるまではレースで勝ち切れませんでした。そこに秘密が?」

 

 俺は3人と話しながら、ホワイトボードに文字を書いた。

 『スピード』、そして『体幹』。

 

「ウマ娘が全力で走る時に、スピードを出す元は足の筋肉。だが、その速度を維持する、加速する、臨機応変にコースを変える、足をくじきにくくする…これらすべてに、体幹がかかわってくる。体幹が発達していないと、思い切りスピードに乗ることができないんだよ」

 

「……ふむ、なるほど…?」

 

「うーん…?」

 

「言ってることはわかるけど……」

 

 ここまで理屈を並べるが、我が愛バ達はまだ吞み込み切れていないといった雰囲気だ。

 わかる。だから、ここからは彼女たちの実体験をもとに、納得と理解を深めていく。

 

「…そうだな、例えば。フラッシュ、この間の選抜レース、見事な走りだったな」

 

「はい?あ、いえ…ありがとうございます。あれは自分でも、全力で走り切れたものと…」

 

「そう、それ。()()()()()()()()()()()()()()()()だろ?」

 

「え?は、はい。その通りです。走り終えた後、とても爽快な気分でした」

 

 望んだ回答を得られたことで、俺は次にアイネスに顔を向ける。

 

「アイネス。こないだの最終の選抜レース()()()()に走ってたレース、さ。思い切り走ったつもりなのに、もやもやが残らなかったか?心底楽しんで走れてたか?」

 

「え?…あ、うーん、そう言われればそうかも…?勝ち負けもあるけど、練習でも、走っててあんまり楽しくなかったかもなの」

 

 話を繋げていく。続いて全員に向けて。

 

「君たちが子供のころってさ。グラウンドでも、野原でも、山道でもいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「あ、それはわかるの!」

 

「ええ、そうですね。子供のころは…ただ走っているだけで楽しかった記憶があります」

 

「わかるー!どこでだって全力で走って、疲れ切って、すっごい気持ちよかったよね☆」

 

「そう、ここにヒントがある」

 

 ホワイトボードにいろいろ追加の情報やらイラストやら書きながら、みんなの理解を深めていく。

 

「ウマ娘が子供の頃ってな。脚の筋肉の発達と、体幹の発達のバランスが取れているんだよ。筋肉はまだ未熟だけど、全身運動をよくするから体幹はみんな同じくらい発達する。だから、子供のころはみんな自分の筋肉を全部使って、全力で走ることができてたわけだ」

 

 ここで、ホワイトボードに以下のように書く。

 

 

 『スピード』30 : 『体幹』30

 

 

「けどな、体が成長していって…ウマ娘が種族的に一番発達著しいのが、脚の筋肉だ。人間のものとは比べ物にならない力がそこには生まれる。本格化もすれば当然上乗せ。しかし、体幹は人間と同じ肉体構造の都合で、なかなか成長しない。するとどうなるか……」

 

 

 『スピード』100 : 『体幹』50

 

 

 ここまでホワイトボードに記載して、みんながピンときた表情になる。

 

「…体幹が未発達なせいで、自分が本来持っているスピードが出し切れてない?」

 

「あ、そっかぁ!私達ウマ娘って早く走るために脚は強くなるけど、バランス感覚とかは人間と大差ないもんね」

 

「あー、だからあたしも走っててあんまり楽しくなかった、ってこと?()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「アイネスのそれで大正解。ついでに重ねるとフラッシュ、君が選抜レースで走ったときに気持ちよかったのもこれが正解」

 

「…!なるほど、トレーナーさんから頂いていたトレーニングメニューですね!」

 

「ああ。脚に負担をかけないように、って理由もあったけど。あれ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だったんだよ。柔軟とかも全部含めてね」

 

 そう、実のところエイシンフラッシュには事前に仕込みをしていた。

 彼女は、彼女たちの脚はすでに成長は現段階では十分な発達。これからもちろんスピードも上げていくが、その前に体幹を仕上げる必要がある。

 いわばビル建設工事の基礎固めだ。

 この基礎がでかければでかいほど、その後の伸びも著しくなっていく。

 

「さて、さらに理解を深めようか。ファルコン、君はダンスが得意だよな?流石ウマドルだ」

 

「え?なんか急に褒められた?えへへー、でもありがとー☆!子供のころから練習してたからね!」

 

「うん、いいことだ。…で、はっきりと言っちゃうと、この3人の中で現時点において、一番体幹が発達してるのは実は君だ。ファルコン」

 

「…そーなの?」

 

「そうなの。ダンスって、全身運動なんだよ。体幹が必要になってくる。君は子供のころからそれを鍛えてたから体幹が結構伸びてる。得意なダートに鞍替えしただけで、特に俺の指導とかなしに、全力で走れて気持ちよかっただろ?」

 

「あ、うん。それはそう☆この間のダートのレース、すっごい気持ちよかった!」

 

 この3人の中で現時点で、一番体幹が成長しているスマートファルコン。

 唯一、彼女だけがダンスの練習にも力を入れていたことで、体幹もそれなりに発達していたからこそ、彼女はダートのレースで全力で走ることができた。

 とはいえ、俺の目から見たら()()()()なので、みっちりと体幹トレーニングには励んでもらう。

 そのためにも、重ねて彼女たちの興味を引くために俺は話を繋ぐ。

 

「逆説的な話でこれを証明しようか。みんなの理解を得られる話だと思うけどさ…レースの勝者って、ウイニングライブでめっちゃ輝かしく歌うじゃん」

 

「そうですね、私たちもいつかあの場所で歌いたいものです」

 

「もちろんセンターでね☆」

 

「その意気。…で、だ。レースのグレードが上がっていくほど、ウイニングライブのウマ娘達の踊りのキレってすごくなっていかないか?ほら、ルドルフとかマルゼンとか、それこそプロ顔負けのキレのあるダンスしてるだろ?」

 

「あー、すっごいわかるの!GⅠレースとかのウイニングライブだと、バックダンサーも含めてみんなキレッキレなの!」

 

「だよな?それはなぜか。ダンスの得意苦手を語る前に、そもそもGⅠで勝ち切るようなウマ娘は、全員()()()()()()()()()()。じゃないと勝てないからな。そして体幹が磨かれている分、さっきのファルコンの話に戻って、ダンスも当然、キレのあるものになる」

 

「…なるほど。筋の通った話ですね」

 

「はー……そういうこと、全然考えないでライブ見てたよー」

 

 ウイニングライブを疎かにするものは学園の恥。

 そう言い捨てた某会長がこの学園には存在するが、それはレースの勝敗とイコールにつながる。

 そもそも、ウイニングライブが疎かになるようなものは体幹が未発達でレースに勝てないという意味だ。俺はそう受け取っている。

 なお田舎出身で野山を駆け巡ることで体幹を鍛え上げダンスに触れる機会がなく醜態を曝してしまった彼女(スペ)は除く。

 

「……何となくわかってきたか?体幹を鍛え上げることが、どれだけ重要なことか」

 

「はい。大変わかりやすい理論構成でした」

 

「ファル子もしっかり理解できたかも!トレーナーさん、教師の才能あるよ☆」

 

「体幹が未発達だと、そもそも走るスピードが出せないの…F1カーが速く走るためにはエンジンだけじゃなくて、足回りや車体の剛性がしっかりしてないと、って理解なの」

 

「お、アイネスの表現はいいな、わかりやすい。この理論の論文作る時に使わせて」

 

 目論見通りに、体幹トレーニングの重要性は理解を得られたようだ。

 続けて、このトレーニングをすることでどのような効果が得られるのかを俺はホワイトボードに書いていく。

 

「じゃあ次は、体幹…バランス感覚、って言い換えてもいいかもな。これが成長することで、走りにどういった影響を与えるかだ。フラッシュ」

 

「はい」

 

「この中では君が一番、体幹を鍛えた効果について実感できているだろう。選抜レースの最終直線、君は見事な末脚を繰り出したわけだが……踏み込むとき、パワーが地面にしっかりと伝えられてる感じがしなかったか?」

 

「!そうですね、そういった表現で適切かと思います。これまでの私にはなかった、確かな踏み込みを感じました」

 

「そうだろう。まず踏み込みが強くなる。…で、踏み込みが強くなると、加速、コース取り、コーナーを走る時などに顕著に効果が表れる」

 

 ホワイトボードにどんどん追記していく。

 

 

 『加速力』

 『コース取り』

 『コーナーワーク』

 

 

「姿勢もよくなるから、フォームも改善されてスタミナの余計な減少も抑えられる。転倒もしにくくなる。足首への負担も減って、怪我もしにくくなる」

 

 

 『スタミナキープ』

 『転倒防止』

 『怪我防止』

 

 

 …と追記し、その次に【ポイント!】と強調して。

 

「そして一押しの効果が2つある。一つは────バ場を選ばず走れるようになるんだ。重バ場でもどこでも、踏み込みの確かさと転倒しないバランス感覚のおかげで、速さが出るようになる。もっと言えば……ファルコン」

 

「ん、はい?」

 

()()()()()()()()()()()

 

「っ!!」

 

「…オグリキャップとかタイキシャトルとか、芝もダートも強いウマ娘は、全員体幹が仕上がっているからこそだ。君も、それを目指していってほしい」

 

 『場所を選ばない』 

 …かつて俺がスマートファルコンに伝えた約束。

 芝も走れるようにする。

 その約束を果たすためには、体幹トレーニングが必須なのだ。

 

「…私……うんっ!わかった!ファル子、頑張るね!」

 

「ああ。実際には体幹を磨いた後にフォームとかも色々調整していく必要があるが…それでも、約束は守るからな」

 

「うん!」

 

 これがぜひとも伝えたかった重要なことのうち、1つ目だ。

 そしてもう一つは、3人全員に関係のあること。

 3人が、これからのトゥインクルシリーズで勝ち切るために絶対に体幹トレーニングが外せない、その理由。

 

「さて、もう一つの重要なことだけど。…体幹は、しっかりしていればしっかりしているほど、()()()()()()()()()()()()()んだ。…これは、言われてみれば想像できるんじゃないか?」

 

「…そうですね。体幹に優れるということは、全身、あらゆるところで力を入れるのが上手になるということで…」

 

「トレーニングでも力を使い切れる、って感じ?」

 

「どんなことをやっても、応用が利く…ということなの?」

 

「そんな感じ。…裏を返せば、体幹が未成熟なままにハードな走行トレーニングをすると、恐ろしいほど結果が伴わない。…これは体験してるのが何人かいるな」

 

「……Flirten(いじわる)

 

「耳が痛いの」

 

 体幹が未発達なままに、がむしゃらにトレーニングをして調子を崩したエイシンフラッシュと、練習不足によってさらに体幹が磨かれず全力で走れていなかったアイネスフウジンの、二人の耳がへにょっと垂れた。

 

「はは、悪い悪い。…が、事実だ。だから俺は、君たちの体幹をこれから徹底的に鍛え上げる。君たちの持ち前のスピードが出し切れれば、メイクデビューは難なく勝てる。体幹がしっかりと育ったら、今度は当然、スピードやスタミナ、パワーを伸ばしていく。これも、体幹がしっかり仕上がっていけばどんどん上乗せができるようになる。具体的にはこれくらいまでは鍛え上げてもらう」

 

 これからみんなが目指す体幹の目標値、イメージとして…俺は最後に、最初に書いたスピードと体幹の欄に目標値を追記する。

 足し算ではなく、0を一つ追加するだけ。

 

 

 『スピード』100 : 『体幹』500

 

 

「「「そんなに!?」」」

 

 そう、そんなに。

 

「ってことで、これから2週間は地獄を見てもらう。キツいが我慢してほしい。2週間後には一度併走をすることでその成果を確かめるから。で、また2週間鍛えて、フォームチェックやスピードのチェックでまた併走…このルーチンを、メイクデビューまで繰り返す」

 

「2週間…ですか。頂いたあのメニューを、また…」

 

「いや。エイシンフラッシュに渡したメニューは体験版みたいなものだから」

 

Was(なんて)?」

 

「あれの10倍くらいはきついトレーニングを予定しているから」

 

「えっ?」

 

「筋肉痛もすごいけど大丈夫、日常生活がギリギリ送れるレベルには抑えるから」

 

「ヤベーの!」

 

「インナーマッスル全部一度生まれ変わるくらいに仕上げるから、そのつもりで。一番きついのは最初の2週間でそのあとは少しずつ楽になるし、結果はすぐに目に見えてくるから…騙されたと思ってまずは最初の2週間だけ!がんばってみよう!!」

 

「……が、がんばります!」

 

「お、お~…?」

 

「バイトの休み入れたほうがよさげなの…?」

 

 十分にトレーニングへの理解を得られたところで、俺はこれから愛バ達を存分に鍛え上げるために、改めてトレーニングメニューを説明していくのだった。

 

 




SSRサポートカード 立華勝人
取得金スキル 『地固め(真)』
スキル効果
・B以下のバ場適正、距離適性がすべて1段階成長する。
・全ステータス+100。
・全てのトレーニング効率が30%上昇する。
・『練習上手◎』と同等の効果が得られる。
・『良バ場◎』と同等の効果が得られる。
・『道悪◎』と同等の効果が得られる。
・『臨機応変』と同等の効果が得られる。
・『直線加速〇』と同等の効果が得られる。
・『コーナー加速〇』と同等の効果が得られる。
・『スタミナキープ(作戦・全)』と同等の効果が得られる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

20 閑話 トレセン学園の噂話①

感想欄で勢い任せで書きなぐったけど生徒から見たクソボケの解像度が上がる話だったので閑話として投下。
TSシナリオ並のどうでもいい話ってことで一つ。


 ある日、高等部の教室で数人のウマ娘達が仲良く噂話に興じていた。

 ここはトレセン学園、ウマ娘達の集う女の園である。

 彼女らは現役のアスリートでもある傍ら、当然JCJKでもあり、それはもちろんの如く、(かしま)しく噂話などするのは日常の風景となっていた。

 

「ねぇ聞いた?噂の猫トレ」

 

「聞いた聞いた!こないだの選抜レースで、3人の担当に着いたんだって!」

 

「フラッシュさんとファル子ちゃんとアイネスちゃんでしょ?すっごいよね、新人で3人って初めてじゃない?」

 

 彼女らの噂話の内容は、先日行われた選抜レースで、とある新人トレーナーがいきなり3人もの担当になったという、その話題であった。

 通常、新人のトレーナーと言えば一人を担当するのが慣習である。

 そんな中で、しかしその猫を肩に乗せて顔立ちも整った、生徒の間では以前から噂になっていたその新人の男性トレーナーは、なんと一気に3人も担当することになったのだ。

 

「ねー、でも猫トレ、顔がいいからねぇ。こないだなんて中庭で猫ちゃん抱えて昼寝してたよ?」

 

「やだー!絶対目の保養じゃんそんなのー!」

 

「私も見たかったなー、どうせ写真撮ってんでしょー?見せてよー!」

 

 きゃいきゃい、と教室内で騒ぐ3人。

 ここは高等部の授業後の教室、生徒たちもまばらではあり、そして先ほど話題に上がった3人は既にチームの練習に行っているので、彼女らに聞かれる心配はない。

 猫トレ…立華トレーナーの外見は、一般的な女子の感性から見れば十分に整った顔立ちと言えて、そんな若いイケメンの青年が可愛い猫を抱えて学内を歩いていれば、それはもはや目に毒であった。

 

「ふふ、見せてあげなーい!あー、でもいきなり3人も担当するのってどうなんだろうね?やっぱ大変なのかな?」

 

「そりゃ大変でしょうよ、単純に考えて3倍仕事するわけでしょー?それだけあの3人に惚れ込んだって話なのかなー」

 

「逆じゃない?噂で聞いたよ?なんか、フラッシュさんたち3人のほうがあのトレーナーを選んだんだって」

 

「えーほんとー!?やだ、面食いじゃん!あーあたしもデビューしてなければ猫トレさん選びたかったなー」

 

「ちょっ、それは今のトレーナーに失礼でしょー。チーム所属とはいえー」

 

「あはは、でも気持ちわかるー。ね、それでね、猫トレさん、やっぱり理事長さんに目をつけられて、こないだ呼び出し食らったんだって!」

 

 話は二転三転し、次の話題は理事長に猫トレーナーが呼び出されたことにつながる。

 どうにも目撃証言では、彼はチームを結成して数日後、理事長室に呼び出しを食らっていたとのこと。

 しかしそこは噂話が大好きなウマ娘達である。収音性の良い耳も兼ね備えている彼女らの誰かが、扉の前で中の会話を僅かながら聞き取っており、それがまことしやかに噂として流れていた。

 

「えー、猫トレかわいそー。やっぱりお叱りの言葉とかあったのかな?」

 

「いきなり3人だもんねえ。もしかして実績あるトレーナーが3人を担当する形で、猫トレがサブになったり?」

 

「それが違うの!なんかね、噂だけど……猫トレさん、理事長さんとたづなさん相手に、『俺はあの3人を愛しています!』って言い切って、押し切ったんだって!!その剣幕にお二人もメロメロになっちゃって、そのまま許可が下りたって話!!」

 

「うっそー!!きゃー!!素敵ー!!」

 

「私も猫トレに愛してるって言われてみたーい!!」

 

 尾ひれがこれでもかとつきまくったその内容に、しかしそんなシチュエーションはJKにはぶっささる。

 彼女らウマ娘はトレーナー以外の男性と殆ど接する機会がなく、ほとんどのウマ娘は少女漫画とドラマでしか培われていない純粋培養の男性観を持ち合わせていた。

 

「情熱的だよねー!それで、3人もその前に生徒会に呼び出されて経過を聞かれてたらしくてね!そこでもなんと!3人とも『トレーナーのこと大好き』って言ったんだって!!」

 

「きゃーきゃー!!ヤバー!!もう両想いじゃん!!」

 

「運命的な出会いってやつ!?しかも3人も!?やだもー、風紀の乱れじゃん…!」

 

 そして同時期、3人のウマ娘が生徒会室に呼ばれたことも彼女らのテンションの上昇に拍車をかける。

 そちらはそれぞれがどんな話をされたのかは友人らにも話しており、それぞれ、

 

『選抜レース前に、とても真摯な練習スケジュールのアドバイスをいただきまして。それで信頼するきっかけになりました』

 

『あの猫ちゃんね、ファル子が見つけたんだ!でも、トレーナーさんはそれを拾って育てるって言ってくれて…ファル子が走ってる姿見たいって言ってくれて…』

 

『実はバイト先の雇用主って関係が最初なの。けど、選抜レースの最終レースで、あたしにしっかりしたアドバイスをくれて…それで勝てたの。恩もあるし、トレーナーとしての技量もすっごいの』

 

 と、まぁそういう内容できちんと周囲には説明をしていたはずなのだが、ここは女の園である。

 バイアスがかかった彼女らの恋愛脳の中では、どうやらすっかり一目惚れ×3なのだという認識に陥っていた。

 とはいえ、これは猫トレーナーの様子を語る3人の表情が、なんとも味わい深い、強い信頼がわかる表情をしていたのも原因の一つであろう。

 

「そんなわけで、そのまま猫トレが3人の担当になって、チーム結成していくって話らしいよ?」

 

「うわー、なんか超ヤバー!3人とも周りがライバルじゃん!チームの雰囲気すごくは…あー…ならないかな?フラッシュさんまじめだもんね」

 

「ファル子ちゃんも恋愛クソザコ勢だし、アイネスちゃんが逃げ切りかも?猫トレ誰選ぶんだろ、君は誰とキスをする?って感じー?」

 

「3人一緒に、なんて言ったらヤバいよねぇ…甲斐性見せるかなぁ猫トレ?家に呼ぶときも3人だと寮は狭いよねー」

 

「あ、知らない?猫トレ、学園の近くで一人暮らししてるんだって。しかも結構いい一軒家!」

 

「嘘、お金もあるの!?スパダリじゃん!いいなー、私も猫トレに飼われてみたーい♪」

 

「ちょっと、その発言マジヤバー!ウケるんだけど!!」

 

「なんか女の子の扱い知ってそうだよねー猫トレ。新人トレーナー特有の女慣れしてない感じが一切ないもん」

 

「これまでにいっぱい女の人泣かせてるとか?やだー!あの顔でー!?」

 

「あの顔だからこそでしょー、あれに落とされた女の人は数知れず…!みたいなー!」

 

「超ウケるんだけどー!あ、そういえばさ、あの猫ちゃんの名前だけど────────」

 

 

 きゃいきゃい、わいわい。

 新人の、猫を連れておりさらに3人も担当することになった新人トレーナーの噂話は尽きることなく。

 そんな、学園のどこにでもあるような、女子高の日常の風景がここトレセン学園ではよく見られるのだった。




ちょっと話の順番変えました。
19が本日更新分、本話20が思い付きで書いた閑話になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

21 チーム『カサマツ』

「その、フラッシュさん。大丈夫ッスか…?」

 

「今の私に触らないでください、バンブーメモリーさん……爆発します」

 

「爆発!?」

 

 高等部の教室。午前中の授業が終わってお昼になろうとしていた時に、風紀委員であるバンブーメモリーから声をかけられるエイシンフラッシュ。つい先ほど、寮内の生活調査のアンケートを提出したばかりであった。

 そのアンケートを受け取ったバンブーメモリーは、いつもは機械のように正確なエイシンフラッシュの文字が、まるで動揺したときのヤエノムテキのようにぐにょんぐにょんな形になっているのを見て、心配になって声をかけたのだ。

 

「最近、本格的なトレーニングが始まりまして……恥ずかしいことに、全身筋肉痛でうまく動かせないのです」

 

「え、全身スか…?脚とか腹筋とかではなく?本当に全身?」

 

「ええ……私も、ここまで徹底的に鍛えられるとは思っていませんでした。このまま席から立たずに今日を終えたいほどです」

 

「そんなに」

 

 先日、チーム『フェリス』の本格的な練習が始まった。

 丁寧な説明を受けて、体幹のトレーニングが急務であることを理解したエイシンフラッシュたちは、その日から体幹を鍛えるいろんなトレーニングを始めた。

 だが、これがまた()()()()()のだ。

 

 一般的な体幹を鍛えるのに有効といわれているプランクなどの運動はもちろん、エイシンフラッシュたちが知らないようなトレーニング方法まで、やることが何とも多岐に分かれていた。

 しかし、やってみるとそのどれもが恐ろしくインナーマッスルに響く。

 もう限界だと思う所まで数か所の筋肉を酷使したのちに、別の部位が鍛えられていないから、とその別部位だけに効率的に負担をかけるトレーニングを始めて、また酷使する。

 ただ、ケガを負うほどの限界の一線を越えてはいない。その辺の手加減は、立華トレーナーは抜群に上手だった。

 酷使するが、ギリギリ動ける程度まできっちり鍛える。

 緻密に、黙々と余力のある筋肉を一つずつ潰されて行き、最終的に全身の筋肉のHPが1割を切るあたりまで整えられた。

 この後は、回復速度に違いのある筋肉が順々に回復していって、筋肉量を増していく。

 回復した筋肉をまた順々に酷使しながら、空いた時間はレース研究や知識の習得など、賢さを上げるトレーニングに充てるらしい。

 

 エイシンフラッシュは思い知った。

 今まで私が綿密に立てたと思っていた練習メニューは()()だったと。

 本気で、感情を捨てて体を効率的に苛め抜くというのは()()()()()()なのだと。

 

「…ですから…文字が読みにくくて、申し訳ありません、バンブーメモリーさん。読めなければ、後日書き直しを…」

 

「ああ、いやそこまでじゃないんでいいっスけど。その、無理はしないようにッス!お大事に!」

 

「心配してくれて、ありがとうございます」

 

 笑顔を作る。唯一、表情筋だけは筋肉痛を逃れているので、会話は問題なくできた。

 この後はお昼になり、カフェテリアへ移動しなければならない。

 エイシンフラッシュは、現在見込んでいる移動時間の3分20秒を大幅に延長し、7分55秒ほどの見込みをもって、気合を込めて自席を立った。

 

 

────────────────

────────────────

 

「だ、大丈夫?フラッシュさん。箸が震えてるよ?スプーン持ってこようか?」

 

「いえ…なんとか、食べられると思います。…ファルコンさんは元気そうですね」

 

「私もすっごいよ?フラッシュさんほどじゃないけど…動かすたびに電気が走るもん」

 

「トレーナーが言ってた通り、ファル子ちゃんは体幹が元から強かったの。あたしもダメ…今日はスプーンなの…」

 

 

 カフェテリアの一席で、チーム『フェリス』のウマ娘3人が昼食をとっていた。

 メニューはトレーナーから指示があり、必ず食べるように言われたタンパク質を中心とした消化に良い料理のほか、それぞれの好みのものを足している。

 なにぶん、極めて効率的に全身の筋肉をいじめる運動をして、今は体が回復するために貪欲に栄養を求めている時期である。

 普段よりも食べる量は増えているが、食べないとヤバいと本能で理解しての行動であった。

 

 

「しかし…本当に……ここまで全身を苛め抜けるものだとは知りませんでした。ウマ娘の体だというのに、トレーニングとは思えないような運動で、ここまで…」

 

「あー…それはあたしも気になって。同室のライアンちゃんに、トレーニングの内容ちょっと相談したの。そしたらめちゃくちゃ絶賛されて。『ここまで効率的に筋肉ゥを苛め抜けるなんて…すばらしい!』ってなんかトリップしてたの」

 

「ライアンさんがそう言うなら、正しいトレーニング方法なんだね……ちょっとファル子安心~…☆」

 

 実際、やってることは謎の動きと見られてもおかしくない、独自のそれだった。

 特にヨガ関係。あらゆるヨガのポーズをして姿勢を固定しながら他人の力を借りて運動をすることで、全身の筋肉がまんべんなくほぐされ、破壊されていった。

 スマートファルコンがハトのポーズをやろうとしたら柔軟性が足りず、そのまま苦悶の表情で固まり、スマートファルコンからスマートピジョンに進化を遂げかけた事件もあった。

 でもあのポーズ*1好きだよ。

 

「まぁ、筋肉痛が起きてるってことは間違いなく筋肉…特にインナーマッスルが成長している証拠だってライアンちゃんも言ってたから…とにかく2週間、トレーナーを信じてやるしかないの」

 

「そう、ですね…2週間後の併走で、しっかり成果が出るとよいのですが」

 

「出なかったらトレーナーさんのお尻ひっぱたいてやるぅ……」

 

 ギシギシとまるでロボットのような動きで食べ終えた昼食を片付ける3人。

 それを見て、ミホノブルボンが瞳をキラキラさせていたがそれはどうでもいい話である。

 

 そうして、彼女たちにとって地獄の2週間が過ぎていった。

 筋肉痛が治ってはまた破壊され、別のところの筋肉が治ってはまた破壊され、彼女たちの生活には常に筋肉痛が伴っていた。

 メジロライアンならば喜ぶであろうその日常生活だが、彼女たちにとってはやはり理屈はわかっていてもストレスはたまる。

 なおかつ、その期間全く走れないこともあって、彼女たちのフラストレーションは徐々に高まっていった。

 

 そしてようやく、待ち望んだ、併走トレーニングの日がやってきた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「よーし、集まったな。みんな筋肉痛は大丈夫か?」

 

「今は大丈夫です。今は」

 

「今はね☆」

 

「トレーナーのマッサージが良く効いたの。だから今は大丈夫なの、今は」

 

「強調するじゃん…」

 

 本日チーム練習で借り上げた、グラウンドのコース前で我らチーム『フェリス』のウマ娘達がジャージに着替えて集合していた。

 我が愛バ達の顔が物語っている。

 ようやく、ようやくこの時がやってきたと。

 

「今日までは…ええ、それはもう堪能させていただきましたとも」

 

「ファル子ね、文字がうまく書けなくて成績落ちたかも☆」

 

「気合でバイトやりとげたけど事前に減らしておいてホントよかったの…」

 

「最初の2週間が一番きついって説明した通りだから!これからはもう少し楽になるから!そんな目で見ないで!」

 

 担当ウマ娘達から恨みがましい目線を注がれる俺は、その視線を避けるようにオニャンコポンを顔の前に持ってきて防ぐ。

 ありがとうオニャンコポン。お前がみんなのメンタルを管理してくれてなければヤバかった……

 

「いつまでもオニャンコポンで誤魔化せると思わないでくださいね」

 

「私ウマ娘。強いよ☆」

 

 我が愛バたちはいつの間にか無敵貫通を覚えたらしい。

 早く絶対防御を習得してくれオニャンコポン。

 

「…トレーナー、早くこの2週間の成果を確かめたいの。今日はどうするの?」

 

「ん、ああ…そうだな、今日は併走で、みんなのタイムを計測します。テクニックの指導とかは置いといて、とりあえず気持ちよく走ってもらいたい。走れなくてストレス溜まってただろうしな」

 

 話をまじめなものに戻して、今日の練習メニューを伝えていく。

 シンプルに、1600mや2000mなど、得意距離を得意なバ場で走ってもらい、タイムを計測する。

 そのタイムの結果を見てくれれば、トレーニングの理由にも納得してもらえるだろう。

 

「わかりました。では…私とアイネスさんは、芝のコースですね」

 

「私はダートだね!…んー、でもファル子、併走相手がいなくない?」

 

「あたしたちがダート走ってもいいけど、ファル子ちゃん相手だと併走にならないの…」

 

 練習指示を理解した3人が、しかし若干の懸念点を零す。

 そう、フラッシュとアイネスは芝の中距離を走れるので併走も可能なのだが、ダートを走れるウマ娘がうちのチームにはファルコンしかいない。

 今後本格的に走りの指導をする中では一人で走って練習してもらうこともあるが、今日という初めての走行練習でそんなさみしい思いはさせるつもりはなかった。

 

「ああ、懸念はもっともだ。なんで、今日は特別に、他のチームと合同の併走の約束をしてあります」

 

「え?」

 

「別のチームと?」

 

「初耳なの。どこなの?」

 

「ふっふっふ。聞いて驚け?でもそろそろ来る頃だと思うけどな……お、ほらちょうど来た、向こうだ」

 

 そうして俺が指さす先、別のチームがぞろぞろと歩いてくる。

 その姿を見て、3人は驚愕に目を見開いた。

 

 

 

 イカレたメンバーを紹介するぜ!

 

「オグリキャップだ、よろしく頼む」

 

 数々の伝説をターフに刻み、今はドリームリーグで活躍する『()()()()』オグリキャップ!

 

 

「フジマサマーチだ。…スマートファルコンが相手か」

 

 笠松から来た第二の刺客!ダートG()()()()()()()()()()()()()覇者!『砂の麗人』フジマサマーチ!

 

 

「あーし、合同練習だって今日初めて知ったんだけど?どーなってんの?」

 

 笠松3人組(さんばか)その1!だが実力は本物だ!GⅡ東海ステークス覇者!『脅威(胸囲)の幻惑』ノルンエース!

 

 

「どうせまたキタハラの連絡ミスでしょ?しかし、噂の新生チームが相手とは思わなかったけど」

 

 笠松3人組(さんばか)その2!侮れない実力を持つ穴ウマ娘!GⅢマーチステークス覇者!『隠れた母性』ルディレモーノ!

 

 

「あれ、噂の猫トレじゃん。噂通りイケメンで猫がいるのもマジだったんな」

 

 笠松3人組(さんばか)その3!その覆面でエルコンドルパサーと間違えらえるとキレるぞ!GⅢ名古屋大賞典覇者!『小怪鳥』ミニーザレディ!!

 

 

「みんな、一応初対面だから挨拶しようよ…?…あ、今日はよろしくおねがいしますっ!ベルノライトです!」

 

 第4*2恵体(頭サイゲ)!足りないものより足りてるものが大きすぎる!『中央初のウマ娘サブトレーナー』ベルノライト!!

 

 

 そして!

 中央のトレーナー試験に一発合格し、フジマサマーチと3人組を連れてカサマツから中央へとやってきた中年の星!

 引退した六平銀次郎トレーナーの後を継ぎ、チーム『カサマツ』を担当する成り上がりの新鋭トレーナー!

 その正体は東海ダービー覇者*3のウマ中年!*4

 

「よっ!今日はよろしくな、立華クン」

 

 キタハラジョーンズこと、北原穣だァーーッ!

*1
3兆人のファンに囲まれるヨガファル子

*2
他3名はロブロイ、マーベラス、イナリ

*3
欺瞞。

*4
黒歴史としてチームメンバーによく弄られている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

22 アイスブレーキング

【アイスブレーキング】とは
トレーニングを始めるにあたって、参加者、トレーナーおよびその間にある固い雰囲気をほぐし、自由に自分から学ぼうとする規範のことである。


 俺がこの世界線に目覚めて情報収集を始めた時、北原先輩がチーム『カサマツ』を結成しているのを知って、心底驚いた。

 笠松の事情は知っている。オグリキャップと共に3年間を駆けた時に、彼女から聞いて、実際に笠松にも行って話を聞いたことがあった。

 中央に移籍してくる前に、お世話になったトレーナーと、友人たちがいたと。

 

 しかし、その世界線で俺が記憶していたのは、どうしても実力主義であるレースの世界では、オグリの友人たるフジマサマーチたちは中央のウマ娘に敵うことはなく、地方でレース生活を続けていたはずだ。

 言い方は大変に厳しくなるが、地方を走るウマ娘の指導環境はあまりいいものではない。

 トレーナーの質もあるが、機材や走るコースの整備状況など、本来磨けば輝けるウマ娘でも、その才能を発揮できずにくすぶったまま競争生活を終えるケースなど、いくらでもある。

 

 これまでの世界線で、彼女たちがそうだったのかは、俺にはわからない。

 かつての世界線で、地方のレースを走っている彼女たちを見る限りでは…申し訳ない、本当に申し訳ないが輝くほどの才能は感じられなかった。

 例えば中央に来て、俺が一から手ほどきすれば…重賞を取れるくらいには成長を見込めるだろうが、しかしいわゆるトップを走る猛者たちと肩を並べられるほどでは、ない。

 地方と中央の差を埋めるほどの才能は、それこそオグリキャップやイナリワン、ユキノビジンなどのごく一部のウマ娘のみが持つものだから。

 

 しかし、この世界線では彼女たちは中央に移籍してきていた。

 しかも重賞以上のレースで勝利をしている。フジマサマーチなどは、オグリキャップを追って中央に移籍してくるのは1年後のことだが、その前に地方に在籍したままジャパンダートダービーで勝利を収めている。

 驚愕しかなかった。俺は急いで彼女らの資料を集めて、そして……彼女らを指導する北原先輩に、コンタクトを取った。

 

 いわゆる大人の付き合い、一緒に飲みに出かけてその中で彼から話を聞く。

 どうやって、地方に在籍するウマ娘達の、その才能を見出したのか?

 どうやって磨いたのか?

 貴方は、どうやって、俺にもできない偉業を成し遂げたのか?

 

「なぁに、簡単なことだったんだよ。アイツらな、本音はみんな勝ちたいんだわ。俺はそれを理解して、心から応援して、それができるように手伝って……全力で信じてやるだけでよかったんだ」

 

 酔いの回った顔で、しかし遠くを見るように北原先輩がつぶやいたそれは、奇しくも、俺が永い時をトレーナー業に費やして出した結論に近いものだった。

 

 この世界線で、北原先輩と、オグリと、フジマサマーチたちの間にどんなやり取りがかつてあったのか俺は知らない。

 オグリとの実力差に絶望し、マーチたちが中央を目指さずに地方に骨をうずめるような世界線もあっただろう。

 しかし、この世界線では彼女たちは諦めなかった。

 オグリを追って中央へ。

 そして、いつか自分たちも勝利を。

 

 その想いを、北原先輩は受け取り、そして己も奮起して中央のトレーナー資格試験に一発で合格した。

 フジマサマーチ達の実力を磨き上げ、中央に移籍し、そして六平トレーナーからオグリキャップとベルノライトを引き継いでチームを結成し、彼女らにまた勝利の景色を見せていた。

 

 ──────もはや敬意しかない。

 笠松の北原先輩の実家に神殿を立てよう。

 

 その後、北原先輩と彼女たちを心底褒めちぎって、褒めちぎって、褒めちぎりまくって、俺たちは意気投合した。

 

────────────────

────────────────

 

 閑話休題。

 

 

「…よろしくお願いいたします、エイシンフラッシュです。まさか、オグリキャップさんと走れるとは思いませんでした」

 

「スマートファルコンです!マーチ先輩も、ノルン先輩も、ルディ先輩も、ミニー先輩もレース見ました!オグリ先輩も!うわぁぁ…あとでサインください!」

 

「アイネスフウジンです、よろしくなの!いやぁ…まさか併走初日でこんな豪華なメンバーに囲まれるとは思ってなかったの」

 

「立華だ、よろしくな。…北原先輩、今日は合同練習を受けていただいてありがとうございます」

 

 俺たちもチーム『カサマツ』のメンバーに挨拶をする。

 特にスマートファルコンなんかはここ最近でダートのレースをよく見るようになったからか、ダート路線で活躍するカサマツのメンバーには特別に思い入れがあるようだ。

 

「ああ、気にしないでいいよ立華クン。こっちだってたまには新鮮な刺激が欲しいと思ってたところだからね」

 

 俺のお辞儀に北原先輩が気にしないでいいよ、と言葉を返してくれる。

 が。

 彼はキタハラジョーンズである。

 ウマ娘に対しての彼の立ち位置は若干俺に近いものがある。

 

「いや気にしろよそこは。せめてあーしらにちゃんと説明しろよ。どういう経緯で併走することになったんだよキタハラ」

「いつの間に新人のトレーナーと仲良くなってんの?ジョーンズごときが?」

「併走はそりゃやるけどさぁ、担当ウマ娘にちゃんと説明する義務があると思うんよね?」

 

「……まぁ、正論だな」

 

「…キタハラ、説明をしないのはよくない」

 

「いや確かに説明してなかったのは悪かったって!その、だな。先日飲みに誘われて、そこで意気投合してだな…」

 

 北原先輩が彼の愛バ達に今日の併走の理由について詰問されはじめた。

 俺はなんだか見たことがあるような光景に、若干胃が痛くなってくる。

 

「そこですっげぇ俺らのこと褒めてくれるからさ…いいやつだなって思って、ほら、3人も新人で担当することになったらしいじゃん?大変だろうし、先輩トレーナーとしては手助けをしてやろうとね…?」

 

「…なぁ猫トレ。もしかしてキタハラに奢った?」

 

「当然。尊敬する先輩だぞ」

 

「立華クン?」

 

「うわ最低。後輩に奢らせてるよこの中年」

「そんなだから金回りが悪いんだよ。徳を詰めよ徳を」

「事情は分かったけどせめてあーしらに今日誰と走るのかくらいは事前に相談しろよ」

 

「私にも相談してくれてなかったですよね…サブトレーナーなんですけど…」

 

「ごめんって!!悪かったって!!!お前らの練習メニュー組むのに集中しすぎてちょっと忘れてたんだって!!」

 

「キタハラ…メニューを一生懸命組んでくれるのは嬉しいんだが、報連相は大切なんだ」

 

「スマートファルコンと並走すると知っていれば、私ももっと仕上げてきたものを」

 

 すっごいいじめられてる(デジャヴ)

 俺はそんな様子の北原先輩から目をそらして、ちらり、と自分の愛バ達を見た。

 すっごいジト目で見てくる(デジャヴ)

 

「……わかります。私たちも今日の併走の説明を受けておりませんでしたから。事前に組んだタイムスケジュールがご破算です。報連相が不足していて、急に来るんですよね。急に。とてもよく理解できます…!」

 

「ほんとーにね…先輩たちの苦労、ファル子もわかるよ…有能なトレーナーさんなんだけど、こう、抜けてるところがあるっていうか…!」

 

「わかるの…基本いきあたりばったりなの。中央のトレーナーってそういう人多いの?」

 

 こちらのウマ娘達がそうつぶやくと、この場のウマ娘達の視線が交錯した。

 

 

「「「「「「「「「────────」」」」」」」」」

 

 

 

「今日はよろしく頼む。気が合いそうだな、君たちとは」

 

「ええ、こちらこそ、胸を借りるつもりで臨ませていただきますね」

 

 エイシンフラッシュとオグリキャップががっちりと握手を交わした。

 

 

「スマートファルコン、早く私達のところに上がってこい。お前が来るのを楽しみにしている」

 

「光栄ですっ!えへへ、でも私もすぐ強くなって、マーチさんたちにも負けないからね!」

 

「お、言うじゃん。あーしだって地方の意地があっかんな、負けねーかんなファルコンちゃん」

「選抜レース、見てたよ。あんたの脚は確かにスゲーけど、それで諦めるあたしらじゃないから」

「へへっ、今日だけと言わずまた併走誘ってもらってもいいかんねー」

 

 スマートファルコンとフジマサマーチほか3名が意気投合した。

 

 

「よかったら、どんな指導法でトレーニングされてるか後で聞いてもいいですか?サブトレーナーとして参考にしたいんです」

 

「うん、後でばっちり教えるの!ベルノ先輩も、どうやって筋肉のケアとかしてるのか教えてほしいの!」

 

 アイネスフウジンとベルノライトが笑顔で練習論について語り合った。

 

 

「…なぁ、立華クン」

 

「…何でしょうか北原先輩」

 

「苦労してんな」

 

「そちらこそ」

 

 ふっ、と二人並んで肩を竦めて苦笑する。

 その様子に、18の瞳から非難の視線が浴びせられた。

 俺は咄嗟にオニャンコポンでガードを…あ!あいつすでにフラッシュの肩に移動してる!

 

 

────────────────

────────────────

 

 さて。

 お互いアイスブレーキングも終わり、走る前の柔軟も済んだところで、今日のメニューを改めて伝える。

 

「まずはエイシンフラッシュとアイネスフウジン、オグリキャップで併走だ。芝の2000m右回りでやります」

 

 俺はゴール板(ヒシアマ姐さん)を設置して、レースの準備を終えてみんなに聞こえるように話す。

 今回の合同練習でトレーニングの全体を指導するのは俺に任されている。

 新人トレーナーという肩書である俺に、経験を積ませるための北原先輩の提案だった。

 もちろん道具出しやアドバイスなどは適宜いただけるようにはなっている。

 

 もっとも、こちらはループ系トレーナーであり、これまでの世界線では先輩から引継いだチーム運営の経験もあるため、恐らくお世話にはならない……

 ……いやわからないな、カサマツのメンバーとはこれまでの世界線でも接点が少ない。性格がつかみ切れていない。

 ヤバそうだったら素直に北原先輩を頼るとしよう。

 

「あくまで併走だから、100%の本気出して走らないように。故障したら台無しだからね。…フラッシュ、アイネス。相手はドリームリーグを駆けるトップのウマ娘だ。今は敵わない。いつかは必ず届く…けど、今じゃない。無理してオグリに追いつこうとはしなくていいからね。胸を借りるつもりで行こう」

 

「はい!」

 

「はいなの!」

 

「オグリも…流石に未デビューのウマ娘とドリームリーグの君とでは勝負にはならないだろう、歯ごたえはないかもしれないが…」

 

「気にしないでいいよ、立華トレーナー。ドリームリーグに向けては徐々に仕上げていくつもりだし、初めて誰かと走る時は相手が誰であれ…心が躍る」

 

「ん、そういってもらえると心強いな。ぶっちぎって、頂点の強さを彼女たちに教えてやってくれ」

 

「ふふ、手厳しいんだな…だが、恥ずかしくない走りは見せるよ」

 

 とんとん、とつま先を整えて、オグリキャップがエイシンフラッシュとアイネスフウジンを見て笑顔を見せる。

 だが、その笑顔はあまりにも獰猛。

 

 …実をいうと、この世界線のオグリキャップは、俺の知っているオグリキャップとも若干の違和感があった。

 彼女の外見…葦毛であったり、また勝負服などは変わりがないようだが、雰囲気が違う。

 目元も…少し、切れ長になっているか?瞳もくりっと大きく見える。俺の良く知るオグリキャップは、こう、もっと愛嬌のほうに振れた顔だった気もするのだが。

 好戦的な様子も見える。チーム『カサマツ』にいることで、彼女に何かしらの変化があったのだろうか?

 …まぁ、詮無きことだ。今はただ彼女の豪脚に、俺の愛バ達がどこまで食らいつけるか、それを見るだけだ。

 

「ベルノライト、スタートの合図頼めるか?ファルコンはゴール地点で確認頼む」

 

「はい、わかりました」

 

「わかった!ひとっ走りしてきまーす☆」

 

「残りのチームカサマツのみんなは体を冷やさないようにしながら、自由なところで観戦してくれ。これが終わったらすぐダートの併走が始まるからな」

 

「承知した」

 

「おっけー。さて、どこで見っかね」

「どこでオグリが先頭に立つか賭けね?あたし最終コーナー手前」

「あたしは1600mくらいかなー、アイネスちゃん逃げっしょ?そこまでは保つっしょ」

 

 俺は残るウマ娘達にも指示を出して、何もせず手持無沙汰なウマ娘ができないようにした。

 複数名の指導をする場合、何も指示を受けていないウマ娘がいると全体の足並みも乱れてしまう。

 これまで、サブトレーナーとして、またチームトレーナーとしてチームを運営するときに得た経験だ。

 

「……立華クン。君、チーム指導の経験とかある?」

 

「いえ、()()()()()()ですよ。それなりに緊張はしています」

 

「そう?いや、それにしちゃ中々なモンだ。若き天才ってやつかね…」

 

 俺は方便を使う。

 その言葉に納得はしきってはいないのだろうが、問題が起きているわけでもないので北原先輩から言及されることは避けられた。

 …まぁ、誰に相談しても信じてもらえないもんな、()()()こと。

 

 そうして、エイシンフラッシュとアイネスフウジン、オグリキャップがスタート地点に一列に並ぶ。

 併走開始だ。

 

「よし、準備はいいな。じゃあタイム計測するから、ベルノライト、スタート合図頼む」

 

「はい!………………スタート!!」

 

 勢いよく掲げられた旗を合図に、3人が駆けだした。




この世界線ではチームカサマツのメンバーはみんな高等部3年生以上の設定です。
チームフェリスはみんな高等部2年生。
細かい学年設定は投げ捨てます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

23 VS オグリキャップ

コパノ…リッキー…?(急にダートウマ娘増えてどうすべって顔)



 まずハナを切って進むのはアイネスフウジンだった。

 この3人の中では当然、逃げの脚質を持つ彼女は進んで前目に位置を取る。

 

 そこから3バ身ほど離れたところでエイシンフラッシュが速度を合わせて彼女を追う。

 その1バ身ほど後ろに、オグリキャップが位置取りする形。

 

「ま、当然そうなるよな。立華クン、彼女たちになんか秘策とか伝えてたりすんの?」

 

「まさか。最近は走るトレーニングを組んでませんでしたからね、とにかく気持ちよく走って来いって言ったくらいですよ」

 

 併走の動向を眺めながら、北原先輩の問いかけに俺は策など何にもないことを伝える。

 そう、これはレースではない。併走なのだ。

 だから駆け引きなどする必要はなく、ただ彼女たちは()()()()()走ればいい。

 そして、ここ2週間積んだトレーニングの意味を理解してくれればそれでいい。

 

 最初のコーナーを曲がって、まだまだ全員脚をためている状態。

 だが、しかし、アイネスフウジンがわずかに速度を上げ始めたか?

 後ろの二人から逃げ切るために…というよりも、自分が上がり始めていることを()()()()()()()様子の走りだ。

 早速体幹トレーニングの効果が出ているようだ。

 選抜レースでは発揮しきれていなかった彼女の本来のスピードが、少しずつ萌芽している。

 

「いい走りをするじゃないか、あの子は!このまま行ければ未デビューのウマ娘のタイムじゃないぞ!」

 

「このまま行けますよ。アイネスは元々才能がありましたから。もちろん、フラッシュも」

 

「はは!いいな、担当を信じ切ってるって顔だ!…だが、うちのオグリは強ぇぞ?」

 

「わかってますよ。勝てるかどうかは話が別で……来ますね、残りが半分を切った」

 

 1000mを通過した。

 アイネスが少し加速して後方とのバ身差が5バ身ほどになったが、状況はここまでは膠着状態。

 だが、ここで。

 オグリキャップが、動いた。

 

────────────────

────────────────

 

 

 エイシンフラッシュが、後方から徐々に高まってくる圧に気づいた。

 

「……っ!」

 

 これはオグリキャップの圧だ。

 本気での威圧ではない。周囲の歩みを一歩躊躇わせてしまうほどのそれでは、ない。

 だが、それでもオグリキャップは本物の怪物。

 ただ併走をしているだけでも、そのプレッシャーは十分に感じ取れてしまった。

 

 けれど。

 私も、成長しているんです!

 

「はぁっ…!」

 

「む…」

 

 圧から逃げるためではない、最終コーナーを抜けて直線に向かった際に、先頭のアイネスフウジンを捉えきれる速度を乗せるために、徐々に速度を脚に乗せていく。

 思い通りに、体が動く。

 

 これまでの…選抜レース前の自分の走りは何だったのか、と思うくらいの、踏み込みの確かな感触。

 腕を振りフォームを作って走る体のキレ。

 コーナーに入っても、外側にかかる遠心力()に、腹斜筋が、腹直筋が、背筋がしっかりと抵抗して体勢を崩さずに速度を落とさない。

 

 明らかに、体幹トレーニングの成果だ。

 恐らく前を走るアイネスも、同様の新鮮な驚きと共に、絶好調で走れているのだろう。

 

(これは、いける…!)

 

 これまでにない、最高の走り。

 最終直線に入り、思い切り走る。末脚も、噛み合った感触。

 これなら、もしかしたら、オグリキャップにも。

 

「────────行くぞ」

 

 ふと、そんな甘い希望を抱いたエイシンフラッシュに、絶望を告げるプレッシャーが放たれた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(軽い…!体が、軽いの!)

 

 アイネスフウジンは、最終直線を向いて、まだスタミナも脚も十分に残っている己の体に驚嘆と感動を覚えていた。

 本格化を迎えてから、これほど気持ちよく走れたことはない。

 自分の力が、パワーが、スピードが、十分に引き出せている感触。

 踏み込む芝の感じも、それを受ける脚も、バランスをとる上半身も、本当によく動く!

 

 最終直線、あと400m。

 ()()()()()()()()後ろは見ていないが、まだ迫るような足音は聞こえない。

 何も考える必要はない。このまま、自分が無理なく出せる全力で、ゴール板まで走り切る!

 

(これは、いけるの…!)

 

 これまでにない、最高の走り。

 残り300m。まだ足音は聞こえない。

 これなら、もしかしたら、オグリキャップにも。

 

「────────!!」

 

 ふと、そんな甘い希望を抱いたアイネスフウジンの耳に、オグリキャップの豪脚が放つ足音が、響いた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 一歩。

 エイシンフラッシュの加速がまるで止まって見えるように、オグリキャップが暴力的な加速を始める。

 

 二歩。

 アイネスフウジンの耳に入る二歩目の足音で、エイシンフラッシュが差し切られた。

 

 三歩。

 すでに、アイネスフウジンのすぐ後方に、葦毛の怪物は息を潜めて。

 

 四歩。

 残り200m地点で、先頭はオグリキャップに変わった。

 

 

────────────────

────────────────

 

「……ッゴール!!」

 

 スマートファルコンのゴールを告げる声と共に、俺はストップウォッチを操作して、それぞれのゴールのタイミングでビタで止める。

 1着は後続に5バ身差をつけたオグリキャップ、2着は最後にアイネスをギリギリ差し切ったエイシンフラッシュで、3着は半バ身差でアイネスフウジン。

 アイネスフウジンは途中で無意識に加速した分のスタミナの消耗が最後に出た感じだ。

 

 手元に視線を落とし、それぞれのタイムを見て、併走前に予想していたタイムにほぼ近い数字が出ているのを見て、ほっと溜息を洩らした。

 ……間違いなく、彼女たちは成長している。

 

 その事実を、オグリキャップに敗れてウマ耳を垂らしている二人に伝えるべく、クールダウンを終えて戻ってくる3人を待った。

 

「…はぁ、はぁ…!負けちゃったの…」

 

「当然、ではありますが……悔しい、ですね…」

 

「いや、併走だからな?悔しがることはないと思うが」

 

 戻ってきて、オグリキャップに負けたことを悔しがる二人を見て苦笑を零しながら、オニャンコポンを渡してメンタルの回復を図った。

 なんと、ドリームリーグのエースと勝負ができると思っていたらしい。

 恐らくは体幹を鍛えたことで、気持ちよく走り抜けられたことで自信もあったのかもしれない。結果は推して知るべしだったが。

 もちろん、その心意気はとても大切なものなので、それ以上追及したりはせず、俺は二人にストップウォッチを見せて渡す。

 

「君たちのタイムだ。…お見事!俺は最高に嬉しいぞ」

 

「…っ!嘘、こんなに…!」

 

「自己ベストから1秒近く縮まってるの…!」

 

 二人が今回の併走で出したタイムは、アイネスが2000mの自己ベストから1秒、フラッシュが0.5秒ほど更新していた。

 フラッシュは先日の選抜レースで出したレコードが自己ベストになるので、2週間で更新できたことになる。

 ちなみに、1秒で一般的には5~6バ身の差がつくと言われている。

 レースでどれほどの距離的アドバンテージになるかは説明不要だろう。

 

 これが体幹トレーニングの効果だ。

 走ること、そのすべてに関わる筋肉を鍛えるため、特にスピードの上限値が押さえつけられていた鍛え始めは抜群に伸びる。

 俺は二人がその顔に喜色を浮かべるのを笑顔で眺めて、そしてもう一人にも声をかけた。

 

「オグリキャップもお疲れ様。流石の走りだったな」

 

「ああ、いい走りができたと思う」

 

 俺は同じくレースを終えて、二人よりも早く息を整えたオグリキャップにも労りの言葉をかけた。

 走り終えたウマ娘には必ず声掛けをして労わる。トレーナーの鉄則だ。

 

 確かに、併走としてはとてもいい走りをしていた。

 だが、領域(ゾーン)も出していない今の走りは、オグリにとっては朝飯前といったところだろう。

 文字通り、彼女にとっては練習なのだ。

 

「いい走りね…まぁ、そうだな。オグリから見て、二人はどうだった?」

 

「ん。───そうだな、あまり言葉で表現するのは上手くないが…」

 

 少し悩む素振りを見せて、オグリキャップの出した評価は。

 

「……うん、あー……」

 

 …評価は?

 

「……その、強く、なりそうだったな!」

 

 随分と慌てた(デフォルメ)顔になったオグリキャップが評価を零す。

 思い出した。オグリはどの世界線でも、実に口下手なのだ。

 俺はそんな彼女の様子に、肩を竦めて苦笑を零したのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

24 VS ノルンエース&フジマサマーチ

 続いてゴール板(姐さん)の位置を変え、ダートの併走が行われる。

 ダート1800m、左回りだ。

 参加するウマ娘はチーム『フェリス』からはスマートファルコン、チーム『カサマツ』からはオグリキャップとベルノライトを除いた4名。

 

「今度はフラッシュとアイネスでスタートを作ってくれ。人数が多いから旗によるものじゃなくて、紐を張ってのスタートだな」

 

「承知しました」

 

「はいなの!」

 

「オグリ、君はゴール地点を頼む。人数が多いから、もし混戦になったら着順をよく見ておいてほしい」

 

「わかった。しっかりと見届けよう」

 

「ベルノライトは今度は俺と一緒に、走るウマ娘達のタイム計測を手伝ってくれ。俺のほうでカサマツの4人のタイムを見るから、ベルノライトはファルコンのタイムをよろしく。200mごとのタイムを取ってくれると助かるよ」

 

「わかりました!…え、でも立華トレーナーは4人も、大丈夫ですか?」

 

「ああ、4人までならそれぞれ200mずつのタイムは取れる。任せてもらっていい」

 

 先ほど芝のコースを走り終えた3人と、ベルノライトに新たに指示を出しながら、俺はスタート地点に並ぶウマ娘達の様子を見る。

 俺の愛バであるスマートファルコンは、久しぶりのダートコース、しかも強敵に囲まれているそんな状態で。

 

「──────────」

 

 口を細く下弦の月のように形作り。

 愉悦(わら)っていた。

 

「…ふっ、スマートファルコン。笑って口が開いてるぞ、余裕だな」

 

「…え、ほんと!?ウマドル的失態~☆…うん、マーチ先輩たちと走るんだから、気を引き締めなきゃなんだけど…なんだかワクワクしちゃって」

 

「おうおう、若いねぇ」

「いやウチらと歳そんな変わらねっしょ」

「キタハラのせいであたしらも精神的オッサンに…?」

 

「風評被害がひどくない?」

 

 …楽しそうに、本当に愉しそうに笑うスマートファルコンに、俺は前に河川敷で話した光景を思い出していた。

 

『ウマドルも大切だけど……それ以上に、レースで勝ちたいの』

 

 彼女の、勝利への欲求。

 ダートのレースで勝ちたいという、その欲求が、以前よりも強くなっているのかもしれない。

 

「ファルコン」

 

「ん、はい!何かな、トレーナーさん?」

 

 だから、思わずそんな様子でこれから走ろうとするスマートファルコンに俺は声をかけた。

 彼女が、この併走を…何よりも楽しんで走れるように、スパイスを混ぜてやる。

 

()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!!…うんっ!!」

 

「ほぉ…言うじゃないか、立華トレーナー」

 

「ほーん?猫トレうちらに喧嘩売ってんね?」

「どうするノルン?ガチで走っちゃう?」

「処す?処す?」

 

「おいおい煽るねぇ立華クン!よしお前ら、やっちまっていいぞ!ケガだけはしないようにな!」

 

「は?」

「キタハラに言われてやる気失せたが?」

「オッサンが若者のノリに無理についてくんなよ」

 

 撃沈した北原先輩をなるべく見ないようにして、俺はスマートファルコンがさらなるやる気をもってスタートに集中し始めるのを見る。

 ……彼女が初めて見せる『集中力』。

 これが、この併走にどんな結果をもたらすのか……俺自身も、楽しみになってきた。

 

 ゴム紐をもってスタート地点の左右に分かれたアイネスフウジンとエイシンフラッシュに合図する。

 走者たちに見えない位置に動いた俺が、スタート紐を持つ二人に向けてハンドサインでカウントダウンを始める。

 

 3,2,1…

 

「───スタート!!」

 

 併走が始まった。

 

 

────────────────

────────────────

 

(…!!いいスタートだ…!!)

 

 フジマサマーチは、自分よりも早くハナを奪おうと加速するスマートファルコンを見て、感嘆した。

 今回の併走は当然ゲートなどを利用しておらず、実際のレースとはスタート条件が異なる。

 それでも、スタートの掛け声やゴム紐が上がる瞬間はあり、スマートファルコンのそれらへの反応は()()だった。

 そしてそこからの加速もいい。パワーもある。

 

(これなら先行策にするか…まずはお手並み拝見だ)

 

 フジマサマーチが少しずつ速度を調整し、スマートファルコンの後方2バ身ほどの位置について。

 だが、その横にさらにノルンエースが走りこんでいた。

 ノルンエースの本来の脚質である先行だが、しかし前目についているフジマサマーチよりかは、先行集団の後方で待機するのが彼女の走り方であることを、長い付き合いで知っている。

 

(おい、ノルン……何かするつもりか?……まさかお前)

 

(いやいや、あーしも流石にオグリん時みたいな物理的なことはやらないって)

 

 長年の付き合いにより目線で意志のやり取りをする二人。

 フジマサマーチはノルンエースのこの走り、そしてシチュエーションに心当たりがあった。

 

 それはカサマツで、自分たちがまだジュニア級で走っていたころの記憶。

 まだノルンエースとオグリキャップの仲が悪く、二人が一緒に出走したレースでノルンエースはオグリキャップに悪戯(反則)を仕掛けようとした。

 走ってる最中に、後ろからわざと靴のかかとを踏み、すっころばせてやろうというそれだ。

 

 今にして思えばなんとも危険なことを考えていたものだと思う。

 まぁその悪戯の結果は諸兄もご存じの通り、オグリのすさまじい加速の前に不発に終わったのだが。

 

(でもさぁ、ちょっかいをかけるくらいはやってもいいじゃん?いずれ、こういう世界に来るんだからさ…!)

 

 ノルンエースはフジマサマーチを追い抜いて、先頭を走るスマートファルコンのすぐ後ろにつける。

 そして、あの時は取れなかった、別の手段でスマートファルコンに対して仕掛けた。

 

(ファルコンちゃんよ、こんなんされたらどーするよ!?)

 

 『躊躇い』と呼ばれる技術がある。

 それは足音を響かせたり、前方・後方からプレッシャーを仕掛けたりなど…各作戦のウマ娘に、精神的なデバフをかけることで、速度を落とす駆け引きの技術。

 それをノルンエースはすべての脚質相手に自在に仕掛けることができた。

 『驚異の幻惑』という彼女の二つ名の元となった技。

 

 今、目の前を走るスマートファルコンに、『逃がさない』とプレッシャーをぶつける。

 それでわずかに彼女の背が動揺を見せ、一瞬、脚が鈍った。

 

(止まりなァ!あーしは今、いつでもあんたを抜くことが──ッ!?)

 

 

 

 ────砂の隼は既に自覚(覚醒)している。

 ────砂の大空(己の世界)を、飛翔し始めている。

 

 

 

 一瞬遅れて、ドッ、とすさまじい轟音が響く。

 ノルンエースの目前、()()()()()()で見たような、砂塵が舞い上がる。

 

「ぶっ!!…くそっ、この……」

 

 砂塵に巻き込まれスピードを落とし、顔をぬぐって前を向いたノルンエースの視界に。

 ()()()()()()()のように、加速して数バ身先を走り抜ける、スマートファルコンの遠い背中があった。

 

(くっ、そ!!やりやがる!……っ()()()()!あーしだってデビュー前のあんたに負けらんないっ!)

 

 その遠い背中に向けて、ノルンエースは気合を入れなおして追いかける。

 …展開としては褒められた行為ではない。

 いわゆる掛かっている、という状態だ。ノルンエースはこれで余計なスタミナを消耗し、併走であることも脳裏から抜けてしまっているだろう。

 勝ち負けを決めるレースではないのだから。

 

 だが。

 いつか、どこかで見たような遠い背中をまた見たとしても。

 彼女は諦めずに、追うことを選択した。

 そしてそれは、かつて、地方のレースで葦毛の怪物を相手にした時も同じだった。

 

────────────────

────────────────

 

 それは一つの運命を変えるきっかけ(バタフライエフェクト)

 相手がどんなに強いウマ娘でも、負けたくない。

 ノルンエースの、この一つの心境の変化が、その後に大きなうねりを巻き起こし、彼女たちが今中央を走る結果を生んでいることは、誰も知らない。

 

────────────────

────────────────

 

(全く…今の時期のウマ娘としては信じられん加速だ!だが、仕掛け処を誤ったな!)

 

 ノルンエースのちょっかいが不発に終わったことを安全圏で眺めていたフジマサマーチは、砂埃で失速したノルンエースを追い抜いて、さらに先を駆けるスマートファルコンを見据える。

 先ほどのやり取りは見ていた。逃げ躊躇いの圧力から逃れ切った、すさまじい加速。

 恐らくだが……彼女の、スマートファルコンの領域(ゾーン)に近い感覚なのだろう。

 後方から追いすがられた際に加速する才能を、スマートファルコンが有していることをフジマサマーチは感じ取った。

 

(才能だな…しかし、まだ800mも残っている。あれでは終盤に失速する!)

 

 加速自体は見事の一言だが、明らかに勝負の仕掛け処を間違えている。

 逃げウマ娘の走り方は個性が強く出る。

 ペースを変えずに守り切って走るペースキープ走法。

 逃げつつも脚をため、最後の直線でさらに一伸びする走法。

 大逃げと呼ばれる、最初から全力で逃げて最後息切れしつつも逃げ切る走法。

 中には、後方へのけん制や幻惑を絡めて、トリックスターのように駆け抜けるウマ娘もいる。

 

 だが、ここで加速するのは今のスマートファルコンにとっては悪手だ。

 メイクデビュー前の体ができていないこの時期に、ハナを取るために加速し、中盤でも加速すれば、終盤で落ちざるを得ない。

 

(逃げの走り方のコツを、よくお前のトレーナーと相談することだ)

 

 フジマサマーチが加速を始める。

 先行策として適切な地点からの加速。最終コーナーを回り終えて加速は頂点まで達し、そのあたりで落ちて来ているスマートファルコンを抜き去って、そのままゴール。

 これからのレース展開についてそのように予測を立てた。

 もちろん、余力は十分に残してある。これは併走なのだ。走ること自体には本気を出すまでもない、この後何本も走るのだ。

 そう考えていた。

 

 だが。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(………)

 

 最終コーナーを見事なコーナーワークでフジマサマーチが駆け抜けていく。

 

(…………!)

 

 ダートを走るうえで見本のような曲がり方だ。

 

(………………ッ!!嘘だろう、まさか、貴様)

 

 そしてコーナーを立ち上がって直線を向いた時点で。

 

 

 ────スマートファルコンとの差が、()()()()()()()()()

 

 

(こいつ…ッ!その速度を維持したまま、走り切れるのか…!!)

 

 脚に力を込める。

 ギリィ、とダートの砂にフジマサマーチのつま先が食い込み、()()()()()()()砂の下の地面を蹴って加速する。

 このままのペースで走り切られれば、捉えられるかどうかはギリギリだ。

 まさか。

 いや、そんな。

 けれど、でも。

 

(間違いない!こいつ…!こいつも、アイツ(オグリ)と同じ!!怪物だ…ッ!!)

 

────────────────

────────────────

 

「オイオイオイオイオイ!立華クン!?おたくのウマ娘すげぇことになってるぞ!?」

 

「ですね…いえ、走れる子だとは思っていましたが、ここまでやるとは」

 

「ここまでって…あのな、一応うちのフジマサマーチはこないだのフェブラリーステークスでも2着だぞ?シニアダートのトップウマ娘だ!それが…」

 

 併走の様子に興奮する北原先輩に、しかし俺は冷静に彼女たちの様子を眺めていた。

 いや、スマートファルコンは実際、十分に走っている。

 俺の想像以上の走りを見せていることは間違いない。あれは100%、全力で集中できているからこその走りだろう。

 だが、限界を超えて走っているわけでは、ない。

 

「大丈夫…って表現は違うか。でも、結果ははっきり出ますよ先輩。もうすぐです」

 

「結果!?なに、うちのマーチ負けんの!?嘘でしょ!?」

 

「いえ、ファルコンの負けです。…残り200m、ここだな」

 

「ん…あっ!!こいつぁまた見事な…」

 

 1800mのコースの、残り200m。

 スマートファルコンが、綺麗な綺麗な逆噴射を見せていた。

 

────────────────

────────────────

 

「…ゴールだ!………む、む、ふむ」

 

 ゴール版(姐さん)の横に立っていたオグリが、ゴールを宣言してその後次々と飛び込んでくるウマ娘達の順位を確認する。

 

「1着はマーチ。おおよそ2バ身差で2着にノルンが入って、クビ差で3着ルディ、ハナ差で4着ミニー、3バ身差でスマートファルコンだな」

 

「ハァ!?おいおいオグリ、あたしはルディには勝っただろ!?審議!審議を要求するー!」

「いやあたしの勝ちだしー!ノルンは途中掛かったねー見事に」

「うっせ。それでもちゃんとリード守ったろーが」

 

 クールダウンのためにランニングするような速度に落としながら、笠松三人組(3バカ)がそれぞれの着順に文句をつけあう。

 ふぅ、と息を整えたフジマサマーチが、なかなか乱れた息が戻らず、しかし随分と気持ちよさそうな顔をしているスマートファルコンに声をかけた。

 

「…スマートファルコン。貴様、最後まで走り切れる自信があってあそこで加速したのか?」

 

「はぁ、はぁっ…え?えっと、うーん。そういうのじゃなくて…なんていうのかな…」

 

 フジマサマーチは、スマートファルコンの途中の加速からの速度が維持されず1600mで切れたことに、驚きを隠せなかった。

 それによってフジマサマーチはスマートファルコンを見事にかわし切って、さらに執念で追いかけてきたノルンとそれを風よけに使っていた他2名も最後に差し切って、彼女は結局5着となっていたが。

 ただ、途中まで──そう、1600mまでは、間違いなく彼女は先頭だった。

 

 今回の併走がもし1600mだったら…いや、それはそれで自分は加速を早めるし、スタミナ配分も変わる。

 領域(ゾーン)も発動していないし、差し切ろうと思えば差し切れるだろう。

 ただ、今後スマートファルコンがさらに成長し、スタミナもついて、仕掛け処も間違えなければ……

 

「…うん、ダートで走るのが久しぶりだったし…何より、先輩たちと走るの、楽しすぎちゃって!スタミナとか考えないで思いっきり走っちゃった!!」

 

 満面の笑みのスマートファルコンが、拍子抜けするようなことをのたまってきた。

 その顔に、毒気を抜かれたフジマサマーチは、は、と微笑んで嘆息した。

 

「バカめ。次の併走ではちゃんとお前のトレーナーとペース配分について相談してこい。まったく…」

 

「うん、そうします!……あ、そうだ!ノルンせんぱーい!」

 

 フジマサマーチと話し終えて、スマートファルコンは思い出したかのようにノルンエースに話しかける、

 笠松3人組で話してたノルンエースは、好走を見せた後輩(化物)に、しかし笑顔で返事する。

 

「おー!なんだよファルコンちゃーん!」

 

「砂かけちゃってごめんなさーい!!大丈夫でしたかー!?」

 

「…あー、あれな!()()()()()()()()()()()!」

 

 ノルンエースは、どこまでもいつぞやのバカ(オグリ)を思い出させる後輩(バカ)に、()()()()()()()()()、笑顔で応えてやるのだった。

 




この世界線の歴史
①ノルンエースがオグリに勝ちたい想いを抱える
②オグリに負けて挫折しかけるフジマサマーチにノルンエースが発破をかけ、全員がオグリに勝ちたいという強い想いを持つ
③その想いは地方のトレーナー達にぶつけられ、何より一番オグリの件で思い悩んでいたキタハラがトレーナーの心意気に目覚めて4人の担当に
④──────想いは、ウマ娘を強くする。
⑤フジマサマーチがジャパンダートダービー制覇、ほか3名も地方ウマ娘としては極めて優秀な成績を残す
⑥全員で中央に移籍し、キタハラが六平からオグリとベルノライトを引き継いでチーム『カサマツ』結成。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

25 最高峰の下積み

「お帰り、ファルコン」

 

「トレーナーさん!えへへ、ファル子頑張りすぎちゃった☆」

 

「ああ、見事な逆噴射だったな。けど、それでもこれだ」

 

 俺は戻ってきたスマートファルコンに、ベルノライトが計測していた200mごとのタイムを見せる。

 1600mまでは間違いなくクラシックでも通用するレベルの時計。

 逆噴射後の1800mのタイムでも、選抜レースよりだいぶ前に計測したスマートファルコンのダート1800mのタイムを2秒近く更新していた。

 

「…うわ!すごい!!ファル子、こんなに速く走れてたんだ…!」

 

「ああ。…気持ちよく走れただろ?前よりも」

 

「うんっ!すっごく楽しかった!楽しすぎて最後スタミナ切れちゃったけど、えへへ…☆」

 

 それでいい。

 今は、楽しく走れていればそれで。

 

「でも、あれだけ走った後だからな。一応、脚見せてくれるか?」

 

「はーい。そうだよね、全力を出すなって言われてたのにやりすぎちゃった☆痛みとかはないけど…」

 

 一応、脚に強い負担がかかっていないか簡単にチェックさせてもらう。

 長ズボンタイプのジャージの上から、俺は関節や筋肉を簡単に触診して、痛みや熱発などがないかを確認する。

 

 これまでの体幹トレーニングの中でも、筋を痛めていないか、無理な力が入っていないかを確かめるために、俺は愛バ達に対してこうして触診をさせてもらっていた。

 どこまで文明が進んだとしても、触れて確認するのが一番理解できるのだ。

 

「…え?マジ?ファルコンちゃん、猫トレに脚触らせて平気なん?」

「いやでもイケメンだかんなあっちのトレーナーは。イケメンだから許されるやつ」

「キタハラがやったら即蹴飛ばされるやつ」

 

「一応技術としては持ってるからね!?やったら殺されるのわかってるからやらねぇけど!」

 

「…ん、問題なさそうだ。ただ念には念を込めて、併走は一回見学な」

 

「えー!?…んー、でもしょうがないかー。それじゃ、先輩たちのレースをしっかり見て学ばないとね☆」

 

「それでよし。…マーチにノルン、ルディ、ミニーもお疲れ様。それぞれがいい走りだったな。ただしノルン、砂を被ったのは大変だったと思うがその後加速したのは悪手だな、掛かったろ?」

 

「うげ、よく見てんじゃん…まーね、あーしもそこは反省点。でもファルコンちゃんがいい走りだったのが悪いわ」

 

 ファルコンの脚に問題がないことを把握してから、俺はそれぞれ一緒に走ったウマ娘にも講評を行う。

 フジマサマーチの上がるタイミングの判断はよかったこと、ノルンエースはかかったこと、ルディレモーノとミニーザレディは仕掛けのタイミングが少し遅れたことなど。

 走り終えた時点で自覚はあったのだろう。それぞれにそれの改善点、仕掛けるタイミングを計るコツなども説明する。

 その間に、芝のコースで再度走れるように、ベルノライトに指示を出して他のウマ娘と共にスタートとゴールの準備をさせて。

 タイムはタブレットに記録を入れながら、紙媒体で確認する北原先輩の為に紙にも記入して…グラフも書いておくか…。

 

「なぁ、フラッシュちゃん」

 

「はい、なんでしょうかノルンエースさん」

 

「ちょっとトレーナー交換してみない?」

「わかる」

「あたしも今それ言おうとしてた」

 

「はい。謹んでお断りします」

 

「ははっ、いやまぁ冗談だけどさ。しかし出来んね、猫トレさんは。新人なのに。いいの見つけたね」

 

「ふふ、誉め言葉として受け取っておきますね」

 

「ちょっと待てよ!?俺もやる時はやるよ!?今日は立華クンに任せてるだけで!」

 

「そうだぞ、失礼なことは言っちゃだめだノルン。北原先輩は君が思っている以上に偉大なトレーナーだ」

 

「その謎のキタハラ推しは何なん…?」

 

 そうしてその日は、芝とダートを交互に併走を繰り返して、トレーニングに励んだのだった。

 

────────────────

────────────────

 

「よし、集合!…今日はこれでトレーニングは終了です。お疲れ様でした」

 

「「「「お疲れさまでした!」」」」*1

 

「「お疲れさまでした」」*2

 

「「「おつっしたー!」」」*3

 

 一日のトレーニングを終えて、いったん集合させて終了の号令をかける。

 とても有意義な併走練習となった。

 最後までうちのウマ娘達はオグリ、マーチに勝ち切ることはできなかったが、タイムを意識して走ったり、体幹が増したことでバランスが変わる走り方のフォームチェックを行えたりと、収穫も大きかった。

 彼女たちも一日中思いっきり走れて、しかもタイムもよくなっているとなれば気持ちよいものだったのだろう。3人とも笑顔だった。

 

「この後は片づけをして解散になります。今日の練習データは紙に落として北原先輩にも渡しておくので後でチェックしてください」

 

「ああ、頼んだよ立華クン」

 

「ええ。改めて、今日一日ありがとうございました北原先輩。チーム『カサマツ』のみんなもありがとうな」

 

「「「ありがとうございました!」」」

 

「ふふ、こちらもいい経験になった」

 

「ああ、刺激があった。また走ろう」

 

 オグリとマーチが、チーム『フェリス』の3人に労わる言葉をかけてくれた。

 できれば、今後とも良き先輩後輩の関係を築いていきたいものだ。

 彼女たちと併走トレーニングが今後もできるようになれば、俺の愛バ達の実力はさらに跳ね上がる。

 

 そのために、俺はここまで隠しておいたとっておきの情報を出すことにした。

 北原先輩の手を借りるにあたり、オグリキャップもついてくるので負担は大きくなるが問題はない。

 

「…よし、じゃあ片付けして解散…と行くところなんだけれど。実はもう一つお知らせというか朗報を準備しています!」

 

「どうしてここまで来てまた新たに事前の説明を忘れるんですか?私のスケジュールのことどう思っているのか後で聞かせてもらえます?」

 

「ステイ、ステイだよフラッシュさん。どうどう☆」

 

「カサマツの皆さんもめっちゃ困惑してるの」

 

「うむ、いや……まさか練習終わりに来るとは思って無くてな」

 

「キタハラから変な癖が移ってないか?」

 

「心配ですね…」

 

「似た者同士か?」

「シンパシーか?」

「二人しか覚えてないから発動しないぜ?」

 

「え、いや俺も聞いてないんだけど?何?なんか準備してたの立華クン?」

 

 愛バたちから若干厳しめのコメントをもらいつつ、俺はタブレットを操作して、とあるお店の画面を表示した。

 それをみんなに見せて説明する。

 

「…焼肉と寿司の予約を取ってます。この後予定に空きがある人は無料で参加OK。俺の奢りで注文し放題。打ち上げしようぜ」

 

Was(なんて)?」

 

「え、ヤッバ☆」

 

「ここめっちゃ高い店なの!」

 

「焼肉!?寿司だって!?」

 

「いかん!オグリを止めろ!」

 

 暴食(グラトニー)面に堕ちそうになるオグリを必死にマーチとベルノとノルンが止める中で、俺はぽちぽちと予約人数の変更ボタンを押す。

 この後の予定を確認すると、みんな特に重要な用事はないらしいので全員参加が決定した。

 まぁそれはそうだ。学園の生徒が夜に用事があることなんてほとんどない。寮生活だもんな。

 

「え、マジでいいの立華クン?俺持ち合わせないよ?」

 

「ええ、大丈夫です。練習に付き合ってくれた純粋なお礼と、これからもぜひ併走に付き合ってもらいたいって下心も籠ってますから。お金は心配しないでください、たまには羽目を外しましょう」

 

「立華トレーナー…!私は君を尊敬するぞ!併走ならいつでも呼んでくれ!」

 

「オグリ先輩のテンションがすごーい…☆」

 

 

 こうして俺たちは練習が終わった後にそれぞれシャワーを浴びて着替えて1時間後に正門に集合。

 大所帯で高級焼肉&寿司のお店に行き、食べ放題ではない、しかし無限に注文できる料理に舌鼓を打ちながらさらに仲を深めたのだった。

 ウマ娘と仲良くするためにはまず胃袋を掴め。古事記にもそう書かれている。

 

 ウマ娘に投資する金額はどれだけあってもいい。

 いややっぱりよくない。

 ちなみに流石の俺もこの奢りを繰り返すと今後の株投資に影響が出る。

 そのため、このお店は今回限りとカサマツメンバー、特にオグリに釘を刺しておく。

 それを聞いたオグリキャップがすべてを失ったかのようなスペースオグリへと進化を果たし暗黒面に堕ちかけたので、オニャンコポンを投与することで進化キャンセルの回復措置をとっておいた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 併走も終えて、チーム『フェリス』のメンバーはまた2週間の体幹トレーニングに戻った。

 しかし、前の併走で体幹トレーニングの効果を実感したメンバーたちは、以前にも増して真剣に体幹トレーニングに取り組んだ。

 こうなってくると、さらに練習の効率が上がってくる。あらゆるトレーニングは取り組む際の理解度と真剣さで効果に雲泥の差が出てくるものだ。

 やる気が絶好調の時と絶不調の時で数値化するなら、優に3倍は効果に違いが出る。

 

 俺は時折、みんなに甘いものを奢ってメンタルを整えたり、時には負担をさらに効率よくかけるためにアンクルウェイトを適切に装着させたりして、バランスよく彼女たちの体幹を鍛え上げていた。

 最初の2週間に比べれば筋肉痛も穏やかなものになってきて力も増してくる。そうなるとトレーニングの密度が薄くなる。

 そのため、アンクルウェイトを効率的に用いて、更なる負荷をかけて3人の筋肉を鍛えぬいた。

 

「最初の2週間が一番苦しいって言ってたじゃないですか…!」

 

「俺は嘘ついてないぞ…」

 

「ほんのちょっぴり、筋肉痛は楽になったけどね?その分練習がキツくなってるよね☆?」

 

「嘘はついてないぞ…!」

 

「はーなの!せめて練習後のマッサージは、バイト前には念入りにお願いするの…!」

 

「それはちゃんとやるから!メイクデビューまでは頑張れアイネス!」

 

 

 そうして2週間が経過した後は、併走のトレーニングを実施する。

 チーム『カサマツ』にまた合同練習をしてもらったり、時には個人的に声をかけたウマ娘に、トレーナーの許可を得てから練習に加わってもらったりなど、工夫をして併走が寂しくならないように取り計らう。

 

 流石に最初の併走の時のように秒単位で記録は伸びてはいかないが、コンマ数秒ずつタイムを縮めていく。

 それぞれの得意距離を把握させるためにいろんな距離を走らせたりしながら、走行フォームの改善にも努める。

 特に走行フォームは、しっかりと体幹を鍛え終えたのちはスピードの増減、走るバ場などによって変化があるものなので、それを理論を含めて説明しながら体でも覚えてもらい、よい所は伸ばしつつロスのある動きはロスの少ないフォームに改善していく。

 

「フラッシュ、君は直線からの末脚が最大の武器だ。それを活かすためにはフォームをもう少し、こう…」

 

「こう……()()()()()姿()()()()()()()()()()()()…、ですね?」

 

「…ああ、それでいい。それが一番、君の走りに合ってるよ。見惚れるほど美しいフォームだ」

 

「…ッ!」

 

「こらそこ☆」

 

「練習中にいちゃつくんじゃねぇの」

 

「…なに?あんたらいつもあんな感じなワケ?」

「イケメンだから許されるやつ」

「イケメン怖ェ~…」

 

「む。…キタハラ、私にも走行フォームの改善点はないのか?」

 

「あ?ねぇよ?カサマツで俺が教えたフォームが六平(ろっぺい)さんの指導も受けてとっくに仕上がりきってるじゃねぇか」

 

「……そうか」

 

「…キタハラ、お前はそういう所だと思うぞ」

 

「そうですね」

 

「なんで俺にまで飛び火してきてんの?」

 

 

 1日だけの併走ではあるが、その分密度の濃い内容にして、きっちりと脚を仕上げる。

 そうしてまた体幹トレーニングに戻り、2週間後に走って、を繰り返す。

 メイクデビューの1週間前まで、俺たちはとにかく地固めを、これからトゥインクルシリーズで走り切る体を作るための下積みを続けたのだった。

 1週間前からは、筋肉痛を抜いて万全の状態でレースに臨めるように体幹トレーニングを中止して、休養と調子の回復、軽く流す程度の併走とレース知識の勉強に充てる。

 

「…特に逃げの作戦をとる場合には加速するタイミングが重要だな。ラップタイムを刻む走りも悪くないが、あれは他のウマ娘がそのタイムを超えてくるとかなり厳しくなる。二人の走りには合わないと思う」

 

「なるほどー…ねぇ、ところでトレーナーさん、聞いてもいい?」

 

「なんだい、ファルコン」

 

「どうして私とアイネスさん、頭にこの変な帽子被ってるのかな?シンプルに声が聴きとりづらいよ?」

 

「『博学帽子』って書かれてるけどこれ、ウマ娘用の耳穴空いてないの。バイサーと重ねて被るとすごく変な感じなの」

 

「ああ、ただの気分だ。頭よさそうに見えて…あっこら!無言で床に投げ捨てるな!高いんだぞその帽子!」

 

 

 

 

 メイクデビューが、始まる。

*1
フラッシュ、ファルコン、アイネス、ベルノ

*2
オグリ、マーチ

*3
3バカ



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

26 Make debut! 前編

 6月を迎え、梅雨入りまもなくといった時期に、ここ東京レース場で今年初開催のメイクデビューが行われる。

 第4レースから第6レースまでの芝2000m、1600m、そしてダート1400m。

 それぞれのレースで、チーム『フェリス』の3人がデビュー戦に挑むために、会場入りしていた。

 

「体調は大丈夫か?そんなに長く運転はしてないから車酔いとかはなくて済んだと思うけど」

 

「はい、何の問題もなく。丁寧な運転だったので疲れもありません」

 

「トレーナーさん、運転上手だね☆ファル子、結構酔っちゃうほうだったんだけど全然大丈夫だったよ!」

 

「休みに洗車してるの時々見るけど、あのステップワゴン顔が可愛くて好きなの」

 

 俺の運転するステップワゴンでレース場に3人を送迎し、チーム用に準備された控室でもうすぐ始まる自分たちのレースを待つ3人。

 その表情には、やってやるんだという気合と、これまでに積み上げてきた自分の実力への自信が垣間見える。

 よいコンディションで臨めている様だ。

 俺は、メンバーのメンタル管理の為に先ほど供物として捧げたオニャンコポンを、3人が交互にもふもふしているのを眺めながら、かける言葉を紡ぐ。

 

「前日のミーティングでも話したが…君たちの実力は既に同世代のウマ娘の中では頭一つ抜けている。タイムを見れば、まぁ普通に走れば勝てる」

 

「はい」

 

「うん」

 

「わかってるの」

 

「けど、レースに絶対はない。デビュー戦はレース慣れしていないウマ娘も多く出てくる。何が起きるかはわからない。一番に、ケガだけはないように気を付けてくれ」

 

「はい。…差しの戦法を取る私は、特に注意ですね」

 

「私たちはとにかく逃げ切るだけでいいもんね☆」

 

「なの。掛からないようにだけ注意するの」

 

 落ち着いている。

 これまでの世界線でも、どのウマ娘を担当するにせよメイクデビューは必ず走る。

 その時にも、落ち着いていたウマ娘もいれば、やはり緊張が強いウマ娘もいて…いや、どちらかといえば緊張するウマ娘のほうが多かった。

 当然のことである。彼女たちにとって一生に一度、一番初めのレースである。大なり小なり緊張は生まれて、それが自分一人だけのレースであればなおさらだ。

 

 しかし、今回の世界線は条件が違う。

 まず、チームメイトが3人。仲の良い同学年の友人たち。

 それぞれが、お互いに相談しあえることで、緊張をほぐしあえていた。

 間に挟まるオニャンコポンの働きも忘れてはならない。

 アニマルセラピーという言葉もある通り、動物と触れ合うことは極めて優秀なリラックス効果を図れる。

 

 そして、さらにもう一つの理由。

 

「…レース中、もし困ったことになったり、不安になったらこれまでの練習を思い出そう。君たちは、既にトップクラスのウマ娘と、何度も併走を出来ているんだ」

 

「そうですね。このデビュー戦、どんなに強いウマ娘がいても…オグリキャップさんほどでは、ありません」

 

「マーチ先輩たちに敵うはずないもんね☆そんな人たちと走ってきたんだから…」

 

「油断するわけじゃないけど、あのプレッシャーと比べれば気が楽なの!」

 

 これまでに併走相手を務めてくれた、チームカサマツのメンバーが彼女らの自信を作っている。

 ドリームリーグでエースを務めるオグリキャップ。

 重賞ダートの覇者たち、フジマサマーチと3バカの面々。

 その猛者たちと並走し、既に圧を、プレッシャーを受けながら走ることに免疫がつき始めている彼女らにとっては、デビュー戦というシチュエーションによる緊張を除けば、一緒に走る相手に対しての不安はなかった。

 

 そもそもが、このメイクデビューは今年最初に開催される最速のもの。

 仕上がっているからこそ他トレーナーも出走させているとは思うが、その中でもレース慣れしているウマ娘は多くはない。レース経験を積むために出走しているウマ娘もいる。

 

 勝てる。そう確信した。

 

「それぞれのゴール前で待ってるよ。3人が走り終わった後に、控室で祝福しよう。君たちの勝利を俺に見せてくれ」

 

「「「はい!!」」」

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 俺は控室を出て、それぞれのレースのゴール地点である…まず芝2000mで走るエイシンフラッシュが一番に飛び込んでくるであろう、そのゴール板の近くの観客席に移動した。

 流石に本日は重賞開催もないので観客もそこまで多くはない。問題なく場所をとれるだろう。

 さて最高のポジションを探して観客席を歩いていると、ゴール前のそこに見知った顔のウマ娘がいるのを見つけた。

 

「ベルノライト?こんなところで奇遇だね」

 

「あ、立華トレーナー!お疲れ様です!」

 

 これまでの合同のチーム練習で、チーム『カサマツ』のサブトレーナーとして世話になった彼女がレースを見に来ていた。

 

「どうしたんだい?今日は確か、君たちのチームからは誰も出走していないと記憶してるけど」

 

「ええ、でも北原トレーナーが『世話になった相手だし、レースの勉強にもなるから見てきな』って。私も3人の情報は気になってましたし…」

 

「なるほど、偵察ってところか。気にかけてもらって光栄だね」

 

「もう、そういうんじゃないですよ!半分以上は応援です!」

 

 違います!と頬を膨らませて尻尾をふりふりして可愛く怒るベルノライトにすまんすまん、と苦笑を返す。

 彼女にはこれまでの合同練習の中で、自分が持っているトレーニングの知識を適宜教えて、そしてよく彼女は聞いてくれていた。

 ウマ娘としてはかなり異質な、本格的に走る前に、トレーナーになることを目指したウマ娘。

 走ることへの挫折はどこかであったのだろうが、しかし前向きにトレーナー業を目指し、一生懸命に日々勉強する彼女を見れば、世話だって焼きたくなる。

 願わくば彼女もまたトレーナーとして大成し、輝けるウマ娘の想いを結実させてもらいたいものだ。

 

「それで…みなさんの調子はいかがでしたか?大丈夫そうでした?」

 

「俺が指導したウマ娘だよ?それに、カサマツのみんなにもよくしごいてもらえた。今日はみんな見事に勝ち切ってみせるだろう」

 

「…ふふ、今日はいつにも増して自信満々ですね、立華トレーナー」

 

「彼女たちを信じてるだけさ。トレーナーが自分のウマ娘を信じなくてどうするんだってね」

 

「なるほど…そうですね、確かに。私も見習わないと…あ、パドックが始まりましたね」

 

「ああ。まず最初はエイシンフラッシュだな」

 

 パドックに第4レースに出走するウマ娘達が出てくる。

 それぞれが緊張を隠し切れないままに、パドックに出て観客席に手を振り、自分の仕上がりを、勝ちたいという想いを見せていく。

 

「お……あの3番の子、想像以上の仕上がりだ。彼女は走るぞ」

 

「そう、ですか?…ええと、参考までにどのあたりでそう見えたのかを…」

 

「膝から下、足首までの筋肉が良く締まってる。足首が柔軟で鍛えてる証拠だ。あそこ…腓腹筋と前脛骨筋の部分の張りで判断できる」

 

「なるほど…勉強になります」

 

「…まぁ、エイシンフラッシュの輝きにはまだ敵わないだろうけどな」

 

 8番、俺の愛バがパドックに出てきた。

 堂々とした表情で、ジャージを脱ぎ捨ててから観客席に向けて最敬礼の一礼の動作を行う。

 うん、彼女の名の通り輝いている。

 勝ったな。

 

────────────────

────────────────

 

『さあ中盤から徐々にレースが動いてきた。8番エイシンフラッシュ、位置を前目に着ける!先頭を走る3番ウォルシュローリエもいい脚だ!』

 

 

 エイシンフラッシュは中距離2000mのレース、1400m地点までに位置取りをほぼ先行と表現できる程度のところまで持ち上げてから、一度落ち着いて一息入れる。

 かかっているわけではない。

 スタミナは十二分に残しており、脚もずっと溜め続けている。

 これまでの過酷な体幹トレーニングによる全身の筋肉量の増加と、それに伴う血中の赤血球量の増加により、呼吸を整えてスタミナを消費しない走り方が出来るようになっていた。

 これまでの併走で確かめている通り、踏み込む手応え、いや()()()は気持ちよいほど。

 

 ──いける。

 

『そのまま最終コーナーに向かって、エイシンフラッシュがさらに加速していくぞ!これは勝負を仕掛けに行った!後続も追いすがるがスピードが違う!3番ウォルシュローリエを残り300m地点で既に追い抜いたエイシンフラッシュ!』

 

 油断なく、相対距離のマージンを大きめにとって前を走る3番の子を交わし、残り300mを己の最大の武器である末脚を発揮して駆け抜ける。

 教えられたとおりのフォームで。

 頭を下げて、姿勢を低く、風を切るように!

 

『強い、強い!圧倒的な速さだ!これがデビュー戦のウマ娘なのか!後続との距離がさらに離れていく!!これは決まった!エイシンフラッシュ、今1着でゴォーーールっ!!見事なレース!!見事な末脚でしたっ!!これは将来が楽しみなウマ娘が現れましたっ!!2着は3番、ウォルシュローリエ……』

 

────────────────

────────────────

 

「っしゃあ!!!」

 

「やった、すごい…!!」

 

 俺はエイシンフラッシュが1着でゴールを駆け抜けたさまを見て、思わずガッツポーズをとって喜んだ。

 どれだけループを繰り返し、どれだけレースを見ようとも、愛バが勝利する、この瞬間の嬉しさは少しも変わることはない。

 今日はそれが3倍得られるのだ。トレーナーとしてこんなに幸せなことがあっていいのか?

 

「流石、すごい末脚でしたねフラッシュさん…!レース運びも冷静そのもので!」

 

「ああ、途中で位置を上げた判断はよかったな。前のウマ娘を追い抜く時のコース取りも素晴らしい。後で褒めてやらないと」

 

 ウイニングランを終えて、呼吸を整えながら控室に向かおうとするエイシンフラッシュを目で追っていると、あちらもどうやら俺を見つけたようだ。笑顔で手を振ってきた。

 手を振ってこちらも返事をして、ぐっ、とガッツポーズをとる。

 ふふ、と嬉しそうな笑顔を見せていたエイシンフラッシュだが……ん?何だか表情が変わったな?

 どうにも俺のほうを向いて真顔になっている。どうしたのだろうか。あれほど見事な勝利を見せた後なのに。

 

「…あっ。ッスー………」

 

「ん、どうしたベルノライト?」

 

「いえ……その。今日、もしかして貧乏くじ引いたかなって…」

 

「うん?なんでさ、こんな特等席で見れるんだから。ほら、次の第5レースももうすぐ始まるから場所を移そう。またパドックのウマ娘の視方、解説するからさ」

 

「あー…はい、そうですね、それはぜひオネガイシマス……」

 

 目尻に涙を浮かべながら色々と諦めきったような表情で、場所を移動する俺についてくるベルノライト。

 そんなに俺の愛バが勝ったシーンで感極まってくれたのだろうか。泣くほどに。

 うん、いい子だなやっぱり。今日はしっかりパドックでの観察眼を教えてあげよう。

 

────────────────

────────────────

 

 

「今回のパドックでは誰が走りそうですか?」

 

 芝1600m、アイネスフウジンが出走するレースのパドックを眺めながら俺は解説する。

 

「勝つのはアイネスだが、仕上がり…というよりも、怖いな、と思わせるウマ娘は7番の子だ」

 

「7番…」

 

「尻尾と耳がかなり動いているだろう?しかも尻尾が左右ではなく上下に近い揺れ方をしているときは、ウマ娘がやる気に満ち溢れてる時だ。これが逆に、動きに規則性がないと緊張をしていることを表している。7番の子はさっきから規則的に上下に揺れてる…他の子と比べてやる気が段違いだ。緊張も少ない。いわゆる絶好調、ってやつだな」

 

「なるほど……」

 

「ただ、トモの発達についてはまだまだこれからといったところだから、それでもアイネスが勝つだろうけどね」

 

 

────────────────

────────────────

 

『アイネスフウジン独走状態!残り400mに入り後ろとの差は6バ身から7バ身ほどか!最終コーナーを曲がり終えて後続の追い上げが始まるが届くのか!?』

 

 アイネスフウジンは、風を切るように最終直線を駆け抜ける。

 後方からは7番のウマ娘がかなりの気迫と共に、差し切るために加速を始めた。

 

 しかし、甘い。

 その加速は、エイシンフラッシュにはまだまだ及ばない。

 その気迫は、オグリキャップには、遠く、遠く及ばない。

 

 そんな猛者たちとの併走で鍛えた勝負根性が、アイネスフウジンを動揺から守る。

 あたしは、アイネスフウジン。

 その名の通り、このレースで、これからのトゥインクルシリーズで、あたしは一陣の風になる!

 

『速い、これは速いぞアイネスフウジン!!7番キンセリイーヨーも加速するが追随を許さない暴風が駆け抜けるっ!!脚色を一切衰えることなくアイネスフウジンがそのままっ!今!!1着でゴォォーーールッ!!これはすごい!一切他のウマ娘を寄せ付けることなく、見事逃げ切りましたっ!!2着は7番キンセリイーヨー……』

 

────────────────

────────────────

 

「よしっ…!!2つッ!!」

 

「やったぁ!!おめでとうございますっ!!」

 

 アイネスフウジンのその見事な逃げ切りを目の当たりにし、俺はまたしても喜びの拳を作ってしまった。

 これもまた見事なレース。彼女の強みを活かした素晴らしいレース展開だった。

 どうする?さっきから喜びすぎて心臓が若干痛いぞ?

 普段はループ系トレーナー特有の感情の上下の薄さがある分、こうしてレースでの勝利を見ると喜びもひとしおで普段との差が大きく負担がかかってしまう。

 まぁいいか。これでファルコンのレースで万が一感極まって倒れてもベルノライトが何とかしてくれるだろう。

 

「あ、ほら、立華トレーナー。アイネスさん、こっち見つけてくれてますよ」

 

「お、ほんとだ。よくやったぞー!!」

 

 俺はこちらに手を振るアイネスフウジンに向けて大きく手を振り返してやり、続いてサムズアップを返して勝利を祝福した。

 アイネスフウジンもまた勝利の喜びで笑顔を作りこちらに手を振ってくれていたのだが、途中でいきなりスン…と落ち着いてしまう。

 どうしたのだろうか。人を殺せそうな眼をしているが。

 

「………私、今日帰れるかなぁ……」

 

「ん、もしかして帰る足がない感じ?よかったら俺の車乗っていく?どうせ3人とも送り届けるし、ライブ終わるまで待ってくれるなら…」

 

「あ、いえ、大丈夫です。それは謹んで(心から)遠慮しておきますね」

 

「そう?まぁいいか、ファルコンのレースももうすぐ始まるからパドックに行こう。ダートのウマ娘はまた見るところが変わってくるからね」

 

「ハイ、イキマショウ……」

 

「……疲れてるか?大丈夫?手ぇ繋ぐ?」

 

「私を殺す気ですか!?元気いっぱいですが!!」

 

 少し疲れた様子のベルノライトを見て心配し、次の観戦場所へ移動するまで手でも繋ごうかと提案したらめっちゃ怒られた。

 おかしい…俺は気遣いの言葉をかけてやったはずなのに……。

 




ベルノとの絡み少なかったな…ゲストで出すか…と思って雑に入れたらなぜか筆が乗って急にベル虐が始まった。どうして。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

27 Make debut! 後編

 俺たちは続く第6レース、ダートのパドックを並んで観戦する。

 ダートウマ娘は、芝とは違ってもう一つ注目する点があり、それをベルノに説明した。

 

 

「ダートを走るウマ娘を見るときの注意点だが…とにかく重心を見る。立ち姿と振るまいから読み取れる」

 

「重心ですか。でも、それはどうして?」

 

「ダートは足を砂にとられる、これを上手く走れるウマ娘は特に重心が低い位置で安定していることが求められるんだ。ファルコンなんか見ててわかるだろ?どっしりとした力強い脚で、重心が極めて安定してる」

 

「…それ、絶対ファルコンちゃんの前で言っちゃダメですよ?」

 

「そう?…まぁいいや、で、その視点で見ると1番の子がファルコンの次にしっかりしてる。体格もいいからパワーもありそうだ。かなりいい仕上がりだ…脚を見ると逃げ脚質か。あの子とファルコンの勝負になるかな」

 

────────────────

────────────────

 

『さあ最終直線に向かう!!先頭はスマートファルコンだ!これはすごい、これはすごいっ!!既に、()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!圧倒的だスマートファルコンッッ!!』

 

 スマートファルコンは、ただ、砂を駆ける。

 立華がレース前に予想していた、1番のワイドワイルドミルとの勝負には()()()()()()

 ワイドワイルドミルもよく走っていた。スマートファルコンがいなければ間違いなく、彼女が一着を取っただろう。

 しかし、持ち前の集中力でレース開始にハナを取ったスマートファルコンは、そのまま後続との差を徐々に、徐々に広げて、一切速度を落とさずにゴールに向けて走り続けた。

 立華が立てたレース前の展開予想を()()()()()()圧倒的な走り。

 

 私は隼。

 砂を駆ける隼。

 この砂の上では、誰にだって、負けるつもりは、ない。

 

『止まらない、止まらないぞスマートファルコン!!後続との差を詰めさせずにそのままゴールを駆け抜けたァーーっ!!何ということでしょう!デビュー戦でまさかの大差勝ちっ!!今!!ようやく後続がゴールッ!ここにダートの新星が登場した!!その名はスマートファルコンッ!見事に決めたぞ砂の隼スマートファルコンッ!2着は1番ワイドワイルドミル……』

 

────────────────

────────────────

 

「っ────────」

 

「ってぇ!?うわぁ立華トレーナー!!無言でひっくり返らないで下さい!?」

 

 俺はスマートファルコンが俺の予想を上回る圧倒的な走りを見せつけ、後続と大差をつけて1着でゴールをした瞬間を見届けて、感極まって意識が遠くなり後ろにぶっ倒れかけた。

 隣にいたベルノライトが慌てて背中を支えてくれたのでそのままひっくり返ることはなかったが。

 

「──はっ!!心臓が止まってた気がする…」

 

「大丈夫ですかそれ!?…いえ、確かにすさまじいレースでしたが…」

 

「ああ…俺の予想をはるかに上回った。うん、強いレースだった…ファルコン、すごいな」

 

 あれだけの走りを見せても、ウイニングランの歩様にも特に問題は見えない。

 全力では走ったのだろうが、あれでも限界を超えてはいないのだ。

 

 もしかすると、俺はスマートファルコンの本当の実力をまだ知らないのではないか?

 俺の経験、長年のループの経験でも読み切れないほどの脚。その信念。

 …これから先、彼女がダートに描く夢を、ぜひ見たい。共に駆けたい。

 夢を駆ける(ユメヲカケル)その姿を、全力で支えてやりたいと、心からそう思った。

 

「…ファルコーン!!最高だったぞー!!」

 

 スマートファルコンがこちらを見つけて手を振ってきたので、大きな声で勝利を祝福した。

 笑顔を浮かべる彼女の口元が『ファル子が逃げたら?』というのが見えた。

 

「追うしかなーい!!!」

 

 コーレスもきっちり返してやる。

 そうして満足したのか、またスンッ…とファルコンが落ち着いた。なんか目から光が消えてる気がするんだけど?

 

「……さて、そろそろ逃げないと……」

 

「ん、すまん歓声でよく聞こえなかった?なんて?ベルノ?逃げ?」

 

「ああ、いえ。逃げウマが二人もいると、レースが毎回盛り上がってトレーナーさん大変ソウダナーッテ」

 

「はは、トレーナー冥利に尽きるってもんだろ?逃げウマが逃げ切るのはレースの華だからなぁ、盛り上がるのもわかるよ」

 

「ええ、特にさっきのレースはすごかったですね。……ではそろそろ私はお先に失礼しますね?」

 

「ん、もう帰るのか?俺はこの後みんなが待つ控室に行くんだけど、よかったら挨拶していかないか?」

 

「いえ、私は遠慮しておきます。相殺*1になりかねませんし、今日は3人をいっぱい祝福してあげてください。邪魔者は退散しますよ」

 

「そう?それなら無理にとは言わないが…ああ、ベルノ。今日はありがとうな付き合ってくれて。また一緒にレース観戦することがあったら、いろいろ教えるからな」

 

「はい、今日は本当に勉強になりました!ありがとうございました!…では失礼しますね!!!!!!」

 

 ぺこり、と頭を下げたベルノライトはどうにも急いでいるようで、ウマ娘の脚力を発揮して逃げるように去って行ってしまった。

 ううん。何かそんなに急ぎの用事があったのだろうか。いい逃げ足を見せている…あれなら中央でデビューしても勝ち切れるぞ。勿体ない。

 

「っと、俺も急ぐか」

 

 俺はベルノライトと別れて、メイクデビューを見事勝利した3人が待つ控室に急いだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 控室の扉をノックする。

 レース後の控室に入る際には必ずノックをしなければならない。

 なぜなら彼女たちはウマ娘、思春期の女の子であり、レース後には汗のケアや着替えなどを必ず行うことになる。

 そこに勝った勢いで飛び込んでしまった経験の浅い男性トレーナーが、破廉恥イベントを経て負傷する事件は珍しくないのだ。

 俺は気配りのできる男なのである。

 

「立華だ。入っていいか?」

 

「…どーぞ☆」

 

 若干遅れてファルコンの返事が返ってきた。

 最後に走り終えた彼女が返事をしたということは、既に身嗜みなども整え終えているのだろう。

 俺は安心して控室のドアを握り、この感動を愛バ達に伝えるべく扉を開けた。

 

「おめでとう、3人とも!!見事なレースだったな!!俺は嬉しいぞ!!!」

 

「来ましたねウマたらし」

 

「はーなの」

 

「反省して☆」

 

 どうしてこうなったのだろう。

 部屋に一歩入った瞬間に3人の視線の圧が俺に降り注ぎ、反省を促されてしまった。

 部屋の空気が冷たい。6月にしては異様な寒気を覚える。

 この寒気で既に先に室内にいたオニャンコポンも冷えて縮こまり…いやあれは丸くなって寝てるだけか。

 しかしこれで俺はメイン盾を失った。何故か危うい立場に追い込まれているような気がする。

 

「…え?どうしたみんな?俺がなんかした?ちゃんとみんなのレース見てたぞ?」

 

「見てましたね。ベルノライトさんと一緒に」

 

「パドックから随分いい雰囲気だったの」

 

「ベルノ先輩はどうしたのかな?逃げた?」

 

「どうして俺は今3人に詰め寄られている…?」

 

 トライフォースの構えになり3方向から愛バ達に囲まれて強い視線を感じて俺は身を竦めた。

 何か彼女たちの琴線に触れることをしてしまったらしい。

 しかしだ。それでも、今俺は彼女たちに伝えたいことがある。

 だから表情を真剣なものにして、それぞれに想いを伝える。

 

「ちょっと待ってくれ…!後で反省はするけど、とにかく今は祝わせてくれ!君たちの勝利が本当に誇らしいんだ俺は!」

 

「……」

 

「フラッシュも、アイネスも、ファルコンも本当に素晴らしいレースだった!フラッシュはよく前目に着く判断をした!アイネスは後ろからのプレッシャーに動揺せず走り切れて偉い!ファルコンは俺の想像を超える強い走りだった!」

 

「……」

 

「嬉しかった…どんなに俺が鍛え、大丈夫だと思っていても絶対はない、けど君たちはその走りで俺に応えてくれたんだ!君たちの勝利を心から祝福するとともに、俺自身も本当に嬉しくなった!気が遠くなりかけたほど!」

 

「……」

 

「だから……だから、まず何よりも先に、君たちにお礼を言いたいんだ。今日は勝ってくれてありがとう!」

 

 

 そう、本当に、ありがとう。心からその言葉を贈りたい。

 こんな、新人の身でありながら3人も担当するといった俺についてきてくれて、勝ってくれてありがとう、と。

 

「……はぁ。毒気が抜かれました」

 

「そうね、今日はこの辺にしといてやるの。まぁどうせたまたま会ってアドバイスしてたとかだろうし…」

 

「ベルノ先輩には後でどんな話をしてたかは聞き出すとして…いじめるのはこれくらいにしておこっか☆」

 

 俺の本心からの祝福の言葉に、風向きも変わってきたようだ。落ち着いて話をすることができてきた。

 よかった。なぜ機嫌が悪くなったか全く心当たりはないが一先ずは難を逃れた。

 こほん、と一つ咳払いをして、改めてみんなに向き直り、褒め称える。彼女たちの勝利を。

 

「…でも、本当に。よくやってくれた、みんな。誇らしい気持ちでいっぱいだよ」

 

「ふふ。ありがとうございます。そうですね、私も…無事、勝利できて嬉しいです」

 

「勝ててよかったのー、あたしは事情が切実だったから…これでだいぶお金も楽になるの」

 

「ファル子も、思いっきり走れて気持ちよかった!このあとのライブが楽しみー☆」

 

 みんなで笑顔になり、彼女らもまたお互いの健闘を、勝利を称えあう。

 チーム『フェリス』のメイクデビューは、3人とも見事に勝利を収めて、その名をレース界に響かせるのだった。

 

 

 

 その後行われたメイクデビューのライブも、俺はもちろん全力で応援した。

 俺の愛バ達が、センターに立って歌うその歌声はまるで天使のような響きを持って、俺の心を満たしてくれる。

 これからもこの3人で、勝利を積み重ねていって…いつか、その頂へと。

 

 輝く未来を、君たちと見ていきたいから。

 

 

────────────────

────────────────

 

「マーチさん…オグリちゃん…しばらく匿ってください……」

 

「どうしたのだベルノ…そんなに疲弊した姿で…」

 

「ナーバスな時のタマみたいな顔になってるぞ…?」

*1
相まみえ、殺しあう事。あいさつと読む




なおベルノは後日ちゃんと事情を説明して事なきを得た模様。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

28 皇帝の肯定






『チーム『フェリス』の立華 勝人様。至急生徒会室までお越しください。繰り返します。チーム『フェリス』の……』

 

「…なんで?」

 

 俺は3人が勝ち切ったメイクデビューの翌朝、チーム室でオニャンコポンに猫缶を与えてやりながら資料の整理をしていると不意に生徒会室への呼び出しを告げる校内放送が流れて首をひねった。

 何か呼び出されるようなことをしただろうか。

 最近はどうにも何もした覚えもないのにウマ娘達に責められるような瞳で見られることが多いので困っている。

 

「まあいいか。今行きますよっと」

 

 オニャンコポンを肩に乗せて、生徒会室へ向かう。

 何か怒られそうなときはこのメイン盾(オニャンコポン)が彼女たち生徒会役員からの攻撃を防いでくれるだろう。

 

 

 

「失礼します、トレーナーの立華です」

 

「どうぞ」

 

 生徒会室の扉をノックすると、中からシンボリルドルフの声で許可が出たのできぃ、と扉を開ける。

 中にはいつもの生徒会の3人が揃い踏み……しているかと思いきや、中にいたのはルドルフだけだった。

 

「かけてください、立華トレーナー。今日は急に呼び出してしまってすまないね」

 

「忙しくもしていなかったし気にしないでいいよ」

 

 どの世界線でも見慣れた顔…綺麗な三日月の流星に、よく見ると幼い顔立ちをしている、しかしいつでも威厳はたっぷりの皇帝、シンボリルドルフの前のソファに腰を落とす。

 座ったときに少し揺れて肩からオニャンコポンが落ちそうになったので、手を差し出して肩の上から足の上に持ってきてふにふにと撫でていると、皇帝直々に紅茶を出してもらってしまった。

 

「皇帝自ら淹れていただけるとは光栄だ」

 

「お口に合うといいのだが。…それが噂の子猫かな」

 

「ああ、オニャンコポンだ。人懐っこい賢い猫だよ」

 

 紅茶を一口頂きつつ、俺はオニャンコポンをルドルフに指先でけしかける。

 意図を汲んだオニャンコポンはとてとてと机の下を歩み、ルドルフの足元にぴょいー、と飛び乗った。

 一瞬驚くルドルフだったが、しかしその表情もオニャンコポンの可愛さの前に見事に緩みの見える笑顔になった。

 

 可愛いものはすべからくウマ娘特効である。オニャンコポンは最強の盾であるとともに最強の矛でもあるのだ。

 何か話をする際のアイスブレーキングには大変役に立つ。偉いぞオニャンコポン。

 

「おっと、ふふ…本当に人懐っこいんだな、この子は」

 

「自慢の猫でね。……それで、ルドルフ。俺みたいな新人トレーナーを呼び出した理由は何だい?君はそんなに暇じゃないだろう」

 

「おや、そうでもないさ。部下が有能なのでね…実をいうと前から貴方と話をしてみたかったんだ、興味があってね。立華トレーナー。チーム『フェリス』を指揮する貴方と」

 

 オニャンコポンを片手で可愛がりながら、ルドルフが見定めるような視線を俺のほうに向ける。

 君、猫をなでながら人と話すの似合ってるね。

 

「大した活躍もまだだと思うけど」

 

「大した活躍しかしていないだろう、貴方がたは。選抜レースで全員が素晴らしい成績を残し、練習でも好タイムと聞いている。そして先日のメイクデビュー、見事に3名とも一着を取ったとも…ああ、こちらを言うのが先だったね。メイクデビュー勝利、おめでとう、立華トレーナー」

 

「ありがとう。でも、勝ったのは彼女たちさ」

 

「だが、勝たせたのは貴方だ。…指導方法もかなり特殊なものだと聞いている。今日主に聞きたかったのはそこの部分でね」

 

 なるほど、話が読めてきた。

 俺は特に自分の指導内容について彼女たちに口止めしていない。はたから見れば頓珍漢なことをしているように思われるだろう。

 走る回数は極力減らして、しかもやっていることはヨガを主体としたトレーニング。体幹を鍛えること、インナーマッスルに効率的な負荷をかけることを目的とした独自のそれ。

 それで結果がついてきているのだから、ルドルフの耳に入れば気になるか。

 重ねて、ルドルフがこの後、どういう話に持っていきたいかも何となく察した。

 

 彼女とも浅い付き合いではない。

 もちろん、彼女と3年間を共にしたこともある。珍しい彼女のデビュー戦からシニアを駆け抜けるまでに7冠を達成し、皇帝の神威を見せつけた。

 その時に生徒会の業務なども一通り覚えて……そして、彼女の信念、夢のようなものも聞いた。

 そこに関わってくる話なのだろうな、とあたりをつけて、俺は返事をした。

 

「…確かに、うちのチームは今のところ独自の練習をしている。が、耳聡い君なら既に聞いているんじゃないか?何を目的としたトレーニングなのか」

 

「立華トレーナー、それは私を買い被りすぎというものだ。噂話を耳にした程度で、詳しいことは知らないんだ。よかったらご教授願えないかな?」

 

「よく言うよ。…まぁ隠すようなことでもないし、いいけどさ」

 

 お互いに苦笑を零し、俺は別に隠すつもりはない、というか後で今育てている3人の成績が伸びてきたら論文にして世の中に発表しようと考えている、本格化前後の体幹トレーニングの重要性について簡単に講釈を垂れた。

 随分と熱心に聞きかじったルドルフが、ある程度話が終わってなるほど、と呟く、

 

「体幹を意識したものだったか…いや、確かに、言われてみれば私の知るウマ娘の中でも体幹の強さが速さとイコールになっているようではあるが…しかし、体幹のトレーニングなどはどのウマ娘もやっているのでは?」

 

「密度と意識が違う。その重要性をどれだけ理解しているかでトレーニング効率ってのは大きく変わるもんだ。うちのチームはもうずいぶんと体幹を鍛え上げたから、これからの伸びにも期待できる」

 

「……面白い指導論だ。…なぁ立華トレーナー、この指導法は、貴方の見込んだ3人以外にも──どのウマ娘にも通用するようなことなのかな?」

 

 ほら来た。

 ルドルフがさりげなく、己の理想の為に俺から望む言質を取ろうとかけてきた。

 さてどのように答えるか、と一瞬思案顔を作り、まぁなるようになるか、とそのまま想いを紡ぐ。

 

「…ルドルフ、確か君の理想は『すべてのウマ娘を幸せにする』ことだったね」

 

「?あ、ああ…そうだ。高い理想とは思うが、それの実現の為に…なりそうなことは、色々聞いておきたくてね」

 

「いいことだとは思う。その上ではっきり言わせてもらうと、さっきの質問の応えはYESだが、すべてのウマ娘の幸福に繋がるかといえばNOだ」

 

「っ……!」

 

 そう、俺の指導法は…どのウマ娘にも実際有効だろう。いや、有効だった。

 ハルウララを育てる世界線の、その前からこのやり方は続けてきている。これをやって最初の半年で効果の出ないウマ娘はいなかった。

 もちろんそれは、彼女たちが全員素晴らしい脚をもっており、そのスピードが体幹の未発達で十分に発揮できていなかったということもあるが。

 だから、もし俺の教え方が理論できっちり構築されて、学校全体で本格化前後できちんと体幹を鍛え上げるならば…全員に効果が出ることだろう。

 そして、それは決して幸福にはつながらない。

 

「俺の指導法は、ウマ娘の実力を底上げするものだと思ってくれていい。この指導法を知ってるウマ娘はもちろん有利になるだろう。レースで勝てるようになる。だが、それで負けたウマ娘は幸せではない」

 

「…ああ、だがレースは強弱を決める世界だ。そこに情けや同情は…」

 

「ルドルフ。それは、君が強いウマ娘だから言えることだよ」

 

「っ」

 

 これまでの世界線でも、結構な頻度で同じようなことを彼女に言ったことを覚えている。

 彼女の理想、すべてのウマ娘を幸福にする…というものは、理想としては聞こえがいいが、絶対に不可能だ。

 

「なぁルドルフ。君は『すべての人類を幸せに』出来ると思うかい?地球の裏側では戦争が起き、飢饉や貧困の格差があるこの世界で」

 

「…それは…」

 

「同じなんだよ。たとえ俺のこの指導法が極めて優秀とみなされて、すべてのウマ娘が同じように実施したとしても…その先はまた才能、努力、運の差による()()社会だ、文字通りね。強いウマ娘と弱いウマ娘が出てきて、レースで負けたウマ娘は幸せにはなれない」

 

「…立華トレーナー。貴方は、私の理想は間違っていると言いたいのか?」

 

「いや?」

 

「…は?」

 

 確かにその理想は理想でしかなく、実現はできない。

 ただ、間違っているとは欠片も思ってはいない。

 何故なら、()()()()()()()だからだ。

 

「いいことだと思う、って言っただろ?素晴らしい事だよ、そこまでウマ娘のことを想えるのは。かつて君は、クラシック三冠レースの規則改定でも尽力した。そういった行動、想いは誇るべきだと思うし、君の信念が、理想が間違っているとは欠片も思っていない」

 

「…え?え?いや、立華トレーナー?何が言いたい?」

 

「強いて言うなら表現を間違えている。ルドルフ、君は結構…あれだろ、この理想についてきてくれるウマ娘やトレーナーがいなくてしょんぼりしてることがあるだろ」

 

「しょ、しょんぼり!?その表現が適切だとは思えないぞ!」

 

「はは、言い過ぎたな、すまない。だが…そうだな、つまり君の掲げる理想というのは、ぱっと聞くだけだと恐ろしく難しく聞こえるようなことなんだけど、その実ひどくシンプルな話なんだよ。それを前面に出せばいい」

 

 ルドルフが混乱している隙に言いたいことを言ってしまおう。

 ルドルフから会話の主導権を握れるのは珍しいことで、主導権を握り返されると皇帝の圧力とか格言(ジョーク)が零れてきてエアグルーヴのやる気が下がるからだ。

 

「『すべてのウマ娘』なんて無理に括らなくてもいいし、『幸せに』なんてふわふわした表現を使うから聞いた人が混乱するんだ。そうして括るから、それを聞く相手はなんだかとても大仰のようなことに聞こえて、遠慮の感情が生まれる。もっとシンプルでいいんだよ。『()()()()()()()()()()()()()』でいいんだ。この表現で、君の理想とどこか違う所はあるかな?」

 

「う…む、いや……ない、な。困っているウマ娘がいたら助ける、それを出来る限り手広くやりたい…ということで、間違っていない」

 

「ああ、()()()()()()()だ。トレーナーとしてはもちろん担当している3人を一番に考えるが、他にも困っているウマ娘がいたら助けてやりたい。さっき話した俺の独自トレーニングだって、説明して納得があれば()()()()()()()()()()()()。そういう部分では、俺は君のシンパさ。手伝えそうなことがあれば言ってほしい。出来ることがあれば手伝うから」

 

「…なあ、立華トレーナー」

 

「ん、なんでしょうか」

 

「詐欺師のようだと言われたことはないか?」

 

「はっはっは」

 

 こないだアイネスに言われたわ。

 

「…何だろうな、本当はもっと私なりに冷静に話を進めるつもりだったのだが…いつの間にか感情を引き出されて、揺さぶられた上に、最終的に一番聞きたい言葉が出てきたので、無性に君を信頼したくなる私がいるんだ」

 

「訪問販売に騙されないようにね」

 

「失礼な。…そうだ、貴方と話していると、なぜか話をすっかり聞いてしまう…。…以前にどこかで会って、私のことを知っていたりしないか?」

 

「君は一度見た顔を忘れることはないだろ?俺もこうしてしっかりと話すのは()()()さ」

 

「……そうか。そうだったな。………ふー……いや、しかし有意義な話だった」

 

 ため息をついて、ルドルフが太ももの上でくつろいでいたオニャンコポンの頭を撫でる。

 俺も改めて彼女に話したいことが話せたので、有意義な時間だった。

 

「ありがとう、立華トレーナー。君との会話で思わぬ見地が開けたよ。そうか、もっとシンプルに、か…」

 

「とんでもない、会長様に言い過ぎたかなって内心びくびくしてたところさ。でもお礼の言葉が聞けて安心した」

 

 俺はティーカップを手に取り、少し冷めた紅茶を頂く。

 む、この味はエアグルーヴ一押しの茶葉の味だ。そうか、この世界線では既に出会っていたか…この茶葉に。

 俺は紅茶の香りを楽しみつつ飲み干してから、指先でちょいちょいとオニャンコポンを呼ぶ。

 その動きだけでオニャンコポンはルドルフの太ももから離れ、俺の肩に上って定位置に収まった。かしこい。

 

「話は終わりかな?もうなければチームハウスに戻るけれど」

 

「ああ、今日はもう大丈夫だ。ただ、貴方とはまたいろんな話をしたいものだ、立華トレーナー」

 

「言ったろ、出来そうなことがあれば言ってくれって。呼んでくれればまた顔を出すよ」

 

 その時はエアグルーヴやナリタブライアンとも面合わせを通しておきたいものだ。

 あの二人も、共に3年を駆け抜けたことのある相手で、特にエアグルーヴにはお世話になった。掃除で。

 

「それじゃ今日は失礼して……ああ、そうだ、ルドルフ。一つお願いがあって──」

 

 俺は以前から考えていた()()()()を思い出して、せっかくの機会なのでルドルフに一つだけ依頼をする。

 

「──ああ、それくらいのことなら構わない。後で話を通しておくよ」

 

「助かるよ。それじゃあまた。生徒会のお仕事頑張って」

 

 俺は無事約束を取り付けて、オニャンコポンと共に生徒会室を後にした。

 

────────────────

────────────────

 

 午後を迎えて俺たちチーム『フェリス』のメンバーはチームハウスに集合した。

 今日はこれから、年末までのジュニア期でどのレースを走るかの打合せをする予定である。

 

「今日、校内放送で生徒会室にお呼ばれされていましたよね?何かあったのですか?」

 

 と、その前にフラッシュから午前中のことを問いただされた。

 まぁそうか。自分たちの担当トレーナーが生徒会室に呼び出されれば心配にもなるよな。

 

「いや、特に大した話でもなかったさ。ルドルフと楽しくお話ししてただけ」

 

「──『ルドルフ』?」

 

「随分距離感近くない☆?」

 

「会長さんにまでコナかけてやがるの」

 

「誤解です」

 

 俺はオニャンコポンシールドを駆使して愛バ達のご機嫌を取ってから、改めてレースの話をするのだった。




このトレーナーいつもウマ娘と話す時強く当たって感情を乱してからクリティカル決めてんな?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

29 目指すもの

※注意
これを書いたのがアイネス実装前で、TSラストに出てくるアイネスが短距離Bだったので短距離レースに出走するような話になってます。
整合性などは投げ捨ててお読みいただけますと幸いです。
今後は基本的にマイル中距離走るのでご容赦。

さらに、これを書いたのがアプリのダートGⅠ増設の前のころなので、ファルコンの出走レースについても色々あります。
だいぶ先の話でその辺の整合性も取っていますのでご容赦。



なおアイネスは天井しました。

何故…
何故なの…
何故なのよォーーーーーーーーッ!!!!!












「さて、今日のミーティング内容は、みんなのこれからのレース出走のプランニングだ」

 

「はい」

 

「はーい☆」

 

「はいなの!」

 

 俺はチームハウスのソファに座る3人に向けて、ホワイトボードに掲げたジュニア期のレース日程を見せながら声をかける。

 今日のミーティングは、先日メイクデビューで鮮烈なデビューを果たした3人が、これからどのレースに出走していくかを決めるものだ。

 それぞれ、今後クラシック、シニアと走り抜ける中で、何を求めて…そしてそのためにはジュニア期にどのレースに出走するのか、しっかりと考えて決める必要がある。

 とても重要な内容のそれに、俺も改めて真剣な表情を作って話を進める。

 

「それぞれの距離やバ場適正にあったレースを走るのが基本だな。まず…フラッシュ」

 

「はい」

 

「君は中距離から長距離を得意としている…が、ジュニア期に長距離を走るレースはない。基本的には中距離のレースに出走していくことになると思う」

 

「はい、私も同様の考えです。マイルだと末脚が活かしきれないことがありますから」

 

 俺はホワイトボードにフラッシュの名前と、中距離レースのある日程にメモを取っていく。

 

「一番近い日程のレースが9月の後半にある芙蓉ステークスだ。次に10月前半の紫菊賞…どちらもOP戦だが、レース勘を失わないためにもどちらかには出走すべきだと考えている」

 

「そうですね。OP戦から出走し、重賞、GⅠ…と、順を追いたいと考えています。できれば早い時期のレースに出走し、レース内容の復習の時間を設けたいです」

 

「OK、なら芙蓉ステークスだな。そのあとは11月前半に百日草特別もあるが…これに出るか、もしくは11月後半開催のGⅢ、京都ジュニアステークスに出走をする選択肢もありだ。どうする?」

 

 ここで中距離の重賞レースが初めて出てくる。

 ジュニア期はまだウマ娘達の体も脚も未完成であり、URAの意向もあって長い距離のレースは数が少なく設定されているのだ。

 ただ、エイシンフラッシュの返答は俺の想像していたものと同じだった。

 

「もちろん、京都ジュニアステークスに。強敵と相まみえることを恐れていては、誇りある勝利にはなりません」

 

「…だよな、OK。じゃあその後は……」

 

「もちろん───ホープフルステークスへ」

 

 GⅢからGⅠへ。中距離を走るウマ娘の王道のルート。

 これをエイシンフラッシュはジュニア期を走り抜ける進路に選んだ。

 

「…了解だ。君ならそういうと思ってたよ。あまり悩まずに組み終わったな」

 

「ふふ。トレーナーさんにスカウトされる前でしたら、京都ジュニアやホープフルステークスではなく、1月の京成杯に出走してじっくりと自分の実力を定めてからでも…と考えていましたが」

 

 それも、彼女の取りえる選択肢の一つなのだろう。

 恐らく、この世界線ではない、自分が担当につかない世界線では、そういった選択をする彼女の姿もあったのだろう。

 

 だが。

 今のエイシンフラッシュは、俺の愛バだ。

 

「トレーナーさんと鍛えたこの脚が、どれだけの輝きを持つか…私は試したい。そして、両親と、あなたの為に、誇りある勝利を」

 

「…いいね、素敵な口説き文句だ。ときめいたよ。……君が勝ち取る勝利の為に、俺もより一層尽力するとしよう」

 

「ふふっ、よろしくお願いしますね」

 

 お互いにくすっと笑ってから、エイシンフラッシュのスケジューリングを完了する。

 さて次は、と残る二人に顔を向けるともんのすごい仏頂面を向けられた。

 なんで。

 

「ここにまだ二人も貴方の愛バがいるよね☆?」

 

「いきなり二人だけの世界に入ってるんじゃねぇの」

 

「誤解だ…」

 

「『誤解』…ですか?」

 

「フラッシュ、君の掛かり癖は治したほうがいいな?」

 

 俺はフラッシュにオニャンコポンをけしかけてモフらせることで事なきを得た。

 オニャンコポンのお腹を親指でぐりぐりするフラッシュくん。もっと我が子を優しく扱いたまへ。

 

「────さて、じゃあ次にファルコン。君の出走するレースを決めていきたい」

 

「うん!…とはいっても、ダートのレースしかないよね☆」

 

「だな。めぼしいダートのレースというと…」

 

 レースの日程表から俺はファルコンが出走できるダートレースに印をつけていく。

 しかし、ダートのレースは中央では最初の開催までかなりの時間が空く。

 重ねて、重賞のレースは一つもないときた。

 残念なことに、芝至上主義という部分はどうしても現実として存在する。

 

「最速が10月前半のプラタナス賞になるんだよな…その後は10月後半のなでしこ賞、11月前半のオキザリス賞、11月後半にはもちの木賞とカトレア賞、12月前半は寒椿賞があるな。この中から選んでいこう」

 

「うーん……どれもOPなんだよね。だったら私としては、どれに出走してもいいよ☆?なんなら全部出ちゃう?」

 

「流石にそれやったら俺が怒られる。間に最低でも2週間、出来れば1か月くらい間隔は空けたいから…そうだな、なでしこ、もちの木、寒椿、って感じか。10月までに出られるレースがもっとあればよかったけどな」

 

「そうだね…まぁ、でも。しょうがないよね……」

 

 ファルコンは仮に組んだレーススケジュールに、納得はしきってないようだ。

 レース出走をもっと増やしたい、という気持ちがあるなら、地方のレースに出るという選択肢もある。

 だが、地方のレースに出走しても……これも相手のウマ娘には大変申し訳ないが、恐らくはファルコンの一人勝ちになる。向こうもよく思わないだろう。

 いずれ出るレースに悩んだ時には提案してもいいかもだが……一先ずはこのプランで仮組とした。

 

「…よし、ファルコンの出るレースについてはこれを仮のプランとして、ちょっと保留。後でしっかりと納得できるまで詰めようか」

 

「うん…☆」

 

 思い悩んでいる様子のファルコンに、俺は声をかける。他の二人に比べれば、出走できる重賞もジュニア期には存在しないのだ。

 が、重賞がないのはもうどうしようもない。一先ず俺は話を先延ばしにして、次にアイネスフウジンのプランニングに進む。

 

「じゃあ……次はアイネス。君は短距離もマイルも走れるし、候補がかなり多くある。まずは君の希望から聞こうか」

 

「んー…そうね、あたしの場合は走る理由が理由だから、とにかく重賞に出たいの!」

 

 アイネスフウジンの伝える希望は、以前から把握していた。

 何を隠そう、俺が彼女を選ぶきっかけになった、彼女の家庭的事情である。

 先日、アイネス自身がフラッシュとファルコンにも説明をしているので、チーム内では彼女の事情について理解を共有できている。

 

「だよな。そうすると…選択肢は多い。まず7月後半、短距離の函館ジュニアステークスがある」

 

「出るの!短距離も苦手じゃないし…トレーナーなら、仕上げてくれるでしょ?」

 

「勿論。…次の重賞は8月後半の新潟ジュニアステークス、9月前半に札幌と小倉でそれぞれジュニアステークスがある。小倉は短距離でそれ以外はマイルだが…」

 

「……ちょっとわがまま言っていい?」

 

「構わないよ」

 

「8月後半の新潟に出て、9月前半のどちらかにも出る……っていう予定は、いけるの?」

 

 我儘。そう前置きしてアイネスが告げたのは間が2週間以内の連続出走。

 本来であれば、レースを走ったウマ娘はその後休養を取って足を休める必要がある。

 1週間以上の間を空けずに連続出走をすると、よほど体が丈夫なウマ娘でない限り、故障の可能性が高まる。

 どんなに短くても2週間、普通であれば1か月程度は休養と調整に充てるのが一般的だった。

 脚が仕上がり切っていないジュニア期であればなおのこと。連続出走は基本的にはさせないほうがよい。

 

 だが、今の時期、ジュニア期に挑む前に()()()を終えている俺たちの場合は違う。

 

()()()()。その場合は札幌ジュニアは1800mと少し長めのマイルで、小倉は1200m短距離だ。小倉に行ってもらうことになると思うけどね」

 

「!ならそれでお願いするの!…そこまでの1着賞金の合計で、奨学金もこれまでの学費も全部納められて、妹たちの将来的な学費まで見込めるの。区切りをつけるためにも…勝っておきたい」

 

「…了解だ。ならそれでいこう。ただし、その間の練習とかは負担を減らすし、札幌ジュニアのレース内容によっては延期するからな」

 

「オッケーなの!」

 

 アイネスフウジンの過密なプランニングが組まれた。

 彼女自身の、家族に早く安心してもらいたい気持ちもあるのだろう。金銭的な面でこれまで苦労を掛けた分、なおのこと。

 それが彼女の今の走る理由の一つであり、彼女のモチベーションの元であるならば、俺はそれが成し遂げられるように全力で指導してやるだけだ。

 

 なお、賞金…これはもちろん、1位の賞金が全部勝利したウマ娘の懐に入るわけではなく、税金で差し引かれる部分や、指導するトレーナーに賞金の5%が分配される仕組みがある。*1

 俺個人としては金は全くいらないのだが、現実的な話でこれがないとトレーナーを目指す人が少なくなるし、実際に指導する内容にも熱が入らなくなるだろう。俺のような変人を除けば。

 必要な仕組みだとは理解しているし、金という意味ではなく…指導に対しての御礼を、形として受け取っていると考えれば、俺だってすべてを否定するわけではない。

 実際のところは賞金額は額面の半分程度に収まり、それらも貯金として学園に預けたりするのが一般的であった。

 学生の身分で大金など持っており、金銭感覚を破壊してしまうのもよろしくない。学園でも特段の事情がない限りは、お金周りのやり取りは慎重になりましょう、と授業でも出るほどだ。

 

 閑話休題。

 

「さて、そんじゃそこまでに重賞3つに挑むとなると……アイネス、最終的にはジュニア期は朝日杯か阪神のGⅠを目指すだろう?」

 

「もちろんなの!個人的には朝日杯がいいなーって思ってるけど…」

 

「ああ、それはどちらでも構わない。じゃあ朝日杯を最終的な目標地点とするとして…そうなると、9月後半から10月いっぱいくらいは、みっちりトレーニングの時期に充てようか。レースに出続けるだけじゃ、レース勘は磨かれるけど地力がつかなくなる」

 

「それでいいの!あたしも最初期に重賞に出まくる分、どこかでがっつり鍛えないと、っていうのはわかってるから」

 

「ならよし…それで、11月の前半にあるデイリー杯がマイルのGⅡだ。これに出てレース勘を取り戻して、朝日杯。こんな感じでどうだ?」

 

「それでなんの文句もないの!」

 

 決まった。

 秋初旬の9~10月は再度体を鍛えなおす時期に充てて、11月にレース出走、脚を休めつつ仕上げて朝日杯へ。

 ジュニア期全体で見れば出走するレースはかなり多くなるが、俺の方で足にかかる負担を軽減してやれば問題なく走れるだろう。

 

 これで一応3人のレースプランニングは立った。

 この後の今日の予定は、デビュー戦の後の脚のケアをしながら、それぞれのレースの過去の映像など視聴したり、レース場の情報などをタブレットで共有したりする時間に充てようと考えていた。

 

 だが、そちらに移行する前に、スマートファルコンから声が上がる。

 

「…ねぇ、トレーナーさん」

 

「ん、なんだいファルコン。君のプランなら、今日は仮組だから…後でまた相談の時間は設けるけど」

 

「ううん、もちろんそれもしたいけど…今、いいかな?………()()、空いてるよね?」

 

「うん?……ああ、なるほど」

 

 阪神。阪神ジュベナイルフィリーズだ。12月前半に開催される、芝1600mのGⅠレース。

 確かに、うちのメンバーはこれに出走する子はいない。

 そしてファルコンがそれを口に出す意味。俺は察した。

 

「ファルコン。()()()()()?」

 

 そう、俺は彼女にかつて言った。

 芝のレースも走れるようにすると。時間はかかるが、必ずと。

 だが、それはジュニア期のレースをしっかりと想定していたものではない。今出れば…もちろん、ファルコンの調子がいいのも加味して……相手に出てくるウマ娘次第ではあるが、勝ち負けになるだろう。勝ちを保証出来ての出走はない。

 

 ただし、気持ちもわからなくはない。

 同期のウマ娘二人が、GⅠに挑み、勝てばGⅠウマ娘として名を馳せる中で、重賞にも出走できないでOP戦のみ、というのは確かに……気持ちがいいものではないだろう。

 だから、出てみたい…という気持ちも大切なものだとは思うし、芝のレースをそれまでに走れるように仕込んでおくのは悪くないとも考えていたが。

 ただ、あまり無理はさせたくない。単純に出たいという話であれば、GⅡとか、もっと勝ち切れる芝のレースでも──────

 

「うん。出たい。出て、()()()()

 

「っ」

 

「勝ちたいんだ。…もちろん、ダート路線を走るのは私も納得してるよ?…けれど、一番近いダートのGⅠは来年の7月、ジャパンダートダービーだよね?それまで……少し、遠すぎるかなって。私、やっぱり大舞台でも走ってみたい。走って、勝ちたいよ」

 

 その、想い。

 その、「勝ちたい」という言葉。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 猛烈に記憶がリフレインする。

 何回も俺が繰り返した、あの3年間。

 ああ、君と同じような言葉を、()()から何度聞いて……そして、それを何度、涙に濡らしただろうか。

 

 あの時の光景がよみがえる。

 最後に、それを笑顔にできた、その軌跡(奇跡)を経てここに立っている俺が。

 スマートファルコンのこの想いを、否定できるわけがなかった。

 

「…わかった。勝とう。プラン変更だ。ダートのレースには出てもらうが、数を減らす。1つ…多くても2つまでにして、芝を走る練習にこれから取り組んでもらう」

 

「っ!……うんっ!ファル子、がんばる!!」

 

「ああ。確かにこれからファルコンがクラシックに入って、芝のレースを走りたい!ってなったときに全然仕上がってない、ってんじゃ話にならないしな。既にダートでの時計はクラシックでも通用するものを持ってるんだ。早めに取り組んでも問題ないだろう」

 

 プラン変更。俺はここまでに組んだファルコンのレースプランを消して、ジュニア期最後の目標に『阪神ジュベナイルフィリーズ』と大きく書き込んだ。

 

「君を勝たせる。芝のレースでも、隼は舞えるんだということを…見せつけてやろう」

 

「はい!!…えへへ、トレーナーさん、やっぱり優しいね☆」

 

「よかったですね、ファルコンさん。…そうなると、クラシックではライバルですね」

 

「ふふ、もし同じレースに出ても手加減はしてやらないの!」

 

「うん、もちろん!もしそうなったときはよろしくね!」

 

 ああ、チーム全体にもいい影響が出ている。やはり、同年代の友人同士、一人だけ重賞に挑戦できない、というのはお互いに気持ちのいいものではなかったのだろう。

 俺は思春期のウマ娘達の気持ちを汲み取れていない己の朴念仁を強く反省し、これからのチームフェリスの目標を改めて確認する。

 

 

 ────────ジュニア期のGⅠ、全制覇。

 

 

「勝つぞ。俺たちチーム『フェリス』を日本中に知らしめる。そのためにも…3人とも、これから一層、頑張っていこうな!」

 

「「「はい!」」」

 

 ニャー、と最後にオニャンコポンも気合の鳴き声を入れて、一致団結して目標に向かって邁進してく、今日はそんな決起集会となったのだった

*1
独自設定。




レースは実在のものとか特に詳しくは調べておらずアプリ準拠です。
前作の時からこのループトレーナーは我々アプリプレイヤー(3年で新しい世界線に飛ぶ)をイメージしておりますのでそういうことでどうか。

なおレース描写はGⅠ以外はさらっと流します。一つ一つ描写したら終わんない。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

30 地固め(心) 前編

 俺は今日のトレーニング結果を入力し終えたタブレットを閉じて、ふぅ、とチームハウスの自分用のオフィスチェアに体を預ける。

 オニャンコポンがそんな俺のお腹に乗ってきて、昼寝処を得たり、と寝ようとするが、もうすぐ帰る時間であるのでわしわしと頭を撫でておいた。

 

「うん……トレーニング自体は順調だ」

 

 先日のメイクデビュー後、これからのレースの日程を組み、チーム『フェリス』のメンバーは本格的に走る練習を始めた。

 もちろん体幹トレーニングは疎かにはしていない。ただ、もう十分にインナーマッスルが発達してきた彼女たちに、さらにこれ以上急激に筋肉をつけさせようとしても、物理的な限界がある。

 これからは時間をかけて少しずつ、筋肉の量ではなく質を高めていく必要がある。しなやかさと強靭さを併せ持つダイヤモンドのような筋肉をいずれは身に着けてもらう。

 しかしそれは今すぐに、ではない。今後はレースも本格的になり、他のウマ娘も仕上げてくる。

 より求められるのはスピード、パワー、スタミナ、根性、賢さ…それらの、目に見える能力だ。

 

 そのため、これまでやってきた体幹トレーニングは日々のウォームアップの中で軽く実施するのみに留めて、これからは効率的にそれぞれの能力を高める練習に取り組むことにした。

 

 エイシンフラッシュはその末脚を十分に発揮するためのパワー、および最高速上昇のためのスピード。ジュニア期を終えたら長いレースにも走ってもらうことになるので徐々にスタミナもつける。

 

 スマートファルコンはスタートの加速、および中盤での再加速のためのパワーの更なる強化、そしてその速度を維持したまま走り抜けるスタミナ。そして忘れてはいけない、芝コースへの適性の上昇。

 

 アイネスフウジンは中盤から最終直線に向けて加速を続けるパワーと、相手のウマ娘に最終直線で仕掛けられた際に突き放すスピード。競り合いに負けない勝負根性も磨いておきたい。

 

 それぞれの目的と、それに合った練習は俺のこれまでループし続けた経験の中から適切な練習を選択できている。

 詳細を説明するとまたすごく長くなる(3万字超)ので簡単にまとめるが、スピードは足運びのしなやかさを鍛えられる練習、スタミナは運動中の血中酸素飽和濃度を高める訓練、パワーは純粋な筋力とそれを発揮できる重心移動の練習だ。

 ただ走らせるだけではない、坂路だったり器具訓練だったり水泳だったり、それに見合った練習をすることで脚の消耗を抑えて効率的に練習を積むことができていた。

 ちなみに、ファルコンが芝を走れるようにするための練習については…これこそ一言ではまとめきれない。俺という概念を煮詰めて編み出した信仰にも近い指導法。これを語るのは後日にしよう。

 

 俺はそれらの練習データなどをすべてタブレットに記録し、これまでの成長率とこれから見込める成長など、()()()()()()を見比べながら、愛バそれぞれの練習量、休息時期を調整する。

 今の時点で彼女らの叩き出すタイムを見ても、レースに出走して不安になるような数字にはなっていない。右肩上がりだ。

 なのでこれからのレースも、勝敗という点では大きな心配はしていない。

 

「………けどなぁ。やっぱここがわからん」

 

 しかし練習は順調といえども、俺にはひとつ懸念点があった。

 それは彼女たちのメンタルの部分である。

 

 こう表現すると彼女たちがメンタルを不調としながら練習しているように聞こえるがそうではない。

 時々おやつを提供したり、オニャンコポンを供物に捧げたり…フラッシュは一緒にケーキを買いに出かけたり、ファルコンは野外ライブを聞いたり、アイネスはなぜか俺の家を掃除すると調子が良くなるので、基本的に絶好調をキープできている。

 俺が気にしているのは、()()()の彼女たちの心理面の理解だ。

 

 具体的には、先日のスマートファルコンのレース予定を組み立てた時に己の思い至らなさを自覚した。

 彼女はダートレースの出走、および勝利を求めており、それはもちろんお互いに目線合わせをしたこともあるので間違いなく正しい認識であった。

 ただ、チームメンバーと比較した場合…その時の彼女の心理的な重圧を、俺は考え切れていなかった。

 その場で彼女が声に出してくれたからいい方向に向かったが、それをしないまま練習に入って、今年のレースをダートだけの挑戦で終えていた場合、やはり彼女たちの中でわだかまりが出来ていたことだろう。

 

 正直に言おう。

 俺はチームを0から受け持って育成した経験がない。

 ジュニア期からウマ娘3人を育てる経験は、これまでの世界線でも初めてのことだ。

 

「レースの勝利…敗北…もし同じレースに出走したいってなったら?その時、勝った方と負けた方に、俺はどんな顔をすればいいんだ…?」

 

 俺は既に愛バ達が寮へ帰り、暗くなってきた窓の外の風景を見ながらひとり愚痴る。

 それを聞いたのか、オニャンコポンがニャー、と鳴き声をあげたが、この部屋には俺とこいつだけ。誰に聞かれる心配もない。

 だからこそ、言葉に出して弱音を零した。

 考えれば考えるほど深まるこの悩み。

 

 練習はいい。

 練習は、1人にやらせていたことを3人にやらせるだけだ。同じ練習をさせているわけでもなく一人一人に適切な指導が出来ていると感じるし、それはこれまでのサブトレーナー、引き継いだチームトレーナーとしての経験がカバーしてくれている。

 

 だが、メンタル面はどうだ?

 特にこのジュニア期、まだレースの勝利も敗北も経験が浅い彼女たちが、これから挑むレースで…例えば一人が重賞に勝って、もう一人が負けてしまったときのウマ娘同士のメンタルケアはどうすればいい?

 今後、クラシック期に挑むにあたり、彼女らが同じレースに出た時……俺は、どうしてやればいい?

 他にもいろんなシチュエーションが浮かび、そうしてそれにどう対応するべきか。悩めば悩むほど、ドツボにはまるような感覚があった。

 

「……ま。こんなもん、一人で悩んでたって答えが出るわけないんだよな」

 

 しばらくそうして悩んでいたが、俺は切り替えることにした。

 悩んでいても無駄だ。俺はループを繰り返したことで経験だけは積んでいるが、天才ではないと自覚している。

 自分一人で何でも解決できるような人間ではない。

 

 だからこそ、俺は躊躇わない。他人に頼ることを。

 こういう時こそ、たづなさんにも言ったように、先輩方に頼る時じゃないか。

 

「よし…そうと決まれば話は早いな」

 

 俺はスマホを取りだして、先日交換したLANEの相手…学園で最も権力を持つウマ娘に、先日話した件を進めてもらうようお願いの文面を送った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 翌日。

 俺はカフェテリアの隅っこのほうで一人コーヒーを飲んでいた。

 もちろん隣にはオニャンコポン。こいつは先ほど朝食の猫缶を食べ終えて早速昼寝の構えである。

 

 今日は午前中にある人とお会いすることになっている。

 そのようにルドルフが取り計らってくれていた。

 

「…どうして朝に飲むコーヒーはこんなにうまいのか」

 

 そしてセットで頼んで食べ終えたBLTサンドはなぜこんなにも美味なのか。

 学園7不思議に入れていいと思うのだが、そもそも生徒はこの時間は授業中であり、朝食という意味では人間なんかよりもはるかに食べる彼女たちには恐らくこの風情をわかってはもらえないだろう。

 まぶしく輝く青空に浮かぶ太陽がその光をカフェテリアにも恵み、朝のこの時間は授業で生徒達もおらず、静寂に包まれているここの雰囲気は、ループを繰り返す中でもかなりのグッドシチュエーションであった。

 随分と詩的な感傷に浸っているものである。

 

 そんな風にして若さから来る*1大人びた一杯を楽しんでいると、どうやらお目当ての人が来てくれたようだ。

 かつ、かつとヒールの音を鳴らして、カフェテリアに入ってきたのが見えた。

 俺は席から立ち上がり、尊敬するその先輩に頭を下げてあいさつする。

 

「──────おはようございます、()()()()。今日は急なお願いに応じてもらって有難うございます」

 

 その相手とは、東条ハナ。

 チーム『リギル』を率いる女傑。

 トレセン学園で、この人ほどチーム運営がうまい人はいないだろう。断言できる。

 彼女のもとに集うウマ娘達の結果がそれを証明している。

 

「そんなにかしこまらないで頂戴。練習のない午前中だし、ルドルフにああまで言われては私も貴方には興味があったのだから」

 

「それはまた…恐縮ですね。…何か飲みます?」

 

「そうね、コーヒーを頼めるかしら」

 

「はい。…ルドルフは俺のこと、なんて言ってました?」

 

 俺は東条先輩の分のコーヒーも注文して、カウンターで受け取って持ってくる。

 それにしても先ほどの東条先輩の発言は若干怖い。

 なに?ルドルフなんて言ったの俺のこと?

 

「頓知頓才。機転に富む話術に優れていると思えば、しかし純真無垢。子供のようなまっすぐな想いも持っていて、彼の今後がとても楽しみ…ですって。随分と買われたわね?」

 

「この学園の会長は人を褒めるのがお上手ですね」

 

 ははは。分不相応。

 ルドルフ。ルナちゃん。勝手に俺の周囲に高いハードルを設置するのやめてくれる?

 

 ……さて、そうして軽く挨拶を終えたのち、俺は今日お呼び出しした理由から話すことにした。

 

「…東条先輩もご存じだとは思いますが、今、俺は3人のウマ娘を担当しています」

 

「ええ、もちろん知ってるわ。…貴方のことを知らないトレーナーはいないわ、いろんな意味でね」

 

 その言葉に、俺は苦笑いを返す。

 チームをもってすぐに、理事長やたづなさん、ルドルフらが愛バ達から聞き取りをしてその旨をトレーナー方に説明してくれていたから混乱は起きなかったものの、既に悪目立ちしてしまっている自分の身を改めて反省した。

 

「それはまぁ、そうですよね。…ええ、ですが、俺は彼女たちの想いを受けて、それに応えるために彼女たち3人の担当になることを選びました。その彼女たちに出来ることは()()()()()()()()()。そのためにも俺は…俺一人だけではなく、豊富な知識を、経験を持つ人から教えてもらいたい。東条先輩に、チーム運営の経験が豊富な貴女に、俺は色々と教えてほしくて。今日はそのお願いのためにお呼び出しさせてもらいました」

 

 まず、俺の心情と東条先輩をお呼び出しした理由をすっかり伝えきる。

 下手な誤魔化しや方便は不要だ。たとえ重ねた経験は周回している俺のほうが上でも、チーム運営という点においては彼女に勝るところなど俺にはない。

 そんな、どの世界線でも頂点に近い名トレーナーである彼女だからこそ、何としても教えを乞う必要がある。

 

「…そう。今日呼び出された理由はこれでわかったわ。…けれど、立華トレーナー」

 

「はい。なんでしょうか」

 

「貴方は既に、立派にチームをまとめているのではなくて?聞いたわよ、先日のメイクデビュー…3人とも、見事に勝利したと。スマートファルコンなんかはレースレコードを更新したとも」

 

「…ご存じでしたか。恐縮です」

 

「それはね、いずれライバルになる相手だもの。レースの情報は把握しているわ…ああ、そうね。言うのが遅れたけれど、担当の初勝利、おめでとう」

 

「ありがとうございます。もちろん彼女たち3人の頑張りによるものですが…嬉しいです」

 

 柔らかい雰囲気になって、俺に励みの祝福をかけてくれる東条先輩に、素直に感謝を返して頭を下げる。

 優しい人だ。ともすれば先輩トレーナー方の中では目の下のたんこぶとでも言おうか、新人のくせに才能あるウマ娘を…と言われかねないそんな俺に、しかし心から祝福をしてくれるのだ。

 キツ目に見えるその瞳に、しかしこういった優しさがあるからこそリギルのウマ娘達もついて行っているのだろう。

 

 やはり尊敬しかない。

 それはそれとして話の流れがルドルフそっくりだったので、親は子に似るのか、子は親に似るのか、なんて少し思ったりもした。

 

「…そうね、それだけ順調な滑り出しを見せている。もしこれで勝ち切れず、あれほど才能あるウマ娘をつぶすようだったら、リギルで無理やり彼女たちを引き取ろうかなんて考えていたのだけれど」

 

「急に怖い話にシフトしないでいただけますか?」

 

「冗談よ、半分ね。…そう、それだけ上手にチームを運営できているじゃない。私から聞くことなんてあるのかしら?」

 

 しかしそのうえで、東条先輩は改めてアドバイスをすることなどあるのだろうか、と俺に問いかける。

 恐らく半分は純粋に練習指導の面では心配しないでいてくれているのだろう。ルドルフから俺の指導論について聞いているだろうとは予想できる。

 もう半分は、これはトレーナーとしては本来然るべき考えで…自分の育成論は、トレーナーにとっては己の財産だ。

 何の理由もなしに、いきなり助力を乞われたからと言って不用意に教えるものではないという当たり前の判断。

 

 その考えももちろん理解している。これまでの世界線でだってそういったトレーナー間でのやり取りを見てきたのだから。

 だが、それでもだ。

 だからここで、俺は一つの交渉の材料を取り出す。

 

「それでも、聞きたいんです。…さっきも言った通り、俺はまだ新人で、彼女たちのことをこのままだと上手に導けない恐れがある、いやそうなる可能性がある…と、危惧しています。そしてそれだけは絶対にあっちゃならない…彼女たちの為に」

 

「………」

 

「だから、東条先輩から教えてほしいことがたくさんあります。勿論、それを無条件で教えてほしいなんてずうずうしいことは言わない。俺からも、東条先輩の得になりそうな話を持ってきています。交換条件ではどうですか」

 

「…あら?…そう、少し面白い話になってきたわね」

 

 俺は、改めて今日のお願いの切り札として持ってきたものをバッグから取り出した。

 これで東条先輩が俺のことも認めてくれて、チーム運営の…特にウマ娘達のメンタル管理のコツを教えてくれればいいのだが。

 

────────────────

────────────────

 

 東条ハナは、この目の前の男…新人トレーナーである立華の、その想いをぶつけられて少々困惑をしていた。

 

 この立華という男は、先日の選抜レースからトレーナー間では大変な有名人である。

 なにせ、選抜レースでぶっちぎりの成績を残した3人を一度に担当することになった新人トレーナーだ。

 その時はトレーナーたちの間では結構な混乱もあった。その後、理事長やたづな氏、ルドルフからの…彼がどのようにして彼女たち3人に選ばれたのか、その経過の説明もあって、彼がその整った顔や飼い猫などで誘ったのではなく、しっかりとした実力を持つトレーナーだという認識が広まったため、ひとまずの収まりを見せたが。

 東条としても、この新人のトレーナーが、どのような想いで3人も担当を持つことになり、そしてどう考えているのか若干の興味があった。

 

 そして、それを今日、正面から急にぶつけられた。

 なるほど。

 なるほど。

 これは、ウマ娘には、効く。

 

(…天然のウマたらしね。アイツ(沖野)にそっくりだわ…)

 

 秘めたる熱意。その情熱を言の葉に乗せるときの強い眼差し。

 どこかで見たことがあるような、若いころの()()()を思い出させるような彼の様子に内心でため息をつく。

 墜とされてしまった彼の担当するウマ娘たちへ、女という同性の視点から心底同情した。

 とんでもないのに捕まったわね、と。

 

「───────私から聞くことなんて、あるのかしら?」

 

 話の流れで、一先ずとして東条は立華へ安易に自分の持つノウハウを教授することを遠慮した。

 やはり自分の持つ経験のそれは財産であるという面もあるし、また、実際にこうして話してみれば、熱を持ったトレーナーだということはわかった。

 若いうちはその熱さえあれば十分だとも思う。失敗もあるだろうが、それは担当のウマ娘達と共に乗り越え、成長していけばよいのだと。そして失敗をしたときにこそ、相談に乗ってもよいと。

 

 しかし、彼が続けて結んだ言葉は、聞きようによっては()()()()()()()ような、強い信念。

 この立華という男は、わずかな可能性であっても、己の努力が足りていないと思えばそれを甘受できないのだ。

 ウマ娘のために出来ることがあればどんなことでも躊躇いなく進んでやってみせる。

 そんな執念すら感じられる気迫に、内心ではわずかにたじろいだ。

 

(奇妙な男。…若いのに、安易な想定に逃げることなく、困難でも着実な道を歩もうとする…どんなふうに()()()のかしらね)

 

 まぁ、しかし。

 ここまで熱意を聞けばそれを無下にするほど東条という女は心が冷たいわけではない。

 想いは担当するウマ娘達に向けられているわけだし、ルドルフに話をもらった手前もあるし、今日はちゃんと聞かれればしっかり教えてあげようという気持ちにはなっていた。

 だがそんな中でまた目の前の男が若干の暴走を見せる。そんなところまであのバカ(沖野)に似なくてもいいものを。

 普通に教える気にはなっていたのに謎の交換条件が出てきた。…私に得があるような話?

 

「…少し面白い話になってきたわね」

 

「きっと、東条先輩にとっても悪い話ではないです。俺にとっても。…一先ずこちらをどうぞ」

 

 そうして彼のバッグから取り出されたものはタブレット。

 一般的にトレーナーがウマ娘の記録管理に利用する、学園から支給されたタブレットだ。

 市場で売られている中でも高性能な一品。基本的にどのトレーナーもこのタブレットは保有しており、学内の一斉の連絡などはこちらに送られる。

 

「…タブレット?私に何を見せたいというの?」

 

 それなら当然東条も持っている。主な用途としては学園で開発されているウマ娘指導記録管理のアプリの利用のためだ。

 紙媒体を用いて記帳するトレーナーもそこそこいるが、東条は電子機器に苦手意識もなく、アプリの管理機能を適切に使いこなしていた。

 いったい何を見せたいというのだろうか。

 

「ええ、見せたいものはこちらです」

 

 指先で操作をして、立華が画面をこちらに向けてくる。

 それを一目見て、東条は、見慣れぬ画面に首を傾げ……しばらく、観察をして。

 

 

 ──魂消(たまげ)た。

*1
精一杯の心理的抵抗




芝適性を上昇させる練習方法については今後描写の予定がないです。
ウララとトレーナーが積み上げた歴史とその結果だけが証明するものなので、前作をご一読いただいてご理解のほどよろしくお願いいたします。


立華君迷走回。
ゼロから三人の担当になるという初めての経験で迷いが生まれてます。そのうち治ります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

31 地固め(心) 中編

前編後編で書こうと思ったのに長くなったので分割しました。


『─────アァ?なんだこのクソUIは。表示が見辛ェ上に反応まで悪いと来てる』

 

『そこまでかい?使い慣れるとそうでもないんだけどな』

 

『低スペに頭慣らすんじゃねーよ、ロジカルじゃねぇな。こんな性能のいいタブレット使ってんのにアプリ自体がボトルネックになってやがる…開発したヤツはトレーナーじゃねぇだろこれ。かゆいところに手が届いてねェよ、勿体ねェ。これじゃエクセルと大差ねェじゃねぇか』

 

 俺は、かつて共に3年間を駆けた愛バの記憶を思い出す。

 そのウマ娘は、極めて癖のある子で、口調は乱暴だが論理的な思考とトレーニングを好み、感情論や根性論を唾棄しつつもその可能性を解読しようと試みて、そして己の課題である7cmを埋めたいと願う、英知に溢れた少女。

 彼女と駆けた3年間の中で、俺はその後のループでずっと愛用していく一つの武器を得ることとなった。

 

『─────ホレ、これ一晩で読んで来い。簡単なアプリの作り方の教本だ』

 

『分厚くない?いや、読むけどね。せめて3日はくれないか?』

 

『ア?仕方ねェなぁ…とっとと覚えてオレの練習内容がキッチリ理路整然と見えるような便利なアプリ作りやがれ』

 

 学園から支給されるタブレットと、その中にあるトレーナー用の練習管理アプリ。

 そのアプリを一瞥して使いづらいと判断した彼女は、俺に新しいアプリを作れと迫ってきた。

 もちろん当時の俺は彼女専属のトレーナーであるからして、愛バの為に5日ほど徹夜してアプリを開発した。

 当然、最初に出来たものは素人が教本を噛み噛みしながら仕上げた出来の悪いお粗末なもの。

 しかし、それを見た彼女は軽く笑ってから、『よくやるよな、お前も』と労りの言葉をかけてくれた。

 

『オイ、ここの値が見事に間違ってるじゃねェか、だから正確なグラフがはじき出されねーんだ。まずここ直すぞ、ったく』

 

『すまない、不慣れなものでね。…ところで提案なんだけど、これまでの練習内容から今後の成長曲線を自動作成できるようなツールなんて作れると思う?あと、過去にどのレースに誰が出走したかタップ一つで見れるような便利機能とか』

 

『ハァ?………面白ェな。よし、それも機能に追加するぞ。だがあくまでUIは見やすさ優先だからな?出来ることが多くても、操作し辛ェ見辛ェってんじゃ話にならねェ』

 

 その後はそのアプリに、二人でいろんな知恵を絞っては様々な機能を追加した。

 アプリ開発に熱を入れすぎて二人して徹夜をしたこともあった。

 だが、二人で一つのものを作り上げるその経験はお互いの距離を埋め、絆を深めた。

 その結果、俺と彼女は、彼女の求める7cmも埋めきって、トゥインクルシリーズを栄光の道と成すことができた。

 

『…中々いい感じになったよなぁ、コイツも』

 

『うん。……君さえよければ、学園にこのアプリを提供して他のトレーナーにも使ってもらいたいと思っているんだけれど…どうだろうか』

 

『……………………別に、構わねェぜ。オレらだけの間で使ってるってのは意味のねェ独占だ、ロジカルじゃねぇ。これから先、お前が育てる()()()()()にも使ってやれよ。それに……オレはもう、お前と十分に走れた』

 

『…ありがとう。俺も、君の夢を手伝えて本当に楽しかったよ──────()()()()()()()

 

 その瞬間に、俺の記憶はまた3年前に戻されて。

 そうして次の世界線で、俺は彼女から得たアプリ開発の知識と、使用許可と、彼女との想い出を元に。

 また1からアプリを作り上げて、新しい運命と出会い、その子の育成に役立てていった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「何よ、これ……こんな、見たことがないわ、こんなアプリは……」

 

 俺が起動したアプリの画面を見て東条先輩が驚きの声を漏らす。

 それはそうだろう。何といっても、()()の努力と経験と執念の結晶だ。

 シャカールと作り上げたそれは、その後のループの中でやはり新たな改善点、修正点、追加機能などが思いつかれてそのたびに更新を遂げてきた。

 もちろん、見やすく、操作しやすいUIという彼女が求めた根本の理念は変わっていない。

 そんな試行錯誤を数百年と繰り返し続けて使いやすいアプリに仕上げてあるのだ。

 

「よかったら、適当に触ってみてください。中にあるデータは俺の担当のものじゃなくて、サンプルのウマ娘を入れてありますから」

 

「…借りるわ。………ウソ、練習ごとの筋肉疲労蓄積の見込みまで自動算出されるの…?しかも閾値は実際の練習の状況で修正が可能…レース出走登録手続きの入力もデータ化されて…なんで確定申告ツールまであるのよ…!」

 

「レースをタップすると、そのレースに出走出来るウマ娘、出走が見込まれるウマ娘、確定してるウマ娘まで出てきます。それぞれのデータは自動でネットから記事を読み込んで表示してるものなので確実ではないですが」

 

「……………………このアプリ、どこから見つけてきたの?」

 

「実をいうと、()()()()に思い立って俺が作ったものなんです。学生時代や、トレーナーになってからもブラッシュアップは続けてますが」

 

 いつも学生時代を方便としているといずれ無理が出る。俺の学生時代がとんでもないことになってしまう。

 そのため、また新たに若いころから地道に組み上げたという方便でやり過ごす。

 これまでの世界線でこの方便で困ったことはない。

 

「…そう………いえ、よくまぁ、ここまでのものを作れたわね。私も流石にアプリの開発にまでは詳しくないけれど…大変だったんじゃないかしら?」

 

「そうでもないですよ。コツを掴めば適宜機能の追加はできましたし。…それで、このアプリを東条先輩に使っていただけないかなと思いまして。それがいわゆる東条先輩にも得のある話です」

 

「………これを、私に…?」

 

 タブレットを操作しながら、東条先輩は俺のほうに顔を上げて怪訝な表情を浮かべた。

 あれ。おかしいな。結構自信作だったんだけど。

 これを使ってもらう代わりに、このアプリでは補填することのできない…ウマ娘達のメンタルの部分についていろいろとお伺いしたいと思っていたんだけど。

 

「……一つだけ、聞きたいことがあるわ」

 

「はい?なんでしょう」

 

「これを…私が使わないと言ったらどうするつもりだったの?」

 

「あー…まぁその時は、うちのウマ娘達がいい感じに実績を上げたあたりで学園に全部提供しようかと思ってましたが…」

 

「……は?」

 

「…え、何か怒られるようなこと言いました?」

 

 何を言っているのかしらこのクソボケは、って感じの表情で返された。

 おかしい。俺は先輩の前で偽らずに本心を言っているだけだ。

 

 ここでたとえ東条先輩がこのお誘いに乗らなかったとしても最終的にこのアプリは学園に提供するつもりである。

 というか、これまでの世界線でも全部そうしてきた。

 ルドルフにも言った通り、基本的に俺はウマ娘という存在に対して出来ることは何でもやってあげたい。

 それが各トレーナーの負担を少しでも減らせるようなものならなおのこと。

 まだ何の実績もない俺がアプリをいきなり作ったといっても信頼がないため、こうして東条先輩にも協力してもらってテスターを務めてもらって……。

 

 ……ん?

 これ、俺しか得しない話じゃないか?

 

「…その話が本当なら、私がここで断ってもいずれ私でも使えるようになるということじゃない……何の取引にもなってないわ」

 

「…………いや、ソッスネー……」

 

「…………はぁ、わかったわ。貴方、バカなのね」

 

「よく言われます」

 

 主に俺の愛バ達に。

 さて、そうなるとどうしよう。ここにきて俺の行き当たりばったり作戦が失敗に終わったことを理解する。

 こうなれば土下座でも何でもして東条先輩に頼み込むしかあるまいか。

 なぜかこれまでの世界線でもウマ娘に土下座する機会に恵まれてしまった俺は既にプロの土下座職人(ゲザー)である。1ミリたりともブレのない綺麗な土下座を見せつけて……

 

「………………いいわ、使ってあげる」

 

「…え、マジですか!…や、本当に?」

 

「嘘ついてもしょうがないでしょう。気が抜けたわ、本当にもう…どうしてこの学園のトレーナーってこういうのが多いのかしら」

 

「俺以外にもいるんですね、そんな人」

 

 こんな情けない姿を見せるようなトレーナーがほかにもいるのか。驚きだ。

 誰だろう。あの人か。そうだな。*1

 

「…というより、私は別にこれがなくてもアドバイスをするつもりにはなっていたのよ?急に変な話を持ち掛けてこなければ」

 

「そんなことあります?」

 

「……はぁ。それで?こんな便利なアプリを開発できるような貴方が、私に聞きたいことは何なのかしら?」

 

「あ、それはですね……」

 

 一先ず話の方向が良い形に向かったのを見て、俺は改めて東条先輩に今日聞きたかった内容を説明する。

 ウマ娘達のチームを運営する点での、メンバーのメンタル管理について。

 

 例えば、チーム内の仲のいいウマ娘が重賞で勝ったとして、しかしそれを応援していたウマ娘が別の重賞で負けてしまったら?その逆は?

 同じレースに出走するウマ娘達にはどんな言葉をかけてやればいいのか?トレーナーに出来ることは?

 チーム内で仲たがいをしてしまったときはどうすれば?誰かがケガをしてしまったとき、その子には、周りの子にはどんな声をかけるべきか?

 

 そういった…多岐にわたる、様々なパターンを思いつく限り述べていく。

 もちろん、トレーナーになるための教本にはそういったウマ娘のメンタル管理についても記載はある。

 だがそれは思春期の彼女らを実際に相手にして作られた内容ではない。参考になるがそれ以上の学びはない。

 俺が聞きたいのは、実際にそういった経験を経てどのようなケアをしたのか…実体験を、聞きたかった。

 

「…………なるほど、ね。貴方が気にしていたのはそういうことだったのね」

 

「ええ。そのアプリにもある通り、練習の指導やレースの勝ち方を教える分にはまだいいんです。けれど、俺はチームとして複数のウマ娘を育てる、その経験があまりにも足りていない」

 

「…貴方、そもそも担当を持つことだって初めてじゃない」

 

「あ、()()()()()ね。…とにかく、そういったことの心構え的な部分でも。東条先輩から教えていただきたいんです。お願いできますか?」

 

 俺は改めて、それらのメンタルケアに関する…東条先輩の持つ経験からの答えを懇願する。

 俺の想定し得ないケースだってあるだろう。それを知っているのは、やはりチーム運営の経験が深い先輩方なのだ。

 たとえどんなにループを繰り返したとしても学べなかったものはある。

 俺は再度頭を下げて、目の前に座る女傑に頼み込んだ。

 

「そんなに頭を下げないで頂戴、軽く見られるわよ。…そうね、一先ず内容はわかったし、教えるのもやぶさかではないのだけれど……時間がないわね、もう」

 

「へ、そうですか?…うわ、結構時間たってますね」

 

 カフェテリアに設置されている時計を見ると既にお昼も迫ってきているころだ。

 もう間もなく、生徒たちがお腹を空かせて集まってくるような時間だ。

 そんな中で生徒のメンタル管理に関する話を聞くことなんてできるはずもない。

 

「いいわ、また時間を取ってあげる。そうね……今夜、時間ある?」

 

「今夜ですか?ええ、問題ありません。練習が終わった後は特に予定はないです」

 

「そう、なら行きつけのバーを紹介するからいらっしゃい。他の客も少なくて色々話しやすい所なのよ…それまでに私なりにレジュメも作っておくから」

 

「いいんですか!?有難うございます!!」

 

 この場ではなく、時間をおいてしっかりとした資料を頂けるという話になった。何とありがたいことだろうか。

 お店自体は俺も過去のループで何回かお誘いを受けているので知ってはいる。あそこの酒もかなり好みの味だったので、ダブルで嬉しい。

 そしてあのバーといえば。恐らく、東条先輩であれば……

 

「ああ、ついでに…()()()()誘うつもりだけれど、構わない?」

 

「もちろんです、先輩(沖野)トレーナーですよね?その方からもぜひ教えてもらいたいです」

 

「気が合うと思うわよ、貴方と。……じゃあ、そういう話で。タブレット返すわね」

 

 こうして夜の約束も取り付けて、俺は自分のタブレットを一度返してもらった。

 返すまで、話をする中でも機能を確かめていた東条先輩のそのトレーナー業への熱意には心から感服する。

 

 俺はタブレットのアプリを落として今後の連絡の為に東条先輩とLANEを交換した。

 そうしてカフェテリアから去っていく東条先輩を頭を下げて見送るのだった。

 

 

*1
沖野。




立華君まだ迷走中。次の話で落ち着きます。



↓以下、感想欄で素晴らしい感想を頂いて生まれた幻覚。



────────────────

────────────────


「…………」

 おかしいな。
 感謝の言葉を述べてから、シャカールが随分と静かになってしまった。

 先ほど、俺は感覚で理解した。
 どうやら、俺は()()()()()のようだ。この永遠の輪廻から、一足お先に抜け出させてもらったらしい。
 俺の背中を見て、また次の世界線に行く俺がいるのだろう。
 それに内心で別れを告げながらも、しかしそうしてじっと俺の方を見ているシャカールに、俺も見つめ返し続ける。

「…………?」

「……ええと、何かな?」

「……イヤ…お前……お前さ。……なんでいんの?」

「急な暴言。」

 首を傾げて、しかしなぜか泣きそうな顔をしたシャカールから放たれた言葉は、いきなりの大暴投であった。
 なんでって。君の担当トレーナーだからだよ。

「君の担当トレーナーだからだけど」

「…違ェよクソボケが!!俺の計算ではお前は!!今日、この時間!!────────いなくなるはずだったんじゃねぇのか!?」

「……ッ。シャカール、気づいてたのか?まさか…」

「この阿呆が、あんだけ匂わせぶりな会話しといて気づかないバカがいるかよ。…3年でアンタ、ループしてきたんだろうが!?…今日の、この時間に!!お前、行っちまうんじゃねェのかよ!?」

「…はは、そこまでバレてればワケないな。ああそうさ…今、間違いなく行ったよ。俺の片割れがね」

「………は?」

 流石はシャカールだ。俺の普段の会話の端々から、3年でループしていることを読み取ったのだろう。
 まさかここまで正確に、俺が分かたれる時間まで読んでいるとは思わなかった。
 しかし、当然だが残る半身、俺の意識もここに残っている。そこまではどうやら彼女も想像できなかったらしい。
 ぽかんとした顔。ここまで間の抜けた表情をする彼女も珍しい。

「………撤回する」

「何て?」

「撤回だッつってんだろが!!このアプリは俺とお前にしか使わせねェ!!!学園のヤツらにも他のウマ娘にも使わせてやらねェからな!!」

 どうしてだろう。急に、先ほどの言葉を撤回されてしまった。
 しかし時すでに遅い。恐らく、分かたれた方の俺は君から降りた使用許可を元に、今頃は1からアプリを作り直していることだろう。
 機を逃したなシャカール君。はっはっは。

「その笑顔がムカつくッ」

「ひでぶっ」

 見事な蹴りを腹に受けて俺は沈み込んだ。
 この子は、そう。自分のキャパを超えた感情に襲われると、手が出るのが速いのだ。
 まぁそういう所も可愛いのだが。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

32 地固め(信) 後編

アニトレの名前は先駆者に倣って入力速度と分かりやすさを考慮し沖野としています。
タイトルは誤字ではないです。


 カランコローン。

 バーによくある扉を開く効果音を鳴らして、俺は東条先輩に誘われた店内へと足を踏み入れた。

 

「あら、来たわね…こんばんは。急がせたかしら?」

 

「いえ、むしろお待たせしてしまったようで……そちらが?」

 

 入ってきた俺に目を向けた東条先輩と挨拶を交わして、その隣に座る男性トレーナーに顔を向ける。

 ああ、やっぱり貴方だろうな。

 これまでのループでも何度も目にして、何度もお世話になってきて、そしてまたお世話になるそのトレーナーは。

 

「おう、沖野だ。初めまして…でもないか。選抜レースで見かけた顔だ」

 

「立華です。沖野先輩のことは自分もよく知ってますよ。ヴィクトールピストに蹴られてましたね?」

 

「げ。お前あの時見てたのか…」

 

「…貴方、またやったの?」

 

 俺の言葉が藪蛇だったのか、となりの東条先輩から厳しい目つきで責められる沖野先輩に苦笑を零しながら、俺は沖野先輩の逆隣りに座る。

 そうして、まずはマスターに猫同伴でもよいか許可を取った。

 構いませんよ、と柔和な微笑みで返していただけてオニャンコポンも存在する権利を得た。俺の肩の上でのんびり毛づくろいなんか始めている。

 

 …沖野トレーナー。この人もまた学園では超がつくほどの有力なチームを運営する敏腕トレーナーだ。

 彼の持つチーム『スピカ』…その名の通り、ひときわ輝きを放つウマ娘達が在籍している。

 今回の世界線では、諸兄が最も理解できる表現で言えば「フルメンバー」と称せばいいだろうか。スズカからマックイーンまで、全員が揃っている。

 世界線をまたぐ中で、時々人数が増えたり減ったり、時にはゴルシ一人しかいない時もあったが…あらゆる世界線の中でも、この二人が群を抜いて輝かしい成績を残すウマ娘を育てる方たちだ。

 やはり敬意しかない。

 

「お前のことは聞いてるよ、いきなり3人もウマ娘を担当にした新人だってな。しかもなんだ、3人ともなんともまぁ…いいトモをしてやがる。ありゃ狙ったのかい、立華君?」

 

「はは、狙ったというと人聞きが悪すぎませんか?たまたまですよ。()()()そうなりました」

 

「随分とロマンチックな表現ね。…マスター、彼にも何か」

 

 俺はマスターに注文を聞かれて、この店で一番好みのカクテルを頼むことにした。

 これまでのループで、一番よく飲んだ酒。

 

バイオレットフィズ(私を覚えていて)を」

 

「かしこまりました」

 

 マスターが注文した酒を手際よく作ってくれて、簡単に3人で乾杯を交わす。

 そうして、まずは東条先輩から俺に紙媒体の資料を手渡された。

 

「準備しておいたわ。私がチーム運営をする中で…メンバーのメンタルの変化にどう対応していくか、その心構えや覚書ね」

 

「…!ありがとうございます!!」

 

「おハナさんがそこまで世話を焼くなんて珍しいじゃないか。結構才能ある感じ?」

 

「そうね…少なくとも情けない頃の貴方よりは情熱的よ」

 

「はは、こいつぁ手厳しい」

 

 俺は受け取った資料をぺら、ぺらと流し読みして……その内容の濃さに、酒精によるものではない酔いを覚えた。

 その文章、内容の端々から…東条先輩の、チームへの愛が。想いが。そして、流した涙と重ねた勝利が。

 そういったものが感じ取れそうなほどに、熱のある内容だった。

 

 ────────敬意しかない。

 

「家宝にします」

 

「いやきちんと使ってくれる?お願いだから」

 

「ははは!面白いやつだな立華君は!」

 

 感涙しながらその資料を大切にバッグにしまう俺に、ウケたらしい沖野先輩がバンバンと俺の背中をたたく。だいぶ酔いが回っておられるようだ。

 それにびっくりして肩からオニャンコポンがぽろりとカウンターに落ちてしまった。びっくりキャッツ!

 俺はカウンターに落ちたオニャンコポンに指で指示して東条先輩にお礼のモフりをさせに行く。マスター、あちらの客にオニャンコポンを。

 意図を読んでカウンターを歩き東条先輩の胸元に飛び込むオニャンコポン。優秀な猫だ。

 

「あら…ふふ、朝にも思ったけれど、人懐っこいわね、この子は」

 

「自慢の猫です。お礼にいくらでもモフってくれていいですよ」

 

「ご主人様にひどく扱われて大変ね、あなたも」

 

 しかし猫は女性特効の能力を持つ。オニャンコポンの癒し効果に流石の東条先輩も目尻が下がり、しなやかな指先で猫の背中を撫でていた。

 ルドルフといい貴方といいリギルのメンバー猫を撫でるの似合いますね?

 

「…さて、立華トレーナー。先ほど渡した資料だけれど。一つ、内容としては欠けているものがあるから気を付けてね」

 

「欠けているもの、ですか?それは…」

 

「…同じレースに出走させたときの、チームメンバーのメンタルケア、ね。特に勝ち負けが直接絡む場合。…私はなるべく、そうはならないように指導するから。だからこの男を呼んだのよ」

 

「…もしかして俺が呼ばれたのってそういう理由?」

 

 うへぇ、とため息をつきながら沖野先輩が酒で喉を潤す。

 俺は東条先輩が言ったその理由に心当たりがあった。

 

 東条先輩のチーム『リギル』は、しっかりとした管理に定評がある。

 それは練習面でもそうだし、レース出走プランなどは脚に負担を残さぬよう、そしてチームメンバー同士が食い合わぬようにきちんと調整がなされている。

 もちろんウマ娘が出走を強く望めば同じレースに出走させることもあるが…その回数が多いほうでは決してない。*1

 

 それに対して、ウマ娘の希望を第一に考えるのがチーム『スピカ』だ。

 彼の持つチームのウマ娘達は、同じレースに出ることをためらわない。

 この世界線でも既にトウカイテイオーとメジロマックイーンが三度にわたり雌雄を決している。

 さらに言えば、今年ちょうどクラシックを走っているダイワスカーレットとウオッカがまさしくライバルとして何度も火花を散らしていた。

 

 つまり東条先輩は、そこのアドバイスを沖野先輩に任せたのだ。

 なるほど適材適所、理にかなっている。俺は沖野先輩に顔を向けて、想いを込めて教えを乞うた。

 

「沖野先輩。…教えてください。チームメンバー同士が戦う…そんな時、トレーナーは何をしてやれるんですか」

 

「…………そうだな」

 

 カラン、と沖野先輩の持つグラスが音を鳴らす。

 彼はそれに目を落としながら、何か遠いものを見るような…懐かしいものを見るような顔をしていた。

 そこそこお酒も入っており、酔いもあるのだろう。随分と熱のこもった表情だと俺は感じた。

 

「……俺はさ、いつも思ってるんだよ」

 

「………」

 

「俺のチームはみんな才能のあるいいやつらばっかりだ。自分で言うのもなんだけどな。だからこそ…あいつ等は、勝ちたい。あいつらにとってチームメンバーってのは、()()であり()()()()なんだ。だからどうしても試したくなる。どっちが速いのか…自分は勝てるのか。だから、同じレースでもためらいなく走る。俺は、そんなあいつらを応援してやりたい」

 

「…でも、勝負です。勝つウマ娘もいれば、負けるウマ娘もいる。俺たちトレーナーは、その時、どうすれば…」

 

()()()()()

 

「っ」

 

「…俺は、そう思っている。いつもな。どうすればいいのかなんてわからないし、ああすればよかったなんてのはしょっちゅうだ。けどな……」

 

 そこで一息、沖野先輩はグラスの酒を飲み干して息を整える。

 そして、俺に顔を向けて…()()()()()()、言葉を紡いだ。

 

「俺たちは、()()()()()()。俺が育てるウマ娘を…自慢の愛バ達を、だ。信じて、そして、自分が本気の想いでぶつかれば、ウマ娘達も必ず応えてくれる。そう、信じてやれ」

 

「……信じる…」

 

「そうだ。……お前、おハナさんに見込まれるくらいなんだ。いいモン(信念)もってんだろ?それで、まっすぐに、嘘偽りなく接してやればいい。……そうすれば、ウマ娘達は応えてくれるもんだ。なぁ、テイオー…」

 

 彼は最後に、己のチームに所属するウマ娘の名前を呼んだ。

 トウカイテイオー。

 彼女のことはもちろんよく知っている…ああ、知っているとも。

 過去に3年間を共にしたこともあるし、快活で友人の多い彼女とは担当にならない時でも交流を深めることだってある。

 そして……その脚の持つ()()も知っている。

 

 この世界線では、かつて─────彼女は、3度の骨折を経験している。

 その時は俺はまだこの学園に赴任しておらず、噂話程度にしか聞いたことはない。

 しかし、彼女が引退を決意したライブで……引退を撤回。その後、有マ記念に勝利するという奇跡を成し遂げている。

 

 その時には既に担当だった沖野先輩が、彼女に対してどのような話をしたかは俺の知る物語ではない。

 だが、沖野先輩の目には……想いがウマ娘を強くすることを実証した、確かな絆があった。

 

「……飲みすぎね。随分と熱の入った話だったけれども」

 

「…ん。まだ俺は大丈夫だぜ、おハナさん」

 

「酔っぱらいはみんなそういうのよ。…ごめんなさいね立華トレーナー。こんな絡み酒になっちゃって」

 

「…いえ、いいえ。大切なことを、教えて(思い出させて)もらった気がします」

 

 そうだ。

 俺は先ほど頂いた沖野先輩の言葉に、思いだした。

 俺の原風景を。

 

 俺がまだ本当の意味で新人のトレーナーだったころ。

 サイレンススズカと縁を結び、彼女と走り抜けた3年間。

 

 未熟なトレーナーである俺が彼女と3年間を走り抜けられたのは、俺がサイレンススズカを信じていたからだ。

 担当のウマ娘のその走りを、想いを、心から信じていた。そうして結果を残せた。

 そのウマ娘を信じる想いは決して色褪せないものだ────────と、思っていた。

 

 だが、何度も何度も世界を繰り返していくうちに想いはいつの間にかくすんでいた。

 いや、確かに想いは持っていた。自分のウマ娘達を信じる心は常にあったと胸を張って言うことができる。

 しかし、その想いが何よりも大切であるということが……意識から抜け落ちてはいなかったか?

 信じて当たり前、ではない。

 ()()()()()()()()()()なのだ。

 

 …思えば、ハルウララと共に駆け抜け続けた永劫の記憶の中でも。

 俺がやれること、学んだ知識、練習、それら全てを費やして、注ぎ込んで──最後に残ったのは、ウララを信じる俺の心だった。

 あの奇跡を起こした最後の3年間。俺は何よりもウララを信じ続けていた。ウララのまわりに集まるウマ娘達を信じていた。

 それがきっと、奇跡を起こすきっかけだったのだ。

 

 恐らく沖野先輩も同じなのだろう。彼が名トレーナーとして何度も奇跡を起こしてきたのは、ウマ娘を心から信じていたからこそ。

 きっとそれは、他のトレーナーも…北原先輩も同じだ。彼がカサマツで起こした奇跡は、ウマ娘を信じ、想いを重ねたから。

 

 ────────信じることが、奇跡を成す。

 ────────想いが、ウマ娘を強くする。

 

 俺は、そんな大切なことが、3人の担当になるという新しい世界線の忙しさにかまけて、意識から零れかけてしまっていたのだ。

 

「……そうですね、担当の子たちを信じる。……それが、何よりも大切なことだと。改めて認識できました」

 

「…随分と、いい顔をするわね」

 

「目が覚めた気分ですよ。俺は焦ってた…慌てていたんです。3人の担当になる覚悟はできているとか言っておきながら、その実、まったく()()()が出来ていなかった。俺はただ、あの3人を信じてやればよかった」

 

「…そう。…そうね。私もこの男の肩を持つわけじゃないけれど……トレーナーにとって一番大切なものは、()()だと思うわ」

 

「ありがとうございます、東条先輩。……今日は、ここに誘っていただいて、本当によかった」

 

「嬉しい言葉ね」

 

 くすりと笑って、酒が回りすぎてカウンターに突っ伏している沖野先輩の方に、優しく上着を羽織らせる東条先輩。

 随分と夜もいい時間になってきた。このあたりでお開きのようだ。

 俺はオニャンコポンを肩の定位置に乗せて、酒と…そして、活の入った胸元を掌で押さえながら席を立った。

 

「立華トレーナー、今後は色々情報交換をしましょうか。アプリの件もあるし…私も、貴方に興味が出てきたわ」

 

「ぜひ、よろしくお願いします。これからもご指導ご鞭撻のほどを」

 

「ええ。頑張ってね」

 

 そうして東条先輩が会計を済ませて*2店を出る。

 外に出て、俺はふと夜空を見上げた。

 初夏の夜。星空が、ずいぶんと輝かしく感じられた。

 

 あの中には、俺たち『フェリス』の星はまだない。

 今は使われていない星座の名前であり、光り輝く一等星ではない。スピカやリギルのように、煌いてはいない。

 

 だが、いつか必ず、あの星の海の中で。

 俺たちも、どの星にも負けないくらいに輝いて見せる。

 

 

────────────────

────────────────

 

 翌日。

 

 

「知らない女の匂いがしますね」

 

「トレーナーさん☆?昨日の夜、LANEの返事がなかったよね?」

 

「練習の後すぐに帰ってたの。怪しいの」

 

「何もお前らに恥じることはしてないぞ……」

 

 愛バ達から早速トライフォースの構えを受ける俺の姿があった。 

 最近お前ら独占力強くない?

*1
独自設定。

*2
奢ってもらった。沖野パイセンはさぁ…




チュートリアル後の筆者の最初の育成ウマ娘はサイレンススズカでした。
彼女が天皇賞を駆け抜けて勝利したときに、感動して涙を流したのを覚えています。

何度も育成していると勝つのが当たり前となり、ステータスだけに目が行きがちですが、このウマ娘というゲームの真髄は「勝てるかどうかわからない大舞台に挑むウマ娘を信じて、そして共に勝利の景色を見る」ことにあると思ってます。
信じること、そしてその想いを乗せてウマ娘が走ることで、奇跡が起きる。ウマ娘とはそんな世界だと筆者は考えて話を書いてます。

ハルウララの涙と勝利に脳がやられた筆者の意見ですので、お目こぼしを。


ここからライバルのターンを挟んで、第二部最終章へ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

33 相対する者たち

オリウマ娘、オリトレが出てきます。ご注意を。
なお今後メインで出演するオリトレはこの人だけです。だいぶ先の話ですが。

(VM)アカイイト軸で行きます。


『エイシンフラッシュ、脚色は衰えない!素晴らしい末脚っ!!後続を突き放して今、ゴォーーールッ!!これでデビューから数えて3連勝!見事!!京都ジュニアステークスを制しましたっっ!!』

 

「…よしっ!!」

 

 俺は、エイシンフラッシュが見事な末脚で初の重賞に勝利したのをゴール前で見届けた。

 これで彼女はデビュー戦、芙蓉ステークス、京都ジュニアステークスと3連勝を遂げたことになる。

 鍛えあがった体幹と、最近とくに力強くなってきた彼女の末脚は、GⅢ重賞でも危なげなく勝利することができた。

 

 ウイニングランを終えて、観客席から飛ぶ歓声に向けて、フラッシュは彼女らしく、きりっ、と後ろ腰に手をあて、気を付けをして応える。

 その姿に、また爆発的な歓声が彼女に贈られた。

 

「フラッシュ、おめでとう!!よくやったぞー!!」

 

 俺もその歓声に負けないように、俺の愛バに向かって大きな声を上げて彼女の勝利を祝福する。

 どうやらあちらも俺に気づいたようだ。

 気を付けの姿勢から、ふふっ、と笑顔を見せてくれて、どうでしたか?と前屈みになり挑発するようなポーズをとってきた。

 やだかわいい。

 俺は片手でOKサインを作り、彼女のその誇らしげな表情に応えた。

 

「…………さて。ウイニングライブまでは間があるな…」

 

 この後は勝利者インタビューがあり、エイシンフラッシュがウィナーズサークルのほうに向かっていくのが見えた。

 GⅠであればトレーナーもそこに加わって複数の記者からインタビューを受けることがあるのだが、今回はGⅢのため彼女のみでの受け答えだ。インタビュアーもURA傘下の公的な新聞記者しかいないので特に問題は起きないだろう。

 フラッシュはしっかりした子だしな。

 

 しかしそうなると、彼女を待つために若干の間が空く。

 控室に先に足を運んでおこうか、それとも次のレースまで見ていこうか…とオニャンコポンのお腹を撫でながら考えていたところ、後ろからふと声をかけられた。

 

「あ、あれもしかして猫トレじゃない!?ほら、猫ちゃん構ってるし…!」

「そうだね、今日はフラッシュ先輩が走っているから間違いない…顔も噂通りだ」

 

 俺は声をかけられたほうに首を向ける。

 そこには、見知った顔の二人がいた。

 

 かつてアイネスフウジンが選抜レースで相手した二人のウマ娘。

 中等部のサクラノササヤキとマイルイルネルだ。

 

「やぁこんにちは、サクラノササヤキ、マイルイルネル」

 

「あっ、こ、こんにちは!聞こえてました…?」

「ササちゃんは声が大きいよ。…こんにちは、トレーナーさん。僕たちの名前、知ってるんですね」

 

「当然だろう、二人ともうちの子のライバルだし。…ササヤキは先日のアイビーステークス1着おめでとう。強い走りだった。イルネルは先日のファンタジーステークスで1着だったね。重賞制覇、お見事」

 

 俺は二人に声をかけて、それぞれが先日勝利したレースの名前を挙げながら勝利を祝う。

 二人とも、ジュニア期では短距離~マイルで見事な活躍をみせている。

 伊達にアイネスが最初の壁として戦った相手ではない。トゥインクルシリーズが始まって、二人とも結構な数のレースに出走し、そしてそれぞれよい成績を残していた。

 

「わー…出走してるレースまで見られてる!?ねぇイルイル!これって私達猫トレに注目されてるってこと!?」

「バカ言うんじゃないよ。敵情視察が正しいだろうね…それに、トレーナーさん。勝ったレースの話なら、アイネス先輩はどうなんだって話じゃないですか」

 

「はは、まぁね」

 

 そう、二人と競い合ったうちのアイネスは既に9月までに3つの重賞に勝利している。

 11月には4つ目の重賞であるデイリー杯でも勝利して、これで重賞4勝目。

 12月の朝日杯に向けて意気揚々と言ったところだ。

 

「二人とも、朝日杯に出走するんだろう?今のアイネスはあの時とは違うからね。覚悟してかかってくるといい」

 

「むっ!もちろんそんなことはわかってます!けど私達だっていっぱい練習しましたから!」

「うん、あの時のようなミスはもうしない。悪いけど、僕が勝ちますよ」

「私が勝つの!」

「いや僕だ」

 

 二人に発破をかけるためにも朝日杯のことを口にしたつもりだったが、どうにも二人はそれぞれでもライバル心があるらしく、ずいぶんと騒がしくなってしまった。

 いや騒がしいのはササヤキだけか。君の名前が泣いてるよ?

 

 そんな姦しい二人にオニャンコポンが不機嫌そうに尻尾をゆらゆらさせていると、いつの間にそこにいたのか、二人の背後から彼女らのトレーナーが声をかけて窘めていた。

 

「─────観客席であまり騒いではだめですよ」

 

「…わ!?ちょ、急にびっくりさせないでくださいよトレーナー!?」

「うわ?!…急に出てこないでください……()()トレーナー」

 

 二人の所属するチーム『カノープス』のトレーナーである、南坂先輩だ。

 俺はオニャンコポンを肩に乗せて立ち上がり、先輩に一礼する。

 

「お疲れ様です、南坂先輩。今日は観戦ですか?」

 

「ええ、うちのチームから走る子がいたもので…ついでと言っては何ですが、この二人にもレースを見せようと思って連れてきたんです。騒がしくして申し訳ないですね、立華トレーナー」

 

「お気になさらないでください、こちらも彼女らを挑発するようなことを言って申し訳ない」

 

 南坂先輩は、その穏やかな笑顔を携えたままで俺と挨拶を交わす。

 この人もまた、大手チームを指揮する敏腕トレーナーだ。

 どの世界線でも、重賞ウマ娘を多数輩出している。GⅠではなかなか勝ち切れていないが、それにしたってポンポン上位に食い込むほどの仕上がりだ。

 レース出走もウマ娘の希望を最優先としており、最早チームメンバーを同じレースに出走させることに何のためらいもないと言った具合だ。

 結構な出走回数になるのだがその数に対してウマ娘の故障も少ない。適切な練習管理と脚、およびメンタルのケアが出来ていることがわかる。

 

 先日、東条先輩や沖野先輩に教えを受けたそれではあるが、この人から学ぶこともとても多い。

 できれば今後もよい関係を築いていきたいものだ。

 たとえうちのウマ娘と彼女たちがライバル関係にあるとしても。

 

「そちらのアイネスフウジンさんの成績も拝見させていただいています。立華トレーナー、当日はよろしくお願いいたします」

 

「恐縮です。こちらこそ、胸をお借りする気持ちです。ウマ娘達を万全の調子でレースに出せるようにお互い頑張りましょう」

 

 お互いにぺこり、と頭を下げて遠慮を込めた大人のあいさつを交わす。

 その横で彼の愛バである二人がなんだかそわそわしているのが横目に見えた。

 

「…イケメンとイケメンがお互いに遠慮しあって頭下げてる…ヒョエエエ…」

「解像度高いね…目の保養だよ…」

 

 なんかやる気が絶好調になってない?

 どうなんですか先輩、と目線だけで問いかけると、南坂先輩はさぁ?と困ったような顔で苦笑を零した。

 

「…さぁ、次のレースの観戦に向かいますよ。では立華トレーナー、私たちはこれで」

 

「あっ、はーい!それじゃ猫トレ…じゃなかった、トレーナーさん!失礼します!」

「失礼します。次は朝日杯で」

 

「ええ、お疲れ様です。ササヤキもイルネルも、またな」

 

 俺は3人に小さく手を振って別れる。

 そうして去っていく3人…いや、ウマ娘2人のトモを後ろから少しだけ観察する。

 …いい仕上がりだ。恐らくはアイネスでも楽勝とはいかないだろう。流石南坂先ぱ────

 

「────────」

 

 ───見られていた。

 南坂先輩がわずかに首だけ振り向いて、俺を見ていた。

 え。なんでバレたの。

 怖。

 

 俺は慌ててオニャンコポンで南坂先輩からの視線をガードする。

 その様子にくす、と苦笑を零して、南坂先輩らは改めて次のレースを観戦する場所に向かっていったのだった。

 怖い。

 あの人どの世界線でも思うんだけど、なんかこう…時々怖い。

 なんか特殊な訓練を受けてませんか?

 俺は冷や汗をぬぐいつつ、オニャンコポンを肩に戻したところで、インタビューを終えたフラッシュが近づいてきた。

 

「……トレーナーさん?そんな汗をかいて、どうしたのですか?」

 

「ん、フラッシュか…いや、特に何も。ちょっと先輩のトレーナーとお話ししてだけさ」

 

「そうでしたか。……それで?まず私に何か言うことはありませんか?」

 

 どうやらフラッシュは若干ご機嫌斜めのようだ。

 それはそうか。重賞に勝利したというのに他のウマ娘やトレーナーと話をしていたと聞けばそうもなるだろう。

 しかし俺の内心はフラッシュの勝利の喜びでいっぱいである。俺は素直に、その気持ちを形にして口にした。

 

「君への勝利の祝福の言葉なら、星の数ほど零れるけどね。でもここでそれを零したら勿体ないだろう?」

 

「ッ…そう、ですね。では、控室でいっぱい誉めてくださいね?」

 

「もちろんだ。行こうか」

 

 その言葉を受けて尻尾が嬉しそうに揺れるフラッシュに俺は微笑みかけてから、一緒に控室に戻っていった。

 控室では思いつく限りの祝福を彼女に送り、そしてその後のライブも全力で応援した。どんなに世界線を跨ごうとも、愛バの勝利は本当に嬉しいものなのだ。

 

 彼女の次のレースは、ホープフルステークス。

 ジュニアウマ娘の頂点を決める戦いに向けて、俺たちはまず今日の勝利を祝いあうのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「よし、いい走りだ!そこから姿勢を上げるなよ!」

 

 トレセン学園のグラウンドで、沖野は自分のチーム『スピカ』に所属するウマ娘たちに併走練習をさせていた。

 走るウマ娘は3人。その中でも特に熱を入れて指導しているのは、今年チームに入部した新入りの生徒だ。

 長髪の黒鹿毛が風に流れて、そのしなやかな体躯を躍動させて疾風のように走る、中等部2年生のウマ娘。

 

「───ふぅ────────ッッ!!」

 

「くっ、いいノビしてるぜ!けど俺だって!」

「アタシだって、負けてらんないっ!」

 

 そのまま競いあってゴール板の前を走り抜ける3人。

 今回の併走は、1着ダイワスカーレット、2着ウオッカ、そして2バ身差で3着───────ヴィクトールピスト。

 

「……っだー!スカーレットに負けた!クッソー!」

「ふふん!!バカねウオッカ!アタシが一番なんだから!」

 

「はぁ、はぁ……二人とも、流石ね…」

 

「いや、お前もジュニア期の末脚にしちゃ十分なノビだ。この二人に張り合っていけるんだからな」

 

 沖野は併走を終えた3人にそれぞれ労りの言葉をかけつつ、改善点やよかった点などをアドバイスしていく。

 今、彼女たちは年末の大舞台に向けての最終調整を行っていた。

 

 ダイワスカーレットとウオッカは有マ記念へ。

 そして、ヴィクトールピストはホープフルステークスへ。

 年末のGⅠに挑む彼女たちは、今まさに仕上がりが絶好調を迎えようとしていた。

 

()()()。お前のどの位置からでも抜け出せる脚は強い武器だ。どこに位置取りして、どこで抜け出して、どこで全力を出すかは常に考えて走るようにしろよ」

 

「ええ、わかってます。…自分に一番有利になる位置取り、ですね」

 

「ああ。恐らく次のホープフルステークス、一番のライバルになるウマ娘は……」

 

「エイシンフラッシュ…先輩、ですね」

 

「……だな。……まだ引きずってるのか?選抜レースのタイム」

 

「いえ別に。自分が当時最高に走れたと思ったレースの記録を抜かれましたが。もう前のことです。別に気にしてないです」

 

 沖野は、言葉だけは強がりを言うこのヴィクトールピストの、しかしその負けん気の強さは知っていた。

 なにせ尻尾がぶんぶん揺れている。

 普段は冷静沈着に見えるこのウマ娘だが、かなりの負けず嫌いであり、そのあたりはウオッカやスカーレットにも似て、いい刺激をお互いに受けていた。

 

「はは、確かにあんときのお前の走りは見事だった。俺が思わずトモを触りに行っちまうくらいにな」

 

「……あの時のことはまだ根に持ってますからね?」

 

「いや、そういうなって。そんだけすげぇ走りを見せてくれたってことなんだよ。…だが、その走りを超える走りをエイシンフラッシュはやってのけた」

 

 沖野は、先日飲みに出かけて親交を深めた新人トレーナーのことを思い浮かべる。

 立華勝人。新人にして3人のウマ娘を担当する、若き天才トレーナー。

 そして今、その天才トレーナーという肩書を本物にしようとしている。

 何故なら、彼が担当しているウマ娘達は今年のレースにおいて、11月末の現在まで()()しているからだ。

 

「…沖野トレーナー。その、フラッシュ先輩のトレーナーというのはどのような方なのですか?仲良くされていると噂を耳にしましたが」

 

「ん、気になるか?そうだな……とにかくウマ娘を心の底から信じられるようなやつ、かな」

 

「……信じる…」

 

「ああ、そしてその「信じる」ってのが意外と莫迦にできない。多分あいつの担当ウマ娘達は、その想いを乗せて走っている。こういうウマ娘は強い」

 

「……沖野トレーナー。私は、勝ちたいです。フラッシュ先輩に…あの末脚を、私は()()()()()()

 

 ヴィクトールピストは己の脚に自信があった。

 自分が最強であるという自負を持って走っていた。

 だが、選抜レースのタイムでも……現状の成績でも、自分の上を行くウマ娘がいる。

 そんな相手に、だからこそ。

 

 勝ちたい。

 

「…ああ、勝つぞ。俺だってウマ娘を信じる気持ちは負けてないし、ヴィイ…お前の勝ちたいって気持ちも負けてない。勝ちに行こう!」

 

「はい!」

 

「よし!そんじゃ息も整ったところでもういっちょ併走だ!」

 

「お、再開か?よっしゃやるか!次は負けねーからなスカーレット!」

「ふん!次もアタシが一着に決まってるじゃない!」

 

「私も、二人には負けない!勝ちきるくらいの気持ちで……!」

 

「いい気合っすね!全力でかかってきてください!」

「絶対に負けませんから!」

 

 チーム『スピカ』の練習は、さらなる熱をもってその後も続けられていった。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「やったやったやった~!いっちゃ~~く!!」

 

 11月末。とあるレース場での、未勝利戦。

 ダート競走となるこのレースで、一人のウマ娘が3戦目にしてようやくの初勝利を挙げた。

 

「やった…やったな!!よくやったぞ、()()()!!」

 

「えへへ…トレーナー、みてた!?わたし、頑張ったよ~!!」

 

 彼女の専属である新人トレーナーが、喜びのあまり走り終えた彼女を抱え上げて、共に勝利の喜びを分かち合う。

 それは未勝利戦とは思えぬほど……いや、未勝利戦だからこそ見られる、ほほえましくも暖かい光景。

 

「ああ、ああ…!本当に、よくやった…!!俺は、俺は……!!」

 

「あ、トレーナー!泣いちゃだめだよー!ウララ、よろこんでほしいの!」

 

「これは喜んでるから出る涙なんだよ…ウララ、君が勝ってくれて、本当に…よかった」

 

 ぐす、と袖口で涙をぬぐうそのトレーナーに、ハルウララが困ったような怒ったような顔でとがめる。

 それに何度もうん、うんと頷いて、ぎゅ、と己の愛バを抱きしめる。

 

「もー、トレーナーったらあまえんぼさん!えへへ、今日のレースも楽しかったー!」

 

「そうか…?うん、ウララが楽しんで走れてよかった…これからも、頑張っていこうな」

 

「えへへ、それはもう、こちらこそだよ!これからもよろしくね、初咲(うさき)トレーナー!」

 

 

 彼らの物語のはじまりは、近い。

 

 

 

 

 

 




ウララのこと書こうとすると勝手に涙が溢れてくるのどうにかならない?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

34 いざGⅠ

(VM)アカイイトどこ…ここ…?
ソダシは文句なく強かったですね。かっこよ。


 12月の初旬。

 俺はチームハウスに集まる3人の愛バ達に、本日届いたそれぞれの分の段ボール箱を渡した。

 中身はもちろん、これからGⅠに出走する彼女らが待ち望んだ物である。

 

「予定の通り、以前にデザインして発注してた勝負服が届きました。今日はこれ着て軽く走ってもらいます」

 

「勝負服…この時を待っていました!」

 

「えへへ、可愛くできてるかな?」

 

「今日届くって聞いてたからすごい楽しみにしてたの!トレーナー、開けてもいい?」

 

「もちろん。とりあえず着てみてくれ。俺は10分ほど時間潰してくるから」

 

 それぞれが楽しそうに段ボールを開ける中で、俺はチームハウスから出るために足を出口に向けた。

 チームハウスの中はだいぶ広いので衝立でも立てれば着替えを見えなくすることもできそうだが、流石に彼女たちが着替える時に男の俺が同室にいるわけにはいかない。

 わいわいと盛り上がる3人を尻目に、俺はオニャンコポンと共にチームハウスから退席する。

 …いやオニャンコポンは置いてきてもよかったか?メスだし。…まぁいいか。猫の毛が新品の服についてもな。

 

「さて。ぶらつくか」

 

 俺はどこに行ったものかねと呟いて、当てもなくぶらつくことにした。

 他のウマ娘の練習を遠目に見に行くか、それとも三女神の像の噴水でのんびりするか…まぁそんなに時間があるわけでもない。

 いいや花壇の様子でも見に行こう、と思って足を向けたところで、正面からこちらに向かってくるウマ娘と目が合った。

 知っている子だ。

 …まぁ全生徒の名前と顔はこれまでのループのおかげで覚えているので知らないウマ娘はこの学園にはいないのだが。

 そうではなく、今回の世界線でそこそこ話す仲、という意味での知っている子。

 

「立華トレーナー!こんにちは、今日はチームの練習日じゃなかったんですか?」

 

「やぁ、こんにちは。練習日で間違いないよ。ただ今日は勝負服が届いてね。みんな着替えているところだからちょっと時間をつぶしてる」

 

「ああ、なるほど。そういえばアイネスが楽しみにしてましたね」

 

「君も阪神ジュベナイルフィリーズに出走するんだ。もう勝負服の準備はできているんだろう?()()()()()()()

 

 彼女の名はメジロライアン。

 アイネスフウジンと同室であり、彼女もまた今年からトゥインクルシリーズを駆けるウマ娘だ。

 アイネスつながりで何度か話をしたことがあり、その度に効率のよい筋トレの仕方で話が盛り上がり、意気投合していた。

 どうやらアイネスから俺の指導する体幹トレーニングの内容を聞いていたようで、そのあたりが彼女の興味を引いたのだろう。

 

「ええ、あたしの勝負服もつい先日届きました!動きやすくてお気に入りなんです!」

 

「それはよかった、レース場で見れるのを楽しみにしているよ。ただ……勝ち負けについては譲らないけどね」

 

「ふふ、こっちだって負けませんよ?ファル子ちゃんでしたよね、チーム『フェリス』から出走するのは」

 

 俺は頷いて返す。

 彼女、メジロライアンは今年開催される3つのジュニアGⅠのうち、阪神ジュベナイルフィリーズへの出走登録をしていた。

 アイネスとぶつかるように朝日杯に出てくるかと思っていたが、そこは相部屋の中でもきちんとお互いに出走レースを洩らさなかったようで、後でお互いの出走レースを知ってがっかりしていたのだとか。

 

 余談になるが、この話は最初は「レースに出るまでお互いに一言も喋らなければ緊張感が生まれるのでは?」という提案から始まったものだという。

 しかし同室で年頃の仲の良い二人が喋らないというのは無理というもの。妥協案として、お互いの次走のレースを秘密にしようということになり、そうして見事にすれ違うという結果となった。

 俺としては、記者に漏れなければ出走予定のレースを友人に話すかどうかは自由にしていいと言っているので、次以降は悲しいすれ違いが生まれないことを祈るのみだ。

 

 さて、そうしてファルコンと戦うことになったメジロライアンだが、彼女の適正は本来はマイルよりは中距離、もっと言えば2200m前後が一番彼女の筋肉が輝く距離である。そのことを彼女自身、まだ自覚していないようだ。

 彼女が己の距離適性を自覚すれば、クラシックでいずれアイネスやフラッシュと相まみえることもあるだろう。

 

「ファルコンは随分と仕上がってきてるからね。当日はよろしく頼むよ」

 

「はい!全力でお相手します!」

 

 お互いに笑顔を交わしてから、それでは、と挨拶をしてライアンが去っていった。

 彼女もこれからGⅠに向けて仕上げていくのだろう。

 ちらりと立ち去るライアンの体を一瞥すれば、まだ未成熟とはいえど十分な筋肉(マッスル)が搭載されているのがわかる。

 俺の指導論である体幹の発達が、どの世界線でも自然と成されるのが彼女の特徴だ。

 彼女の知らない、彼女自身の距離適正というこちらに有利な面があるとしても、ファルコンが必ず勝てるとは言い切れない。

 油断すればその筋肉で差し切られる。

 

「絶対はない、か…」

 

 俺は、ループする世界線の中で時折出そうになる気の緩みを意識して排し、勝利に向けてより一層の心構えを、と改めて気を引き締めなおしたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 そうしてチームハウスに戻ってくれば、すっかり愛バ達は勝負服を身にまとい、俺を待っていてくれた。

 マ子にも衣装という言葉があるが、やはりどの世界線でも、担当するウマ娘達が初めて勝負服を着た時には高揚感を覚えるものである。

 たとえそれがかつての世界線で見覚えのある服であっても、愛バが着ているというだけで、感動はひとしおだ。

 

「トレーナーさん、いかがでしょうか。私の勝負服は」

 

 エイシンフラッシュの、その勝負服を身にまとった姿を見る。

 黒を基調とした、ドイツの伝統服であるディアンドルをモチーフとしたその勝負服は、まず一目見て美しい、という感想しか零れない。グッドルッキングウマ娘、その最たるものであろう。

 胸元の露出に躊躇いのないそれは、多くの男性ファンを魅了する蠱惑的な雰囲気を作り、さらに肩も惜しみなく見せて彼女の美しい体、素材の味をさらに引き出している。

 腰回りにはゴシック調を思わせるデザインのベルトが装着されており、腰をよりしなやかな物に見せ、そこから広がるエプロンとチェック柄の赤いスカートはフリルをまとって彼女の雰囲気をふんわりとしたものに醸成させる。

 二の腕から手先まで覆う箇所は手に向かうにつれて広がりを見せ、これが走る時に大きく揺れて彼女の存在感をアピールするのだ。黒鹿毛の髪に白と黒で全体が整えられた彼女の勝負服は一層の輝きを見せつけるようである。

 

 一言で表そう。

 最高。

 

「これで2度目の一目惚れかな。君の名のように光り輝いて見える。よく似合っているよ、フラッシュ」

 

「ッ…!」

 

 エイシンフラッシュは喜んでくれたようだ。

 

 

 

「トレーナーさん!ファル子の勝負服にもコメント欲しいな☆」

 

 次はスマートファルコンの勝負服をじっくりと見せてもらう。

 全体に桃色を基調とする、ウマドルらしい彼女の勝負服。

 フラッシュの服と同じかそれ以上に、彼女もフリルを多用している勝負服だ。そのフリルにより彼女の愛らしさ、可愛さがより一層の強調を見せている。

 スカートはかなり短めにあしらわれており、そこから見える彼女の健康的な生足、見るものを魅了する太ももがまぶしいくらいだ。その先の赤い靴下から、しかしダートを走りぬくために活動的なスニーカーを履いていることも走りに対しての真摯さが感じられてトレーナーとしての好ポイント。

 個人的に好みなところが彼女が手首周りに巻いているシュシュのような赤いリボン。これがあることで彼女が走る時にその腕の振りに色を生み、目を引き付けるのと合わせて、彼女がよくするポーズである胸の前に手を持ってくる構えの時に、白の胸元と赤の手首と腰の桃色がいい具合にマッチしてカラフルな彩を見せてくれる。

 

 一言で表そう。

 最高。

 

「永遠にコールできるくらい素敵な勝負服だ。全世界、いや全宇宙のファンを魅了できるだろうね」

 

「…☆」

 

 スマートファルコンは喜んでくれたようだ。

 

 

 

「トレーナー?あたしの勝負服はどうなの?」

 

 最後にアイネスフウジンの勝負服を確認する。

 最初にデザインをしたときには「動きやすいジャージとスパッツでいいの」と彼女らしい地味な遠慮を込めていたが、俺が「君は綺麗なんだからもっとかわいらしい服でもいいんじゃないか」とアドバイスしたところ、大きくそのデザインが変わることになった新しい勝負服。

 彼女の象徴であるサンバイザーに引かれたラインに基調を合わせた桃色のベストの下に、薄緑のラインをクロスしたインナーがこれでもかと彼女の身体的特徴(胸元)を強調しているようだ。

 インナーは腹部までは覆わず美肌とおへそを見せるようにして、その下のスカートは大きな星のモチーフなどの飾りつけで快活な彼女の様子が一目でわかるナイスデザイン。

 スカートの下にスパッツも穿いており、動きやすさという点では最初の案から一切その機能を削がれることなく、フリルも少なめなつくりのそれは、しかし彼女の女性らしさ、可愛らしさを十分に引き出し、活動的な印象を与える逸品となっている。

 

 一言で表そう。

 最高。

 

「綺麗…いや、可愛いという表現が適切かな。君の可愛らしさがよく表れてる。レースで走る君から目を離せなくなりそうだ」

 

「…もう♪口が上手いんだから」

 

 アイネスフウジンは喜んでくれたようだ。

 

 

 三者三様に素敵な勝負服を見せつけてくるものだから脳内でだいぶ早口になってしまったが、一先ずは俺の感想にそれぞれ喜んでくれたようだったのでよかった。俺は口下手だからな。

 そうしてお互いにも感想を言い終えたのち、今日はその勝負服で一度走り、動かしにくいところなどないか、走ったときの感触などを確かめる一日となった。

 とはいえ、勝負服とは彼女たちの魂に響く衣装であり、文字通り勝負の為に特化したつくりになっている。

 走らせた感じで特に問題が出ることはなく、GⅠに向けた勝負服の調整は万全に終えられたのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 そうして一日の練習を終えた後のミーティングで、俺たちは改めて今月の予定について目線合わせをする。

 

「まず最初に開催されるのが、来週の阪神ジュベナイルフィリーズ…ファルコンが出るレースだな」

 

「うん!ファル子、頑張るからね!」

 

「その意気だ。随分芝でもタイムが出るようになったからな。自信をもっていこう」

 

 ホワイトボードにレースの日程を記入しながら、俺はファルコンに改めての活を入れる。

 ファルコンはこれまでに、なでしこ賞に出走して大差のレコード勝ちの一着を取り、しかしその後はレースに出走せずただひたすらに芝を走る練習を続けていた。

 世間的にはダートウマ娘と思われているだろうその成績だが、俺は彼女が芝でも舞えることを知っている。

 同じレースに出走するライアンが主なライバルとなるだろうが、油断がなければ勝てるだろう。

 

「で、次は朝日杯フューチュリティステークスが翌週にある。これはアイネスだな」

 

「はいなの!これまでの重賞でも勝ち切れてるし…かなり、自分でも仕上がってきてるって感じるの」

 

「いい感じだな。俺ももちろん、君が勝ち切れると信じている。油断だけはしないようにな」

 

 次のレースはアイネスの朝日杯。ライバルになるウマ娘は、先日レース場で会ったサクラノササヤキとマイルイルネルになるだろう。

 この二人の走り自体も油断できるものではないが、むしろその後ろ、南坂先輩がどのような策をもって来るかが俺の中では一番の懸念点になっていた。

 俺と話したときに、あえて「アイネスフウジンのレースを見ている」ことを告げてきた先輩。

 つまりは、こちらのことを分析し、対策を考えているということに他ならない。

 それに負けるわけにはいかない。気を引き締めていこう。

 

「…そして、最後にはフラッシュのホープフルステークスが待っている」

 

「はい。私たちが出走する、今年最後のレースですね。必ず、誇りある勝利を」

 

「ああ。君が一番にゴールを駆け抜ける姿を見せてくれ」

 

 最後のレースとなるのはフラッシュのホープフルステークス。

 ライバルウマ娘は間違いなく、ヴィクトールピストだ。選抜レースの時点で彼女の脚は素晴らしいものがあった。

 そしてそんなウマ娘を、尊敬する沖野先輩が磨き上げている。

 もちろん、俺はフラッシュの勝利を信じており、数字から見える能力で比較すればこちらに分が上がるだろう。なにせ俺はループ系トレーナーだ。特にジュニア期の育成では周囲よりも大きなアドバンテージがある。

 しかし、そんな油断は一ミリもできない。なにせ相手はあの沖野先輩だ。彼の育てるウマ娘が、これまでの世界線でも何度も奇跡を起こしているのを見てきた。

 それが今回はないという保証はない。レースに絶対はないのだ。

 

 だからこそ、俺はフラッシュに…いや、3人に対して、言葉をかける。

 それは先日思いだした、俺のトレーナーとしての原風景の意志。

 彼女たちと共に夢をかける俺の、想い。

 

「…ライバルは強力なウマ娘ばかりだ。でもな、俺は君達を信じてる…必ず勝てると、心から想っている。俺は、みんなが勝ち切って、輝いている姿を見たい」

 

 担当するウマ娘を、心から信じること。

 それが、何よりも大切なことだから。

 

「…だから、勝とう!俺が育てた君たちが、誰よりも強いことを俺に見せてくれ!」

 

「はい!」

 

「ファル子、がんばる!」

 

「絶対負けないの!」

 

 これから始まる年末のGⅠ戦線に向けて、俺たちはさらに戦意を高めたのだった。

 

 

 

 ───────彼女たちの勝負が、始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

35 阪神ジュベナイルフィリーズ

「すぅー……はぁ………」

 

 阪神レース場の控室でゆっくりと深呼吸するスマートファルコンを、俺は他の愛バ達と共に見守る。

 彼女はこれから、阪神ジュベナイルフィリーズに挑む。その緊張をほぐすためにそうしているのだろう。

 しかしファルコン。深呼吸はオニャンコポンのお腹に顔をうずめてするものではないんだ。

 

「……落ち着いてるか?」

 

「うんっ!大丈夫!オニャンコポン吸いもできてファル子、元気いっぱいだよっ☆!」

 

「ならよし。…今日のレース、作戦は事前に伝えたとおりだ」

 

 オニャンコポンから顔を上げて、絶好調といった満面の笑みを浮かべるファルコンに、俺は改めて作戦を伝える。

 彼女も今日のレース展開について改めての納得を得て、強く頷いた。

 

「頑張ってくださいね、ファルコンさん。貴方の勝利を信じています」

 

「相手のライアンちゃんも強いとは思うけど…あたしたちがやってきたトレーニングを信じるの!勝ってね!」

 

「うん!二人ともありがとー☆!」

 

 ウマ娘達もお互いに激励を交わす。

 このレースが、俺たちチーム『フェリス』が挑む初めてのGⅠだ。

 よい成績を残したい。願わくば、彼女に勝利の光景を。

 そのために出来ることは、この日までにすべてやってきた。

 

「勝とう。ファルコン、俺に君がセンターで踊るライブのコールをさせてくれ」

 

「わかった。見ててねトレーナーさん。私、ファン一号さんをがっかりさせるような走りはしないから」

 

「ああ。信じてる」

 

 その言葉ののち、控室に出走者の呼び出しが入った。

 もう間もなくレースが始まる時間だ。

 

「行こう」

 

「うん」

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『さあ本日のメインレース、阪神ジュベナイルフィリーズがもう間もなく始まろうとしております!ファンファーレが鳴り響く中、観客の期待もますます高まっていっております!』

 

 スマートファルコンは、自分の足元から眼前に広がる、芝のコースを見渡した。

 これまでの、芝を走る練習で何度も見た、自分の苦手なコース。

 トレーニングで鍛えた自分の脚が通じるかどうか、挑戦することへの高揚感と……ごくわずかな、魂の底に淀む()()()

 そのうち後者は、理性と高揚で塗りつぶして意識を向けないようにして。

 まもなく始まるレースに向けて、ゲート入りする前の集中を高めていく。

 

「…ファル子ちゃん、調子はよさそうだね」

 

「……ライアンさん。今日はよろしくね?ファル子、絶好調だから負けないよ?」

 

 そんな様子のファルコンに、集中力を切らすためではなく、宣戦布告、レース前の友人への声掛けとして、メジロライアンが声をかけた。

 ファルコンも集中力を切らすことなく、しかし笑顔を見せてライアンへ言の葉を返す。

 

「うん!こっちも負けない…あたしの鍛えた筋肉で、走り抜けて見せる。勝っても負けても恨みっこなしだよ!」

 

「ふふ、ファル子も筋トレ、いっぱいしたもん☆────────勝つからね」

 

 お互いに己の勝ちを宣言し、笑顔で別れる。

 メジロライアンは脅威だ。その鍛え上げられた筋肉から繰り出される末脚は、決して侮れるものではない。

 だから、トレーナーと立てた作戦をしっかりとやり遂げる。

 

 私は隼。

 天翔ける隼。

 この芝のコースでも、誰にも前を走らせるつもりは、ない。

 

 

『今、最後のウマ娘がゲートインしました。阪神ジュベナイルフィリーズ──────スタートです!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

(っ…!すごい、流石のスタートだよファル子ちゃん…!)

 

 メジロライアンは、出遅れずに好スタートを切れた自分の眼前に、さらに早く飛び出して加速を始めるスマートファルコンの背を見た。

 ゲートオープンへの反応が、()()()()()()

 並大抵の集中ではここまでの反応はできない。恐ろしいほどの集中力(コンセントレーション)

 ダートのレースでも見せていたスタートの速さが、芝のレースであるこのGⅠでもいかんなく発揮されていた。

 

(でも、スタートダッシュからの加速は……ダートのレースほどじゃ、ないようだね!)

 

 しかし、ライアンの視界に映るスマートファルコンは、加速を続けてハナをとろうとするその脚がダートレースで見せる豪脚のそれではないことを察した。

 もちろん、今回戦うライバルとなるウマ娘である彼女のレースについても、事前に映像を見て走りを研究している。

 ダートであれば既に他バを引き離していたであろうそれは、しかし2バ身程度の距離を作るのみにとどまった。

 

(やっぱり、芝は苦手なんだ…立華トレーナーに鍛えてもらったんだろうけど、適性はそうそう変わるものじゃない)

 

 メジロライアンは、同級生の友人でもあるスマートファルコンの走りについて、これまでの学園生活でも何度も見る機会があった。

 それは授業中の練習であったり、グラウンドを走る姿だったりだ。同級生である以上付き合いは長くなり、過去のデータではあるが走りの傾向は知っている。

 同級生の中でも共通見解として、スマートファルコンは芝で走ることを苦手としていた。

 ダートならば素晴らしい記録を残すその脚が、芝では今一つ発揮されない。

 その適正は、今このレースにおいても、すっかり覆し切れるものではなかったようだ。

 

(最後までは走り抜けるだろうけど、どこかで速度は落ちざるを得ないはず………いつも通りに末脚で差し切ってみせる!)

 

 800mほど走り、もうレースの半分を過ぎたところで、おおよそ差しの位置での好ポジションを得たメジロライアンは、徐々にレースが動き始めるのを見守っていた。

 周囲のウマ娘へ牽制を飛ばしてポジションをキープすることも忘れずに、そして前方のウマ娘、先頭で逃げるスマートファルコンに対してそれを追う逃げを得意とする8番のウマ娘が、追い抜こうと距離を詰めているのが見えた。

 

(ファル子ちゃん……あれは厳しいな。競り合いでスタミナを使ってくれるといいけれど)

 

 あくまでレースの目的は己の勝利。友人とはいえ、レースの上でかける情けなどはない。それはあらゆるウマ娘に対して失礼になるからだ。

 そうして先頭の争いで彼女らが消耗するか確かめるために注視していたところ、しかし。

 そこで。

 メジロライアンは信じられないものを見た。

 

 スマートファルコンに競りかける8番のウマ娘が、もう間もなく追いつこうとしたところで。

 ────────ぞくり、と。

 レースを走るウマ娘たちの魂が、震える。

 メジロライアンの体が、まるで怖気を感じたかのように震える。

 

 ああ、この感覚。

 この気配は…このレースを走る他のウマ娘は初めてのようだが、メジロライアンは知っている。

 メジロ家で、より上位を走る一流のウマ娘達と併走をしていたことで、知っている。

 

(嘘でしょファル子ちゃん!?まさか、君はもう!?)

 

 

 

────────────────領域(ゾーン)

 

 

 その世界に、砂の隼は覚醒(めざ)めていた。

 

 

────────────────

────────────────

 

『レースは1000mを通過!タイムは59秒8、平均的なペースで…おおっと、ここでスマートファルコンがすさまじい加速!素晴らしい脚だ!競りかけていた8番のウマ娘を置き去りにするかのように加速した!!しかしまだレースは600mも残っているぞ!脚は最後まで持つのか?!その加速を見て後続のウマ娘達も徐々に上がってきている!レースが動いてまいりましたっ!!』

 

────────────────

────────────────

 

「勝った」

 

「…え?」

 

 俺は、スマートファルコンが中盤戦で…競りかけられたことで、己の領域(ゾーン)に目覚めたことをゴール前の観客席から見届けた。

 領域(ゾーン)。実力のある、世代を担うウマ娘達が持ち得る、極めて集中した状態で疑似的に入るトランス状態。

 その領域に入ったウマ娘は、すさまじい加速であったり、あるいは周囲への圧であったり、スタミナの回復であったり、物理的な影響すら無視しかねないほどの超常的な力を発揮する。

 それを見たことで、俺は彼女の勝利を確信した。

 そのつぶやきが聞こえたのだろう、俺の左右に立つフラッシュとアイネスがこちらに目を向けてきた。

 

「ファルコンさんは確かに素晴らしい走りですが…まだ油断はできないのではないですか?」

 

「まだ最終コーナーと直線があるの。それに…ライアンちゃんが足を溜めてる。きっと来るの」

 

「ああ…二人の言う通りではある。油断はできないし、ライアンはそろそろ加速してくるころだろう。だが…」

 

 俺がスマートファルコンに出した指示は、主に以下の通り。

 スタートでまず飛び出して、()()()程度の余裕をもって先頭を走れ。

 そして、中盤で後ろのウマ娘が抜かそうと近づいてきたら、再加速で突き放せ。

 そのまま距離のアドバンテージを取って、後ろを振り向かず最後まで走り抜け。

 

 この指示を出した理由は、細かい点まで説明すれば様々だが……大きな理由は二つ。

 

 まず一つ。

 

「ファルコンは、中盤で後ろから迫られた時が、一番強い加速ができるタイプなんだ。チーム『カサマツ』との併走でも、既にその兆候は見えていた。まさかこの時期で領域(ゾーン)まで発動するとは思ってなかったけどね」

 

「ああ、確かに…ノルンエースさんに詰められた時など、すさまじい加速でしたからね。それが、ファルコンさんの領域(ゾーン)に目覚める条件だったのですね」

 

 そう、彼女は中盤で後ろから迫られることが、最高の加速を見せるための条件なのだ。

 そのために、後続との距離をあまり開きすぎることなく、2バ身程度の差に収めさせた。

 やろうと思えば、もっと距離を開けることだって彼女にはできた。

 その程度には、俺はファルコンを鍛え上げている。

 

 そして、この作戦を取らせたもう一つの理由。

 

「ああ、そしてファルコンの走りを研究してこのレースに挑んだウマ娘達は、スタート直後の走りを見て思っただろう。『ダートの時よりも加速が緩い、芝に慣れていないんだ』……ってな。それが今、加速を見てその考えが違っていたことを見せつけられたわけだ」

 

「……うわ。トレーナーの言いたいこと理解(わか)っちゃったの…」

 

「ひどくない?…まぁ、そう。みんな()()よな。恐らく落ちてくるだろうと思われたファルコンが、なんと領域(ゾーン)にまで入って加速をした。もしかして、芝も走れるんじゃないか?わざとスタートでは加速しなかった?ということは、()()()()()()()()()()()()?このままゴールまで走り抜けるのでは?追いつけるのか?……と、当然考える。掛かるさ、絶対」

 

 俺がそうこぼした通り、後続の…ライアンを含めたウマ娘達は、本来ベストな仕掛け処である残り400mを待たずに加速を始めていた。

 レースの最初から、ファルコンが芝を走れると信じるか…もしくは、ファルコンのことを意識せずに自分の走りを貫き通されれば、勝負はまだわからなかっただろう。

 だから、それをさせないためにスタートでハナを取らせて、かつ加速を抑えた姿を他のウマ娘に見せつけた。

 それを見てしまえば、ファルコンの芝の適正に疑問を持たざるを得ない。

 油断する。

 そこをガツンだ。

 

「…しかしファルコンも、これ以上の更なる加速は望めない。だがその速度を維持したまま走り抜けられるスタミナはつけさせてる。後ろのウマ娘達が限界を超えるような走りを見せなければ、いけるさ」

 

 そして、隣に立つ彼女たちには説明しなかった、3つ目の勝利の理由。

 それはメジロライアンの距離適性だ。

 

 このレースで一番のライバルになるであろう、メジロライアン。

 彼女はその持ち前の実力でこれまでのマイルのレースでも好成績を収めていたが、本来は中距離が彼女に一番合った距離だ。

 このマイルのレースでは、その豪脚を発揮しきれない。距離が足りない。

 

「…あとは、走り抜けるだけだ。信じてるぜ、ファルコン」

 

 俺は先頭で最終コーナーを曲がり終え、直線に向かって駆け抜けてくる我が愛バを見守った。

 

 

────────────────

────────────────

 

(や、られたっ…!!こんな、全部、ファル子ちゃんの作戦だったの!?)

 

 メジロライアンは、最終コーナーを曲がり終えてゴールへ向けてさらに加速を続けながら、しかし前を走るスマートファルコンとの距離がわずかずつしか縮まらないその光景を見て焦燥に駆られていた。

 やられた。

 ファル子ちゃんは、芝のコースでも走れるようになっていた。

 それを悟らせないスタート直後の走りと、しかし中盤に彼女が見せた領域(ゾーン)による加速で、自分が彼女の走りを侮っていたことを自覚した。

 自覚してしまった。

 その思いは、どうしても走りに現れる。

 

 ─────────────侮ったのだ、と。

 

 そう思わせるには、十分な作戦だった。

 本来は、油断と呼べるようなものではない。どう見ても、スタート直後のスマートファルコンはダートで見せていた好走と比べれば1段落ちる走りだったのだ。

 しかしそれは本来の実力を隠していたものだった。彼女は中盤で見事すぎるほどの加速を見せた。

 その結果を見て、思春期のまだ青さの残る彼女らウマ娘は、思う。

 

 彼女を、侮ってしまっていたのだと。

 同じレースを走るのに、どこかで、芝のレースは苦手だろうから、()()()()()()()()()()()と。

 

 その、ともすればレースを無礼(なめ)てしまっているかのような失礼な自分の思考に思い至ることで、後悔が胸の内にわずかでも生まれれば。

 それは澱みとなって足の運びを邪魔し始める。

 メジロライアンは、己の末脚が普段よりも筋肉が輝き切れていないような錯覚を味わっていた。

 

 『躊躇い』と呼ばれる技術ではない。

 どちらかと言えば、『駆け引き』と呼ばれる技術に近い。

 その駆け引きに見事に()()()()しまい、最終直線を先頭で走るスマートファルコンへ、その脚が追い付かない。

 

「くっ……っそ、おおおおおおおっっ!!」

 

 更なる気力を振り絞って、声を上げてメジロライアンが加速を増して、スマートファルコンへ追いすがる。

 だが、足りない。その加速を重ねるための距離が足りない。

 

 スマートファルコンの背中は遠く。

 そして、ゴール板が目前に迫っていた。

 

────────────────

────────────────

 

『スマートファルコンが先頭を駆ける!!後続の8番が伸びないか!?その後ろからメジロライアンが末脚を見せ迫ってくる!迫ってくる!!だが届かないッッ!!これは強い!スマートファルコンだ!スマートファルコンだッッ!!今!!スマートファルコンが一着でゴォーーールッ!!!!年末のジュニアGⅠ、その初戦を勝利したのはなんと砂の隼スマートファルコンっ!!芝でも輝いて見せましたッ!!2着にはメジロライアン、3着には……』

 

────────────────

────────────────

 

「…っはぁ!!はぁ、はぁ…はぁ……」

 

 1着でゴールを駆け抜けたスマートファルコンは、速度を落として息を整えながら、自分が勝利したことをあらためて実感した。

 トレーナーさんと立てた、作戦通りにレースは進んで。

 そして自分も、不慣れとしていたこの芝の上で、それでも全力で走り切って。

 栄えあるGⅠ、その勝利を掴むことができた。

 

 レース場に、爆発的な歓声が起こる。

 それは前情報でダートウマ娘と思われていた彼女が、芝のレースでも強い走りを魅せつけたことへの期待の声。

 勝者への祝福の雨であるその声に、勝った者の権利として、スマートファルコンは観客席に大きく手を振って笑顔を見せる。

 

「みんなー!!応援、ありがとー☆!!!」

 

 そのパフォーマンスに観客席がさらに沸き、彼女の素晴らしい走りを祝福した。

 スマートファルコンは、その歓声を受けて…さらに、その後ゴール前にいた自分のトレーナー、チームメンバーからも祝福を受けた。

 

 嬉しい。

 やった。

 勝てた。

 褒めて。

 

 心からの歓喜と、己の信頼するトレーナーへ勝利をプレゼントできたことへの安堵と。

 そして。

 

 ────────本当に、これが私が望んだモノ?

 

 一抹の、ごく僅かな虚無感を持って。

 阪神レース場の()()()で、笑顔を振りまくのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

36 ぱかちゅーぶっ! 阪神JF

※注意※
今回の話には、某作者様の作中にありますライブ配信に近い形の表現、描写が出てきます。
作者様へは、このような形式での表現をするにあたり事前にご相談差し上げており、ご承諾を頂いております。お含みおきください。



 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

「…よし、いけっか?…ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす』

『ぴすぴーす』

『これを待ってた』

『ちょっと放送前の声入ってたゾ』

『ぴすぴーす』

『今日もゴルゴルしてんな』

 

「今日もぱかちゅーぶっ!生放送!GⅠ実況やってくぜぇーーーーっ!!…と、言いたいところなんだけどよ。ちょっとお知らせがあるんだわ」

 

『お知らせ?』

『何?』

『どうした?』

『とうとうゴルシ星が爆発した?』

 

「してねっつーの!!まぁ何も言わずにここを見てくれ。あー、この辺か?」

 

『芝』

『ゴルシの指さした先で芝生える』

『概要欄で芝』

『URA公式マークがついとるやろがい!!』

『芝』

『芝』

『え、とうとうURAにマークされたんか』

 

「えっとなー?趣味でやってたこの生放送なんだけどよ。こないだ学園通してURAから連絡が入ってよぉ。公式にスポンサーがついちまったんだ…すげーよ。やべー。過去の動画消すかめちゃくそ悩んだぜアタシはよ…!」

 

『芝』

『首輪つけられてて芝』

『まぁ視聴者数ヤベーからなこれ』

『過去の動画大丈夫?消されない?』

『ウマチューブ側で削除されてないから権利的には問題ない』

『これからは大手振って放送できるのか…』

 

「つーわけで、まぁやる事は変わらねぇんだけどよ!一応前みたいにハッチャメチャなことはしねー方向になるからよろしくな!!コメントもスパナついたんでいつも通り荒らしは黙ってNG!まったく、アタシも随分と落ち着いちまったもんだぜ…!」

 

『いやなんかやるだろお前は』

『信じてるぞ…』

『120万人のファンを泣かせた宝塚記念でも信じてたぞ…』

『やめろカカシその話はゴルシに効く』

 

「ハイハイハイ!!このお話ヤメ!!おしまい!!話を戻すぜ!ってことで今日は阪神ジュベナイルフィリーズ、ジュニアGⅠが開催されるぜー!レース情報はいつも通り出すのメンドーなんでお前ら自分で調べて。任せるわ」

 

『早速URA案件で芝』

『仕事しろよ』

『もしもしURA?』

『芝』

『ゴルシだからしょうがない』

『阪神ジュベナイルフィリーズは、URAが阪神レース場で施行する中央の重賞である。レース名の「ジュベナイル」は、英語で「少年」「少女」を意味する。芝1600mの右回りのレース』

『助かる』

『解説民助かる』

 

「解説民いつもあんがとなー。で、今回のレースに出走するウマ娘の中でも一番人気はメジロ家からの刺客!メジロライアンだ!!こいつは筋肉すげぇやつだぜ!!」

 

『マッスルゥ…』

『ライアンカットすこ』

『勝ち切れるかな』

『勝負服見たけどあれすごいね』

『その筋肉、いかなるオスも拒めない』

『ウマ娘はメスなんだよなぁ…』

 

「事前インタビューでもすげぇやる気を見せてたなー!んでもってそれの対抗ウマ娘は色々いるんだけどよ、ゴルシちゃんが一押しなのが4番人気のスマートファルコンだぜ!チーム『フェリス』のウマ娘って言えばジュニア戦線のレース見てるやつは知ってるんじゃねぇか?」

 

『知らないウマ娘ファンおる?』

『チームフェリスは超有名だろ』

『ジュニア期で全勝のチーム…ヒエッ』

『エイシンフラッシュ、スマートファルコン、アイネスフウジンの3人ね』

『フフフシスターズ』

『芝』

『フフフシスターズは芝』

『これまで全勝なんだよなぁ…』

『チームのウマッターがバズりまくりなんで知ってる』

『芝』

『その知られ方は芝』

『今日のオニャンコポン更新されてる』

『え、マジ?』

『ログインボーナス助かる』

 

「お、フェリスのウマッター更新されてる?アタシもみよーっと。……おー、今日も可愛いじゃねーかよオニャンコポンはよー!!学園で中々会えねーからなーこいつ!」

 

『ゴルシもよう癒されとる』

『ログボ助かる』

『オニャンコポン助かる』

『今日はSRか』

『レアリティついてるの芝』

『オニャンコポンだけの写真だとR扱いなの芝生える』

『ウマ娘と一緒の写真だとSRで、猫トレが写ってるとSSR扱いなのマジで芝』

『ううっ…ファル子可愛い…』

『猫吸いファル子かわよ』

 

「っと、やべーやべー話が逸れたな。んでもって今回出走してるスマートファルコンだけどよ、こいつはダートレースが得意なやつなんだぜ!これまでの出走はメイクデビューとなでしこ賞だけど、どっちも逃げ切り大差勝ちのやべーやつだ!」

 

『差がエグい』

『砂の隼…』

『マジで一切減速しないからなファル子』

『重量感あるおみ足が強さを証明してる』

『強い(確信)』

『そのコメント消されるの芝』

『芝走れるのか?』

『それな』

『芝は得意じゃないって噂ある』

 

「そーだな、コメントにもある通り芝のレースでは少なくとも学園内ではあんまりって感じ…あ、この発言やべーか?影響出るか?…まぁいいだろ!調べりゃ出てくるしな!」

 

『芝』

『言ってることはわかるけど芝』

『URAさーん!おたくのゴルシがー!』

『URA「知らない子ですね」』

『まぁ問題ないやろ』

 

「おう、そんなチームフェリスの子がわざわざ芝のGⅠに出てくるわけだ!あのチームは新人の猫トレがやってんだけどなー、なーんか一波乱起きそうな予感がゴルシセンサーにビンビンだぜぇ!!」

 

『猫トレさんか…』

『名前で呼んでもらえない猫トレさん…』

『あの人いつも肩に猫乗せてんな』

『理事長さんの親戚か何か?』

『猫トレとオニャンコポンがいるとすごい癒し空間になる』

『目の保養わかる』

『イケメェン…(鳴き声)』

『絶対この米欄中央の生徒いるゾ』

 

「そんな感じかねー、あとは8番の子とかも前走では強いレースをしてたから期待だな。…お、レース始まるな。おら鳴けコメントどもぉ!」

 

『ペペペペー』

『ペペペペー』

『ペペペペー』

『ペペペペー』

『いつ聞いてもゴルシの強い口調で芝』

 

「はい。ゲート入りが始まったなー。順調だわ。アイツらよく大人しくゲート入りするよなー」

 

『芝』

『芝生え散らかすわ』

『お前が言うな定期』

『頼むから大人しくゲートに入って大人しくゲートから出てくれ』

『どうして面白さを求めてしまうのですか?どうして…』

 

「その話はヤメヤメ!!あたしが悪かったって!!……んでもってスタートだ!!おおぅ…」

 

『すげぇスタート』

『ファル子飛び出した』

『はっや』

『ゲート開き切る前に出てたぞ』

『反射神経ヤバい』

 

「逃げウマ娘の中でもありゃトップクラスだな…でも、おん?あんま加速しねーな?」

 

『2バ身くらい?』

『これまでのレースと比べると微妙』

『どした?』

『やっぱ芝苦手?』

『やはり…芝が苦手か…!?』

『言っただろう スマートファルコンは芝が苦手だと』

『でもちゃんと先頭走れてる』

 

「んー、足を溜めてるのか?でもマイルだからなー。レースはそのままつつがなく進んで一番人気のライアンはいい位置につけたなー、ありゃ差し切る気満々だぞ」

 

『ナイスマッスル』

『よく回りも見れてる』

『これは勝ったな、風呂入ってくる』

『芝』

『ゴールまであと2分もないんだよなぁ…』

 

「特におもしれーこと起きねーな…800mあたりでスマートファルコンに後ろのウマ娘が仕掛けに行って、今1000mを通過してっ、ってうおおお!?!?!」

 

『は?』

『ヤバ』

『なにあの加速』

『ぶっちぎってる…』

『まだ600mあるんですよ!?』

『砂の隼…』

 

「いやいやいや!?!?バッカちげぇよ!!ありゃ領域(ゾーン)だ!!ジュニア期で既に入ってやがる!!」

 

『え』

『マ?』

『嘘やろ』

『才能のあるウマ娘か超ベテラントレーナーしか察せないと言われるゾーン』

『マジでそんなのあるの?』

『あるよ』

『見えないけどあるとしか言えない』

『ファル子ヤバない?』

 

「とんでもねぇなアイツはよ!!そのまま大きく差を広げて最終コーナーだ!!ここで後ろのウマ娘達も上がってきちゃいるが…ありゃあれだ、掛かってんな!あんだけ差を広げられりゃ当然か」

 

『え、ファル子行ける?』

『マジで?』

『ライアンが来た!』

『ライアン!ライアン!』

『すみませんファル子が速度落ちないんですが』

『誰だよ芝が苦手とか言ってたの』

『猛者すぎん?』

 

「さあ最終直線だ!!が、これはファルコンがつえーつえー!!ライアンは競り合える位置まで来るか!?」

 

『ライアン加速!』

『いやこれ無理ゾ』

『ファル子はええ!!』

『後ろきっつ』

『駆け抜けろ!!!』

『うわ』

『いったあああああああああ!!!』

『おおおおおおおお!!』

『すげええええええええ!!』

『ファル子勝ったぁぁぁぁああ!!!』

 

「そのまま先頭を譲らずファルコンがゴーーールッ!!芝のGⅠレースでも見事に一着決めやがったぁ!!こりゃ歌舞いてやがるぜぇ!!」

 

『すっごい』

『はえーすっごい』

『逃げ切るレースはマジで盛り上がる』

『芝でも全然いけるじゃん、クラシックこれは熱いな…』

『ファル子が逃げたら~☆』

『追うしかなーい!』

『追うしかなーい!』

『王しかなーい!』

『キングぼっちで芝』

 

「いやーすげぇレースだったな!あんま解説とかしてねーけど…そーな、終わってからの話になるけどファルコンが中盤で思いっきり加速したんで後続がみんなヤベッ!?ってなった感じかー?まぁあんなもん芝苦手って言われるウマ娘が見せたらそうなるよなー。アタシみてーにもっと前から加速し始めてるなら別だが」

 

『急な自分推し』

『そら(お前は)そうよ』

『油断、って表現するのもかわいそう』

『ファル子の芝の初レースだもんな』

『次に期待』

 

「ってわけでこの後は勝利者インタビューになるぜー。URA公認になって音声も入るようになったからみんなで見るぞー」

 

『ファル子来た』

『猫トレも来た』

『オニャンコポンかわいいよぉぉぉぉ!』

『オニャンコポンガチ勢来たな…』

『いつも肩に乗ってるオニャンコポンがファル子の手の中に納まっとる』

『和む』

『先ほどまで修羅の走りをみせたウマ娘とは思えぬ』

 

『「先ほどのレースはどうでしたか?」→「初めての芝レースで緊張してたけどがんばりました!」』

『無難』

『コメント民映像あっても頑張ってるの芝』

『ほんとぉ?』

『緊張をほぐすためにオニャンコポン猫吸いしてたんかファル子』

 

『「芝でも強い走りでしたがクラシックでの出走予定は?」→「まだ未定です!」』

『ほんとぉ?(二回目)』

『絶対クラシック戦線荒らしに来るゾ』

『猫トレがずっと笑顔で芝』

『イケメェン…』

 

『「トレーナーさんとしてはいかがでしたか?」→「事前に伝えていた通りの作戦をきっちりできたので褒めます」』

『作戦?』

『なんかあったか?』

『わからん…』

 

「………あー、そういうことかよ。猫トレ、顔に似合わずえげつねーな」

 

『ゴルシひらめく』

『教えてゴルシ先生』

『なんかあった?』

 

「いやよ、スタートの時ファルコンあんま加速しなかったろ?それを見たら他のウマ娘は「あ、芝苦手なんだ」っておもーじゃん?で、そこにあの領域(ゾーン)だ。そりゃ慌てるってもんよ。たぶんだけどな」

 

『はー』

『あえてスタートで加速させなかったんか…』

『えっぐ』

『策士か』

 

『「オニャンコポンさんがウマッターでバズっているようですが」→猫トレ「それはそうでしょうこんなにかわいい猫ですよ私の自慢の猫ですいつもチームメイトたちを癒してくれるし自分自身も癒されますしとても賢い素晴らしい猫なのでこれからもウマいねと応援よろしくお願いします」(早口)』

『芝』

『今日一番の芝』

『オニャンコポンガチ勢(真)』

『聞いた記者誰だよ、芝』

『猫トレそういうとこだぞ』

『猫トレファン民尊死するじゃんこんなの』

『子供みたいに笑いやがってよぉ…しゅき…』

『チームの子に聞かれたら死ゾ』

 

「ははははは!!猫トレなー、うちのチームのトレーナーとも仲良くてあたしもたまにちょっかいだすんだけどよー、なんか話してておもしれーやつなんだよな!いいやつだわ」

 

『ゴルシもよう絆されておる』

『ゴルシと波長合うとかすげーな』

『学園のウマ娘全員の名前覚えてるよ猫トレ@トレセン生徒』

『マ?』

『気配りの達人かよ』

 

「っと、インタビューはこんなもんで終わりか。オニャンコポンのコメントでめっちゃ時間食ったなー。これからのチームフェリスの活躍に期待、ってところか!!そんじゃもって今日のぱかちゅーぶっ!!も終わりだぜー。それじゃみんな、まったなー!!」

 

『乙』

『おつおつ』

『おつ』

『今日もいいレースだった』

『ファル子の笑顔変じゃなかった?』

『は?超かわいいだろうが処すぞ…』

『荒らしはスルーな』




ウマ娘のコメントも添えられて世間の風評とかも表現できるこの形式マジで天才だと思う。
次からはゲストも呼んだりします。
掲示板形式は読む分にはすこなのだけれど書くのがめちゃんこ苦手です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

37 朝日杯フューチュリティステークス

「すぅー……はぁー………」

 

 俺は控室で深呼吸して気持ちを落ち着けているアイネスフウジンを見守っていた。

 これなんか前も見たことない?

 彼女も例にもれずオニャンコポンに顔をうずめている。

 GⅠに出走するたびにオニャンコポン吸いするのが我がチームの習慣になってしまいそうだ。

 オニャンコポン。頼んだぞ。

 

「……大丈夫か?」

 

「うん、問題ないの。先週はファル子ちゃんが見事に決めたからね…あたしも続くの!」

 

「応援してるからね、アイネスさん!」

 

「自信をもって、走り抜けて来てください」

 

 オニャンコポンから顔を上げて、自信にあふれた瞳で笑顔を返してくる我が愛バ。

 当然この日を迎えるにあたりコンディションは絶好調に仕上げてきている。

 レースの作戦についても事前に伝えてある。

 とはいえ、前回のように芝適性の兼ね合いでしっかりとした作戦を積み立てたファルコンに対して、アイネスは得意距離の得意なバ場。そこまで心配はしていなかった。

 一番心配した点としては、むしろ相手側が何をしてくるか。

 

 なので俺は、事前に考えられる「相手がやってきたら面倒な作戦」についてアイネスに伝えていた。

 そしてそれを破る策も。

 

「よし、なら行ってこい。続いてくれよな、ファルコンに」

 

「うん!きっちりフラッシュちゃんにバトンを渡すの!見ててね、トレーナー!」

 

 俺とアイネスは拳を突き合わせて檄を入れあう。

 そうして、俺たち3人は控室からレース場に向かうアイネスを見送ったのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 ゲート入り前、ゲートの前には出走するウマ娘達が集まっていた。

 一番人気のアイネスフウジンが出てきたところで、観客席から大きな歓声が飛ぶ。

 それに応えるように手を振っていると、見知った後輩たちがアイネスに声をかけてきた。

 

「今日はよろしくお願いします、アイネス先輩!今回は絶対に負けませんよ!」

 

「ササちゃんだけじゃなくて、僕も忘れないでくださいね。前回のリベンジの為に仕上げてきましたから」

 

「ササヤキちゃん、イルイルちゃん…うん!こっちも、前のあたしとは違うところ見せてやるの!」

 

 お互いに言葉を交わし、これから始まるレースに向けた意気込みをぶつけあう。

 かつて、選抜レースで戦った3人。

 その時は、アイネスの脚は調整不足により不調の状態で、しかし立華トレーナーの立案した作戦の下に二人をなんとか下した。

 改めてあのレースを思いだせば、作戦を受けていなければこの二人には負けていただろう。

 それほど自分はまだ磨かれていなかったし、それほど、この二人は強い。

 改めてそれを思い出し、一切の油断を捨てて、勝ち切るために。

 アイネスフウジンは、もう一度大きく深呼吸をした。

 

「……ふぅー………」

 

 試合前の集中はとても大切である。特に、逃げを戦法とするウマ娘にとっては死活問題。

 スマートファルコンほどではなくとも、アイネスフウジンもスタートには自信があった。

 しかし、今回相手となるサクラノササヤキもまた好スタートを武器とする逃げウマ娘。

 勝負はスタート直後から始まる。

 

「─────────勝つ」

 

 しかし、アイネスフウジンはこれまでトレーナーと積み上げてきた確かな練習と勝利を自信に変えて。

 自分のため、家族のため、そしてトレーナーの為に。

 勝つために。

 ゆっくりと、ゲートに入っていった。

 

『……今、最後のウマ娘がゲートインしました。朝日杯フューチュリティステークス……スタートですっっ!!!』

 

────────────────

────────────────

 

(…っし!いいスタート切れたぁ!)

 

 サクラノササヤキは自分でも得心の行くゲートへの反応を見せ、スタート直後に飛び出した。

 最内枠からのスタートとなった彼女は、スタートをミスって他のウマ娘にハナを取られることを嫌い、ここ一番の集中力をもってスタートに臨み、見事それを成した。

 横目にちらり、と他のウマ娘を見れば、アイネスフウジンを含めて、自分よりもまだわずかに後方。

 レースの主導権を掴むために、ハナを走って進む。

 

(いける…ここからペース走法に切り替えて、あとは作戦通り…に…!?)

 

 しかしそんなサクラノササヤキに、またしても左後方から響く足音が聞こえてきた。

 その足音、振り返らずともわかる。

 こんな仕掛けをしてくるのは、あの人しかいない。

 

(アイネス先輩…!また、仕掛けてくる…!?)

 

 以前の選抜レースと同じ状況だ。

 ここから刻むであろうペース走法を崩すために、アイネスフウジンがまた仕掛けてきた。

 けん制を仕掛けて、こちらのペースを崩すつもりなのだろう。

 しかし、サクラノササヤキもこのジュニア期を何の成長もなく潜り抜けてきたわけではない。

 

(無駄ですよ先輩!私はもう、自分のペースを見失いはしない…!)

 

 たとえ他のウマ娘が迫ってきていても、足音が聞こえたとしても。

 自分の絶対的な時間感覚に更なる磨きをかけて。

 サクラノササヤキは、今回のレースで守り切るタイムを零さぬよう、集中を高めて走る。

 

 そうして、以前のように左の視界にアイネスフウジンが映る。

 甘い。

 もう惑わされない。そうやって、何度も左にチラチラ見えたからと言って、自分は走るペースを崩したりは────────

 

(……!?アイネス先輩が、止まらない…!このまま、抜いていくつもりだ!)

 

 そう、アイネスフウジンがとった走りは、以前のように視界に何度も映りながらのスリップストリームではなかった。

 相対速度をじわじわと上げて、そのままサクラノササヤキを追い抜かそうという位置取り争い。

 これに対して、サクラノササヤキはこのまま先頭を維持するために加速すべきか、先頭を譲るべきか一瞬悩んだ。

 悩んで、答えはすぐに出る。

 これは、南坂トレーナーが考えてくれたレース展開の一つであり、こうなったときの作戦は考えていた。

 

(私を抜かしてハナを取って、そこで私のペースを前から崩そうって言うんでしょう!?でも、そうはなりませんからね!!)

 

 この先アイネスフウジンがとるであろう作戦について、彼女のチームトレーナーである南坂と打ち合わせを済ませていた。

 前よりもアイネスフウジンは走れるようになっており、もしかすれば先頭争いの結果、自分が2着に落ち着く可能性がある。

 それを無理に抜かそうとしてペースを崩し、スタミナを消費するよりも…むしろ、そうなれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 

(選抜レースでやられた、スリップストリームと牽制…!今度は私がアイネス先輩に!)

 

 そう、今度は立場が逆転する。

 あれをやられた時のダメージは、なにより自分がよく知っている。

 自分を追い越し、先頭に立ったアイネスの後ろに今度はつくようにして、風よけに使いながら、時折彼女の視界に映るようにして牽制を行う。

 これをすることによる心理的なマージンも大きい。なにせ前のレースではこれをやられた側なのだ。

 自分が有利なポジションに着いたことの自覚もあり、やりかえしてやるという子供らしい負けん気も出てきた。

 サクラノササヤキは悪戯する前の子供のようなワクワク感をもって、前を走るアイネスフウジンに仕掛けようとする。

 

 しかし。

 

(……え、嘘)

 

 アイネスフウジンの加速が、止まらない。

 

(ちょっと待って、先輩。待って、その速さだと)

 

 じわじわと、距離が広がっていく。

 

(待って、先輩!そんな速度で走ったら!!)

 

 サクラノササヤキは、その持ち前の時計感覚で理解する。

 このまま、アイネスフウジンが加速してしまったら。

 そして走り抜けてしまったら、あるいは。

 

(────────レコードペースになるんですけどぉ!?)

 

 マルゼンスキーがここ阪神に刻んだ、『不滅』と称されるレコードタイムに並ぶ。

 いや、もしかすればそれ以上。

 

(ウソでしょ!?先輩、本気で、それで行けるの…!?)

 

 途中で落ちる。

 絶対、こんなペースでは途中で落ちるはずだ。

 サクラノササヤキはそう考える。

 だから、ここまで来てしまえば無理にアイネスフウジンについていかずに、ペースを守って走ることが大切。

 最後に絶対落ちてくる、はずなのだから。

 

 ああ、だが、しかし。

 ()()()()()()()()()()()彼女を、もう知ってしまっていた。

 

(…っ、畜生!!やってやる!!私だって、負けてられないんですよ、先輩ッ!!)

 

 ペース走法を捨てて、サクラノササヤキは前の加速するアイネスフウジンについていくことを選んだ。

 彼女の本来の性格は、目立ちたがりの負けず嫌い。

 このまま自分がペースを守り、走り切って…アイネスフウジンが落ちてこなかったら、それは自分を許せない。

 たとえその先に消耗戦という名の地獄が待っていたとしても、絶対に負けたくない。

 

(スリップで少しでも体力を稼げば、いける…!先輩、負けませんからね!!)

 

 渾身の力を込めて加速して、前を走るアイネスフウジンの背中に張り付いたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『さあ先頭の二人が熾烈なポジション争いを繰り広げていく中、レースは中盤!1000mを今通過して…ッ、何とタイムは56秒9!!早い!早すぎるッ!!ジュニア期のウマ娘のタイムではない!!これは先頭、アイネスフウジンが掛かってしまっているのか!?後続との差は5バ身ほどといったところ!超ハイペースなレースになっておりますっ!!』

 

 

 その実況を聞いて、自分でも理解しているこのハイペースなレース展開を見て、後方の先行集団の後ろにつけて差し脚を発揮するタイミングを計るマイルイルネルは内心で嘆息した。

 

(またか…!ササちゃん、挑発に弱すぎる…!)

 

 以前の選抜レースでも同じような展開になっている。

 ただ、今回明確に違うのは、アイネスフウジンがサクラノササヤキを風よけに使わず、先頭を走っている点。

 前の時は調整不足をごまかすためにずっと風よけとして後ろについていたアイネスフウジンが、自信のみなぎる走りと共に先頭を駆け抜けていた。

 

(もう、あの二人が落ちてくるとは思わない…!僕は惑わされないぞ…!)

 

 マイルイルネルは前回の選抜レースと同じように、ハイペースとなったこのレース展開で…前の二人が落ちてくる可能性が高い事を察し、しかし否定した。

 前回はそれで早仕掛けをして、掛かってしまったのだ。

 今回は違う。自分が、自分で出せる最高の位置で加速をして、自分の最高の走りで、最高のタイムでゴールを駆け抜ける。

 そうすることが一番勝利に近づけることを、これまでの実践経験で学んでいた。

 

(落ちてくるとか、落ちてこないとかもう関係ない。僕は僕のペースを守り、差し切る)

 

 ハイペースになったことで掛かりだす周囲のウマ娘達の中で、唯一冷静に足を運ぶマイルイルネル。

 位置取りもこれを見越して早めに上がっており、しかし脚は溜められている状態。

 今、前を走る先行脚質のウマ娘が加速を始めたが、あれでは終盤に失速するのは目に見えている。

 自分は見誤らない。

 

(残り400m…!ここだッ!!)

 

 そうして溜めに溜めた足を、最高の地点から加速し始める。

 その豪脚はジュニア期のウマ娘としては素晴らしい輝き。

 先日の阪神を駆け抜けたメジロライアンにも並ぶ…いや、距離適性の都合でそれを上回るほどの加速をたたき出す。

 先頭を走る二人に向けて、放たれた矢のごとく接近していく。

 

(残り、350…!)

 

 前を行く二人との距離が縮まる。

 サクラノササヤキは相当疲弊をしている様だが、執念でまだアイネスフウジンにくらいついている。

 

(残り、300…!)

 

 サクラノササヤキの脚色が衰え始めた。

 じりしりとアイネスフウジンに放されていくが、その代わりに僕が行く。

 彼女は、僕が差す。

 

(残り、250…!行ける!)

 

 アイネスフウジンの背中が迫ってきた。

 残り200m地点からは、この阪神レース場には()()()がある。

 そこで、アイネスフウジンも減速するはずだ。ここまでこのハイペースを維持してきた以上、それは必然的に起こりえること。

 

(残り、220…!追いつく!行ける!)

 

 アイネスフウジンの背中が目前に迫ってきた。

 行ける。200m地点で並び、坂道に入ればアイネスフウジンの減速も見込んで差し切れる。

 

(僕の勝ちです、先輩!!)

 

 勝利を確信するマイルイルネル。

 油断はなかった。間違いなく、200m地点でアイネスフウジンに迫りかけた。

 その背中に、()()()()()

 

 だが、それが敗因となった。

 

 

 ─────────────遊びは、おしまいっ!!

 

 

 そう、アイネスフウジンから聞こえてきたかのような錯覚を起こす。

 目前にまで迫っていたアイネスフウジンの背中が、残り200m地点のここにきて。

 無慈悲に、()()()()

 

(ッな!?そんな、バカな!?このハイペースで脚を残していた──ッ!?!?)

 

 そして、その加速をまとったまま、()()()()に…いや、前傾姿勢を深めて最早()()()()()()()のように、坂を一気に駆け上っていくアイネスフウジン。

 その背中が、遠くなる。

 マイルイルネルは、勝てると思った瞬間に引き離されたショックと、そして上り坂にちょうど差し掛かってしまった二重の負担により、その末脚が鈍ってしまった。

 

(嘘、だ……!!)

 

 距離が、詰まらない。

 離れていく。

 すべての点において、彼女が自分を、自分たちを上回っていた。

 

 ────────その走りは、まさしく風神の如く。

 

────────────────

────────────────

 

『残り200m、ッ、なんとここでアイネスフウジンが再加速!!後方から詰め寄っていたマイルイルネルが離されるッ!その勢いのまま坂を駆けのぼる!!何という末脚!!何という速さ!!これはまさに風神の顕現だ!!来たぞ来たぞアイネスが来た!!これは強い!!今ッ!!アイネスフウジン、1着でゴォーーーールッ!!!2バ身離れて2着はマイルイルネル、3着はサクラノササヤキ!最後にもう一伸びを見せましたアイネスフウジン、完勝だ!!GⅠ初勝利です!!』

 

『────おおっと!?レコードのランプが点灯しました!!タイムは1:33:6!!凄いッッ!!『怪物』マルゼンスキーのレースレコードを更新した!この阪神レース場に伝説を刻んだぞ!!誰よりも早く駆け抜けた、その名は風神!!アイネスフウジンだーーーーッッ!!』

 

────────────────

────────────────

 

「………っはーーー!!」

 

 一着でゴール板を駆け抜けたアイネスフウジンが、大きく、大きく息をつく。

 最後の上り坂、アイネスフウジンは己の力を振り絞り加速した。

 かつて彼女がチーム『カサマツ』と並走していた時に、オグリキャップとベルノライトから上り坂を走るテクニックを学び、そして自己流に練り上げていたその走法。

 後続のマイルイルネルが近づいてきたタイミングを計り、残る末脚をすべて振り絞って坂道を走破した。

 だがそれは文字通り勢いに任せたものであるため、坂を上り終えゴール板を駆け抜けた直後に、彼女のスタミナは空になった。

 全身から滝のように汗がこぼれ落ち、肺は貪欲に酸素を求めて呼吸を繰り返す。

 

「……っぜぇー、ぜぇー……心臓に悪いの…!」

 

 レース展開は、事前に立華トレーナーから教えられていたパターンから、大きく外れなかった。

 サクラノササヤキが前にいた時は、ペースを彼女に握られるのはよくないから、抜かす。

 抜かしたら、恐らく前に自分がやったような牽制を後方から仕掛けてくるから、その勢いを維持したまま距離を放す。

 

 ──────だが、結局彼女はついてきた。

 

 

 マイルイルネルは、今度こそ後ろを向いて笑ってもかからないだろう。

 だから、走りで掛からせる。

 ハイペースなレース展開に強いアイネスフウジンだからこそ、それができる。

 1000mを越えるあたりで、自信をもって速度を出して走れ。

 それで、多少は早仕掛けを狙える。

 

 ──────だが、結局彼女は見誤らずに差してきた。

 

 

 …そして、アイネスフウジンは酸素が回り始めた脳で思いだす。

 レース前にトレーナーが言っていたこと。

 

『そこまでやって、もし二人がこちらの策に乗ってこなくても』

 

『彼女たちが成長し、アイネスに競りかけていたとしても、だ』

 

『────君は、それ以上に成長している。だから、そのままぶっちぎってこい』

 

 最終的には、トレーナーのその言葉通り、勢い任せに坂を上り切って勝ち抜いた。

 地力の差の勝利、とでも言おうか。彼とこれまで積み上げてきたトレーニングが、成長が、彼女を勝利へと導いた。 

 

「けど、それにしたって…流石にこのペースはきっついの……!」

 

 クールダウンで脚を緩やかに走らせながら、恨み言の一つでも言ってやろうかとアイネスフウジンは自分のトレーナーを目で探す。

 だが、そんな目つきの悪い彼女に対し、後ろからやってきた後輩二人が、ぱちん!と彼女の安産型のお尻を軽く叩いてきた。

 

「ひゃいんっ!」

 

「先輩っ!!…っぜー…殺す気、ですか!?…っはー!!ついていくときに走マ灯が見えましたよ走マ灯が!!!」

 

「ササちゃん…なんで、そんなに声だせるのさ……?……お疲れ様です、先輩……強すぎでしょう…!!」

 

「お尻はだめなの!もー…でも、やっぱり二人とも強かったの…結構冷や汗だったよ?ほんと」

 

 3人とも、真冬の中でしかし汗だくになりながらも、お互いの健闘を称えあって笑う。

 そして、以前と同じように。マイルイルネルが彼女に指摘をした。

 

「先輩、全力でレースを走り終えた後、結構自分の世界に入りますよね……ほら。()()()()()()()?」

 

「睨むように観客席見てるからどしたんだろって、ね?ほら、待ってますよ、観客が」

 

「…あ、そうだったの」

 

 そうだ、また忘れていた。

 観客席を見れば、いつかのように、すべての視線が自分に集中している。

 それは、勝者へ送られる、最上級の敬意。

 みな、彼女を待っているのだ。

 

 勝ち、誇る。

 その姿を。

 

「……勝ったのーーー!!やったのーーーーー!!!」

 

 アイネスフウジンが、観客席に向けて天高く拳を突き上げる。

 その瞬間、割れるような大歓声が、阪神レース場に鳴り響いたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

38 ぱかちゅーぶっ! 朝日杯FS

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

「ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす』

『ぴすぴーす!』

『我今日も元気ゾ』

『ぴすぴーす』

 

「おう!!お前らが元気そうでなによりだぜーっ!さあ今日もぱかちゅーぶっ!生放送!GⅠ実況やってくぜぇーーーーっ!!」

 

『いえー』

『待ってた』

『待ってた』

『888888』

『今日はどんなレースが見れるだろうねハム太郎』

『へけっ(殺意)』

 

「今日開催されるGⅠは阪神レース場、朝日杯フューチュリティステークスだな!!先週の阪神ジュベナイルフィリーズと同じ、芝1600mのレースだぜ!!フューチュリティってのは、英語で「未来」とか「将来」を意味する言葉だぜー!ジュニア期の将来が見込まれるウマ娘達にピッタリなレース名だー!」

 

『なん…だと…!?』

『ゴルシが解説してる!?』

『URAになんか言われたか?』

『えっ解説準備してたのに』

『芝』

『解説ニキ芝』

『解説ニキは泣いてええよ』

 

「うるせー!!前回の放送の後、今後のGⅠのレースの説明資料がURAから届いちまったんじゃーい!!来たらそりゃ読むしかねぇだろ!!…さて、今日の実況なんだけどよー、今回は特別にゲストが参加してくれてるぜっ!」

 

『URA神対応で芝』

『さすURA』

『ゲスト?』

『誰だろ』

『誰が来ても驚かない』

 

「前に朝日杯で一着を取ったことがあって、レースの解説とかもあたしよりきっちりしてくれるだろうと思ってよー、声かけたんだ!URAにも確認して問題ないこともちゃーんと了解取ってるからな!さあそんじゃ出て来てもらおう!!今日のゲストはーー!?!?」

 

「ぴすぴーす。どうも、皆様お初にお目にかかります。高等部に所属するフジキセキさ。今日はよろしくね、ポニーちゃんたち」

 

『フジキセキ!?』

『フジキセキだー!?』

『あああああああああああああああ』

『は?』

『マジ無理尊い死ぬ』

『フジ様のぴすぴーすとかこれ死ゾ』

『フジキセキ限界民多すぎ問題』

 

「おーおー、コメントのやつらも盛り上がってんなー!人気あるよなーお前。今日は来てくれてありがとなー!」

 

「暇だったからね。それに、たづなさんからもゴルシが暴走しないように見守っていてくれって頼まれたこともある」

 

「げぇー!!緑の人からの刺客ッ!?こいつぁ手ごわいぜ…」

 

『芝』

『芝』

『たづなさんナイス判断』

『やっぱり信頼ないのね』

 

「まぁ、URAもスポンサーについているような放送だからね、問題ないとは思うけれど。さて、それじゃあ出走ウマ娘の紹介に入るんじゃないのかな?」

 

「おうよ!今日のレースに出走するウマ娘はこいつらだぁ!!一番人気から紹介していくぜーっ!!一番人気はチーム『フェリス』の駆ける風神!アイネスフウジンだーっ!!」

 

「既に重賞を4つ勝利している、素晴らしい逃げ脚の持ち主だね」

 

『お姉ちゃん!』

『アイネスお姉ちゃんだ!』

『勝負服可愛い!!』

『ジュニア期に重賞4勝はヤバい(確信)』

『またチームフェリスか壊れるなぁ』

『芝のスマートファルコンよ』

『その表現は芝』

『ファル子も芝勝ってるやろがい!』

『概念壊れちゃーう』

 

「コメント欄でも言ってっけど、芝メインで、作戦は逃げを得意とするウマ娘だな!これまでのレースでもハイペースになった展開で見事な足を披露しているぜ!」

 

「デビュー前は色んな事情で練習不足だったのもあって燻っていたと聞いているけれどね。チーム『フェリス』に入ったことで開花したようだ」

 

『とにかく速いんよ』

『安定感ある』

『チームフェリスは精神と時の部屋かなんか?』

『あそこ強いウマを強くするの得意過ぎない?』

『今日のログインボーナス来たぞ』

『お』

『マジ?』

『芝』

 

「フェリスの話題になると大体今日のオニャンコポンの話になるよな。どれどれ……おー!見てみろフジキセキ!」

 

「おや…ふふっ、これはいいね。まさしく今日の1枚って感じ。レアリティとしてはSRとRの間くらいになるのかな?」

 

『芝』

『オニャンコポンがアイネス姉ちゃんのバイザーつけとる』

『サイズあってなくて芝』

『バイザーキャッツ!』

『むしろサンバイザー外したアイネス見たい』

『それな』

『わかる』

『猫トレがじっくり見てやがるんだろうなぁ…』

『オニャンコポン R+』

 

「おー、アイネスの話題はここまでにして次は2番人気と3番人気を紹介していくぜっ!2番人気はサクラノササヤキ、3番人気はマイルイルネルだ!!この二人は同じチーム『カノープス』に入ってんな!」

 

「サクラノササヤキはアイネスフウジンと同じく逃げを得意とするウマ娘で、マイルイルネルは差し主体だね。どちらもジュニア期でそれぞれかなりよい成績を残しているね」

 

『1番人気との差がえっぐい』

『言ってやるな』

『カノープス…あっ(察し)』

『スゥー…カノープス…ですねぇ…』

『重賞も勝ってるから…(震え声)』

『ササヤキちゃんうるさくてちょろかわ』

『マイルイルイルイルイルネル君僕っ子すこ』

『名前伸ばすの芝』

『本人名前気にしてるからやめたげてよぉ!』

『どっちもいい脚してる』

 

「ササヤキなんかはあれなー、めっちゃ騒がしいけどそれに対してレースだと正確にペースを刻むのが特徴って感じだな!後スタートも抜群だ!」

 

「マイルイルネルは冷静で仕掛け処を間違えないのが強みだね。周りもよく見ている。視野の広さが彼女の武器かな」

 

『ササヤキちゃんスタート上手なんよ』

『ファル子と並べて競わせたい』

『その二人だと加速が違うやろ』

『※なお芝』

『イルイル君よく回り見てるよね』

『回り見るとき耳がぴこぴこしてるのすこ』

『ササちゃんとの絡みすこすこのすこ』

 

「有力ウマ娘の紹介はこんな感じだぜー!さてそろそろ始まるな!!ゲート前にウマ娘達が集まってきやがったぁ!!」

 

「アイネスフウジンとさっきの二人が話しているね。選抜レースでも雌雄を争った3人だし、仲良しのようだ」

 

『はーてぇてぇ』

『急にてぇてぇぶつけてくるじゃん』

『しゅき…』

『アイネスお姉ちゃんと並ぶと身長低いから妹みたい』

『実の双子の妹がいるんだよなぁ…』

『レースの前後はノーサイドなのがホントすこ』

 

「わかるわ、レース中はバリバリ真剣だからそりゃ火花も飛ばすけどよ。レース前後は恨みっこなしってやつよー!」

 

「そうだね、それはとても大切なことだ。…さてファンファーレだね」

 

「おらー!!鳴けやコメントどもぉ!!」

 

『ペーッペペペー』

『ペペペペー』

『ペペペペー』

『ペペッペッペー』

『もっと罵るように言って』

 

「さてゲート入りだぜー。今回も素直にみんな入っていくなー。つまんねーやつ」

 

「ゴルシ、君からそうやって言うからコメントのポニーちゃんたちも触れてしまうんだと思うよ?」

 

『お前が言うな定期』

『お前しか言わん定期』

『120万…宝塚…うっ頭が』

『ゲート嫌いなウマ娘なんていません!』

『それはどうかな(後方ゴルシ面)』

『それはどうかな(後方ウンス面)』

『それはどうかな(後方スイープ面)』

『芝』

『次々出てきて芝』

 

「はいはいコメ欄その話題おしまい!ゲート入りが終わって………スタートだぁ!!」

 

「少しばらけたスタートになったかな。しかしやはり人気上位はしっかりと出ている…サクラノササヤキが素晴らしいスタートだね」

 

『いけーっ!ササちゃーん!』

『アイネスよりも前出てる!?』

『アイネスもいいスタートだった』

『ササちゃんすげぇ』

『刻むぜ!ラップのビート!』

『イルイル君もいい位置ついた』

 

「おー、ササヤキがいい感じに先頭立ってんなー…っと、さっそくアイネスが仕掛けたな?」

 

「抜かそうとしているね…コーナーに入る前のほうが当然だが追い抜きはしやすい。そのままいけるかな?」

 

『ねーちゃん加速するゥ!』

『並びかけてる』

『ササちゃんどうか?』

『お』

『あ』

『引いたな』

『アイネスに前譲った感じか』

 

「ほー、ここでアイネスが先頭に変わったな。こっからコーナー入っていくわけだが…フジキセキから見てどうよ?」

 

「朝日杯のコースはコーナーが緩やかなつくりになっていて、速度を出すのも比較的楽な方ではあるけれど。でもセオリーとしてはこのままの位置取りでお互いに足を溜めて……は、いかなかったね」

 

「おお?アイネスこれまだ加速してねぇか!?ササヤキと距離広がってんぞ!?」

 

『やっば』

『掛かってる?』

『それで走り切れんのか?』

『早めにマージン作ろうって感じかな』

『ササちゃん追いかけるゥ!』

『ササちゃんは掛かってますね』

『彼女は挑発に弱いのよ』

『急に識者生えてきて芝』

 

「サクラノササヤキは一人逃げはさせまいとアイネスにくらいついて…スリップストリームを狙っている様だ。右回りに曲がっているからあの位置はいいね」

 

「だなー、しかしこのハイペース……っておいおいおいおい1000mで56秒9は早すぎだろお!?」

 

「マイルとはいえ明らかに早い…前の二人は走り切れるか?後ろもこうなると怪しいね…」

 

『レース壊れちゃーう』

『アイネスが狙ってやってんのかなこれ』

『猫トレか?』

『猫トレ「計画通り」』

『あくどい事する猫トレ概念』

『詐欺師かな?』

 

「最終コーナーを曲がっていく二人に、おっとここでいい位置についてたイルイルがぶっとんでいくゥ!!勝負に出たかーっ!?」

 

「素晴らしいタイミングだ!私も400の標識を見て最内を上がっていったからね、このレース場を攻める上では最適解に近い」

 

『フジキセキめっちゃ褒める』

『いやこれイルイル君すげぇ脚』

『先頭二人きついか?』

『ササちゃーん!頑張れー!』

『ササちゃんもうへろっへろやんけ!』

『アイネスもきついか!』

『イルイルいっけー!!』

 

「残り300を切った!直線に向かってこりゃイルイル追いつく勢いだ!!こりゃわからねぇぞ!!」

 

「ああ、アイネスもかなりきついだろう、しかも残り200で上り坂がある!そこで……っ、なんと!」

 

「ウッソだろお前!?アイネスのやつ上り坂で加速したぞ!?」

 

『ヤバ』

『そこで二の脚あんの!?』

『イルイル君ーー!!』

『坂道かよあれマジで』

『アイネスが突き放すゥ!!』

『行った!!』

『すげぇ』

『これは決まったか!?』

『うおおおおおおおお!!!』

『すげええええええ!!!!!』

『アイネス勝ったあああああ!!!!』

『おねえちゃーーーーーーーーーーん!!!!』

『強すぎる!!!』

『坂道を上るフォームがオグリキャップみたいでやんした…』

『これは風神』

 

「っはー!!レースけっちゃーく!!一着は一番人気に応えたアイネスフウジンだーー!!」

 

「2着は最後惜しくも引き離されてしまったマイルイルネル、3着はヘロヘロになりながらも後続を追いつかせなかったサクラノササヤキだね。二人もいい走りだった」

 

「いやー…アイネス強すぎんだろマジ。あそこで加速するとは思わなかったぜ」

 

「だね、あのハイペースをもってなお脚を残していたとは……っと、掲示板が出たね」

 

「おー…お、おお!?レコードじゃねぇか!!こいつぁめでたいぜ!!!」

 

『レコード!?』

『マジで?』

『ヤッバ』

『まさか朝日杯で!?』

『え、朝日杯のレコードって前誰なん』

『スーパーカー』

『マルゼン』

『やば』

『マルゼンスキー超えたんかアイネス…』

『ねーちゃんすげー…』

 

「レース全体がハイペースになっていたからね。それでいてなお最後のあの加速だ。これは将来楽しみだ」

 

「クラシック戦線盛り上がんなーこれなー。チーム『フェリス』で食い合うんじゃね?」

 

「どうだろうね、立華トレーナーがそのあたりをどう判断するかかな」

 

『アイネスはマイラーだから桜花賞の可能性』

『フラッシュは皐月賞だろ?』

『ファル子どっちいくんだろな』

『チームフェリス箱推しだわこんなん』

『フジキセキ猫トレって呼ばないんだ』

 

「ん、ああ…彼とはチームができる前からちょっとした縁で知っていてね。中々面白い人だよ、手品にも明るいからたまにそれで盛り上がる」

 

「あん、猫トレそんなことまで出来んのかよ。なんだアイツ、スパダリか?」

 

『手品できんのか猫トレ』

『鳩を出すのか…』

『オニャンコポンが鳩に!?』

『オニャンコポンんんんん!!』

『その幻影は解像度低いんよ』

 

「おー、レース終わった後も3人とも仲良さそうにしてんな!」

 

「はは、アイネスフウジンがお尻はたかれてびっくりしてるね」

 

『芝』

『ねーちゃん尻尾が思いっきり逆立ってて芝』

ブルンブルン揺れてるやんけ!!!

エッッッ

俺もアイネスのお尻はたきたいいいいい!

『当然のNG』

『俺たちファンは見守るだけなんよ』

『ササちゃんあんだけぜーぜーしてるのに声大きい』

『テレビでも聞こえるの芝なんよ』

 

「お前らその辺にしとけな。…おー、すげー歓声だー!そりゃそうだわなレコードだし」

 

「褒め称えられるべきだろうね。次代を担うウマ娘の一人だ」

 

「さーてこの後はいつも通り勝利者インタビューだな!アイネスと猫トレが入ってきたぞー」

 

「今日はオニャンコポン君はアイネスフウジンの頭の上だね。バイザー気に入ったのかな?」

 

『「レコード勝ちですがどんなお気持ちですか?」→「めっちゃ嬉しいの!家族にもこの勝利を褒めてもらいたいの」』

『あったけぇ…』

『いい子』

『ねーちゃん…』

『笑顔が良すぎる』

 

『「今日のレース勝因はやはりトレーナーさんの作戦ですか?」→「ぶっちゃけるとトレーナーから貰った作戦あんまり役に立たなかったの」→猫トレ「ははは」』

『芝』

『芝』

『はははじゃないんよ』

『イケメンだから何しても許される(断言)』

『笑顔が雑すぎる』

 

「意外と猫トレってよー、こう、雑なところあるよな。いきあたりばったりっていうか…」

 

「完璧なように見えてところどころ抜けてるよね。その辺もまた彼の魅力なんだろうけど」

 

『「こう言われてますがトレーナーさんとしては?」→「実際、自分の作戦よりササヤキとイルイルが強かった。アイネスが勝てたのは彼女自身の強さ」』

『謙虚やん』

『アイネスめっちゃ照れてるじゃん』

『何このお似合いの二人』

『若奥様か?』

『でもそれを鍛え上げたのは猫トレなんだよなぁ…』

 

『「ここまでチームフェリス全勝、次のホープフルへの自信は?」→猫トレ「もちろんあります。絶対はありませんが、フラッシュなら勝てると信じています」』

『謙虚さぶっ飛ぶやん』

『自分の担当を信じるいいトレーナーなんだよなぁ…』

『エイシンフラッシュもつっええからな』

『ヴィクトールちゃんとの勝負だな』

『新人トレーナーが年間チーム全勝はマジでヤバい』

『おつよぉい…』

 

「インタビューはこれで終わりかねー。次のジュニアのGⅠホープフルステークスは盛り上がるだろうなー!」

 

「だね。チーム『フェリス』がいい風になっているよ。普段は有マとかのほうにみんな集中してしまうけど、今回はネット上でもかなり注目度が高いらしい」

 

「もちろんぱかちゅーぶも生放送すっかんな!次回の開催をお楽しみにぃ!!ってことで今日はこれで終わりだー!今日はゴールドシップと!!」

 

「フジキセキでお送りしました」

 

「まったなー!!」

 

「またね、ポニーちゃん」

 

『乙』

『乙』

『おつー』

『02』

『おつおつ』

『フェリス全勝いけるかなー』

『フラッシュの仕上がり次第』

『ヴィックちゃんもスピカだしわからん』

『俺…フェリスがジュニアGⅠ全制覇したら結婚するんだ…』

『急なフラグやめろ』

『レースに絶対はないしな』

『その前にまず来週の有マやろ』

『ダスカとウオッカどっちが勝つかね』

『二人とも長距離走れんのかね?』

『楽しみにしておこうぜ』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

39 ホープフルステークス

第二部最後のレースなので長め。


「すぅ…………はぁ………」

 

 フラッシュが控室でオニャンコポンに顔をうずめて深呼吸をしているのを、俺は黙って眺める。

 ゲン担ぎという意味でも、緊張をほぐすためにも、これからもオニャンコポンは酷使されるようだ。

 お前の存在がチーム『フェリス』を支えているぞオニャンコポン。頑張れオニャンコポン。

 

「……ふぅ。…よし、準備は万端です」

 

「緊張は解れたか?」

 

「はい。何も問題はありません。やる気に満ち溢れています」

 

 ふ、と笑顔を作るフラッシュの顔と、しっぽの揺れを見て、俺は彼女が強がりではなくしっかりとリラックスできているのを悟った。

 年間チーム全勝が掛かった、GⅠのレース。

 そんなプレッシャーがかかりかねない状態であっても、しかし彼女は冷静だった。

 これまでに積み上げた、練習とレース勝利の実績が、彼女の精神を強く鍛え上げていた。

 

「フラッシュさん、頑張ってね!」

 

「フラッシュちゃんが最後に決めて、チーム全勝で今年を飾るの!頑張って!」

 

「はい。二人ともありがとうございます」

 

 3人もそれぞれに激励を送りあい、さらにモチベーションが高まっていく。

 この調子であれば、今日のレースは好走を期待できるだろう。

 さらに、今日のレースはこちらに有利な要素がある。

 

 それはレース場のコンディションだ。

 雨こそ降っていないが、前日のにわか雨により今日の発表は重バ場となっている。

 ジュニアの精鋭たちが集まるGⅠレースと言えど、重バ場では相当脚が取られる。レース展開は遅めになるだろう。

 だが、体幹を鍛え上げた我が愛バ達は違う。

 重バ場でも難なく、その豪脚を芝に伝えきることができるように鍛えてある。

 

「…トレーナーさん。最後に、おまじないをしてもらっていいですか?」

 

「ん…ああ、いいよ」

 

 フラッシュのおねだりを受けて、俺はフラッシュの額に人差し指と中指をそっと触れさせる。

 そして、呟くように、3度のノック。

 

『─────toi、toi、toi』

 

『……ありがとう、トレーナーさん。貴方の為に、誇りある勝利を』

 

『信じているよ、俺の宝物である君を(du bist mein Schatzt)

 

『ッ…ええ、共に、幸せを分かち合いましょう(Ich bin glücklich wenn du glücklich bist)

 

 彼女の母国語でやり取りをする。

 その内容は、恋愛に情熱的な彼女の母国ではよくあるやりとり。パートナーたる相手へ向ける、親愛の言葉。

 他の二人がぽかんと首をかしげているが、大舞台を控える彼女に対して、これくらいの激励は許されるだろう。

 

「……ゴール前で、待ってるよ」

 

「はい。……時間ですね」

 

 出走時間ちょうどであることを彼女が懐中時計で確かめて、同時に呼び出しのノックが鳴る。

 レース場へ向かう彼女を見送り、俺は観客席に向かうのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ゲート前に、ホープフルステークスに集まるウマ娘達が集まっていた。

 エイシンフラッシュは、少し水気の残る芝の踏み心地を確かめながら、これから走るコースの先、ゴール板を見る。

 

(必ず、あの場所へ私が一番に)

 

 強い意志を込めて、それを己の心のうちに溶かす。

 ひどく落ち着いている自分が理解できている。

 これまで出走したレースの中でも最高の仕上がり。

 

 油断はない。

 慢心もない。

 ただ、勝つ。

 私の為に、家族の為に、チームの為に、そして彼の為に。

 

「フラッシュ先輩」

 

 そんな、集中した状態の彼女へ声をかけるウマ娘がいた。

 このレースで2番人気となった、一番のライバルになるであろうウマ娘。

 ヴィクトールピストだ。

 

「…ヴィクトールピストさん」

 

「先輩。………()()()、負けません」

 

 宣戦布告。

 その言葉をヴィクトールピストはエイシンフラッシュに投げかけた。

 彼女たちがレースで雌雄を決するのはこれが初めてである。これまで、トゥインクルシリーズのレースでは彼女たちは同じレースに出走していない。

 ヴィクトールピストはマイルも走ることができたため、ここまでの実績は主にマイルレースで積み上げて来ていた。

 

 しかし。

 選抜レースでレコードを更新されたことが、ヴィクトールピストの感情を逆なでしている。

 あの時の借りを、今こそ。

 

「…ええ、私も負けるつもりはありません。正々堂々、勝負をしましょう」

 

「はい。…あとは、脚で語ります」

 

 短く言葉を交わしたのちに、ヴィクトールピストが先にゲートインのためにゲートへ足を向けた。

 エイシンフラッシュは、彼女と言葉を交わしたことで…集中をより高め、負けまいと。

 彼女にも勝利し、誇りある勝利の為に。

 

「……参ります」

 

 一つ、小さく深呼吸をして。彼女に続くように、ゲートに入った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『さぁ最後のウマ娘がゲートに入りました!年末最後のGⅠ!ホープフルステークス………スタートですっ!!いいスタートを切ったのはやはりこの二人!ヴィクトールピストとエイシンフラッシュだ!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 ヴィクトールピストは、順調なスタートを決めて周囲のウマ娘の動きを観察しながら、自分は先行集団の前目についてレースを進む。

 彼女の脚質は、逃げも先行も差しもこなせる万能脚質だ。

 だが今日は先行でのレースを選んだ。

 

(フラッシュ先輩と差しでやりあうのはよくない……私は、同じ位置からよーいドンしたら、彼女にまだ勝てない)

 

 ヴィクトールピストは、冷静にお互いの戦力差を把握していた。

 差しでの加速勝負になったら勝てない。

 悔しいが、彼女の末脚は本物である。

 

 だが、それに勝てないからと言ってレースに勝てないかと言われたらそれは違う。

 同じ走りをしたら勝てないのであれば、違う走りをすればいい。

 彼女より前目につけた先行策。

 そこで、自分の周囲のウマ娘をコントロールする。

 そうして飛び出すタイミングを計り、彼女よりも先に加速する。

 閃光の末脚に差し切られる前にゴールに飛び込めば、私の勝ち。

 

(負けない…!そのためには、まず…周りからっ!)

 

 ヴィクトールピストは、周囲を走る先行集団のウマ娘へ向けて『圧』を飛ばす。

 ジュニア期のウマ娘とは思えぬ強い走りの圧に、周囲を行くウマ娘達に動揺が走る。

 それは掛かりを生み出して脚を使ってしまったり、もしくは委縮して速度を落としてしまったりなど、様々な効果を生む。

 それにより、先行集団の動きがブレて…その中で、位置取りを確かにしたヴィクトールピストだけが自分のペースを守って走る。

 崩れだした先行集団は、差し集団へも少しずつ影響を生んでいく。

 

(これだけ『揺らせ』ば、フラッシュ先輩もそううまくは走れないはず…!私が勝つんだ!)

 

 こうして、後方に牽制をかけながら、ヴィクトールピストは自分が抜け出す最高のタイミングを探し続けた。

 

────────────────

────────────────

 

 ───────見える。

 

 エイシンフラッシュは、己の周囲のウマ娘、そしてその先の先行集団、さらに先を走る逃げウマ娘達を見て、それらの動きがすべて読めるような、己の高い集中状態を理解した。

 スタートも全く問題のない好スタートを切れた。

 最初の位置取りも、ここしかないという差し集団の前目、好位置をキープ。

 走る自分の息遣いが、まるで完璧なスケジューリングを達成できているかのように把握しきれている。

 使っている脚の筋肉、心臓の拍動、溜めていく末脚のパワーまで、手に取るようだ。

 トレーナーとの控室での最後の会話が、自分の心に明鏡止水を生んだのだろうか。

 

(……見えています)

 

 先行集団が今、ヴィクトールピストの圧を受けてかなり混乱しているが、それすらもエイシンフラッシュの読みの内。

 かかるウマ娘、委縮するウマ娘の動きを読んで…その先、自分がどう走るべきか、イメージがはっきり見える。

 その先の走りが見える。

 まるで、()()()()()()()にあるような、そんな感覚。

 

(…わかる。私は、ここで、きっと)

 

 1000mを通過して、差しの集団が先行集団の混乱を受けて若干掛かりだすように加速するが、それに乗るような精神状況ではない。

 絶好調。そう表現してもいいくらい、エイシンフラッシュの集中は高まっていた。

 

(………!!)

 

 最終コーナーに向けて、しっかりと足を溜めながら走っていたエイシンフラッシュの眼前、先行集団が徐々に垂れてきたところの、その先。

 ()()()()()()1()()()()()()()()()()()()()

 

(これが…この道が、私の……!!)

 

 それは、彼女の目覚めの瞬間。

 スタートからずっと、極めて高い精神集中状態を維持したまま走る事で見える、領域(ゾーン)への道。

 その道に自分の走行ラインを乗せるために、臨機応変にコースを変える。

 ヴィクトールピストが最後の直線へ向けてコーナー途中から加速を始めたようだが、最早関係がない。

 

(……行ける。このまま、更なる高みへ……!!)

 

 先行集団のバ群の先、細いラインにイメージが乗った。

 さらにその光に、()()()()()集中する。

 まるでレイピアのように細く、しかし確かな勝利へのラインへ。

 己の末脚を完璧に発揮できる、その光へと意識を細く鋭く、より深く集中する。

 ただひたすら、それだけに。

 領域(ゾーン)へ。

 

 

 

 ─────────次の瞬間。

 

 エイシンフラッシュの視界が、衝撃と共に闇に染まった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『さあレースも残り500mを切った!!徐々にだが大胆に加速をしていくヴィクトールピスト!逃げるウマ娘達は大丈夫か!?そして先行集団からさらに後方、とうとう来たぞ1番人気エイシンフラッシュッ!!すさまじい加速だ!!今その閃光の────』

 

『────ああっと!?!?急にエイシンフラッシュが減速したぞ!?そんな!?どうしてしまったのかっ!?アクシデント発生です!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「────フラッシュ!?」

 

 俺は、ゴール前の観客席で、今にも領域(ゾーン)に目覚めようとしていた彼女が、しかし急に減速をした瞬間を見て、思わず叫んだ。

 顔を伏せたフラッシュがしきりに己の目元を袖口で拭っている。

 

「わ、わ!?フラッシュさん!?大丈夫!?」

 

「目元を…!?前から飛んできた泥が目に入ったの!?」

 

「……くそっ!!」

 

 恐らくは、先行集団を抜かそうとする際に……重バ場であるこのレース場の、蹄鉄によりえぐられ飛んでくる泥芝が彼女の顔に当たったのだろう。

 当たるだけならばよかったが、ああして目元をぬぐっているとなると目に入った可能性が高い。

 レースに絶対はない。

 そんな言葉が、俺の脳裏に浮かぶ。

 

「…アイネス!急いでクーラーボックスに水を入れて来てくれ!満杯にだ!レース後にフラッシュの目を洗う!!」

 

「は、はい!!」

 

 俺はレース観戦時に足元に常に準備しているクーラーボックス内のペットボトルから真水だけ取り出して、残りを捨てて空のボックスをアイネスに渡す。

 ファルコンにはタオルを持たせて、俺はフラッシュが苦し気にゆっくりと集団から離れていくのを見た。

 コーナーの内側へ向かおうとしていない。

 外側へ。誰もいない方へと、彼女が足を向けていた。

 恐らくは周りのウマ娘に迷惑になるまいと、せめて外側へ体を持ち出したのだろう。

 

「フラッシュ…!」

 

 俺は彼女の名を叫ぶ。

 人には、ウマ娘には反射という能力がある。目に飛んできたものがあっても、咄嗟に目を閉じてガードするようにできている。

 しかし今彼女たちがいるのは、人外の領域。

 時速60kmを超える速度で走るレースの最中なのだ。

 水分を含んだ泥が目に直撃していれば、万が一もあり得る。

 

「無事でいてくれ…頼む……!」

 

 もはやレースどころではない。

 俺は思わぬアクシデントに歯をかみしめながら、ただ彼女の走る先を見た。

 

 そして、その姿を見て。

 心臓が止まるかと錯覚した。

 

 

 

 ──────────────加速している。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

「ぐっ……!?」

 

 急な衝撃。そして、視界が奪われる驚愕。

 一瞬後に来る、瞳の痛み。

 顔に泥が跳ねてきたのだと、エイシンフラッシュはこの瞬間に思い至った。

 顔全体、寸での所で瞼は閉じていたが、それでもわずかに泥は眼球に入っていた。

 

「…く、う………っ!」

 

 袖口で顔の泥をぬぐう。しかし恐らく、両目に泥が入った。

 しびれるほどの激痛ではない、眼球に直撃はしてないようだが……それでも反射で涙が止めどなく零れてくる。

 先ほどまで見えていた、己の走る光など見えるはずもない。

 ただそれのみを捉えていた極限の集中が霧散する。

 

(……駄目、右目は見えない…!左目も、ぼやける…!)

 

 ちょうど右側にコーナーを曲がっている際の事故だったため、右側から泥が跳ねてきたのだろう。

 右目は泥が入った痛みで涙が止まらずほぼ視界を失った。

 左目も涙がこぼれているが、袖口で拭ったことでぼやけた視界がわずかに見える。

 

(…いけない!)

 

 そこで、エイシンフラッシュは冷静さを取り戻した。

 今はレース中、最終コーナーに向けて全員が加速を繰り出す最中。

 ここで視界を失った自分が止まったり、急な進路変更などすれば、他のウマ娘と接触する恐れがある。

 そうなれば更なる大事故だ。

 それだけは、何としても避けなければならない。

 

(……外へ!誰も、いないところへ…!!)

 

 斜行にならないように、努めて緩やかに自分の行く先をコーナーから離れて外へ向ける。

 誰の迷惑にもならないところへ。

 ギリギリ見える左目で、ぼんやりとにじむ視界の中で、少しずつ、少しずつ左へ、膨らむ。

 向かう先は、外ラチだ。

 

 ─────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(諦めません)

 

 不幸な事故だ。

 誰が悪いわけでもない、重バ場でなくとも起こりえる、レース中にはよくある事故。

 たまたま、それが自分の身に降りかかっただけ。

 

 前を走る他の走者を恨むつもりもなければ。

 レースを諦めるつもりも一切ない。

 たかが、()()()()()()()()()()()()()()()なのだ。

 

(諦めない、絶対に)

 

 再度、加速を始める。

 大外のさらに大外を回るように最終コーナーを駆け抜ける。

 レース場の歓声は、恐らくは1番先頭を走るヴィクトールピストへ向けられたものと、私へ向けられた困惑の叫びだろう。

 

 彼女がどこを走っているのかもわからない。

 一度減速した自分が、差し切れるかもわからない。

 

 ───けれど。

 

 チームの栄光を諦めない。

 私の敗北を受け入れない。

 まだ、レースは終わっていない。

 

(────見えた!外ラチ!!)

 

 左目の、わずかな視界の向こうに、白い外ラチが見えた。

 その向こうに、観客席。

 きっと、ゴール前の()は、心配そうに私を見ていることだろう。

 

 私のことを心配してくれているのは間違いない。

 もしかすれば止まれと叫んでいるかもしれない。

 レースを諦めても、慰めてくれるかもしれない。

 

 けれど。

 

 私は、貴方と。

 勝ちたい。

 

 

「────っうわあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 魂を燃やす雄叫びを上げて。

 一筋の閃光が、外ラチ沿いを疾走(はし)る。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 最終コーナーを抜けて、直線に入り、己の末脚で更なる加速を繰り出し先頭を走るヴィクトールピストは、観客席が不意にざわめくのを耳にした。

 これは、自分に充ててのものではない。

 恐らくは後方から迫ってくるエイシンフラッシュへのもの。

 しかし…その声が、ただならない。

 明らかに歓声としては適切ではない、その声色。

 

(何かあった!?フラッシュ先輩は──)

 

 今、ヴィクトールピストは全速力で上がっている最中である。

 本来は、振り返ることは加速の妨げになり、取るべき手段ではない。

 だが、それでも。万が一という可能性があり、そしてヴィクトールピストはその思考を無視できるほど心が冷たいウマ娘ではなかった。

 出来る限り減速を抑えながら、首だけ振り返り後方の様子を確認する。

 

 そこには。

 本来迫ってきているはずのエイシンフラッシュの姿が、どこにもなかった。

 

「っ!フラッシュ先輩…!?」

 

 おかしい。

 間違いなく、いるはずなのだ。

 自分を差し切るために来ているはずのエイシンフラッシュの姿、しかしどこにも見えなくて。

 

 残り200m。

 

 他のウマ娘の間に隠れているかと目を凝らすが、そこにもいない。

 どうして?

 まさか、転倒?無事なのか?

 徐々に不安が頭をもたげる。

 

「……くっ、でも!!」

 

 しかし、今はレースの最中である。

 GⅠレースなのだ。

 本心からの心配はあっても、それでも途中で止まるわけにはいかない。

 ヴィクトールピストは自分の最大のライバルである彼女の不幸を呪い、勝負できなかった悔しさを胸に、しかしそれでも、いやだからこそ己が一着を取り切るために、再度その脚に力を込めて加速する。

 正面を見据えなおして、誰もいない、本来ならば後方から閃光の足音が聞こえて来ていたであろう最終直線を駆け抜ける。

 

(残念です先輩、この直線で本気の勝負がしたかった…!)

 

 どうか無事でいてほしい、と祈りながら、不幸に見舞われたであろうライバルに捧げるべく加速を果たす。

 

 残り100m。

 

 後続の他のウマ娘達との差は明らか。

 足音は自分のほかには聞こえない。

 このまま駆け抜けて、虚しさの伴う一着になる。

 

 はずだった。

 

(──────────────ッ!?!?)

 

 圧が。

 豪脚が響かせる足音が。

 その、彼女の閃光の末脚が。

 

 ()()()()()ぶち抜けるような勢いで追い上げてくるのを、ヴィクトールピストは肌で感じた。

 

「………ぁぁぁぁぁぁぁああああああああ!!!!!」

 

 普段は物静かなエイシンフラッシュの、その雄叫びが恐ろしい勢いで迫ってくる。

 声が徐々に大きくなっていく。

 どうして?なんで、そんなところに?

 えも知れぬ、震えるような感情に襲われたヴィクトールピストは、それから逃れるようにさらにゴールへと加速する。

 

 その感情は、何と表現すればよかったのだろう。

 諦めなかった先輩への尊敬?

 いないと思っていた相手が急に来たことの驚愕?

 

 それとも。

 震えあがるような圧に押された、恐怖?

 

「……う、っあああああ!!!」

 

 すべてを振り払うように、ヴィクトールピストもまた雄叫びを上げて。

 己の視界に黒い閃光が映る前に、ゴールを駆け抜けんと加速した。

 

 

────────────────

────────────────

 

『大外から!』

 

『大外から!!!』

 

『大外からエイシンフラッシュがぶっ飛んでくるッッ!!!!』

 

 

 

『すさまじい末脚ッ!!!まさに全身全霊の走りだ!!』

 

『しかし!!ゴールはすぐそこだ!!届くのか!?ヴィクトールピストに届くのか!?』

 

『これはどうだ!?際どいぞ!!ヴィクトールピストが粘る!!さらに加速!!!』

 

『残りはもうない!!ゴールは目の前だ!!』

 

『今ッ!!!』

 

 

 

 

『────────ヴィクトールピストが一着でゴーーーーーーーーールッッッ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…………はぁっ!!はぁ、はぁ、はぁ…ぐ…!」

 

 ゆがむ景色の外ラチの向こうから、あの人の声が聞こえた気がした。

 直後、大歓声が沸き上がったことで、誰かがゴールしたことをエイシンフラッシュは確信する。

 それは、自分だったのだろうか。それとも、他のウマ娘だったのだろうか。

 わからない。

 

 クールダウンの為に足を緩めて速度を落としたところで、目の痛みが意識の内に戻ってきた。

 レースの高揚で痛みを無視して無理に開いていた左目も、更に涙が溢れて最早視界が定まらない。

 走るどころではなくなり、足を止めると、そのまま疲労で膝が自然に折れた。

 手を地面につけて四つん這いの状態となり、ただぼろぼろと芝に涙がこぼれていく。

 

 そんな、苦しい思いをしていると。

 

「───────フラッシュ!!!」

 

 自分の名前を呼ぶ、聞きなれた声。

 それが、初めて聞く声のように、焦燥感をもって、エイシンフラッシュの耳に入ってきた。

 

────────────────

────────────────

 

「フラッシュ!!大丈夫か!?」

 

 俺はすべてのウマ娘がゴールを駆け抜けたことを確認してすぐにラチを越えてコースに入り、エイシンフラッシュに駆け寄った。

 彼女はクールダウンをするほどの余裕もなく、その場で地面に臥せってしまうほどに消耗していた。

 それはそうだろう。視界がほぼゼロの状態で、外ラチだけを頼りに全力疾走をしたのだ。普段の何倍もの負担が彼女には掛かってしまっているはず。

 

「体を俺の腕に預けろ!……横になってくれ、今、顔に水を流す…!」

 

「フラッシュさん!!しっかりして!?」

 

 俺はフラッシュを抱きかかえ、顔が地面と水平になるように横たえ…まず手持ちのペットボトルの真水を、彼女の顔の横から流してかけてやる。

 人間ならば耳に水が入ってしまうような姿勢だが、ウマ娘である彼女にその心配はない。

 正面や上から水を流すよりも、泥が横に流れるので奥に入り込む心配が少ないため、このような手段を取った。

 

「うっ、つ……」

 

「痛むか?…まず、ゆっくり瞬きするんだ。手にも泥がついてるから今は触るな」

 

「は、い……トレーナー、さん……私は…」

 

「無理に喋るな。今は君の瞳が何よりも重要だ」

 

「……私は…負けたんですか……?」

 

「………フラッシュ。君は…」

 

「トレーナー!!水入れて持ってきたの!!」

 

 フラッシュの言葉に返す言葉を探していると、アイネスがクーラーボックスになみなみと水を入れて走って持ってきてくれた。

 人間にはかなりの重さに感じるであろうそれだが、彼女はウマ娘である。素晴らしく早い対応だった。

 

「よし、アイネス。そこにクーラーボックスを置いてくれ!」

 

 指示を出して、フラッシュのすぐそばにクーラーボックスを置いてやる。

 そうして、俺は残るペットボトルの水でフラッシュの手に着いた泥も落としてやってから、彼女の手をそっと握り、クーラーボックスへ導いた。

 

「…フラッシュ、ここだ、水を張ったから目をゆっくり洗って。酷く染みるようなら言ってくれ」

 

 フラッシュのおぼつかない手が俺の導きでクーラーボックスへとたどり着き、水に浸してからゆっくりと顔に水をかけ始める。

 ぱしゃ、ぱしゃ、と何度か水を掬い顔にかけることで、彼女の顔からも泥が殆ど落ちてきた。

 

 しばらくそうして顔を漱いで泥を落としたフラッシュは、ファルコンからタオルを受け取り、顔全体をぬぐう。

 タオルから顔を放した彼女は、ゆっくりを目を開き、俺の方を向いた。向ける程度には、視界が戻ってきていた。

 

「フラッシュ、目は痛むか?見えるか?開いてて違和感はないか?どうだ?」

 

「…はい、まだ若干の異物感はありますが…開けない程ではありません。痛みもかなり落ち着いてきました。視界も問題なく戻っています」

 

「そうか…!……よかった……フラッシュ、こっちを向いて」

 

「はい」

 

 泥を洗い落としてなお激痛が走るようであれば、眼球に傷がついている可能性が高かったが…どうやらそうではなかったらしい。

 俺はとにかくその一言で胸をなでおろして、直に瞳を観察する。

 鼻が触れ合いそうなほどフラッシュと顔を近づけて、目の周り、瞼を優しく触れて指で開き、傷がないか目で確かめる。

 

「…その、トレーナーさん」

 

「ん、痛むか?少し我慢してくれ、奥まで傷がないか…」

 

「いえ、痛みは…ではなく、近くて……私、今、泥で汚れて…」

 

「関係あるか。君の瞳が一番大切だって言っただろう」

 

 片手で彼女を支えながら、もう片手で彼女の両眼をしっかりと診る。

 当然だが、俺には医学の知識もある。1000年近くトレーナーをしていれば、専門知識を修めるのに時間が足りないということはない。

 よく診察をすれば、先ほどまでの泥の混入によりかなりの充血は見られるが、出血してる箇所や血だまりなどはない。

 彼女の宝石のような瞳が、壊れてしまっていることはなさそうだ。

 

「……大事はなさそうだ。だが、この後すぐ医務室に行くぞ」

 

「っ…はい。それは、自分でもわかっています。ですが…」

 

「………フラッシュ」

 

 彼女は俺の腕の中から離れ、そっと顔を()()()に向ける。

 着順掲示板のほうを、見る。

 そして、回復した己の眼で、2着に表示された自分の番号を認識した。

 

「……ああ。私は、負けたのですね」

 

「…ヴィクトールピストと1バ身差だった。君は2着だ、フラッシュ」

 

「………そう、ですか…………っ……!」

 

 そうして、自分の敗北を悟ったことで、泥の混入によるものではない、悔しさからくる涙がまた彼女の瞳からこぼれ落ちる。

 今の状況で、涙を流すことは悪いことではない。目の自浄作用であり、深い位置の泥を落とすには涙をこぼすのが一番ではあるからだ。

 

 だが、それでも。

 俺は、彼女に泣いてほしくない。

 

「フラッシュ。俺は、君が誇らしい」

 

「…っ、トレーナーさん…?」

 

「俺は、君が不幸にも泥が目に入ったのを見て…本当に心配した。そして、外に向かう君を見て、レースを中止するものかと思っていたんだ。適切な判断だし、責めるつもりもなかった。レースに絶対はない、それが今回は俺達に降ってきた。こういうことは、レースやってれば珍しい事じゃない」

 

「…でも、私は」

 

「そうだ、君は諦めなかった。まず、周囲に迷惑をかけまいと君は集団から離れた。大外に、誰もいないところへ足を向けた。とても冷静だった。……そして、そのうえで諦めていなかった」

 

「………」

 

 俺は、彼女の走りを見た俺の想いを彼女に伝える。

 今、彼女に泣いてほしくない一心で。

 俺が、君のことを心から尊敬していることを、伝えたくて。

 

「どんなに不遇の状況で追い詰められたとしても、諦めなかったんだ。君はほとんど失った視界でも、外ラチを頼りにして最後まで走り抜けた。1バ身の所まで詰め寄るほど、君は全力で駆け抜けた。……これが誇らしくなくて、なんだ?」

 

「ですが…っ、ですが、勝てませんでした!私は、負けてしまって…!!チームの、年間全勝も、GⅠ全制覇も、でき、なくて…!!」

 

()()()()()()()()()()。いいかいフラッシュ、良く聞いてくれ。俺は君の今日の二着を、敗北を心から誇るぞ」

 

「…ッ!」

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()。今日の君の走りがそれだ。君は苦境に立たされてもなお、周囲に気を配って、そして勝負から降りなかった。競技者の鑑だ。俺は、君という素晴らしいウマ娘を、心から尊敬する」

 

「……トレーナー、さんっ…!私…!…う、あ、ああ…っ!!」

 

 俺の想いをすっかりと伝えたところ、どうしてか、彼女は俺の胸に飛び込んできて、そのままさらに涙を流すこととなってしまった。

 俺はただ、今日の君を誰よりも誇りたいだけなのに。

 君の誇りある敗北を、心から誉めたいだけなのに。

 

 しかし、腕の中に納まった彼女に対して泣き止めと言っても逆効果だろう。

 俺は彼女の頭を優しく撫でて、落ち着かせてから、言った。

 

「…悔しいよな、それでも。だから、次こそ勝とう。君がクラシックで勝ち抜く姿を、俺に見せてほしい」

 

「……はいっ……はい…必ず……っ!!!」

 

 何度も頷くように、俺の胸元に頭をうずめるエイシンフラッシュ。

 しばらくそうして、彼女が落ち着いてから、改めて俺は彼女らを連れて医務室に向かったのだった。

 

 

 

 

 




この世には、勝利よりも勝ち誇るに値する敗北がある。
~ミシェル・ド・モンテーニュ~



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

40 ぱかちゅーぶっ! ホープフルS

※コメントに出てくるトレーナーはオリトレではありません。シングレトレです。


 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

「ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす』

『ぴすぴーす』

『ピストー!』

『応援混ざってて芝』

 

「いよーぅお前らー!今日も元気そうだなーおい!先週の有マ記念が激熱のレースで元気使い果たしたかと思ったけど結構しぶてぇなお前らもー!」

 

『有マよかった』

『ダスカ…ハナ差だったぞ…』

『オマツリピカソはマジで最高の走りだった』

『ダスカもうちょっとだったな』

『ウオッカもクビ差3着偉い』

『長距離頑張った』

『ウオッカが一息で態勢立て直したの鳥肌立ったゾ』

『ダービーウマ娘の意地を見せたな』

 

「だなー、うちのチームの二人が惜しくも負けちまったのは悔しいけどよー、クラシック期であそこまで走れんのは流石ってところよー!そんでもって今日のレースはホープフルステークス!!ここにもスピカのウマ娘が参戦してるぞー!」

 

『ホープフル(欺瞞)』

『ホープレス(真実)』

『負けて涙を流すウマ娘はどのレースでもいるんだよなぁ…』

『大体このレースは名勝負になる』

『今年はジュニアウマ娘も熱いから』

 

「えー、ホープフルステークスは中山レース場で開かれる右回り芝2000mのレースだな!ホープフルってのは英語で「希望に満ちた」「望みを持つ」って意味だぜ!ジュニアのGⅠはなんだかめでてぇ名前ばっかりだな!」

 

『ゴルシ先生のGⅠお悩み相談室!』

『ゴルシがまじめに解説してるの芝』

『解説ニキ息してる?』

『あいつは死んだ!もういない!』

『勝手に故人にするの芝』

 

「んでもって今日もゲスト呼んでるぜっ!!前回の有マ記念の時はかつての覇者ダイサンゲン呼んで色々解説してもらったけどよー、今回ももちろんホープフルステークス覇者を呼んでるぜーっ!!さあそんじゃ出て来てもらおうか!今日のゲストはこちらっ!!」

 

「ぴすぴーす。やぁモルモット君たち。今日のゲストは私、アグネスタキオンさ」

 

『タキオン!?』

『タキオンだああああ!!!』

『やべーやつ来たぞ!』

『タキオンきたあああああ』

『タキオン様ー!』

『やべーやつにはやべーやつをぶつけんだよ!』

『袖口長くてピース見えないからやり直して♡』

 

「よータキオン、今日はよろしくなー。断られっかなと思ったけど結構素直に来てくれたんな。なんで?」

 

「なぁに、気紛れだよ。それにだ、興味のあるチームのウマ娘も出走していることも理由の一つかな」

 

「おん?その言い方だと、あれか?チーム『フェリス』か?」

 

「正解。あのチームのウマ娘達はみんな、私としては興味深い走りをしているのさ…足への負担が少ない走りだ。私も昔からああいう走りができていたらねぇ」

 

『急にお辛い話』

『やめたってよぉ!』

『タキオン…お前が一番だと思ってたぞ…』

『リハビリ大変だったもんな…』

『タキオン…お前ならクラシック3冠取れてたと今でも思うぞ…』

『今も走ってくれてるだけで嬉しいぞ…』

 

「おいこら!コメント欄がみんなお通夜になっちまってるじゃねーかYO!!この生放送ではお辛い話は禁止!禁止でーす!」

 

「あぁこれはすまないねぇ。あれもまたいい経験だったからモルモット君たちもぶり返さないでくれたまえ。さて…それでは出走ウマ娘の紹介かな?」

 

「おーう!今日の一番人気から紹介していくぜっ!一番人気はタキオン推しのチーム『フェリス』からエイシンフラッシュだー!!」

 

『フラッシュー!!』

『グッドルッキングウマ娘だぁ…』

『勝負服が神すぎる』

『エッッ』

『うっ白因子出るッ!』

『こぼれちゃうよぉ!』

『怒涛のNGコメで芝』

『知ってた』

『自分の武器を理解している』

『これで走りも超かっこいいんだからたまらん』

 

「あー、そりゃまぁ画面の向こうのお前らには特効だろうなーありゃ。NGコメは反省しろな。それにしたってこいつはすげーつえーウマ娘だ!」

 

「冷静なレース運び、位置取りの適切さ、そして爆発的な末脚…あの末脚はジュニア期のレベルを遥かに凌駕してるねぇ」

 

「そしてその対抗ウマ娘でありこちらもド本命!!今度はあたしのチーム『スピカ』から二番人気で出走だー!ヴィクトールピスト!!」

 

『ヴィクトールちゃんきた!』

『ヴィックしか勝たん』

『この子もかわええ』

『強いんよ』

『どこにいても怖いやつ』

『どっからでもすっ飛んでくる』

『人気もほぼ一緒って感じか』

 

「こいつはうちのチームの秘蔵っ子だぜぇ!ここまでにレースは3戦全勝、マイルの重賞も見事に勝ち抜いてるぜ!」

 

「2000mという距離も白百合特別を勝ち切った走りで全く心配はない。中距離以上を専門とするフラッシュ君とは今後もいいライバルになるだろうねぇ」

 

「チーム『フェリス』の年間全勝、ジュニアGⅠ制覇なるか!最後にうちのチームから一矢報いるか!レースが楽しみすぎて待ち切れないぜぇー!!」

 

『フェリス全勝は見たい』

『だがスピカがそれを許すかな!』

『フラッシュ…信じてるぞ…』

『オニャンコポンが見てるぞ…』

『やっぱフラッシュも猫吸いしたんか?』

『フラッシュの猫吸いとか可愛いが供給過多なんよ』

『猫トレがばっちり見てやがるんだろうな…』

『猫トレ許せん』

『今日のログボきた』

『お』

『今日はちょっと遅かったな』

『Rか』

 

「おー?ログボきた?どれどれー…ん、あっはっは!!ラチの上でオニャンコポンが尻尾ぴーん!!ってしてるじゃねぇかー!!」

 

「オニャンコポン君もやる気に満ち溢れているねぇ…ふぅン?しかしこれは中山レース場のどこだ?今回のレースのゴール前ではないようだが…」

 

『移動中の一枚か?』

『大体猫トレゴール前にいるもんな』

『ここ有マのスタート位置じゃね?』

『芝』

『場所間違えてて芝』

『もう先週終わったんだよなぁ…』

『何か有マに思い入れでもあるんかね』

『そりゃ(来年は走るから)そうよ』

 

「おっと、そろそろレースが始まりそうだな。ゲート前にウマ娘達が集まってきたぜー!」

 

「フラッシュ君とヴィクトール君がなにやら2,3言話していたようだが…お互いに静かだねぇ、ヴィクトール君からの宣戦布告という感じかな」

 

『集中してる』

『超真剣だわ』

『二人ともまじめ系ウマ娘だもんな』

『まじめじゃないウマ娘がいるみたいな言い方よ』

『画面の向こうにまじめじゃない系おるやん』

『二人もおるやん』

『芝』

 

「おいおい私はまだまじめな方だろう?まったくどう思われているのやら…」

 

「オメー、自分のトレーナーが7色に発光するの止めてからそういう言葉口にした方がいいぞ?」

 

『芝』

『あのトレーナーレース場にいると一目でわかる』

『小内トレーナーか』

『デカあぁぁいッ!説明不要ッ!!』

『ニシノフラワーやディクタストライカがいるチームのトレーナーさんだっけ』

『メジロブライトもおるぞ』

『チームレグルスやね』

『レグルス(小さな王)』

『2m超えてるんだよなぁ…』

『タキオンがレース出てるとあの人常に発光してて芝』

『中央のトレーナー変な人多い…多くない?』

『一部のイメージが先行しすぎている…』

 

「私のモルモット君の話はもういいだろう!ほら、ファンファーレだよ」

 

「おら鳴けやぁコメントどもぉ!!」

 

『ペペペー』

『ペペペペッペペー』

『ペーペペッペッペッペッペー』

『ペペペペー』

『癖になる』

 

「さーてウマ娘達のゲートインだ!みんな緊張した面持ちで入っていっています!年末のジュニアの大舞台、やはり緊張もひとしおでしょう!」

 

「君、自分の話題になるのを恐れて急にまじめに解説し始めるんじゃないよ」

 

『芝』

『芝』

『芝生え散らかす』

『学んだか…ゴルシ!』

『忘れてないゾ』

『忘れるなこの痛み』

 

「どうやってもコメントのやつらがアタシの黒歴史から離れてくれねぇ…」

 

「自業自得だねぇ。さて、そんなことを言っているうちに各ウマ娘ゲートイン完了だ」

 

「今年最後の大一番っ!!ホープフルステークス……スタートだぁ!!」

 

『はじまた』

『いけーっ!』

『フラッシュいいスタート』

『ヴィクトールもいいな』

『位置取りどうなる?』

『ヴィクトール先行か』

『お互いにいい位置』

 

「まずスタートは波乱なく進んでるって感じだなー。ヴィイは今日は先行かー」

 

「いい判断だと思うね、差しの位置からフラッシュ君と勝負となるといささか旗色が悪い。フラッシュ君は集中しているね…」

 

「ヴィイはこれ周りにめちゃくちゃ牽制飛ばしてるな。先行ウマ娘を乱して後方にも圧かける感じかー」

 

『はえーゴルシがまじめに解説しとる』

『同じチームだからよく知ってるんよ』

『ヴィクトールちゃんの周りの子たちすんごい顔』

『圧を飛ばすとか人間じゃないんよ』

『ウマ娘なんだよなぁ…』

『ウマ娘は圧を飛ばせて当然みたいなところある』

『カイチョー!』

『でもフラッシュは全く動じてなくない?』

 

「コメント欄の言う通りだな、ヴィイもかなりいい走りを見せてるけどフラッシュが動じてねー。めちゃんこ集中してるわ。もしかして領域(ゾーン)あるか?」

 

「ファルコン君も見せたし、可能性は十分だろうね。…今1000mを通過したねぇ。ふぅン、ここまでのタイムは重バ場としては平均通り。少しずつだがヴィクトール君が位置を上げている」

 

「フラッシュの末脚に勝つには早めに飛び出そうって感じかー?最終コーナーに入っていくぜー」

 

『ヴィクトールが先行集団から抜けてった』

『手応えよさそう』

『これは逃げ切れるか?』

『だが後ろは閃光よ』

『フラッシュまだ溜めてる』

『先行集団交わし切れるか?』

 

「…お、動くな」

 

「ああ、残り500m…ふぅン、ヴィクトール君は長く脚を使う様だ。もう逃げウマに追いつくほど上がっている。スタミナに自信ありといったところか」

 

「だがここでフラッシュが動いたぁ!!500m地点を過ぎて一気に加速を始めて──あ?オイオイオイ!?止まったぞ!?」

 

「何があった!?急に加速をやめて……あれは目か!?しきりにこすっている様だが…!」

 

『え』

『おい!?』

『うわああああ!?』

『フラッシュ!?』

『飛んできた泥が顔にぶつかったか?』

『めっちゃ目こすってる!!』

『嘘だろ』

『ぎゃあああああああああ!!!』

 

「こいつはやべー!!今日は重バ場だから飛んでくるの泥だぞ!?とんでもねーことになっちまいやがったぁ!!」

 

「どんなレースでもあり得る事態だが…なんと、ここにきて!残念だ、大事になっていなければいいが…少しずつバ群から離れて外にヨレていっている」

 

「ふらつき加減から視界ほとんどやられちまった感じか!?あー…ヴィイもいい加速で直線に向かってんだけどな!なんか勿体ないぜぇ、きっといい勝負になったのによー」

 

「仕方ないね、レースではつきものだ、だから絶対はないと言われ────いや待て!!フラッシュ君が減速していない!!」

 

「はぁ!?ウワーッ!!マジだ!!フラッシュが外ラチに向かって加速してやがる!?!?」

 

『は?』

『うわヤバ』

『見えてない!?』

『止まれえええ!!』

『ぶつかる!ぶつかる!!』

『フラッシュううううう!!!』

『止まってくれー!!』

 

「ッ、いや、違う!これは外ラチを目指して走って…!?左目はまだ見えているのか!?」

 

「他のウマ娘にぶつかんねーように外に持ち出してったってことか?!うわーわけわかんねー!!」

 

「恐らくそうだろう、外ラチを見ながら……行った!彼女はまだ諦めていない!!」

 

『うわああああああああああ』

『やべえええええええ』

『なんだその末脚!?』

『他の子止まって見える』

『ヴィクトールとの距離が一気に!』

『ヴィック後ろ振り向いてたな』

『そこに閃光はいないんよ』

『歓声ヤバイ@現地民』

『ヴィクトール気づいた?』

『いけええええええええええ!!』

『フラッシュウウウウウ!!!』

『ヴィクトールも粘る!!加速!!』

『もう距離無い』

『うわあああああ!』

『いったあああああ!!』

『おおおおおおおおお!!』

『ヴィクトール勝利!!』

『ヴィック突破!!』

『フラッシューーーーー!!』

『あそこまで詰めるのか…』

 

「……っはー!!今全員ゴールだ!!一着はヴィクトールピスト!!二着は惜しくもエイシンフラッシュだな!!」

 

「とんでもない末脚だったねぇ…魂を振り絞ったようだ。ヴィクトール君も振り向いてしまっていたとはいえ……しかし、ヴィクトール君は後味の悪い勝利になったかもしれないねぇ」

 

「だなー、あとで慰めちゃろ。…ん、フラッシュが倒れたぞオイ!?」

 

『フラッシュ!?』

『大丈夫か』

『orzってる』

『顔真っ黒やん』

『泥が…』

 

「正確には、走れなくなって止まったのだろう。視界が奪われたまま全力疾走するのは普段以上に疲弊するだろうからねぇ…目が無事だといいが。…お、猫トレ君が行ったね」

 

「なー、とにかくフラッシュは目が無事だといいんだけどなー。…ん、お?猫トレがフラッシュ抱えたな?」

 

「………ほう、見事な手際だよ。正面から水をかけるよりも横から流水で流したほうが泥が流れやすい。そして泥を流した後は大量の水で洗わせる…応急処置としては満点だ」

 

『猫トレ頑張れ!』

『猫トレ頼むぞ…』

『フェリスのみんな超心配そうにしてる』

『そらそうよ』

『無事でいてくれ…』

 

「……お、立ち上がったな?見えてるっぽいか?どうよタキオン」

 

「ふぅむ…大きな問題は……なさそうだねぇ、今彼女が明らかに猫トレ君を見ていた、目は見えている。猫トレ君も落ち着いてるし、まだ安心はできないけど、大事には至っていないと信じたいね」

 

「そっか?ふー……やっぱよ、レースって万が一もあっからよー。無事なのが一番だな!!」

 

『よかった』

『猫トレ偉いぞ…』

『ちょっとまってキスしてるやん』

『え』

『いやあれ眼を見てるんでしょ』

『猫トレの顔超真剣』

『流石に茶化せん』

『無事そうでよかったよマジ』

『それな』

 

「ああ、フラッシュ君が着順掲示板を見て泣いてしまったね…いやむしろ涙は流したほうがいいか?一先ずは落ち着いたかな」

 

「だな、んでもってどーやら医務室行くっぽいな。…さてんじゃ改めてだがレースはヴィクトールピストの勝利だ!!つっても多分これ、そーとー気持ちが収まってないなヴィイのヤツ」

 

「先ほどフラッシュ君が無事そうなのを見届けて安堵の表情ではあったが…まぁ不完全燃焼だろうねぇ」

 

『だろうなー』

『あれはしゃーない』

『あの大外の距離損であれだからな』

『ヴィックちゃんも後ろ振り向いてたから…(震え声)』

『動揺も間違いなくあったしな』

 

「実際にあのアクシデントがなければ、ヴィクトール君もさらにいい走りをしたであろうことは想像に難くない。決着は持ち越し、といったところだねぇ」

 

「もしもの話でしかねーしな。とにかくフラッシュが無事なんだ、またいくらでもやりあう機会はあるだろーぜ!!」

 

「そうだね、未来に想いを馳せておこう。…勝利者インタビューが始まるねぇ」

 

『「勝利した感想は?」→「応援してくれたファンへは素直に感謝。だけど極めて不完全燃焼」』

『それはそう』

『そうよな…』

『ファンだけど気持ちわかるよ…』

『気持ちおんなじなんよ』

『アクシデントだからしゃーない』

 

「ま、だよな。ヴィイの尻尾めっちゃ揺れてるわ。尻尾に感情出やすいんだよなーアイツ」

 

「こんな勝利で手放しで喜べるウマ娘なんていないさ。私たちが求めるのは競い合ったうえでの勝利だからねぇ…牽制なども含めたすべてを使ってね。アクシデントはお呼びじゃないのさ」

 

『「フラッシュが最後詰めてきたが気づいていた?」→「気配で気づいた。正直に言えば急に来たのですごく怖かった」』

『芝』

『めっちゃ尻尾揺れるじゃん』

『そら大外からあんな勢いで上がられたら怖いわ』

『よく頑張った』

『泣かなくて偉い』

 

「あの末脚はそら怖いよなー。しかも後ろにいないって思ってからのドーン!!じゃそりゃあな」

 

「大外のラチ沿いを走っていたからねぇ…すべてのウマ娘の意識の外だろう、あれだけ離れていれば」

 

『「次走への意気込みは?」→「まだ未定。けど、まだフラッシュ先輩に及ばないことが分かったので鍛えなおす。次はまっすぐ先輩とぶつかりたい」』

『謙虚やん…』

『いい子やん…』

『先輩後輩の関係イイゾーコレ』

『黒鹿毛と黒鹿毛でバランスもいい』

 

「クッソ真面目なんだよなーヴィイは!!でも負けん気もつえーかんな、クラシックじゃもっと強くなってるぜぇ!」

 

「フラッシュ君も今日の負けの悔しさでさらに末脚に磨きをかけてくるだろうね。クラシック戦線が楽しみだ」

 

『「トレーナーとして何か?」→沖野T「ヴィクトールピストもよく走っていたが、フラッシュがやはり現状最大のライバル。彼女にクラシック3冠レースで負けないように仕上げる」→ヴィ「ちょっと勝手にレース決めないで?」』

『芝』

『これは芝』

『沖野はさぁ…』

『相変わらずですね』

『スピカの原風景』

『猫トレの先輩なだけあるわ』

『マ?』

『猫トレと結構仲良くしてるの見かける@学園生』

 

「おー、トレーナーと猫トレは結構仲いいぜー。あたしらも一回チーム同士で併走したしなー」

 

「ふぅン、猫トレ君はなかなか顔が広いねぇ。オニャンコポン君がいい緩衝材になっているのかな?」

 

『「最後に一言」→「フラッシュ先輩、また改めて本気で勝負しましょう!お大事に!!!!」』

『ほっこり』

『これはほっこり』

『あったけぇ…』

『すごい満面の笑みになっている俺』

『ファンになったわ』

『フラッシュのファンでしたがヴィクトールのファンにもなりました』

『クラシックで脳破壊待ったなしなんだよなぁ…』

 

「はっはっは!!いや自慢の後輩だわ!!」

 

「いいね、やはりライバルである相手は同時に友でもある。いい子だねぇ彼女は」

 

「そんじゃインタビューも終わったしあたしらもここで終わりだなー!!今年はあと東京大賞典が最後に残ってっけどぱかちゅーぶは放送なしの予定だぜー!来年また会おうぜお前らーっ!!それじゃあ今日のぱかちゅーぶは!ゴルシ様とー!?」

 

「アグネスタキオンでお送りしたねぇ!」

 

「それじゃ、まったなー!!」

 

「よいお年を、モルモット君」

 

『おつ』

『おつー』

『02』

『よいお年を!』

『おつおつー』

『フェリスのウマッター更新きた』

『おつー』

『ん?』

『マ?』

『抜粋コピペ「本日のレースでアクシデントにより目に泥が入ったエイシンフラッシュですが、診察の結果は眼球等に大きな異常なし。問題なく完治します。来年の彼女を応援してあげてください」』

『うおーよかった!』

『マジで胸撫でおろしたわ』

『無事でよかった』

『来年が楽しみだ』

『鬼もよう笑っておる』




次回、第二部最終話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

41 フェリスの年越し

※まじめな話を書きすぎたので反動がでかい。


 12月31日、大晦日。

 この日、チーム『フェリス』に所属する3人のウマ娘達は、夕暮れが空を染めるころの時間に、寮の前で集合していた。

 

「…時間ですね。行きましょう。忘れ物はないですか?」

 

「はーい!外泊届ヨシ☆お着替えヨシ☆化粧品ヨシ☆」

 

「あたしは着替え置きっぱなしだから楽なの。それじゃトレーナーのお家にしゅっぱーつ!」

 

 3人は本日、チームを率いるトレーナー、立華の家で夕飯を頂くことになっていた。

 そのまま年越しの時間を彼の家で過ごす予定である。

 

 このような話になったのは、先日のホープフルステークスでエイシンフラッシュが惜しくも2着で敗れたその翌々日、今年最後のチームミーティングで決まったことであった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……さて、今年一年みんな本当にお疲れ様。輝かしい結果を残せたな。全勝とは行かなかったが、俺は満足してるぞ」

 

「…む。来年こそは、私も頑張ります」

 

「フラッシュさん、その意気だよ☆来年こそ、みんなでGⅠ!」

 

「そーなの、あれは事故だし…フラッシュちゃんの最後の走り、本当にかっこよかったの!」

 

「二人の言う通りだ。フラッシュの目も無事だったし、誰も大きな故障がなくて年を越せる。とても幸せなことだよ。それ抜きにしたって重賞7つ、うちGⅠ2つだ。出来すぎて言うことなし!」

 

 ホープフルステークスで敗北を味わって以降、チームメイトから慰めの言葉も受けて、そしてトレーナーからも尊敬する、とまで言われ、エイシンフラッシュもある程度の時間で心境的にも落ち着いて、自分の感情を整理し、次に向けての熱意に変えることができていた。

 また、レース中に泥が飛んだ彼女の瞳についてだが、本当に幸いなことに傷などもなく、今はほぼ治っている。レース後すぐに立華と共に眼科へ向かい精密検査を受けさせたが、一時的な充血以上の異常は見られなかった。

 眼帯も不要、念のため1週間の点眼薬の使用をする程度で後遺症などもなくきちんと完治するとの医師の太鼓判を押された。

 立華にとってはそれが何よりも幸いなことであった。医師の診察を聞いて、彼も随分と安心した様子で胸をなでおろしていた。

 

 さて、改めて今年を振り返れば、最後のホープフルステークスでは不幸に見舞われたものの、それでもチーム全員ケガもなく、大きなトラブルもなく、新生チームとしては十分以上の成績を残せていた。

 チーム自体も世間に相当知られるようになり、ウマッターもかなりのバズりを見せている。半分くらいは今日のオニャンコポンのおかげではあるが。

 そういった、素晴らしい好走を見せてくれた我が愛バ達へと、何かしてやれることはないかと立華は考えた。

 

「…そーだな、30日から年明け3日まではレースによる脚部疲労の回復のためにも練習なしで息抜きしてもらおうと思ってたけど…31日、よければどっかで集まってうまい飯でも食べるか?」

 

「…いいですね。今年の振り返りと来年の決起の集会ですね?」

 

「わー、いいね!年末年始は寮にいてもあんまりやることないもんねぇ、正直」

 

「あたしも実家に帰るのは1日の午後からでいいから行けるの!ふふ、楽しみー」

 

「よし決定。んじゃ…どっか行きたいところある?予約入れるよ」

 

 立華は、乗り気な愛バ達の為に、どんなに高級店を望まれようとばっちり予約を入れるつもりでタブレットを操作し始めた。

 しかし若干の目配せを終えた彼女らの答えは、彼にとっては意外ともいえる回答だった。

 

「…では、トレーナーさんのお家ではどうでしょうか」

 

「ファル子、お蕎麦食べたいなー☆そのまま年越しもしちゃおうよ!」

 

「どうせなら朝起きて初日の出を見に行くの!初詣もして、来年の抱負をみんなでお参りしてこない?」

 

「マジで言ってる?」

 

 なんと、3人とも自分の家でいいというのだ。

 しかも年越して初詣まで行きたいとおっしゃる。

 確かに一人暮らしするには広すぎる家で部屋も余っているし、なんかあるかもな、と思って担当の人数分の寝具などは整えていた立華ではあったが、しかし実際に男の一人暮らしにお泊りとなると事情が事情である。

 

「いや…あー、年越しそば食べるまでは全然問題ないけど。お泊り?」

 

「別に炬燵で寝るようでも構いませんが」

 

「布団はあるからそれはいいんだけど」

 

 エイシンフラッシュは、ケーキ巡りで買ったケーキを一緒に食べるために何度も訪れている彼の家の、その間取りをしっかりと把握しており、リビングに炬燵が設置されているのも知っていた。

 

「お風呂も何回かお借りしてるから特に困ることないと思うんだけど?」

 

「君達が置いてったウマ娘用のシャンプーとか尻尾ブラシも確かにあるけど」

 

 スマートファルコンは、野外ライブ帰りにトレーナーの家でシャワーを借りることがあり、風呂場をよく使わせてもらっていた。

 

「ちゃんと毎週掃除してるから、改めて大掃除とかでトレーナーに負担かけることないと思うけど?」

 

「それはマジでいつもありがとうとしか言えないけど」

 

 アイネスフウジンは、毎週の家事代行の仕事の中で私物を色々置いて行っているので、なんなら手ぶらでも一泊する程度は困らなかった。

 

「いや。冷静に考えて?成人男性の家に女子高生が泊まりに来るのヤバくない?」

 

「なぜです?3人で行くのですから間違いが起きようもないと思いますが?」

 

「いや確かに間違いを起こす気は欠片もないが」

 

「今フジキセキさんにLANEで聞いてみたら『外泊届?立華トレーナーの家?オッケー。』って返事返ってきたよ?」

 

「フジキセキとはいずれよく話し合う必要がありそうだが」

 

「担当ウマ娘とトレーナーが一緒に年越しする話はよく聞くの」

 

「女性トレーナーとウマ娘の話だろ…!?」

 

 立華は混乱した。

 どうして我が愛バ達はそんなに俺の家に来たがるのかとんと理由がわからなかったからだ。

 確かにこの世界線では、例えばスーパークリークと奈瀬トレーナー、タマモクロスと小宮山トレーナー、ハッピーミークと桐生院トレーナー、リトルココンやビターグラッセと樫本トレーナーなど、とても仲の良い女性トレーナーとウマ娘の組み合わせは多い。

 そのあたりは一緒に年越しなどしても問題ないのだろうが。我男ぞ。

 

 そうして悩んだ姿を見せていると、3人の愛バたちから徐々に圧が高まってくるのを感じて、オニャンコポンでガードをしながら立華はどうすべきか思案した。

 そして彼の出した結論はこうだ。

 

「……ま、いいか。確かに一人だと問題あるけど、3人ならお泊り会みたいなもんか」

 

 彼はウマ娘の幸せのためならルドルフ以上に自分を顧みない男である。

 その一言で3人のウマ娘の瞳がきらりと光ったような気がするが、しかし立華がそれに気づくことはなかった。

 それに気づく程度にウマ娘のそちら方面の感情の機微に聡い男ならば、恐らく今ここにいるのはフラッシュだけとなっていただろう。

 彼はクソボケであった。

 

「そうですよ。お世話になったトレーナーさんと年越しを迎えたいというのが本心です」

 

「今年一年で、一番同じ時間を過ごした人たちと年越ししたいなー☆」

 

「きっといい思い出になるの。トレーナー、それじゃ年末お邪魔するの!」

 

「ああ、そうと決まれば俺も楽しみになってきた。ウマいそば準備しておいてやるからな!」

 

 こうして年末、4人と一匹で年越しをすることが決定した。

 なお、それをソファの上に転がりながら聞いていたオニャンコポンは、やれやれといった具合にしっぽを丸めていたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「お邪魔します。時間ちょうどに着けました」

 

「お邪魔しまーす!えへへ、こんばんはトレーナーさん☆」

 

「今日はお仕事じゃないから新鮮なの。トレーナー、お邪魔するね」

 

「おー、いらっしゃい。もうすぐソバの準備出来るからな、少し待っててくれ」

 

 夕食の時間になるころに、俺の愛バ達が家にやってきた。

 みんな、明日の朝一番の初詣に備えて少し厚着をしてきている様だ。えらい。

 リビングで上着を脱いでくつろいでもらうように促して、改めて俺はキッチンへ向かう。

 

 ────仕込みは既に済ませておいた。

 

 何を隠そう、俺はソバを手打ちで作ることができる。

 かつての世界線でチーム『ファースト』のサブトレーナーをしていた時に、ビターグラッセから彼女流の旨いソバの作り方を教授してもらい、それを永い時をかけて、年末が来るたびにソバを打って己の技術を磨き上げてきた。

 それでもまだビターグラッセの作るソバのコシには敵わないという自覚はあるが、しかし店で出せる程度には十分な一品である。

 流石にウマ娘3人分も作るとなるとまぁ量が大変だったが、愛バ達に振舞う料理を作るのに楽しい以外の感情が生まれるはずがあろうか?いやない。

 テンション上がってきた。

 愛バ達のお腹を俺の手打ちソバで満たしてやるのだ。

 オグリやスペのようにまんまると膨らませてやるぜ。ふふふ。

 

「…トレーナーさんって主夫スキル高いよねー。料理する背中が楽しそうだもん」

 

「いっつもこの人ごはん作る時こうなの。人に料理作ることを楽しめるタイプなの」

 

「ケーキ作りも上手なんですよね…どこで覚えたのでしょうか」

 

 なんだか後ろからじっくり料理している姿を見られているような気がするが気のせいだろう。

 俺はみんなが色んな味を楽しめるように事前に作って準備しておいた天ぷら、とろろ、コロッケ、油揚げ、鴨肉、大根おろしなどを冷蔵庫から取り出す。

 当然忘れてはいけないネギの千切りとワサビもドンだ。この二つがないと始まらない。つゆは当然のお手製出汁!温かいソバと冷たいソバどっちも行けるように準備済み!

 そして大釜で大量にゆでたソバを、コシがしっかり残る適切なタイミングで取り上げて!!氷水で速やかに冷やしてシメるッ!!!

 ソバよしッ つゆよしッ ネギよしッ ワサビよしッ 薬味よしッ つけあわせよしッ

 全部よしッッ!!

 

「考えに考えたメニューなの」

 

「高ビタミン、低糖質…」

 

「そして長期保存…には向かないか☆」

 

「はい、できたよ。並べるの手伝ってくれ」

 

 俺は料理を作り上げた達成感で賢者のような心持になりつつ、テーブルに並べるのを彼女たちに手伝ってもらう。

 前のミーティングではどこかで飯でも、なんて言っておいてなんだが、やっぱり年越しはソバだ。

 つやっつやに煌いている渾身のソバをじっくり堪能してほしい。

 

「早速食べよう。自信作です。では、いただきます」

 

「いただきます」

 

「いただきまーす☆」

 

「いただきますなの」

 

 4人と一匹で食前のあいさつを交わす。

 オニャンコポンも食べる前に両手を顔の前で合わせるのだから賢い猫だ。

 なおオニャンコポンにはネギとワサビを抜いて、細かく切って薄く味付けしたソバを出している。刺激物は猫にはNG。

 

「……!lecker(美味)…!」

 

「うっま☆」

 

「え、店で食べるものより全然ウマいの…!」

 

「そうだろうそうだろう」

 

 俺は3人のリアクションに自慢げに胸を張って応える。

 やはり永い時間を過ごしてきたこともあって、料理などはそれこそウマ娘の味覚に合うように最適化されている。自分が作るもので担当ウマ娘が喜んでくれるのがトレーナーにとっては何よりも嬉しいものだ。

 

「箸が止まりませんね…あ、ファルコンさん、そちらの天ぷら取ってもらっていいですか?」

 

「うん、どうぞ☆コロッケも温かいソバに載せるとすっごい美味しかったよ☆」

 

「とろろが堪らないの…トレーナー、おかわりなの!」

 

「お代わりもあるぞどんどん食え…!」

 

 俺は自分の腹が満ちる分のソバを食べ終えて、その後は彼女たちが満腹になるよう新たにソバを茹でたり薬味などを足したりして、至福の奉仕に努める。

 笑顔でソバを食べまくる愛バ達を見て、俺は内心でにっこりと笑顔になった。

 ははは。

 これが俺の作戦とも知らずに。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 食事を終えて3時間後。

 年を越すにはまだ早い、夜の10時を迎えたころ。

 

「…………すぅ………はっ。…危ない…所でした…」

 

「……まだ10時かぁ……ファル子、だいぶお眠かも……」

 

「あたしも結構キツいの……トレーナー、コーヒー淹れてぇ………」

 

「寝る前のカフェインは体に悪いからダメです」

 

 3人は、満腹になるまでソバを食べ、蕎麦湯で体全体も温まり、早い時間に風呂にも入れて、パジャマに着替え、そして炬燵に入って軽くミーティングしたり年末番組を見たりなどとゆっくりした結果。

 当然の帰結として、猛烈な睡魔に襲われていた。

 

 そもそもが彼女たちはアスリートである。普段も生活リズムは大変整ったものとなっている。

 夜更かしなど以ての外だ。夜更かししそうなものなら俺が全力でケアしてそうなる前に止めている。

 そんな彼女たちが満腹になりお風呂にも入って炬燵でゆっくりしていれば、こうなるのは目に見えていた。

 

 これが俺の逃走経路だ。

 先に彼女たちを眠らせて、そして彼女たちより後に寝て先に起きれば万が一は起こりようがない。

 そのためにあれほどおいしいソバを山ほど作っておいたのだ。

 これがウララであれば一緒に布団にもぐって添い寝してやってもよかったかもしれないが、彼女たちは高等部のウマ娘である。

 どこがとは言わないがまぁ大変に大人びており*1、万が一にもそういう雰囲気になれば過ちが起きないとは限らない。

 なのでそうならないために、こうして彼女たちを眠りに誘う作戦をとったのである。

 人生経験が違いますよ。

 

「……ふぁ…ん……いけません、欠伸が出てしまいます…」

 

「あぁぁぁ……オニャンコポン………今は胸に飛び込んでこないでぇ……癒されて寝るぅ……」

 

「トレーナーと年越ししたかったけど……ちょっともう、ダメそうなの……おやすみ……すぅ」

 

 まずアイネスが堕ちた。

 今年はよく頑張ってくれたな。

 最優秀ジュニアウマ娘、受賞おめでとう。よいお年を。

 

「………オニャンコポン………すぅー………はぁー…………スヤァ( ˘ω˘ )……」

 

 猫吸いを敢行したファルコンもそのまま眠りに堕ちた。

 君もよく頑張った。

 芝も走れるようになった君の、来年の更なる飛躍を期待しているよ。お休み。

 

「………謀り、ましたね……トレーナーさん……私はまだ寝ませんよ……」

 

「フラッシュ、違うよね?君も、ゆっくりお休みしていいんだ……そうしたいんだろう?…大丈夫…目を閉じて…力を抜いて…」

 

「ッ………………う………耳元で、そんな……囁かないでっ…!」

 

「君はゆっくりと眠りにつく……幸せな眠りだ……3………2………1………ゼロ」

 

「……………すぅ……」

 

 気合でこらえていたフラッシュも、ASMR催眠音声で眠りへ堕としてやる。メイショウドトウと共に3年を過ごした時期に覚えた囁きスキルが役に立った。

 今年の悔しさを、来年は力に変えていこうな。

 ゆっくり休んでくれ。

 

 

 これでよし。

 こうして我が愛バ達はみんな幸せそうな寝顔を浮かべて炬燵で横になったのだった。

 その様子を見ていると、先ほどファルコンを眠らせた我が愛猫、オニャンコポンがニャー、とテーブルの上に出てきた。

 

「偉いぞオニャンコポン、よくやった」

 

 俺がオニャンコポンの背中をわしわしと撫でてやると、ずいぶんと嬉しそうな表情を浮かべてくれた。

 うむ。やっぱり可愛いなコイツ。

 この猫と出会えたことが、もしかするとこの世界線で一番の変化なのかもしれない。

 動物を飼う楽しさに目覚めることができたのだから。

 

「…んじゃ、運びますか」

 

 俺は愛バ達を起こさないようにそっとお姫様抱っこで一人ずつ抱え上げ、別室の彼女らの寝室まで運ぶ。

 そこにはしっかりと3人分の布団が敷かれて、かつてアドマイヤベガと共に駆けた3年で詳しくなってしまった布団乾燥機もばっちりかけており、彼女たちの安眠は約束されている。

 大切な宝石を扱うようにゆっくりと彼女たちを布団に眠らせて、髪留めなどほどいてやって、穏やかな寝顔を見て俺は満面の笑顔になる。今日のミッションはクリアだ。

 

「やり遂げた…!さて、俺も風呂入って寝るか」

 

 一仕事終えた解放感を伴って、ようやく俺も安心して風呂に入れる時間だ。

 この3人が俺が風呂に入っているときに何かするとは欠片も思わないが、それはそれとしてトラブルというものはいつ起きるかわからない。レースと同様、ウマ娘との日常に絶対はない。そのことを俺はゴルシと駆けた3年間で死ぬほど味わっている。

 しかし3人とも夢の世界へ無理やり旅立たせた今はそんな心配をすることなく、ゆっくりと湯につかれる。やったぜ。

 

 着替えやタオルなどを用意していると、オニャンコポンも風呂場についてきた。

 そして愛用のオニャンコポン用の湯舟である洗面器に猫パンチを繰り出してアピールし始めた。

 

「…ん。今日は一緒に入るか?」

 

 そう聞くと、ニャー!と肯定の返事が返ってきた。

 オニャンコポンは、時々こうして俺と一緒にお風呂に入りたがる。

 猫にしては珍しく、こいつは水を怖がることが一切ない。

 なんなら泳ぐこともできるのだが、大抵は洗面器にお湯を張ってやり、そこでのほほんと寛ぐのが好きらしい。

 

「よし。今年の汚れは今年の内に落としておくか」

 

 俺はそんな愛らしい忠猫と共にお風呂にゆっくりと浸かりながら、ふと今年の…今回の世界線に想いを馳せる。

 

 

 3度の出会いがあった。

 出会って、俺は彼女たちの想いを受け止めて、手を差し伸べて。

 そして、彼女たちは俺のその手を取ってくれた。

 これまでの世界線にはなかった、複数のウマ娘の担当。

 

 初めてのその出来事に、俺も一時期は自分を見失いかけた。

 今までの世界線以上に、他のチームのトレーナーとも縁が出来た。

 そうして、彼女たちは誇らしいほどに成長し、立派な結果を残せた。

 

「………三女神さんよ。何の相談もなくいきなりハードモードにしてくれたみたいだけどな」

 

 誰にでもなく、呟く。

 今回の世界線は、これまで以上に忙しく、そして大変だったのは間違いがないけれど。

 それでも。

 

「…今のところ、感謝しかないからな。これからも俺は、しっかりとやっていくさ」

 

 

 ────────この、忙しくも楽しい毎日が、これからも続きますように。

 

 

 そんな願いを、わずかに響く除夜の鐘の音に乗せて。

 数奇な運命を辿る俺の一年目は、終わりを迎えた。

 

*1
一名除く。




第二部ジュニア期完結。
次回から第三部、クラシック期に入ります。

なお第三部では、前作の描写に絡めた表現が多数出てくる予定です。
前作であるハルウララとのお話を改めてお読みいただくことで、今後の話をより楽しんでいただけると思います(隙あらば前作推し)





あと第二部終わったのであとがきという名の活動報告(約13000字)上げてます。ボツネタ満載。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第三部 クラシック期
42 フェリスの元旦


 俺は朝4時半にセットした目覚ましのアラームで目を覚ます。

 今日は元旦だ。昨晩は俺の愛バ三人を年越しの前に眠りの世界に誘って、ゆっくり風呂に入ってすぐに自分も寝た。

 昨日の時点までは作戦は見事に遂行されていたが、今日これで俺が彼女たちより遅く起きるようなことになればその時点で失敗になる。

 特に、毎朝5時に起きるのが習慣となっているエイシンフラッシュよりも早く起きる必要があったため、まだ日が昇るにも早いこの時間に目覚ましをかけていた。

 

「んー……ふぁ……ん。オニャンコポンもまだ寝てるか」

 

 昨晩ベッドを共にし、今は俺の腕の中ですんやりと眠っているオニャンコポンを起こさないように、俺はそろりと布団から抜け出る。

 この後愛バ達と顔を合わせるので、多少は身嗜みを整えておく必要があるのだ。鏡台のある洗面所へ向かい、軽く顔を洗い髭を剃って眠気を散らす。

 そうして朝のコーヒーを淹れていると5時になり、彼女たちの寝室から少し物音がし始めた。

 待っていると、まずやはりというべきか、5時ピッタリに目が覚めたらしいエイシンフラッシュが出てきた。

 

「……トレーナーさん…昨晩はやってくれましたね……」

 

「ははは。よく寝るウマ娘は脚が速くなるって言うからね、無理に起きててもらうのは気が引けたのさ。そんなに怒らないでくれ」

 

「…もう、意地悪。…おはようございます。そして、改めまして…あけましておめでとうございます」

 

「あけましておめでとう。今年もよろしくね、フラッシュ」

 

 姿勢を正して、ゆっくりとお辞儀をしながら新年のあいさつを交わすエイシンフラッシュに、俺も応える。

 その言葉で笑顔を浮かべて、彼女も身嗜みを整えるために洗面所に向かった。

 うん。言わなかったけど彼女、結構寝ぐせついてて可愛かったな。

 普段はミリ単位で容姿もしっかり整えている彼女の気の抜けた姿を見れる俺は幸せ者なのだろう。

 そんなことを思っていると、続けて寝室からもう一人、眠そうに欠伸をしながら出てくる愛バがいた。

 

「……ふぁ……ん。すっごくよく眠れたの…おはよ、トレーナー。布団いいの買ってたの?」

 

「そこそこのものではあるけど、どちらかと言えば布団乾燥機のおかげかな。この時期はお勧めだよ」

 

「そーなんだ…今度あたしも買ってみようかな…あ、いけないいけない。こほん。…あけましておめでとうなの、トレーナー!そして、立華さんとしても!」

 

「ああ、あけましておめでとう。今年もよろしくな、アイネス。トレーナーとしても、雇用主としても」

 

 二番目に起きてきたのはアイネスフウジンだ。

 彼女もまた、朝には強いウマ娘だ。何故なら彼女はこれまでに、朝刊配達や牛乳配達などの朝早いバイトも経験しているからだ。

 練習の時間で午後は使うから、朝のバイトを、と結構最近まではそのバイトをしており、バイト後に登校してた時期もあった。

 

 俺は彼女にも2つの立場から新年のあいさつを交わして、エイシンフラッシュに続いて洗面所に入っていくのを見送った。

 うん。彼女も当然だが寝起きなのでバイザーも外していて、普段は左で留めてる髪房もほどいており、その装いがかなり違っていた。

 活発的な印象を受ける髪結いがほどけることで、妙にこう、大人びたものを感じるのは俺だけだろうか?

 普段とは違う髪型をしているウマ娘に俺は弱い。

 

 …いかんな。トレーナーであり教職である人間の抱く思考ではない。年明けから大切な教え子にわずかでも煩悩を抱こうなどと不届き極まる。

 この後の初詣でその辺はしっかり落としてこよう…などと思っていると、もう一人、大切な相棒が起きだしてきて俺の胸元に飛び込んできた。

 

「お、起きたかオニャンコポン。おはよう、そんでもってあけましておめでとう」

 

 ニャー、と鳴いて返事をするのはオニャンコポンである。どうやら俺という湯たんぽがなくなったことで目が覚めたのだろう、布団を抜け出してきたようだ。

 もちろん猫を飼ううえで俺はオニャンコポンが部屋に閉じ込められないように配慮をしており、家の扉は鍵を閉めなければ基本的に押せば開くようにしてあった。

 俺の部屋から出てきてまず俺の胸に飛び込んでくるのだから、こいつも人懐っこいやつである。

 

「そうだ、さっそくで悪いがオニャンコポン、ファルコンを起こしてきてくれないか?そろそろ起きないと身嗜みの時間がとれなさそうだ」

 

 頼む、とオニャンコポンを放つと、ニャー、と肯定の返事を経て、オニャンコポンが彼女たちの寝室に向かう。

 器用に扉の隙間に体をねじこみ、部屋の中に入っていき……しばらくして、オニャンコポンを抱えたファルコンが部屋から出てきた。

 

「目が覚めたら視界が全部オニャンコポンのお腹だったんだよね…☆すごい新年の目覚め方しちゃったかな…」

 

「やぁ、おはようファルコン。起こして悪いな、もうすぐ初詣の時間だったからね」

 

「んーん、よく眠れたから大丈夫だよ。あけましておめでとう、トレーナーさん☆」

 

「あけましておめでとう。今年もよろしくな、ファルコン」

 

 彼女とも新年のあいさつを交わす。エイシンフラッシュと入れ替わるように、彼女もまた洗面所へと向かっていった。

 普段はツインテールにしている彼女の栗毛は寝起きで当然縛っておらず、ふんわりと広がって、歩くたびに靡くような動きを見せていた。

 その綺麗な輝きに思わず、わずかばかり目で追ってしまった自分を叱咤する。綺麗なのは間違いないけど流石にそういう着眼点で彼女たちを見るのはNGだ。

 どんなにループを繰り返しているとはいえこちらは若い男性で、そういう相手からそんな目で見られれば彼女たちもいい気分ではないだろう。

 俺自身、いつまでも若者の心は持っておきたいと思う反面、そういった邪な思考を捨て切れておらず、やはり三つ子の魂は1000年近くたっても変わることはないようだ。

 煩悩退散。年明けから何考えてんだ俺は。

 

「トレーナーさん、私の分もコーヒーを頂いていいですか?」

 

「もちろん、みんなの分を作ってあるよ。ただし、ブラックだと起きたばかりの胃に悪いからミルクと砂糖は入れようか」

 

 俺はエイシンフラッシュにコーヒーを淹れてやるために、台所へ向かう。

 何度も俺の家に来ている彼女らは、いつの間にか専用のマグカップを俺の家に置いている。エイシンフラッシュのは黒塗りのシックなマグカップだ。

 アイネスのはピンク色の可愛らしいもので、ファルコンのはキャラメル色の美味しそうなもの。それぞれがよく合った色のものを使っている。

 エイシンフラッシュの分のコーヒーを淹れ、彼女が好みの量のミルクと角砂糖を入れてやり、ついでに他の二人の分までマグカップを準備してやった。

 コーヒーをもってリビングに戻れば、他の二人も身嗜みを終えたようで、リビングに戻ってきていた。

 全員揃ってまずコーヒーで一息つく。コーヒーだけで何にもお腹に入れないのもよくないので、みんなが起きてくる前に簡単に作ったサンドイッチもつまませる。

 お雑煮やおせちも準備しているが、それは初詣が終わってからだ。

 

「よし、みんな起きたな。これから初詣に出かけるけど、準備は大丈夫か?」

 

「はい。よく眠れましたし、問題ありません」

 

「とっても気持ちよく眠れたから大丈夫☆いつでもいけるよー☆」

 

「初日の出が出ちゃう前に早く出発するの!」

 

 了解の返事をもらったので準備をする。俺は車のエンジンを入れて温めだして、コートを着る。

 彼女らは一度寝室に戻りパジャマから服を着替えなおして、昨日着てきた上着もきちんと羽織る。

 マフラーなどで寒さ対策もばっちりさせて、いざ出発である。

 

 なお、向かう神社はトレセン学園の最寄りの所ではない。

 そこは学園の生徒やトレーナーも多く集まり、またそんなウマ娘らを一目見ようと一般客もかなり集まってしまう人気スポットとなっている。

 特に今年の注目度が高かったうちのチームの3人をそんなところに連れて行けば、ゆっくりと初詣ができないだろうと考えて、俺はこれまでのループでも愛用している、別の神社へ向かうことにした。

 そちらはそちらで、神主がフクキタルの実家なので人はそこそこいるのだが、それでも前に挙げた最寄りの所よりは落ち着いており、また来る客もウマ娘ファンはいるが、静かに応援してくれる人が多い。

 チーム『スピカ』の沖野トレーナーも愛用している神社であり、そこで初日の出を見終わったら早目に退散することを予定している。

 

 車に3人と一匹を乗せて、出発する。

 今日は幸いにして雲一つない空のようで、6時前の今は少しずつ空が白み始めているところだ。

 このまま普通に車を走らせれば、ちょうどよいくらいになるだろう。

 

────────────────

────────────────

 

 そうして俺たちは神社に到着した。

 初日の出の予定時刻まではあと10分。いい時間だ。

 予想した通り、神社は人込みとなっていることはなく、問題なく回れるくらいに空いていた。

 

「…初日の出までおよそ8分と20秒。まずはそちらを見ることからですね」

 

「うん、お参りはその後にしよっか☆あ、でも焼きトウモロコシおいしそう…!」

 

「屋台をめぐりたい気持ちはわかるけどそれも後にするの!いい所探さないと!」

 

「いや、その後の屋台もよく考えて食えよ?帰ったらおせちとお雑煮準備してるからな?」

 

 食欲が零れだすファルコンに苦笑しながら、俺はオニャンコポンを肩に乗せながら3人を引き連れて、街を見渡せる高台になっている景観スポットへ向かう。

 そういったスポットがいくつかあり、それぞれとても良い景色と、初日の出が綺麗に眺められるのだ。本当にいい穴場の神社である。

 高台に向かう途中に、巫女服を着たフクキタルと会ったので軽く挨拶を交わしておいた。彼女も毎年、この神社の運営で忙しくしている。巫女服似合ってるぞ。

 

 そうして順路を上って高台に着くと、そこには既に来ていたのだろう、学園の別のウマ娘達が集まっていた。

 というか、出会うだろうなとは思っていた。

 あの人、これまでの世界線でも、チームメンバーが多い時は大体ここに連れてくるからな。

 

「お、立華君!あけおめ!奇遇だな、君達もこの神社にしたのか?」

 

「ええ、穴場だって前にお伺いしましたからね…()()()()。あけましておめでとうございます」

 

 沖野先輩率いる、チーム『スピカ』だ。

 彼と、その後ろに彼の率いる輝かしい戦歴を持つウマ娘達がぞろぞろと集っていた。

 チーム『スピカ』とは去年に一度併走をさせていただいており、その時のお互いの面合わせは終えている。

 

「皆さん、あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします」

 

「あけましておめでとー!みんなも来てたんだ☆?」

 

「あけましておめでとうなの!わー、ここいい眺めなの!」

 

 うちのメンバーたちがスピカのみんなにそれぞれ挨拶を交わす。

 向こうからも返事がくるが、みんなでまとめてわいわいと話すものだから、ずいぶんと(かしま)しくなってしまった。

 

「あけましておめでとうございます。スピカは毎年ここなんですよ、ファルコン先輩」

 

「あふぇまひへふぉめへほーごふぁいまふっ!!もぐもぐ…!」

 

「スペちゃん!?焼きそば食べながらしゃべるのヤメナヨー!あ、あけましておめでとーっ!」

 

「あけましておめでとうございます。昨年は素晴らしいご活躍でしたね、そちらのチームは」

 

「おー!アタシもぱかちゅーぶで実況してて楽しかったぜー!あっけおめー!」

 

「あけましておめでとうございます!今年は同じレースで走りたいですね!」

 

「あけおめっす!練習でもまた会うこともあるでしょーし!今年も頑張りましょうね!」

 

 誰が誰だかは察してくれ。この人数の会話を正確に表現するのはつらい。

 しかし、改めて一人…そう、これまでの世界線でも珍しい、スピカに加入した彼女は、フラッシュに大きくお辞儀をする。

 

「あけましておめでとうございます、フラッシュ先輩。…先日のレースの、その、目は大丈夫でしたか?」

 

「ええ、ご心配頂いて有難うございます、()()()()()()さん。この通り、すっかり治りました…あの時は、全力でお相手できずに申し訳ありません」

 

「いえいえ、そんな!事故でしたからいいんです!…けど、全力で、という点は次は是非とも。今年はよろしくお願いします」

 

「はい、こちらこそ。次は負けません」

 

 先日のホープフルステークスで勝利したヴィクトールピストが、エイシンフラッシュとお互いに意気揚々とあいさつを交わした。

 彼女たちもまた、先日のレースでお互いに思う所があるのだろう。

 フラッシュとしては、勝ちきれなかった相手として、次は勝ちたい。

 ヴィクトールピストとしては、不完全燃焼だったあのレースに歯噛みして、次はしっかりと勝負したい。

 

 お互いにライバルとして認め合い、そうして高めていける。

 それは、とても素晴らしいことだと思う。俺は満面の笑みでその様子を眺めていた。

 隣の沖野先輩の顔を見ても同じような顔だ。わかり味が深い。

 

「───────────あ、始まった!」

 

 それは誰が挙げた声だったか、その声を合図にみんなで地平線の彼方を見れば、空を明るく照らしていた光、まぶしい太陽がその頭をのぞかせていた。

 初日の出の時間だ。

 それぞれのウマ娘達が、思い思いに感嘆の声を漏らす。

 そして、そんな彼女たちを後方トレーナー面して眺めている我ら男性陣。

 沖野先輩が、彼女らの邪魔にならないように、小さくつぶやいた。

 

「……いいもんだよな。やっぱ、こういうのがさ」

 

 それは、想いの籠った言葉。

 俺はその言葉に大きく頷いて同意を返す。

 

「ええ。やっぱり彼女たちは…ウマ娘ってのは、楽しく、輝いてなきゃいけない。俺もそう思います」

 

「いいね、やっぱ立華君はわかってるな。…甘酒飲むか?」

 

「いただきます。先輩も車で来たんでしょうし、飲みすぎちゃダメですよ?酒にあんまり強くないんですから」

 

「大丈夫だっての。優秀なナビゲーターいるしな」

 

 大人同士でも、それぞれ挨拶と、彼女らへかける(カケル)想い(ユメ)を乗せて。

 みんなで初日の出を拝みながら、こうしてチーム『フェリス』の新年は始まっていった。

 

 

 




クソボケのヒミツ②
実は、普段と髪型が違うウマ娘にクッソ弱い。






アンケートでステータス開示して♥が多く、しかし閑話にするほどの文量でもないため以下に投稿しておきます。
設定程度のそれでしかないし今後の描写でここにないやん!みたいなスキルも生えてくるかもなんでご容赦やで(フラグがないとは言ってない)



エイシンフラッシュ
(ジュニア期終了時点)

芝:A
ダ:E

短:F マ:D 中:A 長:A
逃:G 先:B 差:S 追:B

スピード:C
スタミナ:D
パワー :C
根性  :E+
賢さ  :C+


【スキル】

領域
①【■■■■■■■■・■■■■■■■】
未発動

コモンスキル
・中距離直線◎
・差しのコツ○
・全身全霊
・位置取り押上げ
・差しコーナー○
・静かな呼吸
・差し牽制
・逃げ牽制
・先行牽制
・束縛

特殊スキル
・地固め(真)
・独占力(真)
・逃げ牽制(砂)
・逃げ牽制(風)
・シックスセンス(■■■)



スマートファルコン
(ジュニア期終了時点)

芝:C
ダ:A

短:A マ:A 中:A 長:D
逃:S 先:D 差:G 追:G

スピード:C+
スタミナ:E+
パワー :C
根性  :D
賢さ  :E+


【スキル】

領域
①【キラキラ☆STARDOM】
()()レース中盤の直線で前の方にいるとき、後ろのウマ娘と距離が近いと譲らない想いが力になる。
②【■■■■】
未発動

コモンスキル
・コンセントレーション
・逃げのコツ○
・地固め
・先駆け
・チャート急上昇!
・注目の踊り子
・逃げコーナー○
・逃げ直線○
・先頭プライド
・差し駆け引き

特殊スキル
・地固め(真)
・独占力(真)
・差し牽制(光)
・逃げ牽制(風)
・切り開く者(■)


アイネスフウジン
(ジュニア期終了時点)

芝:A
ダ:E

短:B マ:A 中:A 長:B
逃:S 先:C 差:G 追:G

スピード:C+
スタミナ:E+
パワー :D+
根性  :C+
賢さ  :D


【スキル】

領域
①【■■■■■■!■■■■!】
未発動

コモンスキル
・集中力
・逃げのコツ○
・遊びはおしまいっ!
・スリップストリーム
・スピードイーター
・じゃじゃウマ娘
・逃げコーナー○
・逃げ直線○
・先頭プライド
・逃げ焦り
・差し牽制


特殊スキル
・地固め(真)
・独占力(真)
・差し牽制(光)
・逃げ牽制(砂)
・姉御肌(家族)




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

43 隼の逡巡

 年明け3が日も終わり、普段通りの生活が戻ってきているトレセン学園内。

 スマートファルコンは、午前中の授業も終えて昼食もとり、この後のチーム練習までの空き時間を何をして過ごそうかと考えながら廊下を歩いていた。

 

(早めにチームハウスに行ってオニャンコポンと遊んでようかな?それともウマドルのダンスの練習でもする?)

 

 特に予定があるわけでもない、しかし1時間後にはチームで今年最初のミーティングが始まり、その後はガッツリ練習も入ることから、あまり体力を消耗するような時間の潰し方はできない。

 エイシンフラッシュは図書館で催眠についての本を読むとか言っていた。年末になにやら立華トレーナーにやられたらしく、それの仕返しの為に催眠術を覚えようとしているらしい。平和で何よりだと思う。

 

「うん、オニャンコポンと遊んでよっと。トレーナーさんの顔も早く見たいし…☆」

 

 ウマドルとしてのライブの練習よりかは、しっかりとこれからのレースに向けた練習に精を出したい、という結論を出して、早めにチームハウスに向かうことにして、そちらに足を向けた。

 その矢先である。

 

「お、見っけ。やっほーファルコンちゃん、あけおめ!今年もよろしくね」

「あけおめー。去年はチーム『フェリス』すごかったねー、お疲れさん」

「あけおめー。去年はGⅠ制覇もおめでとー。早速抜かされちったねウチらの戦績」

 

「あ、ノルン先輩、ルディ先輩、ミニー先輩!あけましておめでとうございます!」

 

 チーム『カサマツ』の三人組と廊下でばったりと出くわし、新年のあいさつを交わす。

 昨年は彼女らチームには大変にお世話になり、何度も併走を共にさせていただいて、先輩でもある事から、スマートファルコンも日常生活の中でもとても親しくさせてもらっていた。

 しかし気になることを最初にノルン先輩が言った気がする。「見っけ」と。

 

「えっと、ファル子に何か用でしたか?」

 

「あー、まぁそう。うん。大したことじゃないんだけどねー」

「まだそっちのチーム練習まで時間あるっしょ?ちょっと付き合ってくんね?」

「そんなに時間は取らないからさー、うちのチームハウスにちょっと寄ってくれるだけでいいんよ」

 

「ええ。…いえ、もちろん行きますけど…?」

 

 スマートファルコンは、これなんか漫画で見たシチュエーションだ、不良先輩たちにカツアゲされるやつだ…と若干の危機を感じて、しかし尊敬する先輩方である、NOとも言えず、そのまま3人についていく。

 まぁ、カサマツの先輩たちはみんな口調は荒いがその実とても優しく、そして根っこは真面目であることをスマートファルコンは知っているので、そのような失礼な想像は頭から振り払って、そうしてチーム『カサマツ』のチームハウスまでやってきた。

 

「おー、マーチ、ファルコンちゃん連れてきたぜー」

 

「ん、来たか…あけましておめでとう、ファルコン。今年もよろしくな」

 

「マーチ先輩?あ、はい、あけましておめでとうございます!こちらこそよろしくです!…ええっと、それでどんなご用件が…?」

 

「まーまーまー。とりあえず座りなよファルコンちゃん」

 

 中にいたのは、フジマサマーチ一人であった。

 北原トレーナーやオグリキャップ、ベルノライトの姿はなく…いわゆる、ダートウマ娘達のみがここには集まっていた。

 促されるままにパイプ椅子に座る。何だろう。何か聞かれるようなことあったっけ。

 対面に座るフジマサマーチ。その顔が、なんだろう、ちょっと怖い。

 

「さて…急に呼び出して悪かったな、ファルコン。今日はお前に聞きたいことがあってな」

 

「私に?ええっと…どんなことを?」

 

「……お前が昨年に走った、阪神ジュベナイルフィリーズの件だ」

 

 フジマサマーチが話し出すそれは、去年スマートファルコンが勝利したGⅠレース。

 ()のレースのことだ。

 

「まずは…勝利、おめでとう。……しかしだ、ファルコン。私はお前がダートしか走れないものだと思っていた。あれほどのダートの走りを見せながら、まさか芝まで走れるとはな」

 

「あ、ありがとうございます…?………あ、うん、それはそのー…トレーナーさんが良く教えてくれたから…」

 

「いや、フツーはトレーナーに教えてもらっても簡単に走れるもんじゃないよ芝は」

「アタシらてんでダメだったしね」

「猫トレやっぱ天才か…?」

 

「ふ、流石は立華トレーナーといったところか。…それで、聞きたかったのは()()だ、ファルコン。貴様……今後は芝のレースに鞍替えするのか?」

 

 フジマサマーチが今日の本題を問いかけてきて、スマートファルコンは呼び出された理由になるほどと合点がいった。

 彼女たちとダートを並走している中で、何度か交わした話。

 いつか、自分もフジマサマーチたちと同じように、ダートの重賞に出ていくと。

 そして、雌雄を決しましょう、と。

 将来のライバルともいえる自分が、しかしジュニア期で芝のGⅠレースに勝利した。

 であれば、彼女たちも自分が今後、どんなレースに出ていくのか心配しているのだろう。

 なるほど、と得心して……しかし、スマートファルコンは自分の本心を素直に吐露することとした。

 

「いえ、ダートのGⅠレースには必ず出ます!私もダート走りたいし、先輩たちとも走りたいし!そっちメイン…の予定、です!」

 

「…そうか、なら一先ずは安心だ。戦えないということがないならいい…私たちもまだまだ現役を続けるつもりだからな」

 

「あーしらみんな、オグリよりも長く走るのが目標だかんね」

「オグリはドリームリーグに逃げちまったしなー」

「ドリームに移籍する実績積み上げねーといけんしね」

 

 その言葉に、フジマサマーチ達はひとまずの安心で息をつく。

 今後、彼女が完全に芝に鞍替えして…戦えなくなる、ということはないとわかったからだ。

 可愛い後輩でもあり、そして怪物でもある彼女とは、どうしたって雌雄を決したくなる。

 それがウマ娘の本能というものであり、さらに言えばカサマツ出身の意地のようなものもあった。

 

 しかし、スマートファルコンから最後に漏れた一言のニュアンスが気にかかり、フジマサマーチがそれを拾う。

 

「……ファルコン。何か悩んでいるのか?先ほどの言葉の最後、わずかに逡巡があっただろう」

 

「………わかります?」

 

「わかるさ。何度一緒に走ったと思ってる。お前はもっと素直に猪突猛進するタイプだろうに」

 

「結構ファルコンちゃんわかりやすいよな」

「尻尾もよく揺れてるし」

「なんかあったら相談に乗るよ?こーして無理やり呼びつけちゃってんのもあるし。言ってみ?」

 

「ふふ、先輩たちにはかなわないなぁ!それじゃ…そのー、ものすごく傲慢な悩みだって自分でもわかってるけど、相談していいです?」

 

「構わん。言ってみろ」

 

 言葉の切れ端や尻尾などのしぐさで、自分の中にあるわだかまりを見抜かれ、素直に先輩たちのその優しさに感動し、そうしてスマートファルコンは今自分が感じている、一つの悩みを打ち明ける。

 

「……この間の阪神ジュベナイルフィリーズ。勝っても、あんまり嬉しくなかったんです」

 

「…ほう?」

 

「なんていうのかなぁ…ダートのレースを走り切って勝った時よりも、達成感って言うか…()が納得してないような、そんな違和感があって…」

 

 それは、先日のGⅠレースのこと。

 スマートファルコンがそのレースに出走したのは、チームの他二人が重賞やGⅠに出走するような中で、自分だけがOPしか走れないことへの抵抗、という意味が強かった。

 もちろん、大舞台に出てみたいという気持ちもあったし、芝のレースも走れるようになって、()()()()()()()輝ける舞台に立ちたい、という想いもあった。

 そうしてトレーナーと共に芝も走れるようになって、見事に一着を取り、輝かしい栄誉を勝ち取った……はず、だったのだが。

 その勝利に、謎の空虚感をスマートファルコンは感じてしまっていた。

 

「…面白い話をする。この学園の、芝を走るウマ娘には絶対に相談できん話題だな」

 

「フラッシュちゃんに言ったらキレそう」

「いやキレはしないっしょ優しいし。でも相談はできないよなー」

「フラッシュちゃんも惜しかったもんなーホープフル」

 

「そうなんですよね…なんで嬉しくなかったのか、自分でもわからなくて…でも、フラッシュさんやアイネスさんには相談できないし、トレーナーさんにも、ファル子の我儘で出走したレースで勝たせてくれたのに、そんなことを言えないし……」

 

 うーん、とスマートファルコンは首をかしげて悩む。

 他のカサマツの4名も、可愛い後輩の悩みに真剣に考える。

 だが、それに答えは出ない。

 出せない。

 何故なら、彼女ら4人は、芝のレースで勝ちきれたことがないのだから。

 

 だから、レースの経験ではなく、人生経験から…フジマサマーチは答えを少し考えて、紡いだ。

 

「…ファルコン。私たちは芝のレースで勝てたことがない。だから、芝のレースに勝っても喜べない、というお前の気持ちは正直に言えば、わからない」

 

「それな」

「実績積み上げてないアタシらが何言ってもな」

「ウチらだったら勝てたら普通に喜びそうだし」

 

「そっか……そうですよね」

 

「ああ。……だが、相談には乗ってやることができる。私たちも、内容は違うが…同じように思い悩み、くすぶっていた時期があったからな」

 

 そう、それはカサマツにいたころの彼女たちの想い出。

 オグリが中央へ行ってしまい、しかしノルンを筆頭として奮起した彼女らは、しかしその熱い想いをどこに、どうやってぶつければいいか悩んでいた。

 

 勝ちたい。

 けれど、どうすればいいかわからない。

 これまで以上にハードな練習をする、だけでは意味がない。

 気持ちはあるが、その気持ちを形にする方法が見つからない。

 そうして彼女たちは悩んで、悩んで、悩みぬいて。

 そして出した結論と行動を、スマートファルコンに伝える。

 

「いいか、ファルコン。お前のその悩みも、想いも……全部、()()()()()()()()()()()()。まずはそこからだ」

 

「…え?で、でも…」

 

「でも、じゃないんだなファルコンちゃん。マジでそっからなんよ、全部」

「そーそー。アタシらってさ、まぁこうしてレース走ったり、頑張って背伸びしよーとするけどさ。結局、ガキなんよ」

「ガキだから、気持ちは強いし想いもあるけど…結局やり方がわかんなくて、だから悩んでるんよ。ウチらもそーだったし」

 

「そう…どんなに思い悩んでも、まだ大人ではない自分だけでは答えが出ないことも多々ある。だから、まずお前の信じるトレーナーによく相談するんだ。…立華トレーナーのことは、心から信じているんだろう?」

 

「う、うん!それはもちろん、信じてます!」

 

「だろう?なら、相談しろ。私たちもそうした。…お前ほどトレーナーを信じていた時期ではなかったが、とにかく想いをぶつけてみた。そうしたら、奮起したヤツがいてな」

 

 カサマツにいた時代、彼女たちの指導において。

 彼女らが、オグリに勝ちたい、オグリに負けないくらい強くなりたい、そしてレースに勝ち、中央を目指したい…そんな想いを、それぞれのトレーナーに思い切りぶつけたことがある。

 もちろん、地方のトレーナーの全員がその想いを受け止めきれたわけではない。分不相応な望みだと言った人もいる。

 だが、ウマ娘達の強い想いを受け止めて……自らも変わり、導いてくれた、そんなトレーナー(北原)も、確かにいた。

 

「人に伝えることで、自分の中でもどれほどその想いが強いか…お前の場合は悩みが強いか、か。それもわかる。そして、気持ちの整理もつくし、目標がはっきりと出来ればそれに向けて努力ができる。トレーナーも、その想いを受けて改めて自分のことを考えてくれる…悪い事にはならん」

 

「………マーチ先輩…」

 

「お前の悩みは、きっとお前だけが持つ複雑なものだ。だからこそ、トレーナーと共有し、共にどうすればいいか考えろ」

 

「猫トレ、ファルコンちゃんのこと大切にしてくれてんじゃん?相談した方が猫トレも喜ぶと思うよ、あーしは」

「だねー、3人に首ったけって感じだもんな猫トレ。ホントいいトレーナー捕まえたよあんたら」

「カサマツ時代のキタハラもまー熱入ってたけど、あれはどちらかっつとオグリ相手への熱だわな。ま、アタシらも乗ったけどさ」

 

「みなさん……うん、わかった!私、トレーナーさんによく相談してみる!」

 

「それでいい。…ふっ、私たちに相談してみろとか言っておきながら、全部立華トレーナーに投げるようなことになってしまったな」

 

「いや全然いいっしょ。相談しないままで終わるよりは」

「むしろ猫トレにもっとどんどんウマ娘の世話焼かせるべきだって」

「猫トレは絶対ウマ娘の世話焼かないと生きていけないタイプだってあれ」

 

 スマートファルコンの悩みについて、解決とはいかなかったが解法を示せたことで、フジマサマーチらは全部彼女のトレーナーに丸投げした結果になったことに苦笑を零したものの、しかしスマートファルコンが一先ずは悩みを内に抱え込むようなことがなくなったため、安堵の表情となった。

 スマートファルコンもまた…自分が、かつて立華と出会った初めのころ、彼に直接、自分の生の感情をぶつけたことで…それに応えてくれた、そのころの想いを取り戻した。

 あの人は、思い悩んだときに助けてくれる人だ。

 

「うん、なんだかすっきりしました!先輩たちに相談できてよかったです!」

 

「そうか?そう言ってくれれば私たちも嬉しいな。……さて、時間もだいぶとってしまったな」

 

「お、そーいやもうすぐチーム『フェリス』の練習始まるんじゃね?」

「ウチらがファルコンちゃん捕まえてたってバレたら猫トレに怒られちゃうわ」

「早速相談してきなよファルコンちゃん。後で結果わかったら教えてねー」

 

「あれ、もうそんな時間!?急がなきゃ!それじゃあ先輩方、今日はありがとうございました!行ってきますっ!」

 

「ああ、また砂の上で会おう」

 

 チーム練習の時間が迫っていることに気づいたスマートファルコンが慌てて席を立つ。

 その様子を笑顔で見送り、彼女の悩みが上手く解決することを願うチーム『カサマツ』の4人。

 今後、彼女がクラシック戦線を潜り抜け…鍛え上げられたそれと、恐らく秋口から争うことになるはずだ。

 そんなライバルが、可愛い後輩が、燻ってしまっていては()()()()()()()

 最高の状態で、ダートのGⅠに臨んでほしい。

 私たちと戦ってほしい。

 

 チーム『カサマツ』の彼女らは、常に、いつでも、どこまでも。

 『挑戦者』なのだから。

 

 

 




スマートファルコンのヒミツ②
実は、併走でノルンエースに並びかけられると目線がどうしても胸元に行く。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

44 クラシック戦線

「ごめんなさーい、ちょっと遅れちゃった☆」

 

「お、これで全員揃ったな」

 

 俺は、走ってきたのか軽く息を切らせてチームハウスに入ってきたスマートファルコンに声をかけて迎える。

 今日は年始最初のチームミーティングの日。

 これから、3人の今年のレースプランを組む予定を立てていた。

 

「まだ集合時間の2分47秒前です。間に合ってますよ、ファルコンさん」

 

「気にしなくていいの、あたしもさっき来たばっかり!」

 

「そう?えへへ、ごめんね…ふー。間に合ってよかった」

 

 ファルコンがソファに座り、改めて3人が揃って自分を見てくる。

 俺はオニャンコポンを肩からおろして3人の膝上で遊ばせてやりながら、今後のレース予定を書いたホワイトボードの前に立って、ミーティングを始めることとした。

 

「じゃ、今年初めのチーム『フェリス』のミーティングをはじめます。今年もよろしくな、3人とも」

 

「はい。改めてよろしくお願いします。今年こそ、誇りある勝利を」

 

「はーい!よろしくお願いします、トレーナーさん!」

 

「今年もいっぱい勝つの!よろしくお願いします!」

 

 元気よく挨拶を交わし、オニャンコポンもニャー、と鳴いて、チーム『フェリス』の今後のレーププランを立てていく。

 それぞれ順番にレースの希望を聞いていき、すり合わせる…所だが、その前にまず俺は、3人に先に伝えるべきことを述べた。

 

「さて…まず、最初にみんなの意向を確認しておきたいことがある。これはクラシックに入ってから相談しようと思ってたんだけどな」

 

「なんでしょうか?」

 

「みんなの?」

 

「何なの?」

 

「ああ…それは、これから君達がクラシックのレースを駆ける上で、全員がGⅠを取りに行ける実力があり、それを目指していくことになるが……恐らくは、()()()()()()()()ことが出てくる。それをどうするかだ」

 

 3人は俺が伝えた内容に、その懸念は既にあったのかそこまでは驚かず、それぞれが顔を合わせて目線でやり取りをし始めた。

 この事は、俺が以前にチームをどう運営していくか悩んでいた時期に、一番懸念した点である。

 同じレース、例えばGⅠレースでそれぞれが出走を求めた場合にどうするか。

 勝ったウマ娘には、負けたウマ娘にはどう対応すればいいか。

 

 しかし、俺は東条先輩、沖野先輩らに心構えを聞いて、既に覚悟はできていた。

 彼女たちを信じている。

 勝っても、負けても、俺は彼女たちを信じて、そして俺の本心で誠意ある対応をする。そう決めていた。

 

 だが、だからと言って「じゃあGⅠレース被っても気にしないでくれよな」と俺からは言えない。彼女たちの意向も確認して、チーム全体でどうするかを目線合わせしたい。

 もし同じGⅠレースに出走したくない子がいれば、もちろんその希望を優先したいとも考えていた。

 

 しばらくの逡巡ののち。

 しかし、彼女たちの返答はとてもはっきりとしたもので、俺の想いと同じものだった。

 

「…もちろん、望むところです。私たちは、仲間であると共に…ライバルなのですから」

 

「うん、ファル子も一緒。負けたくないし、走りたいって思うな。もっとも、流石にダートで一緒にはならないから、私が攻め込む側になりそうだけど…☆」

 

「右に同じなの。あたしは走れるレースも多いし、明確に出たい!ってレースもないから…積極的に合わせにはいかないと思うけど。同じレースに出ることになれば、遠慮も容赦もしない」

 

「………そうか。なら決まりだ。俺は君たちのその答えを尊重する。そして、同じレースに二人以上出ることになっても、それぞれに全力で指導することを誓うよ」

 

 明確に、望むところだ、という答えを示した。

 仲間であり、そしてライバルである彼女たち。

 沖野先輩の言う通り、彼女らウマ娘は…試したい。自分と相手で、どちらが速いのか試したい。

 それがたとえGⅠという大舞台でも、いやだからこそ、彼女たちは競い合い、勝ちたい。

 本能に刻まれたものなのだろう。

 であれば、それを全力で応援し、支援するのが俺の仕事だろう。

 

「じゃあ、今日これから決めていくレースプランでも…遠慮せず、自分が出走したいレースを言っていいからな」

 

「はい。それぞれの意志で決めたレースを走るのが一番、ですからね」

 

「うん…わかった☆」

 

「被ればそれはそれで、って感じで行くの」

 

 ホワイトボードに

 『同一出走』

 『O  K』

 と記入しながら、では早速、とレースプランを立てるために、一人ずつ声をかけていく。

 

「じゃあ、まず……一番はっきりとしてそうなフラッシュからかな。フラッシュ、希望を聞かせてもらえるか?」

 

「はい。……まず、弥生賞。そして皐月賞。日本ダービーを経て、菊花賞。その後はジャパンカップ、有マ記念…ですね」

 

「うん。そういうと思ってた。俺からも特に反論はないよ」

 

 ほぼほぼ俺の想定と同じ、クラシック3冠を経て中距離、長距離レースのシニア混合の舞台であるJC、有マへの出走。

 レースにもいろいろ格式があるが、ド王道の3冠路線であり、何より誇りある勝利を求める彼女であれば、この流れになるだろうなとは思っていた。

 くす、とお互いに笑顔になって、フラッシュのレースプランをホワイトボードに記入していく。

 

「…ああ、ただ一点だけ。菊花賞が長距離で、ジャパンカップまでは一か月とちょっとだ。菊花賞後の脚の負担次第では、ここは相談させてほしい。いいか?」

 

「はい。脚の負担管理につきましては一任していますし…全力が出せないコンディションで無理に出走はしたくありません。全力で走れる状態でなければ誇りある勝負とはなりませんし、その時はおっしゃってください。私も三冠は是非とも、という気持ちですが、ジャパンカップは今後も走れますから」

 

 一応懸念点である部分を指摘し、そこは柔軟に理解をもらえた。

 エイシンフラッシュの脚は頑丈な方ではあるが、長距離レースに出た後はどのウマ娘も相応に脚にダメージが残る。

 それが取れるまでに短いスパンでレースに出走させると、故障率がハネ上がるのだ。

 これが葦毛の怪物(オグリキャップ)鉄の女(イクノディクタス)であればまた回復速度も変わるため柔軟にレースを組めたが、あれは例外である。

 基本的に俺は、俺の担当するウマ娘の脚の負担は減らす。出来る限り怪我や故障がなく長く走ってもらいたい。

 

「菊花賞の前にトライアルレースに出るかどうかは、その時までの勝敗の結果も見てから考えようか。今回組んでるのは1年のプランだしな、またいつでも調整や相談はしていこうな」

 

「はい。よろしくお願いいたします」

 

 これでフラッシュのレースプランニングは完了した。

 

 さて、次はファルコンかアイネスだが…と二人に目を配るが、ファルコンがその俺の様子を見て口を開く。

 

「あ、トレーナーさん、ファル子のプランは最後でいいよ?遅れてきちゃったし…、それに相談もあるし…☆」

 

「ん。そうか?なら…次はアイネス、君のプランを決めようか」

 

「はいなの!」

 

 ファルコンから、決めるのは最後でよいと意向を頂いたので、次はアイネスの出走プランを考える。

 

「さて…芝のマイルから中距離、場合によっては短距離も走れる君の場合は、かなり選択肢が多い。一つだけ最初に言うと、もうジュニア期みたいな中2週での出走はよっぽどのことがないとさせたくないっていう俺の希望はあります」

 

「あはは、あたしも今は余裕が出てきたし…無理な出走は考えてないの。脚に負担かけすぎず、楽しく走れて…あとはそう、大舞台を走れれば!そこで勝つあたしを、家族に見せてあげたいの!」

 

 アイネスフウジンは、既にジュニア期に5つの重賞を勝利したことで、チーム加入のきっかけにもなった家庭の金銭的な事情はほとんど解決していた。

 なんなら最優秀ジュニアウマ娘にも選出されている。当然だろう、ジュニア期にGⅠ含めた5つの重賞を勝ち取るウマ娘など、歴史的に見てもいるかどうか。

 そういった走る大きな理由が一つ解決したが、その後は家族にこれまで負担や心配をかけていた分、楽しく走る自分の姿を見せてあげたい、という理由が新しく走るモチベーションとなっていた。

 

「そっか、いい心がけだな。じゃあ…GⅠが始まる4月まではどうする?賞金額的には十分すぎるほどだ。直行でGⅠでも問題はないが」

 

「んー、一応2月のマイルGⅢのどれかには出ておきたいかな。レース勘をなくしたくはないの。その後の3月ごろのトライアルのGⅡレースはあんまり考えてないの」

 

「そっか。まぁな…2月3月4月とレースに出ても脚が休まらないし、練習する時間も取れないし。いいんじゃないか?トライアルで勝ち進んできたウマ娘と、GⅠで白黒つけてやろう」

 

「うん!それで、4月だけど…やっぱり桜花賞かな。多分、あの二人も出てくるし」

 

 2月のGⅢレースであるクイーンカップ、きさらぎ賞、共同通信杯のどれかへの出走、そしてその後は桜花賞。

 あの二人とは、サクラノササヤキとマイルイルネルのことだろう。学園生活でも仲良くしているみたいだし、彼女らはライバルとしてお互いに磨きあっている。

 それはとてもいいことだと思う。勿論負けるつもりはないが。

 俺はその希望をホワイトボードに記載していき、話を続ける。

 

「桜花賞への出走は全く問題ない、勝ちきれるように練習しよう。…さて、そうなると次のGⅠは5月前半のNHKマイルカップか…トリプルティアラを狙うのなら、5月後半のオークスって感じになるが。どうする?」

 

「んー…………悩むの!正直、トリプルティアラを必ず!って気はないし。けどチームでクラシック3冠、ティアラ3冠、なんてのも面白そうだし…マイル路線で行ってもよさそうだし…」

 

「…ふーむ。確かにマイル路線で行くなら、6月の安田記念って選択肢もあるしな。シニア混合だが勝ちきれるくらいにはアイネスの実力はあると思うし。……んー、じゃあこの辺ははっきり決めないで行くか?」

 

「…それでもいい?」

 

「ああ。明確に出走したい!ってレースじゃない場合、走っても後悔する可能性もあるしな。まだ考える時間はいっぱいあるし、1年は長いんだ。レースの出走変更は柔軟にやっていこう」

 

「うん、それでいくの!じゃあ一先ずはトリプルティアラ路線、って感じで予定組んでおいてもらっていい?」

 

「わかった」

 

 アイネスのレースプランを、仮にトリプルティアラとして、桜花賞、オークス、秋華賞と書いていく。

 だが、彼女はかなり広い距離を走れるウマ娘だ。

 望めばNHKマイルカップから安田記念、というプランも組めるし、なんならスプリンターズステークスだってそれ用に夏合宿で仕上げれば勝ちきれるだろう。

 下手にプランでガッツリ固定して、後でやっぱりあっちのレースに出たかった、なんてことになってもつまらない。

 レースの勝敗や、周囲の友人たちとの話の中で…また、出走したいレースが変わるかもしれない。

 その時には真摯に相談に乗らせてもらうとして、一先ず仮組のプランを作成する。

 

「じゃあ、秋以降…秋華賞の後は、エリザベス女王杯、マイルCS、ジャパンカップのどれかって感じになるかな。連続出走するにしてもエリ女からジャパンカップだけど、中2週だからあんま無理はさせたくないな…」

 

「うん、そこは大丈夫。どれか1つにするの!一先ずはマイルCSかな?ジャパンカップでフラッシュちゃんと走っても楽しそうだけど…まだ出走が決まってないしね」

 

「おっけ。じゃあプランはこんなところか…気持ちが変わったらいつでも相談してくれていいからな」

 

 アイネスのプランが決定した。

 基本はトリプルティアラを狙い、秋口にマイルCS。

 しかしいつでも変更可能。柔軟に、出たいレースに出走する。

 彼女が望んで別のレースに出ることがあれば、勝ちきれるようにしっかりと指導してやろう。

 

「…よし、それじゃあ最後にファルコンだが…相談があるって?」

 

「あ、うん☆……そうだね、トレーナーさんだけじゃなくって、二人にも聞いてもらいたいな。相談というより、悩み事なんだけど…」

 

「悩み…ですか?ファルコンさん、何かお悩みが?」

 

「え、ごめん。全然気づけなかったの…!」

 

 年末年始と一緒にいることが多かったこの4人だが、フラッシュとアイネスは、ファルコンが何かしら悩みを抱えていることに気づけなかった。

 しかし、ファルコンもまたその悩み自体をはっきりと自覚していたわけではないし、表に出していなかった。二人が気づかなかったのは、むしろファルコンの努力の結果であり、責められるようなことではないだろう。

 

 だが、俺は。

 正直なところ、彼女の引っ掛かりについては……気づいていた。

 

「………阪神ジュベナイルフィリーズ、か?」

 




アイネスフウジンのヒミツ②
実は、最優秀ジュニアウマ娘に選ばれたことを家族に伝えたら、家族全員大泣きしてしまった。



ちょっと長くなったので分割。
次回、彼女の話が動きます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

45 Déjà-vu

【Déjà-vu】:既視感 デジャヴ
実際は一度も体験したことがないのに、すでにどこかで体験したことのように感じる現象。
「確かに見た覚えがあるが、いつ、どこでのことか思い出せない」というような違和感を伴う場合が多い。


 

 

 

 

 

 

「!!……トレーナーさん、気づいてたの?」

 

「…ああ。……あの時のウイニングライブ、君本来の笑顔じゃなかった…気はしてた。ただ、確証はなくて…俺からも言いだすべきか少し悩んでたんだ。悪かった」

 

「ううん、いいの!…気づいてくれてただけでも嬉しいし、私も隠してたし。……うん、阪神で、GⅠレースで一着を取った……勝ったんだけどね。私、どこか…心の底で感じてたんだ。()()()()()()()()()()()()()…って」

 

「…ファルコンさん…」

 

「…ファル子ちゃん…」

 

「勝ったことは素直に嬉しかったんだよ?子供のころから夢だった、芝のGⅠで勝って…大人数の前で、()()()()として踊れて、みんなが祝福してくれた。それが嬉しかったのは本当。けれど……それだけじゃないの。もやもやが残って……それで、これからのレース、どうしようかな…って、思ってたの」

 

「………」

 

「実は、ついさっきチーム『カサマツ』の先輩たちにも同じ相談してて…ふふ、それでトレーナーさんによく相談してこい!って言われてね。こんな傲慢な悩み、中々言い出せないから…そう、傲慢だって自分でもわかってるんだけどね…」

 

「……いや、ファルコン。よく相談してくれたよ。悪かったな、俺の方から聞いてやれなくて」

 

 俺はファルコンに近づき、その頭をくしゃり、と撫でてやる。

 誰にも相談できない…と、そんな心細い思いをさせてしまったことに、反省する。

 ウマ娘との対話に、メンタルケアに…「答えはない」と。「こうすればよかった」と、そう沖野先輩が言っていたのを思い出す。

 俺は彼女の僅かな逡巡に気づいてはいて、しかし聞くべきか悩み、こうして彼女に負担をかけてしまっていた。

 心から反省するとともに…答えがない、というのはこういうこと、なのだと思う。

 俺が今やるべきは、彼女の悩みに真摯に考えて、答えを見つけてやることだ。

 

「…ファルコン。君が感じたその違和感…納得しきれない思いは、ダートのレースを走っていた時にもあったものなのか?」

 

「…ううん、ダートで勝った時には何の疑問も違和感もなかったの。OP戦でも、精一杯走れて、気持ちよく勝てた…満足できてた」

 

「芝のレースだけ、か……ダートレースで勝ちたい、って気持ちはずっとあったもんな」

 

「うん。けど、芝でも走れるようになりたい、勝ちたい、って思ってたのも事実で…今だって、GⅠをまた走ってみたい、ウマドルとして輝きたい、って気持ちもあるような気がする。トレーナーさんが、せっかく芝も走れるようにしてくれたのに、こんなことで悩んじゃって…」

 

「いいんだ、ファルコン。俺は、君が納得して気持ちよく走れることが何よりも大切なんだ。……芝のレースに出たくない、って気持ちではないんだな?」

 

「うん……出たい、かな。やっぱり、芝のレースのほうが、いっぱい観客もいるし…()()()()()()()()、よりキラキラ輝けると思うし…」

 

「……そうか」

 

 俺は片膝をつき、座ったファルコンと目線を合わせて、彼女のその想いをよく聞いて、咀嚼する。

 芝のレースにあった憧れ。

 ダートレースを走る時の解放感。

 ()()()()として輝ける芝のGⅠ。

 ()()()として駆け抜けるダートレース。

 

 彼女の悩みが、どこにあるのか。

 そして、彼女の中で、それにどう答えを見つけるのか。

 

 数呼吸だけ間を開けて……俺は、スマートファルコンの眼を見据えて、言った。

 

「ファルコン。……君の想いを、確かめてみよう」

 

「…確かめる?」

 

「ああ。まずな、ファルコン。君はまだクラシックに入ったばかりのウマ娘で…俺たちは、出来たばかりのチームだ。こんな話を俺からするのもなんだけど……俺たちは挑戦してみて、それが失敗しても、失うものはないんだ」

 

「…!」

 

「どんなレースに出ても、どんなことをやっても、別に君たちの名誉は損なわれない。俺のトレーナーとしての風評なんかはオニャンコポンにでも食わせりゃいい。そんなのより、ファルコンが()()()()()()()()()()()()()方が大切だ。だから試そう、色々」

 

「……」

 

「そうだな…まず、もう一度、ダートのレースを走ってみよう。そのうえで、芝のGⅠもだ。もう一度試してみれば、はっきりするかもしれない。もしかしたらたまたま阪神でそんな気持ちになっただけで、次は勝ったことを受け入れられるかもしれない。もしくは、ダートを走るのがやっぱりいいな、ってなるかもしれない。まずは、少しずつ自分の本当の気持ちを探してみよう。見つからなければまたいろんな方法を試せばいいんだ」

 

「…トレーナーさん…」

 

「───────ファルコン。君のその悩みを俺に分けてくれ。君と一緒に悩んで、そして答えを共に見つけたい」

 

 俺は自分の本心、心からの想いを彼女に伝えた。

 正直に言ってしまえば、この悩みにすぐ答えは出ない。彼女だけの持つ、彼女だけの悩みなのだ。

 だからこうすれば解決するとは言えないし、思い悩むな、なんて言えない。

 ただ、俺に出来ることは、彼女自身が悩みを解決できるように、全力で寄り添い、一緒に悩み、ケアをしてやることだ。

 

「…トレーナーさん!うん、ありがとう!その言葉で、一緒に悩んでくれるって言ってくれて…私…すごく、気が楽になった」

 

「そうか?…それならよかった。いつでも、なんでも相談してくれ。悩みでも何でも、だ。俺は君を一人にしたくないんだ」

 

「うん…私、走ってみる。ダートのレースも…もう一度、芝のレースも。それで、確かめてみる!私の想いを!」

 

「ああ!俺はそのレースで、勝てるように全力で指導するからな!」

 

「うん………トレーナーさん、ありがとう……☆」

 

 涙を一筋、ぽろりと零してから。

 俺は彼女が、前向きに悩みに向き合えた姿を見て、安堵して笑顔を見せる。

 その笑顔に、彼女もまた満面の笑顔を作ってから…俺の胸元に、頭を寄せてきた。

 俺はファルコンを優しくもう一度撫でてやってから、彼女が頭を上げなおしたときには、涙も止まり、すっきりとした表情を見せてくれた。

 

 

────────────────

────────────────

 

「もういいですか?」

 

「流石にはーなのなんだけど?」

 

「あ、ゴメン…☆」

 

 エイシンフラッシュとアイネスフウジンは、スマートファルコンの悩みを聞いて、立華と同じように彼女のそれに何とかしてあげたいと思っていた。

 しかし、残念ながら、二人とも彼女の気持ちが十全に理解できるとは言えない。

 何故なら、二人とも芝をメインに走るウマ娘。芝のレースで勝つことが、何よりも達成感を得られるのだから。

 ダートを走る足を持ちながら、芝も走れて…しかし、芝の大舞台で勝利してもわだかまりがある、というその複雑な感情を、自分の経験から解読することはできなかった。

 

 だから、二人とも信頼する己のトレーナーに任せた。

 彼であれば…そう。ウマ娘の世話を焼かないと生きていけないような、特別な、私たちの、彼であれば。

 彼女の悩みにも寄り添い、答えを見つけてくれるだろうと。

 

 かくして、答えそのものは今は見つからなくても、一緒に悩んで、寄り添ってあげて。スマートファルコンが思い悩みすぎるような、そういったことにはならなかった。

 これから答えを探していく形で落ち着いて、自分たちも手伝えることがあれば手伝ってあげようと、そう思った。

 

 それはそれとして。

 そこまでいちゃつくんじゃねぇ。

 

「まったく。ファルコンさんの悩みが一先ず落ち着かれたからいいですが…」

 

「これはもうあたしたちどっちかのGⅠに来たら全力なの。手加減ゼロなの」

 

「えへへ、へへ…☆」

 

「まぁまぁ。二人も何か悩みがあったらいつでも相談してほしいよ、俺は。…さて、そんじゃファルコン」

 

 立華は、少し放置してしまった二人の頭も撫でてやってから、ホワイトボードの前に戻る。

 そうして、まずは直近で開催されるダートのレースを示す。2月後半に開催されるヒヤシンスステークス、ダート1800mだ。

 

「まず、これに出走しよう。ファルコンの脚に合った距離だし、4月からのGⅠにも備えられるくらいに期間に余裕がある。久しぶりに、砂の隼として飛び回って来よう」

 

「うんっ!ファル子、全力で勝ってくるね!」

 

 ダートレースへの出走を一つ入れると、スマートファルコンは満面の笑顔でそれを快諾した。

 やはり、ダートのほうが好きなのだろう。それは彼女の事実としてそこに存在している。

 理解を深めつつ、立華は続いて先ほど決めたフラッシュとアイネスのレースプラン…その、4月の出走レースと、さらに5月のNHKマイルカップも書いて、ファルコンに問いかけた。

 

「次に、直近で君が出られる芝のGⅠはこの3つだ。どれにする?さっきも言ったとおり、ファルコンが一番出たい、って思うレースにしよう。二人に遠慮はしなくていいからな」

 

「いつでも来てください」

 

「かかってこいなの」

 

「格ゲーの選択画面みたいなこと言われてる☆!?…うーん、でも、その3つなら……」

 

 スマートファルコンはわずかな逡巡ののち、はっきりと自分の望むレースを口にした。

 

「───────────皐月賞へ」

 

「ん。OK。……一応聞いておくけど、選んだ理由は?」

 

 立華はその彼女の希望を優先し、皐月賞の出走欄にスマートファルコンを追加する。

 そうして、彼女がそのレースを選んだ理由を確認した。

 反対する気持ちは一切ないが、それでもやはり理由は確認しておきたい。出来ることもあるかもしれないからだ。

 

「えっと…やっぱり、子供のころからクラシック3冠、皐月賞に出たいな、って思ってたのもあるし……ほら、ライブの曲がwinning the soulでしょ?」

 

「ああ、そうだな。クラシック3冠は全部それだ」

 

「うん。…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。だからかな…また、あの曲を、今度はウイニングライブで歌いたい。…もちろん、センターで。ファン一号さんの為に」

 

「───────」

 

 立華はスマートファルコンのその言葉に、かつての、出会いの時を思い出す。

 夕暮れ時の河川敷、高架下で歌っていた彼女と出会って、そこで初めて歌ってくれた曲…それが、winning the soulであったことは、彼も覚えていた。

 皐月賞を走る理由に、自分という存在が入っていることに僅かに照れたか、照れ隠しに鼻の下を指で擦りつつ、立華勝人は応える。

 

「ちょっとドキっとした。ファン一号の特権かな…これは」

 

「ふふっ☆ファン一号さんのために、私頑張っちゃうからね!」

 

「おや、私の存在を忘れていませんか?ファルコンさんにはセンターでは歌わせませんよ?」

 

 また二人の空間を作りそうになっていたところ、エイシンフラッシュのカットインが入る。

 もちろん、彼女としてもスマートファルコンと戦えることについては何の反対もない。

 同室であり、親友である彼女らだが、しかしライバルであることもまた事実として存在する。

 むしろ、このチームに入るまで…立華の元に着くまでは、走るレースが異なり、実際に共に走れることはないだろうと思っていた。

 

 そんな二人がこうして今、GⅠの大舞台で雌雄を決することができるのだ。

 高揚感を隠し切れない。エイシンフラッシュもまた、笑顔というには随分と好戦的なその表情を見せて、スマートファルコンを見た。

 それを見返すスマートファルコンも同じだ。

 戦いたい。

 戦って、勝ちたい。

 強い熱が、想いが、二人の間に奔っていた。

 

「うんっ!フラッシュさんも、手加減抜きで全力で来てね!!私、負けないよ!」

 

「ええ、負けませんよ」

 

 

 

 彼女の夢は知っている。

 

 まけないよー!負けませんよ、と笑顔で言い合ったこともある。

 

 

 

(……?)

 

 エイシンフラッシュは、不意にわずかな既視感を覚えて、しかしすぐに霧散した。

 既視感は珍しいことではない。特に気にせず、改めてスマートファルコンと笑いあって、戦意を高揚させあっていた。

 

「よし。それじゃあレースプランについては今日はこんなもんかな。ファルコンは一度芝のGⅠを走ってみてからまた考えていこうな」

 

「うんっ!」

 

 立華は、そこまでのプランでスマートファルコンの出走予定を組むのを一度止めた。

 彼女の悩み、それが解決すればその後のレースプランが大きく変更になるかもしれないからだ。

 芝を走ることにためらいがなくなれば、クラシック戦線に殴りこんでいくかもしれないし、ダートを望めば今度はダート戦線、ダートのGⅠもすぐそこである。

 彼女がどんな道を選んだとしても、十全に対応できるようにしておこうと考えた。

 

「さて…みんなに言った通り、クラシックは出られるレースも、出走するライバルも変わる。出たいレースとかで相談があれば、フラッシュもアイネスも、いつでも相談してくれ。今年もみんなで頑張っていこう!」

 

「はい。みなさんで、頑張っていきましょう!」

 

「うん!ファル子も、この悩みの答えを見つけるために…そして勝つために!頑張るぞー!」

 

「チーム『フェリス』旋風を今年も巻き起こしてやるの!」

 

 おー、と4人と一匹で気合を入れて。

 チーム『フェリス』のクラシックの一年が、始まろうとしていた。




エイシンフラッシュのヒミツ②
実は、()()()()で敗北してから、妙に既視感を覚える回数が増えた。



【スキル解明】
エイシンフラッシュ
シックスセンス(■■■)→シックスセンス(既視感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

46 戦慄のバレンタイン

クソボケ回。

(ダービー)オニャンコポン単勝に諭吉が2人!来るぞ遊馬!


「ふわぁ……」

 

 俺は大きな欠伸を一つ零しながら、自分のベッドから起きる。

 今日は2月の14日。いわゆるバレンタインデーというやつだ。

 

 先月、1月に我がチーム『フェリス』の出走プランを組んでから、彼女たちは更なる力をつけるべく、練習に勤しんでいる。

 つい昨日にはフェリスにとって今年初めてのレースであるきさらぎ賞にアイネスフウジンが出走し、見事に1位をもぎ取ってきた。 

 同じレースには彼女のライバルであるサクラノササヤキが出走していたが、まだアイネスには及ばず、4バ身差の2着となっていた。

 

 俺はその様子を観客席からオニャンコポンと、そして彼女の双子の妹であるスーちゃん、ルーちゃんと共に見届けた。

 二人は姉であるアイネスが走るレースを現地で見たくて、二人で頑張ってレース場まで来たという話だ。もちろんまだ子供のため、俺が監督役として二人についてやっていた。

 二人に応援されてさらにやる気を上げたのか、この日のアイネスはレースレコードを2秒弱更新するというとんでもない離れ業をやってのけた。

 スーちゃんもルーちゃんもまだまだ幼く、観戦中もずいぶんとオニャンコポンが引っ張りまわされていたが、子供だしやむを得ないだろう。俺はそのままオニャンコポンを供物として捧げ続けた。

 その日の夜にオニャンコポンから執拗に猫パンチを受けてしまったがそれはどうでもいい話。

 

 ふと思うのは、アイネスの現在のライバルであるサクラノササヤキとマイルイルネルのことだ。

 彼女たちは少しずつだが、徐々に強くなっていっている。

 サクラノササヤキなどは、昨日のきさらぎ賞でアイネスに敗れはしたものの、それでもレースレコードは彼女も更新している。アイネスがいなければぶっちぎりの1位だった。

 これまでのループでもいい脚は見せていたが、ここまで早期に輝きを見せだすのは少し珍しい。よほど南坂先輩の指導がいいのか、それともアイネスとのライバル心が彼女たちの成長を促しているのか…わからないが、今後も同じレースに出れば油断はできない相手だ。

 桜花賞に向けて、これからアイネスをしっかり鍛えていこう。

 

 …なんて、寝起きに考えてしまうのだから、俺も骨の髄までトレーナーである。

 苦笑を零しながらベッドから出て、朝の身支度などを整え、いつも通りオニャンコポンを肩に乗せて出勤する。

 今日はバレンタインデーだ。何が起きてもおかしくない。

 

「……懐かしいな…」

 

 誰にも聞かれぬつぶやきを零す。

 バレンタインデーというイベントはもう数えきれないくらい経験はしている。

 その度に、担当するウマ娘や、もしくはそれぞれの世界線で親しくしていたウマ娘からチョコなどをもらえたりしていて、そのこと自体は本当に嬉しいものである。

 

 しかし、なにせトレセン学園は女子高である。

 青春真っ盛りの彼女らがこのイベントで盛り上がらないはずはなく、その中でどんな事件が起きても不思議ではないのだ。

 かつてゴルシと廻った世界線では木炭チョコをもらって腹を壊したし、オグリと廻った世界線では大量すぎるチョコで血糖値がヤバくなったし、クレイジーインラブと廻った世界線では貞操を失いかけた。

 想いを受け取るというそれ自体は心から嬉しいのだが、それはそれとしてどんなことが起きるかわからないので行き当たりばったりで何とかしよう、と改めて心に構えて俺はトレセン学園を目指すのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「おはよー猫トレさん!これ、バレンタインチョコです!」

 

「あ、立華トレーナーだ!おはようございます!これ義理チョコね!」

 

「おー、オニャンコポン今日も可愛いー!あ、猫ちゃんだからチョコは食べないかな?それじゃ猫トレさんにこれ、はい!」

 

「あ、あのっ!これ、受け取ってくださいっ!手作りです!!」

 

 

 おかしい。

 登校中だというのに、すれ違うウマ娘達から既に50は軽く超えそうなほどのチョコを受け取っている。

 

「ああ、ありがとうストレートバレット。大切に頂くよ」

 

 俺はそれぞれ、チョコをくれるウマ娘達の名前を呼びながらチョコを受け取る。

 名前を呼ばれた彼女らは一様にして笑顔を見せながら、オニャンコポンを撫でて去ってくのだが。

 それにしたって多い。チョコの数が多い。

 おかしい。

 これまでの世界線でも、まぁ、それなりにもらえてはいたのだが…今回のように大量にもらえたことはなかった。

 

「……どうした…?何が起きている…?」

 

 受け取ったウマ娘全員の名前は当然スマホにメモしてあるが、今年のお返しはなかなかにハードになりそうだ。

 俺は途中で出会ったゴルシに大袋をもらい、その中に大量のチョコを入れて、まるで季節外れのサンタのような様相でようやくトレセン学園の校門までたどり着いた。

 そこにはまた、見知った顔のウマ娘がいた。去年の暮、スマートファルコンと阪神で鎬を削った相手で、アイネスフウジンの同室の子だ。

 

「あ、おはようございます立華トレーナー!…あはは、既にすごいですね。流石」

 

「はは…おはよう、ライアン。そっちだってモテるだろう、ずいぶんと貰えるんじゃないのかい?」

 

「教室で貰うようにはなると思いますが…流石に登校中にここまでにはなりませんよ。みんな渡すチャンス狙ってるんだなぁ…」

 

 お互いに苦笑を零す。

 メジロライアンはショートの髪型や本人のさわやかな性格も相まって、女子から人気を集めるウマ娘だ。

 彼女がこれまでの世界線でバレンタインで数多くのチョコをもらっていることを俺は把握していた。

 

「まぁ、気持ちですからね、貰ったら嬉しいですよ。…で、私からも一つ追加していいですか?気持ちで」

 

「おや、君もくれるのかい?素直に嬉しいよ、ありがとう」

 

「ふふ、チーム『フェリス』のみんなにはお世話になってますからね!でも、レースでは今度こそ負けませんよ!それでは!」

 

 メジロライアンからも小ぶりなチョコを頂いて、俺は笑顔で礼を返す。

 小さいサイズなのは、大量に貰う事の苦労を察してのことだろう。気遣いができる子だ。

 ふむ。お返しは何がいいだろうか…と思ったが、正直これだけの人数に一人一人何か選んでたらそれだけで3日くらい使いそうだ。リアルで。

 普段から本当にお世話になっている方以外には高級なクッキーとかで許してもらおうか…。

 

「おんやぁ~?猫トレさん、モッテモテですねぇ~?流石というところですかねぇ」

 

「ん、おはようセイウンスカイ。どうだろうね、みんなオニャンコポン目当てじゃないかな?」

 

「それは謙遜が過ぎませんか~?あ、これ私からです、いつもオニャンコポンと昼寝させてもらってるので」

 

「ん…ああ、これはちゅ~るか。いや、こういうのも嬉しいね、チョコだけだとオニャンコポンにあげられないし。ありがとう」

 

「いえいえ~、これからも一緒にお昼寝しようね~オニャンコポン。それでは~」

 

 風のようにふらりと現れ、オニャンコポン用のちゅ~るをくれて、そのままセイウンスカイは風のようにふらりと行ってしまった。

 彼女と駆けた3年間にも思ったが、本当に気紛れな猫のような子である。今ならオニャンコポンを飼っているので、猫っぽい彼女の気持ちも前以上に理解できるようになったのだろうか。

 それでも、チョコではなくちゅ~るを選んでくれているところに、彼女のやさしさを改めて感じた。この学園は気遣いのできる子が多いな。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 俺はその後、午前中の授業に向かうウマ娘達とは離れてチームハウスのほうへ向かっていった。

 生徒が授業を受けている間は基本的にはウマ娘達と接する機会はない。

 あるとすれば、サボリ組の子たちくらいだろう。少し落ち着く時間になる。

 …今のうちにコーヒーを淹れておくか。絶対今日は苦いものが飲みたくなる。

 

 そう思い立ってコーヒーメーカーでコーヒーを淹れていると、窓の外からこんこん、とノックがされた。

 おや。誰だろう。サボリ組の誰かだろうか?

 

「どうぞ。カギは開いてるよ」

 

「おー!!メリークリスマース!!」

 

 窓を開けて入ってきたのはサンタ服を着たゴルシだった。

 どうして。

 

「やぁゴルシ、授業はサボリかい?随分と素敵な洋服だね」

 

「おー!このチームハウス煙突がねぇからよー、ゴルシちゃんとしては地味な登場になっちまってちっと不完全燃焼だぜ!!」

 

「君にひとかけらの理性が残ってくれていてよかったよ」

 

 このチームハウスは学園から受け賜わっている建物であり、管理責任は当然チームのトレーナーに帰属する。

 もし彼女がいつか共に走った3年間でやったように、壁をぶっ壊して登場などしたら俺は泣くし修理に時間はかかる。彼女が冷静でよかったな、と心底思った。

 

「どうしたんだい?サンタクロースの正体がゴルシだと知って随分自分は驚いているけれど」

 

「はっはっは、バレちまったら仕方ねぇな…!!今日はいい子にしてた猫トレにプレゼントだぜぇーー!!」

 

 そう言いながらゴルシがプレゼント袋から取り出したのは、お菓子の詰め合わせ袋だった。

 ああ、バレンタインのプレゼントを渡すために来てくれたのか…と思い至りつつ、詰め合わせは少し珍しいな、とも思う。

 いや彼女が常識に縛られないウマ娘であることは重々承知なのだが、それでも普通バレンタインのチョコは1つが基本だ。こうしてまともな品が出てきたことも驚きに拍車をかける。

 そうしてプレゼントを受け取りながら憮然とした顔をしていたのだろう、俺にゴルシが解説してくれる。

 

「いやよ、うちのチームも併走だったりこないだの年始だったりと、猫トレに結構世話になってんだろ?」

 

「お世話になっているのはこちらも同じだけどね」

 

「いんだよ細けぇことはよー!んで、だ。うちのチームメンバーで猫トレに何か買って贈ろうぜ、って話になったワケ。なんでその詰め合わせはスピカのウマ娘みんなで選んで買ったものだから、そういうことな!!」

 

「ああ…なるほど、詰め合わせなのはそういう事か。なるほど納得。嬉しいよ、ありがとう。喜んでいたってスピカのみんなにも伝えてくれるか?」

 

「おうよー!!そんじゃその様子をみんなに伝えるためにウマホで写真撮らせてくれよー!」

 

「もちろん。嬉しくて自然と笑顔も零れるしね。それじゃあチョコを抱えながら…なんならオニャンコポンも入れて今日のオニャンコポンにしようか?」

 

「あっはっは!!────────ふざけんな炎上するだろうが」

 

 急に真顔になったゴルシに止められた。

 なぜだろう。俺が入っている写真はSSRとか価値をつけられていて謎の好評を得ているというのに。

 

「あのなー猫トレ。今、このチームハウスには何がある?」

 

「何が…って、君達ウマ娘から貰った大量のチョコが、机の上やソファとかに所狭しと置かれてるね。置く場所がなかったから」

 

「それだよ。炎上するに決まってんだろーが!」

 

「え、そう?みんなから貰えたのが嬉しくて、ありがとうって気持ちを込めて写真撮ろうかなと思ってたんだけど」

 

「このクソボケがーーーーーーーーッ!!」

 

 ゴルシから急に繰り出されたドロップキックを食らってしまい俺は困惑した。

 過去の世界線で食らい慣れていることもありスタイリッシュにノーダメージで立ち上がったが、それで炎上する理由が全く分からない。

 

「いいかぁ?今日は大人しくオニャンコポンだけの写真にしとけ。猫トレが写るのもNGだからな!」

 

「そう…ああ、せめてセイウンスカイから貰ったちゅ~ると一緒に「生徒からのプレゼント」って書いて投稿するのは?」

 

「そんくれーなら許す…っていうかそれが限度。いいか、アタシも今日のオニャンコポン楽しみにしてるんだからそこでやめとけ。な?」

 

 そう言われてしょうがなく今日のオニャンコポンをちゅ~ると一緒に撮影する。ゴルシにはスピカあての笑顔の写真を撮ってもらったりしながら、俺の午前中は終わりを迎えた。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 さて、お昼になりカフェテリアに向かう。

 なぜか「持ってけ。いいから。絶対使うから」と言われてゴルシにまたもらったサンタの大袋を隣の椅子に置きながら、俺は今日の昼食をとる。

 この後チョコを食べる予定もあるため、少ない量で栄養価を十分にとれるメニューを選んで、カフェの隅の方の席についてお昼を食べ始めようとしたところで、いつの間にかウマ娘がじり…じり…と周囲を囲い始めているのが見えた。

 何だろう。素直に怖い。

 

「あ、あのっ!猫トレさん!!これ、バレンタインチョコです!」

 

「猫トレさん、今度またオニャンコポンモフらせてね!これ、義理ね!」

 

「また併走誘ってくださいねー、これー、チョコですー」

 

「チームフェリス、応援してます。食べきれなければ無理しなくていいですからねー」

 

 俺はそれぞれにお礼を伝えながら、なるほどこれを見越して袋を準備してくれていたのであろうゴルシに脳内で感謝しつつ、みんなから貰ったチョコを袋に入れていく。

 ふむ。プレゼントをくれたウマ娘の名前をメモしていたメモ帳がこのお昼で200行を超えたな。

 どうすべ。

 

「…あー、やっぱりこうなってたか。大変ですね、立華トレーナー」

 

「競争率高すぎるよねやっぱり…!!立華トレーナー、お疲れ様です!!この間はアイネス先輩にお世話になりました!!!!」

 

 そうして続いてやってきたウマ娘は、この世界線でも特に見覚えのある二人だった。

 アイネスフウジンのライバルであり、チーム単位でも、個人間でもそれなりに親しい仲になった、サクラノササヤキとマイルイルネルである。

 

「やぁ、二人とも。ササヤキはこの間のレースではお疲れ様。いい勝負だったよ」

 

「むー、それでもスピードで先輩についていけてないんだから悔しいですよ!次は勝ちますからね!!」

 

「ああ、楽しみにしてるよ…負けないけどね。…それで、二人もプレゼントくれるのかな?」

 

「ええ、お世話になっていますからね。練習が始まった後だと渡せませんし」

 

「ライバルのトレーナーとは言え、気持ちは籠ってますからね!!二人で選んだものです!!」

 

 どうぞ!!!と大音量が耳に響きながら二人から受け取ったそれは、どうやらチョコレートではない。

 何だろう、と思って中身を見れば、どうやら茶葉のようだ。しかも一般的な茶葉ではない、胃腸に優しいと書かれた蕎麦茶。

 

「おお。これは意外なプレゼント。…もしかして気遣ってもらった?」

 

「立華トレーナー、絶対チョコ大量に貰うと思ってましたからね…普通にチョコを渡すよりも、こういうのが喜ばれるかと思って」

 

「私はチョコのほうがいいって言ったんですけどね!でも、この量を見ると正解だったかも…?」

 

「いやいや、その気遣いは本当に嬉しいよ。間違いなく数日は胃にもたれる生活を送るだろうから。ありがとう、ササヤキ、イルネル」

 

「っ…喜んでもらえたならよかったです。これからもよろしくお願いしますね、立華トレーナー」

 

「ヒョエッ…はい!お返しは期待してますからね!!」

 

 笑顔で礼を返すと、二人は若干顔を赤らめながら去って行ってしまった。

 どうしてだろう。このプレゼントが他と違って恥ずかしいとか思っているのだろうか。心遣いがこれほどありがたいと思ったことはないのに。

 このプレゼントにはしっかりとお返しをしようと心に誓いつつ、袋にちゃんとしまっておく。

 

 その後も随分と長いウマ娘の列を捌き終えて、俺はかなり長くなってしまった昼食をとり終えて、午後の練習のためにチームハウスへ戻る。

 ただ、その前に1か所立ち寄るところがあるため、そちらに足を向けた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 俺が向かった先は、チーム『リギル』のチームハウスである。

 今日は東条先輩とアプリの件で軽い打合せがあった。

 去年相談させてもらってからずいぶんと親しくさせていただき、今日はアプリの件で、使用感や今後のリリース予定の相談である。

 また、練習でもリギルと併走させていただいたりなど、大変お世話になっている。

 

「失礼します。フェリスの立華です」

 

「どうぞ」

 

 チームハウスの扉をノックすると、中から東条先輩の声が返ってきた。

 俺は扉を開き部屋に入る。中には、東条先輩の他、ルドルフとタイキシャトル、そしてフジキセキがジャージに着替えて練習の準備を始めているところだった。

 

「お疲れ様です、東条先輩。今日は時間取ってもらってすみません」

 

「気にしないで頂戴。こちらにも有意義な時間なのだから」

 

「恐縮です。…ルドルフ、タイキ、フジキセキもこんにちは。今日は君たちが練習かい?」

 

「ああ。この後他にも何人か来るがね。こんにちは、立華トレーナー」

 

「ハーイ、タチバナー!!オニャンコポンも元気そうですネー!!」

 

「やぁ、立華トレーナー。すごいらしいじゃないか、今日は。噂になってるよ、サンタみたいに袋を抱えていたと」

 

 東条先輩、そしてウマ娘達とも挨拶を交わして、今日のことをフジキセキから指摘される。

 俺は肩を竦めつつ、原因がさっぱりわからない今日のラッシュについてちょうどいいやと聞いてみることにした。

 

「そうなんだよ、まさかこんなにもらえるとは思って無くて。…もしかして生徒たちの間で、俺に渡しまくろうみたいな悪戯とか仕掛けてない?」

 

「ははは。立華トレーナー、君は周りのウマ娘のことを本当によく見ているのに、自分のことは全っっっっ然!わかっていないんだな!」

 

 ルナちゃんが異様に強調して俺のこと叱ってくる。なんで。

 

「そうですネー、どんな相談にも親身に乗ってくれるタチバナがウマ娘達からどんなふうに見られているか、ジメーのリーチですネー」

 

「君は一度鏡を見るべきだと思うね…いや、それでも自覚がないから君は君なのだろうけれど」

 

「…どうしてこの学園の男トレーナーって言うのは、こう…」

 

 タイキとフジキセキからもダメ押しを食らい、さらに東条先輩からもため息をつかれてしまった。

 なんで。俺が何をしたというのだ。

 ただ俺はオニャンコポンを肩に乗せながら、ウマ娘が困っていたら相談に乗っていただけだというのに。

 

「…はぁ。でも、立華トレーナー。お世話になっている私達からも一応準備しているわ。…貰いすぎて困っていれば、遠慮するけど」

 

「え、準備していただいてたんですか!?いえいえとんでもない、どんなに貰っても気持ちの籠ったプレゼントは嬉しいです!ありがたく受け取ります!」

 

「…ほら。絶対こういうって言っただろう、彼は」

 

「OH…タチバナ、流石デス…」

 

「うん。クソボケというやつだね」

 

 俺は東条先輩から代表して渡される、高級なお菓子の詰め合わせを受け取って恐縮していると、3人が何やらひそひそとこちらを向いて話をしている。

 よく聞き取れなかったが、なぜだろう。しょうがねぇなコイツはって感じの顔で見られている気がする。

 

「………ふぅ。大変ね、貴方も」

 

「えっと、心当たりはありませんが、心配していただいてすみません…?」

 

「………はぁ…」

 

 そして今日の東条先輩はため息が多いな。大丈夫かな。疲れていらっしゃるかもしれない。

 今日の打合せは軽めに済ませておこう。

 そんなわけで、チームリギルからもプレゼントを受け取ってから、俺は改めて東条先輩とアプリの使用感、改善個所などを相談し、学園全体への提供は夏合宿前のころ、大きなGⅠレースが少ない時期に、と予定を立ててからリギルのチームハウスを後にした。

 この後はうちのチーム『フェリス』の練習が待っている。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 さて、そうしてリギルから撤退しフェリスのチームハウスへ向かう途中で、また別のウマ娘に出会った。

 もちろん見覚えがある。というか、今回の世界線で一番お世話になってる、新鮮な相手。

 

「あ、立華トレーナー!お疲れ様です!……右!…左!……よし、3人は周りにいない…!」

 

「やぁ、ベルノライト。奇遇だね、今日はどうしたんだい?」

 

 チーム『カサマツ』のベルノライトだ。

 説明するまでもないが、カサマツとは何度も併走で練習を共にしており、もちろんベルノライトも随分と親しくさせてもらっている。

 最近は彼女がトレーナーとしての知識をどんどん吸収してくれるので、教えるこちらも嬉しい限りだ。

 北原先輩からもいい影響を受けて、一人前のトレーナーまでもう少しといったところだろう。

 そんな彼女と出会い、しかしなぜか周囲を索敵する彼女に、俺は心当たりがなく首をひねった。

 

「いえ、ちょっと立華トレーナーを探してまして。ほら、チームでお世話になってますから…カサマツのみんなからも、バレンタインプレゼントをお渡ししてあげようと」

 

「ああ、君達からも貰えるのか。いや本当に嬉しい限りだ、みんな気遣いができるいい子だな」

 

「ふふ、その様子だと他のチームからも貰ってますね?そんなことだと思ってましたけど。では、カサマツからはこちらです」

 

 どうぞ、と渡される箱を俺は受け取る。その箱はどうやら笠松のある岐阜の土産物のようで、五平餅のようだ。

 なるほど、チョコではなく笠松のお土産をチョイスしてくれたのか。甘味ではなくしょっぱい物なのも正直なところありがたい。

 

「いいね、味のあるプレゼントで心から嬉しいよ。オグリがいるからとんでもない量になるかとちょっと思ってたけど」

 

「ふふ、前にアルダンさんやディクタストライカさんから怒られて、プレゼントの量はちゃんと減らすようになったんですよ」

 

「そっか。ありがとう、カサマツの皆にも俺が喜んでたって伝えてくれ」

 

「はい!…では私は失礼しますっ!!!」

 

 俺がお礼を伝え終わったところ、ベルノライトはいつぞやのメイクデビューでも見せつけた逃げ足で走り去っていってしまった。

 ううん、いつ見てもいい逃げ足だ。勿体ないと思ってしまう。

 とはいえ彼女は今や立派なトレーナーだ。そう思うのは野暮ってもんだ。

 俺は苦笑を零しつつ、また増えたプレゼントを抱えながら我がチームハウスへ向かっていった。

 

────────────────

────────────────

 

 チームハウスにたどり着くまでに15回ほどまた別のウマ娘からプレゼントを受け取りつつ、俺はようやく我がチームハウスへ到着した。

 見慣れたその扉を開ける…前に、一度ノックをする。

 もしかすれば、我が愛バ達が既にチームハウスに来ており、合鍵で中に入って着替えの最中かもしれない。

 この辺りは常にやらかさないように心掛けている。俺は気配りのできるトレーナーなのだ。

 

「立華だ。誰か中にいるかい?入ってもいいかな?」

 

「……どうぞ」

 

 どうやら想像通り中に既にいたようで、エイシンフラッシュの声で入室の許可を頂いた。

 OKということは、着替え中だったりはしないのだろう。一安心である。

 そうして俺はドアを開け────────ようとして、戦慄した。

 

 ────────このドアを開けたら死ぬ。

 

 そんな、謎の恐怖がドアノブから感じられたのだ。

 どうしたというのだろう。

 俺自身に全く心当たりはないが、なぜか開けたら死ぬという確信を得てしまっていた。

 

 …あ、いや、心当たりあったわ。

 そういえば午前中からというもの、チームハウスにはウマ娘から貰ったチョコが大量にあった。

 ゴルシの来訪もあって机の上やソファに置かれていたそれは、もしかすれば彼女たちの着替えの邪魔になっていたかもしれない。

 それは失念していた。きちんと部屋の隅にでも片付けておくべきだった。

 であれば愛バ達が怒るのもやむを得ないというものである。

 アイネスが最近は掃除好きになってきているし、片付けてくれていないだろうか…などと、甘い期待を持ちつつ、しかしよく考えれば扉を開けるだけで死ぬはずもない。

 俺は一度首を振って変な思考を頭から飛ばし、改めてドアノブに手をかけてチームハウスに入った。

 

「やぁ、すまんな。片付けるのを忘れてたよ、着替えの邪魔になったか?」

 

「来ましたねウマたらし」

 

「はーなの」

 

「猛省して☆」

 

 どうしてこうなったのだろう。

 俺が一歩足を踏み入れたチームハウス内は、2月と言えど限度があるほどの氷点下の気温となり、そして猛省をうながされてしまった。

 以前にもこんなことがあったな?メイクデビューの時だ。あの時は反省で済んでいたが猛省が必要なことを俺はしてしまったらしい。

 その寒気を受けてオニャンコポンは早々に俺の肩から飛び降りて、日当たりのよい机の上で昼寝を始めてしまった。

 何ということだ。メイン盾を失ってしまったのは痛い。

 見れば、俺が散らばらせてしまっていたチョコたちは、恐らくは愛バ達の手によるものだろう。綺麗に部屋の隅の一か所にまとめられていた。

 

「あ、すまん…いや、流石の俺も猛省している。君たちが来るのがわかっていたんだから、ちゃんと片付けておくべきだったよな」

 

「……………」

 

 エイシンフラッシュが無言で俺の横を通り過ぎて、チームハウスの唯一の出入り口であるドアに鍵をかけた。

 どうした急に。

 

「…ああ、えっと。でも、片付けてくれてありがとうな。なぜか今日はみんなからチョコばかり貰ってな…俺もここまでもらうとは思わなくて……」

 

「……………☆」

 

 スマートファルコンが無言で俺が今抱えているチョコ袋を奪い取り、そうして部屋の隅に運んでくれた。だがその背中には何やら鬼が宿っているようにも見える。

 どうした急に。

 

「…………あー。その?みんな?」

 

「……いいから座ろっか、()()()()

 

 アイネスフウジンがなぜか俺のことをトレーナー、ではなく名前で呼び、有無を言わせぬ気迫を込めてソファに座れと言ってくる。

 どうした急に。

 

 そうして促されるままにソファの真ん中に座った俺に、左右をエイシンフラッシュとスマートファルコンが固める形で座り、アイネスフウジンが俺用のオフィスチェアに逆向きに座って間近に位置する。

 久しぶりにトライフォースの構えになってしまった。

 

「……トレーナーさん。私たちは別に怒っているわけではありません」

 

「そ、そう?すごい圧を感じるけど?」

 

「怒ってないよ☆ただね、トレーナーさんの愛バって、ここにいる3人だよね?」

 

「それは勿論だ。君達3人を誰よりも大切に想っている」

 

「だったら、まず何か言うことがあるよね?どうなの?」

 

「………あ!」

 

 ようやく。

 ようやく俺はここで理解した。

 そうか。彼女たちの機嫌が悪いのは、俺が他のウマ娘から次々とバレンタインのプレゼントをもらっていたからか。

 

 確かに、3人から見ればチョコを次々受け取ってしまっている俺が、もしかすれば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と勘違いしてしまうのも仕方がない。

 

 ちょうど今年の選抜レースの時期でもあるし、彼女たちと出会ったのもこの時期だ。

 2月末になればスカウティングも過渡期になり、他のチーム、または今年新たに入った新人のトレーナーなどは新たにウマ娘と契約を交わす時期である。

 実際、俺もたづなさんから新しくチームのウマ娘を増やさないか打診を受けてたりはする。

 ただ、現状は3人を集中して育てるのに手いっぱいだし、彼女たちの大切な時期でもあるので、サブトレーナーがつかない限りは増やすつもりはない、と説明し、遠慮させてもらっていた。

 

 そうか、そこの説明を失念していた。

 なるほどこれは怒られても仕方がない。全く俺という人間もどこまでも朴念仁である。

 

 だから俺は、俺の本心を彼女たちに伝え、その上でしっかり謝ろうと口を開く。

 

「すまない、説明不足だったな。まず、俺の運命のウマ娘は君達3人だけだ。これは断言する…今、俺は、()()()()()()()()()()()()()()

 

「…ッ」

 

「確かに、俺は色んなウマ娘の相談に乗ったりしてたから…こうしてお礼の形を受け取らせては貰っていたけど、本当に、真剣に向き合うのは、君達3人だけだ。他のウマ娘には1トレーナーと1生徒以上の()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「…☆」

 

「ああ、不安にさせてしまったことは本当に謝る。けど、心配しないでくれ。俺は、君たちと…今後も()()()()()()()()()()と思っているからさ」

 

「…はーなの」

 

 本心を伝えきって、俺は真剣に3人の顔を見た。

 そう、俺は今、彼女たちを()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()しか考えられない。

 だから新しいウマ娘を担当する余力も今はないし、()()()()()()()()()()()()()()()も今のところいない。

 これから先、少なくとも…彼女たちが走るのをやめる選択をする、()()()()()()ずっと付き合っていこうと考えているのだ。

 

 それをしっかりと伝えたところ、愛バたちは顔を赤くしたり目をそらしたりしてしまっていたが、何とか想いは伝わったようで、プレッシャーは徐々に落ち着いていった。

 よかった。わかってくれたらしい。

 

「……はぁ。どうしてこう、私達ってこんなにすぐ絆されてしまうのでしょうか…」

 

「うーん…でも、ね。確かに、このトレーナー(クソボケ)さんが他の子たちからプレゼントされたものを受け取らないわけないし…」

 

「この様子だと、そういう雰囲気にもなってないみたいだし……うん、今日はこの辺りにしてやるの」

 

 はぁー、と大きなため息が3方向から聞こえて、そうして俺はトライフォースの構えから解放された。

 ううん、やはり俺という人間はどうにもウマ娘を相手にするときに説明不足になってしまう癖があるようだ。これは恐らくこれまで何度もループを繰り返してきたせいで、言わずともわかってくれる、といった甘えが俺にあるのだろう。

 信頼関係を生むうえではこういった甘えも適度にあった方がいいとは思うのだが、それはそれとして説明不足では彼女たちも怒るというもの。

 悪癖とはわかっているので、今後はもう少し改善できるように努力していこう。

 

「本当に悪かったな。……ところで、だが」

 

「…はい、なんでしょうか?」

 

 そうして解放されてから、俺は改めて彼女たちに問いかける。

 いや、ぶっちゃけると今日一番期待しているのは彼女たちから貰えるバレンタインチョコだ。

 こうして一度怒らせてしまってから言うのは大変に恥ずかしいが、それでも流石に愛バ達からは貰えるだろうと朝からワクワクしていたのである。

 

「えっと。……その、3人からは…」

 

「……おやぁ?トレーナーさん、こんなにチョコ貰ってるのに私達からも欲しいんだ☆?」

 

「いや、その、朝からそれを一番楽しみにしてたんだけど…」

 

「ふーん…欲しい相手がいるのに、それでも他の子から貰うのは断り切れなかったの?このウマたらしさんは」

 

「意地悪はやめてくれ…そのために俺は今日、貰ったチョコ一つもまだ食べてないんだ。君達から貰えるものを最初に食べたいと思って…」

 

「……ふふ。そこまで言われてしまっては仕方がないですね。全く、トレーナーさんは…本当におバ鹿さんなんですから」

 

 俺が弱みを見せるとそれに気分を良くしたのか、ものすごい悪戯っ子な表情を作る3人の愛バ達。

 うぐぐ。我慢だ。からかわれようが俺はこの3人からチョコが欲しいのだ。

 想いを形にして受け取れるというのはとても幸せなことで、こういうイベントがあるからこそ俺はこの永劫の時間を狂わずに過ごしていられるのだ。理由が想像以上に重くて自分でもドン引きだけど。

 

「ちゃんと準備していますよ。私達3人で作ったチョコケーキです」

 

「フラッシュさんが作り方を教えてくれて、私たちもしっかり手伝ったよ!」

 

「冷蔵庫に入れてあるの。取ってきて、切り分けてあげるね。みんなで食べよ?」

 

「!!ああ、俺は幸せ者だ…君達からチョコを貰えるのが本当に嬉しいよ。ありがとう、3人とも!」

 

 こうして、ようやく落ち着きを取り戻したチームハウス内で、俺は3人の手作りであるチョコケーキを受け賜われることになった。

 コーヒーも淹れて、練習前に4人でケーキを食べて、つかの間の歓談。

 一口食べて感動のあまり涙を流した俺に、しょうがない人なんだから、と3人から呆れを含んだ笑顔を向けられたが、これもまたいい想い出である。トレーナー冥利に尽きるというものだ。

 彼女たちへのお返しをどうするか色々と考えながら、そんなこんなで俺の慌ただしいバレンタインの一日は過ぎていった。

 




オニャンコポンのヒミツ②
実は、ご主人が寝てる時によく昔の女の名前を呟くのを知っている。




追記
BOSSの公式怪文書読みました。
あいつウマ娘の話になると早口になるの最高だな…(シンパシー)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

47 花信風

【花信風】:初春の風。花が咲く時期の到来を告げる風。


 

 

 

『さあ最終コーナーを回ってスマートファルコンが独走状態!既に後ろとの差は10バ身以上!さらに差が広がる!!広がるッ!!!圧倒的だ!!芝のGⅠを勝ち取ってなお砂の走りに翳り無しッ!!これは間違いないでしょう!!そのままスマートファルコンが一着でゴォーーーーーールッッ!!素晴らしい走りでしたスマートファルコン!強いッ!!ただ強いッッ!!!2着は4番……』

 

 立華勝人は、ヒヤシンスステークスを大差をつけて1着で駆け抜けたスマートファルコンの勝利を祝福する。

 何の心配もない、ただただ強い走り。スタート直後に加速をして作ったアドバンテージは、レースを走り終えるまでに距離を埋めることなく、終わりまで先頭を走り抜けた。

 ダートを走る彼女は、以前芝で見せたような、抜けない棘が刺さったままのような表情ではなく…心の底から、全力で走れて気持ちよい、勝てて楽しいと、満面の笑顔を観客席に振りまいていた。

 

(…問題なし、か。やっぱり芝のレースがファルコンの澱みの原因か…)

 

 以前受けた相談の、悩みの解決につき立華は模索する。

 恐らくは、やはり芝のレースを走ること、それ自体にスマートファルコンは何かしらの忌避感を持っているのだ。

 芝はかつてあこがれたレースであり、それを走りウマドルとして輝きたいという気持ちがある。

 砂はいまや魂が求めるレースであり、そこを走り砂の隼として頂点に立ちたいという想いがある。

 その二律背反…芝を走るうえで、羨望と忌避が彼女の中にあるのだろう、というのが立華の見解であった。

 

(芝への憧れ…それがいずれ、諦めではなく消化されれば、あとはダートの王として輝くのみ、になりそうだけどな)

 

 しかし、その答えを今出すにはまだ性急すぎる。

 次に彼女が走るレースは、懸念である芝のレース。皐月賞だ。

 まずはそこで勝てるように、しっかりと仕上げるのがトレーナーとしての急務だ。

 もちろん同じレースに出走するエイシンフラッシュにも、同じように全力で仕上げる。

 俺は、彼女たちが全力を出してぶつかり合う、そんなレースを、見たい。

 

 そんな風に思考の海を立華が揺蕩っていると、スマートファルコンがこちらに近づいてくるのが見えた。

 一息つき、今は悩みをすっかりと思考の外に追いやって、スマートファルコンを笑顔で出迎える。

 

「ファルコン、おめでとう。素晴らしい走りだったな。流石は砂の隼だ」

 

「トレーナーさん!えへへ、ありがとー☆ファル子、やっぱりダート走ってる時が一番楽しい!!」

 

 そういって、ラチの向こうからずいっ、と立華に向けて身を乗り出して、頭を下げるスマートファルコン。

 ここ最近、妙にこうして頭を撫でてもらうのをねだるようになった。

 それを受けた立華は、しかし担当するウマ娘のおねだりに応じるのは彼にとって呼吸と同じような物であり、笑顔でそのまんまるな頭を優しく撫でてやった。

 

「えへへ……☆」

 

「ん、よくやった。勝利者インタビューが終わったら、控室でまた褒めるよ。脚のケアもしたいしな」

 

「わかった!それじゃファル子、インタビュー受けてくるね!」

 

 頭を撫でられて満足したのか、スマートファルコンが改めてトレーナーから離れて、勝利者インタビューの準備を整えてある席へ向かっていった。

 GⅠではないので今回はウマ娘への簡単な物のみだ。彼女が皐月賞に出走することは後でチーム全体で受ける合同インタビューで発表することとしているので、立華はスマートファルコンにそこだけは話さないように伝えていた。

 

 そうして、さて、立華勝人は腰を上げて控室に向かうために足を向ける。

 今日のヒヤシンスステークスはOP戦のそれだが、大差をつけられて敗北したウマ娘達が、コース上から戻りながら悔しさをトレーナーにぶつけたり、涙を流したりしているのが見える。

 それについて立華は同情、という気持ちにはならない。ウマ娘の為に生きることを信条としている彼であっても、レースの決着、特に敗者に対して同情をすることは、彼女たちの走るレース全てを侮辱することと同義だと知っているからだ。

 彼女たちのあの悔しさが、涙がさらなる強さにつながる事も知っており、そうしてウマ娘達は競い合い、輝いていく。

 だから、彼女たちが今後さらに強くなってスマートファルコンの前に立ちはだかるのを期待し、そのうえで負けないようにスマートファルコンを仕上げていこう、と改めて強く意識した。

 

 しかし、ただ一人だけ。

 立華勝人は、今日のレースの敗者たちの中で、気にかけてしまう存在がいた。

 

 そのウマ娘は、8着で負けたというのに笑顔で手を振り、観客席に愛嬌を振りまいていた。

 彼女のファンなのであろう、商店街の方々などがそんな彼女の様子に「次は頑張ろう!」といった温かい声掛けをしている。

 その笑顔、桃色の髪が風にたなびき、彼女の花弁の散る瞳にかかり、わちゃわちゃと子供らしくせわしなく動く姿。

 

 ああ。

 その姿を、彼は、世界中の誰よりも、知っている。

 

「ウララ…」

 

 ハルウララ。

 これまでの、彼の数奇な運命、ループし続ける世界の中で、ここ数十回を共にした、彼のかつての運命のウマ娘。

 幾度、彼女の涙を見ただろうか。

 そうして、執念と想いの果て、最後に見た大輪の笑顔の花を、彼はよく覚えていた。

 

 しかし、今回の世界線では彼女は立華の担当ウマ娘ではない。

 同期の初咲(うさき)トレーナーに見初められ、彼が担当につき、11月に初勝利を収めて、こうしてOP戦にも出走している。

 本来のハルウララというウマ娘は、才能あふれる強いウマ娘ではない。

 いや、表現は大変に厳しくなるが、中央トレセンの中でも走る才能が極めて低いと言えるだろう。

 彼女のとりえはその持ち前の明るさと人柄であり、走りで輝くウマ娘では、本来はない。

 この世界線では…かつて立華が磨き上げたその軌跡の結晶ではない、()()()()()()()を見せている。

 もちろん、ウマ娘は想いが強く、そしてしっかりと指導すれば、勝てないということはない。絶対はないのだ。それは既に立華自身が過去の世界線で証明している。

 だから、この世界線では…ファルコンのライバルにはならないかもしれないが、彼女らしく明るく、朗らかに、楽しんで、怪我無く過ごしてくれればよい。そう立華は思っていた。

 

「……未練、いや、想い出だな」

 

 そんな、思わずハルウララに目が行ってしまった自分の情けなさにふ、とため息をつき、控室に向けて再度歩みだした。

 観客席を抜け、関係者通路に入り、控室に向かう通路を歩く。

 この道はウマ娘が使うことはなく、トレーナーや関係者が専用に使う道だった。彼女らはレース場からは戻る時には、パドックからつながるほうの道を使う。

 周囲に人はいない。この時間は他の関係者もここを通る時間ではなく、彼女らの控室に向かうトレーナーだって、他のレースを見たり、レース場のほうでウマ娘らと話しているからだ。

 無人の道を歩き、すぐに控室にたどり着くはずだった、そんな通路の途中で、しかし。

 立華は、その男に出会った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…初咲(うさき)さん?」

 

「っ…立華さんか」

 

 果たして、通路上の壁に向かって立っていたのは、ハルウララの担当トレーナーである初咲であった。

 その出会いは、立華にとってはあまり気分のいいものではない。

 なにせ、つい先ほどレースで自分の担当ウマ娘であるスマートファルコンが、彼の担当であるハルウララをぶっちぎってきたのだ。

 

 もちろん、初咲は中央に配属となったトレーナーである。その人柄もとてもしっかりしており、またハルウララの勝利を一緒に祝えるような熱い心の持ち主であることを立華は知っている。

 個人的な話でいえば、明るくさっぱりとした気のいい同期として、彼の今後を応援したい気持ちも強い。

 だが、彼らは共にトレーナーであり、今は明確に勝敗がついた直後のことである。若干の気まずさをもって、お互いに挨拶を交わす。

 

「お疲れ様です。…ええと、今日はうちの子が勝たせていただきましたね」

 

「ああ、()()()()だな、立華さん。スマートファルコン、一着おめでとう。…強すぎるな、彼女は」

 

「はは、そこは自慢のウマ娘ですからね、お褒め頂いてありがとう。…下手に遜っても初咲さん、怒るでしょ?」

 

 初咲の、スマートファルコンへの評価に対して、立華は謙遜することをしなかった。

 ここで「そんなことはないですよ」と言うようなことは、この立華にはありえない。

 自分の担当するウマ娘の力を、その走りを、トレーナー自身が否定するわけにはいかないからだ。少なくとも立華はそう思っていた。

 

「嫌味か!君の育てたウマ娘はみんな強いだろうに…くそっ、すげぇよ立華さんは。ああ、でも俺は諦めないからな!いつか、()のハルウララが、君たちに…スマートファルコンに勝つぞ!何度でも挑戦してやる!」

 

「っ…ええ、俺も、その時を心から楽しみにしてますよ、本気(マジ)でね。これからも、同じレースに出た時はよろしくお願いします」

 

 初咲の熱い想いと…()のハルウララ、という言葉に、わずかに気圧されつつも、立華は笑顔で応える。

 彼の持つその熱い想いは、トレーナーとしてとても大切なものであるし、ハルウララに対してそこまで信じられる彼のことを、立華は高く評価していた。

 

 ともすれば、ハルウララの走りは…中央の一般的なトレーナーにとっては大変もどかしく感じられてしまう部分も、あるかもしれない。

 しかしこの初咲という男は違う。彼女を信じて、想ってやれている。

 であれば、この男の下で、ハルウララはきっとこれからも楽しく走り切ることができるだろう。未勝利戦だって3戦目ではあるがきっちり勝ちきらせる実力もあるのだ。

 だからこそ、本心で。彼の育てるハルウララが、いつか自分の育てるスマートファルコンに肉薄するような、そんな未来が訪れれば、と思った。

 

「それでは、俺はこれで。ウララのこと、頑張ってくださいね。なんかあったらいつでも相談に乗りますから」

 

「…ああ、アドバイスが欲しい時には俺は躊躇わないからな。お疲れ様、立華さん……」

 

 そうして、立華が初咲に挨拶をして控室につながる道を歩み、姿が見えなくなる。

 そこに残されたのは、初咲ただ一人。

 彼は、立華の去る姿を見送り、そうして見えなくなったところで。

 

「──────────ッッ!!!!」

 

 悔しさで。

 額を通路の壁にぶつけて、吠えた。

 

────────────────

────────────────

 

 

「───────畜生、畜生ッ…!!」

 

「俺が、至らないから…!!立華みたいに、うまくできないからっ…!!」

 

「俺は、ウララを勝たせてやれない!!俺が、未熟だからッ…!!」

 

「悔しい…!!情けねぇ…!!俺は、ウララに…!」

 

「ウララに…!!俺を、選んでくれたあの子に…!!」

 

 

「───────勝って、ほしいんだ…!!」

 

 

「勝った姿を、見せてほしいんだ!!負けて笑うんじゃない、勝って、心の底から笑ってほしくて…!!」

 

「それが見たくて…!!でも、俺が情けないから…!!俺が…!!」

 

「くっそぉ………!!強くなれよ俺…!!もっと、ウララの為に、全てを……!!」

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 慟哭。

 そう表現してもいいだろう、大の大人が涙を零しながら声を殺して叫ぶ。

 先ほどまで堪えていたそれが、立華という同じ新人の、しかし恐ろしいほどの結果を出している天才と顔を合わせて、決壊した。

 

 しかし彼が叱責するのは己のみ。

 彼にとって、ハルウララというウマ娘は、スマートファルコンにも決して劣ることのない、素晴らしいウマ娘だという認識があった。

 

 その笑顔で、その温かい心で、優しさで、俺を選んでくれた。

 ならば、俺はあの子の為に、()()()()()()、勝たせてやりたい。

 足りないのはハルウララではなく、己の指導であり、トレーナーとしての実力だと。

 

 そんな男の涙と、絞り切るように声を殺した慟哭は、誰の耳にも入ることはなく。

 ただ、無人の暗い通路の中に、溶けていった。

 

 

 ───────だが、その通路へ至る道の先。

 桜色の尻尾が、僅かに見え隠れしていたことに、初咲は気付かなかった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 時間は少し遡る。

 

「えへへ、みんなにいっぱい手を振ってたらまよっちゃった!えーと、たしかこっちだっけ…?」

 

 ハルウララは、普段使うパドック側から控室に戻る道ではなく、前にトレーナーが言っていた、「かんけーしゃ用つうろ」のほうを使い、自分の控室に戻ろうとしていた。

 先ほどのレースで、楽しくなってしまい、観客席にずっと手を振りながらレース場を回っていたら、自分の位置がわからなくなってしまったからだ。

 そうしていると次のレースの準備なども始まってしまい、普段使う道も次のレースに出走するウマ娘達が出てきてしまっていた。

 だから、そこでハルウララは前に自分の担当をしてくれている初咲トレーナーが言っていたことを思いだし、そうしてようやく関係者用通路を見つけ、そこを通ろうとした。

 人気のないその道へぴょんぴょんと元気に跳ねるように進もうとしたところ、その通路の先に、自分のトレーナーが立っているのをハルウララは見つけた。

 

「あ!!うさ────────っと、わわわ!」

 

 見つけたことで彼の名前を呼びながら思いっきり駆け寄って抱き着こうとしたハルウララは、しかし、そのすぐそばに別のトレーナーが立っており、何か二人で話しているのだ、と理解して、一旦通路には入らず、その手前、通路前の壁に背中をぺたり、と合わせて、二人の前に出ることを遠慮した。

 以前、キングちゃんに教えてもらったのだ。「大人同士が何かお話をしているときに、いきなり飛び出して抱き着いちゃだめよ!」と。

 ウララは言われたことはちゃんとできる偉い子なのだ。そうして、二人の話が終わったところで、改めて飛び出して行って、初咲トレーナーにいっぱいぎゅーってしてもらおう。そう考えた。

 

 さて、いつかキングちゃんと見たアニメのスパイみたいに、壁のむこうからちょこ、と僅かに顔を出し、遠目に二人の様子を見ていると、どうやらもう一人は学園で有名な猫トレーナーさんだということが分かった。

 なにせ、肩に猫が乗っている。勿論ハルウララも彼のことは知っており、時々中庭でその猫ちゃんを触らせてもらったりしていた。とても優しいトレーナーであったと記憶している。

 だったら、もう私が出て行っても大丈夫かな?という思考も頭をもたげるが、それでもキングちゃんに教えてもらったことをしっかり守るいい子なのだ、と自分を律して、また壁の向こうに戻る。

 そうして、ウマ娘の耳に入る、二人の話が終わるのを待った。

 

(………そろそろいいかな?)

 

 少し待つと、猫トレーナーが行ってしまったのか、二人の会話が終わったようであった。

 顔をのぞかせれば、そこにいるのは自分の担当である初咲トレーナーのみとなっており、問題なさそうであるとハルウララは判断した。

 それじゃあ出ていこう。今日のレースの話をしたいな。

 ファル子ちゃんが、本当に早くてすごかったこと。

 私も、全力でおもいっきり走れて、気持ちよかったこと。

 観客席に、商店街のみんながいて、いっぱい褒めてくれたこと。

 今日も一日、楽しかったから、またレースに出させてね。

 そんな、とりとめもない色んなお話を、初咲トレーナーにしたい。

 ハルウララは、笑顔になって自分のトレーナーの胸元に向かって駆けだそうとした。

 

「…えへへ、初咲ト──────────」

 

 鈍い、大きな音。

 初咲が、自分の頭を強く壁に打ち付けたその瞬間を、身を乗り出していたハルウララは目撃した。

 

 その名前を呼ぼうと思っていた、大好きなトレーナーのその急な行動に、ハルウララは心底驚いてひゅっ、と息を呑んだ。

 そうして、慌てて通路の前の壁に戻る。

 

『───────畜生、畜生ッ…!!』

 

 泣いている。

 私のトレーナーが、泣いている。

 

 ハルウララは、混乱の極みにあった。

 なんで?

 どうして?

 ウララが、負けたから?

 さっきの猫トレーナーに、何か言われた?

 どうして、そんなに悲しそうな声で、泣いているの?

 

『ウララに…!!俺を、選んでくれたあの子に…!!』

 

『───────勝って、ほしいんだ…!!』

 

 そして、彼の慟哭を聞いた。

 その彼の、涙をこぼすほどの強い想いを、ハルウララはすべて聞き遂げた。

 

(勝ってほしい…?初咲トレーナー、わたしに勝ってほしかったの…?)

 

 これまで、ハルウララは明確に勝利を求めてレースに出走したことはなかった。

 ただ、走ることが楽しい。レースの場で走ると、観客や実況などもあって、もっと楽しい。

 だからいっぱいレースに出たいし、初咲トレーナーからも…私が楽しく走れればいい、と言ってくれていた。

 

 けど。

 本当は。

 私に、勝ってほしくて。

 

 けれど、勝てない私に、それでも。

 自分の力が足りないと、そう思い悩んで。

 泣いてしまっている。

 

(勝ってほしかった、んだ……私と、一緒に……トレーナー、勝ちたかったんだ……)

 

 勝ちたい。

 ハルウララと勝ちたい。

 初咲のその想い。

 大の大人が涙を零すほどの、強い想いを。

 

 

 ────────ハルウララの、()がそれを受け入れた。

 

 

(────勝ちたい)

 

 明確に、ハルウララの中で何かが変わる。

 

(勝ちたい)

 

 それは、これまでの世界線で彼女が持ち得ることがなかった、新しい勝利への渇望。

 立華がハルウララに持たせた、『自分が勝ちたい』という、強い想いのそれではない。

 

(────()()()()()、勝ちたい)

 

 その、涙を止めるために。

 笑顔に、なってほしいから。

 私は、こんな私を担当してくれた、優しいトレーナーの為に。

 

 勝ちたい。

 

 ハルウララの眼の、花弁が揺れる。

 それは想いにより形を変え、桜の花びらのその色が、より広く、まるで咲き誇るように色に深みを増す。

 そうして、まるでそこから桃色の炎が立ち上るかのような幻覚を生んだ。

 

 ハルウララは、強いウマ娘ではない。

 強い(ウマソウル)を持っていない。

 なにせ、彼女の元となった魂は、その生涯で走ったレースで、一度たりとも勝利したことがないのだから。

 トレセン学園に集まるウマ娘の、その誰よりも勝利から遠い魂と言えるだろう。それは事実としてそこにある。

 

 だがその魂。

 唯一、ただ一点。

 

 

 ────────()()()()()()()()()()()ことにかけては、他の追随を許さない。

 

 

 

 

 

 

 今日、一人のウマ娘の運命が変わる。

 

 ハルウララは、己のトレーナーの涙を。

 その想いを乗せて走る事を決意した。

 

 

 

 初春の風に桜は紛れて、()の声はもう届かない。

 

 

 

 






この話について、ちょっとだけ活動報告に補足をあげております。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

48 春のGⅠ戦線へ

(ダービー)
オニャンコポンんんんんんん!!!(⤵)
ダービーのウマ娘公式の一枚絵最高か?(⤴)



 

 

 

 

 3月。チーム『フェリス』が結成されて1年が経過したころ。

 俺は勝負服を着た愛バ達の横で、オニャンコポンを肩に乗せて座っていた。

 今日は学園の一室を利用して、愛バ達3人と共に各社の記者を集めて合同のインタビューが開かれている。

 

 これから始まる春GⅠに向けた各ウマ娘の意気込みなどを聞くために、URAの記者や学園側で選別された信頼のおける雑誌記者などが集められて、まとめて話を聞くというそれだ。

 これまでの世界線でもこういった場に参加したことも数えきれないほどあったが、今回はチームを運営している都合、今までの世界線よりもインタビューに応じる回数は増えていた。

 特に今担当している3人は、ジュニア期でそれぞれ大いにレースを荒らしまわり、実績もアクシデントを伴う1敗のみ。これからのGⅠ戦線で主役になっていくだろうと考えられる素晴らしい成績を残しているウマ娘だ。

 2月にはアイネスがきさらぎ賞でレコードを2秒縮めての一着、ファルコンがヒヤシンスステークスでレコードの大差勝ち一着、弥生賞はフラッシュがレコードで一着を取っている。

 最近はチーム『フェリス』がレコードブレイカーと呼ばれるようになってきた。事実、既にレコード勝ちを6回もしているのでやむ無しといったところか。

 弥生賞にはヴィクトールピストがくるかと思ったが、彼女は出走しなかった。まだフラッシュには及ばないとホープフルステークスで実感した彼女は、年明けから皐月賞へ直行することを発表し、その間は自分を鍛える時期に充て、今も猛練習を積んでいる。

 その代わりに出走してきたのがかつてファルコンと争ったメジロライアンだが、彼女の脚は2000mの適正距離であってもまだ育ち切っていない。差し合いの勝負となり、フラッシュがそれを制して、ライアンは2バ身差の2着となっていた。

 皐月賞には間違いなくあの二人が出てくるだろう。

 

「……それでは、チーム『フェリス』への合同インタビューを始めます。司会を務めさせていただく藤井です」

 

 URA専属となっている記者が今回の合同インタビューの音頭を取る。

 まず彼が大きな主題目を質問し、それに自分たちが答えてから、各記者がトレーナーやウマ娘に質問を入れてくる形式だ。

 その記者からの質問も、この場に同席している学園の広報担当の職員が聞いて、ウマ娘やレースに対して悪意があるとみなされた時点で、次回からその記者は呼ばれなくなる。

 国民的スポーツ、かつ相手はまだ未成年のウマ娘だ。彼女らのレースは社会現象として経済を回す大人気スポーツでありながらも、同時に彼女らウマ娘はまだ子供であり、社会的な配慮をされるべき相手である。

 街中でウマ娘に許可もなく直撃インタビューなどしようものなら法的に罰されるし、警備員も学園の周辺には多数配置されている。

 どうしても世間の期待が高ぶりすぎた結果、ファンが暴走してしまったライスシャワーの事件や、オグリキャップの密着取材など、そういった例もごく稀に起きてしまうのは事実として否定はできない。

 しかし、そういった過去の事例から人々は、記者たちは、ウマ娘達は学び、よりウマ娘達に負担がかからないように少しずつ調整をして、折り合いをつけていった。

 その折衝のなかで、常にシンボリルドルフや理事長が尽力しているのは、どの世界線でも変わらない。

 俺は彼女たちを心から尊敬している。

 

 閑話休題。

 

 さて、我らチーム『フェリス』に対して、まず聞かれた質問はこれだ。

 

「では──立華トレーナーにまず質問です。これからチーム『フェリス』の皆様は、どのGⅠに出走していくことになりますか?」

 

 藤井記者から聞かれたそれは、まさしくこの場に集まった記者たちが一番に聞きたかった事だろう。

 何故なら、俺は彼女たち3人のGⅠレースの出走登録について、出走できる全部のレースに申請を出している。

 一般的にティアラを狙うならティアラ3冠への申請のみ、クラシック3冠を走るならクラシック登録のみ、と申請を出す段階でおおよそどのレースを求めていくのかわかるのだが、うちのチームはそうではない。出られる可能性のあるレースにはすべて届け出済みだ。

 だから、もしかすれば皐月賞に3人が行くかもしれないし、桜花賞にいきなりフラッシュが殴り込みをかけるなんて可能性もある。

 今日これから俺が話す内容が、記者たちにとっては金を生む情報であり、発行する雑誌の一面に載るようになるだろう。

 

 ちなみに俺がここまで情報を出さなかった理由は色々ある。

 まず、早い段階でどのレースに出走するかを世間に知られたくなかったのが一つ。

 早く知られれば知られるほど、やはりそれに伴って記者の取材というものは増えていく。ライバルウマ娘にも対策を取られることになるだろう。

 特に取材のほう。記者からの取材はゼロではもちろん困るのだが、多すぎればそれはウマ娘にとって負担になりかねない。

 そういった過度な取材を防ぐために、大切な情報をギリギリまで隠す系のチームトレーナーだという認識を記者間に広めたくて、今回の発表は後に送らせてもらった。

 そのような認識が広まった方が、こういう場でまとめて発表がしやすくなり、記者からの取材も減っていく。また、出走するレースについても発表前に記事に「~に出走 か!?」などと書かれた時のダメージが減る。世間が「このチームはギリギリまで出走レースを確定させない」と理解してくれれば、そういった賑やかしのガセ記事を見ても大きな噂話にならないからだ。

 もちろん今回の世界線では、うちのチームのウマッターが相当なバズりを見せているので、そちらで発表時期について言及するのも忘れない。どの時期のインタビューで発表する、ということを事前に公開していれば、それに対して余計な記者からの取材も減るというもの。

 

 つらつらと述べたが、まとめると。

 これまでの世界線で俺が学んだ記者との適切な距離感を作るために、うちのチームはそこそこ秘匿主義、ということだ。

 

「そうですね…今日まで皆様方が一番気にしてらっしゃった点だと思いますので、今日はまずはっきりと、彼女たちの直近の出走レースについてお伝えさせていただきます」

 

 俺は改めて、肩に乗ったオニャンコポンが机の上に降りたので、その背中を撫でてやりながら質問に答える。

 ところで先ほどからなぜ俺の方にカメラを向けてバシバシ写真を撮っているのだろうか?

 これまでの世界線でもなぜか担当のウマ娘よりも俺の顔を取りたがる記者が一部いたが、今回はいつも以上に多いな。俺としては自慢の愛バ達をもっと撮影してほしいのだが。

 …まぁしょうがないか。オニャンコポンは最高にかわいいうちのチームのマスコットキャラクターだからな。記者だってこの忠猫の写真を使いたくなるよな。わかるよ。

 記者向けの写真写りのいい笑顔を作ってオニャンコポンを撫でながら、そうして俺は彼女たちの出走レースについて一気に伝えた。

 

「…まず、アイネスフウジンが桜花賞へ。そして、エイシンフラッシュとスマートファルコンは、共に皐月賞へ出走します」

 

「おお…!」

 

「まず本社に情報送れ!今日の一面準備させろ!」

 

「エイシンフラッシュさんとスマートファルコンさんは皐月賞で雌雄を決することになるんですね!?」

 

「アイネスフウジンさんはトリプルティアラを狙いに行くという事でしょうか!」

 

「ぜひ、出走前のお気持ちを…!」

 

「あーあーあー、ちょっと待ってください記者の皆さん。ワイも皆さんの気持ちはわかりますが一つずついきましょう。ウマ娘さんたちも一気には答えれんのですから」

 

 俺の言葉に記者全員がメモを飛ばしながら、恐らく今年一番のネタであろうそれを手元のメモに書きなぐり、LANEで本社に送る様子が見られた。恐らく明日の新聞の一面や、特報で出される週刊誌に記事が載ることだろう。

 明日の新聞と週刊誌全部買う。*1

 

 そして我先にと質問し始める記者さんたちを藤井記者が抑えてくれる。

 この人も、これまでの世界線で何度か見てきた顔だ。しかし、大体はURAの傘下の記者ではなく、向こう側のパパラッチに交ざっており、当人が熱をもって我先にと質問をしてくるタイプで、むしろ若干押しが強い側の記者だったことを覚えている。

 しかしこの世界線では、どうにもウマ娘を第一に考える人格者となっていた。URA専属記者となったことで何か指導でもされたか、それともこの世界線の過去に何かあったのか。

 わからないが、しかしこうして適切にインタビューを進めていただけるのはありがたい。少し落ち着いた記者たちから挙手が上がり、藤井記者がその中の一人を差す。

 

「では……トゥインクルさんからどうぞ」

 

「ありがとうございます、月刊『トゥインクル』の乙名史です」

 

 いきなりかァ~…。

 

 乙名史悦子記者。

 この人はどの世界線でもまったくブレない。

 個人的には熱情を持つ彼女は大変に信頼のおける記者であり、これまでの世界線でも何度もお世話になった。

 自分がウマ娘の為に語学勉強をしたいと洩らせば、それの手伝いをしてくれたりと、実に気配りのできる大人だ。

 一トレーナーと記者としては、かなり深い関係のお付き合いをさせていただいた世界線も多い。*2

 ウマ娘への想いを語り合いながら、一晩を共に過ごしたこともある。*3

 唯一の問題点は、ウマ娘の話になると急に暴走し始めて早口になる点だろうか。それがなかったら乙名史さんではないとも言えるが。

 

「GⅠレースに出走する皆様から、まず一言、意気込みを頂ければと思います」

 

 とりあえずまだ暴走の兆候は見せていない。俺は並んだ順番、フラッシュ、ファルコン、アイネスの順番に答えるように示して、それぞれ彼女たちが想いを口にする。

 

「…誇りある勝利。それを求めて、私は日本でも格式の高いクラシックのレースに挑戦することにいたしました。その相手がたとえ同じチームの親友であっても、です。ファルコンさんと走りたいという想いも以前からありましたので、全力で彼女とぶつかりたいです。もちろん、出走してくるであろう他のウマ娘の方々とも。応援よろしくお願いいたします」

 

「…私の芝のレースへの挑戦はこれで2回目になりますが、全力で走り切って、勝ちに行きます☆!フラッシュさんとは…さっき言ってくれたように、私も親友と思ってるし、ライバルとも思っているので、大きなレースで戦えるのが嬉しいです!ファル子の応援、よろしくね☆!」

 

「あたしは桜花賞へ…ライバルと思ってる、カノープスの二人とも雌雄を決して、そしてあたしの強さをファンのみんなへ見せてあげたいと思ってるの。それ以上に、ここまで育ててくれた家族のみんなへ見せたい。負けるつもりは一切ないの!応援、よろしくなの!」

 

 うんうん。

 みんな緊張しながらも、しっかりと思いを形に出来ている。

 俺はちらっと乙名史記者の様子を確認した。プルプル震えだしている。あ、これはまずいな。

 

「──素晴ら」

 

「素晴らしい意気込みだと思います。私自身も、彼女たち3名の強い想いを受けて、彼女たちのその夢、勝利の為に、己の全てをかけて力になれるように、導いていきたいと考えています」

 

 爆発寸前に俺がカットインを入れて、へ?と絶頂を迎える寸前で焦らされた乙名氏さんが俺の方を向く。

 この人の爆発癖はこれまでの世界線で嫌というほど味わっており、それを抑える術もある程度も身に着けていた。

 つまりだ。

 この人が言いそうな感想を、先に全部俺が言えばいい。

 

「特に、フラッシュとファルコン…この二人は、親友であっても、それでもお互いに勝ちたい、競い合いたいという想いを持って、皐月賞に挑みます。トレーナーである私がそれを否定しようとは一切思いませんし、やはりウマ娘とは、自分が望むレースに出て、そこで勝利を掴むことが一番嬉しいことだと考えているので。それは勿論アイネスもそうです。彼女たちがベストコンディションでレースに出て、そして悔いを残すことなく走り切れるように、私は彼女たちを全力で支援いたします。彼女たちがレースで見せる走りを、輝きを、ぜひご期待ください」

 

「……はっ、す、素晴らしいコメントをありがとうございました…!」

 

「いえいえ。彼女たち3人の想いを、いい記事にしてあげてくださいね。信じてますよ、乙名史さん」

 

 爆発が不完全燃焼で終わった乙名史記者が、それでも無意識でメモを取っていた手を止めて、お礼を述べて頭を下げる。

 そんな様子の彼女に、俺はウインクを返して笑顔を見せる。

 この人、暴走するところを除けば本当にウマ娘のことを考えるいい人だからな。笑顔も見せたくなるってものだ。

 何ならこの世界線でもうちのチームの番記者になってくれないかなとか思ってたりはする。

 しかし妙だな。俺の左側に座る愛バ3人のほうが急に気温が下がった気がする。この部屋の空調壊れてませんかたづなさん?

 

「…なるほど、噂通りの敏腕トレーナーやねぇ立華はんは。…っと、こほん。では、次の質問に入りましょうか。質問のある記者は挙手をお願いします───────────」

 

 そうして、つつがなくインタビューは進んで。

 3人の出走レースを、そして想いを聞き遂げた記者たちは我先にとそれぞれの会社へ戻り、記事を書きに走るのであった。

 パパラッチステークス開催!と毎回言いたくなるこの光景、結構好き。

 

────────────────

────────────────

 

 合同インタビューも終えて、俺は3月のトレーニングでもみっちりと彼女たちを鍛え上げた。

 4月から始まるクラシック期のGⅠ戦線。

 それに向けて、彼女たちが全力を出せるように。本気で、雌雄を決せるように。

 勝負に後悔が生まれないように。

 

 乙名史さんに言ったことは嘘ではない。俺は、俺の全てをかけて、彼女たちを輝かせる。

 その想いは、どの世界線でも失われることのない、俺の意志だ。

 俺の信じる彼女らもまた、俺のその想いに応えてくれて、さらに実力を、脚を磨いていく。

 コンディションは万全だ。

 

 

 春のGⅠ戦線が、始まる。

*1
!掛かり

*2
番記者になってもらった。

*3
飲み屋で。




なお桜花賞はナレ死です。アイネスすまんやで…







以下、この世界線の過去のバタフライエフェクト。


────────────────
────────────────

 これは、立華勝人がトレーナーとして中央に配属になるよりだいぶ前の話である。


「────────なにやっとんのやお前ら!!いい加減にせぇよホンマ!」

 ウマ娘のレース関係の記者である藤井は、トレセン学園の周辺で恥知らずにも一人の少女を囲むパパラッチ共に怒号を飛ばした。
 その中心にいるのは、今日本で最も名前の売れているウマ娘、オグリキャップだ。
 人気は留まるところを知らず、彼女のぱかぷちはもはや1世帯に1つはあるとニュースでも流れるほどの社会現象を引き起こしていた。
 葦毛の怪物。
 地方からやってきて中央で何度も激戦を繰り広げ、そして勝利してきた灰被り姫(シンデレラグレイ)

 しかし、その人気により週刊誌などの市営の記者が暴走を始める。
 どこぞの三流週刊誌が「オグリキャップ24時間密着取材!」などと謡い始め、実際に朝から彼女の寮の前にまで張り込みを行い、学園内にすら忍び込む有様。
 オグリキャップも、また周囲のウマ娘もそんな記者からの執拗なインタビューに疲弊してしまうほどだった。

「アホどもが…!お前らがどんだけ醜いことしとんのかわかっとんのか!?相手はアイドルでも何でもない!ただの女の子やぞ!?」

 そうして、藤井は記者の生き汚さ、人間の欲が行きつく先の醜さを見せつけられた。
 かつては、自分も向こう側に位置していたのかもしれない。
 美味しいネタを探すためにウマ娘に取材が出来る機会を必死に見つけ、そうして強引にインタビューをした経験も、何度もある。

 しかし、彼女らの織り成すレースを見て、その輝きにいつしか魅せられていた。
 彼女たちが全力でぶつかり合うレース、それ自体が尊いのだと。
 そうして、記者はその尊さを民衆に伝える役割なのだと。
 いつからか、そんな思いが芽生えていた。

 だというのに。
 ()()()()()()

「…オグリ、このバカ共は俺が抑えとるさかい、はよう登校せや」

「あ…ああ、すまない。恩に着る」

「気にするこたあらへん。…応援しとるで、頑張り」

 そうして、一喝してパパラッチ共の脚を止め、囲まれていたオグリを救い出して学園へ向かわせた。
 彼女はウマ娘である。本気を出せば、もちろんこんな浅ましい人間どもから逃れることもたやすいであろう。走ればいいだけだ。それで何人か人を跳ね飛ばし、逃げることが出来る。
 だが、世間から注目されすぎている今の彼女にはそんな強引な手段が取れるはずもなかった。
 何をしても、記事にされる。
 それは、アイドルである前に、ウマ娘である前に、一人の少女である彼女にとって、どれほどの苦痛であっただろうか。

「…クソが。とっとと()ねや!警察呼んでもええんやぞ!」

 オグリが行ってからようやく藤井は本心の不機嫌を露わにして、怒鳴り散らして三流記者共を帰らせた。
 しかし、これでは一時的なもので終わってしまうだろう。
 明日にはまた、彼女が記者に囲まれる、そんな日に戻ってしまう。

「…こら根本から変えていかんとアカンな……」

 藤井は、これまで己の仕事に誇りをもっていた。
 ウマ娘達の輝きをよりよい文章に起こし、最高の写真を撮り、そうして世間に過不足なく伝えるのだと。
 しかし今、その誇りが失われようとしている。
 これまで自分がやってきた…それすらも、この腐った澱みが続いていては侵される。記者全体が同類に思われる。

 これまででも、規模は違えど同じような事件は何度か起きていた。
 であれば、パパラッチの澱んだ膿が溜まってしまっている今、それをすべて切除し、そうしてウマ娘達が何の心配もなく競い合えるような、そんな関係を記者とウマ娘達の間で構築しなければならない。

「……まずURAか。以前から打診されてたあの話…しゃあない、受けるか。ついでルドルフに話通して…学園の今の理事長も消極的やしここらから変えんとアカンか……」

 決意を持った瞳で、藤井が携帯を取り出す。
 自分に出来ることを。
 それは小さい変化かもしれない、何も生み出せないかもしれない。

 でも、変えようと思ってなりふり構わずに行動した、ウマ娘達の姿を彼は知っていた。
 だからこそ。

「…はっ。あん時のルドルフの気持ちがよう分かるで」

 苦笑を零しつつ、世界を変える一歩目を。
 藤井の指先が携帯のボタンを操作する。
 それは蝶々の小さな羽ばたき。


 2週間後。
 トレセン学園周辺に警備員が配置され、記者の異常な頻度の取材が落ち着きを見せた。

 1か月後。
 ウマ娘とURA、および大手雑誌会社との間で条文が交わされ、ウマ娘の生活を害しない上での取材に留める内容の協定が結ばれた。

 3か月後。
 ウマ娘に対して未だに強引に取材する記者、および薄汚い恣意的な記事を上げていた木っ端の雑誌各社が次々と廃刊になり、務めていた社員及び記者でまともな者は大手雑誌会社に吸収された。

 半年後。
 オグリキャップ復活、ラストラン。
 神はいる。そう思った。


 だが、人を裁く神がいなくとも、人は己の行為を反省し、改善し、前に進めることを証明した。
 誰も知らない歴史の裏の一ページに、それはしっかりと刻まれて───────────





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

49 猫好きの曲者達

()!!(ウララサポカSSR完凸しました)


 

 

 

 

『さあ桜花賞も残り400m!!直線コースの攻防!!現在先頭はアイネスフウジン!!じわりじわりと差を詰めていくサクラノササヤキだがこれは届くか!?ここで大外からマイルイルネル!!素晴らしい末脚!!だがここからアイネスフウジンは二の足があるぞ!!さらに加速!!マイルイルネルいい脚を見せるがアイネスが止まらない!!サクラノササヤキも届かないっ!!アイネスが速いッ!!まさに風神ッッ!!リードを守り切ってそのまま一着でゴーーーールッ!!強いっ!!無敗の8連勝!!この疾風は速すぎるッ!!!まずは1つ目の冠を被ったーーーーっ!!』

 

 

 アイネスフウジンは、これまでのレース通り…その磨き上げられた豪脚を思う存分にぶん回して、桜花賞を一番に駆け抜けた。

 以前朝日杯を駆け抜けた時よりもタイムは抑えられているが、それでもハイペースを作り出すその脚は同じレースを走るウマ娘にとってあまりに脅威。

 さらに、今回はレース後にも朝日杯ほどの疲労を見せていない。今後のトリプルティアラ…オークスに出走しても勝ちきれるよう、スタミナも増しているのがわかる。

 ただ速い。レースが始まった瞬間から優れたスタートでハナを取るか、取れなくても徐々に加速を始めて無理やりにハナを取りに行く。

 そうしてそのまま速度を落とさずに駆け抜けて、しかも最終直線では二の足をぶっ放す。

 これに近い走りはダートを走るスマートファルコンも見せることがあり、そしてその二人の走りは、実力差を埋めさせない最も有効な走りであった。

 最後まで速度を落とさずに逃げ切れる彼女ら逃げウマ娘には、先行も差しも出来ることは少ない。ただ純粋に彼女らのタイムを超えていかなければならない。

 そしてそのタイムは、レコードに近い超高速のタイムなのだ。

 かつてサイレンススズカが、マルゼンスキーがそのレースを恐れられたように、チームフェリスの逃げウマ娘2人もまた、驚異の対象として恐れられていた。

 

「……っふー!!まず1つ、なの!!へへ、まだまだ後輩に先頭は譲ってやらないっ!」

 

「んにゃああああああ!!!先輩に勝ちたあああああいっっ!!!ぐやぢいっ!!!」

 

「ぜーっ、ぜーっ……くそ……次は、オークスでリベンジですよ、先輩……!!スタミナ勝負です…!」

 

 レースが終わればノーサイド、走り終えた彼女らがお互いの健闘を称えながら、そうして次のレースの話を進める。

 アイネスフウジンの次の出走レースについて、まだ正式に発表があったわけではないが、こうしてトリプルティアラの一冠目を取っているのだから、次走はオークスであろう。

 NHKマイルに出走するという話もあるが、流石にあの立華トレーナーがこの短期間にGⅠ3つを走らせるとは思えない。恐らくはどちらか、可能性が高いのはオークス。

 そこであれば、彼女がまだ公式レースでは走ったことのない中距離となる。マイルを走る以上にスタミナが要求される距離だ。

 その条件であれば、これまでのハイペースな展開にさせられたマイルよりも勝率は高くなると踏み、マイルイルネルもまた次走での勝利に向けて鍛えなおしていこう、と意識を新たにした。

 

 

『アイネスフウジンまず1冠!!止まらないフェリス旋風!!!』

 

 

 翌日のレース新聞の一面に、そんな見出しと共に満面の笑みでオニャンコポンに頬ずりするアイネスフウジンの写真が張り出され、彼女の家族が10部ほどそれを買ってみんなで大喜びをするというほほえましい光景が見られたのだが、それはまた別の話。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 アイネスフウジンが桜花賞を勝利し、そうして今週末に皐月賞を控える現在。

 チーム『フェリス』のウマ娘であるエイシンフラッシュは、最終調整のため、更なる熱を入れて練習に臨んでいた。

 

「……ふぅーーーーーーーーーーーーーッ!!」

 

「……いい加速っ!!でもまだまだぁ!!」

 

 チーム『フェリス』からは、皐月賞に2名のウマ娘が出走する。エイシンフラッシュとスマートファルコンだ。

 ただし、彼女たちは一緒に併走していない。二人が皐月賞の条件で併走をすることは、2週間前から立華トレーナーの方針で中止させていた。

 二人が併走を繰り返してしまえば、お互いにお互いの攻めるタイミング、出せるであろうスピードがわかってしまい、対策や心構えが容易にできてしまう。

 また、お互いの実力を理解することで、そこに甘えが出る懸念もある。

 大舞台の勝負に適切な緊張感をもって挑ませるためにも、彼女らの併走では、それぞれ立華のほうで併走を依頼した別チームのウマ娘が一緒に走っていた。

 

「……っはぁ、はぁ…!……仕掛けるタイミングが、まだ、早かったですね…!」

 

「…っふー。や、どーでしょね?アタシが見るに、十分いい感じには見えますけどね?その辺はクセというか、フラッシュさんが納得できるところからの加速でいいと思いますが」

 

 今、エイシンフラッシュと2000mを走り終えて、しかしフラッシュよりも先に呼吸を整え終えて、仕掛けのタイミングについて相談しているのは、チーム『カノープス』所属、シニア級を走るウマ娘、ナイスネイチャだ。

 彼女もまた、この世界線で立華トレーナー…の、肩に乗っているオニャンコポンに特にお世話になっており、その縁でチーム同士で、また個人的に声をかけられたりしてチーム『フェリス』の練習に参加することが多かった。

 シニア級の重賞で常に上位入賞という素晴らしい成績を残す彼女は、もちろん走力の面でもエイシンフラッシュたちをまだ上回る他、何よりもレース中の頭の回転が他のウマ娘と比べて群を抜いている。

 特に、同じ差しを主体として走るエイシンフラッシュにとっては、レース中の考え方、走り方などで大変に参考になるところが多く、よき併走相手として仲を深めていた。

 

「…いえ、これでは駄目なのです。ファルコンさんを差し切るには……()()()()()、必要がある。そんな確信があります」

 

「あー…そっすねー、芝のファルコンさんはダートに比べると道中で大きく差を開かないし、一定のペースで加速したまま駆け抜けますから、最終直線で一気にブチ抜くくらいのほうが他のウマ娘の動揺を誘いつつファルコンさん自身の再加速が重ねられる前に抜き切れるかも?となると加速し始める位置が重要かな…」

 

「そうですね…間違いなく、最終直線で先頭を走っているのは彼女です。そう信じられます。それを差し切るための、ここ一番の加速力と、位置取りを。……ネイチャさん、もう一周いいですか?」

 

「アイアイー、お任せくださいよ。ネイチャさんはスタミナが自慢ですから。じゃ、()りましょっか!」

 

 ナイスネイチャの冷静な分析眼の講釈を受けて、改めてエイシンフラッシュは今回走る皐月賞の、その戦法について練り直し、再度の併走を乞う。

 エイシンフラッシュは、今回の皐月賞での相手…親友であり、本来はダートを得意とするウマ娘であるスマートファルコンを相手するにあたり、奇妙な確信があった。

 

 彼女は必ず最終直線で先頭を走っている。

 走り切れると信じている。

 何故なら、私は彼女がそこまでやれることを知っているから。

 

 

 

 最終直線で、先頭を走っているのは彼女だと、そう信じられた。

 

 

 

「…ッ…」

 

 ここ最近、とみに起きる既視感。

 それを瞬き2つして振り払い、改めてナイスネイチャとの併走を再開するのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…はぁぁぁぁ……!!」

 

「…む、いい感じ!そのタイミングぅ!」

 

 別のコースで、エイシンフラッシュと同じように、芝の2000mを走るスマートファルコンの姿があった。

 その併走相手もまた、チーム外から立華が呼んだウマ娘。現在シニア級で中~長距離の芝のレースを走るそのウマ娘は、かつて芝3000mで世界レコードを達成したこともあるほどの猛者。

 皐月賞での勝利も経験している彼女…セイウンスカイは、ナイスネイチャと同じく、立華トレーナーの愛猫であるオニャンコポンとよく昼寝をさせてもらった結果、立華とも縁が出来て、オニャンコポン吸いを条件に時々併走をお願いされる仲になっていた。

 

「……ふぅー!セイちゃん、やっぱりすごいね、その脚…☆!最終直線で自由にさせたら、敵わないなぁ…!」

 

「いやいや~、ファル子先輩も中盤の伸びは本気でビビりましたよ初見の時は。あれは私にもできないなぁ~…もっとも、その分私は最終コーナーで全力ですけど」

 

「そうそれ☆それのタイミングをモノにしたいんだよね。2000mの距離、きっと必要なのは中盤での加速だけじゃなくて、終盤での再加速…だって、トレーナーさんも言ってた」

 

 セイウンスカイと並走する中で、立華トレーナーから言われたことは、「彼女の加速の技術を盗め」というもの。

 本来、セイウンスカイは先のナイスネイチャと同じく、レース中に頭を回し、後方へのけん制や駆け引きを駆使して走るのがスタイルだ。学ぼうと思えばそう言った技術の点も望める部分はある。

 だが、立華の考えとしては、スマートファルコン自身がそういった駆け引きなどで頭を回すよりは豪脚で捻じ伏せるのを得意とするウマ娘であることもあり、実際のレースでは自分が作戦を伝えることで駆け引きはできるため、彼女から学ぶべきはその最終コーナーからの見事な加速、その一点に絞った方がスマートファルコンにはいいだろうというものだった。

 そうして今、砂の隼はトリックスターの真の武器である突き放すような終盤の加速を、その脚に覚えこませていた。

 

「ん~…自分ではあんまり明確に認識してるわけでもないんですよねぇ、この加速。領域(ゾーン)って、明確に入るぞ!ってなって入るもんでもないじゃないですかぁ」

 

「あー、それはファル子もわかるかも…☆必死に走ってるといつの間にか、って感じだよねぇ」

 

「ですよね~。でも、そーだな…私の場合は、後ろのウマ娘達が掛かったり策に堕ちたりして、してやったり!って瞬間にざっぱーん!ってなるようなイメージ…ですかね?」

 

「う、うーん?その感覚はちょっとファル子よくわからないかもかなぁ!?あまり後ろのこと考えて走らないし…☆」

 

「ですよねぇ。ま、何度も走る中で、私が加速するタイミングでも掴んでもらえればですかね~。流石にファル子先輩と私は今後、同じレースでは走らないでしょうし。いっくらでもセイちゃんの技術盗んでってくださいよ」

 

 セイウンスカイのその加速、領域(ゾーン)に至る感覚の説明を受けて、しかしファルコンもまた領域(ゾーン)を知るウマ娘だからこそ理解する、その感覚の難しさについてお互いに語り合い、苦笑を零す。

 あんなのは、言葉で説明できるものではないのだ。

 勝ちたいと思い、極限の集中を伴って、そうして走っているときに自然と出てくるものであり、意識してそれに入ることは難しい。

 意識して入れるのはまた特殊な才能がある一部のウマ娘のみであり、基本的にはスイッチの切り替えのように入れるものではない。ましてや、他のウマ娘が他人の領域(ゾーン)を使えるような話など聞いたことがない。

 だが、それでも加速のタイミングや、その時の力の入れ方、姿勢の変化などは学べる。疑似的に加速を継承することはできる。

 スマートファルコンはそれを求めて、今彼女と併走をしているのだ。

 

「うんっ、しっかり学ばせてもらうから!それじゃ、今度はセイちゃんが前になって走ってくれる?1600mまではギリギリついていけると思うから…」

 

「は~い、そんじゃお言葉に甘えて全力でぶっちぎらせてもらいますかねぇ」

 

 先ほど自分で試した加速のタイミングを、今度はセイウンスカイの実演を見ることでさらに理解を深めるために、改めての併走をスマートファルコンが持ちかける。

 長距離も走れる…いや、むしろ長距離でこそ輝くセイウンスカイのスタミナの回復は抜群に早く、整った息でうーん、と背伸びをして、改めて二人が併走に戻った。

 

 

 皐月賞まで、あと数日。

 親友同士の決戦は、目前に迫っていた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 皐月賞前日。

 俺は、自宅のPCで今日までのフラッシュ、ファルコンの練習結果をまとめたデータを見比べて、明日の展開を予想する。

 

「…二人に、俺のできる最高の指導をできた…とは思うが…」

 

 タブレットのアプリはPCでも動かすことができる。

 より大きな画面で見るそのデータは、彼女たちの成長曲線と、叩き出せるであろう最高速、タイム、上り3ハロンの数字の見込みなどが見えるようになっていた。

 ここまでの練習内容や併走のタイムなどを入力して導き出された皐月賞のタイムは、ほぼ同値。フラッシュがコンマ2秒ほど速いが、これは当日のテンション、バ場、レース展開で容易に変わるレベルのわずかな差。

 二人の走りに、ほぼ差はないと言っていい。

 スマートファルコンは阪神ジュベナイルを走った時よりも、さらに芝への適性を上げ、かつ2000mという距離にも適応できるスタミナをつけ、最終コーナーからの加速も新しい武器として覚えた。

 エイシンフラッシュはこれまでも見せていた閃光の末脚の切れ味がさらに増して、上り3ハロンはなんならシニア級のウマ娘と比較しても頭一つ抜け出るほど。適切なタイミングで加速した彼女はすべてのウマ娘を撫で切るだろう。

 

 勝敗についての結論は出ない。

 二人は、それぞれが十分に勝ちきれる能力を持っている。

 後は、それが当日どうなるか。

 

「……ここまでやって、あとは当日見守るのみ、か」

 

 俺はPCをシャットダウンさせ、椅子に深く座りなおして頭の後ろで手を組み、天井を見上げる。

 明日には彼女たちのレースが始まる。

 そして、どちらかが勝ち、どちらかが負ける。

 この、これまでの世界線でもなかった初めての経験。

 覚悟が試されている。そう思った。

 

「……沖野先輩や南坂先輩は、どんな気持ちで送り出してんだか。判ったようなわからんような…」

 

 この内心を人に説明しろ、と言われても難しい。

 勝ってほしい。当然、二人には勝ってほしい。負けてほしくない。

 だが、どちらかは必ず負ける。どっちも負ける場合だって、当然ある。

 その時、俺はどんな顔をして、どんな声をかけてやればいいのか。

 

 今日に至るまで、悩みに悩み、考え抜いていたが、やはり()()()()()

 

 そして、だからこそ。

 

「…愛バ達を、信じる、か」

 

 そう、明日は俺の愛バたちを信じようと。

 信じて、俺の本心から彼女たちと接して…勝った方を褒めて、負けた方を慰めてやろうと。

 そんないつもの行き当たりばったり作戦から一歩進んで、信念の籠った行き当たりばったりで二人に接してやるしかないな、と結論付けた。

 

 今日は早めに寝よう。

 きっと、明日の緊張もあって、目が冴えて眠りに入れるまでに時間がかかるだろうから。

 そうして、明日の準備を終えて、俺はオニャンコポンと共に布団に潜り込んだ。

 

 明日は皐月賞。

 クラシック一冠目を誰が取るのか。

 彼女たちが紡ぐ、彼女たちだけの物語が始まる。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

50 皐月賞

 

 俺はオニャンコポンと共に、エイシンフラッシュの控室に来ていた。

 今日の皐月賞はチーム『フェリス』から二人のウマ娘が出走する。

 この場合、それぞれの出走者に控室が割り当てられ、フラッシュとファルコンが同じ部屋で出走を待つことはない。URAの当然の判断である。

 もう片方のスマートファルコンの控室には、アイネスフウジンに控えてもらっている。勿論、この後にアイネスフウジンと入れ替わる形でそちらにも顔を出すつもりだ。

 

「…フラッシュ、調子は大丈夫か?」

 

「はい。脚も気力に満ちており…絶好調、と言えます。これまでのレースよりも、より集中が高まっているような…そんな感覚です」

 

 椅子に座り、静かに呼吸をして落ち着いた様子を見せるフラッシュ。

 確かに、彼女は今ホープフルステークスに臨んだとき…いや、それ以上の集中を見せている。

 オニャンコポン吸いも先ほど済ませたところで、しかし、親友と同じレースに挑むというその状況を、楽しんでいる……というよりも、心待ちにしているといった様子だ。

 早く走りたい。

 勝ちたい。

 親友に、勝ちたい。

 

「いい調子みたいだな」

 

「ええ…勝て、と。私の内の何かが…そう、何かが叫んでいるような、そんな気さえして」

 

 俺は彼女にしては珍しい、そのスピリチュアルな表現に僅かに内心で首をかしげる。

 エイシンフラッシュは理路整然とした会話を好むウマ娘だ。勿論そういった精神論に理解がないわけではないが、自分から言い出すのは少し珍しい。

 何か、彼女の中で今回のレース…()()()()()()()()()()()、そんなシチュエーションにかみ合うようなものがあるのだろうか?

 俺はそんな思考を経て、ふと前回の世界線のことを思いだし、しかしそれは俺のただの未練であり想い出であってこの世界線には何の関係もない思考であることを自覚して考えるのをやめた。

 彼女は俺の愛バのエイシンフラッシュであり、そして挑む相手は季節外れの桜ではなく砂の隼なのだ。

 この世界に持ち込むべき思考ではない。

 

「…この後、ファルコンにも同じことを言ってくるんだけどな。それでも言わせてくれ。…フラッシュ、君が勝てると俺は信じてる。君がクラシック3冠の一つ目を勝ち取る姿を、GⅠ初勝利の姿を俺に見せてくれ」

 

「ふふ、素直なんですから。…でも、ええ。ファルコンさんに申し訳ないとも思いませんが、譲りません。()()()()、必ず、誇りある勝利を。だから、私が勝っても怒らないでくださいね?」

 

 

 

 ………エイシンフラッシュ。怒るよ

 っ!?

 

 

 

 くすりと笑って、譲らないと断言する彼女に、俺もまた微笑みかける。

 もちろん、俺が怒るはずなどない。彼女たちは今日、誇りをかけてぶつかり合い、雌雄を決しようとしているのだ。

 ここまでの指導では俺は全力を費やしたが、今日のレースの、決着は彼女たちだけのものだ。俺が介在する余地はない。

 ただ、悔いのない勝負を。

 

「怒るもんか、本気でぶつかり合う君たちを尊敬してるんだから。…いいライバルを持ったね、君たちは」

 

 

 

 ……良いライバルを持ったね、■■■は

 

 

 

「っ…あ、はいっ。そうですね。自慢の親友です」

 

「頑張ってくれよな。ヴィクトールピストにも、リベンジしてやろう。それじゃあ、ファルコンのほうにも顔出してくる。その後はゴール前で待ってるよ」

 

「はい。ファルコンさんにも、よろしくお伝えください」

 

 そうして、俺はエイシンフラッシュの頭を撫でて、いつものおまじないで3回魔法の言葉を呟いてから、控室を後にした。

 これから始まる大レースに向けて戦意を高揚させているのか、頬を僅かに紅潮させたエイシンフラッシュを見送って、俺は彼女の控室を後にした。

 

 

────────────────

────────────────

 

「アイネス、お疲れ。フラッシュのほうに行ってくれるか?」

 

「あ、はーいなの。それじゃファル子ちゃん、がんばってね!」

 

「うん!アイネスさん、ありがとね!」

 

 俺はファルコンの控室に入り、アイネスに入れ替わるように指示を出して、彼女に付き添う。

 ファルコンもまた、フラッシュと同じように…今回のレースに、気合十分に臨めている様だ。

 その顔にやる気がみなぎっている。

 

「ファルコン。……とりあえずオニャンコポン吸うか?」

 

「うん☆やっぱりGⅠの前はオニャンコポンを吸わないとね!」

 

 先ほどフラッシュにもキメさせていたオニャンコポン。

 俺たちの会話で己の身が酷使されることを悟ったのだろう、俺が降ろすまでもなく肩から降りてファルコンの手の中に入っていくオニャンコポンは本当に賢い猫だ。

 そうしてファルコンがオニャンコポンに顔を埋めて深呼吸を開始する。

 俺の愛バ達は、GⅠレースの前に必ずオニャンコポン吸いをすることをルーチンとして決めてしまった。勿論、先週のアイネスも桜花賞の控室でこれをキメている。

 大丈夫かな。違法薬物としてURAに取り締まられないかな?

 

「すぅー……っはぁー!うん!これで準備ばっちり!」

 

「ん、いい顔だ。…不安はないか?」

 

 オニャンコポンが解放され、俺の肩に戻ってきながら、俺はファルコンに改めて確認する。

 芝のGⅠを走るうえでの、彼女の悩み。魂が納得しないような違和感。

 それが、今の段階で何か不安として表れてないか確認したところ、しかしファルコンは首を横に振って、大丈夫、と返してきた。

 

「…芝を走る時の、微妙な感じはいつものことだから。でも大丈夫、このレースに挑むことについての心配とか不安はないよ☆フラッシュさんと走れるし…もちろん、ライアンさんやヴィクトールちゃんにも、勝ちたい。勝ちたいって気持ちは、これまで以上に強いかも」

 

「そうか、なら安心だ。…ファルコン、俺は君を信じてる。今日までに、君に俺のできる最高の指導が出来たと思ってる。フラッシュにも同じことを言ったけど…」

 

 そこで俺は、片膝をついてファルコンと目線を合わせて、微笑んでから言葉を紡ぐ。

 

「…君が勝てると、信じている。この皐月賞で、君が勝ちきれた時に…君の悩みが解消されればいいな、と思ってるし。悩みが残ってしまっていても、ちゃんと俺は君と一緒に、また考えていくからな」

 

「…っ、うん!ありがと、トレーナーさん!その言葉でファル子、今日は何にも悩まず走れるよ!」

 

 にっこり、という表現がよく似合う笑顔で、喜色を見せるファルコン。

 そうして、いつものように、彼女が頭を俺の方に向けて差し出してくる。撫でて、というおねだりだ。

 どうにも俺との付き合いが長くなってから、彼女は俺に頭を撫でてもらいたがる。勿論可愛いので何のためらいもなく俺も撫でてやるのだが。

 

「えへへ……☆」

 

「頑張ってきてくれよな。今日はライアンも前以上に鋭い差し足を繰り出してくるだろう。フラッシュ以外にも油断は禁物だぞ」

 

「うん!ファル子、頑張るね!」

 

「ああ。……それじゃあ、ゴール前で待ってる。君たちの勝負の決着を、俺に見せてくれよな」

 

 そうして俺はファルコンの控室を後にした。

 レースが始まるまではもう間もなくだ。フラッシュの控室から出てきたアイネスと共に、俺はゴール前に向かう。

 彼女たちの勝負を見届けるために。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…すぅ…はぁ。……よし、落ち着けてる…」

 

 ヴィクトールピストは、一足先にゲート前に出て、己の集中を高めていた。

 今日は皐月賞。栄えあるクラシック3冠のその初戦。

 今年が始まってからチームスピカで鍛え上げたその脚が、エイシンフラッシュに通じるか…それを確かめるレースだ。

 前回の勝ちは、借りのようなものだ。

 それを熨斗を付けて返し、私がクラシック1冠目を手にする。

 

「…しっかり集中できてるみたいだね、ヴィックちゃん」

 

「ライアン先輩…今日は、よろしくお願いします」

 

「こちらこそ。アタシも今日こそは、って気持ちだからね。負けないよ」

 

 そんな彼女に声をかけるのが、同様にクラシック3冠に今後挑んでいくメジロライアンだ。

 彼女もまた、チーム『フェリス』には借りがある。

 阪神ジュベナイルフィリーズでスマートファルコンに敗れ、そして弥生賞でフラッシュに後れを取っている。

 どちらとも対戦経験のある彼女は、しかし今日より気を付けるべきはスマートファルコンと考えていた。

 

(フラッシュちゃんは、同じ差しの脚質…コース取りや威圧で牽制が出来る。でも、ファルコンちゃんは逃げだ…牽制が通じにくい。前みたいに、欠片でも侮れば、勝てない)

 

 そう。彼女の芝適性への疑問を抱えながら走った阪神ジュベナイルフィリーズでは、その油断で敗北した。

 今回は油断しない。

 欠片も侮らない。

 全力のマックイーンを相手にしているような緊張感をもって相対する。

 

 そうして二人がともに、己のライバルに勝つために集中を高めていると……ゲート前、パドックを通りその二人がやってきた。

 閃光と、隼。

 

「…ヴィクトールさん、ライアンさん。今日は、よろしくお願いします」

 

「二人とも、よろしくね。…負けないからね」

 

 十分な集中と、そして気迫をもって、二人がヴィクトールピストとメジロライアンと挨拶を交わす。

 その佇まい、圧は、既に立派なクラシックを走る有力ウマ娘としての強さを持っていた。

 しかしそれに気圧されぬように、ヴィクトールピストもメジロライアンも、気合を引き締めなおして己のライバルを見据える。

 

「はい。フラッシュ先輩、今日はあの時の借りを返します。全力で、かかってきてください」

 

「フラッシュちゃんも…ファル子ちゃんも。あの時のようには行かないよ!アタシが差し切って見せる!」

 

「はい。…私の本気を、見せます」

 

「ファル子の本気もね。…いい勝負にしようね」

 

 にぃい、と音が聞こえそうなほどに、それぞれが戦意に溢れる獰猛な笑顔を浮かべて。

 4頭の…いや、レースを走る18頭の獣が、ゲートに入っていった。

 クラシック期の頂点を決める戦いへ。

 

 

『────────さぁ、各ウマ娘ゲートインが完了しました。クラシック三冠の初戦、皐月賞!……今スタートしましたっ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

(ファルコン先輩、流石ッ…!知ってたけど…それでもこのスタートは、すごいっ…!!)

 

 ヴィクトールピストは、よいスタートを切れたと感じたその直後、己の前を走るスマートファルコンの背中を見て、驚愕と感嘆を覚えた。

 今日の作戦は逃げ。それも、スマートファルコンの後方についての逃げ。

 スリップストリームを併用してスタミナを維持しつつ、スマートファルコンの動揺も誘い、そしてスマートファルコンには()()、己の末脚を発揮して最終コーナーから加速を始めて末脚で駆け抜ける。

 全体の展開をそのように考えてレースに臨んでいた。

 かつてアイネスが選抜レースでササイル相手にやったような作戦だ。強い逃げウマ娘を潰しつつ、自分はスタミナの維持を図り、そして最後に差し切る。

 ただしあの時と条件が違うのは、ヴィクトールピストは牽制や圧を飛ばすこともまた得意としている点である。当然、前を走るスマートファルコンにも、後方から迫ってくる先行、差し集団へも、それぞれ走りによる牽制を飛ばし続ける。

 

(このレースは私がコントロールする…もちろん、ファルコン先輩の領域(ゾーン)だって!)

 

 そう、ヴィクトールピストはこれまでのレース映像からスマートファルコンの領域(ゾーン)についても理解を深めている。

 中盤、恐らく1000m付近で後ろに追いすがられていた時に加速をするものだ。今回は自分がそのトリガーとなりうることについても当然わかっている。

 だが、その加速は最終コーナー付近まで続かない。そこから出来る限り減速しないように走り抜けるのがスマートファルコンの特徴だ。

 だからこそ、あえて領域(ゾーン)に入らせる。己の、どこからでも加速を繰り出せる末脚であれば、最終コーナー以降の直線で、スマートファルコンを差し切れるであろうと見積もっていた。

 芝の適正に疑問はもはやないが、それでも極めて得意としているわけではないことも、阪神ジュベナイルフィリーズのタイムが証明している。

 他のダートレースではすべてレースレコードをたたき出している彼女が、芝のレースでは一着としては凡庸なタイムとなっている。

 であれば、十分な勝算を持って。逃げる隼のその脚に縄をかけんと、スリップストリームを意識した位置で駆け抜ける。

 

(フラッシュ先輩がぶっ飛んでくる、その瞬間が勝負…!そっちはライアン先輩が少しでも削ってくれていれば…!)

 

 ヴィクトールピストが、コーナーに差し掛かるところでちらりと後続を確認する。

 そこではエイシンフラッシュと並んで走るように、差し脚を溜めながら走るメジロライアンの姿があった。

 

────────────────

────────────────

 

(あれだとファル子ちゃんは領域(ゾーン)に入る…けど、2000mなら差し切れる!)

 

 前方の逃げ同士の争いを観察しながらも、メジロライアンは脚を溜めながら走る。

 以前見た、スマートファルコンの領域(ゾーン)…その発動は間もなくだろう。

 しかし今回は以前のようには行かない。

 彼女を無礼(なめ)ていない。

 そのため、前のようには掛からない。

 

(……っ!!行った!!いつ見てもすさまじい加速だよ…!!)

 

 そうして1000mを過ぎたあたりで平均ペースで進行していたレース、その先頭を走るスマートファルコンがぶち抜けるような加速を繰り出したのを見届けた。

 間違いなく領域(ゾーン)が発動している。

 しかし、今回はそれを見るのは二度目だ。ヴィクトールピストも、事前にレース映像を当然見ていたのだろう、掛かる様子はなく、しかしじわりじわりと加速して再度スマートファルコンとの距離を詰めていく。

 

(あたしも仕掛け処は見誤らない…前のレースよりも400m長いんだ、ファル子ちゃんは差せる!)

 

 1200mを過ぎたところで、以前は既に仕掛け始めてしまい届かなかった彼女の背中だが、今回は芝の2000m。

 仕掛け処は落ち着いて判断することができた。

 だから今自分がやるべきことは、仕掛け処を誤らないために前の展開を見失わないことと、そして。

 

(…フラッシュちゃんが大人しすぎる。どうして?結構、牽制とか飛ばしてくるイメージだったけど)

 

 そう、自分の1バ身後ろを走るエイシンフラッシュへの注意だ。

 彼女とも弥生賞で以前走ったことがある。

 その時は、独占力とでも表現しようか…彼女の強い圧に押されながらの差し合いで彼女に後れを取った。

 スマートファルコンのそのレース限りの駆け引きや、アイネスフウジンのハイペース展開に持ち込む焦りの技術ではない。純粋な、牽制としてのその圧、他の走者の走りを縛る力。

 それを彼女が持っていることを知っており、しかし今回はそれが少ないことにメジロライアンは疑問を抱かざるを得ない。

 

(何か狙ってる?けど、それにしたって仕掛け処はもうすぐそこだ…ここまでくれば、あとは地力の勝負!)

 

 メジロライアンは彼女の策につき考えを巡らせようとして、そして止めた。

 既にレースは1500mに差し掛かっており、もう間もなくすべてのウマ娘が仕掛け始める時間だ。

 先頭を走るスマートファルコンへも、ヴィクトールピストがかなりバ身を詰めている状況。このままヴィクトールピストは最後の末脚を繰り出して、直線でスマートファルコンを交わすつもりだろう。

 もちろんそれを黙ってみているつもりは毛頭ない。自分も筋肉に任せて加速し、スマートファルコンを、ヴィクトールピストを差し切らなければならない。

 そして、後ろから来るであろうエイシンフラッシュに差し返されないようにしなければならない。

 

(まだ……まだ動かないか、フラッシュちゃん!でも、もうギリギリだ!お先に、失礼っ!!)

 

 ギリギリまで加速を繰り出す判断を伸ばし、しかしエイシンフラッシュの気配が動かず…メジロライアンは、残り400mから加速を繰り出そう、とした。

 

 しかし、そこで信じられないものを2つ、見た。感じた。

 それを味わったのは、このレースを走る他のウマ娘全員だ。

 

「っ、嘘ッ!?」

 

 それはヴィクトールピストの叫びだ。

 最終コーナーももう間もなく終わりを迎えるといった、そこで。

 スマートファルコンを抜くための加速をしようとした、その瞬間。

 

 

 ────────スマートファルコンが、更なる加速を繰り出した。

 

 

「フラッシュちゃん…ッ!?」

 

 その叫びはメジロライアンのもの。

 スマートファルコンの加速も見届けて、それでもなお差し切るために加速を繰り出した残り400m。

 他のウマ娘も全員が上がりだして、各バ一斉に加速を始めた勝負所、そこで。

 

 

 

 ────────エイシンフラッシュが、そのままバ群に落ちていった。

 

 

 その二つの眼に見える動き、加速と停滞に全ウマ娘に動揺が走る。

 それはレース場全体に広がり、実況が叫ぶ。

 

『さぁ残り400mを越えて!!ここで何とスマートファルコンが加速したっ!!まさかの二の足!!ヴィクトールピストとの距離をさらに開けて、しかしここで来たぞ来たぞメジロライアンが加速────っ、エイシンフラッシュがまだ来ない!!まだ来ないッ!!まさか!?脚が残っていないのか!?何ということだ!エイシンフラッシュが厳しいかっ!!残り310mしかありませんッッ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(そんな…!フラッシュ先輩、来ないの…!?)

 

 ヴィクトールピストは、目前で加速したスマートファルコンを、しかし捉えるために己も再度足に力を込めて振り絞り加速する。

 気配で後方の様子は察した。既に全員加速し始めて、メジロライアンがその中でもすさまじい加速を見せており、ぐんぐんと迫ってくる。

 しかしその中、己の描いていた彼女が来ない。エイシンフラッシュの閃光が、来ていない。

 中山の直線は短い。

 

(……っ!!それでも、だからこそっ!!)

 

 そうだ、エイシンフラッシュが来なくても私が勝たなければならない相手は他にもいる。

 後ろから迫るライアン先輩、そして目の前で全力で走るファルコン先輩。

 この二人に勝たなければならないのだ。

 今度こそ、後ろを振り向いている暇はない。

 

(勝つ!勝つ!!ファルコン先輩を、捉えるっ…!)

 

 更なる加速。

 柔軟かつ強靭な足腰から、どの脚質からでも繰り出せるその末脚。

 ヴィクトールピストが己の勝利の為に加速する。

 

 

(…ファル子ちゃん!やっぱりすごい!二段階加速まで覚えてきて…でも、あたしが勝つッ!!)

 

 メジロライアンもまた、正面だけを見据えて走る。

 エイシンフラッシュは来なかった。

 牽制をあまり飛ばさない様子から疑問には思っていたが、不調だったのかもしれない。

 けれど、もうそんなことは関係ない。

 残り300mの最終直線に入っているのだ。

 今はただ、己の全力の末脚で、筋肉で、前を走る2人を差し切る。

 

(…行ける、この距離なら……捉えきれる!!今度こそアタシが勝つんだ!!!)

 

 更なる加速。

 その恵まれた体躯と鍛え上げた筋肉が唸りを上げて、暑苦しさすら感じるほどの豪脚を発揮する。

 その姿正に昇り龍の如く。前二人を、捉えきるに足る加速に乗った。

 

 

 ────────────────その瞬間。

 二人の全身に、怖気が走る。

 

 この感覚を、ヴィクトールピストは知っていた。

 この感覚を、メジロライアンは知っていた。

 

 それは、これまでチーム『スピカ』の先輩たちと走っているときに、垣間見た。

 それは、これまでメジロ家のシニア級のウマ娘と走っているときに、垣間見た。

 

 それは、このレースでも()()()()()()()()

 

 

 ウマ娘が。

 領域(ゾーン)に、目覚めた瞬間の圧。

 

 

 コースの最内。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 その閃光の名は。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『さあ叩き合いだ!!先頭はいまだスマートファルコン!!しかし後続の二人の追い上げが迫る!ヴィクトールピストが!!メジロライアンが迫っているぞ!!徐々に距離が詰まって────────』

 

 

『─────な、なっ!?何だッ!?』

 

『最後方から吹き上がる一陣の黒い風ッ!!!』

 

 

『内ラチギリギリに黒い旋風が、いや()()が放たれるッッ!!』

 

『その閃光が今ッ!!メジロライアンを切り裂いたッ!!』

 

『そしてその閃光はヴィクトールピストをも撃ち落とすッ!!!』

 

 

『そう!この閃光は見知らぬ輝きではない!!』

 

『その閃光の名は!!』

 

 

()()()()()()()()()()()()()()ーーーーー!!!!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「ふぅーーーーーーーーーーーーーッ………!!!」

 

 大きく、長く息をついて、エイシンフラッシュが最後の直線、己が末脚をいかんなく発揮し吶喊する。

 末脚は私の代名詞。

 

 ()()()()()()()()()()()()

 ()()()()()()()()()()()

 

 

 

 ……なぜなら私は。

 ■■■さんが、ここまでやれるのを知っていたから。

 

 

 

「───ッ!!」

 

 皐月賞、その残り300mまで、待ち続けた。

 この距離が、私の『全身全霊』を繰り出せる距離。

 

 冷静に、待って、待って、待ち続けて。

 そうして見えた、最内を辿る一本の光の筋。

 バ群を割って突き抜ける、私だけの道。

 

 領域(ゾーン)に、入った。

 

 極限の集中状態を纏って駆ける先、自分の予想通り、彼女は先頭を走っていた。

 スマートファルコン。

 私の親友にして、ダートを走る彼女は、私が信じていた通り、先頭を走り抜けていた。

 

 

 

 だから、この■■で、走る前から彼女の事を欠片も侮らなかった。

 最終直線で、先頭を走っているのは彼女だと、そう信じられた。

 

 

 

 だから勝つ。

 私は勝つ。

 彼女に、スマートファルコンに、絶対に勝つ。

 

「…ふふ」

 

 なぜだか、笑みがこぼれた。

 だって、知っている。

 わからないけれど、覚えてないけれど、知っている。

 

 二段階の加速を繰り出し、そうして最終直線を走る彼女が、その先。

 残り200mを切った地点で。

 ()()()()()姿()()を見せて、末脚による3段階目の加速を繰り出していた。

 

 だから私は、それを差し切るために走る。

 

 そう。

 全身全霊では足りなかった。

 「差し」穿つようでは足りなかった!

 頭を下げて、姿勢を低く、風を切るような走りでは足りなかった!!

 

 もっと。

 もっと加速するために。

 

 顎を地面に擦りつける様に。

 地を這うように。

 漆黒の、閃光となる。

 

「はぁぁぁぁぁ─────────!!!!!」

 

 

 ────────光芒一閃。

 

 

 今、光の速度と成りて、隼を撃ち落とさんと閃光が征く。

 

 先頭を走る、桃色の勝負服を、桜色の頂点を穿つため。

 

 

────────────────

────────────────

 

 残り50m。

 

 隼と、閃光が、交錯する。

 

 その並走は一瞬で。

 

 しかし、永遠の時間のように、二人には感じられた。

 

 

 

 

「─────────────ありがとう、フラッシュさん」

 

 

「─────────────こちらこそ、ありがとう、ファルコンさん」

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『エイシンフラッシュが迫るッ!!スマートファルコンに迫るッ!!残りはもう100mを切った!!エイシンフラッシュさらに加速ッ!!並んだ並んだ交わした交わした!!そのままゴールインッ!!!エイシンフラッシュが差し切ったーっ!!!最後にすさまじい末脚を見せましたエイシンフラッシュ!!まさに閃光の切れ味ッ!!皐月賞、その一着に輝いたのはエイシンフラッシュですッ!!2着は最後に伸びたヴィクトールピスト、3着はスマートファルコン………』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「………はぁ、はぁっ……!!」

 

 勝った。

 エイシンフラッシュは、最後、己の全てを絞り出し、先頭を走るスマートファルコンを差し切って、一着となった。

 文字通り、全てを振り絞った気がする。

 私の、不思議なあの感覚も、想いも、全て。

 走る最中にずっと感じていた既視感が…一切合切、すっかりとなくなっているような、そんな感覚を覚えた。

 

 顔を上げ、掲示板を見る。自分の数字が1着に刻まれている。

 勝利したことを間違いなく確信して、そして、勝利を誇るために観客席に体を向ける。

 

 勝利後の、いつものルーティーン。

 腰の裏に手を当て、観客席に向けて胸を張る。

 勝ち、誇る。

 爆発的な歓声が、エイシンフラッシュに送られた。

 

「……フラッシュさん」

 

「……ファルコンさん」

 

 そうしていると、息を整えたスマートファルコンがエイシンフラッシュに声をかける。

 その顔は、敗北した悔しさをにじませながらも…どこか、すっきりとした顔だった。

 

「ありがとう。一切の手加減抜きで…全力で、走ってくれて。ファル子、これでわかった」

 

「……見えましたか?以前言っていた、悩みの答えが」

 

「うん。私は…やっぱり、芝で輝く隼じゃないって、わかった。私は、ダートを走るよ。今日で、それがわかった。()()()()()()、そんな感じがするんだ」

 

 胸元に手を当てて、スマートファルコンが大切なものを抱えるように目を閉じて語る。

 自分は、砂の隼なのだと。

 芝ではなく、ダートで輝くことを求めていたのだと、わかったから。

 

 その純粋な想いもあって、しかし、それでも。

 彼女たちはウマ娘だから。

 

「…ふふっ、それでも、負けちゃったら…っ…悔しいねっ…!」

 

「…ファルコンさん…」

 

「一着おめでとう、フラッシュさん。…これからも、勝ってね…!」

 

 ぽろり、ぽろりと涙を零し、それでも笑顔を浮かべて。

 スマートファルコンは、エイシンフラッシュをそっと抱きしめる。

 エイシンフラッシュはそれを受けて、しかしレースでの勝敗を、誇りある勝負を汚さないために。

 同情や慰めの言葉は出さずに、ただ、静かにスマートファルコンを抱きしめ返した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 立華が、そんな二人の元へ歩いていくのを、アイネスフウジンは観客席から見届けた。

 二人の元へは彼女は駆けつけなかった。

 駆けつけられなかった。

 

 

 ()()()()()

 

 二人のレースに。

 彼女たちが見せるその走りに。

 またしても、魅せられた。

 その魂の輝きを魅せられた。

 

 彼女たちは、全身全霊で走っていた。

 そして、勝ちたいという想いが溢れていた。

 

 今のあたしに、あるはずのもの。

 走るのは楽しくなった。

 勝ちたいと思って走っている。

 

 だが。

 

 魂が、本当にそれを求めて走っているのか?

 

 

「…………勝ちたい」

 

 そう、自然と呟いた。

 

「…勝ちたい」

 

 誰に?

 

「…勝ちたい」

 

 何に?

 

「…勝ちたい」

 

 どのレースで?

 

 

 あたしは。

 あたしは───────────あの二人に、勝ちたい。

 

 

 アイネスフウジンの中で、決意が生まれる。

 それは、出られるレースに出て、勝ちたいという、これまでのそんな話ではなくなった。

 もっと熱い、魂の求める勝利の渇望。

 

 魂に熱が生まれる。

 そのレースに出て勝ちたいと考えた瞬間に、その熱は炎となって彼女の想いを灼熱へと変える。

 

 

 あたしは。

 日本ダービーで、エイシンフラッシュに勝ちたい。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

51 ぱかちゅーぶっ! 皐月賞

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

「ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす』

『ぴすぴーす』

『ピスト…信じてるぞ…』

『ぴすぴーす』

『ヴィック出走ん時絶対混ざる応援に芝』

 

「よーっす!!今日も相変わらず元気そうだなお前らーっ!!先週の桜花賞に続いてクラシックのGⅠが続いてっからその調子でガンガン上げていこうぜーっ!!」

 

『桜花賞は人気の通りアイネスでしたね』

『アイネス強すぎんか?』

『ササちゃんとイルイル君が頑張ってるから…(震え声)』

『次ねーちゃんどこに出るんだろ』

『オークスだろ?』

『NHKマイルもあり得る』

『ササちゃんはNHKマイル行くってよ』

 

「どーだろなー、フェリスは事前の出走予定、確定までかなり焦らすタイプだもんなー。どこの記事も「アイネスフウジン、次はオークス!!! か!?」って小さく書いてたもんでよ、あの文化廃れねぇなー」

 

『芝』

『か!?の文字小さすぎ問題』

『オグリやルドルフの時代から続く伝統よ』

『あれで買う人はウマッター見てないと思われる』

『貴様ーっ 紙媒体を愚弄するかぁっ』

『フェリスのウマッターで出走通知するもんな』

『そういや今日のオニャンコポンは早かったな』

『え、もう上がってんの』

『マ?』

『昼頃見た』

 

「え、嘘、もう上がってんの?見よ見よ……おー、なるほどな、今日はフェリスからは二人出走するもんな!SR+って感じかー?」

 

『芝』

『オニャンコポンをフラッシュとファルコンが並んで抱えとる』

『勝負服ぅ…ですかねぇ…』

『左右の戦力差ヤバない?』

『芝』

『芝』

『言ってやるな』

『二人の目元が写真枠からハミでて見えてないからちょっとセンシティブ』

『それ以上表現するとNGだぞ!』

『猫トレこれ狙って撮ってる?』

『猫トレだぞ?』

『絶対意識してないゾ』

『クソボケなんだよなぁ…』

 

「おー、そんじゃ今日開催されるGⅠの解説に入るぜーっ!今日は皐月賞だぁー!!これはめちゃクソ歴史あるレースだぜー!なんてったって創設は1939年!旧八大競走の1つで、中央レースにおけるクラシックの第1戦として行われるレースだな!!最もはやいウマ娘が勝つ、って言われてるぜ!」

 

『解説助かる』

『ゴルシ先生のGⅠお悩み教室』

『ほえーそんな昔から』

『伝統あるレースなんよ』

 

「そんな歴史あるレースに、トレセン学園でももちろん勝ったウマ娘もいっぱいいるんだがよー、今日はその中からゲストをまた呼んでるぜっ!!さあ今日は誰だろうなー?お前らちょっと予想してみ?」

 

『誰だ?』

『めっちゃいるからな皐月賞ウマ娘』

『桜花賞はフラワーちゃん来てたな』

『ヤエノムテキ来ないかな』

『ナリブ!ナリブ!』

『大穴で会長』

『TMは来ないのか!TMは来ないのか!』

 

「ふっふっふー、さあじゃあお待ちかね!!今日のゲストを呼んでみよー!!今日のゲストはこちらっ!!」

 

「ぴすぴ~す、セイウンスカイで~す。皆さんよろしくね~、にゃはっ」

 

『ウンス!?』

『ウンスだああああああ!!』

『セイちゃーん!!』

『セイウンスカイ来た!これで勝つる!!』

『大丈夫?すぐ横にならない?』

『大丈夫?ゲート入れる?』

『ゲート難が二人…来るぞ遊マ!』

『ゲートは出ろよアストラル!』

『菊花賞最高だったぞ…』

『今日はウンスとゴルシでダブル2冠ウマ娘だからな…』

『皐月と菊でバランスもいい』

『やりますよ彼女らは』

 

「へへー、今日は来てくれてあんがとなーウンス!お前気紛れだかんなー、まさか了承貰えるとは思ってなかったぜー」

 

「あっはっは~、セイちゃんちょっと今回の皐月賞では応援してる人がいましてね~。なんでまぁ、それ絡み?あ、もちろん解説はちゃんとやりますよ~」

 

『応援してる子?』

『誰ゾ』

『学年的にヴィックちゃん?』

『でもあんまり黄金世代と絡みなかったような』

 

「あ~、実はスマートファルコン先輩なんだよねぇ。この皐月賞を迎えるにあたって、結構併走したからさ」

 

「ほーん。ってことは何、猫トレに声かけられてって感じか?」

 

「そーそー。セイちゃん実はオニャンコポンとよくお昼寝する仲でして~。断り切れなくてねー、猫トレにもお世話になってまーす」

 

『意外な絡みだ』

『セイ×ファル…!?』

『猫トレの人脈の広さよ』

『なるほどウンスとおニャンコポンはわかりやすい』

『猫×猫』

『ってことはセイちゃん逃げシスメンバーに!?』

『芝』

『マジで!?』

 

「ないないそれはない。そこはきっちりお断りしましたので」

 

「はっはっは!既にメンバー揃ってんだろ逃げシスは?こないだスズカが連れてかれてたぞー……っと、話が長くなっちまうな!!そろそろ有力ウマ娘の解説だぜー!!」

 

『1~4番人気までが激熱ゾ』

『みんなもよく知るいつメン』

『クラシックを率いるメンバーよな』

『ライアン…ここで初GⅠ取れ…!』

『フラッシュもまだとってないんだよなぁ…』

 

「まーみんなもう知ってるよな!!一番人気がヴィクトールピストを抑えてのエイシンフラッシュだー!そして二番人気がわずかな差でヴィクトールピスト!三番人気が中距離の脚を評価されてメジロライアン!四番人気になったのはまだ中距離レースがなくダートと二刀流でもあるスマートファルコンってところだなー!!」

 

「まーなんとも、誰が勝つかは正直全く想像できませんね~。豪華なメンバーですよ、私としてはファルコン先輩に頑張ってほしい気持ちもあるけどまぁ他も強いのなんの」

 

『1と2、3と4の人気差ほとんどないな』

『誰が勝ってもおかしくないんよ』

『マジで予想つかん』

『クラシックの1戦目からこれとかこれもうわかんねぇな』

『フラッシュ…信じてるぞ…』

『ファルコン…お前がセンターで歌う勝魂聞きたいぞ…』

『ヴィックしか勝たん』

『メジロ家はどこにいてもすいっと勝つから怖い』

 

「ウンスとしちゃどー思うよーこのレース。展開読める?」

 

「あー…まぁ、展開としてはファルコン先輩の逃げにヴィイがどの位置から仕掛けるか、そして差しの二人が最終直線で差してくるか、でしょうね~。強い差し二人がいる皐月賞の逃げはしんどいよ。私がそうだったから」

 

「あー、そっかお前キングとスペとやってんだもんなぁ」

 

『どっちもレジェンドすぎるんよ』

『黄金世代のGⅠはマジでどれも鬼熱すぎた』

『キングは今思うとマジであの距離適性頭おかしい(誉め言葉)』

『キングは相手が悪すぎた(なお画面の前に一人)』

『あの世代のレースいつまでも語れるわ』

 

「ふふー、応援してもらってありがとね~。…さて、ゲート前にウマ娘さんたちが出てきましたねぇ」

 

「おー、…おおぅ、すっげ。4人がもう雰囲気からして火花散らしまくりじゃねーか!!」

 

「でもレース前の牽制はそこまでって感じですねぇ。私ほど腹黒くないなみんな」

 

『芝』

『トリックスター(試合前)』

『そこまであくどいことはレース前はやらんだろお前』

『なおレース中(察し)』

『すっごいみんな燃えてる』

『これ芝火事になるゾ』

『女の子がしちゃいけない笑み…してますねぇ…』

『芝』

『ほら…会長とかオグリがよくやるから…』

『戦化粧かなにか?』

『芝』

 

「いやぁ皆さん気合十分ですねぇ~。これはいいレースになるかな?」

 

「流石クラシック一戦目だわ…お、ファンファーレだな!おら鳴けぇコメントどもぉ!!」

 

『ペーペペペー』

『ペペペペー』

『ペペpッペー』

『ペッペッペッペッペー』

『プボったな今』

 

 

「おー、そうしてゲート入りだー!いや、今日は言えるぜ!!はっきりと!!!アイツらよくゲートに素直に入るよな!!!!!」

 

「わかる!!いや~ほんと、なんであんな狭い所に素直に入るんでしょうね!!セイちゃん信じられませんよ」

 

『芝』

『芝』

『クッソ芝』

『これは芝すぎる』

『ゲート難×2』

『シンパシー発動してるんじゃねぇ!』

『ウンスの肩を押してゲートに入れてお金をもらいたいだけの人生だった』

 

「いや、私だって申し訳ないなーって思いはあるんですよ~?それ以上に魂がゲートを拒否してるだけで」

 

「わかるぜ…!さて全員ゲート入りが終わってぇー…皐月賞、スタートだぁ!!」

 

『はじまた』

『また』

『相変わらずファル子すっげぇスタート』

『いまだにスタートで誰かの後ろに着いたことがない』

『×スタートで ○ゴールまで』

『ファルコンもアイネスと同じで無敗だからな今ん所』

『ヴィックちゃんも無敗ゾ?』

 

「おー、とりあえず事前の予想通りファルコンが先頭だな!!んで、今日のヴィイは逃げか」

 

「いい位置ですよ、あれはファルコン先輩やりにくいかな?私だったら逆にあれでヴィイに仕掛けるけど」

 

『芝』

『ウンスの周囲にいたらいつの間にかトリック決められてる概念』

『お前は先行も差しも追い込みも掛からせるだろ』

『猫トレみたいなやつ』

『猫トレとウンスは同一人物だった…?』

 

「にゃはは~、猫トレに指導されてたらもっとトリックに磨きがかかったかもしれないですねぇ。…あ、今のトレーナーとは仲良いからね、邪推はしないでね〜」

 

「怖いこと言うなよ…さて、ただ先頭争いはこれ以上起きねー感じだな。ヴィイがきっちり2番手で前と後ろに威嚇飛ばしてんな」

 

「差しのほう、ライアン先輩とフラッシュ先輩はお互い様子見って感じですかねぇ。……フラッシュ先輩が動いてないな、位置だけキープして周りに牽制しかけてない」

 

「ん、お?……あー、そんな感じだな。なんだ、様子見にしちゃ怖いぞ?やってるか?」

 

「んー……どうですかね。あれ、前にやられたことあるんでなんとなく私はわかりますけどね…」

 

『あれ!?意外と話のレベルが高いな?!』

『ウンスもゴルシも一流のウマ娘だからな』

『ウンスー!教えてー!』

『セイちゃんの過去のレースで差し…あっ』

 

「わかった人いたかな?日本ダービーですね、あの時のスペちゃんがこんな感じ。ただただ、最後の加速に全部ぶち込むためにひたすら足を溜めてた…そんな感じがしますねぇ」

 

「最終コーナーからに全部賭けてんのかね…っと、1000mを通過したな」

 

「タイムは平均ペース…で、来ましたね。あの位置にヴィイがいるからそりゃね」

 

「おー!!ファルコンがぶっ飛んでいくー!!領域(ゾーン)入ったー!!」

 

『きたあああああああ』

『いつ見ても加速えっぐい』

『だが今回は2000mだぞ!?』

『あの加速最後まで保つんか?』

『最後落ちてきたら他の3人に差されるゾ』

 

「んっふっふ~。さてそれはどうでしょうねぇ…あのまま先頭をキープしてれば…」

 

「あ、てめーウンス!なんかファルコンに教えただろ!」

 

「秘密ヒミツ~。さて、1500mを過ぎて…動いてきましたねぇ!」

 

「おー、ヴィイがファルコンとの距離を詰めて来てんな!しかもあの後更に加速できるはずだ!こりゃファルコン厳しいぞ!」

 

「後ろのライアン先輩も加速!フラッシュ先輩も…っと!?フラッシュ先輩が伸びない!他のウマ娘達のバ群に飲まれて…!?」

 

「え、ウワーッ!?マジだ!?どうしたフラッシュ!?…ってオイ!んなこと言ってるうちにファルコンも二度目の加速してるじゃねーか!!」

 

『一気に動いた!』

『フラッシュぅぅ!?!?』

『ヴィックこれいけるってうわああああ!?』

『ファル子二段階加速!?』

『セイちゃん教えたな!?』

『セイちゃんの領域にそっくりでやんした…』

『ライアンもかなりいいあがり方してる!』

『まってフラッシュ、フラッシュちょっとぉ!?』

『フラッシュこれ無理ゾ!?』

 

「フラッシュが落ちた!残り400mになっても伸びてこねー!前3人の直線勝負になっちまったか!!」

 

「バカな…あの走りで…!?っ、でもファルコン先輩に二人がくらいついていってる!!これはちょっと厳しいか…!」

 

「うおーライアンもだがヴィイの伸びがすげぇ!!これは………って、なんだあーーーーっ!?!?内ラチに体擦ってフラッシュがぶっ飛んできたーーーーーっ!!!領域(ゾーン)にも入ってやがる!!」

 

「何あの加速!?スペちゃん並み…いや距離からすればそれ以上!?あんな速度で走れるの!?」

 

『きたああああああああああああ!!!』

『フラッシュー!!!』

『閃光が来た!!』

『ライアン!ライアンああああ!!!』

『ライアン撫で切った!』

『ヴィイもこれ無理ゾ!?』

『ヴィックー!!頑張れー!!』

『フラッシュ早すぎる!!』

『ファルコン加速した!!ここで!?』

『三段階加速とかマ!?』

『いっけええええええええええええ!!!』

『ファルコーン!!いけーっ!!』

『フラッシュがさらに加速ゥ!!』

『うわああああああああ』

『交わすか!』

『交わした!』

『いったあああああああああああああ』

『フラッシューーーーーーーーーーーーーーー!!!』

『フラッシュだああああ!!!』

『フラッシュすげえええええええ!!!』

『234は際どい!!』

『ヴィイ差し切ったか?』

『最後ファルコン落ちたな』

『いやあれヴィイが加速したんだゾ』

『はえーすっごいレース』

『なんだ最後のアレ…』

 

「けっちゃーーーくっ!!一着はまさかまさかの、最後の直線で撫で切ったエイシンフラッシュだァーー!!新たな皐月賞ウマ娘の誕生だーーっ!!」

 

「いやぁ…えっげつな。あのスピードで最後来られちゃあどんなトリックも牽制も意味がないですねぇ…まさに閃光、ってところですかね」

 

「なー、オグリの加速を思い出すぜぇ…んでもって、2着は最後ファルコンを交わしたヴィクトールピストで、3着はファルコン、4着は惜しくもクビ差でライアンだな。んー……いやっ!!いい勝負だった!」

 

「見ごたえのあるレースでしたね~。ファルコン先輩は3着で残念だけど、でも芝への適性を考えるとこれでももんのすごいことだよねぇ」

 

『それな』

『ファルコンはマジで頑張ったよ』

『これからも頑張ってほしい』

『お』

『フラッシュと話してんな』

『チームメイトだもんな』

 

「んー、負けたってのに結構笑顔だなファルコンは。フラッシュを称えて、って感じか?」

 

「なんかすっきりした感じの顔ですけどね…あ、でもやっぱ悔しいか」

 

『泣いちゃった』

『フラッシュ抱きしめてる!』

『アッ』

『ヒョエッ』

『キマ…キマシ…』

『はーてぇてぇ』

『急にてぇてぇ空間じゃん』

『キマシタワー!』

『見てるこっちも泣けてくる』

『いいシーンや…』

『あっ猫トレが行った』

『百合の間に挟まる猫トレ概念』

『イメメンだから許される行動』

『二人に声かけてんな』

『レース後のウマ娘をいたわるいいトレーナーなんだよなぁ…』

 

「んー、猫トレはウマ娘に挟まると絵になんな。イケメンがよぉ…」

 

「人気ありますからねぇあの人。…さて、ファルコン先輩がアイネス先輩のほうに行って、フラッシュ先輩は勝利者インタビューですかね」

 

『「勝利した感想は?」→「誇りあるレースを見せられたと思います。悔いのない走りが出来ました」』

『そりゃ(あんだけの末脚を見せれば)そうよ』

『あれ最後ギリギリまで耐えたんだろうな…』

『その精神力誉れ高い』

 

「あのタイミングまで待てるのはすげーよなー。アタシだったらぜってー1000m越えたあたりで加速するわ」

 

「いやそれはゴルシさんだからできる話でしょ。とはいえ、みんなが加速する中でも機を待ったのはすごいですけどね…」

 

『「チームメイトであるファルコンに勝ったがどんな気持ちか?」→「友でありライバルでもある彼女に勝てたことは素直に嬉しい。今日戦えたことは誇りに、そして勝ったことで彼女の夢を託されたと思い、今後も走りたい」』

『あったけぇ…』

『優しい』

『ファルコンの想いを継いで走るのか…』

『いやファルコンもまだまだ走るでしょ』

『芝レースに来るのかな…?』

 

「…どーでしょうね、ファルコン先輩ダート走るほうが楽しそうな感じでしたし」

 

「まー適正は間違いなくダートだろーしなー。この後ダート専門になっても驚かねーわ」

 

『「トレーナーさんとして今日の勝負は?」→猫トレ「愛バ達が全力を出し切って走れたことをまずは褒めたい。そして、二人にお疲れさまと、ありがとうを伝えたい。二人とも最高の走りでした」』

『猫トレいい笑顔』

『勝った方にも負けた方にも優しくしてやれ…』

『猫トレ…二人のメンタルケアになれ…』

『オニャンコポン「任せろ」』

『オニャンコポンもフラッシュの頭の上でようリラックスしとる』

 

『「フラッシュさんの今後のレースは?」→猫トレ「どうする?」→フラ「お任せします」→猫トレ「それじゃ、まぁ予想通り日本ダービーへ直行します」』

『うおおダービーか!』

『直行か』

『わかってたけどそらそうよ』

『ダービーであの末脚がどうなるか』

『もっとヤバくなる予感』

『見たい…三冠ウマ娘になるフラッシュが見たいいいい!!』

 

「おー、直行か!まぁ日本ダービーに出ないって選択肢はないとは思ってたけどよー」

 

「フラッシュ先輩は中距離以上が専門ですからねー、そりゃそうですよ。アイネス先輩やファルコン先輩の次走のほうが気になるかな」

 

『「最後に一言」→「次も全身全霊で、誇りある勝負を。応援よろしくお願いします」』

『かっっっっっこよ…』

『グッドルッキングウマ娘だぁ…』

『露出多いのにカッコよすぎてもうホレるんよ』

『日本ダービーも楽しみだな』

『またこの4人で争うことになるんかね』

 

「おー、いい顔だったな!ああいう顔が出来るウマ娘はつえーんだわ。さてそれじゃインタビューも終わったことだし、ぱかちゅーぶももう終わりだぜー」

 

「ティアラ路線もアイネス先輩とササちゃん、イルイルちゃんが盛り上げてくれていますし、今年はいいレースがいっぱい見れそうですねぇ」

 

「だな!よし、そろそろ〆るか!!次の天皇賞はわりーけどあたしも出るから放送は無しだぜ!!応援してくれよなーっ!!そんじゃ今日の放送は!ゴルシちゃんとー!?」

 

「セイウンスカイでお送りしました~」

 

「またなお前らーっ!!GWハメ外しすぎるんじゃねぇぞー!おつおーつ!」

 

「まったね~」

 

『おつ~』

『02』

『乙』

『おつおつ』

『乙~』

『天皇賞ゴルシ出るのか…』

『3200mは庭みたいなもんゾ』

『こっから毎週GⅠ連戦だからマジで楽しみすぎる』

『チームフェリスの三つ巴のレース見たいよぉ…』

『アイネスはティアラ路線だから無理ゾ』

『次の出走レース発表を待とうぜ』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

52 フェリス旋風

 

 皐月賞を終えた翌日。

 俺は本日発行された新聞や速報を読みながら、チームハウスで3人が集まってくるのを待っていた。

 窓のそばではオニャンコポンが昼食の猫缶を食べ終え、日当たりのいいところでお昼寝じゃい!とすっかり横になっている。

 

「…どの新聞記事もまぁ、いい写真を撮るじゃん」

 

 先日の皐月賞、フラッシュとファルコンが直接対決を行い、結果としてフラッシュが皐月賞を一着で駆け抜けた。

 俺は彼女たちが歌うwinning the soulを号泣しながら見届けて、そうして彼女たちそれぞれへ賞賛と慰めの言葉をかけた。

 ファルコンは、初めての敗北…芝のGⅠレースでの敗北に、しかし話してみれば随分とすっきりした様子であった。

 

『トレーナーさん。ファル子、わかったんだ。私、やっぱりダートを走りたいんだって』

 

 そう俺に言った彼女は、今後は芝のレースに出走せずに、ダートに専念したいという意向を伝えてきた。

 もちろん俺は彼女の悩みが解消されたことを喜び、そうして彼女の言う通り、今後はダートレースに専念し、砂の隼として輝いていくことに賛成した。

 それはそれとして負けたのは悔しいとのことで、いっぱい頭を撫でてほしいとおねだりされ、それに全力で応えた結果、スキンシップが過ぎると残る二人に叱られた。俺が。なんで。

 負けてしまった担当ウマ娘にはどこまでも優しくしてやりたいだけなのに…。

 

「失礼します。こんにちは、お疲れ様ですトレーナーさん」

 

「お疲れー☆いやー今日のカフェテリア混んでたね」

 

「やぁ、二人とも。昨日は本当にお疲れ様」

 

 お昼を取り終えたのだろう、フラッシュとファルコンがチームハウスに入ってきた。

 二人が入ってきたところで、俺はいつもそうしているように腰を上げて一度チームハウスから出る。

 これから彼女たちはジャージに着替えるのだ。

 3人が着替え終わるまでは、チームハウスから一度席を外させてもらうことにしている。

 

 そうしてオニャンコポンは昼寝してたので室内に置いてきて、チームハウスの外に設置したベンチに座ってタブレットを弄って時間を潰す。

 すると、続いて3人目の愛バがチームハウスにやってきた。

 

「…お疲れさま、トレーナー」

 

「ん、アイネスか。こんにちは、もう二人は来てるよ」

 

「そう…ねぇトレーナー、今日はこれからのレース出走プランの相談だよね?」

 

「ああ、まずその予定だな。その後は二人は脚を休めつつ勉強、君は脚が回復し始めてるからプールの予定だけど」

 

「…ん、わかったの」

 

 アイネスフウジンと軽くやり取りを交わしてから、チームハウスに入っていく彼女を見送った。

 ……何だろう。若干、彼女の雰囲気が固いような気がする。

 そういえば、昨日の皐月賞の後、送っていく頃からあまり口数が多くはなかったか?

 勝った子と負けた子が同席しているので、あまり大っぴらに喜んだりはできないよな…と昨日の時点では特に気にはならなかったが、日を跨いでも態度が固いままなのは若干気になる。

 もし何か悩んでいるようなら、相談に乗ってやりたい。今日のミーティングの後にでも本人に聞いてみよう。

 

 タブレットを眺めつつ、たまにチームハウス前を通り過ぎるウマ娘と挨拶などしながら待っていると、ドアを開けてジャージに着替えたエイシンフラッシュが着替えが終わったことを告げてくる。

 そうして俺はチームハウス内に戻り、今日のミーティングを始めるのだった。

 

「……さて、では今日のミーティングを始めます」

 

「はい」

 

「はーい☆」

 

「はいなの」

 

「まず、昨日は二人はお疲れ様な。フラッシュは見事だったし、ファルコンは惜しかった。二人の勝負が見れて、本当に嬉しかったよ」

 

「有難うございます。ファルコンさんの分も、これから益々の努力を」

 

「うん、芝のレースは任せるね、フラッシュさん!私はダートで王になるよ☆」

 

 昨日のレースの勝ち負けについては、二人の中では十分に清算が出来ている様だ。

 同室に暮らす友人同士、万が一にもわだかまりが残ってしまったら…という危惧がないわけではなかったが、そこはしっかりとした2人である。仲が壊れるようなことがなくてよかった。

 

「ああ、二人の勝利のために俺も尽力しよう。…さて、それじゃあ今日のミーティングはこれからのレースプランについてだ」

 

 俺はホワイトボードに、改めて今後開催される、それぞれが出走できるレースについて記入する。

 今日はひとまず夏休み終了くらいまでの出走プランを組む予定だ。

 俺はそれぞれの愛バの顔を見て、まず最初に一番プランがはっきりとしているエイシンフラッシュに声をかけた。

 

「…フラッシュは大体決まっているな。この後は日本ダービーへ。…希望があれば、宝塚記念とかへの出走も視野に入れて練習プランを組んでもいいけど、どうする?」

 

「そうですね…基本的には、3冠を目指すのが私の目標です。宝塚記念を考えなかったわけではありませんが、軸からはブレてしまうものかと。ダービーから菊花賞へ、事前のプラン通りに行きましょう」

 

「…Jawohl(了解)。そうだな、君がそう言うのなら最初に立てたプランの通りに行こうか。日本ダービー、勝つぞ。君を2冠…いや、3冠ウマ娘にして見せる」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

 うん、フラッシュの出走プランは本当に悩まずに決まるな。

 俺は日本ダービー→菊花賞、と彼女のレースプランを決定して、これからの練習についても脳内でプランニングする。

 そうしながら、続けて次の子のレースプランを組むために、アイネスへ声をかける。

 

「アイネス。次は君の出走レースだ。一応予定ではオークスとしていたが、NHKマイルも選択肢には入っていた。どうしたい?」

 

 出走できるレースが多い彼女のプランにつき、まず直近の出走レースにつき決めていこうとそれぞれのレースをホワイトボードに記入する。

 NHKマイルに出走するならその後の安田記念、なんなら宝塚記念だって彼女は走り抜ける脚を持っている。

 オークスであればやはりトリプルティアラを目標に据えて今後のレースを考えていける。

 どのレースにだって出られることが出来る彼女は、しかし、俺の問いかけに沈黙をもって返してきた。

 

「……………」

 

「……アイネス?」

 

「……………ねぇ、トレーナー。前のミーティングで話したよね。出たいレースに出よう、って」

 

「…ああ。それは勿論、君たちが一番出たいレースに出走してくれるのが俺の望みでもあり、そして勝ちきれるように指導するのが俺の仕事だ」

 

「だよね。……あたしは────────」

 

 普段以上に、表情を引き締め…決意を込めた瞳を向けてくるアイネスに、俺は僅かにたじろいだ。

 昨日までの彼女にはなかったもの。

 そうして彼女は、その熱の籠った瞳を隣に座るフラッシュに向けた。

 

「──────日本ダービーに、出たい」

 

「…アイネスさん?」

 

 日本ダービーへの出走。

 彼女が求めるレースは、フラッシュと雌雄を決するというもの。

 俺はそれを聞いて……もちろん、反対する理由はない。だが、きちんと理由は聞きたかった。

 

「……アイネス。君がダービーに出たいというなら俺は応援しよう。だが、理由は聞かせてほしいな」

 

 その言葉に、アイネスが頷いて己の心情を吐露する。

 

「フラッシュちゃんの夢を邪魔するつもりは、なかったの……()()()()()。でも、あたしは昨日の…皐月賞の、二人の走りを見た。()()()()()。あんな、最高の走りを見せつけられて…試してみたいって、あたしが二人に通じるのか、勝てるのか…走りたいって、思っちゃったの。思っちゃったら、もう止まらなくなった」

 

「……」

 

「…アイネスさん……」

 

「日本ダービーで勝ちたい。二人に、皐月賞に勝ったフラッシュちゃんに…あたしは挑みたい」

 

「…そうか」

 

 俺はホワイトボードを記入するペンの蓋を一度閉じて、改めて二人を見る。

 その瞳に、勝利を渇望する炎を宿すアイネスの視線を、フラッシュが受けて…そうしてまた、彼女も。

 負けないと。

 勝つと。

 そんな、想いの籠った瞳でアイネスを見返しているのを、俺は見た。

 

「…フラッシュ。アイネスはこう言っているが、君はどう思う?」

 

「愚問です。…ファルコンさんの時にも申し上げたはずです。私は、たとえ相手がファルコンさんでも、アイネスさんでも…誇りある勝利を。全力で掛かってきてください、アイネスさん」

 

「…!ありがとう、フラッシュちゃん!…あたしは、貴方に挑む。そして、ダービーで勝つ!」

 

「望むところです。私も、最高の栄誉…ダービーを譲るつもりはありません。よい勝負にしましょう」

 

「…ふぅ。スピカに負けないな、うちのチームの負けん気は…OK、それじゃあアイネス、君の次のレースは日本ダービーだ。フラッシュと一緒にな」

 

「はいなの!…わがまま言ってごめんね、トレーナー」

 

「全然オッケー。トレーナー冥利に尽きるってもんだよ。こりゃ発表したときは記者がまた喜ぶかな」

 

 肩を竦めて、そうして俺は彼女のレースプランからNHKマイルとオークスを消して、日本ダービーへと変更した。

 オークス出走も見越してアイネスのスタミナは鍛えこんでいたため、走り切れないということはない。

 チーム『フェリス』の芝のエース同士の対決。このレースを、俺自身も見たいという気持ちもある。

 

「…じゃあアイネス、その後のレースだが、流石に菊花賞まで出走する、ってことは考えてないか?ダービー以降については」

 

「うん、そこは大丈夫なの!またティアラ路線に戻ってもいいし、なんなら天皇賞秋だっていいし…その前のGⅡだって視野に入ってるの。夏のアガりを見てまた相談しよ?」

 

「わかった。菊まで出るとなれば長距離走れるような指導も必要だったが、そうじゃないならいい。じゃあ、君をダービーで勝ちきれるように仕上げる。…もちろんフラッシュにもね。二人とも、全力でぶつかれるようにな」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「よろしくお願いするの、トレーナー!」

 

 これで二人目の出走レースが決まった。

 前日までは話にもなかったアイネスのダービーへの参戦だが、しかしこれは俺の中ではある程度、あり得る未来として考えていた進路だ。

 何故ならアイネスはこれまでの世界線で、日本ダービーへの出走が多いウマ娘だったと記憶していたからだ。

 このチーム『フェリス』に所属し、マイルでのレースを中心に出走することが多くなり、またフラッシュという存在もあってクラシック3冠への望みは薄れていった…のかと考えていたが、しかしその、ダービーにかける想いが彼女の中で再燃した。

 であればこのような形の勝負になることもあるのだろう。俺は彼女たちが悔いなく走り切れるよう指導するだけだ。

 

「よし…それじゃこれで二人。あとはファルコンのレースを決めるだけだな…ファルコン?」

 

 そうして最後に、ダートのレースに本腰を入れたファルコンのレースを決めようと彼女に視線を向けると、ぶすーっとした様子でまんまるな顔が膨らんでいつも以上にまんまるになった、不満げな様子の彼女がそこにいた。

 

「……二人だけの世界を作られてちょっとねー☆昨日負けたファル子はもういいんだよねートレーナーさんは☆」

 

「おいおい、何言ってんだ。俺はファルコンのことも大切に想ってるよ。だからそう拗ねないでくれ」

 

 俺は苦笑を零しながら、膨らんだそのファルコンのほっぺをオニャンコポンにするようにもみもみと両手で包んでほぐしてやる。

 ぷひゅ、と息が漏れて、んもー、って顔になったファルコンが機嫌を直してくれた。

 

「えへへ…☆…で、私のレースだよね?ダートのレースなら何でもいいよ?勝つから」

 

「ん、そうか。一先ず目標はダートGⅠだと考えてるんだけどな…実は今日、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()なんだ。良く聞いてくれ、ファルコン」

 

「…え?」

 

 そう言ってホワイトボードに戻る俺に、ファルコンが首をかしげる。

 隣のフラッシュとアイネスも、なんだろ?と目を合わせて同じように首を傾げた。

 

 彼女らが疑問に思うのも当然だろう。

 クラシック期のダートの重賞、これはかなり明確に出走できるレースが定められている。

 OP戦も増えてはいるが、重賞に限定すればまず6月後半に開催されるユニコーンステークス。7月前半にはプロキオンステークスと、GⅠであるジャパンダートダービー。8月前半にはエルムステークスとレパードステークスがあり、夏休みに多い印象だ。

 なので今後のプランとしては、ユニコーンステークス→ジャパンダートダービー→エルムかレパードか、といったイメージで間違いはないのだろう。恐らくファルコンもそのようなレース出走をイメージしていたはずだ。

 

 だが、俺は一つ、彼女が皐月賞に出走すると決まったときから考えていたことがあった。

 

 彼女の今の脚の適正は、芝でもダートでも走れるようになっている。

 もう少し表現すれば、()()()ダートへの適正はまだ完璧には仕上げていない。

 今後日本のダートレースを走っていくうえで、既に適性のある彼女の脚をさらに日本のダートに慣らしていく必要は、間違いなくある。俺もいずれその練習はさせるつもりだ

 

 そう、日本のダートに慣らす必要があるのだが。

 まだその段階ではない。

 彼女は、今、どのバ場でも柔軟に適応できる脚を持っている。

 

 その事実が、俺のこの先の発想に持って行った。

 ダートの王を求める彼女の次走。

 俺が、これまでの世界線でも担当ウマ娘を()()()()()()()()()()()()()()()()へ。

 

「…アメリカで6月に開催される、アメリカクラシック3冠の最終レースであるベルモントステークス。出られるが、どうする?」

 

「え?……ふぇええ!?」

 

「アメリカ三冠!?」

 

「それは…確か、2414mのダートレース、でしたよね?」

 

 驚きに染まる3人の、しかしフラッシュが説明してくれた内容に俺は頷いて返す。

 ベルモントステークス。ニューヨーク州にあるベルモントパークレース場で6月上旬に開催される、2414mのレースだ。

 アメリカクラシック3冠の最後のレースとして、現地でもかなりの人気を誇り、そして間隔が狭いアメリカクラシック3冠の中でも最後に開催される一番距離のあるレース。その距離の厳しさから、「テスト・オブ・チャンピオン」という異名を持つそれ。

 それに、スマートファルコンを出走させたいと俺は考えていた。

 

「その前のプリークネスステークスにも間に合うと言えば間に合うんだけどな…皐月賞の脚のダメージを抜き切れないし、二人のダービーとも被るからファルコンをアメリカで一人に出来ないし。けど、ダービーが終わった後にみんなで渡米すれば、そこから現地の砂…向こうのダートに十分慣らしてから挑むことが出来る」

 

 俺は皐月賞以前の記者会見の時に、こう表現した。

 彼女たちが出られるレースには、全て出走登録をしていると。

 それは海外のレースも例外ではない。正式な手続きを踏めば登録料など大したものではなく、学園からのチーム費内で十分に賄えるものだ。

 登録自体はこれまでの世界線でも担当の子を全部のレースに登録はさせていたが、しかしアメリカの3冠はすべてダートのレースである。

 一番縁があるのがタイキシャトルくらいのもので、しかし彼女も中距離以上の距離を得意とはしていない。これまでの世界線で誰かを出走させたことはなかった。

 

 だが。

 この砂の隼は違う。

 

「俺の考えだが…ファルコンなら、勝ちきれると信じている。中距離の限度と言っていい2400mの距離だが、君なら速度を落とさずに走り切れる。これまで苦手な芝でも2000mは走り切れたんだ。3冠の最終レースということもあって、出走してくるアメリカのウマ娘達もかなり仕上がり切った状態で出てくるだろうが…それでも、だ。だからファルコン、後は君の気持ち次第だ」

 

 俺はホワイトボードにベルモントステークスの情報を記入しながら、ファルコンに改めて問いかける。

 

「ファルコン。君はどうし──────」

 

「───()()

 

 そうして、俺の言葉を待ちきらずに、スマートファルコンから言葉が返ってきた。

 そう言い放ったスマートファルコンの表情は、いつか見たことがあるような、戦意が溢れて零れていそうな、それ。

 

 口を細く下弦の月のように形作り。

 愉悦(わら)っていた。

 

「出るよ、トレーナーさん。…ああ、すごい。何だろう。()()()()()()なんて、これまで全然意識したことなかったんだけど…意識した瞬間、()()()()()、って気持ちになっちゃった。絶対に勝ちたい、って…そんな気持ちが、溢れて、溢れて止まらないの…!ああ…出る!ファル子、そのレースに出て、勝つよ!!」

 

「…そうか。よし。決まりだな」

 

「うんっ!!」

 

 満面の笑顔で、しかし溢れるほどの戦意をその表情に浮かべるファルコンに、俺は笑顔で応えた。

 

 

 ──────これで決まりだ。

 

 

 エイシンフラッシュは、予定通りに日本ダービーへ。

 

 アイネスフウジンは、予定を変更し、栄誉あるレースをフラッシュと争うために、共に日本ダービーへ。

 

 スマートファルコンは、まだトレセン学園では誰も成したことのない、アメリカクラシックの冠を奪い取りに、ベルモントステークスへ。

 

 

 チーム『フェリス』は、またしてもレース界に旋風を巻き起こす。

 

 出走するレースに向けてそれぞれがさらに戦意を高めて、その日のミーティングは終了した。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

53 坂路の鬼、ふたり

予約投稿時間を1h間違えてました。どうして。


 

 

 先週のミーティングで全員の次の出走レースを決め、それぞれのレースに向けてさらに練習に熱が入ってきた5月の初旬。

 GWの初日に、俺は3人を連れて訓練施設に向かっていた。

 今日の練習は坂路だ。ウッドチップを敷いた坂路は芝、ダート問わず脚にしっかりと効くトレーニングを積める上に、脚部への負担も少ないという実に効率的な練習となっている。

 その分使用するチームも多いため、予約がなかなか入れにくいという欠点もあるが、GWの合間である今日は空いているだろうと見計らい、そうして狙い通りに予約が取れた。

 他のチームと合同で利用となるが、俺の愛バ達…特に、ファルコンとアイネスは2400mを減速せず逃げ切るスタミナをつけるために、坂路での訓練が必須と言えた。

 

「よし、それじゃさっき話した通り、それぞれ坂路訓練を始めます。フラッシュは休憩を取りながら8本、ファルコンとアイネスも6本までは頑張ろう。それ以上やりたいときは脚の疲労を見て決めるので、俺に相談するように」

 

「はい!」

 

「はい☆!」

 

「はいなの!」

 

 元気よく返事をする3人を見て、笑顔で頷いて練習を開始する。

 出走レースがはっきりとした3人は、以前以上に練習に対してやる気を見せている。特にアイネスとファルコンがすさまじい燃え方で、成長曲線も予想していた物以上にぐんぐんと伸びてきている。

 やる気がまさしく絶好調といったところ。走りたいレースに出るのが一番モチベーションの向上に繋がるのだ。

 

 そうして、それぞれが練習に入るのを見守りつつ、しかし今日は別のチームも合同で坂路を利用している。

 俺はそちらにも挨拶をするために、チームを率いるトレーナーを探す。

 

「…お、いた」

 

 発見した。今、彼のチームの二人のウマ娘に練習指示を出し、そしてウマ娘達が坂路に向かうのが見えた。

 一人残ったそのトレーナーの元に歩み寄って、挨拶をする。

 

「お疲れ様です、()()()()。今日はうちのチームも坂路を使っているので…お邪魔してます」

 

「…ああ」

 

 寡黙な様子で、こちらに一瞥をくれてからすぐに自分の担当ウマ娘へ顔を戻す、その人は黒沼先輩。

 中距離以上、長距離のレースを走るウマ娘を多く輩出している、チーム『ベネトナシュ』*1を率いるトレーナーだ。

 その寡黙な性格とサングラスをかけた厳つい風貌、見せつけるような胸筋と佇まいで、ウマ娘や新米トレーナーからは距離を置かれたりもしている、そんな先輩ではあるが。

 

 俺は、この人を心から尊敬していた。

 

「……………」

 

「……………」

 

 邪魔にならない程度に、2バ身ほどの距離を空けて隣に立ち、お互いに自分のウマ娘の練習を見守る。

 彼の無言の圧、立っているだけでもおじけづきそうなその雰囲気だが、俺はこれが嫌いではなかった。いやむしろ好きな方に分類される。

 何故なら俺は、これまでの世界線で……この人からとても多くのことを学んだからだ。

 

 黒沼先輩の視線の先、彼の担当するウマ娘が坂路を走る。

 その子はもはや慣れた物、とでもいうかのように坂路を駆け上がる。この学園でも坂路を走らせれば1,2を争うであろう坂路の鬼。現在はシニア級で活躍するウマ娘。

 ミホノブルボン。

 彼女は、苦手と言われる中距離以上の距離適正を乗り越えて、長距離のレースでもよい成績を残していた。

 

 そう。

 彼女の戦績が示す通り、黒沼先輩は、距離適性の壁を超える指導の技術を持っている。

 

「……………」

 

「……………」

 

 心地よい沈黙を味わいながら、そうして俺は過去の世界線の記憶を思い出す。

 特に、ハルウララを担当していたあの永劫の時間。

 ハルウララの芝適性を上げる方法を模索するとともに…彼女の、誰よりも苦手としていたであろう長距離を走らせるために、俺はあらゆる手段、あらゆる方法を試した。

 その中で、比較的早期に頼らせてもらった先輩が、黒沼先輩だ。

 この人のウマ娘に長い距離を走らせるための指導法は、俺の今の指導法の礎となっている。

 体幹トレーニングについてはそれ以前からも指導に入れていたが、より力を入れ始めたのはこの人の教えを受けてからだ。

 

 黒沼先輩は、時折「鬼のような指導をするトレーナー」という風評を受けることがある。

 それは彼の持つ雰囲気が原因の一部でもあるし、また彼の指導が確かにウマ娘に大きく負担をかけるような、大変厳しいトレーニングを積ませる傾向にあることも理由の一つとなっている。

 確かに、厳しいトレーナーではあると思う。

 だが、俺はそれ以上に、誰よりも優しく、そしてウマ娘を思いやるトレーナーであると知っている。

 

 何故なら、彼はウマ娘の希望に沿って指導をしているだけなのだから。

 ミホノブルボンが3冠を、長距離も走れるように希望をしたからこそ、彼はそれに全力で取り組み、そうして夢を成すための努力をして、そうして結果を残している。

 

 ────────敬意しかない。

 

「……………」

 

「………おい」

 

「ん、はい。何でしょうか、先輩」

 

 そうして過去を懐かしみつつ心地よい沈黙を味わっていたところ、なんと珍しく向こうがしびれを切らしたのか、黒沼先輩から声をかけられて俺は返事をする。

 何だろう、とも思いつつ…しかしよく考えてみれば、噂の新人が自分の圧に怖気づくことなく、むしろリラックスして隣にいるのだ。黒沼先輩からしたら何だコイツ、という感じだろうか。

 これまでハルウララを育てていた世界線では俺の方から積極的に声掛けに行って仲を深めていたところもあり、俺の方は全く緊張もない状態だが、そういえばこの世界線ではまだそこまで親しくしているわけではなかった。

 ちょっと申し訳ない内心を抱えつつも、黒沼先輩の話を待つ。

 

「………立華。お前、次のレースは日本ダービーに二人送り込むらしいな」

 

「…ええ。先日発表した通りです。うちのチームからは、フラッシュとアイネスが出走します」

 

「…アイネスフウジンはオークスに行くものかと思っていた」

 

 黒沼先輩の話は、俺のチームの二人…フラッシュとアイネスが同じレース、日本ダービーに出走する件だった。

 先日のミーティングで決定したのち、乙名史記者を呼んで正式に発表し、ウマッターでも公表している。

 その翌日にめちゃくちゃ取材の依頼が来たが、俺はすべて断った。ウマ娘にとって大切な時期だという理由で押し通した。

 なお、ファルコンの次走についてはまだ隠している。ダービーが終わって渡米した後に発表するつもりだ。それこそ、アメリカ3冠レースに挑むなどとニュースになれば、取材がさらなる殺到を見せることが容易に想像できるためだ。

 

「アイネスについては、ある程度自由にレースを組むことにしていたんです。ダービーに出走するのは彼女の強い希望ですね。フラッシュとどうしても戦いたいという…俺は、それを応援することにしました」

 

「……そうか。…ならいい」

 

「はい。…………」

 

 そうしてまた沈黙が戻る。

 俺は黒沼先輩のその言葉に、どんな裏の意図があったのか簡単に察することが出来た。

 俺を…俺と、フェリスのウマ娘たちを気遣ってくれているのだ。

 

 この人もまた、ダービーの持つ意味の重さを知っているから。

 ウマ娘の出走したいレースを、トレーナーが応援するものであることを知っているから。

 

 そして、この世界線では。

 同じチームのウマ娘が、同じレースに出走する場合のトレーナーの大変さを、知っているから。

 そんな彼のチームのウマ娘たちが、併走を終えて戻ってくる。

 

「…マスター、坂路2本、終了しました。予定通り、10分の休憩をとって次のミッションに移行します」

 

「ふぅ…こっちも2本終わったよ、()()()()。ライスも休憩入るね」

 

 ミホノブルボンと、ライスシャワーだ。

 この世界線では、ライスシャワーが黒沼先輩のチームに所属するという、中々珍しいシチュエーションとなっていた。

 

「…休憩中によく水分補給をしておけ」

 

「了解です。…立華トレーナーもこんにちは。お疲れ様です」

 

「はい!…あ、猫トレさんもこんにちは。そういえばフラッシュさん達も走ってたね」

 

「やぁ、二人とも。今日はうちのチームも坂路を使わせてもらっているからね。お邪魔してるよ」

 

 俺は二人に笑顔で挨拶を返した。

 この世界線でも、俺は二人とも縁が出来ている。ミホノブルボンは逃げシスに入ったのでファルコンつながりで話すことがあったし、ライスはオニャンコポンが可愛いらしく時々撫でに来る。

 二人とも、才能あるウマ娘で…もちろん、かつて3年を共にしたウマ娘だ。性格も、好きなものも、それぞれの想いも知っている。

 

 その二人が、同じチームに所属するという珍しい世界線。

 この世界線では────────ライスシャワーの、菊花賞のあの事件は起きなかった。

 

 クラシック3冠を駆ける彼女たちは、これまでの世界線でもよく見たように、ブルボンが無敗の2冠を達成。

 しかし、ライスシャワーもまた2冠を達成している。

 …日本ダービーを、同着で駆け抜けたのだ。

 

 同じチームのライバル同士という事実もあり、記者側もライバル同士の決着と銘打った記事を出した結果、菊花賞で勝利したライスシャワーに必要以上の悪意が向けられることはなく、チーム『ベネトナシュ』がその年のクラシック3冠を制覇した、と言われるようになった。

 

 …無敗の3冠を止めたライスが、必要以上に悪意にさらされる世界線を、俺は何度も見た。

 ファンの想いが暴走する事件を経験している俺としては、この世界線の二人の決着は、何よりも優しい、救いの形だと感じていた。

 ウマ娘の流す涙は、レースの勝敗の結果によるものだけでいい。

 世間の悪意を受けるようなウマ娘が一人もいない。そんな世界線を、俺は求め続けている。

 

 …閑話ではないが、休題。

 

「…そういえば、二人ともダービーウマ娘なんだよな。…黒沼先輩。よければ、坂路の休憩の間に…二人からうちの子たちにアドバイスというか、心構え的なものを聞かせてもらいたいんですが」

 

「…立華。お前、結構遠慮ないな」

 

「はは、すみません。ウマ娘のためになることは何でもしてやりたくて」

 

 俺はふと思い立ち、よかったら二人からダービーに出走するときの心構えを聞けないか…と考えて黒沼先輩に遠慮なくずけずけと依頼してみる。

 俺の必殺技、行き当たりばったり作戦だ。

 それを聞いて、黒沼先輩は生意気な後輩だという顔をしながらも、しかし。ふん、と嘆息を一つ零してから、ブルボンとライスに顔を向けた。

 それだけで意図が伝わったのだろう。二人が口を開く。

 

「マスター、私は問題ありません。クラシックを走るチームフェリスの皆様に、私の当時の心境を説明すればいいのですね?」

 

「ライスも大丈夫だよ、お兄さま。今年はクラシック、すごい盛り上がってるし…ライバルに挑む気持ちはわかるから。いい勝負にしてあげたい」

 

「…そうか。……次の休憩をこっちと合わせろ、立華。うちはあと2本走らせたら20分休憩をとる」

 

「っ、ありがとうございます!ブルボンもライスも、ありがとうな。急なお願いに応じてもらって」

 

 二人の快諾を得て、そうして黒沼先輩からも了承の許可を頂いたことで、俺は大きく頭を下げてお礼を述べる。

 構わん、とこちらに顔を向けずに返してくる黒沼先輩だが、やはりその優しさは隠し切れるものではない。

 この人は、その外見に見合わず…優しいのだ。優しいからこそ、ブルボンも、ライスも、他のウマ娘達も彼についていっている。

 やはり敬意しかない。

 

「…ふぅ、トレーナーさん、2本終わりました…おや、ブルボンさん、ライスさんも。お疲れ様です」

 

「…っはー!芝よりましだけどダート走りたーい!…あ、二人とも、さっきファル子のこと抜いていったでしょ!」

 

「坂路、オグリ先輩たちとの併走で得意になったと思ったんだけどなぁ…まだ二人には敵わないの」

 

 約束を取り付けたあたりで、今度はうちのウマ娘達が坂路走行を終えて戻ってきた。

 お疲れさん、と俺は3人に労りの言葉をかけた後、今日の予定を少し変更して、ブルボンとライスに話を聞く時間を取ることを説明する。

 

「ああ、それは是非ご拝聴させていただきたいです。お二人に…ダービーに勝ったお二人にだからこそ、聞きたい話がいっぱいあります」

 

「あたしもなの!ブルボンちゃんの逃げは参考にさせてもらいたいし、後ろから黒いのが差してくるときの気持ちとか聞いてみたいし…」

 

「私も一緒に聞きたいなー☆二人の当時の話とか、絶対面白そう!」

 

「決まりだな。併走の間に何を聞くか考えておくんだぞ」

 

 そうしてウマ娘達が笑顔を見せながら話し合っているところで、黒沼先輩が改めて俺に声をかけてくる。

 

「立華」

 

「はい」

 

「…同じレースに出たウマ娘は、どちらかが勝ち、どちらかが負ける。…ほとんどはそうだ」

 

「…はい。俺も、それは覚悟しています」

 

「ああ。…()()()()()()()()()

 

「っ…はい!」

 

 そうして先輩から頂いた言葉は、レース後のウマ娘達に寄り添えという、トレーナーの心構え。

 それは、どのトレーナーも持っており、そして何よりも大切なこと。

 ウマ娘達がレースに勝った時、負けた時…寄り添ってやるのが、トレーナーの務めなのだ。

 ライバル同士のウマ娘を担当し、そしてクラシックを駆け抜けた先輩の…想いの籠った、真摯な助言に、俺は改めて頭を下げて礼を述べた。

 

 

 なお、その後の座談会ではどこで仕掛けるかなどの実践的な話をあらかた終えたのち、5人のアイスブレーキングとして提供したはずのオニャンコポンに話が向かったらしく、最終的にオニャンコポン吸い大会になってしまい、予定時間を大幅にオーバーしてしまって俺は黒沼先輩に睨まれることになった。なんで。

*1
独自設定







以下、感想欄で生まれた閑話。
猫吸いしてるウマ娘達を眺めている黒沼パイセン視点です。


────────────────
────────────────



 ペットか。悪くない。

 ────────立華の猫が極めて優秀な、稀に見る人懐こい猫だということは理解している。
 なにせ人の肩に大人しく乗るような猫だ。
 そんな猫を、俺は他に一匹しか知らない。ああして種族的には圧倒的強者たるウマ娘達に囲まれてもなお、リラックスして腹を見せているあの猫が、他と同じとは考えてはいけない。

 だからこそ、ペットとして選ぶならば別の物を選ぶ必要がある。
 チームで飼うペットとして、ウマ娘達のメンタルケア、および動物博愛の精神を育むために何を飼うべきか。

 実を言えば、この話は以前に立華を除くトレーナー間で話題提起があり、その有効性につき検討、共有されていた。
 チーム『フェリス』を率いる立華の、そのすさまじい成績をたたき出している根幹は何か。
 無論、この男がトレーナーとして極めて優秀であることはもはや論議に上がらない。
 その実力を認められないようなトレーナーは中央にはいない。
 彼から学べることは学び、そうして己の担当するウマ娘の為にと尽力できるものこそが中央の門戸を叩けるのだ。
 そこに新人もベテランもない。立華はその手腕を見習われる立場に立っている。
 どうやら本人に自覚はないようだが。

 さて、そうして先ほどのトレーナー間での話題提起に話を戻すと、チームメンバーが優秀な成績を収められている原因の一つに、ペットをチームで飼っていることが挙げられるのではないか、と議題に出た。
 オニャンコポンと名付けられているかの猫が、彼女らチーム『フェリス』のウマ娘のメンタルを解きほぐし、とてもいい影響を与えているのではないか、と。
 アニマルセラピーという言葉はもはや一般化しているだろう。ペットと触れ合うことで人は、ウマ娘はそのメンタルにいい影響を与えるものだ。

 しかしペットを飼う、と言っても一概には難しい。
 立華が飼育しているこの猫でさえ、その賢く大人しい面があるためこうして学園でも違和感なく受け入れられており、彼のチームハウスでも3人がそれぞれ面倒を見たりしているのだが、これをじゃあ他のチームでも早速やろう、とすればそこには様々な障壁が発生する。

 まずもって、飼えるのか?という現実的な面。
 エサの準備、ペットによっては飼育ケージ、気温管理。勿論糞尿やトイレの始末だって必要だ。
 そしてチームハウスとは常にだれかがいるところではない。夜はトレーナー、ウマ娘ともに不在にするし、長期休みなどもってのほかだろう。オニャンコポンはあくまで立華の飼い猫であり、彼の家で生活しているからこそその健康を保てている。
 チームハウスで飼うというのは現実には厳しい所だ。

 であればトレーナーが飼うのか?という面についてもこれは難易度が高い。
 そもそもがトレーナーのほとんどは寮生活だ。近くに家を持つ者がいてもそれは家庭を持っていることと同義であるし、立華の様に近所に一軒家で一人暮らしをしておりペットも飼える、という条件に合ったトレーナーなど片手の指で数えるに事足りてしまう。
 トレーナー業そのものが多忙な仕事であることも事実として存在し、その傍らでペットの世話、そうして責任まで持つというのは難しい話である。

 それに、ペットもそれぞれで難しい面がある。
 立華はこうして賢い猫だからこそ学園にも連れてきているが、他の猫では絶対にこうはいかない。理事長の飼う猫やオニャンコポンのような賢い猫ばかりではないのだ。
 では知能指数として高いとされる犬でも飼うか、という話もあり、間違いなく一番可能性は高いとは思うが、犬だって相当の食事量を必要とする。トイレの世話や始末も大変なものだ。そういった大変さもペットを飼う醍醐味ではあるし、それをみんなですることでチームの絆が深まり、動物愛護の精神も出てくるものだとはわかってはいるが。
 しかし、犬や猫が厳しい、となればどうするか?ハムスターやウサギのような小型の動物も選択肢に上がっては来るが、しかしそうなってしまうと今後は中々レース場などには持っていけないものになる。
 単純にペットとして飼う、というだけでは望む効果である「ウマ娘達のレースへの意欲向上」にはつながらないかもしれないという懸念。
 中型で、犬や猫より飼いやすいペット。そんな命題は誰にも分らない。タヌキでもどうかと話を上げた者もいたが、タヌキってペットで飼えるのか?
 そういった諸々の事情があり、チームでペットを飼うことによる成績の向上の因果関係というそのトレーナー間での話題は、現状では難しい、という結論に落ち着いた。

 しかし、それは現状である。
 ペットなら、ということで東条女史がその話を引き継ぎ、近日中にエルコンドルパサーを問い詰めて(彼女が鷹を寮で秘密で飼っている、というのはトレーナーやウマ娘の間では公然のものとなっている)、鷹を公認で飼ってOKにする代わりに、チームでも面倒を見させてもらって、ウマ娘達のメンタルやペットを世話するときの気持ち、またそれに伴ってレースの成績や練習の成果などがどうなるかを見てみるとのことだ。
 それでさらに有用な結果が得られるようであれば、学園も本腰を入れてチームペットの話に前向きにとらえていくだろう。なにせあの理事長だ。ウマ娘の為になる事なら何でもする。
 そうなれば、チームハウスではなくどこか一括で飼育小屋のようなものを作り、ウマ娘に世話をさせる傍ら、チームに一匹ペットを配属して日中はそちらで世話をする…といったこともできるかもしれない。

 なにぶん、誰もやっていないことだ。
 これ自体が結果を生まない可能性がある。また、ペットがもし不慮のそれで亡くなったときなどのペットロスの問題もある。
 それでも、ウマ娘達のためになるのであれば。彼女たちが、さらなる好走をみせ、素晴らしいレースを見せてくれるのであれば。
 少なくとも、俺に反対するつもりはない。
 当然、この立華という男にもないだろう。
 学園にいるトレーナー全てが、ウマ娘のことを想ってここで仕事をしているのだ。
 だからこそ、俺たちはこのトレーナーバッジを胸に、今日も彼女らの練習を考えている。


「……その、黒沼先輩。時間超過は申し訳なかったと思ってまして…なんで、そんな睨まないでくださいませんか?」


 そんなことを考えていたら、立華から随分と恐縮した様子で声をかけられた。
 む。考えに没頭しすぎたせいで顔がこわばっていたか。
 すまんな。そんなつもりではなかった。ただ、お前という特異点のトレーナーが出てきたことで、周りのトレーナーがみんな、考えることが増えたという事だけは理解してほしい。
 だからこそ、俺は言葉を返してやった。

「気にするな。………お前の責任ではあるがな」

「ひぇい」

 そうしてなぜか情けない顔をさらすこの男。
 どうにも憎めないやつだ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

54 閃光の休日

卑しか女杯開催の宣言をしろ磯野ぉ!!!




 

 

「ふぅ……今日のケーキも、とても美味でした」

 

「お口に合ったようで何よりだ。コーヒーのお代わりはいるかい?」

 

「いただきます。砂糖とミルクは…」

 

「いつもの量、でいいだろう?」

 

 エイシンフラッシュは、彼女のチームトレーナーである立華の家で、彼と共に午後の穏やかな時を共に過ごしていた。

 今日はGWの中日、世間では祝日と呼ばれる一日である。

 もちろん、5月にダービーを控える彼女らチーム『フェリス』は、今日もトレーニングを行っていた。

 しかし、トレーニングとは一日中ずっと行うものではない。

 特に立華の指導方針としては脚に負担をかけずに効率的に短時間で集中して鍛え上げることを目的としているため、練習の多くが半日で終わるものとなっていた。

 

 そのため、GW中の練習日もそれぞれ半日はウマ娘達も立華も自由な時間が取れる。

 そんな余暇の時間を、ウマ娘達は1日に一人ずつ、彼と共に過ごす時間として使いたいと希望を述べた。

 勿論、ウマ娘の希望を断るはずもない立華はその願いを聞き届け、こうして二人でゆっくりと午後の時間を過ごしていたのだ。

 

 エイシンフラッシュの今日のプランは、昼食を二人で共に取ったのち、立華の知るケーキショップへ行っておすすめのケーキを購入。

 その後彼の自宅でケーキを味わいつつ、ゆったりと午後を過ごして、夕飯を振舞ってもらい帰宅、という落ち着いたものであった。

 無論ではあるが、そのプランは秒刻みで正確に時間管理がされている。エイシンフラッシュの癖のようなものに、しかし立華は笑顔でそれを受け入れて見事なタイムキープを見せていた。

 

「…ふぅ。それにしても、本当にトレーナーさんのお店の知識には驚かされます。あんなところに、これほど美味しいお菓子を作るお店があったとは…」

 

「学生時代にこの辺りはよーく遊び歩いていてね。どんな店があるか見て回ってたもんさ。…こうして君の為に役に立って何よりだ」

 

「ふふ、私も新しい味を体験できたのでよかったです」

 

 エイシンフラッシュは、今日買ってきたケーキ…その店がかなり奥まったところにある穴場ともいえるような店で、しかしそれを立華が知っており、そして味の方も見事なものであったことに驚きを隠せなかった。

 とはいえ、そういった驚きはこの立華という男と過ごしていれば日々の中でよく感じるもの。

 このトレーナーは一部の生徒の間ではスパダリという評価を得ており、その風評の通り、趣味や特技、ウマ娘が食いつきそうな知識をどこまでも潤沢に備えているのだ。

 よほど学生時代は精力的に活動されている人だったのだろう。その分、今は落ち着いたという所だろうか。

 エイシンフラッシュはそのように理解を落とし、しかして自分の趣味であるお菓子関係にも明るいこのトレーナーへの信頼は深かった。

 

 しかし。

 今日のエイシンフラッシュの真の目的はこのお菓子ではない。

 彼の家で二人きり*1の時間を過ごすことも大切だが、本題はそこでもない。

 この二人きりの状況で、彼に()()()()()()()()()、というのが本当の目的であった。

 

「…さて、トレーナーさん。実は私、最近新しく覚えたことがありまして」

 

「おや。フラッシュからそういう風に話すのは珍しいね。どんなことだい?」

 

「ええ……催眠術、というものなのですが」

 

「そっかぁ」

 

「今日はそれをトレーナーさんに試してみようと思いまして」

 

「そっかぁ……」

 

 そう、催眠術である。

 というのも、話は昨年末、大晦日の日にここでエイシンフラッシュが信頼するトレーナーに裏切られた、あのASMR催眠ボイス事件にまでさかのぼる。

 あの日に催眠ボイスで眠りにつかされてしまったエイシンフラッシュは、二人きりで年を越せるチャンスを奪われたこともあり、何気に根に持っていた。

 そして年が明けてから催眠術の本などを読み漁り、簡単な催眠術のやり方を覚えてきたのである。

 今日はそれをここで披露し、トレーナーにやりかえしてやるとともに、彼の本心を聞いてみよう、という目的をもって彼女はここをデートスポットに選んだ。

 

「…その、だな。基本的に俺はあんまりそういったものを信じない性質なんだ。もしかするとうまく掛からないかもしれないぞ?」

 

「おや、先日ここで私を見事に眠らせてくれたではないですか。あれはたまたまだったんですか?」

 

「あれは君が眠かったという前提がある…俺はケーキと共にコーヒーを飲んだばかりだぞ?そうそう眠くは…」

 

「大丈夫です。その程度で掛からないような催眠ではありませんので」

 

「大丈夫とはいったい」

 

「では、さっそく始めさせていただきますね」

 

「やる気が絶好調をキープしているね?」

 

 そんなやり取りをもって、エイシンフラッシュが立華が座るソファの隣に移動して催眠術の準備を始める。

 立華も言葉の上では遠慮気味な様子を見せても、しかし彼はクソボケである。愛バが年頃の女の子らしい悪戯を仕掛けたがっているのを見て、全力で拒否などしようはずもない。

 

「…まぁ、好きにやってみなよ。掛からなくてもがっかりしないでね」

 

「ええ、大丈夫です。では始めます………立華、勝人さん」

 

「っ…」

 

 耳元で、エイシンフラッシュのウィスパーボイスで自分の本名を囁かれて、立華は奇妙なむず痒い感覚を覚えた。

 なにせ彼女の声はとても透き通っており綺麗な色をしている。立華はエイシンフラッシュの、その魅惑のささやきに耳を、心を奪われ始めた。

 信頼する愛バの声に、意識をゆだね始める。

 彼はチョロかった。

 

「リラックスしてください……ゆっくり、ゆっくり力が抜けていきます……立華さん……あなたは、とても安らかな気持ちになります……」

 

「………う………ん………」

 

「大丈夫……力を抜いて……私がついています………心配しないで………そのまま、貴方はとても気持ちよくなる……気持ちよい、幸せな気持ちになる………」

 

「…………………」

 

「……幸せな気持ちになって………とても心が落ち着いて………静かに……静かに………意識が落ちていきます……立華さん………あなたは……静かに……意識を落として……そうして……」

 

「…………………────────」

 

「────────そうして、私の質問に嘘がつけなくなります」

 

 こくり、と立華の頭が落ちるのを見て、エイシンフラッシュは自分の催眠が成功したものと捉えた。

 そうして、その後の命令付けする一言目にまず嘘をつけない制約をかける。

 催眠術の本には、こうして相手を催眠に落とした後に最初に言った命令が、10分は持続すると書いてあった。

 10分以内に解除の言葉をかける必要があるが、これから10分はどんな質問にも嘘がつけなくなる。

 やりました。

 オニャンコポンも今は別室でのんびりお昼寝中なので、邪魔をするものはおりません。

 

「……ふふ。トレーナーさん。私の声が聞こえますか?」

 

「……はい」

 

「私の質問に、嘘はつきませんか?」

 

「……はい」

 

 成功だ。

 やった、とエイシンフラッシュは声には上げず拳を握ってガッツポーズを作り、催眠術が成功したことを喜ぶ。

 以前に同室のスマートファルコンに試したときには、そのまま眠りについてしまって浅い催眠状態をキープすることが出来ずに失敗したが、トレーナーには効いたようだ。

 ナイスネイチャから囁きスキルのヒントを貰った甲斐があった。

 

(さて…ではあと9分32秒、何を質問するべきでしょうか)

 

 しかしここで、エイシンフラッシュはらしくもなく、この後質問する内容を考えていなかった自分に思い至り考え込む。

 正直なところ、一発でこんなに上手くいくとは思っていなかった。

 何を聞くべきだろうか。

 

 

 ────────私のことが好きですか?

 

 いや、駄目だ。絶対にこの人は「YES」と言う。

 その好きの意味が担当ウマ娘に向ける親愛と捉えてしまうだろう。スマートファルコンやアイネスフウジンはどうか、と聞いても同じように答えるはずだ。何なら学園にいるウマ娘全員の名前を挙げてもYESというだろう。

 

 

 ────────好きな人はいますか?

 

 これも駄目だ。絶対にこの人は「YES」と言う。

 好きという表現だとそれを捉える側の認識が広がりすぎてしまう。日本語で、もっとシンプルに愛を表現しなければ…いや、ちょっと待って。もし、彼が愛している人の名前を挙げたとして、自分じゃなかったらどうする?

 

 

 ────────愛している人はいますか?

 

 これに「YES」と答えられた時、その名前を私は聞きたくなってしまうだろう。

 そして出てくる名前が自分ではないものであったときに、私は冷静さを保てなくなってしまう。

 というよりも、そもそも、催眠術が成功したとはいえ、それでこんな大切なことを聞き出してしまうのはよろしくないのでは?

 品のない女として見られてしまうのでは?

 これ、私が恋愛絡みで何を聞いても、自分の立場を危うくしてしまうのでは?

 

 エイシンフラッシュはようやくその思考に至り、安易に催眠術を仕掛けたことを後悔し始める。

 これはよくない。

 正直に言えば冗談半分、掛からなくても笑って許してくれるだろうし、掛かったときには何でも聞いてしまおう…くらいの気持ちであった彼女は、実際に何でも聞ける立場に立った瞬間に、浅ましい問いかけを考えてしまう自分に気づいて、恥じらいを覚えた。

 

 よくない。

 この人の、好きな人を聞いてしまうのは、よくない。

 どんな結果になったとしても、それはお互いによくないものを残してしまう。

 

(ですが…あと6分48秒、このまま何も聞かないというのも面白くありません)

 

 であれば、何を聞くべきか。

 普段は彼が言いたがらないような、しかしあまり重い話題ではなく、今後の私に活かせるような…そんな問い。

 エイシンフラッシュはその聡明な思考で全力でそんな問いを探して、そうして一つ思いついた。

 それを早速聞いてみることにした。

 

「トレーナーさん」

 

「…はい」

 

「貴方は、ウマ娘のどんなところが好きですか?」

 

「……それは……」

 

 この質問ならどうだ。

 彼は常に、私…いえ、私たち3人。もっと言えば、学園のウマ娘全員のことを想い、そうして助けてくれる。

 そんな彼が、ウマ娘に感じている魅力とは?

 これくらいの質問であれば許してくれるだろう。普段の彼に聞いたとしても、それなりのことは答えてくれるはず。

 しかし、催眠術にかかった今だからこそ、彼の本音が聞けるはずだ。

 

「…()()

 

「全部、ですか。…特に好きなところは、どこですか?」

 

「…()()、だ。俺は、ウマ娘が…笑顔で、元気に、明るく…そうして、全力で走り、強くなりたいと願い、勝ちたいと想い、走って……走って、勝つ姿が、好きだ。だから、勝った子は、誉めてあげたいし……負けてしまった子は、慰めてやりたい……」

 

「…ッ」

 

 流石だ。そう思った。

 このトレーナーは、心の底からトレーナーなのだ。それを思い知らされた。

 催眠術に嘘はつけないはず。だから、今彼がこぼした内容はすべて彼の本心だ。

 彼は心底からウマ娘の笑顔を見るのが好きで、そうしてウマ娘のそんな顔を見るために尽力できる人なのだ。

 エイシンフラッシュの胸中で、改めて彼への尊敬が深まった。

 

 しかし、それはそれ。

 私はお年頃のJKで、貴方に求める答えはそういうものではないのです。

 

「…では、身体的特徴で言えば。どこが好きですか?」

 

 少し踏み込んだことを聞いてみる。

 この質問は中々悪くないだろう。彼のウマ娘観…女性として見た時の彼の嗜好を少しでも聞ければ、それは今後の私が彼の為に何かできるかもしれない。

 この人であれば、よほど変なことは言わないだろう。

 最近彼が親しくしている沖野トレーナーなどなら、トモだと答えるのだろうか。

 私のトレーナーは、ウマ娘の身体的特徴の、どこに惹かれるのだろうか。

 

「…………髪」

 

「ッ!…髪、ですか。もっと、具体的にはどんな髪型が?」

 

「…どんな髪型、というよりは…ウマ娘が、普段と違った髪型をしていると……目を、奪われる」

 

「…ッッ!!」

 

 勝った。

 今日はエイシンフラッシュが勝ちました。

 素晴らしい情報を得た。このトレーナーは、普段と違う髪型をしているウマ娘が好きなようだ。

 であれば、私も今後は髪型を…そう、時々、本当に時々だけ、普段と違う装いにすれば、それを見てくれるはず。

 決して長髪ではない私でも、後ろに一つで結いつけるくらいは十分に可能だ。料理の時などは、そうして髪を後ろにまとめている。

 今後は時々そうしてやって、私のうなじに彼の視線を向けさせよう。

 エイシンフラッシュはこれまでの葛藤が吹き飛ぶかのような笑顔を浮かべて、この事は誰にも言わないでおこうと心に誓った。

 卑しか女杯の一番人気に彼女が昇格した瞬間である。

 

(…さて、いい情報も聞けましたが…悩みすぎましたね。あと3分12秒。解除の時間も考えると、聞けてもあと一つ…)

 

 エイシンフラッシュは残り時間が迫ってきていることで、少し焦る。

 10分と正確に区切っているが、流石にマージンをもって早めに解除の言葉をかけるべきであろう。それをしないと頭痛がひどくなるという話が催眠術の本には書かれていて、それは自分のトレーナーに味わってほしくない。

 残り時間は少ない。聞けてあと1つであるが、特にうまい質問は思い浮かばない。次に催眠術をかけるときにはちゃんと事前に質問を考えておこう。

 

 少しエイシンフラッシュは悩んで、これまでの彼との付き合いの中で何か気になったことはなかったか、と考えるが…よい質問がぱっと思い浮かばない。

 仕方なく、これまで彼があまり話すことがなかった昔の話でも聞いてみようと思った。

 それは今日の彼との話の中でも少し出てきた…彼の()()()()のことだ。

 

 彼は、あまり自分の昔のことを語りたがらない。

 もちろん、以前には学生時代に外国語を学んでいたとか、いろんな論文を読み漁っていたとか、今日また得た知識としてはトレセン周辺の店をめぐっていたとか、そういった断片的な情報は受けているが…楽しかった思い出とか、付き合っていた人がいた…などと言った私的な部分は彼は一切語ることはなかった。

 話の流れで私やチームメイトたちが昔の話をしても、「まぁ、やんちゃしてたよ」くらいのことで煙に巻き、詳細を語ろうとしなかったのだ。

 なので、そこを聞いてみることにした。

 

 残された時間は少ない。

 もちろん、複雑な話をさせようとは思わない。

 「付き合ってた人はいたのか」などと言った下世話な質問をする気も、もうない。

 ただ単純に、どんなことをしていたのか。それを聞きたくて、シンプルに問いただした。

 

「…トレーナーさんが、学生時代に一番楽しかったことは何ですか?」

 

 これでいい。

 これで、何か趣味に没頭していたと聞けば、それでまた話題を作ることが出来る。

 勉強が楽しかったとでも答えが返ってくれば、まったくこの人は、と私も納得ができる。

 付き合ってた彼女がいて、などと話が出てきてしまえば、後で素面の時にきっちり問いただすとして。

 

 彼の青春、そこにどんな思い出があるのか、それを聞いてみたいと。

 そんなシンプルな考えで、ふと聞いてみたその質問。

 

 しかし、返ってきた答えはあまりにも予想外な一言だった。

 

()()()()()

 

「──────え?」

 

 覚えて、ない?

 まだ2年とたっていない、すぐ前のことを、覚えていない?

 それが、嘘偽りない彼の本当の答え?

 

 混乱した。

 催眠術にかかっている彼は、今嘘をつけない。

 だが、彼は以前に何度も言っていたのだ。学生時代に色々覚えたと。

 であればその記憶はあるはずで、記憶喪失とかそんな漫画みたいな話でもないはずだ。

 それなのに、覚えてない?

 

 ……楽しいことが多すぎたという話だろうか?だから、一番楽しかった、と質問したその内容に、答えられなかったのか?

 でも、それだったら「いっぱいあった」と答えてもいいはず。一つに絞れなくても、想い出は絶対にあるはずなのだから。

 それを、覚えてない?

 

「…っ、時間……ですね」

 

 エイシンフラッシュは狼狽しながらも、しかし10分という時間が迫ってきたため、一度思考を中断して解除の言葉をかけることにした。

 彼の予想外の一言にかなり戸惑ってしまったが…でも、まぁ。よく考えれば、これは催眠術という、そもそも根拠の薄い悪戯のようなものである。

 掛かりが悪かったのかもしれないし、嘘をつけないという事ではあったが本当にぱっと楽しかったことが思いだせずに、そんな答えになったのかもしれない。

 深く考えるのは、よそう。

 

「…立華さん。貴方は、私が数える数と共に目が覚めます…話したことは忘れています…そうして…とてもすっきりと目覚めます……いいですね………3……2………1…………ゼロ」

 

「……っは。……おお。あれ、もしかして催眠かかってた?え?マジで?」

 

 エイシンフラッシュのカウントダウンボイスと共に、立華が意識を覚醒させる。

 目が覚めて、そうして時計を見ると10分ほど経過しているのを確認した立華は、結構な狼狽を見せてエイシンフラッシュのほうを見た。

 時折彼が見せる、子供のような顔。

 そんな顔を見て、先ほど感じた戸惑いが薄れていくのをエイシンフラッシュは自覚し、そうして笑顔を見せた。

 

「…ふふっ、よく眠っていましたよ。すっきりと目覚めるように起こしたつもりですが、いかがですか?」

 

「おー…マジで催眠術って効くんだね。びっくり。…ああ、なんだか随分と頭が冴えてる感じだよ。8時間くらい熟睡出来た気分。いや催眠もバカにできないな…」

 

「くす、気持ちよくなっていただけたなら何よりです」

 

 改めて、彼が目覚めてしっかりと会話をすることで…エイシンフラッシュは、催眠術で聞き出すことよりも、こうしてお話をする方が楽しくなる自分に気づいた。

 確かに、先ほど聞いた内容…特に髪型の件は十分な収穫であったものの、やはり私はこの人と、こうして話して、二人の時間を紡いでいく方が好きなようだ。

 それにあらためて気づけただけでも、今日は学びがありました。

 

「寝顔をじっくりと見させていただきましたから、これでリベンジ成功ですね。仕返しをされた気分はどうですか?」

 

「いや何、気分と言われても寝てた時の記憶がないからな…でも、眠る前の君の声がまるで天使のような囁きであったのは覚えているよ。いつも思ってるけれど、フラッシュの声は綺麗だよね」

 

「ッ…!…もう、口が回るんですから」

 

 その、いつもの彼の口説き文句に気分を良くして、尻尾でぺしぺしと彼の腕をたたくエイシンフラッシュ。

 彼女とトレーナーの休日は、こうして穏やかな時間を取り戻し、過ぎていった。

*1
ニャー!ニャー!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

55 隼の休日

(安田)
ソングラインありがとう…(三連複GET)




 

 

 

Seriously(マジで)!?」

 

 GWの中日、午前中にチーム『フェリス』の練習を終えて自宅に帰り、そうして午後から予定しているスマートファルコンとのお出かけまでの時間を待っていた俺は、自室のPC前で叫んだ。

 英語で叫んでしまっているのは、目の前のPC画面がアメリカのサイトであり、全て英文で書かれていて思考を英語で考えていたからだ。

 

「…嘘だろ、そんなことある?holy shit…」

 

 俺はアメリカ人っぽく大げさに頭を抱えて、PCに映るその論文を改めて読む。

 それは、アメリカにある専門学校…トレーナー養成の専門学校の、卒業論文がまとめられているページだ。

 

 以前の世界線より、俺はあらゆるウマ娘の育成に関する論文を読む癖があった。

 それは勿論、世界線を跨ぐうえで読んだことのあるものも多く、世界線を跨ぐたびに既読の論文が増えていったが、外国語を覚えることで外国のそれも読めるようになり、そうしてトレーニング関係の知識を増やしていた。

 ちょっと間が空いた時など、一般市民が掲示板やSMSを見るのと同じように、俺は世界中の論文を読み漁っている。もはや趣味の一環と言える。

 

 そうして、世界線を跨いでいく中で時々、これまでで見たことがない論文がぽろっと出てくることがある。

 知らないトレーナーがその世界線で新しい論文を書き上げることがあるのだ。

 これはおそらく、俺が世界線を跨いでいくうえでのバタフライエフェクトなのだろう。

 ウマ娘の出走するレース内容が同じようにならないことからわかる通り、それなりの変化がどの世界線でも起きている。

 

 身近なトレーナーの話で言えば、この世界線では北原先輩が最もたる変化と言えるだろう。チーム『カサマツ』はその存在自体が特異点だ。

 また、黒沼先輩だってライスシャワーを担当するという珍しいことをしているし、沖野先輩はヴィクトールピスト、南坂先輩はサクラノササヤキとマイルイルネルを担当するのは俺が知る限り初めてだ。

 こうした変化が、トレーナーとしてのスキルや経験を変えて、新しい論文が出てくる原因となっているのだろう。俺はそう考えていた。

 

 さて、そうして今日その論文を見つけた俺は、驚愕に目を見開いた。

 たまたま、今回の世界線では近日中にアメリカに行く予定もあることからそこの論文を読み漁っていたところで、こんな出会いがあるとは思っていなかった。

 そのアメリカの専門学校を卒業した学生が書いた論文の内容が、あまりにも俺に密接にかかわっているものだったからだ。

 

 ────────『ウマ娘の本格化前後における、体幹トレーニングの重要性』。

 

 そう英語で書かれたタイトルのそれは、俺の育成論に酷似している内容だった。

 もちろん、大まかに内容が近いというそれであって、俺が世界線を跨いで重ねていった、しっかりとした理論に基づいての説明ではない。

 学生の卒業論文ということもあり、実証不足や理論の根拠の引用不足なども散見される。

 

 しかしだ。

 論文の根幹である、体幹トレーニングの実施による地固めの重要性は、ものの見事に説かれていた。

 恐らくは、これを書いた学生は体幹トレーニングを実施したことでウマ娘が強くなったという経験をどこかでしたのだろう。だからこそ、ここまで熱のある論文を書けているのだと俺は読み取れた。

 

「…マジか……マジかぁ。うわ、これ俺の論文出す時に気を遣うなぁ…」

 

 俺自身も以前から言っている通り、体幹トレーニングに関する論文を近日中に世に出すつもりだった。

 既にチームとしての実績は十分以上についてきている。

 早ければ今年の夏にでも、GⅠ()()をさせたトレーナーの育成論として、他のトレーナーに参考になればと草案を提出するつもりだった。

 

 しかし、同様の論文が既に出されている。

 さらに言えば、世間に既に出回っている他の体幹トレーニング関係に関する論文よりも、俺の指導に酷似している内容のもの。

 考えたくはないが、このまま俺が何も考えずに論文を後出しするとなると、面倒が生じる可能性がある。

 

 1つは俺の論文がパクリだと指摘される可能性。

 しかしこれは心配する必要はあまりないと考えている。何故なら、俺が書いている論文はきっちりとした実証と、根拠と、理論と、そして結果がついてきているからだ。

 先出しのこれに追従したと邪推されても、件の卒業論文は今年の3月に書かれたものなのでしっかり調べれば違うとわかるだろう。

 

 もう一つは、相手の論文がパクリだと指摘される可能性。

 これについても本来は心配する必要はない。何故なら俺が論文として出す前にアメリカでこの論文が書かれているのだ。

 しかし、俺という人間の知名度がその事実を捻じ曲げる。

 考えたくはない、本当に考えたくはないことだが、俺という世間的には有名になってしまったトレーナーが出した論文に似たものがあるとして、俺の論文よりも根拠資料が少なく、しかし結論だけが近いようなものがあるとすれば…世間は、どう思うだろうか?

 そういった逆転現象は往々にして起こり得るものだ。悲しいことだが。

 

 …危惧しすぎなのかもしれない。

 これはアメリカの論文であり、俺は当然論文は日本語で書き上げるため、この二つの論文の関連性は気付かれずにそれぞれ評価を受けるかもしれない。

 

 だが、俺が知ってしまったのだ。

 知ってしまえば、俺は素直に今書いている論文を出すことはできない。

 俺が迷惑をこうむるだけならともかく、万が一にも相手方に迷惑をかけたくない。

 

「………はぁ。これ書いた人に連絡とるかぁ…」

 

 そうしてため息を零しつつ、自分の論文提出に若干の陰りが出てきたことでもんにょりとした気分になった。

 これからスマートファルコンと会って、楽しく休日を過ごせると思っていたのに。

 

『~♪』

 

「……ん、きたか」

 

 家のチャイムが鳴る。その音で、俺はもやもやした今の気持ちを振り払い、玄関に向かう。

 扉を開ければ、そこにはいつもの装いとは違い、髪を下ろしてお洒落な服装に身を包んだスマートファルコンがいた。

 

「えへへ、トレーナーさん☆こんにちは!ちょっと早く着いちゃったかな?」

 

「っ…」

 

 普段しているツインテールとは違う。広がった髪を胸元のあたりに降ろしてふわりと軽めのパーマが掛かったそれは、ずいぶんと彼女に大人びた印象を抱かせた。

 ちょっと…いやかなりグッときた。テンションがうなぎ上りになりそうなのを努めて抑える。

 先ほどまでの論文絡みのもやもやなどどこかへブッ飛んで行ってしまった。

 

「…いや、気にしなくていいよ。すぐ準備するから行こうか。一度上がって待っててくれ」

 

「うん☆お邪魔しまーす」

 

 そうして一度ファルコンを家に上げてリビングで待ってもらってから、俺は急ぎ外出の準備をする。

 大した準備というものは男性には不要だ。ウマ娘の嗅覚でも利きすぎない薄いコロンを軽く振って、髪だけ整えて、身軽なバッグを手にして、オニャンコポンを肩に乗せて完了だ。

 しかしオニャンコポンが自室にいなかった。どこ行ったあいつ?と探しにリビングに戻ってくると、ファルコンの尻尾に本能を刺激されぴょんぴょんしているオニャンコポンを見つけた。これで準備おしまい。

 

「準備OK。そんじゃ行こうか、ファルコン」

 

「うん!まず水族館からだね!」

 

 オニャンコポンにちょいちょいと指で合図をして、肩に上らせ定位置に収め、そうして二人で自宅を出た。

 今日はこの後、水族館でゆっくりしてからショッピングモールを見て回り、ゲーセンなどで時間を潰し、そうして夕飯を一緒する予定だった。

 道路側に自分を挟むようにして、ファルコンと並んで駅まで歩く。

 ウマ娘とは言っても歩いているときは普通の女の子と同じ速度だ。何も考えずに歩けば歩幅の分だけ俺が速く歩きすぎるので、彼女の足取りに合わせるようにする。

 当たり前のことすぎてこの描写いらないな?

 

「…ねぇ、トレーナーさん」

 

「ん、なんだい?」

 

「さっきさ、玄関で迎えてくれた時…なんか、表情が暗くなかった?何かあったの?」

 

 歩きながら取り留めない話をしている中で、ファルコンから先ほどの俺の様子を指摘された。

 気づかれるほど顔に出ていたか。

 担当ウマ娘に心配されてしまったことと、せっかくこうして楽しみにしていたお出かけの最初にあんな表情を見せてしまったことを、俺は深く反省した。

 

「ああ…まず先に言っておくと、今日のお出かけは俺も心から楽しみにしてたからな、それは勘違いしないでくれ。君がそうしておしゃれしているのを見てその時抱えてた悩みは既に吹っ飛んだよ。…髪型、可愛いよ」

 

「…☆♪♥」

 

「…で、まぁその前のことだけどな…大した話でもないんだけど。聞いてくれるか?」

 

「うん。トレーナーさん、あんまりああいう顔しないから…ファル子少し心配したよ?教えてほしいな」

 

 そうして、駅に着くまでの時間つぶしに、俺は先ほどの話を軽く説明する。

 俺が出そうとしている体幹トレーニングの論文に似たやつをアメリカで見つけた。

 ばっちり似てるってわけじゃないけど根幹の部分は同じよう。

 論文発表するときにパクりとか言われないといいなー、と。そんな内容。

 

「…ってことで、まぁちょっとマジかよ、ってなってただけさ。それも落ち着いてよく考えれば…別に大したことでもなかった。相手の人に連絡とって論文発表の許可取ればいいだけだし」

 

「んー…論文のあたりはファル子詳しくないけど、実はどうでもいい話だったってこと?」

 

「そゆこと。だから心配しないでくれ。それよりも、今日をいっぱい楽しもうぜ」

 

「ふふー、ならよかった!それじゃ、いっぱい遊ぼうね!」

 

 心配が杞憂であったことを知ってファルコンが笑顔を見せる。

 俺もそれにつられて笑顔になりながら、オニャンコポンとも一緒にのんびりと散策するのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 そこからの一日は、心底楽しかった。

 というよりも、掛かり気味だった。

 主に俺が。

 

「あっ、トレーナーさん見てみて!熱帯魚可愛い☆どうしてお魚さんってこんなにきれいな色してるんだろうねー」

 

「……ああ、そうだな…」

 

 トレセン学園に一番近い水族館で、俺はファルコンが楽しそうに各水槽を見回るのを眺めた。

 ぶっちゃけると、もうここは何百回と来ている。

 流石にもう慣れた物なのでなんならどの水槽にどの魚がいるか空で言える。トレセンのウマ娘水族館好きすぎ問題。

 

 …ああ、いやトレーナーでも好きな人はいたか。桐生院さんだ。あの人ともよくここで会ったな、ハッピーミークと一緒に。

 ずいぶんと大きい水族館なので、ゆっくりしたものを眺めるのが好きなミークがいると時間が鬼のように溶けていったのを覚えている。楽しかったけど。

 

 さて、そうしてそんな見知った水族館ではしゃぐファルコンを見ている俺だが、不意に気が緩むと彼女の髪に目を奪われてしまっていた。

 こう…何というか…駄目だ。彼女の普段の印象と違いすぎる。

 彼女は普段、髪をツインテールに結いこみ…その黄金比とも言おうか、まんまるな雰囲気がある、彼女の明るさをよく表した髪型をしている。

 しかし今日はお出かけで気合を入れてきたのか、髪が下ろされて胸元のあたりでふんわりと広がるセミロングのそれが…俺にブッ刺さった。

 いかんいかん。元旦の初詣で煩悩は落としてきたはずだろう俺よ。

 こんな目で見られていると知られれば、ファルコンだって嫌な気持ちに───

 

「───────────」

 

 …少しだけ、ファルコンが振り返って俺を見た気がした。

 水族館の中は暗く、表情は見えなかったが…雰囲気が、何となく。してやったり、というか…誘っているような気さえする。

 何だ?俺は担当ウマ娘から何を感じ取ろうとしているんだ?

 落ち着け。掛かっているぞ俺は。

 夢を懸けるべき担当ウマ娘に俺の嗜好という夢を掛けるんじゃないよ。バカか俺は。

 

「……ふふ、トレーナーさん?さっきからどうしたのかな…ちょっと、上の空じゃない☆?」

 

「っ、いや…そんなことはないよ。水族館の静かな雰囲気が好きでね、思わず没頭してただけさ」

 

 そんな邪な思考を振り払おうとしていると、いつの間にか至近距離でスマートファルコンが俺を見上げるようにのぞき込んできた。

 いけません。その角度は髪型がじっくり見えてしまってヤバい。

 

「ふ~ん…☆?まぁ、そういうことにしておこうかな?ふふ、それじゃあ次のところ行こう?ペンギンがいるって!」

 

「ああ…そうだな。次はマカロニ(伊達男)ペンギンがいるんだったかな、確か」

 

 しばらく上目遣いで俺を見つめてきたファルコンだが、意を得たり、といった具合に距離を戻してから、そうしてまた水族館の観覧に戻る。

 振り返る彼女のふんわりと揺れる髪を無意識でまた目で追いそうになりかけて、俺は彼女に聞かれぬように内心でため息をついた。

 刺激が、強い。

 

────────────────

────────────────

 

 そうして、その日は随分とファルコンに振り回されて一日が終わった。

 水族館の後に立ち寄ったショッピングモールでは、夏に着る水着を選びたいと言われて、女性向けの服飾店に入っていった。

 男一人でこの空間に入るのは中々にキツい。オニャンコポンがいなければヤバかった。

 

 そうしてその後のゲームセンターでは、今年に入ってからURAより打診を受けてつい先日完成した、フェリスの3人のぱかぷちがクレーンゲームに入荷していたので、それを取ろうと二人で並んでクレーンゲームに勤しんだ。

 隣にいるファルコンが、アームの位置が見えないから!と自分にすり寄ってくるので俺はまたしても髪に目を奪われてしまった。

 その内ファルコンが何回か失敗をして俺に交代してきたので、1回のプレイで10体のぱかぷちを拾い上げたら、ファルコンと周りのギャラリーから信じられないようなものを見るような眼を向けられた。

 悪いな。このクレーンゲーム、目をつぶってても取れるくらいにはやりこんでるんだ。

 

 そうして夕食の時間になり、ファルコンの希望もあってラーメンという色気のない食事となったが、それはそれで俺の脳が破壊された。

 女性がラーメンを食べるときは、得てして髪を手でかきあげながら食べるものだ。

 テーブルに座ったのが失敗だった。カウンターに二人で並んで座るべきだったのだ。

 俺は目の前のファルコンが何度も髪をかきあげる様を目の当たりにして、狼狽を隠すのに必死だった。

 ラーメンの味は覚えていない。いや、食いなれた味なんで思い出せるけど。

 

「……ふー……楽しかったが疲れた……」

 

 俺はファルコンを寮まで送り届けて帰ってきた自宅の、自室のチェアに腰を落として天井を仰ぐ。

 今日のファルコンは、何というか……強かった。

 自意識過剰でなければ、かなり距離を詰めてきている感じがした。

 フラッシュやアイネスなどはそういった雰囲気で時折接してくることもあるので慣れていたが、ファルコンまでこうグイグイ来るとは、少し意外だ。

 二人に何かしら影響を受けているのだろうか?これまでの世界線では、少なくとも前者二人と比べれば、ウマドルとして異性との距離感は大切にしている印象があったのだが。

 

「………まぁ、悪い事じゃないか」

 

 俺は彼女の様子にそう結論を出した。

 距離感が近いということは、信頼の現れだ。パーソナルスペースはウマ娘それぞれで違うが、信頼した相手への距離はどんな子だって詰まっていく。

 フラッシュやアイネスはその距離が近いほうだったが、ファルコンも同じくらいの近さになったという、それだけ。

 そしてそれは、俺を信頼してくれているということの裏返しでもある。喜ぶべきことだろう。

 でもあの髪型を常にやられたら俺は掛かってしまうので、ごく時々にしてほしい。

 時々は見たい。

 

「…いやアホか」

 

 俺はそんな浅ましい己の思考に蓋をして、オニャンコポンを吸うことでメンタルを落ち着ける。

 オニャンコポン吸いはあらゆる精神安定剤を超えた完全メンタリストだ。

 こいつをキメれば大体の悩みは何とかなる。偉いぞオニャンコポン。やっぱりお前がナンバーワンだ。

 

「……さて、明日は早起きしなきゃな」

 

 明日は練習の予定は入れておらず、チームフェリスは一日休みである。

 その日はアイネスフウジンと遊ぶ予定が入っており、そのために今日は早く寝る必要があった。

 一日休みの日をアイネスが勝ち取れた理由については明日になればわかるだろう。事情を説明されたフラッシュもファルコンも、彼女がその日を使うことを快諾した、とても彼女らしい理由だ。

 

「そうだ、寝る前に……」

 

 俺はPCの電源を入れて、今日の昼頃に見ていた論文を改めて確認する。

 これを書き上げたトレーナー、恐らくは専門学校卒業直後なのでまだトレーナーの卵であるその人だが、そちらに連絡を入れることにした。

 

 そうして論文のページに入り、相手の情報を収集しようとしたが…ここで一つの問題が発生した。

 筆者の名前が書かれていない。

 サイトを調べると、卒業生の作品となるこれらの論文は正式に世間に公表という形をとっていないため、責任を持たせないためにも名前は記載されていないらしい。

 論文の末尾に書かれる紹介欄には、どの学部の学生であるかと、イニシャルしか記載がなかった。

 ただ、作者へ感想などのDMを送ることはできる様だ。

 

 なら話は早い。

 俺はこの論文についての感想や内容の素晴らしさ、自分の指導の経験から生まれる根拠などをがーっと(3万字超)書き上げて、そうして末尾に自分も同様の論文を考えており、発表するにあたり相談したい旨を入力する。

 これで返事が来ればよし。

 返事がなければ、落ち着いたころにこの専門学校に問い合わせて筆者について当たればいい。

 

 そうして送信する前に、論文をもう一度読み返して、その内容を見て改めて敬意が生まれる。

 俺が世界を何度も繰り返して出した結論を、この人は1回の人生で、しかも学生という若さでそれに近い論文を書けるほどにトレーニングに関しての見識が深いのだ。

 すごいことだよな、と改めて思いながら…論文の最後、これを書いた学生のイニシャルを見た。

 

「─────()()か。どんな人なんだかな…」

 

 俺は送信ボタンを押して、いきなり知らない人から長文を投げかけられたS・Sさんがどんな反応をするものかな、と若干楽しみになりながら、そうして風呂に入って眠りにつくのであった。




↓以下、前日のトレセン寮のやり取り




「フラッシュさん、今日はどうだった?楽しめた?」

「ええ、それはもうとっても。やっぱりあの人は、素敵な人です」

 スマートファルコンは、エイシンフラッシュが満面の笑みで寮の相部屋に戻ってきたのを見て、ずいぶんと楽しい時間を過ごしたのであろうことを察した。
 それは、とてもいいことだと思う。
 この満面の笑み、もしや私達を出し抜いて…とは、スマートファルコンは思わない。
 そもそも、チームフェリスの3人の間では、早い段階で暗黙の了解というか、お互いにきちんと遠慮をしあい、抜け駆けはしないというルールが設定されていた。
 もしそういった雰囲気になって一線を越えかけた時は、きちんとお互いに伝えあう。
 あちら(クソボケ)から万が一にでもアプローチを受ければ、それは祝福する。
 アピールは節度を保って。
 踏み込みすぎない。
 ──────でも外敵は全力で排除する。


 そんな鋼の掟がいつの間にかできていた。

「よかったねー、えへへ、明日はファル子の番だから楽しみ!ねぇねぇ、どんなお話してきたの?」

「ふふ、それがですね…実は、以前にファルコンさんにも試した催眠術をトレーナーさんにも試してみたんですが…」

 そうして、話題は今日のエイシンフラッシュがどんな話をしてきたか、になった。
 エイシンフラッシュとしては、とても楽しく、そして有意義な情報も得られた高揚感もあり、話も随分と熱をもって親友に零しだす。
 しかし、その熱がいけなかった。

「…で、彼の好きなものを聞いてみたんです。いい情報を得られまして───あっ」

「………へぇ?」

 あっ。
 しまった。
 しまりました。
 エイシンフラッシュは自分が見事に失言を零したことを自覚し、耳をぺたんと閉じた。
 そしてスマートファルコンは今やかつての面影もなく恋愛強者となっており、その失言を聞き洩らさなかった。
 ちょうどいい。先日催眠術を試し掛けさせられた時の借りを返す時である。

「…フラッシュさん?どんな情報を聞いてきたのかな?」

「あ、それは、その……」

「フラッシュさん☆?」

「う……いえ、そう、ですね。勿論、ファルコンさんとアイネスさんにはお伝えするつもりでしたよ?」

「いいから。どんな情報?」

「………それは、ですね……」

 苦虫をかみつぶしたような表情になりながらも、エイシンフラッシュが今日仕入れてきた情報をスマートファルコンへ説明する。
 それは、彼がウマ娘の…髪型の変化を、特に好むという事。
 なお、説明に入る前にスマートファルコンがアイネスフウジンにLANEで通話をし、スピーカーモードで共有する準備はできている。

「……と、いうわけなんです。ですから、今後は私…いえ、私たちは、時々髪型を変えると、きっと彼は喜びます」

「……へぇー、へぇ。そうなんだぁ。……うーん、それはいい事聞いちゃったなぁ☆」

『ナイスな情報なのフラッシュちゃん!』

「…嘘ではないですからね?ちゃんと伝えようとしていましたよ?」

「うんうん☆早速明日試してみるから大丈夫!」

『あたしも試してみよーっと。どんな髪型にしようかな…』

「……verdammt(ちくしょう)

 最後にエイシンフラッシュがつぶやいたドイツ語は、二人には言葉の意味は理解できず、しかしその語気で大体察した。

「いや、でもフラッシュさんが抜け駆けしようとしたのが悪くない?」

『自業自得なの。あたしたちは常に平等に勝負するの』

「……わかりました、わかりましたよもう!けど、後で学食でケーキの一つくらいは奢ってくださいね!」

 はー!と彼女らしからぬため息をついてベッドに横になるエイシンフラッシュに、スマートファルコンとアイネスフウジンの苦笑が零れる。
 そうして、スマートファルコンは翌日のデートの髪型を気合を入れていくことになったのだ。


 なお、更なる余談となるが。

「……髪型かぁ……」

「…?かっこいいですよ、ライアンカット」

 アイネスフウジンの同室であるメジロライアンが昨日の彼女達の話を横で聞いており、変えようがない自分の髪型を気にしてしまい、それをメジロマックイーンが気にかけていたのだが、これはどうでもいい話。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

56 風神の休日

 

 俺は我が愛車のステップワゴンのエンジンをかける。

 時間は早朝、まだ日も昇っていない時間。

 5月初旬のGWの休日のうち、今日はチーム練習もなく一日休みとなっている。

 今日一日を、俺はアイネスと一緒に過ごすこととなっていた。

 

「ガソリンよし、匂い消しヨシ…と」

 

 ウマ娘を車に乗せるときには注意が必要だ。

 彼女たちは種族として人間よりも優れた嗅覚を持ち、そして狭い所を苦手としている。

 車内のたばこ臭とか匂いの強い芳香剤とか、ああいった酔いやすい匂いを苦手とする子は一定数いる。

 今日は特に、アイネス以外にも車に乗せる子がいる予定なので、匂い消しは念入りに行っていた。

 ループを繰り返したおかげでウマ娘のそう言った性質も知っており、ウマ娘にとって不快にならない匂いというのも把握している。

 後は運転技術だが、これは説明不要だと思う。俺という存在が何年ドライバーをしているかもうわからないが、安全運転が骨の髄まで染みついているのでこれまで大きな事故はなく過ごせていた。

 

「よし、オニャンコポンも乗ったな。行きますか」

 

 俺は車を出して、まず最初の目的地であるトレセン学園へ向かう。

 今日の予定は、トレセンから高速道路を走らせて1時間半程度の距離にある彼女の実家へアイネスと出向き、そこで彼女の双子の妹であるスーちゃんとルーちゃんを乗せて、さらに30分ほどかけて某所にある夢の国へ。

 そこで1日彼女たちと遊んで、実家まで送り届けるのが俺のミッションだ。アイネスはそのまま実家で一泊していくらしい。

 

 休み一日を使い家族で楽しむこの小旅行について、なぜ俺が呼び出されたのかというと、これはアイネスのご両親の都合が絡んでいた。

 1年と少し前、アイネスの父親が倒れて、それの影響で金銭的な負担などかかったりと色々あった彼女ら家族だが、今は父親も回復し、以前の生活に戻れている…いや、アイネスがレースで勝つようになり賞金を得て学費や奨学金などで悩まなくなったので、以前よりも裕福な暮らしが出来ている。

 ただ、父親は回復したのだが、そもそも母親が元々体の弱いウマ娘であり、それで苦労していたという事実があった。

 だからこそ、以前に父親が倒れてしまったときに普通以上に負担が家族にかかってしまった。生活するうえでも、父親や幼い双子に介助の負担が行き過ぎないように、今ではアイネス自身が賞金から家事代行サービスを雇うことで、母親の生活を助けているという話だ。

 俺の家に家事代行サービスでやってきたときには説明しなかったが、自分が働くことで業務内容などに明るくなり、実家で働いてくれるいい人はいないか探す目的もあったらしい。

 

 そんな母親が、タイミング悪くGWの中日の今日に定期健診で総合病院へ通院しなければならず、父親はそれに付き添う予定が入っているという。

 だが、せっかくのGWである。アイネスの奮闘により金銭的な余裕はある今であれば、幼い双子には以前より楽しみにしていた遊園地などに連れていってあげて楽しんでほしい。想い出を作ってやりたい。

 そんな両親の想いとアイネスの想いが一致し、そしてウマ娘に頼まれればブラック企業の営業マンよりも軽く安請け合いをする俺が話に絡んで、今日の送迎、および遊園地での監督役を任されることになったのだ。

 この事情をフラッシュとファルコンにアイネスが説明したところ、アイネスの家庭の事情も知っている彼女らも快諾し、そうしてトレーナー利用権(丸1日)をアイネスが手にすることが出来た。

 

「家族想い…いいことだよな」

 

 俺はトレセン学園へ車を走らせながら、アイネスら家族の仲の良いそれを尊く思う。

 …なんだかこう表現すると、俺の家族のほうはどうなんだ、という話になるが、ループを繰り返すことで俺の両親がいなくなるとか、絶縁してるとか、そういうヘンテコな話には一切なってない。

 ただ、元々俺の両親は放任主義、独立自尊を家訓としており、家族それぞれが生きていける力があればよい、という想いの下で俺も育てられた。

 そのためトレセン学園に就職してからは特に会ったりしていない。たまにLANEで近況報告をするくらいで、年末年始なども「仕事が大切ならそっち頑張れ、無理に帰ってこなくていいぞ」というエールを貰えるような関係だ。

 仲が悪いわけではないし、ループを繰り返す俺であっても自分の両親への敬意は忘れてはいないが、必ず顔を合わせて家族が共にいる時間を作るだけが家族の在り方ではない。

 お互いの個を尊重し、会わなくてもお互いに心配しない絆がある、そんな在り方で家族全員納得しているし、何かあればすぐ帰れる程度の所に実家はあるので、特段会いに行く必要がなければ帰省などはしていなかった。

 帰る理由が出来るとすれば、両親に紹介する嫁さんでもできた時か。その時は流石に一度両親へ挨拶をしに行かなければならないだろう。

 まぁ、少なくともループし続ける3年間でそんな予定は絶対ないので、結局ループし続けるほうの俺の意識はあんまり両親と顔を合わせることはなさそうだ。

 顔を忘れない程度に各ループ1回くらい日帰りで顔を出す、その程度の、しかし心地よい距離間の両親には心から感謝と敬意を。

 

 閑話休題。

 

「はろはろ~!朝早くから悪いね、トレーナー!」

 

「…ああ、おはよう」

 

 まだ早朝と言って差し支えない時間のころに、俺はトレセン学園でアイネスと合流して拾っていった。

 ここからは高速も使ってアイネスの実家へ向かい、そこでスーちゃんとルーちゃんを拾って夢の国だ。

 

 トレセン学園の校門前で荷物を抱えて待っていた彼女は、しかしその装い、特に髪型が普段と違っていた。

 彼女のトレードマークともいえるサンバイザーはつけられておらず、さらに言えば休日などはよく被っている帽子も今日はない。純粋に彼女の黒鹿毛が外目にさらされている。

 そして普段は左の高い所でひとまとめにしているサイドポニーだが今日はそれがなく、後頭部のあたりで綺麗に編み込まれており、ずいぶんと印象が大人びて見える。

 どうした?俺にブッ刺さるぞ?

 そんな俺の視線を感じ取ってしまったのだろう、ふふっとアイネスが笑って自分の髪に触れて、魅せつけてくる。

 

「ふふー、今日はお出かけだからちょっと髪型変えてみたの!どう?」

 

「……似合ってる。綺麗だよ…それしか言葉が出てこない」

 

「…♪」

 

 心底から零れてしまった俺の評価に随分と気をよくしたようで、笑顔になりながら助手席に乗り込むアイネス。

 気を付けよう。

 マジで気を付けよう。

 運転中にこの愛バの可愛い髪型に視線を奪われたら事故る。

 

 運転中はしっかりと運転に集中しなければならないだろう。オニャンコポンにはヘイト管理のタンク役を全力で担ってもらうことになるな。

 お前がアイネスを、いやスーちゃんルーちゃんが乗ったときには彼女たちの意識を全部集めて俺に話題が振られないようにするんだぞ。

 

「じゃ、出発するか。高速の途中で一回パーキングよるからな、コーヒーとか買いたいし」

 

「オッケーなの!安全運転でよろしくね!」

 

「もちろんだ」

 

 俺はエンジンをかけなおして、運転に集中することにした。

 オニャンコポンを膝の上に乗せたアイネスが、してやったりといった表情を浮かべている様な気配を感じるがそちらに目線を向けることはできないのだ。危ないから。

 今日も随分ハードな一日になる予感を覚えながら、俺は彼女の実家へ向かうのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 そうして高速道路を走らせて1時間程度。

 早朝だったので混むこともなく、予定通りにアイネスの実家へ到着した。

 随分と待ちかねていたのか、アイネスが玄関を開けたとたんに尻尾をぶんぶんと振りながらスーちゃんとルーちゃんが突撃してきたようだ。早速アイネスの尻尾を引っ張り出している。

 子供が元気なのはいい事である。俺も思わずほっこり笑顔。

 

「わー!お姉ちゃん!今日はきれーだね!早くいこー!」

「んもー!遅ーい!早くしゅっぱつしよー!?」

 

「時間通りなのー!それに、まだ朝早いから大丈夫。二人とも慌てないの!」

 

 そんな妹たちの頭を撫でながら、アイネスも随分と気持ちの良い笑顔を見せる。

 やはり家族が、妹たちが可愛いのだろう。彼女の走るモチベーションでもあるそれは、とても輝かしく尊いもののように俺には見えた。

 

「…立華さん。今日は本当にお世話になります。すみません、うちの子たちの我儘を聞いてもらってしまいまして…」

 

「本当に、普段から娘がお世話になっているというのに、お休みを使って頂いてまで…」

 

「いえ、そんなに遜らないでください!若輩ですし、敬語も不要です。今日は全くお気になさらないでください、私自身も楽しみにしていましたし…むしろアイネスに普段お世話になっているのはこちらですからね。それのお返しみたいなものです」

 

 そうして、続いて玄関先に出てきたアイネスのご両親と俺は挨拶を交わす。

 彼女のトレーナーになるにあたり、当然LANEで挨拶は交わしており、お互いに面識はできていた。

 しかしこうして顔を合わせるのは初めてである。

 アイネスから俺のことも随分と聞いているようで、彼女が俺の家の家事代行をしてくれているのもご存じだ。

 

「そう…かね、では恐縮だが。立華さんには本当に日ごろからアイネスがお世話になっていて…娘からも色々と聞いているよ。信頼できる人だとね。…今日は娘達のこと、よろしくな」

 

「はい。しっかりと見守り、送り届けますので。任せてください」

 

 敬語をやめて、肩の力を抜いて接してくれるアイネスの父に、俺も笑顔を見せて返事をする。

 フラッシュの父親と話したときはお互いドイツ語だったので敬語のやり取りは浅かったが、そもそもが俺は自分が他人から見れば若造と思われても仕方がない年齢であることを自覚している。

 愛バたちのご両親に挨拶をする機会もこれまでに何度もあったが、そのたびに敬語はやめてほしいとお願いしていた。

 むしろ俺の方が恐縮してしまう。俺からすれば、ウマ娘の親御さんというのはトレセン学園に入学できる年齢までウマ娘を立派に育て上げた、俺が経験したことのない子育てという偉業を成し遂げた方々なのだ。敬意しかない。

 そんな人が自分のような若造に遜られてしまうとこちらもぎくしゃくしてしまう。

 そうして敬語はやめるようお願いしたところ、お父さんも随分と雰囲気を柔らかいものにしてくれた。うん、これくらいのほうが俺はありがたい。

 

「……いいこと、アイネス。立華さんが疲れてるようだったら帰りにちゃんと誘うのよ。お泊りさせる準備はできてるからね……」

 

「……助かるの…無理強いはしないけどそれとなく話に出してみるから……」

 

 ふと顔を向ければ、あちらではアイネスとその母親が何やらウマ娘同士でギリギリ聞こえる程度の小声でひそひそと会話をしていた。

 何を喋っているのか俺には聞こえないが、それなりに表情が真剣なものなので、双子の妹の面倒をしっかり見るように、とかそんな内容だろうか。

 まぁこれから向かうのは夢の国、しかもGW仕様だ。心配する親御さんの気持ちもわかるというもの。俺も絶対に双子からは目を離さないようにしようと改めて心に誓った。

 

「ねーぇー。まだしゅっぱつしないのー?」

「はやくいこー!!ルー、ジェットコースターのりたいー!」

 

「そんなに慌てないのー!でも、そうだね…そろそろ出発しよっか。トレーナー?」

 

「ああ、それじゃ行こうか。…では、お預かりしていきますね」

 

「よろしくお願いします。スー、ルー。お姉ちゃんと立華さんの言うことを良く聞くんだよ」

 

「「はーい!!」」

 

 アイネスの尻尾を掴んではやくー!と催促する双子に、苦笑を零しながら俺たちは車に乗り込んだ。

 二人の面倒も見てもらうため、アイネスは助手席ではなく後ろの座席に双子と並んで座ってもらう。

 俺はそちらにオニャンコポンを投げ込んで供物として捧げ、車のエンジンをかけた。夢の国まではここから近い。30分、渋滞しても1時間と掛からずにつくだろう。

 

「スーちゃんもルーちゃんも、今日はお姉ちゃんとお兄ちゃんの言うことをちゃんと聞くこと!手を繋いで、迷子にならないようにね!」

 

「「はーい!!」」

 

「そしてトレーナーは有名人だから、トレーナーさんって呼んじゃうと周りから注目されちゃうの。だから『おにい(義兄)ちゃん』って呼ぼうね?」

 

「「はーい!!」」

 

 そんなほほえましいやり取りがされているのを俺は振り向かず耳だけで聞く。

 どうやら俺は今日一日、双子たちのお兄ちゃんになるらしい。まぁこんなにかわいいウマ娘のお兄ちゃんになれるのならそれは喜ぶべきことだろう。

 二人とも以前にアイネスのレースを見に来た時に俺が監督してたことがあるので、俺のこともよく覚えてくれている。

 その時にオニャンコポンを捧げたおかげで随分と俺にも懐いてもらっているし、子供らしい元気さもあるがご両親と姉の教えがよいらしくとてもしっかりしているため、深く心配はしていなかった。

 とはいえ行くのは夢の国、子供の脳破壊が日本で一番得意なアミューズメント施設だ。気は抜かないで行こう。

 

「近くの駐車場に止めて、そこからちょっと歩いて入園だな。もうすぐ着くよ」

 

「わーい!楽しみー!」

 

「いっぱい遊ぶぞー!」

 

「ふふ、あんまり走っちゃだめだからね!」

 

 

────────────────

────────────────

 

 そうして俺たちは、夢の国で一日中遊びまわった。

 やはりというべきか、実際に園内に入ったことでスーちゃんとルーちゃんのテンションがうなぎ上りになってしまった。

 それを走り回らせないために、俺⇔ルー⇔スー⇔アイネスと手を繋ぎながら園内を歩くことにした。

 しかし彼女たちはウマ娘である。ルーちゃんとスーちゃんがどこかに行きたい!と走り回ろうとするのを俺とアイネスで止めて、順番に回りたいところを回らせるのにまぁだいぶ苦労した。

 腕がちぎれるかと何度思ったかわからないが、俺はトレーナーであるからしてウマ娘の扱いにかけては誰よりも長けている。何とか手綱を握りぬいた。明日は腕が筋肉痛になりそうだ。

 無論だが、今日はスーちゃんとルーちゃんの二人が楽しんで回れるのが一番の目的だ。それぞれ一つずつ乗りたい乗り物を選んで、そうして乗って、見に行って、と随分と園内を歩かされてしまった。

 

 お昼は園内のレストランで取った。ウマ娘の食事量にも当然対応しているそこでは、値段も流石に夢の国相応のものであったがそこは俺がいる。何の懸念もない。

 今はアイネスも賞金があり十分に使える金はあるのだが、そこは当然の大人の義務として全部奢った。アイネスの家族の為にようやくお金が使えるのだ、躊躇うことがあろうか?いやない。

 夢の国のキャラクターグッズなども買いそろえて、耳が4つになってしまった彼女たちの写真などもとりつつ、午後もそうしてアトラクションを回って、明るい時間から始まるパレードも見て、お土産も買って、夕暮れが空を染めるくらいの時間に夢の国を後にした。

 

────────────────

────────────────

 

「……ぐっすり寝ちゃってるの」

 

「だろうな、朝早くに出て一日中はしゃげばそうもなるさ」

 

 俺は帰り道、オニャンコポンを抱えながら仲良く肩を並べて眠っている双子の姿をバックミラー越しにちらりと見た。

 夕日を染め終えてもうすぐ夜の帳が下りようとする空を眺めながら、アイネス達を家まで送るドライブの最中である。彼女たちを家まで送り届けるのが俺の今日のミッションだ。

 

「…ねぇ、トレーナー」

 

「ん。…なんだい」

 

「…今日は本当にありがとね、私たち家族の我儘に付き合ってもらって。…疲れなかった?」

 

「疲れ…がないとは言わないけどね。けど、本当に楽しかった」

 

 俺は運転中のため、顔は正面に向けたままで言葉を紡ぐ。

 

「実はさ、俺って一人っ子だったし、男だったからあんまり遊園地に家族で行ったって記憶がないんだ」

 

「…そうなの?…そういうもの?」

 

「そういうもんさ。家族仲は悪くないけどね…だから、実はこういう、家族連れで遊園地に行くっての、前からやってみたかったんだよ。憧れてた。今日はそれが出来て、大変さもわかったし…その何倍も楽しめるってこともわかった」

 

 言ったことは、嘘は0割、事実は5割。残り5割は永遠の輪廻に溶けている。

 確かに俺は家族に遊園地に連れて行ってもらった記憶がない。だがそれは、ループを繰り返す中で、トレーナーになる以前の俺の記憶が擦り切れてなくなってしまったからだ。

 実際、俺の親のさっぱりした感じであればあんまり遊園地とかは行かなかったとは思うが。

 だからそこが事実が10割にならない理由。だが、嘘は欠片も混ざっていない。

 今日、アイネスと一緒に、子供たちを連れて遊園地を回り、はしゃぐ二人を見て、そしてそれを見て笑顔になるアイネスを見て、俺は本当に嬉しくなった。

 

「だから、むしろ俺の方がありがとう、って感じさ。…いつか俺に家族が出来たら、今日みたいに子供を連れてきたいな、なんて思ったよ」

 

「っ…そう。トレーナーも楽しんでくれたなら、何よりだったの」

 

 俺は素直な心境を吐露する。

 今日は、本当に楽しかった。遊園地に子供を連れてくると幸せになれることが分かったので、この世界線で共に歩む側になったときは、いつか子供が出来た時はまたここに来よう。

 まぁまず俺に相手が出来るかという問題があるのだが。こちとら1000年近く独身である。婚活ってなぁに。

 

「ふふ、じゃあまた私達で行きたい、って言ったら、お願いしてもいい?」

 

「もちろんだ。君たちのレースや練習に影響でないように日程調整するから、その時は早めに声かけてくれよな」

 

「うん!………ホントに、キミは優しいね……」

 

「…ん?すまん、車の音でよく聞こえなかった、なんて?」

 

 最後にアイネスが何か小声でつぶやいたようだが、ちょうど大型車が近くをすれ違ってそちらの音に気を取られ、よく聞こえなかった。

 赤信号で止まっているところだったので、アイネスのほうを向いてなんて?と聞き直す。

 

「んーん、何でもないの!…ねぇ、トレーナー。今日、結構疲れたでしょ?」

 

「そう?…んー、まぁ疲れたのはそうだね、確かに。でもそれはアイネスだって同じだろ?」

 

「…よかったら、私の家で休んでいかない?なんなら泊ってっても…」

 

「いや、そこまでしてもらわなくても平気。今日はアイネスも久しぶりの家族団欒なんだ、そこに俺が交ざっても恐縮しちゃうよ」

 

 なんと、ずいぶんと俺のことを気遣ってくれていたようだ。

 まぁ確かに双子に一日振り回されたことでそれなりに疲労はあるが、しかしそれだって大したことじゃない。

 無人島に流れ着いて数日サバイバルしたり、ウマ娘を追いかけるために車より速い速度で走ったり、そう言ったときの疲労に比べれば可愛いもんだ。

 帰り道の高速でも、パーキングに早めに入りコーヒーを飲めば全く心配なく着けるだろう。

 

「心配しないでいいよ、アイネスはゆっくり家族の時間を過ごしてくれ。年始に帰ってから、しばらくぶりの団欒だろ?」

 

「…家族の誰だって、トレーナーがいても全然気にしないんだけどなぁ」

 

「俺が気にしちゃうって話。今日のメインは後ろの二人の監督だしね…例えば、そうだな。君がこれからもレースで素晴らしい成績を残して、そうしていつか走り切ったときに、お世話になったお礼…とかって話なら、遠慮なくお邪魔するよ」

 

「……随分と先の話なの。あたし、ドリームだって走るつもりだけど?」

 

「はは、じゃあドリーム昇格祝いの時とかかな。勿論、君がドリームリーグに上がれるくらいの実績を積めるように、俺は君を育てるつもりだからいつかの未来さ」

 

「…はぁ。そうね、それじゃあ無理強いはしないの。でも、帰り道はホントに気を付けてね?暗くもなるし…」

 

「もちろん。ちゃんとパーキングで一息つきながら帰るさ、心配してくれてありがとうな」

 

 その言葉を最後に、もう間もなく到着する彼女の実家までの僅かな時間、車内に静寂が生まれる。

 後部座席に座るスーちゃんとルーちゃんの、静かな寝息がタイヤの音にかき消されながら、俺は最後まで気を抜かずに安全運転で、彼女を家まで送り届けたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 そうして、双子を起こしてアイネスと共にしっかりと送り届け、ご両親にご挨拶をして俺は今日のミッションを完遂した。

 ご両親からもご休憩されていかないかと心配されたが、丁重に遠慮させていただいて、俺はトレセンへの帰路に就いた。

 アイネスはこのまま1泊して、明日は練習もお休み。GWが終わるころには学園に電車で戻ってくる予定とのことだ。

 

 さて、余談にはなるが。

 アイネスの実家からの帰り道の高速で俺は聞き慣れたエンジン音が後方から迫ってくるのを耳にした。

 懐かしい。この痺れるようなエンジン音は…。

 

「……ッフゥーーーー!!!アゲアゲで行くわよ~~~~っ!!!」

 

「まるっ、マルゼンスキー!?!?頼むから速度を落としてくれ!!!!」

 

 第一車線を走行する我がワゴン車の高い視点から、追い越し車線をぶち抜いていくカウンタックを見下ろす。

 あれはマルゼンスキーの愛車だ。そして助手席に座っているのは…シンボリルドルフだ。彼女が助手席にいるのは珍しい。

 恐らくたづなさんにドライブの生贄に捧げられたのだろう。車内に皇帝のキラキラがまき散らされないことを祈るのみである。

 あと道路交通法は守ろうな、マルゼン。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

57 頼れる先輩

 

 カランコローン。

 この世界線ではだいぶ聞き慣れたベルの音を鳴らして、俺はいつものバーにお邪魔する。

 GWもあけてウマ娘達も本格的な練習に戻ったころ、俺は先輩方を誘って飲みに来ていた。

 

 無論だが、練習は手を抜いていない。俺の愛バたちはそれぞれが大切なGⅠに向けて仕上げている時期である。

 今日もフラッシュ、アイネスには2400mを全力で走り切れるスタミナをつけるために低酸素状況下でトレーニングをさせて高山トレーニングに近い効果を生むようにして、ファルコンはアメリカのダートに足を備えるためにオールウェザーのコースを走らせつつ、こちらもスタミナトレーニングを実施。

 3人ともGWでの息抜きがいい影響を与えたのか、伸びが著しい。アプリで計算した成長曲線を超える数字を見せている。

 その成長は俺にとっても嬉しい事であり、無理をしすぎて足に負担をかけないように、かつ彼女たちが全力でのびのびと走れるように今後もしっかりと指導をしていこう。

 

 なお余談になるが、練習後の脚のマッサージ中に彼女たちが皆なぜか髪型を変えるようになった。

 フラッシュは髪を後ろに結うようになったし、逆にファルコンやアイネスは髪をほどいたりしている。

 なぜ急にそんなことをするようになったかわからないが、俺はそちらに視線が行きそうになるのを何とかこらえながらマッサージしなければならなくなった。

 どうした急に。

 

 閑話休題。

 

 さて、そうしてバーに入り、先に来られていた先輩2名と挨拶を交わす。

 

「お疲れ様です、沖野先輩、東条先輩。遅れてすみません」

 

「いいってことよ。お前んところのチームは人数少ないけどサブトレいないもんな。お疲れ」

 

「お疲れ様。そうね、貴方のチームの実績は素晴らしいの一言だけど、サブトレーナーはある程度長くチーム続けないとね…」

 

 お二人の横に座って、マスターにいつもの酒を注文しつつ、二人より労りの言葉を頂戴する。

 現在のチームフェリスはウマ娘3人を率いており、チームの人数としては当然、少ないほうに分類される。

 それなのになぜ俺の方が仕事に時間がかかっているのかといえば、それはサブトレーナーの有無によるものだった。

 

 俺以外の学園の大手チーム…『スピカ』『リギル』『カノープス』『カサマツ』『レグルス』『ベネトナシュ』『ファースト』などは、それぞれチームトレーナーのほかにサブトレーナーを設定していた。

 サブトレーナーは学園に勤務する俺たちのようなトレーナーが務めることもある他、実績を残したウマ娘が在学中にトレーナーB級資格を取って、生徒とサブトレを兼任することもある。

 

 『スピカ』ではサイレンススズカと、意外にもゴルシがサブトレーナーを兼任している。

 『リギル』ではルドルフとフジキセキ。

 『カノープス』ではナイスネイチャとイクノディクタス。

 『カサマツ』は説明不要で、ベルノライト。

 『レグルス』ではメジロブライト。

 『ベネトナシュ』ではミホノブルボン。

 『ファースト』では、この世界線では桐生院トレーナーがサブトレーナーについていた。

 

 大手チームはサブトレーナーを併設しているため、例えば練習後のミーティングや片付け、チームハウスの戸締りなど、そういった雑務を所用がある時などはサブトレに任せることもできるのだ。

 しかし、サブトレーナーがついていない俺のチームでは、監督責任上、きっちりチーム練習を終えて戸締りまで確認しなければならない。

 以前たづなさんに「サブトレーナーでもいない限り担当を増やすつもりはない」と言ったのはそういう事情もあった。

 まぁ、サブトレーナー云々の前に今の俺はあの3人に全霊を込めていきたいと考えているので、積極的にサブトレーナーをつけようと俺も動いてはいないのだが。

 

「すみませんね。お二人もお忙しい所で、こうして誘わせていただきまして」

 

「気にすんな、たまには俺達も息抜きが必要さ。それに…なんか話があるんだろ?お前から誘うのは珍しいからな」

 

「ウマ娘に関する話だとは分かっているわ。どんな話なの?」

 

「はは…いや、相談があるのはその通りなんですが。そんなに俺ってわかりやすいです?」

 

「鏡見ろ」

 

「自覚した方がいいわ」

 

「ははは」

 

 人生経験の深い先輩方の言葉が俺に刺さる。

 何か俺がやろうとすると、それは大抵ウマ娘絡みのことだということが二人にはバレてしまっているようだ。

 まぁこれは俺の思考が100%ウマ娘関係に染まっているのが悪い。いや悪い事でもないか。

 

「ええ…実は、結構大きな相談がありまして。お力を貸していただきたい…というより、助力の口添えを頂きたい、という所なんですが」

 

「口添え…?なんだ、併走で誰か呼びたいって話か?今度のダービーの件ならヴィイは流石に貸せないが、ウオッカやスペだったら全然かまわないぞ?」

 

「うちからも特に反対は起きないと思うわ。ルドルフでもブライアンでも、他の子だって…紹介してもいいけれど?」

 

「や、それもすごい有難い話なんですが…違うんです。併走よりももっとこう、重い話と言いますか…ええと、まずこれ見てもらえます?」

 

 俺はタブレットを操作して、画面を表示して二人に見せながら説明を続ける。

 

「記者たちが騒ぐのを危惧してまだ公表はしてませんが…スマートファルコンの次走、これを予定しています」

 

「お、スマートファルコンの話か…って、お前マジか!?これ行くのか!?」

 

「ベルモントステークス…!?貴方、アメリカ3冠に挑むつもり!?」

 

「ええ。彼女なら…砂の隼なら十分に勝ちきれる力はあると考えています。既に彼女にも話して、出走手続きは済んでます。GⅠ勝利経験もある彼女なら抽選にも漏れないでしょう」

 

 俺は今年のベルモントステークスの開催情報をお二人に見せて、スマートファルコンの次走を伝える。

 流石に先輩方も驚いたのだろう。現在、世間の風評的にはスマートファルコンはジャパンダートダービーに出走するのだろう、と予想が立てられていた。

 もちろん、そちらにも出走する予定ではある。だがその前に、彼女にはアメリカ3冠のうち1つをもぎ取ってきてもらう予定を立てていた。

 負けるつもりはない。

 だが、勝つために、俺は不安要素として考えていた部分を、二人に相談する。

 

「ただ、なにせアメリカです。俺も行ったことがないわけではないんですが…現地の情報や、レース場の特徴、日常生活…渡米に関しての心配事は尽きない。なのでお二人に相談したかった…お願いがあるんです。アメリカ遠征の経験があるサイレンススズカや、アメリカ出身のタイキシャトル、エルコンドルパサー、グラスワンダー…そういったウマ娘に、一緒についてきてもらえないか……口利きしてもらいたいんです」

 

 今日の本題はこれだ。

 アメリカという土地は、俺もこれまでのループで何度か行ったことがある。

 それは勿論、旅行ではなく担当したウマ娘がアメリカのレースに出走した際の付き添いだ。

 向こうのレースの情報や、レース場の特徴、出走手続き、道路交通法や社会的ルールなどは把握している。当然英語も話せるため、単純に自分一人でチーム3人を引率してこい、と言われれば、まぁこなすことはできるだろう。

 

 だが、愛バたち3人からすればどうだろうか。

 俺はあくまでまだ若手のトレーナーであり、社会経験を積んでいると周りから見られないことは理解している。

 3人のうち、英語が出来るのがエイシンフラッシュのみで、彼女も生活していくのに万全と言えるほど修めてはいない。ウマホによる翻訳ツールなどもあるが、間違いなく渡米することへの不安もあることだろう。

 そこに俺が付き添うわけだが、俺一人だと3人の面倒を見切れるか不安なところがある。

 そのために、留学経験のあるスズカか、アメリカからやってきた3人か、そういった向こうでの生活に困らないウマ娘を何とか同行させたいと考えていた。

 その子たちをチームで率いるお二人と縁が出来ていたのは本当に良かった。

 

 そうして俺は、改めて二人に頭を下げて頼みこむ。

 スマートファルコンが、何の懸念もなくベルモントステークスに挑めるようになるために。

 俺は俺の人脈でも何でもすべて使って、彼女を万全に仕上げてやりたかった。

 

「……なるほどなぁ。いや、すげぇ挑戦だとは思うが…確かにスマートファルコンのあのパワーなら…」

 

「行ける……かも、しれないわね。…時期は、どれくらいを予定しているの?」

 

「ダービーが終わったらすぐにアメリカに飛ぶ予定です。そうしてベルモントステークスが終わったらすぐ戻ってきます。勿論ですが、手続き関係や金銭的な部分での負担はかけません。俺のほうで全部賄います」

 

 日本ダービーが開催されるのは5月の最終週。

 ベルモントステークスが開催されるのは6月の上旬で、今年は2週目の土曜日だ。

 約2週間ほどアメリカに滞在することになる。その期間でファルコンには向こうのダートの感触に慣らしていってレースに挑んでもらう予定だ。

 

「なるほどな…そんくらいなら……よし。スズカに確認してみるわ。アイツも時々、向こうの生活のこと話しててな…また行ってみたい、って気持ちはあったようだし。勉強も困ってないしな」

 

 そうして俺の言葉を聞いて、すぐに沖野先輩がLANEでスズカへ通話し、話を通してくれる。

 サイレンススズカは、現在はドリームリーグを走るウマ娘だが、かつて天皇賞で沈黙の日曜日を経験している。

 だが、それを沖野先輩との二人三脚のリハビリで克服して完全復活して、その後にアメリカへ遠征するという道程を辿り、今はスピカに戻っている。

 彼女の脚も既にアメリカのダートに適合しており、もしついてきてくれるならスマートファルコンの併走相手にうってつけだろう。

 逃げ切りシスターズというアイドルグループでも既に仲を深めており、精神的にもかなり安心できる相手だ。

 

「…そう、ね…うちからは、タイキなら。エルとグラスは安田記念の出走を予定しているから流石に出せないわ。けれど、タイキはドリームリーグだし…時間的な余裕もある。あの子こそ、結構ホームシックになるからね…喜んでついていくと思うわ」

 

 東条先輩もまた、タイキシャトルへ連絡を入れて話を進めてくれた。

 エルコンドルパサーとグラスワンダーが難しいのは残念だが、しかし一人だけでもついてきてくれるのであればありがたいことこの上ない。

 タイキシャトルのあの溢れるパワーをファルコンが少しでも身に着けてくれれば、それは素晴らしい武器になる。

 またスズカとも仲が良く、学年も全員が高等部のため、最高の同伴ウマ娘と言えた。

 

 ────────先輩たちの助けが有難すぎる。

 俺という生意気な後輩の為に、しかしこうして自分のチームの大切なウマ娘に話を通してくれて、力を貸してくれるのだ。

 泣きそうになる胸中の感動を堪えて、二人がスマホで件のウマ娘達と通話する様子を俺は見守った。

 

「…ああ、そうだな…詳しくは立華君からも説明があると思うが。ああ、併走も間違いなくやるだろうさ。ははっ、そうか?…ま、そうだな、オッケ。じゃあスズカ、頼むな。また明日詳しく話す。そんじゃ」

 

「…ええ、…そう?…あー…どうかしらね、そこは立華トレーナーとも相談してみて…ええ、でもこの人よ、快諾するかも……ええ、わかったわ。ゆっくり羽休めしてらっしゃい。話がまとまったらまた連絡するから…ええ、それじゃ」

 

 どうやら二人とも話が終わったようだ。

 俺は話していた二人の様子から、いい方向に話が進んだであろうことを察しつつも、改めてどうだったか聞いてみる。

 

「…えっと、どうでしたか?二人は…」

 

「おう、スズカはオッケーだとよ。向こうで友達になったウマ娘とも会いたいし、スマートファルコンと併走が出来るならぜひ…ってさ。前から一緒に走ってみたいって言ってたんだわ、芝とダートで中々機会がなかったが、向こうの砂ならスズカも走れる。ノリノリだったよ」

 

「!ありがとうございます!!助かります…ファルコンの併走相手としてこれほど適任はいませんから!」

 

 先ず、サイレンススズカはOKを得た。

 心からの感謝で沖野先輩に頭を下げる。有難すぎる。

 続いて、東条先輩のほうはどうだったか、と顔を向けると、若干の苦笑を称えて彼女が応えてくれる。

 

「タイキもOKよ。ただ…一つ条件が出てきたわ。貴方にとっても悪い話じゃないと思うけど」

 

「ありがたい事で…ええと、条件ですか?」

 

「ええ。…タイキの実家のことはご存じかしら?」

 

「勿論です。確か、ケンタッキー州で大きな牧場を経営されていたものと記憶していますが」

 

 無論であるが、俺はかつての世界線でタイキシャトルと共に3年を駆けたこともある。

 その時に彼女から実家のことは聞き及んでおり、その見た目とは裏腹に結構な寂しがり屋である彼女がよくホームシックになっていたことを思い出す。

 俺が共にした3年では、確か3年を駆け終えて彼女の実家に一度里帰りしよう、という話で共にアメリカに渡り、実家の家族を紹介されたあたりで意識が分かたれたのだったか。

 懐かしい。あの後、向こうに残った俺はどうしているのだろうか。バーベキューで食べ過ぎて太り気味になっていそうだ。

 

「そうね、それで…まぁ、貴方も知っている通り、あの子は寂しがり屋で、家族が大好きでね」

 

「…あ。何となく話読めました」

 

「わかる?…ええ、よかったら渡米中、彼女の実家でみんな泊って過ごさないかって。牧場のそばにしっかりしたダートの練習場もあるし、練習も困らないから…ってね。あの子、そういうの好きだから」

 

 東条先輩が続ける話の先を俺は察して、そうして先輩が話した内容はその通りのものであった。

 タイキシャトルの実家は大きな牧場を経営している。大農家と言えるだろう。

 そんな中で育った彼女だが、家族愛に溢れている分ホームシックにもなりやすい。一時的にでも、アメリカに帰れるのは彼女にとっては渡りに船の話だっただろう。

 そして当然、アメリカに戻るとなれば家族に会いたい。なんなら友達たちを連れてみんなで毎日お泊り会したい。バーベキューもしたい。

 そんな風にタイキシャトルが考えるのは自明の理というものであった。

 

 そしてこれは、俺にとってもかなり有難い話だ。

 タイキシャトルのこの話がなければ、俺はレース場近くのホテルを2週間分借りて、そこを拠点として過ごして現地の練習場を使って…と考えていた。

 だが、ホテル暮らしというものは結構な精神的疲労がたまる。3人部屋を取るか個室を取るかは相談次第だが、心の底から休まらないのも事実だ。

 そんなところでタイキシャトルのこの話。彼女の牧場は一度俺も見て知っている通り、大変に大きなところで、客室なども完備されている。

 バーベキューも、毎日のように開催されればちょっとまずいが、定期的に開催されるのであればウマ娘同士の絆を深めるには最高だ。想い出にもなるし、肉を食べることは筋肉をつける上でも大切なこと。

 遠征中に、友達と楽しめる…楽しんで、メンタルを整えた中で練習が出来るとなれば、それを断る理由は俺にはなかった。

 ベルモントステークスが開催されるニューヨーク州にあるベルモントパークレース場だって、飛行機で2時間程度で着く距離だった記憶がある。レース開催の前日に入れば観光しつつ脚を休めつつ、レース場の下見をしてロイヤルなホテルでゆっくり1泊させて万全に挑める。

 

 何の懸念もない。

 俺はタイキシャトルのその提案に、乗らせていただくことにした。

 

「素晴らしい提案ですよ、即決で快諾です。みんなも楽しんで過ごすことができてリラックスできる。その方向で是非、よろしくお願いします」

 

「そう?ならよかったわ…タイキも家族に会いたがっていたし、こちらとしてもwinwinね。向こうであの子のこと、よろしく頼むわね」

 

「うちのスズカもな。ま、立華君なら心配することはないだろうが…併走の時は脚の負担はよく見てやってくれよ」

 

「はい!…本当に、お二人とも…有難うございます!!」

 

 俺はこの最高の先輩たちに、心からの感謝と敬意をこめて改めて頭を下げた。

 人の縁が環境を作り、そしてウマ娘達を強くする。

 俺はスピカの、リギルの力を…輝きを借り受けて、ベルモントステークスに万全の態勢をもって挑むこととなった。

 

 アメリカ三冠、その中で最も過酷と言われるそのレース。

 テスト・オブ・チャンピオンの冠は、チーム『フェリス』の砂の隼が頂いていく。

 

 

 




今回の話で出てくるサブトレ云々やらタイキの実家云々はほぼ独自設定です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

58 日本ダービー 前編

 日本ダービー当日。

 

 

 控室で、いつもの如くオニャンコポン吸いをキメるエイシンフラッシュを俺は見守っていた。

 今日は日本ダービー。東京レース場のここで、世代の優駿を決める勝負がもう間もなく開かれる。

 緊張と、それ以上の溢れるような戦意を落ち着けるために、いつも以上に念を入れた精神集中が行われていた。

 

「……フラッシュ」

 

「……はい。…大丈夫です。今日は、()()()()()()()

 

 これまで彼女が出走してきたレース…ホープフルや皐月賞でも、彼女は実に落ち着いていたのだが、今日はその桁が違う。

 目が据わっている。

 その体にみなぎる自信。尻尾や耳が、どこまでも落ち着いてリズムを刻み、上下に揺れている。

 絶好調の極みとでも言おうか、そんな雰囲気を長年のトレーナー経験から俺は彼女に見い出していた。

 

「…今日はアイネスが出る。ヴィクトールピストやライアンも油断はできない相手だろう。だが、一番のライバルはやはりアイネスだ。…なにせ、俺が育てた」

 

「はい。ファルコンさんの時と一緒ですね。私は、貴方から最高の指導を受けて…そして、貴方に最高の指導をしてもらった彼女と、雌雄を決する」

 

「…ああ。……その、君にだけしか言わないし、他の二人には秘密にしておいてほしいんだけどな。……フラッシュ、君だけがこう、チームメイトと…二度も争うことになっているのは、少し…」

 

「トレーナーさん」

 

 申し訳ない、と。言葉を紡ぐ前に、フラッシュが俺を呼んだ。

 そうして、立ち上がり俺に近寄ってきて…いつぞや、ホープフルステークスのレース後の、彼女の瞳を診察したくらいの位置まで接近してきて、人差し指を俺の唇に当てて俺の言葉を塞いだ。

 

()()()()()?」

 

「ッ…!」

 

 その言葉は。

 いつか、俺が、彼女に言った言葉のようで。

 

「…レースなのです。日本ダービーなのです。勝ちたいのは、どのウマ娘も同じです。そして、それはアイネスさんも。私はその上で、彼女と全力で戦いたい。そう、申し上げたはずです。…だから、それ以上はいけません」

 

「…そ、う…だな、すまん。俺はどうやら、まだどこかで君たちへの遠慮があったみたいだ」

 

 フラッシュの人差し指が離れて、俺は先ほど言いかけたことに対して謝罪した。

 そうだ、彼女たちはお互いにぶつかりあう事に納得し、そして誇りをかけて雌雄を決しようとしている。

 そんな二人に、いやフラッシュに、彼女だけが友と2度も戦うことになってしまったことに、俺はまだ心のどこかで不安があったのだろう。彼女の負担になってしまってはいないか、考えてしまっていたようだ。

 しかし、彼女たちは俺の愛バである。

 心配よりも、信頼を。

 信じることが何よりも大切なのだ。

 

「君を信じるよ。…君が勝利し、2冠ウマ娘になる姿を見せてほしい」

 

「ええ。必ず…私と、貴方と、家族の為に。誇りある勝負を約束し、そして誇りある勝利をお見せいたします」

 

「ああ。……いい女だな、君は」

 

「ッ…!……ふふ、今更気づいたのですか?」

 

 フラッシュが、勝利後によくやるように、前かがみになって見上げるように俺の顔を覗き込みながら、挑発するような笑顔を見せてくる。

 この、どこまでも俺を信じてくれる愛バに勝ってほしい。嘘偽りなくそう思った。

 たとえ相手が、俺が鍛え上げて、そして同じように勝ってほしいと信じているアイネスであっても。

 担当する二人が同じレースに出て、どちらかだけ応援するということはあり得ない。

 

 ────────どっちにも、勝ってほしい。

 そう思ったっていいだろう?

 

『フラッシュ。…目を閉じて』

 

『……はい』

 

 俺はドイツ語で彼女に瞳を伏せるように言って、そうしていつものおまじないを捧げる。

 彼女のその黒髪が覆う額に指をあて、toi,toi,toi、と3回ノック。

 

『君たちが、悔いのない勝負ができますように。ゴール前で待ってるよ、愛しい君を(Ich liebe dich)

 

『…ええ。必ず、一番に貴方の元に参ります。待っていてくださいね』

 

 おまじないを終えて、彼女も瞳を開けて笑顔を俺に見せてくれる。

 その笑顔が、レースが終わった後でも見れるように。改めて俺は内心で彼女を信じた。

 

「…アイネスの所にも行ってくるよ。フラッシュ、頑張ってくれよ」

 

「はい。アイネスさんにも、よくお声をかけてあげてください」

 

 そうして俺は控室を出る。

 フラッシュへ向けた信頼と同じくらい、アイネスにも俺の想いを伝えてやる必要がある。そうして初めて彼女たちは対等な立場になるのだ。

 フラッシュと同じくらい、アイネスも信じている。それを、彼女に伝えに行くために。

 

────────────────

────────────────

 

「ん…?」

 

 アイネスの控室前。扉をノックし入ろうとしたが、中から何やら話し声が聞こえる。

 ファルコンに先にアイネスの部屋のほうに入っているようにお願いはしていたが、どうにも複数人での会話のようだ。

 というか、扉から漏れ聞こえるほどの大きな声で、俺は中にいるのが誰かを察した。

 恐らくは、ライバルの激励に来たのだろう。控室の扉を開いて、俺は中にいた二人のウマ娘に声をかける。

 

「…やぁ、ササヤキ、イルネル。激励に来てくれたのかい?」

 

「あっ、猫トレさん!!ええ、もちろん激励ですとも!!アイネス先輩に勝ってほしいですからね!!」

 

「お邪魔しています。…オークスでは、寂しかったですからね。ダービーウマ娘になって、秋華賞でリベンジですと宣言させていただいたところです」

 

「あはは…最高に活が入れられたの。これはあたしも、いっそう負けてらんないの」

 

「二人とも、ライバル心すごいもんね…☆ファル子、ちょっとうらやましいな、そういうの」

 

 果たして控室の中にいたのは、アイネスのライバルたる後輩、サクラノササヤキとマイルイルネルであった。

 サクラノササヤキは、先日開催されたGⅠのNHKマイルで見事な逃げ切りを見せて一着を勝ち取った。

 マイルイルネルはオークスに出走し、こちらもまた2400mを制して一着の冠を戴冠していた。

 世間では『カノープス』の新星がとうとうGⅠ勝利を決めたということで結構なニュースにもなった。

 彼女たちの、アイネスに負けたくないという気持ちが…ダービーに挑戦する彼女に負けまいという気持ちが、カノープスの呪いを打ち破り、見事にGⅠに勝利して見せた。

 

「先輩がどっちにも参加せずに日本ダービーに行くと聞いたときはびっくりしたんですからね!!決着は絶対につけたいし!!」

 

「ええ、僕もササちゃんも、先輩にリベンジするためにGⅠウマ娘になりましたからね。トリプルティアラの最終戦で、お互いの冠の…その誇りをかけて勝負ですよ、先輩」

 

「ふふ…嬉しいの。そうね、あたしも二人には負けたくない…今日だって、そう。今日はいつも以上に、勝ちたい…いや、()()()()()

 

「…二人の激励でずいぶんといい気合が入ったみたいだな」

 

 俺は、先ほどフラッシュも見せたとおり…アイネスもまた、今日の日本ダービーに相当な熱意と気迫がこもっていることをその言葉から感じ取った。

 今日は、間違いなくいい勝負になる。

 

「俺の方からもレース前に話すことがあるから…ササヤキ、イルネル。後は観客席から見守ってもらっていいか?ファルコンも、フラッシュのほうについてやってくれ」

 

「はーい☆ほら、二人も行くよー」

 

「わかりました!!ではアイネス先輩、お邪魔しました!!今日は頑張ってくださいね!!!」

 

「先輩、負けたら承知しませんからね。また僕とササちゃんにお尻ひっぱたかれたくなかったら、勝ちきってくださいね。では」

 

「んもー、お尻はダメなの!でも、うん。二人ともありがとう!!お姉ちゃん頑張るの!!」

 

 お互いに笑顔を見せあって、そうしてカノープスの二人とファルコンは控室から出ていった。

 部屋の中には、俺とアイネスの二人きりとなる。

 

「…アイネス。とりあえず…」

 

「うん、そうね。……オニャンコポン吸わせて?」

 

 と、そのアイネスの言葉で察したオニャンコポンが自然と俺の肩から降りて彼女の胸元へ飛び込む。

 そしてオニャンコポンをキメだすアイネス。最近オニャンコポンは彼女たちに猫吸いされるときにどうにも遠くを見ているような眼差しになる。殉教者の瞳だ。酷使される己の身を諦めきっているのだろうか。

 今度ストレスで抜け毛がないか確認してやろう。

 

「…すぅー……ふー……」

 

「……落ち着いてるか?」

 

「うん。大丈夫なの……今日は、これまでにないくらい集中してる。焦ってもいない…ただ、勝つ。勝てるって、感じてる」

 

 オニャンコポンから顔を上げたアイネスの表情には自信がみなぎっていた。

 彼女のその走り…鍛え上げた俺からしても、フラッシュのそれと全く遜色のない輝きになっていると感じている。

 唯一、勝敗を分けるかもしれないという懸念点があり、彼女がうちのチームでまだ領域(ゾーン)に入っていない事だったが……今日の集中力を見ている限り、それも心配はなさそうだ。

 恐らく今日、彼女は風神として覚醒するだろう。

 

「…そうか、ならよかった。俺も君が勝てると信じてるよ。たとえ、相手が俺が育てたフラッシュだとしてもな」

 

「んもー、そう言ってフラッシュちゃんにも同じこと言ってきたんでしょ?わかってるんだから」

 

「ん、まぁそれはそうなんだが…でも、本気でもあるのさ。同じくらい信じてる。君たちは、どっちが勝ってもおかしくないし、どっちにも勝ってほしい、ってのが本音だ」

 

「そんなこと言っても、ライスちゃんとブルボンちゃんみたいにはそうそういかないの。…今日は私が勝つからね」

 

「…いい気迫だ。心配はなさそうだな」

 

 頑張れよ、と声をかけてそうして落ち着いた彼女の集中をこれ以上切らす必要はないか、と控室を後にしようかと考え始める。

 しかしそこで、アイネスがこれまで見せたことのない、()()()()をしてきた。

 

「でもさ、トレーナー。あたしだけ不公平じゃない?」

 

「ん?…え、何のことだ?少なくとも練習はそれぞれ全く気を抜かず全力だったぞ?」

 

「違うのー、練習はホントにしっかり考えてくれて感謝してる。そうじゃなくて、ほら。レース前の控室でさ…トレーナー、他の二人にはおまじないとか頭撫でたりとかするじゃない」

 

「…あー。確かに…」

 

 アイネスにそう指摘されて、確かに俺は彼女に特段のおまじないなどをしていない事に思い至った。

 フラッシュにはいつものようにtoi×3をするし、ファルコンもいつからか頭を撫でてもらうようにおねだりしてくるようになったので、レース前の控室では彼女たちに必ずそれを行うことにしていた。

 しかしアイネスはそういったおねだりは今のところしていない。彼女からもねだられることもなかったし、お姉ちゃんらしくしっかりとしている子でもあるので、あまり意識したことはなかったのだが…。

 

「あたしにもして?」

 

「…随分直球で来るね、勿論いいけど。…どうしてほしい?何でもするぞ?」

 

 アイネスにしては珍しくまっすぐにおねだりをされて、しかし俺は愛バのためなら何でもして差し上げる所存である。

 彼女が求めることであれば、よほど倫理に反するような過剰なスキンシップでもなければ文字通り何でもしてやる心構えでいた。もちろん彼女がそんなことを願うとは欠片も思っていない。

 

 しかして彼女の望みを聞いたところ、にんまりと随分熱っぽい微笑みを見せてから、アイネスがバイザーを外し始めた。さらに、左にまとめたサイドテールもほどき始める。彼女の髪がはらりと重力に従い下に落ちた。

 んん??どうした???

 俺のガイドラインに抵触しているが????

 

「…髪、梳いて?あと、尻尾も。……何でもしてくれるんでしょ?」

 

「…………ああ!」

 

 乾いた返事を返した。

 無理だ。

 

 いや無理じゃない。

 無理じゃないが、思わずウララを初めて担当したときに「有マに勝ちたい」と言われて俺が返した、あの時の乾いた返事を思い出した。そんくらい衝撃的な一言だった。

 …髪を梳けと?尻尾も?俺に?

 

 ウマ娘だけではなく、女性であるならば男に髪を触れさせるのは一種の禁忌にあたることは流石の俺も知っている。

 さらに言えば、尻尾はその最たるもの。心から信頼する相手でなければ、基本的に異性に尻尾は触らせないものだ。

 俺だって、これまでの世界線で何度もいろんなウマ娘を担当してきたが、その中でも尻尾のケアをお願いしてきた子は…あー………いや結構いたな。3年近く一緒にしてればそれくらい信頼してくれる子もそこそこいたが。

 それはそれとして、しかしまだ1年半程度の付き合いである彼女からそんな提案が出てくるとは思わなかった。

 

 とはいえ、可愛い愛バのおねだりだ。しっかりとそれを聞き届けてやるのが担当トレーナーとしての責務であろう。

 俺は彼女がバッグから取り出した櫛を借りて、背後に回り、ゆっくりと、宝石を扱うように丁寧に、彼女の髪を梳いて、尻尾をブラッシングする。

 

「…っ……なんか、トレーナー…っ、ずいぶん、手慣れてるの。……初めてじゃ、ないんだ」

 

「……ノーコメントでいい?」

 

「…ふふ、お姉ちゃんは懐が広いから許してあげるの。…そう、もっと梳いて。みんなに見られて恥ずかしくないように、綺麗にして…」

 

 俺は言われるままに、彼女の髪と尻尾に僅かも解れがないように仕上げる。

 1000年もトレーナーしていれば、ウマ娘の髪や尻尾の性質、整え方も当然わかっている。なんなら理髪店を開いても問題ない程度には髪の扱いは慣れてはいるのだ。好きな部位だし。

 そうしてきっちりと仕上げ切った彼女の髪ツヤに満足の吐息を漏らし、俺はグルーミングを終えた。

 

「…はい、おしまい。…こんなんでよかったか?」

 

「うん、ばっちり。…すごく落ち着けたの、ありがと♪」

 

 手鏡で自分の髪や尻尾を確かめるアイネスは随分と笑顔になってくれたようだ。

 そうして髪をいつもの位置に結いなおし、バイザーをつけて、意気揚々と言ったところ。

 さらに気合が入ったのを見て、今日のレースは伝説になるな、と俺は確信した。

 

「じゃあ、ゴール前で待ってるよ。頑張ってくれよ、アイネス」

 

「うん!!一番にキミの元へたどり着くから、待っててほしいの!」

 

 俺は最後にアイネスとハイタッチを交わして、控室を後にした。

 これで、今日俺が彼女たちに出来ることは終わった。

 後は彼女たちの、誇りをかけた戦いを、ゴール前で見守るだけだ。

 

────────────────

────────────────

 

 ヴィクトールピストとメジロライアンは、東京レース場、そのゲート前に続く通路を歩いていた。

 二人とも、今日の日本ダービーに出走し、覇を争う優駿である。

 

 しかし二人の間に会話はなかった。これまで以上に、このレースに懸ける想いは大きかった。

 その想いが、彼女たちに言の葉を交わすことを拒ませた。

 交わす必要すらない。

 私たちは、これから、世代の頂点を決めるレースに出走するのだ。

 

(負けない…今度こそ、絶対に負けない。フラッシュ先輩に、私は勝つ!)

 

(アイネス…凄まじい仕上がりだった。けど、あたしも負けない。今日まで、更に鍛え上げた。今度こそ…!) 

 

 二人とも、これまでチームフェリスの彼女らに辛酸を嘗めさせられている。

 特に、先日の皐月賞では栄えあるクラシックの1冠目をエイシンフラッシュに譲る形になった。

 今日はスマートファルコンではなく、その代わりに同じ逃げウマ娘であるアイネスフウジンがティアラ路線からダービーに殴り込みをかけてきている。

 昨年にもウオッカが同じようなことをして、ダービーウマ娘となっていたが…彼女と違うのは、桜花賞にも勝利している点。

 トリプルティアラの栄光を捨ててまで、ダービーに出てきたのだ。

 その想い。そして、それを迎え撃つ同チームのエイシンフラッシュの信念。

 それに負けないために、ヴィクトールピストもメジロライアンも、自分が出来る限りのトレーニングは積んできた。

 

 今日こそは、()()()()

 

 そうして、二人が通路を抜けてレース場に出る。

 ゲート前、参加するウマ娘達が既に集まっているそこに、しかし。

 その雰囲気が、あまりにも普段のレースの時と違っていることに二人は気付いた。

 

(……っ、これ、は…!?)

 

(……ッ!アイネス…!?フラッシュちゃんも…!?)

 

 そのウマ娘達の中にいる、二つの()()

 エイシンフラッシュと、アイネスフウジン。

 

 その二人の、迸るほどの気迫が、執念が、想いが溢れて。

 それが空気を揺らし、圧となって、周囲のウマ娘達を委縮させていた。

 

 ────────勝つのだと。

 

 ────────この日本ダービーで、勝つのは私なのだと。

 

 そんな、確信にも似た想いをエイシンフラッシュとアイネスフウジンは抱えていた。

 

 勝ちたい、などとそんな軽い言葉ではない。 

 勝つ。

 絶対に、勝つ。

 

 魂が()()()()()と叫んでいる。

 

 最早、言葉は不要。

 無言で、しかし彼女たちの眼が、それぞれの想いを雄弁に語っていた。

 

 私が、勝つ。

 

 ゲート入りが始まる。

 静かに、落ち着いた様子で、エイシンフラッシュもアイネスフウジンもゲート入りする。

 その圧に押されて一人のウマ娘がゲート入りを僅かに渋る様子も見せるが、それを意に介さずに彼女たちはゲートの中で熱を高めていく。

 その熱はゲートを通じて他のウマ娘にも伝わり、そしてレース場全体に広がっていく。

 

 日本ダービーが、始まる。

 

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了しました。世代の頂点を決める日本ダービー、────────スタートです!!!』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

59 日本ダービー 後編

 

 

 

 ゲートが開かれて、まず飛び出していったのはアイネスフウジンだ。

 スマートファルコンほどの神がかった反応ではないそれでも、しかし今日は彼女の絶好調をもってゲートへの反応を抜群とし、誰にもハナを譲らなかった。

 それに続く他の逃げウマ娘達と、後に続く先行集団の中にヴィクトールピスト。

 そしてその後方、差し集団の位置にエイシンフラッシュとメジロライアン。

 最初の位置取りは、観客やトレーナー、レースに出走するウマ娘達の予想を大きくは超えなかった。

 

(…絶対に、仕掛けてくる!アイネス先輩なら絶対…!)

 

(アイネスなら、絶対にやる…!覚悟を決めろ、あたし!このレースは…)

 

 しかして、走る彼女らのうち2名、いや他のウマ娘も予想をしているだろう今後のレース展開に、アイネスフウジンが応えるかのように徐々に速度を上げ始めた。

 

 ────────求めたのは、ハイペースな消耗戦。

 

 これまでのレースでも、ハイペースな展開を何よりも得意とする彼女は、ハナを奪った加速から、速度を低速に落ち着けることなく……これまでマイルのレースでも見せてきたように、レース全体のペースを引き上げていた。

 それについていきながらも、しかし掛かってはいけないという二律背反をレースに参加する全員が強要される。

 スタミナの勝負でありながら、勝負所を間違えないレース勘と加速を求められる。

 スタートして数秒で、ダービーウマ娘になるためには極めてシビアなタイトロープを渡り切る必要があることをレースに参加したウマ娘全員が理解する。

 そのタイトロープの先を握るのは、先頭を走る風神。

 

(このレースは2400m…アイネス先輩は、これまでマイル以上の距離のレースに出たことはない。けど…!)

 

 ヴィクトールピストは先行集団から、前を走るアイネスフウジンの速度に合わせて5バ身ほどの距離をキープしながら思考を巡らせる。

 アイネスフウジンは、世間一般ではマイラーという評価を受けている。

 なにせこれまでに出走したレースはすべて短距離からマイルの短い距離のもの。中距離レースにもまだ出走したことがない。

 選抜レースのころの彼女の風評を聞いていれば、スタミナに疑問を持つのも当然と言えた。

 

 だが、ヴィクトールピストは侮らない。

 アイネスフウジンを…その先、彼女を指導する立華トレーナーを欠片も侮っていなかった。

 あの柔和な笑顔を浮かべる猫トレーナーに、しかし何度辛酸を嘗めさせられたというのだ。

 

(絶対に、2400mを走り切るスタミナはつけさせてるはず!でも、そのうえで揺さぶられたらどう!?)

 

 そのまま、ハイペースで走り切ろうとするアイネスフウジンを放置し、周囲や後方に集中するという作戦もヴィクトールピストは取ることが出来た。

 アイネスフウジンは長い距離のレースは初めてだ。このハイペースが、1600mを超えて、2000m、2400mと保つかと言えば、保たない、と考えるほうが自然であろう。

 だが、侮らない。

 2400mをあのペースで走り切れるものだと信じ切る。

 

 その上で、自分の得意技である牽制…圧を、前方、先頭を走るアイネスフウジンへ飛ばしていく。

 逃げ牽制と呼ばれる技術に加えて、更に後方から追い立てるように位置取りを変えることで、焦らせる。

 焦ることでさらにハイペースになる可能性もあるが、それ以上にスタミナを削ることが出来るだろう。

 そうして、自分も削れているスタミナはあるが…脚を溜めて、最終コーナーから上がりだして加速し、差し切る。

 そのようにこれからのレース展開に見込みを立てて、ヴィクトールピストは走っていた。

 

 

 

(…ヴィックちゃんがアイネスへの牽制を仕掛けてくれている。なら…!)

 

 そして後方、差し集団を走るメジロライアンもまた、己の勝利の為に取るべき手段を察する。

 差しの位置から逃げの集団への駆け引きを求めるのは難しい。

 そのため、自分が張り合うべき相手は、一バ身ほど前を走るエイシンフラッシュ、その一人に限定された。

 エイシンフラッシュは、アイネスフウジンほどスタミナへの危惧は持っていない。

 彼女の脚質は中距離以上で輝きだすものであり、この2400mでもその豪脚から放たれる末脚が最終直線で繰り出されるだろう。

 ならば、その末脚を少しでも削る。

 前回の皐月賞ではあまりにも静かだったこともあり、またメジロライアン自身がスマートファルコンをより警戒していたこともあって、注意を疎かにしてしまったが、今回は違う。

 全力をもって牽制させてもらう。

 そうして、メジロライアンがエイシンフラッシュの動揺を誘おうと、鋭い眼光で刺し穿つかのように睨みつける。

 

(フラッシュちゃん、君に自由には走らせない…!直線の長いこの東京のレース場だと、自由にさせたら負ける)

 

 それは、メジロライアンの持つ筋肉が、躍動する足音が響かせる純粋な圧。

 それにより、差し集団の自分以外、周囲のウマ娘達がせわしなく位置を上げるべきか、下げるべきかと動き始める。

 それは動揺となり、彼女たちのレースにかかる脚色を衰えさせる原因となり得る。

 

 しかし。

 

(…くっ、動じてない…のか!?フラッシュちゃん、なんて集中力…!)

 

 全く感じないほどではなかろうが、しかしエイシンフラッシュの脚色が衰えない。

 むしろ、彼女も今回は最終直線に全てを賭ける走りではなく、駆け引きを繰り出してくる。

 独占力とも表現される、レースを走るウマ娘全体へかける束縛。

 エイシンフラッシュの走りが、その気配が、全てのウマ娘の魂を揺さぶる。

 

 ────────退()()

 ()()()()で勝つのは、私だ。

 

 そんな、レース前からも見せていたすさまじい気迫が飛び、差し集団、いや先行集団に至るまで、相当に意識が、集中が削られていく。

 

 これがGⅠレースの本質である。

 GⅠレースは、その格式が高くなればなるほど…牽制と、駆け引きが飛び交う戦場となり得る。

 

 その戦場を駆ける17人のウマ娘。

 レースは中盤戦へと差し掛かっていく。

 

────────────────

────────────────

 

『さあただいま1000mを通過!タイムは58.7!速いッ!!やはり仕掛けてきたかアイネスフウジン!2400mの、日本ダービーの速さではないぞ!?そのスタミナはゴールまで持つのか!?』

 

────────────────

────────────────

 

(……ッ!?)

 

 最初のコーナーを曲がり終えてバックストレッチに入り、そうして逃げ集団に牽制を飛ばしていたヴィクトールピストが、その変化を感じて驚愕に表情をゆがませた。

 上り坂に差し掛かったところで、アイネスフウジンが彼女の持つ技術である走法を駆使して、じゃじゃウマ娘のように駆けあがっていく。スタミナの消耗を抑える走り。

 ()()()()()

 それは、レース前から彼女の走りを研究して知っていた。それも見越してスタミナ配分を考えているのだろう。それは、ヴィクトールピストの想定していたレース展開と変わらない。

 驚いたのはそこではなく、中盤に入ってから急に感じられる、この()()

 

(…向かい、風!?でも、今日はそんなに風の強い日じゃないのに…っ!?)

 

 ヴィクトールピストが走る先、アイネスフウジンが先頭を駆けるそちらから、急に向かい風が吹いてきたのだ。

 いや、そう感じられた。そうとしか表現できない。

 その風に押されて、僅かにヴィクトールピストの、いや後ろ全てのウマ娘達の脚色が衰える。速度が落ちる。

 それはまるで、アイネスフウジンの強い意志がそうさせているように感じさせた。

 

 ────────()()()()()()

 ()()()()で勝つのは、あたしだ。

 

 そんな、レース前からも見せていたすさまじい気迫が幻影の風となって他のウマ娘を蝕む。

 この時点で、ハイペースについてこれなかったウマ娘達は徐々に位置を落とし始めていた。

 最終コーナーに差し掛かる前に、最後の末脚を繰り出すだけのスタミナが削られてしまう。

 

 ここからは地力の勝負となる。

 

 先頭のアイネスフウジンに競りかける権利を持つウマ娘は、3人。

 

 

(アイネス先輩のスタミナは牽制で多少は削れたはずっ…!ここから、行く!!)

 

 残り600m地点で、徐々に加速を始めてアイネスとの距離を詰め始めるヴィクトールピストと。

 

 

(アイネス、絶対に捉えきる…っ!あたしの脚はまだ残ってる!!ここだッ!!)

 

 残り550m地点で、最終コーナーの終わり際から加速を始めて追いつかんとするメジロライアンと。

 

 

 そして。

 

 

「────────勝負です、アイネスさんッ!!」

 

 残り525m地点。

 コーナーを曲がり終え、直線に向かった瞬間に領域(ゾーン)に入り、極限の集中状態をもって爆発的な加速を始めたエイシンフラッシュ。

 3人が、先頭を行くアイネスフウジンの背を捉えるためにその脚を炸裂させた。

 

────────────────

────────────────

 

『さあダービーもあと500mッ!!』

 

『先頭を行くのはアイネスフウジン!!アイネスフウジンだ!!』

 

『二番手から上がってくるのはヴィクトールピスト!!徐々に差が詰まっていくぞ!!』

 

『その後ろからはメジロライアンも上がってくる!凄い末脚!ヴィクトールピストに追いつくか!?』

 

 

 

『だがその後ろ!!来たぞ来たぞ来た来た来たー!!!』

 

()()()()()()()()()()()()()()!!』

 

 

 

『エイシンフラッシュだ!!エイシンフラッシュだ!!』

 

『スピードが違う!!』

 

『先頭の()()()()()()()()までは6バ身ほど!!』

 

 

 

『まずはメジロライアンを捉えた!!』

 

『ヴィクトールピストも苦しいか!!エイシンフラッシュが今差し切ったぁっ!!』

 

 

『さああと一人、風神の背中は見えた!!』

 

『もはや勝利へのカウントダウン!!あともう5バ身ほど!そして…!』

 

『その差はみるみるうちに…!!…4!!!…3!!────────な、なんとっ!?』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 運命は、繰り返す。

 

 最終直線、その残り300m。

 領域(ゾーン)に目覚めたエイシンフラッシュに、後方から急激に迫られたアイネスフウジンが。

 

 坂を上り。

 

 ゴール板を見て。

 

 

 覚醒(めざ)めた。

 

 

 それは風神の顕現。

 ハイペースによる消耗戦を超え、上り坂でなお脚を溜め、最後の末脚を振り絞る。

 後続をぶっちぎるための全速前進の大爆走。

 

 

 ────────領域(ゾーン)へと、至る。

 

 

 領域(ゾーン)に入った二人の、最終決戦が始まる。

 

 

────────────────

────────────────

 

『その差が3バ身から縮まらないっ!!逃げる!!アイネスフウジンが加速して逃げる!!』

 

『エイシンフラッシュもここまでか!?』

 

『────────否ッ!!さらに加速!!閃光が風神を穿たんと放たれるッ!!』

 

 

 

 ────────────────光芒一閃。

 

 

 

『差が縮まる!!2バ身!!1バ身!!ゴールが近い!!残りあとわずか!!』

 

『エイシンフラッシュが交わすか!!アイネスが粘るか!!これはエイシンフラッシュが速いッ!!』

 

『エイシンフラッシュが競りかける!!アイネスフウジンに並んで──────なんとここでアイネスが再加速ッッ!!!』

 

 

 

 ────────────────お先に失礼。

 

 

 

『交わせない!!交わさせないッッ!!しかしアイネスフウジンも限界か!?エイシンフラッシュが並びかけるッ!!』

 

『並んだ!!並んだッッ!!!もう言葉はいらないのかっ!?』

 

『どちらも譲らないッ!!』

 

『お互いに一歩も譲らないッッ!!』

 

『これは大接戦だッ!!そのまま──』

 

 

 

『─────大接戦のゴーーーーーーーーーーーーールッッッ!!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…………っはぁっ!!はぁっ、はぁー………げ、っほ」

 

「……ぜぇ、ぜぇー…!!……ぜ、ぇ………かっは………」

 

 エイシンフラッシュとアイネスフウジンは、ゴール板を駆け抜けて、そのまま数歩歩き、勢いを殺し切ったところで、二人並んで芝へ倒れた。

 最早一歩も歩けない。

 全てを振り絞った。文字通り、己の全て。

 そうまでしてでも、このダービーでは勝ちたかった。そんな想いが、彼女たちの走りに現れていた。

 

 呼吸が整わない。

 仰向けになった彼女たちは、何度も大きく息を吸って、吐いて、痛いくらいに早鐘を打つ心臓を何とかなだめすかしていた。

 

「…はぁー………ふぅー……アイネス、さん。いい、勝負でした………」

 

「…ぜぇー……うん、フラッシュちゃん……全部、あたしも振り絞ったの………後悔は、ないの……」

 

 二人は並んで倒れたまま、腕だけ何とか動かしてハイタッチをしようとするが、それが疲労により腕がおぼつかず、見事に空を切る。

 その様子に気が抜けて、お互いに失笑が零れて…そうして、少しは元気が戻ってきたか、ゆっくりと上体を起こし、芝の上で二人で並んで座る。

 

「……しかし、本当に全霊を込めてしまいました。脚が先ほどから震えています…痛みとかはないですが。アイネスさんは大丈夫でしたか?」

 

「へへ、あたしもめちゃくちゃ震えてるの…けど、大丈夫。変な痛みとかは()()()()。トレーナーによくマッサージしてもらうの」

 

「そうですね…。……結果は、まだ出ませんね」

 

 二人が着順掲示板を見る。

 そこには、3着から5着までの着順が示されていた。

 先頭から2バ身差で3着メジロライアン、クビ差で4着ヴィクトールピスト。大差がついて、5着。

 しかし、1着と2着が表示されない。その横には写真判定の文字。

 レースを走ったウマ娘達も、観客たちも、固唾を呑んで着順掲示板を見守っていた。

 

「……勝ったのは、私だと思いましたが…」

 

「いやいや、あたしなの。…けど、本当に際どかった…どっちになるだろ………っ、あ」

 

 アイネスフウジンが掲示板に新しい表示が出たのを見て、その一瞬後にレース場全体が爆発的な歓声に包まれる。

 

 掲示板に表示されたのは、一つの赤文字。

 時計の横に示された、「レコード」の文字だ

 

 彼女たちは、ほぼ同時に駆け抜けたこのレース、日本ダービーのレコードを更新していた。

 そんな二人に、会場から惜しみない歓声と拍手が沸き起こる。

 

『フラッシュ!!フラッシュ!!フラッシュ!!フラッシュ!!』

 

『アイネス!!アイネス!!アイネス!!アイネス!!』

 

「…ふふ、レコードですって、私たち」

 

「やー、嬉しいの!これであたしは3回目だけど、ダービーで出せたのは胸を張れるの!」

 

「おや、私も弥生賞はレコードでしたよ?……でも、まだ結果は出ませんね……」

 

「ここまで来たら恨みっこなしなの。ほら、前にホープフルでトレーナーが言ってた…」

 

「…誇りある敗北、ですか?そうですね、今日のレース自体を私も誇れます」

 

「そうそれ!本当に楽しかったし…いいレースだったの!!…とは言っても勝ちたいぃ~…!」

 

 二人のコールが混ざり合うレース場に、しかしまだ二人の結果は出ない。

 ある程度呼吸も整ってきて、座ったままレース後のストレッチに入りながら、ただその結果が出るのを待った。

 

 写真判定の時間は10分にも及んだ。

 その間、二人のコールはずっと続いて……………そうして、結果が示される。

 日本ダービーの勝者が、着順掲示板に表示された。

 

 運命の、勝利者は。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『1着 エイシンフラッシュ』

 

 

『2着 アイネスフウジン』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「~~~~~~~よしッッ!!!」

 

「うわぁーーーー!!!負けたのーーーーー!!!!」

 

 表示されたその名前を見て、エイシンフラッシュは全身で喜びを表現し、片手を天に挙げ…二本指を立てる。

 二冠ウマ娘となった己の勝利を、誇る。

 

 アイネスフウジンは、己が2着、僅かにエイシンフラッシュに及ばなかったことを理解して、だぁー、と声を上げて再度芝の上に横になった。

 そのままゴロゴロと頭を抱えて横になり、全身芝まみれになり悔しさを必死に散らす。

 

 ターフビジョンに示された写真判定では、本当にごくわずか、5cmの差をもってエイシンフラッシュが先にゴールに入ったことを示すそれが表示されていた。

 

 そうして、東京レース場が爆発した。

 本日一番の、爆発的な歓声と拍手。

 最高のウマ娘達が、最高のレースを見せてくれたことへの、敬意がこもったその祝福。

 

 その歓声に、エイシンフラッシュも、またアイネスフウジンも、手を振って応えた。

 

 誇りある勝利と、誇りある敗北。

 それぞれを胸に抱えて、日本ダービーは決着と相成った。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

60 ぱかちゅーぶっ! 日本ダービー

ゴッドカルマシーン・O・イナリー(イナリ天井しましたの意)






 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

「ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす』

『ピスト!』

『ぴすぴーす』

『とうとうダービー来たな』

『ぴすぴーす!』

 

「よーっす!!さあ春のGⅠ連戦もいよいよ佳境!!NHKマイルじゃサクラノササヤキがビートを刻んで、ヴィクトリアマイルでウオッカが強っぇえ走りで独走!オークスじゃ接戦を制したマイルイルネルが冠を手にして!!そうしてとうとうやってきたぜぇ!!日本ダービーだぁ!!!」

 

『この瞬間を待っていたんだ!』

『ダービー!』

『今回のダービーは熱すぎる』

『アイネス参戦!!』

『ファルコンの代わりに芝の風神がやってきたぞっ』

『フラッシュ2冠見たい』

『ヴィックちゃんしか勝たん』

『ライアン…そろそろGⅠ勝利見たいぞ…』

 

「いやー有力ウマ娘が今日もいっぱいだなー。とりあえず今日はゲストからお呼びさせてもらうぜー。さあ今日のゲストは誰だろーなー!!誰呼んだと思うー?」

 

『ダービー勝ったウマ娘だよな』

『いつもの如く多すぎ問題』

『やはり…テイオーか!?』

『チケゾーが来たら音量下げなきゃ』

『カイチョー!カイチョー!』

『スペちゃああああああああん』

『ブルボンとライス来ないかな』

『シリウスシンボリ来ない?』

『トキノ…』

『シービー来てくれええええ』

『ウオッカは流石に来ないか?』

 

「へへー、お前らも推しのダービーウマ娘がいっぱいいるじゃねえかよ!正解のヤツも中にはいたぞー。さてそんじゃ挨拶してもらおう!!今日のゲストはこちらだぁー!!」

 

「ぴすぴーす。皆様、ごきげんよう。ミホノブルボンです」

 

「ぴ、ぴすぴーす…みんな、こんにちは。ライスシャワーです」

 

『ブルボン!?ライスゥ!?』

『ヒョエッ』

『はーてぇてぇ』

『ダービー同着コンビィ!』

『これはてぇてぇ』

『今日は二人か!』

『ブルボンの無表情ぴすぴーす可愛いいいいいい』

『ライスシャワーの遠慮気味のぴすぴーすもいいゾ』

『完璧なゲスト』

 

「へっへー、二人一緒にいるところに声かけたらどっちも乗り気だったからよー、ばっちり呼んできちまったぜぇ!!いやーお前らのダービー熱かったよなー」

 

「はい、あのダービーは私も全力を振り絞った結果で、満足しているレースです」

 

「ライスも…ブルボンさんがいなかったらあんなに走れなかったから…いい、レースだったよ」

 

『あのダービーは最高だったゾ』

『2000m超えてからが名実況杉田』

『ここからは未知の道のり!(ルドルフ特効)』

『恐らく勝てるだろう!(なお同着)』

『黒い帽子のライスシャワーが襲い掛かります!(殺意)』

『今日も名実況を期待する』

 

「へっへー、同着ダービーなんてお前らくらいだかんな!あのレースは伝説ってもんよー。そんじゃ日本ダービーの解説するぜー。ええと……あれ、カンペどこだ?」

 

「…日本ダービー、正式名称は東京優駿。URAが東京レース場で開催する重賞GⅠ競走です。芝2400mの左回りで行われます」

 

「1932年から続く、歴史あるレースで…日本のウマ娘にとって、最高の栄誉の一つと言われるレースでもある、だね。……授業で習うよね?」

 

「ゴールドシップさん?」

 

「…みなまで言うな。オマエらに解説させようとしたアタシの気遣いを無駄にしねぇでくれ」

 

『芝』

『クッソ芝』

『流石のブルボンとライスよ』

『まぁ普通に授業で習うよね@学園生』

『もしもしゴルシ?』

『もしもしURA?』

『ゴルシ…もう散体しろ!』

『絶対カンペ忘れただけだゾ』

 

「やかましー!解説民がいなくなって寂しいなんて思ってないんだからねっ!!…さて、説明も終わったんで次は今回参加する有力ウマ娘の紹介だぜ!つってもみんなもう知ってるだろーけどな!!」

 

「人気順で言えば、1番人気がエイシンフラッシュさん、2番人気がヴィクトールピストさん、3番人気がアイネスフウジンさん、4番人気がメジロライアンさんですね」

 

「1番人気は流石だね…やっぱり、みんな三冠ウマ娘に期待してるね。フラッシュさんの末脚は、東京レース場の長い直線だともっと凄そうだし」

 

「だなー、フラッシュのヤツは直線から一気に来るからよー、そこまで脚を溜められるかってところだな。ヴィイは皐月賞じゃフラッシュに譲ったけどそれでも2着!その後のトライアル青葉賞でも見事に5バ身差の一着決めてるし、全然わからねーぜこの辺は!」

 

「3番人気は逃げを得意とするアイネスさん。これまでのレースはすべてマイル以下の距離ですが、レコードも2回達成する極めて高い実力を有するウマ娘です。2400mの距離がどうなるかですね。4番人気のライアンさんはこれまでGⅠでの勝利こそありませんが、それでも掲示板内には必ず絡む実力の持ち主です」

 

「他のウマ娘さん達も、もちろんダービーに出てきてるわけだからそれぞれ強いけれど…誰が、って言われたらこの4人になっちゃうね」

 

『その子ら知らん人おる?』

『みんな強すぎ問題』

『他の子もワンチャンはあるだろうけど2400mだからな』

『運の強いウマ娘が勝つ(欺瞞)』

『フラッシュにやっぱり勝ってほしいワシレース初心者』

『3冠は見たいが早々出ないから3冠なんよ』

『ライアンも距離長いほうが速度出てるって前情報出てた』

『アイネスは2400m走り切れるんか…?』

『猫トレだぞ?』

『絶対仕上げてくるゾ』

『ヴィックちゃんもすげぇ仕上りだった』

『誰が勝つかわからん』

『人気もかなり拮抗しとる』

 

「なー、マジでこの辺はわかんねーわ、特にダービーは運がいいウマ娘が勝つって言うからなー。ブルボンとライスは誰が勝つと思ってんだ?」

 

「…ええと、ライスとブルボンさんは前に練習でフラッシュさんとアイネスさんと一緒したことがあるけど、あの二人なら…アイネスさん、かな?2400m、走れるスタミナはあって…2400mを逃げるウマ娘を捕まえるのって、本当に大変だから…もっと長ければライス、負けないけど」

 

「私は……そうですね、誰がというよりは、今日のダービーに出走するウマ娘の中で…勝つ、と確信をしているウマ娘が勝つでしょう」

 

「ほん?ブルボンオメー面白い事言うじゃねぇか」

 

「論理的ではない思考であることは自分も理解はしています。ですが、ダービーという舞台はそういうものなのです。私も、今日は勝つという確信を持ちながら走りました。…ライスに並ばれたときは、本当に心臓が飛び出るかと思いましたが」

 

「えへへ…お兄様のアドバイスで、絶対にブルボンさんについていく、それだけ考えてたからね。ライスにはそういう確信はなかったけど…意地、だね。あれはもう」

 

「ほえー。アタシが走ったときはそんな感じは一切なかったなー、まぁ負けたんだがよアタシは。っと、そんな話してるうちにウマ娘が集まってきたなー」

 

『ブルボンのそういう話貴重だな』

『サイボーグにも心はあるんやで…』

『基本的にGⅠ勝つようなウマ娘はみんな熱い想いを抱えて走ってるんやなって』

『そんだけダービーってレースがすげーってことで』

『出てきた』

『お』

『フフシスターズきた』

『フが一つ足りないんだよなぁ…』

『気迫ヤバい』

『周りのウマ娘が既に委縮してて芝』

『超気合入ってる』

『大丈夫?オニャンコポン吸った?』

『オニャンコポン吸いでも抑えられない闘争心』

『そういやログボまだ見てないわ』

『昼頃来てたゾ』

『SR+』

 

「あ、そーいやアタシも見てねぇわ、大体GⅠ生やるときは放送中に見る癖がついちまって…おー、こないだの皐月賞と同じ感じだな!」

 

「拝見します。…フラッシュさんとアイネスさんに抱えられていますね」

 

「…この間の皐月賞のも思ったけど、なんで猫トレさん、目を隠すように撮影するのかな?」

 

『ライスの突っ込みで芝』

『勝負服で誰かはそりゃわかるけどさぁ!』

『大丈夫?センシティブじゃない?』

『今回は拮抗してるな』

『前回が大差付けられたみたいな表現はよせ!』

『泣いてる隼もいるんですよ!?』

『オニャンコポンが大質量に挟まれておる』

『π乙、もとい甲乙つけがたし!』

『ウッ』

『怒涛のNG※で芝』

『目の前を見ろ!女子高生3人が見てるんだぞ!!』

『ゴルシJKって扱いでいいんか?』

『まぁコメントは冷静にな』

『猫トレ許せんよなぁ…!』

 

「…??なぜコメントがNGになっているのでしょうか?」

 

「ブルボン、お前はそのままでいいぞ。NGコメは反省しろな」

 

「コメント欄の人の気持ちもライスちょっとわかっちゃうな…今挟まってるもんね…ライスも……」

 

「ハイハイハイ!!ライスもそれ以上はNG!!これ生!生放送だから!!ほれそんな話をしているうちに全員揃ってファンファーレだ!鳴けやお前らーっ!!」

 

『ペーッペペペー』

『ペペペペー』

『ペペペペー』

『ペーペペッペッペッペッペッペー』

『ペーペペッペッペッペッペッペー』

『ペペペペー』

『メチャクチャウマイー!』

 

「流れを切り替えるのにファンファーレは最適だな…!さてゲートインだが、しかしここまで誰一人話してなかったな…相当気合入ってんな?」

 

「緊張もあるのかもしれません。特にフラッシュさんとアイネスさんのプレッシャーがレース前からすごい様子でした」

 

「ね…あ、2番の子、それで緊張しちゃってゲートに入るの渋ってる…」

 

「おーマジだ。気持ちはわかるぜ…!」

 

『わかってんじゃねぇ!』

『お前が言うな定期』

『お前は緊張しないでもゲート入らないだろ』

『緊張しても入らないだろ』

『出ない方が問題なんだよなぁ…』

『永遠に擦られるゲート入り』

 

「ほんとに悪かったから。毎回言われてそろそろ返しのネタがマジで尽きてきてんだよ!…さて、そんなゲート入りでもフラッシュとアイネスは動じてねーな。めちゃくちゃ集中してるぜー」

 

「いいレースが出来そうですね。……スタートしました」

 

「みんないいスタート…だったけど、アイネスさんが加速するね。やっぱりこれまでと同じでレース全体をハイペースにするつもりだね」

 

『速い速い』

『いやこれファル子並みのスタート』

『明らかに速いゾ』

『後ろの子たちがみんなうわぁ…って顔してて芝』

『アイネスそれで走り切れるか?』

『ねーちゃんどこかで一息いれないと』

『スタミナ勝負になるか?』

 

「2400mって結構しんどい距離だからなー、東京レース場も上り坂多いし…お、ヴィイがばっちり牽制飛ばしてんな」

 

「焦らせようとしていますね。私のようにペース走法をするウマ娘には有効ですが…アイネスさんも多少は意識せざるを得ないでしょう」

 

「差し集団ではライアンさんとフラッシュさんがお互いにバッチバチやってるね…周囲の子たちまで巻き込んでる」

 

『修羅空間過ぎる』

『GⅠなんてこんなもんよ』

『圧が飛び交うのが日常』

『フラッシュの気迫がやべえ』

『目の前の画面に前のウマ娘を殺すような目つきで走るやつおる』

『ライスに張り付かれたらそれは死ゾ』

『マックイーンですら動揺する視線』

『真のライスは眼で殺す』

 

「風評被害ぃ…!」

 

「いや言われても仕方ねーだろレース中のお前は。…さて、1000m通過したな。やっぱペースははえーわ」

 

「しかし、常識外というほどのタイムではありません。アイネスさんもきっちり脚を溜めて…上り坂、やはり上手ですね」

 

「うん、坂路一緒に走っているときにも思ったけど、スタミナを削らない走りが上手で……っ、これは…」

 

「お、おー…!?何だあれ、アイネス後方にやってんねぇ!あんなん見たことねぇぞ!?」

 

「セイウンスカイさんのそれとも違う…独特な圧のかけ方です。まるで後続の速度を吸うような…」

 

『話のレベルが高い…!』

『ねーちゃん坂道すげー上手よな』

『これまでのレースでも速かった』

『後方への圧ってなんなん…?』

『とりまヴィックちゃんがめっちゃ驚いた顔してるのはわかった』

『他の子たち沈んでってるゾ…』

『ハイペースだったもんなぁ』

『こっから勝負!』

 

「最終コーナー入って残り600!!ここで来たぜ!!ヴィイが加速してブッ刺す構えだ!!」

 

「ライアンさんも続くように加速しましたね。ヴィクトールさんよりもアイネスさんの圧の影響が小さい、加速が強い…!」

 

「アイネスさんが直線に入って……来た!フラッシュさん…ッ、領域(ゾーン)に入った、速い…!!」

 

『うおおおおお』

『4人の果し合い!!』

『いやフラッシュがやっべぇ!!』

『実況超テンション上がってる』

『ライアン!頑張れ!』

『フラッシュぶっ飛んでいくゥー!!』

『ライアン超えた!』

『ヴィイちゃんも厳しいか!?』

『アイネスもこれキツいゾ』

『二冠!!二冠!!』

 

「フラッシュがライアン差した!!ヴィイもきちぃか、頑張れヴィイー!!あーーーーー!!!」

 

「ヴィクトールさんも超えて、アイネスさんに迫ります!この速度差は…!!」

 

「行く…ッ…って、ええ!?」

 

「なっ、んだとぉ!?」

 

「アイネスさんも領域(ゾーン)に…!!」

 

『すっげえええええ』

『アイネスあそこから二の足あんの!?』

『2400mだぞ!?』

『領域同士の熱いバトル』

『うわー差が縮まらん!!』

『アイネスいっけえええええええええええ』

『フラッシュー!!伸びろおおおおおお伸びたああああああ!?!?』

『差が縮まる!!』

『すげぇ!!今度こそ差し切る!!』

『行った!!!』

『嘘やん』

『えっ!?』

『アイネス更に差し返す!?』

『並んだ!!!』

『並んだ!!』

『どっちだ!?』

『いけええええええええ!!!』

『うわああああああああああ』

『おおおおおおおおおおおおおおお!!!』

『あああああああああああああ!!!!』

『おおおおおおおおおおおおおおお』

『すげええええええええ!!!』

『どっちだこれ!?』

『同着…!?』

『いや完全に同時』

『とんでもねぇレース』

『実況なんつった?』

『大接戦ドゴーン…?』

 

「…ゴォーーーーーーーーーーーーーーールっ!!二人並んでゴールだぁ!!ったくよぉ!!どっかで見たようなシーンだなオイお前ら!!」

 

「っ…で、すね。まるで、私たちのレースを見ているような…」

 

「すごかったねぇ……えっと、後ろも追い上げてて、最後にライアンさんがヴィクトールちゃんを交わして3着4着かな。その後ろは大差になっちゃったね…」

 

『いやこれどっちゾ』

『同着だろこれ』

『フラッシュだろ!』

『いやアイネス耐えたって』

『わからん…それは人それぞれだからだ』

『会場もようどよめいておる』

『どっちだ…?』

『二人とも大の字になって倒れてるやん』

『めっちゃさわやか』

『お山が4つ…』

『コラっ』

『芝』

『今ハイタッチ外したろ』

『へろっへろで芝』

 

「やー……すっげぇレースだったわ。何だあの最後のアイツらの加速。やってんな?」

 

「譲れないものがあったのでしょうね、お互いに…絶対に勝ちたい、そんな気持ちが見えるようでした」

 

「ね、ライスたちと一緒……あ!レコードだ…!」

 

「ウッソだろお前!?」

 

「ハイペースな展開で、最後の加速…流石、と言ったところですね」

 

『レコード!』

『マ?』

『すげぇ二人ともレコードじゃん』

『どうなってんだチームフェリス』

『もしもし猫トレ?』

『猫トレ「オニャンコポンの力だよ!」』

『オニャンコポンはレコード取る何かを生んでる…?』

『他のチームも猫飼うようになっちまうー!』

『しかしまだ着順は出ない』

『審議なっが』

『ブルボンとライスのダービー思いだす長さ』

『あんときもクッソ長かったな…』

 

「…こうなげーと解説することなくて暇になっちまうんだよなー。ブルボン、ライス。時間埋めて」

 

「はい。…では、そうですね。私たちの時のダービー、あの時の着順発表を待っていた時の気持ちを説明することで時間を稼ぎます。ミッション『尺稼ぎ』開始します」

 

「えぇ。…まぁ、でも。とにかく心臓がどきどきしてたかな、あの時は…不安と期待、両方に潰されそうって言うか…」

 

「わかりみが深い、と表現します。私もあの時は、走り終えた疲労以上の、早鐘を打つ自分の心臓が抑えられませんでした」

 

「ねー。同着って表示が出た時には、嬉しさと…悔しさ、かな。それが出てきて…ふふ、ブルボンさんもでしょ?」

 

「ええ。あの時、勝てた嬉しさと、並ばれた悔しさが同時にこみあげてきて…思わずあなたを抱きしめてしまいましたね、ライス」

 

「あの時の写真が翌日新聞に載って、ライスものすごく恥ずかしかったんだよ…?」

 

『てぇてぇ』

『すみませんてぇてぇが溢れてるんですが』

『ヴッ(心停止)』

『やっぱミホ×ライよ』

『この二人てぇてぇが過ぎるんよ』

『君達がどこまでも仲良くて俺も鼻が高いよ…』

『お前は誰だよ』

『そろそろ10分近くなるぞ…?』

『やっぱ同着か?』

『二度目の同着あるか?』

『どうだろ…』

『あ』

 

「……お、出たな!!今回はどーやら同着ならずっ!!!一着はエイシンフラッシュだー!!!」

 

「超スロー映像が拡大で流れましたね………ふむ、確かに」

 

「ごく僅かだけど、フラッシュさんが先に入ってる…ね。うん、はっきりわかる。ライスたちの時とは違うね」

 

『フラッシュだあああああああ!!!』

『ねーちゃぁああああああん!!』

『うわーーーー!!ねーちゃん惜しかったあああ!!』

『フラッシュ二冠!フラッシュ二冠!!』

『座ったままの姿勢でそのピースは可愛すぎるううう!!』

『ねーちゃんぶっ倒れたぞ!』

『頭抱えて転がり出して芝』

『そりゃ悔しいでしょうよ…』

『でもすっきりした顔だゾ』

『全力振り絞った結果よ』

『ねーちゃーん!!いつまでも応援するぞー!!』

『今後も応援してっからなぁ…止まるんじゃねぇぞ…』

『フラッシュは3冠いけるかこれ』

『菊が楽しみですねぇこれは』

 

「おーすっげぇ歓声。まぁそりゃそうよな」

 

「あれだけの名勝負ですからね」

 

「うん、ライスも拍手しちゃう」

 

『いやお前らも名勝負だったゾ』

『お前らの時の歓声で鼓膜破れたゾ(事実)』

『鼓膜破裂ニキは養生して』

『だいぶ前の話だから…』

『お、猫トレが挟まりに行ったな』

『百合の間に挟まる猫トレ概念』

『猫トレも流石に泣きそうな笑顔しとる』

『猫トレの脳破壊していけ…』

 

「これでようやくインタビューになるなー。フラッシュとアイネスに猫トレが手を差し伸べて立たせてんな」

 

「立華トレーナーはああいう気遣いを自然と行いますね。とても絵になります」

 

「流石のクソボケさんだよね…」

 

『ライスが辛辣で芝』

『イケメェン…』

『アイネスが尻尾で猫トレのお腹ぺしぺししとる』

『インタビューはじまる』

 

『「ダービーを勝利した感想は?」→「嬉しい。ライバルたちと全力で競い合い、何よりアイネスさんに勝てたのが本当に嬉しい。どうしても勝ちたかったので」』

『結構フラッシュも熱入って喋るな』

『興奮冷めやらぬ感じ』

『猫トレが隣でにっこにこよ』

 

『「トレーナーさんとしては?」→猫トレ「二人が全力を出し尽くしてプライドをぶつけあい、これほどのレースを見せてくれたことが嬉しい(泣)1着2着という差はできたが、何よりも二人に感謝。二人とも心から誇ります」』

『猫トレ涙声だゾ』

『担当の子があんだけのレース魅せりゃそれはそうよ』

『オニャンコポンが肩から手を伸ばして涙拭ってるの芝』

『オニャンコポン賢い』

『あの猫中に人入ってない?』

 

「はは、猫トレの眼にも涙だなー。まーあんだけバッチバチにやりあったんじゃ感情的にもなるわな」

 

「普段は飄々としている雰囲気ですが、立華トレーナーはかなり熱い想いを持っていらっしゃいますからね」

 

「10分も焦らされて決壊しちゃったのかな?」

 

『「トレーナーはこう言ってますがフラッシュさんとしては?」→「誉めてもらえたのが嬉しい。この後控室でもいっぱい褒めてもら」→アイネス「ちょっと待つの慰めてもらう方が先なの」→ファル子「二人だけズルくない?トレーナーさん?」→猫トレ「すみません所用があってちょっと中座していいで」→3人「「「は?????」」」』

『芝』

『芝』

『これは大爆笑』

『アイネスフウジン参戦!!!(DLC1)』

『スマートファルコン参戦!!!(DLC2)』

『横から出てきて芝』

『猫トレが逃げようとしてて芝』

『なんだなんだ痴話喧嘩か?』

『カメラのシャッター音が凄すぎて芝』

『芝生え散らかす』

『この関係推せる~!』

『カメラの前でウマ娘に囲まれてんじゃん』

『コント始まったわ』

『クソボケがーーーーっ!!』

 

「ははははははは!!!あーっはっはっはっはっはっは!!!!!ははははははは!!!お腹痛ぇ!!」

 

「いえ、栄えあるダービーのインタビューで…そんな、ふふっ、そんなことあります…?」

 

「あははは…!猫トレさん…自業自得としか言えないよぉ…!!」

 

『ゴルシ達もよう笑っておる』

『笑うわこんなん』

『マジでフェリス面白い』

『後でこれ猫トレめっちゃ怒られるやつゾ』

『もっと怒られろ』

『チームトレーナーって大変なんやなって…』

『※なお男トレに限る』

『沖野トレもよくウマ娘にプロレス技かけられてるしな…』

『カサマツのキタハラも大体擦られてるからな…』

『そんくらいの距離感がいいんじゃね?』

 

「はー…あー笑った!!いやーやっぱ猫トレおもしれーわ!!あいつらもよくやるよなぁ」

 

「恋はダービー、というオチがつきましたね。ミッションコンプリートです」

 

「また一つ新しいダービーの伝説が生まれちゃったね…」

 

「おー、そんでインタビューも終わって今日はこんなとこだなー。次は来週の安田記念だ!!ここにもスピカからウオッカが出るからまた実況するぜっ!!楽しみにしてろよなー!!そんじゃ今日はこの辺で終わりだー!今日のぱかちゅーぶは、ゴルシ様とー!?」

 

「ミホノブルボンと」

 

「ライスシャワーでお送りしました!」

 

「そんじゃみんな、まったなー!!」

 

「お疲れさまでした。ごきげんよう」

 

「またね~」

 

『おつおつ』

『乙』

『02』

『おつー』

『おつでした』

『いやー笑った』

『ダービー最高よ』

『レースは改めてマジで熱かったな』

『GⅠ今年激熱レース多すぎ問題』

『フェリス箱推しします』

『ん』

『ん?』

『フェリスのウマッター更新された』

『マ?』

『マ?』

『このタイミング?』

『破局宣言か?』

『芝』

『抜粋して引用「スマートファルコンの次走については明日発表とさせていただきます。皆様、彼女の挑戦ご期待ください」』

『ふーん(察し)』

『ダートだろ?』

『JDDじゃねぇの?』

『まさか安田?』

『出走登録間に合わんやろがい!』

『宝塚という可能性』

『明日まで猫トレ生きてられんのかな』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

61 travelers

 

 

 

 日本ダービーが終わり、翌日の月曜日。

 ここトレセン学園の執務室では、鳴り止まぬ記者からの電話の応対に務める駿川たづなの姿があり、しかしその顔はまだ午前中だというのに既に疲労困憊の表情を見せていた。

 

「…はい、はい、すみません…はい、インタビューもお断りさせていただいておりまして…はい、申し訳ありません。失礼致します」

 

 これで何度目のお断りを入れただろうか。

 駿川たづなは受話器を置きながら、はぁ、と大きくため息を零してしまった自分を自覚する。

 まだ朝だというのに、大変に疲れ切っている。

 恐らくこのような事態になるだろう、と事前に()から相談を受け、快諾をしてしまったその時の己を恨む。

 また鳴り響くコール音に反射のように受話器を取り、同じような取材の依頼に対してまた丁重にお断りを入れながら、駿川たづなはこのような事態になった原因である彼について、ふと思い返した。

 

────────────────

────────────────

 

 それは日本ダービーが行われるよりも前。

 彼…立華トレーナーから、駿川たづなは今後の彼のチームのレース出走申請の用紙を受け取っていた。

 学園でレースに参加するウマ娘達は、出走登録を必ず駿川たづなを通してURAに申請する手続きの流れを取っており、全てのウマ娘の出走レースを駿川たづなは把握している。

 しかし、その日彼から受け取った用紙には、これまで駿川たづながほぼ見たことがない、外国のレースの名前が記載されていた。

 

「立華さん…これは、本気なんですね?スマートファルコンさんをベルモントステークスに出走させるという…」

 

「ええ。冗談でそんなもの提出しませんよ…本気です。既にチームメンバーには伝えていますし、この後申請させていただきますが…スピカのサイレンススズカと、リギルのタイキシャトルも併せウマ娘として同行してもらうことになっています」

 

「…なんと、まぁ…いえ、確かにスマートファルコンさんであれば…しかし、大丈夫ですか?」

 

 駿川たづなは立華へ、心配からくる言葉をかける。

 それも当然というものだろう。トレセン学園には海外のレースに挑むウマ娘もおり、その出走手続きや遠征にかかる支援なども行ってはいるが、しかし彼はまだ年若く、チームトレーナーとしては新米でもある。

 遠征は間違いなく初めてとなる彼に、駿川たづなは純粋に彼が無理をしていないか心配をしていた。

 

 もちろん、彼の育成手腕についてはもはや疑う所はない。チームを結成してからチーム外のウマ娘に負けたレースはただ1件、それもアクシデントに見舞われてのこと。

 彼がチームを受け持つことになったあの日、理事長室で見せた彼の熱い眼差しが…嘘偽りのなかったことを、彼は結果で証明して見せた。

 しかし、今回は事情が違う。海外遠征なのだ。不慣れな環境に適応できず、遠征を失敗した例など枚挙に暇がない。あの皇帝ですら、それで失敗しているのだ。

 

 だが、立華が駿川たづなを真正面から見据えて返す言葉の、その表情は…その瞳は、いつか見たあの熱を携え、駿川たづなの心を揺らした。

 

「大丈夫です。…チームのメンバーだけでしたら、俺だけで出来るかという不安もありましたが…今回はスズカとタイキが助けてくれる。彼女たちは信頼できるウマ娘です。俺は二人を信じてますし、頼れる子たちです。きっと俺を、ファルコンを助けてくれる。そのうえで、俺が出来る最高の指導と支援をファルコンに出来るよう…ずっと前から準備していました。勝ちに行きますよ」

 

「…っ……」

 

「…向こうでのことは心配しないでください。それより、たづなさんに一つお願いがあるんです」

 

 立華のその瞳に貫かれるような熱を駿川たづなは己の胸中に感じながらも、しかし自分へのお願いの話が出てきたため、こほん、と誤魔化すように咳払いをしてから聞いた。

 

「ええ、もちろん…立華さんのお願いでしたらやれる限りのことはしますよ?これまであまり頼っていただけていませんでしたからね」

 

「恐縮です、たづなさん普段から忙しそうにしてるから…こっちも遠慮しちゃって。けど、このお願いはたぶん、たづなさんに負担がかかってしまって…けど、たづなさんにしかお願いできないんです。…頼らせてもらえますか?」

 

「っ…くすぐったくなる言い回しが得意なんですから。ええ、何でも言ってください。私は何をすればいいですか?」

 

 彼が普段のトレーナー業については全く問題がなくこなしてしまうため、これまで駿川たづなに何か特別に頼ったことがなく、その件について駿川たづなは思う所があった。

 もちろん、彼がトレーナー業をきっちりとこなしていることについては素晴らしいの一言に尽きる。時折遠目に観察しても、トレーナーとしてウマ娘を指導する彼は何の心配もいらないといった風に、ベテランの風格さえ漂わせるほどのそれであった。

 しかし、それでも最初の面談で、なんでも頼ってくださいね、と言った手前、何かしら相談してもらいたい、という…少し年上の自分からの、手間のかからない弟を、それでも心配に想う姉のような気持ちを抱えていたのも事実だった。

 

 そして、ようやく本日、彼が自分を頼ってくれた。

 彼はアメリカにまで行って愛バを勝たせようとしているのだ。そのために、自分に出来ることならばもちろん全力で支援してあげよう、という気になっていた。

 そうして立華の依頼を、駿川たづなは安請け合いすることとなった。

 

「記者からの取材を最小限に抑えたいので、ダービーの翌日にベルモントステークスの出走は発表する予定なんです。そして、その日のうちに俺達チームメンバーとスズカ、タイキはアメリカに飛びます。その後予想される記者からの取材依頼、たづなさんのほうから丁重に断ってもらっていいですか?」

 

「もちろん、それくらいのことでしたら!学園のことはお任せください!」

 

────────────────

────────────────

 

 ……あの頃の私を止めてやりたい。

 駿川たづなは鳴り響く受話器にまた手を伸ばしかけ、もう面倒になって一度大きく背伸びをして、しかし流石にまずいと改めて受話器を手に取った。

 勘弁してほしい。

 この番号を知る、全ての記者、週刊誌から連絡が来る勢いではないか。

 

 しかしそれも当然のことだ。

 あのチーム『フェリス』の次走、どこに行くかと様々な予想がされていたスマートファルコンがまさかのアメリカ3冠の最終戦に出走するという大ニュースなのだ。

 これを記事に出来なければ、レース記者としては名折れになるだろう。

 もちろん、他にも昨日の大接戦、レコードを記録した日本ダービーの事もあり、話題が尽きないチームである。

 そんなチームを取材したいというパパラッチの皆様の気持ちはわかる。勿論わかるのだ。

 だが、それが出来ない明確な理由がある。

 

「ですから…もう、学園にはチーム『フェリス』の皆様はいないんです!アメリカに行っちゃったんですよぉ!」

 

 最後は()きが入りながら、駿川たづなはまた一つの取材依頼を断った。

 もうまぢムリ。

 新人トレーナー呼んで電話対応させょ…。

 帽子の中でへにょり、と体の一部を折り曲げながら、駿川たづなは受話器を置いて机に突っ伏した。

 

 駿川たづなは決意した。

 これはもう、彼がアメリカから戻ってきたら一杯奢ってもらって、一晩中愚痴を聞かせなければならない。

 シメのラーメンは大盛でトッピングマシマシにしなければならない。

 脳内で、子供みたいに笑う立華の素敵な笑顔に後ろ蹴りを食らわせて留飲を下げながら、駿川たづなは担当のついていないトレーナーにヘルプの電話を入れるのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ここは自由の国、アメリカ。

 広大なる国土を誇るその経済大国に、我らチーム『フェリス』はやってきた。

 

「……こう、香りが違いますね。洗剤の匂いとでも言いますか…」

 

「コストコみたいな匂いがするねー☆んー、でもヤシの木とかあんまり生えてないね」

 

「それはハワイなの…でも、窓から見える駐車場の車とかはやっぱり外車ばっかりで、なんだか新鮮な感じなの」

 

 空港に降り立ち、俺の愛バ達がそれぞれコメントを零す。

 現地時間は午後三時を回ったところだ。

 長時間のフライトに揺られてたどり着いたのは、ケンタッキー州のルイビル国際空港。

 もちろんそこには、フェリスの3人のほか、俺の願いで付いてきてくれた二人も一緒に来ていた。

 

「私はこの空港の匂い、久しぶりって感じがするわ…ケンタッキーに来たのは初めてだけど」

 

「ワタシはすっごく懐かしいデース!!ンンー、帰ってきまシタ~!!」

 

 サイレンススズカとタイキシャトル。この二人も、今回の遠征についてきてくれた。

 沖野先輩と東条先輩の口利きを受け、快諾してくれた二人には感謝してもしきれない。

 二人の先輩の大切な愛バ達だ。きちんと様子を見て、無事に返せるように俺も大人として努力しよう。

 

 ああ、もちろん、忘れてはいけないもう()()

 

「…お、来た来た。オニャンコポン、無事だったかー?大変だったな」

 

 俺は空港係員からペットケージを受け取り、その中に入ったオニャンコポンに声をかける。

 流石に飛行機輸送で疲れたのだろう。だいぶへにょへにょとした顔だった。

 入国検疫をこの後に受けて、ようやくこいつも俺の肩に戻れるようになる。

 

「大変でしたね、オニャンコポン。後でいっぱいブラッシングしてさしあげますね」

 

「ふふ、時差ボケで眠そう☆でもオニャンコポンも無事に着けてよかったぁ」

 

「これで全員揃ったの!」

 

「そうですね…立華トレーナー、この後はタイキの実家に向かうんですよね?」

 

「ああ。迎えが来てくれるってことだけど…」

 

「きっとパパが来てますネー!ロビーに向かいまショー!ハリーハリー!!」

 

 無事オニャンコポンの入国免疫も終えて、俺たちはそれぞれの手荷物を受け取ってロビーに向かう。

 大きな荷物については事前にタイキシャトルの実家へ国際便で輸送しており、現地で受け取らせていただくように手配済みだ。旅は身軽な方が良い。

 特に、ダービーを走り終えた直後のフラッシュとアイネスには、重い荷物などを抱えてほしくなかった。

 

 あの激走を終えたのち、俺は二人の脚を触診して…かなりの疲労が蓄積されているのを読み取った。

 特にアイネスがかなり際どかった。幸いにして、骨折や筋膜剥離など、後に響くような症状は()()()()()()が、ダメージを抜くのに相当の期間を要する。

 この二人については今回の遠征の間はトレーニングは禁止だ。俺のほうで毎日のマッサージとストレッチを行い、脚の回復と、観光、そして応援に精を出してもらう予定である。

 

『…あっ、いた!ダディー!!会いたかったー!!』

 

『ヘイ、タイキ!!随分とでかくなったなぁお前ぇ!!そんで、そっちがフェリスのみなさんだな!!』

 

 そうして空港ロビーに向かえば、タイキシャトルの父親が待ってくれていた。

 以前の世界線で一度だけ見たことがある、大柄で胴回りが太く、いかにもカウボーイチックな方だ。

 被っているカウボーイハットとサングラスがこれ以上なく似合っている。

 俺はタイキに続くように近づいて、挨拶を交わす。

 

『ハロー、初めまして。チームフェリスの立華です。この度は本当にお世話に…』

 

『ハハハ、そんなかしこまりなさんな!ニッポンからやってきた若きチャレンジャー!俺はアンタを歓迎するぜ!』

 

『…サンキュー、じゃあ肩肘張らずにやらせてもらうぜ。これからうちの子たちが面倒かけるかもしれんがよろしく頼むな、ダンナ!』

 

『オーライ!!任せな、ポニーちゃんたちの最高の思い出にしてやるぜ!!さあ乗った乗った!我が家へご招待だ!!』

 

 ヘーイ!とガッツリ握手を交わして、俺とタイキファザーは意気投合した。

 以前の世界線の記憶が活きている。俺の知る彼はずいぶんとさっぱりとした大人であり、こうしたさわやかなやり取りを好みとしていることを俺は把握していた。

 HAHAHA!!とアメリカ流の笑いをお互いに零しつつ、俺たちは駐車場へ向かう。

 そこにはタイキファザーが俺たちの送迎に準備してくれたらしい、大型キャンピングカーであるエルモンテRVがあった。

 

『グレイト…随分イカした車じゃねぇか!いいねぇ、こういう車憧れてたんだよなぁ』

 

『fooo!この車も久しぶり!でもダディ、今日は友達が乗るから安全運転じゃないと駄目よ?』

 

『分かってらぁ、娘のダチに怪我一つでもあっちゃ悪いからな!肩の猫ちゃんも眠っちまうくらいの安全運転キメてやるよ!それとタチバナ、お前らがこっちにいる間はこの車貸してやっからよ、自由に使ってくれや!』

 

really(マジで)!?最高だぜダンナ!』

 

「…トレーナーさん、ああいう表情もできるんですね…素敵です…」

 

「うん…いつも以上にテンション高くて子供みたいで…グッときちゃう…☆」

 

「ちょっとカワイイの…」

 

「ウソでしょ…?」

 

 まさかキャンピングカーをお借りできるとは思わすテンションが爆上がりの俺の様子に、愛バ達から謎の熱視線が注がれていたがそれはオニャンコポンがオートガードでその視線を防ぐ。

 …いや駄目だオニャンコポンだいぶバテてるわ。流石にアメリカまでの空路はキツかったか。すまんな。

 肩の上でへなへなになったオニャンコポンを落とさないように気を付けながら、俺たちはキャンピングカーに乗り込んで、タイキシャトルの実家、大牧場を経営するそこへと向かった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 そうして車をしばらく走らせて、地平線に沈む綺麗な夕焼けなどを眺めながら、夜の帳も降りたころにタイキシャトルの実家に到着した。

 それは俺にとっては見覚えのある、どこまでも広大な大農家。

 俺たちはここで約2週間を過ごすことになる。

 

『よぉ、タチバナ。後ろのポニーたちに窓の外見るように言ってやんな。あっちの建物の方角だ』

 

『へぇ?なんかあるのかい?じゃあ…』「…みんな、窓の外見てみなってさ。右手の建物のほうだ」

 

『ふふー、きっと驚くよ?私の家、いつでも準備してるからね……あ、上がった!』

 

「…!すごい…!」

 

「わあ☆!花火!?きれーい!!」

 

「ウェルカム、って書いてあるの!!うわー、写真撮ろー!!」

 

「タイキ…ホントに実家に常備してたのね、ウェルカム花火…!」

 

 大農家の建物、その方角から上がるウェルカム花火。

 タイキシャトルが常に家に準備していマース!と豪語していたそれが、俺たちという来客に向けて、夜空へ盛大に放たれていた。連発だ。

 こりゃすげぇ。

 俺も思わず驚愕と感嘆で目を見開く。

 以前の世界線でタイキの家に来た時は昼間だったから、これを見るのは俺も初めてだ。

 ワクワクするのを抑えきれない。1000年たっても、やっぱりこういう刺激は心が躍る。

 

『HAHAHA!!気に入ってくれたようで何よりだぜ!ようこそタイキファームへ!!ゆっくりしてってくれよな!!』

 

 農場につき、笑顔で俺達チームフェリスとスズカを迎えてくれる、タイキの家族たち。

 それに深々と日本流のお辞儀を返して、それがまた向こうに受けた。ジャパニーズ文化はアメリカの人には良くウケる。今度忍術でも披露してあげよう。

 

 そして到着してすぐ、俺たちはさっそくバーベキュー大会に巻き込まれることになった。

 流石はタイキシャトルの実家だ。一休みという概念は彼らにはなく、盛り上がって楽しむことを何よりも大切にしているのだ。

 懸念として考えられるのは、こう毎日バーベキューを開かれてしまうと、うちのウマ娘達も気疲れしてしまわないかという点。

 だが、もちろん俺も事前にそこは相談しており、バーベキューを開くのは到着した今日と、今週末の日曜と、そしてレース後の合計3回までとさせていただいて、残りの日は食事はある程度落ち着いた場にしてもらう予定だ。

 レースに出走しないただの観光であればもっとはしゃいでもいいかもしれないが、今回の渡米の主目的はあくまでスマートファルコンの出走するベルモントステークスに勝利することである。それは忘れてはならない。

 しかし、同時に彼女たちは思春期のウマ娘であり、青春真っ盛りの時期だ。

 思い出も、作ってもらいたい。

 

「さあ、みんな。タイキシャトルのご家族の歓迎会にあずかろうか。今日は食べまくってよし!」

 

「ふふ、楽しみです。脚の疲労回復のためにも、いっぱい食べないとですからね」

 

「ファル子もいっぱい食べちゃうぞー!めざせ食い倒れ!」

 

「いやー絶対美味しいのあの肉…超上質なやつなの…サイズもすげーの!」

 

「タイキが日本のバーベキューは肉が小さい、って言ってたのが理解できたわ…以前の遠征じゃバーベキューはしなかったし…」

 

「今日は盛り上がりまショー!!ハウディー!!」

 

 そうして、夜も更けるまでバーベキューで大盛り上がりをして。

 俺たちのアメリカ遠征、その初日はそんなあわただしくも楽しい一日となったのだった。

 

 

 




アメリカっぽい描写は大体筆者の脳内イメージの捏造です。


余談
タイキシャトルとかエルとか日本語トンチキ勢は母国語になると雰囲気変わると思うんですよね。
個人的にはグラスが英語だとガラ悪い口調になる概念推し。

そうして感想欄で生まれたグラス口わるわる概念の妄想は以下の通り。


────────────────
────────────────

 ここはチーム『リギル』の一室。
 練習の合間に、補習を受けまいと必死に勉強をするタイキシャトルと、そのそばでストレッチに勤しむグラスワンダーの姿があった。

『ねぇグラス。ごめん、ここ教えてくれない?』

 そうして問題の途中で躓いたタイキシャトルは、グラスワンダーに問題の答えを聞きに行く。
 しかしその言語は英語であった。
 タイキシャトルもグラスワンダーも、アメリカ出身のウマ娘である。
 普段は勿論周囲に合わせて日本語を使う彼女たちだったが、こうして二人きり、もしくはエルコンドルパサーも含めた3人の時には、英語で会話することもよくあった。

『Whats that?…おいおいタイキ、簡単な現代文の問題だろ。アタシの学年だって解けるぜ』

 しかしグラスワンダーが英語で返したその口調、言葉遣いの内容に、もし彼女と英語で話したことがなく、かつ英語の文法を詳しく知るものが聞けば余りの違いに驚くだろう。
 普段、日本語を使うグラスワンダーのその口調は、大和撫子に憧れを抱く彼女らしくのほほんしっとりとした丁寧な言葉遣いである。
 だが、アメリカ時代…タイキシャトルとつるんでいたころのグラスワンダーは狂犬だった。
 日本文化に、大和撫子への憧れに目覚めてお淑やかさを身にまといその暴力的な狂気を抑えることに成功している今の彼女は、しかし英語でしゃべる時だけ過去の癖が顕著に表れる。

『日本語難しいのよ…なんで日本語ってこんなに漢字使うのぉ?ひらがなにカタカナとあって漢字まであって、本当に訳が分からないわ…!』

『ハッ、それがいいんだろうが。ムダに雰囲気を作って、それを味わうのがニッポンのWABI-SABIってヤツさ。どれ、見せてみな…あー……この問題、意味は分かってっか?』

『えーと、この「坊ちゃん」って人の気持ちを答えろって問題でしょ?でも、どこにそれが書いてあるのよ…わからないぃぃ…』

『バーカ、こんなのは大抵、問題文で線が引かれてる箇所の手前にヒントがあるんだよ。そのあたり重点的に探してみな?』

『フーム?そんなコツがあったのね…あ、もしかしてこれ!?ここの気持ち!?』

『だろうな。答えまでみてねェから確実じゃねーけど、十中八九それだろーよ。意外とシンプルなもんさ』

『ありがとー!いやー、グラスは日本語得意だから助かるわ!』

『どーもォ。あんまりアタシばっかり頼ってねェで早く自分で解けるようになりな』

 タイキシャトルに回答を示し終えたグラスワンダーは、そうしてまたストレッチに戻る。
 解き方のコツを教えてもらったタイキシャトルは、そうしてまた現代文の問題に戻り、うんうんと唸りながら解き進めようとしていた。
 その時である。ガチャリ、とチームハウスの扉が開いて、彼らのチームトレーナー、東条ハナが入ってきた。

「…あら、早いわね二人とも。タイキはもしかして、また補習?」

「オー!トレーナー、これはホシューではなくヨシューデース!次のテストで赤点取らないために頑張るデスねー!」

「お疲れ様です、東条トレーナー。ふふ、とっても真面目に頑張っておりますよ、タイキさん」

 東条ハナが、当然であるが日本語で二人に話しかけたところ、二人も思考を日本語に切り替えて言葉を返す。
 似非外国人のような、時々エルコンドルパサーとも語尾が被るタイキシャトルの独特のその口調と、そうして物静かで丁寧なグラスワンダーの日本語。
 その普段通りの様子に、東条もくすりと微笑んでチーム運営業務に入った。
 
 二人の母国語で会話するときの本当の姿を知るものは、少ない。
 そう、それはグラスワンダーと同室で、彼女にある意味での恐れを抱くエルコンドルパサーであったり。
 または、同じく英語圏からやってきた数人のウマ娘であったり。
 もしくは、英語を使うのを苦にしない、いつか海外遠征に赴く、肩に猫を乗せたトレーナーであったり────────





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

62 Coaching

 

 

 渡米して、タイキファームで過ごすことになり早2日。

 5人のウマ娘を前にして、今朝も午前の授業が始まる。

 

「うー…アメリカに来ても勉強するなんてぇぇぇ…!」

 

「ファルコン、君はウマ娘であると同時に学生なんだ。泣き言を言っても課題は終わらないよ?」

 

「仕方ありませんね。海外遠征に行くウマ娘には学園から必ず課題が出ますから」

 

「エルちゃんが課題ないがしろにしてて、日本に戻ってきたら補習地獄になった噂は知ってるの。そうならないように頑張るの」

 

 俺はタイキシャトルの実家の一室、机と椅子を並べた広間にホワイトボードを持ち込み、共に渡米した5人のウマ娘へ教鞭を執っていた。

 彼女たちは学生だ。2週間近い渡米中でも、当然だがトレセン学園のほうでは授業が普通に進んでいく。

 それを渡米中だからと言って、全く勉強していませんでした、レースの為の練習のほかは遊んでばっかりいました…という話は通らない。授業に置いて行かれることがないように、学園から課題が出され、それを終わらせる必要があった。

 

 そして何を隠そう、俺は教員免許を持っていない。

 持っていない。

 もう一度言うが持っていない。

 

 それはそうだ。俺はトレーナーである。

 トレーナーの養成学校では教員資格を取るコースも存在しているが、永遠の輪廻に入る前の俺はそれを受講していなかった。

 なんだか偉そうにホワイトボードの前に立っている俺だが、資格という意味では俺は本来ここに立つべき立場ではない。

 そもそも、彼女たちに課せられたのは課題であって、俺がいなくても彼女たちが自主的に行えばそれで学園からは○を貰えるものである。

 俺がここにいる必要はなかった。

 

 ではなぜこうしてここにいるのか。

 答えは、俺が勉強の指導も出来るから。

 1000年近いループの間に、当たり前の如く俺は彼女らウマ娘の、トレセン学園の授業カリキュラムをすべて把握している。

 なんなら担当したウマ娘が補習にひっかかり練習ができないなんてことがないように付きっ切りで教えてやったことも何度もある。

 

 そういうわけで、やらなきゃならない課題であれば俺がきっちり教えてとっとと終わらせてしまおう、というのが俺の案で、彼女たちもそれに応じてくれたというわけだ。

 彼女たちに課された課題はそこまで量があるものではない。1週間も俺が付き添ってやり、午前中を勉強の時間に充てれば全員しっかり終えることが出来るだろう。

 

 また、もう一つこれを行っている理由が俺にはある。

 それは彼女たちの時差ボケの解消だ。

 アメリカに来たことで、彼女たちの時計感覚は一度狂わされている。この時差ボケを早急に解消する必要がある。

 そのために最も効率的なことは、普段と変わらない日常のリズムで生活することだ。

 普段よりも夜更かしして遅く起きて…などとやってしまえばそれこそ時差ボケが解けなくなってしまう。

 俺はそういったことがないように、彼女たちにもキチンと普段と同じ時間に起きて、普段と同じように午前中を授業…課題に取り組む時間に使い、午後に練習をして、夜はいつもの時間に寝るように指示を出していた。

 

「…それにしても、立華トレーナー。その、教えるのが上手ですね…?」

 

「びっくりデース。どこかでセンセーをしていたコトがあったのデスかー?」

 

「先生って言うか、塾講師かな。学生時代にバイトしてた経験があってね」

 

「っ…………」

 

 俺はスズカとタイキから来た疑問に、いつもの方便で答える。別チームでトレーニングなどでも一緒をしない彼女らにとっては俺の手慣れた教鞭の様子に驚きがあるのだろう。

 人生経験だけは積みすぎている俺だ。勿論トレセン学園の教師たちはみな質の良い方々であるが、それに負けない程度には教えられるくらいの経験を積んできている。

 今回は5人だけ、学年も高2と高1の2つだけ。特に教える側で困ることはなかった。

 

 しかし、そんな話をしてたところでフラッシュのペンを走らせる音が止まった気がしたが…どうしただろうか。判らないところでもあったかな?

 

「…フラッシュ?質問があれば聞くよ?」

 

「あ、いえ…大丈夫です。少し考えていただけです」

 

 そうか。しっかり者の彼女がそういうなら大丈夫だろう。

 そうして俺は改めて5人の課題の進行状況を見守ることにした。

 だがここにいる5人のうち、3人は勉強について特に心配していなかった。

 

 フラッシュは皆が知っている通り、博学で頭の回転が速い。この年齢で、言語としては最難関を誇る日本語すら修めているのだ。

 アイネスとスズカも優等生だ。それぞれ普段の学業でも優秀な成績を収めており、スズカなどは渡米の為に英語を覚える要領の良さもある。

 彼女たち3人からの質問は殆ど来なかった。

 しいて言えば、フラッシュが初日に、現代文の内容で「登場人物の気持ちを答えろ」系の問題で、答えがわかるがそもそも答えを一つに絞る必要がないのでは、という質問を出してきた。

 思春期によくある、文学が好きな生徒に見られる疑問だ。

 

「…確かに、文脈から過不足なく読み取れるのはこの②の選択肢で、これが答えだということは理解できます。ですが、①も③も、決して間違いではない、そう解釈する余地はあると思うのです。どうして日本ではこういう問題が多いのでしょうか?」

 

「フラッシュ、君の疑問も尤もだと思う。そして俺は現代文の教師じゃないから、これから言う答えは適切じゃないかもしれないけれど…君の疑問に答えよう」

 

 過去の世界線で、シャカールやハヤヒデなどにも同じような質問をされたのを思い出す。

 そして当時の俺が、愛バが心から納得できるように真剣に調べて、考えて、出した俺なりの結論を彼女にも返す。

 

「…日本語は比喩表現や敬語、同音異義語が多い言語だ。特に文章を読むうえでは、読む人次第で色んな解釈が分かれることも多い。物語なんて特にそう。…けれど、色んな解釈をされてはいけない、答えが一つでなければならない文章、というものが大人になるといっぱいあるんだ」

 

「…それは、どういったものが?」

 

「例えば裁判の判決結果。例えば保険契約の約款内容。君達に絡むことであれば、レースのルール条文。これが、読む人それぞれで解釈が分かれてしまったらどうにもならないだろう?それらの文章が示す内容や意味は一つだけなんだから」

 

「っ。…なるほど、確かにそうですね…」

 

「うん。…で、そういった文章はすべからく、読みづらい遠回しな書き方であったり、漢字を多く使った格式ばったものが多い。それはなぜかというと、さっき話した通り解釈の余地を許さないためであり……話が戻って、そういった解釈を正しく文章から読み取る力をつけるために、国語や現代文にはそういった質問があるのさ。……半分以上、俺が大人になってから感じた答えだけどね。参考になったかい?」

 

「はい。すんなりと腑に落ちました。そういう意図で出されている問題だと思えば、答えは②しかないですね」

 

「ああ。…もちろん、物語を読むうえで色んな解釈をすることもとても大切だと思うから、そういった疑問があったらまた質問してくれ」

 

 そうしてフラッシュも笑顔を見せて、それを聞いていた他の4人も得心してくれたようで、現代文により精力的に取り組んでくれるようになった。

 

 

 閑話休題。

 

 

 さて、課題の話に戻って、俺が懸念していたのは残る2人である。

 スマートファルコンとタイキシャトル。

 この二人は、言ってしまえば赤点組だ。補習を受ける姿を、俺は過去の世界線で何度も見てきている。

 ファルコンは今回の世界線では俺の愛バなので、俺の臨時教師の甲斐もあって何とか平均点くらいの成績にはなってきているが、タイキが大丈夫だろうか、と思っていた。

 彼女が実家に戻ったことで成績がなお悪くなる様なことがあれば、俺は東条先輩に怒られてしまう。

 

 そうしないためにも、俺は試しに事前に一つの策を打つことにした。

 そしてこれがなんと、見事な大当たりを見せる。

 

『んー…タチバナ、ここの計算問題の解き方が分からないわ。前のページにあったこの公式を使ってみたんだけど』

 

『ん。…ああ、惜しいな。これも使うんだけど、このタイプの問題で使うことが多いのは…このページの公式なんだ。この二つの公式をしっかり仕組みから覚えることでこのタイプの問題はすんなり解けるよ。例題を一度解いてみようか』

 

『oh、なるほど!だったら、ここがこうなって…こうなるってこと?』

 

『正解。使い方もバッチリだ。その調子でここのページは全部解けるはず。頑張ってみよう』

 

『OK!』

 

 俺はタイキシャトルと英語でやり取りをしながら、彼女が取り組む数学の問題集…()()()()()()()それを見て、そして彼女の回答を導く計算式が間違っていないことを確認した。

 

 そう、俺は彼女に英語の教科書と問題集を準備してやっていた。

 これが覿面に効いた。

 理事長と、タイキの学年主任に相談して、渡米の間は彼女が日本語の教科書ではなく英語の教科書、そして問題集を解くことに対してOKを貰っている。

 タイキシャトルがこれまでトレセン学園で授業に苦労していたのは、()()()()()()()()()()()()()というそれに尽きたのだ。

 

 同じ悩みはエルコンドルパサーや、他の海外から留学しているウマ娘も数多く該当するだろう。エルなどは日本語を書くのも中々苦労するさまだ。

 ごく一部の例外として、フラッシュやグラスワンダーなどがいるが…彼女たちだって、先ほど現代文で質問があったように、日本語に完全に順応しているとは言えない。グラスは日本文化好きなのでまた枠が違うが。

 俺は今回の海外挑戦で、この事実を初めて実感することになったのだ。

 

 この渡米が終わって日本に戻ったら、一度教科書の見直しについて理事長に打診するべきであろう。

 もちろん、日本に留学に来ているのだから日本語を覚えなければいけないのは理解しているし、現代文などは変わらず実施するべきだが、それでも例えば日本語と外国語両方が書かれた教科書などを使うなどして、海外出身のウマ娘達の学習に陰りが出ないようにするべきだと思う。

 ずっと日本にいるというウマ娘もいるかもしれないが、フラッシュのようにいつかは故郷に戻るウマ娘も多い。そんな子たちは別に母国語を使って授業に参加してはいけないというルールはない。

 何なら業者に頼んで日本語の教科書や問題文に彼女らの母国語を赤書きする作業をさせるだけでも、彼女らにとってはだいぶ助かるものになるのではないだろうか。

 

 …若干話が逸れてしまったが、とにかくそういった構造化を行うことでタイキシャトルはもりもりと勉強に励んでいた。

 これまでの遅れを取り戻さんといった具合だ。素晴らしい事である。俺も聞かれたらよく教えてやろう。

 

 さて、ここまでつらつらと述べてきたが。

 結論として。

 

「……つかれた…☆」

 

「ファルコン。…休憩までもう少しだから、頑張ろう。判らないところはあるか?」

 

「ふぇ~ん……こことここが分からないですぅ…☆」

 

「はいはい…」

 

 今回の渡米の主役である、スマートファルコンの指導が俺の中で最も大きな懸念点となってしまったということだ。

 頑張れファルコン。とっとと課題を終わらせて何の懸念もなくベルモントステークスに挑めるようになろう。

 

 

────────────────

────────────────

 

「…時間だな。それじゃ休憩にしようか」

 

「はい。…結構いいペースで進めました。今週中には終わりそうですね」

 

「あたしもなの!2週間分って渡されたけど、集中してやればなんとかなるもんなの」

 

「フフー。ワタシも絶好調デス!説明が分かりやすくて助かりマスねー、戻ってもタチバナに教師やってほしいデス!」

 

「それは無理でしょ…?でも、うん、私も何とかなりそう。……あとは…ファルコン先輩?」

 

「………スズカちゃん。助けて……」

 

「先輩、学年が違うから助けられないわ…ごめんなさい…」

 

 俺はあまり根を詰めすぎないように、1時間に1度は、15分の休憩を設けることにしていた。今日はこの休憩が終わったらもう一度勉強してから昼食の予定だ。

 それぞれ、まぁ何とか順調に進んでいるといった具合か。

 恐らくフラッシュとアイネスは課題が早く終わるだろうから、そうしたらファルコンを見てもらうことにしよう。

 

 さて、彼女たちはいわゆる勉強をしており、頭の体操を存分に終えたところだ。

 体の運動であれば塩分補給が欠かせないが、頭の体操には糖分補給が欠かせない。

 しかしここはアメリカ。甘いものと言っても、アメリカンなお菓子は砂糖を大量に使っていたりして、口慣れない物も多いだろう。タイキは問題なく喜ぶかもしれないが。

 なので俺はそういったこともちゃんと考えて、彼女たちのためのお菓子を日本から手配していた。

 これから毎日お菓子が届く予定である。

 ウマ娘の調子を整えたければ甘味を与えろ。古事記にもそう書いてある。

 

『ヘイ、タチバナ!!日本からお前が送ったらしい荷物がクール便で届いたぜ!』

 

『お、サンキューダンナ、ナイスタイミングだぜ!』

 

 休憩中の部屋に、タイキファザーがやってきて大きな段ボールを一つ持ってきてくれた。

 ちょうどいい。彼女たちにそれぞれ配ろう。

 昼飯前だが、彼女たちウマ娘にとってこの程度のおやつであれば小腹を満たす程度にもなるまい。

 だが、食べなれた甘味というのはやはり異国の地では普段以上に美味しく感じるものである。

 

 俺は段ボールの包みを開けて、中から冷凍で届いたお菓子を取り出す。

 6月のケンタッキーは暑い。それも考慮し準備した、冷凍菓子。

 

「よし、おやつ食べようか。一人1パックまでな」

 

「…これは!トレーナーさん…日本から送ってたのですか!?」

 

「あ!これ好き…☆!」

 

「日本の味なの!」

 

「雪○大福…!!大福、好きなんです…!」

 

「オー!このアイスは私も大好きデース!」

 

 赤と白のパックに包まれたそれは雪○大福。

 サイズも大きすぎず、食べやすく楊枝も入っており、そして上品な甘さの味わい。

 嫌いなやついる!?いねぇよなぁ!!!!

 

『ホー、見たことねぇアイスだなそりゃ。何だい、ジャパンじゃ大人気なのか?それ』

 

『ダンナ、このアイスを売ってねぇ食品店は日本にゃねぇよ。…ああ、もちろんこのファームで働いてる人とタイキのご家族の分までちゃんと数は用意してある。冷凍庫に入れて後でみんなで食べてくれ』

 

『ダディ、このアイス本当においしいのよ?ほら、あーん…』

 

『お?どれどれ……あー……ん、んん!?皮の食感面ッ白ぇ!!薄い甘さがWABI-SABIだ!!ハハハ!!こりゃみんな喜ぶぞぉ!!』

 

 タイキがファザーに試食させたところ、ずいぶんと気に入ってくれたらしい。笑顔で段ボールを運んで行ってくれた。

 まあそりゃそうだろう。外国にはない、薄い餅で包んだアイスだ。珍しさの頂点と言ってもいい。

 そういったウケも考えてこれからのお菓子も選んでいる。明日は宇治抹茶チョコである。

 

「いい感じに糖分回ったかな?それじゃ、今日はもうひと踏ん張り頑張ろう!」

 

「ごちそうさまでした。ふふ、美味しかったです」

 

「よーし…ファル子頑張る!」

 

「こういう所まで気を配ってくれるの、本当に助かるの。よし、あたしも頑張ろー!」

 

「大福…もう一個くらい…」

 

「スズカ、お昼もちゃんと準備してますから食べるのはまた後デス!」

 

 甘味を食べてやる気アップした彼女たちは、またバリバリと課題に取り組んでいった。

 学生らしい、午前中の一幕であった。




調べたらアメリカでも「mochi」っていう雪見大福によく似たアイスがあるらしいですね。
まま、えやろ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

63 Majestic Prince

 

 

 

「よし、いいタイムだ!そのまま残り400m、スズカに競りかけろ!タイキに抜かさせるなよ!!」

 

「はい!…だりゃあぁぁぁ!!!」

 

「先頭の景色はっ、譲らない…!」

 

「ワタシも忘れてもらっては困りマース!!」

 

 渡米して1週間、俺たちはケンタッキー州の公共の練習コースを借りて、スマートファルコンの脚の()()()にかかっていた。

 フラッシュとアイネスはまだダービーの疲労が抜けていないので、走らせていない。ドリンクの準備やスタート、ゴール地点の合図などの庶務に努めてもらい、練習後の脚のマッサージだけ参加してもらっている。

 まぁもっとも、今3人が走っているのはアメリカではポピュラーなダートのコースである。

 二人のアメリカダートの適正は不明だが、基本的にフラッシュもアイネスも芝ウマ娘だ。走れたとしても併走は難しかっただろう。

 

「……ゴールです!一着スズカさん、約1バ身差でファルコンさん、クビ差でタイキシャトルさん…の順ですね」

 

「ふう…!気持ちよかった…!」

 

「…ぜー…!スズカちゃん、やっぱり速い…!最後の伸び、どうなってるの…☆?」

 

「フー!二人ともいい走りでしたネー!」

 

「お疲れさん、3人とも。…タイキは悪いな、全力で走らせてやれなくて」

 

「oh、気にしないでくだサーイ!二人とも速いから、走るの楽しいネー!」

 

 俺は併走を終えた3人に声をかけ、水分補給の指示を出しつつ、タイキシャトルへ謝意を述べる。

 今回の併走では、もちろん一番の目的はスマートファルコンの成長だ。

 だからこそ、今回併せに付き合ってくれている二人…彼女達に、どのように()()()()()()()()。それを俺は考え抜いて、そうして出した答えはこれだ。

 

 まずタイキシャトルについて。

 彼女はそもそも、短距離~マイルが専門だ。今回のベルモントステークスの2400mは距離適性の都合で速度を出して走り抜けることはできない。

 だから、2400mを走り切る2人に対して、タイキシャトルは800m先、コーナーを曲がり終えたところから併走をしてもらっていた。

 もちろんそうなれば、二人よりも短い距離を走るタイキシャトルに有利になり、ドリームリーグを駆ける彼女のことであるから、やろうと思えばスマートファルコンを千切ることは容易だろう。

 しかし、それをさせてはいけない。

 ファルコンの調子を整えるのに、二人にいつまでも勝てないってんじゃよくないからだ。

 

 だからこそ、俺がタイキに指示を出した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これによって、最終直線での粘り、競り合いが発生したときにファルコンが逃げ切る根性を鍛えることが出来る。

 後ろからドリームリーグのトップウマ娘が追いかけてくるその状況で、砂の隼がまた一段と覚醒してくれることを期待していた。

 もちろん、ファルコンはすさまじい成長を見せており、先ほどスズカに一バ身まで迫っていることからも、アメリカのダートにも問題なく適合できていることがわかる。

 チーム『フェリス』を結成した当初に行ったチーム『カサマツ』との併走と比べると雲泥の差だ。今ならカサマツのダートメンバーとも全力でいい勝負が出来るだろう。

 

 さて、そうしてタイキには猟犬の仕事をこなしてもらうことになった。これはいい。

 しかしもう一人の併走相手であるサイレンススズカ。

 彼女へお願いした指示が、中々にスズカにとってはキツい内容になっている。

 

「よし…じゃああと15分したらまた再開だ。次の併走ではスズカは…()()()()()()()()()()()

 

「…また、ですか………」

 

「そんな顔で見ないでくれ。…頼むよ、ファルコンにどうしても勝たせてやりたいんだ」

 

「いえ…我慢、しますが。でもその後の併走は私が前に行きますからね…!」

 

 その言葉に思いっきり仏頂面になったスズカからの視線をオニャンコポンでガードする。

 スズカに指示した走り方は主に2つ。

 

 1つは、ファルコンの後ろについて、スタートから走ってもらう事。

 これはファルコンの領域の発動をもっとスムーズに実施してもらうために、1000m地点で後ろから圧をかけてもらうためだ。

 タイキシャトルは先行の位置で走るため、1000m地点でファルコンには肉薄しない。

 だからこそ、1000m地点でファルコンを後ろから追い立てる誰かが必要で、それはスズカしかできなかった。

 こうして併走で何度も後ろからの圧を体験させ続けることで、もし本番のレースで後ろに迫るウマ娘がいなくても、領域に入らないまでもしっかり加速が出来るように慣れさせるのが目的だ。

 

 しかし彼女を自由に走らせると絶対にハナをとる。

 途中でファルコンを抜かしにかかる。

 これは確信だ。何よりも信じられる。

 

 なにせ、スズカは俺が初めて運命を共にしたウマ娘だ。

 彼女の走りへの想い、癖、仕草。

 どれ一つとして、忘れられるはずがない。

 

 だからこそ、その負けん気を諌めるのに大変に苦労した。

 オニャンコポンがいてくれて助かった。本当にいつもありがとうオニャンコポン。

 

 

 さて、そしてもう一つの指示だが、これは彼女本来の走りで、普通にファルコンの前に出て走ってもらうという事。

 なぜこれを指示として表現したかという話だが…今のスズカは俺が育てていた時の走りではない、沖野先輩に育てられることで彼女が持つ真の走りに覚醒していたからだ。

 

 それは、()()()と呼ばれる逃げウマ娘の極致。

 

 俺が担当していた時は、スタートの瞬間からそこまで距離的アドバンテージを取らなかった。通常の逃げと大差ない走りをさせていた。

 故障を恐れた俺がそうさせなかったというのもある。

 また、当時まだ未熟だった俺が、大逃げという作戦に若干の忌避感を持っていたことも事実としてあった。

 

 しかし、沖野先輩はそんなトレーナー側からの指示を一切スズカにしなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()

 その一言で、スズカは…東条先輩のチーム『リギル』から特別移籍を行い、スピカへ所属、大逃げに開眼し…のちの活躍は、皆が知るところだ。

 

 やはり沖野先輩へは敬意しかない。勿論、その前に彼女を鍛え上げた東条先輩も。

 俺がスズカと共に3年を過ごしたときに出した実績をはるかに上回るこの世界のスズカを見て、改めてお二人への敬意を深めた。

 

 さて、そうして、俺はスマートファルコンに大逃げを覚えさせるために何度も前と後ろを変えて併走を行った。

 今回のベルモントステークス、彼女の作戦は大逃げの予定である。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 だからこそ、しかしそれが出来る併走相手が得られたことの幸運をかみしめつつ、俺は二人で…いや、最終直線での粘りも持たせるために三人で、何度も併走練習を積ませた。

 アメリカに渡る前までに、ファルコンの脚の調子は完璧に仕上げてある。

 2週間弱、過度な負担はかけないように調整した併走練習をこなす程度であれば、彼女の脚の輝きは一切失われない。

 いや、むしろより強く。ピークをベルモントステークスにぶつけられるように調整してあった。

 

「ファルコン、事前に説明した通りだが……タイムを意識するな。スズカの呼吸を意識するんだ。全力で気持ちよく駆け抜けて、そうして最後の直線で走れる脚を残す、息を入れるタイミングを盗め」

 

「はい!何度か走っているうちに、スズカちゃんの呼吸もわかってきたから…次はもっと行けると思う☆!」

 

「いい返事だ。…よし、じゃあ併走を始めるか。フラッシュ、アイネス。スタートとゴール頼む」

 

「承知しました」

 

「はいなの!」

 

「ああ。…さて、スズカ。この併走と、次の併走が終わったら…一旦長く休憩をとって、君の脚をよく診せてもらいたい。いいか?」

 

「…ええ。沖野トレーナーからも、そう言われているんですよね?」

 

「ああ。…万が一にも、君の脚に何かあっちゃいけないからね。俺に触られるのは嫌かもしれないが、我慢してくれるか?」

 

「大丈夫です。…沖野トレーナーが信頼する貴方を信じます」

 

「…すまんな」

 

 俺は愛バたちそれぞれに指導と指示を飛ばしてから、スズカの脚の負担について意識を飛ばした。

 彼女の脚は、今や完調しているところだが、しかしそのスピードについてこられずに一度壊れたことがある。

 沖野先輩が心血を注いで奇跡の復活を遂げさせたその脚を、万が一にも俺が壊すわけにはいかない。

 

 そのために、俺は彼女の脚も触診をさせてもらう許可を沖野先輩から得ていた。

 そして、俺を信頼して脚を預けると言ってくれるスズカには、感謝してもし足りない。

 

「ムー!タチバナ、ファルコンとスズカのことばかりデース!!ワタシのこともかまってくだサイ!!」

 

「ん、ごめんなタイキ。しかし君の脚は俺から見ても完璧な仕上がりだからな…思わず見惚れちまうほどだ」

 

「…ワォ♪」

 

「だから二人ほど心配はしていなかったんだが…でも、不調や違和感が少しでもあったらすぐに相談してくれよな。スズカもだけど、もちろん君のことも気にしてるよ。それは本当」

 

「……フーム、そこまで言うなら許してあげマース…ンフフ…♪」

 

 そうして二人のことばかり気にかけていたら仲間外れにされて寂しかったのか、タイキシャトルから抗議の声が上がった。

 しかし彼女の脚は、その豪脚を発揮する、パワーに溢れた大黒柱だ。

 俺が最終的にウマ娘に求める、ダイヤモンドのような筋肉が恐るべき密度で備わっている。完成形と表現してもいい。

 東条先輩の指導と彼女の才能が、その脚を黄金よりも価値のあるものへと仕上げていた。

 たとえ大雨の重バ場の中であっても、彼女はその力を地球へ100%伝えきるだろう。

 

 そんな俺の想いを、俺なりにわかりやすくかみ砕いて彼女に説明したところ、納得してくれたのか一先ず笑顔を見せてくれた。

 その笑顔が普段のアメリカンなそれとは違う、なんだかとてもしっとりとしたもののように感じられたが、些細なことだろう。

 よかったよかった。

 

「…………」

 

「……なの」

 

「………☆」

 

 妙だな。

 スズカとタイキのことを気にかけていたら、何故かスタート地点と、ゴール地点と、スタート準備を始めるファルコンのほうから急な寒気を感じ出した。

 

 まさか────────風邪か?

 いや、勘弁してくれ。彼女らを率いる俺が体調を崩してどうするというのだ。

 

 しかし、しばらくしたらその寒気は気のせいだったのか、すっかり感じなくなっていった。

 よかったよかった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 さて、そうして練習を積む日々を過ごしつつ。勉強もやっと終わりを迎え、土日では休みの比重を多くとりながら、タイキファザーから借りたエルモンテRVでウマ娘達と日帰りの旅行などもして調子を絶好調に整えて1週目を終えて。

 2週目、午前中の時間を俺はファルコンの挑むベルモントステークスのレースに関わる勉強の時間に充てていた。

 

「…さて。先日発表された通り、これが今回ファルコンが挑む相手…ベルモントステークスに出走するウマ娘達だ」

 

 俺は自分の開発したアプリで、誰がベルモントステークスに出走するのかの情報はあらかじめ仕入れていた。

 もちろん、ファルコン以外はすべてアメリカのウマ娘である。トレセン学園にいれば中々情報などは耳にしない相手だ。

 しかし俺()()が作ったアプリの機能なら、外国を含めた世界中のレースに出走するウマ娘の情報がネットから自動的に収集される。

 レース映像なども過去走ったものがウマチューブなどに上がっていれば、それを読み込んで表示することが出来た。

 これは調べようと思えばネットで誰でも調べられる情報であり、しかしその手間を省いてくれるのがこのアプリのいい所だ。

 俺と()()で作った、自慢のアプリである。

 

「勿論、全部のウマ娘の走りや作戦をこれから頭に入れてもらうわけだけど…まず、一番注意するべきはやはりこのウマ娘だな」

 

 俺は大部屋に集まる彼女たちに、プロジェクターを使って拡大したタブレットの画面の映像を見せて、今回ベルモントステークスに出走するウマ娘の中で最も気を付けるべき相手の情報を表示する。

 このウマ娘が出走するからこそ、俺はファルコンに大逃げの作戦を取らせることになった。

 

「アメリカ三冠、そのうち()()()()()している、()()()ウマ娘だ」

 

 画面に表示される、長い栗毛を纏わせたウマ娘。

 その名を。

 

()()()()()()()()()()()()……」

 

「…外国のウマ娘は、名前が長い方もいると聞きましたが、この方がそれですね」

 

「トモが見てわかるくらい発達してるの。絶対走るの、この子…」

 

「…これまで無敗。先行で走って、最後の直線で圧倒的な末脚を見せている…」

 

「ムー。身長は私くらいデスねー」

 

 俺は彼女のデータを示したグラフなどを見せながら、各々の感想を聞いて頷く。

 三冠にリーチをかけた、すさまじい実力をもつウマ娘。

 もちろん、他全員がライバルであり気を抜けないことは確かだが…このウマ娘が、ベルモントステークスを勝ちきる上で間違いなく大きな壁となることも確かであった。

 特に、その領域(ゾーン)がヤバい。

 

「とりあえず、過去のレース映像を見てもらうか。一度見れば恐ろしさが分かると思う。気付きがあったら言ってくれ」

 

 俺は自分で何度も研究して見ていた、彼女のレース映像をスクリーンに映した。

 彼女が走ったGⅠ、アメリカ三冠の1戦目、ケンタッキーダービーの映像だ。

 

 スタートして、問題ないスタートを切ったマジェスティックプリンスが先行の位置につき、そうしてレースが進行していく。

 ここまでは特に問題ない。通常のレースと同じ展開。

 

 しかし。

 500mを越えた時点で、事態が一変する。

 

「…!!これは…!」

 

領域(ゾーン)…!このタイミングで!?」

 

「早いの…しかもこれ、かなり特殊なタイプなの」

 

「……彼女を中心として、()()()()()()()()()()()()()()……、ように感じられるわね」

 

「ムー。しかもそのドームがビッグデース…半径50mはありマース」

 

 流石はトレセンが誇る稀代のウマ娘たちだ。領域の発動を、その形状と範囲を一目で見破った。

 だが、一番問題なのはその効果だ。

 

「…トレーナーさん。これ、このドーム状の領域(ゾーン)は…その範囲内のウマ娘の、スピードを奪うようなものですか?」

 

「正解だ、フラッシュ。…みんなも、ドーム内のウマ娘の表情をよく見てくれ」

 

「…うわ、すごく苦しそう…!」

 

「あたしも先頭を走ってみんなの速度を落とすためにハイペースにしたりするけど…その効果が前にも後ろにも…!?」

 

「…かなりの広範囲、そこを走るウマ娘全員のスピードを奪う…」

 

「厄介な相手デース…」

 

「みんなの言う通りだ。…だが、真に厄介なのはここからだ。よく見てほしい。」

 

 そうしてマジェスティックプリンスは1500mほど、最終コーナーを抜けるあたりまでその領域(ゾーン)を維持し続けて、周囲のウマ娘全員から速度を奪った。

 奪うということは、己のものにするという事。

 そうしてスローペースの展開になった最後の直線で、奪った速度を己の脚に乗せて、他のウマ娘をぶっちぎって一着を取っていた。

 

「────────」

 

 そこで映像が終わり、少しの静寂。言葉もないといった様子のみんなを見てから、俺は俯いているファルコンに向けて、言葉を紡ぐ。

 

「…これが君が戦う相手だ、ファルコン」

 

「……うん。ものすごく、相手が強いってことはわかった…」

 

「…マジェスティックプリンスに勝つには…領域(ゾーン)で速度を奪われてもなお上回る圧倒的な力の差を見せつけるか、そもそも彼女の領域(ゾーン)の範囲に入らないという選択をする必要があった。だから君に、大逃げを覚えさせた」

 

 そう。

 マジェスティックプリンスとまともに戦おうとすれば、相当な実力差をもってぶつからねばならない。

 もちろん、それでファルコンが及ばないとは考えない。砂の隼として覚醒している彼女であれば、領域の影響を受けてもなお、なんとか勝負はできるだろう。

 だが、()()()()、だ。

 勝てる可能性が、濃いとは言えない。

 俯く彼女の気持ちもわからないわけではない。不安も覚えていることだろう。

 

「50m…おおよそそれだけの距離を彼女からとりながら、1500m地点までは走り続ける。相手の領域(ゾーン)が終わったら息を入れて、最終直線で他のウマ娘からスピードを奪ってきた彼女とぶつかり合う。後は根性勝負…に、なると見込んでいる」

 

「…わかったよ。でもね、トレーナーさん」

 

 映像を見終えてから俯き加減だったスマートファルコンが、顔を上げた。

 その顔は、()()

 

 口を細く下弦の月のように形作り。

 愉悦(わら)っていた。

 

()()()

 

「っ」

 

「私は…相手がどんなに強敵でも、負けない。砂の上では、誰にも負けるつもりはないから」

 

「……ああ、その意気だ。その言葉を、俺は待ってたよ」

 

 不安なんてとんでもなかった。

 彼女がため込んでいたものは、闘志。

 相手がどんなに強くても、絶対に負けてやるもんかという強い意志。

 

「トレーナーさん。この子に勝たせて。レースに出走するウマ娘、全員に追いつかせない…そんな走りを、ファル子にさせて?」

 

「ああ、勿論だ」

 

「私が、砂の上では最強だってことを…貴方の手で、証明してほしいな」

 

「任せろ。そのために、俺はここにいるんだからな」

 

 そうして、俺はスマートファルコンの頭を撫でる。

 任せてくれ。

 君が、そうして勝ちたいという強い意志を持つ限り。

 俺も、君の勝利を諦めるはずがない。

 

 ()()()勝たせて見せる。

 

「あと1週間。…頑張ろう、ファルコン。そして、みんなもファルコンが勝てるように…力を貸してくれ」

 

「勿論です!」

 

「はいなの!」

 

「ええ。先輩が最強を証明して…そうしたら、いつか私とも洋砂の上で走ってくださいね」

 

「オット!その勝負はマイルでやりまショー!私も参加しマース!」

 

「みんな…うん!えへへ、ありがとー!!」

 

 強敵を目の当たりにしてもなお、俺たちは勝利に向けて意識を新たにして。

 そうして、更なる研鑽と研究を進めていった。

 積み上げるものは、砂の隼の誇りと魂。

 

 異国の地で、俺は必ずスマートファルコンに砂のGⅠの冠を。

 

 

 ベルモントステークスが、もう間もなく始まろうとしていた。

 

 

 




ライバルウマ娘の名前は無敗でアメリカ二冠を達成した史実馬より拝借しています。
が、能力とか性格とかはオリジナルのものです。名前かっちょよすぎたのでお借りしました。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

64 The soul's roar

 

 ベルモントステークス当日、俺達6人と一匹はベルモントパークレース場へ着き…そこで、一人のアメリカウマ娘と出会っていた。

 

「やぁ、久しぶりだねスズカ。元気だった?タイキも…他の皆様も遠路遥々ご苦労なことで」

 

()()…!久しぶり!」

 

「久しぶりデース!今日はそっちの性格デスねー?」

 

「仮面はだいぶ前に捨てたのさ。ふふ、懐かしいな」

 

 オベイユアマスター。

 アメリカ出身のウマ娘にして、日本のレースであるジャパンカップで葦毛の怪物(オグリキャップ)白い稲妻(タマモクロス)を抑えて一着を取ったこともある、実力のあるウマ娘。

 彼女がベルモントパークレース場で俺たちを出迎えてくれていた。

 彼女と親交の深い…アメリカ遠征時代に生活で世話になっていたサイレンススズカと、トレセン学園に転校する前に旧知の仲であるタイキシャトルが、笑顔を見せてあいさつを交わし、それぞれにオベイユアマスターがハグで返す。

 俺もまた、彼女らのトレーナーとして挨拶をしようと英語で話しかける。

 

『やぁ、オベイユアマスター、初めまして。俺は彼女たちの監督で同行している───』

 

「───英語は不要だよ、カズト=タチバナ。…現状でGⅠ5勝、敗北はアクシデントかチーム内での食い合いしかない、そんな化物チーム『フェリス』を率いる若き天才トレーナー。お会いできて光栄だ」

 

「…君ほどのウマ娘に承知いただいていたとは恐縮だね」

 

 笑みを浮かべながら、彼女は名乗っていない俺の名前を答える。

 そうしてチームの戦歴さえも、あえてこの場で言葉に出した。

 その笑顔の意味を俺はよく知っている。策士のウマ娘がやる顔だ。

 

 しかし、今日は彼女らは一先ず俺たちの味方でいてくれる。

 ベルモントステークスの、この不慣れなレース場で出走登録手続きまでと控室などを案内してくれることになっていた。

 そこについて俺はまず感謝の気持ちを伝える。

 

「…今日はありがとうな、俺たちの案内を買って出てくれて。不慣れなレース場だったから助かるよ」

 

「気にしないでほしいな、日本の友からの頼みだ。スズカやタイキともこうして会えたしね。…オグリやタマは元気かい?」

 

「元気さ。オグリは相変らずよーく飯を食べて俺の財布を空にするし、タマのツッコミはキレにさらに磨きがかかってる。…二人ともオベにも会いたがってたぞ」

 

「……ははっ。タチバナ、私が事前に仕入れた情報通りだな、貴方は」

 

「ん、俺のことまで調べていたのかい?テレるね、弱点とかも探られてたかな?」

 

 彼女があらゆる情報を収集するのを武器としていることは知っている。

 なにせ、かつて俺と彼女はジャパンカップで覇を争った。

 その時の俺の愛バは後ろにいる三人ではなく、白い稲妻であり…その時俺は情報戦の恐ろしさを初めて味わった。

 アプリの開発がその世界線の次の次くらいだったので、アプリで情報収集できるように仕上げたのはこの子の影響が大きい。

 情報を制する者がレースを制する。

 

 なお、そんな彼女がこうして案内を買って出てくれた理由に、オグタマが絡んでいる。

 スズカの知り合いでもある彼女だが、それ以前にジャパンカップで鎬を削った二人とは交友があり、今回俺が口利きをお願いして、オグリから連絡を入れてもらい、こうして本日顔を合わせているというわけだ。

 

「気にしないでいい、貴方と私がターフの上で走ることはないのだからね。…行こうか、受付はこっちだよ」

 

「ああ、助かる。それじゃ行こうか、みんな」

 

「…………」

「………☆」

「……なの」

 

 

 まだ俺何もしてなくない?

 俺はただ、この世界線では初対面のウマ娘と挨拶を交わして親交を深めていただけだというのになぜか振り返ってみた俺の愛バたちはトライフォースの構えを取ろうとしてくる。

 オニャンコポンがオートガードを発動し事なきを得たが急にどうした。

 外国の、アウェイの雰囲気で高ぶっているのだろうか。よくないな、少なくともファルコンは控室でしっかり落ち着かせないと。

 

「……なぁスズカ。彼らはいつもああなのかい?」

 

「そうね、いつもああなの。距離感は大切にした方がいいわ…」

 

「ンー…4人目としてエントリーすべきか悩みマース……」

 

 そして歩く先、仲のいいアメリカ組3人が俺の耳に届かない程度の小声でひそひそと話していた。

 彼女らも積もる話もあるのだろう。別に俺に聞こえるように話してくれても構わないんだが。

 

 そうして俺はスマートファルコンの出走受付を終えて、控室へ向かったのだった。

 

────────────────

────────────────

 

「すぅー……はぁー………」

 

 控室で、スマートファルコンがいつもの様にオニャンコポンをキメて気持ちを落ち着けている。

 今、部屋の中にはオベイユアマスターを除いた6人が集っている。

 オベイユアマスターは俺たちに場内を案内し、控室に着いた時点で別れている。

 

「一応、私もアメリカ側のウマ娘で…情報戦で戦う事も有名だからね。控室まで一緒にいるわけにはいかないだろう。貴賓席で君達のレースを見届けさせてもらうさ」

 

 そう気遣いの言葉を零して、貴賓席へ向かっていった。

 

 なお、貴賓席についてだが、これは日本の大きなレース場にもある、レース場独特の設備だ。

 かつて優秀な成績を残したウマ娘は、ここで無料でレースを観戦する権利を与えられる。

 彼女らへの特典でもある他、そういった有名ウマ娘が観客席に普通にいるとファンが混乱を起こす可能性があり、それへの対策という意味合いもある。

 日本ではルドルフやマルゼンスキーなどがよく使っているシーンを諸兄らもご存じであろう。

 

 閑話休題。

 

「……ファルコン」

 

「うん……大丈夫。落ち着いてる……落ち着いてるよ……!…私、絶対勝つよ………!」

 

 俺は彼女の名を呼ぶが、オニャンコポンから顔を上げた彼女を見て、僅かに懸念を持った。

 熱が強すぎる。

 その瞳から溢れる熱は、これまでのどのレースよりも強く燃え上がっている。

 彼女自身は自覚はないのだろうが、脚もわずかに震えている。

 恐怖や委縮ではない。武者震いだ。

 それはわかる。戦意が、走りたいという想いが、勝ちたいという想いが溢れて起きるそれ。

 

 その、テンションの高さ自体は悪い事ではない。

 以前より砂のGⅠでの勝利を求めていた彼女は、しかし海外でのレースという特殊な状況でさらに熱意を高めてしまい、それが暴走しかけている状態だ。

 熱すぎる。もう少し、冷静な思考を取り戻さねばなるまい。

 このままレースに臨んでしまったら、興奮しすぎて()()()()()()()()()()()()()()()()()()ほどの興奮。

 

「……ファルコン、もう少し落ち着こうか」

 

「落ち着いてるって!この日を、このレースをずっと待って…!」

 

「ファルコン」

 

 俺はそんな昂る彼女に近づいて、小柄な彼女をそっと両腕で抱きしめてやった。

 息を呑むような音が複数聞こえるが、今は彼女の気持ちを落ち着けることが何よりも大切だ。

 

「っ……!」

 

「…俺の心臓の音を聞いて」

 

 これまでの世界線でも、同じように昂りすぎたウマ娘を落ち着けるために、俺がしてきたこと。

 心臓の音を、その耳に聞かせる。

 もちろん、俺の心臓だってこれだけ大きなレースを控えた直前だ。それなりに早鐘を打っている。

 だがウマ娘であり、高ぶっているファルコンほどの早さではない。

 心臓の音のリズムの違いを、その大きなウマ娘の耳に直接響かせることが、一番落ち着ける手段であると俺は結論を出していた。

 

「……う…………ぁ………」

 

「…俺も、緊張してるさ。相手は強敵、君の初めての2400m、外国のレース…挙げれば、不安はキリがない。けどな…」

 

「……………」

 

「俺は、君が勝てると信じている」

 

「っ☆」

 

 俺は胸元にファルコンの頭を抱いたまま、本心を想いを籠めて零す。

 勝てると、信じている。

 その言葉に嘘はない。

 そうして、彼女がレース前によくおねだりしてくる…その、形の良い頭を撫でてやりながら、言葉を紡ぐ。

 

「俺が見い出して、俺が育てて、チームのみんなで成長してきた。…君は、俺の誇りだ」

 

「……うん……」

 

「だから、そんな君が…落ち着いてレースに臨み、勝つ姿を見たい。信じてるぜ、ファルコン。砂の隼として世界に羽ばたく君を」

 

 ファルコンの呼吸と心音が随分と落ち着いたものになってきたので、俺はそこまで言って一度体を離した。

 俺の胸元から顔が離れ、見上げるように俺の顔を眺める彼女の表情は、ずいぶんと蕩けたようなそれだった。

 ()()()()()()()()()()()

 この方法で、この表情を作れたウマ娘は、この後必ず好走を見せてくれることを俺はこれまでの世界線で学んでいた。

 

「……次、次は絶対に私もアレをやってもらいます…!」

 

「ズルいの、あたしにもやってもらうの…!」

 

「掛かってる…ウソでしょ…」

 

「ワタシもアレやってほしいデース…」

 

「ウソでしょ…!」

 

 そんな様子を見守っていた他のウマ娘達がなにやら小声でやり取りしているが、俺はそちらに気を取られることなく、ただファルコンを見つめ返し続けていた。

 みんなには悪いが、これから人生の大一番を迎えるファルコンが今は何よりも大切だ。

 

「……もうすぐ始まりだ、ファルコン。行こうか。砂の栄光が、君を待っている」

 

「…うん☆ファル子、絶好調!全力で走る私を見守ってててね、トレーナーさん!」

 

 時間が来た。

 俺たちは、控室を出てレース場へ向かう彼女の背中を見送ったのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 ベルモントパークレース場。

 ゲート前に集まる14人のウマ娘達。

 その中に、観客の歓声を一身に浴びるウマ娘がいた。

 

『プリンス!プリンス!プリンス!』

 

『ハーッハッハ!!ファンの皆様はアメリカ三冠ウマ娘の誕生を心待ちにしているようだね!』

 

 砂の上で高笑いをかます、栗毛のそのウマ娘。

 マジェスティックプリンス。

 当然の一番人気に選出された、無敗の二冠ウマ娘だ。

 

 彼女はこのクラシック三戦目、ベルモントステークスで己が勝利することを確信していた。

 脚の調子もいい。コンディションも抜群。

 アメリカ三冠は3つのレースの間隔が短く、特にこの三戦目は最終戦になる上に長い距離を走るため、調子を落とすウマ娘も多く、それで涙を呑んで3冠目を獲得できなかったウマ娘も多い。

 そのため、日本以上に三冠ウマ娘が生まれにくい歴史をたどっていた。

 

 だが、今日のマジェスティックプリンスは明らかに調子を仕上げてこのレースに臨めていた。

 観客のテンションもうなぎ上り。

 最高潮の熱をもって、ファンファーレが鳴らされる。

 そうしてファンファーレののち、このベルモントステークスにおける文化の一つである、観客全員による『ニューヨーク・ニューヨーク』の大合唱が行われる。

 

 その合唱の中、一人のウマ娘が拙い英語でマジェスティックプリンスに声をかける。

 

『今日は、よろしく。マジェスティックプリンスさん』

 

『おや?君は日本からの挑戦者であるスマートファルコン君だね。ハーッハッハ!今日は頑張ってくれたまえ!私が歴史にその名を刻む、そんなレースになるだろうけどね!』

 

 その不慣れな英語をあざ笑う意味ではなく、元々のテンションのそれでマジェスティックプリンスがスマートファルコンに返事を返す。

 その流麗な英語の、その意味をスマートファルコンは十全に理解できたとは言えない。

 彼女は英語が得意ではないのだ。

 

 だが、君は勝てないよ、と言われているのだけはわかった。

 だから、トレーナーと事前に考えておいた、決め文句だけをスマートファルコンは返した。

 

『……砂の上では』

 

『なんだって?』

 

『──────砂の上では、誰にも、負けるつもりは、ない』

 

 その一言だけ、最後に述べてから。

 ゲートに向けて意識を集中し始める。

 

 先ほど、トレーナーが解してくれた緊張を、更なる闘志と変える。

 だがそれは暴走した熱にはならない。

 焦るな。

 落ち着け。

 ゲートを出る瞬間に、ミスをするわけにはいかない。

 

 ()が、その失敗を()()()()()()と。

 そう叫んでいるような気さえして。

 

(…見ててね、トレーナー)

 

 いつか、彼に見初められて初めて走った選抜レース、ダートレースに挑むときのように。

 スマートファルコンは、想う。

 

 貴方が見つけてくれた、私が。

 砂の上でどれだけ輝けるのか。

 

 貴方に、魅せたい。

 

 

 

 私は、このレースに()()()()()

 

 

 

────────────────

────────────────

 

『……………』

 

 オベイユアマスターは、貴賓室からゲート前に集まるウマ娘達を見下ろしていた。

 今日のレース、先ほど世話を焼いたスマートファルコンも出走するアメリカ三冠の最後の1冠、ベルモントステークスだが……マジェスティックプリンスが勝つだろう。

 そうオベイユアマスターは事前に集めた情報から推理していた。

 

 スマートファルコンも、相当の仕上がりだった。

 もちろん、他のウマ娘達もそれなりに仕上げてきている。

 だが、マジェスティックプリンスの仕上がりがダントツだ。

 この短いスパンのアメリカ三冠の最終戦で、よくぞここまで仕上げ切ったものだ。

 

(…確か、彼女の所属しているチームは今年になってから()()がサブトレーナーについていたはず。そのせいか…?)

 

 オベイユアマスターは思考を彼女のその仕上りの原因、彼女のチームのトレーナーへと伸ばす。

 彼女の所属しているチームはこれまでも優秀なウマ娘を多数輩出している強豪だ。

 強い事には強い。だが、それでもここまでキッチリと仕上げ切ってくるとなると、別の要因が加わっているものだと推察できる。

 となれば、今年からサブトレーナーとしてチームに加わった()()が何かしたのだろう、とオベイユアマスターは観客席からの大合唱の中で考えていた。

 

 そんな時だ。

 一人のウマ娘が、貴賓席に入ってきた。

 

『…お邪魔するわ』

 

『ああ……────ッッ!?』

 

 珍しく、オベイユアマスターが驚愕の表情を取る。

 それは当然と言えるだろう。

 なにせ、入ってきたのは今まさしく彼女の思考が差していた、()()だったのだから。

 

『……珍しいじゃない。貴方がここにくるなんて』

 

『気紛れよ』

 

 そのウマ娘は、ずいぶんとやさぐれた目つきでレース場を一瞥し、どかっとクッション性の利いたソファに腰を預ける。

 彼女の気性難は有名だ。

 修道院育ちであるため言葉遣いこそ何とかなっているが、自分のやりたいことをやり、周囲をあまり気にかけず、唯我独尊を貫く…そんなウマ娘であることは、当時彼女と共に走ったウマ娘全員が知っていた。

 問題は、彼女がまた強すぎたことだ。

 今は引退し、専門学校でトレーナー資格を取り、サブトレーナーとなっている彼女が残した実績は、米国年度代表ウマ娘と最優秀クラシックウマ娘のW受賞。エクリプス賞を2つも獲得している。

 アメリカクラシック二冠も達成し、化物のような強さと共にアメリカのレースを荒らしまわった。

 その走りは、観客に沈黙を強制させる。

 

『…気紛れ、ね。マジェスティックプリンスへの応援とかそういうのはないのかい?』

 

『そういう面も無くはないわ』

 

 オベイユアマスターは、先ほどの自分の思考…今回のマジェスティックプリンスの絶好調が、このウマ娘がサブトレーナーをすることで成されたものではないかというそれの裏どりをするために、そのウマ娘へ問いかける。

 そうして返ってきた答えがあんまりにも端的で雑な返事だったため、思わず肩を竦めた。

 

『…元々才能の塊なのよ、あの子は。ただ私が足のケアをしただけ。誰がやっても同じコンディションで今日を迎えているでしょうね…トレーナーからすればつまらないのよ、彼女は』

 

 そんなわけないだろう。

 オベイユアマスターはそう零しそうになる己の口を噤み、そして三冠ウマ娘になろうとしている己の指導するウマ娘へ「つまらない」とまで投げかける彼女の気性は、引退しても全く変わっていないことを悟った。

 内心でこのウマ娘と並んで観戦することの気苦労でため息をつきながら、改めてレース場に視線を落とすオベイユアマイスター。

 そうして、しかしそれでも横の相手は顕彰ウマ娘だ。多少の世間話は新しい情報を集める上でも必要なことと思い、敬意を込めて会話を続けてやった。

 

『そう…ならそこまで言う貴方は、今日のレースでは誰が勝つと思っているのか聞かせてほしいな』

 

『レースに絶対はないのよ?知らなかった?』

 

『そんなありきたりな答えを聞きたいわけじゃない。貴方がこうして貴賓席にまで足を運んでいる。誰か、気にしているウマ娘がいるはずだろう?』

 

 オベイユアマスターは改めて、横に並んで座るそのウマ娘を見て回答を促した。

 

 全身に墨をぶちまけたような黒一色の装い。

 そのストレートの長髪の、額の上に白い流星が見える。

 その流星は、ありていにいえば不格好。まるで修正液を雑に垂らしたようなそれ。

 しかしその瞳が、どこまでも深い熱と闇を感じさせる。

 

 そんな彼女の答えは。

 

『……砂の隼よ』

 

『へぇ?日本から来た彼女?面白い答えだね────サンデー()サイレンス()

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

65 Belmont Stakes

 

 

『さあアメリカクラシック三冠、その最後の一戦ベルモントステークス!各ウマ娘ゲートイン完了!!……スタートだぁ!!』

 

 

 ゲートが開かれた。

 直後、最内から解き放たれたかのように飛び出していくウマ娘が一人。

 スマートファルコンだ。

 

 そのスタートは完璧だった。

 彼女は、これまで走ったレースと比較してもなお最高の速度、最高の反応でスタートを切ることに成功した。

 

 そして、そこからさらに加速を続ける。

 後続ウマ娘を大きく、大きく引き離しにかかる。

 『大逃げ』と呼ばれる戦法。

 その大博打にも見える走りを、このベルモントステークスで繰り出した。

 

(────────ハッ。そんなことだろうと思ったよ)

 

 しかし、それを先行集団の位置から冷静に眺めるウマ娘が一人。

 マジェスティックプリンスだ。

 当然、彼女はこのレースで勝利するために、日本からわざわざ負けにやってきた彼女の走りの情報も事前に仕入れていた。

 

 逃げを得意とするウマ娘。

 ダートを走るのが上手。

 中盤で他のウマ娘に追いすがられると領域(ゾーン)に入る。

 

 そんな彼女が、こちらの情報…領域(ゾーン)の情報も得ていたとして、取ってくる作戦は何か?

 大逃げ。

 それしかないと、事前に結論を出していた。

 

 実際、マジェスティックプリンスと同じレースに出走するうえでは、逃げウマ娘は大逃げに近い作戦を取らざるを得ない。

 だが、この走りは当然であるが、見た目以上に難しさを伴う。

 距離を引き離すのが容易ではない。

 スマートファルコンとは別の逃げウマ娘も今回は1名参加しており、それも頑張ってマジェスティックプリンスとの距離を開けようとしているが、それは大きく開く前に通常のペースに戻ってしまう。

 実力がないと大逃げをすること自体が難しいのだ。

 

(まぁ、中々の加速だよ。確かにかなりの距離を作れている…だが、そのペースで走り切れるのかい?)

 

 マジェスティックプリンスは先頭を走るスマートファルコンの背中を、そもそも走り切れるのかという疑念を持って見ていた。そして仮に走り切れたとしても()()()()()という確信を元に、落ち着いてレースを進める。

 

 そうして、500m地点を超える。

 

(では行くよ────────王の庭へ、ようこそ)

 

 その瞬間が、マジェスティックプリンスの領域(ゾーン)が発動する条件。

 彼女を中心として、煉獄のような赤いドームが広がっていくのを、周囲を走るウマ娘は眼にした。

 

 

 

 ──────────【王の箱庭(King's garden)】。

 

 

 

 領域(ゾーン)に入る。

 既に、彼女の中でこのレースの勝敗は確定していた。

 

────────────────

────────────────

 

「…出ましたね、マジェスティックプリンスさんの領域(ゾーン)が…!」

 

「でも、ファル子ちゃんは距離を取れてる!範囲外なの!!」

 

「いいペースよ…ファルコン先輩なら、あのまま走り切れるはず…!」

 

「行くのデース!ファルコーン!!」

 

 俺達は、観客席のゴール前…よりも少し手前の位置で、スマートファルコンが先頭を独走し、そうして後方のマジェスティックプリンスが領域(ゾーン)を発動したのを見届けていた。

 ゴール前はあまりにも観客が多くて、彼女ら4人を連れて行くのが難しかったからだ。

 日本のレース場であれば、俺の顔やフラッシュ達の顔を見て、道を譲ってくれる優しい方々が多くいいポジションを取れたのだが、そこは流石に海外と言ったところであった。

 

 さて、そうしてレースは500mを過ぎ、作戦通りにマジェスティックプリンスの領域から逃れることが出来ていた。

 悪くない。スタートも抜群の反応だった。過去にあれほどの速さでスタートを切れたウマ娘を、俺はスズカしか知らない。

 そしてマジェスティックプリンスの領域(ゾーン)に他のウマ娘がすべて呑まれているのも見て、今日の相手はマジェスティックプリンスだけになったことを悟った。

 

「…いいペースだ、マジェスティックプリンスとの距離も60mほどをキープできている…このまま、マジェスティックプリンスが位置を上げてくる前にもう一伸びして、息を入れられれば…」

 

「ええ…しかし、ファルコンさんの後ろには今、()()()()()()()領域(ゾーン)は…」

 

 俺の言葉に、フラッシュが懸念を零す。

 そう、今大逃げを打っているファルコンの後ろには、当然だが他のウマ娘がついてきていなかった。

 彼女の領域(ゾーン)である、後続から追いすがられるという条件を満たせていない。

 であれば、領域(ゾーン)にこだわらず、彼女の脚で1000m地点で加速を果たしてほしい所だ。

 

 そうして、その1000mが近づいてきた。

 領域(ゾーン)には入れなくとも、彼女にはパワーがある。さらに加速し、マジェスティックプリンスとの距離を広げられるだろうと思い、見守って、そして。

 

 

 俺の周りの、4人の体が震えた。

 

 

「…!?嘘っ…!?」

 

「ファル子ちゃん!?まさか!?」

 

「ここで…!」

 

「ワオ!これはファルコンのニュー領域(ゾーン)デス!!」

 

 第二領域(ゾーン)

 世代を担うウマ娘の、それもごく一部が有するとされる、第二のそれに砂の隼は目覚めていた。

 

────────────────

────────────────

 

 先頭を走る。

 

(…………)

 

 前には誰もいない。

 

(…………)

 

 砂の広がる、その目の前に、()()()()()()()()()()()

 

(…………だからこそ)

 

 だからこそ。

 誰にも、前を譲るつもりは、ない。

 

 領域へ。

 

 

 

 ──────────【砂塵の王】。

 

 

 

 中盤を迎えた段階で、()()()()()()()()()()で発動するその領域は。

 心象風景として表れていた、以前の領域である…ウマドルとして輝くための、ステージに向かう道を駆けるそれではない。

 砂煙を盛大に巻き上げながら、ただ砂を爆走し、加速を齎す。

 そんな、新たなる領域にスマートファルコンは目覚めた。

 ダートレースでのみ発動する、その領域。

 

 勝利へ向けて、更なる加速がもたらされた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 その光景を、領域(ゾーン)を広げながら先行集団を走るマジェスティックプリンスが冷静に観察していた。

 

(やるね…後ろにウマ娘がいなくとも、領域(ゾーン)に目覚めるとは)

 

 お互いの距離は80mまで広がっただろうか。

 こちらの領域(ゾーン)は1500m地点までは持続する。

 だが、自分の領域(ゾーン)は加速を前提とするものではない。周囲のウマ娘の速度を奪うのが真の目的だ。

 ドームを展開している間に速度を上げるタイプの領域(ゾーン)ではない。この80mは道中では埋まらない。

 このまま彼女が自分の領域(ゾーン)が終わるまで彼我の距離を保ち続け、その途中で息を入れて、そうして最後の直線に入って再加速をされれば自分でも捉えきれるかはわからないだろう。

 

 もちろん、そんな未来は訪れない。

 

(甘いよねぇ。……私がこれまでにすべての手札を切っていたと思っていたのかい?)

 

 にぃ、と王子が微笑む。

 そうして、既に十分にスピードを吸収してやった周囲のウマ娘…その、()()()()()()の収穫に見切りをつける。

 

 領域(ゾーン)の空間を、()()()

 

(さて、私の箱庭は直径約100mだ。……どうする、哀れなハヤブサくん)

 

 彼女を中心として広がっていた半球状のドームが、なんと中心点を彼女からずらして、前に移動し始めた。それも相当な速さである。

 これまでマジェスティックプリンスの周囲50mを覆っていたそのドームが、今度はマジェスティックプリンスの前方100mに設置される形で移動した。

 

 これがマジェスティックプリンスの奥の手である。

 これまで、この手段をレースで取ったことはなかった。取る必要もなかった。

 自分から50m以上離れて走るウマ娘などいなかったのだから。

 

 しかし、今回はその庭からハヤブサが逃げようとしている。

 だからこそそれを捉えるために、ドーム状の領域を前方に移動させて展開する。

 これで前100m以内にいるウマ娘全員を射程に捉えることが出来る。

 

(チェックメイトだ!日本から遥々、私の伝説の礎になりに来てくれてありがとう、ハヤブサくん!)

 

 マジェスティックプリンスの立てていた作戦は、こうだ。

 

 まず、スマートファルコンが通常の逃げを打つ場合。

 …箱庭に取り込んで、ハヤブサは堕ちる。

 

 次に、今回の様に大逃げを打つ場合。

 …中盤で再加速をした時点で箱庭を前方に展開し、取り込む。ハヤブサは堕ちる。

 

 

 そして、仮に今前方に展開した箱庭からもスマートファルコンが逃げ切った場合。

 それは素晴らしいスピードとパワーを兼ね備えた走りだろう。賞賛されていい。

 

 …()()()()()()()()()()()()()

 私の領域が終わるまで逃げ切ったとして、息を入れたとして、その後の脚が残っているのかい?

 

 

 必勝。

 その勝利の方程式を証明するために、マジェスティックプリンスは前方を走るスマートファルコンの姿を見た。

 彼女は、後方から迫ってくる自分の箱庭を察したようだ。

 

 そうしてスマートファルコンが取った手段は、更なる加速。

 100m以上の距離を取ろうとしてさらに前傾姿勢を取って加速を果たした。

 それを繰り出した彼女の姿は、しかしそれを見たウマ娘も、観客も、すべてが理解するその走り。

 

 暴走。

 絶対にスタミナが持たない。

 

(終わりだね。クラシック三冠も、私にとっては大した壁ではなかったか)

 

 勝負に決着がついたことを内心で悟り、僅かな寂寥感を漂わせながら、マジェスティックプリンスは勝利へ向けて走り続けた。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「なんだと…っ!?」

 

 俺は1000mを通過し、スマートファルコンが領域(ゾーン)に入った瞬間と…その直後、マジェスティックプリンスが己の領域(ゾーン)の範囲を動かし、前方に広げたのを見てしまった。

 俺の想定を超える動き。

 あれでは、前100mまでが彼女の領域の内に入ってしまう。

 

「そんな…!?あれではファルコンさんが…!」

 

「いや…ファル子ちゃんも気づいてる!加速して…でも、それは無茶なの!?」

 

 そうして二人が言う通り、スマートファルコンは後方から迫る圧に気づいたのだろう。さらに加速を果たして、100m以上の距離をマジェスティックプリンスと広げることに成功した。

 だが、それは滅びの一手。

 

「あの加速じゃ息が入れられない…!ファルコン先輩…!?」

 

「厳しいデスか!?」

 

 そう、同じ走りをするスズカだからこそ、正確に察した。俺と同じ結論に至った。

 領域(ゾーン)に至り、しかしさらなる加速を無理にしてしまった時点で、脚に無茶をかけすぎている。

 彼女の体を、脚を知り尽くしている俺だからわかる。

 

 掛かってしまったのだ。

 息を入れるタイミングを逸した。

 この先で改めて息を入れたとしても、再加速は絶望的。

 あのペースでは、ゴール前で間違いなく失速する。

 

 それはかつて、彼女がまだチームに加入して2週間しかたっていなかった頃の、チーム『カサマツ』との併走トレーニングでも見られたあれだ。

 1800mのレースで、しかし楽しさのあまり息を入れきれずに加速し続けたファルコンは、1600mの地点で見事に逆噴射を見せた。

 あれが間違いなく起こる。

 

 もちろん、あの頃の彼女と今のファルコンは比べ物にならないほど成長している。

 1600mで落ちることはない。

 だが、2400mを走り切れることもない。

 俺の見立てでは、恐らく2000m地点で…逆噴射が起きる。

 その状態で、後方から迫ってくる…領域(ゾーン)によって他のウマ娘からスピードを奪いつくしたマジェスティックプリンスと争わなければならない。

 

 

 無理だ。

 

 

 ────────とは、考えなかった。

 

 

「……くっ!ファルコン…!!」

 

 俺は観客席の、彼女が走ってくるであろう、そして恐らくはタレてしまうであろう最終コーナーのほうへ走り出した。

 諦めるわけにはいかない。

 彼女の勝利を、欠片も諦めてはいけない。

 

 それは、俺がトレーナーだから。

 トレーナーが、自分の担当するウマ娘の勝利を諦めたら終わりだ。

 

 レース前に、俺はファルコンになんて声をかけた?

 俺は、どうしてトレーナーをしているんだ?

 ファルコンは、なんであんなに一生懸命に走っていると思ってる?

 

 勝つためだ。

 そして、ファルコンが勝つと、俺は信じるといったんだ。

 

 だったら最後まで俺も諦めない。

 まだ彼女は先頭を走っている。

 決着はついていない。

 彼女は諦めていない。

 

「ファルコン…!諦めるなよ、絶対に…!」

 

 レースに絶対はない。

 それは、彼女らの走る世界を知るものが必ず耳にする言葉。

 

 そして、レースから()()を無くしている、その原因は。

 彼女らウマ娘が、勝利を()()にあきらめないからだ。

 

 俺も、諦めない。

 

「ファルコン……!!!」

 

 他の4人の監督という立場はその時の俺の頭から吹き飛んでいた。

 今はただ、この異国の地で苦しんでいるファルコンのために。

 たとえ意味がなくても、俺が出来ることを、すべて。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 はぁ。

 

 

 

 はぁ、はぁ、はぁ。

 

 

 

 

 

 はぁ、はぁ、はぁ────────はぁ、は。

 

 

 

 

 息が、つけない。

 

 

 

 後ろから迫ってきた、領域からは逃げた。

 

 

 

 けど、その代わり。

 

 

 

 

 息が、入れられない。

 

 

 

 

 

 

 

 はぁ、はぁ、はぁ。

 

 

 

 

 

 頭が、回らない。

 

 

 

 

 酸素が、足りない。

 

 

 

 

 

 脚が、つらい。

 

 

 

 

 

 

 

 はぁ、はぁ

 

 

 

 

 

 

 

 周囲の色が、落ちる。

 

 

 

 

 まるで、白黒の世界に迷い込んだよう。

 

 

 

 

 目が、かすむ。

 

 

 

 

 

 

 

 はぁ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 いきをするのが

 

 

 

 

 

 

 くるしい

 

 

 

 

 

 

 は

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────もう、なんにもきこえない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

66 ZONE of ZERO

 

 

 

 

 

『…決まったな』

 

 オベイユアマスターは、貴賓席から見下ろすレース展開、その1200mを越えたあたりの地点でこのレースの勝者を確信した。

 マジェスティックプリンスの勝ちだ。

 

 先ほどまでは、先頭を走るスマートファルコンが領域に呑み込まれておらず、さらに自身も領域に入ったことでまだ勝敗はわからなかった。

 しかしそのすぐ後に、マジェスティックプリンスが己の領域を前方に移動。

 これにはオベイユアマスターも驚愕を覚えた。

 そうして、その迫りくる領域の範囲から逃げるために、スマートファルコンはさらに加速をして、なんと無事に逃げおおせて見せた。

 その加速は賞賛されるべきであろう。

 スタートで加速し、中盤でも加速し、そしてその加速のすぐ後にさらに後続と距離を開けたのである。

 相当な鍛錬と、実力がないとできない。彼女も間違いなく一流のウマ娘だ。

 

 だが。

 その加速は、滅びの一手。

 それをしてしまったがゆえに、絶対に最後まで脚が持たない。

 

『…終わりね。サンデー、残念だったね。君が気にかけていた隼も、どうやら厳しいようだ』

 

 隣に座る、先ほどから一言も言葉を発していないサンデーサイレンスにオベイユアマスターは声をかけた。

 レース前に彼女は日本から来た砂の隼に興味がある、と言っていた。

 もちろん、自分も彼女のことは応援していた。つい先ほどレース場内を案内した仲でもあるし、友人たちからも応援されているウマ娘である。

 遥々海外のGⅠレースにやってきて、勝利の為に努力する姿に己を重ねていたことも否定はしない。

 

 だが、現実とは残酷なものである。

 1500mを越えてもなおまだその脚は陰りを見せないが…2000m、そこまで持てば奇跡だろう。

 2412mは、走破し得ない。

 

『………まだわからないわ』

 

『おや、意外な言葉だ。サンデー、貴方は結構現実主義な方だと思っていたが』

 

『現実主義?私が?…巫山戯た口を利かないでよね』

 

 サンデーサイレンスから唐突に返ってきた言葉にオベイユアマスターは軽口を返すと、彼女の気性難が発動しかけて藪蛇だったかと言葉を切る。

 しかし、言葉の意味そのものは本当に珍しいものだ。

 確かにレースに絶対はない。だが、今の状況は彼女ほどの有力ウマ娘であるならばその後の展開も察するところだろう。

 スマートファルコンは堕ちて、マジェスティックプリンスが差し切って一着だ。

 恐らくレースを見ている観客、そのすべてがそう思っている。

 実況でさえも、スマートファルコンは厳しいと叫んでいる。

 

 だが、サンデーサイレンスはそれでもわからないという。

 彼女なりに、何かしらここから動く可能性を読み取っているのだろうか?

 

『……何かあるって言うの?この先に』

 

『あるわ。…私達ウマ娘は、奇跡を起こせるのだから。それが、彼女と彼に出来るのか…』

 

 続いて彼女から出た言葉は、奇跡ときた。

 その言葉を、オベイユアマスターは快く思わない。

 奇跡、などという都合のいい言葉を唾棄して、情報を求め対策することが彼女の走りそのものだから。

 

『奇跡…ね。そんなものが、この世界にあると思う?』

 

『あるわ。私の周りに、いつも』

 

『………キメてる?』

 

『蹴られたいの?』

 

 どうにも勘違いをしていたようだ。

 サンデーサイレンスは、だいぶスピリチュアルな表現を好むウマ娘らしい。

 であればこの応酬は分が悪い。オベイユアマスターは、肩を竦めて両掌をサンデーサイレンスに見せて、お手上げと意思表示をした。

 

 しかし、その間もレースは止まらない。

 もう間もなく、2000mにスマートファルコンが差し掛かるころ。

 なんと、彼女はあれほど脚を使った状態でも、2000mまで減速せずに走り続けていた。

 しかしその表情、息遣いを見ればわかる。

 

 ────────限界だ。

 

(なにか、起きるって言うの?ここから…)

 

 オベイユアマスターは、サンデーサイレンスのいう『奇跡』がこれから起きるのかと、最終直線に向かう彼女たちを改めて注視した。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 くるしい。

 

 

 

 

 くるしい。

 

 

 

 

 

 

 足が、もううごかない。

 

 

 

 

 もう、止まってしまいそう。

 

 

 

 

 

 でも、負けたくない。

 

 

 

 

 勝ちたい。

 

 

 

 

 

 

 この、ダートで。

 

 

 

 

 

 

 

 勝ちたい。

 

 

 

 

 

 

 だけど、

 

 

 

 

 

 もう、

 

 

 

 

 

 

 

 限界。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(…むり、かな)

 

 

 

 

 

 

 そんな、よわい考えが。

 

 

 

 

 

 

 胸の内に。

 

 

 

 

 

 

 ふと、生まれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だめかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここまで、がんばった、けど。

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう、限界。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆるして、くれる、よね。

 

 

 

 

 

 

 

(────────ここで)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 あしを

 

 

 

 

 

 

 

 

 とめても

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 きっと────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

 

「────────ファルコンっっ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「頑張れ!!!諦めるなッ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「そのまま行けぇーーーーーーッ!!!!!!」

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────あしが、かるくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 コーナーの、むこうから、あの人の、声が。

 

 

 

 

 

 

 声が、聞こえて。

 

 

 

(……!)

 

 

 

 世界が、あの人を中心に、色が戻って。

 

 

(…トレーナー、さん…!!)

 

 息が戻る。

 意識が、戻る。

 

 いや。

 

 ──────────────目覚め(覚醒す)る。

 

 広がる。

 彼から広がったその色は、更に明るく光を放ち。

 そうして眩しく、世界を照らして。

 

 私の意識は、それに溶けて───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『ハハハハハ!!ハハハハハハハ!!!』

 

 サンデーサイレンスは、貴賓席に響くような高笑いを上げていた。

 それをオベイユアマスターは、見ていなかった。

 見れなかった。

 レースから、目が離せなかった。

 

 ()()()()()()()()

 

『至ったわ!流石よあの子!流石は彼!至った!ああ、ようやく()()()()()()に来てくれた!!』

 

 ひとしきり笑い終えて、ふぅ、とサンデーサイレンスが息をつき、レースを見る。

 

 スマートファルコンが。

 2000mを越え、限界を迎えた、その直後。

 

 ()()()()()()

 

 

 

『…ようこそ』

 

 サンデーサイレンスは、愛しいものを見るような眼で、スマートファルコンを見た。

 

 

 

『────────【ゼロの領域】へ』

 

 

 

 

 

────────────────

───────────────

──────────────

─────────────

────────────

───────────

──────────

─────────

────────

───────

──────

─────

────

───

──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこは一面の砂。

 前も後ろもない。

 地平線まで続く砂の光景、その大地にスマートファルコンは立っていた。

 

 

 誰もいない。

 夢遊病の様に、意識はふわふわと重さを持たない。

 

 

 その光景の中で、スマートファルコンは理解する。

 

 

 

 ああ。

 ()()は、()()()()()だ。

 

 

 

 

 魂の空間。

 この一面の砂を、魂が覚えている。

 魂の原風景。

 

 

 その中で、スマートファルコンの目の前に光る何かがあった。

 形を持たない何かの光。

 その形を、スマートファルコンは認識することはできない。

 

 

 だが、理解(わか)る。

 これは()()()だ。

 私の魂、そのもの。

 

 

 その光が、荒ぶっている。

 輝きを強く、まるで燃え上がる炎の様に、昂っている。

 

 

 ────────ふざけるな。

 

 

 ────────砂で、()が負けるなんて、許されない。

 

 

 ────────俺は、世界の砂の頂点(てっぺん)に、立つ。

 

 

 そう、叫んでいた。

 

 

(わかるよ)

 

 

 スマートファルコンは、その魂の想いを受け入れる。

 手を伸ばす。

 その魂の輝きに、手を伸ばして……自分の、魂のその叫びを受け入れた。

 

 一つになる。

 

 ウマ娘という存在と、魂という存在が一つになり。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 ─────────────奇跡へと、至る。

 

 

 

 

 

 

 

 

──

───

────

─────

──────

───────

────────

─────────

──────────

───────────

────────────

─────────────

──────────────

───────────────

────────────────

 

 

 

 

 最終コーナー手前で己の領域を閉じ、そうして蓄えたスピードを乗せて残り600m地点からマジェスティックプリンスが加速を繰り出していた。

 このベルモントステークスを攻略するうえで最適な位置からの加速。

 無論その加速は、領域の効果も相まってすさまじい豪脚を誇り、見る間に後ろのウマ娘との距離を開けていく。

 

(……!……!??ッ!?!?!?)

 

 しかしその表情が、優れない。

 なぜならば、彼女の眼前。

 

 ()()()()()()()

 

(スマートファルコンは、どこだ!?もうコーナーを曲がり終えたのか!??!)

 

 ありえない。

 在り得ないのだ。

 彼女は、ここで堕ちて来ているはずなのだ。

 

 そうでなければおかしい。

 彼女は限界を超えて加速し、2000mより手前でスタミナが切れて逆噴射をするはずなのだ。

 いや、逆噴射という表現まで行かなくとも、速度を落として、コーナー手前で少なくとも視界に入らなければおかしい。

 

(何が!?何が起きているッ!?何が────────ッッ!?!?)

 

 そうして焦燥感と共にコーナーを曲がり終えて。

 ゴール板までの、400mの直線に差し掛かったマジェスティックプリンスは。

 ようやく、スマートファルコンを見つけた。

 

 

 ()()()()()()先を、()()()()()()走る、彼女を。

 

 

「─────F○○○!!!!」

 

 王子(プリンス)たる彼女が発してはいけない言葉を叫びつつ、全力を籠めて砂を蹴る。

 更なる加速を求める。

 差し切るまで、もう時間がない。

 ずっと先を走る彼女も、また限界のはず。

 

 だが。

 

 

 その距離が、()()()()()

 

 いや────────()()()()()

 

 

「………ハハッ」

 

 そうして、全力で駆け抜けながら、マジェスティックプリンスは乾いた笑みを零した。

 

 

 ああ。

 なんだ。

 

 これは、()か。

 

 

 まったく、随分な悪夢じゃないか。

 確か昨日は、きちんと夕食を取って、シャワーも浴びて温まり、そうして寝る前にサンデーサブトレーナーのマッサージを受けて、ベッドに入ったはず。

 であれば、熟睡の中でこんな悪夢を見てしまっているのだろう。

 

 早く起きないと。

 今日は私が三冠ウマ娘になる、大切なレースの日なんだ。

 

 早く目を覚まして、朝食を取って、ウォーミングアップをして、レースに備えないと。

 

 だから、頼むから。

 早く鳴ってくれ。

 

 この、ポンコツ目覚まし時計。

 

 

 

 

『───────今!!!日本から来た砂の隼がッッ!!!』

 

『一着でゴーーーーーーーーーーーーーーーーールッッ!!!!』

 

 

 

 しかし、そんな現実逃避を始めた彼女の耳に入ってきたのは。

 残り100m地点を過ぎたあたりで鳴り響く、実況の煩わしい声と。

 まるで世界が爆発したかのような、ベルモントパークレース場に響く大歓声だけだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「────────ぜ、ッ」

 

 スマートファルコンは、己が……どこを、走っていたのかを、思いだすのに時間を要した。

 

 極限の集中状態を超えた何か。

 そこに、自分の意識が飛んでいた。

 

 大歓声と、己の横を過ぎるゴール板を自覚した瞬間に、意識は戻ってきて。

 そうして、次の瞬間に凄まじい疲労が彼女を襲った。

 

「!?!??っ、げほ、おぇ…!!」

 

 吐きそうだ。

 だがウマドルたる自分が外国のレース場を汚すわけにはいかない。

 気合で堪えて、しかしクールダウンの為に走る足が残っているはずもなく、ゴールした後自然に流した走りの後に、糸が切れるように、前のめりに倒れそうになったところで。

 

「─────ファルコンさんっ!!」

 

「─────ファル子ちゃん!!大丈夫!?」

 

 同じチームメイトである、親友の二人が己の体を支えてくれた。

 

「……か、はー……あ、フラッシュ、さん…アイネス、さん……」

 

「ファルコンさん!?しっかりしてください!」

 

「酸素ボンベ持ってきたの!!焦らないで、ゆっくり…!」

 

 アイネスが手ずから口元につけてくれた携帯型の酸素ボンベで、ゆっくりとスマートファルコンが呼吸を始める。

 何度かむせながらも、少しずつ、本当に少しずつ……呼吸が戻ってきた。

 意識が、回り始める。

 

「……はぁー……ふぅー……あ、私……どうなった、の…?」

 

「どうなったもこうなったもありません!!ファルコンさん、一着でした!!お見事な…本当にお見事なっ、走りを…!」

 

「すごかったの!!最後、絶対落ちると思ったのにそこから加速して…!!」

 

 二人とも、スマートファルコンの走りを見て感涙をしていたようで、何度も涙をぬぐう。

 そうして追いかけてくるようにサイレンススズカとタイキシャトルもやってきて、スマートファルコンをいたわった。

 

「ファルコン先輩…!おめでとうございます!!」

 

「ファルコーン!!イッツァグレイト!!素晴らしい走りでしタ!!!」

 

 二人からも祝福の言葉をかけられ、スマートファルコンもようやく自分が一着を取ったことを自覚した。

 しかし、どうやって勝ったのだろう。

 覚えていない。

 道中、とてもつらくて……そして、途中で、トレーナーさんの声が聞こえたことだけは覚えていて…あれ?

 

「…トレーナーさん、どこ?」

 

「あ、それは…」

 

 今この場に自分のトレーナーがいないことに気づいて、スマートファルコンは首を傾げた。

 それにフラッシュが答えようとした、

 

 その、瞬間。

 

 

 絶叫ともとれる大歓声が、全ての観客からぶちまけられた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 ベルモントパークレース場の、ここは裏方。

 レースの記録や情報などを表示する、電光掲示板の裏。

 

 スタッフたちは、今回のレースの、この結果を、()()()()()()()()()()()()

 

 どうする。

 出すのか。

 いやしかし。

 今なら…。

 莫迦野郎。

 生放送もあるんだぞ。

 全国民が見ている。

 不正はできない。

 

 ────日本から来た隼を、称えよう。

 

 そうして最高責任者の鶴の一声で、係の者が掲示板に入力した数字を乗せる、そのボタンに手を伸ばす。

 僅かな逡巡ののちに、ボタンは押されて。

 

 そうして表示された、電光掲示板に乗った文字は。

 

 

 

 

 

 

『2:23:9   Record』

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

「はぁ、はぁ…!はぁ……!!」

 

 俺は走っていた。

 観客席を超えてその外側を縫うようにして、愛バの元へと駆けつけるために。

 

 レースの、その最終コーナーで。

 俺は足を止めそうになる寸前のファルコンに檄を飛ばした。

 

 トレーナーに出来る最後の一仕事。

 走るウマ娘を、全力で応援すること。

 

 しかし、この世界線では今までそれをしてこなかった。

 する機会に恵まれていなかった。

 

 いや、もちろん応援の声は飛ばしている。愛バを応援するのは当然のことだ。

 だが、ここまで一人のウマ娘の名前を、勝利を願い、奇跡を信じて、全力で叫んだことはなかった。

 

 阪神でも、朝日杯でも、二人は心配のない強い走りで駆け抜けた。

 ホープフルでは、アクシデントに見舞われそれどころではなかった。

 桜花賞でもアイネスは強い走りだった。

 皐月賞では、二人が鎬を削りあう中でどちらかを全力で応援することもできず、ただ見守るだけだった。

 ダービーでも同じだ。

 

 だからこそ、俺の今日の全力の応援は、おおよそ1年半と、()()()ぶりである。

 

「はー、はー…!…くそ、やっぱすげぇなウマ娘って…!」

 

 200mも走らないうちに息が切れてしまう、自分の人間の体の体力のなさを自覚して変な笑いが零れてきた。

 いや、テンションもすっかりおかしくなっている。

 ゴールを終えて、倒れそうになっていたスマートファルコンの姿を見た時は肝が冷えたが、しかしちゃんと俺の愛バたちが、スズカとタイキが助けに向かってくれていた。

 俺も、彼女の勝利を褒めるために、ともに勝利の喜びを分かち合うために…また足に力を入れて、駆けだす。

 

 そうして走っているうちに、とんでもない爆音が、大歓声が会場に生まれた。

 人間でも体がビクっとするほどのそれだ。ウマ娘達の耳にはさぞかし刺激が強い事だろう。

 何事だ、と俺がその原因を探るために見渡して、しかしそれはすぐにわかった。

 

 

 電光掲示板。

 その、レースの結果を示す表示が更新されている。

 

 

『2:23:9   Record』

 

 

 ────────レコードタイムを記録していた。

 

 同時に、このレコードは世界レコードでもある。

 

 何故なら、このベルモントステークスで過去に叩き出されたレコードタイム「2:24:0」は世界レコード。

 あのビッグ・レッド(セクレタリアト)が世界に刻んだ、不滅のレコードタイムだったからだ。

 

 彼女が叩き出した2:24:0というタイム。

 これがどんなにすさまじい記録かは簡単に説明できる。

 彼女以外に、このダート2414mで2()4()()()を出した者はいない。

 いや、2()5()()()()()()()()()()()()()()()()()

 26秒台ですら、この広い世界でたったの7人のみ。

 

 レコードに次ぐ最速が2:26:0を記録したイージーゴア、それ以降はそのタイムにすら及ぶウマ娘がいない。

 ベルモントステークスの1着の平均タイムは28秒台。

 

 その、不滅のレコードを、0.1秒更新した。

 スマートファルコンが世界にその速さを刻んだ。

 砂において隼が最速であることを証明した。

 

「~~~~~~~っっ!!!!」

 

 涙が止まらない。

 号泣し、にじむ視界の中で、ホープフルステークスの時のフラッシュの様にラチを頼りに何とか前に走る。

 オニャンコポンも俺の肩にしっかりとしがみついて、落ちないように堪えてくれている。

 

 

 あと、100m。

 

「…ファルコン!!!」

 

 俺は愛バの名前を叫ぶ。

 

「トレーナーさんっ!!!」

 

 ファルコンが、俺に叫び返してくれる。

 

 そうして、走ってきた疲労と、感動の涙でぐっちゃぐちゃの表情で、俺は彼女にたどり着いて。

 

 その体を、両腕で思いっきり抱きしめた。

 

 

「やったな…やったな、ファルコン…!!」

 

「うんっ!!うん、私、やったよ…!!勝てたよ、トレーナーさん!!!」

 

 

 スマートファルコンは、世界に名を轟かせる。

 

 ベルモントステークス、一着。

 

 神話のレコード、更新。

 

 

 こうして、俺たちの初の海外挑戦は、最高の栄誉を勝ち取るという結果となった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

67 Winning Live

 

 

 

「トレーナーさん……私、譲らないからね…!」

 

「そうは言うがな…!」

 

 俺とファルコンは、レースを終えた控室で若干の口論を繰り広げていた。

 

 ベルモントステークス、その決着。

 彼女は、奇跡の走りで34バ身差の一着を勝ち取り、そうして世界レコードの伝説をベルモントパークレース場に刻んだ。

 フラッシュとアイネスに両肩を支えてもらいながら、彼女はしっかりと観客に笑顔を返して、そうして観客も新たな伝説に惜しみない賞賛を送った。

 そうして、ベルモントステークスの勝利者インタビューとトロフィー授与*1を終えて、控室に戻ってきた途端に、ファルコンは倒れた。

 

 意識がなくなるほどのものではなかったが、極度の疲労によるもの。

 俺が慌てて介抱し、彼女の脚を診察したところ…奇跡の代償は余りにも大きかった。

 骨折は、幸運にも、恐らくない。

 だが、その脚の筋肉がまんべんなく破壊されていた。今すぐにでも救急車を呼んで病院に連れて行かなければならないほどだ。

 精密検査を必要とする。念入りに触診した結果として、俺の診断としては屈腱炎などの重症には至っていないが、この後無理をすれば筋断裂が起きてもおかしくない。

 

 しかし。

 彼女は、震える脚を押さえつけながらこう言った。

 

「ウイニングライブは、絶対出る…!出たいの!そうじゃなきゃ、何のために練習してたの…!?」

 

「現実的に難しいって話をしてるんだ、ファルコン。君の今の脚じゃ…」

 

 ウイニングライブに出たいと。

 その歌声を、アメリカのファンに届けたいと。

 

 それは、ウマドルとしての彼女の矜持であった。

 勝ったからには、ウイニングライブのセンターで歌って踊る権利がある。

 しかし今の彼女は自分ではもう立てないほどに疲弊しきっている。

 

 ()()だ。

 

「うー…!」

 

「ファルコン…!」

 

 気持ちは、わかる。

 わかるのだ。

 だが、ここでトレーナーたる俺から、ウイニングライブも頑張れ…とは、言えない。

 

 しかし、涙を零しながら譲らない彼女の様子を見て、控室にいる他のウマ娘達も彼女への憐憫を感じているのだろう。

 あれほどの勝利を、このアウェーで見せたのだ。

 その誇らしいほどの勝利の光景は、アメリカのファンたちすら魅了した。

 これで踊れないことが、どれほど悔しい事か。

 彼女らもまた、勝利の後にウイニングライブでファンに歌を届けるからこそ、その尊さを俺よりも理解しているからこそ、ファルコンに味方をしたくなる。

 

 レースだけが、ウマ娘の想いが駆ける先ではない。

 ライブもまた、同じくらい大切な物。

 

「…トレーナーさん。なんとか、ファルコンさんにライブで歌わせてあげられませんか?」

 

「トレーナーの言うこともわかるの!けど、ファル子ちゃんの頑張りを形に残してあげたいの…!」

 

「…立華トレーナー、私も同じ気持ちです。あれほどの走りを見せて、歌えないのは…辛いです」

 

「タチバナ…!」

 

 周りの子たちも、何とかできないかと俺に訴えてくる。

 フラッシュとアイネスは先ほどからファルコンの脚のアイシングに努めてくれているし、スズカとタイキも汗をぬぐったり、勝負服に着いた泥を落とすことに注力してくれている。

 

 俺は────────

 

「トレーナーさん。……お願い、あたしをあのステージに連れてって……!」

 

「……っ!」

 

 ────────ウイニングライブを疎かにするものは、学園の恥。

 そう、脳内で腕を組んだ皇帝が俺に叫ぶ。

 

 ………仕方がない。

 これ以上は俺の我儘になる。

 彼女がこの後にどうなるかも覚悟の上で、それでも踊りたいと願うのであれば。

 その背中を押すのがトレーナーという存在なのだ。

 

「…………わかったよ。ライブに出よう、ファルコン」

 

「っ!!トレーナーさん…!」

 

「だ、が。…俺の言うことに全て従ってもらう。ついでに今我儘を聞いたんだ、後で俺の我儘も聞いてもらうからな」

 

「うん、うんっ!!出られるなら、ファル子、なんでもするよ!」

 

「言ったな。…フラッシュ、バッグを取ってくれ」

 

 俺は意志を曲げて、ファルコンをライブに送り出す決意をした。

 しかし、ただ送り出すだけではトレーナーの名折れだ。

 俺はその辺の一般トレーナーではない。他のどのトレーナーよりも経験の深い、ループ系トレーナーなのだ。

 ただでは送り出してやるもんか。

 

 先ほど俺は、ライブに出るのは()()と言ったが。

 ()()とは言ってない。

 

「はい、トレーナーさん。バッグです」

 

「ああ。その中に替えのブルマがあるだろう。それをファルコンに履かせてやってくれ。俺は少し中座するから。……あと、スズカ」

 

「はい。私には何が出来ますか?」

 

「タイツ脱いで」

 

「─────は?」

 

 

「はい?」

「んん☆?」

「トレーナー?蹴られたいの?」

「まさかスズカまで誑すデスか!?」

 

 

「違う!!…いいか、今から俺はブルマを履いたファルコンの臍から下、腰から足までぐるっぐるにテーピングする!ブルマの上から巻きつける特殊な巻き方だ、可動域は多少制限されるが筋肉を保護して動かしやすくなる!!でもそのままライブ会場に上がるわけにはいかないから、その上からタイツを履いて隠したいって話!!スズカを脱がしたいわけじゃない!!」

 

 俺は急に数度ほど気温が低下した控室内で叫ぶ。

 違うのだ。

 俺は俺に出来るすべての手段を使って、ファルコンの脚を保護したうえでステージに上がってほしいだけだ。

 

 先ほど俺が説明した通り、俺はテーピングの知識も豊富に備えている。

 特に、かつてアグネスタキオンと共に駆け抜けた3年間で、脚に負担のかからないテーピングの仕方を二人で研究し、そうして形に仕上げていた。

 腰を起点として、筋肉に沿って巻いたテープが筋肉を支え、普段よりも足を動かしやすく、かつ筋肉への負担を和らげる巻き方。

 その上からタイツを履ければテープがずれることもなく、ウイニングライブの一曲だけなら何とかなる。

 もちろん、その上でアイシングを念入りに行ってさらに負担を軽減することにも努める。

 

 しかしその巻き方をしてしまうと、両脚がぐるぐるとミイラの様な姿になってしまい、それではステージに上げられない。

 それを、腰まで履くタイプの黒タイツで隠す必要がある。

 そのためにまず、今この場でスカートの下に黒タイツを履いているのがスズカだけだったため、彼女からタイツを拝借する必要があった。

 

 何度でも言うが、俺は俺に出来るすべての手段を使うつもりである。

 どんなにスズカに嫌がられても俺は彼女のタイツを脱がすつもりだ。

 何でもするよ今の俺は。

 

「いえ、そういうことでしたら替えのタイツも持ってきていますので…」

 

「それを早く言って?」

 

 赤面したスズカが自分のバッグから替えのタイツを取り出すのを見て俺はひどくいたたまれない気持ちになった。

 そういえばいつも彼女は準備が良かったな。どこでも走れるように替えのタイツは常備していた遥か昔の記憶が蘇ってきた。

 

「…じゃあ、俺医務室からテープ貰ってくるから…慎重にブルマ履かせておいてくれ」

 

 だが、ファルコンをステージにあげると決めた以上、時間は残されていない。

 俺は逃げるように控え室を後にする。ファルコンにブルマを履く時間を作ってもらうためだ。

 

「…別に、トレーナーさんだったらブルマなしで巻いてもらってもいいのに……」

 

「ファルコンさん、それは流石にライン超えてます」

 

「今日はファル子ちゃんが主役だけど流石にはーなの。とっととブルマ履けなの」

 

 部屋から出る寸前に愛バたちのつぶやきが聞こえた気がするが、直後に扉を閉めたため俺の耳には入らなかった。

 

────────────────

────────────────

 

 その後、ブルマを履いたファルコンに、俺は全身全霊でテーピングを施すために彼女の靴下などを脱がして素足にした。

 彼女の脚にこれ以上の負担がかからないように。

 ライブの後も、決して壊れない様に祈りを込めて。

 世界で一番価値のある珠玉の脚に、俺の経験と知識を全て注ぎ込む。

 

「…立華トレーナー、巻きながらでいいんですが…私にもその特殊な巻き方というものを教えてもらえますか?」

 

「ん、ああ…スズカはサブトレーナーやってるもんな。よし、喋りながら巻くから見て覚えてくれ」

 

 医務室から持ってきた追加のテーピングの封を開けていると、スズカからテーピングについての師事の依頼を受けた。

 彼女もまた脚部不安を抱えるウマ娘だし、今はスピカでサブトレーナーとして他のウマ娘の練習を見たり脚のケアをする立場だ。俺の言う特殊な巻き方、というものに興味を持つのも当然のことだ。

 俺も急いでいるので一つ一つ丁寧には解説できないが、どういう視点でそれを巻いているかを喋りながらテーピングすることはできる。後日、日本に帰って落ち着いたら詳細に教えてやってもいいかもしれないな。

 

 よし、行くぞ。

 

「…テーピングの講座で基本は学んでる前提で話すぞ。脚全体を巻くためにアンダーラップ*2を多用しつつ、ズレない様にホワイトテープ*3を使う。アンカー*4としてホワイトテープを使うのが一般的な捻挫等でのテーピングだが今回の巻き方ではホワイトテープを腱や靭帯の働きを補助する形に巻くんだ。アイネス、ファルコンの腰を持ち上げて…そう、少しその高さをキープ。…脚の筋肉の形は全部頭の中に入れておく必要があって…ファルコン、巻くから我慢。…さて、ここ。まず股関節部位から太腿部、通常であれば膝部を支点にする*5が、この巻き方では膝の負担を腰が代用する…そのために、こう、網目状に巻いて…脹脛*6も同様だ。こちらは足裏へ負担を逃がす。そのために足首部の可動域を殺さずに支えるように…スターアップ*7とフィギュアエイト*8のみで足首への負担を流して…そこで、足裏へ、こう…フラッシュ、ファルコンの脚を上げて支えて…そうだ、その高さ。…で、ここからがミソだ。足裏に逃がした負担を、更にその外側にテープで動線を作ることで、最終的に股関節、腰で足全体を支えらえるようにするんだ。*9こうして、こう、だな。*10よし、とりあえずできた。ファルコン、立ってみれば分かるが、両脚が異様に軽く、そして重心が腰に強く感じるようになるはずだ。脚はかなり動かしやすくなるが、可動域自体は落ちているのと、あと動かしやすすぎてキレもよくなるが無理に動かすとテーピングがずれるし転ぶからな。恐る恐る動かしてくれ。────────────────わかった?*11

 

「…………………………日本に帰ったら、もう一回お願いします…」

 

「タチバナ…クレイジーデスねー」

 

「…流石、ですね。トレーナーさん」

 

「前に医学の知識もあるって言ってたし…どこでこういうの覚えてくるの…?」

 

「うー!ミイラみたいになってるぅ!スズカちゃんタイツ履かせてぇ!」

 

 なんかウマ娘達からドン引きの視線で見られた。

 なんで?

 

────────────────

────────────────

 

 

 ウイニングライブ、その壇上。

 スマートファルコンは、タイツを履いたその脚で、何とかキレのあるダンスを見せて、そうして全力でアメリカの三冠ソングを歌っていた。

 今週の午前中に…レース研究のほか、彼女はこの歌の練習を繰り返していた。

 英語の意味は十全に理解はしていないが、それでも違和感なく歌えるように。

 そうして彼女の、砂の隼が奏でる歌は、アメリカのファンたちを魅了した。

 

(ありがとう…トレーナーさん。脚、動くよ。私、歌える!)

 

 普段よりも可動域は制限されるが、それでも先ほど、控室で横になっていた時に比べれば十分に動く彼女の脚。

 臍の下からまるでミイラみたいにぐるぐる巻きにされたそのテーピングは、しかしその圧迫が恐ろしいほどに足の負担を軽減し、腰が脚の動き全てを支えているかのような安定感があり、僅かな力でもよく脚が動く。

 やっぱり、私のトレーナーは、優しくて、すごい。

 

 その感動を、歌声に乗せて…そうしていつしか、涙ぐみながら唄う彼女の姿は、アメリカ国民に突き刺さった。

 大和撫子。

 彼女の瞳から零れる涙に、観客はみな涙した。

 

『……みんな、ありがとー!!!』

 

 ウイニングライブを歌い切って、そうして拙い英語でファンにお礼を言うスマートファルコン。

 観客席から、万雷の拍手が彼女に送られる。

 

 そうしてマイクパフォーマンスの時間だ。

 しかしスマートファルコンは英語を喋れない。拙い挨拶と、授業でやったレベルの数単語程度。

 どうしようか。英語は苦手で、ごめんなさい、とでも挨拶しようか?

 スマートファルコンが困り顔で考えていた時、それを見かねてか隣から声があがった。

 

『…スマートファルコン!君へ、伝えなければならないことがあるっ!』

 

 本日の二着、マジェスティックプリンスだ。

 彼女の流麗な英語に、しかし自分の名前が呼ばれたことだけはわかって、スマートファルコンがそちらへ顔を向ける。

 

『ファルコン、ああ、その気高き隼よ。君は私を超え、そうしてビッグ・レッドすら超え!世界の頂に立ったと言っていいだろう!』

 

『あー、えーと、イエスイエス?』

 

『そうだとも!私はうぬぼれていた…天狗になっていた!今日は絶対に私が勝つだろうと!しかし、君の走りを見て目が覚めた!君と今日戦えたことは、私にとって幸運であった!君の今日の勝利を尊敬し、そして心から祝福するッ!』

 

『イエス、OK?サンキュー?』

 

『そして、だからこそ、君に宣言したい!私は…君と、また走りたい!今度は私が挑戦者だ!!私はここに宣言する!!』

 

『イエス、イエス?』

 

『ジャパンカップに、私は出るッ!!今度は君の祖国で勝負だ、ファルコン!!』

 

『イエス?あー……OK?うん?ジャパンカップ??』

 

 マジェスティックプリンスの啖呵と、そうしてそれに「イエス、OK」と答えたスマートファルコンの言葉がマイクに乗って。

 そして観客から更なる大歓声が上がった。

 彼女たちという最高のライバルが、今度はジャパンカップで火花を散らすというのだ。

 これが盛り上がらないはずがあろうか。

 

 しかし、観客席のその最前列。

 あぁ、と顔に手を当てて天を仰ぐ、猫を肩に乗せた青年とその周りのウマ娘達の姿は、ファルコンの視界には入っていなかった。

 ジャパンカップは芝のレースである。スマートファルコンを出走させる予定は欠片もなかった。

 スマートファルコンがその己のトレーナーの苦悩を知らないままに、しかし大盛況をもって、彼女のアメリカでのウイニングライブは帳を下ろした。

 

────────────────

────────────────

 

 それからは、大変だった。

 

「……あー………疲れた……」

 

 帰りの飛行機の便、座席から天井を眺めて俺はレース後の出来事に想いを馳せる。

 

 まず、ライブが終わった直後に救急車を呼んでファルコンをウマ娘専門の総合病院へ連れて行った。

 精密検査の結果、骨に異常はなし。微細なヒビは見えるが、日常生活の中で治る程度。

 炎症も、軽度の物は全体にわたっているが、屈腱炎や骨膜炎、腱鞘炎や爪の割れなど、今後数か月を治療に要するような重症には至らなかった。

 

 奇跡と言っていいだろう。

 俺の鍛え上げた彼女のその脚は、あれほどの奇跡の走りを為してなお、壊れなかった。

 診察結果を聞いて、俺は涙を流してしまった。

 ファルコンはこれからも、走り続けられるのだ。それが何よりもうれしくて、二人で号泣してしまった。

 

 そうして、病院でファルコン用の車いすを買い取って、飛行機に乗ってタイキファームに戻ったが、またタイキファザー他牧場の皆様が全力で祝勝会を開いてくれたのだ。

 これがもう夜通しの騒ぎとなった。主役であるファルコンはあまり無理をさせられないため、少し参加させてからしっかりと寝るまで俺がベッドのそばで付き添ってやった。しかし俺自身はその後タイキファザーに引きずり出されて朝まで酒に付き合ってしまった。

 俺も改めてファルコンの勝利に酔い、久しぶりに羽目を外し切った。途中から記憶が飛んでて何をやったかちょっと怖い。

 

 そうして本当は翌日に帰国の予定だったところを一日延期することになった。

 しかしその一日がまたいけなかった。

 タイキファームに、アメリカの記者がとにかく押しかけてきたのだ。

 

 俺は二日酔いに痛む頭を何とか回して、彼らの取材をひとまとめにして無理やり切り抜けた。ファルコンは昨日のダメージで立ち上がれないので療養中と言っておいたがこれは事実だ。

 変なことは言っていないと思うが、しっかりと答えられただろうか。俺の二日酔いの顔が向こうの紙面に載っていないことを祈るのみである。

 なお、肩になぜ猫を乗せているのか聞かれたが、俺たちチームのマスコットキャッツ!であり、こいつがいたから昨日の奇跡は起きたのさ、と軽いジョークを飛ばしてやったらその後それがめちゃくちゃ記事になり、オニャンコポンもアメリカで顔が売れることになってしまった。

 

 スマートファルコンは、レースの翌日は極度の筋肉痛で一歩も動けなかった。

 車いすを買っておいてよかった。恐らく日本に帰ってからもしばらくはリハビリが必要だ。1週間は歩かせることも極力させたくない。フラッシュに彼女の日常生活の介助をお願いしてある。

 

 帰りの飛行機の中で、俺は左に並んで座る愛バと、付き添ってくれた二人の顔を見る。

 みんな、お祭り騒ぎのようなここ数日の忙しさで疲れ切っていたようで、仲良く舟をこいでおり、静かな寝息を零していた。

 そんな姿に苦笑しつつも、しかし日本に着いたらそれこそまた取材に巻き込まれ、学園でも褒めちぎられるであろう彼女たちの苦労を思い、肩を竦めた。

 

 どうだろうか。

 この海外遠征は、彼女たちの人生で…よい、想い出になっただろうか。

 

 少なくとも、俺にとっては最高の思い出になった。

 

 タイキファザーや、牧場の皆と過ごした2週間。

 そうして挑んだベルモントステークス。

 強敵であるマジェスティックプリンスとの死闘。

 ファルコンの見せた、奇跡の400m。

 ビッグ・レッド(セクレタリアト)超えの世界レコード。

 

 レース後の、一悶着を越えて踊り切ったウイニングライブ。

 そうしてタイキファームに戻ってからのバカ騒ぎ。

 翌日の取材ラッシュに疲弊しきった俺。

 それをなぜか代わる代わる膝枕したフラッシュとアイネス。

 

 そうして日本への凱旋のため、タイキファームを出発。

 タイキファザーとの別れ。

 娘をやるからここでやってかないかと言われたが、丁重に断った。

 

『ダンナ。俺は骨の髄までトレーナーなんだ。だからここに来ることは出来ねぇんだ…俺は、こいつらと一緒に学園に戻るよ』

 

『そうか…そうだな、お前はそういうやつだ。OK、でかい魚を逃がしたがしょうがねぇ!お前のこれからを応援してるぜ、タチバナ!!』

 

『…サンキュー。世話になったよ、マジで!!アンタがいたから、この旅は最高に楽しかった!!ありがとうな、ダンナ!!』

 

『おうよ!アメリカにまた来ることがあったら遊びに来いよ!Catch you later(またな)!!』

 

『ああ、またな!!』

 

 …あの人には、感謝してもし足りない。

 無限の明るさを持つ彼は、しかし俺たちに気遣ってくれたのだろう。優しさと気配りと包容力に溢れる大人だった。

 ファルコン達にも無理に距離を詰めず、しかし生活で不便はないかといつも気にかけてくれていた。

 だからこそ、俺たちは万全の態勢でレースに臨むことが出来た。

 今回の奇跡は、タイキファザーの、タイキファームのみんながいてこその奇跡だ。

 日本に戻ったら手紙を書こう。俺達みんなからの、お礼の手紙を。

 

「………いい、旅だったな。マジで……」

 

 俺は飛行機の窓から外を眺める。

 そこには、大海原を超えて、陸地が…俺たちの国、日本が見えて来ていた。

 アメリカの空気を懐かしく思い、しかしこうして返ってきた日本にもまた懐かしさを感じるのだから、旅というのは面白いものだ。

 

 ただいま、日本。

 ただいま、トレセン学園。

 

 

 こうして、俺たちの…忙しく、苦しく、しかし楽しく、そして栄誉を勝ち取った……最高の2週間は、終わりを迎えた。

 

*1
ベルモントステークスの勝者にはカーネーションのマントと伝統的なトロフィーが授与される

*2
そういう種類のテープ。

*3
そういう種類のテープ。

*4
テーピングがずれないように、テーピングの上からさらにテープを巻くこと。

*5
太腿だけ保護する場合は一般的に膝に負担を逃がす。

*6
ふくらはぎ。

*7
足首固定の巻き方その1。

*8
足首固定の巻き方その2。

*9
普通はできない。

*10
どうだよ。

*11
わからない。





※テーピング部分は95%くらい妄想の産物です。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

68 ぱかちゅーぶっ! ベルモントS

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

!!  特別編  !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

「ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす』

『ぴすぴーす!』

『ぴすぴーす!』

『piece to piece』

『外人ニキおって芝』

 

「おーっす!!今日はなんと!!特別編!!アメリカ三冠、ベルモントステークス生実況!やっていくぜぇー--っ!!時差の都合で朝7時だってのにお前らめっちゃいるじゃねぇかーっ!!!」

 

『そら(フェリスが出るなら)そうよ』

『そら(フェリスのウマッターでリツイされたら)そうよ』

『楽しみにしてたぞ…』

『昨日から寝てないゾ』

『早朝ってほどでもないゾ』

『good morning!』

『結構海外ニキもおる』

 

「いやーこの時間だから人少ねぇかなって思ってたけど流石だぜお前ら!海外の視聴者もあんがとなー、アメリカだろ?あー…Welcome to this live broadcast!!Please enjoy yourself!!」

 

『!?』

『ゴルシ!?』

『お前英語できたんか!?』

『thank you!It's a good live broadcast!』

『結構ウマ娘英語できる子多いゾ』

『ゴルシだからな』

『何喋れても驚かない』

『いや驚くでしょ』

『す、スズカもできるし…』

 

「はっはっは!!ゴルシ様が英語できねぇと思ったかー!ペラッペラだからよ!いつだってパリにも行けるぜぇー!!つっても今日はフツーに日本語メインで行くけどなー。向こうの放送で言ってることは大体わかるぜー」

 

『パリは芝』

『凱旋門出るつもりかお前』

『パリはフランス語なんだよなぁ…』

『今日はアメリカでしょ!』

『ベルモントステークスってよく知らん』

 

「おー、レースの紹介もしねぇとな!だがその前に今日のゲストの紹介だぁ!!朝一番からやってきてくれたぜぇ!!お前ら誰だと思うー?今日は勝ちウマ娘いねーからなー、わっかるっかな~♪」

 

『マジで言ってる?』

『丸わかりなんだよなぁ…』

『ウマッターのつぶやきで一発ゾ』

『生放送準備画面でネタバレしてて芝』

『あの孤独なシルエットは…!?』

『(黒塗りウマ娘)<ベルモントステークスで述べる問答(モンドー)

『絶対7冠ウマ娘ゾ』

 

「ははは!やっぱバレてたか!そんじゃ出て来てもらおうっ!!今日のゲストはこちらっ!!」

 

「ぴすぴーす。やぁ、トレセン学園生徒会会長、チームリギルに所属している7冠ウマ娘、シンボリルドルフだ。おはよう、諸君」

 

『ほら来た(確信)』

『知ってた』

『うおー!ルドルフー!』

『ルドルフだああああああ!!』

『カイチョー!@帝王』

『会長自らが…!?』

『テイオーもようみとる』

『会長に敵うウマ娘などあるわけが…』

『オットウマ娘最強議論はNGゾ』

『どえらい豪華ゲストだ』

 

「へっへっへ。海外行ったウマ娘でとりあえず声掛けっかーってぶらついてたら最初にばったり出会っちまってなー!快く了承してくれたぜっ!」

 

「ふふ、むしろ私からお願いしようかと思っていたところだよ。アメリカの地には色々と苦い思い出もあるしね。スマートファルコンが敵を討ってくれないか、と思わなくもない」

 

「おー、海外遠征大変だったもんなー会長は。けど今回渡米したやつらは随分いい環境みたいだぜ?」

 

「の、ようだね。タイキからもLANEが来てて、充実しているという話だ。羨ましく無いと言えば嘘になるな」

 

『カイチョー…』

『海外挑戦大変だったもんな…』

『あれはノーカンだから』

『まだ遠征のノウハウもないころやんな…』

『語りたくなる敗北の内一番語りたくない敗北』

『ルドルフ…お前が一番つよいウマ娘だと信じてるぞ…』

 

「へいへいへーい!!暗い話になるのはNGデース!!これからそのアメリカに日本の隼が挑戦するってんだぜー!盛り上がっていこうぜぇー!!」

 

「ああ、その通りだな。今日は一人のウマ娘として、彼女の挑戦を応援するつもりだ。コメントの皆もスマートファルコンを応援してやってくれ」

 

『うおー!』

『モチのロンですよ』

『芝での敗北はあれど砂の上ではレコードしか叩き出してないからなファル子』

『ハヤブサは砂の上にて最強…』

『アメリカ3冠の一つを奪っていくゥ!』

 

「よしよしいい流れだぜー!さぁてそんじゃとりまレースの解説だな!えー…カンペカンペ…っと、ベルモントステークスはアメリカのクラシック三冠の最終戦だぜ!日本でいう菊花賞みてーなもんだがアメリカはスパンが短くて6月に開催されるんだー!」

 

「アメリカのダートコース、距離は三冠の中でも最長の2414m。三戦目ということもあり極めて過酷なレースであることから『テスト・オブ・チャンピオン』という異名を持っている。創立は確か1867年だったかな」

 

「おー、ギリッギリ中距離レースってところだな。日本ダービー並みの長さを誇る、まぁしんどいレースってことだ!」

 

『ほえーすっごい歴史』

『150年前からあるんか…』

『2400ダートってすげぇな』

『アメリカはダートレースのほうが盛んだからのー』

『距離えぐい上に三冠レースの間が短くてアメリカは三冠ウマ娘が出にくいと聞くね』

 

「おー、コメ欄でも色々調べてやがったなー?そーなんだよ、アメリカは二冠ウマ娘は結構出るんだけどなー、三冠がなかなかでねーって書いてあるわ」

 

「それだけ過酷な日程ということだね。勿論、出走するウマ娘はその過酷さを覚悟の上でレースに臨んでいる。一人たりとも侮れないだろう」

 

「ってわけで解説はこんなもんだ!次は出走するウマ娘の紹介をしていくぜぇーっ!!まずは勿論こいつからだぁ!日本から海外挑戦を発表したスマートファルコンッ!!」

 

「この放送を見ていて知らないものはいないだろう。デビュー戦から現在まで5戦4勝、阪神ジュベナイルフィリーズを勝利しGⅠの冠も持っている…そして、彼女の走ったダートのレースではすべてレコード。素晴らしい実力の持ち主だ」

 

『ファル子ー!!』

『勝ってくれー!!!』

『今のクラシックで最強のダートウマ娘(確信)』

『結果が証明してるので反論できんわ』

『逃げがえぐい』

『スタートがえぐい』

『中盤の領域がえぐい』

『オット最終コーナーからの加速もあるゾ!』

『全方位えぐいやん』

『おつよぉい…』

『勝てると信じてるぞ…』

 

「ははは、コメントのやつらもよくわかってやがるぜぇ!皐月賞では芝適性の都合で惜しくも3着だったがそれでもつんえー走りを見せた!」

 

「その後ダート専門になると宣言をしてから、初めてのレースということになるな。そしてその彼女を指導しているのはチームフェリスの若き天才、立華トレーナー。期待してしまうね」

 

「なー、やっぱトレセンの生徒に勝ってほしい所はあるわ。…だが!そんなファル子に立ちはだかる分厚い壁!今度は今回のレースの一番人気!本命のウマ娘について紹介していくぜぇー!!」

 

「勿論今回出走するすべてのウマ娘が侮れないが、このウマ娘だけは別格だ。紹介しよう、アメリカの今年のクラシックの二冠を無敗で達成したウマ娘。マジェスティックプリンスだ」

 

『知らん子』

『アメリカのレース見ないしな』

『しかし無敗の二冠か…』

『ボクトオンナジー@帝王』

『テイオーさん…』

『名前長いな』

『外国のウマ娘は現地の綴りだから長い子多いのよ』

『名前かっこよ』

『銀河機攻隊?』

『それとは別な』

 

「コメはのんきしてっけどよー、コイツマジでつえーんだわ。何より怖いのはその領域だぜ!こいつの領域を簡単に表した図を書いてきてやったぜ!!ハイドーン!!」

 

「…まぁ、ブライアンに描かせるよりはマシか。そうだな、ゴールドシップが示した図のように…500m地点でこのような、ドーム状の領域を広げる。そうしてその中にいるウマ娘の速度を奪う…と、表現しようか」

 

『領域って何(宇宙)』

『考えるな感じろ』

『えげつねぇな…』

『アイネスねーちゃんやヘリオスがマイルレースで見せるようなあれか』

『おっとマンカフェも後ろから奪うゾ』

『それが領域で来るわけね…』

 

「あー、ちなみにこの領域、だいたい半径50mあっかんな」

 

「しかも500m地点からおおよそ1500m地点まで持続する。その間ずっと周囲のウマ娘から速度を奪い続けるわけだ」

 

『マ?』

『は?』

『バケモンじゃん』

『ママー!50mって何バ身ー!?』

『だいたい20バ身くらいです~@超小川』

『マッマ!』

『クリークもようみとる』

『まって20バ身て』

『走るウマ娘全員やん』

『1000m速度を奪い続けるのか…』

『チーターや!こんなんチーターやんか!』

『チーターじゃなくてウマ娘なんだよなぁ…』

 

「そーなんだよなぁー!正直アタシはあれとやりたくねぇわ。会長ならあれ、どう攻略するよ?」

 

「そうだな…隙はある。中盤にマジェスティックプリンスは領域を広げるわけだが…その間、実はあまり加速をしない。周囲のウマ娘も速度をじわじわ奪われるため、結構なスローペースになる。私なら領域に抵抗しながらも、思い切り牽制と圧をかけて彼女自身のスタミナを削りつつ足を溜める…か、もしくは500m地点の寸前に思い切り牽制を叩き込んでゾーン自体を潰すか、かな。あとは…スマートファルコンのような逃げウマ娘が戦うなら、走りながら後方にトリックを仕掛けて掛からせるか集中を切らせて、最終コーナーで思い切り逃げるのが最適解かと思う。砂か芝かという話をしなければ、恐らくセイウンスカイなどは相性がいい相手かもしれないな」

 

「ほーん。…会長、どうやって勝つかだいぶ前から考えてたろ?」

 

「当然だろう。…それと、もう一つ手段があるとすれば大逃げだ。サイレンススズカの様に500mに到達する前に領域範囲から逃れ切れれば勝機はある。今回、遠征には彼女もついていっているんだろう?」

 

「ああ、そーなんよ。スズカのヤツ前にアメリカ遠征してたろ?そん時の経験があるからって猫トレにスカウトされてたぜー」

 

「なるほどな…で、あれば立華トレーナーがどちらの作戦を取るかだな。大逃げをファルコンに覚えさせているか、それとも後方へのトリックを仕掛けるか…」

 

『話の…話のレベルが高い…!』

『会長だぞ?』

『参考になる』

『でもファル子どちらかと言えばあんま後方にトリック仕掛けないよな』

『猫トレが作戦伝えたりしてるけどな』

『大逃げできるのか?』

『それな』

『スタート速いから行けるような気もする』

 

「むー、どーなっかだなそのへんは。……あ!!そういや猫トレで思いだした!まだ今日のオニャンコポンみてねーわ!」

 

「ん、ああ…私も放送の準備で忘れていたな。確かアメリカに行ってからは『today's onyankopon』でツイートされていたね。どれどれ…」

 

「ほー……お!!あーこりゃいいな!!全員集合!!」

 

「いい顔だ、スマートファルコンも気合が入っている様だ……ん、この横にいるのは…オベイユアマスターか?」

 

『俺も見てないや』

『今見た』

『ファル子がオニャンコポン抱えて周りにみんなおる』

『これはSR+++++』

『フラッシュとアイネスとスズカとタイキがおる』

『その横のウマ娘誰よ?』

『デッカ…(身長)』

『オベイユアマスターな、だいぶ前のJCでオグタマに勝ってる』

『オベやんか!おったんかアンタ!@稲妻』

『タマもようみとる』

『タマ、事前に私から連絡を入れて立華トレーナーたちの案内をお願いしたんだ@オグリ』

『オグリもようみとる』

『名前そのまんまかい!@稲妻』

『ダメか?@オグリ』

『ネットではコテハンを使いましょうね~@超小川』

『ちょいちょいちょーい!!』

『コメ欄で永年優駿が集まっとるやろがい!』

『チャット欄になってて芝』

『イナリワンどこ…ここ…?』

『いるぜ!!@お稲荷』

『生えてきて芝』

『ウマ娘達もよう見とる』

 

「コメ欄でチャットすんのはやめろォ!!あんまよくねーから!…でもまーそーゆーことか、現地の案内で呼んだってわけだ」

 

「彼女は日本語も達者だった覚えがある。適任だろうな…今は引退しているから何か仕掛けてくるわけでもないだろう」

 

「レース前で迷子になったり混乱したりしたらワケねーからなー。万全で臨めてることを祈るぜ!…っと、そんな話をしてるうちに出走の時間だな!!」

 

「ゲート前にウマ娘が集まりだしたな。…出てきた、マジェスティックプリンスだ。っと、すごい歓声だな…」

 

『もうコールしてるやん』

『高笑いしてる?』

『若干のテイエムあじを検出』

『顔がいい(確信)』

『なるほどプリンス…』

『まぁ久しぶりの三冠期待となればそうね』

『アメリカっていつぶりの二冠ウマ娘出走になるんだっけ』

『前がサンデーサイレンスだったと記憶』

『SSという名のバケモン』

『知らん名前だ…』

『SSもクッソ速かったゾ』

 

「おー、続いて出てきたのがファルコンだー!…おー、落ち着いて…っか?尻尾を見る限り」

 

「かかったり、焦ったりしている表情ではないな。…相当集中しているようだ。流石は立華トレーナーといったところか」

 

「ん、マジェプリとなんか話してるな。なんだ?宣戦布告か?」

 

『そこだ!ファルコン☆パンチ!』

『反則ゾ』

『すげえ気迫』

『頑張ってくれ…!』

『絶対に応援諦めねぇからよ…』

 

「…二言程度で終わったようだ。…スマートファルコンは英語は得意ではなかったと記憶している、会話というほどでもなかったか?」

 

「ジャパンカップんときのスペを思い出すな。まぁでも落ち着いてら…お、このタイミングでファンファーレか」

 

『ペペペー』

『ペペー?』

『ペッペッペー』

『音程が…音程が分からない!』

 

「ははは、ベルモントステークスではファンファーレはそんなに強調してないんだ。それよりもむしろ、その後の…これだな。このレースの名物だ」

 

「おー、ホントに観客が大合唱してるぜー!!ニューヨーク・ニューヨークを歌うんだよなー!こういうのも文化の違いで面白れぇな!」

 

『はえーすっごい』

『こういうのいいね』

『観客も絶対楽しいゾ』

『日本でもこれやろうぜ』

『歌うか…君が代!』

『盛り上がらないッス 忌憚ない意見ってヤツッス』

『君が代はわびさびだから…』

 

「さて…ゲートインが始まって…特に問題は起きていないようだ。順調にゲート入りしていく」

 

「アメリカってもっと気性が荒いウマ娘が多いイメージあったんだけどなー。またアタシがコメ欄に擦られるじゃねーか」

 

『その発言結構際どいゾ』

『アメリカにだっていろんなウマ娘がいるから』

『ゴルシみたいなやつもおるんか』

『いると思う?』

『三冠レースでゲート入りでウケを狙うようなウマ娘か…』

『夜に影を探すようなモノです』

『いないと同義』

『ゴルシ…お前がオンリーワンだ!』

 

「今日はコメ欄が比較的優しかったわ。さてそんじゃ各ウマ娘ゲートイン完了!!ベルモントステークス……スタートだぁ!!」

 

「ッ、素晴らしい反応速度…そしてファルコンが行った!彼女は大逃げを選択したようだ!」

 

『うっわ』

『スタートからヤッバ』

『これまでで最速(確信)』

『他のウマとスタート時点で5バ身差着いたぞ』

『伸びていきますねぇ!!』

『大逃げだーーーーー!!』

『スズカを彷彿とさせる走り!!』

『逃げ切れー!!ファル子ー!!』

 

「うおーぶっとばしてやがる!!完っ全にスズカのお株を奪うような大逃げだぜぇ!!こりゃいいペースだぞ!」

 

「ああ、彼女がこれでスズカの様に最後まで走り切れれば…ある!500m地点までに50m以上は離れる!」

 

『ルドルフもよう興奮しとる』

『そりゃ興奮するでしょうよ』

『会長海外レースに挑戦するウマ娘に感情移入しがち(感涙)』

『こっちももう泣きそうだゾ』

『すっげぇ加速!』

『差が開きまくってる!』

『逃げ切れ!逃げきれ!』

 

「…目算だが60mは離したか!?ここでファルコンが500mを越えて…そうして来やがった!マジェプリの領域が発動したぜ!!」

 

「目に見える者は少ないかもしれないが…私は映像でも見えるな。だがファルコンは逃げ切っているぞ!領域の範囲を越えた!」

 

『見えねぇ!けどすげぇ!!』

『逃げてる!?』

『よっしゃ!!』

『いけるで!!そのままいけー!』

『勝ったな風呂入ってくる』

『こっからやろがい!!』

『大丈夫だ…忘れたのか?ファルコンには中盤での領域がある』

『おおっ!それだ!!』

『いやあの領域は後ろに誰かいないと出ないゾ』

『前にゾーン解説記事で書かれてたゾ』

『えっマジ?』

『おらんやん!』

『大逃げの弊害…!』

 

「あー、コメ欄でも言ってっけど、ファルコンの領域って後ろから追いすがられないと出ないっぽいんだよなー。今回はたぶん厳しいぜー」

 

「ああ、だが中盤で加速するだけならば彼女ならやるだろう、恐らく立華トレーナーもそれを見越して作戦を組んでいるはずだ。そうして今1000mを通過──────ッなんだと!?」

 

「うおー!!ファルコンが新しい領域出してやがる!?第二領域まで目覚めてやがったかぁ!?」

 

「私ですらシニア級で得た第二領域を…既に、か!!すさまじいな彼女は!!」

 

『何だあの加速!?』

『うわ今なんかイメージ見えた』

『砂の王…』

『前以上に中盤でぶっ飛んでいくやん!!』

『これはいける!!』

『80mは離したか!?』

『勝ったぞ!』

『後は走り切れれば…!!』

 

「これはいけるぜぇ!!そうして後ろのマジェプリも1000mを通過してっ、なんだあーーーっ!?」

 

「バカな!?領域を動かせるのか彼女は!?前方にドームが動いて…!!」

 

『何!?何が起きてるのぉ!?』

『見えないよぉ!!』

『前方?』

『ドームがマジェプリ中心じゃなくなっとるわ@稲妻』

『範囲内にいれば自由に動かせるようだ、前に動かしている@オグリ』

『いけませんね…100m先まであの領域の範囲になります@超小川』

『やべーぞファルコン!@お稲荷』

『永年組の熱い解説』

『いやそれヤバすぎん?』

『100mまで範囲内…ってコト!?』

『80m離せば逃げられると思っていたのかぁ?(絶望)』

『絶望しかねぇ!!』

『ファル子ー!!行ってくれー!!』

 

「…いやっ!!ファルコンも気づいてやがる!!ここでさらに加速しちまった!!」

 

「いかん…!!確かに範囲からは逃れたが…あれだと息が入れられない!暴走だ!!」

 

『あれ無理ゾ!?』

『いや加速しすぎィ!!』

『でも加速しないと推定ゾーンに呑まれてたゾ』

『どうしろってんだ!!』

『破滅へ突き進む運命!?』

『行けるって!!走り切れるって!!』

『ターボ師匠!オネガイシマス!!』

『やめろ逆噴射する!!』

『でも素人目に見てもこれはヤバい』

『これ厳しいか?』

『行ってくれええええええ!』

『負けるなぁあああ!!!』

 

「くっ…厳しい展開だぜ!1700…1800…まだ落ちねぇけど!!だけどよぉ!」

 

「っ、マジェスティックプリンスが領域を閉じた…ここから加速してくる!ファルコン…!!」

 

「落ちるなよ…行け…!」

 

「行ってくれ…!」

 

『行けぇぇぇ!!』

『耐えろぉぉぉ!!』

『ファル子!ファル子!!』

『追うしかない!!』

『お前が逃げるから追うしかないんやぞ!!』

『頼むううううう!!!!』

『落ちるなあああああ!!!』

『ぎゃあああ!!』

『マジェプリが来た!!!』

『ヤバイ!!』

『行ってくれたのむ!!!』

 

「1900m…厳しいか!表情がもう…見てらんないぜ!!最終コーナーを曲がって……」

 

「……2000m!く、駄目か!脚色がおち────────」

 

 

 

 

 

 

 

────────0

 

 

 

 

 

 

 

 

「────────は?」

 

「────────なん、だと?」

 

『は?』

『嘘?』

『加速ゥ!?』

『嘘。@帝王』

『そこから!?』

『なんやアレ…@稲妻』

『すげええええええええええ!!!!』

『やべぇえ!??!?!?!?!』

『今のは…@オグリ』

『行けーっ!!行けェーーーーーーっ!?』

『何?@超小川』

『行けるううううううううう!!!』

『マジェプリ引き離したあああああああああ!!!』

『走れええええええええええ!!!!』

『あと300!!あと300!!!』

『加速止まらねぇ!!!!』

『信じらんねぇ@お稲荷』

『何バ身!?』

 

「嘘だろオイファルコンが止まらねぇぞ!!!……行け!!そのまま行けェーーーーッ!!負けるなーーーっ!!!エデンをアタシに見せてくれーーーーッッ!!!!」

 

「行け…!!そのまま、止まるな!!行け、行けっ!!!」

 

『止まらねえ!!行け!!!』

『行っちまえええええ!!!』

『ファル子ーーーーーーー!!!!』

『お前がナンバーワンだああああ!!!』

『行ける!!!勝った!!!!』

『走れえええええええええ!!!』

『残り100!!!!』

『止まらねぇ!!!止まらないよ!!!』

『行った!!!』

『決まった!!!!』

『やったあああああああああああああああああああああ』

『うわあああああああああああああああああああ!!!』

『ああああああああああああああああ!!!』

『勝ったあああああ!!!!』

『ああsk直英thjgあおいえいおtjうぇいお』

『ぎゃあああああああああ!!!!!すげえええええええ!!!』

『おおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!』

『大差一着ゥーーーーーーーーーッ!!!』

『強い!!!ただ強いッ!!』

『奇跡かよこれ』

『やったああああああ!!!!!』

『涙止まらない…』

『すげぇよ…!』

『ハヤブサが砂を舞った…!!』

 

「……は、っはー!一着だー!!ファルコンのヤツやりやがったー!!!ベルモントステークス、超っ超!大差の一着で勝ちやがったーーー!!」

 

「やった…!!勝った、勝ったぞ!!素晴らしい、まさに奇跡の走りだ…!あそこから加速するなんて…!!」

 

『もう顔面涙まみれゾ』

『信じらんねぇ』

『とんでもないもんを見た…』

『2000mからの加速何だったんだアレマジで…』

『涙が止まりませんね…』

『すげー一着だよ…アメリカ三冠で…マジかよ…』

『今のレコードじゃない?』

『ファル子ーーーーー!!』

『レコードってマ?』

『追うしかなーい!!王!!』

『マ?』

 

「え、何?レコード?…嘘だろ?」

 

「…!?ベルモントステークスだぞ!?…いや、しかしこのペースは…!?」

 

『いやベルモントステークスのレコードは無理ゾ』

『セクレタリアトだぞ』

『いや時間計ってたけどギリいけてないこれ?』

『マ?』

『あ』

『電光掲示板来た!』

『は!?!?!?』

『キタ────────!!!』

『うおおおおおおおおお』

『レコード!!』

『レコード!!!』

『セクレタリアト超えたああああああああ!!!』

『うおおおおおおお!!!』

『マジかよ!!やりやがったあいつ!!やりやがった!!』

『』

『』

『』

『』

『』

 

「うわレコードだ!!レコードだぞオイ!!会長!!ファルコンのヤツ世界レコード叩き出しやがったあ!!!」

 

「……っ!!間違い、ないな…!ああ、確かにレコードの文字がある…!!そんな、っ…!!」

 

「ちくしょー涙が止まらねぇぜ!!…って、あ、コメント欄落ちてら……書き込み多かったかぁ…へっ、へへ、駄目だ、笑いも零れてきやがる…あはははは!!」

 

「……ああ、ネットが落ちてしまったか?コメントのみんなには見えてないか?ああ、ああ……!まさか、ベルモントステークスでレコードだと…!っ、日本の、トレセン学園のウマ娘が、だぞ…!!セクレタリアトを、超えたんだぞっ……!!ああ…っ私、会長、やってて……よかった……ぐすっ…!!」

 

「ひっひっひ、会長の眼にも涙ってやつだ!ちくしょー気持ちはわかるぜ!!あーもう放送事故だ放送事故!!ちっくしょー最高だぜぇファルコンよぉ!!お前がチャンピオンだ!!」

 

『』

『』

『』

『』

『』

『もどた?』

『お』

『コメント欄復活したか』

『回線飛んだかな』

『ぶっちゃけ映像は生きてたゾ』

『しーっ!』

『カイチョー!泣かないでカイチョー!@帝王』

『いやええもん見れたわ@稲妻』

『ルドルフ…映像にばっちり君の泣き顔が流れたんだ@オグリ』

『私達も全員ボロ泣きです~@超小川』

『談話室全員泣きまくりでい!@お稲荷』

『ウマ娘達もよう戻ってきよる』

『俺らも号泣よ』

『伝説が生まれたわ』

 

「お、コメント欄も復活!ほれ会長!ハンカチで涙拭え涙!!」

 

「ああっ、もう、皇帝の肩書もたまには邪魔だな…!…………よし。…ふぅ、すまない。取り乱した」

 

「取り乱すだろうよそりゃよ。…改めてスマートファルコン一着!世界レコード更新だぁ!!」

 

「最高だ…!…ああ、カメラの映像もようやく彼女を映したな。……流石にボロボロだな」

 

『お』

『みんなおる』

『フラッシュとアイネスが支えてる』

『酸素ボンベ吸ってる…』

『そらそうよ』

『みんな泣き笑いですわ』

『スズカもタイキもよう笑って居る』

『猫トレどこだ?』

『珍しくおらんな』

『あ、来た』

『ぜーぜーしとる』

『わー!』

『やだ…素敵…』

『最高の笑顔頂きました!』

『抱きしめあってる』

『てぇてぇ…』

『両方とも最高の笑顔なんよ』

 

「おー、猫トレはなんだ、走ってきたか?ゴール前にいなかったんかな?でもいい顔だなあんにゃろー!」

 

「ああ、それは嬉しいだろうさ…素敵だな、明日のアメリカの新聞の一面は今の顔に違いない」

 

『日本の一面は今のルドルフの顔だゾ』

『しーっ!』

『いやもう俺らも全員笑顔だわこんなん』

『最高のレースよ…』

『今日一日ネット掲示板すっげぇ祭りだゾ~コレ』

『ちょっと調べたけどさっきの回線不良どうやらウマチューブが一部回線落ちてたらしい』

『マ?』

『ってことはぐぐるさんの回線落ち?』

『アメリカのほうの回線負担が真っ赤っかだった』

『oh…』

『数億円規模の被害やんけ』

『アメリカでもあらゆるところで書き込みがあったんやろな…』

『大事件になっちゃ~う』

『すでに大事件なんだよなぁ…』

 

「へへ、まったくよぉ!!チーム『フェリス』は事件しか生まねぇなぁ!」

 

「まったくだ。人を驚かせないと気が済まないらしいね、立華トレーナーは…まったく、あの人らしい」

 

「お、そんでファルコンがフラッシュとアイネスに両肩抱えられながら動いたな。どうやらインタビューが始まるみたいだぜぇ!」

 

『英語わかんにゃい!!』

『リスニング力を信じろ』

『(日本語訳)「見事な走り。今のお気持ちは?」→猫トレ「自分が訳します。……最高に、嬉しいと」』

『文字起しニキ有能かよぉ!!』

『天才』

『猫トレも英語できるんか…』

『もはや猫トレだから驚かんわ英語くらい』

 

『「レコードです。セクレタリアトを超えた感想は?」→猫トレ「ファルコンは『ただただ嬉しい』と。自分からは、改めてセクレタリアトの凄さが分かった。今日のファルコンの走りは奇跡。このレースだけに備えてきた彼女が奇跡を起こしてようやく0.1秒縮めた時計を、セクレタリアトは前二冠のレースに出て、かつそれらのレースでもレコードを記録したうえで叩き出している。彼女の伝説は、誇りは失われず、しかし今日のファルコンの起こした奇跡も褒めてやってください」』

『アッ猫トレ最高…』

『こういうコメント出せるのがマジで大人』

『まぁ今日のファル子はマジで奇跡の走りだった』

『2000mからの加速が説明つかん』

『それを3冠レース全部に出走して出してるセクレタリアトはバケモンかよ』

『バケモンだよ(確信)』

 

「そうだな…確かに、ああ、立華トレーナーの話で落ち着いて考えてみれば、セクレタリアトは3冠全てのレースに出走し、そこでもなおレコードを出している。恐ろしいウマ娘であることは間違いない」

 

「だわなー。…あー、でも2000mからのファルコンの加速はアタシは見覚えあるぜ」

 

「…ふむ?君の言う心当たりとは何かな、ゴールドシップ」

 

「ジャパンカップのスペだ。ブロワイエと戦ったあん時の…限界を超えた走りをしたスペのそれに似てやがった。末脚でも、領域でもない、第三の加速……なんてな。テキトーだけど」

 

『「貴方たちのこれからの挑戦は?」→猫トレ「事前にファルコンと相談したことだが、自分たちの海外挑戦はこれで一旦おしまい。これからは日本に戻りダートレースを走るつもり。王者への挑戦なら日本でいつでも待っている」→記者たち「ヒュー!言うじゃねぇかケットシー!」』

『猫トレキメッキメじゃねぇか!』

『流石猫トレ』

『その傲慢さ誉れ高い』

『さわやかに煽ってくるからタチ悪い』

『顔がいい(確信)』

『ケットシー?』

『猫の妖精って意味やね』

『猫トレ妖精扱いされてて芝』

『オニャンコポン肩に乗せてるからね…』

『アメリカにそんな人おらんやろな』

『あの童顔はアメリカでも絶対受ける』

『イケメェン…』

 

「彼は…アレだね。普段生徒会室で話していても感じるが、何よりもウマ娘達が全力で戦うレースが好きな人なんだ。彼らしいよ」

 

「勝てる楽なレース、ってんじゃなくてウマ娘が走りたいレースを、って前にも言ってたなー。んでもってそこで担当ウマ娘が勝てるように仕上げるって。いいやつだよマジ」

 

『「最後に一言」→ファルコン「応援、ありがとー(Thank you for your support)!!」→猫トレ「今日の奇跡を、一生の誇りとしたい。素晴らしいレースに、それを見せてくれた俺の愛バに感謝と敬意を。そして応援してくれた皆様へ、ありがとうございました!」』

『イケメェン…』

『その笑顔、いかなるメスも拒めない』

『ウマ娘特効(200%)』

『人間にも特効ゾ』

『男ですがホレました』

『性の多様化社会だからね、しょうがないね』

『SSRになるだけある』

『今日はもう猫トレが何やっても許すよ』

『お前がヒーローだ!』

『ファルコンもヒロインだ!』

 

「いやー、外国でもキメッキメだったな!こりゃ戻ってきてから取材が大変だろうなー猫トレ」

 

「そのあたりは私たち生徒会や学園でもフォローをできるようにしておこう。英雄の凱旋に民衆が暴走してはいけないからね。各報道機関や記者への打診はさっそく今日から動こうか」

 

「さっすが会長!そこに痺れる憧れるゥ!…っと、インタビューも終わりだなー。この後ライブは放送でも流れるみてーだけどとりあえず生放送はここまでだぜっ!!」

 

「奇跡のレースだったな。このレースをこうして解説できたことを幸運に想うよ。今日は呼んでくれてありがとう、ゴールドシップ」

 

「気にすんない!そんじゃ〆るぜ!この放送は!ゴルシ様とー!?」

 

「シンボリルドルフでお送りしました」

 

「みんな、まったなー!!」

 

「また会おう」

 

『02!』

『おつー!』

『see you!』

『最高のぱか生だったぜー!!』

『カイチョー!お仕事テツダウ!@帝王』

『おつっとさん!@稲妻』

『おつおつー』

『お疲れ様@オグリ』

『お疲れさまでした~@超小川』

『乙でい!@お稲荷』

『おつー』

『ウマ娘達もよう乙っておる』

『自爆したみたいな言い方ァ!』

『いやーしかしすっげぇレースだった』

『伝説になる(確信)』

『レコードが間違いなく不滅』

『痺れたァ…』

『こういう奇跡があるからレースって素晴らしい』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

69 熱伝導

 

 

 

「トレーナーさん……私、譲らないからね…!」

 

「いや、今度は俺も譲らん」

 

 俺とファルコンは、チームフェリスのチームハウス内で若干の口論を繰り広げていた。

 これ前も見たな?

 

 あの激戦のベルモントステークスを終えて日本に帰国して数日のこと。

 俺たちはまず、成田空港に到着してから記者たちの取材を切り抜けてトレセン学園へ帰宅した。

 記者たちはいつものポジション、いわゆるエスカレーター下に集まって俺たちを出迎えていたのだが、そもそもファルコンが歩けない状態であり車いすを使用していたため、エスカレーターを使うことはなかった。

 ウマ娘達は全員エレベーターで裏から空港を抜け出すように指示して、俺と検疫を終えたオニャンコポンだけでエスカレーターのほうに向かい、記者の攻勢を一手に引き受けた。

 そうしてエレベーターでそそくさと空港を抜けて、迎えに来てもらっていた沖野先輩のワゴンで彼女たちは無事学園へと帰り着いたというわけだ。

 俺も記者からの取材には軽く流しておいて、数日時間を空けてから合同のインタビュー会を開く約束を取り付けてその場での大きな混乱はなく空港を後にした。

 これからのトレセン学園での取材については、理事長やルドルフが尽力してくれて過度な取材はないように手配してくれている。本当にあの二人には頭が上がらない。

 

 そしてトレセン学園に戻ってきた翌日。

 学園のみんなが彼女を祝福する準備を整えていてくれたようで、校舎に垂れ幕が張ってあった。

 三冠達成などで見られるそれだが、流石にアメリカの三冠の一つに勝利し、さらに世界レコードまで叩き出せば学校を挙げて表彰したくもなるだろう。

 車椅子でフラッシュに押してもらいながらも、理事長から表彰状を受け取るファルコンの表情はとても誇らしいものだった。俺も感無量である。

 その後もしばらくは遠征組のウマ娘は他のウマ娘から色々根掘り葉掘り聞かれまくったらしい。ここは女子校の常であり、やむを得ないといったところか。これもまた思い出である。

 なおなぜか俺はその後たづなさんに呼び出されて謎のお説教を食らった上で朝までコースで飲みに付き合わされてしまった。どうして。

 

 さて、そうして合同インタビューの日。

 ようやく自力での歩行が出来るようになってきたファルコンと、我らチームフェリスは以前の様に一室を借り切って合同インタビューを受けていた。

 ファルコンのベルモントステークスももちろんだが、日本ダービーの取材もブッチして渡米していたため、そこについての質問などもバンバン出てきて結構な長時間の取材となってしまった。

 まぁ彼女たちの脚はまだ本格的な練習に出せる段階ではない。ちょうどよいタイミングと言えただろう。

 それぞれの記者からの質問に答えたのちに、俺の方から「フェリスの次走は夏合宿終了後に発表する」と説明し、インタビュー会は終わった。

 

 その後のチームハウスでの、スマートファルコンとの口論である。

 

「トレーナーさん!アメリカに行く前に言ったよね!私、ジャパンダートダービーも出るって!」

 

「俺だってそのつもりだったさ、その時はね。…けどファルコン、今の君の脚じゃ()()だ。無茶とか、無謀という言葉を超えている。その脚でジャパンダートダービーで本気を出したら、今度こそ壊れてしまう」

 

「うー…!」

 

「今回は絶対に譲りません。君の事を想ってのことだからね……ファルコン、良く聞いてくれ」

 

 ソファに座ったままぷくー、と頬を膨らませてまんまるになるファルコンに、俺は近づいて膝をついて、目線を合わせて言葉を続ける。

 

「ベルモントステークスで、君は最高の走りをして…俺に奇跡を見せてくれた。俺は君のあの走りを一生誇りにする。……と、共に、君ともっと、これからも走りたいと思っているんだ。日本のダートGⅠ、それを勝ち抜く君を見ていたい」

 

「でも…!だったら、なおの事ジャパンダートダービーにだって…!」

 

「駄目なんだよ。断言できる…君がジャパンダートダービーで走ったら、間違いなく脚が壊れる。治る怪我だったらまだマシさ。二度と走れなくなるかもしれない。そうなったとき、俺はどんな顔をすればいいんだ?…わかってくれよ、ファルコン。俺は君と一緒に、これからも夢を見たいんだ」

 

 その、ファルコンにとって残酷な現実を俺は断言した。

 彼女が今、少しでも全力で走ろうものなら脚が間違いなく壊れる。

 これは俺の1000年の経験をかけてもいい。絶対に無茶はさせられない。

 

 正確に言えば、6月いっぱいを休養に充てれば、走ることくらいは何とかなるだろう。

 しかしレースで、彼女の普段通りの豪脚を発揮できるかとなると絶対にNOだ。

 ダートのレースは力を使う。重心も安定させられないダメージの残った脚で走れば、さらなる負担が関節や筋肉にいってしまう。

 7月の頭から夏合宿に参加はするが、そのうち2週間は彼女は脚を海水に()()()*1のを中心に、やってもせいぜい泳ぐ程度。走らせるのは完治してからだ。

 そんな彼女が7月2週目に開催されるジャパンダートダービーに出走などしてみろ。

 最悪の事態にしかならない。

 

「ファルコン。俺にだって出来ないことはあるんだ…悔しいけどな。今の君を、7月上旬に間に合わせることはできない。……君だって、全力で走れないことが分かっていて、負けるレースに出たくはないだろう?」

 

「……うっ……」

 

「…だから、俺の我儘だと思って、ここは譲ってくれ。ファルコン、約束したじゃないか。ベルモントパークレース場の控室で。君の我儘を一つ聞くから、俺の我儘も一つ聞いてくれ、って。ここでそれを使わせてもらう」

 

「……うー!!ずるいー!!そんなこと言われたら、ファル子、もう何も言えなくなっちゃうじゃん…!」

 

「君たちのためなら、俺はいくらでもずるくなるよ。……ファルコン」

 

 俺は彼女との距離を縮めて、ベルモントステークス出走前にそうしたように、彼女の頭を胸元に抱いて、その耳を心臓に充てる。

 ぴと、とあちらからも耳を俺の胸元にぴったりと充ててきた。だいぶこれを気に入ってくれたらしい。

 

「…俺がもっとうまく君を指導出来ていたら。俺がもっと相手の力量を読めていたら。もっとしっかり作戦を伝えられていたら……って、ここ最近はずっと考えていたさ。けど、それじゃあ俺たちは前に進めなくなる。…ファルコンは、俺にそう思い悩んでほしいかい?」

 

「…嫌。トレーナーさんが、最高の指導をしてくれて、そして応援してくれたから…ファル子は勝てたの。トレーナーさんが、自分を責めるのは、嫌……」

 

「…ずるい質問だったな。けど、俺もその反省を生かして、前に進んでいきたいんだ…君と一緒に。…だから、わかってくれるな」

 

「………うん。……わかった………」

 

 そうして、俺はスマートファルコンを説得することに成功した。

 彼女の想い、ダートで勝ちたいという強い想いは理解している。

 だが、無茶をさせられないのも事実。俺がもっとうまく彼女に走らせていれば、こうはならなかったかもしれない。

 …けれど。

 俺たちは、あのベルモントステークスのレースがベストだったとも信じている。

 だからこそ、俺たちはこれからも前に進むために。今は雌伏の時、次の…秋からのシニアも交ざったGⅠ戦線へ乗り込んでいくために。

 胸元に抱いたファルコンの頭を、俺はそっと撫でてやり…彼女もまた、頷いてくれた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「もういいですか?」

 

「流石にはーなのなんだけど?」

 

「あ、ゴメン…☆…っていや!今回はトレーナーさんが悪い!私の事抱きしめれば何とかなるちょろい女だって思ってるでしょ!!」

 

「誤解だ…」

 

 ファルコンのジャパンダートダービーについての話を終えて、俺たちは改めてミーティングを再開した。

 今日はこれからの予定についての再確認だ。その後彼女たちの足のマッサージを中心として過ごす。

 

「…今日のミーティングは7月の初頭から始まる夏合宿についてだな。昨年は出走レースもあったし参加はしなかったが、今年はチームで参加してそれぞれ更なるレベルアップに励んでもらう」

 

「はい。合宿…実力をつけるチャンスですね」

 

「んー、砂浜走るのも楽しそう☆!」

 

「海もいっぱい泳ぐの!夏祭りも楽しみー!」

 

「練習も休養もいっぱい取って来ような。また思い出を作ろう」

 

 俺は彼女らに学園謹製のパンフレットを配って、内容について簡単に説明を行う。

 

 トレセン学園には夏合宿というものがある。

 それはトレセン学園に在学する生徒たちが自由に参加できるほか、チーム単位でもそれぞれ参加が出来るものだ。

 トレーニング専用に整備されている広い砂浜や、近くに各距離を走れるコースなどがあり、ウマ娘達はそこで夏の間、更なる密度の練習を実施することが出来る。

 この夏合宿は彼女たちのテンションも高まることから、学園でやるトレーニングよりも効果が高くなるのは諸兄もご存じのとおりである。

 練習についてはチーム単位だけで練習する所もあるにはあるが、別のチームやチームにまだ入っていないウマ娘も自由にやりたい練習に参加することが出来る。

 練習にはそれぞれのチームのトレーナー、サブトレーナーが監督し、交流も多く生まれる場となっている。

 例えば、俺がチームフェリスを砂浜走行のトレーニングの監督をしているところに、スピカから1名、リギルから1名参加したり、などといったことが可能であり、逆も然りだ。

 この夏で、どれほど有力なウマ娘達と一緒に練習できるかが、彼女たちの成長具合を決める。

 この世界線では幸いにも多くのウマ娘と関係を作れている。後でめぼしいウマ娘に夏合宿で練習一緒にやろうって誘っておこう。

 

 閑話休題。

 

 そんなわけで夏合宿の予定について説明していたが、一つ彼女らに事前に確認を取っておくことがあった。

 それは、我らチーム『フェリス』の合宿所の事である。

 

「学園からそれなりに予算も貰ってるんで、俺たちの宿泊場所は学園生徒の多くが宿泊する合同合宿所じゃなくて、近所の宿泊施設になるんだが……いくつか候補があるんで、選んでほしい」

 

「候補、ですか?ということは…」

 

「もしかしてリギルが泊ってるあのホテルも!?」

 

「あそこすごいサービスがいいって聞くの…!」

 

「ああ、あそこも候補の一つだな。勿論どこにするにせよ、君たちに宿泊中の金銭的負担は掛からないから」

 

 俺はいくつか事前に調べていた候補をホワイトボードに記入し、印刷しておいた施設の情報なども見せる。

 リギルが毎年宿泊している高級ホテルは有名だ。ウマ娘の食事量にも配慮し、また格別のサービスが約束されている。

 もちろんそこも候補ではある、のだが……一つだけ問題があり、俺はそこに決定とはしなかった。

 というか、この後に説明する内容を聞いたら彼女たちの選択肢は一つになると信じていた。

 

「で、ここがまぁまぁのホテル…こっちが練習場の近いホテルで……で、最後にここ。旅館だな」

 

「…風情がある建物ですね」

 

「あれ、これ確かスピカのみんながよく宿泊してるところじゃない?」

 

「あー、そういえばウオッカちゃんから聞いたの。雑魚寝もできるし温泉あるし結構たのしーって言ってたけど…」

 

「なお、オニャンコポンが一緒に部屋で泊まれるかを事前に確認したけど、許可が下りたのはこの旅館だけでした。他の所だとペットホテ…」

 

「「「そこで」」」

 

 ですよね。

 決定!と大きく書き込んで、俺は事前に調べておいた旅館のパンフレットを渡しつつ話を続ける。

 

「…いや、少し意地悪だったかな。ただ流石に宿泊施設ってなると、猫同伴はいい顔されなかったよ。旅館だけはウマ娘のファンの人が多くて、俺たちのことも知ってくれてて…オニャンコポンちゃんならぜひ!って言ってくれてさ」

 

「ありがたい話です。そのような優しい方々が経営されているのなら、何の懸念もございません」

 

「いいホテルって話ならアメリカでもうニューヨークで泊ったもんね!旅館の畳の上でのんびりするのも楽しそうだし…☆」

 

「スピカの皆もいるなら夜も遊べそうだし!異論はないの!」

 

「…だとさ。よかったな、オニャンコポン」

 

 俺は肩に乗っていたオニャンコポンに、彼女たちからも君を想った言葉が出てきたぞ、と意思を籠めて喉元をくすぐる。

 すると何となくそんな雰囲気を察したのか、俺の肩から降りて彼女たちの膝の上に行き、それぞれにすりすりと頭をすり寄り始めた。

 賢い猫である。

 

「よし、それじゃ宿泊施設は決定だな。君達は3人部屋になる予定だからそのつもりでな。俺は沖野先輩の隣の個室に泊まります」

 

「はい。色々と準備をしていかないと、ですね」

 

「えへへ、今からワクワクして来ちゃった!ジャパンダートダービーに出られない分…しっかり休んで、合宿で猛特訓しないとね!」

 

「特訓だけじゃなくて宿題も頑張らなきゃね?ファル子ちゃんにはあたしたちが教えてあげるの」

 

「任せてください。8月に入る前にファルコンさんの課題を終わらせてみせます」

 

「ええー☆!?スパルタは練習だけでいいんだけどぉ!?」

 

「ははは。心配はいらなさそうだな」

 

 やはり彼女たちは青春を駆けるウマ娘。合宿という一大イベントに、テンションも絶好調といった具合だ。

 あとは6月中、彼女らの体力を全回復できるように調整し、しっかりと脚の調子を整えて、合宿で全力で練習が出来るように俺も尽力するとしよう。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 場面は切り替わり、ここはチーム『スピカ』のチームハウス。

 沖野トレーナーに、次走の希望を伝えるヴィクトールピストの姿があった。

 

「…ヴィイ、もう一度だけ確認させてくれ。……次走は、このレースでいいんだな?」

 

 沖野は、手に持った出走希望の用紙を見て、改めて彼女に確認する。

 そこには、ヴィクトールピストが希望する、次走のレースが書かれていた。

 

 『ニエル賞』と、『凱旋門賞』。

 

「ええ。…皐月賞と、ダービーで負けてから…私に足りないものは何かずっと考えてた。指導は十分、脚だって…練習のタイムじゃ、フェリスの先輩たちに負けていない。それなのに、勝てなかった…」

 

「……ああ。彼女たちは強かった。俺も…改めて、自分の至らなさを思い知ったよ」

 

「ううん、沖野トレーナーは悪くないわ。指導は最高だったと胸を張って言えるもの。けど、何かが足りない。……そして、先日のファルコン先輩のレースを見て、わかった。私に足りないものは、『挑戦する意思』なんだって」

 

 ヴィクトールピストは、先日のスマートファルコンのベルモントステークスを見届けた。

 そうして、胸に凄まじいほどの熱が生まれたのが分かった。

 海外のレースでも、輝けるのだと。

 それは、挑戦を恐れない心が、そうさせるのだと。

 

「私は、フラッシュ先輩と…アイネス先輩に勝つために。私が走れる、最高のレースに挑戦したい。菊花賞は捨てるわ。それよりも、今は自分の力を全力でぶつけられる、最高峰のレースに…!だから、沖野トレーナー!」

 

「っ……」

 

 沖野は、そうして強い語気をぶつけるヴィクトールピストの眼を見る。

 その瞳には、魂がこもっていた。

 ()()()()()()、という果てしなく強い意志。

 

 沖野は知っている。

 スペシャルウィーク。サイレンススズカ。メジロマックイーン。トウカイテイオー。

 彼女たちが、奇跡を起こす前にこのような瞳の色を見せていたことを。

 

「…わかった。よし、わかったよ!俺もお前の挑戦を応援してやる!それがトレーナーってもんだ!」

 

「…!沖野トレーナー!」

 

「ああ、決めたぜ。この夏でお前を最強にする。そうしてフランスに殴り込みだ!アメリカをスマートファルコンが制したように、俺たちはフランスを制してやろうぜ!」

 

「はいっ!!」

 

 ヴィクトールピスト、凱旋門へ。

 このニュースはまだ、世間に知られるところではない。

 その物語を語るのは、夏合宿が終わったころに。

 

 

────────────────

────────────────

 

 さらに場面は切り替わる。

 

『宝塚記念も残り500mッ!先頭を走るタンホイザーが厳しいか!続いて迫るはナンカイトリック!おっとここでアドマイヤツクバも上がってくる!!メイショウエレコムもいい脚だ!!叩き合いだ!カワカミプリンセスが来たぞ!!』

 

 宝塚記念。その、レース終盤。

 グランプリレースであるそれに出走している、有数のシニアウマ娘が全力で走り抜ける。

 今年のグランプリウマ娘の名を獲得するために。

 

 なにせ、今年はクラシックウマ娘がとにかく強い。

 その走りはファンを魅了し、ニュース記事でも大々的に報道されており…そんなクラシック級のウマ娘から、このレースに一人のウマ娘が参加していた。

 メジロライアンだ。

 

(勝つ…!勝つんだ!!フラッシュちゃんや、ファル子ちゃんや、アイネスと戦ってきたあたしが!!シニア級にも負けないってことを見せつけてやるんだッッ!!)

 

 溜めに溜めた足を、残り400mでぶちまける。

 メジロライアンは、これまでGⅠ勝利がない。

 世代の中でも辛酸を嘗めている立場だ。

 

 一時期は、それに悩まされたこともあった。

 同室のアイネスフウジンは朝日杯と桜花賞。

 彼女と同じチームであるエイシンフラッシュは二冠ウマ娘。

 そして、かつて二度も鎬を削りあったスマートファルコンは、ベルモントステークスでの世界レコード。

 後輩のヴィクトールピストだってホープフルステークスで勝っている。

 

 同世代が強すぎた。

 そう、記事にされたこともある。

 勝てないのは、彼女が弱いのではなく、周りが強すぎるのだと。

 

 つい最近まではそれに悩まされた。

 なぜ勝てないのか、と自分のトレーナーにあたってしまったこともある。

 

 だが、皐月賞の。

 日本ダービーの彼女たちの走りを見て。

 ベルモントステークスでの、砂の隼の羽ばたきを見て。

 メジロライアンは己の考えを改めた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 そんな彼女たちに競り合えている自分に、恥じるところがあるだろうか、と。

 自分が、この世代の強さを誇れるような強さを、ファンに見せたい。

 私も世代の代表なんだと、叫びたい。

 

 そうして、己の敗北をすさまじい情熱の燃料へと変え、それは彼女の末脚に更なる輝きを生んだ。

 ダービーを走ってもなお衰えぬその純粋な想いの籠った筋肉を纏う豪脚。

 それが、シニア級ウマ娘という更なる強敵に囲まれた絶体絶命の状況で。

 

 開花した。

 

「────────だああああああああああああああ!!!!!!!」

 

「っ、し!来たな!だがっ!!俺も、負けねぇええええええええ!!!!」

 

 後方、16人中の9位の好位置から、メジロライアンが超絶的な加速を見せる。

 それは、前方で加速する宝塚記念の一番人気のウマ娘、ウオッカと共に二筋の矢の如く先頭集団へと放たれた。

 

 2200mの彼女の脚質に最も合った距離。

 最強のシニアウマ娘達を相手どり、全てを振り絞る全力の勝負の中で。

 

 彼女の筋肉は、覚醒した。

 

 

 ──────────【レッツ・アナボリック!】

 

 

 それは彼女の領域(ゾーン)の目覚め。

 領域(ゾーン)は、クラシックやシニアといった下らない壁を容易くブチ壊す。

 理外の領域に至るからこその領域(ゾーン)

 

 そうしてその暑苦しい筋肉によるメジロライアンの加速は、先頭を捉えきるに至った。

 ウオッカも追い抜いて、そうしてウオッカの前に垂れた先頭集団のウマ娘のバ群が壁となる。

 

 だが、その状況こそウオッカの真骨頂。

 

「うおおおおあああああああッッ!!!かっ飛ばしていくぜぇッッ!!」

 

 

 ──────────【カッティング×DRIVE!】

 

 

 バ群を、まるですり抜けるようなステップを踏んですさまじい加速を果たす。

 勝負は完全に二人の世界に入った。

 

 残り100m。

 ウオッカが、再度メジロライアンに並びかける。

 

 勝負の行方は。

 

『ウオッカ苦しい!ウオッカ苦しい!!だがウオッカが来た!ウオッカが来た!!』

 

『安田記念の再現だ!!ウオッカ迫る!!ライアンに迫るッッ!!だがメジロライアンが譲らないッ!!クラシックのウマ娘が譲らないッ!!』

 

『メジロライアンが先頭だ!!これはどうだ!?際どいぞッ!!ウオッカ迫る!!ウオッカ迫る!!だがライアンだ!ライアンだ!!メジロライアンゴールインッッ!!!』

 

 

 

『とうとうやったぞメジロライアンッ!!数多の惜敗、そんな彼女がようやく報いた一矢は!!何とグランプリの冠をブチ抜いたッ!!!!この世代には化物しかいない!!クラシック級のウマ娘が!!なんと!!宝塚記念を制覇しましたぁっ!!!』

 

 

 

 

*1
高知の方言。水に浸すこと。ケガしたウマ娘の脚が良く治ると言われている民間療法



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

70 君の名は

 

 

 

「やっほー☆海だー!!」

 

「ふふ、はしゃぎすぎですよファルコンさん」

 

「いやー、来たの!夏合宿!」

 

 俺の愛車であるステップワゴンから降りた愛バ達が、海を見ながらとても気持ち良い笑顔を見せてくれる。

 夏合宿初日。俺たちは、合宿所のある砂浜へ来ていた。

 これから俺たちは約2か月間、合宿により更なる力をつける。

 秋からのレースで益々の飛躍を果たすために。

 

「おーい、景色に見惚れるのもいいけどとりあえず宿に行くぞ。荷物置いて昼飯食べたら、学園の合宿所のほうで初日の全体オリエンテーションだからな」

 

「はーい☆…うーん、練習が待ち遠しい…!」

 

「ファルコンさんは最初の週はまだ走れませんからね?トレーナーさんに言われましたよね?」

 

「……☆」

 

「構えないで!?砂浜にきたからってテンション上がりすぎなの…!」

 

「はは、その辺にしておこうな。ほら、宿の人たちに挨拶に行くよ」

 

 ベルモントステークス以降、スマートファルコンの砂への想い…いや、執念が強くなっているように感じられる。

 レースで、何か()()()()ようなものでもあったのだろうか。

 まだ練習には参加できないが……俺の予想を超えて、彼女の脚はすさまじい速度で回復している。

 

 早く走らせろと。

 砂で、私を、走らせろと。

 

 彼女の体がそう言っている気さえする。

 だが、以前にミーティングで約束した通り、ジャパンダートダービーは出走を見送った。この点は変わらない。

 たとえ回復が想像以上でも、レースに出走するリスクはまだ大きいからだ。

 そこはスマートファルコンも理解をしてくれている。せめてもの罪滅ぼしに、この合宿ではさらに砂の隼を高く飛翔させられるよう、俺も全力で彼女を鍛え上げるつもりだ。勿論、他の二人もである。

 

 

────────────────

────────────────

 

「…では、合宿における注意事項はこれくらいですね。質問はありますか?……大丈夫ですね。では、明日からの練習、頑張りましょう!」

 

 大広間に集まったウマ娘達に、たづなさんが合宿における注意事項を説明し終えた。

 これで今日のオリエンテーションは終了。明日からはそれぞれのチームで練習が始まり、またトレーナーがついていない、チームに入っていないウマ娘も監督官の下で指導を受けたり、どこかのチームに交ざって練習したりする。

 事前に俺のチームの練習に参加してもらうウマ娘には声をかけさせてもらっているので、当日の参加枠はかなり少ない…の、だが。

 

「猫トレさん!練習の参加枠空いてますか!?」

 

「ぜひフェリスの皆さんと一緒に練習したいですっ!」

 

「わた、私、水着で参加させていただきますので…!どうか…!!」

 

「いや…ごめん。もう結構事前に声かけててさ…」

 

 なぜか、俺のチームの練習に参加したいというウマ娘がかなり多かった。

 なぜこうなった?これまでの世界線ではチームトレーナーではなかったにせよ、こんなに多くのウマ娘から一緒にしたいという希望はされなかったのだが。

 しかしよく考えてみれば、今回の世界線は3人を受け持ち、その勝ち取った冠の数も単純計算で3倍。そのうち一つは世界レコードだ。

 そう考えれば、ウマ娘から見れば俺の練習がどうなっているのか気になっているのだろう。

 

 しかし、すまない。

 君たちのことも応援したいという気持ちは間違いなくあるんだが、俺はチーム『フェリス』のトレーナーである。

 チームメンバー3人がより成長できる、そのための選択肢しか取れない。

 つまり、一緒に練習してより成長できる見込みのあるウマ娘に、声をかけさせていただいているのだ。

 

「…ってわけで、毎週ごとに一人くらいの追加枠しかないかな…ごめんな、合宿って()()()()()()さ」

 

「えー!一人だけですか!?」

 

「けちー!!もっと見てよー!」

 

「3人くらいになりませんかー!?」

 

「俺もみんなを見たいのはやまやまなんだけどな…」

 

 そうして俺が追加枠が殆ど無いことを伝えると、ウマ娘達からかなりの非難の声を浴びてしまった。

 これは俺が悪い。事前にちゃんと話をしておけばよかったのだ。

 しかしそうするとまたその前から参加したいという子で溢れていてしまったかもしれない。

 どうすべ。

 

「……………」(にこり)

 

「…………☆」(しゃい☆)

 

「………なの」(にこにこ)

 

「「「「「「────────!!」」」」」」」

 

 おや。急に静かになったな。どうしたんだろう。

 俺はなぜか俺の後ろに視線を向けて静かになってしまったウマ娘達に怪訝な顔を向ける。

 どうしたってんだ。後ろに鬼か悪魔かたづなさんがいたわけでもあるまいに。

 

「……大人しくじゃんけんで勝った子が参加できるってことにしようか!!!」

 

「そうね!!!毎週一人だけ、決めましょうか!!!」

 

「参加させてもらうにしても練習にしっかり、真面目に取り組みましょうね!!!!!」

 

 冷や汗をかきながらじゃんけん大会を始めるウマ娘達。

 どうした急に。

 しかし彼女たちが納得して決めてくれるなら、俺が口をはさむところではない。

 でも、参加したいと言ってくれたウマ娘達にはやっぱり申し訳ないなと思うので、今ここにいる子たち全員の顔と名前はわかるから、後で何か甘い物でも奢ってやろう。

 なぜか肩の上のオニャンコポンがため息を零したような気配を感じたが気のせいだろう。今日も可愛いやつである。

 

────────────────

────────────────

 

 

 そうして、夏合宿の練習が始まった。

 最初の2週間は、主にスピードを鍛える訓練だ。

 1週目はファルコンは海水に足を()()()ていたが、その途中で俺の医学的見解、触診で見る限りでも…練習には参加できる程度には、治ってしまっていた。

 やはり海水は良く効く。効きすぎている感じもあるが、しかし何度触診しても問題なかったので、当初の2週間の安静の予定を変更して、翌週から練習に参加してもらうことにした。

 なお触診のし過ぎでファルコンにはくすぐったがられ、残り二人に砂に埋められた。どうして。

 

「うおー!勝ち取ったフェリス枠!頑張りますよー!!」

 

「む、元気がいいなキタサン!ターボも負けないぞー!!」

 

「っしゃ!俺も行くぜェー!」

 

「…なんだってこんな五月蠅いメンバーに囲まれてやがんだ、ッたく。練習データ取るのに邪魔だってェの…」

 

 フェリスの3人のほか、今日の走行トレーニングに参加しているのは4人。

 

 まず一人目に、キタサンブラック。彼女はじゃんけん大会で当日参加枠を勝ち取ったウマ娘で、今年の新入生。勿論トレーナーはまだついていない。

 この世界線の彼女はまだ本格化しておらず、しかしその体が秘める才能は俺が知っている。

 かつて、共に3年を駆けたことのあるウマ娘だ。

 彼女のタフさは、本格化前の今であっても、問題なく俺の練習についてこられるほどのそれを誇っていた。流石だ。

 

 そして二人目はツインターボ。チーム『カノープス』所属のウマ娘だ。

 スズカと同じで大逃げを戦術とする彼女は、しかしその脚が途中で止まることが多く、破滅逃げと評価されることもある。

 しかし彼女のその全てを振り絞る加速の才能は稀有なもので、特に砂浜の走行トレーニング、逃げの心意気を学ぶのには最適な相手だ。ファルコンとアイネスにとってよき併走相手となるだろう。

 ……ウララにも、そうして教えた。

 

 三人目はウオッカ。今年シニア級に入った、『スピカ』のウマ娘だ。彼女についての詳細な説明は不要だろう。

 昨年の桜花賞をダイワスカーレットに譲り、しかしその後に出走した日本ダービーで勝利。

 次走である秋華賞ではまたダスカに敗北を喫してしまうがその差はわずか。

 ジャパンカップでは4着、有マ記念では3着と好走を見せる。

 そうして今年、シニアウマ娘となり覚醒した。

 ヴィクトリアマイル1着、安田記念1着。

 その後、宝塚記念ではメジロライアンと競り合っての2着。これは連闘の影響もあったとは思う。

 ああ、勿論それにライアンを貶める意味はない。彼女もまた領域へと至り、すさまじい強さを発揮し始めている。

 今後さらにフラッシュ達のライバルとして鎬を削りあう事になるだろう。

 

 さて、そうして4人目は合宿前に向こうから声をかけてきたエアシャカールである。

 彼女が声をかけてきた理由は、実に彼女らしいものだった。

 

『よぉ、猫トレ』

 

『ん、シャカールか…なんだい?俺に何か用かな?』

 

『アンタが開発したっていうこれについて聞きてェ。……アンタ、どこでこれを覚えた?』

 

『……はは、一応トレーナー向けのものなんだけどな、その()()()

 

 彼女が自分のノートパソコンの画面に示したのは、何を隠そう、俺が()()と共に作り上げた、件のアプリだ。

 以前東条先輩とも打ち合わせたとおり、6月の後半ごろに俺はアプリを学園に提供し、テスト期間としてこの合宿前に各トレーナーに配布されていた。

 もちろんそれは彼女の専属のトレーナーにも配布されており、そうしてPC関連に詳しい彼女もそれを目にしたのだろう。

 アプリの中身がどうにも()()()()()()()()()ものだとして、俺に聞きに来たってわけだ。

 

 もちろん俺は方便でやり過ごした。

 そもそも、これまでの世界線でも、アプリを提供した後に同じように彼女から聞かれたことが何度もある。

 そして、俺はいつもこう答えるのだ。

 

『君が太鼓判を押してくれるなら、これほど心強いことはないな。…もし、改善点が見つかったら教えてくれ、参考にするから』

 

『…チッ、このアプリに改善点なんてあるかよ。オレの求めたモノ、()()()()()()()()()()()。大したやつだよ、アンタは』

 

『……ありがとう。君にそう言ってもらえると、本当に嬉しい』

 

 その話の流れで、合宿でも一緒に練習しないか、と俺から誘わせてもらった。

 彼女の論理的なトレーニングは、特にフラッシュに覿面だ。

 

 俺たちチームの3人が、彼女たちと共に行うこの練習はかつてないほどの素晴らしい効果を生んでくれる。

 いわば、友情トレーニングと言ったところか。

 その機会が、夏合宿では溢れている。

 一日たりとも無駄にはできないのだ。

 

「ふっふーん!!ターボが一着だー!!…っぜぇー!ぜぇー!!有マでも、今年は一着になってやるぅー…!」

 

「いやターボ先輩、一発目の併走からそんな疲れてどうすんスか…!ほら、呼吸整えて。全部息吐き切ってから、一気に空気取り込むといいッスよ。あと、有マは今年こそ俺も譲らねーんで!」

 

「水分補給は忘れずにしましょうね!私、飲み物取ってきます!皆さん何がいいですか!?」

 

「おー。そんじゃ飲みもんついでにオレのラムネも取ってきてくれ。糖分も補給しねェとな」

 

「……ふーっ!素晴らしく、脚に効きますね、やはり、砂浜トレーニングは…!」

 

「なの…!ダートとも違う、足腰に効くの…!……だってのに……」

 

「え、何?ファル子また何かしちゃった☆?」

 

 俺はみんなの様子を見て苦笑する。

 説明する必要もないと思うが、最初の1回目の並んでの併走、そこで全力を出したツインターボが一着を取って以降は、スマートファルコンが常にハナを取り続け、他の追随を許さなかった。

 砂の上にてハヤブサは最強。

 

 こうして夏合宿の最初の2週間、俺たちは最高のスピードトレーニングを積むことが出来たのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 さて。

 そうしたスピード重視のトレーニングを終えた、夏合宿が始まって2週間がたったころの、平日の夜。

 俺は俺の愛バたちが宿泊する部屋にオニャンコポンと共にお邪魔していた。

 

 夜に女子生徒の部屋に何用かと思われるかもしれないが、至極真面目な、まともな理由だ。

 今日は、GⅠレースが開催される。

 スマートファルコンがその参加を諦めた、ダートGⅠレース。

 ジャパンダートダービーの開催日だ。

 

「夜に走るレース…なんですよね、ジャパンダートダービーは」

 

「ダートGⅠだと多いよね、夜の開催。ファル子どっちかっていうと夜型だから心配してないけど…」

 

「ナイターって独特の雰囲気あるの」

 

「だな。俺はこの雰囲気、結構好きだけどな……」

 

 俺たちは部屋に設置されたテレビでジャパンダートダービーの観戦をしていた。

 GⅠレースを見て学ぶことは大切である。ファルコンにとっては、これから共に走るライバルたちのレースでもある。

 誰がどのような走りを見せるか。レースの戦術眼を磨くには、やはりレースを見るのが一番効率が良い。

 

 さて、しかし、今回のこのレース。

 事前に発表されている出走ウマ娘の中で、俺はよく知った名前を見つけており、それに若干の驚きを覚えていた。

 

 2番人気、8枠7番。

 ハルウララ。

 

 彼女もまた、このレースに出走している。

 2月にヒヤシンスステークスでファルコンに敗れてから…彼女は、強くなった。

 昇竜ステークス、端午ステークスと短距離のOPでそれぞれ2着、1着と優秀な結果を重ねて。

 そうして俺たちがアメリカから帰ってきた後に開催されたユニコーンステークス、GⅢのマイルレースでもハナ差の2着を取っていた。

 

 ハルウララの距離適正については、誰よりも俺がよく知っている。

 彼女は短距離を最も得意距離としており、マイルに距離が伸びた時点で僅かにその適正が鈍る。

 中距離、長距離となると正直に言えば絶望的であり、その絶望を覆すために俺はあの永劫の時間を費やしたのだ。

 

 そんなマイルレースでも好走をしている、この世界線のウララの実力は本物だ。

 初咲トレーナーがどんな指導を彼女に施したのかは知らないが、やはり熱い心を持ったトレーナーなだけはある。俺なんかよりよほど才能に溢れたトレーナーなのは間違いない。

 このままさらにウララが成長すれば、マイルのダートGⅠでファルコンと対決する未来もあるだろう。その時が楽しみだ。

 

 しかし、このジャパンダートダービーは2000mの()()()()()()である。

 彼女の距離適性を知らない人が見れば応援したくなるそれではあるが、ハルウララが勝つには厳しいだろう。

 その距離適性については当然俺は知っているほか、初咲トレーナーも練習でそのことは把握しているとは思う。

 であればこのレース自体に出走していることに疑問も浮かぶが、彼女が挑める初めてのGⅠなのだ。一度試してみるという意味合いも強いのかもしれない。

 自分の距離適性を自覚するのは大切なことでもあるし、たとえ厳しいとしても、ウララの走りを、彼らの挑戦を俺は心から応援するつもりだった。

 

「あ、パドック始まった☆!」

 

「ファルコンさんは芝のレースも出ていましたから事前に作っていましたが、ダートを走る方々はここでようやくの勝負服のお披露目になりますね」

 

「わー、みんな可愛いの!!」

 

「可愛さもいいが、ちゃんと脚とかも見るんだぞ?相手の強さが分かるのも、そのウマ娘の強さだからな」

 

 俺は冷茶の入ったコップをあおって喉を潤しながら、彼女たちと主にパドックを映すテレビを見る。

 ダートのGⅠ。地方を走っているウマ娘も参加するほか、中央トレセンで走るダートウマ娘の多くはここが初のGⅠの舞台となる。勝負服もおろしたてのものだ。

 それだけ熱も入っているのだろう。パドックに次々と出てくる勝負服のウマ娘達、それぞれが表情に熱いものを持っていた。

 みんないい顔をしている。今日は熱いレースになるだろう。

 

 そうして、

 

 

 次、

 

 

 

 

 の────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ガシャン!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「?トレーナーさん?」

 

「あ、お茶零しちゃってるの!もー、どうしたの急に?」

 

「んもー、ウマ娘がいっぱいいるとそっちに集中しちゃうんだから!……?トレーナーさん?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 誰だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────君は、誰だ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「ほら、拭いてあげるから…コップ割れなくてよかったの」

 

「ん、あ、あ……。すまんなアイネス。ちょっとぼーっと、してた…」

 

「畳でよかったですね。板張りでしたら割れていたかもしれません。洗ってきますね?」

 

「オニャンコポンもびっくりしちゃったよねー、ふふっ☆」

 

 アイネスフウジンが布巾を手に取り、立華の手から滑り落ちたコップが零したお茶をふき取る。

 畳の上のため割れずに済んだコップをエイシンフラッシュが手に取り、一度洗いに洗面台に向かった。

 そうして音に驚いて立華の肩から飛び降りたオニャンコポンを、スマートファルコンが胸元に受け止めて、おっちょこちょいな我がトレーナーの顔を見ようとした。

 

 しかし。

 彼の視線は、テレビから微動だにしていなかった。

 その表情が、これまでに、見たことがないような、そんな気がして。

 

(………?)

 

 スマートファルコンがその顔に奇妙なものを感じて、つられるようにテレビに目を向ける。

 

 そこには。

 

 

 桜色の髪を、()()()()()()()()()()()()()()()

 

 赤を基調とした、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 瞳から、桜色の炎を漏らすほどのやる気に満ち溢れたウマ娘がいた。

 

 

 そのウマ娘の名は。

 

 

 

「…ウララちゃん…?」

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

71 鼎鐺玉石

【鼎鐺玉石】(ていそうぎょくせき)
この上ないほど贅沢な状況のさま。

「鼎」は古代中国で使われた鍋状の青銅器のこと。
価値のある窯を、()()()()で支えているもの。



 

 

 

 

「…………」

 

 夜の九時。

 俺は旅館に近い砂浜を、月明かりに照らされながら一人ぼんやりと歩いていた。

 

「…………」

 

 ざざん、と砂浜に静かな潮騒のみが響いており、周りには誰もいない。

 いつもは肩にいるオニャンコポンも部屋に置いてきている。

 

 一人になりたかった。

 

「…………」

 

 ただ歩いているのもむなしくなり、砂浜に腰を下ろして、夜空に月が浮かんだ海を眺める。

 いまだに己の心臓が、コントロールを失ったかのようにどくどくと早鐘を打っている。

 あれからもう1時間以上経っているのに、心臓が中々宥められない。

 ただ、驚愕と、それ以上の何かの感情に襲われて、落ち着かない。

 

「……ウララ……」

 

 俺はこの世界線では縁の薄い、ウマ娘の名前を呟く。

 しかし、その名は、そのウマ娘は、俺にとっては……忘れることが出来るはずもない大切な名前。

 そんな彼女が俺に見せたこの世界線での姿に、俺は心臓をわしづかみされた。

 俺は先ほどのジャパンダートダービー、そのレース展開について改めて脳裏に描き直す。

 

────────────────

────────────────

 

『さぁスタートしました!ハナを進むのはホクヨークリーク、続いていくのはカワイイチャンス、続いてワタシニカケテ……後方から2番手、ハルウララ……それぞれ位置を見あってレースが進んでいきます』

 

 パドックの彼女を見てあまりに動揺をしてしまった俺は、しかしそこには自分一人ではなくこの世界線の愛バ達がいることに思い至り、動揺を努めて隠し、そうして彼女たちとレース観戦を続けた。

 始まったレースを見ながら、しかし俺の脳裏は先ほどパドックで見たハルウララの姿が目に焼き付いて離れない。

 俺の知る勝負服ではない、恐らくは初咲トレーナーと話してデザインしたのだろう、晴れ着の装いの彼女。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ウララのことは、一目見ればわかる。

 パドックに上がった彼女の、その脚がかつての体操服の様に脚を露出しておらず、晴れ着の下に隠していようとも、その立ち姿、重心、尻尾の揺れで、調子から筋肉のつき方から走り方まで、俺は読み取ることができた。

 どれほどの時間、彼女のことを見てきたと思っているのか。

 彼女の走りで、俺にわからないことはない。

 

 はず、だった。

 

 しかし、俺が見た、俺の知らないハルウララは、初咲トレーナーの指導の下で、なんと彼女が本来極めて苦手としているはずの中距離レースへの適正について、見事に克服できていた。

 俺には理解(わかる)

 完璧な適正とは言わない。一般的に中距離をメインで走る才能あるウマ娘を仮に100%、普段のウララやバクシンオーなど、中距離の適性がほぼないウマ娘を0%とするなら…今のハルウララは60~70%。その程度には中距離に足が馴染んでいる。

 完璧ではないが、勝負にはなる。勝利の可能性は、ある。

 前の世界線で、俺がウララを指導して、有マ記念に備えて長距離を仕上げた時ほどではないが、それでも。

 

『今1000mを通過しました。先頭を走るホクヨークリークが順調にハナを進んでいく、これはこのまま逃げ切れるか!?しかし後方から他のウマ娘もじわじわと上がってきているぞ!ここで位置を上げてきたのがミトノツキノ、ユメノソラも先頭を捉えるために位置を上げていく!』

 

 中盤を越えて、ハルウララは後方から3番手。

 これは彼女本来の走りだ。

 俺が有マ記念を突破できるように教え(歪め)た、逃げの走りではない。

 差しから追い込みに近い位置取り。

 だからこそ、最終コーナーから上がってくるはず。

 

 しかし、一生懸命走るウララのその姿を見て、他の走るウマ娘を見て、俺は改めて今後のレース展開について推察した。

 

(駄目だ。ユメノソラとボスキジフィールが速い…ウララは、届かない…はず…)

 

 今最終コーナーに入り、加速を始めたウララの前方の二人、ユメノソラとボスキジフィールの勢いがいい。

 ハルウララも加速を始めて、それは他のウマ娘と遜色のないそれなのだが、位置が悪かった。

 加速途中に前のウマ娘が壁になり、それを回避するために時間を食った。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここから最終直線で末脚を発揮して詰めていったとして、恐らくユメノソラ、ボスキジフィールには届かない。

 その、はずだった。

 

 だが。

 俺は、彼女のその知らない姿に。

 またしても脳髄を焼かれることになる。

 

 その驚愕は、共に見ていた3人のウマ娘も味わっていた。

 

「…!ウララさんが来ましたね!これは…!」

 

「すごい!領域(ゾーン)に入った…!!」

 

「最終コーナー、差しの位置からで発動するタイプ…なの!?()()()()()()()!!」

 

 しかしその驚きは、俺の物とは違う。

 ハルウララは最終コーナー、その途中で領域(ゾーン)に目覚めた。

 早い時期での覚醒。初咲トレーナーの指導の賜物だ。

 だが。

 

 ()()()()()()

 俺の知らない、その領域は、なんだ?

 

 ()()()()

 その勢いは、先頭との距離が離れていることでなお強い輝きを見せているようにさえ感じた。

 

 俺の知っている彼女の領域と違う。

 俺の知っているハルウララの領域は、レース終盤の最終コーナーで入るもので、発動位置は確かに同じだ。

 しかし彼女の領域は、『周囲にウマ娘がいるときに、その楽しさでスタミナが回復する』ものだったはずだ。

 

 スタミナの回復。それ自体はとても効果も多く、差しで勝負させるときにはそれも見越して俺も彼女を育てていた。

 ウマ娘とレースを走ること自体が楽しい、そんな彼女の優しい快活な性格がよく表れた領域は、とても彼女らしいものだと俺も感じていた。

 

 とはいえ、有マ記念や短距離のレースなど…スピードを重視しなければならないレースでは、残念ながらその領域に頼り切るわけにはいかない。何よりも位置取りと速度が求められる。

 そういった理由もあって、俺は繰り返す世界線の中で、逃げの作戦や技術を彼女に指導していたのだ。

 

 しかし、今の彼女は俺の知らない領域を見せている。

 頂点へ向けて、勝ちたいという想いがほとばしるような、見事な加速を繰り出している。

 

 ────────君は、誰だ?

 本当に、君は、ハルウララなのか?

 

「…すごい追い上げです!ダートとは思えぬほど…!残り3人、2人…!」

 

「これは…行った!すごいよウララちゃん!」

 

「…差し切ったの!うわー!凄いレースだったの…!あの位置から行けるんだぁ…」

 

 そうして、見事にその加速ですべてのウマ娘を撫で切って、ハルウララが一着でゴールした。

 中央開催のダートGⅠ、その最初の冠を、ハルウララが勝ち取った。

 

 ナイターの観客席から彼女への歓声が送られる。

 それに誇らしい笑顔を向けて手を振るウララ。

 そうして、彼女の元に号泣しながら駆け寄っていく、初咲トレーナー(俺じゃない誰か)の姿。

 

 

 ……その後、俺が3人に何と言って部屋を出ていったのか、よく覚えていない。

 

 

────────────────

────────────────

 

 俺は、海を眺めていた。

 

(ウララ…)

 

 彼女の勝利したときの笑顔が脳裏から離れない。

 

 強くなった。

 こう表現するのは申し訳ないが、速く走ることを苦手とする彼女が…本当に、強くなっていた。

 それなのに、俺の心は穏やかではない。

 

 俺の知らない勝負服。

 俺の知らない領域。

 俺ではない誰かが、彼女の距離適性を鍛えた姿。

 

 それに、俺は困惑している。

 思考がぐちゃぐちゃになって、纏まらないそれが止めどなく溢れている。

 どうして、そんな、ことに?

 

 俺は、ウララと駆けた永劫の時の狭間で。

 君の事を完全に理解できている、ような気になっていた。

 最高の指導。最高の芝での走り。最高の長距離での走り。

 それを成し得るために、己の全てを懸けた。

 そうして起こした奇跡。

 

 だが、それが。

 俺以外の、トレーナーでも、できている。

 俺じゃない誰かに、彼女が笑顔を見せている。

 

 その事実が、俺の感情を揺さぶり、乱して、しょうがない。

 

(………俺は、間違ってたのか?)

 

 己の所業に対しての疑念だけが浮かぶ。

 

 間違っていたのか?

 もしかすると、俺がウララにやっていたことは、間違っていたんじゃないのか?

 ただ、俺のエゴを彼女に強制していただけじゃないのか?

 逃げなんて作戦を取らせることはなく、差しで走らせていればもっと速く走れたのか?

 距離の問題だって、もっといいやり方があったのか?

 

 俺は、ただ、ウララを泣かせた自分を許せないなんてエゴのために。

 ウララに、さらにつらい思いをさせていただけなんじゃ、ないか?

 

 そんな思考が溢れて止まらない。

 俺の繰り返す世界線。

 それそのものが、価値のないものになってしまったような気がして。

 

(………俺、は……!!)

 

 行ってはいけない方向に、思考が向かいかける。

 

 俺は────────

 

 

「────────」

 

 

 しかし、そんな俺の耳に。

 

 聞き慣れた、足音が入ってきた。

 

────────────────

────────────────

 

「……トレーナーさん、大丈夫でしょうか…」

 

「…うん。なんか、様子が変だったね…」

 

「心配なの。…あんまりそういう所見せないし、あの人」

 

 チーム『フェリス』の3人は、先ほどまで一緒にジャパンダートダービーを観戦していた自分たちのトレーナー、立華の様子がおかしかったことに心配の色を隠せなかった。

 彼にしては本当に珍しく、レースが終わった後に言葉少なで、走っていたウマ娘達のレース展開などについてもぼやけた解説のみ。

 そうして逃げるようにオニャンコポンを連れて部屋を出ていった彼の様子は、明らかにおかしかった。

 

「…何か、先ほどのレースで思う所があったのでしょうか」

 

「飲み物も零してたし…心配、だね」

 

「うん…明日、それとなく聞いてみて……って、あれ?」

 

 それぞれが自分のトレーナーのそのあまりに狼狽した様子に心配し、しかし今から彼の部屋に乗り込もうといった雰囲気にもならずに、もやもやした想いを溜めてしまっていたところで。

 外に面したガラス窓のほうから、かつかつ、と音がしたことに気づいた。

 それに気づいた3人のうち、窓に近いアイネスがそちらに行って、カーテンを開くとそこには。

 

「…ん、オニャンコポン?」

 

「おや…珍しいですね。トレーナーの部屋から抜け出してきたのでしょうか?」

 

 そこにはオニャンコポンが、なぜか窓の外からこちらの窓を猫の手でたたいており。

 そうして窓を開けてオニャンコポンを部屋に迎え入れようとした3人は、しかし、オニャンコポンが振り返るように向いた窓の外、旅館の入り口の方を見て。

 

「…!トレーナーさん…!?」

 

「え、こんな時間に!?」

 

 そこに、浜辺の方角に向かって、まるで幽鬼のような足取りで歩いていくトレーナーの背中を見つけた。

 それをオニャンコポンは伝えに来たのだ。

 

 あの人が、オニャンコポンすら置いて、離れていく姿。

 その背中に、3人は形容できない不安を覚えた。

 まるで、どこかに行ってしまうような、戻ってこないような、そんな気さえして。

 

「…追いかけましょう!」

 

「っ、だね!匂いと足跡でどっちに行ったかはわかるし…!」

 

「一人にしておけないの!」

 

 慌てて彼女たちは外に出られる軽装に着替えて、部屋を出る。

 もちろん、オニャンコポンもアイネスが脇に抱えて。旅館を出て、彼の匂いを、足跡をたどって走る。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「────────トレーナーさん!」

 

 聞き慣れたリズムの足音と、そしてフラッシュの声で、立華は己の思考を一度止めて、彼女たちのほうを見た。

 エイシンフラッシュ。

 スマートファルコン。

 アイネスフウジン。

 そして、その肩にオニャンコポン。

 

 この世界線で、自分が担当する3人と、家族と言える初めての飼い猫。

 そんな彼女たちが、自分を探してやってきた。

 その事実に、立華は狼狽え…しかし、普段の自分を何とか取り繕おうとして言葉を紡ぐ。

 

「…やぁ、みんな。こんな夜に、どうしたんだい?確かに夜の海辺は綺麗だ、散歩も……」

 

「…トレーナーさん、そんな顔で無理に普段通りに振舞おうとしないでください」

 

「見たことない顔、してるよ。…トレーナーさん、どうしたの?何か、あったの?」

 

「…心配したの。オニャンコポンが気づいて、教えてくれたから追いかけてきたけど…!」

 

 しかし取り繕った言葉は、彼の愛バ達には通じない。

 己がそんなにひどい顔をしていることを知らずに、立華は一度手で己の顔を覆い隠して、そうして砂浜に座ったままに、一度夜空を見上げた。

 雲一つないその空には、数多の星が輝いている。

 しかし、今そこに、猫座の星はない。

 

「……そんなに、ひどい顔してたか?」

 

「しています。……トレーナーさん、何が、あったんですか?」

 

「……いや、大したことじゃないんだ」

 

 立華は、自分が余りにも心を乱され、そうして今の世界線で担当する彼女らに心配をかけてしまっていたことを心から恥じた。

 しかし、これはどうにもできない。

 なぜ自分がそんなに狼狽しているかを、説明できないからだ。

 

 実は俺って、世界をループしててさ。

 3年で意識が飛んで3年前に戻るんだ。アニメみたいだろ?

 だからウマ娘を育てるのも得意だった。で、実はここ数百回はウララを有マ記念で勝たせるために頑張っててさ。

 それでつい前のループでやっと勝てたんだけど、でもこの世界でも強くなってるウララを見て、なんかグサっときてさ。

 

 などと。

 説明できるはずがないだろう。

 

「…その、俺ってまぁ、あんまり普段は言わないけど…それなりに、自分のトレーナーとしての腕に自信はあったんだ。いや、君たちが結果を出してくれることで、自信がついてきたって言った方がいいかな」

 

 だから、立華は嘘をつく。

 方便ではない。

 嘘だ。

 

 彼は、ウマ娘に嘘をつかない事を信条としているが、その禁を破った。

 信じてもらえるはずもない真実を、この世界線には何の関係もない話を、彼は愛バ達に伝えるのを躊躇った。

 だから完全に嘘ではない、だが真実を欠片も伝えず、感情の乱れの表面の部分だけを伝えることにした。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 その独白を、3人は静かに聞いていた。

 

「だから、ある程度…ウマ娘達のこう、育ち方っていうのも理解してるつもりだった。どれくらいこの時期には強くなってるか、みたいな。けど、さ。今日のレースで、誰とは言わないけど…その想像を超えて強くなっていたウマ娘がいたんだ。それに俺は、心底驚いて…俺のトレーナーとしての観察眼がなかったのか、ってちょっと思い悩んでさ。それで、少し落ち込んでた…かもしれないな。ああ、みんなに心配をかけちゃったことについては、本当に反省してるよ……」

 

 嘘だ。

 

 その言葉が、立華の説明したその内容に、嘘があることを3人は察した。

 

 というよりも、だ。

 そもそも、彼が()()()()()()()()()()()ことに、3人は気付いている。

 

 それはそうだ。

 彼は新人にして、すさまじい実績をたたき出し、その上ウマ娘との接し方にも長けている、不思議なトレーナーである。

 そんな彼の、普段の隙の多さも相まって、1年半も共に時間を過ごしてきた彼女ら3人は、何かしら彼が隠していることを察していた。

 

 過去をあまり語りたがらない、私たちのトレーナー。

 その、彼の()()に何かがあるのだろうとウマ娘達は察している。

 

 そして、それを彼が絶対に喋ろうとしないことも。

 

「でも、大丈夫。俺の()()は君達3人であることは変わらないし、ちょっとヘコんだってだけだから。明日からは元通りの俺に戻れる。心配かけて悪かったな」

 

 普段、彼が使う『愛バ』という表現ではないその言葉と、そうして何でもないように()()()()立華の姿に。

 その言葉を零す彼の顔が、どう見ても大丈夫ではない、その様子に。

 

 ウマ娘達3人は、己の想いを伝える決意をした。

 彼から教わった、()()()()()()()()()()()を彼にやり返す。

 

「……トレーナーさん」

 

「ん、なんだいフラッ……っ!?」

 

 エイシンフラッシュが立華の隣にしゃがみこんで、そうして有無を言わさずに、彼の頭をその胸にかき抱いた。

 

「それじゃ、あたしはこっちからなの」

 

「ちょ、アイネス…!?」

 

 アイネスフウジンが、エイシンフラッシュの逆側に回り込んで、挟み込むように胸元に立華の頭を抱きしめる。

 

「むー、じゃあ私は正面から!」

 

「ファルコン…!?なに、何なのぉ!?」

 

 スマートファルコンが覆いかぶさるように立華の正面から体を預け、そうしてぎゅう、と体全体を抱きしめた。

 

 トライフォースの構え(真)だ。

 立華は、その頭に理解してはいけない柔らかさが全方位から襲い掛かってくるのを感じて、先ほどまでの深刻な葛藤が吹き飛びそうなほどの衝撃を受けた。

 かつて、これほどまでウマ娘と距離が近づいた経験はなかった。

 

「トレーナーさん。……私たちの、()()()()。聞こえますか?」

 

「ッ…!」

 

 エイシンフラッシュが、立華にその音を意識させる。

 心臓の音。

 他者のそれを聞くことで、何よりも落ち着くことが出来るのだと。彼自身がそう言っていた。

 

「トレーナー。……あたしたちは、キミに、何があったのか…これ以上は聞かないの」

 

「…アイ、ネス…」

 

 アイネスフウジンが、全員の想いを代表して述べた。

 あえて先ほど言わなかった、その本当の理由は聞かないと。 

 

 

 彼女たちは、立華のその隠していること…彼の過去について。

 彼が言いたがらないであろう、その秘密について。

 

 それを無理に聞き出そうとは、思っていなかった。

 

 それはかつて、エイシンフラッシュから話に出す形で3人で相談したものだ。

 5月のころに、催眠という悪戯で僅かに触れてしまった、彼の過去の謎。

 それ自体をエイシンフラッシュは述べなかったが、しかし、彼の隠していることについてどうするか、という話題となり。

 やはりそれぞれが薄々と勘づいていた、彼の過去。彼の、語りたがらない秘密について。

 どうするべきか、と話し合っていた。

 

 そうして彼女たちの出した結論は、待つこと。

 

 私たちの、誰よりも信頼している、優しいトレーナーが…あえて、伝えようとしないその話。

 それを聞き出すのは思慮に欠ける行動であるという想いと共に…何よりもウマ娘のことを考える、どこまでも優しい彼がそれでも頑なに語ろうとしないそれについて。

 そこに、何か意味があるのだろうと3人は結論を出した。

 それを伝えないことが、彼の誠意であり本心なのではないかと。

 であれば、それは彼の気遣いとも言えるべきものであり…そこに、自分達から踏み込むのはやめよう、と。

 

 気にならないと言えば嘘になる。

 本音を言えば、彼のことをすべて知りたいという想いもある。

 けれど、彼が私たちのことを想って隠しているようなその大きな秘密を、浅ましく暴くことはやめよう、と。

 

 だからこそ、彼女たちは今この場においても、無理に彼からその秘密を、感情が揺さぶられた理由を聞き出そうとは思わなかった。

 

 ただ、彼のその焦燥した姿が、心配で。

 何よりも。

 何よりも。

 何よりも────心配で。

 

 だからこうして、彼の教えてくれたとおりに、私たちの心臓の音を聞いて、落ち着いてもらいたい。

 その悩みを、真実の理由はわからなくても、みんなで共有したい。

 私たちはチームなのだから。

 

「トレーナーさん。前に私に言ってくれたよね。悩みを分けてほしい、って…一緒に悩んでいきたいって。私ね、すごくうれしかった。…今度は、私の番だよ」

 

「ファルコン……」

 

 スマートファルコンは、かつて彼女に立華が言った、その言葉をよく覚えていた。

 芝のレースに出走することへの悩み。

 それをトレーナーに相談したときに、真剣に考えてくれて、そうして悩みを分けてほしい、と優しい言葉をかけてくれたのを思い出す。

 

 それに、掬われた。

 だからこそ、今度は私が掬ってあげたい。

 きっと誰にも理解されないその悩みで、思い悩んでしまっている貴方を。

 

「…私も、同じ想いです。言いましたよね?私達にも、悩みがあれば言ってほしいと。…それは、トレーナーさんだって同じです。私達も、貴方の悩みを共に抱いて行きたい」

 

「あたしもなの。…キミは、いつも本当に、私たちのことを想ってくれて…よくしてくれてた。そんなキミが、一人で抱えて悩んでる姿を見るのは…嫌なの」

 

 エイシンフラッシュとアイネスフウジンからも、同じような話を貰って。

 そうして、3人の心臓の音を、その耳に、いや鼓動を体全体で受けて。

 立華は、徐々に落ち着きを取り戻していき……そうして、彼女たち3人の、自分を想ってくれるその温かさに、少しずつ、迷宮に落ちていた己の思考が解けていくのを感じていた。

 

 

 ああ。

 俺は、何を思い悩んでいたのか。

 

 こんなに自分の事を想ってくれる、素敵な愛バたちが3人もいて。

 何をいまさら、こんな、これまでも味わってきたようなことで悩んでいたのか?

 先日…アメリカではスズカを強く育てた沖野先輩や東条先輩には敬意を抱いておきながら、ウララは別だってのか?おかしな話じゃあないか?

 

 そもそもだ。

 この世界で、ハルウララが強く、たくましく成長していることに対して。

 何のショックも受ける必要はないんじゃあないか?

 

 素晴らしい事だろう。

 ハルウララが、彼女が強くなって、勝てている。

 すごいぞウララ。偉い。

 君が勝って笑顔を見せる姿、それは何度見ても、俺も嬉しくなるものだ。

 初めて見る領域(ゾーン)だって、これまでの世界線でも他のウマ娘が異なる領域を繰り出すのを俺は何度も目にしているじゃないか。

 ルドルフが、フジキセキが、ブルボンが、ライスが、オペラオーが、クリークが、オグリが…他にも幾人ものウマ娘が、複数の領域に目覚める可能性を秘めている。

 それが、ウララにはあり得ないなんて誰が決めた?

 勝手に俺が決めつけていただけじゃないか。

 

 そして、ウララを育てた初咲さんも、トレーナーとして当然のことをしているだけだ。

 彼のデザインセンスなのだろう、ウララの晴れ着も彼女によく似合っていた。俺よりよほどそっちのセンスもある。めっちゃ可愛かったよ。髪を後ろでお団子にしているのが好ポイント。

 ウララの苦手とする中距離だって、初咲さんが事前にしっかり備えて、トレーニングをしてきたのだろう。その結果が表れた勝利に、祝福する以外の感情があるのか?

 それに、俺の奇跡の結晶である芝と長距離が走れるような、有マ記念のレコードを2秒近く更新して一着を取るような、そんなウララには流石に彼だってできていない。

 ははは。どうだ、俺のウララもすごいだろう?

 そうさ。彼は彼なりに必死に努力して、そうしてパートナーであるウララに勝利の景色を見せてあげているだけだ。

 

 もしかして俺は、ウララは俺が育てないと強くなれないとでも思っていたのか?

 あの奇跡を起こした俺以外は、誰が育てても彼女は強くなれないと?彼女を強くできないと?

 どうしてそんな考えに僅かでも至ってしまったんだ?

 それはウララに対しての最大級の侮辱でしかない。

 アホなのか俺は?

 

 ────違うだろう。

 あの時、前の世界線で、いやそれまでの永劫の記憶の輪廻で俺とウララが起こした奇跡は、()()()()()()()()

 俺自身が否定してはいけないものだし、間違っていたとは欠片も思わない。

 俺たちが積み上げて起こした奇跡を、他の誰にも否定はさせない。

 

 それはウララだけではない。それ以前に担当した、全ての愛バたちだって、そう。

 そして、それを知るのは俺だけでいいし、この世界線に持ち込む思考ではないんだ。

 あの世界を歩む俺と彼女たちが、その想い出を持って、仲良くその後の未来を歩んでいればそれでいい。

 

 この世界は前の世界とは違う。

 ウララは、彼女を見初めた初咲トレーナーと、彼らが作る走りで、これからも夢を駆けていく。

 その二人に、俺は心からの応援と、しかしレースで戦うときには手加減なしの最高の勝負をできるようにする。

 それで、いいじゃないか。

 何を悩んでいたんだ俺は。

 あまりにも長い時間をウララと共にしていたことで、大変な思い違いをしてしまったんじゃないか?

 

 

 俺とウララの物語は、()()()だけのものだし。

 彼とウララの物語は、()()だけのものだ。

 

 それで、いいんだ。

 

 

 

「……ふふ、ははっ…」

 

 立華の口から、笑い声が零れる。

 それはスマートファルコンの胸元に息がわずかに掛かり、彼女を僅かに悶えさせたのち、そうして立華は押し倒されたような体勢から体を起こして、3人の胸元から頭を離す。

 そうしてウマ娘達が見た彼の顔は、すっきりとした、憑き物の落ちたような顔だった。

 

「……ははは!まったく、本当に俺ってやつはバ鹿だな!」

 

 随分と普段よりもテンションが高く、しかし様子が戻ったそんな声色に、三人がほっと安堵の表情を作ったところで。

 立華はそのまま、思い切り腕を広げて、3人ともまとめてその腕に抱えて、感謝を込めてぎゅっと強く抱きしめた。

 先ほどまでの体勢とは違い、今度は彼の胸元に自分たちが頭を抱えられるような体勢になったことで、彼女たちは攻守が逆転してぼっと顔を赤くする。

 

「そうさ…こんなに俺を心配してくれる、最高の()()を3人も抱えておいて…何をすっとぼけた悩みを抱えてるんだって話だよ!まったく…ああ、駄目だな。やっぱり俺は君たちがいないと駄目だ!」

 

 そして立華が言葉を続ける。

 零れてくるのは彼女たちへの感謝の言葉。

 

 様子のおかしかった己を、心から心配してくれて。

 そうして、恥ずかしかっただろう、それでも俺が前に言ったように、心臓の音を俺に聞かせてくれて落ち着けてくれようとして。

 さらに俺の、世界線を跨ぐという秘密ですら…聞かないよ、と言ってくれる、こんな理解ある愛バ達がいて。

 

 なにをいっちょ前に、見当違いなことで悩んでるんだよ、俺は。

 この世界線では、俺を信頼してくれるこの子たちの為に、己の全てをかけると選抜レースの日に誓ったじゃないか。

 

 本当に情けない男だ。

 思わず涙が零れてしまう。

 でも、そんな俺を彼女たちは掬ってくれた。

 優しく、その想いで包み込んでくれた。

 

 ああ。

 改めて誓おう。

 俺は君たちの為に、すべてをかけると。

 

「…すまんな、本当に心配させた。俺もおかしくなってたよ。…けど、もう大丈夫だ。俺には君たちがいる…それを改めて実感できたよ、有難う。…もう絶対に離さないぞ」

 

「ッ…!…いえ、トレーナーさんが立ち直れたようで、私達も、嬉しいです…」

 

「…ふふ☆…結構恥ずかしかったんだから、ね?けど、もう…大丈夫そうで、よかった…」

 

「トレーナー…あたしたちだって、離れるつもりはないんだから。だから、これからも困ったら…また、相談してね?」

 

 そんな彼の、ひどくすっきりした涙を浮かべた笑顔を間近で見て、3人はそれぞれ赤面するとともに、彼が自分たちの言葉で、想いを受け取って立ち直ってくれたことに、心底からの安堵と喜びを感じていた。

 彼の悩みを、掬うことが出来た。

 やはり、完璧に見えるようなそんな我らがトレーナーであっても、思い悩むこともあり…そして、そういった弱い姿を見て、心から心配したそれを助けられたことに、ほっとした気持ちが胸に広がっていった。

 お互いの体温がじんわりと彼の腕と胸を伝って、その安堵感で一つになっていくような感覚。

 

 嬉しかった。

 

「…っと、すまん!興奮して抱きしめちまってたな…!」

 

 しかしその至福の時間は終わりを迎えて、立華が冷静さを取り戻し、そうしていつからか抱きしめてしまっていた3人をこれはいかんと慌てて腕を離して解放した。

 それに強く寂しさを感じるが、しかし先ほど彼から伝わった熱は、まだ彼女たちの心の奥に燻っている。

 今日は眠れないかもしれない。

 

「…本当に、ありがとうな。3人のおかげで悩みがすっきりしたよ。……こんな情けない俺だけど、これからも…よろしくな」

 

「…はい。トレーナーさん、私たちは貴方と、これからも一緒に」

 

「改めて、よろしくね☆トレーナーさん、これからも頑張っていこう!」

 

「そういう所が見れるの貴重だから、嬉しかったの!頑張ろうね、トレーナー!」

 

 3人が、火照った頬が覚め切らないうちに、しかしそれぞれ立華へ言葉を返す。

 最後に、ニャー、と立華の肩に戻ったオニャンコポンが鳴いたことで、自然と4人に笑顔が生まれて。

 そうして、絆がまた深まったことを実感しながら、彼らは旅館へと戻っていった。

 

 そんな彼らを、満天の星空が見守っていた。

 

 

 その星空に、猫座の星も、きっと。

 

 

 

 

 

 






以下、閑話。



────────────────
────────────────


「お願いします!どうか、俺とウララに指導を…!」

「………」

 5月上旬、ここはチーム『ベネトナシュ』のチームハウス。
 ウマ娘達が授業を受けている午前中に、チームトレーナーである黒沼は、若きトレーナーが自分に向けて頭を下げているその姿を、憮然とした様子で眺めていた。
 
「ウララが、ジャパンダートダービーで勝つために…中距離を走れるようになる必要があるんです!黒沼先輩、どうか…!」

「……わかった。だが、まず落ち着け」

 下げた頭が90度を超えて120度を迎えそうになる前に一度黒沼は相手に冷静さを取り戻させようと声をかける。
 しかし目の前のこの熱い男は、その声を受けて頭の位置をそれ以上下げることはなかったが、しかし上げることもなかった。

 黒沼も、この男……初咲というトレーナーのことは、知っている。
 この男の代のトレーナーの中でも、異彩を放つ立華という男がいるため、世間的には目立ってはいなかったが、ベテランのトレーナー間では初咲というトレーナーは、一定の評価を得ていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 ハルウララというウマ娘はトレーナー間でも有名だ。
 選抜レース、学内の授業でのレース、それらを見ても……こう表現するのは残酷なことだが、彼女は走るのが遅い。
 中央トレセン学園の中でも、才能がない側に位置する。
 それは競走することを生業とするウマ娘達の中でどうしても起こる順位付けのなかで、どうしても発生する最下位、それに極めて近いことを意味した。
 悲しいが、現実はどうしても存在する。

 しかし。
 この初咲というトレーナーは、そのハルウララを、未勝利戦3戦目にして一着を取らせるほどに鍛え上げ。
 そうしてその後のOP戦では、スマートファルコンと争ったヒヤシンスステークスでは8着だったものの、その後人が変わったかのように素晴らしい好走を見せ、4月前半に開催の昇竜ステークスで2着、4月後半の端午ステークスでは1着を取らせている。

 同じことをできるトレーナーが、どれだけいるだろうか。
 立華が率いるレコードブレイクチームがいるため目立ってはいなかったが、この初咲という男もまた、間違いなく才気煥発、中央のトレーナーを名乗るにふさわしい男だった。

 さて、そのような男がこうして黒沼の元を訪れ、頭を下げている。
 その理由は、先ほど彼が述べたとおりだ。

「ウララは…中距離が苦手です。適性がない。それは事実で…けど、彼女が出走できる、初めてのGⅠなんです!俺は…ウララを、勝たせてやりたい…!思い切り、ジャパンダートダービーで走れるようにしてやりたいんです!!」

「…………」

 黒沼は、同僚の立華とは違う、随分と熱の入った様子の初咲を見て、内心でため息をついた。
 こいつらの代は、変な奴しか集まらないのか?
 もしくは代表の立華が初咲に変な影響を与えでもしたか。
 どちらにせよ、とにかく目の前のこの若きトレーナーからは熱を感じた。
 先日、GWで立華から感じたものに近い、それ。

「……わかったから、まず顔を上げろ」

「…はい………」

 黒沼ははっきりと指示を出し、そうして顔を上げる初咲の、その瞳を観察する。
 その瞳には、はっきりと見て取れる想いが込められていた。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そういう目をする男を、黒沼はよく知っている。

 まず沖野がそれだ。
 あいつは誰よりも素直に、ウマ娘に夢を賭ける。

 南坂も近い目をするときがある。
 あれもまた、ウマ娘達の駆ける先を見守る、そんな目をする。

 最近中央にやってきた北原なんかもそうだ。
 厳しい現実なんか知ったことかとばかりにただ上を目指す彼女らチームを、その熱い瞳で、想いで、よくまとめ上げている。
 
 立華にも見えるそれ。
 あいつの場合、その瞳の熱の中に一片の狂気が混ざる。
 自分よりも随分と遠くを見ているような眼をすることがある。

 そうして、もちろん、自分にもあるその魂。
 ウマ娘の出たいレースに、望むレースに勝たせてやりたい。
 想いの強さでは、黒沼も負けるつもりはなかった。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 中央で、実績を上げるトレーナーの瞳に宿る魂。
 それを、この初咲という男もまたはっきりと有していた。

 そうして、その瞳にある魂を見てしまえば、黒沼の答えは一つだった。

「……明日から、うちのチームの練習にハルウララと共に参加しろ」

「ッ!!黒沼先輩!!ありがとうございますっ……!!」

「その程度で泣くな、情けない。…だが、俺のチームの練習は厳しい。そして、俺はハルウララの限界を知らない。やりすぎて壊す可能性もある。だから…」

「俺が、ウララをよく見て、限界を見極めろ…って、話ですよね。判ってます!絶対に俺はウララから目を離しません!そして黒沼先輩の指導も、吸収して見せます!」

「………ふっ。熱いな、お前」

 肩を竦めて黒沼が苦笑を零す。
 この目の前の初咲という男、随分と立華とは対極にあるようだ。

 立華は時折ベテラントレーナーのような風情を見せ、常に余裕のある態度をとる男だが、この初咲という男は自分の未熟さを十分に自覚したうえで、ウマ娘の為になる事なら手段を択ばない。可能性があればそれを模索する、なりふり構わない強さがある。
 また、向上心も強く、熱血漢であることも言葉尻から理解できた。

 ────────この男、気に入った。

 ウマ娘に向ける熱に遜色はないが、まるで対極に位置するこいつらの愛バたちが。
 いずれ、ダートのGⅠレースでぶつかり合うときが楽しみだ。

「…長い距離を走れるようにするためには坂路での練習が根幹にある。レースのダメージが足に残っているなら今日はハルウララはよくマッサージして休ませろ。その間にお前は距離適性に関する論文を読んでおけ。そこのバインダーだ。貸してやる」

「はい!了解です!お借りしていきます…!3日で暗記して返します!」

「莫迦野郎、暗記なんてあやふやなことをするな。論文は常に読み返せる位置に置いておくもんだ。コピーして返せ。…言っておくが指導は本気で厳しいからな。メンタル面まではカバーできん。ハルウララにはお前が良く寄り添ってやれ」

「すみません!でも、そうですね…暗記だと正しいかどうかがブレちまう…なるほど…!!ウララのメンタルは任せてください!黒沼先輩見て怖いとか失礼なこと言わないようによく言っておきます!」

「余計なお世話だ」 

 すみません!と慌てて頭を下げる初咲に、仏頂面を作りつつも内心で苦笑する黒沼。
 そうして、その翌日から黒沼の指導による、ハルウララの中距離適性の克服に取りかかった。



 そうして、その努力は7月まで続けられ。

 完全、とは言えないまでもハルウララは中距離も走れるようになり。

 執念と思いの結実、領域へと目覚め。

 中央ダートGⅠ、その最初の冠を被ることとなった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

72 ステイヤー

 

 

 

「よーし!みんな柔軟はできたな!それじゃあ遠泳トレーニングを始めるぞ!」

 

 俺はパーカーに水着という装いで、砂浜に集まったウマ娘達に声をかけた。

 

 夏合宿も3週目。2週目の途中でジャパンダートダービーがあり、そこで若干の事件もあったが、そこを愛バ達に救われた俺は、そのお返しに前以上に気合を入れてトレーニングの指導にあたっていた。

 すでにあの時の悩みについてはすっきりと俺の中で消化できている。俺のいるこの世界線で、俺は3人の運命のウマ娘達を強くして、そして彼女たちと共に歩んでいく。それでいい。

 ウララについては、初咲さんと共に進んでいく彼女を応援して、しかしライバルとして同じレースに出るときにはファルコンが負けないように真剣勝負をしたい。この世界の彼女とも雌雄を決したい。

 それでいいんだ。

 

 俺の知らない彼女の姿を見て一度は狼狽してしまったが、しかしよく考えればこれまでの世界線でも同じようなことはいくらでも起きている。

 ただ、ここ最近の世界線ではウララと共に過ごす時間が長すぎて、自分も混乱してしまったのだ。そこを、愛バ達に掬ってもらった。

 やはり3人とも最高のウマ娘だ。こんなに情けない俺を信頼して、信じてくれているのだから。

 しばらくは彼女たちに頭が上がらないだろう。

 

 

 さて、そうして3週目から始まるトレーニングはスタミナの強化を目的とした遠泳トレーニングだ。

 自分の他に二人のトレーナーが監督としてついてくれて、複数人のウマ娘を指導し、2km先の小島まで往復の遠泳を午前、午後と行い、体全体を水泳による全身運動でほぐしつつ、持続力の強化を目論むもの。

 

 そうして集まったウマ娘だが、トレーナー3人がつく練習ということもあり、それなりの人数となっていた。

 

「腰のポーチが外れないか、最終確認をしてください。足がつったり溺れた時には、まずポーチを浮袋としてその場で声を上げるように。また、他の子が厳しそうな様子だったら周りの子が声を上げてください」

 

「は~い。もし溺れてしまったら助けに行きますからね。ふふ、がんばりますよぉ~」

 

 俺の隣でウマ娘達に指示を出すのは、奈瀬先輩だ。

 奈瀬文乃トレーナー。若き天才トレーナーと称され、その評判通り彼女のチームのウマ娘達は結果を叩き出している。

 そして奈瀬先輩のチーム所属のサブトレーナー資格を持つウマ娘として、今はドリームリーグで活躍する、かつての菊花賞ウマ娘であるスーパークリークが、やる気をみなぎらせて彼女に返事を返した。

 

 スタミナの訓練において、クリークは絶対に欠かせない。

 彼女の母性は、体力を消耗する練習の中で大いに輝き、そうしてともに練習するウマ娘達の練習効果を引き上げる。

 今回、夏合宿でスタミナのトレーニングをするにあたりまず一番に声をかけさせていただいた。

 奈瀬先輩にも改めて頼み込み、こうして監督についてもらったわけだ。

 

 そしてもう一組、彼女たちと同世代のレジェンドウマ娘とトレーナーに声をかけていた。

 

「体調が悪かったら今のうちに必ず言ってね!普通のトレーニング以上に体力を使うから、体調不良でやったら危険だからね!自分の体調を把握できるのも強いウマ娘の条件ですし、言いだすのは恥ずかしい事じゃないからね!」

 

「なんや、いつになく心配するやんかコミちゃん。つっても確かにしんどいからな、みんな無理はあかんでー」

 

 小宮山先輩と、その担当ウマ娘であるタマモクロス。

 奈瀬先輩と同期のトレーナーである彼女は仲もよく、同じようにタマとクリークもとても仲良しの二人のため、お願いするにはちょうどいいと俺から声をかけさせていただいている。

 もちろんタマもスタミナ特訓については一家言を持っている。なにせこの小さな体で天皇賞春すら勝ち抜く白い稲妻だ。サブトレーナー資格を所有しており、世話焼きでもある彼女は、複数人でのトレーニングでそのオカン力が遺憾なく発揮される。

 

 ただしママみはクリークに一歩及ばない、というかクリークが時々母性が暴走してタマを赤ちゃんにしたがる事件はこれまでの世界線で何度も起きており、もしそういう現場に俺が遭遇したときにはタマを助けるために俺がちょっと赤ちゃんになって代わりに犠牲になるケースが多い。

 誰かが犠牲にならないまま彼女の母性が爆発すると、トレセン学園をぱかぱか幼稚園に生まれ変わらせようとする魔王が降臨してしまうのだ。俺は犠牲になったのだ…クリークの犠牲にな…。

 しかしこの世界線では奈瀬先輩がいる。もしクリークの母性が暴走しても、彼女が犠牲になってくれるだろう。頼みましたよ奈瀬先輩。

 

「立華トレーナー。僕のことを妙に邪な目で見ていませんか?」

 

「ちょっと?立華君?ダメだよーそういう目で先輩を見ちゃー!」

 

「誤解です…。…二人はよくお似合いだとは思ってますけどね」

 

 俺は奈瀬先輩に向けた信頼の目線を勘違いされ、肩に乗っていたオニャンコポンで二人の攻めをガードする。

 二人も、もちろんこの後俺と共に水上バイクに乗ってウマ娘達を監督することになるので、パーカーの下は水着となっている。

 二人とも大人の魅力の詰まった綺麗な水着を着ており、目の前に生徒がいなければそれを賞賛する言葉でもかけたい所なのだが今はトレーナーとしての業務中である。軽く触れる程度の評価に留めた。

 しかし、なぜか夏だというのに涼やかな風が俺の愛バたちがいる方向から吹いてくるような気もするな?

 気のせいだろう。海が近いしな。涼しい風だって吹くさ。

 

「話を戻すけど、小宮山トレーナーの言う通りだ。遠泳は危険もあるから、十分に体調と相談して参加するように。午前と午後、どちらか一回だけだっていいんだ」

 

 俺は他に練習に参加するウマ娘達に、改めての確認を取る。

 そこにはもちろん、我がチームフェリスの3人が揃っているほか、他のチームから参加しているウマ娘も多かった。

 

「おー!まっかせろー!!昨日の夜に焼いたイモリを食ってるからよ!ゴルシちゃん元気いっぱいだぜぇー!!」

 

 まずゴールドシップ。正直このウマ娘については心配不要だ。いつでも元気がみなぎっているし、むしろ海の上を走りださないか注意する必要がある。

 

「昨晩食べたあれイモリでしたの!?変な食感だとは思いましたが!騙しましたねゴールドシップさん!?」

 

 その隣にいるのはマックイーンだ。今はシニアを走る彼女は、かつて繋靭帯炎を発症し再起は絶望と言われていた時期があったが、沖野先輩が魂を込めたリハビリによって回復。半年に一度程度のペースでレースに出走している。

 彼女についてもスタミナ面は不要だろう。食べ過ぎている場合は気にかける必要があるが、彼女の水着を纏った体を観察する限り、今はベストな体調のようだ。

 

「あっはっはー、夏バテは怖いよねぇ~。セイちゃんも午前中やってみて、午後は休みましょうかねぇ」

 

 そうしていつもの昼行燈な様子を見せるのがセイウンスカイだ。

 彼女もまたスタミナに優れたウマ娘だ。なにせ菊花賞を当時の世界レコードで駆け抜けるほどの優れた体力の持ち主。

 これまでもファルコンの併走などで一緒に練習しており、今回もぜひどうかと俺から声をかけさせていただいている。

 乗り気でついてきてくれたのは嬉しいんだが、午後から釣りするつもりなのは丸わかりなので、彼女のトレーナーからは「釣りしそうだったら止めてくれ」と指示を受けているのは秘密だ。

 

 スーパークリーク、タマモクロス、ゴールドシップ、メジロマックイーン、セイウンスカイ。

 数えると菊花賞ウマ娘が4人、天皇賞春ウマ娘も4人。

 凄まじいメンバーだ。これほどスタミナトレーニングに適切なウマ娘はいないだろう。

 あと芦毛率高いな?

 

「私は菊花賞に臨みますから、スタミナの成長は急務です。がんばります!」

 

「ファル子も2400mを走り切る力をつけたいから頑張ろー☆でも、無茶は禁物、だよね!」

 

「あたしもファル子ちゃんに同じなの。2400mのレースだと、最後まで走り切るのしんどいから…もう少しはスタミナつけないと」

 

 愛バたち三人も、それぞれやる気に満ち溢れた表情を見せてくれている。

 特にフラッシュはこの夏合宿で菊花賞を走り切るスタミナをつけさせたいところだ。無理はしてほしくないが、出来れば午前も午後も頑張ってもらい、更なる成長を求めたい。

 

「よし。それじゃ5分後にスタートするぞ!奈瀬先輩と小宮山先輩はバイクの準備をお願いします」

 

「了解です。……彼がてきぱき進めてくれるので助かりますね、小宮山トレーナー」

 

「ねー。やっぱ大人数だと男が一人でもいるとウマ娘達も気が緩みすぎないから助かるわー」

 

 俺は先輩二人にお願いしてバイクを準備してもらい、そうしてウマ娘達に最後の遊泳前の確認をとりながら準備を進めた。

 男一人に女10人の比率。しかしこれはウマ娘のトレーナーをしていれば珍しくない光景だ。

 ちらりと小宮山先輩の話が耳に入ってしまったが、女性トレーナーとウマ娘だけで大人数、しかも夏合宿での練習となるとテンションが上がって気が緩むウマ娘が出てくることもある。そういう意味でも男トレーナーという存在は必要なんだろうなと思う。

 

 そうして、午前と午後の二回に分けて遠泳を実施し、彼女たちのスタミナの更なる強化に努めるのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

「だー!!疲れたぜぇー!!」

 

「海ですと波もありますからね…プールで泳ぐ時とはまた別の筋肉を使っている感じですわ…」

 

「ふふ、でもみんな溺れることなく無事に泳ぎ切れて何よりです~」

 

「流石にこんだけ動けばウチも腹減ってきたわ。夜飯が楽しみやなー」

 

「………」

 

「セイウンスカイさん?横になって動いてませんが、大丈夫ですか?」

 

「あー、セイちゃんは大丈夫だよフラッシュさん。釣りが出来なくてしょんぼりしてるだけだから…」

 

「ウチのトレーナーに釣り道具を没収されたときの表情が忘れられないの…」

 

 午後の遠泳を終えて、随分と疲れた様子のウマ娘達が浜辺で休んでいる光景を俺は眺めていた。

 水泳とは文字通り全身運動だ。小食のタマでさえ空腹を覚えるほどの運動。脚だけではない、体全体の筋肉を酷使しながら、しかも肺機能まで強化される。

 速く走るための脚を作る練習ではなく、体そのものを強くする手段として、最高の練習となる。

 

 俺はそれぞれに水分補給と塩分補給を指示しつつ、まず愛バたちに近づいて声をかける。

 

「お疲れさん。無事、やり切ったな。今日はたぶんすぐ眠くなるだろうから、よく休むんだぞ」

 

「はい。そうですね、夕食を食べてお風呂に入ったら、今夜は勉強する余裕はなさそうです。スケジュールも早期の就寝とする予定です」

 

「……☆」

 

「ラッキー、って顔しないのファル子ちゃん」

 

「ははは。眠い中で勉強しても効率悪いしな。…ああ、一応体に異常がないか診させてもらっていいか?」

 

 そうして、俺は普段の練習と同様に彼女たちの体を診察する。

 水泳は怪我のリスクが低い練習ではあるが、今日ほど長時間水泳した場合、本人も気づかない部分の筋肉にダメージが残っていたり、海水で冷やしただけで気づいていない炎症が起きている可能性も否定できない。

 また、気づかずに海水を呑んでしまったりすることも怖い。肺に海水が入ってしまうと、その量によっては命の危機すらありえるのだ。

 そのため、全身の筋肉の触診と、呼吸音に異音がないかを確かめる必要があった。

 

「…ええ、いえ。もちろん、構わないのですが…」

 

「……みんな、見てるよ?…ファル子はいいけど…」

 

「…いや、でも見られながらっていうのも…?」

 

 ものすごい小声で何事かを呟いたのは聞き取れなかったが、しかし3人ともこくりと頷いてくれたのでOKと捉えて俺は彼女たちの体を触診する。

 水着となっているため普段よりもむしろ触診がしやすくこちらとしては助かるところだ。

 砂浜に横になってもらうのは申し訳ないが、俺は一人ずつ筋肉の異常がないか、あと持ってきた聴診器で呼吸音がおかしくないかを確かめていった。

 

「………いや、流石だな猫トレ…やってることは真面目なんだけどよぉ…」

 

「主治医の技術と比べても遜色のない診察ではありますが…しかし…あそこまで…?」

 

「あら~…あらあらあら~…♪」

 

「よう見とれんわ…」

 

「セイちゃんちょっと目をそらしますね……」

 

「…小宮山トレーナー。僕たちもああしてウマ娘達の診察をするべきだと思います?」

 

「技術だけは後で教えてもらいたいよね。時と場合はともかくとして。いや確かに今が一番いいタイミングなんだけど」

 

 なんだ。診察をしているとなぜか他の7人から奇妙な目で見られ始めたぞ。いやセイウンスカイが目を逸らしたから6人だけど。

 俺はただ真剣に自分の愛バ達の体を心配しているだけで……あ、そうか。

 同じ練習をしたのに、3人だけ気に掛けるというのはよくないな。そりゃそんな目でも見られる。

 俺は自分の思慮の浅はかさを反省しつつ、言葉を紡いだ。

 

「ああ、自分のチームの子だけってのは駄目だよな。よければみんなの体も診ようか?」

 

 アイネスフウジンの診察を終えて、そうしてみんなに聴診器を見せてそう話した。

 この練習は合同のトレーニングだが、3人だけ特別扱いってのは確かに良くない。

 俺はどんなウマ娘でも、練習の上では平等に見てあげたいと思っている。

 

 しかし俺がその言葉を放った直後、なぜかファルコンが震脚を繰り出して砂浜に大穴を開けた。

 どうした急に。

 

 そしてフラッシュが有無を言わさずに俺の体を持ち上げて穴にぶちこんだ。

 どうした急に。

 

 最後にアイネスが穴に入れられた俺に丁寧に砂をかけ、首だけを砂浜から出した俺が完成した。

 どうした急に。

 

「…さて。トレーナーさんに触診されたい方いますか?」

 

 ふるふる。

 他のウマ娘達がみんな首を横に振った。

 

「うんうん☆それじゃあ今日の練習は終わりだね☆奈瀬トレーナー、終わりのあいさつお願いします☆」

 

 奈瀬先輩がその圧に押されつつ、今日の練習終了の挨拶とその後ウマ娘にそれぞれケアするように的確な指示を出す。

 流石だ。よくウマ娘のことを見ている。

 

「お疲れさまなの!!それじゃみんな、またね!マックちゃんとゴルシはお風呂一緒に入らない?」

 

 そうしてアイネスが元気に挨拶をして、オニャンコポンを手に取って旅館に戻ろうとしていく。

 今日の練習が無事に終わったことは喜ばしい。

 しかし。

 ううん。

 俺、一ミリも動けないんだけど?

 

「なぁフラッシュ。ファルコン。アイネス。……なんで俺は埋められてるのかな?助けてくれないか?」

 

「やかましいですねこのウマたらし」

 

「はーなの」

 

「猛省して☆」

 

 愛バ達に助けを求めたところ、しかし何度も聞いた事があるような言葉を残し、みんな俺を置いて旅館に戻っていってしまった。

 最強の盾であるオニャンコポンも連れていかれてしまった今、俺は自力でここから脱出する必要があるらしい。

 どうしてこんなことになったのかさっぱりわからない。

 

 結局俺はこれまでの世界線で得た知識を駆使して一時間ほどかけて砂浜から脱出したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

73 力 is パワー

 

 

 

「ふっ、ふっ、ふっ……」

 

 朝日がようやく朝らしい明るさで街並みを照らし出した、早朝ともいえる時間。

 ジャージに身を包んだ俺は、涼しいこの時間、旅館近くの砂浜でランニングに勤しんでいた。

 

「……っふー!」

 

 1000mをそこそこの速度で走り、一度息をつく。

 肩に乗ったオニャンコポンもなんだかふぃーっとやり切った顔をしているが、俺はこの後もう2本走るし、そもそもお前も走るべきでは?まぁ太ってたりはしてないけどさ。

 

 さて、なぜ俺がこうして砂浜で走っているかという話だが、一言で表せば体力作りのためである。

 

 説明するまでもないと思うが、トレーナーという仕事は体力を求められる。

 アスリートであるウマ娘達を指導する立場として、広い練習場を駆け足で移動することも多々あるし、マッサージなどもそれなりに体力を使うものだ。道具運びとかも何気に大変だし。

 そういった理由と、そもそも指導者である自分がだらしない体、体力無しの出不精であればウマ娘や周囲からの目線が余りよろしくないものになる。

 そのため、特に中央のトレーナーというものは、ウマ娘だけではなく己自身もしっかりと鍛え、体力をつけておく必要があった。

 

 これは俺というトレーナーだけにとどまらない。他のトレーナーだってみんなそうだ。

 男性トレーナーを思い浮かべていただければ理解できると思うが、沖野先輩、南坂先輩、黒沼先輩、北原先輩…他の方々もそれぞれ、隙のない見事に絞った体をしている。

 黒沼先輩などはボディビルに出場できるほどにキレのある筋肉を装備しているし、北原先輩は年齢から考えれば相応の努力をされていることもわかる。敬意しかない。

 

 もちろん、女性トレーナーだってそれぞれが己の体を緩ませない努力をしている。女性トレーナーの場合はメディア露出も多く、化粧など顔を整えなければならない面もあるため、更に敬意は深まる。

 トレーナーという仕事は、無論のこと俺にとっては天職だと思っているし、素晴らしい仕事だとは思うが、反面かなり業務やそれ以外でも気を遣うことの多い職業であると理解している。

 だからこそ、俺たちは全力を注ぎ込むのだ。

 

「うし……あと2本!」

 

 こうして砂浜を走っている俺だが、普段から体力づくりの運動は欠かしていない。

 週に何度か、早朝に自宅近くの河原を走っているし、仕事終わりや休日などにスポーツジムに通って鍛えたりもしている。学園のトレーニング施設はウマ娘向けなのでNG。

 幸いにして、永遠の輪廻に入る前の学生時代の俺も体力の重要さは理解していたらしく、そこそこ鍛え上げた状態の体でループが始まることが多い。

 その体を衰えさせるのももったいないため、こうして走っているわけである。

 

「ふっ、ふっ、ふっ…!」

 

 しかしやはりこうして1000mを何度も往復してみると、ウマ娘というものは規格外の存在なのだなぁと改めて実感してしまう。

 何度ループをしても感じるこの種族的差異。人間はウマ娘には勝てないのだ。走る上では。

 改めて彼女たちへの敬意を深めながら、息を乱さないように気を付けて砂浜を走っていた。

 

 

 そうしてまた1000mを走り終えて一息ついたところで、ふとウマ娘の声が耳に入る。

 その声は、早朝だというのにとても元気で、明るく、楽しそうで。

 

 ああ。

 この声を俺が忘れるはずがあるもんか。

 

 そうして声の方を向く。

 そこには、砂浜のそばに設置された防波堤の上を元気そうに歩くウマ娘が一人と。

 それに付き添うように道路を歩くウマ娘が一人。

 

 ハルウララと、キングヘイローだ。

 

「えっへへー!いっぱいカブトムシとれたね、キングちゃん!」

 

「そうね…蛾とか見たくない虫もいっぱい集まっていたのはちょっとあれだったけれど…!」

 

 遠くから聞こえる二人の会話を聞けば、どうやら虫捕りに行っていたようだ。確かに歩いてきた方向は小さな林が広がっており、俺もそこにウマ娘の付き添いで虫捕りに行ったことが何度もある。

 なるほど、彼女らしい。そしてキングヘイローはそんなウララを一人で行かせるのが不安なので己から付き添いを申し出たのだろう。容易に想像が出来る。

 

「スペちゃんやグラスちゃんにも見せてあげたいね!……って、あれ。猫トレだー!」

 

「スペシャルウィークさんはともかく、グラスさんって虫大丈夫なのかしら…?……あら、本当ね。朝から運動かしら?」

 

 息を整えながら彼女たちを見ていると、ばっちりとウララと目が合ってしまった。

 とはいえお互いに別に恥ずかしいことも隠したいことをしているわけでもない。

 遠慮などもないし、俺だけが一方的に抱えていたこの世界にそぐわない想いが出てくることも、もうない。

 

 俺は二人のこっちを向いた顔に笑顔を返しつつ、近づきながら挨拶を返した。

 

「や、おはようウララ、キング。精が出るね、虫捕りかい?いっぱいとれたか?」

 

「猫トレおっはよー!!うん、見てみてー!カブトムシいっぱい採れたんだー!!」

 

「おお、すげーなこりゃ!でっかいの一杯取れたな!」

 

「おはよう、立華トレーナー。精が出るのはそちらも同じね…朝からランニング?」

 

「ああ、まあね。やっぱトレーナーって体力勝負だから」

 

 俺はウララが掲げたカブトムシがいっぱい入った虫かごを見て、笑顔で褒めつつキングにも返事をした。

 

 説明するまでもないが、キングヘイローもかつて俺の愛バだった。

 ループし始めて間もないころに彼女の為に一流のトレーナーになることを誓った当時の俺は、しかしまだまだ『へっぽこ』だった。

 クラシック三冠をすべて逃し、共に悔し涙を流して…そうしてその後から俺は、この永遠の輪廻の中で初めて、『距離適性の壁』というものを強く実感し、それを乗り越える努力を始めた。

 その後は短距離マイル中距離、それぞれのGⅠで冠を取らせることが出来たが、それは彼女の才能のおかげであろう。当時の俺の指導論は今の俺からすればまだまだ未熟なもので、適性の壁を越えられたのは彼女の努力に依るところが大きい。

 それでも、やはりあの3年間もまたかけがえのない物であり、俺の大切な想い出の一つとなっている。

 泥に塗れてもなお首を下げない彼女は、どんな高価な宝石よりも美しい。

 

 ──────しかし、これはこの世界線では閑話である。休題。

 

「…ああ、そういえばウララ。こないだはジャパンダートダービー、一着おめでとう。すごい走りだったな」

 

「えへへ!!ありがとー!!ウララもね、すっごく楽しかったし、嬉しかった!」

 

 そうして雑談に興じる中で、俺はそういえばと思いだして、先日のウララのレースの勝利を祝福した。

 忘れてはいけない。この世界でウララは俺の担当ではない、いずれライバルになるウマ娘である。

 だからこそ、彼女の勝利を心から祝福する。

 どんなトレーナーでも、他のトレーナーが育てるウマ娘が勝利して、そこに自分の担当するウマ娘の敗北がなければ、相手を褒め称えるものだ。

 初咲さんにも後で改めて祝福して、その上でどうやってウララに中距離を走るコツを教えたのか聞かないとな…などと思っていると。

 

「初咲トレーナーと、()()()()()()()が一杯教えてくれたんだ!長い距離のレースは初めてだったけど、不安はなかったよ!ふっふーん、すごいでしょ!!」

 

「っ…!…そうか、黒沼先輩か…!」

 

 意外にも、ウララの口からその答えが返ってきた。

 

 ────────黒沼先輩。

 

 成程。すべて合点がいった。

 初咲さんはウララの中距離適性が厳しいことを理解して、黒沼先輩に助力を仰いだのだ。

 最適解じゃないか。

 黒沼先輩なら…あの人なら、やる。

 芝の適性を考えない、中距離を走らせるだけという命題なら、やり遂げる。

 

 そしてそこに躊躇いなく助けを乞うた初咲さんもまた流石だ。

 ウマ娘の為に、ベストな選択を取れている。

 余計なプライドなど二の次、己の担当の為に行動できている。

 

 …ああ、いいな。

 この世界線の俺の同期は、随分とやってくれるじゃねぇか。

 

「…それにね」

 

「ん?」

 

「猫トレのチームの、ファルコンちゃんのレースも見たんだー。それでね、私、ぐーっと体が熱くなって…あんな走りがしたいって、ファルコンちゃんに勝ちたい!ってなっちゃって!だから、いっぱい頑張ったの!!」

 

「……ッ!」

 

 そうして、重ねてウララが紡いだ言葉は、ウマ娘の本能から迸るそれ。

 ()()()()()()()

 それは、あらゆるウマ娘が持つ、好敵手への、ライバルへの競争心。

 彼女たちはそれを強く持つために、だからこそ輝く。

 

 同じ世代や、仲のいいウマ娘に強い子が集まると…レースをしていく中で、全体のレベルが引き上げられることがある。

 それは永年三強もそうだし、BNWもそうだし、黄金世代もそうだ。

 今フラッシュ達の走るこの世代も、ササヤキやイルネル、ヴィクトールピストやライアンなどがそれぞれよい影響を受けている。

 最高のライバルを持つことが、ウマ娘の走りを速くする一番の薬なのだ。

 まさしく世代全体のレベルアップを体現しているウマ娘であるキングヘイローに、ちらりと視線を向けた。

 この子の、この世代…黄金世代は、どの世界線でもズレることはない。

 黄金世代の5人は、常に、輝いている。

 

 そうしてキングを見ていると、言葉を待たれていると捉えたようで、キングもまた先日のファルコンの走りについて感想を零した。

 

「…私もファルコン先輩の走りは見たわ…魂が揺さぶられるような、あれをね。…ねぇ立華トレーナー、ファルコン先輩はまた芝に来ないのかしら?走りたいわ、あの奇跡と」

 

「…ははは。行くとしても日本の主なダートGⅠ、その全部の冠を取ってからかな…ああ、流石にJBCは一つでいいけどね」

 

「あら、随分と遠い未来ね。…ここにそれを簡単には許さない子がいるわよ?」

 

「ぽぇ?……あ!!うん!!私、負けないよー!!」

 

「…いいね。でも、俺のファルコンも強いぞ。いつか君達と走ることがあったら、そん時はよろしくな」

 

 キングヘイローの檄と、それに応えて瞳から桜色の炎を零すほどにやる気を見せるハルウララ。

 そんな二人に対して、俺もまた己の愛バを誇り、彼女の宣戦布告を受け止めた。

 

 彼女たちが織り成す、熱いレース。

 それを見るのが今から楽しみだ。

 

「さて。…俺はもうしばらく走っていくから、ここらへんで。虫を触った後の手はよく洗うんだぞ、ばい菌がついちゃうからな」

 

「はーい!またね、猫トレ!」

 

「子供じゃないのよ、もう。…それではまた、立華トレーナー」

 

 笑顔のウララと、苦笑を返すキングに別れを告げて、俺は改めて砂浜のランニングに戻った。

 

 いい出会いだった。

 俺の中の疑問も消化できたし、またこの世界線のウララが彼女らしく、楽しく走れており…そして、強さを持っていることも理解できた。

 だからこそ、俺も容赦しない。

 ウララに、他のライバルに負けないように…砂の隼を、日本の頂点へ立たせるために。

 これからも、頑張っていこう。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「よーし。集まったな。それじゃ今日の練習ですが、まず20分は柔軟します。この後筋トレメインになるので、柔軟を疎かにすると筋を痛める可能性が高くなるから真剣にな。それじゃペア組んで開始!」

 

 今日の練習、パワーに重点を置いたトレーニングに集まったウマ娘達を見渡して、俺は最初に柔軟の指示を出す。

 ウォームアップは重要だ。ここに本気で取り組むことで練習の効率も変わってくるし、怪我の危険性を減らすことも出来る。

 体が硬いウマ娘はそれだけでハンデとなる。努力で改善できる箇所でもあるため、ここはどんなウマ娘を指導する時も真剣に取り組ませている。

 無論、今日集まったウマ娘達は優駿揃いで、柔軟の重要性もしっかり理解しており、真剣に柔軟に励んでいた。

 

「ほっ、ほっ、ひっ、ふー…」

 

「いつも思うッスけど、オグリさんのその独特の息遣いは何なんスか…」

 

「オグリさんらしいと思います、押忍」

 

 まずチーム『カサマツ』よりオグリキャップ。

 その脚を固定するバンブーメモリーと、ヤエノムテキ。

 彼女たちはパワートレーニングでは欠かせない逸材だ。彼女たちの世代でも、特に力強さに定評があるウマ娘達だ。

 

「う、うーん…!ライスだとここが限界、かも…!」

 

「ふふーん、ボクはここまで伸ばせるよー!体の柔らかさには自信があるモンニ!」

 

 そしてその隣、ぷるぷる震えながら前屈をするライスシャワーと、その隣で胸までぺたりと地面につけているトウカイテイオーも参加していた。

 ライスも決して柔軟性が足りないことはないのだが、なにぶん相手がテイオーだ。彼女の柔軟性は驚異である。

 彼女たち…特にライスシャワーはその小さな見た目に反して有り余るパワーとスタミナを有している。長い距離で息を入れるコツなども知識として有しており、やはりトレーニングを共にする上では逸材の二人と言えた。

 

「やはり、砂の上はいいな…そう思わんか、ファルコン」

 

「わかります!ここが私のあるべきところって感じがしますね…!心底!」

 

「いやファルコンちゃんここ砂浜だって」

「ダートとは砂質違わん?」

「でも気持ちがわかる我らダート組」

 

 もちろん、オグリがいるということで、チーム『カサマツ』のみんなも一緒に練習に励んでくれている。

 北原先輩も別のウマ娘を見て回っているし、ベルノライトは飲み物などを準備してくれている。

 今日は俺だけではなく、北原先輩と…あと、ライスの付き添いで黒沼先輩が時々様子を見に来てくれていた。

 

「……キタハラあいつ、スケベな目で他の子見てねーだろうな」

 

(おっ独占力か?新しいデバフに目覚めたか?)

(せっかく新しい水着準備したのに学園指定の水着しかまだ見せてないからねーノルン)

(…いや、何も言うまい)

(ノルン先輩…その心配する気持ち、わかるよ…)

 

 ノルンのつぶやきが聞こえてしまい、そしてその周りの子たちもやれやれって顔を見せているが、北原先輩がそのような目でウマ娘を見るはずもない。当然だろう。敬愛する北原先輩だぞ。

 とはいえ流石にそれをウマ娘に囲まれたここで指摘する勇気も俺にはないので、北原先輩が後で問い詰められないように祈るばかりであった。

 なぜか胃が痛い。なぜだろう。

 

「…トレーナー?随分とノルン先輩のほうを見ておられるようですけれど…?」

 

「…何か気になるところでもあったのかな?あたし気になるの」

 

「いや別に。しっかり柔軟しているか見てただけです」

 

 そうしてノルンのほうばかり見ていたら近くで柔軟していたフラッシュとアイネスに詰められてしまった。

 違くて。

 別にノルンばかりを意識していたわけじゃなくて。

 

 …というか、なんだ。彼女たちの危惧もまぁ理解できないわけじゃないけど、俺は、俺たちはトレーナーであるからして、ウマ娘をそういう目で見ない。

 胸が大きいとか小さいとか、水着だとか、そういう理由で掛かりだすようなトレーナーは少なくとも中央にはいないのだ。

 観察するにしても純粋に柔軟であるとか、トモの発達であるとか、全身の筋肉のつき方とか、そういうのを見ているわけで。彼女たちが危惧するような視線では一切見ていない。

 そこだけははっきりと伝えておきたかった。アレな話題なので口には出さないが。

 

「…ふっ。苦労してるな立華クン。されるよな、誤解。わかるぜ…」

 

北原先輩(パイセン)…!」

 

「立華。ウマ娘の体は一日ごとに変化がある。よく観察することは大切なことだ」

 

黒沼先輩(パイセン)…!!」

 

 なぜかウマ娘達の視線が俺に集中してしまっていたところに、小声で二人の偉大なる先輩トレーナーから気遣いの言葉をかけられて俺は嬉しくなってしまう。

 やっぱり…先輩たちは…最高やな!

 

「「「「「「「「「………………」」」」」」」」」」

 

 だがウマ娘の発達した聴覚には俺たちのつぶやきは耳に入ってしまっていたらしい。

 冷たい眼差し(金スキル)が全方位から突き刺さって、俺たちは冷や汗をかいたのだった。

 ひらめいた!この強い視線は、ウマ娘達のトレーニングに活かせるかもしれない!

 

「御託はいいですから」

 

「みんな柔軟終わったから早く練習に入ろう☆?」

 

「砂浜だからサンドバッグがないのが悔しい所なの」

 

 3人とも随分俺との心理的な距離感が近づいて、気安い会話が出来るようになっている。

 いいことだな。うん。

 逃げたいなんて思ってないぞ。

 

 まぁ、その後のパワートレーニングについては勿論、それぞれが良い影響を与え合って、素晴らしい練習になったことを後述しておく。

 夏合宿らしい、騒がしい日々が続いていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

74 クイズダービー

 

 

「夏祭り、よければみんなと一緒に回りたいんだ」

 

 8月上旬、朝食の席。

 旅館でチームのみんなで食事をとっていたところで、俺は3人に話題を出した。

 

「………」

 

「………」

 

「………」

 

 しかし、その言葉を受けた3人は、まるで鳩が豆鉄砲を食ったような顔を俺に返してくる。

 え、なんで?

 

「…あれ。もしかして、予定とか入ってたか?」

 

「…っ、ええ、いえ。特にプランは立てていないのですが…」

 

「うん、むしろ私達から誘おうと思ってた…んだけど…☆」

 

「トレーナーから言い出してくるとは思わなかったの。急に積極的で…珍しいこともあるなって」

 

「ああ、予定がなかったならよかった」

 

 一先ずフラッシュの言葉に俺は胸をなでおろし、そうして改めて約束を取り付ける。

 その上で、急にこんな誘いの言葉を出してきたことへの疑問について返事をする。

 

「いやさ、こないだ…まぁ、情けない俺の事をみんなが助けてくれたじゃないか。あれ、本当に嬉しくてさ。だからこそ、みんなの為にこれまで以上に指導も頑張ろうって思ったし…その。もっと一緒にいたいなって思って」

 

「ッ……!」

 

「……☆!」

 

「…なの♪」

 

「そのお礼…になるかはわからないけど、夏祭りでも想い出を作りたいなって…なんか、言ってて照れくさくなってきたけど。本心から、みんなと一緒に夏祭り、行きたくなった。オニャンコポンも一緒にさ」

 

 改めて俺は自分の心情を述べる。

 

 先日の、永遠の輪廻に囚われかけた、危うい思考に向かいかけた俺を掬いだしてくれた3人に、俺は心から感謝していた。

 あの時、俺のことを抱きしめてくれて、共に悩んでいきたいと言ってくれた愛バたちに、これまで以上に俺は想いを深めていた。3人とも、大切な子たちだ。

 この子たちがいなかったら、下手をすれば俺は狂っていたかもしれない。

 

 だからこそ、もっと彼女たちといたいと感じてしまった。

 もちろん、これはトレーナーとしては正しい感情ともいえる。担当するウマ娘との絆をより深めたいというそれ。

 向こうが嫌がらないのであれば、やはり彼女たちと想い出を作ることはとても大切なことだからだ。

 これまでも述べていた、いわゆる「甘え」という部分である。

 俺は、彼女たちに甘えさせてもらいたい、と感じたのだ。お互いの距離を縮め、信頼を深めるために。

 

 しかし俺が照れ隠ししながらそうして本心を述べたところ、みんな顔を伏せて俯いてしまった。

 どうしたのだろう。まさか食べていたものが喉に詰まってしまったか?

 食事中に出すべき話題ではなかったかもしれない。反省しつつ、心配の言葉をかける。

 

「…あれ、大丈夫か?」

 

「大丈夫。大丈夫です」

 

「ものすごく大丈夫☆」

 

「極めて大丈夫だから心配しないでほしいの」

 

 大丈夫だったか。よかった。下手に喉に食べ物を詰まらせてしまえば、人間もウマ娘もないからな。

 最悪の場合は応急処置で背部叩打法や胸骨圧迫をしなければならず、呼吸が止まれば人工呼吸もしなければならならなかった。

 まぁ俺がいるので最悪の事態には絶対にさせないが。特に応急処置技術についてはレスキュー隊にも負けないぞ。

 

「よかったよ。…それじゃあ夏祭り、楽しみにしてるな。ここの旅館はウマ娘向けのレンタル浴衣もしてくれてるらしいよ」

 

「はい。私達も楽しみです。…浴衣、ですか」

 

 彼女らと予定をすり合わせつつ、レンタル浴衣の存在についても教えておく。

 この旅館はウマ娘を夏休みに宿泊させることに特化しており、もちろん夏祭りに行く子たちにそれぞれ体のサイズに合わせた浴衣のレンタルなどもやってくれているのだ。

 事前に依頼をしておけば体が大きくても小さくても、サイズの合った浴衣を準備してくれる。

 

 そうして浴衣という言葉を聞いて、愛バ達が目線でやり取りをし始めた。

 まぁ、浴衣は確かに夏に着る衣装としては映えるもので、俺としても髪型を結い上げることが多いその装いを見たくないかと言われれば嘘になる。

 ただ下駄を履けば歩きにくかったり、涼しい衣装というわけでもないし、着用については特に無理強いさせるつもりはなかった。

 

(…間違いなく髪を結い上げますよね?悩む必要はないですね?当然浴衣です。皆さんもそうですよね?)

 

(ファル子も当然着るけど?歩いてる最中に下駄の鼻緒が取れちゃったらトレーナーさんにおんぶしてもらおうっと)

 

(トレーナーなら着付けとかもできそうなの。服が乱れたら直してもらえそう…なんなら髪もトレーナーに結い上げてもらう?みんなで…)

 

 随分と目線のやり取りが長いな。

 もちろん俺たちは一心同体のチームであって、ある程度の気持ちは目線でやり取りが出来るようにはなっているが、しかし彼女らは時折テレパシーでもやっているんじゃないかというくらい目線で意思をやり取りすることを俺は知っている。

 もしかするとウマ耳の動きとかで人間よりも深い意思のやり取りが出来るのかもしれない。今後の世界線で暇が出来たときにちょっと研究してみようかな。

 

「…よければ、私達全員で浴衣を着たいです。日本の文化的衣装、楽しみですね」

 

「トレーナーさん、どんな柄の浴衣が好み?ファル子、それに合わせるよ☆」

 

「後で着付けとかも教えて?あと、髪も…気合入れないとね」

 

 ふむ。みんな浴衣で来てくれるようだ。楽しみである。浴衣も結い上げた髪も。

 

「ああ、それじゃあ今度カタログで柄とか選ぼうか。みんな綺麗だから、何を着ても似合うと思うけど」

 

「もう。いつも口が上手いんですから」

 

 フラッシュに苦笑をされてしまったが、これは本心だ。

 ウマ娘はその存在そのものが尊く美しいので、基本的に何を着ても映えるだろうと俺は常に思っている。

 どんな服を着ても似合っていると感じてしまうのだ。

 

 しかし最近見たウララのあの新しい勝負服、晴れ着のようなそれは正直に言えばデザインセンスが最高と思っていて、どうにも女性の服飾センスでは初咲さんに完敗している。

 後で彼からウマ娘に似合う服とかそういうコツを聞き出さねばなるまい。*1

 

 そうして俺たちは夏祭りの約束を取り付けて、朝食を終え、今日も練習に励むのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『では第1問!東京レース場のゴール板の手前、そこにある坂道の高低差は────────』

 

「(ピンポーン)200m!!」

 

『違います!登山か!!名実況に魂を奪われすぎです!』

 

「(ピンポーン)2mです」

 

『ハイ正解!フラッシュに1ポイント!』

 

 さて、今日の練習はクイズ大会だ。

 は?クイズ大会?と思う方もいるかもしれないが、これはれっきとしたトレーニングである。

 

 問題を理解する賢さ、そしてレースに関する知識量を深めるのに最適だ。

 クイズ大会、と楽しませる工夫を持たせることで、勉強が苦手な子でも楽しく取り組むことが出来るし、問題の内容はすべてレースに関することなので参加しているだけで知識が増える。

 またボタンを押す反射神経なども鍛えられ、レクリエーションとしてウマ娘達の仲をより深めることもできる。

 今間違えてしまったウマ娘、アフィリエーション*2が頭を抱えておぎゃー!と奇声を上げつつ、正答したフラッシュがやった!と全身で喜びをあらわにする。

 あの物静かで冷静沈着な彼女があそこまで喜んでいる姿を見てわかるだろう。とにかくウマ娘達にとって楽しい練習なのだ。

 このクイズ台の前に立てば、たとえタイシンだろうがブライアンだろうがカフェだろうが、どんなウマ娘でもニコニコ笑顔になる。

 その顔を見て俺もニコニコだ。

 

「やー…ひっかけ問題かと思ってネイチャさんボタン押すの躊躇っちゃいましたよ。一問目からそこまで意地悪な質問は来ないか…」

 

「むぅー。東京レース場って走ったことないからぱっと出てこなかったなぁ。カレンに不公平な問題だと思いまーす!」

 

「私も東京レース場、苦手だからなぁ…でも、京都レース場の問題ならいけるはず!次の問題は負けない!」

 

「私も、東京レース場にはあんまりいい思い出がないです…猫トレさん、意地悪です」

 

「まぁまぁ。いろんな問題がこれからも出てくるからさ、勘弁してくれ」

 

 俺は問題を出す手元のマイクを止めて、一問目にボタンを押せなかったそれぞれのウマ娘…今日の練習を一緒にする、それぞれのウマ娘達の顔を見た。

 ナイスネイチャ。

 カレンチャン。

 ファインモーション。

 ニシノフラワー。

 それぞれが頭の回転が速く、聡明で、そうして特に賢さを上げるトレーニングではご一緒すると素晴らしい恩恵を受けられるウマ娘達だ。

 それぞれに声をかけさせてもらい、こうしてともに練習してくれている。

 

 しかし彼女たちに指摘されて、俺は確かに一問目としては申し訳ない内容だったかな、と反省した。

 カレンは東京レース場で走ったことがなかったはず。

 ファインもフラワーも、東京レース場のGⅠでは勝利していない。苦手としている、と表現してもいいだろう。

 確かにそんな彼女たちが、フラッシュの様に東京レース場をこそ主戦場とするような子たちと比べれば回答が遅くなるのは予想できた。

 1問目はもうちょっとアイスブレーキング的な問題でもよかったかもしれん。次から気を付けよう。

 

『よし、では第2問!レースでは様々な距離の単位が使われますが、そのうちハロン────────』

 

「(ピンポーン)201.168m!!」

 

『ブブー。アイネス残念!1ハロンは確かにそれで正解ですが、ではそれをフィートで表────────』

 

「(ピンポーン)約660フィート!!」

 

『正解!流石、ファインモーション1ポイント!フィートは北欧でよく使われるもんな』

 

「やったぁ!」

 

「ひっかけ問題ズルくない!?」

 

「ヤードならアメリカ遠征の時に勉強してて分かったのに…☆!」

 

 俺は問題の解説を述べながらも、頭を抱えるアイネスとコロンビアポーズをとるファインを見て笑顔になる。

 このクイズ大会、問題を出す側もとても楽しく、かつ怪我の心配がないので少人数のトレーナーでも出来るのがいいところだ。

 ここ最近はうちのチームも結構ハードな練習をしていたため、脚を休めて体力を回復させる意味でも、この練習はとても良い効果を生むだろう。

 

 そうして俺は午前中、クイズ大会の運営を続けていくのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 そうして1時間ほどで一度休憩を取り、ウマ娘達を休ませて浜辺で遊ばせていると、二人のトレーナーが自分の担当ウマ娘の様子を見にきていた。

 先輩であるそれぞれに、俺は挨拶を交わす。

 

「お疲れ様です、南坂先輩、小内先輩。こちらは順調に進んでますよ」

 

「お疲れ様です、立華トレーナー」

 

「お疲れ様です…どうですか、ニシノフラワーの様子は」

 

 ナイスネイチャを担当するチーム『カノープス』の南坂先輩と、ニシノフラワーを担当するチーム『レグルス』の小内先輩だ。

 生真面目なお二人である。お互いに丁寧にお辞儀をしあってから、俺はウマ娘達の方を見て述べる。

 

「フラワーは今のところ2位…ですね、流石です。あの年齢で、よくぞあそこまでの知識を持てている。小内先輩の教えがいいんですね」

 

「恐縮です。ニシノフラワーは、私が言わなくても彼女自身が勤勉ですから…ディクタストライカにも見習ってほしいところです」

 

 誰に対しても敬語を使うこの小内先輩は、その大きな体躯からニシノフラワーと並んだ時の衝撃がすさまじいことでウマ娘達の間では有名である。

 また、アグネスタキオンもチームに加入しており、その被検体(モルモット)も務めているため、時折体が7色に発色したりすることがある。あの時の俺と同じだ。*3

 2mを超える巨体がレース場で七色に輝く姿はまぁ、人の目を引く。そのうえでたくましくトレーナーをしている小内先輩には敬意しかない。

 

「ネイチャさんはどうですか?今日は随分と気合を入れて臨んだようでしたが」

 

「ネイチャは今3位です。順位を上げたいかむしろ下げたいか、という葛藤で回答が遅れてしまって結局3位をキープし続けてしまってますね…彼女らしいというか、なんというか」

 

「はは…あまり、3という数字にこだわってほしくはないんですけれどね」

 

 南坂先輩からも問われて俺はネイチャの順位を伝える。

 彼女は最早魂がその運命をなぞることになってしまっているのではないかというくらい、3という数字に縁がある。

 このクイズ大会でもそれが遺憾なく発揮されてしまっていた。

 それに対する南坂先輩の苦笑もわかるというものだ。俺も彼女を担当していた当時、3着ではなく1着を求める彼女の本心を受けて、そうできるように尽力した。

 南坂先輩ももちろん彼女の勝利を求めており、そのために尽力できる、内心に静かな熱い炎を持つ先輩である。

 今年とうとう『カノープス』がGⅠ勝利を収めたこともあって、彼のチームもこれから益々、と言ったところだろう。

 サクラノササヤキとマイルイルネルは、アイネスと秋華賞でぶつかることになる。負けないぞ。

 

「では、引き続きよろしくお願いします、立華トレーナー。私は来週からのタイヤ引きトレーニングでは監督としてご一緒させていただきますので、そちらもよろしく」

 

「明日のクイズ大会には、タキオンも参加しますので…またお世話になります、立華さん」

 

「ええ、しっかりと監督させていただきます。お疲れ様です、お二人とも」

 

 二人に改めて挨拶を返して、俺はその後の午後のクイズ大会でもしっかりと監督に努めたのだった。

 

 

*1
!鋼の意志!

*2
日本語で「キズナ」。オリモブウマ娘。名実況の時の1着。今後出番はないです。

*3
タキオンと共に駆けた世界線ではクソボケは当然モルモットになっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

75 君がいた夏は

(宝塚)私の夢はディープボンドです。


 

 

「……あと10分、か」

 

 俺は旅館から夏祭り会場に向かう方角、その途中の公園のベンチに座り、オニャンコポンの毛づくろいをしながら愛バ達を待っていた。

 今日は夏祭りが開催されている。

 夕暮れが空を染めるこの時間に、一度ここで集合し、そうしてみんなで夏祭りに繰り出そう、と待ち合わせの約束をしていた。

 

 ─────いや、君たち同じ旅館に宿泊してるんだから旅館から一緒に行けばいいのでは?

 と考える人もいるかもしれないがそれは浅はかと言わざるを得ない。彼女たちはウマ娘にして、年頃のJKであることを忘れてはならない。

 夏祭りに行く、というシチュエーションで、まぁ一応自分も男性であるからして、それと共に遊びに行く、というデートのような状況であるこれに対し、最初から集まって出かけるという選択肢は得策とは言えない。

 彼女たちはロマンを求め、そうしてデートらしくまずは待ち合わせて、という希望を俺に伝えてきて、当然俺もそれを快諾したというわけだ。

 その辺は流石に心得ている。これまでも担当ウマ娘と夏祭りを回ったことは何度もあるが、ビコーやウララといった大人がついてないと心配が生じるくらいの精神年齢の子以外は、ほぼこうして待ち合わせの上で赴いている。

 

「…………」

 

 俺は期待に胸を膨らませながら彼女たちを待つ。

 フラッシュがいるから、時間に遅れるということはないだろう。慣れない草履を履いていることも加味すれば、余裕をもって5分前に到着するようには旅館を出ているはず。

 浴衣とセットの履物としては下駄か草履か、ということになるが、そこは俺からお願いして草履にしてもらった。下駄も文化的な履物で、風情があり可愛いものも多いとは思うのだが、それはそれとしてあの固い木の板で足裏の可動域が失われてしまう点は脚を用いるアスリートとしてはNGだ。転びやすく、また足裏の筋を傷める可能性が出てくる。草履ならば足裏の部分が柔軟になるためまだましである。

 その部分まで説明した上で草履で頼む、とお願いしたところ愛バたちもトレーナーがそういうならと合わせてくれた。今は草履とはいえかわいいデザインのものが多いので助かる。素晴らしい時代になったものだ。

 

 話が逸れたが、俺は彼女たちが浴衣に身を包んだ姿を見るのを楽しみにしていた。

 浴衣の柄などはカタログを見ながら俺の好みなど伝えたが、最後の浴衣のデザインの決定は彼女たちに任せたし、実際に着用した姿を見るのは今日が初めてである。

 それに、みんな浴衣に合わせて髪を結い上げてくるという話も聞いて俺は内心でガッツポーズを取った。

 旅館の女将さんがウマ娘達を夏祭りに送り出すベテランであり、同じように浴衣を着るウマ娘達へ着付けを教え、きちんと髪まで整えてくれるという事だったので、俺はそちらに一任させていただいた。

 早く見たい。愛バ達の浴衣姿と髪を結い上げた姿を。

 ワクワクが止まらねぇぜ。

 

 そうして、とうとうその時が来た。

 ジャスト5分前。愛バたちが、待ち合わせ場所にやってきた。

 

「………お待たせしました。約束の時間まであと5分。予定通りです」

 

「お待たせ、トレーナーさん☆今日はいっぱい楽しもうね!」

 

「お待たせなの。借りたこの草履、結構歩きやすくて助かったのー」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────はっ。

 

 危ない。今、心臓が止まっていた。

 アグネスデジタルの様に、彼女たちの装いのその尊みを目の当たりにして俺の心臓が動くことを忘れてしまっていたようだ。

 

 エイシンフラッシュ。

 彼女の黒髪に溶け込むような黒を基調とした浴衣に、白い花柄があしらわれており、涼やかさと静かさを感じさせる。その佇まいを表すなら黒曜石の輝きと言おうか、彼女らしい落ち着きと知性を印象付ける佇まいを見せていた。

 彼女のボブカットの髪は料理をするときの様に後ろにまとめてさらに編み上げられており、そこから見せるうなじの白さが黒一色の浴衣と合わせて蠱惑的な印象を与えてくる。

 

 スマートファルコン。

 彼女の浴衣は白をベースにして、アクセントにオレンジ色と黒を選んだようだ。その色は三毛猫であるオニャンコポンの色を連想させる。だがその流れるような3色の柄に包まれた彼女は涼やかな印象を与えて、ありていな表現になってしまうが、ただただ美しかった。

 髪は以前ゴールデンウイークで見せたような、流しておろしたそれではなく、彼女もしっかりと編み上げてきた。ひとまとめにしたうえで左側でお団子状にまとめてかんざしを挿したそれは、普段の少女らしい彼女の印象を大人びたものへと変えていた。

 

 アイネスフウジン。

 彼女は彼女のトレードカラーである桃色の花柄をちりばめた、白を基調とした浴衣をチョイスしている。その色合いは普段の彼女らしい快活な印象を見た者に与え、しかし気崩したりすることなくしっかり緑色の帯を締めており彼女の真面目さ、面倒見の良さもまた同じく表していた。

 髪型は髪を複雑に幾つも編み込んで後頭部にまとめて、ふわりふわりと揺れるように髪房を人間の耳のある部位から流している。活花のような完成された美を感じてしまうほどに似合っていた。

 

 

 一言で表そう。

 全員、最高。

 

 

「……生きてて、よかった……ッ!!」

 

「嬉しいけど泣くほどかな☆!?」

 

「トレーナーさん、さっき心音が止まっていましたよね…!?」

 

「喜んでくれたのは本当に嬉しいけど掛かりすぎなの!?」

 

 俺はベンチの上でベルモントステークスのぱかちゅーぶで泣いてしまったルドルフ*1の様に顔を両手で抑えて感動を全身で表していたところ、愛バ達に随分と呆れられてしまったらしい。

 しかしこんなに素晴らしい装いの愛バが見れた。しかも3人だ。3人だぞ3人。心臓だってちょっとは止まるわ。

 俺は呼吸を落ち着けてから、取り乱したことを謝りつつ、改めてそれぞれの浴衣姿を本心から褒めちぎったところ、みんな喜んでくれたみたいで夕暮れでもわかるくらいに頬を赤くしてくれていた。可愛いやつらめ。

 

 

────────────────

────────────────

 

「はい、トレーナーさん。あーん」

 

「あー…ん。ん。んまい。屋台のたこ焼きって、普段と違う独特の美味しさがあるよなー」

 

「ふふ、トレーナーさん、りんご飴も食べるー?あーん☆」

 

「りんご飴であーんは結構難易度高くない?あーん。ん。固い、うまい」

 

「齧ってるの…ワイルドなの。ほら、わたあめも。あーん」

 

「あーん。…ん、やわらかい。近い。近い近い!顔につく!」

 

 それぞれから餌付けをされるのを素直に受け取り食べる俺に、俺のリアクションが面白いのだろうか、ふふっと笑顔を見せる愛バたち。

 俺たちは夏祭り、その会場を歩き回り満喫して、今はベンチで軽く休憩をしているところだ。

 流石に人が多い。有名ウマ娘達も多数参加するこの夏祭りは地元の名物となっており、県外からも観光客が集まる。

 警備員などもURA主導の下で手配されており、取材なども入ることがあって、夏の一大イベントになっていた。

 その分敷地も広くとられており、人の密度は過剰というほどではないが、歩き続けていれば疲れてしまうため、こうして休憩をはさんでゆっくり回ることにしたのだ。

 先程までは屋台が並ぶ道を4人と一匹で歩き、色んな屋台に顔を出した。

 

「…角度と速度を考えれば、この位置から……って、きゃあ!?」

 

「わ!?こら、オニャンコポンー!?」

 

「もー!いたずらっ子なんだから!!」

 

「ははは!!そんなことある!?何やってんのお前!!」

 

 金魚すくいでは真剣にポイを構えていた3人に、しかしオニャンコポンが本能を刺激されたのか彼女たちの手を渡るように歩いたせいで全員一匹も掬えずに穴が開いてしまい、全員で爆笑してしまった。

 その後店主からはいいものを見せてくれたお礼ということで、お情けで一匹ずつ貰えた。なお金魚については旅館の水槽に放してよいと、事前に旅館から話を頂いている。なんでもウマ娘達が夏祭りで掬った金魚として名物になるらしい。ウマ娘が来た証を残してくれる旅館最高。

 

「……よしっ!あと一発当てれば落ちますね…!」

 

「ふぇー、フラッシュさんすごい…。うーん、中々うまく当たらないなぁ…」

 

「あたしも駄目だったのー。トレーナー、あれ取ってぇ…」

 

「任せろ(チャキ)」

 

 続く射的ではフラッシュが中々の命中率を見せ、残る二人が苦戦していた。俺はファルコンとアイネスが欲しがっていたものをそれぞれ1発で落としてやったところ大変喜ばれたが、急にフラッシュの命中率も落ち出したので結局彼女の欲しがっていたものも俺が落とすことになった。みんな笑顔で喜んでくれたのでよかったよかった。

 

「あ……この屋台もやられてますね」

 

「うーん。作り溜めてたのも全部持ってかれてる感じだね☆」

 

「あれ、でもお店の人意外と笑顔なの。一気に売れたからかな?」

 

「オグリやスペが買ってった店、って箔つくしな。…お、あの店美味しそうだな、あそこ行かないか?」

 

 屋台の食べ物もウマ娘仕様の店が多い。オグリやスペもこの夏祭りには参加しているので、店の食べ物がなくなっているところはそれらの襲撃があったのだろう。しかしそんな襲撃にも備えるために食事系の屋台は数えきれないほど並んでおり、俺は過去のループで知っている顔、味が当たりの店を選んではそれとなく彼女たちを誘導して、うまいたこ焼きやりんご飴、綿あめをほおばることが出来ていたというわけだ。

 

 

 ────────楽しい。

 愛バ達と回る夏祭りが本当に楽しい。

 

 これまでも、もちろん担当のウマ娘と夏祭りを一緒したことは何度もあり…それぞれも、かけがえのない俺達だけの想い出であるが、相手が3人になったことでより楽しめている今を否定できない。

 そうか。チームトレーナーってこんなに楽しいことが増えるのか。

 その分仕事が増えるのは当然ではあるが、しかしこんなに楽しめるようであれば悪くない。

 

 そんな想いが出てきて、自然と笑顔を浮かべていると、のぞき込むような視線が隣に座るフラッシュから向けられていた。

 その角度だと君のうなじと結いあげた髪が見えて俺が掛かってしまうが?色気がJKのそれではないが?

 

「…ふふっ。よい笑顔を浮かべていたので、見惚れてしまいました。楽しんでいただけてますか?」

 

「ッ…もちろんだよ。君達とこうして夏祭りを回れて、本当に楽しい。勇気を出して誘ってよかったなって思うよ」

 

「ホント☆?よかったー。私達も、すっごく楽しいよ☆」

 

 続けて逆隣りに座るファルコンがにっこり笑顔で俺を見上げてくる。

 あーダメダメ。君のその一纏めにした髪型は俺に特効です。それに向かう目線をごまかしきれません。駄目だね。駄目よ。駄目なのよ。

 

「トレーナーとの想い出はいっぱいあるけど…今日のことも、きっと忘れることはないの。来年もまた来ようね?」

 

「勿論だ。…また、来年も4人で来ような」

 

 俺の正面でしゃがみ込むアイネスが、しっとりとした笑顔で俺を上目遣いに見つめてくる。

 彼女の髪、編み込むのに相当頑張ったのだろう。これはもう芸術として日本が国を挙げて文化財に指定しなければいけないのではないか?政府に直訴したら怒られるかな。

 

 しかしそうして4人でまた、と話をしていると、仲間外れにされたと思ったのか、オニャンコポンが俺の肩から頭にひょいっと飛び乗ってきて、ニャーと鳴きながらぺちぺちと叩き始めた。

 ああ、もちろんお前を忘れるはずがないだろう。お前に俺たちがどれだけ助けられていると思っているんだ。

 俺は手を伸ばして頭の上のオニャンコポンを撫でてやる。お前は最高の家族だよ。どうかオニャンコポンも健やかに、楽しく過ごしてほしい。

 

 

 ────────ドンッ!

 

 

「あ…始まりましたね、花火が」

 

「ふふ、ベンチに座れててラッキーだったね☆」

 

「なの。このまま見てこうか」

 

 そうして、俺たちがお互いの絆を感じていると…夜空に一輪の花火が上がった。

 花火大会が始まったのだ。

 夏の夜空だけに浮かぶ、一瞬で燃え尽きてしまう大輪の花。

 それがいくつも弾けて煌き、そうして消えていく。

 華々しさと、一抹の寂しさを味わう、夏の醍醐味。

 それはきっと、花火が終われば、この祭りも終わってしまい、夏も終わってしまう…という、そんな気持ちを見る人に感じさせるからなのだろう。

 

 俺は、何発も上がる花火からそっと目を離して、隣にそれぞれ座る愛バ達の、花火の光に照らされるその横顔を見る。

 みんながそれぞれ、空に上がる花火に魅了され、瞳を煌かせてそれを眺めている。

 その美しい横顔に、俺は改めて満足感を感じていた。

 

 ウマ娘には、笑顔が似合う。

 この笑顔を見るために、俺は己の全てを懸ける。

 これまでも、今日も、そしてこれからも。

 

 だって、俺はトレーナーなのだから。

 

 彼女たちと共に、これからも未来を紡いでいこう。

 

 

*1
当然だが後日視聴している



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

76 夏の終わり

(宝塚)タイホ君やっべぇ。





 

 

 

「よし、みんな柔軟は終わったな。それじゃあ今日は順番にタイヤ引きになります。極めて重いタイヤだから、ふざけると怪我する可能性もある。気を付けてやるんだぞ」

 

 はい!と元気よく返事をするウマ娘達を前に、俺は超巨大タイヤの横で練習の指揮を執っていた。

 夏合宿の最後の2週。今日は彼女たちの根性を鍛え上げるための、タイヤ引きのトレーニングを行っている。

 この360トン搭載ダンプに使用されるラジアルタイヤを強靭なロープで引っ張るという、ウマ娘だからこそできるすさまじいトレーニングである。ちなみに重さは大体4.7トンだ。すんげぇ。

 

 しかしこれは、夏合宿の砂浜だからこそ出来る訓練でもある。

 トレセンにも同様のタイヤはあり、ダートの上で一本だけ実施する、ということもできるはできるのだが、コースへの負担がかなり大きく、何度もやっていると如何に補修が楽なダートとはいえ、砂の下の地面が抉られてぼろぼろになってしまう。

 しかしこの海辺の砂浜であれば、砂をみんなで埋めてやれば何往復でもできるし、ダートよりもタイヤが砂に沈むので負担も大きくかけることが出来る。夏合宿ならではの根性トレーニングなのだ。

 

 ちなみに、この練習を見た人から、重いものを引っ張るだけならタイヤじゃなくて車とかでもいいんじゃないかという意見を頂くことがある。

 その意見はわからなくもない。というか実際に過去の世界線でシャカールやタキオンに指摘されて、バスを引っ張ったりする形で同様のトレーニングをやったことがある。

 ちなみにその結果としては、なぜかタイヤ引きと比べてウマ娘達のやる気が全然乗らず、十分な効果を生むことが出来なかった。

 タイヤ引きはロマンであり、必要な練習なのだ。異論は認めん。

 

「では、一番手、参ります。…立華トレーナー考案のこのロープの巻き方は、腰への負担が減ってよいですね」

 

「イクノ、がんばれー!次は私も頑張るぞー、えい、えい、むん!」

 

「イクノさん、怪我はしないように気を付けてくださいね。タンホイザさんも」

 

 まず最初にタイヤを引くイクノディクタスに俺はタイヤと体を繋ぐロープの巻き方を指導する。

 一般的に腰に巻き付ける形のそれだが、このままだと腰への負担だけが大きくなり、脚や全身への負担が減ってしまうことを俺は学園で問題提起していた。

 何度もループする中で、俺はより効率的にウマ娘の体に負担をかけ、かつ腰などへのダメージが減らせるロープの巻き方を開拓しており、技術としてトレーナー間で共有していた。

 

 そうしてそんなイクノディクタスが引っ張るタイヤの上に乗って応援するのはマチカネタンホイザだ。次の引っ張る番は彼女であり、次の走者はタイヤの上に乗って後ろから応援する役目だ。また、もし引っ張っている子が調子が悪い時に声を上げる、監督役にもなってもらっている。

 

 その二人を心配そうに眺めるのは、俺と同じく今回の練習で監督として同席していただいている南坂先輩だ。

 この人がいると俺の安心感が凄い。万が一俺の手におえないようなトラブルが起きた時でも、南坂先輩なら何とかしてくれるだろう。何でもできるでしょこの人。

 

「よし…それじゃ、他の子たちは引きずったタイヤの跡をスコップで埋めるように。これも練習の内だからな、手を抜かない事」

 

「はい!!よーしグラスちゃん、けっぱるべ!どばーっと埋めちゃいましょう!」

 

「はい。うふふ、私たちの練習で砂浜を汚してはいけませんからね。頑張ります」

 

 次に俺は、タイヤを引っ張っていないウマ娘達…俺の愛バ3人と、そのほかに練習に参加している二人、スペシャルウィークとグラスワンダーに声をかけて、スコップでタイヤの通った跡を砂で埋める作業に入ってもらった。

 前述のイクノとマチタンもそうだが、この二人もまた根性のあるウマ娘である。負けん気も強い。

 そのため、今回のようなタイヤ引きトレーニングや、うさぎ跳びと言ったウマ娘の根性を鍛え上げるトレーニングでは、ぜひ一緒に訓練したいウマ娘であった。

 だからこそこうして声をかけさせていただいて、一緒に練習している。スペは沖野先輩、グラスは東条先輩に声をかけたところ、練習参加に快諾していただいていた。

 

 勿論俺は先輩方にお礼をしたうえで、俺の方からも他のチームトレーナーの練習にフラッシュ達を派遣することもさせてもらっている。

 フラッシュは併走トレーニングなどのスピードを主に鍛えるトレーニングへ。特に差しで走るウマ娘へ走行理論を教えるとともに、その末脚の切れ味を見せることで効率よくお互いに練習できる。

 ファルコンは筋トレなどのパワートレーニングへの派遣だ。彼女の小さな体躯に秘められたパワーははっきり言えば他のウマ娘と一線を画す。この夏、蹴りで海を割ったときには流石の俺も絶句した。

 アイネスは今日の練習のような、根性トレーニングをするときにばっちりだ。彼女の負けん気、競り合いの強さは他のウマ娘に良い影響を与える。本人もそういった練習が得意なようで、結構な割合でそういうトレーニングに顔を出していた。バイト戦士時代のアイネスを少し思いだす。

 

 閑話休題。

 

「ふーっ…!ふーっ……!」

 

「頑張れ、フラッシュさん!あと50m!」

 

「いい感じなの!最後まで力を籠めて、姿勢を下げて!」

 

 そんな才気あふれるウマ娘達に囲まれて、我らがチーム『フェリス』のウマ娘達はさらに効率よく、各種練習を積んだ。

 そうして大きな問題もなく、その日の練習を終えられたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 俺は旅館の自室でタブレットに記録した自分の愛バ達の記録を眺めながら、夏合宿の最終日を迎えていた。

 

「……うん。いい伸びだ」

 

 この約2か月弱という期間に、俺が彼女たちに出来る最高のトレーニングを積ませてやれたと思う。

 スピード、スタミナ、パワー、根性、賢さ。

 それぞれが、夏合宿に入る前とは段違いにレベルアップしている。今ならシニア級のトップウマ娘ともいい勝負が出来る…いや、勝ちきることだってできるだろう。

 元々力があり、GⅠを制していた彼女たちが、より一回り大きく成長していた。

 これならば、これからの秋のGⅠ戦線も期待できる。今までは直線を走るテクニックを重点的に磨いていたから、今後はコーナーの攻め方も教えたいところだ。

 

 だが、幾つか懸念点があるのも事実。

 まず、チーム『フェリス』以外のウマ娘達について。

 彼女たちもまた、この夏合宿でかなり伸びている。特に一緒に練習したウマ娘や、同期のヴィクトールピスト、メジロライアン、サクラノササヤキとマイルイルネルなどは、ライバル心もあってか、相当に伸びていたように見えた。トモや体全体の発達が並のそれではない。

 一緒に練習した各メンバーも、自分が見る限りでは元々強いウマ娘だったがさらに成長をしている。これからはシニア級のウマ娘達とも走ることが増えるだろう、その中でぶつかり合うときには誰が来ようとも覚悟をもって臨む必要がありそうだ。

 

 そうして、もう一つ、これはまだ形にはなっていないが…今後、もしかすると、という僅かな懸念。

 

「…アイネス…領域(ゾーン)に入るのがまだ意識的にできてないんだよな…」

 

 それは、アイネスフウジンの領域(ゾーン)についてだ。

 彼女は日本ダービーでフラッシュに追い詰められた時に、確かに領域(ゾーン)に目覚めていた。

 だがその後、6月から何度か併走をした中でも、彼女は再度自分の領域(ゾーン)に入ることができていない。日本ダービーの時の一回だけだ。

 逆に、フラッシュは相当にコツをつかんだようで、出遅れや掛かりがなければほぼ安定して領域(ゾーン)に入ることが出来るようになってきているし、ファルコンはベルモントステークスで目覚めた第二領域(ゾーン)が先頭を走っていると自動で発動するレベルまでこなれてきている。

 アイネスだけが、今、領域(ゾーン)を安定して発動できていない。

 

「…まぁ、領域(ゾーン)ってのは元々不確かなもん……なん、だけどな」

 

 俺は彼女の成長曲線をアプリで眺めながら、そう零す。

 領域(ゾーン)とは、極限の集中状態で目覚めるウマ娘の覚醒状態だ。言ってしまえばそこには再現性や科学的な根拠などはなく、それに頼りきりでは当然よくない。

 かつて、六平トレーナーがそうこぼしていたように、不確かなものに頼って勝利を求めることほど愚かなことはないからだ。今は引退している六平トレーナーのその言葉は、領域(ゾーン)に頼りきりではなく、ちゃんと鍛えて素の能力もしっかり作るべきである、という意味合いであり、それには俺も心から同意する。

 

 しかし、時代は変わった。

 かつてはルドルフやマルゼン、オグリやその他一部の才能あふれるウマ娘のみが極限の状況で目覚める…ものだ、と言われていたそれだが、しかし今のウマ娘のレース界では、領域(ゾーン)に目覚めるウマ娘がどんどんその数を増やしている。

 クラシック期の秋以降、シニア級のレースでは、有力ウマ娘のほぼ全員が領域(ゾーン)かそれに近い技能を有していると言っても過言ではない。

 GⅠレースでは、領域(ゾーン)の有無が勝敗を分ける時代になってしまっている。

 だからこそ、俺達トレーナーもその不確かなものである領域(ゾーン)についての見識を深め、受け入れ、そしてウマ娘がどうすればそこに至れるのか、考えながらトレーニングをする必要があった。

 

 無論、何度も言うが、領域(ゾーン)がなければ勝てないというものではない。

 アイネスはその能力だけを見れば間違いなく同世代では頭一つ抜け出ているし、ハイペースな展開を作れば領域(ゾーン)を発動したウマ娘に絶対勝てないということはない。

 そもそも、前の世界線の話にはなるが、俺はあの有マ記念でウララを領域(ゾーン)無しで勝たせている。作戦や、積み上げた練習、執念があれば、どんなレースにも勝利はある。絶対はないのだから。

 

 だからこそ、今の時点ではアイネスの件はまだ慌てるような話ではない。

 フラッシュやファルコンだって、同世代の中ではかなり早く領域に目覚めているウマ娘だ。

 ライアンも先日覚醒したが、ヴィクトールピストやサクラノササヤキ、マイルイルネルはまだ領域に目覚めてはいないし、アイネスもまだ焦る段階ではない。

 この先のレースを見て…それでも、彼女が領域(ゾーン)に至れず、そうして思い悩んでいれば、俺はその時こそ手を差し伸べよう。

 

「……まぁ、これからだな。俺たちのチームは」

 

 クラシックの上半期でGⅠ4勝、4着以下なし、レコード5回、その内世界レコード1つ。

 どこに出しても胸を張れる、誇れる戦績だ。

 しかしだからと言って、俺たちは慢心してはいけない。あくまで挑戦者として、全力でレースには挑んでいく。

 フラッシュ風に言えば、誇りある戦いを。そして、誇りある勝利を。

 気を抜くことなく、これからも彼女たちを指導していこう。

 

「合宿が終わって学園に戻ったら…まずは、これからのレースの予定を立てないとな」

 

 俺は今後、学園に戻ってからのチーム練習の予定を簡単に組み上げて、3人にLANEで共有し、そうしてアプリを閉じた。

 明日にはこの旅館を去り、そうして学園に戻る。

 5日ほど体を休める期間として休日があり、それから9月、新学期が始まる。

 9月の後半には学園のファン感謝祭があるが、うちのチームは今のところサイン会を開くくらいで、例えばリギルのやっている喫茶など、ああいった一日を取られるような催しはしない予定だ。純粋に人数が足りないし。

 あとは彼女たちの出走するレースを決めたら、それに向けて練習して、脚の疲労を抜いて…相手の研究をして…やる事は尽きないが、それこそが俺の仕事である。頑張ろう。

 

「…寝るか。オニャンコポン、電気消すよ」

 

 俺は大きく欠伸を一つついてから、部屋の電気を消す。

 その言葉を受けてオニャンコポンが俺の枕元へやってきた。今日は一緒に寝たいらしい。

 おっけ、と呟いて電気を消し、俺は布団にもぐって、旅館での最後の夜をオニャンコポンと共に過ごした。

 

 

 いい、夏合宿だった。

 愛バである彼女たちと、更なる絆を深められた。

 また、俺の過去…ウララと共に駆けた永劫の時間、そこにあった未練に近い思いも、俺の中でしっかりと想い出に昇華することができた。

 俺という存在が、これからも前に進んでいくことが出来るようになった。

 

 だからこそ、俺は何度でも己に誓う。

 俺は、俺を信じてくれた3人の為に、全てを懸けると。

 

────────────────

────────────────

 

 

 さて、そうして学園に戻ってきた俺に。

 

「立華さん。チーム『フェリス』にサブトレーナーがつくことになりました」

 

 たづなさんが笑顔を浮かべて、爆弾発言をぶち込んできた。

 えっ。

 

 

 

 ──────マジで?

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

77 沈黙の日曜日

 

 

「サブトレーナーがつくことになりました」

 

「さっきも聞きましたね」

 

「サブトレーナーがつ く こ と に な り ま し たっ!!!」

 

「どうして強調したんですか…?」

 

 俺は9月に入っての初日、夏休み明けに早速理事長室に呼び出され、対面に座るたづなさんからチームにサブトレーナーがつくことの説明を何度も受けていた。

 急な話である。

 これまでにも何度かたづなさんからチームに新しく担当を増やさないか打診を受けており、その度に「サブトレーナーがつかない限りは増やすつもりはないです」と回答してやり過ごしていたのだが、とうとうその言い訳が使えなくなる時が来たというわけだ。

 

 まぁ、正直に言えばたづなさんや理事長の気持ちもわかる。

 このトレセン学園は、常にトレーナー不足という問題を抱えている。チームを率いるトレーナーや、個別に専属となるトレーナーがいるわけだが、その絶対数が足りていない。だからこそ選抜レースなどでウマ娘達は自分を担当してくれるトレーナーを探して努力しているわけだ。

 トレーナーという業務の多忙さ、そしてメンタルへの負担を考えれば、確かにトレーナー業というものは厳しい仕事である。中央トレセンへの配属に必要な中央資格の難易度の高さもあり、新人トレーナーは増えても年に2~3人だ。試験に合格者がおらず、新人0人の年だって珍しくない。

 しかしそれに対して寿退社で退職したり*1、残念なことだが中々成果が上げられずメンタルを病み休職するトレーナーも少なからず存在する。

 そういった事情もあって、俺の様にチームを運営するトレーナーに対しては、出来る範囲で担当を増やしてもらいたい、というのが上層部、たづなさんや理事長の想いであろう。

 

 その現状を当然俺もわかってはいるし、彼女たちの想いを蔑ろにするつもりもない。

 とうとうこの時が来たか、という具合の気持ちである。

 しょうがない。3人だけをずっと担当し続けたい、という気持ちも俺の中に確かにあるが、これは俺の甘えの部分だ。

 トレセン学園に勤める社会人である以上、上層部からの指示というのは基本的に受けるのが大人というものである。

 愛バ達の努力の甲斐もあって実績をたたき出し続けている俺が、いつまでも担当を増やしたくないという我儘は通じないのだ。それはわかっている。

 

 それに、考えてみればこれはとても有難い話である。

 俺のような、世間的に見ればまだ経験の浅い新人トレーナーの、その下についてもよいというサブトレーナーを探してくれたわけだから、まずその時点で感謝するべき話だ。

 実際サブトレーナーがつけば仕事に関しては負担も減るわけで、その分を愛バたちの更なる指導に充てればよい。

 新しく担当するウマ娘を増やす、という点も、一気に複数人増やすわけでもない。一人ずつ見込みのある子を誘って、地固めという名の地獄を潜り抜けられた子を丁寧に育てていけばいい。

 

「わかりました。むしろ有難い話です。それで、誰がサブトレーナーになるんですか?」

 

「………それがですね…」

 

 一先ずの承諾の下に誰がサブについてくれるのかたづなさんに聞いたところ、しかし彼女が返した表情はどうにも申し訳ないといった面持ちだ。

 えっ。どうしてそんな表情になるんです?

 

「その、9月からトレセンに配属となるトレーナーさんでして…試験はしっかりとパスしているので実力は確かなんですが…」

 

 ちょっと待って?

 転入となると北原先輩のような感じですか?

 地方でトレーナーやってたベテランの人とか?気を遣うが?

 

「…トレーナー歴は約5か月という所で…重ねて、アメリカ出身の方でして……」

 

 今年からの新人じゃないですか?

 しかも何?アメリカ?まさかの海外から日本のトレセン学園に?

 不安が……不安がすごい!!たづなさん!?もしかして体のいい厄介払いですか!?

 

「さらに、ウマ娘なんです…」

 

 あ、なんだ。ウマ娘か。

 それを早く言ってくださいよもう。なんだ、安心した。

 ウマ娘なら何とでもなるわ。

 

「なんで最後の情報ですごい安心した表情になったんですか…?わかってます?立華さんと同い年くらいのウマ娘さんなんですよ…?」

 

「ははは。ウマ娘のことを一番よく知ってる職業についてるんですよ?変にベテランな年上の方なんかよりはずっと気が楽になりました」

 

「いえ、そうではなくて…チームの皆さまとか……ああ、いえ。立華さん(クソボケ)にそういうことを言っても無駄ですね。立華さん(クソボケ)ですもんね」

 

「謎の信頼。でも一先ず事情は分かりました。つまり…言葉の壁に苦慮しない自分が適任、というわけですね。判りました、後は実際にチームで働いてもらって判断しますよ」

 

 俺の言葉にたづなさんが同意をもって頷いた。

 成程、アメリカから遥々転入試験を経てやってきたトレーナーとなれば、やはり日本語は不得手としていると考えてしかるべきだろう。

 オベイユアマスターや、うちのチームのフラッシュ、リギルのグラスのように完璧に日本語を話せるほうが稀なのであって、やはり海外ウマ娘は日本語の難しさに躓くことも多い。

 そういう面から、自分の様に英語も話せるトレーナーの下でサブトレーナーとして経験を積んでもらい、いつかは一人前のトレーナーとして…という考えも理解できるところだ。

 その後、たづなさんから試用期間も兼ねて今年中は様子を見てもらい、チームとしてやっていくのが厳しそうならいつでも言ってくれていい、と太鼓判を頂いた。これで何の懸念もない。

 

 俺もそのウマ娘さんに日本の良さやトレセンの素晴らしさを伝えられるように一層努力しようという気になってきている。

 ウマ娘がトレーナーを目指す、というのは俺にとって嬉しい事である。ベルノライトの様にウマ娘でありながらトレーナーを目指すという子は少なく、しかしそれは勿体ないなと以前の世界線から思っていたことなのだ。

 ウマ娘である以上、ウマ娘の体のことは人間よりもよく理解できるし、気持ちも共感できる部分があると思う。練習でも併走なんかできたりするんだから、むしろ羨ましいまである。

 結構な乗り気になってきた。

 さて、それではどんなウマ娘が俺の下についてくれるというのだろうか。

 

「試験をパス出来るくらいには日本語も読み書きはできるのですが、まだ不慣れな様子ではありますね。その点は立華さんのほうでよく助けてあげてください」

 

「わかりました。…それで、そのサブトレーナーについてくれる方はどちらに?」

 

「奥の部屋で理事長と一緒に待機しています。立華さんのご了承を得てからご紹介をさせていただくつもりでしたので…今、お呼びしますね」

 

 そうしてたづなさんが一度奥の部屋に入り、件のサブトレーナーになるウマ娘を連れて戻ってきた。

 理事長の後ろについてきた彼女を見て、俺は眼を見開いた。

 

 黒鹿毛の、腰まで伸びる長いストレートの髪。

 マンハッタンカフェに酷似したその容貌。

 彼女を知らないアメリカ人はいない。

 無論、俺もよく知っている。

 そのウマ娘の名は。

 

 

『こんにちは、()()()()()()()()()よ。チーム『フェリス』のサブトレーナーを務めさせていただくことになるわ。よろしくね、タチバナ』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 サンデーサイレンス。

 その名前は、アメリカのレース界隈では極めて有名である。

 

 この世界線では数年前に、彼女はアメリカクラシック2冠を達成し、そしてその年に米国年度代表ウマ娘と最優秀クラシックウマ娘のW受賞を果たしている。

 彼女のレースを俺も何度もこれまでの世界線で見たことがあった。海外のレース、そこで強い走りを見せるウマ娘は、得てして指導に活かせるヒントが得られるからだ。

 

 そうして、全ての世界線で彼女の走りを見た俺の結論はいつも一つだ。

 ()()()()()()()()

 

『っ…お会いできて光栄だ、サンデーサイレンス。初めまして、立華勝人だ。…君のレースは全部見させてもらってるよ』

 

『あら、嬉しいわね。……でもね、タチバナ。私とあなたは初めましてじゃないわ。こうして実際に会うのはそうだけれども、これまでに何度もお話したじゃない』

 

『…え!?立華さん、サンデーサイレンスさんと知り合っていたのですか!?』

 

『驚愕ッ!だからサンデーサイレンスは、君のチームへの配属を望んだのかッ!?』

 

『いやちょっと待って?…え、ごめん、俺も初耳なんだけど。これまでに何かやり取りしたこと、あったっけ?』

 

 サンデーサイレンスに合わせて英語を使ってくれているたづなさんと理事長が彼女の言葉に驚く。

 もちろん、俺も驚いた。

 この世界線では、彼女と会うのは初めてのはずだ。いや、過去の世界線を振り返っても間違いなく初対面。彼女が来日し、日本でトレーナーを営んでいた世界線はいくつか経験したことがあるが、縁が生まれたことはない。

 この世界線では確かに俺はアメリカに遠征したが、その時だって会ったことはないはず。お話なんて一度もした覚えがないのだが…?

 

『つれないわね。…あんなに熱いラブコールを送ってくれたじゃない。3万文字も。DMで。あれ、本当にびっくりしたのよ?』

 

『…ッ!ああ、そうか!!あの卒業論文を書いたのは君だったのか…!!』

 

 俺は彼女の言葉に合点がいって思わず手を叩いた。

 3万文字のDMと言えば心当たりは一つしかない。あのアメリカの体幹トレーニングに関する論文だ。

 あれを書いた卒業生の頭文字は『S・S』。

 この子だったのだ。

 

 成程、確かにそういう意味では俺と彼女は随分とお話をしたことになる。

 3万文字のDMを送った後、相手方から返事があり、その後それなりの頻度でお互いにトレーニング論についてのやり取りを交わしていた。

 しかし当然ながら英文のやり取りで、そこに性別を感じさせるようなものはなく、ましてやウマ娘であるといった情報も特に相手からは開示されなかったので、俺はすっかり若手の男性トレーナーをイメージしてその文通を行っていたのだ。

 そんな事情があったことを理事長とたづなさんに説明したところ、なるほどとご納得を頂いた。

 

「…ああ。なるほど。立華さんらしいとしか言えませんね。まさか無意識で海外のウマ娘まで…」

 

「得心ッ!しかし君はもう少し、こう、なんというか…自重をするべきだと思うッ!」

 

 でもなぜか返ってきた言葉は日本語で、しかも俺の求める納得と若干ずれている気がする。

 なぜだろう。俺は彼女とただ熱いトレーニング論について語り合っただけなのに。

 

『…しかし、サンデーサイレンス。君という実力のあるウマ娘がサブトレーナーについてくれるのは本当に嬉しいんだけどさ』

 

 さて、そうして挨拶を交わし終え、サンデーサイレンスと向かい合う形でソファに座った俺は、正面から彼女を見据えて疑問を口に出す。

 ここだけはまずこの場で聞いておかなければならない。

 それは、彼女がなぜ日本に来たのかという事。

 

『どうして日本のトレセンへ?確か君は、アメリカでサブトレーナーを務めていたはずだ。あのマジェスティックプリンスが所属する強豪チームのね。そのまま経験を積むことだってできたはず。…理由を聞いておきたいな』

 

『…OK。実はね、先日のベルモントステークスを観させてもらっていたのよ。貴方の育てたウマ娘が奇跡を起こした、あのレースを。貴賓席でね。…ねぇタチバナ。あの時貴方たちが起こした奇跡について、貴方はどう捉えてるの?』

 

『…質問で返されてしまったね。どう、と言われても…ファルコンが、絶対に海外で砂のGⅠを勝ちたいという強い想いを持って走ったからこそ起きた奇跡…だと思っているけれど』

 

『そう。…あの奇跡の走り、私が心当たりがあると言ったら?』

 

『…なんだって?』

 

『…()()()()()()。私はあの奇跡の領域を知っている。あの領域に入ってくるウマ娘を待っていた。そうして、見つけた。それを率いる貴方を見つけた。だから日本に来た』

 

『だから…って、しかし君は、まさか、それだけの為に?』

 

『失礼ね。()()()()()()。私、一度決めたら迷わず突き進むタイプなの。すぐにその場でオベイユアマスターを捕まえて、2か月付きっ切りで日本語を教えてもらって、試験対策して、試験を受けて、ここにいるわけ。……理解できた?』

 

 ふんす、と鼻を鳴らすサンデーサイレンスに、しかし俺は魂消てしまい呆然とした顔になってしまった。

 まず、あの奇跡に心当たりがあるという彼女。

 しかしこれは言われてみれば…俺が見ても全く理解できない彼女のそのレースでの速さ、それに関係があるのだろうか、と思考が及ぶ。

 

 彼女は、走るのが速い。

 ()()()()()()()()()()()()

 

 …こう表現すると何を言っているのか、と思われるかもしれない。

 しかし彼女は、俺の見立てでは…いや、いわゆるウマ娘を見て走るかどうかを判断できる一般的なトレーナーであれば、一目見て理解するのだ。

 

 このウマ娘は、走らない。

 

 原因は彼女の脚にある。

 その脚、流石にあの体幹トレーニングに関する論文を書き上げたこともあって、俺の眼から見ても素晴らしい密度の筋肉が搭載されている。見本にしたいくらいのそれだ。

 しかし、なんというか……形が、悪いのだ。

 

 こう表現するのは本当に心が痛むが、事実だ。

 彼女の脚は外反膝と呼ばれる形状となっている。いわゆるX脚だ。それも構造的X脚と呼ばれる、生まれつき骨格がそうなってしまっている物。内側に膝関節が湾曲してしまっている。

 しかも湾曲がかなり大きい。腰の位置が高く、脚がとてもすらりとしているため、見た目の印象としては内股を強調して女性らしく、はた目には美しくも見えるそれなのだが、こと走ることになればそれはハンデにしかならない。

 力がまっすぐに地面に伝わらない。

 そのせいで、走る時に必ずハンデになりうる。

 どれだけその脚を体幹的に見て完璧に鍛え上げたとしても、スピードの限界が他のウマ娘より先に来る。

 

 極めて才能ある鍛え上げたウマ娘…そう、例えばオグリのスピードを1200としよう。

 次に、一般的に走れるウマ娘を極限まで鍛え上げたとして、おおよそスピードの頭打ちは1000程度とすれば。

 彼女は、どれだけ足を鍛え上げても800~900がいいところだ。1000にはたどり着けない。1200は遥か彼方の存在になる。

 

 はずなのに。

 彼女は、レースで勝っている。

 

 その秘密が、体幹トレーニングだけではなく、彼女の言う…俺とファルコンが成したあの奇跡、そこにあるとするならば、それは是非とも教えてもらいたい所である。

 この場で詳しく聞き出すのは流石にアレだが、今後サブトレーナーとして仲を深めていく中で聞かせてもらうとしよう。

 

 さて、少し思考が間延びしたが、しかしそうした理由で日本に来ると決意してからの彼女の行動が余りにも早すぎる。

 ベルモントステークスで貴賓席にオベイユアマスターがいたのは事実だ。俺たちを案内してくれたのだから。

 そんな彼女がいきなりサンデーサイレンスにつかまってしまい、その後2か月も付きっ切りで日本語を教えることになってしまったらしい。

 若干申し訳ない気持ちが生まれてしまう。いつか機会があれば俺の方から詫びておこう。大変だったなオベ。

 

 …しかし、中央トレセンの転入試験は簡単なものではない。

 日本語もその時から覚え始めたという彼女の、その努力自体は否定できないものだ。それほどの熱をもって、俺という存在を選んでくれたのならば…俺は、彼女を受け入れるべきだろう。

 俺はウマ娘の想いを否定するのが心底苦手だ。

 

『…オーケー、わかったよ。サンデーサイレンス、君なりの強い想いがあってこうして来てくれたことは歓迎するよ。でも、前のチームとの兼ね合いとかは大丈夫なのかい?流石にこれでアメリカのほうから何か言われるのは困ってしまうが…』

 

『そう言われると思って、前のチームのトレーナーと学園から手紙を預かってきてるわ。どうぞ』

 

 彼女が懐から便箋を取り出して俺に渡してくる。

 俺はそれを受け取って、中に書いてある英文を読んだ。

 読み終えて、もう一度読んだ。

 もう一度読み終えて、脳内でよーく咀嚼をして、もう一度読んで、天井を仰いだ。

 

 内容を簡潔にまとめよう。

 

『ウチじゃ無理。頼んだぞケットシー。何とか気性難な彼女の手綱を上手く引いてやってくれ』

 

 これやっぱ厄介払いかなぁ!?

 

『…うん、サンデーサイレンス。キミが前のチームで何をしてきたのか…聞かないことにしておこうか。これからよろしくね』

 

『ええ。大丈夫よ、ちゃんとチームの為に働こうって思いはあるのだから』

 

『期待してるよ』

 

 内心でため息をつきつつ、俺とサンデーサイレンスの挨拶は一先ず終了となった。

 

 その後、理事長とたづなさんから改めて今後の案内があったのち、俺は彼女を連れて学園内を案内する役目を頂いた。

 チーム『フェリス』に新しく担当ウマ娘を増やす件については、サンデーサイレンスがまだ学園に慣れていないこともあるし、試用期間である今年を終えて、チームでやっていけることが分かってからでよい、とお話を頂いている。

 これから長く世話になる相手である。中央トレセン学園のことをよく教えておこう。

 

────────────────

────────────────

 

『ところで、君の事をこれからなんて呼べばいいかな?』

 

『…なんで?何とでも呼べばいいじゃない。サンデーでも、サイレンスでも、サブトレーナーって呼ばれたって構わないわ』

 

 俺は学園内を彼女に案内しながら、そうしてふと思ったことを彼女に聞いてみた。

 返事はそっけないものだったが、俺としては結構重要な話だ。

 俺は長い名前のウマ娘は短縮して呼ぶ癖がついている。

 ウオッカみたいに一息で呼べるくらい名前が短く無ければ、基本的には愛称で呼ぶ。

 フラッシュだったりファルコンだったりアイネスだったり。他にもスズカ、スペ、マックイーン、ゴルシ、テイオー、ルドルフ…まぁ大体のウマ娘は、そうして区切って呼ばせてもらっている。

 

 しかしこのサンデーサイレンスというウマ娘をどう呼ぶべきか俺は悩んでいた。

 サンデー、と区切るか?しかしそれだとマーベラスサンデーなど、サンデーの冠を名前に入れているウマ娘が多いことから若干わかりづらい。

 ならばサイレンスか、とも思うがそれだってスズカがいるし、そもそもサイレンスと女の子の名前を呼ぶのはどうなんだ?沈黙って。いや彼女は気にしないだろうけど。

 

 そうして少し悩むが、そういえば彼女を彼女と知らずにDMのやり取りで接していたころに愛称があったことを思い出す。

 俺はそれで彼女を呼んでみることにした。

 

『じゃあ……SS(エスエス)、ってのはどうだ?君の頭文字で…DMでやり取りしてた時はそう呼んでたからな』

 

『……ッ。………構わないわ。好きに呼べばいい』

 

『そう。それじゃあSSって呼ばせてもらうよ』

 

 俺はサンデーサイレンスの愛称をそれに決定した。

 SS。うん。これで名前を呼ぶウマ娘は少なくとも学園にはいない。彼女だと一発でわかる呼び方だ。

 ウマ娘と距離を詰めるためには、まず呼び方から変えていかないとな。いつまでもフルネーム呼びだと距離が縮まらないものだ。

 

『あっちがグラウンドで、そこから校門があって…それを抜けて東に行けばウマ娘達の寮だね。…あれ、そういえばSS、今君はどこに住んでるんだい?』

 

『トレーナー寮よ。貴方が前に使っていた部屋が空いていたからそこになったって聞いたわ』

 

『そっか。もし寮の生活で困ったことがあったら周りのトレーナーに良く聞くんだよ』

 

『…子供じゃないのよ?』

 

『ははは』

 

 ジト目で見てくる彼女に俺は苦笑を零して返す。

 なんだ。気性難のウマ娘だって噂があったけど、別にそんなことはないじゃないか。感情表現も大きくて、話してて楽しいウマ娘だ。

 しかも実績と、確かな理論も持っている。まだ教えてもらっていないが、俺の知らない領域も体験している。

 もしかして当たりでは?彼女は素晴らしいサブトレーナーなんじゃないか?

 ぜひともうちの子たちとも仲良くしてもらって、さらにチームとして成長していきたいところだ。

 

『じゃあ次は学内施設の案内かな。北棟から回って時計回りに歩いて、そのままカフェテリアで昼食もとろうか』

 

『任せるわ』

 

 そうして俺は学内に彼女を案内する…が、もうすぐお昼の時間である。

 ちょうど今、授業終了を告げるチャイムが鳴った。そうなれば廊下にウマ娘達が出てくることになる。

 サンデーサイレンスが初めて学園のウマ娘の目に晒されることになるわけだ。

 

「うおおおおー!!お昼だああああ!!!…お、猫トレだー!!こんちわー!!」

 

「チケット、廊下をそんなに速く走るな!…おや、立華トレーナー、と……む?」

 

「ん、猫トレ、と……誰?マンハッタンカフェじゃないよね?」

 

 まず出会ったのがBNWの三人だ。この世界線では3人とも俺は仲良くなっている。タイシンもオニャンコポンのおかげでだいぶ砕けて話せる仲になっており、オニャンコポン様様だ。

 しかし、はて。俺の危惧していた予想と違うな?

 俺の隣に並ぶサンデーサイレンス…黒い服に身を纏った彼女だが、俺は彼女がマンハッタンカフェに間違われるものかと思っていた。

 

 まず、顔が瓜二つだ。双子と言っても信じられる。

 黒鹿毛の長髪もほぼ同じ。耳の形もそっくりだ。

 身長だけはSSのほうが若干低いが、それだって大した差ではない。

 夏だというのに黒いコートはマンハッタンカフェの勝負服をイメージさせる。

 

 そんな彼女が外見でマンハッタンカフェとはっきり違うのは、その額部分の流星。

 一滴零したようなその流星は、俺はこうして間近に見させてもらって、涙のようだ、と印象を受けた。

 しかし一目見てその流星の有無で別人と察することが出来るかというと……

 

 …いや、ああ。

 もう一か所、明らかに違う所があったか。

 

「…え!?ええ!?!?いや、カフェじゃないよね!?!?ダレーーーッ!?!?」

 

「ああ、明らかに違う…ええと、立華トレーナー。そちらはどなただろうか?」

 

「似てるけど絶対違うよね。どこがとは言わないけど。どこがとは…!」

 

「ああ。こちらは今日からこの学園に勤めることになったトレーナーのサンデーサイレンスさんだ。うちのチームのサブトレーナーになってくれる予定でね」

 

 BNWの三人の、その視線の角度を見て俺は察した。

 彼女たちの視線は、SSの胸元へ向いている。

 

 ────────彼女は豊満であった。

 

 タイキ以上、クリーク未満。

 その身長に過積載であるアメリカンな武器を携えていた。

 

『ねぇ、タチバナ。なんで彼女たちは私の胸を注視してくるの?あの葦毛の子だって大きいのに』

 

『ノーコメントでいい?』

 

 俺はコメントを控えさせていただき、肩を竦めるのみに留めたのだった。

 

 

 

*1
男トレのほうが退職率は高い。






事前に述べておくと、SSちゃんはサブキャラの枠を超えては来ないです。
あくまでフェリスの3人が中心の物語なので、この後3話くらいメインを務めた後は解説役とか遠征時の留守番とかツッコミ役とかそういう細々とした役割で動いてもらう予定です。
でも筆者が大好きなウマなので胸と話は盛るペコ。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

78 実は私は

 

 

 

(ピコン)『今日からチーム『フェリス』にサブトレーナーがつくことになりました』

 

(ピコン)『以前からあるかも、と話していた件ですね。』

 

(ピコン)『このタイミング?』

 

(ピコン)『結構急な話なの』

 

 

(ピコン)『9月からトレセンに転入してきたトレーナーさんがつきます。実力は折り紙付き。マジェスティックプリンスがいたチームのサブトレーナーやってた人です』

 

(ピコン)『アメリカからですか。それはまた、すごいですね。』

 

(ピコン)『え、私のレース見て…ってコト☆!?』

 

(ピコン)『日本語大丈夫?ちょっと不安なの』

 

 

(ピコン)『日本語も話せるから大丈夫。みんな仲良くしてやってな。今日チームハウスで紹介するよ』

 

(ピコン)『はい、ご挨拶させていただきますね。』

 

(ピコン)『男の人?女の人?』

 

(ピコン)『いくつくらいなの?』

 

 

(ピコン)『俺より一つ下で、ウマ娘です』

 

(ピコン)『は?』

 

(ピコン)『は?』

 

(ピコン)『は?』

 

 

 

 …というLANEのやり取りがあって、そうして昼過ぎのチームハウス。

 集まった三人をソファに座らせて、俺は俺の隣に立つSSを彼女たちに紹介することにした。

 なぜか3人から奇妙な圧を感じるな。どうしたんだろうか。やっぱり初めて見る相手で、しかもアメリカ出身の年上のウマ娘だ。緊張しているのかもしれないな。

 うまい具合にアイスブレーキングしてくれるといいんだけれど。

 

「…というわけで、LANEでも紹介したけれど、今日からうちのチームのサブトレーナーを担当してくれる方です」『……SS、自己紹介して?』

 

『オーケー。…んー、あー……』

 

 俺は英語で彼女に話しかけ、自己紹介をお願いした。

 日本語を使うために一呼吸おいてから、彼女は3人を見ながら言った。

 

「…よォ、これから世話になるぜ。アタシはサンデーサイレンスだ。お前らよろしくなァ!」

 

「…ん?」

 

「…え☆?」

 

「…なんて?」

 

「……えーっと、SS?」

 

 急な男言葉が繰り出されて、愛バたちも流石に困惑の表情を見せる。俺もだ。

 どうした?ヤンキー漫画に出てきそうなくらい口が悪いが?

 

『…ちょっと、タチバナ。私の日本語、意味は間違えてないわよね?『こんにちは、よろしく』ってフレンドリーに挨拶したつもりなんだけど』

 

『いや、意味は間違っちゃいないが…SS、君、どんな日本語の覚え方をしたんだい?』

 

『オベから漫画やらアニメやら貸してもらって、それで掴みは覚えたけれど』

 

『そう…。…ちなみにタイトルは?』

 

『東○○リベン○ャーズとか』

 

『それで日本語教える奴いる?』

 

 いねぇよなぁ!!?

 オベ。オベイユアマスター君。どうしてその作品を選んでしまったんだい?

 成程。どうやら彼女の中では特段口調を荒くするつもりなどなく、唯々フレンドリーに挨拶しようとした結果、ヤンキー言葉になったという事なのだろう。

 どうして。

 

「…あー、みんな。SS…サンデーサイレンスはつい最近日本語を覚えたばかりでな。しかも○京リ○○ジャー○とかそういう漫画で覚えたらしくて、口調がそっちよりになった、ってことらしい。悪意は全くないから…うん。みんなからも挨拶してくれるか?」

 

「あ、はい。…いえ、日本語を覚える大変さは、私も理解していますから、そういうことであれば。…エイシンフラッシュです。サンデーサイレンスさん、よろしくお願いします」

 

「スマートファルコンです!よろしくね☆」

 

「アイネスフウジンなの。…サンデーチーフ、って呼んでもいい?」

 

「おー、フラッシュに、ファルコンに、アイネスだな。勿論名前は知ってるぜ。走りもレース映像は全部見てる。呼び方は好きに呼んでいいぜ」

 

「……SSが日本語に慣れるためにも、基本的にチームでは日本語で話そうか。…さて、SSのことについて、3人とも知ってる?」

 

 俺はまずアイスブレーキングとして、彼女のことを3人に知ってもらおうと思い、問いかける。

 これで知らないとなれば来歴を説明し、彼女がアメリカですさまじい成績を残したウマ娘だと知れば、敬意なども生まれるかと思っていたのだが。

 

「勿論、存じています。アメリカ遠征の時に3人で過去のアメリカ顕彰ウマ娘については調べましたので。その時にサンデーさんの戦績やレース映像も拝見しました」

 

「クラシック2冠、他にもGⅠ4勝…だったよね?サンデーさん。…ものすごいウマ娘さんだってことはファル子も知ってるよ」

 

「アメリカからのウマ娘って聞いたから誰が来るかと思ったけれど…まさか、生きる伝説が来るとは思ってなかったの。純粋にリスペクトなの」

 

「ハハハ。くすぐってェこと言うじゃねぇか」

 

 どうやらアメリカに遠征の際に自分達でアメリカの有名なウマ娘を調べていたらしい。

 ならば話は早い。ここにいるウマ娘の中で誰よりもGⅠのトロフィーを獲得しているSSの指導ならばすんなりと受け入れてくれるだろう。

 

「そう、すごい成績を残したウマ娘だ。だからこそ、彼女の指導論は俺たちチームの力になると思っている。体幹の重要さとかについても俺の論文に近い考えを持っているしな。…ファルコンには前に話しただろ。あのアメリカの人、SSなんだ」

 

「え☆!?5月ごろトレーナーさんが言ってた、自分とそっくりな論文ってサンデーさんだったの!?」

 

「おぉよ。あの論文に3万文字超で返事が来たときはアタシもビビったね。アタシと同じ頭おかしいやつが日本にもいるんだって興味が出て、そんでベルモントステークスのファルコンの走りを見てこいつだってなって、それでいてもたってもいられずにこうして日本まで来たってワケだ」

 

「彼女が日本に来た詳しい理由とかはおいおい話すとして…今日はサブトレーナーが増えたばかりだし、夏合宿明けで休んだ体をほぐすための運動だけに留めようか。本当は今後のレースプランのミーティングする予定だったけど、彼女に普段の練習の流れも教えたいしな。プランニングはまた明日にしよう」

 

 改めて、俺は彼女の能力の高さについて太鼓判を押したうえで、チームの練習の一般的な流れを覚えてもらうためにも、今日はミーティングではなく練習に切り替えたいと相談する。

 直近のレースに出走する予定は立てていないし、1日ずらすくらいなら影響は出ない。夏合宿後、5日ほど足を休めていた分のウォームアップも実際に必要なことではあったので、順番が前後しただけではある。

 

「いえ…もちろん、ええ。サンデーさんの成績については純粋に尊敬しますし、色々指導も受けたいですし…今日が練習に切り替わるのは問題ありません……が…」

 

「私も練習自体はいいけど……サンデーさん、ウマ娘なんだよね…じーっ………でっか…☆」

 

「あたしも体動かしたいし、それ自体はいいけど…サンデーチーフ、彼氏とかいるの?いや、特に深い理由はなくて純粋な興味なんだけど…」

 

 そうして彼女たちの返答は、今日の予定が練習に切り替わること自体はOKというそれだったが、しかしなぜか俺と並んで横に立つSS、それぞれを交互に見やって、そうしてジト目を作り出した。ファルコンの最後のつぶやきは聞こえなかったことにしておこう。

 なんだろう。俺たちに何かモノ申したいことでもあるのだろうか。

 別にこれと言った心当たりはないのだが。

 

「…くっ、はは。なるほど、これがオベの言ってたやつか。ああ────安心しろよお前ら。アタシにその気はねェよ」

 

「え、何?SS、何か心当たりあるのか?」

 

「トレーナーさんはちょっと黙っててくれますか?」

 

「どうして」

 

「サンデーさん。今はそう言えるかもしれないけど、このトレーナーさんはヤバいよ?」

 

「余裕ぶってると一気にまくってくるの。逃げるなら今のうちなの」

 

 話の流れがさっぱりわからないままに、しかしなぜだかSSに対して彼女たちの圧が強くなっていく。

 どうした。喧嘩は駄目だよ?

 しかしそんな愛バ達の圧をふんす、と鼻を鳴らして受け流し、苦笑と共にSSが言葉を続ける。

 

「わはは!いや、お前ら全ッ然人の事言えねぇだろうが。…あー、まぁあれだ。アタシは修道院育ちでよ。一応成人してからは修道会に入って、修道誓願してんだわ。ガッチガチなやつじゃねぇけどな」

 

「え。そうだったのか…いや、でもそれが今の話と何の関係が…」

 

「トレーナーはちょっと黙ってるの」

 

「どうして」

 

「修道誓願?…って、なぁに☆?」

 

「…簡単に言えば、シスターや神父さんなど、神に仕える人がその身を神に捧げ、貞淑を誓う事ですね。女子修道会にサンデーさんは所属しているのですね」

 

「そーゆーこった。だからそっちに狂うようなこたァねぇから安心しろ。お前らの邪魔はしねェよ」

 

 話の流れはよくわからないが、とにかくSSが修道誓願を済ませていることを俺は理解した。

 トレーナーとしての資格もありながら、修道誓願をしているとなれば彼女はシスターとしての資格も持っていることになる。

 そういえば、彼女の現役時代の勝負服はシスター服を基盤としたものだった。

 なるほど、生まれ育ちが修道院だというのであれば、あの勝負服も頷けるという所だ。

 

 …結局それが今の話にどうかかわってくるのかがさっぱりわからないけど。

 

「…なるほど、納得しました。では、ひとまず…その話は終わりにしましょう」

 

「うーん、サンデーさんにその気がないって言うなら大丈夫かな☆それじゃ、これからよろしくお願いします!」

 

「安心したの。強敵現る、って感じだったから…心配ないなら今後色々レースの技術教えてもらうの!」

 

「おー。アタシもちゃんとサブトレーナーとして努める所存だからよ。お前らよろしくなァ」

 

「……………あ、なんかいい感じ?俺も話していい?」

 

 彼女たちの間に流れる空気が緩んだのを見て、俺は願います!と手を上げて言葉を発する。

 とりあえず発言は許してもらえたようで、改めて彼女のことをチームに紹介して、今日の練習について指示を出して、普段通りの一日の練習を進めるのであった。

 しばらくはSSには俺の横でトレーナーとしての仕事を覚えてもらいつつ、雑用などもしてもらい、仕事の流れが分かってきたら愛バ達の個別指導の時の監督などをしてもらうつもりだ。

 少しずつ、このチームに彼女がなじんでいけるように俺も尽力しよう。

 

────────────────

────────────────

 

 さて、そうして今日の一日の練習が終わり、シャワーを浴びて着替え終えた愛バ達がチームハウスを後にする。

 

「では、お疲れさまでした」

 

「お疲れ様でーす☆」

 

「お疲れなの!また明日ね、トレーナー、サンデーチーフも!」

 

「ああ、お疲れ様」

 

「またなァ」

 

 彼女たちがチームハウスから去って行って、さて。

 俺はSSに向き直り、さっそく今日の練習中に考えていたことを彼女に伝える。

 

「さて、SS。今日これから時間あるかい?」

 

「……あー。おい。タチバナ。二人きりなんだからとりあえず英語で話せ」

 

『ん…ああ、そうだね。いきなりずっと日本語っていうのも疲れただろう。楽にしていいよ』

 

『いや、そうじゃなくて……あー…もういいわ。で、何かしら。今日は予定はないけれど』

 

 何やらSSがウマ耳をぴくぴくとさせ、なぜか扉の外を気にしていたが、なんだろう。何かの音でも聞こえたのだろうか?

 しかし俺には何も聞こえなかったし、特段何も起きていないし、彼女もまぁいいということであれば。俺は話を続けることにした。

 

『ああ、せっかくこうしてチームで共にやっていく仲になったんだ。親交を深める意味でも、これから飲みに行かないか?もちろん奢るよ』

 

『ミ゛ッ』

 

 ん?何だ今の音は?

 俺はせっかくなので彼女のことをより知ろうと思い、そして成人済みのウマ娘でもあることから、一緒に飲みに行かないかと誘っただけなのだが。

 まるで鳩が豆鉄砲を食らったような顔をして、そうしてなぜか頬が紅潮し始めるという珍しい表情をSSがしている。どうした急に。

 

『……ご、ほん!……いわゆる、ジャパニーズノミニケーション、というやつね?オベから聞いてるわ。ええ、ええ、もちろん!付き合ってやろうじゃないの!』

 

『大丈夫?ならよかった。店の予約取っておくよ。食べられない物とかある?…ああ、修道誓願してるんだっけ。もしかしてお酒自体駄目?』

 

『…ウチの宗派ではワインだけOK。あと…個人的嗜好で、肉全般がNGよ』

 

『了解。それくらいなら大丈夫だ』

 

 俺は彼女の希望に沿った店を検索し、そうしてトレセン近くのベジタリアン向けの店を選んで2名で予約を入れる。

 ウマ娘は人間と同じで基本的に何でも食べられるが、野菜が好きな子も多い。人参専門店などもあるくらいだ。

 また、現在社会はベジタリアンの方向けのコースなどを置いてくれている店もある。俺が選んだのはそんな店で、ワインも注文できることも確認した。問題ないだろう。

 

『それじゃ、片付けしてから行こうか。チームハウスの戸締りについて教えるよ。後で合鍵も渡さなきゃな』

 

『…お手柔らかに頼むわよ』

 

 お手柔らかも何も、そんなに戸締り自体は難しい事じゃないんだけどな。

 俺はそうしてハウスの戸締りについて説明し、しっかりと施錠をしたうえで、SSを連れて飲み屋へ出発した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(嘘でしょ、嘘でしょ……こんなに早く誘われるの!?)

 

 サンデーサイレンスは、内心の動揺を何とか誤魔化し切りながら、立華の後をついて歩いていた。

 動揺の原因は、当然目の前の男である。

 

(オベが言ってた…日本では、男が女を呑みに誘うことは()()()()()()があるんだって…!修道誓願してるって言ったのに!ケダモノなの!?)

 

 

 サンデーサイレンスは頭がお花畑であった。

 

 

 順を追って説明しよう。

 

 まず、サンデーサイレンスはアメリカでは気性難として有名である。

 これは事実だ。彼女はその育ちからくるプライドの高さから、同期のウマ娘に対しては積極的に仲良くしようとせず、媚びたりもしなかった。

 形のゆがんだ脚や流星などを莫迦にするようなウマ娘にはレースでわからせてやったし、舐められないためにも愛想をよくしようとはせず、自分で何でもやってきたという自負がある。

 その佇まいは彼女は気性難である、という流説を生み、そうして彼女もまたそれをちょうどよいと受け入れ、イメージが先行するままの、唯我独尊な存在として周囲から思われていた。

 サンデーサイレンス自身もそちらの方が気楽だったため、そのままでアメリカでは過ごした結果、トレーナー資格を持ってサブトレーナーとして勤めていた時にも、あまりコミュニケーションを積極的には取らなかった。

 トレーナーとしての手腕自体は高く評価されていたが、年若いウマ娘からすればすさまじい実績を持った気性難という噂のウマ娘がトレーナーになるという点で、委縮してしまうようなケースもあった。

 それに該当しないウマ娘も当然いて、例えば同じく唯我独尊を貫いたマジェスティックプリンスなどがそれにあたる。しかしそれはあくまで少数派なので、アメリカでは彼女のトレーナーとしての能力を十分に発揮する事は出来なかった。

 

 まぁ、ここまでは余談である。

 重要なのは、サンデーサイレンスはこれまでの人生で、()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことである。

 

 彼女は修道院育ちである。

 幼少時代から、周りにいたのは同じように修道院で育ったウマ娘か、年上の修道女か、あとは老人くらいの物。

 学生時代も当然レースに出走するウマ娘であるからして、同年代の男の子などという存在は彼女の周りにいなかった。

 トレーナー養成の専門学校時代もその気性難の噂が先行し、友人を殆ど作らなかった彼女は、その青春時代をほぼほぼレースか、修道院での見習シスターとしての業務に追われ、色恋話などは物語の上でのそれでしかなかった。

 

 つまり、男性に対する免疫がゼロだったのだ。

 実を言えば、朝からずっと、立華の前では彼女なりの虚勢を張り続けていた。

 

(今日、出来る限り隙を見せなかった…と思ってたのに!何!?あの3人が色に狂ってるのってもしかしてそういう事なの!?)

 

 そんな彼女が、しかしトレーナーとして大成するという強い意志を持って来日し、立華の下で彼の指導を学ぼうと決意していた。

 これ自体は本気である。サンデーサイレンスは、幼少期の()()()()がきっかけで、将来的には偉大なトレーナーになることを目指し、そうしてそのために今、日本までやってきているのだ。

 そこに邪な想いなどない。

 いや、無さ過ぎた。彼女は純粋すぎたのだ。

 

 初めての同年代、一つだけ年上の男性の下につくという彼女の人生で過去に経験したことのないシチュエーションであっても、その目的の為であれば我慢できた。

 その内いい距離感を保って、自分も男性に慣れて、頑張れるだろうと思っていた。

 男性とのコミュニケーションに関する心配事も、オベイユアマスターに事前に相談することで、心構えが出来ていると思っていた。

 人当たりをよくするようにと彼女からアドバイスを受けて、気性難と噂されている自分がよりよいトレーナーになれるようにと尽力してくれたオベイユアマスターの事を、内心ではありがたいとまで感じていた。

 飲みに誘われたらその後送りオオカミという文化がある、と彼女からも事前に聞いている。気を引き締めて掛からねばなるまい。

 なお当然のごとくそれは誤った認識であり、わざと間違った知識を教えたオベイユアマスターによるサンデーサイレンスへの密かな報復であることを彼女は知らなかった。

 

 さて、しかし相手はクソボケである。

 ウマ娘の男性観を破壊することに定評のある男だ。

 相手が悪かったと言わざるを得ない。

 

(大丈夫…ウマ娘に人間が敵うはずがないんだから…!ええ、そうよ。もし万が一そんな流れになったらぶん殴ってやればいい…!)

 

 大丈夫、大丈夫…と内心で何度も唱えながら、しかし気楽そうに目の前を歩くこの男に、余りに自分が警戒心を抱けないことに逆に危機感を覚える。

 今日一日、ずっと彼の隣にいたと言っても過言ではない。

 本来であれば、男性への免疫がないサンデーサイレンスにとって、緊張と不安を伴うはずだったそれなのだが。

 

 彼の態度は、言葉は、優しかった。

 今日一日で、一言でも、自分の外見について侮辱するような言葉も零れなかった。

 耳当たりがいい彼の声に、まるでウマ娘の為に生まれて来たかのようなこの男の雰囲気に、安心を覚えてしまっていた。

 

(駄目…駄目よ。こんなに早く絆されては駄目。適切な距離感を保たないと……そう、あの子たちにも申し訳が立たないわ…)

 

 そうしてサンデーサイレンスは、前を歩く立華に気づかれないように、ちらりと後ろを振り向く。

 そこには誰もいないように見えるが、しかし壁の向こうからちらりちらりと尻尾が見え隠れしているのを彼女たちは気付いてない。

 先ほどチームハウスを出ていった、フェリスの3人だ。彼女たちが拙い尾行をしていた。

 彼女らがチームハウスを出て行ってすぐに「時間ある?」なんて立華が聞くものであるから、それがウマ娘の耳を持つ彼女たちに聞こえてしまい、その後しばらく扉の前に3人が張り付いていたことをサンデーサイレンスは知っている。

 目の前のクソボケは全く思い至っていないようであったが。

 

(勘弁してよね……勤務初日から随分なハードモードじゃない…!)

 

 サンデーサイレンスは半ばヤケになったような気分で、初めて男と二人きりの飲みという戦場へと向かうこととなった。

 

 

 なお、余談であるが。

 立華とサンデーサイレンスが予約を取っていた店に入っていった後の出来事である。

 

「お二人が入っていった店…どうやら未成年立ち入り禁止、という所でもないみたいですね。乗り込みましょう」

 

「うんうん☆出来る限り近い席で、バレないところにしないとね…☆」

 

「大丈夫なの、この店前にバイトしてたことがあるから店長と顔見知りなの。裏口から行こう?」

 

 個室の予約を取った二人に対して、アイネスの元バイト先であるその店に立華の愛バたる三人も裏口から乗り込んで、絶対に位置が見えない逆側の個室を3人で抑える形となった。

 何も知らない立華と、内心でテンパりまくっているサンデーサイレンスと、掛かり気味の3人と、どうしろってんだという顔をするオニャンコポンの、それぞれの想いが渦巻く飲み会が始まろうとしていた。






修道誓願とか修道院絡みのところはふわっふわで行きます(鋼の意思)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

79 Nostalgic memory

今回クッソ長い。実質二話構成です。


 

 

 

『それじゃ、乾杯。勤務初日お疲れ様、SS』

 

『…乾杯』

 

 カチン、とビールジョッキとワイングラスをあてて、俺とSSは一口を頂く。

 ここは予約したベジタリアン向けの飲み屋。コース料理を注文し、最初の一杯が届いた時点でまずは乾杯とし、お互いに口を酒で濡らした。

 

『…ふぅ、仕事上りの一杯が美味い。SS、君は結構呑む方かい?』

 

『まさか。…修道院育ちなのよ?飲食は慎ましく、と教わったわ』

 

『そっか。じゃあ、自分なりのペースでいいからね。…さて、何から話そうか』

 

 俺は半分ほど開けたビールジョッキを机に置いて、そうして今日の話題を模索する。

 話したい内容はいくらでもある。

 SS自身の事。

 これまでの彼女のレースの所感。

 なぜ体幹トレーニングの重要性に君が気づいたのか。

 日本に来た本当の目的。

 そして、あの奇跡の走りの事。

 

 しかし、いきなりあんまり重要な話題から入ってもあれだなと思い、一先ずはさわりから…彼女のことを理解するためにも、その想いから聞いてみたいと考え、口に出す。

 

『そうだな…SS、まず君の事をもっと深く知りたいな』

 

『っ……言い方』

 

『本心だよ。例えば…そう、君がなぜトレーナーを目指したのか、とか。聞いても大丈夫?』

 

 彼女がトレーナーを目指した理由について、俺は聞いてみた。

 一般的に、自分のようなウマ娘ではない人間がトレーナーを目指す場合、大体は同じような理由になる。

 彼女たちウマ娘の、その走りに魅せられたからだ。

 そうしてウマ娘に心底狂えるような存在が、トレーナーを目指し、こうしてトレセンに集まるというわけだ。

 トレーナー業とは大変な仕事である。ウマ娘への愛がなければ続けられる職業ではないと断言できる。

 確かに給料の実入りは悪くはないが、金を稼ぐだけならほかにもっといい仕事がある。

 トレーナーという仕事を長く続けるためには、熱い想いを抱えていなければいけない。

 

 しかし、彼女や…ベルノライトのようなウマ娘にとってはどうなのだろうか。

 ベルノライトには以前それとなく聞いた事があり、彼女は己の脚でレースを戦う事よりも、誰かの助けになれる道を選択したと言っていた。

 その想いはレースからの逃避でない。彼女なりの、強い決心。ある意味では人間のトレーナーと同じくらいの強い熱を持つ献身の心。

 彼女もまた、トレーナーとしての心構えに目覚めていた。

 

 そうしてまた、目の前にトレーナーを志すウマ娘がいる。

 日本のトレセンに移籍するにあたり手段を択ばず猛勉強が出来るほどの彼女のトレーナーへの想い。

 その熱の源はどこにあるのだろうか。

 

『……………聞きたい?別に、話してもいいのだけれど』

 

 しかし、その俺の問いかけに対してSSは面倒くさいといった表情を浮かべる。

 あれ、あんまり話したくない感じだろうか。

 ううん、しかし困ったな。今後長く付き合うであろう彼女の、その理由は聞いておきたい所である。

 

『無理強いはしないよ。年も近いし、話したくないならそれで。俺に遠慮はしないでいいよ。…聞きたくないと言ったら嘘になるけどね』

 

『そう。……じゃあ遠慮なく、話してあげる。誰かに話すのは初めてね…多分、楽しい話にならないけど…』

 

 運ばれてきたサラダを行儀よくフォークで食べながら、SSが仕方ないといった風に言葉を紡いでくれた。

 俺はそれを真剣に聞くことにした。

 

『…まず、私の過去から話す必要があるわね。私は修道院に預けられて育った。両親がどうなったかは聞かされてないけれど…死んだか、もしくは育てるお金がなくて預けたってところでしょうね』

 

『…ゴメン。結構重い話になる?』

 

『重い話にしかならないけれど?どうする?やめる?』

 

『……………いや、知っておきたい。知らないままでいるほうが君に不義理だと思う。辛い話かもしれないが…』

 

『かまわないわ。私の中で整理はついてる話だもの。…続けるわね』

 

 俺はいきなり彼女の出自、重い話から入ったのを理解して一度言葉を区切ってしまった。

 しかし、そうした彼女の事情を知らないままでいるほうが嫌だった。

 これは俺の我儘であると同時に、彼女に対して出来る限りの配慮をしたいという想いもこもっている。

 彼女の過去を知ることで、彼女が今後嫌な想いをしないように、言葉などに配慮が出来るようになれば。手助けが出来るのなら…知っておきたい。

 

『…まぁ、親のことはいいのよ。修道院じゃ優しくしてもらったし…子供のころは普通に過ごしてたって感じかしらね。それで、私が中学に上がるころね。私の人生が大きく変わる事件が起きた』

 

『…それは?』

 

『とりとめのない話になるわ。…修道院勤めの神父様がトレーナー資格も持っている変人でね。その人に、私は走りを教わっていたの。……ねぇ、タチバナ。私、速く走れるウマ娘だと思う?出した結果は抜きにして、私の脚を見て。貴方はどう思う?』

 

 話の途中で、彼女は俺に問いかけてきた。

 私は速く走れるように見れるか、と。

 それに対して、俺の答えは一つだ。

 俺はウマ娘に嘘を、もう、二度とつかない。

 

『はっきり言おう。…君の脚は、速く走れる形をしていない。申し訳ない事だけどね、俺のトレーナーとしての眼だとそう見える。……いや、すまない。嘘はつきたくなかった』

 

『…いいのよ、むしろこれで走れるなんて答えたらワインぶっかけてたところよ。そうね、ええ。私の眼から見ても、私の脚じゃ速く走れない。…けれど、その神父様は諦めなくてね。トレーナーとしての経験もかなりある人だった…私はあの人から体幹トレーニングを教わった。10年近く前よ?当時では最新の考え方だったでしょうね…』

 

 そう言いながら、彼女はどこか昔を懐かしむような眼でワインをあおる。

 俺もその話を聞いて、そのトレーナー兼神父様への敬意を持った。

 体幹トレーニングはかなり新しいスポーツ論である。10年近く前では本当に触り程度の認識しかなかった時代に、しかし、恐らくそのトレーナーは己がウマ娘を育成した経験から、最適な指導法を模索し、そうして辿り着いたのだろう。俺の様に。

 

 ああ、しかし、俺は同時に恐怖を感じ始めた。

 このSSの話が、いい方向に向かわないと言っていた、これが。

 彼女が、トレーナーを目指すことになった、その理由を。

 何となく、察してしまえて。

 

『…ある日、神父様がマイクロバスを借りて、私と、他の修道院で暮らす親友のウマ娘を乗せてレース観戦に連れて行ってくれたのよ。ファーム(地方)のレースだけどね、それでも実際に走るウマ娘を一度実際に見ようって…遠足みたいな気分だったわね。ええ、あの時はワクワクしてたわ。私も、あそこで走るんだって。アメリカの中央GⅠなんて夢にも思っていなかったけれど、ファームなら勝てるのかなって……』

 

 ……やめてくれ。

 その言葉を飲み込んで、ごくりと喉を鳴らす。

 その先の話が、理解ってしまったのだ。

 

『…帰り道でマイクロバスが事故にあった。とても大きな事故だった……急に轟音がして、何も見えなくなって……目が覚めたら、みんな死んでたわ。神父様も、友達たちも…みんな。…奇跡的に、私だけが軽傷で生き残った』

 

『………S、S……君は…』

 

『その事故で、私の運命は決まったの』

 

 

────────────────

────────────────

 

 立華とサンデーサイレンスが入った個室の、その壁を挟んだ裏側で。

 エイシンフラッシュとスマートファルコンとアイネスフウジンが、壁に耳を当てて、その話を聞いていた。

 聞いてしまった。

 聞くべき話では、なかった。

 少なくとも、こんな、盗み聞きのような形で聞いてしまっていい話ではない。

 

「………」

 

 沈黙が場を包む。

 エイシンフラッシュが小声で英語を訳してスマートファルコンにも伝え、アイネスもヒアリングは問題なかった。

 だからこそ、全員がサンデーサイレンスのその過去を知ってしまった。

 

『…それ以来、私は死んだ友たちが走れなかった分まで走って、取れなかった分のトロフィーを取って…そして、神父様のようなトレーナーになって、彼の教えを世界に残す…そう、誓ったのよ』

 

『…そう、だったのか。……すまなかった。興味本位で聞いて、君につらい話をさせて、しまった…』

 

『気にしないで。…誰かに話して、少しは気が楽になったし、私の中では整理がついた話で…ああ、泣かないでよ!私が困るわ!』

 

『…すま、ないっ…でも、しばらく止まらなさそう、だ…』

 

『もう…日本人は涙もろいって聞いたけど本当ね。……でも、私たちの為に泣いてくれてありがとう、タチバナ』

 

 二人の声が続くが、それに対して彼女たち3人の表情は暗い。

 いずれは知る話だったかもしれない。

 けれども、今、こうして知っていい話ではなかった。

 先程まで、店に入るまでの…我らがトレーナーが早速ウマ誑しを始めるといったところを咎めてやろう、などという浮かれた気持ちは霧散していた。

 

「…………帰りましょう、か」

 

「……そうだね…」

 

「…反省なの。明日、みんなで謝ろっか…」

 

 一品だけ注文した料理を味もわからず掻っ込んで、そうして彼女たちは立華たちにばれない様に店を出た。

 …いや、サンデーサイレンスには気付かれていたような気もする。

 だからこそ、明日はしっかりと二人に謝らなければならない。

 今ここで出て行って、二人の話をさらに壊すわけにもいかない。

 明日、練習前に…二人に謝ろう。悪戯心で、話を盗み聞きしてしまったことを。

 

 門限に間に合う時間、夕暮れを越えて夜空になった道を歩いていく。

 行き過ぎてしまった悪戯を反省するとともに…彼女たちは帰り道の話の中で、新たなチームトレーナーへの敬意を深めていた。

 

「……私、サンデーさんのことを心から尊敬します。強く、優しい方でしたね」

 

「ファル子も…☆…うん、立派なトレーナーさんになってほしいね!」

 

「なの。サンデーチーフにしっかり謝って、許してもらえたら……一杯教えてもらって、強くなって、結果でお返ししよう!」

 

 今日、知ってしまった彼女の過去。

 それは3人にとって、サンデーサイレンスの走った軌跡と、そしてこれから挑むトレーナー業への想いへの敬意を深めることとなった。

 悲しい事故があってなお、それでも前を向き、想いを背負って歩んでいるサンデーサイレンスを、心から尊敬した。

 一人のウマ娘として、彼女の在り方を尊く思った。

 

 自分達も、彼女の想いに応えられるように、より一層の努力を。

 明日、しっかりと誠心誠意、謝ってから。

 そして、これから一緒に頑張っていこうと、前向きな気持ちも生まれていた。

 

────────────────

────────────────

 

 

『……落ち着いた?…もう、自分から聞いておいてずるいわ。涙は女の武器なのよ?』

 

『すまない。…いや、違うな。話してくれてありがとう…君は強いウマ娘だな』

 

『どうも。これで私がトレーナーを目指した理由と、体幹トレーニングに傾倒した理由はわかってくれた?』

 

『ああ。理解できた。…そうして君は、体幹トレーニングを積んでアメリカのGⅠレースに挑んだってことか…』

 

 俺は先ほどまで止まらなかった涙をお手拭きで拭い、そうして一度気を落ち着けるために深呼吸をする。

 とても悲しい話を聞いてしまった。

 それを話してくれたSSには申し訳ないと思うと同時に、俺を信頼して話してくれたことへの感謝の気持ちを持った。

 

 自分だけが生き残ってしまった事故で、死んでしまった友人たちと恩師の為に。

 その想いを継ごうという、彼女の誇りある信念に敬意しかない。

 

 しかしこの沈んだ雰囲気をずっと抱えたままではよくない。

 彼女にとっても楽しくない呑みの席になってしまう。

 俺は意識して切り替えて、そうして別の話題を広げることとした。

 

『…うん、それじゃあ…SS、また聞かせてくれ。俺の眼から見ても速く走るのは難しいであろう…君の脚で、GⅠを勝ち抜けたその理由を』

 

『そうね、話すには良い頃合いね…それがむしろ本題でしょう?ファルコンも見せた、あの世界について』

 

『ああ…君は俺に言った。あの奇跡に心当たりがあると。それを教えてほしい』

 

 そうして出した話題は、彼女の走りの速さの秘密。

 ファルコンや……これまでの世界線で、奇跡を起こしたウマ娘達が見せた、領域(ゾーン)を超えたその走り。

 それは何なのか、聞かせてもらうことにした。

 

『そうね…まず、私の経験から説明するわね。私があの領域に目覚めたのは、アメリカクラシック3冠の初戦、ケンタッキーダービーね』

 

『ああ、イージーゴアとの熾烈な争いを制したあのレースだね』

 

『…嫌いなやつの名前を出さないでよ。…ええ、そう。私はあのレースまでは、体幹トレーニングで積んだ地固めでなんとかなった。サンタアニタダービーまでは勝てていた…けれど、あのレースの、イージーゴアは別格だった』

 

 SSが己のレースを思い出すように語りだす。

 彼女と、その最大のライバルと言われていたイージーゴア。その初戦であるケンタッキーダービーで、彼女は理解できない加速をして、一着をもぎ取っている。

 

『…私は領域(ゾーン)まで出して走った。けど、ゴアは強かった。体力の限界、全部振り絞っても勝てない…そう思った』

 

『君の領域(ゾーン)は、コーナーを走る時に発動するタイプだったね。君のコーナリングはうちのウマ娘にも見習わせたいところだ…けど、それでも勝てないと思うほどの相手だったわけだ』

 

『ええ。才能ってああいうのを言うんでしょうね。生まれつき才能がない私には敵わない壁だった。でも、私は諦めなかった。()()()()()()()()()()()()()()()()()。……日本には、「走マ灯」って言葉があるじゃない?』

 

『ん、ああ…あるな』

 

『あれ、なんでそう呼ばれるか知ってる?…私はね、ウマ娘が限界まで走ったときにそれを見るからだと思ってるのよ。走っているあの時、それが見えた気がした。……それでね、もう無理、止まりそうだ…って時に。聞こえたの』

 

『…聞こえた?何が?』

 

『死んだ友達と、神父様の声よ』

 

 …話の方向が、随分とスピリチュアルな方向に舵を切った。

 

『…タチバナ、ゴーストは信じない?今もいるわよ、私の後ろに。お友達と、神父様』

 

『そうなのか。…いや、察せなくて済まないな、霊感がないもので。でも、幽霊は信じてるよ。マジでね』

 

『…あら、意外』

 

『意外なもんか。俺ほど幽霊の存在を信じている人間は珍しいくらいさ』

 

 俺は追加で注文したハイボールをあおり、そうして彼女の話に同意を示した。

 これは嘘ではない。俺は幽霊を信じている。

 これまでの世界線で、フクキタルやカフェを担当したときに何度も霊障にはあったし、カフェの言う「お友達」の存在については俺も信じていた。確かにあそこには何かがいたと思う。

 それに、そもそもループを繰り返す俺そのものがスピリチュアルな存在なのだ。否定なんてするはずがない。

 

『…嘘じゃないのね、その目。…ええ、話を戻すけれど、あの時、声が聞こえた。頑張れ、って応援する彼女たちの声がね。……それが聞こえて、私はその領域に至ったの。領域(ゾーン)を超える領域(ゾーン)…【ゼロの領域】にね』

 

『……ゼロの領域……』

 

『そこに至ったときの記憶は正直に言えば飛んでるわ。ただ、間違いなく何か、違う所に意識が飛んで……気づけば、ケンタッキーダービーを一着で駆け抜けていた』

 

『……ファルコンも、同じようなことを言ってたな。最後、走ってた時の記憶が飛んでたって…』

 

 俺はSSの言うその体験と、ファルコンの体験が酷似していることに気づいた。

 ファルコンもまた、あのレースの最後の400mの記憶がないと言っていた。

 不思議な感覚を味わって、気づいたらゴールを駆け抜けていたと。

 だからこそ奇跡の走りだと俺達も思っていたわけだが…。

 

『きっとね、想いを籠めて限界まで全力で走って…そのまま走ったら死ぬかも、ってくらい追い詰められて…走マ灯が見えるほど走って。その先で、()()()()()()呼び戻されると、至るのよ。その世界にね』

 

『…君の場合、その声が友達たちの、神父さんの声だったわけか』

 

『ええ。ファルコンの場合は、貴方の声援でしょうね。聞こえたわよ、貴賓席まで。貴方の叫び声が』

 

 ゼロの領域。

 彼女がそう呼称するその世界に、俺は、心当たりがあった。

 

 もちろん、今回の世界線のファルコンの走りもそうだ。

 だが、それだけではない。

 

 ────────いっけぇーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!!!!

 ────────がんばれ!ハルウララ、がんばれ────────!!!!

 

 前の世界線で、俺がウララと共に成した奇跡。

 俺の、俺たちの叫びに応えた、季節外れの桜。

 

 あれもまた、その一つだったのかもしれない。

 

『…なるほど、な。ゼロの領域か…』

 

 俺は認識を新たにした。

 これまでの世界線で、そしてこの世界線でも見た、奇跡の一端につき理解を深めることが出来た。

 ウマ娘の想いに、それ以外の誰かの想いが重なることで、奇跡を為す。

 そこには、ウマ娘だけではない、誰かの声が必要なのだ。

 ウマ娘を純粋に想った誰かの声が。

 

『…ええ、でもねタチバナ。判ってると思うけれど、ゼロの領域は…』

 

『ああ。聞いてて察したよ。…意識して入れるもんじゃなさそうだな』

 

『正解。…プリークネスステークスでも、私はゼロの領域に入った。けれど、ベルモントステークスではそれまでの連戦の疲れがあったせいか、最後まで走り切れる脚を溜めてたせいか…そこには入れなかった。ゴアの野郎、今思いだしても頭に来るわあのレース…畜生…』

 

『SS。漏れてる漏れてる』

 

『む。…こほん。神の血(ワイン)が回りすぎたわ。…私は修道院育ちで、そういうスピリチュアルな方面も重視するのよ。守護霊もいるしね。だから、何となくだけれど…その領域に入ったウマ娘というものはわかるの。ファルコンがそれだった、というわけね』

 

 わかった?と言葉を紡ぎ終えたSSに俺は頷いて答えた。

 ゼロの領域。その奇跡に至る走りは、しかしそれを期待してレースに挑むなんてことが出来る代物ではないことは理解した。

 そもそもが通常の領域(ゾーン)だって人知を超えた力なのだ。

 その上で、限界まで走ったうえでなお奇跡を起こす確率に賭けるよりかは、ちゃんと勝ちきれるように鍛え上げることをこそ、トレーナーとしては目指すべきだ。

 

『ファルコンのあの走り、ゼロの領域に入ったこと…それ自体はようやく私の理解者が現れた、って喜んだんだけれどね。でも、別に今後のレースで絶対にあの領域に入らないといけないわけじゃないわ。そもそも、一度ゼロに至れば、それだけで()()()()()()()()()()()だと私は感じてるの』

 

『ん、そうなのか?……ああ、いや、でもファルコンも…?』

 

『心当たりある?そうね、例えば()()()()()()()()()()()()()()。あとは勝利への執着が強まったり、なんていうのかしらね…本能が強くなるって感じなのかしら?それのおかげで、後のレースでも私は勝てたのよ』

 

『君の言う通りのことが起きてるな…。…なるほど、それで君は。……すごい話を聞けたな』

 

『秘密よ?こんなこと、普通のトレーナーに話したら頭がおかしいと思われるわ』

 

『言うもんか。うちの子たちにも言うべき内容じゃないな。それに頼る気持ちが出てもやばいし』

 

 俺は何杯目かのハイボールを空けて、そうしてSSもまたワインを煽って、お代わりを注文する。

 酒の勢いもあってか、随分と熱の入った話になってしまった。

 しかし、ゼロの領域…それ自体の存在が知れたことは、俺にとっては僥倖だった。

 説明のできない奇跡に、しかし、再現性はなくとも心当たりが出来たのだから。

 

『……すごく興味深い話だったよ。今の話を聞けただけでも、君と出会えてよかったって思った』

 

『ふふ、嬉しい言葉ね。…過去も話せたし、なんだか私も喋ってすっきりしたわ。貴方、ウマ娘と話すのが上手ね』

 

『そうかな?そう在りたいとは思ってるけどね。…じゃあ次は、体幹トレーニングの話でもしないか?君の知識と、俺の知識を擦り合わせたい』

 

『あら、いいわよ。神父様から教わって、私の体で試したトレーニング論。全部語ってやるわ』

 

『語るのなら俺も負けないぜ?じゃあ早速だが、まず体幹としてどの部位の筋肉を鍛えるかだが…』

 

 そうして、飲み会の前半にあった重い空気は酒の助けもあり霧散して。

 俺とSSは、お互いの指導論、ウマ娘にかける想い、それを存分に語り合ったのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『…………気持ち悪い』

 

『吞みすぎたな。俺も止めるべきだったね、悪い』

 

 そうして随分と話に花を咲かせてしまい、ラストオーダーを迎えて、日付が変わる前くらいの時間に俺たちは帰路に就いていた。

 話の興が乗りすぎて、随分と二人で深酒をしてしまった結果、彼女は酔いつぶれてしまったようだ。

 ちなみに俺も酔ってはいるものの、まだ余裕を残している。

 つい先日、6月ごろにアメリカのタイキファームで己の限界は理解している。あの時は俺も全力で酔いつぶれて後悔したが、そもそも酒の量については流石にループを繰り返しているだけあって、調整するのは得意だった。アメリカの件は特別だ。

 

 俺は今、トレーナー寮に向けてSSの肩を支えながら歩いていた。

 今の酔っ払った状態の彼女を一人には出来なかった。

 チームトレーナーとしての監督責任もあるし、ウマ娘とは言え若い女性である。タクシーに乗せて一人で帰したり、などといった無責任な対応は当然できない。

 そもそも日本慣れしていない彼女の事だ、迷うかもしれない。

 そうしたことから、俺はトレーナー寮まで送る決意をしたのだった。

 店も学園からそれほど遠い距離にあるわけではない。酔い覚ましもかねて、ゆっくりと夜道を歩いていた。

 

『………だめ……だめよ…タチバナ、駄目だからね……』

 

『何が駄目なのかわからないけれど、君を一人にしたら駄目だって言うのは理解できるよ』

 

『……しょんなこと言って……だめ、なんだからね……そんな、軽い女じゃないのよ……』

 

『君の事を軽い女なんて思ってないさ。強い信念を持つ、素敵なウマ娘だって想ってるよ』

 

『ふにゃあぁ………』

 

 呂律まで回らなくなってきた様子のSSに俺は苦笑しながら、ゆっくりと歩む。

 いかんな、流石に呑ませすぎた。これが明るみに出れば俺はたづなさんに怒られてしまうだろう。

 しっかりと今日は彼女を寮まで送り届けて、なんなら布団に寝かせるところまではしてあげた方がよさそうだ。

 横にバケツとか水とかも準備してやろう。酔い止め薬も常備してるからそれも寝る前に飲ませてやるか。

 

『……私、陰気臭い女よ……』

 

『君が語ったトレーニングへの熱意は本物だった。陰気じゃなくて、静けさの内に熱を持ってるって印象を受けたかな』

 

『むぅー……脚だって、こんなに歪んでるのよ……現役時代は、ハンガーみたいだって、言われたわ…』

 

『見た目の話をするなら、内股気味なのがむしろ女性的で綺麗だと思うけどね。すらっとしたその脚の内側に、ウマ娘にとって理想の筋肉が秘められている。うちの子たちの見本にしたいくらいだ』

 

『みぃ……流星だって、不格好よ……鳥の糞が落ちたみたいだって…』

 

『そりゃ酷いな。俺は君の流星を見て、まるで落涙(ティアドロップ)のようだと思ったけどね。でも、今日の君の話を聞いて確信に変わった。君は、友達たちの…神父様の想いを、涙を継いで生きているんだね。強い子だ』

 

『……きゅぅん……わかったわ……もう、好きにしてぇ………』

 

『そうさせてもらうつもりだよ』

 

 彼女の酔っぱらい話に付き合ってやりながら、そうしてトレセン学園のトレーナー寮までたどり着いた。

 元々俺が住んでいた部屋だということで、場所には迷わなかった。

 部屋の前まで来て、SSに鍵を取り出してもらい、そうして中に入る。

 

「…あー。まぁ、予想はしてたけど」

 

 部屋の中は俺が引き払った状態から大きく変わっておらず、最低限の私物とベッドだけ整えた状態のそれであった。

 部屋の隅に段ボールが置かれていることからも、彼女が日本に来てまだろくに荷開きもしていないことが察される。

 …今度、部屋の掃除と買い出しに付き合ってあげようか。車を出してあげよう。

 

『ほら、着いたよSS。……SS?』

 

『んみゅう………』

 

『……寝ちゃったか。それじゃ、失礼して…』

 

 俺は肩につかまりながら意識を落としたSSに苦笑を零し、そうして彼女の体をお姫様抱っこの形にして抱え上げて部屋にお邪魔した。

 そうして彼女をベッドまで運び、ゆっくりと横たえて。

 彼女の服、その胸元のボタンに手を伸ばした。

 

_──えっ!?そこまでやるの!?

_──いやでもむしろ当たりでしょこの男は!イケるって!!

_──行けーっ!!抱けーっ!抱けぇーっ!!

_──おお、SSもようやっと男を知る時か!よし行け、やっちまえ!神様は何も禁止なんかしてねぇ!

 

 なんだか急に寒気がしてきたな。

 しかしまだ夏場だ、夜は暑い。エアコンもつけてやって、その上で彼女の胸元を閉めっぱなしだと寝苦しいし吐き気も収まらないと思い、胸元のボタンを一つだけ解放してやった。

 もちろん、彼女の女性的な部分には一切触れてないし見ていない。流石にそれはNGである。

 そうして回復体位に彼女の体を組み替えて、呼吸音を観察して、問題ない呼吸…この後呼吸が詰まったりして吐いてしまったりしない程度の酔いであることを音と様子から察して、俺は安心して胸をなでおろした。

 これならば寝苦しくなったりしないだろう。横に向けたから胸元を圧迫されたりしないだろうしな。よし。

 

 ─────さて、帰るか。

 

_──ちょっと待って!?そこで帰るの!?

_──クソボケがーーーーーーーーっっ!!

_──抱けーーーっ!!据え膳!据え膳でしょ!!SSがこんなに頑張ったのに!

_──オイ待てェ失礼するんじゃねェ!!SSだぞ!?俺の自慢の最高の女だぞコラァ!?

 

 なんだか急に寒気がしてきたな。

 エアコンの効かせすぎだろうか。ちょっと温度上げとくか。ピピっとな。

 …さてそれじゃ改めてお暇させてもらおう。扉の鍵は閉められないけど、トレーナー寮だし大ごとにはならないだろう。

 

 俺はなぜか感じる部屋に戻れという圧に逆らうようにして、SSの部屋を後にして帰路に着いたのだった。

 明日は二日酔いがひどいかもしれないな。みそ汁でも作って持ってきてやるか。

 

 

 おやすみ、SS。よい夢を。

 

 

 

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

 ────────夢を見ていた。

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

「ベス、まってよベス…!私っ、そんな、はやく走れないよ…!」

 

「えへへー!SSったらおっそーい!」

 

「こらー、SSをいじめないのー!ベスだってコーナーじゃSSにまけるでしょー!」

 

「うんうん。楽しく走れって神父様も言ってるよね」

 

 幼いころの私は、修道院に併設された1周400m程度の狭いコースを、友達たちと走っていた。

 修道院で暮らす、かけがえのない友人たち。

 直線を走るのが上手な、調子のいいベス。

 一つ年上の、みんなをよく見てくれている、スージー。

 一つ年下の、いつも静かな雰囲気の、リズ。

 全員がウマ娘で、そうしてワケありで修道院に預けられ、そこで共に育った。

 みんな、愛称でお互いを呼びあっていた。

 私は、SS、と名前の頭文字をとって呼ばれていた。

 そう呼ぶのは、修道院のみんなだけだった。

 私はその愛称が好きだった。

 

「ほれー、走ってる時にあんまりよそ見してんじゃねェぞー。フォームが崩れっかんなー」

 

 そんな私達を、コースの外から神父様が見ていた。

 トレーナー資格を持ち、しかし今は神父として業務をする傍ら、修道院に預けられた私達の様なウマ娘の面倒を見てくれている神父様。

 神父にしては口調が随分と軽薄だったものだが、しかし、その人当たりのいい雰囲気で、そこそこ町の人からは人気だった。

 みんなと、質素だがとても楽しい毎日を過ごしていた。

 

「っゴールっ!へへ、いちばーん!」

 

「はぁ、はぁ…もー、ベスったら速すぎ!」

 

「ぜーっ、ぜーっ…!みんな、速いよ…!」

 

「SS、お疲れ様。今はまだ仕方ないさ。神父様も言ってたじゃないか、いずれもっと速く走れるようになるって」

 

 その4人の中では、いつも私がビリだった。

 神父様がいうには、私の脚は生まれつき上手に走れない形をしているらしい。

 特に子供のころは、それが影響して速く走れないと言っていた。

 

 でも。

 神父様は、そんな私も見捨てないでいてくれた。

 

「みんなお疲れさん。SS、今はフォームをしっかりすることだけ意識して走ってりゃいいからな。成長期に入って体がデカくなってからが本番だ!俺の言う通りにすりゃ、全員が重賞勝利だって夢じゃねェぞ!」

 

「えー?ほんとー?」

 

「うさんくさいよねー神父様って」

 

「うぅ…頑張ります……」

 

「ふふ。でも、コーナーはSSが一番上手だ…あながち全部嘘でもないと思うけどね」

 

「む!コーナーでだって私が一番になるんだから!」

 

「ホントー?さっきベス、曲がるときに姿勢を崩したの、後ろから見えちゃったわよ?」

 

「く、崩してないもん!」

 

「み、みんな、ケンカは駄目だよぉ…」

 

「はいはいそこまで!汗拭いたらメシにすっからな!今日はシスターがシチュー作ってくれてるぞ!」

 

「シチュー!?やった、私の好物!」

 

「あー!私も欲しいー!大盛りにしてくれるかなぁ…」

 

「…あんまりがっついちゃはしたない、っていつもシスターが言ってるじゃない。駄目よ、きっと」

 

「ちぇー。満腹は夢のまた夢かぁ…」

 

 

 楽しかった。

 楽しかった頃の、想い出。

 

────────────────

────────────────

 

「…神父様、ホントにこれで私、速くなれるの?」

 

「なれるさ。信じろって」

 

 もうすぐ中学校に上がるくらいの年齢になったころの、私。

 身長も伸びて、胸も無駄に大きくなって、けど、脚のゆがみは直らなかった。

 私は未だに、修道院の4人のウマ娘の中では、一番脚が遅い。

 そんな私に、神父様は「体幹を鍛えろ」といい、色んなトレーニング方法で、私の筋肉を苛め抜いた。

 つらい練習だったが、でも、楽しかった。

 

「お前はな…コーナーを走るのが抜群に上手い!コーナーってのは体幹がしっかりしてりゃしてるほど速く走れるんだ!だからその武器をどこまでも磨き上げりゃ、他のウマ娘にだって負けねェ!レースで勝てる!」

 

「本当?…ファームのOPでも?」

 

「勿論だ!」

 

「……重賞でも?」

 

「勿論だ!」

 

「……GⅠでも?」

 

「………」

 

「そこで黙らないでくれる?」

 

 嘘をつけない神父様のそんな様子に、私は苦笑を零してしまった。

 GⅠまでは流石に難しいと思っているのだろう。

 だが、いい。私だって、そんな、自分が上澄みになれるとは思っていない。

 ベスやスージーならもしかすれば、とも思うが、私はそんな才能のあるウマ娘じゃない。いや、むしろデメリットを持って生まれてくるようなそれだ。

 ただ、どこかのレースで、一勝でもできて、それでみんなが喜んでくれたなら、それでいい。

 そうして楽しく走り終えて、修道女になって、一生を終える。それでいいと、その時は思っていた。

 

「神父様。私、出来るところまでがんばってみるから。でも、私だけじゃなくて、ベスやスージー、リズもしっかり見てあげてね」

 

「とーぜんだろォ、お前ら全員俺の自慢のウマ娘なんだからな!楽しく走れるように頑張ろうぜ、SS!」

 

 がはは、と下品な笑い顔を見せて、神父様が私の頭を撫でる。

 この人に撫でられるのは、好きだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「すごかったねー、さっきのレース!」

 

「うん、すごかった!」

 

「最後の直線、シビれたわね…!あそこから逆転するなんて!」

 

「すごい末脚だったね。あれくらい、私達も走れるようになるぞ…!」

 

 私たちは、神父様の運転するマイクロバスに乗って、修道院への帰路についていた。

 先程、近くのレース場で行われたファームのレースを観戦してきた帰りだ。

 

「何言ってんだ、お前らだってすぐあれくらいにはなるぞ?なんせこの俺が鍛えてるんだからな!」

 

「えー?神父様がいうとウソくさーい!あーあ、もっと速く走れるようにならないとなー」

 

「ふふ、でもベスはこの間ベストタイム記録したじゃない」

 

「いつも自分で目指せ年度代表ウマ娘!って言ってるのに、変なところで自信がないわよね」

 

「そのベストタイムをスージーが更新したから焦ってるんでしょ。みんな少しずつ速くなっていくんだから、焦るなって神父様も言ってるじゃないか」

 

 マイクロバスの後部座席、近い位置に座っている私たちは、全員が中学に上がったばかり。

 まだ本格化も迎えておらず、レースに出るのは先の未来の話だった。

 みんなでしっかりと体幹を鍛えて、本格化を迎えて、神父様をトレーナーとして、レースに臨む。

 そして、私はきっとあまり勝てないだろうけれど…ベスもスージーもリズも、私なんかよりよっぽど走れる。彼女たちはきっと、いつか、中央のGⅠでも勝てる、かもしれない。

 

 レースに一つでも勝ったら、みんなでお祝いしよう、と約束していた。

 重賞に勝ったら、その賞金で盛大にパーティを開こうと。

 GⅠに勝てたら、修道院をリフォームして、みんながもっと過ごしやすい建物にしようと。

 そう、約束していた。

 

 そして、その約束は永遠に果たされることはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そこから先は、あまりよく覚えていない。

 

 

 

 

 

 覚えているのは、金属がひしゃげるような気持ち悪い轟音。

 

 

 覚えているのは、ベスの悲鳴。

 

 

 覚えているのは、血の匂い。

 

 

 覚えているのは、救急車のサイレンの音。

 

 

 

 

 

 覚えているのは。

 

 

「……S、Sっ…!!みんな、みんな、死んじゃったよぉ……!!!」

 

 

 病院で目を覚ました私に、泣きながら私以外が死んだことを告げる、シスターの涙。

 

 

 

 

 

 私は、全てを失った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 退院して、修道院に戻ってきた。

 あの事故に巻き込まれた私は、軽傷で済んだ。

 骨の一本も折れていない、擦り傷程度のそれしかなかった。

 

 でも、私以外の全員が、死んでしまった。

 

 私が起きた時には、みんな、冷たい棺の中に入っていた。

 顔を見たいと私は言ったが、見せてくれなかった。きっと見れるような状態ではなかったのだろう。

 そのまま、私は、余りの衝撃で涙すら零れないままに、翌日の葬儀に参列した。

 そこでも私は泣けなかった。

 土葬されるみんなの棺に、バラのレイを作って、投げ入れた。

 

 きっと、レースで勝って、バラのレイを首に掲げて勝ち誇っていたはずの、大切な親友たち。

 そんな彼女たちを見て、満面の笑顔を浮かべてくれたはずの神父様。

 

 

 

 いなく、なって、しまった。

 

 

 

「……………」

 

 

 私は、修道院に戻ってすぐに、練習場を走らせてほしいとシスターに伝えた。

 本当は安静にしておくように医者から指示が出ていたが、シスターは許可してくれた。

 

 

 私は走り出す。

 

 

「……はっ、はっ、はっ……」

 

 

 

 目の前に、誰もいない。

 夕暮れ時のその練習場に、しかし、いつもはいるはずなのだ。

 

 私の前を、後ろを走る、3人が。

 そして練習場の外に、私達を見守る神父様が。

 

 

 

『────ふっふーん!SSったら、直線じゃまだまだね!!』

 

 

 

 いつもそう言って私を周回遅れにしていった、ベスがいない。

 

 

 

『SS、掛かってるわ!もっと自分のペースを守って、ね?』

 

 

 

 私の走りをよく見てくれていた、スージーがいない。

 

 

 

『コーナーの曲がり方は、SSは本当にすごいよね。また今度、教えてよ』

 

 

 

 私の走り方も褒めてくれた、優しいリズがいない。

 

 

 

『SS!コーナーを曲がるときはスピードを落とすな!体を傾けて横Gに抵抗しろォ!!』

 

 

 

 私を指導してくれた、神父様が、いない。

 

 

 

「……っ、うっ、あ、ああ…っ…!!」

 

 

 どれほど走っただろうか。

 

 

 何周も。

 何周も。

 何周も。

 何周も────────孤独に、走り続けて。

 そうしていつしか、私は涙を流していた。

 

 

 

 

 

「─────あああああ……!!!うわああああああああん…………!!!」

 

 

 

 

 

 

 体力の限界を迎えて、コースの上にそのまま倒れて、夜空を見上げながら、私は号泣した。

 いつまでも、涙が止まらなかった。

 

 私は、今日、練習場を走って。

 ようやく、己の心の内で、理解したのだ。

 

 

 

 ────────みんなには、もう、永遠に会えないのだと。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 私は誓った。

 私は、死んでしまったみんなの、果たせなかった夢を叶えるために、生きる。

 

 

『私ね、年度代表ウマ娘になるのが夢なの!アメリカで一番強いウマ娘になるんだ!』

 

 ベスのその夢を、叶える。

 

『うーん…もし、もしだよ?クラシックレースに出られるくらいになれたらさ。一つくらいは、勝ってみたいよね』

 

 スージーのその夢を、叶える。

 

『どのレースで勝ちたいかというよりは…とりあえずレースで勝って、修道院に寄付したいな。ほら、この建物ボロいからさ。恩返し、したいよね』

 

 リズのその夢を、叶える。

 

 

 私は、もう二度と走る事が出来なくなってしまった彼女たちの代わりに。

 私がすべて、その夢を叶える。

 それが、あの事故を軽傷で生き延びてしまった私が出来る、彼女たちへのレクイエムだ。

 

 

 そうして、もう一人。

 

『俺よォ、若い頃はそりゃもうやる気バリバリでさァ。アメリカで、いや世界で一番のトレーナーになってやる!!って夢見てたんだ。…オイ笑うなよ。今の生活だってそれなりに気に入ってっけどな、男ってのは夢見る時期があるんだよ。そういうもんだ』

 

 私に、走りを教えてくれた神父様の。

 その指導が間違っていないことを証明するために。

 そして、彼の教えを世界に残すために。

 

 

 私は、トレーナーになる。

 

 

 修道院に戻った翌日から、私は己の脚を鍛え上げた。

 神父様の遺品の中にあった指導理論、教本、それをすべて読み……己の体に、施した。

 一人分では足りない。

 四人分、全員の練習メニューを、全部やるくらい、スパルタに。

 あの事故以来、私は肉が食べられなくなったが、体を作るため食事にも気を遣った。蛋白質を意識して取るようにした。

 シスターたちも、心配してくれながらも、食事に気を配ってくれた。

 

 辛いとは感じなかった。

 トレーニングをしすぎて苦しい時も、この苦しさを感じることすらできなくなってしまったみんなの事を考えれば、耐えられた。

 私は神父様が重視していた体幹トレーニングを全力で、全霊で行い、そうして…脚を、磨き上げた。

 

 私のこの歪んだ脚は、私の誇りだ。

 友人たちが、走れなかった分を。

 神父様が、残せなかった分を。

 すべて詰め込んだ、私の誇り。私そのもの。

 

 私は、アメリカの中央レースに乗り込んだ。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『さぁ本日のメイクデビュー、出走ウマ娘がパドックに出て来たぞぉ!1番アレキサンドロスライト、中々いい仕上がりだぁ!』

 

 パドックに次々と出ていく、デビュー前のウマ娘達。

 それがどれくらい走るのか、私にはわからない。

 けど、関係ない。私は、私が神父様の教えで磨き上げた、その脚で勝つ。

 

 そうして、私の順番が来た。

 

『続いて7番、西海岸からやってきたサンデーサイレンスっ!…んー、あー、気合は入ってるようだな!』

 

 私がジャージを脱ぎ捨てると、観客席から疑問符のついた声が上がる。

 

 ─────何だあの脚。

 ─────まっすぐ走れんのか?

 ─────歪みすぎだろ…まるでハンガーみてぇだ。

 

 私は、その声を気にしなかった。

 誰に、何と言われようとも。

 私の脚を褒めてくれた神父様と、私の走りを褒めてくれたみんなが、私の心の中にいたから。

 

「…ハーン。そんな足で、勝てると思ってんのかねぇ?走ってる最中に足がポキって折れちまわないか?」

 

「頼むから転倒に私達を巻き込まないでよね。最後尾でも走ってなよ、田舎もん」

 

 パドックに抜ける通路を歩いていると、そんな私をあざ笑いに来たのか、ウマ娘が二人、私に罵声を浴びせかけてきた。

 私は相手にしなかった。ただ、そいつらに対して、一睨みだけ利かせてやると、もう声も出ないようだった。

 こいつらの名前も、番号も、関係ない。

 私が一着を取るのだから。

 

 私に敗北は許されない。

 私は、みんなの想いを背負って走っているのだから。

 

 

 

 

『─────最終直線に入って、なんと!!サンデーサイレンスが独走だ!?悪い夢でも見てんのか!?あの脚で、スゲェ末脚だ!後ろのウマ娘達は追いつけない!これは決まった!これは決まったぞ!!サンデーサイレンスが一着で今、ゴールインッ!!』

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

「…あなたがサンデーサイレンスね。こうして会うのは初めてね…イージーゴアよ、今日はよろしく!いい走りにしましょう!」

 

「……………ふん」

 

 そうして勝利を積み重ね、私はスージーの夢であった、クラシック戦線の初戦、ケンタッキーダービーに出走した。

 勝ち続けたことで、私の世間的な評価も上がってきた。しかし気性難という噂も同時に流布され、私はヒールであり、そして今目の前に立つこのデカブツ、イージーゴアがヒーローであった。世間では、そんな記事がいくつも出ていた。

 しかし、関係ない。

 相手が強敵であることは分かっている。

 だが、みんなの夢を私は背負って走っている。

 こいつにだって、絶対に負けてやらない。

 絶対に、負けない。

 

 

 

『────レースは残すところあと500m!ここでサンデーサイレンスが上がってくる!しかし来たぞイージーゴアが来た!やはりこの2人なのか!』

 

 

 侮ってはいなかった。

 しかし、本物の才能とは、残酷なものだった。

 

 

(…っ、クソ…!速い…コイツ、まだ末脚を残してる…!!)

 

 

 コーナーでさらに距離を詰め、後続を引き離すが…このイージーゴアだけは、そんな私についてきた。

 走りの、質が違った。その強さが違った。

 王者。

 それを感じさせるほどに、彼女の走りからは才気が溢れていた。

 

「ふふ、いいわね、アガるわね!!さぁ行くわよサンデー!!私が、一冠目を手にするッ!!」

 

 コーナーを曲がり終えて、私は必死にイージーゴアに負けまいと、踏み込む。

 だが、もう限界に近い。

 ここに至るまで、イージーゴアに必死について行くために酷使した私の脚は疲弊し、限界だと叫んでいる。

 

 だが関係ない。

 私は、勝たなければならないのだ。

 たとえ限界を迎えようと、限界を超えようと、私は勝たなければならない。

 

 

(………く、っ……!!)

 

 

 だが。

 現実は非情だった。

 

 私はそこで直感する。

 負ける、と。

 負けてしまうのか、と。

 

 

 

(……嫌っ…!私は、負けられないのに…っ!!)

 

 

 勝たなければならない。

 死んだ親友たちの為に。

 死んだ神父様の為に。

 

 

(負けられ、ない、のにっ……!!)

 

 

 もう限界だ。

 肺が破裂しそうなほど痛い。

 脚が鉛の様に重い。

 酸欠で頭が回らない。

 

 

 それでも。

 それでも。

 諦めたく、ない。

 

 

(私、は───────)

 

 

 

 走マ灯を見た。

 私の、今日までの、人生がすべて、流れるように脳裏に浮かび、消えていく。

 

 

 …無理、なの?

 

 

 ほんの少しだけ、弱音が零れた。

 

 脚の力が、抜けそうになって────────

 

 

 

 

 

 

 

 頑張れ、SSー!勝てー!私達の分まで、負けるなっ!!

 

 脚を止めないで!今日までがんばってきた貴方なら、いける!!

 

 頑張れ、SS…頑張れ!君なら行ける!脚を、止めるな!!

 

 SS。…お前は、俺の誇りだ。最高のウマ娘だ!行け!!そのまま行っちまえ!!お前が、アメリカ最強だって証明してやれェ!!!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────みんなの、こえが。

 

 

 

 

 こえが、きこえて。

 

 

 

 それは、確かに、私の耳に聞こえて。

 

 

 

 

 

(みんな……そこに、いて、くれたの……?)

 

 

 

 

 

 私の意識は、空に弾けて────────

 

 

 

 

────────────────

───────────────

──────────────

─────────────

────────────

───────────

──────────

─────────

────────

───────

──────

─────

────

───

──

 

 

 

 

 そこは、サンデーサイレンスの魂の原風景。

 漆黒の勝負服、修道服を模したそれに身に包んだサンデーサイレンスは、そこに立っていた。

 

 

 そうして、見る。

 己の魂の光。

 その魂は、ケンタッキーダービーを勝て、と叫んでいた。

 アメリカのGⅠを蹂躙しろ、と叫んでいた。

 

 そして、彼の光の先。

 二つの偉大なる栄光がその空に浮かび。

 

 さらに、その向こう。

 彼の光から、幾筋もの、数多の光が伸びて……その先にまた、光があった。

 

 それは彼から広がる運命。

 いくつもの夢。

 彼という特異点が、将来に残した、数多の優駿たちの光。

 

 

 

 サンデーサイレンス。

 醜いアヒルの子として揶揄された彼の生涯は、しかし。

 誰よりも名を残し、そして誰よりも血を残した伝説として、世界に刻まれていた。

 

 

 

 その光が、ウマ娘であるサンデーサイレンスに、近づく。

 俺と同じだ、と。

 お前も、悲しみと、怒りと、理不尽を……乗り越えて。

 お前だけの物語を、紡げと。

 

 「……わかったわ」

 

 サンデーサイレンスは、己の魂の光を受け入れる。

 両手を胸の前に組んで、片膝をつき、そうして祈りの形をとる。

 その祈りは、修道院で育った彼女が習慣として行っていた、神への祈り。

 

 今ここに誓願は為された。

 ウマ娘と、その魂が一つになり。

 

 

 ────────奇跡に至る。

 

 

──

───

────

─────

──────

───────

────────

─────────

──────────

───────────

────────────

─────────────

──────────────

───────────────

────────────────

 

 

『────────ゴーーーーーールっ!!!なんと、何とだ!!イージーゴアを抑えて、サンデーサイレンスが一着だぁ!!アンビリーバブル!!なんだったんだ今の加速はァ!?』

 

 

 

 私は、意識を取り戻した。

 夢の中にいたような、そんな感覚。

 いつの間にか私は一着でゴールしていた。

 

「……はぁっ!はぁ、はぁっ………あ……」

 

 乱れた息を整えながら、しかし、私は感じていた。

 先程の無意識、ではない。

 領域を超えた領域…そう、ゼロの領域、とでも言おうか。あの不可思議な感覚のそれ、ではない。

 

 その前。

 

 私に聞こえた、あの声。

 

 

「………っ!!」

 

 

 私は、自分の後ろに……その、気配を感じた。

 振り返る。

 そこには何もいない。目には映らない。

 

 

 けれど、確かにいた。

 感じられた。

 あの時、死んでしまった、みんなが、そこにいて。

 

 

「っ…みん、な……っ!!」

 

 

 走マ灯を見たことで、意識が死に近づいたからだろうか。

 私にははっきりと、みんなの存在が感じられた。

 

 みんなが、私を見守っていてくれた。

 応援して、くれていた。

 助けて、くれて、いたんだ。

 

 無茶な練習をする私の脚が、壊れない様に。

 思い悩みすぎる私の精神が、壊れない様に。

 

 

「……うぁ、あっ……ああ、ああああっ………!!!」

 

 

 私は、天を仰いで。

 また、子供の様に、泣いてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 その後、そんな私の様子を見て、泣き止むまで付き添ってくれたイージーゴアには申し訳ない事をしたと思う。

 …いや、ああ。その後ベルモントステークスでアイツに負けたから、やっぱりアイツは嫌いだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 そうしてゼロの領域にも目覚め、スージーの夢であるクラシック勝利も果たした私は、その後もGⅠレースを荒らしまわった。

 獲得した賞金で、修道院を建て直した。リズの夢であったそれも、私は成し遂げることが出来た。

 その年に、ベスの夢であった年度代表ウマ娘も獲得。同時に最優秀クラシックウマ娘も獲得し、W受賞という伝説を成した。

 受賞が決まった瞬間には、修道院のみんなも、私をいつも見守ってくれているみんなも、喜んでくれた。

 

 私の人生が、報われたと思った。

 亡くなってしまった彼女たちに、レクイエムを捧げられたと、そう感じた。

 

 

 その後もしばらくはレースに出ていたが、しかし私は少しずつ感じ始めていた。

 私は、これ以上速くならない。

 悔しいが、これ以上は骨格の限界だ。ピークを維持することは知識を蓄えた今の私なら問題ないが、しかしこの先のレースで、得られるものは少ない。

 ブリーダーズカップも走ったし、もう強く走りたいと希望するレースがなくなった。

 

 …走る事に、理由を求めるようになった。

 それは、現役として、退く時期だ。

 

 私は友達たちにも相談して同意を取り、そうしてレース界を引退した。

 名残惜しさもあったが、それでも私はまだやる事がある。

 

 それは、トレーナーになる事。

 トレーナーになって、神父様の教えを、後世に残すこと。

 立派な、世界一のトレーナーになる事。

 

 私に憑いている神父様は自分のやりたい仕事をしろ、と言ってくれたが、嘘偽りなく、これが私のしたい事なのだ。

 もう、トレーナーになる以外の将来は考えられないくらい。

 もちろん私も20になれば修道誓願をして、シスターとして過ごすこともできるのだろう。

 けれど。

 私は、レースを走って、勝って……そのうち、レース自体を楽しむ気持ちが、出来ていた。

 レースを走るウマ娘が、尊いものの様に思えた。

 そんなウマ娘達を助ける仕事に就きたい、という素直な気持ちを持った。

 

 選択に後悔はなかった。

 いい将来を選択した自信が、なぜかあった。

 私は勉強してトレーナー専門学校に入学し、問題なく資格を取得し、そうしてトレーナーになった。

 

 アメリカで最初に勤めた学園では、凄まじい才能を持つマジェスティックプリンスの所属するチームに入った。

 

 

 けど、そこではやはりと言うべきか、なかなかうまくは行かなくて。

 

 

 

 

 現役時代の、気性難という噂が、足を引っ張ってしまって……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 …ん。

 

 

 少しずつ、微睡が浅くなっていく。

 

 

 

 

 

 目覚めが、近いようだ。

 

 

 

 

 長い夢を見ていた。

 

 

 

 

 きっと、お酒を飲んだことと……他人に初めて、自分の過去を話したことで……こんな夢を、見たのだろう。

 

 

 

 

 

 

 …………ああ、でも。

 

 

 

 

 私が専門学校を卒業するときに書いた論文には、びっくりさせられた。

 

 

 

 

 

 三万文字を超えるDMがいきなり送られてきて………見てみたら、日本の、有名なトレーナーからで……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ……あれが、私の運命を変えていくことになる、なんて──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

80 地固め(雨)

【慣用句】雨降って地固まる
トラブルが発生したが、それが解決してしまうと、それが発生する前よりかえって良い状態になっていること。又は、往々にしてそういうものであるという達観。



なおタイキは120連でお迎えしました。
髪型(パイオツ)がね。よかったからね。髪型(パイオツ)が。



 

 

「「「────────すみませんでした!!」」」

 

 SSとの飲み会の翌日、俺は午後にチームハウスにきた愛バ達3人が、声をそろえて謝罪し頭を下げた光景を見て、鳩が豆鉄砲を食らったような顔を浮かべてしまった。

 ソファに座り、俺が持ってきた二日酔い対策のみそ汁入りの水筒を、味が気に入ったらしくぐびぐび飲んでいたSSは、それを見て小さくため息をついていた。

 

「…え?急にどうした?謝られる心当たりが全くないぞ?……フラッシュ、説明してくれるか?」

 

「…はい。実は……」

 

 俺は3人のなかで、恐らく一番冷静に事情を説明できるであろうフラッシュに確認を取り、彼女たちの謝罪の理由について聞いた。

 そうしてフラッシュが躊躇いがちに、しかしはっきりと伝えた内容を咀嚼する。

 

 話はこうだ。

 昨日、チームハウスを出た後に、SSを誘う俺の声が聞こえて、彼女たち3人もそれを聞いた。

 俺たちがどんな話をするのか興味があり、悪戯心で隠れてついていった。

 そのまま店にも入って、かつてのバイト先であったアイネスの伝手も使って、自分たちに壁越しの隣の個室に3人はいたらしい。

 そこで俺たちの話を盗み聞きしてしまい、そうして、彼女の過去の話を聞いてしまったというわけだ。

 

「……はぁ。別に気にしちゃいねェんだけどな、アタシは」

 

「え。SS、君は気付いてたのか?」

 

「当然だろ。アタシだってウマ娘だぞ?隣にいるのが分かってて、あの話をした。…ソイツらに責任はねぇよ」

 

「ですが…!あのお話は、あのような形で聞いてよいお話ではありませんでした!」

 

「私達も、あんな、悪戯心で聞いちゃって…本当に、申し訳なくなっちゃって…!」

 

「そもそも、隠れて付いていったのだってよくない事だったの。反省してるの…ごめんなさい」

 

 俺は4人がそれぞれ、自分の過失について述べていく姿を見て、恐ろしく心が痛んだ。

 フラッシュ達の話は分かった。

 確かに、こうして親密な関係となっている俺達とは言え、尾行して話を盗み聞きしよう、と言うのはよいことではない。

 そこはいかに彼女たちがお年頃のJKとはいえ、咎められる謂れはある。

 

 しかし、だ。

 そもそものところまで話を戻せば、この件は俺に全て責任がある。

 

「…3人とも、話は分かった。けど、まず言わせてほしい。……これは俺の責任だ」

 

「っ!トレーナーさんは、何も悪くは…!」

 

「違うんだよ。…俺がもっと気を配れていれば、起きない話だった。まず話の発端からして、そもそも()()()()()()()()()()()()()()()。別に、お酒がメインの席ってわけじゃないんだ、一緒に誘えばよかった」

 

 そう、まずもって俺が彼女たちも誘えばよかったのだ。

 これまでのループでは、担当ウマ娘は基本的に一人で、外食と言えばどこか食事をメインとするところに連れて行くのが基本だった。

 逆に、他のトレーナーやたづなさんなど、大人の誰かと呑みに行くときには、当然話の内容が酒やウマ娘の講評などになるため、担当ウマ娘は連れて行かなかった。

 その延長線上で、今回の飲み会を考えてしまったのだ。

 

 しかし、今回のSSとの飲み会は、チームの仲を深めるためのそれに尽きる。

 であれば食事会という形に切り替えて、みんなで食事に繰り出してそこで話を聞けばよかったんだ。

 そうなればゼロの領域のような深い話はできなかったかもしれないが、それはまた後で聞けば問題はない。

 俺は初めてのサブトレーナーがチームに入るという事態に視野が狭まってしまって、急いでSSの事を理解しようと焦った結果、担当ウマ娘の事を見てやれていなかったのだ。チームトレーナーとしての経験の浅さが出てしまった。

 

「そうだな…どう考えても俺が悪い。事の発端だって、君たちに秘密にしたいならきちんと帰してからSSを誘えば、君たちは俺の声が聞こえることもなかっただろうし。勿論そんなつもりはなくて、だったら君達も誘えばよかった。いわゆる他のチームトレーナーとの飲み会とか、それと同じノリにしちまった。悪い。謝るのは俺のほうだ」

 

「いいえ、それでも…それでも私達も決してよい行いをしたとは言えません」

 

「好奇心で黙ってついてっちゃって…隣の席にまで入って、盗み聞きしようとしてたんだもん」

 

「悪戯にしては度が過ぎてたの。お咎めなしとはいかないの」

 

 俺が彼女たちに頭を下げると、しかし彼女たちも譲らずに己の非を主張する。

 彼女たちは時々俺相手に掛かり気味になることもあるが、それは彼女たちの信頼の表れでもあると思っている。そして普段の彼女たちはとてもまじめなウマ娘で、だからこそ今回、SSの話を聞いてしまったことについて深く反省しているのだろう。

 どうしたものか、と俺が悩んでいると、しかしSSがそこに言葉を挟んできた。

 

「…なァ。アタシだってこいつらが聞いてることに気付いた上で話してんだ。んで、聞かれたことについちゃ気にしてねぇ…むしろ聞いてもらいたかった所もあるしよ。早い段階で知ってもらったんで気が楽になってるんだぜ?」

 

「SS…」

 

「誰にも悪意がなくて、んで結果的にいい方向に転がるような話だろ。スパッと切り替えようぜ」

 

 俺は彼女のその言葉を受けて、内容に深く頷いた。

 確かに今回の件、結果的に愛バ達は反省して謝罪もした。

 話を聞かれたSSも気にしておらず、むしろ過去を共有できたことには感謝しているという。

 俺だって、自分の至らなさを改めて自覚したうえで、今後に生かしていきたいと思っている。

 

「だ…な。うん、今回の話は、それぞれに過失があって、でも悪意はなかった。全員で反省しよう。それで終わりにします」

 

「…ですが…」

 

「頼むよ。ここで君たちを一方的に叱責できるほど、俺は人間が出来ちゃいないんだ。俺にも反省の機会を与えてほしい。…それに、俺は君たちのそういう悪戯も好きだったんだ。甘えてもらっているような感じがしてね。だから、今回の件でこれから変に委縮とかしないでほしいって言うのが俺の本心です」

 

「…うー。でも、トレーナーさんがそういうなら…」

 

「わかったの…」

 

「…ってか、マジで気にすんなよなお前ら。アタシの事理解してくれて、その上で頭まで下げてくれてんだからアタシとしちゃ有難いまであるんだぜ?この件で変な遠慮とかいらねェぞ。…聞いてくれてありがとな」

 

「サンデーさん…はい、わかりました。そう言っていただけましたら、そのように」

 

「盗み聞きしちゃった事は反省だけど…お話の内容を聞いて、ファル子、サンデーさんを応援したくなったの!これから頑張るからね!」

 

「サンデーチーフが立派なトレーナーになれるように、あたしたちも脚で応えるの!」

 

「嬉しいこと言ってくれるじゃねェか。頼むぜ、これからも」

 

 SSがソファから立ち上がり、愛バ達それぞれの頭をぽんぽんと撫でる。

 彼女は身長がチーム内で一番低いので、アイネスには背伸びをするような感じになってしまったが、しかしそれを受けて3人もようやく表情を緩ませてくれた。

 SSも、彼女なりに頑張ってウマ娘達とコミュニケーションを取ろうとしてくれている。

 であれば俺も、この件を後に引きずらない様に尽力すべきであろう。

 

「OK。それじゃ、それぞれ何かしら罰を受けてこの話はおしまい。…まず俺ですが、次にSSや誰かと食事に行くときには必ず君たちに事前に連絡を入れます。いっしょに行けるときは誘うし。秘密にはしない、それを誓う。その上で1か月チームハウスの掃除当番やります」

 

「トレーナーさん…」

 

「事前の連絡は…まぁ、その、ありがたいけど。掃除は大変じゃない?」

 

「トレーナーがさらに忙しくなっちゃったら本末転倒なの。手伝うの」

 

「ああ、手伝ってくれるのまでは断らないさ。SSにも教えながらってなるだろうしね。つまりはそれくらい軽めの課題を君達にも課すよって話。…とはいえ、急には思いつかないな…」

 

 指導者のけじめとして、まず自分の罰を設定する。その上で同じくらいの重さのそれを、彼女たちにも課そうと考えた。

 これまでにも何度か反省していたが、それでもなかなか治らなかった自分の悪癖。

 ウマ娘を相手にするときに、説明不足になる癖。

 これを少しずつ改善するために、まずは彼女たちとの報連相をもっとしっかり枠組みとして定めようと俺は考えた。

 

 まず今回の件で改めて実感した件、俺の行動を愛バ達が把握しきれていない事。

 これはよくない。俺がどこで何をしているのか、知らない部分が増えれば彼女たちも不安に思う所もあるだろうし、だからこそ今回の様についてきたりするわけだ。

 なので今後は、本当にプライベートな休みの日などを除いて、俺は彼女たちに俺の予定をしっかりとLANEで伝えることにした。

 俺がどこで何をしているのか把握していれば、彼女たちの不安も払拭されるはずだ。

 中々悪く無い塩梅に落とし込めたんじゃないだろうか。

 

 なお掃除当番については、これは我がチームのみの特有の問題と言える。

 他のチームでももちろんハウス内の掃除は必要だが、その頻度は多くても週に1回程度だろう。毎日隅々まで掃除をする必要はない。使う時間もそんなに長くはないのだから。

 しかしうちのチームにはオニャンコポンがいる。猫が歩き回ることで猫の毛は我が家と同じようにそこそこ落ちるし、トイレや猫草などの処理もある。

 そのため、他のチームよりも掃除の必要が増えており、それを俺を含めたローテーションを組んでやっていたというわけだ。

 

 今後はそのローテーションにSSも入ってもらうため、掃除の仕方やコツなども教えつつ…しかし今回の罰として俺が掃除を1か月担当することにした。

 練習前の午前中に終わらせればいい話でもあるので、大したことはない。チームハウスと言っても広くはないしな。

 

「SSは…そうだな、君が気付いていて、俺が気付いてなさそうなことがあったら遠慮なく言ってくれ。昨日は遠慮とかあったかもしれないが、このチーム内では不要だ。風通しよく発言しやすいチームにしよう」

 

「…OK。そもそもそんな遠慮する性格じゃねェし、そうさせてもらうわ。言い過ぎたら指摘してくれよ」

 

「ああ。……そして、3人には…そうだな…」

 

 SSについては特段の罰を与えるほどではない。そもそも彼女には非がないのだ。

 強いて言うなら、尾行に気付いていたことを言わなかったことのような、遠慮の部分だ。まだ勤務し始めたばかりだし緊張もあったと思うが、彼女だって俺たちチームの一員になるのだから、話す内容に遠慮が有ってはいけない。

 お互いに考えを述べやすい風通しの良いチームが理想である。

 彼女がこれから立派なトレーナーになるためにも、俺はそうして彼女に課題を出し、了承を得た。

 

 そうして問題の、愛バたちであるが。

 彼女たちへの課題は何にしようか。俺はかなり首をひねって悩む。

 自分に課題を出すのはウマ娘のためならばいくらでもできるのだが、俺はウマ娘に甘い。正直に言えばあまり酷な内容にはしたくない。するつもりもない。

 しかし何も出さないというのもよくない。彼女たちもお咎めなしでは納得しないだろう。お互いに罰を受けてこそ、雨降って地固まるというもの。

 

「…少し時間くれるか?君達も着替えがあるし、ちょっと外に出て君達への課題を考えてくるよ」

 

「はい。…そうですね、着替えなければ。今日も練習があるのですから」

 

「レース出走のプランを組んで、その後は器具トレーニングだったよね今日は」

 

「謝る事ばっかり考えて忘れてたの。急いで着替えるの!」

 

「あー、んじゃアタシも着替えっかァ。生徒用のとは違う黒いジャージ支給されてんだよなァ」

 

 3人ともまだ制服のままで、しかし俺の言葉にそうだと思いだしたようで慌ててロッカーに向かう。

 SSはウマ娘だしそのままここにいてもらおう。俺がいないところで改めて彼女たちだけで話したいこともあるだろうしな。

 3人とも昨日のSSの話を聞いて、彼女への応援と期待の気持ちを深めたようだ。よい関係を今後も築いていけることだろう。

 俺は彼女たちがより仲良くなってくれることを期待しつつ、チームハウスの扉に手をかけた。

 女性の着替えは時間がかかるものである。いつも通り10分くらい時間を潰して…ん。

 

 そういえばSSって着替えどうしてるんだ?

 俺はふと考える。いや、今日も彼女は黒のコートを羽織っており、彼女用のジャージもロッカーに準備されていると聞いて、それに着替えてもらうことになるわけだが。

 俺が気にしたのはそれでなくて、彼女の私的な服だ。昨日彼女の部屋を見た限りでは、まだろくに荷ほどきもできていない状況で…

 

 

 ────その時、ふと閃いた!このアイディアは、愛バへの課題に活かせるかもしれない!

 

 

「思いついた」

 

「え?」

 

「ん☆?」

 

「課題?」

 

「ああ。…みんなでSSの部屋を整理してあげてくれないか?まだ日本に来たばかりだし、荷解きもできてない状況なんだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()。今度の休みにでも、彼女の部屋に行ってみんなでSSが生活に困らない様に助けてやってくれ」

 

「はい!それでしたらぜひ………………は?」

 

「オッケー!……………ん☆?☆?☆?」

 

「はいなの!……………へぇ?ベッドしか???」

 

「…オイコラ、ちょっ…!?」

 

 皆から了承の声が返ってきたことに満足し、扉を後ろ手に閉めて俺はチームハウスを出た。

 

 うん。これはなかなか名案だったんじゃないだろうか。

 SSは、まぁあの部屋の状況を見ても、普段の様子を見ても、恐らく私生活にあまり力を入れないタイプだ。

 修道院で生活していたころは周りの目もありしっかりしていたと言っていたが、一人暮らしになったことでズボラな生活になるかもしれない。

 なのでまずは愛バ達を部屋に派遣して、みんなで荷解きしたり、ウマ娘として、女性として必要な物を買いそろえて…それでお店なども4人で一緒に回ってもらえれば解決だ。

 部屋の片づけなどはそこそこ重労働にもなるし、ウマ娘の力があれば家具を運ぶのも容易であろう。

 みんなでお手伝いをするから尊いんだ。絆が深まるんだ。

 

 なぜか扉の向こう、チームハウス内から急に謎の圧を感じるようになったが気のせいだろう。

 俺は自分の閃きに満足しながら、チームハウスから離れていった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 俺は校内をぶらぶらと歩いていた。

 途中でセイウンスカイと一緒に昼寝していたオニャンコポンを拾っていき、そうして肩に乗せて花壇でも見に行くかと足を向けたところで、見知った方々に出会った。

 チームスピカの、沖野先輩とヴィクトールピスト、そしてゴルシだ。

 

「お、立華君。お疲れ!どしたいこんな時間に。今日は練習じゃないのか?」

 

「いえ、練習はあるんですけどね。みんな着替え中なんでハウスから退散したところですよ。お疲れ様です、沖野先輩。ヴィックとゴルシもこんにちは」

 

「こんにちは、立華トレーナー。…着替える時に普通はトレーナーは席を外しますよね。普通は…」

 

「よーっす!聞いたぜー、新しいサブトレが入ったんだってなー?しかもとんでもねぇ大型新人!」

 

 俺はみんなに挨拶し、そうしてオニャンコポンをヴィックに渡してほわほわしてもらう。

 お互いに、お互いの情報を知っていた。聞きたいこともあり、軽くお話をさせてもらうこととした。

 

「ああ、SS…サンデーサイレンスが新しく配属になったよ。アメリカじゃ気性難なんて噂もあったけど、話してみたら全然、しっかりとした子だったからさ。学園内であったら仲良くしてやってくれ」

 

「ふふ…オニャンコポン可愛い。…昨日は、学園内ですごい噂になってましたよ。サンデーサイレンスさんの事」

 

「調べたらまぁとんでもねぇレジェンドウマ娘だったからよー。アタシも色々聞いてみてーことあるぜ…たこ焼きの好みの具材とかよ…!」

 

「全く、立華君のチームは本当に話題性に事欠かないな。レースで走った経験のある貴重なトレーナーだ、俺も後で挨拶させてもらうよ」

 

「お願いします。…しかし、話題性って意味ならそちらだって負けてないでしょう。聞きましたよ、ヴィックの次走。…ニエル賞から凱旋門だと」

 

 俺は我がチームの話題性に触れられて肩を竦めつつ、しかしお返しと言わんばかりに沖野先輩に言の葉を返した。

 昨日、チーム『スピカ』のウマッターで公表された、チームメンバーの次走。

 その中に、ヴィクトールピストが菊花賞へ出走せず、何と海外遠征、フランスへ行き…ニエル賞と凱旋門賞に挑むことが書かれていた。

 

「ああ、夏合宿前から決めててな。今週から早速飛んで、向こうの芝に慣れていくつもりだ」

 

「なるほど。…で、今日はその打合せといったところですか?」

 

「そーゆーこったー!向こうにゃアタシが基本的に付き添う予定だぜ!ゴルシちゃんサブトレ資格も持ってるからよー!」

 

「ゴルシ先輩がフランス語まで話せるのは驚きました。でも頼りになります…立華トレーナー、私は、貴方たちチーム『フェリス』に負けません。フラッシュ先輩の様に、アイネス先輩の様に…そして、アメリカで勝ったファルコン先輩の様に。私も、レースの頂へ挑戦します」

 

「…そうか。頑張ってな、心から応援してる。そしてフランスの、凱旋門のトロフィーを持った君と…うちの子達が、お互いのプライドをかけて最高の勝負を見せてくれるのを、楽しみにしてるぜ」

 

「はい!皆さんにも、よろしくお伝えください!」

 

 俺は凱旋門賞に挑むヴィクトールピストのその表情から、これまでにレースで見せたそれをさらに上回る灼熱の想いを持っていることを読み取った。

 熱い。どこまでも熱い、挑戦するという想い。

 これは、期待できる。間違いなくいい勝負になる。

 

「ああ、立華君…今週中どこかで時間取れるか?俺だってスズカの件もあるし海外は初めてじゃないが、君は直近で海外に行って結果を出してるからな。よければ遠征時の注意点とか気にしてたこととか聞ければと思うんだが…いいか?」

 

「当然OKですよ、遠慮しないでください先輩。俺たちがあの結果を残せたのは…先輩の、先輩から預かったスズカのおかげでもあるんですから。俺なりに気を遣ってた事とか海外ウマ娘の情報収集とか、いくらでも手伝います。明日の午前中とかどうです?」

 

「助かる!やっぱ最高の状態でレースに出走させてやりたいからな…明日の午前でOKだ、それじゃ頼む!後でまたLANEするよ」

 

「了解です」

 

 俺は沖野先輩の依頼に快諾する。

 当然だ。俺は少なくともこの世界線で、この先輩とスズカには頭が上がらない。彼らの尽力のおかげで砂の隼は世界に羽ばたけたのだ。

 同じ想いは東条先輩とタイキにももちろんあって、こちらにも夏にお礼をさせていただいていた。

 タイキが好むであろうバーベキュー大会を私費で合宿中の砂浜で開催したのだ。リギルとフェリス、他にもウマ娘が集まってだいぶ盛大なパーティーとなっていた。

 いつか沖野先輩にも、という想いはあったので、これくらいならお安い御用である。少しずつ借りを返していけるようにしよう。

 

「それじゃあ時間もいい感じなんで、俺はこれで…ヴィック、頑張ってな。ゴルシも。…行くよ、オニャンコポン」

 

「はい、ありがとうございます」

 

「おー!フェリスの奴らにもよろしくなぁ!」

 

「お疲れ、立華君」

 

 そうして俺は時間もいい感じに経過したため、それぞれに挨拶を交わし、オニャンコポンをヴィックから受け取ってチームハウスに戻るのだった。






以下、閑話。

────────────────
────────────────


「…サンデーさん?」

「昨日の夜、飲み会の後…どうなったの、かな?」

「いま私たちは冷静さを欠こうとしているの」

「何もしてねェって!マジで!」

 衝撃的な発言を立ち去る寸前に残した我らがトレーナーの、その内容が余りにも肉感的なものを含んでいたため、目の色が変わった掛かり気味のウマ娘3人に対してサンデーサイレンスは慌てて取り繕った。
 それぞれがジャージに着替えながらのそれなのでいささか緊張感に欠けるそれではあり、お互いの距離が昨日より幾分も縮まっているからこその問い詰めであることは間違いないのだが、サンデーサイレンスはこういう男絡みで問いただされるシチュエーションの経験に乏しく、3人娘から人生で初めて感じるタイプの圧を受けて戸惑っていた。

「違…違くてだな。そう、昨日はあの後随分タチバナと話が盛り上がってよォ…トレーニング理論とか、ああ、改めて話したらやっぱアタシの眼から見てもスゲーやつでよ…で、盛り上がりすぎてちっとアタシ飲みすぎちゃったんだよ…」

「ふむふむ」

「ほうほう」

「なのなの」

「で、恥ずかしい話なんだけどよ…肩貸してもらって、トレーナー寮まで送ってもらったのは覚えてんだが…その後寝ちまって記憶がねェ。朝起きたらベッドの上だったから多分部屋まで運んでくれて……いや待てって!そんな目で見るんじゃねぇ!そういうことは一切なかったから!朝起きてアタシも確認したから!」

「おっと失礼。殺気が漏れました。いえ、でもまぁお話を聞けば、成程といった具合ですね」

「お酒に付き合うのはまだ私たちできないもんね☆いいなー、ちょっと憧れちゃうシチュエーション…」

「あのトレーナー(クソボケ)が手を出すはずないし…それで、それじゃあサンデーチーフ、例の話の後はトレーナーと楽しく吞めたんだ?」

 サンデーサイレンスの語る話が若干怪しい方向に向かった段階でウサ美ちゃん目ェ怖ッな表情を浮かべた3人だが、しかし着地点を聞いて、かつサンデーサイレンスの初心な取り繕いを見た時点で「あ、何もされなかったな」と急速に理解を得る3人。
 同じウマ娘、女性として色んな感情(主に同情)を持ちつつも、しかし彼女たちがもう一つ懸念していた、あの話の後にちゃんと二人で楽しく呑めていたのか、という点については、サンデーサイレンスの前段の話から読み取れたため、それは安堵の部分だった。
 3人とも、既にサンデーサイレンスのことについてはチームの一員として受け入れている。修道誓願済のため恋のダービーの走者にもならないと聞いてもいたし、今の話の事を聞いて、二人が仲を深めることについてはむしろ喜ばしい事だった。

 だがそれは今のところである。

「ああ、やっぱアタシが見込んだトレーナーなだけあるわ。自分の事棚に上げて言うけどよ、あの若さだってのにトレーナーとしてとんでもねぇ知識量を蓄えてやがる。純粋にリスペクトだよ。アタシも話してて楽しかったな…ああいう男って、初めてだし……」

 ん?
 急に湿度が増してきたな?
 3人は訝しんだ。

「…あー、それに、アタシって結構外見にコンプレックス持っててよ…まぁアメリカじゃ気性難だとか言われてて、どちらかっつえばヒール側で…それなりに暴言吐かれたこともあって…でも、そんなアタシも褒めてくれたな、アイツ…」

 おっとぉ~…?
 事情が変わってきた。

「…男に面と向かって褒められるの、初めてだったからな…嬉しかった。…ああ、お前らが狂う気持ちもわかるってもんだ。あ、でも安心しろよ?前も行ったけど修道誓願してるのは間違いねぇしその気はねェ。…でも、ふふっ。涙、か…」

 照れる様子で何故か自分の髪、流星のあたりを撫でるサンデーサイレンス。
 その表情を見た彼女たち3人の想いは一つだった。

ちょろい女(クソザコ)…」

「昨日ファル子が注意喚起したばかりだよね?絆されるの早すぎない?」

「うちのトレーナーにウマ娘に対する適切な距離感を求めてはいけないの…一気に距離詰めてくるから。ソーシャルディスタンスがなってねぇの」

「やかまし!いいだろ別に、ちょっとくらいときめいたって!こちとら青春をトレーニングにしか費やさなかった喪女だぞコラ!」

「喪女って☆」

「どこでそんな日本語を覚えてきたんですか…?」

「オベにずっとそう呼ばれてた。…ん?あれ?これもしかして悪い意味合いの言葉か?」

「オベさんちょっとお茶目が過ぎるの…後でサンデーチーフに蹴られても知らないの…」

「オイ待てェ。アイツ『淑女って意味の日本語だよ』って言ってたけど違うのかこれ!?」

 いつもの3人に、一人が追加されただけで随分と(かしま)しくなるものだ。
 着替えに普段の倍くらいの時間を費やしながら、彼女たちチーム『フェリス』のウマ娘はコミュニケーションを深めたのだった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

81 秋のGⅠ戦線 前編

 

 

 

「すまん、沖野先輩と話し込んじまって少し時間取りすぎちまった……って何!?急に何!?痛い痛い痛い!!」

 

「えいえい」

 

「しゃいしゃい☆」

 

「おらおらー」

 

「反省しろこの野郎」

 

 俺はチームハウスに戻り、予定よりもちょっと時間を取ったことを謝りつつ部屋を開けると、なぜか4人からアイアンテール*1を受けてぼうぎょが下がった。

 しかしその4人の気安い様子に、どうやらうちのチームメンバーは随分とアイスブレーキングが出来たらしいことを悟った。

 よかったよかった。雨降って地固まるってやつだな。

 これからも4人がお互いに遠慮せず、意見を言い合えるような関係になってほしいものだ。

 なぜか全員から本当にもうこのクソボケは…みたいな諦観にも近い表情で見られているのは一先ず置いておこう。

 

 そうして落ち着いたころ。

 俺はソファに座る3人の前で、ホワイトボードを準備し、タブレットを起動しながら今日のミーティングを始める。

 

「さて、それじゃミーティングを始めますか。今年のこれからのみんなの出走プランを組んでいこう」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「夏合宿の成果を見せつけてやるー☆」

 

「勝ちきれるように頑張るの!」

 

「アタシも試験勉強で日本のレースは覚えてきたけどよ、改めて聞かせてもらうぜ」

 

 いつもの様に今後のレース一覧を表示させつつ、俺はみんなの言葉に頷く。

 クラシック前半をそれぞれ素晴らしい成績で走り抜けた。この勢いを後半でも見せつけていきたいところだ。

 

「そうだな、まずは挑むGⅠレースを決定していって、その後にそれ以外で出走するレースをどうするか決めていく感じで行こう。じゃあいつもの順番で…まずフラッシュ」

 

「はい。…とはいえ、私は目標レースは変わりませんね。以前言った通り…」

 

「だな。君が目指すは菊花賞、クラシック3冠ウマ娘だ。10月の後半、秋華賞の翌週、天皇賞秋の前週に開催される…長距離3000mのGⅠに出走する」

 

 俺はフラッシュの出走予定、そこにまず大きく『菊花賞』と書き込む。

 これは間違いなくさけることのできない目標レースだ。

 ここまで2冠、それもチームメンバーと鎬を削りあっての2冠だ。

 彼女にとって、それが意味するところは余りにも大きい。

 

「はい。…ファルコンさんと、アイネスさんの想いを私は受け継いで、そうして菊花賞へ挑みます。お二人のためにも、必ず、誇りある勝利を…!」

 

「フラッシュさん…うん!私たちの分まで、頑張ってね!」

 

「信じてるの!負けたら許さないんだからね!」

 

「はい、頑張ります!」

 

 凄まじい熱を、モチベーションをフラッシュから感じる。

 ライバルの内の一人、ヴィクトールピストは凱旋門に挑むため、恐らく今回強敵になるのはメジロライアンだ。

 彼女はこの世界線のレースの歴史で初めて、クラシック期に宝塚記念に勝利するという偉業を成し遂げた。領域にも目覚めており、一切の油断が出来ない相手だ。長距離の適正については100%ではない…などという甘えは捨てたほうがいいだろう。

 もちろん、他のウマ娘に対しても油断できない。特に菊花賞は長距離となるため、スタミナの伸び次第でスピードが足りないウマ娘でも上位に食い込んでくることもある。

 

 しかし、俺が鍛えたエイシンフラッシュは、スタミナもスピードも、それぞれ夏合宿で十分に鍛え上げている。

 最も強いウマ娘が勝つと言われる菊花賞。その冠を勝ち取るための積み上げはしてきたつもりだ。

 

「気合十分、って感じだな。よし、それじゃ菊の後は以前も話した通り、有マ記念は確定として…ジャパンカップは脚の調子を見るよ」

 

「はい。…とはいえ、ジャパンカップにも挑みたいという気持ちはありますね。なにせ、アメリカからリベンジに来る方がいらっしゃいますから」

 

「あはは…マジェスティックプリンスちゃんだね。ごめんね、ファル子がライブで英語知らずに答えちゃったから…」

 

「フェリスから誰かはお迎えに行かなきゃならないの。あたしでもいいけどね」

 

「あー、プリンスか。あいつ芝も走れるから強敵になるだろうなァ…アタシがここにいること、アイツも知ってるからな。余計ライバル心持ってくるかもしれねーぞ」

 

「SSは元々チームのサブトレーナーだったもんな。…あれとまたやるのは若干気が重いなぁ」

 

 フラッシュの話から、ジャパンカップの話が少し広がった。

 今年、ジャパンカップに挑みに来るというマジェスティックプリンス。

 元はSSが所属していたチームのウマ娘であり、ベルモントステークスで一度は破った相手であるものの…あのウマ娘の脅威度は一切変わらない。

 大逃げを打てたファル子の、そうしてゼロの領域による奇跡も加わって大差と言う決着になったが、あれは相性と言う意味でも奇跡の嚙み合いが起きたが故の結果だ。

 フラッシュやアイネスが挑むとなれば、領域…そして、走り自体もさらに仕上げてくるであろう彼女に対して、改めて対策を考えなければいけないだろう。

 まったく恐ろしいウマ娘である。

 

「ま、それは出走が決まってから考えるとして…じゃあフラッシュ、君の挑むGⅠについてはこれでいいけど、そうなると菊花賞まで…どうする?どれかレースに出るかい?」

 

 俺は9月に開催される重賞レースの一覧を見せて、フラッシュに確認する。

 流石に今の段階でOPに出走することは意味が少ないこともあって重賞に限定して表示した。10月のレースも選択肢になくはないが、脚の負担を考えると出るのは9月のレースの方が好ましい。

 この後他の二人にも見せるため、俺は一旦重賞レースについてホワイトボードに書き出した。

 

 

 まず短距離。

 9月前半、GⅡセントウルステークス1200m。

 9月後半にGⅠスプリンターズステークスもあるが一先ずは除外する。

 

 次にマイル。

 9月前半、GⅡローズステークス1800m。

 9月前半、GⅢ京成杯オータムハンデキャップ1600m。

 マイル戦は10月前半にも毎日王冠と府中ウマ娘ステークスがあるが、これは流石に秋華賞や菊花賞に向けては間隔が短すぎる。天皇賞秋やエリザベス女王杯を狙うウマ娘向けのレースだ。

 

 そして中距離以上。

 9月前半、GⅢ新潟記念2000m。

 9月前半、GⅢ紫苑ステークス2000m。

 9月後半、GⅡ神戸新聞杯2400m。

 9月後半、GⅡオールカマー2200m。

 9月後半、GⅡセントライト記念2200m。

 

 最後にダート。

 9月後半、GⅢシリウスステークス2000m。

 あとはOP以下のレースとなり、11月前半にJBCが待っている。

 

 

 さて、この中からフラッシュには菊花賞前に挑むレースを選んでもらう必要がある。

 もしくは出ないという選択肢ももちろんありだ。

 出走するならレース勘を取り戻せて、勝てば勢いをつけることもできる。

 出走しないなら脚を溜めてさらに練習を積み、実力をつける期間に充てられる。

 

 そうして選択肢を示し、フラッシュの出した答えは。

 

「……神戸新聞杯へ。出走したいと思います」

 

「ん、OK。菊花賞のトライアルだしな…一応、出走する理由とかは聞いてもいいかい?」

 

「距離が一番長いですから。2400m、己のスタミナを確かめるには最適かと」

 

「OK。確かに、君の距離レンジはおおよそこの距離が最適だからな。判った、前哨戦としてまた閃光を放ってこようか」

 

「はい。勿論、トライアルとはいえ油断はしません。誇りある勝利を」

 

 フラッシュの言葉に俺も頷いて、彼女の出走レースを決定した。

 神戸新聞杯、2400mのレースであるそれは菊花賞のトライアルとなっている。距離も長く、そこそこ負担もあるが、菊花賞に挑むまでに十分な間隔を空けている。脚のダメージは俺とSSでケアすれば問題ない。

 

 決まった。

 フラッシュは、まず神戸新聞杯、そうして菊花賞へ挑み…その後の脚の状況を見てジャパンカップに出るかどうかを決めて、最後に有マ記念だ。

 

「よし、フラッシュのレースはこんなところだな。では次…ファルコン、決めようか」

 

「うん!」

 

 フラッシュの予定を決定稿として仕上げて、そうして次に俺はファルコンの出走レースを決めていくことにした。

 とはいえ、彼女の言いそうなことは察していた。

 ゼロの領域に至り、本能が高まっている彼女が言いそうなことは。

 

「これからの全部のダートレースに出たい☆!全部勝つの☆!」

 

「却下ァ!」

 

「ファルコンさん、流石にそれは無茶です」

 

「脚が治ったからって調子に乗ったらダメなの!」

 

「あー……気持ちがわからなくもねェが。やめとけ、きちんと勝てるスパンでレースを選べるのも強いウマ娘の条件だぞ」

 

 予想通りの答えが返ってきて俺は即却下した。

 周りからも厳しくツッコまれてしまい、へへぇ…と苦笑を零すファルコン。

 まぁ半分以上は冗談だろうが、しかし本気の色もわずかに含まれていたのを俺は見落とさなかった。

 本能に、魂に引っ張られすぎである。

 駄目です。

 

「えへへ、まぁそれは冗談として…そうだね、まずこれからのダートGⅠには全部出たいな!JBCも…」

 

「ああ、それは俺も考えてたし、問題ない。少しずつ詰めていこう…まず、ジャパンカップはどうする?」

 

「うぇー……うーん……☆」

 

 改めて話を戻して彼女の希望を確認したところ、まずは出られる中央のダートGⅠにはすべて出たいという話。

 これ自体は俺も以前から考えていた。

 彼女が出られる中央のGⅠは3つ。

 

 11月前半のJBCの中の一つのレース。

 12月前半のチャンピオンズカップ。

 そして12月末の東京大賞典だ。

 

 これはそれぞれそこまで間隔が詰まっているわけでもなく、また距離も最長で2000mと長くはない。

 2400mを既にアメリカで駆け抜けて、あの限界を超えた走りでも壊れなかったその豪脚である。ケア自体は全く問題ないだろう。

 

 しかし、このプランでの出走を考えると懸念点もいくつか出てくる。

 そのうちまず一つ目、ジャパンカップの件だ。

 

「…一応言っておくが、JBCに出走したうえでジャパンカップにも出て、そしてチャンピオンズカップに出る、なんてプランは駄目だからな。ジャパンカップとチャンピオンズカップ、どちらか一つだけにしてほしい。中一週も空いてないからそもそも登録すらできないし」

 

「わかってるー☆うーん、マジェスティックプリンスちゃんの気持ちも汲んであげたいんだけど…ファル子、やっぱりダートを走りたいなぁ」

 

「そっか。ならそれでいいんじゃないか?別に、絶対にジャパンカップに出なきゃいけないなんてこともないんだし」

 

「プリンスのほうが本気でファルコンと決着つけてェってんなら日本のダートに向こうがくりゃいいんだ。気にする必要はねェよ」

 

 そのファルコンの想いに、俺とSSがそれぞれ肯定の意を返す。

 確かにマジェスティックプリンスはあの場で宣言した通り、ジャパンカップへの出走を予定している。しかし結局のところ、ウマ娘は出たいレースに出るのが一番だ。

 ライバルであることは間違いないにせよ、ダートを求める想いが高まったファルコンが彼女との再戦よりもダートでの勝利を求めるのであれば、そちらに出るのが健全というものだ。

 それに、俺はアメリカでベルモントステークスの翌日に記者たちに囲まれたときに、ファルコンのジャパンカップについてきちんと記者たちに話している。ライブの発言は彼女が英語をよくわからず回答したもので、出走は未定であると伝え、その後ちゃんとそれを記事にしてくれているのも見た。大きな問題は起きないだろう。

 

「おっけ、それじゃとりあえずダートGⅠに出走は確定として…それじゃ次は、JBCの出走レースだな。どれに出る?」

 

「うぅーーん……それもすっごい悩むんだよねぇ…☆!」

 

「ファルコンさんは短距離もマイルも中距離も走れますからね…」

 

「なの、あたしと同じなの。どこに出てもシニア級のウマ娘とぶつかることになるだろうけど…」

 

 次に決める内容として、ファルコンがJBC、そのどれに出走するかという問題だ。

 レース好きならご存じの通り、JBC…ダートのGⅠレースであるそれだが、同一日に3つのGⅠレースが開催される。

 他にもダートジュニアクラシックなども当日に開かれるのだが、GⅠでシニア級も含むレースはこの3つとなる。

 であれば、当然すべてのレースに出走することなどできず、どれか一つを選んで出走することになる。

 

 短距離1400mのJBCスプリント。

 マイル1800mのJBCレディスクラシック。

 中距離2000mのJBCクラシック。

 

 このどれかから、出走するレースを選ばなければならない。

 

「短距離はたぶん…ミニー先輩やルディ先輩が来るよねぇ…☆!」

 

「ああ、その二人は短距離マイルが主戦場だからどっちかでくるだろうな」

 

「中距離だとすればノルン先輩やマーチ先輩が来そうだよねぇ…☆!」

 

「あの二人は中距離も走れるしな。ハルウララもジャパンダートダービーで勝ったわけだからあるかも…とはいえウララは短距離マイルのほうが得意なのは間違いないが」

 

「うわーん悩むぅ…!みんなと戦いたーい!!全員マイルに集まってくれないかなぁ!?」

 

「それはその後のチャンピオンズカップでやるだろ。…一番出たいレースでいいんじゃないか。事前に相談して出走レースを決めるわけにもいかないしな」

 

「そうだねー…☆それじゃ、JBCレディスクラシックで。マイルに出たいな」

 

 彼女らしい、カサマツのダート組という強敵とむしろ戦いたいという戦意を見せて悩んでいたが、これは流石に他のチームと事前に打ち合わせて決めることもできない。

 ライバルの出走レースが決まって、後からファルコンが合わせに行くという手段も取れなくはないが、しかしそれはJBCではあまり好ましい話ではない。

 もちろんライバルと戦いたい、争いたいという気持ちは大切なものであるが、そもそもその後のチャンピオンズカップで間違いなく戦う事になるのだ。その前にわざわざレースを合わせに行く必要はない。

 それよりも、彼女が出走したい距離のレースに出ることの方が大切だ。

 

 そうして彼女の求めたレースはマイル戦。JBCレディスクラシックだ。

 

「OK、出走は全く問題ない。…マイルを選んだ理由は?」

 

「うーん、ファル子、最近中距離以上のレースばっかり出てたじゃない?2000m以上の距離に脚が慣れてる…って自分でも思うんだけど、逆にマイルで走ったときに余力を残しちゃわない様にしたいなって。チャンピオンズカップもその後にあることだし…マイル戦に備えておきたいの」

 

「…いい考えだ。実はファル子が悩んでいるようだったら俺から提案しようかと思っていた案そのものだ。自分でその事に気づいたのは偉い。よし、決まりだな」

 

「うん!」

 

 彼女がそれを選んだ理由を聞いて、俺は深く納得の意を示した。

 まさしく俺が考えていたことだ。今後日本のダートGⅠを走っていくファルコンにとって、そのメインの距離はマイルと中距離になる。

 中距離についてはベルモントステークスの時に仕上げ切ったものがあるので、マイルの距離でも全力で走れるようにこれから調整をしていく必要があると俺は考えていた。

 そうしてファルコンも同じ想いを抱えていたようで、お互いに以心伝心、レースに対しての想いが一致している。

 

「じゃあ11月からそれらのレースに出走するとして…それまではどうする?重賞ならシリウスステークスだが…」

 

「勿論出るー!中距離だけど、それこそ私の得意距離だもんね!レコードぶち抜くつもりで行きます!」

 

「はは、いい気合だ。オッケ、それじゃシリウスステークスに出走と…他はどうする?OPになるが…」

 

「……えーっとね。今のファル子がOP戦に出るとしてだよ?」

 

「ああ」

 

「出走回避、出ちゃわないかな…?重賞ならともかく、OPだと…」

 

「…まぁ、その危惧はあるな。かつてマルゼンスキーがそうだったように…君も今や世界レコードを持つ超実力派のウマ娘だ。OP戦レベルだとそれが起きる可能性は高い」

 

「だよね…うん、ファル子、砂のレースで勝ちきりたいのは間違いないけど……そこまでは、いいかな」

 

「…そっか。君がそういうなら、俺はそれを尊重しよう。じゃあそれで時間が空いた分、更に脚を鍛え上げてやろうぜ」

 

「うん!!」

 

 まず彼女はシリウスステークスへの出走を希望した。

 それは勿論問題ない。距離も全く心配のない2000mだ。彼女のトレーナーである俺がこういうのもなんだが、負けるイメージが浮かばない。何の心配もないだろう。

 しかしてその先、OP戦はどうするか…と問いかけたところ、彼女はそこに懸念を持っていた。

 それは出走回避が出る可能性である。

 

 確かに、今の彼女は同世代、いやシニア級も含めてダートを走れるウマ娘の中でも結果が示す実力が一段と頭抜けている。

 強いのだ。さらに作戦を逃げとしていることもあり、生半可な実力では太刀打ちできない。

 そんな彼女がOP戦、一般的にまだ未勝利戦を突破してきたくらいのウマ娘達が出走するようなレースに出るとなれば、出走回避が出てくることが予想されるであろう。

 レース自体が成り立たない、そんな可能性すらある。

 かつてマルゼンスキーを担当していた3年間で、俺が何度も味わった歯がゆい感覚。また、同時にライバルとなり得るウマ娘がいないんじゃないか?という不安。

 それを、ファルコンには味わってほしくない。

 OP戦に出走しないことを選んだ彼女の判断に、俺も心から同意した。

 

 しかし、ファルコンがマルゼンの時と同じようにライバル不在になるかと言われればそれは違うと自信を持って言える。

 まずカサマツのダート組。彼女たちはライバルが強ければ強いほど燃え上がる熱い心を持っている。

 北原先輩に話を聞いたところ、ベルモントステークスのファルコンを見てからというもの全員がさらに練習に磨きをかけて、夏合宿中に全員自己ベストのタイムを更新したとの話だ。

 彼女たちが間違いなく、ライバルとなってファルコンの前に立ちふさがるであろう。

 

 また、ハルウララだって、この世界線じゃ油断ならないほどに仕上がっている。

 初咲トレーナーの仕上げた彼女が、どれほどの強さとなって…どれほどの想いを持って俺たちに挑んでくるのか、楽しみだ。

 

 もちろん、それぞれに勝ちを譲るつもりは一切ない。

 俺は砂の隼がこの日本のダートに伝説を刻む、そのために全力を費やすのみだ。

 

「じゃあファルコンのレースもこんなところだな。日本のダートGⅠがようやく増えてきたところだ。自由に砂の空を舞おう、ファルコン」

 

「うん!ファル子、頑張る☆!」

 

 ホワイトボードに彼女の出走プランも書き終えて、これで二人のプランニングが終了した。

 あとはアイネスのみである。

 

 

*1
尻尾でめちゃくちゃぺしぺしされること






余談
20話刻みで駄文という名の活動報告上げてたりします。




以下、感想欄で生まれた閑話。


────────────────
────────────────

 9月の初週、その週末の土曜日の午前中。
 トレーナー寮の一室にて、4人のウマ娘が集まっていた。

「サンデーさん。……これでどうやって今週生きてたんですか?」

「そこまで言うかお前」

「いや、これはファル子も言いたくなるなー☆すごい、脱いだものがそのまま床に置いてある…」

「別にいいだろ…週末にまとめて洗うつもりだったし…」

「…もしかしてシャツと下着毎日買ってたの?ビニール袋の中に開けたゴミがあるの…」

「アメリカからそんなに服持ってきてねェんだよ。向こうじゃ殆ど修道服着て過ごしてたし。近くのウマ娘用の店にサイズが合うブラがあったから助かったぜ」

 チームフェリスの3人が、立華の言いつけ通り、サンデーサイレンスの部屋を整えようと集まっていた。
 そうして一言目にこれである。
 サンデーサイレンスは余りにも生活力に乏しかった。

 彼女は修道院育ちだ。
 修道院には勿論、それなりに規律があり、マザーシスターに厳しく指導はされていたため、生活のルールは守れていた。
 だがあくまでそれは集団による生活である。
 一人暮らしをするのは初めてであって、それも異国の地だ。
 何を準備して、何を買い揃え、どう生活するか。全く理解していなかった。
 とりあえずシャワーは毎日浴びて、タオルと下着とシャツだけは買い揃え、1週間新しいものを買っては脱ぎ散らかして…を繰り返すというズボラさを見せていた。

「…とりあえず片付けから始めましょうか。念のため掃除道具を持ってきておいてよかったです」

「この後買い出しするものもメモっておかないとね…☆掃除用具、お洋服、調理用具…」

「んー、サンデーチーフって料理できるの?っていうか今日まで夕飯どうしてたの?」

「料理くらいはできらァ。…あー、夕飯はコンビニで済ましてた。近くにいくらでもコンビニあるのすげェよなぁニッポンは」

 そうしてウマ娘達による掃除が始まった。
 とはいえ、そこは力自慢のウマ娘達だ。
 特に、文字通り掃除のプロであるアイネスフウジンが今回は参加している。彼女の指示でてきぱきとみんなで掃除を進めながら、段ボールを開封する作業も同時に進行する。
 しかし荷物の、段ボールの数があまりに少ない。女性なのにこの数の少なさは不安になるところだ。

「私が日本に来た時でも、もっと荷物はあったものですが…サンデーさん、成人されたウマ娘がこの荷物で本当によく、やってきましたね…?」

「……え、ちょっと待って☆お風呂に石鹸しかないんだけど?シャンプーは?コンディショナーは?」

「あー?んなモン使ったことねェよ。修道院は貧乏だったから、石鹸しかなかったんだよ。そこにある石鹸は修道院のシスターの手作りな」

「え!?それでその髪ツヤなの!?……ええ!?!?」

「ちょっと詳しく聞いていいですか!?」

「アメリカから石鹸輸送とかできたりしない☆!?」

「あー?作り方はアタシも覚えてっから輸送する必要ねェよな?今度作ってやるよ。髪痛まなくていいぜ」

 驚愕の真実が明かされた。
 何と、マンハッタンカフェの髪ツヤにも劣らない…いや、むしろそのままCMに出られそうなほどの美しいサンデーサイレンスの黒鹿毛は、シャンプーもコンディショナーも使わない、石鹸一つで生み出されたものだというのだ。
 嘘でしょ。
 そんな感想を3人は持ち、そして後で彼女たちもSS特製石鹸愛好家になるのだがそれは実にどうでもいい話。
 なおその石鹸をクソボケの家に持ち運んだらオニャンコポンも気に入ってとうとうクソボケもそれを愛用するようになるのだがそれも本当にどうでもいい話。

 さて。
 そうしてまず部屋を整える作業に入った彼女たちの内、エイシンフラッシュが新たに段ボールを空けて…そして、その中に入っていたものを見て、息を呑んだ。
 悪い意味でのそれではない。
 そこにあったものは、きっと、サンデーサイレンスにとって、とても大切な物だから。

「………修道服……いえ、勝負服ですね……」

「…ん、あー。その中に入ってたかよ。おー、懐かしいな」

「…これ、サンデーさんの現役時代の勝負服、だよね?」

「レース映像で見たの。……すごいね、年季が入ってる…ロングスカート部分の解れがかなりパンクでかっけぇの」

「無茶な走りばっかしてたからなァ。修道院に置いてきてもよかったんだけど、シスター達に持ってけって言われちまってな。使う事、もうねぇってのに」

 エイシンフラッシュの手からサンデーサイレンスがその服を受け取り、己の体に当てる。
 その勝負服は、当然走るための服であり、生地も作りもしっかりとしたものであったが…しかし、そのところどころに解れが見えていた。
 特にスカート部分が激しい。足首付近まで覆っていたであろうその黒の布地は、彼女の激しい走りの中で破れ、解れ、パンクなファッション風味を見せていた。
 何と表現するべきだろうか…歴戦のそれを思わせる、勝負服。

「…クリーニングに出しましょう、サンデーさん。勝負服専門のお店もありますから」

「あァ?…いや、別にしまいっぱなしだって困らねェと思うんだがよ」

「ダメだよ、その勝負服でアメリカで頑張ってたんでしょ☆?大切にしなきゃ!」

「そうなの!それに、それ着て走ることだってあるかもしれないの!ってか寧ろあたしたちとそれで走ってほしいの!」

「アホ、そこまで目立つつもりはねェよ……けど、ま、そうだな。久しぶりに手入れしてやるか」

 教え子たちにそこまで言われてしまえば、サンデーサイレンスも強く断る理由もない。
 勝負服を大切に折りたたみ、この後それをクリーニングに持って行くことにした。

「…私達の勝負服も、これほど使い込まれるくらい。一杯GⅠに出て、全力で走りたいですね」

「ねー。やっぱり歴戦の人の勝負服って、よく見るとそういう、勝負の痕跡みたいなのが残ってて…カッコいいよねぇ」

「なのなの。サンデーチーフに負けないくらいあたしたちも頑張るの!」

「…はは。お前ら、しっかりアタシを越えろよ。GⅠ6勝は少なくとも超えてけ。教え子ってのは指導者を越えてこそなんだからよ」

「ふふ…では、会長に並ぶのが私達の目標ですね?」

「うわー、高い目標☆!でも、ダートGⅠの数なら絶対超えるもん!」

「うん、どうせ持つなら目標はでっかく大きく、ってね!!そのためにも、一杯教えてね、サンデーチーフ!」

 掃除の手を止めてしまってはいるが、楽しそうにウマ娘達が話す。
 チームとしての絆は、こうして、また一つ強くなっていった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

82 秋のGⅠ戦線 後編

 

 

 

「さて、最後にアイネスだな。前も言ったが、君は走れるレースが多い。フラッシュと出走レースが被っても全く気にしなくていいからな」

 

「はいなの。でも…そうね、とりあえず直近のGⅠは秋華賞で。ササちゃんとイルイルと走りたい…お尻ひっぱたかれた借りも返さないとね」

 

「ああ…アメリカから帰ってきた頃に、カフェテリアで思いっきりひっぱたかれてましたねアイネスさん…」

 

「いい音してたね☆」

 

 俺はアイネスに出たいレースを確認した。

 彼女はマイルから中距離を得意としている。

 また、ジュニア期に俺が仕上げたことで短距離も十分に走れる脚を持っている。

 練習で走らせたところ、長距離も決して苦手というわけでもなさそうだ。それ専用に仕上げれば、2500m以上のレースでも好走を見せるだろう。

 つまりは、芝のレース全てに出られるポテンシャルを秘めているのだ。

 

 そんな彼女が選んだ答えは、やはりというべきか秋華賞への出走だった。

 彼女のライバルと言えるサクラノササヤキとマイルイルネル…ティアラ路線を走る2人から以前に宣戦布告を受けていたこともあり、そこでの決着を求めたようだ。

 それに反対するつもりはない。しかし俺は彼女の話の中の、「直近のGⅠ」という表現に僅かに疑問を持った。

 

「秋華賞出走は問題ないが…アイネス、一応確認しておきたい。君は芝の短距離も走れる脚を持っている…スプリンターズステークスだって、出ようと思えば出られるぞ?」

 

「あー……そうね、考えなかったわけじゃないんだけど…」

 

 俺は彼女が口にしなかったレース、9月後半に開催される短距離GⅠのスプリンターズステークスを挙げる。

 時期的にも出走は問題ない。秋華賞の前に出たいと言われれば問題なく俺は送り出すつもりであった。

 しかし彼女は彼女なりの考えをもって俺に答えを返してきた。

 

「短距離の後に中距離ってなると走りのペースとかが崩れちゃいそうだし、9月にはどこかの重賞でしっかり脚を整えて…できれば領域(ゾーン)も取り戻してから挑みたいの。慣れてる距離で走りたい」

 

「ま、確かに実戦で鍛えられるものは多いしな。特に反対はないよ。じゃあまず秋華賞で行くとして…」

 

 アイネスのその理由はとても妥当なものだ。2000mのGⅠに挑むために中距離レースで改めて自分の走りを確かめ、レース勘を取り戻したいというそれ。

 元々その予定でもあったし、俺は特に反対することなく話を続けた。

 

「…先に、9月に走るレースを決めようか。重賞レースはホワイトボードに書いた通りだが、どれに挑む?」

 

「秋華賞と同じ2000mがいいよね…GⅡは全部2200m以上だから、GⅢだけど9月前半の紫苑ステークスに出たいの。そこで落ち着いて自分の脚を確かめたい、かな」

 

「GⅡなら1800mのローズステークスもあるぞ?2000mに近い距離だし、そこまで差があるわけではないが…」

 

「んーん、出走するレースのグレード自体はあまり気にしないの!OPだとファル子ちゃんと同じ理由で流石にアレだけど、GⅢ以上なら選り好み無し!距離で決めるの!」

 

「そっか。アイネスがそう言うなら、それにしよう。じゃあ早速再来週に紫苑ステークス、その後秋華賞ってのがまず直近の予定だな」

 

 俺はホワイトボードにそれを記載しながら、続いてその後のレースについて話を伸ばす。

 

「さて、それじゃ秋華賞の後の出走レースだ。出られるGⅠとしては、エリザベス女王杯、マイルCS、ジャパンカップ…そして有マ記念、ってところだな。前の3つからは1つだけ選んでもらうことにはなるが」

 

「なの。…うーん、有マ記念はやっぱり出たいからそこは決まりとして。どうしようかなぁ、その3つ。悩むのー…!」

 

「どの距離も走れるのは羨ましいですが、選択で悩むのはそういった方々のあるあるですね」

 

「ねー、オグリ先輩やマルゼンさん、ミークちゃんとかも悩んだーって言ってたね☆」

 

 以前、年明けに1年のレースプランの大まかな話をしたときにも、アイネスはこの秋のGⅠ戦線の出走レースで悩んでいた。

 有マ記念は年末なので出走間隔も十分とれるため問題なく確定として、この秋GⅠの3つ、それぞれが栄誉あるレースである上にスパンが短い。

 どれもシニア級になっても走れるレースではあるものの、今年の出走レースとしてはどれか一つだけを選ぶ必要があった。

 

「エリザベス女王杯はティアラ路線と言っても過言じゃないからな…多分だけどサクラノササヤキとマイルイルネルはここに来るだろうな。マイルCSはシニア級のマイラーが集う激戦区だ。ウオッカやスカーレット、他にもマイルを得意とするウマ娘が集まってくるだろう。ジャパンカップは言わずもがな…マジェスティックプリンスが来るし、2400mを得意とするウマ娘が集まるな。フラッシュもそうだし。…どこに行っても熾烈なレースになるのは間違いないだろう」

 

「うーーーーーーん……とりあえず、さ。フラッシュちゃんの脚次第だけど、フラッシュちゃんがジャパンカップに出られるようだったら、わざわざカチ併せに行くことはないかなって」

 

「ん、そうか?…ダービーの時だって言ったが、遠慮しなくていいんだぞ?」

 

「そうですよ、アイネスさん。また2400mで競い合えるのであれば私だって望むところです」

 

「やー、遠慮とかじゃないの!ダービーの時はどうしても()()()()()()()()()()()()…って気持ちがあったから私もわがまま言ったけどさ、今回はどのレースもそれぞれ同じくらい出たい、って感じだし。シニア級だから来年また挑んだっていいしね。そこまでジャパンカップにこだわりはないの!それに、フラッシュちゃんとは有マ記念でまた走れるしね」

 

 それぞれのレースに出走しそうなウマ娘を挙げてアイネスの判断の材料にしたところ、アイネスはジャパンカップへの出走については強く考えていないことを述べた。

 フラッシュの言う通り、アイネス自身が望むのであればジャパンカップに二人送り込むのもやぶさかではなかったが…彼女自身に強い出走の希望がないとなれば、そこに俺から出走を強要する理由はない。

 

「そう、か。それじゃあエリザベス女王杯かマイルCSになるかと思うけど…」

 

「ねー、そうなると…マイルCSかなぁ。エリザベス女王杯、出走は行けると思うけどなんだかんだ11月前半で、秋華賞からそこまで間が空いてないしね。脚が万全の状態で挑みたいの!」

 

「確かに、秋華賞からエリザベス女王杯ってなるとそこそこスパンが短くなって脚への負担は考える必要があるな…わかったよ。それじゃ、マイルCSを挟んで有マ記念、そこで決定だな」

 

「はいなの!出るからにはきっちりそれぞれ勝ち切って見せるから!」

 

「ああ、勿論俺も君の脚を仕上げ切るために尽力するよ。よし、これで3人とも組み終わったな」

 

 俺は改めて3人の出走プランを記したホワイトボードに目を向ける。

 遠征時期が致命的に被っているようなレースもないし、今はサブトレーナーもいる。問題なくそれぞれのレースの監督をできるプランだ。

 改めてそれをみんなで見ながら、それぞれの顔を見る。自分の出走レースがはっきりと決まったこともあり、さらなるやる気に満ち溢れた表情をしている。

 

『…………』

 

 そんな中で、SSが出走レース予定表と、愛バ達の様子を見て…どこか、怪訝な顔をしているのを俺は見た。

 

「…SS?何か、出走レースについて意見があるかい?」

 

「…あー、いや、別にねェよ。それぞれ理由があって組んだモンだしな、アタシもそれに合わせて足のケアやら走りやら見てやらぁ。頑張ろうぜ」

 

「そう?なら…もし何かあればいつでも意見は出してくれよな。じゃあこれで決定!頑張っていきましょう!」

 

「はい!」

 

「うん☆!」

 

「やってやるの!」

 

 俺たちは今一度今後の出走レースに対して目線合わせをして、意気を高めた。

 

 そうしてその後は本日の練習となる。

 夏合宿中に出来なかった運動器具を使った練習を予定しているので、トレーニング室への移動だ。

 戸締りをするためにまずウマ娘達を先に向かわせ、俺とSSがチームハウスに残る。

 後を追うために電気を消したりエアコンを消したりなどしていたところで、SSがぼそりと一言呟いた。

 

『───────I submit to you that if a man hasn’t discovered something that he will die for, he isn’t fit to live』

 

『……ん?SS、なんて?』

 

 唐突な英語で脳内の意識を英語に切り替える事ができず、彼女の早口の言葉を十全に理解できずに聞き逃してしまった。

 

『…別に。ちょっとアイネスの様子が気にかかっただけよ』

 

『アイネス?…ああ、それは俺も少し感じたな…ジュニア期のころや、ダービーの時にあった、ガンガンレースに勝ちたい、って感じの熱は見えなかったかもだが…でも、レースを選んだ理由とかはしっかりしてたしな。大人になったって面もあるんだと思う』

 

『どうかしらね。私はあの子の以前の様子を知らないから…ただ…』

 

『ただ?』

 

『私の経験だけど。子供みたいに「負けたくない、絶対勝ちたい!」って我儘を言える方が、レースを走るウマ娘としては健全よ』

 

『……そうかも、しれないな』

 

 俺たちは、今日のアイネスの様子について思案する。

 

 フラッシュと、ファルコンは、これまで通りだった。

 フラッシュは誇りある勝利、栄誉あるレースでの勝利を求め、また同じチームの二人の想いも乗せて走りたい、勝ちたい、と強い熱を維持していた。

 ファルコンはむしろ前以上にダートレースでの勝利の渇望が強まっていた。トレーナーとして見るならばこれほど心配がいらないことはない。熱が暴走しないかだけ注意すればいい。

 

 だが、アイネスは…どうにも、静かさがあったように思う。

 別に変なことじゃない。練習だって他の二人と同じくらいいいタイムは出ているし、領域がまだ安定しないとはいえ、勝ちきれる実力は持っている。

 ただ…ジュニア期のころの、がむしゃらにレースに出て勝ちたいと思っていたころの気持ちや、フラッシュとどうしても戦いたくて乗り込んたダービーの時のような、灼熱の想いが感じ取れなかったことも事実だ。

 ダービーでの敗北、それ自体は…あの後、アメリカにすぐ飛んではいたが俺もメンタルケアには努めた。慰めてあげたのは当然のこととして、アメリカ遠征中も、帰ってからも、色々話を聞いている。

 そうした中で、敗北自体を引きずっている様子はなかった。全力を出し切った上での敗北であったため、わだかまりの様なものはなかったと思う。

 

 しかし、その後の熱が…あまり、感じられないように思えた。

 考えすぎなのかもしれないが、まるで()()()()()()()()()()()()()()かのような、そんな様子。

 彼女の心が、凪いでいる。

 

 ……いや、考えすぎだと思いたい。

 さっきの話だって邪推して聞けばそのように感じられるかもしれないが、素直に受け取ればライバルとの決着を望み、万全の状態で秋華賞挑むための紫苑ステークスへの出走である。その後のGⅠだってチームメンバーとわざわざぶつかるのを避けているだけで逃げているわけではない。逃げているなら強敵集うマイルCSへ出走を選ばないだろう。

 出走レース自体がどう、ということはない。

 強いて言えば、モチベーションの問題。そこは今後よく注意して見守っていく必要があるだろう。

 

『少し、気にしておこうか。本人にはまだ相談するタイミングじゃないと思うけど。…SSも、アイネスの様子で気づいたことがあったらまず俺に共有してくれ』

 

『OK。私の日本での初めての教え子だからね、気にかけておくわ』

 

 俺たちはアイネスのその様子について目線を合わせ、そうして今日の練習に向かうのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

83 同期の桜

 

 

 

「……で、晴れ着を着て初詣行こうぜって話になったんだよ。俺の実家が呉服屋でさ、ちょうどいいやって実家に連れてって服選ぶついでに年越ししたんだけど、その時にウララが思いのほか着物を気に入って…それで、勝負服もそれをモチーフにしたってわけ」

 

「あー、成程…初咲さんの実家絡みだったんだ、道理で。いや、マジで似合ってたなあの勝負服」

 

「だろ?へへ、結構自信作だぜ。ウララもかなり気に入ってくれてさ、徹夜でデザイン組んだ甲斐があったわ」

 

 俺は9月上旬のカフェテリアで、目の前に座る同期のトレーナーと二人で昼食を取っていた。

 初咲トレーナー。

 ハルウララの担当にして、トレーナー2年目にしてGⅠも獲得している、若き精鋭トレーナーだ。

 なお、円形テーブルの対面に座る俺たちの横の椅子の上では、オニャンコポンがもっちもっちと猫缶を食べている。カフェテリアでオニャンコポンがエサを食べてると結構なウマ娘が頭を撫でていったりする。

 

「つってもそっちのウマ娘だって勝負服可愛いじゃん。エイシンフラッシュなんかあれ、相当攻めてるよなー。あれ立華さんのセンス?」

 

「残念ながら俺じゃないよ。服をデザインするセンスは全く自信がなくてね、彼女たちとスタッフさんにデザインは任せてた」

 

「…ってことはあれ本人のデザインなのか…意外だ…」

 

「そうかな?彼女らしい素敵な勝負服だと思ってるけど」

 

「いやキレイではあるんだけどさ。まぁ…そうか、ドイツ出身だもんな。似合ってるのは間違いない」

 

 俺の方から振った勝負服のデザインの話でだいぶ盛り上がる。

 ウララの勝負服、最初に見た時に見事に俺が脳破壊された晴れ着の理由については話を聞いて納得した。

 彼の実家が呉服屋を経営しており、それを見たウララが着物の素晴らしさに目覚めて、という流れだったようだ。

 なるほど納得。そのうえで、呉服屋育ちでそういうセンスにも明るい初咲さんが彼女にピッタリの勝負服をデザインした、という事なのだろう。

 服飾センスがあるのが羨ましい。

 後でそういう女性向けの服に関する選び方のコツとか教えてくれねーかな。

 

 ちなみに。俺と初咲さんは同期のトレーナーであって、当然だが仲は悪くない。

 ウララ関係は俺の一方的なヘコみも一時期あったが、愛バ達のおかげで落ち着いて飲み込めた。それに彼もまた熱い心を持つトレーナーで、ウララのことも心配はいらないし、これまで通り同期として仲良くやっていけている。

 

「ところでさ、立華さん」

 

「ん、どうした急に小声になって」

 

「いや、ほら…9月からそっち、サブトレーナーがついたじゃん。どうなのかなって思って…あのサンデーサイレンスだろ?噂じゃ気性難とか聞いたけど…」

 

「ああ…そりゃ根も葉もない噂だよ。トレーナーとしての熱い想いもあるし、走りやトレーニングについての造詣も深い。日本で頑張ろうって気持ちも見えるし、素直で素敵ないい子だよ?こないだ飲みに連れてった時は可愛い所も見れたしな。気の置けない妹って感じ」

 

「……俺、立華さんの事トレーナーとして尊敬してるけどさ。そういう所だと思うよ…ウマ娘を相手にするときのその距離の詰め方とか…そういうさぁ……」

 

「どうして急に俺への酷評になった…?」

 

 初咲さんから新たに話題が出されて、俺はSSへの素直な感想を零す。

 ここ2週間弱共にチームの仕事をしたが、彼女はやはりその強い想いの通り、熱意をもってトレーナー業に努めていた。

 頭の回転も素晴らしく早く、要領が良くて物覚えもいい。現役時代は一人で何でもしてきた、という自負は言葉通りなのだろう。そうでなければ3か月弱で日本の中央トレセン編入試験を合格していない。

 

 それに、チームメンバーとの仲も良好だ。

 先週末には俺の出した言いつけ通り、彼女たちはSSの部屋の荷解き、整理を手伝ったらしく、随分と生活感にあふれる部屋の写真がLANEで送られてきているのを見て俺もほっこりとした気持ちになった。

 ちょうど今日も、カフェテリアの俺達からだいぶ離れたところで、4人で揃って食事をしているのが見えた。

 

「…なぁフラッシュよォ。お前の食べてるそれ、なんだ?結構な匂いがすんだが」

 

「これは日本の文化的食材、納豆です。美味しいですよ?大豆が原料ですから栄養も満点です」

 

「ウマ娘で納豆好きな人って結構珍しいよね…☆私も嫌いじゃないけど…匂いが強くて」

 

「あたしは実家でよく食べてたから慣れてるけど。サンデーチーフは海外ウマ娘だしどーだろ、お口に合わないかも?」

 

「いや…試す。大豆は肉が食えねェアタシにとっちゃ貴重な栄養源だ。フラッシュ、ちょっと分けろ」

 

「ええ、どうぞ。よくかき混ぜて、ご飯の上に載せて食べてみてください。こう、ねりねりと」

 

 遠目に観察していると、どうやらSSが日本で初めて納豆に挑戦する所のようだ。

 どうだろうか。フラッシュは海外ウマ娘にしては本当に珍しく納豆を好みとしているウマ娘だが、SSの口にはあうだろうか。

 無心でねりねりしているSSが随分とあの場になじんでいる。身長がチームのウマ娘の中では一番低いこともあって、最年長には見えないな。

 まぁウマ娘はいつでも若く見えるのが種族的特徴ではあるが。

 

「ねりねり……こうか?」

 

「サンデーチーフ、箸の使い方上手なの」

 

「こんなんペンを弄るのと変わらねぇだろうが…どれ、あん、んむ………んん!?」

 

「ダメかな☆?無理しなくていいよサンデーさん?」

 

「……いやッ!美味ェ!はは、なるほどこりゃいいや!パンに載せてもイケそうだぜ!味噌汁といい、日本は大豆料理が美味ェのばっかりだな!」

 

「美味しさが分かっていただけて良かったです。ふふ、納豆仲間が増えました」

 

「大豆料理だと豆腐なんかも有名だね、日本だと☆」

 

「今度大豆パーティでも開く?」

 

 どうやら気に入ったらしく、早速納豆を追加注文に行くSSの姿が見えた。

 チームメンバーの仲が良くて何よりである。

 思わず俺もほっこり笑顔。

 

「…なんか、マンハッタンカフェそっくりの顔であんな感情豊かにしてるの見ると脳がバグるな」

 

「そう?確かに髪型とか顔は似てるけど…よく見ると全然別人だぞ?」

 

「いやそりゃ一部(胸元)は明らかに別人だけどさ。…まぁいいや、立華さんがついてりゃ問題ないだろ多分。今度実際にレースを走った立場からの、色々な話を聞きたいな」

 

「ちゃんとお願いすれば問題ないと思うよ。口利きしてもいいし」

 

「ああ、その時は頼むわ」

 

 なぜかそんなSSの様子を見て憮然とした顔をする初咲さん。

 だが彼女は付き合えば付き合うほどカフェとは違う人だというのはわかるし、何より今中央トレセンにいるトレーナーの中でも、実際にGⅠレースを勝ち抜いたレジェンドウマ娘、という経験を持っているのは彼女しかいない。

 ウマ娘のトレーナーはベルノライトもいるし、サブトレーナー資格を持つウマ娘も複数人存在するが、現役を退き専門的な知識も有するとなれば、SSが初めてのトレーナーとなる。

 彼女の持つ経験は他のトレーナーからしても垂涎ものだろう。もっと学園に馴染んだら、色々アドバイサーとして他のチームに派遣とかして経験を積んでもらってもいいかもしれないな。

 

「…そういえばさ、立華さん。聞こうと思ってたことがあったんだ」

 

「ん、何だい?答えられることなら答えるけど」

 

「気遣って言ってくれてるんだと思うけど、マジで答えにくければノーコメでいいからな。…JBCだよ。そっちのファルコンがどれに出るのか、って話」

 

「……あー………そうね……」

 

 俺は初咲さんから問いかけられたそれに、どう答えたものかと思案した。

 先日のミーティングでJBCレディスクラシックに出走することを決めてはいたものの、まだ世間には公表していない。

 今のところウマッターや記者を通じて出走を発表しているのは、フラッシュは神戸新聞杯から菊花賞へ、ファルコンはとりあえずシリウスステークスへ、アイネスは紫苑ステークスから秋華賞へ、そこまでの予定だ。

 特にファルコンのJBCの出走レースについては、他のウマ娘がどのレースを選ぶか、対策を取ってくるかに大きな影響を与えるところとなるため、10月前半のころには発表しようと思っていたが…。

 

「…ああ、いや。別になんつーか、それを知ったことでウララの出走レースを変えようとは思ってないんだ。ただ、実際ぶつかり合うってことになれば早めに心構えをしておきたいなと思って…なにせ世界の隼だしな」

 

「んー。…気持ちはわかるけど、ここで初咲さんだけに伝えちゃうのも他のトレーナーやウマ娘に不公平だからさ。10月前半には発表する予定だから、それでいい?」

 

「ああ、そうだよな…いや悪い、浅はかな質問だったな。気にしないでくれ」

 

「大丈夫。気持ちはわかるしね」

 

 ウララの為に備えたい、という想いがあるからこそこうして質問をしてきているのは理解している。

 無理に聞き出そうなどともしていないし、怒ることでもない。俺は頷いて初咲さんへ返した。

 

「ちなみにウララは地方重賞を2つ出てからJBCスプリントに出走するから」

 

「ぶっほ!……初咲さんから伝えてくるのはズルくない?」

 

「ズルくないさ、明日には発表する予定だったしな。もしファルコンが短距離に出てくるなら望むところだぜ。…まぁ、俺の読みではファルコンは次のチャンピオンズカップに備えるためにレディスクラシックに行くんじゃないかと思ってるけど」

 

「いい読みだ、とだけ答えておくよ。…ってことは、ウララもチャンピオンズカップには?」

 

「勿論。得意距離だぜ、狙わない理由がない。…そこでリベンジの機会が出来そうかな?」

 

「ノーコメントでフィニッシュです」

 

 俺は肩を竦めて初咲さんの言葉をのらりくらりと躱す。

 初咲さんの方からウララの出走レースを言ってきたのには驚いたが、まぁ俺の様に発表をギリギリまで焦らす方針ではないのだろう。そこには駆け引きというよりも、宣戦布告の様な清々しさすら感じられる。

 もしJBCスプリントに来るならいつでも来い、という闘争心だ。

 とはいえ、それを聞いたからと言って、俺からファルコンに出走変更するかと問いかけるつもりはない。公式にウララの出走レースが出た時点で、それを目にしたファルコン自身がどう考えるか、それに尽きる。

 前のミーティングでも言った通り、いずれチャンピオンズカップでぶつかることも予想されるし、JBCには他にもカサマツ組など強豪ウマ娘が集結する。

 あえて得意距離ではないスプリントに出ていく事をファルコンは選ばなそうだが、後で話だけ通しておこう。

 

「はは、あの隼がダートのGⅠレースを我慢できるもんか。…俺もしっかりウララの脚を整えて挑むからよ。万全の状態で頼むぜ、立華さん。そんな隼に勝つのが目標だからな…余計な心配だろうけど」

 

「誰にモノ言ってんだい。俺だぜ?安心しろよ、最高の状態で隼を送り出してやるから」

 

「ひぇ、怖い怖い。…でも、いつか絶対勝ってやる。それじゃ立華さん、俺はこれで。ごっそさん」

 

「ああ。ウララにもよろしくな」

 

 俺たちはそうして最後に、お互いのウマ娘が競い合うレース…そこへの想いをぶつけ合い、カフェテリアを後にした。

 彼らとの再戦は近い。チャンピオンズカップで戦う事になる季節外れの桜に、砂の隼が勝つ様に。

 俺も一層の熱意をもってファルコンを、他の二人を、しっかり仕上げていこう。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

84 勝利の山

 

 

 

「お、始まるな」

 

 俺は9月の2週目の日曜日、夜九時を過ぎたころ、タブレットを二つ机に並べて海外のGⅡレースを観戦していた。

 今日は、ヴィクトールピストがニエル賞に挑戦する。

 片方のタブレットに現地のレース映像を流し、もう片方のタブレットには…ウマ娘5人の顔がそれぞれ表示されていた。

 

『ですね。向こうは午後二時。天候は快晴のようです』

 

『うーん☆ヴィイちゃん、頑張ってほしいね!』

 

『なの!私たち世代の可愛い後輩ちゃんなの、全力で応援するの!』

 

『ちょっと、アイネス…あんまり騒ぎすぎちゃだめだよ?今いるの部屋なんだから寮長に怒られちゃう』

 

『あー、寮はまだ防音性マシなのか?トレーナー寮って壁薄いんだよなァ…たまにうるせェ』

 

「そうかな?俺がそこに住んでた時はそうでも…ああ、SSはウマ娘だもんね。耳が良すぎるんだ。後で理事長に打診して防音処理してもらおう」

 

 タブレットに表示されるミーティングアプリに参加するのは、チームフェリスの4人と、アイネスの同室のメジロライアンだ。

 みんなパジャマに着替えての参加となっている。カメラ機能はそれぞれのウマホの性能に沿うため装いが全部見えていることはない。

 なお俺も普通に部屋着である。夏で暑いので軽装にさせてもらっている。

 

 今こうやってアプリで集まっているのは、今日のニエル賞に出走するヴィクトールピストを、同世代のウマ娘…クラシック戦線で鎬を削りあっている俺達で、観戦応援しようという話になったからだ。

 勿論それぞれ観戦しようとは思っていたが、ライアンもアイネスの同室であることから、この6人で集まって応援しようとなったわけである。

 

「しかし、GⅡとはいえ流石は凱旋門賞の前哨戦ってところか。ヴィックの他、海外ウマ娘達もかなりの仕上がりだ」

 

『…だなァ。1番のベガシャドルーと3番のプランティーレがダントツ。5番のヤングブッキングも相当なモンだ』

 

『……映像だけでは、中々わかりませんね…』

 

『そのあたりは流石トレーナーさんたちだね…☆』

 

『あ、でもベガシャドルーってウマ娘、尻尾がゆっくりしたリズムで上下に揺れてるの。そういうウマ娘は強いって前に聞いたの』

 

『プランティーレって子も、トモの部分の筋肉が凄い…間違いなく重点的に脚を鍛えているみたい』

 

 パドックのウマ娘を眺めて俺とSS、トレーナーである二人がそれぞれのウマ娘の所感を述べて、ウマ娘達に観察眼を養ってもらおうと画策する。

 実際にレース場で走る相手として相対すればまた感じる雰囲気も変わってくると思うが、映像だけでウマ娘の仕上がりを見極めるのは困難だ。

 だが、相手の力量を把握できるのもまた強いウマ娘の条件だ。俺はそれぞれウマ娘を見るコツなどを解説しながら、パドックに次々と出てくるウマ娘達を見た。

 

 そして、彼女が出てくる。

 

『ヴィクトールさん、出てきましたね!』

 

『…うん、いい表情!頑張れー、ヴィイちゃーん!』

 

『落ち着いてる…かな?けど目が燃えてるの、はっきりわかる…勝ちたいって気持ちが溢れてる…!』

 

『うん、いい調子だ…!頑張ってほしいな…!』

 

「……ああ、間違いなく仕上がっている。さすが沖野先輩だな…」

 

 俺もヴィクトールピストの様子を見て、その仕上りの良さに感嘆する。

 俺も沖野先輩にメンタル管理に関するアドバイスを色々としていた。日本の食べ物を出来る限り準備したり、おやつなども整えるとよい…と話したところ、ゴルシがしっかりその辺を準備したと聞いている。

 調子は間違いなく絶好調。脚の仕上がりもいい。

 

 しかし。

 それは、勝利を確信できるほどのものではない。

 

『…悪くねェが、勝ちきれるかは展開次第だな。周りのウマ娘も同じくらい仕上がってる、拮抗しそうだ』

 

『海外、凱旋門の前哨戦ですものね…やはり他のウマ娘も強いんですね』

 

『うー、頑張れヴィイちゃーん!』

 

『やっぱり全力で応援なの!フランスまで声を届けるの!』

 

『いや大声はやめようアイネス!?応援はするけど!』

 

「想いは伝わるさ。応援しよう、凱旋門に挑む前に弾みをつけられるように…」

 

 俺は、海外に挑む彼女に、沖野先輩に、これまでの世界線以上の共感をもって全力で応援するつもりだった。

 なにせ、つい先日海外に挑んだのだ。そこで勝利を掴むことはできたが、無論海外遠征の準備や手配が楽だったとは欠片も思わないし、それなりの苦労を持って、奇跡を起こしている。

 あれで敗着をしてしまっていたら…と考えると、空恐ろしいものがある。俺も、ファルコンも、チームのみんなも、しばらくは気落ちしてしまっていただろう。

 沖野先輩にはそうなってほしくない。勝ってほしい。

 

「……始まるな」

 

 ゲート入りが順調に進み、ニエル賞がスタートした。

 

────────────────

────────────────

 

(…2400m。ロンシャンの芝は深い…ダービーと同じペースで走ったら最後の脚がなくなる。スタミナ管理に気を付けないと…!)

 

 ヴィクトールピストは、ロンシャンレース場の洋芝の上を、孤独に走っていた。

 周りにいるのは、彼女以外はすべて海外ウマ娘。

 それが、想像以上の寂しさを彼女に感じさせた。

 

 先頭を走る、隼が、風神がいない。

 後方から狙う、閃光が、筋肉がいない。

 

(っ…なに、弱気になってるの!私は、先輩たちに追いつくために、強くなるために!ここを走っているんじゃない…!)

 

 レース展開はスローペースとなっていた。

 ロンシャンレース場の2400mでは珍しくない展開だ。皆、日本の芝よりも体力を消耗するこの長い芝を走り切れるように、スピードを抑えていた。

 

 だからこの時点では、スピードの争いとはならない。

 必然的に起こるのは、牽制の仕掛け合い。

 

(負けない…!牽制の技術は、私も先輩達に負けてないっ…!!)

 

 先頭を走るウマ娘と、周囲を走る、沖野トレーナーから注意しろと言われたウマ娘達に牽制、圧を飛ばして走る。

 ヴィクトールピストの得意技だ。

 そうしてスタミナを削り、最終直線での脚を削ろうとしかけ始める。

 

 しかし、そんな彼女の後方から一人のウマ娘が近づいてきた。

 

「…ボンジュール?日本語、出来てるわよね?頑張ってるわね、遥々パリまで来て、一人で」

 

「っ…!!」

 

 5番のヤングブッキングだ。

 パドックの時点で飄々とした雰囲気を持っていた彼女が、まるで友人に話しかけるかのように、ヴィクトールピストに接してきた。

 全力で走っている最中である。普通に考えれば、それはただ無駄に体力を消耗することにしかならない。

 しかしヤングブッキングはその脚を衰えさせない。明らかに、レース中の会話に慣れていた。

 「ささやき」と呼ばれる技術である。

 

「ねぇねぇ。先日アメリカのダートで世界レコードを取ったスマートファルコンに、貴方勝ったことがあるんだって?」

 

「………」

 

 付き合わない。

 ヴィクトールピストは無視をして、ペースを保った走りをキープしようとする。

 しかし、『無視をしようとして』、『ペースを保たなければならない』、と考えた時点で、既に相手の術中にはまってしまっているのだ。

 確かに、皐月賞ではスマートファルコンに先着しての2着を取ってはいるが、あれは芝のレースだし、そもそも自分はフラッシュ先輩に負けている。

 苦い記憶のそれをつつかれて、しかしその思考はよくないと努めて振り払う。

 ささやきに、侵され始める。

 

「ベルモントステークスは私も映像見たのよ、痺れたわね!あの走り!すさまじいレースだったわ!」

 

「……うるさい」

 

「あら、貴方はそう思わなかった?私、スマートファルコンのファンなのよ!それで、そのスマートファルコンに勝ったことがあるウマ娘がフランスに挑みに来るってことだから、楽しみにしてたんだけどねぇ…」

 

 走っている最中に聞こえるほどに、ヤングブッキングは大きなため息をついた。

 まるで、期待外れとでも言いたいかのようなその態度。

 

 ────────こらえた。

 

 ヴィクトールピストは己の内に、自分がバカにされたことに対しての怒りが生まれるが、しかし彼女は冷静さも武器とするウマ娘だ。判りやすすぎる挑発に乗るほどポニーであるつもりはない。

 このウマ娘は、自分を掛からせ、自滅させようとしているのだ。さらに言えば、自分が掛かることで周囲のウマ娘の走りも乱して、最終的に自分だけ甘い汁を吸おうとしている。

 多分、この会話だって相手の本心ではない。そんな気性難なウマ娘なら出走前に雰囲気でわかるし、純粋にささやきの内容として適切な言葉を選んでいるだけ。暴言でもない、私が掛かるのを待っているだけ。

 そこまでわかっている。だから、堪えられた。

 でもレースが終わったら一言くらいは言ってやろう。私が勝って、こいつが負けて。それで、反省を促すのだ。

 

 そんな風に、ヴィクトールピストは、己の心の内に生まれた怒りと…プライドを逆撫でされる話に堪えていた。

 しかし、その忍耐は、彼女の次の一言で霧散する。

 ささやき戦術があまり効果を生まないことを察したヤングブッキングは、標的を変えようとしてヴィクトールピストから離れていき、しかし、最後に捨て台詞を零す。

 そして、そのトリガーを引いてしまった。

 

 

「…これじゃ、日本の他の子もあまり期待できないわね」

 

 

 その、捨て台詞。

 己の敬愛する先輩たちを軽く見積もるようなその言葉。

 

 今、私の、同期を、バカにしたか?

 

 

 

 ────────ブチ切れた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……厳しいな。マークされちまった」

 

 俺はその瞬間をタブレットの映像で見ていた。

 差しの位置で走るヴィクトールピストの横にぴったりとヤングブッキングが張り付いて、口を動かしているのが見えた。

 何を話しているかはわからないが、恐らくは囁きの技術を持っているのだろう。

 彼女を掛からせるために、耳障りな言葉を投げかけているのだと推理できた。

 俺はそれを姑息な戦術だと思わない。レースとは文字通り、出来ることの全てを振り絞って勝利を掴むものなのだ。

 性格的にこういった戦法が合わないウマ娘もいれば、得意なウマ娘もいる。

 もちろん、話す内容は淑女的な部分を越えてはいけないが、囁くこと自体は戦術として有効なものとなる。

 

 ヴィクトールピストはそのささやきに耐えながら走っている様だ。

 表情でわかる。何か、頭にくるようなことを言われたのだろうか。

 しかしこらえている。彼女は冷静さを武器とするウマ娘だ。通じないとわかればあのウマ娘も標的を切り替えるだろう。耐える時だ、頑張れ。

 

 そうして、ヤングブッキングが少しヴィクトールピストとの距離を放した。

 漸く諦めたのだろう…と、俺はそれを見て、しかし。

 最後に彼女の口が動いたのを見て。

 そして、ヴィクトールピストが。

 

『……!?ここで!?』

 

『わ!☆ウソ、ヴィイちゃんも来たの!?』

 

『何、あれ……山?霊峰…ものすごく大きいの…!』

 

『……あの山……セザンヌの絵で見覚えがある、ような…』

 

『…ぶっは。オイあの表情、ブチ切れてんじゃねぇか!アタシが領域(ゾーン)に目覚めた時と同じだなァ!』

 

 

 ────────領域に目覚めていた。

 

 

 どうやら、よっぽど頭に来ることを言われたようだ。

 その激情が彼女の魂を動かしたらしい。

 大きな山…雰囲気としてはヨーロッパにあるような霊峰が彼女の心象風景として浮かんだ。

 我ら世代のウマ娘がまた一人、領域に目覚めた。

 

「………っ、なるほど、そういう領域か…!」

 

 俺はヴィクトールピストを注視した。

 彼女の目覚めたその領域、その力を見極めるためだ。

 もちろんこれまでの世界線でも彼女の領域を見たことはある。

 確か彼女の領域は、高みを目指すその心象風景を元に、そこそこ速度を上げて、そこそこスタミナを回復するといういい所取りの領域だったはずだ。ただしその加速と回復はその効果を専門とするウマ娘の領域ほどではない、柔軟な戦略をとれる彼女らしいそれ。

 しかし、この記憶はだいぶ古いものだ。それに、ウララの様に、まったく別の領域に目覚めるウマ娘も珍しくない。

 そして今目にしている彼女の領域は、明らかに初見。

 

 今は全力で応援している彼女だが、しかしいずれは、いや、今もうちのウマ娘と鎬を削りあっている仲である。

 彼女のこの世界線での、過去に見た領域とも違うそれを見極めようとして─────そして、理解した。

 

 ()()()

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…ハ!そうそう、そうこなくっちゃあ!」

 

 ヤングブッキングはヴィクトールピストが1000mを越えた地点で領域を展開したのを見て、にやりと笑顔を作る。

 どうやら、彼女のプライドは己自身へのそれではなく、同期のウマ娘を虚仮にされたことで刺激されたようだ。

 その激情のまま、領域に目覚めている。本来は恐らく、1000m地点で発動するような、スマートファルコンのタイミングに近いそれなのだろう。

 

 共に走るウマ娘が領域に入る、そんな状況は本来であれば望むべきところではない。

 ヴィクトールピストのそれは急加速をするタイプではないようで、じわり、じわりと加速を始めていた。

 加速性能はそこまで高いものではないようだ。もしかすればスタミナも回復させるタイプのそれか?

 前方や後方、彼女の周囲のウマ娘がスピードやスタミナを奪われているといったこともない様子。

 恐らくはそういったもの…だ、と推理して、そしてヤングブッキングが彼女を追う。

 

「ふふ、でもそのまま気持ちよく走らせるわけにはいかないのよねぇ…!」

 

 追走しながら、ヤングブッキングは己の意識を集中する。

 彼女は牽制、特に囁きの技術を得意とするウマ娘だ。

 強烈な加速で戦うタイプではない。どちらかと言えば、周囲にデバフを撒いて足を引っ張るほうに特化したタイプだ。

 ラビットとして出走することもある。だが、今日は彼女自身、勝利の為に走っている。

 そうして、今日のこのレース。勿論、自分が勝つために……周り全ての足を引っ張る。

 

(領域に目覚めてくれてありがとう、ヴィックちゃん……それで私の勝機が生まれる!)

 

 ヤングブッキングが、ヴィクトールピストに続くようにして己の領域を発動させた。

 

 

 ────────【誘拐事件(キッドナッピング)】。

 

 

 その領域は、誰かが己の近くで領域を発動した際に、それをトリガーとして発動するタイプの領域。

 物騒な名前を付けたその領域は、完全にデバフに特化したそれ。

 先日アメリカで走ったマジェスティックプリンスのそれよりも範囲は狭いが、しかし効果は高い。

 周囲のウマ娘、全員の脚を、スタミナを一気に削る。

 その領域の圧がまき散らされ、彼女の周囲を走っていた他のウマ娘の脚色が明らかに衰えた。

 

(大成功!貴方なら領域に目覚めると信じてたわヴィックちゃん!私の為に領域に目覚めてくれてありが────────ちょっと、待って?)

 

 作戦通り、事前に目をつけていた有力ウマ娘をかからせ、敵対心を刺激し…そうして領域に目覚めさせることに成功して、己の領域のトリガーを引いて全員を範囲に巻き込めた。

 だから、ここからはスピードを削ったウマ娘達との勝負。

 無論、それはヴィクトールピストも例外ではない。徐々に加速を始めた彼女もまた、その脚を衰えさせる。

 

 はずだった、のに。

 

(……待って。なんで、加速が落ちてないの?)

 

 ヤングブッキングが信じられないものを見るような眼で前を走るヴィクトールピストを見る。

 彼女の走りは、己の領域の範囲内にいて、圧を受けてもなお。

 ()()()()()()()()()()

 徐々に、確かに、加速を続ける。

 

(まさか、効いてない!?ウソでしょ!?これで堕ちないウマ娘なんていなかったのよ!?)

 

 ヤングブッキングが慌ててヴィクトールピストの脚を止めようと、領域ではない、純粋な己の技術である牽制をぶつける。

 視線による圧。

 足音による圧。

 位置取りによる圧。

 呼吸による圧。

 それら全てを試して、しかしなお。

 

 その山は、微動だにしなかった。

 

 

(っ────────)

 

 

 ヤングブッキングは、ヴィクトールピストの領域、その内に顕れた心象風景を見た。

 大いなる霊峰。

 それは、フランスのウマ娘であれば知っている。この国にある、偉大なる山。

 

 

 ────────【勝利の山(サント・ヴィクトワール)

 

 

 その山の名はヴィクトワール(勝利の)山。

 彼女の、ああ、その魂に刻まれた、勝利の山である。

 

 その山が、霊峰が、彼女を守る。

 頂に立つヴィクトールピストに、あらゆる牽制が、圧が、位置取りの仕掛けが通用しない。

 ただ己の道を、勝利への道程を辿る。

 僅かな加速と回復と、そして。

 

 ()()()()()()()()()()()()()その新たなる領域。

 

 今、この瞬間に。

 このレースは、彼女のタイムアタックへと変化した。

 

「────────うわあああああああああああああああ!!!!」

 

 フォルスストレート(偽りの直線)で足を溜め、そうして真の最終直線、東京レース場とほぼ同じ533mの直線を、親愛なる先輩であり最大のライバルである彼女(フラッシュ)のように叫びをあげながら、()()()()で駆け抜ける。

 この距離の直線なら、私は負けない。

 あの閃光を除いては、誰にも負けるつもりはない。

 

 逃げの戦法を取っていたウマ娘を残り300mで交わし、そしてなお加速を続ける。

 あらゆる牽制に影響されずに最終直線を迎えたヴィクトールピストに、追いすがれるウマ娘はいなかった。

 道中でヤングブッキングの領域を受けた影響もあり、脚色が落ちる。速度を維持できない。

 無論、それはヤングブッキングも同様だ。

 

(ついてない!こんな、相性の悪い領域が相手だったなんて……ちく、しょぉ…!)

 

 決して速く走る事が得意ではないヤングブッキングは、それでも全力で脚を前に出すが、距離が縮まらない。

 勝負は決した。

 

 

『日本から来たウマ娘が止まらない!やはり怖かった!!今年の日本は化物だ!!ヴィクトールピストが後続を突き放しっ!!今、ゴーーーーーーーーーーーーーーーールッッ!!!』

 

 

 一着、ヴィクトールピスト。

 7バ身の差をつけて勝利した彼女の表情は、道中で感じていた怒りなど吹っ飛んで、随分とすっきりした笑顔だった。






※余談
キッドナッピングは実際に某勝利の名を冠する馬とニエル賞で走ったお馬さんです。
名前の意味ヤッバ…→ってことは恐らくデバッファーか?という発想で書きました。
ちょっと口撃が激しいですが、オベだって近いことはしてたし許してクレメンス。
なお今後特に出番はないです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

85 天啓

 

 9月の3週目に入ったころ。

 俺たちチームフェリスのメンバーは、チームハウスに集まって簡単なミーティングを開いていた。

 

「アイネス、このあいだはお疲れ様。いい走りだったな。今週は少し脚を休めることにして、来週からまた秋華賞に向けて備えていくぞ」

 

「はいなの!」

 

 先週はアイネスの紫苑ステークスがあり、彼女は危なげなく一着をぶち抜いてきた。

 走り自体はなにも心配のない、彼女らしいハイペースなレースを展開し、中盤からダービーで覚えた後方への圧、向かい風を感じさせるような相手のスピードを奪うデバフも繰り出して、そのままゴールまで誰にも競りかけさせず逃げ切った。

 

 だが、領域(ゾーン)には今回のレースでも入れていなかった。

 実戦に挑むというシチュエーションで再度覚醒できないかと期待していたところもあったのだが、最後の300m地点に行ってもダービーの時の様な風神の顕現を見せることはなく、そのままレースを駆け抜けた。

 無論、領域がなくとも彼女は逃げの技術はきっちり整えている。

 末脚も光るものがあるし、たとえ競りかけられようとも、後続が追いすがってきた段階で再加速するタイミングを計る技術も持っている。

 心配はない。本来は心配するべきレースではないのだが…それでも、これまでの彼女の熱。迸るようなその熱から生まれた速さと比較してしまえば僅かに陰りが見える。

 レコードも更新はしていない。前日の雨で重バ場だったため当然といえば当然だが。

 

 …いや、贅沢を言っているのは理解している。

 一着を取っているのだし、走り自体は心配がない強い走り。

 彼女も既にトップクラスのウマ娘であり、ここにまで中々至れないウマ娘も多い中で贅沢な悩みであることは自覚している。

 

 …が、今回のレースは強力なライバルが不在だったのも事実。

 トップウマ娘であるからこそ、これから立ちはだかるライバルたちと争ったときに領域が出せないのは間違いなく足かせになる。

 最近はSSが領域なしでも速く走れるよう、併走でコーナリングの技術を伝える練習などもしている。

 秋華賞…GⅠのレースで、またササヤキやイルネルと走る時に、うまいこと領域に入ってほしいものだ。

 

 さて、それでは今日のミーティング内容であるが、レースとは関係のない部分での打合せである。

 

「来週末はフラッシュの神戸新聞杯、その2週間後はファルコンのシリウスステークスがあって…その後はGⅠ戦線、ってところだな。ここまではみんなも把握していると思うが」

 

「はい」

 

「うんうん☆」

 

「その間に、あるよね…ファン感謝祭」

 

「ああ。今日はそのファン感謝祭で、うちのチームが何をやるかです」

 

 俺は生徒会が作成したファン感謝祭の大まかな日程をホワイトボードに示す。

 ファン感謝祭。中央トレセン学園が開催する、一般の学校でいえば学園祭に位置するイベントだ。

 春と秋にそれぞれ開催され、多数のファンが押し寄せるトレセン学園の一大イベントとなっている。

 そこでわれらチーム『フェリス』が何をやるか、その打合せのために今日はミーティングを開いていた。

 

「さて。…正直に言うと、俺としては特にチームで一日運営するような企画は考えていないです」

 

「…ですね。私たちのチームはまだメンバーが3人ですし…一日を回すにしてもマンパワーが足りません」

 

「私とアイネスさんは逃げ切りシスターズのほうでライブの企画はしてるけど…☆」

 

「他にはそれぞれ、イベントレースとかに参加して欲しいって打診は受けてるけど、チームで何かってなるとね。リギルみたいな執事喫茶はあれ、人数が多いからできることなの」

 

「…アタシは今回が初参加だからノーコメント。仕事あれば適当に割り振ってくれや」

 

 俺はチームメンバーそれぞれの話を聞いて頷く。

 そう、チーム『フェリス』は正直、チームとしての人数は他のどのチームよりも少ない。

 SSがサブトレーナーについたのも最近の事で、これから徐々にチームの人数も増やしていくことにはなるのだが、今の人数で何か企画をしようとするのはほとんど無理だ。

 みんなも同じ見解を持っていてくれたようで、ならばと俺は事前に考えていた腹案を出した。

 

「チームのメンバーは少ないけど、活躍はしてるからうちのチームのファンは多い。ありがたいことだな。…で、そのファン向けに、午前中に1時間弱程度のサイン会を開きませんかってたづなさんに打診されてるから、それで考えていたんだが…」

 

「サイン会ですか。…悪くないですね。ファンの方々と交流もできて、大きな準備などは不要ですし」

 

「三人で1つの色紙にサイン入れる感じかな☆?事前にチケット配っておけば混乱も無さそう!」

 

「他にもやる事あるし、準備の手間が少なさそうだから…よさげなの。特に反対はないの!」

 

「そっか。それじゃ、その方向で進めておくよ。後で生徒会と打ち合わせて流れとか組んだらまた説明するから」

 

 俺は彼女たちがサイン会に特に反対がないことを確認して、その方向で進めることとした。

 これまでの世界線で、個別にウマ娘を担当していた時にサイン会も経験している。ウマ娘に負担をかけず、ファンたちを捌けるような手配は問題なくできるだろう。

 折角のチームなので何かしたいという気持ちも無くはないのだが、現実的にチームだけで何かやるのは厳しい。

 来年以降に人数が増えたらまた考えればいい話だし、今年はこれで勘弁してもらおう。

 

「わりとあっさり決まったな。あとはそれぞれ、イベントレースに出走する時間とかはっきりしたらまた俺にLANEで教えてくれ。逃げ切りシスターズのライブの準備については俺も手伝うからね」

 

「はい。時間が空けば、トレーナーさんとも一緒に屋台など回りたいですね」

 

「ありがとー、トレーナーさん☆いろいろ相談させてもらうね!」

 

「ライブ終わった後一緒に学園祭回るの。5人とオニャンコポンで!」

 

「そうだな。時間ができたら楽しむ側に回ることにしようか。息抜きも兼ねてな」

 

「…タチバナ。よくわからんがアタシは何すりゃいいんだ?」

 

「ああ、SSはとりあえずサイン会の時のファンたちの列の整理かな。また後で説明するよ…よし、それじゃそんなところで今日のミーティングはおしまい。練習に入ろうか」

 

 俺はある程度目線合わせができた段階で、ファン感謝祭に関する打合せを終えて練習に入ることにした。

 今日もバリバリ頑張ってもらおう。

 

────────────────

────────────────

 

「んー…ファン感謝祭、楽しみだね!」

 

「ええ、やはり盛り上がるイベントは心躍りますね」

 

「なの。…けど、せっかくだしチームでも、サイン会のほかに何かしたいな、とは思うの」

 

 その日のチーム練習を終えて、フェリスに所属する3人はシャワーを浴びて汗を流し、寮への帰路に就いていた。

 はちみーを飲みながら夕暮れ時の道を歩く3人は、今日の打合せの内容、ファン感謝祭の話を広げていた。

 

「…そうですね。それぞれがこの後大切なレースもありますし、準備にあまり時間はかけられない…だからこそ、今日のトレーナーさんの判断自体には反対はないのですが」

 

「うーん、実際に喫茶店とか、屋台とかってやるとなると絶対大変だもんね。それでなくても逃げシスのライブはあるし…」

 

「フラッシュちゃんだけごめんね、私たちの都合でライブになるからフラッシュちゃんだけ暇になっちゃうの」

 

「いえ、それは全く問題ありません。私もお二人の、皆さんのライブを楽しみにしていますから。…ですが、そうですね。せっかくですから何か、みんなで楽しめるようなことはないものでしょうか…」

 

 先程のミーティングでは、現実的に3人では何か企画を起こすのも大変であるということでサイン会だけ行う、という話でまとまったが、しかし彼女たちはJKである。

 盛り上がるファン感謝祭で、みんなで何か大きいことをしたいという気持ちは間違いなくあった。

 ただ、人数的に厳しいという事実も理解しているし、逃げシスの2人はライブも予定していることから、あの場では特段の主張はしなかったが。

 せっかくこうしてチームとして縁を深めているのである。他に何か一つくらい、出来ることはないかという話になった。

 

「どうせやるなら、トレーナーさんとかサンデーさんも巻き込んで、みんなが楽しいことしたいよね」

 

「ですね。楽しい事…そして、準備にもそこまで手間がかからないような…」

 

「そうね…んー…楽しい事かぁ。私達なんか、ライブで踊ったりイベントレースで走ったりするだけで楽しいんだけどね」

 

「流石にトレーナーさんたちをライブには出せないよねぇ☆いや、でもサンデーさんは大丈夫かな?元々GⅠで勝ってたウマ娘だもんね」

 

「そうですね…ライブやレース……そういえば、トレーナーさんは結構走るの速いですよね」

 

「あー、ベルモントステークスで走ってたけど、人間としてはあれ、かなり早いの。ふふ、一生懸命に走ってる姿がテレビで流れてたねー、可愛かったの!」

 

「あの時走ってきてくれるトレーナーさん恰好よかったなぁ…ファル子、ときめいちゃった☆」

 

 しかして彼女たちの会話はどんどん方向が逸れていってしまった。

 JKが学校帰りに話す内容など清流を流れる木の葉の如く。どちらへ舵を切るのか誰にも分らないのだ。

 

 だがここで。

 これまでの会話の内容、その一部一部から導かれた、圧倒的な閃きがエイシンフラッシュを襲った。

 

「────────ッッ!!…………思いつきましたッ!」

 

「ふぇ!?急に来たね☆!?」

 

「ちょ、フラッシュちゃん?そんなに気合籠めて叫ぶほど!?」

 

「来ました。……ああ、勝ちました。これしかありません。絶対楽しめます。それもチームがという話ではなく…()()()()()()()()が、です」

 

「おぉー…時々フラッシュさんが陥る不器用さ全開の視野の狭まった顔してるー…☆」

 

「フラッシュちゃんがそこまで言う案を聞くのが怖いの…どんな事思いついたらその顔になるの…?」

 

 その閃きに勝利の確信を得ているフラッシュに、しかし残る二人は不安げに彼女を見る。

 フラッシュが意外と不器用であり、時々思い込みが激しくなることを付き合いの長い二人は知っている。

 今回のその閃きも本当に大丈夫か?と不安を覚える。時々暴走するからなこの閃光。

 

「大丈夫です。絶対ウケます。お二人とも、お耳を拝借」

 

「自信満々だなぁ…☆」

 

「大丈夫かなぁ……?」

 

 恐る恐ると言った風に耳をそばだてて、そうしてフラッシュが閃いた案を聞く二人。

 それを聞き終えて、二人の感想は一致した。

 

「天☆才」

 

「絶対面白いの!よくぞ思いついたの!!」

 

「ですよね!ふふ、やりました。早速これを企画書にして明日生徒会に草案を提出しましょう!」

 

 どうやらファルコンとアイネスのお眼鏡にも適う案だったようだ。

 そのまま3人で案を練り上げて、そうしてその日のうちにフラッシュが草案を作成した。

 

 

 そして、翌日の生徒会室。

 フラッシュ達3人がシンボリルドルフに、その草案を提出していた。

 

「………ふむ………なるほど……」

 

 企画の内容をまとめた書類をぺらり、ぺらりとめくって目を通すシンボリルドルフ。

 彼女ら生徒会はファン感謝祭の運営本部であり、ウマ娘や各クラス、チーム単位でやりたい企画はまずここに一度持ち込まれる。そしてコンプライアンス上の不備や無茶なタイムスケジュールなどがないかを精査され、問題がなければ許可が出る流れとなっていた。

 彼女らウマ娘は学生であるとともに、レースとライブで人々を魅了する芸能人に近い世間的な知名度を持つ。特にコンプライアンスの観点などは厳しく、安易な学生の発想ではボツを食らう企画も多かった。

 

 そうして企画書に目を通し終えたシンボリルドルフは、机に書類をぱさりと置いて、言葉を紡いだ。

 

「────────採用。エアグルーヴ。すぐに各チームのウマ娘に連絡を取ってくれ。全力でこの企画を通すぞ。フェリスのみんなに時間を割かせるのは非常に惜しい。私達生徒会に総指揮をとらせてもらえないか?」

 

 皇帝が見せるのは極めて珍しい表情、まるでいたずらっ子の様なやんちゃな笑顔。

 やる気に満ち溢れたそれで、全力で企画を推す構えを見せた。

 それを聞いたフラッシュら3人も、助力を頂けたこともあって満面の笑顔を返し、そうして会長がそこまで絶賛するほどのものかと怪訝な表情になって企画書を見たエアグルーヴもまた、読み終えて噴き出すのを堪えつつすぐに手配に入っていく。

 

 その企画書の表紙には、こう書かれていた。

 

 

 

 

『トレセン学園ファン感謝祭 第一回 トレーナーズカップ』

 

 

 

 

 

 





次回からしばらくギャグ回になります。
なお、示唆されているトレーナーズカップですが、本話執筆当時はシャカール未実装のタイミングでありトレーナーによるレースが行われてなかった時代のものになります。お含みおきください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

86 ドナドナ

 

 

 ファン感謝祭、当日。

 俺たちチーム『フェリス』のメンバーは、特設ブースにてサイン会を行っていた。

 

「わぁ!本物の猫トレさんだ…!あ、私ジーフォーリアです!アイネスさんに、『目指せ年度代表ウマ娘!』でお願いします!」

 

「当選メールを見せてね…OK。それじゃ、ジーフォーリアちゃん、と…書けた。はい、アイネス」

 

「はいなの!いつも応援ありがとなの!ジーフォーリアちゃんへ…よしっと。サンデーチーフ、お願い」

 

「おォよ。ほれオニャンコポン、押せ押せ……よし、出来た。これからも応援よろしくなァ」

 

 俺は長机に並んで座る3人の前に、列を作って並ぶファン、子供のウマ娘の名前を色紙に書く。

 それをアイネスに渡して、サインと希望に沿った言葉を書き込む。

 そうして出来た色紙を彼女らの後ろに立つサンデーサイレンスが受け取り、傍にある袖机の上に鎮座するオニャンコポンの前に置く。

 そしてオニャンコポンが黒のスタンプ台に前足をぽむっとして、色紙にぽむっとして、肉球マークを左下に押したらサイン色紙の完成である。

 

 これが俺が組んだ陣形だ。

 3人には適宜色紙がまわるようにして、オニャンコポンの肉球スタンプを押す作業はSSに手伝ってもらい、俺は列を捌くのに注力する。

 リズムよく展開できる最適解の並びであった。

 

「やったー!アイネスさんも、皆さんも、これまでのレース全部見てます!これからも応援してますね!」

 

「ありがとなの!頑張るね!」

 

「私、シャフラヤールです!ファルコンさんに、『目指せ海外GⅠ制覇!』でお願いします!」

 

「シャフラヤールちゃん…と。ファルコン」

 

「はーい☆応援ありがとー!海外レース目指してるんだ?頑張ってね!」

 

「僕、タイトルホールドです!フラッシュさんに、『目指せグランプリウマ娘!』でお願いします!」

 

「はい。応援いつもありがとうございます。目指せグランプリウマ娘…ふふ、私もいつか、ですね」

 

「応援してます!僕もいつかは頑張るぞぉ…!」

 

「残念だけどホールドちゃん、グランプリも勝つのはこの私!ジーフォーリアなんだから!そうね、まず皐月賞は私でしょ?」

 

「あら、じゃあダービーは私がもらっていっていいのね?ジーフォーリアちゃん、一回勝つと油断するもんね」

 

「ぼ、僕だって…体力に自信があるもん!菊花賞は、勝つからね…!」

 

「じゃあ天皇賞秋は私が勝つわ!」

 

「な、なら春は僕がもらうよ…!」

 

「じゃあ有マ記念は私が勝つもん!グランプリウマ娘になるんだから!」

 

「だったら僕は宝塚記念で勝ってやる…!」

 

「まぁまぁ二人ともケンカしないの。外国でGⅠを勝ち取る私が最終的には最強になるんだから」

 

「「なんだとー!!」」

 

 どうやら今来たウマ娘達は仲良し3人組らしい。仲睦まじく張り合う様子にチームのみんなで苦笑を零してしまう。

 彼女たちがそれぞれサインを受け取り列を履け、オニャンコポンをウマホで撮影し、楽しそうに去っていった。

 ちらっと脚を観させてもらったが、あの年齢にしては中々光るものを持っている。あれは磨けばさらに輝くな。

 トレセンに入学することがあったら是非ともスカウトさせてもらいたいところだ。

 

「…トレーナーさん?」

 

「ファンの子にまでそういう目を向けるのは違うよね☆?」

 

「ちゃんと列を捌くの。よそ見してんじゃねぇの」

 

「誤解です…」

 

「いやでも気持ちはわからんでもねェ。いい脚してたなアイツら…」

 

 そんな風にファンのウマ娘達を観察していると長机に並んだ3人からプレッシャーを受けることになってしまった。

 違くて。SSの言った通り、将来が楽しみなウマ娘だなって思っただけで!

 

「出た…猫トレのクソボケだ…!」

 

「生で見れるなんて…来てよかった…!」

 

「写真取ろう写真…!」

 

 あっやめてくださいファンの皆様!ウマ娘達の写真撮影が禁止されているからって俺を撮らないでください!おやめください!!

 俺は咄嗟にオニャンコポンでガードをしようとしたが、あいつは今袖机で無心に肉球をぽむぽむする作業に入ってしまっているため助けてもらえなかった。

 

 そうしてまたファンの方々の列を捌くお仕事に戻る。

 今日のサイン会は当日先着にしてしまうと間違いなく膨大な人数で溢れてしまうため、ウマッターで事前に抽選式であることを告知し、それぞれ50人ずつ、150人の当選とさせてもらっていた。

 ネットでの応募式とさせてもらったところ、応募人数が10万人を超えたものだから流石に俺もビビった。

 厳正なる抽選の下に倍率600倍を乗り越えたファンがこうして並んでくれているわけで、感謝しかない。

 先程のウマ娘3人はそれぞれが豪運の持ち主か、もしくは運命に愛されていたのだろう。老若男女、様々な方々へ俺たちはサインを書いてお渡しした。

 

 そうしてだいぶ列がはけてきて、もうすぐ最後の人になりそうだな…と言う所で、俺は流れ作業で並んでいる人の当選メールを確認し、お名前をお伺いする。

 

「はい、当選メールを確認しました。書いてほしい言葉とお名前をどうぞ」

 

『じゃ、『目指せアメリカトップトレーナー』で。サンデーサイレンスに書いてもらおうかな!』

 

『…ん?英語?』

 

『なっ…!』

 

『名前は…()()()()()()、よ。…やっほ、久しぶりねサンデー!元気してた?』

 

『ゴア…なんであんたがここにいるのよ……!!』

 

 いきなり英語で話しかけられて顔を上げてファンの列に並んでいた、そのウマ娘を見た。

 余りにも見た顔だ。サンデーサイレンスのレースを見る際に、その最大のライバルとして鎬を削りあっていた相手。

 イージーゴア。

 アメリカでGⅠ9勝を達成した、レジェンドウマ娘だ。

 

『なんでって、サンデーに会いに来たんじゃない!親友が日本に行っちゃったから私寂しかったのよ?』

 

『ちなみに私もいるからね』

 

『オベイユアマスター…!?アンタが連れてきたの!?このバカを!?』

 

 その横に、いつからいたのかオベイユアマスターがいた。

 なんともまぁ、随分と凄まじいメンツが揃ったものである。

 

 アメリカGⅠ6勝、エクリプス賞W受賞のサンデーサイレンス。

 アメリカGⅠ9勝、サンデーサイレンスの最大のライバルであるイージーゴア。

 そしてジャパンカップで白い稲妻と葦毛の怪物を制したオベイユアマスター。

 

 このメンツが揃ってるだけでアメリカなら金が取れるわ。

 

『あ、サンデーのサインは冗談で…ファルコンちゃんの当選メールだから、ファルコンちゃんに書いてもらうわ。ここに『目指せアメリカトップトレーナー』ってよろしく!日本語でいいから!』

 

「ふぇ、え、え☆?と、トレーナーさん!通訳ぅ!」

 

「あー…『目指せアメリカトップトレーナー』って書いてやってくれ。フラッシュ、オニャンコポンスタンプよろしく」

 

「はい。…イージーゴアさん、ですよね。すごい方がいらっしゃいましたね…今はアメリカでトレーナーをされてらっしゃるとか…」

 

「レジェンドが揃い踏みなの…コワー……」

 

 俺はてきぱきとイージーゴアのサインを描いてもらって、肉球スタンプを押した色紙を渡しながら彼女たちに言った。

 

『イージーゴア、オベも…もう少しでサイン会も終わるから、SSを連れて回ってきていいよ。旧知の仲だし積もる話もあるだろう』

 

『あら、いいの?サンキュー、ケットシー!それじゃサンデー、一緒に回りましょ!学園のなか案内してね!』

 

『ちょっと!?タチバナ、私を売ったわね!?ってやめなさいゴア!腕掴むなぁ!力が強いのよ!このデカブツ!』

 

『ははは、なんだ…心配してたけど、タチバナと随分仲良くやってるようじゃないか。雰囲気が丸くなったね、サンデー』

 

『オベ、アンタが私に間違った日本知識吹き込んだのもう知ってるんだからね…!ってアンタも腕掴むなー!アンタたち体がデカいのよ!ぐっ、抵抗でき、ちょ、た、助けっ…!!』

 

「行ってらっしゃいSS。楽しんできてくれよ」

 

 そうして両腕をイージーゴアとオベイユアマスターに捕まえられたSSは、二人にドナドナされて行った。

 うんうん。アメリカからはるばる遊びに来てくれるなんてSSもいい友人を持ったものだな。

 そういうことにしておこう。

 

「……よし、では次の方」

 

「さらっと行きますね?」

 

「行き当たりばったり…☆」

 

「時々うちのトレーナーって雑なの。後でサンデーチーフに怒られたって知らないんだから…」

 

 俺は愛バ達のつぶやきが聞こえなかったふりをして、またサイン会の運営に戻るのであった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 その後、立華率いるチーム『フェリス』は無事サイン会も終えて、フリーの時間を過ごしていた。

 お昼に逃げ切りシスターズのライブが開催されて、立華とエイシンフラッシュが観客席の最前列で完璧なコールを繰り出しながら全力で応援したり。

 随分と疲れた様子のサンデーサイレンスと合流した立華が、ゴルシもかくやといったドロップキックを繰り出されて地面にキスしたり。

 道行くファンたちにオニャンコポンを肩に乗せた立華が写真をせがまれたりして…まぁ、騒がしく彼らの時間は過ぎていった。

 それもまた思い出であろう。そんなことをしているうちにあっという間に時間が経ち、もうすぐファン感謝祭も終わりという時間になった。

 立華は3人の彼の愛バを引き連れて、校内を散策していた。

 先日の夏祭りのように、4人でのんびりと祭りを見て回っていた。

 

「はい、トレーナーさん。飲み物買ってきました。まだ暑いですし、よく水分補給してくださいね?」

 

「お、ありがとうフラッシュ。ちょうど喉が渇いてたんだ、助かるよ」

 

「トレーナーさん、ライブでいっぱい応援してくれてありがとね☆!喉はまだ大丈夫?」

 

「ああ、この程度で枯れるもんか。トレーナーは声出すのが仕事だしな、まだいくらでも出るよ」

 

「よかったの。疲れてない?一日中立ちっぱなし、歩きっぱなしだったでしょ?脚は大丈夫?」

 

「うん、心配しなくていいよ。それなりに鍛えてるからね、全然元気さ」

 

 愛バたちそれぞれにそう答える立華。

 それを聞いて、愛バたちが意味深に目線で意思疎通をしていたが、エイシンフラッシュから受け取った飲み物を飲んでいた立華はそれに気付かなかった。

 ちなみにサンデーサイレンスは「ちょっくら呼ばれてっから」と立華に述べて足早に去ってしまったため、ここにはいない。

 とはいえ彼女もこの学園に来て既に1か月だ。チーム『フェリス』以外の知り合いも増えているころだろうし、そちらに顔を出しているのだろう。もしかすればアメリカのあの二人にまた呼ばれたのかもしれないしな。

 立華はそう理解を落とした。

 

 さて、そうしてゆったりと彼らが時間を過ごしていると、エイシンフラッシュがしきりに懐中時計で時間を気にしていることに立華が気付いた。

 

「…ん、どうしたフラッシュ?何か時間を気にしている様だけど…」

 

「ああ、いえ、気にしないでください!私が時間を気にするのはいつもの事ですから!」

 

「そうそう!気にしない気にしない!」

 

「今はこの時間を楽しむの!」

 

 そうか。彼女たちがそう言うなら気にしなくていい事なのだろう。

 そうして呑気に彼女たちの言葉を鵜吞みにする立華に、しかし彼の一歩前を歩く3人が、しきりに目線でやり取りをしているのが見て取れた。

 

(ちょっと!フラッシュちゃん!甘いの!逃げられたら一巻の終わりなの…)

 

(ウマ娘に人間は勝てないけど、このトレーナーさんだから逃げ切られるかもしれないよ!?)

 

(そうですね、焦っていました…でも、もうすぐ時間です。始めましょうか…)

 

 …もしかして何かサプライズでも準備してくれているのかな?

 立華はそう考え、そうだとすればむしろ気づいていないふりをするべきだな、と態度には出さず、問いただすこともしなかった。

 彼女たちがもし自分に何かを準備してくれているとすれば、それは絶対に嬉しいことに違いないのだから。

 先日あった彼女たちとのやり取り…盗み聞きしてしまった件への反省などもあったが、あれは話の内容が内容だったためだ。普段の彼女達のちょっとした悪戯心や、気安く接してくれる距離感自体は変えないでほしいと立華から話していたため、こうしてサプライズを準備してくれていることに立華は感謝しかなかった。

 

 そうして内心のワクワクを抑えながら、何でもない様に取り繕って彼女たちの後ろを歩いていると、ふと3人がその足を止めた。

 立華もまた、それに合わせるようにして歩みを止める。

 三人とも、立華の顔を見上げるように、距離を詰めてきた。

 

「……トレーナーさん」

 

「…実はね。トレーナーさんにお願いしたいことがあるんだ☆」

 

「急な話で申し訳ないの。…私たちの我儘、聞いてくれる?」

 

 そうして想像通りと言うべきか、彼女たちの口からはサプライズがあることが示された。

 当然、断る理由もない。愛バたちのお願いをこの男が聞かないはずがあろうか。

 

「もちろんいいよ。何でも言ってくれ。君たちのためなら何でもするさ」

 

 この安請け合いが彼がクソボケと呼ばれる所以である。

 その言葉を聞いて、彼の愛バたちがにっこりと…いや、にやりと笑顔になったことに気付いていないのだから筋金入りである。

 

「では……トレーナーさん。目を閉じて、くれますか?」

 

 代表して、フラッシュがまずお願いを口にした。

 いつの間にか周囲には誰もいない、人気の少ない場所に連れてこられたことにすら気付いていない立華は、そんなシチュエーションで目を瞑ることの恐ろしさなど欠片も考えずに。

 

「はい。………これでいい?」

 

 瞳を、閉じてしまった。

 

 ────────宴が始まる。

 全てを巻き込む、ウマ娘達の宴が。

 

「ありがとうございます、トレーナーさん。ではそのまま…」

 

「うんうん、そのまま…………☆」

 

「そのまま────────抵抗しないでね♪」

 

「は?」

 

 アイネスフウジンの言葉に、なんて?と首をかしげるのもつかの間。

 がばぁ!!といきなり立華の体は彼女らが事前に準備していたズタ袋をかぶせられ、持ち上げられていた。

 チームスピカが良くやる、例のアレ(ドナドナ)である。

 

「え!?何!?何なのぉ!?なんか持ち上げられてません!?どこに連れてくつもりー!?」

 

「トレーナーさん、暴れないでください…!」

 

「えっほ、えっほ☆」

 

「急いで運ぶの!!みんな、祭りが始まるのー!!レース場に集合なのー!!!」

 

「「「「「ワアアァァァァァーーーーーーー!!!!」」」」」

 

 ズタ袋に入れた我らがトレーナーを運ぶ三人と、それに続くようにすべての教室からウマ娘達が飛び出して、駆けだす。

 それは祭りの始まりの合図。

 トレセン学園全てを巻き込んだ、今日の最後を締め括る大目玉企画が始まろうとしていた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

87 トレセンだよ!全員集合!

 

 

 その事件は、学園の各所で同時に起きていた。

 

────────────────

────────────────

 

 

「しっかし…ゴルシの奴はよくまぁあんなに元気なもんだよなぁ。アイツも一時帰国で疲れてると思うんだが…」

 

「ふふ、お疲れ様です。沖野トレーナーは大丈夫ですか?」

 

「ああ、あそこまではしゃぐのは無理だけど、俺も飛行機の中でよく寝たしな」

 

 学園の校舎裏。

 人気の少ないここで、ヴィクトールピストの海外挑戦でフランスにいたところ、ファン感謝祭が開催されるため一時帰国していた沖野トレーナーと、それに付き従うように歩くサイレンススズカの姿があった。

 沖野はヴィクトールピストの先日のニエル賞による脚の負担を抜く時期を合わせて、昨日日本に帰国し、そうしてファン感謝祭に参加していた。

 無論、日本に残した愛バたちの様子を見るため、という理由もある。

 

「俺のいない間、変わりはなかったか?」

 

「ええ。みんな、予定のとおりトレーニングしています。スペちゃんもマックイーンも、食べ過ぎて太ったりはしてません」

 

「そっか。…スズカがしっかりしてくれてるから、俺も安心して飛び回れるってもんだ。ホント、いつも助かってるよ。ありがとな」

 

 サブトレーナーとして日本に残りチーム『スピカ』の監督を代行しているスズカに、沖野は感謝の言葉を述べる。

 それを受け取るスズカは、柔和な笑顔を浮かべたのち、しかし、普段の彼女らしさとは少し離れた、乙女のような甘えを見せた。

 

「ありがとうございます。…でも、沖野トレーナーがいないと、私、寂しいです。…ヴィイちゃんも大切なのはわかっていますが、もっと…私の事も、大切にしてほしいです」

 

「…!?いや、勿論スズカの事も大切に想ってるぞ!?当然だとも!チームみんなも、もちろんそれぞれ大切だが…!」

 

 沖野はそのスズカの妙な雰囲気が漂う様子に面くらい、彼がいつも咥えている蹄鉄状の飴を口から零しそうになった。

 スズカは走る事を、先頭の景色を見ることを何よりも大切にしている先頭民族である。

 普段は走る事に集中し、走る事に関連するサブトレーナーとしての仕事もしっかりこなしてはいるが、しかしここまで、なんというか、女子らしいというか、そんな雰囲気を醸し出すことはこれまでになかった。

 随分と変化を感じる。

 

 そういえば、立華君に預けたアメリカ遠征から帰ってきて以来、どうにも距離を詰めてくるようになった気がすると沖野は改めて思い起こす。

 以前にアメリカ遠征に行った後も近いことになった。どうやら彼女は先頭を求める本能とは裏腹に、どうにも寂しがり屋でもあるようで、その時はスペシャルウィークや仲のいい同級生、そして自分に甘えてくるようなことが多かった。

 先日のアメリカ遠征もスピカから参加したのはスズカだけであり、やはりそれが寂しかったのだろうか。

 しかし、その、なんだ。甘え方が、なんだか、色っぽくなったような。

 フェリスのウマ娘たちから何かの影響でもうけたのだろうか。

 

「…本当、ですか?私の事、大切に想ってくれていますか?」

 

「…ああ、勿論だ!」

 

 一歩前を歩いていたスズカがぐい、と距離を詰めてくる。

 見上げられるような形になり、そうして、間近に彼女の栗色の髪がふわりと広がった。

 

 ヤバい。

 なにか、ヤバい。

 彼女の顔を、真正面から見られない。

 何故なら、沖野もまた、彼女に対して…その脚が砕け、しかし想いを籠めて再生した道程を辿った際に、彼女だけへの特別な感情を持っていることを、否定できなくなっていたから。

 

「では…私のお願いを聞いてくれますか?」

 

「あ、ああ!何でも言ってみろ!」

 

「…では、目を、閉じてください」

 

 ごくり。

 沖野はそのスズカの余りの掛かり具合に圧を感じたが、だからといって、ここで目を閉じないで逃げるなんて選択肢を取れるはずもなかった。

 もうなるようになりやがれ、と半分やけっぱちで、沖野はその目を閉じた。

 ギリギリ、トレーナーとしての最後の一線を越えてはならぬという抵抗で、口にくわえた飴の棒をブロックするように前にだけは出していた。

 

「……ふふ、トレーナー。そんなに怖がらないでください。それに…あらかじめ言っておきますが」

 

「な、何?なんだスズカ?」

 

「…騙してごめんなさい。でも、寂しいという気持ちは、本当ですよ」

 

「……は?」

 

 何て?

 そう、スズカに問いかけ返す前に。

 聞き慣れた声と、見覚えのあるシチュエーションが彼を襲った。

 

「よっしゃよくやったスズカぁーーーーーッ!!」

 

「確保ォーーーーーーッ!!」

 

「どわぁっ!?何だお前ら!?」

 

 チームスピカの中でも身長の高いゴールドシップとダイワスカーレットが沖野の頭からズタ袋を被せた。

 あまりに心当たりがありすぎる仕打ちに、沖野はここでようやく自分がドナドナされようとしていることに思い至った。

 

「抵抗は無意味だぜぇ!!おら運ぶぞー!」

 

「ヤッチャウモンニー!」

 

「隙を見せましたわねトレーナー!!さあ持っていきますわよ!」

 

「けっぱるべー!!えっほ、えっほ!」

 

「沖野トレーナー、観念してください!!」

 

「いつの間にお前ら集まってたんだよ!?スズカ!?どうなってんのこれ!?」

 

「ごめんなさい…ふふっ、ごめんなさい…!」

 

 そのまま他のウマ娘達に体を抱え上げられ、えっほえっほとどこかへ運ばれて行きながら沖野は断末魔を上げた。

 何だ、何が起きている?

 その問いかけをスズカに返したが彼女からは謝罪の言葉しか返ってこなかった。しかもその言葉に含み笑いが交ざってる。

 なにやら彼女たちにとってよっぽど楽しいことが起きる様だが、しかし何の説明もなくズタ袋を被せられて運ばれることがここまで恐ろしいものだとは思っていなかった。

 沖野は改めて己の愛バ達がスペに対し恐ろしいことをしていたものだと反省し、しかし最後まで抵抗を諦めないままにどこかへと運ばれて行った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「マスター。何も言わずに抵抗せずに、この袋を被ってください。ミッション『ドナドナ』開始します」

 

「ブルボンさぁん!?何で最初に全部説明しちゃうのぉ!?」

 

「………何故だ」

 

 黒沼トレーナーは、今日の各種イベントへの参加を終えてチームメンバーを集め、労りの言葉をかける軽いミーティングを開こうとしたところ、なぜか手に大きなズタ袋を持ったミホノブルボンに攫って行く宣言をされていた。

 ワケが分からない。

 俺のブルボンは確かに時折天然をかますことがあるが、しかしここまで訳が分からないことをするようなウマ娘だったか?

 ……だったかもしれない。

 

「申し訳ありません、マスター。その問いに対する回答権限を私は持っていません」

 

「…ライス。説明しろ」

 

「ひぇ…!ごめんなさいお兄様、ライスも話せなくて…!でも、捕まってくれないとライス達が困っちゃって…!」

 

 ブルボンに説明を求めたところ断られ、ライスに振ってみたがやはり断られた。

 他のチームメンバーにサングラスの向こうから目線を振るが、しかし誰もが己から目を逸らす。

 誰も答えられないようだ。

 何が起きている?これもファン感謝祭のイベントの内なのか?

 しかし、俺には何も知らされていない。

 他のトレーナーと今日の演目について打ち合わせをしたこともあるが、その中でもこんなイベントを知っているトレーナーは一人もいなかったはずだ。

 

「…………」

 

 黒沼は考える。

 このまま素直に捕まる理由はない。

 だが、捕まらない理由もない。

 俺のチームである『ベネトナシュ』は、確かにスパルタな練習で有名であるが、しかしそれを乗り越えられるウマ娘が集まっており、絆は強いほうだと確信している。

 また、自分自身もチームのウマ娘に対してそれなりの関係を作れているものだという自負もある。

 彼女らの、珍しい…おねだりの様なその暴挙に、しかし、ふざけるな、と言葉を返すほどこの男は心が冷たいわけではなかった。

 

 ふと、黒沼の脳裏に最近交友を深めたトレーナーのすっとぼけた顔が浮かぶ。

 立華なら、このようにウマ娘に言われても躊躇いなくその身を捧げることだろう。

 それはあの男がクソボケであるという理由のほかに、ウマ娘を信じ切っているからだ。

 クソボケの部分はどう考えても悪癖で、うちのウマ娘にだけはちょっかいを出すんじゃないと圧をかけてはいるが、しかしウマ娘を信じぬくその姿勢は見習う所があった。

 

 …甘えさせてやるか。

 このファン感謝祭と言う彼女たちにとって一大イベントであるそれで、何か彼女たちのほうで考えがあってこのようなお願いをされているのであれば、それくらいは受け入れてやるのもトレーナーとしての懐の広さであろう。

 

「……フー……いいだろう。持っていけ」

 

「!…有難うございますマスター。私の好感度ステータス上昇。98%を記録しました」

 

「100%になったらどうなるのそれぇ…!?じゃ、じゃあ…ごめんなさい、お兄様!大人しく運ばれてね…!痛くしないから…!」

 

「が、頑張ってください黒沼トレーナー!」

 

「応援してますからね…!後で怒らないでくださいね…!」

 

 腕組をしたままの黒沼に、ブルボンがばさぁ!とズタ袋をかぶせて、そうしてウマ娘達の手によって運ばれる黒沼。

 全く抵抗せず微動だにしないその様子はむしろ清々しさすら感じられるほどの、ウマ娘への信頼の証だった。

 

 

────────────────

────────────────

 

「キタハラ…」

 

「え、何?なんで俺壁際に追い詰められてんの?何なの何!?ノルンちょっと!?」

 

 ここは教室棟。

 自分のチームのウマ娘であるノルンエースから壁ドンを食らい、微動だに出来ない北原穣の姿があった。

 

 つい先ほど、オグリの屋台巡りの見張り兼ブレーキ役の仕事を終えて、ベンチに座って休憩していたところをノルンエースに見つかり、一緒に回らないかと誘われた。

 疲れもあってちと億劫だな、と表情に出してしまったところで無理やりノルンエースに腕を引かれてそのまま人気の少ない方へと連れていかれた。

 そうして壁際でいきなり壁ドンをされているのが今の状況である。

 

「…キタハラさぁ。今日、ずっとオグリといたじゃん」

 

「あ、ああ?そうだな、一番目を離せないやつだし…でもベルノもいたぞ?」

 

「違くてさぁ…はぁ…。…一応、あーしだってチームのウマ娘じゃん。ほっとくのってどーなん?」

 

「あ?いや、でもお前はチームの中でも一番しっかりしてっから、あんまり心配いらねぇかなって思ってたんだけど…何、もしかして何かあったか?」

 

「っ…違、違わない、けど…そうじゃなくて……」

 

「…オイどした?マジで何かあったのか?大丈夫か…?」

 

 そうして問い詰める側のノルンエースが、しかし北原の何気ない一言に反応して尻尾をぶんぶんと振ってしまい、それを見た北原がさらに怪訝な様子で心配の言葉をかける。

 だが二人が壁際にいるそのそばの曲がり角の向こう、彼のチームのウマ娘達が集まってそれを盗み聞きしていることを北原は気付いていなかった。

 

(ノルン…!自分が気を引くって言ったのに何反撃されてんだよ!?)

(このクソザコがよぉ…!)

(最近のキタハラは立華トレーナーに似てきたな…?師は弟子に似るといったところか…はぁ……)

(まだか?もういいか?時間がかかりそうなら焼きそば食べてていいか?)

 

 オグリが音を立てずに焼きそばをすする横で、ズタ袋を構えて合図を待つルディとミニーはそのノルンの様子にやきもきしており、そんなメンバーの様子にため息が止まらないマーチ。

 曲がり角の向こうでそんなことが起きているとはつゆ知らず、北原がノルンの顔を正面から見据えて、様子をうかがう。

 北原にとってそれは診察である。以前立華という才能ある後輩から、ウマ娘の顔を見ればおおよそのコンディションは分かりますよとアドバイスを受けており、その技術を生かしてノルンの調子を見ようとしたのだ。

 

「ちょっと目ぇ閉じろ。眼圧とか診るから…調子悪い所はどこだ?痛むところとかないか?お前もこれからGⅠレースに挑むわけだからな、体調不良があっちゃまずい」

 

「や…ちが、何でもないって!」

 

「何でもないってワケあるか。ホレ、よく顔見せろ」

 

「ちょ……だ、めだって……」

 

 ノルンエースは思わぬその北原からの反撃に、まるであの猫トレ(クソボケ)が憑依したかのような攻めの姿勢に、防御力が0となりそっと目を閉じてしまった。

 間近で、真剣な顔で己を見つめる北原の顔を直視できなかったからだ。

 

「……」

 

「よし、そのままにしてろよ…えーと、確か立華君が言うには……顎の下、このあたり……」

 

「確保ォーーーーーーーーーーッッ!!!!!」

 

「もう我慢できるか確保ォーーーーーーッ!!!!」

 

「ってなんだぁーーーーーっ!?!?」

 

 しかしノルンにとっての蜜月は長くは続かなかった。

 北原がノルンの顎に手を伸ばしたあたりで痺れを切らしたルディとミニーが吶喊し、北原に躊躇わずズタ袋を被せてしまったのだ。

 

「…って、ちょ!?アンタら出てくるのが早いってぇ!?」

 

「うるせー!中年相手にあんな顔してたノルンに発言権はねぇー!!」

 

「目を閉じさせるアンタが目を閉じてどーするんだよこのクソザコがーっ!!」

 

「はぁ…こんなことになるとは思っていたが…」

 

「む。運ぶか?よし、キタハラ、抵抗するなよ。えっほ、えっほ…」

 

「何!?なんで俺持ち上げられてんの!?なんなのぉ!?!?」

 

 そうしてチームカサマツのみんなが集まり、北原を持ち上げてドナドナに入る。

 いい所でカットインされたノルンエースが誤魔化すように赤くなった頬を叩いた。そうしてまた一匹の生贄がレース場へと運ばれて行った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…なぁ、これどうするよ…?」

 

「どう、しましょうね…?」

 

「…ふぅン。トレーナー君、キミ、もうちょっと姿勢を下げられないかい?」

 

「ほわぁ~…これ、袋一枚で足りるのでしょうか~?」

 

「……いえ。姿勢を下げろと言われれば、下げますが……」

 

 ここはグラウンドの近く。

 チーム『レグルス』のウマ娘達と、そのトレーナーである小内トレーナーが、何やら一悶着を起こしていた。

 

「…その、自分で申し上げるのも何なのですが。私を袋に入れて運ぶのは、いささか無茶があるのでは…?」

 

「いや、俺だって一番デカい袋借りてきたつもりなんだけどよォ…」

 

「私だったら二人くらいは包めそうな袋なんですが…」

 

「うーむ…駄目だね、やはり袋一枚では上半身だけギリギリ覆えるくらいにしかならない」

 

「困ってしまいましたねぇ~…脚だけ出したまま運んでしまっても、はしたなくなってしまいますし…」

 

 レグルスのウマ娘たち、ディクタストライカとニシノフラワー、アグネスタキオンとメジロブライトが揃って頭を抱えていた。

 彼らチームは他のチームに比べると割と牧歌的な独特の雰囲気を持っていた。小内の温和な人柄がそれを生み出しているのだろう。

 こと走りにかけては気性難と表現されてもおかしくないディクタストライカですら相当に懐いているだけの理由が彼にはあった。

 

 そうしてこの同時多発ドナドナであっても、チームベネトナシュと同じように、交渉による運搬をタキオンから打診し、小内も全く反対することなく運ばれることに同意した。流石はモルモットと言ったところである。

 しかし実際に運ぶ段になって、問題が発生した。

 

 小内がデカすぎなのである。

 

「ったく、何喰ったらこんなにデカくなるんだよ…」

 

「…では、上半身から一枚袋をかぶせて、下半身からもう一枚袋をかぶせて、それで運ぶというのはどうでしょうか!」

 

「ふぅン…それしかないかもねぇ。脚だけ出したままで運ぶとこの図体だ、どこかにぶつけてしまうかも知れない」

 

「じゃあ、それで行きましょうか~。トレーナー、脚を上げてくださいます~?」

 

「わかりました。これでいいでしょうか…」

 

 そうしてニシノフラワーが解決策として発案した上下からの袋詰めにすんなりと小内が同意し、まるでズボンを履くかのようにズタ袋に下半身から入っていき、上半身からはディクタストライカがジャンプして袋をかぶせた。

 謎のダブルズタ袋マンの完成である。

 

「っし、じゃあ気合入れて運ぶぞ!デケぇから皆で運ばねぇと落としちまうからな!」

 

「はい…!…あ、あれ、届かないです…!」

 

「フラワー君は無理しないでくれたまえ!私達を先導して道を開いてほしい!」

 

「トレーナー、暴れないでくださいねぇ~!重心が動くと落としてしまいそうですからぁ~!」

 

「わかりました。皆さん、気を付けてくださいね」

 

 ウマ娘3人が大柄なそのズタ袋マンを抱えて運び、ニシノフラワーがそれを先導していく、謎の光景が繰り広げられたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「………ッ……!」

 

「……隙が、ない……ですね…!」

 

 エントランスホール。

 そこが、凄まじい緊張感に満たされていた。

 

「トレーナーさん……動かないでねぇ~!」

 

「ターボ、痛くしないもん…!大人しくしててよトレーナー!」

 

「……そう、言われましても。困ってしまうのですが」

 

 チーム『カノープス』の面々と、それを率いる南坂がそこにはいた。

 つい先ほど、チームのみんなで祭を散策して楽しんでおり、その中でナイスネイチャが他のチームと同様にドナドナするため、彼の背後からズタ袋を被せて捕まえようとした、その瞬間だった。

 プンッ、と空気が裂けるような音がして、その場にいた南坂の姿が消え、次の瞬間にはウマ娘達の背後を取るような形で移動したのだ。

 ウマ娘の誰もが目に追えなかったほどの速さ。

 あまりの衝撃に、ウマ娘達はレースに匹敵するほどの緊張をもって、彼と対峙していた。

 

「南坂トレーナー…!抵抗しないでください!!悪いようにはしませんから!!」

 

「ササちゃん、それ今言うのは逆効果じゃない…?…でも、捕まえられないとまずい。僕たちのチームだけ失敗なんて…」

 

「…ササヤキ、イルネル。広がって、トレーナーを囲むように。イクノ、タイミングを合わせて…どこかでも捕まえればこっちの勝ちのはず…パワー勝負なら負けない…!」

 

「いえ、その。理由を教えていただきたいんですが…」

 

 ネイチャの指示でじりじりとトレーナーを囲むように移動する臨戦態勢のウマ娘達を、困ったような苦笑を零して南坂は見た。

 いきなりの展開に自分も僅かばかり驚いている。

 急な出来事だったため、先ほどは身に沁みついた動きでネイチャの捕獲行動を回避してしまったが、理由を聞いて納得するようなそれであれば特に抵抗するつもりもなかったからだ。

 

「申し訳ありません、トレーナー。理由は明かすことはできないのです」

 

「ただ捕まってくれるだけでいいんだ~。悪いようにはしないから~」

 

「切羽詰まってるもん!もう時間がないもぉぉぉん!!」

 

「逃がさない…逃がさないですから…!!」

 

「トレーナー…静かに……捕まってください…!」

 

 南坂は掛かり気味のチームメンバーの様子に、内心で本当に何があったか、と想定できる可能性を模索する。

 これが、ただの彼女たちの悪戯というものであればよい。

 しかし、万が一、億が一、彼女たちがファン感謝祭に紛れ込んだ何者かによるマインドコントロールを受けて、己の人質としてその身代を取られたうえに己を捕獲しようとしているのであれば…いや、それは考えたくない。

 とにかく、これをただの悪戯だと言ってほしい。

 そんな想いで、しかし確証が持てないため、南坂は捕まることを拒んだ。

 

「すみません。…怖いので、逃げます」

 

「っ、確保ォー!!一斉にかかって!!」

 

「失礼します、トレーナー!…なっ、残像!?」

 

「捕まえるもん!!イルネル、後ろだもん!!」

 

「どりゃああああ!!!そこだぁぁ!!」

 

「駄目だ、ササちゃん!そっちじゃ…なっ、いない!?」

 

 独特の足運びで流れるようにウマ娘達の攻勢をかわし続ける南坂。

 これをスマホで撮影したら出来の悪い特撮映像だと思われてしまうだろう、謎の空間がエントランスホールに広がっていた。

 

 しかしその騒動は、ひょんなことから終わりを迎える。

 

「止まって~……っぶっへぇ!?」

 

「あ、マチタン!?」

 

「────────タンホイザさんッ!」

 

 南坂を捉えようと駆けだしたマチカネタンホイザが、何もない所で見事にズッコけて、その顔をしたたかに地面に打ち据えた。

 顔を上げる彼女の、その赤くなった顔、鼻から一筋の血が垂れてくる。

 彼女の癖になってしまっている鼻出血だ。

 

 そして、次の瞬間にどこにいたかも把握できない残像の南坂はすべて立ち消えて、タンホイザの目の前に膝立ちで現れた。

 びえええー!!と泣き出すタンホイザに、ハンカチで涙をぬぐってやって、ティッシュを鼻に詰めてやる。

 しかしそれは同時に隙となった。

 心苦しさを抱えつつ、しかしこの機を逃さなかったナイスネイチャが彼の右肩をがっしりと掴んでいた。

 

「…ぶぇ、ひっく、トレーナーぁ~……」

 

「ああ、ごめんなさいタンホイザさん。…私も大人気がありませんでした。大丈夫です、血はすぐに止まりますから…しばらく上を向いて…」

 

「……あー…その、さ。トレーナー。タンホイザの鼻血に免じて、ここは捕まってくんない?」

 

「…そうですね」

 

 南坂はタンホイザへ処置をしながら考える。

 マチカネタンホイザがその顔を強く地面にぶつけて、そうして涙を流したことで、マインドコントロールの可能性は消えたと言っていいだろう。

 もし彼女がそういった催眠を受けてしまっていれば、たとえ転んでしまったとしても目的を遂行するために動き続けるはず。

 であれば、やはりこれは何のことはない、彼女たちの可愛い悪戯だったのだ。

 それを信頼しきれなかったことに反省の念を覚える。

 これがきっと、あの立華トレーナーであれば、何のためらいもなく彼女たちに捕まったことだろう。

 自分もまだまだ、青い。

 

「わかりました、大人しく捕まることにしましょう。…痛くしないでくださいね?」

 

「ヒョッ…ヒョエッ」

 

「…僕も鼻血が出そうです…」

 

「二人ともイケメンに弱すぎるもん!!」

 

「では、トレーナー。失礼します。あまり動かない様に」

 

 そうして南坂の降参の表情が突き刺さり掛かり気味になる後輩二人は置いといて、イクノディクタスが南坂にズタ袋を被せる。

 確保レベル最高難易度のトレーナーを無事捕まえられた彼女たちは安堵と共にえっほえっほとどこかへ彼を運んでいった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「ぶへっ……な、んだったんだ、いったい…?」

 

 立華は、ズタ袋に入れられて愛バ達に運搬されて、ある程度の時間の後地面に降ろされた。視界は塞がったままだが、聴覚は足早に去っていく彼女たちのその足音を捉えていた。

 しっかり結ばれていたわけではないそのズタ袋を、もう外してもいいのかと身をよじり脱いだところで、夕暮れに変わりかけている青空が見え目を細める。

 

「ここは……」

 

 そうして、彼は見た。

 一面に広がる、芝。

 周りに他のチームの男性トレーナーも複数人いる。

 そして目の前には、ああ、見間違うはずもない。

 

 そこには、ウマ娘がスタートを切るのに使われるゲートが設置されていた。

 

『さぁっ!!!これで各トレーナーがゲート前に集まったぜェーーーーーっ!!!』

 

 ワアアアアアアアアアアっ!!!

 聞き慣れた声、ゴールドシップの実況が校内にあるレース場に鳴り響き、そうしてウマ娘で満員の観客席が大いに沸き上がる。

 周りのトレーナーも、何が起きているのか理解しきれていないといった顔だ。

 

 なんだ、これは。

 まさか。これは。

 

 これは。

 

 ────────そういうことなのか?

 

『宴が始まるぜぇーっ!!トレセン学園ファン感謝祭最終プログラム、第一回ッッ!!『トレーナーズカップ』左回り芝1200m!!開ッ!催ッ!っだぁーーーーーーーーーーーっっっ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

88 トレーナーズカップ ①

 

 

『アタシたちはよぉ、ウマ娘だ。レースで走るためにこのトレセン学園に来た…そうだろみんなーっ!!!』

 

 ─────オオオオオオオオオオオオオ!!!

 

『ああ、レースで走るのは楽しい!勝てたらもっと最高だ!!そんな奴らしかトレセン学園にはいねぇんだ!!そうだろみんなーっ!!!』

 

 ─────オオオオオオオオオオオオオ!!!

 

『だよなぁだよなぁ!!!でもよぉ!!!なんでか知らねーけど、この学園に……まだレースで走ったことがないやつらがいるらしいぜぇ!??!?』

 

 ─────えええーーーーーーーーー!?!?

 

『おかしいよなぁ!?こーんなに楽しいレースなのによぉ!?だからよぉ……アタシたちウマ娘が!!その機会を与えてやろうぜェーーっ!!!アタシたちの気持ちを理解してもらうためになぁーーーーーっっ!!!』

 

 ─────ワアアアアアアアアアアアア!!!

 

『トレーナーどもぉ!!アタシらウマ娘と同じ条件で!!レースを走ってみやがれってんだ!!!トレーナーズカップ開始ィィィィィ!!!!』

 

 ─────ワアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!

 

 

 

 どうしてこんなことに。

 

 狂気の如く盛り上がる観客席のウマ娘達の歓声に包まれ、ゲート前のトレーナー達に動揺と衝撃が走る。

 どうやらこれはウマ娘達によるサプライズのようだ。

 事情を把握できているトレーナーは一人としていないようで、ただただ目の前のゲートに困惑している。

 恐らくは、チームを運営する男性トレーナーを集めてレースをする…という催しのようだが、しかしどうしてそんなことに。

 

「…そのー!!事情!!事情を説明してほしいんだけどぉ!?」

 

 俺は代表として声を上げ、スタート地点から少し離れたところに準備されている実況解説席、そこに座るゴールドシップに説明を求めた。

 そんな俺の声が聞こえたらしいゴルシはへへっと肩を竦めるだけで、しかし、その解説席に一人のウマ娘が歩いていき、マイクを取った。

 

 …マジで?

 君も一枚噛んでるの?

 

『…ふふ、トレーナーの諸君には急な話で申し訳ないね。今回の企画の実行委員長、シンボリルドルフだ』

 

「ルドルフまで…マジかよ…!?」

 

「会長まで共犯でしたか…困りましたね…私、以前のファン感謝祭での弱みがありますからね…」

 

 沖野先輩と南坂先輩が改めて解説席に座ったルドルフを見て驚愕の表情を浮かべる。

 それはそうだろう。あの皇帝が、このようなお茶目なイベントにゴーサインを出すとは考え難い。

 どうしてしまったんだルドルフは。

 

 …いや、確かにこの世界線では生徒会室に呼ばれて彼女ら生徒会役員と話をするたびに、なんだかいつもの世界線よりも子供っぽいというか、砕けた雰囲気で話しているのを俺は知っている。

 そうした変化は悪いものではない、いやむしろ彼女がストレスを抱え込みすぎることがなくなったのでいい変化だとは思うが、しかしそれにしても意外である。

 確かに俺と話すたびにその皇帝の肩書の重さからくる彼女の悩みなどを聞いて、東条先輩とも連携していつも気にかけていたのだが。

 全く誰の影響でこんな頓珍漢なことをするようになっちまったんだ。

 

『まず、トレーナーの皆さまにおかれては日々の業務、本当にお疲れ様です。……私達ウマ娘も、あなた方の尽力があって楽しく学園生活を過ごせています。…そうだろう、みんな!』

 

 ────イエーーーーーイ!!!

 ────いつもありがとー!!!

 ────感謝してまーーす!!!

 

『ああ、私も同じ気持ちだ。しかし、レースを走る私達の誰かがふと思ったのだ。私たちはレースを全力で走り、そうして満足しているが……トレーナーが走ったらどうなるのだろうかと。ウマ娘同士の走りではない、我らがトレーナー達が走る姿を見てみたいと。…そうだろう、みんな!!』

 

 ────ワアアアアアーー!!!

 ────見たーーーーーい!!!

 ────絶対可愛いーーー!!!

 

『だから、これは私達ウマ娘のお茶目な悪戯だと思って…この1200mを全力で走りぬいてもらいたい!実際に芝のコースで競い合うことで、あなた方にも新しい見地が生まれるかもしれないからね!私達の敬愛するあなた方が、全力で走って勝負する姿が見たいのだ!!そうだろう、みんな!!!』

 

 ────ワアアアアアーーーーーーー!!!!!!!

 

 

 

 ルドルフの説明で、ようやく俺を含めたトレーナーたちは事情を理解した。

 つまり、これはファン感謝祭のイベントなのだ。

 それもファン向けではない、()()()()()()()()

 俺たちはこれから全力でレースを走り、彼女たちを楽しませてあげると。そういう話なのだ。

 

「…成程。そういう話だったか。説明がなかったのはサプライズか…」

 

「オイオイ中年には辛いぜぇ…!1200mか、全力でそんな距離走るのはいつぶりだ…?」

 

「確かに、我々は毎日のようにレース場にいますが…実際に、全力で走る事はありません…いい、機会かもしれませんね…」

 

 黒沼先輩、北原先輩、小内先輩がそれぞれ零す。

 その表情は、こんな悪戯をいきなり仕掛けて何なんだ……というような色は一切ない。

 

 しょうがないな、と。

 ウマ娘達の、教え子たちの、こんなかわいい我儘なら、付き合ってやるかと。

 

 そんな、苦笑を湛えていた。

 

 もちろん、俺も…他のトレーナー達もそうだ。

 俺たちは中央トレセン学園のトレーナーだ。

 ウマ娘の事を一番に考えているからこそ、ここに籍を置く資格を持つ。

 

「しょうがねぇな…やるか!」

 

「私も乗り気になってきました。走る前の柔軟はしっかりしておきましょうか…」

 

「そっすなー、俺なんか特に年齢の分きっちり筋を伸ばしとかにゃ…」

 

「…南坂先輩、走る時に分身とかしないでくださいね?」

 

「できませんよそんなの…」

 

「怪しいな…貴様から注意は外さんぞ」

 

「いや黒沼さんも筋肉すげぇし要マーク対象っすよ?あー…作戦どうすっかな…」

 

 俺たちはゲート前で思い思いに柔軟運動をし、レースに出走するための準備を始める。

 その様子にウマ娘達のボルテージがどんどんと高まっていき、観客席から自分のトレーナーを、推しのトレーナーを応援するウマ娘の声がガンガン浴びせかけられる。

 

 …なるほど、レース前の、ゲート入りする前のウマ娘ってこんな気持ちなのか。

 俺も新鮮な驚きと共に、足首をしっかりと解してレースに備えた。

 

 ところで俺の肩に乗ってるこのオニャンコポンどうしよう?

 一緒に走るか?肩から降りるか?どうする?

 ニャー。

 そっか。じゃあしっかり掴まってろよ。万が一にも他のトレーナーにふんづけられないようにな。

 

『よーしよしよし!!素直で助かるぜぇー!!さてんじゃ一応レースの説明だぁー!!コースは左回り芝1200m!!坂道無し!直線から始まってコーナー回って最後の300m直線を走ってゴールになるぜっ!!』

 

『レギュレーションも私達ウマ娘が走るレースと同じだ。斜行など危険になるような走りには注意してほしい。あくまでエキシビジョンだからね、怪我しないようお気をつけて』

 

『もちろん賞品もあるぜーっ!!一着を取ったトレーナーのチームには!!なんとっ!!高級にんじんハンバーグセットを人数分×5セットプレゼントだぁ!!!』

 

 ゴルシとルドルフがレースの解説をしてくれる。

 成程ルールはシンプルだ。左回り芝1200mとなれば、GⅠで言えば高松宮記念が該当する。

 あれと同じコースを走れということだ。距離を短距離にしてくれているのは人間の体力を考えてくれているのだろう。

 全力疾走しきれる長さではなく、しかし持久走にもならないその距離。

 これは駆け引きが試される。

 体力勝負ではあるものの、そこに戦略性が求められてくる。

 

「キタハラァーーーー!!!勝て!!絶対勝てェーーーーーー!!!!」

 

「沖野トレーナー!!!死ぬ気で走ってください!!!けっぱるべーーーー!!!!」

 

 一着の賞品が発表された直後に、葦毛の怪物と日本総大将から熱烈な応援がそれぞれのトレーナーに送られていたのは聞かなかったことにしておこう。

 

『────さて、しかしただ走るだけではつまらないだろう。そのため、簡単な障害を設置させてもらっている。あなた方が本気で、全力で走る事が出来るようにね』

 

「…ん?ルドルフ、今なんて?」

 

 そうして続く説明に、俺は思いっきり首をかしげてルドルフを見た。

 そのにやりとする悪役顔似合ってるね。やめてくれない?

 

『…あなた方がスタートして2分後に、同じゲートから、あなた方のチームのウマ娘がスタートする。トレーナーに追いついた瞬間に、その手に持ったハリセンでお尻を思いっきりひっぱたくためにね』

 

「は?」

 

「オイちょっと待てよ!?」

 

「何だと…」

 

「…2分ですか。その後1200m…約1分10秒くらいで走り抜ける計算ですね」

 

「つまり、私たちは3分10秒で1200mを走り切らないといけない…わけですね…」

 

「異議申立ェーーーーーッ!!!!」

 

『却下ァーーーーっ!!!既にお前らの愛バ達が後ろに集まってるぜぇ!!見ろぉ!!!』

 

 俺は全力で異議申し立てを叫んだが受理されなかった。

 ちくしょう。どうしてこうなっちまったんだ。

 そして既に俺たちを追い立てるウマ娘が準備をしているという。バラエティー番組かな?

 確かに見ている方は間違いなく楽しめるだろう。しかし逃げる側はたまったものではないんだが?

 

 チームのウマ娘と言っていたから、俺のチームからは誰だろう…こういうイベントにノリノリなのはファルコンかアイネスだろうか。もしかしてSSが来るとか言うなよ?

 そうして祈りを込めて、お尻をひっぱたく役目を務めるウマ娘達が集う方に視線を向けた。

 

「マックイーンさん、ハリセンを振る時はどのように振れば一番腰が入るでしょうか」

 

「フラッシュさん、もちろんそれは…こうっ!ですわ!ユタカのように!!」

 

 オイ…。

 なんで…。

 フラッシュがそこにいる…?

 

「げ、マックイーンか…いやだが短距離ならワンチャン逃げ切れるか…?」

 

「イクノさんでしたか…ターボさんじゃなくて少し安心しました。いえ全く安心できませんが」

 

「ブルボンか……まずいな…」

 

「ノルンかよ!?いやでもお前もし体調悪かったら無理するんじゃねーぞ!芝なんだし!!」

 

「フラワーさんですか…確かに距離的には適任ですが…あまり痛い思いはしなくて済みそうですね」

 

 他のトレーナーの方々も、己の尻を狙う愛バ達の姿を確認してげっそりとした表情になっている。

 ……このレース、負けられない。

 

『よしじゃあゲート入りを始めてもらうぜ!!エアグルーヴがゼッケンを渡すからそれを身に着けて、それぞれゲートに入っていきなァ!!』

 

『ふふ、私達が()()()入りするときの気持ちを存分に味わってくれたまえ。思わず気分が()()()()してしまうな。ふふっ…』

 

 ゼッケンを受け取りながら、ルナちゃんのいつものが零れて俺もげーっとしてしまった。

 というのはまぁ置いといて。俺は自分の番号、4番ゲートに向かって歩き出す。

 ゲートに入る練習などをさせたことは何度もあるが、しかし自分がこうしてゲートに入るのは思い返せば初めてかもしれない。

 

「……う、わ。これは……」

 

 そうして俺は、その圧を初めて感じることになった。

 鋼鉄の檻。

 そんな言葉が脳裏に浮かぶ。

 自分が入るスペースだけではない、自分の体よりもはるかに大きく、広がるように口を開くそのゲートは、確かな圧迫感をもって視界に広がっている。

 

「…うお、こんな気分なのか…」

 

「いや、これはなるほど…嫌がる子がいるというのもわかりますね…」

 

「ゴメンちょっと無理。ゴメン。ちょっと待ってもらっていい??いやキツイでしょ!!??」

 

 それぞれのトレーナーも近い感想を零す。

 見るのと、指導するのと…自分でやってみるのはこんなにも違うのかと言わんばかりだ。

 ちなみに最後の発言、ゲート入りを拒否(やでーす)しているのは木勢(kize)トレーナー*1だ。

 スイープトウショウやカレンチャンが所属するチームのトレーナーだが、どうにもゲートが苦手らしい。閉所恐怖症かな?いや、気持ちはわかるよ。

 しかしそんな彼も後ろで構えるカレンチャンから魅惑のまなざしを向けられ、観念してゲートに入っていった。

 

 これでトレーナー全員がゲート入り完了だ。

 

『よーし全員入ったな!!さあそんじゃ始まるぜ…第一回トレーナーズカップ!!スタートだぁ!!』

 

 ガコン!!

 想像以上に大きな音が響いて、ゲートが開かれた。

 

────────────────

────────────────

 

『スタートはかなりバラついたね…ああ、小内トレーナーがゲートを出るのがかなり遅れたな。あの体の大きさでは大変だっただろう。しかしこれでトレーナーの皆さまにもゲートを出るのが難しいことを分かってくれたかな。ふふ、一生懸命走っているな』

 

『あははは!!オラオラがんばれーっ!!そんなんじゃ後ろからケツひっぱたかれるぞーっ!!』

 

 ────やだー!!可愛いー!!

 ────一生懸命走ってるー!!

 ────がんばれー!!負けるなー!!!

 

『先頭を進むのは黒沼トレーナーだ!!逃げの作戦をとったようだぜぇ!!』

 

『ミホノブルボンに倣ったかな?そうしてその後ろに沖野トレーナーが続いて、2バ身ほど離れて中団に複数名トレーナーがいるな。南坂トレーナーと小内トレーナーがその中だ。…さらにそこから2バ身ほど後ろ、後方集団に立華トレーナーと北原トレーナーが位置取りしている。流石に追い込みの作戦をとるトレーナーはいないかな』

 

『北原トレーナーは大丈夫かぁ!?まだ100mだってのに息が上がり始めてねぇかぁ!?』

 

「うるせー!!こちとら中年なんだよ中年ーっ!!」

 

 まだ100m、という表現に苦笑を零しながら、俺は差しの位置からレースを組み立て始める。

 100mと言うのは確かにウマ娘にとっては全く持って大した距離ではないだろう。

 だが、人間にとって100mを走るというのは相当の重労働なのだ。それだけは伝えておきたかった。

 

「しかし…っ、これ、すげぇな…!!」

 

 俺は芝のコースを走ることで感じる、多くの新鮮な体験にテンションが上がっていた。

 まずこの芝。勿論、これまでも練習を指導するときとかに軽く走ったりしたことはある。だがことレースの速度となると、この芝がどれほど脚に負担を強いているのかがわかった。

 とにかく芝が深いのだ。ウマ娘達が走っているときにはあまり意識しなかったが、寝そべれば体の半分ほどは覆い隠れてしまうほどに芝は長い。

 そこを全力で走ろうとするととてつもなく体力と脚が持っていかれる。

 1200mを走り切るためには、ペースを意識して走る必要があった。

 

 しかしペースを意識すると言っても、これが難しい。

 ツインターボの様に全力で走ろうとまでは思わないが、しかし余力を残すように走ってもいけない。

 脚を残して、最後のコーナーを上がって最終直線で他の人を抜かす加速をかけなければならない。

 その感覚が、まぁ普段練習していないことを鑑みても、とんでもなく難しい。

 ウマ娘達は走ってる時にここまで考えて走らなければいけないわけだ。

 

「しかも、なるほど…!駆け引きってこういうもんか…!!」

 

 そうして同時に、レースの駆け引きというのも実際に全力で走る事で理解する。

 例えば今先頭を走る黒沼先輩。

 その筋肉に任せてハナを取ったが、最初にかなり加速で無茶をしたはず。

 また、筋肉が多くついていることはパワーを満たすこととなるが、スタミナを余計に消耗するのはトレーナーとしては常識だ。搭載した筋肉のウェイトが消費に拍車をかける。ヒシアケボノが長い距離を苦手とするのと同じ理由だ。

 あのペースで1200mは走り切れないとみるべきだろう。

 だがそうして油断しているとあっさり逃げ切られてしまうのでは?という不安もある。

 

 そうして俺の後ろについてきた木勢トレーナーだって、俺に対して圧を仕掛けてくる。

 いや、圧を仕掛けるなどと表現したが、そんなこと人間にはできない。

 …と、思っていた。

 

 だが想像してみてほしい。ペースを意識しながら走っている最中に後ろから足音を立てて人が走って近づいてくるのを。

 想像以上に後ろからプレッシャーがかかる。

 抜かそうとしているのか?

 もしかして脚踏まれたりしない?

 加速して引き離すか?いや、加速したら体力が最後まで持たないんじゃないか?

 というかこうして考えてしまっているだけで無駄に血中酸素を消耗してしまっているのでは?

 

 そんな、色んな思考に基づいた走る上での確かな障害。これがウマ娘で言う圧、駆け引き、牽制の技術なのだ。

 

 いや、これ、面白い。

 

「…なるほどな…」

 

「これは、勉強になりますね…!」

 

 逃げの位置で走る沖野先輩と、先行集団から窺う南坂先輩が俺と同様に新鮮な驚きを漏らす。

 他のトレーナーも大なり小なりそうなのだろう。

 走る前まではウマ娘達の余興に付き合ってやるか、というのんびりとした気持ちもあったが、それはスタートして10秒ですべて霧散した。

 学ぶことが、考えることが多すぎる。

 いつの間にか俺たちは全員、真剣な表情で芝の上を走っていた。

 

『ほほー!みんないい顔つきしてやがるぜーっ!!芝の上を走る楽しさに目覚めたかーっ!?』

 

『ダートコースを走らせてもきっと同じ顔をしただろうな。やはり、我らがトレセン学園が誇る英傑たちだ。…さぁ、そうして今600mを通過したところか』

 

『タイムは見ねぇでやろうぜ!!ああっとしかしここで何人かトレーナーが脚色が衰えていくゥ!!北原トレーナーは大丈夫かーっ!?』

 

『小内トレーナーも厳しそうだな…うむ、あの巨体だ。中々速度を出すのは厳しいかもしれないな。無理だけはしないでほしい!ケガしては元も子もないからな!』

 

 観客席から大歓声が上がる中を、俺たちはさらに走っていく。

 ようやくレースの半分、600mを過ぎたところ。俺は後方集団から徐々に位置を上げて、先行集団の後ろについていた。

 

「ぜーっ…!ぜーっ……!!お、オッサンにはきっちぃわ…!!!」

 

「く…無理をすると、膝がいきそうで…いや、これも、よい経験、ですが…っ!」

 

 しかしその中で、数人のトレーナーが速度についていけずに落ちていく。

 北原先輩は年齢により、小内トレーナーはその巨体を支えるだけの脚が残ってらず、そうしてずるずると後退していった。

 厳しい勝負の世界だ。再加速は望めないだろう。

 つまり、それは───────ケツハリセンを意味する。

 

『さぁまもなく2分が経過だぁ!!!とうとうスタートするぜぇ!!ケツハリセン部隊がよぉ!!』

 

『ふふっ、さあ何人のトレーナーが逃げ切れるだろうね?……スタートしたな』

 

『────────うっわ。全員ガチで加速し始めたわ』

 

『空恐ろしいものを感じるな…』

 

 そうして再度ゲートが開く音が響いて、己のトレーナーの尻を狙うウマ娘達が一斉に飛び出した。

 ちらりとそちらを見て、トレーナー全員が理解した。

 

 全員、ものの見事に掛かっている。

 

「ひゃっはー!!キタハラァーーーっ!!さっきのお返しだーーーーっ!!」

 

「俺何もしてねぇよなぁ!?やめろノルン、待てっ、逃げ、うぎゃああああああああああ!!!!」

 

 スパコーン!!といい音が響いて北原先輩がノルンの全身全霊のハリセンを受けて撃沈した。

 北原先輩が死んだ!このウマでなし!!

 

「トレーナーさん、脚は大丈夫ですか!?…でも失礼しますっ!えーいっ!」

 

「っ。…ええ、大丈夫ですよ。でも、いい走りでしたねフラワーさん。掛かり気味だったのはいただけませんが」

 

「えへへ…みんなでイベントに参加するのが楽しくって…!」

 

 そしてその快音とは対照的に、ぺちっと優しい音がして小内トレーナーがニシノフラワーに捕まった。

 フラワーが全速力で走ったものだから随分と早い脱落であった。かわいそうに。

 

 …などと、余裕ぶっている場合ではない。

 他にも脚色が落ちたトレーナーがケツハリセン部隊の餌食になっていくのを合掌しながら見送りつつ、ああはなるまいと残り400m地点で先行集団から更に位置取りを上げるための加速を仕掛ける。

 

「…っ!立華トレーナー、それは暴走では、ないですかっ…!」

 

 今何とか追い抜いた南坂先輩からそのような言葉を頂きつつも、俺は脚を止めない。

 そもそも、俺は先日の夏合宿などでも見せた通り、それなりに体は作れている方だという自負がある。

 だが南坂先輩のその観察眼は間違っていない。これは俺の限りあるスタミナを削る暴挙に近い。

 このまま加速し続ければ、間違いなくギリギリの勝負になる。

 

 しかし。

 俺には秘策があった。

 

 

「────────ふぅ────────ッ」

 

 

 息を、吐いて。

 

 ……息を、吐いて。

 

 

 ────────息を、吐いていた。

 

 

「…立華君…!?」

 

 おかしい。

 俺の呼吸がおかしいことに、俺の前を走る沖野先輩が気付いた。

 

 普通の呼吸でも、深呼吸…マックイーンがよくやる、息の入れ方でもない。

 まさか、体調でも…と、沖野先輩が隣に並びかける俺に目をやった、

 瞬間。

 

 

 

 俺の、体力が。

 

 

 

 

 

 

 

 ───────『一息』で。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────『好転』するわけねぇだろ。

 

 

 

 

「げっっっっは!!!!!」

 

 俺は思いっきりむせて、余計にスタミナを消費した。

 

 出来るわけがないッ!!

 思い付きでウオッカがよくやるさぁ!好転一息試してみたけどさぁ!!

 やっぱりあれはウマ娘だからできることで人間には無理だったわ!!

 

『おおっとォー!?ここで猫トレが若干態勢を崩したかァーッ!?いやっ、しかしすぐに復帰ィ!!復帰する速さはウマ娘よりも早いな!!』

 

『スピードがない分体勢を立て直すのは容易いのだろう…そして最後の直線に入った!後方集団は苦しいか!先頭の4人が熾烈なデッドヒートを繰り広げている!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアア!!!!!!

 

 大歓声に包まれながら、俺は慌てて普通に呼吸をして息を整えて、そうして最終直線に向かう。

 ここまでくると、もう先頭集団にしか勝機がない。

 俺たちはウマ娘ではないのだ。ウマ娘の様に差し脚を繰り出そうとしても加速が難しい。

 先頭にいる4人で、ここからは根性勝負だ。

 

 しかし、今一番先頭を走る黒沼先輩は、その過積載な筋肉のせいでもう間もなく体力が尽きるころだろう。

 そこはトレーナーとしての観察眼が光る。黒沼先輩は限界だ。

 

「くそ……!ブルボンにだけは、追いつかれん、ぞ…!」

 

 俺は黒沼先輩がタレてきたそれで道がふさがれない様に臨機応変にルートを変更して、そうして残り200mを全力で走る。

 

 ライバルは、二人。

 

「やらせっ…かよぉ!!ここまで来たら俺が勝つッ!!」

 

 黒沼先輩の後ろについてスリップストリームで体力を温存していた沖野先輩と。

 

「カノープスの呪いは、解けてるんです………行きますッ!!」

 

 ずっと己のペースを守り切り、そうして最後の直線で後方から並びかけてきた南坂先輩だ。

 

 その俺たちの後ろ、フラッシュとマックイーンとイクノディクタスが追ってくるが、間に合わない。

 間に合わせない。

 俺が、勝つ。

 

 

『さぁあと100m!!ここで猫トレが頭を下げるっ!!姿勢も低く!風を切るように加速したぜぇー!!!』

 

『いい末脚だ…!だが沖野トレーナーも負けじと加速!先頭の景色を譲らないっ!』

 

『南坂トレーナーも3着でたまるかとその先へ!!それぞれが譲らないぜっ!!!!誰が勝つ!?誰が勝つ!!??』

 

『残り50…40…並んだ!!これは横一線だ!!誰もが譲らない!!』

 

『なんつー名勝負だぁ!!カメラ回ってっか!!ターフビジョンにゴール場面が映し出されるぜ!!!』

 

『30…!20…!!!誰も抜け出さない!!誰だ!?誰が勝つ!?』

 

『ウオオオオオッ!!決着が、来るぜ!!そのまま3人並んでッ、ゴーーーー────────……あん?』

 

 

 俺たちはほぼ横一線でゴール板を駆け抜ける。

 ゴールの瞬間を種族的に優れた動体視力を用いて観客席のウマ娘全員が見届けた。

 

 そして。

 

 

 ────────ドッ。

 

 

 大爆笑が、レース場に巻き起こった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 再度、ゴールの瞬間のスロー映像がターフビジョンに流れる。

 

 残り5m。

 3人、並んだままだ。

 

 残り4m。

 僅かに、沖野トレーナーが抜け出した。

 

 残り3m。

 負けじと南坂トレーナーも加速する。

 

 残り2m。

 全てを振り絞り、立華トレーナーも追いすがった。

 

 残り1m。

 

 ───立華トレーナーの肩からオニャンコポンが飛び出し、ゴールラインを誰よりも早く割った。

 

 

 

 

 

 【トレーナーズカップ 第1R レース結果】

 

 

 1着  オニャンコポン

 2着  沖野トレーナー  クビ差

 3着  南坂トレーナー  ハナ差

 4着  立華トレーナー  ハナ差

 5着  黒沼トレーナー  6バ身差

 

 以下  タイムオーバー(ケツハリセン)

 

 

 

 

 

 

「いやおかしいだろぉ!?干支のネズミじゃねぇんだぞぉ!?」

 

 ゴール前でその結果をばっちりカメラに捉えていた初咲トレーナーの魂のツッコミに、周囲のウマ娘がさらに爆笑を起こしたのだった。

 

*1
モブオリトレ。オリトレです。実在の人物とは一切関係ありません。






単勝を購入された方への払い戻しはありませぇん!!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

89 トレーナーズカップ ②

 

 

「では一着となりましたオニャンコポンさんにインタビューですッ!オニャンコポンさん!今のお気持ちはッッ!?」

 

 ニャー。

 

 ────────ドッ。

 

 インタビュアー役のサクラバクシンオーが構えるマイクに向けて呑気に鳴き声を返し、そうしてまた観客席が大爆笑に包まれる。

 この学園でオニャンコポンを知らないウマ娘はいない。一番人気のネコ娘だ。*1

 俺は勝利者のお立ち台、その真ん中の一着の席で「トレーナーズカップ一着」と書かれたタスキを体に掛けられたオニャンコポンを壇下から眺めて、苦笑を零す。

 

 いや、全く信じられない決着となってしまった。

 俺だってまさかあの瞬間にオニャンコポンが飛び出すとは思わなかった。

 あいつ頭いいからな。何度も何度もウマ娘達の練習やレースを俺の肩で眺めているうちに、どこがゴールなのか察していたのだろう。

 学園祭のイベントとしては最高のオチがついたってもんだ。

 

「やれやれ…まさかオニャンコポンにやられるとはなぁ…」

 

「沖野先輩はいいじゃないですか、賞品はチーム『スピカ』に送られるんですから」

 

「そうですよ。私なんてなんとか3着にはなるまいと思ったのに、まさかのこれですからね」

 

 壇上、2着の位置に立つ沖野先輩と、3着の位置に立つ南坂先輩が苦笑と共に呟いた。

 俺はオニャンコポンに出し抜かれたので見事に4着だ。忸怩たる思いである。

 ゴール後、後ろから追いついてきたエイシンフラッシュがものすごい笑顔で俺の尻をパコーンと叩いていったが、ふがいない順位を取ったこともあり、甘んじて受け入れることにした。

 やっぱりすげぇぜ…先輩方!

 

『見事なレースだったな。改めて、素晴らしい勝負を見せてくれたトレーナーの皆様に、皆、万雷の拍手を送ろう!』

 

『おー!!めちゃくちゃ面白かったぜぇー!!ありがとよー!!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアッ!!

 

 そうして俺たちの頑張りは、彼女たちウマ娘からの拍手で讃えられた。

 ああ、成程。全力で走った後に受ける拍手とは、こんなにも気持ちが良いものなのか。

 そして、同時に負けた悔しさもこみあげてくるものなのか。

 本当にこのレースは様々な学び、ひらめきがあった。

 この経験は間違いなくこれからの指導に活かせることだろう。

 

「…ふー、いや、でも楽しかった。それじゃ、これで終わりかね…」

 

 俺は壇上のオニャンコポンを肩に戻した。先輩方もそれぞれ壇から降りる。

 もう終わりか、と若干の寂しさも漂わせながら、そうして去ろうとしたところで。

 

『─────さあ、それじゃ続きましてトレーナーズカップ()()()()()!!始めていくぜェーーーーーッッ!!』

 

 ……なんて?

 俺はゴールドシップの実況を、聞き間違えたか、と首をひねる。

 

 今の俺たちのレースは第一レースだったのか?

 そうなると、何か?もう一度やるのか?レースを?

 

 いや、しかし言っちゃなんだが、大手チームのトレーナーはさっきのレースで大体走った。

 1人だけ担当を持つ専属トレーナーはまだまだ人数はいるが、しかし先ほど初咲さんがカメラを回して裏方に回っていたことを見ると、今回のレースはチームトレーナーだけを対象にしたものだと思ったのだが。

 

 …いや、待て。

 よく思いだせ。観客席を。

 ここに至るまでに、本来いるべき人たちがいなかったのを。

 

 そう、俺たちは先ほどレースを全力で走ったが。

 そこにいたのは、()()トレーナーだけだった。

 

『第二レース、芝800mの左回り…そして参加するトレーナー方は……こちらの方々だ!!』

 

 いつの間にか移動していたゲート前に、中を包み隠すタイプの天幕が張られていた。

 それがウマ娘達の手によりばさぁっ!!と開かれる。

 その中から現れたのは。

 

「……………はぁ………帰りたいわ…」

 

「……すみません。なぜ僕だけ園児服なんでしょうか」

 

「…キツい……この年齢でこの格好はキツいってぇ…!」

 

「ふふ、体育着を着るのも久しぶりですね!よーし、負けませんよ!」

 

「桐生院トレーナー、どうしてそんなに元気なんですか…?…私は、まず走り切れるか……」

 

 女性のチームトレーナー達が、体操着(若干一名は園児服)を身にまとい、そこにいた。

 

『名付けてレディストレーナーズカップ!!さぁっ!!思いっきり走ってもらうぜぇーーーっっ!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアッ!!!!

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 …うわキッツ。

 

 などと失礼な思考は勿論していない。本当です。

 その天幕の中にいたのは、チームを担当する女性トレーナーの皆様方だ。

 次は彼女たちがレースを繰り広げるという話なのだろう。

 

 しかし、装いが違った。

 俺たちは私服…とはいってもスーツ*2などのトレーナーも多かったが…とにかく、特に着替えなどせずそのまま走らされていた。

 だが、女性トレーナーたちは全員着替え済みであり、そうして着用しているのはウマ娘達が走る時に着る体操着だ。

 練習中などにジャージを着るトレーナーは多いが、体操着は基本的に着ない。

 大人が体操着を着るのは一般的にヤバい。

 

 しかし、なぜか今、そのヤバい光景が目の前に繰り広げられていた。

 

 ────────東条トレーナー脚キレー!!ファイトー!!

 ────────奈瀬ちゃん可愛いぃぃ!!いい子でしゅよぉ~~~~~!!!

 ────────コミっちゃーん!!きばれやぁ!!

 ────────桐生院トレーナー、ふぁいと、おー。

 ────────樫本トレーナー!!頑張ってくださいッッ!!

 

 ウマ娘達は思い思いに応援するが、大人の男性である我々としてはかなり目のやり場に困る。

 目を向けていいものか?逸らしたほうがいいものか?

 両隣の先輩方を見てもやはり同じような様子だ。いや南坂先輩はそのいつもの微笑みでどこを見ているかわからない。やるなパイセン。

 

『今回は女性のトレーナーが走る事になるが、男性陣とは違って洋服に伸縮性がない方も多かったからね。事前に体操服に着替えてもらっている』

 

『おー!!結構似合ってるじゃねぇかよー!!でもなんで奈瀬トレーナーはスモックなんだ?準備してねーぞあれ?』

 

「……クリーク!!クリーーーーーーク!!!」

 

 その中で唯一、体操着ではなく園児服*3を着用している奈瀬先輩が急によろしいならばクリークだと言わんばかりに愛バの名前を叫び出す。

 おいたわしや奈瀬先輩…。

 きっと奈瀬先輩をドナドナするというシチュエーションにスーパークリークの母性が暴走してしまったのだ。魔王が降臨し、強制的に園児服に着替えさせられてしまったのだろう。あの時の俺と同じだ。

 強く生きてください…奈瀬先輩…!

 

「はーもーまったく!!私たちは男どもと違ってか弱いんだからねー!!まさかお尻ひっぱたこうなんて悪い子はいないわよねー!?」

 

『ああ、安心してほしい小宮山トレーナー。流石に今回は後ろから追いかけるウマ娘は準備してないよ。あれは男性トレーナーだけのイベントだ』

 

『まーそれでも全力で走って貰いてーけどなー!!もちろんこっちのレースだって同じく賞品を準備してるぜー!!』

 

「む、賞品がある…!よーし、頑張りますよミークの為に!」

 

「頑張ってください桐生院トレーナー。私は貴方にチーム『ファースト』の勝利を託します。…しかし、こんな企画、いったい誰が考えたのか…」

 

 彼女たちのやり取りを聞くに、どうやら今回はケツハリセン部隊は派遣されなかったらしい。

 何よりである。俺も女性トレーナーの尻を狙って走るウマ娘の姿は見たくない。

 いや男性トレーナーの尻も狙ってほしくなかったが。

 

 しかしそんな会話の応酬の中で、樫本先輩がぼそりとこの企画についての疑問を零した。

 確かに。いや、この企画自体は面白いものだと思うが、いったい誰がこんな企画を考えたのだろうか?

 これまでの世界線では一度もなく、今回が初めてだ。つまりこれまでのループではなかったような、突拍子もない発想をしたウマ娘がいたという事になる。誰だろう?

 

『ああ、樫本トレーナーの質問に答えよう。この企画は────チーム『フェリス』からの立案だ。企画書を見て即採用し、実行委員長になったのは私だがね』

 

 へー。『フェリス』とかいうチームのウマ娘がこの企画立てたのかー。

 

 ・

 ・

 ・

 

 俺んところやろがい!!?

 

「ちょっとぉ!?初耳なんだけど!?フラッシュ!?ファルコン!?アイネス!?どうなってんのぉ!??!?」

 

 俺は思わず叫び、そうして観客席にいる俺の信頼する愛バたちへ目を向ける。

 全員目を逸らしやがった。君達。

 

「……立華トレーナー?」

 

「……どういう、ことですか?」

 

「立華君?ちょっと??」

 

 東条先輩と奈瀬先輩と小宮山先輩と、他桐生院さんを除く全女性トレーナーからの視線が俺に突き刺さる。

 

 お、俺が悪いってのか…?

 俺は…俺は悪くねえぞ。

 だってチームのウマ娘達がやったんだ……そうだ、たぶんファルコンあたりがやれって!*4

 こんなことになるなんて知らなかった!誰も教えてくんなかっただろっ!

 俺は悪くねぇっ!俺は悪くねぇっ!

 

 脳内でそんな現実逃避からくる責任逃れを叫んでいると、東条先輩が指笛をピィー!と綺麗に鳴らした。

 するとどこから飛んできたのか、エルコンドルパサーの相棒にして今はチームリギルのマスコットとして周知されている鷹のマンボが俺の頭上にやってきて、その鋭い爪で攻撃を仕掛けて来た。すごい飼いならされてる!

 グワーッやめろーっ!!マンボの爪地味に痛ぇー!!

 オニャンコポン…ガード頼む!!あっ駄目だあいついつの間にか沖野先輩の肩に逃げてやがる!!グワーッ!!

 

「立華トレーナー。…今度、僕のチームのウマ娘全員を誘って、高級寿司の奢りで手を打ちます」

 

「ハイヨロコンデー!!」

 

「立華君、私はチームメンバー全員にスイーツおごりね!最高級のやつね!もちろん私のも!!」

 

「ハイヨロコンデー!!」

 

 俺は他にも女性トレーナーから様々な依頼を受けて、全て快諾した。

 後で男性トレーナーからも言われるような気がするがその時はレースの勝敗を引っ張り出して断ってしまおう。

 

「立華君。うちのチームメンバーにも奢り頼むわ」

 

「カノープスにもお願いします。うちの子達は舌が肥えていますから、良い店を選んでくださいね?」

 

「ハイヨロコンデー!!」

 

 この二人から言われたら断れない。

 俺は随分とたまった貯金がごっそり軽くなるであろうその将来を予想してげーっとため息をつくのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 さて、そうして俺はマンボとも和解して右肩にオニャンコポン、左肩にマンボを携えて、ゲート入りが完了したスタート地点を眺める。

 それまではまぁ一悶着もあったが、しかし彼女たちだって中央が誇るトレーナーだ。

 ゲートの前に立った瞬間に表情は極めて真剣なものとなり、この経験から育成のヒントを見落とすまいと気を引き締めているのが見えた。

 

『全員ゲート入りが完了したな。…トレーナーズカップ第二レース……スタートだ!!』

 

『さぁけっぱりやがってくださいましお前らーっ…ってあーっとスタート直後に転倒!!転倒です!!』

 

『樫本トレーナーがやられたか…!彼女はトレーナーの中でも一番の運動音痴…!』

 

 ────────樫本トレーナー!!大丈夫ですか!?!?

 ────────樫本トレーナーをバカにするなよ皇帝ーーーっ!!

 

 スタート直後に見事にすっころんだ樫本先輩を見て、俺はあぁ、と天を仰ぐ。

 やると思っていた。

 なんならスタート前にどうやって走り出すか、手と足どっちを前に出すかで悩んでいたので、かつての世界線で彼女のチームのサブトレーナーをしていた時の記憶が蘇ってきた。

 うん。理子ちゃんらしい。

 そして彼女の愛バであるリトルココンとビターグラッセがそれぞれ叫んでおり、謎の懐かしさが俺の中に溢れるのだった。

 

『怪我はなさそうだな!しかしそれを助け起こしに桐生院トレーナーが戻っていったぞぉー!?レースで逆走は初めて見たぜぇー!!』

 

『いいスタートだったが、これも麗しき師弟愛と言ったところか…!他のトレーナーもそれぞれいい位置についたようだ。800mだから位置取りは極めて重要になる』

 

 スタート直後のトラブルの後は、各トレーナーがそれぞれ自分の担当ウマ娘の得意な位置取りを選び、走る中で表情をさらに真剣なものに変えていく。

 

「あー、そうなるよな、そりゃそうなるよ。おハナさんめちゃくちゃ真剣な表情だな…」

 

「他の方々も、鋭い眼差しですね。…奈瀬トレーナーはお洋服のおかげで少し威厳が薄れていますが」

 

 先程実際に走った俺達だからわかる。

 このレースは、トレーナーにとってあまりにも学びが多い。

 当然ながら今走っている彼女たちも、位置取り、牽制、圧、ペース配分など、己のウマ娘の為になるだろう経験を貪欲に吸収しながら走っていた。

 走りも当然真面目な物へと変化していく。性差はあるので先ほど走った俺達よりもだいぶタイムは遅いが、しかしこれだって女性のマラソンペースとしてはかなり早い。

 みんな全力だ。

 わかる。

 

『これはっ…中々、デッドヒートの様相になってきたな!奈瀬トレーナーがここで大きく深呼吸し、スタミナを温存しながらコーナーを回る!』

 

『だが最後方の位置から小宮山トレーナーがアガってきたぜぇー!!滝登りみてぇな速度で先頭を狙っていくゥー!!』

 

『負けじと他のトレーナーも速度を上げていく…!東条トレーナーがここでギアを変えたかのように加速した!頑張れ、東条トレーナー!』

 

 ────────カッコいいーっ!!

 ────────素敵ーーーーっ!!

 ────────負けないでぇーーっ!!

 

 実況の熱も高まり、ウマ娘達も男性トレーナーを応援している時よりも、大人の女性たちのその本気の姿に惹かれるものがあるのだろう、凄まじい歓声が彼女たちを包んでいた。

 そして残り200mに差し掛かる。

 最後にぐんっと位置を上げた小宮山先輩が、先頭の東条先輩と2番手の奈瀬先輩を差し切らんとさらに加速を果たし、しかしそれに負けまいと二人も歯を食いしばり、速度を落とさない。

 これは3人の勝負になるか…と、俺達も、観客も、実況解説も思っていた。

 

 その時だ。

 

『さあ残り100m…ッな、なんだと!?』

 

『なんだーっ!?最後方から吹き上がる一陣の黒い風ッ!!内ラチギリギリに、なんてこったぁ!?』

 

『なんとっ、ここで桐生院トレーナーが!!樫本トレーナーを背負ってぶっ飛んできたぞ!?!?』

 

 う…うぁぁぁ!

 き…桐生院が最終直線を練り駆けている!

 何だあの加速!?人を背負った人間が出していい速度じゃないが!?

 

「嘘だろオイ…」

 

「あの加速は…私でも、あれほどは…」

 

 流石にそれを見た沖野先輩も南坂先輩も驚愕に目を見開いた。

 なんなら観客席のウマ娘全員だってそうだ。

 

『すんげぇ速度だ!!見る見るうちに差が詰まっていくぜぇ!!ウマ娘並みの加速だぁ!!残り50m!!』

 

『これは……止まらない!!今、他のトレーナーを撫で切ったッ!!』

 

『そのままの勢いでゴーーーーーーーーーーーーールッッ!!!…いやー、伝説しか生まれねぇわこのレース…』

 

 そうして桐生院トレーナーが、背負われて死にそうな顔をしている樫本先輩と共にゴールラインを割った。

 しかし、その猛スピードに振り落とされないよう必死にしがみついて背負われていた樫本先輩は、かなり高い位置、桐生院トレーナーの肩に腰を置くような体勢であった。

 それは、頭が背負う側よりも前に位置するということを意味する。

 桐生院トレーナーよりも樫本先輩のほうが身長が高いこともあり、頭の位置が樫本先輩のほうが前にあった。

 

 そして、掲示板にレース結果が表示される。

 

 

 

 

 【トレーナーズカップ 第2R レース結果】

 

 

 1着  樫本トレーナー

 2着  桐生院トレーナー ハナ差

 3着  東条トレーナー  1バ身差

 4着  小宮山トレーナー 1バ身差

 5着  奈瀬トレーナー  クビ差

 

 以下  タイムオーバー(生還)

 

 

 

 

 

 

「駄目だ…こんなレースばっかり見てたら頭おかしくなる…!!」

 

 ゴール前、その衝撃の光景をばっちりカメラに捉えた初咲トレーナーの慟哭に、しかし周囲のウマ娘も同意をもってざわつきを返すのみだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 凄まじいレースだった。

 走っていないのにおぶさって揺さぶられた酔いと衝撃でへたりながらも1着のタスキを壇上で受け取る樫本先輩に、ウマ娘達から拍手が送られる。

 そして2着のトロフィーを受け取る桐生院トレーナーに対しては、ざわつきと共に万雷の拍手が送られた。

 いや俺もそうするわ。

 桐生院トレーナーの身体能力は、まぁ、これまでの世界線でもトップアスリートレベルだとは知っていたが、しかしまさかこれまでの世界線で全力を見せていなかったとでも言うのか?

 コワイ。

 

『うむ…まさか、ここまで衝撃的な結果になるとは思っていなかった、な…』

 

『ぶっちゃけるぜ?アタシ、人ひとり背負ってあの速度で走れる自信ねぇわ。桐生院トレーナー、もしかして耳とか尻尾とか隠してたりする?』

 

「してませんー!!本気で走っただけですー!!」

 

 ぷりぷりと怒る桐生院トレーナーだがその佇まいに鬼を感じるのは俺だけだろうか。

 そうして準備されていた賞品を無事ゲットしたチーム『ファースト』の優勝ということで、第二レースは幕を閉じた。

 

 しかし、これでようやくトレーナーズカップが終わったと思っていいだろう。

 うちのチームの誰かが発案した企画である。無事に終わって何よりと言ったところだ。

 色んなトレーナーに奢る約束をしたのは財布が痛むが、そもそも俺の財布なんぞ掘ればいくらでも出てくる油田みたいなものだし、これを機にまたトレーナーやウマ娘と交流を深められると思えばプラスまである。

 

 そしてこの企画、俺たちが実際にレースを走るというのは、とても楽しかった。

 学びが多かったし、トレーナー同士の仲も深められた。ウマ娘達もとても楽しんでくれたみたいだ。

 いいな。これはファン感謝祭の恒例にしてもいいかもしれない。

 レギュレーションや距離などを煮詰めれば、更に面白くなるだろう。素晴らしい経験を積むことが出来た。

 

 男女それぞれが走り終えたので、あとは今マイクを握ったルドルフが、閉会の挨拶をするのを聞くだけだ。

 ────────と、思っていたのだが。

 

 

『────────さて。では、本日の最終レースにして、メインレースを始めるとしようか』

 

 

 …そこにいたのは、ルドルフではなかった。

 いや、シンボリルドルフであることは間違いない。ただ、生徒会長としての彼女ではない。この企画の実行委員長としての彼女では、ない。

 

 そこにいたのは、絶対の皇帝。

 

 バチッ、と足元から稲妻が迸るような幻覚が見える。

 その戦意を己の内に抑えきれず、溢れさせている。

 それを見ていたウマ娘が、俺達トレーナーの体が、震える。

 

 そして、その変化は隣のゴールドシップも同様だ。

 彼女たちウマ娘は今日というファン感謝祭に備えて、勝負服を着たまま一日を過ごしている。

 そんな勝負服の彼女らが、明らかにレースに臨む前の雰囲気を見せて、新たにゲートに向かっていく。

 

 俺は、そこでようやく思いだした。

 シンボリルドルフ。ゴールドシップ。

 

 この二人は────────チームの、()()()()()()()だ。

 

 

「へへ…自分のチームで()()()()()()()()()()()()()()、全員出てきな。あたし達で決めようぜ、トレセン学園最速のトレーナーをよ」

 

 

「さあ────────夢のレースの始まりだ」

 

 

 

 最終レース。

 チームのサブトレーナーを務めるウマ娘達による、夢のレースが始まろうとしていた。

*1
異議ッ!!私の猫も可愛いぞッッ!!

*2
体を動かすことも多いので基本的にストレッチスーツを愛用するトレーナーが多い。

*3
なぜかサイズがピッタリである。

*4
主犯はフラッシュである。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

90 トレーナーズカップ ③

 

 

 

『それじゃ実況解説が変わりまして!実況はボク!トウカイテイオーと!』

 

『解説、メジロマックイーンでお送りしますわ!ゲート前に第三レースに出走するウマ娘の皆さまがお集まりになっていますわね!』

 

『第三レースは芝2000m右回りで行われるよー!一番よくある中距離レースって感じだね!ボクも走りたかったなー』

 

 俺はそんなアナウンスを耳に入れながら、しかしゲート前から目を離せないでいた。

 第三レースに出走する、サブトレーナー資格を持つウマ娘達。

 そのメンバーが、余りにも豪華過ぎて。

 

『さあ出走ウマ娘を一人ずつ紹介してイクモンニ!まずはやっぱりこの人から!!トレセン学園、初めてのウマ娘トレーナー!1番、ベルノライトだーっ!!』

 

『ベルノ先輩ですわね…戦績は地方メイクデビューで敗着のみとなっておりますが、しかしその後トレーナーを目指すことを決意。オグリキャップ先輩と共に中央トレセン学園に転籍し、それからは一人前のトレーナーになることを目指して日々努力されております。多くのウマ娘が求める勝利とは別の夢を選択された方ですが…その想いの強さ、そしてウマ娘がトレーナーになるという、新たな道を示した彼女の在り方には心からの敬意を抱きますわ。彼女がいたからこそ、こうしてウマ娘のサブトレーナーという制度も出来ています』

 

『だよねー!相談とかにも色々乗ってくれて身近な先輩って感じ!あっと、しかしなにやら顔色が悪いぞ!ダイジョウブー?』

 

「ひんひん……どうして私、こんなメンツと走らなきゃいけないのぉ……!」

 

 勝負服を持たないベルノライトが、学園指定の体育着にゼッケンをつけた装いでゲート前で天を仰ぎ涙を零していた。

 わかる。なにせ彼女はレースでの勝利を目指したウマ娘ではない。走りについては酷な話だが光るものは持っていない……

 ……いや以前メイクデビューやバレンタインで見せた逃げ足が出ればワンチャンあるか…!?

 ないか。周りが余りにも強敵過ぎる。オオカミの群れに投げ入れられたウサギに近い。強く生きてほしい。

 

「頑張れベルノー!!負けんじゃねぇぞー!!」

「ワンチャンある!ワンチャンあるって!」

「レースに絶対はないぞー!頑張れー!!」

 

「ふふ、凄まじいメンバーでなんとも羨ましいことだ。楽しんでな、応援しているぞ」

 

「ベルノが一着だとにんじんハンバーグなんだ!!勝てェーーー!!!絶対勝てェーーー!!!!」

 

 チームカサマツもよう応援しとる。

 先程、北原先輩が第一レースで敗北したため、オグリの飢えが高まっている。表情がなんというか、シンデレラグレイって感じだ。今彼女を走らせたら恐らくレコードペースで駆け抜けるだろう。怖い。

 

『さぁどんどん紹介していくよー!次は2番、チームスピカのサブトレーナー!異次元の逃亡者、サイレンススズカだー!!』

 

『正直、ここから解説は不要ですわね…この学園に彼女をご存じないウマ娘はいないでしょう。先日はチームフェリスのアメリカ遠征にも付き添い、スマートファルコン先輩の奇跡の一助ともなられております。勿論、わたくし達も日々お世話になっていますわ』

 

「ふー………早く走りたい…!」

 

 そして2番、サイレンススズカが勝負服に着替えて準備していた。

 異次元の逃亡者。その走りは他のウマ娘を置き去りにする。

 アメリカで俺がファルコンに教え込んだ『大逃げ』、その本家本元が解き放たれようとしていた。

 

『続けてイクモンニ!3番、ゴールドシップ!!黄金船の出航だー!』

 

『この方の破天荒さも学園で知らない方はいないでしょう。しかしそのサブトレーナーとしての知識は侮れませんし、他国の言語にも明るい方ですわ。ここ最近はヴィクトールピストさんの凱旋門挑戦に付き添っておられましたが、今日は日本に一時帰国されております』

 

「おー!!ゴルシちゃん脚もバッチリ作ってあっからよー!!今日は全員まとめて撫で切ってパンセポンセにしてやるぜぇーーっ!!」

 

 そしてスズカの隣、いつも通りの元気を見せて深紅の勝負服に身を包むゴールドシップの姿があった。

 フランスから遥々戻ってきたところだというのに大変に元気である。流石は常識の外にいるウマ娘だ。

 そのトモを見ればわかる。フランスで練習につきあう中で己の調整もしていたのだろう、脚が仕上がっている。彼女の気分次第だが、間違いなく好走が期待できる。

 ゲートさえしっかり出れば。

 

「スズカさぁーーーん!!けっぱるべー!!!にんじんハンバーグさらに勝ち取りましょうー!!」

 

「ゴルシー!!気合入れなさいよー!!」

 

「どっちも負けんじゃねぇぞー!!」

 

「先輩方、頑張ってください!!」

 

 スピカの面々も二人に熱い声援を投げかける。

 普段チーム内で世話になっているサブトレーナー、それを応援する声に熱が入るのも当然というものだ。なんだかんだゴルシだって頼れるやつだしな。

 

『ふふー、実況解説だからボク達は平等に紹介するよ!!次は4番!絶対の皇帝がターフに顕現!シンボリルドルフ会長だー!カイチョー!!頑張ってー!!』

 

『平等に紹介するんじゃありませんの!?ええ、しかし今回のレースの本命と言えるでしょう…GⅠ7勝、レースに絶対はないがこのウマ娘には絶対があるとまで言われた伝説です。日頃は生徒会長としてこの学園を支えてくれておりますが……明らかに、仕上げてきておりますね』

 

「…勇往邁進。今日は楽しもうじゃないか、皆。…皇帝の神威を見せてやろう」

 

 そして我らがトレセンが誇る生徒会長が登場だ。

 恐らく今日のこのレースをよっぽど楽しみにしていたのだろう。明らかに調子を整えてきているのが、レース前に気分を高揚させている彼女のその表情からわかる。

 ウマ娘にはピークがある。ドリームリーグのウマ娘は、そのピークをどれだけ長く保たせるかを求められる部分がある。

 しかし、ピークは一般的に長くは持たない……が、そんな常識にとらわれない理外のウマ娘だからこそ、ドリームリーグを走り続けられるのだ。

 今日のルドルフは走る。俺も思わずごくりと喉を鳴らすほどの完成度だ。

 

『続けていくよー!5番、またしてもチームリギルからの出走!幻の三冠ウマ娘!フジキセキだー!!』

 

『日頃は栗東寮の寮長をしていただいておりますわね。お世話になっているウマ娘の方も多いかと思われますわ…もちろん、その走りも凄まじいの一言。全く、リギルに所属しているウマ娘は化物揃いですわね』

 

『それボク達のチームにも言えることじゃない?』

 

「ふふ、今日の相手はポニーちゃんとは表現できないね。久しぶりに本気になりそうだ」

 

 強烈なフェティシズムを感じさせる、執事服にも似た勝負服を身にまとったフジキセキがゲート前で柔軟をしている。

 彼女は怪我によりクラシック期に辛酸を嘗め、しかし奇跡の復活を遂げてその後はシニア期を経てドリームリーグで走っているウマ娘だ。

 無論、強い。マックイーンの言う通り、リギルのウマ娘は全員が極めて高いレベルで構成されている。中距離よりかはマイルを得意としている彼女だが、他のウマ娘も一切油断はできないだろう。

 

「ルドルフー!フジー!アゲアゲで行きましょうー!フーー!!」

 

「タイマン張ってけー!!リギルここにあり、って見せつけてやりなぁ!!」

 

「会長、頑張ってください!会長が最強だと信じています!」

 

「フン……サブトレーナー資格を持っていないことが悔やまれるな。アンタ達と走ってみたかった」

 

「どっちも頑張るデース!!ハウディー!!」

 

「ハーッハッハッハ!!今日のこのレースは伝説になるだろうっ!!一瞬たりとも目を離せないね!」

 

「ふふ…どのようなレースになるか、楽しみです」

 

「スズカに負けちゃだめデスよー!!リギルの力、見せてやってくだサイ!!」

 

 リギルの他のメンバーも、それぞれ二人を応援していた。

 いや、どんな世界線でも改めて思うが。化物だなこのチーム。

 これを率いる東条先輩にはやはり敬意しかない。

 例えば俺が、この子たちを率いてくださいと言われたとしても、無理だ。どんなに経験を積んだとしてもできる自信がない。

 

『ふふー、盛り上がってきてるねー!続けて紹介してイクヨー!6番!チーム『ベネトナシュ』からミホノブルボンだー!』

 

『二冠ウマ娘にして、今は逃げ切りシスターズと言うウマドルグループにも所属されておりますわね。正確なラップタイムを刻むペース走法から、サイボーグという異名を持ちますわ。間違いなくこの方も有力ウマ娘です』

 

「ミッション確認…強豪を相手にしての一着。難解ミッションですが、必ず。チームの為に勝利を」

 

「ブルボンさん、頑張ってね…!!」

 

 続いての紹介はミホノブルボン。距離適性を乗り越え、あらゆる距離で活躍するウマ娘だ。恐らくは逃げの作戦で、スズカの後ろを走り最後に差し切るようになるだろう。

 チームメイトのライスも全力で応援している。この世界線では、彼女たちの絆はこれまで以上に強くなっている様子だ。はーてぇてぇ。

 

『続いて7番と8番!ナイスネイチャとイクノディクタス!!チーム『カノープス』から参戦だー!頑張れネイチャー!』

 

『イクノさーーーーん!!頑張ってくださいましーーーっ!!!かっ飛ばせーーーー!!!』

 

「いやアタシたちはまとめて紹介されるんかいっ!まーいいけどさぁ!はぁー…とんでもないメンツに囲まれちゃってるよ、もう……ま、こっちも欠片も諦めてないんですがね」

 

「マックイーンさん、応援ありがとうございます。しかしかっ飛ばすとして、何を飛ばせばよいのでしょう?」

 

 まとめて紹介されてしまいツッコミを入れるナイスネイチャと、眼鏡クイッとしながらマックイーンに返事をするイクノディクタス。二人とも、カノープスに所属するウマ娘だ。

 テイオーによって雑に紹介された二人だが、しかし彼女たちも一切侮れない。GⅠ勝利こそない物の、重賞で安定して上位に入着する。その安定感こそ彼女たちの最大の武器であり、そしていつでも一矢報いる事が出来る実力を持っている。

 伏兵。その呼び名がふさわしく、そして英雄を斃すのはいつだってそんな存在だ。

 

「ネイチャー!!イクノー!!がんばるもぉぉぉん!!!」

 

「にんじんハンバーグのためにも頑張れ~!えい、えい、むん!」

 

「二人とも頑張ってください!!!全力で応援しますよぉぉぉ!!!!」

 

「ササちゃん全力はやめて。僕の鼓膜が破れる…でも頑張ってくださいね!」

 

 誰かがGⅠに出走するときは必ずチーム全員で応援に行くほど仲のいいことに定評のあるカノープスだ。応援の声にも熱が入っている。

 応援の声がウマ娘に更なる力を与えることは常識だ。二人の好走に期待しよう。

 

『さぁ続いて9番!!チーム『レグルス』からメジロブライトだ!今回参加するサブトレーナーの中では唯一のメジロ家ダモンニ!』

 

『ブライトさんもGⅠ勝利経験のある高い実力を持つウマ娘ですわ…2000mという距離はどちらかと言えばステイヤーである彼女にとっては短いかもしれませんが、それでも十分な実力を持つウマ娘です。頑張ってくださいまし!』

 

「ほわぁ~…こんなにお強い方々と走れるなんて、楽しみですねぇ~……でも、負けませんよ~!」

 

「ブライトー!!ブチかまして行けェー!!レグルスの底力見せてやれェーーーっ!!」

 

「ブライトさん、ファイトです!頑張って下さぁい!!」

 

「ふぅン…勝機はある。今回出走するウマ娘達は皆シニア以上で、走るスパンが空いている…つまり、脚を完璧に整えられてはいない、隙はある。頑張りたまえ!」

 

 小内トレーナー率いるチーム『レグルス』からはメジロブライトが参戦している。

 彼女はどちらかと言えばステイヤー寄りだが、しかし2000mのGⅢ重賞でも勝利経験のあるウマ娘だ。中距離の適性がないわけではない。問題なく走り切れる。

 追込の作戦を得意としているため、恐らくはゴールドシップと鎬を削りあうだろう。スタミナは十分な二人が、どのタイミングで加速してくるか。他のウマ娘達は注意を切れない、共に走るだけでプレッシャーを与える存在だ。

 

『続いて紹介するのは10番、スーパークリーク!今日は気合入ってるよー!そして11番のタマモクロスもやる気満々だー!』

 

『先ほど、彼女たちのチームトレーナーである奈瀬トレーナーと小宮山トレーナーが好走を見せたばかりですからね。きっと奮起されているのですわ』

 

「えへへ…奈瀬ちゃぁん…見ててくださいねぇぇ~~!!!」

 

「スマン。ウチ帰ってええか?この状態のクリークと走りたくないんやが!?」

 

 続いて紹介されるのはスーパークリークとタマモクロス。

 先程第二レースで走った奈瀬先輩と小宮山先輩、それぞれのチームのサブトレーナーを務める、ドリームリーグのウマ娘だ。

 この二人の活躍については説明不要と言ったところだろう。しかし今回はスモック姿の奈瀬先輩が観客席から応援していることで、スーパークリークが魔王へと覚醒を果たしている。ステイヤー気質の彼女だが、間違いなく今日は好走を見せるだろう。

 

「クリーク、勝てば僕は今日の件で何も言わないことにする…!頑張れ!」

 

「タマちゃーん!!ぶち抜いてきなさーい!!」

 

 お二人も観客席からよう応援しとる。

 奈瀬先輩の己の身を投げうつかのような献身的な応援を受けてクリークがさらにやる気を見せている様だ。あれで掛からなければいいのだが。

 

『さぁさぁどんどん紹介していくよー!続きまして────────』

 

 その他にも、有力チームからそれぞれウマ娘のサブトレーナーがどんどん紹介されて行く。

 テイオーとマックイーンの解説を聞き、それぞれのウマ娘の熱意を感じ取りながら…俺は、強烈に、一つの考えが浮かんできていた。

 

 チームの、サブトレーナーをしているウマ娘。

 この条件に当てはまる、最近知り合った、あの子。

 そういえば────この騒動が起きる前から、姿を見ていない。

 

 つまり。

 日本のこのトレセン学園で、アメリカGⅠを蹂躙した彼女が、走る。

 

『────さあっ!最後のウマ娘の紹介になるよー!トレセン学園に最近赴任してきたばかりのトレーナーさんで、何とアメリカから転籍してきたウマ娘ダヨー!』

 

『ご存じない方もおられるかもしれないので、詳しく紹介いたしますわ。9月にトレセン学園に赴任され、あのチーム『フェリス』のサブトレーナーを務めておられます。これまでの戦績は…アメリカの中央レースを暴れまわり、アメリカクラシック2冠、GⅠ6勝…アメリカ年度代表ウマ娘と最優秀クラシックウマ娘のW受賞。…自分で解説しておいてなんですが、化物ですわね…!』

 

『見た目はカフェに似てるけど別人だからね!!では紹介しようっ!!チーム『フェリス』から、16番!!サンデーサイレンスの登場だーーーっ!!』

 

 観客席からの歓声に応じるように、そのウマ娘はやってきた。

 

「……S、S…!」

 

 俺は思わず声を上げる。

 

 そこにいたのは、修道服を模した漆黒の勝負服を身にまとった、サンデーサイレンスだった。

 

 現役時代の勝負服だ。激走を潜り抜け、スカートの所々がほつれてしまっているそれに身を包み、ゆっくりとゲート前に近づいていく。

 トレーナーになってからの彼女としか会っていない俺の眼に、今の彼女はまるで別人のように映る。

 奇跡の体現者。運命にかみついたウマ娘。

 アメリカのGⅠを蹂躙した伝説が、そこにいた。

 

「……ハッ。久しぶりじゃねぇか、この鉄檻も」

 

 懐かしむようにゲートを眺めて、SSが言葉を零した。

 そうして、しかし、彼女はそこで一つの動作を始める。

 

 それは、アメリカの彼女のレースを見ていれば、誰もが知っていること。

 彼女がレースを走る前、ゲート前で必ず行うルーティーン。

 

 静かに、芝の上に片膝をつき。

 両手を胸の前に組んで。

 

 ────────神に祈りを捧げる。

 

 修道服の、修道院育ちの彼女がするその祈りは、余りにも堂に入っていた。

 その厳かな振舞いは、現役時代も、そして今も、見ている者に必ず()()を強要する。

 

 観客席のウマ娘達が、全員、沈黙した。

 

 祈りの邪魔にならない様に。

 その、厳粛たる修道女に、敬意と畏怖を持って、この場にいる全員が沈黙し、レース場に静寂を生んだ。

 

 サンデーサイレンス(沈黙の日曜日)

 

 その名の通り、彼女は観客に沈黙を強制させる。

 

 

 数秒か、数十秒かと感じさせたその祈りを終えて、サンデーサイレンスが目を開き、立ち上がる。

 

『……っ、っと!凄いキレーだったね…思わず黙っちゃった!うーん、サンデーさんカッコいいー!!』

 

『ええ、確かな信仰を感じる振舞いでしたわね…すでに成人され、レースからも引退されているとのことですが…しかし、その佇まいは変わらずといったところですね。ファンになりそうですわ』

 

「ハハ、応援ありがとよォ!ロートルがどこまで走れるか…目ん玉かっぴらいてよく見ときやがれ!」

 

 祈りを終えたSSに、ウマ娘達から歓声が上がる。

 わかる。俺も彼女の祈りを生で見たのは初めてだが、めちゃくちゃ堂に入ってた。シビれた。

 これは全力で応援しなければなるまい。

 

「SSー!!かっこよかったぞー!!頑張れよー!!」

 

「サンデーさん、頑張ってください!」

 

「ぶっちぎっちゃえー☆!!」

 

「サンデーチーフの凄さを見せつけるの!!頑張れー!!」

 

「ッ…ったく、言われなくても頑張ってやらぁ。よく見とけよ、アタシの走りを」

 

 SSが俺の、観客席のチームメンバーからの応援に気付き、そうして苦笑を零して見せた。

 

 彼女が現役を退いてからそれなりに年数が経っているのは事実だ。トレーナーの専門学校を卒業するほどの時間がそこにはあり、現役時代の好走を見せるには難しい……と言う見解が一般的だろう。

 しかし、俺はサブトレーナーである彼女の監督をするにあたり、練習で併走も務めてもらうため、彼女の脚もしっかり診させてもらっている。

 そしてそれを見た俺の結論。

 

 ────────SSは、全盛期を保っている。

 

「…貴方と共に走れるとは光栄だ、サンデーサイレンス。今日は胸を借りさせていただくよ」

 

「あァ?…会長様よ、言葉と表情が全然一致してねェぜ。日本のそういう(へりくだ)る文化好きじゃねぇんだよ。本音を言いな」

 

 そんなSSに、ルドルフが声をかけに行ったのを俺は見た。

 宣戦布告…という言葉がぴったりだろう。皇帝の雰囲気を携えたルドルフの眼は、新たな強者との闘争にさらに燃え上がっている様だ。

 

「おや、気に入らなかったかな?ではお言葉に甘えて本音を零そうか。…個人的に、アメリカとは多少の確執があってね。引退した身に鞭打つようで誠に申し訳ないが、私の鬱憤晴らしに付き合ってもらいたい。───絶対を見せてやる」

 

「…ハハハハ!!最高だぜ!そうこなくっちゃあなァ!いいぜ、挑発に乗ってやる!芝とダートの違いとか、引退がどうとか、ピークがどうだとか…()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。見せてやるよ、アメリカを蹂躙したアタシの走りを」

 

「…ああ、心が躍るな。今日はいい日だ。最高のレースにしよう」

 

 バチッ、と紫電がルドルフの足元から迸る錯覚さえ生むほどの、凄まじい圧のやり取りを終えて、ルドルフがゲートに入っていく。

 それを間近で受けた周囲のウマ娘達は、圧に怖気づく…()()()()()()()()()()()()

 何故ならそこに集う彼女たちもまた猛者揃い。

 誰よりも勝利を求める、強い意志を持つ才気煥発のウマ娘達。

 

 そんな彼女らが織りなす夢のレースが、始まる。

 

 

『順調にゲート入りが終わったよー!!それじゃはっじまるよー!!トレーナーズカップ最終レース!……スタートだぁ!!!』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

91 トレーナーズカップ ④

 

 

 ゲートが開かれた。

 飛び出していく優駿たち。

 その中でも飛び切りのスタートを切ったのは、やはりこのウマ娘。

 

『スタートはまずまずといったところですわね!しかし…やはりスズカさんが速い!加速していきますわ!』

 

『スズカの大逃げが出たねー!…いや、でもそれに追走するウマ娘がいるよー!』

 

 彼女の代名詞である大逃げの、その背後に迫るウマ娘がいた。

 それは当然逃げウマ娘で、しかし普段はペース走法を得意とする彼女。

 ミホノブルボンが、スズカの独走を許さない。

 

「……っ!ブルボンさん…!」

 

「スズカさん、一人では寂しいでしょう。─────付いていきます、貴方に」

 

 まるでヒットマンと呼ばれたライスシャワーの様に、スズカの後ろにぴったりとついていくミホノブルボンの姿があった。

 彼女の加速は、ものの見事に逃げ切りを決めようとしたスズカの独走に追いついていた。

 本来の彼女であれば、スタート直後にそこまでの加速はしない。できない。

 ミホノブルボンはペース走法を得意とするウマ娘で、どちらかと言えばスロースターターのはずだった。

 しかし加速を為した、それには理由があった。

 

「…そう、か!ブルボンさん、貴方はさっき…!」

 

「ええ────1200mほど、ウォームアップを済ませております。今ここで初めて走り出した貴方に追いつくくらいは、容易い…!」

 

 そう、先ほどミホノブルボンは、トレーナーズカップの第一レースで、ケツハリセン部隊として1200mを駆け抜けていた。

 己のトレーナーである黒沼に対してのハリセンは生憎振るわれなかったが、しかしその脚は他のウマ娘と比べても十分な準備運動を済ませている。

 その好調が、彼女にスズカの独走を許さない選択肢を取らせた。

 スズカもさらに加速して突き放す選択肢を取ることもできたが、しかし脚が温まり切っていない状態の2000mである。脚への負担のほか、純粋に走り切れるスタミナをキープできないという冷静な判断のもとで、その選択肢は取れなかった。

 単独での逃げ切りを許さない、逃げ切りシスターズ同士の争いがまず発生した。

 

『これは珍しいっ!スズカが独走デキテナイー!ブルボンがすんごい加速で追いついたねっ!』

 

『ええ、先頭はこの二人でやりあう事でしょう。そうして続くのは先行集団…ですが、これもまたっ…』

 

『うっわぁ。すごい、げーっとしちゃう。あそこで走りたいけど走りたくないぃ!!』

 

 そしてそれに続く、先行から差しの作戦を取ったウマ娘達は、更なる地獄の様相を表していた。

 諸兄らに最も理解を得られる形で説明しよう。

 

 前から順番に紹介する。

 

 フジキセキが、後続にトリックを仕掛けて。

 スーパークリークが、幻惑のかく乱と魅惑のささやきを振りまき。

 シンボリルドルフが、独占力と全方位への牽制を放ち。

 ナイスネイチャが、八方睨みと魅惑のささやきを繰り出して。

 イクノディクタスが、前方へのトリックと鋭い眼光で睨みつけていた。

 

 地獄だ。

 

「ッ…ったくよォ、ニッポンのウマ娘は湿っぽいなァオイ!」

 

 そして、そんな先行集団の中を走るサンデーサイレンス。

 彼女は先行での勝負を得意としており、芝のレースにおいてもその走りに陰りは見えなかった。

 問題なく周囲のペースについていき…そして、当然の如く、圧への耐性も持っている。

 GⅠを勝ち取るようなウマ娘が、簡単に圧に負けているようでは話にならない。

 無論、それは他のウマ娘達も同様。

 お互いがお互いを差し穿つ隙を狙う蟲毒のような状態を維持しながら、先行集団がスズカら逃げ集団を追う。

 

『そしてその後ろ!ゴールドシップとメジロブライトとタマモクロスがじっくり前の走りを見ながら、追い上げるタイミングを窺ってるよー!』

 

『追い込みを得意とするウマ娘は少なく…だからこそ、その作戦で勝ち抜いている彼女たちは猛者と言えるでしょう。何が起きるかわからないこのレース、一番勝機があるのは冷静に観察する彼女たちかもしれませんわね…!』

 

 そして追込ウマ娘の三人が、それをじっくりと観察しながら走る。

 三人とも、どちらかと言えばステイヤー気質だ。2000mと言うこの距離を走りきれない心配はない。

 だからこそ仕掛け処が全てを決める。なにせ彼女らと走るウマ娘、その全員が凄まじい実力者だ。生半可なタイミングではそのまま逃げ切られる。

 追込ウマ娘としての実力が試される。

 

「へへ…いいぜぇ、アガってくるぜぇ!!」

 

「ですねぇ~…ふふ、楽しくなってきましたよぉ~…!」

 

「こんな強敵たちと走れるってのはたまらんなぁ…!!全部ブチ抜いたるわ!!」

 

 そんな緊迫した状況でなお笑みを零す化物が三人。

 いや、全員が化物。全員がトレセンが誇る、超実力派のウマ娘だ────

 ────ああ、いや、一人だけ。

 

『……あっ…スゥー……その、最後方にベルノ先輩がいるね』

 

『ポツンと一人…ですわね。が、頑張ってくださいまし!!応援してますわー!』

 

「むりぃ~…!」

 

 …ベルノライトには強く生きてほしい。

 

────────────────

────────────────

 

 さて、そうしてレースは最初のコーナーに入った。

 先頭を走る二人がデッドヒートを繰り広げながら曲がっていく、それに続くように、先行集団から後方集団も続けてコーナーに差し掛かる。

 

 レースを知る者にとっては当然の知識だが、コーナーを曲がる際には必ずウマ娘は減速する。

 横Gに抵抗するために、その速度を落としながら走るのが一般的だ。

 コーナーで加速する、という表現もあるにはあるが、それは周りのウマ娘と比べた相対的な速度の話。直線を走る時よりは、間違いなく減速をしなければならない。

 その減速をどこまで小さくできるかが、ウマ娘のテクニックの見せどころなのだ。

 

「───フゥ──────ッ!!」

 

 そうしてコーナーを曲がっていくウマ娘の中で、まずシンボリルドルフがその相対速度により他のウマ娘に先んじた。

 彼女の技術は日本でも最高レベルに位置する。

 ナイスネイチャもまたコーナーの走りは得意としているところで、減速を少なく抑えて曲がりだすが、しかしルドルフには敵わない。

 弧線を描くことにかけてはルドルフの右に出る者はいない。プロフェッサーと言えるだろう。そうして集団の中でよい位置を狙う、彼女の普段の走りだ。

 それはルドルフの数多の武器の一つであり、彼女にとって誇りともいえる技術であった。

 

 しかし今日、その誇りは砕かれる。

 

「────────行くぜ」

 

 集団の後方に位置したサンデーサイレンスが。

 レース500m地点、コーナーに入った直後に。

 

 

 ─────────────【天使祝詞(ヘイルメリー・ランナウェイ)

 

 

 領域(ゾーン)に、入った。

 

「……やはり来たか……!!」

 

 それはルドルフの驚愕の声であった。

 いや、周囲のウマ娘もサンデーサイレンスのその走りに目を奪われる。

 

 直線の速度から、コーナーに差し掛かり、必ず減速しなければならないその瞬間に領域に入った彼女は。

 なんと。

 ()()()()

 

『何それーっ!?一人だけとんでもない加速でコーナーを回っていくぅーっ!!サンデーサイレンスの曲がり方絶対オカシイヨー!!』

 

『とんっ、でも、ないですわね…!!見ているのも嫌になりますわ、ああ、なんて恐ろしい…!!』

 

「はぁ!?なんで、そんなんで曲がれるの…!?」

 

「勘弁、してっ、欲しいですね…!」

 

「っ…見てるこっちがハラハラしますねぇ…!」

 

「これがアメリカ最優秀ウマ娘、か!まったく恐ろしい…!」

 

 相対的な速度ではない。絶対速度が増している。

 先程の直線を走る中で、周囲の優駿たちと比べて速度が乗らなかった彼女は、ここに至るまでに位置をずるずると下げていたが、しかしこのコーナーですべてがひっくり返った。

 

「オラオラオラァッ!!内を空けやがれェッ!!」

 

 深く深く姿勢を落とし、そして内ラチの下に頭を潜り込ませるようにして、まるでコーナーの先に飛び込むかのように加速していくサンデーサイレンス。

 領域もさることながら、それを見る者に更なる恐怖を、沈黙を強制させる、悪夢のようなその走り。

 

 あれは真似できない。

 一歩でも間違えれば、内ラチにぶつかりレースは絶望だ。

 内ラチは壊れやすくできており、ぶつかれば破損と共に衝撃は吸収されるものの、怪我の危険は付きまとう。

 純粋に、死の恐怖心が邪魔をして、まともな者ならばあそこまで内を攻めることはできない。

 

 だが、()()()()を経験したサンデーサイレンスにとって。

 死とは身近な物であり、レース中に迫る内ラチ程度に怯えるようなまともな精神は持っていなかった。

 彼女もまた速さに狂っていた。

 

 また、これだけの加速をコーナーで繰り出せる理由がもう一つある。

 それは彼女の脚の形。

 立華にもそう評価された、速く走れない形の脚…内側に大きく湾曲している彼女の脚は、確かにまっすぐ力を地面に伝えるのには適さない形だ。

 しかし、それはまっすぐ…つまり、後方へ力を伝えることを不得手とする代わりに、横への力の伝達に優れていた。

 コーナーで走る際に、ウマ娘は曲がるために斜め後ろへと蹴りだす。

 その力の伝達が、他とウマ娘に比べて彼女の脚は適した形となっていた。

 

 誰よりも小回りが利くその脚の形。

 それを、修道院に併設された全周400m程度のコーナーのキツい小さなグラウンドで磨きに磨き上げ、誰にも負けぬコーナリング技術を編み出していた。

 

「…っし!だいぶマージンとったぜぇ…さぁどうするよ会長様ァ!」

 

「やってくれる…だが、レースはまだまだこれからだ、サンデーサイレンスッ!」

 

 まるで一人だけ倍速再生をしているような、薄気味悪さすら感じる速度をもって、コーナーでサンデーサイレンスが順位を上げ、そうしてコーナーを抜けた。

 直線に入って一旦彼女の領域は閉じる。が、最終コーナーでまたそれを繰り出すことだろう。

 それまでに、直線を苦手とする彼女との距離を少しでも埋めなければならない。

 サンデーサイレンス流の「牽制」を見事に受けて、先行、差し集団のウマ娘達は掛かりそうになる心を抑え、じわじわと加速を始めるのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 レースは中盤を過ぎてから、一気に動いた。

 

『1000mを通過したところで…やっぱりこのタイミングだよねー!!ゴールドシップが来るぞーっ!』

 

『あの方の得意技ですわねっ、1000m地点からの…領域(ゾーン)!先頭を狙って加速していきますわっ!』

 

「エクスプロージョンッ!!面白くなってきたぜェーーッ!!」

 

 追込みの位置を走るゴールドシップが、抜錨する。

 それは不沈艦の出航。

 黄金船の船出。

 

 

 ────────【不沈艦、抜錨ォッ!】

 

 

 じわじわと、しかし確かな加速をもって前方のウマ娘との距離を詰めていく。

 しかもこの加速にはオマケがあり、コーナーでの減速がない事が特筆される。

 領域の加速に乗り始めれば彼女のコーナーを曲がる技術は急激に上昇し、いつの間にか位置を上げるその走りが「ゴルシワープ」と表現されることもある。

 

 だが、その独走を許さないウマ娘が二人。

 

 

 

「そろそろですわね…わたくしも…ついていきますわぁ!」

 

 ────────【麗しき花信風】

 

 

 

 メジロブライトが、その領域を開花させゴールドシップに続く。

 彼女の領域は、残るスタミナに応じてロングスパートをかけ加速するタイプのものだ。

 長距離レースであれば中盤を越えてから発動するそれであるが、今回は中距離レースで残り距離は1000mを切る。彼女にとってはここから全力で走っても走り切れるその距離。

 

 

 

 

「そう慌てんなや…こっからは魂のぶつけ合いやろがぁ!!さぁ!!ウチとやろうやぁ!!」

 

 ────────【()()()()

 

 

 そしてタマモクロスもまた、負けじと領域に突入する。

 この世界線では、彼女の領域は若干の変化を見せていた。レース後半の直線で発動するそれではなく、中盤からでも意識して繰り出せるその領域。

 かつてオグリキャップと天皇賞秋で鎬を削りあった際に開眼したそれは、瞳から、その豪脚から稲妻を放ちながら駆けあがる。

 風か光か。タマモクロスのその速さは、風神にも閃光にも似た、突き抜けるような加速に至る。

 

 葦毛の怪物二人が連なり、メジロブライトを率いて中団へと突撃していった。

 幼子が、遊びに交ぜろと友達の輪に走って行くような純真さと、しかし獰猛さも含んだ笑顔を浮かべて。

 

 

 残り距離は600mを切った。

 

 

『さぁさぁ後ろがどんどん上がってくるよー!!ここからは絶対に目を離せないっ!!』

 

『ですわね!!先頭を走る二人もよく駆け抜けていますが…このレースを走るウマ娘は、全員領域(ゾーン)に目覚めています!!来ますわよっ!!』

 

 

 実況の二人の叫びに観客席も絶叫に近い歓声をもってレースに刮目する。

 そう、二人が言う通り。

 残り600を切り、ラストスパートを繰り出していくここからは────────

 

 

 ────────領域同士の、ぶつかり合いだ。

 

 

 

「…奇跡の瞬間をっ!夢の舞台の開幕さっ!!」

 

 ────────【煌星のヴォードヴィル】

 

 

 

「夢…見るだけじゃ、ねっ!掴み取ってやるっ!!」

 

 ────────【きっとその先へ…!】

 

 

 

「ふふっ、パーティはこれからです…永久(とわ)に駆け抜けていきますよぉ!!」

 

 ────────【ぐるぐるマミートリック♡】

 

 

 

「負けません…ここまでのスタミナ管理は完璧!行きますッ!!」

 

 ────────【我が蹄鉄は砕けない】

 

 

 

「リミッター解除。オールグリーン…ミホノブルボン、始動!!」

 

 ────────【G00 1st.F∞;】

 

 

 

「…静かで、綺麗な…先頭の景色を、私は、見る!!」

 

 ────────【先頭の景色は譲らない…!】

 

 

 

「さあ…勝負と行こうじゃないか!!轟け、天下無双の嘶き!!」

 

 ────────【汝、皇帝の神威を見よ】

 

 

 

「ハァ…!ひよっこ共に負けるかよォ!!Full speed forward(ぶっ飛べ)!!」

 

 ────────【天使祝詞】

 

 

 それは奇跡の螺旋。

 各々の領域が共鳴し、まるで狂想曲(カプリッチオ)の様に────いや、狂()曲の様に、それぞれの描く領域が無限の奇跡を生み出していく。

 

 

『すごい、すごいっ!!全員が全力で加速して最終コーナーを上がったぁ!!!』

 

『残り300m!すさまじいレースとなっておりますわ!!!誰もが負けじと前を譲らないっ!!』

 

 最終直線を駆ける。

 それを見る観客が、トレーナーが、大興奮の雄叫びを上げる。

 見るもの全てがそれを感じた。

 夢を、見た。

 

 ─────人は、ウマ娘の走りに夢をかける(ユメヲカケル)

 

 

 

『残り200m!!ここでカイチョーがもう一つの領域で上がってくるー!カイチョーッ!!』

 

『ですが独走を許しませんわっ!ネイチャさんが根性で食らいついていきますっ!!素晴らしい位置取りですわっ!!フジキセキさんも堪えていますが…!!』

 

『イクノも渾身の走り!しかし厳しいか!ブルボンがここでさらに加速!凄い末脚っ!!けどクリークもその末脚で並びかけるっ!!』

 

『いえ…サンデーサイレンスさんが、っ……さらに、加速して!?何ですの今の感覚!?』

 

『ゴールドシップもメジロブライトも譲らないっ!!タマモクロスも追いすがるっ!!どこまで加速していくのー!?』

 

『スズカさんが振り絞って加速しましたわ!!もうわかりませんわー!!先頭はほぼほぼ横一線ッ!!!』

 

 

 

 ────────勝負の行方は。

 

 

 

『っ……今っ!!ゴーーーーーーーーーーーールッッッ!!!!』

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 【トレーナーズカップ 第3R レース結果】

 

 

 1着  シンボリルドルフ

 2着  サイレンススズカ  ハナ差

 3着  ナイスネイチャ   ハナ差

 4着  サンデーサイレンス クビ差

 5着  ゴールドシップ   1/2バ身差

 

 以下  僅差

 

 

 

 (タイムオーバー  ベルノライト)

 

 

 

 

 

 

 

「……すっ、げぇ。俺も…俺達も、いつか…!」

 

 大歓声が包むゴール前、その結果をばっちりカメラに収めた初咲トレーナーの呟きに、隣に立つハルウララが、大きく頷いた。

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 ────流石カイチョーーー!!一着おめでとーーーー!!!

 ────痺れるーーーーー!!!凄い走りだったーーー!!

 ────格好いいーーー!!カイチョーーーーー!!!

 

「ふふ、……久しぶりに……全力を出してしまったな…!……みんな、応援ありがとう!…楽しい、レースだった……、な……!!」

 

 ────でもめっちゃ肩で息してるのマジウケるーーー!!!

 ────この日の為にめっちゃ仕上げてきてるでしょー!!トモでバレバレーーー!!

 ────皇帝特権発動はずるいってーーーー!!!

 ────最後第二領域まで出してガチだったじゃーん!!!

 ────大人気ないと思いまーーーーす!!!

 

「な、そんなことはないぞ…!他のみんなと同じで、ああ、ぶっつけ本番だとも!!」

 

「────ルドルフ、君はここ最近、妙にチーム練習に熱が入ってたよね?そういうことだよね?そうかそうか。君はそういうウマ娘だったんだな」

 

「フジキセキ!?ここは黙ってくれているのが友情と言うものじゃないか?!そんな目で見ないでくれないか!?!?」

 

 ────────ドッ。

 

 

 …随分と生徒との距離が縮まったルドルフが勝利者インタビューでフジキセキと漫才をしているのを聞きながら、俺はタオルをもってSSの元へ向かう。

 

「…っかー!!ザマぁねェ!!4着なんて生まれて初めて取っちまった!!」*1

 

「いや……いや、凄まじいものを見せてもらったよ。お疲れ様、SS」

 

 走り終えて、しかし4着と言う彼女にとってはふがいない結果に終わったそのレースを見届けた俺は、タオルを渡しながら労りの言葉をかけた。

 このレースに出走しているウマ娘は、全員がトレセン学園が誇る優駿と言っていいだろう。

 その中で、引退後のウマ娘で、しかも芝を走る事に適性はあれど芝のレース自体は初めてである彼女が、ここまで善戦したことに俺は衝撃を隠せなかった。

 

『……ふーぅ。ねぇ、タチバナ。はっきり聞くわよ。……今日の私の走り、どうだった?』

 

 タオルで汗をぬぐってから、SSがそうして俺に答えを求める。

 今日の彼女の、全霊の走りの感想を。

 無論、俺は、嘘偽りない本心で、彼女に俺の想いを返した。

 

素晴らしい(fantastic)。その一言に尽きるね…ああ、今ここに3人がいないから言うわけじゃないが。現役時代の君を担当してみたかったよ。心底ね』

 

『……ふふっ、そこまで言ってくれるなら、全力で走った甲斐があるわね。久しぶりにレースを走れて私も楽しかったわ…』

 

 俺の感想に満足したのか、SSが笑顔を返してくれた。

 俺もつられて笑顔を返した。やはり、ウマ娘が全力で走って笑顔を見せる姿はいいものだ。

 

 しかしその瞬間、なぜか遠方、観客席で俺の愛バたちがいる方向から氷柱が突き刺さるかのような冷たい圧を受けたような気がした。

 気のせいだろう。先ほどの戦慄するようなレースで俺も気が高ぶっているのかもしれないな。

 

「…サンデーサイレンス。貴方の走り、見届けさせてもらった」

 

「……んぁ?会長様か。おぉ、笑え笑え。ビッグマウス叩いて4着だった哀れなロートルを」

 

 そこへ、勝利者インタビューを終えて1着のタスキをかけたシンボリルドルフがやってきて、SSに声をかけてきた。

 SSはそれを見て大きく肩を竦めて、日本語に言語を切り替えて、やんちゃな言葉づかいで応える。

 

「莫迦を言わないでほしい。このレースを走ったことで、貴方への敬意はさらに増したよ。凄まじい走りだった。貴方と走れたことを誇りにしたい…レース前の非礼を詫びるよ」

 

「ハッ、気にすんなァ。プロレスだろうがありゃ。アタシも気にしてねェし、レースの後はノーサイドだろうが。全力で走れて楽しかったぜェ!」

 

「そうか。…ふふ、是非ともまた、貴方とは語りたいものだ。脚でも、言葉でもな」

 

 そうして笑い合って二人ががっつりと握手する。

 ああ、こうしてレースによってウマ娘達の絆が深まるのもとても趣が深い。横で聞いていた俺もほっこり笑顔で…

 …ちょっと待って?

 なんか握手した手がギリギリって音立ててない?

 

「……ああ、しかし。あのコーナーでの貴方の走りは、悔しかったな…私はコーナーに自信があったんだがね…!」

 

「へぇ、そうかい…?だがよ、アタシだって負けて悔しい思いしてるんだぜ…?いつか絶対会長様をぎゃふんと言わせてやりたくてよォ…走りだけじゃなくてその7冠の肩書を塗り替えるくらいのそれでよォ…!」

 

「ブレイク!ブレーイク!!」

 

 俺は慌てて二人の間に挟まった。

 最近なんか記事にされたウマ娘の間に挟まる猫トレ概念を発動する。

 俺の介入を受けて何とかその手を離した二人は、同時にふんす!と鼻を鳴らして負けん気を発動させた。

 何?君達相性がいいのか悪いのかどっちなのぉ!?

 

「…サンデーサイレンス…いや、サンデートレーナー。今後とも、ご指導ご鞭撻、よろしくお願いします」

 

「ハッ。任せな、そのためにアタシはここにいるんだからな。いずれ決着はつけるが、学園の為に尽力はしてやるよ」

 

 ようやく落ち着いて、彼女たちの小競り合いが終わり俺も胸をなでおろした。

 SSはどうにもウマ娘に対して、相性の良しあしがあるようだ。

 この学園に赴任してから、彼女はチーム以外のウマ娘ともそれなりに話しているし、懐く子も結構いる。

 スズカとかスペとかフジキセキとかアヤベとか、あとシャカールとかタキオンも結構懐いているようなんだけどな。

 ルドルフはどうやらライバル心を爆発させる方のようだ。

 喧嘩は駄目だよ?

 

「…ルドルフもお疲れ様。この企画、めちゃくちゃ楽しかったよ。いい体験をさせてもらった」

 

「ん、有難う立華トレーナー。ふふ、君のチームから発案されたものだが…私達ウマ娘も、存分に楽しませてもらったよ」

 

 俺はそんなルドルフに声をかけ、彼女の走りを労わる言葉をかけつつ、気になっていたことを聞くことにした。

 

「それならよかった。トレーナーにとっても学びが多くて俺達も満足だよ。…それで、企画はこれで終わりだろう?」

 

「ああ、流石にもう()()()は無いよ。そうだな、閉会の挨拶をしなければな…失礼」

 

 この企画について、これ以上レースがないかどうかを確認させてもらった。

 そうしてやはり、このメインレースが最後であったことを彼女から聞き出して、解説席のマイクのほうへ向かうのを見送った。

 素晴らしい企画だったと改めて思う。

 企画したうちの子達も後で誉めてやろう。勿論、この企画を準備してくれた生徒会のウマ娘達にも後でお礼にスイーツでも奢ってやるか。

 

 

『…さて。表彰式も終わり、レースはこれですべて終了となる!改めて、このトレーナーズカップで走ってくれたトレーナーの皆さま、そしてウマ娘達へ!感謝の拍手を!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 

 

 レース場を、今日一番の大きな拍手が包んだ。

 うんうん。祭の終わりの雰囲気、それもまたいいものだ。

 

 

『ファン感謝祭、みんな、今日一日お疲れさまだ!───────だが!!あと一つだけ、やっていないことがある。勿論忘れていないだろうな、みんな!!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 

 

 ……ん?

 風向きが変わってきたな。

 

 しかし、やっていないことと言っても…ああ、片付けか?

 確かに片づけはこの後みんなでやる必要があるが…しかしルドルフが放送でそこまで言うほどか?毎年のことじゃないか?

 俺はそんな呑気な考えを浮かべて、そして次のルドルフの言葉で背筋が凍りつくことになった。

 

 

『レースを終えたんだ。当然、勝者にはそれをする権利……いや、義務があるッ!!そうだろう!!私は日々、口を酸っぱくして言っていたはずだ!!─────()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だとッ!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 

 

 えっ。

 ちょっと待って?

 待ってルナちゃん。待って?

 

 

『無論!!今回の企画は特別なものだ!!なのでライブは一組だけ……第一レースで好走を果たした、男性トレーナー方に踊ってもらおうっ!!今から1時間後にウイニングライブが始まる!!諸君、それまでに全速力で片づけを行うようにっ!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアアッッ!!!

 

 

 

 …ウイニングライブ、やんの!?

*1
サンデーサイレンスの生涯戦績は、1着か2着しかない。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

92 トレーナーズカップ EX

 

 

 

「はぁ……マジかよ…」

 

 ここは控室。

 これからライブを控える沖野先輩が、はーぁ、と再度ため息をついた。

 

 先程ルドルフからアナウンスがあった通り、どうやら俺たちに知られない様にライブの準備を進めていたらしい。

 俺、そして沖野先輩と南坂先輩…第一レースの上位3名がウイニングライブを披露することになっていた。

 なおオニャンコポンが一位だから4位の俺は出なくていいのでは?という質問は皇帝の圧力によってもみ消された。汚職事件である。

 

「まぁまぁ。ウマ娘達のイベントですから…可愛らしい物じゃないですか」

 

 ため息をつく沖野先輩に、南坂先輩が労りの言葉をかける。

 しかし、このライブは俺の中で少し納得がいかない部分があった。

 先ほど渡されたライブのセトリを見る。

 ライブ曲は、『ぴょいっと♪はれるや!』からの『うまぴょい伝説』だ。

 これを踊れということは、まぁ、いわゆるエンターテイメント的な要素が強いのだろう。

 かわいらしい曲を踊る俺達男性トレーナーの恥ずかしがる姿を見たい、といった所か。

 2曲だけなのは俺たちの体力も考慮してくれているのだろう。

 衣装については着用自由ではあるが、ウマ娘が着る汎用勝負服の大きなサイズの物が控室に準備されていた。誰が勝つかもわかっていなかっただろうし、男性用を準備できなかったのはやむを得ないのだろうが。

 

 まったく。

 俺たちを、無礼(なめ)ている。

 

「……ふー。いや、俺としてもちょっとまぁ。思う所はありますね。ちょっと舐められ過ぎかなって」

 

「ん?立華君がそこまで言うとは意外だな…いや、まぁ俺も選曲はどうなんだとは思うけどさ。アイツらのためだし歌って踊ってやるかって気持ちはあるぞ?」

 

「ええ、せっかくのイベントですからね…」

 

「…ああ、違うんですよ。そうじゃなくてですね…」

 

 そうして俺が零した言葉に二人が意外そうに顔を向ける。

 ああ、申し訳ない。心配させた……いや、()()()させたか。

 

 確かに、無礼(なめ)ているとは思うが。

 それは決して、可愛らしいそれを見て楽しみたいというその気持ちに対してのものではない。

 そんなものは可愛いものだ。もしこれを俺一人で歌って踊れと言うならば、それこそ全力でやり遂げるさ。

 ウマ娘はJCJKである。彼女達のそんな悪戯心を否定しているわけではない。

 

 だが、今回。

 俺以外に一緒に歌って踊るトレーナーがもう二人いて、それは沖野先輩と南坂先輩なのだ。

 二曲だけ、可愛らしく踊って楽しませるなんて、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ─────俺たちのポテンシャルを無礼(なめ)るなよ。

 

「南坂先輩。お願いがあります。お耳を拝借していいですか?」

 

「はい?ええ、何を…?」

 

 南坂先輩に俺の考えを、企みを耳打ちする。

 そしていくつかのお願いをそこで伝えた。

 それを聞いた南坂先輩は、成程、と温和な様子で頷いて、その胡散臭い笑顔をさらに深め…瞳を開いて、にやりとした表情を作った。

 

「─────面白いですね。判りました。5分ください」

 

 そうして俺のお願いを聞き届けてくださった南坂先輩は、プンッ、と空気を裂くような音と共に姿が消えて、控室を退室していった。

 控室のドアが開いてなかった気もするが気のせいだろう。

 

「おいおい、立華君?何をしようってんだ?あんまりの無茶ぶりは俺もきついぜ?」

 

「ははは、大丈夫ですよ。ウマ娘達に()()()()()()()()()()って言うそれですからね。…沖野先輩、以前お酒の席で聞いた事、改めて確認させてください」

 

「おお、何だ?」

 

「沖野先輩は、()()()()()()()()()()()()と聞きました。…ミュージカルなんてお手の物ですよね?」

 

「ん…ああ、勿論だ。ライブの歌も踊りも全部頭に入ってるしな。披露する分には問題ねぇよ」

 

 俺は以前に彼から聞いた…というよりかは、これまでの世界線でも得ていた知識を改めて確認する。

 そう、沖野先輩はトレーナーになる以前、若い頃に劇団に所属しており、歌って踊れる俳優として活動されていた。*1

 かつてスペシャルウィークのウイニングライブを指導し忘れてしまった事件から、ダンスは不得手なのか…と勘違いしているウマ娘も多いが、そんなことは一切ない。

 何なら男性トレーナーの中では誰よりもキレのある踊りと歌が出来る人だ。

 

「ですよね。……実は、俺も踊りと歌にはそこそこ自信があります」

 

「…ほう?……あ、ちょっとわかったぜ。成程、立華君……ウマ娘達にやり返すつもりだな?」

 

「ええ。こんな可愛らしい衣装を着て踊るなんてもんじゃない。目にもの見せてやりましょうよ」

 

 俺の言葉で察した沖野先輩がいたずらっ子の様ににやりと笑みを浮かべるのを見て、俺もそっくりな笑みを返した。

 さっき言った通り、俺もまたダンスと歌に自信をもっている。

 それはそうだ。1000年近く、彼女たちウマ娘のダンスを見て、歌を聞いて、そして指導もしているのだ。

 これで不得意になるはずがない。

 歌声なんかは力の入れ方の技術によっていくらでも高い声や張りのある声が出せるし、自分自身の体幹もそれなりに鍛えているため、キレのあるダンスも繰り出せる自信がある。

 

「─────準備、してきましたよ」

 

「はっや!でもありがとうございます、南坂先輩。首尾はどうでしたか?」

 

 そしてこの南坂先輩も、またトレーナーとしては当然の如く、ダンスも歌も上手だ。

 そもそもこの人に出来ないことはたぶん無いと俺は勝手に思っている。今だって5分と言ったのに3分で帰ってきたし。いつ扉開きました?

 

 …そう、つまり、ここには俺を除いてイケメンが揃い*2、そして全員歌って踊れる素晴らしいメンツなのだ。

 これで、おふざけのウイニングライブなんて見せようものならそれこそ学園の、トレーナーとしての恥だ。

 2曲だけで終わらせるつもりなどさらさらない。

 全力でウマ娘達に俺たちの踊りを魅せつけてやる。

 

「ええ、ライブの音源とバズーカなどの演出は紐づいていましたから問題なくクラッキングしてデータを差し替えることが出来ました。このタブレットで遠隔操作して、好きな曲を選曲できるようにしてあります」

 

「さっすが南坂先輩!」

 

「いや南坂君いつも思うけど君どうなってんの?」

 

「そして、男性用のステージ衣装も知人に準備してもらえることになりました。あと10分で学園前に運んで来てくれるので取ってきますね」

 

「さっすが南坂先輩!」

 

「ドラ○もんか?ド○えもんなのか?」

 

 やっぱすげぇぜ…南坂先輩!

 どんな手段を使ったのかとか、どんな知人がいるのかとかは聞かないでおこう。聞いたらなんかヤバい気がする。

 

 そうして俺たちは、歌う曲やお互いの位置、振り付けや流れなどを決めながら控室でライブの準備を進めるのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 夕暮れを過ぎて夜の帳が学園を包み、間もなくライブが始まるステージ前の観客席。

 すでにそこには学園内の片づけを終えたウマ娘達が、後夜祭であるトレーナー達のライブを見ようと所狭しと集まっていた。

 今回は学園内で準備できる一番大きな会場を使ったため、ほぼ全員のウマ娘、学園関係者が鑑賞出来る。

 

「会長、学内の片付けは殆ど完了しました。例年にない早さで終わりましたね」

 

「そうか、ありがとうエアグルーヴ。しかし…なるほどな、後夜祭にご褒美を準備すれば皆全力で片付けもするか…毎年かくありたいものだな」

 

「まったくです。あとはライブだけですね」

 

 そのライブ会場の特等席、舞台傍に位置するシンボリルドルフは、エアグルーヴからの報告を聞いて得心して頷いた。

 この企画はやはり大成功だったと確信する。

 もちろんレースも大変盛り上がったし、こうしてライブが始まる時間を指定して片づけを促してみたところ、学園生たちも凄まじいやる気をもってスムーズに終わらせた。

 例年のファン感謝祭では片付けに時間がかかりすぎるといった問題もあったが、彼女らのやる気を引き出すスパイスを加えたことで見事にそれが解消されたのだ。

 これはもう毎年恒例にしたいところだ。

 最後のライブに見どころを持ってくれば、今後もスムーズなファン感謝祭の進行が出来ることだろう。

 

「…シンボリルドルフ会長、お疲れ様です」

 

「会長さん、お疲れ様!今日は私達の企画、全力でしてくれてありがとね!」

 

「すっごい楽しかったの!!トレーナー達のレースも会長たちのレースもめちゃくちゃ盛り上がって感無量なの!」

 

「ああ…フェリスの皆か。いや、こちらこそお礼を言う方だ。素敵な企画を持ってきてくれてありがとう。私もいい走りが出来たしな」

 

 シンボリルドルフが来年の感謝祭の進行を考えていると、立華率いるチーム『フェリス』の3人のウマ娘が挨拶にやってきた。

 今日のこのトレーナーズカップ、実際に企画を運営したのは生徒会で、準備は各チームのウマ娘全員が協力して行うイベントとなったが、発案をしたのはこのフェリスの3人だ。

 彼女たちがこの企画を持ってきたからこそ、こうして大満足でファン感謝祭を終えることが出来る。シンボリルドルフとしては感謝の気持ちしかなかった。

 

「ふふ、しかし最後のライブがやはり見物だな。君たちのトレーナーも出演することになっているが…そういえば立華トレーナーは、歌や踊りはどうなんだい?」

 

「ええ、踊りは流石にトレーナーさんですので、私達にもよく指導してくれています。問題ないと思いますよ」

 

「ねー、アメリカクラシック三冠の曲とダンスまで覚えてたからね☆あれ、でも歌は…どうだろ?」

 

「あー…そういえば、もしかしてトレーナーが歌ってるのって見たことないかも?カラオケとか一緒に行ったことないの」

 

 シンボリルドルフの問いかけに、立華の愛バたち三人はそれぞれの所感を零した。

 踊りは問題ないと思っていいだろう。ダンスレッスンの際にはトレーナーも付き添い、しっかりとした指導をしてくれていたことを彼女たちは知っていた。

 一本のダンスをライブ会場で踊るといった姿は見たことがないが、しかしあのトレーナーだ。問題なく踊り切る事だろう。

 

 だが、歌はどうか?

 ライブのコールなどは完璧にこなす立華であるが、しかし彼がしっかりと歌う姿を彼女たちは見たことがなかった。

 意外な事実であるそれは、実は様々な理由から成っていた。

 

 まずはじめに、3人の担当についているという事。

 立華もこれまでの世界線で一人のウマ娘の専属で担当になる時にはカラオケなどに付き合い、そこで歌声を披露することもあったのだが、今回の世界線での担当は3人。

 みんなで遊びに行くときはそれぞれの希望を満たすために別の所に行くことが多く、また個別に遊びに行く中でも歌関係の希望が強いのはスマートファルコンのみで、彼女も己が歌う野外ライブなどが主であり、立華が歌うことはなかった。

 

 また、オニャンコポンの存在が常に彼と共にあったことも拍車をかけている。

 いつも猫を肩に乗せており、それで世間的な知名度を得て、お店などでも快く受け入れてくれる所もかなり多くなったが、しかしカラオケは密室で精密機械が並ぶ空間である。

 猫同伴の入室は流石に、と遠慮されるケースがあり、チームを作りたてのまだ知名度が無い頃に一度それを味わった立華は、その後愛バ達を積極的にカラオケに誘うことがなくなった。

 今であればまた知名度も変わっているため受け入れてくれる店もあるだろうとは思うが。

 

 そんな色んな偶然が絡み合って、未だ彼の愛バたちはその秘められた歌声を聞いた事がなかったのである。

 だからこそ、今日これから初めて聞く、彼の歌が楽しみで仕方がない。

 やはり何でもそつなくこなす彼の事だから、歌も上手なのであろうか?

 もしくは、意外にも音痴だったりするのだろうか。そうであったならばそのギャップでときめいてしまうだろう。

 観客席のウマ娘達も立華や沖野、南坂という顔が素晴らしく整っているトレーナー達が可愛らしく歌う姿を好きに思い描いて、ボルテージは最高潮となっていた。

 

 そうしてライブが始まる一分前となった。

 シンボリルドルフがマイクを取り、集まったウマ娘達にアナウンスを始める。

 

『皆、後片付けご苦労様!!近年まれに見る早さで片付け終えたようだ!!皆の期待がどれほどかわかってしまうな!』

 

 ────────ワアアアアアアアアッ!!

 

『ふふ、しかし私も楽しみだ…さあでは本日最終演目!!沖野トレーナー、南坂トレーナー、立華トレーナーによる、ウイニングライブ!!皆、楽しんでいってくれ!!』

 

 ────────ワアアアアアアアアッ!!

 

 アナウンスを終えて、ルドルフがライブスタートのスイッチを構えるエアグルーヴに目配せし、彼女がそのボタンを押す。

 しかし彼女は知らなかった。

 すでに南坂の手でプログラムにハッキングが行われ、事前に入力していた曲やライブ演出とは全く別のものになっているという事に。

 

 

 そして、ライブの前奏が流れ始める。

 その曲に合わせて、ライブの舞台の裏からトレーナー達が出てくる…形になっている、はずなのだが。

 しかしその前奏を聞いて、シンボリルドルフが怪訝な表情を浮かべた。

 

「…ん?予定していた曲と違うぞ…?ぴょいっとはれるやから始まるはずなのだが…!?」

 

 まさか、ここでミスがあったか?

 そう危惧したシンボリルドルフだが、しかしステージ上の光線や照明、曲に合わせて自動で動くようプログラムされているはずのそれらは今流れている曲にピッタリの動きをもって、間違いなく今からこの歌のライブが始まることを伝えている。

 何なんだ、と彼女に似合わぬ困惑の表情を作った、直後。

 

 

 

 ─────後に伝説と呼ばれるライブが、幕を開けた。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 逆光に照らされるライブステージ。

 前奏が雰囲気を高めていく中、颯爽と現れる3人のトレーナー。

 

 しかしその衣装が、予定されていたものとは違っていた。

 準備していたのはウマ娘向けの汎用勝負服だったはずだ。

 着用は自由としていたが、期待に応えてくれるトレーナー達である。それを着用してスカートに恥ずかしがりながら踊るトレーナー達の姿が見られたはず、だった。

 

 しかし今出てきた3人の衣装。

 それは、男性アイドルグループもかくやと言うほどの、キメッキメの純白のスーツ。

 小物や装飾もきっちり整えられており、間違いなくそれはライブステージ用の衣装であった。

 そんな、準備した覚えのない、多感な思春期の少女たちに特効ともいえる衣装をキメたトレーナー達が、さわやかにライブ会場に躍り出た。

 この瞬間、先頭の景色を譲らず最前列でサイリウムを構えていたサイレンススズカと、その隣のアグネスデジタルが昇天した。

 

 そして、前奏の合間、マイクを手に取った立華が───────吼える。

 

 

『────Aaaaaaaaaaaaaaaaahhhhhhhhhhhh!!!!!!!』

 

 

 それは、ライブ前の声出し。

 しかしそのシャウト、ヴィヴラート、熱量、声の圧。

 

 ────────完璧(パーフェクト)

 

 歌を生業とする彼女らウマ娘にとってさえ、それはまるで神の声の様であり、その大きなウマ耳にしみ込んだ。

 数人の生徒がそのイケメンが発する美声に酔いしれて卒倒した。

 

「な、な、なん、だっ…!これ、は…!!」

 

 シンボリルドルフですら狼狽え、惑う。その声に、余りにも見栄えする衣装に、そして想定外の事態しか起きていないそれに、感動か困惑かわからない涙が勝手に零れ始める。

 

『─────お前ら!よくもやってくれやがったなぁ!!最っ高に楽しませてもらったぜぇ!!』

 

 無精ヒゲを剃り、薄く化粧を施し、そうして髪もライブ用に整えたのであろう、余りにもイケメンに変貌を遂げた沖野が立華に続いてマイクパフォーマンスを取る。

 既に観客席は絶叫の渦に叩き込まれている。ウマ娘達のその狂気はまるでサバトのようだ。

 

『ええ。本当に。───────ですので、私達からもそのお礼に、ささやかながらお返しをしてあげましょう』

 

 普段のふんわりとした佇まいはそのままに、しかし純白のスーツがこの上なく似合っている南坂が観客席にウインクを飛ばした。

 その方向にいたウマ娘達数人が鼻出血を発症。サクラノササヤキとマイルイルネルが失神した。

 

『覚悟しろよ────ここから先は俺たちが主役だぁ!!!しっかりついてこい!!』

 

 そして立華が肩にオニャンコポンを乗せたまま…ああ、この男を何と表せばいいだろう?

 普段からその顔の整いっぷりはウマ娘達に人気があった。彼の柔らかく時にその深みを感じさせる雰囲気はウマ娘達の心を穏やかにする。

 しかし今日、その整った顔を子供の様な笑顔に変えて、キメキメのライブ衣装に身を包み、そうして観客席をまっすぐに指さしてくるその姿を見て、数十人単位のウマ娘が意識を宇宙へ飛ばした。

 

 

 

『『『────────俺たちの歌を聞けぇっ!!!』』』

 

 

 

 最狂の宴が幕を開けた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 第○○回 ファン感謝祭

 最終企画 トレーナーズカップ 報告書

 

 【ウイニングライブ】

 

 ライブスケジュール

 1.本能スピード     (センター:南坂)

 2.winning the soul   (センター:沖野)

 3.UNLIMITED IMPACT (センター:立華)

 

 アンコール

 1.グロウアップ・シャイン!

 2.うまぴょい伝説

 (特別バックダンサー  スピカ・カノープス・フェリスメンバー)

 ※アンコールの際、ステージ上のトレーナーからの呼びかけに応じ気絶から目覚めたウマ娘達が壇上に登り、全員でダンスを披露。

 

 

 【被害報告】

 

 ライブ中に発生した被害につき報告する。

 

 鼻出血        314名

 卒倒・失神       78名

 興奮による心拍不安定 521名

 

 ※重症者なし。翌日には全員が快復。

 ※保健室が埋まったため寮での応急処置を実施。

 ※ライブ準備の任に当たっていたメイショウドトウがロープで縛られていたが怪我はなし。

 

 

 【余談】

 本ライブ映像の一部をトレセン学園公式アカウントからうまちゅーぶにアップロードしたところ、1日で再生数500万回を突破。

 1週間が経過した現在、再生数5000万回を突破。今もなお右肩上がりである。

 動画再生の広告収入費による収益は、トレーナー、生徒会、理事長らによる協議の結果、ウマ娘の学園生活環境の改善・向上に予算として充てられることとなった。

 

 

 

*1
声優さんがそう。wiki見るとすごいよ。

*2
そろそろ自覚しろ。






ライブ映像見ながら読むとライブシーンの解像度高まります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

93 挑戦する意思

JDDのウマ娘公式イラストでデジたんになりかけました。
ウララ…






 

 

『────さあここからは偽の直線(フォルスストレート)!!まだまだ!まだまだ先はあるぞ!!勝利を狙う日本勢!!ヴィクトールピストとナカヤマフェスタは中団から先頭を窺う!!』

 

 

 

『…いいな、いい位置だヴィック……フェスタもいい、あの子は大舞台で強いなやっぱり』

 

『ピストの領域も気持ちよく決まってるわね…残り700m………けど、サリフォスとワークストレングスがまだ脚を溜めてる……ここからね』

 

 俺は10月初週の日曜、自宅のテレビでSSと共に凱旋門賞を観戦していた。

 チームのみんなは寮だ。なにせ凱旋門は日本時間の夜11時に出走となる。門限を過ぎた時間だ。

 しかし今日は凱旋門に挑むウマ娘が二人もいるということで、寮では特別に談話室を開いており、そこで寮のみんなで観戦するとのことだった。

 俺も一人で観戦してもよかったのだが、しかしせっかくなので酒でもつまみながらどうだい、とSSを誘ったというわけだ。もちろん愛バたちには報告済である。

 夕飯前に家で合流し、最近彼女は日本食に凝っているという事だったので、俺が渾身の日本料理を準備してやった。

 肉類を抜きつつも満足できる出来の料理に舌鼓を打ち。ビールとワインを軽くくゆらせつつ、こうして凱旋門賞の奮戦を二人で観戦しているというわけだ。

 

『…残り600m、フェスタがかなりいい位置を取ったな…!ヴィックはバ群に、いやっ、抜けるのかそこから!?』

 

『あの領域、牽制の類を無効化するものかと思ったけど…バ群すら拒めるのね!行ける、脚は残ってる…!』

 

『よし、いけーっ!!そのまま………くっ、残り500で来やがったか!!』

 

『サリフォスとワークストレングスが領域に入った、加速するタイプ…それも相当なもの!凱旋門だからかしらね、相当気合が入ってる…!!』

 

 最終直線残り400m。その地点で、勝利は先頭集団の4人に絞られたと考えていいだろう。

 それぞれが領域を繰り出し、あとは根性勝負。

 実況が日本の勝利を願い、叫ぶ。

 

 

『─────なんとここで先頭はナカヤマフェスタ!!来た!!日本の夢が来た!!だがしかしその後ろ!!ワークストレングスが凄まじい加速でナカヤマフェスタを狙う!その後ろからヴィクトールピストも来ているぞ!!サリフォスは来ない!!ナカヤマフェスタ頑張れ!!ヴィクトールピスト頑張れ!!日本の夢が叶うのか!!ワークストレングスが迫る!!ヴィクトールピストが、いやっ、ナカヤマフェスタが交わされるのか!?何という末脚!!』

 

 

 

『行けーーーーーっ!!GO!!GOーーーーーーーー!!!!』

 

『堪えろ!!粘れ!!!そこだ、ぶっ飛べェーーーーッ!!!』

 

 

 

『これは激戦だ!!行ってくれ日本!!頑張れ日本ッッ!!今ッ!!3人並んでゴーーーーーールッッッ!!!』

 

 

 

 最後にもう一伸びを見せたワークストレングスが、ナカヤマフェスタに並び…そしてその後ろから加速したヴィクトールピストも肩を並べたところで、3人がゴールラインを割った。

 俺もSSも全力で応援し、そうして決着を見届けた。

 

 ────────しかし。

 俺には。SSには。

 このレースの勝者がははっきりと見えていた。

 

『…………及ばなかった、か』

 

『…そうね。悔しいけれど、あっちの執念が上だったわね。日本の凱旋門制覇は、まだ遠い夢、か……』

 

 

『…今確定のランプが出たようです!!悔しいッ!!!一着ワークストレングス!!二着ナカヤマフェスタ!!三着にヴィクトールピスト…!!惜しくも!ハナ差で日本の夢は破れましたッ!!』

 

 

 一着に、英のワークストレングスが入っていた。

 ハナ差、クビ差での敗北。

 あと一歩。しかし、このあと一歩が余りにも遠い。

 日本はまたしても、凱旋門のトロフィーを獲る事が出来なかった。

 

『…悔しいな。しかし、フェスタもヴィックもこれ以上ない走りだった。ワークストレングスが強かった…そう、表現するしかない』

 

『レースなんていつもそうよ。どんなに全力で走って、どんなに限界を超えたって負けることはある。絶対はないんだから…』

 

 お互いに残った酒を煽り、はぁ、とため息をついた。

 つらいものを見てしまった。後で沖野先輩と、フェスタの専属のトレーナーには奢ってやらねばなるまい。

 俺はテレビの先、激走を見せた彼女たちを讃えんと改めて二人の姿を見る。

 フェスタも、ヴィックも、悔しさがにじみ出す顔をしていた。

 見ているのもつらい。エルコンドルパサーも同じような表情だった。

 レースは、勝者を燦燦と煌かせるが、敗者に与えられるものは悔しさだけ。

 その悔しさをバネにして、また己を磨き上げて、ウマ娘達はさらに輝くのだ。

 

『……────────ん?』

 

『……ん、あら…?』

 

 しかしそこで、俺は彼女たちの…ヴィクトールピストの様子を見て、気にかかるものを見つけた。

 それに気付いてしまった…いや、気付けて良かったのかもしれない。

 彼女の、走り終えて疲労が蓄積された、その右足。

 テレビ越しの映像で、僅かに、ごく僅かに見える、重心のブレ。

 

『…挫跖(ざせき)*1、か?走ってる時には影響はなかったように思うけど……SS、どう見る?』

 

『……そう、ね。レース後の疲労によるものにも見えるけど…でも、ちょっとブレが強いかも。気になるわね。タチバナ、一応オキノに連絡入れておいた方がいいわ』

 

『…だな。沖野先輩が見逃すはずはねぇと思うけど一応…重症には見えないから大丈夫だと思いたいが』

 

 1000年の経験を持つ俺と、実際にレースを走った一流のウマ娘であるSSだからこそ、テレビ越しでもなんとか気づけたヴィクトールピストの不調。

 恐らく学園のウマ娘でこれに気付くのは、それこそシンボリルドルフやアグネスタキオン…あとはマヤノくらいの物だろう。ごく僅か、普通に見ていれば気付くことができないそれ。

 もしかすれば唯の勘違いかもしれない。レースに全力を出した結果、単純に重心がぶれているだけかもしれない。

 しかし、それならそれでいいんだ。もし気付かれないまま万が一があってはいけない。

 挫跖は大きな怪我ではなく、一般的には3~4週間も安静にしていれば完治する程度のそれだが、万が一重症になれば跛行を発症し、歩くのがつらくなるレベルにもなり得る。

 

 伝えておくべきだろう。

 俺は沖野先輩のLANEに連絡を入れ、凱旋門の労りの文面と、そしてヴィクトールピストの右足、万が一だが挫跖(ざせき)の可能性があることを伝えておいた。

 流石に今はヴィクトールピストへの慰労で忙しく目は通せないだろうが、落ち着いたら見てくれるだろう。病院に連れて行けば実際どうかわかるところだしな。

 

『…よし、OK。…残念な結果になっちまったが、でも、ヴィックは強くなった…これからも、うちの子達の手強いライバルだな』

 

『ええ。あの領域に負けないくらい、うちのチームも強くなりましょ。……さて、レースも終わったし、私も帰るわね』

 

 ワインを空け終えて、ゆっくりとSSが立ち上がり、帰り支度を始める。

 前回の飲み会の時とは違い、今日の彼女は飲みのペースキープをしっかりと出来ており、酔いもそこまで回っていないようだ。足取りもしっかりしている。

 これなら送っていく必要はなさそうだ。これが学園の生徒のウマ娘なら当然寮まで送り届けるが、彼女も既に大人だしな。あんまり世話ばかりしていては過保護と言うもの。

 

 _──こらーっ!!SS!何帰ろうとしてんのよ!?ここ逃したら一生男日照りよアンタ!!

 _──こっからでしょうが!?クソボケが相手なんだから自分から押さないと駄目だって!!

 _──イケるよ!!酔ったふりして胸元開けばイチコロだって!!男なんて!!

 _──いやここは情に訴える作戦で行け。もっと貴方と呑みたいわ…から思いっきりアイツに抱き着け。お前がそれやって落ちない男は不能だ!

 

(…………ん、く………ちょ、アンタたち………バカ言ってんじゃないわよ……!)

 

 なんだか急に寒気がしてきたな。

 そしてどうしたのだろう、SSが帰ると言って立ち上がってから、なにやらもぞもぞと身を動かしてなかなか帰ろうとしない。

 何かあったのだろうか……もしかして結構酔いが回ってたか?

 立ち上がった折に一気に酔いが回ってしまったのかもしれない。

 それはよくないな。無理に帰ろうとしたら転んでしまうかもしれない。

 ならば送っていくか…とも思ったが、しかしここで俺は妙案を思いついた。

 泊めればええやん。

 

『あー、SS?もしよかったら泊っていくかい?風呂も入ってっていいよ。君が作ってくれた石鹸も常備してるし、着替えはアイネスの借りたって怒られないだろ。洗えばいいだけだしな』

 

 俺は彼女に提案する。

 何のことはない。これまでにも一度、年越しでそうしている通り、俺の家はウマ娘をいつでも泊める準備が出来ているのだ。

 服だってアイネスの下着が常備されている。身長差を考えれば問題なく着用できる範囲だろう。ナイトブラもなぜか置いてったしアイツ。

 上に羽織るのは俺のシャツを貸してやってもいいし、風呂だってシャンプー類は完備している。

 これが学園の生徒なら大問題になるので大人しく寮まで送り届けるところだが、彼女は既に成人しているし、トレーナー寮に門限はない。外泊なんて研修やレース関係でいくらでもするからな。

 泊っていくのに何も問題はない。名案である。

 

 しかしその提案をしたところで、SSが信じられないものを見るような目で俺の方を見た。

 え。なんでしょう。

 

『──────────────ケダモノ!』

 

 そう叫んで、SSは近くにあったテレビのリモコンを全力投球で俺に投げてきた。

 ナイスコントロールでそれが俺の顔面に突き刺さって前が見えねェ。

 

『このバカ!そんなんだから、あの子たちもおかしくなるのよ!!もう、帰るわよ…!!』

 

 そうしてふんす、と鼻を鳴らして、何かを振り払うようにしてSSは帰っていった。

 …ううん。

 俺、何か悪いことしただろうか? 

 どう思うオニャンコポン?

 ニャー!!

 

「グワーッ!!地味に痛い!」

 

 俺は抱え上げたオニャンコポンからもキャッツクロー!を受けて更に顔にダメージを負ってしまった。

 どうして。

 

────────────────

────────────────

 

 翌々日の、午後の学園内グラウンドにて。

 俺たちは今日も秋のGⅠ戦線に向けての練習を積んでいた。

 

「姿勢を落とせ!横Gに減速で対抗するな!体勢を傾けることで抵抗しろォ!!倒れそうになるところを体全体の筋肉で支えて走れ!!」

 

「はいっ!!…だ、ああああっ!!」

 

「くっ、これ、バランスとるのが難しい…☆!!」

 

「でも速い…!!流石にサンデーチーフみたいに内ラチに顔は近づけられないけど、それでもっ!!」

 

 今日の練習は併走だ。

 以前アイネスがやっていたコーナーの練習だが、先日のトレーナーズカップでSSが魅せたコーナリングの技術を見て、フラッシュとファルコンもその曲がり方を覚えたい、と申し出たのだ。そうして今彼女たち4人で何度もコーナーを並走しながら、SSが走りを教授している。

 彼女の様に内ラチスレスレを走る事は出来なくとも、その速さを、コーナーのキレを模倣することはできる。

 これまで、特に直線での加速については俺の方でも重点的に教えていたが、いざコーナーの攻め方を教えようとしていた段階でSSが来てくれたのは本当に渡りに船だった。

 俺に出来ない、ウマ娘達と共に並走しての練習が彼女にはできる。

 目の前で正解を見せながら指導できるのだ。効率がダンチだ。

 

「…ふーぅ!よし、今のは中々よかったぜェ。流石だ。相当な体幹がねェとこの走りはできねぇんだがな」

 

「……はぁ、はぁっ…!体幹は、いつも、トレーナーが、大切って…言ってましたから…!」

 

「うん…☆こうして、速さを求めれば求めるほど、大切さが実感できるよねぇ…!!」

 

「なの…!コーナーでこんなに、全身の筋肉を使うって、今まで思ってなかったの…!」

 

 SSの指導を受けて、愛バ達のコーナー巧者にさらに磨きがかかっている。

 俺の眼から見ても素晴らしいレベルアップを果たしている。これはこれからのGⅠ戦線が期待できる。

 

 …因みに、今日に至るまでのレースだが、9月末にあったフラッシュの神戸新聞杯、およびファルコンのシリウスステークスについて、それぞれ全く心配のない1着を取ってきている。

 神戸新聞杯ではレコードとは行かなかったが、冷静にレースを進めての、無理をしない強い走りでの一着。

 シリウスステークスでは、レコードを1秒縮めて13バ身差の一着を取ってきた。

 フラッシュも安定して強いのだが、やはりファルコンがヤバい。砂の上では誰にも負けるつもりはないというその言葉の通り、世界レコード保持者の誇りを持って、ダートレースを蹂躙している。

 これがSSの言う、ゼロの領域に目覚めた者の強さなのだろうか。

 正直言って、ファルコンについては……負ける姿が、思い浮かばない。

 

 もちろんのことだが、フラッシュもアイネスも十分な仕上がりを見せている。

 アイネスは領域だけが懸念点だが、それでもフラッシュと比較して遜色のない脚。

 領域無しでも十分レコードペースを狙える、世代の中でもピカ一の脚だ。

 

 再来週から始まる、秋のGⅠ戦線、その初戦の秋華賞。

 そこでアイネスは、後輩のサクラノササヤキ、マイルイルネルと勝負になる。

 勝ちきって欲しい所だ。

 

「…よし!20分休憩!普段と違う筋肉使ってるからな、よくほぐしながら休むこと!」

 

「はい!…ふう、もう秋の季節ですが…まだまだ午後は暑いですね」

 

「うー、汗だくー…水分補給はしっかりしないと☆」

 

「汗も拭かないとなの…タオルタオル……あー……トレーナー、あっち向いててくれる?」

 

「はしたねェぞアイネス。()()拭くならちゃんと建物の陰でやれ。…アタシも行くから。フラッシュも行くか?」

 

「……そうですね。ご一緒します。すみませんトレーナー、失礼します」

 

 俺は苦笑を零して、聞かなかったことにして3人が建物の方へタオルを持っていくのを見送った。

 流石に先ほどの会話が何を意味しているのかは朴念仁の俺にだってわかる。

 ウマ娘が女性であること、そしてアスリートであることから起きる必然の事だ。

 

 汗がたまるのだ。

 ある部位の下に。

 

 仕方ない。

 これまでも、そういう身体的特徴を持ったウマ娘を指導するときはそこに気を遣っていた。

 チームハウスには常にベビーパウダーを常備してある。当然の配慮と言えた。

 

「────────☆」

 

 無言の抵抗で俺を尻尾で叩かないでくださいファルコンさん。

 

────────────────

────────────────

 

 さて、そうして水分補給などをして休んでいると、俺のスマホが震えてLANEの着信を伝えてきた。

 

「ん………お。そっか……成程ね。流石沖野先輩、ナイス判断」

 

「ぁー?なんだ、オキノからか?」

 

 スマホを取り出して届いた文面を確認すると、それは沖野先輩からだった。

 そして、その内容が…俺のアドバイスを聞いたうえでの報告で、成程と頷いた。

 それをSSが横から気になるとのぞき込んでくるのに苦笑を零しつつ、みんなにも伝える。

 

「みんな。今沖野先輩から連絡が入ったんだけどな…ヴィックのことなんだけど」

 

「ヴィクトールさんですか?確か、まだパリでしたよね?」

 

「軽度の挫跖(ざせき)だったってニュースで聞いたけど…大丈夫だったの?」

 

「え、もしかして、日本に戻るのも大変なくらいの…!?」

 

「ああ、違うんだ。軽症で済んだそうでさ、念のため1か月走るのを様子見すれば練習には戻れるって。ジャパンカップに挑むかは仕上がり次第って話だけど、有マには必ず仕上げるって。…で、せっかくだからあと2週間は休養もかねてパリにいて、ゴルシと一緒に観光してくるらしい」

 

 俺は沖野先輩からのLANEの内容を簡潔にチームメンバーに伝えた。

 まず、レース直後に俺から伝えた挫跖(ざせき)の可能性。これは残念なことに、予感が的中してしまっていた。

 右足裏の炎症。やはり全力で走っていたこともあり、そこそこの症状が翌日には出てしまったとのことだ。

 この状態では練習をすることはできない。テーピングをした上での日常生活の歩行程度なら支障はないが、出来る限り脚に負担はかけないようにした方がいい。

 そしてその診察結果を聞いた俺は、沖野先輩に一つの打診をしていた。

 なんなら、パリのほうでしばらく療養をしていったらどうか、という話。

 

 俺がしたその提案には2つほど理由がある。

 一つは、沖野先輩たちが泊っていたホテルだ。

 以前アドバイスを求められたときに俺がお勧めしたレース場周辺のホテル。ウマ娘向けのサービスも完備している高級なホテルで、温泉やプールといった施設もあり、宿泊中はそれを利用できるようになっている。

 どちらもウマ娘の脚に効くものだ。特にプールなんかは、歩くだけでトモを仕上げる負担がかけられるほか、今回の様に軽度の炎症になった場合は冷やす意味でも高い効果を持つ。

 以前俺が海でファルコンにやっていた、()()()るアレだ。ホテルに宿泊しながら、プールで脚を冷やしつつ全身運動をすれば、練習不足になることもない。

 

 そしてもう一つの理由が、やはり、敗北してしまったことによる精神面への負荷だ。

 凱旋門の敗北、あれについて責めるようなウマ娘はいないし、ファンや記者だっておおよそは好意的に、奮戦を労わる方向で世論は進んでいる。

 が、肝心の本人はその悔しさを中々切り替える事ができないだろう。そうしたウマ娘達を俺は過去に何度も見てきた。

 だからこそ、日本に帰ってくるのは時間を置いた方がいいのではないか、と俺はアドバイスさせてもらっていたのだ。

 

 そうして沖野先輩も俺の意を汲んでくれたようで、ゴルシを添えて二人でフランスでしばらくのんびりしてもらうということだった。

 いい事だ。ゴルシが居れば破天荒なこともあるだろうが、基本的にあいつは面倒見のいいウマ娘だ。心配もあるが、信頼ができる。

 ヴィクトールピストにとっても、負けてはしまったが、気分転換をしてフランス遠征を楽しい思い出にしてほしい所である。

 

「……ってなわけです。戻ってくるのは菊花賞の前くらいになりそうだって」

 

「そうでしたか…まず、安心しました。ヴィクトールさんが大きな怪我ではなかったようで…」

 

「うん、本当に!…脚が治ったらダートに来てくれないかな?ヴィイちゃんと走りたいなー、あの領域すごかったよねぇ」

 

「あたしは秋華賞がヴィイちゃんが戻ってくる前にあるから…ヴィイちゃんの分まで勝ちきってやるの!」

 

「ハハ、同じことをライバル共も思ってるだろうよォ。まーでも気合が入ったならいいこった。その意気でこれからの練習も気合入れろよォ」

 

「だな。…うし、んじゃ休憩終わり!もう4本、コーナーの練習に戻るぞ!」

 

 はい!!と3人の掛け声が合わさり、SSも腰を上げてざりざりと地面を脚でかく。

 そうして俺たちの練習は順調に進み…これからのGⅠ戦線に備えていくのだった。

*1
走行中に石など固いものを踏んでしまい足裏に炎症が起きてしまうもの



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

94 秋華賞

 

 

「……ん、ふっ、…ん………」

 

「大丈夫か?くすぐったい所とかない?」

 

「大丈夫…なの。…続けて……」

 

 ここは京都レース場の控室。

 本日のメインレースである秋華賞に出走するアイネスフウジンに、俺は彼女の髪と尻尾を梳くことでメンタルを整える作業に集中していた。

 オニャンコポンも先ほど吸い終えているところだ。

 前回のダービーで彼女におねだりされて以降、恐らく恒例になるのだろうと考えた俺はその後尻尾ケア用のブラシであったり整髪料であったりなどを買い揃えており、それらをふんだんに使って彼女の髪と尻尾を整えていた。

 

(なるほど…尻尾は考えつきませんでしたね…次は私もお願いしてみましょうか…)

 

(抱きしめられるのとどっちがいいかな…うーん…☆)

 

(ちょっと待って?GⅠのたびに貴方たちこんなことやってたの?)

 

 アイネスの集中を乱さないために静かに待つ他の3人が俺の背後で何やら目線によるやり取りをしている様だが、ウマ娘でない俺にはその意図を読み切ることはできなかった。

 

「…はい、おしまい。……気持ちは落ち着いてるか?」

 

「ありがとなの!うん…大丈夫。あの二人が相手だからね、負けてらんない!」

 

 髪を再度結いなおしてバイザーを被り、にこりと笑顔を返してくるアイネス。

 調子は上々といったところか。ダービーの、朝日杯のころの火傷しそうなほどの熱ではないが、しかしレースを迎えるにあたっては全く問題ない冷静さを保てている。

 後は彼女の領域(ゾーン)の問題だけだが、そこについては事前に話をしていた。

 

「今回の秋華賞は2000mだ。ダービーよりも400m短い。君なら、かなりのハイペースを作れるはず…領域の事は一旦忘れて、今できるベストの走りをしてこよう」

 

「うん!わかってるの!他の走る子には悪いけど…またレコード叩き出してきてやるの!」

 

「その意気だ。頑張ってこい」

 

 不確かな領域について期待を持つよりも、まずは自分の出来る最高の走りを。

 そうしてレースに集中することが、むしろ領域に近づけるということを俺は経験で知っている。これはSSも同意見だ。

 

 あとは、相手のウマ娘…特に、サクラノササヤキとマイルイルネルが何をしてくるかという所だが、彼女たちも相当に仕上げてくることは予想が出来ている。

 なにせ、彼女たちは前回のGⅠ、NHKマイルとオークスの後、他のレースに出走せず直行でこの秋華賞に挑んできているからだ。

 出走回数は多いほうのチームであるカノープスとしては珍しい事だ。つまりこれは、南坂先輩が二人の希望を汲んだものだと察せる。

 つまり、彼女たちはレースに出走しないその期間で、己を磨き上げたのだ。

 油断はできない。彼女たちの内にこもる熱量は、アイネスよりも強いかもしれない。

 なにせ、彼女たちは追う側だ。アイネスと言う高い壁を越えようというチャレンジャー。

 往々にして、奇跡を起こすのは挑戦者の側だ。

 

「…時間なの。行ってくるね!」

 

「ああ、勝てよ!」

 

 俺は彼女を送り出し、チームメンバーと共にゴール前に向かうのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「すー、ふーっ…」

 

 ゲート前にやってきたアイネスフウジンが深呼吸をして気持ちを落ち着けている。

 久しぶりのGⅠだ。勝負服に身を包み、先ほど己が信頼するトレーナーに整えてもらった髪と尻尾を秋口の風に流しながら、これから始まるレースに想いを馳せる。

 …トレーナー達が、自分が領域に入れなくなっていることを心配してくれているのは分かっている。

 自分としても、何故だ、と悩んでいる部分もある。

 だが、そこに焦りはない。

 そもそも、私の脚は強い。これは自慢でも慢心でもなく、あのトレーナーが夏合宿で磨き上げてくれたから、という確かな信頼によるもの。

 その脚を持って走れば、領域に頼らなくとも……負けない、はず。

 

「…アイネス先輩!今日はよろしくお願いします!」

 

「これまでの借りを返す日が、ようやく来ましたね。…今日は勝ちます」

 

「ん、二人とも…うん、今日も負けないの!」

 

 アイネスフウジンに、後からゲート前にやってきた後輩二人…サクラノササヤキとマイルイルネルが声をかけた。

 その二人とは学園内でも親しくしており、可愛い後輩だ…が、勝負服に身を包み、レースに臨む彼女たちを見て、アイネスフウジンはごくり、と喉を鳴らした。

 

 ────────仕上がっている。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『ねぇ、タチバナ。あの二人が、アイネスのライバルよね?』

 

『ん、ああ…そうだ。ササヤキとイルネル、これまでアイネスと何度も戦った二人だな。…しかし、凄まじいな。南坂先輩、よくぞここまで仕上げたもんだ…!』

 

 先程のパドックでも思ったが、しかし、レースが近づくにつれてなお、あの二人の熱は高まっているように感じた。

 そして今、彼女たちの脚を改めて視ると、その仕上りのヤバさが分かる。

 断言してもいい。今日の彼女たちの脚は、俺がこれまでの世界線で3年間を繰り返し続ける間に見た彼女たち、そのすべてと比較しても、一番の仕上がりだ。

 

 今日こそはと。

 今日の為に、積み上げてきたのだと。

 

 そう、彼女たちの脚が、魂が叫んでいる。

 

『……正直、学園でちらりと見た時はあんまり魂の熱は感じなかったんだけどね』

 

『…何?魂の熱?』

 

『比喩表現よ。前に言ったでしょう、私はスピリチュアルな方も重視するって。そうね…強い運命力を感じなかった…けど、今アイネスの前に立ったことで、一気に魂が燃え上がったように見えて……ああ、よほどアイネスに勝ちたかったんでしょうね』

 

 俺の感想に近いものをSSも零す。

 あの二人が、以前からここまで仕上がっていたというわけではない。学園で見た時にも、勿論鍛えていることは察されたが、今この瞬間ほどではなかった。

 アイネスと共に走るというこのシチュエーション。

 この瞬間に、二人が真に覚醒したとみえる。

 

 俺は、今までの世界線であの二人が領域に目覚める瞬間を見たことがない。

 酷な表現をしてしまうならば、世代を担うウマ娘のみ目覚めるもの…と言われる領域(ゾーン)、その高みにまで至らなかったのかもしれない。

 その運命がなかったのかもしれない。

 

 しかし。

 今日の二人は、わからない。

 

『…苦戦するわね。精一杯応援してやりましょう』

 

『ああ。それでも、俺はアイネスを信じてるよ』

 

 そう。たとえ相手がどんな強敵だったとしても、愛バの勝利を信じぬく。

 それが我々トレーナーに出来る最後の仕事なのだから。

 

 

 

 

『さあトリプルティアラの最終戦、その最後の冠を被るのはどのウマ娘になるのかっ!ゲート入りが完了……スタートしましたっ!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『各ウマ娘、順調なスタートです!しかしやはり来た!このウマ娘が来た!アイネスフウジンが彼女の代名詞ともとれる加速を進めていきます!』

 

 レースが始まった。

 スタートを順調に切ったアイネスフウジンは、これまで彼女がずっと見せて来たとおり、スタート直後からじわりじわりと速度を上げて、ハイペースな展開に持ち込むべく加速する。

 彼女の必勝の戦略にして、得意技。

 ハイペースに持ち込むことで後続のウマ娘に心理的な圧もかけつつ、スピードを奪っていくようなその走り。

 この速度についていかねば独走される。

 この速度についていったらスタミナが削られる。

 強者のみに許された絶対の作戦を持って、勝利の為にひた走る。

 

 しかし。

 今日のこの2人は、違った。

 

『3番のウマ娘がアイネスフウジンに引っ張られるように加速!何とか後ろにはりつこうと…おっとここで二番人気のサクラノササヤキが上がらない!アイネスフウジン相手に無理はしないという判断か!己のペースを保って4バ身ほど後ろを走っております!』

 

 サクラノササヤキがついていかない。

 アイネスフウジンのその加速に、これまでの様に掛かったりしない。

 

(…もう惑わされない。挑発には掛からない…そのために、私はアイネス先輩の走りを見ないで今日まで過ごした。これはタイムアタックだ…刻め!私のペースを、ビートを刻めっ!)

 

 アイネスフウジンに勝つために、アイネスフウジンを意識しないという二律背反。

 それを成すために、今日この日まで、レースへの出走も控えてただひたすらにペース走法を磨き上げてきた。

 成し遂げるために足をひたすらに磨き上げてきた。

 コンマ1秒だってペースを乱してやるもんか。

 己のペースを守り切って最終コーナーまで走り抜く。

 

 そして、その強い想いはこのウマ娘も同じ。

 

『その後ろ、後方集団の前目に三番人気のマイルイルネル!意志を感じる走りだ!周囲に注意を払い、その大きな耳をぐるぐると回しております!』

 

 マイルイルネルが、これまでのレースの中でも最高の冷静さを保っている。

 周囲のウマ娘、そのすべてに注意を払いながらも、己の道を逃さない。

 掛かり気味に走る後続のウマ娘を、振り返りもせずに道を譲り、そうして自分のペースを守り続ける。

 2000mの距離。オークスよりは短いそれだ。スタミナも磨きオークスで勝利した自分にとっては位置を上げるために加速をしても走り切れるだろう。

 だが焦ってはいけない。相手は風神ただ一人。

 彼女に勝つためには、己の最高をたたき出さねばならない。

 

 最高のタイミングで。

 最高の末脚で。

 最高の加速をして。

 

(狙う…僕だって、世代を担う一人なんだ!アイネス先輩に勝つにはこれしかないっ!!)

 

 それは、サクラノササヤキも共に狙う、彼女たちの決意。

 

 ───────レコードを狙う。

 

 そのために最適な選択肢を。

 掛からない。

 焦らない。

 勝つために、ただ勝つために。

 

(勝つ…絶対に!!)

 

(絶対に、勝つ!!)

 

 この日の為に仕上げた己の脚を信じて、竜虎が風神に狙いを定める。

 

────────────────

────────────────

 

(…っ、思ったよりついてこないの…!)

 

 ハイペースな展開を作るために中盤近くまでじわじわと速度を上げていたアイネスフウジンが、息を入れるために速度を和らげて、一度大きく首だけ振り返り後続の様子を見る。

 何人かはハイペースに巻き込めているが、しかしそれは全員ではない。特に、一番油断できない二人、サクラノササヤキとマイルイルネルが引っかかっていない。

 己のペースを守りながら走っていることを、彼女らの位置でアイネスフウジンは察した。

 

(難しいの…ここでダービーの時みたいに、後続の速度をさらに奪ってもいいけど…)

 

 アイネスフウジンはダービーの時に見せたあの逆風、相手の速度をなお奪う荒ぶる旋風の技術を己がモノとしていた。

 気迫を籠めて走る事で、それを見るウマ娘に逆風を感じさせ、そうしてアイネス自身は速度を増す。

 そんな技術を持っているが…しかし、あれは己から距離が離れるほど効果が薄くなる。

 真後ろにサクラノササヤキがついてきていればそれをぶつけてやろうと思っていたが、今彼女は自分から3~4バ身の距離にいるため、仕掛けても効果が薄い。

 

 そうなると、その技術を繰り出そうとした自分のほうが逆に疲弊を生むかもしれない。

 一瞬の逡巡。そしてアイネスが出した答えは。

 

(…いやっ!この距離をキープしながら最後まで走り抜ける!それだけのスタミナは残ってるっ!)

 

 先程坂道を上ったときに、じゃじゃウマ娘の様に駆け抜けてスタミナの温存はできている。

 脚の調子も悪くない。このまま最終コーナーでサンデーチーフから教わった曲がり方で速度を極力落とさず、そうして最終直線を全力で駆け抜ける。

 今のところ、致命的なミスは犯していない。問題はない。

 行ける。

 

 そうして最終コーナーを、これまでのアイネスとは違う、更にイン側を攻めるような角度で走り抜ける。

 ここまで後ろをついてきたウマ娘との相対速度は一目瞭然だ。みるみる差が離れていくそれを見て、観客席から大歓声が上がる。

 そうしてコーナーを曲がり終えて、あとは330mの最終直線だけ。

 

 しかし、

 ここで。

 

(────────ッ!!)

 

 アイネスフウジンの体が震えた。

 それは、これまでに彼女が()()()()味わったもの。

 偶然にも、同世代の他の優駿達の中で、アイネスだけが実戦でそれを受けた経験が少ないもの。

 

 ウマ娘が、領域に目覚めた時の、圧。

 

 それが、後方から────────()()

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……1分29秒、30秒、31秒…)

 

 最終コーナーを曲がり終えるサクラノササヤキが、己の脳裏に浮かぶ時計で時を正確に刻む。

 

(32秒、33秒、34秒……)

 

 このラスト400mまで、予定していたタイムからコンマ一秒たりとも崩れなかった。己のペースを、ビートを刻み続けていた。

 

(────────35、秒)

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 発動条件の難易度が恐ろしく高いその領域は、しかしこの秋華賞、最大のライバルを越えたいという強い想いをもって見事に為された。

 

 時計の針が加速する。

 それに応じるようにサクラノササヤキの脚が、加速を始める。

 時を支配した彼女の、発動が極めて難しい領域(ゾーン)が────────来る。

 

 

 ────────【トキノサエズリ】

 

 

 倍速になったかのような加速を持って、前を走るアイネスフウジンに襲い掛かる。

 

「……アイネス先輩っ!!勝負だあああ!!!!!!!」

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(………………)

 

 マイルイルネルが、恐ろしく冷たく、まるで凍り付いたかのような思考を持って最終コーナーに入る。

 これまで、何度か走る中でこの感じを持つことはあった。

 極限の集中状態と呼ばれる、その世界。

 

 だが、その先に行けたことはない。

 何が足りないのかは、わからない。

 理外の領域に、理由などないのかもしれない。

 

 しかし。

 今日の、この秋華賞と言うレースで。

 絶対に負けたくない、先輩が先頭を走る光景を見て。

 その後ろ、目の前で、親友のサクラノササヤキが、それに目覚めたのを見て。

 

 ここまで氷点下の思考を保っていたマイルイルネルの熱が、一気に沸点を超えて燃え上がった。

 

「────負けるかァァァァアッッ!!!!」

 

 それは最早意地のぶつかり合い。

 静かに、冷静なレース展開を得意とする彼女の、しかし内に秘めた激情がここで爆発する。

 

 そうして彼女もまた至る。

 理外の領域へ。

 

 

 ────────【万歳三唱(ハイルマイネル)

 

 

 これまでも素晴らしい加速を繰り出していた彼女の末脚が、更なる輝きを持って繰り出される。

 一流の、世代を担うウマ娘と比較しても遜色ないその走り。

 

 当然だ。

 彼女たちは、このレースに全てを賭けている。

 何度も辛酸を嘗めさせられた、心から敬愛する先輩に、勝つために。

  

 

 残り、300m。

 

 

────────────────

────────────────

 

『さあレースも残り300m!!アイネスフウジンが止まらないっ!!明らかなレコードペースッ!!しかしここで来たぞ来たついに来たッ!!サクラノササヤキとマイルイルネルが凄まじい加速で追いすがっていく!!届くのか!?届くのか!?!?とうとう風神に一矢を報いるか!!突き抜けるのかアイネスフウジン!!残り200mッッ!!』

 

 

「くっ…!!」

 

 残り300m地点を過ぎて、しかし、アイネスフウジンの顔色が優れない。

 おおよそこの位置であったはずの彼女の領域は、今回のレースでも萌芽しなかった。

 後ろから、愛する後輩たちが領域を纏いぶっ飛んできている。

 

「負けない…!!それでも、私が勝つっ!!!」

 

 チームメンバーである閃光のように、姿勢を下げて全身全霊での加速を繰り出すアイネスフウジン。

 ここに至ってもなお、彼女は先頭を走っていた。

 

 そこには純然たる事実がある。

 サクラノササヤキとマイルイルネルよりも、アイネスフウジンのほうが密度のある鍛錬を積んでいるという事実。

 純粋な実力で上回っているという事実。

 立華が積み上げた軌跡の結晶である彼女の走りは、領域の一つや二つで容易くひっくり返るものではない。

 

 限界を超えてようやく互角。

 じわじわと距離が詰まっていくそれに、しかしアイネスもまた己の力だけで限界まで加速し、一番にゴールを切るためにさらに足に力を籠める。

 

 しかし。

 

 

 _──無理は、するな

 

 

 

(………、っ…!!)

 

 アイネスフウジンの加速が一瞬止まる。

 これ以上脚を回すと、なぜか、何か、致命的な限界を超えてしまいそうな、そんな気がして。

 

「……ッ、だあああッッ!!!」

 

 残り100m、その一瞬の逡巡がすべてを決めた。

 改めて加速を繰り出したアイネスフウジンに、しかし、両後方から執念の塊が、とうとう風神を捉えきる。

 先の一瞬の停滞が、アイネスフウジンの更なる加速を許さない。お先に失礼なんて言わせない。

 

「─────いやあああああああああああッッ!!!」

 

「─────がああああああああああああッッ!!!」

 

 雄たけびを上げた二人が、僅かにアイネスフウジンの肩を越えた、瞬間に。

 ゴール板が、彼女たちを迎えた。

 

 

 

『ッッ…ゴーーーーーーーーーーールっ!!際どいッ!!これは際どいぞ!!3人ほぼ横一線!!しかし体勢は僅かにサクラノササヤキ有利か!?掲示板に───』

 

 

『─────確定のランプですっ!!一着サクラノササヤキ!!二着マイルイルネル!!三着がアイネスフウジンだッ!!ぶち抜いたぞサクラノササヤキ!!とうとう風神の牙城を貫いた!!…おっと、3人ともこれはレコード!!レースレコードを更新しましたッ!!またしてもこの世代の伝説が刻まれることとなりましたッ!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「………はーっ、はーっ……!…………やっちゃったの」

 

 レースが終わり、軽くクールダウンを終えて、アイネスフウジンが青空を見上げる。

 負けた。

 躊躇った。

 最後の直線、たった一歩、踏み出すのを躊躇った。

 

 自分でも、あそこでなぜ躊躇ったのかが分からない。

 しかし事実としてその一歩分、彼女たちに及ばなかった。

 完敗だ。

 

 そしてそんな彼女を制した後輩二人は、本当に全てを振り絞って走ったようで、クールダウンをやり切れず、二人並んで仲良く芝の上、前に向かってうつぶせに倒れていた。

 そんなダービーの自分とフラッシュを想起させる彼女たちの姿を見て、苦笑が零れてしまう。

 

 強かった。

 可愛い後輩が、私を目指して、こんなに強くなっていた。

 

 それに、悔しさと共に…()()()も、感じてしまって。

 

「……ほら、起きるの!」

 

「んっひゃあいっ!!!」

 

「痛っ。…先輩、無理です…僕はもう一歩も動けませんよ……」

 

 二人に近づき、その可愛らしい小ぶりなお尻をぺちーん!と叩いてやる。

 これまで二回もひっぱたかれているのだ。これくらいはお返ししてやっていいだろう。

 

「んふー、そんなこと言ってちゃダメなの。ほら、二人とも立ち上がって……()()()()()()()?このあたしに!観客に応えないとね!」

 

 アイネスフウジンが二人の手を引いて、体を起こして立ち上がらせる。

 そうだ。忘れていた。

 二人は慌てて、何とか力を籠めて立ち上がり…そうして、これまで自分たちがアイネスフウジンに言ったように。今度は自分達の番だと、観客席に体を向ける。

 

 そこには勝者の…いや、あえてこう表現しよう。()()()()の勝ち誇る姿を、観客が待っていた。

 

「………やりましたぁーーーーーっ!!!!!!!!」

 

「ササちゃんには負けたけど、レコードです…!応援、有難うっ!!!」

 

 そうして胸を張る彼女たちに、観客席から大歓声が送られた。

 そんな姿を、アイネスフウジンは彼女たちの背中を支えて…己を超えた後輩たち二人に、次は負けない、と熱意を高めるのだった。

 

 

 

 

 

 

 ────怪我がなくて、よかった。

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……負けちまった、か…」

 

「いいレースでした…掛け値なしに。ササヤキさんとイルネルさんが、全てを振り絞る走りでしたね…」

 

「うん…悔しいけど、あんな走りを見せられちゃったら、納得するしかないね」

 

 俺達チームはゴール前で、アイネスフウジンが一歩及ばず破れてしまったのを見届けていた。

 素晴らしいレースを見せてくれた彼女たちに、拍手でそれを讃える。

 チームメイトが負けたとはいえ、勝者への敬意を忘れてはならない。彼女たちは強かった。掛け値なしに、サクラノササヤキとマイルイルネルは強かった。

 

 アイネスの走りも悪くなかった。中盤で後続に対して牽制を仕掛けなかったところなどはいい判断だとむしろ褒めたいところだ。

 しかし、領域に入れず……そして、最後の直線100mの所で、限界を超えかけた彼女は、一歩、躊躇ったように見えた。

 それが結局勝敗を分けた。

 だが、あそこで加速していたとしても、勝てたかどうかはわからない。後続の二人が捉えきるためにさらに加速する可能性だって十分にあった。

 後日レースの展開について検討と反省をする必要があり、そしてやはり領域を取り戻すことは急務ではあるが…そもそも、3人ともレコードなのだ。

 見事な走りだった、それに尽きる。

 

 レースに絶対はない。

 そして、今日はそれがアイネスの頭上に降りて来た。

 悔しいが、よくあることだ。悔しいが。死ぬほど悔しいが。

 

「──────」

 

「…SS?」

 

「…いや。何でもねェよ、いいレースだった。労りに行ってやろうぜ」

 

「ん。そうだな…よし、フラッシュ、バッグ持ってきて。ファルコンはタオルよろしく」

 

「はい。テープやアイシングスプレーが入ってるほうですね」

 

「タオルはばっちり準備してるよ!」

 

 SSが先ほどのレースの結果、それを見て、何やら思案していたようだが…恐らくは俺が先ほど考えていたことに近い物だろう。

 負けてしまったが、いいレースだった。負けた理由を探しても、明確なものはない。

 往々にしてレースとはそういうものだ。ベストを尽くしてなお、負けてしまうことがある。

 だからこそ俺たちはそこに全力を注ぎこむのだ。

 

 そうして、大歓声に包まれたレース場、そのラチを越えて俺たちはアイネスのほうへ向かった。

 

 

『───────Dead Souls(死せる魂)、か』

 

 

 最後尾をついてくるSSの、その小さな呟きは歓声にかき消されて俺の耳には入らなかった。







目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

95 ぱかちゅーぶっ! 秋華賞

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

「…………んめー!今朝のコン…メスープよ…できてんじゃ……か!」

 

「は…たないで…よゴ…シ先………昨日買っ……調味……足し…てみた…です」

 

 

『ん?』

『また』

『はじまた』

『ん?』

『誰もおらんやろがい!』

『なんか聞こえる』

『芝』

『開幕誰もいなくて芝』

 

「いや……ィイって料…上手だ…なー!連れ…きてよか…た…ぇー!」

 

「ゴルシ…輩が引率です…ね!?ま…たくも……で…、お…末様で…」

 

『生活音!?』

『生活音する!!!』

『音量 MIN→→→→MAX』

『芝生え散らかす』

『ゴルシなんか食べてる?』

『朝食か?』

『芝』

『まだパリだもんな』

 

「にし…もよ…、せ…かくパ…なん……らも…とサン………チとか食…ねー…?日…食飽き…ぇか?」

 

「いつ…食べ…る…のを食…たほう…いいっ…ト……ナー…言っ……した。もう…ゴル…先…、口にケチ…ップつい…ま…よ?ほら、…いてあげま……ら…」

 

『ヴィイちゃんの声もする?』

『ちょっと待ってカチャ音の解像度ヤバイ』

『芝』

『ヒョエエエ…』

『ドキドキしてきた…』

『大丈夫?BANされない???』

『トイレとか行かない…?大丈夫…?』

 

「んむ……りがとなー!んでも…てごち……さま!さー…そんじゃGⅠ生…送……あ。やべ。始まってた」

 

「……え!?ちょっと先輩!?私まだ身支度整えてませんよ!?一時間後じゃなかったんですか!?」

 

「あースマン。サマータイム忘れてたわ!!ぴすぴーす!!よっすお前ら-!!ワリー、開幕トラブったわ!!」

 

「ああっ、髪もまだ梳いてない…!ちょっとお待ちくださいね!!5分!!5分ください!!!」

 

『ぴすぴーす!』

『誰ゾ!?』

『ぴすぴーす!!』

『うわゴルシがヒト耳っぽいヤツつけてねぇ!!』

『ちょっとこの放送事故は解像度高すぎんか?』

『急に清楚系美少女が出てきたからビビったゾ』

『ぴすぴーす!』

『フランスでも生実況有難いゾ…』

『サマータイムで8時からと勘違いしたわけね』

『日本の15時はフランスの8時(なおサマータイムだと7時)』

 

「だっはっはー!完璧に忘れてたわ!頭の横のヤツかぽー!!!よーしゴルシちゃん爆ッ誕!!わりーわりー、前回のスプリンターズステークスの時は沖トレが準備してくれてたからよー!」

 

 ガタンガタン!キュッ…シャアア……キュッ……ゴオオオー………ゴオオオー……

 

『迫真の生活音』

『芝』

『これは芝』

『ホテルから放送してる感じ?』

『ドライヤー音すっごい』

『ゴルシはいつもどーりだな』

『ゴルシの髪質はCM出るレベルだからな』

『寝ぐせつかないの羨ましい@学園生』

『ヴィイちゃん寝ぐせついたまま出て来てもええんやで』

『どうしてゴルシは頭の横のヤツつけちまったんです?』

『外したら美少女すぎるからだよ!』

『今日は秋華賞ですね』

 

「おー、わりぃなマジで!まぁご愛敬だと思って許してくれー!んでもって今日もGⅠ生実況やってくぜぇー!!フランスにいるから今日も実況ゴルシ!解説ヴィクトールピストでやってくぜっ!!今日は秋華賞だぁー!!」

 

「…はぁっ、お待たせしました!!解説のヴィクトールピストです!!もう、恥ずかしい…!」

 

『待ってたゾ』

『ヴィックちゃんこないだの凱旋門お疲れ様!』

『顔赤くてかわいい』

『このコンビ推せる~!』

『凱旋門マジでいい走りだった!!』

『惜しかったな…!』

『いやでも世界に届いてる』

『脚大丈夫?』

『ホントお疲れ』

『ナカヤマもすげーがこの世代っぱバケモンよ』

『ケガ平気?』

『秋華賞も楽しみだ』

 

「コメントの皆さん、ありがとうございます。ふがいない結果でしたが…でも、全力を尽くして走り切れたと思います。脚はだいぶ良くなってきまして、痛みは殆ど取れました。来週には日本に帰りますね」

 

「ゴルシちゃんもちゃんと毎日マッサージしてやってっから安心しやがれー!さて!ヴィイも来たことだし早速いつもの流れで行くぜっ!まずは今日の秋華賞の解説だー!ヴィイ!任せた!!」

 

「フランスにいる時絶対私に振りますね!?…こほん。秋華賞は京都レース場で行われる、ティアラ三冠の最後の一戦です。芝2000m右内回りのレースで、『秋華』とは中国の詩の中の表現で『あきのはな』としてよく用いられています。『秋』は大きな実りを表し、『華』は名誉や容姿が美しいといった意味が込められていますね。歴史は浅く、1996年に新設されたGⅠとなっています」

 

『助かる』

『ヴィイちゃんの解説助かる』

『ヴィイちゃんの解説を聞けたからやっと呼吸再開できた』

『才女…』

『フラッシュと並ぶと空間のIQ高まるよな…』

『そらで言うのすごくすごい(NTR感)』

『朗読ASMRとか…興味ない?』

 

「おー、ヴィイの解説はいつも人気だなー!今言ってくれたとおり、ティアラ三冠の最終戦だな!つっても前はエリザベス女王杯が3戦目になってて、新設されたやつだから、エリ女も含めて4つの冠があるって言っても過言じゃねぇぜ!」

 

「ですね。女王の冠を狙うウマ娘達が目指すレース…もっとも、今年はティアラ3冠はないですね。1冠目をアイネス先輩が、2冠目をイルイルちゃんが取ってますから」

 

「だなー、アイネスがダービー行ったから今のところ冠分け合ってんな。さてどっちかが二冠になるのか、それとも他のウマ娘が冠を奪うのか!注目だぜぇ!!」

 

『ねーちゃんの二冠がみたいいいい!!』

『アイネスねーちゃんがやっぱド本命よ』

『いやパドックのササちゃんの仕上がりめっちゃよかったゾ』

『イルネル君もよかった』

『どっちもGⅠウマ娘だからな』

『カノープスの呪いを打ち破った二人ゾ』

『しかしフェリスが相手ぞ?』

『三人とも頑張ってほしい』

『いやーアイネスでしょ』

 

「へっへー、まぁ有力ウマ娘はやっぱその3人だよな!こっちの都合で放送開始遅れちったから巻きで行くぜ!一番人気アイネスフウジン!二番人気マイルイルネル!三番人気サクラノササヤキ!この三つ巴だって言われてるぜー!」

 

「アイネス先輩は夏合宿で一度練習にお邪魔させていただきましたが…明らかにダービーの時よりもトモが一回り鍛え上げられています。ササちゃんとイルイルちゃんももちろん仕上げていて…アイネス先輩に勝ちたい、って気持ちは凄まじいものがありますね。今日のパドックを見る限りでも、間違いなく好走を見せる仕上り。誰が勝ってもおかしくないと思います」

 

「だなー、夏合宿はとにかくみーんな、どのウマ娘も燃え上がってたからなー!!クラシック級だけじゃなくてシニアもまとめて全クラスレベルアップしてるぜ!今年のレコードの数がそれを物語ってるな!」

 

「みんなベルモントステークスを観ましたからね…まったく、あれはウマ娘には劇薬です」

 

『全体のレベルが年々上がってるんだよなぁ…』

『ウマ娘そうなりがち』

『今年はしかしクラシック級がヤバすぎる…』

『だいたいフェリスのせい』

『猫トレ「計画通り」』

『特異点か何かか猫トレは』

『そういや猫トレ達のライブ映像見た?』

『見てない奴いる?いねぇよなぁ!?』

『ウマ娘ですが失神しました』

『芝』

『男ですがホレました』

『あれは神ライブすぎる…』

 

「こらこらコメ欄ー、いちおーあれ学園公式チャンネルの動画なんだからここであんま話題にすんなよなー!まぁアタシたちもノリノリでバックダンサーやったけどよ!」

 

「あれは伝説ですね…でも、今日は秋華賞ですから!今日のレースをみんなで応援しましょう!」

 

『せやな』

『今日のレースが大切よ』

『どんなレースになる事やら』

『ヴィイちゃんえらい』

『かわいい』

 

「おー、いい流れいい流れ。んでもってゲート前にウマ娘達が集まってきたぜぇー!!アイネスが深呼吸してんなー、久々のGⅠだし緊張してっか?」

 

「緊張…と言うよりは、戦意を高めているようにも見えますね。…そこにササちゃんとイルイルちゃんが行きましたね…ん、あれは…」

 

「…おー。すっげぇ燃えてんな二人とも!アイネスに宣戦布告したみてぇだな、画面越しでもとんでもねぇ気迫を感じるぜぇ…!」

 

『こっちにも伝わる二人の気迫』

『アイネスねーちゃんも驚いてる?』

『パドックの時よりも仕上りよく見える』

『ちょっとこれわかんないゾ』

『アイネスやべーか?』

『いやいうてアイネスよ』

『ササちゃん行けるで!』

『イルイル君…信じてるぞ…』

 

「んー、まだファンファーレにはならねーか。今のうちに今日のオニャンコポン見るか」

 

「今!?このタイミングで!?そんなこと言ってるとファンファーレ鳴りますよ!?」

 

「鳴り出したらコメ欄が勝手に鳴いててくれるだろ…お、ほれ見ろヴィイ。今日は何とシクレアだぜ!」

 

「え、ホントですか?…あら本当。サンデートレーナーが写ってますね、珍しい…」

 

『昼過ぎに上がってたね』

『アイネスが招き猫ポーズのオニャンコポン抱えてお店の前でのワンショット』

『SSも横で控えめにピースしとる』

『レース場の近くにある定食屋だな、ここうどんがうめぇのよ』

『ほえー今度行ってみよ』

『SSが映ってるとシークレットレア扱いになったのは芝』

『サンデーサイレンスのぎこちない笑顔芝なんよ』

『アメリカじゃ気性難なんて言われてたけど可愛いやん…』

『多分猫トレの影響だゾ』

『あいつウマ娘にクソボケかますの得意すぎるからな…』

『SSも含めてこれからはインペリアルクロスの構えになるんやろな…』

『全員猫トレのほう向いてるわそれ』

『芝すぎる』

『ファンファーレ始まる』

『ペーッペッペー』

『ペペペー』

『ペペペー』

『ペーペペッペッペッペッペー』

『ペッペッペッペッペー』

『プペペペー』

 

「ほらな?アタシがしつけてるからちゃんと言わなくても鳴くんだよコメ欄はよー!」

 

「自慢できることなんですかそれ…?さて、ゲート入りです…順調ですね」

 

「おう。………………………」

 

『無言で頭のヤツ外すの芝』

『美少女モードになったからって擦らないと思うなよ』

『甘えるな』

『何とか擦られない様にしてて芝』

『いつかフランスにお前が挑むことがあったらゲートは出ろよ』

『フランスじゃなくても出ろよ』

『まず大人しく入れよ』

『いつもこの瞬間だけコメ欄辛辣で芝』

 

「……ダメか。ちょっとゴルシちゃん美少女モードになれば許してくれると思ったんだけどよ…!」

 

「…いえ、まぁ。頭のそれ外したときのゴルシ先輩は綺麗だとは、思います、が…」

 

「…んー?おーん?ヴィイお前アタシに惚れたか?もっかい外してやろうかー?」

 

「いつも寝起きは外してるでしょう!ほら!!バカなこと言ってないでもうスタートしますよ!!」

 

「おっとそうだったな!!ゲートイン完了…スタートだぜぇ!!」

 

『まって急にてぇてぇくるやん』

『ヴッ(心停止)』

『ゴルシじゃなければな…』

『また』

『はじまた』

『いいスタート』

『アイネスが行くゥ!!』

『いつもの』

『ねーちゃんがいたらハイペースに注意せい』

 

「おーやっぱアイネスがいったな!!いつものハイペース戦法だぜぇ!あれやられるときちぃんだよなー!!」

 

「ええ、自分もダービーでやられたからわかります…あの走り、先輩が前にいるだけで気にしちゃってスタミナと精神力が削られる…それに今回は2000mですから、あのままのペースで走り切れるでしょう。後ろのウマ娘達はたまったものじゃないですね」

 

「だな、ったくフェリスの逃げウマ娘は厄介なヤツばっか……っと、いや、でもササヤキとイルネルはあれ、見てねぇな……やりやがるな…」

 

「っ…すごい事です。強い逃げウマ娘って、絶対意識しちゃうんですよ、走ってると。逃げ切られたら本当に終わりですからね。でも…ササちゃんとイルイルちゃんは、見てない…己の走りに集中できてる…」

 

『うーん解説のレベル高い』

『どっちも有力ウマ娘だしな』

『ヴィイちゃんは実際アイネスと走ってるし』

『ササちゃんが冷静なのって意外』

『これまでアイネスにペース乱されまくってたからな…それでも好走してんだからすげぇけど』

『今回はペース走法か?』

『前のNHKマイルだとペース走法で1着取ってんだよな』

『ビート刻んでいけぇ…』

『イルイル君ものっすごい耳ぴこぴこしとる』

『周囲を確認してるやつ』

『今振り向かず後ろの子に進路譲ったか?』

『すっげぇ冷静…』

『脚ぃ溜めてますねぇ…』

『…あれアイネスやばい?』

 

「ギャンブルだな…実際アイネスに逃げきられりゃヤバい。だがそれでも二人がああして己の走りを守ってるってこたぁ…狙ってるな」

 

「ええ、間違いなく。アイネス先輩に勝つということはレコードペースになるってことですからね…それだけの覚悟を持って走っているはず。今1000mを越えましたね…」

 

「んー…アイネスが今大きく後ろ振り向いたな。様子を見た感じだ…来るか?ダービーのアレ」

 

「あの逆風、効くんですよ…けど、まだ吹いてる感じはない…今回は温存してるようです。やる方も気を遣うでしょうから、離れた位置のササちゃんとイルイルちゃんに効果が薄いとみて、アイネス先輩も自分のペースを守りに行ったみたいですね」

 

『アイネスねーちゃん快調に飛ばしてるようにしか見えない』

『ダービーの時後ろのウマ娘全体になんか圧かけてたよね』

『しかし今回はキャンセルだ』

『その分自分の走りに専念て感じかな』

『後ろのササヤキが全くペース変わらないのコワイ』

『イルイル君も静かだ…』

『イルイルの眼がガンギマリしてる』

『これ最終コーナーからぶっ飛んでくるゾ』

『ねーちゃーん!!逃げ切りだー!』

『逃げ切れ!逃げきれ!』

 

「残り500m…うわ、アイネス先輩のコーナーが速くなってる…!」

 

「おー、ありゃサンデートレーナーの走りに似てんな!頭からコーナーに突っ込んでくやつだ!!見てて怖ぇー!!」

 

『えっぐ』

『うわ速』

『何あの速さ…』

『すんげぇ加速!』

『後ろの逃げウマ娘が止まって見える』

『サンデーサイレンス教えたな!?』

『SSのコーナーはマジで一度見た方がいい』

『いやでも後ろササちゃん来てる!』

『イルイルも来た!負けてない!!』

 

「アイネス先輩が一歩先に最終直線へ!!領域に………入らない!?」

 

「おっとぉ!?こりゃ不発かぁ!?たまにあんだよなーアタシも!気持ちは分かるぜ…つってもとんでもねぇ加速だ!間違いなくレコードペース!!」

 

「ええ、でもササちゃんイルイルちゃんの二人も上がって─────う、わっ」

 

「がー!来やがった…領域だ!!しかも二人とも入りやがったぁ!!もうわからねぇぞこのレース!!」

 

『うわきた』

『ササちゃんそっからその加速すんの!?』

『イルイル君これまで以上にヤバイ末脚!』

『うわーねーちゃん頑張れー!!』

『いやアイネスも早い!!』

『フラッシュみてーな末脚!』

『ここまでハイペースなのにまだ伸びるゥ!!』

『後ろ二人キツいか!?』

『いやすげぇさらに加速した!!』

『顔ヤバ』

『執念…!』

 

「残り200!!後ろの二人が凄い勢い!これは…際どい!!アイネス先輩が逃げ切るか…!!」

 

「差が詰まらなくなってきやがった!わからねぇぞこれ!残り100!!スピードは変わらねぇ!!」

 

『いけー!!アイネス行けェーーーー!!!!』

『ササちゃん伸びろおおおおおおお!!!!』

『イルイルーーーー!!二冠だーーーーー!!』

『厳しいか!?アイネスが行くか!?』

『ねーちゃん二冠行けええええええ!!』

『誰もが譲らない!!』

『二人が伸びた!!』

『うわ並ぶこれ』

『並んだか!?』

『行けーーーーー!!いけぇーーーーー!!!』

『誰が勝つ!?』

 

 

「キツ…いやっ!!最後二人が振り絞ったっ!!並ぶ!並んだ!!これは!?」

 

「そのままゴーーーーーーーーーーーーーーールっ!!!…くっはぁ!!クラシック級はなんだぁ!?僅差ばっかりじゃねーか!!」

 

「すごい…!でも、速度差でササちゃんが若干早く入った……ように、見えたけど…どうだろう。判定待ちでしょうか」

 

「なー。でもアタシもちょっとササヤキ有利に見えたわ。アイネスは最後、少し加速が伸びなかったかなー。いやここまでハイペース維持してるしそれについてった二人がバケモンなんだけどよ」

 

「ですね…凄まじいデッドヒートで…あ、出ましたね確定!わー!!ササちゃん一着!!おめでとー!!」

 

「おー、早かったな結果出るの!…なるほど、写真ではっきりわかるな。一着がサクラノササヤキ、二着がマイルイルネル、三着がアイネスフウジンだぁ!!とうとう風神を貫きやがったぜあの二人ぃ!!」

 

『うおー!!ササちゃーん!!』

『ササちゃんやったああああああ!!!』

『ぐあーねーちゃん負けたーーー!!』

『アイネス…悔しいぞ…!!』

『いやでもこれはササちゃんがすげーわ』

『アイネス最後脚止まった?』

『イルイル君も胸張っていいぞ…』

『その二人今芝に並んでぶっ倒れてるゾ』

『可愛くて芝』

『全部振り絞ったんやろなって…』

『アイネス天を仰いだ…』

『お、レコードついた』

『レコードキターーーーーーー!!』

『レコードかやっぱ!!』

『今年だけでどんだけレコード更新すんだよこの世代…』

『上位3名が全員レコードやね』

『いやみんなすっげぇわ』

『何気に4着以下のウマ娘達も超いいペースなのが全体のレベル上がってるなって感じる』

 

「レコードですね…あれほどのハイペース、領域には入れなくても突き抜けたアイネス先輩も流石ですし、そしてそれになお勝ちたいという強い想いで走った二人が全てを燃やし尽くした…そんな印象を受けました」

 

「だなー、とにかく二人の熱量が高かったわ。アイネスは残念だったがそれでもレコードだしな。ケチのつけようもねぇ、いいレースだったぜ!!」

 

「ですね。…あ、アイネス先輩が倒れてる二人の所に行って…あら、やだ!もぅ…!」

 

「ぶっはははは!!ケツひっぱたいてるな!!今までのお返しって感じかー!?朝日杯でも桜花賞でも二人にケツひっぱたかれるからなーアイネスはよぉ!!」

 

『いい音ォ!』

『これは芝よ』

『ササちゃんびっくーん!!ってしてて芝』

『イルイル君が微動だにしてなくてこれも芝』

『大丈夫?怪我してない?』

『3人とも笑顔やし大丈夫だろ…多分…』

『あ、起きた』

『アイネスが二人を支えてるのてぇてぇ…』

『うひょー!』

『歓声すっげぇ』

『っぱこれよ!』

『勝者は称えないとね』

『敗者も讃えないとな!』

『ウマ娘のレース最高!』

『お前もレース最高と言いなさい』

『レース最高!レース最高!』

 

「うん、嬉しそう…私も日本に戻ったら頑張るぞ…!」

 

「いいレース見ると自分も、ってなるよなー。わかるぜ。…っと、ここでカノープスのやつらが駆け寄ってきたなー。…おー!すげぇ!南坂トレーナーが泣きそうな顔だぜ!?」

 

「ホントだ…!感極まって、って感じですかね!?立華トレーナーみたいな…あの冷静な南坂トレーナーが…素敵…」

 

「まー最強のライバルのアイネスに勝ったんだ、こみあげるモンもあるよな!アイネスの方にはフェリスの奴らがいったなー。ササヤキと南坂トレーナーがインタビュー席に向かったぜー」

 

『「レコードの一着。今のお気持ちは?」→ササ「すごい、すっごい嬉しいです!!アイネス先輩にすごく勝ちたかったからすごく頑張りました!!」』

『語彙力NTRか?』

『芝』

『もうとにかくうれしさが伝わってくる』

『マイクがハウリングしてるぞ~コレ』

『声おっきいな…相変わらず元気だなササちゃん』

 

『「トレーナーとしては?」→南坂「彼女、いえ彼女たちは今日のアイネスフウジンとの勝負に向けてひたすら鍛え続けていた。その結果が表れた1着が、本当に嬉しくて、本当に誇らしい」』

『南坂トレも熱籠めるじゃん…』

『変わったよなーこの人』

『前は結構昼行燈な感じあったんだけどな』

『熱いじゃねぇか…』

『最近カノープス全体の成績めっちゃいいしな』

『オールカマーでターボがまた1着取ったし』

『シニアGⅡ以下でかなり荒らしまわってるよな』

『GⅠもこの勢いで持っていけぇ…』

 

「確かに、カノープスの皆さん、最近凄い成績なんですよね。GⅡやGⅢでしっかり勝ちきって、この間はネイチャさんが小倉記念でレコード出してましたし」

 

「GⅠにササイルが勝ってからチーム全体の士気が上がってんのかもなー。今後はさらに油断ならねぇ相手になるなーカノープス」

 

『「ライバルのアイネスフウジンに何か一言」→ササ「ようやく一つお返ししました!!でもまだまだ借りはいっぱいありますから、これからも一緒に走って、またバチコンやりあいましょうね!!」』

『バチコンて』

『バチコンは芝』

『でもいい顔だぁ…』

『このライバル関係がてぇてぇなんやなって』

『ここでカメラがアイネスの顔をすっぱ抜くの芝』

『ねーちゃんめっちゃ笑顔やん』

『てぇてぇ…』

 

「いいですね。私はまだお二人と走ったことはないですが…今日のレースを見て、走りたいって気持ちが出てきました。どこかのレースで会えないかな…」

 

「どちらかっつーとササヤキもイルネルもマイラーだかんなー。つってもヴィイもマイル走れるし、全員中距離もいけんだからどっかでまたやりあうだろ。そういうもんだぜ、同期のレースってのは」

 

「ですね。その時を楽しみにしています。…さて、インタビューもこれでおしまいですかね」

 

「おー!!今日もすっげぇレースだったなー!!イヤほんと、去年あたりからバッチバチのレースが多くて実況する側も楽しいぜぇー!!さてじゃあ本日のぱかちゅーぶは!!ゴルシちゃんとー!?」

 

「ヴィクトールピストでお送りしました」

 

「次の放送は日本に戻ってからになるからよー!!菊花賞で会おうぜぇー!!まったなー!!」

 

『乙~』

『おつおつ』

『02』

『乙!』

『お疲れ!』

『ヴィイちゃんまたね!』

『ヴィイちゃん快気祝い』 【2,010コイン】

『フェリス旋風が崩れたか…』

『っぱ絶対はないなレースに』

『言うてもレコードよ』

『今年幾つレコード取ったっけフェリス』

『6かな、今日の入れて7コ目』

『なおジュニア期入れると+4』

『半分以上レコードとか壊れちゃ~う』

『ねーちゃんも次走楽しみだな』

『まだ発表無いよな』

『JCじゃね?フラッシュと一緒に』

『マイルも走れるからマイルCSじゃね?』

『エリ女は流石に間隔的にないか?』

『どこ出てもまた応援してやるからなぁ…』

『ササイルとマイルCSでまた走らねぇかなぁ』

『ササイルもどっちに行くかな』

『この世代マジで話題が尽きんわ』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

96 走る理由

 

 

『ねぇ、アイネスの事だけど』

 

『ん、ああ…』

 

『…もしかすると、根が深い問題かもしれないわ』

 

『……なんだって?』

 

 秋華賞を終えた翌日、俺は午前中のチームハウスで朝のコーヒーを飲みながら庶務整理をしていたのだが、そこで最近お気に入りらしいインスタント味噌汁をマグカップで飲んでいるSSから、問題提起を受けた。

 それは昨日のレースで惜しくも敗北してしまった、アイネスの事だ。

 昨日はレースの後、アイネスの敗北を慰め、レコードを褒め、脚を診察して異常などもなかったことからウイニングライブも踊って、そして今日は脚を休めるためにチーム練習を休ませている。

 しかし、SSはアイネスに何かしら大きな問題点を見つけているらしい。

 

『…詳しく聞きたい。昨日の彼女の様子を見ている限りでは大きくヘコんだり、引きずるような雰囲気ではなかったけれど…だが、俺も懸念点はなかったわけじゃないんだ。君の意見を聞きたい』

 

『…()()なのよね。あっさりしすぎている。全力で走って、負けてしまったら…もう少し感情を爆発させても……いや、違うわね。タチバナ、私がスピリチュアルな表現をするのを怒らないわよね?』

 

『怒るもんか。はっきり言っていいよ。昨日のアイネスに君は何を感じたんだ?』

 

『じゃあ、はっきり言うわ────────魂が死んでる』

 

『………っ』

 

 SSのその強い表現に、しかし、俺は心当たりが一切ない、そんなことはない────とは言えず、口を噤む。

 昨日は確かに、アイネスは勝ちたいという思いでレースに出て、負けて悔しいとも言って、次は勝つ、と前向きな様子を見せていた。

 

 …だが。

 俺が長年の経験から、ウマ娘に感じるモノ…その、熱い想い、何が何でも勝ちたい、速くなりたい、誰かに勝ちたい、という強い、魂の嘶きの様なそれを、感じられたのかと言ったら…そうだ、とは言えなかった。

 朝日杯での熱い勝利への欲求。ダービーでの飽くなき闘争心。そういったものが、感じられなかった。

 

『…負けてしまったのは仕方がないわ、レースに絶対はないのだから。でも、負けたというのに…あの子の魂が、全然堪えている風じゃなかったのよね。少なくとも私はそう感じた。勝ち負けにあまり興味がなくなってしまっているような……まるで、死んでしまっているような、それね…。……領域に入れないのも、恐らくはこれが原因だと私は考えているわ』

 

『…かも、しれないな…』

 

 俺はアイネスの様子について改めて思い返す。

 練習はやる気を持ってしっかりついてきた。数字にも表れている。

 普段も楽しそうに過ごしていたし、調子が悪いというわけではない。家に掃除に来るたびに調子は上がるし、実際にレースで走った内容も、悪いものではない。そもそもGⅠでレコードなのだ。欠片も恥じるものはない。

 これは俺の所感でもあるが、アイネス本人の心は、まだレースに向いているんだと思う。楽しんで、レースに勝ちたいと思っているんだと感じる。

 

 だが、説明できない部分。

 魂とも表現するべきウマ娘のその強い意志は、彼女の心に反して、まるで燃え上がっていないかのよう。

 領域が出ない。

 最後の直線で、限界を超えたって勝ちたい、という確固たる意志がない。

 

 …スランプ、と表現できるものだ。

 本人に自覚があるかどうかは、わからないが。

 

『………難しい問題だな』

 

『ええ、まったくね…こればっかりは、治療方法なんて確立されるはずがないんだから』

 

 ふぅ、と俺とSSは揃ってため息をつく。

 魂が死んでしまっているような…そんなウマ娘を、俺は過去の世界線で何度か見てきた。

 その中には俺が担当したウマ娘も該当する。

 綻びを持ったスーパークリーク。

 三冠を取ったのち、シニアから不調が続いたナリタブライアン。

 マチカネフクキタルも、菊花賞の後に様子がおかしくなっていった。

 

 他にも…そう、特に多いのが、ダービーや有マ記念など…大きなレースを走った後に起きる綻びだ。

 燃え尽きてしまったかのようなそのウマ娘の様子に、俺達トレーナーは苦心する。

 実際、そのまま成績を残せずにレース人生を終えるウマ娘だって、珍しくはないのだ。

 

 俺はそうした澱みを抱えてしまったかつての愛バたちに、心から寄り添い…何かできないかと探し、勝ってほしいと願い、そうして何とか克服してこれていた。

 しかしそこに最適解はない。答えなどない。

 これまでの世界線で重ねた経験や知識など一切当てにできない。

 前の子も出来たのだから次の子だって、とはいかない。一人として同じウマ娘はおらず、同じ悩みはないのだから。

 

 不調を抱える()()アイネスにどう接してやるべきか。

 それは、()()俺が考え、共に悩んで、答えを見つけていくべきものだ。

 

『…ひとまず、SS。アイネスも秋華賞で負けてすぐあんまり心配されすぎるのも気を遣っちまうと思う。今週は柔らかく接する程度に留めてほしい…フラッシュの菊花賞にも備える必要があるし』

 

『分かったわ。そうね、いきなり二人で話をしても…逆に思い悩んじゃうだけかもね』

 

『ああ。今週末に俺んちに家事代行で来てくれるから…その時、俺の方から少しずつ聞いてみるよ。SSにも手伝ってほしい事が出来ればすぐお願いする。けど……やっぱりアイネスは()()()()だ。俺から聞いて、もし彼女も悩みを自覚していれば…一緒に、考えていきたい』

 

『……OK。私はまだ付き合いも短いし、任せるわ。…けど、私もあの子たちの事は心配はしてるからね?出来ることがあれば、何でも言って』

 

『有難う。頼りにさせてもらうよ』

 

 俺たちはそうして、アイネスの問題について意識を改め、共有した。

 本格的に彼女の不調と向き合う時期が来たのだ。

 まず、彼女の想い。それをどうすれば前向きにできるか。

 そして、領域を取り戻すためには。

 彼女が、彼女らしく、楽しく走れるようになるためには。

 

「……絶対に諦めないからな」

 

 俺は自分に言い聞かせるように零す。

 あの日、彼女が流した涙を俺は信じているから。

 いつの日か風神がまた旋風を巻き起こすことを。

 

────────────────

────────────────

 

 

 そうして週末になった。

 火曜日から練習に顔を出したアイネスは、今週は脚の負担を避けてマッサージや水泳などの練習を行い、脚の調子自体は回復していた。

 …いや、回復が、早かった。

 それは喜ぶべきことであると同時に…レースで、全力を、振り絞れていないということに他ならない。

 

「~~♪」

 

 エプロンと三角巾をつけて、俺の家の中を掃除するアイネスは、普段通りの様子を見せている。

 秋華賞の負けを引きずりすぎることなく、快活な彼女の様子が現れるような鼻歌なども歌いながら、楽しそうに掃除に努めてくれている。

 そんな様子を見ていると、俺やSSの考えすぎなのかもしれない…と、思いたくなってしまう。

 もちろん、そうであれば最高だ。

 話してみたら全然本人に自覚はなく、気のせいで、練習してたらその内に領域も取り戻し、これからも好走をしてくれる。

 そうなれば、よかった。

 

 だが。

 俺のトレーナーとしての勘が。

 魂にまで染みついた長年の勘が、告げている。

 

 ─────ここでアイネスから目を離したら、取り返しがつかなくなると。

 

「…アイネス」

 

「ん、なーに?()()()()

 

 俺は掃除が終わったタイミングで、アイネスに声をかける。

 彼女もだいぶこの業務に慣れてきており、今日は重点的に掃除する箇所も少なかったため、お昼まではまだ時間がある。

 割烹着を脱いで、少しお茶でも…という、普段ならそんな時間に、しかし俺は彼女に真剣な表情を向けて、言葉を続けた。

 

「…少し、話をしたい。お茶でも飲みながら…な」

 

「……………わかったの、()()()()()

 

 その雰囲気で、彼女も俺の意図を察してくれたのだろう。

 家事代行の仕事中にそう呼ぶ「立華さん」ではなく、「トレーナー」として扱ってくれた。

 

 折角の休日、業務を終えたという所でこうして時間を作ってもらうのは少し気が引けるが、しかし、二人きりになれてお互いに気兼ねなく話せるタイミングとしては今が最適だった。

 ソファに座ってもらい、お茶を入れて…そうして、俺は彼女の心を、少しずつ解きほぐす。

 

「…改めての話になるけど、秋華賞はお疲れ様な。負けちまったけど、レコードもとってるし…いい走りだったよ」

 

「ん、ありがとなの。私も、負けたのは悔しいけど、レース自体には満足してる。…後輩二人も、すっごい強くなってて、嬉しかったしね」

 

 お茶を飲みながら、笑顔を見せるアイネスフウジン。

 その表情は、いつもの彼女らしい、可愛らしい笑顔だ。悩みなど、無いように見える。いつも通りの姿。

 

 しかし、俺は見落とさなかった。

 彼女の耳。尻尾。

 普段よりもわずかに揺れが小さい。

 彼女自身、己の問題を何かしら抱えている。それを、わかっている。

 

「…アイネス。君のためを思って、あえて言う。……本当に、本心からそう思ってる?」

 

「…………ん。……………やっぱり、わかっちゃう?」

 

「…ああ。もう、長い付き合いだしな…今日は、遠慮しないで話してほしい。誰にも言わないよ」

 

 俺の方からあえて、彼女に問いを投げかけると、やはりといったところか、アイネスが少し悩んでから苦笑を零し、肯定の意を返してきた。

 まず、一歩踏み込んだ。

 ここから、彼女の心を少しずつほぐし、そうして本音を…彼女の今の想いを、まずは確認する。

 

「…そうだな、自分から何でも話せって言うのは難しいだろうさ。俺の方から聞いていくから、答えられるところで答えてくれ。…まずは、自分の走りだな。どう、思ってる?」

 

「んー…練習は楽しいの。フラッシュちゃんやファルコンちゃんにも負けない様に、頑張れてるって思うし…数字は出てる。…よね?」

 

「ああ。これは本心だが、俺も君の練習の成果については全く心配してない。頑張ってくれている」

 

「んふ、ありがと。……でも、ね。何か、()()()()()。自分でも……少し、わかってた。領域に入れないってこともあるし……何ていうか……トレーナーと出会って、走った選抜レースの時の様な…それが、足りない」

 

 アイネスが、ぽつ、ぽつ、と。

 己の想いを確かめ、思いだすように、言葉を紡ぐ。

 そしてそれは、自然と、己の昔を思い出すように、語り始めた。

 

「選抜レースじゃ、想いを籠めていた。その後、メイクデビューも、私の為に、そして家族やトレーナーの為に絶対に勝ちたいって思ってた。その後いっぱい走った重賞もそう…負けてやるもんかって。勝ちたいって。あの時は…そうね、お金にも困ってたもんね」

 

「だな。君も何としても早く勝ちたいって強い想いがあって、俺もそれに応えるために君の脚を仕上げた。…今だから言うけどさ。あれ、結構ギリギリの綱渡りだったんだぜ?言っちゃなんだが当時は3人の中で君の脚の事を一番考えてたよ。ジュニア期のウマ娘にかける負担じゃなかったからな」

 

「あは、ホント?それは悪かったの!…ふふ、うん……そう、ね。あの時は、自分の勝ちを信じて疑わなかったし…朝日杯も、楽しかったなぁ。ササちゃんとイルネルちゃん、二人に勝てて…レコードも取れて…うん、心の底から勝ちたかった。そして、勝てた」

 

 俺たちは、俺たちが歩んだ道程を…言葉に起こしながら、辿る。

 メイクデビューまでの地固め。そうして挑んだメイクデビューでの快勝。その後、ジュニア期とは思えないスパンでの重賞3連戦。そうして年末に挑んだ朝日杯。

 ああ。どれも、大切な想い出だ。

 勝利を分かち合った彼女との想い出が、勝利の余韻が蘇ってくる。

 

 かけがえの、ないもの。

 今は、ないもの。

 

「…クラシックに入って…うん、金銭的な心配はなくなって…それでも、私は走りたかった。勝ちたかった。練習して、レースに出て、勝つのが楽しかった。レースプランを組んだ時も…はは、年始のあの時はダービーに出ようなんて思ってなかったね…懐かしいの」

 

「だな。…けど、あの時から君は遠慮しがちな面があったな。いつもチームのお姉ちゃんとして頑張ってくれてた…思えば、我儘が一番少なかったのは君かもな。俺も、それに甘えちまった…悪い…」

 

「もー、何言ってるの!あたしはそんなあたしが好きなんだから、気にしないの!それに、トレーナーに頼ってもらえるのって嬉しいし。…うん、フラッシュちゃんが3冠を狙っているのは前から知ってたからね。私はその時は本当に、ティアラ路線でもよかった。マイル戦に出てもよかったし…GⅠに挑んで、勝てるなら…私らしく思い切り走れるなら、何でもよかったの。────けど。私は、フラッシュちゃんたちの走りを見て、変わった」

 

 それは、彼女の転換点。

 楽しく走り続けたいと思っていた彼女の、強い魂の嘶き。

 

「……勝ちたかった。フラッシュちゃんに、ダービーで勝ちたかった。ダービーで…私が勝つんだって。絶対に、勝つんだって……そう思って、これまでになく真剣に練習して、そして挑んだ………負けちゃった、けどね」

 

「……アイネス……」

 

「…あ、違うの!ダービーでの決着についてはね、これは自信を持って言えるんだけど…()()()()()。あのレースは本気で、全力で、全身全霊で競い合えた…領域にも目覚めて、走り終わった後、気持ちよかった。悔しさもあるけど、楽しかった。あのレースは私の誇りなの!」

 

 俺は、やはりダービーでの敗北を内心で気にしていたのか…と思い、何と声をかけるべきか悩んでいたところに、アイネスが笑顔を作って言葉を返してきた。

 しかして、それは、恐らく彼女の本心なのだろう。

 俺はウマ娘が嘘をつく時は、おおよそわかる。特にこうして真剣に話しているときはなおの事。

 耳の動き。尻尾の動き。 

 人間よりも感情表現が素直に表れる彼女たちを、1000年以上見続けてきている俺にとって、それは難しい事ではなかった。

 

 アイネスは、本心で。

 ダービーの決着を、誇っていた。

 

「…うん、でも………そこから、だよね。………薄々自分でも感じてた事……」

 

「……………」

 

「………絶対勝ちたい、って思って走ってるのかが、自分でもわからないの」

 

「……やっぱり、か。俺もSSも、感じてて…でも、この間の秋華賞で確信になった。アイネス、君は……今、楽しめて走れてないんじゃないか?」

 

「……かも、ね。いつかのファル子ちゃんみたいに……わからなく、なっちゃってるかも」

 

 アイネスが瞳を閉じて、そうして大きく、ため息をついた。

 彼女の、過去を振り返ってからの、今の自分の走りに対する本心。

 

「…走るのは楽しい、これは本心。レースで勝ちたい、これも本心。……なのに、私の脚は動いてくれない。領域にも入れない……脚がね、止まるの。この間の秋華賞で、最後の直線……残り100mで、あたし、全力で踏み出せなかった。なんでそうなったのか、あたしにも理由が、わからなくて……」

 

「…あの一歩。俺ももしかすれば、って感じだったが…やっぱり、そうか……」

 

 俺はアイネスのその言葉を聞いて、レースを思い返す。

 残り100m地点での、彼女の僅かな逡巡に、俺は気付いていた。

 しかし…その原因が分からない。何が彼女の脚を止めたのかが分からない。

 もしかすれば、骨や筋肉に異常が…故障が発生し、その痛みで止まってしまったのか、とレース後の俺は危惧を持ったが、しかし診察して見れば()()()()()()()

 むしろ、こうして早い回復を見せる程度には…彼女の脚は、余力を残していた。

 

 ダービーの時の、全てを振り絞って走ったときに比べれば…雲泥の差と、言える。

 それでもレコードを記録していることが彼女の実力の表れでもあるのだが、しかし。

 どうしても、その一歩が。

 勝負を決める、最後の一歩が出ないと。

 

「…改めて、こうしてトレーナーが向き合う場を作ってくれたから、ね。あたしも何となくわかってきたの。今、あたし……自分で思ってることと、感じてることが違っちゃってる」

 

「……具体的に、聞いてもいい?」

 

「…うん。例えばこの間の秋華賞。悔しい、って思ったし、次こそは!って思った。けど、あたしはアタシに勝った二人に…強くなって、嬉しく感じてるの。違うよね…本当は、負けて、泣いて悔しがるはずなのに…あたしの心がそう感じてない。負けに、納得しちゃってる…!」

 

「…アイネス!それは違う…君は、優しいウマ娘なんだ。…姉妹みたいにササヤキやイルネルと付き合っていたからこそ、彼女たちの成長を嬉しく思ったんだ…ライバルの成長を喜ぶのは悪い事じゃない。……問題は、最後のほうだ」

 

「…うん、そう、そうね。その想い自体は否定しちゃ駄目だね…。…けど、そう。あたし、勝ちたいって気持ちが…ない、のかな?だから、出走するレースを決める時も…主体性がない、のかな。このレースだ!っていうのが…ない、ような。ダービーの時みたいな、強い気持ちが、()()()()がないような…………」

 

「……アイネス」

 

 俺は、彼女の瞳から、零れ落ちる一滴の雫を、見た。

 それは、自分の想いが分からない…そのことに対する、悔し涙。

 どうすればいいのかが分からない。

 だから、それは悩みとなる。

 

「……トレーナー。あたし、どうすればいいのかな?どうすれば、いいと思う?」

 

「…うん。まず、話してくれてありがとう、アイネス…君の悩みを、零してくれてありがとうな。自分と向き合うのって、大変だからな……そして、どうすればいいか、という問いだけど…今すぐ、答えは出ない。出せない……でもな、アイネス」

 

「…トレーナー?」

 

 そこで、俺は腰を上げて…アイネスの隣に行き、座る。

 指先で彼女の涙を拭ってやってから、俺の想いを……本心を、述べた。

 

「…アイネス、俺は君たちに助けてもらった…夏合宿の時に。俺の悩みを、君たちは…君は、掬ってくれたんだ。俺も、君たちに、そうしてあげたい」

 

「……トレーナー…」

 

「…一緒に答えを探そう。ファルコンにもそうした通り…俺は、君たちを絶対に離さないって決めたんだ。君のその悩みの、答えを、一緒に探していきたい。君を一人にはしない。君が一人で思い悩むようになってほしくないんだ。俺は……君を、助けてあげたい」

 

「……うん……」

 

 肩を並べて隣に座る俺に、アイネスが体を寄せてきて…俺も、そんな彼女の体を腕の中に収めて、抱きしめる。

 彼女の耳を俺の胸元に充てて、心臓の音を聞かせてやる。

 ファルコンの様に、俺の様に…きっと、彼女以外の誰にも理解ができないような、いや…彼女自身にも理解が出来ない、悩みを抱えてしまっている彼女を。

 少しでも、楽にしてやりたくて。

 俺は俺の心の熱を、彼女に伝える。

 

「……アイネス。走るのが、嫌になった……って思ったなら。少し、休んだっていいんだ。…どうだい?本音で答えていいよ」

 

「……………ううん。あたし、まだ、()()()()。その気持ちは、絶対に嘘じゃない。あたしが…キミと、チームのみんなと、サンデーチーフと、一緒に練習してくれたみんなとで作った、私の脚を……レースで輝かせたい、って。そう、思ってる」

 

「…そっか。じゃあ、走ろう。走って…その中で答えを見つけよう。もしかしたら、より深く悩んでしまうかもしれない、答えはすぐには出ないかもしれない……けれど、さ。俺は君がこの悩みの答えを見つけられるまで、絶対に寄り添うからな」

 

「………うん。…キミが、一緒に悩んでくれるなら、走れる。……トレーナー…」

 

 そうして、一度胸から耳を離して、至近距離から見上げてくるアイネスの瞳を、俺は正面から見据えた。

 いつしかファルコンが、そしてかつての世界線で担当したウマ娘達が見せた、熱の籠った表情。

 

「……ねぇ、キミを…あたしの、走る理由に……しても、いい……?」

 

「………アイネス………」

 

 俺はその問いかけに、即答できず…しかし、少しずつ、顔が近づいてくるアイネスに、ただならぬ雰囲気を察する。

 む。

 いかん。

 これは……過去の世界線でもたまに見た、あれだ。

 

「……立華、さん────────」

 

 俺はそっとアイネスの腰に腕を回して、それをどう捉えたのかアイネスが瞳を閉じたところで、俺は────────

 

 

 ────────ぐりっ。

 

 

 アイネスの、ウマ娘の尻尾の付け根の上のあたり。

 安心沢さんから教わった、()()*1を治すツボを思いっきり指で押し込んでやった。

 

「────みっぎゃぁ!?!?」

 

 そうしたことでアイネスが目をかっ開いて、尻尾をぴーん、と伸ばして体をビクンと痙攣させた。

 漫画みたいにそのままぱたん、とソファに横になるアイネス。俺との距離が離れた。

 

 うんうん、たまにあるんだよな。

 ()()()()になるの。

 あれを放っておくと、そのまま何故か俺を押し倒したりし始めるからな。感情が高揚するというか。なんでそうなるのかよくわかってないんだけど急に来る。

 危ない危ない。押し倒される前に何とか処置できた。

 掛かり癖は本当に癖になりやすいからな。レースにも影響が出るし早い段階で矯正しておかないとマズい。

 ループが始まる一番最初の世界線で安心沢さんにそういうのを解消するツボを教えてもらったこともあって、掛かり気味になったウマ娘達にはぐりっとやらせてもらっている。

 俺がこうしてやる事で落ち着かないウマ娘はいなかった。

 

「……………すっごい。今、あたし、驚くほど落ち着いてる(賢者な)の……」

 

「落ち着いたか?よかったよかった」

 

「蹴っていい?」

 

 ゼロ距離から彼女の豪脚を繰り出されたらたまったものではない。

 俺は慌ててソファから脱出して机の対面に逃げた。

 苦笑を零して悪い悪い、と謝ったところ、アイネスもはーぁ、とため息を一つ零して、つられて苦笑を浮かべてくれた。

 

「…うん、そうね。抜け駆け禁止なのに、雰囲気に飲まれちゃ駄目なの。落ち着かせてくれてありがと、トレーナー」

 

「よくわかってないけど、どういたしまして。…ああ、君が、走る理由を…俺に求めてももちろん構わないよ。…でも、いつかきっと、君は自分が一番心から納得できる、そんな理由を見つけられるって信じてる。…それまでの仮に、だな」

 

「ふふ、そうね。トレーナーの為に勝ちたいって気持ちはあるけど、でもいつか、あたし自身が心から納得する、そんな理由を…熱を、取り戻してやるの!」

 

「その意気だ。……頑張っていこうぜ、アイネス。一緒にな」

 

「うん!……へへ、トレーナーに悩みを零せてすっきりしたらお腹減ってきちゃったな」

 

「ん、そうか?それじゃ昼飯にするか、いい時間だしな」

 

 そうして話も落ち着いたところで、俺は改めて昼食を作ってやることにした。

 今はトレーナーとしてアイネスと応対しており、業務云々…なんて細かい話は気にしない。

 まずは、悩みを共有できた。そうして、その悩みを解決していこうと、前を向くことが出来た。

 今日はこれでいい。この話はおしまいだ。

 

 もちろん、まだ解決したわけではない。

 これから、練習でも、私生活でも…もちろんレースでも、彼女が本気で、全力で走れるように、俺は尽力するべきだろう。

 何度でも誓う。俺は彼女たち、愛バ達の為に全てをかける。

 アイネスのこの悩みが、走りの問題が解決するまで……俺も、彼女に寄り添っていこう。

 

「じゃあ、何食べたい?今日は和風ハンバーグとチャーハン、親子丼とかかつ丼もできるぞ。パスタも行ける」

 

「あー……その中ならハンバーグで!今日はお腹いっぱい食べたいの!」

 

「おっけ。コンソメスープとサラダも添えるよ。30分くらいで出来るからな、オニャンコポンと遊んで待っててくれ」

 

 そうして俺はキッチンに立ち、いつもの彼女との週末…日常に戻り、共に昼食をとって舌鼓を打つのだった。

*1
馬で言う発情期。ウマ娘で言うと!掛かり!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

97 菊花賞

 

 

 菊花賞当日を迎えた。

 俺たちは控室で、菊花賞…クラシック3冠目に挑む彼女に、それぞれの想いを託していた。

 

「フラッシュさん、勝てるよ…!私の分まで頑張ってね☆」

 

「はい。ファルコンさん、ありがとうございます」

 

 ファルコンが、いつも俺がそうしていたように、フラッシュの頭をよしよしと撫でている。

 彼女なりの想いの託し方なのだろう。それを受けるフラッシュもまた笑顔だ。

 今日のレースの意味を理解しているのだ。

 クラシック三冠を掴むレースにして、ここに至るまでにチームメンバーそれぞれと戦い、勝利してきた彼女にとって、このレースは絶対に負けられないものとなっていた。

 

「それじゃ次はあたしなの!フラッシュちゃん、髪と尻尾、苦手なところある?」

 

「いえ、どちらも大丈夫です。よろしくお願いいたします。しっかりと整えてくださいね?」

 

「任せるの!勝ってね…私の分まで!」

 

 続いてアイネスがやはりレース前の儀式としてしている髪と尻尾のブラッシングをフラッシュに実施する。

 それを気持ちよさそうに受けるフラッシュ。彼女たちの仲が、信頼が表れている。

 アイネスも丹念に漆黒の髪を、尻尾を整えている。フラッシュはその黒鹿毛のツヤが素晴らしいウマ娘で、パドックなどでもかなり見栄えの良いそれで、グッドルッキングウマ娘と呼ばれることも多い。

 

 そうして二人から整える儀式を受けたのちに、意外にもと言うべきか、SSが続けてフラッシュの前にやってきて、言葉をかける。

 基本的にこれまでは見守る側であった彼女だが、今日の…クラシック三冠目に挑むというシチュエーションに対しては、思う所があるのだろう。

 何故なら、アメリカで、彼女はそれを逃したのだ。

 

「…フラッシュ。アタシからも発破かけていいか?」

 

「はい。サンデーさんの想いも、一緒に持ってレースに臨みたいです」

 

「ありがとよォ。…アタシの勝手な願いだが……オマエが、三冠ウマ娘になることを心から祈ってるぜ」

 

 そうしてSSがレース前にいつもするように、フラッシュに向けて片膝をつき、祈る。

 祈りとは願いの形だ。SSが逃した三冠ウマ娘の称号を、フラッシュには逃してほしくないと。勝ってほしいと、願っていた。

 

『じゃあ、最後に俺からだ。……フラッシュ、脚の調子は俺が完璧に整えてる。気持ちは…どうだ?緊張しすぎたりはしていないか?』

 

 俺はこの場にいる3人にはわからない、俺とフラッシュだけが意味を理解できるドイツ語を使ってフラッシュと話す。

 もしも彼女が不安に思っていることがあれば、俺だけに話が出来るように。

 

『大丈夫です。今日は、何が何でも…勝つ、と思っていましたし。それに今、皆さんからさらに想いを頂きました。今日の私は絶対に勝ちます』

 

 しかし、そんな不安は杞憂であった。

 フラッシュと言うウマ娘は、想いを受け取るほどに冷静に、己を高めることが出来るウマ娘だ。

 俺はかつての…チームの年間全勝、ジュニアGⅠ全制覇が掛かっていた時の彼女の様子を思い出す。

 レース自体は不幸により勝てなかったそれだが、しかし、レース前の彼女の気迫は凄まじいものがあった。

 その時に近い…いや、それ以上に勝利への執念を燃やしたフラッシュが、そこにいた。

 

『そうか。…俺も、君に想いを託したい。…いつものでいいか?それとも、他の子みたいにしようか?』

 

『ええ……いえ、そうですね。やはり、貴方にレース前にしてもらうのは、アレが一番しっくりきます。お願いします』

 

 わかった、と俺は答えて、椅子に座った彼女の前に膝をつく。

 目線を同じ高さにし、数秒、見つめあう。彼女のアクアマリンのような水色の瞳をじっくりと見据える。

 その瞳の内が、勝ちたいという想いに溢れて、輝いていた。

 

 腕を伸ばして、彼女の顔にかかる黒い髪を越え、額に人差し指と中指を当てる。

 彼女の好む、おまじない。

 

『toi.toi.toi。…愛する君が、三冠になることを信じているよ(Ich glaube, dass du, den ich liebe, ein Held sein wirst)

 

『ッ……ええ。見守っていてくださいね(Behalten Sie mich im Auge)私の愛しい人(Du bist mein Ein und Alles)

 

 ドイツ語で、お互いにやり取りを交わす。

 ドイツ語は情熱的な表現の多い言語だ。勿論、俺たちは恋人同士ではないが、お互いへの想いを伝えるために言い回しをそういったものにしている。

 フラッシュもそちらの言い回しのほうを好んでいるようだ。

 お互いに言の葉を交わし終えて、ふふっと笑いが漏れた。

 

「……時間ですね。行ってきます。必ず、誇りある勝利を」

 

「ああ。頑張ってな!」

 

「頑張れ、フラッシュさん!」

 

「ゴール前で、一番に駆け抜けてくるのを待ってるの!」

 

「楽しんで走って来いよなァ!」

 

 時間になり、レース場に向かうフラッシュに俺たちは激励を送り、見送ったのだった。

 

────────────────

────────────────

 

『ゲート前にウマ娘が集まってきました!クラシック三冠の最終戦、菊花賞!今日の京都レース場は満員の客入り!!それはそうでしょう、今日は三冠ウマ娘になる権利を持つウマ娘が出走しているのです!!…今、そのウマ娘がゲート前に現れた!チーム『フェリス』の閃光!エイシンフラッシュだ!!』

 

 大歓声が、ゲート前に現れるエイシンフラッシュに送られた。

 その歓声を受けて、更なる高揚を感じ、しかし水のような冷静さでそれを熱として内に抑え込み、エイシンフラッシュがゲート前にやってくる。

 

「……………」

 

 心拍数がいつもより少し多い。

 深呼吸を一度、二度。

 緊張はある。勿論、ここで緊張しないウマ娘はいない。

 しかし、だからこそ三冠という称号には価値がある。

 このレースに、全力で挑む価値がある。

 

 緊張はあるが、不安はない。

 トレーナーと、チームのみんなで鍛え上げたこの体が、磨き上げたこの脚が、負けるはずがない。

 勝てる。

 トレーナーからも、今日の戦略については事前に話しており……不安は、無かった。

 

「…今日は一段と仕上がってるね、フラッシュちゃん」

 

「…ライアンさん」

 

 その内、今日のレースでライバルになり得る存在。

 世代のエースの一人、メジロライアンが声をかけてきた。

 

 エイシンフラッシュは彼女のその体を改めて見て、理解する。

 鍛え上げてきている。

 宝塚記念を、クラシックウマ娘として初めて勝利するという偉業を成したウマ娘。

 普段は友人として付き合いもある彼女だが、しかし今日は最大のライバルとして立ちはだかる。

 

「キミに簡単に三冠目を取らせるわけにはいかない。全力で食い止めに行くよ…勝ちに行くからね」

 

「無論です。今日は、私の走りを…強さを、日本中に見せつけるつもりです。誰にも負けるつもりはありません。勿論、貴方にも」

 

 笑顔、と表現するにはいささか戦意に溢れすぎているその表情でライアンを見るエイシンフラッシュ。

 それを受けて、ライアンもまた獰猛な笑顔を浮かべてから、己の番号のゲート前に歩き去っていった。

 

 エイシンフラッシュは、再度、最後に一度だけ深呼吸をしてゲートに向かった。

 

 

 今日の、この、三冠の最終戦だけは。

 

 ファルコンさんのためにも。

 

 アイネスさんのためにも。

 

 ────────絶対に、勝つ。

 

 

『各ウマ娘ゲートイン完了…最もつよいウマ娘が勝つと言われるクラシック三冠、最終戦!!……スタートですッ!!!』

 

────────────────

────────────────

 

 俺はゴール前の観客席から、エイシンフラッシュが出遅れなくゲートを抜け、差し集団の前方に位置取りしたのを見届けた。

 それを見て、確信する。

 

「…勝ったな」

 

「あァ」

 

「…え☆!?」

 

「早くない!?」

 

 それを見た俺とSSの意見に、ファルコンとアイネスがツッコミを入れてきた。

 まぁ、気持ちは分かる。もちろんレースに絶対はないからして、油断をしているわけではない。ホープフルの時の様な思わぬトラブルだってある。

 

 しかし、今回のレースは菊花賞。3000mの長距離だ。

 3000mを超える長距離のレースにおいては、あらゆる要素が中距離以下のレースと変わってくる。

 そして、特に重要なポイントが一つあるのだ。

 

「…3000m以上の長距離のレースで勝ちきるには、コツがいるんだ。長距離は他のレースと比べて、とにかく()()()()の有無が勝敗を決める」

 

「絶対に外せない部分なんだよなァ。とにかくスタミナだ。どんなに瞬発力があっても意味がない、スタミナが豊富な方が勝つ。…もちろん、スタミナがある者同士って話になりゃスピードとかも求められてくるんだけどよ」

 

「…うーん☆?えっと、言ってることは分かるけど、当たり前な部分じゃない?」

 

「そうなの。他の走ってる子だって、勿論スタミナはつけて来てると思うけど…」

 

「…ああ、それはそうなんだけどな」

 

 俺は二人に軽く説明しながら、レースを走るウマ娘達に改めて目を向ける。

 もちろん、全員がGⅠに出るほどの優駿だ。ライアンもスタミナを増やす訓練を相当やってきたのは見ればわかる。

 しかしだ。それでもフラッシュが勝つ。

 

「フラッシュには夏合宿で、スタミナをつける練習を特に重点的にやってもらったし、ここ最近のトレーニングで更に磨き上げている。圧勝とまでは言わないが、他のウマ娘とスタミナ勝負をしても負けることはない」

 

「んでもって、あの位置だ。差し集団の先頭を走ってっから、先行集団が全員グルにでもなってねェ限り、バ群に飲まれたままずっと走るようなことにはならねェ。そもそも2000m越えたあたりでスタミナが減ったウマ娘から落ちていくだろうしな」

 

「そして言わずもがなだけど、フラッシュのスピードについてこられるのはライアンくらいだし、それだって彼女が領域を繰り出せばなんとか…ってところだし、何より出す位置が悪い。ライアンの領域は最終直線前で中団あたりから一気にぶっ飛んでくるタイプだけど、今回のレースでそれを出そうとしたら、スタミナ不足で位置が下がるウマ娘のさらに後ろに位置取りしたまま最終コーナーを迎えなきゃならなくなるからね。ライアンが領域にこだわったらフラッシュとの距離が開きすぎて負けるし、領域にこだわらずに走っても最終直線でフラッシュを捉えるには加速が足りない。位置を上げるとスタミナが削れるからね」

 

「……はー…☆」

 

「……つまり、今ここで走っているウマ娘の中で、3000mを速度を落とさず走り抜けられるのが、フラッシュちゃんだけ、ってことなの?」

 

「大体そんな感じ。最も強いウマ娘が勝つのが菊花賞だからな、紛れが起きにくい。今日の相手に生粋のステイヤーがいなかったのも勝因の一つだけど。……勝つさ。そう信じてる。だからこそ全力で応援しようぜ。最終直線で、駆け抜けてくる彼女を」

 

 楽観と言うものではない。

 間違いないという確信。

 これで、相手がヴィクトールピストだったらまだわからなかっただろう。彼女はどこからでも末脚を繰り出せる、走りが臨機応変な子だ。

 菊花賞に備えてスタミナをつけて来ていれば、同じ世代のウマ娘の長距離戦では間違いなく彼女はフラッシュのライバル足り得る。領域に入られればスタミナを削る牽制も通じなくなる。

 

 しかし、ライアンは長距離の適性が完璧であるとは言えない。

 2200mこそが彼女の真の実力を発揮できる距離であり、その距離で戦うのであればうちの誰が走るにしても、一切油断はできない。来年の宝塚記念では間違いなく最大のライバルになるだろう。

 だが、今日は3000mの菊花賞だ。

 悪いが、頂く。

 

「……フラッシュ。行け…!」

 

 俺は、2000m地点を越えて…彼女が最初に走ったメイクデビュー戦の様に、位置をどんどん前に上げていく姿を見守る。

 あれが作戦通りの正しい位置取り。

 差しの位置にこだわる必要はない。3000mを走り抜ける速度を維持したまま加速して、どんどん位置を上げていっていいと伝えてある。

 その後ろ、ライアンも位置を上げようとしているが…領域の発動に最適な位置をキープするべきか悩んでいる様だ。

 牽制や焦りなどもお互いに仕掛けあっただろうが、それでもまだエイシンフラッシュの脚は健在。スタミナも十分に残していることが分かった。

 勝てるだろう。俺はフラッシュへの信頼を持って、レースを見守り続けた。

 

────────────────

────────────────

 

「……ふ、ぅ────────」

 

 エイシンフラッシュは、最終コーナーに至る直前、大きく息を吸って、吐いた。

 深呼吸、それもレース中に行いクールダウンして、スタミナを大きく回復させるもの。

 そのまま最終コーナーに入り、ここでもさらに加速。

 サンデーサイレンスに教わった通り、コーナーで姿勢を傾けて横Gに対抗しながら、速度を落とさず走り抜ける。

 さらに、合宿中にスーパークリークから学んでいた、コーナーで曲がりながら息を整える呼吸も繰り出しスタミナを温存する。足運びと呼吸を合わせるその走りはマエストロと表現されてしかるべき高等技術。

 長距離ではコーナーを曲がる回数が多い。そのため、コーナーを仕上げていたエイシンフラッシュにとっては僥倖となった。

 

 天使(クリーク)のように細心に。悪魔(SS)のように大胆に。

 

 コーナーを曲がるたびに、数人ウマ娘を抜いていき、そして最終コーナーを立ち上がった今の時点で、エイシンフラッシュは既に先頭に立っていた。

 

『菊花賞も残すところあと400mだ!!先頭はエイシンフラッシュ!!エイシンフラッシュですッ!!何というすさまじい走りだ!!脚色が衰えないっ!!後続からメジロライアンも迫りますが距離がある!!これは決まったか!?行けるのか!?三冠の夢を掴むんだと!!閃光が煌いていますっ!!』

 

(残り、400m…!)

 

 目の前に、ゴール板までの直線が広がる。

 後続はライアンがまだコーナーを曲がっている最中で、ここから末脚を繰り出してくるだろうが、距離は遠い。

 ……勝利は目前と言えた。

 

 だが、油断しない。

 このレースの勝利の、それが意味する重さを理解している。

 ファルコンさんを下し。

 アイネスさんを下し。

 そうして臨む、三冠と言う称号。

 

 それを得るために───最後まで、一切手は抜かない。

 私の全力を、敬意をもって。

 誇りある勝利の為に。

 

「……やあああああああっっ!!!」

 

 全力疾走。

 己の全身全霊を籠めて、最終直線を駆け上がる。

 

 後続は誰も追いすがれない。

 閃光の末脚がこの3000mでも光り輝く。

 

 勝負は決した。

 

 

『加速したッ!加速したッッ!!エイシンフラッシュが強い!!これは決まった!!間違いないでしょう!!この世代の新たなる伝説だ!!閃光が地を這うように走るッ!!大歓声だ京都レース場!!後続との差をつけて、今ッッ!!』

 

『───────エイシンフラッシュが一着でゴーーーーーーーーーーーールッッ!!!三冠ッッ!!!ここに、新たな三冠ウマ娘の誕生ですッ!!!!菊の大輪を咲かせたのはエイシンフラッシュ!!エイシンフラッシュです!!今、ガッツポーズで左手を握りしめましたッ!!黒い閃光が、3つの冠を被りました!!2着ライアンは惜しくも届かず!!世代の頂点に立ったのは、エイシンフラッシュです!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「よっしゃッ!!」

 

 俺はエイシンフラッシュが一着でゴール板を駆け抜けた瞬間に、ガッツポーズを作った。

 勝った。

 俺がこの世界線で最初に出会ったウマ娘であるフラッシュが、3冠ウマ娘になった。

 感動を隠せない。

 俺は涙を流しながら、彼女がゴールを迎えたのち、勝利を誇るように観客席に向けて胸を張ったのを見届けた。

 大歓声に包まれる京都レース場。

 

「やったー!!フラッシュさん、おめでとーっ!!」

 

「やった、やったの!!!三冠なのーっ!!」

 

「っし…!よく零さなかったぜフラッシュ…!」

 

 チーム全員が大喜びでレースを終えたコース内に入り、彼女へ駆け寄って祝福する。

 エイシンフラッシュは、そんな俺たちを誇らしい笑顔を浮かべて近づいて来ようとして…一歩、踏み出して。

 

 

「……!?」

 

 

 その歩様が、乱れた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 レースを終えたのちの控室。

 俺はエイシンフラッシュの脚を、アメリカでファルコンにしたように、ぐるぐる巻きにテーピングをしていた。

 

「…最後、張り切ってたもんな。3000mを全力疾走すれば、こういうこともある」

 

「すみません。…ですが、あそこで全力を出さない選択肢はありませんでした。みんなの想いを背負ったレースでしたから…」

 

「ああ、責めてるわけじゃないよ。あそこで本気を出さないなんて君がするはずもない。今日のレースはいい走りだった。心底誉めます。…それに、怪我もそこまで重くはなかった。幸運だったよ」

 

 レースを終えた後、エイシンフラッシュの脚は、若干の疼きを覚えていた。

 それは3000mと言う距離を全力で走り切ったがゆえに起きた不調。

 

 怪我、というほどの物でもない。

 控室で俺が診察した結果として、恐らくは軽度の筋肉の炎症。

 力を入れ続けていたことにより起こるものだ。筋肉痛がより悪化したようなもの。

 安静にしていれば1~2週間で治るだろう。

 

 それを診察し終えた俺は、フラッシュにこの後のウイニングライブをどうするか確認し、当然踊ることを望んだ彼女に対して、ファルコンと同様にこれ以上脚に負担がかからない様にテーピングを実施しているわけである。

 あの時のファルコンほど脚がひどい状況でもない。しっかりテーピングすれば問題なく踊り切れるだろう。その後病院には行くことになるが。

 

「……いや、なんだその巻き方……あァ…?マジかよ…?えぇ……?…気持ち悪ッ……どんな発想したらそんな巻き方思いつくんだよ……」

 

「あ、やっぱりプロのトレーナーから見てもおかしいんだこの巻き方…☆効果はすんごいけどね」

 

「トレーナーの七不思議の内の一つなの…」

 

 SSから何故か気色悪いものを見る目で見られてしまう。なんでや。

 君にもこの巻き方をいずれ覚えてもらうんだからな。よく見ておいてほしい所だ。

 

「……よし、こんなもんでOK。後は脚を動かす時に、出来る限り気を付けるようにね」

 

「はい、ありがとうございます。…その、トレーナーさん。今ここで聞くべき話ではないかもしれないのですが…私の脚は、どれくらいで治りますか?」

 

「ん。…()()()()()()から確たることは言えないけどね。でも多分、2週間も安静にしておけばよくなるだろう。ただ…ジャパンカップは、少し、厳しいかもな」

 

「ッ……」

 

 テーピングを終えた俺に、フラッシュが問いかけてきた内容。

 それは、自分の脚がどれくらいで治るかというもの。

 

 病院で詳しい検査をしたわけではないためはっきりとは言えないが、彼女の筋肉痛は軽度の物だ。しっかり安静にしていればすぐに治る。

 だが、約一か月後に開催されるジャパンカップをどうするか、と問われれば、難しいと言わざるを得ない。

 間隔を置かずに全身全霊で走ってしまうことで、この炎症がクセになるのだけは避けたい。

 

「…出走はできるさ。けど、勝ちきれるように足を仕上げられるかと言ったら…なんとも、だ。相手次第って言うのもあるけれど…マジェスティックプリンスも来るからな。全霊を籠めないと厳しいだろう。そして、そうすることで…再発、なんてなったら嫌だな」

 

「……そう、ですね……」

 

「…絶対出たい、って気持ちなら、俺も整えられるように全力で仕上げる努力をする。でも、前にも言ったろ?ジャパンカップは来年だって出られるんだ。…無理は、してほしくないかな」

 

「…わかりました。そうですね…ジャパンカップは、見送りですね。悔しいですが」

 

「まぁ、今日この場で結論を出すものじゃないからさ。明日以降の脚の調子を見てから決めても────────」

 

 話題がそちらに向いてしまったので俺も答えたが、しかし、この話は今ここで決めなければいけない物でもない。

 病院でしっかりと診察し、その後の経過観察の上で決めればいい話でもある。

 そもそも今日は菊花賞であり、彼女の勝利を祝う日なのだ。あまりネガティブな話ばっかりしたくないし、一度話を切り上げようとしたところで。

 

「─────トレーナー」

 

「……ん、どうした?アイネス」

 

 アイネスが、会話に混ざってきた。

 

「トレーナー。……あたし、フラッシュちゃんの代わりに、ジャパンカップに出るの」

 

「え?……急、だな。マイルCSはいいのか?」

 

 ジャパンカップに、出たいと。

 そう、告げてきた。

 

 俺はアイネスに振り返り、その瞳を見る。

 そこには、熱があった。

 灼熱のそれではない。僅かに生まれた種火のようなもの。

 

「…フラッシュちゃんが出られなくなっちゃったのは心底残念なの。だけど、あたしはフラッシュちゃんのその悔しさを背負いたい、力に変えたい…マジェプリちゃんも来るしね、一人もフェリスから出ないって言うのもあれだし。……それに、ジャパンカップは()()()()()()()2()4()0()0()m()でしょ?……あたしが一番、その脚を発揮できた…領域に目覚めた距離なの。……走りたい」

 

「……そう、か」

 

 俺はアイネスのその意志を…僅かにでも生まれた情熱の種火を、大切にしたかった。

 焦りもあるかもしれない。けど、レースに出たい、という熱を持つことが、まず彼女の不調を治す一番最初の一歩目であるとも思っていた。

 

 どうしようか、とフラッシュに顔を向ける。

 そして、フラッシュの表情は…笑顔だった。

 アイネスが領域に入れずに悩んでいたことを知っているフラッシュとしても、前向きにレースに出ることを決めたのならば、反対はしないと。

 

 二人の想いは受け取った。

 ふぅ、と息をついて、改めて二人を見る。

 

「…アイネスの気持ちも分かった。俺に反対は無いよ。けど、フラッシュの脚の調子だってまだわからないし、そもそも今日はフラッシュの勝利を祝う日だからな。明日以降、また詳しく話そうぜ。フラッシュの出走についても」

 

「…あ、そうね、そうなの!ごめん、気持ちが逸っちゃって…今日はフラッシュちゃんの勝利をいっぱいお祝いしないとね!」

 

「元はと言えば私から出した話題でもありますし、気にしないでくださいアイネスさん。むしろ、私の代わりにというお話を頂けて嬉しいです」

 

 アイネスは自分の言葉がこの場にそぐわなかったものだと恥じるようにして、フラッシュに謝った。フラッシュも特に気にした様子ではなかった。

 この話は一度持ち帰ることにして、俺は改めてフラッシュの脚をアイシングして、ウイニングライブに備える作業に戻る。

 

「ああ、今日はフラッシュが主役だからな。ライブで、ファンの皆様に感謝の歌声を届けて来てくれよ」

 

「はい。ふふ、三冠のライブですからね。最高のライブをお見せしますね?」

 

 くすりと微笑むフラッシュの笑顔に見惚れそうになる内心を抑えて、俺は万全の状態で彼女をウイニングライブに送り出したのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

98 ぱかちゅーぶっ! 菊花賞

 

 

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

「ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす』

『ぴすぴーす!』

『ぴすぴーす』

『いつもの背景だ』

『ぴすぴーす!』

『ここ2回はフランスからだったからな』

 

「おうよー、ゴルシちゃんもヴィイも日本に戻ってきてるぜぇーっ!!ヴィイの脚の調子も順調に回復!有マ記念にはばっちり間にあうから応援してくれよなーっ!!さーてそんじゃあ今日はクラシック三冠最終戦!!菊花賞だぁーー!!」

 

『おかえり』

『遠征お疲れさんよ』

『ヴィイちゃん無事そうで何よりだゾ』

『菊花賞きたわね』

『今日はフラッシュ推しだわ』

『三冠!三冠!』

 

「おーよ、久しぶりに三冠の権利を持つフラッシュも出走してるぜー!レース場は観客満員らしいな!!早速今日のゲストをお呼びするぜー、さて今日は誰が来るだろなー?菊花賞ウマ娘も多いからなー!予想ターーーイム!!」

 

『最強の戦士 シ ン ザ ン』

『学園の生徒限定やろがい!』

『三冠ウマ娘と予想』

『となるとカイチョー?』

『シービーか?』

『ルドルフはこないだ来たやろ』

『ナリブもあるな』

『なんなら目の前におるのが菊花賞ウマ娘だし』

『菊勝ったってだけならマジでいっぱいいすぎる』

『NTR!NTR!』

『マッマ…』

『フクキタルが来たる…か!』

『会長!?コメント欄はまずいですよ!?』

『芝』

『マヤノこないかなー』

『マックイーンは来ないのか!マックイーンは来ないのか!』

 

「菊花賞はマジで候補多いからなー、今回は三冠ウマ娘じゃねぇぞー、やっぱ長距離のプロをお呼びするのが筋ってもんだー!!ってことで今日のゲストはこちらっ!!」

 

「…ぴすぴーす。どうも……マンハッタンカフェ、です」

 

『カフェ!?』

『カフェだあああああ!!』

『意外ッ!それはマンカフェ!!』

『こういう所に来るイメージなかったゾ』

『ぴすぴーすが可愛いいいいい!!』

『一瞬SSかと思ったゾ』

『SSとはいろんなところが違うから』

胸がね…

あっちはデカすぎる

カフェくらいの方が好みです

『どこが違うか書くのはNGゾ』

『りゅ、流星の有無…(震え声)』

 

 

「………………」

 

「そんな紅茶飲んじまった時みたいな顔すんなって!!オラァコメ欄わかってんだろーな!?その話題はNG!!NGでーす!!」

 

「…いえ、まぁ、サンデーさん自体は、いいんですけれどね。先日学園で直接お話したときにも、中々お話が合いましたので…」

 

「ほぉーん。サンデートレーナー、結構ウマ娘から人気だよなー。スペやスズカもよく懐いてら。…っと、話が逸れたな!まずは今日の菊花賞の解説していくぜ!!えー………中央GⅠ、クラシック三冠の最終レースだ!!1938年に始まって、当時は京都農林省賞典クラシック、って呼ばれてたらしいな!」

 

「1948年に菊花賞、と改名されています。京都レース場で行われる、芝3000mのレースですね。クラシックのウマ娘達は、このレースが初めての3000m超えのGⅠ…長距離を走るセンスが問われてきます」

 

「最も強いウマ娘が勝つ、って言われてるな!その評判の通りとにかくタフさが求められる、シビアなレースだぜぇー!!」

 

『なにっ』

『タフと言う言葉は菊花賞の為に在る』

『しゃあっ灘新陰流ラチ滑りっ』

『長距離レースはスタミナが大切だと考えられる』

『スタミナが足りず駆け抜けられなかったウマ娘に悲しき過去…』

『つっても前二冠取ってて普通に負けたのはブルボンくらいゾ』

『あれは相手が悪かった』

『テイオーは出走できてないしな』

『皐月勝ち→ダービー逃し→菊勝ちは結構おるよな』

『ウンスとかシャカールとか』

『目の前のゴルシちゃんもそうよ』

 

「お前らタフ語録好きだよな。さてそんじゃ、今日のレースに出走する有力ウマ娘達の紹介だぜーっ!!」

 

「まずは一番人気、エイシンフラッシュさんですね。皐月賞、ダービーをそれぞれで一着の、二冠ウマ娘です。長距離についても、あの立華トレーナーが仕上げてこないとは思えません。本命、ですね」

 

『うおーフラッシュー!!』

『今日はこの子よ』

『パドック見たけどトモが一回り鍛えあがってた』

『上りウマ娘だぁ…』

『フェリスは全員そうよ』

『おっと他の子もみんな強くなっとるで』

『ライアンもよさそうだった』

『3番人気のローズモナーキーも相当な仕上がりだった』

 

「フラッシュはこのレースにかける想いは強いぜぇ…なんてったってチーム二人の想いまで背負ってるだろうからよー!さて、そんでもって今日のオニャンコポンはーっと……」

 

「フェリスの皆さんが出走するときは必ず生放送中にチェックしますよね…どれ……」

 

「…おっ、いいなーこれ!いいアングルだ!今日のフラッシュにかける期待が分かるってもんだぜぇ!」

 

『今日はSR++』

『ログボ助かる』

『今日のはてぇてぇだったゾ』

『手だけなのがいいよね』

『3人の手が重ねられて、その上にオニャンコポンが手を添えてたね』

『フラッシュにみんな想いを託しておるんやなって…』

『チームフェリス全員で挑む菊花賞って感じだ』

『今日はフラッシュ負けられない!』

『ファル子とアイネスとの大接戦を制しての2冠だからな』

『今日は勝ちますよ彼女は』

 

「チームフェリスはメンバーの人数が少ないからなー、その分なんか…絆、っての?メンバーの絆が強い感じあるよな。まーうちのチームも負けてねーんだけどよー!!」

 

「絆…ですか。私は専属トレーナーなのでそのあたりはなんともですね…。…紹介に戻りましょう。二番人気が宝塚記念を史上初、クラシック期に制しましたメジロライアンさん。こちらも仕上がりは素晴らしいですね…パドックでもやる気に満ち溢れていました」

 

『ライアン!ライアン!』

『メジロなので長距離が強い(暴論)』

『メジロ家は長距離走れるウマ娘多いからな…』

『おっと中距離もつよいゾ』

『あの筋肉がどこまで輝くか』

 

「三番人気のローズモナーキーも仕上がりはよさそうだったぜぇー!あとはこの菊花賞ってレースはとにかくスタミナ勝負になるからよー、意外な伏兵が上がってくることも考えられるぜ!」

 

「…私も当時は6番人気での出走でしたが、長距離を走るのは得意でしたからね……ステイヤーとしての資質があるかどうか……それが勝敗に大きく関わります。フラッシュさんも、ライアンさんも、末脚を武器とするウマ娘ですが……それが、どこまで発揮できるか、ですね」

 

「長い距離は資質がでるよなー。まーアタシもカフェもどちらかっつーと長い距離得意なウマ娘だからなー。今日の出走ウマ娘がどこまで走るか楽しみだぜぇー!!そんでもってレースがそろそろ始まるな!!ゲート前にウマ娘達が集まってきやがったぜぇー!!」

 

「……フラッシュさん、落ち着いておられますね。3冠がかかったレースなので、多少の緊張はされているようですが…深呼吸をしていますね」

 

「いい顔してやがるぜ。ライアンが話しかけに行ったな。あっちもいい感じだ……好走が期待できんなこりゃ!!」

 

『世代のライバルがバッチバチにやりあうのもっと見たいいいいい!!』

『今回はエースが二人だからな』

『皐月賞やダービーと比べるとちょっと寂しい』

『ジャパンカップとか有マ記念で全員集まってくれねぇかなぁ』

『誰応援するか死ぬほど迷うやつ~』

 

「ゲート前に出走ウマ娘が揃いましたね…」

 

「ってことでファンファーレだ!!おら鳴けぇお前らーっ!!」

 

『ペーッペペペー』

『ペペペペー』

『ペペペp-』

『プペペペッペッペー』

『ペッペッペッペペー』

『ペペペペー』

 

「お見事でした。さて、ゲート入りですね…」

 

「流石にクラシック三冠最終戦だぜ、みんな落ち着いてゲート入りしてんな…」

 

『ゴルシも見習え』

『何分かった風な顔してんだ』

『甘えるな』

『レースはゲートに始まりゲートに終わると知れ』

『恥を知れ恥を…!』

『今日のゲートイン擦り』

『どうして大人しくゲートに入らないんです…?』

 

「…これ、いいんですか?このままで…」

 

「いやもうアタシも慣れた。コメント欄の愛嬌みてーなもんよぉ!!さてそれじゃ始まるぜ菊花賞!!今最後のウマ娘がゲート入りして……スタートだぁ!!」

 

「………スタートは大きく乱れませんでしたね。そして一番人気のエイシンフラッシュさんは、差し集団の前方に位置を取りました。その後ろにライアンさんですね…スタートは波乱はなし、でしょうか」

 

「だなー。長距離だからレースも長いし、適宜動きがあったらコメントしていくぜぇー」

 

『長距離レース解説も暇になりがち』

『プロの実況はスゲーよな』

『こっちもレース集中するゾ』

『フラッシュはいい位置取り』

『ライアンと牽制でバチバチかな?』

『逃げの子はペース保ってるねー』

 

「…長距離はスタミナが肝ですからね。焦らせることが大切、なのですが…」

 

「んー、ただ他のウマ娘を焦らせるのって難しいんだよなー。アタシなんかマイペースでいつも走り続けちまうからあんま牽制とか意識してねーけど」

 

「私が…ライアンさんの位置にいるなら……前方に向けて、スタミナを奪いにかかりますが……流石にあれは、なかなか出来るウマ娘はいないですね。タマモクロスさんなどは、差しの位置のウマ娘達を焦らせるのが、得意なのですが…」

 

「逃げもウンスくらいトリッキーに走ってたらまだわからねーけど…今回はそうだな、そこまで牽制が飛び交ってる様子はねーぜ」

 

『カフェのスタミナ奪うってどういう理屈?』

『考えるな感じろ』

『焦ったウマ娘を見てメンタルを回復させてるのか…』

『腹黒くなってまうやろ!』

『ウマ娘の牽制は大体物理法則超えてくるから…』

『今回はそれぞれ自分の走りに集中って感じかね』

『あんま周りに気を配りっぱなしでも疲れるし』

『お』

『フラッシュが位置を上げてった』

 

「おー…フラッシュの位置が1500mあたりからアガってきたな。どうだろ。カフェ、どう見る?」

 

「最後まで走り切れるスタミナがあるのであれば、悪い選択ではないと思います。結局のところ長距離戦は、最後まで走り切れるスタミナを温存している方が有利で…その時の位置取りが大切、ですからね。……まだ、上がっていきますね」

 

「じわじわ位置を上げて来てんな……2000m地点でほぼ先行の位置取りってところかー……いや、まだ上がんのか!?」

 

「……これは……タブーを犯しに行きましたね。ミスターシービーさんの三冠目を思い出すような加速…このまま走り切れるのか……」

 

『あれこれヤバくね?』

『掛かってる!?』

『でも表情はめっちゃ冷静ゾ』

『2000m地点のタイムも平均ペースってところ?』

『作戦なのか?』

『無理はしてない感じだよな』

『お、ライアンも加速した』

『ヤバって感じの顔』

『走り切れるのか…あれで…』

 

「……いや加速止まらねぇな!?残り500m地点でとうとうフラッシュが先頭になっちまったぞ!!しかも脚が衰えてねぇ!!」

 

「これ、は…すごいですね。他のウマ娘のペースに一切合わせずに、マイペースを守り切ったようです…言うは易しですが、行うは難し。強いですね…フラッシュさん…!」

 

「そして最終直線に入ったァ!!!ここまであれだけの走りを見せてなお加速ゥー!!かー!!やっぱフラッシュの最終直線は見てて気持ちいいな!!これは行くぞ!!」

 

「ライアンさんも、後ろから追いすがりますが……距離がありすぎるかもしれません。ここまで位置取りを上げていたおかげで、後続との距離も作れてる……これは強いレースですね…」

 

『うわあああああ!!』

『フラッシュがぶっ飛んでくるーーー!!』

『今日の閃光は強い!!強すぎる!!』

『もう大丈夫だろ!!勝ったろ!!!』

『最後まで加速止まらねぇ!!』

『全身全霊って顔がたまらん』

『三冠!三冠!!』

『差が縮まらねぇ!!』

『これはつええ!!』

『勝った!!』

『いったあああああああああああああああ!!!』

『あああああああああああああああ!!』

『三冠だああああああああ!!!』

『フラッシュおめでとおおおおおおおお!!!』

『フラッシュ!!フラッシュ!!!』

『新たな三冠ウマ娘が生まれたあああああああ!!!』

『強い!!ただ強い!!!』

『終わってみれば圧勝だったな』

『美しすぎる閃光…!』

『レコードには至らずか』

『菊のレコードは無理ゾ』

『セイちゃん渾身の世界レコードだからな…』

 

「ゴーーーーーーーールッッ!!エイシンフラッシュがそのままの勢いで一着だぜぇーーー!!強いっ!!一番強いウマ娘が勝つと言われる菊花賞、その名に恥じぬ強いレースだったぜぇ!!」

 

「スタミナの絶対値が違いましたね…ここに挑むまで、相当仕上げてきたと見えます。流石は立華トレーナー。フラッシュさんも途中で掛からず、しかしスタミナを余すことなく、油断せず、全てを振り絞っての一着…でしたね。いいレースでした」

 

「おー!!これでフラッシュは三冠ウマ娘だぁーー!!拍手がすげーぜ京都レース場!!」

 

「ああ…コールも始まりましたね。新しい三冠ウマ娘の誕生に、観客も祝福しています」

 

『フラッシュ!フラッシュ!』

『フラッシュ!フラッシュ!』

『いやこの世代の中で三冠はマジで胸張っていいんよ』

『フラッシュ!フラッシュ!』

『実際胸張ってる』

胸零れちゃわない?大丈夫?

『観客席に向ける誇らしい表情いいゾ~コレ』

『美しい(語彙消失)』

『すごくすごい美しい(語彙NTR)』

『フラッシュー!!最高だったぞー!!』

 

「お、猫トレ達も行ったなー。みんな泣き笑いだぜぇ!!フラッシュもそっちに向かって……おー!!日本だってのにあいつら情熱的だなー!!」

 

「…今ちょっと、フラッシュさんがふらついたように見えましたね。流石に3000mを全力疾走すれば疲れもしますか……それを支えるように立華トレーナーが彼女を抱きしめて…ああ、いい笑顔ですね」

 

『やだ美しい…』

『最高の笑顔』

『てぇてぇ…』

『流石に今日はトライフォースはなしか』

『この関係推せる~!』

『チムメン仲いいよなぁフェリスは』

『猫トレは3人の共有財産みたいな感じある』

『ホントすげぇよフラッシュ…』

『ふらついたの大丈夫かな?』

『ケガ無いといいな』

 

「一先ずかなり痛そうな様子もなさそうだし大丈夫じゃねーか?長距離走り終わったら大抵へろっへろだしなアタシら!」

 

「そこまできっちり体力を使い切れていることを褒めるべきでしょうね。…ああ、歩けてもいるようです。そのままインタビュー席へ行きましたね」

 

『「三冠おめでとうございます。お気持ちは」→閃光「嬉しい。ファルコンさんと、アイネスさんの想いを背負って走るこのレースは絶対に負けられなかった。私の全てを振り絞れたレースでした」』

『だよなぁ…』

『友の想いを抱えて走るウマ娘概念推していけぇ…』

『ホントおめでとう…』

『フラッシュの眼にも光るものがあるゾ』

『はーてぇてぇ』

 

「やっぱ、背負うもんがあると強くなるよなフラッシュは。他のウマ娘だってみんないい走りだったけど、今回はその重さに勝ったフラッシュが強かったってところか」

 

「です、ね。ウマ娘が走りに背負うものはそれぞれですが…その重さ、大きさは時に奇跡を起こすほど…ですから」

 

『「三冠、トレーナーとしては?」→猫トレ「誇らしい。彼女が求める勝利を掴めたことが何よりもうれしい。こんな若輩のトレーナーに三冠の称号を与えてくれて感謝の気持ちでいっぱいです」』

『若輩(謙遜)』

『まだトレーナー2年目なんだよなぁ…』

『なおレコード10回以上記録している模様』

『お前おかしいよ(誉め言葉)』

『ウマ娘達も強いがお前の指導はおかしい』

『そういやこないだ指導に関する論文を近日中に出すってウマッターで発表してたな猫トレ』

『超興味ある』

 

「あー、フェリスの練習ってかなり独特だからなー。特にチーム出来て最初のころはぶっちゃけ殆ど走ってなかったぜー」

 

「どういう理由で、あのような練習をしているのか…知りたい所ではありますね」

 

『「途中位置を上げていったが、あれは作戦?」→猫トレ「自分の方から事前に指示していた。今回のレースで領域にこだわると位置が悪くなり、逃げ切られたり差し切られる可能性があったので、領域にこだわらず己のペースを守り抜けと話していた。指示通りできたフラッシュえらい」』

『ほえーあの位置上げるの猫トレの作戦か』

『確かにフラッシュ領域は後方からぶっ飛んでくやつだもんな』

『領域に頼らずに勝ちきれるように積み上げてんのヤバい』

『逃げの子で強い領域を持ってる子がいたらまた勝負は分からなかったのかもな』

『おつよぉい…』

『ライアンが最後何気にフラッシュより速かったから位置取り次第で…だったか』

 

「レースが終わってからの話になるんだけどよ。もしあそこでフラッシュが位置を上げずに普段のいつもの位置をキープしてたら多分最終直線でわからなかったぜ、勝負」

 

「ですね。ライアンさんも同じタイミングで領域に入って加速をすると考えると…最終直線での勝負になっていた可能性もあります。長距離レースはスタミナの有無で、ウマ娘の位置の差が大きく出ますからね。スタミナに自信がある場合は早めに位置を上げておくことが大切です」

 

『「最後に一言」→閃光「応援してくださった皆様、ありがとうございました。今日の誇りある勝利は皆様の応援のおかげです。ライブで皆様にしっかりとお返しさせていただきますね」→猫トレ「(苦笑)しっかりとライブに送り出すので、三冠ウマ娘となったフラッシュを、これからも応援よろしくお願いします」』

『フラッシュがグッドルッキングウマ娘すぎる…』

『この笑顔を間近で見れる猫トレ許せんよなぁ…!』

『猫トレは大抵許されない』

『3人じゃ飽き足らずSSとか言う大いなる実りまで増えやがってよぉ…!』

『極大1大2小1に挟まれやがってよぉ…!』

『可愛いペットもいやがって!羨ましいぞこの野郎!』

『急に本性を現すコメント欄で芝』

『このコメントSSに見られたら死ゾ』

『羨ましいけど実績と性格と顔ですべて許されるんだよなぁ…』

 

「ん、あの顔……あー、まぁ今日はいいか。とりあえずこれでインタビューは終わりかねー。三冠ウマ娘になったから、明日から取材大変だぞー猫トレ」

 

「フェリスはまとめて取材を受けますからね、11月に入ったらまたGⅠが続きますから、この辺りで一度インタビュー会見を取るのではないでしょうか…」

 

「かもなー、まぁこれからもフェリス旋風が吹いていくだろーよ!!よっしそんじゃ放送も〆るぜ!!今日の放送は!!ゴルシちゃんとー!?」

 

「マンハッタンカフェでお送りしました」

 

「次はJBCで会おうぜお前らーっ!!まったなー!!」

 

『おつおつー』

『02』

『乙ー』

『JBC生放送してくれるんか』

『有難い…』

『今ダートめっちゃ注目度高いからな』

『なんかダートGⅠ新設されるってニュースになってたな』

『砂の隼効果よ』

『マジでフェリスは止まらねぇな…』

『アイネスねーちゃんも秋華賞負けたとはいえレコードだしな』

『GⅠ勝利数だけで言えば閃光3隼2風神2か』

『ヤバすぎる(確信)』

『ヴィイちゃんもニエル賞1着凱旋門3着と超善戦』

『ササイルコンビもGⅠそれぞれ勝ってるしレコードもあるし』

『けどライアンの史上初クラシックで宝塚制覇が下手すると一番ヤバい、歴史塗り替えてる』

『ウララちゃんだって頑張ってるだろ!いやマジで。こないだも地方2連勝してたし』

『この世代みんなおかしいよ…』

『なんか呼び名欲しい』

『黄金世代とかBNWみたいな?』

『FFFPRSIU!!』

『頭文字多すぎ問題』

『レコード突破が多いからレコードブレイカーズ世代とか』

『長くね?RB世代でええやろ』

『いやここはオニャンコポン世代で』

『フェリス要素強すぎィ!』

『何言ってんだオニャンコポンだってレースで一着取ってるんだぞ』

『トレーナーズカップは芝』

『あのレース映像は何度見返しても芝』

『世代のウマ娘みんなが強すぎなんよ』

『カオス世代!』

『混沌としとる』

『スーパーノヴァ世代とか。超新星がめっちゃ輝いてるやん?』

『黄金世代はもう使ったもんな…プラチナ世代』

『ダイヤモンド世代でもよくね?』

『世代名決めたいね』

『なんかいい案ないかねー』

『ウマッターでアンケでもしてみるか』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

99 王子、来日

 

 

 

 菊花賞を終えた翌々日。

 俺たちはチームハウス内、それぞれ飲み物を飲みながらチームでミーティングを実施していた。

 つい先ほど、記者たちに囲まれたインタビュー会を終えたところである。

 そこで、次走の発表などもすべて済ませてきた。今は勝負服からジャージに着替えてもらい、ソファでくつろいでもらっているところだ。

 

「…フラッシュの脚は2週間の安静でよくなるから、それまでは生活でも無茶しないようにな。ジャパンカップは見送って…有マ記念に備えよう。今の君なら、勝てる」

 

「はい。生活についてはスケジューリングも済んでおりますので問題ありません。有マ記念ではヴィクトールさんとの再戦ですね」

 

「ああ。彼女も海外遠征を経て、間違いなく強くなってきているだろう。グランプリだから他にもシニア級のウマ娘達が続々集まってくる。油断は一切できないな」

 

 菊花賞の後に病院でフラッシュの脚を診察してもらったところ、やはり炎症を伴う筋肉痛を発症してしまっていた。

 通常の練習でなる…ジュニア期に行っていた地固めによる練習で発生した筋肉痛とはその種類が違う。炎症が強くなり、しっかりと安静にして治さないと癖になる可能性がある。

 2週間は走る練習は一切させずに、プールを用いて炎症を抑えるようにプランを組んでいた。

 

 次走に予定していたジャパンカップについては、見送ることにした。

 これは前からも相談していた通りである。俺は基本的に、ウマ娘の脚にはできる限り負担をかけたくないのだ。

 今回の様な軽いケガならまだマシだ。骨折や、走れなくなるような怪我をしてしまうのが一番怖い。そうならないために出来る限り脚の負担を減らしたい、と言うのが本心である。

 その上で、絶対に走りたいレースがあれば、それに出走できるように脚を調整するのがトレーナーの仕事なのだ。

 フラッシュの脚は11月末近くから、有マ記念に向けて仕上げていくことになるだろう。

 

「さて…続いてだが、アイネスはフラッシュと代わるようにしてジャパンカップに出ることになった。2400mだからな、中距離レースでも長丁場だ。脚を仕上げていくぞ」

 

「はいなの!マジェプリちゃんには負けてやらない!…勝ちたいの、なんとしても」

 

 続いてアイネスだが、菊花賞の後に希望があった通り、次走はジャパンカップに決定した。

 フラッシュが出走をキャンセルしたその悔しさを持って…という理由もあるし、2400mの東京レース場というシチュエーションをアイネスが希望したのも大きい。

 今のアイネスは、まず自分が走る理由…走りたい、という気持ちを取り戻す必要がある。そして彼女に生まれたその衝動、ジャパンカップで走りたいというその気持ちを、俺は大切にすることにした。

 次に、勝ちたいという想いを持たせてやりたい。

 もう少し表現すれば、アイネス自身が持つ勝ちたいという想いを、しっかり走りに乗せられるようにしてあげたい。勝ちたいのに走りにためらいが生まれているのが今の彼女の不調の大きな要因だ。

 その、走りに躊躇いが生まれなくなるほど強い想い…それをアイネス自身が持ってほしいし、俺も彼女にとって重荷にならない範囲で、想いを伝えるつもりである。

 

 一応自分なりに、ジャパンカップに挑む彼女がより好走できるように、既に色々手を打っていたりする。

 まずは彼女のメンタルを、レースに挑むまでしっかりとケアし整える事。また当日にできることも一つ考えていた。

 今、うちのチームで一番のスランプを抱えているのは彼女だ。出来る限り寄り添ってやりたい。

 

 その旨はフラッシュとファルコンにも話を通している。二人の練習に影響が出ない範囲で、アイネスが復調するまで集中的に見たいと伝え、了承を取っている。

 SSにも色んな部分で手助けをしてもらうようお願いしている。

 フラッシュの次走がだいぶ先で、ファルコンについては油断はできないが本人のモチベーション的にも大きな心配が不要な状況であることから、まずアイネスの不調を解消するためにチームとしても頑張っていきたい。

 

 俺たちはチームだ。

 チームの誰かが困っていれば、みんなで助けあっていきたい。

 

「アイネス、いつでも、どんなことでもいい。困ったり悩んだりしたことがあればいつでも相談してくれよな。俺に言いにくければSSだっていいし、二人にだっていい。君をまず、ベストの調子でジャパンカップに送り出す。そして…勝つぞ」

 

「ありがとなの、みんな…うん、あたしも勝ちたい。あたしの走りを取り戻すんだ…!」

 

「アイネスさん、いつでも相談してくださいね。私もジャパンカップでアイネスさんが勝って、そうして有マ記念で共にまた競い合えることを望んでいます」

 

「調子が悪い時の辛さは分かるつもりだから…いつでも力になるからね☆!」

 

「デリカシーが必要な話をしたけりゃアタシに相談しなァ。タチバナはレースや指導じゃあいい事言うけど女性の機微にゃあ鈍感だからな」

 

「否定はできないけどひどくない?」

 

 SSに酷評された内容に憮然とした顔で突っ込むと、チームハウス内に笑い声が生まれた。

 ううん。しかし否定はできない。過去の世界線でもこの世界線でも、色んな人に「そういうとこだぞ」って言われてるしな。

 1000年近く生きていても女性のそういう繊細な部分は謎だらけだ。世界の神秘である。

 

「こほん。…さて、あとはファルコンが来週にJBCだな。マイル戦に挑むことになるが…出走メンバーを見ると強敵と思われるのはまずはカサマツ3人組、かな」

 

「うん☆!ウララちゃんやマーチ先輩と一緒できなかったのは残念だけど…まずは先輩たち3人だね!遠慮も容赦もするつもりはないよ…!」

 

「そうか…その意気だ。世界の隼を日本にも刻み付けてやろう」

 

 続いて、直近でレースに出走するファルコンの出走予定を確認する。

 11月の初週にあるJBC、そこでレディスクラシックに出走することになる。現時点で同じレースに出走するウマ娘の中には、ノルンエース、ルディレモーノ、ミニーザレディのカサマツ3人組の名前があった。

 それぞれマイル戦を得意とするウマ娘である。ウララは以前初咲さんが言っていた通りJBCスプリント、短距離のGⅠに出走し、フジマサマーチはJBCクラシック、中距離のGⅠに挑んでいた。

 フジマサマーチはクラシック期の地方に在籍していた時に、ジャパンダートダービーの2000mでも一着を取っている。北原先輩と彼女の執念が仕上げた中距離への適正は他の一流ウマ娘と比較しても一切遜色がない。

 そしてウララもマーチも領域に目覚めている。勝利の可能性は高い。

 彼女たちとGⅠで決着をつけるのは、12月のチャンピオンズカップになりそうだ。

 無論、そこに至る前のこのJBCで勝利を零さない様に、俺もあと2週間、ファルコンの脚をしっかりと仕上げていこう。

 

「よし。みんながそれぞれのレースで勝ちきれるように…これからも頑張っていくぞ!」

 

 はい!と元気よく3人が返事をして、チームでさらに戦意を高めていった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 さてそれじゃ今日の練習だ、と準備を始めようとしたところで、俺のタブレットに通知が飛んできた。

 LANEによるもので、たづなさんからだ。何だろう?

 

「ん……お。うお。マジか」

 

「?どうされました、トレーナーさん?」

 

 俺はその通知を読んで、思わず声を出してしまった。

 フラッシュが気にして声をかけてくれるが、俺は少々悩んでから、その内容を皆に伝える。

 

「いや、さ…なんか、今。マジェスティックプリンスがトレセンに来てるらしい。一人で」

 

「え…!?一人でですか!?」

 

「プリンスちゃんが!?」

 

「すげぇ度胸なの…殴り込みなの」

 

「あー…いや、アイツならそういうのやるわ。まっすぐにバカだからなァ…」

 

 たづなさんからの連絡は、アポなしでいきなりマジェスティックプリンスが学園にやってきてフェリスに挨拶したいと言っているという、そんな連絡だった。

 流石である。アメリカでもそんな感じはしていたが、彼女は基本的にまっすぐやりたいことをやるウマ娘のようだ。

 個人的にはそういうウマ娘は嫌いではない。いきなり来たのはびっくりしたが、まぁ、別に何かうちのチームが不都合を受けているわけではない。たづなさんの胃だけが心配だな。後でまた愚痴呑みに付き合おう。

 

「俺たちに会いたいらしいよ。大丈夫ならチームハウスまで連れていくけどどうするか、ってさ」

 

「……どうしましょうか?私は特に問題はないですが…」

 

「うー☆ファル子は前の約束反故にしちゃってるからなぁ…!いや謝る機会が出来たと思えば…?」

 

「あたしは全然オッケーなの。むしろこっちから宣戦布告なの!」

 

「アタシも構わねェぜ。アイツとの付き合い悪くなかったしな…」

 

 会いたいという話だったのでどうするかみんなに相談したが、ファルコンを除いてとりあえずOK。

 ファルコンにも改めて聞けば、あの熱戦を走った戦友でもあるし、OKとのことで、俺はたづなさんにLANEを返した。

 少し待つと、たづなさんが連れてきたのだろう、チームハウスをノックする音が響く。

 

「どうぞ。みんな揃ってますよ」

 

「失礼します。マジェスティックプリンスさんをお連れしました」

 

『ハーーーーーッハッハッハ!!久しぶりだねファルコン!!我がライバルにして友よっ!!ジャパンカップでは楽しみにしているよ!』

 

「プリンスちゃん久しぶりー!元気そうだね!ごめんね何言ってるか全然わかんないけど☆!!」

 

『…私、通訳した方がいいかしら?』

 

『適宜頼むよ。…やあマジェスティックプリンス、ようこそトレセンへ。まずはお茶でもどうだい』

 

『おや、これはご丁寧に。ケットシー、貴方へもリベンジするために遥々日本へやってきたよ!サンデーサブトレーナーもお久しぶりです!御健勝のようで!』

 

『ええ、久しぶりね。……とりあえず落ち着いてソファに座りなさい、プリンス』

 

 嵐のような元気さでチームハウスにやってきたマジェスティックプリンスに俺は苦笑を零し、来客としてソファに座らせた。

 フラッシュにコーヒーを淹れてもらうようにお願いして、俺たちはそれぞれ着座する。たづなさんは後でまた理事長室に連れてきてくださいと話して帰っていった。

 

『マジェスティックプリンスさん、砂糖とミルクはどうされますか?』

 

『両方ともお願いするよ!苦いのが駄目でね!』

 

『貴方、相変らず子供舌ね…』

 

『…さて、マジェスティックプリンス。今日はトレセン学園にようこそ。こうして来たのは、ファルコンへの宣戦布告かい?』

 

『そうだとも、ケットシー!ああ、私の最大のライバルにして目標であるスマートファルコンに、日本で借りを返すためにね!今日の調子を見ても、しっかりと備えていることは分かる!素晴らしいレースになりそうだっ!!』

 

『そっかぁ~…』

 

 どうやらマジェスティックプリンスはスマートファルコンがまだジャパンカップに出ると思っているらしい。

 そりゃそうだよな。スマートファルコンの今後のレースについて記者に発表したのはついさっきの事だ。以前からJBCに出ることは伝えていたが、その後チャンピオンズカップから東京大賞典のダート路線に出ることはまだ世間は知らない。

 すまない。俺は申し訳ないという気持ちを込めて表情を作り、その事実を伝えることにした。

 

『ごめんな、マジェスティックプリンス。うちのファルコンだけど、ジャパンカップには出ないんだよ』

 

『ハッハッハ、そうだろうとも、またあの世紀の激戦を……ってええーーーーーーっ!?出ないのかい!?ファルコン、どうしてしまったというんだ!?』

 

「ふぇ!?さ、サンデーさん!?通訳お願いしまぁす!!」

 

「おォ任せろ…」『…プリンス。スマートファルコンは日本のダートの地位を上げるという大いなる目標があって、今はそれに集中しているのよ。だから今年はジャパンカップは諦めたの。貴方とはいつか必ずどこかの砂の上で決着をつけたいと思ってる……って言ってるわ』

 

『うんうん』

 

 俺はSSの素晴らしい意訳に頷いて同意を示した。

 嘘は言ってないはずだ。ファルコンは日本のGⅠをすべて制覇するのが夢で、その中でダートへの注目度を上げたいという想いもあるし、実際それで世間が、URAが現在ダートの待遇改善に動き出している。

 広義的に見れば嘘ではない。OK。頼むからこれで納得してくれマジェプリ君。

 

『おお…!ファルコン、君はレースの勝利と言う目の前のそれよりも、より大きな夢を持って走っているというのか!!なんと高潔な精神…!!』

 

「う、うんうん☆イエスイエス☆」

 

『そうだな。君と走れないことは心から寂しがっているよ…またいつか、競い合える日が来るのを楽しみにしてるって言ってる』

 

『そうね。来年、またどこかの日本のダートにいらっしゃい。そこで決着をつけようって言ってるわ』

 

「なんだか私が言ってないことまで意訳されてないかなぁ!?」

 

『そうか…ならば、またいつか同じゲートに入れるその日を楽しみにしていよう!!だがそうなると、ジャパンカップは私の独走になってしまうのが寂しいがね!ハッハッハ!!』

 

『…どうかな?日本には、隼の他にも強いウマ娘がいるんだぜ?』

 

 一先ずファルコンのジャパンカップ未出走の件についてはマジェスティックプリンスを何とか納得させることに成功した。

 しかしその後に自意識高めの彼女が続けた言葉には、俺も言葉を返しておいた。

 

『シニア級にも優駿たちが集っているし…うちのチームからは、アイネスフウジンが出る。彼女も逃げを得意とするウマ娘だ。俺が仕上げる彼女が、君に挑むよ』

 

『…ほう?では、ケットシーへのリベンジの機会は残されているということだね。…そちらの方かな?』

 

『ん。…アイネスフウジンはあたし。当日は、絶対に負けない。負けたく、ない。よろしくね、マジェスティックプリンス』

 

『ふむ。ああ、こちらこそよろしくお願いするよ!チームフェリスのウマ娘だ。ケットシーの、そしてサンデーサブトレーナーの教えを受けるウマ娘に対して、私はもう二度と油断はしない!全霊をもって叩き潰してあげようとも!!』

 

 アイネスが俺の言葉に続いて、拙い英語で宣戦布告をし、それを正面から受け止めてマジェスティックプリンスがハーッハッハ!と高笑いをして返した。

 その態度は相変らずと言った高飛車な雰囲気だが、しかしベルモントステークスの時に見えていた若さと言うか、甘さが消えている様だ。あの敗北を経て、彼女もまた成長したといったところか。

 彼女の脚も、明らかにベルモントステークスの時よりも仕上がっている。領域無しでも好走を見せることがうかがえるその脚。

 強敵だ。掛け値なしに。

 

『ああ、あとは当日にとっておこうか。…しかし、君がこんなに早く来日するとは意外だったな。脚を芝に合わせる時間が必要だったのかな?』

 

『おやおや、ケットシーの戦術には乗らないよ?私も迂闊に自分の戦略を口にするほど愚かではないさ!サブトレーナーにも話さないように言われているしね!』

 

『ん…?プリンス、もしかして、貴方…サブトレーナーと一緒に来日してる…?』

 

『そうですよ、サンデーサブトレーナー。チームトレーナーはアメリカに残っていて、私の来日には今の新しいサブトレーナーがついてきてくれています。……あれ?本人から聞いていませんでしたか?』

 

『…聞いてないわよ…!!アイツ、クソっ、ちゃんと教え子の手綱は掴んでおきなさいよ…!』

 

 そうして話は色々と膨らみ、マジェスティックプリンスの来日についてになった。

 流石にここで彼女の走りについての情報は引き出せなかったが、しかし一つ情報を得た。彼女はチームトレーナーと共に来日したのではなく、付き添いはサブトレーナーのようだ。

 しかしその話になったところでSSの眼が曇った。どうした急に。

 

『SS?何か、心当たりが────────』

 

『────────すみません!!ここにうちのバカが来ていると聞いてっ!!!』

 

 しかしそれを聞き出す前に、その原因、彼女のチームの今のサブトレーナーがたづなさんに連れられてやってきた。

 ああ、彼女は以前見たことがある。ファン感謝祭で出会った顔だ。あの時日本に来ていたのは、宿泊先などの下見も兼ねていたのだろう。

 イージーゴア。

 アメリカGⅠ9冠のウマ娘で、今はアメリカでトレーナー業をしている彼女が、マジェスティックプリンスを迎えにやってきた。

 

『……ゴア!トレーナーなら自分の教え子ちゃんと見ておきなさいよ!』

 

『ごめんねサンデー!この子ホントに勝手に一人で動くから…こら!プリンス!!せめてどこかに行く前に私に一言伝えてから行きなさい!!探したのよ!?』

 

『ハーーーっハッハッハ!申し訳ありませんゴアサブトレーナー!しかし、ファルコンに会いに行けると思うと脚が勝手に動いてしまっ───ン゛ミ゛ッ゛!!??』

 

 全くもって反省の色が見えないマジェスティックプリンスの頭に、イージーゴアの鉄拳が突き刺さった。

 イージーゴアの身長は190cm超え。アメリカンなビッグサイズのウマ娘である。

 その巨力、いかなるウマ娘も拒めない。

 ゲンコツ(神槌)を受けてマジェスティックプリンスが昇天した。

 すごい音でしたね。レースに影響がないといいのですが。

 

『はぁっ……ごめんなさいね、ケットシー。ウチのウマ娘が迷惑をかけたわ』

 

『いや、気にしてないよ。ファルコンという戦友に会いに来てくれたんだ、可愛らしいもんさ。こちらから宣戦布告もできたしね』

 

『そう言ってもらえると助かるわ。今日は騒がしくしてごめんなさいね、みんな。お邪魔しました』

 

 ひょいっと気絶したマジェスティックプリンスを肩に抱えて、イージーゴアが頭を下げる。

 気にしないでよい、と伝えて、苦笑と共に彼女らを見送ろうとしたところで、SSが口を開く。

 

『…ゴア。あんた、この近くにホテル取ってるの?』

 

『ん、ええ。東京レース場からも近いからね。練習場は芝のある公共の所をしばらくレンタルして、そこで芝の走りを仕上げるつもりよ』

 

『そう。………夜に暇だったら一回くらいは食事に付き合ってあげる。連絡ちょうだい』

 

『……!!そうね、サンデーから誘われるなんて嬉しいわ!連絡するからね!!』

 

 急にてぇてぇが来るやん。

 SSとしても、イージーゴアは特別なウマ娘なのだろう。

 現役時代も、トレーナーになった今も、SSにとってイージーゴアは最大のライバルであるとともに戦友でもある。

 そうした深い仲になれる友を持てることは尊いものだ。

 永遠の時を揺蕩う側の俺が、絶対に手に入れられない物。

 これからも二人には末永く仲良くあってほしいものだ。

 

 そうして騒がしかった小台風が去り、チームハウス内に静寂が戻った。

 

「…………うん。すごかったな、色々」

 

「元気でしたね、マジェスティックプリンスさん。相変らず、強敵になりそうです」

 

「うー☆ファル子、トレーナーさんたちが何て言ったのかのほうが気になるぅ…!」

 

「…直に会えてよかったの。勝ちたいって気持ちがさらに増したから…よーし、ファル子ちゃんに続いてあたしもやってやるの!!」

 

「その意気だぜアイネス。元教え子ではあるが…ゴアも来てるんじゃアタシも容赦しねェ。絶対に勝つぞ」

 

 しかし、彼女の誤解と言うかファルコンの出走についても納得させられたし、アイネスもさらに戦意を増すことが出来て、こちらにも得るものがあった。

 負けない。

 ジャパンカップで勝つのは、チームフェリスの風神だ。

 そうなれるように、さらに練習に気合を込めていこうと改めて俺も己に誓うのだった。

 







なおJBCですが、半ナレ死です。すまんやで。
ダート組の本番はチャンピオンズカップになります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

100 ブレイクスルー

 

 

 

『強い!!やはり強いぞスマートファルコン!!この雨の中、不良バ場を物ともせず先頭をただひたすらに駆け抜けるっ!!これが世界の隼だ!!』

 

 JBC当日、そのGⅠ初戦であるJBCレディクラシック、そこを走る我が愛バ、スマートファルコン。

 その走りを見て……俺は、感動と共に、一種の畏怖を感じ始めていた。

 

 簡潔に、一言で表そう。

 ()()()()()()()()

 

「…ここまで走れるようになってたのか…ファルコン…!!」

 

 SSの現役時代のレースを見たときの様な、それ。

 …いや、言いにくい事だが脚の形というハンデのある彼女と比べれば、スマートファルコンは走るウマ娘だ。

 当然、俺がこの日の為に仕上げた脚は、この雨の中でも一着で駆け抜けてくれるだろう、と信じていた。

 先程控室でオニャンコポンを吸って、俺の心音を聞きながら頭を撫でてもやり、絶好調でレースに送り出していた。

 

 しかし。

 俺の想像を超えて、砂の隼が荒ぶっている。

 

『1800mのレースも残すところあと400m!最終直線を残すのみっ!!ここで先頭のスマートファルコンが直線に入る!!後ろからはノルンエースが来ているぞ!だが差が広い!!これは決まったか!?』

 

 いつもの如く好スタートを切ったスマートファルコンは、大逃げとは表現できず、しかしただの逃げにしては大きすぎるほどの、自分なりの加速を持って、まずスタート地点で先頭をキープした。

 この時点で競る事ができるウマ娘はいなかった。彼女のスタートはアメリカ遠征で更に磨きがかかっていた。

 

 そしてその後の最初のコーナーに入ったところで、SSの教えの通り速度を落とさず曲がり抜ける。

 体幹を十分に鍛え上げたこともあり、その曲がりはブレがなく、スタミナの消耗を抑える走りにもなっていた。

 ダートは芝に比べれば踏み込む力が必要になり、コーナーも当然スピードが乗らなくなる…が、彼女の豪脚にその常識は通用しなかった。

 

 そうして中盤、1000m地点に差し掛かったところで彼女は領域(ゾーン)に突入。

 ただ砂を駆ける、その心象風景は砂塵の王たる隼の猛りを感じさせるもの。

 さらに加速して後続との距離を放す。

 

 そうして最終コーナーに入っていき、再度SSのコーナリングで後続に差を詰めさせないままに、セイウンスカイから学んだ加速も重ねて最終直線に向かっていた。

 

『速い、速いっ!!これが不良バ場の走りか!?これが世界の走りなのかっ!!スマートファルコンが独走だ!!後ろからノルンエースとミニーザレディが上がってくるが届かないっ!!今っ!!スマートファルコンが一着でゴーーーーーーーーーーーールッッ!!!』

 

 最終直線、ここでファルコンは速度をさらに上げるという選択肢を取らず、冷静に速度をキープして、そのまま後続との距離を詰めさせずに一着を取った。

 余りにも冷静だ。完璧と言っていい。

 最終直線でさらに加速という手段もとることはできただろうが、しかし今日は雨が降っており、不良バ場である。

 ラストの直線でデッドヒートを繰り広げる可能性もあるため、レース前にあえてその話はしなかったが、最終直線ではできれば無理をしてほしくなかった。

 

 一般的に最終直線は、どのウマ娘も思い切り加速し、脚に力を籠める。

 必然、()()()()()()()()

 今日のレディスクラシックは第8レースで、これまでも7回レースが開催されており、その最終直線のバ場は荒れていた。

 そのため全力で走った際に足が滑る可能性も考慮し、無理のない速度に抑えてそのまま走り切ったのだ。素晴らしい判断だと言わざるを得ない。

 

 そして、そんな彼女のゴールタイムはレースレコードに迫るもの。

 雨の、不良バ場であるこのコースで、最終直線を流したうえで、レコードまでコンマ5秒であった。

 無論、レース途中で後続のノルンエースら、牽制を得意とするウマ娘達からの圧や牽制を受けてなお、だ。

 

 隙が無い。

 スタート、序盤、コーナー、中盤、最終コーナー、そして最終直線。

 すべてが連なるように、どこでも強い。

 …俺が彼女に、逃げウマ娘に求める走りの完成系に、極限まで近づいていた。

 まだクラシック期だというのに、である。

 

「…とんでもない、レースでしたね…絶対、その二文字が頭によぎりました」

 

「強くなってるの…ファルコンちゃん、砂の上じゃあ無敵なの」

 

「あー………脚が疼くゥー………はー………あれと()りてェー………」

 

 チームメンバーも、ファルコンのその圧倒的な勝利に、祝福の気持ちの傍ら、畏怖を感じているようだった。

 いや、SSだけは武者震いか。彼女も現役時代はダートをメインに走ったウマ娘だ。疼くよな。

 

「…よし、みんな。素晴らしい走りを見せてくれたファルコンを祝いに行こう。フラッシュはバッグを、アイネスはタオル頼む」

 

「っと、そうですね!ファルコンさんの日本のダートGⅠの初勝利なのですから!」

 

「うん、流石なの!!行こ行こ!雨の中だし、よく拭いてあげないとね!」

 

「おー、ライブで見栄えよくなるようにしっかり泥落としてやろうぜェ」

 

 そうして俺たちは、勝利後に観客席に手を振るファルコンを祝福に向かった。

 

 

 なお、このレースでは2着であったノルンエースだが、こちらも地味にすさまじい時計でレースを駆け抜けている。

 ファルコンには敵わなかったが、しかし純粋にタイムが雨の降る不良バ場のそれではない。ルディやミニーも続いてよい走りだった。北原先輩も、悔しさを顔ににじませながら、走りをよく褒めていた。

 

 これには理由がある。

 不良バ場…特に、今回の様に雨まで降ったダートで、路面が荒れている場合、地方出身のウマ娘にとっては好条件となる。

 少しばかり際どい話になるが…荒れたダートのバ場というものは、地方を走るウマ娘にとっては走り慣れた物なのだ。

 何故なら、彼女たちが地方で走るレース場と言うものは、中央のそれと比べてバ場が荒れていることが多い。整備にまで手が回っていないのが現状だ。

 怪我の危険性も高まるので、その辺はURAがしっかり頑張ってほしいと心底思っているが、しかし事実として彼女たち地方出身のウマ娘は荒れたダートに強かった。

 

 

 

 つまりだ。

 この後に残る2つのGⅠレースについても、俺は勝者を予想できていた。

 

 

 

『─────来た来た来た来たーーー!!残り400m、最後方から!!ハルウララが一生懸命上がってくるぞ!!JBCスプリント!!短距離でも負けないと!!私も世代のウマ娘だと叫ぶようにぶっ飛んできた!!先頭まであと少し!!行けるのかハルウララ!先頭が譲らないか!!いやッ!!ここで更にハルウララが加速!!これは行った!!ブッ差したッッ!!今ゴーーーーーールッッ!!!ハルウララだ、ハルウララだッ!!頑張ったハルウララ!!クラシック世代のダートはスマートファルコンだけではないっ!!泥にまみれたその晴れ着が輝いているっ!笑顔で勝ち取ったダートスプリント王者の冠!!ハルウララが一着ですッ!!』

 

 

 

『─────ここまで冷静にレースを観察していたフジマサマーチが来た!!先頭のウマ娘に追いつくぞ!!シニアの意地!!ダートで若造にデカい顔はさせないと!!凄い形相で加速するッッ!!これは新旧ジャパンダートダービー覇者の共演だ!!強いッ!!突き抜けた!!最終レース、荒れたバ場など何のその!!やはり強かった『砂の麗人』!!これがカサマツの底力だッ!!今!!後続を突き放してゴーーーーーーーーーーーールッッ!!主役をクラシックウマ娘には渡さない!!砂には私がいるんだと!!砂の麗人がいるのだと!!そんな嘶きが聞こえるような素晴らしい走りでしたっ!!JBCクラシックを一着で駆け抜けたのは、フジマサマーチだーーーーッ!!!』

 

 

 

 ハルウララと、フジマサマーチ。

 共に地方出身のこの二人が、残る二つの冠を見事に射貫いていった。

 

 それぞれ、可能性を、成長を感じる走り。

 チャンピオンズカップで、彼女たちがスマートファルコンと鎬を削ることになるだろう。

 

 

────────────────

────────────────

 

 そうしてJBCのGⅠを勝ち取り、次にチームが挑むGⅠ…ジャパンカップを来週に控えた、練習日。

 今日の練習は併走となっており、特にアイネスが己の脚をレースに仕上げるために、熱を入れて練習に取り組んでいた。

 

「その角度だ!それを意識して曲がれェ!絶対頭を上げるんじゃねェぞ、すっころぶからな!!」

 

「はいなの!!……だああああああああっっ!!」

 

 SSも以前に増して指導に熱を入れて、彼女の走りを仕上げるために併走を繰り返していた。

 先日のマジェスティックプリンスの襲来の件で、彼女の後ろにライバルであるイージーゴアがいることが分かり、絶対に負けないと熱意を燃やしているのだろう。

 有難い事である。俺の眼から見ても、彼女のコーナーでの走りは芸術品だ。

 スマートファルコンもエイシンフラッシュも、そのコーナーの技術が馴染んできていた。この走りが完璧になれば、うちのチームは今後すべてのコーナーで上位に立てるだろう。

 アイネスフウジンも、たとえ領域に入れなくても一着が取れるようにと、己の走りを更に磨き上げていた。

 

「いいペースです!そのまま、残り300m!」

 

「いけー!アイネスさーん!!」

 

 ゴールまでフラッシュとファルコンが時計を構えて走る二人を見守る。

 フラッシュとファルコンは今日まで走る練習をさせていない。疲労の、怪我の回復に努めている。

 二人ともほぼほぼよくなっているので、走らせるのは来週からだ。

 フラッシュは痛みが長引かないか懸念もあったが順調に回復しており、ファルコンは前にも感じた通り、その脚の治りが異様に速いため、二人の脚については懸念はなかった。

 

「…よし、お疲れ!いい時計だったぞアイネス!SSもお疲れ様、1000m地点からの合流とはいえ、いっぱい走ってくれて有難うな」

 

「……っぜー、ぜー!!領域はもう、一旦忘れちゃうの!練習でも出ないし…純粋にあたしの走りでジャパンカップで勝ってやる!」

 

「その意気だぜ……っふー。マジで、領域抜きならお前の走りはピカ一なんだから、そこは自信持っていけよ」

 

 タオルで汗を拭きながら、先ほどのアイネスの走りをSSが講評する。

 俺も同意見だ。アイネスの走り……それ自体は、素晴らしい仕上がりになっている。

 

 そもそも、アイネスは日本ダービーの後も、練習に真剣に取り組み、アプリで管理する成長曲線でも伸び悩む気配は見せていない。

 言ってしまうと、領域無しでチームの3人がよーいドンで走ったとすれば、恐らく最も勝つ確率が高いのがアイネスだ。

 素の力は、相当に仕上がっている。

 先日の秋華賞で領域抜きでレコードを取ったのがその証拠だ。秋華賞くらいのレースになれば、過去のウマ娘も領域を使ったうえで記録を出しているが、それを素の実力で超えることが出来る脚をアイネスは持っている。

 

 だからこそ、問題はレース中の走りに限定される。

 練習で出せている彼女の実力が、レースで発揮しきれていないような、それ。

 スランプ、その表現が一番合っている。実力を余す事なく発揮できれば、領域抜きでも勝ちきれる力をつけてやれているとは思うのだが、しかし秋華賞ではそうはならなかった。

 それを何とかするために…まず、彼女が己の走りに改めて自信を取り戻す必要がある、と俺は考えていた。

 

「…アイネス。ジャパンカップに出走するウマ娘は先日発表があった通りだ。マジェスティックプリンスに加えて、間違いなく強敵になるだろうウマ娘が…二人いる」

 

「うん、わかってるの。……()()()()ちゃんと、()()()()()()ちゃんね」

 

「ああ。…スピカの二人だ。あの沖野先輩が仕上げて…そして、天皇賞秋であれほどの激戦を見せた、シニアの二人が来る」

 

 俺はアイネスに改めてジャパンカップで注意するべきウマ娘について話した。

 先日出走ウマ娘が決定し、マジェスティックプリンスのほか、スピカからウオッカとダイワスカーレットが参戦してきた。

 その二人は先日の天皇賞秋で大激戦を繰り広げ、コースレコードを更新し、5cm差でウオッカが勝負を制した。劇的な決着に、日本中が驚喜した。

 そんな二人が、来る。

 

 なお、菊花賞を走った後のメジロライアンはグランプリ連覇を目指し有マ記念一本に集中するとのことで、11月のレースには出走しない。

 サクラノササヤキはエリザベス女王杯に挑んだが、メジロドーベルに差し切られて惜しくも3着。

 マイルイルネルはマイルCSに挑んだが、こちらもダイタクヘリオスに逃げ切られての2着だった。

 ササヤキとイルネルは有マ記念には出走せず、脚を休めて1月からの重賞に挑むという噂だ。

 

 俺は息を整えたアイネスに近づいて、改めて俺の想いを伝える

 

「アイネス。…君は、ウオッカにもスカーレットにも、マジェスティックプリンスにも負けてない。練習通りの走りが出来れば、勝ちきれる。嘘じゃないぜ?俺はウマ娘に嘘はつかないのが信条だからな」

 

「アタシも保証するぜ。プリンスの脚を4か月見たアタシが言うんだから間違いねェ」

 

「……うん。自信を持って挑んでやるの…!」

 

「ああ。…俺は、君に勝ってほしい。トレーナーと言うよりは、俺一個人として…選抜レースのあの時、君が言った強い想いが嘘じゃないって、信じてる。だから、頑張ろう。頑張って、勝とう」

 

「……はいなの!!」

 

 熱が、戻ってきている。

 アイネスの瞳には、これまでの練習で積み上げた己の脚への信頼が、勝ちたいという熱が、燃え上がっていた。

 調子は好調に向いている。

 

 ────────あとは、その想いを、レースにぶつけるだけだ。

 

 

 ジャパンカップが、来る。







100話なので活動報告上げてます。
今後の更新頻度についてなども書いてるところさんです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

101 ジャパンカップ

 

 

 ジャパンカップ当日。

 俺は、()()()()をレース場でお迎えするために、来賓受付の前で待っていた。

 既にアイネスと他のチームメンバーは控室に入っている。レースまであと1時間と言ったところだ。

 

「…公園とか博物館とかも見てくるって言ってたけどな…予定時間まであと10分…迷ってないかな?」

 

 東京レース場は広く、敷地内に様々な施設がある。

 家族連れでも楽しめるように配慮がなされており、そうして俺が本日お誘いしたご家族の皆様も、お昼を取ってから子供たちの為に少し観光をしていきたい、という話を受けていた。

 何よりである。人込みもあるので、迷子になっていたり…あと、奥方が体調を崩されてなどいなければいいが。

 

 オニャンコポンを肩に乗せながら、道行く人々の流れを眺めてその人たちを待つ。

 前を通り過ぎていく人が俺の肩に乗ったオニャンコポンを見て、何やらびっくりした顔をしてから遠目にスマホで俺たちを撮影していくのだが、それはもう慣れた。

 俺も色んな出来事がありすぎて、世間にそれなりに顔が売れてしまっている。有名税と言う奴だろう。

 子供のウマ娘などが写真を撮るときには、サービスでアイネス直伝のスマイルを向けてみたりした。結構喜んでくれていたので今後も子ウマ娘にあったらこれをやってやるか。*1

 

 そうして、約束の時間になったころ。

 

「あ、義兄いちゃんだー!!!」

 

「義兄いちゃーん!!ひさしぶりー!!!」

 

「ん、おー!スーちゃんルーちゃん、久しぶり!」

 

 俺は、ご両親と片手を繋いで、もう片手をぶんぶんと振りながらこっちに向かってくる、スーちゃんとルーちゃんの声を聴いて、そちらに顔を向けた。

 

 アイネスの、ご両親と、双子の妹。

 彼らを、今日のレースの観戦に招待していた。

 

「立華さん、お久しぶり。今日は招待してくれてありがとう。娘のレースを生で見るのは、恥ずかしながら今日が初めてでね…楽しみにしてたよ」

 

「本当に、何から何までお世話になります。交通費や観戦席の費用も出していただいたと聞きまして…」

 

「ご無沙汰しております。むしろ、今日は自分の方が助けていただくようですから…。…お母様はお体のほう、大丈夫でしょうか?今日は人も多くて大変でしょう」

 

「いえ、今日は調子がいいのです。娘が頑張るんだもの、私も負けていられないわ」

 

 そうして妹たちとご両親と、それぞれに挨拶を交わす。

 この人込みだ、アイネスのお母様の体調が心配だったが…ウマ娘である彼女の調子を耳や尻尾から判断しても、顔色もよく、その言葉は嘘ではないことが察された。

 お母様の体の事もあるので、ご両親のお二人にはS指定席を準備させていただいている。そちらで遠目から観戦されるとのことだ。ゴール前の騒ぎなど浴びてしまっては大変だろうしな。

 そしてご両親とご相談したときに、双子たちは俺に監督を任せていただけることになっている。スーちゃんとルーちゃんにはゴール前の最前列で、アイネスを応援してもらうつもりだ。

 

 …アイネスの不調。

 それは、メンタル面に大きな原因がある。

 レースに勝ちたいという想いが、脚に乗らないそのスランプに、どう解決策を見出すべきか。

 俺は悩みに悩んで、そうして出した答え……何よりも、彼女を心から応援する声が必要だと判断した。

 そのため、ご家族をお招きしたのだ。

 今日、この後控室まで案内し、レース前のアイネスに激励をしてもらうつもりだ。

 

 なお、この事をアイネスが知ったのは昨日だ。

 前日まで家事代行をしている彼女に、タブレットでご両親とやり取りしていた俺の画面がちらりと見えてしまってバレた。

 本当は当日のサプライズにするつもりだった。事前に家族も呼ぶよ、と話しても断るだろうと考えたからだ。

 彼女の遠慮しがちなお姉ちゃん気質が…特に、お母様が来られるとすれば、その体への負担も考えてしまうだろう。

 だが、俺も同じことは考えていた。

 アイネスが精神的なスランプから脱するため、応援をお願いして…しかし、お母様がお体難しそうならお子さんの二人だけでも、とお願いしたところ、家族全員で必ず応援に行く、と強く希望を頂いたのだ。

 特に、お母様の想いが強かった。

 子を想う母の強さは、どんな障壁も乗り越えるものなのだろう。俺はその想いを尊重し、そうして家族4名分の交通費とチケットを準備した。

 アイネスがそのことを知った昨日、黙っていたことを軽く尻尾ではたかれて怒られたが…しかし、もうほぼ予定も決め切ってしまっていたところで、彼女自身も家族が見に来るなら負けられない、とさらに強い想いを抱いていた。

 

 後は、これからレースに臨むアイネスに、俺たちが想いを託し、送り出してやる事だけだ。

 

「では、アイネスのいる控室に案内します。大一番に挑む彼女を、心から応援してあげてください」

 

 俺はご両親から手を離して俺の両腕を掴むスーちゃんとルーちゃんを連れながら、ご両親と共に控室へ向かった。

 

────────────────

────────────────

 

「あ…!お父さん、お母さん!スーちゃん、ルーちゃんも!」

 

「わー!!おねえちゃーん!!」

 

「今日は、頑張ってね!!」

 

「やあ、アイネス…元気そうだね、何よりだ」

 

「…ふふ、今日は気分がいいのよ。そんなに心配そうな目をしなくても大丈夫だから」

 

 控室に入った途端、俺の腕から双子が離れてアイネスに飛びついていった。

 勝負服の彼女が珍しいのだろう。生で見るのはスーちゃんルーちゃんも初めてかもしれないな。

 俺はご両親も控室に入ってきてもらうようにして、そうしてSSに目配せする。

 SSはそれに頷き、フラッシュとファルコンを連れて控室を出ていった。事前に話をしており、家族を連れてきたら家族の時間の邪魔にならないよう、先にゴール前の観戦位置を確保しておいてもらうようお願いしていたのだ。

 

「では、アイネスさん…頑張ってくださいね!」

 

「一番に走ってくるのが、アイネスさんだって信じてるから!!」

 

「今日まで積み上げてきたモンを信じろ。お前は強い。…頑張れよ」

 

「うん!有難う、3人とも!」

 

 ぱたり、と扉が閉められ…そうして控室の中にいるのは、アイネスの家族と、俺と、オニャンコポンだけになった。

 すると、オニャンコポンが自然と俺の肩を降りて、アイネスの胸元に飛び込んでいった。

 賢いやつである。GⅠレースの前にオニャンコポンが己の身を自ら捧げてくれていた。

 家族の前だが、遠慮せずアイネスがオニャンコポンに顔を埋める。

 

「…立華さん。これは、ええと?」

 

「ああ…ウチのチームの恒例なんです。GⅠに挑む前は、みんなオニャンコポン吸いをして気持ちを落ち着けるんですよ」

 

「まぁ…ふふ、楽しそうですね、フェリスの皆さまは」

 

「わー、いいなー!」

 

「私達もやってみたーい!」

 

「んー?二人も吸うー?」

 

 アイネスがオニャンコポンから顔を上げてほいっと妹たちにオニャンコポンを差し出す。

 えっマジ?って顔で双子の手に収まったオニャンコポンがダブル猫吸いを食らっていた。うん。頑張れオニャンコポン。

 

「アイネス…父さんは、お前がGⅠレースを走るのを生で見るのは、今日が初めてだ。すごくドキドキしてるよ」

 

「うん、父さん…」

 

「…勝て、なんて無責任なことは言えない。けどな、お父さんは…お前が、こんな大きなレースで走れることを誇りに思う。後悔だけは、しない様にな。母さんと一緒に見守ってる…頑張れ」

 

「…うん!」

 

 アイネスの前に片膝をつき、お父様が真正面から瞳を見据えて応援の言葉をかけた。

 その言葉は、どこまでも優しい響きを感じさせる。

 父親とは、こういうものなのだろう。己の娘を想うときに、どこまでも優しくなるものなのだ。

 

「アイネス…」

 

「母さん…」

 

「…貴方は、私達の宝物で、誇りなの。そんな貴方が、こんなすごいレースに出て…走ってくれているだけで、本当にお母さんは嬉しいわ。無理しないでほしい…とも思っているのは否定できないけれど。…でもね」

 

「うん」

 

「…私も、お父さんと同じ気持ち。何より、このレースを走る貴方が、絶対に後悔しない様に。全力で走ってきなさい。悔いを残さないようにね」

 

「…っ、うん!!」

 

 次に、お母様がアイネスに言葉をかける。

 ウマ娘でもあり、そして母親でもある彼女は…やはり、レースを走るという行為に対してまた思う所があるのだろう。

 そして無理をしてほしくないという想いも当然、ある。それは、親が子に対して絶対に持つものだ。

 俺も否定するつもりは欠片もない。俺だって無理はしてほしくないしな。無事に走り抜けるのが一番だ。

 

 でも、お母様も、お父様も。

 アイネスが、後悔しない様に、自分が納得できるように…全力で、走って来いと。

 勝ち負けよりも、納得が己の中に生まれる走りを。

 ああ…何よりも、その言葉をアイネスに聞かせてやりたかった。

 

「おねーちゃん!!スーはね、おねーちゃんに勝ってほしい!!」

 

「ルーも!!おねーちゃん、絶対に勝ってね!!」

 

「スーちゃん、ルーちゃん……うん!!あたし、頑張るからね!!」

 

 そうして双子の妹から、無邪気に、何の裏も表もない、ただシンプルに、勝ってほしいという願いを。

 何よりも大切な姉が、勝つ姿を見たいと。

 そのまっすぐすぎる想いが、アイネスの熱意をさらに高めていく。

 

 想いを受け取ることで、ウマ娘は強くなる。

 

「アイネス」

 

「トレーナー…」

 

「……俺はね。君にあの日出会えたのは、運命だと思ってる。偶然が重なって、君と会って…そうして、君の想いを聞いた。俺も、想いを伝えた」

 

「っ……」

 

「あの日の君が言った言葉を、俺はいつまでも信じている。……勝とう、アイネス。俺たちが積み上げた軌跡を、観客に、日本に…世界に、見せてやろう」

 

「…うん。………ねぇ、トレーナー………今日は、()()()()?」

 

「ん。……ああ、いいよ」

 

 俺も彼女に想いを伝え…彼女も、それを受け止めてくれて。

 そして、レース前の、おねだりが来た。今日はグルーミングではなく、そちらを希望するらしい。

 家族の皆様が見ているが、特に恥ずかしい事をするわけでもない。俺は遠慮なくアイネスに一歩近づいて、そうして腕を広げて、彼女を胸元に誘う。

 そこに、ぽん、と顔を寄せ…耳をぴとり、と俺の心臓に合わせてきた。

 俺の心臓の音を、聞かせる。

 

「………なんと…ふむ……」

 

「…あら……これは、思ったより早いかも…?」

 

「わー……わぁぁー……」

 

「はー……お姉ちゃん、いいな……」

 

 小声でご家族の皆様が息を呑むような気配を見せたが、この儀式だけは許してほしい。

 彼女が、好走を見せるために必要なことなのだ。

 アイネスも俺の心臓の音を聞いて、顔を上げると、そこには目が潤み頬を紅潮させた、いつかの家事代行の時のようなそれが随分と蕩けて穏やかな熱を持った表情を作っていた。

 

 よし。今日は走れる。

 

「……じゃあ、アイネス。もうすぐ時間だ……行こうか」

 

「…うん!あたし、今、絶好調!絶対勝ってやるからね!!」

 

「おねーちゃん、頑張ってね!!」

 

「いっぱい応援するからね!!」

 

「私たちは指定席から見ているよ。…頑張れ、アイネス」

 

「貴方が成長した姿を見せてね。無事に走り抜けるのよ」

 

「はいなの!!ありがとうね、みんな!!」

 

 俺はアイネスの手を引いて、彼女が控室を出てレース場へ向かう背をみんなで見送る。

 その後、双子の監督を任せてもらって、ご両親を指定席までお送りして、いつもの観戦スポット、ゴール前に行きSS達と合流する。

 

 ……俺がレース前にできることは、すべてやった。

 あとは全力で応援するのみ。

 彼女が、スランプを越えて、全身全霊で走り抜けられるように、祈るのみだ。

 

────────────────

────────────────

 

「…………」

 

 ゲート前。

 アイネスフウジンは、青空を見上げながら、レース場にそよぐ秋風を身に受けて、今日のレースへの想いを反復していた。

 

 フラッシュちゃんが応援してくれている。

 ファルコンちゃんが応援してくれている。

 サンデーチーフが応援してくれている。

 

 スーちゃんとルーちゃんが応援してくれている。

 父さんと母さんが応援してくれている。

 

 トレーナーが、応援してくれている。

 

 みんなが、自分の事を信じて、応援してくれている。

 その想いが、かけられた言葉が……これから走るレースへの悩みを吹き飛ばした。

 そんなくだらない悩みは、この秋風に流してしまえ。

 

 今はただ、みんなと積み上げたこの体を。

 トレーナーと磨き上げたこの脚を信じて。

 全力で、走り抜くだけだ。

 

「…アイネス先輩。ようやく、一緒に走れる時が来ましたね!」

 

「手加減しないっすよ先輩!府中は俺の得意なレース場っすからね!!」

 

「…ん。スカーレットちゃん、ウオッカちゃん…うん、今日はよろしく!!あたし、絶対に勝つからね!!」

 

 そこに、チームスピカのウマ娘…学園的には後輩だが、レースでは1年先輩の、シニアを走る二人が声をかけてきた。

 シニア級の世代を代表する二人。これまでのいくつものGⅠレースで輝き続けていた、凄まじい強さを持つウマ娘だ。

 以前からチーム間を越えて付き合いはあり、アイネスにとっても可愛い後輩である二人だが…しかし、今日は鎬を削りあうライバルだ。

 絶対に負けない。

 強い想いが、お互いの瞳に現れていた。

 

 だが、そんな時に。

 もう一人、今日のレースの主役が現れる。

 アメリカから遥々遠征してきた、かつてスマートファルコンと鎬を削りあった彼女。

 マジェスティックプリンスが、いつもの高笑いと共に、宣戦布告に混ざってきた。

 

『…ハーッハッハッハ!!アイネスフウジン、そしてダイワスカーレット君とウオッカ君!!この私を忘れてもらっては困るな!!』

 

「…え、英語…!」

 

「せ、先輩!何とか言い返してやれませんか!?」

 

「あはは……」『…こほん。マジェプリちゃん。私も、この子たちも、絶対に、貴方には負けない、って。芝の上では……日本では、誰にも一着を、譲るつもりは、ないから』

 

『…ふふっ、ああ、思いだすな。ベルモントステークスで、ファルコンにも同じようなことを言われたよ。そしてあの時はその言葉通り、私は負けたわけだが………私も、誰にも譲るつもりはない。王子たる走りをお見せしよう』

 

 アイネスが不慣れな英語で、しかりはっきりと己の負けないという想いを宣言する。

 それを…以前のベルモントステークスでは鼻で笑っていたマジェスティックプリンスだが、今日の彼女は違う。

 笑みを消して、真っすぐに、ライバルになる彼女たちを穿つように見据える。

 強い意志を。己の勝利を疑わぬ自信があるとでもいうようなその佇まいを見せた。

 

『……いいレースに、しよう』

 

『ああ。後は走りで語ることにしよう』

 

「…む!私も負けませんからね!!」

 

「俺だって!全力でぶつかってきてくださいね!!」

 

 語る言葉は語り終えた。

 後は、脚で語るだけ。

 

「……すぅー…………ふぅー…………!」

 

 最後に一つ、大きく深呼吸をして。

 アイネスフウジンが、ゲートに向かう。

 

 

 ……勝ちたい。

 あたしが、あたしでいられるために。

 今日は、勝ちたい…!

 

 

『全ウマ娘ゲートインしました!さあ始まるぞ世界の祭典!秋GⅠの大一番ジャパンカップ!!……今、スタートですっっ!!』

*1
罪深い。







余談
最強チームイベントでランクSSのマンカフェを探しています。
自分で作るか?


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

102 どうして、なんで

『揃ったスタート!勢いよくゲートを出ていくウマ娘達!!さぁそしてハナを進むのは─────やはりこの風神だ!!アイネスフウジンが加速していくぞ!!』

 

 スタート直後、まずアイネスフウジンがあいさつ代わりに彼女の得意技であるハイペースに持ち込むため、先陣を切る。

 今日のジャパンカップ、レースを走るウマ娘達はほぼほぼシニア級であり、激戦を潜り抜けてきている優駿たちだが、しかしその中でも彼女のスタートの切れ味は鈍ることはなかった。

 サイレンススズカやスマートファルコンのような、大逃げと言うほどの距離は取らない。

 しかし、ただの逃げにしては長すぎる距離を取る。

 その上で速度を調整し、そのまま逃げ切ってしまうのではと感じさせる、焦らせる位置取り。

 シニア級に囲まれたこのレースでも彼女のその脚の切れ味は十全に発揮されていたと言っていいだろう。

 

 だが。

 今日のレースでは、そんな彼女に、苦も無くついていくウマ娘が一人いた。

 

「…っ!スカーレットちゃん…!」

 

「させませんよ、先輩…!」

 

 チームスピカの、ダイワスカーレットだ。

 彼女もまた逃げに近い位置での走りを得意とするウマ娘であり、しかも先行策も取れる。

 ハナの風を切る役割をアイネスフウジンに任せ、そのペースに合わせて己も走る。

 ペースメーカーの役割を、アイネスフウジンに任せるという暴挙。

 これがクラシック級のウマ娘であれば、アイネスフウジンについて行けるものはいない。

 先日秋華賞で彼女に勝ったサクラノササヤキですら、それで4度も敗北を喫しているのだ。

 

 しかしそんな、これまでの常識は、シニア級のトップクラスのウマ娘には通じない。

 後方から襲い掛かるプレッシャー…牽制技術のそれではない、純粋な強者の圧を背に受けながら、しかしアイネスもまた負けじと先頭を走り抜けていた。

 

『先頭はアイネスフウジンとダイワスカーレットが引っ張っていきます。その後ろ、先行集団には…ここにいましたマジェスティックプリンス!このウマ娘は恐ろしいぞ!周囲をよく見ています!その後ろ、少し離れてウオッカが構える!この府中でまた彼女の豪脚が発揮されるのか!それぞれがペースを気にしながら走っています!!』

 

 そうしてその後方、先行集団の中を走るマジェスティックプリンスの姿があった。

 彼女にとって最初の500mは意識を集中させるためのウォームアップだ。

 500m地点から発動されるマジェスティックプリンスの領域────【王の箱庭】に入るためには、そこに至るまでに極限の集中状態に入る必要があった。

 無論、周囲のシニア級ウマ娘もその領域については理解を落としている。

 それに至らせないために、数々の牽制がマジェスティックプリンスに向けて放たれていた。

 

(…甘い。私はその程度では…止まらない!)

 

 だが、マジェスティックプリンスもまた超一流のウマ娘。

 このウマ娘を牽制で掛からせて集中を切らせるためには、シンボリルドルフの皇帝の一喝か、もしくは牽制に特化したウマ娘が全力を振り絞ってのそれを持たなければ難しいだろう。

 同じく超一流のウマ娘であるウオッカが後方から彼女の走りの様子を観察しているが、どちらかと言えばウオッカは牽制を仕掛けるのは得意ではなく、真っ向から足で捻じ伏せるのを好むウマ娘だ。

 それは、先を走るダイワスカーレットも同じ。

 チームスピカのウマ娘は、デバフや牽制、駆け引きを用いるよりも…己の脚に全てを籠めての力勝負を得意とするウマ娘が多かった。

 

 

 そうして、マジェスティックプリンスの集中は切れることがなく。

 500m地点を、迎えた。

 

(さあ、今度は箱庭から逃れる隼はいない─────王の庭へ、ようこそ)

 

 

 ──────────【王の箱庭(King's garden)

 

 

 領域(ゾーン)に入る。

 

 …だが。

 まだ、彼女の中でレースの勝敗は確定していない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それをアメリカで嫌と言うほど味合わされた彼女は、一切の油断を捨てながら、ドーム状のそれを展開した。

 

 

────────────────

────────────────

 

「でた…!プリンスちゃんの領域…!」

 

「前の時は、ファルコンさんは大逃げであれから逃れましたが…!」

 

「えー!?見えないよー!?」

 

「どーなってるのー!?」

 

 スーちゃんの右手を握るファルコンと、ルーちゃんの左手を握るフラッシュが、レース展開を見て声を上げる。

 俺の目にも、はっきりと映った。

 500m地点で、マジェスティックプリンスが、かつて辛酸を嘗めさせられたあの領域を展開したのを。

 

「…いつ見てもえげつない効果範囲だな。だが…」

 

 その効果範囲は半径50m。

 今回、アイネスは大逃げを打っていない。アイネスの前に他のウマ娘もおらず、マジェスティックプリンスの後方50mより後ろにも誰もいないため、走っている全部のウマ娘がその領域に取り込まれたことになる。

 

 だが、俺は彼女のあの領域について、以前よりも理解を深めていた。

 アメリカクラシックの2戦、その両方のレース映像のみしか見ていなかったころとは違う。

 ベルモントステークスで見せたあの領域範囲の移動についても知っているし、その後彼女がアメリカで走ったレースもすべて見て、研究していた。

 それら全てのレースで一着を取っていた彼女は、その領域を存分に使い…そして、その欠点もようやく見えてきた。

 

 正直に言えば、ベルモントステークスの時は、俺は彼女の領域を恐れすぎた。

 十全にあの領域を理解できていれば、ファルコンに大逃げの作戦を取らせることもなかったかもしれない。

 とはいえあのレースはあれで最高のものだとは思っているし、後悔をしているわけではないが。

 俺自身がウマ娘ではないため…レースの、特に領域の効果については、実際に感じる事ができないため恐れすぎたのだ。

 レース後にぱかちゅーぶを見て、ルドルフが俺よりもはるかに領域についての理解と対策ができているコメントを聞きそう強く思った。領域はやはり人外の技術であり、ウマ娘のほうが遥かに理解を深められるものなのだ。

 

 俺は、領域の圏内にいるアイネスの、その走りを見て、確信に至る。

 

「……アイネス、ちゃんと抵抗できてるな。ああ、やっぱり…あの領域、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()んだ。……そうだろう、SS?」

 

「……今日のレースが終わるまではノーコメントだっつってんだろ、ったく…」

 

 俺は隣に立つSSに言葉をかけるが、彼女はため息をついてコメントを控えた。

 SSこそ、あの領域について誰よりも知っているウマ娘だ。なにせ、彼女がアメリカでサブトレーナーをしていたころに一番目をかけていたのがあのマジェスティックプリンスだからだ。

 だが彼女は、マジェスティックプリンスの領域の効果や弱点などについて、俺達には話さなかった。

 前に世話になっていたところに対しての義理だったのだろう。

 

 俺はそんな彼女に対して、怒ることなど当然しなかったし、コメントを求めることもしなかった。

 SSの配慮はとても適切なものだ。俺だって、万が一別のチームなどに移籍となってしまったとして、じゃあフラッシュたち愛バの弱点をそのチームで話すかと言ったら絶対にNOだ。

 少なくとも、今日と言う彼女と本気でぶつかり合うレースまでは、領域に対する対策会議をする中でSSは傍観者でいてくれた。

 有難い配慮だった。そちらの方が俺たちとしても真正面から気兼ねなくぶつかれる。

 

 さて、少し話が逸れたが、マジェスティックプリンスの領域について。

 あれは、範囲が極大である代わりに、容易に抵抗が出来るものだ……と、俺は理解を落とした。

 アメリカクラシックのころはまだ周囲にいるのがクラシックウマ娘だったこともあり、その領域にしっかりと抵抗はできていなかったが、しかしシニア級と交ざってマジェスティックプリンスが走っていたレースを見てみると、シニアの有力ウマ娘たちは相当あの領域に抵抗できているのが見て取れたのだ。

 恐らくは、牽制に対する抵抗力が高ければ、あの領域の効果はかなり薄まる。

 無論、そういったシニア級が交ざったレースの中でも、結局はマジェスティックプリンスが一位で駆け抜けていたことから、彼女自身がとてつもなく強いウマ娘であるという事実は変わりはしないのだが。

 

 だが、このジャパンカップ。

 少なくとも、あの領域に抵抗できるウマ娘が、3人いる。

 

「……スローペースなんかにさせてやるかよ。アイネス、行け…!」

 

 俺は未だ先頭をキープして走るアイネスが、そのまま誰にも先頭を譲らずに走り切れることを祈り、応援に熱を込めた。

 

────────────────

────────────────

 

『さあ先頭のアイネスフウジンが駆ける!そのまま1000mを通過しました!!通過タイムは……58秒9!やはり速いッ!レースはハイペースになりながら向こう正面に入っていきます!!』

 

(……流石だ。私の領域の内にいて、これほど自由に走れるとはね…!)

 

 マジェスティックプリンスは、領域を広げながら1000m地点近くまで走り抜け、そうして…先頭を走るアイネスフウジンが、その速度をほぼ落とさなかったことに感嘆を覚えた。

 自分でも、この領域のメリットとデメリットは理解している。

 メリットは範囲が広い事。領域への突入が比較的容易なこと。相手の速度を奪えること。その速度を己の末脚として最後に使えること。自由に範囲を動かせること。

 デメリットは……強いウマ娘には、抵抗されること。

 世代を担うようなウマ娘には、その効果が激減すること。

 

(サンデーサブトレーナーや、ゴアサブトレーナーほどではないが…しかし、やはり、やるッ!それでこそだっ!)

 

 併走で走った際に、その効果をほぼ無力化したアメリカの伝説のウマ娘二人。

 そんな彼女たちほどではないが……しかし、今レースを走っているウマ娘の中で、領域の効果にひるまず走り抜けるウマ娘が、3人。

 

「……どっちが速度を奪えるか、勝負なの…!!」

 

 先頭を走るアイネスフウジン。

 彼女は、500m地点からその領域にじわりと抵抗を続け…速度を落とさない様に尽力しながら。

 そうして、1000mを越えたこの瞬間から、むしろ己の方が速度を奪い取ろうと仕掛け返してきた。

 

 アイネスフウジンの持つ、中距離レースで発揮される、逆風を感じさせるようなその技術。

 後続の速度を奪い己の速度に変えて更なるハイペースを仕掛ける特有の駆け引き。

 それを繰り出し、マジェスティックプリンスの領域の中にいながらも、速度を奪い返そうとしていた。

 

 そうして、そんなアイネスフウジンの……ほぼ隣に位置するように位置を上げたウマ娘が一人。

 

「しつこいわねこの赤い領域…!赤が一番似合うのは、このアタシなのよ…!!」

 

 ダイワスカーレット。

 その深紅の瞳の瞳孔が、まるで肉食の獣を思わせるようにより鋭く絞りあがり、マジェスティックプリンスの領域に全力で抵抗する。

 ダイワスカーレットが持つ己の領域、その一部から迸らせるような、圧に対する抵抗手段。

 後方からダイワスカーレットを観察するマジェスティックプリンスには、それが見えた。

 

 花弁(はなびら)の舞。

 ダイワスカーレットの周囲を、まるで舞い散るように薔薇の花弁が待っていた。

 その薔薇の花弁の一つ一つが、王の箱庭の影響から主を守るように、その速度を奪わせない。

 

(……美しい)

 

 マジェスティックプリンスは、そんな深紅の女王を見て、素直にそう評価した。

 それは、薔薇を舞い散らせるその幻影を生むほどのダイワスカーレットの抵抗、だけを見てのものではない。

 その、走りの技術。

 位置取りの()()()()

 尋常ではないそれに対して、強者への敬意を抱いた。

 

 ダイワスカーレットは、1000m地点に向かうその直前に、脚に力を込めて加速し、アイネスフウジンの外側に並ぶように位置取りを変えた。

 無理に抜かそうとしたものではない。ただ、アイネスフウジンの後ろについているのはヤバいと彼女の体が、細胞が判断してのそれだ。

 結果として、ダイワスカーレットはアイネスフウジンが繰り出す逆風から逃れることに成功した。

 その位置取り。余りにも的確な、好位置をキープするスキル。

 『キラーチューン』と呼ばれる、己の走るテンポを完全にコントロールし、リズムを乱すことなく最適な位置取りを選択できる力だ。

 

 これを得意とする有名なウマ娘は3名。

 今回の様に、先頭争いの位置取りでは右に出る者がいないダイワスカーレット。

 かつて、有マ記念で消えたはずの道を作り出し、ハナ差圧勝を見せたテイエムオペラオー。

 宝塚記念で、末脚を完璧に発揮できる位置取りを模索し、奇跡を成したメジロライアン。

 

「負けない…アタシが、今度こそ、一番になるんだからっ!!」

 

 深紅の女王が、天皇賞秋の悔しさをバネに、更なる輝きをもってアイネスフウジンと鎬を削りあっていた。

 マジェスティックプリンスが彼女らのそんな様子を観察していたところで、後方から、新たな圧を受け、首だけ振り返る。

 

「…前ばっかり注意してていいのかよ、王子サマよぉ…!!」

 

 そこにいたのは、領域を物ともせずに位置取りを上げてくるウオッカだ。

 彼女もまた、王の箱庭に対して全く物怖じせずに速度をキープしていた。

 ダイワスカーレットの様に守るようなそれではない。

 彼女の領域は、そんなに大人しいものでは、ない。

 

(…非常識だ!私の領域を()()()()ようなヤツは初めて見たよっ!!)

 

 ウオッカの前方5m。

 王の箱庭が無残にも切り裂かれ、その赤い空間を無色へと変えていた。

 

 【カッティング×DRIVE!】と己で名をつけたウオッカのその領域。

 それ自体は末脚にさらなる強化をもって、レースの残り200mから繰り出されるものだが、それに内包されるウオッカの性質が、領域への抵抗を生む。

 薔薇の花弁に守られるダイワスカーレットとは対極に、その切り裂くような攻撃的な加速をもって、マジェスティックプリンスの領域に抵抗していた。

 

 さらに言えば、向こう正面に入ったこの直線が、ウオッカにとってはあらゆる技術で位置取りを上げる地点となる。

 直線での加速を得意としており、なおかつ…最後のコーナーでさらに加速し差し切り態勢を整えるための前準備を始める。

 それは絶対速度の上昇も伴い、差しの位置からハイペースな展開に置いて行かれまいと徐々に位置を上げていた。

 直線巧者であり、直線加速を得意とする。中距離の直線であればなおの事。

 

(だが……この時点でそこまで脚を使って、スタミナは保つのかい、ワイルドガール!)

 

 だがその強引な位置取りを上げるための加速に、マジェスティックプリンスはウオッカのスタミナに疑問を持った。

 これまでのレースを見ている限り…また今日の彼女を観察した限り、恐らく得意距離はマイル。

 中距離も十分走り切れるのは日本ダービー2400mを走り抜けていることからも理解するが、しかし長距離は苦手としているのは見て取れた。

 今回もまたダービーと同じ2400mだが、条件が違う。

 己の領域に取り込まれた中で、抵抗しながら走る事で僅かながらその速度は奪われ、スタミナも同時に消耗しているはず。

 そしてこのハイペースだ。無理に速度を上げてしまえば、最終直線でスタミナが尽きてしまうのではないか。

 そんな、マジェスティックプリンスだけではない、周りを走るウマ娘もまた、ウオッカが暴走気味であることを察して、彼女の様子を見て。

 

(────────?)

 

 しかし、その、音に気付いた。

 

 足音ではない。

 領域を切り裂く際に生まれる音でもない。

 

 それは、ウオッカの呼吸音。

 

 息を吐いて。

 ……息を吐いて。

 

 

 ───────息を吐いていた。

 

 

(……なんだ?何を、やろうとしている?)

 

 おかしい。

 ウオッカの呼吸が、おかしい。

 

 普通の呼吸ではない。

 深呼吸でもない。ただ、吐き続けている。

 その音が気にかかり、己のペースを落とさないようにしてマジェスティックプリンスが後方から迫るウオッカに目をやった。

 

 瞬間。

 

 ウオッカの走りが。

 

 

 ──────『一息』で。

 

 

 

 ──────『好転』した。

 

 

 

 

『……なっ─────!?』

 

 マジェスティックプリンスが驚愕の声を上げる。

 視界の端に映っていたウオッカが、たった一息。

 息を吐き切った後の、たった一息でスタミナを回復させ、さらに脚に力を籠めるように迫ってきたからだ。

 

『……全く!!日本のウマ娘は、化物しかいないのか!?』

 

 そういえば、イージーゴアの友人であるミシェルマイベイビーと話す機会があり、その時に彼女から聞いた話があった。

 ジャパンカップでは気をつけろと。

 ゾンビモンスター(Zombie Monster)が出てくるから、気をつけろ、と。

 

 なるほど。

 それが、これか。

 

『成程、楽しませてくれるよ…!だが、私とて容易く負けるつもりはないのでねっ!!』

 

 しかして、そこでマジェスティックプリンスもまたハイペースについていくために己の脚に加速を施す。

 1500m地点よりも前、まだ領域を開いているところだが…その間に、己の技術を用いて、位置を上げ始めた。

 マジェスティックプリンスも無論、このジャパンカップに備えて、己の脚を更に磨き上げている。

 サンデーサイレンスの教えを受け、その後にイージーゴアからも教えを受けている彼女は、その脚に彼女たちから教わった技術を蓄えていた。

 その技術を、マジェスティックプリンスは大まかに二つに分けて繰り出すことにした。

 

 直線はイージーゴアの技術。

 コーナーはサンデーサイレンスの技術。

 

 今走る直線では、イージーゴアに教わったそれの通り、領域をキープしながら加速を果たす。

 足を溜めながら加速するという矛盾を、しかしこともなげにやってのける。

 領域抜きでも超一流。

 だからこそ、彼女は王子の肩書を名乗るに相応しいウマ娘なのだ。

 

「…へっ!やるじゃねえか…そう来なくっちゃなぁ!!」

 

『さあ、共に先頭の二人を捉えに行こうじゃないかウオッカ!仲良く、肩を組んでとは行かないがねっ!』

 

 1500m地点で、マジェスティックプリンスが領域を閉じる。

 ここまで他のウマ娘から吸収した速度は、脚に蓄えている。ここからそれを徐々に解放し、先頭の二人を差し切る。

 無論、好転一息によりスタミナを回復させたウオッカがその後ろにぴったりと続き、そうしてさらに位置取りを高めていく。

 

 先頭を走る二人。

 アイネスフウジンとダイワスカーレットもまた、それぞれが己の技術を十全に用いながら、ハイペースな展開を守ったままに、最終コーナーへと突入していく。

 

 勝負は佳境。

 勝敗はまだ誰にも分からない。

 勝利の女神は揺蕩ったまま、誰の頭上に降りるのか。

 

────────────────

────────────────

 

「……ここ、なのっ!!」

 

 アイネスフウジンは、己が最近になって覚えた技術…コーナーを加速して走り抜ける、サンデーサイレンスの技術をもって最終コーナーに飛び込んだ。

 脚は、まだある。

 残ってる。

 ここまでマジェスティックプリンスの領域によってその速度を奪われていたが、それは直線に入ってから放った逆風により取り戻した。

 このコーナーで加速してすぐ後ろにいるダイワスカーレットと少しでも距離を離し、そうして最終直線では根性勝負。

 誰にも先頭を譲らない。

 

「だ、ああああああッ!!!!」

 

 最適な角度で、まるで頭から飛び込むようにコーナーを駆け抜ける。

 それはウマ娘がコーナーで出せる最高の速度。

 後続は追いすがれない。

 はず、なのだ。

 

 だが、それは、限界を破るほどのそれではない。

 では、限界を破ったウマ娘が相手なら?

 限界を超える、()()に至ったウマ娘なら?

 

 

「─────もう、我慢できないわ」

 

 

 1バ身後方を走るダイワスカーレット。

 その、堪忍袋の緒が切れた。

 

 彼女は、普段の学園生活では優等生を維持している。

 冷静で落ち着きのあるウマ娘だ……と、おおよそのウマ娘には知られている。

 

 だが、その本性。

 一番を譲れないという、子供の我儘の様な強い感情を、一切損なうことなく抱え続ける彼女のその本質は。

 究極の、負けず嫌い。

 

 

 ────────【ブリリアント・レッドエース】

 

 

 最終コーナーに突入した直後に、ダイワスカーレットがその己の領域に、突入した。

 まるで猛禽類の様に瞳孔が鋭く尖り、先頭を走るアイネスフウジンに視線で圧を飛ばす。

 領域に入ったウマ娘の飛ばす圧に、アイネスフウジンの体が震えた。

 

 そうして、猛烈な加速を伴ってダイワスカーレットがアイネスフウジンに競り掛かる。

 大外からそのままぶち抜いていかんと、アイネスフウジンのそのコーナーでの加速についてきた。

 いや、そのまま追い越さんとばかりの更なる加速。

 

 残り500m以上の直線など知ったことかと。

 そこだって、先頭で走り抜ければアタシが一番なんだから、と。

 

 子供のような思考、しかしそれを成し得る恵体の豪脚を持つ彼女だからこそ取れる戦略。

 一番に。

 誰よりも、先頭で、走り続けるために。

 

「アタシが、一番なんだからっ!!」

 

「ぐっ…あたしだって、負けられないっ…!!」

 

 アイネスフウジンもまた、根性でその加速に負けない様に更なる加速を果たす。

 脚への負担がさらに増した。

 だが、まだいけるはず。

 このまま、二人で加速していって、最終直線で何とか交わせば────────と。

 

 しかし、当然の如く。

 二人の独走を許さないウマ娘が、後方から襲い掛かってくる。

 

『…ああ、そうだろう、そうだろうさ!わかっていたさ!!()()、そう曲がるのだと!!』

 

 マジェスティックプリンス。

 彼女もまた、アイネスフウジンと同じように……コーナーに飛び込むようにして、加速を果たしながら駆け抜ける。

 当然だ。何故なら、この技術を覚えたのはむしろマジェスティックプリンスのほうが先なのだ。

 サンデーサイレンスがトレーナーとしてついていたのは、彼女の方が先なのだから。

 無論の事、その走りも覚えていた。教えられていた。

 同じフォームで並ぶように、アイネスフウジンと2バ身ほどの距離をもって……いや。

 

 その距離が、縮まる。

 

 

 ────────【王の威光(The majestic of prince)

 

 

 第二領域とは違う、マジェスティックプリンスのその領域。

 先程まで、王の箱庭で収穫(harvest)した速度を解放して走る際の、その二段目の加速だ。

 この二つの段階をもって、マジェスティックプリンスの領域が完成となる。

 そしてその領域は、いつ、どこで発動したとしても、純粋な加速を彼女にもたらす。

 同じフォームで走る以上、領域による上乗せがある分、アイネスフウジンよりもマジェスティックプリンスのほうが加速で上回ることは当然と言えた。

 

「く……うっ!でも、まだまだ…っ!!」

 

 だが、それでもアイネスフウジンが譲らない。

 後方から近づいてくる圧、それに抵抗する。

 更なる加速を、無理矢理に果たす。

 

 近づかせるもんかと。

 負けるもんかと。

 根性ならば、誰にも負けない。負けたくない。

 

 隣を走る薔薇の花弁を纏う緋色の女王にも。

 後ろから迫りくる王子たるその走りにも。

 

 そして、その後方。

 

「直線に入ったら全員まとめてブチ抜いてやるぜぇっ!!」

 

 直線に向かう前に位置取りを押し上げて、末脚で勝負を決めんと画策する、常識破りの女帝にも。

 

 負けたくない。

 

 

 

 負けたく、ない、のに。

 

 

 _──無理は、するな

 

 

 

 脚が、止まりそうに、なって────────

 

 

 

(どう、して……!?)

 

 

 

 アイネスフウジンの速度が、僅かに、落ちた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

103 伝説(おもい)を継ぐ

 

(負けたくない…!)

 

 負けたくない。

 

 

(負けたくない…勝ちたい!)

 

 勝ちたい。

 

 

(勝ちたい…勝つんだ!まだ、脚は残ってる!!)

 

 勝つ。

 

 

 コーナーを曲がり終えても、根性で、何とか先頭をキープしたアイネスフウジンは。

 先程まで酷使した脚を、しかし勝利の為に全力で回し始める。

 まだ、行ける。

 抜かしにくるようならば、それを許さない。

 

 あたしが。

 あたしであるために。

 

(勝ち、たいっ……!!)

 

 

 

 本当に。

 

 そう、思っているのに。

 

 

 

 

 _──無理は、するな

 

 

 

 

 また。

 

 脚、が。

──息をつけ。転倒の恐れがある

 

(…っ!どうして、なのっ…!?)

 

──それ以上の加速は無茶だ

 止まろうと、して。

 

 

(……嫌っ…!勝ちたい、の…!!)

 

──勝つことも大切だが、怪我だけは駄目だ

 堪えた。

 まだ、脚は止まってない。

 これから最終直線、残り500mを全力で駆け抜けるために、前傾姿勢を取って。

 

──その姿勢は危険だ。落ち着け

 

(……勝ちたい、のに………!)

 

 

 加速する、はずなのに。

 

 どうしても、脚が。

──怪我だけはするな。無事是名馬だ

 

 前に、出ない。

 

 

(……嫌…!)

 

 

 ダイワスカーレットが競り掛かってくる。

 今度こそ追い抜いて、自分が一番になるのだと、加速してくる。

 

──息をつけ。

 それに、抵抗しなきゃいけないのに。

 

 

(……嫌…!)

 

 脚が、伸びない。

 

 ダイワスカーレットが、先頭に立つ。

 

──無理はするな。

 それに、追いつかなきゃ。

 

 

 いけない、のに。

 

 

(……嫌…!)

 

 

 マジェスティックプリンスが、ダイワスカーレットの逆側から、抜かそうと仕掛けてくる。

 

 彼女にだって、負けてられない。

──競りかけるな。接触して転倒の恐れがある

 

 負けられない、のに。

 

 

(……嫌…!)

 

 

 ウオッカの、圧が、足音が迫る。

 

 逃げなきゃ。

 

 

 逃げなきゃ、いけない、のに。

 

──ここでの加速は無茶だ

 

 

(……嫌…!)

 

 

 

 脚が。

 

 

 止まれと。

 

 

 

(……嫌…!)

 

 

 負けたくない。

 

 

 勝ちたい。

 

 

 だから、無理矢理に脚を動かす。

 

 

 走る。

 

 

 走らなきゃ。

 

 

 

 

 それ、なのに。

 

 前を行く3人の背中が、無情にも、離れていく。

 

 

 

(……嫌…!)

 

 

 

 

 

 ────────走マ灯を見た。

 

 

 肉体的に追い詰められた結果の、それではない。

 

 精神的に追い詰められた結果の、走マ灯。

 

 

 

 これまでの想い出が、蘇ってくる。

 

 

 

 

 『ああ。後は走りで語ることにしよう』

 

 「…アイネス先輩。ようやく、一緒に走れる時が来ましたね!」

 

 「俺だって!全力でぶつかってきてくださいね!!」

 

 

(……嫌…!)

 

 

 先程、ライバルたちに誓った。

 

 全力で戦おうと。

 

 それが、嘘に、なってしまう。

 

 

 

 「おねーちゃん!!スーはね、おねーちゃんに勝ってほしい!!」

 

 「ルーも!!おねーちゃん、絶対に勝ってね!!」

 

 「お父さんは…お前が、こんな大きなレースで走れることを誇りに思う。後悔だけは、しない様にな。母さんと一緒に見守ってる…頑張れ」

 

 「何より、このレースを走る貴方が、絶対に後悔しない様に。全力で走ってきなさい。悔いを残さないようにね」

 

 

(……嫌…!)

 

 

 控室で、家族に応援してもらった。

 

 勝ってほしいと。悔いを残すなと。

 

 それが、嘘に、なってしまう。

 

 

 「では、アイネスさん…頑張ってくださいね!」

 

 「一番に走ってくるのが、アイネスさんだって信じてるから!!」

 

 「今日まで積み上げてきたモンを信じろ。お前は強い。…頑張れよ」

 

 

(……嫌…!)

 

 

 控室で、チームメイトに応援してもらった。

 

 頑張れと。信じていると。

 

 それが、嘘に、なってしまう。

 

 

 

 「アイネス。…君は、ウオッカにもスカーレットにも、マジェスティックプリンスにも負けてない。練習通りの走りが出来れば、勝ちきれる。嘘じゃないぜ?俺はウマ娘に嘘はつかないのが信条だからな」

 

 「…一緒に答えを探そう。ファルコンにもそうした通り…俺は、君たちを絶対に離さないって決めたんだ。君のその悩みの、答えを、一緒に探していきたい。君を一人にはしない。君が一人で思い悩むようになってほしくないんだ。俺は……君を、助けてあげたい」

 

 「そうさ…こんなに俺を心配してくれる、最高の()()を3人も抱えておいて…何をすっとぼけた悩みを抱えてるんだって話だよ!まったく…ああ、駄目だな。やっぱり俺は君たちがいないと駄目だ!」

 

 「はは、じゃあドリーム昇格祝いの時とかかな。勿論、君がドリームリーグに上がれるくらいの実績を積めるように、俺は君を育てるつもりだからいつかの未来さ」

 

 「綺麗…いや、可愛いという表現が適切かな。君の可愛らしさがよく表れてる。レースで走る君から目を離せなくなりそうだ」

 

 「()()()()。その場合は札幌ジュニアは1800mと少し長めのマイルで、小倉は1200m短距離だ。小倉に行ってもらうことになると思うけどね」

 

 「嬉しかった…どんなに俺が鍛え、大丈夫だと思っていても絶対はない、けど君たちはその走りで俺に応えてくれたんだ!君たちの勝利を心から祝福するとともに、俺自身も本当に嬉しくなった!気が遠くなりかけたほど!」

 

 「────────その、なんで俺のこと、家では名前で呼ぶんだ?」

 

 

 

 あの人との。

 

 思い出が、ぜんぶ、全部。

 

 

 

 「ああ。間違いなく輝ける。輝いてほしい。願わくば、俺が磨き上げたい。アイネス、俺は()()()()()()()()()()

 

 

 

 あの人と。

 

 交わした、あの約束が。

 

 

 

 「あたしは…あたしはッ!!」

 

 「──────()()()()っっ!!!」

 

 「勝ちたい!!フラッシュちゃんや、ファル子ちゃんみたいに…!思いっきり、レースに臨んで…全力で、走って!勝ちたい!!そう、勝ちたい…!!そのために、あたしは走ってる、んだ…!!!」

 

 「──待ってたぜその言葉!」

 

 

 

 あの時の、言葉が。

 

 

 嘘に、なって、しまう。

 

 

 

(……いや、ぁ…!)

 

 

 

 涙を零しながら。

 

 

 

 距離が離れていく、前の3人の背中が歪んで。

 

 

 

 

(……もう………あたし、は────────)

 

 

 

 

 諦め、そうになって。

 

 

 

 

 脚が、止まってしまいそうに、なって───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

「─────おねえちゃーーーーーーん!!!!!」

 

 

 

「──頑張って!!!負けないでぇーーーーーーーっっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

「アイネスさん!!諦めないで!!!頑張ってぇーーーーーーっ!!!」

 

 

 

「行けーーーーっ!!!いっけぇーーーー!!!まだ、終わってないよぉっ!!!」

 

 

 

「ブチ抜けェ!!!超えろォ!!!限界を超えて来いッッ!!!」

 

 

 

 

 

 

「─────アイネスッッ!!!!!」

 

 

 

「俺はっ!!お前を信じてるっ!!!!」

 

 

 

「頼むっ!!勝ってくれ!!!お前なら出来るっ!!」

 

 

 

「だから、走れぇーーーーーーッッ!!!」

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

 ────────あきらめかけた、あたしの、耳に。

 

 

 

 

 みんなの、声が。

 

 

 

 

 声が、聞こえて。

 

 

 

(みん、なっ……!!)

 

 

 

 スーちゃんと、ルーちゃんが。

 

 

 

 

 フラッシュちゃんが。

 

 

 ファルコンちゃんが。

 

 

 サンデーチーフが。

 

 そして。

 

(トレー、ナーっ……!!)

 

 あたしと、あの日に誓った、あの人の声が。

 耳に、聞こえて。

 

 その声が、あたしの涙を払って。

 耳から頭に染み込んで。

 

 その想いが、体全体に広がって。

 溶け合って。

 

 あたしは、それに意識をゆだねて────────

 

 

 

 

 

 

────

────

────

────

────

────

────

────

────

────

────

────

────

────

────

────

 

 

 

 そこは、アイネスフウジンの魂の原風景。

 どこかの、レース場。

 そのターフの上に、アイネスフウジンは立っていた。

 

 東京レース場によく似ている。

 だが……違う。

 細部が違う。今走っている東京レース場のそれよりも、コースの形が、スタンドの形が違う。

 

 そんなレース場に……凄まじい数の観客が、集まっていた。

 どこを見渡しても人。人の海がどこまでも広がる。

 10万人じゃきかない。20万人近い、それほどの観客が集まって。

 しかし。

 

 ──────そこは、ぞっとするような静寂に包まれていた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 一言も声を上げない観客たち。

 風も一切吹いていない。

 

 凪いでいた。

 この魂の原風景、それそのものが────凪いでいた。

 

(…………!)

 

 そこで、アイネスフウジンはそれを見つけた。

 芝の上、まるで横たわるように低い位置に存在する、何かの光。

 

 それを目にしたことで、アイネスフウジンは理解した。

 ああ。

 これは、私の、魂だ。

 

 その魂の光は、弱弱しく、まるで今にも消えそうな線香花火のよう。

 凪いでいる。

 私の、彼の魂が、凪いでいる。

 

 

 ────────無理はするな。

 

 

 アイネスフウジンは、その光の、魂の意志を感じた。

 ここは意識の世界。ゼロの領域。

 己の魂と向き合う理外の場。

 

 だからこそ、アイネスフウジンは言葉にならないその魂の声を、聴いた。

 その魂は、想い、願っていた。

 

 

 ────────脚を、大切にしろ。

 

 ────────ダービーで、俺は終わった。終わって、しまった。

 

 

 日本ダービー。

 そのレースを勝利した彼は、しかし、そこで回復できない怪我を負い、二度とレースを走る事はなかった。

 その事実が、概念として、アイネスフウジンの脳裏に落ちてくる。

 

 

 ────────だが、お前は終わらなかった。

 

 ────────僥倖だ。だからこそ、これからも……脚を大切にして、楽しく、走り続けてほしい。

 

 ────────脚を大切にしろ。無事是名馬だ。走れてこそ、道は広がるのだ。

 

 

 アイネスフウジンは、その魂の想いを、願いを、受け止めた。

 走れなくなった自分の代わりに。

 君は、これからも走れるのだから。

 怪我にだけは気を付けて────無理せず、楽しく、走り抜け、と。

 

 

 そんな想いを受け止めて、アイネスフウジンは。

 

 ───────激怒した。

 

 

「───ふざけるなッッ!!!!」

 

 

 叫ぶ。

 己の魂に向けて、死んだような言葉を吐きかける己の魂を、叱責する。

 

 

「ふざ、けるなッッ!!あたしは、勝ちたいんだッッ!!」

 

「無事是名バだって!?勝てなくて何が名バだ!!脚を労わって大人しく走って、勝てるレースに何の意味があるんだッ!!」

 

「確かに、貴方はそうだったかもしれない!!ケガをして、夢を描けなくなった!!その悲しみを、苦悩を、否定はしない!!」

 

「脚が壊れた貴方のその恐怖を、否定はしない!!!けど、あたしにまで押し付けるなッッ!!」

 

 

 叫ぶ。

 これまで、領域が出なかったのも。

 最後に、脚に力が入らなかったのも。

 己の魂の、余計なお世話だったとするならば。

 それは、許せないことだ。

 

 

 ────────。

 

 

 その叫びに、魂が、答えを失い、沈黙する。

 

 魂にとって、怪我とは恐怖そのもの。

 ()()()()()を意味するもの。

 

 だからこそ恐れた。

 そんな、終わった魂を継いでしまった彼女に、同じ轍を踏んでほしくないと。

 そう、想っていた。

 それは優しい彼の、彼女を想う嘘偽りない願いだった。

 

 しかし。

 そのウマ娘は、強く、どこまで熱い想いをもって。

 魂に呼びかける。

 

 

「───見ろ!!あたしの脚を見ろッ!!」

 

「あたしの脚は壊れないッ!!あたしが、あの人が、全力で鍛え上げた脚がそう簡単に壊れるもんかっ!!」

 

「あたしは走れるんだ!!勝てるんだ!!だから、勝ちたい!!」

 

「────────勝ちたいんだッッ!!」

 

 

 

「あの人の想いも!!家族の想いも!!!チームみんなの想いも!!!ぜんぶ、全部背負って、勝ちたいんだ!!!」

 

「勝ちたいんだよッ!!だから───だからッ!!あたしを信じろ!!」

 

 

「あたしは────貴方の想いだって!!受け止めて、背負ってやる!!!」

 

 

 

 

 

「───────だから、貴方も目を覚ませッ!!!」

 

 

「起きろ!!」

 

 

「そして、共に走るんだ!!!」

 

 

 

 

 

「あたしが────────夢の続きを見せてやる!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 ──────■■■、■■■

 

 

 凍り付いていた時が動き出す。

 レース場に僅かに、声が、音が生まれる。

 

 

 ──────■■■、■■■

 

 

 魂の光は。

 アイネスフウジンの、その言葉に。

 

 夢を、見た。

 

 

 ──────■■■、■■■!

 

 

 

 ────────いいのか。

 

 

 ──────■■■!■■■!

 

 

 ────────その言葉を、信じて、いいのか。

 

 

 ──────■■■!■■■!

 

 

 観客の声が、レース場に……否、()()()に、響きだす。

 それは、アイネスフウジンの名前ではない。その魂の、名前ではない。

 誰かの、名前を、叫んでいた。

 

 

 ──────■■■!■■■!■■■!

 

 

 魂の光が、ターフに横たわっていたその状態から…ゆっくりと、立ち上がる。

 4つの脚を、確かに芝について。

 

 

 ──────■■■!■■■!■■■!

 

 

 ────────俺が描いた、この夢の。

 

 

 ──────■■■!■■■!■■■!

 

 

 ────────この夢の続きを、見せてくれるのか。

 

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 

 歓声が叫ぶその名は、魂の光の戦友の名前。

 伝説を生んだ男の名前。

 

 その男が、その魂と共に東京競馬場に描いた夢は───伝説となった。

 それまでは、暗いイメージが付きまとっていたその競技は、しかし、その日をきっかけに変わった。

 すべての国民が、彼らの走りに魅せられた。

 その日、競馬はスポーツになった。

 

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 

「来いッ!!」

 

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 

「あたしと共に、行こう!!」

 

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 

「あたしだけじゃ足りない!!─────貴方と、共に!!」

 

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 

「共に走ろう!夢を描こう!!!」

 

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 

「あたしたちの名前を、伝説に刻むんだっ!!」

 

 

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 ──────■■■!■■■!■■■!■■■!

 

 

 

 ────────ああ。

 

 ────────共に、征こう。

 

 

 魂の光が駆けた。

 

 光がアイネスフウジンに向かって疾走する。

 4本の脚で、芝を蹴って、駆ける。

 

 そして、アイネスフウジンが、放たれた光を己の体で受け止めた。

 魂を受け止めて、一つになる。

 

 

 その瞬間────────魂の原風景に、台風のような爆風が生じた。

 

 

 荒ぶる暴風。

 

 ()()()()のその名の如く。

 

 

 

 

 風神が、覚醒(めざ)めた。

 

 

 

 

 ウマ娘という存在と、魂という存在が一つになり。

 

 そして。

 

 

 

 ─────────────奇跡へと、至る。

 

 

 

────

────

────

────────────

────────────────────────────────

────────────────────

────────────────

────────────────────────

────────────────────────────────────

────────────

────────────────────

────────────────────────

────────────

────────────────────────

────────────────────────────────

────────────────────────────────────────

 

 

(────────!?!??!)

 

 残り250m。

 半バ身前を走るダイワスカーレットを追い抜いて一着を取らんと、全力で走っていたマジェスティックプリンスは、その瞬間、恐らくは過去にも未来にもレースを走るウマ娘が持つことはないだろう、あり得ない感情を己の内に抱いた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その原因は、己の後方。

 先程交わした相手、アイネスフウジンがいるあたりの5バ身ほど左後方の位置で。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 そう、感じさせるほどの、暴風。

 地獄のような凄まじい圧が風となり、己の走りを乱そうとしてくる。

 

 一瞬、そんなあり得ない思考を抱えながらも、その原因に思い至り、叫んだ。

 

『またか─────()()()()()!!!』

 

 間違いなく原因はあの男だ。

 あの男の率いるチームフェリスのウマ娘。

 アイネスフウジンが、あの時の様な、奇跡に至ったのだ。

 

 

『残り200mッ、なんと!?アイネスフウジンが再加速ッ!?!?凄まじい加速だ!!!どこにそんな力が残っていたのか!?!?先頭を行くダイワスカーレットにマジェスティックプリンスが競り掛かるがこれは苦しいか!?ウオッカがぶっ飛んでくるが()()()()()()()()()()()()()!!!』

 

 

 先程までは脚色が衰え、領域にも入れずにずるずると位置を下げていたアイネスフウジンが、ここにきて覚醒した。

 追い詰めれば追い詰めるほど、それを乗り越えてくる、あれは、なんだ?

 本当にウマ娘なのか?

 

(だが────遅かったな!!残り200m、もうこの距離を埋めきれはしないっ!!)

 

 しかし、冷静さを取り戻したマジェスティックプリンスは、このレースの勝敗についてはまた別物だと認識する。

 なぜなら、既に残り200m地点。そこで5バ身ほどの差がついているのが純然たる事実なのだ。

 ここから追い上げられるウマ娘はいない。どう考えても距離が足りない。

 

 それは最終直線をマジェスティックプリンスと競り合うダイワスカーレットも、アイネスフウジンに追いかけられながら先頭を狙うウオッカも、同じ想いを抱いた。

 あのベルモントステークスの、先頭で400mを駆け抜けた奇跡には至らない。

 どんなに加速を果たしたとしても、残り200mを全力で駆け抜けるスタミナを残している自分達には、追いつかないはずなのだ。

 ()()に。

 

 だが。

 絶対に縛られない限界の先こそがゼロの領域。

 

 特に、今回は以前スマートファルコンが見せた時のそれとは、事情が違う。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「───あああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 アイネスフウジンの雄叫びが────凄まじい速度で、先頭争いをする3人に近づいてきた。

 

 振り返る余裕はない。

 だが、声の大きさが、圧が、その暴風が。

 明らかに、確実に、すさまじい勢いで近づいてくるのを悟らせた。

 

 ────()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

 恐怖。

 あり得ない事態に、歴戦の3人が、それを同時に感じた。

 

 

『アイネスフウジンの加速が止まらない!!!!あり得ない速度だ!?まるで他のウマ娘が止まって見えるほど!!!まさか!?この位置から届くのか!?届いてしまうのか!?!?残り50m─────アイネスがさらに加速して行くぞ!?!?もうわからない!!!』

 

 

 ゴールはすぐそこだ。

 誰よりも先に、一番に飛び込もうと、3人が全力を振り絞ったところで。

 

 その瞬間に、視界の端に。

 暴風の主が。

 愛を為す風神が、飛び込んできた。

 

 

「─────くッ!?」

 

「──────だあぁぁッ!!!!」

 

『お、のれ────────!!!』

 

 

 

「────────やああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 風神が叩き出した瞬間最大風速は時速80kmに達していた。

 

 

 

 

『いっ、今っ、ゴーーーーーーーーーーーール!!!先頭4人がほぼ同時に飛び込んだ!!マジェスティックプリンスはやや体勢不利か!?勢いはアイネスフウジン!間違いなくアイネスフウジンでした!!すさまじいラスト1ハロンの豪脚ッッ!!!』

 

 

『掲示板が……出ましたッ!!何と、アイネスフウジンが一着だ!!!信じられない!!なんだったんだ今の走りは!?──────さらにレコードだ!!レコードです!!!!彼女自身が日本ダービーで記録したタイムを1秒以上更新!!全員が大レコード!!とてつもないレコードタイム!!うわー!!驚いたー!!!この東京レース場に伝説を刻んだぞアイネスフウジン!!ジャパンカップの勝者は、アイネスフウジンですッッ!!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「───────ぜ、が…、はっ……!」

 

 アイネスフウジンが、ゴール板を越えてから意識を取り戻す。

 最後の直線、残り300mくらいから…意識がなかった。

 以前、スマートファルコンから聞いていたような、それ。

 無意識の領域に、飛んでいた…の、かも、しれない。

 

 そして、意識が戻ってからぶり返す、余りにも強い疲労。

 まるで脚が取れてしまったんじゃないかと思うほどの、全身の軋み。

 

 …だが、まだ脚はしっかりついている。

 呼吸は肺が破れそうなほどに辛いが、脚は、まだ、力が入った。

 以前ファルコンがそうなってしまったような、倒れそうなほどでは、ない。

 

 倒れるわけには、いかない。

 そうだ、誰かと、何か、大切な約束をしていたような────そんな、気がして。

 

 脚を止めて、深呼吸をして、息を無理矢理に整えて……そうしていると、レース場に大歓声が巻き起こった。

 掲示板に目をやると、レコードの文字が点灯し…そして、己の名前が、一番上に表示されていた。

 

 勝った。

 

 

 そうして、レース場に、少しずつ巻き起こる……勝者を讃える、歓声。

 ああ、なぜか、それが…とても愛おしく、聞こえてくる。

 

 

 ────────アイネス!アイネス!アイネス!

 

 ────────アイネス!アイネス!アイネス!

 

 ────────アイネス!アイネス!アイネス!

 

 そうだ。

 あたしは、これを、聞くために。

 

 夢をみんなに見せるために。

 

 あたしの名前を、世界に残すために────走るんだ。

 

 

 自分の中で、何かががっちりと噛み合った感覚。

 やっと、自分の走る理由が、意味が、はっきりした。

 そんな想いが溢れてきて。

 

 

 その想いを、言葉に乗せて。

 胸を張って、観客に向けて、全力で叫ぶ。

 

 

 

 

 

「────────見たかッッ!!」

 

 

「────────これが、()()()()()()()()の走りなのっっ!!!」

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「やった…っ!!やったな、アイネス……!!」

 

 アイネスフウジンが一着でゴールを駆け抜ける瞬間を見届けて、俺は涙が止まらなかった。

 余りにも衝撃的な逆転劇。

 アイネスは最終直線に入ってからの表情が優れず、加速に至れなかった。領域にも、入れていなかった。

 加速するライバルたちに追い抜かれ…5バ身の差が200m地点でついてしまっていた。

 

 通常、レースでは200mで5バ身を埋めるのは不可能に近い。

 前を行くウマ娘がスタミナが切れて減速するならまだしも、今回は3人が3人とも極めて実力のあるウマ娘だ。

 実際に、減速することはなく彼女らもゴールまで全速力で走っていた。

 

 だが、そこで、アイネスフウジンが覚醒した。

 それまでの鬱憤を晴らすかのような劇的な加速……ああ、断言してもいい。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 そんな超常的な加速をもって、先頭に追い付き、ギリギリで差し切った。

 掲示板に、ハナ差で一着を取ったアイネスフウジンの名前が誇らしく掲げられていた。

 

「……至ったな、ゼロの領域に…!…よくやったぜアイネス…!よく超えた…!!」

 

 隣のSSがつぶやく言葉を聞いて、俺はそこで、ようやく、その存在を思い出した。

 ゼロの領域。

 かつて彼女から聞いた、人知を超えたウマ娘の領域(ゾーン)の先。そこに、アイネスが至ったのか。

 なるほど、終わってから考えてみれば、あの奇跡の加速はファルコンがかつて見せたそれに近いものだ。

 

 だが俺は、その瞬間まで、ゼロの領域の存在がすっかり頭から零れてしまっていた。

 ()()()()()よりも、ただ、苦しそうな顔をして走るアイネスのことを考えていた。

 彼女を助けたかった。

 何よりも苦しみ続けている彼女を、応援してやりたかった。

 

 そうして最終直線で、俺は彼女に全力で言葉を投げかけた。

 他のみんなも同じだ。今、泣きながらラチを越えていくフラッシュとファルコンも、その両手をしっかりと握るスーちゃんとルーちゃんも。勿論SSも。きっと、指定席で見ていたご両親も。

 俺達全員が、アイネスの事を心の底から応援した。

 頑張れ、と。

 負けるな、と。

 

 それが、今回の奇跡を生んだ、ということなのだろう。

 

「くっ…そ、ウマ娘ってのは、ホントに、すげぇよ…!!」

 

「ほら、アタシらも行くぞタチバナ!…泣きすぎだって!気持ちは分かるけどよォ!」

 

 そうだ。泣いている場合ではない。

 俺は涙を腕で拭い、愛バ達に続くようにしてコースに入る。

 全力を、限界を超えたアイネスと──────勝利の喜びを分かち合うために。

 

 

 

「アイネスッ!!」

 

「…トレーナー…!」

 

 俺はターフに入り、アイネスに向かって走る。

 彼女もまた限界だったのだろう。

 先程、観客席に全力で、勝利の咆哮をぶつけたのち…そのまま、糸が切れるように、芝に仰向けに倒れた。

 芝は深く、倒れたことで怪我はしていないだろう。彼女の表情も、全てを振り絞り勝ち得た勝利への満足が浮かんでいた。

 

「やったな!!アイネス…俺はっ、君が、勝ってくれて…っ!自分を、超えられて…っ!」

 

 うまく言葉が作れない。

 彼女の満足そうなその笑顔を見て、俺はまた涙を流してしまう。

 

 彼女は、スランプを超えられたのだ。

 そう確信できる何かが、その顔にはあった。

 

「えへへ…トレーナー、あたし、分かったの」

 

「ん…」

 

「わかったんだ。()()()()。…あたしの、走る理由」

 

 俺は涙を拭いながらも、彼女のそばで膝をついて、その言葉を聞く。

 以前、二人で話したことだ。

 走る理由を、また、見つけようと。

 彼女が今日のレースで出したその答えは。

 

「───あたしは、あたしの名前を歴史に残したい。アイネスフウジンっていう存在が、永遠に語り継がれるくらいに。あたしは伝説を作りたい!伝説を、あたしの走りで紡いでいくの!!」

 

「っ……アイネス…!」

 

「だからね、これからもいっぱいレースを走って、いっぱい勝つから!そのために、これからもずっと一緒にいてね、トレーナー!!」

 

「…っああ、任せろ!俺は、君がそれを成せるまで…君とずっと、共に在るよ。それを、誓おう」

 

 彼女の、その想い。

 己の名前を世界に残せるくらいに、レースで勝ちたいという強い意志。

 

 俺はそれを聞き遂げて…そして、それを成せるように。これからも、これまで以上に全力で、彼女を指導することを誓った。

 

 アイネスが、倒れたままで…俺に向けて、手を伸ばしてきた。

 俺は、その手をゆっくりと取り、彼女の体を助け起こす。

 

「…これからも、よろしくね。あたしのトレーナー」

 

「ああ。よろしくな、俺のアイネス」

 

 彼女の体を抱きしめる。

 勝利の喜びと、これからの彼女の挑戦への想いを、分かち合って。

 そうして、俺たちのジャパンカップ挑戦は幕を閉じた。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

104 ぱかちゅーぶっ! ジャパンカップ

 

 

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

「ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす!』

『ぴすぴーす』

『ぴすぴーす!』

『ぴすぴーす』

『待ってたゾ』

 

「おー!今日もお前ら元気そうだなー!!ここ最近はGⅠ連戦だからよー!ゴルシちゃんもお前らに毎週会えて楽しいぜぇー!!」

 

『俺らもお前の顔が見れて楽しいゾ』

『俺とゴルシは両想いだった…?』

『自惚れるな』

『最近のGⅠもあちーち連続なのよ』

『JBC激熱だったな…雨降っててあのレースはすげぇ』

『エリ女はドーベルキレッキレだったな』

『エリ女のドーベルの加速はおかしいんよ』

『マイルCSのヘリオスもよくまぁあの逃げで行ったよ』

『去年よりも爆逃げしてたな…』

『ファルコン効果かな?』

『ササちゃんもイルイル君も惜しかった』

『ここ最近のGⅠ全部タイムおかしいのおかしくない?』

『すごくおかしい』

『NTRかな?』

 

「そーだなー、勝敗やレースの展開もあちーんだけどよー、マジでウマ娘全体のスピードが底上げされてねーか?って思うぜー。トレセン学園の中でもめっちゃこう、なんつーの?勝ちてえ!って雰囲気があってよー。ゴルシちゃんもバリバリ脚仕上げてるところだから次のレースじゃボンバーだぜぇ!!」

 

『なんかすごいよねレース界隈』

『OP戦とか未勝利戦でもウマ娘のやる気が違う』

『地方レースも見ると光るウマ娘がけっこうおる』

『なんか怖い』

『高めあえ…高めあえ…』

 

「っと、話が逸れたな!さーそんじゃ話を戻して、今日開催されるのはジャパンカップ!!海外ウマ娘ももりもり参戦する国際競走だぜーっ!!今日もめちゃくちゃ有力ウマ娘が出て来てるぞー!!ほんでもって今日のゲストもお呼びしちゃおっかな!さー誰がくるだろなー?恒例になった予想ターイム!!もちろんジャパンカップ勝者を呼んでるぜっ!」

 

『JC勝者か』

『結構いるよな』

『流石に海外からお呼びはしないだろうな…』

『ルドルフかテイオーか?』

『ルドルフはこないだ来たから来ないやろ』

『エルちゃんかもしれない』

『スーッペッペッペ』

『ロブロイ!!ロブロイ!!!!』

『テイエムは来ないのか!テイエムは来ないのか!』

『テイエムも出走しとるやろがい!』

『人違いゾ』

『アメリカ産のオペラオーみたいなのは出てるけどさそりゃ』

『誰だろ』

 

「色々みんな予想してんなー。答え…はあったか?あったかな。そんじゃご紹介しようっ!!今日のゲストはコイツだーーーっ!!」

 

「ぴすぴーす!どうも皆さん、こんにちは!スペシャルウィークです!!今日はけっぱります!!」

 

『スペちゃんだ!』

『スペちゃーーーーーーん!!』

『スピカコンビか』

『スペペペ』

『日本総大将!!』

『お前のレース最高だったぞ…』

『あのレースは涙なしには語れない』

『ブロワイエ強かったなー』

『最後の300mは伝説よ』

 

「へへー、スペのジャパンカップはあちーちだったよなー!今日は来てくれてありがとよー!」

 

「スズカさんにも頼まれましたからね!現地での応援はスズカさんたちに任せて今日はこちらで全力でウオッカさんとスカーレットさんを応援します!!」

 

「いやまぁアタシもそりゃ可愛い後輩だからアイツらも応援するけどよ?実況解説だからちゃんと全員応援するんだぞ?」

 

「あっ、そうでしたね…へへぇ…」

 

『かわいい』

『スペチャン…』

『まぁそんなガチガチのそれじゃないからチームメイトは応援してあげてええよ』

『せやな』

『気にせんて』

『ダスカもウオッカもどっちもド本命だからな』

『アイネスも2400mは強いぞ』

『マジェプリに負けるな…』

『マジェプリ芝走れんのかね?』

『走れなきゃ来ないだろ』

 

「よしそんじゃまずレースの解説していくぜ!!はいスペ!!解説よろしくゥ!!」

 

「ええ!?解説はゴルシさんのほうでやるって言ってたじゃないですか!?え、えーっとぉ…!ジャパンカップは確か、あれです!海外からウマ娘さんたちがやってくる国際的なレースです!東京レース場の芝2400mで、あとは、えっと…!えーっとぉ…!!」

 

「…………はいアウトー!!あー、ジャパンカップ創設は1981年、日本で初めての国際GⅠだなー。海外ウマ娘の出走権が設定されてて、このレースに挑むウマ娘達の渡日費用とかはURAが持ったりしてるぜー。一着賞金が有マ記念と同じで、まぁすげー権威のあるレースってこった!!ちなみにこのレースと天皇賞秋、有マ記念でシニア秋三冠って言われてて、全部勝つと表彰されたりするぜー!今年はウオッカがこの権利を持ってるなー」

 

「へへぇ……」

 

『芝』

『スペちゃん自分の記憶だけで答えたな?』

『実際に走ったやろがい!』

『走ったのだいぶ前だから…』

『ゴルシもカンペ読みながら話してて芝』

『賢さが足りないようですね』

『秋三冠ウオッカ行けるか?』

『今日も強敵揃いだからな…頑張ってほしいが』

 

「おー、そんじゃ次は今回出走する有力ウマ娘達の紹介だな!!まずは本日一番人気!!チームスピカからウオッカだぜぇ!!」

 

「ウオッカさんですね、天皇賞秋にスカーレットさんとの勝負をハナ差で勝利しています!それ以前にも宝塚記念で二着、ヴィクトリアマイルと安田記念で一着と、シニアに入ってからさらに頭角を現していますね!日本ダービーにも勝ってますし、私と同じようなレースで勝ってますから、頑張ってほしいですね!」

 

『ウオッカマジで強いんよ』

『最終直線の末脚がマジでヤバい』

『真のヤバさは切れ味よ』

『囲まれてもぶち抜くからな…』

『安田記念はあれマジで永遠に語られるわ』

『あの不利を受けて抜け出してくるのマジでしゅごい』

『ウオッカカッター!』

 

「続いて2番人気はまたしてもチームスピカからダイワスカーレットだー!!スカーレットも相当評価高いな!大体このコンビが一緒のレースに出るときは人気を二分するからなー」

 

「スカーレットさんもこれまでのレースで1着か2着しかとってませんからね…去年は桜花賞、秋華賞、エリザベス女王杯で一着、有マ記念で二着。今年に入ってから目にケガをしちゃってしばらくお休みでしたが、天皇賞秋で全然調子は落ちていないことを魅せつけてます!!二人とも強いですよー!」

 

『ダスカ今日は仕上がってたな』

『一段とたくましい肉つきになって…』

『アイネスと並ぶと圧が凄い』

おちちたわわや…

『とにかく走る!って雰囲気を感じさせるよな』

『ウオッカとはこれで6戦目か』

『果たしてどちらが勝つやら』

『今日は他にも強いの居るからわからん』

 

「なー、アイツら一緒のレースに出る時お互いライバル心爆発させっからよー、めちゃくちゃ調子上がるんだよなー!今回のジャパンカップでも前日までバリバリだったぜー!」

 

「ですね!さあそれでは続いて紹介していきましょう!次は三番人気、アイネスフウジンさんです!これまでのレースでは一番人気に推されることの多かったアイネスさんですが、今回はウオッカさんとスカーレットさんに譲りましたね」

 

「前の秋華賞でも三着だったからなー、とはいえそれもレコードでやべーウマ娘なのは変わらねぇんだけどよ!ウオッカたちも天皇賞でレコード出してるし…今日は良バ場だからまたレコード出るんじゃねーか?」

 

『ねーちゃん!』

『アイネスが初めてシニアに挑むんやな』

『この世代は既にライアンがシニアに勝ってるからな…』

『秋華賞はササイルに敗れたが今回はどうか』

『東京レース場の2400mならねーちゃんよ』

『おっとウオッカも得意としてるゾ』

『パドックの仕上がりはよさげに見えた』

『アイネス勝ってくれ…!』

 

「やっぱこの世代はファンも多いよなー、アタシも注目してるところはあんだけどよ!さて、フェリスのウマ娘の紹介もしたし今日のオニャンコポン見るか。どれどれ……お?知らねぇウマ娘だな?」

 

「私は生放送前にちゃんとチェック済みです!つい先ほど上がってましたね…一緒に写ってた子たちはアイネスさんの双子の妹さんらしいですよ」

 

『オニャンコポン助かる』

『ログボまだ貰ってなかったわ』

『今日は可愛い可愛いよ』

『今見た ダレーーーッ!?』

『オニャンコポンが双子のウマ娘に抱えられてむすーっとしとる』

『ああこれアイネスの妹さんか』

『注釈もついてたね』

『アイネスの応援に来てるんだな』

『はーかわええやん』

『この子たちもいつかレースで走るんかな…』

 

「ほほーん。アイネスの応援に猫トレが呼んだって感じかねー」

 

「家族が応援に来てくれるのは本当に嬉しいですよね!私もそうだったからわかります!」

 

『スペちゃんもそういやJCでお母さん呼んでたっけ』

『ウイニングライブで壇上に呼んでたね』

『すげぇ美人さんだったよな』

『外人さんだったのにびっくり』

『おかあちゃんを大切にするんだぞスペ…』

『家族愛はいいものだ』

 

「ふふー、ありがとうございます!私の自慢のおかあちゃんです!!」

 

「スペのかーちゃん肝っ玉据わってたよなー、また今度北海道帰る時はアタシも呼べよな!遊びに行くから!さてそんじゃ最後に海外ウマ娘の中でも一番の有力候補の紹介だ!日本でもこいつは知ってるやつ多いだろー!!4番人気、マジェスティックプリンスだー!!」

 

「スマートファルコンさんとベルモントステークスで戦ったウマ娘さんですね」

 

『来たわね』

『マジェプリちゃんだ』

『ベルモントステークスのライブでファルコンに宣戦布告してたな』

『なおファルコン(察し)』

『芝』

『砂なんだよなぁ…』

『英語だけどマジェプリのウマッターでその辺話してたぞ』

『え、いつ?』

『マ?』

『11月頭ごろ ファルコンと戦えないのは残念だがアイネスもいるしフェリスへのリベンジは果たせそうだねハーッハッハ!って書かれてた』

『芝』

『ウマッターでも高笑いするのか…』

『マジェプリちゃん今のところファルコン以外に負けてないからな…』

『あとは芝が走れるかどうかよ』

 

「あのとんでもねぇ領域がこのジャパンカップでどうなるかってところかねー。勿論他のウマ娘達もバリッバリに仕上げて来てるから何が起きてもおかしくないぜぇー!!」

 

「ですね!あっ、ウマ娘さんたちがゲート前に集まってきましたよ!」

 

「ん、来たな!!アイネスがまず出てきて…おー、落ち着いてるな?空を見て…やる気満々って感じだぜ!」

 

「ですね!…そんなアイネスさんにウオッカさんとスカーレットさんが近づいていきました。宣戦布告ですかね?」

 

「フェリスのやつらともアタシら仲良くやってっかんなー、夏合宿じゃ同じ旅館に泊まってたし。同じレースで走りてー、っていつも言ってたもんな」

 

「私達もいずれ…ですね!」

 

『今日のアイネスねーちゃんはやるよ』

『風に尻尾靡かせるねーちゃんがカッコよすぎるんよ』

『ウオダスもバッチバチやぞ』

『フェリスのウマ娘に勝ちたいウマ娘は多い』

『そりゃそうでしょうよ…』

『お、マジェプリも行った』

『マジェプリ高笑いしとる』

 

「おー、マジェプリも調子よさそうだなー。…あれ、ウオッカたちって英語できなかったよな?」

 

「どうでしょう?流石にまだ中等部ですからね、厳しいかも…あ、アイネスさんが何かマジェプリさんに言ってますね」

 

「おー、アイネスは英語できるんか。……お、マジェプリが高笑い止めていい顔になりやがったぜぇ…!」

 

「…ですね。ええ、あの時のブロワイエさんを思い出すような…確かな自信にあふれた顔です。頑張れウオッカさん!スカーレットさん!La victoire est à moi!!」

 

『マジ顔のマジェプリかっこよすぎんか?』

『急にスペチャンから外国語が飛び出た』

『翻訳班ー!!』

『La victoire est à moi。フランス語で「調子にのんな」「勝つのは俺だ」』

『翻訳ニキ助かるいや助からない』

『芝』

『スペちゃんどうした急に』

『後輩たちへの檄…?』

 

「……え?いえ、La victoire est à moiですよね?いい勝負にしましょう、って意味ですよねこれ!?ええ!?ご、ゴルシさん!?フランス語ペラペラでしたよね!?私間違ってないですよね!?!?」

 

「………お、ファンファーレが始まるぜー!!おら鳴けぇコメント欄どもー!!」

 

「ゴルシさぁん!?」

 

『芝』

『ペーッペペペー』

『ペペペペー』

『プペペペー』

『ペペペー』

『ゴルシが露骨に目を逸らして芝』

『ペーペッペッペッペッペー』

『スペペペー』

 

「後でしっかり聞きますからね!?もう…さて、ゲート入りですね。みんな順調に入っていきますね」

 

「おー、流石にシニアも走るウマ娘達だからなー、慣れたもんよー!」

 

『お前もシニア級だろ』

『何自分も余裕みたいな雰囲気出してんだ』

『次のレースじゃ必ずしっかり入れよ』

『ちゃんと出るほうが大切』

『グランプリレースは大喜利の場じゃないんだ』

『◆知らなかったのか?』

 

「変わらないですねこの時は…」

 

「言わせとけ言わせとけ。次のレースじゃしっかりゲートやってやっからよー!!…さて全員ゲートに入った……スタートだぁ!!」

 

「揃ったスタートですね!ですがやはり、アイネスさんが伸びていきます!いつもの得意技ですね!!」

 

「だな!ハイペース展開を作ろうってんだろうぜぇ!マジェプリの領域が出たらスローペース気味になるが、今回はどっちが勝つかってところで……おー、スカーレットが行ったな!」

 

「スカーレットさんはついていくことを選択したようですね…スカーレットさんならあのハイペースにも負けないはず!けっぱれー!!」

 

『はじまた』

『アイネスがいつも通り駆けていくゥ!』

『もはや大逃げなんよ』

『大逃げってほどでもないんじゃね?』

『後続に意識させる距離を空けてるんだよな』

『この時点で既にすごい技術』

『スカーレットはあれいけるか?』

『ダスカだぞ?』

『先頭譲るはずがないんだよなぁ…』

『一先ずアイネスの後ろについたか』

 

「その後ろ先行集団にマジェプリ、そのさらに後ろにウオッカがいるなー。ほぼほぼみんな定位置って感じだぜー」

 

「ですね!ただ、始まって直後から、マジェプリさんの周りの子たちがマジェプリさんに相当牽制をかけてますね…いえ、当然の戦略ですけど」

 

「おー、500m地点までになんとかマジェプリを止めねぇとあの領域が来ちまうしなー。…だがマジェプリは動じてねぇぜ。流石ってところか……こりゃ出るな」

 

『マジェプリの領域って半径50mのあれだっけ』

『半径50mエメラルドスプラッシュ!』

『広すぎ問題』

『今回はファル子みたいに大逃げしてねーから全員範囲に入っちまわねーか!?』

『やべーぞ!』

 

「そして今500m…来ましたね!マジェプリさんの領域が出ました!」

 

「全員ドームの中に入ってるぜ!何人かは少し脚色が衰えてるが…だがっ!!アイネスもスカーレットもウオッカも動じてねーぜ!!」

 

「沖野トレーナーの言った通りでしたね…!やはり、あの領域は普通の牽制と同じように、抵抗ができるもののようです!」

 

「おー、アイネスは気合で逃げてんな…スカーレットとウオッカは自分の領域の一部を使ってキレーにマジェプリのそれに抵抗できてるぜ!いい感じだ!」

 

『ちょっと待って急に話のレベル高いな?』

『目の前の二人は日本総大将と黄金船なんだよなぁ…』

『領域に対しては領域で抵抗する…ってコト!?』

『いやでもダスカたち領域出してないんじゃ?』

『わからん…ウマ娘達がレースで見ている景色は人間には見えないからだ…』

『とりまアイネス達が領域の影響受けてないってことは分かった』

 

「あー、いや全くゼロってほどでもねーだろうぜ。抵抗するにも意識は使うしな。ただスピード吸われすぎちゃいねーのは確かだ」

 

「ですね!そのまま1000m地点までいって…58秒9!やっぱりハイペースを保ててますね、アイネスさん!ここで、えっ!?スカーレットさんが位置を上げましたよ!?」

 

「早くねーか!?…いや、早くない!アイネスが後方に、ダービーで見せた向かい風の牽制を仕掛けていったぜ!!スカーレットのヤツあれを避けるために位置を上げたんだぁ!外枠だが並んで走ってやがるぜぇ!」

 

「なるほど…!すごい判断力です!そしてアイネスさんもまた、後方マジェスティックプリンスさんたちに向けて領域で吸われた速度を奪い返しているみたいですね!」

 

『能力バトルかな?』

『実際そう』

『ウマ娘達能力バトルしがち』

『走る技術…で説明できるものなのだろうか』

『マジェプリの領域も人気上位のウマ娘以外にはそこそこ効いてるみたいね』

『ここでウオッカアガってきた』

 

「おー、ウオッカはハイペースな展開で最終直線で捉えきるために位置を上げてるみてーだなぁ!あいつ直線上手いからなー、無理ない加速で徐々に位置取りあげてるぜぇ!」

 

「ですね!ただ、2400mはウオッカさんにとっては少し長い距離…このまま行くと……ああ、いえ!大丈夫そうですね!アレが出ました!」

 

「よし!アレが出たな!あれなら最後まで行けるぜ、走り切れる!!ウオッカに続いてマジェプリも少しずつ先頭に近づいていく…こっからだな!!」

 

『何が起きてるのぉ!?』

『確かにウオッカの脚すげぇけど何?!』

『何の光!?』

『今ウオッカ大きく息を吸った?』

『アレってなに?何なのぉ!?』

『シニア級のレース時々何やってるかわけわからなくなる』

『走ってる位置と速度がすべてだ』

『残り1000mを切った!』

 

「1500m地点を通過したな!ここでマジェプリの領域がいったん閉じるぜ…けどこっからマジェプリは吸収したモンつかってじわじわ上がってくる!スカーレットたちは大丈夫かぁ!?」

 

「プリンスさんも、領域じゃない走りの技術で上がっていきますね…!強い!直線もウオッカさんに負けていません!」

 

「わからなくなってきたぞ!!さあ最終コーナーに入っていく!!ここでアイネスが加速したァ!!ありゃサンデートレーナーの走りだ!!アタシも間近で見たからよーく覚えてるぜ!!」

 

『うわでた』

『フェリスの得意技!』

『フラッシュもファルコンも最近コーナー曲がるとき頭から飛び込むように行くよね』

『あの曲がり方マジで見てて怖い』

『よくバランス保ってるよな…ッていやこれうおお!?』

 

「おわー!?スカーレットのヤツここで領域に入りやがったぁ!!アイネスを捉えんとブチ上げていくゥ!!」

 

「ずっと2番手でしたからね、我慢できなかったのかも…いえ、ここで後ろからプリンスさんもウオッカさんも上がってきます!プリンスさんのあの曲がり方は…!?」

 

「ありゃアイネスと同じだ!!…っ、そうか、サンデートレーナー元々マジェプリのチームにいたもんな、そりゃ覚えてるか!!だがマジェプリは領域も込みだ!!先頭のアイネスとの距離が詰まっていくぜ!!」

 

「コーナーでの凄い位置取り争いです!!アイネスさんはかなりきつそうな表情で…!」

 

『ねーちゃんやべーぞ!』

『スカーレットがもうちょっとで抜かしそう』

『いけー!ダスカー!!』

『マジェプリもこれスゲェ速度だな!?』

『俺らが良く見たベルモントステークスじゃファル子と大差ついてたからあれだけどやっぱマジェプリもクソはえぇ!』

『ウオッカはまだ来ないのか!?』

『ウオッカは直線はいってからだろ!』

『アイネスがきちぃ!!』

『そっから領域行ければ…!!』

『ねーちゃん顔めちゃくちゃしんどそう』

『きついか!?』

 

「最終コーナーを上がっていって……ここでスカーレットが先頭に立ったぜ!!アイネスは速度が乗り切ってねぇ、落ちていく!」

 

「うおー!!スカーレットさんがそのまま加速して行きます!マジェプリさんも追いすがりますが……ここでウオッカさんが来ました!!すさまじい末脚!!」

 

「ウオッカのやろーもやべーな!!マジェプリも今アイネスを交わしてスカーレットに迫る!!残り400!」

 

「アイネスさんも粘っていますが厳しいですね!…ウオッカさんが今交わした!残り300!!」

 

『うおおおお!!』

『あちいいいい!!!』

『ダスカこらえる!ダスカこらえる!』

『マジェプリが来てるぞ頑張れー!!』

『ウオッカが行ったー!!』

『やべぇ末脚!!これ領域来たか!?』

『ねーちゃんの表情辛そう…!』

『ウオッカこれ差し切るか!?』

『いやダスカ再度加速した!!行ける!!』

『アイネス負けるなぁぁぁ!!!』

 

「アイネスはだいぶ辛いな、5バ身はついちまったか!?前3人がゴールに向かって全力疾走だ!!誰が勝つ!?誰が行くんだーーーっ!?」

 

「いけー!!スカーレットさん、ウオッカさん、行け────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────ゼロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…う、お!?なんだぁーーーーーーーーー!?」

 

「ッ!?今の、感じは!?」

 

『は!?!?』

『え待って』

『何ィ!?』

『アイネスがぶっ飛んできた!?』

『は、ヤバ』

『やばいやばいやばいやばいやばい』

『あり得ねぇだろあの加速!?』

『うわああああああああああああああああ!?!』

『速すぎる!!!』

『あそこからあの加速どうなってんの!?』

 

「アイネスがぶっ飛んできやがったァーーーーッ!?!?何だありゃ!?ウマ娘に出せる速度なのか!?」

 

「信じられない、まるで前が止まってみえ…っ、まだ加速するんですか!?!?」

 

「ウソだろオイ!?!?信じられねぇことが起きてるぞ!?!?一気に前との距離が詰まって行った!!!これもうわかんねぇぞ!!?」

 

 

『残り100!!これアイネスあるで!!』

『ねーちゃんいけえええええええ!!!』

『うわー!!ダスカこらえろー!!!』

『ウオッカ抜けろおおおおおおおお!!!!』

『マジェプリが先頭に迫る!ウオッカが迫る!!』

『いやこれアイネス行くわ』

『ウオッカいけええええええええ!!!!!!』

『ダスカああああああ!!お前が一番だああああああああああ!!!!』

『おねえちゃーーーーーーーーーん!!!』

『並ぶ!!並びかけるか!?!?』

『うわ並んだ!!!』

 

「っ、今、ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーールッッッ!!!前4人がほぼほぼ並んでゴールしたぜぇ!!ただマジェプリが体勢不利だったかぁ!?」

 

「……っはー!!!緊張して息するの忘れてました!!とんでもないレースになりましたね…!!アイネスさんが、まさかあそこから…あの距離で…すごいです…!」

 

「…おー、いや、レースが終わって改めて思うが、信じられないモンを見たぜ……あんな加速見たことねぇ。先頭で走る逃げウマ娘が、最後落ちちまってから…」

 

「ええ……でも、あの時の感覚……私、前にどこかで……」

 

「……ん、ああ…ほら、お前もジャパンカップですげぇ走りしたじゃん。位置取りとかは違うけど、あれに似てたかもな。あと…ほら、ベルモントステークスのファルコンとかよ」

 

「…です、ね。……あ、掲示板が出ました!!……うわー!!アイネスさんが一着!!!しゅごいっ!!」

 

「何てやつだー!!くっそー、2着がスカーレット、3着がウオッカ!4着はマジェプリだぜぇ!!その差はハナハナクビ、とんでもねぇ世紀の大接戦だ!!今日の勝者はアイネスフウジンだーーー!!!」

 

『うわああああああねーーちゃーーーーーん!!』

『アイネス一着ゥ!?』

『マジかよやべぇ!!』

『ダスカおしいいいい!!』

『いやすんげぇわ…』

『画面の前で口あんぐりしてたわ』

『今もあんぐりゾ』

『アングリング』

『何を見せられたんだ…』

『レコードじゃねぇか!!』

『またレコード!?』

『なに?アイネスは接戦とレコードしかしないの?』

『どうなってんだよチームフェリスはよぉ…』

『いやこのレース伝説になるわ』

『アイネスコールがすごい』

 

「うわまたレコードだよ!!今年これでレコード幾つ目だぁ!?…待てよ?今年日本ダービーでレコードで、こないだの天皇賞秋でもレコードで、またジャパンカップでもレコードだよな。…東京レース場縮んでねぇか?」

 

「そんなことないですよね!?それだけ全体のレベルが上がってるってことだと思いますよ!?でも、本当にすごい…すごいレース、でしたね」

 

「語彙力がトップロードみてぇになってるぞ。判るけどよ…お、アイネスが観客席に向いて……おお、叫んだ!なんか珍しいなアイネスがあそこまで感情出すの!!」

 

『歓声に声負けてない』

『ササちゃん因子インストール!』

『何て言った?』

『分からん…現地民ー!!』

『流石に映像には音乗らんか』

『「見たか!これがアイネスフウジンだ!!」って言ってた』

『かっっっっこよ…』

『見せつけられたわマジ…』

『ラスト1ハロン奇跡だよ…』

 

「あ、叫んだら倒れた。流石に限界だったかぁ?ケガとかはなさそうだけどなー」

 

「ですね…あ!フラッシュさんとファルコンさんと、手を繋いで双子さんが来ましたよ!妹さん達ですね!」

 

「おーマジだ!可愛いなーあんくらいの年頃の子はよー!!全員ものの見事にボロ泣きだな!猫トレとサンデートレーナーが遅れてきて……ん、猫トレがアイネスの前に跪いたな」

 

「………あっ…なんか、すごいいい雰囲気ではないですか…!?これ公共の電波に乗せていいやつですかね!?」

 

『見つめあってる…』

『イケメンと美少女』

『絵になりすぎ問題』

『アイネスの手をとって猫トレが立ち上がらせたぞ』

『おん!?』

『抱きしめたァーーーー!!!』

『出た!!猫トレのクソボケだーーーーー!!!』

『これは芝』

『フラッシュとファルコンがすごい目で見てて芝』

『あっ…スゥー……』

『慌ててブレイクに入るSS』

『あと少し遅かったらキスしてた感ある』

『推せる~!!』

『SSの気苦労が察されますねクォレハ…』

 

「あいつら相変らずレース場をデートスポットかなんかと勘違いしてねぇか?いやー……全くクソボケだわ猫トレ…」

 

「お気持ちが昂ると人目とか気にせずああいうことできちゃうタイプですよね、猫トレさん。フェリスのみんな大変そうです。…ウオッカさんたちのほうにも沖野トレーナーが行きましたね」

 

「おー、マジェプリの所にもトレーナーが行ったな…確かイージーゴアだよなあれ、サンデートレーナーの宿命のライバルってやつだ」

 

「ですね、事前に情報出てましたね。…あ、なんかサンデーさんとイージーゴアさんで話してますね」

 

「おー、旧知の仲だからなー。…あははは!!イージーゴアがサンデートレーナーの頭無理矢理撫でて、サンデートレーナーがめっちゃ嫌がってやがる!!」

 

『おっと急にてぇてぇか?』

『これはてぇてぇ』

『SSちっこいから抵抗できてなくて芝』

『イージーゴアデカすぎんだろ…190cmあるか?』

『でもSSも砕けた表情するじゃん』

『最大のライバルであり友人なんやろなって容易に察せる二人の態度』

『ゴール前にてぇてぇが集まっています!』

『空気が解れましたねこれは』

『最近レース前後のこういう絡みもめっちゃ増えてレース追うのホント楽しい』

 

「お、んでもってアイネスは…歩けてるな、なんとかってところだけど」

 

「インタビュー席にみんなで行きましたね。アイネスさんの両手に双子さんが手を繋いでます」

 

『「レコードの一着。今のお気持ちは?」→「本当に嬉しい。実は最近、スランプ気味だったこともあって、レースで勝ちきれるかすごく不安だった。大きな壁を越えられた気がする」』

『えっスランプだったん?』

『いやでも秋華賞は確かに負けてたしな…』

『つってもレコードなんですがそれは』

『猫トレが家族呼んでたのってそういう不安もあったからか?』

『そういうこと猫トレはやる』

『アイネスの言葉で猫トレまた泣いてるゾ』

 

「…あー、何となくだけどアタシもわかるな。アイネス、前のレースの最後の時とか…あと普段の様子もだけど、なんか悩んでる感じだったからよー。今だから言えることだけどな」

 

「え、そうだったんですか!?全然気づかなかったなぁ…でも、乗り越えられたのはよかったですね!私もそういうとき、ありましたし…」

 

「あー、宝塚から夏合宿のころな。スズカのこと気にしすぎてレースに集中できてなかったもんなぁあんころ」

 

『「トレーナーさんとしては?」→猫トレ「(号泣)スランプについては把握していた。それを越えられないかとみんなで色々悩んでいたが、今日それを越えられた彼女の事が何よりも誇らしい。この後いっぱい褒めます」』

『すっげぇ泣いてる』

『ベルモントステークスでも泣いてたゾ』

『あれより泣いてね?』

『それだけ悩んでたってことなんだろうな』

『よかったな…』

 

 

『「そちらは妹さんですか?」→ア「スーちゃんとルーちゃん、大切な妹たち。両親も来てくれて、家族みんなが応援してくれた。みんなの応援がなかったら、今日の走りはできなかった(泣)」→スー?「お姉ちゃんの事いっぱいおうえんしたよ!!(泣)」→ルー?「お姉ちゃんが勝ってくれてよかった!!(泣)」→記者「ウッ…(泣)よかったです…」』

『こんなん泣くわ』

『俺もちょっと泣く』

『そら家族が全力で応援したら応えたくなるよなぁ…』

『記者まで泣いてる』

『猫トレも泣いてる』

『画面の向こうの二人も泣いてるゾ』

 

「…ぐすっ……アタシこういうのにちょっと弱いんだよ。スペ、ティッシュ取って……あ、お前も駄目か」

 

「うわあああああ…!!おめでとうございますううう……!!!」

 

『「最後に一言」→「あたし、アイネスフウジンは、これからも全力で走って、夢を見せていきます!応援よろしくお願いします!!」』

『いい笑顔だァ…』

『応援してやるからなぁ…』

『やっぱねーちゃんには笑顔が似合うんよ』

『両隣の双子もにっこにこよ』

『あったけぇ…』

『今後もフェリス箱推しよ』

 

「ん、インタビュー終わったなー。うちのウオダスが負けちまったのは悔しい所だけどよ、それにしたってアイツらもレコードだ!帰ってきたら褒めてやらねーとな!今日はアイネスが強かった!」

 

「ですね!いいレースでした!次こそは、ですね!!」

 

「よーしそんじゃ放送も終わるぞー。…あ、放送終わる前に今後の告知があるんでちっと付き合ってくれ」

 

『ん?』

『告知?』

『なんだ?』

『とうとうゴルシ星が爆発したか?』

 

「してねーわい!あー、今後の放送予定なんだけどな。GⅠ生実況ぱかちゅーぶは今後のGⅠ…チャンピオンズカップと阪神ジュベナイルフィリーズ、朝日杯フューチュリティステークスは放送なんだけど…その後の有マはちょっとここじゃ放送しないかもしれねー」

 

「……です、ね」

 

『え!?』

『有マを!?』

『一番のグランプリやろがい!』

『え、ってことはゴルシまさか』

『出るのか…!』

『何年ぶりだ!?』

 

「おうよ。ちょっとな、なんか、今年の有マは…走りたくてよ。ゴルシちゃん出走希望すっから応援よろしくなぁ!」

 

「…その、ゴルシさん。ここで私も言っていいですよね?」

 

「ああ、構わねぇぞ。URAにも確認取ってる。SNSとかで発表するウマ娘も多いしな、言っちゃれ」

 

「ありがとうございます!…私も、今年の有マ記念には出走したいです。よろしければ皆さん、応援よろしくお願いします!」

 

『スペちゃんも!?』

『マジかよオイ激熱じゃねーか!』

『スペちゃん最近あまり走ってなかったからな』

『うわマジ?絶対投票する』

『ゴルシとスペが出るのか…!』

 

「ま、投票次第だしダメだったらそん時はフツーに放送する予定だけどな!ってことで一応の告知と、あとはまー応援頼むぜ!!って話だ!!」

 

「ですね!!スピカからは他にも出走希望する人もいますから、よければ応援お願いします!!」

 

「そんじゃこんなところで今日のぱかちゅーぶは終わりにするぜ!!今日の放送は!ゴルシちゃんとー!?」

 

「スペシャルウィークでお送りしました!!」

 

「みんな、まったなー!!」

 

『おつー』

『おつおつ!』

『乙!有マ楽しみにしてる!』

『02!』

『お疲れー』

『いやしかし有マか…もうそんな時期なんか』

『GⅠ見てたらいつの間にか年末や』

『今年はレース界隈がマジで盛り上がってたな…』

『これからが本番やろがい!』

『シニアもバッチバチだったけどやっぱクラシック世代があちちだった』

『有マにはフラッシュ行くんでしょ?』

『ヴィックちゃんも来るゾ』

『ウオダスも来るんじゃね?』

『去年の雪辱はらしに来るやろな…』

『ライアンもくるか?』

『いやアイネスもくるでしょ』

『ササイルは出走予定してないって話だったな』

『カノープスからはやっぱネイチャでしょ、ネイチャがいないと有マ始まらんわ』

『去年は怪我で見送ってたから今年こそ来るやろ』

『うわー楽しみになってきた』

『ファルコン来るかな?』

『ファル子はチャンピオンズカップから東京大賞典やろ、こないだフェリスウマッターで発表してたで』

『グランプリもだけどこれから世代がどう動いていくか楽しみすぎる』

『これからも熱いレース期待してるぜ』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

105 年末に向けて

 

 

 ジャパンカップが終わり、翌日の午前中のチームハウス。

 俺はコーヒーとBLTサンド、SSは味噌汁とおにぎりを朝食として頂きながら、昨日のレースの振り返りを行っていた。

 

『…やっぱり厳しいよな』

 

『ええ。あの子の事を考えるのであれば、有マは見送った方がいいでしょうね。いかにゼロの領域に目覚めたウマ娘の回復が早いとはいえ、間一か月は無茶よ』

 

 俺の言葉にSSが、同じ結論を返してくる。

 話は、アイネスフウジンの脚の事だ。

 

 昨日、ジャパンカップにてゼロの領域に至り、奇跡の走りを見せたアイネスフウジン。

 しかし、やはりというべきか、その奇跡の代償は大きかった。

 ゴール後は何とか歩けてはいたが、あれは妹たちの前で気丈に振舞っていたようだ。

 控室に戻って俺とSSで触診をしたところ…ファルコンの時と同じように、甚大なダメージがその脚に刻まれていた。

 

 ベルモントステークスのファルコンほど…ではない。

 あの時のファルコンは、全力を使い果たしてから400mを駆け抜けたのだが、今回のアイネスはまだ脚を残した状態で200mを走り抜いた。

 脚にかかった負担はファルコンよりは軽い。だが、それは問題ないと言えるほど軽いものでもない。

 ウイニングライブに出たいというアイネスフウジンの想いもあったため、俺の手による例の特殊なテーピングで脚の負担を減らしライブには送り出したが、その後すぐにウマ娘専門の総合病院に運んだ。

 診察の結果、脚部の関節周りに軽度の炎症が見られた。ファルコンの時は筋肉全てがズタズタの状態だったが、アイネスは最高速を叩き出すために、関節に負担がかかってしまっていたのだ。

 

『あの子達は、私なんかよりもよっぽど走れる脚の形をしているわ。だからこそ、ゼロの領域に至ったときに限界を超えすぎるんでしょうね…私の時よりも間違いなく負担が大きくなってる』

 

『そうか…君はゼロの領域に至ったうえでアメリカ三冠をすべて走っていたもんな』

 

『ええ。でも、あれだって相当無茶をしてたわ。ベルモントステークスは結局そのせいで落としたようなものもあるし…まぁ、そこまでしないとゴアには勝てなかったでしょうけど』

 

 SSの時ともまた違う。彼女はアメリカ三冠の初戦、二戦目それぞれでこの領域に至ったと聞くが、その時は脚の負担はそこまで大きいものではなかったとのことだ。

 無論、彼女も己の脚へのケアを十分になしたうえで、体幹を鍛え上げていたことでそのダメージが少なくてすんでいたという事なのだろう。

 だが、正直に言えば、ゼロの領域は分らないことが余りにも多すぎる。

 人知を超えた領域。だからこそ、俺はそれに至った子を、その領域を過信はしたくなかった。

 アイネスフウジンの脚をここでさらに酷使して壊してしまうわけにはいかない。

 

『ふー……アイネスがスランプを越えてくれたことは嬉しいんだけどな。中々全部うまくは行かないもんだ』

 

『仕方がないわ、絶対はないのだから。…何とか説得してみましょう、二人で』

 

『だな。まずよく症状を説明して、どうするか聞いてみて…だな』

 

 ずずーっと味噌汁を啜りながらそう言ったSSに、俺も頷いた。

 ケガ…致命的なそれではないが、ここ最近はチームメンバーの脚にレース後の怪我が生じることが増えてきた。

 俺の予想を超えて、最大速度を発揮してしまっているのだ。

 丹念に整えた体幹と言う名の地固めをして、なおそれを超える脚力を発揮し始めている。

 これはこれまでの世界線でもなかったことだ。来年からは練習の内容を考え直すべきだろう。更に体幹を仕上げる必要がありそうだ。

 

 

 ちなみに、アイネスフウジンのご両親には彼女の容体について伝えてある。

 LANEの通話で、娘さんがケガしてしまったことの謝罪と共にその旨を伝えたが、大きな怪我ではなかったことの安堵、最高のレースを見せてくれたことの感謝と共に、「娘の事は君にすべて一任している、今後も末永く娘をよろしくお願いします」と深い信頼のお言葉を頂いてしまった。

 その信頼に応えるためにも…俺は、彼女に無茶はさせられない。

 少なくとも今年中は安静にしてもらう必要がある。

 

 この話を、アイネスが素直に納得してくれればいいのだが。

 

────────────────

────────────────

 

 午後になり、チームハウスに愛バ達が集まってきた。

 昨日の激走を経たアイネスには、学園から電動キックボードを貸出してもらい、廊下などの長距離の移動ではそれを使ってもらうよう指示を出している。

 俺がループし始めたころにはセグウェイが配備されていたのだが、セグウェイはかなり高額なうえ、脚を置く場所が狭い。またバランスもとりにくく、バッテリーにも難があり、20kmくらいしか走れない。

 最近新たに開発された電動キックボードは走行距離が50km以上の物もあり、脚もすぐに外しやすいため万が一転倒しても受け身が取りやすい。比較的安価であることもポイントだ。

 そのため、理事長にこれも準備しておきませんか、と打診したところ快諾を得て、こうして有効に活用してもらえているというわけだ。文明の発展は素晴らしい事である。

 キックボードに俺も乗ってみたいと思って導入を促したのは秘密だ。

 

 閑話休題。

 

 そうして集まった3人をソファに座らせて、俺は昨日のアイネスフウジンのレースを改めて褒めてから……脚の負担の大きさを説明し、有マ記念への出走が厳しいことを伝えたところ、彼女の答えは予想に反したものだった。

 

「────ん、わかったの。有マは見送りね?」

 

「……え?……いや、いいのか?」

 

「しょうがないの。だって、トレーナーとサンデーチーフから見て、厳しいってことなんでしょ?」

 

「あァ、それはそうなんだけどよ…」

 

 彼女は、すんなりと了承の意を伝えてきた。

 昨日、ジャパンカップを走り終えてスランプを越えた彼女は、これから自分が伝説を作り、己の名を残すためにレースを走る…と、意識を新たにしていたため、絶対に有マ記念に出たい!と言われると思っていたのだが。

 

「あ、勿論出たいよ?出られるなら。けど…脚の方も大切だしね。昨日の走りは自分でも、限界を超えたって分かってる。しばらくは療養が必要だってことも」

 

「アイネス…」

 

「レースで勝ちたい、いっぱいレースに出て走りたい!って気持ちも間違いなくあるの!前以上に熱い気持ちがね。…けどね、なんとなく…()()()気がする。脚に無茶をかけるなって。それは守りたい…それに、これで無茶してホントに大怪我しちゃったらそれこそ走れなくなっちゃうしね!有マはまた来年も走れるの!」

 

「……そうか。すまんな、分かってくれて助かるよ」

 

 俺はアイネスのその表情に、言葉に嘘偽りがないことを察した。

 彼女は間違いなく、これからのレースに情熱を燃やしている。これまでになかった熱を取り戻している。

 だが、それに無茶をしてでも走りたいという想いは同居していない。

 脚をしっかりケアしながらも。

 全力で走れるレースを全力で走り、勝ちたいと。

 そんな、一皮むけたような…本当の意味で大人びた様子の彼女に、俺は内心で驚いていた。

 成長した。きっとこれは、よい変化なのだろう。

 

「…んー、でもあたしだけ素直に呑み込むのも不公平だよね?ファルコンちゃんの時はトレーナー、優しく諭してたもんね?」

 

「ん?…ああ、ファルコンの時もそうだな……脚が相当ヤバかったから。…何かしてほしい事があれば言ってくれ、何でもするぞ?」

 

「えへへ。それじゃ、毎日トレーナーがしっかりとマッサージして、あたしの脚のケアしてほしいの!あと、来年になったら本気で走りたいレース走りまくるから!それが出来るように、ちゃんとあたしをずっと見ること!」

 

「わかった。マッサージについては言われなくてもやろうとしてたし…君からも、ずっと目を離さないよ。約束する」

 

「っ!ふふ……約束だよ?」

 

 しかしてその後、彼女から出てきた可愛らしい我儘…ファルコンの時は誠心誠意を込めて説得していたところへの指摘から、してほしい事のお願いと話が続いて、俺はそれをすべて呑んだ。

 マッサージは炎症が収まってから当然しっかりやるつもりだったし、アイネス達3人から俺は眼を離すつもりは一切ない。改めて誓うまでもない約束ではあるが、こういうのは形が大切だからな。

 アイネスが差し出してきた小指に、俺も小指を差し出して絡めあい、見つめあいながら約束を交わしたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「もういいですか?」

 

「はー☆!ファル子の事をダシにしてイチャつかないでほしいなー☆!」

 

「ふふん。早いもん勝ちなの!脚が治るまでマッサージは独り占めするの!」

 

「…お前ら…いや、ジャパンじゃこれが普通なのか?わからねェ…」

 

 そうして俺とアイネスが指を離したところで残る二人の愛バから謎のプレッシャーが俺たちに送られ、SSがなぜか頭を抱えていた。なんで。

 俺はただ昨日頑張ったアイネスを労わってやりたかっただけなのに。

 

「二人の事もしっかり見るからさ、不公平にはしないよ。……さて、それじゃ今年のレースについては、ファルコンが今週末にチャンピオンズカップ、その後3週間後にフラッシュが有マ記念。そして年末にファルコンの東京大賞典。……全部取りに行くぞ」

 

 俺は今後チームで出走するレースの日程をホワイトボードに書き出して説明する。

 12月には3つのレースが待っている。

 それぞれ…勝ちきれるように、改めて気を引き締めよう。

 ジャパンカップはスランプを乗り越えて奇跡の勝利となったが、元来レースは奇跡を期待するものではなく、積み上げた練習によって、仕上げた脚によって栄誉を勝ち取るものなのだ。

 無論、それに向けて俺たちチームはウマ娘達の脚を仕上げている。

 

「まず、今週末にレースがあるファルコンだが…特に不安はないな。君は強い。勝てる…そう素直に思えるくらいに、君は仕上がっている」

 

「うん!ファル子も自信あるよ!私より速く砂の上を走れるウマ娘はいないんだから☆!」

 

「─────ァん?」

 

「……私より速く砂の上を走れる()()()ウマ娘はいないと思います!」

 

 ファルコンの調子を確認したところ、ファルコンも自信をもって言葉を返してきた。

 その言葉を受けてSSが反応し、ファルコンが言いなおしたのには苦笑したが。

 

 しかし、彼女は強い。

 ベルモントステークスを乗り越えてからというもの、特に砂の上を走る技術を更に磨き上げている。

 砂と芝を考慮しない純粋なフィジカル面ではアイネスもフラッシュも近いものを持っているが、しかしことレースになればファルコンの走りに隙は無い。

 スタートが強い。道中のコーナーが強い。中盤の領域が強い。最終コーナーが強い。

 最終直線で差し切らせる前に、ゴールを駆け抜けられる末脚も持っている。

 絶対。

 その二文字に一番近いのは彼女なのかもしれない。

 

 ただ懸念点もゼロではないし、勿論レースに絶対はない。皇帝と言えども、あのセクレタリアトと言えども、無敗ではないのだ。

 油断はしない。

 全力をもって、彼女をダートの王に押し上げる。

 

「頑張ろうな、期待してる。……そして、フラッシュは有マ記念だ。不安がない…と、言いたいところだが。しかしレースがレースだ。強敵揃いだと考えられる…一切の油断はできないだろう」

 

「ですね。ヴィクトールさん、ライアンさん……そして、私も初めて、シニア級の方々と相まみえます。恐らくは、これまでにない激戦になる事でしょう」

 

 続いてフラッシュのレースについて話す。

 彼女が挑むのは有マ記念。年末の大一番、グランプリレースだ。

 フラッシュは今年の三冠ウマ娘であり、出走については問題ないだろう。ファン投票で選出してもらえるはずだ。

 

 だが、そのレースに出てくる相手。これがどう考えても強敵揃いになる。

 昨日、ぱかちゅーぶでゴルシとスペが出走宣言をしたというニュースも見たし、他にも今年の主役であったクラシック世代のウマ娘、メジロライアンとヴィクトールピストも間違いなく出てくるだろう。

 他にも、有マ記念に出走するウマ娘と言うのは、間違いなく強いウマ娘揃いだ。シニア級を走るウマ娘の、その中でも人気の高い…つまりレースに勝ってきたウマ娘が集結する。

 フラッシュが負けるとは思っていない。勝てる実力をつけさせてやれていると、心の底から思っている。

 実力を出し切れれば、勝てるだろう。

 勝ちきれるだろう。

 

 だが、それでも有マ記念というレースは別なのだ。

 このレースに絶対はない。

 俺は、そのことを、きっと誰よりも深く理解しているからこそ。

 

「…フラッシュ、君の脚も完治した。後一か月弱…仕上げていくぞ。君をグランプリウマ娘にするために、俺も尽力する。勝つぞ!」

 

「はい、よろしくお願いします!」

 

 俺もまた熱を込めて彼女に檄を送り、そしてまた彼女もそれを受け止めて更なる熱意に変えてくれる。

 頑張ろう。

 俺も、彼女たちの想いを裏切らない様に。

 全力でレースに挑めるように、脚を仕上げていこう。

 

「よし、じゃあ今日の練習に入ります。フラッシュとファルコンはそれぞれ併走で、ファルコンは距離に足を仕上げていこう。SSのほうで監督頼む。後でグラウンドに併走相手連れていくから…で、アイネスはプールで脚を冷やしながら体全体を解す運動な。2週間はこれで脚を冷やします。昨日もアイネスに言ったけど、とにかく日常生活でも脚への負担は減らしてくれ。キックボードをしっかり使うように。…では、準備して移動!」

 

「はい!今日も頑張ります!」

 

「うおー☆やるぞー!」

 

「あたしはしばらくプールなの。二人とも、頑張ってね!」

 

「うし、アタシもやるかァ。まだ二人ともコーナーの攻めが甘ェからなァ、仕上げていくぜ」

 

 こうして今日もチームフェリスは、勝利の為に練習に取り組むのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

106 砂の英雄たち

 

 

 チャンピオンズカップ当日の、その控室で。

 俺は、俺の胸に顔を埋めて腕に納まるファルコンの頭を、ぽんぽんと優しく撫でていた。

 

「むふー……☆」

 

 この状態になってから5分ほど経っている。

 つい先ほどオニャンコポン吸いを済ませたところだが、重ねて彼女から心音を聞きながら撫でてほしい…といういつものおねだりに俺は応じて、こうして胸の中に彼女の頭を抱えている。

 しかし、こう、いつもより随分とその時間が長い。

 なんだか俺のことまで吸ってませんか?俺は猫ではないのですが?

 

「……ファルコン。そろそろ充電できたか?」

 

「…うん!バッチリ☆!!」

 

 ようやく顔を離したファルコン。その顔はベルモントステークスの時の様な、絶好調のそれを見せていた。

 ううん。やっぱりあのアメリカ遠征以来、なんだかこう、彼女は甘えることが多くなってきているような気がする。

 SSの言う、本能が刺激されたというやつなのだろうか。

 別に俺自身は甘えてもらえているということで嬉しい部分はあるのだが、しかしもしかすれば次からはアイネスもこうして甘えてきてしまうのか?

 しかしSSは特に甘えるような様子は見せてないし。ううん。よくわからん。

 

「今日のレースはダートを走る優駿が勢ぞろい…って感じだな。そして、その中でも一番人気は君だ。誰よりも警戒され、マークを受ける立場にある。君はクラシックにして既に王者の位置に立ったんだ…そんな君が、誇らしいよ」

 

「うん…わかってる。けどファル子、負けないからね。誰が相手でも逃げ切って見せるんだから…だって私は逃げ切りシスターズのリーダーだもん!!……勝つよ、絶対に」

 

「……ああ。俺も、君が一番に駆け抜けてくるのを信じてる。…行こうか。世界の次は、日本の栄光を掴みに行こう」

 

「うん!」

 

 俺は彼女の手を取り、立ち上がらせて、最後にじっとお互いに見つめあった。

 ファルコンの目には、砂の栄光を、砂の上では誰にも前を譲るつもりはない…という熱い魂が溢れていた。

 彼女の魂が、勝つのだと叫んでいる。

 今日の私は誰にも負けないんだと。

 その瞳を見て、俺も彼女の今日の勝利を確信し、そうして最後にもう一度だけ頭を撫でてやった。

 

 

「…最近ちょっとファルコンさんが抜け駆け気味じゃないです?」

 

「なの。もうちょっとでライン超えなの。わからせてやる必要があるの」

 

「………はァー。アオハルしてんなお前らァ……」

 

 何故か今日のレースには出走しないというのに殺意の籠ったような眼をする二人が小声で何か話しており、SSが大きなため息をついていたのだが、生憎俺の人間の耳では何を喋っているのか聞き取ることはできなかった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 さて、そうして控室を離れて、チーム4人でゴール前の位置にやってきたところで。

 そこで俺は、世話になっているトレーナー二人と出会った。

 

「お、立華クンか。お疲れさん」

 

「立華さん…まぁ、見るならここだよな、当然。お疲れさん」

 

「北原先輩、初咲さんも。お疲れ様です…考えることは同じですね」

 

 苦笑と共に、そこに近づいていく。

 みんな、ゴール前で己の愛バが駆け抜けてくる姿を見たいのだ。

 もちろん俺だってそうだ。大きなレースであれば、ゴール前は大体トレーナーやそのチームのウマ娘が集う場になる。

 観戦に来ているファンの皆様も、そのあたりは分かってくれているため、有名なチームやトレーナーがそちらに近づくと道を譲ってくれたりする。ありがたいことである。

 

「今日はカサマツダートメンバー全員で挑むことになったからな。卑怯とは言わないでくれよ?」

 

「言うわけないじゃないですか…それだけファルコンの事、高く評価してくれてるってわけですしね。逆の立場だったら俺も全員でファルコンをマークさせますよ。…もちろん、その上で俺のファルコンが勝ちますけどね」

 

「言うじゃねーか立華さん。うちのウララだって忘れないでくれよ?俺なりに、全力で仕上げた…砂の隼を相手するのに恥ずかしくないくらいにはな」

 

「勿論。ウララだって今や世代を代表するウマ娘の一人だもんな。クラシック世代のダートウマ娘の最強を決める時がようやく来たね、初咲さん」

 

「おいおい、クラシックウマ娘にダートのトップは任せられねぇよなぁ?シニア級の恐ろしさをたっぷり味わってもらわねぇと。積み重ねた年数がモノを言うんだぜ?」

 

「いやいや…若い力ってのはいつだって向こう見ずなんすよ北原先輩。なぁ?立華さん」

 

「今日の所は初咲さんに同意っすね。ただまぁ、その中でウチのファルコンが一番ですが」

 

「いやうちのメンバーのほうが強い!今度こそ勝つ!」

 

「ウララならやってくれる!俺はそう信じている!」

 

 俺達トレーナーは、内心に愛バへのクソ重い信頼を抱えた笑顔を見せあいながら、和気あいあいとコミュニケーションをとった。

 その笑顔の裏に全員恐ろしいほどのライバル心を持っているのを隠し切れていない。俺もである。

 敬愛する北原先輩と親愛なる同期の初咲さんには悪いが、今日の冠はうちの隼が頂いていく。

 

「…何と言いますか、こう。男子って感じですね…」

 

「ウチのトレーナーもそうだけど、北原トレーナーも初咲トレーナーも子供みたいなの」

 

「うむ…年を重ねても、男と言うのは子供心を忘れられないモノらしいな。ノルンがそう言ってた」

 

「北原トレーナーも普段はしっかりした人なんですけどね…立華トレーナーといると、いつもテンション高くなっちゃって…」

 

「…はァ。男どもってのは、どうしてこんなガキなんだ…」

 

 閃光と風神と灰被り姫とウマ娘トレーナー二人に思いっきりため息をつかれてしまった。

 いいだろ別に。北原パイセンも初咲さんも親しい仲のトレーナーなんだから少しくらい自慢したって!

 

「ほら、ゲート前に皆さん集まってきましたよ。応援しましょう」

 

「む。そうだな、よし、頑張れファルコンー!!お前ならどんなにマークされても勝てる!!」

 

「マーチ!!ノルン!!ルディ!!ミニー!!今日まで積み重ねた練習を信じろ!!!」

 

「ウララァーーーーー!!お前が最高のウマ娘だーーーーー!!!頑張れーーーーーー!!!」

 

「………テンション高っけェ…」

 

 SSのため息が俺たちの歓声にかき消されながら、ゲート前に集まるウマ娘達に俺たちは全力の応援の声をかけたのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 

 スマートファルコンがレース場に続く通路を抜けて、晴天のダートに足を踏み入れる。

 

「………っ…!」

 

 彼女がレース場に姿を現した瞬間に、観客席から大きな歓声が送られた。

 

 誰もが、彼女に期待しているのだ。

 アメリカで世界の頂に立ち、そうしてその後もすさまじい好走を果たす、世界最強の砂の隼を。

 砂の上では、誰にも前を走らせたことがない、彼女の伝説を。

 

 しかし。

 そんな伝説を、虎視眈々と狙う者たちがいる。

 砂の頂、空を舞う隼を撃ち落とさんと、ライバルたちがゲート前で彼女を迎えた。

 

「……ようやく、ああ、ようやくこの時が来たな…ファルコン」

 

「マーチ先輩…」

 

 腕を組み、己の溢れそうな戦意を零すまいとしながら、しかし余りにも獰猛な笑顔を浮かべて、フジマサマーチが待っていた。

 スマートファルコンが、チームに入ってから…初めて併走した、尊敬する先輩。

 ダートを専門とする彼女と、何度も併走し、お互いに高めあっていった。

 彼女が、カサマツの先輩たちが居なければ、ベルモントステークスでの奇跡はなかった。

 スマートファルコンにとって、大きな恩のある相手。

 

 だからこそ。

 そんな相手と、ようやくこうしてGⅠで相まみえる日が来たことに、フジマサマーチも、スマートファルコンも、心の底から、震えるような高揚感を味わっていた。

 

「…ファルコン。お前は強い。今のお前は、ダートの上では間違いなく最強だろう。……だからこそ、全力でぶつかりたい。私が挑むべき強敵に、お前はなってくれた。オグリの様な存在にな……感無量だよ」

 

「…マーチ先輩。ファル子も、マーチ先輩と走るのずっと楽しみにしてたよ。……絶対に、負けないから」

 

「ああ…無論だ。私も、お前に勝ちたい……いかんな、逸ってしまう。…今日は最高のレースにしよう」

 

 お互いに、まるで下弦の月の様に鋭く口を歪ませ、笑顔を見せる。

 その笑顔は、スマートファルコンが彼女たちと初めて併走をしたときの様な、それのようで。

 

「こらー、二人だけの世界に入ってんじゃねーぞファルコンちゃーん!あーしらもいるんだからな!」

「こないだのJBCじゃコテンパンにやられちまったけど、あたしらも今度こそ負けねーかんね!」

「世界レコード持ちと走るチャンスなんてそうそうねーかんなー。アタシらもやる気バリバリだぜ?」

 

 だが、そんな二人だけの世界に割って入るように、カサマツ3人組も割って入る。

 彼女たちも説明するまでもないが、ダート重賞を走る優駿である。その実力は侮れない。

 先日のJBCレディスクラシックでは隼に追いつくことはできなかったものの、全員が好タイムをたたき出している。

 前回の負けを更なる戦意に変えて、大いなる強敵に向けて怖気づくことなく、その瞳には闘志がみなぎっていた。

 

「…ふふ、もちろん先輩たちも忘れてないよ!全力で来てね!ファル子、絶対勝つからね…!」

 

 だが、それはスマートファルコンも同じ。

 愛する先輩たちと、併走ではなく、大舞台で真剣勝負が出来る。

 そんな状況で、アガらないウマ娘がいるだろうか。いや、いない。

 

「おっとぉ。藪蛇だったかー?」

「いや全力で走ってくれねーと意味ないっしょ!」

「やれるところまでやってるぜー!」

 

「ふふ。ああ……今日はいい日だな。楽しもう。全力でな」

 

「うん!今日はよろしくお願いします、先輩方!」

 

 スマートファルコンがカサマツメンバーに礼をして、そうして改めてゲートに向き直る。

 カサマツ組だけではない。そこにいる全員が、スマートファルコンに強い視線を向けていた。

 誰よりも強く、誰よりも速い。今、世界の頂に立つ隼に、勝つために。

 勝ちすぎると、周り全てのウマ娘が敵になる。

 そして、そんな状況だからこそ────隼の魂は、燃え上がる。

 

 勝ちたい。

 砂の上で、勝ちたい。

 

 だが、そんな共に走るメンバーの仲で、もう一人だけ、スマートファルコンに声をかけた。

 

「……ファルコンちゃん!こうして走るのは二回目だね!」

 

「ん…ウララちゃん。うん、そうだね…前はヒヤシンスステークスだったね」

 

 ハルウララ。

 彼女が、スマートファルコンに声をかけた。

 

「うん!あのレースで……私、ちょっと変わったんだ。あの日から…うん、ずっと、ファルコンちゃんに勝ちたかった!だから、一生懸命頑張って…ここに、来たよ!私、負けないからね!!」

 

「────そう、だったんだ。うん……そうだね、確かにあの日以降のウララちゃんはすごかったよね。ジャパンダートダービーでも、JBCスプリントでも…でもね、ウララちゃん」

 

 ハルウララは、あの時の敗北で…己のトレーナーが流した涙を、笑顔に変えるために。

 そして、スマートファルコンは。

 

「…ウララちゃんにだけは、負けたくないな。世代の頂点は、私だよ」

 

「っ…!……うん!ウララも、負けないよ!今日はがんばろうね!!」

 

 覚えていた。

 夏休みの、ハルウララの、ジャパンダートダービー。

 己のトレーナーがおかしくなったときに、見ていたウマ娘が、彼女であることを。

 

 嫉妬心ではない。

 己のトレーナーに、ハルウララに対してそういう気がないことは流石のスマートファルコンもわかっている。

 だが……間違いなくハルウララには、トレーナーが驚くほどの何かがある。

 

 その何かに、負けられない。

 世代のダート最強の名を譲らない。

 私が、砂の上では最強だ。

 

「ふふ…あとは、脚で語るね?逃げ切って見せるから!」

 

「うん!!私も、差し切って見せるよ!」

 

 スマートファルコンは、カサマツ組にも見せた、貪欲に勝利を求める笑顔を。

 ハルウララは、彼女らしい天真爛漫な笑顔を見せて。

 クラシック世代のダートウマ娘、その筆頭たる彼女たちは、踵を返し、ゲートに入っていく。

 

 次々とゲートと言う名のシリンダーに装填されて行く砂の弾丸。

 砂の王者を決める、今日のチャンピオンズカップ。

 その頂に至るのは、どのウマ娘になるのか。

 

 

『最後のウマ娘がゲートに収まりました。今年のダートのマイル王者を決める一戦!チャンピオンの栄光を手にするのは誰になるのか!………スタートしましたッ!!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

107 チャンピオンズカップ

 

 ゲートが開かれ、放たれて行く16発の弾丸。

 ダートを走る優駿たちが集うこのレースでは、出遅れるような者はいない。

 全員が好スタート。始まりから躓いていては、王の冠を戴くことはできない。

 

 だが、それでも。

 やはり、先陣を切るのはこのウマ娘。

 

『揃ったスタート!さあしかし、飛び出していくのはやはりこのウマ娘だ!レースを率いるのは世界の隼!!スマートファルコンが加速してハナを取りに行きました!!』

 

 砂の隼、スマートファルコンがスタート直後に圧倒的な加速を見せた。

 ゲートの反応も抜群。彼女にとって、ゲートとは開いてから出るものではない。

 動き出して、開き切る前に抜け出るものだ。

 尋常ならざる集中。その反射神経は、シニア級も集うこのレースでも他の追随を許さず、その勢いのまま加速を始めていく。

 

 先駆けは私だ。

 スタートからゴールまで、己の前を誰にも走らせない。

 先頭の景色は、譲らない。

 

「…やるな、やはりこうでなくてはな…ファルコン!」

 

 スマートファルコンの切れ味の良いスタートを、先行の位置につきながらフジマサマーチが見届けた。

 そのスタート、その加速。随分と懐かしい情景がフジマサマーチの脳裏に思い浮かぶ。

 それはかつての、彼女と初めて走った併走での事。

 あの時でさえ、抜群のスタートを切れる、才能に溢れたウマ娘だと感じていた。

 そんな彼女が、あの立華トレーナーの下で、日本刀が鍛え上げられ更に刃の鋭さを増すように、怪物の豪脚にさらなる磨きをかけていた。

 

 スタートで彼女に張り合おうとするのは無謀だ。

 慌ててゲートから出ようとすれば、ゲートに頭をぶつける可能性がある。

 スタートダッシュに競りかけようとすれば、間違いなく己のスタミナが削られる。

 その上で、さらに…スマートファルコンにとって、このスタートダッシュは無茶でもなんでもないのだ。

 この後、彼女が落ちてくるタイミングは、ない。

 

 だからこそ。

 全力でそれを打ち破るために、私たちは今、ここにいる。

 

「今度こそ逃がすかよぉ…ファルコンちゃん!あーしの全力、受けてみやがれ!!」

 

 フジマサマーチの1バ身後方を走るノルンエースが、先頭を走るスマートファルコンへ渾身の牽制を飛ばした。

 前回のJBCでも同じように牽制を飛ばしてはいたが、あの時は周囲を走るウマ娘へも注意を飛ばしながらのそれであり、全力のそれではなかった。

 ノルンエースとしては、JBCで取った作戦は己が勝つための最適な手段と考えていたものであり、実際、それで好位置をキープできて、二着に入着することが出来ていた。

 

 ────────ふざけるな。

 欲しいものは二着の賞金ではない。よいレース、などと言う慰めにもならない言葉ではない。

 欲しいものはただ一つ。

 一着の、その冠。

 

 そのために。

 砂の隼をまず落とす。

 

「少しでも焦らせてやる…!」

 

「独走させるか…!アタシが勝つんだ…!」

 

 ノルンエースの全力の牽制、焦らせる圧の他…ルディレモーノも、ミニーザレディも、先頭を走るスマートファルコンへ牽制を仕掛ける。

 それは周りのウマ娘もすべてがそうだ。大なり小なり、先頭を走るスマートファルコンへの注意を切らさない。足音による圧は届かないため、視線による圧を、技術を使い、何としてもその脚を留めんと画策する。

 

 ……チーミングではないか、と懸念を覚える者もいるだろう。

 なるほど、確かに日本のレースではチーミングは重大な違反となる。

 外国の様に、同じチームからラビットと呼ばれる使い捨てのウマ娘を出すような、そんな武士道精神に欠けた行為は許されていない。

 

 だが、今回のこれは事情が違う。

 まず、全員が全員、己が勝つために、最善の手を打っていること。

 邪魔さえできれば負けてもいい、などと考えているウマ娘は一人もいない事。

 数人が牽制を仕掛けているから、これ以上かけるのは申し訳ないし、自分は別の有力ウマ娘に圧をかけます、みんな平等に牽制を仕掛けあいましょう……などという発想そのものが許されないことだ。

 このレースで己が勝つために必須なのは、先頭を走る隼を墜とす事。

 あれを止めなければすべてが終わるのだ。

 

 そして、もう一つの理由。

 

「────だあああああッッ!!!」

 

 それだけやっても、砂の隼の独走を止められていないという事実。

 彼女が、圧倒的な強者であるというゆるぎない現実。

 これだけの圧を受けてなお、最初のコーナーに衰えぬ足で突入し、速度を落とさないままに曲がり抜けるその豪脚。

 

 強いウマ娘は、マークされる。

 圧倒的な者がいれば、当然マークはさらに強くなる。

 それが、伝説に踏み込むような…そう、例えば皇帝であったり世紀末覇王であったり、そんな伝説が相手であれば、走るウマ娘すべてが敵になる。

 

 砂の隼も、その領域に至っていた。

 先頭を走る彼女に対して、圧をかけないウマ娘はいない。

 

 そして、そんな圧を受けて走るスマートファルコンは。

 

「………ふ、ふふ……!!」

 

 その顔に、闘志に溢れる笑顔を浮かべていた。

 余裕ではない。全員が自分に対して全力で挑みに来ているというそれに対する、高揚から零れる獰猛な笑顔。

 

 いくらでも来いと。

 そうして、全員からマークを受けるからこそ。

 だからこそ、勝つことに意味がある。

 

 砂の上で、()が、マークされないはずがない。

 全員から圧を受けて、その上で私が逃げ切る。

 砂の上での絶対は、()だ。

 

 魂と共鳴したスマートファルコンにとって、砂のレースとは蹂躙するもの。

 その傲慢なまでの信念が、牽制に対する抵抗を生む。

 

 レースは序盤を越えて、中盤に差し掛かった。

 

『先頭を征くスマートファルコン!脚色は衰えない!!今1000mを通過して……59秒6!!速すぎるッッ!!!OP戦の1000mレースのゴールタイムに近いぞ!?そしてここからスマートファルコンがさらに加速を果たすッ!!どうしろと言うんだこのウマ娘!!だが!!だがしかし!!後続も決してあきらめていないぞ!!スマートファルコンとの距離を、これ以上離されまいと!!一度大きく離された距離を徐々に詰めていきます!!最終コーナーを回ってからの勝負になるか!!』

 

 1000m地点を地方OP戦であれば1着のゴールタイムになるであろう、そんなペースで走り抜けていくスマートファルコン。

 当然、まだ脚色は衰えない。いや、むしろここからが本番だ。

 ウマ娘にしては珍しく、中盤で突入するタイプの領域であるそれが、来る。

 

「……誰にも、先頭を譲るつもりは────ない」

 

 

 ────────【砂塵の王】

 

 

 ダートレースで先頭を走っていることで発動するそのスマートファルコンの領域は、心象風景と重なるように、砂埃を大きく巻き上げて更なる加速を果たす。

 後続との距離がなお離れる。10バ身ほどの距離を保ち、そして最終コーナーに向けて駆けていく。

 

 ここからは、逃げ切るだけだ。

 最終コーナーでも、アメリカの伝説たるサンデーサイレンスから享受されたコーナリング技術と、さらに逃げのトリックスターであるセイウンスカイから継承した技術を重ねて用いて、速度を落とさず。

 最終直線でそのアドバンテージを守り切って勝つ。

 スマートファルコンの王道の展開であり、そしてそれは中盤での領域の発動を為した今、止める手段はない。

 当然、それは他のウマ娘達も理解している。

 ここからはどれだけ牽制を、圧をかけようとも、スマートファルコンは逃げ切るだろう。

 

 しかし、僅かでも牽制で削れてくれていれば。

 最終直線で、僅かでもその末脚が削り取れていれば。

 

 あとは、己の全力をぶつけて、先頭を行く隼を捉えるのみだ。

 それがどれほど高い頂であろうとも、諦めているウマ娘はいない。

 このレースはチャンピオンズカップ。王者を決める戦いであればこそ、その王者に最も近いスマートファルコンに対して、全力で挑むためにここを走っているのだから。

 

「…さぁて、全部振り絞ってやらぁ…!!あーしだって、ぶち抜いてやるッ!!」

「逃がすかよォ!!こっからだろうが!!絶対に諦めねぇからな!!」

「根性!あとは根性と勇気だけだあああ!!」

 

 ノルンエースが、ルディレモーノが、ミニーザレディが、加速を始める。

 最終コーナーを曲がり終えるまでにスマートファルコンとの距離を少しでも埋めるために、600mのロングスパートをかけ始める。

 そこに走り切れるかどうか、という計算はない。

 

 走り切れなければ負ける。

 走り切れれば、勝てる可能性がある。

 だったら根性で走り切ってその可能性に賭ける。

 

 素直に走れば絶対に負ける。

 奇跡の一つや二つを起こさなければ、砂の隼には勝てないのだ。

 勝利の可能性が欠片でもあれば、それを諦めない。

 

 最終コーナーに入って、ここでウマ娘達の取る作戦は2つに分かれた。

 ノルンエースらと同じように、少しでも早い段階から距離を詰めて、根性で走り抜けて隼に迫らんとするもの。

 そして、もう一つの作戦……己の走りを信じて、そこに全身全霊を注ぎ込み、砂の隼を捉えんとするもの。

 

 後者の作戦を取ったウマ娘は、二人。

 奇しくも同じ条件。領域に目覚めている彼女たちだ。

 

 残り400m。

 先頭を行くスマートファルコンが後方と6バ身ほどの差をつけて、最終直線に突入した。

 直後。

 スマートファルコンは、それを感じた。

 

 後方からの、圧。

 レースを走るウマ娘が、領域に至った時の、圧。

 それが、二つ。

 

「……行くよ、ファルコンちゃんっ!!勝負だあああああ!!!」

 

 最後方。

 追込みに近い位置で、スマートファルコンとの差が()()()()()()()()()()()()ハルウララが、領域に入る。

 

 

 ────────【113転び114起き】

 

 

 その領域は、加速を齎すもの。

 先頭との距離が離れていれば離れているほど、レースを走るワクワクと共に、飽くなき勝利への渇望が速度を上げ続ける。

 最適な条件で発動したその領域は、ハルウララの末脚に爆発的な加速を生んだ。

 

 そして、もう一人。

 

「……行くぞ、ファルコン!!見せてやる……これが私の、全力だッッ!!」

 

 フジマサマーチが、先行集団から飛び出して、領域に入った。

 

 

 ────────【闘ヱ、将イ、行進ス】

 

 

 その領域は、彼女が至った到達点。

 オグリキャップの領域である【灰の怪物(グレイファントム)】に酷似した、最終直線にて加速を齎すもの。

 さらに、こちらの領域にもハルウララの様に、加速の度合いに条件がある。

 

 それは、同じレースを走る相手の内、レース当初からマークし続けた最大のライバルであるウマ娘が、()()()()()()()()、高い効果を生むというもの。

 強敵を、怪物を相手取ったとしても諦めることをしなかった、この世界線のフジマサマーチが目覚めたその特殊な領域。

 今日のこのレースでは、その効果が最大値で発揮された。

 相対するは世界の隼。

 相手にとって不足などあるはずもない。

 

「うわあああああああああああっっ!!」

 

「は───あああああああああッッ!!」

 

 最終直線を、二人のウマ娘が爆走する。

 ダートのレースの速さではない。

 それはすさまじい加速を齎して、先頭を走るスマートファルコンへ肉薄していく。

 

 

『残り200m!!先頭を走るスマートファルコンへフジマサマーチが迫るッ!!その距離を縮めていく!!さらにその後ろから更なる加速でハルウララも来た!!世代の頂点を隼に譲らんとなお迫るっ!!やはりこの3人か!!JBCの冠を分け合った3人が最終直線を争います!!残り3バ身!!届くか!届くのかフジマサマーチ!!差し切るのかハルウララ!!!』

 

 

 大歓声の中を、隼が、砂の麗人が、季節外れの桜が駆ける。

 相対速度は僅かにフジマサマーチが勝る。

 ハルウララもまた、その速度を落とさず更なる加速を求めてその脚で砂を蹴り抜ける。

 確かに迫った。砂の頂を飛ぶ隼まで、迫っていった。

 

 ────────だが。

 それでも、彼女は、チームフェリスのスマートファルコンなのだ。

 

「……っ、なっ…!?!?」

 

 残り1バ身まで迫ったフジマサマーチの眼前。

 スマートファルコンが、更なる加速を見せた。

 

 

 ────────遊びは、おしまいっ!!

 

 

「………く、ぅぅっ…!!!」

 

 それすら差し切らんと、前傾姿勢を取り末脚を発揮したハルウララの眼前。

 スマートファルコンもまた、頭を下げて、姿勢を低く、風を切るように、更なる前傾姿勢を取った。

 

 

 ────────全身全霊。

 

 

 それはまるで、風神の様に。

 それはまるで、閃光の様に。

 

 

 最終直線において、他の追随を許さぬチームの親友たちの、その技術を。

 スマートファルコンは、最後の一手として、繰り出していた。

 

 勝負は決した。

 

 

『残り100m、っ、ここでスマートファルコンが振り絞るッ!!さらに加速ッ!!後方から迫る二人を追いつかせない!!これがスマートファルコンだ!!これが世界の頂点だ!!!今!!スマートファルコンが、一着でゴーーーーーーーールッッ!!!』

 

 

『強すぎるっ!!どこまで行っても逃げてやる!!ダートの王者は私なのだと!!そんな叫びが聞こえるような強い走りでしたッ!!二着はフジマサマーチかハルウララか…今掲示板が出ました!!一着スマートファルコン!二着フジマサマーチ!三着がハルウララ!!……そして出たぞ!!やはり出た!!レコードだ!!レコードです!!!スマートファルコンがまたその伝説を砂に刻んだぞ!!砂の王者の冠は、砂の隼の頭上へと!!!スマートファルコンが一着ですッッ!!!』

 

 

 一着、スマートファルコン。

 二着、2バ身差でフジマサマーチ。

 三着、クビ差でハルウララ。

 

 チャンピオンズカップ。

 その名の示す王者の称号は、砂の隼に贈られた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……いよっしゃあ!!よくやったファルコンっ!!!」

 

「だーーーーー!!負けたァーーーーー!!!完璧な走りだったろ今のォ!!」

 

「ウララぁ…!!よくっ、よくやったぞウララ…!!もうちっと、だった、なぁ…!!!」

 

 俺達トレーナー陣は、ゴール前、己の愛バが激走を見せたそのレースのゴールを見届けた。

 一着は、俺のスマートファルコンが隼の名の如くかっさらっていった。

 最後に彼女が見せた、アイネスの様な再加速と、フラッシュの様な末脚。

 それを見て、俺も思わず涙を零してしまう。

 

 北原先輩はあと一歩及ばなかったフジマサマーチの走りに完璧であるそれを認めながら、しかし敗着してしまったことへの悔しさのにじむ表情を浮かべている。

 初咲さんはスマートファルコンにここまで迫ったウララへの感動と悔しさが一度に来ているのだろう。天を仰ぎながら号泣していた。

 

 その悔しさは、分かる。

 俺だって、今日は勝ったが、もしこれでスマートファルコンが負けていたら初咲さんに負けず劣らずの号泣をする自信がある。

 俺達トレーナーも、愛バが負けてしまったことの悔しさ、その涙で己を奮い立たせ、次こそは、と誓うからこそ、成長していくのだ。

 今日は勝ったが、次も勝てるとは限らない。

 レースに絶対はないのだから。

 

「だーくそ!やられた!!……だがよぉ立華クン!俺達チーム『カサマツ』は諦めが悪いからな!次こそは…ってやつだ!!」

 

「俺だってそうだ!次こそは、俺とウララが…ファルコンを差し切ってやる!!ああ、次こそは…!!」

 

「ええ……もちろん、こっちも引く気はないですよ。次も、うちのスマートファルコンが勝ちます!」

 

 そして俺に対して改めての宣戦布告をしてくるパイセンと初咲さんに、俺も高揚を伴う戦意バリバリの笑顔を見せて受け止めた。

 この二人は、特に親しくしているトレーナーだ。普段はそこまでしないバリバリのライバル心も、素直に表に出せてしまう。

 そんな俺の表情を受けて、二人もまた、どこまでも諦めないという顔を返してきた。

 

 ああ、次こそは。

 次のレースでは、()()()()が勝つのだと。

 全員が、そう思っていたに違いない。

 願わくば、次も最高のレースを。

 

 

 

「──────いつまでやってんだお前らァ!トレーナーならとっとと自分のウマ娘を労りに行けェ!」

 

 しかし、いつまでもメンチを切っていた俺たちに対してSSがしびれを切らしたようで、文字通りケツを蹴っ飛ばして俺たちをコースに向かわせようとする。

 ひどい。

 まぁまだわからないか…SSにこの領域(レベル)の話は…。

 

「ただ子供みたいに自分のウマ娘のほうが強い!って言いあってるだけでしたよね?」

 

「稀に見るレベルののろけだったの。中学の頃の男子を思い出すの」

 

「うむ…早くみんなを労わりに行こう。全員が全力を振り絞った見事な走りだった。アイシングしてやらないと」

 

「準備できてますよ北原トレーナー。早く行きましょうね?」

 

 フラッシュとアイネスにはため息をつかれ、オグリは真面目な様子で道具を整え、ベルノがバッグを肩に背負って北原先輩を更に蹴飛ばしていく。

 しょうがないだろ俺たち男子なんだから!

 しかしそんな想いを籠めてウマ娘達を見ても冷たい視線が返されるのみだったため、俺達トレーナーはすごすごと己のウマ娘達を労わりに行くのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

108 ぱかちゅーぶっ! チャンピオンズカップ





 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

「ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす』

『ぴすぴーす!』

『ぴすぴーす!』

『はじまた』

『ぴすぴーす』

 

「おーっすお前らー!!今日も元気そうで何よりだぜぇー!!年の瀬になって今年ももうちっとだ!!まだまだGⅠあっから楽しんでいくぞーっ!!」

 

『うおー!』

『あと1か月もないんだよなぁ…』

『今年は時間たつの早かった気がする』

『毎月なんかしら伝説が起きるレース界隈』

『毎年の事ではあるけど今年はすごかった』

『今年もまだまだGⅠあるから楽しみぞい』

 

「おし!そんじゃ今日のレースいってみっかぁ!!今日はダートGⅠ、チャンピオンズカップだぁ!!中京レース場で開催されるレースだぜ!歴史は浅くて2000年に2100mのジャパンカップダートって名前で始まったんだけどよ、当時はジャパンカップの前日に行われてたんだよなー。そん時は海外ウマ娘も呼んでたんだけどよー、ぶっちゃけこの時期ってアメリカでブリーダーズカップとかあってダートには集めにくくね?ってなったからその後国際招待制が廃止されてな。時期をずらして12月1週目に開催されるようになって、名前がチャンピオンズカップに変わったのが2014年の事だ!そっからは国内最強ダートウマ娘を決める、まさに年末の大一番!!って感じになったぜー!!」

 

『カンペガン見で芝』

『いやでも解説助かる』

『ダートGⅠ詳しくない人も多いしね』

『ぶっちゃけダート今年から見始めた俺氏』

『大きな声では言えないけど俺もソーナノ』

『芝至上主義はどうしても根深いからな…』

『今年は相当風吹いてるからなダート』

『新しいクラシック3冠が設立される予定なんだっけ?』

『URAが発表してたゾ』

『来年か再来年くらいになるみたいだけどね』

 

「うーん…そのあたりはちっと敏感な話題だよな。アタシ個人としては、ダートレースもすげーあちーし立派なもんだと思うんだけどよ、世間的な評価はこれからって感じで……あー、まぁこの放送はお気持ち表明の場でもねーし!!とりま今日はダートのエースたちが集まる大一番ってことだぁ!!盛り上がっていこうぜー!!」

 

『うおー!』

『楽しいレースが見られりゃ ええ!』

『ファル子ー!今日も逃げ切れー!!』

『カサマツ組が虎視眈々と狙ってますねぇ…』

『俺はいつだってウララちゃんを応援するからよ…』

『ウララちゃんいいよね…』

『いい…』

『一生懸命走る姿が推しなのよ』

『だが相手は世界の隼だァ…』

『世代の2大人気ダートウマ娘』

『昔からダートレース見てるワイはカサマツ組を推すぜ』

『泥臭く走るカサマツ組すこすこのすこ』

『ファル子相手にどこまでいけるか』

 

「それぞれ推しウマ娘いやがるなー!さて、それじゃあ今日もゲストをお呼びするぜー!!前回JBCの時はイナリワンにお願いしたけど今回もダートGⅠとってるウマ娘呼んでるぜ!!予想タイムは…あー…まぁいいだろ!!チャンピオンズカップの歴史浅いしな!今日のゲストはこちらっ!!」

 

「ヒョエエエ…この私がとうとうぱかちゅーぶにぃぃ!!ヒェッ、あ、アグネスデジタルです!!ぴすぴーす…!」

 

『デジたん!?』

『デジたんだあああ!!!』

『アグネスデジタルだとぉ!?』

『アグネスのやべーやつ』

『(どっちだ…?)』

『芝もダートも走れるやべーやつ』

『イナリワンもそうやろがい!!』

『ファル子もそうやろがい!!』

『意外といるよね芝とダート走れる子』

『タイキシャトルとかエルとかオグリとか』

『多分走ったことないだけで走れる子もっといっぱいいるんやろなって』

『デジたん大丈夫?原稿ちゃんと間に合う?』

 

「─────原稿は安心してください。既に200ページ校了してますから」

 

「うわぁ急に真顔になるな!なんだぁ、めちゃくちゃ描き上げてるじゃねーか…はかどる何かがあったか?」

 

「そりゃぁもう!!今年の世代のウマ娘ちゃんたちがキラキラ輝きすぎてぇ!!トレーナー込みで捗りまくりですよぉぉぉ!!!は~…ありがたや~……」

 

「今日は解説だからな!?息をするように昇天するんじゃねーぞ!?戻ってこい!!ホレ!!アタシと有力ウマ娘の解説するぞオラッ!!」

 

「……はっ!!失礼しました、妄想が爆発しました。有力ウマ娘解説ですね!?任せてください!!」

 

『デジたんはブレないな』

『いつもの』

『芝』

『色んなウマ娘がいるよね…中央トレセン』

『ウマ娘の多様性が叫ばれる時代だからねしょうがないね』

 

「それじゃまず一番人気だ!!説明不要だなっ!!今年のダートレースを蹂躙する砂の隼!!スマートファルコンだぁ!!」

 

「今年アメリカで開催されたベルモントステークスで、伝説の世界レコードを刻んだウマ娘さんですねぇ…!スタートからゴールまでハナを譲らず逃げ切るその走りは圧巻!芝のレースでもGⅠを取ってはいますがやはり神髄はダートのレースです!!ファルコンさんが走ったダートレースでは不良バ場であったJBC以外はすべてレコード!!いやぁ…とんでもないウマ娘さんですねぇ…!学園では逃げ切りシスターズというウマドルグループのリーダーも務めていらっしゃってファンサービスも欠かしませんね!ただ、最近はレースに集中しているのか、個人でのウマドル活動は少なくなっているでしょうか。トゥインクルシリーズに入る前はウマドルにも熱を入れてて個人的に推しだったんですけどねぇ…フヒッ…その点は寂しいですが、しかしそれ以上にレースで魅せてくれてますからデジたん感無量ですよぉ…!!それでですね、更にチームフェリスに加入してからというもの、日々の練習で努力されているんですが特に推しポイントがチーム内での猫トレ争奪戦ですねぇ!!あのクソボケトレーナーのクソボケっぷりに振り回されながら時々すっごい乙女な表情をしているのを見るだけでもう捗り過ぎていけませんよこれは!!そう思うでしょう!!皆さんも!!!私もですっっっっ!!!!」

 

「ちょっと待て。一人でこんな解説してたらゲート入りに間に合わねーからもうちょい巻きで頼むわ」

 

「え゛え゛ぇ゛ーーー!?!?」

 

『芝』

『デジたんならこうなるって思ってた』

『知ってた』

『解説に愛がこもりすぎなんよ…』

『好きに話させてたら何時間でも解説しそう』

『まぁド本命よなファル子』

『ダートで世界最速だからな』

『逃げ切り☆キメてけぇ…!』

『そういや今日のオニャンコポン見てないや』

『今日はめちゃくちゃ和んだ』

 

「ん、そーいやオニャンコポンキメてねぇわ。どれどれ……ぶほっ!あはははは!!ダブルでまんまるじゃねーかー!!」

 

「今日のオニャンコポンよかったですよねぇ…ファルコンさんとオニャンコポンさんが並んで机に顎をついて、まんまるもっちーんってしてるの。和むってこういうことを言うんでしょうねぇ…猫トレさんもどんどんお写真撮るの上手になってまして…はぁ……てぇてぇ……!!」

 

『まんまるファル子概念すこ』

『オニャンコポンも小顔で顔まんまるだからな』

『二人とも(-v-)って感じの顔が最高』

『リラックスできてますねぇ…』

『今日オニャ始まったころはピントぶれとかもあったけど最近光源とかも意識し始めてるのバレバレ』

『こないだ新しいカメラ買ったって猫トレはしゃいでた@学園生』

『ペット飼ったらそうなるのわかる』

『わかる』

『ログボ見てると自分まで猫飼いたくなってくるからヤバイ』

 

「っと、時間がやべーんだったな。ヨシ!デジタル!2分以内でカサマツ組解説!2番人気のフジマサマーチの解説マシマシで!!」

 

「2分以内!?いえでもやりましょう!フジマサマーチさんやノルンエースさんルディレモーノさんミニーザレディさんは皆さんチームカサマツからの参戦です!!オグリさんのいる有名チームですね!!みなさんダートを専門に走っていますがこのチームの特徴として皆さん地方から中央に移籍してきたウマ娘と言う事ですね!!オグリさんと同時期にレースを走っていましてダートレースではそれぞれが重賞勝利を果たしています!!フジマサマーチさんはGⅠも2つ勝利していますね!それぞれ走りに光るものがあってフジマサマーチさんは特にオグリさんの様な末脚が武器!!ノルンエースさんは牽制が!!ルディレモーノさんは中盤の位置取りが上手でミニーザレディさんは伏兵らしい位置取りからの爆発力が侮れません!!全員が注目ウマ娘ですよ!!……ハイ完了!!」

 

「グッドッ!!」

 

『超早口で芝』

『2分どころか30秒かかってないんだが?』

『いやでも聞き取りやすかった』

『デジたん…お前の解説聞き取りやすいよ…』

『愛と熱意が伝わるから聞いてて楽しいゾ』

『カサマツダート組のみなさんやね』

『この子達ファンなんすわ』

『ワシも 走ってる時の鬼気迫る表情がぁ…好きでぇ…』

『オグリの世代はみんな走る時の表情がガチでいいよね』

『ファルコンも近い表情するから好き』

『ファル子よく併走とか付き合ってたらしいね 結構今日オニャ出現率高い』

 

「そうなんですよ!!トレーナー同士もとても仲がよろしくて、学園でもよく話している姿を見かけますっ!!北原トレーナーは渋さとお茶目さが残ったナイスミドルと言う感じでぇ…どぅへへへ……デジたん的には立×北ありですねぇ…!!」

 

「ここアタシのチャンネルだからな!!生放送だからなデジタル!!暴走はやめろォ!!!ほら次の紹介するんだよ早くしろ!!三番人気はハルウララだーっ!!」

 

「はっ。いけない、暗黒面に堕ちかけました…!!ウララさんですね!!彼女は天使です!!その笑顔、いかなるウマ娘も拒めない!!学園のみんなのアイドルです!!とにかくかわいいっ!!!…と、ここまで彼女の愛嬌について語りましたがしかしその走りも本物です!!ジュニア期で未勝利戦三戦目で勝利、その後のヒヤシンスステークスでファルコンさんに敗れてからと言うもの、ウララさんは変わりました!!こう…何というか…トレーナーとの二人三脚というかぁ…そのぉ…わかりますかねぇ!?絆!?絆と言うか、熱い想い!?みたいなのがデジたん的には見えてぇ!!練習でも本当に全力って言うか、気迫に溢れてましたぁ!!その結果、その後のレースでは素晴らしい好走!!苦手としていた中距離も初咲トレーナーが黒沼トレーナーに頭を下げて指導してもらった結果、見事に克服してジャパンダートダービー制覇!!その後も地方ダートレースで一着を重ね、先日のJBCスプリントでも荒れたバ場の中を見事な一着!!もう誰も彼女の実力を疑うものはおりません!!今日はファルコンさんとのリベンジマッチ、クラシック世代のダートウマ娘の頂点を決める戦いですねっ!!きっとお二人とも昂ってますよぉ……これは眼が離せませんねぇ…うへへぇ……!!」

 

『デジたんよだれ垂れてる』

『語るじゃねぇか…』

『あいつ推しのウマ娘の事になると早口になるの可愛いよな…』

『ウララちゃんとかいうてぇてぇの化身』

『ウララはホント一生懸命に走るのがすこ』

『ゲートに入ると表情きりっとするのがすこすこのすこ』

『最終直線でぶっ飛んでくるとめっちゃ応援したくなるんだよなぁ…』

『ファルコンとは違う意味で、同じくらい推しのウマ娘ですよ』

『二人とも最高なんで二人とも勝ってほしい』

『勝者は常に一人なんだよなぁ…』

『なおブルライ』

『それは究極のレアケースやろがい!』

 

「有力ウマ娘の紹介はこんなところかなー。他のウマ娘もやる気みなぎってっから誰が勝つかはわからないぜー!!」

 

「ダートレースですと地方のウマ娘さん達とかも出てきますからねぇ…時々ものすごい末脚を発揮するウマ娘ちゃんもいてあらゆる意味で眼が離せませんよぉ!!そんなウマ娘さんたちがゲート前に出てきましたねぇ!!」

 

「おー、カサマツ組が来て、ウララも来たな!!……っと、そしてスマートファルコンが来たぁ!!」

 

「ヒョエッ…すごい歓声です!!流石は世界の隼ですねぇ!!…おや、フジマサマーチさんが宣戦布告ですかね?近づいて……ミ゛ッ。い い 顔 ぉ……!!」

 

『二人ともすっごい笑顔』

『真のダートウマ娘は笑顔で殺す』

『オリジナル笑顔(ガン×ソード)ですねぇクォレハ…』

『ニィ……って擬音がこっちにまで聞こえてくるもん』

『ヴァ』

『ザッ』

『シィィ』

『(舞い散る修羅粉)』

『 加   』

『加速する!』

『 す   』

『 る   』

『 !   』

『急なコメ芸やめろ』

『芝』

『これたぶん一人でやってるんだと思いますよ』

 

「コメントどもが器用なことしてやがんな…いやーでもすっげぇ、もう走りたくてたまらないって顔だったなーあいつらー!!他のカサマツ組も話しに行ってんな!!」

 

「普段はとっても仲良しですからねぇ、カサマツの皆さまとファルコンさん。おや、そこにウララさんも行きまして…ファルコンさんと何やら話してますねぇ。こっちはわくわく!って感じの笑顔ですね!可愛いよぉぉぉん!!!」

 

「おー、ファルコンのほうも笑顔だわ。同期で一緒のGⅠ走るの初めてだしなー、お互い勝ちたいだろーよ。…んで、お、カメラがゴール前映して……ぶわははははは!!何やってんだ猫トレたちはよぉ!!」

 

「ブッフォ!皆さん全力で応援してますねぇ…!!猫トレさんも北原トレーナーも初咲トレーナーも、なんていうか、もう、ホント子供みたいで……ハッ…これが母性…!?クリークさんの気持ちが理解できてしまった…!?」

 

『ウララちゃんもよう宣戦布告しとる』

『ワクワクがクライマックス!って感じの笑顔』

『かわよ。』

『ファルコンは相変らずのオリジナル笑顔』

『ウララちゃん泣いちゃう!!』

『芝』

『トレーナー共で芝』

『いい年こいた大人がさぁ!』

『SSがあきれ顔で見てて更に芝』

『仲いいなあいつら』

『トレーナー同士が仲いいの推せる~!!』

 

「ったくよぉ!!初咲トレーナーも普段はしっかりした人だし北原トレーナーも年季入ってんだけどなぁ?猫トレが交ざると急にガキになるんだからよー」

 

「いい…はぁぁ…トレーナー同士の絆とそれに振り回されるウマ娘ちゃんたちぃ……!……年末まであと4週間…出走予定レースはなし…行ける…あと50ページ増…!」

 

「夜更かし気味にならねーようになー。んでもってファンファーレだ!!さあ鳴けぇコメント欄どもぉ!!」

 

『ペペペペッペッペッペー』

『ペペペペッペッペッペッペー』

『ペーペッペペーペッ』

『ペッペッペペーペッ』

『ペペペペ-』

『この音程すこ』

 

「さてウマ娘ちゃんたちのゲート入りですねぇ!!皆さんすんなりとゲートに入っていきますねぇ、流石GⅠといったところです!」

 

「やっぱよ、こんだけ大舞台に出走してるってなれば地方から参戦のウマ娘だってゲートもバッチリだろーからな!やるぜアイツら…!」

 

『いやどこ目線だよ』

『お前にだけは言われたくないだろうよ』

『中央ウマ娘のゲート入りか?これが…』

『なんでお前さんはゲート入りを拒むんだ』

『しかもあれほど…グランプリ3連覇がかかったレースで』

『貴様はウケ狙いでやっただろう』

『有マではちゃんとゲートに入れ』

『投票してやったから今度こそ頼むぞ』

 

「あーあー耳がいてえわ。有マ記念はちゃんと出てやるから信じろって!!」

 

「これも恒例ですねぇ…何だかコメント欄の皆様が連携を取れて来てませんか?」

 

「まーご愛敬ってやつよー!!全員ゲート入り完了!!さあ始まるぜーっ!!ダートの王を決めるチャンピオンズカップ……スタートだぁっ!!」

 

「スタートは流石に揃ったスタート!!ですがっ!やはりそこからの加速はファルコンさんが行きましたねぇ!!これぞ砂の隼!!逃げ切りシスターズの本領発揮っ!!」

 

「ゲート云々は置いといて、マジであのスタートはバケモンだな…ゲートが開き切る前に体出てるんだからとんでもねぇわ。流石に競りかけるウマ娘はいねぇな」

 

『出たわね』

『ファル子ーーーー!!走り抜けェー!!!』

『未だにダートレースでファル子の視界にウマ娘が映ったことないってマ?』

『文字に起こすとヤバすぎるな…』

『マルゼンスキーかな?』

『砂のマルゼンスキー』

『マルゼンはダートも得意じゃないけど走れるってどっかの記事で読んだな』

『他の子はある程度位置落ち着いたね』

『ノルンエースが狙っとる』

胸囲の幻惑来たな…

ノルンエースの牽制は胸囲だからな…

『安定のNGで芝』

『ノルンの牽制技術はネイチャに勝るとも劣らない』

 

「コメ欄の言う通りだなー、ノルンエースがファルコンに思い切り牽制してるのが目つきでわかるぜぇ!!周りのウマ娘も逃げ切らせないために全力ってところだぁ!」

 

「当然、こうなりますよねぇ。えっと、ちょっとお気持ち解説しますけどぉ…ファルコンさんにばかり牽制がかけられてるんですけど、これは必然といいますかぁ。みんな、勝ちたい一心でやってることなんですねぇ。私もあそこ走ってたら絶対同じことしてます。強いウマ娘に勝つためにみんな全力でやっていることなのでぇ…その、変に勘ぐったりはしないでほしいというかぁ…!あれも真剣勝負の結果と言うかぁ…!!」

 

「デジタル…大丈夫だ、言いたいことは分かるぜ。アタシも全く同意見。レースを走ってるウマ娘にとっちゃ、今のファルコンはルドルフとかオペラオーとかスズカみてぇな、それほど強敵のウマ娘って認識されてて、それによる必然ってわけだ!!お前らもわかってるよなぁ!!」

 

『当然ゾ』

『デジたん安心してええよ』

『勝ち続けると周り全てにマークされるのは必然よ』

『前のJBCではまだ日本初戦だったからマーク薄かったけどな』

『今回はそれこそファルコンが間違いなく本物って周り全員おもっとんのやろな』

『だってよ…世界の隼なんだぜ…?』

『ってかそんだけ牽制受けてるのにファル子落ちてないんですがそれは』

『モンスター…』

 

「いやマジで、それでも全っ然脚色衰えねーなファルコンは。あそこまで走られちゃ仕掛ける側もやりがいあるだろーよ」

 

「ですねぇ、もう王者の風格がありますね…ですが後続も全く諦めていませんよ!今ファルコンさんがコーナーを曲がり終えて……うわ、笑ってる……カッコいい……!!」

 

「闘志マンマンって顔だなありゃ。いくらでも来い!!って感じだ。いやあれであの顔できるのはすげえわ…」

 

『ファル子ちょっと男気溢れすぎでは?』

『クッソかっこよ…』

『ウマドルと砂の隼の二面性が彼女のチャームポイント』

『チャーム(殺意)』

『コーナーは相変らずエグい曲がり方しよる』

『SS流だね、JBCの時よりも速い気がする』

『マジでどうやったら止まるんだあれ』

 

「ここで1000mを越えましたねぇ!タイムは……んぎょぉっ!?1分切りましたよ!?とんでもない事ですよ!?芝ならまだしも、ダートで1分切りは!!すさまじいペースですっ!!そしてさらにここでファルコンさんが領域に入ってさらに加速!!」

 

「あれだけ牽制受けててもあのペースなのか…掛かってねぇか?最後まで走り切れんのかぁ?」

 

「どうでしょう…ファルコンさんはダート2400mまで速度を落とさず走り抜けた実績がありますしねぇ…」

 

『出たーーー!!ファルコンの領域だァーーー!!』

『この領域だけはなんか見えるわ』

『砂塵の王…』

『中盤でここからだ!ってなったときに更に距離離すのマジでえぐい』

『いやでも後続もこれよくついてってんな?』

『領域の加速終わってからむしろ距離縮まってきてる』

『みんな顔がマジだわ』

『諦めてないですねぇ…』

 

「だな、全員まだまだ、いい顔してるぜ!無理って言葉は投げ捨ててやがんな!!」

 

「ですねぇ!!こういうのマジ尊いぃぃ!!はー!!ファルコンさんが最終コーナーに入っていきましたが…ここで後続が加速を始めます!!少しタイミングが早いですが…!!」

 

「ここで上がらねぇと差し切れねぇって踏んだかー!?若干暴走にも見えるが確かに距離的にもギリだからな、気持ちはわからなくもねぇぜ!!残り500m!」

 

「ファルコンさんがさらに加速してコーナーを曲がり終えて、今直線に入ります!!競り掛かる権利を持ったウマ娘は────────二人!!」

 

「来たぜ!!フジマサマーチとウララが領域に入ったァ!!!」

 

『うおー!熱い!!』

『距離はまだあるがどうか!?』

『ウララちゃんが最後方から来たあああああああ!!!』

『あの加速マジで泣きそうになるくらいすこ』

『行けーーーーっ!!ハルウララ頑張れーーーーー!!』

『フジマサマーチもギアが変わったかのように加速ゥ!!』

『すっげぇ末脚』

『マーチの末脚はレースによってムラがあるけど今日は絶好調だこれ!』

『一気にファルコンとの距離詰まった!!行けるか!?』

『ファルコーン!!逃げきれーーーーー!!!』

『ウララーーーーー!!行けーーーー!!世界の隼を越えろーーーー!!』

『マーチ行ってくれーーーーっ!!!』

 

「これ分かんねぇぞ!?ウララとフジマサマーチがとんでもねぇ気迫でぶっ飛んできやがる!!残り200m!!フジマサマーチが行く!!ファルコンまでもうちっとだ!!これは…行ったか!?」

 

「速度が乗ってます!!これは、いえっ!?なんと!?」

 

「ファルコンがさらに加速しやがったァーーー!?」

 

「まるでアイネスさんの様な、最後の逃げ…いえ、姿勢を低くして…あれは、フラッシュさんの末脚!?ミ゛ッ!!!」

 

『うっそぉ!?』

『脚残してたんかい!!?』

『あのペースでさらに加速すんの!?』

『うわああああああああああ!!』

『ファルコンが抜けたああああああああああ!!』

『ウララーーーー!!頑張れーーーーー!!!』

『やはり来た!!ファルコンが来た!!!』

『いっけええええええええええええ!!!!』

『マーチきついか!?』

『隼だ!!』

『行った!!!行った!!!!』

『そのまま行ったあああああああああ!!!』

『ファルコンだーーーーーーーーーーーー!!!』

『逃げ切ったあああああああああああ!!!』

『やべええええええええ!!』

『強すぎんだろマジ…』

『これは世界の隼ですわ…』

 

「ゴーーーーーーーーーーールッッ!!!スマートファルコンが差をつけて一着だぁ!!!っはー!!マジで強ぇなぁファルコンのヤローはよぉ!!二着はフジマサマーチ、三着はハルウララ!!四着ノルンエース、五着ミニーザレディって結果になったぜー!!おまけにレコードだぁ!!……いやー、全方位隙がねぇわ……デジタルならあれどうするよ………ん?オイ、デジタル?」

 

「0(:3 )~ _('、3」 ∠ )_」

 

「死んでる……尊すぎたんだ…!」

 

『画面の向こうで昇天してて芝』

『最後の加速に尊み感じちゃったか~』

『気持ちはわかるよ』

『フェリスの二人の得意技で決着だもんな』

『フェリスてぇてぇ』

 

「ふむ。…………デジタル。心臓マッサージと人工呼吸、どっちがいいかしら?」

 

「ピョエッ!?!?……はっ!!目覚めました!!なんだか身の危険を感じましたよぉ!?」

 

『芝』

『ゴルシが耳元で囁いたら跳ね起きて芝』

『ゴルシの耳元囁きASMRボイスいいぞ~コレ』

『ゴルシなのに声が可愛いのずるいわ』

『ヒト耳のあれ取ると美少女になるからなコイツ』

『ゴルシのくせに』

『デジたんは惜しいことしたね…』

『デジたんに自覚を促すゴルシ』

 

「起きたな。レースは既にレコードで決着したぜー!今トレーナー達が……ってアイツら何やってんだ…」

 

「サンデーサイレンスさんとベルノライトさんにお尻蹴られながら出てきましたね……ゴール前でまた子供みたいに張り合ってたんでしょうねきっと………ハァー……筆が捗るゥ……」

 

「捗んなって。ファルコンはあんだけ走ったのに元気だな…いつもの来たな」

 

「もう猫トレさんが抱きしめられるシーンもだいぶ見慣れた感じになりましたね」

 

『落ち着いてて芝』

『ベルモントステークスでも菊花賞でもJBCでもジャパンカップでも抱きしめてたもんな』

『猫トレのクソボケっぷりよ』

『実は初咲トレーナーのほうが担当ウマ娘と抱きしめあってることを知る者は少ない』

『芝』

『マ?』

『マ。ウララちゃんメイクデビューから追ってるけど今のところ全部のレースでぎゅーっとる』

『許せんよなぁ…!!』

『初咲の野郎許せねぇよなぁ!!』

『このロリコン野郎がよォ!!』

『俺たちのウララちゃんに何してくれてんだこの野郎ォ!!』

『急にコメ欄が狂暴になって芝』

『だがウララちゃんが悔し涙を流していたとすれば?』

『早く抱きしめろ初咲』

『慰めてやれ初咲』

『ちゃんと寄り添ってやれよ初咲』

『よし抱きしめたな』

『よく撫でてやれ』

『テノヒラクルー』

 

「あー、初咲トレーナーとウララはなんつーか、親子感あるよな。娘想いのパパと純真無垢な娘っていうかよー」

 

「猫トレさんみたいなクソボケかましてる感じではないですよねぇ。どこでこんな違いが生まれてしまったんでしょうね?」

 

「猫トレだからな。ん、でもって猫トレとファルコンがインタビュー場に向かったぜー」

 

『「お見事な一着。今のお気持ちは?」→「すっごく気持ちよく走れた!日本のダートGⅠで良バ場のレースは初めてで、全員が強敵だったので勝ちたいと思って、全力で走った。自分の出せるすべての力を使って走れた実感がある。勝てて嬉しいし、満足いくレースでした!」』

『いい笑顔やん…』

『心底楽しかったんだろうなってのが分かる笑顔』

『勝ちたいのもあったろうしダートGⅠが楽しかったんやろなって』

『前のJBCも勝ったけど雨だったしな』

『同じウマ娘だけど全力で走り切った気持ちよさはわかる』

 

「あー、確かに今日のファルコンの走りは最後までたっぷり技術を駆使したって感じだぜぇ。完璧に近い走りだったなー」

 

「ですねぇ。逃げの走りとして、ダートの走りとして出し切った!って思うのもわかります。勝敗以上に、思いっきり走れると気持ちいいんですよねぇ。レースのいい所ですよ」

 

『「トレーナーからは?」→「先ほどファルコンが言った通り、彼女が持ち得る技術をすべて見事に使いこなしての勝利だった。教えた側としても感無量。自分の力を100%発揮するのは難しいところを、彼女は既にその技術を身に着けている。誇らしいです」』

『今回の猫トレコメントは大人しいな』

『ハラハラというよりは厚い信頼って感じ』

『三冠が懸かってたりスランプでってんじゃないからな』

『強いもんは強い』

 

「猫トレも今回は余裕あんなー。安心して見れたって感じかねー」

 

「あそこまで走ってそれでも負けたらもう相手を褒め称えるしかないでしょうからねぇ…いえ、勿論他のウマ娘もいい走りで……って言うかレコードタイム見ると4着までレコードですよねこれぇ!?えぇ……怖ぁ……」

 

「え。マジ?……マジだ。……ダート界もそうっとう全体のレベル上がってんなぁ!?」

 

『「次走、東京大賞典。意気込みは?」→「勿論、勝ちたい。自分が最も得意とする中距離だし、砂の上では誰にも負けるつもりはない」』

『ウマドルの表情か?これが…』

『見てるこっちが震えそうなほどのオリジナル笑顔』

『砂の王…』

『かっこよすぎる』

『マジで生涯無敗でダート駆け抜けそう』

 

「一時期よー、ファルコンって芝のレースにも挑戦して悩んでた時期あるじゃん?」

 

「ありましたね、ジュニア期から皐月賞前後のころですね?芝の上でも十分に速かったですが…実はちょっと私、当時ファルコンさんから相談受けてて…でも私はその、芝かダートかそこまで気にしないのであまりうまく相談に乗れなかったんですよねぇ…」

 

「あー、まぁあん時の悩みはファルコン特有のものだって猫トレも言ってたなー記事で。けどよ、あれ越えてダート一本にしてからマジで勝利に向けて一直線!!って感じだよなー。やっぱ人って気持ちに一本芯が通るとつえーよなー」

 

『「最後に一言」→「これからも応援よろしくお願いします!あと学園で逃げ切りシスターズやってるのでそちらもあわせてよろしく!」→猫トレ「彼女がこれからもダートで輝き続けられるように、自分も頑張ります。彼女のこれからのレースを応援してあげてください」』

『無難』

『次のレースも近いからな』

『逃げシスの宣伝入って芝』

『逃げシスも控えめに言ってレジェンドしかいねぇからなあそこ…』

『スマートファルコン(世界レコード保持者)』

『サイレンススズカ(異次元の逃亡者)』

『ミホノブルボン(クラシック二冠ウマ娘)』

『アイネスフウジン(レコードブレイカー)』

『マルゼンスキー(怪物)』

『逃げシスのレースまだですかねぇ…』

『ドリームリーグを待つしかないですね』

 

「おー、インタビューも終わったな!いやー、今日のレースは全員がファルコンに挑んで、なおそれでもファルコンが強い!って感じだったなー。これから隼を叩き落すウマ娘が出てくるか注目ってところだぜぇ!」

 

「いいレースでしたねぇ……デジたんのキャラじゃないんですが、ちょっとだけ、こう、疼きますね、脚が。原稿のネタ思いつきすぎたので年末まではデススケジュールですが、年が明けたらちょっと頑張りますかねぇ…!」

 

「お、いいんじゃねーかぁ?せっかくどっちも走れる脚持ってんだからよ、走れる時に走りたいヤツと走っておけよなー!よっしそんじゃ今日はこの辺で〆るぜ!!今日のぱかちゅーぶは!!ゴルシちゃんとー!?」

 

「アグネスデジタルでお送りしましたぁ!!」

 

「次の阪神ジュベナイルフィリーズで会おうぜぇ!!まったなー!!」

 

「ごちそうさまでしたぁ!!」

 

『おつー』

『0202』

『おつかれー』

『ごちそうさまでしたー!』

『デジたんのごちそうさまでしたぁ!すこ』

『こういうレース見ると脚が疼くのわかる当方ダートウマ娘』

『レースを走るウマ娘が熱をもって走ってるの見ると自分もってなるよね』

『わかりみ』

『それで余計練習も頑張っちゃうよね』

『私も勝ちたい!ってなるのよくわかる』

『見てる俺らからしたらウマ娘達全員張り切ってるとあったかい気持ちになる』

『ケガだけは気を付けてみんな頑張ってくれよな』

『今年もGⅠあと5つか』

『多いんよ』

『ジュニア世代もバリッバリやってるからGⅠ楽しみだゾ』

『有マが今年はマジで混沌としてきたな』

『出走表明するウマ娘がどんどん出て来たね』

『あらゆる世代を代表するウマ娘が集結って感じ』

『毎年の事ではあるんだけど今年はさらに層が厚い感じある』

『でもアイネスは残念だったな』

『フェリスのウマッターで脚不安だから有マ見送りって出てたな』

『あんだけの走りした後だからしゃーない』

『その分フラッシュが頑張るだろうよ』

『フラッシュがケガしたときはアイネスが来たしフェリスてぇてぇ』

『だがそんなフェリスに勝ちたいというウマ娘は多い』

『これからも最高のレース見せてくれぇ…』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

109 たまには何でもない一日 午前の部


たまに何も考えず話を書きたいときがあります。





 

 

「暇だな」

 

 俺は朝一のチームハウスで、コーヒーを飲みながらふと呟いた。

 現在は登校時間だ。チームハウスには誰もおらず、俺と肩に乗るオニャンコポンがそこにいるだけだった。

 

 先日のチャンピオンズカップでは、我がチームのダートの王、スマートファルコンが見事な一着を取った。

 勝利を共に喜び、走りを褒めて、レース後の脚のダメージも確認したところ一般的なそれを超えてはおらず、何の問題もなくウイニングライブを踊り終えた。

 最近はレース後に脚に異常が見つかることが多かったため、ほっと一息といったところだ。

 ライバルたちを圧倒し、レコードを記録するあの素晴らしい走りを見せても、砂の隼に消耗はなかった。

 間違いなく、全盛期に入っているだろう。

 今後の好走も期待できるな。

 

 さて、話は冒頭に戻り、今日はそんなレースが終わって3日後。

 今後のレースはフラッシュの有マ記念が待っており、それについて仕上げる日々だ。勿論、年末のファルコンの東京大賞典にも同時に備えている。

 しかし今日は、そのフラッシュとファルコンの練習が休みの日だ。

 フラッシュは昨日まで脚を練習でだいぶ使ったため、疲労を抜く一日。明日はマッサージをする予定だが、今日はとにかく安静にする必要があるため、午後の練習には参加しない。

 ファルコンも同様だ。彼女の脚はレースの疲労を取る必要があるためここ一週間はマッサージがメインだが、マッサージは毎日やるだけでは効果がマックスにはならない。適度な間隔があってこそ、ウマ娘の脚は回復するのだ。

 

 ではアイネスはどうなのかと言う所だが、つい先ほど朝のマッサージを終えて授業に向かったところである。

 現在はウマ娘達の登校時間だが、アイネスには早い時間に登校してもらうようにお願いしていた。電動キックボードで登校したらチームハウスに顔を出すように言ってあった。

 ジャパンカップから一週間と少し経過したが、彼女の脚はようやく炎症が抜けて、リハビリの時期に入ったため、マッサージで脚の回復を促していたというわけだ。

 

 ジャパンカップでの激走の後に軽度の関節の炎症を患ってしまったアイネスフウジンの脚だが、こちらも俺の経験からくる予想を超えて回復が早い。

 後に残ってクセになってしまいそうな兆候が全く見えていないことが何よりで、早い回復はやはりゼロの領域に入ったことによるものだと思うが、しかし俺はこの回復を計算に入れて有マも…とは、考えたくはない。

 特に秋のGⅠは激戦が連続で続くため、脚の負担は極力かけたくはない。一瞬の油断が文字通り命取りとなる。

 ここまでのチームのウマ娘達の脚のケガは体幹トレーニングによる地固めの効果もあってなんとか軽く済んでいるが、次もそうだとは限らないし、そもそも次があってはいけないのだ。

 SSとも相談しているが、この後どれほどアイネスの脚が順調に回復したとしても、彼女の次走は来年となる。

 練習に早めに戻ったりなどはしてもいいとは思うが、出走予定は変えるつもりはない。アイネスにもここは理解してもらっている。

 

 そして今日の俺の予定は、それだけであった。

 つい先ほどアイネスの脚のマッサージを終えたため、この後は練習も学園の仕事も、何の予定も入っていなかった。

 俺にとっては珍しく、どフリーの一日になる。平日なのに。

 

 ちなみに、本来であればこの時間にはちゃんとチームハウスに出勤してきているはずのSSだが、生憎今日は彼女も一日不在である。

 今日はトレーナー同士の知識共有、研究のための定期研修会があり、そこにSSも参加してもらえないか、と打診を受けていたのだ。

 SSの持つ経験、知識は他のトレーナーにとっては貴重なものだ。ウマ娘への接し方や、ウマ娘の視点から見た学園の事、トレーナーの在り方などについての意見も出せる。

 俺も学園全体のトレーナーのレベルアップと交流につながるその研修には何度も出たことがあり、今回はSSが参加しているというわけだ。彼女だって既に何度か出席した経験がある。

 今日はSSの意見発表、指導理論の講義の時間を貰っていると言っていた。昨日まで気合入れて資料を作っていたな。

 勿論資料作成は俺も手伝い、それなりの物が出来ていると思っているが。

 後はSSが人前での発表を上手くできるか…だが、言葉遣いはともかく、彼女は元GⅠウマ娘で人の前で話すことに慣れていないわけではない。肝も据わっているし心配もないだろう。

 

「……暇だな」

 

 オニャンコポンにも猫缶を食べさせてやってから、時計を見ればまだ朝の9時を回ったところだ。

 生徒たちはちょうど一限目の授業を受けていることだろう。

 普段であればこの時間はSSと共にチーム運営について話をしながら、練習の準備や、他のウマ娘のレースの情報収集などをするところなのだが。

 今日は練習がないし、情報収集にしても今日に至るまでもしっかりやっており、今急いで集めなければならない情報などはなかった。

 トレーナーとしての学園に携わる業務についても同様だ。俺はこの学園で誰よりもトレーナー業の経験がある男であり、業務処理のスキルについてはそれなりの自負がある。

 今月の仕事はぶっちゃけ今できる範囲は全部終わっている。

 

 暇になった。

 

「…とりあえず今日のオニャンコポン撮るか」

 

 俺はせっかくなのでまず、日課であるウマッターへのオニャンコポンの写真を上げることにした。

 最近はこれが結構な楽しみとなっている。

 忙しい時は雑に撮影して上げるだけでもいいし、余裕がある時は映えなどを考えたり、色んなウマ娘と絡めた写真を撮ったりしても楽しい。

 撮影機器にも力を入れて先日新しいデジカメを買ってしまったし、俺の新しい趣味の一つとなっていた。ウマッターでオニャンコポンの写真がバズるの楽しいし。可愛いし。

 

 しかし今日は暇な一日である。

 折角だし今回はなんかすごい感じのオニャンコポンの映え写真を撮ろうかな。

 いや映像がいいか?なんかいいネタないか?うーん。

 何か面白いネタはないかなとスマホでバズってる動画などをウマッターで眺めていたところ、面白い映像を見つけた。

 

「……!これだ!」

 

 その時、ふと閃いた!このアイディアは、今日のオニャンコポンに活かせるかもしれない!

 

 これは絶対に受けるぞ、とそのウマッターでバズっている映像を見つけて俺はにやりとほくそ笑む。

 そんな顔を猫缶を食べ終えたオニャンコポンがじっと眺めてきて、なんかまたろくでもない事思いついてない?って感じで俺を見つめている気がするが気のせいだろう。

 俺はオニャンコポンをちょいちょいと指で招いて、スマホの映像を見せる。

 

 そこには、ロマンスの神様のリズムに合わせたフェイスダンスのアバターの動画が再生されていた。

 

「オニャンコポン、今日はこれ二人で踊ってみないか?いけそうか?どうだ?」

 

 ニャー。

 

 …行けるか!助かる。よし、最高画質でこれを踊り切ってやろうぜー!

 俺はオニャンコポンの返事を肯定と捉えて、ゴルシ並みにテンションをブチ上げながら、二人でフェイスダンスの練習に取り掛かる。

 オニャンコポンは賢い猫だ。実際、猫と言うものは人間でいう所の2~3歳並みの知能があり、人の言葉も多少は解するとはネットの記事で見たが、しかしこいつは特別だ。とにかく人懐こくて頭が切れる。

 伊達にトレーナーズカップ第一回の覇者ではない。時々中に人でも入ってんじゃないかってくらい頭がいいやつだ。

 過去にも猫ダンスの動画などを今日のオニャンコポンとしてアップしたこともあり、その全てが大好評を得ている。今回もウケるであろう。

 ワクワクしてきた。うへへ。

 

 …とまぁ急にアホなことを思いついてテンションの上がる俺。

 以前からわかっていたことだが、俺は周りにウマ娘がいないと結構ガキっぽいところが出てくるらしい。

 1000年以上の時を過ごしたって俺のこのワクワクは誰にも止められねぇんだ!

 絶対バズるぞこの動画!うひょー!俺もキレッキレで右側の子の方のダンスをキメてやるぜぇー!

 

 ・

 ・

 ・

 

 30分後。

 

「よし…!振り付けもリズムも完璧…!位置取りもヨシ!流石だぜオニャンコポン!」

 

 ニャー。

 

 俺とオニャンコポンはしっかりと振り付けを覚えきり、角度を調整してベストなダンス映像を作り上げた。

 オニャンコポンは手前側なので腕による振り付けが少なくて済み、ばっちりとその表情を可愛らしいものに仕上げている。

 後ろで踊る俺がテンションの上昇によりキレッキレで踊りぬいているがまぁ愛嬌だろう。今日はSSRだぞ世間の皆さま。

 

 ではアップロードっと。ぽちっとな。

 一時間後には10万超えのウマいねがついていることでしょう。

 バズり具合でカレンチャンにライバル視されている我がチームフェリスの公式ウマッターだが、今日は勝ったな。

 

 なおその後一日ずっと世界一位のトレンドを独占し続け、このフェイスダンスが俺たちの持ち芸になったのだがそれはどうでもいい話である。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「………どーしよ」

 

 さて、今日のオニャンコポンも撮影し終えてテンションも戻った俺であるが。

 オニャンコポンのお腹をもみもみしながら、改めて今日は何をするべきか悩む。

 やる事は全部やってしまった。手持ち無沙汰の極みと言える。

 

 どうやら俺は、暇をつぶすのが苦手な人間になってしまっているようだ。

 ワーカーホリックのつもりはないし、残業も少なくするよう努めている俺ではあるが、この世界線ではこれまでになかったチームトレーナーとして過ごしており、3人+1人の面倒を見ていたこともあって、仕事中に暇になるということはほとんどなかった。

 これまで、専属トレーナーとして1対1で接していた時にはそれなりに空き時間もあったと思うんだけどな。

 あの時の俺って何してたっけ?オニャンコポンもいないのにどうやって暇つぶししてたっけ?

 

「……あー。とりあえずぶらつくか…」

 

 俺はオニャンコポンを肩に乗せて、学園内をぶらつくことにした。

 暇なのだ。たまには何の目的もなく、のんびり学園内を散歩してもいいだろう。

 他のトレーナーにあったらそこでお話などして時間を潰そう。

 この世界線では、チームトレーナーをしていることもあり、また先日のファン感謝祭でさらにトレーナー同士の縁が広がっている。

 なんならトレーナー室に行ってそこで話をしても……あ、いや。駄目だ。

 

「…今日、研修会じゃん」

 

 俺はそこで改めて思い至った。

 今日はSSも参加している、トレーナー同士での研修会がある。

 もちろん、俺の様に参加していないトレーナーもいるにはいるが、大体のトレーナーなどはそちらに参加しているはずだ。新人トレーナーは全員出席だし。

 つまり、今日の午前中はトレーナーはほぼ不在。

 トレーナーと雑に話して時間潰そうという俺の目論見は脆くも崩れ去ったという事である。

 

「えー…?どうしよ…?オニャンコポンどこか行きたいところある?学園内で…」

 

 俺はほとほと困りながら肩に乗ったオニャンコポンに声をかけるが、耳元でニャー、と返事が返ってくるのみだ。

 今日は友人である理事長の猫とも会合の予定はないらしい。ご主人様に任せますよと言う全幅の信頼が感じられた。

 どうするか。俺も学園内をこうして散歩するのは嫌いではないが、それにしたって勝手知ったる学園内である。目を閉じたって歩き回れる自信があるこの学園を、ぶらぶらし続けるのも限界がある。

 

 そうして、うーんと悩みながらあてどなく歩いていたところで。

 

「……ん?LANEか?」

 

 俺はポケットのスマホのバイブレーションで、LANEによる着信が入ったことを察する。

 誰かからメッセージが飛んできたのだろう。しかし、この時間となると誰だろうか?

 生徒たちは授業中だし、トレーナー達も研修中だ。

 理事長かたづなさんか…とはいえあの二人もそんなLANEしてこないし…とスマホを取り出して名前を確認する。

 そこには意外な人物の名前が書かれていた。

 

「…ブライアン?」

 

 それは、ナリタブライアンからのLANEであった。

 珍しいこともあるものだ。確かに、彼女は生徒会役員であって、日中でも生徒会の業務を行っていることも多く、LANEをすること自体は授業中だろうと咎めるところもない。

 この世界線では俺は生徒会とも仲良くやっており、以前彼女らの業務を手伝ううえで生徒会や寮長、委員長たちそれぞれとはLANEは交換していたが。

 しかし彼女はご存じの通り基本的に唯我独尊だ。人付き合いは悪くはないが積極的にこういったコミュニケーションツールを使う方ではない。

 何なら恐らく彼女からLANEが来たのは初めてじゃないだろうか。

 つまりは、何かしら俺に火急の用件があって連絡してきたのだ。

 俺はスマホを操作して、そのLANEの内容を確認した。

 

「──────マジか」

 

 俺はその内容を見て、こりゃいかんと目を見開いた。

 そして急ぎ足で生徒会室へ向かい───いや、その前に学園の校門前に向かって所用だけ済ませてから、改めて生徒会室へと早足で駆けて行った。

 

────────────────

────────────────

 

「……悪い!待たせた!」

 

「なっ…立華トレーナー!?なぜここに!?」

 

「私が呼んだ。私たちじゃ対処しきれないと判断して、今日はアンタが研修会に参加してない事を思い出してな。悪いが助けてくれ、立華トレーナー」

 

「ブライアン!勝手なことを…」

 

 俺は生徒会室にノック無しで飛び込んで、生徒会のメンバーたちに顔を向けられ、エアグルーヴからの驚きの声と、ブライアンからの頼みを受けた。

 緊急事態と言えるだろう。俺もこの問題に全力で取り組むつもりだ。

 

 ちなみに、先程の会話順だが。

 

 俺。

 エアグルーヴ。

 ブライアン。

 エアグルーヴ。

 

 となっている。

 

 誰か足りねぇな?

 そしてその誰かである、この学園の生徒会長にして絶対の皇帝たるシンボリルドルフが今どうなっているかと言うと。

 

「………………もうやだし…」

 

 ソファの上で、たぬき*1になっていた。

 

「あー……()()()()()()か……」

 

 俺はそんなルドルフの様子を見て、ため息をついた。

 ブライアンから届いたLANEの内容はこうだ。

 

『会長がストレスで爆発した。生徒会室にいる。助けてくれ』

 

 この文面を見て、俺はルドルフがストレス過多によって起きるあらゆる変化を脳裏に描き、対策を考えていた。

 これまでの世界線でも、激務たる生徒会長の仕事をしているルドルフは、時々、ストレスが溜まり過ぎて爆発することがある。

 彼女の誇り高きその夢への想いが強すぎることで起きる部分があると思っており、俺はあらゆる世界線でそんな彼女を助けてやりたいと思っていた。

 そして彼女の爆発したときの変化はある程度パターン化されており、今回はこの変化だったというわけだ。

 他のパターンとしては、幼児化してルナちゃんに戻ってしまったり、レースに出走しまくって皇帝の神威をぶちまけることに特化する獅子に変化したり、一番深刻なものとしては本気で精神的に追い詰められて涙を流すことなどもあったのだが。

 しかし今回はたぬき*2であった。

 これならばなんとかなる。

 随分ともっちりした雰囲気を生み、ものすごくしょんぼりした様子のルドルフに、俺は先ほど学園の校門前で準備してきたものを渡してまず彼女のメンタルを労わる。

 

「ルドルフ…ほら、はちみー買ってきたから。これ飲んでゆっくりしていいよ。今日は俺に任せてくれ。オニャンコポンとも遊んでていいよ」

 

「ん……ありがとだし……」

 

 俺が渡したはちみーを受け取り、ちゅーちゅーと飲み始めるルドルフ。

 この状態の彼女は甘いものを補給すると回復が早くなる傾向にある。買ってきておいてよかった。

 俺の肩からオニャンコポンも提供して彼女の癒しとして働いてもらう。オニャンコポンの投与は万病に効く。

 ソファに座ってはちみーを飲み続ける彼女の頭を撫でてから、俺はエアグルーヴとブライアンに向き合った。

 

「エアグルーヴ、こうなってしまったルドルフを何とかしようと思ってくれていたんだろうけど…自分一人じゃやりきれないこともあるだろうさ。俺にも手伝わせてくれ」

 

「む、く………そう、だな…貴様ならば信頼できよう。すまない、助けてくれ。この件は生徒には他言無用で頼む」

 

「勿論。…ブライアンも良い判断だった。よく俺を呼んでくれたよ」

 

「フン…アンタは頼りになるからな。なんとかなりそうか?」

 

「なるさ。ルドルフが無理なく取り組めるくらいまで仕事を整理してやれば戻るだろう。状況は?」

 

 俺は改めて現在の状況、ルドルフがこうなってしまった理由についてエアグルーヴ達に聞き取りを行う。

 彼女たちの話を受けて、状況をシンプルに一言でまとめるとこうだ。

 

 仕事がヤベぇ。

 

 俺は生徒会長の机の上、山盛りになった書類の束に目を向ける。

 成程。これはヤベぇ。

 ルドルフの事だ、毎日しっかり仕事をしていただろうことは察せる…が、その上でこれほどの仕事が溜まってしまっているというのは、明らかなオーバーペースだ。

 確かに年の瀬、12月でありこの時期は色んな仕事が増えることは理解を落とすところだが、しかしそれにいろんな要素が絡み合ってしまい、一度にドバっときてしまった結果、ルドルフがストレスで壊れてしまったというわけだ。

 

「…今年は、貴様らチームの世代が凄まじい活躍を果たしただろう。その影響で記者からの取材依頼やURAからの打診が多い。無論、生徒からの意見や要望も増えていてな。おおよそはレースに向けた前向きな要望が多かったため、出来る限り便宜を図ろうと会長も尽力されていたのだ……が、それが一気に動いてしまってな」

 

「あー…なるほど、ね。確かに、色んな予定が不意にブッキングすることはあるよな」

 

「界隈全体も張り切っていてな…業者から予定してた見積もりなどが想像以上に早く上がってくることも多いんだ」

 

「OK、理解した。じゃあまずは仕事を整理しようか。エアグルーヴ、ブライアン。手伝ってくれ」

 

 俺はルドルフの代わりに会長の席に謹んで着座して、書類の束に目を通し始める。

 既にこれまでも何度も生徒会の仕事の手伝いをしており、生徒会役員からの信頼を得ているところである。二人も特に文句は言わず、俺のそばに備えてくれていた。

 俺は卓上の書類の束、それをバーーーーーーっとめくってすべての内容に目を通した。

 説明するまでもないが俺は速読も会得している。これは脳の使い方の問題なので、一度覚えるとその後はずっと文を読むのに強くなれる。本気でお勧めの技術だ。

 大体の書類の内容を理解して、俺は大至急やらなければならない仕事、いつでも取り掛かれる仕事、数日空けても大丈夫な仕事、来年になってからでOKな仕事に振り分ける。

 決裁権も把握しているので、ブライアンの判断で進めていいもの、副会長権限でエアグルーヴの代理決裁で問題ないもの、ルドルフの確認許可が必要なもの、たづなさんに相談しなければいけないものなどに分類を作りつつだ。

 もちろん、書類に目を通す中で、アドバイスできそうなところがあれば付箋にそれをメモ書きして貼り付けておくのも忘れない。

 こういった生徒会の仕事、学園の運営にかかわる仕事を俺は1000年近く見てきたのだ。これくらいのお手伝いは軽いものだ。

 

「……貴様は、どんな仕事に就いても大成したのだろうな。貴様がトレーナー以外の仕事をしていることなど考えられんが」

 

「どうかな。自分ではそんな大したやつじゃないと思ってるけどね。…エアグルーヴ、これ押印だけで済むやつだ。ハンコ押してファイリングしておいて」

 

「…オイ、立華トレーナー。この仕事、姉貴に手伝ってもらってもいいか?」

 

「そうだね、ハヤヒデなら最適なアドバイスをくれると思う。問題ないよ。これと…これもまとめて相談してきてくれ」

 

 そうして俺は、一時間ほどかけて、一先ず卓上の書類の山をなんとか整理し終えた。

 実際にやらなければいけない仕事はまだまだあるが、これでだいぶ楽に進めることが出来るはずだ。

 あとはルドルフに皇帝の威厳を取り戻してもらうだけである。

 

 じたばたしながらソファの上でたぬきっていたルドルフに近づいて、俺はその頭を撫でてやりながら声をかける。

 

「…ルドルフ。君が、いつも学園の事を想って頑張ってくれているのはみんな分かってる。俺はさ、むしろこうして疲れた時にメンバーに甘えられるようになった君の成長を嬉しく感じてるよ」

 

「………たちばな…」

 

「君が困ったら、助けてくれる人がいっぱいいる。自分一人で抱え込まないようにね。生徒会の二人や、たづなさん、理事長、東条先輩…もちろん、俺にだって。いつだって相談してくれていいから」

 

「……うん……」

 

 しょんぼりしている彼女に、俺は改めて労りの言葉をかけた。

 この学園で、誰よりもウマ娘の事を想ってくれているのは彼女だ。

 そんなルドルフを俺は心から尊敬している。これはどの世界線でも常にそうだ。

 ファン感謝祭で自分も含めてみんなで楽しめるような企画を通してくれたり、また日々の学園生活においても尽力してくれている彼女には頭が上がらない。

 だからこそ、俺はこうしていつでも彼女を手伝ってあげるのだ。

 彼女の夢を、共に見るために。

 

 俺は改めてソファの上の彼女に手を伸ばし、腕の下に手を通してその体をひょいっと抱え上げた。

 じたばたしているが可愛いものだ。そのまま運んで、先ほどまでお借りしていた彼女愛用の椅子の上まで運ぶ。

 だいぶ整理された仕事を見れば、彼女も普段の状態に戻るだろう。後は俺の方で最後の一押しをしてやるだけだ。

 俺はウマ娘の体については誰よりも熟知している。無論、この状態のルドルフを戻す方法も覚えている。

 安心沢さんに教わった笹針技術は伊達じゃない。

 

 ルドルフの尻尾の付け根に手を伸ばして─────ぐりっとな。

 

「み゛っ………!?!?」

 

 そのツボの一押しで、いつものシンボリルドルフにその佇まいが戻った。

 よし。これで万事オッケー。

 

「………ブライアン。私はどうにも目が疲れているらしい。この歳で眼精疲労は考えたくないところだ」

 

「安心しろ、私も同じ感想だよ。今日の仕事が終わったらブルーベリーパフェでも食べに行くか」

 

 ブルーベリーは眼にいいからな。ぜひルドルフも連れて行ってやってくれブライアン。

 さて、そうしてすっかりいつものルドルフに戻った彼女は、卓上の俺が整理した各書類を目に通して、一息ついてから。

 

「…すまない、迷惑をかけたね、立華さん。本当に、君にはいつも助けられている…」

 

「気にしないでいいよルドルフ。俺は君のファンだからね、嬉しいくらいさ。…もう大丈夫かい?」

 

「ああ。…エアグルーヴもブライアンも、悪かったな。いつもありがとう」

 

「お気になさらないでください、会長。会長が困った時の為に私たちはいます」

 

「フン、アンタはいつも気を張り過ぎなんだ。立華トレーナーほどとは言わないが、もっと肩の力を抜け」

 

「ひどくない?まぁ反論はできないな、毎日エンジョイしてるから。……エンジョイしてるのが世間にバレないようにしないとな。炎上なんてイヤだし…()()()()()で、()()()()()()ヤ…だし」

 

「ふっ……ははは、成程な、エンジョイで炎上イヤ、か!それはそうだ!よし、立華さんを炎上させないためにも、一簣之功、頑張るとしようか!」

 

 よしよし、ルドルフもすっかり調子が戻ったみたいだ。

 何故かエアグルーヴのやる気が下がった音が聞こえるが、ルドルフのやる気が上昇するのと引き換えなので許してほしい。今度花壇の手入れ手伝うからさ。

 

「よし、それじゃ俺は今日は戻るよ。今週は午前中は毎日手伝いに来るから、雑に使ってくれて構わないからね」

 

「本当に、何から何まで有難う、立華さん。遠慮なく頼らせてもらうだろう。落ち着いたときにお礼をさせてほしいな」

 

「今日は助かったぞ、立華トレーナー。またよろしく頼む」

 

「呼び出した身でなんだが、助かった。また頼む」

 

「うん。それじゃ」

 

 無事回り始めた生徒会を見て安心し、俺はルドルフを癒すという大任を果たしたオニャンコポンを回収して生徒会室を後にした。

 ちょうど暇をしていたこともあって、こちらとしてもいい暇つぶしになって助かったところだ。

 

 ああ、やはり俺は、ウマ娘達の為に働くのが性に合っているらしい。

 ワーカーホリックじゃないとさっき己を表現したが、まったく、俺ってやつは度し難い。

 

 

 さて、昼飯でも食べに行くか。

*1
※比喩表現

*2
※比喩表現







(ガチャ報告)
ゴルシ欲しい…けどアニバあるしな…
よし星3出るまで回そう!すり抜けなら諦める!あわよくばゴルシお願いします!!




















天☆井(すり抜け0)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

110 たまには何でもない一日 午後の部

 

 

 

 空腹をどう満たしたもんか、と俺は己のお腹を撫でながら学園をぶらついていた。

 どうするも何もカフェテリアに行けばええやんけ、と思われる方もいるかもしれないが、しかし今日は完全フリーの珍しい一日である。

 カフェテリアは俺にとってはもう、本当に、何度も、何度も食べた食事だ。

 飽きた、とまではいわないが、どの料理がどんな味で出てくるのかはもうわかっている。

 ごく時々、生徒の声とかで新メニューが出た時には必ず食べるようにしているが、今はそういったフェアも行われていないため、なんともという気持ちがあった。

 

 また、今日は何度も言うように暇な日である。

 つまり、飯にどれだけ時間をかけても何を言われることもない。やったぜ。

 そこで俺が考えたのは外食と言う選択肢だ。

 学園を出て、近くの店に行ってそこで飯を食べようと考えていた。

 

 このトレセン学園は公立の学校だが、ウマ娘専門の学校と言うこともあり、校則は通常の中高一貫校とだいぶ違う。

 そもそも授業は必ず午前中で終わるし、学生の自由についても相当な便宜が図られている。

 お昼の時間はカフェテリアを利用できるほか、学園の外に出て飲食店を使うことが許されているのだ。

 

「さて…となるとどこに行くかね……オニャンコポンもいるしな」

 

 カフェテリアであればオニャンコポンがいても問題はないが、外出して食事をするとなると事情が変わってくる。

 もちろん、俺の顔も学園付近の店ではかなり知られていることもあり、オニャンコポン同伴でも構いませんよとご好意を頂けるお店も相当に多いのだが、それはそれとして気が引ける部分もある。

 個室などを借りる時は俺も遠慮なくオニャンコポンを連れて行くが、それはそれ、これはこれだ。

 どーしようかなーと俺の肩の上のオニャンコポンを見ていると、どうやら彼女なりに何か察したようで、ひょいっと俺の肩を降りてしまった。

 

「ん…オニャンコポン、良いんだぞ?そんなに気を遣ってくれなくても」

 

 ニャー。

 

 そうか。そう言ってくれると助かる。悪いな。

 さっきの鳴き声は『理事長の猫の所に行ってお話しながら飯食べてくるから気にしなくていいんぬ』という意味合いの鳴き声だ。多分。

 俺が外食を考えているのを察してくれていたのだろう。賢い猫である。

 オニャンコポンだって常に俺の肩の上にいるわけではない。理事長室に行って理事長の猫と遊んでいることもあるし、リギルのチームハウスに行ってマンボと戯れていることもあるし、昼寝スポットに行ってのんびり昼寝していることもあるのだ。

 オニャンコポンが自由にのびのびと過ごせるのが俺の理想だ。相棒としてよい関係を築けていると確信している。

 真に信頼しあえる関係とは、お互いに適度に甘えられることを意味すると俺は考えている。

 チームメンバー同士もそうだし、さっきの生徒会役員たちもそうだし、俺とオニャンコポンもそうだ。

 今日は彼女の気遣いに甘えさせてもらうこととしよう。

 

「…んじゃ出るか。何食べるかな」

 

 俺はお昼になり教室外に出てきたウマ娘達に挨拶しながら、正門を出て繁華街の方へ向かう。

 食事が出来る店が多い方面だ。この辺りの店は完全に記憶しており、おおよその味も理解しているが、今は何が食べたいだろうか俺の胃袋は。

 朝からアイネスのマッサージやキレキレのダンスでそれなりに力も使ったし、生徒会の仕事で頭も使ったからな。

 んー。

 

「…ガッツリ行くか。たまにはニンニクラーメン食べたって今日はなんも言われないだろ!」

 

 俺は今日の昼食をラーメンに決定した。

 しかもニンニクラーメンだ。トッピングマシマシで頂いてしまおう。

 普段であればチームハウス内での匂いを気にするためそういった匂いの強い料理は控えているが、今日はチームハウスは誰も利用する予定はない。午後は適当に生徒たちの練習を見てぶらつくくらいに済ませる予定だ。

 匂いケアだってしっかりするつもりだし、行けるだろう。

 ふふふ。テンション上がってきた。

 俺は久しぶりのニンニクラーメンの味を思い浮かべてワクワクが止まらなくなりながら足早にお気に入りのラーメン屋に向かった。

 

────────────────

────────────────

 

 そうして店についた。

 ここは以前の世界線ではアイネスがバイトしていたり、あとファインモーションが愛用する店でもあった。

 ラーメンのバラエティに富んでおり、味も絶品。

 穴場の位置にあり、あまり並ぶこともない。お気に入りの店だ。

 

 俺は『ラーメン三ハロン』と書かれた暖簾をくぐって店内に入る。

 らっしゃーい、と店員から声をかけられつつ店内を見る…と。

 

「……え、何でこんなウマ娘がいんの…?」

 

 俺は店内にめちゃくちゃいるウマ娘達にびっくりして思わず声を上げてしまった。

 

「む…立華トレーナーか。珍しいな、普段はカフェテリアにいるのに」

 

「おや、猫トレさん!お疲れ様です!」

 

「オー、タチバナー!!フフッ、応援に来てくれたデスかー?」

 

 まずカウンターに並んで座るオグリキャップ、スペシャルウィーク、タイキシャトルの3人。

 それぞれに挨拶を返しつつ、タイキの言葉に首をひねる。応援って?

 

「あら、猫トレさん?どうしたの、まさか飛び入り参加?」

 

「ヴェー!?ソウナノー!?猫トレ実は大食漢だったのー!?意っ外ー!」

 

「いやゴメンただの偶然の極み。…大食い大会やってんのか、なるほどね。頑張れよタイキ」

 

「任せてくだサーイ!タチバナの応援があれば百人力デース!!」

 

 そして少し離れた席で謎の解説マイクを並べながらファインモーションとトウカイテイオーが座っているのを見て、俺は大体察した。

 成程。今カウンターに座っている3人が特盛メニューを頼み、それの早食い大会と言ったところか。

 確かに3人とも食事には一家言ある健啖ウマ娘達だ。これは熱い勝負が期待できますよ。

 この世界線では一番縁の濃い、アメリカでお世話になったタイキシャトルへ応援の言葉をかけた。随分やる気を出していると見える。相手二人は強敵だが好走が期待できますね。

 

 とはいえ俺はただここにラーメンを食べに来ただけだ。

 観戦はさせてもらいながら少し離れた席に座ろうと…したが、そこにも既にウマ娘がいた。

 

「どんどん食えよなー!ウンス!」

 

「ふぁい」

 

 珍しい組み合わせだ。ゴールドシップとセイウンスカイが一緒にラーメンを食べている。随分とのんびりした雰囲気だ。

 恐らくは先輩にあたるゴールドシップが奢っているという所らしいがセイウンスカイは猫舌である。ふーふーしているウンスがちょっと可愛い。

 

「んお?猫トレじゃねーかよー!よーっす、なんだー?猫トレもラーメンか?」

 

「ああ、今日は練習が休みでね。愛バ達に会わないからニンニクラーメンなんか頂いちゃおうかと」

 

「…ふーふー。いいですねー、愛バの目を盗んでイケない食べ物食べちゃうわけですかー…ふーふー。猫トレさんたらいけないんだー」

 

「人聞きが悪いなぁ。ま、否定はしないけどね、普段はなかなか食べられないし」

 

 ふーふーしながら突っ込んでくるセイウンスカイに苦笑を零して返事をする。

 言われていることを否定はできない。三人の俺の愛バたちと、SSも今はいて、それぞれに俺は信頼と愛情をもって接しているし、間違えても重荷だとは考えてはいないが……まぁ、それはそれとしてずっと彼女たちと一緒に居続けるというわけでもない。

 ごくたまに生まれるこういった一人の時間で彼女たちの前ではやれないようなことをやりたくなる、これはもう男のサガと言うものだ。別に怒られるようなことをしているわけでもないしな。

 俺は彼女たちのそばのカウンター席に座って、店員に食券を出しながら注文を伝える。

 

「ニンニクラーメンヤサイマシアブラカラメニンニクマシマシヒトサイズ」

 

「…っ!通だねお客さん!オーダー入りましたー!」

 

「猫トレ今なんつった?」

 

「なんて?」

 

「秘密」

 

 その注文をテーブル席で聞いていたゴルシとウンスがは?って顔を向けてくる。

 彼女たちはまだこの店の裏メニューを知らないらしいな。

 食券販売機が入口にあるのでウマ娘達はそれでウマ娘向けサイズのラーメンを注文している様だが、それで満足するのはトーシロだ。

 この店の真価は券を出す時に呪文を唱えることでラーメンのグレードがアップすることにある。

 ただ、これを知られすぎてもお店の人も困るかもしれないので、俺は少なくともゴルシには教えない様にと思っていたのだが。

 

「なーなーなー!猫トレー!さっきの呪文みてーなヤツ教えてくれよー!いいだろー!」

 

「セイちゃんもちょっと気になりますねぇ…こっちの席で一緒にお話しません?レースの事とかも聞きたいですし」

 

「そうかい?それじゃカウンター席を埋めてもアレだし、ご合席にあずかろうかな…ゴルシには教えないけどね」

 

「なんでだよー!ケチー!」

 

 俺はそうして、結局昼飯をウマ娘達に囲まれて取ることになったのだった。

 なお横で行われていた大食い大会は、何とタイキシャトルが奮戦しオグリと同率一着だったという結果であったことを記しておく。

 

────────────────

────────────────

 

 昼食を終えて学園に戻ってきた。

 暇だ暇だ、とさっきから言ってはいるが、一応業務中であるからして家に帰れるはずもないし、午後も学園にいる必要があった。

 とはいえチームでの練習活動は今日はない。SSも1日通しての研修になっているし、愛バ達には休みを指示しているし、またしても俺は手持ち無沙汰になってしまった。

 もう一度生徒会の業務でも手伝いに行くか…とも思ったが、しかし先ほど勢いでニンニクラーメンを食べ終えたばかりである。

 もちろんその後すぐに歯を磨いて口臭ケアはきっちり行ってはいるが、ウマ娘の嗅覚をごまかし切るには至らない。屋外で会うだけならともかく、室内などの狭い空間でしばらく過ごせば匂いを指摘されるだろう。

 今日は屋内にはいかない方がいいだろうな。生徒会のみんなだって午後からはそれぞれ練習などもあるだろうし、また明日手伝いに行くことにしよう。

 

 さて、そうして俺はグラウンドに足を向ける。

 今日はトレーナーの研修会があるため、俺の様に不参加のトレーナー以外は恐らくはウマ娘のサブトレーナーが練習の指揮を執っているはずだ。

 彼女たち自身も資格を取得したしっかりとした子たちなので不安はないが、だとしてもまだ未成年のウマ娘達だ。

 万が一何かあったときに、大人である自分が近くにいればサポートしやすいだろう。

 全体の練習風景を監督するような気持ちで今日はいようか。練習をしているウマ娘には、踏み込み過ぎない程度にアドバイスをしてもいいかもな。

 

「……お、やってるやってる」

 

 グラウンド、色んなバ場のレーンが広がるそこで、何人ものウマ娘が併走練習しているのを眺める。

 大手のチームはサブトレーナーであるウマ娘も所属しているため、やはりというか、そういった子たちが監督をしながら練習に取り組んでいるのが見えた。

 いいものだ。やっぱもっとウマ娘のトレーナー増えてくれないかな。

 俺たち人間がトレーナーを務めることが多く、トレーナー業への強い熱意を持たないウマ娘が多いことは事実だが、それでもSSのように共に走って教えることが出来るし、気持ちだって人間よりも理解できるところも多いだろう。

 先日のトレーナーズカップの様な、トレーナーという仕事に興味が湧くイベントとかもっとやってくれないだろうか。

 

「…ん。カサマツの皆と………お?」

 

 そんな練習中のウマ娘達を観察していると、見知ったメンバーを見つけた。

 チームカサマツの面々だ。

 先程までラーメン屋で大食い大会に挑んで優勝していたオグリキャップの他、フジマサマーチとカサマツ三人組。

 それを、ベルノライトが監督しながらダートで併走を行っている。そこまではいい。

 だが、その中に俺はもう一人、メンツが追加されているのを見た。

 

「…ウララも一緒なのか。なんで?」

 

 カサマツの面々の中に、桃色の髪が揺れているのを見た。ハルウララだ。

 今日は彼女の専属トレーナーである初咲さんは研修会に参加しているため、練習が休みか、もしくは自主トレになっていると思っていたが。

 俺は彼女らの様子が気になり、見に行くことにした。グラウンドに降りていく。

 

「精が出るね、ベルノ。お疲れ様」

 

「…あ、立華トレーナー。お疲れ様です。今日はどうしたんですか?練習は?」

 

「メンバー全員が疲労抜きで脚を休めててね。SSも研修会だし今日は暇なんだ。…ウララも一緒なんだな」

 

「はい。北原トレーナーが初咲トレーナーからお願いされて、今日一日は私達のチームの練習に参加することになってたんですよ」

 

「あー…成程ね。ダートの精鋭で集まっての練習ってわけか…」

 

 ウララが参加している件についてそれとなく聞いてみたところ、成程、トレーナー同士で既に話が通っていたらしい。

 先日のチャンピオンズカップでの敗着の悔しさを更なる熱意に変えているのだろう。

 今ちょうど併走中の彼女たちを見て、その走る佇まいに前以上の熱意が生まれていることを感じ取った。

 ファルコンに勝つのだ、という強い意志が見える。

 

 なお、予め断っておくが、たとえライバル同士であっても、彼女たちカサマツ組やウララとファルコンの仲が悪いということはない。

 レースの後も健闘を称えあうとともに次こそは、とライバル心もさらに燃やしていた。チーム間のウマ娘の仲がいい事は何よりである。

 

 さて、そうして併走を終えた彼女たちカサマツメンバーとウララを見る。

 今回のダート併走はオグリも参加している様だ。彼女もドリームリーグが年明けにあるのでそれに向けて脚を整えているのだろう。芝レースに出走の予定ではあるが。

 チーム一丸となってファルコンに挑んできているのがはっきりと見て取れる。素晴らしい事だ。

 

 だが、僅かな懸念点。

 俺たちのチームは、先日…3日前にレースを終えた後の脚を休める期間を1週間は取っている。

 これは他のチームと比べてもそれなりに長い休憩スパンだ。うちのチームは脚への負担を出来る限り軽減するため、最低でも一週間は休ませるし、ダメージが大きければ更に休養させるのはこれまで行ってきたとおりだ。

 しかし、カサマツのダート組とウララは今日の時点で既に練習に入っている。

 

 既に3日経過していることもあり、決して早すぎる練習とは言わない。

 また、彼女たちカサマツ組とウララは地方出身のウマ娘で、そういうウマ娘は脚が丈夫であることが多く、彼女らもその例に漏れない。

 ウララの脚は当然把握しているとして、この世界線で見せてもらったカサマツ組のみんなの脚も、相当丈夫なことが分かっている。

 だからこそ、今日の練習でもそこまで無茶をしているわけではないから止めるほどの物でもないのだが。

 

「む、立華トレーナー。先ほどラーメン店で見たな…今日はよく会うな」

 

「やあオグリ。大食いは流石だったね、一着おめでとう」

 

 一番に息を整えてタオルを取りに来たオグリと挨拶を交わす。

 ラーメン店を出て行ったときにはまんまるとしていたお腹だが、今はすっきりと細まり女性らしい丸みを見せていた。オグリの常だ。深く考えない方がいいのだろう。

 

「はぁ、はぁ…ふーっ。…ん、立華トレーナーか」

 

「おー、猫トレだー!こんにちはー!次はファルコンちゃんに負けないからねー!えいえい!」

 

「やぁ、精が出るね。…はは、こっちも負けないからな、ウララ。よしよし」

 

 フジマサマーチとウララもやってきて、軽く挨拶を交わす。

 ウララは初咲さんから何か吹き込まれていたのか、しゅっしゅっと拳を繰り出す大変可愛らしいムーブで迫ってきたため、その拳が俺のお腹に当たる前に腕を伸ばし、頭をふんわり撫でてやって受け止めた。*1

 この世界線では、俺が担当し始める以前の…勝利への渇望が薄い頃の彼女とは随分と変化があるようだ。俺との永劫の時を過ごす中で何とか彼女に持たせられた勝利への欲求を、このウララは見事に備えている。

 初咲さんとの相性がいいのか、ファルコンという強いライバルがいるからなのかわからないが……ああ、いい変化だ。彼女の脚はますます輝きを持つだろう。

 そして、だからこそ、俺も妥協せずファルコンを仕上げる。そこに一切の情けはない。

 彼女たちが走るレースは、真剣勝負でなければ意味がないのだ。

 

「おー猫トレじゃん。こないだはお疲れさんなー、いやーファルコンちゃん強すぎだわ!今日はどったん?」

「あんだけ仕掛けたのに脚色衰えねーんだもんな、バケモンだわありゃ」

「まーウチらバケモン相手にすんのが趣味みたいなところあるし次こそ負けないかんねー!」

 

「や。チーム練習が休みでね、ぶらついてたところさ。意図せずに偵察みたいになっちゃったけど」

 

 カサマツ三人組もやってきた。彼女たちもまた、常に勝利を求め邁進している。

 これまた地方ウマ娘に多い特徴だが、彼女らカサマツ組は成長曲線が大器晩成型だ。出会ったころよりも彼女たちの脚は磨き研ぎ澄まされ、今もなお成長を続けている。

 それはフジマサマーチも同じだ。オグリと言う突然変異に肩を並べるべく…そして今は、ファルコンにたどり着くべく、着々とその体と魂を磨き続けている。

 

 そんな彼女たちを、ああ、ライバルの側に立つ俺ではあるが───心から尊敬し、応援している。

 だから、今日くらいは彼女たちを手助けしてもいいだろう。

 うちのチームのみんなだって、それを咎めはしないはず。

 

「……ベルノ、今日の練習はいつごろまでの予定なんだい?」

 

「えっと…休憩を挟みながら、4時ごろには終了の予定です。日も短いですし、チャンピオンズカップに出走した人たちはまだ無理はさせられませんから」

 

「そう。…練習が終わった後、よければ脚のマッサージ手伝おうか?…ああ、勿論全力でやらせてもらうつもりだよ。ライバルとはいえ、みんなの脚も心配だしね」

 

 俺は彼女たちに、脚のマッサージを手伝うことを申し出た。

 先程の思考にあった、レースとの間隔の問題だ。彼女たちの脚は今見ても故障を心配するほどの物ではないが、しかしそれはそれとしてマッサージはしっかりと施してやるべきだろう。

 無論、ベルノライトが練習後にそれぞれマッサージを施すのだろうが、なにせカサマツは人数が多い。彼女の負担も減らしてあげたいところだ。

 北原先輩と初咲さんにはたまたま通りがかったのでマッサージ手伝っておいたとLANEしておけば問題ないだろう。多分。

 

「…………立華トレーナー。気遣いはありがたい…のだが。貴方は本当に、そういう所だと思う」

 

「私もオグリに同意見だ」

 

「右に同じ」

「右に同じ」

「右に同じ」

 

「え?うーん、じゃあウララも右におなじー!!」

 

「私も右に同じです」

 

「どうして」

 

 しかし何故だかウマ娘達から思いっきり呆れられたような表情を向けられて、謎の意思統一をされてしまった。

 どうして。俺は学園のウマ娘、いやすべてのウマ娘達の助けになりたいと思っているだけなのに。

 

 まぁ、その後の練習は順調に進み、結局マッサージについてはしっかりと手伝ってやり、ベルノにもコツなどを指導できたのでよしとしよう。

 後で北原先輩と初咲さんからはお礼の連絡と、詳しくマッサージのやり方教えて、とLANEの返事が来たのでそれも快諾しておいた。

 マッサージは積み上げた経験と技術がモノを言う。これも後で論文とかに起こしてもいいかもしれないな。

 

 そんな感じで珍しく暇になった俺の一日は過ぎていった。

 

────────────────

────────────────

 

 

 翌日。

 

「生徒会のお仕事のお手伝いをされていたんですよね。大変でしたね?」

 

「お昼はラーメン食べたんだ、ふーん。美味しかった?感想を述べよなの」

 

「へーぇ☆カサマツの先輩たちとウララちゃんの面倒を見てたんだ?トレーナーさんらしいなー」

 

 朝一でチームハウスに集まった愛バ達から何故かトライフォースの構えを受ける俺の姿があった。

 俺の予定は逐一LANEで伝えることになっているので、昨日の出来事もLANEで報告だけはしていたのだが。

 しかし何故だが彼女たちは昨日の俺の行動に感じるモノがあったらしい。

 なんで。俺特に変なことしてないよね!?

 

「……はーぁ。タチバナお前、ホントそういう所だぞ…いややってることは立派なモンだけどよォ…アタシがいなかったからって自由にやり過ぎだろ……やっぱついてないと駄目かァ…?」

 

 SSにも謎の保護者目線でため息をつかれてしまった。

 なんでぇ?

 

 

 

*1
ウララでも大変危険。ウララの扱いに慣れたトレーナー以外は行わない様に。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

111 そして集いし運命の欠片たち

 

 

 

 

 有マ記念まであと1週間。

 午前中のチームハウスで、俺はSSと共にレース記事などを眺めながら過ごしていた。

 オニャンコポンは朝食の猫缶をすっかり食べ終えて日当たりの良い窓際で朝寝を決め込んでいる。冬は猫はよく寝るものだ。

 

『阪神JFと朝日杯は中々の激戦だったみたいだな…阪神の方はレシステイシア*1が一着か』

 

『朝日杯はアイネスのレコードに迫る記録だったわね。セリオス*2か…来年は要チェックね』

 

 先日行われたジュニア期のGⅠ、去年俺達のチームがそれぞれ勝利したマイル戦の結果を見る。

 映像ももちろん見たが、全体のレベルがかなり高かった。レースの展開もそうだが、平均タイムだけで見れば去年よりも1秒近く速くなっている。

 今年のジュニア期もバッチバチにやりあってることはこれまでのレース結果からもわかる事だが、我らチームが走るクラシック級も、シニア級も、それぞれ基礎能力が上がってきている。ウマ娘全体のレベルが底上げされているのではないか、と記事にもされていた。

 個人的にも、ここまでの変化が起きる世界線と言うのはこれまでもほとんど見たことがない。

 何か……何か、大きなうねりが動いているような感じさえする。

 原因は分からないが、これからのレースがより気を抜けなくなっているのは確かだ。

 特にこれから始まる有マ記念。フラッシュが挑むわけだが、もうすぐ人気投票の結果が出そろって出走ウマ娘が決まるはずだ。

 出走メンバーを見て対策を取らなければならないだろう。

 

『…ねぇタチバナ、論文の相談していい?』

 

『ん、いいよ。この間じっくり打合せしたところだけど…何か気になるところがあったかい?』

 

『ええ。二人の連名で出すものだからね、しっかりしたものにしたいなって。特に英訳のほうだけど…ここ、日本語の表現を正しく英訳できてるかしら?』

 

 俺がレースに想いを馳せていると、味噌汁を飲みながらSSが改めて論文の打合せを求めてきたため、それに応じることにした。

 論文…俺が発表を予定していた、体幹トレーニングに関する論文だ。

 近い内容のものはSSも専門学校の卒業論文で作成しており、その件で5月ごろから彼女とDMでやり取りをするようになって縁が生まれていた。ここにSSがいる理由の一つである。

 

 ともに仕事をしていく中で、改めて件の論文についてはSSと相談をしていた。

 俺個人の名義で発表するのではなく、チームフェリスのトレーナー、サブトレーナーとして連名で、お互いの知識を擦り合わせた内容で、本格化前後の体幹トレーニングの有用性についての論文として発表しないか、と言う話にまとまっていた。

 結局のところ俺がこの論文を出すのは、別に有名になりたいとか金が欲しいとかそんな理由からではない。これを知ったトレーナーやウマ娘が己に最適なトレーニングが出来て、思う存分走れるようになってほしい他、ウマ娘全体の怪我が少しでも減ってくれれば、という想いからのものだ。

 SSと他人同士だった以前であれば個人名義で論文を発表するのに懸念はあったが、今はこうして共に仕事をする相棒だ。であれば俺の知識も含め、彼女の名義だけで発表してくれても俺はよかった。

 ただ、SSとしてもまだトレーナーとしての実績を積んでおらず、俺から聞いた知識、データが多くて申し訳ないから、一緒の名義で発表しよう…ということになったのだ。

 12月末に正式に発表する予定になっている。誰でも読めるようにネットなどでも公表する予定だ。本とかにしちゃうとその手続き関係も面倒だしな。

 

『…大丈夫に見えるけどね。でも気になるなら少し詰めてみようか、俺だって英語はネイティブじゃないから表現に自信があるわけじゃないし。どの辺が気になった?』

 

『そうね、しいて言うならこれ、「~が例として挙げられる」って内容だけど、この表現だと文が長くなりすぎる…As examples ofで表現するとthere areを使わなくちゃならなくなって視点がはっきりしなくなるわ。日本語の直訳になりすぎる感じ。もっとシンプルに─────』

 

 そうして俺たちは論文の表現についていろいろと相談を重ねていたところで……コンコンと、チームハウスの扉をノックする音が聞こえた。

 それに気づいて、俺は扉に向けて声をかける。

 

「どうぞ。鍵は開いてますよ」

 

「失礼します。お疲れ様です、立華さん、サンデーサイレンスさん」

 

「たづなさん?お疲れ様です…今日はどうしたんですか?」

 

「あー…お疲れ様デス」

 

 そうして扉から入ってきたのはたづなさんだった。

 俺もSSも挨拶を交わしてから、急にやってきた彼女の用件を聞いて、しかし、そこでふと用件の内容について思い至った。

 これまでの世界線でも大体このタイミングだったはずだ。

 恐らくは有マ記念の件だろう。URAの方で正式に出走ウマ娘が決定したことを伝えに来てくれたのだ。

 たづなさんの手に見慣れた資料があったことで俺は確信を深めた。この世界線では初めての有マ出走なので、言葉には出さなかったが。

 

「実は、有マ記念の出走表がURAから届いたんです。そちらをお伝えに参りました。こちらになります」

 

「お、出ましたか。助かります」

 

 俺はやっぱりかと内心で頷いてから、たづなさんより手渡される出走表を見た。

 そして、ざっと目を通して。

 

 

 

 ぱさり、と出走表を落としてしまった。

 

 

 

 

「…ん、おいタチバナ?どうした?そんなにショッキングな…え、まさかフラッシュが出れねェなんてこたァねぇよな!?」

 

「え、いえ、フラッシュさんは一番人気で出走されていたはずですが…?」

 

 手が震える。

 動悸が止まらない。

 呼吸が、荒くなりそうなのを、努めて落ち着ける。

 俺は、落としてしまった出走表を拾おうとして、手が震えて一度失敗し、もう一度拾い上げて、再度、出走表に目を通した。

 

 そこに書かれていた、今年の有マ記念の出走者は、こうだ。

 

 

 ─────エイシンフラッシュ。

 メジロライアン。

 ヴィクトールピスト。

 

 ─────セイウンスカイ。

 ─────グラスワンダー。

 

 ─────ゴールドシップ。

 ─────スペシャルウィーク。

 ─────メジロマックイーン。

 ─────ナイスネイチャ。

 ─────ツインターボ。

 ─────ウオッカ。

 

 他、優駿たち。

 

 

 

 まるで。

 前の世界線で、俺が、縁を結んだウマ娘達が。

 あの有マ記念を共に走ったウマ娘達が。

 集まってきた、ような、そんな、メンバーで。

 

 

「…立華さん?大丈夫ですか?」

 

「……ああ、いえ、大丈夫です。その、すごいメンバーだなって…」

 

「どォれ…あー、なるほど確かにな。こりゃ熱いレースになるなァ─────」

 

 俺はサンデーサイレンスに横から出走表を取られながらも、まだどくどくと強く鼓動を刻もうとする己の心臓を鎮めるのに必死だった。

 どうした?なぜ、ここまで集まってきた?

 確かにそれぞれがシニア級を走るウマ娘で、出走自体は問題ない。

 それに、全員ではない。既にドリームリーグに入っているシンボリルドルフやナリタブライアンなどは出てきていない。

 だが、しかし、それにしたって、集まりが過ぎる。

 黄金世代の3人や、ゴールドシップやメジロマックイーンなどはまだシニアに在籍はしていたが、レース出走自体が少なく、もう間もなく引退か、ドリームリーグ入りか…と、噂にはなっていた。

 その、最後に、全員が集まってきたという事なのか?

 

 運命という言葉を心底信じている俺だが……これも、その一環だってのか?

 どうなってんだよ、三女神様。

 俺に、どうしろって言うんだ?

 

 

『─────ぇ、ねぇ!タチバナ!大丈夫なの!?』

 

『……っ、ああ、すまん。大丈夫…』

 

 俺は、英語で話しかけてくるSSが自分の事を呼んでいることにようやく気付いた。

 少し、考え込みすぎてしまっていたらしい。

 いつの間にかたづなさんもお帰りになっている。随分と、周りが見えなくなって、いる。

 

 よくない。

 俺は、あの夏合宿で、みんなのおかげで、過去の整理をつけられていたじゃないか。

 たとえ俺の中でどんなにあの季節外れの満開の桜が大きな意味を持っていたとしても、この世界線に持ち込むべき考えでは────────

 

『……もう!!ほら、ちょっと頭貸しなさい!!』

 

『…っ!?ちょっ、SS…!?』

 

 狼狽していた俺の頭を、SSが急にその胸にかき抱いてきた。

 彼女の着る黒のコートの下、ワイシャツの白が視界を埋め尽くし、そうして考えてはいけない柔らかさが俺の顔に感じられる。

 その感触に俺は、先ほどまでの悩みが一気に吹き飛びそうになるほどの驚きを受けた。

 急に何!?何の何が何ィ!?

 

『貴方、魂が動揺しすぎなのよ!よくないわ…それは、きっとよくない。落ち着いて……ね?…()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

『……っ……』

 

『落ち着きなさい。何が貴方をそこまで動揺させたのかはわからないけれど……貴方が一人で悩む必要はないわ。私だって…あの子達だって、いつだって貴方の事を想ってる。一人で抱え込んじゃダメ……』

 

 俺は、彼女の心音を…その、落ち着いたリズムを耳にしながら、ようやく、少しずつ頭が冷えてきた。

 そうだ。SSの言う通り…動揺しすぎている。

 何のことはない、この世界線には関係のない、ただの偶然に……心を、動かされすぎだ。

 いや、そのこと自体を否定はしない。俺にとっては確かに、想い出のメンバーなのだから。

 だが、それを何故、と思い悩む必要はない。ないのだ。

 俺のやるべきことを、よく思い出せ。

 

 俺は、エイシンフラッシュのトレーナーだ。

 彼女をこのレースで勝たせることが、今の俺がやるべきことだ。

 

 俺はSSに手を伸ばし、その細い両肩を掴む。

 ぴく、と軽く反応したようだが、俺はそのままそっとお互いの距離を離して、彼女の胸元から顔を上げた。

 至近距離でSSと見つめあう。随分と、心配されてしまったらしい。

 心から反省だ。そして、助けてくれたことへの感謝も。

 

『……有難う、SS。もう大丈夫だ。落ち着いたよ。…ごめん、助かった』

 

『……ッ、もう、ズルいのよ貴方は。急に心配させて、今もこうして間近で、そんな顔を見せてっ……手、離してくれる?』

 

『ん、ああすまない……いや、本当に悪かった。時々あるんだよ、こう…びっくりして落ち着かなくなることが』

 

『……本当にそれだけ?…いえ、別に問い正すつもりもないのだけれど。前にも貴方、こうなったことがあったらしいわね……その時の事、あの子達から聞いておいてよかったわ。対処法を知っておいて』

 

 俺は言われた通り彼女から手を離して、改めて深呼吸して心臓を落ち着けた。

 どうやらSSは以前の夏にも同じようなことになった時のことを愛バ達から聞いており、その時の対処法についても聞いていたのだろう。

 今、同じ部屋の中にいるのは俺と彼女だけであるからして、そうして助けてくれたというわけだ。

 いや、本当に申し訳なかった。SSの様子を見れば、尻尾はぶんぶん揺れてるし顔は真っ赤だ。恥ずかしかったのだろう。

 それはそうだ。男の頭を胸元にかき抱くなど女性としては躊躇いしかないだろう。それを、しかし俺のためを想ってしてくれたSSには感謝しかない。優しい、素晴らしい女性だ。

 

 しかし、女性に抱きしめられてこうして落ち着いてしまうのだから、もしかすると俺はどこかでマザコンなのかもしれない。

 確かに俺のこの数奇な運命が始まった直後…2周目の世界線で担当したのがスーパークリークであり、彼女は当時の俺がループに馴染めず狼狽していた時に随分と俺を抱きしめてくれて、それで落ち着いていたところがあり、俺もそこからヒントを経て心臓の音を聞かせることでウマ娘を落ち着ける技術を会得したのだが、恐らくはその経験が俺の中で大きなものになり過ぎているのだ。

 いかんいかん。俺は改めて意識を切り替え、このメンバーによる有マ記念の対策について思考を巡らせ始める。

 

『…うん、大丈夫。落ち着いた。今俺がやるべきことは、このメンツの中でフラッシュが勝ちきれるように、作戦を考えること…だよな』

 

『そうよ。私も実際にレースを走った立場から意見を出すから…勝たせてあげましょう、あの子を』

 

 そうして俺たちは、有マ記念に挑むフラッシュが勝てるよう、相手の過去のレースなどで情報を集め始めるのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 場面は切り替わり、ここは午後のグラウンド。

 チーム練習で併走をする、チームスピカの面々の姿があった。

 ただし、その並走は余りにも気合が入っており……まるで実戦のような緊張感をもって展開されていた。

 

「……残り400m!行きますっ!」

 

「っしゃ!俺も行くぜぇ!!」

 

「抜かせません…ここからですわ!!」

 

「有マでは…誰にも、負けないっ!!やあああっ!!」

 

「まとめて薙ぎ払ってやらぁ!!ボンバー!!」

 

 スペシャルウィーク。

 ウオッカ。

 メジロマックイーン。

 ヴィクトールピスト。

 ゴールドシップ。

 

 今回の有マ記念には、何とチームスピカからは5人ものメンバーが出走することになっている。

 なお、ウオッカの同期であるダイワスカーレットは今回の有マ記念は見送った。

 天皇賞秋、ジャパンカップと好走を果たした彼女ではあるが、共に2着。

 己の実力が足りないことを認め、そして今有マ記念に出走しても勝ちきることは難しい…と己の弱さと向き合って、実力をさらに磨くために脚の休養、更なる鍛錬に挑むつもりだった。

 サイレンススズカとトウカイテイオーは共に既にドリームリーグ入りしているため、1月のドリームレースに出走予定だ。

 

「…よし!20分休憩だ!よく脚を休ませるように!!スズカ、タオルと飲み物頼む」

 

「はい。脚に違和感のある人はいませんか?あったら言ってくださいね。…はい、スペちゃん。いい走りだったわよ」

 

「大丈夫です!有難うございますスズカさん!」

 

「だっはー…!2500mは、やっぱ、しんどいぜぇ!!前よりは走れるようになってっけどよぉ…!」

 

「私やゴールドシップさんはむしろ得意距離ですが…ウオッカさんは爆発的な末脚で走るタイプですものね」

 

「おー、つっても去年3着だもんなー、油断はしねーぞ。今年はアタシが勝ーつ!!」

 

「私も忘れないでくださいね…!凱旋門では悔しい思いをしましたからね、今度こそ…今年はまだ一つもGⅠ、取れていませんし…!絶対に、私が勝ちます…!!」

 

 思い思いに芝の上でストレッチをしながら水分補給をするメンバーを見て、沖野は全員がやる気に漲っている様子に苦笑を零す。

 沖野としても、ここまで有マ記念に出走を希望するものが多いとは思っていなかった。

 ウオッカは去年も出ているし、脂ののってきたシニア1年目、勝気な彼女の性格もあって出走すると思っていたし、ヴィクトールピストは以前から有マ記念を狙っており、この二人は、まぁ、わかる。

 だが、スペシャルウィークとゴールドシップとメジロマックイーンは別だ。この3人はまだシニアに籍を置いており、確かに出走の権利はあるのだが…しかし、彼女たちはトゥインクルシリーズの現役期間が長い。

 メジロマックイーンは怪我からの回復後は数えるほどのレースしか出走していないし、スペもゴルシも併せて彼女たちももうすぐ引退か、ドリームリーグ入りか…と考えていたところはある。実際に相談も何度かしている。

 

 だが、彼女たち3人は、今年の有マ記念出走の強い希望を伝えてきた。

 もちろん、走りたいレースを走るのが一番と考える沖野としても、それを断る理由もない。

 だが有マ記念はファン投票による出走枠の抽選がある。

 全員が名バであることは間違いないが、今年はクラシックの活躍などもあって現役の世代に注目が集まっている。五分五分くらいか…と思っていたが、見事に全員が出走枠を勝ち取った。

 今回の有マ記念は、間違いなく伝説のレースになる。

 

「…俺はな、お前ら全員に勝機はあると見てるぞ。勝ちきれる。勝負にならないような鍛え方はしていない。だから、あとはレースの展開次第だ…己の走る位置、相手の位置、牽制、全部よく考えながら走るようにな。特にレース間隔が空いてる3人はレース勘を思い出せ!今日はお前らは練習が終わった後チームハウスでレース映像見て勉強だ!」

 

「はい!!けっぱります!!実戦のレースは随分と久しぶりですからね…!!」

 

「望むところですわ。トレーナー、マッサージをしながらで結構です。ここ最近のほか出走ウマ娘達のレース、それを全部見るくらいの勢いでお願いしますわ」

 

「おー、ちゃんとゴルシちゃんが映像準備してたからよー、安心しろってー!!軽食も準備してリラックスしながら、でもレース研究はガチでやろうぜ」

 

「…なぁトレーナー、それ俺も参加していいか?俺はまだまだみんなよりレース経験は浅ぇんだ、勉強して損はねぇだろ?」

 

「私もお願いします。この中で誰よりもGⅠ勝利経験が少ない私は、皆さんの意見も聞きたい。聞いて……その上で、超えます!!」

 

「ん、そうか…そうだな、よし!ウオッカもヴィイも参加だ!全員できっちりライバルたちのレースを研究するぞ!」

 

 熱。

 有マ記念に挑む5人から、これまでの大一番のGⅠレースに挑む前に近い、灼熱の想い、勝利への熱望を沖野は感じる。

 これは俺も気を引き締め直して彼女たちに向き合わなければなるまい。

 

 もしかすれば─────ゴルシやスペ、マックイーンあたりは、この有マをトゥインクルシリーズの引退レースと考えているかもしれない。

 そんな彼女たちが、後悔しないレースが出来るように。

 願わくば、勝利を掴めるように。

 己が出来ることの全てを、彼女たちへ。

 

 そこに答えはない。

 どうしてやればいいかなどと言うものは、分からない。

 けれど、それでも答えを求めて、最善の事をしてやりたい。

 

 俺は、こいつらを信じている。

 心の底から信じている。

 その想いを、力に変えて。

 

 まもなく始まる有マ記念に備えて、チームスピカはその牙をさらに研ぎ澄ませていた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 そして、牙を研ぎ澄ませ、大舞台に挑むのは他のウマ娘も同じ。

 

 

「…やってやるもん……!」

 

 破滅逃げの代名詞、あらゆる観客に夢を見せる2連装小型排気過給機が。

 

 

「三着ばっかりじゃ…ね。今年の有マは、アタシが支配する」

 

 3年連続三着、その運命を越えようとする最高の素質が。

 

 

「ふふー…さぁて、どうやってトリック決めにいきますかねぇ」

 

 菊花賞世界レコード保持者、雲の様に気紛れに、蜘蛛の様に糸を張るトリックスターが。

 

 

「不退転………………」

 

 グランプリレースにて最強を誇る、不退転の体現者、不死鳥たる大和撫子が。

 

 

「あたしだって、クラシック世代のウマ娘なんだ。絶対に負けないよ、フラッシュちゃん、ヴィイちゃん…!!」

 

 クラシック世代にて宝塚制覇という前人未踏を成し遂げた、筋肉の象徴、メジロ家の小さな王が。

 

 

 

 そして。

 

「─────誇りある、勝利を」

 

 魂を揺らす黒い閃光が。

 

 

 

 そんな優駿たちが一堂に会する、冬の中山、有マ記念。

 

 運命の一戦が、もう間もなく始まろうとしていた。

*1
オリモブウマ娘

*2
オリモブウマ娘



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

112 澄み切った師走の空気

 

 

 有マ記念当日。

 その控室で、俺はオニャンコポンに顔を埋めるフラッシュの、その尻尾の揺れを観察していた。

 ふわり、と彼女の黒鹿毛、1ミリも妥協を許さない整えられた尻尾がゆっくりと揺れている。

 揺れのタイミング、大きさ…そこから読み取れる彼女の調子。

 間違いなく絶好調だ。

 

「……すー………ふー……」

 

 気負いもしていない。落ち着いている。

 有マ記念という今日の大勝負を前にしても冷静さを失わない。

 静かな様子のその内側に、勝利への熱を隠さず抱えきり、そしてその熱は最終直線に入った際に領域と共に放たれる。

 静と動の二面性を持つ。普段は物静かだからこそ、動に至る末脚があそこまでの切れ味を見せるのだ。

 

「…フラッシュ。緊張は解れたかい?」

 

「ええ。何も問題はありません、やる気に満ち溢れています……ふふ、去年もこんなやり取りをしましたね?」

 

「そうだっけ?…そうだったな。ああ、あのレースは悔しかったな…」

 

「ですね。ヴィクトールさんに負けてしまったホープフルステークス…忘れられません。今日も、一切の油断なく。ヴィクトールさんにも、他の皆さんにも…一着を、譲るつもりはありません」

 

 一年前のホープフルステークスを思い出す。

 あの時も凄まじい集中力をもってレースに挑んだフラッシュだが、しかし、レース中に飛んできた泥が目に入るというアクシデントに見舞われ、二着と言う悔しい結果となっていた。

 ヴィクトールピストに奪われたジュニア期のチーム全勝、全GⅠ制覇の目標。

 結果を結果として受け止めた上で、しかし、そこに忸怩たる思いがあったことも確かだ。

 その後に皐月賞、ダービーで借りは返したが…だが、この年末においても、やはり世代のウマ娘の中でフラッシュにとって一番のライバルと言えるのは彼女なのかもしれない。

 最初のGⅠから鎬を削りあう良き友にしてライバルといえよう。

 

『…トレーナーさん。いつものを、お願いしてもいいですか?』

 

『ああ。……かつて君に言った、一目惚れしたっていうのは嘘じゃない。愛する君が必ず勝てると信じてる(Liebes Du, werde gewinnen)

 

『ッ…!…ふふ、ありがとうございます。貴方に出会えたことが、私の何よりの幸福です。誇りある勝利を、貴方に捧げます(Wir widmen uns einem stolzen Sieg für Sie)。────見ていてくださいね?』

 

 そうして、彼女と俺の間の秘密のやり取り、ドイツ語による愛の言葉を囁きあって、お互いに微笑みを零す。

 彼女の額に指をあてて、toi.toi.toi、と3回ノックをして、おまじないは完了だ。

 フラッシュには心音を聞かせていないというのに、ふんわりと頬が薄紅に色づき、リラックスした表情を見せてくれていた。

 これは好走が期待できるな。

 

「…最近、ドイツ語覚えようかなって思い始めてるんだよね☆」

 

「あたしもそーなの。愛とか恋とかそういうフレーズ覚えるのが急務かなって…」

 

「……そうだな……多言語に明るくなるのは大切だよなァ……」

 

 そんな俺たちの様子を見ていた愛バ二人が何やら鋭い眼差しでこちらをけん制しているが気のせいだな。

 SSはレースになるとため息が増える様だ。心配してくれているのだろう。優しい子だからな。

 

「…よし。さあ、行こうかフラッシュ。相手は強敵ばかりだけれど…君が勝てると信じている。最強の称号を、掴みに行こう」

 

「はい。……参りましょう」

 

 時間だ。俺はフラッシュの手を取って立ち上がらせて、共に控室を出る。

 そして、レース場に向かう彼女の後姿を見送ったのだった。

 

────────────────

────────────────

 

 SSとファルコン、アイネスを引き連れて、俺たちは中山レース場のゴール前までやってきた。

 フラッシュが一番に飛び込んでくるであろうそのベストポジションを確保するため、俺はオニャンコポンを頭の上に乗せてその人垣の中へ進む。

 

「…!オイ見ろ、猫トレだ…!!」

 

「え、マジ!?マジだ!うわファル子とアイネスもSSもいるじゃん!」

 

「うわー!生オニャンコポン初めて見ちゃった…!ファンです!!」

 

「どもどもー。猫トレでーす」

 

 俺の顔を知っているウマ娘ファンたちに愛想よく笑顔で返事を返してやると、俺の目の前の人垣がざあっと左右に分かれてゴール前までの道を作ってくれた。

 いつの間にか俺はモーセになっていたらしい。

 というのは冗談として、これはいつものことだ。

 民度の高いファンの皆様はレースに担当ウマ娘が参加するトレーナーだと知ると、ゴール前まで道を開けてくれるのだ。ありがたいことこの上ない。

 

 俺は皆さんの厚意に甘えて割れた人波の間を進んでいく…と、ゴール前に先客がいた。

 それは勿論、沖野先輩ら他のトレーナーもいるのだが、その方々ではない。ゴール前が見える少し離れたところにスピカの面々はいたがそれではない。

 俺が見つけたのは、3人のウマ娘だ。

 恐らくはレースを見に来るのは初めてなのだろう。気合を入れて早くにたどり着きナイスポジションを確保したはいいものの、こう言った風習になれていなかったのか、小学校高学年くらいの年齢の3人がゴール前であたふたしていた。

 その子たちの、顔と、脚に、随分と見覚えがある。

 

「ど、どーしよタイホちゃん!?どかなきゃいけないんじゃないのこういうのって!?」

 

「ぼ、僕も初めてだからわからないよ…!でも猫トレさんも一番いい所で見たいと思うし…!」

 

「あら?せっかくいい場所がとれたんだからもったいないわ?せっかくだし猫トレさんたちの隣で見ましょうよ」

 

 俺たちが近づいて慌てた様子の彼女たちに苦笑を零しながら、俺は声をかけた。

 一度見たウマ娘の顔と名前をこの俺が忘れるはずもない。

 

「や、ジーフォーリアちゃん、シャフラヤールちゃん、タイトルホールドちゃん。久しぶりだね、ファン感謝祭で会ったね」

 

「ひぇ!?ねね、猫トレさんに名前覚えられてるぅ!?」

 

「そりゃ覚えるさ、みんな印象深かったからな。場所は譲ってもらわなくてもいいよ、せっかくいい所取れたんだろ?」

 

「は、はい!その、今日はみんなでレース見に行こうって、初めてで、始発の電車に乗って…!!」

 

「──────ああ、()()()。……よく見て学べよォ。んで、終わってからもちゃんと気を付けて家まで帰るんだぜ、お前ら」

 

「………だな。SSの言う通りだ。せっかくだし一緒に見ようか、今日のレース。間違いなく激戦になるだろうからね」

 

「あら、いいんですか?有難うございます、猫トレさん。レース展開、色々教えてくださいね!」

 

 タイトルホールドちゃんの言葉に反応したSSの頭を撫でてやりながら、彼女たちと共に観戦することにした。

 ウマ娘へのファンサービスであり青田買いの様なもんだ。これが彼女たちにとって良い経験になってくれれば、彼女たちの将来のレースが楽しみになる。

 SSにはふんす!と手を払われてしまったが、その尻尾で嫌がっていないことは分かったのでよしとした。

 

「将来のライバルかな?色んな意味で…いや、入学する頃にはそっちの勝負は決まってるか☆」

 

「なの。そっちのライバルにはなりえないの。ふふー、今日はよろしくね、3人とも!」

 

 ファルコンとアイネスも見知ったファンたちに笑顔で相殺(あいさつ)を交わし、それにひきつったような笑顔を浮かべる3人の子ウマたち。

 憧れのウマ娘が目の前にいるんだもんな、緊張の一つや二つはあるだろう。

 俺はアイスブレーキングの供物として3人娘にオニャンコポンを捧げて、そうしてゲート前に集まるウマ娘達の観察に入っていった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 メジロライアンは、ゲートが口を開けて構えるスタート地点、その芝の上でファンファーレの音を待ちながらも、周囲のウマ娘達…今日のレースを共に走るライバルたちを観察していた。

 今日は有マ記念だ。無論、そこに出走するウマ娘は、誰もがとびぬけた実力を持つ英傑たち。

 そんな大前提を元に集まるグランプリレースだが、しかし、今日はその桁が違っていた。

 

(まったく…どこを向いても、子供だって名前を知ってるエースばっかりで、嫌になるな…!)

 

 ファン投票やURAの推薦で今日の出走を決めたウマ娘達…その尽くが強者揃い。

 

 エンジンの調子さえ絶好調なら誰も追いすがれない爆逃げの代名詞、ツインターボ。

 振舞いも実力も破天荒、ワープとも評される鬼の末脚、ゴールドシップ。

 その強さは観客を退屈させるとまで言わしめた名優、メジロマックイーン。

 有マ記念で3年連続3着という恐ろしい記録を持つ伏兵、ナイスネイチャ。

 今年シニア級に上がった世代のウマ娘の代表格、常識破りの女帝、ウオッカ。

 

 そして、黄金世代と呼ばれる彼女たち。

 激戦を潜り抜けた猛者が3人。

 世界レコード保持者である幻惑のトリックスター、セイウンスカイ。

 一筋の流星を描くような末脚で全てを捻じ伏せる日本総大将、スペシャルウィーク。

 怪物二世とまで恐れられた、不死鳥たるグランプリウマ娘、グラスワンダー。

 

 余りにも。

 余りにも名だたる優駿たちが、ゲート前でそれぞれやる気をみなぎらせていた。

 

(…ウオッカちゃん以外はみんな、長くシニアを走っているウマ娘達だ。…引退レースだって噂も、あながち間違いじゃないな…この、気迫の強さは)

 

 全員がその表情に何かしらの決意を秘めているのが見える。

 強い想い。勿論、メジロライアンだってその気持ちでは負けているつもりはない。

 だが、だとしても…長くレースを走ってきた彼女たちそれぞれがこの有マにかける想いが、どこか異様さすら感じさせるほど強く感じられた。

 そこに、奇妙な疎外感すら感じるほど。

 

(っ…何を弱気になってるんだアタシは!アタシだって世代のウマ娘だ…日本で初めてクラシック期で宝塚を制したんだ!気持ちで負けてどうするんだ!)

 

 無論、メジロライアンもそれに怖気づくほどおとなしいウマ娘ではない。

 今日は勝ちたい。今日だって、勝ちたい。

 いや───今日こそ勝ちたい。

 何故なら、GⅠ勝利は初めてではないにせよ……メジロライアンは、まだ同世代と走るレースで一着を取れたことがないのだ。

 それを阻むのは、常にそのウマ娘。

 

「……来たね、フラッシュちゃん」

 

「ライアンさん。……ええ、今日も────よい勝負を。誇りあるレースを」

 

 エイシンフラッシュが、その名の通り輝いて見えるほどの仕上がりをもって、スタート地点に現れた。

 観客席から彼女に向けて歓声が上がる。

 歴代最高峰とすら評されるこのクラシック世代で、三冠を達成したウマ娘。

 彼女への期待は大きかった。本日、これほどのウマ娘達を相手取り、エイシンフラッシュは一番人気を獲得していた。

 

(…ああ、やっぱり仕上りが()()()だ。フラッシュちゃんへのマークを5割…他に気を付けるべきウマ娘は…)

 

 メジロライアンは、エイシンフラッシュの仕上がりがいいことをその佇まいから察し、どれほど注意するべきか、マークの割り振りを脳内で行う。

 レースを走るウマ娘にとっては当然の思考と言える。ツインターボはその例から漏れるかもしれないが、基本的にウマ娘は、そのレースで共に走るウマ娘、その中で誰をどれほどマークするか、牽制を仕掛けるか、考えながら走るものだ。

 例えば先日のチャンピオンズカップでは、そのマークの配分のほどんどがスマートファルコンに向けられた。さらにさかのぼりジャパンカップやベルモントステークスなどでは、やはりマジェスティックプリンスへの注意をそれぞれ多く割いた事だろう。

 だが、一人のウマ娘だけに注意を払うだけでは勝利に近づけない。

 どのウマ娘が危険であるか、それをレース前に読み取り、適切にマークしてこそ、勝利は近づくのだ。

 

 メジロライアンは、その推理をある程度の概算として脳裏に落とした。

 エイシンフラッシュに50%、同じメジロ家で今回のレースへの意気込みを知っているマックイーンに20%、差しウマ娘が多いためその中でも牽制に特化したグラスワンダーに10%、あとはそれぞれ適宜に…と言ったところか。

 これが牽制を得意とするセイウンスカイ、ナイスネイチャ、グラスワンダーであれば、更に精密に1%刻みでどのウマ娘に圧を、トリックを掛けるか考えているのだろうが、メジロライアンはその末脚でブチ抜くのを得意とするウマ娘である。

 おおよそ、そのように今日のレースのマーク対象を考えていた。

 

 そして。

 その計算は、彼女を見た瞬間に霧散した。

 

「────────っ」

 

「………ヴィクトール、さん…!」

 

「ライアン先輩、フラッシュ先輩。…………今日は、私が勝ちます」

 

 ヴィクトールピスト。

 彼女が、一番最後に、ゲート前にやってきた。

 去年のホープフルステークスでGⅠ初勝利を達成し、しかしその後クラシック期ではライアンと同じくフラッシュらチームフェリスに辛酸を嘗めさせられ、海外遠征のニエル賞で領域に目覚めたが凱旋門賞を惜しくも逃し…今年、未だGⅠの冠を被れていない、不遇とも評される彼女であったが。

 

 しかし。

 今日のヴィクトールピストは、違った。

 

 まるで彼女の周りの空気が震えているかのような圧。

 冷静に、リズムを刻む尻尾。

 眼差しが、誰よりも強く、その瞳の中に火傷しそうなほどの熱を込めて。

 

 ああ、そうだ。

 メジロライアンは、こういう顔をするウマ娘を知っている。

 

 それは、かつて日本ダービーで見た。

 エイシンフラッシュと、アイネスフウジンが、こんな顔をしているのを。

 

 かつて、自分自身も同じような状態になった。

 宝塚記念で、己の勝利への渇望が、自信が体に溢れていたあのレースの時に。

 

 そして、今日。

 ヴィクトールピストが、その状態に至っている。

 ()()()()()()()()()()()()()ような、完璧な仕上がり。

 

 ─────ヴィイちゃんへのマークを絶対に。

 

 今日のマーク対象をエイシンフラッシュからヴィクトールピストへ脳内で振り分け直し、メジロライアンは深呼吸を一つ入れる。

 

 まったく。

 シニア級の強敵が。

 世代の強敵(とも)が。

 これほどまでに集まってきて、厳しいレースにしてくれちゃって。

 

(……まぁ、だからこそ面白いんだよね、レースって)

 

 そして、そんな過酷なレースでも楽しめる心持も備えるほどに成長したメジロライアンが、ファンファーレを聞き届ける。

 他のウマ娘達も、表情を引き締め直して、ゲートに入っていく。

 今日のゲート入りは順調だ。ツインターボも、セイウンスカイも、ゴールドシップも、大人しくゲートに向かっていく。

 待ちきれないのだと。

 心が、今日と言うレースを待ち望んでいたのだと。

 このレースを走るために、私たちは、今日まで己を磨き上げてきたのだと。

 そんな奇妙な確信を抱えながら、ゲートに収まっていく稀代の優駿たち。

 

 

 さあ、夢のレースを始めよう。

 

 

『年末の大一番、今年のウマ娘の頂点を決める有マ記念………スタートですっ!!!』

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

113 有マ記念

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────【ターボエンジン×全開(フルスロットル)!!】

 

 

 ゲートが開いた瞬間に領域が発動した。

 それはツインターボの響かせるエンジン音。

 彼女の持つ、破滅逃げの第一歩。

 

 サイレンススズカやスマートファルコンにも劣らない、先頭への執念が、逃げへの信念が生んだその領域。

 その領域は、スタートダッシュの成功を確約し圧倒的な初速を生み出す。

 今日の有マ記念で出走する逃げウマ娘は他にもセイウンスカイ、メジロマックイーンなどがいたが、スタート時の加速はツインターボに譲る。

 譲らざるを得ない。

 

 かつてベルモントステークスで、スタートダッシュを極めたスマートファルコンを見た立華が「これほどのスタートダッシュはサイレンススズカ以外には見たことがない」と評したことがある。

 その評価自体は間違っていない。彼女たちのスタートは間違いなくすべてのウマ娘と比較しても随一の珠玉のものだ。

 しかし、それは領域を抜いた話。

 領域込みであれば、その二人の最優にツインターボが肩を並べる。

 

 先頭を走るツインターボ。その存在は他のウマ娘にとって脅威になる。

 しかしそれは、一般的に強い逃げウマ娘へ向ける類の注意ではない。

 

 ────いつものように逃げ切れず逆噴射するだろう。意識する必要はない。

 ────万が一逃げ切ってしまったらオールカマーの二の舞だ。あれを捉える走りをしなければならない。

 

 2択の思考。相手がスズカやアイネスなど、強さがはっきりとしているウマ娘ならば覚悟を持てるが、逆噴射の可能性が高いことで逆にそこに油断が生じる。

 ある意味で幻惑のかく乱と言えるだろう。ランダム性が彼女の強さをなお深めていく。

 

「…だよねぇ、そうくるよねぇ~…!だからこそ、私もやりやすくなるんだよねぇ…!」

 

 そして、そんな凄まじいスタートを果たしたツインターボの4バ身ほど後ろをキープしながら走るのはセイウンスカイ。

 彼女もまた同じレースを走る逃げウマ娘としては極めて厄介な存在となる。

 前述したツインターボの強みが走りの結果から生まれるランダム性だとすれば、セイウンスカイはその走りの道程にランダム性を生む。

 すべての動きに意味がある。

 意味がなさそうな動きにすら、意味があるのかと錯覚する。

 それをすべて意識して描くセイウンスカイだからこそ、トリックスターの二つ名が許される。

 

 今回の有マ記念において、逃げウマ娘の後ろを走る全てのウマ娘は、ツインターボの直球ストレートとセイウンスカイの幻惑の変化球による二通りの牽制を受けることが確定した。

 有マ記念らしい混沌が始まろうとしている。

 

「ああ…わかってはいましたが、まったく苦労させてくれますわ!だからこそですが…!」

 

 大逃げするツインターボと、その4バ身ほど後ろを走るセイウンスカイが逃げウマ娘ならば、このウマ娘はその逃げ集団と先行集団を結ぶ間を走っていた。

 メジロマックイーン。

 名優とまで呼ばれる強者たる彼女が、己の最も得意な位置をキープすることに成功していた。

 

 この世界線では、彼女はその魂の叫ぶままに天皇賞春を2連覇し、3連覇目をライスシャワーに阻まれ…その後、繋靭帯炎という大きな怪我を発症した。

 しかしチームスピカのトレーナーである沖野や友人たちの助けもあり、また、トウカイテイオーの夢を、奇跡の走りを目の当たりにしたことで奮起した。苦しいリハビリを乗り越えて、彼女の脚は復活。

 その後はシニア級として年に1,2度ほど重賞レースなどに出走し、勝ったり負けたりしていた……そのため世間一般の評価としては、怪我を乗り越えたことは喜ばしくも、全盛期を過ぎてしまっている、という認識であった。

 そのスタミナも天皇賞春を全霊で駆け抜けたころよりも落ちているだろう。

 恐らくはこのレースが引退レース。ドリームリーグへの移籍か、文字通りの引退となるのかはまだ発表されてはいないが、名優の花道たる最後のレースになるであろうこの有マで、好走は難しいかもしれないが、それでも彼女を応援するファンの声は多かった。

 

 ────────無礼(なめ)すぎである。

 

 メジロマックイーンが、怪我を乗り越えられた理由。

 一足先にドリームリーグへ移籍した最大のライバルたるトウカイテイオーを追わず、シニア級に残った理由。

 それは、彼女自身にも強い自覚はなかったが、間違いなく一つの想いがあったからだ。

 

(有マ記念……ここで、わたくしは───()()()()()()ために!!)

 

 その確信にも似た想いは、しかし、はっきりと言葉にすることはできない。

 かつてメジロマックイーンが走った有マ記念、そこでダイサンゲンに差し切られた悔しさへのリベンジと言う意味合いもあるのかもしれない。

 だが、それよりも、何か大きな、言葉に出来ない理由。

 誰かと、とても大切な約束をしたような、そんな気がして。

 

 だからこそ、彼女はこのレースに全てを懸けた。

 この一年、ほぼ全てをこの有マ記念のための鍛錬に費やしている。

 作戦も練りこみ、気迫も十分。

 肉体的なピークは確かに過ぎているのかもしれない。

 しかし、精神的なピークは間違いなく今。

 

 勝つために。目の前を逃げる()()を、捉えるために。

 ()()()などさせるつもりはない。*1

 引退レースの決着は、勝利こそがふさわしい。

 わたくしは、勝つためにここにいる。

 

「さぁ、参りますわよ……長距離ならわたくしの距離ですわ。スタミナ勝負では負けません!」

 

 メジロ家の傑物が、更なる闘志をもって前を走る二人の牽制を、焦りを拒み、駆けていく。

 

────────────────

────────────────

 

 続いて先行集団だが、普段のレースと比べると少々様相が異なっていた。

 今回出走するウマ娘は、先行を得意とするウマ娘が少なく、どちらかと言えば差しが得意なウマ娘が多い。

 強いて言えばヴィクトールピストがどの作戦も選べるため、彼女がその集団の中で先頭となっていた。

 そしてそのすぐ後方、このレースの中軸にして有力ウマ娘が集うそこ。

 ああ、諸兄らに最も理解を得られる表現で表すと、やはりこうなる。

 

 ────────()()()

 

「わかっちゃいたけど…!!ヴィイちゃんも、フラッシュちゃんも…!」

 

 このつぶやきはメジロライアンのものだ。

 牽制による勝負よりも、どちらかと言えば豪脚で捻じ伏せることを得意とする彼女が、同世代のライバル二人からの圧を受ける。

 スタートしてまだ最初のコーナーにも入っていないのに。

 

 牽制を仕掛けるのを得意とするヴィクトールピストから、全方位へ牽制と焦りが。

 最後のコーナーと直線に備えるための位置取りの牽制をエイシンフラッシュが。

 共に、周囲のウマ娘に気持ちよく走らせるかと全霊で睨みつけていた。

 

「…くっ、重い…っグラスちゃん!」

 

 そして続く呟きはスペシャルウィーク。

 こちらは、己の1バ身後ろを走るグラスワンダーへ向けたモノ。

 

 わかっていた。

 グラスワンダーがマークを得意とするウマ娘であることは、彼女のライバルたるスペシャルウィークは当然に理解していた。

 グラスワンダーと共に走るGⅠレースは随分と久しぶりである。

 久しぶりに受けた、刺し殺されるかのようなその感覚は一切衰えていることはなく。

 いや、むしろ、より強く。

 

 そして当然に、その圧がスペシャルウィーク一人に向けて放たれてはいない。

 他のウマ娘も全員が強敵。全員が鬼のような強さを持つ優駿。

 だからこそ、グラスワンダーのその圧は全方位に向けられている。

 もう一歩、加速の為に踏み出したらわかっているなと言わんばかりの圧が、『焦り』を生む。

 スピードの他、スタミナも存分に削り抜くことで最終直線で己が差し切る。

 

 怪物二世はシニア級の引退レースと見据えていたこの勝負を、後悔のないように。

 恐らくは同じように引退レースと考えているだろうスペシャルウィークに負けない様に。

 無論、全員に対しても。

 

 グラスワンダーは、己が一着を取るために駆ける。

 己の持てる全てを捧げて勝利をその腕に抱くために、疾走(はし)る。

 

 

 

 そして、その後ろ、集団の後方あたりにウオッカがおり、さらに後ろの追い込みの位置にゴールドシップがいた。

 この二人もどちらかと言えば牽制を主とするウマ娘ではない。

 チームスピカのウマ娘はそれぞれ、己が牽制を仕掛けるわけではなく、相手の圧を堪え、受け流し、そして己の豪脚で勝負するウマ娘が多い。

 それが彼女たちチームの人気の理由であり、それを見る観客を大いに沸かせることになる。

 

 そんな二人が今、想いを一つにしていた。

 

(………嘘だろ、ネイチャ先輩…!?あんた、そこまで!?)

 

(おいおいおいおい……オイオイオイ、こりゃよぉ…!!会長並みかぁ…!?)

 

 

 今、二人の前を走るナイスネイチャが、()()()

 

 

(────コーナー……今)

 

 一睨み。

 ナイスネイチャのその一睨みで、先頭を走っていたツインターボの脚色が一瞬衰える。

 タイミングが絶妙。その後ろを走るセイウンスカイがそれに驚き、一瞬動揺した。

 メジロマックイーンがその隙を見てセイウンスカイとの距離を詰めるがむしろそれにより混沌が生まれる。

 

 そんな先頭の変化にヴィクトールピストが気付いた瞬間に、思考をブラせるために更なる圧がナイスネイチャから捧げられる。

 その牽制、極めて重い。

 特にヴィクトールピストは最初のコーナーを抜けたあたりで発動するであろうその領域に至られる前に削らなければならないため、この瞬間はネイチャの全力のそれが注がれる。

 ヴィクトールピストの脚ががくんと削られた。

 

 それに反応してスペシャルウィークが彼女を抜かすかどうか思考を始めた瞬間、()()()()()()()()()()()と焦りだす。

 先行焦り。ナイスネイチャによるものだ。

 後方から聞こえる足音から逃げたくなるような、掛かり気味になる心をどうにか抑えるスペシャルウィーク。彼女もまた歴戦だ、それに素直に頷くほど弱くはなかった。

 だが削れる。そういうことをされた時点で、スピードが、スタミナが、削られる。

 

 しかしてそんなスペシャルウィークの様子に気分が良くないのはグラスワンダーだ。

 もちろんグラスも牽制に長けている。誰が何のためにスペシャルウィークに仕掛けたか、理解はしている。

 だが、その下手人であるナイスネイチャが己の隣で。

 

(─────!ネイチャ、さん……!)

 

 嘲笑(わら)いやがった。

 わざと、己にその唇の切れ端をみせつける様に、にやりと。

 

 ────こらえた。

 ああ、(こら)えたが、(こた)えた。

 このやり取り、それだけでグラスワンダーにとっては屈辱だ。

 ナイスネイチャは何もルールに違反はしていない。

 だが、明らかにこの一連の流れで、己の心を僅かに逸らせた。

 私のスペちゃんに何をしてくれてやがる。

 

 そんな様子を見ていたエイシンフラッシュが、重ねてライバルへの圧をかけようと、その己の傲慢さすら感じられる走りから生まれる『独占力』を放とうとした。

 放とうとしたが。

 それは、放とうとするだけにとどまった。

 

 目の前でナイスネイチャが、一瞬早く、同じ技術である『独占力』を発動したからだ。

 それは全域に重ねての圧を加えるとともに────コーナーを走っていく中で、ちらり、とナイスネイチャが振り向いた。

 それは、蕩ける様な笑顔で、明らかにエイシンフラッシュを見て。

 

(───────ヤラないの?気持ちいいよ?)

 

(───────ッ)

 

 同調行動と呼ばれる、人間やウマ娘に見られる心理学的な行動がある。

 目の前の人や周囲の人が何かの動作を行うと、無意識でそれと同じ行動をとりたくなるというものだ。

 例えとしては、人が欠伸をするとそれが移ったり、腕を組むと自分も腕を組みたくなるようなもの。

 それが、この大一番のレースの最中、独占力と言う己の大きな武器を引きずり出すためだけに、ナイスネイチャから仕掛けられた。

 

 何かを狙っている。

 エイシンフラッシュはそう判断し、安易にナイスネイチャに併せて独占力を放つことを止めた。

 だが、それすらもナイスネイチャの手の内だったか?

 己が出さなかったことに満足するような、拍子抜けするような、どちらとも取れないため息を一つついて、ナイスネイチャが前に振り向き直るのを見届けた。

 全力疾走の最中に振り返ったというのにその歩様、息は欠片も乱れていなかった。

 慣れている。

 明らかに他のウマ娘と比較しても心理戦に慣れている。

 

 ……いや、彼女がそういった牽制のやり取りに慣れていることは、このレースを走る誰もが知っている。

 それは独占力を受けて己のポジション取りに苦悩するウオッカも、その後ろ、最後尾を走っているというのに見事に追い込みに対する牽制を飛ばされたゴールドシップも同様だ。

 彼女たちもすでにこの時点で、前方のウマ娘達の一連の流れを見せられた時点で彼女の牽制の内に入ってしまっている。

 

(明らかに夏頃のレース映像よりも切れ味が上がってやがる!クソッ!!絶対()()()()()のせいだ!!)

 

 ゴールドシップが内心で愚痴をこぼす。

 ナイスネイチャのレース映像も、勿論研究の為に事前に見ている。

 特に今年の小倉記念、彼女がレコードを出したときの走りは見事なものだった。

 スピード自体も伸びている。今日も間違いなく、伏兵として侮れない存在であった。

 

 だが、この有マ記念というレースの上で。

 ナイスネイチャの才能が満開の開花を見せていた。

 それは、かつて『絶対』の二文字を背負って走っていた、7冠ウマ娘の皇帝にすら届き得るほどの支配力。

 八方、つまり360度万遍なく睨みつけているかと思うほどの展開のコントロール。適切なタイミングの圧。

 

 間違いなく、あのレースの影響のせいだ。

 ファン感謝祭。

 ゴールドシップも参加した、サブトレーナーウマ娘で走ったエキシビションレース。

 

 あのレースでは、ナイスネイチャも走っていた。

 初めて、真剣なレースで共に走る事になったであろう、シンボリルドルフのその戦術を間近で見た。

 ルドルフだけではなく、かつてトゥインクルシリーズを走る中で牽制を得意とするウマ娘達…フジキセキ、スーパークリークの走りも間近で見た。

 そしてアメリカの英傑たるサンデーサイレンスの走りも間近で見た。

 

 その経験が。

 ナイスネイチャに、新しい学びを与えすぎている。

 

 そもそもだが、あのレース、ナイスネイチャは三着に入っている。

 それは彼女らしい順位と言えばそうだ。おなじみ三着と言うやつで、流石ネイチャ!と同級生などからは揶揄されていたそのレース結果だが。

 冷静に、落ち着いて考えてみてほしい。

 あの面子で三着は尋常ではない。

 最高速では劣る己が三着に滑り込めるほどの牽制、位置取り、レース展開を読み切る走りをナイスネイチャは身に着けていた。

 そしてそのレースで得た経験で更にその策略に深い味わいを出して、存分にこの有マ記念で抽出する。

 

 粘ついていそうなほどの空気の重さを纏いながらレースは展開されて行く。

 ナイスネイチャによる全体への牽制に、セイウンスカイ、グラスワンダー、ヴィクトールピスト、エイシンフラッシュらの圧が絡み合い、走るウマ娘全員に今年の全てのレースの中で、最強最大の負担が強いられている。

 

 しかし、だからこその有マ記念。

 だからこそ年末大一番の大舞台なのだ。

 

 

 夢の舞台(地獄)へ、ようこそ。

 

 

 そして、そんな夢の舞台を全力で駆ける優駿たちの織り成すレースはまだ始まったばかりだ。

 誰もが己の勝利を求めて、ただひたすらに駆け抜ける。

*1
原作メジロマックイーンの引退式で流れた曲は映画『大脱走』のテーマソング。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

114 crescendo


crescendo《クレッシェンド》
意味:【音楽記号】だんだん強くなる





 

 

 

 

「…ネイチャにやられた、な…」

 

 俺は最初のコーナーを抜けたウマ娘達の走り、その全員の牽制のやり取りを見てそう評した。

 ナイスネイチャが、キレ過ぎた。

 ツインターボを先頭にして向こう正面に入っていく彼女たちは、牽制のやり取りで全員がそれぞれ走りを削られていた。

 そして最終的にその中で一番得をしたのは誰かと言えば、ナイスネイチャだ。

 見事だ。見事としか言いようがないレースの支配。

 牽制をかける側も、受ける側も、その全てを視界の内に収め、コントロールし、全体にまんべんなく負荷をかけていた。

 恐らくはこの直後にヴィクトールピストが領域に入り、そうすれば彼女だけは牽制の圧から逃れることはできる────────が、本来はその前にフラッシュが独占力をぶつけるべきであった。

 今日のヴィクトールピストは相当に気合が入っていた。事前の打合せでは彼女だけに注意を払いすぎないようにフラッシュとも話していたそれだが、フラッシュもまたゲート前でヴィクトールピストを見たことで危険度を察したはず。

 

 いや、実際にフラッシュはヴィクトールピストが領域に入る前に独占力をぶつけようとしていた。その様子は見えた。

 だが、その寸前のタイミング、これ以上はないといった瞬間にナイスネイチャが先に独占力を発動し、重ねてフラッシュに振り返って挑発していたのが見えた。

 ナイスネイチャにとってはその一手は必勝の一手。

 その後に同調行動でフラッシュが続けて独占力を放ったとしても、やられたという疑念がフラッシュの脳裏に浮かぶだろう。小さい棘となり思考に陰りを生む。

 尤も、フラッシュは今回、ネイチャの挑発に乗らず、むしろ疑念を覚えて独占力を発動することを躊躇ったが、タイミングとしては不適切。今後発動したとしても、ヴィクトールピストだけが得をする状況になってしまう。

 ナイスネイチャとしてはフラッシュとヴィクトールピストのどちらのマークを強めるかという問題でしかないため、ヴィクトールピストの危険度が上がるだけで、ネイチャは何の損もしていないということになる。

 

 全く持って厄介だ。

 何が厄介かと言えば、勿論ナイスネイチャのその覚醒じみた牽制技術もそうなのだが。

 それを受けて、シニア級のウマ娘全員が──────()()()()()()()()()のが、余りにも厄介。

 やはり優駿。一筋縄では行かない猛者達だ。

 

「う、わ…!なんか、みんな、すごくなった…!?」

 

「さっきまでとは違うような…!猫トレさん、あれ、何なんです…!?」

 

「コーナーを抜けて、明らかに全員強さが増したように感じられましたが…!?」

 

 俺達フェリスメンバーの横で観戦していた子達…ジーフォーリアちゃん、シャフラヤールちゃん、タイトルホールドちゃんが、その変化を感じ取ったようだ。

 成程、やはり俺が見込んだ原石たちだけはある。

 この年齢でアレが感じ取れるというのは相当に優秀だ。

 

「ナイスネイチャを筆頭に、セイウンスカイ、グラスワンダーを中心として…全員が全力で牽制を仕掛けあってるんだ。それに奮起して全員が更にやる気になった……GⅠレースにおいての常だな。あれが一流ウマ娘だよ」

 

「あれを…私達も……いつか…!」

 

「…僕も、いつか、あそこで…!」

 

「ええ…GⅠレースでも勝てるくらい…!」

 

 俺は3人に聞こえるように簡単に解説を零してから、愛バたるエイシンフラッシュを見る。

 ネイチャに後れを取りはしたが、冷静だ。

 フラッシュが今、僅かに位置を下げた。周囲への注意を払いながら最終コーナーに向けて己の脚を溜められる位置取りを取れている。

 まだまだ、ここからだ。

 ネイチャのそれにより全員が更なる臨戦態勢を取りはしたが、その上でも俺が仕上げたフラッシュの末脚はしっかりその実力を発揮できれば遅れは取らないものだと信じられる。

 一切油断はしていない。

 先頭を走るツインターボから、最後尾を走るゴールドシップまで、一人たりとも侮ってはいない。

 

「…っ、来た…!ヴィイちゃんの領域…!」

 

「ここからはヴィイちゃんは自由に走っちゃうね…!でも、まだこれから…頑張れ、フラッシュさん!」

 

「悪くねェ…フラッシュの脚はまだまだ残ってる。こっからだ…落ち着いて行けよフラッシュ…!」

 

 ヴィクトールピストが領域を発動したのを見届けながらも、俺達チームメンバーはまだ誰一人としてフラッシュの勝利を疑っていない。

 願い、想っている。

 彼女ならばやってくれると。

 

「…フラッシュ、頑張れー!!行けーーーーっ!!!!」

 

 その想いを言葉に乗せて、俺はフラッシュに全力で応援を飛ばすのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ────────【勝利の山(サント・ヴィクトワール)

 

 

 最初のコーナーを曲がり終えた時点で、ヴィクトールピストが領域に至る。

 その効果は既に周知されているとおり。

 彼女は、ここから先全ての牽制、デバフを無効化する。

 かなり特殊な領域であり、その評価はレースの状況によって変化すると言えるだろう。

 

 例えば仮にOP戦でこの領域を繰り出しても、大した意味はない。

 牽制を仕掛けるウマ娘自体が少なく、またその牽制も大したものにはならないからだ。

 彼女の領域は、牽制を仕掛けるウマ娘が多ければ多いほどその効果が高まる。

 

 だからこそ。

 この有マ記念は、()()()()()だ。

 

(周りがどんな強敵でも…関係ないっ!!私が!!私が勝つッッ!!!)

 

 冷静さを失わないままに、しかしその心の奥に誰よりも強い灼熱の想いを乗せてヴィクトールピストが走る。

 特に、このレースは彼女にとって大きな意味を持っていた。

 自分がいるこの世代、世間では大変高い評価を得ている世代だ。

 その中の一人に数えられる己だが……今年、そんな優駿達の中で、唯一、自分は今年のGⅠ勝利がない。

 最後にGⅠを勝利したのはちょうど一年前、ホープフルステークスのみ。

 それだって、エイシンフラッシュにアクシデントがあっての勝利だ。勝った気はしない。

 その後出走したすべてのGⅠレースで掲示板内には入っており、海外のGⅡでも勝利はしたが、皐月賞でも、ダービーでも、凱旋門賞でも一着を取れてはいない。

 高く評価されてはいる実力とは裏腹に、冠に恵まれてはいないのだ。

 

 絶対に許せない。

 私も、敬愛する先輩たちに、同期に肩を並べたい。

 私だって貴方たちに負けないのだと。勝てるのだと。

 肩を並べるに相応しい称号を、己の物にするのだと。

 

 だから勝つ。

 エイシンフラッシュが、メジロライアンが走っているこのレースで。

 シニア級のレジェンドウマ娘達が集うこの有マ記念で。

 私は、私の存在を証明する。

 

 私がヴィクトールピストである(勝利の名を冠する)ことを、このレースで証明する。

 

「……ふぅーーーーーーーっ!!」

 

 じわり、じわりと速度を上げていく。

 1000m地点に至る前だが、位置取りを更に前に向けていく。

 こんな走りを他のウマ娘がすれば、次の瞬間に牽制をぶつけられて失敗するだろう。好ポジションを取ろうとすれば当然の如くそれをさせないようにするのが優秀なウマ娘だ。

 このレースで集まっている優駿たちであれば尚の事。本来はあり得ないその位置取り争い。

 

 だが、ヴィクトールピストの脚を止めるものは誰もいない。

 誰もが彼女のこの先の走りを穿てない。

 彼女の領域、勝利の山が彼女を守る。

 

(……厄介だよねぇ、実際走ると余計に、さ…!)

 

(いけませんね…やはり、彼女を自由にはできません、か)

 

(…ヴィイ、気合入ってんね…ま、それでも私のやる事は変わらないんだけど)

 

 牽制を得意とする3人、セイウンスカイとグラスワンダー、そしてナイスネイチャが、己の張った蜘蛛の糸からいの一番に抜け出していくヴィクトールピストを見て嘆息する。

 彼女の領域、その加速性能は正直に言えば大したことはない。

 領域を発動させれば速度を超えることはできるだろう。

 だがヴィクトールピストが、領域同士でぶつかり合うであろう最終直線まで、牽制の影響を受けずに走っていった場合は別だ。

 存分にスタミナを、脚を残したままで気持ちよく最終直線を走られてしまう。

 

 際どい勝負になる。

 だが、だからと言って周囲への牽制を止めることはできない。

 そうすれば他のウマ娘まで気持ちよく走らせることになってしまう。

 それだけは許されない。

 勝ちたいからこそ、全力で周囲の脚を止めるのだ。

 

 

『さあ先頭を走るツインターボが今1000mを通過して、そのタイムは59秒1!2500mレースにおいてはかなりのハイペースです!今日はエンジンの調子が良いのかツインターボ!!しかし後続との距離は大きく離れすぎてはおりません!5バ身ほど後ろをセイウンスカイが、そこからは連なって最後尾のゴールドシップまでそれぞれが位置取る形!!』

 

 

 レースは中盤を迎える。

 ここから最終コーナーまで、彼女たちは向こう正面の直線を駆け抜ける。

 坂道が一つあるそこで────────どれだけ足を溜められるかが勝敗の分かれ目になる。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…一気に、行くもん!!だりゃあああああああ!!!」

 

 まず先頭、ツインターボがその技術を繰り出した。

 勢い任せに坂道を走り抜け、スタミナの温存に努める。

 それを見たセイウンスカイは、なぜか、奇妙な懐かしさを覚えながらも……決して掛からぬように、ツインターボとの距離を維持する。

 

(悪くない…けど、そのリズムじゃ最終コーナーで落ちるはず……なんて、()()()()は失礼だね)

 

 セイウンスカイとしては、自分のスタミナに不安はない。

 かつて菊花賞で3000mの世界レコードを記録した彼女のスタミナ。周囲に牽制をまき散らしながらと言う条件の下であっても、過不足なく全力で走り切るためのペース配分をその身に刻み込んである。

 だからこそ、冷静にツインターボの走りを見ていた。

 

 ツインターボ。

 破滅逃げを武器とする彼女は、2200mまではその速度を落とさずに走り抜けた経験がある。

 この世界線ではかつてトウカイテイオーに充てた雄弁たる手紙、奇跡のオールカマーで2200mを一着で逃げ切った。

 その際は最終直線で息も絶え絶えであったが、その後、再度ツインターボはオールカマーに出走している。今年のことだ。

 そしてツインターボはそのオールカマーで再度一着を取っていた。

 

 ──────()()()()()()()()()()()()()()()、だ。

 

(あれがフロックじゃなければヤバい…下手すれば2500mだって走り切るかも知れない。ただ、その分道中の爆逃げの勢い自体は落ちてる…距離はそこまで開いてない。ここから加速して差し切ろうと思えば先頭になれるかもだけど、無理はヤバそう)

 

 セイウンスカイはその類稀なる思考能力をブン回して今後のレース展開を予想する。

 ツインターボの逆噴射を予測して今から徐々に彼女との距離を縮め、最終コーナーで追い抜いて、そうして領域────────『アングリング×スキーミング』を発動。そのまま全速力でゴールへ。

 それが一番シンプルで、分かり易く、勝利に近づく。

 

 そんな甘い考えで勝てるはずがないだろう。

 

 その作戦でここから無理して速度を上げたとして、ツインターボが落ちなければどうなる?

 簡単だ。落ちるのが自分の方になる。

 無理にスタミナを消耗した結果が最終コーナーに表れて、失速を伴い、そこから二の矢を放って加速したとしても一着は厳しくなるだろう。

 ツインターボが落ちるか落ちないか、そこに己の勝利への道を託すのは勘弁願う。

 あくまで己がコントロールできるうえでの勝利を求める。

 トリックスターではあるが、ギャンブラーではない。

 賭けるなら確実な己の勝利。

 

(リスクもあるけど…ここで無理な加速はしない!()()()()()()()()()って、奇妙な確信がある!私はこの直感を信じる…!!)

 

 己の脳裏に浮かぶ、確かな確信。

 ここで無理をしてハイペースに付き合えば、負けるのは己の方。

 そんな感覚を信じることにした。

 無理をせず、己のペースを守って走るセイウンスカイ。

 

 

 そうしてその後方、中団を越えて動き始めたのはグラスワンダーだ。

 差しの位置取りから中盤にしてじわりと上がっていき、スペシャルウィークに対して追い抜きを敢行する。

 

(グラスちゃん…!?ここで、来るの…!?)

 

 先程、食いしん坊たる己が十全に行える、体に蓄えた栄養…ここ数日のカロリーの貯蓄によって走っている最中にスタミナを十全に補給したスペシャルウィークが、グラスワンダーが己に追い抜きを仕掛けてくるのを見て驚いた。

 その位置取りは確かにお互いに得意としているところではあるが、しかしグラスワンダーにとってこれは無茶な追い越しに近い。

 明らかに脚が、スタミナが削られる。

 そこまでして位置取りを上げなければならない、そんな理由があるのか?

 掛かってしまっているのか……そう思い、スペシャルウィークが己の横を走るグラスワンダーの目を見る。

 

 そこには。

 決意にも似た確信を元に走るグラスワンダーがいた。

 

(……位置は、上げる。バ群に呑まれていては勝てない───!!)

 

 グラスワンダーがその位置取りを選択した判断は、垂れウマに巻き込まれることを恐れる一心。

 どうしても、このレースでは、己が最後に末脚を繰り出すその位置取りを誤りたくなかった。

 まるで、かつてそれで一度痛い目を見たかのような、経験から来る確信。

 不思議なものだ。今追い抜かそうとしている、隣のスペシャルウィークと走った何度ものグランプリレースでも、他にエルコンドルパサーと走ったレースでも、バ群に呑まれて垂れウマに巻き込まれたことなどないというのに。

 

 それでも、この有マで。

 ()()()()()()()()()()()()()という謎の確信が己の内にあった。

 

 もちろん、これはスタミナを削る暴挙だ。

 今回のレースでは一切気を抜くことはできない。リラックスしてスタミナを回復はできない。

 ペースをキープしていては負けるため、それでのスタミナ温存も期待できない。

 深呼吸によるクールダウンは、そこまで得意ではない。前を走るメジロマックイーンはそれでスタミナを回復したようだが、牽制を繰り出していた己はその機を失った。

 このまま走り抜けば最終直線で失速は免れないだろう。

 

 そのような情けない走りをするつもりは一切ない。

 この日の為の秘策がある。

 今日まで必要に駆られることもなく、隠し通してきた、己の()()()()を、今こそ。

 

「……勝つ。絶対に、勝つ…!!」

 

 

 ────────【ゲインヒール・スペリアー】

 

 

 グラスワンダーの隣を走るスペシャルウィークは、その光を見た。

 初めて見る光。

 一度は自分を抜かしたグラスワンダーが、己と位置取りを競り合い、再度抜かし返した時点で発動したその領域。

 明らかに、回復系のものだ。それも相当な量。

 これであれば、スタミナは最後まで持つであろう。走り切られる。

 あのグラスちゃんの末脚が、来る。

 かつて、グランプリレースである宝塚でも、有マでも、二度も負けたあの末脚が来る。

 

(──────負けない…!!もう、グランプリでグラスちゃんに、負けたくないっ!!)

 

 その事実を確信したスペシャルウィークもまた、彼女に引き上げられるように限界を超えた。

 位置取りを押し上げるように速度を上げて、そして次の瞬間に。

 

 

 ────────【わやかわ♪マリンダイヴ】

 

 

 第二領域に目覚める。

 脳裏に浮かぶのは、これまでの楽しかった思い出だ。

 黄金世代で過ごした日々。チームメンバーで過ごした夏の日々。

 夏合宿での、スズカさんとの約束。

 レースで一瞬も油断できない状況だからこそ、走マ灯のように過去の想い出が蘇り、そうしてかつての誓いを思い出す。

 私は、勝つんだ。

 その誓いが、スペシャルウィークの脚に更なる活力をみなぎらせる。

 隣のグラスワンダーに負けないほどに。

 それを見たグラスワンダーが驚愕に目を見開いて……しかし、納得を深めて微笑んだ。

 

 そうだ。

 こうでなくては、面白くない。

 私達黄金世代は、限界の一つや二つは軽く超えていかなければいけない。

 

 そうでしょう?と先を走るセイウンスカイに目を向けるグラスワンダー。

 セイウンスカイもまたその広い視野で、己の親友たる二人が第二領域に目覚めたことに気付いて…そのテンションをブチ上げていた。

 

(そうこなくっちゃねぇ…スペちゃん、グラスちゃん!楽しくなってくるよねぇ!!)

 

(そうだ、忘れてた…こうじゃなくっちゃ!私達の世代の勝負は!!この緊張感がなくっちゃ!!)

 

(そうですね…そうです。だからこそ、このレースに勝つ価値がある!!)

 

 世代の絆。

 そう呼ぶには余りにも戦々恐々とした、物騒な笑顔を浮かべて、3人がスタミナを確保しながら駆け抜けていく。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

115 Flash back cherry blossom

 

 

『向こう正面をウマ娘達が駆けていく!先頭は未だツインターボ!逃げまくった先に勝利がある!!しかしセイウンスカイとの距離が詰まってきているか!?中団ではグラスワンダーが位置を上げ、そして最後方のゴールドシップが徐々に、徐々に加速を始めている!不沈艦の出航だ!!この船に乗り遅れてはこの有マで勝利を掴むことは難しい!!バ群が少しずつ集まっていく!!最終コーナーに向かっていきます!!』

 

 実況が伝える通り、1500mを越えた段階で、ゴールドシップが己の領域を存分に発揮した。

 

 

 ────────【不沈艦、抜錨ォッ!】

 

 

 中盤にて発動するそれは、ここから先の減速がないことの証明。

 ゴールまでの加速を齎すもの。

 その恐ろしさはレースを走るウマ娘全員が知っている。

 ここから先は、最後尾から上がってくるゴールドシップがペースメーカーとなる。

 

 あれに抜かれたら終わる。

 

(へへっ…だがよぉ、やっぱここで堕ちてはこねぇよなぁ!!)

 

 ゴールドシップがその表情に戦意溢れる笑みを浮かべてレース展開への所感を零す。

 有マ記念、2500mというこのレースでは、スタミナが尽きた者から脚を衰えさせ、垂れていく。

 最終コーナー前までに掛かり気味だったウマ娘などはこの時点で抜かしているが…今回は、やはりというべきか、前を走る優駿たちのその誰もが、己の追い上げに負けまいとさらに速度を乗せていく。

 

 そんな中で、ゴールドシップは一つの音を耳にした。

 それは呼吸音。

 

 ああ。恐ろしく聞き覚えのあるその音。

 チームで共に走る中で、その音を何度も耳にした。

 ウオッカの奏でる、彼女の独特の呼吸によるスタミナ回復。

 『好転一息』だ。

 

「────────フゥ────────!!!」

 

 その音が、最後尾から追い上げるゴールドシップの耳に入る………と、()()に。

 同じ音を耳にしていたウマ娘がいた。

 驚愕と共に呼吸音を耳にしていたのは、先頭から二番目を走るセイウンスカイだ。

 音の発生源は、3バ身先を走るツインターボの口元から。

 

(嘘でしょ…!?いつの間に覚えたのさ、()()…!!)

 

 ()()()()()()()()()

 限りあるスタミナを消耗しながら走っていたツインターボが、もう間もなく逆噴射すると思わせるタイミングで、息を吐き続け────そして、一息にしてスタミナを好転させたのを、セイウンスカイは謎の既視感を伴いながら見届けた。

 

(オールカマーを走り切ったのはこれが出来るようになってたからか!!見逃した!!クソッ、これじゃ最終コーナーで堕ちてこない!走り切られる…ッ!!)

 

 セイウンスカイは、ツインターボの走りを冷静に分析し、そして考えていた策が不発に終わったことを察した。

 己のスタミナは十分で、ツインターボは呼吸とその走りからスタミナを消耗しており、恐らくは最終コーナーで垂れるであろうと推測していた。

 コーナーの途中で追い抜いて、直後に領域を発動しぶち抜けるはずだったその未来は、彼女の好転一息によって泡と消えた。

 

 

『先頭のツインターボが最終コーナーに入っていく!!その脚は────衰えない!!まだターボエンジンは廻っている!!()()()()()()()()()()()()()()()()()()!!セイウンスカイが、その後ろが一気に上がってくるがその差をまだ保っている!!行くのか!?行けてしまうのかツインターボ!?』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「……だ、あああああああああああああああ!!!」

 

 ツインターボが、最終コーナーを裂帛の鬨の声を上げながら走る。

 己のできる最高の走り。

 それを成したという実感がある。

 それは、かつて、トウカイテイオーに諦めないことを魅せつけるために走ったオールカマーの様に。

 まだ脚は衰えていない。

 第四コーナーへ、自分だけが入っていく。

 

 そして、その瞬間こそが。

 第四コーナーで。

 逆噴射せずに。

 己が先頭で。

 後続に差をつけて、突入することが。

 

 ツインターボが、第二領域に目覚める条件だった。

 

 

 ────────【私だけの第四コーナー(only my rail gun!)

 

 

 覚醒する。

 その領域は、更なる加速を齎すものではない。

 減速を拒むもの。

 本来であれば、最終直線で逆噴射、もしくはそれに近い減速を生んでしまうであろうその破滅逃げの最終行程にて、しかし第二領域の発動によりツインターボは減速を最小限に抑える。

 そこまでに生んだバ身差をキープしながら、走り抜けることを目的とするもの。

 誰よりも速く、コーナーを抜けて、減速せずに走り抜ける。

 

 しかして、それを見て驚愕するのはセイウンスカイとメジロマックイーンだ。

 好転一息によるスタミナの回復、およびその後の更なる覚醒で、ツインターボが逃げ切りを決め、走り抜けようとしている。

 後続からも次々と領域に至る圧が放たれているが、先頭がまずい。

 

 だからといって。

 諦めるほど、この二人の心は弱くない。

 

 いや、むしろそのツインターボの激走を見て、高揚する。

 昂る。

 連なるように、限界を超えていく。

 

 

「……負けるか!!私だって、黄金世代なんだあああああ!!!!」

 

 

 ────────【Do Ya Breakin!】

 

 

「メジロ家を……無礼(なめ)ないでくださいまし!!!」

 

 

 ────────【最強の名をかけて】

 

 ────────【貴顕の使命を果たすべく】 

 

 

 黄金世代の優駿が。

 メジロ家の最高傑作が。

 共に、同時に、第二領域に目覚めた。

 

 最終コーナーの出口で、ツインターボに詰め寄る二人。

 この二人もまたレジェンド級のウマ娘。

 限界をぶち破る事には慣れている。

 それを見ることも、それを成すことも。

 

 逃げの3人が限界を超えてコーナーを駆け抜ける。

 そして、それを見た後続も、次々と。

 

 

「セイちゃん…!私だって、負けないっ!!!」

 

 

 ────────【シューティングスター】

 

 

 

「黄金世代、最後の勝負と行きましょう………譲りませんっ!!」

 

 

 ────────【精神一到何事か成らざらん】

 

 

「かーっ!!アガってくるぜぇ!!構うこたぁねぇ、こっから全力だぁ!!」

 

 

 ────────【カッティング×DRIVE!】

 

 

「負けない…こっからだ!!グランプリを連覇するのはアタシだァッ!!」

 

 

 ────────【レッツ・アナボリック!】

 

 

 己が領域を、次々と発動しながら、先頭に迫る。

 最終局面に向けて己の魂の鼓動を放つ。

 勝つのは己だと叫ぶように。

 

 

 そして、そんな中で。

 最後方、ゴールドシップが追い付かんとしていた位置で────このウマ娘もまた、領域に至ろうとしていた。

 

(…見えた!!私だけの道!!)

 

 エイシンフラッシュが、コーナーを走るその先に、光り輝く道を見つけた。

 それは彼女が領域へと至る道。

 一年前のこの中山レース場で見た時のか細い光の筋ではない。

 激戦を潜り抜けた今、その光の筋は帯となり、柔軟な発動条件をもって、最終直線に向かって伸びていた。

 後はあそこに踏み込むのみ。

 

 位置取り、よし(gut)

 脚の溜め、よし(gut)

 先頭との距離、よし(gut)

 

 いける。

 その光の筋に足を踏み入れて、己もまた領

 

 

 

 

 

 

 ────────『八方にらみ』

 

 

 

 ざくりと。

 ()()()()()()()()()()と錯覚するほどの、驚愕。

 それは領域に突入する瞬間に己の横から放たれた、睨みによるもの。

 

 隣にいたナイスネイチャによる、完璧なタイミングでの最強の牽制だった。

 

 光の道が、途絶える。

 エイシンフラッシュは覚醒の直前に動揺させられたことによって、領域に入れなかった。

 

「……させないよ。この終盤に至っても、一番怖いのはフラッシュさんだから…ねぇっ!!!」

 

「ネイチャ、さん……ッ!!」

 

 ナイスネイチャは、クラシック級のウマ娘を無礼(なめ)ていなかった。

 特に、三冠を獲得したこのエイシンフラッシュを誰よりも警戒していた。

 彼女のことを熟知していた。

 なにせ、春先に……また、その後も何度も、併走をして、恐ろしさを誰よりも知っている。

 

 だからこそ、領域に入るタイミングも掴めていた。

 シンボリルドルフですらここまで鮮やかに潰し切ることはできないだろう。

 理想的な妨害。

 

 そして、それに動揺するエイシンフラッシュを差し置いてナイスネイチャもまた速度を上げる。

 ここまで、ナイスネイチャの作戦は完璧だった。

 このレースに至るまでに昼夜を問わず考えに考え抜いた、まるで珠玉の宝石のようなレースの支配は、この八方睨みをもって完成に至った。

 

 そして、ナイスネイチャもまた目覚める。

 己の完璧なレース支配を土台として、絶対に勝ちたいという想いが、彼女の第二領域をこじ開ける。

 

 

 ────────【Go☆Go☆for it!】

 

 

「さあ……あとは全部ぶつけるだけっ!!先頭で待ってろターボォォォ!!!!」

 

 ナイスネイチャが加速し、コーナーを抜けて最終直線に向かっていく。

 それに続くようにアガっていくゴールドシップ、直線に入り一気に伸びていく。

 優駿たちが、己が一着を取るのだと最終直線に向かい、横に広がり加速して行く。

 

 

『最終コーナーを上がって先頭は未だツインターボ!!その速度は落ちないがしかし後続がさらに伸びてくるっ!!セイウンスカイが!!メジロマックイーンが上がってきた!!』

 

『そしてそんな先頭を貫かんとスペシャルウィークもグラスワンダーもやってきたぞ!!ヴィクトールピストもそれに続く!!その後方にメジロライアン!!ウオッカも今日は早い位置から伸びてきます!!しかしその後方から更なる加速をもってナイスネイチャと────エイシンフラッシュが苦しいか!?ゴールドシップが今エイシンフラッシュを差した!!残り250mッ!!三冠ウマ娘が苦しいかッッ!?』

 

 

 エイシンフラッシュは、領域に入れずに、堕ちた。

 実況も、観客も、それを見届けて。

 

 しかし。

 

 

 

「……来ないはずが!!ないでしょう!!!フラッシュ先輩が!!!」

 

「来る…絶対に、来る!!フラッシュちゃんは、来るッ!!!」

 

 

 ヴィクトールピストが。

 メジロライアンが。

 

 エイシンフラッシュが最終直線で迫ってくることに、一切の疑念を抱かなかった。

 

 彼女は、来る。

 限界を乗り越えて、絶対に、来る。

 

 それは、世代で共に走り続けてきた彼女たちだからこそ出せる結論。

 

 どれほどの窮地になっても。

 どれほどの劣勢になっても。

 どれほどの、絶体絶命の危機になっても。

 

 

 ()()()()()()()()()()()は、来る。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(…………)

 

 エイシンフラッシュは、己が許せなかった。

 油断はなかったと言えるだろう。

 しかし、私は、シニア級のウマ娘の底力を、どこかでまだ無礼(なめ)ていた。

 

 レース前に研究の為にライバルウマ娘の過去のレースを見て、それで事前に彼女たちの走りの傾向を見積もった。

 その上で今日のレースの作戦を組み立てた。

 彼女たちが得意とする戦術、得意とする作戦、領域の効果、それをしっかり把握したうえで、今日は勝てると判断していた。

 

 だが、今日と言う有マ記念のレースにおいて、彼女たちは過去のレースを置き去りにして、進化した。

 誰もが、己の限界を超えてきた。

 自分たちの世代が、これまでのレースでやってきたことを、彼女たちは成した。

 

 シニアを走るウマ娘達、その誰もが激戦を潜り抜けてきた猛者なのだ。

 私達が経験したようなレースなど、それこそ幾重にも束ねて経験してきている、ベテランのウマ娘達。

 その経験を、無礼(なめ)てしまったのだ。

 

 己への叱責と、強い反省。

 そして、相手のウマ娘達への、誇らしいほどに走る彼女たちへの、純粋な敬意。

 

 そして。

 

 

 

「─────フラッシュゥーーーーッッ!!!!!」

 

 

「─────お前なら行ける!!!ぶち抜け!!!」

 

 

「─────後ろから、全部捲ってこいッ!!!」

 

 

 

 私の、トレーナーの、声が聞こえて。

 

 

 負けられない。

 勝ちたい。

 素晴らしいライバルたちに、私の全力を見せつけたい。

 

 エイシンフラッシュの中に生まれる、新たなる熱。

 残り直線250m。

 前を走る優駿たちを差し切るには、十分な距離。

 

 

「──────────────!!!」

 

 

 

 

 ゼロの領域、ではない。

 脚は残っていた。

 精神的に追い詰められてもいない。むしろ高揚に溢れていた。

 だから、これは純粋な新領域の発現。

 エイシンフラッシュが内包する可能性、第二の領域(ゾーン)に目覚めるはずの、それだった。

 

 

 ────────だが。

 

 

 

 この中山レース場で。

 この冬の有マ記念で。

 それに目覚める意味。

 

 

 

 

 ────────【Guten Appetit】 Mit Kirschblüten

 

 

 

 

 

 

 

 エイシンフラッシュが、第二領域に目覚めて。

 

 

 

 そして、運命の扉が開かれた。

 

 

 

 

────────────────

───────────────

──────────────

─────────────

────────────

───────────

──────────

─────────

────────

───────

──────

─────

────

───

──

 

 

 

 

 領域に目覚めた時の心象風景。

 それを、コンマ1秒にも満たない一瞬のうちに、エイシンフラッシュは感じ取っていた。

 

 そこに立っているのは、コック服を来た私。

 キッチンで、お菓子を作っている私。

 ああ、それはきっと、私の未来の姿なのだろう。

 ドイツで両親の後を継いでケーキショップを継ぐ私の、そんな想いが見えて。

 そして、その心象風景の中で、私は。

 

 ()()()()()()()を作っていた。

 

 

(……?)

 

 

 エイシンフラッシュの意識が、その光景に僅かな違和感を抱く。

 三人分のケーキで間違いない。材料の分量を見誤ることはない。

 だが、三人前を作るというシチュエーションに、余りにも心当たりがなかった。

 

 ケーキを作る。

 と、なれば、チームのメンバーに作った物だろう。

 私が心象風景に見るほどの想い出ならば、それであろう。

 

 だが、三人前を作るということは、まずない。

 

 トレーナーと二人きりでケーキを楽しむなら、二人前。

 チームみんなで食べるとなれば、私とファルコンさん、アイネスさん、そしてトレーナーの分で四人前。

 サンデーさんがチームに入った後で、その全員分を作るなら、五人前。

 

 

 ────────三人前?

 

 

 しかし、心象風景の向こうの私は、それを随分と楽しそうに作っている。

 ケーキが完成に至り、皿に乗せて、そうしてその向こう、テーブルについてケーキを待っていたであろうその二人へ配膳していく。

 その姿を、私が見ている。

 

 

 ────────私が、私を見ている?

 

 

 笑顔を浮かべた私が、まず一つ、目の前に座る男性へケーキを置く。

 それは、間違いなく愛するあの人。

 黒いシルエットに包まれているが、その輪郭でわからないはずもない。

 立華勝人が、そこにいて。

 

 そして、その隣。

 黒いシルエットに包まれた、もう一人の、誰かがいた。

 

 

 ────────貴方は誰?

 

 

 身長は低い。

 耳と尻尾がある事から、ウマ娘であることが分かる。

 随分と、()と親しかったようだ。

 お互いに、笑顔を浮かべているのが雰囲気でわかる。

 

 

 ────────これは、()()の想い出?

 

 

 記憶にない。

 記憶にないそのシチュエーションを、まるで誰かの記憶を見ているかのような違和感をもって、エイシンフラッシュが受け止めた。

 

 もう一つのケーキを、そのウマ娘の前に。

 そして、最後の一つを私の前に。

 三人による、お茶会が開かれる。

 

 ケーキを食べる立華勝人は、とても楽しそうにしている。

 その隣で同じように、楽しそうにしている彼女。

 

 まるで、彼のパートナーは私であるとでも言いたそうな、その様子。

 彼の隣に立っているのは、私ではない。

 スマートファルコンでも、アイネスフウジンでも、サンデーサイレンスでもない。

 

 彼女は。

 

 彼女の、名は。

 

 

 

 

 ────────()()()()()

 

 

 

 

 

──

───

────

─────

──────

───────

────────

─────────

──────────

───────────

────────────

─────────────

──────────────

───────────────

────────────────

 

 

 

『残り200m…ここで!!ここでついに来たエイシンフラッシュゥ!!!その末脚は誰にも並ぶものはないっ!!ぶっ飛んできた!!ツインターボは先頭が厳しいか!!後ろとの距離がもうないぞ!?だがその後ろも接戦だ!!集っている!!この有マの最終直線に!!優駿たちが集う!!エイシンフラッシュが位置を上げる!!先頭から2バ身もない!!!だが誰が勝ってもおかしくないぞ!!盛り上がって参りましたァッッ!!!』

 

 

 残り200m。

 この地点で、優駿たちはその差をほぼ無くしていた。

 横に広がり、そして誰もが一着を目指して全力で爆走する。

 もう牽制も何もない。ただ、己の全てを振り絞る。

 そんな、真っすぐにゴールだけを見るはずの、最後の200mで。

 

 

 

 ~    ~

 

 

 

(……?)

 

 

 

 最初に気付いたのは、先頭を必死に走るツインターボだった。

 

 

 冬の中山に、ひらりと。

 

 一枚の桜の花びらが舞っていた。

 

 

(……!)

 

 ひらり、ひらりと。     ~    ~

 

(……!)

 

 まるで、踊るように。  ~    ~

 

(……!)

 

 桜の花びらが、幾つも舞う。       ~    ~

 

(……!)

 

 それは、ツインターボのさらに三バ身先から、生まれていた。    ~    ~

 

(……!)

 

 魂の、幻影。  ~    ~

 

(……!)

 

 舞う桜の花びらが、そこに、誰かが走っているような、そんな幻影を生む。   ~    ~

 

(……!)

 

 このレースに挑むウマ娘の中で、その幻影を見たのは、9人。     ~    ~

 

(……!)

 

 セイウンスカイ。グラスワンダー。ゴールドシップ。スペシャルウィーク。メジロマックイーン。ナイスネイチャ。ツインターボ。ウオッカ。

 

 そして。       ~    ~

 

(……!!!!)

 

 エイシンフラッシュ。

 

 

 この9人が。

 何かに引き寄せられてこの有マに集まった9人が、同時にその幻覚を見た。

 エイシンフラッシュの第二領域の覚醒によって生まれた、仄かな影。

 季節外れの桜の名残を、見た。

 

 そして確信に至る。

 

 ああ、私は。

 あれと、共に、走るために。

 勝つために。

 今、走っているのだと。

 

 その桜の幻影は、速度を落とさずに最終直線を吹き抜ける。

 花信風。

 一陣の春風が、冬の中山に吹いていた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『残り150m…ここで!!ここで全体がさらに加速!!誰もが勝利を譲らない!!誰もが勝ちたい!!そんな想いが見て取れるような全霊の走りだ!!!その眼差しはまっすぐに前を向いて─────な、なんと!?ここでこのウマ娘が来た!!!来たぞッ!!!』

 

 

 

「…………ああああああああああああああああああああ!!!!!!!」

 

 

 ────────【届いた祈り、叶った夢】

 

 

 桜の幻影に惑わされなかった、大外を走るウマ娘が、ここで第二領域に目覚めた。

 ヴィクトールピスト。

 彼女は、周囲の気配…勝利に向けて爆走する彼女たちが、最終直線にて更なる加速を果たしていったことに、驚愕と、敬意と、疎外感のようなものすら感じられて。

 秘めたる激情が、爆発した。

 

 私だって世代のウマ娘だ。

 この有マ記念で、勝つために走るウマ娘だ。

 無礼(なめ)るな。

 私を、見ろ。

 

 そんな強い想いが、彼女の第二領域を引き出した。

 切り札を最後に切ったのはヴィクトールピストになった。

 

 それは、かつて立華勝人が過去の世界線で彼女の走りに見た領域。

 【勝利の山(サント・ヴィクトワール)】のように防御に特化したそれではない。

 純粋に、加速と、スタミナの回復を齎すもの。

 それが最終直線で、先頭までの僅かな差を埋めきるために放たれた。

 

 激情の第二領域により、ヴィクトールピストが伸びた。

 一気に、先頭との距離を詰める。

 その激走に気付いた周囲のライバルたちもまた振り絞って加速する。

 

 

 運命の決着は。

 

 

 

 

『ヴィクトールピストがここで来たッッ!!!伸びていく!!先頭のツインターボを捉えるに───至る!!至った!!残り50m、エイシンフラッシュも伸びるがこれは届かないか!?去年の冬の中山の再現なのか!?昨年のアクシデントによる決着を実力で再現するのかヴィクトールピストォ!!!』

 

『もうゴールは目前!!バ群を抜けだしたエイシンフラッシュ!!しかし大外ヴィクトールピストが速い!!ヴィクトールピストが譲らないっ!!ヴィクトールピストだ!!ヴィクトールピストだッッ!!ヴィクトールピストが今!!一着でゴーーーーーールッッ!!!!!』

 

 

『今年の大一番、冬のグランプリを制したのはヴィクトールピストです!!後ろは団子だが二着はエイシンフラッシュ!!三着はナイスネイチャが入ったか!?写真判定が待たれます!!……おっと、やはり出ました!!レコードだ!!レコードです!!ゼンノロブロイの出した2分29秒5を大きく上回る2分28秒3!!大レコードだ!!恐らくは先頭集団、その全員がレコードでしょう!!しかしその先頭はヴィクトールピストです!!やはりこの世代は強い!!まさに革命!!レース界に革命が止まらない!!革命世代がまたしても伝説をこの有マに刻んだーーーッッ!!!』

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「はぁっ…!…はぁっ、はぁ…………」

 

 

 エイシンフラッシュは、ゴールを過ぎて、走る脚を緩めながら…己の敗北を理解した。

 

 ヴィクトールピストに、負けた。

 最終直線で、私と、彼女で、見ているモノが違った。

 異なって、しまった。

 

 

「はぁ…………はー……あ………」

 

 

 そして、掲示板を見る。

 そこには、一着に名前を刻んだヴィクトールピストと、二着に滑り込んだ己の名前と。

 レコードの文字が、光っていた。

 

 

「………あ………」

 

 

 レコードタイムは、2分28秒3。

 

 

 ()()()()()()

 

 

 

「……あ、……あ、あ……!!」

 

 

 

 涙が、溢れてくる。

 

 

 負けたことによる、悔しさよりも。

 

 

 

 2()()2()7()()7()の、()()の記録を抜けなかったことよりも。

 

 

 

「あ、あ、あ、ああ………!!!」

 

 

 

 私の。

 

 

 

 私のトレーナーが、どれほど。

 

 

 

 どれほど、過酷な運命を背負っていたのか、理解できてしまって。

 

 

 

 

 

「ああ……あああ…………!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その脳裏に浮かぶのは。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────立華勝人が、ハルウララと共に歩んだ3年間の記憶。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

116 ぱかちゅーぶっ! 有マ記念 前編

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

!! ゴルシ抜き !!

 

 

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

 

「…ん、始まったかな」

 

「そのようですね」

 

「挨拶から入るんじゃないか?」

 

『いきなりの生徒会メンバー』

『唐突ゥ!!』

『急にスイとレジェンドウマ娘が出てくる』

『あ、こっちか ゴルシのチャンネル見てたわ』

『ウマッターで通知されてたでしょー』

『今日はトレセン学園のチャンネルでやるんだ』

『◆知らなかったのか────────?』

 

「こほん。…ぴすぴーす。トレセン学園の生徒会長にして7冠ウマ娘、シンボリルドルフだ。画面の向こうの諸君、久しぶりだな。息災だろうか?」

 

「ぴすぴーす。トレセン学園副会長のエアグルーヴだ」

 

「ぴすぴーす。同じく副会長、ナリタブライアンだ」

 

『ぴすぴーす!』

『ぴすぴーす』

『真顔でぴすぴーすしてて芝』

『ぴすぴーす!!』

『こんなにテンション大人しいぴすぴーす初めて見た』

『ぴすぴーす』

『ぴすぴーす』

『スマイル足りてないですよ!』

 

「む、スマイル不足だったかな?すまないな。私は二度目だというのに雰囲気をつかみ切れていなかったかもな…笑顔、笑顔か。ふふ…ではみんなで笑顔になれそうなジョークでも───」

 

「時間も押しているので話を進めましょう会長」

 

「今日は紹介するウマ娘が多いからタイムスケジュールが押してるんだ。とっとと進めるぞ」

 

「……………………うむ……」

 

『芝』

『クッソ芝』

『しょんぼりルドルフ可愛い』

『ガチ凹みで芝』

『開始1分で机に塞ぎ込む皇帝がいるらしい』

『部下二人の辛辣さで芝』

『気安い関係やん…こういうのすこ』

 

「えー…今日は有マ記念になる。言わずと知れた年末大一番のグランプリレースだな。今日のぱかちゅーぶは特別編となり、私達生徒会3名で進行する」

 

「ゴールドシップが出走していることでアイツのチャンネルで生放送が出来なかったからな。URAとゴールドシップのほうで協議があって、人気番組であるぱかちゅーぶはなんとか放送できないかと言う話になり、生徒会が一肌脱ぐことになった」

 

「……うん、まぁそういうことだ……」

 

「そんなに引きずらないでください会長」

 

「アンタの考えたジョークは後で聞いてやる…エアグルーヴがな」

 

「Σ(゚Д゚)!?」

 

『芝』

『芝』

『なんだ?今日のゲストは芸人だったか?』

『息の合いすぎる掛け合いに芝』

『アドリブでここまでやれればすげぇよ生徒会…』

『っぱこの3人よ』

『ルドルフの思わぬ方向にウケてるの芝』

 

「続けるぞ。まず本日のレースである有マ記念について説明する。有マ記念の歴史は古い。1959年に当時のURA理事長であった有マ氏が『暮れの中山レース場で日本ダービーに匹敵する大レースを開催しよう』と提案し、中山グランプリという名で創設されている。だが翌年、有マ氏が急逝。彼の功績を讃え、名称を『有マ記念』と改称し、それ以来一年を締めくくる一大グランプリとして12月下旬に開かれ続けている」

 

「1995年からは地方ウマ娘からも出走が可能になった。海外のウマ娘の出走も2000年から枠が作られ、国際レースにもなっている。賞金も日本で開催されるGⅠで最高額に設定されており、レースの格も現在の世界のGⅠ格付けランキングで6位タイだな。極めて評価の高いレースだ。ご存じの通り、出走ウマ娘はファン投票によって決定されることが多い。その他、URAの推薦枠などもあるがな」

 

「……私が解説する必要ないな?これ私いるかな?帰っていいかな?」

 

『解説助かる』

『ちょうどエアグルーヴの解説切らしてたんで助かる』

『ブライアンの真面目な説明すこ』

『カイチョー…』

『会長はそこにいるだけでいいのです』

『芝生える』

『レースになったらアンタの解説が必要なんじゃい!』

 

「会長、レースの時には頼りにさせてもらいますから。…では次に今日の本命ウマ娘達の紹介と行こう」

 

「なにせ人数が多いからな。それぞれがウマ娘にコメントしていく形にする。人気順に行くぞ…まず一番人気、エイシンフラッシュだ」

 

「うん。エイシンフラッシュ…今年のクラシック世代で三冠を獲得したウマ娘だな。まさしく時代を創っている、と表現できるだろう。特筆すべきは、その凄まじい切れ味の末脚。またレース中の冷静さ、牽制の上手さだな。同じチーム『フェリス』のアイネスフウジンやスマートファルコンの追いつけないような逃げの脚質ではなく、最終直線で一気に追い上げてくる差しタイプだ」

 

『フラッシュだー!!』

『フラッシュ!フラッシュ!』

『今年の世代で三冠とかいう化物』

『いつ見てもグッドルッキングウマ娘だ…』

『文句なく強い』

『強いもんは強い』

 

「チームフェリスはいつも劇的なレース展開をするからな、今日も波乱がある事だろう。では次、二番人気はウオッカだ。こちらも今年レースを見ている者には説明不要だな。シニア1年目のウマ娘で、今年はヴィクトリアマイルで一着、安田記念で一着、宝塚記念では二着。秋の天皇賞ではダイワスカーレットとハナ差の一着。先日のジャパンカップではアイネス、ダイワスカーレットに続く三着となっている。そして、このうち3つはレコードだ。クラシック世代の代表がフラッシュならば、シニア1年目世代の代表はウオッカといえよう」

 

「昨年の有マ記念にも出走していて、三着だった。長距離は苦手としているという風評もあるが、今日は去年以上に仕上げているだろうな」

 

「とはいえ、今日は一筋縄ではいくまいね。なにせ出走メンバーがメンバーだ」

 

『ウオッカも今年バリッバリだったからなぁ』

『天皇賞すこすこのすこ…』

『差し切る姿カッケーよなぁ』

『ウマ娘だけどウオッカちゃんすこ…』

『女子人気はライアンに並んで突出してますね』

 

「続くぞ。…人気順と言ったが、時間がヤバそうなんで少しまとめよう。先ほどチームスピカのウオッカを紹介したから同じくスピカのウマ娘を紹介する。他にも4人出走しているな……ゴールドシップ、ヴィクトールピスト、メジロマックイーン、スペシャルウィークだ」

 

「それぞれの戦歴を語っているだけで1時間はかかりそうなメンバーだな。この放送を見ている者ならゴールドシップとヴィクトールピストは知っていよう。スペシャルウィークとメジロマックイーンは最近は余りレースへの出走が無かったが、彼女たちもその蹄跡を歴史に刻んだレジェンドウマ娘と言えるだろう。この二人とゴールドシップは今回の有マ記念がトゥインクルシリーズでの引退レースになるのでは…という噂もあるようだ」

 

「現役が長いからな…トゥインクルシリーズ引退後は、是非ともドリームリーグに参加してほしいところだ。そうすれば私達3人で存分にお相手できるだろうからな」

 

『チームスピカの5人!』

『スペちゃんとマックイーンのレースを見てねぇやついる!?』

『いねぇよなぁ!?』

『マックイーンの圧倒的強者っぷりを忘れるわけねぇだろ』

『スペちゃん世代を見てないやつはモグリ』

『主語が大きいがおおむね同意なんだよなぁ…』

『とにかく強かった』

『今日はどうなるか…』

『ゴルシも今日に向けて徐々に脚仕上げてきてたからな』

『ヴィイちゃんこれが今年最後のGⅠか』

『ヴィックちゃん間違いなく強いんだけどまだ今年GⅠ勝ってないからな』

『頑張ってほしいがライバルがつよつよすぎんよ』

『スピカ箱推しです』

『スピカはフェリス並みにどこで奇跡を起こしてくるかわかんねぇからな』

 

「次の紹介は…チーム『カノープス』の二人で行くか。有マ記念の常連、今年は小倉記念でレコード一着を記録したナイスネイチャと、同じくオールカマーで逃げ切りを決めて一着を取っているツインターボだ。重賞勝利数で言えば他のウマ娘に負けない物を持っているが、GⅠ勝利には恵まれていない」

 

「ああ…だが、彼女たちも実力はピカ一だ。ツインターボが逆噴射せずに逃げ切るか、ナイスネイチャが伏兵たる実力の真価を発揮するか…会長はどう思われます?」

 

「そうだな…実は私は今日のレース、ナイスネイチャが台風の目になると思っている。先日、学園のトレーナーズカップで共に走る機会があったが…あのレース、一番恐ろしかったのはサンデートレーナーだが、一番驚かされたのはナイスネイチャだ。あの視野の広さ、それがなお磨き上げられていれば、レースが荒れるだろうな」

 

「ほう…?アンタがそこまで言うほどか。なら…私はツインターボを推すか。かつて有マ記念で一緒に走ったことがあるからな。あの時は、まさか逃げ切るのか、という不安を覚えたものだ。結果的には逆噴射したから最終コーナーで捉えたが、道中であそこまで差を広げられた時は流石に内心震えたよ。あり得ない状況だったからな。今日はどこまでアイツが逃げるか、楽しみだ」

 

『カノープスの二人!』

『ネイチャがいないと有マ始まらんところある』

『なお過去に三着三回の模様』

『今年こそ一着よ!』

『ルドルフがそこまで評価してんの珍しいな』

『今日のネイチャは一味違う…?』

『ターボも一味ちがうもん!』

『ターボは逆噴射装置が故障してれば勝てるから…』

『こないだのオールカマーじゃ終始故障してたゾ』

『装置が直ってないといいのですが』

『とにかくターボは逃げに見栄えがある』

『今年は逃げウマ娘強かったイメージある』

『それだいたいフェリスのせいでは?』

 

「他の優駿たちを紹介しよう。今年、日本で初めてクラシック級で宝塚記念を勝利したメジロライアン。グランプリ連覇に期待がかかるところだ。2500mの距離が彼女にとってどのように作用するか、といったところだな」

 

「シニア級からはセイウンスカイとグラスワンダーも出走している。二人とも説明不要の黄金世代だ。セイウンスカイは3000mの菊花賞で世界レコードを叩き出した長距離の鬼。グラスワンダーは有マ記念勝利の経験もある。スペシャルウィークと併せてこの3人もまた他のウマ娘にとっては恐ろしい脅威となるだろう」

 

『ライアン!ライアン!』

『ライアンはなんか有マやってくれそうな感じある』

『最終直線でぶち抜いた宝塚を再現してくれぇ…』

『セイちゃんとグラスが参加するのヤバいな』

『ヤバい(錯乱)』

『錯乱するのは一緒に走るウマ娘なんだよなぁ…』

『トリックスターの幻惑と刺し殺すような圧を感じながら走るのか…』

『おっと私もいますよ(フラッシュ)』

『先輩だけに任せられませんよ(ヴィイちゃん)』

『おなじみ三着~(おなじみ三着)』

『なんだぁこのレースは 地獄か?』

 

「本当に、名前を挙げるだけでも期待してしまう夢のようなレースだな。ああ、私もあそこで走ってみたかったな…心からそう思う」

 

「アンタもか……私もだ。今日、ここにいることに違和感すら感じるよ。……今からならまだ間に合うか?」

 

「…行くか?ブライアン」

 

「たわけ、間に合うか!会長も落ち着かれてください!そもそも私たちはドリームリーグ所属ですから出走できません!」

 

「ダメか?」

 

「ダメか?」

 

「駄目だッ!!」

 

『芝』

『これは芝』

『いつから生徒会は芸人トリオになったんです?』

『副会長のたわけ頂きました!』

『ルドルフが随分肩の力抜けてる感じある』

『誰の影響なんですかねぇ…』

『ルドルフとブライアンが(´・ω・`)って顔してて芝』

『七冠ウマ娘と五冠ウマ娘の姿か?これが…』

 

「…まったく。続けますよ!この後はゲート前に集まるウマ娘達の解説……だが、まだちらほらといった具合ですね」

 

「タイムキープが完璧な証拠だな。ふむ……ああ、そうか。こういう時のためにゴールドシップはこの時間を取っていたのか」

 

「ん?なぜウマホを……ああ、今日のオニャンコポンか。確かに見るならこのタイミングだな。どれ……今日のアイツはどんな写真を撮ったのやら」

 

『空いた時間を埋めるならオニャンコポンよ』

『今日はフラッシュも出てるしな』

『今日はちょっとエモぞ』

『レアリティはNRだが去年を知ってると感慨深い』

『ゴール前の写真だっけ?』

『ゴール前のラチの上で尻尾ぴーん!ってしてるオニャンコポンの写真』

『去年と絡めてくるやん…』

『去年のホープフルで同じ中山レース場でスタート地点で撮ってたからな』

『今年はゴールか』

『フラッシュが一番に駆け抜けてくる所』

『今日も可愛いオニャンコポン』

 

「…和みますね、相変らず」

 

「まったくだ。立華さ…立華トレーナーには動物の良さを教えられたよ。今は私達のチームにもマンボがいるが、これがまたいいものでな」

 

「ああ…わかるな。最初は手間がどうなんだとか思っていたが、世話するうちに情が移った。将来は自分も何か飼いたくなるな」

 

「リギルのウマッターでも今日のマンボをやってみましょうか、来年から………ん、集まってきましたね、ゲート前に」

 

『わかる なごむ』

『オニャンコポンは学園の癒し』

『散歩してるオニャンコポンに遭遇出来たらその日一日ハッピーなんよ』

『こないだのフェイスダンスは爆笑した』

『何となく動くオニャンコポンに対し後ろでキレッキレで踊る猫トレがズル過ぎるんよ』

『イケメンが顔芸するのはズルい』

『ノリノリでしたねあの映像』

『マンボちゃんもエルのレースの後でよく飛んできてたね』

『マンボも頭いいからな』

『こないだマンボがオニャンコポンの背中に乗って学園内散歩してた』

『天国か?』

『お、出てきたか』

『全員がいい顔だァ…』

『気合が入ってますよクォレハ…』

 

「…いいな、ああ。全員、気合が入ってピリっとしている。流石、有マ記念に選ばれた優駿たちだ」

 

「ですね。ゴールドシップもあの表情なら、今日はしっかりとゲートを出てくれそうです」

 

「スタート直後が見物だな…ターボがブッ飛んでいくだろうが、それにセイウンスカイがどうするか…ん。あれは……」

 

「……ヴィクトールピストが、いいな。ああ、あれは勝つ者の顔だ……今日の己の勝利を疑っていない」

 

「…凄まじいですね。あの心境に至るまで私達がどれほど苦労したか…」

 

「同意見だ。それに相対するフラッシュやライアンも引き締まっている。やはりこの世代、侮れんな」

 

『なるほど完全に理解した(わかってない)』

『画面の向こうの三傑は全員わかってるんだよなぁ…』

『でもヴィイちゃん調子よさそうなのはわかる』

『自信満々って感じに尻尾揺れてる』

『それを見て笑顔を浮かべられるフラライも随分覚悟決まってんな』

『シニアに負けるかって感じだもんな』

『この世代の名前マジで悩むな』

『こないだのウマッターアンケでも見事に票バラケたしな』

 

「ゲート前に全員集まったな…さて、ファンファーレだ」

 

「…ゴールドシップのメモによると『何もしなくても勝手にコメ欄が鳴くから安心しやがれ』と書かれてますが…」

 

「どれ…ゴールドシップの調教の成果を見せてみろ」

 

『ペペペペー』

『ペーッペペペー』

『ペペペペー』

『ペペペペー』

『ペペペペッペッペッペッペー』

『ペペペペペッペッペッペッペッペー』

『ペペペペー』

 

「素敵だな、高らかに響いている…音にブレがない。いい音色だ。今日は陸上自衛隊の音楽隊の皆様方による演奏となる」

 

「ファンファーレは一発勝負、ミスが許されない上に楽節が短いので最初から全力で吹かねばなりませんからね。想像以上に難しい…と聞き及んでいます」

 

「有マ記念だ、そのプレッシャーも相当なものだろうな。レース前にそれを聞くことで走る私達も高揚するというものだ。……さて、ゲート入りだな」

 

『すげぇ…めっちゃ真面目に解説してる…!』

『ファンファーレについてこれまでゴルシあんま触れてこなかったからな』

『プペることもあるけど実際一発勝負の屋外であれはすごい』

『吹奏楽やってると一瞬であそこまで音併せてるのヤバってなる』

『ゲート入りだ!』

『ゲート入りだね』

『ゴルシ…セイちゃん…お前たちはどこで戦っている…』

『レース出てるんだよなぁ…』

『マックイーンも天皇賞でゲート入りやらかした実績解除してるからな』

『ターボもちょっと危うい』

『でも今日は大人しいな』

『みんなすんなり入るじゃねぇか…』

『スンッ』

『波乱はなさそうですねクォレハ…』

 

「ふむ。しっかりと入っていくな。確かにコメント欄の言うように、今日は若干ゲート難の風評を持つウマ娘が多かったが…問題なさそうだ」

 

「全員、気合が入っているのだろう。有マ記念だからな……全員収まったな。では、会長」

 

「ああ。年末最後の大一番、有マ記念………今、スタートだ!!」







あんまり長くなったんで分割。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

117 ぱかちゅーぶっ! 有マ記念 後編

 

 

 

 

「飛び出していったな…出遅れはなし。優秀だ。ゴールドシップも問題なくゲートを出ている」

 

「ああ……だが、やはり来たな。懐かしいな、あのエンジン音…」

 

「ツインターボの領域だな。今日もフルスロットルのようだ…ゲートの中で発動する、極めて珍しいタイプの領域となる」

 

『でたー!ツインターボの爆逃げだー!!』

『破滅逃げという表現が誰よりも似合うウマ娘』

『ぶっ飛んでますねぇ!』

『セイちゃんがその後ろか』

『ターボのぶっ飛び具合がそこまでじゃないな?』

『いやあれはセイちゃんが頑張ってついてってる』

『マックが間に入ってその後ろに集団か』

 

「ああ、この形になるのは予想できていたが…まずこの時点で後ろを走るウマ娘にとっては相当なプレッシャーだろうな」

 

「でしょうね。ツインターボの爆逃げを見ながら、その後ろのセイウンスカイのトリックに掛からない様に走らなければなりません。想像したくもないですね」

 

「…だが、その後ろの集団も最高にひどい事になっているな。かつて有マであれほど牽制が飛びあったことはないだろう。断言できる」

 

「だろうね…説明していこう。まずエイシンフラッシュとヴィクトールピストが全方位に牽制を仕掛けている。挟まれたライアンはたまったものではないな…そしてグラスワンダーだがこちらも牽制を放たせればピカ一だ。主にスペシャルウィークが受けているな。うむ、ひどいなこれは」

 

『物騒なことしか言ってないこの3人!』

『会長がニコニコ笑顔で芝』

『ルドルフの方がむしろ牽制で潰す側やろがい!』

『手に取るように分かってるの芝』

『デバッファーはデバッファーを知る…ってコト!?』

『走ってるウマ娘の表情見てるだけでやべー状況になってることわかる』

『これがGⅠ!悪魔のレースよ!』

 

「レースが進んでいくな…もう間もなく最初のコーナーに入るが。…会長、これは、その……すべて、彼女が?」

 

「えぐいな…あれ、全部計算してやっているのか…?」

 

「……間違い、ないな。ああ、やはりレース前の私の評価は間違っていなかったようだ、ネイチャの仕上がりが極まっている。……視野が広すぎるな。今ツインターボに圧を仕掛けてその余波でセイウンスカイが…いやマックイーンも位置を上げざるを得ない……ヴィクトールピストへはかなり重い仕掛けをしたな、彼女の領域を知っていれば…何、そのタイミングを取れるのか!?スペシャルウィークが…ああ、グラスワンダーもアレでは面白く無かろう……ここで切るのか、それを…いや、そうか、フラッシュへの牽制を…!……笑うだけで、振り返るだけで最高の効果が生まれている……………どうした?私でもそこまでやらないぞ?私より視野が広くないかあれ?」

 

「会長。素が漏れてます」

 

「アンタすら唸らせるほどか…覚醒したな、ネイチャは。レースは進んで、コーナーを抜けていく…フラッシュはやはり速いな。位置を上げていった」

 

『何!?何が起きてんのぉ!?』

『会長は全部分かってるっぽい』

『でも確かにターボの脚一瞬止まったか?』

『それ見てセイちゃんが結構動揺しとる、なんで?』

『マックイーンとウンスの距離は縮まったけどこれ悪いんか?』

『ヴィイちゃんが凄い顔しとる?』

『ヴィイちゃんは領域で牽制に強くなるらしいからその前に…って事か?』

『スペちゃんが目を見開いてる』

『隣のグラスも目を見開いてる』

『振り返った?』

『ちょっと今のネイちゃんの表情えっちじゃない?』

『フラッシュも目を見開いてる』

『後ろのゴルシも目を見開いてる』

『何が起きてんの……』

『これ全部ネイチャ一人でやったんだと思いますよ(適当)』

『会長すら惑わすネイチャ…ある!』

『コーナーを抜けていきますね』

『ここでは波乱はないか?』

 

「最初のコーナーを抜けた…む、ここでヴィクトールピストが領域に入ったな」

 

「これ以降、アイツは他のウマ娘からの牽制を受けつけない…この有マにおいては絶大な効果を発揮することだろう。相当なアドバンテージになるな」

 

「ああ、最終直線まで脚を残せるはずだ。有マ記念は最終直線が310mと短いが、だからこそそこを全力で駆け抜ける脚を溜める必要がある。この向こう正面でどれだけ脚を溜められるか…」

 

「…先頭のツインターボは坂道を上手く登りましたね。アイネスフウジンやメジロパーマーが得意とする、スタミナを消費しない走りです。逆噴射しないかは話が別ですが」

 

「セイウンスカイやマックイーンはスタミナに不安はないだろうな…長距離ウマ娘の筆頭たる二人だ。その後ろ、グラスワンダーが位置取りをかなり上げているな…あれは先行に近い位置取りになる…掛ったか?」

 

「……ああ。これが正解の一手なのかは際どい所だ。スタミナを消費する暴挙になり得る……いや!なり得ない!まさか、同じチームの私達ですら知らない、初めて見せる領域だと!?奥の手を隠していたか…!?」

 

「ッ…!あの光、スタミナを回復させるもののようで……何だと!?」

 

「隣のスペシャルウィークも領域を展開したぞ!?同じく回復系か…!なんだ!?これまでのレースであの二人、一度もあんな領域を見せたことは…!」

 

「…第二領域、か!目覚めたのか、このレースの中で!!まったく凄まじいな!これが黄金世代か!!」

 

『何の何が何ィ!?』

『ヴィイちゃんの走りが乱れなくなったのは分かったけどその後が何ィ!?』

『グラスがやってんねぇ!?』

『スペちゃんもそれに続いた…って感じなのか!?』

『Q.隣の同世代のライバルが新領域に目覚めた時の対処法を答えよ』

『A.自分も新領域に目覚める』

『バケモン共がよぉ…!』

『だってよ…黄金世代なんだぜ…?』

『これはセイちゃんも来ますねぇ…』

 

「レースは中盤を越えて…ここでゴールドシップが来た!あのたわけめ、発動をギリギリまで遅らせたな…最後まで加速し続けるためだ!考えている…!」

 

「最後尾から上がってくるゴールドシップに抜かされたら終わりだ。勝ちは見えない。恐ろしいヤツだよ…あのロングスパートはどのウマ娘にも真似できん」

 

「ああ、彼女独特のものだ。そして最終コーナーに向かっていく…む、ここでウオッカが例の呼吸でスタミナを回復させて……いや、待て!?ツインターボもやっていないか!?」

 

「嘘だろう…!?あれは見た目以上に難しい技術だぞ!?いつ覚えた!?」

 

「ッ…夏合宿だ!確か、チームフェリスの合同練習でウオッカとツインターボが共に練習していたはず。そこできっかけをつかんだか!ツインターボは落ちない!間違いなく私とやった時よりも伸びる!最終コーナーを大きな差をつけて────────嘘だろう!?」

 

「ツインターボも第二領域に入った、だと…!?速度が落ちん!スタミナは際どいはずだが…そういう効果か!?」

 

『ゴルシが来たと思ったらツインターボが覚醒したァ!?』

『ツインターボの先頭はここで終わらない!終わらない!』

『セイちゃんとマックがすっげぇ顔してる』

『そりゃ驚くでしょうよ…』

『今日の逆噴射装置は故障!故障でーす!!』

『これは行ったでツインターボ!!』

『いやでも後ろもめちゃくちゃアガってきてる!!』

『全員速すぎんか!?』

『盛り上がってきたァ!!!』

 

「ツインターボとの距離を詰められない!セイウンスカイは領域の条件は先頭で──────またか!黄金世代!!どうなっている!!!」

 

「セイウンスカイが第二領域に目覚め…いやっ、その後ろ、マックイーンも二重に領域を重ねて発動している!?」

 

「何だ!?どれも初見だぞ!?この土壇場で全員が第二領域に目覚めるとでもいうのか……!?巫山戯ている!!後続も続々と領域に入りながら上がってきたぞ!!」

 

「魂の鼓動が聞こえる様だ…ツインターボがまず最終直線に入った!他のウマ娘も続いていく!ヴィクトールピストがいい位置だ!!エイシンフラッシュが続いて……」

 

「……ッッ!!そこでそれを繰り出すか、ネイチャ!!」

 

「完璧だ!!私でもあそこまで鮮やかには潰せまい!!フラッシュに対してネイチャが全霊の圧を突き刺し、領域への突入を止めた!!そして加速して……お前まで第二領域に目覚めるのかッ!?フラッシュが落ちていく!」

 

『何がどうなっているのかさっぱりわからんぞ!!』

『はた目には全員がぐわーっとアガっていってるようにしか見えん』

『ウマ娘のワイ、戦慄中』

『いや見える人にはえげつない光景が展開されてるんよ』

『このレース伝説になるわ』

『ネイチャが明らかにフラッシュを睨みつけたのが見えた』

『睨みつけるだけで脚って止まるのか…』

『フラッシュが加速できてねぇ!?』

『うわゴルシに抜かれた!』

『フラッシュー!諦めんなー!!』

『いやこれきっちぃ!集団の最後方になっちまった!』

 

「残り300mを切った!全員が加速していくがエイシンフラッシュが厳しい……か!?」

 

「先頭はまだツインターボだ…が、じりじり距離が詰まる!これは際どい!」

 

「ああ、だがフラッシュは立華さんのチームのウマ娘だ、これで終わるはずが─────やはり来たかッ!!」

 

「っ、第二領域……!!フラッシュも目覚めた!!一気に位置を上げていく。やはりあやつの末脚はケタが違う!!」

 

「───────な───────?」

 

「───────に───────?」

 

『フラッシュが来たああああああああ!!!』

『いけーっ!!三冠ウマ娘ーーー!!!』

『ここでその末脚ィ!?』

『距離がヤバイ!距離がヤバイ!!』

『いやターボ粘ってるって!!行ける!!』

『セイちゃん行けー!!あと一歩だー!!!』

『マックイーン意地を見せてくれー!!』

『ネイチャーーーー!!!勝てェーーーーー!!!』

『グラス!!行けるで!!不退転キメていけぇ!!!』

『ウオッカ迫る!!ウオッカ迫る!!』

『ヴィイちゃーーーーーーん!!GⅠ取ってくれぇぇぇ!!!』

『スペちゃーーーーーーーん!!!!』

『ライアン!!ライアン!!』

『ゴルシー!!!好きだーーー!!お前が一番だーーーー!!!』

『もう誰もが譲らねぇ!!』

 

 

「残り100m…ッ、ここでヴィクトールピストまで第二領域に目覚めたッ!?領域のバーゲンセールじゃないんだぞ!?伸びる…伸びる!伸びた!!これは行ったか!?エイシンフラッシュもバ群を越えて来た!!が、これはヴィクトールピストだ!」

 

「────────」

 

「────────」

 

『いけええええええええええ!!!』

『ヴィイちゃん来たあああああああああ!?!?』

『ターボ苦しい!ターボ苦しい!!』

『ちょっと待ってネイチャがフラッシュに続いてる!?』

『フラッシューーーーーーーーーーーー!!!』

『うわああああああああああああ』

『おおおおおおおおおお!!!』

『ゴーーーーーーーール!!!!』

『決まったァーーーーーーーーーーーー!!!』

『すんげえええええええええ!!!』

『オオオオオオオオオ!!!』

『うわー行った!!最後ヴィクトールピストが伸びた!!!』

『ギリギリ!!!』

『ヴィックが勝ったか!?』

『勝ったろこれ!!』

『うわーフラッシュ惜しいいいいい!!』

『他のウマ娘もめちゃくちゃ惜しかった!!』

『これ先頭から後ろまで3バ身と開いてないんじゃねぇか?』

『とんでもねぇ激戦だよ…』

『ま さ に 有 マ』

『会長とブライアンも放心状態だゾ』

 

「ヴィクトールピストが勝った!!去年の再現!ヴィクトールピストが一着だ!!……はぁっ、凄まじいレースだった…!思わず興奮してしまった……ん、ブライアン?会長?…会長?大丈夫ですか?」

 

「………ん、あ、あ……すまん、余りのレースに、少し放心状態になってしまった…な。……ん……む、ヴィクトールピストが一着か。そうか……いや、凄まじいレースだったな……しかし、はて……?」

 

「………?ああ、レースが終わったのか……何だ、何か……大切なことが頭から抜けちまったような、そんな気さえする…衝撃的なレースだったな……ああ、ヴィクトールピストが一着か。流石、だな」

 

『めっちゃ惚けた顔しとるやん』

『会長大丈夫?ブライアンも』

『まぁ画面の向こうの俺らもめちゃくちゃ放心したので気持ちは分かる』

『領域ラッシュも見届けてただろうしな』

完全に事後の顔してますね二人とも

『お大事に!』

『しかし余りにも衝撃的だった』

『あ』

『レコード出た!』

『ここ最近見慣れた表示』

『いや一秒以上短縮してんぞこれ!?』

『ヤッバ』

『控えめに言ってヤバすぎる…』

『一説によると一秒で5バ身ほどウマ娘は距離を詰めるとのことです』

『つまり何か?最後のトップ争いしたウマ娘は全員レコードか?』

『左様』

『左様って…』

『革命だよこんなの』

『さっき実況の人も言ってたね、革命世代』

『しっくりくるな革命世代』

『革命世代か…』

『アリやな…革命世代』

 

「…レコードか。ここ最近、本当にウマ娘全体のレベルアップが凄まじいな…生徒会としては喜ぶべきところなのだろうが」

 

「だ、な。しかし革命世代か…その名を冠するに相応しいのかもな、アイツらは」

 

「ああ。レース界に革命を起こしている…悪くない呼び名だ。……レースが終わって、ほとんどのウマ娘が放心している様だ。全てを振り絞ったのだろう。ヴィクトールピストは……ああ、今人差し指を天につき上げたな。大歓声だ。彼女にとっては珠玉の一勝だろう、今年初めてのGⅠ勝利だからな…うむ、おめでとう」

 

『ヴィイちゃんやったぜ!!』

『とうとう手が届いたGⅠ勝利!』

『前はホープフルで内容が…だったしな』

『今回は誰にも文句は言わせないんよ』

『実力で勝ち取ったなこれマジ』

『おめでとう…マジでおめでとう…』

『この世代でGⅠ勝利したウマ娘がマジで革命しか起こしてないんよ』

『観客のコールがぐっちゃぐちゃで芝』

『ヴィイちゃん、ヴィック、ピストといろいろ呼び方あるからな』

『どれも可愛い』

 

「ん…いい勝負だった。それぞれのトレーナーがウマ娘達を労りに行ったな…おっと、エイシンフラッシュは相変らず熱量が高いな」

 

「立華トレーナーを抱きしめたな。二着だ、悔しいだろうな。随分と泣いているのが顔を見なくてもわかる」

 

「トレーナー達も全員涙を流している様だ…ああ、あれほどのレースだ。感極まるのもわかる。これが引退レースと考えているウマ娘も多いだろうからな…ヴィクトールピストと沖野トレーナーがインタビュー席に行ったな」

 

『そりゃ泣くでしょ…』

『俺達も泣いてるんですがそれは』

『何が悲しいってこんな最高のレースを見せてくれたウマ娘達がもう走らないかもしれないってのが』

『ドリームリーグを信じろ』

『ドリームリーグの開催増やしません?もしもしURA?』

『むしろ先頭集団は全員レコードなんだからこっからじゃねぇか…!』

『ホントいつまでもみんなの走り見たいよ』

『インタビューまる』

 

 

『「有マ記念、見事な勝利。今のお気持ちは?」→「嬉しい。ライバル誰もが強敵でしたが、そんな中で勝ち取れた勝利を誇らしく思う。ようやく私も世代のウマ娘だと胸を張れるようになりました」』

『既にいくらでも胸を張っていいんだよなぁ…』

『ホープフル1着皐月2着ダービー4着ニエル賞1着凱旋門3着 有マ記念1着←new!』

『モンスター…』

『今日はフラッシュにも勝ったしな』

『どのレースもあと一歩って感じだったし』

『なんならレコードまで取ったからな有マで』

『今後が楽しみなウマ娘ですよ』

 

「随分と謙遜をするな…まぁ、それがやつの美徳か」

 

「アイツは優等生タイプだからな…同期や先輩に対する敬意が深い。だからこそ、GⅠの冠を抱いてようやく、という気持ちがあったんだろう」

 

「実力は間違いなくトップレベル。世代の中でも今後益々…といったところか」

 

『「今日のレースの勝因は?」→「牽制に掛からないことが私の強み。今日はライバルの多くが牽制巧者なので、私の強みが遺憾なく発揮できたレースだと思う。相手が強ければ強いほど私に有利になる。全員からマークされるようなことになっても負けません」』

『言うねぇ!!』

『でも実際今日一番のびのびと走ってた感じはある』

『オマケに加速付きの第二領域まで目覚めたからな今日』

『隙がない…』

『革命世代のウマ娘隙無くなりがち』

『ファルコンがまずヤバいだろ?』

『アイネスも領域取り戻したらヤバイ』

『フラッシュも今日は惜しかったがどんなレースでも必ず上位に絡んでるのマジヤバイ』

『ライアンはもうちょっと末脚が伸びればやばいしそもそも実力がヤバイ』

『ササイル(震え声)』

『ウララちゃん(震え声)』

『いやその3人も十二分にヤバいんよ』

 

「…確かに、あの領域は彼女特有、唯一無二のものだ。エース級の絶対数が増える今後のシニア級でさらに輝いていくことだろうな」

 

「ああ。…私はまだ相性がいい方だろう、牽制に頼る走りじゃないからな…」

 

「私が最も相性が悪いウマ娘と言えるだろうな。1対1で走れば厳しすぎる戦いを強いられるだろう。レースになればまた話は別物だが…ああ、早くドリームリーグに来てくれないか…と願うのは不謹慎だな。今後の好走を期待しよう」

 

『「トレーナーさんから一言」→沖野「今日のレースはすさまじいの一言に尽きる。自分のトレーナー人生の中でもこれほどのレースはなかなかない。うちのチームの子達も全員が全力の走りをしていたので、心から褒めたい。そしてその中でも一着を取ったヴィイはすごい。素敵な夢を見せてくれてありがとう」』

『ロマンチスト沖野出たな…』

『沖トレも大概ロマンチストよね』

『よく見るとイケメンなのが性質悪い』

『猫トレに感化されたか最近は無精ひげ剃ってビジュアル気にし始めてて芝』

『ただまぁフェリスほどクソボケかましてないからね』

『正妻がいるからね』

『最速の機能美さん…』

『だいたい沖トレの横にいるスズカちゃん』

『今日はみんなよく褒めてやれよ…』

『引退させねぇでやってくれ……』

 

 

『「最後に一言」→ヴィ「フラッシュ先輩、今日は私の勝ちですね!次こそは全力でぶつかってきてください!!そして、応援してくれた皆様、ありがとうございました!」→沖野「うちのチームに色々聞きたいこともあると思いますが後日ウマッターで発表します。今日は応援してくれたファンの皆様へ感謝!」』

『ヴィイちゃん真面目可愛い!』

『次こそ?』

『今回フラッシュ全力じゃなかった…?』

『謙遜か?』

『いやほらネイチャに第一の領域潰されてたからそれやろ』

『あーなるへそ』

『あれで第一領域にも入れてたら最後ぶち抜いてきたかもだしな』

『レースは水物だからね』

『だからこそ絶対はないんだよなぁ…』

『スピカはやはりか…』

『悲しい気持ちになっちゃう』

『発表を待とうぜ』

 

「うむ…チームスピカの面々だけでなく、やはりウマ娘はいつか全盛期を終えて引退するものだ。それも一つの道として、温かく見守ってくれていることに私達も感謝している」

 

「ああ。ドリームリーグで走る事は続けるとはいえ……そこには色々な想いがある。受け入れてやってくれ」

 

「そうして、新しい世代がまた夢を駆けていくからこそ、トゥインクルシリーズは瞬くように煌いていくのだな。また新たな伝説を楽しみにしようじゃないか。……さて、では今日の生放送も終わりかな」

 

「はい。予定されていた行程はこれで終わりですね」

 

「!!────シッ!」

 

「成程、行程が終わったか…───むが!きゅうになにふるぶらいはん!!てをはなへ!」

 

「いやアンタ、今ジョークを零そうとしただろう。最後まで言わせんぞ」

 

「ん?……!ああ……そういうことか……」

 

『芝』

『これは芝』

『皇帝の行程が終わったんやなって…』

『皇帝の行程が終わったことを肯定するエアグルーヴ』

『皇帝のジョークを零す行程を校定するブライアン…』

『職位の高低とか関係なく止めるの芝』

『校庭行って決着着けてくるんやなって』

『エアグルーヴのやる気が下がった⤵』

 

「……ぷは!……いいじゃないかブライアン!せっかくの生放送なんだから言わせてくれても!」

 

「ダメだ。アンタは既に親しみやすい会長という立場を獲得できてるんだからこれ以上下げるな。エアグルーヴまでやる気が下がったら私の仕事が増えるだろうが」

 

「…………これでいいのか生徒会は……?」

 

「むぅー……わかったわかった、そんな目で見るな!では生放送も終了だな。えー、ゴールドシップの方から渡されたメモによれば、この後のホープフル、そして東京大賞典はこれまで通り、ゴールドシップのチャンネルでうまちゅーぶがあるそうだ。そちらを楽しみにしていてほしい」

 

「ダートのGⅠも大きいものは放送することでURAとも協議したようだ。これからはダートレース界隈も盛り上がっていくだろうな」

 

「ああ。これからもウマ娘達が楽しくレースを走れるように、我々生徒会も尽力していこう。では…ここまでの放送は、私、エアグルーヴと」

 

「ナリタブライアンと」

 

「シンボリルドルフでお送りしました。またな、画面の向こうの諸君」

 

「さらばだ」

 

「また会おう」

 

『乙~』

『おつおつ!』

『お疲れサンダー!』

『02』

『乙!』

『生徒会メンバーの生放送も面白かったな』

『思いのほかルドルフが砕けてて芝生えた』

『現役時代と随分変わったな』

『バラエティー番組でもやっていけそう』

『タマ…出番なんだ』

『なんや』

『しかし有マ記念も激熱のあちーちだったな…』

『これだけの優駿を抑えて革命世代が一着ってマジで時代作ってる感じある』

『革命世代は響いたな…』

『ニュースとかでも実況流れるだろうし革命世代で決まりかな』

『それでも…それでも俺はオニャンコポン世代を諦めない!』

『諦めないことを諦めろ』

『芝』

『ホープフルも東京大賞典も残ってるけど有マ終わると今年が終わったな…って気持ちになってくる』

『もう年末なんですよ』

『今年後10日もないってマ?』

『ホントマジで今年はレースヤバかったな…』

『フラッシュの皐月ダービーもヤバかったし春マイル連破のウオッカもやべーし』

『ベルモントステークスの奇跡の後の宝塚の奇跡は脳破壊されたんよ』

『凱旋門悔しすぎたな…ハナ差まで迫ったあれはマジで』

『ベルモントで世界レコード。そんで三冠生まれたと思ったらJCで全距離含めて歴代最速の1ハロンとかどうなってんだチームフェリス』

『来年もどうなっていくんでしょうね』

『革命世代がまた革命を起こしていくのか、はたまた新たなる世代の息吹が生まれるのか』

『今のシニアだってウオッカダスカに次いでドーベルやヘリオス、まだまだ優駿たちが残ってるからな』

『カサマツ組を忘れてはいけない、ダートなら彼女たちですよ』

『何が起きてもおかしくないからな』

『また何かとんでもない事やってくれるって信じてるよ』

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

118 答え

 

 

 

 

 

 ────────眠れない。

 

 

「…………」

 

 随分と、寮の部屋の天井を眺め続けている。

 目を閉じたって、眠気は一つも訪れない。

 幻想の羊をいくら呼んだって、今夜の私を眠らせるには至らないだろう。

 

 

「…………トレーナー、さん…………立華、勝人…さん……」

 

 

 有マ記念を走り終えた、その日の夜。

 エイシンフラッシュは、寮の自室で、眠れぬ夜を過ごしていた。

 隣には静かな寝息を立てているスマートファルコンがいる。

 彼女を起こさぬように、小声で、口の中だけで音を生まずに呟いた、大切な人。

 

 体はレースを走った疲労でいっぱいなのに。

 心は、次から次へと溢れてくる知らない想い出と、その中にいる彼の事で頭がいっぱいで、眠れなかった。

 

 

 

「…………」

 

 

 思い返せば、兆候はあった。

 去年、ホープフルステークスで敗北してから、ふと見るようになった、既視感。

 前の世界の記憶を思い出した今だからこそ、あれがそうだったのだとわかる。

 きっと、中山レース場で敗北を喫したときに…前の世界の私の、想いというか、魂のような物が、私の中に入ったのだ。

 それが、昨日の有マ記念で萌芽した。

 

 

「…………」

 

 

 想い出すのは、トレーナーさん…立華勝人と、ハルウララが共に歩んだ三年間。

 それと何度も練習を共にした、私。

 ウララさんと共に鍛え、共に笑い、そして共に走った有マ記念。

 

 あのレースで、私は、彼女と三バ身の差を詰め切れずに、敗北した。

 

 ─────その先からの記憶は、ない。

 彼の…新人である立華勝人が、ハルウララをスカウトしたころの自分の記憶から。

 3年後、有マ記念で彼女と勝負をするまでの記憶。

 その3年間の、存在しないはずの懐かしい記憶が、私の中に生まれている。

 

 ─────どうして?

 

 ……などというありふれた己への問いかけは、もう飽きた。

 

 受け入れるしかないのだろう。

 私は、この世界とは別の世界の、私の3年間の記憶を引き継いだ。

 きっと、有マ記念で走って……あの、第二の領域に目覚めたからだ。

 あの領域は、私の中にいた前の世界の私が使っていたものだ。

 私の中に、ホープフルステークスで負けて以来、前の世界の私の魂があって…それが、有マ記念の第二領域への目覚めで、萌芽したのだろう。

 そんな、自分には似つかわしくない、根拠も理論も何もない考えに、しかしすんなりとそれが腑に落ちた。

 私の事はもう受け入れた。

 

 ─────どうして?

 

 だから、その問いかけは自分に対してではない。

 私の記憶は、分かった。どうしてかは知らないが、私が過去の私の因子を継承したことは、もう、分かった。

 受け入れるしかない。

 気のせいでは済まないが、しかし生活に支障が出るようなものではない。ifの私の、3年分の物語を読んだとでも思えばいい。

 

 ─────どうして?

 

 その問いかけは自分に対してではなく、他の誰かに対してのもの。

 ハルウララ…への、ものでは、ない。

 この世界でのハルウララは、私の良く知るハルウララであり、そして前の私の記憶のハルウララではない。

 初咲トレーナーと共に、ダートを走るウマ娘だ。

 前の世界でも立華トレーナーに磨き上げられ、ダートでも好走をしていたが、あの頃の彼女とは違う。

 領域が違う。勝負服が違う。見ている夢が違う。

 そして、適性が違う。

 この世界の彼女は、芝を走れない。

 別人なのだ。記憶を継いでいるような気配も一切ない。

 

 ─────どうして?

 

 夏休みのトレーナーさんの狼狽の理由が、分かった。

 ああ、あの人は間違いなく、あの3年間の記憶を引き継いでいるのだ。

 記憶を継いでいる……それはきっと、この世界で、彼と、私だけだ。

 昨日のレースの後、前の世界で有マ記念を共に走ったセイウンスカイやグラスワンダー、他にもハルウララと共にトレーニングした皆に、感づかれぬように確認してみたが、全員が前の世界の事は一切覚えていなかった。

 ただ、走ったレースの、その最後に懐かしい感じがした…と、言うだけだった。

 舞い散る桜を、先頭を走っていたハルウララの幻影を、覚えていなかった。

 

 ─────どうして?

 

 ああ、考えがまとまらない。

 レースの疲労は勿論のこと。

 眠れない精神的な疲労もあるのだろう。

 それでも、やはり、あの人の事を考えると、胸がきゅうと締め付けられるようになる。

 

 ─────どうして?

 

 トレーナーさん。

 立華勝人さん。

 貴方は────ああ、貴方は。

 ()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ─────どうして?

 

 前の世界の、3年間でも。

 この世界の、2年間でも。

 明らかに、彼は他の新人トレーナーとは違った。

 いつ覚えたのかと首をかしげるほどの豊富な知識。

 初対面のはずのウマ娘でも、言葉を、態度を適切に選べる貴方。

 どんなベテラントレーナーよりも深い経験を感じさせる、その瞳の色。

 

 ─────どうして?

 

 私の記憶の中の3年間で。

 ハルウララを有マ記念に出走させ、勝たせるための前準備を……メイクデビューが終わった直後から進めていた貴方。

 私が共に歩んだ2年間で。

 催眠術で、学生時代を『覚えていない』と言い切った貴方。

 

 ─────どうして?

 

 貴方は、何度、この3年間を繰り返しているの?

 どれほど、この時の牢獄を繰り返しているの?

 貴方はそれで、辛くないの?

 

 ─────どうして?

 

 ─────どうして?

 

 ─────どうして?

 

 ─────どうして、貴方はそれでも、笑顔でいられるの……?

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────ジリ

 

 

 

 たん。

 

 

 

 

 ………目覚まし時計が鳴りだす瞬間にその頭を叩き、音を止める。

 毎日のルーティーンだが、一睡もせずに目覚まし時計を叩いたのは初めてだ。

 朝の5時。

 今の私は、随分と酷い顔をしていることだろう。

 

 しかし、私は起きなければならない。

 行かなければならない。

 この一晩、悩みに悩み抜いた。

 

 

 私の中で答えは出した。

 

 

 後は、あの人の答えを聞くだけ。

 

 

 そして、私は────────

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「………心配だな、フラッシュ…」

 

 俺は朝のチームハウスで、コーヒーを飲みながらつぶやいた。

 昨日の有マ記念、我がチームフェリスのエイシンフラッシュは、惜しくも2着となった。

 レース中の反省点もいくつかあるにはあるが、それでも彼女は全力で走り抜けていた。

 領域をネイチャに潰されたのち、負けん気からか─────第二領域に目覚めたことには、心底驚いた。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 あれに入ったことで、最後は一気に位置を上げて……しかし、ヴィクトールピストもまた第二領域に目覚め、加速し、フラッシュは及ばなかった。

 ああ、昨日のレースは伝説になるだろう。

 あの場で新しい領域に目覚めたウマ娘が何人いたことか。

 ミックスアップ、とでも表現できる…周りのウマ娘が覚醒することで、己の限界を超えてくる彼女たちは、やはり全員が素晴らしい素質を持ったウマ娘だ。

 

 最後の直線で、俺は全力でフラッシュを応援していた。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 最後、彼女がツインターボを抜いて集団の先頭に立ち……しかし、その大外から来ていたヴィクトールピストに気付いたのは、ゴールの直前だった。

 悔しさが残る決着に……しかし、あれほどの走り、あれほどのタイムで駆け抜けた、その全員を褒め称えるべきであろう。

 今後はレース中の位置取りや戦術についてさらに磨きをかけていく必要があるな。来年の課題としよう。

 

 さて、話題は戻って、フラッシュの事だ。

 彼女はこれまでのレースでも初めて、アクシデントではなく実力でレースに敗北した。

 そのせいもあってか、昨日は随分と悔し涙を零していたようだ。

 レース後も言葉少なと言った感じで…本当に憔悴しきっているのが見て取れた。

 大舞台で、もう少しで勝利がつかめるという所だったのだ。悔しい気持ちもわかる…のだが。

 

 だが、それにしても随分と、レースと終えた後の彼女の様子はおかしかった。

 ライブには送り出したが、ステージの上の彼女の笑顔はぎこちないものだった。

 その後、寮に送り届けるまで…ショックもあっただろうが、それにしたって随分と俯いていた。

 ファルコンもアイネスもかなり心配をしていた。負けてすぐの事なので、何と声をかけるべきか悩んでいるようだったが。

 

 ……レースを走っている以上、負けることはある。

 それはファルコンだって、アイネスだって味わったものだ。レースに絶対はないのだから。

 どこかでそれとは向きあい、折り合いをつけていかなければならない。

 早い段階でそれを熱意に変え、切り替えていきたい。

 フラッシュはそのあたりを引きずらないような印象を持っていたが……今日、マッサージを終えたらじっくり時間を取ってもいいかもしれないな。

 彼女の心をよくケアしてあげよう。

 

『…おはよう、タチバナ。昨日はお疲れ様』

 

『ああ、SS…おはよう。お疲れさま。まぁ、一番疲れたのはフラッシュだからね、彼女をしっかり労わってやろう』

 

『…………そう、ね』

 

 俺は続けて出勤してきてチームハウスに入ってくるSSに挨拶を返し、昨日のレースの件、フラッシュの話を挙げる。

 もちろん彼女にも、フラッシュの脚を、そして気持ちの切り替えについて昨日の時点で話をしていたのだが。

 しかし、妙に歯切れが悪い。そういえば昨日もそうだったような?

 

『…ん、SS、フラッシュの事について何かあったかい?…俺も気付いてないようなことが』

 

『あー……まぁ、あるにはあるんだけど、ね。スピリチュアルな話になるし……それに、これはたぶん、私が口を挟んでいいものじゃないと思うから……』

 

 煙に巻くような物言いで、SSが自分のマグカップに味噌汁を注ぐ。

 それを聞いて俺は思わず首をひねった。

 彼女がスピリチュアルな表現をすることは知っているし、それだってこれまでもよくアドバイスとしてもらっていた。アイネスの件だってあるし、俺自身もそういった表現、存在を信じないわけじゃない。

 フラッシュにもし何かあれば、それは聞いておきたい所なのだが。

 

『SS、どんな話でも構わないよ。前にも言ったじゃないか、俺が気付いてなさそうなことがあれば言ってほしいって。言い過ぎたって怒らないよ』

 

『……違うのよ。貴方に言っちゃいけない事だと判断したから言わないの。でも、そうね……きっと貴方とあの子は、試されるわね。……私は貴方たちを信じるだけよ』

 

 ずずー、と味噌汁を啜りながらSSが重ねて言葉を紡ぐ。

 ううん。何を言われているのかさっぱりわからん。

 レースに負けてしまったフラッシュのメンタルケアと、レースの反省点についても聞いたりしたい所なのだが……と、更に首を傾げ続けていると。

 

 がちゃり、と。

 チームハウスのドアノブが回される音がして。

 扉が開けられ……そして、その先にいたのはエイシンフラッシュだった。

 

「………!?フラッシュ!?どうしたんだ、その顔…!!」

 

「……トレーナーさん……」

 

 俺は扉を開けて室内に入ってきた彼女の顔が、余りにも生気のない顔であったことに驚愕した。

 一睡もできていないのだと容易に察せる、憔悴しきったその表情。目元には化粧で隠し切れない隈が見える。

 悔しさで眠れなかったのか…いや、それでもここまでにはなるまい。

 どうした?何があった!?

 

「……失礼します。トレーナーさんと、話したいことがあって……」

 

「ああ、勿論話には付き合うが…とにかく、ソファに座って…ああ、辛かったら横になってもいいからな!?それとも何か飲む!?」

 

「大丈夫、です。コーヒーをください。………サンデーさん」

 

「………おォ」

 

「トレーナーさんと、二人きりで話したいんです」

 

「……え?」

 

「……わかった、席を外す。タチバナ、アタシはオキノの所に顔出してくるからよ、ほとぼりが冷めたらLANEで呼べ」

 

 そうしてソファに座るフラッシュだが、真剣な表情のまま…俺と、二人きりで話したいと切り出した。

 昨日のレースに関することならSSも同席してもいいと思うのだが…しかし、俺の動揺とは裏腹に、SSは彼女の言葉に心底同意と言った様子で、マグカップをもってチームハウスを出ていこうとする。

 わからない。何が、起きている?

 

「……フラッシュ。()()に踏み込みすぎるなよ。……お前は、お前だ」

 

「…………有難うございます、サンデーさん」

 

 最後、すれ違いざまに二人が小声で何か話したようだが、フラッシュの為にコーヒーを淹れている俺の耳では聞き取れなかった。ウマ娘だからこそ、僅かに聞き取れるような微かな音。

 そうしてSSがチームハウスを出ていき、部屋の中には俺と憔悴したフラッシュ、そしてオニャンコポンだけになった。

 俺はソファに座った彼女の前に、ミルクと砂糖をマシマシにしたコーヒーを置いて、一度息を整えて彼女の正面の椅子に座る。

 落ち着いて、改めて彼女の話を聞こうと────────

 

「……トレーナーさん。隣に来てくれませんか?」

 

「っ……ああ、わかった」

 

 しかし彼女からでた言葉はお願い。俺に、隣に座ってほしいと。

 唐突なその内容には驚いたが…しかし、彼女は俺の愛バだ。隣に座ることに何の不都合もない。

 もしかすれば、疲れ切っていて心細いのかもしれない。俺は椅子から腰を上げて、彼女の隣に移動し、ソファに腰を下ろした。

 ぎし、と俺の体重でソファが揺れ、フラッシュの体勢が僅かに崩れ、俺に寄り掛かるようになる。

 

「…座ったよ、フラッシュ。……本当に大丈夫か?昨日、悔しくて眠れなかったのか…?」

 

「……いえ。悔しかったのもあるのですが……どこから、話したらいいものか……」

 

 首を垂れたフラッシュを、俺は横目に見る。

 前髪が目にかかり、その表情を隠していた。

 彼女が今どんな瞳をしているのか、横顔から読み取ることはできない。

 

 様子が余りにもおかしい。

 俺は……俺は、今の彼女に何をしてやれる?何が出来る?

 

 ニャー。

 

 そうして僅かな無言の間に、オニャンコポンもまたそんな様子のエイシンフラッシュを心配したのか、彼女の太ももにひょいっと飛び乗って、見上げるようにフラッシュの顔を見る。

 フラッシュはそんなオニャンコポンに、ふ、と零すように息をついて、左手で頭を撫でた。

 右手は、俺の服の裾を掴んでいた。

 

 まるで、何かにすがるようなその手。

 まるで、逃がさないとでもいうようなその、手。

 

 

「……ふふ」

 

 

 ごくり。

 喉を鳴らした。

 フラッシュの口から零れた微笑みに……何故か、そんな、気持ちを。

 愛バに感じてはいけないような、その感情を。

 恐怖を。

 感じてしまって。

 

 

 そして、続けて彼女の口から零れた言葉は。

 俺の心臓を鷲掴みにするのに十分な、それだった。

 

 

「……()()()()では、オニャンコポンはいませんでしたね」

 

 

 どくん。

 

 大きく、俺の心臓が跳ねる。

 

 

 今、彼女は、なんて言った?

 

 

「きっと、オニャンコポンがいたら……()()()()()が、喜んだでしょうね……」

 

 

 どくん。

 

 その名前に、再度、心臓が跳ねる。

 破裂しなかったことを褒めてやりたい。

 それほどに、衝撃的な言葉だった。

 

 

「……フラッシュ、君は……まさか……」

 

 

「……はい。……前の世界の、3年間を、想い出しました。有マ記念、ウララさんと共に走った記憶を────」

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 立華勝人は、その瞬間の衝撃を恐らくは一生忘れないだろう。

 今後、何度世界を跨ごうと忘れられるはずもない。

 なにせ、初めての経験なのだ。

 過去の記憶を引き継いでしまったウマ娘がいる、などということは。

 

 …感づかれたことは、何度かあった。

 マヤノトップガンを担当していた時などは、自分の言葉の端々から『わかった』彼女に、それを指摘されたこともある。

 己の会話の端々の隙が原因であり、しかしそれだって彼女も半信半疑であって、また聡明な子だったことからその場で明かしたこともあるが、それとはまた事情が違う。

 マヤノトップガンやその他、感づいたウマ娘たちは……立華が何度も繰り返していることに察しはすれど、前の世界線の記憶を引き継いだりはしていなかったのだ。

 

 しかし、今。

 目の前に。

 間違いなく、過去の3年間の記憶を思い出したであろう、ウマ娘がいる。

 

 

「…………フラッシュ……」

 

「……第二の領域に、目覚めたのが原因だと思います。有マで、ウララさんに追いつくために入った私の領域……あれを、この世界で私も使ったから……だと、思います。なぜ、そうなったかはわかりませんが……」

 

「……………フラッシュ、すま───」

 

「───謝らないでください。トレーナーさんは、何も悪くない、でしょう?」

 

「っ………」

 

 フラッシュの言葉で、間違いなく彼女が過去を思い出したと悟った立華は、どうしようもなくやりきれない思いと共に、思わず零しかけた謝罪の言葉を、しかしフラッシュの言葉によって遮られ、息を呑む。

 言葉を失う。

 昨日のレースの後、様子がおかしかったことは理解していたが…しかし、まさか、彼女がそんなことなっているとは思いもしなかった。

 当然と言える。これまでの世界線でも、一度もなかった異常事態だ。

 この世界線、それ自体がイレギュラーばかりの不思議な世界線だったが、しかしここまで……自分以外に記憶を引き継ぐようなウマ娘がいるほどの異常な世界だとは思っていなかった。

 

 立華は、悔やんでいた。

 己という存在のせいであることは間違いないのだろう。

 有マ記念に何よりも思い入れがあったのは俺だ。

 であれば、フラッシュにそんな記憶を思い出させてしまったのは……恐らくは、自分のせいだ。

 そんな、この世界に生きるフラッシュには不要の記憶を思い起こさせてしまい…負担をかけてしまっていることに、死にたくなるほどの慚愧の念を抱えた。

 

 だが、どうしようもない。

 彼女は思い出してしまったのだ。

 前の世界線のフラッシュが、この世界線に何を託して記憶を継承させたのかはわからない。

 わからないが────俺は、彼女に、何をしてやれる?

 

「……トレーナーさん。幾つか、お伺いしたいことがあります」

 

「………わかった。君に、嘘はつかない。……何でも聞いてくれ。それが今、俺に出来ることだ…それしかできない……」

 

「………まず一つ。トレーナーさん。貴方は、前の世界でも…余りにも優秀でした。恐らくは、既に何度も3年間を、繰り返していたはずです。……どれだけの時を繰り返していたのですか?」

 

 

 きゅう。

 エイシンフラッシュの、立華の裾を掴む手に、力がこもる。

 問いかける側もまた、どのような答えが返ってくるかわからない恐怖に押しつぶされまいと。

 そして、問いかけられる側もまた、どのような答えを返すべきか、悩みながら。

 

「……正確な数は覚えてない。けれど、少なくとも300回以上は繰り返しているのは確かだ。毎回、ウマ娘の誰かの担当になり…そして、3年を共に駆け抜けて、そのタイミングで次の世界線に飛ばされていた」

 

「ッ…!………そん、なに……」

 

「ああ。…その内、直近の100回以上は、ウララと共に過ごした。彼女に、有マ記念の勝利の景色を見せるために……俺は、何度も、繰り返していた……それが達成できたのが、君の記憶の中にある3年間、だと、思う…。……君の知るウララは、有マ記念を…」

 

「…ええ。ウララさんは、有マ記念を一着で駆け抜けました。レコードタイム、2分27秒7で」

 

「……その時計で間違いない。ああ、この世界の一つ前の、それだ…」

 

 立華勝人は、己が顔に手を当てて、天井を見上げた。

 そのタイムを忘れるはずがない。

 奇跡の結晶、ハルウララがあの有マ記念で叩き出した、レコードタイム。

 その数字が、エイシンフラッシュの口から零れることがあろうとは思っていなかった。

 黙っていた己の秘密が明かされたことによる恐怖と、己が何度も世界を繰り返している、いわばチートのような存在であったことを黙っていた罪悪感と……他にも、言葉に表せない様々な感情がごちゃまぜとなり、天井を仰ぐしかなかった。

 

「…トレーナーさん。次の質問です。…貴方は、この世界で、選抜レースを終えた後の私に声をかけてくれました。あれは………前の世界の私を、知っていたから、ですね?」

 

「っ………」

 

 立華が言葉に詰まる。

 その問いに答えることに怯える。

 彼女の様子がおかしかったことに気付いたのは、勿論、これまでの世界線での経験があったからだ。

 だが、それを素直に伝えることが……少し、怖い。

 

 しかし。

 さっきも言ったように、俺は、もう二度とウマ娘達に嘘はつきたくなかった。

 隠していたことを、彼女が負担を伴う形で思い出してしまったのであれば、今ここで自分の出来る最大の誠意は、嘘をつかない事だと考え直した。

 その答えで、彼女が自分を見限るようなことになったとしてしまっても。

 

 深呼吸を一つしてから、立華が答えを口にする。

 

「……()()()()()。前の世界線で、君と俺は随分と親しかった。君の普段の走りも、様子も、よく知っていた。君が思い出した通りにね。……本当は君が2年前の選抜レースで、君らしく勝ち負けをしていれば、声をかけるつもりはなかった……けど、君を知っている俺から見て、あの時の君は……余りにも、辛そうで。思わず声をかけたんだ」

 

「────────そうですか」

 

「………………」

 

 立華による答えに、エイシンフラッシュが意を得たと頷く。

 いつの間にか、立華の裾を掴む彼女の手の震えは止まっていた。

 この立華の回答に、彼女が何を想ったのか。

 前髪が彼女の表情を隠し、立華には窺い知ることはできない。

 

「……最後の、質問です。トレーナーさん、貴方は……」

 

「………」

 

「……貴方は、なぜ、そんなにも世界を繰り返す中で………笑顔を、見せられるんですか?」

 

 最後と前置きして、エイシンフラッシュが問うた質問は、立華自身の事。

 なぜ、そんな運命の中でも、笑顔を見せていられるのかと。

 

「…1000年。それほどの時間を過ごしていたはず…けれど、貴方は3年で時が巻き戻る。その先に進めていない。空しくは、ないのですか?狂いそうになりませんか?……私には…私には、分かりません。そこだけは、どれだけ考えてもわからなかった。貴方はなぜ、笑顔でいられるのです……?」

 

「……フラッシュ……」

 

 彼女の表情を隠す前髪の奥。

 頬を伝って、一筋の涙がスカートの上にぽとりと落ちる。

 一晩中考えた。

 恐らくは相当の時を、出会いと別れを繰り返してきた立華勝人が、しかし、狂わずにいられる理由。

 笑顔で前を向ける理由が、分からなくて。

 

 しかし、その質問の内容には、立華勝人は悩むことはなかった。

 彼の中で、そんな問いは、ループを繰り返し始めた時点で、はっきりと答えが出ているからだ。

 

()()()()()()()()

 

「…?……私達、の?」

 

「ああ。君たちの…ウマ娘達のおかげで、俺は狂わずにいられる。俺はね、ああ、前にも何だかこんなことを君に言った気がするけど……ウマ娘が大好きなんだ。君たちウマ娘が、全力でレースを走って、ぶつかり合って…勝って、笑顔を見せる姿が。負けてしまっても、その悔しさをバネに成長する姿が。ライバル同士が、素敵なレースを繰り広げる姿が。勝ちたいという想いが、奇跡を起こす、そんな君たちが……大好きなんだ。だから俺は、いつまでも、トレーナーと言うこの仕事を続けて居られる」

 

「…っ!けれど、空しくはないのですか!?私達ウマ娘を指導しても…3年で、別れてしまうのですよ!?悲しくはないのですか!?残されたウマ娘の気持ちを、考えたことは…ないのですか!?」

 

 そんな立華の答えに、しかしエイシンフラッシュが声を大きくして、さらに問いかける。

 簡単に答えるその内容だが…そこには、3年間を担当した愛バと別れなければならないという事実が内在している。

 それを、全く無視できるほど、この立華と言う男が氷の心を持っていないことは、もうわかっている。

 

 貴方はそれが、辛くはないのですか?

 空しくは、ないのですか?

 悲しくは、ないのですか?

 

 だが、そんな涙を伴う問いかけでも、立華の答えは変わらなかった。

 

()()()。…ああ、そうか、そこの説明がまだだったな。俺の意識は3年を繰り返してるんだけどさ…これ、2つに別れてるんだよ。3年でループする時、次の世界線に飛ぶ俺…つまり今の俺だけど。その意識とは別に、その場に残って、その世界線で愛バになったパートナーと歩んでいく俺もいるんだ。ループと言うよりコピーと言った方がいいのかな?……だから、別に寂しくはないんだ。その世界ごとで担当になったウマ娘だって、その世界を共に歩む俺もいるんだから。きっと、向こうに残った俺が、仲良くやってくれてるはずだからね」

 

「────────え?」

 

 その、新しい事実を受けて。

 エイシンフラッシュが顔を上げ、立華を見た。

 それは、目元を涙に濡らし…しかし、心底驚いたような、そんな表情で。

 

「……では……では、今、この、トレーナーさんも…3年で、いなくなることはない、ということ……ですか?」

 

「ああ。これまでのループの経験から言えば、間違いなくそうだろうね。俺のこの意識は、君達とも歩み続ける。…また分かたれていくのかはその時にならないとわからないけど。というか、残る側の意識でループの瞬間ってわかるのかな?いやわかる気もするな…前の世界線で残る側の俺、なんか振り向いてたもんな…?」

 

 すっかりと、自分の想いを…これまで殆ど誰にも零してこなかった、ウマ娘に対する想いを吐露することで、立華にもわずかばかりの心理的な余裕が生まれてきた。

 破れかぶれと言ってもいいのかもしれない。

 この後、エイシンフラッシュからビンタでも受けて、見損なったとでも言われるようであれば、もうそれを受け入れて、でもメンタルケアはSSに任せて彼女の今後の負担にはならない様にしよう…と、後ろを向きすぎて一周して前向きになったような、そんな心持となっていた。

 

「…………………」

 

「…………………」

 

 長い沈黙。

 先程淹れた珈琲から立つ湯気がいつの間にか消える程度の、短くも長い時間をもって…そして、不意に。

 

「…っ。フラッシュ…?」

 

「……トレーナーさん」

 

 そっと。

 フラッシュの手が、立華の頬にあてられて。

 そうして立華が横を向けば、そこには、とても優しい微笑みを浮かべた彼女がそこにいた。

 まるで、慈愛の女神のようだ。

 そんな、これまでにも見せたことのない表情をするエイシンフラッシュが、言葉を続ける。

 

「……意地悪な質問をして、ごめんなさい。…トレーナーさん、私は、世界を繰り返してきた貴方を、否定はしません」

 

「……フラッシュ、それは……」

 

「そして、この世界で、私を最初に選んでくれたことを、嬉しく思います。それがたとえ、前の世界の記憶から来るものであっても」

 

「……だが、フラッシュ。俺は、君達に…このことを隠し続けていたんだ。そんな俺を、責めたっていいんだ……大切なことを、隠し続けてきた。俺は君達を騙していたんだぞ…?」

 

「何故です?何も、騙していないではないですか。この世界で、思い悩む私を助けてくれました。同じく悩んでいるファルコンさんも、アイネスさんも…貴方は、助けたいと思って、掬ってくれたはずです。それは、本心ではなかったというのですか?」

 

「っ、いや、そんなことはない…!これまでの記憶があるという前提にはなるけど、俺は君たちの事を知って、心配で……ああ、心から、掬ってやりたくて。そして、君達が全力で走って、勝つ姿が見たくて……声をかけたんだ。……それは、嘘じゃない」

 

「では、騙していないですね。私たちは、貴方に掬われたのですから」

 

「でも……」

 

「トレーナーさん」

 

 フラッシュが、もう片手を立華の頬に添えて、両手で包むように正面から見つめあう。

 お互いの吐息が触れ合うほどの距離をもって、エイシンフラッシュが強引に言葉を続ける。

 

「────()()()()()()()()

 

「…!」

 

「貴方と、皆さんと共にいるこの2年間が楽しかった。共にいた、前の記憶の3年間が、楽しかったんです。……この記憶を思い出してから、色々、考えました。3年分の過去の記憶も、前の私の想いも、全てを思い返してみると……ずっと、楽しかったんです。私は、貴方と一緒にいるのを、とても楽しんでいたのです」

 

「……フラッ、シュ……」

 

「だから、細かいことを考えるのはやめました。前の私は、有マ記念で破れて、悔しい思いも確かにあった…他にも、色んな想いも、前の私は感じていました。それが世界を跨ぐきっかけになったのかもしれません。けれど……」

 

 けれど。

 フラッシュは、自分の前の世界の、3年の記憶について、出した結論を零す。

 

()()()()()()()。貴方と一緒にいるのが楽しくて、オニャンコポンと遊ぶのが楽しくて、ファルコンさんやアイネスさん、サンデーさんと一緒に練習するのが楽しくて、これからもいっぱいレースに出て、誇りある勝利を求める、私。私が、貴方と一緒にいると、楽しいんです。だから私は、私が歩みたい道を征くことにしました」

 

 前の自分が、立華へ、ハルウララへ、有マ記念へ、抱えた想いはある。

 立華へは、秘めたる恋慕。

 ハルウララへは、親友たる友愛と、強いライバル心。

 有マ記念へは、敗北の悔しさと、次こそはという闘志。

 それら全てを、否定はしない。

 

 ────────でも、私は私。

 

 この世界で生きる、三冠ウマ娘、チームフェリスのエイシンフラッシュなのだから。

 

「だから、トレーナーさんの事も否定しません。これからも、ずっと一緒にいたいです」

 

「……フラッシュ、でも、俺は…!」

 

「でも、も駄目です。トレーナーさん…いえ、()()()()()()。貴方がこれからも、3年を過ぎてからも、この世界に貴方がいてくれるなら……私は、貴方とずっと共にいたい。貴方の秘密を知る者として、寄り添ってあげたい」

 

 エイシンフラッシュのその言葉と、真っすぐに己を見つめる瞳に、自分の顔が映るのを立華は見た。

 吸い込まれそうだ。

 俺は、君のその言葉に、甘えてしまっても……いいのか?

 こんな俺を、世界の理から外れてしまった俺を、受け入れてくれるのか?

 

「……いい、のか?」

 

「はい。…先ほど、貴方が3年の後もいてくれる話を聞くまでは、どうしようかと思っていました。貴方と別れるのが怖くて…本当に、怖くて。だから、その答えを聞くのが震えるほど怖かった…貴方が笑顔でいられる理由を聞くのが、怖かった。一睡もできないほどに」

 

「……」

 

「けれど、お話を聞いて笑顔の理由が理解できました。ここに至った貴方も、3年で世界を跨いでしまう貴方だけではなくて、その先も歩み続ける貴方がいてくれるのならば……私は、やはり、今ここにいる貴方と共に、ずっと、これからも歩んでいきたい。共に、夢を駆けていきたいです」

 

「……」

 

 受け入れてくれた。

 その事実に、立華は、いつの間にか涙を零していた。

 拭うことも忘れて、はらはらと瞳から零れる涙は、頬にあてたエイシンフラッシュの手に落ち、雫の跡を作る。

 

 これまでの長い長い永劫の旅路の中で、初めての、同じ経験をした存在。

 そんなエイシンフラッシュが、己のこれまでの歩みを、肯定してくれたことに。

 魂が、涙を流していた。

 

「……フラッシュ……俺は、君と、これからも……一緒に、歩んでいいのか……?」

 

「はい。私は、貴方の愛バですから」

 

「……昨日みたいに、負けてしまうことだってあるかもしれない。何回も世界を繰り返しても、俺は大したやつじゃないんだ……絶対にはなれない。また君を、悲しませてしまうかも、しれない…そんな俺で、いいのか?」

 

「はい。私は、貴方の愛バですから」

 

「……俺は、チームフェリスのトレーナーだ……君だけじゃなくて、ファルコンも、アイネスも、SSも…これから新しく入るウマ娘にも、平等に接さなきゃいけない……君だけを、見ることはできないんだ。専属トレーナーだった前の世界線とは違う……それでも、いいのか?」

 

「はい。─────私は、貴方の愛バですから」

 

「……っ…!……フラッシュ…!!!」

 

 ぎゅう、と。

 立華は、目の前の愛バを抱きしめていた。

 エイシンフラッシュの、その言葉に、その瞳に、己への全幅の信頼が感じ取れて。

 己の存在を、秘密を知ったその上で、受け入れてくれて。

 それが嬉しくて……縋りつくように、抱きしめていた。

 

「……すまない、こんな俺を、受け入れてくれて…!君の記憶を、俺の存在を受け止めてくれて…」

 

「謝らないでください。何度も言ってるじゃないですか…トレーナーさんは、悪くありません。誰も困っていないのです。貴方の秘密ももちろん、私が口外することはありません」

 

「…そう、だな。有難う…ありがとう、フラッシュ。ああ、夏のころにも伝えたが、改めて思う…君たちが、君が、俺の担当になってくれて…よかった」

 

「ふふ。光栄です………トレーナー、さん……Ich……liebe……di……」

 

 お互いの体温を、お互いの体で感じながら、エイシンフラッシュは多幸感で脳を溢れさせていた。

 昨日の夜、一睡もできなかったあの闇の中で、ずっと考えていたのは、彼との別れ。

 3年でまた彼がループをして、別れてしまうのではないかという恐怖。

 それが、無いということが分かって。

 そして、自分の想いも伝えられた。

 彼の事も、受け入れるという気持ちを伝えて、それに喜んでくれた。

 ようやく、エイシンフラッシュの悩みはすっかりと消えたのだ。

 

 今後も、彼と秘密を共有しながら、歩んで行ける……そんな、独占欲のような感情と共に、昨日までの深い悩みがすっきりと晴れたことに絶大な多幸感が生まれて。

 その結果、母国語で零れたその想いを呟き切ることなく、エイシンフラッシュは─────

 

「……あ、すまん!つい、興奮して抱きしめちまった……それに、涙で手も濡らしちまって、悪い…」

 

「────────」

 

「……ん?フラッシュ?えっと…?」

 

 いつかの夏の様に、つい愛バを抱きしめてしまったことに気付いた立華勝人は、その体を離そうとして…しかし、それを拒むようにエイシンフラッシュの腕に力が入っていることに気付いた。

 離れようとしない。

 それでも、ああ、服の上からとはいえここまでの密着はまずいと体を離そうとしたところ、それに引きずられるようにしてエイシンフラッシュが己の体にのしかかってきたため、立華は驚いた。

 

「…ん、フラッシュ、その?」

 

「────────」

 

 どれだけ立華が体を後ろへ倒そうとも、密着したフラッシュが離れてくれない。

 そのままソファに押し倒されるような形になる。

 

 む。

 これはまずい。

 立華は、大切な愛バたるエイシンフラッシュが()()()()を発症したものと見て、慌てて腰に手を回して、例のツボを押そうとして────────しかし、そこで。

 

「………すぅ……」

 

 己の耳のすぐそば、エイシンフラッシュの口元から静かな寝息が聞こえてきたことに気付いた。

 

 ああ、そうか。

 あまりに衝撃的な会話となってしまい忘れていたが、恐らく、彼女は昨日の夜ほとんど眠れていなかったのだ。

 それが……こうして、人の体温を感じて、安心したことで眠気が襲ってきたのだろう。

 立華は、そう理解を落として、ツボを押そうとする手を止めて……そのまま、もう一度だけ、腕の中の愛バを優しく抱きしめる。

 

「……フラッシュ……ありがとうな、本当に……」

 

 感謝。

 謝りたいと感じる、だからこその感謝。

 立華は、脳裏に溢れるその気持ちを小さく言葉に零し、いたわる様に腕の中に抱える彼女の、黒曜石のような髪を撫でる。

 こんな情けない俺を、理外の運命に晒されている俺を……受け入れてくれて、ありがとう。

 これまでの世界線でも一度もなかった、同じ境遇を抱えてしまった者同士の、奇妙な縁に尊さを感じて。

 離れたくない。このまま、ずっと抱きしめていたい。

 そんな、トレーナーらしからぬ思いも僅かに芽生えて。

 しかし。

 

 ニャー。

 

 ふと、エイシンフラッシュの背中に飛び乗ってきたオニャンコポンと目が合った。

 その顔を見て、先ほどまでの緊張や安堵といった、ごちゃまぜになった大きな感情が一気に霧散していった。

 

「……ふふ、そうだよな。俺はトレーナーなんだから。何考えてんだ、ったく…」

 

 そうだ、何やってんだ俺は。

 いかに大きな秘密を共有した仲とはいえ、この子は学園のウマ娘で教え子だ。

 何トチ狂ってるんだ俺は。余りにも急な出来事で気が動転でもしてるんじゃないか?

 

 こんな気持ちに少しでもなったことをフラッシュが知れば、それこそ愛想をつかされてしまう。

 それはとても嫌だ。きちんとした距離感を保たなければ。

 

 改めて、立華はエイシンフラッシュから腕を離し、彼女の腕をそっと、ゆっくり、起きないように慎重に解いていく。

 フラッシュの無意識の抵抗なのか、腕から抜け出すのに随分と苦労したが、何とか彼女の腕の中から脱出し、ソファにフラッシュだけが横たわり眠る状況に持ち込むことが出来た。

 これでよし。

 あとはSSを呼んで、保健室まで運んでもらい、彼女にはよく眠ってもらおう。

 寝不足はウマ娘の天敵だ。夜更かし気味になってしまうとレースのやる気が下がるからな。

 

 立華はスマホを取り出し、SSにLANEを送り、チームハウスに戻ってきてもらうように連絡を入れる。

 二人きりのこの時間が終わってしまうことに、奇妙な寂しさを感じながら。

 

 

 

 

 ─────エイシンフラッシュとの間に、かけがえのない絆を感じたひと時だった……。

 

 

 

 

 






余談
今後フラッシュは後方理解ある彼女面となります。
まだ恋のダービーは続いていくのでご安心。クソボケだからね。

そして東京大賞典ですがナレ死です。すまんやで。



以下、その後の閑話。


────────────────
────────────────


『戻ったわ』

『ん、お帰りSS。すまないね、席を外してもらっていて』

『かまわないわ、オキノと相談したいこともあったし。……フラッシュは、落ち着いた?』

『ああ。ぐっすり寝てる…起こさないでやってくれ。きっと、とても疲れてる』

 俺はLANEで呼び戻したSSが部屋に入ってくるのを迎える。
 フラッシュはベッドで横になり、オニャンコポンを胸に抱えて穏やかな表情で眠りについているところだ。
 この後SSに彼女を保健室まで運んでもらい、今日は一日ぐっすりと休んでもらおう。
 フラッシュは有マ記念直後でもあるし、今年中は少なくとも走らせる予定はない。脚のダメージを抜きつつ、年明けまでは一息いれる意味でも、練習は無しの予定だ。

 さて、SSにそれをお願いする所なのだが、しかし俺は一点だけ、彼女に確認を取りたかったことがあった。
 それは、フラッシュがチームハウスに来るまでの彼女との会話である。

『SS、君は……その、俺の事や、彼女の事が、わかるのか?』

『………そうね』

 彼女は今朝、確かに言っていた。フラッシュの様子のおかしさについての指摘と、俺も含めて、二人は試される、という趣旨の言葉を。
 それは俺たちの境遇を察していなければ出てこない言葉だ。
 彼女がスピリチュアルな表現を好み、また……ウマ娘の魂と言うか、ゼロの領域に至ったことによって俺にはない視点を持っていることは重々承知の上で、咎めるつもりも全くないそれではあるが、しかし確認は取っておきたかった。

『……これから言う事、真に受けないで聞いてくれると助かるわ』

『分かった。誰にも話さないし、俺と君だけの秘密にする』

『OK。…私ね、生物の魂の色が見えるのよ。目を凝らすと、ぼんやりと……上手く説明できないけど、その生き物の魂の形と言うか、色が見えるの』

『……魂の、色か。それ、俺の物はどういうふうに見えてるんだい?』

『貴方は誰よりも特殊よ。色の深みがありすぎる……何重にも重なって見えるようなそれで……そして、私と出会ってからの貴方の発言の節々から、私なりに察したの。貴方、何度も世界を繰り返しているんでしょう?』

『……………その、通りだ』

 沖野先輩の所に行ってきた際に飲み切ったのだろう味噌汁が入っていたマグカップを洗面台で洗いながら、SSが俺の存在の確信をついてくる。
 振り返らないまま言葉を紡ぐ彼女に、俺は頷くしかできなかった。

『…勘違いしないでね、責めたりしているわけじゃないのだから。むしろ、貴方と言う存在を尊敬しているところよ。そして、繰り返す中で熟成された貴方の知識を、経験を、私は知りたい。立派なトレーナーになるために、ね…』

『…ああ、勿論だ。君はチームのサブトレーナーで、俺にとっても…そう、教え子であって、妹のような存在だと思っている。大した経験でもないけれど、俺の知っている知識は出来る限り、君にも伝えるよ』

『ありがと。その言葉、嬉しいわ。………フラッシュは、やっぱり、前の世界の事を想い出していたのね?』

 洗い物を終えて振り返り、そしてソファに眠るフラッシュの頭に手を伸ばし、その黒髪を優しく撫でるSSに、俺は言葉を続ける。

『ああ……俺と共に過ごした、前の世界線の記憶を思い出してしまったらしい。君も、彼女の魂を見て、それを察していたんだな…』

『ええ……有マ記念を走っている最中、ゼロの領域でもない、何か別のそこに入った気がしたのよ。その後、彼女の魂が二重に見えた。きっと、貴方と同じような境遇になってしまったのかも……って、思ったの。けど、同じ境遇にはない私から口出しをするよりも……貴方に任せることにした。貴方なら、フラッシュの事もなんとかしてくれるって、信じられたから』

 SSがフラッシュを撫でていた手を止めて、俺のほうへ顔を向ける。
 金色の瞳で見据えるように、真正面から見つめてくる
 その瞳に映る俺の顔。彼女の瞳の色は深い。吸い込まれそうな色をしている。
 彼女の瞳に、俺は、どのように映っているのだろうか。

『…ああ、でも、せっかくこうしてお互い分かり合えているのだから、一つだけ教えて、タチバナ。……貴方は、いつまでこの世界にいられるの?私たちは、いつ、貴方と別れることになるの…?……それだけが、不安よ。心構えだけはしておきたいの……』

『…あー。SS、同じようなことをフラッシュにも聞かれてね。だいたい世界を3年くらいで繰り返すから、あと1年ってところなんだけれど…そうじゃないんだ、大丈夫なんだよ』

 続くSSの言葉。泣きそうな声色で紡いだそれに、俺はフラッシュにもしたように、俺の境遇を詳細に説明する。
 ループを繰り返す俺だが、コピーのような状況であり、この世界をずっと歩んでいく俺もまた存在していること。
 だから、無責任に君達を置いては行かない事。
 だから、俺は狂わずにいられるという事。
 だから、

『…だから、そんな顔をしないでくれ。次の世界線に行く俺も確かに存在はするけれど、君達と一緒にこの世界を歩んでいく俺も存在するんだ。俺の取れる責任はちゃんと取るからね』

『……本当ね?嘘では……ないわね?……よかったわ……私が、貴方がいなくなった後に、しっかりこの子たちを率いていかなきゃ、なんて覚悟までしていたのだから。……本当に、貴方は罪な男だわ。こんな境遇にされているなんて、神様に何をしてしまったの?』

『ははは。心当たりはないんだけどな…最初のループが始まる前にシラオキ様の像を壊してしまったくらいで。けど、俺は今の境遇も結構気に入ってるのさ。普通の人が経験できないくらい、色んなウマ娘を担当して、一緒に夢を駆けてきたからね。トレーナーとして、これほどの冥利はないよ』

『…きっと、それを笑顔で言えるから、貴方は貴方なのでしょうね。ええ、貴方は魂の髄までトレーナーなのね。……ウマ娘達が貴方に惹かれる理由が分かったわ』

『テレるね』

 SSから過分な評価を得られたことで、俺は肩を竦めて苦笑を零す。
 確かにまぁ、ウマ娘に対して俺は甘いというか、彼女たちの為になる事なら何でもやってあげたいという想いを抱えて日々を過ごしているが、惹かれるというほどの物でもないと思う。トレーナーなら誰だってやっていることだ。
 苦笑を零す俺に、SSもつられて苦笑を零す。空気が緩む気配を感じた。

『…貴方の事、私は誰にも言わないわ。事実として理解はしたけれど、貴方は貴方だものね。これからも、チームのサブトレーナーとして、よろしくね、タチバナ』

『ああ、君の配慮に心から感謝する。これからもよろしくな、SS』

 俺の秘密を知り、理解してくれる人がもう一人増えたことで、俺も随分と心に余裕が生まれ、自然と笑顔を零していた。
 SSに手を伸ばして握手を求め、彼女もそれに応じてくれた。
 彼女の小さい手を握りしめ、その手に感謝の想いを籠めて。

『……さて。それじゃあ私は、フラッシュを保健室に運ぶわね。……着替えさせた方がいいかしら?』

『ああ、お願いしていいかい?そうだな、制服のままだと休まらないかもだし、ジャージに着替えさせてもらえると助かる。少し席を外すよ』

『OK。…この子も、ファルコンとアイネスも、来年はもっと、いっぱい、全力で走れるように…私も頑張るからね』

『ああ。期待してるよ、SS』

 俺は椅子から立ち上がり、オニャンコポンに手招きして俺の肩に乗せてから、チームハウスを後にする。
 最後、SSが俺の肩、オニャンコポンを見ながらそれを見送る。
 フラッシュの事は彼女に任せよう。眠っているときにも着替えをお願いできるのは大変助かる。俺と担当ウマ娘で1対1だったころにはできなかった配慮だ。
 扉を開けて、閉めて、チームハウスを後にした。


『────貴女も大変よね、オニャンコポン。そんな体で、こんな男に心を奪われてしまったのだから』


 最後にSSが何かつぶやいたような気がするが、扉を閉める音に消されて、人間である俺の耳には入らなかった。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

119 クラシック期の振り返り

 

 

 

『止まらない!!止まらないぞスマートファルコン!!大井レース場の最終直線386m、ここに至っても全く速度が落ちないッ!!いやさらに加速したッ!!中距離こそが砂の隼の真骨頂か!?後続から追い上げるフジマサマーチとノルンエースだがこれは距離がある!!厳しいか!!ハルウララはなかなか伸びない!!これはスマートファルコンだ!!この距離は、2000m以上は砂の隼の領域だ!!スマートファルコン、今一着でゴーーーーーーーールっ!!』

 

 

『強いッ!!ひたすらに強いッ!!他のウマ娘も好走を見せましたが、しかしスマートファルコンが強すぎた!!これが世界の頂点だ!!中距離では負けられない!!世界の誇りを胸に駆け抜けた2000m……やはり出ましたレコードッッ!!!何と1分59秒8!!!2分切りィーーーッッ!!!とんでもない記録ですっ!!!ぶったまげたー!!!大井レース場2000mのレコードを2秒以上更新しています!!!』

 

 

 俺は年末、大晦日まであと2日である12月29日に開催された東京大賞典、その決着の瞬間をゴール板の前で見届けた。

 一番に駆け抜けてくる砂の隼を、見た。

 圧倒的だった。

 

 これまで国内でのダートGⅠはマイルレースのみを走っており、それぞれでもレコードかそれに近い凄まじいタイムをたたき出していた彼女だが、しかし中距離は格が違った。

 練習でも好走は見せていたため今日も勝利に不安はなかった。レースを共に走るフジマサマーチ、ノルンエース、ハルウララも中距離は走れるが……しかし、その距離適性にまだ不安が残る。

 ハルウララはジャパンダートダービーで見せた通り、中距離適性の克服を果たしてはいるが、完全に適応出来ているわけではない。並のウマ娘が相手なら勝負になるが、今日相対するウマ娘は並どころではない。

 フジマサマーチもノルンエースも同様だ。北原先輩の指導の下、中距離レースでも勝ちきれる実力は間違いなくついている。フジマサマーチなどは今回のレース、6バ身差の2着だが、それだって立派にレースレコードなのだ。

 あまりこういう表現は好まないが、中距離への適性のランク付けをするならば…フジマサマーチがA、ノルンエースがB、ハルウララがB~Cというくらいか。

 だがスマートファルコンはSを超えている。余りにも中距離に脚が適合を果たしている。

 

 恐らくは、ベルモントステークスで目覚めたゼロの領域の影響なのだろう。

 伝説を超え神話と成ったあのレコードタイムを記録した瞬間から、スマートファルコンにとってダートの中距離は絶対に負けられないレースになったのだ。

 そんな、背負ったものの重さ、誇りの強さを存分に感じられるレースだった。

 

「……ああ、くそ。判っちゃいたが中距離じゃスマートファルコンが抜けすぎるな…!!想像以上だ、えげつねぇわ立華クン…!」

 

「ウララぁ…!よく走った、頑張ったなぁ、苦手な距離で…っ!!くそ、やっぱ強ぇなぁ…俺らの目標はよ……!!」

 

 ゴール前の俺のそば、北原先輩と初咲さんからファルコンへの総評を頂き、俺は肩を竦めるのみに留めた。

 正直なことを言えば、俺だってそう思ってる。

 ダートウマ娘の育成経験と言うのは、俺にとってもそこまで多いものではない。

 

 いや、ウララだけは別でそりゃまぁ300年以上は育ててきた経験があるが、しかし彼女が俺と共に駆け抜けたレースはダートの短距離からマイル、および()()2()5()0()0()m()だ。

 それ以外でダートメインのウマ娘……となると、自分でも意外なほど育てた経験が少ない。

 オグリキャップやタイキシャトル、エルコンドルパサーやアグネスデジタルなど、ダートも芝も両方いけるウマ娘はこれまでにも担当についた経験があるが、しかしその子達も基本的には芝のレースをメインとしている。

 ダートの中距離以上を走れるウマ娘で、基本ダート専門の子というのは、何気にスマートファルコンが初めてだ。

 

 そして、そんな経験不足な俺の脳髄を焼き切るには十分なほどの凄まじい走りを、スマートファルコンは見せつけてくる。

 魅せられる。

 あんな走りを見てしまったら、URAだってダートレースの増設や意識改革に乗り出すのも当然と言えた。

 

「…駄目だ、疼きやがる。ああ、ありゃ目に毒だ…ゴア呼んでアタシとゴアとファルコンで一回ガチの模擬レース企画しよォぜタチバナ」

 

「世紀の一戦じゃん。それ言いだすと多分引退した海外のダートウマ娘勢ぞろいするからダメです。ほら、労りに行くよ。アイネスはタオル、フラッシュは…」

 

「はい、バッグですね。準備できていますよ」

 

「年末最後のGⅠだからね、ライブでしっかり踊れるように脚のケアしてあげるの!」

 

 先日のチャンピオンズカップとは逆に、興奮が止まらないといった様子のSSを俺が窘める形で、レースを終えて観客席に手を振るファルコンのケアに向かうのだった。

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 大晦日の前日、12月30日。

 我らチームフェリスのメンバーは、チームハウスで今年の総振り返りを行っていた。

 

「えー、今年の戦歴はホワイトボードに示した通りです。……感無量だよ、俺は。みんな、本当に…よく、ここまで走ってくれた」

 

 俺は、ホワイトボードに記した今年の戦歴について、改めて振り返り、感動で涙を零しそうになる。

 内容は、以下の通りだ。

 

 

~~~~~~~~~~~~~

 

【エイシンフラッシュ】

 

 GⅡ 弥生賞      1着(レコード)

 GⅠ 皐月賞      1着

 GⅠ 日本ダービー   1着(レコード)

 GⅡ 神戸新聞杯    1着

 GⅠ 菊花賞      1着(クラシック三冠)

 GⅠ 有マ記念     2着(レコード)

 

 総合成績 GⅠ3勝 <クラシック三冠>

 

 

 

【スマートファルコン】

 

 OP ヒヤシンスS   1着(レコード)

 GⅠ 皐月賞      3着

 GⅠ ベルモントS   1着(!世界レコード!)

 GⅢ シリウスS    1着(レコード)

 GⅠ JBCレディスC 1着

 GⅠ チャンピオンズC 1着(レコード)

 GⅠ 東京大賞典    1着(レコード)

 

 総合成績 GⅠ4勝 <世界レコード樹立>

 

 

 

【アイネスフウジン】

 

 GⅢ きさらぎ賞    1着(レコード)

 GⅠ 桜花賞      1着

 GⅠ 日本ダービー   2着(レコード)

 GⅢ 紫苑ステークス  1着

 GⅠ 秋華賞      3着(レコード)

 GⅠ ジャパンカップ  1着(レコード)

 

 総合成績 GⅠ2勝 <史上最速1ハロンタイム更新>

 

~~~~~~~~~~~~~

 

 

「……走りましたね、この一年間。振り返ると、レースの想い出が蘇るようです」

 

「ねー。皐月賞、懐かしいなぁ…ベルモントステークスも、アメリカ遠征楽しかったなぁ…」

 

「秋のころスランプだったの思い出すのー。でも、今は絶好調って感じ。来年はやってやるの!」

 

「アタシが来たのは9月のころだったな…改めて戦歴書き起こすとお前らバケモンだな」

 

「SSは全く人の事言えないからね。鏡見るかい?」

 

 3人それぞれ、感無量といった表情でそれぞれの戦歴を改めて確認する。

 そしてSSが零したコメントには俺がツッコミを入れて、それによりチームハウス内に笑顔の花が咲いた。

 アメリカクラシック最優秀ウマ娘兼年度代表ウマ娘が何言ってるんじゃい。

 

「…でも、SSの助けもあって、本当に、今年はよく走ってくれたよ。心からそう思う。有難う」

 

 話を切り替えて、まず俺はここまで走ってくれた愛バ達に頭を下げて感謝の意を示す。

 全力で俺がトレーナーとして彼女たちを支えてきたことは事実だが、しかし実際にレースで猛者たちと鎬を削りあったのは彼女たちだ。

 彼女たちの努力がなければ、ここまでの結果を生み出すことはできない。

 それぞれがスランプを乗り越えて、去年よりも一回りも二回りも、強くなった。大人になった。

 本当に、感謝している。

 

「頭を上げて下さい、トレーナーさん。私たちは、トレーナーさんがいてくれたから、ここまで走れたのです」

 

「そうだよ☆!私達こそ、トレーナーさんにありがとうです!もちろん、サンデーさんも!」

 

「辛かった時もあったけど、トレーナー達が支えてくれたからここまで勝てたの。本当に、ありがとなの!!」

 

「………ちょっと泣きそう」

 

「俺もう泣いてます」

 

 そして愛バ達から逆に感謝の言葉を返されてお辞儀をされてしまったため、俺の涙腺は決壊した。

 SSは途中からの加入なのでまだダメージは小さいようだが、来年以降は君にも君専属のウマ娘をスカウトしてもらう予定だからね。存分に鍛え上げて存分に走らせてやって、そして泣くといい。

 トレーナー冥利に尽きるというものである。

 

 さて、こうしてお礼を言い合ってよかったね……で終わらないからこそ、反省会である。

 今年一年、反省点もあったので、俺は心苦しくもそれを指摘することにした。

 

「…うん、レース結果には俺も何の指摘事項もないんだけど……けど、一点だけ。今後チームでしっかり考えて行かないといけない反省点があります」

 

「……です、ね」

 

「……うん。何となくわかるな」

 

「心配かけちゃったからね…」

 

「ああ、わかってたかな?……今年、故障には至らなかったけれど、レース後の脚のダメージが大きかった。そこを来年は何とかしていきます。……これは君達に反省を促すものではなく、むしろ俺達トレーナーの指導不足の点なので。怒ったりしてはいないからね」

 

「現役やってりゃ怪我はつきもんだけどなァ。アタシの目から見ればまだ、お前らは体幹が極まりきってねェ。走るスピードやパワーはもう最高レベルまで仕上がってんだが、速く走れすぎちまって、筋肉がついてきてねェんだ」

 

 そう、俺が今年で一番大きな反省点だと考えたのは、彼女たちの脚へのダメージだ。

 彼女たちは現役の競走ウマ娘だ。無論、ウマ娘のレースにおいては怪我は付き物である。

 練習中に足を痛めてしまうもの、レース中に故障してしまうもの…それは様々で、どのウマ娘も決して逃れることのできない、永遠の課題と言える。

 不慮の事故だってどれだけ注意していても起きてしまうのだ。0にはできない。そこは全員が理解を落としているところだ。

 無論の事、それに備えるために俺は彼女たちのジュニア期で地固めと言う名の体幹トレーニングを実施し、優先的に体幹を鍛え上げている。

 他のチームだってクラシック期に入るにあたり体幹は仕上げているのが、同じレースを走っている様子から見て取れる。

 

 だが。

 今年の彼女たちは、俺の想像を超えて余りにも()()()()

 

「…正直なことを言えば、クラシック期でここまで速く走れるようになるって、チーム結成当初は思ってなかったんだ。シニア期に入ってからじっくり仕上げてようやく辿り着くであろうそのスピードの領域に、君達はもう踏み込んでしまっている」

 

「……それは、トレーナーさんがこれまで学んだ知識の上で、ということでしょうか?」

 

「ん。…ああ、そんな感じだよ、フラッシュ。俺が()()()()()()()()()()()()()()()()ウマ娘の中で、君達がクラシック期においては一番速いだろうな」

 

「そうですか。そう言われてしまいますと…少し、照れますね」

 

 俺の話に、俺の来歴を知るフラッシュから質問が飛んできたが、俺と彼女にだけわかるような符号で返事を返しておいた。

 今の一言で十分に伝わっただろう。俺のこれまで繰り返してきたループの中でも、群を抜いて君たちが速いのだ。

 まるで育成環境、それ自体ががらりと変わってしまったかのような今回の事態。

 俺の指導した体幹トレーニングの強度でも抑えきれないほどの彼女たちの豪脚から生まれる快速の走り。

 それを、今後はまずしっかり、怪我がないように、100%力を振り絞って走り切れるようにしてやらねばならない。

 

「…ってなわけで、SSも言ってくれたけど、年が明けたらしばらくはまた体幹トレーニングを中心に戻そうと思います。シニア級以降も、長く、速く走れるように…再度、地固めの期間を設けたい。また筋肉痛地獄になるかもだけど……それで、いいかな?」

 

「無論です。私は、トレーナーさんのウマ娘ですから。貴方とサンデーさんの指導に、全力を以て」

 

「ファル子ももちろんOK!もう二度とジャパンダートダービーみたいな出走回避はしたくないもん!」

 

「右に同じなの!有マ記念出られなかったのは悔しかったし、来年はあたし、もっといっぱいレース出るつもりだから!」

 

「言ったなァ?アタシもいるんだからな、限界見極めて手加減無しで行くから覚悟しとけよお前らァ」

 

 来年の練習の予定について説明し、またあの筋肉痛地獄が待っていることを告げた上で意思確認をしたが、愛バたちは全幅の信頼をもってYESの返事をくれた。

 何と心強いことだろう。

 今は体幹トレーニングに関しての理解が深いSSもついてくれている。さらに彼女たちの脚を研ぎ澄まし、磨き上げていくことが出来るだろう。

 俺は満足して頷き、チーム全体の目線合わせを終えたため、ミーティングを終了することにした。

 

「よし、それじゃあ来年もみんなで頑張ろうな。ではミーティングはこれで終わりになります」

 

「お疲れサン。来年もよろしくなァ」

 

「はい。お疲れさまでした。来年もよろしくお願いします」

 

「お疲れさまー☆!今日はみんな脚の疲労抜きだから練習はなし、だったよね?」

 

「お疲れ様なの!そうね、だからこの後はマッサージを受けて終わりのはずなの。…で、トレーナー。忘れてないよね?」

 

 ミーティング終了の挨拶を交わして、この後残る予定は彼女たちの脚の疲労…フラッシュは有マの、ファルコンは東京大賞典の、アイネスはJCのダメージを抜くためのマッサージをじっくり行ってチームとしての活動は終わりとなる。

 そして明日は大晦日。当然、年末から年始3が日はお休みとしているところではあるのだが。

 しかしアイネスの言葉で、俺もその心当たりに思い至って苦笑を零す。

 

「大丈夫、忘れてないよ。…明日の大晦日、みんなでまた蕎麦食べようか。ちゃんとそば粉は準備してるから、今日は家に帰ったらソバ打ちタイムです。今年はSSもいるからね、気合入れないと」

 

「おー。こいつらから聞いたところによるとタチバナのソバは絶品らしいじゃねェか。楽しみにしてるぜ」

 

「本当に美味しいんですよね、あの蕎麦。今年は食べ過ぎないようにしなければ…」

 

「うーん、今年こそ起きて年越しを…とも思うけど!あの蕎麦でお腹いっぱいになって寝るの気持ちいいんだよねぇ…!!」

 

「わかるのー。トレーナー、先週の家事代行の時にちゃんと布団に乾燥機かけておいたから、準備しておいてね?」

 

「OK、大丈夫。あ、前も言ったけど、事前にカフェイン取ってこないようにね。それで寝不足になっちゃっても困るから。眠くなったら寝よう」

 

 ミーティングを終えてマッサージのためのベッドの準備をしながら、俺たちは明日の事について話を広げた。

 事前に今年はどうするか彼女たちに相談しており、そして答えはやはりというか、俺の家でそばを食べて年越しして初詣に行きたい、との事だった。

 今年はSSも増えたので彼女も参加だ。彼女にも俺のソバの味を堪能してもらおう。

 家の使っていない部屋には布団を4枚問題なく敷ける広さもあるので、寝る場所とかも問題はない。

 今年は監督になる大人が一人増えているからフジキセキも問題なく外泊許可を出したという話だ。

 

 俺にとってはある意味今年の大一番ともいえるかもしれない。

 彼女たちの風呂上がりの髪型を見て掛からないように気を付けなければならない。

 朴念仁の俺も流石に理解した。彼女たちに俺の弱点を知られてしまっていることを。

 彼女たちは己の髪型を変えて俺をからかっているのだ。狼狽する俺の姿が見たいのだろう。

 JKらしい、可愛らしい悪戯心だとは思うが、しかし俺にとっては中々死活問題である。ホントに弱いんだよ君たちの髪に。

 

 俺はトレーナーだ。トレーナーなんだ。

 教え子をそういう目で見てはいけません。イイネ?

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 場面は切り替わり、ここはURA本社ビル、その会議室の一室。

 年末のここ会議室で、URAの重役たちが全員で頭を抱えていた。

 

 どうする?

 いやマジでどうする?

 

 今日の議題は今年の優秀ウマ娘の選出だ。

 今年最後のGⅠである東京大賞典も昨日決着がついたところだ。

 レースの決着が出た直後から、最優秀ウマ娘、および年度代表ウマ娘を決める会議を開いていた。

 毎年議論が白熱するこの会議だが、しかし今年は例年になく熾烈を極めていた。

 会議は既に5回の休憩が挟まれ、6時間を超えようとしていた。

 

 会議が白熱するその原因は、当然、クラシック世代である。

 

「……誰を最優秀としても、文句は出ないだろうな…」

 

「逆に言えば、誰を指定しても違うだろう、という声は出るという事です。毎年の事ですが、今年はなおのことですね」

 

「やはり最優秀短距離はハルウララでいかないか?世間の人気は彼女が一番だろう。レースでもかなりの好走を見せている、JDDもJBCも一着だ」

 

「しかしダートです。芝の短距離は走っていませんし…でしたら最優秀短距離はシニアのバクシンオーでも…」

 

「最優秀ダートは間違いなくスマートファルコンとして、しかし彼女を年度代表ウマ娘として同時受賞とするか…?」

 

「ダートウマ娘で年度代表に選出された記録は過去にありませんが…」

 

「しかしダートは今まさに盛り上がっていくところだろう、勢いをつけるためにもそれもありでは?戦歴も世界を塗り替えるほどだ、反対意見は…」

 

「いえ、しかしこの革命世代で三冠を獲得したエイシンフラッシュも年度代表ウマ娘としての権利は十分に…当然、最優秀クラシックウマ娘としても…」

 

「だがそのエイシンフラッシュに有マ記念でレコード勝利したヴィクトールピストがいるぞ。凱旋門でも全く恥じることのない僅差の三着だ」

 

「グランプリレースで言えばメジロライアンはどうしましょうか?彼女こそ、宝塚記念で日本の歴史を塗り替えています。クラシック3冠のエイシンフラッシュが最優秀クラシックで、ライアンが年度代表とか…」

 

「記録を塗り替えたという話ならばスマートファルコンやアイネスフウジンもそうだろう。アイネスフウジンはウマ娘の限界値を超えた最速1ハロンの伝説を生んでいるんだぞ」

 

「そんなアイネスに先着しているサクラノササヤキとマイルイルネルだって立派に優駿です。二人ともGⅠ勝利、レコードもある。カノープス出身ウマ娘だけあって、ファンは多いですよ…」

 

「シニアならウオッカだって相当なものだ、GⅠ3勝、そのうち2つはレコード。シニア最優秀は彼女でいいだろうが、しかし例年ならば十分に年度代表ウマ娘になり得る…」

 

「しかしクラシックの世間の注目度が極めて高いことからも、今年の年度代表ウマ娘はやはりクラシックからで…」

 

「ああでもない…」

 

「こうでもない…」

 

「けんけん…」

 

「がくがく…」

 

 会議の時間は10時間にも及び、深夜テンションになりながらも確実にそれぞれの意見の根拠などを慎重に吟味した結果、ようやく今年のURA賞の受賞者が決定された。

 翌朝、休憩して改めて振り返り問題ないことを確認してから、確定とした。

 来年1月の頭には世間に公表される予定だ。

 

 なお、この後すぐにトレセン学園へ連絡を入れ、各チームのトレーナー、およびウマ娘には通知する予定である。

 それは事前に連絡をすることで、1月中旬に開かれる授賞式への出席をスムーズにするのが主な理由だ。

 

 しかし、今年はもう一つ、新たにトレセン学園へ通知しておくことがあった。

 各トレーナーへの通知は来年すぐにお願いする所だが、しかし理事長にはこの話を先に耳に通しておかなければなるまい。

 特に、今年の新星…革命世代が、シニア期に更なる革命をレース界に巻き起こすために。

 我々URAが、持てる全ての権力を使って準備した、彼女たちの()()()()()()()()を。

 

 

 

 ────URAもまた、革命世代の巻き起こす熱狂に、すっかりと脳が焼かれてしまっていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

120 フェリスの年越し 2年目



日常生活描写で性癖を零していくのをやめないか!



 

 

「フーフーフーフフーン…フフフフフフーンフーフフーン……フフフーフーフーフーフーフーフフーン……♪」

 

 俺はご機嫌に鼻歌を鳴らしながら、自宅の台所で仕込みをしていた。

 今日は大晦日、年の瀬である。今年も昨年同様、チームフェリスのみんなで我が家で年越しする予定となっている。

 愛バ達に渾身のソバを食べさせるべく、その下準備と言うわけだ。

 先程ソバ自体はばっちり打ち終えている。今年はSSも参加するのでウマ娘一人分追加……と思ったのだが、しかしSSはウマ娘の中でも食が細いほうだ。

 タマモクロスやナリタタイシン並み、人間の分量で十分…と言うほどではないが、しかし人間でいう大盛りで十分に満腹になるという話だ。

 であれば今年のソバの分量については少し融通を利かせ、昨年よりも微増と言う所で留めておいた。

 その代わり、今年一年彼女達みんなが頑張ってくれたお礼とご褒美に、ソバのほかにあるものを出前で注文している。

 それとソバを食べてもらってみんな満腹にしてやろうと考えていた。

 

「……ヨシ、と。ソバの付け合わせはこんなもんでいいかな」

 

 昨年同様、ソバの付け合わせとして天ぷら、とろろ、コロッケ、油揚げ、ネギの千切り、大根おろしを準備。

 肉類はSSが来るから今年はなし。その代わり、山菜ソバとしても楽しめるように、わらびとなめことシメジを刻んだものを準備した。

 さらに今年は極めて浅く漬けたキャベツときゅうりも準備だ。酢の匂いが殆どしないレベルのそれは、シャキシャキした食感を伴い味覚のリセットにちょうどいい。新生姜を混ぜているためさっぱりする効果もプラスだ。

 今年はソバだけではなく、出前で来るものもあるからな。さっぱりしたものは必須と言えるだろう。

 

「…よし、時間通りに大体準備できたな!渾身の出来…!!」

 

 調理工程をすべて終えて、後は大鍋に熱湯を張り、すぐにソバを茹でられるように備えて、時計を見れば17時55分。

 完璧なタイムキープだ。フラッシュと共に過ごしたことで俺自身の時間管理能力も鍛えられたのかもしれない。

 軽く手を洗い、食器などを準備していると、ちょうど18時、時間ピッタリにチャイムが鳴った。

 俺はエプロンを着用したままで玄関に向かい、彼女たちを迎える。

 玄関を開いて、そこにいたのはやはり俺の愛バたちで、そしてそんな彼女たちを見て俺は固まった。

 

「こんばんは、トレーナーさん。時間ちょうどですね」

 

「ふふー、エプロン姿似合ってるー!おじゃましまーす!」

 

「お邪魔するの!あ、ソバつゆの匂いするね…お腹減ってきたのー!」

 

「おー、邪魔するぜェ。タチバナの家、近くて広くていいよなァ。アタシも学園近くに家借りるかねェ…」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────────────────────────────ああ。いらっしゃい。寒かったろう、上がってくれ。リビングでゆっくりしてね」

 

 

 

 

 動揺を努めて隠し、俺は彼女たちを家に上げる。

 30秒くらい意識が飛んでた気がするが気のせいだろうな。気のせいであってくれ。

 なんてこっただよ。

 全員が、髪型を普段のものとは違う装いにしてきやがりました。

 

 フラッシュは普段ボブカットで肩にかかるくらいで、マッサージとかで髪型を変える時はおおよそうなじが見えるように髪を後ろでまとめてくることが多いが、今日はめちゃくちゃ気合が入っていた。

 人間であれば耳があるあたりの上のほうから三つ編みを左右二つずつ作り、それを後頭部で縛る様にピンでまとめて、その下から髪を流し、随分と首元が強調される形を以て、前髪を流していた。

 思わず手を伸ばさなかった俺を褒めてやりたい。

 髪型を変えてくるだろうなと言う前置きがあったからこそこらえきれたもので、例えば日常の練習が終わった後に急にこの髪型でやってこられたら俺は無意識に彼女の髪を撫でてしまっているだろう。

 やばいやばい。俺のトレーナー資格がヤバイ。懲戒免職ものですよ今日のフラッシュの髪型の可愛さは。

 

 そしてファルコンだが、こちらはシンプルに破壊力を高めてきた。

 しなやかに軽くパーマをかけた上で、アンダーに向かうポニーテールを施し、ふわふわした髪が引き締められるような美を以て俺の目前に晒される。

 普段まんまるなツインテールの様子を見ているからこそのこの破壊力。今日のファルコンはファン向けではない何か大人びた様相を見せていた。

 いけませんいけません。俺の心は掛かってしまっているようです。一息吐けるといいのですが。

 

 続いてアイネス。彼女はそもそもバイザーを外した時点で俺に10のダメージを与えてくる。

 今日はそんな彼女がサイドポニーをほどいているのでさらに+20ダメージ。

 重ねて、今日は彼女は髪を縛らずにやってきた。髪型競技自由形世界一決定戦でいい成績が残せるだろう。+30ダメージ。

 素材の味を活かしたその髪型は、毛先だけ軽くふんわりするように頑張ったのだろう。上下に分割し下段は外ハネにワンカール、上段に波ウェーブを作り毛先を外ハネと内巻き交互に作りランダムなカール感を演出している様だ。恐らくはカールアイロンを用いたのだろう、毛束の毛先から外ハネ→内巻きが余りにきれいに仕上がっている。+40ダメージ。

 髪型の話になると早口になる俺キモいな。合計100ダメージで見事に俺のライフは0になりました。あーあ。アイネスのせいです。

 

 さて、そして昨年はいなかったSSだ。今日は何と彼女までヘアアレンジをされて弊社へお越しになられました。

 普段は長髪を縛らずに流すだけで、そのサラサラで艶のある黒髪はCMにも出られるほどのそれだとは思っていたが、それがヘアアレンジの形を以て攻めてきたためライフポイントがマイナスを超えて裏返り満タンになってしまった。

 アイロンを入れてきたのだろう、普段の真っすぐした印象と違い髪全体にふんわりとした印象を生み、後ろ髪を下目で結んだうえ、サイドの根元部分をねじってローブ編みを作り両サイドから髪をまとめ、極めて上品に後頭部で一つにし、背中に向けて広げている。

 どちらの若奥様でございましょうか?

 俺だけが猛烈に感じてしまう色気。カフェにこの味は出せない。すでに成人しているからこその色気だ。

 

 

 え、マジで。

 俺今日この4人と年越しするの?死ぬが?

 

 

 

「……ほら、やっぱり効いてるでしょう?」

 

「びっくりするほど効いてんなァ…魂が震えてたぞアイツ」

 

「ふふ、髪型変えるとちらちら見てくるのが可愛いよね…☆」

 

「なの。気合入れてきてよかったのー。大体好みもわかってきたの」

 

 リビングでそれぞれ上着をハンガーにかけて、長方形タイプに買い替えた炬燵に座りながら、俺の方を見て何だかひそひそしている愛バ達の気配を感じる。

 しかし俺は台所でソバを茹でているところであって振り返る余裕はなかった。

 去年は…去年はもっと穏やかな年越しだったはずなのに!

 どうしてこうなっちまったんだ。俺が髪型の変化に弱いのがいつバレた?*1

 

 とはいえ、まぁ、俺も精神的にはすっかり大人のため、そんな動揺も無心でソバを茹でることで一度己の心の奥にしっかりと仕舞い込んでおいた。

 何のことはない。いつも可愛い愛バたちが今日はなお可愛いというそれだけだ。

 カレンチャンと過ごした3年間に比べればまだ優しいくらいだ。あの頃はカレンが何故か髪を伸ばしてヘアアレンジに目覚めたおかげで毎日が試される大地だったからな。心頭滅却。

 そうして俺はばっちり茹で上がったソバを大鍋から氷水に晒し、艶と腰の入ったパーフェクトなそれを完成させた。

 彼女たちの髪に勝るとも劣らない出来ですよ。*2

 

「はい、ソバできたよ。運ぶの手伝ってくれ……んで、今日はもう一つ料理があるので、食べるのはちょっと待ってな」

 

「え、今年はおソバ以外にも何か準備されていたんですか?」

 

 俺がお願いする前に、配膳を手伝いに来てくれたフラッシュが俺の言葉にきょとんとした表情を見せた。

 まあね。昨日みんなと別れてから思いついた事なのでまだ言ってなかったが、絶対に外さない料理なので特に事前に伝えなかった。サプライズと言うやつである。

 

「ああ、準備ってほどじゃなくて出前なんだけどね……お。来たな」

 

 そしてフラッシュとアイネスに配膳をお願いしていると、ちょうど家のチャイムが鳴り、出前が来たことを伝えてくれる。

 俺はそれを受け取りに玄関に向かった。ソバとの相性抜群で、そしてお祝いにも十分な高級料理で、SSも食べられるそれ。

 

「ん……この匂い……まさか☆!?」

 

「え、マジなの!?絶対美味しいじゃんこんなの!」

 

「え、何、アタシ嗅いだことのねぇ香りなんだけど。めちゃくちゃ美味そうだけどこれ何だァ?」

 

「これは………ウナギ、ですね!うな重を頼んでいてくれたのですね、トレーナーさん」

 

「そゆことー。量はウマ娘サイズがなかったから人間サイズの大盛りだけど、ソバとの付け合わせならちょうどいいだろ。ふっふっふ、今日はソバとうな重です」

 

 両手に出前のうな重を抱えてリビングに運ぶ。

 匂いが既に戦略兵器だ。うな重の香りはあらゆる人間、ウマ娘に空腹を促す。

 ソバの付け合わせと言うにはいささか豪華だが、今年一年の彼女たちの活躍に報いる一品としてはまだまだ足りないくらいであろう。

 お吸い物の代わりにソバが爽やかに口の中の油分を流してくれるし、浅漬けもある。食い合わせは問題ないだろう。

 

「わ……すごい。だめぇ、この匂いを前にしたら今日絶対いっぱい食べちゃうぅ…☆」

 

「…このウナギ屋さん、名前知ってるの。これめちゃくちゃ高級店なの…香ばしい香りが、ああ…!」

 

「ずるい、ですね…トレーナーさん、また今年も私達を満腹で眠くするつもりでしょう?こんな、抗えないじゃないですか…!」

 

「抗う必要ある?ま、今年みんな本当に頑張ってくれたからね、美味しいもの食べさせてあげたくて。勿論ソバも渾身の出来です。味わってくれよな」

 

「タチバナ、この匂いずるくねェか?まだか?もう食っていいか?」

 

「もうちょっと待ってSS…オニャンコポンの分もよそってあげないと。せっかくだしちゃんとみんなでいただきますをしよう」

 

 俺は己の分のうな重に載ったウナギの端っこを箸で切り、表面をお湯で漱ぐ。猫にかば焼きのタレや山椒は味が強すぎて毒になるからだ。

 そうして猫用の皿に移し、ご飯も載せて、もう一つの皿には去年と同じくこまぎりにしたおソバと薄めたつゆを入れて、オニャンコポンに差し出してやった。

 彼女も随分とご満悦な顔をしている。早く食わせてと言わんばかりの満面の笑顔だ。

 これを今日のオニャンコポンにしよう。パシャリとな。

 

「…よし、準備出来たな。みんな、本当に今年一年お疲れ様。いっぱい食べてってくれ。いただきます」

 

「いただきます」

 

「いただきます☆」

 

「いただきますなの」

 

「…………、いただきマス」

 

 ニャー。

 

 全員に配膳がようやく終わり、俺は手を合わせていただきますの挨拶を行い、みんながそれに続く。

 SSは修道女でもあるため、いただきますの前に十字を切って両手を組み、感謝を捧げてからの挨拶だ。

 オニャンコポンもしっかり両手を額の前に併せてぺこりと頭を下げる。賢い猫だ。

 そうして、俺たちの今年最後の夕食が幕を開けた。

 

「……ああ、このソバの味…!たまらない(Ungeduldig)…!やはりトレーナーさんの作ったソバが一番美味しいです…!」

 

「はっはっは。もっと褒めて」

 

「んまーい☆ソバもホントに最高だけど、このうな重…すっごい…☆とろける…!うっま…☆」

 

「絶対今しちゃいけない顔してるの…美味しすぎて勝手に笑顔になっちゃう……!うな重食べて漬物食べてからのソバがさっぱりして最高…!」

 

「はっはっは。マジでこのうな重美味いよね。お勧めの店なんだよ」

 

「……は?美味すぎんだろ?キレるぞ?」

 

「はっはっは。急にどうしたのSS」

 

 みんな思い思いに美味しいと言ってくれながらパクパクですわ!している中で急にSSがキレだした。

 しかしその表情を見ればわかる。口に合わなくてキレているのではない。

 美味すぎて感情がオーバーフローした結果の激怒だ。

 

「この…ソバ!美味ェ!!!なんだァ?アタシがこれまでコンビニで食ってたソバは何だったんだ!?こんなにいい香りがするもんなのかソバって!!んでもってこのウナギ!?何なんだァ!?」『何よこれ!こんな、美味しいものがこの世にあっていいと思ってるの…!?英国でellied eelsはクソマズいって聞いてたからうなぎ屋って日本に来てから行ったことなかったけど!!日本のウナギはこんなに美味いの!?どうしてもっと早く教えてくれなかったのよタチバナ!?ああ、駄目、堕落する…!主よお許しください、私は日本料理に魂を奪われました…!!今日は満腹になるまで食べてしまうことを決意してしまった暴食たる私をお許しください…!!』

 

『英語になってるね?そこまで感激してくれたなら準備した甲斐があったよ。掻っ込みすぎてのどに詰まらせないようにね。それに、今日は大晦日だから神様も許してくださるよきっと』

 

 SSが感極まって涙を零す姿に苦笑を零してしまった。

 彼女は日本料理が好きだ。フラッシュに布教された納豆などはよく食べていると聞くし、米もかなり気に入っている。チームハウスで毎朝必ず味噌汁を飲むくらいだしな。

 しかし一人でお店を利用したりはあまりしないため、これまでうな重を食べたことがなかったのだろう。

 ソバだって、コンビニで食べたことはあるらしいが、しっかりとしたお店のものは俺たちチームでレースのための遠征をしたときくらいにしか行かないし、そもそも俺の作るソバはそんじょそこらの店の味には負けない。香りでウマ娘の脳を破壊し、特製めんつゆと付け合わせで舌も満足させる特効兵器だ。

 大満足のSSの様子に、俺もすっかりと気分を良くしてしまった。

 

 ああ、やっぱり笑顔で食事をするウマ娘はいいものだ。

 この瞬間を見るために俺はトレーナーをしているのかもしれない。

 

「トレーナーさん、おソバお代わり☆!」

 

「ああ、すぐ茹でてくるよ。付け合わせも追加しようか」

 

「お手伝いしますね。山菜ソバも大変美味でした…山菜に下味までつけてあって」

 

「あ、ズルいのー、あたしも手伝うの!やっぱりとろろが好きだなーあたしは。うな重とも相性バッチリ!」

 

「美味ェ……駄目だ、箸が止まらねェ……」

 

「ははは。みんなが満足してくれてよかったよ。すぐにソバ追加するからね」

 

 ニャー。

 

 

 俺たちはそうして、騒がしくも楽しい夕飯時を過ごしたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 そうして食事も終わり、順次彼女たちにお風呂に入るように指示して、パジャマに着替えさせて、いつもの如く炬燵に入ってもらいながらトランプなどで時間を潰し、10時半を回ったころ。

 

「………すぅ……」

 

「……むにゃ……もう食べられない……☆」

 

「くー………くー………」

 

 愛バ達三人は、ものの見事に炬燵で横になり、寝落ちていた。

 今年は事前に、無理な年越しをしないでよく寝て初詣に備えよう…と話もしていたため、抵抗もなく気持ちよい眠りに入ったらしい。

 風呂上がり、髪型を就寝に備えてラフなものにしていた彼女たちが横になって眠っている姿を見ると、ほっこりとした気持ちが浮かんでくる。

 

『……すっかり眠っちゃったわね。まだまだ子供ね、この子達も』

 

『よく食べてよく運動してよく寝るのが健康的な証拠さ。夜更かし気味になっちゃ困るしね』

 

『ふふ、そうね……来年はもっと強くなるわ、きっと』

 

『ああ。俺達も頑張って、彼女たちを導いていこう』

 

 俺とSSは、彼女たちが炬燵で丸くなり寝落ちた後に、一杯だけワインを開けて晩酌を楽しんでいた。

 お互いに酒の限界はすっかり把握している。この程度ならほろ酔いにも満たないのでこの後彼女たちを部屋に運ぶのは支障は出ない。SSが眠ったら俺も風呂に入るが、長風呂するつもりもないし問題ないだろう。

 去年にはなかった、大人の時間を楽しむことにした。

 

『……ねぇ、タチバナ。貴方、これまでのリフレインの中で…3年以上先まで経験したことは、無かったのよね?』

 

『ん……そうだね。一つの世界では3年しかいられなかった。……なんで?』

 

『貴方の指導理論を聞いたときにね、その部分が欠けていたのよ…3年から先を指導するような部分…ピークを維持するような指導理論のそれ、ね。貴方には、どうしても得られなかった経験の部分…そこは、私の方が一枚上手ね?』

 

『ああ、成程…そうだね、確かに俺は、一人のウマ娘を3年から先を指導した経験がない。周りのウマ娘やトレーナーを見て知識だけはつけているけれど、経験と言う意味では…その行程を己の体で踏破した君には敵わないだろうね』

 

『…ふふ。でしょう?だから、後1年。そのあたりをしっかり貴方にも教えてあげるわ。これから先、ダ・カーポを奏でる(世界を繰り返す)側の貴方が、その知識を持ってこの先も歩んでいけるように。…それが、私なりの恩返しと言ったところかしら』

 

『……嬉しいな。君と言うウマ娘とここまで深い縁が出来たのはこの世界が初めてだからね、そんな君から学びを得られるのは、本当に得難い経験になるよ。……来年もよろしくな、SS』

 

『ええ。こちらこそ、来年も……そして、その先もずっと。貴方と離れるつもりはないからね、タチバナ………』

 

 ふんわりした表情を作る、炬燵で俺の隣に座るSSが、僅かに肩を寄せ、俺に体重を預けてくる。

 ワインを飲んだことで酔いが回ってしまったのだろうか?俺はそんな彼女の体を支えるように、腰に手を回してやった。

 そうすることで、尻尾をしゅるりと俺の腕に絡めて、さらに体を寄せてくるSS。眠いのだろうか?ワインも入ったしな。

 

_──勝ったわ!!今日はうちのSSが勝ちました!!

_──でもちょっと待って!?教え子がすぐそばにいるのよ!?

_──クソボケは絶対まだ自覚ないから!!だから生徒を部屋まで運んだらその後クソボケの部屋に向かおうSS!!それで行ける!!!

_──ここから先はクソボケ野郎とSSの二人の時間だ。俺たちは入れない。少し離れて様子をうかがうぞお前ら!!

 

 なんだか急に寒気がしてきたな。

 いかんいかん。暖房も効かせているし炬燵もあるとはいえ、真冬の大晦日だ。

 このまま酒を深めて全員で炬燵で寝落ち、風邪をひきました、なんてことになったら目も当てられない。

 少なくとも愛バたちは布団まで運ばねばなるまい。

 だが俺の隣のSSが、先ほどよりも体を密着させてきている。ふわりと石鹸の香りが彼女の髪から香る。

 就寝に向けて髪を一纏めに結い、胸の前に流した彼女のそんな様子に僅かに胸の内にしまっていた動揺がまた頭をもたげかけてきた、その時だ。

 

 ニャー。

 

 オニャンコポンが、俺の胸に飛び込んできた。

 そしてしゅっしゅと猫パンチを俺に向けて繰り出す。

 これは彼女なりのおねだりだ。お風呂に一緒に入りたい、というそれ。

 そんなオニャンコポンの様子を見て、SSがくすっと苦笑を零す。

 

『……ふふ、そうね。ごめんなさい、雰囲気に流されてしまったわね…今日は、貴女に譲るわよ』

 

『ん、SS、なんて?』

 

『いいの。…私も眠くなってきたから、この子達と一緒に寝ることにするわ。部屋まで運びましょう、タチバナ。貴方もお風呂に入るのでしょう?明日も朝早いんだから』

 

 SSが身を起こし、ううん、と背伸びをしてから立ち上がる。

 その様子に深い酔いは見えない、足取りもしっかりしたものだ。

 うん?となるとさっきのは何だったんだ?と思わなくもないが、しかしお酒の場だとたづなさんとか桐生院トレーナーも過去の世界線だとあんな感じになることが多いしな。大人の女性特有のものなのだろう。

 俺はそう理解を落とし、俺も愛バたちを寝室に運ぶために炬燵から出た。

 

 二人で慎重に、起こさない様に彼女たちを別室に準備した布団まで運ぶ。

 SSの身長もあるので、俺がフラッシュとアイネスを運び、ファルコンはSSに任せた。力はあるので問題なく運んでくれたので助かる。

 そうしてSSもそのまま、部屋に準備した4つの布団の内自分のそれに横になった。

 

『それじゃあ、お休みタチバナ。明日は6時前に出発よね?』

 

『ああ、身支度もあるだろうから5時過ぎには起こしに来るよ。お休み、SS』

 

 ええ、と彼女がつぶやいたのを見届けて、俺は彼女たちの寝室を後にした。

 この後は俺も風呂に入って寝ることになる。

 肩の上に座るオニャンコポンからも、先ほどからずっとお風呂まだ?と催促猫パンチを受けているので、しっかりコイツも洗ってやらねばなるまい。

 

「…よし、んじゃ風呂入るか。行くよ、オニャンコポン」

 

 その後、俺はオニャンコポンと共に風呂に入った。

 SS謹製の石鹸で俺の体と一緒にオニャンコポンもよーく洗ってやり、毛並みをつやつやなものに整えてやる。

 オニャンコポンを泡だらけにしながら、俺は改めて今年一年を振り返っていた。

 

 

 今年は、去年以上に様々な経験をした一年であった。

 これまでのループの中でも、ここまで密度の濃い一年と言うのは初めてかもしれない。

 

 年が明けてすぐの初詣。

 その後すぐに、ファルコンの精神的なスランプがあり、共に解決策を探して取り組んだ。

 バレンタインは大変だったな。今年もまたすごいことになるのかもしれない。何か対策を考えておかないと。

 春のGⅠ戦線は、3人ともよく走ってくれた。ダービーでフラッシュとアイネスがほぼ同時にゴールに飛び込んで、結果が出るまでの10分間は永遠のように感じられた。

 その後の、ファルコンのベルモントステークスに向けたアメリカ遠征。ああ、あれは本当に楽しかった想い出だ。スズカもタイキも本当によく助けてもらった。

 ファルコンの見せた、奇跡のラスト400mを俺は忘れることはないだろう。

 その後の夏合宿では、世界線を跨ぐ俺のしがらみを、彼女たちが晴らしてくれた。何よりも、俺は彼女たちに掬われたのだ。

 ああ、それで9月には、SSに出会ったな。これまでの世界線でも初めて会うことになった彼女は、悲しい過去に負けない強いウマ娘だった。一日で随分と気に入ったのを覚えている。

 SSの助けもあって挑んだ秋のGⅠ戦線…しかし、そこでアイネスが精神的な不調に陥った。これは中々に骨を折ったな。最後は彼女自身の強さで、ジャパンカップで乗り越えてくれた。本当に、みんな強い子だ。

 フラッシュが菊花賞で3冠を達成したときは感無量だった…しかし、その後の有マ記念では惜しくも敗着した上に、俺と同じ十字架を背負わせてしまった。

 そして、俺の正体も知った彼女が…ああ、俺の事を受け入れてくれたことには、感謝しかない。勿論SSも、だ。俺と言う特異点に、しかし信頼の色を見せてくれたのだ。

 それはファルコンだってアイネスだってそうだ。俺の事を、心から信じてくれている。

 

 俺は、その信頼に応えたい。

 彼女たちの想いに、報いてやりたい。

 これからも、みんなが全力で走って行けるように、寄り添っていこう──────

 

 ニャー。

 

 ……はっ。

 

「うお、あぶね。寝落ちかけてたな…悪い、助かったよオニャンコポン」

 

 風呂につかりながら目を閉じて、気持ちよく今年一年の振り返りなど行っていたものだから、俺も随分とリラックスしてしまったらしい。

 酒精の手伝いもあって寝落ちかけた意識に、オニャンコポンの鳴き声が響いて目が覚めた。

 危ない危ない。ついさっき、風呂くらいはちゃんと入れるとか言っておきながらこのざまだ。

 俺は気合を入れ直して、ざばりと湯舟を上がる。オニャンコポンも併せて彼女専用の手桶風呂から上がった。

 

「うし、体拭いたら寝るかー。今年も楽しかったな、オニャンコポン」

 

 バスタオルでオニャンコポンの体をよく拭いてやりながら、俺自身もよく水気を切り、風呂を上がった。

 ドライヤーはすでに寝ているウマ娘達に聞こえない様に出力を最小にして、自分の髪とオニャンコポンの体を乾かす。

 ドライヤー浴びる時のコイツいつも気持ちよさそうな顔してんな。なごむわ。

 

 

 さて、そうして俺もようやく就寝だ。

 家の中の電気を消して周り、自室に入って、オニャンコポンと共にベッドにつく。

 横になると、すぐに睡魔が襲ってきた。

 目を閉じて、それに身をゆだねる。

 

 

 

 ──────来年も、楽しい一年になりますように。

*1
閃光のせいです。あーあ。

*2
ソバの出来と髪を比較するこいつキモいな?







 これにて第三部 クラシック期が終わりになります。
 この後は第四部 シニア期となっていきますが、以前活動報告でも申し上げました通り、ここまで毎日更新して来ましたが、一休みといたしたく、しばらく更新が止まります。
 更に書き溜めをして再開のめどが立ったら活動報告などでも通知していきますのでよろしくです。

 ここまでお付き合いいただいて感謝やで。
 次回更新をお待ちください。多分9月ごろになると思います。

 よろしければここまでの作品の評価をいただけると嬉しいです。
 あといつもの20話刻みの活動報告あげてます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

第四部 シニア期
121 ぱかちゅーぶっ! 新年特別SP 前編


 

 

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! 新年特別SP !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

 

「ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今年も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす!』

『あけおめぴすぴーす!』

『ぴすぴーす』

『あけおめー』

『はじまた』

『ぴすぴーす!』

 

「おーよ!あけましておっめでとー!!もう今年も残すところ364日だけどよー、残り少ねぇこの年を満喫していこうぜお前らーっ!!今日はウマッターでも告知してた通り、新年あけましておめでとうスペシャルッ!!豪華ゲストをお迎えして、色々振り返ったりして雑談していく放送になるぜー!楽しんでいけよなお前らーっ!!」

 

『あけましておめでとー!』

『今年まだ2日なんよ』

『残り少ない(364/365)』

『流石に元旦に生放送はしなかったか』

『スピカのメンバーは新年は初詣行くからな…』

『今日はレース実況じゃないけど楽しみ』

『豪華ゲスト(マジモンの豪華ゲスト)』

『ウマッターで黒塗りでまた告知されてたね』

『あの孤独なシルエットは…!?』

『なお肩の上に何かいる模様』

『猫の模様』

『ウマ耳がない模様』

『一人しか該当者おらんやん』

 

「うっへっへ、やっぱバレたか。まぁバレねーと見に来ねぇやつもいるだろうから分かり易く作ってやってんだけどよー。そんじゃ早速ゲストをお呼びするぜぇ!!今日のゲストは…………こちらっ!!」

 

「ぴすぴーす。どうも、トレセン学園でチームフェリスの主任トレーナーとして勤務しています、猫トレこと立華勝人です。そしてこちらは飼い猫にしてチームのマスコットであるオニャンコポン。オニャンコポン、カメラに向かってご挨拶して?」

 

「ニャー」

 

「おー!今日もオニャンコポンは可愛いにゃー!よしよしよしよ~し!!猫トレも来てくれてあんがとなー。生放送に呼んでくれって要望めちゃくちゃ多かったもんでよー、やっぱ人気だわアンタ。あ、昨日も初詣ん時は世話になったぜー」

 

「ははは、どうも。そんなに熱望されるほどでもないと思うけどね。こちらこそ、いつも新年は初詣で会うね、チーム同士で……ああ、画面の向こうの皆さん、あけましておめでとう。今年もチームフェリスをよろしくお願いします」

 

『猫トレ!!』

『猫トレだああああああああ!!!』

『でたわね』

『去年最も世界で名が売れたトレーナー』

『顔がいい』

『声もいい』

『人前慣れてんな流石に』

『オニャンコポンンンンンンン!!!』

『生オニャンコポンはもしかして初めてでは?』

『机の上で眠そうにしてて可愛い』

『ホントに大人しいんだな』

『ちゃんとカメラ目線でかしこい』

『可愛い』

『奇跡のコラボなんだよなぁ…』

『でも昨年のレース語るなら呼びたい』

『チームフェリス今年も箱推ししていくからよ…』

『止まるんじゃねぇぞ…』

 

「ヨシ!そんじゃ早速始めていくか!ちなみに今日は概要欄にもある通りURAも協賛してくれてて、この生放送で初めて流れるCMなんかもあっかんな!期待しててくれよなーっ!!」

 

「実に楽しみだね。それ見たくてここに御呼ばれしたようなところあるし」

 

「え、嘘……ゴルシちゃんと会いたくて来てくれたんじゃなかったの…!?」

 

「ああ、勿論それもあるさ。破天荒な君と話すのは楽しいからね、心底」

 

「やだテレるー。………けど生放送で急にクソボケかましてくんじゃねぇ。炎上するから」

 

「なんで急に真顔になった…?」

 

『芝』

『開幕クソボケで芝』

『これは芝3200m右回り』

『見境ないのかよお前はよぉ…!』

『顔がいいのが性質が悪い』

『チームの4人だけにクソボケかましているんじゃなかったのか…』

『ウマ娘が好きすぎる男』

『学園でもいつもこんな感じだし…@学園生』

『男性観の破壊者か?』

『罪深い』

『それとしてCMはマジで楽しみ』

『毎年1月中旬ごろから流れるよね新CM』

 

「おー、実はCMアタシは先に見させてもらってんだけどよ、まー今年もかっちょええわ!!そのうち流すからなー。さてそんじゃあまず最初の雑談……と思ったけどヒャア我慢できねぇ!!CM開始ィィィィ!!!!」

 

「唐突。最初はレース振り返り雑談の予定じゃなかったのかいゴルシ」

 

「ニャー」

 

「こまけー事はいいんだよォ!!すっげぇカッコいいCMだったからとっとと流してーの!!それ見て画面の向こうのやつらの驚いた顔が見てぇんだよぉ!!」

 

「そうかぁ…ま、なら仕方ない。俺も見たいしね、任せるよ」

 

『早速のゴルシで芝』

『ゴルシは今年も変わらないわね…』

『親の顔より見たゴルシ』

『もっと親の顔見て』

『ゴルシが親の可能性が微レ存』

『最初からクライマックス!』

『CMどんなふうになんだろなー』

『たまに外すからなURA』

『去年一年で素材は大量のはずだ』

『URAを信じろ』

 

「よーしそんじゃ流すぞー。今のうちにアタシらはトイレタイムだな。休憩休憩!」

 

「まだ始まって5分も経ってないよね?」

 

「へへ……これをクリックしたらCMが世間に流れちまうんだぜぇ…ワクワクしてこねぇかぁ猫トレよぉ!!」

 

「話を聞いてないね?いや、ワクワクしてるのは間違いないけど」

 

「だろー!?そんじゃ猫トレ、カウントダウン頼むわ!」

 

「オッケー。それじゃあ画面の向こうの皆さま、準備はいいかな?カウントいくぞ。………3…2…1…」

 

「あ、ポチっとな」

 

 

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

───  革   命(The Revolution)  ───

 

 

20XX年、皐月賞

 

310mの最終直線に全てを賭けたウマ娘がいた

 

その末脚が放たれたとき、一筋の閃光がターフを奔った

 

追い縋れる者は誰もいない

 

唯一抜きんでて並ぶ者なし

 

その肩書を担うに相応しい彼女の走りは人々を魅了した

 

これは、伝説の始まりの1ページ

 

この時はまだ、彼女が史上最強と言われる世代でクラシック三冠を達成することを、誰も知らなかった

 

 

誇り高きそのウマ娘の名は

 

【漆黒の閃光】

────エイシンフラッシュ────

 

 

『─────エイシンフラッシュが迫るッ!!スマートファルコンに迫るッ!!残りはもう100mを切った!!エイシンフラッシュさらに加速ッ!!並んだ並んだ交わした交わした!!そのままゴールインッ!!!エイシンフラッシュが差し切ったーっ!!!最後にすさまじい末脚を見せましたエイシンフラッシュ………』

 

 

────世界を革命するレースを────

 

 

 

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

───  革   命(The Revolution)  ───

 

 

20XX年、アメリカ、ベルモントステークス

 

神話のレコード、2:24:0

 

永久不滅と評されたその記録は、誰もが到達し得ない聖域だった

 

だが、ここに一人、神話に挑むウマ娘がいた

 

最終直線400m、人々は奇跡の走りを目撃する

 

砂の隼に、減速という言葉はない

 

ただ先頭を征くのみ

 

あらゆるダートGⅠのレコードを塗り替える、そのウマ娘の名は

 

【砂塵の王】

────スマートファルコン────

 

 

『─────信じられないっ!!信じられないッッ!!!止まらないぞスマートファルコン!?あわや逆噴射と思われた最終直線でまさかの加速ッッ!?!?後続との差が!!もう数えられないッッ!!数えるっ、までもないッッ!!行ってくれスマートファルコン!!日本が、世界を超える瞬間を見せてくれ………』

 

 

────世界を革命するレースを────

 

 

 

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

───  革   命(The Revolution)  ───

 

 

20XX年、ジャパンカップ

 

「何が起きた」、人々は口を揃えてそう叫んだ

 

あの場にいた者、レースを見た者、全ての人が理解できなかった何かがそこにあった

 

残り200m、先頭との差は遠く、勝利の道は途絶えていた

 

絶対の二文字が、彼女を蝕む。そのはずだった

 

────────だが

 

そう、言葉にするのであれば

 

あの日我々は、暴風域の中にいた

 

世界史上最速の1ハロン、伝説を刻んだそのウマ娘の名は

 

【風激電駭】

────アイネスフウジン────

 

 

『─────アイネスフウジンの加速が止まらない!!!!あり得ない速度だ!?まるで他のウマ娘が止まって見えるほど!!!まさか!?この位置から届くのか!?届いてしまうのか!?!?残り50m─────アイネスがさらに加速して行くぞ!?!?もうわからない………』

 

 

────世界を革命するレースを────

 

 

 

 

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

───  革   命(The Revolution)  ───

 

 

20XX年、有マ記念

 

そこに集ったウマ娘達は、過去最強のメンバーと呼ばれていた

 

その中の一人、クラシック期の彼女は、まだ特別なウマ娘ではなかった

 

同期の三冠ウマ娘も、シニアの伝説のウマ娘達も

 

全員が、勝利への執念を燃やしていた

 

でも、この中で一番勝ちたいのは私

 

そんな叫びが聞こえるような走りで、大外からすべてを抜き去った

 

革命の世代の証明は果たされた

 

頂点を目指し走り続ける、そのウマ娘の名は

 

【泰山不動】

────ヴィクトールピスト────

 

 

『─────去年の冬の中山の再現なのか!?昨年のアクシデントによる決着を実力で再現するのかヴィクトールピストォ!!!もうゴールは目前!!バ群を抜けだしたエイシンフラッシュ!!しかし大外ヴィクトールピストが速い!!ヴィクトールピストが譲らないっ!!ヴィクトールピストだ!!ヴィクトールピストだ………』

 

 

────世界を革命するレースを────

 

 

 

 

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

───  革   命(The Revolution)  ───

 

 

20XX年、秋華賞

 

挑む相手はただ一人、敬愛する先輩

 

3度の敗北を越えて、彼女はとうとう一矢を報いた

 

己の走りを貫くことで、風神の背に手を伸ばす

 

一生懸命に、必死に伸ばしたその手には

 

一着の称号と、レコードが握られていた

 

諦めは、敵だ

 

憧れに挑み続けたそのウマ娘の名は

 

【魂のビート】

────サクラノササヤキ────

 

 

『─────しかしここで来たぞ来たついに来たッ!!サクラノササヤキとマイルイルネルが凄まじい加速で追いすがっていく!!届くのか!?届くのか!?!?とうとう風神に一矢を報いるか!!突き抜けるのかアイネスフウジン!!残り200mッッ………』

 

 

────世界を革命するレースを────

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

───  革   命(The Revolution)  ───

 

 

20XX年、オークス

 

なかなかGⅠで勝てないチームがあった

 

もう少し、あと一歩、ハナ差

 

悔しさに涙する先輩たちの姿を知っていた

 

だからこそ、僕はここで勝つ

 

先輩たちに誇れるように、ライバルたちに並べるように

 

そして、彼女もまた己が世代のウマ娘であることを証明した

 

静かなる佇まいに激情の熱を持つそのウマ娘の名は

 

【静謐たる刺客】

────マイルイルネル────

 

 

『─────最終直線でマイルイルネルが来たッッ!!先頭はミラーズハヤト!しかしその差が詰まる!!詰まるッ!!届くか!?届くぞ!?カノープスのGⅠ連勝が見えてきた!!届いた!!届いたッ!!今マイルイルネルが一着でゴーーーーールッッ!!ティアラの冠、その二つ目を手にしたのはマイルイルネル………』

 

 

────世界を革命するレースを────

 

 

 

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

 

───  革   命(The Revolution)  ───

 

 

20XX年、宝塚記念

 

1960年より続くこのレースで、クラシック期のウマ娘が勝利したことはなかった

 

鍛え上げた期間が、レースの経験がものを言うグランプリレース

 

「クラシックウマ娘は宝塚では勝てない」それは常識だった

 

─────常識を破壊せよ

 

そのウマ娘は、全身を躍動させ、最終直線で一気に末脚を爆発させた

 

常識破りの女帝すら超える、新たなる常識破り

 

彼女の本当の強さを、誰も知らない

 

日本の歴史を塗り替えたそのウマ娘の名は

 

【百錬成鋼】

────メジロライアン────

 

 

『─────ウオッカ迫る!!ライアンに迫るッッ!!だがメジロライアンが譲らないッ!!クラシックのウマ娘が譲らないッ!!メジロライアンが先頭だ!!これはどうだ!?際どいぞッ!!ウオッカ迫る!!ウオッカ迫る!!だがライアンだ!ライアンだ!!メジロライアンゴールイン………』

 

 

────世界を革命するレースを────

 

 

 

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

───  革   命(The Revolution)  ───

 

 

がんばれ、と応援したくなるウマ娘がいる

 

そのウマ娘のいいところは、とにかくひたむきに走ること

 

いつも、いつも、一生懸命に走っている

 

最後まで諦めないから、好きになれる

 

結果がすべてだ、と人はそう言うけれど

 

諦めないことは、勝つことよりも難しいことを私は知っている

 

今日もそのウマ娘が走る。がんばれ、と声が出る

 

まるで、自分に言っているみたいに

 

私の、私達の大好きな、そのウマ娘の名は

 

【がんばる日本代表】

────ハルウララ────

 

 

『─────来た来た来た来たーーー!!残り400m、最後方から!!ハルウララが一生懸命上がってくるぞ!!JBCスプリント!!短距離でも負けないと!!私も世代のウマ娘だと叫ぶようにぶっ飛んできた!!先頭まであと少し!!行けるのかハルウララ!先頭が譲らないか!!いやッ!!ここで更にハルウララが加速………』

 

 

────世界を革命するレースを────

 

 

 

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

───  革   命(The Revolution)  ───

 

 

その世代は、レース界に革命を齎した

 

 

『坂を駆けのぼる!!何という末脚!!何という速さ!!これはまさに風神の顕現だ!!来たぞ来たぞアイネスが来た!!これは強い!!今ッ!!アイネスフウジン、1着でゴォーーーールッ!!!2バ身離れて2着はマイルイルネル、3着はサクラノササヤキ!最後にもう一伸びを見せましたアイネスフウジン、完勝だ!!GⅠ初勝利です!!────おおっと!?レコードのランプが点灯しました!!タイムは1:33:6!!凄いッッ!!『怪物』マルゼンスキーのレースレコードを更新した!この阪神レース場に伝説を刻んだぞ!!』

 

 

人々は、彼女たちの輝きに魅了された

 

 

『交わせない!!交わさせないッッ!!しかしアイネスフウジンも限界か!?エイシンフラッシュが並びかけるッ!!並んだ!!並んだッッ!!!もう言葉はいらないのかっ!?どちらも譲らないッ!!お互いに一歩も譲らないッッ!!これは大接戦だッ!!そのまま大接戦のゴーーーーーーーーーーールッッッ!!!!』

 

 

栄えある優駿たちが織り成す、至極のレース

 

 

『信じられないっ!!信じられないッッ!!!止まらないぞスマートファルコン!?あわや逆噴射と思われた最終直線でまさかの加速ッッ!?!?後続との差が!!もう数えられないッッ!!数えるっ、までもないッッ!!行ってくれスマートファルコン!!日本が、世界を超える瞬間を見せてくれッッ!!行った!!!行った行った!!!勝ったッッ!!スマートファルコンが大差でゴーーーーーールッッ!!!!』

 

 

すべての常識を塗り替えていくその走り

 

 

『際どいぞッ!!ウオッカ迫る!!ウオッカ迫る!!だがライアンだ!ライアンだ!!メジロライアンゴールインッッ!!!とうとうやったぞメジロライアンッ!!数多の惜敗、そんな彼女がようやく報いた一矢は!!何とグランプリの冠をブチ抜いたッ!!!!この世代には化物しかいない!!クラシック級のウマ娘が!!なんと!!宝塚記念を制覇しましたぁっ!!!』

 

 

競い合うことで、彼女たちは強くなる

 

 

『サクラノササヤキとマイルイルネルが伸びたッッ!!並ぶか!?並ぶか!?並んだ!!並んだままッッ…ゴーーーールっ!!際どいッ!!これは際どいぞ!!3人ほぼ横一線!!しかし体勢は僅かにサクラノササヤキ有利か!?掲示板に───確定のランプですっ!!一着サクラノササヤキ!!二着マイルイルネル!!三着がアイネスフウジンだッ!!ぶち抜いたぞサクラノササヤキ!!とうとう風神の牙城を貫いた!!』

 

 

あらゆるレースが、彼女たちにとって糧となる

 

 

『エイシンフラッシュが一着でゴーーーーーーーーーーーールッッ!!!三冠ッッ!!!ここに、新たな三冠ウマ娘の誕生ですッ!!!!菊の大輪を咲かせたのはエイシンフラッシュ!!エイシンフラッシュです!!今、ガッツポーズで左手を握りしめましたッ!!黒い閃光が、3つの冠を被りました!!2着ライアンは惜しくも届かず!!世代の頂点に立ったのは、エイシンフラッシュです!!』

 

 

 

輝きが束ねられ、帯となり、光り輝く道となる

 

 

『先頭まであと少し!!行けるのかハルウララ!先頭が譲らないか!!いやッ!!ここで更にハルウララが加速!!これは行った!!ブッ差したッッ!!今ゴーーーーーールッッ!!!ハルウララだ、ハルウララだッ!!頑張ったハルウララ!!クラシック世代のダートはスマートファルコンだけではないっ!!泥にまみれたその晴れ着が輝いているっ!笑顔で勝ち取ったダートスプリント王者の冠!!ハルウララが一着ですッ!!』

 

 

そして、奇跡すら果たし得る

 

 

『何と、アイネスフウジンが一着だ!!!信じられない!!なんだったんだ今の走りは!?──────さらにレコードだ!!レコードです!!!!彼女自身が日本ダービーで記録したタイムを1秒以上更新!!全員が大レコード!!とてつもないレコードタイム!!うわー!!驚いたー!!!この東京レース場に伝説を刻んだぞアイネスフウジン!!ジャパンカップの勝者は、アイネスフウジンですッッ!!』

 

 

彼女たちの走りに、夢を見よう

 

 

『これがスマートファルコンだ!!これが世界の頂点だ!!!今!!スマートファルコンが、一着でゴーーーーーーーールッッ!!!強すぎるっ!!どこまで行っても逃げてやる!!ダートの王者は私なのだと!!そんな叫びが聞こえるような強い走りでしたッ!!そして出たぞ!!やはり出た!!レコードだ!!レコードです!!!スマートファルコンがまたその伝説を砂に刻んだぞ!!砂の王者の冠は、砂の隼の頭上へと!!!』

 

 

共に、伝説の目撃者となろう

 

 

『やはり出ました!!レコードだ!!レコードです!!ゼンノロブロイの出した2分29秒5を大きく上回る2分28秒3!!大レコードだ!!恐らくは先頭集団、その全員がレコードでしょう!!しかしその先頭はヴィクトールピストです!!やはりこの世代は強い!!まさに革命!!レース界に革命が止まらない!!革命世代がまたしても伝説をこの有マに刻んだーーーッッ!!!』

 

 

さあ

 

 

 

 

────世界を革命するレースを────

 

 

 

 

【URA】

 

 

 

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

「…………………いやぁ…………いいな……」

 

「いい……これは泣く……」

 

「ニャー…」

 

『めっちゃよかった…』

『いいよね…』

『いい…』

『猫トレが号泣で芝』

『いやでも泣けるやつこれ』

『URAもだいぶ脳が焼かれてることが分かりますねクォレハ…』

『有マの映像まで出てくるとは思わんかった』

『仕事が速い』

『オニャンコポンもわかりみの深い顔してるの芝』

『いいもん作ってくるじゃねぇか…』

『革命世代推しなのね』

『ササイルも入ってて俺も鼻が高いよ…』

『GⅠ勝利、レコードウマ娘やからな』

『スランプとはいえあのねーちゃんに先着よ』

『ウララCMで号泣しました』

『うわーこれ流れるの楽しみだな』

 

「ふー。…ってわけでURA協賛の下、今年流れるCMを流させてもらったぜー。うまちゅーぶの広告とかテレビで流れるらしいからこれからもバリバリ見てくれよなー」

 

「CMが流れるたびに泣いちゃいそうだ。うちのチームから3人とも出してくれるのはありがたいね。流れるセリフとかは事前にチェックさせてもらってたんだけど、こんなにいい雰囲気のものに仕上げてもらえて本当に感無量だよ」

 

「なー、わかるぜ…!シニア級やジュニア級もバリッバリ走ってたけどよ、まぁ去年は革命世代の年だったわ!勿論アタシらも負けない様に全力だったし、マジで界隈全体が盛り上がってたよなー」

 

「ああ、俺もそれは感じたな。うちの子達だけじゃない…去年は本当に、ウマ娘達全員が一回りレベルアップしてた。記録がそれを表している。確か去年のウマ娘平均ペース…ああ、これは一着だけの話じゃなくて、走る全員のタイムの平均値だけど……それが例年よりも2秒近く早い。レースを走る全員が速く走れている証拠だ」

 

「雰囲気では感じてたけど数字で表されるとすげーな。でもわかるなーそれ。学園でも練習への熱気がマジで違う感じしたもんよ!きっかけはベルモントステークスだったんじゃねーか?あのレース終わった後、みんなやる気満々でグラウンド走り回ってたんだぜ?学園の生徒全員が走るくらいの勢いでよー!」

 

「はは、そんなことになってたって話だけは聞いたけど…まぁ、ファルコンの走りがみんなにいい影響を与えた、夢を見せられたというのならトレーナー冥利に尽きるね。その結果、革命世代と呼ばれるほど同期のみんなが激走を果たしてくれたのが俺にとっては一番嬉しいかな」

 

『やっぱチームトレーナーには先に打診されるんな』

『それはそう』

『去年はホント革命世代凄かったわ』

『クラシックのレース全部が限界バトル過ぎた』

『ベルモントステークスの時の祭り凄かったな』

『某掲示板でスレが1日で50個完走するのはヤバいんよ』

『どこもかしこも盛り上がってたもんな』

『学園生ですがあのレースを見て大逃げに目覚めました(なお勝敗』

『あんな走りしてみたいってなるよね なった』

『おかげでGⅢで一着取れました』

『学園生もよう見とる』

『年末年始の帰省でお家で暇してるウマ娘多くなりがち』

『チームフェリスが特異点なのかもしれん』

『ジュニア期全GⅠ制覇(未遂)は伊達じゃない』

『全体のレベル上がりすぎ問題』

 

「よし、そんじゃ次の企画だー!!去年の大きなレースを猫トレの解説と共に振り返りしていくぜっ!!アタシもサブトレやってるからよー、猫トレの視点で一回レースしっかり解説してほしいなって思ってたんだよなー!!画面の向こうのみんなも参考になるだろうぜー!」

 

「ん、オッケー。事前に予防線引いておくと、俺だってただのトレーナーだからね。俺の話が絶対じゃないし、見当違いの事も言うかもしれないから、発言にそこまで責任は取れないのでお手柔らかに頼むよ」

 

「おー!その辺は安心しろい!うちのコメント欄はしっかりアタシが調教済みだからな!!変に難癖付けるようなやつはいねーし好き放題言ってくれて構わねーぜ!!」

 

『それはそう』

『ゴルシに比べればな』

『猫トレの解説真面目だろうし』

『絶対参考になるやつ』

『あくまでエンタメとして楽しませてもらうんよ』

『目の保養になるので語ってくれるだけで結構です』

『オニャンコポンが昼寝し始めてて駄目だった』

『いうてGⅠ多いからな 20個くらい?』

『ボリュームあって助かる』

『この生放送4時間くらい予定してるからな』

『マ?』

『天国かよ』

『映像流しながら&解説で一つ5分としても2時間かかるってマ?』

 

「おー、ホントは全部のGⅠ語りたいところだけどその辺はゴルシちゃんの勝手な判断でいくつかに絞らせてもらったぜー!レコードだったり今年注目度高かったレースに限定して1時間半くらいで考えてっからよろしくな!」

 

「GⅠに限らず、どんなレースでも語りたいところはあるけれどね。ゴルシの判断に任せるよ」

 

「うし、そんじゃ早速行くか!!まず一つ目は大阪杯だぁ!!映像流すぜー────────」






お待たせしました。
書き溜めはまずまず準備できているんですが某感染症のせいで仕事が鬼忙しく、執筆の方が間に合わなさそうなので、今後は隔日での投稿とさせてください。
投稿ペース変わりそうになったらまた連絡します。


isana様にスケブでご依頼し挿絵を描いていただきました!

【挿絵表示】

素敵なイラストを有難うございました。光の加減がすこすこ侍…。


ぷりじろう様にスケブでご依頼し挿絵を描いていただきました!

【挿絵表示】

この自信満々な表情が良きなんすわ…。ぷりじろう様の描くウマ娘すこすこ侍…。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

122 ぱかちゅーぶっ! 新年特別SP 後編


前後編に分けた意味ないくらい長くなった。


 

 

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! 新年特別SP !!

 

 

…休憩中…

 

…休憩中…

 

 

 

 

『ためになる』

『ためになりすぎた』

『猫トレの熱い解説よかったね』

『担当ウマ娘のみならずほぼ全員のウマ娘の脚質を語れるのすごくすごい』

『すごすぎてちょっとキモい』

『キモいは芝』

『猫トレがウマ娘について語る時早口になるのちょっとあれだよね…』

『イケメンだから許される早口』

『データ系のライバルにありがちなやつ』

『「このレース、勝てる確率は99%」とか言ってそう』

『「莫迦な!?俺のデータにはあんな走りは…!?」とか言いそう』

『ゴール前で応援してる時いつも全力でチームの子応援してるよ』

『たまにカメラでもすっぱ抜かれてるよね』

『必死な表情イケメンが過ぎるんよ』

『人気出ますわそりゃ』

『SSRだからな』

『そういえば今日のオニャンコポン見てない』

『マ?朝に来てたで』

『昨日は初日の出と共にフェリスとスピカの面々の集合写真だったね』

『今朝のはRだったゾ』

『新年初ちゅ~る食べるオニャンコポン』

『ちゅ~るを前にしたオニャンコポンの一心不乱な食べ方すこ』

『ちゅ~るは猫特効だからな』

『可愛いよねぇオニャンコポン』

『最初変な名前だと思ってたけどもうすっかり慣れてしまった』

『チームにあんな猫がいたらそりゃウマ娘達も全力で走りますわ』

『リギルでも今日のマンボが今年から投稿始まってるよ』

『マ?フォローしとこ』

『凛々しいよねあの鷹』

『コンドルじゃなかったっけ?エルコンドルパサーが飼ってるから』

『いやあれ鷹よ完全に』

『特徴からして多分モモアカノスリ(学名)』

『コンドルじゃ…なかったのか…』

『あの子も結構人懐っこいよ@学園生』

『頭もいいよね レース場まで飛んでいくから』

『鷹だとめっちゃ飛ぶの速そうなイメージあるな』

『ハヤブサの方が速い』

『そうなん?』

『鷹:最高速約190km/h 隼:最高速約380km/h(急降下の時)』

『ハヤブサはギネスブックに最速の鳥として登録されてるからな』

『知らなかった…』

『つまり…スマートファルコンが最速…ってコト!?』

『あれは砂の隼やろ』

『砂の上では世界最速(実測値)』

『ん』

『音きた』

『再開かな?』

『お』

 

「……ういーっす、戻ったぜー。猫トレも準備オッケーか?」

 

「ああ、大丈夫だよ」

 

「ニャー」

 

「うっへっへ、お菓子も飲み物も再チャージ!引き続きぱかちゅーぶ新年特別編!やっていくぜぇー!!さっきまではレースの解説だったけどこっからはバラエティ色強くなるんでよろしくな!」

 

『おかえりー』

『おつおつ』

『おかえりー』

『オニャンコポンがクッションの上でくつろいでおる』

『yogiboかな?』

『人を駄目にするクッション』

『ウマ娘も駄目になるやつ』

『猫も駄目になるんだなぁ…』

『気持ちよさそうにしてるわ』

『yogiboって知らんかったな…調べてみるか…』

『あれは駄目になるよ』

『お勧めよ』

 

「ああ、オニャンコポンはこのクッションがお気に入りでね。退屈そうにしてたからチームハウスから持ってきたんだ」

 

「いいなークッション。アタシのチームハウスにも導入するようにトレーナーに強請(ねだ)るか……と、話が逸れたな。よし、そんじゃ次の企画行ってみっかぁ!!次の企画はこいつだぁ!!」

 

 

【猫トレに聞いてみたい!ドキドキ!一問一答!】

 

 

「今日はせっかく猫トレが来てくれてっからよぉ!!レースの事だけじゃなくて他にも色々聞いてみてぇなって!!てなわけで学園のウマ娘達に聞いてみたいことを事前にゴルシちゃんの方で聞き取ってきたものを、この場で答えてもらおうって企画だぜぇー!!」

 

「わー」(パチパチ)

 

「ニャー」(尻尾ペチペチ)

 

「勿論事前にアタシのほうでやべー質問とかはカットしてるから安心してくれよな!!ゴルシちゃんファイアウォールは今日も全力稼働だぜっ!!」

 

「不安しかないところはあるけど君を信じるよ…」

 

『おお!熱い!』

『うおおおおおおおお!!』

『猫トレのプライベート気になるうううう!!』

『この謎のイケメン謎が多すぎるからな…』

『コメント欄からのピックアップじゃ駄目だったんですか…』

『絶対荒れるやつゾ』

『女性関係のコメントしか来ないと思われる』

『いやでも学園のウマ娘も気にしてるところだろうよそこは』

『そういう質問があると信じて…!』

『普通に真面目な話も聞いてみたい ウマ娘の指導論とか』

『レース前のウマ娘達のどこに気にかけてるとか聞きたい』

『好きな食べ物とか』

『好きなタイプとか』

好きな性癖とか

大きいのと小さいのどっちが好きかとか

『ほら来た!』

『コメ欄の民度低すぎ問題』

『ここはウマ娘達の理性ある質問に期待しましょう…』

 

「そんじゃ最初の質問だー!ハンドルネーム、『超美麗葦毛黄金船』さんからの質問だぜ!」

 

「君だよね?それ君だよね?」

 

『芝』

『完全にゴルシで芝』

『確かにきれいで葦毛でゴールドなシップだけどさぁ』

『中々重いジャブから入ってきたな』

 

「『猫トレさんの論文を拝読しました。サブトレーナーとして日々を過ごす私にとっても大変に勉強になるそれでしたが、こちらの論文にある体幹トレーニングを実施するにあたり、何か注意点や気にするべき点などありますか?今後の練習の参考にしたいです!』……だとよ」

 

「想像以上にガチな質問で今ちょっと困惑している」

 

「ニャー」

 

「へへへー、いやよ、年末にネットでも投稿された論文だけどよ、ゴルシちゃんもバッチリチェックさせてもらったわけよー!なんてったってスピカのサブトレーナーやってっかんな!日々の勉強は欠かさないぜぇ!」

 

「あ、読んでくれたんだ。偉いね、そういう君の根っこは真面目なところ好きだよ」

 

「お前にクソボケをかまさせるためにアピールしたんじゃねーよ」

 

「どうして怒る…?」

 

『芝しかない』

『ゴルシが裏で真面目なのは解釈違…いや…解釈一致…?』

『いやでも真面目なときは真面目よ』

『ほんとぉ?』

『なんならこうしてしっかり生放送準備したりするところで真面目さがにじみ出ている』

『ファンが多い理由なんよ』

『遊ぶときは遊ぶけどな』

『ゲート入りとかな』

『それは一番遊んではいけないところでは…?』

『クソボケがーーーー!!』

『猫トレは息を吸うようにクソボケする』

『レース解説でもためらいなくウマ娘ほめ過ぎ問題』

『裏表のない性格(震え声)』

『でも論文の事は聞きたい』

『あれ読んだけど内容凄かった』

『年始から絶対やろうってなった』

『マ?ウマ娘でもトレーナーでもないんで興味なかったんだけど』

『あれはすごい@学園生』

『教科書に載せるべき』

『猫トレの知識とSSの経験からくる圧倒的な説得力』

『資料の引用もしっかりしててすごくすごい』

『何より読みやすい』

『論文の中のF1カーの例えはめっちゃ腑に落ちた』

『すごく分かり易くて…すごくすごいです!』

『小学校高学年なら読めるレベル』

『NTRいるだろこん中に』

 

「おー、リスナーの中にも論文読んでるやつ結構いるなー!そーなんよー、アタシもまぁそりゃサブトレ資格取る時に論文それなりに読んだけどよー、猫トレのはとにかく分かり易い!!読みやすい!内容も頭に入ってくる!!ってわけで、そんな体幹トレーニングに関する論文について猫トレから補足でも貰えればなーと思ってよ!」

 

「そこまでホメられると照れるね。分かり易さは確かにかなり重視した部分だけど……今回の論文は、SS…ああ、うちのチームでサブトレーナーをしてくれているサンデーサイレンスだけど…彼女の助けがあったのも大きくてね。自信のある仕上がりになったと思ってる。商用にしなければ転載とか授業やトレーニングで使ってもらっても結構だからね。掲載ページにも書いてあるけど」

 

「太っ腹だよなー。普通、論文っつったら書籍化したりするもんじゃねーの?」

 

「書籍化の手続きが面倒だったんだよね。俺だけの知識じゃなくてSSの指導論も存分に含まれたものだし」

 

『面倒は芝』

『雑ゥ!』

『でも本にされちゃうと少なくともウマ娘は買いにくい読みにくいってなりかねんしね』

『全世界に公表するのは助かる助かる…』

『英訳版まであるのすごい』

『流石SSやで』

『SSもトレーナーとしての意識高いなぁ』

『単身アメリカから猫トレの元に来るくらいだしな』

『現役時代もトレーナー時代もリスペクトなんよ』

 

「おー、サンデートレーナーもいいとこあるぜぇ!…で、実際の所どうなん?体幹トレーニングだけどよ、しっかりトレーニングの内容とかまで書かれてたけど。なんかアピールポイントとかある?」

 

「そうだね……まず、あの論文に書かれてるトレーニングをやる事で、絶対勝てる!っていうものじゃないからね。当然だけど、ちゃんと走りのフォームとかスピード自体も鍛えなきゃいけない。体幹トレーニングの一番の効果はやはり安定感だ。地固めと言ってもいいかな。走りに安定感が生まれて、体の筋肉を十全に発揮することが出来る。同時に、転倒や筋を痛めたりすることも減らせる。一番アピールしたいのはここかな。とにかくウマ娘のレースはケガが付きまとう…それを少しでも減らしたくてこうして論文を書かせてもらってる。……と言っても、去年1年で担当全員に大なり小なり怪我させちゃったトレーナーだと説得力ないけど」

 

「ほーーーーーーーーん……なるほどねぇ、やっぱ怪我減らす意図があったのか。読んでてそのあたりはアタシも強く感じたけどよ、でもやっぱ…でけぇよな、怪我は。スピカも結構故障多かったからよ、気持ちは分かるぜ。今からでもチームでもっかい体幹磨き直すかってトレーナーやスズカとも話してるんだわ。確かにそっちのチームも去年はレースの負担が大きかったけど、あんだけの走りをして致命的な故障はねぇし。それがまさしくトレーニング効果の証明じゃねーか?」

 

「体幹トレーニングをジュニア期に重点的にやってたからあれくらいで済んだ、とも言えるかもしれない。結果論だけどね。ただ、やって損はないトレーニングであることは確かだよ。しっかり取り組めば、早くて2週間、遅くとも2か月で絶対効果が出る。それで効果が出なければ、逆にフォームとか走り方に何か問題がある可能性が高いからそっちを見直そう。それで……そうだね、トレーニングをやる上で絶対に注意すべき点が2つある」

 

「お、そういう所聞きたかったんだよー!!せっかく生放送だしなー、ぶちまけてってくれー!!切り抜き動画は悪意がなけりゃ歓迎だぜっ!」

 

「ああ、ぜひみんなにも知ってほしい。論文にも書いてあるけど、重視しない人もいるかもだから。まず1つ……トレーニングは、絶対に一人では行わない事。必ず二人以上、トレーニングの介助をする人と一緒に行おう。自重トレーニングにせよヨガにせよ、一人でやろうとすると怪我する可能性がある。ヨガなんかは他人の力を使って少しずつ負荷を高める必要があるしね。体幹と一緒に柔軟性も鍛える分、限界を超えちゃうと逆に筋を痛めるからね。そこは必ず守ってほしい」

 

『話のレベルが高いな!?』

『クソ真面目な話をするゴルシと猫トレと言う謎の光景が年始に繰り広げられている』

『話の内容が…内容が重い…!』

『スピカはホント怪我多かったからな…』

『早く走れ過ぎるウマ娘が多かったんやろなって論文読んだ後だと思うわ』

『やはり体幹か…』

『トレーニング内容がマジでこれ効くの?ってモノばっかりなのは驚いた』

『ヨガのポーズとかどうなん?』

『チームフェリス結成したころにフェリスの3人が毎日筋肉痛でひいこら言ってた@学園生』

『あれはキツそうだった@学園生』

『ロボットみたいでやんした…@学園生』

『学園のスパイがどんどん出てくる』

『トレセン学園の生徒の視聴率すごそう』

『まぁどんなスポーツの練習でも一人でやるのはホントはよくないしな』

『スポーツジムにインストラクターが必須な理由よ』

 

「あー、それは実際そうな。ゴルシちゃんもサブトレ資格取ってるからよくわかるんだけどよ、トレーニングってのはとにかく一人でやるな!二人以上でやれ!!特にウマ娘がやる練習ってのは勢いがつく分怪我の危険が常に付きまとうからよ!」

 

「心から同意だ。例えばただのランニングだって舐めちゃいけない。ウマ娘のランニングは人に比べて速度が速い…その分、熱量を使うから熱中症とかになりやすい。万が一の転倒による怪我だって考えられる。そういう時に誰もそばにいなかったら処置が遅れて深刻化する可能性があるからね。どんな練習でも一人ではやらない事。体幹トレーニングは負荷も高める分、介助人は必須と言えるからね。そこをまず伝えたかった」

 

『ほえーすっごい真面目な話』

『朝に一人でランニングしてるワイ、ウマ耳が痛い』

『ランニングくらいなら平気だと思ってたゾ』

『イメージ的にはそんなだもんな』

『しかし改めて言われてみればもしぶっ倒れた時に周りに誰もいないのは怖いな』

『事故もないとは限らんし』

『これから友達誘って一緒にランニングすることにします』

『はいそれじゃあ二人組作ってー』

『あっ(察し)』

『いやそこは教官とかいるでしょ学園なら』

『当たり前の話なんだけど改めて猫トレが言うくらい大切な話と言う事だ』

『労災ゼロを目指そう』

『相棒ヨシ!』

 

「いい話を聞けたわ。んで、もう一つってのは?」

 

「ああ、これはシンプルな話で……論文中の体幹トレーニング、実施するウマ娘の成長時期に合わせたセットメニューも記述しているけれど、限界まで鍛錬することを目的とした内容になってる。いきなり全部こなそうとすると無理があるし、もしやり遂げたとしても筋肉痛がひどくなりすぎるんだ。トレーニングの効果が十全に出ない。あくまで目的は体幹を鍛えることであって、体をいじめることじゃないから……もしこれからトレーニングを始めようと思ってるウマ娘さんがいたら、少しずつ、無理のない程度に進めてほしい。まずはセットメニューの四分の一くらいの量、負荷からこなしていこうね。それでも翌日、動けないくらい筋肉痛が起きてるはずだ。そして、筋肉痛が残っているときには絶対にトレーニングはやらない事。ケガの元だからね。筋肉痛が治ったら今度は少しずつ負荷を増やしていこう。それを繰り返すことで、体幹の成長が自分でもわかるようになる。……説明ちょっと長くなっちゃったな」

 

「…いやいや、すげぇ大切なことだと思うぜ。ご拝聴したわ。『超美麗葦毛黄金船』さんも喜んでると思うぜぇ…!!」

 

「それやっぱり君だよね?」

 

「ニャー」

 

『声がいい(確信)』

『芝』

『猫トレの声しか聴いてなかったわ』

『ボイス販売の予定ありますか?(錯乱)』

『まとめると「一人でやるな」「少しずつやれ」ってことかな』

『メニュー書かれてると全部やりたくなるよね』

『昨日聞きたかったゾ(筋肉痛)』

『自分も昨日聞きたかったゾ(筋肉痛)』

『すでに被害者がいて芝』

『元旦からトレーニングしてたの偉い』

『筋肉痛どう?』

『メニューがヨガだから大したことないとタカくくってたけど翌日無事死亡しました これマジヤバイ』

『どうしてそこまでやってしまったのか』

『限界まで筋肉使えるメニューってことでは』

 

「やろうと思えばできちゃうんだよね…効率よく筋肉を使うメニューを組んであるから。ただ想像以上に筋肉に負荷がかかるから、ホントに筋肉痛が良く出る。その分よく成長するってわけだけど。コメント欄にいる人で昨日全部のメニューをやっちゃった人がいたら、最低でも2日はよくマッサージして休んでね。蛋白質を食事でよくとるように」

 

「筋肉痛も強ければいいってもんでもねーしなー。自分の筋肉量にあった適度な運動と適度な筋肉痛、そして適度な回復が大切だぜー」

 

「ゴルシの言う通りだね。……なんだか君とこんな話をすることになるとは思ってなかったな」

 

「……ハッ!!そうだよ!!これ今猫トレに一問一答の時間じゃねーか!!普通に指導論で盛り上がっちまったぜ…!!コメント欄が求めているのはこういう話題じゃねぇ!!」

 

『芝』

『我に返って芝』

『まぁゴルシのチャンネルだし好きな話する分には構わんが』

『ためにもなったしな』

『ウマ娘ですがとてもいい話でした』

『ウマ娘ですが参考になりました』

『結構なウマ娘もよう見とる』

『ウマ娘ですがためになったが猫トレに聞きたいのはそういう話ではない』

『ウマ娘ですが早く猫トレの好みを暴けゴルシ』

『ウマ娘ですが猫トレさん好きな食べ物ある?』

『ウマ娘ですがチムメン募集してますか?』

『ウマ娘ですが今度自主トレ見てもらえませんか?』

『本性現したね』

『血の気の多いウマ娘が多いコメント欄ですね…』

 

「よしじゃあ次の質問にいくか!!えー、『まつり』さんからの質問です。『チームフェリスは現在3名のウマ娘がメンバーになっていますが、サブトレーナーも増えて、今後チームメンバーを増やす予定はありますか?』だってよ。実際の所どーなん?」

 

「あー、なるほど…気になるところだよね。確かに、サブトレーナーも増えて学園から増員についても打診はされてるんだ。今年はチームメンバーを増やすつもりはあるよ」

 

「お、今年は増やすんだな!そりゃ楽しみだー!どれくらい人数増やす予定なんだー?」

 

「うん、とりあえず大人数を一気に…とはいかないかな。俺としては、今いる3人を少なくともシニアの1年目が終わるまでは集中して見てあげたいって気持ちがあるから。増やすとしたら、SS…サンデーサイレンスが主導トレーナーについて、一人か、多くても二人かな。少しずつ増やしていく予定。あくまで予定だけどね」

 

『フェリスメンバ-増えるんか!』

『これは期待してしまう』

『次の革命が起きそうですねぇクォレハ…』

『期待よりも応援してやろうな』

『勝ちもあれば負けもあるのがレースやからな』

『ぶっちゃけ今年のフェリスメンバーほど活躍できるウマ娘は稀である』

『それはそう』

『かわいい子が頑張って走ってるから応援する!それでいいだろうが!』

『俺たちは素敵なレースを見させてもらうだけよ』

 

「…ゴルシの所のコメント欄は本当によくわかってくれてるね。ああ、チームメンバーが増えるってことで、まぁ、自分で言うのもなんだけど、実績を挙げているチームに、ってなると、過度な期待がかかるケースもあるのはわかるよ。けど、絶対はないのがレースだからね。もしなかなか勝てなくても、その子の事を素直に応援してやってほしいな」

 

「ここ最近は特にレースの勝敗なんてわからねーからなー。勝ったやつを褒めて負けたやつは慰めてやるくらいがいいと思うぜ!そんじゃ次の質問いくぞぉー!!」

 

「いつでもいいよ」

 

「では次の方、『愛の伝道師』さんからの質問です」

 

「やっぱタイムアウト取っていいかな?」

 

「『猫トレさんはイケメンですが、付き合っている人はいますか?また、好みのタイプはどんな人ですか?』……だとよ。多分画面の向こうで気にしてるやつ多いと思うぜこの質問」

 

「……いや、まぁそういう質問が来るんじゃないかって予想してたところはあるけどね。際どくない?」

 

『ナイスゥ!』

『そうそうそういうのだよそういうの』

『クソボケのベールを暴け!』

『実際彼女とかいたのかな?』

『泣かせた女は数知れず…』

『いやでも誠意ある対応しそう』

『わからん…俺らと同じ彼女いない歴=年齢の可能性も…!』

『そういや猫トレって年齢どんくらいなんだ?』

『2年前まで新人トレーナーゾ』

『まだ20代前半だろう』

『それでこんだけ実績上げてんのか…』

『やはり天才か…』

 

「際どかろうが躊躇いなくブッ込む!!それがゴルシ流!!で、実際の所どーなんよ?あ、答えにくければスルーでも構わねぇけど」

 

「気遣い有難う。まず、付き合っている人が…と言う質問だけど、今はいません。過去についてはノーコメント。いてもいなくても、今いないという事実があるからここで口に出すのは失礼だしね。……で、好みのタイプと言う話だけど。好みのタイプはウマ娘です。それ以上でもそれ以下でもない。……あ、勿論指導者としての目線でね?」

 

「ほーほーほーほー!朗報だぞ画面の向こうのお前ら!とりあえず今はフリーだぞこいつ!!しかし好みのタイプ広くね?何?アタシもストライクゾーンなん?」

 

「邪推しないの。トレーナーとして、ウマ娘達が走る姿が大好き、って意味だよ。世間一般で言う彼女とかお付き合いとか……って言うのは、正直に言えば全然考えてない。それよりもトレーナーとしてウマ娘達を指導する方が楽しくてね。ワーカーホリックみたいな話になっちゃったけど」

 

「ふーん。……顔がマジだよなぁ。ま、猫トレらしいっちゃそうか。アンタはそういうやつだよ。ハイこの話おしまい!!ヤメヤメ!!」

 

『大体想像通りの答えだったな』

『無難オブ無難』

『まぁあれほどクソボケしててお付き合いはしてないよねぇ』

『恋愛感情はないのか…』

『悲しきトレーナーマシーン』

『それでチムメンにあの距離感なのぶっ壊れてない?』

『クソボケだからな』

『イケメンだから許される行為』

『トレーナー業の方が楽しいってのは何て言うか猫トレらしいというか』

『全霊を籠めてるからこその成績ってことかね』

『いやそこは愛じゃろ』

『ウマ娘への愛が深すぎる男』

『チームフェリスの今後が楽しみですね』

『ですね!(色んな意味で)』

『ゴルシが始めた物語だろ』

 

「…言われ慣れ過ぎてもう俺も気にしてないんだけどさ。クソボケってよく言われるんだけどそんなに俺って抜けてるかな?どう思うゴルシ」

 

「鏡見ろ」

 

「ニャー」

 

「ひどい」

 

「じゃあ次の質問行くぜー。『閃光』さんからの質問だァ!」

 

「そのペンネームで本当に大丈夫?俺が良く知ってる子じゃないそれ??」

 

『芝』

『どう考えてもフラッシュやろがい!』

『フラッシュからの牽制がホイっと出てくる』

『あえてここで質問する意味よ』

『逃げ道を塞いだのかな?』

『採用されると思ってませんでした@閃光』

『本人おるやろがい!』

『芝』

『そういうとこだぞゴルシ』

『どんな質問が来ますかねぇ…』

 

「『トレーナーさんはいつも学園でお仕事頑張ってらっしゃるのを目にしますが、どんなスケジュールで一日を過ごしているのですか?』……だってさ。実際どーなん。猫トレの一日って」

 

「えぇ……いや、どーなんだろ。気遣って質問してもらってる気もするけど。まぁいいか。えー、まず大体朝は5時くらいには起きてます」

 

「…早くね?」

 

「癖だよ。朝練するウマ娘だってこれくらいの時間には起きるだろ?で、朝は弁当作ったり、週に2~3日は早朝のランニングしたりかな。河川敷で朝練してるウマ娘とたまにすれ違うね。で、シャワー浴びたりニュース見たりしながら7時半ごろ学園に出勤。8時前にはチームハウスに入って、オニャンコポンに朝食の猫缶を食べさせて、そこから午前中はSSと一緒に資料整えたりレースの情報調べたり、練習プラン組んだり、チームハウスの掃除したり、かな。まぁ、決して忙しいほうではないと思うよ。スピカやリギル、ベネトナシュみたいな大人数のチームに比べたら余裕あるほうだろうね」

 

「ほんほん。確かに午前中はトレーナー達色々頑張ってくれてるよな。その辺はマジで頭下がるぜー。んで、昼は?」

 

「ああ、まぁ学園の子たちは見てると思うけど、弁当持ってきた日は中庭とかで食べたり、SSと食べたり…弁当がない日はカフェテリアで学食を頂いてるね。チームの子たちと食べる時もあればトレーナーと食べることもあるし、たまたま相席になったウマ娘と食べることもあるし……で、午後になったら練習だ。チームのみんなに指示出したりミーティングしたり…まぁこの辺はね。あんまり語ってもだろう。みんなやってることだし、詳細までは語れないね」

 

「おー、まぁこの辺はどのトレーナーも同じだろうしな。ほんほん。んで?練習終わった後は何してんだ?」

 

「うちのチームは余り遅くまで練習させないから、遅くても5時には練習は終わり。で、チームの子たちを帰したら、大きなレースとかが近くなければ後片付けしてSSとも別れて、7時ごろ帰宅。あんまり残業してはいないね…だいたい午前中に仕事は終わらせちゃうし。で、帰宅後は…まぁ、時々ジムに行って体作ってサウナで汗流したり、商店街で買い物して夕飯作ったり。暇つぶしはだいたい海外のウマ娘に関する論文読んでるか、翌日の仕事の準備してるか…で、9時くらいには風呂入るかな。週に1回はオニャンコポンとも一緒に入って……で、遅くても11時には就寝してる。………話してて思ったけどこの話面白くなくない?」

 

「いやこれ雑談だしなー、面白いかどうかより話してくれることの方が大切だぜ。しかし朝もランニングしてたり、夜もジム行ったりで結構鍛えてんのなーやっぱ。トレーナーズカップ4着は伊達じゃねーな!!」

 

「トレーナーならみんなやってることだと思うよ、謙遜とか無しに。体力勝負だからね、トレーナー業は」

 

『いや朝早くね?』

『5時起き11時就寝は結構な密度』

『やっぱトレーナーって体鍛えるのか…』

『トレーナーズカップでその辺しっかり見せつけてたからな…』

『料理できるのは解釈一致』

『トレーナーの料理はおいしいですよ@閃光』

『フラッシュもよう見とる』

『料理上手なのか…解釈一致すぎる』

『大体完璧にこなす印象ある』

『お蕎麦美味しかったー@ウマドル』

『ファルコンも出てきた』

『君達相部屋でしょ?』

『まぁ学園に残ってるウマ娘は大体これ見てるだろうしね@学園生』

『アイネスは来ないのか!アイネスは来ないのか!?』

『見てるの@風神』

『おるやん』

『3人おるやん!』

『SSは来ないのか!SSは来ないのか!!』

『来ないやろ』

『SSコメントしなさそう』

『見てはいそう』

『オニャンコポンと一緒にお風呂入るの楽しそう』

『今日オニャで風呂上りオニャンコポンの登場率高め』

『夜まで上がってなかったら今日はお風呂か…って察するところある』

『そのオニャンコポンは今yogiboの上で大の字で寝ている様だが…』

『リラックスしまくりで芝』

『CMに使えるレベルのヘヴン状態!な顔で芝』

 

「コメント欄に猫トレんところのウマ娘が集まってきてるっぽいぜー。ヘイヘイフェリスのやつら見てるー?」

 

「みんな見てるのか…いや確かに見ますとは言ってたけど。なんか恥ずかしいなコレ」

 

「へへ……そんじゃ質問タイムはまた後に回してぇ……これから猫トレとぉ……ゲームしちゃいまーす!!」

 

「フラッシュが聞いたら激怒しそうなスケジュール管理」

 

「ほれほれー。猫トレもゲームこれからやるんだから画面にピースピース!」

 

「ぴすぴーす。みんな見てるー?」

 

「それじゃあ今日やるゲームはこちらっ!!どどーん!!『ツイスター』だぁ!!!」

 

「……え?聞いてないが?スマブラ64やるんじゃないの!?レトロゲー割と楽しみにしてきたんだけど!?」

 

「いいだろ細けぇこたぁよー!!なんかテレビゲームだと猫トレに勝てる気がしねぇから体力勝負だオラァ!!」

 

『芝』

『素で猫トレがびっくりしてて芝』

『後ろで黙々と準備するデジタルで更なる芝』

『今日の黒子はデジたんであったか…』

『どうしてツイスターにしたんですか?どうして…』

『絶対当てこすりゾ』

『つい今しがた寮からフラッシュとファルコンとアイネスが飛び出していったよ@ミラクル奇術師』

『フジキセキもよう報告しとる』

『クッソ芝』

『これは芝生え散らかす』

『生放送ってどこで放送してんの?』

『学園の一室じゃなかったっけ』

『寮でないことは確か』

『追いつけるのか!追いつけるのか!』

『熱いレースが期待できますよ』

『交通ルールは守りましょうね』

 

「ヨシ!準備出来たな!!協力感謝するぜデジタルよぉ!!」

 

「デジタル。俺を裏切ったね」

 

「ヒェッ…し、知りません知りません…私はただの一般ウマ娘オタクで壁のような物ですのでぇ…」

 

「ちなみにデジタルも参加なー。拒否したら年末のお前の本をここで朗読しはじめっからな」

 

「なんでぇ!?てかそれいつの間に買ってたんですかゴールドシップさぁん!?!?」

 

「被害者だけがどんどん増えていく…!!クソッまずい!何がまずいってこの状況に俺がワクワクし始めているところがまずい…ッ!!」

 

「へへ…愛しの愛バ達がやってくる前に白黒つけようぜ…ツイスターでよぉ!!早速始めていくぜェーーー!!」

 

「──────待ちなさいゴールドシップさん!!!」

 

「それ以上は許されないよ☆!☆!☆!」

 

「トレーナーを独占はさせねぇの!!やるならあたしたちも交ぜるの!!」

 

「君達どんな速さで走ってきたの」

 

「チッ、意外と早かったな…!!しょうがねぇ、ここはお前らに免じてアタシたちは外れてやらぁ。お前ら4人で存分にツイスターするんだな!!アタシとデジタルは色読み上げてやるからよォ!!勝った人が負けた3人に何でも命令できる権利を与えるってルールでやろうぜ!!」

 

「少年漫画もびっくりするくらい雑なルール追加やめない?」

 

「……仕方ないですね。やりましょう」

 

「ファル子の本気、見せちゃうんだから…!」

 

「体幹トレーニング仕上げたらどんなことが出来るか見せつけてやるの!」

 

「乗り気過ぎない?」

 

「0(:3 )~ _('、3」 ∠ )_」

 

「デジタル死ぬの早くない?」

 

「ごたごたうるせー!!更なるゲストも迎えてその4人で行われるドキドキ☆ツイスターゲーム!!開始────うおっ!?」

 

「ニャー」

 

「おー、オニャンコポンもやるかー!?よし!フェリスの4人と一匹でツイスターゲームだぁー!!!」

 

「まさかのオニャンコポン参戦」

 

「譲りません」

 

「負けない…☆!!」

 

「ガチで気合入れていくの」

 

「えぇ………」

 

『クッソ芝』

『芝すぎて腹筋痛いわ』

『ここまでの急転直下とは思いませんでしたよ私は』

『この画面内に掛かり気味のウマ娘しかいない』

『ネコ娘もいるだろ!』

『オニャンコポンまで参戦は芝』

『ここまで読んでたのか…ゴルシ!』

『流れが神過ぎる』

『これは3人とも完全に掛かっていますね』

『一息付けるといいのですが』

『オニャンコポン色分かる?大丈夫?』

『一説によれば猫は青と緑と黄色は見えると言われています』

『赤以外見えてるなら問題ないな!ヨシ!』

『脚の長さが問題過ぎる…』

『何気にちゃんと4人用の広さのツイスターを準備してるからなゴルシ』

『策士かよ』

『全員ジャージに着替えてきてるのがガチ感を感じる』

『よかった…スカートでツイスターするウマ娘はいなかったんや…』

『猫トレが社会的に死ぬような事態にならないことを期待しますよ私は』

『Is it just me, or is everyone here an idiot?@S-Silence』

『猫トレなら腕くらい伸ばしそう』

『ズームパンチくらいしそう』

『盛り上がってまいりました』

 

「へっへっへ、それじゃあお前らまずはじゃんけんで順番決めていくぞー!!最初はグーな!いくぜー、最初はグー!じゃんけん────────────────」

 

 

 

 





永遠に書き殴れそうになったのでぱかちゅーぶはここまで。
次回から年明けのお話に入っていきます。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

123 告解

 

 

 

「それじゃあ、今年最初のミーティングを始めます。年明けにも言ったけど、まずは…今年もよろしくな、4人とも」

 

「はい、よろしくお願いします」

 

「今年もよろしくね、トレーナーさん、サンデーさん!☆」

 

「よろしくなの!今年もバリバリ頑張るの!」

 

「おー、頑張ろうなァ」

 

 3が日を過ぎて、今年最初の練習日を迎えたチームハウス。

 チーム『フェリス』のメンバーが集合し、今年最初のミーティングを始めようとしていた。

 

 元旦には俺の自宅に泊まった4人と共に初詣に行き、初日の出をチームスピカの面々とも合流していつもの神社でみんなで眺めて、お参りをして。

 その翌日にはゴールドシップの年始生配信にお邪魔させていただいたところ、何故かチームの3人が凸してきて参加することになり、そのままアグネスデジタルも入れてみんなで色んなゲームに興じることになった。

 なんだかスパチャがとんでもない量飛び交ったとゴルシからは聞いており、後日なんらかの形にしてくれるとのことだった。断ろうかとも思ったが、そのあたりは配信に詳しくない自分が積極的に口を出すのもアレだし、俺のおかげではなく途中参加した3人のおかげだろうとも思い、気持ちに応じることにした。後で何が来るのか戦々恐々としている。

 なお俺とフラッシュら3人とオニャンコポンを交ぜて行ったツイスターでは俺が勝利したことを後述しておく。その気になれば関節は増える。

 

 閑話休題。

 

 ソファに座る3人に向けて、タブレット片手に俺は口を開き、今日の予定から伝えることにした。

 

「えー、まず大まかに3点、今日のミーティングで話をすることがあります。少し長くなるのでそのつもりでね」

 

「はい」

 

 フラッシュの返事に続いて他の二人が頷いてくれたのも確認し、頷き返して、俺は今日のミーティングで打ち合わせる内容を進める。

 

「まず一つ。昨年末にも話したことだけど……これからの練習方針についてです。2か月程度は体幹トレーニングを中心に鍛えていくつもりだ。勿論、2月のフェブラリーステークスにファルコンは出走するだろうから、その前はレースに備えるための練習にするけど…それ以外は、体幹をさらに磨き上げるトレーニングをしていくことにします」

 

「わかりました。……久しいですね、体幹トレーニング」

 

「勿論OK☆!フェブラリーステークスにちゃんと間に合えばファル子は全く問題ないよ!」

 

「あたしもOKなの!いやー、またあの筋肉痛地獄が来るのー……でも前より体仕上がってるから痛みもそこまでじゃないかな?」

 

 まず一つ目、これからのトレーニングについてだ。

 年末に話した通り、去年の怪我の多さを考慮し、俺達チームとして改めて体幹を鍛え直す事に時間を当てることにした。

 その内容を聞いた3人が、了承の返事と各々の体幹トレーニングに対する感想を零している様だが、正直なところ甘いと言わざるを得ない。

 今の彼女たちはジュニア期、メイクデビュー前のそれとは違う。

 すっかり筋肉もつき、体幹も俺の目から見ればかなり仕上がっているところを、さらに密度を高めて極まった肉体に仕上げるという工程を踏むことになる。

 これは俺一人の知識だけでは難しかっただろう。1000年近い俺の長いループの記憶の中でも、これほど早い時期に速度が完成に近い状態になったのは極めて稀であり、その状態からさらに体幹を磨き上げることについて、俺の知識にはない。

 

 だが、この世界線では違う。

 既に己の体でウマ娘向けの体幹トレーニングを実践し、磨き上げ、さらにピークを維持するためのそれを成し、完成系に至っているウマ娘が俺にはついている。

 そんな彼女がにやりと笑い、3人に向けて言葉を紡いだ。

 

「言っとくが、アタシが実践して試した、今の時期にやる体幹トレーニングってのは笑って済ませられるレベルじゃあねェからなァ。こないだ出した論文に書かれているそれよりも数段ハードでキツいやつだ。お前らのジュニア期の練習についても確認してるが、()()()()()()()()()だぜ」

 

「なんですって?」

 

「なんて?☆」

 

「聞き間違いだって信じたいの」

 

「SSの言う通りで間違いないよ。あの頃やった練習よりも数倍厳しいトレーニングになるだろうね。道具もいっぱい準備してある」

 

 俺は信じられないと目を見開いた3人に向けて、チームハウスに準備しておいたカラフルなアンクルウェイトの段ボールを開いて見せる。

 ジュニア期に使っていたそれよりも重量をマシマシにしたやつだ。

 これを付けた上で、かつ高い負荷をかけるトレーニングをみんなにはやってもらう予定だ。

 ジュニア期にこれをやったら故障待ったなしだが、今の彼女たちなら耐えられる。俺はそう信じているし、彼女たちならば乗り越えられるだろう。

 

「………が、頑張ります…!」

 

「効果は分かってるからね…頑張ろう…!!」

 

「なの……さらに体を仕上げ切って、最強になるの…!!」

 

 冷や汗を垂らしながらだが、3人は前向きに取り組む姿勢を見せてくれていた。

 これからは彼女たちのやる気も頑張ってキープしていかなければならないだろう。

 任せたぞ。オニャンコポン。

 

 

 さて、では次だ。

 俺は2つ目、今日のミーティングで話しておくべき内容について語る。

 内容は、今朝トレーナーの全体会議で周知された、GⅠレースの増加についてだ。

 

「次、2つ目だけど、これはお知らせです。その内授業でもやると思うけど、国内のGⅠレースについて、来年から大きな変更があるので、そちらをお知らせします。……ファルコンには大きく影響が出る変更だから良く聞くように」

 

「ん…来年から、ですか」

 

「え、私?」

 

「ファル子ちゃんってことは……ダートレース?」

 

「ああ。幾つかの交流重賞レースが、GⅠレースに格上げされることになったんだ*1。同時に、来年からはクラシック期のダートレース3冠にあたるGⅠレースも追加される」

 

 それはダートレースのGⅠレースへの昇格、増設の件だ。

 今年中に整備をして、来年からはGⅠ扱いになるダートレースが相当に増えることになる。

 俺はホワイトボードにそれらのレース……『全日本ジュニア優駿』、『かしわ記念』、『マイルチャンピオンシップ南部杯』、『川崎記念』、とそれぞれの時期と共に記していく。

 また、クラシック期に3つのレースが増設されることも記載した。

 

「……来年からだから、今年はまだ交流重賞って扱いではあるけど、今年中に来年に向けて日程とかレース場を整備して行われることになる。全部がダートのレースになるから、ファルコンは来年からは目標にするレースの参考にしてほしい。ダートクラシック3冠は出走できないけどな」

 

「はえー☆一気にGⅠが増えるんだねー……交流重賞の中でも有名なものばっかりだもんね。ダートのレースを増やしたいってURAが考えてるのかな?」

 

「だろうな。歯に衣着せずに言えば、日本のダートレースは芝のレースと比べて……って所は否定できなかった。そこの格差を埋めつつ、ダートレースに注目も集めて、ってことなんだろうな」

 

「んー……まぁでも、ダートのGⅠが増えるってことなら嬉しい事だよね。来年からかぁ、楽しみだなぁ……全部出走しちゃうんだから!」

 

 ここまで大きな変化が起きるのは、俺のこれまで過ごしてきた世界線でも稀なことだ。

 そして、その原因は目の前の砂の隼にある、と俺は睨んでいる。

 彼女がアメリカで余りにも眩い走りを日本国民に魅せつけた…その結果がSSとの出会いであり、革命世代の台頭であり、URAの重い腰が上がった原因なのだろう、とは思っている。

 ウララとの約束を越えた先に、同じダートウマ娘である彼女と出会い、そしてオニャンコポンという相棒を得て、そうしてチームを組もうと考えるきっかけにもなったスマートファルコン。

 彼女こそ、この世界の特異点、なのかもしれない。

 

 しかし、あくまで彼女は俺にとって、大切な愛バの一人であり、チームの一員だ。

 3年で繰り返す方の俺が彼女が新しいGⅠへ挑戦していく姿を見れないのは残念だが、それは3年を超えて彼女たちと共に歩む俺が寄り添い、手助けしていくだろう。

 

「ファルコンなら、全部のGⅠで勝つことだって夢じゃないさ。距離も君の脚質にあったものばかりのようだしな。頑張ろうな。……ってことでこれが2つ目でした。業務連絡に近いかな。多分、どこのチームでもこの話は出してると思うし、世間への正式発表は代表ウマ娘の表彰式の時に行われるらしいから、SNSとかでの呟きは気を付けてね」

 

「はい、わかりました。基本的には、私とアイネスさんには影響が少ないお話ですね」

 

「なの。でも、ダートも盛んになるのはいい事なの!うちのダートのエースがバリバリ勝つのを楽しみにしてるの!」

 

「ふふー、ファル子頑張っちゃうからね!」

 

「日本の芝主義はアメリカ出身のアタシの感覚からすると妙な感じなんだよなァ……まぁいいや。ダートの走りについちゃアタシもよく指導してやるからな」

 

「よろしくお願いします!☆」

 

 地方ダートのGⅠ昇格。

 これについては、基本的には今年の俺たちの出走レースには影響はでない。

 ウララと初咲さん、またチームカサマツの皆は地方重賞にも積極的に参加しているが、今の所ファルコンはURAがGⅠとして扱っているレースを中心に出走する予定であるからだ。

 その件は去年にも話して、その方針でレースに参加することでファルコンとも決めていた。

 

 この世界線の、俺の愛バであるファルコンが求めるものは、レースでの勝利。

 GⅠレースで勝ちたいという想いが根幹にあり、ウマドル活動などについては無理が出るほど力を入れていない。

 これまでの世界線で見たスマートファルコンや、もしかすれば今後の世界線のファルコンであれば、また違う未来を選ぶ姿もあるのかもしれないが、少なくとも今、俺の目の前にいる彼女は、日本のダートGⅠ制覇を目指す砂の隼だ。

 シニア級になった今年、彼女は今あるダートGⅠを改めて制覇していく…それを、目標としていくだろう。

 

 

 さて。

 ではここまでで今年のミーティングの内容としては2つ話して、最後の話である残りひとつとなるのだが。

 ここにきて、俺の中で緊張が増してきた。

 

 最後に話す話は、俺にとって、そして()()()()にとって、とても大きな意味合いを持つからだ。

 

「…じゃあ、最後の一つになるけれど。………フラッシュ、チームハウスのドアの鍵、閉めて来てくれないか。SSはカーテン閉めて、電気をつけてくれ。ハウスの周りに誰もいないと思うけど、いたら教えて」

 

「ッ。…わかりました」

 

「……おォよ」

 

「え、何?なんだかとっても大切な話?」

 

「……トレーナー、少し顔がこわばってるの」

 

「ん、ああ……ちょっとね。かなり重い話になる。けど、話すなら今しかないんだ……君たち二人にとって、とても真剣な話になる」

 

 俺はこわばっていると指摘された顔を両手で解して、フラッシュとSSがハウスのまわりに誰もいないことを確認してくれるのを待った。

 この話はチーム外の誰にも聞かれてはならない。

 そして、フラッシュとSSは、既にそれを知っており……今日、その話をすることを事前に相談し、了解を得ている。

 

 フラッシュとSSが問題なく周りに誰もいないことを確認してくれて、フラッシュがソファに戻り、SSが彼女用の椅子に座る。

 俺も自分のチェアを動かして、ソファに座る3人…のうち、ファルコンとアイネスに正対する位置に移動して、そうして少し息をつく。

 

 これからする話は──────

 

「……今から話すのは、()()()()()()()()()()()()()()についてだ」

 

「っ☆」

 

「……!」

 

「………まずは、良く聞いてくれ。そして、話を聞いた後の君達二人の答えがどんなものであっても、俺はそれを受け入れる。……ファルコン、アイネス。俺はね─────」

 

 

 そうして、少しずつ、ゆっくりと、二人が理解できるように、俺は語りだした。

 俺の過去の話。

 俺が、世界を跨ぐ、世界の理から外れた存在であるという話を。

 

 ……去年の末、フラッシュもまた一つ前の世界線の記憶を取り戻し、そうしてバレた俺の過去。

 フラッシュ……強い意志と優しさを持っていた彼女は、そんな俺を受け入れ、共に歩んでくれることを約束してくれた。

 そして、魂の色から察していたSSも、俺の事を受け入れてくれている。

 この二人には、感謝してもしきれない……が、それと同時に、俺は一つの懸念を持つようになった。

 

 それは、フラッシュとSSだけが俺の秘密を知っていることに対しての、アンバランスな感覚。

 果たして、ファルコンとアイネスが、俺の事を知らないままでいていいのかと言う疑問。

 

 誰もが知らないままであるならば、俺も一生隠し通していたであろう俺の秘密。

 しかし、その秘密を二人が知ることになった。

 それ自体はいい。先ほど言った通り、受け入れてくれて有難いという想いしかない。

 

 だが、それによって……わずかではあるが、フラッシュとSS、この二人の俺に対しての態度などが変わる部分もあるだろう。

 朴念仁である俺だが、フラッシュとの、そしてSSとの心の距離が縮まっていることは理解している。

 何度も言うが、それ自体はいい。

 問題は、俺の秘密を知らない残る2人。

 ファルコンとアイネスが、その距離感を察し、疎外感を感じてしまわないか、という懸念。

 

 俺にとって、ファルコンとアイネスは、フラッシュと同じ、俺にとってこの世界線で3年を共に歩む愛バ達だ。

 誰が一番、などと言う序列をつけようとすることすら烏滸がましい。

 俺を選んでくれた3人、その全員が大切な存在であり、それぞれに俺は平等に接してやりたいと思っていた。

 

 だからこそ、俺のこの秘密について、二人にも打ち明けたいという気持ちが生まれた。

 フラッシュとSS、二人は俺の秘密を絶対に漏らさない、と約束してくれていたし、それについては心底から信じているが、そうではなく……俺が、知ってほしいという気持ちになった。

 記憶を引き継いでしまっているフラッシュはともかく、俺と言う存在について、彼女たちにも理解してほしいという願いが生まれた。

 それは彼女たちへ甘えたいという俺の弱さであると同時に……彼女たちもまた、俺の事を受け入れてくれるだろうという信頼感。

 そして、もしそれを二人に秘密にしたままで今後過ごしていく中で、ファルコンとアイネスが、フラッシュやSSに不信感……とまでは言わないまでも、疎外感のような物を感じ取ってしまうのではないかと言う心配。

 そういった気持ちがないまぜになり、俺は年末年始で彼女たちと過ごしていたころから、早い段階で二人に話しておきたい、と思うようになったのだ。

 

 この世界線での、俺にとっての始まりの3人には。

 俺の事をすべて知ってもらいたくて。

 

 しかして、二人に何の相談もせずに勝手に漏らしてしまうのもよくないと思い、LANEで事前に相談し、二人からは承諾を頂いている。

 そして、善は急げ、一年の計は元旦にありという諺の通り、俺は今日のミーティングで二人に話をすることにしたのだった。

 

 

「──────だから、フラッシュとSSは俺の事を知っているんだ。フラッシュについては、前の世界線の事を思い出してしまった……それは、不慮の事故からだけどね。SSは付き合いの中で察してくれていた。……だから、俺の方からこうして説明するのは、君達二人が初めてだ」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……これで俺の話はおしまい。俺が君達に適切な指導が出来たのも、勝たせることができていたのも……そういう事情があってのこと、だったんだ」

 

 俺の話を、ファルコンとアイネスの二人はじっと黙って聞いてくれていた。

 一言も質問は出なかった。

 そして、俺が語り終えて……しばしの無言の間の後に、二人は。

 

「……トレーナーさん。私、トレーナーさんから伝えてくれて……嬉しかった」

 

「……あたしも。何かあるとは察してたけど……そんなに、大変な運命を背負ってたなんて…びっくりなの」

 

「二人とも……ああ、今まで秘密にしていてすまなかった。けどフラッシュとSSが知ってしまった今……君達に秘密にしているのは、不義理だと思ったんだ。俺の担当する、最初の3人だった君達には知ってほしかった。……けど、これは俺の唯の我儘だ。君達が俺に対して、どう思うか────」

 

 俺はすっかりと事情を説明し終えて一息つき、二人の言葉を、俺に対しての答えを求めた。

 だが、俺が答えを求める前に、二人は眼を合わせて、頷き、答えを返してくれた。

 

「トレーナーさん!ファル子はね、トレーナーさんが私の担当になってくれて、本当に嬉しかった!」

 

「あたしもなの!トレーナーじゃなくちゃ、…立華さんじゃなくちゃ、あたしはここまで走れてない!ジャパンカップで、あたしの目標を、見つけられてない……そこにたとえ過去の事があったって、この世界であたしと出会ってくれたこと、あたしを選んでくれた事、本当に嬉しかった!」

 

「私も…トレーナーさんが担当してくれなくちゃ、芝のレースも走れなかったし、ダートレースの楽しさも知らないままだったかもしれない。ベルモントステークスの奇跡は、トレーナーさんとじゃなくちゃ起せなかったって、断言できる。だから、これからもトレーナーさんがいい!トレーナーさんじゃないと嫌!」

 

「あたしも!もう立華さんから離れるつもり、ないんだからね!」

 

「っ。……二人とも、いいのか?こんな、俺で……」

 

 二人とも、俺を正面から見返して、強く頷く。

 これ以上ないほどの雄弁な、優しい答えを返してくれた。

 

 俺の事を、受け入れてくれると。

 これからも、俺と共に歩んでくれると。

 フラッシュと同じように、想いを、まっすぐ言葉に乗せて。

 

「……有難う、二人とも……っ、君達が、俺を受け入れてくれて……俺はっ……!」

 

 二人の言葉に、思わず涙ぐんでしまう。

 俺が瞳を閉じ、涙を拭っていると……いつの間にかソファから立ち上がったらしい二人が、俺の頭を左右からぎゅ、と抱きしめてくれた。

 俺は瞳を閉じたまま、二人の抱擁を受け入れる。

 

「トレーナーさん……今まで、秘密にしてて……大変だったよね。大丈夫、ファル子はずっと一緒にいるから」

 

「立華さん…あたし、貴方と出会った頃の、大変だった時期も、今ではあたしにとって、必要な運命だったな、って思ってるの。あの時、貴方に出会えてよかった……」

 

 より強く、俺を抱きしめてくれる二人に、俺は両腕を広げて彼女たちを抱きしめ返すことで、言葉にならない思いを返す。

 ああ、やはり、俺は駄目な男だ。

 こうして、理解あるウマ娘達に支えられないと、駄目になってしまう男なのだ。

 ウマ娘に甘えなければ存在できないような俺に、しかし受け入れてくれると言ってくれた二人に……いや、運命を共にしてしまったフラッシュにも、これから先の俺に託してくれると言ってくれたSSにも、まったくもって頭が上がらない。

 

 何度でも誓おう。

 俺は彼女たちの為に、俺の全てを懸けると。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「そろそろいいですか?」

 

「それ以上はライン超えるぞお前らァ」

 

「あ、そうだね……愛おしすぎて、抱きしめすぎちゃった。えへへ…☆」

 

「トレーナーが甘えてくれるの珍しいから……ってか、二人はもう先に知ってたってことでしょ?はーなの。これくらいは許してほしいの」

 

 しばらくそうしていたところフラッシュとSSに無理矢理引きはがされ、俺は随分と柔軟性に差のあるクッションに挟まれた状態から解放された。

 気持ちに熱が入っていたことで素直に受け入れてしまっていたが、いや、なんというか、よくないな。

 いくら服の上からだとはいっても彼女たちはウマ娘であり女性である。しかも年下。

 こう、何度も抱きしめあってしまうのはよくないのかもしれない。

 

 ここ数百年、ウララ相手にはいつもぎゅーっとしていたことで俺の心理的な距離感がバグっている可能性がある。

 こう何度も抱きしめたり抱きしめられたりでは、彼女たちも恥ずかしいだろう。

 今後はちょっと肉体的な距離感も気を付けないといけないな。

 

「うん……でも、みんな、本当にありがとな。俺の、この世界線での初めての担当になる3人と…初めてのサブトレーナーになるSS、君たち以外にはこのことは話さないだろう。気付かれない限りはね。俺達だけの秘密にしてくれると助かる」

 

「それは勿論です。貴方の秘密は、私の口からは漏れません。私も同じように記憶を引き継いでいますし」

 

「私も大丈夫!これからも、付き合い方は変えないからね!」

 

「あたしもなの!ここにいる皆だけの秘密ってことで!」

 

「おォ。アタシについても心配すんなァ、口は堅いほうだ」

 

「…有難う。それじゃあ、これで今日のミーティングは終わりになります。この後はこれからの体幹トレーニングに備えて、今日は一日いっぱい柔軟中心のメニュー。本格的に筋肉をいじめていくのは明日からね」

 

 改めて、今回話した俺の秘密については今後誰にも口外しない事につき理解を得て、今日のミーティングを終了とした。

 この後は年始明けのトレーニングになるので、まずはしっかり柔軟から、体をほぐす運動のみの留める。

 また、明日からの体幹トレーニングについても、1週間の内5日は鍛えて、1日は併走で走りのフォームを忘れないようにして、1日は休んで…と、走りの練習も2年前の頃よりは増やしていくつもりである。

 

 さて、しかし、今日の練習には問題なく俺も付き合うのだが。

 一つ、俺の予定については彼女たちに共有しておく必要があった。

 

「ちなみに俺は今日、4時からまたトレーナー同士の打合せに呼ばれてるんでそっちに出ます。悪いけどSS、練習の終わりと戸締り任せていいかい?」

 

「ああ、今朝の全体会議で何人か呼ばれてたやつな。構わねェぜ、慣れたもんだ」

 

「ん……となると、年明けですから、今日はそのまま夜も…ですか?」

 

「飲み会?あんまり遅くまで無理しちゃ駄目だよ?」

 

「迎えに行こうか?」

 

「いや、夜があるかはまだ分からないし。あってもそんな、新年早々だらしなくはならないから大丈夫だよ。ってか迎えに来るのはアイネスは駄目でしょ門限あるし。万が一の時は……」

 

「アタシを呼べよ。まぁ、タチバナならそんなこたァねェと思うけどよ」

 

 そう、俺は本日の全体会議の際、たづなさんに声を掛けられ、午後からも別途打ち合わせに呼ばれていた。

 練習の途中で切り上げてそちらに参加する予定となっている。

 他にも呼ばれているトレーナーはいたので、何か俺達だけに伝えることがあるのだろう。

 

 そうして、新年最初のミーティングは終わりを迎えたのだった。

*1
完全な独自解釈、独自設定です。この作品内で、アプリで増えたダートGⅠに出走しないことの言い訳。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

124 新たなる戦いの舞台

 

 

「お、立華君も呼ばれてたのか。お疲れさん」

 

「沖野先輩、お疲れ様です。今年もよろしくお願いします」

 

「ああ、初詣ん時も言ったが、こちらこそよろしくな」

 

 練習の途中で抜けだして、呼び出されていた会議室に向かう途中に、沖野先輩とばったり遭遇した。

 軽く挨拶を交わしてから、肩を並べて歩き出す。

 沖野先輩とは既に年始の初詣でご挨拶をさせていただいている。毎年恒例としているスピカの初詣の神社に今年もお邪魔させてもらっていたからだ。

 あの神社は人入りも多すぎることなく、落ち着いて初日の出を見られるスポットのため、今後も毎年お会いすることだろう。

 

「しかし、新年早々から何の呼び出しかねぇ。立華君、心当たりある?」

 

「んー、俺と沖野先輩が呼ばれてますからね。もしかすると年度代表ウマ娘の通知かもな、とは思いますよ」

 

「あー……それかもな。ウチも今年はウオッカやヴィイが頑張ったからな。立華君の所は言わずもがな、だしな」

 

「ははは。自慢の子達ですよ…本当に、去年はよく頑張ってくれました」

 

 お互いに、今日呼ばれている内容を知らないままに、軽く雑談を交わしながら廊下を歩いていた。

 新年早々に呼び出しが入るというのは、これまでの世界線でもそうそう無い事だった。

 年度代表ウマ娘の通知のタイミングはこれまでも色々前後があり、桐生院トレーナーなどと一緒に過ごしているところに連絡が入ることもあれば、年が明けて少し落ち着いてからたづなさんに伝えられるケースなどもあったが。

 今年は革命世代がかなり世間を騒がせていたから、まとめての発表ということになったのだろうか?わからん。

 とはいえ、いきなりお叱りの言葉でもないだろう。それならLANEで個別に呼び出しが入るはずだ。

 

 俺たちは首をひねりつつも、会議室にたどり着き、中に入る。

 そこには既に呼び出しに応じていた、他のチームトレーナーが集まっていた。

 

「おや、お二方……お疲れ様です。今年もよろしくお願いします」

 

 糸目の柔和な笑顔を浮かべ、挨拶を返してくる南坂先輩。

 

「おー、沖野さんに立華クンも呼ばれてたか。お疲れさん。一体何の集まりかね…」

 

 気だるそうに椅子に座り、首だけ振り返って挨拶する北原先輩。

 

「あー、やっぱ立華さんも呼ばれてたか。んじゃ世代の話か…?あ、沖野先輩もお疲れ様です!」

 

 立ち上がり、律儀にお辞儀もして挨拶する俺の同期の初咲さん。

 

「かもしれませんね。今年からメジロライアンは私のチーム所属となりましたから…」

 

 その隣で同じく立ち上がるが、身長差が凄いのでまるで大人と子供のように見えてしまう、小内先輩。

 

 その4人が、既に会議室に集まっていた。

 

 なお、先ほど小内先輩が言った内容だが、メジロライアンの所属チームについて。

 革命世代の一人であるメジロライアンだが、これまで彼女は専属のトレーナーと二人三脚で走っていた。

 メジロ家に縁のあるそのトレーナーは、俺の4つ上の女性の先輩で、ライアンが二人目の専属のウマ娘である。

 トレーナーとメジロライアンの仲はとてもよく、まるで姉妹の様にライアンが懐いている姿を見たこともある。

 ライアンが宝塚記念で勝利した時、感涙しながら彼女を抱きしめていた映像はとても感動的なものだった。

 

 さて、しかしそんな理想的なコンビを組んでいたライアンがなぜ小内先輩のチーム『レグルス』に移籍することになったのか、と言う話だが。

 理由はとても前向きなもので、彼女がご出産のための産休に入るからだ。

 

 ライアンのトレーナーである彼女にはお付き合いしていた男性がいて、昨年の9月に入籍をした。

 出産予定は今年の5月頭ごろらしい。

 お腹も先月ごろにはだいぶ大きくなってきており、こうなるとトレーナー業は肉体労働も兼ねた多忙な業務でもある事から、早い時期での産休を学園側から勧められ、メジロライアンともしっかりと相談した結果、今年1月から出産が落ち着くまで長期のお休みを取られることとなった。

 小内先輩のチーム『レグルス』に移籍することになったのは、メジロライアンがそれまでもメジロブライトの勧めでレグルスと併走練習で一緒していたこともあり、一番縁の深いチームだからだ。

 勿論、小内先輩もよく相談したうえで了承し、ライアンも快諾した。

 「LANEでもよくお話しできますし、赤ちゃんが生まれてくるのが楽しみです!」と年末ごろに笑顔で話していたライアンの顔が印象的だった。

 姉のような存在のトレーナーがご出産という事であれば、それこそ彼女にとっては喜ばしい事だろう。

 俺としても祝い事である、無事なご出産を心よりお祈り申し上げる次第だ。

 

 なお、10月10日と言われる妊娠期間から逆算すると、6月末の宝塚記念のライアンの劇的な勝利の嬉しさで……うん、まぁ、そういうことなのだろう。

 生まれてくる子供がウマ娘になる予感がなぜかひしひしとする今日この頃である。

 

 

 閑話休題。

 

 

 さて、そうして会議室に集められたメンバーについては、俺にとっては特にお世話になっている方ばかりだ。

 小内先輩は今年からメジロライアンが所属する形になるが、南坂先輩はサクラノササヤキとマイルイルネル、ナイスネイチャにツインターボがいて、沖野先輩はヴィクトールピストやウオッカ達シニア組、初咲さんはハルウララ、北原先輩はカサマツダート組。

 我がチームフェリスのメンバーが昨年鎬を削りあったウマ娘を担当するトレーナーが集められている。

 

 となれば、やはり脳裏に浮かぶのは年度代表ウマ娘だ。

 自慢ではないが、去年のクラシックレースはフェリスのウマ娘を軸として世間で盛り上がっていたとは俺も感じている。

 受賞の通知、と言う事なのだろう。さて、今年は誰がどの賞を受賞することやら。

 

 そうして俺と沖野先輩が席に着いたところで、理事長とたづなさんが会議室に入ってきた。

 

「感心ッ!!まだ時間前だというのに、しっかり集まってくれているな!!感謝ッ!!」

 

「年明けのご多忙の所、お時間を割いていただいてありがとうございます。皆さんお疲れ様です」

 

 俺達全員がお疲れ様の挨拶を返し、理事長が会議室の前列に座るのを見る。

 ふと、俺の肩からひょいっとオニャンコポンが降りていき、理事長の方へ向かっていった。それを見て理事長の猫も帽子から降りて、二人仲良く部屋の隅の方に歩いていき、ぷにぷにと前脚でじゃれあっていた。

 あいつら仲いいな。

 

「早速始めていこうッ!!たづな、進行を頼むッ!!」

 

「はい。……今日お呼び出ししたトレーナーの皆様に、とても重要なご連絡があり、こうして集まっていただきました。資料を配布しますね」

 

 重要な連絡。

 となればやはり、年度代表ウマ娘の事だろう。

 たづなさんが一度席を立ち、資料のプリントをトレーナー達に配布する。

 俺はその分厚い資料を受け取って、表紙に目を通して、

 

 

 

 ────────予想外の内容に、息を呑んだ。

 

 

 

「………えぇ!?」

 

 これは初咲さんの叫び声だ。

 驚愕。その感情がありありとわかる声。

 実際、ここにいるトレーナーの全員がそうなのだろう。俺も相当驚愕している。

 沖野先輩らベテランのトレーナー達も、流石にこの内容には絶句している。室内がざわついたのが分かる。

 

 その資料には、こう書かれていた。

 

 

 

『ドバイワールドカップミーティング 参加申請の手引き』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「たづなさん……これ、本当ですか?ドバイ……ええ?」

 

「はい。これから説明させていただきますね」

 

 俺は思わず零れた質問をたづなさんに投げてしまう。

 それを受けたたづなさんが、資料をプロジェクターに映しながら説明をしてくれた。

 

「まず……ここに集まってもらったトレーナーの皆さまは、昨年、大変にご活躍された方々になります。小内トレーナーは現在メジロライアンさんが所属するチーム、となりましたので、そういう意味でお呼び出しさせてもらっていますが……」

 

「ええ、そのような趣旨であることは私も理解しています。話を続けていただいて結構ですよ、たづなさん」

 

「有難うございます。……革命世代、そう世間では呼ばれるようになりました皆様を中心に、ドバイワールドカップミーティングに開催されるレースへの招待の対象となりました。具体的には、以下の皆さまですね」

 

 たづなさんがプロジェクターを操作し、ウマ娘の名前の一覧が示される。

 内容は以下の通りだ。

 

 

【チームフェリス】

 エイシンフラッシュ

 スマートファルコン

 アイネスフウジン

 

【チームスピカ】

 ヴィクトールピスト

 

【チームカノープス】

 サクラノササヤキ

 マイルイルネル

 

【チームレグルス】

 メジロライアン

 

【チームカサマツ】

 フジマサマーチ

 

【専属】

 ハルウララ

 

 

 革命世代として、CMにも名前を挙げられている8名と、ダートの精鋭たるフジマサマーチ。

 この9人が、今年の3月に開催されるドバイワールドカップミーティングへの参戦を打診されていた。

 

 ドバイワールドカップミーティング。

 それは、3月末の土曜日にアラブ首長国連邦のメイダンレース場で行われる、世界的なレース大会だ。

 1日に芝、ダートあらゆる距離のレースが一気に開催され、そこに世界各国から優駿たちが集まり、世界一の称号をかけてレースが繰り広げられる。

 かつて俺の経験した世界線ではオールウェザーのコースで開催されていたこともあったが、この世界線ではオールウェザーは過去に実施されていたもののアメリカ等からの評判が悪かったため、通常のダートと芝にコースが整備され直し、その分開催されるレースが増える形となっていた。

 今年のドバイワールドカップミーティングで行われるレースは以下の通り。

 

 

 【第一レース】

 ドバイカハイラクラシック(GⅠ ダート2000m)※アラブウマ娘限定

 

 【第二レース】

 ゴドルフィンマイル(GⅡ ダート1600m)

 

 【第三レース】

 ドバイゴールドカップ(GⅡ 芝3200m)

 

 【第四レース】

 UAEダービー(GⅡ ダート1900m)

 

 【第五レース】

 アルクオーツスプリント(GⅠ 芝1200m)

 

 【第六レース】

 ドバイゴールデンシャヒーン(GⅠ ダート1200m)

 

 【第七レース】

 ドバイターフ(GⅠ 芝1800m)

 

 【第八レース】

 ドバイシーマクラシック(GⅠ 芝2410m)

 

 【第九レース】

 ドバイワールドカップ(GⅠ ダート2000m)

 

 

 このうち第一レースはアラブの国内レースとなるが、それ以外は他国からウマ娘が参加する国際競走で、そのグレードもとても高く設定されている。

 特にドバイワールドカップ、ダート2000mは世界最高峰のダートレースとも称されており、その賞金額も、栄誉も、ダートのレースで世界一と評してもいいだろう。

 

 そんなレースの祭典に、革命世代が挑む。

 

「トレーナーの皆さまはご存じのとおりですが……ドバイワールドカップミーティングは、国際招待競走となります。日本の場合はURAの推薦により参加枠を取ることになっており、これまでは多くても2~3名のウマ娘の参加となっていましたが……今年はURAがドバイと強く交渉されまして、9名の参加枠を獲得しております*1

 

 たづなさんの説明に、俺はこの事態にある程度の理解を落とした。

 革命世代。昨年日本を震撼させたスマートファルコンの世界レコードでの海外GⅠ制覇から、凱旋門賞での好走など、海外レースへの関心が日本でも高まっているところだ。

 そんな中、ダートを盛り上げたいというURAの意向の下で、世界一のダートレースを含むこの国際競走で、史上最強の世代とも評される革命世代をぶつけて、日本でのレース界隈をさらに盛り上げたい、という意向なのだろう。

 無論、そこには夢も多分に含まれているものだとは思うが。

 

「たづなサン、ちょっと気になるんだけど……なんで革命世代の中にウチのマーチが入ってんだ?いや、栄誉なことだとは思うんだけどよ…シニアをだいぶ長く走ってる子だぜ?」

 

「北原トレーナーのご質問もごもっともですが、URAの推薦ですので……恐らくは、ダートレースも多いドバイに日本から複数名参加させるのに、ダートを走れるウマ娘を参加させたかったのかと。シニアを走るウマ娘の中では、特に安定した実力を持った方ですからね、フジマサマーチさんは」

 

「あー……ナルホド、了解す。いや、しかしドバイかぁ…!海外挑戦なんて考えてもいなかったぜ…!」

 

 北原先輩が零した疑問だが、しかし俺はフジマサマーチの選出については特に違和感なくとらえている。

 確かに現状のダート界隈はクラシック世代、特にうちのファルコンが名実ともにエースではあるが、フジマサマーチだって立派なGⅠウマ娘だ。

 冷静な戦術眼と激情の勝利への執念を備えた素晴らしいウマ娘で、ハルウララと並んで今後のファルコンのライバルとしていの一番に名前が挙がるであろう相手。

 レース経験の長いベテランでもあり、先輩としても頼れる存在だ。是非とも共に世界に挑んでいきたいところだ。

 

 さて、衝撃的なニュースと共に始まった会議だが、ある程度資料にも目を通し、今回の世界挑戦についての様々な質問がトレーナーから投げかけられた。

 

 

「たづなさん、これ、ウマ娘たちが出走するレースってのはまだ決まってないのかい?各レースの資料はあるが、誰がどのレースに出るかってのは書かれてないようだが…」

 

「はい、沖野トレーナーの仰る通りです。トレーナーとウマ娘で相談のうえ、ご自身の適性に合った、走りたいレースに参加していただくようURAからも話を頂いています。遅くとも、2月末の登録締切までに決めていただければ大丈夫です。ただ、レースへの参加意思自体はホテル手配などもありますし早めにお返事を頂ければ助かります」

 

「……遠征予定は3月初旬から、ですか。たづなさん、これは参加するウマ娘が決定したら、その全員でチームとして団体行動…という認識でよろしいですか?」

 

「はい。南坂トレーナーの言う通り、おおむねその予定ですね。チームJAPANとして、宿泊場所や練習するコースなどは一括で学園とURAで手配する予定です。勿論、そこも要望をお伺いしてこれから決めていくことになりますが……」

 

「確認にはなりますが、これはウマ娘のほうで乗り気でない場合は参加を断ることもできるもの……ですよね?」

 

「はい。勿論、出走したいレースに参加されるのが一番ですので、そこはウマ娘さんとよくご相談の上で決定していただいて結構ですよ、小内トレーナー。日本のレースに参加されるのも勿論、選択肢としてございます」

 

「た、たづなさん……俺、パスポート更新してないかも……あ、いや、ウララもどうなんだ!?パスポート取ってんのかなぁ!?発行ってどうやるんでしたっけ!?」

 

「急いで取ってきてくださいね初咲トレーナー。相談には乗りますから」

 

「オニャンコポン連れてっていいですか?」

 

「愚問ッ!!私も専用ジェットで連れて行くぞッ!!」

 

 

 それぞれのトレーナーが、資料やたづなさんの説明の中から聞きたいことを確認し、風通しよくその後の会議は進んでいった。

 その中で決まったことを、大まかに以下の通り記しておく。

 

 ・レースは3月最終週の土曜日開催

 ・遠征は3月初旬に出発、ドバイのホテルで1か月程度の遠征の予定

 ・どこに泊まるか、どのように生活するか、誰が行くか、何を準備するかは今後トレーナーやウマ娘の意見も絡めて詰めていく

 ・ウマ娘の参加は本人の意思次第、不参加もOK

 ・出走するレースもウマ娘の希望でOK

 ・併せウマ娘の同行もOK、出来ればサブトレーナー資格を持つ子がベスト

 ・大前提は無事にウマ娘を送り届け、無事にウマ娘が帰ってくること。それを第一に

 ・パスポートは早めに準備

 

 ……と言ったところか。

 

 成程、これは新年早々に伝えなければいけない内容だ。

 レースプランを新たに組み直す必要もあるし、参加意思についても早い段階で確認を取れたほうがよい。

 それぞれのチームのウマ娘が参加するかどうかは分からないが…ウチのチーム、少なくともスマートファルコンは間違いなく参加するだろう。

 海外遠征は当然、準備などの苦労も多いが、楽しいことも多い。しかもそれが世代のウマ娘達と共に、と言う話であればなおのことだ。

 全員が参加することになれば高松宮記念や大阪杯などのGⅠで今年のシニア世代の出走が無くなるのは寂しいが、しかしそれを考慮しても話題性には事欠かないだろう。

 俺も冷静になってきて事態を飲み込めてから、テンションが上がってきている。

 

 面白いじゃないか。

 革命世代の旋風を、日本のみならず、世界に巻き起こしてやろう。

 

「……では、ドバイに関するご連絡は今日の所は以上となります。今後は毎週、定期的にご準備等に関する打合せを行わせていただくこととなりますので、そちらもお含みおきください」

 

「奮励ッッ!!かつてない大きな試みになるッ!!トレーナーの皆様には苦労を掛けるが、何卒より一層の奮起を期待したいッ!!」

 

「それと、こちらは今週末にまた該当のトレーナーにご連絡させていただきますが、年度代表ウマ娘についても内示が出ております。1月中旬にURAの合同表彰式がありますので、受賞されるウマ娘の担当トレーナーは日程調整をお願いしますね」

 

 理事長による激励のお言葉と、たづなさんの事務連絡が終わり、新年早々の特別会議は幕を閉じた。

*1
現実のドバイワールドカップの招待制度とは若干違う。独自設定



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

125 それぞれの選択 前編

 

 

 

「出る!☆」

 

「出ます!」

 

 翌日、チームフェリスのミーティングで。

 昨日の会議で打ち合わせた内容、ドバイワールドカップミーティングへの参加についてメンバーに説明した瞬間に、まず二人から勢いよく参加の返事が返ってきた。

 スマートファルコンと、エイシンフラッシュだ。

 

「……ん、OK。ファルコンはそういうと思ってたけど…」

 

「勿論!!ドバイワールドカップのことは私だって知ってるもん!いつか走りたいって……いや、絶対に走りたいって思ってたから!!」

 

 俺はファルコンのその様子…ああ、去年の春先のころ、ベルモントステークスへの出走を打診したときにも見せた、海外レースへの情熱の高まり、それと同じような……いや、それ以上の熱が彼女に生まれているのを見た。

 やはり、ファルコンは海外レースに強い出走の希望があるようだ。

 まるで魂が嘶いているようなそれ。

 気合が満ちている。間違いなくいい成績を残してくれるだろうと確信できる。

 

 だが、もう一人。

 フラッシュも、同じように瞳に熱を宿し、参加を熱望してくるとは、正直なところ思っていなかった。

 

「……フラッシュも、参加でいいんだな?その、何というか…君がそうして即決するのは珍しい感じも受けるが」

 

「はい。絶対に走ります。……ああ、私も自分のこの気持ちを上手く言葉に表現できません。ただ、ただ……どうしても、()()()()と。ドバイこそが、私の走る先なのだと……そんな確信が私の中に生まれています。私はドバイを走ります、トレーナー」

 

「…わかった。君のその強い戦意を俺は信じる。ファルコンに続いて、君もまた海外の、世界のウマ娘達にその閃光を魅せつけてやろう」

 

「はい!」

 

 フラッシュのその激情の理由については、彼女自身も言葉に表すことはできていないようだった。

 ただ、己の内に熱の様に生まれた信念。

 走るのだと。

 ドバイの舞台で、勝ちたいのだと。

 ファルコンの熱にも負けないその彼女の、ともすればギャップすら感じるほどのレースへの渇望、熱は……俺の目に、普段の彼女よりも眩しく映った。

 美しく、輝いているように見えた。

 まるで今日のこの決意が、彼女のバ体をさらに仕上げたかのような錯覚すら見せて。

 

 好走する。

 レースの三か月前だってのにそう期待したくなるような、そんな様子。

 

 問題ないだろう。

 この二人の参加については決まった。

 先程の説明の中で、ドバイワールドカップミーティングへの招待が入ったこと、出走レースは自由に決められること、参加不参加は自由だがどうするか……という問いかけをした時点で、まず二人が参加表明し、決定した。

 話が早いのは助かる。

 

 だが、うちのチームは現在メンバーが3人だ。

 その3人目、ソファの端に座り腕を組んでいるアイネスに俺は声をかけた。

 

「……さて、アイネス。君はどうする?よく悩んでくれていい話だからね……二人は即答だったけど、別に今日参加を決めなきゃいけない物でもないよ」

 

「んー……急な話で結構びっくりしてるところはあるの」

 

 んー、と口元に人差し指を持ってきて悩むアイネスの顔を見る。

 本来、今日は今年の上半期で出走するレース、それを大まかに決める予定の日だった。

 ドバイの話がなければ、ファルコンはとりあえずフェブラリーステークスから帝王賞。

 フラッシュは恐らく春三冠。

 アイネスは大阪杯→マイル2連戦かヴィクトリアマイルからの宝塚か……と、年明け直後にはある程度彼女たちのレースプランについても考えていたところだったのだが。

 ドバイの話が入ってきたことで、仮組のレースプランがぶっ飛んだ。

 今日はそのあたりも詰めていくつもりである。

 

「えっと、一先ずトレーナー、ドバイワールドカップミーティングの……あたし達が参加を選ぶレースの一覧、見せてくれる?授業でもやったけど確認しておきたいの」

 

「あ、そうだな。二人が即答だったんで出すの忘れてた。SS、プロジェクターにレース一覧と招待ウマ娘の一覧出してくれるか?」

 

「おォよ」

 

「……確認するのを忘れていましたね。ただ、私の場合は走るレースは1択になりそうですが」

 

「ファル子もまぁ、選ぶレースは一つかな…☆?メンバーからすると私は一人で出走しそうな予感するなー☆」

 

 アイネスの声に応じ、俺はSSに指示して室内のプロジェクターにアプリの画面を映し出してもらう。

 なお、当然のことだが、今朝の時点でSSには今回の話を共有済みである。

 もし我らチームフェリスのメンバーが全員参加するようであれば、二人でドバイへ。誰かが日本のGⅠへの参加を希望するなら、俺だけドバイへ向かい、SSは日本でのチーム運営を任せる手筈であった。

 

 さて、そうしてプロジェクターにレース一覧が表示される。

 

 

 【第一レース】

 ドバイカハイラクラシック(GⅠ ダート2000m)※アラブウマ娘限定

 

 【第二レース】

 ゴドルフィンマイル(GⅡ ダート1600m)

 

 【第三レース】

 ドバイゴールドカップ(GⅡ 芝3200m)

 

 【第四レース】

 UAEダービー(GⅡ ダート1900m)

 

 【第五レース】

 アルクオーツスプリント(GⅠ 芝1200m)

 

 【第六レース】

 ドバイゴールデンシャヒーン(GⅠ ダート1200m)

 

 【第七レース】

 ドバイターフ(GⅠ 芝1800m)

 

 【第八レース】

 ドバイシーマクラシック(GⅠ 芝2410m)

 

 【第九レース】

 ドバイワールドカップ(GⅠ ダート2000m)

 

 

 改めての確認にはなるが、この9レース。

 先程参加を表明した二人……フラッシュは、このレースの中ではドバイゴールドカップかドバイシーマクラシックが適正距離だ。

 とはいえフラッシュは中距離2400mこそがその閃光の末脚の神髄。シーマクラシックへの出走で間違いないだろう。

 そしてファルコンだが、走ろうとも思えばどのダートレースでも距離適性としては難しくはない。

 だが、これらのダートレースの中でも世界最高峰の権威と、世界最高峰のウマ娘が集まるであろう…ダート2000mのドバイワールドカップ。これをターゲットとしているはずだ。

 

 これら9つ…正確には第一レースを除いた8つのレースの中で、アイネスが出走を希望するレースがあるかどうか。

 表示されたレース一覧にアイネスが目を通して、内容を確認する様子を俺は見る。

 しばらくの思案。そして、彼女の出した答えは。

 

「……ん、やっぱり問題ないね。よし、あたしも参加するの!チームでドバイ行き決定!!」

 

 参加するという意志。

 その瞳、確かな熱を持っている……嘘をついていないことははっきりとわかる。

 だが、俺は僅かな懸念を持つ。それはアイネスがお姉ちゃん気質のウマ娘であるという点。

 それを早い段階で、念のため口に出し確認することにした。

 

「……アイネス、君の為を想って今、あえて口に出すよ。その、他の二人に合わせて自分も……って気持ちがあるなら、そういう遠慮はいらないからね?今のチームフェリスにはサブトレーナーもいてくれるし、日本のGⅠへの参加希望が強くあればそっちへの出走でもいい。全然遠慮せず言ってくれていいからな?君は……その、周りをよく気遣ってくれるからな。一応」

 

「おー、誰かが日本のGⅠ出走するならアタシがこっち残るからよォ。本心から行きてェってんならいいが、日本の3月のレースへの未練があるなら遠慮すんな。その辺は詰めていけるからな」

 

 そう、他の二人の乗り気に水を差すまいと、自分も付き合って参加しようとしているのでは……と言う点。

 アイネスフウジンはお姉ちゃんウマ娘である。何よりも周囲への気配り、気遣いが出来る娘だ。

 自分だけ日本に残って、チームの足並みがそろわないことを忌避しての、ドバイ参加……というのは、最終的にいいものを残さない感じもする。

 そのための確認だ。彼女の選択を否定するつもりのものではない。

 

 しかして、そんな俺達トレーナーの懸念に対してアイネスの出した答えは、とてもシンプルなものだった。

 

「んーん、大丈夫!あたしの走りたいレースがあったからドバイを選んだの!!確かに、二人に比べるとそこまでの急な想い……ってんじゃないけど、ドバイのレースに参加する分には迷いはないの。というか、ぶっちゃけ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「ん、そうか……?君がそう言うのなら、その意志を尊重するよ。すまんな、水を差して。……あと改めて言っておくけど、今日決定した内容が絶対に撤回できないとかってわけじゃないからな。2月中旬くらいまではいくらでも変更が利く。フラッシュとファルコンもだけど、参加意思や、出走レースの変更の希望があればまたいつでも相談してくれ」

 

「はい、わかりました」

 

「オッケー☆」

 

 アイネスは彼女なりの考え……意志をもって、俺に答えを返してきた。

 その瞳に、確かな熱を、後悔のない選択をした自信を感じたため、俺は一先ずそこで野暮な質問を閉じる。

 彼女なりの理由があり、ドバイを選択したのであればそれは尊重するべきだからだ。

 しかし、気になる一言も最後に零れていた。

 日本もドバイも同じ、というそれ。

 ……何だろう?彼女の今年のレース出走に、彼女なりの理由がある、と言う事なのだろうか。

 そこも出走レース決定で確認していくか。

 

「よし、それじゃあ一先ずは3人とも参加で予定を組みます。では次に、ドバイでどのレースに参加していくかも決めていこうか」

 

「はい。─────ドバイシーマクラシックでお願いします」

 

「ドバイワールドカップ!!!!!」

 

「即答過ぎない?」

 

 続いてプロジェクターにレース一覧を表示したまま、それぞれがどのレースへ出走するかの確認を取ろうとしたところで、閃光と隼からカットインが入った。

 早い、早いよ!

 

「……あー、まァお前らはこの2つのレースだよなァ。フラッシュは距離適性が一番合致する2400m。ファルコンは中距離2000m。……ここは即決でもいいだろ。しかしドバイワールドカップか……アタシの時はオールウェザーだったんだよなァ、懐かしいぜ。出走しないか打診来てたなァ……洋砂じゃねェしあの頃あまり修道院空けられなかったから断ったけど*1

 

「へー、サンデーさんにも打診来てたんだ☆?」

 

「ああ、いちおー年度代表ウマ娘だからなァ。当時ダートレースだったら悩んだかもなァ。……っと、アタシの話はどうでもいいんだ。お前らが気持ちよく走れるレースを選ぶのが大切だぜ」

 

「SSの言う通り、だな。フラッシュとファルコンについては、俺もまぁ、このレースかなって思ってたから……じゃあ、二人はこのレースで決定、でいいか?」

 

「はい。……実を言うと、ドバイワールドカップに()()()()()()()()()気持ちもあるのですが、ダートですからね。シーマクラシックは芝の2410m、私の得意距離でもあり、ファルコンさんがアメリカでダートを走った距離です。今度は私が芝の上で、誇りある勝利を」

 

「私もOK!!2000m以上なら隼の領域(テリトリー)だって、世界中に思い知らせてやるんだから!!☆」

 

 俺は二人に再度確認を取り、二人の意志が固いことを察した。

 勿論、この二つのレースは彼女たちのまさしく得意距離だ。適性に心配はないだろう。

 後は俺達トレーナーが、どんな風にコースを攻略をしていくか、どんな相手がライバルとなるかよく調査し、彼女たちを勝利に導けばいい。

 

「んー、二人ともすっげぇ気持ちの強さなの。あたしの挟まるタイミングなかったのー。はーなの」

 

「ああ、ごめんよアイネス。君を蔑ろにする気持ちは全くないからね」

 

「申し訳ありません、アイネスさん。どうにも気持ちが昂ってしまって……よくないですね、落ち着かなくては」

 

「だね、なんかもう、心がぴょんぴょんしてる感じで……えへへ☆」

 

 そうして二人の出走するレースが決定したところで、アイネスからはーなのが出てしまった。

 ごめんて。君の選択だってとても気にしている次第なんだ。

 というか、アイネスの選択こそがむしろ俺にとっては気になるところだ。

 

 彼女は、どんな思いで、どのレースへの参加を希望するのか?

 先程の言葉の真意も確認したいため、俺は続いてアイネスに意思確認を取る。

 

「じゃあ……アイネス、君が出走を希望するレースを教えてくれ。君は走れる距離のレースも多いから、出来れば理由まで、な」

 

「ん、わかったの。あたしは────────────────」

 

 そして、アイネスが出した答えを聞いて。

 その場にいたアイネス以外の全員が、驚愕に目を見開いた。

 

 

*1
史実のサンデーサイレンスが引退したのは1990年、DWCが創設されたのが1996年。独自設定



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

126 それぞれの選択 中編

 

 

「出る」

 

「即答かよ。……いや、まぁヴィイらしいか」

 

 ここはスピカのチームハウス内。

 フェリスと時を同じくして、沖野がチームメンバー全員にヴィクトールピストがドバイワールドカップミーティングに招待された事を話していた。

 そしてヴィクトールピストの出した答えは。

 

「出るわ。出る。……絶対に出る。ドバイには、()()()()()()()()()、そんな気さえする……」

 

「……随分と気持ちが入ってるな。凱旋門の時と同じ……いや、それ以上か?…どうした?ドバイに何か想い入れでもあったか?」

 

「ううん、今まで特に意識はしてなかった……けど、ああ、なんだろう。()()()。その言葉を聞いて、そして出走できるって聞いた瞬間に……一気に気持ちが噴き出てきて……!」

 

「ヴィ、ヴィイ先輩!?体震えてませんか!?」

 

「ウワーッ!?大丈夫かよ先輩!?」

 

 俯き、両腕で己の肩を抱きしめるように体を縮めて、ヴィクトールピストが体を震えさせる。

 そんな彼女の様子を見て、両隣に座っていたダイワスカーレットとウオッカが心配そうに肩に手を置く。

 

 ヴィクトールピストの震え。

 それは、怯えからくる震えでも、冬の寒さからくる震えでも、ない。

 沖野は、そんなウマ娘の様子を、理由を知っている。

 ごく稀、まるで運命的なレースに挑む前のウマ娘が、その本能から、魂から戦意を迸らせるときに起きるモノ。

 

 ──────武者震いだ。

 

「……ヴィイなら参加するって言うと思ってたけど、想像以上だったな。ヨシ!そんじゃ参加は決定!!じゃ、次にどのレースに出たいか、だな」

 

 沖野は彼女の意志の強さを感じとり、参加については確定の決を下した。チーム内に小さく拍手が起こる。

 続いて、彼女の出走レースを決める段となる。手書きでホワイトボードに各レースの情報を書き起こし、一覧を作ってヴィクトールピストに示した。

 

「…こんなところか。今年のドバイワールドカップはまだダートだからな。オールウェザーに戻ってりゃ、どの距離だってお前なら走れるんだが……」

 

「そう、ね。もし、ドバイワールドカップがオールウェザーならそこに、って気持ちだったんだけど……ダートじゃ、厳しいわね。でも、ファルコン先輩が代わりに勝ってくれるわ、きっと」

 

 沖野の言葉にヴィクトールピストがうなずく。

 以前にはオールウェザーのバ場で開催されていたドバイワールドカップ。沖野もまたヴィクトールピストの脚質適正については十全な理解をしており、基本的に芝への適性がある他、オールウェザーなら問題なく走れることを練習で把握している。

 だが、ダートの砂質になってしまうと、適性が鈍る。全く走れないほどではないが、得意とは言えない。

 スマートファルコンのダート適正をS、他の一流ダートウマ娘をAとすれば、B~Cと言ったところか。

 国内の重賞ならまだ勝負にはなるだろう。

 だが、これから挑むは世界の頂、ドバイワールドカップミーティングだ。

 ダートレースへの出走は避けるべきであろうという考えに、ヴィクトールピストも同意した。

 

「となると……GⅡは長距離で脚への負担も大きすぎるから、走るなら短距離、マイル、中距離のどれかね…」

 

「ああ。ただ……ヴィイの距離適性で考えれば、マイルか中距離かね。シーマクラシックならエイシンフラッシュが出てくるだろうな。ドバイ自体に参加してれば、って前提だけど」

 

 おおよそレースを絞り込んでいく。

 芝のGⅠの三つ、その内アルクォンズスプリントは芝のGⅠだが短距離の直線1200mだ。

 短距離レースもジュニア期に経験のあるヴィクトールピストだが、現時点では短距離に優れた適性があるとは言えない。

 基本レンジはマイル~長距離だ。それだって胸を張っていいレンジの広さである。

 

 しばらくの逡巡。

 そうして、ドバイターフとドバイシーマクラシックの2択から、ヴィクトールピストの選んだレースは。

 

「……………ドバイターフ、1800m。そこにするわ」

 

「ん、OK。……確認しとくけど、どんな理由だ?」

 

 マイル戦を選択した。

 沖野がその答えを聞き、ホワイトボードに大きく丸を書いて参加レースへの同意を示しつつ、理由を確認する。

 

「……えっとね、たぶんだけど…フラッシュ先輩は絶対シーマクラシックに出走するとして、アイネス先輩がそこに被せてくるとは思えないの。アイネス先輩、気遣いするタイプだから…で、アイネス先輩の得意距離と言ったらマイルから中距離でしょ?アイネス先輩なら、ここに来るかなって…」

 

「ん。……ああ、成程。フラッシュは確かに、有マで一矢報いたからな」

 

「ええ。フラッシュ先輩やライアン先輩との再戦を恐れるつもりはないけど、革命世代の中で、芝メインで走る同期の中で私がまだ勝ったことのない相手なのよね、アイネス先輩。日本ダービーで見た、あの逃げの走り。私はあれを捉えたい。風を切り裂いて、捉えてやりたい。……それが一番大きな理由。あとは、ササちゃんやイルイル、同学年の二人もどちらかと言えばマイルを選びそうだしね。あの二人ともいつか走りたいと思ってたし」

 

「成程な。……いいんじゃないか?見知らぬ海外のウマ娘に気を飛ばすよりも、身近な世代のウマ娘に負けたくない!ってのは健全な理由だよ。俺だって南坂君や立華君に負けてらんねーしな。俺から特に反対はねぇ」

 

 沖野はヴィクトールピストの語った理由を聞き、それを受け入れた。

 しっかりと筋の通った理由だ。アイネスフウジンは今の革命世代の中でも、やはり頭一つ抜け出ている。チームフェリスの3人が世代の主軸となっていることは疑いのない所だ。

 だが、いつまでも3人が主軸というのも面白くない。

 うちのヴィクトールピストだって、世代の主役になる権利がある。その実力がある。

 溢れる戦意を身の内に抑え、ゆらりゆらりと尻尾を揺らすそんな彼女の様子に、沖野はドバイでの成功を確信した。

 

「決定だな。ドバイターフにヴィイが挑む。風神も、ササイルコンビも、世界のウマ娘も……お前の脚で捻じ伏せてやれ!勝つぞ!!」

 

「はいっ!!」

 

 チームスピカ、ヴィクトールピストはドバイターフへ。

 世代のウマ娘の挑戦レースがまた一つ決定となった。

 

────────────────

────────────────

 

「その中であれば、やはりドバイシーマクラシックですね」

 

「……ですね。私も、ライアンさんの距離適性を考えても、そこだと考えていました」

 

 時を同じくして、ここはチーム「レグルス」のチームハウス。

 チームメンバーが集うここで、新入りであるメジロライアンもまた、トレーナーである小内と共に、己の走るレースを選択していた。

 

「ドバイかァー……海外レース流行ってんなァ最近」

 

「海外でも勝利できるほど、日本の環境も向上しているということの裏返しだからねぇ。栄誉なことでもある。悪い事ではないとは思うよ、今の所」

 

「……今の所?ですか、タキオンさん?」

 

「ああ。考えようと思えば懸念はあるさ。海外挑戦して、しかしその結果が芳しくないことになれば、日本のウマ娘が御しやすいと海外に思われるかもしれない。日本のGⅠレースの賞金額は世界的に見ても高水準だ。URAの想定以上の海外ウマ娘が日本のGⅠに挑みに来て、国内GⅠを蹂躙される…と言ったこともあるかもしれない。実際、かつてのジャパンカップはそんな様相になりかけていたからねぇ。無論、そうならないようURAも考えているし、ただの邪推でしかないが」

 

「ほわぁ~……いろいろな考えがありますねぇ。けれどぉ、タキオンさん?これからライアンさんが海外に挑むというのに、そういう話はよくないのではぁ?」

 

「空気読めよお前」

 

「ハハハ、これは失礼したねぇ!確かに、これから海外挑戦するライアン君の前で語るような話ではなかったね。悪気はなかったんだ、すまない」

 

「あはは…大丈夫、気にしてないよタキオン。それに、海外レースでもきっちり日本のウマ娘が勝ってくれば問題ない話でしょ?あたしも頑張ってくるよ、革命世代の名に恥ずかしくない走りを」

 

 チームレグルスのメンバーである、ディクタストライカ、アグネスタキオン、ニシノフラワー、メジロブライトが雑談の中で海外レースへの所感を零す。

 その中で話の舵取りを間違えたタキオンが素直にメジロライアンに謝意を伝え、ライアンも気にしていないと伝える。

 小内がその様子を見て、軽くため息をついた。タキオンは裏表のない性格であり、悪意がないことは全員が理解しているのだが……しかし、チームに最近加入したライアンの前である。後で釘は刺しておこうと考えた。

 

 こほん、と小内が軽く咳ばらいをし、話を戻す。

 

「では……ライアンさんは、ドバイシーマクラシックへの参加となります。3月からは私が海外遠征に付き添いますので、ブライトさんに3月中のチーム運営をお任せしてもよろしいですか?」

 

「は~い、お任せください。タキオンさんもいますし、他のトレーナーにも頼る様にしますからぁ、大丈夫だと思います~」

 

「練習中の負担管理や指導メニューは私に任せたまえ。小内トレーナー、君はライアン君をドバイで勝たせることに注力するといい。なにせ、チームレグルスの期待の新メンバーだからねぇ」

 

「助かります。……タキオンさんも、サブトレーナー資格を取得しませんか?君の成績と学力ならば容易いでしょうに」

 

「試験勉強の時間があるなら研究に費やしたいのでねぇ」

 

「……いや、知ってたけど。相変らず濃いメンバーが集まったチームだよね、ここ」

 

「えっ……」

 

「オイ、ライアン。フラワーがお前の発言でショック受けてるぞォ。責任とれ責任ー」

 

「いや違うよ!?濃いって言ってもいい意味で!いい意味でだからね!?フラワーちゃんはチームの清涼剤というか、いないと駄目な軸の存在と言うか……!」

 

 話が二転三転する、気安い雰囲気がチームハウス内に広がっていた。

 メジロライアンは今年の初め、つまり昨日からチームに移転してきたウマ娘ではあるが、それ以前にも彼女が姉さんと呼ぶ専属のトレーナーが小内トレーナーやメジロブライトと親しくしており、何度も併走の練習を行っている。夏合宿は同じホテルに宿泊させてもらったくらいだ。

 そのため、既にチームとしての絆は作られていた。

 たとえ新入りと言えども、すでに日本の歴史を塗り替えるほどの記録を残した、革命世代の優駿。

 それが海外のレースに挑戦するというのだ。

 チームメンバーとしては、応援する一心で固まっていた。

 

「…ライアンさん。ドバイシーマクラシックには、恐らくエイシンフラッシュさんが参加されるでしょう。目下、貴方の一番のライバルとなる方です」

 

「……ええ。フラッシュちゃん…彼女と一緒に走ったレースの数はあたしが一番。でも、5回とも全部負けてる。悔しさもあるけど……そんな彼女の強さを、あたしは尊敬しています。そして、だからこそ、超えたい。あの閃光に、あたしは勝ちたい……!!」

 

「……勝ちましょう。貴方の努力と、そして今は産休されておられますが、貴方の専属トレーナー、あの方の想いと……そして、私達チーム『レグルス』の力で。貴方なら、できます」

 

「はい…!フラッシュちゃんにも、他の海外ウマ娘にも負けません!」

 

 ぐっ、と強く握り拳を作り戦意を高揚させるメジロライアン。

 その様子を柔和な笑顔で受け止めて、同じように握り拳を作る巨漢の小内。

 サイズ差の違う二つの力瘤は、しかし確かな新しい絆となって、海外挑戦への意志を固めたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

127 それぞれの選択 後編

 

 

「……と言うわけで……ササヤキさんとイルネルさんが、ドバイへの招待を受けております」

 

「なぁんですってぇ!?!?!?!?」

 

「年明け早々鼓膜にダメージが!……しかし、ドバイですか」

 

 そしてこちらはチーム「カノープス」のチームハウス内。

 南坂がミーティング内でドバイワールドカップミーティングの説明を行い、昨年の革命世代として名を馳せた二人が招待を受けたことを伝える。

 それにサクラノササヤキが驚いて大声を上げて、マイルイルネルの耳がぺたんと閉じた。

 

「出ますッッ!!!すごい、すごいことですよね!?ドバイのレースに参加できるのって!!」

 

「ええ、招待制ですからね……URAに参加を希望して出走するにせよ、実力と実績が認められたウマ娘でないと参加はできません」

 

「過去にドバイに参加したウマ娘ももちろんいるけど、ここまで人数多い事って初めてじゃない?」

 

「ですね。ネイチャさんの言う通り、これまでは多くても3名程度だったと記憶しています」

 

「ドバイってどこにあるんだっけ?」

 

「授業でやったよターボ~。えーっとねぇ、確か~……」

 

「アラブ首長国連邦、ですね。アラビア半島にある国……そこに、僕とササちゃんが……」

 

 ナイスネイチャ、イクノディクタスがサクラノササヤキへの南坂の説明に解説を加え、ツインターボとマチカネタンホイザが首を傾げたところでマイルイルネルが説明を添える。

 知能担当のネイチャ-イクノ-イルネルのラインと、勢い担当のターボ-マチタン-ササヤキのラインが綺麗に描かれ、南坂は苦笑を零した。

 

「ササヤキさんは参加の希望でいいですね?では……イルネルさんはどうしますか?」

 

「……そう、ですね。僕も、参加したくないわけじゃないんですが……」

 

 サクラノササヤキの明快な答えの後、南坂はもう一人の革命世代、マイルイルネルに確認を取る。

 マイルイルネルは南坂の言葉、ドバイへの参加について……逡巡が生まれていた。

 

「さっき見せてもらったメンバー……フジマサマーチ先輩以外は、いわゆる革命世代を集めてますよね。けど、その中で……言っちゃなんですが、僕たちは実力が足りてない様にも、思うんです」

 

「イルイル!?それは禁句だよ!?」

 

「そーだよイルイル~?GⅠ2勝と1勝のアンタらがそんなこと言うとネイチャさんも激おこしちゃうよ~?」

 

「GⅠ取ってるのにイルイルは自信が足りないもん!!」

 

「いや、お二人こそ去年は、特に有マですさまじい走りだったじゃないですか。……僕に、ドバイで走る実力があるのか……」

 

 マイルイルネルの悩みはそこだ。

 革命世代の中で、特に優秀と謳われるのはチームフェリスの3人。

 続いて凱旋門での僅差の三着、有マ記念で一着のヴィクトールピストと、宝塚クラシック期制覇のメジロライアン。

 ハルウララについても無論、優駿であるという理解…ダート短距離であれば隼相手でも引けは取らない、強いウマ娘であるとわかってはいるが。

 

 僕は、どうなんだ?

 勝利GⅠは革命世代が誰もいなかったオークスのみ。

 ササちゃんだって、僕と一緒に秋華賞で確かにアイネス先輩を破りはしたが、領域の発現無し、アイネス先輩がスランプの時だ。

 その後に挑んだエリザベス女王杯、マイルCSではお互いにシニアウマ娘に敗北し2着だった。

 

 確かにドラマはあっただろう。

 ティアラ路線でアイネス先輩とバチバチにやりあった、それは己の確かな経験と想い出として胸の内にある。

 だが、実力は?

 これまでにも似たようなウマ娘はいたじゃないか?

 世界を変える革命世代の一人に数えられるほど、本当に僕たちは強いのか?

 

 そんな、ある意味ではカノープスらしい、己への根拠のある自信のなさが、マイルイルネルにドバイへ参加するという返事を躊躇わせた。

 

 しかし、ここはチーム『カノープス』だ。

 そんな悩みなど、既にいくらでも経験している先輩たちがそこにいた。

 

「……イルイル、()()()()。あたしも昔、同じような悩みでヘラってた時期あるし」

 

「ネイチャさん……」

 

 その悩みの先達、筆頭たるウマ娘……ナイスネイチャが、マイルイルネルの肩に手を置き、言葉を紡ぐ。

 既に何年もレースを走り、そうしてサブトレーナーの資格まで取得した彼女は、その精神性が熟成され、頼られる存在となっていた。

 

「テイオーを相手にしてた時、何度も何度も…同じようなコト、考えてた。キラキラしてるウマ娘を相手にして、あたしは勝てるのか……いや、勝つって言うか、そもそも同じレースに出ていいのか、こんなモブキャラが……なんてね。ずっと、胸に棘は刺さってたよ」

 

「………でも、ネイチャさんは」

 

「うん。色々考えて、悩んで、悩み抜いて……でも、やっぱ、()()()()()()()()。テイオーと、当時の世代のウマ娘達と。レースに出る時だって、いやゲートの中だって悩んでたけど。でもね、そんな私だったけど……後悔は、無かったかな」

 

 ナイスネイチャの走りの歴史については、改めて語るべくもないだろう。

 GⅠの勝利に恵まれず、周囲の才能あるウマ娘達に挑み、伏兵として、おなじみ三着として周知される彼女のその物語が、しかし陳腐なものだなどとは誰にも言わせない。

 苦悩しながらも、ナイスネイチャは挑戦することを選んだ。

 戦う道を選んだ。

 走る道を選んだ。

 それはなぜか。

 

「─────()()()()()()。テイオーに勝ちたかった。テイオーがいない菊花賞だって、『テイオーが出ていればなんて言わせない、私の方が上なんだ』…って、叫んでた。負けて、悔しくて叫んでた。……叫ぶほど悔しかった。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「っ!!」

 

「ねぇ、イルイル。アンタは頭が回るからさ、悩むこともあると思うよ。けど、もっとシンプルでいいんだよ、レースなんて。……チームフェリスに、ヴィイやライアン先輩に、アンタはどうしたい?」

 

「……僕は……僕、は……」

 

 肩に置かれたナイスネイチャの手から伝わる。熱い想いが、魂の鼓動が。

 マイルイルネルの答えは一つだった。

 

「……()()()()。勝ちたい、です!!万全のアイネス先輩に勝ちたい!フラッシュ先輩と、ライアン先輩と末脚勝負して、勝ちたい!ヴィイちゃんの領域を、知略で捻じ伏せてやりたい……!!そう、か、そうだ、僕は、勝ちたい……!」

 

「……決まり。アンタのその言葉、待ってたよ。ねぇ、南坂トレーナー?」

 

「ええ。貴方が勝てるように尽力するのが、私達の仕事であり望みです」

 

 マイルイルネルの想いの発現に、ナイスネイチャがまるで聖母の様に柔らかく微笑み、南坂もそれを見て頷く。

 レースに出て、勝ちたい。

 そんなシンプルな答えだが、しかし、それこそ絶対に見失ってはいけないものだから。

 

「…南坂トレーナー。僕もドバイに出ます。自分が勝てるかわからないから……なんて、恥ずかしい理由で悩むのはやめました。カノープスらしく、僕は僕の全力を以て、世界に挑む」

 

「わかりました。二人とも、完璧な調子でレースに出られるように…勝てるように、頑張りましょう」

 

「イルイル……!!!よかったよぉ、一人だけじゃ寂しいと思ってたから!!!」

 

「ササちゃん、ごめんね……少し自分を見失ってたよ。でも抱きしめて耳元で怒鳴るのはやめて」

 

 こうしてサクラノササヤキに次いで、マイルイルネルも出走を決定した。

 チーム全体に祝福の言葉が広がり、そうして暫く盛り上がったのち、落ち着きを見せたところで次に決める内容を南坂から口に出す。

 

「では、3月からの遠征には私とネイチャさんが同行するとして……」

 

「留守番はお任せください。完璧なチーム管理をいたしましょう」

 

「お土産楽しみにしてるもん!」

 

「応援してるよ~!えい、えい、むん!!」

 

「よろしくお願いします、イクノさん。……さて、ではお二人の出走するレースをどれにするか、ですね」

 

 レース一覧をホワイトボードに記載し、南坂が出走レースについての確認を取る。

 二人は芝を走るウマ娘だ。距離適性は主にマイル。

 サクラノササヤキはジュニア期に短距離の重賞を制覇しており、マイルイルネルはオークス、2400mで一着を取っている。また、二人とも2000mの秋華賞でレコードを記録していることから、それなりにレンジは広い。

 しかし、それぞれの己の脚への理解から、出走レースについてはあまり悩まなかった。

 

「…ぶっちゃけ、短距離はそこまで得意じゃないんですよね!!!ペース守ってると負けるから!!!」

 

「僕も、短距離だと速度が乗り切らないからね。中距離は2410mか……スタミナがたぶんギリギリになる。オークスの時はまだ他のウマ娘もスタミナが完璧じゃなかったから何とかなったけど……世界に挑むには不安だね」

 

「……ってことはやっぱ、ドバイターフかなぁ!?!?」

 

「かな。1800m……少なくとも、実力を発揮しきれなかったって言い訳の利かない、得意距離だ。そこにしようか」

 

 二人の結論はそこに落ち着いた。

 短距離はサクラノササヤキのペース走法、マイルイルネルの追い上げる豪脚がいまいち発揮できない。

 中距離は2000mであれば悩んだが、2410mとなるとスタミナに不安が残る。

 二人の実力をいかんなく発揮するのであれば、マイル戦。ドバイターフへの出走を二人とも希望した。

 それを聞いて、南坂もナイスネイチャも理解を深めて頷く。

 

「ま、アンタたちの得意距離はそこだよね。いいんじゃない?」

 

「ですね。では、お二人ともドバイターフへ……激戦が予想されますね。ヴィクトールピストさんやアイネスフウジンさんはこちらに出てくる可能性もあるでしょう。世界から集まるウマ娘、その全員が侮れない相手です」

 

「はい!!でも、出るからには勝つつもりです!!」

 

「僕もです。勝ちたいっていう自分の気持ちに嘘はつけない……何としても勝ちに行きますよ」

 

 無事に出走レースも決定し、チーム全体の今年の出走プランについても組み始める。

 チームカノープスの伏兵たる二人もまた、ドバイワールドカップミーティングへの参加を確定した。

 

────────────────

────────────────

 

「ドバイか………正直、あまり気はそそられんな」

 

「ま、だよな。お前ならそう言うとは思ってた」

 

「ええ!?すごい栄誉なことですよ!?」

 

 また場面は変わり、ここはチーム『カサマツ』のチームハウス。

 北原からドバイワールドカップミーティングへの参加を打診され、それを腕を組みながら聞いていたフジマサマーチは、しかし出走に対して前向きな答えを返さなかった。

 それに驚くベルノライトだが、しかし他のチームメンバー……オグリキャップやカサマツ三人組は、マーチの答えの理由に心当たりがあった。

 

「……()()()()()()()()()、か?」

 

「マーチのご執心の相手だもんなー」

「わかる。アタシらもぶっちゃけそーだし」

「中距離じゃ無理だけど短距離ならワンチャンあると思うんだよなぁ…!」

 

「ああ、そういうことだ。今の私は、どうやってファルコンに勝つか……そればかり考えている」

 

 フジマサマーチ。シニアを長く走る、ダートウマ娘としては安定して高い実力を持つウマ娘だ。

 そんな彼女は、去年の初対決を経て……最愛の後輩にして最大の強敵たるスマートファルコンへの執念を燃やしていた。

 

 一度でいい。

 あれに勝ちたい。

 あの砂の隼の視界に、己の背中を見せつけてやりたい。

 

「……まぁ、出るか出ないかで言えば出るさ。海外挑戦も勉強だ、己の糧になるだろうし……3月はスマートファルコンの出走する国内ダートレースはないだろう。そして、出るからには当然、勝つつもりで走る」

 

「おう。そんじゃ出走するとしたらどのレースにするよ?」

 

「ドバイワールドカップ────と、言いたいところだが。流石にそこまで己の脚を過信はしていない。中距離ではファルコンには勝てん。それを去年思い知らされた……当然、ファルコンはドバイワールドカップに出るだろう。そしてアイツが一着だ。それは確信できる」

 

「……マーチさんも、ジャパンダートダービーで一着でしたし、中距離だって……」

 

「ふふ、ベルノ。そう言ってくれるのは嬉しいが……天才はいるんだ、悔しいがな。一度アイツと走ればわかる。愛する後輩に対して、心から信頼し言い切れる。()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 フジマサマーチの出走レースについて話が膨らみ、中距離ダートレースに話になるが、フジマサマーチはそこへの出走を回避した。

 ベルノライトも言ったように、フジマサマーチは中距離も走れるウマ娘だ。クラシックの時期にGⅠに勝利し、その後も帝王賞や東京大賞典で好成績を残している。まだ今年はGⅠではないが、川崎記念で1着も取っている。

 しかし、今年のスマートファルコンの東京大賞典での走りを見て理解した。

 

 中距離では、スマートファルコンには勝てない。

 

 ネガティブな感情とも思われるその内容だが、カサマツの三人組のうち、中距離も走れるノルンエースも同様の結論に至っている。

 自分たちの中距離への適正、脚の馴染みが十全でないことも確かだ。これがオグリキャップなら…もしくはアグネスデジタルといった、さらに中距離を得意とするウマ娘ならばわからない。

 だが、シニア級の今、さらに適性を伸ばせる見込みもない自分たちにとって、中距離は鬼門だ。

 今持っているカードで勝負するならば、中距離レースは選択肢から外さざるを得ない。

 

「……まぁ、しゃあねぇな。俺だって、勝てるから出走しろよ、なんて無責任なこと言えねぇし。そんじゃマイル以下のレース、ってなるとGⅡのゴドルフィンマイルかGⅠのゴールデンシャヒーンになるけど…」

 

「その二つならゴールデンシャヒーンだろうな。短距離ダートは得意中の得意だ、ウララもそこにくるかもしれんが……その距離なら、過不足なく走れるだろう。世界の強敵を相手に走るのは、いい経験になる」

 

「おう。じゃあ目下の予定はそこっつーことで打診しておくぜ。ただ、まだいくらでも変更はきくからな、出走レースの変更や……まぁ、もし参加自体取りやめたいって思ったらまた言ってくれ」

 

「ああ、世話をかける。……今は世界よりも、目の前を飛んでいる隼を捕まえるのに夢中だからな。むしろ、そっちの方で頭を使ってもらうぞ、キタハラ」

 

「おうよ、とんでもねぇ無茶振りだが、まぁ俺だって立華クンの先輩やってっかんな。一矢くらいは報いてやりてぇさ。ってことで……今年のレース、初戦は以前話してた通りでいいな?」

 

「ああ。……私はフェブラリーステークスに出る。ドバイまで間隔もあるし、ファルコンも出走予定は取り下げないだろう。そこで勝負だ。鍛え上げるぞ……私の走り、これまでの全てをそこに注ぎ込む」

 

 ドバイへの参加についてはあっさりと、悩まずに決定した。

 フジマサマーチにとって、降って湧いたような話ではある。すぐに熱が高まらないのは当然と言えた。

 スマートファルコンやエイシンフラッシュ、ヴィクトールピストの方が、一般的に考えれば異常な執着を見せていると考えられる。

 栄誉なことではあるし、間違いなくいい経験になる。参加自体は了承としたが。

 

 だが、それよりも。

 ()()()()()()()()

 スマートファルコンという、きっと己の競走人生で二人目となる、最後にして最大の強敵である彼女に勝ちたい。

 

 そちらの方への熱、執念、気魄をフジマサマーチは抱えていた。

 それであれば、北原のやる事も一つだ。

 ドバイの前に、まずはフェブラリーステークスに全力を尽くす。

 砂の隼に挑む。

 

「……ふふ。少しだけ、妬けるな」

 

 そんな、かつて自分に対して見せていたような勝利への執念。その矛先が後輩に向けられていることに、苦笑を浮かべて多少の嫉妬を覚えるオグリキャップであった。

 

────────────────

────────────────

 

「ドバイ!!!……って、どこ?」

 

「海外だよ。アラブって言う国にあるところでレースするんだ」

 

「えー!?外国なの!?すごーい!!ウララ、行ってみたいな!!」

 

「そか。そんじゃ、参加は決まりとして……問題は、どのレースに出るか、だな」

 

 ここはチームハウスではない。学園にある空き教室、その一室をトレーナー室として借り受けている。

 トレーナー3年目になった初咲と、その専属の担当であるハルウララが、ドバイワールドカップミーティングへの参加について相談していた。

 

「ねぇねぇ、トレーナー!ファルコンちゃんもマーチ先輩も一緒なのかな!」

 

「ああ…スマートファルコンは絶対来るだろうな、海外レースも経験あるし。フジマサマーチはどうだろ……北原先輩、あの場では乗り気って程じゃなかったし……まだわからないよ。けど、ドバイだからな。来る可能性は高そうだ」

 

「おおー!!みんなで旅行して、レースに出るんだね!!すっごい楽しそう!!」

 

 ハルウララの天真爛漫な様子に思わず笑顔がこぼれる初咲。

 彼女のこうしたとても前向きで明るい様子に、何度自分が助けられたことか。

 そんな彼女が、URAにも認められ、CMにも出演し、そして今ドバイワールドカップミーティングへ挑もうとしている。

 これが、嬉しくないはずもない。

 

 しかし。

 初咲には、一つ、懸念があった。

 

(……出走レース。ドバイワールドカップはファルコンが来るだろうし、中距離はやっぱウララには厳しい。勝ちに行くなら避けた方がいい……けど、じゃあ、ゴールデンシャヒーンで勝てるのか?)

 

 そう、それはハルウララの出走レースについてだ。

 彼女は短距離~マイルを得意距離としている。

 中距離への適正は、黒沼先輩の助けもあり、ある程度走れるようにもなって……ジャパンダートダービーも奇跡の勝利を果たしている。

 だが、やはり、中距離はハルウララにとって長すぎる距離なのだ。

 先日の東京大賞典でそれを確信した。

 完璧な適正を持つウマ娘に、ウララは中距離では勝てない。

 悔しいが、これは覆せない。俺の実力では、指導力では、無理だ。

 

 であれば、どのレースに出るか、と言う話になるが。

 初咲は、そこに、人一倍の悩みを抱えていた。

 昨日、家に帰ってから殆ど寝付けなかったくらいに悩んでいた。

 

(……距離だけ見れば、ゴールデンシャヒーンはウララの距離だ。だが……短い。1200mはウララの末脚が発揮しきれない距離だ。JBCスプリントは1400m*1だったから差し切れたけど……不安が残る……)

 

 本音は、ウララにGⅠで勝ってほしい。

 だが、勝てるかどうかが分からない。

 これまでの、実力や作戦を十全に事前にわかっていた日本国内のウマ娘が相手ではない。相手は世界の優駿、生粋のダートウマ娘達だ。

 距離も、出来る限りウララが得意なもので走らせてやりたい。

 

 そんな、捉えようによっては弱気ともとれる思考に、初咲は陥ってしまっていた。

 原因は推して知るべきであろう。

 JBCスプリントまで、素晴らしい好走を果たしていたハルウララだが……冬の、12月のGⅠ2連戦。

 そこで、隼の飛翔に食らいつけず、敗走した。

 その経験が、初咲を迷走させていた。

 

「……なぁ、このレースの中で、ウララが走ってみたいレースはあるか?」

 

「えー?んー……えっと、距離は全部2000mまでだよね?ダートなら、ウララはどこでも走れるよ!」

 

「うん、そうだな……」

 

 悩みの末に、ハルウララ自身の希望を聞くことを忘れていたことに気付いた初咲は彼女に確認してみるが、ウララ自身もどのレースに出走するかを悩んでいるようだった。

 言葉と表情だけ見れば、どんなレースでもいい、と受け取れるだろうが、しかしそんなウララが内心、どのレースに出ようか真剣に悩んでいることを、初咲は察した。

 

 彼女なりに、理解しているのだ。

 ドバイワールドカップにはファルコンが出て、しかし中距離で彼女に勝つのは難しい。

 ゴールデンシャヒーンはGⅠだが、1200mで、差し脚質の自分にとって距離が短い。

 UAEダービーも中距離と言っていい距離だ。スタミナが怪しい。

 ゴドルフィンマイルは適正距離で、ここならば実力は十全に発揮できるが……GⅡである。

 

 GⅠレースの権威はハルウララだって理解している。GⅠでの勝利と敗北を経験している彼女もまた、精神的に成長を見せていた。

 勿論、その経験を共に歩んだ初咲もまた、トレーナーとして十分なレベルアップをして。

 

 そんな経験が。

 彼らに、レース出走に対して勝率を求める苦悩を生んでいる。

 GⅠ勝利への欲求と、敗北の恐怖の狭間で揺れている。

 

 んー、むー、と二人で唸りながら数分。

 そして、出した答えは。

 

「……ゴドルフィンマイルにしようか、ウララ。GⅡだって言っても、世界一のダートレースの祭典の中の一つなんだ。相手は勿論みんな強いし、そこで勝てば十分に胸を張っていいレースだ。ウララが一番走りやすい距離だしな」

 

「……うん、そうだね!!ウララもね、そうしようかなって思ってたところ!」

 

「ああ。やっぱり、走りやすい距離が一番だしな。フェブラリーステークスで事前に距離を走る経験も積めるし……」

 

「うんうん!それに、ゴドルフィンマイル、って第二レースでしょ?日本のみんなの中で、一番に走るレースになるよね!!ウララが最初に、一番だー!ってなれば、みんなも喜んでくれるよね!」

 

「おお、そうだな!そりゃ間違いない!そうなると責任重大だぞーウララ。頑張らないとな!」

 

「せきにんじゅうだいー!がんばるぞー!」

 

 おー!と元気な声を二人で上げて盛り上がる室内。

 その響きとは裏腹に、冬の寒風が僅かに開いた窓から入り、静かに空回りをしていた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「─────あたしは、アルクオーツスプリントに出るの」

 

「……っ。……短距離、直線の芝1200mのレースだ。……そこでいいんだな、アイネス?」

 

「うん。それ以外のレースは考えてないの」

 

 視点は戻ってきて、チームフェリスのチームハウス内。

 アイネスフウジンが選択した出走レースは、何と短距離のレースだった。

 

「ジュニア期で短距離に足は馴染んでる。それをあと2か月で極めて……あたしは、海外GⅠの短距離に挑んでやるの!」

 

「……ああ、OK。出走自体は構わないよ。俺も、君がそのレースで勝てるように尽力しよう。短距離も君は走れるしな。……ただ、理由を教えてほしい。流石に俺も、君がそこを選ぶとは思わなかったからね」

 

 アイネスフウジンの選択に、隠せない狼狽を見せる立華。

 当然と言えるだろう。他のチームメイトも、本気か?という顔を見せている。

 

 アイネスフウジンは走れる距離が極めて広いウマ娘だ。

 本来の距離適性はマイルから中距離だが、立華が実施した地固めの下、長距離にも耐えうる脚は作れている。

 また、ジュニア期に短距離レースへの出走を希望し…立華がそれを成すために距離適性の壁を超える指導に尽力した結果、確かに短距離も走れるようにはなっている。

 

 しかし、それはあくまでジュニア期の事。

 今、完璧な適正を果たしているとは言えない短距離に、しかしアイネスフウジンは強く出走を希望した。

 その理由は、何か。

 

 続くアイネスフウジンの言葉に、それを聞いたチームメンバーは、納得と驚愕をさらに深めることとなった。

 

「ふふ、あたしは伝説を作るって言ったでしょ?それを成すためにはどうすればいいか、考えてたの。で、決めた。あたしは────────」

 

 それは、言葉にすれば誰もが理解する、伝説の結実。

 しかし、誰もが理解する、余りにも難解なる挑戦。

 

 

「───────全部の距離のGⅠで勝つ。短距離の後は天皇賞春にも出るからね!!今年一年、GⅠを荒らしまわってやるの!!」

 

 

「………そっかぁ」

 

 絶句したのち、立華の口から惚けたような返事が零れた。

*1
実在のJBCは持ち回り開催で、大井・盛岡・京都は1200m、名古屋・川崎・園田・金沢・浦和は1400mになる。






10分投稿を遅らせた理由はこの挿絵をアップする時間が必要だったからです。

Z-Z様にスケブでご依頼し挿絵を描いていただきました!

【挿絵表示】

この修道服!!!この胸!!!!!黒タイツ!!!!!流星!!!!
ヴッ(尊みで心停止)

オリウマの依頼だったのに素晴らしいイラストをありがとうございました!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

128 命を運ぶと書いて

 

 

 

『はーぁ。晴れた昼過ぎだって言うのに、日本の冬は冷えるわね……』

 

 黒いジャージに身を包み、トレセン学園の校内を歩いている黒鹿毛のウマ娘。

 サンデーサイレンスが、ふぅ、と口元から白い息を零しながら、学園内を当てどなく歩いていた。

 

 行き先は特に設定していない。

 チームの練習についてだが、昨日の時点でチームの3人とも、全身の筋肉を悉く苛め抜いたため、今日は筋肉痛地獄となっている。

 マッサージくらいしかやる事がなく、それはチームの主導トレーナーである立華一人で済ませられるものでもあり、今日はサンデーサイレンスはチームの練習に参加していなかった。

 

 ただ、完全に暇を持て余しているわけではない。

 サンデーサイレンスは、とある目的をもって学園内をうろついていた。

 

(しかし……ドバイ、ね。アイネスの短距離だけが距離的には心配だけど……)

 

 目的を忘れることなく、しかしサンデーサイレンスは昨日のミーティングで決定した、チームフェリスのドバイ参加に思考を伸ばす。

 3人とも参加が決定したドバイワールドカップミーティング。その中で、出走レースについて……アイネスフウジンが、アルクオーツスプリントへの参加を希望したことは記憶に新しい。

 しかも、今年は全距離のGⅠ制覇を狙うから、その後は天皇賞春にも出走すると。

 

 驚きしかなかった。また、余りにも挑戦的過ぎるとサンデーサイレンスは思っていた。

 ありていに言えば、無謀が過ぎる。

 アイネスフウジンの距離適性は当然の如く彼女も知るところである。確かに短距離から長距離まで好走を果たせる万能の脚質を兼ね備えているのは理解しているが、しかし短距離と長距離はその中でも適正として完璧とは言えない。

 もしこれが自分が専属で担当するウマ娘ならば、マイルか中距離に距離を変えてはどうか、と打診するところであった。

 

 しかし、あの男は違った。

 立華勝人は、そんなアイネスの出走の理由も聞き届けた上で、こう言ったのだ。

 

────『OK。両方とも、君が勝ちきれるように仕上げてみせるよ』と。

 

(……タチバナ。貴方は、どんな経験をこれまでにしてきたの?短距離を走った後に長距離で勝ちきれるような指導……その経験が、貴方にはあるというの…?)

 

 サンデーサイレンスは、勢い任せでも大言壮語でもない、確かな自信を持った立華のその言葉に、内心で驚愕を覚えていた。

 彼の秘密は知っている。1000年の時を、トレーナー業に費やしたことは知っている。

 だが、知ってはいても、実感として追いついていない。想像が及ばない。

 果たして、どのような指導をこれまでにしてきたというのか?

 興味は絶えなかった。

 無論、彼のこの世界線以前の過去を掘り起こすなどと、破廉恥な質問はするつもりもないのだが。

 

 ────まぁ、どう考えても想像の埒外にあるだろう。

 立華勝人の過去。

 芝も長距離も絶望的な適性の、走る才能に恵まれないウマ娘に、ダートの短距離GⅠで勝利した1か月後に、芝の長距離、国内最高峰のレースで勝利させようとしていたなどと、想像できるはずもない。

 そんな無理難題を果たした立華にとって、芝の適正は万全、短距離も長距離も十分走れる才能あふれるウマ娘の希望の通り脚を仕上げることは、決して不可能なことではなかった。

 無論、レースの勝敗は別となるため、そこも立華は尽力するつもりではあるが。

 

『ふーぅ。……寒』

 

 少し大きく息をついて、サンデーサイレンスが思考を切り替える。

 ドバイについてはもう呑み込んだ話で、彼女たち3人の練習についてはより一層、特に日本国内にいられる2月中に体幹をさらに仕上げていくことで意志は固まっている。

 しかし、チームのサブトレーナーと言う立場であるサンデーサイレンスには、それ以外にもやらなければならないことがあった。

 

 話は今朝のチームハウスにさかのぼる。

 昨日ドバイ行きを決定し、そちらの手配や日程などについて打ち合わせしたのちに、立華からサンデーサイレンスが受けた命題。

 早急な対応が必要となった、その要件。

 

『……「新しいウマ娘のスカウトを、早めに考えておいてくれ」ね……まぁ、私もいずれは、と思っていたけど』

 

 そう、それはチームの増員について。

 年始の生放送でも立華が零していたように、今年はチームフェリスに新しくメンバーを追加したいと考えていた。

 学園の上層部、たづなからの打診があったのもそうだし、立華としても実際にチームを運営していく中で、サンデーサイレンスがサブトレーナーとして尽力してくれていることもあり、増員する余裕が出来ているのも事実だ。

 結果として、今年の選抜レースのあたりで、サンデーサイレンスが主管トレーナーとなってチームに一人か二人、新しく加入させたいと考えていた。

 それはいい。サンデーサイレンスとしても、今年の選抜レースでウマ娘を見初める必要があることは理解していた。

 その腹積もりでいた。

 

 だが、ドバイワールドカップミーティングへの参加が決定したことで、事情が多少変化した。

 ドバイに出発するのは三月の初週だ。

 二月を通して行われる選抜レース、その全てのレースを見て、最後の時点で判断してスカウト……となると、ドバイへの出発まで余りにも時間がなさすぎる。

 庶務が多忙になるという懸念もあるし、新人として加入したチームがいきなり海外に遠征!ともなれば、そのウマ娘はしり込みしてしまうだろう。

 そのため、スカウトを早める必要があった。

 

 サンデーサイレンスにとっては若干の無茶振りともいえる、スカウティングの予定変更について。

 しかし、彼女はそんな急な話であっても、ある程度心持は落ち着いていられた。

 

(去年の内に、未デビューのウマ娘の何人かは見繕ってあるのよね……今日は誰かに、会えるといいけれど)

 

 サンデーサイレンスは、当然、いずれは自分がウマ娘をスカウトする時期が来る……いや、今年はまず間違いなく、自分がウマ娘をスカウトすることになるだろうと読んで、事前にウマ娘の調査を終えていた。

 それは、立華と言う存在の異質さに気づいたことで、深く確信した部分だ。

 

 立華勝人。

 彼は、3年間で世界をループする存在だ。

 であるならば、恐らくは……彼は、自分が見初めたウマ娘と共に駆ける3年間を、何よりも大切にするはず。

 その途中で、ウマ娘から目を逸らさざるを得ないような、新しい担当をつけるといったことをしないだろう、と踏んだ。

 しかしチームとしては増員の打診は来る。

 であれば、自分が主管となり、新人をスカウトするだろう、という、綺麗な論法を展開した。

 

 そしてその読みはバッチリとはまる。

 立華は少なくともあと一年、このシニア期を自分が見初めた3人から目を離したくないという想いで、サンデーサイレンスに新人スカウトの件を任せることとなったのだ。

 無茶振りと言う名の立華からの甘えの部分に、しかしサンデーサイレンスはその件を了承した。頼られているからこそ、任されているのだと実感した。

 

(……スカウト、か)

 

 サンデーサイレンスは、己にとって初めてである、スカウトという行為そのものについて考えを伸ばす。

 アメリカでサブトレーナーをしていた時も、チームに所属はしていたが、自分が主で担当したウマ娘はいなかった。

 日本に来てからも同様。これまでもチームフェリスの一員として尽力し、チームメイト同士の絆も構築できている実感はあるのだが、しかし自分がスカウトするウマ娘は、意味合いが違う。

 そのウマ娘の勝利も敗北も、全て己が責任を持つことになる。

 青春を駆け抜けるウマ娘の、その全てを共に背負う存在……となれば、スカウト自体は慎重に、才能のあるウマ娘を選びたい、というのがサンデーサイレンスの本音だった。

 

(……まぁ、タチバナはそういう視点でスカウトしていないようだったけれど)

 

 スカウトするウマ娘について軽く立華に相談した際に、サンデーサイレンスは彼の口から彼なりのスカウト論を聞いている。

 曰く、『運命が導くような出会いがあれば、それが本物だ』────とのこと。

 それを聞いたサンデーサイレンスの感想はこうだ。

 

 乙女かよ。

 

(……まぁ、何度も何度も出会いと別れを繰り返している彼だからこそ、なのかもね……)

 

 口にこそ出さなかったが、余りにも乙女のような立華のそのスカウト観に、苦笑を覚えたのも事実だ。

 だがまぁ、考えてみれば彼らしい。

 彼にとって、ウマ娘の才能や強さは二の次、なのだろう。

 それよりも、彼にとっての3年を、そしてその先も共に歩みたい、と思えるような……運命的な出会いにこそ、惹かれてしまうようになったのだろう。

 そんな在り方を否定はしない。彼らしい一面だな、とサンデーサイレンスは理解を落とした。

 

(とはいっても。私はこの日本で、出来れば失敗はしたくないのよね。しっかりした子を選ばないと……)

 

 サンデーサイレンスは一度中庭のベンチに座り、ジャージの胸元からタブレットを取り出してアプリを起動し、軽く操作する。

 学園のトレーナーのみが閲覧できる、未デビューのウマ娘達の情報を開き、その中で目をつけていた何人かをピックアップする。

 そこに表示されたウマ娘は─────全員、ダートを得意とするウマ娘だった。

 

『……日本も、これからダートが栄えていくことになる。ファルコンっていう見本がいるし、私の脚質とも一致する……この中から誰か、私を選んでくれるといいけれど……』

 

 サンデーサイレンスは、ダートレースを走ってきたウマ娘だ。

 アメリカのダートを蹂躙し、芝のレースは現役時代には一度も出走したことがない。先日のトレーナーズカップが最初で最後だ。

 勿論、日本に来るにあたり芝のレースにも造詣を深め、指導について心配する所はない。

 しかし、やはり自分が最初にスカウトするウマ娘であれば……ダートウマ娘であろう。

 己が全力で育て上げ、そしていつかは砂の隼をも超えるような、ダートの伝説を生み出してみたい。

 

 そんな想いで、サンデーサイレンスはウマ娘のスカウトをするために、学園内を散策していた。

 

────────────────

────────────────

 

 一時間後。

 

(……見つからないわね。意外と。歩けばウマ娘にあたるような学園だと思ってたけれど……)

 

 あてどなく教室や廊下、グラウンドから寮の方まで色々と歩き回っていたサンデーサイレンスだが、中々お目当てのダートウマ娘に遭遇しない。

 時々出会うウマ娘達とは挨拶を交わし、その中でも交友を深めている一部のウマ娘……チームリギルのフジキセキや、チームレグルスのアグネスタキオン、スピカのスペシャルウィークなどと出会ったときはそれなりに雑談などもしながら学園を回っていたが、しかし目当てのウマ娘には出会えない。

 

 ある意味では当然と言える。

 この学園は2000人以上の生徒が在籍するマンモス学園だ。

 どこにいるかもわからない誰かとたまたま出会うために、ぶらぶら学園内を散策していても、それはもう出会える確率は低い。

 この辺りの考えのギャップは、サンデーサイレンスがこれまで基本的にチームフェリスのサブトレーナーとしてしか勤務しておらず、午後にウマ娘達がどこで何をしているか、どのあたりに集まっていそうなものか、といった日常的な部分に深くかかわらず過ごしてきたことも原因の一つであった。

 何なら、未だに学園であまり使わない施設の内部構造は把握しきれていない。まだ赴任して4カ月しか経っていない。

 先程は噴水前から学園に向かう道で一度迷いかけてしまったくらいだ。

 この学園は広すぎる。

 

(道案内でもいればね……誰か、暇そうな子を捕まえて一緒に回ってもらおうかしら……)

 

 がしがしと艶のある黒髪、その頭頂部を掻いて、今日のスカウトは失敗か、とか、そもそもタチバナにどの辺に生徒がいそうか聞いておけばよかった、などと考えだした、その時だ。

 中庭に向かって歩むその先、校舎の角から、3人のウマ娘達が雑談を交わしながら歩いてくるのがサンデーサイレンスの視界に入った。

 

(……お!)

 

 その中に、一人、お目当てのウマ娘を見つけた。

 ダートを得意とする未デビューのウマ娘。

 身長165cm、栗毛のセミロングの髪に左右にお団子を二つ、正面に白い流星を持つその容姿。

 今日のラッキーカラーは黄色なのか、髪房に一か所、黄色いお洒落なヘアピンをつけているそのウマ娘の名は。

 

「……()()()()()()()。今、ちょっといいかァ?」

 

「え?あ、サンデートレーナー!こんにちは!私に何か用ですか?」

 

「あ、サンデートレーナーだ!!お疲れ様ですっ!」

 

「こんにちは、サンデートレーナー。今日はチームフェリスの練習ではないのですか?」

 

 コパノリッキー。

 サンデーサイレンスが、スカウト候補に挙げていた、恐らくは将来ダートのGⅠで勝ちきれるだろう、才能あふれる脚を持ったウマ娘である。

 その傍に他の二人…キタサンブラックと、サトノダイヤモンドも一緒にいた。

 3人とも、サンデーサイレンスと面識のあるウマ娘だ。相性がいいのか、話が合う相手。カフェテリアで呼ばれて一緒に食事をしたこともある。

 確か、コパノリッキーとキタサンブラックは幼いころの友人であり、そしてキタサンブラックとサトノダイヤモンドは今でも親友だ。友人同士で午後の時間を過ごしていたのだろう。

 

「おォ、呼び止めて悪かったな。キタとサトもよっす。今日は練習はタチバナに任せてんだ。……あー、3人でどっか行くところだったか?邪魔したか?」

 

「ううん、特に予定はなかったから大丈夫!どういったご用事で?……ハッ!?まさか風水に興味でも!?」

 

「いや興味がねぇわけじゃねェんだけどよ……それよりも興味があるのはお前のほうだ」

 

「えぇ!?!?」

 

「あら……うふふ、サンデートレーナー、なんだか立華トレーナーみたいな言い回しですよ?」

 

 コパノリッキーに出来る限りストレートに用件をぶつけたつもりで話した内容が、サトノダイヤモンドに立華(クソボケ)そっくりだと言われて、サンデーサイレンスは己の言動を恥じた。

 立華の事はトレーナーとして尊敬はしているが、クソボケな部分までリスペクトしているつもりはない。

 それにやられたウマ娘は数知れず(3人ほど)。自分も毒牙に掛かりかけている。

 余りにも甘美な毒だが、しかし甘受するつもりはない。私は修道誓願をしているのだ。クソボケに絆されてはいけません。

 

「誤解だ。…シンプルに言うぞ。今、チームで新しい担当をスカウトしようと考えてる。コパノリッキー、アタシの下で、チームフェリスで走るつもりはねェか?」

 

「………えぇ!?」

 

「へ、ヘッドハンティングですか!?選抜レース前に!?リッキーさんどうするの!?」

 

「あらあら……ふふ、リッキーさんはダートを走るのが得意ですものね。チームフェリスの、サンデートレーナーから声を掛けられるなんて……」

 

「ああ、ダート走れるウマ娘を担当してェなって考えててな。コパノリッキー、お前の脚は本物だ。アタシはお前が欲しい」

 

「コパァっ!?」

 

 サンデーサイレンスは、声をかけた内容をストレートにコパノリッキーにぶつけた。

 基本的に竹を割ったような考え方を得意とする彼女である。遠回しな表現や、じっくりと見定めたり、という手順をよしとしなかった。

 こいつの脚は本物だと、サンデーサイレンスは判断した。

 今現在、選抜レースを来月に控えるこの状態でも、脚を一目見ればおおよそ理解(わかる)

 ダートに極めて適した筋肉のつき方。

 逃げから先行の作戦で、マイルから中距離の距離適性。

 才覚溢れるその脚は、己が磨き上げればGⅠ勝利は朝飯前だと判断した。

 

 だからこそ、お前が欲しいと。

 シンプルにその想いをぶつける。

 

 そして、赤面したコパノリッキーが、サンデーサイレンスからのスカウトに返した答えは。

 

 

「……え、えっと、本当に申し訳ないんですが、辞退させてもらっていいですか?」

 

「───────アッ、ハイ」

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

129 トレーナーの矜持





 

 

 

「はーぁ。でけェ魚を逃したぜ……」

 

「あはは……リッキーさん、風水に重きを置いてますからね。どんまいですよ、サンデートレーナー」

 

 サンデーサイレンスは、初回のスカウトの相手であるコパノリッキーからものの見事に丁重なお断りを受け、肩を落として校内を歩いていた。

 その隣にはキタサンブラックがついてきている。

 先程3人でいたところに声をかけたわけだが、スカウト失敗後、学園内の機知に乏しいサンデーサイレンスのために、キタサンブラックがお助けキタちゃんを発動し、道案内を買って出たのだ。

 

「んー……まぁ、アタシとしても本人なりの考えがあったから特に文句はねェんだけどよ。スカウトってのはお互いの納得があってのモンだからなァ……」

 

 はーぁ、と再度ため息をついて、先ほどコパノリッキーから説明を受けた、スカウトお断りの理由について思い返すサンデーサイレンス。

 その理由は、まさしく風水に詳しい彼女らしいものだった。

 

『────私、勝負服とか髪色とか、オレンジや赤系の暖色系で固まってるじゃないですか?これ、風水的には「火」の属性に当たるんですね?で、サンデートレーナーのイメージカラーである黒とか寒色系の色は「水」。この二つって、相反する属性だから、特に人生を共に歩むようなパートナー関係だと、現状の風水的にはあまりよい風向きじゃないんです。その上で、今年の選抜レースで確かにデビューを考えてはいるんですけれど、私の「火」の属性って、南方、「南」の方角と相性がいいんですよ!!チーム「フェリス」のチームハウスって学園では北の方に位置してますから、その点でどうも…あ、チームの人たちとか、猫トレさんとか、サンデートレーナーがどう、ってんじゃないです!!ただ、風水的な嚙み合わせは「南」なんですね…だから、私は南の方角に位置する恒星の名前を冠してるチーム、「カノープス」にすっごい運命を感じてて!!トレーナーも「南」坂トレーナーですし、トレーナーハウスも南にありますし!あ、他にも風水的な縁がすごくカノープスに強くてですね、例えば────────』

 

『──────おォ、よくわかった。自分が納得できるチームに所属するのが一番だからな、気にしないでいいぜ』

 

 おおよそ説明の内容は理解したが、サンデーサイレンスは風水学に明るいわけではない。

 これが立華であれば、風水的な視点からさらに根気よく説得などもできたかもしれないが、サンデーサイレンスには無理だ。

 それに、彼女の中で既に目指しているチームがあり、そちらへの加入を強く望んでいるのであれば、それ以上踏み込むのは野暮と言うもの。

 間違いなくダートで伝説を作れる稀有な才能の持ち主であったが、縁がなかった、と考えるべきであろう。

 彼女の行く先に幸運があるのを祈るのみである。

 

 そうして思考を切り替えて、次に目をつけていたダートウマ娘たちに声を掛けに行くことにした。

 現時点ではあと2名、ダートの才能に目覚めようとしているウマ娘を見繕っている。

 この二人のうちどちらかでもスカウトできれば、後は己の指導によってダート界で出世させる自信がサンデーサイレンスにはあった。

 

「……さて、んじゃ次のお目当てはワンダーアキュートかホッコータルマエだな……キタ、こいつらが学園のどの辺にいるかわかるか?」

 

「そうですね……ワンダーアキュートさんは談話室かカフェテリアかもしれませんね!ご友人とカードゲームで遊んでいるイメージがあります!ホッコータルマエさんはスペシャルウィークさんと一緒にいる印象かな……あとは結構器具トレーニングで自主トレしてるかも。それぞれ行ってみましょう!」

 

「おー、マジで助かるぜ。アタシもタチバナみてぇにもっとウマ娘達の日常的なところもよく見とくべきだな……」

 

 サンデーサイレンスは、現在の師に当たる立ち位置である立華と比較し、己が余りにも学園内のウマ娘たちへの理解やコミュニケーションが足りていないことを、スカウトする立場になって初めて実感した。

 まぁ、立華自身は理外の存在で全員の顔と名前と性格と走りを知っているため、あれを目標にするとまでは言わない。

 しかし、現在トレセン学園に所属するトレーナーで、名前が売れている優秀なトレーナーは、やはり誰もが自分の担当するウマ娘だけではなく、他のウマ娘に対しても仲が良くコミュニケーションを取れているのが分かる。

 もちろんそこには経験年数などの理由もあれど、ウマ娘に対して円滑にコミュニケーションを取れることが、一流のトレーナーの条件でもあるのだ。

 確かに相性のいいウマ娘は多いが、それだけに甘えてしまい、自分から胸襟を開かないようでは今後のトレーナーとしての自分の人生でいいことはない。

 新しいことを始めようとして学びを得る経験は大切だ。今後は周囲とのコミュニケーションも己への課題としたサンデーサイレンスであった。

 

 そんな風に己への振りかえりを行いながらも、積極的に道案内をしてくれるキタサンブラックの後ろについて、サンデーサイレンスは次の標的たるダートウマ娘達へのスカウトに向かうのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「はーァ。全滅か……」

 

「さ、サンデートレーナー……その、ど、ドンマイですよ…!」

 

 2時間後。

 サンデーサイレンスは学内のベンチに身を投げ出して座り、現役時代の気性難とも取られそうな気だるさを見せて両腕を背もたれに広げ、空を見上げていた。

 その隣に座るキタサンブラックがサンデーサイレンスに奢ってもらったホットココアを飲みながら、困ったような笑顔を見せる。

 

 その後にキタサンブラックに道案内を受けながら、果たしてサンデーサイレンスはお目当ての二人と接触することに成功した。

 そうして話しかけ、次に担当するウマ娘を探していることを説明し、ヘッドハンティングを試みたものの……なんと、この二人にも見事に断られてしまったのだ。

 理由を聞いても納得できるものでしかなく、サンデーサイレンスとしては仕方ないという思いであった。

 二人から聞いた理由は以下の通りだ。

 

 

『────いやぁ、あたしなんかに声をかけてもらって光栄だね~。でもねぇ、サンデートレーナー。実はあたし、もう入りたいチームを決めててねぇ。申し訳ないけどそっちを優先したいんだねぇ。……あたしは長く、長~くのんびりダートを走りたくてね。それで、ダートウマ娘をいっぱい育てて、かつ故障も少なく実績も挙げて、長く現役を続けてる……チーム「カサマツ」に入ろうと考えているんだよねぇ。北原トレーナーも、なんだかあたしと雰囲気が会いそうな感じがするしねぇ。あれくらいの男の人ってなんだか安心するんだよねぇ。だから、ごめんなさいねぇ』

 

 

『────すみません。お話を頂けたことは光栄なのですが、実は……既に、声をかけていただいておりまして。その、私、北海道の苫小牧から来まして……それで、地元に誇れるようなウマ娘に……って、ここに来るときに地元の人たちと約束したんです。それで、北海道つながりでスペシャルウィークさんと懇意にさせて頂いていて。その中で、沖野トレーナーから「これからはスピカもダートを走れるウマ娘が欲しい」って声をかけていただきまして…。だから、ごめんなさい。私、スピカに入部を希望するつもりなんです』

 

 

 それぞれの言葉、瞳の色は、そこに強い決意を思わせるものだった。

 これまでに実績としてGⅠ勝利をいくつも挙げているチームフェリスだが、それは立華の指導によるところが大きい。

 立場上はサブトレーナーだが、まだ誰も担当をしたことのない新人のウマ娘トレーナーとなると、尻込みする部分もあるのだろう。サンデーサイレンスは今回の結果をそのように評した。

 

 もちろんそれは本人の勘違いであり、サンデーサイレンスの指導が不確かなものだとはこの学園のウマ娘は誰も思っていない。

 指導の確かさは、彼女の走りが証明している。彼女がアメリカで駆けた軌跡と、トレーナーズカップで魅せた走りと、そして彼女の指導により更なる躍動を見せるフェリスメンバーを見ていれば、サンデーサイレンスの指導自体に何の不安もない。

 

 ただ、たまたま、サンデーサイレンスが声をかけた3人には、彼女たちが何よりも大切にしているものがあって。

 その希望がたまたま、フェリス以外を既に選んでいただけである。

 

 しかし、サンデーサイレンス自身、結構なショックを受けていた。

 自分がまだペーペーの新人であり、日本でまだ実績を上げていないことを改めて知らされたような気分だ。

 無論それは彼女の勘違いである。世間も学園も、彼女への評価でマイナスをつける点はない。

 しかし、それはそれとして、やはりヘコんでしまうものが人間でありウマ娘と言うものだ。

 

「……ツイてなかったなァ。あー、もうちっと早く声掛けておきゃよかったぜ……」

 

「落ち込まないでくださいサンデートレーナー!トレーナーが凄い方だっていうのはみんな知ってますから!ただ、今日声をかけた3人がたまたま先にスカウト先を考えていただけで…!!」

 

「そうかァ?すまんな、慰めてくれてあんがとよォ、キタ」

 

 隣に座るキタサンブラックが笑顔を見せて慰めてくれる様子に、サンデーサイレンスは苦笑を零した。

 身長差のあるキタサンブラックの頭に腕を伸ばして撫でてお礼を返すも、しかし、サンデーサイレンスとしては気軽に考えていた新人スカウトが早速暗礁に乗り上げたことに頭が痛い思いを抱えていた。

 3人の内、一人くらいはOKを貰えるものだと考えていたのだ。

 ウマ娘の脚を見る眼力は持っているつもりである。その自分の判断で選んだ、今年デビューするダートウマ娘の中での上位3名、恐らくは3強と将来呼ばれるであろう彼女たちのスカウトが上手くいかなかったのはかなりの痛手だ。

 こうなると、スカウトの対象をさらに悩まなければならないだろう。

 

 授業で行う併走なども見て、ダートを走れるウマ娘を探すべきか。

 いや、しかしあの3人が同期になる。勿論トレーナーとして尽力するつもりだが、あの3人が相手となると勝利は相当厳しいものになるだろう。

 それだけの伸びしろがあるウマ娘がまだ眠っているだろうか。大器晩成タイプのウマ娘と言うのも存在するが、そういった子でも光るものはデビュー前くらいの時期ならば持っている。そして、サンデーサイレンスはそれを見つけられていない。

 

 そうなると、ダートウマ娘をスカウトするという前提から覆すべきか?

 芝を走るウマ娘であれば、まだまだ目をかけられていない原石がいるかもしれない。

 学園の授業で行われる模擬レースの記録にまだ数字が表れていないような、才能あるウマ娘が、どこかにいないものだろうか。

 

「んー………………」

 

「……………」

 

 しばらく無言で思考を続けてみたが、今のこの失敗した後のテンションであまり深く考えても、いい案が浮かばない。

 恐らく今日は、こう、巡りが悪い日なのだろう。凡そこういう時は頑張ろうとしてもうまくいかないことが多い。

 今日はこれ以上、自分一人で悩むのはやめておこうか。一度タチバナに現状を相談して、明日からまたどうしていくか考えていくべきか……、と。

 そんな風に、サンデーサイレンスが今日のスカウト活動について見切りをつけた。

 

 しょうがない、そんな日もある。

 焦ることはない。まだ1月の2週目に入ろうという所で、時間はあるのだから。

 

「……よし、今日はもうヤメだ。ヤメヤメ!すまねェなキタ、無駄足に付き合ってもらっちまってよ」

 

「あ、いえ!とんでもない!!サンデートレーナーのお役に立てたならよかったです!!」

 

 言葉にも乗せて己の中で今日のスカウト活動を打ち切り、ベンチから立ち上がって伸びをする。

 そして、今日の道案内を付き合ってくれた上に、慰めの言葉もかけてくれて、さらに無言で悩んでいた自分にも付き合ってくれたキタサンブラックに、改めてサンデーサイレンスはお礼をしなければ、と考えた。

 

「付き合ってくれた礼だ。キタ、走り見てやるよ。お前も確か、こないだ本格化を迎えたところだったよな?なんか相談したいこととかあれば乗るぜ?」

 

「え!?いいんですか!?……あ、でも、うーん……ちょっと……」

 

 お礼として適切かは分からないが、サンデーサイレンスは彼女の走りを見てやり、何か適切なアドバイスでも、と考えた。

 キタサンブラックもまだ未デビューのウマ娘である。

 であれば、これからの選抜レースやメイクデビューに向け、アドバイスでもできれば、と考えたのだ。

 

 しかしその言葉を受けて、想像以上に悩んだ顔をキタサンブラックが見せたことに、サンデーサイレンスは怪訝な表情を作った。

 改めて、今日一日付き合ってくれた彼女の脚を観る。体を観る。

 この体で、脚で、悩むようなことはあるのだろうか?

 

 キタサンブラックはウマ娘の中で恵まれた体躯をしている。

 身長は1()7()5()cmと言ったところ。

 まだ中等部の一年生ではあるが、ますます成長中と言ったところなのだろう。入学時点よりも相当に身長が伸びている。

 そしてその体を支える脚も、サンデーサイレンスが観て、中々の筋肉が備わっているのが見えた。

 大きな体に負けない、強い脚。

 メイクデビューでも、()()()()()()()()()

 

 だが、そんな脚を持つキタサンブラックの顔は暗かった。

 そして、その理由が彼女自身の口から零れる。

 

「そのぉ……実は、最近、中々タイムが伸びなくて。本格化を迎えてこれから!って所なのに……本格化前と、タイムが余り変わらないんです」

 

「……ん?マジか?その脚でか?」

 

「はい。……相談した監督官さんにも、同じようなことを言われました。フォームとかに問題があるのかとも思って相談してみたんですけど、どこが悪いかはわからないって。一応、教科書通りに走ってるつもり、なんですけど……。それが原因で、選抜レースもちゃんと走れるか、少し、不安で……」

 

 キタサンブラックが零した悩みの内容に、サンデーサイレンスは驚いた。

 通常、本格化を迎えたウマ娘は、脚力が著しく伸び、同時にタイムも伸びていく。

 本格化したかどうかは医師の診察で判明するものでもあるから、勘違いと言うことはない。

 だからこそ、それでタイムが伸びないというのはおかしい。

 走り方のどこかに問題がある。

 だが、監督官にもその原因が分からないときた。

 

 大問題だ。

 サンデーサイレンスは、スカウトやらお礼やら、そういった事情は抜きに……一人のトレーナーとして、悩める目の前のウマ娘のことを心配し、そして解決してあげたいと純粋に想った。

 これだけの脚をしているウマ娘が、原因不明の不調で好走を果たせないなど、トレーナーとして許せるはずもない。

 それは、彼女のトレーナーとしての矜持。

 困っているウマ娘がいれば、見過ごせない。

 

「キタ。……今日は走れるか?アタシがお前の走り、真剣(マジ)で見るからよ。どこに問題があるか探そうぜ」

 

「え。……えっ、いいんですか?その、見ても面白くないかもしれませんよ?」

 

「アホなこと言うな。今日、アタシの事一生懸命手伝ってくれただろォが。そんなヤツが困ってるのを知って見過ごせるほどアタシは腐ってねェよ」

 

「……はい!有難うございます!!」

 

 行くぞ、とサンデーサイレンスはその小さな手でキタサンブラックの大きな手を握り、学園に向けて歩き出す。

 ウマ娘は基本的にジャージと蹄鉄付きの運動靴を学園に置きっぱなしにしてあるため、それに着替えてもらうためだ。

 まずは走りを見る。

 もし自分でもわからなければ、練習中でも構わずに立華も呼びだして、この優しいウマ娘が走れなくなっている原因究明を必ず、とサンデーサイレンスは決意した。

 

 

────────────────

────────────────

 

「そんじゃ、芝の2000mだ。併走相手は要るか?いるならアタシが隣で走ってやるが……」

 

「いえ、一先ず大丈夫です!全力で走ってみます!!」

 

 着替えも終えて、グラウンドの1レーンを借りてサンデーサイレンスがスタートラインに立ったキタサンブラックに指示を出す。

 まず2000mを全力で走ってみろと。

 それに応えるように、ジャージに着替えたキタサンブラックがスタートの構えを取った。

 

 記録を観れば、恐らくはキタサンブラックの適正は中距離だろうとサンデーサイレンスはあたりをつけていた。

 授業で長距離は余り走らせないため、タイムは出ていない。長距離の適正は今のサンデーサイレンスには分からなかったが、マイルよりかは中距離以上のレースを得意としているところまでは脚を一目見て理解した。

 あとは走りの様子をよく観察し、タイムが伸びない原因を探す。

 自分に、分かるような原因であればいいのだが。

 

「よし。ただ無理だけはすんなよ、もし体のどっか、骨や関節がケガしてたらダメージが強く残っちまうからな。80~90%を意識して走れ」

 

「はいっ!行きますっ!!」

 

 サンデーサイレンスのスタートの掛け声とともに、キタサンブラックが走り出す。

 芝の2000m、良バ場。

 通常、デビュー前のウマ娘であれば2分8~9秒くらいが適正タイムと言ったところか。

 才能のあるウマ娘で2分6~7秒台。

 かつて、2年前にエイシンフラッシュが選抜レースで見せた記録が、2分4秒台。

 メイクデビューでの平均タイムが2分5秒台と言ったところ。

 

(ただ……脚はデビュー前にしてはいい仕上がりよね。キタなら、ちゃんと走れれば6秒台では走れるはず……)

 

 サンデーサイレンスは、これまでにも見て、そして今日改めて真剣に観察したキタサンブラックの脚の筋肉のつき方を評価して、そう予想を立てる。

 普通に走れていれば、それくらいのタイムは軽く叩きだすはずだ。

 才能はある。じっくりと仕上げて鍛えれば、GⅠ勝利だって夢ではないだろう、と考えられるキタサンブラックのその足つき、体つき。

 そんな原石が、しかし。

 

(………っ、なる、ほどね………!)

 

 遅い。

 サンデーサイレンスは、キタサンブラックがコーナーを曲がり、そして向こう正面を走る姿を観察して、その走りが余りにも精彩を欠いていることを察した。

 これは遅い。恐らくは、2分10秒を超えるだろう。

 本人がスランプと言う通り、タイムが出ていない。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

(分かったわ……成程、ね。確かこの学園の監督官は男性の方が多い……そういう事ね……)

 

 だが、その走りの遅さの原因について、サンデーサイレンスは一目で察することが出来た。

 監督官が分からなかった理由も。

 キタサンブラック自身も、自覚していなかった理由も。

 すべてが理解(わかる)

 

 何故なら。

 かつて、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「……、ゴールだ。タイムは2分11秒8………成程、これは遅ェな」

 

「はぁっ、はぁっ、はぁ……!!やっぱり、ですか……くっ、なんで……!!」

 

 サンデーサイレンスに見られるということで、いつも以上に一層気合を入れて臨んだはずの2000mが、これまでよりもさらに遅いタイムになってしまっていたことに、キタサンブラックは絶望的な感情を味わう。

 思わず、涙も零れてしまう。

 呼吸が荒い。前より、スタミナも減ってしまっているような感じだ。

 本格化前は、チームフェリスの夏合宿の練習についていけるくらいに体力があったのに。

 毎日練習して、頑張っているはずなのに。

 なんで、私は────────

 

「キタ。原因が分かった。お前の走りはすぐ治るぞ」

 

「──────え?」

 

 だが、先ほどのサンデーサイレンスと同じ、いやそれ以上に気持ちが沈みかけていたキタサンブラックに、祝詞のような言葉がサンデーサイレンスからかけられた。

 スランプの原因に心当たりがあると。

 すぐに治るものだと。

 膝に手を当てて姿勢を落とした自分に、同じ高さの目線から、しかしまっすぐに自分を見つめてくるサンデーサイレンスの顔を見て、キタサンブラックの心臓がとくん、と音を奏でた。

 

「ああ、成程な……監督官じゃわからねェはずだ。いや、分かっても中々言いづらいのか?いや、それでもウマ娘なんだから伝えねェと……いや、そもそもキタ、お前にも責任のある話だぞこれは。いいや、とにかくちょっとこっち来い。すぐ治してやる」

 

「ほ、本当に私の走り、よくなるんですか!?サンデートレーナー!?」

 

「アタシがウソつくかよ。ただ、ここじゃ何だ……場所変えるぞ」

 

 呼吸が整わないキタサンブラックの手を掴み、サンデーサイレンスが芝コースから離れ、ラチを越え……コース傍に併設されている、観客席のある建物に向かう。

 コンクリート造りのそこは、模擬レースや選抜レースの際に外部の方やウマ娘、記者などがレースを観戦する際に用いる建物であり、当然ながら普段はその建物を使用するものは少ない。*1

 だからこそ、誰にも見られずに指導をする分にはよい所だ。

 これからキタサンブラックにすることは、他の誰にも見られてはいけない。

 

 そうして建物内、誰もいないことを確認し……さらに奥に進み、周囲からの視線も遮れるような角に二人で入っていく。

 

「え、え…!?」

 

「キタ……」

 

 いきなり謎のシチュエーションに見舞われ、理解が追い付いていないキタサンブラックに、脚を止めて振り返るサンデーサイレンスが、見上げるように彼女の顔を見て、そして。

 

「─────脱げ」

 

「ええ!?」

 

 爆弾発言を繰り出した。

 

*1
アプリのOPでネイチャがストレッチしてるあの建物。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

130 The black bird of happiness

 

 

 

「………やっぱり、な。そんなこったろうと思ったぜ。アタシの読み通りだ」

 

「うっ、うっ……こんなこと、されるの、私、初めてで……」

 

「泣くなって。……ってか、あたしの方が今キッツイんだからな。お前、よくこれで走ってたな……」

 

 さて、この数分で何があったかについて説明しよう。

 事前に弁解だけさせていただければ、サンデーサイレンスがキタサンブラックに行ったのはあくまで彼女の走りを想ったうえでの指導であり、そこに不健全な理由や行動は一切含まれていない。零した涙は思いやりによる嬉し泣きである。*1

 

 言われるままにジャージの上を脱いだキタサンブラックの、その胸元。

 あまりに窮屈そうに、サイズの合わない下着を着用しているのをサンデーサイレンスは見咎め、これがスランプの原因だと確信した。

 

 キタサンブラックの走りが精彩を欠いていた理由、その最も()()()()()

 それは、彼女の体の急成長に、彼女自身の理解が追い付いていなかったことが原因だ。

 身長が一気に伸び……当然の如く、彼女のその部分も発育よく育つ。

 それにサイズが合わない、小さい下着をつけていたことで、体が締め付けられていたのだ。

 常に締め付けられていれば、当然呼吸は苦しくなり、スタミナが持たなくなる。

 

 こうなった原因は推して知るべしであろう。

 中等部の一年生、思春期真っ盛りの多感な時期。しかも急な成長ともすれば、下着を毎月の様に買い替えることに忌避感を感じてしまうケースもある。

 また、サイズの小さい下着を着用していることで……走りの重心があまり変わらないという副次効果も生まれる。

 そのため、走りやすさは生まれるが、その分呼吸がつらくなり、締め付けられていることでフォームも歪む。大きさにあった走りのフォームが取れていないことになる。

 ただ、その歪みははた目に見ていては分かりにくいものだ。何故なら、外見上はそのふくらみが見えていないのだから。

 観察眼に優れた者でなければ、それを見抜くことはできないだろう。

 胸を締め付けながら走っていることを監督官に一目で察しろと言うのも酷な話ではある。これが女性の監督官であれば、察する所もあったかもしれないが。

 

 さて、そうして原因は分かったため、まずはその下着の戒めを解放するために、サンデーサイレンスは己にしかできない手段をここで取った。

 この場で、お互いの下着を交換したのだ。

 身長に大きな差はあれど、幸いにしてそこのサイズはほぼ同格。いや、むしろまだサンデーサイレンスの方が上回る。

 体のサイズ差もあり、完全にぴったりとは行かなかったが、少なくとも締め付けられていた今までよりずっとキタサンブラックは呼吸が楽になった。

 代わりにキタサンブラックが今までつけていた下着を着用しているので、サンデーサイレンスは随分と胸元に不快感を覚えることになったが。

 

「とりあえず、深呼吸しろ。息の仕方を思い出せ。……夜もこのサイズで寝てたのか?」

 

「あ、いえ、夜はその、ナイトブラで…」

 

「……で、胸元緩めて走ってみたら思いのほか走りづらくて、サイズが合わなくても締め付ける形でそのまま着けてた、ってところか。ああ……まぁ気持ちは分からなくもねェけどよ。相談しろって」

 

「ごめんなさい……同室のダイヤちゃんと比べても急に大きくなったから、なんか、その恥ずかしくて……」

 

「……いや、責めてるワケじゃねェけどよ。それに、気持ちはわかるからなァ。……アタシも昔そうだった」

 

「え、サンデートレーナーも……ですか?……ああ、いえ、ですよね」

 

「ああ。この悩みはタチバナには一生分からねェだろうなァ」

 

 同じような悩みは、サンデーサイレンスも過去に味わったことがある。

 修道院で、まだ友人たちと神父様が存命だったころ。第二次性徴期が早く来て、身長はたいして伸びもしないのに、胸だけが無駄に大きくなっていた時期だ。

 下着を買い替えるというのは、出費が大きい。当時、まだ貧困にあえいでいた修道院で、毎月下着を買い替えたいなどと言い出せるはずもなく、サンデーサイレンスはサイズの合わない下着を我慢して着用していた。

 そうして、同じようなスランプに陥りかけたのだ。

 ただ、そこはトレーナーを兼務していた神父がすぐに気づき、走り方を適切に指導をしたうえで、しっかりと下着を買い替えてくれたので、早期にスランプを脱することが出来ていた。

 

 少しだけ、懐かしむように昔を思い出すサンデーサイレンス。

 あの時の、どう考えても恥ずかしい過去だが、こうして大人になってから、仕事に活かすことができている。

 塞翁がウマ、とはよく言ったものだ。

 そして、その経験をしている自分だからこそ、キタサンブラックにも適切に走りの指導が行える。

 

「よし、そんじゃあキタ、グラウンドに戻るぞ。お前の走りのフォームを変える。今までの走り方で走ったら、今度は重心が違う所にあるからまた走りがグッタグタになっちまうからなァ。今度はアタシと併走だ。アタシの走りの呼吸を盗め。もう一回走れるだけの体力は戻ってきたか?」

 

「はい!!胸が楽になったから、すっかり!!サンデートレーナーと併走できるなんて光栄ですっ!!」

 

「嬉しい事言ってくれるじゃねぇか。よし、行くぞ」

 

 お互いにジャージを締め直し、動きが問題ないことを見て、グラウンドに戻る。

 今度は併走だ。先ほどと違うのは、キタサンブラックの縛りが解けている点。

 しかし今度は胸元が解放されたため、重心が異なっている。先ほどまでのフォームで走ってはタイムが出ない。

 だからこそ、同じような悩みを抱え、同じような経験をしたウマ娘である己の走りを間近で見せることで、フォームを改善しようとサンデーサイレンスは考えた。

 

 少なくとも、この一回の走りで前よりも改善されるだろう。

 これからもフォーム改善には取り組む必要があるが、そこは親身に相談に乗ってやろう。

 そんな気持ちを携えて、グラウンドに戻ってくる二人。

 

「よし、今度はアタシとの併走になる。アタシが先に走り出すから、後ろからついてこい。スピードはお前の限界を見極めて調整してやるから、お前は何も考えずに、アタシの走りを真似ろ」

 

「はいっ!!よろしくお願いしますっ!!」

 

 出走前に、フォームの簡単なコツを言葉で教え、姿勢で教え、ある程度の確認が出来た時点で、二人でスタート地点に並ぶ。

 後は実際に走るのが一番だ。

 先程の2分11秒台といった眠たくなるようなタイムではない、キタサンブラックが持つ素質が十分に発揮されたタイムになるはず。

 

「よし、行くぞ。………スタート!」

 

「っ!!」

 

 

 そして、運命の出会いが幕を開けた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(す、ごいっ……!!すごい、すごいっ!!今までと、全然違うっ!!)

 

 キタサンブラックは、余りにも新鮮な驚きと共に、芝を駆け抜けていた。

 苦しかった胸元が、すっきりしただけで。

 サンデートレーナーに、僅かにフォームの指導を受けただけで。

 

 こんなにも。

 走る世界が、違うのか。

 

 目の前を走るサンデーサイレンスの、その背中。

 併走で、勿論本気ではないだろう、さらに言えば今は自分のサイズの合わない下着をつけているせいで走りにくいであろう彼女の、しかしそんな走りでも。

 歴戦たる伝説を刻んだウマ娘の圧が感じられるその背中を、一心に追いかける。

 

(……かっこいい。私も、あんな風に……!)

 

 驚きと尊敬を籠めて、サンデーサイレンスの走り、そのフォームを吸収する。

 カッコイイと感じたところを真似するだけで、一段と気持ちよく走れるような、そんな感覚。

 一歩ごとに自分が成長していることが分かる。

 

 目の前に、最高の見本があるからこそ。

 最強のウマ娘がいるからこそ。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

(やっぱり、私の直感は間違ってなかった……!!この人なんだ、私には……!!)

 

 フォームを真似て腕を振り、キタサンブラックがさらに踏み込みを強くする。

 今、夕暮れ時のこのグラウンドに二人の併走を見ている者は誰もいなかった。

 だからこそ、()()に気づいたものは、前を走る一人しかいなかった。

 

 キタサンブラックの速度が、尋常ではない。

 

 

────────────────

────────────────

 

(待って。待って……待って待って、そんなことあり得るの!?)

 

 サンデーサイレンスは、キタサンブラックと一バ身ほどの差をキープしながら、1000m地点を通過していた。

 59秒8。

 彼女の体に刻み込まれている時計感覚は、正確にそのタイムをはじき出す。

 

 自分にとっては、そこそこのハイペースと言ったところ。

 デビュー前のウマ娘にとっては、とんでもないハイペース。

 その時計に、しかし、キタサンブラックが苦も無くついてきている。

 サンデーサイレンスの流れるような黒髪に連なるように走る黒髪が、その距離を離さない。

 

(確かに、それは、もう……私だって、走りづらいわ!こんな下着じゃ!!でもっ、このペースについてくる……!?)

 

 あり得ない事だった。

 本来、デビュー前のウマ娘が出していい速さではない。

 しかしそのサンデーサイレンスのペースに、キタサンブラックはついてきている。

 

 元々はこんな速度を出すつもりではなかった。

 足音からキタサンブラックの踏み込みの強さやお互いの距離を察し、息遣いから体力を想定し、無理のないペースでフォームを彼女の体に馴染ませようとしていた。

 

 だが、キタサンブラックの成長が想像を超えて早い。

 早すぎる。

 一歩ごとにすぐ後ろを走るウマ娘の強さが増していくような、そんな感覚。

 これまでに味わったことのない経験だった。

 

 無論、今走る自分が万全な状態ではないことが前提にある。

 本気の勝負ならば相手にはならないだろう。

 しかし、だからと言って、このペースはデビュー前に出していいものではない。

 

(でもっ、足音も、呼吸音も、無理をしてる感じじゃない…!この子、どれだけタフなのよ…!?体幹も、脚だけ見ればいい感じだとはわかってたけど、全身を使えるとここまで……!?)

 

 デビュー前のウマ娘、という冠言葉はついてしまうが。

 それにしたって、キタサンブラックのこの走りは異常だ。

 サンデーサイレンスは、思わず肝が冷えるような……まるで、イージーゴアや、トレーナーズカップで走った、いわゆる()()を相手にしているような、そんな感覚を味わっていた。

 

(っ……!)

 

 思わず、無意識にコーナーに飛び込んでしまった。

 自分は今、窮屈な下着をつけて重心が安定していない状態だ。内ラチに擦るような本来の走りはできない。領域にも入っていない。

 だが、それでもサンデーサイレンスのコーナリングは芸術。速度はともかく、走りの技術としては超一流のそれで、減速を極限まで抑えて走り抜ける。

 

 しまった、と思った。

 これは併走なのだ。レースではない。

 こんな、ついてくるのが難しいほどに、コーナーを攻めてしまって。

 

 そして、次の瞬間には。

 

(……!!ウソでしょ…この子…!!)

 

 サンデーサイレンスのコーナリングの、その技術すら盗み、同じようなフォームで己との距離を空けずに食い下がるキタサンブラックの足音が間近に迫っていた。

 間違いなくジュニア級では……いや、下手すればクラシック級ですら中々この速さの域には達しない。

 この子もまた、コーナリングに才能がある。

 鍛え上げれば、弧線のプロフェッサーとなる資格がある。

 

 そんな才気煥発の走りを見せつけて、コーナーを駆け抜けて、あとは残り300mの直線。

 胸を締め付けられながら走るサンデーサイレンスとしても、苦しい距離。

 勿論、キタサンブラックに負けることはないが、それでも踏ん張って末脚を繰り出したところで。

 

「……うっ、わっ、あああああああああああ!!!」

 

「…………!!!」

 

 後方から、叫び声をあげながら、徐々に距離を詰めてくるキタサンブラックの気配が迫っていた。

 叫べるほどに。

 ここで、さらに振り絞れるほどに。

 彼女は、スタミナをまだ残していた。

 

 先程、()()()2()0()0()0()m()()()()()()()()()()()()()

 

「……ふぅっ…!!」

 

「ああああああああああああああああっ………!!」

 

 最後の100m。

 サンデーサイレンスは、全力を出してゴールまで駆け抜けることとなった。

 

 

────────────────

────────────────

 

「……はぁっ!はぁ、はぁ……つ、かれたァ……!!やっぱり、合わない下着で走るもんじゃねェな……!」

 

「…ぜーぇ、ぜーぇっ……!!」

 

 ゴールを駆け抜け、脚を緩め、クールダウンに入る二人。

 サンデーサイレンスは、疲弊しきっていた。

 それは勿論、胸を締め付ける下着のせいでもあるし、後ろから圧をかけられ続けたせいでもある。

 

 止む無くジャージの上から背中のホックを解き、胸元を解放する。

 ばるんと音がしそうなほどにサンデーサイレンスの胸元が緩み、ようやく深呼吸が出来るようになった。

 しばらくはお互いに酸素を取り込むために大きく呼吸を繰り返す。

 

「はーぁ……はぁー………ふー……。キタぁ……大丈夫か…?相当、ハイペースにしちまったからよ……?」

 

「はぁー…はぁー……いえ、大丈夫です……!苦しく、なかったので……!!」

 

 キタサンブラックが、自分よりもむしろ早く呼吸を整える様を見て、サンデーサイレンスはまた驚きを深めた。

 余りにもタフすぎる。

 その体を見れば、走り終えて筋肉が使われ、膨張している状態だ。

 これ自体はどのウマ娘も起きる現象だ。レースを全力で走り終えた後、彼女たちの筋肉はより太さを増す。全力で走ったことの証明であり、それが良いというファンも少数はいる。

 

 だが、その筋肉の膨張量が並ではない。

 ジャージの上からでも一目でわかるほどの筋肉の張り。速筋と遅筋が理想的に含まれた、黒曜石のような至極の筋肉。

 胸元を縛り付け、教科書通りのフォームで走っていたころには生まれなかった、キタサンブラックの体幹の筋肉を酷使した全力疾走によるそれで、全身の筋肉が産声を上げていた。

 類稀なるフィジカルの、その全貌がサンデーサイレンスの前に初めて晒される。

 

(…………!!この子……これが、この子の……!)

 

 その、キタサンブラックの真の姿に、サンデーサイレンスが目を見張った。

 彼女の観察眼でも察しきれなかった、剝き出しの才能が目の前に晒されていた。

 どこまでも広がる、基礎固めのコンクリート面を見せつけられたようだ。

 ここにどれほどの建物が、ビルが建つのか想像すらできない。

 地固めと表現される体幹の、走るために必要な筋肉が、全身に理想的なほどに搭載され、この先の成長が見通せないほどに、才能の塊。

 

 

 ────────この子だ。

 

 

 そう、確信した。

 

「……なぁ、キタ。…いや、キタサンブラック」

 

「へぇ?きゅ、急に何です…?キタでいいですよ…?」

 

 息を整えて、汗だくになったサンデーサイレンスが、同じく汗だくになったキタサンブラックを正面から見据える。

 二人の黒い髪が、夕暮れ時の光に当たり、オレンジ色の逆光を受けて。

 

 

「────お前の才能は本物だ。キタ、アタシの下で……チームフェリスで、走るつもりはねェか?」

 

「……ええええええっ!?!?」

 

「気が多い女で悪ィが、今の併走で確信した。お前だ。今日の出来事はたぶん、ここでお前と走るために……お前の走りを知るためにあったんだ。お前の走りにホレた。アタシは、お前とここで走るのが運命だったんだ。アタシはお前が欲しい」

 

 今日のスカウティングがすべて失敗したのも。

 その最初に、キタサンブラックに出会ったのも。

 彼女が道案内を買って出てくれたのも。

 スランプになっていることを相談してくれたことも。

 

 すべて、運命だったとサンデーサイレンスは思った。

 

 僅かな無言の間。

 そして、キタサンブラックの出した答えは。

 

 

「─────これから、よろしくお願いしますっ!!私のトレーナー!!」

 

「─────ああ、こちらこそ、よろしく頼むぜ、アタシのウマ娘」

 

 

 快諾を大声で示し、笑顔を見せるキタサンブラック。

 そうしてそれを笑顔で迎え入れるサンデーサイレンス。

 

 夕日が地平線に沈むころに、二人で誓いの握手を交わしたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

 一目惚れ。

 

 それは、キタサンブラックが好きになる人に対して、必ず起きる現象だ。

 

 最初の一目惚れは、サトノダイヤモンド。

 出会った瞬間にビビっときた。この子とは、きっと、末永く親友として付き合っていけるような、そんな気がして。

 

 次の一目惚れは、トウカイテイオー。

 彼女の日本ダービーに魅せられた。競技者として、ウマ娘として、誰よりも尊敬しているテイオーさん。

 

 そして、そんなトウカイテイオーを追ってこの学園に入学して。

 次に起きた一目惚れは、サンデーサイレンスだった。

 

 トレーナーズカップで見た、彼女の走り。

 全身に電撃が走ったかのようだった。

 あまりに神秘的な彼女の走りに、レース前の祈りに、心を奪われた。

 

 この一目惚れは、どこに行きつくのかわからなかった。

 それ以降、サンデーサイレンスを目で追っていた。

 彼女が立華トレーナーと共に世に出した論文は、発表された瞬間に読み込んで、()()()()()()()()()()()

 

 サンデーサイレンス。

 きっとこの人が、私の運命を変える出会い。

 私が一目惚れした、私だけのトレーナー。

 

 ああ、だからこそ、今日一日はハラハラした。

 年始の生放送でチームフェリスが新人を募集しているという話が出た時に、私が何とかそこに入れないかと強く思っていた。

 サンデーサイレンスと担当契約を結んで、走りたかった。

 

 けれど、私はスランプだった。

 速く走れない私が、凄まじい実績をたたき出すチームフェリスに入れるはずもないと思っていた。

 でも、選抜レースで何とか好走して、目に留まれば……なんて思っていたところに、今日の話だ。

 リッキーさんがスカウトを受けていたのを間近で見て、本心では嫉妬していた。

 断ったときに、よかった、と思ってしまった。

 自分のそんな卑しさが嫌になる。

 その後も邪魔はしなかったが、タルマエさんやアキュートさんがサンデーさんのお誘いを断ったときには、内心で胸をなでおろしていた。

 こんな、走るのが遅いウマ娘を見てくれるはずもないのに。

 でも、サンデートレーナーの事は手伝ってあげたくて。

 

 けれど。

 けれど、けれど、ああ、けれど。

 この人は、私を見捨てないでいてくれた。

 私の悩みに、真摯に付き合ってくれた。

 

 そして、私のスランプも吹き飛ばしてくれた。

 その上、私を、スカウトしてくれた。選んでくれた。

 これが、奇跡でなくて、なんだ?

 

 ああ。

 サンデートレーナー。

 私は、貴女のために走りたい。

 貴方の笑顔が、見たいです。

 

 

 夢を駆ける。

 

 

 私は、貴女に夢中です。

 

 

 

 

 

 

*1
イイネ?






最近世間ではGL育成流行ってますね。
タグにGL(意味深)追加しとかなきゃ(使命感)

話は変わりますが水星の魔女一話よかったですね(性癖直撃)
潔く脱ぎ捨てて裸になり自由を舞う薔薇のようになりそう(革命感)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

131 ドリームリーグ

 

 

「……と、いうわけで今日から正式にチームフェリスに新しいメンバーが入りました。自己紹介をどうぞ」

 

「はいっ!!キタサンブラックですっ!!中等部1年生、今年にメイクデビューしてトゥインクルシリーズに挑みます!夏にもお世話になりましたっ!!先輩方、これからよろしくお願いしますっ!!」

 

 1月中頃、週明けの月曜日のチームフェリスのミーティングで、本日からチームに加入することになったキタサンブラックをチーム内で紹介する。

 ソファに座る俺の愛バ3人が、笑顔で拍手をしてキタサンを迎えた。

 

「これからよろしくお願いしますね、キタちゃん*1

 

「キタちゃんよろしくー☆!いやー、それにしても……夏に比べて……大きくなったね?」

 

「あたしよりも身長高くなってるの。成長すごいのー。ふふ、これから頑張ろうねキタちゃん!」

 

「ニャー」

 

 三人の返事と共に、俺の肩からオニャンコポンが下りていき、キタサンブラックの肩に飛び乗って頬に頭を摺り寄せ、挨拶を返している。賢い猫だ。

 

 無論だが、こうして正式にチームに加入となる前に、彼女たちは顔合わせを済ませている。

 昨日もチームの練習には付き合っていた。加入が遅れたのは書類上の手続きの関係であり特に何かあったわけではない。

 SSがメイントレーナーとなり、チームフェリスでこれからキタサンブラックが頑張ることになるわけだ。

 

 キタサンブラック。

 先日、彼女と運命的な出会いを果たしたSSは、翌日に俺にその結果を報告し、俺もチーム加入を快諾した。

 勿論、彼女自身が才能のあるウマ娘であることは知っている。かつて俺も3年を共に駆けたこともあるからだ。

 導かれるようにそんな彼女に出会ったSSの経過を聞いて、俺は苦笑を零しつつ、しかし、運命的な出会いとはそんなものだと腑に落とした。

 SSがウマ娘で、かつ、身体的特徴で同じような悩みを抱えていたからこそその場で解決策を打ち出すことが出来て、走りの見本も見せられて……と、パズルのピースがはまる様に、二人は導かれあった。

 これからも、さらに絆を深めて、共に夢を駆けていくことだろう。

 

 なおその翌々日に、SSとキタサンとダイヤの3人でキタサンの下着をまとめて買い出しに行ったらしい。

 早速仲良くしているようで何よりである。

 

「ま、夏合宿の時に一緒に練習もしているし、昨日も話したし改めて俺からの紹介は不要だな。キタサンブラック…キタサンは今後、SSが主管になって指導します。けど、基本的にチームの指導方針は二人で決めていくし、練習も一緒にやる事になるからそのつもりでな」

 

「デビューした後のレースプランとか、練習のプランはアタシが中心になって組むけどなァ。キタはとにかくタフだ。お前ら3人がやる練習にもある程度はついていけるって見込んでる。限界はアタシが見極めるから、これからはしばらくお前らと同じ体幹トレーニングで地固めしていくぜ。キタ、気合入れろよ」

 

「はいっ!!」

 

 今後の方針についても軽く触れていく。とはいえその内容は他のチームと大きくは変わらない。

 チームである以上、わざわざトレーナーが毎回分かれてそれぞれのウマ娘を指導することはない。俺とSSの指導論は似通っている部分もあるため、今後の練習は4人一緒に実施することになる。

 デビュー前のキタサンがシニア期に入った他のメンバーの行う体幹トレーニングや併走についてくるのは、普通に考えれば無理だ。というか実際、全部付き合うってのは無理があるだろう。

 だが、キタサンは恵まれた体をしている。この世界線では、限界突破して身長も体幹もさらに伸びている。これまでの世界線でも、身長が162cmをキープしていることもあれば、もりもり伸びてヒシアケボノに迫るほどに大きくなった例もある。キタサンは珍しく、成長具合に振れ幅のあるウマ娘だ。

 そんな彼女だが、経験からすると体がデカくなったほうが強さが増す。

 チームに加入することになり、改めて見せてもらったこの世界線の彼女の体。素晴らしい才能を秘めていると思った。

 願わくば彼女のその才能が、SSの指導と愛により、満開の開花を見せることを期待しよう。

 

「さて、それじゃああとはチームの今週の予定になります。練習は先週と同じで、体幹トレーニング中心で土曜日には併走です。少しずつ体幹はよくなってきてるからな、この調子だ」

 

「ふぇ~…☆今週も筋肉痛地獄だぁ……!」

 

「頑張らないといけませんね。学園内でも、多くの人が体幹トレーニングに取り組んでいるようですから。負けられません」

 

「キタちゃんはタフだよねぇ……全部ではないとはいえ、今のアタシたちの体幹トレーニングの密度についてこられるんだから」

 

「以前から体幹トレーニングが重要って聞いてたので、自主トレしてたんです!でも先輩たちもあのメニューをすべてこなすのはすごいですよ、私もいつか…!」

 

「焦るなよキタ、お前は今の時期はじっくり基礎固めだからなァ。筋肉痛がちゃんと出る程度にはきっちり鍛えるぜ」

 

 まずは今週の練習の予定を示す。体幹トレーニングで筋肉をつけて、筋肉痛が治る時期にはレースの知識や海外に挑む前の予備知識などをつけながらマッサージ、週末には走りを忘れない様に併走。

 2月前半まではこの練習ペースで進める予定だ。

 彼女たちの体幹は、少しずつ、至高の領域に近づいている。完璧な密度と柔軟性を両立するそれ。SSがその完成系を身に着けているが、彼女たちも徐々にその領域に足を踏み入れている。

 これが仕上がれば、走りの安定感が抜群に変わる。2月まで彼女たちが練習に真剣に取り組めば……その後、己からあえて無茶をしない限りは、怪我の心配は殆ど無くなってくれるだろう。

 仕上げていきたい。

 

 しかし、今週は練習以外にもそこそこイベントが多いため、予定を改めて目線合わせする必要がある。

 俺はホワイトボードに改めてイベントの内容を記す。

 

「えー、今週は練習の他にもいろいろあります。まず水曜日だけど、練習の後に……URA主催の、URA賞の表彰パーティがあります。うちのチームからは、フラッシュとファルコンが参加になる。二人とも、ドレスは会場で貸し出ししてくれるから基本的には手ぶらでいいけど、準備があればしといてくれ。俺も受賞してるから、当日は俺の方で送迎するからね」

 

「はい、栄誉なことですね。トレーナーさんも受賞、おめでとうございます」

 

「うん、ちゃんとお腹減らしていきます!」

 

「準備ってそういう事じゃないと思うの!?確かにあそこの料理はおいしかったけど…」

 

「ふわぁ…そうか、3人とも受賞してるんですねぇ。去年はアイネス先輩が最優秀ジュニア級ウマ娘でしたから」

 

「何言ってんだキタ、お前もいつか受賞するんだぜ?ってか、しろ。アタシをあそこに呼んでくれよな」

 

 はい、頑張ります!とSSの言葉に大きく頷くキタサンに、3人から笑顔がこぼれた。

 

 URA賞。

 年度代表ウマ娘、および各世代の代表ウマ娘、そしてダート最優秀、短距離最優秀ウマ娘が毎年選出される、説明不要の授賞式だ。

 昨年はアイネスフウジンが最優秀ジュニア級ウマ娘に選出されていた。

 そして、今年はうちのチームからは他の2人が選出され、これで全員が何かしらURA賞を受賞した形となった。

 

 今年の受賞者の一覧は以下のとおりである。

 

 

【ウマ娘部門】

 

 年度代表ウマ娘

 エイシンフラッシュ(主な戦績:クラシック3冠)

 

 最優秀ジュニア級ウマ娘

 ベイパートレイル(主な戦績:ホープフルステークス)

 

 最優秀クラシック級ウマ娘

 ヴィクトールピスト(主な戦績:有マ記念)

 

 最優秀シニア級ウマ娘

 ウオッカ(主な戦績:VM・安田記念・天皇賞秋)

 

 最優秀短距離ウマ娘

 サクラバクシンオー(主な戦績:短距離重賞5勝、スプリンターズステークス)

 

 最優秀ダートウマ娘

 スマートファルコン(主な戦績:ベルモントステークス 他GⅠ3勝)

 

 最優秀障害部門ウマ娘

 ゼウススピード(主な戦績:中山大障害)

 

 URA賞特別賞

 ハルウララ(選考理由:最多ファン投票数、地方出身でGⅠ2勝)

 メジロライアン(選考理由:クラシック期に宝塚記念勝利)

 

 

【チーム部門】

 

 最優秀チーム賞

 カノープス(選考理由:チームGⅠ初勝利、メンバー全員の活躍)

 

 

【トレーナー部門】

 

 最優秀トレーナー賞

 立華 勝人(選考理由:年間でGⅠ9勝、T-S論文の発表)

 

 

 

「今回の受賞はファンの間では激論になってるみたいだけどね。ファン投票による部分以外はURAによる選出が主だから。栄誉なことだと胸は張りつつ、選出されなくても別に走りが評価されてないわけじゃないから、あまり気にしない様にしよう。……これ去年もみんなに言ったな」

 

「はい。こういった受賞は枠を広げすぎるわけにもいかず、しかし決めないわけにもいかず……大変な所もあるものだとは理解しています」

 

「アイネスさんが入ってないのって、去年受賞したからー、ってところが大きいよね、たぶん」

 

「なの。実際途中でスランプもあったし全然気にしてないの。あの美味しい料理が食べられない事だけ不満なの」

 

「受賞するのは栄誉なことは間違いねぇけど、面倒もあるからなァ。2つ一気に受賞した経験のあるアタシが言うんだから間違いねェ。あん時どんだけゴアと比べられてめんどくせー話に絡まれたか……」

 

「あはは……このチーム、話のレベルが高い……!」

 

 今年、アイネスフウジンが受賞しなかったことについては……まぁ、まったく意識していない、と言うわけではないが、俺たちチームの中では去年受賞した分、URAの配慮があったのだろうな、と理解を落としている。

 実際、GⅠ勝利数で言えばチームの中では少ない点もある。

 ただ、無論の事その実力は本物であり、以前も言ったが、チーム内で領域無しでよーいドンしたら一番勝利に近いのは彼女だ。安定したフィジカルと言う面ではチームメンバーの中でも半歩進んでいる。

 だからこそ、俺も彼女が求めた短距離から長距離と言う無茶なローテーションでも走り切れる、勝ちきれる走りが出来ると判断している。

 無論の事、フラッシュだって天皇賞春には挑むし、二人の練習の密度に差をつけることはない。どちらも、勝ちきれるような実力を。そして、最高のレースを見せてくれるのを期待する。

 

 では、授賞式の事は目線合わせを終えた。

 最後に、今週末、日曜日のイベントについてだ。

 

「で、土曜日の併走練習の後……日曜日だな。この日はレース観戦です。ドリームリーグが行われるからな。それをチームのみんなで見に行こう。ドリームリーグを走るウマ娘は全員が世代を作った優駿たちだ。実力がついた今だからこそ、参考に出来る走りが多い。楽しんでもらうのも大切だが、観戦は真剣にな」

 

「はい。楽しみですね…ドバイに挑むにあたり、先達の走りから学ばせていただきましょう」

 

「ねー、今年はドリームに移籍した人も多かったもんね☆あれ、でも12月末でトゥインクルシリーズ引退した人って…」

 

「確か1月のレースはまだ出走できないの。スペちゃんやマックイーンちゃんたちは8月のドリームから参加していくんじゃないかな?」

 

「に、なるな。この間の12月に引退してドリームリーグに行った子たちは次回開催から参戦になるよ」

 

 そう、今週の日曜日にはドリームリーグが開催される。

 トゥインクルシリーズで優秀な成績を残したウマ娘が移籍できる、夢の続きを描くレース。

 1日を通して行われるそれは、興行と言う面も強く、レース場もその周辺も、世間も大いに盛り上がるイベントとなっている。

 だが、レースはガチだ。そこにはトゥインクルシリーズで彼女ら優駿が刻んだ己の誇りをぶつけ合う修羅の空間だ。

 シニア期に入った今だからこそ気付ける技術、戦略がある。

 たとえ走りのピークは過ぎていたとしても、伝説たちが織り成すレースを見ないという選択肢はない。

 

 なお、去年の12月末で、特にチームスピカから、多くのメンバーがドリームリーグ入りを発表している。

 スペシャルウィーク。メジロマックイーン。ゴールドシップ。

 また、有マ記念に参加したウマ娘で言えばセイウンスカイとグラスワンダーもドリームリーグ入りを発表した。

 キングヘイローとエルコンドルパサーも同時期に発表があったため、これで黄金世代が全員ドリームリーグに所属したことになる。

 

 一つの世代の終焉。それは、新しい世代が台頭する裏にある、一つの夢の終わりだ。

 彼女たちのこれまでの戦いに心から敬意を表するとともに、ドリームリーグでの好走も期待したい。

 なにせラストランである有マ記念でレコードを取った猛者たちが多数だ。ドリームリーグも一層の賑わいを見せるだろう。

 

「それぞれの集合時間とかも伝えたとおりだ。LANEでも前日に通知するから、時間とかには遅れないようにね。じゃ……これで今日のミーティングを終わります。お疲れ様です。これから練習に入るよ」

 

「はい、お疲れさまでした。今日も頑張っていきましょう」

 

「よぉし…ドバイに向けて頑張るぞー!!」

 

「おー!!キタちゃんもメイクデビューに向けて頑張ろうね!」

 

「はいっ!!改めてこれからよろしくお願いしますっ!!」

 

「っしゃ、気合入れていくぜェ。キタ、体の変化があったら全部アタシに教えろよ。胸のことみてェに、変に遠慮するなよ。お前の体、全部を把握すんのがアタシの仕事だからな」

 

「はい!……サンデートレーナーには、私も遠慮なく言えますから。私の全部、知ってくださいね?」

 

「おォよ」

 

「…………トレーナーさん。私も体の全てを貴方に教えた方が……いいですか?」

 

「ファル子の体も知りたく……ない☆?」

 

「トレーナーになら、全部知ってもらいたいの……どう?」

 

「謹んで遠慮しておきます」

 

 そうして軽いジョークを交わしながらも、俺たちは今日も練習に取り組むのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 週末。

 ドリームリーグ、当日。

 

 人々は、夢の果ての先に、奇跡を目撃した。

 

 

 

『─────来たっ、来た、来た来た来たーーー!!!タイキシャトルがバ場の外目をついて上がってくるッ!!残り200を通過!!外からタイキシャトル!!タイキシャトルが捉えたッ!!タイキシャトルが先頭ッッ!!速い速い速いッッ!!これが世界を圧巻した走りだ!!これがタイキシャトルだッ!!今ッ!!先頭でゴーーーーーーールッッ!!強いッ!!今日のタイキシャトルは圧倒的だ!!これが元祖海外GⅠ覇者!!素晴らしいレースで────────なっ、なッ、何と!?レコードだ!?ドリームリーグ記録、その短距離1400mのレコードを記録していますッ!!!これはすごいッ!!数年ぶりの更新となりますッ!!今日のタイキシャトルは無敵だーーーッッ!!』

 

 

『─────先頭はサイレンススズカ!!スタートから続くマルゼンスキーとのデッドヒートも残すところあと400m!!フジキセキも追い上げてくる!!だがまだだ!!まだ先頭サイレンススズカ!!粘る粘る!!逃げて差す彼女の真骨頂がここドリームの舞台に戻ってきた!!残り200!!さらに加速ッ!?凄まじいスピード!!マルゼンスキーもねばりましたがこれはスズカだ!!サイレンススズカだ!!見たかッ!!これが元祖大逃げだッッ!!サイレンススズカが一着でゴーーーーールッッ!!!凄まじい、異次元の逃亡者はいまだ健在ッ!!マルゼンスキーもフジキセキもその差を詰めましたがしかし逃げ切ったのはサイレンススズカ!!!────────これはッ、何と!?1800mでもレコードだ!!ドリームレコードです!!何があったドリームリーグ!?日本の革命が、革命の波がドリームリーグにも及んだか!?サイレンススズカ、レコードで一着ですッ!!』

 

 

『─────デッドヒートだ!!ナリタブライアンとシンボリルドルフが譲りませんッ!!前を逃げるエアグルーヴが苦しい表情!!トレセン生徒会が!!リギルの猛者が火花を散らしあっているッッ!!伸びるブライアン!!伸びるルドルフッ!!エアグルーヴ苦しいか!?交わした交わしたッ!!残り200!!一歩も譲らない!!三冠ウマ娘同士が譲らない!!皇帝が!!シャドーロールの怪物が譲らないッッ!!どっちだ!?!?どっちだ!?!?どちらも譲らぬままゴーーーーーーーールッッ!!!…凄まじい!!凄まじいレースとなりました!!!三着は1バ身差でエアグルーヴ!!これがトレセン生徒会だ!!これがリギルだ!!シンボリルドルフとナリタブライアンは写真判定です!!……出ましたやはりレコード!!どこまでタイムを更新するんだ今年のドリームリーグ!!!勢いが違うッ!!そして判定の結果はシンボリルドルフッ!!シンボリルドルフが一着ですッッ!!絶対の皇帝がここに復活ーーーーーっっ!!』

 

 

 

『─────3000mも残すところあと400mッッ!!そしてここで先頭はスーパークリークに変わったッ!!無限のスタミナ!!菊花賞と天皇賞春を制したウマ娘がここで伸びて────いやっ!?独走を許さない!!その後ろからぶっ飛んできたのは葦毛の伝説!!風か!?光か!?タマモクロスだッ!!!紫電を纏うような末脚でスーパークリークに襲い掛かるッッ!!これは際どいッ!!残り200!!並ぶか!?並ぶか並ぶか!?並んだ!!タマモクロスが僅かに───ここで再度伸びたぞスーパークリークゥ!!!どこにそんな体力が残っていたのかァ!!差し返すか!?執念の表情!!差し返す!!!僅かに差し返してそのままゴーーーーーーーールッッッ!!!永年三強が!!天皇賞春秋制覇ウマ娘同士の戦いを制しました!!勝ったのは聖母スーパークリークッッ!!……来たァ!!長距離もなんとレコードです!!なんだこれは!?ドリームリーグも革命が起きているのかッ!?ワケが分からないッ!!しかしこれがドリームリーグです!!奇跡の体現者たちの織り成すレース!!その長距離、今回のステイヤーの頂上決戦はスーパークリークですッッ!!』

 

 

 

『─────ダートに土煙が舞うッ!!とんでもないレースになりました!!全員がッッ!!全員が譲らないぞッ!?最終コーナーを回ってほぼ横一線!!!全員が!!まるで誰かに見せつけるかのように最高の走りで譲らないッッ!!しかしここでひとり来た!!抜け出したのはイナリワン!!イナリワンが魂を燃やす走りを見せて先頭へ!!残り200、このまま駆け抜けられるのかッッ!?……否ッ!!やはりここで来たぞ!!このウマ娘が来た来た来た来た!!!オグリキャップが来たーーーーッッ!!オグリキャップが来た!!!伝説の一騎打ちの再現か!?毎日王冠の再現かッ!?オグリキャップか!?イナリワンか!?イナリワンが突っ込んだ!!大外からオグリキャップ!!大外オグリキャップとイナリワンの競り合いだッ!!!並んでゴールインッッ!!!これは際どくなりましたッッ!!かつての伝説が再現されたかのようなレースとなりましたッ!!結果は────────オグリだ!!オグリ一着ッ!!オグリ一着ッッ!!スーパーウマ娘です!!ダートでもその奇跡の末脚は衰えることはないッッ!!時を経ても、彼女の伝説は失われることはないのですッ!!だからこそ!!掲示板に光るレコードの文字は必然なのでしょうッ!!彼女たちの伝説は、まだ終わらないッッ!!!ドリームリーグにも革命の嵐!!!ドリームリーグの全距離全バ場の記録が、今日一日で一新されました!!!』

 

 

 

 伝説を見た。

 夢を見た。

 奇跡を見た。

 

 トゥインクルシリーズで、あらゆる伝説を、奇跡のレースを走り抜けた優駿たちは。

 ドリームリーグでも、その矜持を、誇りをもって。

 人々に、夢を魅せ続けていた。

 

 

 今日一日のレースで起きた奇跡の理由。

 それは、勝利後インタビューでシンボリルドルフが述べたこの一言に集約されるだろう。

 

 

 

「────去年は、後進達があれほどのレースを見せてくれたのだ。あんなものを見せつけられて、先達である私達が奮わないはずがないのさ。私達ウマ娘は、いつだって……勝ちたいのだ。己の走りで勝ちたいのだ。だからこそ、レースには絶対がなく……その代わりに、夢が、ドラマがあるのだろう?いつでもドリームに上がってくるといい。私たちは、牙を研ぎ澄ませて待っている」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

*1
「キタサンブラックさん」だとチームメイトに対して他人行儀。「キタサンさん」だとサンサンになる。「キタさん」だと呼び捨てになる。ので、キタちゃんと呼ぶことにしたフラッシュであった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

132 絶対への挑戦 前編

UA100万、評価15000点を達成してたようです。
ご愛顧有難うございます。引き続きガンバルゾー。





 

 

 

 

「よし、良いフォームだ!前より安定感が増してるぞ!!そのまま真っすぐ走れファルコン!」

 

「はいっ!だ、ああああああああ!!!」

 

「体幹がわずかでもブレりゃ速度は落ちる!背中に一本筋を通したまま全力で脚を回せェ!」

 

 2月の初週。

 体幹トレーニングの合間にある併走の日、俺はファルコンとSSの走る、2000mの併走をゴール前で見守っていた。

 

 今年2月の後半にはフェブラリーステークスに挑むファルコン。

 そんな彼女は、ドバイに挑む前のこの2月の時期に、レースに向けて走りも整えていく必要がある。

 元々体幹と言う意味ではフラッシュやアイネスと比べて鍛え上げられていた彼女は、この1か月の体幹トレーニングで更に安定感が増し、体幹に関わる筋力で言えば相当な仕上がりを見せている。

 無論、2月中はこれからも体幹トレーニングを実施するが、ほぼ彼女の地固めは仕上がったとみていいだろう。

 この1か月で残る二人も体幹を仕上げ切り、ドバイに挑む予定だ。

 

 なお、先日新しくチームメンバーとなったキタサンブラックも、既にSSというトレーナーがついたことから選抜レースへの出走を取りやめ、体幹トレーニングに勤しんでいる。

 メイクデビューまでは体幹トレーニングを中心に、彼女の体に合ったフォームの習得をさせて、そこに集中する予定……でSSと今後のトレーニング予定を立てている。

 俺も彼女の走りを見て、体を診たが、成程、この世界線のキタサンブラックはかなりの才能の萌芽を予感させる。

 SSの指導の下、どこまで輝けるか楽しみだ。

 

 先日開催されたドリームリーグ、その激走を全員が目撃したことで、やる気も全員が絶好調を見せている。

 これはうちのチームだけではなく、ドバイに挑む全員が……いや、学園全体がさらに活気づいているようだ。

 俺もあの走りを魅せつけられて、さらにトレーナーとして奮起させられた。彼女たちがベストの状態でレースに挑めるように尽力していこう。

 それは勿論、練習と言う意味でもそうだし、ドバイ遠征に向けた環境を整えるという点でもそうだ。

 最近はたづなさん、南坂トレーナーと俺を中心に、ウマ娘達がドバイでベストな走りが出来るようにホテル手配などに尽力している。

 

「……っゴール!ああ、タイムもいい。次のレースも心配はいらない数字ではあるな」

 

「はぁっ、はぁ……へへ、ドバイで走るって決めてから、ファル子絶好調☆!フェブラリーステークスだってしっかり勝ち切って見せるからね!」

 

「ふぅー、はぁー……キタぁ、アタシの走り見てたか?ファルコンと並んで走ったからより分かり易かったはずだ。重心の位置が違うからフォームが全然違ってただろ?今日の併走終わったらどのあたりが違ったか答えてもらうからな」

 

「はいっ!!大変勉強になりますっ!!」

 

「喧嘩売ってる☆?」

 

「まぁまぁファルコンさん……ファルコンさんの走りはダートに合致した、良い走りだと思いますよ?」

 

「そーなの。重心が低く、ダートの上でもロスの少ない走りが出来てるの。誇っていいと思うよ?」

 

「喧嘩売ってる☆?☆?☆?」

 

 俺は何も言わずにファルコンの頭をわしわしと撫でてやりつつ、クールダウンの時間を取らせる。

 個人的にはファルコンのダートの上での走りは、心から褒めたい、彼女にとって完璧なフォームだと感じているのだが、まぁ、うん。彼女の怒りの理由を察せないほど俺も朴念仁ではない。

 その部分の大小はウマ娘の速さにも魅力にも絡んでこないと俺は思ってるからな。俺は味方だ。君のツインテールが今の走りでちょっと乱れてるところの方が個人的には好きだ。

 

 閑話休題(話逸れまくった)

 

 さて、しかしそうして完璧に見えるファルコンの走りだが、それに胡坐をかいて俺達トレーナーが楽観視することはできない。

 当然だが、ウマ娘達のレースには絶対がなく、勝利を得るためにはあらゆる懸念を考慮する必要がある。

 だから今日は、ファルコンの走りについて分析し、彼女の中で己の走りにあるウィークポイントをはっきり自覚してもらう予定だった。

 

「さて……それじゃファルコン、クールダウン中だが、君の走りについて改めて、長所と短所を分析していこう」

 

「はい!うん、()()()に挑むにあたって、油断はできないからね…!お願いします☆!」

 

「……ああ。まず、スタートから……君はスタートが抜群に上手い。そのゲートの反応の良さは間違いなく長所だ。そこからの加速も、大逃げが選択肢として選べるほどに力強い。これははっきりとした長所だ。だからこそ、スタートの失敗には気を付けないといけない。何故なら────────」

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「──────スマートファルコンは、バ群に弱い」

 

「ぜぇっ、ぜぇ………その、心は…?」

 

 視点は切り替わり、ここは()()()()()()()場。

 チームカサマツのメンバーと、そのトレーナーである北原が、ここカサマツに戻り、体を、走りを仕上げていた。

 つい先ほども、1600mをフジマサマーチが走り抜き、息を整えているところだ。

 そして、そんなカサマツメンバーのほか、とあるトレーナー……いや、()トレーナーが、助言の為にチームの練習に付き合っていた。

 

「…ファルコンはこれまで、どのレースでも逃げで走ってた。そもそもバ群の中で走る経験がないから、慣れてねぇ……ってコトっすか?()()()()()()

 

六平(ムサカ)だバカ野郎。……今のジョーの説明で間違いねぇ。俺が分析した限りありゃ生粋の逃げウマ娘だ。サイレンススズカのジュニア期みてぇに、先行策なんてやったら全く走れなくなるだろうな。つまり、一度前に出れば勝てる」

 

「ふっ……はは、六平トレーナー、簡単に言ってくれるな。アレを相手に、前に出る……誰もがやろうとして、出来ていないのだ。それを成したのはエイシンフラッシュのみで、それは芝のレースだった」

 

「だ、な。だが、考えの一つには組み込んどけ。あらゆる可能性を模索するのが、強敵に勝つための努力ってモンだ。ナイスネイチャがいい例だ。アレは誰よりも勝利の可能性を頭に入れてるから、あの脚でも常に上位に食い込んでる」

 

 スマートファルコン対策……そして、その仕上げのための特訓。

 それをカサマツの地で行うことを決めたのは、1月中の事だ。

 既に学業として単位は十分に獲得しているカサマツメンバーとしては、1か月程度学園を離れ遠征合宿を行う分には、問題なく学園から許可を取れていた。

 

 さて、しかし行っている練習は、とてつもなくハードな特訓である。

 歯に衣着せずに言えば、時代錯誤も甚だしいほどの、精神的にも肉体的にもキツい特訓。

 この特訓をやると言い出したのは、フジマサマーチだ。

 彼女は、今中央トレセン学園で流行している体幹トレーニング……それを実施することを拒んだ。

 

 体幹トレーニングの効果を疑っているわけではない。

 が、自分はシニア期で、それも現役がかなり長いほうだ。体幹も既に十分に発達している。

 改めて体幹を仕上げることが、己の限界を引き上げることに直結しないと考えた。

 さらに言葉を選ばずに、フジマサマーチの考えを表すと、このようになる。

 

 己は、もうピークの維持が難しくなるくらいに長く走っているウマ娘だ。

 であれば、その全てをスマートファルコンにぶつけるためには、まともな特訓では不足と感じた。

 まともな特訓はもうすでに、今日に至るまで、十分にやってきた。

 

 今の自分に必要なのは確固たる意志。

 執念。

 どれほど苦しい特訓でも、音を上げることのない、果てしない目的意識。

 

 砂の隼に勝ちたいという想いをどれほど強く持てるかが、彼女と距離を縮めることに直結すると確信した。

 己の中で、その考えが腑に落ちた。

 だから、こうして脚も体も悲鳴を上げる寸前まで追い込んだうえで、経験豊富な六平トレーナーを呼び、戦術的にもスマートファルコンを分析して、彼女の弱点を全力で突く。

 勝ちに対して一切の妥協をしない。

 心に鬼を宿せ。

 

 そんな執念を燃やす場として、己の地元たるカサマツを練習の場所に選んだのだ。

 

「ま、スタートでスマートファルコンに追いつこうとするのは無理だ。400mでスタミナ切れ起こしたっていいってんなら話は別だが、追いつこうとすれば余計な体力を使うことになる」

 

「だろうな。……だが、スタートが僅かにでもブレれば、それはファルコンの焦りを生む結果になる、ということか」

 

「そうだ。だからゲートに入った時から圧をかけろ。お前の眼光は武器だ。ノルンエースほどじゃねぇが、オグリと並ぶ程度にゃ十分に圧をかけられるだろう。スマートファルコンがスタートに割く意識の割合を増やしてやれ。スマートファルコンとゲートの位置が近いことを祈るんだな」

 

「はっ、可愛い後輩に嫌われてしまいそうだな。……ああ、だが、アレに勝つということはそういうことだ。やるさ。勝つ可能性が高まることなら、なんでもな」

 

「……いい執念だ。ジョー、お前、よくこいつを磨き上げたな」

 

「ははは。ウマ娘の為に頑張るのがトレーナーってもんでしょろっぺいさん。マーチも…ノルン達も、もちろんオグリも、ベルノだって、自慢のウマ娘ですよ」

 

「いつの間にかいっちょ前になりやがって。……よし、休憩は終わりだ。もう一本、1600mだ。次の併走はルディ、ミニー、行ってこい」

 

「あいよ!マーチ、無理だけはすんなよな!無茶はしてっけど無理は駄目だからな!」

 

「こんだけやってファルコンと万全で走れないなんてなったらあたしら全員で泣くからな!」

 

「ああ、判ってる。すまんな、気を遣わせる。だが、もう少し付き合ってくれ」

 

 スマートファルコンの弱点、その一つ目。

 スタートに意識を割かなければならず、スタートを失敗すればバ群に呑まれてその豪脚を発揮できない。

 その点を一つ、共通見解として深めて、そうしてフジマサマーチがまた併走に入った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「確かに…私、これまでずっと逃げて来たし、スタートって失敗してないから……バ群に呑まれちゃうと、走りづらくてかなわないかも」

 

「だな。だからこそ、そこを狙ってくるウマ娘もいるだろう。世界に出ればなおの事だな。ラビットっていう手段だってあり得るし。……まぁ勿論、それに対抗する集中力(コンセントレーション)を君が持っていることも知っている。ゲートの中で慌てないようにしよう、ってのがまず一つ目かな」

 

「はい!……んー、瞑想とかしてみたほうがいいかな?」

 

「あー、瞑想はスタートで結構効くぞォ。アタシも瞑想……っつか、ルーティーンにしてる神への祈りって集中を高めるためにやってるところあるしな」

 

 俺たちは改めて、最強の武器でもあるが諸刃の剣でもあるファルコンのスタートについて語り合った。

 抜群のゲート反応を見せ、これまでも好走を果たしてきた彼女ではあるが、しかしその前提が崩れてしまうと一気に走りに陰りが見える懸念。

 だからこそ、スタート前の集中を高める必要があり、そして万が一にもスタートを失敗しても、落ち着いて前に出られるような意識管理。

 これは今後のレースにおいて、ファルコンへのマークがさらに厳しくなるであろうことから、自分で意識することは大切な要因と言えた。

 

「さて、それじゃあスタートの話は終わって……次は序盤から中盤、だな。とはいえ、序盤はさっきも言った通り、最適な走りが出来ていると思う。プレッシャーや牽制に対する抵抗力もピカ一だ。この間のチャンピオンズカップでも、全員からの牽制を受けてもなお走れていた。そこは心配いらないかな」

 

「うん、自分でも……後ろからの圧って、なんだろう、こう表現しちゃうとちょっと高慢ちきかもだけど…あまり気にならないかな。それよりも、誰よりも速く前を走るほうに意識が向いてるから」

 

「結構すげーことなのそれ。あたしも逃げウマ娘だけど、あたしの場合は後ろに気は配るタイプだから意識せざるを得ないし……まぁ、その分速度を奪うような牽制を後方に仕掛けられるんだけど」

 

「はえー……私も逃げが主な走りになりますけど、なんだか見てる景色が違うなぁ……」

 

「キタはお前らしい走りをこれから見つけて行けばいいからな、焦るこたァねぇぞ。勿論、参考になるところは勉強してけな」

 

「このチーム、よくよく考えると逃げウマ娘が多いですね」

 

 そうして続く序盤での走りの分析。スタートが上手く切れていることが前提だが、ここは大きく心配する点はない。

 何より、ファルコンは牽制への抵抗力が強い。後ろへの余計な気配りをせず、前だけ向いて走れている証左だ。タイプとしてはサイレンススズカに近いだろう。

 この二人は、前しか向いていないため、後ろからの牽制にも大きく意識がそがれないのだ。

 

 対照的に、後ろを気にしながら走る逃げウマ娘ももちろんいて、アイネスがそれに近いし、セイウンスカイなんかがこれにあたる。

 勿論こちらも走りも極めればレース全体の支配につながる戦術であり、どちらが良い、悪いということはない。

 どちらが己に合うタイプの走りか、という事でしかない。

 

「ファルコンはその走りを貫いてくれていいよ。実際、結果がレースに現れてるしな。……しかし、中盤。ここにはいくつかまだ隙がある。…というか、徹底的に対策して隙をつくなら、ここしかないともいえる。フラッシュ、アイネス」

 

「はい」

 

「なの」

 

「君達がファルコンと…まぁ芝、ダートの違いは置いといて……GⅠレースで競い合うことになった。スタートは抜群の反応でファルコンが先頭。アイネスがその後ろ、フラッシュは差しの好位置をキープしている。さて、ファルコンに仕掛けるなら、どこで、どう仕掛ける?」

 

 俺はチームメンバー全員でのワーキングトークとするため、話をフラッシュとアイネスに振った。

 彼女たちは、誰よりも近くでファルコンの走りを見て、そして実力も拮抗する、仲間でありライバルであるウマ娘達だ。

 そして頭の回転も速い。そんな彼女たちが、ファルコンに仕掛けるとするなら、どこを選ぶか?

 こういった戦術的な意識を高めることは、特にシニア級に入ってからとても大切だ。

 ジュニア期やクラシックでも行っていたように、俺がレース前に戦術を授ける行為……これはトレーナーとして当然の事であるし、今後やらないという話でもない。

 しかし、シニア期に入り、レースのレベルがさらに高まっていく中で、彼女たちは走りながら、一瞬の判断で戦術を決めていく必要が高まってくる。

 先日行われた有マ記念なんかが最たるものだ。不測の覚醒で目まぐるしく変わる戦場の中で、己の最適解を選び取り、最適なルート取りをしなければならない。

 そういった判断力を鍛えるために、こうしてチーム内でもレース戦術について話を膨らませているわけだ。

 

 そうして問いかけたファルコンへの仕掛け処について、彼女たちの出した答えは、俺の求めた回答と一致した。

 

「私なら、中盤の領域を展開する直前に思い切り牽制をかけます。先頭を走る事で発動するファルコンさんの領域ですが、その前に必ず集中に入る。それを少しでも乱せれば、領域に入らせないこともできるか…入れても、影響が出るでしょう」

 

「怖っ☆」

 

「あたしなら、領域に入った直後なの。第一の領域も、第二の領域も……両方とも、加速で後続と距離を空けたいっていうファルコンちゃんの気持ちが見えるから、それを崩すために、こっちもスリップストリームで加速を合わせて……距離を開かせすぎない、かな?後ろを走るあたしの足音が想像以上に離れなければ、その後の動揺を狙えるかもだし」

 

「怖っ☆」

 

「ん、良い答えだ。鋭い回答だよ、俺も近いことは考えてた。領域は入れてしまえば強い武器になるが、入れなければそれは同時に隙にもなり得る。長所は得てして短所と背中合わせだということも覚えておこうな」

 

 二人の回答は、領域の発動前後の隙を見事につくものだった。

 先程述べたように、領域とはそれ自体が強い武器であり、突入条件が緩く加速も十分に果たすファルコンの領域はかなりの威力を誇る。

 が、フラッシュとアイネスが言ったように、領域による効果が十全に発揮されないような牽制をかけられることで、精神的にも速度的にもディスアドバンテージになり得る。

 そこをファルコンの意識に置いておきたかった。

 そういった対抗策があることを知っているというだけで、もし実際にやられたとしても精神的な余裕が出来るからだ。あらゆる可能性を一度は描いておきたい。

 

 まぁ、とはいえ今二人が述べた作戦は、フラッシュとアイネスが超一流のウマ娘であり、強力な牽制の技術と、ファルコンの領域にも追いすがれる豪脚を持っているからこそ選ぶ事ができる答えでもある。

 並のウマ娘では成すこと自体が難しいであろうそれだ。

 そのようなウマ娘が相手に出てくるときには、心底から気を付けるべきであろう。

 

 

 

 






1話が1万文字以内にまとめられず前後編に分ける筆者を許してください。

キャラが増えたから話がのびーる。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

133 絶対への挑戦 後編

(毎日王冠)
さりおす…レコードとはね……すげぇぜコンちゃん世代!(なお馬券)

ダービー二年連続レコード。宝塚記念でもレコード。毎日王冠でもレコード。
現実が作品内描写補強してくれる手厚いケア助かる…。





 

 

 

 

「……その2択であれば、私は領域前に牽制をぶつけることになるだろうな。前目の先行策についたとしても、先頭を走るファルコンのすぐ後ろにつくのは難しい。となれば、タイミングと牽制の強さが重要になるか……」

 

「領域に入るタイミングは何度もスマートファルコンと走ってるお前なら掴めるはずだ。後は牽制の強さだが、そこは……」

 

「あーしがコツ教えるよ。マーチはこれまであんまり牽制技術を重視してなかったけど……もう、そういうレベルじゃねーっしょ?」

 

「ああ。頼むぞノルン。取れる手段は何でもやろう。ぶっつけ本番の一回だっていい、スマートファルコンの領域を潰せるような何か…ないか?」

 

 再度の併走を終え、クールダウンに入ったフジマサマーチが、六平トレーナーと北原トレーナーによる新たなスマートファルコン対策の話を受けて、理解を深める。

 話題は中盤に発動する彼女の領域。

 【砂塵の王】。

 あの加速、それこそ発動されれば最終コーナーを回り終えるまでの独走が確約されるほどの強さを誇る。

 その上で、発動条件も緩く、先頭を走ってさえいればほぼ確定で発動されてしまうだろうその厄介な領域。

 それを攻略するためには。

 

「んー……まぁあーしもそういう技術に理解深めてんだけど、やっぱ牽制の技術って才能けっこー必要なんよ。ネイチャちゃんとか、フラッシュちゃん…あとはクリークパイセンやグラスちゃんもそーだけど、教えられてハイできた、ってもんじゃないところはあるんよね。あーしもまぁ完璧じゃねーし。だから、マーチ一人でやる、ってなるとあと3週間くらいじゃ正直厳しいところあるよ」

 

「む……」

 

 そうして領域突入前に牽制を飛ばすという手段を採用したフジマサマーチ。

 だが、フジマサマーチ自身はこれまであまり牽制を重視していなかった。そちらに走りの重きを置かなかった。

 得意だとは口が裂けても言えない。せいぜいが眼力による圧をかける程度。

 

 しかし相手は砂の隼。砂の王だ。得手不得手や好みを言える相手ではない。

 そうしてチーム内でも牽制を得意とするノルンエースにコツを聞いたところ、しかし、答えは芳しくないものだった。

 

 ノルンエースが言う通り、牽制、いわゆるデバフの技術(スキル)は才能だ。

 合わないウマ娘にはとことん合わない。

 ただ単純に走りの技術(スキル)を教えるのとはわけが違う。そのウマ娘そのものの素質が必要となる。

 人に教えられたからと言って、独占力や八方睨みと言った技術を使えるかと言われたら、NOだ。*1

 

「でも、出来ることはある。あーしが重賞レースでよく使ってたあれよ。今のファルコンちゃん相手ならうまくいけば刺さるっしょ」

 

「ああ、あれか……やりだした頃はよくやると思っていたが、確かに、それくらいはしなければ隼の高みには届かぬだろうな。よし、コツを教えてくれ」

 

 しかし、ノルンエースにはまだ繰り出せる技術があった。

 実際、チャンピオンズカップでスマートファルコン相手に仕掛けたものだ。その時は序盤から他の牽制も使っていたし、()()()()()()()()()()()()()()十全たる効果を発揮はしなかったが。

 だが、それひとつに専心し、周囲にも気を配れば効果は生まれるだろう、それ。

 

「『()()』を敷くんよ。自分だけじゃない、一緒に走る他のウマ娘とも呼吸を合わせて……領域直前のタイミングで、自分がファルコンちゃんに牽制仕掛けるぞー、ってのを周りのウマ娘に走りで伝えるんよ。当然だけどレース前に打ち合わせたらただのチーミングだかんね、レース中に周りに目的を悟らせなきゃいけない。けど、ガチなメンバーで真剣に走ってりゃ、結構、ほら、走ってる中で意志が伝わる事ってあるじゃん?」

 

「ああ、確かに呼吸や尻尾の揺れ、足音から感じられるものは大きい。そこで呼吸を合わせて、ファルコンの領域の直前で、私だけではない……全員で一気に仕掛ける、と言う所か」

 

「そゆこと。どういうふうに周りにその気持ち伝えていくかはあーしも考えっからさ、やってみよーぜ。結果、一人でも二人でも、最適なタイミングでファルコンちゃんに牽制しかけるウマ娘が増えりゃ、そりゃ自分だけじゃなくて周りの子達も利点はあっかんなー」

 

「なんかレイドボス相手にしてるみてーだな」

 

「でもファルコンちゃんは実際レイドボスみてーなもんじゃね?」

 

「懐かしいな……私が中央に行って六平トレーナーに指導を受けていたころの、最初の年の毎日王冠が近い状況だったな。他の10人から徹底マークを受けた。結託したワケではなかっただろうが、一斉に動けばそう言うこともあり得る……それを、レース中の走りで人為的に起こそうというわけだ」

 

「ああ、そうだったな……夏の間みっちり仕上げて絶好調だったからシリウスシンボリにも勝てたが、ありゃ割と際どい勝負だった。怪我の恐れもあったしな」

 

「最終的には、距離を取るという指示で大外の活路を見出したオグリちゃんが抜けたレースですね。……懐かしいなぁ」

 

 ノルンエースが立てた作戦は、布陣を敷くこと。

 ファルコン以外のレースを走るウマ娘、その呼吸を合わせて牽制を仕掛けること。

 一人で力が足りないのであれば、全員の力を使えばいい。

 

 無論、ノルンが説明した通り、これをレース前に打診してしまえばルール違反だ。

 だが、レースの最中に己の走りからタイミングを読み取らせて合力した場合は不問となる。

 この技術を使えるウマ娘は極めて少ない。デバフの中でもかなり特殊なそれ。

 ゴールドシチーが唯一、その見た目からのレース中の注目度の高さを利用し、己が牽制を仕掛ける対象のウマ娘に対して他のウマ娘の力も併せる事ができる。さらにシチーの場合はスタミナも回復する慧眼も併せ持っている。

 技術としては難しい部類に位置する。

 だが、出来ないことはない。少なくとも現状から準備する作戦の中では一番成功率が高いものだと六平も北原も判断した。

 

「悪くねぇ案だ。じゃあ領域にはそれをぶつけて、あとは終盤戦だが……実を言や、この終盤の時点においては、カサマツ組がスマートファルコンに明らかに勝っている点が一つある」

 

「ん……私()、か。となると…………そうか、なるほど、それか」

 

「わかるか?まぁ去年は一度それの恩恵を受けたレースがあったからな。ただし、これは完全に運任せだ。2月だし確率も低い。だが、期待して損はない点だ……スマートファルコンの最大の弱点、それはな────────」

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……最後の直線だけど。一つだけ、弱点と言うか。心配してる点がある」

 

「ん、どこだろ?結構私、最終直線でも頑張ってると思うけど……」

 

 俺は領域絡みの、相手がついてきそうな弱点の解説を終えたのち、最後の終盤戦の話をする中で、懸念点を説明する。

 ファルコンが首をかしげているが、これは弱点と言うか、心配の部分。

 彼女が砂の隼であり、絶対の王者であるからこそ、無茶をしてほしくない部分だ。

 

「ああ。……ファルコン、君には………荒れたバ場を走る時に、無理をしてほしくないんだ。前にさ、ほら、JBCレディスクラシックで不良バ場だった時に、君は最終直線で無茶をしなかっただろ?あの判断を、俺は心底評価しててさ。…君の、芝にもアメリカダートにも慣らした走り方だと、不良バ場で速度を出そうとすると、転倒の恐れが高まるんだ。一番気を付けないといけない点になる。勿論、体幹を仕上げてることで転倒自体の可能性は低くなってるけど……」

 

 それは、彼女の走り方の質の問題。

 芝でもダートでも走れるために、俺が彼女の走りを改良した結果、唯一の欠点として生まれた所。

 いや、欠点と呼べるような部分では本来ない。重バ場や不良バ場であっても、速度は問題なく出るのだから。

 ただ、濡れたバ場を全力の、全身全霊で走ったときに……脚が滑る可能性が、ある。

 そういった()()を、俺は愛バにさせたくなかった。

 

 これが、ダートを専門に走っているウマ娘だと若干事情が異なってくる。

 特に、例えば地方出身のウマ娘を多く抱えているチームカサマツのメンバーの走りなどを見れば分かり易いだろう。

 彼女たちは、まるで水を掻くかのようにつま先を使い、バ場が荒れていればいるほど速度を出せるような走りをする。

 脚の使い方、鍛え方が違うのだ。あれはチームカサマツ独特な技術と言えるだろう。流石は北原先輩、流石は六平トレーナーだと感嘆するほどのそれだ。

 

「これはフラッシュもアイネスも、キタサンも聞いてほしいんだけどな。……君達がレースに勝ちたい気持ちを持っているのは十分に承知してる。そして、その気持ちを込めて最終直線を走っているのも知っている。けれど、もしバ場が荒れていて、少しでも転倒の危険を感じたら……無理を、してほしくないんだ。俺は、自分の愛バが大ケガをするのが一番怖い。万が一が常に付きまとうレースだからこそ……俺の一番の望みは、君達が無事にレースを終えて、戻ってくることなんだ。だから、これは俺の我儘だな。けど…………」

 

 でも、俺は何よりも、この子たちに怪我をしてほしくない。

 走れないほどの大怪我なんて、本来あってはならない。

 危険が付きまとうレースという勝負の世界において、この考えは甘いのかもしれない。

 

 けれど。

 でも。

 俺が何度も繰り返してきた、3年と言う時の牢獄の中で、怪我をしてしまって走れる期間が短くなってしまうことを、俺は何よりも恐れていた。

 だからこそ、医学の知識もつけたし、テーピングの知識も覚えている。

 スズカの脚部不安も乗り越えたし、テイオーだって三冠を取らせてやれた。タキオンだってプランBにはさせなかった。

 彼女たちが走る姿を見られなくなるのが、一番怖い。

 

 そんな、俺の弱い部分を、さらけ出すことに抵抗はなかった。

 少なくとも、俺の愛バである3人は、俺の事を受け入れてくれているのだから。

 

「……ん、わかった。確かに、どうしても勝ちたい、って気持ちはあるし、限界を超えない範囲で全力で走るけど……バ場が荒れてたら、無理はしないって約束する。私だって、ドバイが控えてるしね☆!練習やその前のレースで無茶して、走れなくなったら嫌だもん!」

 

「私もです。かつて、ホープフルステークスでのアクシデントの際に無茶はしましたが……今は、あの時以上に、貴方と共に走り続けたいという想いが強くなっていますから。勿論、勝つために全力で挑みますが、バ場が荒れていれば、配慮して走るようにしますね。芝だからそこまで心配はいらないかもしれませんが……」

 

「あたしも!せっかくスランプを脱して絶好調になったんだもんね、これでまた怪我なんて嫌だから!」

 

「……サンデートレーナー。サンデートレーナーも、私に無理はしてほしくないですか?」

 

「ああ。アタシはウマ娘だから勝ちたいって気持ちは分かるし、そもそも現役時代は無茶しかしてなかったから人の事は言えねェんだけどよ……ただ、ケガしたウマ娘の辛さってのは理解ってる。キタ、お前には長く、怪我無く走り続けてほしい。ってかそもそも、バ場が荒れてたらそれに合わせて走れって話だからな。気持ちの問題っつーより戦術の問題だ。荒れてるところで加速しようとしたらそりゃバカってやつだ」

 

「はい、わかりました!絶対に怪我しないように気を付けます!!とはいえフラッシュさんの言う通り、芝ならそこまで不良バ場にはならないと思いますけど……」

 

 俺の言葉に、それぞれが想いを返してくれた。

 バ場が荒れているときに無茶はしないと約束してくれた。

 それに、俺はありがたくて、思わず首を垂れてしまう。

 

 その判断で、もしかすれば、勝ちを逃してしまうこともあるかもしれない。

 けど、負けてしまったとしても……脚が無事なら、次のレースがある。また、走れる。

 刹那の勝利よりも、長く走り続けられることこそを俺は望む。

 無事是名バだ。

 

「……ありがとうな。これからも、みんながケガしない様に……勿論、俺達もしっかり脚のケアをして、全力で指導するからな」

 

「おォよ。もし危ねェ時は基本的にアタシらがちゃんと事前に指導すっから、基本的には気にせず、全力で走っていいからな」

 

「だね。それじゃ、怪我無く安全モットーで、これからも頑張っていこう」

 

「「「「はいっ!!」」」」

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「───────────ならば、私は()()を全力で走るしかあるまいな」

 

「お前ならそういうと思ったよ。まぁ、そもそも当日のバ場が悪くなる保証はどこにもないんだが…」

 

「そうなれば、と言う話だ。走り方の違いで、荒れたバ場に私達の走りは適応している。ならば、それを使わない手段はなかろう」

 

 スマートファルコンの不良バ場への適性の低さ。

 それを、チームカサマツは経験し、そして見抜いていた。

 かつてJBCレディスクラシックで、カサマツ三人組がファルコンと走った際に、最終直線で……届きこそしなかったものの、相当に距離を詰められた時の経験があった。

 そして、もう一つの確かな経験からくる確信。

 

「……先日、ドリームリーグでダートを走ったが……やはりというべきか、()()()()()私にとって、久しぶりのダートは若干、踏み込みに不安を感じた。当日は良バ場だったから懸念なく走れたが、あれが重バ場以上だったら……最後の加速は、果たせなかっただろうな」

 

「ああ、俺が教えた、『ふわっと走れ』の完成系にオグリは至ってるからな。ダート、特に地方のコースや重バ場への適正は下がってたはずだ。……だが、あの立華って若造のやらせてる、芝ダート両方の適性を持たせる走らせ方は正直、()()()()()()()。ダートに重きを置いてるから、スマートファルコンが強いからってのもあるが、稍重くらいまでなら全く問題なく走らせてるんだから……全く、ありゃバケモンだ。引退しててよかったぜ。鼻っ柱がポッキリへし折られるところだ」

 

「立華クンはすげぇっすよ。まるでトレーナーをやるためだけに生まれてきたような男です。いい所もいっぱいあるし、後輩だけど同業者としちゃリスペクトっすね。ま……けど、俺も負けっぱなしは性に合わないんでね。ここらで一つ、目にもの見せてやろうじゃねぇか。……なぁ、マーチ?」

 

「ああ。私も可愛い後輩に、いつまでも負け続けていては先輩の威厳が保てんからな」

 

 くっ、とニヒルな笑みを浮かべる北原に、フジマサマーチもまた戦意溢れる笑みを返す。

 随分と物騒な笑顔をするようになったものだ、と六平は己の顎を撫でた。

 己がトレーナー業を引退し、中央を離れ、チームカサマツを北原とベルノに任せた後に……どうやら、随分と()()()()を積んできていたようだ。

 そんな彼らの成長が感じられる様子に、微笑ましいものと、僅かな寂しさを感じてしまう。

 老いた、と言う事なのだろう。

 

「…うし!そんじゃ第一回隼対策会議はこれで終わりだ!後は走る!ただひたすら走る!!まだいけるか?」

 

「愚問だな。走る事で勝利の飢えが高まるのだ。あと3本は行くぞ」

 

「うぇー!?あーしあと一回くらいでバテっけど!?まーその一回で布陣整えるコツは教えるけどさぁ!?」

 

「ゴメンアタシらはそろそろキッツイわ。タイム計測とゴールはやっから!」

 

「あたしは飲み物準備してきてやっから!」

 

「ならば私が走ろう。ドリームの疲れも抜けてきている。2本は付き合えるぞ」

 

「オグリちゃんは念のため休憩スパン空けよっか。次の1本と、最後の1本ね。ノルンさんはその間で行きましょう!」

 

 だが、老いたからこそ、最後の教え子たちがこうして勝利に向けて邁進する姿を見て、心を躍らせることが出来る。

 老兵は死なず、ただ見守るのみ。

 絶対に最も近いウマ娘、それにチーム一丸となって挑もうとする皆の姿を見て、六平は彼女らがきっと隼のその脚に手を届かせて、勝利を掴み取ってくれるだろうと確信した。

 

*1
2022年9月現在、ウマ娘アプリのデバフ金スキル11種の内、それを獲得できるSSRサポカはたったの1枚のみ。という背景から考えた設定



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

134 ※猫にチョコをあげてはいけません※

 

 

 

 吾輩は猫である。名前はオニャンコポン。

 どこで生れたか頓と見當がつかぬ。

 だがどの様な存在かの記憶はある。

 自分は所謂生まれ変わり、異世界転生を果たした人間の雌であったことは覚えて居る。

 

 猫の身に転生し、このウマ娘なる子らがいる世界で日々を過ごしている。

 我がご主人に命を救われ、共に生活を営む猫畜生だ。

 優男たる我がご主人との付き合いもそれなりに長くなった。そろそろちょうど、2度ほど年が跨いだころとなる。

 自分も随分とこの世界にも慣れ、今日もご主人の布団の中で朝を迎えた次第である。

 

 まだ早朝と言った時間だが、我がご主人はいつも朝が早い。

 体づくりとして早朝の河川敷を走る事もあれば、まるで主夫のように弁当を作るのに興じることもある。

 通常、朝と言えばあらゆる生物が苦手な時間だ。かくいう自分も朝は二度寝の欲望に引きずられそうになるが、しかし自分はご主人の忠猫である。そのような怠惰な真似などできようはずがない。

 そのため早朝のランニングには2回に1回はついていくようにしている。弁当を作る時にも決して調理場には立ち入らず炬燵で丸くなり、ご主人の邪魔はせぬよう努めている。

 なんなら猫の身であれど自分には収入がある。

 驚くかもしれぬが、少し前に、ぱかちゅーぶなる催しでお気に入りの布袋で爆睡していた自分の姿がどうにも人間らに好まれたようで、あの布袋を作っている会社から打診され、CM?の専属契約?なるものを結んだのだ。

 時折てれびの向こうで自分が布袋でごろごろしている姿を見るものだから驚きだ。

 まぁそもそもこんなご主人の元についたことで、世界中でどうやら我が顔が写真などになり好評を博しているらしい。

 写真をそれほど取られてしまうとなると、魂を吸われない様にだけ気を付けねばなるまい。気に留めておこう。

 

 さて、そんなご主人だが今日はどうやら弁当作りのようだ。

 てきぱきと調理するさまを見ればどこの熟練調理師かと感じてしまいそうなそれだが、自分はご主人の魂、その正体を知っている。

 彼の者は時の縛りを逃れたる者、永遠の輪廻を繰り返す存在。

 転生した自分と同じく、理外の域に住む者だ。

 そんなご主人だからこそ、料理など何度も何度も繰り返したのだろう。何でもできる、とウマ娘らに評されることがあるが、文字通り、何でもしてきた旅路を歩んでいるのだ。

 ご主人のそんな在り方に、自分からは何も言うことはない。

 異端たる者同士、共感を持ち、改めての敬意を持つのみだ。

 

 そうして今週の弁当のおかずなど作り終え、冷凍庫なる箱に入れ、シャワーを浴び、もう間もなくご出勤の時間が迫ってきた。

 朝のミルクをぺろぺろと皿から舐め飲みながら、コートを羽織ってリビングに戻ってくるご主人に顔を向ける。

 それだけで自分の考えを察してくれたのだろう。ミルクにまみれた口元を優しく拭ってもらってから、ご主人の肩に飛び乗った。

 この肩も随分と慣れたものである。たとえご主人が全力疾走したとしても自分が落ちることはない。

 ここは私の場所だ。誰にも譲るつもりはない。

 

 しかして先ほどから薄い板の向こうよりニュースを流していた画面を消し、家を出る時間となるが、しかしここで我が家のチャイムがぴんぽんと鳴らされた。

 珍しいこともあるものだ。この朝、しかも出勤前にこのベルが鳴らされることはほとんどないはず。

 休日になれば風神娘が自分の落とした毛の掃除に来てくれるものだが、しかし今日は確かに平日。ご主人が着替えていることがその証左だ。

 であればこの時間に来たものは何者なのか。ご主人もすぐ横で怪訝な表情を作っている。

 壁に取り付けられた、チャイムが鳴ると画面が映る板をご主人が見る。自分も見る。

 そこには、見慣れた顔が映っていた。

 

 閃光娘だ。

 

 ご主人のチーム『ふぇりす』とやらに所属するウマ娘らの一人。黒い艶のある尻尾が自分の興味を引いて離さぬ、物静かで落ち着いた雰囲気のウマ娘。

 そんな彼女が出勤前のこの時間に、我が家にやってきた。

 ふむ。

 これは今日は修羅場になるな、とこの時点で自分は心を引き締めた。

 

 玄関に行き、彼女を迎えるご主人が笑顔を見せる。

 閃光娘も、寒空を歩いてきたために桃色に染まった頬を緩め、笑顔を見せて数言、言の葉を交わす。

 随分といい雰囲気のようにも見えるが、これはご主人の常だ。彼女だけに向けられる笑顔ではないことは自分も知っているし、無論のこと目の前の閃光娘も知っている。

 だが、閃光娘の見せる笑顔がご主人にだけ向けられていることをご主人は理解していないのだ。

 ご主人はその在り様による経験深さからあらゆることへの理解や推察が鋭い存在であるはずなのだが、どういうわけか女の機微が入ると脳味噌が猫畜生以下に落ちる。

 そんなだから糞呆けと周りに言われてしまうのだぞご主人。

 

 さて、こうして顔を見せた閃光娘が何用だったかとご主人の肩から降りて覗っていれば、何やら贈り物を渡しに来たという話だった。

 であればいつものちーむはうす、とやらで渡せばよいのではないか?と首をかしげるが、だが話を聞いているうちに理解した。

 

 

 今日は「ばれんたいんでぇ」なる日なのだ。

 

 

 なるほど、ばれんたいんでぇ。この猫畜生に堕ちた脳でもこの日が雌にとってどれほどの意味を持つかは理解している。

 想いを菓子や物にのせ、想い人へ送る日だ。去年のばれんたいんでぇ、は成程中々にご主人が苦労していたことを思い出す。

 あれほど貰った菓子を毎日凄まじい量消費していくご主人を思い出し、若干猫の胃がもたれるような錯覚を覚えた。

 

 しかし今年はご主人も何やらばれんたいんでぇ、対策を画策していたのではなかったか?と思い返す。

 猫畜生の脳では中々に十全たる理解は難しかったが、ご主人が先日、ご自身の部屋にあるぱそこんなる板に向かいながら自分に教えてくれた話は、ええと、たしか。

 ウマ娘らや、ファンの皆から送られすぎると、準備する側も受け取る側も大変になってしまうから、『ばれんたいんどねいしよん』なる試みを実施して、寄付金として気持ちを受け取ることにした、だったか?

 

 寄付金として集まった其れは、世界中にいる、生活に困るウマ娘らに寄付が出来るように、なんだったか、なんたら財団に寄付されるとかなんとか。

 うむ。猫畜生に堕ちた脳ではこれ以上の理解が出来ぬ。だが何やら画策していたことは事実で、その結果、学園で受け取るチョコの数も減るかもしれぬ、と申していたはずだ。

 

 ふむ。そこまでは思い出したがしかし改めて内容を咀嚼して考えれば、それは恐らくご主人にとって付き合いの深くない相手への、遠慮と配慮の行き届いた画策なのだろう。

 であればご主人にとって深い関係たる相手は、変わらずに贈り物をするといったところか。ご主人もそれを()しとすることはないだろう。

 ご主人が自分のチームのウマ娘、特にはじまりの3人に優しく、特別な想いを抱いていることは自分だってそれはもう、理解している。

 だからこそ、いつぞやの夏の旅館にて、自分は彼女らに助けを求めたのだ。

 支えあう、良き師弟関係だと思う。彼女ら3人からすればその先に踏み込みたいのだろうが、ご主人にその気が一切ないのだけが同じ雌として不憫だ。

 

 さてはて、思考が長くなったが、閃光娘がそうして朝一番、誰よりも機先を打って贈り物をご主人に渡した。

 確か彼女はお菓子作りを趣味としていたはずで、そうした気合の籠った一品かともやれ考えたが、どうやら今年渡すのは菓子折りではない様子だ。

 彼女はその後ろ手に隠していた贈り物をご主人に見せ、はにかむように手渡した。

 

 深紅の薔薇を、()()

 

 これは随分と尖端(モダン)な贈り物だ。ああ、しかし出されてから考えれば彼女らしい。洒落た雰囲気のある贈り物である。

 それを受け取るご主人も随分と笑顔がこぼれている。ちょうど自室に空にしていた花瓶があったため、そこに飾ることにしたようだ。

 成程、これはチームハウスでは渡せまい。想いの籠った品であれば皆の共用の部屋に飾るよりは、自宅に飾ってもらいたいというのが筋と言うもの。

 花瓶に薔薇を差しに行ったご主人を待つ閃光娘に、やるではないか、と意を籠めてニャー、と鳴いてやる。

 その声を受けて、ふふっと微笑み、頭を撫でてくれた。

 閃光娘の掌は、どうにも、こう、落ち着くものだ。まるで父か母の手のようだ。この優しい掌があるから、この娘には頭が上がらぬ。撫でられているのでなおのこと上がらぬ。

 機先を制したその心意気に唯々敬服するのみである。

 

────────────────

────────────────

 

 さて、そうして閃光娘とも共に、ご主人の肩に乗り今日も学園に出勤した。

 去年のばれんたいんでぇ、ではすでにこの時点でご主人には数多の贈り物が捧げられていたが、しかし今年は随分と落ち着いている。

 念のため準備していたというご主人のポケットの中の小袋も、役を果たすことはなさそうだ。文字通りの役不足。

 

 ただ、そんなご主人でも全く贈り物がないというわけではないようだ。

 昨年と同じように、筋肉娘が普段のお気持ちと言うことで小さな贈り物を渡したようだ。

 また、泰山娘も今年は渡しに来たらしい。

 大声娘と静謐娘は、今年も二人セットで渡しに来ていた。

 麗人娘は随分と忙しそうではあったが、それでも世話になっていると贈り物を渡していた。

 桜花娘はどうやらばれんたいんどねいしよん、をしていることを知らずに渡しに来ていたようで、これにはご主人も苦笑を零していた。

 

 この辺りのウマ娘らはチーム『ふぇりす』のウマ娘らとレースで火花を散らしていた者たちだ。猫畜生に堕ちた自分の脳でも流石に印象深く記憶に刻まれている。

 好敵手でもありながら、そこに友情が、親愛が芽生えているこの関係はとても良いものだと感じている。

 

 それとは別に幾人かご主人に贈り物をしたウマ娘もいた。

 米国娘は随分としっとりした様子で大きな贈り物をしたし、皇帝娘は彼女らしい疾駆(シック)な雰囲気の贈り物を渡していた。

 破天荒娘は何故か『ぷらもでる』なるものの箱を渡していたがその瞬間が一番ご主人が喜んでいたことは自分の心の内に秘めておこう。ご主人は男の子なのだ。

 他にも幾人か渡していたが……まぁ、これだけ貰っていても去年の数と比べれば随分とこじんまりとしたものである。

 ご主人も消費に困ることはなくなるだろう。『ばれんたいんどねいしよん』なるものの効果は絶大であった。

 

────────────────

────────────────

 

 話が一日の振り返りとなってしまったが、少し視点を戻し、ばれんたいんの午前中の話をしよう。

 ご主人は勤務の午前中は、おおよそチームハウスで何やら業務をしていることが多い。

 自分もここで朝食の猫缶を食べ、部屋の中で布袋に体を預けて昼寝をするか、眠気がなければご主人らの邪魔にならぬようじっとしているか、天気が良ければ日向ぼっことして学園内を散策などするのが日課だ。

 しかしこの日課に、半年ほど前だったか、一人のウマ娘が共に在る様になった。

 黒く長い髪、そして大きな胸。なにやらただならぬ気配を常に抱えるウマ娘。

 小黒娘だ。

 

 小、とつけたのはつい最近だ。それまでは黒娘と呼んでいた。

 彼女の着用する装いが常に黒一色だからだ。シャツも黒、上着も黒、ジャージも黒、勝負服も黒ときた。

 しかしそんな黒娘だが、つい最近トレーナーである彼女が新しくウマ娘の担当になったとのことで、随分と図体のデカいウマ娘がチーム『ふぇりす』に加入した。

 その娘の名前もどうやら黒で、髪も黒のため、このままでは黒娘が二人になってしまうと危惧した自分は、この背が小さいほうを小黒娘、背が大きい方を大黒娘と呼ぶことにした。

 

 そんな小黒娘だが、彼女はどうやら外国出身のウマ娘だということは理解した。

 なにせ、ご主人と彼女が二人きりで話しているときに、何と言っているのかとんとわからぬ。

 少なくとも日本語ではないのだろう。

 かつて隼娘のレースの為に外国に行ったときに耳にしたような響きのある言葉を使っているため、もしかすればその国のウマ娘なのかもしれぬ。

 しかしてそんな彼女だが、ご主人に並々ならぬ感情を抱いていることはこの猫畜生の頭でも容易く理解できる。

 我がご主人はまぁウマ誑しを得意とする男だが、しかし1日でまるっと堕とされる様は見ていて清々しさすらあった。

 正直な所、部屋まで送り届けて何もせずに部屋を立ち去るのは雄としてどうかと思うぞご主人。

 

 さて、二人がいつもの如く書類仕事やら何やらを片付けている姿を布袋の上で眺めていたが、しかし小黒娘がなにやら随分とそわそわしているのに気付いた。

 尻尾は堪えている様だが耳が忙しなく動いている。

 同じく獣の耳を持つ存在となる自分だからこそよくわかる。あれはなにかやりたくて、そのタイミングを計っているときの動きだ。

 ご主人。気付いてやれご主人。

 駄目だこやつ気付いておらぬ。

 この糞呆けが。

 

 数十分ほどそんな雰囲気でいた二人だが、意を決したのか小黒娘がようやくご主人に声をかけ、何やら贈り物をしたようだ。

 見るからには、便箋か?小洒落た封筒に入った手紙をご主人に渡した。

 便箋とは珍しい。ばれんたいんでぇ、と言うものは基本的に菓子折りを渡すものだと思っていたが、彼女の国では違う文化なのだろうか。

 それを笑顔で受け取り、早速開けようとするご主人だが、そんな糞呆けに小黒娘から尻尾によるビンタが飛んだ。

 その後、聞き慣れぬ言語でご主人を叱る小黒娘だが、その意味はこの猫畜生でも察するところだ。ここで開けずに家で開けろということだろう。

 当然だ。封をした手紙を渡して、その人の目の前で開ける阿呆がいてたまるか。

 それが恋文だったらどうするのだ。

 とはいえ、まぁ、一歩引いた雰囲気もある小黒娘の事である。そこまで直球の内容ではなかろうが、しかし味気ない内容でも無かろう。

 反省しながら便箋をしまうご主人に、はーぁ、と大きくため息をつく小黒娘の姿を見て、気持ちは分かるとニャー、と鳴き声で同意を示しておいた。

 

 

 なお、家に帰ってからの事だが、便箋を開けてその中を読んだご主人は、随分と優しい笑顔を浮かべていたことを後述しておく。

 

────────────────

────────────────

 

 ご主人たちも午前の業務を終え、昼食も取り終えて、午後になった。

 午後はウマ娘らの練習の時間である。この時間になると、学業を終えたウマ娘らがチームハウスに集まり、体を鍛えたり走ったりして、レースに備えることになる。ご主人らの仕事としても本番の時間である。

 さて、今日集まったチームのウマ娘ら4人だが、その内1人は既に機先を制した閃光娘だ。

 最近加入した大黒娘は、ご主人と小黒娘、それぞれに贈り物をしたようだ。いたって一般的、恐らくは手作りなのだろう包みのお菓子である。

 それぞれに何やら手紙も入れている、と大黒娘が言っていたので、それも含めての贈り物なのだろう。どうにもこの大黒娘はチームのウマ娘にしては珍しく、ご主人への懸想が大きくはないように感じられる。

 無論の事、トレーナー、いわゆる師としての敬意は持っている様だが、おおよそ雌としての感情の発露は見えない。

 ただ、その分その感情が小黒娘に向けられているように見えるのは下種の勘繰りだろうか?

 尤も、小黒娘がそれに気付いている様子もない。弟子は師に似る。どうやら小黒娘も糞呆けとしての道を歩み始めたようだ。長く続くその糞呆け道を上り詰めることがないように祈るのみである。

 

 さて、では本番となる残る二人。

 隼娘と、風神娘だ。

 

 この二人はチームが結成された当初からいるウマ娘だ。無論の事、自分も大変にお世話になっている。

 隼娘は説明不要であろう、自分が今こうして生きて居られるその奇跡を果たしてくれたウマ娘だ。彼女が今際の際の自分の鳴き声を拾い上げてくれねば、自分の存在はない。常日頃より感謝をもってその平らな胸に飛び込み慰めている。

 風神娘は恐らく、最も日常で世話になっているウマ娘だ。この娘が休日、ご主人の自宅でどうしてもまき散らしてしまう自分の毛をしっかりと掃除してくれているのだ。感謝してもし足りない。

 そしてそんな二人だが、無論の事ご主人に絆されている。

 閃光娘も小黒娘もそうだが、これほど器量の良い女に囲まれて鋼の意志を崩さぬご主人は時々枯れているのか?と思わなくもない。

 だがそういう欲が皆無ではないことを、常に共に寄り添っている自分は知っている。理性が強いだけだ。

 もっとも最近はその鋼の意志の弱点である髪型による攻勢を彼女らも覚えているので、どちらが勝つかは神のみぞ知るといったところか。いつの話になるやら。

 

 さあ、早速隼娘が攻勢に出た。

 全員が集まったチームハウスで、魅せつける様に渡すそれは、こじんまりとしたケースだ。

 開けてもよいかとご主人が問いかけたところ承諾の意を返したのでふたを開ければ、中には高級感あふれる万年筆が収まっていた。

 その色は隼娘の髪色と同じ、甘い茶色。成程、これならば彼女からの贈り物だと一目でわかるだろう。落ち着いた雰囲気も良い、普段使いに事欠かない、実用性も兼ねた素晴らしい品だ。

 これにはご主人も随分と気をよくしたようである。早速胸元のポケットに携えた。

 喜ぶご主人の顔を見て、隼娘も随分と気をよくしたようで、ちょうどソファに座った彼女の弾力ある太腿の上にいた自分の体をわしゃわしゃとされてしまった。

 よかったな、という意味を込めてニャー、と鳴いておいた。決して苦しくなって出した声ではない。

 

 続いて風神娘の順番だ。

 彼女もまた、お菓子ではない何かを準備していたようだ。袋から甘い香りがせぬ。

 ご主人が笑顔でそれを受け取り、承諾を経て袋を開ければ、中から出てきたのは首巻だ。所謂、マフラーと言うもの。

 寒い時期にはピッタリであろう。そしてその布の作りを見れば、これはどうやら手作りで間違いなかろう。既製品のものから香るような匂いがせず、風神娘の匂いが多分に含まれたものだ。

 これはよい。肩に乗る自分も、ご主人が首にマフラーを巻いていればその温かさの恩恵を受けることが出来る。寒空を歩く時、寒すぎる時などは胸元からコートの隙間に隠れるような時もあったので助かる。

 早速首に巻いてみるご主人に、苦笑を零しながらはにかむように笑顔を見せる風神娘。彼女の微笑みは時折、やんちゃな弟を見守る姉のような優しさに溢れることがあり、今出した笑顔がそれだ。

 そこには家族のような気安い雰囲気を感じさせる。これは彼女が毎週のように我が家に来ていることも一因であろう。

 しかしこのマフラーが恐らくはいずれ自分の毛などで汚れてしまうことになると考え、詫びとしてニャー、と鳴き声を送った。怒らないでいてくれるだろうか。いてくれるだろう。良き旅を。

 

 

────────────────

────────────────

 

 さて、そんなこんなでばれんたいんでぇ、は無事に終わりを迎え、夜の帳も下りたころである。

 ご主人と共に風呂に入り、お気に入りの専用手桶に身を浸し、ふぃーっと今日の疲れを湯に流す中で、しかし、そういえば自分は何もご主人に贈れていないということにここにきて気が付いた。

 自分だって女だ。身形は最早完全に猫とはいえ、雌としての矜持を忘れてはいない。

 随分とご主人に首ったけになっている己の情から目を逸らしているわけでもない。

 自分の、ご主人に向ける感情は、恋とか愛とか、そんな陳腐な一文字で表現できるほど浅いものではない。もっと深い、何か、絆とも言えるような想いを持っている。

 何よりも、このご主人に尽くしたいと考えている自分がいる。

 

 しかしこの猫の身で何が出来るだろうか。猫畜生に堕ちた頭で悶々と考えを巡らせる。

 何が出来るわけでもない。当然だが料理などできぬ。何かを作ろうとしても、この肉球が愛らしい小さな手では碌なものも作れまい。深く集中することも苦手だ。

 これまで通り、出来る限りご主人に迷惑をかけないよう、大人しく賢い忠猫として過ごすくらいしか出来ることはないのかもしれない。

 

 ああ、でも。

 それでも。

 私は、ご主人と離れることだけはしたくない。

 私にとって、主人とは、この男以外に考えられないのだ。

 

 風呂を上がり、布で体を拭ってもらい、温風で乾かされ、共に寝床に就く。

 寒い時期になるとご主人も湯たんぽ代わりに自分を布団に誘うことが多い。

 そうしてご主人の腕の中に包まれ、猫畜生の頭で自分は改めて誓うことにした。

 この誓いが、自分からのばれんたいんでぃ、とした。

 

 ご主人。

 貴方の歩みが、繰り返す時から縛りを抜けた方であれば。

 私は、死が二人を分かつまで、貴方と共に。

 

 そして、貴方の歩みが時の輪廻を繰り返すならば。

 想いだけでも、貴方と共に。

 たとえこの猫の魂の輪廻が廻ったとしても、貴方に会いたい。

 貴方と永久に、共に在りたい。

 

 

 

 

 ───────私は、貴方の傍に、きっと、ずっと。

 

 

 

 

 






※※今年のバレンタインの成果※※

・フラッシュの薔薇二輪
・SSのバレンタインカード
・ファルコンの万年筆
・アイネスの手編みマフラー
・キタサンのクッキー
・ライアンのチョコ
・ヴィイのチョコ
・ササイルコンビの宇治抹茶
・フジマサマーチの手袋
・ハルウララのクッキー
・タイキシャトルのビッグチョコケーキ
・シンボリルドルフの手作りブラウニー
・ゴールドシップのアルカディア マクロスプラス 1/60 完全変形 YF-19 with ファストパック
・その他モブウマ娘からいくつか

・バレンタインドネーション 一口100円で実施
合計 約15億円(全額寄付)



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

135 フェブラリーステークス 前編

 

 

 

 フェブラリーステークス、その当日。

 俺は控室でいつもの様にスマートファルコンにオニャンコポンを吸わせ、頭を撫で、心臓の音を聞かせて、メンタルを整えてやっていた。

 いつも通りのルーティーンだ。レース前、彼女は甘えるように俺の胸元にそのウマ耳を当ててくる。

 

「……いけそうか?」

 

「うん!今日もファル子、絶好調☆!」

 

 心音を聞き終えて顔を離したファルコンの顔はいつも通り、ワクワクとした期待に満ちた顔だ。

 これから走るフェブラリーステークス、それに挑むことへの高揚と、そしてその先にあるドバイワールドカップミーティングへの期待が隠せないといった顔。

 ダート無敗で世界に挑み、更なる砂の伝説を積み上げようとしていた。

 それはこれまでの練習でも見えた一面だ。彼女はとにかく、ドバイへの想いを日々高め続けていた。

 

 しかし、そこに俺は僅かな懸念を持つ。

 念のため、それを口に出して釘は刺しておいた。

 

「ファルコン、次のレースは世界だ。君は世界でも羽ばたける、強いウマ娘だと俺は信じてる。……だが、これから走る今日のレースだって、一切の油断は禁物だ。集中しろよ」

 

 そう、今日このフェブラリーステークスに挑むにあたり、レースへの集中が不足していないかと言う懸念。

 先だけを見て、足元を見落としていないかと言う、油断の部分。

 そこだけが、トレーナー目線として僅かに気になった。

 無論、まったくもってファルコンがこのレースに集中していない……と言うことは、ない。今日に至るまでの彼女との話で、フェブラリーステークスへの想いも十分に持っていることは分かっている。

 だが、今、彼女の瞳に映っているレースは何なのか。

 そこだけが、長年トレーナーをしている俺の勘に、引っかかっていた。

 

「大丈夫!!マーチ先輩だって、ウララちゃんだって今日も走るからね…マイルだし、二人とも油断できない相手なのは分かってるから!!しっかり、勝ち切って見せるよ!」

 

「ああ。パドックじゃどちらも少し調子は抑え気味だったようだけど……それでも、二人ともマイル戦が主軸のウマ娘で、油断なんてしたらすぐに食われる相手だ。気を引き締めて行けよ」

 

 ファルコンの答えを聞き、その言葉が慢心のないものであったことで、俺は頷いて答え、不安を胸の奥に仕舞い込んだ。

 ファルコン自身も油断しないと言っている。

 今日まで俺が積み上げた地固めは、彼女の走りは、確かに全体のレベルが上がってきたダート界隈でも未だ頭一つ抜け出ていると表現しても問題ないくらい仕上がっている。

 最大のライバルであるフジマサマーチとウララであるが、しかし今日はパドックを見た限りでは、調子が完璧と言った風ではなかった。例えるなら、やる気が絶好調ではないというか、そんな雰囲気。

 今日の東京レース場、そのバ場は生憎の前日の雨で()()()となっているが、それを差し引いても、十分な勝ち目が見えている。

 

 トレーナーとしての経験は、勝てると言っている。

 トレーナーとしての勘だけが、今の彼女に不釣り合いな警笛を小さく鳴らしていた。

 

 ……根拠はないし、今日を迎えた今、俺にこれ以上できることはない。

 後は走るファルコンを信じるのみ。信じて応援することが、彼女の勝利の可能性を少しでも盤石なものに出来るのであれば。

 俺は、最終直線を走ってくる彼女を、大きな声で応援しよう。

 

「……よし、それじゃあ行ってこい!頑張って来いよ!」

 

「うん!!見ててね、トレーナー☆!」

 

「頑張ってくださいね、ファルコンさん」

 

「ゴール前で待ってるの!」

 

「ファルコン先輩、ファイトです!」

 

「油断はすんなよなァ」

 

 俺はゲート前に向かうファルコンを見届けて、皆を連れて控室を後にした。

 

 

────────────────

────────────────

 

「ふーっ………」

 

「……マーチ、緊張してっか?」

 

「……ああ。久しぶりに緊張している。今日を逃したら終わりだ、と直感しているから……だろうな。これほど自分が高まった状態でレースを迎えるのは、長い現役生活の中でも初めてかもしれないな……」

 

 ここはチームカサマツ、今日出走するフジマサマーチの控室だ。

 そこで、武者震いで震えようとする体を抑えるフジマサマーチと、それを見守る北原トレーナーの姿があった。

 

 今日に至るまで、積み上げていた。

 スパルタという呼称すら生ぬるく感じてしまうほどの猛特訓。

 脚へのダメーシも、ベルノライトと北原の尽力で抜けている。

 肉体的なピークは、今、この時だと確信できるほどの脚の筋肉の張り。

 精神的なピークも間違いなく最高潮。

 

 そして。

 今日の枠番は、5枠9番。

 スマートファルコンは4枠8番。すぐ隣のゲートだ。

 バ場は前日の雨で重バ場と来ている。

 期待していた、思い通りの展開を描けている。

 

 願いが、祈りが、想いが奇跡を起こした────なんて、安い言葉が思い浮かんでしまうほど、今日は隼を堕とすにはうってつけのシチュエーションであった。

 これで勝てなければ、無理だ。

 

「…作戦は、分かってるな?」

 

「ああ。今日、ここに至るまでに積み上げたもの、その全てを繰り出してやるさ。ファルコンに……あの絶対を捉えるために。私は今日、私のできる全てをレース場で出してくる」

 

 既に何度もシミュレーションは脳内で描いている。

 なんなら、この控室に来るまでも作戦を実施していた。

 

 先程、控室前にお披露目したパドックで、出来る限りの無気力を装った。

 極力尻尾も揺らさずに、心のうちに眠る戦意を隠し通した。

 これはレース経験が長いからこそできることだ。これまでのレースで、何人も、調子の悪いウマ娘の様子を間近で見ていたからこそ、それを模倣できる。

 果たしてこれがあの立華トレーナーにまで通じたかはわからないが、しかし、やって損はない。

 スマートファルコンの隣のゲートに入り、彼女と並ぶまで、この噴火寸前の火口のような戦意は押し殺さねばならない。

 溜めて、放たなければ、ならない。

 

「………今日は、勝つぞ」

 

「おう、俺もお前が勝つことを信じて疑ってねぇ。今日までお前が走ってきた、カサマツから始まり中央で駆け抜けた、お前の走りの全部……ぶつけてきてやれ!お前を信じてるぜ!!」

 

「ああ。────────行こうか、()()を退治する時だ」

 

 席を立ち、ゲート前に向かうフジマサマーチ。

 その背にカサマツメンバーからの応援の声も受けて、漏れそうになる殺気を抑える。

 まだだ。

 耐えろ。

 漏らすな。

 この戦意は、過不足なくすべてスマートファルコンにぶつけなければならない。

 

 

 

 私は、このレースに全て(ユメ)を賭ける。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「ウララ、今日はどんな感じだ?」

 

「うーん……ぜっこーちょーであるー!!って感じじゃないけど、でも、元気だよ!今日も楽しく走れそう!」

 

 さらに視点は巡り、ここはハルウララの控室。

 トレーナーである初咲と共に、レース前の時間を過ごしていた。

 

 ハルウララの表情は、普段と変わらぬ笑顔。

 しかしそこに、若干の強がり、気配りが漏れていることを初咲は感じ取っていた。

 ……本調子に、至れていないのだ。

 

 原因は、間違いなくこれだ、というものはない。

 だが心当たりはいくつもあった。これまでの練習でも、身が入り切っていない様子が見えたことがある。

 レースに対する情熱と言うか、向き合い方と言うか……モチベーションが、ブレてしまっているような感覚。

 ドバイにも選出され、ゴドルフィンマイルへの出走を選択し、それに向けてマイル戦に足を馴染ませてきたつもりである。

 世間では(タチバナ)(サンデー)論文とも呼ばれている、体幹トレーニングの指導、それもしっかりこなし、地固めもしてきた。

 実際に練習での追切のタイムは上々。

 砂の上でここまでのタイムが出せるようになったことに、初咲は感動を隠し切れないところもある。

 

 だが。

 隼を相手にするには、まだ足りない、という想いは拭えなかった。

 レースに絶対はない。だが、絶対にあまりにも近い位置に立つ隼の、相手のミスを期待でもしなければ勝利の道筋が見えないような……そんな錯覚に陥ってしまっている。

 

 そんなトレーナーの不安が、ウマ娘に伝わってしまっているのかもしれない。

 すべては自分の力不足だ。どうにかしてやらないと、いけない。

 ウララが楽しく、笑顔で走れるように、してやらなければいけないのに。

 

 初咲は、これほど不安な気持ちでハルウララをレースに挑ませるのは初めてだった。

 

「……ウララ、今日のレース、ファルコンやフジマサマーチがやっぱり一番、強敵だと思う」

 

「うんうん!!この後、一緒にドバイに行く仲だもんね!!でも、今日も負けないよー!」

 

「その意気だ。けど……ドバイがこの後に控えてるからな。全力は出すけど、無理はするんじゃないぞ。ウララがケガなんてしたら、俺は嫌だからな」

 

 ぽん、とウララの頭を撫でて、微笑みを作る初咲。

 今日のレースは、難しいかもしれない。

 けど、勝ちの目がゼロってわけじゃない。もしかしたら、と言う気持ちもある。

 それに、今日走る相手……特に、スマートファルコンほどの強者は世界にもそうそういるはずもない。あれが世界最強のダートウマ娘だ。

 であれば、あの速さに、圧に気持ちを慣らしておくことで、ゴドルフィンマイルでは心理的優位に立って走れるはずだ。

 初咲は、己の葛藤にそのように理由をつけて、あとは自分の愛する担当ウマ娘を信じることにした。

 

「……時間、だな。頑張って来いよ、ウララ」

 

「うん!!ウララ、今日も一生懸命がんばるね!!うっららー!!」

 

 レース場に向かって歩んでいくハルウララのその背中を、初咲はいつまでも心配そうに見送っていた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……わかっちゃいるが、荒れてるな、やっぱ」

 

 フェブラリーステークスが開催される東京レース場、そのゴール前。

 重バ場となった今日のコース、既に何回もレースが行われていたこともあり、想像通りに最終直線のバ場は荒れていた。

 この間のJBCレディスクラシックほどではなく、ファルコンもこの程度の荒れ方なら全力で走る事は問題ないだろうが、しかし無理はさせたくない。

 勿論、ファルコンもそこは分かっているだろう。最終直線までにどれだけ後続と間を広げられるかが勝負になる。

 他のウマ娘だって同じ条件で走るのだ。ペース配分が肝になるレースとなった。

 

 これくらいのバ場でも勝ちきれるような力はついている。

 ドバイがバ場が荒れないという保証はないのだ。どんな状態でも等しくレースは開催される。

 勝ちきってほしい所だ。

 

 そうしてゲート前に集まってくるウマ娘達を見る。

 スマートファルコンは、かつてベルモントステークスで見せたように、深呼吸をして意識を集中している。

 レース前の集中が彼女にとっては何よりも重要だ。

 以前話した通り、スタートダッシュが彼女の大きな武器の一つだが、それが万が一にもコケてしまうとすべてが水泡に帰すからだ。

 無論のこと、そうならないように対策は打ってある。彼女の試合勘というか、ここ一番での集中力は眼を見張るものもある。

 今日も問題はなさそうだ。そうして、他にも出てきたウマ娘を見る。

 

「……ウララさん、今日は少し、調子を落としている…ようですね」

 

「ん。……だな。絶好調、ではなさそうだ」

 

 俺の隣に立つフラッシュが、ゲート前に出てきたウララを見て俺と同じ感想を持った。

 今日のウララは、少し、調子が悪そうだ。尻尾の揺れが、笑顔を見せる彼女のその微笑みが、少々の葛藤を含んでいることを俺たちは察した。

 俺は言わずもがな、今となってはフラッシュも過去の3年の記憶を思い出しており、ウララとは密接に付き合ってきた経験を持つ。

 そんな俺たちの目から見て、勿論この世界のウララは前のウララとは別人ではあるのだが、不調を読み取るのは容易かった。

 

 初咲さんと何かあったのだろうか?

 それとも、ドバイに挑むにあたり、何か。

 心配も無限に湧いては来るのだが、しかし、そこの理由がファルコンとの勝負……その勝敗が絡んでいたとしたら、俺から迂闊に声をかけてしまってはよくない。

 初咲さんも良き同期であり友人と称してもいい関係だが、しかし単純なアドバイスはともかく、指導論やウマ娘の調子を落としていることまで俺からずけずけと指摘してはあの二人にとっていい気分ではないだろうからだ。

 だが、心配である。あとで北原先輩とか沖野先輩に声をかけて、遠回しに聞いてもらってもいいかもしれないな。

 

 さて、そしてもう一人、今日の最大のライバルであるフジマサマーチに目をやって。

 

 

 

「────っ!?」

 

 

 

 肝が一気に冷えた。

 まさか。パドックの時点では、そこまでの気配を見せていなかったはずだ。

 隠していたのか。いや、俺が見落としたのだ。もっと集中して彼女を見ているべきだった。

 そういえば彼女のパドックの時間は短かった。静かに、そして早くに退散していた。長く己を見せないようにしていたのだ。

 

 今、ゲートインしていく彼女。

 その瞳、気配、俺には余りにも見覚えがあった。

 未だに隠し通しているが、ようやく僅かに漏れた、その意志の迸りから生まれる情熱の炎が瞳から零れた。

 

 かつて俺が育てたウマ娘のうち、一人、あのような気配に、表情に至ったウマ娘を知っている。

 そのウマ娘の名は、()()()()()()()だ。天皇賞春の際に見せた貌。

 

 

 

 

 今日のフジマサマーチには──────

 

 

 ───────────()()宿()()()()()

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「すぅー………ふぅー………」

 

 呼吸を数度。そして、空を見上げる。

 天気はあいにくの曇り空。雲は近く、そしてバ場は重であるが、しかし関係ない。集中も問題なくできている。

 このフェブラリーステークスに挑むにあたり、スマートファルコンは己の心が水面のように静けさを保てていることを理解した。

 ベストな集中状態。

 

「………ふふっ」

 

 集中状態になると、思考がクリアになり、そんな中で少しだけ、スマートファルコンは昔を振り返った。

 フェブラリーステークスは、自分にとって大きな意味を持つレースだ。

 なにせ、あの人と一緒に初めて見たレース。

 立華勝人に誘われ、フラッシュも一緒ではあったが、初デートの先が、ここ東京レース場だったのだ。

 

「…懐かしいなぁ」

 

 あの時、フェブラリーステークスを走るウマ娘達に魅せられた。魂が震えた。

 ダートレースの素晴らしさを、頭ではなく魂で実感できた。

 その震えが、熱があったからこそ、私はダートを走る事を選び、そうして今、ここにいる。

 懐かしくも暖かい、大切な想い出。

 

 だからこそ。

 このレースでも、誰にも前を譲るつもりはない。

 

「勝つよ」

 

 ドバイが間近に迫っていることもあり逸っていることも、自分の中で理解として落ちている。

 確かにドバイは、自分にとって、何というか、運命的な物があるレースなのだろう。

 しかし、このフェブラリーステークスも同じくらい大切なもの。私にとって、想い入れのあるレース。

 だからこそ、勝つために。

 ゆっくりと、落ち着いてゲートインする。

 

 ガシャン、と扉が閉まる音。

 ゲートの中で一度目を閉じて、深呼吸。

 そして、脚の調子を確かめるために2,3度軽くジャンプ。

 いつものルーティーンだ。そして、次には第一コーナーの先を見据えて、ゲートが開く瞬間を一度イメージして────────

 

 

 ────────真横に()()きた。

 

 

 ()()()()()

 思わず声すら出そうになった。ゲートの中では基本的に私語厳禁のため、堪えた。

 先程までは文字通り水平を描いていた精神の水面に、巨石が投げ入れられたかのように大きな波紋が生まれる。

 

 隣を見る。

 そこには、自分に続いてゲート入りした、敬愛する先輩にしてライバルである、フジマサマーチがいた。

 マーチ先輩が、いるはずだった。

 

 だが。

 そこにいたのは、一匹の鬼。

 

 後輩に……いや、人に向けるべきではない、余りにも熱量の高い圧が、己に向けられていた。

 

 その瞳。

 その体。

 その呼吸が、隠し通していた先ほどと打って変わり、全力で己に語り掛けてくる。

 

 

『────貴様は、逃さん』

 

 

 その圧は最早音となり、スマートファルコンの脳裏に幻聴を齎した。

 冷や汗が垂れる。

 だが、こうなったときの対策もトレーナーからきちんと指導を受けている。スタート前にメンタルが乱れた時、リセットする思考の組み立ても十分な訓練を実施し、身につけていた。

 両頬をぱちんと叩き、もう一度スタートに構えるメンタルをリセットし……そして、最速で飛び出すことは諦めて。

 まずは過不足なくスタートを出ることに意識を切り替えた。リセットに成功した。

 

 ─────それがなければ恐らくこのレースは終わっていただろう。

 そう感じさせるほどに、今のフジマサマーチは仕上がっていた。

 脚が、ではなく……心が、仕上がっていた。

 

(……っ!!マーチ先輩、本気の、全力だ……!!私を()りにきた…!!)

 

 パドックで、先ほどまでのゲート前で見せていた静かな気配などぶっ飛んだ。

 今日のフジマサマーチは一味違う。

 全員がゲート入りを終えた。ゲートが開くまであとわずか。

 そんな刹那の時間の中でそれに気づき、意識を改めるスマートファルコン。

 強敵が、敬愛する先輩が己に対し全身全霊で挑んでくるというシチュエーションに、更なる気の引き締めと、しかし若干の高揚感も感じながら。

 

 

『……各ウマ娘、ゲートイン完了しました。今年最初のGⅠレース、フェブラリーステークス……スタートですッッ!!』

 

 

 ゲートが開かれた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

136 フェブラリーステークス 後編

 

 

『スタートしました!!……()()()()()()()!!横一列から当然のように伸びてくるのはスマートファルコン!!今日もただ一人先頭を行くっ!!他のウマ娘達も落ち着いて得意な位置取りを選んでいきますっ!!』

 

 ゲートが開かれ、飛び出していく優駿たち。

 しかし、その中で普段と違う形のスタートとなったウマ娘が一人。

 これまでのレースでは機械仕掛けのように正確に、スタートダッシュを決めていたスマートファルコンが、他のウマ娘と変わらぬ程度のタイミングでゲートを出ることになった。

 

(……よし、出遅れはなかった!及第点!ここからだ……!)

 

 先程、ゲート内でフジマサマーチに仕掛けられた圧により、ギリギリのタイミングでスタートを切ることを諦め、落ち着いてゲートを出ることにして、それが功を成した。

 遅れて出なければ、問題はない。

 何故ならスマートファルコンの真の武器はスタートしてからの加速。

 体幹を鍛え抜いたことによる『地固め』と、前を譲るつもりはないという強い意志で踏み込む『先駆け』、そして『逃げのコツ』を誰よりもその脚に染み込ませているスマートファルコンにとっては、この『道悪』な状況である東京レース場のダートの上でも、問題なく加速を繰り出すことが出来た。

 後続との距離を徐々に広げながら最初のコーナーへ向かう。

 

(……やはり、これだけでは仕留めきれんか。当然だな……だが、効果はあった。コンマ数秒でもスタートが遅くなればバ群との距離は狭まるはずだ)

 

 そしてその後ろ、先行集団の前目につけたフジマサマーチが執念を燃やして走る。

 おおよそ他のウマ娘に己の背中を見せながら走る形だ。

 フジマサマーチの背中を視界に入れた他のウマ娘は、その気配に尋常ならざるものを感じた。

 鬼の宿る背中を見た。

 

 フジマサマーチは、今日、仕上げてきている。

 

 そう、誰もが察するその走り。

 先頭を走るスマートファルコンだけではなく、それに次いで走るフジマサマーチにも注目が集まる。

 注意を払わざるを得ない。

 

 それこそが、フジマサマーチの敷く『布陣』の始まりであった。

 

 

『スマートファルコンが第三コーナーに入る!体勢を落として、速いぞ速いぞ!!砂の隼にとってコーナーとは加速するもの!!尋常でない速度で回っていきます!!後続のウマ娘との距離がさらに開いていくか!』

 

 

 後続からいくつか牽制が飛ぶ中で、しかしスマートファルコンが減速をせずコーナーに飛び込んでいく。

 今日走るレース、ライバルたるウマ娘の中に、牽制技術に特化したウマ娘はいなかった。

 ノルンエースや、芝であればナイスネイチャのような、放っておくと何をするかわからない曲者のようなウマ娘は今日はいない。

 牽制が全くないことはないが、それは砂の隼の羽ばたきを阻害するに至らない。

 サンデーサイレンスに鍛え上げられたコーナリングで、ロスなくコーナーをかけていく。

 

(よし…!大丈夫!スタートでは面食らったけど、このままいつも通り走り抜ければいける…!!)

 

 スマートファルコンは、スタート時点で味わった動揺の色が落ち着いてきているのを感じていた。

 脚は絶好調。踏み込むダートも想像以上の重バ場ではない。

 フジマサマーチの気配だけは気になるが、レコードで駆け抜けてしまえば関係ない。

 誰にも先頭を譲るつもりはない。

 

 だが、スマートファルコンが振り返らない後続で、異変が起きていた。

 

 

(マーチパイセン、静かすぎる…!?その気配でっ、何、いつ仕掛けんのよ…!?)

 

(何をするつもりですか、フジマサマーチ先輩…!?ファルコン先輩に仕掛けるならもうやらないと…!!)

 

(いつだ……いつ飛び出す?いつ仕掛ける?マーチ先輩、位置取りは2番手なのに、いつまで溜める…!?)

 

(何かやろうとしてる……でも、まだなの!?気配だけが重くなる……!!)

 

 

 フジマサマーチの後方、彼女の背中を追いかけるウマ娘達が、彼女の気配に疑念を抱き、戸惑っていた。

 まず、背中が語り掛ける執念の圧が強すぎる。

 それだけで後続としては驚愕を味わうほどのもの。この深みは、彼女がダートレースのベテランであり、誰からも敬意を受ける素晴らしい先輩であることが生んでいるもの。

 誰よりもよく知っており、そしてそんなフジマサマーチが過去に見せたことのないほどに熱を迸らせている。

 そして、その熱がまだ放たれない。

 溜めている。

 踏み込む脚、揺れる尻尾、そして先頭を走るスマートファルコンの背中を見据える眼光が、後続に語り掛ける。

 

 私は、()()()、と。

 

 絶対に何かをしでかすつもりだ。

 そんな気配がフジマサマーチから漂っていた。それを感じ取れる優駿たちが集まっていた。

 

 そうなれば、走るウマ娘の内数人は、同じ想いを抱えることになる。

 

 このレースで勝つための絶対条件は、あの砂の隼を堕とす事だ。

 であれば、フジマサマーチの策に乗り、タイミングを合わせて己も動く。

 その後の叩き合いで、スマートファルコンに追いつかんとするフジマサマーチ、この二人と競り合えれば、紛れはある。

 

 絶対の条件が一致しているからこそ導かれる結論。

 スマートファルコンが誰よりも強いからこそ、あれに対する対抗策を取りたい。

 フジマサマーチがその指揮を取ってくれるならば、それに乗ってでも。

 

 ノルンエースが、フジマサマーチに教えた『布陣』。

 それが、彼女自身が長く、ダートの最前線を走り続けた、他のウマ娘からも敬意と注目を集めるウマ娘であるからこそ、その効果は高められ、発揮されていた。

 

 コーナーを駆け抜けながら、中盤戦に入っていく。

 

 曲がる過程で一度だけ息をつき……僅かな時間で、一気に極限の集中状態まで意識を切り替えるスマートファルコン。

 彼女の領域は、その時に先頭である、というシンプルな条件を元に、本人が、いや魂がダートレースへの適合を果たし切っていることもあり、極めて突入率は高い。

 一般的に領域に突入する際にウマ娘に求められる過集中状態、それに一気に至る事が出来る。

 前兆が極めて小さい。これを潰すには、同じ逃げウマ娘で何度も共に練習していたセイウンスカイであっても、有マ記念でエイシンフラッシュの領域を潰したナイスネイチャほど上手くは潰し切れないだろう。

 

 と言うよりも、実際、一人でスマートファルコンの領域を潰し切るのはほぼ不可能と言える。

 先頭を走るスマートファルコンに、中盤のこの時点で追いすがれるウマ娘はダート界には皆無。

 距離もあるし、牽制への圧も砂の隼は備えている。

 絶対に最も近い強者たる走りで他を圧倒している。

 

 だが。

 今日のレースでは、それを潰すためだけに策を練ってきた者がいた。

 

「─────ふゥ────────」

 

 後続、二番手。

 フジマサマーチが、ここで初めて、大きく息をつき、動く気配を見せた。

 その僅かな動きに、後続の優駿たちは敏感に反応する。

 

 今なのか。

 ここなのか。

 ここでやるのか。

 

 フジマサマーチの執念から生まれる判断力を信じ、己も牽制の準備を整える。

 彼女たちの瞳に映るのは、先頭を走るスマートファルコンの背中。

 

 そこから見える、彼女の尻尾が、一度大きく揺れた瞬間。

 

「─────────────ッッッ!!!」

 

 フジマサマーチが、全力の睨みによる『逃げ牽制』を放つ。

 そして、その動きを見た後続も、続くようにスマートファルコンへ次々と己の出来る牽制を放った。

 全員ではないが、この瞬間だと信じて疑わずに、睨みつける。

 

「──────っ、」

 

 その、複数名からの牽制を、圧を受けて。

 しかし、それでもなお。

 

 

「……だぁっ!!!!」

 

 

 ────────【砂塵の王】

 

 

 意識を零さずに、スマートファルコンが領域に突入した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……何とか領域は入れたか」

 

 俺は、ファルコンが中盤戦、後続からの足並みのそろった牽制を受けてなお、己の領域に突入し、加速を果たしたのを見届けた。

 よくぞ入った。心から褒めてやりたい。

 ダートを走る上での彼女の誇り。誰にも前を譲るつもりはない、という強い気持ちがそうさせたのだろう。

 

 しかし、その牽制の足並みをそろえさせたフジマサマーチが、かなりヤバい。

 鬼が宿っていると直感したのは間違っていなかったようだ。

 スタート時点から、いやゲートに入る時から、彼女はファルコンに勝つというそれに全てを注ぎ込んできている。

 執念の鬼。

 そこまで己を鍛え、追い込んでいたのだ。

 

 無論……それでもまだ、ファルコンが負けるとは思っていない。

 俺が鍛えた砂の隼は、伊達ではない。

 どれほど牽制をかけ、どれほど研究をされてきていても、その上でなお捻じ伏せるだけの実力がある。

 だからこそ、絶対に誰よりも近いと称される。

 

 このレースだって、スタートは臨機応変にロスを減らしたし、領域にも突入できている。

 後続との差は開き、6バ身といったところ。

 このまま第四コーナーを抜けて、最終直線で速度を落とさなければ勝ちだ。

 

 フェブラリーステークスの最終直線は500mと日本のダートコースでは最長だが、それでもそこを全力で、全身全霊で駆け抜けるスタミナは残している。

 荒れたバ場だけが心配だが、()()()()()()()()()()()

 

「……行ってくれよ、ファルコン……!!最後まで油断するな……!!」

 

 だが。

 往々にして、絶対を破るのは…奇跡を起こすのは、執念を宿したウマ娘だ。

 想いが奇跡を起こすならば、それがたとえ執念であろうと力になる。

 

 祈るような気持ちで、俺は第四コーナーへ突入していくファルコンを見守った。

 

 

────────────────

────────────────

 

(っ……牽制で、ちょっとだけ加速が鈍った!!でも、息は入れてる、走れる……ッ!!)

 

 スマートファルコンは先ほど、領域に突入する前後で複数名から牽制を受けたことで、若干、ほんのわずかに己の加速が鈍ったことを察した。

 一人や二人なら問題なかった。ノルンエースの強い牽制ですらもしのぎ切ったスマートファルコンの牽制への抵抗力はそう簡単に崩れない。

 だが、これだけの人数にタイミングを合わせられれば影響も出る。

 突入寸前と、突入直後に圧がかけられ……以前チームミーティングで話した、エイシンフラッシュとアイネスフウジンが出した案、その二つが同時に仕掛けられたような状況。

 それでも領域による加速を果たせたのは彼女が絶対の強者たる証であろう。

 

 そして、誰がこの仕掛けを作ったのかも、スマートファルコンは理解している。

 何故なら己の後方、その最も近い位置。

 振り返りはしないが、気配でわかる。圧でわかる。

 彼女から迸る、己への執念でわかる。

 

()()()()()……!!今日、ホントに、ヤバいよね!!負けないんだからっ!!!)

 

 愛する先輩たるフジマサマーチの圧だ。

 ここまでやるかと言わんばかりの徹底マーク。

 だが、それでこそだ。だからこそだ。

 そんな先輩だからこそ、私は敬意を持ったのだ。

 

 こうでなければ面白くない。彼女の全身全霊を受けられることを、光栄に思わなければならない。

 誰よりも長くダートを走る、叩き上げ鍛え上げられた熱い魂。

 フジマサマーチに対し、スマートファルコンは敵意ではなく、敬意で相対した。

 

 だからこそ、そんなマーチ先輩に。

 

(勝ちたいっ!!私が、勝つんだ!!!)

 

 想いを深め、砂を蹴る。

 湿った砂は生憎にして土煙を巻き起こすことはなかったが、それでも爆発したかのように泥をはね上げ、スマートファルコンは誰よりも速く第四コーナーを回り終えた。

 

 

 勝負は残り500m。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……っ、ここ…っ!!)

 

 ハルウララは、集団の後方、差しの位置から最終コーナーを上がっていた。

 先頭のスマートファルコンが間もなくコーナーを曲がり終え、最終直線に向かう頃。

 脚はこれまでしっかりと溜めてある。直線でぶちまけるその末脚。

 先頭との距離は若干離れているが、しかし、領域の効果が発揮されれば、まだ分からない距離だ。

 

(負けたく、ない!!わたしだって、ファルコンちゃんに…勝ちたい!!)

 

 追いつきたい。

 同じ世代の中でも、革命世代とも呼ばれるようになったダートを主とする二人。

 その中でも、しかし、ハルウララは自分がまだ、実力としてスマートファルコンに並べていないことを自覚している。

 スマートファルコンは本物で、自分はまだそこに至れていない。隣にいない。

 世間からの人気は高いが、しかし、レースでは及んでいない。

 

 悔しかった。

 

 追いつきたい。

 あの背中に、逃げる背中に、追いつきたい。

 私もいるんだぞ、って、みんなに見せたい。

 

「う、わ、あああああああああああああああ!!!!」

 

 過集中状態から突入する領域に、至る。

 

 

 ────────【113転び114起き】

 

 

 先頭との距離が離れているほどに加速を増す、その領域に入り。

 そして、コーナーを抜けて一歩踏み込んだ瞬間に。

 察してしまった。

 

 これまでのレースを、激戦を潜り抜け、経験を積んだハルウララは、ふと、感じてしまった。

 

 

 ────追いつけ、ない?

 

 

 先頭を走るスマートファルコンが、このまま走り抜けてしまえば、自分は追いつけないんじゃないか、という気持ちを。

 抱いてしまった。

 

 それは、絶対と呼ばれる存在への、畏怖。

 スタートや中盤戦で牽制を受けてもなお、それでも、スマートファルコンの背中は遠くて。

 

 そして、次の瞬間に。

 

(………!!)

 

 もう一人、勝利を諦めないウマ娘が、領域に突入した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ────────【闘ヱ、将イ、行進ス】

 

 

 フジマサマーチが、己の領域に突入する。

 相手が強ければ強いほど速度が上がるその領域。

 当然の如く十全の結果をもって、フジマサマーチが残り500mの最終直線を駆けるために加速を果たす。

 

 先頭を行くスマートファルコンまでは4バ身ほど。

 追いつくための距離は十分。

 

 そして、ここに至るまでに、事前に考えていた策もすべて打った。

 完璧とはいかないが効果はあった。

 ならば追いつける。

 あの隼に手が届く。

 

 なぜならば、この最終直線は重バ場の、荒れた道のり。

 スマートファルコンにとっては慣れぬバ場。

 そして、自分にとっては躊躇いなく踏み込める慣れた道。

 

 だからこそ、ここで、私はすべてを振り絞り、駆け抜ける。

 

 

 ──────実を言えば、フジマサマーチのこの考えは、間違っていた。

 チームカサマツが考えていた、荒れたバ場に関するスマートファルコンの走りについては、正鵠を射ていなかった。

 確かにスマートファルコンは、不良バ場は得意としていない。

 以前のJBCレディスクラシックでは本気で踏み込まなかったのも確かだ。

 そして、芝もダートも走れるオグリキャップのようなウマ娘が、重バ場になると走りに陰りが出ることも事実。

 

 だが、スマートファルコンが立華勝人から指導された走り方は、()()()()()()()()()()()()()

 重バ場であっても、決して苦手ではない。

 速度が落ちることはない。

 無理せず、問題なく加速を果たせるその走り。

 

 チームカサマツのプランで想定していたスマートファルコンの減速は、実際に果たされることはなかった。

 彼女の走りは極まっている。

 過不足なく、砂の隼は最終直線を羽ばたいていた。

 

 

 だが。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「────────勝つッッ!!!」

 

 

 勝つのだ。

 この直線で、あの隼を捉えるのだ。

 そのために、私は全てを懸けてきたのだと、叫ぶ。

 

 フジマサマーチのその執念が膨れ上がり、燃え上がる。

 最大限の加速を果たし、それでも迫り切らぬスマートファルコンの背へ、さらに追い縋るために、果てしない意志の強さで限界を超える。

 肺は破けそうになり、脚は止まれと訴えているが、それを強引に捻じ伏せて脚を止めない。

 限界を超えて回せ。

 そうでなければ、隼には縋れない。

 

「が……あ、アアアアアアアアアアアア!!!!」

 

 咆哮を上げながら、スマートファルコンとフジマサマーチの距離が僅かに、僅かに縮まっていく。

 スマートファルコンも、その尋常でない気配を受けて、逃げるように加速を果たす。

 遊びはおしまいだとでも言うように、姿勢を下げて、誰よりも速くゴールを切るために駆け抜ける。

 

 だが、フジマサマーチが譲らない。

 技術などもうすべて使い果たした。しかしその上で、加速する。

 

 

(ファルコン…!!お前と、お前と出会って……!!)

 

 もう言葉は要らない。何もいらない。

 

(お前と初めて走った時の、あの驚愕を……!!)

 

 走マ灯がフジマサマーチの脳裏によぎる。

 

(本物だと証明したお前に……!!お前だから……!!)

 

 遠くから、北原の、チームメイトの声援が聞こえた気がする。

 

(お前と、出会えたから……!!)

 

 ゼロの領域に、()()()()

 理外の領域に、入れる理由も入れない理由も説明できない。

 ()()()()()()()()()()()

 

(だから、私は、お前と、もう……!!)

 

 思考は纏まらない。

 ただ、何よりも速く駆け抜けるために。

 これまでの己の競走人生の全てを籠めて。

 限界を超えて。

 自分のできる最高を、さらに超えた最高に至るために。

 己の意志で加速する。

 

 

 差が、縮まる。

 

 

 残り200m。

 1バ身。

 

 スマートファルコンが、渾身の力を振り絞り、姿勢を下げ、全身全霊を籠めて僅かに加速した。

 

 

 残り150m。

 3/4バ身。

 

 フジマサマーチが、ただ、ひたすらに脚を回し、追いすがる。

 

 

 残り100m。

 1/2バ身。

 

 

 

(ファルコン!!お前は、私のっ────────)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぱきっ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 嫌な音が、した。

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 無限に引き延ばされた意識で、フジマサマーチはスローになった世界で、その音を聞いた。

 発生源は、己の右脚から。

 全力を籠め、限界を超え、それでもスマートファルコンに追いつくために廻し、酷使した脚が、物理的な限界を超えたのだ。

 

 長く、永く付き合ってきた己の脚。

 これまでに大きな怪我をすることなく、付き合ってきてくれた脚が、壊れた。

 

 

 ────────そうか

 

 

 フジマサマーチは、その事実を、受け入れる。

 ある意味では、ああ、当然と言えるだろう。

 なにせ、自分が今勝とうとしているのは、砂の隼。

 愛する後輩にして、砂の上での絶対。

 それに追いつこうなどと、浅学菲才、地方出身のウマ娘が無理をすれば……こうなることは、分かっていた。

 

 

 ────────ああ

 

 

 策を練り、精神的な限界を超え、肉体的な限界を超えても、まだその頂にはたどり着かない。

 ごく僅か、クビ差だけ前を走っているスマートファルコン、その跳ねる髪房と、必死な形相をちらりと見た。

 こいつも、全力で走っている。

 ああ、可愛い後輩だ。

 お前と走れて、本当によかった。

 

 

 私のレース人生。

 トゥインクルシリーズに挑む、デビュー戦。

 

 その時、私は、いきなり才能の塊と出会った。

 オグリキャップ。

 ヤツと過ごした笠松時代は、忘れることはないだろう。あのレースを、忘れることはない。

 私はそこで、一度折れた。

 溢れる才能を前に、心は一度、折れた。

 

 だが、それを継ぎ直してくれたヤツがいた。

 ノルンエースだ。

 私よりも遅いウマ娘が、しかし、全く諦めていない姿を見せられて。

 檄をかけられて。

 私は、もう一度、立ち上がった。

 諦めずに、オグリキャップを追うことを決意した。

 

 そこから私は変わった。

 走りに、それまで以上に、真剣に、想いを籠めて練習した。

 北原も、よく付き合ってくれた。

 私は実力をつけ、ジャパンダートダービーで勝ち……中央に移籍し、オグリのチームに入った。

 追いついたと、思った。

 

 だが、オグリは芝のレースを中心に走り抜けていた。

 私は芝は走れなかった。

 ヤツとの決着はドリームまで持ち越された。ドリームに行けるだけの実績をダートで積むことにした。

 

 そこから、長く、永く走っていた。

 オグリがドリームリーグに上がっても、トゥインクルシリーズを走っていた。

 勝ったり負けたりを繰り返し……それでも、何故か、ドリームに上がる気にはならなかった。

 カサマツにいたころにオグリと約束した、「お前よりも永くレース場に立ってみせる」という言葉を守りたかったのかもしれない。

 走っているのを楽しいと感じていたのは間違いないが、本当の理由は分からなかった。

 もしかすれば未練だったのかもしれない。オグリと決着をつけられなかったトゥインクルシリーズで、己の納得を得たかったのかもしれない。

 少し、走る理由が分からなくなっていた時期だ。超えるべき壁が、分からなくなっていた。

 

 

 でも。

 お前に出会えた。

 

 

 

 ────────ファルコン

 

 

 

 選抜レースでお前が見せた才能に、惹かれた。

 心から魅せられた。

 こいつが順調に強くなり、育てば、いつか私の新しい壁になってくれるのではないかと。

 

 そして、そんな想いは併走でさらに強くなった。

 オグリにも負けないほどの、迸る才能。

 それを、併走でお前は魅せてくれた。

 必ず、お前が私にとっての目標になってくれる。

 超えるべき壁になってくれる。

 

 そして、お前は私に見せた。

 全世界に、見せつけた。

 隼の走りを。

 ベルモントステークスでの奇跡を。

 

 お前は、私が求めたとおりに、世界最強のダートウマ娘になってくれた。

 

 

 

 ────────お前はすごいよ

 

 

 

 本当に、心から愛している。

 お前と言う後輩を持てたことは、私の誇りだ。

 思わず、笑顔が浮かぶ。

 

 

 

 そして。

 

 

 だからこそ。

 

 

 

 そんなお前に、勝つために。

 

 

 

 

 ────────あと50m、()てよッッ!!!

 

 

 

 

 ()()()()()()()()

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『────────残り100mッ、もう差はない!!差はないぞッッ!!フジマサマーチが来た!!来たッ!!差が詰まるッッ!!交わすか!!交わすか残り50mッ、()()()()()()()()()()()()ッッ!!!分からないぞこれは分からない!!スマートファルコンも必死の形相!!今っ、並んでゴォォーーーーーーーーーーールッッ!!!』

 

 

『僅かにフジマサマーチが体勢有利か!?わかりません!!!写真判定になりましたッッ!!三着は4バ身ほどの差でハルウララ!!やはりこの3人での決着となりましたが、しかしスマートファルコンかフジマサマーチか!?際どく………おおっとぉ!?フジマサマーチがクールダウン中に倒れそうになったか!?大丈夫でしょうか!?咄嗟にスマートファルコンが支えて……トレーナー達も駆けつけているようです!!倒れるほどに、執念すら感じられる走りでしたが……ファルコンとハルウララが心配そうに見ています…』

 

 

『……!!!出たッ、写真判定の結果が出ました!!!一着は何とフジマサマーチ!!フジマサマーチだ!!!とうとう隼の牙城が崩れた!!世界の隼に手が届いたフジマサマーチッッ!!シニアの意地!!先輩の意地!!これがカサマツの意地だッッ!!!フジマサマーチ、スマートファルコンとハナ差を制し、一着を勝ち取った!!!今年最初のGⅠは大番狂わせから始まるッッ!!フジマサマーチが一着ですッッ!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

137 想いを託す

 

 

 

「────────アイネス!!キタサン!!医務室から担架持って来いッ!!」

 

「ッ!はいなの!!行くよキタちゃん!!」

 

「ふぇ、ええっ!?な、何が……!?」

 

 二人が競り合い、ゴールした直後の大歓声の中で、俺は叫んだ。

 俺の指示の理由に思い至らなくとも、俺の声にアイネスはすぐに頷き、キタサンの手を取って走って行ってくれた。

 

 スマートファルコンに、執念の力で限界を超えて追い縋り、そしてとうとう追いついたフジマサマーチ。

 写真判定となったようだが、俺には感じられた。

 向こうの執念が勝った。

 スマートファルコンが、負けた。

 

 本来ならば悔しさに身を震わせるところだが─────そんな余裕はなかった。

 

 俺には見えた。その表情が見えた。

 俺には聞こえた。踏み込んだ時の音が聞こえた。

 

 フジマサマーチの右脚の骨が、折れた。

 

「フラッシュ、バッグ持て!!ベルノ、医療キット準備して!!SSッ……」

 

「わかってらァ!!先、行くぞ!!」

 

 俺は隣に立つフラッシュと、近くで共に観戦していたチームカサマツのサブトレーナーであるベルノに叫ぶ。

 まだ、俺がなぜそんなに焦っているかをわからない表情だが、しかし二人の動きは早かった。

 そして、俺と同じくマーチの脚の骨折を察したSSが、走者全員がゴールした瞬間にラチを越えて飛び出していってくれる。

 

 今はまだ、クールダウンで速度を落とし走れているフジマサマーチだが、一刻を争う。

 あれ以上脚に負担をかけてはいけない。

 なにせ、折れてからも全力で3度ほど、地面を踏みしめてしまっている。

 どれほどの意志があれば、それを成せるというのだろうか。

 

 鬼。

 今日のマーチに宿ったそれは、確かに彼女に勝利を齎し、しかし同時に致命的な怪我をしかねない暴走を生んだ。

 

 俺もSSを追い、内ラチを越えてコースに躍り出る。

 それに付き添ってフラッシュとベルノ、北原先輩やチームカサマツの面々も血相を変えてついてくる。

 SSが今にも倒れそうになるフジマサマーチに走るが、僅かに距離が足りない。

 あのままでは倒れる。

 

 ならば。

 

「……ファルコンッ!!!マーチを支えろ!!()()()()()()()()()ッッ!!!」

 

「っ……!」

 

 走り終えた直後で息も絶え絶えであろう愛バに、しかし俺は指示を飛ばした。

 少しでもマーチの脚の怪我を抑えるために、位置が一番近いファルコンに支えてもらわねばならない。

 俺の声に慌ててファルコンがマーチの肩を支え、なんとか泥の上に倒れることは耐えられた。

 そうして不慣れながらもマーチの右脚も抱え込むようにファルコンが抱こうとして、しかしお互いに疲労困憊だ。バランスを崩し、そのまま二人が倒れそうなところで──────SSが間に合った。

 

「っ、とぉ!よく支えたファルコン!……オイ、マーチ、アタシに体預けなァ。服汚して悪いが、一旦横にする。理由は分かってんだろ」

 

「っ……あ、ああ、サンデートレーナーか……すまん、世話に、なる、な……」

 

 SSがファルコンと共に一度二人の体を支え、バランスを戻してから改めて脚に負担をかけぬようにダートに横たえる。

 服は汚れてしまうがそんなことを気にしている余裕はない。

 俺達もようやく追いついて、俺はすぐに彼女の右脚の診察に入った。

 

「オイ、立華クン…!どうなってんだ!?まさかマーチの脚……!」

 

「…………」

 

 北原先輩の声に、俺は首を横に軽く振った。

 靴を脱がして、触診して、すぐに分かった。

 

 骨折だ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「………はぁ、……はぁ。……立華、トレーナー……」

 

「無理に喋るな。今は呼吸を整えて……フラッシュ、酸素吸わせて。ベルノは医療キット開けてくれ」

 

「はい。…フジマサマーチさん、ゆっくり呼吸を……」

 

「マーチさん…!しっかり……!!」

 

 呼吸も絶え絶えに、フジマサマーチがサンデーサイレンスの膝に膝枕され、コースに体を横たえて、立華に脚を診察されていた。

 その様子に、周囲からはどよめきが起きる。

 当然だ。先ほどまでデッドヒートを果たしていたウマ娘が、あの砂の隼に写真判定まで持ち込んだウマ娘がまるで故障があったかのように人が集まっているのだ。

 無論の事、先ほどまで競り合っていたスマートファルコンも、次いでゴールに飛び込んだハルウララも、他の走者たちも……心配そうに、その様子を見つめていた。

 

「すぅ……はぁ……なぁ、立華トレーナー。私の脚は……」

 

「喋らない。怪我がひどくなるよ」

 

「構わん……なぁ……私の脚、やはり、折れているか?」

 

 フジマサマーチの、どこか自嘲気味な問いかけに、立華は少し悩み……しかし、はっきりと、頷いて肯定の意を返す。

 勝利の代償。

 非開放性の骨折が生じていることを、立華は触診で確信していた。

 

「……折れてる。だから、脚に力は入れないでくれ。今、診察して固定する」

 

「っ……!!ま、マーチ先輩…!」

 

「マーチ先輩!?だいじょーぶ!?」

 

「やはり、か。……ああ、本当に、よく保ってくれた。最後、ゴールを駆け抜けるまで、な……」

 

 横たわったままで、しかし、フジマサマーチは満足そうに息をつき、目を閉じた。

 よくやってくれた、と労わる様に己の脚を一撫でする。

 夢のようなレースだった。己の全てを吐き出したレース。

 競走ウマ娘として、これほど全てを振り絞ったレースを走れたことを、幸運と思うべきだ。

 その結果、脚が折れたとしても……それでも、最後、ゴールを駆け抜けるまで、保ってくれた。

 十分だ。

 

 そして、次の瞬間に大歓声がレース場に生まれた。

 熾烈なデッドヒート、その結果が掲示板に示されたのだ。

 

 フェブラリーステークスのレコードの更新と。

 一着に輝く、フジマサマーチの名前。

 そして、二着にスマートファルコンが。

 

 

 勝ったのだ。

 

 

「……ファルコン。スマートファルコン」

 

「う、うん。先輩……」

 

「ああ。………勝ったな。私の、勝ちだ。油断したな、ファルコン」

 

「……うん、私、先輩に負けた。迫ってくる先輩の重圧に、勝てなかった……」

 

「ふふ。ようやく先輩として一矢報いる事ができたな。これで、最期になりそうだが……ファルコンは、脚は無事か?」

 

「あ、うん……多分大丈夫、だと思う…でも、先輩の方が!」

 

「そうか。お前が無事なら、それでいい」

 

 フジマサマーチは、恐らくは混乱の極みにあるだろうスマートファルコンに、優しい声色で話しかける。

 勝ちを誇るわけではない。ただ、話したかった。

 己の最高のライバルであってくれた後輩に、ここで言葉を伝えたかった。

 

「ファルコン。……頼みがある」

 

「は、はい!何を…?」

 

「ああ。……いいか。お前は今後、金輪際、()()()()()()()()

 

「……!」

 

 伝えたい想いは、感謝と、彼女の走るその先への激励。

 誰よりも速く、強くダートを走るウマ娘だからこそ。

 

「お前は本物だ。今日のように油断していなければ……誰にも負けん。世界中のウマ娘を集めても、お前が一番だ。それは私が保証する。信じている………今日の私に負けたことを心に刻んで、走れ。お前は勝ち続けろ。誰よりも、強くあってくれ。それが私の望みだ」

 

「先輩……。………わかった、私、もう、誰にも負けない。油断しない。絶対、勝ち続ける……!!」

 

「ああ、それでいい。……お前と出会えて、共に走れて、よかった……本当に、私は幸せ者だ」

 

 スマートファルコンは、愛する先輩からのその言葉を……今日、己の油断を、ドバイに気が行き過ぎて、今走るレースへの気持ちを疎かにしてしまった、その自分の甘えを雄弁に叱責してくれた走りを、過不足なく、正面から受け止めた。

 そして、長く現役を続け、ピークを越え、今日の骨折で恐らくは現役を引退することになるだろう先輩の、想いを受け止めた。

 

 二度と負けないと、己に誓った。

 

「マーチ。……俺も、今日、ファルコンが君と走れてよかったって思ってる。……少し痛むよ」

 

「ん、すまんな立華トレーナー、無敗の伝説にピリオドを打ってしま………ん、ぎっ……!!」

 

 そんな話を一度遮るように、立華が診察の中、触診でマーチの脚に力を籠める。

 レース後の興奮と高揚で忘れていた痛みが、一気に右脚から湧き上がり、フジマサマーチは顔をゆがめた。

 

「………よし。ベルノ、包帯と添え木出してくれ。骨折部を固定する」

 

「はい!……立華トレーナー、今のってなにしたんですか…?」

 

「細かいことは後。SS、そのまま体動かない様に頭と肩を支えておいてくれ」

 

「おォよ」

 

「北原先輩、添え木支えててもらっていいです?包帯で固定します。微動だにしないように一度固めますんで」

 

「ああ…!すまねぇ立華クン、助かる!!……マーチよぉ、お前……ここまで無茶しやがって……!!」

 

 トレーナー達のてきぱきとした処置により、フジマサマーチの脚に添木が固定されていく。

 じんじんと、脚の痛みが増してきながらも……フジマサマーチは、己が声をかけるべき、もう一人の名前を呼ぶ。

 

「っ…!……はぁ、ふぅ……ウララ、ウララはいるか……?」

 

「あっ、はい!!ウララはここだよマーチ先輩!!だ、だいじょうぶ……?」

 

「ん。……駄目みたいでな。すまんなウララ、一緒にドバイに行くのを楽しみにしてくれていたが、約束は果たせそうにない」

 

「ううん、それは……悲しいけど、でも、先輩の脚の方が心配だよ!!」

 

 目だけ僅かに動かして、フジマサマーチはハルウララがいる方を向いた。

 そこには、桜色の瞳に涙をためたハルウララの心配そうな表情があった。

 ふ、と苦笑を零す。

 本当に、このウマ娘は、優しい後輩だ。

 この子もまた、フジマサマーチにとって愛する後輩。

 ファルコンのような絶対の強者ではなく、むしろ自分たちと同じように、地方から中央に来て、泥臭く努力で勝利を勝ち取った、共感を生むウマ娘。

 

 だが、そんなハルウララが、最近はスランプに陥っていることを、フジマサマーチは察していた。

 走りの切れが、普段の様子が、それを物語っていた。

 深く聞き及んではいない。スランプにはっきりとした理由がある事の方が稀で、それはフジマサマーチでは察しきれないものなのかもしれない。

 

 だが。

 そんな愛する後輩が、心配だから。

 フジマサマーチは、言葉をさらに紡いでいく。

 

「ウララ。今日の私の走りは、見たか?」

 

「うん、見た……すごかった。……私には、あんな走りは……」

 

「ウララ。……いいんだ、私になれ、なんて言わない。こんな、己の身を顧みないような走りなど、お前には似合わん。だがな……」

 

 そう、今日の走りを真似ろなんて口が裂けても言えるはずがない。

 すべて注ぎ、全て捧げた、執念の結晶のような勝利。

 こんなものは、カサマツでないとできなかっただろう。他のトレーナーなら止められる。

 だからこそ果たした奇跡を、彼女にもやれなんて言わない。

 

 けれど。

 想いは、継いでほしかった。

 

「……今日、私がここまで走れたのは……想いを持って走ったからだ。誰よりも、勝ちたいと思って走ったからだ。勝ちたいと……。……ウララ、お前がレースを走るのは、なぜだ?」

 

「え?……う、ううん、なんでだろ……走るのは楽しいし、勝ちたいし……」

 

「ああ……やはり、()()()()。お前の走る理由を思い出せ、ウララ。お前がクラシック期に走っていたころは、もっとシンプルに走っていたはずだ。勝ちたいレースで、勝ちたいから走っていたはず。……賢くなる必要はない。ウマ娘なんて、それでいいんだ。今日のレースで、私はそれを強く感じた」

 

 スランプになる大きな原因の一つ。

 フジマサマーチが、己の身でも、周りを走るウマ娘を見てきた中でも、その悩みの中で最も大きな割合を占めるモノ。

 それは、走る理由のブレだ。

 

 ウララはきっと、それに陥っているのではないかと思い。

 そして、それを自覚して。

 さらに、強い目的意識を持ってくれれば、スランプを抜けてくれるのではないかと。

 

 だからこそ、次に。

 目的意識……彼女にとって、モチベーションとなり得るかもしれない、願いを託す。

 

「ウララ。お前にも、一つ、願いを託していいか?」

 

「う、うん!!ウララ、なんでもやる……!!」

 

「ふっ、はは。言ったな?…ならウララ、お前は……ドバイで、()()()()()()()()()()()()()。そして、()()

 

「……!!」

 

「出走変更はまだ間に合う。お前なら勝てると信じている。出られなくなった私の代わりに、世界のGⅠで……勝ってこい。GⅡなんて妥協はするな。お前だって、GⅠに出たい、走りたい、勝ちたい……だろう?違うか?」

 

「…………」

 

 ハルウララは、急に投げかけられたその願いに、想いに、一度息を吸って。

 そして、決意をした。

 彼女の想いを背負う決意をした。

 

「……うん!私、本当はGⅠで勝ちたかった!!世界中の人に、私は強いんだって、勝てるんだって見せたかった!!私、ゴールデンシャヒーンを走るよ、先輩!!それで、先輩の代わりに…ううん、先輩が出てたって、私が一番になって見せる!!」

 

「───────ああ。安心した……頼んだぞ、ウララ」

 

 その瞳に熱を取り戻し、走れなくなった己の代わりにゴールデンシャヒーンへの出走を決意したハルウララの顔を見て、フジマサマーチは心底から安堵した。

 ハルウララが熱を取り戻さないままに、ドバイに向かうようなことは避けられたのだ。

 この愛くるしい後輩は、人の願いを、応援を背負って走る時が、一番光り輝く。

 だからこそ、熱を取り戻し、スランプを超え、世界でもその走りを見せてほしかった。

 

 欲を言えばまたウララとも、ファルコンとも共に走りたかったが……もう、二度と彼女らと走る事は敵わないだろう。

 私の競走人生は今日で終わりだ。

 

 だが、託せた。

 スマートファルコンへは、想いを。

 ハルウララへは、願いを。

 

 そんな二人が、ドバイの地で……そして、その後にも走るレースで、また夢を駆けていくのを、見守ろう。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「………マーチ」

 

「…ん」

 

 そんな気分にフジマサマーチが浸っているところで、脚の処置を終えた立華から声をかけられた。

 見れば、すっかり右脚のひざ下が添木で固定されている。

 そこには丁寧に包帯が巻かれ、微動だにしない様になっている。素人作業ではない、医者か救急隊が施したような見事な処置が済んでいた。

 

「……二人に想いを託したところに、水を差すようで悪いけど……」

 

 しかし続ける立華の言葉は、フジマサマーチにとって余りにも衝撃的な言葉だった。

 

 

 

「────────君、()()()()()()()()()()()()()?」

 

「────は?」

 

 

 

 ぽかん、とした表情を作ってしまうフジマサマーチ。

 今、この男は何といった?

 

「いや、なんか遺言みたいな想いの託し方してたけど……普通に治るよ。しっかりリハビリすれば、走りもすぐ取り戻せるだろうね」

 

「な……や、だが、しかし立華トレーナー。私は走っている最中に折れたのだぞ?その上で、全力で踏み込んで最終直線を駆けたはず、だ………なお、治るのか……?」

 

「全然治る。……右下腿腓骨骨折。全治は2か月、じっくりリハビリしても完全に元の調子に戻すまでプラス4か月って所。とはいえこれには俺も驚いたよ。あの走りなら、腓骨*1だけじゃなくて、脛骨*2も折れてておかしくなかった。そしたら復帰は絶望だった……けど、腓骨骨折だけで済んだ。これはね、君がチームカサマツのウマ娘だからこそだ」

 

「ぁ?立華クン、どういうことだい?」

 

 予想外の言葉に、すぐ隣で先ほどまで足を支えていた北原が立華に問いかける。

 立華は、敬愛する先輩……いや、今日のこの出来事を経て、さらに敬意を深めることになった先輩へ、事情を説明した。

 

「北原先輩の教え方の賜物ですよ、この怪我の軽さは。腓骨や脛骨のまわり……いわゆるヒラメ筋とかアキレス筋が尋常じゃなく発達してるからこそです。()()()()()()()()()()()()()……それに特化したダートウマ娘だからこそ、筋肉の支えがしっかりしていて、折れた上で全力で走っても、骨折が最小限に済んでたんです。開放骨折でも粉砕骨折でもおかしくなかったけど、単純骨折で済んでる。骨のズレも、()()()()()()()()()()()()みたいだから、このまま動かさずに入院してレントゲンで見れば、手術とかもなく固定で済むと思いますよ。触った感じ、内部の血管や筋肉も損傷してなかったし……いや、すげぇ脚です。長く現役で走れてた、その理由がこうしてじっくり見て初めて分かりました。……尊敬しかないですよ、マジで」

 

 少し早口気味に立華が零した骨折の内訳。

 信じるままに鍛えこんだ、カサマツ組の走り方……水を掻くように走るそれが、転じて怪我の減少につながっていた。

 つま先を使う走り方。それは同時に、ひざ下の筋肉を発達させることに繋がっていた。

 その部分の筋肉だけで言えばファルコン以上の仕上がり。筋肉の鎧をまとった膝下は、たとえ限界を超える走りをしても、骨折を最小限、一番折れやすい部分が単純骨折しただけに留めていた。

 これが普通のウマ娘なら、開放骨折だっておかしくない衝撃を与えられており、だからこそ立華もレース直後にこれほど慌てて駆け寄ったわけだが……それは杞憂であった。

 彼女たちカサマツ組の脚は、逞しく、強かった。

 

「だからマーチ、君はまた走れる。いや、と言うか寧ろ走ってもらわないと困るな。ファルコンにリベンジの機会を与えてやってくれよ。俺だって心底悔しいんだからね」

 

「ほ、本当か?立華トレーナー……私は、また、走れるのか?」

 

「俺はウマ娘に嘘をつかないのが信条なんだ。大丈夫、走れるよ」

 

「────────っ、あ……」

 

 立華から、己の脚が完治すると聞いて。

 また走れると聞いて。

 フジマサマーチは、溢れさせるように、ぽろり、と一粒の涙を零した。

 

「……そう、か…!私は、まだ走れて……!!わた、し、私、は………っっ!!」

 

 一粒零れてしまえば、感情のダムが決壊する。

 

 今日と言うレースに懸けた想い。

 勝利したことの喜び。

 骨折の痛み。

 後輩二人に想いを託せたことの安堵。

 思い違いで随分と雰囲気を出してしまった気恥ずかしさ。

 また、走れることの幸運。

 

 それら諸々がごちゃまぜになって。

 フジマサマーチの目から、涙が滝のように溢れてきた。

 普段の凛とした麗人たる彼女が、決して見せない、子供のような泣き顔を見せる。

 

 

「うぁっ、あっ、ああっ……私は……わあああああああ………!!!」

 

 

 その宝石のように美しい涙は、アイネスフウジンがキタサンブラックと共に担架を運んでくるまで、流れ続けた。

 

*1
膝から足首までを繋ぐ骨、太い骨と細い骨があるうちの、細い骨のほう

*2
太い骨のほう。脛側にある骨



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

138 ぱかちゅーぶっ! フェブラリーステークス

ゼファーは20連で来てくれました。
(キャラスト1~4話を見る)
このトレーナークソボケ解像度高い(錯乱)






 

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

「ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす!』

『ぴすぴーす!』

『ぴすぴーす』

『とんでもねぇ待ってたんだ』

『ぴすぴーす!』

 

「おー!今年最初のGⅠになるからよー!新年特別SPのあとの今年初めてのぱかちゅーぶになるぜっ!!お前ら相変らず元気そうじゃねーか!!今年も楽しんでいこうなぁー!!」

 

『こいつを待ってたんだ』

『今年も盛り上がっていこう!』

『今年はダートGⅠもバッチリやってくのな』

『去年あたりは東京大賞典とかぱか生なかったもんね』

『毎回生放送するのも大変だとは思うが助かる』

『でも今年はゴルシもドリームリーグ入ったし余裕ある?』

『無理ないペースでええよ』

『こないだのドリームリーグはヤバかったな…』

『ドリームも革命来てたね』

『やっぱ往年のウマ娘が走ってるの見るとアガるよな』

『ドリームもどんどん盛り上がっていけぇ……』

 

「おーよ、URAからの打診もあって今年はダートGⅠもバッチリ生放送する予定だぜ!ゴルシちゃんも確かにドリーム入って練習も前に比べて余裕……出てきたか?あんま変わんねーか?まぁこまけぇこたぁいいんだよ!!あたしにまかせとけってやつだー!!さってそんじゃ今日のGⅠはフェブラリーステークスだぜぇー!!」

 

『きたわね』

『ダートGⅠが一年の最初のGⅠってなんか不思議な感じあるね』

『芝のGⅠは3月からやしな』

『1月も重賞レースは多いがGⅠないし』

『どうしてなんやろな』

『わからん…』

 

「勿論今日もゲスト付きだ!!早速お呼びしていくぜー!!今回のゲストはぁー!?……こちらっ!!!」

 

「ぴすぴーす!今日はこのワタシ!!エルコンドルパサー!!登っ!場っ!デーーース!!」

 

『エルコンドルパサー!』

『エルちゃんだああ!!』

『世界最強!』

『エルちゃん珍しいな』

『ダート…ウマ娘…?』

『メイクデビューからダート連戦で3戦3勝やぞ』

『ダート(も走れるけど芝も走れる)ウマ娘』

『ドリームリーグ入りおめでとー』

 

「ありがとうございマース!!これからもエルはドリームリーグでバリバリ走りますのでよろしくデスよ!」

 

「今日はよろしくなー!いやー結構ギリッギリで声かけることになっちまって悪かったぜー」

 

「気にしないでいいデスよ!……とはいえ、ギリギリになった理由って何かあったんデスか?前日に声かけられたからびっくりしまシタ」

 

「いやよぉ。アタシもまぁ、フェブラリーステークスってダートGⅠじゃん?で、ダートをメインで走るウマ娘に声かけてたんだけどよ…それがなんと、みんなして『集中してレース見たいから今回はパス』って言うんだよー!!ちくしょー、デジタルにもウインディにも断られるとは思ってなかったぜ……」

 

「あー………アレですね、スズカがトゥインクルシリーズ全盛期の時に、みんな何とか作戦を練ろうとスズカのレースを分析してた頃に似てマスねー。……あれ、と言うことはエルは最後の保険として声を掛けられて……?」

 

『エルちゃんの目が曇ってる!』

『凱旋門で見た』

『オットそれ以上はNGくらわすぞ』

『ダートの子たちはみんなキャンセルか』

『レースをガチ観戦する理由 お分かりですね?』

『砂の隼の研究か…』

『スズカと同じくらい対策難しいウマ娘』

『これからダートGⅠに毎回あれが出てくるとなると対策必須だからな』

『そいやこないだの表彰式でダートGⅠ増えるって発表あったしな』

『土日に開催してくれるようになるの助かる』

『ダートもこれからバリバリ盛り上がっていけぇ…』

『革命世代の二人が筆頭だけど実力持ってるウマ娘多いしな』

『カサマツ組がいつごろまで走れるか』

『カサマツ組長いもんなぁ現役』

 

「そんな顔すんなってー、NHKマイルでも呼ぶからよ!さて、そんじゃ早速今日のレースの解説からだぁ!!今日はフェブラリーステークス!ダート1600mのGⅠレースだな!!」

 

「えー……東京レース場で開催されてマスねー。ダートGⅠは平日に開催されるものも多いですが、このレースはいつも日曜日開催で芝のGⅠと同じデス!前身となるフェブラリーハンデキャップが1984年に創設されましたがこの時はまだGⅢだったんデスねー。その後1994年にGⅠに昇格すると共に、名称がフェブラリーステークスに変更されまシタ!」

 

「中央レースのダート重賞レースとして初めてGⅠに格付けされたレースでもあるぜー。URAが開催するダートGⅠでは最も古い歴史を持つレースだな!2007年からは国際レースにも指定されて海外のウマ娘も出走可能になってるぜー!」

 

『はえーダートレースで一番歴史あるレース…?』

『そうでもないと言えばそうでもない』

『どゆこと?』

『URAがダートGⅠを開催し始めたのはフェブラリーが最初だけど地方ではもっと前からダートレースあるんだ』

『東京大賞典とか確か1955年創設だしな』

『なるほどわからん』

『ダートはこう…芝レースの陰に埋もれて色々ややこしいんや』

『その辺も一新してダートGⅠも増やして地位向上に努めてるのが今の中央URA』

『ほーん』

『その理解でいいのか?まぁいいか』

『まぁいいかぁよろしくなぁ!!』

 

「そーなんだよなー、ダートレースの歴史って結構……こう……色々複雑に絡んでんだよな!!学園のテストでもこの辺は難問になってるぜ」

 

「レースの歴史はそのままウマ娘の走ってきた歴史デスからね。複雑になるのもやむなしと言う所デス!」

 

「まぁこまけぇ事はいいんだよォ!!今日のレースが盛り上がるほうが大切だぜ!!さぁ続いて出走ウマ娘紹介に行くぜっ!!…………つってもまぁ。もうみんな知ったる顔だろうけどよ」

 

「去年からダートレースも盛り上がってますからネー、流石に知ったる顔が勢ぞろいって感じデス。ただ、注目度で言えば、やはり人気上位3名デスね!!」

 

「だな!!一番人気は不動のスマートファルコン!!二番人気はフジマサマーチ!!三番人気にハルウララ!!こいつら3人は今年ドバイに挑むこともあってめちゃくちゃ投票されてるぜ!!流石ってところだな!!」

 

「デスね!!ただ、今日のパドックを見る限りデスと……ファルコン先輩はいつも通りいい調子のようでしたが、ウララとマーチ先輩は調子は普通?って所でしょうか?」

 

「んー、かもなー。ドバイに挑むにあたりカサマツ組なんかは合宿して特訓してたって話も耳にしたけど、今んところフツーって感じか?ま、不調って感じでもなかったけど。今日はファルコンかもなー、元々つえーしアイツ」

 

『よく見てる』

『正直パドックのウマ娘の調子ってはた目によくわからん』

『あれは長年の観察眼とか必要よ』

『ウマ耳と尻尾を持たざるヒューマンにとって調子を察するのは難易度が高い』

『トレーナーなんかはよく一目でわかるよなあれ』

『でもウララちゃんは今日確かにちょっと動きがなかったかも』

『落ち込んではいないようだったけど心配ですね』

『頑張れ初咲』

『ドバイでは絶好調にしてやれ初咲』

『カサマツ組は今回マーチだけなんな出走』

『1月にノルン達一回重賞走ってるしな』

『1着2着3着でしたねそれぞれ別レースだったけど』

『GⅠに挑む実力をつけるって感じか?』

『マーチはパドックなんか静かだったな』

『ドバイを見据えてるのかね』

 

「ま、その辺はレースでの走りも見て、ってところだな!!……さて、映像はゲート前になったけどまだウマ娘達集まってねーな。よし。今日のオニャンコポン見よ」

 

「いつもの流れデスね!今日はぱかちゅーぶに御呼ばれされたからエルもウマッター見ないで我慢してましたよ!どれどれ………おお!!今日もオニャンコポンは可愛いデース!!」

 

「おー、今日はやっぱSRか!ファルコンの頭の上にぺったり張り付いてやがるぜー!!」

 

『ログボ助かる』

『今日オニャ見ないと一日が終わった気がしねぇんだ』

『ファルコンが下で見切れててほぼ正半円で芝生える』

『オニャンコポン大地に立つ』

『四つん這いなのですがそれは』

『口を慎めyogiboの公式CMキャラクターだぞ』

『あのCMいいよね』

『yogiboで寝てるオニャンコポンに猫トレが声をかけても微動だにしないあれね』

『猫トレ「オニャンコポーン。オニャンコポーン」 オ(ガン無視)』

『最後に「ごはんだよ」でテトテト歩いていくオニャンコポンかわええんじゃあ…』

『気持ちよさそうすぎる…』

『オニャンコポンの見てyogibo買ったけどあれはいいものだ』

 

「そういやオニャンコポンCMに出たんだったなー。まったくアタシの生放送でここまでアイツがバズるとは思ってなかったぜぇ!!流石はトレーナーズカップ初代覇者!!器のでっけぇ猫だ!!」

 

「あまり関係がないのでは!?オニャンコポンが凄い猫なのは同意デスけど!!むー、ワタシのマンボもその内オニャンコポンに負けないくらいバズってみせマース!!」

 

「マンボも今日のマンボやってるよなー、鳥ってあんま表情でねーと思ってたけど毎日写真映すと結構表情わかんのな!あれはあれでアタシも好きだぜ!」

 

「マンボはいい子ですよー、皆さんもよろしくしてあげてくだサイ!!……っと、そんな話をしているうちにウマ娘達が集まってきましたね!!」

 

『オニャンコポンがまともな猫だとは最早思ってない』

『人の肩に乗って大人しくしている猫なんて見たことない』

『トレセン学園で二匹くらい見た』

『理事長キャッツ!』

『クソボケキャッツ!』

『クソボケキャッツだとオニャンコポンがクソボケみたいになっちまうー!!』

『風評被害!』

『マンボも可愛いよね』

『羽広げてる写真すこだわ』

『凛々しくてカッコいい感じある』

『会長の腕に止まってるとめちゃくちゃ威厳あって好き』

『東条トレーナーの肩に止まってるのが一番好き』

『ラスボス感ある』

『ん』

『ウマ娘達出てきた』

『ファルコン登場!』

『今日も絶好調っぽい感じやな』

 

「おー、まず一番人気のファルコンが出てきやがったぜー!!尻尾の揺れも表情も、益々って感じだな!!ドバイ出走決める時もめちゃくちゃやる気出てたって感じだから今日は調子が右肩上がりかー?」

 

「よさそうデスねー……ん、続いてウララが出てきまシタが、ウララは……んー、普通、って感じでしょうか?悪くはなさそうデスね!」

 

「だな、不調って程ではなさそうだぜー、脚の張りも中々だしよ。他にも何人か出てきて……お、二番人気のフジマサマーチも出て来たぞ!こっちも調子は………────────ん?」

 

「……ンン?ンー………────────────どう見ます?」

 

「────────ある、か?」

 

『ファルコンが来た!』

『砂の王ファル子』

『ファル子が逃げたら?』

『追うしかなーい!(追いつけないという意)』

『今日も素晴らしい脚の張りですね』

『TS論文の化身』

『それはSSだってこないだ動画で言ってたでしょ』

『え、何それ知らん…』

『フェリスのうまつべのチャンネルにTS論文の体幹トレーニングの見本動画あってそれ』

『SSがヨガウェアで猫トレに介助されながらヨガしてるやつな』

『へー今度見てみよ』

『あのバランスと柔軟性は人間じゃない、いやウマ娘でも無理』

『視聴数が凄い……ですねぇ』

『ウララちゃん!!』

『うーん?』

『ウララちゃん今日は普段よりお静か?』

『ちょっと元気ないかもな』

『革命世代だし頑張ってほしいところさん』

『ファルコンに勝てなくてもいい結果でドバイに行ってほしいな』

『ファル子に肉薄できりゃ世界で勝てる』

『そして出てきたフジマサマーチ』

『こっちも静かな感じか?』

『マーチはいつも冷静やろ』

『ベテランだしな』

『ゴルシとエルがなんか反応してる?』

『えっ何』

『何が見えてんの』

『誰か変なのいる?』

『わからん……俺たちはウマ娘ではないからだ…』

『私はウマ娘ですがよくわかりません!』

『どしたの』

 

「ん……ああ、いや、よ。マーチの調子だが……静かすぎる?や、違うな…なんつったらいいんだ?溜めてる?こうして画面でじっくり見てっから、なんとなく感じるぜ」

 

「ンー……こう、スペちゃんを相手にするグラスみたいな雰囲気デース。執念を押し殺している……ような?」

 

「だがぶっちゃけわかんねー!気のせいじゃあねぇと思うんだけどよー、レース始まったらわかるかもなー。お、ファンファーレだ!!おら鳴けぇコメントどもぉ!!」

 

『ペーッペペペー』

『ペペペペー』

『ペペペペー』

『ペペッペッペッペー』

『ペペペペペー』

『ペーペペペッペッペッペー』

『ペペペペー』

 

「最近足並みそろってきたなコメント欄の奴らもよー、何年もやってりゃ慣れてくるかー。さて、んじゃゲート入りだぜ!順番に入っていくなー、大したやつらだぜぇ!!」

 

「そんなコト言ってるとまたコメント欄で言われ────────ん、なッ!?」

 

「─────な、なんだァ!?マーチがやべぇぞこれ!?やっぱ隠してやがったッ!!間違いねェ、マーチのヤツ今日のレースに全てを賭けてきた…!!今日のアイツは120%の本気だ!!」

 

「凄まじい執念が、迸ってるような圧デス!!声などは出していませんが……あんなの隣にいたら集中できまセン!!」

 

『お前が言うな定期』

『ゲートはちゃんと入、なに?』

『え、どした』

『!?』

『!?』

『顔!!』

『コワイ!!』

『ウマ娘がしちゃいけない形相してますねクォレハ…』

『画面越しにも感じられる圧』

『えっこれファルコンめっちゃマークしてる?』

『ファル子がめちゃくちゃ動揺してる』

『人を○したような表情してて芝も生えない』

『おっと芝』

『この流れは芝』

『芝』

『いつものゲート入りの時の人気順に顔アップする時の画面が面白過ぎた』

『(三番人気ハルウララのうららかな笑顔のアップ)』

『(二番人気フジマサマーチの女の子がしちゃいけない貌のアップ)』

『(一番人気スマートファルコンの隣見てめちゃくちゃびっくりしてる顔のアップ)』

『これはファルコン圧にやられる!?』

『枠隣だしな』

『スタートどうなる?!』

 

「ファルコンのヤロー相当動揺してやがんな!上手く切り替えられっか!?スタート遅れたら逃げウマ娘としちゃ厳しいだろうぜ…!」

 

「ゲート入り完了デス!!今、ファルコン先輩が頬を叩いて気合を入れなおしたようですが……」

 

「どうなる…!?………開いた!!スタートだ!!………揃ったスタート!!」

 

「出遅れはないですネ!!でも、いつものようなロケットスタートにもなりませんでしたねファルコン先輩…!」

 

『はじまた』

『また』

『おお珍しい』

『ファルコンが他のウマ娘と並んで出てった!』

『珍しいって感想になるのもすげーよな』

『これまで1~2歩くらいはファルコン先に出てたもんな』

『でも出遅れてはない』

『ゴルシらなかったか…』

『ゴルシが動詞になってるのは芝』

『あんだけ動揺してしっかりスタート切れてんのもすげーな』

 

「おー、コメ欄も言ってる通り、あんだけ揺さぶられてちゃんとスタートしてんのはすげー。そのあたりは流石ファルコンってところだな!で、いつもの加速は変わらずってところだぜ!」

 

「得られたアドバンテージは0.5秒にも満たないでしょうネー。ですが、0.5秒ってそれ最終直線で2~3バ身は距離が開くくらいの時間ですからね、ワタシたちウマ娘にとって」

 

「だな。この仕掛けがどうなるか……先頭はファルコン、その後ろ距離を空けて2番手にマーチがつく形だ!先行集団の先頭を選んだなーマーチは」

 

「元々マーチ先輩は先行集団、それも前目につけるタイプデス。いい位置取りでしょうねー。しかし、走る気配がただ事じゃないデスね。何かしでかしそうな雰囲気むんむんデス!」

 

「その後ろ、連なる様に走っていくなー。ウララもいつもの差しの位置で頑張ってるぜ!」

 

『スタートの波乱から少し落ち着いたか』

『ここまではよく見る形』

『マーチがなんか雰囲気スゲーな』

『ファルコンの背中睨んでるなって走りでわかるのコワイ』

『これが”ベテラン”の力なんだ……!』

『周りのウマ娘もそわそわしとる』

『ファルコンには牽制とかは飛んでない感じ?』

『飛んでるけどまだ大した量じゃないそれよりもマーチ先輩がヤバい@ウマ娘』

『やっぱウマ娘には分かるのか…』

 

「ああ、アタシらにもマーチが何か仕掛けようとしてるのは雰囲気でわかるぜ……だが、まだ動かねーな。そうこうしてるうちにコーナーに入った!ファルコンがいつものフェリスコーナリングで突っ込んでくぜ!」

 

「コーナーは抜群に上手いデスねーフェリスの皆さんは。サンデーチーフの教えのおかげデース!…が、フェブラリーステークスはマイルの1600mだからコーナーが一つだけなんデスよね。無論、中盤なのでファルコン先輩にとっては領域も加味して距離を開けるゾーンになりますが……」

 

「そーな、いつものよーに領域がでりゃーコーナー出口あたりでぶっ飛んでく感じになるか?さて、もう間もなく800m、半分を過ぎるところで……ん、マーチが何かやる!!」

 

「来ましたね、気配が変わりましタ!!このタイミングは…ファルコン先輩の領域を潰すつもりですね!!」

 

「ああ、周りのウマ娘達も狙って……牽制飛ばした!!がッ!!それでもファルコンが止まらねぇ!!領域に入りやがったー!!なんてぇやつだ!!」

 

「ンンー、有マ記念のネイチャのようにはなりませんでしたが、それでも効果は出てるようデスね!!ファルコン先輩の領域の加速、若干鈍ったように見えます!チャンピオンズカップや東京大賞典では見られなかった効果デス!!」

 

「おー!他のウマ娘もあんだけタイミング合わせりゃ流石の砂の隼も削られるってもんよ!!だがそれでもファルコンがつええ!!まだ独走だ!!第四コーナーを曲がり終えて残りは直線500m!!」

 

『うおおファルコーン!』

『あんだけマークされても領域入るのか…』

『普通のウマ娘じゃ絶対無理ゾ@ウマ娘』

『だがそれが砂の上のファルコンだったとしたら?』

『それだけやっても止まらないのがすげぇ』

『正直牽制とか領域とか見えないから今日もぶっとばしてるようにしか見えない』

『だが後ろとの距離が徐々に縮まってきてるか?』

『そら最終コーナー近づけばそうよ』

『お、ウララちゃん位置上げてった』

『マーチも加速したか!?』

『いけー!!』

『GO!!』

 

「こっからは意地の勝負だ!!全員が先頭を走るファルコンを追うために加速するゥ!!……が、やっぱファルコンははえーな!!追いすがれないウマ娘も出てきちまったぜ!」

 

「デス!!が、後ろからウララが一気にアガってきました!!領域にも入って加速してマス!!距離は長いデスが、届くか…!?」

 

「残り距離はあるがこっからファルコンは粘るぞ!!ウララはきちぃか!?……いやッ!!ここでマーチがきたァ!!領域突入!!とんでもねぇ末脚をぶっぱなしたー!!」

 

「鬼気迫る表情デス!!残り400ッ、すごい勢いデスね!?表情が見てるだけでも怖いデース!!」

 

『うおおお!!!』

『迫る!!ファルコンに迫る!!』

『すっげ追い縋ってる』

『ファル子ー!!逃げきれー!!』

『ファルコンもクソ速ぇよな?』

『後続との距離は離れてるファルコン、マーチがヤバイ』

『ファル子ならそれでも何とかしてくれる…!!』

『マーチが行ったー!!行ったーーーー!!!』

『決めるんだな!!今ここで!!』

『行けー!!カサマツ魂を見せろーー-!!』

『ファル子無敗の王になれーー!!』

『負けるなーー!!』

『マーチが迫る!!迫る!!!』

 

「残り300m……マーチの野郎どこまでも伸びやがる!!執念だ…!!アイツがあそこまで加速する走りを見せんの初めてじゃねーか!?」

 

「どうしても勝ちたいのでショウ…!!徐々に、徐々に差が詰まります!!残り200m、1バ身と言ったところ!!」

 

『うわああああああああああああ』

『熱ちいいいいいいいい!!!!』

『すげー激戦!!』

『行けえええええええええええええ!!!』

『伸びろおおおおおおおお!!!』

『世界一を超えるかマーチ!?』

『ファルコーン!!!奇跡の加速見せてくれえええええええ!!!』

『ファル子しか勝たん!!』

『マーチ!!カサマツ時代から応援してたぞーー!!行けーーー!!!』

『いやこれ行くぞ!?』

『残り100で並んだ!!』

『まだファル子前やろ!!』

『行っけえええええ!!!』

『走れえええええええええええええ!!!!』

『並んだか!?』

『交わした!?』

『マーチ加速したァ!!!!』

『マジかよ!?』

『行ったあああああああああああああああ!!!!!』

『行ったか!?』

『やったのか!?』

『どっちかわかんねー!!!』

『加速はマーチだった……か!?』

 

「ゴーーーーーーーーーールッッ!!!……凄まじいデッドヒートだったぜぇ!!全く革命世代はホントにいい勝負してくれるよなァ!!!ファルコンとマーチが並んでゴールだぁ!!!」

 

「最後は完全に二人の世界でしたね!!ウララが4バ身ほど離れた3着でゴールしましたが恐らくウララまでレコードかそれに近いタイムデスねー……いや、すごい物見せられました!!いいレースでした!!」

 

「それな!執念の力を見せてもらったぜマーチ……って、おん!?倒れそうになったぞ!?」

 

「ケ!?今っ、ファルコン先輩が支えて……って、サンデーチーフまで来ましたか!?他のトレーナーもウマ娘もぞろぞろ……oh!?猫トレが横たわったマーチ先輩の靴を脱がしてマース!?」

 

「なんだ、故障か!?猫トレがあそこまで血相変えてくることは早々ねぇぞ!?」

 

『凄まじい勝負でしたね…』

『革命世代レースでファンの脳焼きがち』

『脳汁ドロドロになるわこんなん』

『いや今年一発目のGⅠから熱いバトルがよぉ…最高かよ』

『ウララちゃんドンマイやったな……』

『タイムで言えば上々よ、ただ上位2人がヤバすぎた』

『この3人がドバイに行くということに安心しかない』

『ん!?』

『あ?』

『!?』

『!?』

『嘘だろ』

『えっちょっと』

『SSと猫トレが慌てて駆け寄ってきたが…?』

『キタハラもカサマツメンバーも来た?え?何?』

『祝福……ってムードではないね』

『え?もしかして故障?』

『マーチの脚…?』

 

「……もしかして、やっちまったか?最終直線、あんだけの走りを見せたからな…マーチは現役もなげーウマ娘だ、下手すっと……」

 

「……!!今、猫トレが首を横に振りましタ!それでみんな表情を変えて……ああ……」

 

「マジかよ……マジかよ!?この後ドバイだってのによぉ!!イッちまったのか……サンデートレーナーが膝枕した状態から立ち上がれそうにもねぇな……あー……それほどまでに振り絞った、ってことなんだろうなぁ。本人はすっきりした表情だけどよぉ…」

 

「重いケガでないといいのデスが………あ!!結果が出まシタ!!フジマサマーチ先輩が一着デス!!!」

 

「うおお…!!執念で、脚を犠牲につかんだ勝利……か!!素直には喜べねぇが、あのファルコンに勝ったんだよ!偉業だぜ!!!おらコメ欄の野郎どもぉ!!まずは全力で祝福だ!!!」

 

『うおおおおおお!!!』

『マーチ一着!!マーチ一着!!!』

『すげええええええええええ!!!!』

『うわあああああファルコーン!!でもマーチすごかった!!』

『マーチおめでとおおおおおおおおおおお!!!!』

『ファルコンに勝つために全てを捧げたんやな…』

『最初から最後まで勝ちに一切の妥協をしなかった』

『その結果がケガってのはお辛い…』

『治れ治れ…早く治れ…』

『ドバイに間に合う怪我だといいんだけど…』

『怪我するほど走るなんて……ってのは部外者の意見だな』

『この勝利を穢したら渾身の一滴まで注いだマーチに失礼になっちまう』

『砂の隼を堕とした砂の麗人を讃えんべ』

『すごかったぞマーチ!!』

『ケガ軽いことを祈るぞ!!』

 

「よし!!そうだ!!脚がぶっ壊れるほど…ってか、たぶんだけど、壊れてもなお全力で走ったマーチのその勝利に賭ける想いを褒めてやろーぜ!!」

 

「ゴール直後に故障することなんてないデスからね、恐らくは最終直線で……でも、マーチ先輩は脚を止めなかった。ドバイよりも、マーチ先輩にとってはライバルであるファルコン先輩に勝ちたかった……ってことデスね」

 

「…ちっと辛い話になるけどよ。実際、めちゃくちゃ大きな怪我だったらそもそも走り続けることができねぇ。アタシはスピカにいたからそれがよくわかる……だからこそ、怪我が軽いことを祈るぜ。真摯にな」

 

『ゴルシの発言が重すぎる』

『沈黙の日曜日…』

『複雑骨折とか関節がやられてたらそもそも転倒するからな』

『走り終えてしばらくは倒れてなかったしマジで骨折ではないと信じたい』

『でもそれならトレーナー達があんな血相変えて走ってくるか…?』

『不吉なことを言うのはやめやめろ!』

『ウマ娘達のレースで大きな怪我だけは勘弁なんよ』

『何が原因で起きたかわからない怪我とかもあるしな…』

『無事でいてくれ……』

 

「……ん、処置は終わったみてーだな。流石猫トレだぜ、添え木あててのテーピングって難しいんだけどありゃ完璧だぜ」

 

「でも、添え木を当てるってことは……折れてます、かねぇ。うーん、言葉が出ないデス……」

 

「…あ、マーチが泣いて………う、ぁ。ちょっとクるな……!なんつーか、痛いとか悲しいじゃなくて……こう、よぉ!!喜怒哀楽全部が混ざってるみてーな……!!くっ、こち、こちとら生放送中なんだぞぉ……!!ティッシュ……ティッシュどこだ……ぐすっ……!!」

 

「マーチ先輩が子供みたいに、号泣デス……ぐす、でも、どこか幸せそうデス……!!やり切った、って感じなのでしょうか……!!ゴルシ、ワタシにもティッシュデース!!マスクが、マスクが濡れる……!!」

 

『うああ……折れてるのか…?』

『猫トレが誤診するはずもないという悲しい信頼』

『マーチよぉ…!』

『ああー……うあー』

『ああああああ』

『駄目だ泣く』

『ケガは悲しいし勝利は嬉しいしマ@チの泣き顔で泣くwこんんな』

『涙が止まらん…』

『途中からタイピングミスっとるが気持ちわかる』

『麗人の涙……』

『変な意味じゃなく綺麗…』

『マーチよぉ……ドバイで走るお前を見たかった…』

『でもその代わりファルコンに勝ってくれたんやぞ……』

『引退とかにならねぇでくれ……』

 

「ほれエル、ティッシュ…………ずびー!!!ずびびー!!!」

 

「サンキューデース………ずびびー!!!」

 

「……ふぅ!」

 

「……ヨシ!」

 

『芝』

『芝』

『全力で鼻を嚙むんじゃない!!』

『乙女どもがよぉ…!』

『鼻噛みヨシ!』

『ウマ娘の姿か?これが…』

『雰囲気ぶち壊しだよ』

『いや確かに泣くと鼻水出るが』

『生放送に映ってるんですよ!!』

『ベルモントステークスの時の会長はハンカチで涙を拭うだけだったのに』

『ある意味リセットしたな…』

 

「ふー……うん、とりあえずはフェブラリーステークス、フジマサマーチの一着だ!ファルコンはハナ差で2着、3着は4バ身差のハルウララだが、ここまでレコードだな」

 

「マーチ先輩はアイネス先輩とキタちゃんの持ってきた担架に運ばれて行きましたね。ドバイは厳しいかもしれませんが……デスが、今は無事を祈りましょう!レースはとても熱い戦いでした!」

 

「だな!ケガの具合とか、それぞれのコメントとかは後でウマッターとかで確認しようぜ!一着がケガしてるから今回はどうやら勝利者インタビューはねーようだな」

 

「の、ようデスねー。ウイニングライブは恐らくセンター不在で行われることになりますか…」

 

「3人そろってりゃドバイに向けて最高の遠征前ライブになっただろーけどな。しゃーねぇ!!マーチの無事を心よりご祈念申し上げるぜ!!……さて、そんじゃぱかちゅーぶも終わりにすっか」

 

「インタビューがないですしね。まずはマーチ先輩のお体が心配デス!」

 

『インタビューないのは寂しいな』

『脚を折っても勝ちたかったその想いを聞きたい所はあった』

『まぁケガだからな』

『ホントお大事に』

『ドバイどうなるかな…』

『今日の負けをファルコンもウララも糧にして頑張ってくれると信じて…!』

 

「お、そうだ。一応告知あるんだったわ。えー、今世間で話題になってるドバイだけどよー!無論の事ッ!!ぱかちゅーぶGⅠ生放送開催するぜェーーー!!!ドバイは深夜に跨ぐレースだから普段と時間かわっからよろしくな!!詳細決まったらウマッターで告知するぜー!!豪華ゲストも複数名参加予定!!」

 

「OH!楽しみデース!!…ん、ってことはゴルシはスピカの併走ウマ娘としてはドバイには行かないんデス?」

 

「おーよ、ドバイって言語がだいたい英語圏だからよー、沖野トレーナーもヴィイも英語は苦労しねぇし。あ、でもスズカが行く予定になってるぜー。逃げウマ娘が革命世代多いからな!!」

 

『おおドバイ実況してくれるか!!』

『楽しみ楽しみ』

『ドバイって夜にやるんだ』

『◆知らなかったのか───────?』

『最後のドバイワールドカップは日本時間の深夜1:30出走予定だぞ』

『日を跨ぐやん…』

『見ないって選択肢はないけどな』

『全部のレースぶち抜いて行ってくれ…』

 

「よし!〆るぜ!!今日も見てくれてありがとな!!今日のぱか生はー!?ゴルシちゃんとー!!」

 

「エルコンドルパサーでお送りしまシター!!」

 

「みんな、まったなー!!」

 

「またお会いしまショウ!!」

 

『おつー』

『おつおつよ』

『お疲れー』

『02』

『乙!』

『しかしマーチの脚心配だな』

『添え木あったから骨折なんかなやっぱり』

『ドバイは厳しいか…』

『いやでもその代償がこの勝利ならしゃーない』

『残念ではあるが今日のレース称えよう』

『ケガしてからなんかファルコンとウララと話してたように見えたね』

『ドバイの事とか話してたんかな…』

『ファルコンはダートで初敗北か……』

『ダートで無敗で駆け抜けるかと思ってた』

『レースに絶対はないんやな』

『あのセクレタリアトだって負けてるんだ』

『会長だって3度の敗北があるしな』

『この敗北を糧にしてドバイ頑張ってほしいな』

『ドバイは一番の得意距離の中距離やし行けると信じている』

『ウララも頑張ってほしいなゴドルフィンマイル』

『マーチが出る予定だったゴールデンシャヒーンは誰も出なくなったか…』

『ドバイはこれで革命世代だけの挑戦になっちまったな』

『まとめ役…まとめ役がいない!』

『フラッシュとアイネスが何とかしてくれるやろ年長だし…』

『ライアンも真面目だしなんとかなる』

『ファルコン()』

『いうて革命世代はまだ黄金世代とかに比べれば大人しいウマ娘たちやで』

『ササヤキ(           )』

『声が大きい!』

『普段仲いいしチームワークとかは問題なさそう』

『3月からドバイに行くんだっけ?』

『URAに日程書いてあったで』

『いいレースにしてほしいな』

『革命世代だぞ?全勝だよ』

『いや全勝はきちいやろ』

『日本人だからなんだけど正直どのウマ娘も負けるシーンが思い浮かばん』

『世界は広いと思い知らされる可能性が微レ存』

『世界は広いと思い知らせるんだよォ!!』

『俺たちは革命世代を信じている!』

『世界を革命するレースを…!』









以下、閑話。

────────────────
────────────────



【ウマ娘向け】体幹トレーニング見本動画【TS論文】







「………はい。それではこれから、体幹トレーニングに関する論文についての実演映像を流していきます。解説兼補佐役の立華勝人です」

「実演役のサンデーサイレンス、デス。今日はよろしくお願いしマス」

『きちゃ!』
『ヨガウェアのSS助かる』
『至極真面目な動画助かる』
『本当に参考になります』

「この映像は日本語版と英語吹き替え版で分かれてうまちゅーぶに投稿してますので、英語圏の方はそちらもご覧くださいね。また、ウマ娘の指導現場などでの映像利用は歓迎です。利用ルールなどは概要欄に記載してますので、そちらもご確認ください」

「英語吹き替え版は、アタシらで後から声入れてます。ご確認くだサイ」

『敬語のSS推せる~!』
『教育現場で利用させていただきます。中央目指して頑張ります!@地方トレセン教師』
『英語にも配慮助かる』
『英語の方の再生数えげつないゾ@20XX/02/XX』

「そして、重ねての注意になりますが、本動画で実施している、論文に記載のある体幹トレーニングですが、これはウマ娘向けのトレーニングになってますので、人間の方がやられると体を傷める場合があります。また、当然ですが、鍛えられていない体で全部無理にこなそうとすると怪我の可能性があります。責任は負いかねるので、無理のないペースで実施してください。論文の中に、おおよその成長時期と運動量の目安の記載もありますので、必ず読んでから実施してくださいね」

「アタシがやれるからって全員が同じペースでやれるもんじゃねぇ…ごほん、やれるものでは、ないので。気を付けてくだサイ」

「ニャー」

『オニャンコポンの急なカットインで芝』
『SSの日本語ワイルドでいいよね…』
『サンデーお姉さまの日本語好き…@中央ウマ娘』
『やっぱ生徒からも慕われてんのな』
『まぁレジェンドウマ娘やし』

「ちなみに今日実演いただくSS……サンデーサイレンスは、この体幹トレーニングを極め、仕上げ切ってます。私の個人的評価ですが、間違いなく世界でも至高の筋肉を持つウマ娘です。だからこそ、今日これからやるトレーニングも、正しい姿勢でバッチリと完璧に実演いただくことになります」

「──────ごほん」

『SSの尻尾がめっちゃ揺れてる』
『惚気か?』
『クソボケがよぉ…!』
『クソボケを決めないと生きていけないのかこの男は』
『褒められてテレてるSSからしか接種できない栄養素が存在する』

「ヨガトレーニングなどは、姿勢がしっかりしていないと適切に筋肉に負担をかけられず、トレーニング効果が下がる原因にもなります。正しい姿勢を意識しながらやるようにしてくださいね」

「……アタシと同じ姿勢を取れないって言うウマ娘は柔軟性が不足して、いるので。まずは毎日の柔軟から始めまショー。柔軟も、しっかりと、真剣に取り組めば、体幹が鍛えられマス、ので」

『柔軟は実際大事』
『早く走れるウマ娘みんな柔軟得意だもんな』
『テイオーとかやばいもんね』
『脚を動かすわけだからそりゃね』

「では、早速やっていきましょう。このトレーニングは必ず二人以上で行い、ヨガのポーズにゆっくりと補佐役が負荷をかける形で筋肉を鍛えていきましょうね。それじゃSS、始めてくれる?」

「おォよ……じゃなかった、ハイ。では、まずは論文に記載の通り、プランクから────」



~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


「……はい。これがねじった横に伸ばすポーズ。正式名称は『パリヴルッタパールシュヴァコーナーサナ』です」

「…………」

『正式名称なんて?』
『名前長いな!?』
『SSのポーズがふつくしい…』
『無理がかなりある姿勢に見えるが!?』
『ウマ娘なら何とかなる』
『まって微動だにしてないSSすごすぎんか?』

「鼠径部の筋肉のストレッチに加え、内転筋・ハムストリング・足首の強化にもなります。柔軟性も求められるので、まずはこのポーズを正しく取れるようになりましょう」

「…どうしても後ろに伸ばす脚がピンと伸ばせない子は、最初の内は膝を床につけてバランスを取りながらでもOK。徐々に脚を伸ばして、体幹でバランスを取れるように」

『いやお前の体幹はおかしい』
『その体勢で涼しい顔なのどうなってんの?』
『画面の前で実践してみたけどどうやったらこれ足を延ばせるの…』
『すごくすごい』
『マジですごい』

「さて、それじゃ補佐役の負荷のかけ方ですが……この体勢では内転筋から重点的に力を籠めます。ので、ウマ娘のこの辺りに手をかけて、体勢が崩れた時に補助できるようにここに、こう体を置いて……ゆっくり、こう、倒していきます………っ」

「……この時、ウマ娘側は、臍の横あたりに力を籠めるイメージで、徐々に加わる力に抵抗するように。ただ、鍛錬が足りないと筋肉が攣るので、無理はしない様に。少なくともこのポーズで1分は耐えられるようになってから、補助は実施しろ…ください」

『えっそんな近づくの』
『トレーナーとウマ娘ならこれくらいはまぁ@ウマ娘』
『ちょっとドキドキしちゃう…』
『画面の向こうはめっちゃ真面目な表情だから微妙に茶化せない』
『そういう動画じゃないからねこれ』
『ってかSSがマジで猫トレ力入れてるのに全く微動だにしないのマジか…』
『つんってつつかれたら倒れちゃいそう』
『SSマジでどんな筋肉してんだ……』
『これがエクリプス賞W受賞ウマ娘の力なんだ』

「……はい。補助役の人も、適切な時間の圧にしましょうね。かなり負担がかかるトレーニングなので、何事も無理は禁物。大切なのは正しい姿勢でやる事と、無理はしない事です」

「……ふぅ」

「それじゃ、次の姿勢に入ろうか。次は上向き弓のポーズです。車輪のポーズ、ともいうかな。正式名称は『ウルドゥヴァダヌラーサナ』と言います」

「…………」

エッッッ
うおっ……デカパイ感謝かな
す、すげぇ……揺れてる……
この姿勢で修道女は無理でしょ
なんたるパイ乙の暴力
『なんかすげぇNGコメント流れてるんだけど』
『しっ見ちゃいけません』
『ってか角度ヤバくね?ええ…?それで堪えられんの?』
『どうしてSSがその姿勢で微動だにしないの…?』
『画面の前でやってみたがこれ無理ゾ!?』

「背筋、大腰筋、臀筋、内転筋が鍛えられるポーズですね。余裕があれば手と足の距離を縮めてみましょう。ただし、腰に負担がかかるポーズなので、無理はしないでね。腰をやったら大変だから」

「……あー……このポーズ、少しずつ手と足の距離を縮めるようなイメージで、いいデス。アタシがやってる今の距離を最終目標、として。徐々に近づけられるようにしまショウ。無理にやると腰いわすぜ」

「うん。さて、補助ですが……手と足の距離を縮めるために、腰を持ち上げてあげるイメージですね。なので、手足の力が無理なく入れるように、腰を抱えてあげて、こう……で、少しずつ力を抜いて、本人の力で支えられるようにして……慣れてきたら逆に負荷をかけるようにして……」

『社交ダンスみたいな抱え方』
『角度エグっ』
『腰折れそう』
『SSがほっそいからホントに折れそうで怖い』
『どこまで曲がるんだSSの体』
『体幹を極めるとこうなるのか……』

「……はい。こんなところかな。それじゃ、次の姿勢に行きます。次は───────────」


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

139 先輩から、後輩へ






 

 

 フェブラリーステークスを終えて、その翌日の午後。

 俺は、今日の通勤に使用した愛車にファルコンを乗せて、病院へ向けて街中を走らせていた。

 

「トレーナーさん、お見舞いのフラワーバスケットも買っていくんだよね?」

 

「ああ。入院のお見舞いはフラワーバスケットだとよく治るってジンクスもあるしな。いい店知ってるから、そこに寄ってから行くよ。果物も買わないとな」

 

 助手席に座るファルコンが、どこかそわそわした様子で声をかけてくる。

 俺はそれに返事をしながら、今日のお見舞いと、昨日のレースについて少し思いを馳せた。

 

 今日お見舞いに行くのは、当然、昨日のレースで右脚を骨折してしまったフジマサマーチの所だ。

 昨日のフェブラリーステークス。そこで彼女は、今俺の隣に座るスマートファルコンに勝つために……己の意志で、限界を超えて脚を回した。

 結果、彼女の骨は悲鳴を上げて骨折し、レースを終えた後にすぐに救急車で搬送され、入院することになったのだ。

 レースを共に走った者として…また、大変親しい先輩後輩の仲としても、無論俺もトレーナーとして、お見舞いの気持ちを伝える必要がある。そのため午後の練習が始まってファルコンの脚をマッサージした後に、他の子の練習をSSに任せ、こうして車を走らせている次第である。

 なお、無論の事だが今回は流石に行き先が病院であるので、オニャンコポンは留守番だ。SSの肩に預けてきた。夜に家に連れて来てくれる予定だ。

 

 フェブラリーステークスの、その決着。フジマサマーチが限界を超えてファルコンに勝利した劇的なレース。

 昨日のレースの結果は、呑み込んでいる。

 フジマサマーチはドバイに挑むにあたり意識の集中が十全ではなかったファルコンの、その油断をつき、弱点を分析し、鬼を宿してきた。

 俺がファルコンに指導し、対策を組んだところを……上回っていた。

 完敗だ。俺がもっと、ドバイに向けた気持ちではなく、その前のレースに懸ける熱をファルコンに持たせてやれなかったのが最大の敗因。甘えたのだ。

 走りが絶対の領域に近づくファルコンのその強さに、勝てるだろう、と見積もりを甘くしてしまった。

 この甘え方は最もよくないタイプのそれだ。これが続いてしまえば、ウマ娘とトレーナーの関係が傷をなめあうようなものになってしまう。

 俺のそんな甘えすらも、北原先輩とフジマサマーチが咎めてくれたのだ。 

 

 ファルコンも、スタートや中盤……その道程で、己の弱点を理解し、それをつかれた時に果たしてどうなるかを経験できただろう。

 彼女自身も、昨日の敗北について己の油断が招いたことで、そしてフジマサマーチが其れほどの想いでぶつかってきてくれたことに感謝していた。

 この敗北は、ファルコンの走りをより絶対に近づけてくれるだろう。

 ファルコンにとっては、愛する先輩からのドバイに挑むにあたっての最強の応援、と言ったところか。本人もそんなこと言ってたしな。

 

 さて、しかし……俺は、昨日のレースを貶める意味ではないが、一つだけ不安を感じていた。

 それは、フジマサマーチが世間一般の目から、どう見られてしまうか、という僅かな懸念。

 砂の上の絶対、これまで無敗を貫いてきた世界レコード保持者のウマ娘であるファルコンに、脚を砕いてでも勝利を掴んだことで……さらに、その怪我が原因でドバイへの出走も叶わなくなってしまった彼女に、悲観的な風評が流れてしまわないかと言う懸念。

 これまでの世界線で、稀に見てきたものだ。ライスシャワーの菊花賞、天皇賞春がいい例であろう。そのような悪意に晒されてしまうようなことがないように、万が一の場合は気を配るつもりであった。

 

 だが、結論から言うと、俺の懸念は全くの杞憂であった。

 

 昨日のレース後、フジマサマーチが救急車で運ばれ、センター不在で開かれたウイニングライブ。

 そこで、2位であったファルコンと、3位であったウララ……共にフジマサマーチから想いを託された二人が、マイクパフォーマンスと歌で、聴衆に、世間に想いを伝えたのだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『────悔しいっっ!!!すっごく悔しくて、でも!!今日のレースで、私はマーチ先輩に教えてもらいました!レースに絶対はないことを!私の気の緩みを……!そして、ウマ娘の想いの強さが、力になることを!!言葉ではなく、走りで!私に教えてくれた!!私がより速く走れるようにって、油断するなって、先輩が教えてくれたんです!!私は素晴らしい先輩を持てて、幸運だって思ってる!!だから私は、今日先輩から教えられたものを力に変えて────ドバイに、挑みます!!皆さん、応援よろしくお願いします!!────────はい、ウララちゃん!』

 

 

『ん!!!!────私もくやしいーーーーーーー!!……はぁ!ウララね、今日のレース、駄目だった!!応援してくれたみんな、ごめんなさい!私ね、最後の直線、二人に追いつけないかも、って思っちゃったの……気持ちで負けてた。心が、ううん、うまく言えないけど、負けちゃってたの!!でも、マーチ先輩は諦めなかったよ!!すごかった!!それで、ファルコンちゃんに勝った…!!……ウララもあんなふうに、走りたい!!レースが終わったらウララはいつも泣いちゃうけど、でも、負けちゃうよりも、諦めちゃうよりも……勝って、喜んで泣きたい!!だからね、今日、マーチ先輩に、ウララが託されたお願いがあって、それをがんばる!!絶対、やってみせる!!……私は、マーチ先輩の代わりにドバイゴールデン()()()()()に挑んで!!世界で一番になってきますっ!!!だから応援、よろしくねーーーー!!!』

 

()()()()()だね☆!?うん、でも私達、マーチ先輩の想いも背負って、全力で走ってきます!!!その想いを、歌に籠めて────────聞いてください!!UNLIMITED IMPACT!!!』

 

 

 

 ────視界全部奪うような 打ちつけるスコールの中でも

 ────きっとさらわれ流れるのは 言い訳と迷いだけよ

 

 ────逆境なくらいで絶望だとか

 ────マイナス先入観は似合わない

 ────劣勢ならあとは攻めるだけ

 ────この夢は揺るがないでしょう

 ────ココロのかぎり

 

 ────今を全霊で生きたいよ!!未完成な私で!!

 ────胸を張っていこう これが選びたい進化論!!

 ────何があったってスタートをしたなら行くっきゃない!!

 ────つらぬくよいつだって

 

 ────ずっと最大級を超えてく刺激をあげる!!

 ────その胸のなにか火をつけてくようなドラマ!!

 ────傷が塞がってしまうのを待たずに挑むから!!

 ────キミが目撃してよ?

 

 ────どうか全力で!射抜いてよ!瞳で私を!!

 ────焼き付けていこう それは約束の進化系!!

 ────傷を痛がって投げ出す程度の思いじゃない!!

 ────キミは目撃者だよ

 

 ────YES……UNLIMITED IMPACT!!

 

 ────見せてあげる EVOLUTION……!

 

 ────GO AHEAD…未来 DAYS!!!

 

 

 そのライブで、人々は彼女たちの想いを聞いた。

 フジマサマーチが走りで伝えた、先輩からのエールを二人が受け取ったことを悟った。

 

 そして、その日のうちにチームカサマツのウマッターで、フジマサマーチが投稿した内容がさらに世論の方向を決定づけた。

 怪我が骨折であったこと、ドバイへの出走は見送りになったこと。

 しかし後悔はない事、己の全てを今日の走りにかけて、愛する後輩達に、想いを託せたこと。彼女達の勝利を信じて、心から応援していることを。

 

 それは美談となり、おおむね世間一般の解釈は、マーチの激走の賞賛と、想いを受け継ぐウマ娘達の尊さに胸を打たれた…と言う形で落ち着いた。

 3人それぞれに応援のメッセージがSNSで大量に投稿されていたので、まったくもって俺の心配は杞憂だった。

 ウマ娘達が全力で走り、想いを伝え、継承していく姿は美しく……俺が、ウマ娘達が奏でるレースの中に含まれる要素で最も好きなものだ。

 彼女たちのレースは尊い。だからこそ俺は、それに長年取り組んだって欠片も飽きることがないのだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……よし、ついた。ファルコン、後部座席からお見舞いの籠と果物、持ってくよ」

 

「はーい☆……怪我、大丈夫かなぁ…マーチ先輩」

 

 道中で見舞いのフラワーバスケットと果物を購入し、俺たちはフジマサマーチが入院している総合病院に到着した。

 受付で面会の手続きを取り、籠を持って廊下を歩いていく。

 ウマ娘の治療を専門としている病院であり、トレセン学園とも提携しているところだ。中央トレセンで怪我をしたウマ娘は大体この病院に運ばれる。

 説明するまでもないがこれまでの世界線で何度も来たところだ。出来る限り用事がないのが望ましいが、見舞いであったり、ケガでなくとも体調不良などがあったときにはお世話になっている。

 部屋番号を聞けば入院している部屋はすぐにわかる。迷うことなくフジマサマーチの入院している個室へたどり着き、俺は部屋をノックした。

 

「…はい」

 

「チームフェリスの立華です。フジマサマーチさんのお見舞いに来ました。スマートファルコンも一緒です」

 

「…ああ、立華トレーナーとファルコンか。大丈夫だよ、どうぞ」

 

 ノックの音にフジマサマーチから返事が来て、入室の了解を取って俺は病室の扉を開ける。

 そして、ベッドで身を起こしているフジマサマーチを見て────────固まった。

 

 

 ─────嘘だ。

 

 

 まさか。

 そんな。

 あり得ていいのか、こんなことが。

 昨日までは、そんな様子は一切無かったのに。

 

 内心の動揺が止まらない。

 見舞いの品を落とさなかったことを褒めてやりたい。

 心臓がドクン、と大きく一つ跳ねる。

 いけない。これは、よくないものだ。

 だが、俺は彼女の予想外の佇まいに驚愕しかなかった。

 そんなバカな、としか思えない。

 

 

 ────────フジマサマーチの長髪がバッサリ短くなっているんだが!?!??!?*1

 

 

 えっ嘘。マジ?そんなことある?

 フジマサマーチは長髪、綺麗な葦毛…薄浅葱色のつややかな絹のような髪を持つウマ娘だ。オグリキャップに似ているが髪質が違う。髪質はオグリキャップが若干水気の少ない髪をしているのに比べてフジマサマーチはまるで濡れているかのような艶を持つ髪をしており、晴れた日などは眼に眩しいくらいだ。俺はそんな彼女の髪型を勿論、トレーナーとしての目線で綺麗だな、とか髪型変えたら威力高そうだな、とか思っていたのだが、しかし今日、病衣に着替えて右脚にギプスをはめて吊り上げ、ベッドから上半身を起こしている様子のフジマサマーチの髪が何と肩口で綺麗に切り揃えられてまるで市松人形のような整った美しさに変貌していた。何という事だ。長髪が失われた悲しみよりもその髪型の変化による美への感動が勝る。何たる完成度。昨日の勝利と故障で彼女の中で何か一つ区切りがついたのだろうか。見ればその表情も、鬼を宿していた昨日と比べて、いやそれ以前のマーチとも比べて、どこか険が取れたかのような穏やかな顔だ。美しい。これ以上の美しさは存在しないでしょう。気持ちが軽くなったのだろうと一目で察せるような、その髪型の軽さ。今の彼女は光り輝いて見える。まるで迷いの果てにあったウララと、油断をしていたファルコンを共に掬うという慈愛を成した女神のようだ。見てくれよ今ドアを開けたことで風が入ってふわりと揺れた彼女の髪を。どうやるんだっけ国宝登録って。重要文化財に指定しなければならない。北原先輩はどこだ?急いで打合せし日本が、いやカサマツが誇るその彼女の髪型を世間に知らしめるために神殿を建てなければ────────

 

 

「ッしゃい☆」

 

「ぐっへェ!?」

 

 無限に引き延ばされた意識で、一瞬のうちにフジマサマーチのヘアスタイルの変化に思いを馳せていたら、横に立ってたファルコンから肘鉄が見舞われ、俺は正気を取り戻した。

 その代わりにアバラが何本かイッた気がするが気のせいだろう。ここは病院だしな。保健室と同じだ。たとえ怪我してても今日こうして通院したことで来週には治る。*2

 

「…どうした急に」

 

「ううん、何でもないよマーチ先輩☆…髪、切ったんですね?すっごく似合ってる!!」

 

「……ごほっ。…うん、似合ってる。……昨日はそうか、泥で汚れちまったもんな。すまん、気が配れなかった」

 

「ああ、ありがとう。立華トレーナーも気にしないでくれ。洗えばよかっただけの話なんだがな。入院生活で長い髪は不便もあるし……気持ちの切り替えでバッサリとやった。これで髪を切るのは二度目だ」

 

「もごもご………む!またお見舞いか!有難う立華トレーナー!ファルコン!」

 

 改めて冷静さを取り戻した俺とファルコンが髪を褒め、はにかむ様に笑うフジマサマーチ。やはり、だいぶ雰囲気が柔らかくなっている様だ。

 出せるものを出し切り、託せるものを託しきった……と言った様子だろうか。

 ベッドの向こうで、これまでに渡されていたのだろうお見舞いの果物を黙々と食べていたオグリキャップ(かんたん作画)が顔を上げ、新たな獲物として俺たちの手にある果物を見つけたようだ。

 見れば、オグリが空にした籠がいくつもある中に、奥のテーブルに他の見舞客からも渡されたであろうフラワーバスケットが……多く、とても大量に置いてあった。

 

「ん、ああ…これか?どうにも、今朝から見舞客が止まらなくてな。これまでダートで共に走っていたみんな…引退してしまった先輩や、今も走っている後輩たちから、次々と送られてしまってな。さっきはウララも来てくれた。全く、オグリが太り気味になってしまう」

 

「安心しろマーチ。果物ならどんなに食べても太らない…!」

 

「そうかなぁ!?でも、ホントにすごい量ですね……流石、長く走ってきたマーチ先輩だからですね!」

 

「……慕われてるんだな」

 

「どうやらそうだったらしい。怪我をして初めてそれに気づくのだから、まったく自分のことながら度し難いよ」

 

 ふ、と苦笑を零してフジマサマーチが並んでいる果物かごを見た。

 彼女の右脚にはめられているギプスを見れば、どうやら手術は実施されていないようだ。シンプルなギプスで骨折部が固定されており、そこにはみんなからの励ましの、お見舞いの言葉が既にいくつも書き込まれている。

 俺たちがこうして見舞いに来たのが、ファルコンのマッサージをしていたことで時間がかかり、およそ午後3時ごろだ。となれば、午前の授業を終えてすぐに見舞いに駆け付けたウマ娘が多かったのだろう。

 

「……どうだい、脚の方は」

 

「…よく、なりそうですか?昨日はトレーナーさんが大丈夫って言ってたけど……」

 

「ふふ、それがな、聞いてくれ。医師がCTなど撮影した限りでは確かにポッキリ骨折はしていたのだが、()()()()()()()()()()()()()らしい。まるで熟練の接骨師が接いだようなそれだったとか……おかげで治りもかなり早くなって、後遺症も残らないだろう、と言う事だ。……運が良かった、で済ませていい物かな?」

 

 なぜかフジマサマーチが俺の方をまっすぐ向いて、そんなことを言ってきた。

 しかしそれに対しての俺の返事はシンプルだ。俺はウマ娘に嘘はつかないが、方便は使う。

 

「おお、そりゃよかった!何よりだよ、怪我は小さいに越したことはない!うんうん、北原先輩のトレーニングの賜物だな!」

 

「………」

 

「…………ふっ、ははっ。そうだな、私は運がいい。そう言うことにしておこう」

 

 何故かファルコンからもジト目で見られ始めたが君からそんな目で見られると疑われるからやめてくれ。俺の秘密を知ってるからこそそんな目にもなったのだろうが。

 確かに俺は、レースのゴール直後……彼女の脚、その折れた骨を手技で接いだ。1000年の時を生きる俺にとって整骨、接骨技術も無論の事完璧に習得しており、また今回の骨折が昨日話した通り軽微なものであったことから骨をその場で接ぎ直したが、これが明るみに出るとよくない。技術はあるけど資格持ってないし。

 ただ、マーチから詳しく問いかける言葉が来なかったので助かった。何度も言うが、彼女の脚が強靭で骨折が小さかったからこそ俺も手技を使うことが出来たのだ。

 

「でも、治りが早いのなら本当によかったです!先輩、待ってますからね!!今度は、私が!ドバイで勝って、また砂の上で!」

 

「ああ。……去年の一月だったか、砂の上で待つ、と言っていた私と、立場が逆になってしまったな。しばらくリハビリと、実戦の勘も取り戻した上で、となるからすぐにとは行かないだろうが……ああ、必ずまた、お前ともう一度走ろう。ドバイで勝ったお前にも勝てれば、ふむ、労せずしてダート世界最強の称号が私のものにできるしな」

 

「あー!そんなこと言ってー!先輩、次は絶対に負けないからね!油断もしません!2000mで勝負です☆!」

 

「こら。距離を増やすな距離を」

 

 ファルコンとマーチが、うん、昨日の決着によるわだかまりなどなく、以前のように気安い距離感で話せているのを見て、やはり昨日のレースは彼女にとって必要なものだったと俺は確信する。

 ドバイに挑むことになり、その熱が高まり過ぎていい方向に向かっていなかったファルコンの、その方向をマーチがまさしく接ぎ直してくれたのだ。その返礼ではないが、彼女の脚の骨を接いで少しでも恩返しが出来ればと思う。

 

「ファルコン。……勝てよ。お前は油断しなければ誰にも負けん。中距離以上なら、なおの事負けん。私がそう信じている。……お前が世界で羽ばたく姿を、日本から応援しているよ」

 

「はい!!先輩に恥ずかしくない、私の走りを…世界中に、見せてくるね!見守っててください!!」

 

 そうしてフジマサマーチが伸ばした手を、ファルコンがギュッと握り……二人の想いが、腕を通して伝わったように感じられた。

 いい気迫だ。ファルコンの、迸り過ぎていたそれに一本の筋が通ったような。

 俺も、彼女たちの約束を壊さぬように、これまで以上に尽力しよう。

 

「……ん?声がしてると思ったら、立華クンも来てくれたのか!悪いな、昨日はマジで世話になった!!」

 

「あ、北原先輩…お邪魔しています。勿論、ファルコンにとって大切な先輩ですからね、見舞いに来ないはずがないでしょう。昨日の事は気にしないでください、むしろ俺の方が世話になりました。皮肉でも何でもなく……ファルコンが自分の走りを真剣に顧みることが出来た。昨日の敗北で、ファルコンは強くなれました」

 

「うん!北原トレーナーにも、有難うございました☆!ドバイでの走り、見ててくださいね!そして…マーチ先輩をしっかりリハビリして、リベンジもさせてくださいね!!」

 

「よせやい、こっちがどんだけ世話になってると……っと、おお、スマートファルコンにそう言われちゃ断れねぇわな。任せろ、きっちりダートにコイツを戻してやるからよ!なぁ、マーチ?」

 

「愚問だな。私は約束は破らぬ性質(たち)だ」

 

「…………ぷは。うむ、マーチは約束を違えないぞ。あーん……もぐもぐ……」

 

「……オグリはそろそろ食べるのを止めたらどうだ?」

 

 そうして病室に戻ってきた北原先輩にも、俺たちは挨拶と共に、昨日お世話になった礼を伝えて。

 次の見舞客が来るまで、そうしてしばらく他愛のない会話を、かけがえない時間を過ごしたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「マーチ先輩、元気そうだったね!ホントによかったぁ……」

 

「ああ。本人も随分すっきりした様子だったな。よかったよ、怪我が小さいのが一番だ」

 

「……すっきりした様子って、髪型のコト☆?」

 

「それもあるけどそんな目で見ないで」

 

 俺たちは面会を終えて、マーチの様子に喜色を零しながらも、総合病院の受付ロビーで面会カードを返す。

 後は帰るだけだ。病院だし、長居することもないと、1Fのロビーを歩いて出口に向かおうとしたところで、しかし。

 そこでまた、見慣れたウマ娘とトレーナーに出会うことになった。

 

「ん。……ウララと、初咲さん?」

 

「あれ、ホントだ☆おーい、ウララちゃーん!」

 

「ふぇー…?あ、ファルコンちゃーん!こんにちはー!うわーん!」

 

「立華さんか。お疲れ様です……ファルコンも、昨日はどうもな」

 

 会計窓口で何か精算をしていた二人、見知った顔であるウララと初咲さんのコンビとふと出会った。

 ファルコンとウララがわー、と近づいて挨拶をしながら、俺達もトレーナー同士として落ち着いた挨拶を交わして。

 さて、しかし、会計を済ませていたとなると……ウララの体に何かあったのか?

 面会ならば治療費などは掛からないので、会計は不要のはず。俺は気になり、ウララの姿をちらりと見て、一目で理解した。

 ファルコンの胸元に飛び込んだハルウララの、その腕……制服の下に、注射後につける止血バンドが巻かれているのが膨らみで察せた。

 

「…ああ、なるほど。ウララの血液検査と検疫検査したんだね、初咲さん」

 

「そういうこと。勿論フジマサマーチの見舞いが主目的だけど、ウララが病院あまり来たがらないからな……せっかくなんでついでにやってもらってた」

 

「ひどいんだよファルコンちゃん!私ね、マーチ先輩のお見舞いに行くよって言われたはずなのに、いつの間にかおちゅーしゃされることになって!」

 

「あはは……ドバイに行く前に検査必須だもんね。私たちチームのみんなは一斉に先週受けて来たよ。注射、やだよねぇ☆」

 

「やだった!!」

 

「ゴメンて……ほら、お詫びにアイス食べていいからさ、ウララ。売店で好きなの一つ選んでいいぞ?」

 

「ホント!?」

 

「ん……ファルコン、ウララと一緒に君も何か一つ買ってきていいよ。帰りの車で食べよう。チームのみんなには秘密な」

 

「え、いいの?わかった!ふふ、それじゃいこっかウララちゃん!最近流行ってる、季節限定の雪見大福あるかなぁ?」

 

「うん!!ウララはね、最近あいすまんじゅう、ってアイスがお気に入りなんだー!すっごくおいしくてね……」

 

 話の流れで俺はファルコンにもアイスを奢ることになり、財布を渡して二人で売店に行ってもらった。

 初咲さんが恐縮して代金を出そうとするが、俺の方で断った。レースで勝った方が奢る。トレーナー間では当然の流れだ。大した金額でもないし。

 

 さて、しかし俺がファルコンにそうしてウララと売店に向かわせたのには理由がある。

 初咲さんと少しだけ、二人きりで話したかったからだ。

 今日、こうして出会った初咲さん。昨日ももちろん観客席で話し、マーチの騒動の際にも傍にいたそれ、なのだが。

 その佇まいに変化が起きていた。

 

 昨日までは……ウララにも見えていたように、どこか調子が良くない様子だった。

 トレーナーとしても、迷ってしまっているような様子。ウマ娘を心から信じ切れていないような、スランプの予兆。

 ウララも心配だし、初咲さんの事も心配だったのだ。

 

 しかし、今日こうして会ってみると、二人ともそんな悩みがすっかりと払拭されているように感じた。

 ウララは分かる。昨日、走り終えたフジマサマーチに想いを託され、熱を取り戻していたのを間近で見たからだ。

 ウララは強い子だ。先輩の、熱い想いを受け取り力に変えられる優しい子。彼女の性格の根本はこの世界線でも変わることはない。

 だからこそ、彼女についての心配はいらなかった。

 

 だが、初咲さんは人間だ。俺の同期にして、3年目に入ろうとするトレーナー。

 彼がもし、己の担当ウマ娘とうまくいかないような……悩みを抱えてしまっているようなら、力にならねば、と思っていた次第に、しかし、今日の彼の様子を見るに、すっかりとそんなスランプを超えているように感じた。

 去年の9月のころの彼の雰囲気に戻っている。ウララの事を心から信じ、そしてそのために己の全てを懸けてもいい、とでも言うかのような、トレーナーとして最も大切な熱が戻ってきていた。

 

「……何かあったかい、初咲さん?」

 

「その質問、随分範囲広くねぇ?……ま、でも、そうな。最近ちっと悩んでたところがあったんだよね。ウララの事とか、俺自身の事とか……ドバイに挑むっつっても、どうすりゃいいか、正直判らなかったところがあった……」

 

 俺は、その理由を彼から聞くために問いかける。

 俺の言葉に、初咲さんが独白するように、気持ちを引き締めなおせたその理由について語ってくれた。

 

「…けどさ、昨日のマーチの走りを見て…ウララが想いを託された。その上で……今日、ウララが診察受けてる間に、北原先輩と話してたんだよ。俺の悩み。トレーナーとして、ウマ娘に対して何が出来るか、ってさ……」

 

「……」

 

「で、北原先輩に、すげー大切なことを教えてもらった。……違うんだな。俺の悩みはまず、そもそも素っ頓狂な勘違いだったんだよ。俺、ウララが去年GⅠ勝ってくれてさ、トレーナーとしても成長できたか、なんて思って……賢くなったつもりで、走る前からレースの勝ち負けなんて考えるようになってよ。勝てないかも、なんて悩んでたんだわな。……でも、違うんだ。そもそもトレーナーってのは、()()()()()()()()()()()のが仕事だ。俺はウララの勝利を、勝てるって信じ切れてなかったんだよ。(さか)しくなったつもりで、立華さんみたいにレースを分かった気になってよ。……違った。俺は賢くなる必要はなかった。俺は前みてぇに、ウララの事を信じて、信じ切って、そのために頑張る。それだけでよかったんだ。……同じような悩みを過去に味わってた北原先輩が、俺にそのことを教えてくれた」

 

 長い、彼の独白を聞いた。

 北原先輩。彼は、かつてカサマツでトレーナーをしていた時代に、オグリキャップと出会っている。

 酒の席で、俺はその時の話を北原先輩から聞いている。彼は自分がオグリキャップを信じ切れず……そして、己も信じられなくなり。当時のルドルフに打診された中央移籍、それについての答えが出せずに、やらかしかけたことがあった……と、語っていた。

 だが、最後には、ウマ娘を信じることの大切さを思い出せたのだと。

 俺もそこを詳しく聞いたわけではない。結果、オグリは北原先輩を置いて中央に移籍し……だが、結果として奮起した北原先輩やカサマツの皆が、迸るほどの成長を見せて、中央に続き、そして時代は流れ……昨日のレースと今日がある。

 

 その経験から、北原先輩が初咲さんへ最適なアドバイスをしたのだろう。

 きっと、恐らくは、同じような地方出身のウマ娘を鍛えた仲として。砂の隼に挑むウマ娘を育てている者として。

 初咲さんと北原先輩には共感できる点も多かったようだ。

 そして、初咲さんはどうやら、取り戻せたようだ。

 己の愛バを、担当ウマ娘を信じることがトレーナーにとって何よりも大切だということを。

 

 それは、かくいう俺だって、この世界線では一年目に僅かに見失いかけたモノだ。

 何よりも大切なモノなのに、忙しくなったり、変に経験を積んだりすると、すぐに頭から抜けそうになるモノ。

 

 ウマ娘を信じること。

 俺達トレーナーはウマ娘を心から信じているからこそ、それに全て(ユメ)をかけられる。

 

「……心配はいらなかったかな」

 

「いや、昨日までの俺なら心配されても当然だったと思うよ。けど、俺もよ……っぱ、勝ちてぇわ。ファルコンにもだし、世界のウマ娘を相手にしても……ウララを、勝ちたいと思ってるあの子を勝たせてやりてぇ。負けるかも、なんて考えは捨てたぜ。北原先輩に、地方出身のウマ娘のドバイ制覇を託されたのもあるしな…」

 

 ……いい、瞳の色だ。

 年齢的には同じだが、精神の経験の分だけ俺の方が僅かに人間に対しても観察力に優れているところはあるだろう。

 そんな俺は、彼の目から迸る熱を感じ、余計な心配は不要だと確信した。

 ゴールデンシャヒーンでも、ウララが全身全霊で、全てを振り絞って走る事が出来るだろう。

 

「……いいね。頑張ろうぜ初咲さん。ウマ娘達だけじゃねぇ、俺たちの代のトレーナーだって革命世代だって世間に見せてやろうぜ」

 

「おおよ。つっても俺らしかいねぇけどな同期って」

 

「それは言わないお約束」

 

「あとそれだと俺が一人で立華さん三人だからバランス悪くねぇ?」

 

「それも言わないお約束」

 

 お互いに肩を竦めて苦笑を零したところで、俺たちの愛バが買い物を終えて戻ってきた。

 

「……トレーナーさん、買ってきたよー!えへへ、お財布返すね」

 

「初咲トレーナーの分も、猫トレの分も買ってきたー!帰りの車で一緒に食べるんだよね!」

 

「え。いや、ウララ、俺達は帰りもバスの予定で……」

 

「構わないよ。どうせ帰り道は一緒なんだ、せっかくだし乗っていきなよ初咲さん」

 

「いいのか?…んじゃ世話になるか。ウララ、車の中でアイス零しちゃ駄目だぞ」

 

「はーい!」

 

「よし、んじゃ学園に帰ろうか」

 

 俺達4人はそうして騒がしくしながらも、共に学園に戻るため、病院を後にした。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 そんな彼らの様子を、病室の窓から眺める瞳があった。

 フジマサマーチと、北原穣だ。

 

 自分たちが、想いを託した愛する後輩たちに。

 重ねた想いの、紡ぐ先が栄光に輝くことを期待して。

 

 

 

 

「──────頑張れよ、二人とも。信じているぞ」

 

 

 

 

 

 

*1
コイツはよぉ。

*2
※個人差があります。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

140 夢の舞う砂の国へ

日本ダービー→レコード
宝塚記念→レコード
菊花賞→レコード

革命世代か?(畏怖)





 

 

 

「よし、集まったね。それじゃ、ドバイ遠征についてのミーティングを始めます。よろしくお願いします」

 

 よろしくお願いします!と席に着いたウマ娘達からの返事を受けて、俺は会議室のプロジェクターを操作し、画面を表示しながら説明に入る。

 ウマ娘達の手元にはドバイワールドカップミーティング参加のしおり*1があり、今日は今週末に控える出発から、ドバイの地でどのように過ごしていくのか、海外のレースで注意することなど、様々な内容について目線合わせをする日だった。

 

「では、まず……ドバイに行く人について改めて確認しようか。12ページ開いて」

 

「もし誰かいなくなったりしたときにすぐに気付ける様に、一緒に行く人は必ず覚えておきましょうね」

 

 海外遠征にあたって先頭を切ってホテル手配や現地の確認をした俺と南坂先輩が本日のミーティングの司会を務めている。

 さて、そうして開いたページにある参加者一覧、ドバイに参加する人々は以下の通りだ。

 

 

 <チームフェリス>

 ・エイシンフラッシュ(出走ウマ娘)

 ・スマートファルコン(出走ウマ娘)

 ・アイネスフウジン(出走ウマ娘)

 ・キタサンブラック(併せウマ娘)

 ・立華トレーナー

 ・サンデートレーナー

 

 <チームスピカ>

 ・ヴィクトールピスト(出走ウマ娘)

 ・サイレンススズカ(併せウマ娘)

 ・沖野トレーナー

 

 <チームカノープス>

 ・サクラノササヤキ(出走ウマ娘)

 ・マイルイルネル(出走ウマ娘)

 ・ナイスネイチャ(併せウマ娘)

 ・南坂トレーナー

 

 <チームレグルス>

 ・メジロライアン(出走ウマ娘)

 ・小内トレーナー

 

 <チーム未所属>

 ・ハルウララ(出走ウマ娘)

 ・初咲トレーナー

 

 <その他>

 ・駿川たづな(学園とドバイを週ごとに往復)

 ・秋川やよい(最初の3日とレース当日)

 ・渡航スタッフ数名(旅行会社斡旋のウマ娘)

 

 

「人数が多く感じるかもだけど、基本的には出走する8人と、担当するトレーナー。あと、チームからサブトレ資格持ってるウマ娘が併せウマ娘として、また日常生活とかでのサポートとして呼んでいます。チームカサマツの北原トレーナーとフジマサマーチは、先日の怪我で参加を取り下げたので…うん、メンバーには入ってない。でも、彼女たちの分まで頑張って来ような」

 

「キタは未デビューでサブトレ資格も持ってねぇが、日本で一人にするわけにもいかねェからな。基本的にアタシとマンツーマンで動いて、併走や、荷物運びとか雑務を頼むことになるぜ」

 

「はい!皆さんの助けになれるように頑張ります!」

 

 参加するメンバーは、基本的には出走ウマ娘を軸にして、そのトレーナーとサブトレーナーとしている。

 併せウマ娘の人数については、最低限にしたつもりだ。

 これは、そもそも革命世代同士での併走が可能であり練習には心配がない事が理由として挙げられる。芝のマイル~中距離の併走についてはほぼ全員が併走相手として過不足ないからだ。

 芝の短距離に挑むアイネスについては、短距離も走れるサイレンススズカやSSもいる。またそもそも俺の指導方針として、その後の長距離に備えるためにも、ドバイに渡航した3月中に短距離だけしか走らないということはないからだ。

 また、ダートを走るファルコン、ウララの併走については、それこそアメリカの年度代表ウマ娘にしてトレーナーであるSSがいる。彼女は現役時代、1200mレースで10バ身差の勝利なども記録しており、短距離から2000mまでなら芝ダート選ばず走れる稀有な才能を有している。心配はいらないだろう。

 走るだけならファルコンも短距離を走れるし、2000mなら芝だって走れるからな。毎日走るわけじゃなくて体幹トレーニングや器具トレーニング、プール特訓などもするし、プラン上はそれぞれのウマ娘の脚に負担をかけすぎない様な練習を組めていた。

 

「参加メンバーについては以上。では次に、日程の確認です。まずは今週末、渡航だけど……朝7時に学園前に集合して、バスに乗って空港に向かいます」

 

「時間厳守ですから、不安な人は30分は余裕を持って動くようにしましょうね。これはドバイに行って帰ってくるまで、ずっと気を付けてください。時間が守れないと置いてかれちゃいますよ」

 

「………うぅおぅ……!むむむ……じかんげんしゅー…!」

 

「…ウララちゃん、大丈夫?」

 

「だ、だいじょーぶ!キングちゃんに起こしてもらうようにお願いしておくから!」

 

 これから日程について目線合わせをしていこうという時に、ウララから実に不安そうな声が漏れてしまい、苦笑を零す。

 既に当日の朝の目覚めをルームメイトに任せる様子に、トレーナー側、彼女の担当トレーナーから言葉が返される。

 

「…ウララ、ドバイにはキングはいないからな?ドバイの部屋割り、同室はヴィイとスズカ、ライアンか。みんな、ウララの事頼んだよ。練習中とかは俺の方で目を離さない様にするから」

 

「任せてください、初咲トレーナー!」

 

「普段スペちゃんを起こすのと変わらないから、何とかなると思います」

 

「時間には強いつもりです。ゴルシ先輩と過ごしたフランスでも何とかしましたし…何とか…」

 

 ドバイについた先、宿泊場所は超高級ホテルとなっている。

 そもそもドバイのホテルは大体がかなりサービスのいいホテルばかりだ。流石石油王の集う街。ホテルについても、1フロアをほぼ日本勢で借り受けて、その階にある部屋にそれぞれ割り振って、気楽に談話室なども使えるようにしてある。

 ホテルでの部屋割りは以下の通り。なおペット可のホテルを選定済みだ。

 

<ウマ娘>

 ①エイシンフラッシュ・スマートファルコン・アイネスフウジン・キタサンブラック

 ②ナイスネイチャ・サクラノササヤキ・マイルイルネル

 ③サイレンススズカ・ヴィクトールピスト・メジロライアン・ハルウララ

 

<トレーナー>

 ①沖野・南坂・小内

 ②立華・初咲・オニャンコポン

 ③サンデーサイレンス(たづな、やよいが宿泊時は同室 室内風呂有)

 

「部屋割りも後でしっかり確認な。フジマサマーチが参加できなくなったから若干変わってます。ホテルの設備についても58ページにあるけど…ま、それは後で目を通すとして、日程の確認に戻ります。バスに乗って空港まで行って、ドバイまで飛行機で約12時間のフライトで、向こうの空港からホテルまでまたバスになります」

 

 俺はしおりにも記入のある日程をプロジェクターで映しつつ、一つここで注意事項を伝える。

 

「ただ、全員がバス移動ではないです。何かあったときに柔軟に動けるように……俺の方で車を出して、学園から空港までと、ドバイの空港からホテルまで、車で移動できます。すぐに動ける車があった方が何かと便利だしな」

 

「アタシがバス駄目だからそれに同乗することになるぜ。他にもバス酔いがひどいってのがいたら、タチバナの車に乗ってくこともできるが……いるか?」

 

 それは、移動にはバスだけではなく、俺の方で車も出すという事。

 これについては理由が二つある。まず、純粋に車での移動が選択肢に入れられるという点。

 以前、アメリカで挑んだスマートファルコンのベルモントステークスのように……帰りの時に沖野先輩に車で迎えに来てもらったように、もしかすればバスを待てない理由が出来た時に、車があった方が便利だということだ。勿論、ドバイでもレンタカーを借りて、車で買い出しなど行けるようにしておけばあらゆる状況に対策が利く。

 

 そして、もう一つの理由。SSが、()()()()()()()という事実。

 これはチームフェリスのウマ娘は理由を察している。キタにも先日、SSの方から彼女の過去について話をしており……理解を落としている。

 彼女の悲しい過去。友人と恩師を失った幼き日のバス事故。

 あれ以来、彼女は肉類が食べられなくなり……そして、バスにも乗れなくなっていた。

 だから、遠征の時などはバスを使ったことはない。車か、タクシーか、新幹線か飛行機か……それ以外の交通手段を使っていた。

 

 そうしてSSがバス酔いがひどい、という方便で理解を促しつつ、他の参加メンバーにもバス苦手な子はいないかと確認したが、それはいなかったようだ。

 ドバイへの移動では、俺が彼女を送迎することになった。

 

「……大丈夫かな。ま、合宿の時とかにもみんなバスに乗るもんな。それじゃあ俺とSS以外のみんなはバスで移動。俺とSSは車で移動。そしてオニャンコポンは理事長の専用ジェットで移動です」

 

「ニャー!?」

 

 初耳だぞご主人!?みたいな雰囲気で俺の肩の上で驚愕に顔を歪ませるオニャンコポン。お前日本語理解できてない?いやそんなわけないか。そんな愛らしい様子にウマ娘達から苦笑が零れた。

 オニャンコポンの輸送については、俺も頭を悩ませていた。なにせ飛行機での空輸となれば、勿論検疫を済ませればアメリカの時のように問題なく可能ではあるのだが、こいつの疲労が大きい。アメリカでも随分と行き帰りでしんどそうな様子であった。

 どうしても輸送物扱いになり、エンジン近くの貨物室に入れられ、轟音と共に10時間以上過ごす……となると負担が大きいのだろう。俺は愛する家族に、改めてその苦労をさせたくなかった。

 そして、それを同じく猫を連れている理事長に相談したところ、なんと理事長の所有する専用ジェットで運んでくれるというのだ。

 理事長曰く、自分もそれで移動するつもりだし、時間も短く、猫も箱に収められたりせず自由に動ける分ストレスは少ない……と聞き、お世話になることにしたのだ。

 

 何気に俺は、オニャンコポンの存在は以前のアメリカ遠征の時の勝因の一つだと思っている。

 こいつのセラピーによってウマ娘達のストレスが軽減され、走りにいい結果を生むのだ。

 と言うわけでオニャンコポンはVIP待遇です。よかったなオニャンコポン。

 

「それじゃ初日の動きについてはこんなところかな。質問は適宜入れていいからね。では次、向こうでの生活について……」

 

 俺たちはそうして、ドバイに挑むにあたり、どのように過ごしていくのかのミーティングを続けたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 そして、出発の日がやってきた。

 昨日の内に学園で壮行会も開かれ、ドバイに挑む8人には全校生徒からの応援の声が捧げられた。

 革命世代が、世界に挑む。そのことを応援しないウマ娘はおらず、テンションも上々、と言ったところか。

 俺は学園前に集まったウマ娘達の顔を見て、全員がしっかり揃っていることを間違いなく確認した。また、お見送りで、何人かのトレーナーやウマ娘なども集まってくれている。

 そんな中でも、初咲さんが心配そうにウララの荷物を何度も確認している。

 

「ウララ、荷物はちゃんと確認したか?大丈夫だったか?」

 

「だいじょーぶ!!キングちゃんと一緒に3回確認したから!!」

 

「ご安心を、初咲トレーナー。このキングの名に懸けて、ウララさんの荷物は万全よ…!事前に向こうのホテルに送った荷物も間違いなく完璧に整えたわ……!!」

 

「ホントに助かるよキング…ドバイから帰ってきたらなんか奢るからな…!!」

 

 同室のキングが相当に骨を折ったのだろう、見送りに来た彼女のまるで子育てに疲れた若奥様のような髪の乱れに僅かに目が奪われるがそれは心にしまっておいた。

 初咲さんも随分とキングには頭が上がらないようだ。俺もだ。ウララの担当をするにあたりキングにお世話にならない世界線はなかった。彼女はキングにしてウララのお母さんなのである。

 

「……立華トレーナー。調子はどうかしら?」

 

「東条トレーナー、それに皆さんも……ええ、調子はいいですよ。年甲斐もなくワクワクしています。中々ない事ですからね、こんな大人数の遠征なんて」

 

「そう言えるのだから、流石ですね。凱旋の報を期待しています。頑張ってください。帰ってきたら、寿司で一杯やりましょう」

 

「立華君がチームJAPANの肝!って感じあるからねー。向こうで体調崩さないようにね?おねーさん応援してるよ!!」

 

「何より、ウマ娘達が無事に走り、無事に帰ってくることを望みます。向こうでのウマ娘達の体調管理をしっかりと。頑張って」

 

「応援してますよ!ファイトですっ!!」

 

 そうして眺めていたところ、トレセン学園が誇る女性トレーナー達……東条トレーナー、奈瀬トレーナー、小宮山トレーナー、樫本トレーナー、桐生院トレーナーにそれぞれ、激励のお言葉を頂けた。

 有難い限りである。俺はそれぞれに笑顔で返事を返しつつ、お礼を述べる。

 なぜかウマ娘達の集まっている方から3つ……いやトレーナーのいる方からも一つ、急に寒気が増したような気がするが気のせいであろう。2月末だしな。外は寒いもんだ。

 

「…立華クン、わりぃな、一緒に行けなくなっちまってよ。ドバイで飲む酒、楽しみにしてたんだが」

 

「北原先輩……いえ、仕方ない事です。それに、俺も、初咲さんも……ファルコンもウララも、想いを受け取ってますから。見ててくださいよ、貴方の後輩と、貴方の担当ウマ娘の後輩が…世界で、勝つところを」

 

「ああ。俺もお前らの勝ちを疑ってねぇ。頑張れよ!……で、このタイミングで悪いんだが、これ持ってってくれや。マーチから、ファルコンとウララに、だとさ」

 

 俺は続いて激励をかけに来てくれた北原先輩に、これまでの感謝を伝える。

 チームカサマツ。俺達チームフェリスのウマ娘にとって、チーム結成後に初めて併走をした相手。良き先輩。

 彼女たちによって、俺たちは実戦の勘を掴ませてもらった。メイクデビューでのスタートダッシュや、特にファルコンが今これほど走れているのは、彼女たちのおかげだ。

 今回のドバイでも、己の全てを懸けた走りで想いを伝えてくれたマーチの魂を背負い、ファルコンとウララが挑む。

 負けない。俺達チームフェリスは、革命世代は、想いを紡ぎ重ねることで強くなれるからこそ。

 

 そして、そんな北原先輩から手渡された包みの中を確認すると……そこには、お守りが入っていた。

 『闘将』と刺繍の入った、必勝祈願のお守りだ。何とも、これはありがたいものだ。

 

「中によ、こないだバッサリ切ったマーチの髪の一房と、尻尾の毛を混ぜて入れてあるんだとさ。『いっしょに行けなくなった分、想いだけでも共に』……だとよ」

 

 世界遺産に指定しなければならなくなった。

 

「マジすか……そりゃ、二人にとって何よりの激励になりますね。おーい、初咲さん、ウララ!ファルコン!!」

 

 というのは置いといて、俺はファルコン達を呼んで、北原先輩から、マーチから受け取ったお守りを二人に渡す。

 

「マーチ先輩から…!すごく嬉しい!!有難うございます!!北原トレーナー、マーチ先輩にも有難うって伝えてください!!絶対勝ちますから…!!」

 

「ありがとー!!マーチ先輩にも、ウララがゴールデン()()()()()で勝つとこ、見てて、って伝えてね!!北原トレーナー!!」

 

「シャヒーンな。…北原先輩、俺も……貴方に教わった通り、担当ウマ娘の勝利を心から信じて。全部、ドバイで出し尽くしてきますよ。立華さんと一緒にね……お見送り、ありがとうございます」

 

 俺達トレーナー二人が北原先輩に礼をして、くすぐったがるような笑みを浮かべる北原先輩。

 このお守りが、彼女たちをきっと不意の怪我などから守ってくれるだろう。

 

「立華。ウマ娘達をよく見てやれ。旅先の不慣れな環境で体調を崩さぬよう注意を払え」

 

「勿論ですよ。お見送り有難うございます、黒沼先輩」

 

「立華君、カレンチャンが教えてくれた飛行機の中で落ち着く合気道の呼吸*2ってのがあってな!効果あるかちょっと試してみない?」

 

「知ってるんで大丈夫ですよ木勢(kize)先輩」

 

 他にもお世話になったトレーナー達、みんなから改めて激励の言葉をかけられて、恐縮しながらもとても温かいものを受け取っていた。

 それは願いだ。学園のトレーナー、ウマ娘達みんなが、俺たちの挑戦を応援してくれて、協力してくれるからこそ、俺たちは何の懸念もなくドバイに旅経つことが出来るのだ。

 

 チームJAPAN。

 俺たちは、日本のみんなの想いを背負い、世界に挑む。

 

「バスが来ましたね。では、皆さん乗りましょうか。座席は自由でいいですよ」

 

 そうして出発までの時間を過ごしているうちに、みんなを空港まで運ぶバスが到着した。

 見送り組のそれぞれが思い思いに声援を投げかける中、手を振りながらバスに乗り込んでいくウマ娘達。

 ああ、いいな。こういう光景は好きだ。永い時を過ごす中でも、こういう大きな遠征は稀であり、ウマ娘達のそんな姿に俺は強く惹かれる。

 

「では、南坂先輩。そちらはよろしくお願いします」

 

「はい。空港で落ち合いましょう」

 

 俺とSSはバスに乗り込む皆を見送ったのちに、オニャンコポンを理事長に預け、駐車場に止めている愛車に乗り込んだのだった。

*1
立華・南坂・たづな謹製。100ページ

*2
カレンチャン(実馬)は香港に行く際のエンジントラブルで26時間コンテナに閉じ込められたが、まったく暴れることなくじっと我慢していた。コワイ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

141 Dear sister

 

 

 

『……いつも、ごめんね』

 

『…何のことかな』

 

 俺は空港に向かう道中、愛車のハンドルを握り安全運転で走らせながら……隣の助手席でシートベルトを締め、静かに座っていたSSから、謎の謝罪の言葉を受けた。

 謝られることに心当たりが全くない。何の話だろうか。

 

『……私が、バスに乗れないから。タチバナに、いつも車出してもらってるじゃない。レースの遠征の時でも、わざわざタクシーを使ったり、レンタカーを借りたり……負担、かけちゃってるな、って』

 

『…………』

 

 続く、彼女の独白のような言葉を黙って聞く。

 それは、彼女がバスに乗れない……過去の事件により、トラウマになっていることへの謝罪の言葉だった。

 これはまた随分と、見当違いの謝罪をしてきたものだ。

 

 確かに彼女はバスに乗れない。一人だけ別に移動させるわけにもいかないため、俺たちがレースなどで遠征する時にはバスに頼らぬ交通手段で移動していた。

 だが、それだって別に、何の負担にもなっていない。元々俺のチームでは近場なら俺の愛車で移動していたし、関西など遠くのレース場に行く際には新幹線とタクシーだった。

 それは、バスと言う交通手段がどうしても一般の人と距離が近くなり……必然として起きる可能性がある、ファンからの過剰な声掛けを避けるためでもあった。

 

『面白いことを言うね、SS。言っておくけど、普段から俺は……俺のチームは、バスをあまり使わなかったんだ。君を想ってバスを使わない面が、まぁ、無いわけじゃないけれど。それはチームの負担には一切なってないよ?』

 

『……でも、今日のこの車での移動は、貴方から提案した話だって聞いたわ』

 

『誰から?』

 

『ミナミザカ。…今回みたいな大人数の移動では、車を出す必要はこれまでもなかったらしいじゃない。私のため、よね』

 

『……先輩、流石の報連相だな。……まぁ、そうだね。今回のこの送迎については、君の為に、という理由が大きいことは否定しないよ』

 

 俺は内心でいつもの笑顔を浮かべている南坂先輩を思い浮かべ、デコピンで迎撃しようとしたが、勝てるイメージが湧かなかったのでそのまま脳裏から追い払った。

 確かに、今回のような大人数での遠征や、大人数のチーム単位や学年ごとに合宿所に移動するときなどは、バスで一括で移動する。これは普通の学校と変わらない。修学旅行と同じようなものだ。

 その中で、俺の方から今回の海外遠征につき、日本にもドバイにも、自由に走れる車を準備しておこう……という提案をしたのは、前に説明した通り、現地での移動に幅を利かせられるようにするため、という理由のほかに……彼女、SSのため、という理由が大きい。

 はっきり言ってしまえば、SSが遠征に参加していなければ、車で送迎はしなかっただろう。それは事実としてあるかもしれない。

 

 しかしだ。

 そもそも、SSのその悩みは、()()()()()()()()()()

 俺が彼女のためを想ってこうして行動しているのは、理由があるのだ。

 謝意を伝えて黙り込んでしまったSSに、俺は言葉を選んで紡ぐ。

 

『SS。……君は、チームハウスでオニャンコポンの世話をよくしてくれるよね』

 

『?……ええ、それは…』

 

『それ、面倒だな、嫌だな……って思ったことあるかい?』

 

『まさか。あり得ないわ。可愛いあなたの家族じゃない。私にとっても、オニャンコポンは癒しよ』

 

 一度話の切り口を変えて、俺は彼女がよくチームハウスで、オニャンコポンの世話……毛の掃除であるとか、トイレの世話とか、尽力してくれていることを話題に出す。オニャンコポンが今、俺の肩の上にいないから出せる話題だ。

 トレーナーである彼女は、俺と同じで、愛バ達に比べてチームハウスにいる時間が長い。必然、オニャンコポンの世話をする機会も増えて、無論の事俺も自分の猫の事なのでしっかりと掃除はしているが……彼女もまた、嫌がらずに積極的に世話を手伝ってくれている。

 それはなぜか?

 その理由に思い至れば、SSの謝罪への答えとなる。

 

『そうだろ?勿論、俺も嫌じゃない……家族だからな、オニャンコポンは。それは俺だけに限っての話じゃない。君や、チームのみんながそう思ってくれて、世話してくれる。そこに嫌悪はないわけだ。だって家族だからな。それとおんなじだよ』

 

『……どういう事?』

 

『俺も、君の事を家族のように想っているってことさ』

 

『!』

 

 話の核心をついていく。

 SSの、遠慮がちに話したバスの件だが、俺は一切、それについて面倒だな、などと思ったことはない。

 それは、彼女の事情がある事もそうだし、それ以上に……SSを、家族のように想っているからだ。

 家族が困っていることを手伝うのに、躊躇いなんて生まれるはずもない。

 それはきっと、チームのみんなが同様に思っていることだろう。だからこそ、この送迎に同乗したい、と言い出す子はいなかったのだ。

 

『前にも言ったけど…さ。SS、俺は君の事を(sister)のように想ってるんだ。修道女、って意味じゃないぜ?チームに入ってくれたサブトレーナーとして仲を深めるうちに……君の、勤勉で、チームの為に頑張って、ウマ娘達とも積極的にコミュニケーションを取って……彼女たちの勝利の為に、一緒に頑張ってくれる君の事を、俺は家族のように想ってる』

 

『……』

 

『だから、君の為にこうして焼く世話を、迷惑だなんて一切思ってないのさ。家族を送迎するのが迷惑なんて普通、思わないだろう?そういうこと。……だから、妙な謝罪なんてやめてくれよ。そんな遠慮する仲じゃないでしょ、もう。君と、俺は』

 

『………そうね、そうだったわね。私……まだちょっと、どこかで遠慮していたのかもね…』

 

 俺が言葉にした通りだ。

 俺は、SSの事を、この半年ですっかりと気に入ってしまっている。

 これまでの世界線でもなかった、自分が1から立ち上げたチームに加入してくれたサブトレーナー。

 トレーナーとしての実力も優秀なうえ、物覚えが良く、さらにはレジェンドウマ娘として愛バ達と併走すらできる。

 育成論について俺と近い目線を持ち、体幹の重要さについてどこまでも語りあう事が出来る。

 そんな彼女の、悲しい過去を乗り越えた心の強さにも敬意を払い……俺は、出来る限り彼女と遠慮するような関係になりたくなかった。

 家族。それくらいの距離感でありたいと、思っている。

 だからこそ、こうして送迎することが負担になるはずもなく、謝られても困ってしまうのだ。

 

 それに、だ。

 近い気持ちを彼女も持ってくれていることを、俺は先日、教えてもらっている。

 

『君もこの間のバレンタインでメッセージに書いてくれてたじゃないか。ほら、俺の事を、まるで兄のようにって……』

 

『あの手紙はちょっとテンション間違えたから掘り起こさないでくれる!?恥ずかしいから!!』

 

『あっ、ハイ……』

 

『……まったく、もう。申し訳ないって気持ちが、どこかに行っちゃったじゃない……』

 

 ふんす、と恥ずかしいのか頬を染めて、胸の下に腕組をしてSSが窓の外に向けてそっぽを向いた。

 俺は苦笑を零しつつ、あの随分と温かいメッセージが書かれたバレンタインカードを思い出す。

 あれは宝物だ。俺の自室の机の引き出しに鍵をかけてしまってあるが、ことあるごとに取り出しては読み返すことだろう。

 その中に、何と嬉しいことに、俺の事を兄のように慕っている、といった文言が書かれていて、俺も思わず笑顔を零したもんだ。

 

 これで話は終わりだ。

 彼女の悲しい過去により、苦手とすることが出来てしまっているならば、俺は家族としてそれを全力で支える。

 逆に、俺が困るようなことがあれば、SSが助けてくれる。

 チームを運営するトレーナー同士、という絆以上のものをお互いに抱え、歩んでいければそれでいい。

 

 

『…………ありがとう、兄さん(brother)

 

 

 最後、窓に呟き何かSSがつぶやいたようだったが、生憎すぐ右隣を走る大型車のエンジン音にかき消され、俺の耳には残らなかった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 無事成田空港に到着した。

 バスで先についていたみんなと合流し、問題なく搭乗手続きを済ませて飛行機に乗る。

 ここからは12時間のフライトになる。道中は長いため、座席は体に負担がかからぬようビジネスクラスで予約してある。

 ファーストクラスでの予約にしてはどうかという意見も出たが、学生の内にあまりに高級すぎるサービスを経験させるのは、という懸念もあった。また、そもそもファーストクラスは1座席ごとに個室のようになり、頼める料理もお酒が絡むものが多かったりなどで、学生ではサービスを持て余すだろう、という理由もあっての事だ。

 その代わり、ビジネスクラスの座席の並ぶ1室を今回の遠征組で貸し切らせていただいて、大きな個室のような形にしてある。赤の他人が交ざったりせず、ある程度リラックスした空間で過ごしてもらえることだろう。

 

 そうしてフライトが始まって3時間。

 

「……暇だね…☆」

 

「……暇なの……」

 

「……まぁ、暇ですね」

 

 早速暇を持て余す我が愛バ達がいた。

 まぁ、それはそうだ。始めの内こそ、飛び立つ景色や雲海の様子を眺めたり、サービスを試して食事などしてみたり、ウマ娘達で集まってトランプやらスマホゲームやらに興じていたが、それらも飽きて、他にやる事がなさすぎるのだ。

 3時間も暇を潰せば上々という所だろう。

 普段から、午前中は授業、午後は練習で体を酷使し、夜は寮生活で食事とお風呂を取ればおおよそ早い時間に寝る彼女たちの事だ。暇をつぶす手段に長けていないウマ娘は多い。

 まあ、幾人かは既に到着までの暇つぶしを見つけている様だが。

 

「………すぴー………」

 

「ウララのやつよく寝てるよ…。聞いたら昨日、寝坊しない様に3時前にアラームかけてたんだとさ。キングの苦労が偲ばれるぜ…」

 

 座席で爆睡しているウララの毛布を掛け直してやる初咲さんの姿があった。ウララ自身は見事な鼻提灯を作って幸せそうに寝ている。

 睡眠時間を削ってでも間に合うように今日を迎えたらしい。飛行機が飛び立って数分で彼女は夢の世界へ旅立っていった。

 流石に12時間まるまる寝てることはないだろうが、まぁ時間を潰す苦労はなさそうだ。

 

 そしてもう一人、時間をつぶす苦労がないウマ娘がいた。

 

「……ねぇ、南坂トレーナー。このウマ娘、過去のレースデータ取っとくね。直近レース見ると結構な曲者っぽい」

 

「わかりました。そちらの国からはあと3名、参加するようですね…。こちらも翻訳しておきますか?」

 

「お願い。曲者と走ったウマ娘もそういう技覚えててもおかしくないし。向こうに着くまでに出走ウマ娘の半分以上はデータ集めちゃいましょ」

 

 南坂トレーナーと並んで座り、ノートPCとタブレットを開きながら黙々と情報を集めることに集中するナイスネイチャだ。

 彼女はサブトレーナーとして、今回のレースに出走するウマ娘、その情報を集めている様だ。

 ナイスネイチャの走りは事前の情報と分析力によって培われている。データを集めて、その上で作戦を練り、走る。そこに油断と言う言葉はない。

 似たような戦法を取るウマ娘として、アメリカのオベイユアマスターがいるが、彼女も今のネイチャを見ればべた褒めするであろう。そのくらいには、俺の目から見ても真剣かつ正確に、データを集めていた。

 これはいいトレーナーになれる。情報を集める力はトレーナーの必須科目だ。

 

 この世界線では、どうやら南坂トレーナーの指導の下で、彼女は情報を武器とする走りを身に着けたようだ。

 それが、今回のドバイに挑むにあたり、サブトレーナーとして……自分のチームのウマ娘が出走するレースだけではない、全てのレースに出走するウマ娘の情報を集める事に発揮されている。

 何とも有難い限りだ。向こうでレース前に行う予定だった戦力分析のミーティング、ネイチャに任せてもいいかもしれないな。

 

 さて、そうして例外となるウマ娘二人を除いては、まぁみんな、暇を持て余し始めたらしい。

 12時間だもんな。仕方ない。ここは俺が一肌脱ぐか。

 

「…みんな、生活リズムは向こうに行ってから改めて整えるから、仮眠を取ってもらってもいいよ?勿論、到着する30分前には起すから」

 

「立華トレーナー……ええ、いえ、私もそうしようと思ってたんですけど、こう、妙に気持ちがワクワクして、中々寝付けなさそうで…」

 

「無理に寝ようとすると体によくなさそうですし!眠れないなーってストレスになっても怖いですよね!!!」

 

「ササちゃんここ機内。寝てる人もいるしボリューム注意。……でも、僕も同意です。飛行機なんて乗るの初めてだから…」

 

「流石に筋トレはまずいですよね?プロテインは持ち込めなかったからなぁ…なんか落ち着かない……」

 

「うーん……お助けキタちゃんも飛行機の上では何もできることがない…!!でも全然眠くないんですよねぇ…!!」

 

 仮眠の許可を改めて出したところ、ヴィイ、ササイル、ライアン、キタにそれぞれ、眠気が到来していないが故の澱んだ返事を返された。

 成程。まぁわかるよ。旅慣れしているスズカや、一度海外遠征の経験あるウチのチームメンバーに比べれば緊張するのもやむ無しだろう。ヴィイは君以前フランス行ってなかったっけ?ドバイに行くことに魂が躍動してるのかもしれないな。

 

 だが安心してほしい。

 ここにいるのはあらゆるツボを極めたループ系トレーナーだ。

 荒ぶるウマ娘を落ち着けることなど造作もない。

 

「大丈夫大丈夫。いいツボ知ってるから。ほら、キタから試してみよっか。いったん座席に横になって?」

 

「ええ?ツボ押して眠くなりますかね?うーん、ホントに目が冴えちゃってるんですけど…」

 

「いいから。さてそれじゃ………えいえい」

 

 俺は自分の座席に横になったキタの、腰の横あたりにあるツボをぐりりっと押し込んでやる。

 

「ふみゅ!?……ふ、ん………( ˘ω˘ )スヤァ………」

 

「よし」

 

「えっ。……ホントに寝たんですか?…怖っ」

 

 問題なくキタが安眠のツボに指圧を受けて眠りの世界に旅立っていった。

 覿面だぜ。このツボを教えてくれてありがとう過去の世界線の安心沢さん。貴方のおかげで俺のウマ娘は夜ふかし気味になることがないです。

 しかしそんな風にキタの体でツボを披露していたら彼女のトレーナーであり先ほど車の中でしおらしい雰囲気を見せていたお姉ちゃん( S S )がお怒りの様子でやってきた。

 

「おいコラタチバナ……アタシのキタで何してんだ」

 

「SSもお休み。えいえい」

 

「なっちょっ、オイっ!?…………( ˘ω˘ )スヤァ」

 

「き、効いてる……すごい……」

 

 俺は間髪入れずに彼女の必然的に死角になるあたりから手を伸ばして腰の横のツボを撃つ。

 そのまますやりと眠ったSSの体を支えて、お姫様抱っこでキタの隣の座席に運び、背もたれを倒して横たえた。よき眠りを。

 

「……さ、それじゃみんな、仮眠を取ろうか」

 

「待ってください立華トレーナー!?効きすぎて怖いんですけど!?」

 

「いや、でもこのツボを覚えたらいつでも眠れる……?筋トレ後は眠りが浅くなることもあるから覚えて損はない…かも…!?」

 

「イルイル。ごめん……私……打つよ!!」

 

「可能性に殺されるよササちゃん!?確かにイケメントレーナーに腰のあたり押してもらえるのは悩むけど……!!」

 

 なんだなんだ。俺が折角眠りの世界に誘ってやろうという親切心でやっているのに。

 他のトレーナーを見ろ。沖野パイセンはスズカの隣でなんか仲良く話してるし、初咲さんは俺の方を見てドン引きしてる雰囲気だし、南坂パイセンはネイチャとじっくり打合せ中だし、小内パイセンは俺の手技を真剣な表情で眺めて「タキオンに睡眠時間を取らせるのに使えそうですね…」とか呟いてるぞ。

 つまり誰も止めようとしていない。エンペラータイム突入である。我が名は暗黒の眠りを誘うルシファー。テンション上がってきた。

 

「ふっはっは、いざ旅立たん眠りの世界へ!えいえ……」

 

 

 

 

「──────────立華、勝人さん。おいたは駄目ですよ?」

 

 

 

 

「( ˘ω˘ )スヤァ」

 

 いつの間にか俺の背後に立っていたエイシンフラッシュに、いつぞやの催眠ASMRボイスで囁かれた俺は、爆速で夢の世界に旅立っていった。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 なんか飛行機の中でだいぶ色々あった気がするが記憶が飛んでしまって覚えていない。

 迂闊にも惰眠をむさぼったらしい俺は到着一時間前に目を覚まし、何故かSSと愛バ達3人からからお叱りの言葉を受けることになった。

 おかしい。俺は何もしていなかったはずなのに。疲れがあったのかもしれないな。しかし飛行機で寝たことで随分とすっきりした様子で目が覚めたからなんとかなるだろう。いつぞやの催眠術を受けたときみたいだ。

 

「トレーナーさんって時々バカになるよね☆なんでだと思う?」

 

「男の子ってそういうもんなの」

 

「しっかり見ていてあげないといけませんね」

 

 愛バ達3人からの目線が背中に突き刺さりつつも、俺たちは無事ドバイに到着し、空港のロビーで一息ついていた。

 ここから先はまた俺とSSは別行動だ。こちらでレンタカーを借りてホテルに向かうことになる。

 

「それじゃ、南坂先輩。また引率よろしくお願いします」

 

「ええ。ここからは海外ですから、運転お気をつけて」

 

 俺は南坂先輩にウマ娘達を任せて、SSと共に準備してたレンタカーを受け取りに行った。

 1か月借りることで事前に契約をしていた車を受け取り、共に車に乗り込んでホテルまでドライブだ。

 ドバイは右側通行の国だが、既にアメリカでタイキファザーにエルモンテRVをお借りして乗り回していた俺にとっては慣れた道路だ。ドバイは空港まわりは道も広いし、問題なく運転できていた。

 

『……ドバイって、砂漠のある砂の国、ってイメージだったけれど。随分と発展しているのね……マンハッタンにも負けないくらい、高いビルが一杯……』

 

『都市部には高層ビルが凄いね。でも、10キロも陸地の方に走れば砂地が広がってるところもある。本当に、ここ一角だけがものすごく発展してるって感じかな。空気が若干、砂っぽいだろ?』

 

『そういえばそうね。髪が痛みそうだわ』

 

 SSと雑談を交わしながら車を走らせていく。

 空港からホテルまでは幾分も距離はない。20分も走れば到着してしまった。ドバイワールドカップが行われるメイダンレース場もここから10kmほどの所にあり、おおよそ海外から遠征してくるウマ娘達はこのドバイの周辺にあるホテルで過ごすことになるわけだ。

 

 さて、そうして俺たちは一足先に宿泊するホテルに到着した。

 5つ星の高級ホテル、ここがドバイにいる上での拠点となる。

 すぐ近くに公共のレース場があり、練習で使える他……ホテル施設内に通常のトレーニング用プールもあり、練習場所には困らない。

 また、ホテルには広々とした大浴場もあり、疲労回復も心配ない。ナイトプールなども併設されている。無論の事、観光としても楽しめるつくりになっていた。

 練習に全力を注ぐのは当然ではあるが、俺がアメリカでそうしたように…また、ヴィイと沖野先輩、ゴルシがフランスでそうしたように。ウマ娘達には、想い出を作ってほしかった。

 

 ホテルの駐車場に車を止めて、ロビーでバス組をSSと待つことになる。

 もう間もなく夕日の時間になりそうな頃だ。今日はこの後はホテル設備についてみんなで確認した後、部屋割りを確認してまずは休む……と言う流れになっている、はずだったのだが。

 しかし、なんと。

 ここで俺たちは、予想外の出会いを果たすことになった。

 

『────────えっ』

 

『……ん、SS、どうした?何かあった?』

 

 唐突に、耳をピクリと振るわせてSSがロビーの向こう、ホテルの入り口を見た。

 しかし俺の耳にはまだ何も聞こえていない。バスが到着したなら流石にその音くらいは分かりそうだし、目で見てもわかると思うのだが。

 

『……え、嘘。この声、間違いないわ……まさか、()()なの!?』

 

『え、何さ。何が聞こえるって言うんだいSS……って、ん、これは……』

 

 そうして音のする先をSSが見ていると、俺の耳にもその原因が聞こえてきた。

 その音……その、()。その、実に聞き覚えのある、()()()が聞こえてきたからだ。

 

『─────ッハッハッハッハ!!!いいホテルですね、()()()()()()()!!ここが私達の拠点となるわけですね!!!』

 

『玄関前で大声出さない!!でも、そうね。雰囲気のよさそうなところで安心したわ、流石()()が選んだホテルで……って、あれ?…え!?』

 

『下調べは欠かさないさ。ウマ娘にとって最適な環境となるホテルを選んで……む、おや』

 

『………嘘でしょ……どんだけ腐れ縁なのよ…!!』

 

 当たり前の話になるが、ここは一般施設のホテルであり……当然、チームJAPANが貸し切っているわけではない。

 1フロアの部屋はチームJAPANで満たしているが、他の階は当然、別の宿泊客が利用している。

 先ほど言った条件の通り、このホテルはウマ娘にとって素晴らしい環境が整っているホテルでもあり、他の国のウマ娘が使う可能性があったわけだ。

 

 そして、今。

 そんな他の国の、ドバイに挑むライバルの一人が。

 アメリカからの来訪者が。

 

 ()()()()()()()()()()()()と、そのトレーナーである()()()()()()と、()()()()()()()()()

 その三人と、ロビーでばったり遭遇したのだった。

 

 

「……旅は道連れ、世は情け、か」

 

 俺はさっそく笑顔でこちらにやってくる3人の姿に、肩を竦めて苦笑を零すのだった。

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

142 あからさまにアメリカンなのだ

 

 

 

「うわー!マジェプリちゃんだー!!久しぶりー☆!!」

 

『ハーッハッハッハ!!まさかこんなにも早く、宿命のライバルと出会ってしまうとはねっ!!ファルコン、元気そうで何よりだとも!!』

 

「うんうん☆ごめん、やっぱり英語まだダメなんだよねぇ…!頑張って勉強しているつもり、なんだけど!」

 

『プリンスちゃん、あたしが通訳しよっか?』

 

『私もできますよ。もしファルコンさんと話をされるのであれば……』

 

『いや、アイネス君もフラッシュ君も配慮は無用だ。なにせ私は王子っ!ファルコンと相対することが決定したこの3か月で日本語もマスターして見せたとも!!オベチーフのご協力でねっ!!』

 

「なんて☆?」

 

「日本語覚えてきてくれたらしいの」

 

『では早速披露しよう!!ごほんっ。────────』

 

「……あっ、その鋼を錬金する術師みたいに両手を揃えるポーズ、まさか……!?」

 

 

「────ドーモ、スマートファルコン=サン。マジェスティックプリンスです」

 

 

「アイエエエエエエエエエエエ☆!?ニンジャ!?ニンジャナンデ!?」

 

「漫画とアニメを参考に覚えたのだ、ファルコン=サン!ニンジャ殺すべし慈悲はない。ハーッハッハッハ!!」

 

「オジギが終わったから私達殺されちゃうのでは…!?」

 

「大丈夫なのキタちゃん、あたし達ニンジャじゃないから。あと高笑いはそのままで安心したの」

 

「どうしてその作品で日本語を覚えてしまったのですか?どうして……」

 

 

 バス組がホテルに到着し、チェックインを早くに済ませたフェリスの面々と、同じくチェックイン済みのマジェスティックプリンスがなんだか楽しそうにコントをしている。

 俺はそんな彼女達の様子を近くから眺めつつ、トレーナー同士……SSと、アメリカからやってきたイージーゴア、オベイユアマスターと軽く話をしていた。

 

『……オベ。オベイユアマスター。君、教え子に妙な日本語を吹き込むのを楽しんでないかい?』

 

『否定はしないよタチバナ』

 

『してよ!アンタのおかげで私の日本語、変な癖がついちゃったじゃないの…!』

 

『あら、ケットシーに教えてもらえばいいじゃない。どうなのケットシー?貴方なら教えられるんじゃない?』

 

『いや、そうは言うけどねゴア。実は俺、割とSSの日本語気に入ってるところがあってさ……』

 

『そういうの本人の前で言わないでくれる?』

 

 彼女たちアメリカ遠征組…マジェスティックプリンス、イージーゴア、オベイユアマスターの3人は、俺達と同じくらいのタイミング…3月に入ってすぐにドバイ入りし、現地の環境に慣れることを選択したらしい。

 出走者の発表は見ているので、マジェスティックプリンスがファルコンの参戦するドバイワールドカップに出走することは知っていた。

 

 マジェスティックプリンス。彼女の戦歴は、実にシンプルに表すことが出来る。

 現在、GⅠ7戦を含む13回のレースに出走しており、成績は()()()()()()

 フェリスのウマ娘と出走したレース以外に、負けたことはない。レコードも頻発している。

 間違いなくファルコンの砂の上での最大のライバルであり、今度こそ本当に、一切の油断できない相手。

 

 しかし、そんな強敵ではあるが、アメリカでの1戦と、ファン感謝祭での出会いと、日本での1戦を経て、彼女や彼女のトレーナーであるイージーゴア、オベイユアマスターとも交流関係が作れている。

 特に、お互いのチームを橋渡ししてくれているSSの存在が大きい。ああしてウマ娘達で仲良く歓談が交わせるくらいには親しい関係になっていた。

 

 さて、そんな彼女たちに聞いたところ、ホテルが同じになったのは本当に偶然の賜物だったらしい。

 手配をしたのはオベイユアマスターである。

 サブトレーナーの資格も持っている彼女は、1月からめでたくマジェスティックプリンスの所属しているチームの主管トレーナー兼マジェスティックプリンスの担当トレーナーになったイージーゴアに依頼され、今回の遠征に掛かる補佐役として、各種手配や情報の収集に勤しんでいたという話だ。

 だがホテルを予約したのは1月の早い段階で、そのころには日本勢がこのホテルに決定していなかったこともあり、ふたを開ければ俺たちチームJAPANが後からこのホテルを選んだ形である。

 

 だが、まぁ、これは俺達フェリスにとっては悪くない出来事だ。特に、ファルコンにとっては。

 マジェスティックプリンス……俺達に二度も立ちはだかった、分厚い壁。才能の塊。

 そんな彼女だが、決して仲が悪い方ではない。ファルコンにとっても、いい刺激になるだろう。二人とも、仲は良くとも慣れあうような甘いウマ娘ではないから、その走りに陰りが出る恐れはない。いや、むしろ日常を過ごす中でさらに熱を高めあい、最高のレースを見せてくれるはずだ。

 

「それにしても……マジェプリちゃん、イージーゴアさんとオベイさんと、3人だけで来たの?」

 

「ム。オヌシの言う通りだファルコン=サン!私のチームからは私以外は参加しないため、人数は最低限となった!」

 

「口調のギャップが凄いですね。…でも、他にもアメリカから参加される方も結構いましたよね?」

 

「……まさかマジェプリちゃん、ぼっちなの…?」

 

「えっ……そ、その!私キタサンブラックって言います!お、お友達になりましょうか…!?」

 

「ゴカイを受けている気がする!?」

 

 さて、そんな愛バ達の会話を聞いていると、彼女たちの話題はマジェスティックプリンスの遠征の事に。どうやら日本のようにみんなで行動していない事への疑問に移ったようだ。

 確かに、日本はチームJAPANを結成し、中央トレセン学園から全員一度に参加している。が、彼女たちのその疑問はアメリカのウマ娘事情を知らないことから出るもので、別にマジェスティックプリンスたちがボッチと言うわけではない。

 助け舟を出してやるか。

 

「……みんな、アメリカのトレセン学園ってのはね、日本みたいに中央トレセンの一か所に有力ウマ娘が集うような環境じゃないんだよ。国土が広いから……各地に、有力なトレセン学園がいくつもあるんだ*1

 

「東海岸と西海岸、東西に分かれて3つずつくらいでけートレセンがあんだ。で、アメリカで強いウマ娘、っつったらそれぞれにバラけてることが多い。レースではよく顔を見るライバルでも、トレセンが違うから日常じゃ全然会わないことだってある。アタシとゴアがそうだったみてェにな。……だからあんまプリンスいじめんな」

 

「あ、なるほど。そういう事だったの」

 

「ドイツやフランスですと日本のように大きなトレセンが一つ…と言うこともありますが、アメリカは国土も広いですからね」

 

「よかったぁ……マジェプリちゃんぼっちじゃなかったんだね!」

 

「ひどいゴカイを受けるところであった!」

 

 俺とSSの説明により、一先ずマジェスティックプリンスがぼっち扱いされて何だか可哀そうな流れになることは避けられた。

 しかし、その流れで新たに浮かんだ疑問があったようで、ファルコンが重ねて口に出した。

 

「あれ。でも、そうなるとアメリカのウマ娘さんは後からくる……ってコトは、マジェプリちゃん、併走相手とかどうするの?」

 

「ムゥ、併走相手?ハッハッハ!!それは全くニュービーな質問だぞファルコン=サン!」

 

「……だね。『……うちのファルコンが、マジェプリの併走相手はいないのかって心配してるよ、イージーゴア』

 

『あら、()()()()()()?それ以上の併走相手が必要だとでも思われちゃった?ちょっとショックだわ*2

 

『……アンタ、よくそこまでピークを維持できてるわよね……』

 

『それをサンデーが言う?見たわよケットシーとイチャイチャしてるあの動画。貴女の体、今でも全盛期じゃない』

 

『私のは鍛錬と日々の努力の結晶。ナチュラルなフィジカルでキープし続けるアンタがずるいって言ってんのよ…!あとあの動画は真面目な内容のものだから茶化したら殺すわよ…!!』

 

『……いやはや、化物二人が何か言っているね。私はもうとっくに一線を退いたというのに』

 

『いや、オベの脚も決して悪くはないように俺には見えるけどね。……まぁ、確かにこの二人は別格だが』

 

 ファルコンの疑問……それは、マジェスティックプリンスの併走相手について。

 確かに、ウマ娘が一人と、トレーナーが二人だけ……では、心配する部分があるのもわかる。チームJAPANのように、併走相手に事欠かない環境であればなおの事。

 しかし、彼女が引き連れているトレーナーは二人ともウマ娘で、しかもそのうち一人はアメリカでGⅠを9勝している生きる伝説、イージーゴアなのだ。

 

 彼女の体は、フィジカルが凄まじい。俺やSSが目指す体幹の筋肉が生まれながらに発達した、190cmを超える身長を持つ、才能の塊。

 SSとは全く持って正反対に位置していると言えるだろう。SSが恵まれぬ体を努力と執念で磨き上げた側だとすれば、彼女は生まれついての強者だ。そして、その力は現役を引退しトレーナーとして活躍する今でも色褪せない。

 かつてトレーナーズカップで、SSが「引退やピークといった理屈を超えた先に真の強者がいる」と零したことがあるが、それを最も体現しているのがイージーゴアと言えるだろう。

 彼女はいつも、いつまでも強い。

 

 オベイユアマスターが重ねて愚痴をこぼしていったが、今の彼女は俺がざっと脚を見るに、現役時代の走りをするのは少し厳しいだろう。無論の事、これが引退後の普通のウマ娘の姿であるため、そこに貶めるような意図はない。SSとイージーゴアが常識外れなだけだ。

 

『……さて、ロビーであまり長話しすぎてもね。ケットシー、サンデー、私たちは今日はこの辺りで失礼するわ。今後も生活の中で色々会うこともあるでしょうけれど、仲良くさせてもらいたいわね、勝負の時まで』

 

『ああ。こちらこそよろしくお願いしたい所さ。お互いに戦略を零さないレベルでなら、併走なんかもぜひ一度はしてみたいところだね。マジェプリとも、君とも』

 

『このホテル、備え付けのバーがあるらしいわ。一回くらいは呑みに付き合ってあげるから呼びなさい』

 

『ふふ、素直じゃないねサンデー。一人部屋で寂しいから誘ってほしいと言えばいいのに』

 

『黙りなさいオベ。舌引っこ抜くわよ』

 

『おお怖い怖い。噛みつかれる前に撤退することにしよう。……プリンス、そろそろ行くよ』

 

「ム。『了解です、オベチーフ!』……では今日の所はサラバだ、ファルコン=サン!砂の上で相まみえるその時までは是非とも仲良くやろうではないか!フェリスのミナサマもオタッシャデー!」

 

「うん、またねマジェプリちゃん☆」

 

「今後ともよろしくお願いしますね」

 

「後で一緒に遊び行くの!またね!」

 

「お達者です!」

 

 軽い雑談を終え、チームJAPANもチェックインを済ませ終えたところで、俺たちはマジェスティックプリンス達と別れた。

 とはいえ、階は違うが同じホテルに暮らす仲だ。今後も顔を合わせることも多いだろう。

 後でチームJAPANの他の子達も紹介していいかもな。奇妙な確信だが、ウララとは話が合いそうだ。

 

「立華トレーナー。チームJAPAN全員、チェックインも終わりました。荷物も間違いなく届いているのを沖野トレーナーと小内トレーナーが確認してくれましたし、バスに忘れ物がないことも初咲トレーナーが確認してくれています」

 

「はい、了解です南坂先輩。すみません、ちと旧知の顔があったもんで話し込んじゃって」

 

「ごめんね、ミナミザカ」

 

「気にしないでください、大した手間も取っていませんし。……問題ないとは思いますが、アメリカの彼女たちと何かトラブルがあれば、その時は対処をお願いしますね、お二人とも」

 

「ええ。まずまずないとは思いますが、何かあればすぐ呼んでください」

 

「噛みついてでも止めてやらァ」

 

 俺達も改めてチームJAPANのための業務に戻り、その日はウマ娘達の部屋割りを確認し、ホテルの設備や避難経路をみんなで確認して、夕食とお風呂を取って、明日に備えて眠るのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 翌日。

 

 朝食を食べ終えて、チームJAPANが貸し切っているフロアの一室、大会議室に全員が集まっていた。

 集まっているメンバーはウマ娘達、トレーナー達、そして昨日の深夜にこちらに合流した理事長だ。その際にオニャンコポンも無事に元気な姿でこちらに届いたので、今は俺の肩の上に戻っている。寂しかったぜお前がいないと。

 さて、今日はドバイで初日のミーティングである。今日のこれからと、今週の予定について目線合わせをする時間であったが、しかし。

 

「……ふぃぃ………眠いよー…ヴィイちゃーん…」

 

「ウララちゃん、気持ちは分かるけど目を閉じちゃだめよ。これから打合せだからね…」

 

「ふわぁ……む、昨日は、やっぱり、あんまり寝付けなかったね、スズカちゃん」

 

「時差ボケはどうしても、ですね。頑張って早いうちに直しましょう、ライアン先輩」

 

「( ˘ω˘ )スヤァ……」

 

「ササちゃん…!ここで寝ちゃだめだよ、起きてよササちゃん…!僕も眠いんだから…!!」

 

「早めに何とかしないとね。アタシは機内で寝なかった分、今朝はすっきり起きられたけど」

 

 時差ボケに苦労するウマ娘達の姿があった。

 いや、ウマ娘だけではないか。トレーナー達も流石に完調とは行かない。なにせ12時間のフライトの上、時間感覚が破壊されてしまっているのだから。

 元気なのは安眠のツボを覚えている俺と、もう理由の説明は不要であろう南坂先輩と、飛行機で寝ずの情報収集をしたことで昨日爆睡できたナイスネイチャと、旅行慣れしている理事長だけだ。

 

 まずはこの時差ボケを解消していくところから、かな。

 腕が鳴るぜ。

*1
独自設定。

*2
イージーゴアの戦歴は20戦14勝、2着が5回、3着が1回。なお、敗北のうち3回がサンデーサイレンスによるもの。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

143 その男、中央のトレーナーにつき

 

 

 時差ボケを解消する手段はシンプルだ。

 きちんとした時間に起きて、きちんとした時間に寝るように習慣づければいい。

 そんなわけで俺達トレーナーは、ドバイに来て初日、まずはウマ娘達の12時間フライトと慣れぬ寝床で凝り固まった体をほぐすため、1日を柔軟とストレッチ、体幹トレーニングの練習に充てた。

 当たり前の事を当たり前にやる。何よりも大切なことだ。

 

 たとえ眠気があろうとも、ストレッチで体を動かしている最中には眠気も飛んでいく。

 サブトレ資格を持つ子達とも協力し、ペアを組んでそれぞれで念入りに、本当に念入りに柔軟させる。今日一日の午前は柔軟だけで終わり、午後は体幹トレーニングに関するヨガ運動を、T-S論文の内容の通り実施させることにした。

 体が本調子ではなく、眠気もある状況で併走トレーニングや賢さトレーニングをやるのは危険だからな。併走は転ぶ可能性が高まるし、賢さトレーニングは寝てしまう。

 

「……しかし、立華さん。君んところのウマ娘たち、柔軟性すげぇなやっぱ」

 

「まぁね。デビュー前から力を入れてたところだし。でも、ウララだってよく解れてるじゃないか。いい筋肉になってるよ」

 

「T-S論文の賜物だよ。1月からこっち、気持ちは負けててもトレーニングには手は抜いてねぇからな」

 

 午前中現在、ほわぁー!と気合を入れて開脚前屈をするウララと、その背後から介助するキタを眺めつつ、俺は初咲さんと軽く話を交わす。

 ウマ娘が走る上で、柔軟性は極めて重要度の高い要素だ。柔らかければ柔らかいほど、基本的に走りにいい影響が出る。

 柔らかさが先行しすぎて体幹の筋肉が仕上がってない状態……特殊な指導が加わっていない、ナチュラルなトウカイテイオーのような場合だと動け過ぎて怪我に繋がる恐れもあるがあれはまた別として。

 脚部の柔軟性が上がれば当然脚を前に出す時の負担が減って回転が良くなるし、上体の柔軟性は転じてバランス感覚の上昇につながる。いいこと尽くしなのだ。

 

 そんなわけで一日を柔軟で終えてみて、俺の目でも革命世代のウマ娘達の柔軟性もはっきりと把握できたところで、軽く順位付けしてみたのが以下のとおりである。

 

 

 柔軟性ランキング(立華調べ)

 tier1 サンデーサイレンス

 tier2 サイレンススズカ

 tier3 ヴィクトールピスト サクラノササヤキ スマートファルコン アイネスフウジン キタサンブラック

 tier4 ハルウララ ナイスネイチャ マイルイルネル エイシンフラッシュ メジロライアン

 

 

 大体こんな感じだ。

 勿論、tier4だから体が固いという話ではない。走る上で十分な柔軟性を持っているのは間違いないのだが、大逃げの際に上体を全く動かさない状態で脚だけを全力で回せるようなサイレンススズカや、とうとうテイオーのトレセン学園での柔軟最高記録を抜いたSSが桁違いなだけだ。

 そしてこう見てみると、差しの作戦を主体とするウマ娘のほうが柔軟性が低めで、逃げを中心とするウマ娘達が柔軟性が優れているという結果が出た。

 差しウマ娘達は基本的に、最後の加速にパワーを使う。その分、大腿筋周りの筋肉を搭載することになるため、開脚などの柔軟性は僅かに劣るといったところか。

 

 

 さて、そんな風に初日を過ごし、食事や風呂などで寝落ちかけたウマ娘はお互いに起こしあう事で何とか意識をキープさせて、最後に安眠ストレッチをさせた上で初日は布団に沈んでもらった。

 これで熟睡できないウマ娘はいない。

 翌朝、バッチリと目が覚めて、冴え切った表情を見せるウマ娘達が朝食バイキングの会場に集まってきたため、クソボケVS時差ボケ*1の戦いは無事俺の勝利となった。

 誰がクソボケだ。*2

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 さて、そんなわけで規則正しい生活を取り戻したウマ娘達に、新たなる試練が待ち受けていた。

 それはなにかと言えば、かつてアメリカにチームフェリスで遠征したときと同じ、アレである。

 

「遠征中の課題制度、反対ー!☆」

 

「反対ーーー!!!!!!」

 

「はんたーい!!」

 

「学生運動を起こそうとするんじゃありません。抵抗しても駄目です。1か月分を2週間で仕上げるつもりだからね。午前中は勉強の時間だよ」

 

「いくらURA推薦でのドバイ遠征と言えども、君達は学生ですからね。学生の本分も忘れてはいけません」

 

「頑張りましょうね。早く終わらせればそれだけ、走れる時間も遊べる時間も増えますからね」

 

「ウララは俺がちゃんと教えるから頑張ろうな。日本に戻って課題やってなかった、なんて言ったらキングが泣くぞ」

 

 ファルコンとササヤキとウララが抗議運動を実施しようとするのを諫めて、会議室に集まったウマ娘達が各々のテキストを開いて課題をこなしていくのを、トレーナーが補助しつつ午前中を過ごしていた。

 彼女たちには当然、学園から1か月分の授業の課題が出されており、それを遠征中にこなさなければならないのだ。

 なお、指導を務めるのは俺と南坂先輩と小内先輩と初咲さんだ。

 このうち、教員資格を持っているのが小内先輩と、意外にも初咲さんだ。二人は教壇に立って教えることもできて、実際に正教員が欠勤した際は学園で教鞭を執ることもある。

 俺と南坂先輩は資格はないけど教えるのに問題はない。全学年の知識をカバーしている。

 では沖野先輩とSSはどうなのかと言う話だが、沖野先輩は「悪いけど教えられるほど学がねぇわ」と謙遜されて、SSは決して不可能ではないが彼女はアメリカ生まれで日本の教材になじみがないこともある。指導できるほどの知識はない、と本人が言っていた。

 そのため、沖野先輩とSSには、この時間は日用品の買い出しであるとか、練習施設の借り受けの手続きとか、メイダンレース場の下見とか、そういった細々とした仕事のほうを担当してもらっていた。

 

「こんなもの……って表現はアレかもですが、早く終わらせるに越したことはないですよね」

 

「ヴィクトールさんのおっしゃる通りです。てきぱきと解き終えてレースに集中できるようにしましょう」

 

「なんかアメリカを思い出すの。タイキファーム楽しかったなぁ……」

 

「そうね、アイネス先輩。あの時も一緒でしたね…雪見大福がまた食べたい……」

 

 さて、そんなウマ娘達の内、ヴィイ、フラッシュ、アイネス、スズカは成績優秀組だ。

 彼女たちの指導で困ることはないだろう。実際アメリカでもヴィイを除く3人には殆ど解説不要だったしな。ヴィイも、まぁ普段の様子からも察せる通り、勉強面でも成績がいい。フラッシュと一緒で優等生組に位置する。

 

「うーん。小内トレーナー、ごめんなさい、ここ教えてもらっていいですか?」

 

「はい、ライアンさん……そうですね、ここの問題は、古文の推量の助動詞がヒントになっています。本文中からもう一度探してみましょうか」

 

「……ネイチャさん。すみません、ここの解き方わかります?どうしても答えの単位がズレちゃって…」

 

「はいよー。流石に1つ下の学年の問題ならね。……あー、ほら、ここの式の順番が逆じゃない?だから正しい数字が出てこないんだよ」

 

「むー、むー。ここが、こうなって、むー…!小学校でやってた頃よりも授業のスピード早いですよね、中等部って…!」

 

「トレセンは普通の学校と違って授業時間が午前中だけ、と少ないからな。その分確かにスピードは速くなるんだ。キタ、分からないことがあったらいつでも聞いていいからね」

 

 続いては成績特に問題ない組。

 わかるところは自力で解けて、分からないところも理由を聞けば自分で解法までたどり着ける、平均点以上を取れるメンバー。

 メジロライアン、マイルイルネル、ナイスネイチャ、キタサンブラックがここに当たる。

 この子たちは進行のペースも悪くない。判らないところがどこか、と言うのを自分で分かっているので、そこさえ解消されればあとは解き続けることが出来るからだ。

 なお、学年の話をすると、キタが中等部一年でウオダスと同期、ササイルコンビとヴィイが中等部二年で黄金世代やウララと同期、ネイチャが中等部三年でテイオーやマックイーンと同期だ。

 高等部はスズカとタイキが高等部一年、俺の愛バの3人とライアンが高等部二年、カサマツメンバーや生徒会メンバー、BNWあたりが高等部三年以上だ。

 何?キタが入学したのが最近なのにウオダスと同じ学年なのはなぜかって?在籍年数どうなってんだって?知るかよ。考えるな感じろ。

 

 さて、ここまでは特に問題なく課題をこなせる組だが、残る三人が問題だ。

 先程抗議運動を実施しようとしていた、成績不振組の課題を何とかこなしてやらねばならない。

 

「ひんひん…☆英語を頑張ってたぶん、他の教科がわからなくなってるぅ……☆」

 

「はい。頑張ろうなファルコン。君は頑張れば出来るウマ娘だと俺は信じてるよ」

 

 まず一人が俺の愛バであるスマートファルコンだ。

 アメリカでも言ったが、この世界線では俺の指導により平均点くらいは頑張って取れるようになっている。いや、なっていた。

 なっていたのだが、ここ最近、SSがチームに加入したことや海外遠征の影響もあって、英語に力を入れていたらしい。それ自体はとても素晴らしい事だと思う。

 だが、英語に集中しすぎた結果、他の教科の成績が下がるという本末転倒の様子を見せていた。

 なので俺はおおよそファルコンに付きっ切りで教えることになっていた。

 どうしてアメリカで解けるようになっていた問題が解けなくなっているのですか?どうして……。

 

 そして、二人目。

 

「あーーーーー!!!!連体修飾語と連用修飾語って何なのかわからないいいい!!!」

 

「落ち着いてくださいササヤキさん。大声は駄目ですよ、みんな勉強してますからね。連体修飾語は体言を修飾していて、連用修飾語は用言を修飾するものですよ」

 

「体言と用言と修飾ってのがよくわかりません!!!!*3

 

「体言は「学校」とか「レース」といった、主語になる事が出来る単語で、用言は「食べる」「走る」といった、動作を伴うものなんです。ササヤキさんの名前で覚えてしまいましょう。「桜」は体言で、「囁き」は用言です」

 

「………成程!!!*4

 

「そして、修飾とはその言葉を詳しく説明するものです。ですから、サクラノササヤキさんの、「桜の」とは、「ささやく」という動作を修飾するわけですから、連用修飾語になるわけですね」

 

「………成程!!!!!!*5

 

 悲しいことに猪突猛進型の思考をしているサクラノササヤキが、成績が危うい側として存在していた。

 同室であるマイルイルネルにもよく教えてもらっている様だが、バクシンオーに近い思考の切り替えを得意とする彼女は、中々勉強についていくのが厳しいようだ。あまり深く物事を考えるのが得意ではないのだろう。ツインターボにも近い、明らかに直感派である。

 南坂先輩のとても分かり易い解説でどうやら山は越えたようだ。シンプルな思考で結びつけられればああいう子は結構進むんだよな。連体修飾語、って言葉で詰まってしまうが、きれいな花、とかそういう例を示して根本を理解させてやればいい。流石だぜ南坂パイセン。

 

 そして、三人目。

 ここまで説明してきたので察せるだろう。

 先ほどまで抗議運動に参加していた、俺が過去の世界線で最もかかわりの深かったウマ娘。

 ハルウララだ。

 

 うん、まぁ、みんなご存じの通り、ウララは勉強が苦手だ。

 あらゆる世界線でキングや他の皆に助けてもらって頑張っている。

 勿論、俺が共に歩んだ永劫の記憶の中でも、まぁ彼女の勉強についても俺が尽力した。追試で赤点で合宿に行けないなんて言うことは無いように、合宿前は特に猛特訓に励んだもんだ。

 俺は実は中等部二年の範囲を教えるのが一番得意だ。

 

 さて、しかしそんな彼女であるが、この世界線ではどうなっていたかと言うと。

 

「……さ、連立方程式の復習だぞウララ。前に教えたな?xにんじんとyにんじん、これをどうするんだっけ?」

 

「えーと、まずは分かりやすく、xにんじんだけにしちゃうんだよね!xにんじん、イコール、で表す!」

 

「そうだ!イコールにいこー、で教えたな!移項を使って、xにんじん以外を全部右側に寄せるんだ」

 

「ふんふん。このとき、プラスマイナスは逆になるー……掛け算は割り算になるー……」

 

「そうそう。そして、xにんじんだけにできたら、どうするんだっけ?」

 

「今度はもう一つの式にxにんじんを入れる!!うおー………!!」

 

 初咲さんのとても分かり易い指導の下で、なんと、見事に中等部二年生の中でも屈指の難関問題である連立方程式を解けるようになっていた。

 すっげぇ。俺もめちゃくちゃ頑張って幾度もループを乗り越えていたからこそウララに何とか教えられたのに、初咲さんはそれを人生経験一周目でやっているのだ。

 見れば、指導の仕方に、ウララが分かり易いように、と試行錯誤した結果が見える。教員免許を持っているから、という理由だけではあそこまではならない。初咲さんが何とかするために編み出したのだろう。

 教え子の勉強まで親身丁寧に見てやれる。やはり初咲さんは才能あふれるトレーナーだ。間違いなく、トレセン学園でも優秀な部類に入る、ウマ娘のためを想って動ける男だ。

 ループに入る前の文字通り新人トレーナーだったころの俺と比べたら雲泥の差だ。

 

 そんな初咲さんがつきっきりでウララの勉強を見てくれているため、心配はいらなさそうだ。

 もし厳しそうであれば俺が、とも思っていたが、余計なお世話になりそうだな。

 俺はそこに安心を覚えて、俺がやるべきことに戻ることにした。

 

「……ファルコン、そこの漢字間違ってるよ。ケアレスミスで点を落とすと勿体ないぞ」

 

「んげっ☆」

 

 俺はこの世界線での愛バをしっかりと見てやろう。2週間で課題は終わらせてやるからな、ファルコン。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……いい時間かな。みんな、キリのいい所で手を止めようか。15分の休憩にします」

 

「ふえー☆!疲れたんもぉー!!」

 

「ふふ、でも結構ファルコンちゃんもいい所まで進んでるの」

 

「トレーナーさんがつきっきりですもんね。あまり独占しすぎては駄目ですよ?キタちゃんは大丈夫でしたか?」

 

「ぶへぇー…!なんとか!こう、授業の形式じゃない、課題だけ解くって言うのも疲れますね…!!」

 

 俺は時間を見計らって、一度休憩を取る。効率的な勉強は効率的な休憩が必須だからだ。

 他の子達も、体を伸ばしたり水分を取ったりと、思い思いに一息いれているようだ。

 

 そして、無論のことながら、俺は今回も甘味を準備していた。

 アメリカでも間違いなく効果を発揮したデザートの提供。ウマ娘の調子を整えたければ甘味を与えろ。古事記にもそう書いてある。

 

 だが、今回準備したものは、前回と少し趣が違った。

 と言うのも、今日この遠征に参加するメンバーの内、意外な特技を有している人がいたからだ。

 俺はトレーナー間の打合せの中で甘味の準備について話題を出したときに、その意外な事実を初めて知り、手作りの甘味を与えることの効果で説き伏せて、遠征一週間前から準備してもらっていたのだ。

 

「さて、じゃあおやつを準備してますのでみんなで食べようか。……()()()()、準備してくれる?」

 

「あいよ。ちょっと待ってな、自然解凍がいい時間になったろうし今持って来るよ」

 

 俺は同僚たる初咲さんに頼んで、厨房の冷凍室の一角を借りて保存しておいたそれを持ってきてもらう。

 部屋に運んできてくれたのは、()()()だ。

 しかも手作り。出来も、店に並べるのと大差ない、ガチなものだ。俺もその出来栄えには唸らされた。

 こじんまりとしたサイズで、昼食にも影響の出ない、日本の味を思い出せるベストな甘味。

 

「わ、すごい可愛い!いいですね、こういうの…!」

 

「ドバイに来て和菓子を見るなんて思ってなかったよ……うん、すごいお洒落!ウマッターにあげちゃお」

 

「んー?パッケージがしてない…これ、お店のものとかじゃないっぽい?サイズも若干違いますし」

 

 ヴィイ、ライアンがその見た目の可愛さを絶賛し、ネイチャが量産品らしからぬ出来栄えに首をひねっていると、その答えをとあるウマ娘が笑顔で述べた。

 

「あー!!これ、()()()()()()()()()()()のやつだ!!ウララ、これ大好きなんだー!!」

 

「へへ。みんなの分、少なくとも2週間分は作っといたからな!勿論毎日違うもの出てくるぜ。自信はあんまりねぇけど、どうぞご賞味あれ」

 

 そう、その和菓子は何と、初咲トレーナーが作った物だ。

 彼の過去について、以前にも聞いた事があるが……実家が呉服屋を経営しており、ウマ娘関連ではないが、いわゆる歴史ある名家の出身だ。

 そこの三男として生まれた初咲さんは、若い頃に和菓子作りにハマっていた時期があり……トレーナーを目指すことを決意した後も、趣味で和菓子作りを続けていた、と言う話だった。

 試しに作ってもらったら間違いなく絶品。何だコイツと俺も思わず突っ込んだ。

 他にもウララの勝負服の修繕なんかは自分でできるくらい裁縫技術にも長けている。

 

 なるほどやはり初咲さんも立派に中央トレーナーを名乗る権利を有しているらしい。

 中央のトレーナーは変な特技の一つや二つ持っていてこそだ。そうですよね南坂先輩。*6

 

「うっま!!!!!」

 

「ササちゃん五月蠅い!でも、うん、優しい味ですね。美味しいです、初咲トレーナー」

 

「見た目も凝ってるのー。和菓子って結構長保ちするんですか?」

 

「和菓子ってでんぷん質が多いからな、冷蔵じゃ駄目だけど冷凍だとかなり持つんだよ。日本から冷凍クール便で送ってるから問題ないぜ、アイネス。解凍しても冷蔵庫で2~3日は保つぞ」

 

 早速和菓子を頂き、笑顔を零すウマ娘達。

 いいものだ。既製品でも楽しんでもらえるだろうが、そこにトレーナーの手作り、心の籠った上質な一品と言うアクセントを加えると、さらに喜んでもらえるものになる。

 こうした日常の一つ一つにも、ウマ娘達が喜んでもらえて、かつ、周りの大人たちからも支援を受けているという気持ちを持ってもらうことが、更なる好走に繋がるのだと俺は信じている。

 ナイスだったぜ初咲さん。

 

「初咲トレーナー、この和菓子……後で、レシピなど教えてもらうことはできますか?とても美味で、精巧な作りでした。素晴らしい技術です。私の将来のためにも参考にしたくて」

 

「おお?そういやフラッシュは将来はパティシエール目指してるんだっけ?いいぜ、別に門外不出の技術とかってんでもねぇし。参考になれば幸いだよ。いいよな、立華さん?」

 

「……ああ、一杯教えてやってくれよ初咲さん」

 

 しかし、俺の愛バであるフラッシュがそのお菓子作りの腕に感銘を受けて、作り方を教えてもらいたがっていた。

 俺は勿論許可を出したが、なんだかモヤっとするな。俺のフラッシュが笑顔で初咲さんとお菓子作りについて熱弁している姿を見るのは。いや別にいいんだけど。

 

 ……や、別にいいんだけどさ。いいけど。

*1
初咲トレーナーの発案した比喩表現

*2
お前や。

*3
小声

*4
小声

*5
小声

*6
風評被害。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

144 ゼロの片鱗

(天皇賞秋)パンサラッサしゅごい。
イクイノックスももんのしゅごい。
なお馬券はシャフリヤール軸でした(死)





 

 

 ドバイに来て数日が経過した。

 生活にも慣れ、ウマ娘達も午前中は課題、午後はトレーニング、そして豪華な夕食と大浴場でリフレッシュして安心して寝る…というこの生活に慣れ始めてきた。

 慣れてくれば、トレーニングも本格的な物になってくる。

 今日の予定は、ナイターでの併走練習となっていた。

 

 なぜ夜に走る練習をさせるのか。

 これは、ドバイワールドカップデー、その日程が深くかかわってくる。

 1日に9種類のレースが開催されるドバイワールドカップデーだが、その内最後のドバイワールドカップは出走時刻が現地時刻で夜の八時半頃で、空は真っ暗な時間だ。日本時間だと深夜1時半にもなる。

 我々チームJAPANの参加するレースの順番は以下の通りとなる。

 

 

 第五レース:アルクオーツスプリント(芝1200m・直線)

 参加ウマ娘:アイネスフウジン

 

 第六レース:ドバイゴールデンシャヒーン(ダート1200m)

 参加ウマ娘:ハルウララ

 

 第七レース:ドバイターフ(芝1800m)

 参加ウマ娘:ヴィクトールピスト・サクラノササヤキ・マイルイルネル

 

 第八レース:ドバイシーマクラシック(芝2410m)

 参加ウマ娘:エイシンフラッシュ・メジロライアン

 

 第九レース:ドバイワールドカップ(ダート2000m)

 参加ウマ娘:スマートファルコン

 

 

 さて、この5つのレースの内、ギリギリ日が出ている時間に出走になるのがアイネスの走るアルクオーツスプリントのみ。それだって夕方の時刻で空が茜色になっている時間だ。

 ゴールデンシャヒーンになるともう空は夜の帳が下りており、ナイターとなるため、照明に照らされたコースを走る事になる。

 

 だがこのナイターレースというのは、意外と慣れが必要だ。

 特に、走る際の芝やダートの陰影の形が変わるため、感覚的にも慣らしておかないと違和感を感じて上手く走れないケースもある。

 今回のチームJAPANの中でも、ハルウララやスマートファルコンはダートレースのナイターにも慣れているため、大きく躓くことはなかったが、芝を走る組の面々は最初は少し面食らっていたようだ。

 それもそうだろう。日本の中央レースでナイターで走る芝のレースはない。ここを早い段階で慣らしておくことも、今回の遠征では必須の練習と言えるだろう。

 そうして今、ちょうど日が落ちたころの時間、ナイターのライトが照らす練習コースを軽く走らせ、まず足を馴染ませるところから始めているわけである。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「よーし、何周か走って光の加減には慣れてきたかな?それじゃ併走に入ります。今日は夜で、記者とかもいない。他の国のウマ娘も今日はコース使ってないみたいだから、チームJAPANでコース貸し切りの状態だ。領域あり、戦術あり、接触無し、90%の力で走る事をイメージしての併走を組み分けてやっていくよ」

 

「ケガしないことをまず第一に考えてくれ!その上で、本番でどのようなペースで走るかをイメージしながら取り組むぞ!タイムも逐一、全員の分とってくからな!」

 

 俺と沖野先輩で、ウォームアップを終えてそれぞれ水分補給などをして息を整えるウマ娘達に指示を飛ばす。

 今日はこの時間、チームJAPANで芝とダート、2つのレーンを借りている。記者などのカメラもない。本番で繰り出すであろう深いところまでの作戦を放てる練習日だ。

 今できる走りの正確な速さを取材記事などで挙げられてしまうと、それは対策されることにつながるため、秘密特訓……とまではいわないが、こういう日に一度全力で走っておくのは重要なことであった。

 なお、本当にカメラマンなどが忍び込んでいないかは南坂先輩が確認し、間違いないと太鼓判を押してくれている。どうやって確認したのかとか気になるがあの人が言うのなら問題ないのだろう。だってよ…南坂先輩なんだぜ?

 

「ダート組の二人はアタシも交ぜて、3人で1200mと2000mを繰り返すぜ。勿論、自分が走る距離の時にはゴールまでしっかり走る事にして、違う時は70%程度の力で走って最終直線前で力抜いて流していけ。スタミナ練習の一環としてやるぞォ。アタシは両方付き合うし、1000mまではキタにも参加させる」

 

「はい!不慣れなダートですが、頑張ります!」

 

「サンデートレーナー、キタちゃんが疲れたら私がダートに入ります。アメリカのダートには慣れていますし、ドバイのダートでも結構走れますから」

 

「ん、そォか。助かるぜスズカ」

 

 ダートを走るウマ娘も、SSが主管となって指示を飛ばし、併走を管理してくれる。

 ファルコンもウララも、走ろうと思えば1200mも2000mも走れるウマ娘だ。どちらかだけ、と言うのも勿体ないし、基本的にはこの二人は併走時は共に走る事になるだろう。

 SSも言わずもがなどの距離でも走れるが、キタもここ最近の体幹トレーニングで驚くほど体幹が発達し、ダートも多少ならば走れるようになっている。

 レース形式で勝負、となれば勿論この3人の相手にはならないが、1000mまでならばスタミナを燃やして気合で駆け抜け、最後の直線で抜かれる形で、併せウマ娘としてのベストな仕事が出来そうだ。

 サイレンススズカもアメリカダートで鳴らした実績があり、そちらも手伝ってくれそうなので、ダート組の併走も問題ないといったところか。

 

「よし、じゃあ早速始めていこうか。余り遅くまではやれないからね。それじゃ、最初の併走は……」

 

 俺たちはそうして、それぞれのウマ娘の走る距離、走るレーンを決めながら、練習を進めていった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 何度か併走が行われ、続いて開かれた芝1800mでの併走にて。

 ドバイターフに合わせた距離で実施された併走で、若干の異変が起きていた。

 

 それは、驚愕。

 それを味わったのは、ドバイターフに出走する予定の3人。

 ヴィクトールピストと、サクラノササヤキと、マイルイルネル。

 

 そして、それを味わわせたのは、我がチームフェリスの駆ける風神。

 

 

「……ゴール!一着はヴィクトールピストさん、二着は半バ身差でアイネスフウジンさん、三着は二バ身差でササヤキさん、四着は半バ身差でイルネルさん、ですね……。……いや、なんとも」

 

「───っはぁ!!はぁ、はぁ……!?先輩、なんですか、今の……!?めちゃくちゃ危なかった……!!」

 

「───────ぜ、えー…っ!!!!嘘でしょ……!?最後のアレ、なんです!?!?私も領域に入れたのに、悔しい…!!!!」

 

「あんなの、ヴィイちゃんの領域以外で……はぁっ、どうやって対抗しろってんですか…!!ノーカン!!今の併走はノーカン、です!!」

 

 走り終えた後の3人の表情が驚愕に染まっている。

 いや、ゴール前で彼女たち3人の走りを見守っていた南坂先輩も、タイムを取っていた沖野先輩とネイチャもそんな顔だ。

 ネイチャは『ふざけんなよまたかよんもぉぉ!!対策考えるの大変なんだよぉぉ!!!』って感じの尻尾の揺れ方してるな。

 

「はーっ、はーっ、へへ……いいでしょ、秘密兵器なの!」

 

 そして、その異変を、混乱を起こした張本人であるアイネスフウジンが、駆け終えて満足げな笑顔を見せていた。

 その笑顔に、3人がうっへぇ、とため息を零した。

 ドバイが終わったら、いずれ日本でこれと戦わなければいけないからだ。

 

 アイネスフウジン。

 彼女はクラシック期、日本ダービーで己の持つ領域に覚醒した。

 【チャージ完了!全速前進!】と本人が名付けていたその領域は、残り300m付近で前の方に自分が位置する場合に加速するものだ。東京レース場だとその効果がさらに発揮されるもの。

 しかし、その領域は夏合宿後に彼女が陥ったスランプにより、その後の秋華賞では発揮されなかった。

 

 だが。

 ジャパンカップでゼロの領域に目覚めた後に、彼女の領域は変化した。

 年明け以降の本格的な練習に入ったころに、チームフェリスでの併走中に彼女の新領域が発現し、既にフラッシュとSSとキタは新領域の直撃を受けている。

 世界で初めての犠牲者となったフラッシュ曰く、

 

『シンプルにズルいです』

 

 とまで言わしめた、その彼女の新たなる力。

 俺がアルクオーツスプリントでアイネスが勝ちきれるだろうと確信できる根拠の一つ。

 その、アイネスの新しい領域が、併走によって少なくとも日本勢には知られることになった。

 

 これは秘中の秘だ。

 絶対に、ドバイワールドカップの当日まで周りに知られてはいけない。

 アイネスの秘密兵器にして最終兵器。

 その力を明かすのは、まぁ、当日をお楽しみに、といったところだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「ん。……ん、あん?……タチバナ、ちょっとゴアからLANE通話だ。外すぜ」

 

「ああ、どうぞ。…イージーゴアから、こんな時間に?」

 

「何だってんだアイツ……『はい。何よ、こんな時間で……は?いや、急に何……ええ?』

 

 その後もしばらく併走を続け、練習を始めてから1時間ほど時間が経過し、少し長めの休憩を入れてあと1時間は頑張るぞい…といったところで、SSのウマホにイージーゴアから謎の通話が入った。

 なんじゃらほい、と英語で話している彼女の様子を遠目に眺めてると、ひどく面倒くさそうな様子で通話を終えたSSが戻ってくる。

 

『……タチバナ。今からゴアたち、このコースの予約入れて使おうとしてるんだって。で、管理事務所に聞いたら私達の名前があったから、よかったら一緒に併走しない?って。……アメリカンなアイツの考えそうなことだわ』

 

『あー……なるほどねぇ。いや、遠慮ないね。流石ってところか。悪気も一切ないんだろうけど』

 

 俺はSSから聞いた話の内容に、なるほどね、と理解を落とした。

 彼女たちチームから出走するウマ娘、マジェスティックプリンス。彼女は当然、第九レースであるドバイワールドカップに出走する。その出走時刻は午後八時半になるので、彼女もまた夜に走る事に慣れておかなければならないウマ娘だ。

 だからこそ、俺たちチームのように全体の出走時間を見据えて日が落ちた瞬間、18時ごろから練習に入るよりも、19時ごろ…つまり、今の時間から走らせた方が効率はいいのだろう。

 今日はたまたまチームJAPANが貸し切りの状態だったが、今後レース開催が近づくにつれて、レース場を使う各国のウマ娘も増えてくることは間違いない。だからこそ、今日にアイネスの領域など試していたわけだが。

 

 ふむ。どうしたもんかな。俺は少しだけ悩む。

 別に彼女たちがこのレース場に来て練習するのを止めるつもりはない。止められるはずもない。彼女たちもレースに備えて走りたいわけで、それを止める権利は俺達にはない。同じレーンで練習することになれば、ちゃんと時間とかも調整するつもりだ。他の国のウマ娘が相手でもそう。

 ただ、希望とするファルコン達との併走についてはどうしたものか。ウララは同じレースで走る事はないからまだいいか…?ファルコンだって、まぁ、映像でお互いの研究はバッチリすましている所もあるし。しかし向こうにはオベイユアマスターがいる。以前のアメリカでは味方だったが、今回は明確に敵側となる。余計な情報を与えるのはよくないか?うーん。

 

 そうして悩んだが、よく考えたら俺一人で結論を出せるものでもない話のため、俺はトレーナー方とファルコン、ウララを呼び、相談することにした。

 

「……ってわけで、マジェプリがこれからこの練習場に来るんだけど、よかったらダートで併走しないか、って誘われてるんですよね。……まずファルコンとウララ。どうしたい?」

 

「え、そうなの?じゃあ私は……そうだね……やっぱり走りたい、かな☆よく考えればマジェプリちゃんとはベルモントステークスだけでしか走ってないし、あの時もちょっと記憶飛んでてよく覚えてないし。しっかり走ってみたかった、ってのはあるから…」

 

「んー、ウララはどっちでもいいよ!本番で同じレースで走るわけじゃないし、えーと、プリンスちゃんって強いんでしょ?一緒に走るなら、勉強になりそう!!」

 

「あー……ウララもこう言ってるし、俺としちゃ断る理由はねぇよ、立華さん。いいんじゃねぇか?海外遠征で海外ウマ娘と仲良くなって、併走で走る。こういうのも遠征の醍醐味だって前に立華さん自身が言ってたじゃないか」

 

「まぁそうなんだが。ふむ……SS、君の意見は?」

 

「……まぁ、プリンスとゴアなら特に裏も何も無く走りたい、ってだけだろうから心配はいらねェと思う。プリンスなんかはファルコンに懸想してっからな、なおのことだろォぜ。で、問題のオベだが……下手にファルコンの情報渡さなけりゃ問題ねェだろ。80%の速度での併走って条件でやれば、本気の実力は見れねェわけだしいいんじゃねェか?他の子たちの走りも見られることになるが、そりゃあいずれ避けられない話だし、アイネスのアレは見せるつもりねェし、まぁ自分の担当であるプリンスが走るレース以外のウマ娘達の情報まで熱心には集めねェだろ、あいつも」

 

「うん、俺も大体同意見。……先輩方、どうです?」

 

「俺は構わんぞ。立華君のチームが一番影響でかいし、関係深いのも君達だしな。君達がいいって言うなら特に反対はない。スズカがマジェプリと走りたいって言いだすかもな」

 

「右に同じ、ですね。私のチームの3人はみんな芝ウマ娘ですし、特に影響はないかと」

 

「同じく、ですね。ライアンとレースを共にすることはありませんし、お任せします、立華トレーナー」

 

 大体みんなから集めた意見は前向きなものが多かった。

 確かに、海外遠征では併走で他の国のウマ娘と会うことは多い。そこでトラブルになどなっては問題だが、関係を作り、併走などをする中で仲を深めるのも、ウマ娘達にとっては良い思い出となるだろう。

 ホテルで出会ったときにも俺の方からも、いつかは併走でも、と話をした手前、断る理由は薄かった。

 みんなの走りを見られる懸念はあるが、今日見られなくてもいずれ間違いなく見られてしまうのだ。アイネスの新領域については既に試せたし、問題はないだろう。

 

「うし。それじゃ、80%見込みで、2回くらいを目安に併走させてもらうことにします。SS、連絡とっていいよ」

 

「あいよ。………『ああ、ゴア?併走、構わないわよ。80%で2回くらいならね。……ええ、第6レーンのあたりにいるわ。…来た時に自己紹介ちゃんとしなさい。……ええ、それじゃ』

 

 そうして、ダート組の面々でマジェスティックプリンスと併走をすることになった。

 

 

 

 

 

 ────────その時は、まったく考えていなかったのだ。

 まさか、あんな事件が起こることになろうとは。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

145 最強のふたり

10月を30日までと勘違いしてまして投稿が1日ズレました。
以前に一日早く投稿してたから帳尻合わせで許して♥(土下座)






 

 

 

 

『ナイストゥミーチュー!!イージーゴアよ、よろしくね!!チームJAPANの皆さま!!』

 

「ドーモ、マジェスティックプリンスです。コンゴトモヨロシク!」

 

「オベイユアマスターだ。急な話に応じてもらって感謝する。今日は本当に、裏も何もなく純粋な練習のお誘いだからね、邪推はしないでほしい」

 

 アメリカ組の3人が来て、チームJAPANの面々と改めて挨拶を交わす。

 それなりに経験の深いトレーナーが集っており、ウマ娘達も特段癖のある子はいない。フェリスの面々は既に関係が出来ていることもあり、温和な雰囲気で受け入れられていた。

 

『初めまして、チーム『レグルス』の小内と申します。イージーゴアさんですね。お噂はかねがね……』

 

『………!!??!?!?!??!!!!!あっ、はい!!イージーゴアです!!は、初めまして!!』

 

 その中で、小内トレーナーが名刺を差し出して英語を用いてイージーゴアと挨拶を交わしたときに、なんだかとても珍しく彼女が狼狽している様子が見られた。

 なんだなんだ……と思ったが、しかし、二人が並んで立つ姿を見て、俺はその理由に思い至る。

 イージーゴアにとっては、恐らくは極めて珍しいのだろう。自分より一回り()()()()()男性に出会うということは。

 かつてオベイユアマスターと共にジャパンカップを走ったミシェルマイベイビーが確か身長195cmで、イージーゴアはそれに並ぶ巨躯だ。オベイユアマスターが182cmほど、マジェスティックプリンスも173cmはあり、3人並ぶと日本勢との身長差がすんごい。

 しかし日本勢の中でも我らが誇る小内先輩は身長208cmの巨体。ああして背を丸めていてもなおイージーゴアを見下ろすほどのビッグな男だ。黒と黒でSSと色が被るかと思っていたがタキオンのせいでたまに虹色に光るので割と見分けがつく。

 

『…………っはぁ~………っっ』

 

『クソデカため息。急にどうしたのSS』

 

 急にため息を零すSSに俺は思わず小声で聞いた。

 

『いや、ゴアのヤツ、前に言ってたのよね。『自分より身長が高くてガタイのいい男がタイプ』って。……コウチがもしかして突き刺さったのかも…』

 

『知りたくなかったな……そうか……』

 

 そうか。小内パイセンに春が来てしまうのかもしれないな。本人にその気はないだろうけど。

 しかし万が一その恋路が成就してしまったら、日本に戻った所でタキオンが暴走するかもしれない。そうなったら全霊を持って止めなければなるまい。

 

 

 閑話休題(クッソどうでもいいわ)

 

 

 さて、そうしてマジェスティックプリンスもイージーゴアも準備を終え、併走の時間となった。

 既にこのレース場に来るまでの道中で軽く走ってウォームアップはしてきたらしい。

 そういえば彼女たちは3人ともウマ娘だもんな。ウマ娘レーンも完備しているこのドバイ市街であれば、走って移動するのも選択肢の一つになる。便利だな。

 

『えー、では2000mダート右回りで走ります。タイム計測はオベイユアマスターとネイチャ。スタートは初咲さんと沖野先輩、ゴールは小内先輩がお願いします。走るのはファルコン、ウララ、マジェスティックプリンス、スズカ、イージーゴア、SSになる』

 

『おォよ』

 

『サンデーと走るの、随分と……本当に随分と久しぶりになるわね。フフ、良いわね、アガるわね!』

 

『負けない…!たとえ伝説が相手でも、先頭の景色は譲らない…!』

 

『ハーッハッハッハ!!凄まじいメンバーが集まったものだね、ファルコン!!楽しませてもらうよ、たとえ80%の走りだとしてもね!!』

 

「うんうん☆何言ってるかわかんねーや!って感じかな☆」

 

「ぽぁーん……ぽけー……いんぐりーっしゅ……」

 

「ウララー!!惑わされるなー!!普通に走り抜ければいいからな!!中距離じゃちょっと分が悪すぎる相手しかいないからホント無理すんなよ!?」

 

 周囲に英語が飛び交う中でデバフを食らったウララに初咲さんが檄の声を飛ばしているのを横目に見ながら、俺は今から始まる併走、その余りにも伝説的なメンバーの集まり具合に冷や汗をかいていた。

 いや、気軽に併走を受けてしまったが、これ、金取れるぞ?

 

 日本からは、まず世界レコード保持者のファルコン。

 異次元の逃亡者、アメリカのダートでも暴れまわったサイレンススズカ。

 元気一番、実力も確かな頑張る一等星ハルウララ。

 対フェリス以外は無敗の王子マジェスティックプリンス。

 エクリプス賞W受賞、アメリカを蹂躙したサンデーサイレンス。

 そしてそのサンデーサイレンスの一番のライバル、GⅠ9勝のイージーゴア。

 

 なんだぁ?国を越えたドリームリーグの舞台かここは?

 

『……何度も言うけど、併走だから無理しないでね。80%、それを意識して走りましょう』

 

「………」

 

「スズカ。そこは頼むよマジで」

 

「沖野トレーナー…はい。大丈夫です、無理はしませんから」

 

 スタート前に改めて今回の併走では80%での走りに抑えることを説明する。

 これを言わないと全員が全力で走ってしまって怪我とか体力消耗とかがヤバそうだからだ。

 練習である。無理はよくない。イイネ?

 

 さて、くじ引きで枠順を決めてもらってスタート地点に並んでもらう。

 既に、この時点で走るウマ娘達全員が意識を切り替え始めた。

 併走とはいえ、レースに近い形のそれ。先ほどまでの穏やかな雰囲気は吹き飛び、そこにいるのは6頭の獣。

 トレーナーである2名までそんな雰囲気になっているのが若干気になるが、まぁ気を抜いて走られても困るしな。俺は何も言わず、スタートの準備を整える。

 

「アイネスさん、誰が勝つと思いますか?」

 

「んー……やっぱりファルコンちゃんに一票なの!キタちゃんは?」

 

「私はサンデートレーナーに一票です!頑張れー!サンデートレーナー!!」

 

「真面目に考えれば……マジェプリちゃんかな?ファル子ちゃんもサンデートレーナーもさっきまで併走してたしね」

 

「でもライアン先輩、プリンスさんもイージーゴアさんも、今これから併走に入るところです。体の解れ具合で言えば、ファルコン先輩たちの方が上ですよ」

 

「ウララちゃんを応援したいところもあるんだけどねぇ……2000mだとちょっと厳しいかなぁ!?!?」

 

「かも、ね。でも、ウララちゃんだって革命世代さ。この併走を無駄なものにはしないはずだよ、ササちゃん」

 

 芝を走る他の面々も、休憩がてらこの併走を見に来ていた。

 それはそうだ。この併走は見逃せない世紀の一戦だ。必ずや見学するウマ娘達の参考になる事だろう。見事なレース展開が作られるはず。

 

 スタート紐を初咲さんと沖野先輩が彼女らの脚元に張り終えた。

 俺はスタート地点に並ぶ皆の後ろから、スタート係の二人に向けてハンドサインによるカウントダウンを始める。

 

 3。

 2。

 1。

 

 

『……ッスタート!!!』

 

 スタート紐が上げられ、併走が始まった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「ッ……!ファルコン先輩…!」

 

「…砂の上では、譲らないっ…!」

 

 まず、世界最高峰のスタートを決めた二人による夢の共演が果たされた。

 サイレンススズカとスマートファルコン。この二人が、共にロケットスタートを決めたのだ。

 だが、分があったのはスマートファルコンだ。スタートの直後は同時であったものの、その後の加速に差が出る。砂の上では、隼に軍配が上がる。

 位置取りはスマートファルコンが先頭、そのすぐ後ろをサイレンススズカが追走する形となった。

 勿論、お互いに80%という上限をしっかり守っている。守ったうえで、その限界をスタート直後から出しただけだ。

 開始直後からマックスに至れるからこそのスタート巧者。まず砂の隼と異次元の逃亡者の先頭争いが発生した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『ああ……昂ってしまうね。その背中を、この半年間、夢にまで見たよ……ファルコン!!』

 

 そしてその後ろ、こちらも好スタートを切っていたマジェスティックプリンスが続く。

 彼女のまなざしの先は、スマートファルコンの背中。

 ベルモントステークスの悪夢で30バ身以上の差をつけられた、余りにも遠い背中。

 それに、どれほど近づいたか。このドバイワールドカップで、試したい。

 あの砂の隼、愛するライバルへたどり着きたい。

 

 ……彼女が先月、マイルのダートレースで敗北を喫したことを当然、マジェスティックプリンスは知っていた。

 あのレースの勝者、フジマサマーチ。

 彼女の持つ執念の深さ、想いの強さはマジェスティックプリンスも画面越しながら存分に感じ取っており、その意志の強さには敬意を持っている。足の故障はあったが、彼女の走りは素晴らしい物であった。あのレースの決着に貶めるようなものはない。

 

 だが、スマートファルコンの砂上の初めての敗北を己以外のものに取られたことは、いささか業腹であった。

 あの絶対の砂の隼は、己がいつか堕とすのだと決めていたのに。

 

 その悔しさのぶつける先は、しかし、やはり砂の隼しかいないのだろう。

 

(中距離戦こそがファルコンの真価……そこで私は君に勝ちたい!このドバイで、30バ身差の屈辱を晴らさせてもらおうとも!!)

 

 勿論、今は併走である。80%で皆が走っている中で、自分だけ100%を出してぶち抜くような走りなどするつもりもない。

 己の脚の調子やスマートファルコンの走りの観察などをしながら、徐々にギアを上げていく。

 領域である【王の箱庭】も500m地点で展開するが、正直な所、今走るこのメンバーには効果はほとんどないだろう。

 先頭を走る二人、そしてすぐ後ろを走るSSと2バ身後ろのイージーゴア。少なくともこの4人には意味をなさない。

 ハルウララだけは分からないが、まぁ、そもそも走るレンジが違うと先ほど話もあった。彼女は短距離からマイルがメインとのことなので、今回の併走では先頭に食い込みはしないだろう。いつか実戦のレースで共に走る事があれば、その時は本気で試してみたいものだ。

 

(練習とはいえ……当然、諦めるつもりは毛頭ないとも!一度の敗北で牙が抜けてしまうほど、隼は弱くはないと私に思い知らせてくれたまえ!)

 

 さらに脚に力を籠めて、マジェスティックプリンスが領域を展開した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「っ…!これが、プリンスちゃんの…!!」

 

 マジェスティックプリンスを中心とした赤いドーム状の領域が展開され、その中に取り込まれるハルウララ。

 おおよそ2バ身ほどの差を持って、最後尾をハルウララが走っていた。

 そのすぐ前には、大きな体を存分に回して走るイージーゴアの姿がある。

 

 ハルウララは、マジェスティックプリンスのその領域、数多のウマ娘達が取り込まれ堕ちていったその王の箱庭に捉えられても……根性で、耐えきった。

 影響がゼロとは言わない。しかし、今の、激戦を潜り抜けてきたハルウララにとって、この領域は決して抵抗できないものではなかった。完全にやられてしまうほどのものでは、ない。

 何故なら、ハルウララもまた見てきたからだ。

 牽制に抵抗をし続ける、絶対たるスマートファルコンの背中を。

 そんなスマートファルコンすら落とした、フジマサマーチの執念の牽制を。

 他にも、ノルンエースといった牽制を得意とするウマ娘、そんな子らと併走を続けてきた。

 つぼみであった桜の花は既に満開となり、一流ウマ娘達が集うこの併走にあっても、決して絶望的な差は開いていなかった。

 ポツンと一人なんて言わせない。

 

 しかし、それでも距離適性の差は間違いなく存在する。

 無茶をしても勝ちきれない、残り1500mの距離で追い抜くのは難しい。

 それはハルウララもわかっている。バカではないのだ。初咲トレーナーがレース前に言っていた通り、この併走はハルウララにとっては、着順を見るものではない。

 

「ah……ウララ、are you okay(大丈夫)? Can you follow me(ついてこれる)?」

 

「んー!おー!ふぃーるおーらい!!まっするまっするー!!」

 

「アハッ……okay、nice fight!!」

 

 前を行くイージーゴアがちらりと振り向き、しんどそうに走る自分を労わる言葉?を恐らくかけてくれたのだろうが、しかし心配はいらない、と何となく英語で返してみた。

 そんなやり取りにお互いに苦笑を零し、しかしハルウララの瞳に燃える炎を感じたイージーゴアは、心配はいらないことを察し、己の走りを果たすために加速する。

 

 いい目をしていた。

 この併走で、距離適性の違いはあれど、己のできることをすべて成そうという決意の目。

 たとえ並び立てなくとも、前を走るウマ娘達から、少しでも強さを吸収してやろうと言わんばかりの集中力。

 

 イージーゴアは、内心でハルウララの評価を改める。

 体も小さく、笑顔は可愛らしいがその体に圧倒的な才能を感じるようなものはなかった。マジェスティックプリンスやスマートファルコンに感じるようなものは、無いと感じていた。

 しかし違う。この小さな体にも、確かに熱があり、想いがあり、それを力に変えている。

 

『……ッハ、なるほどね。どこかで見たような気がすると思ったわ…』

 

 イージーゴアは徐々に位置を上げながら、そのかつて見たような姿、才能もなさそうな体で己を3度も破った、最大のライバルにして最愛の親友に近づいていく。

 サンデーサイレンス。この子の脚は、体は、まったくもって才能に恵まれていなかった。

 しかしそれを、ハルウララとは違う方向ではあれど、想いで、執念で磨き上げ、この私に勝つまでに至っている。

 そんな彼女が日本でトレーナーとして花開いたことに喜びもある。

 友人として、これからも末永くやっていきたい。

 

 しかし。

 それはそれとして。

 

 この目の前の小さいのには、二度と負けたくないのよね。

 

『…!ゴア、アンタッ……!!』

 

 マジェスティックプリンスの後方半バ身ほどの所で、領域に抵抗しながらもスマートファルコンの領域の発動を見届け、最終コーナーに入り加速しようとサンデーサイレンスが足を踏み込もうとしたところで。

 後方から上がってきたイージーゴアが、()()()()()()()()()()()

 

 いや、そのように表現したが、これは決して反則ではない。

 アメリカのレースでは日常的にみられるラフプレーだ。

 走っている際に、その腕が相手の体に当たる。ポジションの奪い合いで、体同士が接触する。

 その程度はアメリカレースでは毎日のように起こる事であり、アメリカのウマ娘達はそんな接触に慣れていた。

 

 しかし、当たってきたのがイージーゴアである。

 たとえそれが彼女にとってライバルに向けた軽いちょっかいだったとしても、普通のウマ娘ならば吹っ飛んでいることであろう。

 195cmの巨躯が、60km/hほどの速度で走りながら接触してくるのだ。

 そこに生まれる運動エネルギーは計り知れず。

 

 だが。

 それを受けたのは、運命にすら噛みついたアメリカ最強のウマ娘である。

 

『ッ……微動だにしないじゃない。ホント、鍛えてんのね、サンデー!ねぇ、もっとやりましょうよ!!』

 

『アンタねぇ…!!これは併走だ、って言ってんで……しょっ!!』

 

『ンはっ♪……ああ、いいわね、懐かしいわ!プリークネスステークス*1を思い出すわねぇ!!』

 

 イージーゴアの接触も意に介すことなく、むしろ逆に体をぶつけ返してやり返してくるサンデーサイレンス。

 その瞳はふざけるなという叫びを宿す深い黄金。

 サンデーサイレンスは、宿命のライバルであるイージーゴアにちょっかいをかけられたことで、現役時代の気性難が蘇り始めていた。

 

 152cmの小柄な体から繰り出されるラフプレー。しかし横方向への力の伝え方が上手いサンデーサイレンスが、類稀なる体幹から放つことによりイージーゴアですら揺らすに至る。

 本気で勝ちに来るときのサンデーサイレンスほど恐ろしいウマ娘はいない。

 噛みついてでも抜いてやる、と言わんばかりの執念が、圧が、全方位に向けて放たれ始める。

 そしてそれを受けるイージーゴアもまた獰猛な笑顔を見せ、宿命のライバルに向けた全力の走りを繰り出すべく、ばくん、と全身の筋肉をビルドアップさせる。

 

 併走が壊れ始めていた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……っぎゃあ☆!?」

 

「えっ……!?嘘でしょ…!?」

 

『ちょっと、待ってくれないか…!!お二人ともいい大人でしょう!?』

 

「うわ、こわー………」

 

 最終コーナーを曲がり終えて、4人の口から悲鳴とも驚愕とも呆然ともとれる声が漏れた。

 併走はラストスパートに入り、スマートファルコンは先頭を維持し最後駆け抜けるために姿勢を落としたところ。

 その後ろ、サイレンススズカはここまで何とか2着に食い下がっていたが、今のファルコンに追いつくこと叶わず、少しずつタレ始めていた。

 それを追い越すように見事なタイミングで抜け出し準備を始めるマジェスティックプリンス。彼女の技術が光り、砂の隼までたどり着けるかどうか、という具合。

 その5バ身ほど後方、ハルウララも適切な位置で末脚を発揮するが、やはり距離適性の壁は大きく差はなかなか縮まらない。しかし、本人はいたって真面目に、最後まで気を抜くことなく走り切ろうと考えていた。

 

 しかし。

 そんな学生たちの輝きの、その大外を。

 大人気ない二人が、120%の全力疾走で駆け抜けていく。

 

 

『────ふざけんじゃないわよゴア!!こうまでして私と決着付けたいって言うの!?BCクラシックでどっちが上かはとっくに理解してるでしょう!?私が上で!!アンタが下よ!!!』

 

『何言ってんの、あれは後10mあったら私の勝ちだったわ!!*2それにベルモントステークスでは私がぶっちぎりだったでしょうが!!*3

 

『あん時は調子悪かったのよ…!!私が3回勝って!アンタが勝ったのは1回だけ!!誰が見てもはっきりしてるでしょうこのデカブツ!!』

 

『はー!?私はGⅠ9回勝ってるんですけどー!?サンデー何回だったっけー?たった6回だっけー!?チビだからいっぱいレース走る体力ないもんねぇしょうがないわよねー!?』

 

『はぁ!?気にしてることを言ってくれたわねこの唐変木!!アンタは無駄に図体だけデカくて頭が回らない猪突猛進バカでしょうが!!』

 

『バカって言う方がバカだって貴女が言ったことなのに忘れちゃったのかしらー!?胸にしか栄養が行ってないから自分が言ったこと忘れちゃうのよねー!!どうせその体でケットシーにも誘惑とかしてるんでしょー!?』

 

『本気でブッ殺すわよアンタ!!アタシよりも胸小さいくせに!!!』

 

『やれるもんならやってみなさいよこのチビ!!!』

 

××××××××(ひっどいスラング)!!!』

 

××××××××××××××××××(ホントにひっどいスラング)!!!』

 

 

 その連なるように走る二つの罵倒製造機は、ハルウララを置いてけぼりにし、サイレンススズカすら眼中になく、マジェスティックプリンスを容易に抜き去り、スマートファルコンすら差し切って。

 ほとんど並んだままで、そのままゴールに飛び込んでいった。

 

「…………ええと、一着はイージーゴアさんですね。二着がクビ差でサンデーサイレンスさん。……三着が2バ身差でスマートファルコンさん、四着がハナ差でマジェスティックプリンスさん。……5着が3バ身差くらいでサイレンススズカさん、6着が1バ身差でハルウララさんです」

 

『ハァ!?コウチ、私の勝ちでしょ!?よく見てなかったの!?』

 

『アーーーっハッハッハ!!これで2勝になったわ!!次でもう一回勝てばドローになるわねサンデー!!』

 

『はァ!?このレース前にアタシは何度も併走してんのよ!!それで勝ち誇るとかプライドはないわけゴアさんはぁ!?』

 

『あらあらあらあら!!サンデーサイレンスさんともあろう方が言い訳なんてはしたないわね!!勝ちは勝ちよ!!これだから────────』

 

 

 ぐりっ。

 

 

『みぎゃあ!?!?』

 

『ンアーーーッ!?!?』

 

 レースを終えた二人が、それでも醜く言い争っていたところで。

 その後ろから近づいて見事に二人の脱力するツボを撃ち抜いてへたりこませる。

 二人が叫び声と共に砂に伏して振り返れば、怒り心頭と言った様子の立華勝人と、オベイユアマスターがそこには立っていた。

 

 

『────────SS。正座』

 

『ゴア。アンタもだ』

 

 

『『アッ、ハイ……』』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 その後、ウマ娘達の併走は改めて実施され、スマートファルコンにとってもマジェスティックプリンスにとっても、勿論ハルウララにとってもとても有意義な練習が果たされ、仲を深めることができた。

 そして、大人気ない様をさらした二人は、その間ずっとお仕置きとして砂の上に正座させられ続けたのだった。

 

*1
アメリカクラシック2戦目のプリークネスステークスにて、サンデーサイレンスとイージーゴアはお互いに体をぶつけ合いながら最終直線を15秒以上も競り合って、数cm差でサンデーサイレンスが勝利した。

*2
BCクラシックでは、残り200m地点から先頭を走るサンデーサイレンスにイージーゴアが凄まじい勢いで追い上げたが、クビ差でサンデーサイレンスが粘り切って勝利した。

*3
2410mのベルモントステークスではイージーゴアが8バ身差でサンデーサイレンスに勝利。その時のタイムはセクレタリアトに次ぐ2分26秒0であった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

146 待たせたな温泉回だ

※脳の1割も使わず出力した話になります。



 


 

 

 

 ホテルの設備の一つ、大浴場。

 そこは流石の五つ星ホテルと言えるだろう、広々とした立派な温泉施設が準備されていた。

 広く清潔な脱衣所、様々な種類のお風呂、サウナやプールといった、温泉好き日本が誇る健康ランド的な施設にも負けない設備の数々。

 スポーツマンにとって良く効くと言われる炭酸泉が3つもあるというのが、この時期ドバイワールドカップに挑むウマ娘に配慮された温泉だということを表している。

 

 さて、そんな温泉に、今日も練習を終えたチームJAPANの面々が入ってくる。

 

 なお、当然であるが彼女たちは全員バスタオルを体に巻いている。*1

 

 

「あー……今日も疲れたの…!」

 

「ドバイに来てもうすぐ2週間…練習も、仕上げに向けて少しずつ密度が上がってきましたね」

 

 まずチームフェリスから二人、アイネスフウジンとエイシンフラッシュだ。

 アイネスフウジンは髪結いをほどいて髪を下ろしているがこれは当然と言えるだろう。

 

「脚を仕上げに来てるよねぇ…☆今日はだいぶ脚パンパンな感じ。お風呂あがったらトレーナーさんにまたマッサージお願いしちゃおうかな…☆」

 

「皆さん、お背中流しますよ!お疲れでしょうから!」

 

「あはは、そこまでしてもらわなくても今日は大丈夫なの、キタちゃん!」

 

 続いてスマートファルコンとキタサンブラックだ。スマートファルコンも同様に括りを外して肩口まで下ろしており、キタサンブラックは細く結っている左右の髪房をほどいている。

 お助けキタちゃんを発動し、お風呂で動くのがしんどそうなウマ娘がいれば背中を流すのが日課となっていたが、今日はまだギリギリ余裕はあるようだ。アイネスフウジンが苦笑と共に遠慮した。

 

「イルイル……背中流してぇ……」

 

「嫌だよ。まだ動けるでしょササちゃん」

 

 その隣、サクラノササヤキとマイルイルネルがわしわしと髪を洗っている。両名とも疲労困憊といった様子だが、まだ髪を洗うくらいの体力は残っている様だ。温泉に浸かることでもう幾分か回復することだろう。

 

「ん!じゃあササちゃんの背中はウララが流してあげるね!」

 

「じゃあウララちゃんの背中はあたしが流してあげよっかな。髪が短いからシャワーの時間あんまりかからないしね、あたしは」

 

 しかしてそんなサクラノササヤキの背中に寄っていき、笑顔で背中を流し始めるハルウララの姿があった。彼女もまた普段は後ろに一本流しているポニーテールをほどいているのでふわりと長い髪をお湯に濡らしている。

 さらにその後ろ、メジロライアンがハルウララの背中を流すため列になる。メジロライアンは普段からウマ娘の中では短い髪型のため髪を洗う手間が少ない。

 なお、今回の旅で同室であるウララの髪に毎朝櫛を通すキングヘイローの役割はおおよそライアンによって実施されている。同室の他の二人が共に髪が長く、それぞれ整えるのに忙しいからだ。

 

「ライアン先輩の髪型、短くてさっぱりしていていいですよね……私もそうしようかしら……」

 

「スズカ先輩の髪が短くなってたらスペちゃんがショックで倒れちゃいませんか?」

 

「スズカ先輩もヴィイも、髪がキレイなストレートでいいですよねぇ。ネイチャさんは髪が若干癖があるから中々言う事聞きませんよ。ハヤヒデ先輩ほどじゃあないけど」

 

 そしてウララ部屋に同室の二人、サイレンススズカとヴィクトールピストが共に長い長髪を丁寧にシャワーで洗っていた。二人とも直毛のストレートで、栗毛と黒鹿毛という違いはあれど、お互い艶のある綺麗な髪を持っていることは間違いがなく、二人で並べば周囲の目を引くほど。

 そんな二人の髪をナイスネイチャが羨ましそうに眺める。彼女の髪は少々のくせっけがあり、ツインにまとめた上でなお湿気の多い日などは膨らむことがあるのだ。無論、そんな彼女の髪型が良い、というファンも多いが。

 

 しかし、これだけ仲の良い学生が集まっての洗い場での会話になる。

 髪を洗うのに時間がかかる面も当然あるが、それ以上におしゃべりに夢中になる部分はあり、そこは避けられないところだ。

 そんな彼女たちに、監督役である大人が早速体を洗い終えて一声釘をさす。

 

「あんまりだらだらくっちゃべって体冷やすなよォ。とっとと髪と尻尾と体洗って風呂入って、一度しっかり体温めろ。風呂で温めながらよく筋肉解すんだぜ」

 

「あ、はーい。えへへ、ごめんなさいサンデートレーナー」

 

「いけないいけない。ちゃんと温まらなくちゃね☆」

 

 この中で唯一の成人女性であるサンデーサイレンスが全体に声をかける。

 サイレンススズカやナイスネイチャもサブトレーナー資格は持っており、トレーニングの上では頼りになる存在なのだが、こと生活管理の面となるとサンデーサイレンスに負担がかかる。

 特に風呂だ。ここでは他のトレーナーは全員男性なので、頼れる存在が少ない。まだ子供である彼女らが変に暴走して転んだりしない様に注意を払っていた。

 つい先日親友と併走した際に暴走した身ではあるが、生徒の管理については真剣である。のぼせてしまう子がいないか、湯冷めしてしまうような子がいないか、服を脱いだからこそ分かるような、筋肉を痛めてしまっている子がいないか、ウマ娘にしかわからない体調の変化はないかをきっちりチェックしていた。

 一番走りだしそうなサクラノササヤキとハルウララについては常に他の子がついているように指示を出している。

 

 (かしま)しくも楽しいお風呂の時間はこれからである。

 

 

────────────────

────────────────

 

「ふぃー……☆いいお湯ぅ……☆」

 

 スマートファルコンは、体と髪と尻尾を洗い終えて、湯舟に肩まで浸かった。

 最近はこの炭酸温泉がお気に入りだ。体に二酸化炭素の泡がついて、高濃度の炭酸泉は疲労の回復にいいらしいのだが、確かに血流が良くなっている気がする。

 これに入った後サウナに入り、プールで体を冷まし、最後に温泉でもう一度温めるのがここ数日の流れとなっていた。

 さて、しかしその炭酸泉に入っている他のウマ娘達が、スマートファルコンにとってはアウェー感満載のメンバーであった。

 

 

「ふー……この炭酸泉、調べると古くはヨーロッパ発祥らしいですね。ドイツにも、天然の炭酸泉がいっぱい湧いているんですよ」

 

 エイシンフラッシュ(88)。

 

「そーなんだ?天然かー、興味あるの!泡の量とかもすっごいのかな?」

 

 アイネスフウジン(88)。

 

「ドイツには確かウマ娘向けの炭酸泉による温泉療養地があったよなァ。バードナウハイム温泉だったか。あそこ骨折とかすげェよく治るらしいな」

 

 サンデーサイレンス(96)。

 

「そうなんですか!流石、博識ですねサンデートレーナー!私も行ってみたいなぁ、温泉大好きなんで!サンデートレーナーと一緒に、いつか…」

 

 キタサンブラック(95)。

 

「炭酸泉って、効能がすっごい分かり易くていいよね。間違いなく血管開いてるなーって感じするもん」

 

 メジロライアン(87)。

 

 

 もげろよと言いたくなるメンバーが集まっていた。

 しまったな。こっちは敵地だった。

 チームメイトが多い事で気が緩み、しっかり確認せずに入ってしまった。

 もう一つの炭酸泉には目に優しいメンバーが集まっているというのに。

 目測を誤ったことをスマートファルコンは自覚する。

 

 スマートファルコンの所属するチームフェリスは、平均値がデカい。

 デカすぎる。

 有名チームであるスピカ、リギル、カノープスなどと比べて、平均値が比較にならないほど高いのだ。

 一時期、トレーナーである立華勝人はそっちのほうが好きなのか?とネットで騒がれていたこともあったが、あまりのクソボケっぷりにただの偶然なんだろうなという風評が出来るほどなのだからあの男は筋金入りである。

 

 しかし、そんな環境に叩き落されたスマートファルコンにとっては死活問題である。

 恐らくは、世界線が違えばコンプレックスにもなっていなかったであろうその体の一部が、悲しいことにここドバイに来るまでは結構気にしている部位になってしまっていたのだ。

 

 だが、ドバイでスマートファルコンは救われた。

 決して卑下する意味ではないが、同じ境遇にいるウマ娘達が多くいたので、自分だけが劣っているわけじゃないのだと再認識できたからだ。

 というか、(78)は普通に恵まれている方なのだと理解できたからだ。

 己の精神的平安を保つために、スマートファルコンは下を見ることの大切さを知れた。

 

 スマートファルコンは、脳内で謎の順列を作る。

 なお、これは純粋な数値ではなく、いわゆるカップでの計測であることを事前に申し添える。

 

 サンデーサイレンス

 <越えられない壁>

 キタサンブラック

 エイシンフラッシュ

 アイネスフウジン

 メジロライアン

 <越えられない壁>

 サクラノササヤキ(80)

 ナイスネイチャ(79)

 スマートファルコン(78)

 ハルウララ(74)

 ヴィクトールピスト(75)

 マイルイルネル(73)

 <越えられない壁>

 サイレンススズカ(壁)

 

 

 もげろよ。

 

 

「…?ファルコンさん、何だか難しい顔をしていませんか?どうかされましたか?」

 

「もしかして眠い?あんまり早寝しちゃうと生活リズム狂っちゃうの」

 

「ナンデモナイデス☆」

 

 大切な親友たちにしてチームメイトであるフラッシュとアイネスが寄ってくるが心理的圧力が高いのでやめてほしい。

 怒りに任せて蹴りでこの炭酸泉をモーセのように真っ二つにしてやろうかとか考え始めてしまうのでやめてほしい。怒られてしまう。

 衝動に身を任せてはいけない。落ち着いて深呼吸し、スマートファルコンは己の怒りをコントロールした。アンガーマネジメントは走者の必須項目だ。

 明日は絶対に入る風呂を間違えない様にしよう。恵まれし者たちに恵まれぬ者の気持ちはわかるまい。

 

 

『……あら、今日は時間が重なったわね、サンデー!どう?サウナ行かない?』

 

『ここのサウナは温度が高くて素晴らしいよ!ハーッハッハッハ!!どうですかサンデートレーナー!ご一緒に汗を流すというのは!』

 

『……いやよ、どうせ我慢比べとかし始めるでしょ、ゴアが。走りや筋力はともかくサウナでアンタに勝てる気がしないんでパス』

 

『ふむ。確かにサンデーの体躯だと長時間のサウナは大変だろうね。食生活も質素な君の事だ、余り汗を流しすぎればミネラル不足になる』

 

『わかってんなら大人しく風呂に入ってなさい』

 

 スマートファルコンがそんなくだらない思考に陥っているところに、アメリカ組の3人がやってきた。

 

 マジェスティックプリンス(75)。

 イージーゴア(95)。

 オベイユアマスター(91)。

 

 このうち二人、イージーゴアとオベイユアマスターは敵である。スマートファルコンは二人のそこにちらりと目をやり、大いなる実りを携えているのを見て、もげろと祈りを果たしておいた。

 しかしマジェスティックプリンスは別だ。彼女の身長は173cmと、日本のウマ娘と比較するとかなり高いほうだ。

 だが、その胸元は実になだらかな丘陵を描いている。

 マジェスティックプリンスの魅力は女性的と言うよりはむしろ中性的な物だと言っていいだろう。顔つきも精悍さを含んだ美で整えられており、本国アメリカでは女性のファンがかなり多かった。王子と言う名前に恥じない存在であった。

 

「マジェプリちゃん……☆!!私、マジェプリちゃんの事ズッ友だって想ってるよ…!!」

 

「急にどうしたファルコン=サン!?私も君の事は最大のライバルにして最愛の友だと思っているが!?ゆ、ユウジョウ……!?」

 

 お風呂で隣に入ってきたマジェスティックプリンスの手をぎゅっと掴んで、心からの敬愛を伝えるファルコンに、驚愕と赤面の浮かんだ表情で答えるマジェスティックプリンスだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

「それで、どうなんです?先輩方。実際の所……立華トレーナーとの関係って」

 

 時間は変わり、ここはサウナ。

 炭酸泉で体をほぐし、その後ひと汗かくためにここにまた幾人かのウマ娘が集まる中で……ナイスネイチャが悪戯心満載の顔でサウナの中にいるメンバーに向けて火種を投下する。

 中にいるのはチームフェリスの3人、エイシンフラッシュとスマートファルコンとアイネスフウジン。

 そしてメジロライアンとハルウララだ。

 しとしとと皆で汗を流しつつも、話題はやはり女子らしく、コイバナの方向へ向かう。というかネイチャが向けた。

 ここでなんか面白恥ずかしいエピソードでも聞ければよし。もしかすればレース中の戦略にも使える情報が零れればなおよし。

 万が一修羅場に変わってしまったとしても出口に一番近い位置をキープしている自分がいの一番に逃げてライアン先輩に任せればよし。

 そのような策士的一面をのぞかせつつも、純粋に興味があって、せっかくこうして距離が近づく遠征中である。気になることを話題に出してみた。

 

 なお、この話を振った時点でメジロライアンの耳がぴこんと動き、聞き洩らさぬように話の方に向けられている。彼女は脳内メジロのお花畑であった。

 ハルウララも興味津々と言った様子で話に参加している。

 

「えー?そうねー……んー……」

 

「一言で表すのは、難しいかもしれませんね……」

 

「……別に、ネイチャちゃんも狙ってる、ってことじゃない……よね☆?ネイチャちゃん、南坂トレーナー一筋だもんね☆?」

 

「ああいえ自分は全然、猫トレさんにそういう気持ちはないですよ!?そりゃもう、ええ……ってか南坂トレーナーにもそんなことはないですよ?」

 

「ふーん。嘘つき」

 

 ファルコン先輩の圧が強い。

 確か…そう、このスマートファルコンと言う先輩は、チームフェリスに加入する前はコイバナとかで恋愛クソザコ面をさらす側のウマ娘だったという風評を聞いていたのだが、しかしフェリスに加入してから何か変化があったのか、立派な恋愛強者へと変貌を遂げている。

 己の胸の内に隠していた己のトレーナーへの恋心を見事に看破され、ナイスネイチャは内心で冷や汗を垂らした。サウナの中だというのに少し寒いな。

 しかし、まぁ、自分の事はいいのだ。あの人の隣にいたいと願い、色んな資格やら技術やらを覚え、レースでもチーム運営でも力になれるよう尽力している昭和時代の女のことなどどうでもいい。

 今話題としたいのは、チームフェリスの恋愛事情である。

 本来ならここにサンデーサイレンスも入ってほしかったが、生憎彼女はイージーゴアと昔の話で盛り上がり、それをキタサンブラックが羨ましそうに眺めているという環境にあり、サウナの中にはいない。今日は夜にでも飲みに行くのかもしれない。

 

「アタシのことはいいんですよ、それよりやっぱり気になるのはお三方ですって。ほら、学園でも色んな噂になってますし。アイネス先輩なんて、毎週立華トレーナーのお家の掃除に行かれてるとか……」

 

「あー、まぁね?バイトの仕事って面もあるけど、別に何も変なことしてないよ?あの人の日常のお世話をするのが楽しい、って言うのは間違いなくそう……けど、そうね。やっぱり、こう……抱きしめてほしいとか、キスしてほしいとか……っていうよりは、なんだろうな、あたし、()()()()のことを家族みたいに想ってるの。あたしの事を大切なウマ娘として見てくれてるのは分かるんだけど、もう一歩踏み込むなら……家族になりたいなぁ、って。だから、毎週の家事であたしがいないと駄目だ、ってなってくれてたりしたら嬉しいな」

 

 急にクッソ激重感情が来たな。

 ナイスネイチャは笑顔が引きつらない様に細心の注意を払う。

 あと、その発言で少しサウナの中が涼しくなった気がする。なぜだろう。フラッシュ先輩とファルコン先輩のほうから冷気すら感じられるような。

 いや、気のせいか。ライアン先輩は随分体温が上がってきたのか赤面しているし、ウララはいつものウララのままだ。

 

「なるほどー、家族ですか……いいですねぇ。……ファルコン先輩なんかはどーなんです?」

 

「うーん、そうだね……☆私は、そう、あの人の心にずっと、残りたい…かな。トレーナーさんが、いつも、いつまでも()()()()()()を覚えていてくれるようになってほしい。トレーナーさんが担当するウマ娘の中で、()()()未来もひっくるめて、私がダートで最強のウマ娘だったな、って心に刻んでくれたら、それはずっと忘れないことになるでしょ?ふふ、まずそれが第一の目標で……あとは、でも、やっぱり女の子としても見てほしいから、デートとかはもっとしたいし、いつかそういう関係になれたらいいな……とは思ってるよ☆?」

 

 一歩も引かない構えだなこれ?

 っていうか怖い。言葉の節々が重い。感情が入り込みすぎて過去も未来もとか言ってるけどそもそも先輩たち3人が猫トレにとって最初の担当ウマ娘では?

 ナイスネイチャは訝しんだ。しかし、記憶に刻みたいという感情の他、いわゆる恋愛的な面ではアイネスフウジンとはまた違う、そこはちゃんと何というか、女子としてのときめきのようなものは残っているように感じた。すぐに籍を入れて若奥様になろうとしているアイネス先輩とは違うようだ。

 しかしまたしてもサウナの中の室温が下がった気がするな。ほら、もうアタシ汗が引いてるもん。怖。

 でもライアン先輩は相変らず汗だくだし、ウララはほえーっとじっくり汗が出ているので気のせいなんだろうな。きっとそうだ。ナイスネイチャは己の恐怖にそのように結論をつけて目を逸らした。

 

「……それじゃあ、フラッシュ先輩はどんな、です?その、いつかはお菓子職人として…ドイツに帰られるん、ですよね?」

 

「ああ、いえ、ドイツにいつかは……とも思っていた時期もあったんですが。最近は、日本に支店を出そうか、と両親も言っておりまして。私はそちらで働けるように、とも思っているんです。まだ未定ではありますが、日本でもパティシエールの専門の大学があることも調べていますし」

 

 おっと。

 既に進路まで両親と相談して決めていたか。

 成程これは一番重いかもしれない。ナイスネイチャは心を身構えながら、話の続きを促す。

 

「そうだったんですか…でも、もし先輩が日本に残ってくれたら嬉しいですねぇ、遊びに行けますし。……で、フラッシュ先輩は立華トレーナーに対しては、どんな?」

 

「……言葉にするのは、とても難しいです。日本語での表現、とかではなく…私の境遇と気持ちを表す言葉が、世界に恐らくないから、でしょう。Das Schicksal……Ein Körper……ううん、一心同体、とでも表現すればいいでしょうか。トレーナーさん……()()()()と私は、この世界で唯一、私と同じ想いを抱えている方、というか……そう、私があの人を想っているように、あの人も私を想ってくれていると。そう、感じています。ですから、私としては、私の事をあの人が想ってくれていれば、それだけでいい。私は、あの人が幸せであってくれれば、それでいい。そんな関係……で、しょうか。無論、諦めているわけではありませんけれども。ただ、最近は、別に勝つことが全てではないと思い始めているところですね」

 

 成程ワケが分からない。

 とにかく激重の感情を持っていることは分かったが、表現が抽象的過ぎてナイスネイチャはそれ以上理解することを拒んだ。

 上手く日本語に出来ていないだけなのかもしれないが、これ以上深掘するとなんだかSAN値が減りそうな気がする。ヤメヤメ。

 それにしても3人とも中々にすさまじい想いを抱えていることが分かってしまった。

 ナイスネイチャは今日得た知識を脳内にインポートし、しかしこの情報を万が一にでもレースにでも使おうとしようものなら命はないことを察して、二度とエクスポートしないようにしようと心に誓った。

 余りにも触れ得ざるモノだった。

 あのクソボケトレーナーが彼女たちと最終的にどのような関係になるのか、第三者視点で楽しませてもらうのが一番だと判断した。

 

「ふーん………いや、フラッシュちゃんがね、そういう気持ちを持ってるのももちろん知ってたけど。あたし、譲らないからね?」

 

「そうそう☆ここに至っては平等なレースだからね…私も、負けるつもりはないよ?」

 

「ええ、それは望むところです。……ところで、お二人は知っていましたか?ドバイって一夫多妻制なんです。ドバイの国籍を持つ男性は4名まで妻を娶ることができるようですよ」

 

「…………詳しく話を聞くの」

 

「へぇー……☆?……うーん………ちょっとよく話し合おうか☆」

 

 ……サウナ出るか。

 ナイスネイチャはこれ以上ここにいると精神衛生上よく無い会話を耳にすると判断し、サウナを出ることにした。

 刺激が強すぎたのか既にのぼせる寸前になってしまっているライアン先輩と、良い感じに汗をかけたウララを率いてお先に失礼っ!させてもらう。

 ひらめいた。このお先に失礼っ!は今後のレースに活かせることだろう。

 

「……ふぁー!あつい!!」

 

「熱かったねぇ……」

 

「………アタシ、もう同室のアイネスをこれまでと同じ目で見れない……」

 

 汗を流してからプールで3人で涼む。

 世の中には知らなくていいことが多いのだな、とネイチャは一つ大人の階段を上ったような気分になった。

 ライアン先輩はどうやら普段はこういう話をアイネス先輩としなかったらしい。知らなくていい情報を知るとあのようになってしまう。情報は取捨選択が大切だと南坂トレーナーが仰っていた理由が心から理解できた。

 随分と湿度が高くなってしまった。清涼剤を取り入れなければならない。

 

「……ねぇウララ。ウララはさ、初咲トレーナーの事どう思ってんの?」

 

「んー?だいすき!!!」

 

「だよねぇ」

 

 メンタルリセット成功。

 ウララの笑顔に癒されたネイチャは、プールで十分に体を冷やしたのち、大浴場を上がって風呂の後の牛乳の一杯を飲みに向かったのだった。

 

────────────────

────────────────

 

「……ぶえっくしょん!!」

 

「ん、さっきの俺のくしゃみが移った?悪いね初咲さん」

 

「いや、別に…体調不良とかではなさそうだし。しかしさっきは見事な連発だったな立華さん」

 

「たまにあるんだよね、妙に連発でくしゃみが出ること。誰か噂でもしてんのかね……」

 

「ニャー」

 

 立華と初咲とオニャンコポンがいる部屋で、何にも知らない若い二人が呑気にくしゃみを連発していた。

*1
アプリ版温泉イベント以上の描写はない。イイネ?



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

147 世界の優駿たち 前編

 

 

 

 ドバイに来て2週間が経過し、みんな学園から出された課題も無事やり遂げて、フリーとなった午前中の時間。

 これからはこの時間を、レースに向けたミーティングと柔軟等の室内で出来る練習とで日に分けて実施する予定となっている。

 そして今日は、チームJAPANで初めて行われる、レースにかかる内容検討のミーティングであった。

 

「はーい。そんじゃミーティング始めて行きましょっかねー。よろしくお願いしまーす」

 

「よろしくお願いします」

 

 大会議室の前列、今日のミーティングの司会解説進行を務めるナイスネイチャと、その隣の南坂先輩が礼をし、並んで座るウマ娘達もそれに礼を返してミーティングが始まった。

 こういった司会進行はそれなりに緊張する人もいる。が、いつもの気だるげさと秘めたる真剣さを兼ね備えたネイチャは、自然体で話を進めることができている様だ。

 

 実を言えば、このミーティングの司会進行役は最初は南坂先輩と俺の役割の予定であった。

 ドバイに行く前の打合せでも、相手方である世界各国のウマ娘の情報を分析し、レース展開を読み、そうして対策を取らせるミーティングが必須である。学生たちの課題も解き終えて、ウマ娘達の情報も集まってくるこの時期から始めて行きましょう、と言う所は決定していたのだが、それをやるのは当然にしてトレーナーである俺たちの予定だった。

 カノープスを率いる情報収集に強い南坂先輩。および俺。この二人で最初は実施予定だったのだ。俺だって主にフラッシュが牽制を得意とする中で他のウマ娘の情報を集めることには長けている。アメリカでも実際そうしてたし。アプリも開発してるし。

 しかし、ドバイ出発一日目にして、俺の中で考えを改めることになった。

 

 ナイスネイチャ。

 彼女が去年、トレーナーズカップで他の優駿たちの走りから覚醒し、レースの支配力を高め、そうして有マ記念にて立派な成績を残したことは皆の記憶に新しい事だろう。

 その時は彼女の真の才能ともいえる視野の広さに目覚めたのだろうな、と俺も理解を落としていたのだが、しかし彼女のこの世界線での成長は、正直に言えば俺の理解の上をいっていた。

 単純な牽制技術だけではない。視野の広さだけではない。

 レースに挑む、その前の時点からの情報収集。

 その能力に、ナイスネイチャは目覚めていたのだ。

 

 いろいろな要因があって、彼女がその力を身に着けたのだろう、と言うことは分かる。

 まず第一に俺が夏ごろにアプリをトレーナー向けに提供したこと。無論の事、サブトレーナーである彼女もそのアプリに触れる機会があり……その中で、アプリを介しての他のウマ娘のレース映像や記事などから情報を収集する楽しみに目覚めていた。

 あらゆる情報がレースの上で武器になる。そのことに、正しく理解を落としているのだ。

 また、ネイチャがカノープスに所属しており、南坂トレーナーとの仲を深めていることも要因の一つかもしれない。この世界線の南坂先輩は普段の世界線のそれよりもだいぶニンジャ寄りであり、トレーナーズカップでも見せた通り色んな事が出来る系のトレーナーなわけだが、当然情報収集も得意だ。どんな言語でも翻訳できるし。

 で、そんな南坂先輩をネイチャが支えるように、そしてネイチャのひらめきを南坂先輩がフォローするように、二人は高めあい、そして情報戦という舞台において目を見張るほどの才を発揮し始めた。

 

 彼女たちが初日の飛行機の中で集めていた情報を後日に俺達トレーナーで共有したが、唸らされるほどのものであった。レースの着順だけではなく、そのレースの中でどんな走りをしたか、そこから読み取れるウマ娘の長所短所、性格、日常の様子、交友関係、担当トレーナーの癖に至るまで……集められる情報はあらゆる媒体から集めたといった具合だ。

 しかもそれをほぼ全員のウマ娘分で情報収集すらしていた。無論、全て完璧に集まるということはないが、有力なウマ娘のデータであれば、去年時点までのものなら過不足なく揃っているほどに。

 だからこそ、俺はトレーナー同士とネイチャ本人と相談し、ミーティングの進行解説の役割を彼女に託した。

 俺の長いトレーナー経験からしても、心底から間違いないと判断できたのだ。

 ネイチャの方が、今回のドバイワールドカップミーティングの参加ウマ娘の説明においては俺よりも上手く説明できること。真摯に情報を集めてくれていたこと。

 最初は面倒そうな表情をしていたネイチャだが、己の成長にもつながると南坂先輩から助言を得た結果、説明役に回ることに同意してくれた。

 

 敬意を抱く。

 これまでの世界線でも、中央の各トレーナー方に敬意を払ってきた俺だが、この世界線ではナイスネイチャのサブトレーナーとしての在り方に敬意を抱かざるを得ない。

 俺が担当していた世界線のネイチャと比べるわけには行かないが……しかし、この世界線のネイチャは、俺が知るこれまでの世界線での誰よりも、その才覚を十全に発揮しているように見えた。

 

「……さって、みんなには自分が走るレースに出走するウマ娘、その全員の顔と名前と作戦は覚えてもらいます。一先ず今日はその中でも有力ウマ娘について紹介するね。明日以降は他のメンバーも覚えてもらって、それぞれのレースでの作戦とか戦略とか練っていきましょ」

 

「本当に細かい所は、勿論それぞれのトレーナーさんとよくご相談いただきたいところですが……相手の情報と、自分たちの情報をすり合わせて、レースの作戦を考え、イメージの中で試走し、意見を出し合うのも立派な練習です。たとえ自分が走らないレースの情報だからと言って、気を抜いて聞かないようにしましょうね」

 

 そんな二人、ナイスネイチャと南坂先輩に今後の流れについて案内され、ウマ娘達は神妙な様子で頷いた。

 二人が言った通り、まず今日は出走ウマ娘の顔と名前、作戦や強さの見込みなどを簡単に解説。明日以降はそれぞれのレースについて、作戦立案や考えられる流れなどにつき討議し、意見を出し合ったりしてレースの知識、戦略を深めていく。

 最後の仕上げは勿論、担当トレーナーとウマ娘の間で行われ、当日の作戦について決めていく。

 おおよそそんな流れになっていた。

 

 そしてもちろんのことだが、最後の仕上げに入るまでのミーティングは全員が全員のレースについて参加しながらミーティングを実施する。

 南坂先輩の言った通りだ。たとえ他の人のレースで、芝ダート距離の違いがあれど、意見を出し合ってお互いに学びあう事も練習の内だからだ。特に今は多くのトレーナーと革命世代のウマ娘が集まっている。ここで全員が成長することこそ、チームJAPANの勝利につながるだろう。俺たちは仲間でありライバルであるのだから。

 革命世代の全員も、ことレースに掛けては真剣で真摯だ。誰もが他人のレースだからと気を抜いて話を聞くはずもない。全員がそれぞれ思い思いに意見検討を行い、知識を高めあっていくことだろう。

 俺も、俺の持てる知識を存分に発揮し、アドバイスや戦略討議に努めていく所存だ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……それじゃ、それぞれが参加するレースの有力ウマ娘の紹介から行きますかね。順番に全員紹介!ってやってもいいけど、それだとちょっと最終レースまで時間がかかりすぎるし。まずは軸となる、最強候補のウマ娘からね。勿論独自調査なんで、実際の今の調子とか見ないと何ともって所はあるけど」

 

「やはり、各レースに1人から2人は、頭一つ抜けて強い……恐らくは一番人気になるであろうウマ娘達が世界中から集まっています。まずは、この有力ウマ娘の存在をレース展開が作られる大きな要素として覚えておきましょうね」

 

 さて、ミーティングは進み、まずはそれぞれが参加するレースの有力ウマ娘の紹介からになった。

 当然だが、俺達チームJAPANが全てのレースで一番人気!となっているはずもない。同じように、国を代表するウマ娘が世界中から参戦しているのだ。

 ()()()()()()を除いては、現時点での世界からの人気の声は日本のウマ娘には向けられていなかった。

 

「さて、それじゃまずアイネス先輩の走るアルクオーツスプリントからね」

 

「はいなの!短距離専門とするウマ娘が集まってきてるよね?ヤバそうな感じのが」

 

「そっすねー。まぁ、基本的に全員がバクシンオー先輩とかカレンチャンみたいなもんだと思ってくれれば」

 

 ネイチャが肩を竦めて苦笑を零す。

 短距離、芝の直線1200mのアルクオーツスプリント。当然の如く、世界から集まるのは短距離を専門とした、スプリンターのウマ娘達だ。

 俺のアイネスのように、マイルだって中距離2400mだって走れる、なんて距離適性の広いウマ娘はここには来ない。行くならドバイターフ1800mかシーマクラシック2410mに出るだろう。

 ここに参戦するということは、短距離に絶対の自信があればこそ。

 その距離に己の脚の全てを注ぎ込んだようなウマ娘達が、集まってくる。

 

「ま、中でも最強格って言われてる、現時点での人気投票一位のウマ娘さんがヤバいですね。……南坂トレーナー」

 

「はい。映像をスクリーンに出しますね」

 

「……この子。オーストラリアのウマ娘さん。名前は()()()()()()()()。これまで出走したレースは全部短距離で、()()()()()()。……無敗のウマ娘さんってやつ、ね。ちなみにGⅠは11勝。21戦の平均着差は3.5バ身くらい。短距離レースですよ?……まー凄い戦績ですわ。これでまだシニア級2年目ってんだからね……」

 

 その内容に、全員が息を呑んだ。

 無論の事、事前に自分たちで同じレースに出走するウマ娘は調べていただろうが、改めて画面に出され、説明されて、この内容に恐怖を感じないものはいないだろう。

 無敗。

 それが、どれほどの奇跡の果てにあるものなのかを全員が理解しているからこそ。

 しかもすべてが短距離戦だ。1つのミスが致命傷となる短い距離のレースで全戦全勝。

 化物。そう表現するしかない相手。

 

 だが、だからこそ。

 そんな強敵だからこそ、破るに値する。

 

「……アイネス。怖気づいたかい?」

 

 俺は席に座るアイネスに、あえてそう問いかけた。

 帽子を目深にかぶりながらも、俺の言葉に出したアイネスの答えは。

 

「ふふ、まさか!むしろ最高にアガってくるの!いいじゃん、世界最強のスプリンターに勝って……あたしは短距離GⅠを獲得する!伝説の幕開けに相応しいの!!」

 

 ()()()()()

 いつぞやか、ファルコンも近い笑顔を見せた……勝負してみたくて仕方ない、という様子のそれ。

 油断でも傲慢でもない。果てしないレース欲。壁が、頂が高いほどにそれを求めるウマ娘の本能。

 彼女がそんな表情を見せるのは初めて……いや、かつて一度だけ、近い状態になったか。

 

 ()()()()()()

 あのレースに、強く出走を求めた時の彼女に似ている。

 魂が荒ぶって、貪欲に勝利を求めている。

 少なくともメンタルは絶好調、と言えるだろう。クラシックのころに起きたスランプは、文字通り風に吹き飛ばされてしまい、もはや見る影もなく。

 そこに在るのは一陣の風。

 メンタルを彼女自身が整えているのであれば、後は俺の方で彼女のフィジカルを万全に整えてやるまでだ。

 

 俺は彼女の勝利を微塵も疑うことはなかった。

 たとえ相手が最強無敗のウマ娘であろうと、距離が短距離であろうと、フェリスの風神は簡単に破れるようなそよ風ではない。

 比類なき暴風を世界に見せつけてやる。

 

「これを相手にそう言えるんだから流石チームフェリス……いや、革命世代、って感じですねぇ。頑張ってくださいよアイネス先輩。さて、そんじゃ次のレースの有力ウマ娘紹介に行きますか」

 

「次のレースはハルウララさんが出走する、ゴールデンシャヒーンですね。映像出します」

 

「はい!私のライバルはどいつだー!!」

 

 続いて話は次のレース、ウララが出走するゴールデンシャヒーンに入る。

 ダート1200m、今度はダートのスプリントレースになる。無論の事、ここにもダートを専門としたスプリンターが集まっており、世界最高峰の戦いとなる。

 

「残念、ドイツの子じゃないんだな。今の所一番注目されているのは、シンガポールのウマ娘さんだね。名前は()()()()()()。この子も出走レースは全部短距離で、17戦13勝。2着が4回、それ以下はなし。GⅠクラスの勝利は3回。去年のゴールデンシャヒーンにも出走してて、半バ身差の2着でした。うーん、化物!」

 

「ミサイルマンちゃん!!名前がつよそー!!」

 

「この方はここドバイのほか、香港スプリントなどにも出走していますね。芝ダート、どちらも走れる方のようです。噂レベルではありますが、いずれは日本のスプリンターズステークスも狙っているとか……」

 

 紹介されたウマ娘は、こちらもまた短距離専門のウマ娘だ。

 1着か2着しか取っていないという連対率100%の成績。うちのチームで言えばフラッシュやSS、他にも名のある優駿で言えばビワハヤヒデやダイワスカーレットとも同じ、結果に安定感があるウマ娘。国際競走にも参加経験があり、遠征慣れもしているようだ。

 さらに言えば、去年にもドバイに来ておりレースの感覚は掴んでいる。

 先に述べたブラックベルーガのような絶対に近い成績を残してはいないが、遠征経験もある分、厄介さは同じくらい、と言ったところか。

 

 高い壁である。

 普通のウマ娘が、トレーナーが聞けば怖気づいてもおかしくない、伝説に刻まれるであろうウマ娘。

 だが、そんなウマ娘達を相手取ったとしても、それで泣き言をいうほど、俺のライバルたちは弱くない。

 

「なるほどね、すんげー強いウマ娘、ってことか……なぁ、ウララ。……ワクワクしてこねぇか?」

 

「うん、すっごいワクワクしてる!!ねぇ初咲トレーナー、この人に勝ったら、マーチ先輩もキングちゃんも褒めてくれるかな?」

 

「そりゃ褒めてくれるさ!俺だって褒めるし、みんなが褒めてくれる。そして、それに挑むお前を応援してくれてる。……()()()()からな。ここまで来たら勝つしかねぇさ!頑張るぞ!!」

 

「うおー!がんばるぞー!!」

 

 熱い。

 かつての彼らの最大の武器であり、しかし年明けに一時期鎮火しかけたそれが、北原先輩の、フジマサマーチの活を受けて、再度燃え上がっている。

 想いだけで、勢いだけでレースは決まるわけではない。勿論、確かな努力とレース運びも重要だ。

 だが、しかし。

 その想い、執念の走りが生んだ奇跡を、俺たちはもう目撃している。

 強い想いには絶対すらも敵わない。

 勝利を己に引き込むための第一歩にして最後の一手は、いつだって熱い想いだけなのだ。

 

 俺が先ほどアイネスにそう思ったように、初咲さんもまたウララを心から信じている。勝てる、と信じている。

 ウララもまた、己が先輩から託された想いを背に、勝つために走ろうとしている。

 であるならば、俺のやる事は一つだ。そんな彼女たちを全力で応援し、支援し、この世界の舞台で早咲の日本桜が満開になる光景を見せてもらうだけである。

 

「熱いねぇ…。アタシに足りないのってそういうところかなぁ?どう思う南坂トレーナー?」

 

「何を言ってるんですかネイチャさん。貴女ほど、勝利に向けて真摯に、熱を持って向き合うウマ娘を私は他に知りませんよ。こうして事前に情報を集め、己の出来ることをすべてやり遂げるために一切の妥協をしない……そんな貴女を見初めて、私はカノープスのトレーナーになったのですから」

 

「………ふにゃぁぁ………!………きゅ、休憩!!ここまで結構説明してきたし10分休憩にしまーす!!」

 

 ここまでに、有力ウマ娘の詳細な情報から、勿論1レースにつき一人だけでなく2~3人の詳しい解説などもしていたので、一時間ほど時間が経ったところだった。

 成程、いいタイミングでの休憩だ。やっぱりネイチャは人前で講義する才能があるな。意外と先生なんて将来の職業に向いてるのかもしれないな。

 俺はそんな理想的なタイミングで休憩に入るために小芝居を打つほどの余裕を見せるネイチャと南坂先輩の姿にいたく感心しながら、休憩の為に椅子から腰を上げたのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

148 世界の優駿たち 後編

 

 

「はいそれじゃ再開しまーす。このホテルトイレ綺麗でいいよねー、さっすが高級ホテル」

 

 休憩を終えて、ネイチャがまた司会席に戻り、他のウマ娘達やトレーナー達も席について、会議が再開される。

 ネイチャの零す小話によるアイスブレーキングでウマ娘達も苦笑を零し、雰囲気を和らいだものにして、プロジェクターも準備万端。

 これまでアイネスとウララのレースに出てくる有力ウマ娘の紹介をしてきたので、その続きだ。

 

「さって、続いてはドバイターフ、芝の1800mだねー。日本から出走は3人、ウチのチームからも2人出てる。で、このレースで注意するべきはまずこの二人かな。南坂トレーナー……」

 

「はい。画面に両方とも出しますね」

 

「さんきゅ。……はい。まずこちら、一人目が…「ウィンキス」さん。シニア2年目のウマ娘さんで、この人もオーストラリア出身だねー。えー、今のところは()()()()()()かな。その内、GⅠは()()()。去年は年間通して無敗。距離も1400mから2000mって感じのレンジで、今回の1800mも苦にしないだろうねぇ……いやはや。数え役満って感じ?」

 

「ヒェッ…!すごい走るスパンが短いねこの人!?んでもってクラシック中盤から今の所全勝…!?」

 

「それほど回復力に優れてるってことだろうね。イクノ先輩も唸るなこれは……恐ろしい相手だ…」

 

「要注意、ね。……ネイチャ先輩、もう一人は?」

 

「ん。もう一人はイギリスのウマ娘さんで、「プッシュウィズ」さん。ドバイターフにはこれで3年連続出走。2着、11着って記録だけど、メイダンレース場を走り慣れてるのは間違いないね。いろんな国を飛び回ってレースしてて、遠征慣れとレース慣れで評価されてる感じ。GⅠ勝利は2回で、他のレースでも2着とか惜しい記録が多い……なんかちょっと親近感わくね、カノープスっぽくて」

 

「自虐はいけませんよネイチャさん」

 

 ネイチャにより、ドバイターフのライバルとなり得る二人のウマ娘の紹介がなされた。

 その二人の紹介を受けて、出走する3人ともどこに注意するべきか、脚質はどうなるか…など、色々と検討を進めている様だ。

 しかし、その中で俺は少しだけ、3人に向けてアドバイスをすることにした。

 

「その……ちょっと意見、いいか?」

 

「ん、どーぞどーぞ。猫トレさん、何かあります?」

 

「ああ。……脚と、走る映像を見る限りなんだけどな。ウィンキスには注意した方がいいかな、と。多分、このウマ娘は大器晩成型……経験を重ねるたびに仕上がってくるウマ娘だ。去年までのデータを参考にしたうえで、さらに上回ってくると見た方がいい」

 

「……ふーん…なぁ立華さん。後学の為にどの辺からそれ察したか、って教えてもらっていい?」

 

 俺が指摘する、ウィンキスへの注意。

 確かに映像からトモを見れば、間違いなく優駿であることはどのトレーナーの目からも分かる事だろう。

 だが、大器晩成型であると察するのは難しい。俺の隣に座る初咲さんから質問が出たが、俺は方便で返す。

 

「このウマ娘、ジュニア期からクラシックの中盤までは敗北があるけど、シニア期から負けてないだろ?明らかに脚が一回り太くなってるからさ……オペラオーみたいな気配を感じた。多分、こっから先も恐ろしいことになりそうだな、っていう……ゴメン、理由は上手く説明できないんだけどさ。勘みたいなもん」

 

「んー……成程なぁ。いや、まぁ確かにシニアから強くなってるってのは戦歴見ても確か、か」

 

「あのトモの張りはヤバさを感じるよな。一度触ってみたいもんだ」

 

「……沖野トレーナー?」

 

「ああいや違うぞスズカ!?触ってみたいってのは比喩表現でな…!?」

 

「沖野トレーナー、手がわきわきしてますよ。すごいウマ娘見つけると自動で動くようなものだったんですかそれ…?」

 

「あ……いや、俺の手も無意識で動くほどすげぇウマ娘かもってよ…!」

 

「沖野トレーナー?」

 

「違うって!!」

 

「こらそこー、コントに入らないでくださーい」

 

 どうやら沖野先輩のレーダー(変態行為)も引っかかったらしい。

 流石といった所か。あの手、トモを触る行為は正直褒められたもんじゃない*1が、しかしその精度は高いからな。

 

 なぜ俺が急に、このウマ娘についてコメントを出したか。

 答えは簡単で、俺が過去の世界線で、海外のウマ娘の戦歴なども軽く触れる際に……このウマ娘が走っていた世界線では、常に、とてつもない記録をたたき出していたウマ娘だったからだ。

 そりゃあ名前も覚えるさ。

 なにせ、このウマ娘は最終的に、()()()()()()()()()()()を獲得するのだから。

 

 43戦37勝。うち、GⅠ勝利25勝。

 俺が過去の世界線で見た彼女の最終成績の最高到達点は、そこだった。

 間違いなく化物。オーストラリアの生んだ絶対。

 セクレタリアトや、イギリスのフランケルといった神話に連なる、歴史に名を刻むウマ娘だ。

 それが、まだ勝利数を重ねてはいなくとも、既に才覚に目覚めたシニア級のこの時期に、ドバイターフに挑んできた。

 基本的には過去の世界線の成績をそこまで重視せず、今の世界線の走りから見てレース展開を予想する俺も、このウマ娘だけは別だ。彼女は危険すぎる。

 

 贔屓目で無く、ドバイターフに挑む三人…ヴィクトールピスト、サクラノササヤキ、マイルイルネルはいい仕上がりだ。好走を果たせると俺の目からも見える。

 例年であれば、一着も全く夢ではない、そんな走りが出来ている。

 さっき話に出たもう一人、プッシュウィズならば7:3で勝てるな、と思えるくらいの仕上がり。彼女たちも間違いなく、革命世代の名に恥じない走りを見せている。

 

 だが、相手がウィンキスとなれば話は別だ。

 苦戦は必至だろう。俺は、チーム外ではあるが勿論、彼女たちの勝利のためにだって尽力するつもりであった。

 後でネイチャと南坂先輩、スズカと沖野先輩と軽く打ち合わせるか。流石にウィンキスがこの後無敗のウマ娘になりますよ、などとは言えないが、しかし策は練ることが出来るだろう。

 その上で勝てるかどうかは、彼女たちの走りに懸けるしかないが。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「ほいじゃドバイターフは一旦ここまで。で、次行きますか……ドバイシーマクラシック。芝2410m、フラッシュ先輩とライアン先輩が出るレースだね」

 

「コースも日本ダービーに似ている作りですね……最終直線はおよそ500m。脚が鳴りますね」

 

「メイダンレース場は芝も日本に似た高速バ場だしね。アタシたちが一番慣れてる距離、と言っても過言じゃないかな。一番怖いのがフラッシュちゃんの末脚だなぁ」

 

「テイオーとかもこの距離は得意でしょうねぇ……さて、ではそんなシーマクラシックですけど、まぁとんでもないウマ娘が今年は来てますよ。現時点ではフラッシュ先輩が二番人気ですが、一番人気はこの人に譲ってますね」

 

「映像出しますね、ネイチャさん」

 

 続いてドバイシーマクラシックの話題に移った。

 芝の2410m。かつてフラッシュがアイネスと鎬を削りあいレコードを刻んだ、日本ダービーに酷似した距離。

 最終直線も長く、フラッシュにとっては末脚を発揮するのにぴったりの距離と言えるだろう。尤もそれはフラッシュだけではなく、うちのチームであればアイネスもファルコンもそうであるのだが。

 もしアイネスが参戦してれば、日本勢の三つ巴の最終直線が観戦できるであろう、それくらいには俺もウマ娘達を仕上げている。

 

 だがしかし。

 ネイチャの言う、現在の一番人気のウマ娘が()()()なのだ。

 

「……出たね。この人の顔と名前、知ってる人も多いでしょう。()()()なら特に、ね。……ドバイシーマクラシックの対抗ウマ娘、名前は………()()()()()

 

「あー!ブロワイエさんだー!!なつかしー!!まだカツオの人形、持ってくれてるかな?*2

 

「え、ウララお前……ブロワイエと知り合いだったの?えっマジ?」

 

「マジで?……まぁそれは後で聞くとして。かつて凱旋門賞でエルちゃんを破り1着。その後ジャパンカップでスペちゃんに敗北。ただしその翌年には()()()()()()。その後、シニアを長く続けて好成績を修めながら……こうして、ドバイシーマクラシックで日本勢と再会、って感じね。大ベテランだね」

 

 画面に表示されたのは、フランスのウマ娘であるブロワイエ。

 知らない者はいないだろう。あの凱旋門で、かつてエルコンドルパサーを破り一着を取ったウマ娘だ。

 この世界線ではジャパンカップで日本総大将に敗北しても、なお彼女は燃え上がっていた。凱旋門連覇の偉業を成し、中距離戦において常に王者たる活躍を果たしていたウマ娘だ。

 

「ブロワイエさん、ですか……映像で、何度も走りを見ましたね。2400mにおいては、一切油断できない相手ですね」

 

「いい筋肉してるよね、アタシも負けてないけど。でも、芝の慣れ……で言ったら、アタシたちの方が一枚上手かな?日本の芝みたいな高速バ場は得意じゃなさそうだったもんね、ジャパンカップの5着がそれを表してる」

 

 フラッシュとライアンが、彼女についての見解を述べる。

 凱旋門賞のような、深い芝を走る上ではブロワイエは強敵である、という見解。それは彼女の連覇と言う結果があらわしている通りで、まったく間違いではない。

 しかしライアンの零した、日本の芝に走りがあっていないか、という点については、間違っている。

 俺はかつての世界線でそれを知っている。彼女がジャパンカップで好走を果たせなかった理由があるのだ。

 それを口に出し、釘を刺そうとしたところで……意外なところからその理由の答えが示された。

 

「えー、そんなこと言っちゃ駄目だよライアン先輩、あの時のジャパンカップ、ブロワイエさんは疲れてたんだから!日本に来たのもけっこーギリギリだったし、ウララが話したときは本当に調子、悪そうだったよ?」

 

「……え、そうなの?ってかウララちゃん、ブロワイエと話したことあるの?」

 

「あるよー!日本に来た時にたまたま出会ってー、なんだかとっても辛そうだったから、カツオの人形さんプレゼントしたの!かわいいもの見てると元気がでるからね!」

 

「……こう言ってるけど、どうなんです?初咲トレーナー」

 

「いや、俺も初耳。けどウララは嘘つかないよ。……ってコトは、ジャパンカップの走りは調子を落としてた上での走りってことで……高速バ場に不慣れ、ってわけじゃねぇんじゃねぇか?もしかして」

 

「…!……正直それ込みでデータ集めてたところある、マズった……!いや、でも気付けて良かったか!ごめんフラッシュ先輩、ライアン先輩!ちょっとブロワイエさんのデータ取りなおす!」

 

「やられましたね……調子を悪くしていて、なおレースが終わるまで記者や出走ウマ娘に悟らせないほどの意志の強さ、ですか。流石はフランスを代表するウマ娘です」

 

 俺がその事実を指摘するまでもなく、ウララの口から真相が語られた。

 そう、かつてブロワイエが来日し走ったジャパンカップ。あの時、実は彼女は調子を落としていた。

 凱旋門から2か月弱の間隔で、しかも遠征もレース開催前の結構ギリギリに日本に来るタイトなスケジューリング。

 彼女はそのプライドから気丈な態度を見せ、周りには漏らさぬように努めていたが、しかしハルウララの誰よりも真実を見抜くその瞳には分かっていたようだ。

 ウララの言う通り、彼女は調子を落としていた。俺が何度も世界線を繰り返し、あのジャパンカップを見て、ようやく見つけたブロワイエの真実。

 

 絶好調ならスペシャルウィークが負けていた、とは言わない。あの時のスペもまた極まっていた。ゼロの領域に近い、限界を超えた走りを見せていた。

 しかし、事実として……ブロワイエは、高速バ場を苦手としていることはなかった。

 そして、そんな彼女がこの世界線では衰えることなく、その走りが経験による芳醇なキレをもって、俺達の前に立ちはだかる。

 ニュースでは、今度の遠征はちゃんと3週間前にはドバイに入り、体と走りを調整しているという事だ。

 全てを整えて、全力でぶつかってくる。

 

「……フラッシュ。凱旋門を制覇した、世界最強のウマ娘が万全の状態で挑んでくる。どんな気持ちだい?」

 

 俺は改めてフラッシュに確認を取る。

 かつて日本を震撼させたフランスの猛者が挑んでくるという状況に、彼女は。

 

「愚問です。私はどんなウマ娘が相手であろうと、最終直線で差し切るのみ。……それに、アイネスさんと、ヴィクトールさんやライアンさんと雌雄を決した日本ダービーとほぼ同じ距離。あのレースを私は誇りに思っています。ゆえに勝ちます。……このドバイでは譲らない」

 

 滾っていた。

 いつもは静かなる熱を内に秘めるフラッシュだが、その想いが言葉尻に零れるほどに、熱く。

 そして、その熱を受けて同じように昂るウマ娘がもう一人。

 

「…あの時の日本ダービー、アタシは3着だった。あの時はまだ、フラッシュちゃんにもアイネスにも並んでなかった。けど……今度こそ負けないよ。フラッシュちゃんがブロワイエに勝つのなら、私はそんなフラッシュちゃんに勝つ。6度目の正直、見せてあげるよフラッシュちゃん」

 

「……ふふっ。ええ、勿論。ブロワイエさんよりも、むしろ私が一番マークしているのは貴女です、ライアンさん。お互いに、お互いの戦法を理解しているがゆえに……負けません。私が勝ちますから」

 

 メジロライアンもまた、その筋肉が躍動しそうなほどに燃え盛る熱を籠めて。

 幾度の敗北を経てもなお枯れぬ勝利への欲。革命世代たる彼女の最強の武器である不屈の心を胸の内に。

 

「…………立華トレーナー。少し聞いてもいいですか」

 

「ええ。何でしょう、小内先輩」

 

「私は、革命世代のウマ娘を担当してまだ日が浅いのですが……()()()()()()()()()()?」

 

「はい。()()()()()()()

 

「成程。……気を引き締めなければいけませんね、私も。革命の意味を少し理解できました」

 

 そんな二人の熱を……いや、それに充てられて部屋全体、ウマ娘達がさらに勝利への意欲を高めあう姿に、まだライアンの担当になって月日の浅い小内先輩からの質問が飛び、俺はそのまま返した。

 革命世代と呼ばれる彼女たちが、何故強いか。

 それは、果てしないライバル心。たとえ味方であるチームJAPAN同士であっても、譲れない勝利への渇望。

 素晴らしい仲間がライバルであるからこそ。

 だからこそ、俺たちは世界を相手にしても、ひるむことなく立ち向かうのだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「あー、とりあえずブロワイエさんのことは次回ミーティングまでにデータ更新しとくとして……それじゃ最後のレースに行きますか。ドバイワールドカップ、ダート2000mですね。で、このレースの一番人気なんですが、ぶっちゃけるとファルコン先輩です」

 

「てへ☆」

 

「セクレタリアトの神話の記録を超えた、世界唯一のウマ娘ですからね。それはもう、世界中から注目されています。なので、本日紹介するのは二番人気のウマ娘さんになりますね……尤も、こちらも皆様、ここ最近でよくご存じでしょうが」

 

 最後のレース紹介に入った。

 ドバイワールドカップ、ダート2000m。世界最高峰のダートレースだ。

 そして現時点で、一番人気は我らがスマートファルコン。砂の隼だ。

 彼女の持つ記録……ダート2410mでの神話の記録と、ダートレースは8戦7勝、2着が1回。誰がどう見てもダートウマ娘の中では頭一つ抜けている。

 だからこそ、ファルコンの場合は誰を気を付けるか、というより、誰からマークされるかを気を付けるべきである。

 牽制やデバフに特化したウマ娘などがラビットで出走していれば、それは警戒しなければならないだろう。

 そして、そんなデバフが得意なウマ娘を、俺たちは知っている。

 

「ってことで画面だしまーす。はい。見慣れた顔ですね。二番人気はアメリカのマジェスティックプリンスさん。同じホテルにいるし、ファルコン先輩はもう割とマブですよね?」

 

「うん、よく話すようになったのはドバイに来てからだけどね……結構波長も合う子だって分かったし、戦友って言ってもいいかも☆……でも、そうね。ダートの、特に中距離戦では最大最強のライバル、ってのは分かってる」

 

「13戦11勝、GⅠ5勝。レコードもアメリカのレースで3回記録しています。セクレタリアトさんや、イージーゴアさん、サンデーサイレンスさんが積み上げてきたアメリカの記録を上回れる脚を持つウマ娘さんですね……敗北は、ファルコンさんとアイネスさんのみ。……チームフェリスの恐ろしさが垣間見えますね」

 

「トレーナー、言われてるの」

 

「いや、光栄ではあるけどね。けど……正直、奇跡的な噛みあいがあっての事だからね、どちらのレースが勝てたのも。無論、ファルコンもアイネスも強かったし、実力で勝ったと胸を張りたいところもあるんだけどね……」

 

 俺は唯一、いや唯二勝利している俺達チームの二人から苦笑を零される。

 その苦笑は、言われていることを否定できない色を含んでおり、俺も全く同じだ。

 ベルモントステークスとジャパンカップで、俺たちチームは2回、マジェスティックプリンスに勝利している。

 だが、そのどちらもゼロの領域による奇跡の走りがあってこそだ。

 ベルモントステークスは俺の対策の甘さが出た。ジャパンカップはアイネスの不調もあったし、なんならウオッカとダイワスカーレットもマジェスティックプリンスに先着はしているのだが、そもそも芝のレースである。

 多分、マジェスティックプリンスのここ最近の併走などから見た芝への適正は、よくてB~C。完璧な適合を果たしているアイネスやウオダスらと比べて、相当に脚力が削れていたはず。

 その上でほとんど差のない4着、レコードタイムなのだ。

 たまたま……と言う表現は使いたくないが、何とか二つとも勝ちを拾えているという状況である。

 彼女の恐ろしさは、これまでもこれからも、一切変わることはない。

 

「……アタシよぉ、かつてはプリンスのチームのサブトレーナーやってて、まぁ4か月程度だがアイツの走りを見て、指導したりしたこともあってな…」

 

 そこで、彼女と一番密接なかかわりを持つSSから言葉が零れた。

 以前のジャパンカップでは領域の秘密など零さなかったが、既に手から離れて長い期間も経って走りも変わり、参考になる部分ももうないだろう、とのことで、今回のミーティングの中では作戦立案に参加してもらえている。

 

「で、そん時のトレーナーとしての感想を、オベにちっとだけ零したことがあったんだよな。…タチバナ、アタシはプリンスの走りについて、トレーナーの視点からなんて表現したと思う?」

 

「ん?……そうだね。育て甲斐がある、とか……強くなりそう、とか?いや、話を聞かない面とかもありそうだしな、手間がかかる、とか?」

 

「全部不正解。……『つまらない』、って言ったんだ」

 

「何だって?……君に似つかわしくない表現だね、それは」

 

 SSの答えに、俺は思わず首を傾げた。

 SSは情の深いウマ娘だ。日本語の口調こそオベによる指導で荒い口調になっているが、そこに優しさが多分に含まれ、ウマ娘達への指導についても真剣にやっていることは、この部屋の中の全員が知っている。

 しかし、そんな彼女がマジェスティックプリンスの指導について零したその感想は、俺の知っている彼女からすれば余りにも似あわない表現だった。

 

 つまり、彼女がそんな表現をするほどに────────

 

「……天才なんだよ、アイツは。教えれば何でも出来る。アタシのコーナリングだって、1週間で根本からマスターした。体幹も自然に育つ。速度を上げるコツを伝えれば翌日には記録が伸びてやがるし、走りの技術(スキル)は見本の走りを見れば模倣できた。……これほどトレーナー冥利に尽きねェウマ娘がいるか?先日のジャパンカップと、その前のBCカップで、ダートと、中距離を走る技術を吸収してるだろォな。そういうヤツだ」

 

「……上を目の当たりにすることで、それに並ぶ成長を見せるウマ娘、ってことか。天才…か。確かにそうかもな」

 

「あー、確かにアタシたちが集めた情報でもそんな感じなんですよねぇ。特に、ファルコン先輩に負けたベルモントステークスの後から明らかに速さのレベルが2段階くらい上がってますわ。なるほどねぇ、サンデートレーナーがそこまで言うほどの天才か……」

 

「ウオッカさんやダイワスカーレットさんの中距離を走る技術すら吸収しているとすれば、強敵としか言えませんね。これまでの併走では、牙を隠し続けていましたか……」

 

 SSからの講評を聞き終えて、俺は納得を落とした。

 俺もアメリカに挑む際に、またジャパンカップに挑む際に近い情報を確認していたからだ。

 彼女は天才だ。一点の曇りもない天才。

 俺と言う存在、世界をループする男が全く言えた義理ではないが、まるで何かのチートでも持っているんじゃないか、と言うほどに走る技術を吸収するのが上手い。

 成程、トレーナーとしてそれほどつまらないウマ娘はいないだろう。教えれば出来る、というのは文字に起こせば優秀だが、度を過ぎればそこに退屈を生む。

 一生懸命、覚えられるように教え、そして時間をかけてモノにするという工程がないのだ。俺も近い感想を持ってしまうかもしれない。

 

「ゴアのヤツも天才型だからなァ、ちょうどウマもあっていいコンビやれてるとは思うが……まぁ、そういう意味で、あらゆるレースで一切の油断ができねェワケだな。アメリカでの戦歴がそれを物語ってら」

 

「だ、ね。……ただし、そんな彼女が挑むのは、チームフェリスの砂の隼だ。……ファルコン」

 

「……うん」

 

 SSの信憑性の高い情報に、俺達トレーナー勢は理解を落とす。

 日常生活では快活でお茶目な所もあるマジェスティックプリンスだが、しかしことレースの上では最強のライバル足り得る、そんな彼女。

 そして、それに挑むファルコンは、しかし顔を俯かせて。

 

 ────────口を細く下弦の月のように形作り。

 愉悦(わら)っていた。

 

 彼女が絶好調の時にする表情だ。

 その、見るものを震え上がらせるような、一欠の狂気の混じる笑み。

 砂の王たる己の前に、高い壁がそびえたち……それを飛び越えようとする隼の羽搏き。

 傲慢でも、油断でもない。

 それは前のフェブラリーステークスで濯いできた。愛する先輩に濯ぎ落され、そうして今、かつてベルモンドステークスなどで彼女が見せた、本来の笑顔に戻っていた。

 

 この笑顔を見せた時、砂の隼はダートを蹂躙する。

 

「……そんな、だからこそ、だよね。トレーナーさん」

 

「ああ。だからこそ、俺たちは勝つ。勝たなきゃならない。……だって、約束したもんな」

 

「うん。……私はこのドバイで、絶対に勝つ。マーチ先輩のためにも、応援してくれるみんなのためにも…………そして、何よりも、私の為に。私はダートで世界最強であることを証明するために。マジェプリちゃんが相手でも、勝つよ」

 

 心配は無用だった。

 彼女に油断はなく、そして俺にも油断はもう、ない。

 勝てるための全てを積み上げて、リベンジに燃えるマジェスティックプリンスを撃ち落とす。

 世界最速のダートウマ娘は、俺のスマートファルコンだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……いやぁ。やっぱ、みんな革命世代なんだなぁってネイチャさん思っちゃいますねぇ」

 

「ですね。しかし、だからこそこうしてドバイにまで挑戦に来たのです。私達の目標は唯一つ───」

 

 ミーティングの最後。

 南坂先輩がプロジェクターを落とし、そうしてホワイトボードに書き込む、俺達チームJAPANの一丸の目標。

 

 

『全 勝』

 

 

「……勝ちましょう。私達日本は、これまででも世界のGⅠで勝利を挙げたことはあります。ですが、その数は多くない。世界的な地位は高くありませんでした。……しかし、革命が起きた。貴方たちの走りで、国内のレベルが急激に上昇しました。その成長が、私たち革命世代が……世界にも通じるということを。いや、世界を超えたということを、皆さんの走りで証明しましょう」

 

 南坂先輩の言葉に、ウマ娘達とトレーナー達から元気よく返事が飛んで。

 そうして、俺たちの第一回戦略ミーティングは終わりを迎えた。

 

 

 

 

*1
お前がそれを言う?

*2
この世界線ではハルウララとブロワイエは既知設定。アニメ1期サイドストーリー12Rより。気になる人はyoutubeのサイゲ公式チャンネルで動画チェックナウ。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

149 待たせたな水着回だ

※脳の1割も使わず出力した話になります。






 

 

 

 ドバイに来て三週間が過ぎようとしていた。

 この1週間、午前中はミーティング、午後は体幹トレーニングや各々の仕上げにかかる併走など、レースに向けて少しずつウマ娘達を仕上げていた。

 それぞれの仕上がりは上々。やはり、革命世代たる優駿たち……特に今回は、全員が全員の仕上がりを見ながら己の走りを仕上げていくことになる。

 その中で、ライバル心と言うか、自分も負けない、という強い向上心により、誰もが気を緩めずに真剣に練習に取り組んでくれることで、トレーニング効果も何倍もの効率をもって鍛え上げられていた。

 夏合宿に近い……いや、それ以上の目を見張る仕上がり。俺達トレーナー陣としても、彼女たちの頑張りに応えられるように、全力で体調管理やメンタル管理、疲労管理に努めているところだ。

 

 さて。

 そんな順調な練習を続けているところなのだが、当然の話で、ウマ娘達も疲労がたまる。

 これからレースまであと1週間だが、休みなく毎日練習などするはずがない。

 レース前日は脚を休めるとして、その前にもやはり適切に休みを取る必要がある。

 

 そんなわけで、週末の今日は完全に休みの日とした。

 

「えー、今日は一日ゆっくりしてくれな。観光とかにも出かけてOKだけど、ウマ娘達だけでは行かせられないから、必ず大人の人と一緒に出掛けること。一人で行動しないようにね」

 

 ホテルの朝食を取り終えたところで俺が改めてウマ娘達に案内し、彼女たちも元気に返事を返してくれる。

 既に今日と言う日に備えて、それぞれのウマ娘が誘い合ってお出かけするようだ。

 

 フラッシュはヴィクトールピストとマイルイルネル、サイレンススズカを誘って、文化的施設の観光をするようだ。

 なお付き添いは俺と沖野先輩である。車も出してやることになっている。

 

 ファルコンはどうやら同じタイミングで休みをとったマジェスティックプリンスに誘われて、二人で遊びに行くようだ。

 そこにアメリカのトレーナー2名と、日本からはSSとキタが同行することになる。人数は十分と言ったところだろう。

 ここはウマ娘だけで構成されているし、遠出する予定もないので、その脚で市街を移動するとのことである。

 

 アイネスはメジロライアン、サクラノササヤキ、ハルウララ、ナイスネイチャを連れてお土産を買い漁るらしい。

 家族想いのアイネスやネイチャ、地元に向けて買いためるウララやササヤキ、ライアンはメジロ家で付き合いも多いだろう。

 そして荷物持ちに駆り出されたのが小内先輩と南坂先輩と初咲さん。小内先輩は適材適所と言ったところか。

 観光客に向けた値切り交渉などは南坂先輩に任せておけば問題ないだろう。

 初咲さんがウララとずっと手を繋いで行動すると言っていたのでその辺についても心配はなさそうだ。

 

「……で、今日は日が落ちる前には帰ってくるようにしような。事前に話している通りだけど、夜にも出かけるからね、みんなで。夕飯食べたら準備してもらうからね」

 

 それぞれの行き先などを確認したうえで、俺は改めて通知する。

 その言葉に、何人かのウマ娘が目を光らせたような気がするが、まぁ俺も察するところだ。

 今日の夜。夕食はみんなでホテルで取ったうえで……その後にお楽しみが待っているのだ。

 

「今夜は……()()()()()()、ですものね。ふふ、準備した水着を披露する時です」

 

「楽しみなのー!夏合宿だとなんだかんだで水着で遊ぶ機会少なかったし!」

 

「トレーナーさんと買った水着、まだ全部披露してないもんね☆メロメロにしちゃうんだから」

 

「ははは。俺も楽しみにしてるよ、マジでね」

 

 そう、夜のイベントはナイトプールだ。

 ホテルに併設された施設で、今日はそこに全員で予約を入れてある。

 プールでのトレーニングはこれまでホテル内にある競泳用温水プールで実施していたので、ナイトプールで練習だ、など無粋なことを言うつもりはない。

 純粋に、プールを楽しんでもらう。ウマ娘達の気分転換と、体のリフレッシュと、夜の熟睡にうってつけであろう。

 トレーナー陣だって中々ナイトプールなんて楽しむ機会はない。これをいい機会として、俺達も楽しむつもりである。

 

 そんなこんなで、ドバイで最後となる休日が幕を開けた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 そして時は流れて、夕刻。

 俺達は全員無事に観光から帰ってきて、みんな揃って夕食を取っていた。

 みんながみんな、とても貴重な体験をできたようで、夕食の場でもマナー違反にならない程度に、お互いが思い出話に花を咲かせている。

 

「こちらがジュメイラ・モスクの写真です。非常に荘厳な雰囲気で素晴らしかったですね、流石のパワースポットでした……バスタキヤ地区も実に歴史を感じられる伝統的な建造物が並んでおりまして……」

 

「ドバイ博物館もよかったですね……!ダウ船が見ごたえがありましたね、フラッシュ先輩……サルク博物館の考古学の資料も勉強になりました……」

 

「えへへ、こっちもすごいよ☆?IMGワールドの中、アメコミテーマパークがすっごい楽しかった☆!アトラクションもいっぱいでね、マジェプリちゃん意外と絶叫マシン苦手で……クリークパークもすっごい可愛いイルカちゃんがいて……」

 

「こっちはミラクルガーデン行ってきたの!砂漠の中であれだけ花があると感動しちゃった!モールもアウトレットもすっごい色んな店があって、お土産買いすぎちゃったの!えへへ、日本に一杯送っちゃった……」

 

「シュワルマの料理、驚くほどおいしかったです!!!あのケバブ、一生忘れられない……」

 

「ドネルケバブが現地であんなに美味しいとは僕、知りませんでしたよ……柔らかくて……」

 

「ケバブ、美味しかったねー!ウララ、すっごい気に入っちゃった!!日本に帰っても屋台で見かけたら買っちゃいそー……」

 

「アタシ、マックイーンにこっちのお菓子で日持ちする物買う約束してたんだけど、買いすぎたかな……」

 

「サンデートレーナー……買ってもらったペアリング、大切にしますね……」

 

「おォよ、こっちもいい想い出になったぜキタ。ゴアともこうして遊ぶのって何気に初めてだったしなァ。楽しかったな……」

 

「ドバイクリーク付近で見た夕日がきれいでしたね、沖野トレーナー。ああいう夕焼け、好きです……」

 

「南坂トレーナー、今日は色々荷物持ってもらっちゃってごめんね?疲れてない?……」

 

 その笑顔を見ているだけで、俺も随分と嬉しい気分になってしまう。勿論これは、俺だけではなくトレーナー達全員がそうだろう。

 ウマ娘は、笑顔が一番似合う。

 勿論、レースに懸ける情熱も、勝敗も大切なものではあるのだが……こうして観光し、彼女たちの年相応な笑顔を、想い出を作ってもらうことも同じくらい大切なことだ。

 願わくばこのドバイ遠征が、彼女たちの人生でかけがえのない想い出になれるように。

 そんな祈りを果たしつつも、俺たちは夕飯を食べ終えた。

 

「ごちそうさまでした、と。……それじゃ、各自準備の上、ナイトプールに行こうか。向こうについてから集まったりはしないから、各自自由に、到着したら遊んでていいからね」

 

 勿論、これで今日は終わりではない。お楽しみのナイトプールがこの後に待っているのだ。

 俺はウマ娘達に指示し、水着と着替えを準備してナイトプールで集合することを告げ、元気よく返事が返ってきた。

 各々、ワクワクを隠し切れないといった尻尾の揺らし方をして一度自室に戻り、荷物を準備しに行く。

 それを見送りながら、トレーナー同士で簡単に今日一日の動きについて報告しあった後に、俺達も後に続いて準備に入ることにした。

 

 しかし、これから水着になる事を気にしてか、夕飯はちょっと少なめだったかもな、みんな。

 この後ホテルにお願いしてウマ娘達向けの夜食を準備しておくか。

 ナイトプールが終わったら軽く風呂に入り、食べ過ぎない程度に夜食をぺろりとしてベッドに入れば、最高の安眠が約束されるだろう。

 

 俺も猫缶を食べ終えたオニャンコポンを肩に乗せて、初咲さんと共に一度自室に戻る。

 自分の水着も準備しないといけないし、オニャンコポン用の浮き輪も準備しているのだ。

 プール前に一度オニャンコポンの体をしっかりと洗えば猫同伴の許可は取ってある。

 

「ニャー」

 

「おー、これからプールだぞーオニャンコポン。溺れないように気をつけるんだぞー」

 

「猫なのに水を一切怖がらないのってすげーよなオニャンコポン……毎日のように風呂に入りたがる猫ってのは初めて見たよ俺。流石は立華さんのペットだわ」

 

「家族ね、家族。自慢の猫だよ」

 

 俺達も手早く準備を整えて、ウマ娘達の待つナイトプールに向かったのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 熱帯であるドバイの3月は、非常に過ごしやすい気候となっている。

 日中の最高気温は暑くても30℃、夜も一番冷え込んで20℃弱と、一日の寒暖差が大きくなく、雨も少ない。

 夏になれば最高40℃にもなる砂漠の気候であるドバイだが、3月が一年を通して最も過ごしやすい時期となっており、それに合わせてドバイワールドカップデーが開催されている。

 

 夜に遊泳するナイトプールと言えど、気温は25℃程度と水着でも問題なく過ごせる気候となっており、さらにはプールの水温で体が冷えない様に温水プール、フードサービスなどもあったりと至れり尽くせり。

 最高の思い出を約束するそんな有名ナイトプールに、この日はチームJAPANのウマ娘達が集まり、楽しんでいた。

 

 いや、楽しむと表現したが……正確には、勝負を楽しんでいた。

 

「うおーーーーりゃぁーーーーーー!!!」

 

「いいペースだよササちゃん☆!そのままもーすこしっ!!」

 

「頑張るの!!ここで一気に差を広げるの!!」

 

「先頭の景色を譲っちゃダメ…!!次、キタちゃん、頑張って…!!」

 

「任せてくださいっ!!臨時逃げ切りシスターズのメンバーとして負けませんっ!!いくぞぉー!!」

 

「甘いですよ…!私達チームの中で一番水泳が得意なライアンさんがラストバッターに控えています…!」

 

「……ぷはぁ!!ネイチャさんっ、よろしくですっ!!」

 

「任せろイルイル!!よっしゃ頑張りますよっと!!」

 

「がんばれーネイチャちゃーん!!ウララいっしょうけんめー応援するよー!!」

 

「差し切りバスターズとして負けてられない…!最後でアタシが一気にまくるから!ネイチャちゃんファイトー!!ナイスマッスルー!!」

 

 2つのチームに分かれて水泳往復リレーでの勝負。

 準備運動をし終えたウマ娘達は、ハルウララの提案のもと、色気もへったくれもない水泳勝負に興じていた。

 

 チームJAPANのウマ娘は、逃げウマ娘と差しウマ娘におおよそ2分される。

 チーム『逃げ切りシスターズ』として、スマートファルコン、アイネスフウジン、サイレンススズカ、サクラノササヤキ、キタサンブラック。

 対するはチーム『差し切りバスターズ』として、エイシンフラッシュ、メジロライアン、マイルイルネル、ハルウララ、ナイスネイチャ。

 5人による水泳リレーの勝負が繰り広げられており、そして審判は脚質自在のヴィクトールピストに任されていた。

 

「……ゴール!!僅差でしたが、勝者はライアン先輩です!この勝負、差し切りバスターズの勝利!!」

 

「やったぁ!!やはり筋肉…!筋肉はすべてを解決する…!!」

 

「だー!!しまったの…!!ビキニにしたから速度出そうとすると脱げそうになっちゃって……!!」

 

「やりましたねライアンさん!」

 

「悔しーー☆!!もう一回!もう一回勝負しよ!!」

 

 なんともまぁ色気のない、しかし逆に年相応ともいえる遊びをしていた彼女たちであるが。

 しかし、そんな雰囲気はとある人物たちの登場によってぴたりと静まるのであった。

 

 

「……おー、勝負してたのか?見たかったな、どっちが勝った?」

 

「あんまり激しい遊泳はいけませんからね。今日はリラックスするのが主目的なのですから、疲れすぎてはいけません」

 

「夜のプールですか……他にもお客様はいるようですから、7色に発光するのだけは避けないといけませんね……」

 

「小内先輩、ふとした拍子に光るっすもんね。めっちゃくちゃ目立つだろうなナイトプールだと……」

 

「ほらオニャンコポン、泳いできていいぞー。浮き輪は外さないようにな」

 

「ニャー」

 

 

 チームJAPANを率いる男性トレーナー達が、水着に着替えてナイトプールに現れたのだ。

 それぞれを順番に、ウマ娘の視点から説明しよう。

 

 まず、沖野トレーナー。

 この日は朝からウマ娘と出かけることもあり、無精ひげは綺麗に剃られ、整えられている。泳ぐこともあってか、髪も自然と下ろしてやってきており、いつぞやのライブで見せたようなイケメンに変貌を遂げていた。

 そしてパーカーとトランクスタイプの水着を着用してきているが、そのパーカーから覗かれる筋肉は間違いなく鍛えこんだ物。見せかけの筋肉ではない、使える筋肉を搭載していた。

 かつて演劇で腕を慣らした彼の、その全身にバランスよく搭載された肉体。姿勢もよく、性格も快活なものがある沖野トレーナーは、頼れる大人であり、肩肘張らずに話せる雰囲気を持つ、ウマ娘にとって親しみやすい男性であった。

 しかしひげを整え髪を下ろしている今回は別だ。サイレンススズカはそんな見慣れたトレーナーの見慣れぬ姿を見て、ごくりと喉を鳴らした。

 

 次に、南坂トレーナー。

 この男は普段から優男風味を醸し出しており、線の細い印象を与えることもある。常にスーツで隠されているはずのその肉体が、しかしこのナイトプールにおいては、色白の肉体を惜しげもなくさらしていた。

 噂話に上がるような無数の傷跡……などと言うものは一切なく、シミひとつない綺麗な肉体。しかし、脂肪は必要最低限に、その下にしなやかで柔軟な筋肉が存在した。

 ウマ娘でも思わずうなってしまう、その筋肉。あらゆる運動において彼は好成績を果たすであろう、そう思わせるような可能性の獣。理想的なバランスの細マッチョ。

 見れば、髪型も彼にしては珍しく、首の後ろあたりで一つ結っている。普段の沖野トレーナーのようなその髪型は、しかし彼の妖しい魅力を増すのに十分なワンポイントアクセントであった。

 マイルイルネルとサクラノササヤキがよだれが垂れそうになるのを堪え、ナイスネイチャは己の心の内の雌を抑えるのに労力を使った。

 

 さて、そして小内トレーナーだ。

 彼は身長が高い。2m超えの身長はウマ娘が見上げるほどの高さで、普段スーツなどを着ている際には威圧感を与える身長差を少しでも埋めようと、猫背になっていることも多いのだが。

 しかし今日、サイズの大きいパーカーを羽織って水着でやってきた彼は、流石に薄着で猫背であると見た目もよろしくない物になるだろうと、胸を張り、その胸板を惜しげもなくさらしていた。

 身長が高い男性は、おおよそ二通りに体つきが分かれる。細く、まるで棒のような体…と表現されるタイプと、全身に筋肉を搭載し、フィジカルエリートであることをアピールする体。

 小内トレーナーは後者であった。胸板の厚み、骨の太さ、脚の強靭たる筋肉の太さが、種族的に力で上回るはずのウマ娘達から見ても絶対的なフィジカルを感じさせる。

 なお、プールと言うことで、普段かけている眼鏡をはずし、コンタクトレンズにして裸眼となっている。裸眼になると普段のきつい目つきが随分と解れ、顔もウマ娘達から見ても満点が出ておかしくない精悍さを持ち合わせていた。

 メジロライアンの筋肉が、小内トレーナーの筋肉に呼応するように一度脈打った。

 

 続いては初咲トレーナーだ。

 このトレーナーはまだ若い。立華と同年代、大学を上がってからまだ数年とたっておらず、その体も他のトレーナーと比べれば磨き上げられていると察するほどの筋肉は搭載していない。

 だが、その未熟さが逆にウマ娘達にとって危険な香りを醸し出している。まるで大学生のお兄さんかとでもいうような、年齢の近さをいやおうなしに感じさせる。より、身近な男性として彼の自然な肉体は可愛らしいものとしてウマ娘の目に映った。

 顔についても、流石に南坂トレーナーや沖野トレーナー、立華ほどではないにせよ、十分に整っていると言える顔。ウマ娘への距離感も近く、若く勢いもあり世話焼きでもある彼は、何気に学園内でのウマ娘人気が高いトレーナーであった。

 周りのトレーナーと比較してまだ未熟さの残る体は、しかし危うい距離間の近さをもってウマ娘達の目前に晒される。

 ハルウララが、前に海で見た時からちょっと腹筋の割れが深くなっていることに気付いて、しっとりとした笑顔を浮かべた。

 

 最後に立華トレーナーだが、コイツは既にオニャンコポンをプールに入れて遊んでいる。

 なんなら一番楽しむ気満々で、その体もフェリスのウマ娘にすれば海で見慣れた体なので説明は割愛させていただく。

 一先ず言えることとしては、3人ほどウマ娘が獲物を捕らえる前のマンボのような眼になったという事だろうか。

 狙われているのだがそんなことに気付かない悲しみがこのクソボケにはあった。

 

「……うん、オニャンコポンもプールに浮き輪で浮かべてるな。ヨシ!」

 

 そうしてオニャンコポンをプールに浮かべ、水にぬれ細くなった下半身と尻尾でニャーニャーと楽しそうに鳴いている猫という何とも言えない場面を作り出していたところに、新たなる闖入者がやってきた。

 

『……悪いわね、タチバナ。コイツらに捕まったわ……』

 

『ハーッハッハッハ!!ナイトプールがあるとファルコンから聞いていましたので、いずれここで合流する運命でしたよ、サンデートレーナー!!』

 

『私たちはむしろこれまでも何回かここに来てるしね。チームJAPANのみんなのほうが使う回数少ないんじゃない?』

 

『プール運動は筋肉の疲労回復、リラックス効果、メンタルを整えるのにも高い効果が出る。いいものだよ』

 

 4人のウマ娘が新たにナイトプールに現れる。

 サンデーサイレンスと、アメリカ組の3人だ。

 ホテルからナイトプールに移動する道中でアメリカ組に捕まり、今からプールであることを聞き出され、3人もついてくることになってしまったサンデーサイレンスがため息交じりでやってくる。

 

 サンデーサイレンスもトレーナーであるからして、彼女の佇まいについても説明しなければなるまい。

 彼女はメリハリのありすぎる肉体だ。150cm程度の身長に、95cmを超える大いなる実りを身に着け、かつウエストは鍛え上げ余計な肉はどこにもない。腰は年齢を重ねたことで現役時代より若干ボリュームが増えている。

 そんな彼女が選べる水着は少ない。タンクトップビキニなど着ようものなら、水に濡れて張り付かない限りは樽のような造形になってしまい、流石に修道女の資格を持つ彼女としてもプールでそのような醜態をさらすつもりはなかった。

 しかし余分な露出を嫌った彼女が選んだ水着は、ハイネックビキニにより胸元の谷間を覆い隠し、腰から下はパレオで脛下まで隠す、と言うものだった。

 だが、余りにも傲慢たるその実りにより、胸元の谷間を覆い隠すはずのハイネックビキニは彼女の大きさをより強調させ、パレオで隠したはずの脚は生まれつきの外反膝、内股である彼女の白い脚がチラリズムを醸し出しており、上下黒で合わせた水着に純白の肌が見え隠れする淫靡さを生んでいた。

 そのことに本人は気付いていない。これがプライベートなナイトプールではなく大衆海水浴場などでお出しされれば、視線を一つに集めてしまうこと請け合いであろう。

 

 そしてそんなサンデーサイレンスの隣に立つイージーゴア、オベイユアマスターも魅力的な水着を着用している。日本のウマ娘で、今回参加するチームJAPAN、その生徒達ではキタサンブラックしか並び立つものがない、高身長に実る大いなる果実。アメリカの広大さが感じられる、まさしくアメリカンなそれだ。

 イージーゴアは己の体の武器を理解しており、彼女の水着はまさかの星条旗ビキニだ。その隣、落ち着いた雰囲気の水着で身を包んだオベイユアマスターと比べると露出が多い。

 それに並ぶマジェスティックプリンスの目が曇り気味であり、その顔を見て砂の隼もまたシンクロして目を曇らせた。サイレンススズカも曇らせた。

 余りにも大いなるライバルの登場であった。

 

「──あはははは!オニャンコポンお前、上半身まだ濡れてなくてふわふわなのに、下半身がほっそりしちゃってまぁ!!見てくれみんなこれ!今日のオニャンコポンにしちゃおうぜ!!」

 

 そしてそんなウマ娘達の魅力的な肉体を前にして愛猫と遊ぶのに夢中になってしまっているクソボケに対して、怒りのやり場に困っていたウマ娘達(ファルコン、スズカ、ネイチャ、ササヤキ、イルネル、マジェプリ)から尻尾による猛攻撃が浴びせられ、プールに叩き込まれることになるのだった。

 

 

 とはいえ、お互いの体にも慣れれば、あとはお楽しみの時間である。

 それぞれのウマ娘が、トレーナー達も交えてボール遊びや遊泳などで楽しく過ごし、練習の疲れをすっかりとリフレッシュできたのだった。

 

 ドバイワールドカップデーまで、あと一週間。

 ウマ娘達は英気を養い、世界の強敵に挑む。

 

 つかの間の安らぎを、今はただ満喫するといい。

 明日からはまた、勝利に向けた練習が待っているのだから。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

150 革命への評価

 

 

 ドバイワールドカップデーまであと3日。

 ここドバイの市内、各所のホテルにおいては、世界各国のウマ娘が集い、そしてレースに向けて脚を仕上げていた。

 そんな中のひとつ、オーストラリア出身のウマ娘2人と、隣国であるシンガポールのウマ娘が一人、チームJAPANとは違う別のホテルで過ごしていた3人が談話室で会話していた。

 内容は当然レースにかかる検討会である。

 これまでにもトレーナーを含めて何度も実施していたが、最後の確認として改めてウマ娘達の情報を見ながら話し合っていた。

 

『……で、どう見る?』

 

『チームJAPANが怖い!!……って噂は耳にしてっけどねー』

 

『レース映像は既に複数回の視聴を完了。走るウマ娘全員のデータは確保済み』

 

 オーストラリア出身のウマ娘、アイネスフウジンと同じアルクオーツスプリントに出走するブラックベルーガが検討内容を提示する。

 それに軽い口調で返すのは、シンガポール出身のウマ娘、ハルウララと同じゴールデンシャヒーンに出走するミサイルマンだ。彼女はその名の通り、思考はどちらかと言えば真っすぐ寄りだ。

 そして最後に、抑揚の少ない事務的な口調で話すのがオーストラリアのウマ娘、ウィンキス。彼女はヴィクトールピスト、サクラノササヤキ、マイルイルネルと同じドバイターフに出走する。

 

 優駿が3人。

 国が近いこともあり、またブラックベルーガとウィンキスについては現役でオーストラリア国内のGⅠを総ナメしている実績から、以前より知り合っていた彼女たちがそれぞれのレースについて所感を零す。

 

『私の出るアルクオーツスプリント、正直に言えば……敵になるやつはいない。勝てると思う。…ウィンキス、意見ある?』

 

『短距離ではあなたに勝るウマ娘は皆無。私の計算でも勝率は95%』

 

『ベルーガはつっええからなー!でもウィンキス先生の計算でも5%あるんだな、敗北』

 

 話はまずアルクオーツスプリントの話題になる。

 ブラックベルーガの出走するレース。このレースに挑むにあたり、ブラックベルーガには絶対の自信があった。

 彼女は短距離のレースで敗北を経験していない。

 圧倒的な実力差。そしてレース中に出遅れない、掛からない、冷静かつ情熱的な走りで、オーストラリアの短距離レースを蹂躙していた。

 その実力は当然世界レベルで見ても明らかに頭一つ抜け出ている。

 今回の直線1200mのレースでも、同じくレースを走る()()()()()()の過去のレース映像や実力を分析し、勝てるだろう、と考えられていた。

 

 だが。

 不安要素が、一点。

 

『……アイネスフウジンだけが読めない』

 

 そう、それはチームJAPANの風神。

 これまで短距離レースはジュニア期の重賞2回のみ、それ以降はマイルから中距離2400mまでを走っていた、日本のウマ娘だ。

 このウマ娘の短距離戦の情報は正直、集めることができない。

 ジュニア期の短距離レースなど、はっきり言ってしまえば()()()()だ。適性がやや劣っていても、単純に速く走れる方が勝つこともある。

 であるからして、今現在、シニア期のウマ娘達の集うここアルクオーツスプリントにて、アイネスフウジンがどのような走りを見せるのかが計算できなかった。

 

 さらに言えば、彼女の前走、ジャパンカップがさらに推察にノイズを混ぜる。

 

『アイネスフウジン。1ハロンの世界最速記録を所有。それも短距離レースではなく、2400mレースにおいてそれは発揮された』

 

『何度映像見てもありえねーよなぁあれ!!あの後脚ぶっ壊れたらしいじゃん?コワー。あれ、ベルーガなら超えられる?』

 

『……無理。200mだけ、その後脚が壊れてもいいってレベルで全力疾走すれば並ぶ記録は出せると思うけど。そもそも2000mも私は走れないし……あれがあるから、このウマ娘が読めないのよね…』

 

 アプリでジャパンカップのレース映像を見る。

 何度見ても、あり得ないのだ。下手なCG映像でも見せられているんじゃないかと錯覚するほどの加速。

 瞬間速度は80km/hを超えていたという。

 こんな速さは、レースで出していいものではないのだ。

 短距離ウマ娘の全てを否定するようなその走り。

 

『……あの一戦だけの、奇跡だと信じたい。80km/hに至られたら、私でも厳しいわ。勿論、残り200m地点までには3バ身以上の距離をもって、私も最高75km/hくらいは出るから、それで走り切れば逃げ切れるとは思うけど……』

 

『ウマ娘の体格、骨格から考えて当時の速度を再び出せる可能性は10%未満。加えて、出せたとしてもブラックベルーガが述べた位置取りでレースを進められれば、勝率は50%オーバー』

 

『ジャパンカップの時でも先頭集団からタレ気味で……ようは、脚を溜めてから放った感じあるもんな。加速ブチまけられても抜かせない距離を保ってれば問題ねーよな!……いや、そもそもあんなの出されてたまるかって話だが』

 

『そもそも、短距離に脚があってるのかどうか、よ。2400mも走れて1200mも走れるようなウマ娘がそうポンポンいてたまるもんですか』

 

 ブラックベルーガは常識論で僅かな不安を払拭した。

 あんな速度を毎回レースで安定して出せるようになっているのであれば……アイネスフウジンが現役でいる限り、彼女が勝ち続けるだろう。

 そして、そんなことはレースの歴史が許さない。あの速度で走れるウマ娘はいない。いてたまるか。

 だから、末脚を繰り出したとしても、あの時よりは速度が落ちている……と、考えて。

 

 そして、そう考えた上で、万が一あの速度を繰り出されても負けない様に。

 ラスト1ハロンで、自分が出せる最高時速75㎞/hで走り抜ければ、80㎞/hでも追い抜けない差を作っておけばいい。

 それがどれほどの難易度かも理解しており、そしてそれが出来る実力が己に在ることを理解していた。

 21戦21勝、GⅠ11勝を無礼るな。

 

『スタートからの加速が上手くて、ハイペースな展開に持ち込めてるところから、短距離も全く走れないってことはないんだろうけどね……ま、私が勝つわ。次のレース検討行きましょ』

 

『おー、んじゃアタシのゴールデンシャヒーンだな!!ダートウマ娘もいい短距離ウマ娘が集まってるぜぇ!!名前聞いたことあるやつらばっかりで嬉しくなるな!!』

 

『世界中から優駿が集合。特にアメリカなど、ダートを主軸とする国のウマ娘が強敵。私の計算ではミサイルマンの勝率は75%』

 

『具体的な数字を言わないでくれっかなぁ!?そりゃアンタらに比べりゃアタシは戦歴はアレだけどさぁ!?それだって連対率100%なんだけどなぁ!?遠征慣れもしてるしアンタらに外国での心構え教えてあげたよなぁ!?』

 

『あー……や、そこはホントに助かってるよ。生水飲まないのって大切なんだね。他の子がそれでお腹の調子やっちゃってたの見てマジでそう思ったよ』

 

『心から感謝』

 

『そうだよなぁ!?ウィンキスはもうちょっと笑顔で言ってくれてもいいよなぁ!?』

 

 続いて話はミサイルマンの出走するゴールデンシャヒーンの検討に移った。

 ダート1200mのレース。短距離ダートのこのレースに、ダートであり短距離を得意とするウマ娘が集まってきている。

 説明するまでもなく、走る全員が優駿であり、全員が高レベル。

 だが、その中でもミサイルマンはやはり一番人気を獲得している通り、1段実力が上だと判断されていた。

 

『レース展開もいつもの感じでいけるよね。逃げに近い先行の形から飛び出す形の、アタシたちのそれで』

 

『おーよ!!短距離レースってのは前の位置につくのが必勝の鉄則だからな!』

 

『短距離においては逃げ先行の戦法有利のデータ有』

 

『うんうん、ウィンキスに太鼓判押されっと気持ちいいわ!!さて、んじゃライバルウマ娘達の検討かねー』

 

 そうして、レースを共に走るダートウマ娘の検討に入る。

 どのウマ娘がどんな戦法を得意としており、どれほどの速さなのか。

 猪突猛進タイプのミサイルマンでも、情報の大切さは理解している。改めて、見落としがないように確認を進める中で、一つの疑問が出てきた。

 

『……で、チームJAPANからはハルウララ、か』

 

『日本ではGⅠ2勝。スマートファルコンとのレースではすべて敗着。レコード更新もあるが、他のチームJAPANのウマ娘のような目立つ記録はない』

 

『ウィンキス、流石にそれは傲慢。私達がGⅠいっぱい勝ってるからって言いすぎ。クラシック期にGⅠ2勝、十分頑張ってるじゃない、この子』

 

『……失礼。見解を更新』

 

『まーでもぶっちゃけ、革命世代の中でもフツーって感じはあるよな!差しのスピードは光るもんあるけどよ!』

 

『こら、ミサイルマン!』

 

『事実さ。こいつよりもマークしなきゃならねぇウマ娘は他にもいっぱいいるんだ、事実で検討していこうぜ。差しでの戦法を得意としてるやつだが……差し切ってるレースは正直周りのウマ娘が遅い。差し切れなかったレースはスマートファルコンやら、実力ウマ娘がいて差し切れてないレースが多い。つまりはまぁ……スピード不足だろ。日本のレコードタイム更新してるのだって、スマートファルコンに引っ張り上げられてのそれだろうが、アタシほど速くはねぇ。普通に走れば負けねぇだろ』

 

 ミサイルマンは口調はぶっきらぼうに、しかし記録するタイムやレース映像を読み込んだうえで、ハルウララは要注意マーク対象ではないと判断した。

 先程も話した通り、短距離レースにおいて差しの作戦は難しい。距離が短い都合で、アガってくるタイミングを失すれば先頭に追い付けないケースが多々ある。

 確かにその差し足の速度は一級品と称してもいいだろう。そこまでミサイルマンは侮ってはいない。

 だが、一級品の末脚など、このレースに出走する全員が当たり前に持っているのだ。

 世界最高峰のウマ娘が集まるレースにおいて、ハルウララと言うウマ娘は、徹底マークを入れる対象にならなかった。

 

『まーなにせ噂のチームJAPANだからな、何が起きるかはわかんねー、って所だけは頭に入れておくぜ。油断だったり慢心だったりとは言わねぇけどよ、他のライバルに負けない様に走るのでアタシは精一杯だよ』

 

『……アンタのそういう所が、4敗を生んでるんだと思うわよ、私は』

 

『やはり勝率75%』

 

『責められるほどかぁ!?じゃあ分かったよ!ハルウララにもし負けるようなことがあったら後でお前らにシンガポールの特上スイーツ奢ってやるよぉ!!そんくらい真剣に挑む!!それならどうだ!!』

 

『ハルウララって応援したくなるような子よね。可愛くって。ファンになりそう』

 

『勝率50%に訂正』

 

『友達甲斐がねぇなぁお前らァ!?!?』

 

 彼女たちはレースについて真剣に検討しているだけであるが、しかしやはり彼女たちもウマ娘であり、年頃の女の子である。スイーツには弱かった。

 オーストラリアの最上位2名と、ノリの良いシンガポールウマ娘。この3人はお互いに、それなりに気が合う存在であった。

 

 だが、悲しいことに彼女たちはライバルになり得ない。

 ブラックベルーガとウィンキスは同じ国の芝ウマ娘だが、その距離が違う。短距離はブラックベルーガの聖域であり、マイルから中距離はウィンキスの聖域だ。お互いの走る道が交差することはない。

 そしてシンガポールでのレースや、海外遠征が多いミサイルマンは芝の短距離も走れるが、ダートの短距離の方が得意としていることもあり、ブラックベルーガと同じレースに出たことはなかった。

 だからこそ、こうしてお互いのレースに何の懸念もなく検討をできている。

 

『……んじゃ、最後にウィンキスのレース検討しよっか。と言っても、もうデータは集まってるんでしょ?』

 

『肯定。全てのウマ娘のデータを完備済み。その上で、計算では私の勝つ確率99%』

 

『出た。ウィンキス先生の謎計算。……外れたことがねぇからなぁこれが……』

 

 ウィンキスの走るドバイターフの話に移るが、これについての詳しい検討は行われなかった。

 何故なら、ウィンキス自身が、情報を収集し、そこから彼女独特の計算式を当てはめることにより、己の勝利を確信したうえで走るからだ。

 

 ウィンキスの方程式。

 詳細な計算は省くが、大まかに言ってしまえば、ウマ娘の走る実力を測り、その上振れと下振れを算出するものだ。

 あらゆるウマ娘が、レースにおいては実力以上のものを発揮することもあれば、実力を出し切れないことがある。

 それを、彼女独自の算定式ではじき出す。勿論、己の走りについても冷静に分析して同様にはじき出す。

 はじき出したうえで、()()()()()()()()()()()()()()()()()敗北はない。

 そのような理屈で、オーストラリアのGⅠレースを蹂躙していた。

 

 彼女が計算式を煮詰め、完成に至ったのがクラシック期の中盤。

 それ以降は、その計算が裏切ったことはない。勝利することで全てを証明してきた。

 無論の事、彼女の肉体は才能の塊。純粋な実力が、周りのウマ娘と比較してとびぬけて高いからこそ、そんな傲慢な計算が許される。

 今現在、オーストラリアに彼女に並びたてるウマ娘はいなかった。ライバルたるウマ娘はいない。

 

 そして、そんな彼女はこのドバイターフのレースにおいても既に計算を終えていた。

 証明はレースの上で行われるが、これまで走ってきたレースと同じく、己が勝つだろうという確信があった。

 1+1が2になるのと同じように、走って、勝つ。

 

『……けどね、ウィンキスのその計算式……奇跡が起きる、って要素も含まれてる?』

 

『大地震の発生や天災などは含まない。ウマ娘の走れる限界を、一回り大きく算定した上での計算となっている』

 

『おーおー言うねぇ。いや、災害はマジ勘弁だけどよ。じゃあよ……ウィンキス、アンタはさ。例えば()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()や、()()()()()()()()()()()()()()()()みてぇな走りをされたとしても、絶対に勝てるのかい?』

 

『…………』

 

 ミサイルマンに指摘された内容で、ウィンキスは一度再計算を実施する。

 これまでも考えていた可能性だ。あのような、ウマ娘の限界値をはるかに大きく超えるような走りをされたときに、己は勝てるのか。

 彼女の答えは。

 

『……肯定であり否定』

 

『お、ウィンキスにしては面白い答えね。その心は?』

 

『仮にアイネスフウジンがドバイターフに出走し、あの速度を繰り出されたら勝率は70%程度。しかし、ヴィクトールピスト、サクラノササヤキ、マイルイルネルであれば、その勝率は99%をギリギリ下回らない』

 

『ギリギリが出た!なるほどね、つまりは結構ヤバいかも、ってことか』

 

『その質問には肯定。しかし、前提としてあのような奇跡がそうそう起きるはずがない』

 

 その答えは、ドバイターフで走るチームJAPANの3名であれば、たとえ奇跡を起こされても勝てるという算定結果。

 ギリギリ、と本人が言うように、仮にあんな、領域を超えるような領域に至られてしまえば、その際は己も最高の走りをしなければ厳しいだろう。

 だが、そんなものは起きない。普通は、起きない。

 計算式とは毎回同じ結果が出るからこそ式足り得る。不確定要素は入れるべきではないのだ。

 

『……随分と、興味深い話をしているね』

 

 だが。

 ちょうど、その話を3人がしていたところに通りがかったウマ娘がいた。

 同じホテルに滞在する、()()()()のウマ娘だ。

 3人が話す共用の言語である英語に合わせて、彼女も普段使っているフランス語ではなく英語で会話する。

 

『……()()()()()、さん。……聞いていました?』

 

『ああ、最後の方だけね。ウィンキスのレースの話と、チームJAPANの話をしていたようだが……』

 

『肯定。チームJAPAN、その内、奇跡のような走りを見せたウマ娘が2名。しかし、奇跡は早々起こらないという話を』

 

『スマートファルコンならともかく、距離間違えてるアイネスフウジンと他の子なら何とかなるかなーって感じの話っすわ!』

 

『…ふっ。そうか、君達は知らないのだな……』

 

 ウィンキスの話と、その先を続けるミサイルマンの言葉に、ブロワイエは苦笑を零す。

 その笑みに、怪訝な表情をする3人。

 ブロワイエの事は当然に3人とも知っている。長くレースを走るベテランのウマ娘で、その実力も認めている。そして、彼女の走りも絶対に近い、強者たる走り。堅実な実力を持ち、それで凱旋門を2連覇している、間違いなく世界最高峰に肩を並べる一人。

 そんな彼女が、奇跡はないという話に、否定的に笑ったのだから。

 

『……3人とも。先達から、一つだけアドバイスしておこう』

 

『……何です?』

 

『傾聴。ブロワイエの戦術判断は極めて重要な情報』

 

『おー、何々?』

 

『ああ。……()()()()()()()()()()()()()()()。私はそれで一度驚かされ、一度辛酸を嘗めている。……彼女たちは、ある条件下でなら、奇跡を起こせるのだ』

 

『……は?』

 

『……困惑。計算にノイズ発生』

 

『マジで言ってる?ブロワイエさんモーロクした?』

 

『ってこら!ミサイルマン!失礼でしょ!!』

 

『くっ、ははは…!面白いな、君は。まぁ、そう思ってくれても結構さ。答えは3日後に出るだろう』

 

 ブロワイエの放った言葉に、3人は困惑の色を返した。

 何故なら、その言葉を放ったブロワイエの表情が……余りにも、真に迫っていたからだ。

 奇跡を起こせる、という事実に、何故か彼女は一切の疑念を抱いていないのだ。

 困惑しかないだろう。確かに、彼女はかつてジャパンカップで5着を取っているが、あれは芝適性などの問題も大きかったのだろう、とは思うが。

 だが、その1戦だけで確信するほどのそれなのか?

 日本とは、チームJAPANとは何なのか?

 

『ブラックベルーガ、ウィンキス、ミサイルマン。君たちはこれからも、ますますレース界で輝いていくウマ娘だろう。そこは私も素直に応援しているよ。……だが、目の前の小石に躓かないようにするといい』

 

『……たりめぇだ。このドバイで、負けるつもりはねぇよ』

 

『同右。必勝の方程式の証明を』

 

『気は抜かないわ、先達の言葉として受け取ります。……ブロワイエさんも、ドバイシーマクラシック頑張って』

 

有難う(メルシー)。君達のレースに、素敵なものがあることを祈っているよ。いろんな意味でね』

 

 ブロワイエはそれで話を切り上げて、談話室を後にしていく。

 残された3人は、ブロワイエの立ち去る背を眺めながら……一つ、見解を新たにした。

 

『……やっぱ、チームJAPANのウマ娘、注意しておこうか』

 

『肯定。たとえ計算式による勝率は100%でも、レースに絶対はない』

 

『おお、そうすっか!油断して負けちまったら恥ずかしいからな!!』

 

 たとえ己の脚に絶対の自信を持っていたとしても、何が起きるかわからないのがレースなのだから。

 ブロワイエの言う通り、チームJAPANへの注意を。

 そして、それにもまして、走る事に真摯に。

 勝てると思えるようなレースでも絶対はないのだから、敬意をもって全力で走るように。

 

 

 

 決戦まではもう間もなく。

 すべてのウマ娘達が、勝利に向けて、心を、体を、想いを備え始めていた。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

151 親心

 

 

 

 ドバイワールドカップの当日がやってきた。

 今日の午後からレースが開催されるメイダンレース場へ、俺達チームJAPANは万全の準備を整えて移動することになっている。

 この1か月守っていたルーティーンで、いつも通り朝7時に起床し、朝食を食べる。

 論ずるまでもないが、ここ一週間はカーボローディングを実施し、カロリーをウマ娘達の体に蓄えらえるような食事メニューに切り替えていた。高糖質食に切り替え、全員がエネルギー貯蔵量をピークに持って来るための食事メニューを取っていた。

 ただし、高糖質のメニューは消化があまりよくないものも多い。対策として、消化吸収力に優れ、食物繊維も豊富で、かつカロリーも多分にあり、日本の味を思い出せる料理……おソバを、最後の夕飯でお出しした。

 当然俺の渾身の手打ちである。ウマ娘12人分は流石に一日がかりになったが、みんな喜んで食べてくれたので何の問題も無い。

 今朝それぞれのウマ娘に体調を確認したが、みんな問題なく絶好調。

 レースで、体調が理由で好走を果たせないことはないだろう。実力で勝負だ。

 

「……さて、みんな集まったかな」

 

 そして朝10時、レース場に移動するためにホテルのフロントに集まったウマ娘達をざっと見渡して、声をかける。

 みんな、戦意に満ち溢れた表情……と、言えればいいのだが。この海外レースは、普段のGⅠとはまた趣が違うため、中には緊張を隠せないように尻尾が揺れているウマ娘もいた。

 それはそうだ。ここはドバイであり、日本ではなく……そして、革命世代であるみんなが、日本の期待を背負い、走るのだから。

 そこに緊張がゼロ、と言うのは無理がある。彼女たちは勿論、スポーツマンとして十分な経験を積んだ優駿たちではあるが、同時にただの女の子でもあるのだから。

 

 だからこそ。

 そこをどうにかするのが、トレーナーである俺たち大人の仕事である。

 

「……立華トレーナー」

 

「ん、南坂先輩。……準備できました?」

 

「ええ。他の国のウマ娘の邪魔にならないよう、バスは駐車場の奥へ。そこまでの道中、手配完了です。沖野トレーナーと小内トレーナーと初咲トレーナーが準備してくれてます」

 

「助かります……驚くでしょうね、みんな」

 

 一仕事を済ませた南坂先輩が、ウマ娘達に聞こえない様に注意を払って俺に耳打ちしてくる。

 なんか明らかに俺の鼓膜にだけ音が聞こえてるような気がしなくもないが気のせいだろう。俺の肩の上に乗るオニャンコポンに一切音が聞こえてないような気がするが、気のせいだ。

 そして秘密裏にとあるイベントの準備を終えて、俺はウマ娘達に声をかける。

 

「よし、それじゃあみんな、バスへ移動しよう。荷物はサブトレーナーの子やトレーナーに任せて、身一つで移動していいからね」

 

「はい。……ふぅ、やはり、どうしても緊張はありますね」

 

「なの。けど、どの国の子も一緒だと思うから……」

 

「負けてられない、ね。よーし、行くぞー☆!」

 

 俺の声に、チームの三人から、また他の子からも返事があって、全員でフロントを出て移動する。

 少し歩いて、駐車場……そこに待たせているバスまで向かうことになっている。

 

 だが、そこに俺達トレーナーが準備したサプライズが待っているのだ。

 

 ホテルをぐるりと回って、裏手にある広い駐車場。

 一番離れたところにバスは準備してある。

 そして、建物の角を曲がって、奥にあるバスまでの約30m。

 

 そこに、その道は出来ていた。

 

 

「────────ッ!!」

 

 最初に驚いたのは、俺の後ろを歩くフラッシュだ。

 そして、角を曲がった直後、全員が驚いた表情を作った。

 

 バスまでの道、そこにはなんと。

 

 

「……あ、来た来たー!!頑張れ!!革命世代!!」

 

「マジで応援してるよー!!目指せ全勝!!世界に日本を見せつけろー!!」

 

「ファイトー!!いつも通り、奇跡の走りを見せてねー!!」

 

「緊張してないー!?リラックスしていいからねー!!深呼吸深呼吸ー!!」

 

「アイネス先輩、頑張ってー!!全距離制覇、応援してますっ!!」

 

「ウララちゃん、頑張れー!!地方からもめっちゃ応援の声上がってたからね!!」

 

「ヴィイ、負けたら承知しないからね!!海外ならアンタが強いっ!!」

 

「ササちゃん、ビート刻んでいこうぜ!!目立って行こー!!」

 

「イルイルー!!負けんなよー!!アンタの差し足は海外でも通用するっ!!!」

 

「フラッシュさん、頑張ってー!!ダービーウマ娘が世界でも勝つところ、見せてくださいっ!!」

 

「ライアン先輩、ここでこそですよ!!筋肉勝負でブロワイエに負けないでー!!」

 

「ファルコン先輩!!逃げきってくださいね!!逃げ切りシスターズのリーダーの背中見せてくださいーい!!」

 

「絶対他の国のウマ娘に負けるんじゃねーぞ!!」

 

「行けますっ!!喉が張り裂けるまで応援しますからね!!」

 

「世界を革命するレースをっ!!!頑張れーーー!!」

 

 

 ウマ娘達による、応援の道。

 左右に分かれ、列を作った、日本のトレセン学園から応援団としてやってきているウマ娘達が、そこには並んでいた。

 その数実に100人以上。学園総出で、応援団を結成し、そしてドバイに前日入りしていたのだ。

 そうして彼女たちに俺達トレーナーから助力を仰ぎ、レースに挑む前の革命世代に……応援を、檄を飛ばしてほしい、とお願いした。

 朝早くにこのホテル前に集まってもらい、バスに乗り込むまでの道を作ってもらったのだ。

 

「っ…!皆さん、こんなに…!!有難うございます!」

 

「わー!!すごーい!!みんな、応援しに来てくれたんだ!ありがとー!!」

 

「こんな……いや、気合入っちゃうね、嫌でも。熱いな…!」

 

「うわー☆!みんな、応援ありがとー☆!ファル子、頑張っちゃう!!」

 

「ありがと、みんな!チームJAPANの一番槍、頑張ってくるの!!見ててね!」

 

「皆さん……有難うございます!見ててくださいね!有マ記念覇者が、世界でも通用する所を見せます…!!」

 

「……既に泣きそうなんですけど!!!!こんなに応援されるの初めてで!!!!」

 

「ササちゃんの大声で僕の涙は引っ込んだけどね。うん、でも……勝ちたくなりました、なおの事。みなさん、有難うございます!僕、頑張ってきます…!!」

 

 革命世代が、応援の声を受けながら、ウマ娘達によって作られたバスまでの道を進んでいく。

 その表情は驚愕から感謝へと。そして、今度こそ、戦意に溢れた、高揚した表情となる。

 緊張は驚きで吹っ飛んでいったようだ。

 よし、少なくない効果があった。俺達トレーナー陣は目線でアイコンタクトを交わし、笑みを作る。

 

 ウマ娘達の、緊張をほぐす一番の薬。

 それは、応援の声を直に聞くこと。心からの声援を受けること。

 俺たちはまずそうして、彼女たちの戦意を奮い立たせた。

 全員の尻尾が、嬉しそうに、楽しそうに、そして絶好調であることを表すように揺れている。

 

 俺達は、日本の期待を、夢を背負ってドバイを駆ける。

 その想いを、目に見える形で彼女たちに伝えてやれたのだ。

 

「……いい絵だな。よし…SS、ちょっといい?」

 

「ん、何だァ?」

 

 そんな中で、バスでの移動組ではなく車で移動する俺は、同じく車で移動するSSに声をかけて、一つお願いをする。

 それに快諾を貰って、俺の肩の上にいたオニャンコポンをSSの頭の上に移動させてもらった。

 

 そして、バスの前にちょうど革命世代が並んだところで、その前にいっぱい集まってきた学園のウマ娘達もまとめてファインダーに収める。

 高さよし。アングルよし。

 

「みんなー!今日のオニャンコポン撮るからこっち見てー!!」

 

 その掛け声とともに、こちらを向いたウマ娘達が笑顔を見せて、そしてオニャンコポンと、上を向いたSSを中央に添えて、パシャリと俺はカメラのシャッターを切り、完璧な一枚を撮る事が出来た。

 

 

────────────────

────────────────

 

 メイダンレース場に到着した。

 バスを追うように車を走らせていた俺達も、すぐにウマ娘達と合流する。

 駐車場から関係者用通路を通り、受付を済ませる段で、他の国のウマ娘もちょうど集まり始めたところであり、列が作られ、軽い混雑を見せていた。

 まぁ、大きな国際レースだとこうなるのは常である。周りに様々な国のウマ娘が、今回のレースで共に走るライバルたちが、それぞれ気合が入った様子でその列を待っていた。

 そこに俺達日本勢も並ぼう……と、いったところで。

 とあるウマ娘が、俺達チームJAPANに近づいてきて、とあるウマ娘に声をかけた。

 

『───ハルウララ!!』

 

「ぽぇ?……あ、ブロワイエさんだー!!わー、ひっさしぶりー!!ジャパンカップ以来だね!!」

 

 フランスのブロワイエだ。

 彼女が、普段の厳かな佇まいから一転、嬉しそうな笑顔を見せてハルウララに挨拶をしてきた。

 

『ああ、随分と久しぶりだ…あの時貰ったカツオのフィギュア、今でも大切に自室に飾ってあるよ。そして、あの時とは……本当に、随分と見違えるようだ、ハルウララ。頑張ってきたんだな、君も』

 

「ほわー!……うんうん!うん!!!猫トレさーん!!通訳お願いしまーす!!」

 

「はいよ、任せてくれ。ウララに貰ったカツオの人形、大切に今も持ってるってさ。んで、前見た時と比べると見違えたって。頑張ってきたなって……」

 

 当然だがウララはフランス語が分からないし、ブロワイエも日本語を喋れない。

 他の国のウマ娘と話す時には、その言語を喋れる人がいつも通訳していた。英語だったらトレーナーの全員が通訳できるが、フランス語は俺と南坂トレーナーしか訳せないので、俺が通訳することになった。

 なのでこの後の二人の会話は適宜俺が間に入っていると思ってほしい。

 

「ありがとー!ウララもね、今日、ここにくるまで……色々あったんだ!でも、がんばって、ここまできた!!今日のウララは、負けないよ!!」

 

『なるほど……その脚と瞳で分かるよ、ハルウララ。君もまた、得難い経験を積んできたのだと。君の好走を心から応援しているよ』

 

「うんうん!!ブロワイエさんも頑張ってね!!今回は体調、大丈夫?」

 

『ハハハ、二度同じミスを繰り返すほど愚かではないさ。今回は万全に仕上げてある。君の国のエイシンフラッシュとメジロライアンが目下ライバルとなるだろう。勝っても怒らないでくれよ?』

 

「ふふー、だいじょーぶ!ブロワイエさんも応援してるけど、それでもフラッシュ先輩もライアン先輩も、つよーいから!!こっちこそ、二人が勝っても怒っちゃやだよ?」

 

『怒らないさ、きっと楽しいレースになるだろうからね。私が日本のウマ娘を侮ることはない。全力でお相手させていただこう。今日は素敵な日になるね』

 

「うん!!ウララもね、今日のレース、すっごい楽しみ!!」

 

 随分と仲の良い様子だ。通訳する俺も、思わず笑顔がこぼれてしまう。

 しばらくそうして話をして、フランスの入場が先に入り、ブロワイエがウララを高い高いしてきゃっきゃとウララが喜ぶ様子を見せてから、離れていくところで……最後に、通訳していた俺にブロワイエから声がかけられた。

 

『……貴方が、ケットシーだね。チームJAPANを率いる魔術師(sorcier)

 

『魔術師とは随分な言われようだね。奇妙な二つ名ばっかり増えて困ってしまうな。……今日はよろしくな、ブロワイエ。俺のフラッシュと、チームJAPANのライアンが君に挑むよ』

 

『は、これは可笑しなことを言う。……違うだろう?()()()()()()。君達チームJAPANに。これは私にとってリベンジなのだよ、ケットシー。あのジャパンカップは、私の中で続いている。2400mの距離で、もう二度と、君達日本には負けたくはないのだ……』

 

 ブロワイエから、圧が漏れ始める。

 凱旋門賞を連覇した、世界有数の実力を持つウマ娘の、その圧。

 日本に二度と負けるものかと言う執念が、彼女から零れ始め、それが俺に向けられ始めたところで。

 

『そこまで、です』

 

 慣れぬフランス語で、俺を守る様にブロワイエの前にフラッシュが立ちはだかった。

 

『……失礼した。そうだな、これを向けるべきは君に対してだ。エイシンフラッシュ』

 

『……フランス語、あまり、わかりません。私が、言えること、一つ、だけ』

 

 ブロワイエの圧に負けぬくらい、強い圧がフラッシュからも零れる。

 そして、笑顔を浮かべた彼女が一言だけ、口にする。

 

 

『──────La victoire est à moi(調子に乗んな)

 

 

 その言葉は、ブロワイエにとって……ああ、どんな言葉よりも突き刺さる一言だろう。

 かつてスペシャルウィークがその意味を取り違えて用いて、しかしその言葉通りに奇跡の走りで一蹴した、日本総大将の決め台詞。

 

『……ハッハッハッハッハ!!ああ、最高だ……いいレースになりそうだな。後は、走りで語るとしよう』

 

 その言葉に満足したように笑い、離れていくブロワイエ。

 俺はそんな様子を見守り、一先ず大事にならずに事態が収束したことで内心でほっと一息ついた。

 彼女たちにとってはレース前の軽い挨拶のようなものかもしれないが、人間にとってはそのプレッシャーは中々に重い。

 ウララもドキドキした様子でそんなフラッシュを眺めていたようだ。全く心臓に悪かった。

 

「ふ、フラッシュ先輩?喧嘩は駄目だよ?ブロワイエさん、いい人なんだから!」

 

「……ふふ、大丈夫ですよウララさん。これは喧嘩でも何でもないです……そう、挨拶のような物ですから」

 

「そうは言うけどねフラッシュ。俺は少しドキドキしたよ。君がそこまで強く出てくれるとは思わなかったから……俺を守ってくれたんだろうけど」

 

「あら、それは私のトレーナーさん(モノ)に先に仕掛けたブロワイエさんが悪いのです。お互いに本気でもありませんでしたし、お目こぼしください」

 

「さらっと所有物にされてるね?」

 

 まぁ確かに俺と言う存在はチームメンバーの共有備品みたいなもんではあるので特に反論はないのだが。

 しかし、実際俺を守ってくれたフラッシュに少し頼れるものを感じてしまったのも事実だ。今日のフラッシュは気合が入りまくっている様だな。きっとブロワイエを相手にしても勝ってくれるだろう。

 

 そんなひと悶着もありながら、俺達チームJAPANも無事に受付を済ませて、控室へ向かうのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 アイネスの走るアルクオーツスプリントが始まるまで、あと2時間。

 昼食はそれぞれ、ベストなタイミングでカーボローディングの効果が出る時間におにぎりを食べさせた。アルクオーツスプリントが始まる1時間前には起きるように軽く仮眠もとらせており、少しずつレースに体を備えていっている。

 ドバイワールドカップはとにかく派手で、夜になればレース場のまわりで盛大に花火が上がったりもする。綺麗である反面、大きな音を苦手とするウマ娘達には刺激にもなり過ぎて、その時間に仮眠をとったりすれば悪影響を及ぼすので、最初のレースが始まる前までに整えさせるに限る。

 つい先ほど、全員の安眠のツボを押してお休みさせたところだ。1時間後には起きるだろう。

 

 さて、そうして俺がレースまでのこの時間何をしているかと言えば、ゲストでお呼びした皆さまを迎えにレース場の入り口付近で待っていた。

 前に、ジャパンカップでもやったそれだ。しかも今回は、それが3()()来る予定になっているので、一度目印として俺と合流してもらう手筈であった。

 今回、ドバイワールドカップデーに愛バ達3人が挑むにあたり、その家族たちに俺は招待状を送っていた。

 飛行機の予約チケットと前日から翌日までのホテルの手配、レース場の観戦チケットも完備だ。

 折角の世界の大舞台である。ご家族にも、ぜひ日程折り合わせの上で、娘達の応援に来てもらうようにお願いしたところ、全員から快諾を頂いて、応援に来てくれることになっていた。

 

 なお、チケット代については俺の自腹であるのは勿論のことだが、なんとゴールドシップからも寸志を頂いている。

 年始の特番ぱかちゅーぶで愛バ達3人が出演したことで飛んだスパチャの額が大きかったので、せっかくだし使ってくれよ、と頂いてしまった。

 無下にするわけにもいかず、しかし家族をお呼びすることに使うのであれば何より彼女たちの為になると思ったので遠慮なく使わせてもらった次第である。

 

 ちなみに、特に俺は旗とかホワイトボードとかで目立つようなそぶりは見せていない。

 ただ、頭の上にオニャンコポンを乗せて突っ立っているだけである。これだけで十分に目立つ。

 頭の上に猫を乗せているトレーナーなんて俺くらいしかいないからな。周りの外人さんから奇異の目で見られているが慣れたもんだ。

 

「……さて、そろそろ集合時間だけどな……迷ってないかな?」

 

 スマホを開き、LANEに遅れる旨の連絡など入ってないかと確認しながら待っていると、まず一組目が俺を見つけてやってきた。

 外国人の男性と、その隣にウマ娘の奥方。

 ドイツから遥々観戦にやってきてくれた、フラッシュのご両親だ。

 

『お久しぶりです、お父様、お母様。いつもフラッシュにお世話に─────』

 

 俺がドイツ語に思考を切り替えて、挨拶をかわそうとしたところで、フラッシュのお父様が、いつか俺がやったように……掌を見せ、言葉を止めた。

 

「……配慮は不要だ、立華くん。今度は私達が日本語をバッチリ覚えてきたのでね。どうかね、君から見て違和感はないかな?」

 

「この人ったら、フラッシュが日本で走る時のレース映像から、雑誌から、動画から全部集めてましてね?万全に意味が分かる様に、って日本語をすっごく勉強していたんですよ。それにつられて、私も覚えてしまいました」

 

「なんと…!完璧です、まったく違和感はありません!敬語も完璧で……流石、フラッシュのご両親ですね。この度は応援に来てくれて有難うございます」

 

「お礼を言うのはこちらだ、立華くん。娘を3冠を獲れるほどにまで強くしてくれて、その上この世界の大舞台に招待までしてくれたのだから……有難う。いつも、君には心から感謝している」

 

 驚くことに、フラッシュのご両親は日本語をマスターしてきていた。

 俺の耳から聞いても完璧。SSやマジェプリのように、恣意的な教材で短期で覚えたのではなく、恐らくはレースの映像や雑誌を読み解くために真剣に学んだのだろう。癖のない日本語が披露されていた。

 娘を想う親の愛ほど強い原動力はないのだな、と思わせるその努力。敬意しかない。

 

 そして日本語で挨拶を交わしていたところに、もう一組が合流場所にやってきた。

 

「おや……既に一組、いらっしゃっていましたか。……フラッシュさんのご両親さん、かな?」

 

「立華さん、大変ご無沙汰しております。いつもファルコンがお世話になって……」

 

「ああ、ファルコンのお父さんとお母さん!こちらこそ、いつもお世話になっています!ご無沙汰してしまいまして…」

 

「ははは、本当に久しぶりだね。いやぁ、ジンクスが破れてしまったのが嬉しいやら悲しいやらで……でも、やっぱりずーっと娘の応援に来たかったからね。今日は何の懸念もなく、全力で応援させてもらうよ」

 

「勿論、ぜひお願いします!きっとファルコンの力になります!」

 

 やってきたのは、ファルコンのご両親だ。こちらは夫婦ともに人間であり、勿論の事俺もファルコンをスカウトした直後から連絡を取りあう仲だ。

 転勤族である彼ら夫婦は、中々一か所に留まれない都合で、ファルコンがトレセン学園に入学するまでは苦労させた……という負い目があり、しかし、そんな彼女が世界で羽ばたくほどの輝きを見せたことに、心から喜んでいた。

 娘を想う気持ちは、他の家族にも負けないほどに強いものだ。

 では、しかし、そんなご両親がなぜこれまでのレースで応援に来なかったのか?

 

 それは、とあるジンクスがあったからだ。

 実を言えば、まったくレースに応援に来てなかったわけではない。仕事の都合もついて、ファルコンが挑む大きなレースで、娘には秘密で応援に来ていたことを俺だけは知っていた。

 レースで勝ったら、終わった後に出て行って、祝福の言葉をかけようとしていたのだ。

 

 そのレースは、()()()

 スマートファルコンにとっては、デビューしてから初めての敗北を喫したレースだ。

 

 芝の適性や、ライバルがフラッシュであったこともあり、ファルコン自身にとってはそこまで引きずらない敗北の味ではあったが、しかしご両親は応援に来たレースが初敗北のレースになってしまったことが結構なショックだったようだ。

 俺もファルコンに察されない様に、LANEで謝罪とお気になさらない様に、とお話をしたものだ。

 しかし、ご両親としては、自分たちがレース場に応援に来ると負けてしまうのではないか、というジンクスが生まれてしまい、その後はレース場へ応援に来るのは避けていた。

 ベルモントステークスの時などでも、実は俺の方から応援に来てくれないか打診していたのだが、そういうこともあり、これまではテレビの前で応援し、勝ったらLANEで褒める、という応援の形を見せていた。

 彼女が勝ち続けるうちは、応援に行かない。そんなジンクスを守ろうと。

 

 しかし、ファルコンが先日、フェブラリーステークスで敗北した。

 俺の油断であり、ファルコンの油断でもあり、そして最高の先輩が執念を燃やし、全てを賭した走りで決着したあのレース。

 あの敗北には納得をしているところで、しかし、同時にあのレースはご両親のジンクスも破っていたのだ。

 応援に行かなくとも負けてしまうこともある。

 だからこそ、応援に来てくれたって、いや応援に来てくれるからこそ勝てることもある。

 

 そのように俺はご両親を説得し、そうしてここドバイにまで足を運んでもらったというわけだ。

 

「…今日は、ファルコンは仕上がっています。ご両親に恥ずかしくない、最高の走りを見せてくれることでしょう」

 

「ああ。ファルコンもLANEで言っていたよ……最高の先輩から、最高のエールを貰って挑むレースだ、って。……娘を立華さんに託してよかったな、って心から思うよ」

 

「あら、この人ったらこんなこと言って。最初のころは3人も担当がつくなんて不安だー、なんて言ってたのに。でも、今は私も同じ気持ちです。本当に、お世話になっているわ」

 

「ははは……恐縮です」

 

 そうして二組目の家族とも挨拶を終えたところで、俺の耳に聞き慣れた子供の声が入ってきた。

 もうわかるだろう。アイネスのご両親と、スーちゃんとルーちゃんだ。

 

「あー!!お義兄ちゃんだー!!」

 

「お義兄ちゃーん!!オニャンコポンもひさしぶりー!!!」

 

「やぁ、立華さん。…っと、私たち家族が最後だったかな、お待たせしてしまって申し訳ない」

 

「すみませんね、うちの子たちが元気に走り回りそうになってしまって……」

 

「いえいえ、まだ時間ちょうどと言う所ですから……」

 

 俺は両腕に飛びついてくるスーちゃんとルーちゃんを廻し受けで受け流しつつ、アイネスのご両親にもご挨拶を交わす。

 もちろんのこと、ご家族皆様をお誘いさせていただいていた。奥様の体調が心配であったが、ジャパンカップで愛娘の激走を見届けてからというもの、すこぶる体調がよいらしく、今回の海外旅行でも医者から太鼓判を押されるほどにご健勝であられたという。なによりである。

 

 これで3組、全てのご夫婦が揃ったわけだ。

 それぞれが自然と挨拶を交わす。何気に、家族の皆様がこうして一堂に揃うことは初めてじゃないだろうか。

 同学年の子たちと言えども、アイネスは高等部からの編入生で、フラッシュも海外からの編入生だから3人とも入学タイミングは違うしな。入学式でも会ったことはないだろう。

 

「ああ、つい先ほど私達も来たところです。お気になさらず………初めまして、エイシンフラッシュの父です」

 

「母です。日本語、覚えたてなのでおかしかったらごめんなさいね。敬語とかも不慣れなもので……」

 

「いえいえ、完璧ですよ…フラッシュさんは才女だって娘が言ってたけど親御さんもすごいんだなぁ……っと、スマートファルコンの父です」

 

「母です。あらやだ、お二人ともウマ娘の奥様がご一緒なんて、お美しいお二人に並んでしまうと小じわが気になっちゃうわ」

 

「いえいえそんな、奥様もお綺麗ですよ。初めまして、アイネスフウジンの母です」

 

「父です。こちらの二人は双子の妹ですね。ほら、ご挨拶」

 

「スーです!!はじめまして!!」

 

「ルーです!!はじめまして!!」

 

「これはこれは、可愛らしいお嬢さん達だ。この子達もいずれはレースに挑むのですかな?」

 

「いやいや、この子たちは走るのも好きですが、ダンスの方が好きでしてね。そっちで頑張りたいと言っておりまして…」

 

「ほぅ、ダンス。いいですなぁ、うちのファルコンも幼い頃はよーくダンスの練習をしていたものです。ウマドルになるんだと言って……今はそちらも頑張りつつ、しかしレースの方が楽しそうでね。娘さんが楽しめる道を選ぶのが一番ですよ」

 

「仰る通りだね。私もフラッシュが最初、3年が過ぎたらレースから引退してケーキ屋を…ああ、私の本業なのですが…そちらを継ぐために勉強する、と言っていたのですが、今は立華くんと一緒にレースを走るのが何より楽しいようでね。そっちを満足するまでやる様に、と言ったものだ」

 

 ご両親たちもどうやらアイスブレーキングがしっかりできている様だ。

 何よりである。娘さんを預かる身である俺としても安心する限りだ。

 彼女たち3人は本当に、チームとしてこの上なく仲がいいからな。ライバルでもあるが、今日は3人とも別のレースだし、そこで競合することはない。

 穏やかに話せるのが一番である。よかったよかった。

 

「……ところでアイネスさんのお母様?娘からお伺いしましたが、立華さんをご自宅にお呼びしたことがあるのですって?家族で遊園地に出かける時にお誘いしたとか……」

 

「あらいやですわファルコンさんのお母様、確かに自宅にまで来てもらったことはありますが……私達の我儘で、娘達を遊園地に連れて行く、その監督をしていただいただけですよ?娘達も、義兄のように慕っておりましてね……」

 

「仲が良くて羨ましいですね?ああ、そういえば私達、フラッシュが日本でも店を持てるように、日本に支店を出そうかって考えておりまして……ね?いずれはその店を継いで、日本にずっと暮らしてもらおうかとも考えて居まして。娘と、そのパートナーたる方次第ではありますが……」

 

「あら……お二人とも、随分とご熱心なようで……勿論、私達も娘を想う気持ちもございますもの。自由に、やりたいようにやりなさい、とアドバイスをしているところですわ。やはり若い頃には無茶をするのも特権ですからね……」

 

 なんだろう。奥様方の会話がなにやら達人の間合いで一瞬の隙を探す武士(もののふ)みたいな雰囲気醸し出してんな。

 気のせいだろう。みんな笑顔だしな。なんかスーちゃんとルーちゃんの尻尾が逆立ってるような気がするが気のせい気のせい。

 仲がいいのが一番である。よかったよかった。

 

「……積もる話もある事と思いますが、まずはお席までご案内いたします。入り口であまり長話しても、ですからね」

 

「ああ、これは失礼した。今日一番忙しい立華くんがこうして時間を割いてくれているわけだしね」

 

 俺はいいタイミングで一度話を区切り、スーちゃんとルーちゃんに両手を掴まれながらも、ご両親を観戦席までご案内する。

 観客席の高い所、一番よくレース場を見渡せるその席に皆様をご案内して、俺も一先ずはチームJAPANの方に戻る段になった。

 

「……この後の観戦はご自由になさってください。自分もこの後はチームの方に戻らなければいけないので……この後、自分がここに来るのは、勝利者インタビューにお呼びする時になりますね」

 

 俺は改めてご家族に話を通す。

 この後は、中々こうして顔を出せる機会はない。

 あるとすれば、アイネス、フラッシュ、ファルコンがそれぞれレースに勝利し……その勝利者インタビューに、家族もお呼びする時だ。

 ドバイワールドカップデーでの勝利者インタビューでは、ウマ娘が応援しに来てくれた家族をお呼びして、一緒にインタビューを受けることも多い。国際的なレースではよく見られる光景で、だからこそご家族をお呼びしたという所もある。

 

「ほう?なるほど……では、この席に()()3()()、立華くんは来るわけだね」

 

「ですね。万感の信頼を籠めて、そう信じられる。私達の娘と、彼がやってくれるでしょう」

 

「私達も、娘達が一番に走り抜けるのを見守って……彼が、迎えに来てくれるのを待つとしましょうか」

 

 しかし、お父様方から随分と重い信頼のお言葉を頂いてしまった。

 俺は肩を竦めて、しかし、無理です、とはおくびにも思っていなかった。

 そうありたいと願っているし、そうなれるように俺たちは今日と言う日まで練習を積んできたのだから。

 

「……ご期待に、沿えるように。誠心誠意努力してきたつもりです。皆様の娘さんの走りを、見守って、応援してあげてください。では、失礼します」

 

 俺は皆様に大きくお辞儀を送り、観客席を後にした。

 

 

 これで準備は整った。

 学園が。ご両親が。日本が。

 俺たちチームJAPANを全力で応援してくれている。

 

 それを更なる力に変えて────────俺たちは、世界に挑む。






※重要なお知らせ※

少しだけ隔日更新をお休みさせていただければと思います。
次の話からドバイ編の5レース、およびぱかちゅーぶが始まるのですが、書き溜めが微妙に追いついておらず、キリの悪い所で更新が止まりそうな懸念があります。
一度ドバイ編を書き切るまでの時間をいただきます。すまんやで。

12月から更新再開の見込みです。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

152 ドバイアルクオーツスプリント

お待たせしました。隔日更新再開します。







 

 

 

 メイダンレース場の控室で、俺はアイネスの髪と尻尾をグルーミングしていた。

 

「っ……ん、ふぅ……っ……」

 

「……………」

 

 なぜ俺が無言なのかと言うと、少しだけ周囲からの視線が痛いからだ。

 このドバイワールドカップデーと言う1日を通して行われるレースの祭典において、控室は走者一人一人に与えられるものではなかった。

 特に海外からの参加者の多い国際レースという観点から、控室は大きく広いものが各国ひとつずつ与えられ、その中で全員が待つことになっている。

 そのため、今現在この控室内には、チームJAPANの全員が集まっていた。

 大切な日本の初戦、アイネスフウジンを激励し送り出そうとしたところで、しかし彼女のレース前のいつものルーティーンをおねだりされ、今回は髪と尻尾に櫛を通すことになっていた。

 なお、無論の事だがこのグルーミングの前にオニャンコポン吸いを実施している。他の子達もそれには破顔を見せて、次のレースから走る全員がオニャンコポンを吸うことになった。頑張れオニャンコポン。お前が日本を支えているぞオニャンコポン。

 

「……アイネス、GⅠレースのたびに毎回、そうしてもらってたの…?」

 

「ううん、櫛で梳いてもらうようになったのは日本ダービーからなの。それまではオニャンコポンを吸うだけだったよ、ライアンちゃん」

 

「チームフェリスでは、レース前にオニャンコポン吸いで心を落ち着けてから、トレーナーさんに色々おねだりをさせてもらってるんです」

 

「調子が上がるんだ☆」

 

「そう………」

 

 ライアンが顔を赤くしながらアイネスに質問し、フェリスのみんなが答えた。

 視線はなぜか痛いが、別にそこまで恥ずかしいことをしているわけでもない。ただ髪と尻尾を、世界の誰に見せても恥ずかしくない様に整えているだけである。

 

「……できたよ、アイネス。おかしく感じるところはないか?」

 

「ん、ありがとトレーナー!バッチリなの!!落ち着けたの……うん、今日はやれるの。チームJAPANの一番槍、しっかり務めて見せるからね!」

 

「ああ。……今日に至るまで、レースの走りの検討はしっかりしてきたからな。その通り走れれば……君は、たとえあのブラックベルーガを相手にしても、勝てる。俺はそう信じてる」

 

 グルーミングも終えて、俺はアイネスと真正面から顔を合わせて……彼女の瞳、その奥に宿る熱を見た。

 いつか、秋華賞やジャパンカップの前の時の、不調を示す色ではない。日本ダービーの時に見せたような、果てしない勝利への欲求。

 まるでそれは子供のような、シンプルなそれ。レースを走るウマ娘が持つ原初にして絶対の感情。

 

 走って勝ちたい。

 自分の方が速いんだと証明したい。

 

 心配はいらないようだ。

 一番槍にして秘密兵器。2年間の二人三脚で作り上げた、アイネスフウジンの可能性をここドバイに解き放つ時だ。

 風が吹かない場所はない。彼女はすべての距離を制覇する。

 世界よ、刮目しろ。これが()()()()()()()

 

「……時間だな。一陣の風になってこい、アイネス!」

 

「うんっ!!見ててね、トレーナー!!あたしが世界に名を刻むのを!」

 

 出走前の時間になり、俺はアイネスの手を引いて立ち上がらせ……控室を出る。

 背中にみんなからの応援の声を受けながら、二人で歩いていき、レース場に向かう通路で、笑顔で向かう彼女を見送った。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 メイダンレース場の芝コース、その南側にある直線1200mの最西端のスタート前に、ウマ娘達が集まっていた。

 その中に、本日の世界一番人気、ブラックベルーガの姿があった。

 21戦21勝、無敗の短距離専門のウマ娘。GⅠを11勝している彼女の実力を疑う者はいない。

 世界から優駿が集まるこのドバイにおいても、彼女は落ち着いた様子で、ゲートとその1200m先にあるゴールを眺めていた。

 

(……今日はダート、芝両方とも良バ場。これまでのレースでも芝が荒れている様子はなかった。純粋な実力勝負になる……なら、負けない。短距離で私が負けるはずがない)

 

 オーストラリアでは短距離GⅠの数が日本に比べて多く、そしてそのGⅠをすべて蹂躙してきた。

 日本の砂の王がスマートファルコンであれば、オーストラリアの短距離の王がブラックベルーガだ。

 ここまでの21戦はすべてオーストラリア国内での戦績だが、しかしタイムが、走りが物語っている。彼女の短距離の実力は本物だと。短距離に強いウマ娘が多くいると言われているオーストラリアでの無敗は伊達ではない。

 

(……でも)

 

 だが、彼女の中に今回のレース、一点だけ懸念点があった。

 それは以前、友人たちとの会話の中でもあった、短距離の実力の読めないウマ娘が参戦していること。

 日本からやってきた、アイネスフウジン。

 本日7番人気となっている彼女だが、しかし、世界最速の1ハロンを刻んでいることもまた事実。

 彼女が何をしてくるかが分からない。

 

(……油断だけはしない。短距離のレースは1200m、その全てが仕掛けるポイントになる。200mだけ速くったって絶対勝てるわけじゃない)

 

 そうしてその特異点に思いを寄せていると、ちょうどそのウマ娘がゲート前にやってくる所だった。ブラックベルーガは落ち着いた様子でゲート前にやってくるアイネスフウジンの姿を見る。

 この初めての世界GⅠへの挑戦と言うシチュエーションでも、彼女は緊張をしていないように見えた。

 自分も今回が海外のレースは初めてで、ミサイルマンの助言によりなんとか緊張などせずよいコンディションで臨めてはいるが、しかしなんというか……アイネスフウジンのそれは、少し違う。

 

(緊張がなさすぎる……諦めてる?…いや、そんな雰囲気でもない。違う、もっとこう……)

 

 ブラックベルーガが訝し気にアイネスフウジンを見ていると、その視線に気づいたのか、彼女と目が合った。

 そうして見せるアイネスフウジンの表情は、笑顔。

 満面の笑みの中に、抑えきれない欲求が、唇の端から零れていた。

 

『…ブラックベルーガちゃん、ね?今日はよろしくなの!!いいレースにしようね!!』

 

『っ……ええ、よろしく、アイネスフウジン』

 

 その笑みは、まるで子供のように。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、とでも言いたげな。

 余りにも純粋な、レースを楽しみたいという気持ちを、ブラックベルーガは正面から受けた。

 

 少し、気が抜けた。

 リラックスできた、と言っていいだろう。自分の中で失われかけていた、大切な気持ちを、このアイネスフウジンは抱えているのだ。

 オーストラリアの短距離レースではもはや敵はなく、並び立つライバルも不在と言われていた。

 そんな彼女が刺激を求めてここドバイに挑んだ理由。求めていたもの。

 

 勝つか負けるかわからない、全身全霊の勝負を。

 もしかすれば、アイネスフウジンが見せてくれるのではないか。

 

(……面白い。手加減しないから、ちゃんとついてきてよね、アイネスフウジン!)

 

 意識を切り替えて、ゲートに入っていった。

 

 

 

『さあドバイワールドカップデー、そのGⅠ初戦が始まりますっ!!1200mの直線コース!!一瞬たりとも瞬きの許されない1分10秒のドラマを目に焼き付けろっ!!!今、各ウマ娘ゲートイン完了…………スタートしましたッッ!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ゲートが開かれ、スタートを切る短距離専門の優駿たち。

 その中で、アイネスフウジンは決してスタートで出遅れていなかった。

 逃げを専門とする走り。そして、そのゲートオープンへの反応は、サイレンススズカやスマートファルコンには一歩譲るとはいえ、十分な素質を見せる。

 そして、そこからの加速も彼女は得意としていた。他のウマ娘を寄せ付けず、スタート地点から5~6バ身を付けられるほどの加速。ハイペースに引きずり込む強い脚を、彼女は持っていた。

 

 だが、それはマイルから中距離でのレースの話だ。

 

「っ……!やっぱ、速いの……!!」

 

 直線を走るアイネスフウジンは、しかし、スタートして5秒でハナを獲れず、2~3番手に落ち着いたことを理解する。

 決して脚を緩めているわけでもない。己にとっては、1000m56秒台で走れそうなほどのハイペースで走っているつもりだ。

 だが、それでも周りのウマ娘達は追随する。してくる。後続だって、最後尾まで4バ身と離れていない。

 当然だ。彼女たちは、この1200mに全てを振り絞れる存在なのだから。

 短距離ウマ娘とは、どのようにしてその脚のもつパワーを1200mで振り絞り切れるか、それに尽きる。

 

『……専門じゃない距離にしては、よく走れてるじゃない……アイネス!』

 

 そんなアイネスフウジンの右後方、1バ身ほどの所にブラックベルーガが控えていた。

 彼女の走りは主に先行策。短距離レースにおいては、前目に位置をつけることが勝率を上げることを知っているからこそ。

 そして、そんな彼女の最大の武器にして必勝の技術が、ラスト3ハロン地点から無慈悲な加速を繰り出す領域だ。

 短距離レースは鍛え上げられたウマ娘達にとって、末脚のスピードには大きく差が出ないはずのそこで、彼女は600mを他のウマ娘を置き去りにする速度でブチ抜ける。

 そして、ラスト3ハロン、600mと言う数字は短距離で言うとレースの半分近くを占める距離だ。

 ゴールドシップのような長い距離の加速を、エイシンフラッシュのような速度でやってのける、短距離において最強の領域。

 その走りこそ、彼女が21戦無敗を貫ける理由。残り600mで脚をすべて振り絞り繰り出す豪脚。

 最高時速は75㎞/hを記録する。これは、ウマ娘が実際のレースを駆け抜ける上での記録としては世界二位に位置する。

 

 だが、目の前を走るアイネスフウジンは、()()()()を刻んでいるのだ。

 最高時速80km/hオーバー。ウマ娘が、2000mを全力で走った後に出していい速度ではない。

 

 レース前は、その豪脚が発揮されないことをブラックベルーガは願っていた。

 己が勝つために。そして、常識と言う枠を壊されたくないがために。

 

 しかし、こうしてレース前に彼女の熱を受け、そして共に走る中で、その考えは変わってきていた。

 彼女も、ウマ娘である故に。

 速さを求め続ける存在である故に。

 

()()()()()、それを!せっかくの世界一を決めるレースなんだから見れなきゃ勿体ない!!その上で、私が勝つッ!!)

 

 ぐ、と足に力を込めるブラックベルーガ。

 短距離レースは、短い。始まりから終わりまでが早く……瞬きの許されないその道程。

 位置取りは大きく変わらないままに、すでに、600m地点を通過しようとしていた。

 

 残り600m。

 短距離レースにおいて世界最強の領域が、来る。

 

(行くわよアイネス!!私を捉えられるものなら……やってみなさいっ!!!)

 

 

 ────────【至高の黒(Vanta black)

 

 芝を跳ね上げ、ブラックベルーガが領域に突入した。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『レースは早くも半分を過ぎた!!我らがチームJAPAN、アイネスフウジンは現在2番手!!だがしかしここでブラックベルーガが来たか!?徐々に位置を上げて行っています。このウマ娘はここからが怖い!!今、3番手を追い抜いて……アイネスフウジンに迫る!!交わされてしまうか!?頑張れアイネス……交わされた!!厳しいか!!残り400mっ!!!』

 

 実況が叫ぶ通り、アイネスフウジンは残り600mから200mを走る工程で、領域を発動し迫ってきたブラックベルーガに交わされ、位置取りを下げることとなった。

 先頭のウマ娘まで、ブラックベルーガがあと1バ身。そのまま加速を続ければ、300m地点で追い抜いて、3バ身以上の差を作ってブラックベルーガがゴールするだろう。

 他のウマ娘も、思い思いに己の領域を発動し、加速に入る。末脚を発揮し始めるが、しかし既に己の黒を深く染めるブラックベルーガの加速には追いつけていない。

 アイネスフウジンもまた、今ちょうど先頭に並んだブラックベルーガと、2バ身ほどの差が出来ていた。

 

 他のウマ娘は厳しい。

 ブラックベルーガが、圧倒的に強い。

 これは、ブラックベルーガの勝ちだ。

 

 レースを見ている観客の内、オーストラリアからの応援団がまずそう確信した。

 他の国の応援団も、そう悟った。

 彼女の脚はすごい。流石短距離無敗のウマ娘。これが短距離の絶対か、と。

 そう思わせずにはいられない、圧倒的な走りだった。

 

 だが。

 日本から来た応援団だけは違う。

 アイネスフウジンを、チームJAPANを、革命世代を知る者たちの意見は違う。

 

 

 ─────アイネスフウジンは、ここからが強い。

 

 

 

『残りが少なくなってきました!!ブラックベルーガがここで先頭に立つっ!!他のウマ娘も姿勢を下げ猛追しますが間に合わないか!?圧倒的だブラックベルーガ!!アイネスフウジンは4番手で、残り300m─────ッ!?』

 

 

 

 残り300m。

 アイネスフウジンが、世界を革命する領域に突入する。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ────────ふと、思った。

 

 

 1月の、初めてのミーティングで、彼から聞いた、彼の秘密。

 何度も、何度も世界線を繰り返してきたという、彼の運命。

 それは、きっととてもつらい道程で、しかしそれを笑顔で過ごせる彼は……これまでにも、やはり、色んなウマ娘を見てきたのだろう。

 共に、歩んでいったのだろう。

 フラッシュちゃんと、ファルコンちゃんと、私を担当するのは初めてだって言ってたけれど、でも、これまでの世界線でも、()()()()()()()()()()が、そこにいたはず。

 勿論、深くは聞かない。キタちゃんを除くチームのみんなが彼の秘密は知っていて、でもその過去を聞こうとはしなかった。タブーだった。それは、きっととてもはしたない事だから。聞かれたら、彼も困ってしまうから。

 

 

 ────────ふと、思った。

 

 

 でも、じゃあ、この世界で貴方と出会ったあたしは、これまでの世界線でいたあたしと比べて、何か、違う所ってあるのかな?

 

 ……走る速さ?

 否。それは、年代とか時期とか、出走するレースの違いもある。比較対象にはならないの。

 

 ……かける想い?

 否。それは違って当然。きっと、これまでの世界線でも、彼ではない他のトレーナーがあたしの担当になってくれて、その人と想いを重ねて走ってるはず。

 

 ……スランプ?

 否。スランプに陥らないあたしも、スランプになるあたしもいたと思う。だって、レースを走る上でそれは避けられないものだから。そして、解決したあたしもできなかったあたしもいたはず。それは、違う所とは言わない。

 

 あたしが。

 彼と出会ったあたしが、あたしだけにあるものって、なにか、ある?

 

 

 ────────ふと、思った。

 

 

 彼は、芝ダートや距離の適性を超える指導が上手だ。

 体幹トレーニングなどもそうだし、ファルコンちゃんなんかは、芝も走れるようになっている。

 そして、あたしは─────ジュニア期の、金銭的な我儘もあって、短距離も走れるようになっている。

 それは、あくまでジュニア期の重賞レースで勝ちきれるように、と突貫で仕上げたものだということも理解してるけど。

 でも、それはきっと、この世界線で、貴方と出会ったあたしだからこそ、持ち得た武器。

 

 

 ────────ふと、思った。

 

 

 この、今生きるあたしは、短距離も長距離も走れる。

 マイルも中距離も得意としている。

 だったら────全部の距離のGⅠで勝ったら、すごくない?

 伝説じゃない?

 

 あの人にとって、特別なあたしに、なれるんじゃない?

 

 

 ────────ふと、思った。そう想ったとき、何かがガッチリとはまった。

 

 

 魂の願い。この世界に、伝説を刻むという想いも。

 あたしの願い。あの人にとって、一番のウマ娘になりたいという想いも。

 すべて、方向が一つに向いたような感じがあって。

 

 だから、きっとこの領域に目覚めたんだと思う。

 全部こじつけかもしれないけれど。けど、あたしは1月の併走の中で、これに目覚めた。

 これは、あの人との絆の証。あたしの、この世界で彼と出会ったあたしだけが持つ、あたしの走り。

 

 

 それを────────世界中に、見せつけてやる。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 風が、吹いた。

 

 

(……?)

 

 

 それに一番最初に気付いたのは、アイネスフウジンの少し右あたりで走っていたウマ娘だ。

 フランスからやってきた彼女は短距離を専門としており、世界の頂に挑むためアルクオーツスプリントに出走したが、後からブラックベルーガが出走すると聞いてため息をついたものだ。

 そしてレース本番となり、あの本物を見せつけられた。

 あそこまでは厳しいだろうが、しかしこちらもいい感じにレースが作れて、末脚を繰り出せている。

 残り300m、2着には必ず────────と、考えていたところで。

 

 風を、頬に感じたような。

 

 そして、次の瞬間に。

 

『…ッ!?que s est-il passé(なによこれ)!?』

 

 ()()()()()()()()()

 

 

 それは、余りの驚愕により起こされた錯覚だ。

 実際、体勢を立て直せば転ぶほどのものではない。走っている最中に風が吹いたからと言ってそうそう倒れるものではない。体幹を磨いている優駿であればこそ。

 

 しかし、その風が。

 余りにも強すぎる暴風が。

 

 隣を走る、アイネスフウジンを中心に巻き起こっていた。

 

 

『……う、わっ!?』

 

『はっ!?ちょ、なに……!?』

 

『つむじ風…ってレベルじゃねーぞ!?』

 

 

 そして、それは周囲のウマ娘、全員が感じ始めた。

 もちろんの事、先頭を走るブラックベルーガにも。

 

『……!?なによ、これっ……!?』

 

 異常事態だ。

 まるで、真後ろに超巨大掃除機が稼働しているかのような、吸い込まれるような風。

 先頭を走るブラックベルーガの、前からは吹いていない。明らかに、後ろから、竜巻が迫っている。

 ブラックベルーガは振り返りそうになり、しかしそれは残り300mの短距離レースでは致命的なロスになると思いなおして、姿勢を下げて風に抵抗し、なお加速をしようとする。

 だが、この幻影の風は間違いなく己の速度と体力を奪う。

 わずかではあれど、スタミナの計算が狂う。

 1200mちょうどで絞り出す予定で走っていたブラックベルーガの、その残り50mが怪しくなった。

 

 これは、間違いない。

 

『……アイネス、フウジンッ!!これが!!これが、貴方の─────ッ!!』

 

 

 

 彼女を中心に巻き起こる、吸い込むような豪風。

 それは、残り300m地点で領域に入ることで、繰り出されていた。

 アイネスフウジンが発する気迫が、圧が、牽制と言う生温い表現を超え、実際に風が起きていると錯覚するほど走りへの動揺を生む。

 そうしてまるで竜巻のように、周囲10mを嵐に巻き込んだ。

 かつて、ジャパンカップでマジェスティックプリンスが感じた竜巻の気配。

 当時はアイネスフウジンと先頭集団とは5バ身、12.5mの距離があったため気付かなかったそれ。

 速度とスタミナを一気に奪う豪風が、ここドバイに放たれていた。

 

 

 だが、これはまだ前奏曲(プレリュード)である。

 

 

 もう、わかるはずだ。

 彼女が覚醒せしめた領域は、2段階。

 ゼロの領域に目覚めたことで進化した、その新たなる領域。

 

 一つは、300m地点から100mを走る間に発生する、速度を奪う風。

 そして、奪った風を起点として………残り200m、超常的な加速を生む。

 

 このレースが短距離であるからこそ、最大の効果を生んだ、それ。

 これがマイル以上のレースであれば、最高速の発揮はされなかったであろう、それ。

 この領域の効果を正しく知られていれば、対策を取られていたであろう、それ。

 

 だが、ここはドバイの短距離レースで。

 周囲のウマ娘との距離は、4バ身以内に収まっている。

 そして、アイネスフウジンの脚は、溜まりに溜まり切っていた。

 

 

「……世界に見せつけてやるっ!!!これがッ!!」

 

 

 残り200m。

 彼女の領域の真の力が、来る。

 

 

「これがっ!!アイネスフウジンの走りだあああああッッ!!!!」

 

 

 

 

 ────────【零式・風神乱気流(ゴッドブレス=タービュランス)

 

 

 

 

 瞬間最大風速80km/h。

 

 暴風を纏った風神が、弾け飛ぶ。

 

 

────────────────

────────────────

 

『アイネスフウジンがきたっ!!!アイネスフウジンが来たッッ!!!残り200地点からぶっ飛んでいく!!これが日本の風神だ!!これが革命世代だッ!!だが残り距離は短い!!!残り2バ身、先頭を走るブラックベルーガも速い!!これは際どいか!?交わし切れるかアイネスフウジン!!差し返してくれっ!!残り100mッ!!』

 

 

 

『─────畜生ッッ!!!』

 

 残り100mの直線を先頭で駆け抜けるブラックベルーガは、毒づいた。

 己の後方から先ほどまで起きていた竜巻(トルネード)。それに抵抗するために、僅かに脚と体力を使った。

 それが最大のミスだ。1200mちょうどでスタミナを使い切ろうとしていた彼女の計算が、狂った。

 もし、この領域の威力を知っていて、そしてこのレースでも間違いなく来る、と分かっていれば、走りのタイミングを変えて、余力を残して走っていたはずだ。

 それならば対抗できた。風に巻き込まれても、最高速で最後まで走り、ギリギリ詰め切られることなく勝てていたはずだ。

 いや、むしろ300m地点までにさらに距離を広げて、風の影響を受けない様に走ることも考えられた。

 無敵の能力ではない。領域の面倒さ具合だけで言えば、マジェスティックプリンスのそれと大差ない。抵抗だって出来たはず、だった。

 

 だが、その力があることを、隠されていた。

 このレースが初見であった。

 切り札は隠すのが常識ではあれど、しかし、切られた札が強すぎる。

 余りにもワイルドカード。

 

 そして、ブラックベルーガの耳に、足音が……いや、()()()()が響いてきた。

 それは、風神の爆走。

 この短距離レースという舞台において、2400mを走り切れるスタミナを持つアイネスフウジンが、有り余るスタミナをこのラスト200mに全て注ぎ込み加速してくる。

 その速度、気配、間違いない。

 

『これが、世界最速の走りッ……!!』

 

 80km/hを超えている。

 そしてラスト50m、ブラックベルーガの体力が尽きかけた所で、その視界にアイネスフウジンのバイザーが、その風が、体が入ってきた。

 

「いやあァァァァァァァッッ!!!」

 

 叫び、そしてその速度を落とさない。

 ブラックベルーガが、ここまで追い詰められたのは短距離レースでは初めてだった。

 これまでは、己の末脚の速度に誰も追い縋れなかった。最後の100mで隣に並ぶようなウマ娘はいなかった。

 それが、ここで初めて、速度で負け、差し切られようとしている。

 

(───────負け、る……!?)

 

 その、初めての感情。

 余りにも強すぎることから、短距離におけるライバルがいなかったブラックベルーガが、初めて味わった感情。

 ああ、恐らくはそんな彼女をどこかの誰か、ゴール前で愛バの名前を大声で叫んでいる男が知れば、嘆き、悲しみ、そしてライバルを探してやるだろう……そんな、王者ゆえの孤独を味わっていたブラックベルーガは、ここに来て初めて、己を越えようとする存在に出会った。

 

 それは、きっと、彼女がこのドバイにおいて、最も求めていた存在で。

 そして、だからこそ。彼女もウマ娘であるのだから。

 

『……負けてたまるかぁっ!!!勝つんだあっっ!!!』

 

「っ…!!だああああああ!!!!」

 

 限界を超えた一歩。

 体力は尽き、脚も振り絞った先、限界を超えてブラックベルーガは速度を落とさず駆け抜けた。

 彼女も優駿だからこそ。勝ちたいと願うウマ娘だからこそ。

 戦友を得ることが、ウマ娘を強くするからこそ。

 

 しかし、それでも。

 風神の爆走を止めるまでには至らなかった。

 

 

『ブラックベルーガ必死に耐える!必死に耐えるがこれは行った!!勝ったのは風神だ!!アイネスフウジンだッッ!!今、ブラックベルーガを撫で切って一着でゴォーーーーーーッッル!!!!』

 

 

『やりましたッッ!!やってくれましたアイネスフウジンッッ!!!なんと、初挑戦の海外GⅠ!初挑戦の短距離GⅠで!!一着を勝ち取りました!!!その春疾風(はるはやて)は並び立つことを許さない!!これで短距離マイル中距離、3つの距離でのGⅠを獲得しましたっ!!チームJAPANが、まず一勝!!!ドバイワールドカップデー、その日本初戦は、アイネスフウジンの勝利ですッッ!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「…………ひぃー、っはぁー………っ!!!つっかれたぁ……!!!」

 

 ゴールを一番に駆け抜けて、クールダウンのため脚を緩めるアイネスフウジン。

 その足取りは確かだ。

 彼女の脚は、時速80㎞/hの速度を繰り出してもなお、壊れていなかった。

 

 立華が、サンデーサイレンスがその最高速に堪え切るために磨き上げた珠玉の両脚。

 そして、全身の筋肉が体を支え、この短距離戦においては、あれ程の速度で走っても限界を踏み越えることはなかった。

 

『……ねぇ、アイネス……ふぅ。……アイネスフウジン』

 

『……ん、ブラックベルーガちゃん……』

 

 お互いに肩で息を切らせながら、生まれて初めての敗北を味わったブラックベルーガがアイネスフウジンに追いつき、声をかけてきた。

 

『……貴方のあの力。隠してたのね……それ、どの距離でも出せるの?』

 

『んー?んふふ、秘密兵器だったからね!短距離戦、普通に走ったらベルーガちゃんに勝てないのは分かってたから。それに、あの速度を出せるのも短距離だからこそなの。2400mじゃもうあれだけの速さは出せない……距離が短くて、あたしにとっては脚やスタミナが十分に残せたからこその速度、なの』

 

『…やっぱり、か。あれがあるから、貴女はこのレースを選んだのね……負けたわ。今日の所はね』

 

 クールダウンを終えて二人とも自然と歩みを止める。

 その中で、アイネスフウジンに向けてブラックベルーガが正面からびしっと指をさして、宣言した。

 

『でも、次は勝つ!!貴方の領域も、速さも、私は見た!!次は私が勝つ番よ!!あの速度だって、いつか私も出して見せる!!私は日本にリベンジするっ!!』

 

 それは決意表明。

 ブラックベルーガが、短距離の才能の塊であるからこそ言える言葉。

 80㎞/hだって、いつか自分も出して見せる。

 そして、領域の効果も知れたからこそ、次は勝つ、と。

 

 そんな言葉に、アイネスフウジンはにこっとスマイルを見せて、返事を返す。

 

『ふふ、楽しみにしてるの!!次にあたしが短距離走るのは、9月の日本のスプリンターズステークスかな?よかったら日本に遊びに来て?あたしみたいな突貫じゃない……日本の、短距離の王様(バクシンオー)可憐なる恋人(カレンチャン)もいるからね。日本は、負けないよ?』

 

『約束よ!楽しみにしているわ!』

 

 ぱんっ、とお互いに手のひらを叩いて交わし、そうしてブラックベルーガがレーンを走って離れていく。

 そうして約束も交わし終え、ターフの向こう正面に立つアイネスフウジンだけが残された。

 

 そして、観客は待っていた。

 チームJAPANの先鋒が、このドバイワールドカップデーの最初のGⅠで勝利した彼女が、勝ち誇る姿を。

 

 夕暮れ時を超え、夜の色が浮かぶ空をアイネスフウジンは一度だけ見上げて、勝利の喜びをその身に浸し。

 

 

 そうして、腕を上げる。

 その手は、人差し指を一本、高々と天に向け突き上げていた。

 

 まず、一勝。

 

 チームJAPANの、これからの勝利を願って。

 

 

「………やったの!!!勝ったのーーーーーーーー!!!!」

 

 

 大きく声を上げて、鬨の声を叫ぶ。

 

 そして、次の瞬間に、ドバイレース場は大歓声に包まれたのだった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

153 ぱかちゅーぶっ! ドバイアルクオーツS

(ステイヤーズS)シルヴァーソニック君復帰戦重賞初勝利めでたい。
春天で心配そうに眺めてたレーンちゃんも5着。面白いなコイツら。



 

 

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

!! いざドバイ !!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

 

 

 

「……っし、音入れるぜー。よーし!休憩終了だー!!我らがチームJAPANが挑むアルクオーツスプリントまでもうちっとだぜ!!」

 

「つい先ほどUAEダービーが終わり、この先はGⅠ5連戦だな。もう夜の10時を過ぎるところだが、コメント欄の皆、まだ眠くはないだろうか?ここからが本番だからな」

 

「さっきまではレース見ながら展開予想とか日本のレースについて語ったりとか今日オニャの歴史見とったが、こっからはガチ解説やで!!エナドリキメて最後まで走り抜けようやぁ!!」

 

『おかえり』

『おかー』

『ゴルシがパジャマなの芝なんだわ』

『横の二人は普通に制服なのにな…』

『可愛い柄のパジャマですね』

『ルドルフは随分と目つきがギラギラしてますねぇ!』

『会長海外レースに感情移入しがち』

『タマは大丈夫?眠くならない?』

『見た目は幼女だがタマはこれでもJKなんだ』

『なんや』

『今日のオニャンコポンでみんなの笑顔よすぎて目が覚めました』

『控えめに言って最高の一枚』

『こっから眠くなるやついる!?いねぇよなぁ!?』

『俺の目はさっきからギンギンだぜ』

『わかるんだよ』

『ちゃちな”眠気”じゃおさえきれない』

『たたきあげられた……』

『熱いレースの予感がな!!!』

 

「おう、花のJK捕まえて幼女とはなんや幼女とは」

 

「タマモクロス、落ち着け。そもそもだが私達学生ウマ娘も夜更かしは本来は推奨されない年齢だ」

 

「誰もわかんねぇロックマンネタ使いやがって…。まーあれだ、概要欄にも注意書きで書いてるけどよ!この放送は日を跨ぐ深夜まで生放送してっけど、学園とURAにはきちんと配慮と許可をもらってっかんな!!」

 

「ゴールドシップのいう通りだな。この放送に備えて私達も仮眠をとらせていただいている」

 

「ウチらのことは心配せんでええからな!!レース見て盛り上がろうや!!あ、勿論なんやが眠い人はちゃんと寝るんやで!!夜更かし自体は体にいいことあらへんからな!」

 

「ベッドの中で応援したって怒られやしねーぜ!!さーそんじゃドバイGⅠ初戦!!アルクオーツスプリントの解説から入っていくぜぇ!!!」

 

『心配助かる』

『俺らも仮眠取ってるから問題ない』

『今日の昼寝率すごそう』

『土曜日開催なのが有難いよね』

『明日は大阪杯だけどそれには間に合う時間に起きられるやろ…』

『大阪杯もまたウオダス勝負だから楽しみ』

『阪神レース場ならダスカな気がするなー』

『だがその前の今夜のドバイだ!!』

『解説オネガイシマス!』

 

「うむ。……アルクオーツスプリント。アルクォンズスプリント、と呼ばれることもあるな。このレースは先ほど解説したドバイワールドカップミーティングで開催される芝1200mの短距離GⅠだ」

 

「何よりの特徴が1200mの直線コースで行われるってところやな!!日本にも新潟1000直があるんやがあれよりも200m長いで!レース場自体がデッカいやんなぁドバイは」

 

「ドバイワールドカップデーのレース全部に言えることだけど歴史もかなり新しいぜっ!!2007年に前身のレースが創設されて、そのころはまだ日本で言うOPみたいなもんだったんだけど、2009年にGⅢに昇格。2010年にメイダンレース場に開催場所が移行されて、そこで芝1000mの直線レースになったんだとよ。GⅠになったのは2012年からで、その時はオーストラリアのウマ娘が一着取ってんなー!!んでもって芝1200になったのは2017年からだぜっ!!」

 

「オーストラリアは日本に比べて短距離GⅠがかなり多いんだ。重賞として開催されるレースのなんと半分以上が1400m以下で行われる。その分、短距離ウマ娘が育つ土壌もできている……というわけだな」

 

「その辺はオーストラリアは効率ええなーって思うわ。短距離レースならウマ娘の脚にたまる疲労も長距離とか走るよりは大きくならんし、その分レースの回転率も上がる。ウマ娘達もそっちで競い合うのも多くなるやろなー」

 

「実際歴史的に見ても、オーストラリア出身で世界で短距離取ってるウマ娘は多いぜ。メッカ、って感じだなー!まっ、今日はそんな奴らが相手なんだけどよ!!オーストラリアからの参加は3人いるぜー!!」

 

『ほえーアルクオーツスプリントってそんなに最近なんだ』

『そもそもドバイワールドカップデーが1996年開催のドバイワールドカップから始まる歴史だからな』

『メイダンレース場できたの2010年やぞ』

『10年近く前か…』

『けいおんの第二期がアニメでやってたころかぁ』

『やめて』

『やめろ!』

『嘘だろ…?けいおんって2,3年前じゃ…?二期…?』

『現実から目を逸らしてはなりません』

『オーストラリアって短距離レース多いんだ』

『日本は脚の負担とか考えてジュニア期とかOPは短い距離多いイメージだけどね』

『地方はだいたいダート短距離だしな』

『けど主要な重賞やGⅠって言うと確かにマイル中距離に偏ってるな日本』

『なしてー?』

『考えるな感じろ』

『つまりそんな修羅の国からやってくるウマ娘にアイネスは挑むのね……』

『頑張れねーちゃん!』

 

「おー、そんじゃ続いて有力ウマ娘の紹介に行くか!!まずは我らがチームJAPANより一番槍っ!!アイネスフウジンだぜー!!」

 

「アイネス!……ダービーの後に風神雷神コンビ作ろうやって誘ったのに『まだ風神には至ってないから謹んで遠慮させてください』って真顔で言われたの忘れとらんかんな」

 

「……すまない、少しばかり爆笑させてもらっていいかなタマモクロス。片腹が大激痛なんだ」

 

「ルドルフも最近ゆるくなっとるなぁ!?笑え笑え!!このレースで勝ったらまたコンビ申し込んでウチのうまちゅーぶチャンネルで番組企画しとるからな!!それ見て笑えや!!」

 

「……いやタマちゃんパイセンよー、世界に挑む後輩なんだしまずはちゃんと解説して応援してやろーぜ?」

 

「あ、スマンな。ボケから入ってもうた。……ってかゴルシに真顔で言われると割とヘコむが!?」

 

『芝』

『芝3200m天皇賞春勝者』

『目の前の3人全員やろがい!』

『タマは関西人だからな ボケないと死んでしまう病にかかっているんだ』

『難儀やな』

『ゴルシがこの生放送だと割と真人間モード入る事多いよな』

『URAに監視されてるからな』

『やらかしたらたづなさんが入ってくるからな…』

 

「さて改めてアイネスの話だが……ここまでの戦績は今日の生放送の最初の方で、チームJAPANのみんなを説明したから改めての解説は不要だよな?みんなもバッチリ見てるだろうしよ!」

 

「メイクデビューから数えて12戦10勝。GⅠ3勝、敗北したレースもほぼハナ差クビ差レベルの2着か3着。レコードタイムを6回も叩き出している。その活躍はまさに疾風怒濤と言ったところか」

 

「同チームのファルコンやフラッシュに比べると総合力が高い、って印象やな。フラッシュの末脚やファルコンのスタート~中盤みたいに物凄い武器はないけど、あらゆる所で平均的に高レベルにまとまっとる。……って評価は、ジャパンカップの前までや」

 

「ああ。タマモクロスの言う通り……あのジャパンカップの最後200mに見せた鬼の末脚。世界最速の1ハロン。あれがもし今も武器として使えるようになっていれば……短距離レースだろうとわからんぞ」

 

「アイネスが短距離レース走ったのはジュニア期の2戦だけなんだよなー、両方勝ってるけど。マイルから中距離が本来の適正距離だとは前に猫トレも言ってたけどよ、本人の希望で全距離のGⅠレース制するつもりらしくって、その初戦がここアルクオーツスプリントってわけだ!!……いや、その理由でまず世界最高峰のレースに挑もうってんだから歌舞いてやがるぜぇ!そういうのアタシは好きだな!!」

 

『アイネスのレース見てない奴いる!?』

『いねぇよなぁ!?』

『なんならCMでよーく見るし』

『何度CM流れても口あんぐりしちゃうあのジャパンカップ』

『風激電駭────』

『あの走りは奇跡だってインタビューの時の猫トレ言ってたけど武器になってんのか?』

『脚に負担凄そうだけどな』

『でも猫トレだぞ?』

『やってる(確信)』

『それにしても全距離GⅠ制覇目指すってのは大きく出たよな』

『めちゃくちゃ応援はしてるしこのアルクオーツスプリントも勝ってほしいけど実際厳しいイメージがある』

『固定観念に囚われてはいけない』

『オッサンであるほど全距離GⅠは無理だって脳裏に刻まれてるからなぁ…重賞ならワンチャンだけど』

『重賞ありならタケシバオーが最初か?』

『ナリタブライアンが高松宮記念で勝ってたらワンチャンだった』

『グラスワンダーが短距離1400mのGⅡ京王杯SC~有マ記念まで勝ってるから重賞ってくくりで見ればごくわずかにいるよね』

『だがGⅠは誰もやってない』

『革命は果たせるのか!?』

『とりあえずこのGⅠは他に日本のウマ娘いないし勝ってほしいと心から願う所』

 

「ふむ……コメントの皆も中々博識だな。実際、全距離のGⅠ制覇と言うのは極めて困難な道程であることは間違いないのだ。レースを走る我々だからこそ身に染みてわかる部分だな…」

 

「短距離も長距離も速く走るってのはフッツーに考えてありえないんよなぁ。猫トレは距離適性克服させる指導が得意ってんならわからんけども」

 

「短距離とかアタシらが走ったらまずもって加速に乗る前に死ぬだろーからな」

 

「追込みだとなおの事だろうな…。……っと、話が逸れてきてしまっている。海外の有力ウマ娘の紹介に移ろう」

 

「お、せやな。えー…まぁウチら独自での調査によるものなんやけど、一人だけダンチのウマ娘が走るんや。こいつを紹介していくでー」

 

「では画面にドン!!こいつはオーストラリア出身のウマ娘!!ブラックベルーガだぁ!!本日一番人気!」

 

『ブラックベルーガchang!』

『ブラックベルーガだあああああああ!!!!』

『これ無理ゾ』

『え、知らん誰?』

『海外のレースまで見ないからな…』

『いやこの子はマジでヤバい 名前で調べればわかる』

『海外の子ぱかちゅーぶで知ること多いよね マジェプリとかもそうだし』

『知ると愛着わくんだけどな マジェプリも今月の今日オニャに何回か写ってたね』

『こいつは……やばい……』

『今ググった……は?』

『こいつヤバい』

『目を疑った』

 

「ブラックベルーガ。シニア級2年目のウマ娘で、オーストラリアでのレースは21戦21勝……無敗だ。なお、すべて短距離のレースに出走しており、その中でGⅠは11勝となっている」

 

「何度聞いても頭おかしくなる成績や……さっきルドルフが言ったとおりオーストラリアは短距離レースが多くて、スパン空けないで走れるってのを加味しても異常やな。短距離レースやぞ?」

 

「短距離は一個のミスで取り返しつかなくなるからなー。その中で無敗ってのはもうレベルが違うんだろーな。実際、オーストラリアじゃもう短距離に敵なし!って感じだぜー。そんな奴が今回、このアルクオーツスプリントにやってくるってわけだー!!」

 

「アイネスこらかなり厳しいな、風神雷神コンビの結成は夢だったか…残念や……」

 

「いや、そもそもアイネスが勝利してもタマモとコンビを組むかどうかは別問題だろう?」

 

「冷静にツッコまんでくれや!!現実逃避しとるのに!!」

 

「現実逃避したくなるのもわかるぜー。ちなみにこのウマ娘、領域は残り600mあたりから発動するタイプだぜー。距離だけで言えばフラッシュとかライアンとか、中距離長距離走るウマ娘ならそんくらいで出すやつなんだけど、タイプとしてはどちらかっつーと……アタシに近いか?」

 

「だな。600mと言えば1200mレースの半分の距離だ。その長さを、ゴールまで止まらない加速で駆け抜けるのが彼女の領域だ」

 

「短距離やから当然末脚は全員振り絞るんやけどな、過去のレース映像見るとその速度差がはっきりしとるで。先行の位置からぶっ飛んでって、残り200m地点で差を空けて先頭をキープしながら駆け抜けるレースが多いなぁ」

 

『無敗のウマ娘(21戦)』

『GⅠ11勝ってマ?日本の誰よりも多いやん』

『短距離でスパンが短いってのもあるけどそれにしたってこれは……』

『ってことはここ2~3年はオーストラリアの短距離GⅠはこの子しか勝ってない……ってコト!?』

『いやオーストラリアの短距離GⅠはまだまだ数あるからそうでもない』

『そんなに』

『それにしたってヤバすぎる……』

『納得の一番人気』

『領域もタマの説明聞く限りはシンプルに強い感じか』

『短距離で600m全力疾走できるのはもうヤバいのよ』

『普通のウマ娘は2~300mが限界』

『他のウマ娘の倍のスパート距離ってことか…』

『怪物(モンスター)……』

『アイネス勝てる……のか?』

『頑張れねーちゃーん!!』

『あのジャパンカップの末脚が出れば…!』

 

「コメント欄も随分と暗いモードになっちまったがアイネスだってあのチームフェリスだぜ!革命世代としてきっと勝ってくれる!!アタシはそう信じているっ!!」

 

「同感だ。立華さんならきっと、勝てるように仕上げているだろう。見守ろう、祈る様に」

 

「ウチも茶化しはしたが風神雷神コンビの結成は全く諦めとらんからな。そのためにも勝てやアイネス!」

 

「みんなで応援してやろうぜー!!さて……ドバイの映像をURAが訳してくれながら放送してるのミラーでここでも流してるけど、どうやらゲート前にウマ娘達が集まってきたみたいだぜ!」

 

「ん、そのようだな……向こうはもうすぐ18時と言ったところか。夕暮の中のレースになるな」

 

「……お、アイネスが出てきたで!!……お、お、……お?これは期待できそうやぞ?」

 

「おー……まず、脚の仕上がりがいいな。日本にいた時と比べて一回りトモが太くなってやがらぁ。短距離に脚を仕上げてきたな……短距離走れるウマ娘はパワー必須だから脚が太くなっからなー」

 

「それが悩みになるウマ娘も多いがね。だが……間違いなく、仕上がっている。流石だ。そして何より……表情がいい。挑戦的な笑顔だ…まるで子供のような」

 

「ウチがオグリとやりあったときとかあんな顔やったな。とっとと白黒つけたくてたまらないって顔やな」

 

『アイネス出てきた!』

『アイネス!アイネス!!』

『俺らのねーちゃんは海外ウマ娘に負けない!!』

『世界を革命してくれぇ…』

『脚太くなったか?わからん』

『逞しくはなった……のか?わからん』

『正直ウマ娘の筋肉ってライアンとかイージーゴアとかブロワイエレベルじゃないとよくわからん』

『しかし画面の向こうの3人は絶賛ゾ』

『この子達何気に全員サブトレーナー資格持ちだからな』

『プロやな────────』

『でも表情は抜群にいい!!』

『日本ダービーの時に同じような顔だったね』

『頑張れー!!世界最速の1ハロンを刻めー!!』

『ん、声掛けに行った』

『ブラックベルーガやろがい!!』

 

「おー、アイネスのやろーブラックベルーガに声掛けに行ったぜ……勇気あるなぁ」

 

「……いや、逆だな。ブラックベルーガが先ほどからアイネスフウジンの様子を観察していた、それに応えたのだろう。彼女もアイネスフウジンは注意すべきウマ娘と見たか」

 

「どーやろなぁ。ウチらと同じようにどの国のウマ娘も他の走者の情報集めるやろ?で、たぶん一番なんだこいつ?ってなるのがアイネスやで。専門距離やないんやからな。その上で2400mレースで最速1ハロンキメとんのやから、どちらかっつーと珍獣を見る目やないか?」

 

「タマちゃんパイセンの意見もありよりのありだなー、一番短距離の実力がわからねーのってアイネスだろうし。他のウマ娘は当然、全員が短距離専門だからな」

 

「例えてしまえば大穴ウマ娘、と言う所だろう。実際、今日のアイネスは世界の人気順だと7番人気だ。これまでのレース戦歴からすればもっと低くても仕方ないところではあるが、7番に入っているのがその未知数への期待だろうな」

 

「ついでにラッキーセブンで1着ブチ抜いたったれやアイネス!!行けるで!!」

 

「ドバイワールドカップデーにはファンファーレがない。今、ウマ娘達がゲートに収まっていく……入り終わったらスタートだ」

 

「流石にみんな集中してやがらぁなー。ゲート入りも順調だぜ!!世界ともなると違ぇなー!」

 

『ペー?』

『ペペれないのは悲しい』

『その代わりレースの間に花火上がるから…』

『花火マ?』

『夜になったらすごいよ』

『ゲート入りだ!』

『ゴルシじゃないからみんな素直にゲートに入っていく』

『急げ!ゲート擦りで縁起を高めろ!』

『世界だろうが日本だろうがお前はゲート入らないだろ』

『甘えるな』

『ドリームに行ってもちゃんとゲート入れ』

『お前のゲート入りはおかしい』

『アイネスを見ろッ!!やる気満々でゲートに入っていくぞッ!』

『もうゴルシのヘッドホンは外してよろしい』

『えッ!』

『ただ頭のアレ外した姿見たいだけじゃねーか』

 

「おうおうこれでアイネスが勝てるんだったらいくらでも擦りやがれッ!!さぁ全員ゲートに収まった!!」

 

「始まるな……1分10秒の攻防だ、刮目しよう!……スタートッ!!!全員が凄まじいスタートダッシュだ!」

 

「…よしっ!!アイネスの位置は悪くないで!!流石にハナはとれんかったが前目の3番手や!!」

 

『はじまた!』

『うわー!!アイネス頑張れー!!』

『直線レースだから映像がすごい!!』

『カメラもメイダンレース場はめっちゃ意識してるから見やすいのよ』

『併走カーさん頑張ってんな…』

『アイネス悪く無い位置か!?』

『今3番手くらい?』

『このままいけー!!ねーちゃーん!!!』

 

「…アイネスに取っちゃ普段のレースからハイペース作ってたのが功を奏したって所だな!!普通の中距離レース走るウマ娘だったらこの時点で最後尾に位置してもおかしくねぇ!!」

 

「ああ、彼女は既にジュニア期に1000mを56秒台で走っている…スタートからの加速では短距離ウマ娘にも負けん!」

 

「しっかし他のウマ娘も流石短距離専門、世界の優駿や!!そんなアイネスに難なくついて行っとるで!むしろアイネスが少し厳しいか!?」

 

「もう300m通過…!アイネスの後ろからブラックベルーガが狙ってやがる…!!」

 

「コーナーもないからひたすらに展開が早いのだ!一度堕ちたら厳しいだろう……残り半分を切った!!」

 

「来るで……ブラックベルーガッ!!領域に入られた!!こっからやぞアイネスぅ!!」

 

『うわー展開が速い!!』

『位置取りもめまぐるしい変化が!!』

『アイネスまだ前目だけど左右に集団分かれてるからどうなるかわからん!』

『もう半分!?』

『うわ来た!!』

『ブラックベルーガが領域入った?!』

『なんか今画面暗くならなかった?』

『領域発動時の心象風景(なお常人は見えない模様)』

『超有力ウマ娘の領域は常人の視野にすら浮かぶと聞く』

『ファルコンのやつだけちょっと見えてたけどこのブラックベルーガのもなんか…黒い!』

『それほどの威力の領域と言う事なのか!?』

『うっわ速い!!』

『明らかに周りと比べて速ぁい!!』

『ねーちゃーん!!耐えろおおお!!!』

 

「アイネスも位置を下げねーで頑張ってたが……がっ!!ダメか!!くそっ、抜かれちまった!!」

 

「あの領域による加速、牽制で潰し切れるようなものではないか…!ブラックベルーガ本人が何より牽制への抵抗力が強い!流石はオーストラリア無敗のウマ娘か……だがまだだ!!残り400m!!」

 

「こっからやろがアイネスゥ!!根性見せんかい根性ォーー!!!」

 

「行けーアイネス!!まだ距離残ってるぞ!!差し返してやれ!!」

 

「君なら行ける!立華さんが鍛え上げた君ならば……行け、アイネス!!行ってくれ!!」

 

『うわーーーねえちゃーん!!』

『抜かれた!!』

『まだだ!!』

『まだだな!!』

『アイネスはこっからだ!!』

『いけえええええええええええええええ!!!!』

『アイネスフウジンならここから行ける!!』

『行ってくれえええ!!』

『ジャパンカップの奇跡をもう一度…!!!』

『アイネスならここから行ける!!』

『負けんなアイネス!!』

『行けーーーーーーっ!!革命世代ーーーーー!!!』

『負けるな!!ブチ抜いてくれー!!』

『アイネスううううううううううう!!!』

 

「残り距離が短いぜ……ブラックベルーガの加速は止まらねぇ!!残り300mッ!!」

 

「行けっ!!世界に勝て、アイネスッ!!」

 

「根性やぁーーーーっ!!!ブチころがした────────」

 

 

 

 

 

 

 

────────ゼロ

 

 

 

 

 

 

 

 

「─────────ッ!?来たッ!!??」

 

「なっ、これは──────ッ!?」

 

「ジャパンカップの時と同じ!?風や!!アイネス中心に竜巻が起きとるっ!?まるで乱気流や!!」

 

『うおおおおおおおおおおおおお!!!』

『アイネス!?』

『何だあれ…』

『行けー!!アイネスーーー!!!』

『何!?何なのぉ!?』

『周りのウマ娘が全員めっちゃびっくりしてる!?』

『すごい顔』

『隣の子ヨレたか!?』

『風が……来る!!』

 

「とんでもねぇ領域だ!!!アイネスの領域が進化してやがるッ!!周りの風を自分を中心に吸い込むような……!?」

 

「デバフ……に、特化した領域か!?だがそれではブラックベルーガの脚を止められても越えては──────何だとッ!?」

 

「出よったーーーッッ!!!ジャパンカップの時の神速の末脚!!!一気にブッ飛んでいくで!!!行けーーーーーッッ!!」

 

『うわああああああああああああああああああああああ』

『アイネスーーーーーーーーーーーーーーー!!!』

『行けーーー!!突っ込めーーーーー!!!』

『これ行ける!!!』

『ジャパンカップで見た』

『やったれええええええええええええええええ!!!』

『差し返せ!!差し返せ!!』

『撫で切れっ!!!』

『すげえええええええええ!!!!』

『うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお』

『映像ブレてる…』

『すげぇ!!撮影カーが追い付いてねぇ!!!』

『並べ!!』

『あとちょい!!』

『残り50m!!』

『並んだ!!』

『並んだァ!!』

『いっけええええええええええええええええ!!!』

『勝てええええええええええええええっ!!!』

『ブラックベルーガも!?』

『いや勝った!!』

『抜いた!!』

 

「今ッ!!ゴォーーーーーーーールッッッッ!!!!……勝った!!勝ったろ!?勝ったよな!!」

 

「ああ……!!間違いなく勝った!!アタマ差はついていただろう!首の上げ下げでどうにかなる差ではない!アイネスフウジンの勝利だ!!」

 

「いィよっしゃーーーーーーー!!!まずはチームJAPAN一勝やああああああああああああ!!!」

 

 

『っしゃあああああああああああああ!!!!』

『いやったああああああああ!!』

『アイネスおめでとー!!!』

『すんげぇ走りだったな最後…』

『撮影カーから見切れそうになるくらいの速度はマジヤバ』

『撮影スタッフ後で怒られるなあれ……』

『ブラックベルーガもあの速度でよく最後まで走ったな……』

『流石にレコードはなしか』

『アイネスの専門外の距離だからな』

『専門外(世界最速1ハロン記録)』

『専門外(国際GⅠレース勝利経験)』

『チームJAPAN一勝!!めでたい!!』

『タマの渾身のガッツポーズで芝』

『画面の前の俺らもガッツポーズしてるから同じやな!』

『俺はタマだった…?』

『うぬぼれるな』

『あんなん喜んじゃうよ……』

『現在学生寮大盛り上がり@中央ウマ娘』

『日本全体が大盛り上がりだよこんなん』

『世界に革命来たな…』

『こっからだぞこっから』

 

「いやー……すげぇレースだったな。ホント、アイネスのやつは魅せるレースやってくれるぜ」

 

「あそこからあの差を縮めるのだから…… 最後まで信じていたとはいえ、心臓に悪いな。革命世代ならでは、だな」

 

「あの末脚、モノにしとったんやなぁ……ホレ見てみぃ、レース後のクールダウンでもアイネスの脚がブレてへん。鍛え上げた証拠や」

 

「マジ?マジだ。……すげぇな。ジャパンカップの時はその後結構ダメージ入ってたっぽいけどな……」

 

「……距離、と言うのもあるかもしれないな。1200mのレースだ、普段は2400mレースを走れるアイネスフウジンにとってはスタミナを使い切れるほどのそれではない。そしてその溜まったスタミナを、一息で吐き出し切る走り…を、領域でやった、と見るのが妥当ではないかな。あの速度を出せるのは短距離レースだけだとみるべきだろう」

 

「あんな速度で長距離まで走られたらウチらはやってられへんわ。この辺は日本戻ってきたらインタビューとかで零してくれるやろ。……ん、ブラックベルーガが話しかけに行ったか?」

 

「おー、ホントだ。まぁ初めての敗北だからなぁー……っと、いい顔だなあっちも」

 

「ふむ。……ああ、何となくだが分かるな、彼女の気持ちが。きっと、嬉しいのだろう。ライバルを見つけられたことが」

 

「ルドルフが言うと説得力強いなぁ。ウチもまぁオグリ見つけてあんな顔しとったかもな…。……ん、ハイタッチして……勝ち名乗りや!!うおー!!アイネス!!ようやったぞーーー!!」

 

『あの速度出しても無事なのマジですごい』

『最強のウマ娘では?』

『会長の言う通り脚が溜まってたから出せたんやろなって…』

『そうじゃなかったらヤバすぎる』

『猫トレがどこまで仕上げたかやな…』

『お、ブラックベルーガちゃんが声掛けに行った』

『負けてもなお笑顔なのてぇてぇ』

『さわやかなやり取りで終わったね』

『レースの後はノーサイドなのホント最高。ファンになります』

『こうして海外ウマ娘の推しが増えていく…』

『うおーアイネス!!』

『人差し指を天につき上げた!!』

『アイネス!!アイネス!!』

『1勝目……ってコト!?』

『アイネス!!アイネス!!』

『アイネス!!アイネス!!』

『アイネス!!アイネス!!』

『アイネス!!アイネス!!』

 

「ははは、コメ欄もアイネスコールで一杯だー!!現地もすげーな、ホント沸かせるやつだぜぇ!!」

 

「革命世代は皆、華があるからな。これは次からのレースも楽しみになってきたぞ」

 

「ホンマやな、勢いに乗ってこのまま全部ぶち抜いたったれや!!……っと、インタビュー始まるか?」

 

「おー、そうっぽいな。ドバイワールドカップデーのインタビューは屋内に呼ばれてそこでトロフィーの受け渡しと一緒にやるんだよなー確か」

 

「ああ。そして世界の大舞台だから、家族を呼んでいたりするケースも多いのだが……ああ、やはりきていたか。双子たちは見た顔だな」

 

「おー!アイネスのご両親さんもご一緒しとるんか!ええなぁ、家族をインタビュー席に呼べるのって!ウチも現役時代にやりたかったなぁ……」

 

『インタビューまる』

『お』

『スーちゃんとルーちゃんだ!』

『猫トレがご家族連れてきたな』

『タマのそれはちょっと重い』

『タマ…君は立派にやり遂げたんだ』

『祝福してやろうぜ』

『アイネスのご両親号泣しとる』

 

 

『記者「アイネス見事な一着。今のお気持ちは?」→アイネス「世界最高峰のレースで、己の出せる全てを出し切って、最強のウマ娘に勝てたことが何よりもうれしい」→猫トレ「今日の彼女は最高の走りをした。勝ってくれたことが本当に嬉しい」』

『文字起しニキの英語翻訳助かる』

『猫トレのイケメン力がとうとう全世界に広まっちまう』

『アイネスもいい笑顔やなぁ…』

『双子が少し緊張してるのか縮こまってて芝』

『オニャンコポンが癒しに行って芝』

 

「んー、流石に世界一番になったインタビューじゃあ妹さん達も緊張するよなー。いい経験だろうけどよ!」

 

「間違いなく、一生忘れられない思い出になるだろうな」

 

「ええなぁ………こういうの。あったかくて最高や……」

 

『タマが優しい眼差しで見守ってるの芝』

『笑顔になるって意味で芝』

『優しい』

 

 

『記者「最後の1ハロン、恐ろしい末脚だった。あれは奇跡の走りなのか?実力なのか?」→アイネス「トレーナーどうする?答えてもいいの?」→猫トレ「俺から答えるよ。……アイネスの末脚はジャパンカップで目覚めたものだが、それをモノにするために今日までチームで磨き上げてきた。領域としていつでも出せるが、どこでも出せるわけではない。答えられるのはそこまでです」』

『有能記者現る』

『まぁ世界最速の走りだから聞きたくもなるだろう』

『そして猫トレがまたあくどい笑みを浮かべておられるぞー!』

『最近あまり見られなかったからなこの顔』

『ジュニア期のころはよく見てたけどね』

『領域として繰り出せるけどどこでも出せるわけじゃないってのはやっぱ距離か?』

 

「……思わせぶりなことを言うじゃねーか猫トレ。いつでも出せる……つっても、普通に考えればやっぱラスト200mの武器なんだろうけどよ」

 

「どこでも出せるわけではない……と言うのは、やはり先ほど私が指摘した通り、という意味と捉えていいものかな?短距離レースなら出せるが、マイルを越えて中距離や長距離では、あれ程の加速は望めないとみるべきか……だが、加速を抜きにしても残り300m地点からの100m続くあの乱気流がある。一筋縄では行かないな……どう潰すか……」

 

「オイルドルフ。獲物を狙うライオンみたいな目になんなや…攻略考えるのは後や後。今日は応援やろがい!」

 

「……っと、失礼。いかんな、どうしても革命世代のレースは心が昂ってしまうな……うん」

 

『記者「ご家族の皆様からも一言」→父「娘が世界のレースで勝ったことが本当に誇らしい。自慢の娘です(泣)」→母「私の娘でいてくれて、ありがとうって……言葉にならないですね(泣)」→双子「うわーーーん!うれしい!!(泣)」→アイネス「みんなの応援のおかげなの(泣)」→猫トレ「(泣)」→オニャンコポン(フェイスダンス)』

『これは泣く』

『家族の涙は反則なんよ…』

『アイネス一家は涙もろい(確信)』

『いい家族なんだろうなぁ…あったけぇ』

『そんな湿った雰囲気を晴らすために猫トレの頭の上で必死にフェイスダンスするオニャンコポンで芝』

『海外の記者たち全員オニャンコポンの動きでびっくりしてて芝』

『今日のオニャンコポンヘビーリスナーの俺達にとってはよく見る動き』

『キレが増してきてるんよ』

 

「あっはっはっは!!やっぱオニャンコポンのやろーただものじゃねーな!!そこで踊りだすかぁ普通!?」

 

「ふふ……本当に、賢くて優しい猫だな、あの子は。アイネスのご家族も本当に、おめでとう」

 

「っ………ゴルシ、ティッシュぅ………ずびっ………」

 

『タマ……泣くな』

『家族ネタはタマ特効なんだ』

『号泣で芝生える』

『勝てたからこその泣き笑いよ』

『絶対に鼻をかんでくれるだろうなという信頼』

『かんだ』

『芝』

『芝』

『JKがよぉ…!』

『でもタマだしな…』

『なんや』

 

 

『記者「最後に一言」→アイネス「チームJAPANが私に続いて勝ってくれるって信じてます!!日本のみんなこれからも応援よろしくっ!!」→猫トレ「私はあと2回ここにお邪魔します。記者の皆さまどうぞお見知りおきを」→記者たち「クッソ芝」』

『これは芝』

『猫トレの野郎飛ばしてやがんな!!』

『あと2回(フラッシュとファルコン)』

『記者たちめっちゃウケてる』

『爆笑だわ』

『海外の記者だからそういうジョークがウケるのかもしれん』

『日本でやったらいろいろ言われそうだが海外慣れてんな猫トレ』

『まぁそんくらい強気でいいよ』

『次はあそこに初咲が立つんだぞ』

『ウララ……勝ってくれ……』

 

「……ん、トロフィーの授与も終わって、インタビューはこれで終わりかねー」

 

「そのようだな。……いや、しかしアイネスの言う通り……まず一勝、そしてここからも夢を見れるというのが幸せでならない」

 

「せやな!こっからもチームJAPANがやってくれると信じとるで!!」

 

『ほんそれ』

『マジでそれ』

『このまま全員勝ち進んでくれぇ……』

『正直世界は広いって見せつけられてもいいって心構えしてたけどねーちゃん勝ったんで全勝期待しちゃう』

『勝ってほしいのはそうだがライバルがとにかく強敵揃いだ』

『世界中からその国の強いウマ娘が集まってるからな…』

『次のレースも見守ろう』

『次はウララだ!!』

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

154 ドバイゴールデンシャヒーン 前編

 

 

「すぅー……ふぅー……すぅー……!?はくしょんっ!!」

 

「ニャー!」

 

 チームJAPANの控室で、ハルウララがオニャンコポンに顔を埋めて深呼吸をしていたところで、鼻に猫の毛が絡んだのか、くしゃみが零れてオニャンコポンが悲鳴を上げた。

 そんな微笑ましい光景にみんなから苦笑が零れる。

 なお、当然だが今ハルウララは勝負服である晴着に身を包んでいる。日本風の勝負服と言うのは彼女だけが着用しており、その注目度も高いだろう。世界から関心を持たれているはずだ。

 ちなみに、そのハルウララの勝負服の背中の所と、スマートファルコンの勝負服のコルセットの腰のあたりには、フジマサマーチから渡されたお守りを内側に縫い付けてある。裁縫をしたのは初咲さんだ。*1

 彼女の想いと共に。桜と隼は、この世界に挑むのだ。

 

 先程、アルクオーツスプリントにてアイネスが輝かしい一着を勝ち取り、その後すぐに、ウララが挑むゴールデンシャヒーンが始まる。もう、ゲート前の集合時間まであと10分と言ったところだ。

 猫吸いを堪能し終えて、ウララがオニャンコポンを離した。俺の肩に一度戻ってくるオニャンコポンは憮然とした顔だった。

 すまんな、いつも負担をかけるぜ。でもお前のおかげできっとウララも勝ちきってくれるだろう。

 

「…ウララ。もうすぐ集合時間だ。調子は大丈夫か?」

 

「ん……トレーナー。……うん、えっと……」

 

 当然にして、この時間は担当トレーナーとウマ娘の神聖な時間だ。俺たちは邪魔をできない。

 ウララに心配そうに声をかける初咲さんを俺は見守る。彼もまた、緊張していることだろう。なにせまだ3年目を数えるくらいの新米のトレーナーにして、こんな世界の大舞台のGⅠに挑むというのだから。

 そして彼の言葉に応えるウララもまた、僅かに逡巡を含んだ言葉を漏らした。

 大丈夫だろうか。何か、不安に思うことがあるのだろうか?

 

「えっとね……その、みんな。トレーナーと、二人きりにしてほしいなって……」

 

「……!」

 

 そして、ウララが続けて零した言葉は、控室で二人きりになりたいという要望。

 成程、確かに今このドバイにおいて、控室は他のチームJAPANのウマ娘やトレーナーが集まっており、普段の日本のGⅠでの控室とは趣が違うところが大きい。

 俺たちチームフェリスなんかは多人数で控室にいることもあるし、他のウマ娘…スピカのヴィクトールピストや、カノープスのササイルなんかもチームメンバーと共に過ごすこともあるだろうが、ウララはこれまでずっと、初咲さんと二人三脚で、二人きりの時間を過ごしていたはずだ。

 であれば、今のこの環境に違和感もあるだろう。

 俺達トレーナー陣は目配せで意志を通じ終えて、俺が返事をする。

 

「オッケー。今まで二人で頑張ってきたんだもんな。二人きりでしか話せないこともあるだろう。…俺たちは部屋の外で待つことにするよ。みんなもいいかな?」

 

 俺の言葉に部屋の中にいたトレーナー、ウマ娘達全員が頷き、同意を得る。

 レース前の集中のための時間は大切だ。それを、この部屋の中にいる誰もが理解しているからこそ、ウララの希望にこたえてやりたかった。

 順次部屋から退散し、部屋の前の通路で待つことにする。

 最後に部屋を出る形になった俺は、初咲さんに一言だけ言葉をかけた。

 

「初咲さん。……ウララの事、()()()()

 

「……ああ。配慮してくれてありがとな、立華さん」

 

 その言葉に万感の想いを込めて、俺は扉を後ろ手に閉めた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……………」

 

「…………ウララ、これで二人きりになったよ」

 

 静かになった広い控室で、ハルウララと初咲が向かい合って座っていた。

 これまで、二人でレースに挑むときの常だ。勿論、応援に来てくれたウマ娘なども多くいて、それはハルウララも心から歓迎していたのだが……それでも、これまで、二人でやってきた。

 専属トレーナーと、そのウマ娘として、走り抜けてきた。

 そうした、二人にとっていつも通りの時間が作られる。

 

 ハルウララがこの環境を望んだのは、勿論、これまでにない大舞台に挑む前の緊張を解きほぐすという理由もあった。

 だが、それ以上に、今日、ここで。

 

 自分のトレーナーと、ある話をしたかったからだ。

 

「……ねぇ、トレーナー」

 

「ん、なんだい?ウララ」

 

 ハルウララの言葉に、視線の高さを合わせて初咲が返事を返す。

 そういった、小さな所、様々な所で配慮が出来るのがこの初咲と言うトレーナーだった。

 ハルウララは、心底、このトレーナーが自分を選んでくれたことを感謝していた。

 運命だとさえ、感じていた。

 だからこそ、今日、()()()について触れて、自分の想いを聞いてほしかった。

 

「……勝ちたい、よね」

 

「…ああ、勿論だ。勝ちたいさ。誰よりも……俺は、ウララに勝ってほしいんだ」

 

「うん。……ふふっ。『勝ってほしいんだ』……って、トレーナーが言ってるの、前にも聞いたね」

 

「ん、そうか?まぁいつだってそう思ってるからな俺は。いつも言ってる気がするが……いつだっけ?」

 

()()()()()()()()()()

 

「ッ────────!!」

 

 ハルウララの言葉に、初咲は戦慄した。

 ヒヤシンスステークス。クラシック期の2月に開催されたOP戦。

 その時のことを、初咲はよく覚えていた。

 己の流した、悔し涙を覚えていた。

 

 スマートファルコンと、初めて競い合ったレース。

 ハルウララは8着、よい所を見せられずに惨敗した、あのレース。

 誰もいない廊下で、立華と話した後に、己のふがいなさを許せなくて慟哭した、あのレースを。

 

 しかし、今。

 目の前に座るハルウララが、その時に漏らした己の言葉を、知っていた。

 

「…これまで、言ってなかったけど………ごめんね、トレーナー。あの時、わたし、トレーナーが泣いてるの、聞いちゃったんだ。壁の向こうで、聞いてた………」

 

「………っ、そう、だったのか……」

 

「うん。私に、勝ってほしくて、でも勝てなくて泣いちゃってたトレーナーの事、わたし、知ってた。私が勝つことを、誰よりも信じてくれてるって………そのときね、わたし、初めて知ったの」

 

「……ウララ!俺は、あの時……っ」

 

「トレーナー。……わたしね、あの時に誓ったんだ」

 

 初咲が、言い訳とも動揺とも取れる言葉を紡ぐ前に、ハルウララが想いを口にして、言葉を重ねる。

 自分が今、想っていることを、誰よりも信頼できるトレーナーに聞いてほしくて。

 このタイミングで、お互いの間にわだかまりが一切ないようにしたくて。

 

「わたし、トレーナーの為に、勝ちたい。トレーナーがあんな、わたしが負けちゃって流す涙を、止めたいって……そう、思ったの。それで、頑張ったんだ」

 

「……ウララ…」

 

「ふふっ、でも、トレーナーったら、わたしが勝っても負けても泣いちゃうから、どうしよー!って思ってた時もあるんだけどね?トレーナー、いつも泣き虫さんなんだから!」

 

「うっ……し、仕方ないだろ。勝ったら嬉しいし、負けたら悔しくてトレーナーってのは泣いちゃうんだよ!みんなそうだぜ、きっと」

 

「うん、そうだね……わたしも、負けたら泣いちゃうから、似た者どーし、ってやつだね!……でもね。この間のフェブラリーステークスで、わたし、わかった」

 

 ハルウララは、先日走ったフェブラリーステークスで、一つの答えを手にしていた。

 きっと、私がこれから、永遠に目指していくもの。

 勝利の果てに、求めるモノ。

 それが、瞳に焼き付いて離れなくなったもの。

 

「マーチ先輩が、ファルコンちゃんに勝って……おケガもしちゃったけど、ね。勝った後、泣いちゃってたでしょ?」

 

「っ……ああ、そうだな。でも、あれは痛みと言うより、嬉しくて泣いてたんだと思うけど……」

 

「うん、ウララもそう思う。……あの泣き顔が、本当に綺麗だなって……わたし、感じたの。わたしも、あんなふうに涙を流したいなー、って……勝って、泣きたい。気持ちよく、誰に見せても恥ずかしくない涙を流したい……トレーナーにも、流してほしいなー、って。……えっと、なんか変なこと言っちゃってる?」

 

 フジマサマーチの見せた涙。

 あの光景が、ハルウララの脳裏に焼き付いていた。

 全てを振り絞り、限界を超えて掴み取った勝利の果て。全ての感情が籠ったような、咲き誇るような涙。

 あれを、自分でも。

 そして、トレーナーにも。

 

 そんな、形に出来ない思いを言葉に乗せて、トレーナーにぶつけた。

 自分に勝ってほしいと願っているトレーナーに。

 その想いを抱えて走り、勝つ私を見て。

 二人で、咲き誇る涙の笑顔になりたい、と。

 

 そして、ハルウララのそんな想いを、彼女のトレーナーたる初咲は、十全に受け取った。

 過不足なく受け止めた。

 何故なら、彼がこの世界において、ハルウララのトレーナーであることを選んだがゆえに。

 

()()。……分かるぜ、ウララの言いたいことは。フジマサマーチみたいに、全部……自分の出来る全部を振り絞って、挑んで、泣き言も言わずに走って、その上で……強敵に勝ちたい。そういうことだろ?そんな勝利の果てに、あの涙があるから……挑みたいんだろ?ウララも」

 

「……うん。挑みたい。マーチ先輩がファルコンちゃんに挑んだみたいに……わたしも、世界に挑戦したい…!全部、これまでわたしがみんなに教えてもらったぜーんぶ、このレースで魅せたい!」

 

「……OK。全部振り絞ってこい、ウララ!!俺は……いや、俺たちは、お前がどんだけ全力で走っても怪我しない様に鍛えてきたつもりだ!!自分を信じて、俺を信じて……そして、これまで応援してくれたみんなを信じて、背負って!!この世界で、一番になってこい!!」

 

「うんっ!!!」

 

 初咲の言葉で、ハルウララもまた、己の思考に一本の筋が通ったように、クリアな思考になる。

 マーチ先輩の走りに憧れた。

 強敵に挑む姿勢に魅せられた。

 だからこそ、私もここで。

 このドバイで、先輩から託された想いを背に。

 これまでの練習と、みんなの応援を胸に。

 全力で挑んで、勝ちたい。

 

 わたしは、このレースに想い(ユメ)を駆ける。

 

「……よーっし!!トレーナーと話してなんだかウララ、気持ちじゅーぶん!!!元気いっぱい!!!わたし、がんばってくるからね、トレーナー!!!」

 

「おう!!俺のウララが、世界一になるところ見せてくれよな!!!」

 

 勢いよく椅子から立ち上がり、いつもの元気いっぱいな様子を見せるハルウララ。

 それに笑顔を返して、己も席を立ち……もう間もなく時間となるところで、二人で部屋の外で待っているだろう、みんなの元へと扉に向かった。

 

 しかし、その扉に初咲が手をかける直前に。

 

「ね、ね。トレーナー」

 

「ん、何?」

 

 ハルウララが、少しだけ初咲の裾を引っ張り。

 

「────────」

 

「────────!?!?」

 

 想いを、己のトレーナーと共有した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 がちゃり、とドアノブを回す音がして、中からウララと、何故か赤面した初咲さんが出てきた。

 

「…よーし!!ハルウララ、がんばりまーす!!」

 

「……………」

 

 ウララのその表情を見れば、流石は初咲さんである、絶好調と言った様子が見られた。

 かつてファルコンがベルモントステークスで見せたような。

 かつてアイネスがジャパンカップで見せたような、それ。

 

 ずいぶんと、蕩けたような表情。

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 これは好走が期待できるな。俺はうんうんと内心で頷いた。

 何をやったかは知らないが、流石は初咲さんだ。ウララをこの表情にするまでに過去の世界線で俺がどれだけ試行錯誤したことか。やはりこの世界線でのウララのベストパートナーは初咲さんで間違いない。

 俺が感心をしていると、何故か周囲のウマ娘が「やったのか○ンイチ!」みたいな表情を作っているが何故だろう。わからん。

 

「……絶好調、みたいですね?ウララさん。がんばってくださいね!」

 

「うん!!ありがとー、フラッシュ先輩!!わたし、勝って来るね!!」

 

 俺と同じくウララの表情の変化を見慣れているフラッシュが改めて応援の言葉をかけて、それにウララが笑顔で応える。

 ウララが呼ぶフラッシュの名前は、前の世界線の「エイちゃん」ではなく「フラッシュ先輩」だ。それが当然のことで、俺もフラッシュもそれでよいと思っている。

 ここにいるのは、俺が手掛けていない、()()()()()()()()()()なのだ。

 だからこそ、俺が見せられない、彼女たちだけの軌跡(キセキ)を描いてくれるだろう。

 

 みんなからも続くように応援の言葉を受ける。

 その中で、アイネスから一つだけ、ウララに託されたものがあった。

 

「ウララちゃん。ちょっと手、出して?」

 

「ぽぇ?ん、はい!これでいい?」

 

 アイネスの言葉に手のひらを差し出したハルウララ。

 その手をアイネスが両手でしっかりと握りしめて、瞳を閉じ、想いを託す。

 それを見ている全員が、その行為の意味を理解する。

 

「……チームJAPANの、勝利のバトン。ウララちゃんに渡すの。きっと、勝ってね!ウララちゃん!!」

 

「!!……ん!!任せて、アイネス先輩!!ウララ、頑張ってくるからね!!」

 

 ハルウララは、そのバトンをしっかりと心で受け止めて、満面の笑顔を見せる。

 それにアイネスもまた、想いを託し終えて笑顔を返した。

 

 そして、勝負服である着物の袖をぱたりと振って、レース場に向かう通路に歩みを進めていった。

 そんな彼女の後姿を、初咲さんがいつまでも見送っていた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 かつ、かつ、かつ。

 

 ゲート前に向かう道に、ハルウララの蹄鉄の音が響く。

 

 既に時間は夕方を過ぎて、夜空が広がるころ。

 外は暗く、照明に照らされてはいるが、自然光の入らない、薄暗い道。

 こういう雰囲気の道を歩くたびに、ハルウララは想い出す。

 

 その道の、壁に向かって、己のトレーナーが零した慟哭を。

 そして、その先にある曲がり角の向こうで、それを聞いていた自分を。

 

 あれが、自分にとっての転換点だった。

 あの時、あの人の慟哭を聞いていなければ、今日の今、ここに自分はいなかっただろう。

 私はあの時に、想いを背負って走る決意をした。

 そして、強くなり、ここまできた。

 

 けれど。

 

(…………………)

 

 不安は、ゼロではない。

 先程トレーナーに己の気持ちを伝えられて、随分と落ち着いてはいるが、緊張はゼロではない。

 これから挑む大舞台に、不安がないはずがない。

 

 かつ、かつ、かつ──────かつ。

 

 一度だけ、脚を止める。

 角を曲がり、その先にあるのはレース場へ至る道。

 ダートが広がる道の先、光があり、そして己は暗い通路に位置する。

 

 今から、あそこに行って、勝負するんだ。

 

 そう思った瞬間に、胸の内で、押し殺していた不安が膨れ上がりそうになる。

 大舞台……日本のGⅠに何度も挑んだ自分でも、この世界のGⅠがどれほどの頂に在るのかは分かっているからこそ。

 緊張が、脚を縛りそうになって。

 

 でも。

 

 

(────────っ!!)

 

 

 幻を視た。

 

 それは、己の後ろから走り抜けていく、2つの閃光。

 

 

 一つは、世界の頂点に上り詰めた、同期の砂の隼。

 

 一つは、そんな砂の隼に勝利した、先輩の砂の麗人。

 

 

 そんな、自分にとって誰よりも思い入れのある二人が、自分よりも一足先に、光の先の栄光に向かって走っていった。

 

 

(……負けない)

 

 

 ハルウララの心に、さらに熱がともる。

 それは、勝ちたいという強い意志。

 レースに、というよりも………その、ライバルたちに。

 

 負けない。

 わたしも、勝ちたい。

 絶対に、勝ちたい!!

 

 幻の光を追うように、ハルウララは脚に力を籠めなおし、レース場に向かって走り出した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『おーおーおー。花火がキレーだねぇ……うっせぇわ。これうっせぇわーマジうっせぇわ』

 

 いの一番にスタート前に参上していたミサイルマンが、メイダンレース場の夜空に上がる花火を眺めながら、その音の大きさにぺたりと耳を閉じていた。

 本当に、このドバイと言うレース場はド派手である。

 去年もこのレースに挑み、ハナ差の2着であったのだが、その時は緊張しすぎてこの花火を見上げることもできなかった。

 やはり大舞台と言うだけあって、最初に走ったときには緊張したものだ。それが原因で負けた、と己の中では思っている。

 

 だが、二度目の今回は違う。

 ゴールデンシャヒーンというこの舞台に、他に走るウマ娘の中でも誰よりも自分が慣れている。

 確かに超がつく優駿揃いではあるが、地の利では己に分があるはず。

 

(……行けんだろ、たぶん。アタシはベルーガみてぇにはならねぇ)

 

 先程のアルクオーツスプリントは、控室のモニターで見ていた。

 ブラックベルーガの、まさかの初敗北。それを成したのは、チームJAPANの風神。

 やはり事前に話していた内容の中の、不確定要素が見事にぶつかったような形だ。あんな領域、ズルとしか言えねぇ。

 一度見たから次からは対策されるんだろうが、その最初の一回をこのレースに持ってきたのが本当に策士だ…、とミサイルマンは感じていた。被害にあわれたブラックベルーガについては謹んでお見舞い申し上げる次第であった。

 とはいえ、さっきすれ違ったブラックベルーガの表情だけ見れば、随分と何故かすっきりした様子であったが。

 

(……っからねぇなぁ。負けたのに嬉しそうだったなアイツ……何があったんだか。チームJAPANには、そんな何かがあるってのか……?)

 

 次々とゲート前に姿を現すウマ娘達に目を向けながらも、ミサイルマンはチームJAPANへの警戒度を上げることにした。

 想像以上にヤバいのかもしれない。先日の打合せの中ではハルウララへの警戒度はそこまで高くなかったが、マークする必要があるのかもしれない。

 しかし、肝心のハルウララがまだ出てきていない。もうすぐ時間なのだが……と、考えていたところで。

 

「………うおー!!!うっららーーーーーーー!!!」

 

『……いや、元気だなオイ』

 

 ようやく、ハルウララが姿を現した。しかも、何やら楽しそうに走りながらだ。

 こいつには緊張って言葉がねぇのか?とミサイルマンはその姿に嘆息を小さく零す。

 去年は自分だって、初めて挑む大舞台に緊張したというのに、このウマ娘は随分と元気なようだ。

 能天気なやつなんだろうな、とはこれまでに見た映像でも知っていたし、そんな天真爛漫な様子がファンを多く生んでいることも理解していたが、この大舞台でもここまで元気なのはよっぽどの才能なのだろう。

 

 さて、しかしそんなウマ娘でも、チームJAPANが送り出しているのは事実だ。

 レース前、決してちょっかいをかけるというつもりではないが、相手の雰囲気を感じるためにも、ミサイルマンはハルウララに近づき、声をかけた。

 

『……よォ、楽しそうじゃねーか。英語わかるか?話せるか?』

 

「……ぽぇ?あー、……ん!!ふぃーるおーらい!!!ないすれーす!!!ぐっじょぶー!!!」

 

『そうか。英語が喋れねぇのは分かった』

 

 片言と言うよりかは元気だけで押し切ろうとするハルウララに、苦笑を零すしかなかった。

 コミュニケーションが取れないのはちょっと無敵が過ぎる。

 ミサイルマンは会話の内容から相手の調子を量ることを諦めて……圧で、試すことにした。

 

『………っ!!』

 

 絶対に負けない、と。

 視線でハルウララに圧をかける。

 その程度は朝飯前に出来るほど、ミサイルマンは優駿であった。

 

 これは決してマナー違反でも、ルール違反でもない。レース前に、視線での圧、雰囲気での圧をかけることは、強いウマ娘であればむしろ自然にしてしまうようなものだ。

 先日のフェブラリーステークスこそが記憶に新しいであろう。レースは走る前から始まっている。

 

 そして、そんな世界最高峰のウマ娘の圧を受けて、流石のハルウララもうっ、と一度言葉を区切り、押し黙った。

 並のウマ娘であれば委縮してしまうであろうその圧。

 

 だが、ハルウララもまた、既に必勝の決意を背負って、この舞台に立っていた。

 

「………!!」

 

『………!!』

 

 ミサイルマンの圧を正面から受け止めて、なお、視線で雄弁に語り返す。

 それをミサイルマンもまた、十全に受け止めた。

 

 ()()()()()()()()()()、とその瞳が叫んでいた。

 

(……なるほどな。チームJAPAN……一筋縄ではいかねぇ相手ってことか。気は抜けねぇな!!)

 

 瞬きで目線を区切り、笑顔を見せて目線での対話を終えた。

 ミサイルマンにとって、先のやり取りで十分に語り終えた。ハルウララもまた、優駿であった。

 これまでの映像記録のデータを、脳内で綺麗に削除する。

 こいつは何をやってくるかわからない。だからこそ、真っすぐにぶつかりあってやる。

 

(楽しくなってきやがったぜ!!っぱいいもんだなァ、世界挑戦ってやつはよぉ!!)

 

 アガってきたボルテージをそのまま表情に浮かべながら、ミサイルマンが内枠にゲート入りする。

 続くように、他のウマ娘達も、ハルウララもゲートに収まっていく。

 

 ダート1200m、世界最高のダート短距離レースの火蓋が切られる。

 

 

 

『──────各ウマ娘ゲートイン完了。ドバイゴールデンシャヒーン………スタートしましたっ!!!』

 

 

 

 

*1
プロの腕前だった。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

155 ドバイゴールデンシャヒーン 後編

 

 

 

『揃ったスタート!!1200mのダートを、世界中から集まったダートの優駿たちが駆けていきます!……おっと、オーストラリアのスレインボルトが一気に先頭を駆け抜ける!これは大逃げか!?』

 

 

 ゲートが開かれ、全員が好スタートを切る中で、一人のウマ娘が最初から全速力で加速をかけ、ハナを突き進む。

 それを、先行集団の前目につけたミサイルマンが僅かに白けた表情を見せて冷静に眺めていた。

 

(……やっぱあのウマ娘はラビットか。別にルール違反ってわけでもねー、あのまま走りきりゃ一着だろうけどよ……あんまり見てて面白いもんじゃねーぜ、そういうの!)

 

 事前にブラックベルーガやウィンキス、また自分のトレーナーとも集めた情報から、あのウマ娘がラビットとして走る可能性が高いことを知っていた。

 確かにすさまじい加速だが明らかに最後の直線を意識していない。

 あんな速度で走って、中盤でも速度を落とさず、最後の直線で更に粘る……などと言う走りは、ダートでは許されない。

 それが出来るのは現状では唯一、砂の隼だけだ。

 あのウマ娘は敵ではない。最後の直線の前にタレてくるであろう。それに引っかからないようにするだけだ。

 

(……さて、他のやつらはいい感じに落ち着いてんな……全員、おおよそ想定通りの位置って所か)

 

 第三コーナーに向かう最初の直線を駆け抜けながら、ミサイルマンは冷静に周囲のウマ娘の位置を足音と気配で窺った。

 大体のウマ娘が自分の作戦通りの位置についている。現時点で致命的なミスを犯しているウマ娘はいない。

 短距離のメッカ、オーストラリアのダート短距離でGⅠ5勝のロフトマーオーはラビットに惑わされぬ逃げの位置。このウマ娘は逃げ作戦のくせに最終直線の粘りが怖い。

 ダートのメッカ、アメリカの短距離~マイルを得意としておりGⅠも3勝のアールケーエスは先行集団と差し集団の間ほど。このウマ娘は末脚がある。

 他にも世界の誇る優駿たちが、勝利に向かい邁進している。一瞬たりとも気の抜けないのこのレースで、しかし。

 

(だが、アタシが勝つ…!!見せてやるぜ3段ロケット加速をよぉ!!)

 

 ミサイルマンもまた、己の勝利を信じて駆け抜ける。

 勝てるだけの練習は積んできたつもりだ。ウィンキスの事前予測でも75%と高い勝率を挙げられたその理由として、純粋な実力の差が生じている事実。

 脚の張りもいい。調子も、先ほどハルウララと話したことでテンションがアガり好調子。

 油断はしないが、このまま冷静に行けば……勝てる、であろうと。

 

 しかし、一点だけ、ミサイルマンは重ねて注意を払う存在がいた。

 先ほど話した、チームJAPANからの刺客。

 

 ハルウララだ。

 

(位置は……差し集団の、中団って所か。1200mでその位置からはきついんじゃねぇか、ハルウララ!!)

 

 彼女の位置取りも、振り返らずに足音と気配だけで察する。

 スタートから出遅れなどはなく、直線においてはまずまずの走りを見せているが……このレースは、短距離戦だ。

 もう間もなくコーナーに入り、それを曲がり終わったら300mの直線をもってゴールになる。

 1分10秒もかからぬ、瞬きを許さぬレースなのだ。

 後ろからアガッてくるには距離が足りない。末脚を発揮しきれず沈むケースが多々ある。

 

 だからこそ。

 ハルウララが、何をしてくるのか。

 

(楽しみにしてるぜ…このコーナーを曲がり終えた先でなァ!!)

 

 ラビットのウマ娘がいの一番に入っていったコーナーへ、続くようにミサイルマンも飛び込んでいった。

 

 

『さぁ先行集団もコーナーに入っていく!!先ほどのアルクオーツスプリントと違い、このゴールデンシャヒーンにはコーナーがあるぞ!!ここで波乱が起きるのか!!それぞれの位置取りに注目ですっっ!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 立華は、ハルウララの走りを見守り、そして今、心底から驚愕していた。

 その驚愕は、かつての夏合宿で感じてしまったような、陰の残る嫉妬のような感情ではない。

 純粋な、敬意に溢れた感情の発露。

 

「…ウララ……!!君は、そんなことまで出来るようになってたのか……!!」

 

 大歓声のメイダンレース場の中で、立華は思わず言葉を零してしまう。

 彼がかつての世界線で、一度も教えたことのない走り。

 同様の驚愕はチームフェリスのメンバー全員にあっただろう。

 

 何故なら、先行集団に続くようにしてコーナーに入っていった、ハルウララの走りが。

 

 まるで、彼らが常日頃やっているように。

 

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 

 体幹を駆使して、コーナーで加速したのだから。

 

 

 ただ、唯一。

 この曲がり方を教えていたサンデーサイレンスだけは、教え子を見るような温かい笑みを浮かべながら、ハルウララの走りを見守っていた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「ふぅーーーーーーーっっ!!!」

 

 ハルウララは、大きく息をつき、足を溜めながらも、しかし体を内ラチ側に傾け、体幹で支え、全身の筋肉を用いてコーナーを攻め込んだ。

 この走りは、ハルウララにとっては、それこそもう何度も見た走りだ。

 昨年の秋口から、この走りで曲がるスマートファルコンと3度も同じレースを走った。

 そして、ここドバイに来てから、併走でも何度も見た。

 

 特に、併走だ。

 ここ1か月のハルウララの併走相手は、日本のダートも走れるウマ娘と、また懇意にしていたアメリカのウマ娘達となるが、その中でこのコーナリング技術を用いて曲がるウマ娘は多かった。

 本家本元のサンデーサイレンス。第一弟子のマジェスティックプリンス。日本のスマートファルコン。キタサンブラックだってこの曲がりをもう身に着け始めている。サイレンススズカですら、体幹を磨き上げた今、習うようにそのコーナリングを覚え始めていた。

 

 見本には、事欠かなかった。

 だからこそ、自分もこの曲がりを身に付けるべく……初咲トレーナーや、勿論サンデーサイレンスにも助力を乞うて。

 体幹も仕上がり始めていたこの時期に、突貫ながらも、身に付けることが出来ていた。

 

 この曲がり方は、コーナーの角度である半径が狭ければ狭いほど、効果を十全に発揮する。

 400mほどの狭く小さいグラウンドでサンデーサイレンスが身につけたその走りは、ここドバイのメイダンレース場の1200mレースにおいて、角度の狭いコーナーでは抜群の効果を発揮した。

 

『……!!やるじゃねぇか、ハルウララ……!!成程これがチームJAPANってやつか!!』

 

 そして、ぐんぐんと位置を上げてくるハルウララを、コーナーの内側から振り返る様にしてロスを最小にしたうえで、位置取りを確認したミサイルマンが喜色と共に見届けた。

 やりやがる。

 あれほどの速さでコーナーを曲がれるウマ娘はそうそういない。

 実際、その走りに驚かされたのか、差し集団のウマ娘の脚が鈍ったようにも見えた。

 これで勝負はハルウララより前にいるウマ娘に絞られたと言っていいだろう。

 

(けどよ、そりゃお前にとっても厳しい位置取りなんじゃねぇのか、ハルウララよぉ!!)

 

 しかし、ミサイルマンはそのハルウララの爆走が、彼女にとって逆風になり得るのではないかという懸念を持った。

 それは、彼女の領域の問題だ。

 勿論、ハルウララの領域についても検討は済んでいる。

 彼女の領域【113転び114起き】は、最終コーナーの出口付近から加速をかけるタイプだが、その効果が条件により異なってくる。

 先頭との差が開いていれば開いているほど、加速が増す、という効果がある。

 であれば、中盤が終わり、もう間もなく終盤と言ったこの状況で、位置取りを上げすぎるのは領域の効果が薄れる懸念があるのではないか。

 勿論、そのまま後ろ目の位置をキープし続けていれば最後の直線で間に合わなくなるという二律背反も存在する。

 ハルウララの領域は、本来ならばマイルから中距離のレースで真価を発揮するものだ。

 生憎、短距離レースに完全な合致をしているとは言い難い。だからこそ、ミサイルマンも彼女へのマークを薄めていたのだ。

 

 コーナーの出口が近づいてくる。

 

『ついてこれるならついてきてみろよ、ハルウララ!!これが……』

 

 無論の事、ミサイルマンだってコーナーリングでは負けていない。

 彼女もまた優駿の中でも頂点に近い存在である故に。

 ラビットとして爆走していたウマ娘がタレてきたのを回避し、逃げのロフトマーオー、先行のアールケーエスらと連なる様にして、コーナー出口へ向けて加速する。

 

 ここからは末脚勝負だ。

 同時に、領域のぶつけ合いでもある。

 

『これが!!アタシの三段ロケットだッッ!!』

 

 

 ────────【kaboom!!kaboom!!!kaboom!!!!】

 

 

 ミサイルマンが己の領域に突入した。

 

 彼女の強い脚力が生み出す、()()()()

 残り300mの地点から放たれるそれは、まず爆発するような加速を伴い100mを駆ける。

 その100mで足を溜めるという矛盾を成し、100m先で再加速。

 さらに足を溜め、残り100m地点で更なる加速。

 三回に分かれての加速の乗算により、最高速に至り、ゴールまで駆け抜けるというもの。

 

 その一段階目の加速が、コーナーの出口において放たれた。

 

 

『レースは残り300m!!ここで来たぞミサイルマン!!今、ロフトマーオーを交わすようにして先頭へ!!だがロフトマーオーも粘ります!!先行集団からはアールケーエスが飛び出してきたっ!!そしてその後ろ……来た!!我らがチームJAPAN、ハルウララが勝利を目指して加速して行きますっ!!!頑張れハルウララっ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ────────まだ、足りない。

 

 ハルウララは、己の領域の効果も十分に理解した上で、そう判断していた。

 先程ミサイルマンが……いや、他のウマ娘も察していたように、中盤で位置を上げすぎることは、ハルウララの領域の効果を落とすことになる。

 そんなことは自分でもわかっている。

 だが、位置を上げなければ今度は末脚で駆け抜ける距離が足りなくなり、差し切れなくなる。

 

 では、どうすればよかったのか?

 

 ────────まだ、足りない。

 

 簡単だ。

 ()()()()()()()()()()()()()

 

 今回は事前に、海外レースの経験のある立華トレーナーやサンデートレーナー、沖野トレーナーが教えてくれたから、そうなるだろうという予想はしていた。

 ラビット、という悲しい存在が共にレースを走るだろうということは、分かっていた。

 

 ────────そんな簡単には、堕ちない。

 

 ハルウララは、そのウマ娘の走りを見て、確信していた。

 大逃げと言うよりは破滅逃げ。後先を考えない、初速からの大暴走であっても。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ────────ファルコンちゃんなら、堕ちない。

 

 ハルウララはこのレース、実を言えば周囲のウマ娘の事をあまり気にかけていなかった。

 先ほど話したミサイルマンであっても、このレースの主軸たるライバルとして捉えていなかった。

 

 それよりも。

 誰よりも勝ちたい、己の一番のライバルがここにいたら。

 誰よりも誇らしい、敬愛する最強の先輩がここにいたら。

 

 それはきっと、今前を走る彼女たちよりも、随分と前を走っているはず。

 あの人たちなら、勝てるはず。

 

 そんな想いから、幻影を作り出す。

 今、先頭になったミサイルマンよりも5バ身先を走るスマートファルコンの影。

 そして、そんなスマートファルコンを執念を燃やして追いかけるフジマサマーチの影。

 

 そんな二人に、どうしても勝ちたいから。

 私は、先頭を走るファルコンちゃんに、追いつく。

 

 幻影を駆ける少女の、その遠い遠い背中に狙いを定めて。

 それに、追いすがらんとするために。

 

 

 ────────【113転び114起き】

 

 

 ハルウララが、最高の効果を果たした領域に、突入した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『ハルウララが来た!ハルウララが来たっ!!だが残り200m、先頭のミサイルマンまでもう少しっ!!!ここで更にミサイルマンが再加速!!ここからです!!頑張れハルウララ!!行ってくれーっ!!』

 

 

(……!?マジかよ!?)

 

 ミサイルマンは、己の後ろに迫る足音を聞き、それがロフトマーオーでもアールケーエスでもなく、ハルウララのそれであることを察して驚愕を隠せなかった。

 ここまで効果のある領域ではなかったはずだ。

 その条件を満たしていなかったはずだ。

 それなのに、己に迫るほどの速度で、ハルウララが背後から迫ってきていた。

 

(すげぇ!!マジですげぇ!!尊敬だよハルウララ!!)

 

 それに、ミサイルマンは敬意を抱く。

 ウマ娘が、1か月前に見たレースから、この短期間でここまで成長しているという事実に、感動を覚える。

 これがチームJAPANの底力なのだ。

 これに、ブラックベルーガはやられたのだ。

 そう確信できるほどの、ハルウララの激走。

 

 だが。

 まだ、足りない。

 

『……アタシだってなぁ!!勝ちてェんだよォ!!!』

 

 残り200m地点で再加速を果たし、ハルウララのこれ以上の接近を許さぬミサイルマン。

 さらにあと100mで最後の加速を果たして、それで差し切られることなくゴールまで駆け抜けられる。

 今の速度であれば、行ける。

 ラスト100mが最も彼女との距離が近づく地点となるが、そこだって抜かれるほどではない、はず。

 

 

 ──────という読みを、ハルウララは上回ってきた。

 

 

(ッッ!?!?)

 

 足音が迫るのが、早い。

 後ろで何をしているかはわからないが、ハルウララの足音が徐々に迫ってきている。

 振り返る余裕はない。だが、ここまで末脚を振り絞れるもの、なのか。

 

「……ぁぁぁぁあああああああ!!!」

 

 ハルウララの、どうやら叫びながら走っているのだろう、その声も近づいてきた。

 限界を超えて迫ってきている。

 

『……く、ぁぁぁ!!!』

 

 ミサイルマンもまた、それから逃げるように、連なるように限界を超えて、残り100mまでの加速を果たした。

 ギリギリ、差し切られることはない。

 あとは最後、100m地点で己の三段階目の加速を繰り出せば──────

 

 ─────だが、そうなる前に、ハルウララの桃色の髪が、唐紅(からくれない)の着物が、視界の端に飛び込んできて。

 そして、ミサイルマンはそれを、目線だけで追ってしまった。見てしまった。

 

 

 

 そこにいたのは──────────────

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ハルウララは、最終直線に、かつてないほどの()()()()を乗せ、駆け抜けていた。

 これまでに走っていたレースでも、これほどの勇気と想いを乗せて駆け抜けられたことはない。

 己の全てを振り絞り、一着を掴みたいという果てしないほどの勝利への執念。

 

 それは、彼女の(ウマソウル)から生まれていた。

 

 マーチ先輩に、想いを託された。

 チームカサマツの皆にも、想いを託された。

 キングちゃんや、学園のみんなからも、想いを託された。

 チームJAPANのみんなからも、想いを託された。

 先程勝利したアイネス先輩からも、想いを託された。

 日本中の、ファンのみんなからも、想いを託された。

 わたしのトレーナーと、想いを共にした。

 

 その、想いの螺旋。

 己の背負う、自分に向けられた想いが、力になっていた。

 

 さらに言えば、その想いの方向性が違う。

 かつて魂が同様に、日本中の想いを受け止めながら走っていた時期がある。

 だが、それははっきりと表現してしまえば、勝利を望まれる声ではなかった。

 負け組の星とまで揶揄された、負け続ける己に向けられた、物珍しさや同情なども含まれていた。

 その事に決して辟易たる何かがあるわけではない。それはそれで、甘んじて受け入れ、それもまた一つの応援の形であると理解はしていた。

 

 だが、魂は心の底で望んでいた。

 勝利を願われる、ただそれだけの想いを乗せて走りたいと。

 勝つことが、勝利こそが走る理由なのだ。

 その根底は、113戦のレースを走り抜けてもなお、変わることはなく。

 

 そして、だからこそ。

 

 世界を走り、日本中から、心底から勝利を願って応援されるこの状況で、魂が震えないはずがなかった。

 誰よりも応援された魂は、誰よりも勝利を願われることで、更なる輝きを見せつける。

 

 

「……う、わ、ああああ…!!!!」

 

 

 魂から溢れる無限大の熱。

 それを脚に伝え、体に伝え、それでも零れる熱を声に替え、ハルウララは全力で叫びながら走り抜ける。

 

 もっと。

 もっとだ。

 

 まだ足りない。

 まだファルコンちゃんに追いついていない。

 まだマーチ先輩に並んでいない。

 

 もっと先へ。

 もっと先へ!!

 

 勝つために、走れ!!!

 

 

「わあああああああああああああああああああああああッッッ!!!!」

 

 

 その瞳から。

 

 桜色の、執念の炎を燃やして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────鬼を宿せ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ──────────────そこにいたのは、一匹の鬼。

 

 

 

『ッ!?』

 

 残り100m地点で己に迫ったハルウララの、その表情を見たミサイルマンが、心臓が飛び出すかと思うほどの衝撃を受けた。

 レース前も、それ以前の映像でも、天真爛漫なウマ娘といった風の雰囲気を見せていたハルウララ。

 そんな彼女の表情が、見違えるほどの勝利の執念で燃えていた。

 刺し殺されるかと錯覚するほどの鋭い眼差しを、ゴールに向けていた。

 

『……、しまっ……!!』

 

 圧に、負けた。

 牽制技術の一つである、圧によるデバフ。その内、足音でも、位置取りでもない。

 執念の気配にやられた。

 ミサイルマンの最後の100mで見せる三段目の加速が、僅かに鈍った。

 

『……くっそがあああああああああ!!!』

 

「ああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

 共に振り絞り叫びながら、ラスト100mを駆け抜ける。

 僅かに加速し先頭を奪い返したミサイルマンに、しかしその桜色の鬼が再度差し返しにかかる。

 ここにきてようやく互角。完全なる2人のマッチレース。

 だからこそ、ハルウララは負けられない。

 

 相手が強敵であるからこそ。

 その先にいる砂の隼に勝ちたいからこそ。

 私を信じて送り出してくれた先輩が、私の勝利を願っているからこそ。

 

 ここで負けるわけにはいかなかった。

 

 

 

(────────っ、!)

 

 

 

 残り50m。

 

 

 想いの果て。

 

 

 

 ハルウララは、ふと。

 

 

 

 ────────頼んだぞ、ウララ

 

 

 

 誰かが、()()を押してくれた、気がした。

 

 

 

 

 

『──────ゴーーーーーーールッッ!!!ほぼ並んだ状態で、ハルウララとミサイルマンがゴール!!しかし、最後に伸びたのはハルウララか!?ハルウララであってほしい!!写真判定です!!結果が待たれます!』

 

 

『……今着順が確定したようです!!!一着はハルウララ!!ハルウララですっ!!クビ差での勝利!!やりました!!やってくれましたハルウララ!!このダート1200m、先輩の想いを背負って挑んだ世界のGⅠ!!見事に勝利を決めましたっ!!!彼女もまた、革命世代であるからこそ!!歴史に名を刻むウマ娘がまた一人、このドバイで誕生しましたっ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「っ……はぁっ、はぁ……はぁ。……はぁ、はぁ……!」

 

『ぜぇー………ッソ………やられた……!!』

 

 ゴールを駆け抜けた直後、ハルウララとミサイルマンがクールダウンに移行し、お互いに呼吸を整えながら足取りを緩める。

 まだ写真判定は決着となっていないが、既に二人の中で勝敗ははっきりとわかっていた。

 お互いに優駿であるからこそ。ゴールの瞬間の差と言うものは、理解していた。

 

『………負けた!!くそ、強かったなぁマジで!!前情報とかむしろ全然いらなかったわ!!ゼロで挑んだほうが良かった……ッ!!』

 

 そして、己の負けを認めたミサイルマンが、天を仰いで大きく叫ぶ。

 ハルウララは、最後に背中に感じた優しく温かい掌の幻影を、なんだったのだろうかと思い、ぽけーっとした表情を浮かべていた。

 そんなハルウララを見て、ミサイルマンがふんす!と鼻を鳴らし、クールダウン中に歩み寄っていく。

 

『……おら!!アタシに勝ったんだからしゃっきりしやがれ!!』

 

「ぴょえっ!?」

 

 国際問題にはならない様に、しかし万感の想いを籠めて、笑顔でバシッとハルウララの背中をたたくミサイルマン。

 それを受けて我を取り戻し、ハルウララがぴょん、と尻尾を跳ね上げて驚き振り返る。

 

「ほわぁ!!ミサイルマンちゃん!!急にやめてよー!!」

 

『何言ってっかわかんねーけど悪いのはお前だ。お前の勝ちだよ……舐めたつもりはねぇが、あたしの負けだ。…いや、舐めてたのかもな、心のどっかで…ここ1か月のお前の成長を見誤った。クソ、悔しいなオイ…!!』

 

「おー、んー?いえすいえす!!ふぃーるおーらい!!あいむはるうらら!!」

 

『お前フィールオーライ言っておけば何とかなるって教わっただろ……』

 

 ハルウララはミサイルマンが何やら自分に言ってきているのは分かったのだが、その内容が全く理解できず、覚えた単語を並べることで何とかコミュニケーションを取ろうと試みた。

 そんな様子に、先ほどの鬼の宿る表情を見せたウマ娘と本当に同一人物なのかよ、とため息と共にそんな感情を覚え、ミサイルマンは苦笑を零した。

 

 ……おもしれーやつ。

 

『……なぁ、ハルウララよ。もっかい走ろうぜ、どっかで。次は負けねーからよ。鬼を宿したお前に、アタシは勝ってみたくなったぜ』

 

「ふー、んー?なんてー?」

 

『あー……ワンス、モア。ユー、ミー、レース。トゥギャザー、ラン。オーケー?』

 

「お、おお?いっしょ、レース!!オッケー!!またはしろー!!」

 

『オッケー!!最強のスプリンターを決めようぜ、アタシとお前で!!』

 

「すぷりんたー?スプリンターズ……ステークス?うん?おっけー!!」

 

『お、次はスプリンターズステークスか?日本のレースだよな!!よっしゃ!!そこで再戦な!!レッツバトル!!』

 

「おっけー!!うっららー!!」

 

 ジェスチャーも使いながら、お互いに何とか意思をやり取りし、ミサイルマンは見事に勘違いした約束を取り交わした。

 またハルウララと走るために、次は日本のスプリンターズステークスに挑戦だ。

 こいつが芝も走れるとは知らなかったが、芝の上でもダートの上でも関係ない。

 今度は自分が成長して、こいつに勝つのだ、と。

 

 そんな会話をやり終えたところで、レース場全体から大歓声が上がった。

 掲示板に結果が表示されたのだ。

 そこには間違いなく、ハルウララの一着と、ミサイルマンの二着が示されていた。

 

『……っし、行って来いよハルウララ。ウイニングランだ……このアタシに勝ったお前が、チームJAPANのお前が……勝ったことを、世界中に見せつけてこい!!』

 

「うん!!ミサイルマンちゃん、ありがとー!!」

 

 最後の会話だけは、ミサイルマンの表情から過不足なく意味を受け止めたハルウララが、笑顔を見せて、それにつられるように笑顔を返したミサイルマンが去っていった。

 

 ここから先はウイニングランだ。

 観客たちが歓声を浴びせるために待つ、向こう正面へ。

 

「ほわぁ………!!」

 

 ナイターの光に照らされた観客席に向けて、ハルウララはその輝きに目を奪われる。

 彼女にとっては、久しぶりの勝利となる。

 その興奮で、ハルウララは己の感動を全身で表し、嬉しそうにじたばたとしてから………勝ち誇るポーズを、取った。

 

 それは奇しくも、チームJAPANにとって大切な要素を含んだものとなった。

 

 晴着の袖を振り上げて、大きく腕を夜空に伸ばし。

 

 指を二本、突き上げるVサイン。

 

 

 チームJAPAN、二勝。

 

 

 その意味を受け止めた観客席から、万雷の拍手がハルウララに送られた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

156 ぱかちゅーぶっ! ゴールデンシャヒーン

 

 

 

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

!!ドバイまず1勝!!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

 

 

「────でな、猫トレがたこ焼き焼くの得意やゆーから、どっちが時間内にいっぱいひっくり返せるか勝負やーって話の流れになったんや。校内の屋外スペース借りて簡単な大会開いてな?」

 

「ああ、以前申請が来てたあれか……タマモクロスがたこ焼きパーティを開くのはいつもの事で火器の取り扱いも慣れているだろうし、特にチェックせず通したが、あれには立華さんも参加していたのか。顔を出せばよかったな……惜しいことをした」

 

「アタシが審判したんだよなー。懐かしいぜぇ、あの激熱の戦い……」

 

『随分とトレセン学園楽しそうだな?』

『生徒の自由度高いからね』

『若いうちからイベント運営とか経験積んでおくの本当に大切』

『マジで大切』

『勉強だけ頑張ってました!』

『(エントリーシートに書くことがない時の顔)』

『やめろ』

『お祈りメールきちゃ~』

『やめて』

『タマがたこ焼き焼いてるのはイメージ浮かぶの超えて最早概念になってるけど猫トレもできるのか…』

『猫トレに出来ない事無い気がする』

『女性の機微(察し)』

『芝』

『クソボケだからな…』

『ルドルフがトレーナーをさん付けして呼ぶのって珍しいよね』

『あっ…(察し)』

『猫トレには察せないやつ』

『大会はどうなったん?どっちが勝った?』

 

「いやー、あれは熱い戦いやったわ!!一応勝負はウチのほうが数多くひっくり返したから勝ちやったんやけどな!でも心情的にはウチの負けや!!」

 

「ほう?…となると、立華さんが何かやったか?あの人はいつも何かやらかすからな」

 

「ちゃうねん、やらかしたのはウチや。猫トレは正しくタコを焼いとった……丁寧に、食べるウマ娘の事を想って一つずつひっくり返したんや。ウチもそうあるべきやったのに数で負けまいとひっくり返すことに夢中になって、その後の形がごく僅かに崩れ取った…!!その上で僅差の数の勝利やぞ!!勝負に勝って料理に負けたわ!!」

 

「ぶははははは!!!あん時の勝負決まった時のタマちゃんパイセンの顔思い出しちまったぜー!!たこ焼きの出来に呆然としてたなー……ってか猫トレの焼いたたこ焼きが美味すぎてビビったわ。ゴルシちゃんだって関西風の焼きそば作る上じゃ負けねーけどな!!」

 

『流石猫トレ』

『ウマ娘のためにしか生きられない悲しいモンスター…』

『猫トレならひっくり返す数よりも質を考慮するだろうなと言うのは解釈一致』

『食べてみたい……猫トレとタマが焼いたたこ焼き食べてみたいいいいいい!!!』

『めっちゃうまかった@学園生』

『外カリカリ中ふわふわでした@学園生』

『君たち。』

『今の時間を考えろッ!!11時近いんだぞッ!!』

『この時間に食事の話するのは犯罪に近い』

『夜食(悪魔のワード)』

『やめろ腹が減るうううう!!』

『今日の夜食アンケート!!』

『焼きおにぎり』

『ラーメン』

『ベースブレッド』

『菓子パン』

『ちゃんこ鍋だよ~@ボーノ』

『ボーノもよう見とる』

『ヒシアケボノおるやろがい!』

『え、ちゃんこ鍋作ってんの?』

『栗東寮では夜食準備してもらってるよ、食べすぎ注意@ミラクル奇術師』

『フジキセキもよう見とる』

『まぁ3月の冬の夜だし温かい物食べながら見るのもええ!』

『こっちの寮は芋煮だよ!アタシが作ってる@タイマン密林』

『ヒシアマゾンもよう見とる』

『姐さんの芋煮超食べてみたい…』

『絶対旨い(確信)』

『ええなぁ……ウマ娘達も楽しんでるなぁドバイレース』

『腹減ってきた』

 

「コメント欄が夜食の話まみれになってきた……アタシらもなんか食べっか?」

 

「太り気味になるのは避けたいところだが……しかし、何か温かい物はお腹に入れておいてもいいかもしれないな。我慢はよくない。今日は無礼講としよう」

 

「おっしゃ。んじゃ自販機でおしるこでも買って来るわ!ちょうどエエやろそんくらいなら」

 

「おー、頼んでいいか?わりーなタマちゃんパイセン!よろしくなぁ!!…………さて、タマちゃんパイセンが飲み物買ってきてくれてる間にアタシたちはそろそろ始まるゴールデンシャヒーンの解説と行こうぜぇ!」

 

「そうだな、もう間もなくゲート前に集まるころだろう。……さて、ゴールデンシャヒーンだが、このレースは1993年、ガルフニュースステークス、という名称で創設されたレースだ。このドバイワールドカップデーで開かれているレースの中では最も歴史が長いレースとなる。このレースは様々な理由により名前が次々に変遷しており、1994年にナドアルシバスプリント、1997年にはガルフニュースナドアルシバスプリント……と変更されてから、2000年に現在のドバイゴールデンシャヒーン、と確定した形だ」

 

「名前が長すぎるレースは読みづらいからなー、ちょうどよくなったぜ!ダートを走る短距離レースなんだけどよー、最初のころは1000mで走ってたのを1995年から1200mに変更になってるぜ!世界でも1200mがダート短距離じゃ一番数があるしな!」

 

「2001年にGⅢレースに認定となり、2002年にGⅠレースに昇格。過去の記録を見ると……アメリカのウマ娘の勝率がかなり高いな。やはり、アメリカはダートのメッカなだけはある。今年もアメリカからは5人も参戦している」

 

『タマちゃん後輩の為に買い出ししてくるの偉い』

『タマ……私の分はおしるこ10本で頼む』

『オグリはここにはおらんやろがい!』

『自販機のおしるこって時々無性に飲みたくなるよね』

『お、解説か』

『解説助かる』

『ほえードバイの中でも長い歴史』

『ダート短距離って日本だとJBCスプリントしかないもんね』

『その辺は流石にアメリカダートレースに譲るか』

『あっちはダート主流だしね』

『だが我らチームJAPANから出るのはスプリント覇者よ』

『ウララちゃんだー!!』

『頑張ってくれ……!!』

 

「コメント欄の言う通り、我らがチームJAPANからここに挑むのはハルウララだぜっ!!チーム所属じゃない、トレーナーと専属契約を結んでトゥインクルシリーズを走ってる、ダート専門のウマ娘だなー」

 

「初咲トレーナーが彼女のパートナーだな。二人三脚でこれまで歩んできており……彼女の記録としては、まずメイクデビューで14着。未勝利戦1戦目で9着、2戦目で4着と少しずつ実力をつけ、未勝利戦3戦目にして初の一着。……誤解を恐れずに言うが、これはウマ娘の中でも十分に優れた成績と言える。革命世代やGⅠレースばかりを見ていると上澄みの猛者たちの成績が基準になりかけるが、その裏に何倍もの敗者がいることもまた事実なのだ」

 

「ウララの奴はほんっと、よく頑張ってんだよ!!デビュー前もまぁ、歯に衣着せねーで言うと脚は速い方じゃなかった!走るのは楽しそうだったけどよ……だけど、あいつは少しずつ強くなってったんだよなぁ……」

 

「おー、戻ったわー……ん、ウララの説明やっとんのか?」

 

「ああ、この生放送の最初の方でもやったが……やはり、彼女の描いた軌跡と言うものは何度でも語りたくなってしまうからね。おしるこ有難う、タマモクロス」

 

「サンキューベリマッチー!!とっと、あちち……おう、そんでもってウララの話に戻るぜ!革命世代の中じゃあ一番の叩き上げ、って感じじゃねーかな、あいつは!!」

 

「ウララなぁ……こう、最初のころレースで苦労してたの見るとウチのレースを思い出すわぁ。ウチも未勝利戦2戦目でようやく勝ちやったし、その後もしばらく勝てなくてなぁ……いや自分の適性を知らずにダート走ってたからしょうがないんやけど。ただ、共感したくなるウマ娘ってのは間違いないな。ホント、応援したくなるわ」

 

「彼女は未勝利戦での勝利の次、ヒヤシンスステークスでファルコンと走り、大敗を喫してからが転換点だな。あそこから彼女は変わった。学園内でも本当によく努力し、練習している姿が見えたものだよ。それを支えた初咲トレーナーも、経験がまだ浅い身ながらも、素晴らしい成果を成している」

 

「猫トレって特異点が同期にいるから目立たねーけどよ、初咲トレーナーもものっすげぇトレーナーだからな?選抜レースでドベに近かったハルウララをスカウトして、未勝利戦3戦目で勝たせて、その後クラシック期で覚醒させて、苦手とする中距離のジャパンダートダービーで一着、JBCスプリントでも一着、その後はスマートファルコンにやられてっけどレコードも2回記録してんだからな?………冷静に考えてあいつやべーな?」

 

『ウララちゃんは本当に応援したくなる子だぁ……』

『あの笑顔がいいんよな』

『天真爛漫』

『がんばれ、と言いたくなる(CM感)』

『最初のころは本当に苦労してたんやなぁって』

『きっかけはチームフェリスか……』

『ファルコン因子を受けて変わったのだろうか』

『わからん……けどその後OP戦2着1着→GⅢで2着JDD1着だからな』

『革命が及んだのだ』

『間違いなく革命世代を名乗るに相応しい』

『このレース勝ってくれ…!!』

『距離はバッチリだろうけど相手も強いからな…』

『初咲お前がウララを勝たせるんだぞ……』

『初咲しっかりやれよ…』

『初咲お前とウララが並ぶインタビュー楽しみにしてるぞ…』

『初咲ちゃんと抱きしめてやれ…』

『初咲擦りで芝』

『わりとここのコメ欄初咲トレ大好きだな』

『猫トレと違ってなんか身近!みたいな雰囲気あるからな』

『やってることはやべーんだけどな』

 

「おー、コメントのみんなもウララと初咲トレーナーを応援してやろーな!!……さてんじゃそんなウララが挑むライバルの紹介だ!!今回も独自調査で一番人気のウマ娘の紹介行くぜー」

 

「アメリカのウマ娘達もそれぞれ間違いなく強敵なのだが、それでも一番人気を勝ち取ったのはシンガポールのウマ娘だ。紹介しよう……17戦13勝、そのうち2着が4回、連対率100%。GⅠ勝利は3回。短距離を専門とするウマ娘……ミサイルマンだ」

 

「こいつは去年のゴールデンシャヒーンにも出とるで。その時も半バ身差の2着で実力は十分や!!今回は二回目やし緊張とかもないやろ。海外遠征の経験も豊富やから、コンディションを整えてきとるやろなー」

 

「領域も中々面白いタイプだぜー。残り300mで発動させるんだけどよ、100mごとに加速を重ねていくっていうか……何つーの?ドーンって加速して、ドドーン!って加速して、ドバーーーーン!!って加速する、みてぇな?」

 

「海外のウマ娘に共通する、全身のバネの強さを持っているからこそできる加速だな。加速の初速が速くて、そこから少し足を溜めてまた跳ねるように加速、を重ねるようなものだ。三段ロケット、と言えば分かり易いか」

 

『ミサイルマンchang!』

『名前がストレートだなぁ』

『戦歴チェック!』

『オッケーグーグル!』

『えっこの子芝もダートも走ってる…』

『変態か?』

『芝ダート両方走れるのを変態って言うのやめろ』

『勇者って言え』

『デジタァル…(鳴き声)』

『連対率100%はすげーな』

『三段ロケット加速はちょっと見てみたい』

『世界には色んな領域があるんやなぁ…』

『ブラックベルーガちゃんのほうがヤバかったけどこっちも十分にヤバイ』

『ウララ……頑張ってほしい…!』

『ウララちゃんならやれる!』

『俺たちはそう信じている!』

『これまでウララちゃんが挑んでた砂の隼よりマシ(事実)』

 

「ウララのやろーは6番人気に落ち着いてるぜー。GⅠ2勝があるけど、ここ数回のレースでは一着は取れてないからなー」

 

「過去の戦歴は距離や相手というのもあるしな。ハルウララは短距離からマイルを得意としているのは間違いない……今回のレース、希望は十分にあるだろう。世界のレースに挑むことは大きな壁で、気持ちで押されてしまうケースもあるが……ハルウララは別だ」

 

「なんてったって革命世代やからな!!今回の遠征でもいつも以上にダート関係の併走が出来てたみたいやで!ウチがアメリカのオベ……オベイユアマスターから仕入れた情報によると、日本のダート組の練習は結構な頻度でアメリカのマジェプリやイージーゴアが付きあっとったらしいわ!贅沢なメンツや……お互いに力も増しとるやろな」

 

『ハルウララを無礼るなよ』

『俺たちのウララちゃんは負けねぇんだ!!』

『全力で応援してやるからな…』

『だから勝ってくれよなウララ……』

『タマから衝撃の情報リークが入ったんだが?』

『タマ…それはオベいさんに騙されてるんだ』

『なんや』

『オベいさんは策士だからな…』

『でも今日オニャに写ってた時は久しぶりにやるぎこちない笑顔で照れてるの可愛かったゾ』

『あの顔する子がかつては策士だったのちょっと芝』

『ってかダート組の併走のメンバーヤバすぎん?』

『(推定)ファルコン・ウララ・SS・マジェプリ・イージーゴア』

『レジェンドレースか?』

『見たい……SSとゴアの併走見たいいいいいいい!!!』

『10万まで出しますから映像見せてくださいお願いします』

『そんな環境で走ってたのかウララ…』

『ダートウマ娘にとって垂涎ものの環境ですよこれは』

『パワーレベリングが過ぎるのでは?俺は訝しんだ』

『コワイ!』

 

「おー、そんなところで練習してりゃウララもさらに強くなって、きっとやってくれるだろーぜ!!……さて、映像を見るとゲート前にウマ娘が集まってきたなー。もうすっかり現地も夜だぜ」

 

「夜になり、最初のレースになるな……となれば、ここからは見ものだな。ドバイワールドカップデーの名物が上がるはずだ」

 

「………お!来たで!!花火や!!うっわー……ド派手やなぁ!!これ、見てる方はめちゃくちゃアガるし楽しいけど、レース前のウマ娘に取っちゃ中々集中力切らされてしんどいやろな」

 

『うわマジで花火上がった』

『すげー!』

『めっちゃ綺麗』

『ちゃんと花火大会してて芝』

『ドバイの名物やね』

『ウマ娘がびっくりしない?大丈夫?』

『まぁびっくりするのは全員だからな…』

『ある意味平等』

『お、ミサイルマン出てきた』

 

「ミサイルマンが出てきたが……あいつは流石に二回目なだけあって花火の音にも慣れてやがるぜ!!全然意に介してねぇ!」

 

「平常心、と言ったところか。脚の張りもいいな……仕上げてきている。うん、間違いなく強敵だ……」

 

「ウララはどーした?まだ出てこんか………お、来よったで!!あははは!!走って飛び出してきよった!!元気やなぁ!!」

 

「気負いとかそういうのは全然なさそうだな!流石だぜ…あの気楽さっつーか、元気の良さがウララの一番の武器だな!」

 

「ああ、表情もいいな……とてもいい。レースを走る、その楽しさに満ち溢れている。私たちウマ娘が、時々見失いそうになるものを……あの子はいつでも持っていてくれるんだ。本当に、頑張ってほしいな」

 

『うおー!!ウララちゃーん!!』

『今日も可愛い!』

『頑張れー!!勝ってくれー!!!』

『ウララちゃんなら行けるぞー!!』

『ウララ……君がチームJAPANの二勝目を飾ってくれ…!!』

『なんだろな、アイネスとかファルコンとかを応援する時より気合籠めて応援しちゃう』

『不安というよりはどうしても応援したくなるというか』

『今日もそのウマ娘が走る。がんばれ、と声が出る(CM感)』

『重ねちゃうんだよな…』

『がんばる日本代表!!』

『世界を超えろ!』

 

「ん、ゲート入りの前に……あ、またミサイルマンにちょっかい出されてるぜー。なんだ?チームJAPANはやっぱ注目されてんのか?」

 

「……確か、前に読んだ海外の記事で、ブラックベルーガとミサイルマンは既知の友人だったというものを見たことがある。彼女たちは国も近いしな……チームJAPANにブラックベルーガが敗北したことで、より警戒度を高めたのかもしれないな」

 

「おうおう、メンチ切って返してやれやウララァ!!気合で負けんなぁ!!」

 

「タマちゃんパイセンまーた物騒なこと言って…ってか言葉通じてないんじゃね?ウララは英語できないだろ」

 

「……や、いや……タマモクロスの言うことも、あながちだぞ?……言葉が通じないと見るや、ミサイルマンが目で語り掛けて……ハルウララも、それに応えたようだ。……っ…、なんたる雄弁な返事だ」

 

「………おお。やるやんかウララ!その意気やぞ!!」

 

『ミサイルマンによる圧ゥ!』

『睨まれてるウララちゃん!!』

『お』

『ウララちゃんもにらみ返すゥ!!』

『こーれやってますわ』

『視殺戦は互角……ってコト!?』

『よく考えろウララのライバルの一人に目で殺しに来るウマ娘がいただろ』

『マーチパイセン!?ヤバいですよ!!』

『チームカサマツ目で語りがち』

『素晴らしい先輩(素晴らしい先輩)』

『まぁ…あの圧を既に知ってるからねウララは』

『予習済みという熱い信頼』

『そんな先輩の想いも抱えて走るウララは無敵だ』

『きりっと表情切り替わったね』

『ほんとすこ……』

『勝ってくれ………!!!』

 

「ミサイルマンもハルウララの顔を見て満足したようだな……これは向こうのテンションも上がってしまったかな」

 

「だからこそやろ!この世代は相手がバッチバチなほうがむしろ好走するやろ。そういうヤツらやで革命世代は。よーし!!ブッ刺したれやハルウララ!!」

 

「信じてるぜー……っと、ゲート入りだな。よしコメ欄!!思いっきりアタシを擦れ!!!ゲン担ぎだぁ!!」

 

『お前が言うな』

『開き直るんじゃねぇ!』

『すべてはお前が始めた物語だろ』

『ウララちゃんだって素直にゲート入りするというのに』

『ミサイルマン気性難っぽいけどちゃんと入るのに』

『他のウマ娘だって花火の音にも動じず入ってるんですよ!?』

『それに比べてゴルシはさぁ…』

『なぜゲートに入らないのか』

『なぜゲートで遊んでしまったのか』

『ゴルシはゲートで遊ぶからな……』

 

「っしゃーい!!今日はいっくらでも擦りやがれー!!」

 

「メンタル強いなゴルシ……さて、ウマ娘達がゲートイン完了したようやで」

 

「チームJAPAN2戦目、ドバイゴールデンシャヒーン……………スタートだ!!まずまず揃ったスタートになったか!」

 

「おー、やらかしたウマ娘はいねぇな!!……っと、まず一人ぐんぐん伸びていくゥ!!こりゃ大逃げ……いや、爆逃げか!?短距離でもそのペースは無理だろ!?」

 

「………多分、ラビットや。明らかにゴールまでの道程を考えとらん走りやな。全体のペースを乱すためのそれや。オーストラリアのウマ娘か…」

 

「ラビット……まぁ、チームでの連携、と表現するか。それは日本では禁止されているが、海外では一般的によくある戦法の一つとなるし、咎められる謂れはない。しかし悪手だな……やるならばマイル以上の距離でないと効果は薄れるだろう。そのまま駆け抜けて一着を取りに行くつもりもあるのだろうが……彼女の脚や走り、体幹を見るに、練習不足だ。残り400mで逆噴射になるだろう。垂れウマにだけウララは気を付けなければな」

 

『はじまた』

『また』

『いけーっ!ウララーっ!!』

『いやまだ行っちゃダメやろ』

『差し脚質だからな』

『逃げウララなんて見たことない』

『ウララちゃんの位置はよい!』

『ベストポジション』

『爆逃げが一人いるけどありゃラビットか』

『ラビット初めて見たかもしれん』

『なんか……見慣れた走りだな……』

『まぁ何だか知らんが日本は大逃げ爆逃げでクソ強いウマ娘多いからな』

『スズカ…ターボ…ヘリオス…ファルコン…うぬら4人か…!』

『アイネスパーマーあたりも怪しい』

『とはいえルドルフが冷静に駄目だししてるからあれは何とかなるやろ』

『ウララちゃんこっからよ…!!』

 

「大逃げ以外は位置取りはまずは落ち着いたって感じだな!!最初のコーナーに突っ込んでいくぜ!」

 

「つっても1200mやからこのコーナーを曲がり終えたら後は最終直線だけや!!コーナーの攻め方が重要になるで!!」

 

「まずミサイルマンがいったな、良い走りだ……減速を極力せずに、ッなんだと!?」

 

「おん!?ウララのヤローやりやがったなぁ!?やってくれやがるぜぇ!!」

 

「ウララの曲がり方、ありゃサンデートレーナーのコーナリングやぞ!!フェリスが得意としとるやつ…!!覚えたんや、この短期間で!!パワーレベリング無駄じゃなかったなぁ!!ぐんぐん位置を上げてってるで!!」

 

『うおーウララ速ええええ!!』

『すっげー小刻みに曲がってる!?』

『速い速い速い!!』

『すげ……減速殆どしてねぇ……』

『SSはコーナーで加速するけどな』

『あれは領域も込みだから……』

『いや速いなこれ!?』

『すげーぞウララちゃん!!』

『あの走り方って体が小さいほうが効果的なんかな?』

『SSの身長はそこまでじゃないしもしかするとウララちゃん使いこなしてるかもしれん……』

『回れ回れーーー!!行けーーーーっ!!』

 

「これは……いいぞ!!周りからの牽制もそこまで飛んでねぇ!!ウララのやつこれはあるぞ!!好位置をとった!!」

 

「ああ……だが、僅かな懸念もある。残り400m、ここからそれぞれ領域に突入していくだろうが、ハルウララの領域は先頭との距離が広ければ広いほど効果を発揮するタイプだ。効果が薄まる恐れが……」

 

「コラぁルドルフ!!そんなことは分かったうえでウララだって加速しとんのや!!ウチらに出来んのは応援することだけやろ!!頑張れウララ!!日本の二連勝を見せてくれやぁ!!」

 

「っ、そうだ…そうだったな!頑張れ、負けるなハルウララ…!!頑張れ!!」

 

「残り300m!!ここでミサイルマンが領域に突入した!!一段目の加速!!ここで先頭はミサイルマンに変わったぜ!!」

 

「ウララもキッチリ最終コーナーの出口で領域に入ったわ!!行っ……ったなァ!?最高の加速やぞ!?あの距離でここまで行けるんか!?進化しとんなぁ!!!行けーーーーっ!!」

 

『うおおお残り300!!』

『ミサイルマンちゃん速いな!?』

『あと2回加速を残してるってマ?』

『だがウララがいった!!』

『ウララがいったー!!ウララがいったーーー!!』

『この加速……行けるか!?』

『頑張れー!!そのまま抜けーー!!』

『ウララ!!ウララ!!』

『ウララちゃんなら出来るぞ!!』

『走れえええええええええええええええ!!!!』

『いい加速…!!』

『これ加速止まらねぇな!?』

『これは間に合う!!行ける!!!』

『差し切れーーーー!!』

『差し切り!!差し切り!!』

 

「……伸びがこれまでのハルウララとは違う!!ぐんぐんと伸びる…凄まじいな!?まるで先日のフェブラリーステークスの、フジマサマーチを見ているような…!!」

 

「ホントによく伸びるな!?よっしそのままだーーーーー!!いっけええええーーーー!!!!ウララ、走れぇぇええええええええええ!!!!止まるんじゃねぇーーーっ!!!」

 

「残り200m!!ここでミサイルマンが二段目の加速ッ……けどウララが食いつくで!!!負けとらん!!もっと伸びろーーー!!行ってまえーーーーー!!!」

 

「だがミサイルマンも伸びる……!!残り100m、最後の加速が際どいか……!?」

 

『うわあああああああ行けえええええええええ!!!!』

『もうちょい!!もうちょい!!!』

『あとちょっとなんだーーーー!!!』

『止まるなウララーーー!!そのまま行けーーー!!』

『走れええええええええええええええ!!!』

『頭を下げてそのまま走り抜けろおおおおおお!!!ウララーーーーーー!!!』

『勝てーーーー!!負けるなウララーーーーー!!!』

『走れええええええええ!!!!』

『行けええええええええええええ!!!!!』

『勝ってくれーーーーー!!!行けるうううううううううう!!!』

『あとちょっとなんだーーーー!!!』

『うわあああああああああ!!!勝てえええええええええええ!!!』

『いけえええええええええええええ!!!』

『負けるなああああああああああああああああ!!!!』

『頼む勝ってくれええええええええええええ!!!』

『わあああああああああ!!!』

 

「負けるなーっ!!大穴ウマ娘になって見せろ、ウララーーーッ!!!エデンをアタシに見せてくれーっ!!!」

 

「行け、頑張れハルウララ!!君が、トレセン学園で…っ、誰よりも、君が勝てっ!!残り100mッ、これは……ッ!?!?」

 

「─────鬼を宿したかウララァ!!!まるであん時のオグリみたいな顔しよって!!よし!!そのままブチころがしたれえええええええええええ!!!行けやああああああああああああ!!!」

 

『際どい!!かなり際どい!!』

『残り50!!』

『いけえええええええええええええええええ!!!』

『いっけええええええええええええええええええ!!!!!』

『頑張れ!!頑張れウララ!!』

『ハルウララ頑張れーーーーーーーーーーーー!!!』

『行けーーーーーーーーーーー!!!』

『行ったあああああああああああああ!!!』

『ゴーーーーーーーーーーーーーーーーーール!!!』

『行った!!行ったか!?』

『勝っただろ!!!勝っててくれ!!!!』

『うわああああああ際どいいいいいいいいいい』

『いや勢いはウララだろ!!』

『いってくれてる……はず!』

 

「っゴーーーーーール!!!ほぼほぼ並んでのゴールだったぜぇ!!いやー際どいっ!!最後ウララがすっげぇ伸びたしそのまま行ったか!?」

 

「……ふ、ぅー……いやはや、凄まじいレースだった。まさにこれぞ革命世代だな……あと3戦、心臓が持つかなこれは」

 

「全力で応援したったわぁ……あー、写真判定かー。いや、でも勢いはマジで勝ってたからな。あると信じたいで……」

 

「……お、あ、いや……あるなこれ、たぶん!ほら、走り終わった後のミサイルマンが意気消沈してるぜ!走った二人には分かるものがあるかもな!」

 

「…成程、確かに。ん、しかし楽観はできないぞ。スペシャルウィークの有マ記念のような例もある」

 

「黒歴史掘り起こしてやんなや。……お、ミサイルマンがウララを労わりにいったか?なにやらジェスチャーで意志疎通しとるで。お互いええ顔やな……いいレースだったわ。拍手拍手」

 

『いやー激戦だった』

『革命世代激戦になりがち』

『88888888888』

『接戦でもあったな…』

『8888888888888888888』

『革命世代のレース写真判定になりがち』

『独走を許さないからなみんな』

『でも今回はウララだろ!』

『だってよ…ハルウララなんだぜ?』

『今日のウララはファルコンにも勝っただろう』

『最高の走りだったわマジで…』

『最後の鬼気迫る表情超カッコよかった』

『ウララちゃんの新たな一面が見えたな…』

『鬼因子インストール!』

『素晴らしい先輩因子きたな……』

『ダート組のレース表情が殺伐になりがち』

『それがええんやろがい!』

『本気の現れだからな……』

 

「ん、二人の話は終わったかな………っと!!大歓声だぁ!!!どっちだ!?どっちが勝った!?」

 

「掲示板に……来たっ!!ハルウララだ!!!ハルウララが勝ったッ!!!」

 

「いィよっしゃあァーーーーー!!!チームJAPAN二連勝やぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!っしゃい!!しゃーい!!!見たかコラァ!!!」

 

『っしゃああああああああああああああああああ!!!』

『やったああああああああああああ!!!』

『ウララ頑張った!!』

『勝ったあああああああああ!!!』

『おめでとおおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

『偉い!!ウララ偉ーい!!』

『もう号泣よこんなん』

『ウララちゃんえらい…!!』

『タマ渾身のガッツポーズ』

『リアクション芸人か?ってくらい見事なガッツポーズで芝』

『テンション爆上がりだよこんなん』

『ほんっと偉い!!ウララすごい!!』

『よくやった!!』

『お、ウイニングランだ』

『うおー!!Vサイン!!』

『V!V!V!』

『ビクトリー!!』

『チームJAPAN二勝目……ってコト!?』

『間違いない』

『よ゛がっ゛だよ゛お゛お゛お゛お゛お゛お゛!!!』

 

「決めてくれるぜウララのやつ!!至高のVサインだぜ……これでチームJAPANの二連勝だ!!うわーめでてぇな!!ほんっとーによくやったぜウララ!!」

 

「思わず、涙ぐんでしまうな……本当に、ハルウララは心を揺さぶるレースをしてくれる…!ティッシュを貰うぞ……」

 

「へへ……あーもう楽しくてしゃーないわ!!ほんっと、よくやってくれるわ革命世代!!……お、初咲トレーナーと合流して、インタビューに向かったか?楽しみやなそっちも!」

 

『ルドルフの目にも涙』

『ベルモントステークスで見た』

『もう見た』

『鼻は擤まないだろうな…』

『会長ですから』

『おせいそ…』

『ティッシュで拭うだけで終わって芝』

『お、インタビュー席に映像切り替わった』

『初咲号泣で芝』

『ご家族はおらんようやね』

『まぁ呼ぶの大変やしな それはそれで』

『二人きりのインタビューよ』

 

『記者「接戦を見事に制しました。今のお気持ちは?」→ウララ「あいきゃんのっとすぴーくいんぐりっしゅ!!」→初咲「(号泣)ちょ、ちょっとすみませ……(ハンカチで拭)自分は、もう、感無量で、言葉にならない。ウララは…(翻訳)」→ウララ「はい!すっごく嬉しいです!初咲トレーナーのおかげだよ!!」→初咲「(号泣)」』

『芝』

『芝』

『芝1200m左回り』

『ウララは芝走れんやろがい!!』

『これは芝だわ』

『大の大人が号泣しとる…』

『いやでも気持ちわかるよ…』

『初咲…もらい泣きしたぞ…』

『初咲…お前のそういう熱いところ好きだぞ…』

『初咲…ちゃんと英語翻訳してやって偉いぞ…』

『初咲…早くウララを抱きしめろ…』

 

「あっはっは!まったく初咲トレーナーはよーく泣くやつだぜ!!」

 

「ああ、でもいい涙だな……ウマ娘の事を心から想っているからこそ、溢れる涙だろう。熱いな、あの人は」

 

「猫トレとは別ベクトルでいいトレーナーやなぁ……微笑ましいわ。ウララも嬉しそうに笑っとるわ」

 

『記者「際どいレースだったと思う。勝因はどこに?」→ウララ「ひとりじゃ勝てなかった。けど、絶対に超えたい同期のライバルと、私を信じて送り出してくれた先輩と、一緒に練習してくれた仲間と、応援してくれたいっぱいの人たちがいて、みんなの想いがあって、勝てたと思う。みんなで掴み取った勝利」→初咲「(泣)ウララは誰よりも、人の気持ちを大切にする優しい子。みんなの想いに応えてくれる素晴らしいウマ娘です」』

『ちょっとコメントが俺の事泣かせに来てるんだけどぉ!!』

『あったけぇ……』

『みんなの応援が力になるってなんかウララちゃんらしい』

『つまり……俺たちの応援も力になってた…ってコト!?』

『そうだよ(確信)』

『いやでも一丸となって応援したからなんかそんな気してきた』

『ウララの笑顔でもう涙が止まらないんよ』

『こういうレースもいいよね……』

 

「いいよなぁ……あのウララからなんつーか、こういう難しい言葉が出てくるってことは、たぶん心底から想ってくれてるんだぜ、本当に」

 

「私達ウマ娘は、レースを走っていればわかるからな……本当に想いというものは力になるのだ。応援される声で、力が湧いてくる」

 

「やなぁ。家族に、ファンに、ライバルに……そういう想いが紡がれて、重なって、勝てたレースってのはどのウマ娘も経験するところやろな。勿論、それで負けて悔しい想いをすることもあるっちゃあるんやが。最後の一歩は、想いの差や」

 

『記者「最後に一言」→ウララ「えーと、ありがとうございました!!次は日本から3人走るから、またみんな応援してね!!」→初咲「若輩ながらもなんとか勝利のバトンを次に託せました。俺達チームJAPANはこっからが本番なので、日本の皆さま、また応援よろしくお願いします!ウッ(泣)」→ウララ「もー泣き虫なんだからー(初咲の頭をよしよし)」』

『許せんよなぁ…!!』

『初咲の野郎許せねぇよなぁ…!!』

『ウララちゃんに頭撫でられてよぉ!』

『そこを代われ初咲』

『いや代わるな何としてもウララの隣を死守しろ初咲』

『お前がウララちゃんのベストパートナーだ初咲』

『胸を張れ初咲』

『やり遂げて偉いぞ初咲』

『ウララちゃんのファンでもあるけどお前のファンでもあるぞ初咲』

『いつかダートでファルコンに勝て初咲』

『お疲れ様初咲』

 

「なんつーか、この二人は支えあってるよなー。勿論他のトレーナーだってそうなんだけどよ、同期の猫トレと比べてもなんか、別ベクトルの尊さ?っつーの。あるよな」

 

「ふふ……立華さんもウマ娘とは中々面白い信頼関係を築いているがね。初咲トレーナーの場合は、信頼に加えて、共に成長するというか……何だろうな、見ていてワクワクするような何か、かな」

 

「若い頃を想い出す……ってうちらがいうのも変なんやけどな。こう、トレーナーとウマ娘にとって大切なものを二人で積み上げてってる感じするなー。ええ関係やでホンマ。……インタビューも終わりやな」

 

「うおーし!!この辺でちと休憩入れて次のレースに備えるぜ!!次はドバイターフ!!芝1800m!!チームJAPANから出走するのは3人!!我らがスピカからヴィクトールピストと、チームカノープスからサクラノササヤキとマイルイルネルだぜっ!!!」

 

「次のレースはかつてない苦戦を強いられることだろう……しっかりと、みんなで応援していこう」

 

「ほな10分休憩入れたらまた再開や!!出すもん出してすっきりしとかんとな!!画面の向こうのアンタらもきっちりトイレ休憩すましとくんやで!!」

 

『熱いトイレ休憩助かる』

『恥じらい…とかないんですかねぇ』

『タマ…君はもう汚れ芸人なんだ』

『なんや』

『まぁ俺らも休憩入ろう』

『まだ2/5だからな』

『いやーでもチームJAPANマジで最高だ』

『既に2勝よ』

『これは全勝あるか…!?』

『あってほしいけど次とその次と次の次が超強敵揃いだからな』

『全部やろがい!』

『次がマジでやべぇんだ』

『俺たちは応援することしかできない……』

『それが少しでも力になると信じて』

『信じよう、祈る様に』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

157 ドバイターフ 前編

(香港国際競争)すごかった。





 

 

 

「……すぅー……あ、これすごい……キマる……落ち着く……」

 

「次は私だからねヴィイちゃん!!早く吸いたい!!キメさせて!!」

 

「吸いながら声出さないようにねササちゃん。僕だって吸いたいんだから」

 

 若干危険な会話になりながらも、ドバイターフに挑む3人が代わる代わるオニャンコポンに顔を埋めて猫吸いをしていた。

 チームJAPANの挑む次なるレースは、3人が出走する。

 それぞれが緊張と高揚を感じており、特に5つレースがある分、待つ側はプレッシャーが高まるのは当然のことだ。前の二人が見事な勝利を決めているのであれば、なおさら。

 しかし俺たちチームJAPANは緊張を解き、興奮を抑える術がある。

 やはりオニャンコポンの存在が俺達チームフェリスの勝因の一つであったことはウララの勝利を見ても確定的に明らかだ。1チームに1匹オニャンコポン時代がいつか来てしまうのかもしれない。

 

「…すぅ……っふぅ。堪能させていただきました……!有難う、オニャンコポン」

 

「フラッシュ先輩たちは毎回これをやっていたんですね……道理で、強いわけです」

 

「今日は私達だって絶好調だからね!!頑張ってきますよー!!!」

 

 そうして猫吸いも終えて、改めて3人がレースに挑む前、最後の精神統一の時間となる。

 まぁ、オニャンコポンを吸うのは半分はメンタルケア、半分はゲン担ぎだ。

 ウマ娘をレースに送り出す最後の一言は、彼女らを担当するトレーナーの仕事である。

 沖野先輩と、南坂先輩が……それぞれスズカとネイチャと共に、檄を飛ばす。

 

「ヴィイ。お前が待ち望んでた、ドバイの舞台がもうすぐ始まるぞ。……いけそうか?」

 

「はい。……緊張がゼロ、とは言えませんが、それよりも早く挑みたい、と言う気持ちが強くあります」

 

「緊張は解けたかしら?少し硬くなっていたようにみえたから……」

 

「大丈夫です、スズカ先輩。オニャンコポンのおかげで、リラックスできました。本当に」

 

「いいこった。せっかくの舞台だからな、思いっきり、自分を全部出して走ってこい!そうすりゃ勝てる!!」

 

 沖野先輩の、まるでそれを見るウマ娘も同じような気持ちになってしまいそうな、子供のような好奇心と戦意に溢れた優しい笑顔をヴィクトールピストが正面から見つめる。

 声色が、雰囲気が、熟練のトレーナーでなければ出せないそれだ。

 安心と信頼。

 ウマ娘にとって、彼の……ウマ娘を心底から信じて零す言葉が、どれほど力を与えることか。

 その結果に奇跡が溢れていることを、俺はこの世界線でも、これまでの世界線でも、何度も見てきている。

 トレーナーにとって最も大切なものを、最も大事なところで持っているこの先輩には、やはり敬意しかない。

 

 ヴィクトールピストは大丈夫そうだな。

 スズカが言った通り、ウララのゴールデンシャヒーンが終わるころまでは少し、戦意が溢れすぎていることによって起きる高揚……体が強張る恐れもあった。

 魂が全力で震えている際に起きるエラー。ベルモントステークスでファルコンがなりかけていたようなそれに、陥りかけていた。

 

 だが、それはオニャンコポン吸いと、そして沖野先輩の言葉で霧散したようだ。

 あとは全てをレース場で放つだけ。

 そんな気迫すら感じられる、ヴィクトールピストの表情だった。

 

 これなら─────()()()()()()()()

 

 

 そして、部屋の向かい側で、マイルイルネルとサクラノササヤキ、二人に声をかける南坂先輩とネイチャの姿があった。

 こちらは感情論よりも、戦略を詰めての検討をしている様だ。

 

「…って感じで、臨機応変に最適な動きを意識して、かつミスっても気にしない様にね。……二人とも。アタシたちで今日に至るまで練りに練った作戦、発揮しなきゃ嘘だからね」

 

「わかってますよ、ネイチャさん。僕は、このドバイで……革命世代の肩書を、証明する。自分に、まず勝ちます」

 

「私は私が一番やりたい走りをしてきます!!見本は見てますからね、任せてください……!!」

 

「見守っていますよ。貴方たちが、このレースで出した全てを。そして、その結果がどうあろうとも、私は貴方たちを、胸を張って誇ります。貴方たちは私の、私たちカノープスの誇りです。どうか、悔いのないレースを」

 

「イケメン過ぎて目がくらみますが!!!!頑張りますね!!!!!」

 

「レース前に鼻出血になりますが?僕を殺そうとしていらっしゃいますか?いえ、僕も全霊で挑みますけれど!」

 

 楽しそうだな。

 と言う感想が零れるくらいには、上質なリラックスと、戦略検討が出来ているらしい。

 笑顔は精神的な余裕の表れだ。相手への余裕ではなく、レースに気負いなく、やりたいことをやってくるという、挑戦者としての気持ちが溢れている。

 これは、カノープスのウマ娘によくみられる精神だ。彼女たちは、重賞以上のレースで、しかし常に挑戦者たる立ち位置をもって走る事が多い。

 その挑戦の意志。源泉が、汲めども尽きぬ無限のエネルギーとなっている。

 牽制のネイチャ。大逃げのターボ。鉄の女イクノ。大器晩成マチタン。

 彼女たちが、大きな怪我無く、長く、そして楽しくレースを走れている理由がそこに在る。

 

 彼女たちは、たとえ格上が相手でも、絶対に腐らず、最後まで勝利を諦めない。

 それが、どれほど難しい事なのかを、俺はよく知っている。

 

 以前もそう表現したが、改めて思う。

 チームカノープスは、挑戦者であり、伏兵だ。

 そして、奇跡を起こすのは、得てしてそういうウマ娘なのだ。

 これなら────()()()()()()()()()

 

 

 だが、これほどのベストなコンディションをもっても、俺の脳裏はまだ警笛を鳴らして止まなかった。

 今回のドバイターフ、そこに出走するライバルの内……一人、暴虐の王がいる。

 

 ウィンキス。

 

 アレだけは、別格だ。

 チームJAPANで併走をしている中で俺も日本にいたころよりもヴィイやササイルの調子や実力は把握している。

 彼女たちも、極めて密度の高い鍛錬を積み上げてきた。特にここ1か月、最も伸びたのは彼女たちだと言えるだろう。

 ヴィクトールピストは、ドバイに懸ける執念にも似た想いから。

 ササヤキとイルネルは、普段のカノープスの環境とは違う、世代最強のウマ娘達の併走を繰り返したことで。

 間違いなく優駿と成っている。仕上りは上々で、もう一人マーク対象であるプッシュウィズなら、9割は勝てる。

 たとえ俺の鍛えたフラッシュやアイネスが相手になったとしても、苦戦は免れないだろう。そう確信できる。

 

 しかし、それでもウィンキスは()()()抜けているのだ。

 勝利を疑いたくはない。心の底から、勝利を願って応援するのは間違いない。

 俺の応援がほんのわずかでも彼女たちの力になるのならば、そこに全霊を賭したって構わない。

 その先に、俺の見たことのない奇跡が、景色が浮かんでいることをただ祈るのみだ。

 

 勝ってくれ。

 

「……時間だな。よし、ヴィイ!!行ってこいっ!!」

 

「はいっ!!」

 

「ササヤキさん、イルネルさん。最終直線で、貴女たちを見ています。頑張ってきてくださいね」

 

「はい!!!」

 

「はい。……行ってきます」

 

 もう間もなくゲート前に集まる時間となった。

 立ち上がり、控室のドアに向かっていく3人。

 

 しかし、そこで一人のウマ娘が彼女たちの進路に立っていた。

 それは、彼女たちと同学年のチームJAPANのウマ娘……先ほど、見事にゴールデンシャヒーンで一着を勝ち取ってきたハルウララだ。

 にっこりと、自信満々な様子で腰に手を当てて胸を張るウララの顔を見て、俺たちは何をしたいのか察した。

 

「…ヴィイちゃん!ササちゃん!イルイルちゃん!!────ん!!!」

 

 ウララが、左手は腰に当てたままで、右手を大きく開き、顔の横に挙げた。

 それを見て3人も察したことだろう。

 

 ()()()()()だ。

 勝利のバトンを、彼女たち3人に渡すために。

 

「…うん、ありがとうウララちゃん。見ててね、必ず繋ぐから…!!」

 

「私達の内、誰かが……いや、私が勝つからね!!!一番負けたくないのはこの二人だしっ!!!」

 

「全く同意見。遠慮なく牽制飛ばすからね、二人にも。……その上で、勝とう。世界に」

 

「おー!!頑張れニッポン!!頑張ってね、3人とも!!」

 

 ぱんっ、ぱんっ、ぱんっ。

 小気味よい音がして、ハルウララの右掌が3回、彼女たちの手によって叩かれた。

 バトンを受け取ったのだ。

 

 もう、退く道はない。

 ただ、前を向き、世界最強に挑むのみ。

 

 

 ドバイターフが始まる。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ゲート前。

 そこは、異様な空気に包まれていた。

 

「────────ッ!?」

 

 チームJAPANの三人が、無言のうちにゲート前に繋がる通路を抜け、花火が上がり盛り上がっているレース場に姿を現して、そんな彼女たちに大歓声が贈られる。

 チームJAPANは、今の所GⅠ2連勝。全て勝っている。

 今年の日本はすごいんじゃないか。

 もしかしたら、このドバイターフでも、やってくれるんじゃないか。

 そんな、観客の期待と好奇心にあふれた声援……勿論、日本の応援団からは全力のそれが、彼女たちに向けられて。

 

 だが、異様と表現したのはその点ではない。

 ゲート前に集まるウマ娘達の、その様子だ。

 

 全員が、ただ一人のウマ娘が発する気配に、竦んでいた。

 

「……っ。この、圧…!とんでもない、ね……」

 

「映像じゃここまでわからなかった…!!なるほど、これが────」

 

 その、圧を発しているウマ娘に、チームJAPANの3人の視線が集まる。

 ウィンキスだ。

 

 ただ、そこに立っているだけである。

 別段、周囲に向けて既に牽制をかけているといったことではない。

 己の走りを万全のものとするために、他のウマ娘の様子を観察し、脳内で計算式に落とし、方程式をくみ上げているだけである。

 

 だが、それでも。

 まるで空気が液体にでもなってしまったのかと感じられるほどに、圧が滲み溢れていた。

 

 こんなものと毎回走らされるオーストラリアのウマ娘は、たまったもんじゃないわね。

 ヴィクトールピストは内心でそう彼女を評し、そして一度メンタルをリセットするためのおまじないを脳裏に浮かべる。

 同時に、サクラノササヤキとマイルイルネルも、それぞれが己を整えるために己の過去を振り返る。

 

 人が、ウマ娘が危機に陥った時、それを解決しようと過去を振り返る。

 過去に経験していれば、そこから解決策も生まれる。心に余裕が持てるからだ。

 それが死に近づけば走マ灯となるそれだが、今回はそこまでのものではなく、そして彼女たちは3人とも、己の経験からこの圧に近いものを思い出していた。

 

 ────────ホープフルステークスの最終直線の、フラッシュ先輩。

 

 ────────幾度もレースで挑み、破れた、アイネス先輩。

 

 それぞれが、最も心から恐れた存在を想い出す。

 そして、それに一度は己が勝利したことも。

 

 落ち着いた。

 たとえ相手が世界最強と評されるウマ娘でも────────

 

 

 ──────私達のライバルの方が、強い。

 

 

『………ウィンキスさん』

 

 3人の内、英語を習得しているヴィクトールピストがウィンキスに近づいて声をかけた。

 このレース、オーストラリアから出走しているのは己のみで、知り合いのウマ娘もいなかったことから誰ともコミュニケーションを取ろうとしていなかったウィンキスは、しかしその中でも最も不安要素が大きく、また関心も持っていたチームJAPANのウマ娘から声を掛けられたことで、幾分かの興味を持ってそれに応える。

 

『はい。何でしょうか、ヴィクトールピスト』

 

『貴方の戦績と、走りを尊敬しています。そして、その上で────』

 

 そこで一度ヴィクトールピストは言葉を区切り、脳裏にスペっとしたチームメイトの顔を浮かべて、一言。

 

『─────いい勝負をしましょう(let's have a good race)

 

『!……ええ。こちらこそ』

 

 言葉通りの意味を、そのままぶつけた。

 いい勝負をしましょう。

 意訳すれば、いい勝負になる程度には、貴女にくらいついていく、というものだ。

 独走はさせない。

 必ず追い詰め、勝利して見せると宣言した。

 

 ウィンキスは、久しく己に向けられていなかった、己に勝つというその感情に、僅かながらの喜色を見せた。

 オーストラリアのレースでは、もうこんなことを言ってくるウマ娘はいなくなってしまったからだ。

 レースの絶対の勝利の方程式。それは永久不滅のものとなり、確約した勝利の為に走るだけになっていた。

 刺激が、不足していた。

 

 そんな、刺激を。方程式がさらに進化するための不確定要素を、このチームJAPANが見せてくれるのならば、それは歓迎するべき事柄だ。

 これを求めて、初の海外遠征に臨んだのだから。

 

 見せてほしい。

 ブラックベルーガが、ミサイルマンが敗北した、日本がもつ何かを、私にも。

 

 そして、その上で私が勝つ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ゲート入りの時間となった。

 順番に、ゲート入りしていくウマ娘達。

 ウィンキスはおおよそ真ん中の枠に入り、一番内側にサクラノササヤキ、その三つ隣にヴィクトールピスト。

 その隣にもう一人のマーク対象であるプッシュウィズが入り、ウィンキスの一つ外枠にマイルイルネルが入る形だ。

 

 徐々にレース場から歓声が、音が消えていく。

 すっかり夜空が更けたレース場に、ナイターの明かりがまぶしく灯り、芝を照らし上げている。

 

 芝1800m。

 世界最高峰のマイルレースが、幕を開ける。

 

 

『ウマ娘達が次々とゲート入りを進めています……緊張した表情です!我らがチームJAPAN、ヴィクトールピストは勝てるのか。サクラノササヤキは、マイルイルネルは勝てるのか。勝利のタスキを継いで欲しい!!たとえ世界の優駿が相手でも、頑張ってほしい!!……今、最後のウマ娘がゲートに収まります!さあ頑張れチームJAPAN!!』

 

 

 

『………スタートっ!!ゲートが開かれッッ!?!?飛び出していったのはサクラノササヤキ!!サクラノササヤキが行きましたっ!!これは大逃げかっ!?明らかに!!明らかに全力疾走ですっ!!まるでツインターボを、サイレンススズカを彷彿とさせるような好スタートから大逃げに打って出ました!!サクラノササヤキが世界の強豪15人を引き連れて!!己の走りを貫くか!?』

 

 

 

『────あっと!?ヴィクトールピストが出遅れたか!?現在位置は最後方!!後ろからのレース展開となります!!スタートに何かあったか、これは作戦なのか!?これは極端になりました!!先頭はサクラノササヤキ、最後尾がヴィクトールピストでレースが進みますっ!!』

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

158 ドバイターフ 中編

 

 

 

(────────やられた!!)

 

 ヴィクトールピストは、己のゲート反応がコンマ2秒遅れたことを自覚した。

 出遅れた。

 すべてのウマ娘に、前を譲る形のスタートとなってしまった。

 

 原因は、己の隣にいたプッシュウィズである。

 スタート直前、気を引き締めていたところに隣から圧をぶち込まれ、僅かに動揺をしてしまったのだ。

 

(ウィンキスにばかり気を取られすぎていた……ってのは、言い訳にならないわね!私の弱点、よく分析してきているじゃない…!)

 

 ヴィクトールピストの領域はとても異質なもので、彼女特有なものだ。

 発動すれば、そこから先彼女はあらゆるデバフを拒む。

 だからこそ、それが発動する前に牽制をかけなければならない。当然にウマ娘達が考えることだ。

 

 そして、プッシュウィズはそれを、最も効果の出るタイミングで放った。

 そもそもがヴィクトールピストは優駿である。領域に至る前だって、牽制に対する抵抗を兼ね備えている。

 彼女がスピカのウマ娘であるからこそ。

 エイシンフラッシュと言う、牽制を得意とするウマ娘をライバルに持っているからこそ。

 その牽制への抵抗力は、領域無しでも他のウマ娘と比較しても全く落ちることのないそれであった。

 

 だからこそ、そんな彼女を走り出す前に潰さんと、スタート枠で放つ視殺をプッシュウィズは覚え、繰り出してきた。

 世界の頂点を決めるレースに出走するウマ娘だ。その程度の事は朝飯前にやってくる。

 

 これでヴィクトールピストは崩れた。

 仕掛けたプッシュウィズも、他の世界のウマ娘達も、そう感じた。

 何故なら彼女は現在最後方。

 追込の位置からレースを組み立てることになる。それは余りにもいばらの道だ。

 彼女のこれまでのレースは研究し尽くしている。

 

 これまでに、彼女は()()()()()の作戦でしか走っていない。

 追込はやったことがないはずだ、と。

 

 だが。

 世界の優駿たちは、ヴィクトールピストのチームのウマ娘のことを把握していなかった。

 

 

 追込の代名詞たる()()()()()()の存在を知らなかった。

 

 

(舐めないでよね、()()()を!!あらゆる作戦のプロフェッサーが揃ってるのよ、うちには!!!)

 

 

 ヴィクトールピストは、己のチームのサブトレーナーであるゴールドシップの教えを思い出し、冷静さを取り戻した。

 脚質を変幻自在に変えられる、マヤノトップガンにも似た才能を持つヴィクトールピストは、当然の如く、ゴールドシップから追込で走る際の心構えやペース配分も学んでいた。

 彼女に走れない位置取りはない。

 チームJAPANで全てのバ場を走れるのがスマートファルコン、全ての距離を走れるのがアイネスフウジンなら、全ての作戦で走れるのがヴィクトールピストなのだ。

 

 それに、だ。

 スタートで牽制をかけてくるというのなら、この程度では生温い。

 

 ヴィクトールピストもまた、見ているのだ。

 先月のフェブラリーステークスを。

 砂の頂点たるスマートファルコンすら揺らした、鬼の睥睨を。

 

 コンマ2秒の遅れ。

 しかし、それは周りのウマ娘の油断を生み、領域に入るまでの距離を走る間の牽制の緩みを生んだ。

 ヴィクトールピストにとっては、まだ全く動じるほどのそれではなかった。

 追込の位置から冷静に全体を観察し、徐々に追い上げながら、500m地点で領域に走る準備を整えることが出来ていた。

 

 ただ、その道中で。

 

「──────」

 

『────────!?』

 

 後方、差しの位置からレースを展開しようとしていたプッシュウィズを見つけて。

 スタート直後の成功で油断をしていた彼女の背後から、その呼吸の合間を縫って、突き刺すような牽制をぶち込んでおいた。

 

 忘れてはいけない。

 ヴィクトールピストもまた、牽制を武器としているウマ娘であることを。

 

 それはナイスネイチャがエイシンフラッシュにぶちかましたような八方睨みにも近い威力をもって、プッシュウィズの首を貫く。

 呼吸を乱され、プッシュウィズがかかり気味に加速し、しかしそれは暴走となった。

 先程潰したばかりのウマ娘から逆に牽制を返され、動揺してしまい、その事を自覚してさらに動揺する。ここに至り、プッシュウィズとヴィクトールピストの格は決定した。

 勝負はついた。

 

 ヴィクトールピストはまず厄介なマーク対象を潰し返したことに得心し、そのまま己の第一領域へと突入する。

 

 

 ────────【勝利の山(サント・ヴィクトワール)

 

 

 レースは500mを越え、コーナーに向かっていくところ。

 勝負は、ここからである。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『逃げる逃げる逃げるっ!!サクラノササヤキがとにかく逃げるッ!!後続との差は10バ身はあるか!?最後までそのスタミナが保つか!?保ってくれっ!!そしてその後ろ先行集団から睨む形でウィンキスがここにいます!このウマ娘が怖い!!その3バ身ほど後ろ、差し集団にマイルイルネルの姿があります!おっとここでヴィクトールピストがアガってきた!徐々に位置取りを上げていく!!不沈艦がここドバイにも現れてくれるのか!!残り1200mッ!!コーナーに入っていきますッ!!』

 

 

 サクラノササヤキは、大逃げと言う己が初めて見せる作戦を繰り出し、その勢いのままに先頭を突っ走っていた。

 これは、ナイスネイチャや南坂トレーナーと事前に組み立てていた作戦だ。

 

 彼女はスタートが上手い。

 他の革命世代の輝きに隠れがちで目立たないが、スタートでは抜群の反応を見せる。

 それは、世界の優駿を相手取ったとしても、決して譲らぬ反応速度。

 

 具体的な例を挙げて理解を深めよう。

 サクラノササヤキが、アイネスフウジンと共に出走したレースは、選抜レースを含めて秋華賞まで計5回。

 そのうち()()はサクラノササヤキが先にゲートから飛び出している。

 立華が磨き上げたアイネスフウジンの反応速度をもってなお上回るその才能。

 

 しかし、この大逃げと言う作戦を繰り出したのは今回が初めてだ。

 理由はいくつかある。

 まず一つ。

 

(やっぱり、牽制が薄い…っ!!みんな、勘違いしてくれている!!)

 

 ここが世界の舞台であること。

 これが日本であれば、効果が薄まる。大逃げの恐ろしさと言うものはおおよそ全てのウマ娘が身に染みて実感している。

 大逃げで勝利をもぎ取る優駿たちを知っているからだ。

 逃げ切られたら終わる。その恐れが、大逃げを繰り出すウマ娘への牽制を欠かさずに繰り出すが……ここは世界の大舞台だ。

 

 結論から言う。

 ()()()()()()()()()()という読みをもって、サクラノササヤキはこの作戦を繰り出した。

 

 このドバイターフには、日本からは3人のウマ娘が出走している。

 先のゴールデンシャヒーンでも一人ラビットがいたように、同じ国、同じチームから出走しているウマ娘がいれば、一人がペース乱で大逃げを繰り出し、ラビットとして活躍することも立派な作戦として存在していた。

 そして、その常識を知る世界のウマ娘達がこのサクラノササヤキの走りを見れば、おおよそ同じ結論に至る。

 

 あれは、ラビットだ。

 本命であるヴィクトールピストを、同チームであるマイルイルネルを活かすために、捨て石になったのだ、と。

 

 そしてもちろん。

 そんなふざけた考えは、サクラノササヤキには欠片も存在しない。

 

 いや、それはヴィクトールピストもマイルイルネルも同様だ。

 なにせ二人とも、知っている。経験()っている。()っている。

 彼女たちが、チームJAPANであり、チームスピカとチームカノープスのウマ娘なれば。

 

 スマートファルコンと。

 サイレンススズカと。

 ツインターボを、知っているからこそ。

 

 あれは、大逃げの作戦だ。

 ラビットなど欠片も考えていない。自分たちの為になんか走っていない。

 彼女は彼女の勝利の為だけに、走っているのだと。

 

(刻め………この世界に、私だけのビートを刻めッ!!)

 

 秋華賞の時に刻んだビートの、さらに1秒以上縮めるラップタイムをクリアしていきながら、先頭をただひたすら走るサクラノササヤキの姿が、そこに在った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 勝負は中盤戦に入る。

 

 

『今1000m地点をサクラノササヤキが通過っ!!タイムは…56秒5!!速いッ!!これは圧倒的な速さだ!!大逃げの走りに恥じないタイムがはじき出されたッ!!その後ろの先行集団が徐々に詰まって行きますがこの圧倒的リード!守り切れるか!?』

 

 

 1000m地点を通過し、後続がコーナーに入っていきながら徐々に最終直線に向けて脚を整える中で、己の領域に突入したヴィクトールピストが、()()()()()()()()()()()

 

 領域に入っているのに、違和感を覚える。

 この時点で相当な異常事態だ。

 彼女はすべての牽制を無効化する状態に入っており、基本的にこの時間は己の好きなように走り抜けることが出来る。

 それが、違和感を伴うような事態が起きている。

 

 まず、ヴィクトールピストの前…第4コーナーに入ろうという地点で、一人のウマ娘が進路上で速度を落とした。

 わざとではないのは理解している。表情で分かる。大逃げが生む速度についていけていないのだ。

 実力不足。ヴィクトールピストは、そのウマ娘を避けるルートを探る。

 

(……邪魔、よっ!)

 

 領域に入っている以上、ヴィクトールピストはバ群すら拒む。

 垂れウマに巻き込まれることはない。反射で、最適解を導き出せるのだ。

 外─────だ。外に持ち出せと、己の本能は結論を出した。

 内によければ、その先に道がないとまず答えが出た。

 

 そうして、外に持ち出し、位置取りを上げて抜き去った先に。

 

(─────!?)

 

 さらに、もう一人ウマ娘が壁になる様に存在していた。

 こちらも相当に慌てている。その理由はヴィクトールピストにも分かる。

 

 何故なら、彼女は()()の作戦を得意とするウマ娘なのだ。

 ここで初めて、ヴィクトールピストはその奇妙な感覚に答えが出た。

 

(……!?さっき抜いたの、()()のウマ娘よね…!?)

 

 先行の作戦を得意としていたはずのウマ娘の前に、差しの作戦のウマ娘がいた。

 

 そして、そのどちらも動揺で上手く走れていなかった。

 何かが起きている。

 ヴィクトールピストはその第二のウマ娘も、外に向かって避けようとして、しかし本能がそれを拒み内に舵を切った。

 それがなければヴィクトールピストもまた、領域を発動したうえで()()()にやられていたであろう。

 何故ならその先、本命だとでも言うかのように複数名の動揺したウマ娘がいたのだから。

 

(……ッッ!!!そうかっ、これは……!!!)

 

 一呼吸おいて、ヴィクトールピストが広く視野を持ち、観察して、そして理解した。

 

 レースを走るウマ娘達、その位置取りがぐっちゃぐちゃになっていた。

 

 

 そして、これは、()()()()()()()()にとって引き起こされたものだと確信した。

 

 

 ああ、凄まじい。

 大逃げのサクラノササヤキ以外、その全てを巻き込むほどの、面影糸を張る蜘蛛のようなレースの支配。

 

 

 これが。

 

 

 これが、()()()()()()()一人によって、起こされている。

 

 

 

(──────10が右。……7、11、3にセット。4ダウン。3カット。2は……駄目か。流石はウィンキス、位置取りが完璧、動じない。……7行った、その先9カット。6足音…ヴィイちゃん、そっちか。無理だな、9ロック、シフト、7と11再セット、3と4終わり。8と11ブースト、13と14壁、5ダウン。16暴走。後1秒…牽制、今。10終わり。1は……遠い。ササちゃん止まってよ……4復活、させない、16流して、13壁ズレて、包んだ、4と16終わり────────)

 

 

 凍てつきそうなほどに冷静な思考の中で、マイルイルネルは孤独な詰将棋を同じレースを走る15名のウマ娘を相手に繰り出し続けていた。

 大きな耳をぐるぐるとソナーのように動かし続け、周囲の足音を、位置取りを、呼吸を読み続ける。

 彼女の武器である、冷静な思考と的確な牽制の才能。

 それが、ここドバイターフにおいて、満開の開花を見せていた。

 

 覚醒の原因は、推して知るべきであろう。

 昨年末の有マ記念で、彼女は見ていた。

 牽制技術を誇らしいほどに散らしあっていた優駿たちの姿を。

 ナイスネイチャを、グラスワンダーを、セイウンスカイを見ていた。

 

 それを見て、マイルイルネルの走りのスタイルが完成に至る。

 最大の武器である冷静な思考が最も効率よく使えるその技術に、至る。

 さらに、このドバイに来てからの練習では、ナイスネイチャのマンツーマンの指導の下、マイルイルネルのレース支配は凄まじい成長を見せ、ナイスネイチャのそれに肩を並べるまでに至った。

 支配度で言えば、シンボリルドルフにすら手が届き得る、至高のフェイバリット。

 

 彼女が、いや彼女に至るまでに日本が…シンボリルドルフに始まりネイチャへと繋がった、日本のレースの歴史が重ねた重みを含んだこの支配は、とうとう世界のウマ娘達に通用した。

 マイルイルネルへの注目度、警戒度が低い事……そして、サクラノササヤキの大逃げでペースが崩れたこと、ヴィクトールピストの追い上げで掛かり気味になったこと。

 そして、最大の要因はウィンキスと言う圧倒的なウマ娘が存在すること。

 それにより、走る全てのウマ娘のマークが、意識がおおよそ一つに向いたことで、牽制を差し込む隙が出来た。詰将棋に必要な道筋が立てられた。

 それを、ナイスネイチャと詰めに詰め、凝り固め、ここドバイターフに放たれた。

 それは圧倒的な攪乱力を持ち、このレースを走るウマ娘達の作戦も位置取りも粉々に粉砕した。

 

 

 このマイルイルネルのレースの支配に溺れなかったウマ娘は3人。

 

 大逃げにより、他のウマ娘の影響を受けずに己のビートを刻み続ける桜の囁きと。

 

 領域により、牽制も垂れウマすらも拒む帝王の時間を駆け抜ける勝利の山と。

 

 

 ──────そして、世界最強。

 

 

 勝負は、この4人に絞られた。

 

 

『さあっ!!もう間もなく最終コーナーですっ!!先頭を走るサクラノササヤキがただ一人最終コーナーに突っ込んでくるーーーーッ!!!しかし後続ッ!!飛び出してくるウマ娘は……3人!!伝説に恥じない走りだウィンキス!!末脚が放たれるッ!!速い!!!その後ろからマイルイルネルとヴィクトールピストも突っ込んできた!!!!この4人か!?この4人だ!!!残りは最終直線500mを残すのみッ!!!行ってくれチームJAPAN!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「───────すぅ」

 

 

 ウィンキスが、最終直線に向かう直前に、一呼吸だけ息を溜めた。

 

 この最終直線に至るまで、凄まじい攻防が展開されていた。

 スタート直後のヴィクトールピストの出遅れと、サクラノササヤキの大逃げ。

 そして最初の1000m近い直線の中で、サクラノササヤキの走りを見て、これはラビットではないと直感し、方程式を修正した。

 ヴィクトールピストが追込の作戦も取れることをデータに入力し、方程式を修正した。

 マイルイルネルのレース支配力が彼女のチーフたるナイスネイチャにも並んでいることを察し、方程式を修正した。

 他にも混戦となったレース模様の、その全てのウマ娘の走りを把握し、方程式を修正した。

 

 これを全部、()()でやった。

 

 ウィンキスの方程式は、組み上げた上で、そこに走る最中には思考を用いない。

 全て反射で終わらせる。

 思考と言う無駄な工程を踏むことで、血中酸素を消費する。無駄な時間が生まれる。

 そのために、無我の境地で計算を済ませ、最適な走りを常にできるように、彼女は備えていた。

 ジュニア期の数回の敗北は、この技術の為に。己が反射でレースの方程式をくみ上げられるようにと試行錯誤をする中で重ね、そして反射をものにしてからは、敗北はない。

 

 

 絶対の勝利の方程式の証明に必要なものとは、何か。

 

 

 ────────走りのスキル?

 否。

 それはコースや位置取りで変わるもの。好調不調で上手く引き出せない物。

 不確定要素は排除する。スキルに頼らず、己の走りで速度を出せばいいだけの話。

 

 

 ────────牽制技術?

 否。

 それは相手の強さによって変わるもの。相手の強弱に効果を委ねてしまう物。

 不確定要素は排除する。牽制に頼らず、圧倒するだけの走りを見せればいい話。

 

 

 ────────領域(ゾーン)

 ()

 間違いなく否。入れるかもわからない物に頼ることほど不安定なものはない。

 不確定要素は、徹底的に排除する。周りが領域に入ってもなお、()()()()()()()()()()()

 

 

 不確定要素をそぎ落とし。

 己の体を研ぎ澄まし。

 相手からの牽制に意識されず。

 絶対の自信を元に。

 

 ただ、当たり前に末脚を繰り出して、当たり前に抜き去ればいい。

 

 

「………はっ!!」

 

 

 一呼吸息を溜めてからの、加速。

 ウマ娘がレースを走る際、誰もが当たり前にやることだ。

 たとえそれが小学生であろうとも、絶対にやる。最後の直線で思いっきり走る。

 当然で、必然の加速。

 

 そして、彼女が繰り出したその末脚は。

 他のウマ娘が領域に入った時の速度を、軽く上回っていた。

 

 

『ッ!?ウィンキスが来た!!凄まじい末脚だ!!これは速い!!……速すぎるッ!?これが世界最強なのか!?差し切られてしまうのかサクラノササヤキ!?マイルイルネルは、ヴィクトールピストは追いつけるのか!?ドバイの夜空に芝が舞うッ!!無慈悲にも先頭との距離が詰まって行きます!!』

 

 

 実況が叫ぶ。

 誰もが一目見てわかる、その絶望的な速度差。

 

 ウィンキスは、ここに至るまで────────なんら特別な走りのスキルも、牽制のスキルも、領域も使っていなかった。

 ただ、走っていた。

 普通に、当たり前にゲートを出て、当たり前に先行の位置取りをして、当たり前に牽制に抵抗し、当たり前に最終コーナーに臨み、当たり前に末脚を繰り出した。

 

 そして、それは。

 世界最強の、最速の走りとなるほどの、圧倒的な力の差がそこにあった。

 そこにウィンキスはなんら感情の高ぶりを感じない。

 1+1が2になるように、当たり前に勝利する。

 

 先頭のサクラノササヤキまでは後4バ身。

 後続からアガってくるヴィクトールピストとマイルイルネルとは、あと2バ身。

 

 ウィンキスは、その3名……やはりチームJAPANの精鋭たる3名が最終直線の相手になることを理解し。

 勝利の方程式の再計算を実行する。

 

 サクラノササヤキが突入が稀な領域に入ったとして。

 マイルイルネルがアイネスフウジンにも競り勝つ領域に入ったとして。

 ヴィクトールピストが、arima kinenで目覚めた第二領域に入ったとして。

 

 そして、ここ3カ月でさらなる成長を見せていたとして。

 

 

 それでも。

 

 

(───────────勝率、99%)

 

 

 己の勝利は、揺るがない。

 

 

 世界最強の()()()()()が、ドバイターフに放たれた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

159 ドバイターフ 後編

 

 

(────────ッッッ!!!!)

 

 

 確信、してしまった。

 

 ここ最終直線に至るまで、ヴィクトールピストは出遅れにも心を乱さず、冷静に、そして適切な位置取りでレースを進められていた。

 己の領域の効果を存分に発揮し、マイルイルネルや他のウマ娘からの牽制を拒み、脚を整え、最終直線に突っ込めていた。

 完璧と評してもいい。最高の走りが、出来ていた。

 

 それはきっと、サクラノササヤキとマイルイルネルもそうなのだろう。

 

 サクラノササヤキは、己の領域に突入する条件───己のビートを刻むペースをコンマ1秒たりとも違えなかった。

 ペース配分は、己の配分で決定できる。

 大逃げに基準を合わせたその爆速のラップタイムは、しかしここドバイターフにおいて見事に果たされ、最終コーナーから領域に突入した。

 

 ────────【トキノサエズリ】

 

 サクラノササヤキは、己のスタミナ切れからくる減速を拒みながらもゴールに向かって突き抜けていた。

 

 

 マイルイルネルは、孤独な詰将棋の果て、凍えるほどの絶対零度の思考に至っていた。

 事前に組み立てた牽制を果たしたことで、思考はどこまでもクリアに、冷静になっていた。

 そしてその感情を一気に沸騰させる。

 絶対零度から灼熱沸点まで、最終コーナーを回り最終直線の先、ゴール板を見た瞬間に感情を加熱した。

 その温度差、感情のバーストから生まれる領域。

 

 ────────【万歳三唱(ハイルマイネル)

 

 マイルイルネルは、最終直線から全てを抜き去らんと、執念の加速に至った。

 

 

 そして、ヴィクトールピストもまた、己の第二領域【届いた祈り、叶った夢】への突入を求める。

 有マ記念で目覚めた、あの感覚。

 未だに練習では安定はしていなかったが、しかしここドバイターフの最終直線において、最高の走りを果たしたチームJAPANの二人、そして世界最強であるウィンキスと競り合うにあたり、そこに生まれる負けん気から領域に突入し、加速を伴い、後は全力で勝利に向かい邁進するのみだ────────と、思っていた。

 

 

 だが、ヴィクトールピストは。

 

 確信、してしまった。

 

 

 

 

(───────勝てない)

 

 

 

 

 敗北を。

 

 

 

 

 駄目だ。

 

 あの加速には、誰も追いつくことができない。

 

 己が優駿であるからこそ、否応なしに理解してしまう。

 

 

 ウィンキスの加速が、()()()()()()()()

 

 

 エイシンフラッシュのように、地面に顎を擦りつけるような特別なフォームで走っているわけではない。

 

 アイネスフウジンのように、暴風を纏う特殊な領域に突入しているわけでもない。

 

 スマートファルコンのように、無限のスタミナを見せつけるような奇跡の走りをしているわけでもない。

 

 

 

 ただ。

 

 ただ、速すぎた。

 

 

 

(────────勝てない、の?)

 

 

 

 確信の後に、動揺が来た。

 

 このレースには、強い想いを持って参加していた。

 

 どうしても、ドバイに挑みたかった。勝ちたいと願っていた。

 

 それに備えて、1月から練習に手を抜いたことはない。

 

 自分でも満足いくほどの仕上がりだった。今ならば、エイシンフラッシュだろうとアイネスフウジンだろうと勝ちきれると思えるほどの、己の人生で最高の仕上がりと表現してもよいほどの、体が作れていた。

 

 レース展開も、スタートの出遅れはあったがあれはむしろ良い方向に作用した。己への牽制が減った。

 

 追込と言う作戦にシフトして、冷静にレースを俯瞰できたからこそ、マイルイルネルの張った罠にもかからずにここ最終直線に臨めていた。

 

 行けると思っていた。

 

 たとえ、世界のウマ娘達を相手にしても。

 

 最強のウマ娘と評価されているウィンキスを相手にしたとしても、勝てると───勝負になると思っていた。

 

 

 

 それなのに。

 

 

 今、敗北を、確信してしまって。

 

 

 それを、受け入れてしまいそうに、なっ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────許されない

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────こえが、聞こえた。

 

 

 

(ッ!?!?)

 

 

 

 その、唐突な声は。

 

 

 己の内から、叫ばれていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──────許されない

 

 

 

 

 

 

 強制的に、覚醒(めざ)めを促される。

 

 

 

 かつて、サンデーサイレンスは、()()に至る条件をこう表現した。

 

 

 ()が必要なのだと。

 

 

 絶体絶命の淵に立った際に、誰かの声がトリガーになり、()()に至るのだと。

 

 

 

 

 しかし、今回のヴィクトールピストの()()は、事情が違った。

 

 

 

 

 ()()は、日本を応援する大歓声からのものではなく。

 

 

 ()()は、かつてスペシャルウィークをそこに導いた、サイレンススズカの名前を呼ぶ声援でもなく。

 

 

 ()()は、いつかの世界線、己のチームのウマ娘全員を一気に高みにぶち込んだ、原初のトレーナーである沖野の叫ぶ声援でもなく。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ()()は。

 

 

 

 ヴィクトールピストの、己が魂の叫びにより、果たされた。

 

 

 

 彼女の意識は、それに溶けて───────

 

 

 

 

 

 

───

─────

───────

─────────

───────────

─────────────

───────────────

─────────────────

───────────────

─────────────

───────────

─────────

───────

─────

───

 

 

 

 

 

 

 そこは暗雲。

 

 

 目の前に黒い海。

 背後には無機質な砂漠。

 薄暗く、陰鬱とした雰囲気のそこに、ヴィクトールピストは立っていた。

 

 

 誰もいない。

 余りにも殺伐とした、悲しい空。

 

 ヴィクトールピストは理解する。

 

 

 ────────これは、私の魂の中だ。

 

 

 誰もがそこに悲しみを覚えてしまうほどの、暗い空間。

 海の向こう、ああ、きっとそれは日本の方角なのだろう。

 己の魂の原風景を見て、ヴィクトールピストはそう感じられた。

 

 そして、今、日本のある方角の海の上に、余りにも暗い闇が広がっている。

 日本が、負けそうになっているのだ。

 ああ、言葉にもできないほどの、なにか、とても辛いことが、日本に起きているのだ。

 ()()()()()()()()()

 未曽有の災厄が。

 

 そう、感じられた。

 そして、それは、今の自分たちの状況を表しているようなそれであった。

 今にもウィンキスに負けそうになっている、私達チームJAPANを。

 

 

 ────────やっぱり、だめなの……?

 

 

 そんな想いを、ヴィクトールピストは抱いてしまう。

 絶望的な感情。

 悲哀の感情が身を貫き、竦み、震えあがりそうになってしまいそうな、そんな時だ。

 

 

 一筋の流星が、空を照らした。

 

 

 それは、ヴィクトールピストが向いていた海の方角、その背後にある砂漠の国から空に放たれていた。

 その光は、確かに日本に届き、そしてその光が、絶望の中にあったそこを明るく照らし、希望を齎した。

 

 ヴィクトールピストは振り返る。

 その輝かしい流星の発生源を、確かめるために。

 

 そして、そこには光があった。

 その光は、雄々しく、凛々しく、そして覚悟をもって、確かに4つの脚を砂の地につき、日ノ本(ひのもと)に想いを馳せていた。

 

 

 ああ、これは、私の、魂だ。

 

 

 ヴィクトールピストは、なぜか、そう確信した。

 

 

 

 ────────許されない

 

 

 

 魂は、毅然とした声色で、ウマ娘である彼女に語り掛ける。

 ()()()()()()()()()に、語り掛ける。

 

 

 ────────たとえ、その名を(たが)えても

 

 

 彼と、彼女の名は等しくはなかった。

 仮初たる空間にその存在を表す際に、歪んでしまった。歪めて、しまった。

 

 

 ────────たとえ、走る勝負を(たが)えても

 

 

 彼が走ったレースと、彼女が走ったレースは等しくはなかった。

 時代が巡り、彼が走ったオールウェザーの舞台は失われ、芝の上を彼女は走っていた。

 

 

 ────────たとえ、世界最強が相手でも

 

 

 彼が挑んだ舞台に、世界最強の馬(ウィンクス)はいなかった。

 夢を舞台とするこのドバイワールドカップに、世界最強馬は本来の歴史では挑むことはなかった。

 

 

 

 ────────それでも

 

 

 

 

 ────────勝利の名を冠する者(ヴィクトワールピサ)が、ドバイの地で負けることは許されない

 

 

 

 

 魂の、その崇高なる決意。

 

 それを、ヴィクトールピストは真正面から受け止めた。

 

 

 ああ。

 今、全て理解した。

 

 私の魂は、誓ったのだ。

 全てを賭して、誓ったのだ。

 必ず、日本に凱旋の報を届けると。

 

 彼の挑んだドバイに、敗北は許されなかった。

 日本が未曽有の危機に陥り、人々が涙に濡れ、悲劇を嘆く中で、彼はこのドバイに挑むことになった。

 悲劇の渦中にあった日本に、何としても、良い報せを、便りを送らなければならなかった。

 たとえ、過去に日本が一度も勝利したことのないその世界最高峰のレースでも、負けるわけにはいかなかった。

 普段の芝のレースとは違う、慣れぬ砂の場であるそこに在ってもなお、一着以外は眼中になかった。

 己の全てをその勝利に捧げる事に躊躇いはなかった。たとえその後にまともに走れなくなるほどの怪我を負っても、一片の後悔もなかった。

 

 

 そして、勝った。

 

 彼は、日本の祈りを背負い、誇りを胸に、全てを賭した走りで、勝利した。

 

 

 

 ────────日本の祈りは届き、夢を叶えた。

 

 

 

 なんて。

 なんて、偉大なる魂。

 

 その誇りを、ヴィクトールピストは尊く思った。

 瞳から自然と、涙を零していた。

 

 彼の在り方を、奇跡を、尊く思った。

 

 

 そして、そんな彼の、魂の輝きに、ウマ娘である己は、まだ至れていない。

 

 雄大に聳え立つ魂の光に、追いつきたいと思った。

 

 彼のように、全てを賭けて、勝利したいと。

 

 夢を、叶えたいと。

 

 

 

 なぜならば。

 

 

 私もまた、勝利(ヴィクトワール)の名を冠するのだから。

 

 

 

「………!!!」

 

 

 

 ヴィクトールピストが、駆ける。

 

 魂の光を受け入れるのではない。

 

 私が、魂の光に並ぶ。

 

 その高みに、己が至る。

 

 

 もう、二度と負けなんて考えない。

 

 

 

 

 勝つために。

 

 

 

 ただ、勝つために!!!

 

 

 

 

 ヴィクトールピストの疾走を、(ヴィクトワールピサ)が受け入れる。

 

 一つになる。

 

 

 そして、世界の闇は晴らされた。

 

 

 大いなる霊峰がそこに現れ、曇りなき青空に、輝かしい希望でその山稜を彩った。

 

 

 

 

 

 勝利の山が、覚醒(めざ)めた。

 

 

 

 

 

 ウマ娘という存在と、魂という存在が一つになり。

 

 そして。

 

 

 

 ─────────────奇跡へと、至る。 

 

 

 

───

─────

───────

─────────

───────────

─────────────

───────────────

─────────────────

───────────────

─────────────

───────────

─────────

───────

─────

───

 

 

 

 

 

 ────────【()()()祈り、()()()夢】

 

 

 

 

「………!?」

 

 

 ウィンキスは、己の魂が震えあがるような謎の感覚を覚えた。

 その発生源は、1バ身後ろから。

 ゴールに向けて全力で走る最中に、しかし、急にその位置に()()()()()()()かのような驚愕をもって、走りを乱そうとしてくる。

 

 

「こ、れは……!!」

 

 

 これは、間違いない。

 至ったのだ。

 スマートファルコンが、アイネスフウジンが至ったようなあの謎の力に、後続、恐らくはヴィクトールピストがそれに至ったのだ。

 気配が、圧が先ほどまでとまるで違う。

 深く重く大きな足音が、迫ってくる。

 

 

(──────です、が)

 

 

 それでも、まだ。

 それでもまだ、私が勝つ。

 

 姿勢を僅かに落とし、更なる加速を求める。

 いわば、無茶をする、と言う形でのそれだ。

 己の出せる100%の力を毎回のレースで果たしていては、すぐに脚が壊れてしまうために、()()()()()()()()()()()()その加速を、振り絞る。

 ここから先は、己も全力の100%で走る。

 

 そして、己がその走りをすれば、たとえヴィクトールピストがあのような理不尽な加速に至ろうとも、勝率は下がらない。

 敗北には至らない。

 この1バ身は、埋めさせない。

 

 

「「───あああああああああああああああああ!!!」」

 

 

 全てを振り絞るような叫び声が聞こえ始める。

 ああ、私に競りかけ、迫ってくる声だろう。

 だが甘い。叫んで速くなるのであれば、誰もが叫んでいるだろう。

 

 そんな、叫び声が二つ聞こえたところで────────

 

 

 

 ────────二つ?

 

 

 

「「「────────ああああああああああああああああああ!!!!」」」

 

 

 ………三つに、増えた。

 

 ウィンキスは、これまで長く、何回もレースを走っている中で、今日、初めて。

 

 後ろから迫ってくるウマ娘の、そして前を走るウマ娘の、その表情を見たいがために、振り返りたいという衝動に駆られた。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ヴィクトールピストの目覚めに気付いたのは、この二人のウマ娘も同時だった。

 

 

「────────!!」

 

「ヴィイ、ちゃん…!!」

 

 

 サクラノササヤキと、マイルイルネルが敏感に彼女の覚醒を感じ取る。

 並ぶように加速していたマイルイルネルなどは、領域の先の領域に入った彼女の、その透き通るような表情の変化も見届けてしまった。

 

 そして、見届けた上で。

 見送るようなことは、絶対にしたくなかった。

 

 

「────────ふざ、けるなッ!!!僕だってッ!!!」

 

「私、だってェェ!!」

 

 

 振り絞る。

 ここまでに絞りに絞ってきた己の力を、さらに振り絞り、限界を超えるために脚を回す。

 先程沸点まで加熱されたマイルイルネルの情緒は最早蒸発し、しかし気化したその熱を逃すことなく更なる高温へと至る。

 

 サクラノササヤキもまた、同様だ。

 大逃げにより作ったマージンを極力減らさぬように駆け抜け、減速を抑えるはずのそこで、()()()を成すために脚を振り絞る。

 限界を超えて走れ。

 追いつかれないために、逃げ切れ!!!

 

 

 ─────その、二人の強い感情は、どこから生まれるものなのか?

 

 答えは簡単だ。

 

 

 

 ────────彼女たちは、壊れてしまっていた。

 

 

 

 そう、壊れてしまっている。

 

 壊されたのは、()()()()()の時だ。

 

 

 メイクデビュー前の、選抜レースで。

 彼女たち二人は、壊された。

 ウマ娘にとって……いや、人間が持つ、とても大切な、己を守るための感情の機構が、壊されてしまった。

 

 アイネスフウジンと走ることで、彼女たちの運命は変わってしまったのだ。

 風神の走りに、壊されてしまった。

 

 

 ────────()()()ということが、出来なくなってしまっていた。

 

 

 まるで中毒者(ジャンキー)のように、勝利を諦めることができない。

 どれほどの実力差を見せられても、彼女たちは諦めずにここまで来た。

 カノープスの魂を体現するように、他の同じ世代のウマ娘が強くとも、諦めることだけは絶対にできなかった。

 

 ()()に敗北があろうとも、()()に敗北はない。

 そんなものは、負けを理解した上で己の全力を繰り出した、選抜レースのグラウンドに置いてきてしまった。

 

 

 そしてだからこそ、この最終直線で、彼女たちは開花した。

 

 覚醒せしめた同世代に負けまいと、全てを賭して意地でも追いつく気概を生んだ。

 

 

 ああ、だが、残酷な表現をすれば……彼女たちは、強い(ウマソウル)ではない。

 その名の元となった魂たちは、アイネスフウジンと戦った朝日杯フューチュリティステークスにおいて好走を果たしたが、その後は重賞勝利もなく、クラシック期で他の優駿たちの陰に埋もれ、競走生活を終えるような、そんな魂で────────

 

 

 

 

 

 ────────知ったことか!!!

 

 

 

 

 ウマ娘である()が!!!

 

 

 目の前のライバル(仲間)に、負けたくないんだッ!!!!

 

 

 

「ぐ、がッ、あ、あああアアアアァァァァァァッッ!!!!」

 

 

「いィやあああァァァァァァァァァーーーッッ!!!!」

 

 

 

 最早叫び声は猿叫(さるたけ)に近い、魂の底……否、魂ではなく、己が腹の底から振り絞った大絶叫をあげて。

 今まさに覚醒し、ウィンキスをブチ抜くために加速したヴィクトールピストに、絶対に負けてたまるかと全身で叫んで。

 ウマ娘である限界を超える。

 

 

 ウマ娘が、人間ではなく、しかしれっきとした生物であるのならば。

 本能で走れ。

 獣となれ。

 

 

 

 ────────見せてやる。

 

 

 

 

 ────────これが、()()()()ってことだ。

 

 

 

 

 

 

「──!!……はああああああああああああああああああああッ!!!!!」

 

 

 そして、その2頭の獣に感化されるように、ゼロの領域に至ったヴィクトールピストもまた、更なる加速を果たす。

 末脚の限界に挑むようなその加速に、しかしマイルイルネルがその差を離さずぴったりと横に追走し、速度を上げた。

 サクラノササヤキは、まるで磁石が同じ極を向き、反発するかのようにその距離を埋めさせない。

 

 

 

 チームJAPANの3人が。

 

 ゼロに至り。

 

 諦めを捨てた獣に成り。

 

 世界最強に、その牙を突き立てる。

 

 

 

 

『残り200m!!ここで来た!!なんと二つ来たッ!!ヴィクトールピストとマイルイルネルが揃ってブチアガってきたーーーーーーっ!!!ウィンキスに並ぶぞ!?並ぶか!?サクラノササヤキもその速度を落とさない!!加速した!?ウィンキスも伸びている!伸びているが三傑がその独走を許さないッ!!泣きそうだッ!!残り100!!!ここで完全に横一線か!?並んだ!!4人が並んだッッ!!!行ってくれ日本!!!()()()()()ッッ!!!』

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ────────見惚れて、しまった。

 

 

 一番外側を走る、己に並ぶ、3人の日本から来たウマ娘の走りに、見惚れてしまった。

 先程から、己の組み込んだ勝利の方程式が、エラーを吐き出し続けている。

 

 ヴィクトールピストの覚醒までは、まだ、なんとか式に組み込めた。

 

 だが、その先、サクラノササヤキもマイルイルネルも、明らかに限界を超えてきた。

 しかも、100%を超える120%、()()()()()()()()()()()()()()()()

 無限だ。

 無限に、その強さを増していく。

 

 それは、彼女たちがお互いに、負けるまいと力を振り絞っているから、なのか?

 サクラノササヤキとマイルイルネルに引き上げられるように、ヴィクトールピストも更なる加速を果たし。

 それに呼応するように、また二人も高みへと至り。

 無限に、己に肉薄してくる。

 

 

 ────────見惚れてしまった。

 

 

 ウィンキスが走ったこれまでのレースで、そんなウマ娘はいなかった。

 方程式が完成してから、己が常に一着を取り続け、最終直線で自分に追いすがるウマ娘はいなかった。

 いて、くれなかった。

 

 エラー。

 ウィンキスは、己の内から溢れる数式に当てはまらない感情に、エラーを見出し削除する。

 エラー。

 それは、どれほど削除を繰り返しても、止めどなく湧いてきた。

 エラー。

 方程式は最早ぐちゃぐちゃで、証明に至らない。イコールの先に結べない。

 エラー。

 わからない。判らなくなってしまった。

 エラー。

 自分の気持ちに、名前がつかない。

 エラー。

 エラー。

 エラー。

 エラー。

 エラー。

 エラー。

 

 

 方程式を削除。

 一度、己の思考を真っ白にフォーマット。

 

 真っ白になって、走り始めたころの己に戻る。

 

 そして、隣を走る彼女たちを見て、一番最初に湧いてきた感情を定義付けする。

 

 

 

 ────────ああ。

 

 

 ────────なるほど、これが。

 

 

 

 

 ─────────────『()()()()』。

 

 

 

 

 

 ウィンキスは、今、この瞬間に初めて、己がこれまでのレースで一度も抱かなかったその感情の名前を知った。

 勝ちたいという気持ち。

 ライバルに、負けたくないというこの気持ち。

 誰よりもウィンキスが強くあり過ぎたことで、ウマ娘ならば当然に持つはずのこの気持ちを、ようやく今日、初めて知ることが出来た。

 

 

 そして。

 

 それが、彼女が己の領域(ゾーン)に目覚めるための最後のピースだった。

 

 

 

 

 ────────【Forever Winning Run(誰よりも勝ちを重ねて)

 

 

 

 ()()5()m()

 

 

 

 

 

 

 

『───ッ今!!ゴーーーーーーーーーーーーールッッ!!!ゴール!!ゴールですっ!!!勝ったか!?勝ったか日本!?ほぼ完全な横並び!!横並びでしたっ!!!誰の勢いもよかった!!ほんの僅かにヴィクトールピストか!?わかりません!!確信が持てない!!とてつもないレースになりました!!間違いなく今大会ベストレースッ!!チームJAPANの3人と!世界最強のウマ娘が!!ドバイターフに伝説を刻みましたッ!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ヴィクトールピストは、ゴールを駆け抜け、大歓声に包まれた瞬間に……己を、取り戻した。

 まるで夢のような最終直線。

 全力などと言う言葉では表せないほどの極限まで酷使した体は、意識を取り戻した瞬間に全身に極度の疲労が走り、肺は酸素を求めて収縮を繰り返す。

 

 

「─────う、っぇほ!!ごほっ、こほっ……!!……ッはぁーーーー!!はぁーーーー……!!」

 

 

 かつて、ベルモントステークスでファルコンが見せたそれ、ほどではない。

 ジャパンカップでアイネスが成った程度のそれで済んでいた。

 それは、ヴィクトールピストもまた体幹を磨き上げ鍛えぬいてきた脚を持っているからでもあり、距離が1800mと彼女たちに比べて短かったからでもあるだろう。

 何とか、倒れずにはすみそう、だった。

 

 だったのに。

 

 

「………うーーーー、わぁーーーー!!!」

 

「こんのぉ!」

 

「えっ………っきゃぁん!?」

 

 ゴール後、並んでクールダウンに入っていた左のサクラノササヤキと右のマイルイルネルから、思いっきり()()()()()()()()()()、ばちーん!!!と気持ちよい音をメイダンレース場に響かせてヴィクトールピストは倒れ伏した。

 しかもそのまま両隣の二人も倒れこんできて3人で川の字になるというそれだ。

 覚えてろよお前ら。

 

「………っはぁ!!っはぁー!!!………負けた!!!」

 

「ああ、負けた……!ウィンキスさんは離れてたからわからなかったけど……ヴィイちゃんには、負けたよ!クソっ!!」

 

「……あ、………私、どうなったの……?」

 

 勿論起き上がる力など残っているはずもなく、そのまま3人で息を必死に整えながら、先ほどのレースの勝敗について言葉を零す。

 ゼロの領域に至り、無意識の中にいたヴィクトールピストには分からなかったが、どうやら自分はこの二人には勝ったようだ。

 極限まで攻め込み競い合ったウマ娘には、たとえそれが僅かな差でも、勝敗は察する。どっちが勝ったか、分かってしまう。

 そして、サクラノササヤキとマイルイルネルは、少なくともヴィクトールピストには先着できなかったことを、その身で感じていた。

 

「……すごい走りだったよ、ヴィイちゃんは!!!何あれ、フェリスの先輩たちみたいな加速、して……!!」

 

「ズルいよ……あんな切り札、隠してたなんて……っふぅ……やるなら言ってよ……おかげで僕たちも、たぶん、3段くらい飛ばして限界、超えられた、けど……」

 

「え……ごめん、覚えてなくて…………はぁ、ふぅ………」

 

 二人が己の走りを褒めてくれるが、ヴィクトールピストにはいまいち実感がわかない。

 首だけ向けて掲示板の方を向いても、未だに上位4名の名前が示されるところは黒く染まったままだ。

 ただ、レコードを更新していることだけは、recordの英字が表示されていることで理解した。

 

 そして、そんな川の字の3人の元へ、もう一人激走を果たしたウマ娘が近づいてくる。

 ウィンキスだ。

 彼女は、あの凄まじい激走を経てゴールしたその後に、なんと。

 

 

 息が、乱れていなかった。

 

 

「………化物……」

 

「なんで……呼吸が整ってるんですか…あの人……」

 

『……ウィンキスさん………何か、私達に?』

 

『……いえ。ただ、どうしても、伝えたいことがあったので』

 

 3人の内英語が出来るヴィクトールピストが、ウィンキスに言葉をかける。

 ウィンキスもまた、そこに彼女らしからぬ感情の色を含んだ声で返した。

 

 ウィンキス自身も、己のスタミナに戸惑っていた。

 脚の負担を考えて途中まで100%で走らなかったのは事実ではあるが、それだって変に勘ぐらなければ、どのウマ娘も意識せずにやっていることだ。

 限界ギリギリまで毎回絞るようなレースは、本来は走ってはいけない。実力差があるのならばなおさらだ。

 

 そして、その上で当然、ウィンキスだって最終直線で振り絞って走っていた。

 途中から全身全霊の100%を繰り出したし、普通であれば己も息を切らせ、汗だくになっていておかしくない。これまでのレースだってそうだったのだ。レースでスタミナを使いきれないような走りはしない。

 

 だが、ゴール直前にウィンキスが目覚めた、彼女の領域(ゾーン)

 【Forever Winning Run(誰よりも勝ちを重ねて)】。

 それは、彼女が他の優駿と比較しても多くのレースを走り、そして勝利を重ねていたことによる魂の躍動。

 

 その効果は、最終直線を加速し続け、かつスタミナが一気に回復するという物だった。

 

 恐らく、あと500mは軽く走れてしまっただろう。

 ウィンキスは己が目覚めた領域の効果を実感しきれないままに、ゴールラインを越えることとなった。

 

 しかし、そんなウィンキスがしばらく悩んで浮かべた表情は、笑顔であった。

 普段は冷静沈着、無表情である彼女が見せる、心からの笑顔。

 

 このレースで得られたものが、本当に大きかった。

 

 

『ヴィクトールピスト。そして、サクラノササヤキ、マイルイルネル』

 

『……はい』

 

「呼んだ?今私の事呼びました??」

 

「……リスニングなら何とか。プリーズスロートーク……」

 

 笑顔を浮かべたままに、横たわる三人にかける言葉を決めて、ウィンキスは言葉を紡ぐ。

 マイルイルネルに乞われた通り、言葉をゆっくりと語り掛けるように、優しく。

 

 

 

『……とても、楽しい勝負でした。でも、覚悟の、準備を、しておいてください。今度は、私が──────日本に、貴方たちに、()()()()します』

 

 

 

 

 次の瞬間、大絶叫がメイダンレース場に生まれた。

 

 着順掲示板に、確定のランプがついたのだ。

 

 

 

 

 

 1着 ヴィクトールピスト

 2着 ウィンキス

 2着 サクラノササヤキ

 2着 マイルイルネル

 

 

 

 

 

 

 1着、ヴィクトールピスト。

 2着は同着が3名。チームJAPANの2名と、ウィンキスが。

 

 

 チームJAPANが、勝利した。

 

 

『……!!……勝った……勝った!私、勝った……!!』

 

『ええ、貴女の勝ちです、ヴィクトールピスト。そして、サクラノササヤキとマイルイルネルにも、私は勝っていない。私は初めて、悔しい、という感情を味わっています。……この甘美な疼きを、次は、貴方たち日本にプレゼント、します』

 

「何言ってるかわからないけど!!!とりあえず誇れる二着ーーーッッ!!!」

 

「ああ。次は負けないけど………でも、悪くないっ!!世界には並べたッッ!!」

 

 川の字になったまま、それぞれが身をよじって勝利の感動を味わうチームJAPAN。

 そんな彼女たちの様子に苦笑を零しつつも、ウィンキスもまた、味わい深い激戦の決着を反芻していた。

 

 

『さあ、ヴィクトールピスト。勝者がいつまでも寝ていてはいけません。貴女には……いいえ、貴女方には、勝ち誇る義務がある。手を』

 

 

 そしてようやく呼吸も落ち着いてきた頃に、ウィンキスに差し出された手を取って立ち上がるヴィクトールピスト。

 隣の二人も続けてなんとか立ち上がり、ウィンキスの促す先、向こう正面に向けて走り出す。

 

 1着のヴィクトールピストだけではなく、同着2位という奇跡を果たした二人も共にウイニングランに参加することを、観客の誰もが拒まなかった。

 当然の権利だと実感した。

 彼女たち、チームJAPANの起こした奇跡に、脳を焼かれていた。

 

 

「………ねぇ、どうする?」

 

「どうって、ねぇ?そりゃ、今回は3人でここに来ちゃったし?」

 

「ヴィイちゃんがいいなら、僕たちも交ぜてよ。みんなでこのレースを誇ろう」

 

 

 そうして、向こう正面にたどり着いた3人がスタンドに正面から向き合って、観客たちが一寸押し黙る。

 彼女たちが勝利を誇る姿を、待つ。

 

 

 軽い打合せを終えて、うんと頷き、そうして笑顔を見せた三人が取った行動。

 

 

 

 左手を腰に。

 

 右手を天に。

 

 そして、それぞれが指を1本、夜空に向けて。

 

 

 

 3本の、勝利を誇る人差し指。

 

 

 それは、チームJAPANの3連勝を勝ち誇る、雄弁なるメッセージとなった。

 

 

 大歓声と拍手に会場が沸き上がり、花火が上がって。

 

 ドバイターフの激戦は、幕を閉じた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

160 ぱかちゅーぶっ! ドバイターフ 前編

 

 

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

!!ドバイ2連勝中!!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

「─────っし、休憩も終わり!続いて始まるのがドバイターフだぜぇ!!チームJAPANの第三戦!!ここまで最高の流れで来てるからここもなんとか!!何とか続いてほしい所だ!!」

 

「一先ずはレース紹介だな。……ドバイターフ、芝1800mのレースだ。創設は1999年、ドバイデューティフリーという名称で開かれている。今のドバイターフに名前が変わったのが2015年でかなり最近だな。創設の年にはダート2000mのレースだったが、翌年より芝の1800mに変更となっている」

 

「芝に変わったことで世界中のそれっ位の距離を得意とするウマ娘達が一気に集うようになったんや。んでもってちょびっと距離変更とかもあったりしたんやけど、2002年には国際GⅠに昇格して、2010年からはメイダンレース場での開催に変更になって今がある、って感じやな」

 

「このレースにはおもしれージンクスがあってよぉ……何とこれまでの開催の勝敗データを見ていると、同着による1着がなんと2回も起きてるんだぜ!!GⅠで同着なんて本当に稀なのによ!!日本でも多分今現在まではダービーのブルボンとライスくらいじゃねーか?それなのに同じレースで2回も起きてっから、超激戦になることが多い……なんて言われてるな!!」

 

「日本のウマ娘もかなりの数が挑戦をしていて、過去にはアドマイヤルナが勝利してもいるな。決して日本のウマ娘にとって苦手なレースと言うわけでもない……勝ってほしいな、何とか…」

 

『解説助かる』

『解説のおかげで呼吸できるようになった』

『熱い解説助かる』

『歴史は相変らず浅いんな…』

『とはいえこのレースは早い時期から優駿集まってたんよ』

『GⅠになったのもめっちゃ早い』

『1800m走れるウマ娘多いもんな』

『短距離専門とか長距離専門とかじゃなければおおよそ走れる距離』

『かなり中距離寄りのマイルって感じ』

『同着が二回も!?』

『はえーすっごい』

『同着レースなんてブルライの日本ダービーしか見たことないや』

『写真判定でもピッタリ同着って本当に珍しいからね…』

『ドバイは同着判定に使うカメラ超高性能だから僅かな差でもちゃんと見えるぞ』

『夜に開かれるレースだから逆にその辺しっかりしてるよね』

『その上で2回か…』

『写真判定に持ち込まずにぶち抜けばええ!』

『それはそう』

 

「んでもって次は有力ウマ娘の紹介になるけどよー、日本の三人はこの生放送最初の頃にも話したし、知らねーヤツいねーだろーから大丈夫だよな?」

 

「チームスピカのヴィクトールピストと、チームカノープスからサクラノササヤキ、マイルイルネルやな。革命世代のダートのウララを除いた若手3人って感じやで」

 

「昨年それぞれがGⅠ勝利経験もあり…そしてもちろんの事、優駿だ。勝率や戦歴を見ればチームフェリスの3人が少し頭抜けてはいるが、しかし彼女たちはそれに何度も、諦めずに食らいついていった。負けん気ならば彼女たち以上だ」

 

「おーよ!!ヴィイの奴だってこのドバイに向けてマジで真ッ剣に練習してやがったからよ、気持ちは一番強いと言っても過言じゃねーぜ!!…ああいやファルコンも強かったか?まぁいいや!!そんなこんなでアタシたちチームJAPANの3人が挑むレースになる!!勿論その分勝ってくれる確率も普通に考えりゃ上がる!!────んだけどなぁ」

 

「……せやなぁ……」

 

「相手が、な……… チームJAPANにとって、極めて厳しい戦いになることだろう」

 

『おー!革命世代の中等部トリオ!!』

『ウララちゃんもやろがい!』

『革命世代の筆頭8人は綺麗に学年分かれてるよね』

『フフフシスターズとライアンが高等部2年、他4人が中等部2年だっけ』

『同級生も多いから横のつながりも強いんかな?』

『仲はすごくいいよね』

『ライバルでもあるが日常生活で仲悪いことはなさそう』

『ドバイ遠征も楽しそうにやってるっぽいしな』

『そういう所ほんとすこ』

『今日オニャのSR率高かったね3月は』

『ヴィイちゃんの有マの鬼の末脚があればやってくれるやろ……』

『ササイルはカノープスなんだよなぁ…』

『最近はカノープスだから勝てないってジンクス無くなったから…』

『実際有マのターボとネイチャ見たらもう何も言えん』

『普通に強いよね アイネスにだって勝ってるしレコードパなしてるし』

『叩き上げって印象が強いねカノープスの二人は』

『ん?』

『急に口が重くなるやん』

『芝 いや芝はやしていいのか?』

『何?』

『気持ちわかる海外レース下調べ勢のワイ』

『やべーやつがいんの?』

『ここ2戦もやべーやつじゃなかった?』

『いやまぁ……ね……』

 

「おー、このレースに挑んでくるライバルがよぉ、ホントーにやべぇんだわ!!世界一番人気、圧倒的な得票率になってるウマ娘紹介してくぜ!!オーストラリアのウマ娘!!ウィンキスだぁ!!はいフリップドーン!!」

 

「コメント欄の皆もパソコンかタブレットの前にいるのだろう?よければ戦歴を調べてみてほしい。戦慄するだろう……短距離のブラックベルーガと並び、オーストラリアにおいて彼女はマイルから中距離では絶対の名をほしいままにしている。世界最強のウマ娘、と言っても誰も異を唱えまい。全盛期の私が、得意とする日本のレース場で今の彼女に挑んだとして、どうかな……際どい、と言う言葉では表せないほど、苦戦は必至だろうな」

 

「32戦26勝。GⅠ14勝や。もうこの時点で頭おかしいやろ。オペラオーがグランドスラム達成したあの1年をプラス1年半回ったようなもんやぞ?クラシック中盤からは敗北無し、全部勝利。シンプルに強すぎるわ……それに、オグリにも負けんくらい走るスパンも短いんや。もうなんつーか……体全体がタフなんやろな。フィジカルエリートっちゅーやつや」

 

『戦歴見た は?』

『1着がずらりと並びすぎてて芝はやすしかない』

『戦歴おかしい…』

『なんだこいつ…』

『誤解恐れず言うけどオーストラリアのレベルが低いとかそういう話…ではないよね?』

『※ドバイ以外の世界のレースでウィンキスに負けてるオーストラリアウマ娘の勝利経験多数』

『オーストラリアは国土も広くレースもめっちゃ盛んだから基本的に強いウマ娘が育つところよ』

『そこで……この戦績なんですか……?』

『モンスター……』

『ってか走るスパンが普通に化物』

『それでケガもなく走ってるのはどういうことなの……』

『よっぽど強い領域を使うのか、はたまたネイチャみたいな策士タイプか、大逃げか?』

『アイネスねーちゃんみたいなチート領域持ちだったりすんの?』

 

「おー、コメント欄も気にし始めたからよ、やりたくなかったウィンキスの走りの特徴についての解説も始めるぜー。ちゃーんとアタシがサブトレーナーとして過去の走りのデータも調べて作ってきたやったぜ!!はい次のフリップどーん!!!」

 

 

【ウィンキスの強み】────────【速い。】

 

 

「……いや手抜きやろがい!!前のレースまでは結構真面目な領域解説フリップ作ってたやろゴルシ!!まぁこう書くしかないってのもわかっとるが…!!」

 

「……あー、解説を加えよう。実を言うと、ゴールドシップの示したこれが本当に答えなのだ。ウィンキスは、既にシニア期を2年も迎えた熟達したウマ娘だが……領域に、入った事がない。いや、牽制も飛ばしていないし、何か特別な技術……例えばそう、私のコーナー技術や、タマモクロスで言えば中盤の滝登りのような加速、ゴールドシップで言えば下り坂で一気にスタミナを回復するような……そういう技術も用いないのだ。ただ、当たり前にスタートを出て、当たり前に先行の位置取りをキープし、牽制に抵抗し、最終コーナーから加速して、勝つのだ。………それが、他のウマ娘が技術や領域を駆使してもなお追いすがれない速度となる。………これがどれほど恐ろしい事か分かるだろう。隙がない事と同義だ。ヴィクトールピストと同じ、私にとっては最も相性が悪いウマ娘の一人だな」

 

『はー!』

『はーなの!』

『ちょっと何言ってるかよくわかりませんねぇ……』

『つまり……ただ走るだけで勝ってる……ってコト!?』

『どんな体してんだ』

『何か特別なことをするわけでもないからそれを潰したりもできないってことね』

『無敵かよ』

『無敵だよ(事実)』

『成績がそれを物語っている…』

『怖すぎる……』

『いやだが革命世代だぞこちとら!!』

『1戦目も2戦目も下バ評覆してきてるんやぞ!』

『きっと3人の誰かが勝ってくれる!』

『俺たちはそう信じている!!』

 

「おー!!コメント欄のヤロー共その意気だぜぇ!!確かにめちゃくちゃ強敵だ!けどよぉ!革命世代ってのはそんな相手に挑み続けて強くなってきたんだ!!少なくとも気圧されるようなことはないはずだぜ!!」

 

「ああ、その通りだ。2連勝を見てここに至り、私も心の底から言える。たとえ相手が世界最強だろうと、革命世代ならやってくれると…!」

 

「ウチらはもう信じて応援することしかできないんや!!最後の一瞬まで全力で応援したろうや!!」

 

『うおー!!頑張れー!!』

『ヴィイー!!ササイルー!!みんな頑張れー!!』

『あの三人ならやってくれる!!』

『むしろ格上食いなら最も得意としている所』

『日本の三連勝を任せたぞ…!!』

『がんばれー!!!』

『テンション上がってきた』

『やってくれる…はず!』

『勝ったな風呂入ってくる』

『ゲート前に集まってきたところやろがい!!』

『現実逃避はいけない』

『絶対に目をそむけねぇからよ…頑張ってくれ…』

 

「ヨシそんじゃ解説は終わりだー!!ゲート前にウマ娘達が集まってきやがったぜぇ!!」

 

「芝コースのレースでは初めてのナイターになるな……ん、出てきたな。ウィンキスだ。…………パーフェクトだ。その脚の仕上がりに、綻びの一つも見られない……強いな、やはり」

 

「それでもやってくれるって信じとるで…!!……ってか、立ってるだけで周りのウマ娘が委縮し始めとんぞ。やってるわけでもないんやが……それほど、ってことなんやろうな」

 

『うわ出た』

『出たわね』

『もうなんか立ち方に風格出てんな』

『調子ぃ……悪くなさそうですねぇ…』

『尻尾の揺れがメトロノームみたいに規則的』

『落ち着いてんな……』

『自信があるんだろうね』

『お』

『来た!』

『チームJAPAN登場!!』

『うおー!!ヴィイちゃーん!!』

『頑張れヴィイちゃーん!!』

『ササちゃんビート刻んでいけぇ!!』

『イルイルー!!今日も一杯おみみ動かして行けー!!』

 

「チームJAPANの三人も出てきたな!!…っと、スゲェ歓声だ!!期待されてるぜ…!!流石に二連勝してるだけあるな!!」

 

「ああ……だがしかし、ウィンキスの気配に呑まれかけているか…?……ん、いや、切り替えたな。いい顔だ。ああ、彼女たちがよく見せる表情だな。挑戦者の顔をしている」

 

「秋華賞と有マで見た顔やで!!せやな……アンタらもとんでもないバケモンと戦ってきたんや。気合で負けんなや!!」

 

「……っとぉ!?ヴィイのやつ、ウィンキスに声を掛けに行ったかぁ!?なんつークソ度胸だ!!確かに英語はできっけどよぉ!!」

 

「……挑戦者として、決闘の手袋でも投げつけたかな?わずかだが、ウィンキスが楽しそうに尻尾を一振りしている。よくやる……流石は革命世代だ」

 

「おっしゃその意気やヴィイ!!ササイルも絶対負けんなやー!!ファイトやー!!!」

 

『気合入ってるな3人とも』

『事前にウィンキスの情報は当然集めてただろーしな』

『いやそれでもメンチまで切れんのはすげぇよ』

『ヴィイちゃんこれまでにも強敵としか走ってないからな……』

『フラッシュ…アイネス…ライアン…凱旋門…有マ……』

『経験が活きたな』

『ササイルも負けていませんよ』

『この二人何かやらかしそうな雰囲気』

『頑張ってくれ…マジで』

『ゲート入り始まる』

 

「よっしゃゲート入りだぁ!!あたしを擦れ!!摩擦熱でファイヤーさせてみろぉ!!ゲン担ぎ続けていくぜぇ!!!」

 

「君もまたメンタル強いな……」

 

「ま、ゲート入り自体は順調やな。逃げのササヤキが一番内枠を取れてるのはデカいで。……ああ、このヴィクトールピストの隣に入ったプッシュウィズ、これもドバイの経験が多いウマ娘でそれなりに危険なんよな。ま、コイツとならチームJAPANの方が上やと思うが…」

 

『開き直りやがって』

『どうしてもゲート入りを擦ってもらいたいのか?』

『この欲しがりさんめ』

『口はこう言ってるがこっちのゲート入りは素直だな』

『怯えろ!竦め!』

『ゲートに入れぬまま落ちてゆけ!』

『スタートが遅れてるのね』

『ゴルシがゲート入りしないのなんて日本じゃ当り前よ』

『お前が……ゲート難だ!』

『それでも入りたくないゲートがあるんだああ!!』

『このウマ娘……戯れている!!』

『ゴルシさんかい!?ゲート入りが遅い!遅いよ!?』

 

「ガンダムネタとなったらすぐに足並み揃えがやって…。っさて、今最後のウマ娘がゲートに入ったぜー」

 

「始まるな……1800m、ドバイターフ………今スタート!!……なんと!?」

 

「オイオイオイオイ!!!サクラノササヤキがぶっ飛ばして大逃げやんか!!最っ高のゲート反応やで!!やるなぁアイツ!!」

 

「っておぉい!?ヴィイがスタート出遅れたか!?最後方からのスタートになってやがるー!!」

 

『!?』

『ササちゃん行ったか!?』

『えっすげぇスタート…』

『サイレンススズカみたいでやんした…』

『カノープスのサイレンススズカ』

『ターボ()』

『ってそっちに気を取られてたけどヴィイちゃん!?』

『うわ今最後尾か!?』

『やっちまったか!?』

『うわーキツい!?』

 

「っ、ヴィクトールピストは隣枠のプッシュウィズにゲート内で牽制を飛ばされたな…!コンマ数秒ゲートから出るのが遅れたようだ…!……こうなると、どうなんだ?ゴールドシップ、彼女は」

 

「せやな、スピカのウマ娘なんやからゴルシがきっちり教えてたんやろ?その辺は。ヴィイはどの作戦でも走れる器用なタイプやもんな、ウチみたいに」

 

「あったり前のパーペキよーぃ!!勿論ゴルシちゃん流の追込タクティクスを指導済みだぜーっ!!ほれよ、スタートで出遅れる可能性はいつだってあるじゃん?そういう時に冷静になって落ち着きながら追込に切り替えて走る練習はちゃーんと身につけさせてるぜっ!!去年はフランスで1か月以上アタシとの併走ばっかりだったんだからよー!」

 

「ほう……成程、確かにいい走りだ。最後方からの戦い方が出来ている、動揺もない…これは、悪くないぞ?むしろ出遅れて最後方に位置したことで、彼女の最大のウィークポイントである領域が発動するまでの牽制の集中が無くなっている!世界のウマ娘にとっては彼女が追込で走れるなど知らないからな…!!」

 

「おー、ウチの目から見ても中々の追込の走りやないか!!やるやんかゴルシ!!こりゃヴィイもまだまだ期待できるで!!んでもってササヤキは大逃げぶっぱ、イルイルは差しの位置で悪くないポジションをキープできとるな!レースはこっからやー!!!」

 

『お、何とかなりそう?』

『日本が誇る優駿たちの熱い解説助かる』

『ヴィイは出遅れがむしろ功を成したか』

『塞翁がウマ……ってコト!?』

『実際出遅れて最後尾に堕ちたらそっちに牽制しかけるウマ娘はいないやろうし』

『なおそのウマ娘は追込の作戦もできる模様』

『逃げも先行も差しもできる模様』

『そして追込を教えたのがゴルシというね』

『期待と不安がすごい』

『期待が100%で不安も100%という謎の感情』

『頑張れヴィイちゃん…!!』

『ササちゃんはぶっ飛ばすな!』

『あーれやってますわ』

『キメてる(ターボ因子)』

『逆噴射する前に逃げ切っちまえ!!』

『イルイル君はいつものポジションって感じね』

『彼女こそ冷静なレース展開が売りだしな』

『面白くなってきた』

 

「これよー、ヴィイみてーにササヤキのやつも功を成してねぇか?日本であんなことやったら速攻潰されるけど、最初のコーナーに入るまでを見ても……牽制が余り飛んでねぇ。多分、ラビットに間違われてるんだ」

 

「……だな。世界の一般常識で言えば、大逃げと言う作戦はあり得ない。それをするものはチームの為に貢献するラビットとしか思われないだろう。しかし日本では大逃げで強いウマ娘が複数存在している……無論の事、このサクラノササヤキの走りも、己の勝利の為に駆け抜けているそれだ。駆け抜けるだけのスタミナも、ドバイで鍛えこんでいるのだろう」

 

「これ、後続めっちゃ荒れるで。ササのことラビットだと思ってペース配分する世界のウマ娘と、関係なくマイペースをキープするウィンキスと、惑わされてない日本の二人……牽制得意なヴィイとイルイルがいるわけやろ?中盤はこの大荒れに巻き込まれたら終わりやな。…っと、ホレ。今ちょうどヴィイが上がるついでにプッシュウィズを潰しよった」

 

「見事な睨みだったな。プッシュウィズは先ほど潰したと思っていたはずのヴィクトールピストが意に介さず反撃してきたことで相当に動揺し、掛かってしまったな……掛かりはこれほどハイレベルなレースでは一手で致命傷になる。彼女は厳しいか」

 

「そしてまずここでヴィイが領域に突入したぜっ!!練習の成果が出てやがる!!マイルレースなら500m地点からゴールまでずっとデバフに抵抗し続けられるぜっ!!バ群の乱れにもめちゃんこ強いしよー!!こりゃ日本に取っちゃ悪くねぇ流れだ!!」

 

『流れ…来てるぞ』

『ササちゃんの大逃げは珍しいけどペースすげーな!?』

『あれが出来るほどに鍛え上げたんやろな…』

『ヴィイちゃんも冷静に位置を上げ始めた』

『追込でも動じてないな』

『サスガダァ…』

『領域きたんか!?』

『出たイージスの盾』

『ヴィイちゃんが領域入ると大体その後好きに走ってるのわかるよね』

『周り殆ど見なくなるからな』

『そのままウィンキスもぶち抜いてってくれー!!』

 

「ウィンキスは全く動じてないぜ……こうして俯瞰で見てるから分かる最適解の位置取りをずっと続けてやがるって感じだな!!コーナーに入っていく!!1000m通過タイムは56秒5!!速っええ!!」

 

「大逃げ、ばっちりハマっとるな……20バ身近い差が出来とるで、こういうのはワンチャンあるんや。有マのターボやスズカみたいに最後の脚を残せてれば、これはウィンキスだろうとまったくわからんで…!!」

 

「───────────」

 

「お、お……中団のウマ娘達が随分動き始めたな?最終コーナーに最適な位置取りで……ん、おん?動きがおかしくねーかぁ?なんで下がってんだアイツ?……あん?」

 

「おぉ?なんやコレ………あり得んやろ、先行のウマ娘がずるずる下がって……差しのウマ娘がアガっとるやんけ!そりゃ壁や!!ヴィイも……そっちはアカンぞ!!内……に行ったなぁ!!偉い!!偉いがしかし、なんや?何が………ん…─────なぁルドルフ。これ、やっとんのか?」

 

「……ああ…絶句してしまった。この混乱は……全て、マイルイルネルが引き起こしている。間違いない」

 

『何!?何が起きてんの!?』

『集団ぐっちゃぐちゃじゃない?』

『素人目に見てもわかるおかしさ』

『実際に走ってるウマ娘も混乱の最中』

『ヴィイちゃんが領域突入済みでよかった…』

『ウィンキスは動じてないか?』

『ってこれイルイル君の仕業なん?』

『え、マ?』

『マ?』

『イルイル君やってんな!?』

 

「…今、10番に牽制を飛ばした、同時に7番と11番と…3番か?いや……ん、7番のウマ娘が負けじと抵抗したがその前の9番……いや、11………待て、待て待て。そこまで視野が広くなっている、のか……!?……凄まじいぞ、今日一番の驚きだ……どこまで、どこまで読んでいるのだマイルイルネル…!?そこまで詰めてこのレースに挑んだか…!?」

 

「はははは!!珍しいもんが見れてるぜぇ……会長の冷や汗なんてよぉ!!やってんなぁイルネルのやつ!!いやっ、これすっげぇわ!!詰めてきたなぁ!!」

 

「ウチにはもうわからんレベルや!!元からイルイルは牽制得意で周りを見る冷静さが武器やったが……そうか、覚醒したんや!!こないだゴルシらが走った有マ記念、あそこで見せたネイチャの支配力をイルイルが叩き込まれたってことやろ!!そうでないとこんなん説明がつかんわ!!ネイチャも同伴ウマ娘としてドバイに行っとるからな、二人と南坂トレーナーで、研究し尽くしてきたんや…!!」

 

「……ああ、くっそ、羨ましいな…!!私があそこにいられないのが悔しいよ!!見事だマイルイルネルッ!!これで距離のあるサクラノササヤキ、領域に入っているヴィクトールピストと、絶対王者ウィンキス以外は……潰れた!最終コーナーに入り4人の叩き合いになる!!」

 

「っしゃこっからだぜェーーー!!!行けーーーーッッ!!ぶっ飛べーーーーー!!!」

 

『イルイルすげええええ!!!』

『カイチョーが絶賛するほどか…』

『ものすごい獰猛な笑顔を見せていますね会長』

『現役時代の気性が蘇る』

『ぱかちゅーぶのウマ娘現役時代に戻りがち』

『いやでもこれ完全にヴィイとイルイル抜け出した!!』

『ササちゃんがコーナーを一人だけ回っていくゥ!!』

『ターボを彷彿とさせる走り!』

『そのまま逃げ切れーーーーっ!!!』

『ウィンキスが来る!来る!!』

『その後ろからヴィイちゃんたち来てる!!』

『行けーっ!!チームJAPAN!!!』

『世界最強に負けんなーーーー!!!』

 

「行ける!!行けるで!!ササもまだ勢い落ちとらん!!ヴィイとイルイルもいい位置や!!これはあるで!!」

 

「よし、行け!!勝てるぞ、そのままだ!!3人で行けっ!!」

 

「コーナー抜けたっ!!こ────────は?」

 

「───────な、」

 

「────────────嘘、やろ……」

 

『は?』

『はっや』

『ウィンキスが来た!!』

『はや』

『え、これ』

『終わった』

『頑張れ!!』

『うわ』

『ぎゃあああああああああ!!!』

『速すぎんだろ……』

『行けええええええええ!!』

『ぎゃああ差が一気に詰まるうううううう!!!』

『駄目なのか…?』

『これが世界最強……』

 

 








長くなりすぎたので分割になります。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

161 ぱかちゅーぶっ! ドバイターフ 後編

 

 

 

 

「……ッッ!!まだレースは終わっていない!!!私達が応援しなくてどうするのだっ!!!頑張れみんな、頑張れっ!!!」

 

「っとぉ、そうだったなぁ!!まだだ!!ヴィイ、ぶち込めぇ!!飛ばせーーーーっ!!!意地でも追い縋ってくれぇーーーーーー!!!」

 

「逃げろやササぁーーー!!!差し込めイルイルゥ!!!あと400mやぁ!!世界のてっぺんはすぐそこやぞォ!!!走れェーーーーーーーー!!!!」

 

『行けーーー!!行ってくれーーー!!!』

『会長の一喝で目が覚めたわ 走れーーーー!!!』

『行ける!!まだいける!!!』

『ウィンキスに負けるなぁーーー!!!』

『世界最強がなんぼのもんじゃい!!』

『革命しろォーーー!!!』

『走れえええええええええええええええええええ!!!』

『勝てるって!!行けるって!!!』

『頑張れええええええええ!!!』

『行け!!』

『頑張ってくれーーーー!!』

『うおおおおおおおおおおおおおおおお!!』

『負けんな……頑張れぇ!!!!』

『頼むううううううう!!!』

『行けーーーー!!走れーーーーー!!』

『頼む……お願いだから勝ってくれ……!!』

 

「残り300……ッ!!ウィンキスが来た!!だがまだ距離はある!!行けっ!!行くしかない、走れっ!!」

 

「頼むぜちっくしょぉ!!じりじり詰められてっけどまだゴールまで距離がある!!!全部振り絞れェーーー!!」

 

「行けーーーーーーーっ!!限界ぶっ壊してカチコ────────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────ゼロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────ッ!!!ヴィイが、来たッ!!!あの感覚に至りやがったッッッ!!!」

 

「凄まじい加速だッ!!これは……行ける、か!?まるで泰山のように大きな走り……!!」

 

「……っ!!ここでウィンキスも加速してきよったぞ!!あいつ余力を残しとったか!!!行ける!!いけぇ!!!…………ってイルイルも来よったぞォ!?」

 

「なんだァ!?ササヤキのやつも再加速したぞ!?獣みてーに……どんどん……どんどんアイツら速くなっていきやがる!?どうなってやがんだ!?いやもうどうだっていいや!!!走れーーーーーーーーっ!!!行けるーーーーっ!!!」

 

「奇跡を……奇跡を見せてくれ!!!日本が、世界最強に勝つ瞬間を!!ドバイで勝つ姿を見せてくれっ!!!行っけぇーーーーーーー!!!」

 

『うわヴィイすげえ加速!?』

『行ったか!?』

『これが革命世代よ!!!行けえええええええ!!』

『行けるか!?』

『ウィンキスも加速してきた!?』

『バケモンがよぉ!』

『厳しいか!?これでも!?』

『いや来た!?』

『イルイル来た!?』

『イルネル負けてねぇ!!』

『ササちゃんも来たか!?』

『ササちゃん加速したぞ!?』

『逃げて差す!?』

『そのまま大逃げだーーーー!!!逃げ切れぇーーーー!!』

『ウィンキスが迫ってる!!』

『いやウィンキスに迫ってる!!!』

『完全に追いつくぞこれ!!』

『うわ行ける』

『行けえええええええええええええええ』

『勝てるううううううううう!!!走れええええええええ!!!』

『やれーーーっ!!勝てええええええええ!!』

『うわー並ぶ!?』

『並んだ!!』

『並んだか!?残り100!!』

『並んだ!!』

『並んでる!!』

『落ちるな差し切れえええええええええ!!!』

『意地でも抜かせんな!!』

『いけええええええええええええええ!!』

『うあわああああああああああ!!!』

『ああああああああああああああああ!!』

『走れえええええええええええええええ!!』

『誰も譲らねぇ!!!』

『頑張れーーーー!!!』

『祈りが届け…!!』

『夢を!!!』

 

「ッ、今っ、ゴーーーーーールッッ!!!……完っ全に横並びだ!!4人、横並びでゴールしたように見えたぜ!!どっちだ!?誰が勝ったこれ!?」

 

「わからん、私の目にも完全に同着に見えた……!!というか最後、ウィンキスは領域に目覚めていなかったか…!?……凄まじいレースだ……これほどの激戦、ここ数年でも稀であろう……前4人が完全な並びでのゴールとは…!!」

 

「ようやったで3人とも、ホンマに!!あのウィンキスの鬼の末脚に、よう執念でしがみついたわ…!!えっらいレースになってもうたなぁ!!」

 

『うわあああああああああすげええええええええ』

『熱っちぃ!!』

『すげぇレースだった!!』

『とんでもねぇもん見た……』

『最終直線何回加速したよ…?』

『革命世代の底力を見た』

『凄まじい勝負だった』

『ウィンキスの加速はマジで何度見てもバケモンかよ…』

『多分今の全員とんでもないタイムだった』

『どうなってんだ…?』

『勝っててくれたのむ……』

 

「今回のレース……まず間違いなくレコードだろう。凄まじい走りだった、4人とも……言葉にならない、な。恐らくはウィンキス、ヴィクトールピスト、マイルイルネルの3人はラスト3ハロン32秒台前半。大逃げのサクラノササヤキですら34秒台のはずだ。道中、混乱はあれどササヤキの大逃げによってペース自体は速かった。稀に見る高速レースとなったな」

 

「だ、な……いやマジでよく粘ったぜ3人とも、あのウィンキス相手に。写真判定だな……っと、おっとぉ?ヴィイがササイルにケツひっぱたかれたぞ!?」

 

「爆笑したいところでもあるんやが結果が気になり過ぎてよう笑えんぞ!タイミングズレとるぞササイル!!…で、その勢いのままぶっ倒れとるわ。ホンマにもう……さっきまで獣みたいな顔しとったのに、元気やな。でも、一先ず大きなケガとかはなさそうで何よりや。あんだけの速度、体の限界を超えてた可能性もあったからな……」

 

「ああ、立華さんたちも駆けつけてはいない、骨折などはなさそうで何よりだ。……いや、待て。ウィンキスが3人に近づいてきたが……呼吸、整っているな…」

 

『芝』

『これは芝』

『とうとうアイネスねーちゃんに続いてSIOPTの被害者が出たか…』

『ササ(S)イル(I)お尻ぺんぺんタイム(OPT)』

『芝生やしたいけど決着が分かんないからドキドキが止まらないんよ』

『あれやるってことはヴィイちゃんが勝ったのか…?』

『分からん……多分本人たちも今度こそ分かってないかもしれん…』

『あ』

『ウィンキスきた』

『ぜーぜー……してませんねぇ……』

『化物か?』

『ってか手を抜いてた?』

 

「いや、いやいや……流石にあの走りで手を抜いてたってことはねぇと思うぜ。これまでのレースの映像とか見ても、ちゃんと最後まで全力で走るタイプだぜーウィンキスは。ってなると……やっぱ、ゴールの瞬間に領域に目覚めてたか?」

 

「やんな。それしか考えられんやろ。有マでスペやグラスが見せたような…スタミナが一気に回復するタイプの領域に目覚めた、ってことなんやろうな…。……いや怖いな。残り100mの地点で目覚められてたら終わってたで……」

 

「……ゴール後に、ウィンキスが加速したようにも見えた。もしかすればあの領域、加速とスタミナ回復を両立するものかもしれんな。シンプルに強い領域だ。……とはいえ、目覚めていたらというifを語る意味はない。それも含めてその時のウマ娘の実力なのだ。これでウィンキスがさらに強くなったのは事実だろうがな」

 

「んー……まぁ、ほら。革命世代と走るとウマ娘って強くなるじゃん?引き上げられるみてーによー。それが多分、ウィンキスにも作用しちまったんだぜ。ほら、見ろよ。なに話してんのかは知らねーけど、いい笑顔じゃねーかあっちも」

 

「お、ホンマやな!!これまでのレースは走り終わっても仏頂面のまんまやったが、感じ入るもんがあったんやな!へっへ、なんか嬉しくなるなぁ…………っとぉ!?大歓声や!!!結果が出たか!?誰が勝った!?はよ掲示板映せや!!」

 

「──────来たッ!!ヴィクトールピスト一着ッッ!!!!ヴィクトールピスト一着だ!!ウィンキスに勝ったぞ!!!やった!世界最強のウマ娘に……日本が勝ったッ……!!やった、ぁ……!!!ぐすっ……!!」

 

「っしゃあァーーー!!!ヴィイが勝ってくれやがったぁ!!!!……ってかオイオイオイ!!!その下3人が全員二着で同着だぞ!?マジかよ!?アイツら全員世界に並びやがった!!!とんっでもねぇ決着になっちまったーーーっ!!!」

 

「うぅおるぁっしゃああああああああ!!!!チームJAPAN三連勝やああああああああ!!!!見たかこんボケぇ!!!革命世代は世界最強ォォォォッッ!!!!」

 

『ウィンキスがここにきて領域に目覚めた……ってコト!?』

『怖すぎない?』

『どう聞いても強すぎる領域』

『ちょっと手加減してくれ』

『目覚めたのがゴール直前だから加速に至らなかったってことか…?』

『怖すぎる……』

『まぁでも真剣勝負だからな』

『結果が全て』

『それでもまだ勝ったかどうかわからんしな…』

『ドキドキの時間……』

『ウィンキスちゃんの笑顔可愛い』

『とりま今日はこれで3人ほど世界のウマ娘のファンになりました』

『革命世代ライバルのファンも増やしがち』

『いいレースばっかりやるんだもんよ…』

『このレースの決着はマジで歴史に残るだろうな…』

『あ』

『北!!!』

『っしゃあああああああああああああああああああああ!!!!!!』

『ヴィイちゃん一着!!ヴィイちゃん一着!!』

『勝ったあああああああああああああ!!!』

『すげええええええええええええええ』

『世界最強に勝った!!!勝った!!』

『やべえマジで勝った…!!すげぇ!!』

『レースに絶対はねぇんだよォ!!』

『ヴィイちゃんほんっとよくやった!!』

『偉い』

『【速報】ルドルフ号泣【素材】』

『ルドルフ…俺達も号泣なんだ』

『ってか二着以下表示バグってね?』

『3人同着!?』

『一着だけしか見てなかったから気付かなかった』

『ササイルすげー!!』

『ヤバすぎる……史上初では?』

『伝説……』

『やっべぇわ……なんだこれ夢か…?』

『夢……叶っちまったな……』

『いやマジでこれすげぇ…すげぇとしか言葉が出てこない』

『ゴルシ渾身のガッツポーズ』

『タマさらなる渾身のガッツポーズ』

『タマの動きが最早ポプテピに出演できそうなくらい奇抜な動きで芝』

『絶対このタマのポーズ切り取られて素材になるわ』

『ってかやっぱりレコードだったな』

『掲示板が映像に乗らなかったから右下で控えめに主張するレコード君』

『もう見た』

『知ってた』

『革命世代見ていると大体光ってるからなあの表示……』

『レコードもマジですごいんだけどそれ以上にこのレースは劇的な決着過ぎた』

 

「……っだぁー!!心臓のバクバクが止まんねーぜ!!思わずゴルシちゃん胸に手を当てちゃうぜー……本当に革命世代のレースは心臓に悪いわ……ほれ会長、ティッシュ」

 

「ん、…すまん………世界最強に、勝ったことが、どうしても嬉しくてな……くっ………」

 

「アカンわ……ウチも一枚だけ貰うで。今夜だけでティッシュ使い切ってしまいそうやな……」

 

『画面の向こうの俺らもさっきから涙拭いまくりなんよ』

『ヴィイちゃんも泣いてるしな』

ゴルシのデカパイ感謝…

『ササイルもこの結果なら胸張っていい』

『とうとう会長の鼻かみシーンが!?』

『いやルドルフはやらんやろ』

『タマとゴルシはやる』

『なんや』

 

「……ずびー!!ずびびびー!!!──────ああ、すっきりした」

 

「っぶははははは!!!やったな!?会長やったなぁ!?」

 

「だはははははは!!だっはっはっはっは!!!やったなぁルドルフ!!これでアンタも芸人枠の仲間入りや!!」

 

「ふん、もう知らん!気持ちよく流した涙を拭うのに遠慮など無粋!今年はみんなに親しみを持たれる生徒会長を目指しているのだから問題なし!!」

 

『芝』

『これは芝』

『芝しか生えない』

『芝すぎる』

『広大なターフで芝』

『会長も素が出てきたなぁ!?』

『テンション上がりまくりだからしょうがねぇよなぁ!?』

『クッソ芝』

 

「もうみんなテンションおかしくなっちまってるぜー!!さて……映像に戻っけど、ヴィイがウィンキスの手を取って起き上がったぜ。うん、脚も疲労以上のもんはねぇし安心だ……ウィンキスもフェアなやつだな。気に入ったぜ」

 

「素敵だな。サクラノササヤキとマイルイルネルも立ち上がったな……ん、どうやら3人でウイニングランに向かうようだな。お祭りだ、それくらいは許されるだろう」

 

「チームJAPANの三連勝やからな………向こう正面に来たで。んでもって………お!!ええな!!GLUの決めポーズやんか!!3人揃って!!」

 

「指が3本で、三連勝を表してきたな!!会場は大歓声だぁー!!!改めて勝利の実感がわいてきたぜぇ!!よくやったぞ3人ともーっ!!」

 

「本当に、極限の素晴らしいレースだった。拍手を送ろう……そして、ヴィクトールピストはインタビューに向かったようだ」

 

『うおおおおおおお!!』

『GLUのポーズ!!』

『こーれ新聞の一面を飾りますわ』

『3連勝めでたい!!』

『だがちょっと待て……このままでいくと次勝ったら4連勝で指4本でダブルピースになるのでは!?』

『天才かよ』

『ダブルピースをするフラッシュ…!?』

『ライアンの可能性も捨てがたい』

『見たい…見たいいいいい!!』

『正しい意味で見たい(勝ってほしいという意)』

『くだらないこと言ってないで拍手しような』

『888888888888』

『ホントすげぇレースでした』

『インタビュー始まる』

『場面代わったな』

『ヴィイちゃんと沖トレとスズカか』

 

 

『記者「凄まじいレースを制してお見事。今のお気持ちは?」→ヴィイ「ただひたすらに夢中だった。最後の直線は、正直記憶が飛んでいてよく覚えていない。ただ、日本の夢を叶えるためだけに、走っていたことは覚えている。結果が勝利になったことは素直に嬉しい」→沖野「(号泣)」→スズカ「(沖野の涙を泣き笑いで拭う)」』

『無意識で走ってたのか…』

『あんだけの走りだったからな…』

『それでも最後まで全力で走り切ったの偉い』

『本当に偉い』

『3人とも形相がすさまじかったからな……』

『沖野が号泣しとる』

『沖野も結構チームの子が激熱レースしたとき泣くよね』

『涙もろくて熱い男よ』

『そして隣の景色は譲らないスズカ』

『正妻(真)』

 

「おー……たまーにあるよな。全力の全霊で走り切った後に、夢遊病みてーに記憶があやふやなことって。後から映像とか見ると何やってたか思い出したりするんだけどなー。あとスズカのヤロー世界に見せつけやがって。戻ってきたら覚えてろよあんにゃろ」

 

「全身運動では脳の酸素も薄れるからな。本能で走り抜けることもままあることだ。あとは……初めて、領域に目覚めたりしたときなどは特に、だな」

 

「ウチやルドルフの時代だと、領域に目覚めんのはホンマに追い詰められた時、って感じやったからなぁ。ウチも天皇賞でオグリに追い詰められてようやくやった。あん時の記憶結構飛んでたで」

 

 

『記者「これで日本は三連勝。凄まじい記録。それを成したことをどう思う?」→ヴィ「バトンを繋げたことが嬉しい。ようやくこれで、世代の先輩たちに肩を並べられたと実感を持てた。あとは、心から信頼出来る先輩たちに託します」→沖野「心から勝利を誇るし、最後まで信じていたが、事前に相手の実力など総合的に考えて、ここがチームJAPANにとって最も厳しいレースだと感じていた。それを制したヴィイと、競り合ったサクラノササヤキ、マイルイルネルは本当にすさまじい走りを見せた。このレースで3人とも、一気にレベルアップしたでしょう」』

『前からずっと並んでたよヴィイちゃん』

『有マでも勝ってたやろがい!』

『謙遜できるのが彼女のよさよ』

『そんなヴィイちゃんでもこのレースでようやく実感もてたんやろな…』

『尊い…』

『沖野相当プレッシャーあったんやろな…』

『最後までウマ娘を信じたお前は偉いよ』

『ちゃんとササイルにも言及するの偉い』

『3人で挑んだ世界最強だったからな…』

『大逃げもレース支配も完璧だった』

『本当に偉い』

 

「…これまでもよ、ヴィイは自分の実力がまだ周りに及んでねぇって思ってた。ホープフルステークスで一着を取ったときからよ……あれから、どんな形のレースになっても、たとえ有マで勝っても、そこに完全な実力での勝負だという確信が持てなくなっちまってたんだよな。でも、同じ世代じゃない、世界最強のウマ娘を相手にして勝つことで、ようやく実感できたんだな……自分の力を、信じられるようになった。……よかったなぁ、ヴィイよぉ……!」

 

「……ああ、ゴールドシップの言う通りだ。彼女の謙遜は、裏返せば己への自信のなさの表れだ。十分な実力はあったというのに……けど、それがこのドバイで、ようやく漱がれたのだ。これからのヴィクトールピストは、より強くなるぞ。間違いなく、な」

 

「それに無理矢理肩を並べたササイルもこれから怖くなるでぇ……たとえフラッシュやろうとアイネスやろうと一歩違えれば食われるレベルに成長しよった。これが革命世代や……ああ、熱くなるなぁ!そんな奴らに勝ちたくなってまうよなぁ……!!」

 

『ゴルシの目にも涙』

『温かい話と最高のレースで情緒がぐちゃぐちゃになったんだが?』

『革命世代ホント誰もが負けじとに成長するから無限の可能性』

『だから革命なんだよなぁ……』

『世界に届いた日本の革命!』

『タマ…顔からプリティが零れ落ちているんだ』

『なんや』

『レースの時によくする顔し始めた』

『あーいけませんいけません』

 

 

『記者「最後に一言」→ヴィイ「日本のファンに夢を届けられて、心から誇らしい。この勝利を日本の皆様に捧げます。そして、共にこのレースを走ってくれた全員に感謝と、敬意を。有難うございました!!」→沖野「世界のレベルに日本が達したと確信できた。これからは、国と言う枠を超えてウマ娘達が競い合う、このドバイのような祭典が世界中で増えて、積極的に交流できる機会が増えると嬉しい。…話がずれてしまった。ファンの皆様に、心から応援ありがとう!!」』

『夢を届けてくれてありがとうヴィイちゃん!!』

『本当に夢を見させてもらったわ…』

『ヴィイおめでとう!!』

『心から感謝』

『よく勝ってくれたよ……』

『大ファンになっちまったよ』

『沖野も熱く語るじゃねぇか……』

『実際ドバイみたいに世界中が競い合うようなレースがもっと増えるといいよね』

『ドバイ以外じゃアメリカのブリーダーズカップ、香港国際競走、ロイヤルアスコット…くらいか?』

『凱旋門賞ウィークもそれといえばそれ』

『ただドバイほど大々的にやるところは余りないかもしれん』

『あってもいいよな…1日に何回もGⅠレース開く感じで』

『絶対楽しいゾ』

 

「……ずびびー!!……ふぅ!!ん、これでインタビューも終わりか。それにしたって誇らしい気分だぜ……チームスピカがドバイの勝利者インタビューに出たんだからよぉ!!サブトレーナーとしても鼻が高いぜぇ!!」

 

「君には誰よりも彼女の勝利を誇る権利があるよ、ゴールドシップ。沖野トレーナーが不在の中、チーム運営についてはしっかり頑張っていたことをみんな知っているからね。君が日本で頑張ったからこそ、彼女たちも何の懸念もなくこのドバイに挑めたのだ」

 

「サブトレ同士の繋がりも結構あるよなーウチら。ゴルシは普段はバカばっかりやっとーがサブトレの仕事はきっちり真面目にこなしとるでー。コメ欄のみんなもそこは安心しぃやー」

 

「おいおいちょっとー女子ー!アタシの事そんなに褒めないでよねっ!!爆発しちゃうゾ!!……うし!そんじゃ改めて、チームJAPAN三連勝!!ここまでくるとマジであるぜ!!チームJAPANの全勝がよぉ!!」

 

「ああ、夢物語ではなくなってきたな…このドバイターフを超えられたことがとても大きい。この勢いのまま後2戦、勝ちきってほしいものだ!」

 

「次はドバイシーマクラシックや!!2410m、芝のレースやで!!チームJAPANからはエイシンフラッシュとメジロライアンが参戦っ!!みんなまだ喉枯れとらんやろな!!全力で応援続けていくでぇ!!!」

 

『おうよ!!』

『次も応援任せろ!』

『タマが応援団長みたいだ』

『キング……出番なんだ』

『キングの応援団長コスすっこすこのすこ』

『キングはウララちゃんの応援で現地入りしてるから…』

『ってか現地に行った応援組の中にキングの姿あったぞ』

『マ?』

『今日のオニャンコポンの端っこに写ってた』

『マジかー』

『それじゃあウララちゃんも頑張るわけだ』

『ウララが勝った時号泣だっただろうな……』

『応援にも力が入るぜ』

『いやー現地で応援したかったなぁこのレース』

『ほんそれ』

『画面の向こうからでも声は届くさ』

『次も全力で応援だ!!』



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

162 ドバイシーマクラシック 前編

 

 

 

 

 

 

 ドバイ3戦目を終えて、4戦目を控えるチームJAPANの控室内。

 既に走り終えたウマ娘達や、そのチームトレーナー達が、つい今しがたドバイターフの激闘を終えた3人の脚に処置を行っていた。

 

「……一先ず骨折はなさそうで安心したぜ。あれだけの走りだったからな……フェブラリーステークスが頭によぎったが、何とか耐えたな……」

 

「3人とも、限界を超えた走りだったことは間違いありません。今はしっかりとアイシングを受けて、動かさない様に。この後のライブにもちゃんと送り出さなければ」

 

 沖野先輩と南坂先輩が、控室内の簡易ベッドに横たわる3人の脚を触診し、大きな怪我がなかったことを喜んだ。

 今はスズカがヴィクトールピストの脚を、ネイチャがササイルの脚をアイシングしている。初咲さんもそこに加わり手伝う形だ。

 アイネスとウララについては短距離レースであったこともあり、脚の負担は軽かったので道具出しなどを手伝ってくれている。

 

 3人の果てしない激走。

 間違いなく、革命世代であることを雄弁に語る走りだった。

 すっかりと俺も脳を焼かれてしまっている。最高のレースを見られたことに感謝さえ感じた。

 だからこそ、俺からもわずかばかりのプレゼントを贈ってやらねばならない。

 

「先輩方。……ドバイワールドカップのレースが終わったら、3人とも、俺の方で脚を補助するテーピングしますからね。あれだけの勝利です。踊らせてやれないのは余りにも可哀そうだ」

 

「ん、ああ……スズカが言ってたな、ベルモントステークスのファルコンが踊れるようになったっていうアレか?効果すげぇらしいな……助かる、立華君」

 

「以前より、テーピングの噂は聞いていましたからね。勉強させていただきます」

 

 俺は彼女らのトレーナー2人に向けて、秘伝技術であるテーピングを用いて彼女たちをライブに参加させてあげたい事を伝え、快諾を得た。

 あの技術は、しっかりとした医療知識や、ウマ娘の肉体の知識があって初めて巻けるようになるそれだ。巻き方を公表していなかったのは、素人が判断しそれをやるとむしろ悪影響を与える可能性があるからだ。最低でも、中央のトレーナー資格を有していなければ習得は難しい。

 だが、この二人であれば……いや、今ここにいるトレーナー達であれば、その技術を公にしてもいいだろう。彼らは信頼できる。きっと、真剣に巻き方を覚えてくれるはずだ。

 

 

「……よし、そんじゃ次はドバイシーマクラシック、だな。フラッシュ、準備はどうだ?」

 

「はい。それなりに緊張は大きいですが、脚は問題ありません。先ほどオニャンコポンもキメられましたし、ある程度は落ち着けています」

 

「……ライアンさんも、いかがですか?オニャンコポンさんを吸うのは」

 

「………むふー………ん、すごく、いいですね……なるほど、これはキマる……ウチのチームでも猫飼いたくなりますね……」

 

 3人の処置が進むが、俺達チームJAPANには次のレースも控えている。

 俺と小内先輩は、次の勝負に挑む二人、フラッシュとライアンに声をかける。先ほどまではフラッシュがオニャンコポンを吸っていたが、今はライアンに交代していた。

 ライアンもまたオニャンコポンの魔性のふわふわボディに夢中になっていた。やはりオニャンコポンは猫吸いにて最強。俺のオニャンコポンが世界で最もウマ娘を勝たせた猫として伝説に刻まれる日も近いだろう。

 

 さて、しかしてオニャンコポンをキメた二人が顔を上げ、もう少しで始まるレースに気持ちを向けるのだが。

 

「………ふ、ぅ」

 

「……うん、やっぱり緊張は、あるね」

 

 そこには、緊張の色があった。これまでに走ったウマ娘達よりも大きなそれが窺えた。

 

 当然と言えるだろう。

 なにせ、俺たちチームJAPANはこのドバイワールドカップミーティングにおいてGⅠを三連勝しているのだ。

 この流れ。勿論前向きに向かえばすさまじい力を発揮するものだが、同時に勝利へのプレッシャーも加わる。

 そのプレッシャーが、彼女たちの緊張を生み、心拍数を高める要因となっていた。

 

 だが、問題ない。

 俺達トレーナーが、君達にはついているんだから。

 君達をベストの状態でレース場まで送り届けるのが、俺たちの使命なのだから。

 

「……ライアンさん」

 

「ん、はい……小内トレーナー」

 

 まず小内先輩が、ライアンの緊張を解くために優しい声色で声をかけた。

 大きな体に隈の残る目を持つ彼は、その厳つい外見で初見のウマ娘に時々怖がられることもあるが、そのウマ娘の事を想う優しい心持は俺も見習いたいと思うほどだ。

 まっすぐにウマ娘の事を想い、信じる彼だからこそ。今のライアンに適切なリラックスを促せる。

 

「……()()、やりましょうか。ほら、以前にも何度かやったでしょう……()()()。あれで、筋肉と、緊張をほぐしてしまいましょうか」

 

「…!いいんですね?レース前です、アタシ、手加減できませんよ?」

 

「望むところです。担当するウマ娘の全力を受けられなければトレーナーたりえません。……手を」

 

 小内先輩はそうしてライアンを誘い、両手をずい、と前に出した。プロレスラーなどが良くやる構え、と言えばイメージが付きやすいだろうか。

 その大きな手を、ライアンが腕を伸ばし、女性らしい小さな手でしっかりと指と指を絡めるようにして握る。

 お互いに腰を軽く落とし、小内先輩が上から力を籠め、ライアンが押し上げるように下から力を籠め始める。

 

 ()()()()()()()だ。

 

「………っ、!!」

 

「……くっ、流石、小内トレーナー……!!相変らず、すごい重さ…っ!!」

 

 みし、と空気が鳴る様な錯覚を生むほどの力のぶつかり合いがそこに在った。

 人間とウマ娘だ。当然、筋力としてはライアンの方がはるかに優れている。

 そもそも彼女はウマ娘の中ではかなり筋肉を鍛えている娘で、そこには覆せない種族の差があるはずだった。

 しかし、小内先輩はそれを体格の差と、鍛え上げた己が全身の筋肉の躍動で、受け止めていた。

 体の厚みが倍になったかのような筋肉の隆起を見せ、ライアンの力を必死に受け止めていた。

 

 凄まじい光景だ。

 恐らく俺には、いや彼以外のトレーナーでは一生できないであろう、ライアンの筋肉の緊張をほぐすためのそれ。

 筋肉の緊張をほぐすためには、一度ぐっと力を籠めて、一気に力を抜くのが良いとされている。「筋弛緩法」と呼ばれるリラックス方法だ。

 もし興味のある方は試してみてほしい。例えば寝る前、体の各部位の筋肉、顔や両腕、肩、背中、お腹、脚、と筋肉にぎゅっと10秒ほど力を籠めて、一気に脱力。これを全身の部位でルーチンし、最後は全身に力を入れてみて脱力すると、驚くほど体がリラックスするのだ。安眠を迎えられるだろう。*1

 そして、その全身の筋肉の緊張を、トレーナーである彼の体が受け止め、成したのだ。

 これほどウマ娘にとってテンションの上がるリラックス方法はないだろう。

 先程まで緊張の顔色を見せていたライアンも、これをやりはじめてからは子供のような楽しそうな笑顔を見せていた。

 そして、15秒ほどの手四つが終わりを迎える。

 

「……2……1……0、です」

 

「……っふぁー!!脱力ぅ~……うん、全身の筋肉、良い感じに解れました!!有難う、小内トレーナー!トレーナーの方の体は大丈夫でしたか?その、お顔が7色に光っていますが」

 

「鍛えていますので全く問題ありません。ライアンさんがリラックスし、勝負に挑めることが何よりも大切ですからね」

 

 僅かにずれた眼鏡をくいっと元の位置に戻し、小内先輩がぎこちない笑顔をライアンに向ける。

 ウマ娘と力比べをしたというのに、その顔色は一切変わらず……いや7色には光っているのだが。汗ひとつない冷静な表情を浮かべたままであった。

 だが俺は知っている。あの色の光り方は、全身が極度の疲労状態にある時の光り方だ。

 かつて俺もタキオンのモルモットだったから理解る。小内先輩は、ライアンをリラックスさせたいという想いを成すために、己の筋肉を犠牲にした。明日から筋肉痛がひどくなることだろう。

 しかしそんなことは一切表に出さない小内先輩。やる事の突飛さも、その想いの強さも、まさしく中央トレーナーの鑑だ。

 

 俺も見習わなければ。

 愛バのために、俺が出来ることなら、なんでもやってやらなければ。

 

『……トレーナーさん』

 

『ん、フラッシュ……俺達もあれ、やるかい?』

 

『怒りますよ?……いえ、力で貴方を屈服させるのも興味がないわけではないので、日本に戻ったらやりましょう』

 

『やるんだ……』

 

 そんな光景を見ていたフラッシュが、ドイツ語で俺に言葉を投げかけてくる。

 軽い冗談を零したら藪蛇を踏んだ俺だが、しかし当然にして、俺だって彼女の緊張をほぐすために何でもやる次第である。

 今日の彼女のおねだりは何だろうか。いつもの親愛の言葉を囁く形が良いか?

 この部屋の中で、ドイツ語が分かるのは誰も……ああいや南坂先輩が理解できるかもしれないが、まぁあの人は口出ししないだろう。二人だけの秘密である。

 何でもおねだりをしてくれ、フラッシュ。俺は君を最高の状態にしてあげたい。

 

『……そうですね。今回は、少し、距離を縮めてほしいです』

 

『距離?』

 

『ええ。これまでは、パートナーの距離感で言葉をかけていただいておりましたが……もう少し、距離を縮めたいです。私と貴方は、共にお互いしか知らないことを知っている、唯一無二の存在ですから』

 

『っ……ああ、なるほどな。確かにそうだ……他のチームメイトや、SSもいるが……俺と、君が、特別な関係であるということは、間違いのない事実だもんな』

 

『ですよね?ですから……そう、家族のように。接してほしいと、考えています』

 

 家族。

 そのように接してほしいというお願いがフラッシュから零された。

 家族か。それくらいお安い御用だ。そもそも俺は自分が担当するウマ娘を家族のように想っている。

 それはこれまでの世界線で二人三脚していた時もそうだったし、こうしてチームを率いていてもそうだ。

 SSが長姉、フラッシュファルコンアイネスが三つ子の次姉、キタが末妹みたいなもんか。

 随分と妹が増えてしまったものだ。流石にこの歳で子供には見れないしな。可愛い妹たちだぜ。

 だからこそ、俺はこう答えた。

 

『家族ね。オッケー、全然問題ないよ』

 

 俺のその言葉に、ふふっと策士の笑みをフラッシュが見せた気がする。

 なんだろう。そんなに嬉しい一言だったのかな?

 

『有難うございます。では………』

 

 その言葉と共にフラッシュが椅子から立ち上がり、俺の前にやってくる。近づいてくる。

 お互いの距離は50cmほどになった。かなりの至近距離の位置まで、彼女は俺に近づいて、そして。

 

『……家族に向けた、ドイツの挨拶を私にしてください』

 

 彼女の真のおねだりがやってきた。

 

 なるほどね?

 確かに、ドイツの文化は日本に比べてボディランゲージの色が強い。

 彼女が以前、選抜レースの後にご両親としていたように、家族などの深い関係の間柄では、会った時の挨拶は熱烈なボディランゲージを用いることがある。

 日本人が見れば、そこに赤面してしまいそうなほどのそれなのだ。

 それを、このチームJAPANのみんなが見ているここでやってほしいと。

 そういうことか。

 

 俺は一寸だけ悩む。

 悩んで、すぐに答えは出た。

 

 やらない理由がない。

 彼女にとっては、ただの祖国の挨拶なのだから。

 何を恥ずかしがることがあろうか。それで彼女が絶好調を迎えてくれるのならば、俺に一切のためらいはない。

 

『……了解。家族である君に、親愛を籠めて』

 

『……っ』

 

 俺はフラッシュの肩に両手を乗せる。

 俺の手と、勝負服を着ているフラッシュの露わになったその肩の柔肌が触れ、お互いの体温がお互いに伝わる。彼女がくすぐったそうに息を漏らした。

 そうして、彼女の顔に向けて、俺の顔をゆっくり近づけていく。

 周囲が、息を呑むような音が聞こえたが関係ない。

 俺は彼女を心から想っているからこそ、そこに躊躇いはない。

 

 

 彼女の頬に、俺の頬を触れ合わせて。

 チュ、と空中で音を出す()()を両頬に1回ずつ。

 

 

 これでいいはずだ。

 ドイツやフランスなど欧州各国では、親密な相手との挨拶に、ほっぺたへのキス、もしくはビズを行う。

 民族的な文化で、そこには何の恥じらいもない。

 流石に教え子のほっぺたにキスを仕掛けるわけには行かないので、頬どうしを触れ合わせながらのビズで済ませた。

 

 俺は彼女の肩に手を置いたまま、顔を離していき、そうして彼女の表情を見る。

 そこには、蕩ける様な表情を見せつつも、しかしどこか残念そうな雰囲気を見せる彼女の姿があった。

 

 ん。ベストコンディションの時に見せる表情は出来ているんだが、何か足りなかったかな?

 なにせこちらは初めてだったんだ。流石にこんなあいさつは1000年の時の中でもやったことはない。慣れてないからな。不満点があったら許してほしい、改善するから。

 

『……いえ、いえ。堪能させていただきました。これからは毎回、これでお願いいたします』

 

『そう?君が喜んでくれたのならよかったよ』

 

 しかしその不満げな雰囲気とは裏腹に、彼女は喜んでくれていたようだった。

 ううん、乙女心と言うものはよくわからない。1000年たってもわからないのだから本当にこの部分は謎である。

 

 さて、そうして彼女の肩からも手を離し、彼女のおでこに指をあてる。

 忘れてはいけない。おねだりの後に、必ず俺達が行うこの大切なおまじないを。

 

『………toi.toi.toi。……フラッシュ、君が、君らしく走ってきてくれ。ゴール前で、待っている』

 

『はい。……必ず、誇りある勝利を』

 

 このおまじないをもって、フラッシュの緊張は完全に解れたようだ。

 蕩ける様なリラックスした表情の上に、レースに向けた高揚も加味して。魂が打ち震える様な、戦意溢れる笑顔を見せてくれた。

 完璧だ。今日の彼女は、黒き閃光となってドバイの夜を彩ることだろう。

 

「……これでフラッシュちゃんが負けたら流石にキレていいよね?」

 

「いいと思うなー☆部屋でハサミギロチン*2かけちゃおうね☆」

 

「いや、別に普通じゃねェか?アメリカでもパーティならあんくらいするぞ?」

 

「えっ……じゃ、じゃあサンデートレーナーから今度私にしてみてもらっていいです……!?」

 

 控室の遠くで何やら俺のチームのウマ娘達がひそひそ話してんな。遠くて小声だからよく聞こえないけど。

 きっとフラッシュへの激励の言葉だろうな。多分そうだ。下手に声をかけると雰囲気を乱すから遠くから応援してくれているのだろう。優しい子達である。

 なぜかその後控室内に盛大にため息が生まれたが、俺には理由は分からなかった。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 さて、そんなことをしているうちにゲート前に集合する時間が迫ってきた。

 

「……時間ですね。行きましょうか、ライアンさん」

 

「うん。いい感じに筋肉も、メンタルもリラックスできたよ。これくらいの雰囲気がいいよね、チームJAPANは。何かいつも通りって感じ」

 

 笑顔を見せる余裕も生まれてきた二人が、改めてレース場に向かうために控室を出ようとする。

 椅子から立ち上がり……そして、勿論、すぐに扉に向かうのではなく、脚は別の方を向いた。

 簡易ベッドに横になり、脚の処置を受けている3人の方へと。

 

「……フラッシュ先輩、ライアン先輩。信じていますからね」

 

「最強の二人が、世界をズドバン!!とぶち抜くのを、控室のモニターで見て応援してますから!!!」

 

「今、すごく安心していますよ……お二人なら。そして、その後に続くファルコン先輩なら……絶対に、勝ってくれるって信じられますからね」

 

「はい。皆さんの走りに、私も脚が疼いています。私の走りを、見守っていてくださいね」

 

「アタシも随分と活を入れられたよ……勝って来るよ。世界にも、ブロワイエにも、フラッシュちゃんにもね」

 

 上半身だけベッドから起こした3人が、これから走る2人へ激励の言葉をかける。

 そして、かけるのは言葉だけではない。託すものがあった。

 これまでに、チームJAPANが託してきた大切なものを。

 

 ヴィクトールピストが手を伸ばし、ベッド横の机に手を置いた。

 そこから一瞬、逡巡した二人であったが、5人で目線を交わすことで会話し、意思疎通を終え、サクラノササヤキ、マイルイルネルもベッドから降りて、ヴィクトールピストの手に重ねるように手を乗せる。

 そこに、一位か二位か、などという縛りはない。世界に勝った彼女たち全員が繋いだ勝利のバトンだ。

 それを、フラッシュとライアンに継がなければならない。

 

 3人の手が重ねられたそこに、ライアンが両手で半面を包み、意志を受け取る。

 フラッシュは机の傍に片膝をつき、御下賜(ごかし)せらるように両手をその手に重ねる。

 

 バトンは繋がれた。

 

「……有難うございます、3人とも。誇りあるレースを誓います」

 

「見ててね。チームJAPANの想いを背負った、アタシの全力を!」

 

 大切な約束を、誓いを胸に。

 2人はレース場に繋がる道へと、歩みを進めていった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 エイシンフラッシュとメジロライアンが、通路を抜け、ゲート前に現れる。

 二人の姿がターフに見えた瞬間に、観客席から大歓声が贈られる。

 世界の祭典であるこのレースにおいてはすさまじい現象であろう。

 それほどに期待されているのだ。チームJAPANの覇道を。5連勝の奇跡を。夢の物語を。

 

 しかし、それは反面、本来ならばレースではありえない、一つの変化を生んだ。

 

「─────っ。成程……そうですよね、こうなることは自明の理でした」

 

「だ、ね。アイネスと、可愛い後輩たちが頑張ってくれたからこそ……こうなる、よね」

 

 ゲート前に集まる、世界各国のウマ娘達。

 その敵意が。

 絶対にお前には負けないと言わんばかりの圧が、チームJAPANの()()()()()、向けられていた。

 

 最早彼女たち世界のウマ娘にとっては、日本にこれ以上の連勝を重ねられることは恥となる。

 何としても止めなければならなかった。日本の革命を。

 勝ち続ければ、周り全てが敵になる。

 このドバイシーマクラシックにおいて、初戦と二戦目のような油断は無く、三戦目のように世界最強の存在もない今回のレースでは、全ウマ娘のマーク対象はチームJAPANの二人に向けられていた。

 

 無論、こうなるであろうことはエイシンフラッシュとメジロライアンの中では腑に落ちている。

 逆の立場ならば当たり前に自分達もこうなるだろう。

 アイネスフウジンと、可愛い後輩たちが繋いでくれた勝利のバトンの代償、その重圧を。

 しかし、二人は過不足なく受け止め、それでも前を向いていた。

 

『……ふふ。やはり、こうなっていたか。懐かしいな……』

 

『……!ブロワイエさん……』

 

『………ブロワイエ。貴方も、過去にこのような状況になったことが?』

 

 そんな二人の後ろから続くように出てきたウマ娘がいた。

 本日朝の時点では世界一番人気。しかし、今このレース直前においてはエイシンフラッシュに人気順を逆転された、フランスのブロワイエだ。

 

 彼女は、日本の二人が明らかに周りのウマ娘からマークを受けている様子を見て、昔を懐かしむ様に微笑みを浮かべ、英語で二人に言葉をかけてきた。

 フラッシュも、勿論メジロ家であるライアンも英語は堪能だ。問題なくその意を汲み取り、そしてその内容に触れる。

 かつて、彼女も同じような状態になったことがある、と言う話。

 

 しかし、ライアンが問いかけたその内容には、ブロワイエは苦笑と共に、ぎらついた瞳で答えを返した。

 

『ふふ……酷いことを言うものだ。私がかつて、同じように他の走者全員から、敵意を……リベンジするという想いを向けられたレースがあった。私にとって初めての海外戦だった……ここまで言えば、分かるかな?』

 

『……っ、なるほど。()()()()()()()、ですね』

 

『凱旋門で、エルちゃんが貴女に負けましたからね。確かに、そうか……あの時、貴女は日本のウマ娘からも、外国のウマ娘からも、全員からマークを受けていた……』

 

『ああ。あのレースでは見事にやられたよ……スペシャルウィークは息災かい?いつかまた、彼女とも走ってみたいな。……ただ、まぁ。今日は私がリベンジする番だ、日本に。たとえこのような環境にあっても、君達日本のウマ娘の力が削がれるとは考えない。私も一切の手加減をすることはないだろう。今日の私は───復讐者(リベンジャー)だ』

 

 その言葉を切り口として、ブロワイエから迸るほどの圧が漏れる。

 最早そこに優雅さはない。ただひたすらに研ぎ澄ました殺意にも似た、真っすぐな復讐心。

 それを、日本流に表せば、ああ、こう表現できるだろう。

 

 

 ────────鬼を宿してきた。

 

 

『………ええ。そんな、貴女だからこそ。私達が挑むに値します』

 

『アタシも。かつて日本は貴女に土をつけたけど、アタシたちはまだ世界に勝ったわけじゃない。だからこそ、勝ちに行く……負けない』

 

 しかし、そんな鬼を宿した様子のブロワイエに相対しても、日本の二人は動じなかった。

 鬼ならば、既に何度も身近なそれを見てきている。

 そして、その執念が持つ恐ろしさも理解している。

 だからといって、怖気づくような真面(まとも)な感性はこの革命世代には、ない。

 

 相手が強敵であればあるほど。

 レースが過酷であればあるほど。

 咲き誇る様に、燃え上がる。

 

 

『……いいレースにしよう、などという言葉は無粋だな。後は走りで語るとしよう』

 

『ええ。結果こそが、私達の想いを証明する果ての答えであれば』

 

『後はただ走るだけ。アタシは貴方にも、フラッシュちゃんにも、世界にも勝つ。結果で証明する』

 

 最後に視殺戦による一瞥を互いに交わし終えた3人。

 この会話で、3人とも……今度こそ完全に、コンディションは整ったと言えるだろう。

 

 世界最高峰のレースで。

 最大に仕上げた状態で。

 最強のライバルと戦う。

 

 ()()()()()()

 

 震えるような魂の熱が、3人の心の内に生まれた。

 

 

 そしてゲート入りの時間となり、次々とウマ娘達がゲートに収まっていく。

 もう間もなく始まるのだ。

 ドバイワールドカップミーティング、そのラスト2。

 2410m、芝の高速バ場、その最強を決める戦いが。

 

 

 

『────ゆっくりと、一人ずつウマ娘がゲートに入っていきます。エイシンフラッシュは、メジロライアンは勝つことが出来るのか!このドバイにて、チームJAPANの連勝を!!革命の火を絶やさぬ走りを期待したいっ!!……各ウマ娘ゲートイン完了!!ドバイシーマクラシック………スタートですッ!!!』

 

 

 

 

 

*1
実際にあるリラックス方法。

*2
ファルコンのツインテールをクワガタのアゴのように頭上に向け、相手を挟み込み、真っ二つにするといういちげきひっさつ技。命中率30%。コパノリッキーがよく被害者になっている。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

163 ドバイシーマクラシック 中編

(有馬記念)ヴェラアズールに66兆2000億………!!
の662億分の1………!!






 

 

 

 

『さあ世界の優駿16人が飛び出していきましたっ!!揃ったスタート!!大きな波乱はなかったようです!!我らがチームJAPAN、エイシンフラッシュとメジロライアンもいつも通りの中団後方に位置しています!ライアンが少し前目に着いたか!?第一コーナーに向かっていきますっ!』

 

 

 ドバイシーマクラシックの火蓋が切られた。

 16人の世界から集った優駿たちが、各々得意な位置取りを探りながら走りだす。

 

 改めて説明するまでもないが、16人、その全てが国を代表する優駿だ。

 中距離のレースという、あらゆる国においてレースを代表する距離の、その上位陣が集まってきている。

 短距離のようにスピードやパワーが優れているだけで勝てるというものではなく、長距離のようにスタミナや根性が優れていれば勝てるというものではない。

 特に2400mというレースはスピード、スタミナ、パワー、根性、そしてレース展開を読む賢さ全てが問われる勝負となる。

 

 だからこそ、彼女たちが走るこのレースにおいては、はた目には自然に走っているように見えるこのスタート直後の位置取り争いでも、高レベルな技術の応酬が行われていた。

 それらを列挙すればキリがない。

 極めて高レベルなレースが展開されている、ということをまず念頭に置いていただきたい。

 

 その中で、しかし、やはり目立つのは、牽制の偏りだ。

 先程スタート前で見られた通り、今回のレースにおいてはチームJAPANの二人に周囲からの牽制が集まる形となっていた。

 

『気の毒なんて、思うはずもない……私が勝つために、貴方たちには墜ちてもらうっ!!』

 

 さて、牽制を仕掛け始めるウマ娘達の中でも、オーストラリアから来た牽制を得意とするウマ娘、フラワーフォルテが周囲全体をコントロールしながら、コーナーに突入していく走者の内、日本の二人に照準を合わせる。

 コーナーを曲がっている際は、直線を走っている時よりもバランスが崩れやすい。当然のことで、そして牽制を仕掛けるタイミングとしてはそこは適切なタイミングとなる。

 向こう正面に入る前に、少しでも強敵二人の脚を削る。そうしなければならない。

 

 最終コーナーに入るころには自分も含め、全員が最終直線に向けて備えるタイミングであり、そこに至るまえに牽制を仕掛け終えるのが常道だ。

 領域に至る直前に潰す、という手段も取れなくはないが、それは彼我の呼吸のタイミングを合わせた上で走りを熟知していないと取れない手段であり、このレースではそこまではできない。

 だが、自分も含めた全員で、チームJAPANの二人に重圧をかけられれば……それで、レースが随分と楽になる。

 

(────────ッ!!)

 

 そうして、仕掛けを始める。

 足音による圧。呼吸による圧。視線による圧。

 他にも、言葉で表すには難しいプレッシャーを飛ばす圧……牽制の技術は手段が多岐に分かれ、時には理論で説明できないようなものもある。

 そういった圧が、チームJAPANの二人に放たれる。

 

 だが。

 

(……!?なんて、抵抗力…!?)

 

 フラワーフォルテは、チームJAPANの二人の内、特に一人のほうが全く動じずにコーナーを駆け抜けていくのを見届け、心底からの畏怖を覚えた。

 己の牽制は並ではないという自負がある。この牽制で少なくとも、動じなかったウマ娘は国内にはいない。

 あのウィンキスでさえ、僅かではあるが己の牽制を意識して走らせてやったという経験もある。

 ウィンキスと争ったそのレース自体は敗北となったが、しかし牽制技術においては国内でも随一だ。

 

 だが。

 そんな自分の牽制を受けてなお、速度が落ちない。

 このウマ娘。

 

(くそっ……前情報じゃ、そんな実力があるなんて読めなかった!貴方、GⅠ一勝のラッキーパンチャーじゃなかったの!?)

 

 

 ()()()()()()()

 

 彼女が、周囲から仕掛けられ続ける牽制技術に、しかし動じずにコーナーを駆け抜けていた。

 ヴィクトールピストの領域のように完全に無効としているほどではないが、しかし抵抗力が極まっている。

 彼女の筋肉の圧が、まるで空気の層を己の周辺に生み出しているかのように守護していた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(甘い……この程度で、アタシを潰せると思うな!!革命世代で、一番苦労してるのはアタシなんだよ!!アタシを潰すなら、()()()()()()宿()()()()()()()!!)

 

 メジロライアンは、周囲からの牽制、それら全てを受け止めてもなお溢れるパワーで芝を蹴り、コーナーを上手く駆け抜けた。

 その走りに陰りは見られない。熱すら感じられるほどの筋肉の張り。

 彼女の牽制への抵抗力。それは、ここに至るまでにメジロライアンが味わい続けたすべてのレースに起因する。

 

 まず、彼女が最初に挑んだGⅠ、阪神ジュベナイルフィリーズでは立華の指導のもとで走り抜けたスマートファルコンの幻惑にやられた。

 その後の弥生賞ではエイシンフラッシュの独占力を受けている。

 日本ダービーでは独占力に加え、さらにヴィクトールピストの差し穿つような牽制と、アイネスフウジンの逆風を味わった。

 その後の菊花賞でもフラッシュがいた。

 有マ記念は最早説明不要であろう。あそこは地獄だった。

 

 メジロライアンが過去の大きなレースで、マーク対象とならず、牽制を受けずに走り切れたのは、宝塚記念だけだった、と表現してもよいのかもしれない。

 余りにも血の気の多い同期のメンバーが集い、そんな中で走り続けたメジロライアンは、己も気づかぬうちに世界レベルの牽制にも耐えうる抵抗力を身に着けていた。

 そして、それをここドバイの併走で自覚し、武器と変えていたのである。

 

 

 誰よりも同期の中で辛酸を嘗め続けた立場だからこそ。

 誰よりも勝利に飢えていた。

 

 

 さて、そんな彼女も牽制が飛び交い続けていたコーナーを抜ける。

 向こう正面に入り、足を溜めつつも速度を出さなければならないそこに突入した。

 

 

『さあ第二コーナーを抜けて向こう正面!!メジロライアンはちょうど中団、エイシンフラッシュは少し位置を下げて後方に位置したか!?その間にかつての日本の宿敵、ブロワイエも走っている!!もう間もなく1000mを通過しますっ!!タイムは……60秒1!!落ち着いたペースです!!最終コーナーまでの位置取りが重要になるか!?』 

 

 

 1000mの攻防を終えて、メジロライアンは一度速度を落とさず振り返り、周囲の様子を詳細に確認する。

 自分は牽制を受け続けたが、脚や体力にそこまでのダメージはない。走り切るには問題ない。

 しかし、気になるのが同じチームJAPANのエイシンフラッシュだ。

 

(…位置が落ちてる。普段のフラッシュちゃんと比べると僅かに後ろ……牽制が効いていた?それに、大人しすぎる)

 

 メジロライアンと共に牽制を仕掛けられ続けていたエイシンフラッシュは、ここ向こう正面に入るにあたり、位置取りが差し集団の中でも後方に下がってしまっていた。

 また、普段の彼女が得意としている牽制もあまり仕掛けてはいないようだ。己の走りを阻害するようなウマ娘の位置をどかす程度に留まっていた。

 

 おとなしすぎる。

 メジロライアンは、そんな同期の親友の走りに、疑問を持った。

 

(フラッシュちゃんの脚なら、この直線で位置を上げることは容易いはずだ。その上で最終直線で駆け抜ける末脚だって残せるはず……何だ?何を狙ってる、フラッシュちゃんは……)

 

 その疑問を、メジロライアンは捨てなかった。

 もしかすれば、本当に牽制が効いている可能性もある。走りに陰りが出ることだってあるだろう。レースに絶対はないのだから。

 悲しいが、もしそうなってしまっているのであれば、己が頑張るしかない。最終直線で恐らくは抜け出してくるブロワイエとの一騎打ちとなるだろう。

 そんな考えを、()()()()()()()()()ならば持つかもしれない。

 革命世代の他の誰かでも、心配するかもしれない。

 

 だが。

 メジロライアンはそんな甘えた考えを捨てる。

 

(ありえないね。フラッシュちゃんは絶対に来る……なぜならば)

 

 何故ならば。

 

 

 ────────彼女は、チームフェリスなのだから。

 

 

 チームフェリスのウマ娘は、必ず、来る。

 絶対に来る。

 それは、革命世代の全員が持つ共通見解。

 

 レースに絶対はないが、チームフェリスに絶対はある。

 絶対に、最後まで諦めずに、食らいついてくる。

 

 だからこそ、メジロライアンは位置取りを落として大人しくしている彼女を一切侮らない。

 彼女が最終直線で己と競り合う未来を疑わない。

 その可能性に至る理由を模索する。

 

(……でも、やっぱりおとなしすぎる。であれば、何、を────────)

 

 答えを模索し、メジロライアンは過去の記憶を手繰った。

 エイシンフラッシュが、同じように、大人しくしていたレースが────────

 

 

 

 ────────あった。

 

 

(……っ!!!)

 

 

 ぶわっと冷や汗がメジロライアンの全身から零れる。

 今、思い出した。

 ああ、これは。

 フラッシュちゃんのこれは、見たことがある。

 経験したことがある。

 あれだ。間違いなくアレだ。

 

 

 皐月賞の時の、あれだ。

 

 

 だとしたら。

 もう時間は残されていない。

 

 

「………く、あぁっ!!」

 

 

 メジロライアンは、己の脚に力を籠めて、()()9()0()0()m()()()から加速を繰り出した。

 ぐんぐんと位置取りを上げて、先行集団に位置をシフトしていく。いや、追い抜かんといった速度を出す。

 

 そんな彼女の走りを、周りのウマ娘は一瞥し、理解する。

 

 掛かったのだ、と。

 

 恐らくは同じチームJAPANのエイシンフラッシュが落ちたのを見て、焦ったのか?

 いや、これまで仕掛けてきた牽制がようやく花開いたのかもしれない。

 暴走だ。2400のレースで、その位置で仕掛けてスタミナが最後までもつはずはない。

 

 そんな共通認識に、ごくわずかではあるが、レースを走るウマ娘達の中に、安堵の雰囲気が生まれる。

 向こう正面で全く覇気を感じられなかったエイシンフラッシュ。

 掛かってしまい、900mの暴走を仕掛けたメジロライアン。

 これで、チームJAPANの二人が落ちた。レースはようやく振り出しになり、ここからは日本以外の誰が一着を取るか、という話になるものだ、と()()()していた。

 

 そして、その勘違いは、あるウマ娘の走りによって見事に釘を刺されることとなった。

 

 

『────────ふっ!!』

 

 

 全員が、心底から驚愕した。

 焦ったように位置取りを上げていったかに見えた、メジロライアンの、その後方から。

 

 ブロワイエが、ぴったりと張り付くように、同じように位置取りを上げていったのだから。

 

 

 

『さあ向こう正面も残すところあとわずか!!コーナーに入り残り900mといったところ……ここでメジロライアンが一気にアガってくるぞ!?仕掛けが早いっ!!これは作戦なのか!?掛かってしまっているのか!?!?なんとその後ろからブロワイエも上がってきた!!このウマ娘は怖い!!だが二人とも仕掛ける位置取りがかなり早いか!!エイシンフラッシュは……まだ、まだ上がりません!!溜めている!!メジロライアンがぐんぐん前を追い越していく!!随分と差が出来てしまっている!!エイシンフラッシュは間に合うか!?』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『……逃がさぬよ、メジロライアン!』

 

「ブロワイエ……!!」

 

 最終コーナー、その出口を目前として、ほぼほぼ先頭になりかけていたメジロライアンに、しかし後続から追い上げてきたブロワイエがその独走を許さない。

 二人とも、明らかに早い地点から位置取りを上げていた。

 その暴走にも見える走りに、しかし二人ともそこに一切のためらいはなかった。

 

 メジロライアンは、覚悟をもってこの加速を繰り出している。

 300mほど、位置取りを上げる加速を出し。

 その上で。

 残り600mを、()()()()()()()()()()()()()豪脚を繰り出す、その覚悟があった。

 

 全てを振り絞っても、それを成さなければならなかった。

 それで、ようやく一着が取れるかどうかだ、と心底から考えていた。

 

(そう、なのだろうな。そうだろう。君達日本のウマ娘は、その程度は成してくる!!)

 

 そして、そんなメジロライアンの覚悟を、ブロワイエもまた疑っていなかった。

 彼女の判断を尊重したからこそ、己もそれに倣うように位置取りを上げた。

 

 恐らく、メジロライアンは確信しているのだ。

 エイシンフラッシュの復活を。

 彼女が、ここまでの無茶な走りをしなければ勝てないほどの閃光の末脚を見せて迫ってくるのを。

 

 宿敵たるチームJAPANへの全幅の信頼。

 どれほど牽制を重ねられようと、どれほど無茶なことをしようと、彼女たちは限界を超えて走り抜けるであろうことを既に知っているからこそ。

 己も、その高みに至るために、メジロライアンの独走を許さない。

 

『だからこそ、私も全てを出さねばなるまい────さあ、勝負だメジロライアンッ!!』

 

 残り600m。

 コーナーを駆け抜け終えて、ブロワイエが、己の持つ領域へと突入する。

 

 それは、フランスの凱旋門を二度も制覇した彼女の持つ極めて効果の高い領域。

 シンプルに、加速を果たすその効果。

 領域は効果に様々な種類があるが、しかしシンプルであるほど強い。

 ブロワイエのそれは、最終コーナーを抜ける際に、誰かと競り合うことで条件を満たし、突入した。

 

 

 ────────【MONstre JEUne premier(頂に立つ若き獅子)

 

 

 芝が跳ね上がる。

 ブロワイエが、一バ身先にいるメジロライアン、それをブチ抜いてさらに距離を広げんと、一瞬で加速に至った。

 

 入りは完璧。

 スタミナも持つ。普段、フランスの長く重い芝を走る彼女はこの高速バ場の芝で、スタミナの温存に努めることが出来ていた。

 それを振り絞り、300mの加速から600mのロングスパートという無茶を成す。

 

 その加速は、他のウマ娘の追随を許さない。

 彼女がフランスの頂点であり、そして日本に向けた執念の鬼も宿しているからこそ。

 これで私の勝ちだ。

 

 ────────などとは、欠片も考えていなかった。

 

 

(………来る!!)

 

 

 ブロワイエは、領域に突入した直後に、見た。

 迫るメジロライアンの背中を、見ていた。

 

 その背中が、まるで倍増したかのように筋肉が膨れ上がったのを、見た。

 

 来るのだ。

 彼女もまた、領域に。

 

 それも、これまでのレース映像で見せたようなそれではない。

 革命の果てに進化した()()を、繰り出してくるのだ。

 

 まだ、勝利の確信に至るには早すぎる。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「………ふ、ぅぅぅ────────!!!」

 

 大きな深呼吸を一つ果たし、メジロライアンは己の肺の内の空気を新鮮なものと入れ替えた。

 血中酸素濃度が一気に上がり、そして己が領域に突入する条件を満たしにかかる。

 

 

 ────────見本がいなかった。

 

 

 思考も加速するその一瞬で、メジロライアンは振り返る。

 己の駆けてきた道程、その中に合った葛藤を。

 

 

 ────────走りの答えが、分からなかった。

 

 

 これまで、メジロライアンは己の脚質にあった差しの位置で走り、そうして末脚を繰り出しての勝負を見せることが多かった。

 そして、生憎、その作戦での勝率は高くなかった。

 それは勿論、革命世代である同期が強かったこともあるが……自分の走りが、まだ完成に至っていないのではないか、という疑問も同時に持っていた。

 そして、その疑問は日に日に強くなるばかりであった。

 

 

 ────────正解か分からなかった。

 

 

 己の走りが、真に完成されていないような感覚。

 末脚の発揮は、当然に、最高峰の技術を用いて繰り出しているという自負があった。

 メジロ家に生まれた身として、幼き頃から日本のレースを見続けて、そうして強く走るウマ娘たち、その走りを模倣し、自分なりに磨き上げ、放てていると思っていた。

 だが、その末脚では、至れなかった。

 エイシンフラッシュの閃光に。アイネスフウジンの疾風に。ヴィクトールピストの泰山に、及ばなかった。

 

 

 ────────勝ちたかった。

 

 

 日本の、ウマ娘達の走り。

 そこに、メジロライアンは最高の見本を求めた。

 筋肉を鍛え上げている己に、完全に合致した走りが、どこかにないか。

 

 

 ────────倣うべきではなかった。

 

 

 エイシンフラッシュの走りは、己に合致していなかった。

 姿勢を極限まで落とし、顎を擦る様に走るそれは、彼女の柔軟性と生まれついてのバランス感覚があって初めて成せるものだった。

 彼女を模倣しても、速く走れなかった。

 

 

 ────────倣うべきではなかった。

 

 

 アイネスフウジンの走りは、己に合致していなかった。

 彼女の速さの根幹は、スタートからゴールまで隙の無い全てにおいてバランスに優れた体を持っているからこそ。

 だからこそ、ラスト1ハロン200mで全てを振り絞れる。あの振り絞りは人知を超えたものだ。フォームも何もあったものではなく、あの走りが模倣できるものは世界に誰もいないだろう。

 彼女を模倣しても、速く走れなかった。

 

 

 ────────倣うべきではなかった。

 

 

 ヴィクトールピストの走りは、己に合致していなかった。

 彼女は、末脚を真の武器として繰り出すタイプではなかった。道中の位置取りを自在にする、あらゆる作戦をこなせる叡智と判断力があるからこそ、最終直線で早い時点で最高の位置取りを行い、それで駆け抜けるモノだった。

 彼女を模倣しても、速く走れなかった。

 

 

 ────────倣うべきではなかった。

 

 

 メジロライアンの求める、走りの見本にして完成形。

 それは、どこにも存在しなかった。

 

 

 ()()()()、存在しなかった。

 

 

 

 倣うべきは────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────()()()()()()

 

 

 

 

 

 世界の。

 アメリカの頂点に位置するウマ娘の走りが、彼女にとっての答えであった。

 

 

『………ッ!?』

 

 

 後続のブロワイエから、息を呑むような音が聞こえる。

 それはそうだろう。

 領域に突入した直後、同じように領域に至ろうとするメジロライアンのその背中が────否、その()()が。

 まるで、膨れ上がるかのように、ばくんと脈動し、筋肉が膨れ上がったのだから。

 

 メジロライアンの全身に蓄えられていた、至高の筋肉。

 体幹を主として求めるというよりも、ただ力にのみ傾倒し、信仰にも似た日常的な筋力トレーニングにより搭載するに至った筋肉の塊。

 それらが、本当の力の使い方を学び、歓喜と共に産声を上げていた。

 

 メジロライアンは、ここ1か月の併走で、イージーゴアの走りを間近で見た。

 見た瞬間に、脳天に雷が直撃したかのような衝撃を味わっていた。

 

 ()()()()

 

 あそこまで、力のままに走っていいのか。

 

 恵まれたフィジカルを惜しみなく使い、筋肉に無駄とも思えるほどに力を籠めて、しかしそれでなお異様に速い。

 そんな、イージーゴアが見せた走りに、メジロライアンは答えを見た。

 

 己の筋肉を(いまし)めることをやめた。

 

 全てを解放する。

 力の限り全身の筋肉を膨張させ、そして力の限り走り抜ける。

 そんなシンプルな答えでよかった。

 それに全てを賭けることに、何の葛藤もなかった。

 自分が信じた筋肉で戦うことに、躊躇いが生まれるはずもない。

 

 

 目覚める。

 メジロライアンもまた、進化した己の領域に突入する。

 

 

 

 ────────【金剛大斧(ディアマンテ・アックス)

 

 

 

 これまでの彼女の領域をさらに上回る、進化した領域。

 それは、全身の筋肉を隆起させたまま、600mを全速力で駆け抜けるそれ。

 凄まじい加速に加え、足音と、筋肉の隆起による圧をまき散らしながら走るという、暑苦しくも恐ろしい領域に、メジロライアンが至った。

 

 

「………ガアアアアアアアアアアッッ!!!」

 

『やる……!!だが、それでこそ私が挑むに値するっ!!!』

 

 ラスト600m地点から、獣のような咆哮を挙げて加速するメジロライアンに、ブロワイエがしかし距離を離さず食らいついていく。

 それにまわりのウマ娘も慌てるように領域に突入していくが、距離は詰まらない。

 

 覚悟が違った。

 明らかに掛かったと思ったことで、僅かでもメジロライアンを無礼てしまったことで、世界の優駿たちの脚は動揺で微かな陰りが見えた。

 

 これは、二人のレースになる。

 そう、確信してしまって。

 

 そして。

 

 

 

 ────────gehen(行きます)

 

 

 

 そんな彼女たちの最後方から、一筋の閃光が産声を上げた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

164 ドバイシーマクラシック 後編

 

 

 

 少しだけ、領域(ゾーン)の効果とその特性について解説を挟ませていただきたい。

 

 

 領域(ゾーン)。これまでのレースでも優駿達が見せた、ウマ娘達が過集中状態や、それに近い心理状況で目覚める、物理現象をも超える不可思議な力。

 これには様々な種類がある。

 

 まず、優駿が最初に目覚める【第一領域】。ウマ娘が持つ魂の可能性を表すもの。一般的に領域(ゾーン)と言われるものはおおよそこれである。

 

 次に、【第二領域】と呼ばれるもの。ウマ娘の魂が持つ別の可能性が顕現し、目覚めるモノだ。先般の有マ記念が記憶に新しいだろう。また、スマートファルコンなども芝の上、砂の上で使い分けているが、第二領域に目覚めている。

 

 3つ目に、【ゼロの領域】だ。この領域については、これまでにサンデーサイレンスが解説したことと、目覚めの描写が全てである。これは極めて稀な領域であり、特殊な条件が重ならないと突入し得ないものとなる。

 

 4つ目に、今メジロライアンが目覚めたような、【進化した領域】だ。領域それそのものが成長し進化することもある。ナイスネイチャやエアグルーヴ、ウイニングチケットなどの第一領域が、進化した領域のそれと言えるだろう。

 また、アイネスフウジンの【零式・風神乱気流】やヴィクトールピストの【届ける祈り、叶える夢】はゼロの領域と進化した領域の両方の特性を持っていると言える。

 

 

 さて、ここで説明をしたかったのは【第二領域】についてだ。

 

 

 第二領域。

 歴史に刻まれるようなウマ娘が稀に目覚める、魂の別の可能性が生み出す新たなる領域。

 世界線が違えば、この第二領域が第一領域として目覚めるケースも存在する。

 第二領域は第一領域とは別のものとなるため、条件は厳しいがうまく使いこなせれば一つのレースで第一領域と第二領域、二つを繰り出すこともできる。

 有マ記念でそれを見せたウマ娘も多い。また、この世界線ではシンボリルドルフなどは既に第二領域も使いこなして走る事が出来ている。

 

 しかし、第二領域の存在は、ウマ娘の絶対の勝利を約束するものではない。

 先の有マ記念でも結果としては第二領域に目覚めたヴィクトールピストが勝利したが、しかし他のウマ娘と大差がついていたというわけではなかった。

 

 それはなぜか?

 

 

 答えは、第二領域として目覚めた領域には、()()()()()()という特性があるからだ。

 

 本来、第一領域で目覚めた時の領域の効果量を()()とすれば、第二領域は()()()()程度の力しか生まれていなかった。

 

 これには理由がある。

 領域は、ウマ娘の魂から生まれる不可思議な力であるがゆえに。

 基本的には、1人のウマ娘に1つの(ウマソウル)があり、その魂自体が目覚める第一領域の効果は十全に発揮されるが、別側面の可能性として生まれた第二領域は、効果が薄れてしまうのだ。

 この世界線のスマートファルコンのように、適性の薄い芝の上を走っていたことで、本来は第二領域に当たる【キラキラ☆STARDOM】が先に目覚め、本来の第一領域である【砂塵の王】が後から目覚めるようなこともあるが、しかし魂に合致した第一領域の方が効果が高いというのは彼女の走りを見てもわかるだろう。

 ()()のスキルとしてウマ娘が持ち得る領域は一つで、新たに第二領域に目覚めたとしても元々その世界線で持っている()()スキルには及ばない、と説明させていただいたほうが理解が得られやすいだろうか。

 

 尤も、この事実についてはどのウマ娘も知らないままに第二領域を使っている。

 当然だ。その世界線で目覚めた第二領域と、別の世界線で第一領域として目覚めた場合の効果量など比較することはできないのだから。

 領域それぞれに効果の違いがあり、また、それを使うウマ娘の実力も個々に差がある。純粋な領域の比較など、出来るはずもない。

 それを比較できるのは、世界線を超える理外の存在である立華勝人のみであり、彼はその事実を感覚として理解はしているが、誰にも伝えることはなかった。

 

 

 第一領域に比べて、魂の別側面の可能性として生み出された第二領域は、効果が落ちる。

 これは、ウマ娘であるならば必然の理。

 ウマ娘は、一人につき、一つの(ウマソウル)しかないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────だがここに()()が存在する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一人のウマ娘に、二つの魂を持つ存在。

 

 エイシンフラッシュが、この世界線には存在していた。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(────────)

 

 

 エイシンフラッシュは、極限の集中状態にあった。

 レースが始まり、周囲から向けられる牽制を堪えに堪え、己の走りにのみ徹し、集中を乱すことはなかった。

 己が考えている戦略をとるために、必須である集中力を切らしたくなかった。

 そのため、普段見せていた周りへの牽制も抑えた。

 位置取りも、無理に上がることはせず、バ群についていく程度に留め、脚も溜めていた。

 

 

(────────)

 

 

 深い集中が必要だった。

 有マ記念で目覚めた、第二領域。それを、第一領域を併せて使うためには、今はまだ深い集中力を必要としていた。

 それに至るために、ここまで、まったくと言っていいほど牙を見せなかった。

 ペースを乱さず、心の水面は欠片も波紋を生まず、明鏡止水の境地に在らねば、二重の領域の突入は難しかった。

 

 

(────────)

 

 

 だが、確信があった。

 

 

 二つの領域に入れれば()()()()()

 

 

 それは、有マ記念で第二領域に目覚め、そして前の世界線の記憶も取り戻したエイシンフラッシュのみが得る、確信。

 想い出と共に生まれた、前の世界線で己が使いこなしていた領域の力を得た彼女が信じる、己の爆発力。

 それを、このレースで過不足なく果たすために、集中が必要だった。

 

 

(────────)

 

 

 コーナーの出口が近づいてくる。

 既に、己のライバルたるメジロライアンと、最強の刺客たるブロワイエは最終直線に臨んでいる。

 二人とも領域を存分に発動し、己とは1()0()()()以上は差がついているだろうか。

 すでに最後方と表現してもいい位置取りに、自分はなってしまっている。

 

 だが関係ない。

 最後方から差し穿つ閃光の末脚が、己の武器である故に。

 ()()()()()()()()()()()()()()であるがゆえに。

 

 

(────────)

 

 

 コーナー出口が見えてきた。

 残り600m。

 ラスト3ハロン。

 

 

 私が、世界を革命する距離。

 

 

 光の道が、己の前に現れる。

 それは、これまでにも見えていた第一領域のそれに重なる様に、桜色の光を生んで。

 その光に、優しく温かい、懐かしい香りを思い出し、ふ、とエイシンフラッシュが微笑んだ。 

 

 

 

「────────gehen(行きます)

 

 

 

 呟くように言の葉を零し。

 

 

 

 ────────【Schwarze Schwert】×【Guten Appetit Mit Kirschblüten】

 

 

 

 10の力を生む第一領域と。

 

 1()0()()()()()()第二領域に、同時に突入した。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『───────は?』

 

 

 思わずつぶやいてしまったウマ娘がいた。

 最終直線を残すところのコーナー出口で、そのウマ娘は差し集団の位置から先頭を狙い、加速を始めるところだった。

 自分の領域は残り300mから放つタイプで、そこに至るまでに前の二人、メジロライアンとブロワイエとの距離を少しでも埋めなければならず。

 だからこそ加速を果たすために脚に力を入れ、飛び出したところで。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 シニア級で2年目を迎える彼女の、世界でも高レベルなレースを繰り返し経験してきた彼女の、常識の外からそのウマ娘はやってきた。

 ドバイの夜に生まれる幽霊か何かかとすら思った。

 黒い閃光が、桜色の光を携え、己の傍を掠めていった。

 

 ()()()()

 2000m近く走ってきたウマ娘が出していい速度ではない。

 そんな閃光が、加速しているはずの己の横を、圧倒的な速度差でぶち抜いていった。

 

 目で追えない。

 常識が邪魔をする。

 通常、この位置からアガってくるウマ娘の速度の限界を超えた閃光は、そのウマ娘の目に残像が残るかのような幻影を生んだ。

 

 

 エイシンフラッシュが、桃色の光を纏った一筋の閃光となり、最終直線に向かい解き放たれた。

 

 

 

『あっ、ヤバ……!?ちょっ……!!』

 

 しかし、そんな彼女のアガっていく道の先、さらに別のウマ娘が存在した。

 いわゆる、垂れウマというそれだ。

 このウマ娘は逃げの作戦を取りコーナー中盤までは先頭を維持していたが、後続からくるメジロライアンとブロワイエの圧にやられ、末脚を削られ、ずるずると位置取りを落としてしまっていた。

 そんな彼女が、エイシンフラッシュの進路上に位置する。

 その事を、背後から迫る足音で察していた。

 

 決して、日本のウマ娘に強い害意があるわけではなかった。

 勿論レースではあるため、中盤までのチームJAPANへの牽制などはこのウマ娘も参加していたが、しかし己が先頭の二人に敵わぬと感じてしまった今、後続からアガってくるエイシンフラッシュを潰すためだけに壁になる理由はなかった。

 どちらかと言えば正々堂々、牽制だってまっすぐに実施する彼女としては、力尽きて垂れることでフラッシュの進路を阻害してしまう事に罪悪感すらあった。

 

(わー、ごめん!でも今から進路変えられないし、これもレースの常ってことで許して…!!)

 

 ああ、きっとエイシンフラッシュは自分を避けるために、減速して進路を変える必要があるだろう。

 自分から避けてやってもいいのだが、それでさらに進路が被ってしまったら黙阿弥だ。自分は自然なままに落ちるしかなく、それを加速するエイシンフラッシュが回避してくれることを祈るのみだ。

 接触はしないと思うが、しかしここから加速して行くエイシンフラッシュの末脚に水を差してしまったことに彼女が申し訳なさを感じていると、目の前にエイシンフラッシュが現れた。

 

 もう一度言う。

 そのウマ娘の目の前に、エイシンフラッシュが突如として現れた。

 

『は?………え、はっ……?』

 

 信じられない物を見た。

 いや、見たのだが、見えなかった。

 何が起きたのかわからず、ただ、ぽかんと口を開けてしまった。

 己の体をまるですり抜けて来たかのように、ただ急に目の前にエイシンフラッシュが現れたのだとしか思えなかった。

 その後も走る脚は緩めずに疲労の中ゴールまで回し続けていたが、そのウマ娘は最後までこの一瞬の攻防が信じられない現象として脳裏に残り続けていた。

 

 エイシンフラッシュがやったことは至ってシンプルな行動。

 

 目の前の垂れウマを回避しなければならない。

 先頭を穿つために速度は落としてはならない。

 

 だから、無減速(ノンストップ)でのクロスステップを繰り出した。

 まるでレーンに描く魔術師のようなその光速のクロスステップは、加速を一切削ぐことはなく目の前のウマ娘を2歩で抜き去った。

 覚醒せしめし閃光の軌道は一直線の筋ではない。

 稲妻のような軌道を描き、なお更なる加速を果たす。

 

 

 効果を十全に発揮する二つの領域の同時発動。

 

 瞬間の超加速を生む領域と、ゴールまで加速し続ける領域の相乗効果。

 

 在り得ない奇跡を描いたその閃光は、止まらない。

 

 

 

『なっ────なんと減速せずに目の前のウマ娘を追い抜きましたエイシンフラッシュ!?あわや前が壁かと思われましたが何だこれは!?速すぎる!?!?速すぎるぞ!?!?これは本当に2400mのレースなのかッ!?!?見る見るうちに先頭を走るメジロライアンと!!ブロワイエとの距離が詰まって行く!!詰まって行くッ!!まだ加速するッ!!もはや言葉になりません!!あと300m!!!日本の4連勝となるか!?』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「やはり来たかフラッシュちゃん────────ッ!!!」

 

『待っていたとも……君をッ!!!』

 

 1バ身以上の距離を離さずに、デッドヒートを見せていた先頭を走る二人、メジロライアンとブロワイエが同時に後方からくる圧を感じ、声を上げる。

 間違いなくエイシンフラッシュだ。

 この2410mの最終直線で、こんな速度で迫ってくるのはエイシンフラッシュしかいない。

 彼女が、革命世代を象徴する覚醒を伴い、差しに来ているのだ。

 

 

「フゥ────────ッッ!!!」

 

 

 大きく長い一息をつき、エイシンフラッシュがさらにその速度を上げる。

 姿勢を下げ、顎を地面に擦るほどに前かがみになりながら、しかしその豪脚が前に倒れそうになる体を支え、体幹全てを用いてバランスをキープし、全ての運動エネルギーを前進のみに注ぎ込む。

 エイシンフラッシュの走った後の道が芝をまき散らし、その空間は桜色の光を零し、桜が舞い散っているかのような幻影すら生んだ。

 

 見る見るうちに距離が縮まっていく。

 600m地点で15バ身近くあった彼我の差は300m地点で5バ身ほどまで縮まり、残り200m地点でさらに3バ身ほど迫り、このままの勢いが続けばエイシンフラッシュが差し切ることをその走りを見ていた全ての観客が察した。

 

 だが無論の事、それを許さぬ二人の優駿。

 

「負けるかぁ!!アタシが一番勝ちたいのは、フラッシュちゃんなんだあああああああ!!!!」

 

『この、奇跡に……勝ちたいからこそ!!!私は、ここを走っているのだッッ!!!』

 

 メジロライアンの筋肉が、更なる隆起を見せる。

 否、服の下に隠れてはいれどもブロワイエもまたその至高の筋肉を積み上げた体を振り絞る。

 体力も尽きようとしているこのラスト1ハロンにおいて、さらに加速を重ねるという奇跡を成した。

 己の筋肉への信仰を極めたメジロライアン。

 日本への執念を鬼に宿し限界を超えるブロワイエ。

 この二人も間違いなく、レースの常識を超えて走っていた。既にレコードペースは超えて走っていた。

 

 だが。

 

 ああ、だが、それでも。

 

 

 その閃光を、止めるには至らない。

 

 

「────────ッ!!」

 

『────────くっ……ッ!!』

 

 

 足音が近づくのが止まらない。

 閃光の走りが、その加速を止めようとしない。

 まるで無限のように感じられるその加速。

 一瞬の切れ味を持つ閃光が、600m続くという超常的な加速。

 

 エイシンフラッシュの、その無限の加速。

 それを成したのは、二重の想い。

 

 

 彼女の持つ、二つの同じ(ウマソウル)が。

 

 

 同期の(ヴィクトワールピサ)の輝きに感化され。

 

 

 ドバイに置いてきた忘れ物(勝利)を、今度こそこの手に。

 

 

 

「────────やあああああああああああああああっ!!!!」

 

 

 

 

 

 

『残り100mッ!!堪えるライアン!!堪えるブロワイエ!!だがフラッシュだ!!フラッシュだ!!!これは行った!!差し切った!!そのままエイシンフラッシュが一着でゴーーーールッッ!!!…やりました!!エイシンフラッシュが間違いなく、一着でゴールしました!!二着は僅かにメジロライアンか!?ブロワイエの最後の伸びが際どい所!!』

 

 

『掲示板が出ましたっ!!一着はエイシンフラッシュ!!レコードです!!レコードを見事に成したぞエイシンフラッシュゥ!!これが日本の三冠ウマ娘だ!!!そして二着にメジロライアン!!凄まじい!!またしても日本のワンツー!!日本のウマ娘がドバイの夜を駆ける!!革命が止まりま────────』

 

 

『────────ッ!?!!?し、失礼しました、思わず言葉を……え、エイシンフラッシュの最終3ハロンの記録が、なんと30秒8ッッッ!!!!30秒8ですっ!!!絶句!!!余りにも信じられない記録が誕生してしまいましたっ!!!2400mレースにおいて、間違いなく史上最速でしょう!!!革命世代の伝説が、また一つこのドバイに誕生いたしましたっ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……はぁっ、はぁ………はぁー……ふぅ……」

 

 エイシンフラッシュが、ゴールした後のクールダウンに入るために脚を緩める。

 だが、加速が余りにも乗り過ぎていたその脚は、少しずつ速度を落としたうえでもなかなか止まらずにコーナーにまで及んでしまっていた。

 怪我はない。彼女の脚もまた、立華が想いを籠めて磨き上げた筋肉で守られていたがゆえに、限界は超えてはいなかった。

 ただ、己の持つすべての力をラスト3ハロンに注ぎ込み、伝説の記録を生み出した。

 

「……フラッシュちゃん」

 

「…ん、ライアンさん……」

 

 エイシンフラッシュのクールダウンの速度が落ちなかったおかげで、若干速度を上げて追いつかなければならなかったメジロライアンがようやく彼女に声をかける。

 その筋肉は先ほどまで膨張していたものがようやく脱力し、それでも血管が浮くほどの張りをもって、観客の視線にさらされていた。

 汗を拭いながらクールダウンを果たす二人。

 

「…悔しいよ、心から。今日はアタシの限界を超えた走りが出来た……会心だった。けど、まだフラッシュちゃんには届かなかったね」

 

「……ライアンさん。私も、貴方が怖かった……これまでのどんなレースよりも。でも、だからこそ限界まで振り絞れました。最後の直線、見事な走りでした」

 

「ふふ、どうも。……でも、諦めないからね。今日のレースでアタシはまだ強くなれるってわかったからさ。さらに力をつけてまた挑むよ。勝つまでね」

 

「ええ、いつでも」

 

 敗北を認めるライアンの言葉に、フラッシュは強い否定の色を示さずに同調を示した。

 正直に言えば、フラッシュとしてもこの勝利が全て己の力によるものだ、とは思っていなかった。

 序盤から中盤にかかるチームJAPANに仕掛けられた牽制について、自分はそれを静かに堪えるばかりであり、途中からは周りも自分が落ちたものとみて、矛先をライアンに向けていた。

 牽制の多くを受け持ったのはメジロライアンだと言えるだろう。

 勿論、それも含めてレースの展開であり、戦術だ。結果を否定することはこのレースを走ったウマ娘すべてを侮辱することと同義であるとフラッシュもわかっているため、否定はしない。

 だが、今回のような特殊な状況ではない、同じ条件で……そう、例えば日本で共に走ったならば、もう勝敗はわからない。

 これまでも侮ることは勿論なかったが、メジロライアンがとうとう己の勝利を揺らしかねない最強のライバルになったことを、今日の走りで察した。

 半バ身差の勝利。薄皮よりも薄氷の勝利であった。

 力強さに溢れた走り、心から敬意を覚えた。

 

『……Félicitations(おめでとう)、エイシンフラッシュ』

 

『ブロワイエさん…』

 

 続いて追いついてきたブロワイエがフラッシュに声をかける。

 彼女の表情は、ライアンのような悔しさに溢れるそれ……とはまた違い、どこかすっきりとした様子であった。

 

『強かったな、君は……いや、君達は。私も、己の全てを発揮して走れたレースだと思ったのだがな……日本がここまで力をつけているとはな。だが不思議と、悔しさは余り感じない。前のジャパンカップの時とは違い、全力で走れたから、なのかもしれないな……』

 

 彼女の気持ちよい表情の理由はそこに在った。

 以前のジャパンカップの時とは違い、全てを仕上げ、油断も一切なく、間違いなく全力で走り抜けられたこと。

 その上での敗北であれば、そこに「もしも」が存在しない。

 もしかしたら勝てたかも、という気持ちすらわかない、全力のぶつかり合いだからこそ、悔しいという気持ちは強く萌芽しなかった。

 

 しかし。

 それでも、もう戦いたくないというわけではない。

 

『ああ、だが勘違いしないでほしい。君達に勝ちたいという気持ちはなお一層、強くなったからね。私もさらに己を鍛えて、また再び君達と走りたい。……フラッシュ、ライアン。よかったら、ぜひ今度、凱旋門に挑みに来てくれたまえ。次は私の祖国で勝負しよう……君達日本にとっても悲願だろう?』

 

『ッ。……そう、ですね。まだそこまで先のレースは決めておりませんが、考えておきます』

 

『同じく。貴方の得意なレース場です……挑むなら、万全に備えてから、ですね』

 

『ふふ、ぜひ招待を受けてもらいたいものだな。君達にもアウェーの気持ちを味わってもらおうとも。……さて、敗者はこれ以上は無粋だな。ウイニングランだ……誇ってくるといい。改めて、日本の四連勝、おめでとう』

 

 ブロワイエは、己の祖国であるフランスのレース、日本の悲願である凱旋門賞に二人を誘い、しかし無理強いはせずに引き下がった。

 今回のレースで自分が勝っていればより推せたかもしれないが、しかし今回は敗北したのだ。

 後は彼女たちの選択に任せればいい。日本の悲願である凱旋門賞の勝利というエサがあれば、運命が廻れば出走することもあるだろう。

 そうなれば、私も真の力で相対し、楽しませてもらうこととしよう。

 

 そうして、ブロワイエがコースを逸れていく。

 向こう正面に向かうのは、ウイニングランの権利があるものだけだ。

 

 今回のレースでは、チームJAPANにその権利がある。

 エイシンフラッシュは、チームJAPANの勝利を誇るために、胸を張って、仲間でありライバルでもあるメジロライアンと共に向こう正面に向かった。

 

「……では、行きましょうか、ライアンさん」

 

「え?なんで?いや、アタシ行かないよ?勝ったのフラッシュちゃんでしょ?」

 

「……え?」

 

「いや。そんな顔されても」

 

「で、ですが前のレースでも3人で勝ち誇っていました。チームJAPANの4連勝を誇るには二人で行ってもよいのでは?」

 

「前はほぼほぼ差のないゴールだったけど、今回みたいに半バ身も差が付いたらしっかり負けだって。そんな緊張するタイプでもないでしょフラッシュちゃんは。アタシの分までしっかり勝ち誇ってきてね!!」

 

 ぱんっと背中を強く叩かれ、エイシンフラッシュは軽くむせる。

 そうしてメジロライアンがさっさとコースから出て行ってしまった。

 

 ……プランが崩れてしまった。

 フラッシュは若干の動揺を覚える。

 

 先程のドバイターフで3人が一緒に勝ち誇っていたこともあり、もしライアンさんが2着になれば日本のワンツーで二人でウイニングランをする……と言うのを先ほどまでのクールダウン中に考えていたのだ。

 完璧なプランニングと言えた。二人であれば、4連勝を表す4本指も二人でピースサインを作ればよかった。

 しかし一人で行くとなれば、自分一人でピースを二つ作らなければならなくなった。

 この時点でエイシンフラッシュの脳裏からは、普通に片手で4本の指を立てればいいという思考は抜け落ちていた。

 

 

 向こう正面に入る。

 観客の大歓声が、レコードで勝利した彼女を、神速のラスト3ハロンを見せたエイシンフラッシュを讃える。

 しかし、エイシンフラッシュは勝利の喜びの他、全てを振り絞り無心となったそこで急なライアンからの裏切りを受けて若干の動揺を伴ったままに、そこに立って。

 

 まず、いつものルーティーンで、最敬礼。

 

 観客席に大歓声が広がって。

 

 そして身を起こし、もうなるようになれ、と若干自棄になりながら。

 照れも混じった笑顔を浮かべて、顔の両横にダブルピースを作る。

 

 観客席に、更なるとてつもない大歓声が広がった。

 

 

 ────────チームJAPAN、4連勝。

 

 

 それを示したダブルピースは、しかし慎ましい彼女が見せる照れの含んだ笑顔を伴い、世界中に閃光のファンを生み出す結果となった。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

165 ぱかちゅーぶっ! ドバイシーマC 前編

 

 

 

 

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

!!ドバイ3連勝中!!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

「……っと、そろそろだな!!ヨシ!!興奮冷めやらぬってところだけどそろそろ次のレース始まりそうだから解説から始めるぜー!もう時間も日にち跨いじまったけど全ッ然眠くならねー!!テンション爆上げで行くぜーーーっ!!」

 

「こんなレースを見せられて眠れるはずもない……目が、頭が冴えきっているよ。現役時代ぶりに夜更かし気味になってしまいそうだ」

 

「ホンマやな、いつの間にか明日になっとるわ。これ明日…いや今日のレース出走する子たちは難儀やな……流石にテレビ見ないで早く寝とるか?どーなんやゴルシ、明日の大阪杯なんかはウオッカとスカーレットが出るんやろ?」

 

「おん?おー、勿論二人には気になるのは分かっけど早く寝ろって言ってあるぜー!!明日はアタシも付き添いお願いした教官と一緒に引率しなきゃならねーからな!!飛行機使って朝9時出発だからよー、ゴルシちゃんちょっとだけ明日は寝不足気味の予感だぜー。まー何とかなるだろ!!」

 

『もうすぐシーマクラシックか』

『ここまで来たら全勝行ってくれるやろ』

『だが相手は油断できない強敵よ』

『俺たちは全力で応援することしかできない』

『全然眠くない定期』

『ここで寝るやついる!?』

『いねぇよなぁ!?』

『あーそういや明日大阪杯か』

『流石に明日のレース出るウマ娘達は寝てるやろ』

『起きたらびっくりするやつ』

『ウオッカもスカーレットも今談話室でみんなと一緒にテレビ見てるけどね@ミラクル奇術師』

『おい起きてるぞあの二人』

『オイオイオイ』

『死ぬわアイツら』

『リークされるのウケる』

『1レースだけ見て寝る予定だったのかな?』

『明日走るウマ娘達はよ寝ろ』

『寝れません!!』

『寝ろ』

『ゴルシも無理しないでね』

 

「おう。フジキセキのリークでうちのチームの二人が起きてることが判明したんだがよ?……寝ろォォォ!!!お前ら二人は今日GⅠだろうがァァァ!!!起きてんじゃねぇー!!!アタシがトレーナーに怒られんだかんな!?!?」

 

「いや、しかし最早ここまでレースを見てしまっては今寝るのは無理ではないか…?気になって文字通り寝付けなくなってしまうだろう」

 

「やったなぁ?……せめて全部レース見たらすぐに寝るんやぞ、応援してくれとるファンもおんのやからな。まーでも過ぎたことはしゃーない!ほれ、レース解説いこうや!」

 

「おー、しょうがねぇなホントにもー。……さってと。そんじゃドバイシーマクラシックのレース解説だぜぇー!!1998年に第一回のレースが開催されてるぜ!!名前は一番最初はドバイターフクラシックって名前だったんだけど2000年からシーマクラシックに変わってるぜー」

 

「2410m、芝のレースだな。10mという半端な数字はメイダンレース場が一周2400mピッタリのコースであり、ゴールとスタートを一緒に配置できない分、10mの端数が生まれているというわけだ。ベルモントステークスも同じような理由で2414mとなっている」

 

「このレースは国際ウマ娘連盟のレーティングでもかなり上位に位置しとる相当格の高いレースやで!!そんだけ力自慢のウマ娘達が集まってくるってわけや!!ちなみに凱旋門賞がランキングではよく一位になって、日本だと天皇賞秋や有マ記念も同じくらい高評価を受けることがあるで。確かおととしは天皇賞秋がレーティング世界4位だったはずや」

 

「GⅠになったのは設立から少ししてからだけどよー、その前にもその後にも日本のウマ娘が一着を取ったことが何度もあるレースだぜ!!ドバイターフと同じで芝が日本のそれに近い高速バ場だから力を発揮できる環境にあることはまちがいねーぜ!!」

 

「だが、無論の事世界中から猛者が集まり、さらに言えば日本の最大のライバルともいえるあのウマ娘も参加している。油断は出来ないレースだな。では次に出走ウマ娘の紹介……と、失礼………ん……ん?……ぷっ、ははは!」

 

『解説助かる』

『ありがたい…』

『これで呼吸が出来た』

『芝2410mっつーと中距離の限界みたいな感じの距離ね』

『スタミナも問われる距離なんやな……』

『アイネスねーちゃんとかも得意な距離だよね』

『挑むのがフラッシュとライアンだから安心感がすごい』

『日本ダービーでも有マでも好走してたからな…』

『行ける!はず!』

『日本のレースそんなにレーティング高かったんか…』

『日本のレースは世界的に見ても賞金も高くレベルの高いウマ娘が集まるんだ』

『◆知らなかったのか────────?』

『ほえー普通に知らなかった』

『とはいえまだ世界的には実力が及んでないって言われてるね』

『今夜でひっくり返るけどな』

『今半分くらいひっくり返ってるところ』

『全部返してやろうぜ!』

『ん?』

『ルドルフどした?』

『ウマホ取り出した?』

『何?何の笑いなのぉ!?』

『まさか激ウマギャグを思いついてしまって───!?』

『ミュートにしなきゃ』

『芝』

 

「ん?どーしたよ会長。この時間に生放送やってて連絡入れてくるやついんのか?」

 

「深夜やぞ?誰やそんな空気読めとらんやつは。ってかルドルフも何わろとんねん」

 

「ああ、いや……すまんな。どちらかと言えば最高に空気を呼んだ連絡が来たよ。そうか、ゴールドシップは生放送中に個人用ウマホを撮影機材に使っているし、私に連絡が来たのだな………なんと、話題沸騰の立華トレーナーからの連絡だ」

 

「あァ!?猫トレから!?何やってんだあの人!?」

 

「ってかこの放送見とんのか!?……ああ、いや見とるかもなぁ?控室で再生してる分には別に影響もないやろし。おー見とっかーお前らー?ホンマ、日本中大盛り上がりやぞ!!この先も頑張るんやぞ!!」

 

「ふふ、ここでの応援が少しでも力になっていることを祈ろう。そして、LANEに来たメッセージだが……何と、ウマ娘の安眠のツボを押すコツを送ってきてくれたよ。ウオッカとダイワスカーレットの話を耳にして送ってきたのだろうな、なんとも彼らしい。後でゴールドシップとフジキセキのLANEにも転送しておくよ。フジキセキ、二人の事は任せるぞ」

 

「ぶっはははは!!!あの人ホンットウマ娘の世話焼いてねーと死んじまうのかぁ!?ったくよー、そんだけ余裕もあるってことかねー。あーアホらし…ったく、バカなやつ。こんだけ余裕こいてボロ負けしたらただじゃおかねーからな猫トレよぉ!!」

 

『猫トレ!?』

『クッソ芝』

『芝』

『猫トレやってんなぁ!?』

『どのタイミングでの連絡なんだこれは…』

『もうウマ娘達が控室出たタイミングじゃない?』

『送り届けてからこの生放送見たらって感じなのかね』

『ようやる』

『ウマ娘の安眠のツボ…そんなものがあるのか』

『猫トレだしそういうの覚えてても違和感ない』

『猫トレだしな…』

『了解、レースが終わったらちゃんと寝かしつけるよ@ミラクル奇術師』

『普通に人間にもございますよ安眠のツボ』

『猫トレのテクなら効きそう』

『知りたい…そのツボ知りたいいいい!!』

『これでウオダスは安眠が約束された…』

『よかったよかった』

 

「なんや猫トレのおかげでちっと興奮落ち着いたわ。あの人アホやで。…って、と。そんじゃ改めてウマ娘の紹介に入ろうや」

 

「だね。さて、このドバイシーマクラシック、日本からは2名のウマ娘が参戦している。既にレース前の時間で紹介しているから改めての詳細な説明は不要だな」

 

「革命世代の三冠ウマ娘エイシンフラッシュ!!日本初クラシック期宝塚記念勝者メジロライアンっ!!この二人が世界に挑むぜっ!!どっちも確かな実力あるウマ娘だぁー!!アタシなんかは有マで走った仲だな!!いやーこいつら強ぇんだわ!!マジで!!」

 

「知らない人はもうおらんやろ。さて、そんな二人と相対する世界のウマ娘の中でも、有力候補を一人紹介するで!!つってもこっちもちょっと前の頃からレース見とる人にはご存じの顔やけどな」

 

「紹介しよう。フランスから参戦したウマ娘……ブロワイエだ。この名前を聞いて震える人も多かろう。エルコンドルパサーの挑んだ凱旋門にて、僅かな差で日本の一位を奪い取ったウマ娘だ。ジャパンカップでスペシャルウィークとも戦い、そこではスペシャルウィークが勝利している」

 

『フラッシュとライアンだ!!』

『もう見た』

『CMで見た』

『ダービーでレース場で見た』

『うらやま!』

『この二人もとにかく優駿よ』

『結果はフラッシュが出してるけど毎回それに食らいついてるライアンも猛者なんだよなぁ…』

『ライアンはチーム移籍があったんだっけ?』

『せやね 小内トレーナーのチームレグルスに入ったはず』

『前の専属トレーナーが産休らしいからね』

『あのトレーナー美人でファンだったんだよなぁ…』

『祝い事だから祝って差し上げろ』

『レグルスでも楽しくやれてる感じの事ウマッターで呟いてたね』

『来たなブロワイエ』

『ブロワイエだああああああああ!!!』

『こいつはヤバい』

『シンザンレースファンのワイ、知らない顔』

『当時の凱旋門を見ろ』

『あの凱旋門賞は悔しかったなぁ』

『あと半バ身だった……』

『スペちゃんがリベンジ決めてくれた時は叫んだよマジで…』

『あのジャパンカップは伝説よ』

『日本総大将!』

『でもそういえばジャパンカップの後のブロワイエどうなったか知らないや』

『現役長いんな』

『いうても黄金世代の一つ後の世代だしね彼女』

 

「おー、ブロワイエの事知ってるやつもやっぱ多いな!!スペと走ったジャパンカップの時点じゃクラシック期だったんだけどよ、その後シニアに行ってからなんと凱旋門賞を連覇してやがるぜー!!とんでもねぇバケモンだ!!」

 

「日本やドバイのような高速バ場よりも、フランスのような長く深い芝に脚があっているのだろうな……あの凱旋門賞で連覇というのは尋常ではない。その後のレースでも好走をしており、連対率も極めて高い」

 

「安定した実力のあるウマ娘やで。最近日本でもよー語られとる体幹がそれこそしっかりしとるんやろな。指一本で逆立ちして腕立て伏せ出来るレベルらしいからな噂やと」

 

「会長が言ったように、高速バ場は得意としてねーんじゃねぇか?って所が今回のドバイシーマクラシックでは光明かもしれねーけどよ、それにしたって一切気の抜けないウマ娘だぜ!!なんてったって世界の頂を二度も見てるんだからよー!!」

 

「ああ、だがあの二人ならば油断も一切ないだろう。勝ちきって、日本全勝の夢を繋いで欲しい所だな」

 

「やな!!…おー、そんな話してるうちにゲート前にウマ娘達がよう集まってきよったでー。花火もよう上がるわマジで……お!!チームJAPANの二人が出て来たで!!」

 

『凱旋門賞連覇ってマ?』

『こいつヤバい』

『未知の怪物じゃなくて既知の怪物なのがコワイ!!』

『ジャパンカップで負けたのは高速バ場の影響なんか?』

『わからん…あの時のスペ極まってたからな…』

『フェリスみたいな加速してたしなあの時代に』

『油断はできない相手ってことね』

『まぁそれは全員そうなんやけどなブヘヘヘ』

『何わろとんねん』

『お』

『フラッシュとライアンが来た!!』

『落ち着いていますね』

『緊張してる?』

『頑張れー!!差し切れー!!』

『二人とも差し戦法だからな』

『差し切り!差し切り!!』

『今日オニャで逃げ切りシスターズVS差し切りバスターズやってたねそういや』

『差し切りバスターズは芝』

『何それ面白そう…』

『オニャンコポンのナイトプールの頃やね』

 

「ん!!二人とも調子はよさそうだぜ……連勝のプレッシャーもあるかと思ったが出てきた感じそこは問題なさそうだな!!流石は猫トレと小内トレーナーだぜ!!」

 

「ああ、立華さんは言うまでもなく、小内トレーナーもレグルスで多数のGⅠ勝利を経験している敏腕トレーナーだからな。あの二人がよくケアしたのだろう。……だが、ああ、やはりこうなるな……危惧はしていたが」

 

「やんなぁ……他のウマ娘全員からもうマークされとるわ。逆の立場だったら絶対やるし当たり前やな……チームJAPAN、それ自体への警戒度が三連勝で爆上がりしたからなぁ。二人はこのマークの中で走り抜けなきゃならんのやな」

 

『小内トレーナーも中央トレーナーの中でも変人寄りだからな』

『デカいし光るし』

『DX小内トレーナー(小売価格1980円)』

『芝』

『有能トレーナーだいたいどっか変だからな…』

『今猫トレの事言った?』

『今沖野の事言った?』

『今南坂の事言った?』

『今初咲の事言った?』

『しまったな…チームJAPANのトレーナー全滅じゃないか』

『SSがおるやろがい!!』

『全滅じゃないか(沈痛)』

『あとでSSに怒られるやつ』

『ってか雰囲気ヤバ』

『うわぁ』

『全員がぁ……二人をにらんでますねぇ……』

『勝ち続けると、周り全てが敵になる(CM感)』

『三連勝だもんなぁ…』

『そんだけ日本が注目されているという事の裏返しでもあるが』

『世界の優駿全員から狙われちまうのか…』

『流石に二人にだけって話にはならないだろうけどそれでもなぁ』

『それでもフラッシュとライアンならやってくれる!!』

 

「牽制についちゃー日本にも得意とするヤツ多いし、そんな相手と走り抜けてきたアイツらならやってくれる!!そう信じるしかねぇんだもう!!」

 

「だ、な。私と肩を並べ……いや、意地を張るのはやめよう。私を超える牽制の長たるナイスネイチャとマイルイルネル、そんな二人とも競い合い、併走を果たしてきたであろう彼女たちならば。きっと勝ってくれるだろう。生徒会長として、心からそう信じている」

 

「おう、一人のウマ娘としてはどうなんやルドルフ?」

 

「………殺伐激越。本気の牽制を見せてやるから早くドリームに上がってこい二人とも」

 

「ぶははははは!!!現役時代の素が出そうになってんじゃねーか会長!!ったくよー、ドリームあがっても落ち着かねぇんだから……最近そんなウマ娘多いけどなー。革命世代のせいだぜ絶対。……ま、そんなアイツらだからこそ、アタシ達も信じられるんだ。祈ろうぜ……お!!ゲート入りだ!!よっしゃお前らぁ!!わかってんだろうなぁ!!!」

 

『会長がネイチャとイルイル君を認めた…!』

『エモかよ』

『それだけの走りを二人とも見せたもんな……』

『と思ったらこれだからよぉ!!』

『芝』

『会長!!親しみやすいことを目指す人がしちゃいけない顔してます会長!!』

『テノヒラクルー』

『クッソ芝』

『目に毒なんよね革命世代の走りは』

『強くなりたくなる…』

『おゲート入りだ』

『オイオイオイ』

『死ぬわゴルシ』

『ほう…ゴルシのゲート入り擦りですか』

『たいした拒みようですね』

『1日に複数回のゲート入り擦りはネタ切れが極めて高いらしくネタに困るコメ民もいるほどです』

『なんでもいいけどよォ』

『相手はあのブロワイエだぜ』

『それにフラッシュとライアンのゲート入り』

『全く不安のない入りです』

『北半球と腹筋でバランスもいい』

『ゴルシのゲート入りとは全く違うというほかはない』

『ゲン担ぎよし…と────』

 

「ネタ切れして来てんなお前ら!?でも頑張れ!!アタシの事もっと詰って!!もっといじめてぇん!!もっとぉ!!」

 

「待てや。それ以上そっちの方面の声出すなやゴルシ。テンション上がっとんのは分かるがこの生放送BANされたらどうするねん!!割と歴史に残る放送やぞこれェ!!」

 

「この瞬間のコメントの皆の連携はすさまじいな……っと、そんな話をしているうちにゲートに各ウマ娘が収まったようだ。始まるな……日本の4連勝、願わくば!!」

 

「……っスタートしたぜ!!!揃ったスタートだぁ!!展開は……波乱はなし!!今回はどうやら大逃げのウマ娘はいねーようだな!!全員がある程度塊になりながら進んでいくぜっ!!」

 

『また』

『はじまた』

『いけーっフラッシュー!!』

『ライアン頑張れー!!』

『スタートはよし!!』

『さあどうなる…!?』

『あっバ群がまとまってる』

『全員が距離を取らない走りになりましたねぇ…』

『これはあれか?牽制目的か』

 

「…ちっ、早速牽制が飛んどるわ。フラッシュとライアンに比重が高い…!!二人とも落ち着いて自分のポジションはキープできとるが、中々に厳しいで!!」

 

「やはりブロワイエだけとは言わず、全員が世界の優駿だ……走り一つ一つを見て、見事なものだと感嘆してしまうな。位置取りや加速が世界レベル…と表現してもいい。コーナーに入って行ったが、そこでも減速が見事に抑えられている」

 

「フラッシュはいつも通りフェリスコーナリングで減速を極力落としてるなー、ライアンもいい感じ……ってか、ライアンがスゲーいい感じじゃねーか!?これまでのレースじゃ大体コーナーではフラッシュとかに譲ってたが今回はいいぞ!?」

 

「おん!?ってかライアンは全く動じとらんのやないか!?あんだけ圧かけられてあの走りは表彰もんやぞ!?ルドルフ、どう見るあの走り!?」

 

「っ、なんと……いや、凄まじい抵抗力だ!ヴィクトールピストのように無力化しているわけではないにせよ、しかし全く意に介さない!!何と力強い走りだ!!……いや、彼女はそうか、思えばこれまで革命世代の抜身の刀のような牽制の中を走り抜けて来ていた。余りにも重苦しいレースを走り続け……慣れた、のか!?くっ、流石だよ革命世代!!」

 

『うおーやられてる!!』

『すげーはっきりわかる』

『明らか周囲が二人に注意してんだね』

『後ろの子たちがめっちゃ睨みつけてきてる…』

『横も前も明らかにフラッシュとライアンの位置意識してるね』

『流石に壁にはならないけどちょっとすごいなこれ』

『でもコーナーで二人とも落ちてねぇ!』

『スタミナが削られているのでは…!?』

『フラッシュはコーナーで脚を溜めつつ加速できるから…(震え声)』

『菊花賞とかそんな感じだったね』

『ってかライアンもすげぇな』

『いい速度だぁ…』

『ライアンの位置が少しずつ上がってるか?』

『周りの子がなんかびっくりしとる』

『ライアンに驚いてるのか?』

 

「いやこれライアンがすっげぇぞ!?むしろフラッシュがちっと効いてるか!?だいぶ大人しい感じだぜ…フラッシュの得意な牽制もあんまり周りに出してねーな!!やられちまってるか!?」

 

「…どうかな、これが普通のウマ娘ならば心配もするところなのだが、あのチームフェリスだぞ?彼女は。絶対に何か牙を隠し持っていると私は見る」

 

「やんな。ただ……それにもましてライアンがええぞ!!向こう正面に入ったがあんま牽制効いてるって感じじゃないわ!!こーれライアンの方があるか!?ただその後ろブロワイエがついてっとるなぁ!!ブロワイエのマーク対象はライアンになったか…!!」

 

「……1000m通過!!タイムは60秒1、落ち着いたタイムだぜ!!少しフラッシュが後ろに下がり気味で、ライアンはむしろ向こう正面で位置を少し上げてる感じかー?」

 

「だな。エイシンフラッシュへの牽制がある程度減っている……海外のウマ娘は牽制が彼女には効いたと判断したか。甘いぞ、チームフェリスを無礼るなよ。間違いなく彼女は来る」

 

「こっからは最終コーナーに向かって息を整えるところやなー……ってぇ!?オイオイオイオイ!!ライアンが一気に上がってっとるぞー!?そこからその加速は無茶やないかー!?」

 

「ウワーッ!?ライアンのヤツ掛かっちまってねぇかー!?まだ900mはあるんだぜぇ!?」

 

「……いやっ!?その後ろからブロワイエもアガってきた!!これは確信のある位置取り押上げだ!!走っている二人にしか感じられない何かがあるのだ!!!あの二人がこの大一番で判断を誤るものか…!!」

 

『うわー!?』

『ライアンそれは暴走では!?』

『やっちまったか!?』

『ブロワイエも来たー!?』

『なんだこれ!?』

『いやでもライアンも革命世代だ…!!』

『このまま走り切るつもりじゃね?』

『無茶だろ』

『革命世代に無茶という言葉があったか?』

『革命世代だからな…』

『やるのか……ライアン!!』

『タブーを犯すのか!?』

 

「一気にレースが動きやがったぜぇ!!二人の位置の上りで周りのウマ娘が一気に動揺してるぜっ!!」

 

「ライアンが掛かったと思ったらブロワイエがついてったんやもんな…!!そりゃ驚くで!!そしてその隙にほぼほぼ先頭集団までアガっていきよった!!フラッシュはまだ最後方や!!これフラッシュは相当きつくないか!?」

 

「……っ、10バ身以上は先頭とついてしまっているか!?厳しい、残り距離も600mを切る…!!ここからライアンとブロワイエが万全に末脚を発揮したならば、フラッシュの位置からは追い切れない…!牽制が刺さってしまっていたか!?」

 

「でもってここでブロワイエがまず領域に入りやがったぜェー!!!とうとうラストスパートの勝負っ!!クッソ!!流石だなぁあの加速!!ジャパンカップ思いだしてやんなるぜったくよォ!!」

 

「シンプルに強い領域や……あの位置からライアンの領域は入れんのか!?ほぼ先頭集団─────ッッ!?なんやぁーーーーーッ!?ライアンの体がヤバいで!?!?」

 

「何だ!?あの筋肉の膨張…ッ!?目で見て分かるレベルの其れッ……突入した!!ライアンの……あれは新たなる領域か!?第二……いや、領域自体が進化している、だと!?」

 

『うわああああああああ来るうううううう!!』

『フラッシュは来ないのか!?フラッシュは来ないのか!?』

『いやこれ絶望的な距離』

『フラッシュは厳しいか…!』

『溜めすぎちまったか!?』

『うわーこうなりゃライアン頑張れ!!』

『ライアン!!ライアン!!!』

『いけーっ!!革命世代ーっ!!』

『ブロワイエがきたあああああ!?!?!』

『うわまたなんか見えた』

『凱旋門に佇む獣…?』

『ベルーガちゃんとかファルコンと同格かよぉ!?』

『ブロワイエがはえええええええ!!!』

『ライアン粘れーっ!!いけーっ!!』

『ライアンもいった!?』

『ライアンが来た!!』

『あの位置取り上げからその加速ゥ!?』

『ライアンが来たああああああああああ!!!』

『筋肉……!!』

『何だあの筋肉!?』

『今体が膨れ上がったぞ』

『幽遊白書で見た』

『体ヤバい』

『俺が最後に見るSEXYはライアンだ』

『その闘力いかなるウマ娘も防げない』

『いったああああああああああああ!!!』

『これは二人の勝負か!!』

『うわーーーーライアンいけええええええええええ!!!!』

『勝てる!!加速は互角!!!』

『行ってくれー!!!日本の4連勝を…!!!』

 

「凄んげぇ走りだ!!300m加速してから600m全力疾走かよぉ!?こりゃあるぜ!!ライアンとブロワイエの一騎打ちになったッ!!残りのウマ娘はその速度に追いついてねぇ────────は。……ぁ?」

 

「───な、んだ……と?」

 

「……ここで来たかフラッシュゥ!!!領域の同時発動ッ!!!これを狙っていたんか!!とんでもない加速……いや待て!!待て待て待て待てェ!?!?自分それ2000m近く走ってから出していい速度やないぞォ!?」

 

 

 

 

 




長くなりすぎたので分割です。
どうやっても筆が伸びて15000字を超えてしまう。書く方もテンション上がりすぎ。



以下、閑話。









 夜の10時。
 普段から生活リズムは規則正しく、早寝早起きを基本とする寮生活のウマ娘にとっては消灯時間である。
 無論の事、この相部屋の二人も己の布団に入り、何とか眠りを迎えようと努力していた。

 ダイワスカーレットと、ウオッカだ。

「────────」

「────────」

 明日は二人とも、大きなレースを控えている。GⅠの大阪杯だ。
 勝負の相手はまさしくライバルたる隣のベッドで眠る彼女。
 しっかりと睡眠をとり、完璧なコンディションで望まねばならぬレースである。
 無論の事、二人ともそれは分かっている。
 わかっているが、だからこそ、今日は何としても眠らなければならない。
 早くに、意識を落とさねばならなかった。
 明日を迎えねばならなかった。

 例え、今日のこの時間に、ドバイで革命世代が走っていたとしても、だ。

「────────」

「────────」

 二人とも、本当に真摯に、眠るための努力はしていたと言えるだろう。
 8時の時点で、既に二人ともウマホの電源は落としていた。
 ウマホを起動できる状態にあったら、間違いなくそちらを気にしてしまい、それでウマッターやぱかちゅーぶでも見ようものならもう眠れないと知っていたからだ。
 だからこそ努力した。ストレッチなどをして、早くに風呂に入り、トイレも済ませて、いつもの時間にベッドに横になっていた。
 幸いにして季節は冬。寒い時期に、暖かい布団で体も温まっていけば、いつもの様に安眠に至れたであろう。
 勿論、革命世代を、チームJAPANを応援する気持ちもあり、メッセージなども送り、チームメイトの勝利を祈る気持ちもあるが、それはそれ、これはこれだ。
 自分たちのレースの為に、眠らなければならなかった。

「────────」

「────────」

 10時を少し回る。
 二人とも、努力の甲斐あってか、十分に睡魔が襲ってきており、このまま意識を落とせば朝まで眠れていただろう。
 そうあるべきであった。
 そうありたかった。

 だが、二人はとても大切な、一つの事を忘れてしまっていた。
 それが敗因であった。
 ()()をつけて眠るべきだったのだ。


 10時12分。



『ッワアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!!』



「────────!!」

「────────ぅ、…!」

 聞こえてしまったのだ。
 寮の、談話室のあたりからの大歓声が、二人の部屋にまで届いてしまった。

 ここは栗東寮、ウマ娘達が生活する建物である。
 人間と比べて耳が良いウマ娘達が静かに安眠できるよう、勿論のこと壁は防音処理を施されており、普通の大声程度であれば個室にまでは響かないのだ。
 だが、その歓声は桁が違った。
 みんなの熱狂が、聞こえてしまった。

「…………あー、ウオッカ。起きてる?」

「……起きてるよ。いい感じに眠れそうだったのによ……くそ、起きちまった」

「アタシもよ。……今何時?」

「……10時13分。……アルクオーツスプリントの時間、か」

「そうね……アイネス先輩、勝ったのかしら……」

「……俺らをブチ抜いた先輩だぜ?勝つに決まってる……わかってんだ。絶対、チームJAPAN全勝だよ。結果は分かってる。先輩たちが負けるもんか……」

「そう、よね……だから、アタシたちは、明日の為に寝なきゃ……まだ全然、寝る時間はあるものね……」

 布団に横になったまま、歓声が耳に残ってしまったダイワスカーレットとウオッカが小声でやり取りをする。
 歓声により、意識が覚醒してしまった。
 微睡まで達していた意識が、覚醒してしまったのだ。

 もう一度目を閉じる二人。
 しかし、目を閉じることでより一層、音に集中してしまう。
 ウマ娘が音に集中してしまえば、僅かな音も拾えてしまう。

 談話室の声が。
 盛り上がる、ウマ娘達の声が。
 そして、何よりも自分達だって応援したいという気持ちが。
 次々と湧いて出てきてしまっていた。

 そして、横になった二人の内、一人が冷静に計算を始めてしまった。
 睡眠時間の計算を。
 今はまだ10時。明日のレースは15時に控室にいればいい。
 朝9時集合。8時に起きて身嗜みすれば全然間に合う。

 ─────0時くらいまでは、大丈夫?

「……………」

「……………オイ」

 無言でベッドから身を起こしたダイワスカーレットに、ウオッカが咎めるように声をかける。
 そんな音すら察してしまう。

「………トイレよ。……ちょっとしたら、すぐに戻るわ」

「……あー。……ちゃんと戻って来いよ」

 そうしてダイワスカーレットは、パジャマの上に一枚はおり、部屋を出て行ってしまった。
 ウオッカはそれをへっ、と咎めるように見送ったが、目論見はバレている。
 少しだけ談話室に顔を出して、様子を見てくるつもりだ。

 まぁだが、しかし、アイツは優等生だ。
 流石に明日にGⅠレースを控える、アイツにとっては復帰戦でもあるそれに真剣に参加するだろう。
 そりゃオレだって見てえさ。明日レースがなかったらマジで見てえ。談話室でみんなと応援してぇ。
 けどゴルシにだって言われてるし、沖野トレーナーにも怒られちまうし、自分のレースだって大切だし。

 ……つってもまだ10時なんだよな。
 よく考えれば、朝9時出発でそこそこ余裕はあるんだから、ちょっとくらいは大丈夫なのか?

 ……いやいや駄目だって。よく考えろ。見始めたら絶対止まらなくなる。
 今だって意識したら思わずウマホに手を伸ばしかけちまいたいくらいなんだって。
 日本中が応援してる、チームJAPANのレースなんだ。そりゃ見たいって。
 アイネス先輩が、ウララ先輩が、同じチームのヴィイ先輩が、ササ先輩とイルイル先輩が、フラッシュ先輩が、ライアン先輩が、ファルコン先輩が、世界で…きっと、勝ってくれるのをそりゃ見たい。
 けどオレらには明日が────────って。

「あの野郎戻ってこねぇじゃねぇか!!」

 トイレには長すぎる、10分の時間が経過してもダイワスカーレットが戻ってこなかったのを察してウオッカが飛び起きる。
 絶対談話室だ。戻ってくる気がなかったのか、はたまた凄まじい何かでも見てしまったのか。
 しかし、とにかく明日レースを走るライバルが全速前進で寝不足に向かっていることを察し、ウオッカはそれを咎めるために己も談話室に向かう。
 上着を手に取り、無意識でウマホを手に取り、部屋を飛び出した。
 談話室にいるであろうスカーレットを叱って、ちゃんと寝るように言ってやらなければ。




 ────────30分後。

 そこには談話室でテレビ画面を食い入るように見つめるダイワスカーレットとウオッカの姿があり。
 そして、画面の向こうでは、ハルウララが激走を果たしていた。

 おめでとう。
 今夜はもう眠れない。




 !夜更かし気味!になった………。





目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

166 ぱかちゅーぶっ! ドバイシーマC 後編

 

 

 

 

 

「フラッシュが来たッ………いや加速が、あん!?そっ、ありえねぇって!?な!?なんだそれ!?これ2400mのレースだったよなぁ!?速すぎるぞ!?」

 

「在り得ない……ッ!!先ほどのウィンキスすら凌ぎ得る加速度…!!くっ、だが仕掛けが最後方からになったからか、前に垂れウマが─────何ィッ!?」

 

「今レースの映像飛んだんかっ!?なんや今の神速のクロスステップは!?瞬間移動でもしたかのように垂れウマを抜きよったぞ!?稲妻のような桜色の軌跡を描いて……まだ加速して行くんか!?」

 

『は?』

『フラッシュが来た!!』

『は!?』

『速すぎィ!!』

『いやマジで速いな!?』

『これがエイシンフラッシュの末脚よ!!』

『チームフェリス無礼んな!!』

『いや速度差えげつねぇって!!』

『うわああああああああああああ!??!』

『速すぎる…』

『残像見える』

『いけええええええええええ!!!』

『あっ』

『え』

『ん!?』

『今抜いた!?』

『ジグザグに走ったよな今!?』

『スピンコブラのサンダードリフト走行か?』

『いや何あれ…』

『まだ加速すんの!?』

『バ群ぶち抜けたァ!!』

『ライアンとブロワイエに一気に迫っていく!!』

『フラッシュあるのか!?』

『うわこれ行く!!!』

『すげええええええええええ!!!』

『行けえええええええええ!!!』

『ライアンも行けーーーーっ!!!粘れーーーっ!!!』

『どっちも行けーー!!!!』

 

「フラッシュの加速がまだ止まらねぇ!!残り300……先頭二人との差が詰まって行くぜ!!!もう行っちまえーっ!!そのまま行けーーーーっ!!!」

 

「ああ、だがライアンも負けじと加速…!!ブロワイエも食らいついてくる!!どちらもとうに限界だろうに、意地だ…!!残り200!!」

 

「それでもフラッシュがまだ加速しとんぞ!?差し切るか!?あと1バ身……残り100!!!」

 

「どっちもいけーーーーーっ!!フラッシュもライアンも……フラッシュが行ったッ!!!ブロワイエと…ライアンを差したッ!!!撫で切ったッ!!!そのままゴーーーーーーーーールッッッ!!!!」

 

「勝ったのはエイシンフラッシュだ!!間違いない、これは写真判定を待たない決着!!およそ半バ身差でライアンとブロワイエがほぼ同時にゴールしている…だが恐らくクビ差ほどでライアンが前に出ていたように見えたっ!!恐らくはワンツーだ!!勝ったッ!!」

 

「っしィやァーーーー!!!!チームJAPAN4連勝ォォォーーーーッッ!!!!とんっでもないもん魅せられたわ!!!これが革命世代や!!これが日本や見たか世界!!!どんべらこっちゃーー-い!!!」

 

『うわああああああああああああ!!!』

『フラッシュがやったッ!!』

『行ったあああああああああああ!!!』

『すげえええええええええええええええええ』

『おめでとおおおおおおおおおお!!!』

『偉いっ!!』

『ライアンもよう頑張った!!』

『最後ブロワイエとライアンどっちだ?』

『会長の目が確かならライアン!』

『ならライアンだな!(確信)』

『またしても日本ワンツーよ!!!』

『これが革命世代じゃボケェ!!』

『タマがまた新しいポーズ生み出してる…』

『どんべ……何?』

『タマ…興奮しすぎて何を言っているかわからないんだ』

『なんや』

『マジで最後のフラッシュの加速ヤバかったな……』

『異様な速度』

『2400mのレースであんな速度見たことない』

『短距離のブラックベルーガちゃんより速くなかったか…?』

『ラスト3ハロンタイム幾つだった?』

 

「……っふぅー!!あー、もう……深夜だってのに脳ミソ焼き切れそうだぜぇ…!!まずは勝利!!めでたい!!ってなりたいんだけどよ……ちっと、信じられない物見ちまってテンション下がり気味ですよアタシは」

 

「一周回って、な……2400mのレースと言えば、私達にとっては己のレース人生の中心距離と言っていいだろう。ジャパンカップ、日本ダービー……走り慣れた距離で、まさか、あそこまでとはな……」

 

「……今脳内でさっきのレース思い返しとんのやがな?フラッシュのあの位置からのゴールまでのタイムが頭おかしくて記憶違いを疑うんや。ゴルシもルドルフもさっきのフラッシュのラスト3ハロンタイム、体感で分かっとるやろ?ウチらサブトレなんやからそれくらいは出来とるよな?」

 

「ああ。……信じたくないんだけどな未だにこのタイム」

 

「うむ……それじゃあ、せーので言おうか。……せーの」

 

 

「「「30秒8」」」

 

 

「──────やっぱか!?やっぱ30秒8だったよなフラッシュのラスト3ハロン!?2410mのレースだよなコレ!?」

 

「ああ……勝利の喜びよりも衝撃が上回ってしまっている……まったくとんでもないものを見せつけてくれた……!!今日は眠れないな、これは……」

 

「ありえんわ……あ、実況も今タイム言うたわ……事実だったかぁ……そっかァ~~~~!!!」

 

『3人が疲弊している』

『勝利の喜び…どこいった?』

『君のような勘のいいガキは嫌いだよ』

『勝ったのは間違いなく嬉しいんだけど現役を走った3人にとってそれほど衝撃的なタイムだった…ってコト!?』

『そうだよ(確信)』

『マジかよ(驚愕)』

『え』

『30秒……8……?』

『ちょっと何言ってるか分かりませんね』

『時計が感覚で分かるのもすげーな流石』

『すげー速い!!』

『いやすげーとかじゃねぇんだよこれ(半ギレ)』

『ヤバイ』

『アイネスの1ハロン記録もヤバいんだけどこの3ハロンは犯罪』

『え、ごめんあんまレース詳しくないんだけどそんなに?』

『そんなに』

『2400m超えて31秒切るのはヤバすぎる』

『いまだに信じられませんよ俺は』

『どんくらい凄い事なのかわからん……』

『人間の100m世界記録が急に1秒縮まったって言えば分かるか?』

『なるほどね?』

『ヤバいな?』

『だからそれくらいヤバいって言ってるやろがい!』

『そりゃ3人も絶句しますわ…』

 

「ああ、的を射た表現だな……レコードを1秒縮めるのとはわけが違うのだ。上がり3ハロンのタイムというのは、ある意味私達ウマ娘にとっては絶対の数字だからな」

 

「もっと分かり易く説明してやろーか?2400mのレースで今のフラッシュに勝つには、上り3ハロンを33秒0っつー超高速タイムで走り抜けられるって前提で、残り600m地点で10バ身以上差をつけてなきゃいけねーんだ。理論上な」

 

「今のライアンもブロワイエもラスト3ハロン33秒後半ってところやで……900m地点からのロングスパートでこのタイムだって、もう世界最高のタイムに近いんやがな?フラッシュがぶっ壊してったわ」

 

「……うん。リセットの為に一度深呼吸しようか。すぅー……」

 

「おう。すぅー……」

 

「すぅー………ぶへぇー………!!」

 

「………よし!!チームJAPAN、見事な4連勝だったな!!おめでとうっ!!」

 

「うっしゃあー!!!やったぜフラッシュー!!!ライアンも最高の走りだった!!偉いっ!!すごいっ!!」

 

「最高のレースやったぞ!!あのブロワイエを相手にして、あんだけ牽制受けてもよう頑張った!!感動したで!!!」

 

『芝』

『メンタルリセットしてて芝』

『3人ともアスリートだからな』

『メンタルを整えるのは得意…ってコト!?』

『それほど驚愕の数字が出たってことよ』

『でもめでたい!!』

『とにかく勝ってくれれば ええ!!』

『すごいレースだった!!』

『おめでとうフラッシュ!!有難うフラッシュ!!』

『ライアンも本当に最高の走りだった!!』

『逆に言えばその加速にライアンはついてったんだよな』

『見事にレコード更新してるからな』

『世界のレコードすら壊し始める革命世代』

『ライアンも次走が楽しみですよ私は』

『天皇賞春がどうなるかマジで読めない』

『900mのロングスパートVSラスト3ハロン史上最速』

『オットそこにヴィイちゃんが参加しますよ』

『あたしも混ぜろよ(風神)』

『天皇賞春が楽しみすぎる…』

『とにかく偉い』

『いいレースでしたね』

 

「あー、アタシらがショック受けてる間にクールダウンは終わっちまったか?今ブロワイエがなんか話して去ってく所だな」

 

「ふむ、掲示板も見事にレコードの表示、そしてエイシンフラッシュとメジロライアンのワンツーだ。すごいな……改めて勝利の実感がわいてくるよ。ここまでチームJAPAN、上位を総なめだ。今夜は伝説になるな…」

 

「正直出来すぎて夢か?ってなりかけてるわ。頭おかしなるで……お、フラッシュがウイニングランに向かったようやな。ライアンはいかんのか?」

 

「んー、っぽいなー。ライアンも結構真面目なやつだし、半バ身の差が許さなかったのかもな。フラッシュが向こう正面に入って……大歓声っ!!花火も景気よくドンバチだーっ!!」

 

「ふふ、彼女のいつもの最敬礼だな。会場を沸かせてくれる」

 

「んでもって…おー!!やったで!!あのフラッシュがダブルピースや!!照れとる照れとる!!だはははははは!!普通に4本指だってエエのにオチつけるのがわかっとんなぁフラッシュ!!ええぞ!!」

 

『おや』

『フラッシュとライアン二人で行くもんかと思ったけどな』

『まぁウイニングランは基本一人だから…』

『フラッシュとしては誘ってたっぽいな、なんかライアンが送り出す感じだったし』

『ライアンにも矜持はあるわな』

『いつかしっかりと勝ったときに見せてくれよライアンのウイニングラン…』

『フラッシュの勝利ポーズすこ……世界の舞台で見れて感謝……』

『出たー!!!最敬礼だー!!』

『かっっっっこよ!!』

エッッ

こぼれる!こぼれる!!

純白の北半球すこ…

デカパイ最敬礼感謝…

『フラッシュの勝利ポーズの時NGコメント増えすぎ問題』

『しっ見ちゃいけません!』

『そして?やるのか?』

『やるか?』

『くるか…?』

『きたあああああああああああ!!!』

『フラッシュのWピース!!!』

『俺もう死んでいい…』

『やったあああああああああああ!!!』

『やッ やったッ!!』

『感謝…』

『素 材 確 定』

『テレ顔なのが破壊力高すぎる』

『最高なんよ』

『4連勝を示す雄弁なWピースでしたね』

『可愛いよおおおおおおお!!!』

 

「あっはっはっは!!慣れねーことするからよぉ!!普段からアタシみてーにダブルピースの練習しておきゃよかったなーフラッシュ!!今度帰ってきたら教えてやろー」

 

「これでいつでも彼女もぱかちゅーぶに出られるな。…ん、フラッシュがウイニングランを終えたようだな。インタビュー会場の方へ向かっていく」

 

「アイネスん時は猫トレが家族呼んどったけどなー。フラッシュも呼んどるんかな?」

 

「あー、呼んでると思うぜ?前に猫トレがチームメンバーの家族全員呼びたいって言ってたしなー。ゴルシちゃんも正月特番のスパチャの売り上げで寸志出したし。フラッシュの実家ってドイツだろ?日本に来るよりは距離が近いし、来てるぜ多分……っと、画面代わって……ああ、やっぱ来てたな!!おー、フラッシュの父ちゃんイケメンだなぁ!!」

 

『記者「凄まじいレース。素晴らしい勝利。今のお気持ちは?」→フラッシュ「私がこれまでのレースで学んだもの、受け継いだもの、そしてトレーナーから教わったこと、その全てをこのレースで発揮できた。誇りある走りができました。見に来てくれた両親に、よい結果を見せられたことが嬉しい」→猫トレ「奇跡のラスト3ハロンだった。最後まで勝利を信じて応援していたが、史上最速とも言える走りを見せつけられて目が焼かれてしまっている。ここまでとは思わなかった。ライアンとブロワイエがあそこまで粘ったのも凄まじかったし、その二人がいたからこそフラッシュもここまでの記録が出たのだろう」』

『グッドルッキングウマ娘だぁ…』

『フラッシュのご家族初めて見た』

『ドイツじん何ですね当たり前だけど』

『お父上イケメンすぎんか?』

『お母様ウマ娘なんやな』

『お母様も美麗だ…』

『フラッシュの両親だ…って感じ』

『猫トレ熱く語るやん…』

『その目に光るものがありますねぇ!』

『オニャンコポンが目元拭ってるの芝』

 

「……猫トレの言葉で改めてさっきのレース思い返したけど、フラッシュが一番ヤバかったけどライアンとブロワイエもやべーな?普通に考えて」

 

「ああ、それは間違いないな…ブロワイエなどは前評判にある高速バ場を苦手としている、ということは一切なかったな。900mのロングスパートか……シービーがこれを見ていたらまぁ五月蠅かっただろうな。全く、革命世代の前ではタブーすら薄れてしまう」

 

「最強のライバルがいたからこそフラッシュも最後まで加速せなあかんかったんやろな。ぶっちゃけ僅差の勝利やから、仕掛け処がどっか一か所でもズレてたら差し切れんかったで」

 

『記者「お父様とお母様は娘さんの走りを見てどうでしたか?」→猫トレ「日本語でもドイツ語でも自分訳します」→父「誇らしさで胸がいっぱい。流石は私達の娘だとも褒めたいし、娘が日本で何よりも尊い経験を得てきたのだなと嬉しい気持ちもある。子供が一人前になるのは早いものだ。まさしく先ほどの走りのように。まさか娘が史上最速になるとは思わなかったが」→母「私もウマ娘なので、先ほどの走りがどれほどのものかは理解している。娘の勝利の嬉しさと、驚きによる涙が止まらない。ただ、今は世界の舞台で輝いた私達の娘を、誉めてやってください」→フラッシュ「パパ、ママ…(涙)」→オニャ(フラッシュの涙拭い拭い)』

『猫トレドイツ語もできるんかよぉ!!』

『フラッシュの担当だからな』

『猫トレはもう驚かないけど文字起しニキ翻訳有能過ぎない?』

『こいつ頭音無史記者か?』

『お前ドイツ語も訳せたのか…』

『お父様がすごい…こう……雰囲気が凄い!』

『ナイスミドルすぎんか…』

『いいお父さんなんだろうね…』

『思えばフラッシュとか海外出身の子は親元離れて日本で一人なんだよな…』

『それでも頑張って走ってるのってすごいよな』

『偉いマジで偉い』

『お母様もよう泣いとる』

『フラッシュ意外にパパママ呼びなんな』

『海外じゃ一般的な呼び方よ』

『オニャンコポンが肉球で涙拭ってて芝』

『気遣いキャッツ!』

 

 

『記者「最後に一言」→フラッシュ「チームJAPANの勝利のバトンを、最愛の親友へ渡すことが出来た。あとはファルコンさんがきっと、世界を革命してくれることでしょう。どうか日本の皆様、最後まで応援よろしくお願いします(カーテシー)」→猫トレ「ここまで来たら日本のグランドスラムを成したい。プレッシャーも大きいが、砂の隼はそれに負けるほど弱くはない。きっと、もう一度私はここに来るでしょう」→記者「期待しています。今日一日で私も貴方たちのファンになってしまった」→猫トレ「恐縮ですね(肩竦め苦笑)」→オニャ「ニャー」』

『フラッシュのカーテシーかわいいいい!!』

『親友とかエモいじゃん…』

『ファルコンとは同室でずっと付き合い長いだろうからな…』

『フラッシュにとっては異国の地に来てずっと一緒にいてくれた友なんよ』

『ファルコンならやってくれるはず』

『世界最強の砂の隼だぞ?』

『全員からマーク?慣れてる(強者感)』

『猫トレもトバしていくねぇ!!』

『外国の記者がオチてる…』

『ヒト耳まで落とすのかお前は』

『記者さんが女性だからヤバい』

『こーれ修羅場ですわ』

『久しぶりにトライフォースの構え来るか?』

『でもフラッシュが意外と落ち着いてて芝』

『正妻の余裕出てきたな…』

『ファルコンとアイネスの様子も気になりますね』

『どこまでもクソボケをかます男だなコイツ…』

 

「世界を革命、か……ああ、まさしく革命だな。このような、奇跡の夜になるとは……勿論願っていたが、本当に、ここまでとは思っていなかったよ。4連勝……この奇跡を、最後まで成してほしいものだ」

 

「だなー、マジで本当に革命世代、やってくれやがるぜー!お、インタビューも終わったな。ヨシ!!次はドバイワールドカップミーティング最終戦だ!!」

 

「とうとう出てくるでぇ、チームJAPANの最終兵器が!!砂の上、中距離ならスマートファルコンは絶対や!!やってくれるって信じとるでぇ!!テンションブチあがってきよんなぁ!!」

 

「ああ、まったく私もこんな時間だというのに溌剌としているよ。休憩予定だったが……席を離れたくないとさえ思ってしまう。ゴールドシップ、このまま最後まで走り抜けてしまわないか?」

 

「言われなくてもそのつもりよォ!!レースの振り返りとかしながら次のレースを待とうぜっ!!」

 

『うおー!チームJAPAN全勝!!』

『このタイミングで画面の前から離れられるはずもない』

『ずっと見守り続けるよマジで…』

『祈りの連続だったがとうとう最終戦…!!』

『ここまで来たら全勝だぞ日本!!』

『ファルコンならやってくれる!!』

『俺たちはそう信じている!!』

『ベルモントステークスのような奇跡を見せてくれ…!!』

『世界を革命するレースを!!』

 

 

 









【告知】

この後に控えるレースであるドバイワールドカップは前中後編の三部に分かれております。
この3話は、12月31日から1月2日の3日に渡り、毎日投稿とさせていただく予定です。

その後のぱかちゅーぶでまた隔日投稿に戻り、ぱかちゅーぶが終わったらまた書き溜めの期間を頂く見込みとなっております。
投稿再開後は、今度こそこの物語の完結に向けて駆け抜ける所存ですので、どうぞお含みおきください。




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

167 ドバイワールドカップ 前編

 

 

 

 

 

 

 最終戦を控えるチームJAPANの控室内。

 俺たちは、我らがチームJAPANの大将にして、これからドバイワールドカップに挑もうというファルコンがオニャンコポンに顔を埋めて静かに深呼吸をしている姿を見守っていた。

 

「すー…………ふぅー…………」

 

 静かに、ゆっくりとオニャンコポンを堪能している。

 彼女の尻尾の揺れは極めて落ち着いており……どこまでも、静けさを感じさせられた。

 そんなファルコンの佇まいに、俺は脳内で疑問すら浮かぶ。

 

 スマートファルコン。我がチームフェリスのダートのエースにして、砂塵の王。

 大舞台も何度も経験している彼女だが、しかし、レース前にこれまでも緊張がなかったかというとそうではない。

 やはりレース前のウマ娘とは高揚の他に緊張も覚えてしまうのが一般的であり、彼女もその例に漏れていなかった。

 特に海外のレース、ベルモントステークスの時には興奮しすぎた彼女に心音を聞かせて宥めてやったことはまだ記憶に新しい。

 

 そして、今回は正真正銘、世界一を決めるダートレースに挑むのだ。

 興奮が高まってしまわないかという可能性は以前から考えていた。勿論そうなってしまっていれば、俺は俺の出来る全てをもって彼女を落ち着かせ、ベストなコンディションでレースに送り出すつもりであった。

 ここまでチームJAPANが4連勝をしているということもあり、彼女の背負うプレッシャーは最早余人がおよびつかぬほどのものだろう。

 日本中の期待、その全てがこの小さな背中にかかってしまっている。

 

 

 しかし、そんな状況にあるファルコンがオニャンコポンから顔を上げ、見せた表情は笑顔であった。

 下弦の月のように────、と戦意が高揚しているときに見せる、恐ろしさすら感じさせるそれ、ではない。

 自信にみなぎる、挑戦的な微笑み。

 優しく透き通るようなそれを見て、思わず俺の胸が高鳴ってしまうほどだ。

 菩薩のような、どこか高尚な雰囲気すら感じさせる穏やかさに、子供のようなワクワクとした感情も混ざった笑顔。

 綺麗だと、素直に思った。

 

「……ファルコン。どうだい、調子は」

 

「うん。すごくいい……みんなが勝ってくれたからね。ファル子、絶好調。今なら───誰にも、負けないよ」

 

 どうやらベストコンディションのようだ。

 そこに至れている理由が分からないことに一抹の不安を覚えるも、しかし、どこからどう見ても、今のファルコンはレースに欠片も怯えていない。

 ただ、そこに己の全てを果たしてくるのだという決意すら感じられる雰囲気を持っている。

 ()()()であるはずのこのドバイのレースに挑むというこのシチュエーションに、これほどリラックスできている、というのは珍しい。

 まるで過去にも出走してるから慣れたもんさと言い出さんばかりのリラックスが出来ている。

 

 不思議なことではある。

 だが、彼女が己で調子を完璧に整えてしまっているならば、俺はその背をそっと押してやる事しかできないだろう。

 信じることしかできなくて、そしてそれがトレーナーが出来る最後の仕事なのだ。

 

 ファルコンの勝利を、信じている。

 

 だが、それでも彼女がもし心の奥底に不安でも抱えていないかと心配してしまうのも、トレーナーのサガなのだ。

 何か出来ることはないか、俺は彼女に問いかける。

 

 

「……俺に、何かできることはあるかい?いつもの、やろうか?」

 

「んー……うん、そうだね。落ち着いてはいるけれど……やっぱりトレーナーさんには、してほしいな。お願いしていい?」

 

「勿論だ。それじゃあ…」

 

「あ、ちょっと待って☆?」

 

 落ち着いていることは承知の上で、しかしやはり彼女にとっても俺ともやり取りを大切にしてくれていたということに喜びを覚えながらも、俺は彼女のいつものおねだりに応じようと、腕を広げる。

 が、そこでファルコンから、にっこりと笑顔になりながら待ったをかけられた。

 ん、なんだろう。フラッシュの時みたいに何か特別な対応が必要かな?

 

「……トレーナーさんのほうから、抱きしめてほしいな。想いを籠めて、ぎゅってして……」

 

 ふむ。そう来たか。

 確かにこれまでは、俺が腕を広げてそこに彼女の方から頭を埋めてくるのが通常の流れだった。アイネスにやった時もそうだったし、基本的に心臓の音を聞かせるときはそうしていた。

 だが、今日は俺の方から抱きしめてほしいらしい。

 勿論全く問題はない。俺は小さく頷いて、彼女に近づく。

 

 その小さな体にそっと腕を廻し、きゅっと優しく、しかし万感の思いを込めて抱きしめる。

 力加減に遠慮はしない。その形の良い丸い頭に片手をそっと重ね、背中に腕を廻し、お互いの体を密着させる。

 身長差があるため、これでファルコンの耳は俺の胸にぴったりと当たることだろう。

 

 想いを籠めて。

 この世界線で俺に出会ってくれた君に、心から溢れる万感の想いを籠めて。

 

「……ファルコン。俺はね、君と出会えて……チームとして共に歩んで、今、こうしてここにいられることに、感謝してるんだ。心からね。あの日、河川敷で歌っていた君と出会って、オニャンコポンとも出会ったことが、運命だったんだと信じている」

 

「……うん」

 

「俺にとって、きっといつまでも特別な君が、特別になる瞬間を見せてくれ。君の走りを、俺の脳裏に焼き付けてくれ……俺が、()()()()()()()()()。俺は、それを望んでいる」

 

「っ!……うん!」

 

「……頑張れよ、俺のファルコン」

 

 俺は、これまでの世界線でもスマートファルコンを知っている。

 ウララと共に歩んでいた永劫の記憶の中でも、それ以前でも、ダートを走る優駿たる彼女を知っていた。それは事実だ。

 

 だが、阪神ジュベナイルフィリーズを勝利した姿は見たことがない。

 皐月賞で3着を取った彼女を知らない。

 ベルモントステークスに出走し、世界レコードを取った世界線なんて、なかった。

 その後も、ウララやカサマツメンバーと競い合い、GⅠを制し続けた姿を知らない。

 ドバイワールドカップで、彼女が勝利した世界線を、見たことがなかった。

 だから、それらを成して、今、世界の頂点に立とうとしている彼女は、この世界線で俺と出会ったからこそなのだ。

 

 今ここにいるスマートファルコンは、()()()()()()()

 

 そんな独占欲にも似た感情を、抱きしめることで不意に覚えてしまったため、それを俺と彼女が分かる符号で言の葉に乗せる。

 これから世界の頂点であることを証明する君が、俺のウマ娘であったことを、永遠に忘れさせないでほしい。

 このドバイの奇跡を、俺はずっと大切な想い出として抱えていきたい。

 

「……うん。気合入った……ありがと、トレーナーさん」

 

「ん。……頑張れ。最後まで、君の事を応援しているよ」

 

 そっと俺は力を込めていた腕を離し、胸元に抱えていた彼女の頭を解放する。

 心音は聞こえてくれていたようだ。僅かに頬が上気し、しかし耳の動きや瞳が、更なる絶好調に入ったことを示すかのような色を見せていた。

 

 もう何も心配はいらない。後は俺が出来ることは、かつてのベルモントステークスのように、最後まで彼女の勝利を諦めずに応援することだけだ。

 

 

「……まぁ、最終戦のプレッシャーの中ですからね。今日この場限りでは許してあげましょうか」

 

「フラッシュちゃんがそれ言う?あー、あたしも一番バッターじゃなければなー…もっとガッツリおねだりすればよかったの」

 

「………いや、まァいいや……今のファルコンが魂レベルで仕上がってんのは事実だしなァ…」

 

「サンデートレーナー、私もレースの時あれくらいおねだりしていいですか?いいですよね?」

 

 何故か部屋の隅っこの方でウチのチームのみんなが小声でなんか呟いてんな。

 ああ、だが勘違いはしないでほしい。今ここにこうして、5連勝の期待を背負ってファルコンがいられるというのは、アイネスの、フラッシュのおかげなのだ。彼女たちが勝利してくれたからこそ。

 

 俺の愛バとして、勿論フラッシュにもアイネスにも、俺はファルコンと同様の気持ちを抱いている。

 三冠を果たし史上最速の3ハロンを刻んだフラッシュも、全距離制覇を狙う史上最速の1ハロンを刻むアイネスも、過去の世界線で見たことはない。二人とも、俺だけのものだ。

 誰にも渡してやらない。

 

 ここにきて改めて、俺は俺の愛バに抱く感情の重さを自覚した。

 この3人を、俺はどうしても俺だけのものにしたかったらしい。

 内心で肩を竦めた。全く、こんな大切な一戦の前だって言うのに、俺は何を考えているんだか。

 冷静でいられるよう努めてはいるが、俺も随分とテンションが上がってしまっているのかもしれないな。そのせいで本心が自覚できたのだから救いようがない。

 

 ……いや、無論の事愛バの3人だけではなく、SSもキタも、初咲さんもウララも、スピカやカノープス、レグルスのみんなも、ここに至るまでがんばってくれていた。

 全員が想いを紡ぎ、勝利を重ねてきたから。全員の奮闘があったからこそ、奇跡がここにある。

 この奇跡を本物の奇跡とするために。

 

 俺たちチームJAPANは、勝つ。

 

 

「………もうすぐ、時間だね」

 

 

 スマートファルコンがゲート前の集合時間が近づいたことで、一度席を立つ。

 うーん、と小さく背伸びをしてから、しかしそこで彼女は控室に用意されているテーブルの方に歩みを進める。

 

 レースに挑む前に、もう一つだけ、やらなければならないことがあるのだ。

 

 それは、今控室にいるチームJAPANの、その全員が理解していること。

 これまで、大切につないできたもの。

 

 勝利のバトンを、想いを、彼女に託す。

 

 

「……みんな。……ファル子に、力を貸して?」

 

 

 ファルコンが、目の前にある円形のテーブルに、己の手を開いて、儀式を始めるようにそっと置いた。

 それで、全員が意を汲み取った。

 

 

「……そうですね。ファルコンさんに、私達の想いを託します。貴女なら、勝てます」

 

 まず動いたのはフラッシュだ。彼女がテーブルに近づき、ファルコンの手の上にそっと手を重ねる。

 

 

「ここまで、みんなで頑張ってきた……チームJAPANで、積み上げた想い。全部、ファルコンちゃんに託すの」

 

 アイネスが続くように、手を重ねていく。

 

 

「…ファルコン先輩、信じています。先輩なら、必ず勝ってくれるって」

 

 脚の処置を終え、ベッドから降りてきたヴィクトールピストが続いて手を重ねる。

 

 

「ダートで、私以外に負けちゃだめだよ、ファルコンちゃん!!ぜったい勝ってね!!」

 

 ハルウララも彼女たちに続くようにして、少し腕を伸ばして手を重ねた。

 

 

「二着だけど、想いは託していいよね?ファル子ちゃん、頼んだよ…!!君なら行ける!」

 

 メジロライアンが続く。彼女の手も、ウララの手の上にさらに重ねられた。

 

 

「先輩、あたしの突貫工事じゃない、本家本元の大逃げ期待してますよっ!!勝ってくださいね!!!」

 

 サクラノササヤキもベッドから降りてきて、手を重ねていく。

 

 

「砂の上の絶対。ファルコン先輩が証明してくれるのを、信じています。頑張ってください…!」

 

 マイルイルネルもサクラノササヤキと並んで、そっと手を重ねた。

 

 

 想いの螺旋。

 8つの手が重なった其れが、チームJAPANの絆の塔だ。

 この聖域は壊れない。

 必勝の誓いが今、スマートファルコンに託される。

 

 最後に、俺の肩から降りて行ったオニャンコポンが机の上に移動して、8人が重ねた手の上に、背を伸ばして肉球をぷにっと置いた。

 そんな様子にみんながくすっと苦笑を零し、雰囲気を柔らかいものにした。

 まったく。美味しい所持っていきやがった。頭のいいやつだ。

 

 だがオニャンコポン。

 そこ、耳をふさいでおいた方がいいと思うぞ?

 

 

 

 

 

 

 

 

「────チームJAPANッッッ!!!!」

 

 

「「「「「「「「ファイ、オーッ!!!!!」」」」」」」」

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ドバイワールドカップデー、その最終戦が間もなく始まろうとしている。

 ゲート前に集まってくる世界のダートの優駿たち。

 その表情は、それぞれが緊張、戦意、高揚を感じさせるそれであった。

 だが、彼女たちに共通する見解がはっきりと生まれていた。

 

 

 ─────スマートファルコンに、勝たせるわけには行かない。

 

 

 GⅠ5連戦、その4つまでもがチームJAPANに奪われてしまっている。

 異常事態としか言えない。自分たちもそれぞれが、母国の想いを背負ってここまで来ている。

 それが、一つの国が全て勝利するなど、到底納得できるはずもない。

 だが、マークが強くなっていた先ほどのドバイシーマクラシックでさえ、やられてしまった。

 あのブラックベルーガが、ミサイルマンが、ウィンキスが、ブロワイエが、勝てなかったのだ。

 

 日本に革命が起きている。

 噂を耳にしたことはあれど、しかしそれがここまで本物であるとは思ってもいなかった。

 そんな危機感が、ドバイシーマクラシックに挑んだウマ娘達以上の連帯感をもって、スマートファルコンへの警戒を生んでいた。

 

 それに、そもそもが、この最終戦であるドバイワールドカップにおいて、スマートファルコンへのマークは必須の事項であった。

 元々あのウマ娘は強い。ダート中距離においてはセクレタリアトの神話の記録すら超える、砂の上の絶対。

 しかし、無敗というわけではない。ダートにおいて一度、彼女は破れている。

 スマートファルコンを破ったウマ娘、フジマサマーチのレース映像は、穴が開くほど見て研究した。

 あの時に起きていた牽制の重ね掛け。あれを己たち、世界の優駿で再現すれば、砂の隼であっても削れるだろう。そうでなければならない。

 そこに勝機を見出し、そうしてチームJAPANの5連勝は何としても止めなければならない。そう、全員が考えていた。

 

 

 ある一人を除いては。

 

 

(フッ……まったく無粋だな!私とスマートファルコンとの勝負に、余計な装飾は不要だ……飾らないからこそ美しいものが在るというのに)

 

 マジェスティックプリンス。

 彼女だけが、周りのウマ娘とは全く別の事を考えていた。

 それをレースの上で見せるための覚悟が出来ていた。

 それに周囲は気付いていない。

 

 

 そして、そんな緊張感に満たされたゲート前に、とうとうそのウマ娘がやってくる。

 

 チームJAPANの総大将。

 神話を超えし者。

 

 

 スマートファルコンが、ゲート前に現れた。

 

 

(…………っ!?)

 

 息を呑んだのは、どの国のウマ娘だったか。

 大歓声を受けながらやってきた彼女は、しかし、その表情が……何というか、人間離れしていた。

 そこには、負の感情は一切浮かんでいなかった。

 慢心も油断も緊張も無く。

 静かな、まるで無風の大海原を、深夜の砂漠を思わせるような静かな微笑みを浮かべて、彼女はやってきた。

 

 雰囲気が、違う。

 これまで見たレース映像の、どれとも違う。

 

 声をかける事すら……いや、近づくことすら躊躇いが浮かんでしまう。

 周囲が感じる雰囲気が、まるで神か悪魔かとでも相対したかのような魂の震えをもって、怯えを生む。

 

 スマートファルコンが。

 彼女の(ウマソウル)が。

 ()()()()()はないと、共に叫んでいた。

 

 

 ああ、だが、そんな彼女に唯一声をかける存在がいた。

 もちろんの事、このレースにおいて一番のライバルと評価されているマジェスティックプリンスだ。

 

 

「ハーーーーーッハッハッハ!!!ドーモ、スマートファルコン=サン!!いい顔をしている…どうやら絶好調のようだ!緊張で調子が落ちていないかと危惧していたが、余計な心配だったようだね!!」

 

「……ふふっ、うん、大丈夫。前に()った時よりも、随分と落ち着いてるの。今日は……私の全部を振り絞れそう。マジェプリちゃんも、万全?」

 

「勿論だとも!ああ、私も───()()()調()()()()()。君の顔を見てね……そうだ、ファルコン。君の遠い背中を、この瞬間に至るまで目指し続けてきたのだ。そして、今日、君を超える……私は、君しか眼中にないよ」

 

「嬉しい。私もね……マジェプリちゃん。負けないよ。勝ちたい……貴女に。そして、このドバイワールドカップに。どうしても、勝ちたいから」

 

「ああ……抱きしめたいな、その想いを!!今度は私が高らかに謳おう────スマートファルコン。砂の上で、もう二度と、君には負けないと」

 

 高笑いしながら呑気に話しかけに行ったマジェスティックプリンスを見て、周囲のウマ娘は少しだけ気が抜けた。

 アメリカの彼女の気性は知っており、ライバル心を持っていることも勿論情報として仕入れていたが、あそこまで砕けて話せるのは本当に図太いというか、何というか。

 そんな、張り詰めた空気が弛緩し始めて、そして一気に再び空気が凍り付いた。

 

 二人が会話を終えた後に、マジェスティックプリンスまでもが、凄まじい圧を放ち始めたからだ。

 

 スマートファルコンへの執着。執念。

 懸想にも似たそのマジェスティックプリンスの熱が、この会話で完成に至った。

 悪夢のような気配が二つに増えた。

 周囲のウマ娘達は、余計なことをしたマジェスティックプリンスに恨み言さえ言いたくなったが、しかしもう間もなくゲート入りが始まってしまうため、思考を切り替えねばならなくなった。

 

 

 ゲート入りの時間になる。

 勝負はここから始まっている。

 以前にスマートファルコンが走ったレース、フェブラリーステークスではこのスタートの地点で、フジマサマーチが視殺戦による圧を仕掛けて、スタートの勢いを削いだのだ。

 それをやらなければいけない。

 

 次々にゲート入りするウマ娘の内、スマートファルコンの両隣のウマ娘が、その作戦を共に実行しようとする。

 内枠の2番目に入ったウマ娘が、3番目である隣に入ってくるスマートファルコンに、視線による圧を飛ばそうとして────────

 

 

(───────ッッ!?)

 

 

 ()()()()()()()()()

 明確な殺意、と捉えられるほどの鋭い圧が、スマートファルコンから向けられていた。

 自分がわずかでもスマートファルコンに牽制を飛ばせば、その先に走る道はないと確信してしまうほどの何か。

 

 

 ─────邪魔をするな。

 今から、世界を縮めてくるのに、邪魔は許さない。

 

 

 彼女の体から放たれる圧が、表情が、それを物語っていた。

 ファルコンに続くようにゲートに入った向こう隣のウマ娘もまた、隣の檻に怪物が入っていることを察し、動揺した。

 間違いなく自分たちは出遅れるだろう。動揺が抜けなかった。

 やろうとしていたことが、余りにも強いスマートファルコンの圧迫感により、逆に返されてしまう形となった。

 

 

 

 ゲート入りが完了した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 二度と。

 

 

 

 二度と、()は失敗しない。

 

 

 

 最高の。

 

 

 

 最速の。

 

 

 

 最強の。

 

 

 

 ──────()を、見せてやる。

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『さあドバイの激戦もとうとう最終戦!!ドバイワールドカップに挑む17人のウマ娘がゲートイン完了しましたっ!!奇跡は神話と成り得るのか!!革命は果たされるのかっ!!日本中が、祈りを込めて見守っていますっ!!………ッスタート!!!ゲートが開っ──────』

 

 

『──────ッ!?!?スマートファルコンがぶっ飛んでいったーーーッッ!!!これは速い!!これは速いっ!!決して他のウマ娘も出遅れていませんでしたが一人だけ異様なる反応速度!!……っ!?ファルコンの勝負服の肩口が破れているか!?走りにブレは見られませんっ!!ゲートにぶつかってはいないようで…まさか、開くゲートに掠めるほどのスタートだったのか!?凄まじい加速っ!!これは大逃げだ!!紛うことなき大逃げっ!!!ベルモントステークスの奇跡がここドバイにも訪れるっ!!!!行ってくれスマートファルコンッッ!!!』

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

168 ドバイワールドカップ 中編

 

 

 

(やられたッ……!!)

 

 それは誰が感じた焦燥であったか。

 いや、全員が同じ思いを抱えていただろう。

 ドバイワールドカップ、それに挑む17人のウマ娘の内、スマートファルコンを除くほぼ全員が全く同じ感想を持った。

 

 やられた。

 スタートダッシュを許してしまった。

 あの砂の隼に、己の走りを許してしまった。

 

 圧倒的なスタートダッシュ。

 舞い散る彼女の袖の布は、ドバイの夜の風に流されて行った。

 断言してもいいだろう。

 ()()()()のゲート反応であったと。

 

 なんと、スマートファルコンはスタートの際、ゲートが開き始めて開き切るまでの間に、その体をゲートから解き放っていた。

 それは、肩口にゲートを掠めるほどの反応速度。

 体が直接ぶつかっていなかったのは衝撃音がしなかったことで理解したが、しかし彼女の勝負服、その膨らんだ肩口の右側はゲートを掠め、無残にも破れ千切れていた。

 

 それほどの反応速度に加えて、彼女が取った作戦は大逃げだ。

 ベルモントステークスの奇跡で見せた、究極の逃げ脚がこのドバイにて如何なく発揮されてしまった。

 

 

『スマートファルコンが行った!!スマートファルコンが行ったーッ!!凄まじい加速ッ!!スタートして200m、既に後続集団との距離は15バ身……いや20バ身はあるかっ!?次元が違う逃げ足だ!!これを見るために私たちはこのドバイを見守っていたのですっ!!日本の夢を背負ってスマートファルコンがドバイの夜に駆けるッ!!その後ろ、10バ身ほど離れたところにいるのはマジェスティックプリンス!!彼女だけはスマートファルコンとの距離を空けまいとついてくるっ!!後続集団までさらに10バ身ほどあるか!?このまま逃げ切ってくれるのかスマートファルコン!?』

 

 

 日本の実況が叫ぶ通り、先頭をひた走るスマートファルコンと、その20バ身ほど後方に位置する通常のレースを展開する集団の間に、マジェスティックプリンスは位置していた。

 彼女にとって、この位置取りは必須条件であった。

 スマートファルコンと、距離を離してはならない。

 それは経験則から来る確信。

 

(ああ……ファルコン、それだっ!!私は、まさしく君のそれに勝つために走っているのだッ!!)

 

 遠い背中に、欲情にも近い高揚を覚え、マジェスティックプリンスが笑顔を浮かべる。

 あの背中。圧倒的な絶対強者の背中。

 夢にまで見た背中を、現実の今の己が追いかける。

 絶対に距離を離すまいと大逃げに合わせた異様な加速でスマートファルコンを追っていた。

 

 距離を空けずについていった理由。

 それは、己の領域の距離から隼を逃さぬため────────()()()()

 

 ただ、純粋に。

 今後、ゴールに至るまでに、スマートファルコンが()()()()()()()()()という崇拝にも似た確信のもと。

 勝つために、距離を空けられなかった。

 

(分かっているとも…君が、もう堕ちてこないことは知っているっ!!だからこそ、私はそれに勝つために、ここを走っているっ!!)

 

 後続との距離も50mは開いていない。

 マジェスティックプリンスは、第一コーナーに突入していくスマートファルコンの背を見ながら、領域を発動する準備を整えていた。

 

 

 勝負は第一コーナーに入る。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『スマートファルコンがコーナーに入りますっ!!彼女のコーナーは速いぞ!!チームフェリスが見せる素晴らしいコーナリングが見られるか!?今っ────────な、んとぉ!?!?』

 

 

 その瞬間、世界が息を呑んだ。

 それを見ている観客が、ウマ娘達が、息を呑んだ。

 マジェスティックプリンスですらも、驚愕に目を見開いた。

 余りの驚愕に、全員が一瞬言葉を失い、沈黙(サイレンス)した。

 

 

 スマートファルコンが。

 その姿勢を低く、鍛え上げた体幹を十全に発揮して重心を崩さないままに。

 コーナーの、その内ラチに向かい、飛び込む様に頭を下げて。

 

 まるで、サンデーサイレンスの走りのように、コーナーで()()()()()()を果たしたからだ。

 

 恐怖。

 それを見るものが思わず目を背けてしまいそうなほどの、余りにも恐ろしいコーナリング。

 内ラチとスマートファルコンの顔は10cmと離れていない。

 限界まで内ラチに張り付き、しかし走る速度は落とさない。

 

 スマートファルコンの残っていた左の勝負服の肩口が、左回りの今回のレースのコーナリングの最中に、内ラチに擦れ、ちぎれ飛んだ。

 だが問題ない。関係ない。

 最速を刻むためには、限界ギリギリまで攻め込まなければいけない。

 

「やあああああああああああああっっ!!!」

 

 生まれかねない死の恐怖を、叫ぶことで、最速を求める高揚で塗りつぶし、スマートファルコンが駆け抜ける。

 後続との差はコーナーでさらに広がった。

 中継映像が大きく引きの絵を作り、それを見る世界中の人が圧倒的な走りに見惚れていた。

 

 だが。

 見惚れるだけで終わらないウマ娘が、一人。

 

『そう来るか……いやっ!!そう、来るだろうな!!君ならば、やるだろう!!!』

 

 10バ身ほど後ろを走るマジェスティックプリンスが、先にコーナーに飛び込んでいったスマートファルコンを見て、驚愕し、そして一瞬の後に、()()を決めた。

 

 スマートファルコンの隣に立てるのは、己だけだという自負が。

 スマートファルコンに勝つのは、己だという執念が。

 

 彼女に、その選択肢を取らせる覚悟を決めた。

 

 

 君がやるなら。

 

 

 ()()()()

 

 

『サンデートレーナーから教わったのは私のほうが先なのだ…!!コトダマに包まれてあれッ!!』

 

 決死の覚悟で、マジェスティックプリンスも内ラチに体を擦りつける様にコーナーに飛び込んでいった。

 幸いにして最高の見本が目の前にいる。

 そして、サンデーサイレンスからも直々に教わった経験もある。

 彼女の類稀なる才能は、過去に一度も成したことのないその捨て身の走りを、しかし余りにも見事な精度で模倣し、スマートファルコンとの距離を空けずにコーナーを駆け抜けていった。

 

 メイダンレース場の内ラチを削り取る様に走り抜ける、とびっきりの優駿が二人。

 観客が大いに沸く中で、しかし、ここでとうとう。

 

 

 5()0()0()m()()()を迎えた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 その地点は、このレースを走るウマ娘全員が、一つのターニングポイントとして捉えていた地点だ。

 500m。

 ここで、マジェスティックプリンスの領域が、来る。

 

 だが、ドバイワールドカップに挑んでいるウマ娘達は、その全員が国を代表する優駿である。

 無論の事、彼女の領域の事は事前にしっかりとリサーチし、そしてその効果も広く知られるところとなっていた。

 

 彼女を中心として半径50mのドーム状の領域を展開。

 それに取り込まれると、速度を奪われる。

 奪い取ったその速度を最終コーナー付近から発揮し、加速する。

 ドーム状の領域は前後に動かすこともできる。

 

 

 ────そして、それは抵抗が容易である。

 

 

 BCカップやジャパンカップでマジェスティックプリンスが見せた領域は、しかし牽制への抵抗力があれば、それへの抵抗は容易であると知っていた。

 王子たる彼女の領域は、あくまで弱者に対して圧政を強いるもの。

 強者たるウマ娘であれば抵抗は容易い。

 このドバイにおいては、スマートファルコンほどの危険性を孕んでいないものとウマ娘達は捉え、そして実際に抵抗できるであろう実力を有していた。

 

 だが。

 それは、去年までのレースの情報である。

 

 マジェスティックプリンスが、スマートファルコンとアイネスフウジンに破れたウマ娘だからこそ。

 恐らく世界で一番最初に、日本の革命世代の走りに破れたウマ娘だからこそ。

 

 彼女もまた、革命世代に肩を並べていた。

 進化を果たしていた。

 とっておきの奥の手として、このレースで限界を超え進化した領域を、繰り出さんとしていた。

 

 スマートファルコンの走りには、限界の一つや二つは超えていなければたどり着けない。

 

 

(では、行くよ。隼の高みに至るために─────)

 

 

 全身全霊のコーナリングの最中、コーナー出口から直線に向かうあたりで、マジェスティックプリンスは己の領域を発動する。

 この先、向こう正面のストレートに至る際に、余計な水を差されないために。

 ()()する。

 

 自分たちの走りについてこれるのは、強者だけでいい。

 

 

『─────私は、飛翔するっ!!!王の羽搏きをご照覧あれっ!!!』

 

 

 

 ────────【王の飛翔(King's Wings)

 

 

 

 マジェスティックプリンスの、その背中から。

 

 ()()()()()()()()()()()

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『なっ────によ、これっ!?』

 

 マジェスティックプリンスの後ろ、10バ身ほど離れたところにある集団の、その先頭を走るウマ娘が驚愕に叫ぶ。

 コーナー出口付近で、唐突にマジェスティックプリンスの背中から生まれた、深紅の翼。

 それが、彼女の領域であることは気配で察した。

 しかし、余りにもその様相が異なる。

 事前の情報で見たドーム状の領域は形を変え、それを翼のように展開していた。

 密度を高め、射程を伸ばし、自在に動かす余りにも凶器たるそれへと変貌していた。

 

 あの赤色は、間違いない。

 過去にドーム状に広げていたものと同質のものだ。

 しかし、その密度が違う。

 血の色とも見間違うほどの濃い紅をもって彼女の背中から生まれたそれは、抵抗が出来るであろうと見積もっていたそのウマ娘の心を折るには十分な、圧倒的な殺意をもって広がっていた。

 

 そうして、翼が羽搏きを始める。

 マジェスティックプリンスの意志の通りに動くその翼の1枚が、己が身に降りかかる。

 避けられるはずもない。

 あくまでこれは領域が見せるイメージだ。現実には翼など生まれていない。

 ただ、マジェスティックプリンスの特異な領域が生む、減衰効果が、デバフが己にかかってきているだけなのだ。

 

(ぐっ……!!これ、強……!?)

 

 渾身の力で抵抗した、つもりだった。

 だが、その翼は余りにも強い圧を己の身に強いて、随分とスタミナと脚力が奪われてしまう。

 掛かってしまったときの脱力感のような、体が重くなるかのような感覚を味わっていた。

 

 それは、先頭を走るウマ娘だけではない。

 集団にいる一人一人に翼が手向けられ、そしてそれに抵抗できるウマ娘はいなかった。

 マジェスティックプリンスの選別に、耐えられるウマ娘はいなかった。

 世界を代表する優駿である彼女たちですら、その領域によるデバフにより力を奪われてしまっていた。

 

 ─────だが、ただ一人。

 

 先頭を走るスマートファルコンだけは、後ろを走るマジェスティックプリンスから向けられた翼を、まるで隼が獲物の息の根を止めるかの如く、()()()()()()弾いていた。

 

 

(ふざ、けっ……!?わかってんの、貴方!?こんな、ことをしたら……っ!!)

 

 

 マジェスティックプリンスの領域にこらえながらも、しかしあるウマ娘が危惧を抱く。

 わかっているのか。

 これは、己の首を絞めることになるということに、マジェスティックプリンスは気付いているのか。

 

 この翼は、スマートファルコンを除く全てのウマ娘から力を奪う。

 速度だけではない。スタミナも、そして牽制力も奪われていた。

 それが何を意味するのか。

 

 スマートファルコンに、牽制が放てなくなるという事だ。

 

 スタートダッシュを経てコーナーで更に距離が離れてしまったスマートファルコン。

 あれを止めるためには、向こう正面で彼女が突入する領域を潰さなければならなかった。

 後続集団の全員がそれを感じ、そしてそれに備えて圧を溜めていたのだ。

 1000m地点が近づいてきたら、距離は離れていようとも、後続集団のその全員から、全力の牽制がスマートファルコンに捧げられるはずであった。

 

 世界の優駿が全員、意志を一つにして布陣を敷けば、流石の砂の隼も堕ちる。

 マジェスティックプリンス一人の領域などよりも、効果を期待できたはずだ。

 

 それでスマートファルコンが領域に入らなければ……いや、入られたとしても、フェブラリーステークスで見せたように脚が削れれば、逆噴射の可能性も高まり、勝機が見えてきたというのに。

 普通に考えれば、マジェスティックプリンスも得をするはずのそれであったのに。

 彼女の領域が、スマートファルコンの独走を許してしまう形となる。

 

(──────それでいいのだよ)

 

 だが、当然にしてマジェスティックプリンスはその可能性を理解していた。

 ()()()()()()()()()

 余りにも傲慢たるその考えは、しかし彼女が最高の走りをするための条件でもあった。

 

 

 最高の走りをするスマートファルコンに、勝ちたい。

 

 

 挑む山は、高ければ高いほど良い。

 己の生涯のライバルである彼女には、最高高度を飛んでいてもらわなければならない。

 それを落としてこそ、己が玉座に返り咲く瞬間なのだと、マジェスティックプリンスは考えていた。

 このレースを走る前から、ずっとそう考えていた。

 

 牽制自体を否定はしない。

 フェブラリーステークスでフジマサマーチが見せた執念のそれを、認めてはいる。

 勝つためにあらゆる手段をとることを、卑怯だとは思わない。それがレースの常であることも理解はしている。

 

 だが、この王子たる己が砂の隼に挑むにあたっては、違う。

 

 

 ()()()()()()()()()()

 

 

『最高の状態の君に、勝ちたい…!!さあ、私は見せたっ!!次は君が見せてくれファルコンっ!!君の、羽搏きを!!』

 

 マジェスティックプリンスが叫ぶ先、向こう正面に入りレースは1000m地点をまもなくスマートファルコンが通過しようとするところ。

 そこは、彼女が領域を発動する地点だ。

 これまでのダートレースでは牽制を潜り抜けて放っていたそれを、今回は十全の気力をもって、自由に隼が空を舞う。

 シンプルにして強力な領域に、砂の隼が至る。

 

 砂の上では、誰にも譲るつもりはない。

 

 

 ────────【砂塵の王】

 

 

 スマートファルコンが、砂塵をドバイの夜空に巻き上げ、猛烈な加速でさらに世界の限界に迫った。

 

 

 

 

『向こう正面をスマートファルコンが駆けるっ!!その勢いは落ちません!!まだまだ走れる!!世界の隼が世界との差を広げていくっ!!後続集団は動揺があるのか!?中々距離は詰まりませんっ!!しかしマジェスティックプリンスだけがスマートファルコンとの距離を詰めてくる!!この大逃げに追いつけるのか……今1000mを通過っ!!通過タイムは───────』

 

 

『─────!?!?ごっ、ご、5()7()()3()ッ!?!?何という速度だ!?何というタイムだ!?芝のレースではありません!!これはダートのレースですっ!!!だというのにっ!!砂の隼の刻んだタイムが異常だぞ!?!?流石にこれは速すぎるか!?逆噴射だけはしないでほしいっ!!何とか走り抜けてほしいっ!!!さらに加速するスマートファルコンっ!!!このウマ娘には限界がないのか!?その後ろ、マジェスティックプリンスだけがついてくる!!!彼女もまた加速するっ!!!距離が詰まるっ!!この超高速レースの中、先頭の二人だけが、もう後続と30バ身以上の差がついているっ!!!何というレースになってしまったんだドバイワールドカップ!!!砂の隼と米国の王子が、常識を破壊していますっ!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(────────)

 

 

 スマートファルコンがただ、駆ける。

 後続は、もう、意識していなかった。

 途中、領域を発動する前に真っ赤な翼……恐らくはマジェスティックプリンスの領域のそれが己の走りを邪魔しに来たが、千切った。

 その後に、牽制が仕掛けられなかった気もするが、もう関係がなかった。

 普段のレースの何倍も深い集中状態に入っていたスマートファルコンは、最高の入りをもって己の領域に突入し、さらに加速する。

 

 目指すものは史上最速。

 世界レコード、そのタイムを刻むために走っていた。

 

 スマートファルコンの意志が、それ以外への意識を削ぎ落していた。

 魂の熱だけが、ただ、ただ高まり続けていた。

 勝つために、走っていた。

 

 ここまでに紡いだ、チームJAPANの全ての想いも。

 今日に至るまでに自分が駆け抜けてきた、数多の仲間、ライバルたちとの走りの歴史も。

 その重さ、それをすべてこのドバイの地で解き放ち。

 

 私は、最速の砂の隼となる。

 

 

(────────!)

 

 

 ああ、だが、そんな自分に、唯一ついてくる存在がいた。

 後方から、足音が迫ってきている。

 それは、先ほどまで展開していた新領域の効果をもって、奪い取った速度を十全に発揮しながら駆ける、マジェスティックプリンスだ。

 もう、足音で分かる。

 彼女もまた友。戦友にして、親友にして、砂の上での最大のライバル。

 そんな彼女が、大逃げを仕掛けた自分に、しかし速度を上げてコーナー前で追いつかんと肉薄する足音が迫っていた。

 

 

(────────)

 

 

 ふ、と笑みが一つ零れる。

 流石だ、と心から敬意を覚える。

 そうだ。忘れてはいけない。

 これはタイムアタックではなく、レースなのだ。

 競り合うライバルがいなければ、面白くない。

 

 己が更なる高みに至るためには。

 競り合ってくれる仲間(ライバル)が必要なのだ。

 

 息を入れる暇はない。

 恐らくはマジェスティックプリンスだってそうだろう。

 お互いに、絶対条件が分かっているからこそ、ここで息をつく選択肢は取れなかった。

 

 ()()()()()()()()

 

 スマートファルコンは、己が先頭を走っていないと力を十全に発揮できない。

 それを彼女自身も、マジェスティックプリンスも理解しているからこそ、何としてもスマートファルコンは抜かれるわけには行かなかったし、何としてもマジェスティックプリンスは彼女の前に出なければならなかった。

 アイネスフウジンに見られるような、一度抜かれてからの差し返しはない。スマートファルコンは抜かれたら終わりだ。

 

 だからこそ、マジェスティックプリンスは領域による加速を早めに繰り出して、最終コーナーに突入する前にその距離を埋めにかかった。

 向こう正面の直線を抜け、コーナーに差し掛かる寸前までには、なんと、お互いの距離は1バ身程度まで縮まっていた。

 

 無論の事、マジェスティックプリンスは無茶をしている。

 しかし、確信をもっての無茶だ。

 ここまで迫ったうえで、コーナーで後塵を拝さずに、最終直線までに距離をさらに詰めなければ勝利はないと。

 彼女はそう考えていた。

 知っていた。

 

 ベルモントステークスで、それを味わっていたからこそ。

 マジェスティックプリンスは限界を超える覚悟をもって、彼我の距離を詰めていた。

 

 

(────────望むところだッ!!)

 

 

 スマートファルコンは、マジェスティックプリンスに一瞬の先着をもって最終コーナーに突入する。

 無論、サンデーサイレンスと同様の、内ラチに頭を潜り込ませる最短距離の走りだ。

 インは絶対に開けない。

 抜かさせない。

 ここまでくれば意地の勝負だ。

 

 そしてその後ろ、同じようにマジェスティックプリンスもまた内ラチに飛び込む様にコーナリングを見せた。

 殆ど縦に並ぶようにして、お互いが全力でコーナーを駆ける。

 限りあるスタミナを削りながら、シンクロするように、二人の最強が内ラチを舐めていく。

 

 そこには恐怖はなかった。

 お互いに、僅かでも体幹がブレれば内ラチに激突するような状況でも。

 前を走るスマートファルコンと、そのすぐ後ろを走るマジェスティックプリンスがわずかでも接触すれば大惨事になる様な状況であっても。

 二人は、お互いの走りを心から信頼し、走り抜けていた。

 

 二筋の流星が、ドバイの夜空に流れていく。

 大歓声をもって、メイダンレース場が震えるように沸いていた。

 

 

 ─────そして、コーナー出口が見えた。

 

 

 

 最終直線、400m。

 

 

 

 

 人々は、その400mを『奇跡』と呼んだ。

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『離れないっ!!マジェスティックプリンスが離れないっ!!!身震いするほどのコーナリングをスマートファルコンとマジェスティックプリンスが魅せているっ!!!最終コーナーをただ二人だけが走り抜けていますっ!!!どちらも譲らない!!どちらも譲らないっ!!!まるで戯れているようにも見えるほど!!!世紀の絶戦だ!!!歴史に残る戦いだっ!!!もう間もなくコーナーを抜けるっ!!!勝利の女神が微笑むのはどちらだっ!!!スマートファルコン行ってくれ!!!夢を背負って駆け抜けてくれっ!!!刮目せよ!!!残り400mっ!!!』

 

 

 

 ここまで全力で走り抜けてきたスマートファルコンは、血中酸素濃度が薄れ、限界を迎えようとする頭で()()()を見た。

 今日に至るまで、己が生きてきた人生の想い出が蘇ってくる。

 

 幼い頃は、引っ越しが多くて、中々友達が出来なかった。

 そんな中で、私は画面の向こうの、ウマ娘が踊る姿に魅せられた。

 

 アイドルに……いや、ウマドルになりたいと、願った。

 

 みんなに笑顔を届けられるような存在になりたいと、想っていた。

 踊りや歌の練習をしながらも、レースでも勝たないといけないから、よく練習していた。

 

 そうして中央トレセン学園に入学した。

 

 やっぱり日本で人気があるのは芝のレースだから、芝のレースで勝ちたいと思っていた。

 ダートに適性のある脚を、恨んだことも、無くはなかった。

 

 きっと。

 きっとそのまま、私が人生を歩んでいたら、私はウマドルとして活躍していたのだろう。

 

 走る場はやっぱりダートのレースだったとは思うけれど、それでも、ウマドルとしての活動に力を入れて、そっちのほうで知名度も上がって。

 そして、いつか、全国的に有名なウマ娘になって。

 大きな…本当に大きな、大舞台(グランドライブ)に立つ、そんな旅路を歩む私もいたはず。

 

 

 ────────けれど、私はあの河川敷で、出会ってしまった。

 

 

 立華勝人さん。

 私の、トレーナーさん。

 あの人に出会って、オニャンコポンとも出会って。

 そして、私はフェブラリーステークスを見て。

 

 

 ────────私は、変わった。

 

 

 求めるものが、ウマドルとしての名声ではなく、レースでの勝利に変わった。

 砂の上で、私は勝利を求めた。

 魂が、それを求めていた。

 

 そして、私は……ダートのレースを走り、芝のレースも走り、そして自覚した。

 ダートでの勝利を、心底から求めるようになった。

 勿論、ウマドルとしての活動も決してあきらめてはいなかったが……少しずつ、少しずつ、私はレースで勝つことを求める、そのことに比重を置くようになった。

 

 

 ────────私は、ダートの王に、なる。

 

 

 ああ、私の運命を変えた貴方。

 罪作りな、ウマ誑しな貴方。

 

 貴方の目に、今の私はどう映っているのかな。

 自慢の愛バだって、想ってくれているのかな。

 

 貴方がそう想ってくれるのならば、私に何の後悔もない。

 今ここにいる、この世界の私は、貴方だけのものだから。

 

 歌女(うため)であった自分と、決別する。

 

 

 今、ここにいるのは、大舞台(グランドライブ)で歌う私ではない。

 

 今、ここにいるのは、立華勝人によって変えられ、砂の最速を求める私なんだ。

 

 

 

 

 ────────魂が嚙み合った。

 

 

 

 

 がちり、と何かがぴったりはまったような感覚。

 ウマドルとしての自分ではなく、レースを駆ける己であることを心の底から自覚したことで、完全に魂と共鳴した。

 ドバイを駆ける、砂の頂点を目指した(ウマソウル)と、ウマ娘であるスマートファルコンが、一つになった。

 

 

 

 そして、目覚める。

 

 

 

 

 

 再び、ゼロの領域へ。

 

 

 

 

 

 

 ────────【ゼロシフト=グラン・ドライヴ(大地疾走)

 

 

 

 

「は───あああああああああああああああああっっっ!!!!」

 

 

 残り400m。

 

 スマートファルコンが、スタミナが枯渇しかけたそこから、()()()()

 

 

 

 超常の域に至るからこそのゼロの領域。

 

 ベルモントステークスの奇跡が再び起きようとして。

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 

 

 

『────────三度目だよ、ファルコン』

 

 

 

 

 それを許さぬ悲劇の王子が、呟いた。

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

169 ドバイワールドカップ 後編

 

 

 

 

 

 ────────条件は整った。

 

 

 マジェスティックプリンスは、ここ最終直線400mに至るまで、己の全てを用いて走ってきたと言っていいだろう。

 スマートファルコンと絶望的な差を広げることなく、進化した領域も見せ、他のウマ娘全員から力を奪い、それを用いて彼女に肉薄した。

 コーナーでは意地でも距離を離すまいと彼女のすぐ後ろにぴったりついていた。

 息を入れる暇もないが、息を入れたら終わりだと理解していたからこそ。

 そして、その隙間のない追走はスリップストリームの恩恵を受け、コーナーを立ち上がる瞬間のこの残り400m地点で加速し、スマートファルコンに肩を並べた。

 間違いなく並んだ。

 全てを費やして、ようやくここまで来た。

 

 

 ────────だが、彼女は目覚めた。

 

 

 スマートファルコンは、残り400m地点で、更なる一段先の領域へ突入した。

 ベルモントステークスで見せた、奇跡の走り。

 それが、また目の前で起きようとしていた。

 並んだ肩が、また離れようとしていた。

 

 

 ────────それを見るのは、三度目だ。

 

 

 それは、ベルモントステークスで初めて味わった。

 それは、ジャパンカップで、アイネスフウジンが見せた。

 それは、マジェスティックプリンスにとって、三度目の奇跡であった。

 

 三度も見れば、覚えてみせる。

 

 己が天才だという自負を自信に変えて、どんな技術も吸収する彼女であるからこそ、持てる決意。

 

 

 マジェスティックプリンスは、極限まで鍛え上げた優駿である。

 そして、この瞬間に至るまで、スタミナは尽きようとしており。

 走マ灯など、コーナーの最中に何度見たか知れず。

 そして、ここからのファルコンの独走を許せば、敗北することを確信していた。

 

 

 ────────条件は整った。

 

 

 あとは()

 彼女が()()に至るための、声が必要だった。

 

 

 だが、()()は実に身近なところに存在していた。

 

 

 ゴール前で、己を応援してくれているイージーゴアやオベイユアマスターの声、ではなく。

 

 

 アメリカの威信を背負った、応援団からの声、ではなく。

 

 

 その声は。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()で、生まれていた。

 

 

 

(─────わかっているさ)

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 己に、語り掛けていた。

 

 

 

 

 ────────ついてこれるなら、ついてきてみろ。

 

 

 

 

 

(ついていくともさ!!ああ、超えて見せるともっ!!!君を、孤独な王にさせはしないっ!!!)

 

 

 

 砂の隼の、走りの語る声が最後のトリガーとなった。

 

 

 

 彼女の意識は、それに溶けて────────

 

 

 

 

 

──

───

────

─────

──────

───────

────────

─────────

──────────

───────────

────────────

─────────────

──────────────

───────────────

────────────────

 

 

 

 

 そこは米国。

 アメリカの、ベルモントパークレース場。

 

 

 そのゴール地点の、3()4()()()()()に、マジェスティックプリンスは立っていた。

 

 

 彼女は理解する。

 

 

 ──────ああ、これは、私の魂の中だ。

 

 

 魂の原風景。

 己の魂の、心残りの在る景色。

 

 そして、そんな彼女の隣に、その光はあった。

 4本の脚を砂の上に、はるか先のゴールを見据える光が、そこに在った。

 

 しかし、その光の脚の内、右前のあたりの光が、黒く燻っていた。

 そこに故障があったのだ。

 それを、マジェスティックプリンスは魂の空間の共鳴で、理解した。

 

 お互いに。

 このベルモントパークレース(競馬)場で、後悔を残していた。

 

 

 マジェスティックプリンスの(ウマソウル)は、己の脚が万全で挑めず、無敗の三冠を逃したことの、後悔。

 

 マジェスティックプリンスのウマ娘は、最終直線で、砂の隼の離れていく背を目にした際に、諦めてしまったことの、後悔。

 

 

 魂は、人々の期待に応えることが出来なかった己の身を悔いていた。

 

 彼女は、たとえ負けるとしても、諦めて脚を緩めてしまった最終直線を悔いていた。

 

 

 お互いに、ベルモントステークスには、心残りがあった。

 それを示す、34バ身の距離。

 

 

 だが、今、彼らの想いは一つだった。

 

 

『─────キミは』

 

 

 ─────貴公は

 

 

 

 ────────王子だろう。

 

 

 王たるものが、己の後悔を、心残りを、漱げないはずがない。

 真の王は、己の失敗を乗り越えてこそ、王。

 

 

 再び同じ窮地に陥った時には、必ず、それを乗り越えて見せる。

 

 

 そんな想いを、魂と共鳴するマジェスティックプリンス。

 誓いは今、果たされた。

 絶対に諦めない、そのことをウマ娘である彼女が誓い、魂が認めた。

 

 

『─────ああ。だが、キミは……脚を、痛めてしまっているんだね』

 

 

 ─────ああ。私は、もう走れぬ。

 

 

 だが、魂の脚は、悲しくも既に失われていた。

 己の走りを果たせなかった故障は、ベルモントステークスにて悪化し、その後休養に充てて復帰を目指していたが、諸般の事情によりレースに復帰することは敵わず、そのまま競馬界を引退した。

 無敗の二冠馬は、無情にも人々から忘れられていった。

 

 けれど。

 

 今、ここに、その魂の想いを紡げるものがいる。

 

 

『─────ハーーーっハッハッハ!!!ならばっ!!この私に乗り移り給えっ!!私はよき師に恵まれ、よき時代に恵まれたっ!!この通り、万全な脚を抱えているからねっ!!!キミ一人を背負ったとしても、全く問題はないっ!!』

 

 

 ─────貴公。……想いを、託してもよいか。この私の、無念も託して……走って、くれるか。

 

 

『無論だともっ!!────ああ、その偉大なる魂。悲劇の王子よ。キミの想いを私が継ごう。そして、共に征こう。きっと、必ず、私がキミの雪辱を果たす。ここに誓おう』

 

 

 ─────わかった。貴公に、全てを託す。貴公が駆ける夢を、見守っているよ。

 

 

 

 魂の光がゆっくりとウマ娘たるマジェスティックプリンスに歩み寄り、そして体を重ねる。

 彼の想いが、マジェスティックプリンスの胸に伝わる。

 熱い想い。後悔の念。復活の誓い。

 それら全てを、受け止め、背負い─────彼女の顔つきが変わった。

 

 

 

 光を、己の魂を背負い、マジェスティックプリンスが走り出す。

 

 34バ身先のゴールへ向かい、一直線に砂を駆ける。

 

 

 その頂に立つ、隼に勝つために。

 

 魂の祈りを、全て背負い、王子が征く。

 

 

 

 

 今ここに、王命は果たされた。

 

 

 

 ウマ娘という存在と、魂という存在が一つになり。

 

 そして。

 

 

 

 ─────────────奇跡へと、至る。 

 

 

 

 

 

────────────────

───────────────

──────────────

─────────────

────────────

───────────

──────────

─────────

────────

───────

──────

─────

────

───

──

 

 

 

 

 

 

 ────────【Zone of ZERO=A King's Resolution(王たるものの覚悟)

 

 

 

 マジェスティックプリンスが、ゼロの領域に到達した。

 隣に並ぶスマートファルコンが爆速のラストスパートを描く直後に突入したその領域は、レースの常識を超え、限界を超え、半バ身先にいる隼を堕とさんと加速を果たす。

 

 ゼロの領域同士のぶつかり合い。

 

 史上初となる奇跡が、このドバイに起きていた。

 

 

 

『……!!止まらないっ!!止まらないぞスマートファルコンっ!!だが今度はマジェスティックプリンスも追い縋るっ!!!何という末脚!?もはや常識は通用しない!!奇跡がっ!!ドバイに奇跡が起きていますっ!!!徐々に、徐々にその差が詰まるか!!!まだスマートファルコン先頭!!!どちらも譲らぬデッドヒート!!!どっちだ!?!?どちらも譲れない!!!己の勝利の為に!!!どちらも譲らないっ!!!』

 

 

 限界を超える。

 迫りくるマジェスティックプリンスに負けまいと、スマートファルコンが加速を果たし。

 そんなスマートファルコンに勝つために、加速を重ねるマジェスティックプリンス。

 二人が競い合うからこそ、その速度は無限の乗算をもって、最終直線で放たれていた。

 

 人々は、その走りに奇跡を見た。

 

 永遠に、二人の走りが続くような、そんな幻を視た。

 

 

 

 駆ける砂の隼。

 

 

 駆ける王子。

 

 

 

 最早そこは、余人の入る隙間はなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 ああ、だが。

 

 

 

 

 

 レースに永遠はなく、無限に走り続けることは出来るはずもない。

 

 

 

 

 

 

 残り100m。

 

 

 

 世界が一瞬、静止した。

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

(────────ッッッ……!!!!)

 

 

 先に、その瞬間にたどり着いたのはスマートファルコンであった。

 

 彼女は、()()()()()()()()()()()()に、至ってしまった。

 この瞬間に至るまで、スタートからコーナーを駆け抜け向こう正面に入り、さらに加速してコーナーを攻め込み、最終直線をさらに加速する。

 どこまでも己の限界に挑み続け、ゼロの領域に至ってもなおすぐ隣を走るマジェスティックプリンスと位置取り争いを続け加速し続けた彼女の、物理的な限界に、ここに来て至ってしまった。

 

 もう、全身の全ての力を使い果たした。

 脚も、技術も、領域も、魂も、全てを振り絞り、振り絞り尽くしてしまった。

 

 

 残り100mを残して、スマートファルコンは空っぽになった。

 

 

(──────ごめん、なさい)

 

 

 そして、空っぽになった彼女の脳裏に浮かんだのは、謝意であった。

 謝りたいと感じる想いが、まず現れた。

 

 倒れてしまいたい。

 逆噴射をかまして、脚を止め、ゴール前でも構わずすぐにでも横になって、体を動かすのをやめてしまいたい。

 

 そんな風に全身の筋肉が叫んでいる、そんな状況で、彼女は己のトレーナーに謝った。

 

 

(────────ごめん、トレーナーさん)

 

 

 本当に、ごめんなさい。

 

 

 ここまで、全力で走ってきて。

 

 

 ここまで、限界を超えて走って。

 

 

 でも、力尽きてしまって。

 

 

 もう、これ以上走るのは、無理になって。

 

 

 

 それでも。

 

 

 

 

 

(────────私、()()()

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

 

 それは、玉砕覚悟の決死の想い。

 

 かつて、フェブラリーステークス前に立華トレーナーと話した内容が、ふと脳裏によぎる。

 『無理して走ってほしくない』と願っていた立華勝人の顔が、想い出される。

 

 私達の脚が壊れるのが、一番怖いと。

 無事是名バなのだから、やばいと思ったら無理をしてほしくないと。

 

 でも、決意してしまった。

 もう私は止まれない。

 

 たとえ、全ての力を使い果たしたとしても。

 

 たとえ、ここから先、まともに走れなくても。

 

 たとえ、レースが終わった後に、脚が砕けてしまったとしても。

 

 

 それでも。

 

 

 

 

 私は、最後まで走り抜く。

 

 

 

 

 

 隣を走るマジェプリちゃんに、負けたくないから。

 

 

 みんなの想いを繋いできた、チームJAPANの勝利のバトンを、落としたくないから。

 

 

 

 

 

 ────────そして、何よりも。

 

 

 

 

 私が、勝ちたいから!!!

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 そして、同様の想いはこちらも同じ。

 

 マジェスティックプリンスもまた、最終100mを残した地点で、全てを使い果たしていた。

 

 領域で他のウマ娘から奪い取った力も、中盤から最終コーナーにかけてファルコンとの距離を埋める際に使い切ってしまっている。

 ゼロの領域に至ることで振り絞ったものも、300mをスマートファルコンと競り合う中で、限界を迎えた。

 

 空っぽだ。

 

 裸の王様となった。

 

 

 だが、それでもまだ。

 

 

 

(まだ────34バ身差は、埋まり切っていないのだッッ!!!)

 

 

 

 己の誓いを、果たしていない。

 

 もう二度と、スマートファルコンには負けないと誓ったのだ。

 あの34バ身を0にしなければ、私は永遠に死んだままだ。

 生き返るために。

 私が、王子であるために。

 たとえ裸の王になろうとも、誇りのマントをその肩に。

 

 絶対に、この脚を止めたりはしない。

 

 

 最後の一瞬まで、諦めない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────二人のウマ娘が、限界の果てに挑む。

 

 

 

 ────────今から始まるのは、技術も領域も何もない。

 

 

 

 ────────世界最速の『かけっこ』だ。

 

 

 

 

 

 

 

 スマートファルコン。

 

 マジェスティックプリンス。

 

 

 

 

 二人にとって、()()()()()1()0()0()m()

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「あはッ……あはははははははははは!!!!!」

 

『ハーーーーっハッハッハ!!!!ハハハハハハ!!!』

 

 

 二頭の獣が、笑いながらゴールに向かい、前に進む。

 最早、「走る」という表現はそぐわなくなっていた。

 先程までの、ウマ娘にとって理想ともいえる綺麗なフォームは崩れ切って、ただ何とか全身を動かして前にすすむ。

 脚の回転だけは殺さぬように、全身、まだ死んでいない筋肉を求めて駆動し、かき分けるように前へ。

 ただ、前へ。

 隣のライバルよりも、1mmでも前へ!!

 

 自然と、笑いが零れてしまっていた。

 既にお互いに限界の先の先の、さらに先に踏み込んでいる。

 ウマ娘として踏み越えてはいけない最後の線を、踏み越えている。

 

 それを超えるためには、狂気が必要だった。

 

 それを成しても、前に。

 すべての決着をつけるために、前に!!

 

 

 ただ、走れ!!!

 

 

 

「あはははははははは!!あははははは────────」

 

『ハーッハッハッハッハ!!!ハッハッハ───────』

 

 

 無限に感じられる、100mの距離。

 

 

 一歩が、1mが、永遠のように長く感じられた。

 時の感覚もおかしくなってしまっている。

 

 二人にしかわからない、無限の時間が、そこにはあった。

 

 

(っ────────)

 

 

 スマートファルコンは、その果てに。

 

 幻を視た。

 

 

 

 己の体を支えるように、風を生んでくれる、アイネスフウジンの幻を。

 

 己の心を支えるように、共に歩んでくれる、エイシンフラッシュの幻を。

 

 

 そして、ハルウララのように心に鬼を宿して。

 

 ヴィクトールピストが見せたドバイワールドカップの勝利への執念を背負って。

 

 サクラノササヤキとマイルイルネルが見せた、絶対にライバルに負けたくないという獣もその身の内に住まわせて。

 

 メジロライアンのように、全身の筋肉から、最後の力を振り絞って。

 

 

 

 そして、今にも砕けそうな脚は。

 

 勝負服の腰に結いつけた()()()が。

 

 

 フジマサマーチが、祈る様に守ってくれて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ドバイの夜の奇跡の、最後の頁が捲られた。

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

『──────今っ!!!ゴーーーーーーーーール!!ゴールですっ!!!!凄まじいデッドヒートを最後100mに見せた二人が!!並んでゴールとなりましたっ!!!!余りにも劇的っ!!余りにも衝撃的なっ……ッ!!!体勢を崩しながらも残り100mを駆けた二人が、並んでゴールとなりましたっ!!!ゴールを終えて崩れるように倒れる二人…!!!言葉が出てこないっ!!後続との差は数えきれないっ!!完全に、二人のレースとなりましたっ!!!勝ったのはどちらか!?スマートファルコンか!?マジェスティックプリンスか!?わかりませんっ!!掲示板に、写真判定の文字が────────』

 

 

『──────────────は?』

 

 

『………っ、し、失礼しましたっ!!!タイムが出た!!!!タイムがっ、た、そ、そんなことがあっていいのか!?ゴールタイムが……なんと!!!()()()()()()ッッ!!!!これは世界レコードです!!!2000mの世界レコードだ!!!それも!!!私の記憶が確かならば、この数字は()2()0()0()0()m()()()()()()()()()()ッ!!!!』

 

 

『何という事だ!!!今、この瞬間において、2000mの芝とダートのレコードタイムが並んでしまったのですッッ!!!これは夢ではありません!!!奇跡ッ!!奇跡が今宵、このドバイに刻まれてしまったのですッ!!!伝説を生んだのは二人のウマ娘、スマートファルコンとマジェスティックプリンスだ!!!決着はどうなるか!!奇跡の果て、このドバイの最終戦で勝利したウマ娘は、どちらなのかっ!!判定が待たれます……!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「…………っ!!ぜ、っ、ハーーーーーーーッ…!!はぁーーーーーー…!!はぁーーーーー…!!」

 

『……クッ、はぁーーーっ!!!はっ、はぁ、はぁーーーー…!!!ゴハッ……、はぁーーーー……!!』

 

 

 スマートファルコンとマジェスティックプリンスは、最終直線100mを、駆け抜けた。

 倒れそうになる体を何とか前に前にと押し出して、そうして体勢をお互いに崩しながらも、ゴールラインを越えた。

 そして、その勢いのまま数歩、脚を廻して減速をしてから……共に、砂の上に倒れることになった。

 

 体が動かない。

 肺が酸素を取り込む、それ以外の動きは出来なかった。

 全身の、本当にすべての筋肉を振り絞り、何とかゴールまでの減速を抑えて走り切った。

 

 身をよじる様に仰向けになり、ただ呼吸を続ける。

 幸いにして、二人の脚は、砕けていなかった。

 鍛え上げていた二人であっても、既に限界も超えて、折れてしまっていてもおかしくないそれが折れずに走り切れたのは、まさしく奇跡だったと表現していいだろう。

 

 そして、二人が同時にゴールに飛び込み、叩き出したタイムは、世界レコードを更新していた。

 ダート2000mの世界レコードを2秒以上縮めるという大記録。

 そして、その数字は実況が叫んだ通り、芝2000mの世界レコードに肩を並べた。

 史上不滅となるレコードが、このドバイに生まれていた。

 

 

「はぁーーーーー……はぁーーーーーー………」

 

 

『ハァー………ハァー…………』

 

 

 いつしか、メイダンレース場は、静寂に包まれていた。

 

 ゴール直後の歓声、そしてレコードが表示された後の世界が震えるほどの大歓声を経て、しかし写真判定の決着が出るまでの5分間で、観客たちはそれを見守り、いつしか声は少なくなり、沈黙がそこにはあった。

 誰もが、祈る様に着順掲示板を見守っていた。

 それは、レース場にいない、テレビやネット放送でレースを見ていた人達も同様であった。

 この、奇跡のレースの決着を、待っていた。

 

 世界から音が消えたかと思うほどの、静寂。

 

 永遠のような写真判定の時間。

 

 砂の上に横たわる二人の呼吸音だけが、メイダンレース場に生まれていた。

 

 

 

 

 

 しかし。

 

 優駿たる二人は、既に勝敗は理解していた。

 

 

 これまでも述べたように、優駿たちがデッドヒートの末にゴールを割った時、そこの勝敗は優駿であればあるほど、敏感に感じ取る。

 たとえそれが命からがら、限界を超え疲労困憊で飛び込んだとしても、この二人がお互いに生まれた差を理解できないはずはなかった。

 

 

 

 

 

 

 そして、凍り付いていたメイダンレース場に、一つの動きが生まれる。

 

 

 

 

 それは、呼吸を繰り返していたウマ娘が、ようやく、体を僅かに動かせるようになって生まれた動作。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そのウマ娘は、ゆっくりと、ゆっくりと右手を持ち上げる。

 

 

 

 

 

 ドバイの夜空に向かい、手を伸ばす。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その手を、勝ち誇るように5()()()()を大きく広げ、そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドバイワールドカップミーティング

 結果表

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 第5R ドバイアルクオーツスプリント

 

 1着 アイネスフウジン

 2着 ブラックベルーガ アタマ差

 

 

 

 

 第6R ドバイゴールデンシャヒーン

 

 1着 ハルウララ

 2着 ミサイルマン クビ差

 

 

 

 

 第7R ドバイターフ

 

 1着 ヴィクトールピスト

 2着 ウィンキス ハナ差

 2着 サクラノササヤキ 同着

 2着 マイルイルネル 同着

 

 

 

 

 第8R ドバイシーマクラシック

 

 1着 エイシンフラッシュ

 2着 メジロライアン 半バ身差

 3着 ブロワイエ クビ差

 

 

 

 

 最終R ドバイワールドカップ

 

 1着 スマートファルコン

 2着 マジェスティックプリンス ハナ差

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

170 ぱかちゅーぶっ! ドバイワールドC 前編

 

 

 

 

!!ぱかちゅーぶっ!!

 

!! GⅠ生実況 !!

 

!!とうとう最終戦!!

 

 

…なうろーでぃんぐ…

 

…なうろーでぃんぐ…

 

 

 

 

 

「ふーぅ………あと20分って所か?スタートまで」

 

「それくらいの時間だな。もう時間は深夜一時か……中々この時間まで起きていることはないからね。4連勝、グランドスラム目前のこの状況も加えて、これまでにない昂りを覚えてしまうよ。熱烈峻厳……1分が随分と長く感じられる」

 

「やなぁ……メイクデビューのレース前を思い出すで。あん時もスタートまで異様に長く感じられて、んでもって一瞬で終わっとった感じで……なんつーか時間感覚って時々おかしくなんなー」

 

『もうそんな時間か』

『つい数分前にアルクオーツスプリントが始まったような感覚ある』

『夢を魅せられ続けたからな…』

『革命の炎がまぶしすぎて眠れる気がしないんよ』

『【悲報】ネット回線負担が全世界でレッドゾーン』

『なん…だと…?』

『深夜やぞ!?』

『いや深夜なの日本だけだからな』

『ヨーロッパアメリカあたりはまだ見やすい時間か?』

『世界中が注目してるんやな…』

『日本のグランドスラムが成されるか否か』

『俺らも期待とまらねぇ!!』

『なんてったって最後に挑むのがファルコンという安心感』

『安心するのはヤバい』

『油断はいけない』

『信頼して応援しようぜ』

『いけーっ!!ファルコーン!!』

『お前なら行ける!!』

『世界レコード刻んでくれ!!』

 

「おん?コメ欄が言ってっけどなんかネット回線ヤベーらしいな!?まぁこんなレース見せつけられたらしょうがねぇかぁ!!一応考えられる最速の回線でやってんだけどよー」

 

「ベルモントステークスの時のように回線が落ちないことを祈るのみ、だな……ああ、だがファルコンが勝利しようものなら私は涙が止まらない自信があるぞ。トレセン学園の生徒会長としてこれほど嬉しい瞬間があるものか」

 

「コラコラコラ!!捕らぬ狸の皮算用っていうんやぞそれ!!確かにファルコンの挑むのがダート中距離やから信頼感もあるが!一番人気で駄目だった例なんていっくらでもあるんやからな!!油断なく応援するんや!!」

 

「っと、そうだな……それはマジでそうだ。一番人気でやっちまうことって無くはねぇからよ……アタシの宝塚記念の時みてぇにな…!!」

 

『もう擦られたいのか?』

『欲しがりさんめ』

『お前の場合はゲートの問題だろ』

『どうして出なかったんですか?どうして…?』

『俺らも落ち着こう!』

『深呼吸し続けている』

『ほっほっひっふー』

『オグリファンおったな』

『レース解説はよ』

 

「そうだな、願掛けではないが私達も今まで通り、しっかり解説していこう。ではレース解説だ。これからスマートファルコンが挑むドバイワールドカップ……このドバイワールドカップミーティングの代名詞ともなっている、ダート2000mのレースだな。世界で最も権威のあるダートレースと呼ばれている」

 

「賞金額もすっげぇんだ!!創設は1996年、このころはまだ…あー…だいたいホープフルステークスくらいの賞金額だったんだけどよ、毎年格が上がってって今や日本ダービー並みかそれ以上って感じの賞金だぜ。勿論金だけがレースを走る理由ってわけじゃねーんだけどよ、それほど格が高い国際レースってことだぜー」

 

「いやウチは金も全然考慮の内やけどな?まぁええわ、えー……実はこのドバイワールドカップ、一時期はオールウェザーで開催されてた時期もあったんや。最初はダート開催で、2010年からオールウェザーに変更されとる。ただオールウェザーは適正を持つウマ娘が限られるし、ダート大国のアメリカで特に不評だったから、結局その後普通のダートに戻っとるで」

 

「日本だとオールウェザーのレース場というものは馴染みがないから、そういう意味ではダートに戻っていたのは僥倖だった、と言えなくもない。だがこれまでに日本で勝利したウマ娘はいない……世界のダートのレベルが高かったのだ。芝に重きを置いていた日本では挑めるだけのウマ娘がいなかった………と、いうのは去年までだ」

 

「去年のクラシックでダート界に革命が起きたからなぁ!!ファルコンの活躍があって、日本もダートに力を入れ始めてるぜっ!!そしてそんな、日本を変えて世界を超えたスマートファルコンがこれから挑むってわけだぜぇー!!」

 

『ダートの世界のGⅠって言われたらドバイみたいなところある』

『これだけの祭典の最終レースだからな』

『過去の勝利ウマ娘見るとやっぱアメリカ多いな』

『次いでアイルランドかな あそこもダート盛んだし』

『ダートにおいて日本は世界に及んでなかった……ってコト!?』

『それは事実そう』

『だが革命が起きた』

『ファルコンの走りがURAの脳すら焼き切ったのだ…』

『スマートファルコンつええ!!このまま世界総なめしていこうぜぇ!!』

『マジでそうなってほしい』

『世界最強のダートウマ娘になれ…ファルコン…!』

『勝ってほしい…なんとか』

『ダート中距離ならファルコンよ』

 

「続いて出走ウマ娘の紹介やな。日本からは満を持して登場!!チームJAPANの日本総大将!!スマートファルコンや!!今の日本のダートを引っ張る世界最速!!」

 

「あのチームフェリスに所属……そして、ダートでの敗北は1回、フジマサマーチの執念の走りが捉えたそれのみ。それもハナ差でレコードだ。さらに言えば、彼女が走ったダートレースは不良バ場になったJBCレディスクラシックを除けば全てレコードを大幅に更新している。アメリカの神話のレコードである、ベルモントステークスで彼女が見せた奇跡は皆、記憶に新しい事だろう」

 

「とにかくダートの常識をぶち壊し続けるウマ娘だぜっ!!無論の事世界でも一番人気だぁ!!ベルモントステークスの結果でそうっとう警戒されてんな!!」

 

「当然やな。日本にいるころから絶対にマーク対象やったからなファルコンは」

 

『スマートファルコンをマークしない奴いる!?』

『いねぇよなぁ!?』

『いねぇよなぁ!?(ファルコン感)』

『マークされようが関係ねぇ勝ちてぇ』

『先頭を譲りたくねぇ』

『本気でそれをやるからな…』

『強いウマ娘が逃げを打ったら勝つ』

『大逃げすらできるその豪脚』

『間違いなく全員からマークされるだろうけど逃げ切ってくれるか…』

『逃げ切りシスターズのリーダーを信じるんだ!!』

『スタートだけミスらなければ勝てるやろ』

『多分それ出走するウマ娘全員が思ってますよ』

『対策して来るやろな…』

 

「さて、では続いてそんな彼女の一番のライバルたるアメリカのウマ娘を紹介しよう。とはいえ、やはりこちらも皆にとっては見慣れた顔だな。昨年、革命世代のレースを見ていれば間違いなく印象深くこの顔を覚えているだろう」

 

「二番人気はアメリカの英傑!!マジェスティックプリンスだぁーー!!ここまで13戦11勝!!この数字が意味する所はわかるよなぁ!?チームフェリスと戦ったレース、ベルモントステークスとジャパンカップ以外は全勝してるってこったぜ!!メイクデビューからアメリカクラシック3冠まではサンデートレーナーがチームのサブトレやってて、んでサンデートレーナーが日本に来てからはイージーゴアが主幹トレーナーになって鍛えられてるぜ!!師匠が両方ともやべー!!」

 

「アメリカのレコードも結構な頻度で叩き出しとる。領域の効果もぱかちゅーぶでは2回も解説しとるし省くが、まーぁクソ強いウマ娘やで。こっちもファルコンと同じで芝も走れるし、なんつーか、隙が無いわな。領域は去年の後半あたりからシニア級に交ざって走る様になって効果自体は薄れとるんやが、それだってレコード簡単に叩き出しよる。まず基礎能力がとびぬけとる印象やわ。ウィンキスほどじゃなくともな」

 

「ベルモントステークスとジャパンカップでの激戦を経て、またサンデートレーナーがいることで、チームフェリスとはかなり親しい仲になっているとも聞くな。今日のオニャンコポンでもドバイに行ってからは時々写っている。スマートファルコンやハルウララと併走もしていたと聞く……まぁ、ここまで材料が揃えば言い切ってもいいだろう。彼女もまた進化した強さを見せつけてくるだろうな。日本のウマ娘ではないが、革命世代の一人と数えてもいいだろう……」

 

「結論として、たとえファルコンだろーと一切油断できねぇ相手だってことだぜ!!最後までアタシら応援組も油断するんじゃねぇぞー!!!」

 

『マジェプリちゃんだ!!』

『知ってた』

『なんか準レギュラー感ある』

『ジャパンカップにも来たしな…』

『SS→ゴアの師匠経歴はヤバくないか?』

『本人がそもそも才能の塊なんよ』

『無敗の二冠まで行ってたからな…』

『ってかマジェプリに勝ったのフェリスのウマ娘だけなのか…』

『猫トレが化物というだけでは?』

『アタシも勝ったわよ@大和澄華亜烈斗』

『オレも勝った@宇乙華』

『ウオダスがスイと出てきた』

『確かに二人も先着はしてるか』

『よう見ておる』

『君たちはちゃんと最終レース見終わったら寝て!』

『明日応援してるからよ…夜更かししすぎるんじゃねぇぞ…』

『マジェプリも絶対なんかやって来るやろな…』

『敗北から立ち上がったウマ娘は強い』

『ファルコンもそうやろがい!』

『この二人のレースになると予想』

 

「説明するまでもないが、他のウマ娘もそれぞれが全く油断ならない優駿たちだ。世界最高峰のレースだからな……全体のレベルはこれまでのレースと比較してもなお一回り上回っている。一瞬の油断が命取りになることもあり得る」

 

「その上でファルコンが頑張ってくれることを祈ろうや!!ここまで来たら日本のグランドスラムを見たいで…!!」

 

「おぉ!!一生懸命応援してやろうぜっ!!……さて、レース前の解説は終わったけど、まだゲート前にはウマ娘達は集まってねーか?」

 

「もうすぐ…だとは思うが。ゲートの準備や花火などは上がっているからな。レース場の客席の興奮も最高潮と言ったところか……ああ、待ち遠しいな。本当に、尻尾が揺れるのを抑えられん」

 

「もうちっとで始まるんやな……ドバイの最後のレースが。あー……なんかウチのほうが胃が痛くなってきたわ……」

 

『ドキドキの時間だよほんと』

『祈るように待つしかあるまい』

『勝てるはずだ……ファルコンなら…!』

『おウマッターきた』

『あ』

『頑張ってほしいいいいい!!』

『マ?』

『どこ?フェリス?』

『今日のオニャンコポンだ!!』

『マ!?』

『禁断の今日オニャ二度打ち!?』

『これまでもたまにあったやろがい』

『うわこれ最高!』

『みんなの手が重ねられてその上にオニャンコポンが手を置いてるね』

『SR++++++++』

『泣いちゃった…』

『わーあったけぇ!!』

『こういうのが最高なんよな…』

『頑張れー!!』

 

「あ?今日のオニャンコポン更新されたって?マジ?どれどれー………お!!おー!!こりゃあ……ああ、良いな、最高だ!!今日の全てを示す一枚だぜ!!」

 

「……っ!なんと、いう……想いの籠った一枚だ!ああ、思わず涙ぐんでしまうな…みんなの想いを背負って、ファルコンが駆けてくれるのだと、そう思えるような一枚だ…!」

 

「あー……ええな、みんな勝負服やから手首周りの装飾で誰が誰か分かるわ。ファルコンの手が一番下で、その上が袖口広いフラッシュ、アイネスのミサンガと続いて赤青白の…こりゃヴィイやな。着物の袖でウララ、その上に金物着いたリストでライアン、桜の装飾でササ、最後は赤と緑でイルネルや。……想いの、螺旋やな」

 

『ホントこういうのあったかいわ…』

『手首で誰が誰か分かるの芝』

『随分詳しいな……まるで勝負服博士だ』

『まぁ革命世代ファンならこの辺はね』

『みんな勝負服特徴的だもんなー』

『みんなの想いを背負って…!』

『ファルコン頑張れー!!』

『俺らも応援してるぞー!!』

『逃げ切り!逃げ切り!』

『信じてるぜ…!!』

 

「エモくなってきやがったぜ!!…って、お、とうとうスタート前にウマ娘達が集まってきやがった!!マジェプリも出て来たぜっ!!」

 

「…ああ、みんなの目が、耳が、尻尾が語っているな。スマートファルコンはまだか……と。探している。全員からマークを受けるだろうな…当然の事だが」

 

「ヴィイたちはウィンキスおったし、前のレースはまだ二人だったからマークも分散しとったけどな……今回のファルコンは唯一人や。世界の優駿たちから全力で圧かけられるのは厳しいところあるで……勿論、それすら超えて走ってくれると信じとるが…!!」

 

「全員からマークされるのなんてファルコンは慣れっこだろーよぉ!!やってくれるって!!…さーて?大体のウマ娘は出て来たけど……まだこねーな。最後に出てくるか?なんも起きてねーといいけ……っ、来た!!ファルコンだー!!─────うおおおおッッ!?!?」

 

「な、んという表情だ……!!何と表せばいい!?透き通っているような……あんな顔が、レース前に出来るのか!?」

 

「三女神の像が思いうかんだで!?何や、あの顔……これほどのプレッシャーのある最終戦であんな……猫トレか!?なんかやったかぁ!?いやっ!!でもこれは行けるで!!勝てる!!!そう確信させるほどの何かを画面越しでも感じられるでっ!!」

 

『まだか…?』

『ドキドキが止まらない』

『お!!』

『来たのか!?』

『おせぇんだよ!!』

『おせぇぞチャンプッッ!!』

『すげえ大歓声だ!』

『!?』

『コワイ!?』

『いや怖いって言うかなんかなんだあれ』

『菩薩のような表情(直喩)』

『完全にキマってますねあの顔は』

『神がかってる?』

『すごい…こう…すごくすごいです!!』

『周囲のウマ娘が怖気づいとるやん!』

『恐怖って言うかぁ……神か悪魔にでもなってるというか』

『マジンガーZかな?』

『これウマ娘が見たらびっくりするような顔なん?』

『今まさにびっくりしてるが?』

『寮の子たちがみんなびっくりしてるよ!@タイマン密林』

『こっちも。あんな顔レース前にできないよ普通@ミラクル奇術師』

『寮長たちもよう見とる』

『何があったんだ……』

『猫トレが何かやったか?』

『猫トレだからな…』

『でもこれは期待できますよ』

『おっとしかしマジェプリが行った』

『なんか両手併せてお辞儀してる』

『アイサツか?』

『アイサツの前のアンブッシュは一度まで許されてるぞファル子!』

『そこだ!ファルコン☆パンチ!』

『反則なんよ』

 

「……いや、あの気配のファルコンに声を掛けに行けるんだからマジェプリマジで大したやつだな!?ライバルだからなのか……しかも談笑してるし」

 

「いい意味で空気を読まないな彼女は……トレセン学園に一人で殴り込みをかけるだけあるよ。流石という所────────ッ!?」

 

「なっ、なんやぁーーーーっ!?マジェプリも同じような気配出し始めよったで!?バケモンどもがよぉ…!!震えるわ……何が起きるんや、こっから…!!」

 

『だいぶ仲いいなこいつら?』

『戦友なんやな』

『いいよねレースで生まれる友情』

『ユウジョウ!』

『国は違えても激走を果たしたライバルがいるからウマ娘のレースはいいんだ』

『わかりみ深い』

『は?』

『うわヤバ』

『!?』

『気配……えぐぐなってますねぇ…!!』

『ヒトミミのワイよくわから…いや見えるな…』

『いやヒトミミでもわかるわ』

『空間歪んでない?』

『バキの空間表現みたいな幻覚見えましたよ私は』

『こーれお互いにキマり始めましたねぇ…』

『ドバイ最終戦どうなっちまうんだ…!!』

『勝ってほしい…ファルコン勝ってほしいいいいい!!!』

『がんばれーっ!!日本総大将ーーっ!!』

 

「……話は終わったか。そしてゲート入りがとうとう始まるな……」

 

「興奮はないようやからファルコンも無事スタートは切れると思うんやが……直近のレースでやられとるからなぁ!祈るしかないでっ!!いつもの、最高のスタート見せてくれや…!!」

 

「おらーっ!!!今日の全部を籠めてゲート入り擦りだお前らーーーっ!!!最後までゲン担ぎ行くぜぇーーーーーーっ!!!」

 

『ゲート入りだ!』

『黙れ(ドン)』

『ゴルシ…もう散体しろ!』

『これまでの全てを籠めてもお前はゲート出ねぇじゃねぇか』

『真面目に入れ』

『入れ入れ入れっ ゲートに入れっ』

『お前は未来で最悪なゲート入りをする!!』

『未来の悪魔来たな…』

『既に起きた過去なんだよなぁ…』

『君がゲートに入るだけで救われる人たちがいた』

『120万人のファン…宝塚…ウッ頭が』

『どうしてゲートに入らないんですか?どうして……』

『出ない方が問題定期』

『このレースのファルコンのスタートにゴルシのヒトミミカバーを賭けるぜ』

『スタートが成功したらゴルシは髪降ろせ』

『思えばこのゲート擦りはぱかちゅーぶがURA公認になってから自然発生したんだよな』

『え、そうなん?』

『いつのレースだっけ?』

『確かファルコンの阪神ジュベナイルフィリーズ』

『ゲート擦り始まりのレースがファルコンじゃん』

『マ?』

『ゲート擦りで急にエモぶつけてくるのやめろ』

『原初にして頂点がファルコン……ってコト!?』

 

「あー…そっか、そういやそーだな。URAがスポンサーについたレースがファルコンの阪神ジュベナイルフィリーズだったなぁ。あそこからゲート入り擦られ始めて、んで視聴者も増えてったんだっけ……。……オイちょっとしんみりしちまったじゃねーか!!」

 

「ふふ、面白い因果だな……ああ、そうだ。彼女たちが…チームフェリスが出来てから、学園は少しずつだが変わっていった。みんなが強く在ろうとして革命が起きた……その始まり、スマートファルコンならばやってくれる!!」

 

「頼むで…!!…ファルコンが落ち着いてゲートに入ってったわ……ん、いや!!両隣が……やられとるか!?フェブラリーステークスの逆や!!ファルコン自身が、周りの圧を弾いたか!!両隣のウマ娘が掛かっとるで!!」

 

「うおー!!すげぇ!?前のレースのマーチ並み……いや、それ以上か!?ファルコン自身がスタートを極めて来てやがるっ!!マーチ効果だ!!間違いねぇっ!!」

 

「行ける!!これならば!!今、最後のウマ娘がゲート入り完了した………始まるぞ、刮目せよ!!ドバイ最終戦ッ!!」

 

「ドバイワールドカップ………っ!スターっあああああああ!??!?!?」

 

「うおおおおおおおおおおおおお!?!?!?何やぁーーーーーーーーーっっ!?!?」

 

「何というスタートだッ!?ゲートが開き切る瞬間には3バ身は前に!?世界最速と表現してもいい……っ!!」

 

『始まる……』

『頼む…スタートミスるな…』

『頑張れファルコン…!』

『はじま は?』

『うお!?』

『おおおおおおお!?!?』

『やべええええええええ!!!!』

『行ったああああああああああああああ!!!』

『これは行った!!』

『大逃げだァーーーーーーーー!!!』

『出た!!!ファルコンの大逃げだ!!!!』

『ベルモントステークスの奇跡再び…!!』

『速すぎる……』

『他のウマ娘が走り出す前に5バ身はついたか!?』

『ゲートすり抜けてね?』

『マジヤバ(語彙消失)』

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

171 ぱかちゅーぶっ! ドバイワールドC 中編

 

 

 

 

 

「とんでもねぇスタートだぁーっ!!!これはファルコンのヤツやったぞ!!!加速も止まらねぇ!!大逃げだーーーっ!!!ブっ飛んでいきやがったぁ!!!」

 

「…っ、見ろ、タマモクロス……ファルコンの右の肩口……袖が破れている。信じられない事をしたぞ彼女は…!!」

 

「ああ……ゲートに肩を掠めてったんや!開いてくゲートにやぞ!?見てからの反応じゃ絶対無理やわ……とんっでもないもん見せてくれたわ!!だがぶつかっとらん!!加速に陰りはないっ!!そのまま行ってまえファルコンっ!!!」

 

「スタートして200m、もう後ろとは15バ身以上ついてやがるーっ!!行ってくれ!!行ってくれよ!!!……ただ無理だけはすんなよ無理だけは……!!そのまま、無事に最後まで走り抜けろよファルコン……!!」

 

『いけーっ!!ファルコンー!!』

『すっげぇ加速』

『ベルモントステークス以上か?』

『とんでもねぇ速度だ』

『今回は400m短いから行ける!』

『行ってほしい!!』

『肩の服破れてる?』

『うわマジだ』

『袖が飛び散ってる…』

『物理的にゲート擦りした…ってコト!?』

『どうやったら開いていくゲートに肩掠められんの?』

『ぶつかってない?大丈夫』

『ぶつかってたらあの加速は出来んやろ』

『ヤバ…』

『ゴルシが祈っておる』

『ゴルシはスピカだからな…』

『沈黙の日曜日を経験してるから…』

『ああそっか』

『でもファルコンなら行ける!行ってくれ!!』

 

「圧倒的なスタートダッシュですでに20バ身は後続集団と差がついたか……まだ200mと言ったところなのにこれは異常だな!しかしそのちょうど間のあたりにマジェスティックプリンスが位置している…!彼女だけはファルコンとの距離を空けまいという判断か!」

 

「一回逃げ切られてる経験があるもんな、距離は空けたくないところやろマジェプリにとっては…それに、アイツの領域は効果範囲が極大とはいえ、このまま逃げられたら前みたいに範囲外に行かれる可能性もあり…って所……だと思うんやけどな、判断としては。ただあの顔はなんや…?」

 

「ファルコンへ思いっきりガン飛ばしてるぜっ!!流石に全員が狙ってやがんなぁ!!そんでもってまず最初のコーナーに入って行くっ!!ファルコンまだまだ独走状態だー……だあああああああああああ!?!?」

 

「ッ……それを成すかスマートファルコンッ!?私があの後、どれほど練習してもできなかった彼女の走りを!?この土壇場で!?なんという……っ!!恐怖はないのか!?」

 

「ありゃ本家本元のサンデートレーナーの…サンデーサイレンスの走りや!!現役時代の内ラチを削る様なコーナリング!!!ファルコンのヤツ限界までタイムを縮めにいっとんぞぉ!?クッソ、一度あれ見た身としてはマジで震えるなぁあの角度!!頭のネジぶっとんどるで!!!」

 

『マジェプリだけがついていく!』

『ファルコンの強さを誰よりも味わったウマ娘だからな…』

『そりゃ来るってもんよ』

『だがファルコンなら逃げ切ってくれる!』

『うわああああああ?!?!』

『出たァーーーー!!!』

『サンデーサイレンスのコーナーだ!!』

『ひえぇ……コワイ……』

『見てるだけで恐怖だなアレ』

『左の袖も破れちゃった』

『ファン感謝祭のトレーナーズカップで見た』

『何度見ても恐怖しかない』

『頭ぶつけんなよ…ぶつけんなよ…!』

『あの距離で全力疾走っておかしくない?』

『体幹極まるとああなるのか……怖…』

 

「ちくしょー頭おかしくなるぜぇっ!!あれは後ろから見てると本気で怖いんだよ!!頼むから転ぶなよ!!んでもって後続もコーナーに……ウワーーーーーっ!!マジェプリまでやりやがったぁ!!!」

 

「君もやるのか…いや、やるか!!確かにベルモントステークスでもジャパンカップでもフェリスコーナリングを見せてはいたが、ここに来てファルコンに負けまいと決死の覚悟で飛び込んでいったっ!!コーナーは互角!!」

 

「距離が開きもせんが詰まりもせんわ!!コーナーを前二人がぶっ飛ばしていくで!!後続は相当距離が作られた…二人の大逃げになるか!?……でもって500m地点!!マジェプリの領域が来るッ……な、なんやアレ!?!?」

 

「うおおおお!?!?マジェプリの野郎、領域が進化してやがるッ!!ドーム状じゃない、幾つもの赤い翼が背中から生えてきやがったッッ!!とんでもねぇ圧を感じるぜ……!!」

 

「領域の密度を高めて来たのか!?16枚の羽根…が、自在に伸びて動くっ!!すべてのウマ娘を取り込むつもりか、マジェスティックプリンス!!あれは抵抗が厳しい!!何という常識外れな領域だよ…!!」

 

『マジェプリも突っ込んでったー!!』

『お前までやるのかよぉ!?』

『ファルコンに出来て自分にできないことはない……ってコト!?』

『元々SSの教え子だからできるのか…』

『いや教え子云々で出来る技術じゃないでしょ』

『クソ度胸…』

『え』

『あ?』

『うわ何か……ぼんやり翼見える何あれコワイ』

『これが領域…?』

『こんなものを見ながらウマ娘は走ってたのか!?』

『誰の目にも映る領域なのか…』

『ブラックベルーガちゃんとかブロワイエとかファルコンの領域もちらっと見えてた』

『世界最強格のウマ娘の領域は眼に見える』

『シンザンの大ナタを思い出すな…』

『翼がすっげぇ動く!!』

『後続が取り込まれてる……えぐい!!』

『これが王子のやることかよぉ!?』

 

「こーれ後方集団は全員やられとるわ!!なんつー重さや……あれに抵抗するのはかなりきつい!!ぐっと脚色衰えたで……!」

 

「これは……気力すら奪っている!速度もスタミナもだが、牽制が打てなくなるか…?そうなればスマートファルコンには有利にも働くぞ!!集団からの牽制が弱まる!!だがファルコン自身にも領域が……っ、何たる抵抗力だスマートファルコン!!」

 

「とんでもねぇぞファルコン!?あの領域を引き千切りやがったー!!!速度か圧か…もう見てる側も信じらんねーぜ!!そして1000mを今通過!!ファルコンも領域に突入してっ………57秒3だとぉ!?」

 

「っ……凄まじいタイムや!!!かつて、スズカが芝の天皇賞で見せたタイムを超えとるっ!!ダートやぞ!?頭おかしくなるで!!そしてファルコンがさらに領域でぶっ飛んでいく!!!まだまだいけるでっ!!」

 

「ああ…ダート1000mのレースの日本記録が確か56秒9だ、それに迫るほどの速度で……しかし残り1000mを走り抜けられるのか……行けるかファルコン!?行ってくれるか!?後続からの牽制は来ない!!」

 

「最終コーナーに向かっていくところでなんとマジェプリが一気に加速して仕掛けてきやがったぁ!!!こりゃ領域で奪った速度も乗ってやがるぞ!?領域で加速したファルコンと距離を詰めるほどぶっ飛んできやがるっ!!」

 

『うおー!?何が起きてんだー!?』

『ファルコンが脚色衰えない!』

『もう牽制効かないんじゃないかファル子』

『ヴィイちゃんかライアンみたいでやんした…』

『ファルコンも領域入った!!』

『出たな砂塵の王』

『砂煙がすごい!!』

『ぶっ飛んでったー!!』

『マジェプリもぶっとんでったー!?』

『うわすげぇマジェプリが迫る!!』

『掛かったか!?』

『確信をもった顔ですねぇ!!』

『ここで距離開けられてベルモントステークスでは負けてるからな』

『学んだかマジェプリ』

『砂の隼はゴールまで減速しねぇんだ!』

『うわーでもめっちゃ迫る!!迫る!!』

『後続との差がもう数えきれない…』

『コーナー前でもう相当縮まったか!?』

『ファルコン負けるなーっ!!いけーっ!!!』

 

「最終コーナーに入る…完全に二人のマッチレースとなった!!1バ身程度の差で、コーナーに突っ込んでいく!!またしてもサンデーサイレンスのコーナリングだ!!」

 

「まだお互い速度が落ちねぇぜ!?いつ息入れるんだよお前らぁ!?逆噴射だけはすんなよ!!無事に走り抜けろよ二人とも……!!」

 

「くっ、距離が離れんわ……アカンな、あの位置取りだとマジェプリが上手くファルコンを風よけに使っとる!!スリップストリームや!!これコーナー出口でわからんぞ!?体力が残ってる方が勝つか!?残り─────400mっっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────ゼロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────ッ来た!!!ファルコンが来たっ!!!あの感覚に至ったッ!!!」

 

「っしゃそのまま行けーっ!!行っちまえファルコンっ!!!」

 

「負けんなやぁ!!意地を見せ──────」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────ゼロ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───────な、んだとッッ!?マジェスティックプリンスまでもがあの感覚に……ッ!?!?」

 

「んだとぉ!?クッソ鳥肌が止まらねぇ!!!マジェプリも来やがった!!領域を超えた領域同士の戦いだ!!!」

 

「きよったか!!!ファルコンの独走を許してはくれんかマジェプリィ!!!デッドヒートのラストスパートや!!お互い一歩も譲らんっ!!加速し続けとるっ!!!限界バトルや!!!」

 

『うわー!!とんでもねぇことになったー!!』

『なんであのコーナーからさらに加速してるんですかねぇ!?』

『行けーーーーーっ!!ファルコーン!!!』

『ファル子勝てえええええええええ!!!』

『チームJAPANグランドスラム見せてくれえええええええええええ!!!』

『勝ってくれ…!!』

『マジェプリも覚醒した!?』

『今度はマジェプリもついていく!!』

『すげえええええええええええええええええ!!』

『頼む行けーーーーーーーっ!!!』

『激戦だ!!どっちだ!?』

『行けーっ!!砂の隼ーーーーっ!!』

『ファルコン行けえええええええ!!!!』

『逃げ切れえええええええええ』

『頼む!!』

『ウオオオオオオオオオ!!!』

『激熱の展開!!!』

『勝ってくれえええええええええええええええ!!!』

 

「共に止まらんッ!!激走だ!!僅かにファルコンが前だがじわじわと距離が詰まって行く…!!残り300m!!」

 

「行けーーーーーーーーっ!!行ってくれファルコン!!!革命世代の奇跡を見せてくれーーーーっ!!!」

 

「残り200m!!もうほぼほぼ並んどる!!粘れやファルコン!!!もうちっとなんや……頼む!!行け!!抜けろ!!」

 

「ッ……並んだ!!残り100ッ────────ッッ!?!?体勢が崩れたっ!?だが粘るっ!!行ってくれっ!!!スマートファルコン、行けっ……!!」

 

「限界になっちまったか!?でも逆噴射してねぇ!!!フォーム崩れても走って……笑ってやがる!?」

 

「マジェプリもや!!ここに来たらもう意地の張り合いや!!行けっ、行けェーーーーーーーー!!!!勝てェェェェ!!!!!」

 

『止まらない加速!!』

『どっちも限界超えてる!!』

『うわあああああああああ頼むううううううううう!!』

『行ける!!粘れ!!』

『ファルコン行けえええええええ!!!』

『!?』

『限界!?』

『いけええええええええええええええ!!』

『うおおおおおおお!!!』

『勝て!!』

『マジェプリも一瞬脚止まった!?』

『必死だ!!』

『勝てええええええええええええ!!』

『頼むお願い!!』

『走れええええええええええええええ!!!』

『負けるなあああああああああ』

『いけええええええええええ』

『行けえええええ!!!』

『勝ってくれえええええええええええええ!!!』

『いっけぇーーーーーー!!!』

『走れええええ!!』

『ファルコオオオオオオオオオオオオオオオン!!!』

『うわああああああああああああ』

『あああああああああああああああああああああああああ』

『おおおおおおおおおおおおお!!!』

『勝て!!!』

『行けーーーーーーっ!!!』

『行けええええええええええええええええええええ!!!』

 

 

「……今っ、ゴーーーーールッッ!!!二人がほぼ揃ってゴールを越え……っとぉ!?ぶっ倒れやがったぜ!?限界超えてねーか!?」

 

「なんたる走り…全てを絞り出したか!!間違いなく踏み込んではいけないところまで踏み込んでしまっていた……!!くっ、ゴールしてから心配するのも遅いが、脚は大丈夫か!?折れているなよ……!?」

 

「倒れ方がもう、力が入らないって感じの脱力した感じやで……呼吸は出来とるが、脚……平気か?二人とも……」

 

「……カメラもうちっと寄れ!くっ、ここからみりゃ明らかな骨折とかはなさそうだけどよ……わからねぇぜ……とりあえず後続に踏まれることなく今全員がゴールしたぜ」

 

「………立華さんが、来ていない。あの人が骨折などの大きな怪我を見逃すものか。もしどちらかの脚に故障でもあれば、全員がゴールしたこの瞬間に飛び込んできているだろう。緊急事態以外は、着順の確定が出るまではコースに誰も入ってはいけないからな。特に今回は世界の祭典の、最終戦だ……順位が確定するまでは見守るしかない……」

 

「無事であってくれやマジで…ファルコンもマジェプリも……」

 

『決着!!』

『ゴールした!!』

『くあーーーーどっちだ今の!?』

『マジで並んでたな…』

『ドバイターフ並みの接戦だった』

『どっちも最後の100m意地で走ってたな……』

『何度も転びそうになりながらがむしゃらって感じだったね…』

『とにかく前に進んで速度を落とさなかったな……』

『脚無事…?』

『スタートからゴールまで減速しないで駆け抜けたレースはじめて見た』

『猫トレが来てないなら無事だな!ヨシ!!』

『そう信じたい…』

『マーチの時は着順確定前でもヤバいから飛び込んできてたしね』

『猫トレ……お前の眼を信じてるぞ…』

『どっちが勝った……?』

『マジでこれどっちだ…?』

『二人ともラチに体擦ってきたからぼろぼろだな……』

『全てを振り絞った熱戦だった』

『タイムやばない?』

『これでレコードじゃなかったら嘘だよ』

 

「流石に……興奮しすぎて、タイムは正確には分からなかったな……しかし、すぐに出るはずだ。計測機器は我々のようにテンションは上がらないからな」

 

「おー……勝敗はどう考えても写真判定だろうな……いやマジで勝っててほしいぜここまで来たら…!!」

 

「だーぁ………マジで、見てる方も疲れたわ。3000m走った方がまだマシやぞこの疲労感………お!!掲示板にタイムが────────は?」

 

「────────あ?」

 

「────────何、だと?」

 

『ドキドキの瞬間』

『またしても世界を超えてしまうのか』

『あの走りでやれないはずがあるものか…』

『お』

『出た!!』

『うおー!!レコード』

『は?』

『え?』

『これ世界レコードだ!!』

『うおおおおおおおおおおお!?!?!』

『は!?!?』

『マジかよ!?芝2000mの世界レコードタイ!?』

『は!?1??!!』

『あだsだs!?_』

『嘘だろ!?!?!?!』

『うおおおおお?!?!?!?』

『はぁ!?1?!?!!??』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

172 ぱかちゅーぶっ! ドバイワールドC 後編

 

 

 

 

 

 

「……世界レコードや!!これはダート2000mの世界レコードを超えて……っ、解説の言う通り!!これは芝の2000m世界レコードと並んどるッ!!!ぶったまげたわ!!!」

 

「何という記録だ……!!ああ、ファルコンが世界のダートの頂点に立ったのだ…!!このレコードは不滅だろうっ……くっ、駄目だ、涙が溢れてっ……うあぁ…っ……ファルコン……っ!!」

 

「やべーぜ……!!マジでヤベーって!!!そんな、ありえねー記録が生まれちまった!!!芝とダートの違いがあるのに、それすら超えてっ……ファルコン、お前はすげーよ……!!ほんとにスゲー…!!くぅっ……!!」

 

「あほー!!二人が泣くからウチも泣いてまうやろ!!まだ勝敗はでとらんのや!!祈りは止めるなや!!コメ欄も……って、コメ欄回線死んどるやんけ……」

 

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

 

「……あ、マジ?くそ……ファルコンが世界で走る時はいっつもこうだなぁ……くっ、ホント、言葉にならねぇ……でも、判定はまだ出ねーか………レース場も、みんな見守ってるぜ………静かだ……」

 

「ああ………誰もが、世界中の誰もがこのレースの、ドバイの決着を見守っているのだ……ぐすっ…祈る様に、全員が………」

 

「………静かやな………レース場全体が止まっとるかのようや………二人が仰向けで呼吸してるのだけが、映像に……………どっちや………?」

 

「……………………………」

 

「……………………………まだか……?」

 

「……………………………」

 

「……………………………」

 

「………………長い…………………」

 

「……………………………」

 

「……………………………」

 

「……………………………」

 

「……………………………」

 

 

「……………………………」

 

 

 

「……………………………」

 

 

 

 

「……………………………」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………………………あっ」

 

 

 

 

 

 

「っ、今……ファルコンが、動いた!手をゆっくり……っ!!空、に……!」

 

「…開いた!大きく、5本指!!」

 

「そしてガッツポーズや!!逆光に……これは、勝ったんか!?掲示板ッ──────」

 

 

 

 

 

「───────来た!!!!!」

 

 

 

 

 

「……勝ったッ!!!ファルコンが……勝った!!勝ったぁ……やった…!!やった、ぁ……う、うわぁぁぁん……!!ああぁぁ……!!」

 

 

「うおーーーーーーーー!!!勝ったで!!チームJAPAN、全勝やぁぁぁぁ!!ああ……うぅぅぅ~~……やっだぁぁ~~~……!!」

 

 

「だぁー!!やった!!やった、やった……!!革命世代が、あいつらっ、やってくれたぜぇぇ……!!やったよぉ~……!!」

 

 

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『』

『はーてぇてぇ』

『コメントできない』

『お』

『お?』

『もどた』

『え』

『復活した?』

『コメント復活』

『回線さん無茶しやがって……』

『三人が号泣しながら抱きしめあってる尊みで心臓止まってたわ』

『もう叫んだわマジで』

『渋谷のライブカメラ見てたけど超大絶叫』

『マンション全部屋から叫び声上がってて芝』

『画面の向こうが尊みに溢れてるんだが?』

『タマ…いっぱい泣いていいんだ』

『なんや』

『会長の号泣切り抜きがまた増えてしまうな…』

『JKであることを思い出す泣き顔』

『寮とかも全員号泣だろうな』

『日本中が涙よ』

『ハナ差、決着。』

『勝ったなぁ……マジで』

『これにてグランドスラムよ!!』

『チームJAPANが伝説を生んだ』

『いやー……今夜の事一生忘れないだろうなこれ』

『いい夢を見させてもらった……』

『だがこの夢は現実だ』

『めでたい!!』

 

「うぅ~……!!もうこんな、言葉に表せてたまるか、この気持ちを……!!日本が、トレセン学園の生徒が世界に勝ったのだ…!!何よりも、見たかった光景が……ここにあるのだ…!!」

 

「あー…!興奮して視聴者サービスシーンになっちまったぜぇ!!いやーめでたい!!勝ったな!!やった!!」

 

「あーもう、ホンマ最後までありがとうとしか言えんわ……ほれルドルフ、ゴルシ!!ティッシュや!!涙拭って鼻噛んできっちり最後まで解説するで!!」

 

「ああ、そうだな……最後まで見届けよう。……っ、っ………すぅー……」

 

 

「「「ずびびーーーーーー!!!」」」

 

 

『芝』

『クッソ芝』

『トリプル鼻かみで本日一番爆笑した』

『号泣してから爆笑して死にそうになったが!?』

『これだからトレセンはよぉ!!』

『いいよね…』

『いい…』

『もう誰にも遠慮しなくていいぞ』

『腹痛い』

『画面の向こうでは猫トレが飛び出してきてたね』

『真っ先に駆け寄ってたな』

『ウマ娘並みの全力疾走でやんした……』

『ファルコンの脚を診察しとる』

 

「……っふぅ!!すっきりしたぜ!さて、とりあえず……ドバイワールドカップ!!ファルコンのハナ差勝利だ!!チームJAPAN全勝だぜェーーー!!やったーーー!!!やりやがったぁアイツらーーーーっ!!!」

 

「ああ、夢を魅せてくれたな……そして画面の向こうだが、どうやらコメント欄が言う通り、立華さんやチームフェリスの皆……いや、チームJAPANの皆が飛び出していったようだ」

 

「マジェプリの方にもオベとイージーゴア、アメリカのウマ娘達が向かったようやな……まずは診察しとるようや。脚は大丈夫だったか…?ヤバけりゃ猫トレの事や、担架持って来るやろうけど……」

 

「……ファルコンの脚を見終わったか?画面越しだからあれだけど、表情見る限りはやっちまった感じじゃねぇな!フェブラリーステークスん時の顔と比べれば、笑顔が見えてるぜ!」

 

「そのようだ。そして…立華さんはマジェスティックプリンスの脚も見ている様だ。流石だな、あの人らしい……あっちも、大丈夫だったかな?立華さんが何か話しかけて、イージーゴアが胸をなでおろしている」

 

「そう願いたいで……あれだけの走り、正直脚が壊れてない方が奇跡やったが……成った、と信じたいわ。しばらくは体動かせんほどの筋肉疲労やろうけどなぁ」

 

『猫トレ診察!』

『猫トレの顔がマジもマジだ』

『ホープフルステークスでも見た顔』

『あれだけの走りだったからな…』

『でも周りの子達笑顔浮かべた』

『無事だったか?』

『デカいケガはなさそうね』

『そう信じたい』

『よかったマジで…』

『マジェプリの脚まで見る猫トレ』

『随分親しいらしいからな』

『ゴアたちの信頼も得てるのか猫トレ』

『猫トレだからな』

『あっちも無事か?』

『っぽいかな?』

『よかったよ…』

『ホントよかった』

『ケガだけは悲しみしか生まないからな』

『マジェプリもライバルだったとはいえ素晴らしい走りだった』

『ハナ差だからマジェプリも世界レコードだしな』

『砂の上の最強の二人か』

『僅かな差でしかないからねぇ』

『マジェプリおつよぉい』

『次はどうなるかわからんなもう』

『やっぱりレースはライバルがいた方が ええ!』

 

「ん、診察は終わったみてーだけどやっぱ、二人とも体も起こせないほどの疲労っぽいぜ。立てる感じがしねぇなありゃ…」

 

「脚だけと言わず、全身の使える筋肉をすべて使い果たしたのだろうな……最後の100m、乱れた走りがそれを表している。それでも減速せず、そして脚が無事だったことはまさしく奇跡か……最終直線400m、永遠に語り継がれるな。奇跡の400mだった」

 

「やんな。…っと、イージーゴアがマジェプリを起こして……あっははは!!米俵でも担ぐみたいに肩に抱え上げたで!!もうちょっと労わったれや!!」

 

『雑ゥ!』

『マジェプリも相当身長高いのに子供のように担ぎ上げるゴアのフィジカルよ』

『ビッグなウマ娘だからな』

『抵抗したくても力尽きてできないマジェプリで芝』

『片手で担ぎ上げてるのすごい力だ』

『お、んで握手だ』

『猫トレと握手してるね』

『シェイクハンドは友愛の証よ』

『!?』

『おっ!!!』

『むっ!』

『こーれクソボケきたなぁ!!』

『いやまだ普通』

 

「おー、イージーゴアがマジェプリ抱えながら猫トレをハグしたぜー!!握手から流れる様なハグだ!」

 

「ふむ……まぁ、アメリカでは一般的なボディランゲージの一つだからね、目くじらを立てるほどでもないだろう。立華さんも自然と腰に手を廻して………いや、なんだか慣れてるなあの人……」

 

「以前アメリカにも遠征しとったし、今はサンデートレーナーがチームで一緒やから慣れてんのやろ。ええ光景やんか、他国のウマ娘やトレーナーとも仲良くなる。遠征の醍醐味やんな……そんで、ファルコンはフラッシュとアイネスが体を起こしてやっとるが……歩けるか?いや、厳しいか…?」

 

「ベルモントステークスの時はギリギリなんとか、両方から肩貸されて歩けてたくらいだったけど今回は厳しいか?ウイニングランが……お、おお?おおおおお??あっはっはっはっは!!!やーりやがったぁ!!!」

 

「やったな立華さん…!ファルコンを、なんと羨ましい、お姫様抱っこだと…!?見せつけてくれる……!!」

 

「はー!!!ドバイまで婚活会場にするんかあの人は!!!このクソボケがーーーーーっ!!しかもそのままウイニングランに入りよった!!!かー!!アホや!!あの人ドアホや!!!他のウマ娘にでも小内トレーナーにでも背負わせたらええやろが!!」

 

『クソボケラッシュ入りましたー!!』

『こーれだから猫トレはよぉ!!』

『微笑んでからのお姫様抱っこはずるい!!』

『私もしてほしいいいいいい!!』

『一般ウマ娘来たな…』

『こーれクソボケ決めてますわ』

『最後の最後で来たな…』

『タマが荒ぶっておられる…』

『ルドルフの尻尾が揺れまくってるの芝なんだわ』

『羨ましいって言ったね会長?』

『あっ(察し)』

『もしもしクソボケ?』

『罪深きはクソボケよ…』

『お姫様抱っこしたままウイニングランするんか!?』

『行きやがった!!アイツ行きやがった!!』

『頭がフットーしちゃうよぉ…!』

『ファルコンが顔真っ赤で芝』

『もんのすっごい歓声で更に芝』

『こういうことするよな猫トレはよぉ…!!』

 

「まったくやってくれやがる!!あっはっは、流石猫トレだわ!!しっかしウイニングランは大盛況だぜっ!!観客みんなが奇跡を祝福してくれてるぜぇー!!」

 

「いや……見ている側も、やる側も、やられる側も、あれは一生忘れないだろうな……本当に、まったくあの人は……」

 

「ん、サンデートレーナーが猫トレの指示で観客席に行ったな?あー……ご家族呼んどるのか。沖野トレーナーがインタビュー席に先に向かって…椅子でも準備させとるのかな?南坂トレーナーは担架抱えとるからインタビュー終わったらあれで運ぶ、と……いや、流石やな猫トレ。お姫様抱っこしながらでもやっぱ出す指示は的確やなあの人」

 

『クソボケな所と有能な所を見せつける猫トレ概念』

『そういうとこだぞ』

『そういう所在るからファンが増えるんだぞお前』

『ファルコンは流石に疲労困憊だな…手も振る力はないか』

『笑顔だけで十分だ』

『本当によくやったよ…』

『よく猫トレの腕の中で休むんだぞ…』

『チームJAPANみんなで歩くウイニングラン』

『これくらいは許されていい』

『空前絶後の結果をたたき出してるからな…』

『ファル子の代わりにみんなが良く手を振ってくれておる』

『みんなのレースが凄かった!!』

『ホント最初から最後まで奇跡のレースだったな…』

『よく勝ったよ…』

『この光景一生忘れない』

 

「……ん、お姫様抱っこのウイニングランも終わりだぜー。何気にウマ娘一人抱えて1000m近く歩いたなー猫トレ……鍛えてんなぁ」

 

「ファルコンは身長がそこまで大きい方ではないが、それでも各関節に負担が出来る限り行かない様に、しっかりと抱えていたな。流石は立華さんだ、ウマ娘の扱いが分かっている………いいなぁ……」

 

「小声でも聞こえとるでルドルフ。…さて、ほんでもってインタビューやな。インタビュー席には猫トレがそのままファルコンを抱えてって……会場には椅子が準備されとるな。ご両親も来とるで」

 

『猫トレのクソボケがドバイの最後に来るとは思ってなかったよね』

『世界に通じるクソボケ』

『インタビュー会場画面きたな』

『ファルコンの太腿の上にオニャンコポン乗ってる』

『偉い』

『下種な勘ぐりじゃなく勝負服で座るとたまにスカート翻るからな…』

『オニャンコポンブロック!』

『ご両親もいらっしゃったな』

『お母様ウマ娘ではないのね』

『優しそうな感じ』

 

 

『記者「言葉に表せないほどに素晴らしいレースだった。走り終えた感想は?」→猫トレ「全部翻訳します」→ファル子「すべてに有難うを伝えたい。このレースを走り切れたのは、ここまで想いを繋いでくれたチームJAPANのみんなと、応援してくれた両親や日本のみんなと、そして最後まで勝ちたかった最高のライバルがいてくれたからこそ。最後は限界を超えて、もう何もわからなくなっていたけど、それでも、勝ちたいと思って全てを振り絞った。みんなの記憶に今日の走りが刻まれていたら嬉しい」』

『有難う…』

『こちらこそ感謝やで』

『忘れられるわけがない』

『奇跡の夜の最後のレース最高だったぞ…』

『もうすでにこのコメントで涙零れてくる』

『今日だけでどんだけ泣いたか分からん』

『ご両親もハンカチで涙拭っておる』

『これほどの走りを見せたからな……』

『間違いなく不滅の記録ですよ今日のは』

 

「忘れられるものか……ああ、すっかりと脳が焼かれてしまったよ。本当によくやってくれた、ファルコン。勿論これまでのチームJAPANのみんなも」

 

「最終コーナーから先はマジェプリがどこまでも競り合っとったからなぁ……お互いに勝ちたいと思ってどこまでも脚を緩めんかった。その結果があの最後の100mで、不滅のタイムや」

 

「マジで今日の5連戦は応援してるだけでも疲れたぜぇ……全部が見どころ、全部が名勝負だったな。なんかよー、興奮しすぎて眠れねーかもとか思ってたけど、グランドスラム達成して、こう、ほっとしたらどっと疲れて来たぜアタシは。勿論最後まできっちり放送すっけどよ。今夜はよく眠れそうだぜ……」

 

『記者「トレーナーさんからは?」→猫トレ「今日の全てのレースが忘れられるはずもなく、そしてファルコンの走りをきっといつまでも自分は覚えているだろう。世界の誰よりも速く砂を駆けた彼女を、みんな褒めてやってほしい。そして、今日という奇跡を成したチームJAPANのみんなを、同じくレースに参加した全員を、心から労わってやってほしい。……ただ、一点だけ。今日のファルコンとマジェスティックプリンスの走りは、特に最後の100mは完全に限界を超えていたから、誰も真似しない様に。今、脚が砕けていないのが奇跡。無茶をしたことだけはこの後しっかり指導します」→ファル子「しゃい…☆」』

『猫トレも熱く語るな…』

『ファルコンだけじゃなくチームJAPANだけじゃなくレース走った全員を讃えるのは流石猫トレ』

『そらもうこんな素晴らしいレースを見せてくれて感謝よ』

『グランドスラム達成もしたけどレース自体も熱かったし走ったみんな偉い』

『海外の子達も今後レース見るかな…ってファンになった』

『あーやっぱ最後の100mは限界超えてたのか…』

『猫トレがここまで言うほどだからよっぽどだぞ』

『そもそも残り400m地点で逆噴射してねぇのがおかしい』

『1000m地点で57秒3だからその後ほぼ同じタイムで駆け抜けてるのマジでおかしい』

『スタートダッシュの時点からおかしかったぞ』

『真似……する……?』

『出来るわけがないッ!!』

 

「あー…一応解説しとくか。真似すんなってのは走る速さとかそういう所じゃねぇからな?あんな速さはアタシらだって今はだせねーよ。戦法とかは置いといて……猫トレが強調したいのは、ヤバいと思ったら無理すんな、って話のほうな」

 

「だな……私達もサブトレーナー資格を持っているから、脚というものがどれほど貴重で脆い物か、壊れたら取り返しがつかないかを理解している。ファルコンとマジェスティックプリンスの走りの、最後100mは……本当は踏み込んではいけない限界頂点だった。折れていないのが奇跡、という立華さんの言葉の通りだ。そうなったらまず、脚を緩める。本当はそうしなければならなかった……」

 

「勝ちたいって気持ちもわかるし、奇跡の夜の最終戦やからあんまり野暮なことも言いたくないんやがな?あの状況で全力で走ったらアカンわ。そこまでマジェプリがファルコンを追い詰めたってことでもあるんやがな……全く、ホンマに信じられんレースだったわ改めて」

 

『記者「ご両親からは?」→父「語れるほどの言葉が出てこない。ただ、いつの間にか娘が強く成長していたことの喜びと、勝ってくれたことの喜びで心がいっぱい。ここまで強くしてくれた立華トレーナーと、娘を育ててくれたトレセン学園と、応援してくださった皆様に心から感謝を」→母「娘が逞しくなってくれていたことが誇らしく……本当に、胸がいっぱいで言葉が出てこない。ただ、嬉しい。立華トレーナーが娘を見初めてくれて、本当によかった。これからも娘をお願いいたします」→猫トレ「勿論です。責任はしっかりとりますので」→ファル子(顔真っ赤)→オニャ「ニャー…」』

『ご両親もよく泣いておる』

『そりゃあ胸がいっぱいでしょうよ…』

『分かるよ…』

『俺らもファンとして胸がいっぱいだからよ……』

『お母様が掛かり気味では?俺は訝しんだ』

『あっ』

『クソボケいっちょー!』

『クソボケ入りましたーっ!』

『ファルコンが乙女の顔してるでしょ!』

『こーれクソボケですわ』

『絶対言葉の意味深く考えてないぞ』

『(トレーナーとしての)責任とります』

『(無事に脚を完治させて)責任取ります』

『オニャンコポンも呆れておる』

『オニャンコポン人の言葉わかってない?』

『そんなわけないやろ』

 

「猫トレは最後まで猫トレだったな…言葉選びをこう、もっとよぉ!アタシらウマ娘の耳に優しいそれにしろよなぁ!?」

 

「…素の、天然であれだからな。何というか、一周回って最近はあれがチャームポイントに思えて来たよ。彼らしいよ、うん」

 

「わかりみ深い顔で頷いとるがクソボケかますのは基本的に悪癖やからな?ウチはいつでもツッコむからな??」

 

『記者「最後に一言」→ファル子「応援、ありがとー☆!Thank you for your support☆!」→猫トレ「夢のような一日だった。永遠に語り継がれる革命世代の、チームJAPANの奮闘を、ここまで応援してくれたファンの皆様、ありがとうございました。この後のライブも、お時間が許されればぜひご覧ください」』

『うおー!!おめでとうー!!』

『おめでとうファルコン!おめでとうチームJAPAN!!』

『本当に最高のレースをありがとう!!』

『一晩中応援しちまった……めっちゃ心地よい疲労だ』

『本当に最高のレースだったなぁ……』

『この後のライブもしっかり見るからなぁ…!!』

『ライブがあるんだっけそういや』

『レースが激熱すぎてすっかり忘れてた』

『どんなふうになるんだっけ?』

『ウイニングライブとは違うのか?』

 

「うおー!!ホンットーによくやったぜお前らぁ!!実況してたアタシらも感無量だぜっ!!」

 

「本当に、心から有難う…!トレセン生徒会長として、これほど嬉しい夜はない…!!君達の凱旋を学園を挙げて祝わせてもらうよ…!!」

 

「ええもん見せてくれた……いやホンマ、今日の解説に呼ばれて光栄ってレベルや。いい想い出になったわ。んでこの後は少し間が空いてウイニングライブやな」

 

「あー、一応説明すっとこの生放送はライブまでは放送しねーぜー。楽曲の権利とか色々あるもんでよー。みんなそれぞれ自分の家で見てくれよなっ!!で、ドバイワールドカップミーティングでのライブだけど、これは世界中からウマ娘の集まる祭典だから、普通のトゥインクルシリーズのレースとはだいぶ仕組みが違うぜっ!!」

 

「それぞれのレースの上位3名…となると、歌う曲や言語の壁もあり、またレース進行の都合もあるから、そういう形ではやらないのだ。各国のウマ娘達の成績でポイントが振られて、その合計値で順番に国ごとにライブを1曲ずつ披露する……という形だな。参加人数の少ない国はある程度まとめてライブを披露することもある*1

 

「ポイントの高い国がトリに回されるんやで。当然やが日本がグランドスラム達成しとるから、うちらチームJAPANのライブは一番最後や!!そこまでは起きておこうやみんなっ!!」

 

「おうよ!!このぱか生もその前に終わって、片付けして、寮に戻ってライブ見たら寝れば明日のレースにも間に合うように起きられるだろー多分!!あ、眠いやつとか明日用事あるやつはちゃんと寝ろな!!その辺は無理しちゃだめだぜ!!この放送を見てる猫トレ達もきっとそう願ってると思うぜー!!」

 

『チームJAPANのライブ見れない奴いる!?』

『いねぇよなぁ!?』

『いるんだよなぁ!(5時間後仕事)』

『いるんだよなぁ……(明日レース)』

『いや寝て』

『寝る人は寝るんだ』

『ここで無茶して事故でも起きたらチームJAPANに申し訳ないから無理しちゃダメよ』

『寝よう…楽しかったけど応援しすぎて疲れたからよく寝れそう』

『ウオダスもちゃんと寝たかな?』

『興奮冷めやらぬ寮内だからどうなるかわからん…』

『ツボ押したら一瞬で寝たよ。効果すごいよこれ@ミラクル奇術師』

『フジキセキもようツボ押しとる』

『一瞬…?』

『それなんか押しちゃいけないツボじゃない大丈夫?』

『猫トレを信じろ…!』

『ゴルシのも押してやれ』

『なんか祭りが終わる雰囲気だ……』

『終わっちまったのか…ドバイ』

『寂しくなってきた』

『ここまで生放送ありがとう3人とも』

『ここの応援実況最高だった』

 

「ああ、この辺でぱかちゅーぶも終わりだぜー。いやぁー……ホンット!!激熱の夜だったぜぇ!!かなり長時間の放送になったけど付き合ってくれてサンキューな会長!!タマちゃんパイセン!!愛してるぜー!!」

 

「ふふ、こちらこそ……これほどの奇跡の目撃者に成れたことを幸運と思っているよ。呼んでくれてありがとう、ゴールドシップ。実に刺激的な一夜だった」

 

「おー!!ゴルシもお疲れさんや!!準備とか放送関係のURAとの調整とか色々大変やったろー!ホンマようやってくれとるで……明日のレースは大丈夫なんか?現地入りするんやろ?ぱかちゅーぶ出来るんか?手伝おか?」

 

「安心しろーい!!現地から直接ぱか生やってやるぜぇー!!!でもそのためにちゃんと寝てちゃんと起きねーとな!!ウオッカもスカーレットもちゃんと寝かしつけてくれたらしいからよ、この辺でアタシらも〆と行こうぜ!!二人から最後になんか告知とかある?」

 

「む………そうだな、それでは一つだけ。えー、この放送を見ている中央トレセン学園のウマ娘の諸君へ。まず、今夜はライブまで見たらちゃんと寝よう。興奮して外に飛び出したりしない様に。ベルモントステークスの時とは違い深夜だからな。……そして、しっかり寝て起きたら、10時ごろに予定のないウマ娘は学園のグラウンドに集合だ!前と同じように、凱旋するチームJAPANの皆に向けて横断幕を作るぞ!!その裏で模擬レースも開きながら、みんなで存分に語りあおう!今宵の奇跡を!!」

 

「はっはっは!!やるなぁルドルフ!!せやな、横断幕も作らなあかんわ!ウチも参加するで!あ、ウチからは特に告知とかはないわ。ルドルフと同じで、学園生やコメ欄のアンタらも無理せずまずはよく休めっちゅう所やな。今日のレースも応援したってや!」

 

「おー、大阪杯も応援頼むぜーっ!!うっし!!そんじゃ〆るか!!今夜のぱかちゅーぶは!!ゴルシ様とーーー!?」

 

「シンボリルドルフと」

 

「タマモクロスでお送りしたで!!」

 

「そんじゃみんな、まったなー!!」

 

「皆様、よい眠りを。また会おう」

 

「お疲れちゃんやー!!」

 

『うおーお疲れええええええ』

『乙!』

『おつでしたー!』

『おつ!』

『02!』

『おつおつー』

『乙!』

『お疲れ様ー!!』

『ゴルシありがとー!!』

『会長もタマも長時間お疲れ様!』

『最高のぱか生だった!!』

『いやマジでこの生放送も伝説だわ』

『永久保存版だな…』

『タマの動き笑ったなー』

『猫トレからの連絡は吹いたわ』

『めっちゃ笑った』

『解説もしっかりしてたしホント楽しかった』

『もうどの掲示板もSNSもドバイの奇跡で盛り上がっとる』

『ウマッターのトレンドがチームJAPAN関係一色だよ』

『ドバイワールドカップってすげぇんだなぁ…』

『すげぇのは革命世代やろがい!』

『マジで全部勝利するとは思ってなかったよ』

『俺は信じてたがそれにしたって奇跡』

『圧勝とか完勝とかなくて全部が全部最高のレース過ぎた…』

『アイネスの世界最速1ハロンまた見れるとは思わなかった』

『ブラックベルーガちゃんも可愛かったね』

『ベルーガちゃん日本に来てくれねぇかな…』

『俺はウララの走りで号泣しましたよ』

『初咲のインタビューで涙腺破壊された』

ミサイルマンちゃんおっぱい大きかった…

『ここでNG※生やすなや!』

『ミサイルマンの三段ロケットはカッコよかったな』

『それにしたってドバイターフよ』

『最終戦まで終わって改めて思うけどあのレースが一番激戦だったな…』

『いや他のレースも激戦だったやろ』

『2着3人はマジでレース史上に残る決着』

『ヴィイちゃんの勝利が一番なんかぐっと来たかも』

『ヴィイちゃんのお尻ぺんぺんがずっと頭に残ってる』

『ササイルが世界最強に並んだのがマジですごい成長』

『ウィンキスがマジで強かったな…』

『あーれマジで怖かったな』

『これからもっと強くなるってマ?』

『ジャパンカップが怖いですね…』

『ブロワイエもジャパンカップにまたリベンジに来そうだ』

『革命世代ならやってくれる!』

『フラッシュのラスト3ハロンは脳焼かれたなぁ』

『あれは夢に出る』

『ライアンのマッスルも夢に出る』

『ライアンとブロワイエの競り合いもめっちゃカッコよかったな…』

『どちらも筋肉ウマ娘だからな…』

『ああいう走りもかっこいいよなぁ』

『んでもって最終戦よ』

『語りつくせない』

『マジェプリも本当に最後まで迫ったなぁ』

『マジェプリすこ……ウマ娘ですがファンになりました』

『マジェプリ女性ファン多そう』

『ファルコンが本当に最後まで止まらなかった』

『世界レコードは脳がバグるんよ』

『だが世界というならチームフェリスは全員ヤバイ』

『あのチーム頭おかしいよ(誉め言葉)』

『けどよぉ……それに肉薄した世界のウマ娘もライアン達もすげーぜ?』

『ってかそれ置いといても世界最強に勝利したヴィイ達がヤバイ』

『革命世代のこう、なんつーの?ライバルを前にしたときの無限のパワーヤバイ』

『あー駄目だ語り続けられる』

『生放送は終わってるからとっととフリチャに行くかそれぞれのSNSに戻ろう』

『語りだしたら眠気が飛んできちまった』

『お前たちもう寝なさい』

『本当に伝説の夜になったな…』

『寝て起きたら夢だったとかならないことを祈る』

『夢のようなレースだった』

『今日の大阪杯もいっぱい応援するぞー』

『大阪杯が波乱の予感(睡眠時間的に)』

『ウオダスも寝たし他の子も整えて来るやろ……多分……』

『明日の仕事行きたくない』

『もう今日なんだよなぁ……』

『日本のライブまであと何分?』

『セトリ見ると40分後くらい?』

『エナドリ決めよう』

『この時間にエナドリはヤバいって!』

『あーもうライブでまた泣くんだろうな』

『楽しみだ』

『これからも最高のレースを期待してるぜ……!』

 

 

 

 

 

 

 

*1
独自設定








これにてドバイ編完結です。


さて、以前活動報告でも零していた通り、ここから先はこの物語の終わりに向かい、ある程度時間経過をスムーズに進めていく予定です。
大体10~15話くらいでラストシーンに入り、そうして5話ほどでエンディングまで書き切りたいと考えています。
絶対それより長くなる気がする(確信)

書き溜めも放出してしまいましたので、また少し休憩を挟み、エンディングまでの物語が紡げましたら、投稿再開したく存じます。
再開まで今しばらくお待ちください。
再開時期の見込みが立ったらまた活動報告などで通知いたします。

よろしければここまでの作品の評価をいただけると嬉しいです。

ドバイ編のあとがきみたいな活動報告も上げております。活動報告が4分割になるとは思うまい。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

173 活動記録① 春のファン感謝祭

あいさつ代わりのギャグ回。


 

 

 

 

 

『─────チームJAPAN、グランドスラム達成ッッ!!!ここに伝説が刻まれました!!ドバイワールドカップGⅠの全ての冠を!!我らが日本の革命世代がッ─────』

 

 

 ドバイワールドカップの映像を視聴し終えて、ウマ娘用のイヤホンを外し、ふぅ、と一息ついた。

 何度見返しても、このドバイワールドカップデーの5戦の映像は色褪せない。

 努力と、夢と、奇跡の結晶。

 いつまでも語られる、永遠の夢物語。

 

 

 ──────そんなドバイワールドカップデーが終わり、もう9か月が経とうとしている。

 

 

(……一先ず、これで3月までの活動報告は大体書けたわね。あとは、レース後の事を軽く記載して、と……)

 

 私……サンデーサイレンスは、現在、空の上、飛行機の中でタブレットを開き、今年のチームフェリスの活動報告を作成していた。

 時期は12月の下旬。既に、今年残っている日本のGⅠはあと有マ記念と東京大賞典を残すのみとなっている。

 今年は暦の都合で有マ記念よりもホープフルステークスが先に開催されており、後は年末の大一番が最後に控えていた。

 

『……ん、んっ、ふぅ~……っ!』

 

 ビジネスクラスとはいえ、機内の椅子にずっと座り続けてレポートを作成するのは肩が凝る。

 人一倍その悩みを抱える私は、大きく背を伸ばし、軽く肩の筋肉をマッサージして筋肉をほぐした。

 

 なぜ今、この師走の大切な時期に、私が飛行機に乗っているのか。

 理由は、私が一度アメリカへ帰省したからだ。

 

 12月の下旬。私の故郷、アメリカにある修道院では、クリスマスのミサが行われる。

 昨年は日本に来てすぐだったこともあり、帰省はしなかった私だが、しかし今年は既に私の愛バたるキタサンブラックが朝日杯フューチュリティステークスで一着を勝ち取っており、担当ウマ娘のレースに同伴できないということはなかった。

 また、有マ記念についてもクリスマスの後に行われる珍しい日程となっており、そこで私はタチバナに1週間の休暇を申請し、年明けまでレースの予定のないキタサンブラックを連れて、一度アメリカに里帰りをして、ミサの手伝いをしていたのだ。

 勿論、有マ記念の当日には間に合うように帰れる日程にしてある。現在は帰りの飛行機の中だ。

 

(……それにしても、キタの修道服、似合ってたわね。黒めの鹿毛だからやっぱりこの子には黒が似合うわ)

 

 自分の隣の席で、旅先の疲れもあってかぐっすりと眠っているキタサンブラックを見る。

 その寝顔は年相応に愛くるしい表情を見せ、しかしその体は自分がスカウトした1年前と比べてもさらに身長が伸びている。180cmの大台はとっくに超えた。

 そんな彼女が、私の帰省に一緒に行きたい……と言ってくれたのは、本当に嬉しかった。

 自分の故郷を、愛バに紹介することが出来た。修道院のシスターたちも私専属の担当が、教え子が出来たことを喜んでくれていた。

 いつか、フェリスのみんなを連れて、また帰りたいものだ。

 

 なお、修道院ではもちろんの事私は修道女として働き、キタもいい経験だと修道服を貸し出してミサの手伝いをしてもらった。

 流石にキタは聖歌までは歌えなかったが、私達シスターが歌う姿を見て感涙するほどに喜んでくれていたのでよしとしよう。

 この子にとっても、この旅がいい経験になっていればよいのだが───────っと。

 

(いけないいけない。気を取られちゃ駄目。ちゃんと活動報告を書き上げなくちゃね……あと10時間か)

 

 思考が逸れてしまった。今はチームフェリスの今年の活動報告をまとめる仕事を果たす時である。

 スリープモードに入ってしまったタブレットを再起動し、改めて私は今年一年のチームフェリスの活動記録の作成に戻った。

 

 

 活動記録。

 これは、タチバナから指示があり、毎年作る様に言われている、一年の振り返りの記録だ。

 練習内容、レースの内容、結果、その後どんなことがあったか。

 もちろんレースだけではなく、チームでやったイベントや出来事など……そういった一年間の振り返りを、己の主観で文章にまとめておいた方が良い、と。

 それを自分で読み返したときに、当時の事を想い出せるように。

 また、チームでもそれを読めるようにして、過去の振り返りや、新しいチームメンバーが加入したときにはどんなことをしてきていたのか、わかるように、と。

 そのような理由で、私なりの活動記録を作成するように指示を受けていた。

 

(タチバナらしい、といえばそうなのかもね…私の主観で振り返ることはとても大切なことだわ。作っているうちに理解できてきた……)

 

 勿論、チームのサブトレーナーである私としてはその指示に異を唱えるはずもなかった。

 彼のやる事、出す指示は全て意味がある。

 己の成長につながる。万感を込めてそう信じられる。

 

 それくらいには、もう、私は彼を心から信頼していた。

 他の大人の誰よりも、彼の事を信頼している。

 

 ……彼との関係性も、この一年でだいぶ変化があったと言っていいだろう。

 それについては、私なりの活動記録の中で記していくことにして……ああ、いや。

 

(……流石に全部は書けないわね)

 

 流石にこれは書けない内容も多い。生徒の目にも触れるものなのだ。

 赤裸々に書いてしまったら、私は来年の修道誓願の更新が出来なくなってしまうかもしれない。

 楽しいことも、大変なことも、嬉しいことも、恥ずかしいこともいっぱいあった。

 大切な想い出は私の胸の内にだけ残しておいて、書ける範囲で書いていこう。

 

(さ、て……それじゃあ、続きね)

 

 ドバイワールドカップの決着、その後の内容から執筆を再開した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 あの奇跡のドバイワールドカップが終わり、インタビューを終えてから。

 私達チームJAPANは、最後の大トリとなるライブに備えるために、脚の負担が強かった4名……ドバイターフを走った3人とスマートファルコンの脚にタチバナ流のテーピングを施した。

 当然包帯の上から黒タイツを履かせたわけだが、4人だけタイツというのも…と意見が出て、結局は全員が黒タイツを着用して合わせることになり、これがまたウケた。

 大歓声の中行われたライブで、全員が誇らしく胸を張り踊り切った。

 

(よかったわね……あのライブは。もっとも、その後が本当に大変だったけど……)

 

 ライブの後、まず今度こそ一歩も動けなくなったファルコンと、他…ゼロの領域に新たに目覚めたヴィクトールピストとそれに追いすがったササイルの二人を病院へ搬送。

 ファルコンは入院はしなくて済んだが全身が極度の筋肉疲労。

 ヴィイとササイルも両足に軽度の筋肉炎症。

 それなりに甚大なダメージではあったが……骨折等、致命的な怪我はなくて済んだ。

 ドバイで過ごしたもう一日を炭酸泉に浸からせて筋肉をほぐしたうえで、日本でしっかりと治療をしたことで、1週間ほどで何とか全員普通に生活を送れるくらいまでは回復した。

 それだって、奇跡と言っていいだろう。

 

(ファルコンの最後の100m……守ってくれていたもんね。本当に、奇跡の100mだったわ…)

 

 私は改めて、あのドバイワールドカップの最後の100mを思い出す。

 ファルコンの周囲……いや、マジェスティックプリンスの脚までも、あの子の魂が守る様に支えていた。

 あの子たちの想いが、奇跡のレースを奇跡の決着とし、悲劇にはしないと支えてくれていた。

 きっと、今後彼女たちが走るレースでも、あれ程のタイムはもう出ないであろう。それほど特別な一夜だった。

 

(……で、日本に戻ってきたからがまた大変だった、と……ウマ娘のレースの常だけれどね、この辺りは…日本はまだ優しい方ね……)

 

 そして日本に戻ってきてからだが、まぁ取材やらなんやらが凄かった。

 文字通り大スターの凱旋となったわけで、それはもうどの記者も写真の一枚でも撮らんと空港に詰め寄った。

 そこはしっかりと法的規制を強いている日本なので、事件やらにはならなかったが…ウマ娘達にとっては、喜びのほかに疲れもあっただろう。

 まぁ、それほどの大事件を起こしたわけだから仕方がない部分もある。いろんな雑誌に特集が組まれたが、それらもよい想い出となってほしい所だ。

 

(あ、そうだ。うちの子達のレースばっかり書いていても駄目ね……その年の主要レースについても記述しておかないと……)

 

 活動報告の内容に『チーム外レース』と前置きし、日本であったGⅠレースについても記述しておく。

 ドバイワールドカップデーの翌日、みんなが炭酸泉やお風呂で体をほぐし、また他のホテルからブラックベルーガ、ミサイルマン、ウィンキス、ブロワイエなどが祝福に来てくれていたころに……日本で大阪杯のGⅠが行われていたので、みんなでタブレットで視聴したのだ。

 現地からぱかちゅーぶを実施していた元気なゴールドシップの実況も聞きながら、大阪杯を観戦した。

 

 結果をまず記入しよう。

 結果は、一着がダイワスカーレット。二着がアタマ差でウオッカ。

 東京レース場を得意とするウオッカに対し、ダイワスカーレットは阪神レース場を得意とするウマ娘だ。その分の差が出た、という所か。

 詳細なレース内の攻防については割愛する。

 しかし、このレースには凄まじい結果となった点があり、そこはきっちりと記入しておかなければならないだろう。

 

 今年の大阪杯は、レースレコードを達成している。

 それも、出走した17人のウマ娘のうち、レコードを達成したのは1()5()()

 

 ゴールの瞬間、先頭のダイワスカーレットから最後尾まで、7バ身と離れていなかった。

 そのレースに出走した全員が。

 革命世代の、GⅠの冠を取れずにシニア級になった、中堅層の実力者たちが。

 ウオッカ達以降のシニア世代の、革命世代の余波を受け奮起した歴戦のウマ娘達が。

 迸るような気合で、己の限界を連なる様に超えていった。

 

 間違いなく、前日のドバイの影響だろう。

 あれを見て昂らないウマ娘はいない。

 さらに異様さを記すならば、その日行われた中央主催の未勝利戦から重賞のレース、および地方で開催されたファームのレース、それらの8割以上のレースでレースレコードが叩き出されている。

 

 奇跡、としか言えないだろう。

 Miracle of Miracle。奇跡が呼んだ奇跡、と日本では呼ばれている。

 日本のウマ娘全員が、ドバイの奇跡を目の当たりにし、T-S論文を取り組んだ結果、革命が始まったのだ。

 

(その後の今年のレースでも、タイムが速くなったり、高レベルの展開が見られたり……全く、とんでもないことになっているわね…日本……いえ、世界中が、かしら)

 

 どこか他人事のように私は一つため息を零した。

 芝もダートも、今年からレースの常識が壊れていってしまっている。

 その原因の筆頭があのクソボケであることは間違いないが、まぁ、自分もその一端を担っていることは否定できない。

 であれば、せめてもの責任として、私が送り出すキタサンブラックは、その革命の中でも輝ける様に磨き上げるのみだ。

 

(本当に、兄さんのせいよ。苦労ばかりかけるんだから……まったく)

 

 ふんす、と鼻を鳴らして、兄さんのクソボケな笑顔を脳裏に浮かべ、一発キックを見舞っておく。

 あの男と共にいると、学ぶことも多いが、苦労することも多い。フェリスのメンバーなどその最たるものであろう。

 まったく。

 本当にまったく。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……さて、と。それじゃ、4月の出来事を書いていこうかしらね…)

 

 そうして私は、活動記録の頁を切り替えて、新たに4月の出来事について書き出すことにした。

 チームフェリスとしては、この月に走るレースはない。

 帰国して1週間はキタと私を含む全員の脚のダメージを抜いて、5月初旬に開催となるGⅠ、天皇賞春にフラッシュとアイネスを出走させるための練習をして、ファルコンはまだ走れる状態ではないのでとにかくリハビリをして。

 後は適宜インタビューなども受けて、ドバイの後の祝賀会やテレビの生放送とかにも出て…この辺りはまぁ、特段大きな出来事は起きていない。軽く触れるのみでいいだろう。

 となると、次は天皇賞春の事を触れるべきか……あ、いや。

 

『……ファン感謝祭があったわね。4月上旬の…』

 

 そういえば、大きなイベントがあった。

 4月上旬に行われたファン感謝祭だ。

 そこで、私も巻き込まれてかなり恥ずかしい思いをしたのが、鮮明に記憶によみがえってきた。

 

『あー………あぁー…………思い出したくない……!!』

 

 私は黒歴史が脳裏によみがえり、頭を抱える。

 ファン感謝祭は、学園の生徒と、ファンに向けて行われるものであって、決してトレーナーが主体となるものではない。私はそう思っている。

 

 勿論、トレーナーズカップは第二回が開催され、ドナドナは廃止されて普通にエントリー式になり、トレーナー男子の部、女子の部、サブトレーナーウマ娘の部で開催されているのだが、それはそれ。

 ちなみに男子の部は専属トレーナーも参加可能になり、ドバイの英傑の一人、初咲トレーナーが一着。

 女子の部は桐生院トレーナーが殿堂入りし不参加だった。結果は小宮山トレーナーが一着。

 サブトレーナーの部は資格取得の勉強中のウマ娘も参加可能になり、ナリタブライアンとマヤノトップガンがデッドヒートを繰り広げ、ナリタブライアンが一着となった。私はドバイの脚の疲労もあったため参加していない。

 

 そして、問題はそこではないのだ。

 問題は、私たちチームフェリスで行った出し物である。

 

 今回のファン感謝祭では、秋に行われた時以上に、チームフェリスへの世間の注目度が高まっている。

 ドバイで3つのGⅠを制覇したチームが、ドバイで疲れたからファンに対して何もしません……は通らない。

 しかし、サイン会などまた開こうものなら今度こそ人数がパンクするし、実際にドバイから戻ってきてすぐに大きな出し物をやるというのは時間的な都合でも難しかった。

 どうしようか、とチームで考え、そしてタチバナの出した案を採用してしまったのだ。

 確かに、準備も容易であり、覚えるようなこともそんなに多くはなく、かつファンは見るだけでいいので当日に会場を手配してしまえばよい。

 また、その内容は大人向けではなく、むしろファンとしてきてくれた子供向けで、広い世代に喜んでもらえるだろうから……と言うことで、その内容でやる事が決まってしまった。

 フェリスのウマ娘4人は賛成していたし、私もそこに特に悩まず安易に同意をしてしまったのだ。

 日本の文化をもっと知っておくべきだったと後から深く後悔した。

 

 ああ、だが、その後悔、この感情こそ、まさしく活動報告に書いておくべき内容なのだろう。

 同じ思いをしないためにも。そして、これを読むであろうウマ娘が、チームフェリスはこんなことをしているんだ、と理解するためにも。

 

『はぁ………忘れたい……』

 

 私はため息をつきながら、イヤホンを付け直し、ファン感謝祭のチームフェリスの出し物の映像、うまちゅーぶにアップロードされているそれを開いて、再生ボタンを押した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「だーーーーーはっはっは!!!たこ焼き星人参上やーーーっ!!悪い子はたこ焼きにしてまうでーーっ!!」

 

 ファン感謝祭のイベントブースで、チームフェリス主催の演目が始まった。

 内容は『ヒーローショー』。

 ファン感謝祭に来てくれた子供たち向けに、チームフェリスのウマ娘メンバーで、ヒーローショーを実施することになったのだ。

 

 そして今、その演目にゲストとして呼ばれているタマモクロスが、たこ焼きの着ぐるみを着て、悪役としてのセリフを演じてくれている。

 ドバイに戻ってきたチームフェリスの立華トレーナーより依頼を受けて、あの夜の奇跡を実況していたタマモクロス側の積極的な支援の気持ちもあり、快諾したというわけだ。

 タマモクロスは関西人の魂がインストールされており、ノリの良さでは学内でも随一だ。

 凡そのヒーローショーの流れを説明されたところで、「おう、任せえ!!アドリブでしっかり演じ切って見せるわ!!」と大見栄を切ってしまい、しかし実際に演じ切れるであろう自信もあった。

 立華もまたそんな彼女のアドリブ力の高さを知っており、彼女なら何とかしてくれるだろうという信頼の下で、深い打合せはしないままに出演してもらっていた。

 

「きゃーっ!!たこ焼き星人が襲ってくるー!!」

 

「ぐへへへへー!!ほーれそこのポニーちゃん!早く逃げないとたこ焼きビームでたこ焼きになってまうでぇ~~??」

 

「いやーっ!!助けてぇー!誰かーっ!!」

 

「ぐへへへへぇ~!!今からお前はウチの好物になるんや~~!!」

 

 さてしかしそんなタマモクロスが、同じく立華から依頼を受けて子役として出演しているニシノフラワーに襲い掛かる。

 それを見守る観客席の子供たちも息を呑み、ヒーローは来ないのか、と呼び始める。

 タマモクロス(たこ焼きの姿)の魔の手がニシノフラワーに掴みかからんと言ったタイミングで、とうとうヒーローたちが現れた。

 

 

「待ちなさいっ!!!」

 

「ん!?何や!?ナニモンや!?」

 

 

「「「「とうっ!!」」」」

 

 

 舞台セットの裏側から戦隊スーツを身に着けた5人が飛び出してくる。

 見事なヒーロー着地を決め、ダイ○ンジャーの丸パクリのキレッキレの登場ポーズを見せながら、名乗りを上げる。

 もちろん効果音付きである。また、ウマソウルパワーによる領域の発現で、その姿は輝いて見えた。

 

 

「─────フェリスブラック!!」

 

 まず一人目。黒のスーツを身にまとう、エイシンフラッシュ。

 名乗りのポーズをしっかりと決め、完璧な名乗りを上げた。

 

 

「─────フェリスピンク☆!!」

 

 続いて二人目。ピンクのスーツを身にまとう、スマートファルコン。

 名乗りのポーズをしっかりと決め、完璧な名乗りを上げた。

 

 

「─────フェリスピンクなの!!」

 

 そして三人目。ピンクのスーツを身にまとう、アイネスフウジン。

 名乗りのポーズをしっかりと決め、完璧な名乗りを上げた。

 

 

「─────フェリスブラック……」

 

 重ねて四人目。黒のスーツを身にまとう、サンデーサイレンス。

 高難易度な名乗りのポーズをしっかりと決め、死んだ目で名乗りを上げた。

 

 

「─────フェリスブラックです!!」

 

 最後に五人目。黒のスーツを身にまとう、キタサンブラック。

 名乗りのポーズをしっかりと決め、完璧な名乗りを上げた。

 

 

 

「────────天に輝く、猫の星!!!」

 

 

「「「「五人揃って!!フェリス☆ファイブ!!!」」」」

 

 

 

 わぁっ!!!とその大スターである5人の登場に、子供たちから歓声が沸く。

 何故か大人からは大爆笑が生まれているのだが、何故だろう、と舞台裏から見守っているクソボケは首をかしげていた。

 

 

「さあっ!!今のうちに逃げるんです!!」

 

「あ、ありがとうございますっ!!」

 

「早く逃げるのー!!!」

 

 

 すぐに被害にあっていたニシノフラワー(子役)を逃がし、臨戦態勢をとるフェリス☆ファイブ。

 ここから悪役であるタマモクロスとのバトルが始まるのか、と子供たちが期待したその時。

 

 

「───────違う。」

 

 

 タマモクロスのツッコミが炸裂した。

 

 

「…違う。自分ら違う。自分ら、何?」

 

「……フェリス☆ファイブ!!!」

 

 

 問いかけに応えたエイシンフラッシュが元気に返事を返す。

 

 

「フェリス☆ファイブやないやろがい!!おかしいやろ!?おぉ!?アイネス!!自分何色や!?」

 

「フェリスピンク!!五人揃って─────」

 

 

「「「「フェリス☆ファイブ!!!」」」」

 

 

「ちっがぁーう!!!違う違う!!ファルコンお前何色や!?」

 

「フェリスピンク☆!!」

 

「なんでピンクが二人おるんじゃい!?なめとんのか!?」

 

「フェリスブラック!!!」

 

「キタが黒なのは見れば分かるわ!!アホなんか!?」

 

 

 どうやらタマモクロスの芸人魂がツッコミを抑えきれなかったらしい。

 完全にコントの流れが作られ、大人たちは大爆笑、子供たちもその面白さを理解して笑顔を浮かべている。

 

 

「おかしいやんか明らかに!?なんで黒が3人ピンクが2人やねん!!」

 

「何故、と言われましても……私の勝負服のカラーは黒ですから」

 

「おお……そうやな?フラッシュは黒やな?漆黒の閃光。ええやん。二つ名カッコエエやん」

 

「ふふっ、有難うございます」

 

「笑顔でお礼言うタイミングじゃないんやなぁ!?なんで黒で揃えたねん!?キタぁ!!お前なんで黒と黒で揃ってんねや!?」

 

「え、だって私キタサンブラックですし……」

 

「どっちか譲れやぁ!!!ってかそれ言ったらサンデートレーナー!?なんでアンタまで黒やねん!!あと申し訳ないけどその服は無理があるやろ!?効いとるで……!!!」

 

「………殺してくれ……」

 

「─────フェリスピンク☆!!」

 

「仲間が困ったからって勢いで誤魔化そうとすんなやファルコン!!」

 

「あたしもフェリスピンク!!五人揃って─────」

 

 

「「「「フェリス☆ファイブ!!!」」」」

 

 

「ちっがぁーう!!色がおかしいっつっとんのやぁ!!なんや、アイネス!!自分とファルコンのピンクのどこが違うねん!!違うところ言ってみろや!!」

 

「え…?いや、あたしはほら、逃げウマ…?なのがアピールポイント、みたいな?」

 

「それはファルコンもやろがぁ!!」

 

「私は逃げシスやってるよ☆」

 

「アイネスもやろが!!話聞いとらんのか!!」

 

「私は逃げシスに入ってないです!!」

 

「キタは今話振っとらんよなぁ!?元気か!!元気やったわなぁ!!デッカくなりよったなぁ!?」

 

「五人揃って!!」

 

 

「「「「フェリス☆ファイブ!!!」」」」

 

 

「やかましいわ!!いちいち効果音鳴らすな裏方ァ!!やっぱどう考えてもおかしいねん!!せめてもうちょっと色を分けろや!!フルハウスやんか!?」

 

「エアグルーヴ副会長と同じこと言ってるの」

 

「ね☆」

 

「そりゃエアグルーヴが正しいわぁ!!なんで助言を大切にせんかったんや!?」

 

「……そこまで言うなら仕方ありませんね。私がフェリスホワイトになりましょう」

 

「…お?ええんかフラッシュ?そうやな、勝負服にも白はあるし、調理服とかも白やもんな?ええで、その調子や」

 

「じゃあ私もフェリスホワイトになります!!!」

 

「キタまで白になってどうすんねんてぇ!!!自分さっきキタサンブラックや言うとったやないか!?」

 

「えへへ、なんか白い勝負服も似合うかなーって……」

 

「己の名前を裏切るな名前をォ!!色を分けろ言うてんねんてぇ!!!」

 

「ねぇ、そろそろ戦わない☆?」

 

「時間が押してるの。本当に申し訳ないんだけどタマ先輩のわがままにこれ位以上付き合ってられないっていうか……」

 

「ウチか!?ウチが悪いんかそれェ!?」

 

 

 観客席が見事なキレのあるタマモクロスのツッコミとチームフェリスの天然ボケに抱腹絶倒しながらも、しかしやはり演目上のタイムスケジュールもあるため、お互いに臨戦態勢を取り始める。

 やることはやらなくてはならない。

 タマモクロスもまた悪役として綺麗にやられてやらなあかん、とこの舞台がヒーローショーであることを思い出し始めたところで。

 

 

「─────では、参ります」

 

「ちょっと待てェ!?フラッシュお前ガチやんか!?なんで領域エフェクト使ってレイピア取り出しとるんや!?」

 

「風神VS雷神……楽しみにしてたの、タマ先輩」

 

「アイネスまでちょっと待てや!?その風はアカンて!!たこやき切り裂かれてまうって!!!」

 

「私はまだドバイの疲れが抜けてないから……武器になるね☆!後はよろしく、キタちゃん!!」

 

「お任せくださいっ!!クワガタファル子先輩の自慢のアゴで!!たこ焼き星人を真っ二つですっ!!合体ッ!!!」

 

「装備品みたいになんやなファルコン!!頭の所に『E』ついとるがな!?たこ焼きは丸いからええんやぞ!?切り裂かれたら台無しや!!」

 

「……………………死にたい……」

 

「サンデートレーナーがゆでダコみたいに顔真っ赤でへたりこんどるぞ!?仲間を助けてやれやお前ら!!!」

 

「問答無用!!」

 

「駄目か!?問答駄目かなぁ!?せめて作麼生(そもさん)させてくれんか!?説破は諦めるからせめてツッコミをやな!?」

 

「悪は滅びる定めなの!!」

 

「いっけー☆!!キタちゃん☆!!」

 

「行くぞぉーーーーっ!!!」

 

「やめろぉーーーーーーーーーッ!!!」

 

 

 そしてフェリス☆ファイブ(一名戦線離脱)からの一斉攻撃により、タマモクロス…いや、たこ焼き星人は打倒された。

 正義の勝利である。

 ズタズタに切り裂かれたたこ焼き星人の着ぐるみが横たわる壇上で、もう一度五人で正義の名乗りを上げて、見事にチームフェリスの演目は大成功を収めたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 停止ボタンを押し、イヤホンを外す。

 そして赤くなった自分の頬をぺちぺちと叩いて、羞恥を散らす努力をする。

 

 

 ──────何やってんの私。

 

 

『……せめて、どんな服を着ることになるか聞いておけばよかった……』

 

 戦隊といったらコレだ、と当日になって示されたコスチュームが、まさか全身タイツのような服だとは思っていなかった。

 これまでも同じように戦隊ものをやったことがあるらしく、既に何着も揃っていたというそのコスチューム。

 修道女としてあそこまで体のラインが出る服に袖を通すのは、最早恥以外の何物でもない。勝負服は廃熱効率なども考慮した高級な布素材を使っていたからあれはまた別として。

 現役を退いてからサイズが増えてしまっていた腰のラインまでぴっちりと出てしまい、その羞恥で私は終始死んだ目で演じ続けていた。

 何度思い返しても、恥ずかしい。

 成人した大人のウマ娘がやっていいそれではなかった。

 アクターという仕事に心からの敬意が生まれてしまった。生まれてほしくなかった。

 

(……これも、いつか、いい想い出になるのかしら……?)

 

 動画へのリンクを活動記録に添付し、ファン感謝祭の内容について記述しながら、私は内心で首をかしげる。

 いつ見直しても恥ずかしい映像で、あの後映像を見たというイージーゴアとオベイユアマスターから爆笑したという旨のLANEが入り、さらに羞恥を覚えたことは記憶に新しいのだが。

 この羞恥も、いつか、想い出に昇華されるのだろうか。

 トレーナーという仕事は、これほど身を削る仕事だったのだろうか。

 

(……ああ、いやでも……タチバナも他のトレーナーも、そんな感じよね……やっぱり、トレーナーって大変な仕事よ、神父様)

 

 しかし改めて思い返してみれば、日本で自分が知るトレーナーのその全員が、トレーナーズカップやらなんやらで日常的に大変な様子を見ている。

 一流のトレーナーを目指すのであれば、この程度の苦労は買ってでもしなければならないのだろう。

 であれば、立派なトレーナーになるために、自分も泣き言は言っていられない。

 恥ではなく経験と捉えられるよう、努力しよう。

 

 

(……さ、て。それじゃ、続きはまともな活動記録になるからね。切り替えなきゃ……)

 

 

 ここまで作成した活動記録を一度保存し、バックアップを取り、改めて私は執筆に戻った。

 

 

 

_──いや絶対日本がおかしいだけだと思うぜ?

 

 

 

 





お待たせしました。投稿を再開していきます。
ここからはこのように、SSが語り部になる形式で、描きたい描写を中心に物語を進行させていく予定です。
これならシンプルに内容がまとまりますね(初回1万文字越え)(絶望)

物語の終結まで、今しばらくお付き合いいただければ幸いです。


寸劇の元ネタはアカレンジャイでyoutubeでググってください。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

174 活動記録② 天皇賞・春

 

 

 

 

 静音キーボードをととと、と叩きながら、私はチームフェリスの出来事を紡いでいく。

 ファン感謝祭の内容を書き終えて、次は4月下旬の本格的な練習再開から、天皇賞春まで。

 

(この時期……ひとまずフラッシュとアイネスの脚が回復したから、3200mのレースに備え始めたのよね)

 

 未だに脚のダメージが抜け切れていないファルコンはリハビリを続けながらも、フラッシュとアイネスの脚は練習を再開できる程度に回復が見えてきたため、2週間ほどを長距離を走るための練習に充てていた。

 この時期の練習、私は十全に併走で付き合うことはできなかった。

 私のレンジは最長でも2400m。3000mを超える様な長距離のレースに出走したことはなく、また長距離の適性にも乏しかったからだ。

 二人の併走は、主に私の愛バ……キタが、務める形になっていた。

 

(それにしても、キタの才能は本当に……天井知らずだわ。デビュー前のこの時期でも、問題なく3200mを走れるのだから……タフという言葉が一番似合うわね)

 

 隣の席で眠りこけている私の愛バのその寝顔を横から見る。

 この子が、長距離に凄まじい適性を持っていることを、その時に私は初めて知った。

 以前よりその無限のスタミナはわかっていた通りで、しかしキタは体が大きい。身長の高いウマ娘は往々にして長距離を走り過ぎると脚に負担がかかることも多く、得意としないウマ娘が多いが、キタにその常識は通用しなかった。

 余りにも強靭なその脚力は、これから天皇賞春に挑むシニア世代…革命世代の優駿である二人との併走においてなお、3200mを10バ身以上の差はつけさせないほどのペースで走り切っていた。

 デビュー前のウマ娘が、革命世代に2秒の差をつけさせなかった。

 

(来年の菊花賞……そしてその後の天皇賞春はキタが勝つわね。間違いなく)

 

 自分の担当するウマ娘が強さを見せてくれるのは嬉しいものだ。

 僅かに微笑みを深くして、活動記録の執筆に戻る。

 

(さて……練習の時点で、正直、フラッシュとアイネスの走りに、適性の差は見えてたのよね)

 

 レース前の1週間はそれぞれ別に練習をさせ、お互いの走りの仕上げは分からない様にタチバナと私が努めていたが、しかしやはり二人の走りをトレーナーの目線から正直に比べれば、長距離の適性についてはフラッシュが優れていた。

 長く使える末脚を菊花賞でモノにしていたフラッシュに、3200mの距離は決してスタミナ不足になる様な距離ではない。

 アイネスだってもちろん、タチバナの常識外れな指導の下で、3200mを走り切れるスタミナはついており、まったく勝負にならないかと言えばそれはNOだったが、しかし練習のタイムでは明らかに差が出ていた。

 そこだけを見れば、フラッシュが勝つであろう。

 そう、思わせる練習結果ではあったが、しかし。

 

(足に残る疲労……前のレースで1200mしか走らなかったアイネスに比べて、フラッシュの方が長い距離を走ってる。そういう影響も無視はできなかったわ…)

 

 ドバイワールドカップデーの出走レースでは、まぁ、余り恣意的にそれを考えてはいけないが、事実としてフラッシュが倍の距離を走っていることになり、脚の負担は完全に抜け切れているわけではない。

 ウマ娘がレースを走るスパンとしては通常のモノで無茶をさせているというわけではないが、そういった要素も無視はできないものだ。

 勿論アイネスだって、1200mのラスト200mに全てを注ぎ込むゼロの領域を使っているため、負荷がないということはないが、それでも。

 

(そういう意味では……ヴィイがドバイでゼロの領域に目覚めてあれ程の激走を見せていなかったら、一番怖かったのは彼女かもね。尤も、ゼロに入ったからこそ、回復も早まって天皇賞春に間に合った、とも言えるけれど)

 

 思考は伸びて、共に天皇賞春に挑む他のチームのウマ娘……ヴィクトールピストに考えが至る。

 彼女も長距離を走れるウマ娘だ。有マ記念を見事に一着で駆け抜けていることからも分かる通りだ。スタミナを回復する第二領域にも目覚めている。

 もちろんの事、彼女も天皇賞春に挑みに来ていた。

 また、他に革命世代から天皇賞春に出走するのはメジロライアンが該当する。この4人の革命世代で、覇を争うのかと当時の記事はそんな内容で盛り上がっていた。

 

(ライアンも強くなっている。長距離も問題なく走り切る豪脚……力で無理やり仕上げてきたわね。……でも、この二人もアイネスと比べれば脚への負担は残ってた。そういう意味では、かなり平等なレースだったのかも)

 

 事前に私が予想していたレース展開としては、アイネスが逃げを打つがスタミナと適性の都合で最終直線で後続に捉えられる。

 フラッシュとライアンであれば菊花賞の結果からフラッシュに有利がある。今回は前4人で争うのでフラッシュも領域に入れる。

 アイネスはゼロの領域に突入したとしても、スタミナ不足で加速の方は望めない。差し切るフラッシュと、ゼロの領域に入って回復して走るヴィイとの勝負になるか……、と思っていたのだが。

 

(……予想外、とは、タチバナは言わないんでしょうね。こういう結果も予想していたわね、彼なら。私も勉強になったわ……)

 

 レース前の私見を活動記録に簡素にまとめる。

 こういった予想部分もレースを語る上では重要な情報である。後で見返したときに己の思考の道筋が分かるからだ。

 そしてそこをまとめ上げて、あとは実際のレースを見て語るのみだ。

 

 

 私はネット上から天皇賞春の動画を見つけ、その再生ボタンを押した。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『───────さぁ阪神レース場芝3200mも残すところあと1000mッ!!世界を騒がせた革命世代の優駿たちが!!それを超えんとするウマ娘達が!!内回りのコーナーを走り抜けるッ!!坂を降りた先は最終直線!!誰が最初に抜けだすのかッ!!注目が集まりますっ!!』

 

 

 3度目のコーナーとなる、最終直線に続く下り坂にウマ娘達が突入していく。

 先頭を3バ身差ほどの距離をもって走り抜けるアイネスフウジンが、ここまでの道中の昇坂をじゃじゃウマ娘のように駆け上がりスタミナの温存に努め、下り坂に突入した。

 ここまで彼女は先頭を走り抜いていた。逃げウマ娘として、久しぶりの一人旅である。

 そしてその後方、位置を上げ始める3人の革命世代がその後を追う。

 

(アイネス先輩……スタミナはまだ()つようね!!けどっ、もうギリギリじゃない!?)

 

 深呼吸────スピカの誇る天皇賞春の覇者、メジロマックイーンから学んだ深呼吸のタイミングを逸さず、スタミナを回復させながら、先行の位置でヴィクトールピストがその後ろを追っていた。

 そしてアイネスフウジンの背中を見て、そのスタミナの難を見抜く。

 やはり短距離から中距離までをこれまで走り抜けていたアイネスフウジンの、そのスタミナが怪しい。2400mを超える距離を走り抜けた今、まだ彼女の脚は衰えてはいなかったが、しかし限界は間違いなく近い。

 その気配を鋭敏に察することが出来た。ヴィクトールピストもまた、ドバイを経て世界トップレベルの優駿に名を連ねるからこそ理解る気配。

 最終直線で、差し切れる。

 

(アイネス、体力的には厳しそうだ……ラスト300m地点で出てくるあの領域だけが怖い、ってところか。だがこの長距離なら、300m地点までは10mの範囲に入らずにやり過ごして、残り200mで差し切れるはずっ!!)

 

 メジロライアンも、周りのウマ娘の走りに惑わされず冷静なペースキープを見せて、最終直線にスタミナを残せていた。

 菊花賞の時とは違う。この距離、このレースに焦点を合わせてスタミナを、筋肉を積んである。

 春の天皇賞はメジロ家のホームレースのようなものだ。ここで無様な走りなど見せられるはずもない。

 今日の相手はメジロマックイーンでもメジロブライトでもない。あの二人が相手なら余りにも厳しいレースになるが、今日のライバルの中に専門のステイヤーはいない。

 ならばアタシにも分がある。メジロ家を無礼るなよ。

 

(……位置取りは問題なし。脚もまだ残せている……領域の同時突入は厳しいかもしれませんが、それでも差し切れるはず。残り300mからが勝負です!!)

 

 そしてその後ろ、コーナーが下り坂に入ってもなお脚を溜めるエイシンフラッシュの姿があった。

 彼女は菊花賞でも見せた通り、コーナーでスタミナを回復させるマエストロのような円弧を描き、最終直線に備える。

 チームフェリスで併走時に見ていたアイネスフウジンの残り体力は推察できている。彼女は領域発動後の加速は、この距離では望めない。

 暴風に耐えながら、ヴィクトールピストとメジロライアンとの勝負になるだろう。

 菊花賞勝利ウマ娘の意地としても、二人に負けるわけにはいかない。

 長距離を走ってきたことで領域のセットアップのタイミングがずれているため、同時の発動は叶わないが……加速し続けるほうの領域【Guten Appetit Mit Kirschblüten】は万全に突入できる構えがある。

 ここに至るまでに4人とも、それぞれの牽制で体力は削れており、ここからは消耗戦でどれほど脚を残せていたか、その答え合わせが始まる。

 勝負です。

 

 

『下り坂をアイネスが降り切ったッ!!最終直線360mッ!!だがここに来てもう後続との差はわずかとなった!!加速してくるぞ!!ヴィクトールピストが!!メジロライアンが!!エイシンフラッシュがブチアガってくるーッ!!やはりこの4人か!!革命世代の筆頭たる4人かァーーーッ!?アイネスフウジンまだ先頭!!ここで加速してきたのはヴィクトールピストだ!!先頭が変わるか!?』

 

 

 ────────【届いた祈り、叶った夢】

 

 

 ヴィクトールピストが、己の第二領域に突入し、加速とスタミナ回復を伴ってアイネスフウジンに襲い掛かる。

 劇的な加速を伴うものではない。ドバイのレースで発現した、ゼロの領域ではない。

 あの時に見せたゼロの領域は、それがドバイの地であったからこそ。魂が完全に合致したアイネスフウジンやスマートファルコンのように、まだゼロの領域を使いこなせる段階には至っていない。

 しかし、そんな第二領域としても効果は十分。徐々に加速し、アイネスフウジンとの距離を詰めていく。

 

 そしてその後ろから、差し戦法の二人もまたそれぞれ領域に突入した。

 

 

 ────────【金剛大斧(ディアマンテ・アックス)

 

 

 ────────【Guten Appetit Mit Kirschblüten】

 

 

 己の限界に挑む。

 消耗戦の果てを迎える。

 

 だがその中で、エイシンフラッシュは今差し切ろうとしたメジロライアンの領域の効果を、ここで新たに学び得た。このタイミングで得てしまった。

 

(っ!!ライアンさんの、これッ……圧が、強い!!近いウマ娘にプレッシャーを強いる…!!)

 

 前回のドバイシーマクラシックでは、最後の最後で一瞬で撫で切ったため、強く味わうことなかったメジロライアンの新領域の副次効果。

 その膨張した筋肉が、周囲に圧を生む。そばにいるウマ娘の心を委縮させる。

 無論、それに負けるエイシンフラッシュではなかったが、しかし僅かに末脚の加速が鈍った。

 

 だがメジロライアンも同時に、後ろから迫るエイシンフラッシュのその加速度は身に染みて覚えている。

 

(くっ、フラッシュちゃんが速い!!これは位置を上げざるを得ないか…っ!!)

 

 アイネスフウジンと保とうとしていた10mという距離は、埋めざるを得なくなった。

 だがヴィクトールピストほど接近はしていない。外周の縁であればあの暴風の影響が少ない。

 差し切れる、問題ない。ヴィクトールピストの領域の加速は、ドバイで見せた特殊なそれでなければ強くないことも知っている。

 筋肉で耐えて、筋肉で差し切れる。

 

 そんなハイレベルな攻防が、坂を下り切ったわずか数秒で革命世代間で交わされたのち。

 

 このレースの運命を決める、アイネスフウジンの暴風が吹き荒れた。

 

 

「……い、やああああああああああああああああっっ!!!!」

 

 

 ────────【零式・風神乱気流(ゴッドブレス=タービュランス)

 

 

 

(ッ!!来た…!!)

 

(いつ受けても、本当にズルい…!!)

 

 メジロライアンが、エイシンフラッシュがその暴風で姿勢が崩れぬように耐える。

 だが強い。この幻影の乱気流は、そこを走っているだけで抵抗が厳しい比類なき暴風。

 速度が、奪われる。

 

(ここ!!ここでッ、私だけが優位に立てるッ!!勝負ですアイネス先輩ッッ!!)

 

 そしてこの瞬間こそがヴィクトールピストの勝機。

 彼女の特異性の、その最たる第一領域。1500m地点で発動した【勝利の山(サント・ヴィクトワール)】が、暴風から彼女を守る。

 この聖域は、たとえそれがゼロの領域による暴風でも崩す事能わず。

 アイネスフウジンを差し切るために駆け抜ける3人のうち、ヴィクトールピストだけが風に影響されずに走り抜けることが出来た。

 言葉を放つ余裕はない。こちらも限界に近い体力で、しかし第二領域により僅かに回復したそれを持ち、脚に全力を籠めてアイネスに追いすがった。

 

 残り250m。

 

 

 ここで、このレースで初めて。

 

 

 アイネスフウジンが、()()()()に迫られた。

 

 

『ここでヴィクトールピストが一伸びするっ!!後ろからくるライアンとフラッシュはまだ来ない!!並ぶぞ!!アイネスフウジンは限界か!?ここで並ぶ!!並んだ!!並んだ並んだ!!並んで─────並んで、いるッ!!!交わせない!!粘る!!!アイネスフウジンが粘るッ!!!』

 

 

(────────ッッ!?!?)

 

 ヴィクトールピストの顔が驚愕に歪む。

 確かに迫った。アイネスフウジンのその背に迫り、肩を並べた。

 だが─────そこから、速度を併せるように加速し、アイネスフウジンが先頭を譲らない。

 

 アイネスフウジンの得意とする走りのスキル、遊びはおしまいっ!!は発動されていない。

 スタミナはもう限界を迎えているのだ。今しがたゼロの領域を発動した時点で、ほぼほぼ空っぽになったと言っていいだろう。

 この後200m地点から、奪った速度を起点に加速する形になるが、しかしそれもほんの僅かといった程度であっただろう。アイネスフウジンは、もう己の力で加速する術を持たなかった。

 

 だが、己の力が尽きたのであれば。

 ()()()()()使()()()()()

 

 そのアイネスフウジンの戦略は、走りのスキルによるものではない。

 ただの勝負根性だ。

 迫られたら、負けるかと闘志を燃やし、抜かさせない追い比べ。

 

 ウマ娘が最終直線、最後の力を振り絞って追い比べをするときに、最も重要なものは根性だ。

 根性があるほうが追い比べに勝つ。

 余りにもシンプルなレースの原点。

 そこに技術やスタミナは関係ない。

 

 根性で、前には行かせない。

 誰よりも根性だけは負けるつもりがないアイネスフウジンの、その隠れた力がここで目覚めた。 

 

 

「…っ!!!」

 

 

 ヴィクトールピストが再三のアタックを仕掛けるが、その度にアイネスフウジンがギリギリで抵抗して粘る。

 どこまでも粘る。

 まるでアキレスと亀のように、アイネスフウジンとの距離がゼロにならない。

 

「くっ……アイネスぅ!!」

 

 続いて競りかけるのはメジロライアンだ。

 暴風を耐えきり、残り200m地点から彼女もまた競り合いに加わった。

 先頭を走るアイネスフウジンに、筋肉が生む末脚で追いすがる。

 200m地点で、アイネスフウジンのゼロの領域の加速効果は生まれなかった。本当にスタミナが限界に達しているのだ。

 

 だが。

 

(く、っそぉぉ!!どこからそんな力が生まれるんだよ、アイネスっ!?)

 

 それでも、アイネスが粘る。

 追い比べをするウマ娘が増えたことで、アイネスの根性がさらに燃え上がり、ヘロヘロの表情を浮かべながらも先頭を譲らない。

 

 そして、そんな状況を後続から観察してしまったエイシンフラッシュは、ここで己の取った作戦がミスであったことを察した。

 やってしまった────────いや、やられた。

 

(……!!これが、中距離のレースであったなら……!!)

 

 無論の事、エイシンフラッシュも加速し続ける末脚を発揮してアイネスフウジンに競り掛かる。

 しかしその加速は、2400mで見せたその速度に比べれば落ちる。当然にして落ちる。

 メジロライアンの領域と、アイネスフウジンのゼロの領域の暴風に晒され、姿勢は下げきれず、加速は鈍っていた。

 この速度では─────アイネスフウジンの根性の抵抗を、穿てない。

 

 やられた。

 これが自分やメジロライアンが得意とする中距離、またはヴィクトールピストが得意とするマイルのレースであったなら、万全に末脚を発揮し、その速度差でアイネスに追い比べを発揮させることなく差し切れたであろう。

 しかしこの長距離で、それぞれの脚も削られている現状では、どうしても追い比べが発生してしまう。

 ヴィクトールピストの、僅かな加速と僅かなスタミナ回復を伴う第二領域では、加速が足りずに一息で差し切れず。

 メジロライアンの、万全の筋肉に溢れた領域であっても、彼女の長距離適性の僅かな弱みが決定打にならず。

 そしてフラッシュ自身も、アイネスの放った暴風と、メジロライアンの領域にもまれた減速で、末脚が鈍った。

 レース前は追い比べで勝り、そうして勝利する、そんなプランを組んでいたが、しかしアイネスフウジンが誰よりも追い比べに強かった。

 その根性を、甘く見積もっていた。

 

 これが、生粋のステイヤーであればまた話も違っただろう。

 スタミナを十全にキープした状態で最終直線でぶち抜けられるようなウマ娘……セイウンスカイやメジロマックイーン、ライスシャワーやマンハッタンカフェ、ゴールドシップなどであれば、こんな追い比べが発生することもなく、一息で抜き切れたはずだ。

 いや、何ならアイネスフウジンと左右の距離を空け、大外から回るという手段も考えられた。

 追い比べにさえならなければ、勝機はあった。

 

 

 だが、今。

 残り100mを残すこの地点において。

 お互いの距離は詰まり切っており、アイネスフウジンとの差は僅かで。

 

 そして、追い比べが必然として生まれる密集が、作られてしまっていた。

 

「くっ……!!アイネス、さん……ッ!!!」

 

 加速する。

 振り絞り、限界を超えての加速。

 革命世代の得意技と言っていいだろう。彼女たちに限界という言葉はない。

 エイシンフラッシュも、メジロライアンも、ヴィクトールピストも。

 勝利を求めて、この3200mの長旅の最後100mで、更なる加速を繰り出して。

 

 しかし。

 アイネスフウジンもまた、革命世代であるからこそ。

 その加速に負けまいと、己の限界を超えていった。

 

 

 勝負は決した。

 

 

 

『粘る粘る粘る粘るっ!!!アイネスフウジンが粘るっ!!!疲弊した表情でも後続に譲らないっ!!残り50!!全員が必死な表情!!!しかしまだ粘るっ!!!幾度ものアタックを粘り切ったぞアイネスフウジン!!今ゴールインッッ!!!際どいっ!!長距離レースでこれほどの接戦は珍しい決着ですっ!!!やはり革命世代の4人だった!!この4人の勝負だったッ!!しかしその激戦を制したのは────────アイネスフウジンですっ!!!アイネスフウジンが一着だ!!確定が出ました!!クビ差でアイネスフウジンが一着ですっ!!』

 

 

『そしてっ!!この勝利により、彼女は成したのです!!!日本初!!!すべての距離でのGⅠ制覇、その快挙を成し遂げたのですっ!!やったぞアイネスフウジンっ!!すごいぞアイネスフウジンっ!!!その風は、どのレースでも吹き荒れるっ!!!前人未踏、またしても革命世代が伝説を生みだしたッ!!!彼女たちの伝説は留まるところを知りませんっ!!またしても革命世代が、チームフェリスが世界を革命したぞ!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 レースの映像を視聴し終えて、停止ボタンを押す。

 

(……ふぅ。アイネスの根性……追い比べの、強さ。その勝利ね。確かに、冷静になって彼女のレースを観察すれば、その兆候はあった……追い比べで、無類の強さを発揮してたわ……)

 

 私はその劇的な決着の要因、アイネスフウジンの追い比べでの強さについて思考を伸ばす。

 思えば、メイクデビュー前の……選抜レースの時から、その兆候は見えていた。

 サクラノササヤキとマイルイルネルに調整不足で挑んだ、アイネスフウジンの走り。

 あの時も、最終直線で二人と競り合い、そして勝利していた。

 

 その後もメイクデビューでは圧勝だったが、ジュニア期の重賞レースでは後続と競り合ってからの加速で勝利を重ねるパターンが多かった。

 朝日杯などは分かり易いだろう。最後に競りかけたマイルイルネルと追い比べの上で突き放すように加速して勝利をもぎ取っている。

 桜花賞でも、後ろからじわじわと距離を詰めるササヤキと追い比べた上でマイルイルネルを二の脚で突き放し、リードを守り切っての勝利。

 日本ダービーはフラッシュとのマッチレース。これだって追い比べの結果だ。フラッシュの閃光の末脚の切れ味が勝ったが、スタミナの絶対値はフラッシュが上だったところで、あそこまで粘っていた。

 スランプであった秋華賞でも、競り合いの末に敗北となったが、領域無しで領域に突入したササイルの二人と差のない粘りを見せている。

 ジャパンカップはゼロの領域に突入し、その後強引に追い比べに持ち込んで勝ち抜いている。

 アルクオーツスプリントでもそうだ。一度抜かれても、根性で追いすがり、差し返すのはまさしく追い比べによる根性があってこそ。

 

 追い比べた末の敗北もあるが、しかし、ぶち抜ける末脚で一気に差し切るフラッシュや、大逃げで先頭をただ走り抜けるファルコンとも比べて、アイネスは接戦による勝利が多い。

 それが、彼女の勝負根性から来るもの……で、あることにタチバナは気付いていた。

 彼が前に過ごした世界の経験からくる学びであったのか……いや、それはないだろう。彼も以前に零していた。どの世界線も変化があり、前の世界線の実力なんて一切当てにならないと。

 彼が、自分の愛バを誰よりも観察していたからこそ、察していたであろうその武器。

 

(そして……レース前にあの人はもう、詳細な戦略を二人に伝えることはしなかった。……レースの展開を、自分で考えられるように指導していた。その力をつけさせていた……その結果のアイネスの勝利、ね)

 

 私は重ねて、タチバナの指導方針の変化にも触れ、天皇賞春のあとがきとして活動記録に記述しておく。

 彼はこのシニア期に入り、ジュニア期やクラシック期に見せていたような、レース展開の戦術の指導を積極的には行わなかった。

 アイネスフウジンに追い比べを期待して走る様にも言わなかったし、フラッシュにその点を事前に注意するようにも話さなかった。

 妥当な範囲までの戦術の相談と、適切な相手方の情報収集……そこまでに留めて、レース中の展開についてはウマ娘達に考えさせるようにしていた。

 フェブラリーステークスでファルコンと行った、長所と弱点の検討などがその筆頭だろう。

 タチバナは、自分で考え、レース中に判断して走れるように、と彼女たちを指導している。

 

(シニア級になって、周りも優駿揃い……走るレースのレベルが上がってきている。その中で、ずっと指導の通り、事前に教えられたとおりにしか走れない、なんていうのは論外だしね)

 

 タチバナらしい指導方針だ。彼が、3年間をループし続けた存在だからこそ、そのように方針に舵を切っているのだろう。

 3年を超えた先でも、愛バが万全に走れるように。

 勿論、ループの先でも彼は一緒に歩み続けてくれると約束しているし、私もその彼の約束を疑ってはいないが、それでも彼自身の中で、ループし続けた彼なりの想いがあるのだろう。

 3年の間に教えた内容が、愛バの中で大きなものになってほしい、という、そんな裏の想いまで読み取れるようだ。

 まったく、彼らしい。

 

(……天皇賞春、アイネスフウジンが一着。これで彼女は短距離から長距離まで、その全てのGⅠの冠を被ることになった………、っと)

 

 私は天皇賞春の活動記録を書き上げて、ふぅ、と一息つく。

 これでまた、おおよそ大きなイベントは書き上げた。サービスを頼み、コーヒーのお代わりを注文する。

 少し一服し、休憩するとしよう。書き続けるのは眼と体に毒だ。

 

 続いての話は5月上旬。

 

(さて、この時期は何があったかしらね)

 

 私はコーヒーに口をつけながら己の記憶を手繰り寄せ、天皇賞春の後の出来事を想起し始めた。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

175 活動記録③ 五月の出来事

 

 

 

 

 

(…このころのチーム活動としては……キタの練習が中心になってたのよね。3人とも脚の疲労を抜いてたから)

 

 5月のGW中に行われた天皇賞春の激戦の後、チームフェリスではシニア級の3人はおおよそ脚の負担を抜くことに務めていた。

 ファルコンはドバイから1か月が経過し、走ることもできる程度に回復はしていたが、まだ本格的な走行練習には復帰させられず。むしろ、回復後に衰えがないように全身の体幹を改めて仕上げ直す時期に充てていた。

 勿論、3200mの長距離レースを終えた後の二人も脚の負担を抜かなければならず、3週間は疲労回復のマッサージとプール運動に留めていた。

 このころ、ドバイで好成績を残せた理由に炭酸泉やサウナなどの疲労回復施設がとても良い効果を果たしていたのでは?というトレーナー陣からの提起立案があり、実際にドバイに視察に行っていた理事長やたづなサンも温泉効果により肌艶が良くなったりしていた結果、試験的に学園に炭酸泉が設置されることになった。

 これが中々の効果を見せる。設置して一か月、レースに出走するなど疲労が深いウマ娘が予約制で交代で使用したのだが、明らかに体の回復が早まったという意見が出てきている。

 炭酸泉やサウナの楽しみに目覚め、近くのスパ施設などに通うウマ娘も出てきたくらいだ。この辺は記事にもなり、疲労回復の湯治、という日本でだいぶ前に流行ったブームがまた再来することとなった。

 勿論、チームフェリスの3人も恩恵にあずかっている。ファルコンの体が1カ月半程度で回復したのはこの温泉効果が大きい。下手すれば3ヶ月は走れないほどの怪我であったからだ。

 

(……怪我なく、走る。ウマ娘にとっては、それが何より……本当に、そう思うわ。回復が早まるのはいい事ね…)

 

 体幹を仕上げることで転倒や練習中の怪我は減るが、それを差し置いてもやはりウマ娘の脚というものは消耗品だ。己がウマ娘で、かつトレーナーとしての勉強もしているからその重要性は誰よりも理解している。

 それの回復を高める効果のあるものであれば、どんどん設備を整えてほしいものだ。日本の中央のみとは言わず、地方でも、世界でも。

 

(まぁ、この辺りは革命世代が及ぼしている影響の所にまとめておきましょ。さて、それでキタの練習についてだけど…)

 

 改めて私は、キタ……私の愛バであるキタサンブラックへの指導について筆を伸ばす。

 あの子の体は、とにかくタフだ。天皇賞春の距離に合わせた練習を経て、なお翳り無し。

 どれほど走っても不調の兆しが見えず、私も本当は痛みを隠して走っているんじゃないかと心配してしまったが、何度触診してもあの子の脚は無事だった。

 勿論、体幹を早い段階で仕上げられていたのが大きい。まだまだ発展途上だが、十分な密度の体幹がこの時期で既にあの子の体には搭載されている。

 身長も、体躯まわりも随分と伸びて、その度にフォームなどの改善などにも努め、あの子の才能を腐らせない様に全霊を注いだ。

 メイクデビューで、この子を負けさせるわけにはいかない。

 この才能、この脚で、負けさせるようなトレーナーがいたら、それは無能の証明だ。

 あの子が信じてくれた私を、裏切らないためにも。

 6月にメイクデビューを控えるキタを、私は集中的に見て仕上げていた。

 

 ……と、そのあたりを黙々とタイピングしていたあたりで、隣の席から私に声がかけられた。

 

「……ん、ふわぁ……あれ、トレーナー、あれからずっと書いてたんですか?」

 

「ん、起きたかキタ。途中で休憩挟みながらやってっから気にすんなァ、まだ8時間はフライトだからのんびりしてていいぞ」

 

「ふぇー……トレーナーって大変ですよね。いつもありがとうございます」

 

「何言ってんだ、お前が期待に応えてくれるから楽しくてしょうがねェよ」

 

 ちょうど書いていた内容の、当事者。キタサンブラックだ。

 私を労わる様なキタの言葉に、本心からの言葉を返したところ、どうやら喜んでくれたようで眠そうな顔から破顔するキタ。

 まったく可愛い子だ。

 この子はいつだって生真面目で、まっすぐで、元気なウマ娘だ。負けん気も強いし、優しい。

 私なんかには勿体ないくらい。

 きっと、誰がトレーナーについても、大成したであろう、才能と素質の塊。

 

 でも、私はこの子と運命の出会いを果たした。

 ああ…キタをスカウトしてから、1年近く経とうとしているのだが、このころになって、ようやくあの頃にタチバナが言っていた言葉の意味が、分かるようになってきた。

 運命的な出会い、という言葉の意味を。

 

 あの日に見たこの子の輝きが、私にとっての祝福だった。

 

「む、コーヒー飲まれてますか?あんまりカフェイン取っちゃだめですよー、後に残るんですから!」

 

「お前はアタシのママか。わぁってるよ、この一杯だけだ。後は白湯でも貰うさ」

 

「えへへ……あ、トレーナー、実はちょっと私、仮眠から起きたら結構お腹が減っちゃって……ご飯っていつごろです?」

 

「ん?そっか?じゃあ……30分後にすっか。お前も寝起きですぐに腹いっぱいになっちゃ消化に悪いしなァ。水飲んで顔洗ってきな。こっちもキリのいい所まで仕上げちまうからよ」

 

「はい!」

 

 お腹をさすりながら照れたような顔を浮かべるキタに私は苦笑を零し、キリのいい所まで整えたら食事にする約束を取り付けた。

 キタはよく食べる。その体の大きさに見合った量であるし、体重の管理はしっかりとやっているので別段太り気味とかにはなっていないが、それにしたってよく食べる。フェリスのウマ娘の中では一番の大食漢だ。

 何よりだ。食べられないことの辛さも知っている私としては、ウマ娘は出来る限り、食欲が旺盛な方がよい。健康的で素晴らしい事だ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 さて、それでは5月の分はササっと仕上げてしまおう。

 ちょうどチーム練習にかかる部分は記述し終えたところだ。

 あとは他のイベントとしては……ああ、一応当時のGⅠレースについての所感は書いておくか。

 

 少し遡るが、クラシック級の皐月賞と日本ダービーについて。

 この二つは、今年のクラシック級のエース、ベイパートレイルが共に一着を達成している。

 彼女の才能も凄まじいものがあるが、しかし、彼女が所属しているチームがまた問題なのだ。

 ベイパートレイルの所属するチームは、チームリギル。

 あの東条サンが率いる、GⅠ常連のチームだ。

 

 私がトレセン学園に転籍してくる少し前には、東条サンのチームがGⅠを荒らしまわっていた。

 しかし月日は流れ、ちょうど今年に現在チームに加入しているウマ娘が全員ドリームリーグに移籍したことで、チームリギルは新たな世代のスカウト、および育成に力を入れている。

 

 今年のクラシック級の覇者たるベイパートレイル。

 また、キタと同期になるジュニア期では、ブリュスクマンが彼女のチームに所属している。

 そして、青田買いとしてデビュー前のウマ娘も何人かチームに所属させている。

 チームが実施する選抜レースで選ばれた二人、芝のアーモンドアイズとダートのブラックシップ。

 

 その全員が、余りにも優駿だ。

 タチバナと一緒に偵察に行き、その脚の秘める才能に共に大きくため息をついたものだ。

 私のキタも、彼の愛バ3人も、いつかはチームリギルと雌雄を決する時が来るであろう。その時に負けない様に、こちらも存分に牙を研いでおかねば。

 

 

 さて、話を戻して、他のGⅠレース。

 桜花賞とオークスについても、またしてもここも二冠ウマ娘が生まれている。

 デアリングタクト。

 専属トレーナーと歩む彼女は、11月のメイクデビューにて見事勝利し、2月のエルフィンステークスでも一着を取ったうえで、桜花賞、オークスと無敗の二冠。

 彼女の脚は本物だ。ティアラ三冠も全く夢ではないその才能。

 革命世代の輝きが、次の世代にも及んでいるのかと言いたくなるほどの、様々な才能の萌芽が見られている。

 

(本当に……まったく。来年だって、大変なレースになるわね、これは。下の世代も上の世代も、一切油断できない猛者ばかりで……)

 

 そう、上の世代と言えば……ヴィクトリアマイルについても記述しておかねばなるまい。

 VMには、シニア二年目からダイワスカーレットが出走してきた。

 また、革命世代からはサクラノササヤキがここマイル戦に挑んでいる。マイルイルネルは安田記念でウオッカと対決するのだが、それはまた6月の活動記録で示すとして。

 

 ヴィクトリアマイルの結果。

 ダイワスカーレット一着、サクラノササヤキ二着。

 革命世代が一歩及ばず、アタマ差でダイワスカーレットが勝利を勝ち取った。

 

(でも、あのレース……決してササヤキの株が落ちるような内容ではなかった。レースを知るものが見ればね)

 

 ゴールの後、ダイワスカーレットは勝利の喜びのほかに、明らかな驚愕を以てサクラノササヤキを見ていた。

 レース展開としては、お互い逃げウマ娘として先頭争いをする中で、キラーチューンともいえる位置取りの上手さをダイワスカーレットが見せて、サクラノササヤキのペースを乱し、そのまま領域に突入して最後まで速度を落とさず駆け抜けた。

 そして、己の設定するビートを崩されたサクラノササヤキは領域に入る事が出来なかったのだが。

 その結果が、アタマ差なのだ。

 残り200m、加速するダイワスカーレットから全く距離を空けずに猛追したサクラノササヤキが、ドバイで見せた獣のような闘争心を発揮して、ダイワスカーレットに意地でも追い縋ろうと襲い掛かった。

 あそこから逃げ切ったダイワスカーレットも流石の優駿と言ったところだが、しかし、領域抜きで世代のエースと言えるダイワスカーレットにそこまで追い縋ったのだ。

 素の実力が相当なレベルアップを果たしていたことを、ダイワスカーレットも感じ取ったのだろう。ゴール後に流した汗は、冷や汗も存分に混ざっていたものだと私の眼には映った。

 

(本当に、カノープスの二人も強くなったわ……いつ寝首をかかれるか。最強の伏兵が集まるチームね、あそこは)

 

 ドバイで共に戦った戦友たる彼女たち。勿論私も、トレーナーであるミナミサカ、およびネイチャ、ササイルへの信頼を覚えている。

 今年はダートの優駿としてコパノリッキーが加入したし、夏休み明けには未デビューのウマ娘を青田買いして、ディープポンドが新たにメンバーに加わっている。

 間違いなく面白いチームになる。いつか戦う時が来れば、心底から注意しなければなるまい。

 

(……さて、レースについては大体書けたかしら)

 

 最後にNHKマイルの勝者、ラムダシオンについて簡単に書き上げ、4月から5月にわたって開催される大きなレースについてはおおよそ活動記録に書き終えた。

 あとは、他に何かイベントはなかっただろうか……ゴールデンウイーク中はメンバーの3人それぞれがタチバナと時間を過ごして、私も夜の飲みに付き合って…キタとも遊びに行って、あとはアメリカから日本に遊びに来たゴアとも夜に呑んで……あ。

 そうか。それがあったな。

 

(ゴアに絡んだ、()()()()の件……あの事件があったわね)

 

 私は5月にあった、とある事件の顛末を思い出す。

 私も巻き込んだ、アグネスタキオンの暴走。その件があった。

 まぁタキオンは学園でもそれなりの問題児だ。研究の為に大なり小なりの事件を起こすことは珍しくないウマ娘だが、しかし、その内容がそれなりに私も絡んだもので、実際に被害にもあっている。

 そして、この事件の顛末が、もしかするとレースに革命を及ぼしかねない物でもある。

 書いておくべきであろう。

 

(まぁ、実害はなかったし……あの子の研究が本気でモノになれば、それは面白いし、ね)

 

 私は新たに5月の出来事の項目を作り、あの時の事件を書き始めた。

 

 

 

 






(アプリ)
とりまバレンタインチョコはフフフシスターズとカフェキタウララライアンから貰えました。よき。

しかし新ウマ娘追加かぁ(幻覚)
マジでいつヴィイが来ちゃうかわからないなぁ(願望)
SSまだ?(無想転生)


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

176 活動記録④ タキオンの野望

 

 

 

 俺は拉致監禁されていた。

 

「うん……見事に縛られてるなぁ。椅子に」

 

 時は5月の中旬。午前中の業務が終わり、昼飯を食べにオニャンコポンを肩に乗せてカフェテリアに向かって移動していたら、唐突に視界がズタ袋によりふさがり、縛られ、ドナドナされてしまったのだ。

 移動速度と呼吸から、学園のウマ娘による蛮行だというのはすぐに分かったので、特に抵抗もせずそのまま連れて行かれ、そして気付けば椅子に座らされて見事に縛り付けられていた。

 なお俺の肩の上には変わらずオニャンコポンがいるが、こいつもだいぶ学園しぐさに慣れてきたようで、呑気に毛づくろいをしている。

 

 ふむ。

 まぁ、学園ではこれくらいの事はよくあるからな。

 今回はさて、何が起きたのだろうか?

 俺だけに被害が及ぶような物であればいいが、もしチームにも影響が出る様なものならそこはしっかりと諭さねばなるまい。

 

 さて、誰がこんなことをしただろうか?俺は脳内で謎の人気投票を行った。

 一番人気ゴールドシップ、しかしこの世界線では彼女はかなり頼れる姉御系に成長しています。

 二番人気マチカネフクキタル、今日の占いに猫が出ていたら彼女はやりますよ。

 三番人気アグネスタキオン、何か妖しい研究を閃いていなければいいのですが。

 

「……やぁ。驚くほど動揺していないんだねぇ、猫トレ君」

 

「ん……タキオンか。まぁね、特に危害を加えられる心当たりもないし。ウマ娘によるものだとはわかってたからね、別に取り乱すようなことじゃないかなって」

 

「ふゥん。キミは本当にそういう所だと思うよ」

 

「なんで……?」

 

 そして俺が拉致された教室に入ってきたのは、アグネスタキオンだ。

 成程。彼女だったか。一番人気ゴールドシップではなかったがまぁおおよそ予想は的中と言ったところだ。

 これまでの世界線でも彼女に同じようなことをされたことは多い。そして、大事になったこともない。

 根っこが善良な子なのだ。ただ、研究への熱意が変な方向に向くことが多いだけだ。

 

 さて、そしてタキオンによる所業だとわかれば俺もリラックスして彼女の話を聞くことにした。

 

「それで、どうしたんだい?俺に何か用があったんだろう、タキオン?話を聞くよ」

 

「ふむ。それじゃあ聞いてもらおうか……キミにも責任がある話だからねぇ。度し難い事だよこれは」

 

「……そこまで言う何かをした覚えがないんだが」

 

「覚えがないとは言わせないねぇ!!話というのは、あの女狐の事だよ!!アメリカのイージーゴアだ!!!なんだい彼女は!?いつの間に私のモルモット君と仲良くなっていたんだい!?!?どうして止めてくれなかったんだい猫トレ君!!!聞いているのかね猫トレ君!!!!!」

 

「────────あぁ」

 

 そして話を聞き出し、彼女の口からイージーゴアの名前が零れて、俺はすべてを察した。

 なるほど。小内先輩とイージーゴアの関係がタキオンの知るところになったのだろう。

 

 ドバイで過ごす中で、小内先輩に一目惚れしたイージーゴアが、その後それなりのアプローチをかけているのを俺は眼にしている。

 LANEも交換していたし、何やらSSに聞いたところによると、ゴールデンウイークで日本に遊びに来ていたイージーゴアが、小内先輩とお会いしてデートのようなことをしていたと聞いている。SSはそれを夜の呑みで聞かされて辟易していたとかなんとか。

 しかし、なるほど、それが耳に入れば独占欲が強めのタキオンとしては面白くないだろう。

 だがそれで俺が拉致される理由が全く分からなかった。

 

「……ドバイでイージーゴアと仲良くなってたからな、小内先輩。なるほど、タキオンとしてはそれが面白くないわけだ」

 

「察しがいいじゃあないか猫トレ君!!その通りだッ!!モルモット君は私のモノなのに…あの女狐は!私に知られない様に!!モルモット君とゴールデンウイークにデートをしていたらしいじゃないかっ……!!」

 

「いや、大人同士でトレーナー同士だし会って話をするくらいは……お互いがデートと思ってるかどうかは怪しい所で……」

 

「君の意見は聞いていないねぇ!!モルモット君は兎も角あの女狐は確信犯だよ!!」

 

「ひどい。……でも質問くらいはさせてくれ。なんでその件で俺は拉致されたんだ?ドバイじゃ特に何もしてないぞマジで?むしろイージーゴアと日本の関係って意味なら、SSでも連れてくるべきだったんじゃないか?」

 

「ああ、その質問には後で答えるとも。ちなみにサンデートレーナーを拉致しなかった理由は勝てる気がしなかったからだねぇ。普通に抵抗されそうだし」

 

「そう……因みに俺を拉致したのは誰?」

 

「デジタル君だよ。同室のよしみでお願いさせてもらってねぇ」

 

「ちょっとぉ!?なんで名前出しちゃうんですかタキオンさぁん!?」

 

 その言葉で、空き教室の隅っこに隠れていたアグネスデジタルがひょっこりと泣き顔で出てきた。

 なんかこのパターンぱかちゅーぶで見たことあるな。

 まぁデジタルもウマ娘愛のためなら割と何でもする傾向にある。今回はタキオンの圧に負けたという所だろうか。

 タキオンはSSにもかなり懐いているウマ娘だが、デジタルは恐れ多すぎて近づけない、と前に言っておりまだ仲は良くはない。そんな彼女にあの体幹の神であるSSを攫えというのは酷な話だろう。なるほどね。

 

 さて、しかし質問については答えてくれるらしいということで、その話を待つことにした……のだが。

 その時、空き教室に乱入してくるウマ娘がいた。

 バァン!!!と音を立てて教室の扉が開かれる。

 

 そこにいたのは、まさしく先ほど話題に出していた彼女。

 親愛なる妹、SSがそこにいた。

 

「────おォ、状況は理解した。説明してもらおうかタキオン。お前、アタシのタチバナに何してんだァ……?」

 

 妙だな。レースをするわけでもないのに彼女の背中に鬼が宿っているように見える。

 ドバイを経て身近に鬼を宿すタイプのウマ娘増えたからな。彼女も継承してしまったのかもしれないな。

 ドスの効いたSSのその声にデジタルは昇天し、タキオンも流石にうっ、と言葉を詰まらせたが、しかしモルモットを奪われた怒りはそれで収まるほどのものではなかったらしい。

 

「ああ、ちょうどよく来てもらえて有難うサンデートレーナー。貴女にも責任がありますし、深く関係する話ですから、是非とも話を聞いていただきたいたいねぇ。まず断言しておきますと、猫トレ君に危害を加えるつもりは一切ないからそこはご安心ください」

 

「……ア?この状況でどの口が───」

 

「───SS。俺も今の時点で特に何もされてないし、事情が事情だから君も聞いていった方がいいと思う。俺のためを想ってここまで追いかけてくれて来たのは嬉しいけれど、まずは生徒の話を聞いてあげよう?……頼むよ」

 

「………………ハァ。タチバナに言われちゃ仕方ねェな……けど、内容次第じゃ生徒会とたづなサンに報告はするからな」

 

 俺が縛り付けられているという状況でSSも気が昂ってしまっているが、俺はそれをなだめる言葉を彼女にかける。

 今の所、話を聞く限りではタキオンの暴走によるものなのだが、しかし自分に何か危害を加えるとか、恨み言を言うためにここに呼んだわけではないらしい。

 であれば、まずはすべての事情を聞くべきであろう。

 俺の考えにSSも一先ず留飲を下げてくれて、俺の隣に椅子を持ってきてどかっと腰を掛け、話を促す。

 

「……で?タチバナに何の用があってこんなことしたんだタキオンよォ。普通に呼ぶんじゃ駄目だったのか?」

 

「普通に呼んだら面白くないでしょう?ちょっとした八つ当たりも込みですねぇ」

 

「キレていいか?」

 

「どうどう。…まぁ、事の発端からもう一度説明してあげてよ、タキオン」

 

 改めてタキオンの口から、小内先輩とイージーゴアの関係についての熱弁がSSにも送られる。

 親友の名前が出てきたときには驚いたが、SSもそこは察したのか、内容を聞いて盛大なため息をついた。

 

「………はぁ~っ……あのなァタキオン。ゴアの件なら、むしろアタシに感謝するべきところだぞ、そりゃ」

 

「ん?どういう意味ですかねぇ、サンデートレーナー?」

 

「ゴアは日本にGWに遊びに来た。アイツは飛行機の時間を除いて、一泊二日だった。んで、その初日にコウチと会ったんだろ?予定はアイツから聞いてたからな。……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。万が一を考えてな。……あとはわかれ」

 

「…?………!!!!ッあの、女狐ぇ……!!」

 

「……?どういうこと?」

 

「タチバナは何もわからなくていいぞォ」

 

「どういうこと???」

 

 俺はSSとタキオンの会話の意味が全く分からずに首をかしげるのみであった。

 肩の上でオニャンコポンが何故かため息をついたがさっぱりわからない。女性にしか、ウマ娘にしか察せない機微が先ほどの会話の中にあったのだろうか。

 うーん。難解。

 

「……うむ、やはりイージーゴアは私にとって敵だ!!そして、そんな敵をこてんぱんのおたんこにんじんにするために、君を呼び出したというわけだよ、猫トレ君!!サンデートレーナーにもご協力を頂きたいですねぇ!!」

 

「…うん。成程ね?とりあえず話は分かったけど……」

 

「アイツをコテンパンに、っつってもよォ。どうやるつもりだよタキオン。アタシもタチバナも、喧嘩には付き合わねェぞ?友人以前に、大人としてそれは止めるぞ?」

 

 そしてようやく話の命題が見えてきた。

 自分のトレーナーを取られたと思ったタキオンが、イージーゴアに一泡吹かせたい、という……まぁ、学生らしいというか、女子らしいというか、そんな作戦であったようだ。

 なるほど。

 なんで俺が呼ばれたん?

 

 いや、まず喧嘩とかはそもそも国際問題になるし、もし彼女が本気でそんなことを考えているようなら全力で止める。

 とはいえタキオンは頭がいい。そんな発想にはならないだろう。一服を盛る……とかそんなことは考えているかもしれないが、それも勿論止めるとして。

 じゃあ、どのように勝敗を決するのか?というところだ。

 純粋に、まぁ、タキオンはまだ学生だがあえてこう表現する……恋路のライバル、という意味であれば、積極的に介入などはしたくないところなのだが。

 恐らくはSSも同じような結論に至ったのだろう。怪訝な表情を浮かべている。

 

 だが、そんな俺たちに対して、タキオンは既に自信満々と言った表情を浮かべている。

 何か考えがあるようだ。

 昇天から戻ってきたデジタルも、わかりみの深い角度でタキオンの後ろでサムズアップしている。どうした急に。

 

「わかっているとも、暴力に訴えるなんて言うのは下種の極みの発想で、そんなことをするつもりは毛頭ないさ。薬とかそういう話でもない。もっと分かり易い話だ……私たちはウマ娘だ。ウマ娘であれば、ウマ娘らしい勝負のやり方があるだろう!私はレースで彼女と勝負し、決着をつけるっ!!」

 

「そうです!そうです!」

 

「アン?……タキオン、お前……ゴアとレースでケリつけるつもりかァ?」

 

「え。いや、それは……難しいんじゃないか?」

 

 タキオンの口からは、なるほど天地明察、分かり易い勝負の方法が示された。

 レースで勝負をつける。

 ああ、それはとても健全な決闘方法だ。それなら自分からも全く反対はない。デジタルが全自動そうですBOTになりうんうん頷いている。

 

 だが、それを成すには大いなる壁が彼女たちの間に存在している。

 横にいるSSなら。また、そこにいるデジタルならば越えられる壁。

 だが、タキオンが、イージーゴアが超えるには余りにも高い壁。

 

 芝とダートの適性の違いだ。

 

「ゴアはアタシと違って、芝まで走れる脚じゃねぇ。ダートに特化した脚だ。タキオンとアイツが走れるバ場がねェだろ。芝ならお前が勝つし、ダートならゴアが勝つ。勝負にならねェだろうが」

 

「同意見だね。オールウェザーでも、砂地に適性のあるゴアに分が上がるだろう。タキオン、君の走りはもう完成されているから、今からダートに脚を併せる……と言うのは、無茶だ」

 

「ふゥむ。……まぁ、そうだね。そんなことは分かっているさ。このデジタル君のように、サンデートレーナーのように、私はダートを走れない。それは間違いないねぇ」

 

「そうです!そうです!」

 

「うん……もしかするとタキオン、君は俺に、ダートも走れるような指導を…と思ってこうして呼んだのなら、申し訳ないけど力にはなれないよ。今の君をダートに慣らすってのは流石に、無理だ」

 

「分かっているさ。理解っているとも。─────ああ、だが。その程度で諦めるほど意志が弱くもないからねぇ」

 

 二人で説明した通りだ。イージーゴアはダート専門のウマ娘で、タキオンは芝を専門としている。

 二人とも説明不要の優駿であるが、しかし、その軌跡が交差することはない。

 俺ならばもしかして……と思ってタキオンが俺をこうして呼び出したのなら、大変申し訳ないが……既に走りが完成されている今のタキオンをダートに慣らせ、と言われても無理だ。俺にだってできないことはある。

 

 だが、それを聞いてもなお、タキオンの瞳からは光が失われなかった。

 そして、その後に続く彼女の言葉を聞いて、俺は心底から驚愕することにある。

 

「まず、そもそもだ。なぁ、猫トレ君。教えてほしい。───()()()()()()()()()()()()()()?」

 

「…え?……そりゃ、はっきり言ってしまえば適性がないから、だな。君は芝を走るのが得意なウマ娘だ。ダートウマ娘じゃない……」

 

「そう、私は芝を得意とするウマ娘だ。しかし、だ。改めてよく考えてみてくれよ?()()()()()()?……なぞかけをしているわけじゃないんだよ。ダートを速く走れないことを嘆いているわけでもない……だが、おかしいじゃないか?人間が走る時に、芝とダートの適正なんて考えるか?おかしな話だ。人間と同じ身体的機構をもつ私達ウマ娘は、なぜ芝とダート、そこにだけ明確に得手不得手が生まれる?アスファルトの上を走る時に適正なんてないだろう。なぜ、()()()()だけが、明確に適性が生まれているんだ?」

 

「……っ」

 

「………踏み込みの角度。そのウマ娘にとって一番力の入れやすい地面。そういったモンが適性を決める……」

 

「サンデートレーナーの仰るそれは、いわゆる常識の部分です。トレーナーとして過去に学ばれたのだろう教本の。そして、実際に私たちウマ娘は、例えダートに適した走りを真似たとしても、適性がなければダートを速く走れない……()()()()()()?逆に、サンデートレーナーや、このデジタル君のように……他にもオグリキャップ君やイナリワン君、タイキシャトル君なんかは芝もダートも走れる。そんなウマ娘もいるというのに、何故か、おおよそのウマ娘はダートと芝で、余りにも速度に違いが出る……()()()()()()()?」

 

「そうです!そうです!」

 

「…………」

 

「…………」

 

 俺とSSは、タキオンが言うその内容に、押し黙ってしまった。

 常識なのだ。ウマ娘にとって、芝とダート、どちらに適性があり、そしてどちらが早く走れるか、それを見極めるのが重要……などということは、常識中の常識。小学生だって知っている。

 そして、それは勿論走りやすいバ場であることや、踏み込みの力の入れ方、フォームなど、色んな要素があり……また、俺なんかは特に、これまでの世界線でもその芝とダートの適性の壁に絶望し、しかし諦めずにその壁を乗り越えた経験もあるのだが。

 

 だが、その根幹の部分。

 なぜその違いが発生しているのか?

 

 それに、俺たちは明確な答えを出せなかった。

 

「……ああ、すまない。答えに困らせるつもりはなかったんだ。この問いには、今の私も答えは持っていないさ。けれど、私の言いたいことは分かってきただろう?……芝とダート、その違いがどこにあるのか?逆に言えば、そんな違いのないような、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()……面白いと思わないかい?」

 

「……タキオン、それは……君が、そのバ場を発明しよう、ってことか?……本気で言ってるのか?」

 

「本気も本気さ。私はどんなウマ娘も全く同じように走れる、新たなるバ場を作り、そこでイージーゴアと決着をつける!!何年かかろうと…ああいやあまり時間をかけすぎると歳を取るから、出来る限り急ぎはするが!私は、芝でもダートでもない、オールウェザーのように適正も求められない……まっさらなバ場を作りたい!!!そして、その研究にご協力を頂きたいというわけだよ、猫トレ君!!君の知識……ファルコン君を芝で走らせた君ならば!革命世代を率いる君ならば!!答えに一番速く近づけると思ったからねぇ!!」

 

「……ぶっ飛んだコトを考えやがるな、タキオン……出来ると思ってんのか?」

 

「誰も不可能を証明していない。ということは、可能性はあるという事ですよサンデートレーナー。ああ、勿論貴方にも助力を頂きたい。芝ダートを走れるウマ娘は貴重ですからね。このデジタル君にも骨を折ってもらうつもりだ」

 

「そうです!そうです!……え!?聞いてないですよ!?」

 

「他にも芝の適性を乗り越えたファルコン君や、先ほど挙げたような芝ダートを両方走れるウマ娘達からも走りのサンプルを提供してもらわないとねぇ。……今日呼び出した結論はここだねぇ。どうかな、猫トレ君?協力してくれないだろうか?」

 

 俺は、ようやくタキオンの真の目的を理解した。

 

 彼女は、芝とダートに関係のないバ場を生み出そうとしているのだ。

 

 それは、もし完成したならば─────これまでのレースの歴史に、大きな波紋を起こすことだろう。

 芝でしか走れない、ダートでしか走れない、そんなのは当たり前で、その二つの歴史があり、だからこそ先日のドバイワールドカップでもその差を無くした世界レコードに驚愕したのだ。

 間違いなく世間からはあらゆる意見が飛び交うだろう。重賞レースにそのバ場を設定することも難しい。完全なエキシビション用になる。

 

 ああ、だが、しかし、それでも────────俺は、思ってしまった。

 

 

 ()()()

 

 

「……いいだろう。協力しよう、その研究に」

 

「っ!!有難う!!君ならそう言ってくれると信じていたよ、猫トレ君!」

 

「そうです!そうです!」

 

「……おい、タチバナ?マジで言ってんのか?途方もねェ話だぞ、これは」

 

「ああ。……面白い話じゃないか。もしこれが完成すれば……ウマ娘にとっての新たな可能性になるかもしれない。そんな面白い話を聞かされちゃあね。勿論、俺はトレーナーで、チームの為に働くのが仕事だから、それを最優先とはするけど……それに影響が出ない範囲でなら。タキオン、君のその野望、手伝わせてもらう」

 

「心配しなくていい、私もそこまではしないさ。もしそれをしてしまえばサンデートレーナーにもフェリスのみんなにも恨まれてしまうからねぇ。手が空いたときに手伝ってくれればいい」

 

 俺は関節を外して縛られていた縄から抜けて関節を戻し、こきこきと体の調子を確かめながら、タキオンのその願いに応じることにした。

 面白い試みだ。これまでの世界線でも、一度も耳にしなかったそのタキオンの発明の案。

 それが出来たことで、これまでの……ウララと歩んだ過去を否定されるような気持ちにもならない。あれは俺とウララだけの物語で、この世界線には全く関係のない話だ。

 そして、それが完成すれば……完成途中の研究のデータを俺がループする前に知識として蓄えられるなら、今後のループにも活かせるかもしれない。

 これが出来ることで損をするウマ娘はいない。レース界を大きく変化させる発明ではないのだ。VRウマレーターと同じように、新たな可能性が生まれるモノ。

 俺に反対はなかった。

 

「うん。君とイージーゴアとの争いについては首を突っ込むつもりはないけれど……その研究を手伝うってところならOKだ。約束する」

 

「ふゥん。君の決断に心から感謝するよ、猫トレ君。是非とも私の野望を達成するためにご協力いただきたい。そしていつかは、その新たなる、究極のバ場……そう、仮に名付けるならば『Ultimate Ground(U   G)』といったところか。そこでの、イージーゴアとの対決を君達にお見せしよう」

 

「…ゴアのやつも大変だな、こりゃ…」

 

「そうです!そうです!」

 

 これで話は終わった。

 俺は縄抜けして自由は取り戻していたので、お昼に向かうだけだ。タキオンとはまずLANEで研究のプロットを共有するようにお願いしておいた。

 肩の上のオニャンコポンの喉を軽く撫でながら、俺は席を立つ。

 SSも共に立ちあがり、どうせなら一緒に昼食でも取りに行くかと声を掛けようとしたところで。

 

 

 教室の扉が炸裂した。

 

 

「─────トレーナーさん!!無事ですかっ!?」

 

「─────トレーナーさんが拉致されたって聞いて飛んできたよ☆!!」

 

「─────無事なの!?何があったの!?」

 

「─────サンデートレーナーまでついて行って、戻ってこなかったって聞いて……!!」

 

 

 俺の愛バたる3人と、SSの愛バたるキタが俺たちを心配して匂いなどを頼りに追いかけてきたのだろう。

 緊急事態と察したらしい彼女たちは、フラッシュがファルコンを背負いロングホーントレイン*1で扉に突っ込んだらしく、粉々になっていた。

 

 ふむ。

 この場合、始末書を書くのは俺になるのか小内先輩になるのか、際どい所だな。

 俺は肩を竦めて苦笑し、迫るたづなさんの気配に恐怖するのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ……そんなことがあった。

 

(結局、研究はあの後どうなったのかしらね……)

 

 その後に飛び込んできたたづなサンに(なぜか私も含めて)みんなこっぴどく叱られて、しかしその後はタキオンの研究に私が付き合ったのは一度のみ。

 ダートと芝それぞれを走るデータを取られたのみで、研究がどれくらい進んでいるのかは私は知らない。

 ただ、タチバナが時々タキオンと情報交換をしているのも見ているので、着々と研究は進んでいる様だ。

 尤も、この12月に至っても特に進捗が出ていないことから、まだまだ時間はかかるのだろうけれど。

 

(まぁ、そもそもバ場を作る、と言ってもそれを敷くコースや設備だって膨大な手間とお金が必要だしね……すぐに結果は出ないでしょうね)

 

 その辺りはタチバナに任せよう。

 ゴアがコウチに猛アタックをかけているのはその後も続いているが、今現在はまだコウチのほうが靡いていないようだ。あの先輩は随分と堅物のようであり、しかしそんなところがゴアに刺さってさらに燃え上がっている。

 勿論タキオンから牽制もあるようで、随分と面白面倒なことになっているようだ。二人から愚痴を聞く身にもなってほしい。

 

(……いつか、タチバナとあの子達もあんなふうに……ならない、わよね?)

 

 今のチームフェリスの3人、タチバナに懸想するあの子たちが恋路で醜く争うような姿は見たくない。

 いや、自分の懸想を棚に上げておいて何なのだが、もうここまで来たらタチバナにはきちんと責任を取ってほしい。ウマ誑しの責任を。

 それがどのような結果を結ぶかは……きっと、彼のループを超えた先、なのだろうけれど。

 

(……まぁ、タチバナがタキオンと協力して新しいバ場の研究に取り組んでいる……くらいの記録にしておきましょうか)

 

 かたかた、とタブレットに簡素に内容を書き込んで、5月分の活動記録を一旦完成とする。

 そして時計を見れば、ちょうど30分が過ぎたところだ。

 私は隣に座るキタに声をかける。

 

「よし……すまねェ、待たせたな。メシにしようぜ。サービス呼んで、好きなモン頼んでいいぞ。お前はちゃんと肉も食えよ」

 

「はいっ!!もうお腹ぺこぺこでした!」

 

 少し、食事休憩をとるとしよう。

 タブレットの電源を落とし、愛バとの食事を楽しむために、一度思考をリセットした。

 

 

 

 

 

 

*1
ファルコンのクワガタのアゴが全てを粉砕するタッグ技。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

177 活動記録⑤ メイクデビュー

 

 

 

 

「んー、満腹!おいしかったですね!」

 

「あァ。日本便のビジネスクラスは飯美味くていいな」

 

 私とキタは注文した料理を終えて、フレッシュウォーターで喉を潤して食事を楽しんだ。

 ヴィーガン向けの肉を抜いた料理も意識され始めた近年のサービス事情は私にとってはありがたいことだ。肉類を抜いても美味しい食事がちゃんと出てくる。

 味噌汁まで準備してくれてるのが好評価。今後も飛行機を使う際はちゃんと機内食も調べた上で予約しよう。

 なお私はウマ娘用1人前の料理で済ませたが、キタは10人前食べた。フライトアテンダントの人が表情を変えずにしっかり料理を提供しきったのは流石プロだと言えるだろう。

 

「……さて、そんじゃアタシは仕事に戻るか。悪ィなキタ、暇潰しててくれ。暫くはレースもねェからまた寝ててもいいぞ」

 

「大丈夫です、レースとかの動画見て過ごしてますから。お仕事お疲れ様です、トレーナー」

 

 食事休みも取り終えて、私は活動記録の執筆に戻ることにした。

 ようやく5か月分が書き終わり、あと7か月分は書き起こさなければならない。フライトの時間はまだまだあるので問題なく書き上げられるだろうが、ここで愛バとのんびり過ごすわけにもいかない。

 キタも仕事の邪魔をするような我儘は言わず、ウマホとイヤホンを取り出して隣で静かに過ごしてくれるようだ。本当に気配りの出来る子だ。いつも助かっている。

 

(……よし。それじゃあ6月の分、ね。ここではチームの全員がレースに出走した……そこを中心に書かないとね)

 

 私はタブレットを立ち上げて、改めて活動記録を記入し始める。

 6月。この月は、チームフェリスのメンバーの全員がそれぞれレースに出走している。

 まず6月上旬に開かれたメイクデビューの年内初戦で、キタサンブラックが芝1800mに。

 そして宝塚記念にエイシンフラッシュとアイネスフウジンが。

 最後に6月末の帝王賞で、スマートファルコンの復帰戦。

 

(…そうね。一先ずはそれ以外の所を、軽く触れておきましょうか)

 

 私はまず、6月にあるGⅠの中でチームフェリスが出走していないGⅠレース、安田記念について記述することにした。

 安田記念には、ウオッカが連覇を目指し出走したほか、革命世代からはマイルイルネルが出走している。

 結果は、ウオッカがマイルイルネルをハナ差で差し返しての一着。

 マイルイルネルは、またしてもGⅠの冠を逃すことになった。

 

(イルネルの脚……1600mだと、ちょっと足りない感じがあるのよね。1800mから2200mがあの子の末脚を十分に発揮できる距離なのかも。尤も……)

 

 あのレースについては、まさしく革命があらゆる世代に及んでいることの証明のような形だった。

 蜘蛛の巣のようなレース支配により、道中はマイルイルネルの支配下にあった。

 しかし問題は、支配から抜け出すことを何よりも得意とするウオッカというウマ娘がいたことだ。

 最終直線、ほぼ同時に飛び出したウオッカとマイルイルネルのデッドヒート。お互いに領域にも突入し、加速は互角……いや、獣を宿したマイルイルネルが、むしろ、加速では勝っていた。

 じりじりと距離が広がり、マイルイルネルの勝利を観客が確信した瞬間に、ウオッカが第二領域に目覚めたのだ。

 ロケットのような劇的な加速を伴い、ギリギリでマイルイルネルを差し切っての勝利だった。見事なレースだったと言っていいだろう。

 

 マイルイルネルは距離の適性の他、恐らくは彼女がこれまでのレースで、基本的に追いかけることで力を発揮してきており、後ろから迫られた経験に乏しかったことが、ハナ差で差し切られた原因だと思う。

 どちらの走りも、見事の一言。また、彼女らの激走についていった後続集団だって、大差は開いていない。去年までのレコードは6人が更新している。

 走りのレベルが極限に近づいていることの証明だ。勝利と敗北の差はいつだって紙一重で、誰が勝つかはわからない。絶対はないのだから。

 

(ササイルは…本当に、良い走りをしているのだけれど。GⅠの冠には中々恵まれないわね。とはいえそれは、もう革命世代だって、他の世代だって、変わらないのだけれど。だからGⅠというレースは権威があるのだから……)

 

 実力のあるウマ娘が、しかしレースに勝てないことはよくあることだ。

 強ければ勝てる、というものではない。特に全体がレベルアップしてきている今のレース界隈では、もう、誰がいつ勝つのかは全く分からなくなった。

 だからこそ、レースで安定して勝つためには、限界を超えるような、圧倒的な強さが必要なのだ。

 隣に座る私の愛バ、キタサンブラックのような。

 

(……6月上旬。キタサンブラックのメイクデビュー、芝1800mのレース。新時代の到来を感じさせるには十分なレースだったわね……)

 

 さて、改めて私はキタサンブラックのメイクデビューについて記述する。

 1800mの、マイルレース。

 無限のスタミナを持つ彼女にとっては短すぎる距離だ。本来はエイシンフラッシュのように、中距離のメイクデビューに出走させるのが勝率を高めることになるのだろう。

 しかし、私は目的をもって、彼女を1800mのメイクデビューに出走させる道を選んだ。

 

(キタの走りの真価を見せたくなかった。私の目から見ても、タチバナの目から見ても……今のジュニア期、これからデビューしていくウマ娘達の中でも突き抜けるほど才能のある彼女の脚を、周りに知られすぎたくなかったのよね……)

 

 私の考えはそのようなものだった。

 中距離のメイクデビューでキタが走ろうものなら、まず必勝、その上で彼女の脚のすさまじさが周囲に知られ、警戒を生んでしまうだろうと考えた。

 これは私なりの考えだ。レースを無礼ているわけではない……が、その後もジュニア期、クラシック期とレースを走っていくにあたっては、キタの実力は隠せるところは隠していきたいという、私の指導方針があった。

 タチバナならば、このようにはしないだろう。実際に彼は、特にジュニア期はアイネスの事情による短距離レースを除き、ウマ娘達が一番走りやすい、走りたいレースを走らせている。当時は芝のGⅠを走っていたファルコンなんかも、ウマ娘の希望を汲んだものだ。

 だが、私がキタと歩んでいくにあたっては……少しでも実力を隠し通したかった。

 特に今のウマ娘のデビュー事情は、ほぼ全員がT-S論文による体幹を仕上げた状態でスタートしている。予想外の実力を持ったウマ娘が刺客のように挑んでくるケースだって考えられた。

 そういった事情で、中距離ではなくマイルレースに私はキタを送り出したのだ。勿論、その意図はキタにも伝え、納得を得て挑ませている。

 

 そして、そもそもだが私のキタは強い。

 ドバイでの革命世代との併走、そしてチームメンバーとの併走を経て、何だったら短距離1000mだってそれ専門のウマ娘といい勝負をするであろう、距離を選ばぬ万能の体幹をその身に蓄えている。

 マイルレースでも1800mならば間違いなくジュニア期のトップ。

 早い時期で逃げの作戦を体に覚え込ませたこともあり、勝利については疑っていなかった。

 

 先に結論を書いてしまうが、実際にレースは勝利した。

 キタサンブラックは、メイクデビューを見事な一着で決めたのだ。

 

 だが。

 それでも、やはり彼女もチームフェリスに所属するウマ娘であり。

 世間からも注目を集めるウマ娘であり。

 

 そして、チームフェリスのウマ娘のレースは、常に何かしらが起きるものなのだ。

 

(……いえ、そうね、これは私の見積もりが甘かった。遅かれ早かれ気付かれるキタの才能を、隠そうなんて無理な話だったわ……この子を責めるつもりもないし。ええ、大きな才能を導く者には大きな責任が伴う。そういう事よね、タチバナ……)

 

 私は隣に座る愛バをちらりと見る。

 何やらウマホの映像を見ながら笑いをこらえて居るらしい彼女がメイクデビューで起こした大事件について、私はレース映像を見ながら振り返ることにした。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(行ける!今日のアタシの仕上がり、すごくいい!!脚に力がみなぎってる……!)

 

(体幹トレーニングの効果が出てる…チームの先輩と走ってもかなり手応えあった…!)

 

(公表してないけど、私の併走の上りタイムは去年のレコードペースまで行けてるのよね。私の走りがしっかりできれば……)

 

 メイクデビューの、そのスターティングゲートの前に、出走ウマ娘達が集まってきた。

 これからトゥインクルシリーズに挑む、可能性の卵たち。

 世間はまだ彼女たちを知らず、これからどのような走りを、成長を、物語を見せるのか。

 そこには無限の未来がある。

 しかし、現実的な面として、まだ原石である彼女たちを見るために、ファンが客席を埋めることはない。

 話題になるような勝利も敗北も、これからなのだ。通常、メイクデビューのレースまでばっちりチェックするファンは熱狂的な一部だけであり、客席はある程度まばらになるものだった。

 

 だが、その日は違う。

 満員……とは言わぬまでも、この東京レース場の4Rのこのメイクデビューに、それなりの観客が押し寄せてきていた。

 

 その原因は、一人のウマ娘。

 ()()()()()()()()()が送り出す、キタサンブラックが今日初めて出走するのだ。

 

 世界を騒がせた革命世代、その代表格たるチームフェリスのニューメンバー。

 アメリカの英傑サンデーサイレンスが送り出す秘蔵っ子が、どのようなレースを見せるのか、そこにウマ娘ファンの興味は向いていた。

 

(まぁ、ファンの皆様の気持ちも分かるわ……私だって、革命世代の奇跡は目に焼き付いてるもの。でもこれはチャンスよ……ここで勝てば、私の印象をファンに焼き付けることもできる。やってやるんだから!)

 

 そんな大観衆に迎えられるメイクデビューで、幾人かはやはり緊張と委縮を零してしまうものの、しかし中にはこれをよい機会ととらえ、前向きにとらえらえるウマ娘もいた。

 今、挑戦的に観客席を見ているウマ娘、シノビスティーリーもその一人。

 学園ではキタサンブラックと同じクラスで、よき友人として仲良く過ごしている。

 しかしこのメイクデビューにおいて、彼女は争うライバルであり、そして一切油断できない一人であると知っていた。

 

(キタちゃんは中距離の方が得意のはず……このマイル戦なら、私にも可能性はある!あの子が加速しきる前に、突き抜けてやる…!!)

 

 自分がこれから走るレースの展開を、幾つもの可能性を脳裏で描きながら勝負の時を待つ。

 しかしその最中、観客席からわぁっ、と大きな声援が上がった。

 その理由はすぐに分かった。

 

 注目のウマ娘、キタサンブラックがゲート前に姿を現したのだ。

 

 シノビスティーリーは級友である彼女が出てきた方に目を向ける。

 そして、そこにいたのは。

 

 

「………えへへ………えへへぇ………」

 

 

 何とも緩んだ笑顔を浮かべるキタサンブラックであった。

 

「……ちょっと!?顔が緩みすぎじゃない!?」

 

「何!?もしかして噂のオニャンコポンキメてきたってやつ!?やっぱ効果あるのアレ!?」

 

「スイーツを前にしたマックイーン先輩でもそこまでの顔にはならないわよ!?」

 

 周囲のウマ娘全員から総ツッコミが入る。

 基本的にお助けキタちゃんとして学園でも顔の売れている彼女は、最大のライバルとして認識はされていても、それはそれとして周囲から可愛い後輩として愛されていた。

 

「……ちょっと、キタ。ファルコン先輩みたいに口が緩んでるわよ。しっかりしなさい」

 

「あ、シノちゃん……えへへ、ごめん。ちょっとね、さっきトレーナーとした話が嬉しくて……」

 

「…トレーナー?サンデートレーナーの方よね?何よ、どんな話してきたの…?例のおねだり、ってやつ…?」

 

 シノビスティーリーは、同級生としてキタサンブラックのその緩んだ口元を、呆れ顔で咎めた。

 まぁ、リラックスとしては悪くないのだろうが、しかし緩みすぎている。

 ドバイの後に発行された記事の中に、チームフェリスではオニャンコポンをレース前に猫吸いし、かつおねだりをしてメンタルを整えている……という内容があったので、それについてなのかもしれない。

 しかしサンデートレーナー、ここまで緩めるのはやり過ぎではないですか?

 シノビスティーリーの脳内に疑問符が浮かんだ。

 

 さて、しかし自分もいい意味で肩の力も抜けて、キタがどんなことをしてきたのか、と問いかけた。

 なんてことはない、このメイクデビューの時点ではまだ因縁も執念も生まれておらず、ライバルに向けたガチガチの牽制というわけでもない。世間話の延長だ。

 声をかけることで、自分の緊張も解す効果を生むであろう、それ。

 

 しかし、その問いかけに応えたキタサンブラックの言葉が、シノビスティーリーの気を引き締めさせた。

 

「うん…サンデートレーナーは立華トレーナーと違って、レース前におねだりは駄目だ、って。でもね……」

 

 言葉を紡ぐキタサンブラックの表情が、緩んだそれから、変化する。

 それは、強い勝利への意志を秘めた瞳。

 かつて、ドバイワールドカップデーを走り抜けた先達たちの背中を見てきた経験が生む、深い瞳の色。

 

「……勝ったら、何でも一つおねだりしていい、って言ってくれたから。だから、勝つよ。サンデートレーナーの教えを継いだ私が、今日は勝つ」

 

「………っ。そ、う……頑張ってね。勿論、私も負けるつもりはないから」

 

 圧、だ。

 これは、優駿がその身にまとう、圧。

 革命世代が、それに影響を受けた優駿たちがレースを走る前に見せる圧。

 それを、メイクデビューの時点において、キタサンブラックが放っていた。

 

「うんっ!!今日はよろしくね、シノちゃん!!」

 

「ええ」

 

 シノビスティーリーは、冷静にキタサンブラックとの会話を終えて、振り返り、空を見上げて……冷や汗を零さぬように気を払った。

 キタサンブラックの内面が、変化している。

 かつてはとにかく元気でパワフルな、しかし子供っぽい印象も持ち合わせていた彼女だが……サンデーサイレンスと出会ったことで、チームフェリスに所属したことで……ドバイの遠征に付き合ったことで、質が変化している。

 それを、どう変わったか…と言うのは説明しきれないが、しかし、油断はやはり一切できない。

 改めて心を引き締めたところでゲート入りの時間になり、シノビスティーリーはゲートに入って行った。

 

(勝つ……勝つぞ……)

 

(負けない…!頑張るんだ…!!)

 

(見ててくださいね、トレーナー!!私、頑張ります…!!)

 

(いける……行ける!自分を信じろ!!)

 

 そして他のウマ娘達も、思い思いの誓いを背負いながら、ゲートに入って行く。

 メイクデビューというレースの、想いの強さ。

 勝利に賭けた想いだけは、他のあらゆるレースよりも、強いものだと言えるだろう。

 ここが始まり。

 ここで失敗してもその後のチャンスはあるが、しかしやはり、スタートダッシュを決めたいと全員が思っており。

 だからこそ、気持ちは全員が高まっている。

 

 

 

 ああ、だが、それでも。

 

 

(…行きます、サンデーさん)

 

 

 才能とは、時に残酷なものだ。

 

 

 

 

 

『各ウマ娘、ゲートイン完了……スタートしました!大きな出遅れはない様子……先頭を走るのはキタサンブラック!チームフェリスの新星がハナを取って走り出しましたっ!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……あっ、来た!やった!!)

 

 キタサンブラックは、高揚した気持ちを落ち着けてから好スタートを切り……そして、スタート地点から200mを走ったところで、不意に、ある感覚をつかんだ。

 それは、これまでの併走でも、稀に生まれていたもの。

 絶好調の時だけ見える、キタサンブラックだけに見える()()

 

 キタサンブラックの1バ身先を、黒鹿毛のウマ娘の幻影が走っていた。

 そのウマ娘は、サンデーサイレンスの姿に酷似していた。

 長いロングストレートの髪、一度だけおねだりして見せてもらった勝負服を来た彼女の姿。

 アメリカを蹂躙した、沈黙の日曜日が目の前を走っている。

 

 この幻影を見た瞬間に、キタサンブラックの意識は目の前のそれだけに集中した。

 

(トレーナーの走り……うん、やっぱり、いつ見てもかっこいい!)

 

 キタサンブラックは、目の前を走るその幻影との対話を始めた。

 本来はキタサンブラックは逃げウマ娘で、サンデーサイレンスは先行策をとるウマ娘なので、この位置取りになるのはおかしいのだが、しかし、キタサンブラックの中ではこの並びは当然の事だった。

 

(私よりトレーナーの方が速いんだもん、前を走られても仕方ないよね!でも、今日こそ追いつくぞぉ…!!)

 

 心底より惚れ込んでいるその相手が前を走っていることに何の疑問もない。

 世界で最強のウマ娘はサンデーサイレンスである、とキタサンブラックは心の底から信じている。

 だからこそ、そんな彼女が、自分のイメージの中であっても、自分より先を速く走っているのは当然の事であった。

 

 そして、この影が見えた時、キタサンブラックはいつも彼女との初めての併走を思い出す。

 私を導くように走ってくれていたサンデーサイレンスの背中を。

 あの時、私が上手く走れるようにと、手加減しながら走ってくれていた彼女は、それでも全く追いつけないほどの走りを見せてくれた。

 そして、その後の練習の中でも、私が強くなれるように、と速度を併せて何度も一緒に走ってくれていた。

 だからこそ、勝ちたい。

 まだまだ届かない背中だとはわかっているけれども、追いつきたい。

 

 キタサンブラックは、己が生んだ絶対の象徴の背中に追いつくために、目の前だけに集中する。

 

(っ……やっぱりコーナーがすごいっ!!今の私じゃ、こんなに速く曲がれないっ…!)

 

 コーナーに入り、目の前のサンデーサイレンスが加速した。

 ラチの下に頭を潜り込ませるような、彼女の領域による加速。これより速く走れるウマ娘は存在しない。

 でも、何とか追い縋る。

 大きな体を極限まで姿勢を下げて、全身の類稀なる体幹を振り絞り姿勢を崩さず、凝縮した力を斜め後方に放ちコーナーを駆け抜ける。

 距離は開けられない。ここで離れ過ぎてしまえば、この幻影は消えてしまうから。

 

 消したくない。

 私の手が届かないところまで、離れてほしくない。

 どうか私の手が届くところに、いつまでもいてほしい。

 絶対に逃さない。

 

(………よしっ!!コーナー乗り切った!!まだ見える!あとは直線、ここで少しでも距離を詰めないと…!!)

 

 キタサンブラックは目の前の幻影との距離、4バ身ほど離れてしまったそれに追いすがるために、脚に力を籠める。

 チームフェリスで磨き上げられた珠玉の両脚が、ダイヤモンドのような筋密度を生み、爆発的な加速を見せる。

 それでも、目の前のサンデーサイレンスとの距離は中々詰まらない。

 直線は苦手だとは本人が言っていたが、しかしそんなのは謙遜だ。

 穴が開くほど見たサンデーサイレンスの現役時代のレースで、あのイージーゴアにも負けないくらいの速度で直線を走っているのを、キタサンブラックは知っている。

 だから、今の私の全力でも、中々距離は縮まらない。

 

 いや───離れていく。

 

 当然だ。

 だって相手は、サンデーサイレンスなのだから。

 まだ、あの背中は遠い。

 遠すぎる。

 

(くぅー、駄目かぁ!でも、いつか、あの背中まで追いつきたいなぁ…!!)

 

 そして、お互いの距離が5バ身ほど離れたところで、その幻影はそのまま逃げ切り、キタサンブラックの前から消えてしまった。

 ううん、残念。でも、いつもよりは粘れたかな。

 キタサンブラックはふぅ、と一つ息を入れて、本人すら気付いていない極限の集中状態から意識を取り戻した。

 

 よし。

 それじゃあ、ここからはしっかりとレースに臨んで───────

 

 

『──────ルッッ!!!何というウマ娘を送り出したのだチームフェリス!?そんな走りがあるか!?一切!!一切の減速をせず1800mを走り切ったぞキタサンブラックッッ!!圧倒的な実力!!…今っ!!今、ようやく二着のウマ娘がゴールですっ!!!前代未聞のメイクデビューとなってしまった!!後続との差は数えきれないっ!!余りにも超然とした一人旅っ!!当然のレースレコード!!いやっ、芝1800mのジュニアのレコードを軽く超えている!!とんでもない新星が現れた!!その名はキタサンブラックですッ!!!!』

 

 

「えっ……あ、あれぇ……?」

 

 しかし、意識を平常に戻した頃には、すっかりゴール板の前を駆け抜けており。

 そして後続は誰もその異様なる速度に追いつくことは能わず。

 彼女の伝説、その初戦たるメイクデビューは、鮮烈なる輝きを以てファンたちの目に焼き付いたのであった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……最終着差は24バ身。2着との差は約5秒。まったく……本当にやってくれたわ。絶好調の最高の走りを、初戦から見せる子がいる…?)

 

 レース映像を見終えて、苦笑を零しながら、私は活動記録にレース結果の詳細を記入する。

 キタのメイクデビューは、圧勝で終わった。

 完璧な適正とは言えないマイル戦で、しかし、私の想像以上の走りを見せた彼女は、余りにも強すぎる走りを見せつけた。

 愛バが初勝利をする時は、どんなレースでも感動してしまうものだよ……とタチバナから事前に聞いており、実際にきっと感無量の勝利を見せてくれるだろうと思っていた私でも、笑顔と共に冷や汗を浮かべるほどであった。

 URA規定によれば3着以下のウマ娘が全員タイムオーバー*1なのだが、今回は余りにもキタサンブラックの出した記録が速かったため、裁決委員によってタイムオーバーの適用外とされていた。

 

 ─────やり過ぎなのよ。

 

(練習中にごく時々、キタが見せる領域に近い極限の集中が見せる走り……それが、最高のタイミングで出ちゃった形ね……もう、本当に私が見初めただけあるわ。私もこれで腹をくくることになったわよ)

 

 ジュニア期を走り終えた今の時点でも、キタの走りに領域は発現していなかったが、きっと、彼女の領域に近い感覚なのだろう。

 後続を気にせず、完全に己の走りを果たすために集中したとき、キタの走りは一変する。

 どんなウマ娘も追い縋れないと思わせるような、圧倒的な力を見せる。

 いつか、この力を彼女が使いこなせるようになれば……無敗のウマ娘も、夢ではないのかもしれない。

 

 とはいえ、懸念がないわけでもない。

 キタの走り……類稀なる才能と、それをフェリスで磨き、先輩たちの背を見続けたことで円熟した走りの技術により、現時点のジュニア期ではまだ周囲の有力ウマ娘と比べても一線を画す強さだ。

 しかしそれは同時に、ライバルが不在であるという事。

 競り合いや、極限まで追い込まれた中での勝負という経験が積めていない。

 キタのまなざしはあくまでゴールに、走る己にのみ向けられており……そこに、競い合う誰かがいないのだ。

 どうしても勝ちたいと思うような何かが、ジュニア期を終えた今になっても、まだキタの中に生まれていない、ように感じる。

 

(けど、そこは今後、レースを重ねる中できっと現れるはず。……流石にここまでの大差を生んだのはこのメイクデビューのみで、その後に走った重賞や朝日杯では、他のウマ娘も少しずつ追い縋ってきている。いつ誰がライバルになってくれるか……油断は今後も一切、出来ないわね)

 

 改めて、自分が担当するウマ娘がとてつもない才能を秘めていることを、このレースで思い知らされた。

 私もタチバナもウマ娘達も、チームの全員が気を引き締め直すよいきっかけとなった。

 キタサンブラックの走りが、キタサンブラックの才能によるものだけではなく、革命世代が生んだ気勢によるものもあるとすれば、同じような劇的な走りを他のウマ娘がしてこない理由はない。

 だからこそ、私達も練習に今後も一切気を抜かず、高みを目指していくのみだ。

 

(……メイクデビューでの劇的な勝利により、キタサンブラックの世間での注目度は上がり、同時に周りから徹底マークを受ける対象にもなった。ここは今後の練習でより注意していかなければならないところだった……っと。こんなところかしらね)

 

 おおよそ、キタのメイクデビューにかかる内容を書き終えて、ふぅ、と一息つく。

 やはり自分の愛バの事を書くだけあって、私も気合が入ってしまう所だ。

 勿論活動記録の全てを気を緩めて書くわけではないのだが、この辺りはタチバナだって同じだろう。担当ウマ娘には愛着がわくという物。

 

(……あ、そういえば勝利後のおねだりについて書き忘れたわね。……まぁいいか。大したことでもなかったし)

 

 メイクデビュー後のキタからのおねだりについて、活動記録に書いていなかったことに思い当ったが、しかし実際に何か大したことをしたわけでもなく、私はそれを記録に残すまでもないと思い、やめた。

 あのクソボケが見せる様な、明らかに愛欲の籠った熱のある肉体的接触をしているわけではない。

 ただ望まれるままに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だ。

 何やら尻尾ハグ、というものらしいが、ウマ娘同士でやる手慰みのような物なのだろう。何が嬉しいのかは分からなかったが、キタは随分と喜んでくれていたのでよしとしよう。

 

(……よし。それじゃ、次は宝塚記念と帝王賞ね……)

 

 私はページを切り替えて、執筆を再開した。

*1
メイクデビューでは1着から5秒以上離されると、1か月の出走できない期間が設けられる。







(アプデ感想)
この世界線のターボの固有はスタート時点で発動する(鋼の意志)

しかしとんでもねぇことになりましたな…ヴィイちゃんのパパが来るとは思わんやん。
3月完結見込みで物語を書き切りたい(怒涛の情報量に流されかける)
アニメもアプリも楽しみですね。サイゲさん最高。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

178 閑話 フェリス☆ファイブ☆ゲーム

 

 

 

 

 

 私──キタサンブラックはウマホを弄りながら、ふと、ちらりと隣に座る私のトレーナー、サンデートレーナーの横顔を見る。

 

(……仕事に集中してるトレーナーも、カッコいいなぁ……)

 

 自慢になるが、私のトレーナーはとってもすごい。

 まず綺麗だ。全身が、その細部にわたるまで、こう、大人の女性!って感じで、いつ見ても私は見惚れてしまう。

 身長は低く、チームの中でも一番小さいのだが、しかし日常を過ごす中で彼女に子供らしさを感じることはない。

 その長い睫毛の生えそろった深い黄金を宿す瞳。吸い込まれそうな艶のある長い黒髪。

 メリハリのあるボディラインに、女性らしい腰つき。

 そして、そんな全身に搭載された、完璧な筋肉。

 そこから放たれる、圧倒的な走り。

 

 一目惚れしてしまうのも無理はない。

 私の心はこの人に奪われてしまっている。

 

(でも、お仕事やっぱり大変そう。邪魔しちゃ悪いよね……)

 

 私は構ってほしいと思う自分の心を自制する。

 機内であるし、余りおしゃべりをするのもよろしくはない。それに、純粋に、お仕事を頑張っているトレーナーの邪魔はしたくない。

 隣にこうして座って長くいるだけで…いや、帰省に一緒に連れて行ってもらえただけで、私にとっては満足だ。

 これ以上を求めるのは野暮という物。私だって、いつまでも駄々をこねる子供ではいられない。

 この人の隣に立つのに相応しい、強く美しいウマ娘にならないと。

 

(でも、本当にトレーナーって大変な仕事だなぁ……やっぱりすごいや、サンデートレーナー)

 

 こうして帰国するフライトの中でも仕事をするほど忙しい、トレーナーという業務。

 立華トレーナーもそうだし、学園の他のどのトレーナーだってそうだが、とにかくトレーナーという仕事は忙しい。

 練習プランを組むのだってそうだし、レースに出走する手続き、遠征の手続き、宿泊先の手配、記者などのインタビューの日程調整、レースのデータ収集、時には自分がメディアに露出することもあるし、学生の生活指導も……と、とにかくやる仕事は多岐にわたる。

 これはどうしても必然になるのだが、土日だって仕事がある。練習もするし、土日開催のレースとなれば監督だってしなければならない。

 重労働だ、と言われればその通りだろう。

 そんな大変な仕事に、しかもこのサンデーサイレンスという人は、アメリカから遥々日本へ転籍して来ているのだ。

 慣れぬ日本語に苦労もしただろう。環境だって一変する中で、しかし、過去の事件から生まれる強い想いで、彼女は立派にトレーナーという仕事を務めあげている。

 敬意しかない。誰よりも苦労している彼女が、誰よりも報われてほしい。

 そう祈るくらいは、私にも許されるはずだ。

 

(がんばれ、サンデーさん……私、いつだって応援してますからね)

 

 声には出さず、内心でその祈りを果たす。

 彼女の頑張りに報いるためにも、私はレースで勝ち続ける。

 彼女の教えが優れていることを、私の走りで証明する。

 

 さて、話は変わるが、サンデートレーナーの恋のレースについても、私は応援するスタンスだ。

 サンデートレーナーが立華トレーナーに懸想を向けていることは勿論察している。

 私としてはそれはライバル現る……と言うよりも、ちゃんとした落としどころに落ち着いて、サンデートレーナーが幸せになってくれれば、それでいいと考えている。

 強力なライバルが3人いるが、それを蹴落としてでも……とは思わない。こう、良い感じに、お互いに納得いく形でちゃんと着地してくれればいい。

 どういう形になればそうなるかはわからないけれど、チーム内で恋愛でギスギスするのだけはよくない。

 その辺りは立華トレーナーに任せよう。サンデートレーナーを一番信頼しているのは間違いないが、勿論立華トレーナーだって、心から信頼している。あの人は本当にすごい人だ。何度も世界を繰り返しているだけはある。

 まぁ、もし万が一、サンデートレーナーが悲恋に泣くようなことがあれば、立華トレーナーにけじめは取らせたうえで、私がちゃんとサンデートレーナーを慰めて、貰ってしまおう。

 

(……さて、時間を潰そ。何か面白い動画でもないかな……)

 

 ウマホを弄り、ウマッターで今日のオニャンコポンや今日のマンボを見たり、同期の子のレースなどを見たりと、時間を潰す手段はそれなりにある。

 また眠くなるまでそうして時間を潰そう……とうまちゅーぶを開き、サンデートレーナーの体幹トレーニングの動画をヘビロテでもしようかな、と検索していたところで、新着の動画の通知が入っていることに気が付いた。

 

(あ。ゴルシさんのぱかちゅーぶのプレミア公開の動画が来てる)

 

 興味を持ち、その動画をタップする。

 ちょうど今日、これから始まるプレミア公開の動画のようだ。

 概要欄を見ると、今年最後のバラエティ動画らしい。

 ゴルシさんのぱかちゅーぶでは、日本中で有名なGⅠ生実況ぱかちゅーぶのほか、学園の生徒をゲストに呼んでバラエティのような動画を作成し、こうして公開することもある。私もサトちゃんとセットで出演したことがある。

 去年くらいにやっていた、スペ先輩とオグリ先輩とタイキ先輩の大食いラーメン対決などは笑わせてもらった。立華トレーナーがカットインしたのにも笑ったけど。

 

(へぇー……ちょうどいいや、見てみよ。どんなことするんだろ?)

 

 プレミア公開をこうして生で視聴するのは初めてだ。

 生放送とは違い、字幕やカットなど作られた動画で、しかしそれを時間を指定して投稿することにより生放送のような盛り上がりで楽しむことが出来るモノ。

 さて、年末にどんなとっておきの動画を投稿したのかな、と私はウマ娘用のイヤホンをつけて、軽い気持ちで動画の公開を待った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

~  トレセン学園  10月中旬  ~

 

 

「ゴルシさんが指定した時間と場所はここですね!」

 

「ねぇ……なんで私達ここに呼ばれたのかしら?スペシャルウィークさん、何か心当たりはある?」

 

「黄金世代をゴルシ先輩が体育館に呼び出しってのはねぇ……すごい嫌な予感がしますよセイちゃんは。前の脱出ゲーム*1みたいにならないよね?」

 

「ゴルシ先輩は最近大人しいですから、よほどのことはないと思いますよ?最近もスーパーバニーマン協力プレイに御呼ばれされて楽しませていただきましたし*2

 

「また何かのバラエティでしょうかネ?大食い系だと嬉しいデース!!」

 

 

 

 体育館に集められた、黄金世代の5人。

 

 この後、彼女たちは過酷な運命に巻き込まれることになる──────

 

 

 

『ふぉっふぉっふぉ……集まったな、哀れな子羊ども…!!』

 

 

「!?ゴルシさんの声がしますよ!?」

 

「スピーカーから…!?どこにいるの!?」

 

「いやフツーにあっちにいるじゃん?なんか長机と椅子あるし……マイクでしゃべってるよ」

 

「体育館の中央に、黒い布で包まれた大きなセット……ゴルシ先輩の傍にも謎の黒布の大きな箱型のモノ……」

 

「これ完全にバラエティのやつデスね!!」

 

 

『おー。よく集まってくれたぜぇー!!えー、今からお前たちにはデスゲームをしてもらいます』

 

 

「デスゲーム!?」

 

「どういう事よ!?」

 

「いやこの人数でデスゲームは無理でしょ」

 

「決闘ですか?『武器』は『薙刀』でもよいですか?」

 

「グラスが覚悟決まり始めてマース!?逃げていいデスかー!?」

 

 

 唐突にゴールドシップから告げられる、デスゲームの開幕……

 

 しかし、このウマ娘がただの決闘など企画するはずもなかった……

 

 

『そんじゃルールを説明するぜぇ!!閃いたときはアタシは天才だと思ったね……!!お前らにやってもらうデスゲームはこちらっ!!!』

 

 

 ばさりと黒幕で覆い隠されていたセットが現れる。

 

 そこには、5つの大きな試着室のような箱が並べられていた───────

 

 

『名付けて、『フェリス☆ファイブ☆ゲーム』!!!これから6時間のうちに、お前らには見事に戦隊5人の名乗りを完成させてもらうぜェーーーッ!!!』

 

 

「フェリスファイブゲーム!?」

 

「……どういうことか全く分からないのだけれど!?」

 

「あ、セイちゃんぴーんと来ましたよ。あれだ、ファン感謝祭でチームフェリスが見せたあの天然ボケの戦隊ね?」

 

「ああ……あの、タマモ先輩がツッコミ死したという伝説の……」

 

「ゴルシ先輩!!ちゃんとルール説明してくだサーイ!!」

 

 

『おー。任せな、ちゃんとルールは説明してやるからよー!!動画の上では簡単にルールを乗せてあるからよく読んでくれよなっ!!』

 

 

 

 

 ~基本ルール説明~

 

①黄金世代の5人は、試着室内にある5色の戦隊コスチュームのうち、1つの色を選んで着用する

②着替え終えた後、それぞれがポーズ名乗りを上げながら試着室から出てきて、5人の色が一つも被らなければ企画勝利

③色はレッド、ブルー、グリーン、ホワイト、ピンク

④当然、試着前の打合せはNG。試着室内は簡単な防音になっているので大声でなければ色々呟いたりするのはOK(ってか動画ウケのためにも呟いて)

⑤健全な動画なので、まず厚手の黒タイツを全身に来てもらい、上に羽織る形で各色のスーツを着用する

 

 

 ~特殊ルール~

 

①試着する色は、その前のターンで自分が着た色と同じ色を選ぶのはNG

(例)スペシャルウィークが赤を着て登場し、失敗した後、次のターンでまた赤を着て出てきてはいけない

②同じ色で被ったウマ娘は、その都度ケツハリセンを受ける

③間違えて前回と同じ色で出てきてしまったウマ娘も、ケツハリセンを受ける

④全員の色が被ってしまった場合は、タイキックが尻に見舞われる

⑤全員の色が分かれて成功したとしても、前回と同じ色を選んでしまったウマ娘がいれば失敗となる

⑥6時間たっても成功できなかった時は、それぞれの同室のウマ娘がくすぐりの刑を受ける

 

 

 

 

 ルール一覧が画面から消えた後、既に黄金世代の5人ともが全身を黒タイツに包んで、並び立っていた。

 

 

「このタイツ結構体のライン出ますね!?太り気味のタイミングじゃなくてよかった…!!」

 

「早く上に何か羽織りたいのだけれど!?というか同室の子を人質に取るのは卑怯じゃないかしら!?」

 

「ぱっと計算しても色の組み合わせは3125通りかぁ。で、突破の組み合わせは120通り……3.84%で成功だね、ランダムなら」

 

「ですが、誰が何色を選ぶか推理もできますし、同じ色を選べない……と言うのは、考えようによっては選択肢を減らすことが出来ますね」

 

「むむ、とりあえずやってみて覚えマス!!ところでエルとグラスは同室デスから、私達の人質がいないんじゃあ……?」

 

 

『人質の何が悪いか!!せっかくの大企画だからバッチリ声かけて全員からOK貰ってるからよォ!!ちゃんともう人質も呼んでるぜぇー!!!お前らが長引けば長引くほど暇になるからとっとと完成して見せろ黄金世代!!……あ、ちなみにグラスとエルの部屋は同室なんで、お前らの人質としてはマンボ連れてきてるぜ』

 

 

「ふふっ、スペちゃん、頑張ってね」

 

「うおー!キングちゃん、よくわかんないけどがんばってー!!」

 

「セイちゃん、お尻はたかれないように気を付けてね。……さて、私たちはゲームでもして時間潰す?」

 

「キー!」

 

「あ、マンボちゃんごはん食べる?ちゃんと東条トレーナーからジャーキーももらってきてるからね!」

 

「三人だからAP○Xなんかちょうどいいかも……最近ちょっとだけやってみたら結構楽しかったの……あ、いちご大福食べていいかしら?」

 

 

 既に生贄となる子羊たち……サイレンススズカ、ハルウララ、サクラローレル、マンボが囚われの身となっている……

 

 体育館の隅、監獄(出入り自由。コタツとゲーム機完備)に入れられた彼女たちは、悲痛な叫びをあげていた──────

 

 彼女たち黄金世代は、見事に戦隊として息を併せて、彼女たちをゴールドシップの魔の手から救えるのだろうか─────

 

 

「いやだいぶ雰囲気緩いわね!?ウララさん、お二人に迷惑かけちゃだめよ!?」

 

 

『ちなみにケツハリセン部隊は最近ジュニアのダートで頑張ってるダート三銃士を連れて来たぜー!』

 

 

「コパノリッキー!風水的に今日は一杯振りかぶりそうだよっ!!後で恨むのはやめてくださいね!!」

 

「風水ってそこまでわかるものなのリッキー?……あ、ホッコータルマエです。よければ苫小牧を応援よろしくお願いします!」

 

「ワンダーアキュートじゃよ~。ほほぉ~、闘魂注入ぅ~!みんな頑張るんじゃよ~!ぶんぶんぶぅ~ん!」

 

 

 そしてゴールドシップの手下たる三名……コパノリッキー、ホッコータルマエ、ワンダーアキュートが既にその手に凶器を侍らせ、血に飢えた眼差しを5人に向けている────────

 

 

「……ん?3人がケツハリセンってことは、タイキックは誰がやんのさ?まさかゴルシ先輩が直々に蹴るとか言わないよね?」

 

「そもそもそんなことは起きませんけどネー!!」

 

 

『おぅ、安心しろ。ちゃんと専門家をお呼びしてっからよ!』

 

 

「……専門家?」

 

「嫌な予感がしますが…!?」

 

 

『それじゃあタイキックしてくれるウマ娘はこちらっ!!!』

 

 

「─────押忍、ヤエノムテキです。自分の出番がないことを祈ります」

 

 

「本物のプロじゃないの!?お尻が割れるわよ!?」

 

「ヤバいって!!ヤエノ先輩はヤバいって!!」

 

「大丈夫です。手加減するよう努力はします」

 

「努力!?努力って言いましたか今!?」

 

「せめてクッションとかお尻に敷いてはいけませんか……!?」

 

 

 彼女たちがその色を一つに染める時、ヤエノムテキの豪脚が振るわれてしまう。

 

 しかし、愛する友人を助けるために、黄金世代の5人は強く意思を固めて、この戦いに挑むのだった───────

 

 

 

 

 【一戦目】

 

 

 

「ねぇみんな、せっかくだし、フェリス何々~、って名乗りじゃなくて、私達らしい名乗りにしない?」

 

「そうね……黄金世代だし、ゴールドレッド!とか?」

 

「ゴールドだと色が被るじゃん?短くしてゴルド○○、とかどう?」

 

「ゴルドレッド、ゴルドブルー……悪く無い響きですね」

 

「ではそれで行きまショウ!!皆、息を合わせるデスよ!」

 

 

 試着室にそれぞれ入って行く黄金世代たち。

 

 それぞれ、自分が何色になるかを選び始める──────

 

 

 

(セイウンスカイカメラ)

 

「…なるほど、このカメラで音と映像拾ってるわけね。みんな見てる~?セイちゃんのお色気シーンはありませ~ん」

 

「で、着替え終わったらこのレバーを引けば、外では着替え完了、の表示になって、全員がそれになったらゴルシ先輩が合図するわけね。なるほど理解理解」

 

「……ってか、どう考えても一発で成功なんだよね。それぞれの勝負服の色でいいじゃん。スペちゃんがピンク、キングが緑、エルちゃんが赤、グラスが青でしょ?んで私が白。完全に合わせてきてるじゃん。これ企画倒れじゃない?」

 

 

 

(キングヘイローカメラ)

 

「……成程、流れは理解したわ。後は色を選ぶだけね……」

 

「……んー、緑が私のイメージカラーなのは間違いないけれど、私はキングなのよね……キングと言えばやはり黄金世代のリーダーなのだから、赤をみんなイメージするわよね……」

 

「仕方ないわね、みんなの期待に応えて赤を着てあげましょう」

 

 

 

(スペシャルウィークカメラ)

 

「(何のためらいもなく赤を着用する)」

 

 

 

(グラスワンダーカメラ)

 

「問題は、誰が赤を着るか、です」

 

「黄金世代の中で最強が私なのだから、やはり私が着るべきなのでしょう……仕方ありませんね」

 

 

 

(エルコンドルパサーカメラ)

 

「当然赤デスねー。勝負服でみんなもエルが赤であることは決まってるはずデース」

 

 

 

 

【着替え済】【着替え済】【着替え済】【着替え済】【着替え済】

 

 

 

 

『お、よーし全員着替え終わったな!!そんじゃドラムロールに合わせて出てきていいぜっ!!!』

 

 

 会場にドラムロールが流れ始める……

 

 そして、左の試着室から順番に、着替えたウマ娘が名乗りを上げて飛び出してくる。

 

 

 

「────────ゴルドホワイト!!」

 

 セイウンスカイが、白の衣装で飛び出してばっちり名乗りを上げる。

 

 

「────────ゴルドレッドよ!!」

 

 キングヘイローが、赤の衣装で飛び出してばっちり名乗りを上げる。

 セイウンスカイがこの時点で、嘘でしょ!?って顔でキングを見た。

 

 

「────────ゴルドレッドです!!」

 

 スペシャルウィークが、赤の衣装で飛び出して自信満々で名乗りを上げる。

 セイウンスカイが頭を抱え、キングヘイローが(例の顔)でスペシャルウィークを見た。

 

 

「────────ゴルドレッドです……」

 

 グラスワンダーが、赤の衣装でゆっくり試着室から出てくる。

 絶望で両手で顔を覆うグラスワンダーに、全員の視線が注がれた。

 

 

「────────ゴルドレッドデース!!!」

 

 エルコンドルパサーが、赤の衣装で飛び出して自信満々で名乗りを上げる。

 全員の顔が絶望に染まり、観戦しているサイレンススズカら人質組が爆笑していた。

 

 

『ハイアウトーーーー!!!!ぶっはははははははは!!!なーにやってんだお前らぁ!!!いきなりフェリス超えしてんじゃねーかーっ!!あーーーーっはっはっはっは!!!あははははははは!!!おらぁ!!ケツハリセン部隊行けーーーーーっ!!!』

 

 

 デデーン!!!と効果音が鳴り、ダート三人娘がケツハリセンを片手に駆け寄っていく。

 

 

「失礼しますっ!!コパぁーっ!!」

 

「スペ先輩、ごめんなさいっ!!!」

 

「ふほーっ!!おほほぉーっ!!楽しぃねぇ~!!」

 

 

 スパーン!!といい音を響かせて、セイウンスカイを除く4人にケツハリセンが振るわれた。

 

 

「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!」

 

「っ痛ったぁ!!!」

 

「っ………!!」

 

「ケぇーーー!?」

 

 

 芸人らしいバラエティ豊かな叫び声をあげて4人が苦痛に膝を折る。

 

 

「ってか何やってんの!?マジで!?普通に勝負服の色で行けば終わったじゃん!!タイキックにリーチ掛かるとは思ってませんでしたよセイちゃんは!?」

 

 

 セイウンスカイがキレた。

 当然の怒りであった。

 

 

「へへぇ……だってぇ……私日本総大将じゃないですかぁ……だったらやっぱりレッドかなって……!!」

 

「このキングが組む戦隊なのよ!?キングが一番なのだからリーダーの色であるレッドは私でしょう!?」

 

「スペちゃんには勝ち越してる私が一番だと思ったんです……!」

 

「エルは何もおかしくないですよね!?被害者デスよね!?勝負服も赤だし実力もエルが一番ですよね!?」

 

「おまえら。」

 

 

 それぞれが思い思いにチーム黄金世代のリーダーであるという認識があり、その上で着用した赤という色。

 セイウンスカイは領域エフェクトでこの体育館を大波に呑み込んでやろうかという葛藤が生まれたが、サクラローレルが囚われているのでその衝動を何とか呑み込んだ。

 

 

「……っはぁ~~~!!もう、私が被害にあわなかったからいいけどさぁ!次は4人が赤だったんだからチャンスなんだからね、よく考えて服を着て────」

 

『おっとウンス、それ以上はヒントになるんでNGな。お前らにはリアクション以外の会話する権利はねぇー!!第二ラウンドに入るぜぇーっ!!』

 

「くっ…!」

 

 

 セイウンスカイがその回る頭で解法を零しかけたのをゴールドシップが止めて、第二ラウンドが始まった。

 

 

 

 

 【二戦目】

 

 

(セイウンスカイカメラ)

 

「まぁ、もう私は赤しか選べないわけですよ。4人がさっき赤だったんだから、全員違う色になるわけで」

 

「そうなれば、エルちゃんが私の代わりに白を選んで、後は皆がそれを察して自分の勝負服の色を選べばそれで完成っと。うん、やっぱちょろいなこのゲーム」

 

 

 

(キングヘイローカメラ)

 

「赤はもう選べないのよね…。スカイさんが赤になる。となれば、残る4人で他の色を併せればいいのよね」

 

「……ここは素直に緑で行こうかしらね」

 

 

 

(スペシャルウィークカメラ)

 

「(何のためらいもなく赤を着たままで【着替え済】の札を返す)」

 

 

 

(グラスワンダーカメラ)

 

「こうなってしまえば、私はやはり青になりますね…」

 

「……緑も似合う気がするのですが。うーん………でも、ここはやはり青……?」

 

 

(エルコンドルパサーカメラ)

 

「今度こそエルが赤デース!!これ、このままでレバーを引けばいいんですよネー?」

 

 

 

【着替え済】【着替え済】【着替え済】【着替え済】【着替え済】

 

 

 

『よーし、全員着替え終わった!!そんじゃ第二回、はじめっ!!!』

 

 

 会場にドラムロールが流れ始める……

 

 そして、左の試着室から順番に、着替えたウマ娘が名乗りを上げて飛び出してくる。

 

 

 

 

「────────ゴルドレッド!!」

 

 セイウンスカイが、赤の衣装で飛び出してばっちり名乗りを上げる。

 

 

「────────ゴルドグリーンよ!!」

 

 キングヘイローが、緑の衣装で飛び出してばっちり名乗りを上げる。

 完璧だ。セイウンスカイもうんうん、と頷いた。

 

 

「────────ゴルドレッドです!!」

 

 スペシャルウィークが、赤の衣装で飛び出して自信満々で名乗りを上げる。

 セイウンスカイが日本ダービーでスペに追いつかれた時のような三白眼を見せ驚愕した。

 

 

「────────ゴルドブルーです」

 

 グラスワンダーが、青の衣装で飛び出してばっちり名乗りを上げる。

 この時点で観戦している人質組からは爆笑が生まれていた。

 

 

「────────ゴルドレッドデース!!!」

 

 エルコンドルパサーが、赤の衣装で飛び出して自信満々で名乗りを上げる。

 セイウンスカイが絶望の末、ちょっと横になった。

 

 

 

『ハイアウトーーーー!!!ぶっはははははは!!ルール理解してねーぞ二人ほど!!アタシちゃーんと説明したよなぁ!?前と同じ色選んじゃいけねーんだって!!!ウンス御気の毒っ!!ケツハリセンだぁーーーー!!!』

 

 

 世の理不尽を嘆くセイウンスカイと、スペシャルバカとエルコンドルバカーにケツハリセンが見舞われる。

 

 

「り゛ふじん゛ッ……ぎゃああっ!!」

 

「なしてーーーーー!?」

 

「オーー!!お尻が二つに割れマーーーース!?!?」

 

 

 綺麗な絶叫が体育館に響いた。

 

 

「……スペちゃん!!エルちゃん!!!同じ色は続けて選べないんだよっ!!なんで赤にしてんのぉ!!」

 

「ご、ごめんなさい…!!すっかり忘れてて…今度こそ赤を取るんだって……!!」

 

「このゲームは色を奪い合う勝負ではないのよ!?」

 

「エ~ル~?」

 

「ひぃ!!申し訳ないデース!!次からはちゃんとやりマース!!」

 

 

 意外と息の揃わない黄金世代のメンバー。

 この後も、数々の苦戦が彼女たちを襲う────────

 

 

 

 

 

「────────ゴルドブルー!!」

 

「────────ゴルドホワイトよ!!」

 

「────────ゴルドピンクです!!」

 

「────────ゴルドレッドです」

 

「────────ゴルドブルーデース……」

 

 

「エルちゃん!?何やってんのぉ!?」

 

「あと一息だったのよ!?ほんの一息で…!!」

 

「エルちゃん……」

 

「エ~ル~????」

 

「ごめんなサイ!?でもこれ後にやる方が責任問われて不利デース!!順番!!順番変えまショ痛ったぁ!!!」

 

「んぎゃあああああああああああ!!!」

 

『おー、やる順番は好きに決めてくれていいぜー』

 

 

 

 

「────────ゴルドレッドです!!」

 

「────────ゴルドホワイトデース!!」

 

「────────ゴルドレッドよ……」

 

「────────ゴルドグリーンです」

 

「────────ゴルドブルー。ねぇ、これ私出る意味ある?」

 

「ひぃーん!!!おっぎゃあーーーー!!!!」

 

「このキングともあろうものがいひゃいっっ!!!」

 

「……時短狙う?どっかで被ったらそこで止めてケツハリセン甘んじて受けるって感じで」

 

「アリですね」

 

『いやそーやって後で被った時のケツハリセン回避するつもりだろー?ちゃんと最後まで出て来いよー。もし長くなりそうだったら次回からちょっと考えるわー』

 

「ちっ…バレたか」

 

「次回あるんですか!?」

 

 

 

 

「……あ、ウララちゃん、そこ下に行くとスターが買えるわよ」

 

「え、ホント!?ホントだー!!やったやった、これでいっちゃ~~く!!」

 

「うーん……ミニゲームでは勝てるんだけどサイコロの引きが悪いなぁ。ウララちゃん、流石だね。でもここからだよ?」

 

「むぅ……このアイテムを使えばウララさんからスターが奪える……しかし可愛いウララさんから奪うというのは…!!」

 

「(マンボはグラウンドで練習中のチームフェリスの所にいるオニャンコポンの所へ遊びに飛んで行ったので不在、とテロップが流れる)」

 

『こっち随分とリラックスしてんな?いつの間にかヤエノムテキも混ざってんな?』

 

「ちょっと……こっちは結構重労働なんですけど!?交代してくれません!?」

 

「毎回、みんなのお尻を叩くの、結構疲れる……!!気分的にも…!!」

 

「ふほぉ~!わしはとっても楽しいよぉ~!!実家のボクシングジムで鍛えた腰の切れを魅せつけるよぉ~!」

 

『いやアタシもちょっと負担分配間違えたわ。次から考えるぜー』

 

 

 

「……なんか着替え長くないですか?」

 

「どうしたのかしら?ちょっとー!?何かあったの!?」

 

「ごめん!!!今私が悩んでる!!!ちょっと待ってて!!イケそうだから!!!」

 

「セイちゃん!?イケそうなんですネー!?」

 

「よく悩んで、考えてくださいね……!!」

 

 

「────────ゴルドレッドよ!」

 

「────────ゴルドグリーンです!!」

 

「────────ゴルドホワイトデース!!」

 

「────────ゴルドブルーです。…これは!」

 

「────────ゴルドピンクっ!!!っしゃ!!!五人揃っ────────」

 

 

 デデーーーーーーン!!!

 

 

「……えぇ!?どうして!?5人の色は整ってるわよね!?」

 

『バカモーン!!ウンスが前回ピンクだっただろうがーー!!悩みすぎて忘れただろお前ーっ!!!無慈悲なケツハリセンだぜぇ!!!』

 

「……あ!!!しまった!!うわマジで忘れてったッ痛ぁッ!?!?」

 

 

 

 

 

 ────────激戦を繰り広げるも、中々5人の心は揃わない……

 

 既に企画開始から4時間が経過していた────────

 

 

 

「すぴー……( ˘ω˘ )スヤァ……」

 

「ウララちゃんが遊び疲れて寝ちゃってるわ……」

 

 

 

 だがここで、とうとう、初めて───────

 

 5人の絆が、奇跡を起こす───────

 

 

 

 

「……よし、自分を信じます!これで勝負です!」

 

「…ここ最近、スペシャルウィークさんとグラスさんの色が一致してた……だからこそ、キングはここでこの色を選ぶ…!」

 

「勘で行くしかないデース……」

 

「スペちゃんとはもう色を重ねないようにしないと……これ、で行きましょう……」

 

「……やればやるほど悩むな、これ。私もスペちゃんくらい悩まずに決められればいいんだけど……うーん……これ、かなぁ…?」

 

 

 

 そして、奇跡の瞬間は訪れた────────

 

 

 

「────────ゴルドレッドです!!」

 

「────────ゴルドレッドよ~~!!。゚・(>Д<)・゚。」

 

「────────ゴルドレッドデース……」

 

「────────ゴルドレッドです……あ、まさか」

 

「────────────────ゴルド、レッド………」

 

 

 

 デデーーーーーーーン!!!!

 ペーゥペゥペゥペーーーーウ!!!

 デデデデーーーーーーーーーン!!!!デデデデーーーーーーーーーン!!!!

 

 

 

『あははははははは!!!とうとうやっちまったなぁ!!!やったなぁ!!!5人揃って同じ色!!!やってきたぜぇタイキックの時間がよぉ!!!!』

 

 

「なんで!?なんで125通りができなくて5通りしかない全色揃いが先に来るのぉ!?」

 

「セイちゃん!!なんで赤にしたんですかぁぁ~~!!」

 

「誰の責任でもないのよスペシャルウィークさん!!私達でっ……甘んじて受け入れるしかッ…!!」

 

「やってしまいましたね……やってしまいました……己が許せません……」

 

「辞世の句を残しておきマース……『ケツサイズ サバを読んでる グラスワ』──────」

 

「────────エル?」

 

「ヒッ」

 

 

 

 とうとう彼女たちはそれを成してしまったのだ。

 

 成功よりも確率の低い、全色一致という奇跡を……

 

 

 

「──────ようやく出番ですか」

 

「や、ヤエノ先輩!!お願いですから手加減してくださいね!?」

 

「ご安心ください。一撃で粉砕せぬように力加減には細心の注意を払います」

 

『いちおーちゃんと衝撃緩和用にヤエノの脚には三重にタオルを巻いた状態で蹴ってもらうぜー。ケガはよくねぇからな!!マジで!!……マジでな!?ちょっと企画した側だけど不安になってきたぜアタシも!?手加減してくれよなヤエノパイセン!?』

 

「覚悟を決めるしかないようね……このキング、タイキック程度でくじける様なウマ娘ではないわ!!」

 

「セイちゃんちょっと衝撃を少しでも逃がすために四つん這いになりますね……」

 

「三戦の構えであれば……行けるはず……」

 

「もうこうなりゃヤケデース!!ばっちこいデェーーーース!!!」

 

「では──────参ります!!押忍ッ!!」

 

 

 5人揃って、お尻を向けて並ぶ異様な光景が作られる────────

 

 そして彼女たちのお尻に、無慈悲なタイキックが放たれたのだ。

 

 

「んっっぎゃあああああああああああああ!!!!あああああああああ!!!」

 

「いに゛ぁ゛あ゛ーーーーーーーーーー!!!あーーーーっ!!お尻が燃える!!燃えてるわ!!!」

 

「あ゛っああああああああああああああああああ………!!!」

 

「心頭滅却────ッSH××!!F×××!!!××××!!!××××××!!!!!」(ピー音)

 

「ッオオォォン!!!アッ!!F×××!!××××××××!!!」(ピー音)

 

 

 

 流石は黄金世代。

 

 見事なオーバーリアクションで、タイキックを受け止めたのだった。

 

 

 (※このタイキックで彼女たちに怪我などはありませんでした。あくまでバラエティなのでご安心ください※)

 

 

 

「……………お尻、ついてます?私のお尻……」

 

「私のお尻、4つに割れてない?大丈夫……?」

 

「セイちゃんちょっとしばらく横になりますね……」

 

「………あまりの衝撃に、失言を零してしまいました。編集しておいてください……」

 

「エルも何言ったか覚えてないデース……ゴルシ先輩任せマース……」

 

 

『おー、安心しろーちゃんとそこは編集してやっからよー。しっかし絵面がひっでぇなぁ!!ヤエノパイセン、ちゃんと手加減してやったかー?』

 

 

「無論。明鏡止水を極めた今、手加減も技術のうち……怪我はさせておりません。可愛い後輩のお尻を割るようなことは誓って」

 

「嘘!!!嘘ですってぇ!!!!絶対本気でしたって!!!!」

 

「これで手加減だったら本気だとどんな威力になるんですか……??」

 

「岩は割れます」

 

「そんなに」

 

 

『あ、次は前の色と被ってもいいぜー。5人とも同じ色だったからどうやってもそうなっちまうしよー』

 

 

 例えタイキックに倒れたとしても、彼女たち5人の戦いは続く。

 

 ふらふらになりながらも、それぞれが試着室に入って行く。

 

 

 

 

 ────────真の奇跡は、この後に待っていた────────

 

 

 

 

 

 

 

(キングヘイローカメラ)

 

「…前の色を気にしなくていい、ってことは……リセットされた、と考えていいのよね?」

 

「そうなると……勝負服の色に、揃えてみようかしら。みんな同じ考えになってくれているといいのだけれど」

 

 

 

(グラスワンダーカメラ)

 

「……ヤエノ先輩、いつか必ず決闘を申し込みます……凄まじい蹴りでした……敬意を覚えますね」

 

「さて、では……ここは、初心に戻り、勝負服の青で行きましょうか……」

 

 

 

(エルコンドルパサーカメラ)

 

「うー、まだお尻がヒリヒリしマース……今きっとお尻真っ赤デース……」

 

「……赤……うん、赤でいきまショウ。前の色は気にしなくていいんデスもんね」

 

 

 

(セイウンスカイカメラ)

 

「ここだ……!!頼む、ここでみんな息を併せて勝負服の色を選んでくださいよぉ……!大チャンスなんだから!!」

 

「私は白……キングとグラスは察してくれるだろうけどエルちゃんとスペちゃんがどうなるか…!!エルちゃんが怖いな、赤の次に赤を選ぶ勇気、出してて……!!」

 

 

 

(スペシャルウィークカメラ)

 

「(無意識に赤を選ぶ)」

 

「(しかしもう片手にピンクも取る)」

 

「(うつろな目でどっちがいいか悩んでいる)」

 

 

 ・

 ・

 ・

 ・

 

 

 

【着替え済】【着替え済】【着替え済】【着替え済】【着替え済】

 

 

 

 

『よーし揃ったぞー!!それじゃあ左から出てきなっ!!』

 

 

 

 

 

 

 

「────────ゴルドグリーンよ!!」

 

 キングヘイローが、緑の衣装で飛び出してばっちり名乗りを上げる。

 

 

「────────ゴルドブルーです」

 

 グラスワンダーが、青の衣装で飛び出してばっちり名乗りを上げる。

 キングヘイローと視線を合わせ、お互いに考えが一致していたことを察した。 

 

 

「────────ゴルドレッドデース!!!」

 

 エルコンドルパサーが、赤の衣装で飛び出してばっちり名乗りを上げる。

 この時点までは成功。3人の表情がもしや?と次の登場に期待をかける。

 

 

「────────ゴルドホワイト!!」

 

 セイウンスカイが、白の衣装で飛び出してばっちり名乗りを上げる。

 ここまで完璧。全員が、前回の色に囚われずに自分の勝負服の色に合わせた衣装を選べている。

 

 

 後は、問題の最後の一人。

 

 

 スペシャルウィークの登場に、体育館にいる全員の注目が集まる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──────────────ゴルドピンクですっ!!!!!」

 

 スペシャルウィークが、ピンクの衣装で飛び出して、ばっちり名乗りを上げた。

 

 

 

 

 

「……やった!?やったよね!?!?」

 

「やったわ!!ええ、前回は考慮しないのだもの!!やったわよね!?」

 

「やりました……!!」

 

「ブラボーーー!!さあスペちゃんっ!!!高らかに名乗りを上げるのデースッ!!」

 

「うんっ!!!行くよみんな!!!5人揃って────────」

 

 

 

 

「「「「「ゴルド・ファイブ!!!!」」」」」

 

 

 シャキーーーーン!!!

 

 

 

 

 見事に効果音が鳴り、とうとう彼女たちは奇跡を成した。

 

 5色を揃え、ゴルドファイブが完成したのだ。

 

 

『うおーーーーーーっ!!!やりやがったぜお前らぁ!!!かんっぺきじゃねぇかぁ!!文句のつけようもなしっ!!見事勝利条件達成だぜっ!!』

 

「やったわね、みんな…!!」

 

「おー!!すごーい!!とうとうやったねセイちゃん!!」

 

「感無量です、押忍!」

 

「…ぽぇ?おはよー……あ、揃ってる!やったんだー!!すごーい!!」

 

「キー!」

 

「お、終わった……!!本気で疲れたこのハリセン……!!」

 

「腕がもうパンパン……うん、でもすごい、流石黄金世代…!!」

 

「ふほぉ~!……おや、終わったのかい?寂しいねぇ……でもすごいことだねぇ~」

 

 

 敵も味方もなく、全員が黄金世代に向けて拍手を送る。

 

 感動的な光景だ。

 

 無事企画が成功したことで、うんうん、と悪の首領であるゴールドシップも頷いた。

 

 

『いやー、よかったぜー!!企画一発目からやっぱ駄目だった、ってなってもつまんなかったからよー!!ホントによくやったぜお前らー!!!うんうん、感動的な決着だなっ!!!無事成功させた5人には、寿司食い放題チケットのプレゼントを──────』

 

 

「さあ早く逃げるんですスズカさん。ウララちゃんも連れて行ってくださいね」

 

「早くお逃げなさい、ウララさん」

 

「ローレルさん、ここから先は見ない方がいいから早く逃げて?」

 

「ダート組の3人もお疲れさまでした。今日はお帰りになられて結構ですよ」

 

「マンボ、先に部屋に戻っててくださいネー」

 

 

『……ん?何だお前ら?ちゃんとご褒美も準備して────────』

 

 

「違いますよね?ゴルシさん」

 

「私たちは正義のヒーロー、ゴルドファイブなのよ?」

 

「悪の組織は壊滅させないとね。ここに首領がいるんだったらなおの事、討伐しないと」

 

「本気で………やって、いいんですよね?」

 

「領域展開デース……プロレス技、どれがいいですか、ゴルシ先輩?」

 

 

『なっ……お、お前らちょっと待て!?確かに設定は正義と悪って感じだけどよぉ!?成功したんだから後は大団円で終わりの挨拶をだなぁ!?』

 

 

「領域の流星を拳に籠めると光速を超えて流星拳が打てるんですよ。ペガ○ス流星拳ですね」

 

「貴方をおたんこにんじんにするのを諦めないわ……絶対に!!」

 

「ポ○モンのなみのりってさー、結構強いよね。セイちゃんちょっとひでんマシン使いますね」

 

「精神一到何事か成らざらん─────心の薙刀で、参ります」

 

「ルチャドールの神髄お見せしマース!!お覚悟ーーー!!!」

 

 

 

『や………やめろォオオオオーーーーーーーーー!!!!』

 

 

 

 

 こうして、悪の首領は正義の拳によって討たれた。

 

 学園に平和が戻ったのだ。

 

 

 ああ、だが、悪はいつか復活し、また皆様の前に現れることだろう。

 

 

 その時を、楽しみにしているといい────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《企画協力》(敬称略)

 ・スペシャルウィーク

 ・セイウンスカイ

 ・キングヘイロー

 ・グラスワンダー

 ・エルコンドルパサー

 ・コパノリッキー

 ・ワンダーアキュート

 ・ホッコータルマエ

 ・サイレンススズカ

 ・ハルウララ

 ・サクラローレル

 ・マンボ

 ・ヤエノムテキ

 ・アグネスデジタル(撮影)

 ・ツインターボ(動画編集)

 ・ダイタクヘリオス(音響)

 ・スーパークリーク(サムネイル作成)

 

 

《ケツハリセン回数》

 ・スペシャルウィーク  35回

 ・セイウンスカイ    24回

 ・キングヘイロー    21回

 ・グラスワンダー    28回

 ・エルコンドルパサー  19回

 

 

 

《余談》

 この後撮影協力いただいたみんなで寿司食べ放題行きました。

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 よく堪えたと褒めてもらいたい。

 私は、プレミア公開のこの動画を見終わるまで、何とか噴き出すことなく堪え切った。

 

(ぶっ………っは!!!あははは!!いや、流石ゴルシさん!!あれをバラエティ企画に昇華するなんて流石だなぁ…!)

 

 チームフェリスで、私もサンデートレーナーも参加したあのヒーローショーを、こんな笑える企画にするなんて、流石はゴルシ先輩だ。

 自分たちがやったヒーローショー自体は、タマモ先輩が切れのいいツッコミをしてくれたこともあり、私も確信犯でノリノリでやらせてもらっていたのだが。

 しかし、この企画は面白い。有名なウマ娘が軽い内輪もめやケツハリセンでリアクションをするのは、ファンにとっては笑顔の種になるだろう。

 次回がありそうな話もしていたので、次のメンバーが楽しみである。覇王世代とかBNWとかの世代に近いウマ娘でやってくれないかな。

 

(…あー、面白かった。うん、いい感じに時間も潰せたし、この動画見つけられてよかった)

 

 私は動画をお気に入りに登録し、いつかまた見返そうと心に誓うのだった。

*1
うまゆるのアレ。

*2
「グラスと一緒に協力プレイ!」でぐぐろう。てぇてぇ。






どうして閑話に15000字も使っているのですか?どうして……




目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

179 活動記録⑥ 宝塚記念・帝王賞

 

 

 

 

 キタのメイクデビューについての記録を終えて、次は宝塚記念だ。

 このレースに出走するチームフェリスのメンバーは、エイシンフラッシュとアイネスフウジン。

 その他、革命世代からはヴィクトールピスト、メジロライアン。

 上の世代からはウオッカが2年連続の安田記念からのローテで参戦。

 

(やっぱり、凄まじい面子……だったわね。去年の有マ記念にも負けてない、グランプリレースらしいそれになったわ)

 

 世間でもこのレースの人気投票はそれはもう盛り上がった。

 革命世代はファルコンもハルウララも投票で人気上位に入ったし、勿論ササイルコンビも上位。ダイワスカーレットやベイパートレイル、デアリングタクトなんかも出走を希望する声があった。

 宝塚記念が走りやすい距離である2200mであることも理由の一つなのだろう。中距離はやはり優駿たちが走りやすい距離だ。

 

(……しかし、日本のグランプリレースはどうして距離が半端なのかしらね。2200mと2500m……あまりない距離よね、二つとも。歴史は知ってるけれど、その距離になった理由までは分からない……今度タチバナに聞いてみようかしら)

 

 私は日本で行われるグランプリレースの距離が、通常よくある2000mや2400mといった距離ではなく、端数を含んだレースであることに若干首をかしげる。

 別にそれが悪いというわけではないのだが、しかし日本でもこの距離のGⅠというのはこの二つだけである。

 意図的に距離をずらしているのだろうか?グランプリレースというその性質上、走り慣れない距離で実力を読ませないようにしている、などの理由があるのかもしれない。

 そこは後でタチバナにでも聞いてみよう。

 

 しかし、話題に挙げた、この距離。

 2000mレースよりも200m長く、2400mレースよりも200m短いこの距離が、今年の宝塚記念の結果を決めた。

 

(ウマ娘の領域。アイネスやファルコンみたいにどんな距離でも効果を発揮するものもあれば……最適な効果が出る距離がある領域も存在する。やっぱり、レースって簡単じゃないわね)

 

 私はレースを振り返るために、ネット上から宝塚記念の動画を見つけて、その再生ボタンを押した。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「………っはあああああああああああ!!!」

 

 

 ────────【Schwarze Schwert】×【Guten Appetit Mit Kirschblüten】

 

 

 エイシンフラッシュが、己の持つ武器、2つの領域の同時発動に成功する。

 残り600m地点で放たれたそれは、劇的な加速を伴い、さらにゴールまで加速し続ける、という相反する二つの属性を混ぜ合わせた至高のフェイバリット。

 この同時発動が成された今、例え先頭を走るアイネスフウジンが例の領域を発動したとしても、今度こそ風の壁を破り、追い比べに迫らせることなく、ぶち抜ける。

 先行の位置から加速するヴィクトールピストも、己の後ろから末脚で差し切ろうとするウオッカも寄せ付けないはずだ。

 

 

 ここが、()()()()()()ならば。

 

 

「……くっ………!!」

 

 宝塚記念が開催されるのは阪神レース場。

 このコースは最終直線は約400m。

 その前200mには、角度のキツいコーナーが残っており、しかし長く使う脚で十全な加速を果たすためにはエイシンフラッシュは残り600mの地点で領域を繰り出すしかない。

 直線に向けばその加速を十分に使えるし、レーンの魔術師とも表現されるクロスステップも刻めるのだが、しかし現在はコーナーの最中である。

 猛烈な加速を伴う二重領域発動(ダブルトリガー)の副作用で、遠心力が生まれ、コーナーを走るラインが外側に膨らむ。

 それは確かなロスを伴って、エイシンフラッシュの末脚に影を差した。

 

 

 そして、他の優駿たちも思い思いに領域に突入していく。

 

 

「大阪杯の二の舞にはならねぇっ!!ぶち抜いてやるぜ革命世代っ!!!おらあああっ!!」

 

 ────────【カッティング×DRIVE!】

 

 ────────【Into High Gear!】

 

 

「このコースなら、フラッシュ先輩の末脚は伸びない!いけるっ…!!」

 

 ────────【届いた祈り、叶った夢】

 

 

 その中でも特に注目の高い二人、ウオッカとヴィクトールピストがそれぞれ領域に突入した。

 先日目覚めた第二領域を既に使いこなすウオッカ。

 第一領域【勝利の山(サント・ヴィクトワール)】による牽制の無効化によりここまで溜め切ったスタミナを解放し駆け抜けるヴィクトールピスト。

 この二人が、最終直線に向かい更なる加速を伴う。

 

 この加速ならば抜ける。

 先頭を走るアイネスフウジンが暴風をまき散らし、加速したとしてもその前に差し切れる。

 否、追い比べを嫌い外に持ち出したフラッシュもいる。

 互角────────そう、この瞬間において、優駿たちは互角の条件となった。

 

 直線に向かい末脚の真価を発揮するエイシンフラッシュも。

 それに並ぶように加速を始めるウオッカも。

 その前の位置取りで先頭に迫るヴィクトールピストも。

 そんな優駿たちを、残り300m地点から暴風に巻き込まんとするアイネスフウジンも。

 全員が、グランプリレースに相応しい、頂点の走りに達していた。

 

 そして。

 その輝きをすべて粉砕する筋肉が、解き放たれる。

 

 

(──────この、距離では)

 

 

 焦げ付きそうな熱い吐息を漏らす、そのウマ娘は。

 

 

(──────この、宝塚記念では)

 

 

 己の筋肉の縛めを解き、爆発的なバンプアップを見せた、そのウマ娘は。

 

 

「──────()()()ッ!!!負けられないんだァァァッッ!!!!」

 

 

 メジロライアン。

 

 彼女が雄たけびを上げ、最終直線400mにて。

 

 

 

 ────────【金剛大斧(ディアマンテ・アックス)

 

 

 

 最大の効果を発揮する領域に、突入した。

 

 

 

『宝塚記念残り400mッ!!ここで一気に後続がアガってくる!!アイネスフウジン逃げ切れるか!!エイシンフラッシュが大外から…いやッ!!ここで来たぞ!!メジロライアンが来た!!最内から凄まじい勢いで加速するっ!!ヴィクトールピストが伸びる!アイネスフウジンが粘る!!ウオッカが……いやその後ろからライアンが速いッ!!ライアンが速いッッ!!力任せに加速して行くッ!!!』

 

 

(────────ッッ!!!)

 

 

 全員が、その筋肉の圧に驚愕する。

 これまでにも感じたその重圧、それをさらに上回る熱気。

 火傷しそうなほどの熱が、メジロライアンから放たれる。

 

「……負けないのっ!!はああああああああっ!!」

 

 ────────【零式・風神乱気流(ゴッドブレス=タービュランス)

 

 

 アイネスフウジンが残り300mでゼロの領域に突入する。

 メジロライアンの圧に加えて、暴風の王がスピードを根こそぎ奪う。

 その上で、残り200m地点から更なる加速を放つ、その脚も残している。

 そこからは根性で粘る────────と、思っていた矢先。

 

 

「ガアアアアアアアアアアッ!!!」

 

「─────ッッ!?」

 

 

 メジロライアンが爆発的な末脚で、アイネスフウジンを差し穿ちにかかる。

 

 暴風の壁すらこじ開ける、筋肉の圧。

 ヴィクトールピストの領域を除いて、ああ、世界初にして唯一……アイネスフウジンの暴風を正面から耐えきった存在が、ここに誕生した。

 

 メジロライアンは限界を超える加速の果てに、走マ灯のように己の想いを辿る。

 

 

(負けられない………負けられないんだッッ!!)

 

 

 ……去年、己が革命世代の一人に数えられる切欠になった、クラシック期での宝塚記念制覇。

 それは世間の目には劇的な史上初の奇跡と捉えられたが、しかしメジロライアンの中では、まだ腑に落ちていないことがあった。

 

 アタシが勝った宝塚には、革命世代の同期は誰も出走していない。

 同期がいたら、アタシは、勝てたのか?

 

 同期の誰もが「そんなことはない」と口を揃えて否定するであろう、メジロライアンだけが味わっていた葛藤。己の実力への不信感。

 確かに史上初、宝塚記念をクラシック期に制した。

 だが、その時に革命世代は誰もいなかった。

 私はまだ────────()()()()()()()()()()()()()()()

 

 悔しい。

 勝ちたい。

 幾度も敗北したエイシンフラッシュに、同室の親友たるアイネスフウジンに、チームフェリスに勝ちたい。

 ヴィクトールピストに、サクラノササヤキに、マイルイルネルに勝ちたい。

 己も革命世代なのだと胸を張って誇りたい。

 宝塚記念でのGⅠ勝利が、同期がいなかったからだ、と己の中に禍根を残したくない。

 

 そんな彼女の想いに、(ウマソウル)が震え、応える。

 

 この距離では。

 このレースでは。

 

 ────────絶対に、負けられない。

 

 

『これは凄まじい末脚ッ!!残り200!!!アイネスフウジンが抗うが……鎧袖一触ッ!!メジロライアンが抜け出したッ!!エイシンフラッシュ届くか!?いやっライアンが速い!!暴力的な加速を見せるメジロライアンッ!!これは決まるのか!?決まった!!これは決まった!!!圧倒的!!』

 

 

『今、メジロライアンが一着でゴーーーーールッ!!!強いッ!!宝塚記念の連覇を達成しましたメジロライアンッ!!昨年の偉業が奇跡ではなかったことを!!実力であったことを雄弁に表した!!!この距離は、2200mでは負けられないッ!!凄まじいラスト400mの超加速ッ!!グランプリウマ娘の貫録を見せつけたメジロライアンの勝利ですッ!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 私はレース映像を停止し、改めて宝塚記念の結果を振り返る。

 

(メジロライアン……あの子の領域は、2200m、最終直線400mの阪神レース場に見事にハマってた。その結果の勝利……いや、それだけじゃないわね)

 

 ライアンの領域は、300mから600mまで、加速する距離をある程度コントロールできるタイプだ。

 しかし、400m前後を振り絞って加速するのが一番効果を発揮する。

 ゼロの領域に至らなくとも、それ並の加速をたたき出す、彼女だけの力任せの超加速。

 それがレースにかみ合った、というのは間違いないだろう。

 なにせ、この宝塚記念はレコードタイムを1秒縮めたレコードだ。世界レコードまでコンマ2秒という大記録。

 ラスト2ハロン、400mのタイムが尋常ではない。アイネスにもフラッシュにもこの数字は出せないだろう。

 2200mという距離の特異性が、彼女の走りに合致していた。

 

(あと200m短い2000mだったなら、ヴィクトールピストが加速の前に出るか、アイネスが逃げ切れた。逆に、あと200m長ければライアンの加速は続かず、フラッシュが差し切った。……そんな感じ、かしらね。勿論、レースにifはないけれど……)

 

 レースの距離が違えば、それぞれの領域の発動タイミングは変わり、レースの展開も全く違ったものになる。

 しかし、そんな感想を逆に持ってしまうほどに……2200mという距離は、ライアンの距離だった。

 強かった。掛け値なしに。

 

(……ああ、いえ。ライアンはこのレース、どうしても勝たなきゃいけない理由があったものね。とても、とても大きなものが。このレースの結果は、想いの差ね……)

 

 そうして勝敗にかかる理由についても記録している中で、私はとても大切なその理由を思い出す、くすりと笑みを零した。

 そう、笑顔を零してしまうくらいに眩しく輝く、彼女がどうしても勝たなきゃいけなかった理由があった。

 同期に勝ちたいという強い想い。

 宝塚記念での勝利を、偶然という言葉では終わらせない、勝者の誇り。

 それよりも、とても大きなその理由。

 

 私は先ほど停止したレースの映像をふたたび再生する。

 ゴール後のウイニングラン、その途中でメジロライアンが外ラチに向かい、観客席……そこに立つ大きな巨体、小内トレーナーと、その隣に立つ女性に向かって歩いていくシーンだ。

 

 その女性は、メジロライアンの元トレーナー。

 5月上旬に無事にご出産を終えられて、体調も整い、赤ちゃんを連れて愛バのレースを観戦に来ていたのだ。

 ウマ娘として生まれたその子が、大歓声に驚いてわんわん泣いているのが映像にばっちり写っている。

 

 己の恩師に、その赤ちゃんに捧ぐレースの勝利。

 メジロライアンはこの日、負けられるはずがなかったのだ。

 

(ふふっ……仕方ないわね。何よりも尊い存在が、応援していたのだから。完敗ね)

 

 画面の向こう、大泣きしてしまった赤ちゃんを何度か宥めようとするライアンの姿に苦笑を零し、私は活動記録を書き終える。

 仕方ない。レースに絶対はないが、絶対に負けられないレースというものは存在するのだから。

 この日は、メジロライアンの日だった。

 

(……いいわね、赤ちゃんって。………私も、いつかは……そう、なるのかしら?)

 

 ふと、活動記録には関係のない方向へ思考が進む。

 私もウマ娘にして女だ。修道誓願は()()続いているし、トレーナーを目指した頃にはまったくそんなことは考えたことはなかったが……もう、私も大人である。

 いつか、ライアンのトレーナーのように、私も自分の子を抱くような、そんな将来が……あるのだろうか?

 

 

 _──あるに決まってんでしょ!?早くあのクソボケに想いを伝えなさいよ!!あの男は女の方から押さないと駄目だって!!

 _──ライバルは強敵よ!!ここは拙速を尊しとしなさい!!三年が終わってループを過ぎたら速攻誘うのよ!!SSにアイツも気がないわけじゃないんだから!!

 _──日本のウマ娘は温泉にトレーナーを誘って既成事実を作る文化が存在するらしいよ。SS、それでいこう。トレーナー同士の温泉慰安旅行、行けるって!

 _──女が子を成す。ヒトもウマ娘もそこは変わらねぇ。何よりも尊い文化の営みだ。そうして歴史は作られてきた。神すらそれを推奨してる。早くSSの赤んぼの顔が見たいぜ

 _──俺と同じ名を持つお前は、子を成すのが使命だ。俺は俺が生きるために子を成したが、お前はお前の愛の為に子を成せ。これは運命だ。

 

 

(………うるっさ)

 

 私に憑いてる友達と神父様と、あと何だか魂の声まで聞こえてきた気もするが、私はそれを意識してシャットアウトした。

 最近は私への心配事もあまり多くはなくなったようで、いつも静かに見守ってくれているのだが、しかし何故か恋愛事情になるとみんなヒートアップしてくる。

 ありがた迷惑というやつだ。

 私は私のペースで進めるんだから、もう少し落ち着いてほしいものだ。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(さて……あとは6月末の帝王賞についても、書いておかないとね)

 

 私は白湯を飲み口を潤してから、改めて6月の最後のレースについて記述することにした。

 スマートファルコンが出走した、帝王賞。ダート2000m。

 彼女の復帰戦となるGⅠレース。

 

(……ただ、まぁ。このレースについては、内容はシンプルね……レースによって起きた社会現象の方を先に記載するべきかしらね)

 

 レースの映像のリンクを活動記録に添付するが、このレースはおおよそ想像通りだったと、と言っていいだろう。

 タチバナと私が細心の注意を払い、リハビリを行い、体を仕上げ直したスマートファルコンは、6月の頭には全快し、以前のような力強い走りを取り戻していた。

 

 神話の世界レコードを刻んだ革命世代のダートの優駿。世界最強のウマ娘。

 そんな彼女が久方ぶりに走るダート2000mというレースに、大井レース場は観客が満員を超えて、モノレールと運河を挟んだ向こうの大井陸上競技場、大井スタジアムなどのスポーツ施設まで視聴スペースが作られるほどだった。

 この日の周辺の商店街、お店は驚くほどの観光、営業記録を上げたらしい。

 ダートへの関心が高まっていることの証左でもあった。

 

(夜に開かれるレースだというのに、大盛り上がりだったわね……ま、当然だけれど)

 

 さて、そんなレースの内容だが、先に記してしまうと、当然のスマートファルコンの一着。

 流石にあの伝説の世界レコードには及ばなくとも、2000mダートを2分切りする速度で駆け抜けレースレコードは達成した。

 ライバルとなるダートウマ娘としては、チームカサマツからノルンエースが挑みに来ていた他、アグネスデジタルもダートに脚を併せて出走していたが……この二人は、スマートファルコンに及ぶことはできなかった。

 中盤で領域を発動したのちに、息を入れたところで、ノルンエースもアグネスデジタルも相当距離を詰めたのだが……息を入れさせる間も与えなかったマジェスティックプリンスの時とは違う。

 最後まで駆け抜けられる脚を残した上で、覚醒したゼロの領域に突入し、スマートファルコンがぶっちぎってゴールした。

 

(……砂の上の最強。まさしく砂塵の王、ね。2000m以上じゃ無敵……一番脂がのっている時期だしね)

 

 この子を止められるものは、世界を見渡してもそう多くはないだろう。

 強いてあげるならば、可能性があるのは二人。

 

 三度目のリベンジを誓い、アメリカで今年も連勝を重ねているマジェスティックプリンス。

 

 そして────────勝利への執念を、想いを重ねる、ハルウララ。

 

(……日本のライバル、世界のライバル、と言った感じかしら。まぁ、この時期ではまだウララの実力は積み重ねている最中、と言ったところだけれど)

 

 帝王賞への記述を終えたところで、私は改めて、日本のファルコンのライバルであるハルウララの事について追記する。

 ハルウララは、ドバイを終えて脚の疲労も抜いた後……地方の交流重賞を中心に、短距離からマイルの距離のレースに出走していた。

 来年からGⅠに設定される5月のかしわ記念にも出走し、見事な実力勝ちの一着を決めている。

 また、4月開催の東京スプリントなど、短距離レースに集中して出走し、それら全てで見事な一着だ。

 愛され系のウマ娘である彼女が地方巡業することで、地方のダートもかなり活性化されるという副次効果も生まれていた。

 

(……レース勘。レースで勝利を掴むための、仕掛け処のタイミング、それを感じとる経験。それを積んでいるようだったわ。特に短距離レースではその勘が重要になる…。それにあの子の脚はかなり頑丈だから、連戦でむしろ研ぎ澄まされるようだった……スマートファルコンとの勝負を見据えて鍛えているのがはっきり見て取れるようだったわね)

 

 だが、ハルウララの……初咲トレーナーの瞳には、砂の隼が映っていた。

 すべてのレースは、砂の隼に勝つための経験に。

 いつか必ず、勝つんだと、そう叫び出しそうなほどの熱意が、彼女たちにあった。

 

(……この辺は、また()()()の活動記録で書くことにしましょうか)

 

 だが、その時はまだここではない。

 それを記すのは、夏を終えた先で、砂の隼と早咲の桜がぶつかり合う、その時に。

 

(……よし、これで6月分は書き終わった。次は7月と8月の夏合宿ね……ここもまぁ、色々あったわ)

 

 私は一度活動記録を上書き保存して、軽く休憩をとることにした。

 

 

 







(サウジカップデーの感想)
いやー面白かった!!リアルタイムで見れてよかった!事実は小説よりも…って感じです!日本馬すごい!
日本の開幕二連勝はテンション爆上がりしましたね!

バスラットレオン君まず先駆けたる逃げ切りお見事!ところで君GⅠレースで落馬してたよね?
続いてシルソニ君流石のステイヤー!君もGⅠレースで落馬してたよね?バックドロップまで決めてたよね?
(レーンちゃん)<あらーっあの子大丈夫かなーっ(例のシーン)をよく覚えてます。
この辺りで作中のぱかちゅーぶ視聴者みたいな気持ちになってました。

ユーイチ騎手のラストランはお見事でした…思わず泣いてしまった。アメリカダート馬はつよいなぁ。

そんでもってパンサラッサああああ!!!
すっげぇ。令和のツインターボになり令和のサイレンススズカになり、とうとう令和のスマートファルコンになって令和のアグネスデジタルになり、そして世界のパンサラッサになった。
唯一無二のおうまさんがまた一人出てきてしまった。すげーや。


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

180 活動記録⑦ 夏合宿前 前編

 

 

 

 

 6月の活動記録を書き終え、私はページを切り替えて、7月以降の展開について書き進めることにした。

 

(夏合宿はオニャンコポンもいるから、去年と同じ旅館に泊まることになった。そこについては特に不満とかはなかったわね、温泉もあったし……和風で落ち着ける、良い所だったわ)

 

 宿泊については改めて特筆することはない。チームスピカとチームフェリスが使うその旅館は、何やら観光客からは一種の聖地のように扱われているようで、夏シーズン以外の客足が増え、改築なども行われてだいぶ設備もよくなってる……とタチバナが言っていた。

 実際、合宿期間中は楽しかった。フェリスのメンバー四人が一部屋と、個室に私とタチバナがそれぞれ宿泊する形だったが、生徒たちの部屋に遊びにも行けたし、晩酌でタチバナの部屋に集まってオキノとかとも呑んだりもできたし、終わった今ではいい宿泊所だったと手放しでほめられる。

 今後もオニャンコポンがいる限りは、あそこの旅館にお世話になることだろう。

 

(で、宿泊場所を決めるミーティングは特に問題なく済んだ。……その後の、今年の下半期の出走レースを決めるミーティング、ここで一悶着あったわね。ここは……少し、しっかり書いておかないと。当時のチームの出走プランをどのように考えてたか、記録に残しておく必要がある……)

 

 そして、ミーティングは上半期を走り終えたウマ娘達の、下半期のレースでどのレースに出るか、という所となり、ここで結構な揉め事があった。

 そこについては記しておかなければなるまい。

 私は当時の記憶を思い出しながら、改めて今後のチームフェリスが走るレースについてのミーティングについて詳細に書き起こし始めた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……じゃ、キタは夏合宿は実力をつける期間に充てて、9月前半の札幌ジュニア、10月前半のサウジアラビアロイヤルカップ、11月後半の東京スポーツ杯ジュニアステークスを経て……朝日杯。このプランで決定、と」

 

「はい!頑張りますっ!」

 

「京都ジュニアやホープフルみてェな2000mレースは今年は無しだ。マイル戦の最終直線でぶち抜ける瞬発力を今のうちにモノにしておきゃ、翌年からのクラシック3冠を狙う時にも武器になるからな。厳しい戦いになるだろうが、アタシのキタなら全勝行けるって信じてるぜ」

 

 俺はメンバーのうち、まずキタサンブラックの出走レースについて調整を終えて、ホワイトボードに書き出した。

 4つの重賞レースを目標とする。これらのレースはすべてマイルレースだが、今のキタの脚なら、楽勝とは行かないまでも、十分に勝ちきることが出来るだろう。

 SSの希望……今年は中距離以上、キタの脚が一番輝く距離のレースには出走させたくない、という意志について、俺からは特にその点は指摘しなかった。トレーナーとして実力を隠すのもまた作戦の内だし、キタのほうにもこの案に一切の不満などもなさそうだったからだ。ジュニア期ではマイルレースを走り、クラシックで仕上げて中距離に挑むというのはかなり一般的な流れだしな。

 同じチームで、勿論俺の大切なチームメンバーではあるのだが、キタサンブラックはSSの担当ウマ娘だ。

 その指導が妙な方向を向いていない限りは、俺から口出しをするつもりはない。

 

「マイルの走りを仕上げるのはSSが一番得意とする距離だろうからな。そこは任せるよ、俺も尽力する。……じゃ、次は………誰から決める?」

 

 キタのレースプランを組み終えて、続いては俺の愛バたる3人のプランニングに移る。

 今年1月からのレース、彼女たちの走ったGⅠレースはそれぞれ3つ。

 

 フラッシュはドバイシーマクラシック、天皇賞春、宝塚記念。このうちドバイで一着。

 ファルコンはフェブラリーステークス、ドバイワールドカップ、帝王賞。このうちドバイと帝王賞で一着。

 アイネスはドバイアルクオーツスプリント、天皇賞春、宝塚記念。このうちドバイと天皇賞春で一着。

 

 それぞれのレースで好走を果たしており、調子も好調を維持できていると感じている。

 しかし、ジュニア期やクラシック期に見えた周囲との実力差が、かなり詰まってきているのもまた事実だ。

 特に、芝を走る二人は……革命世代と、その革命に促され成長を果たすシニア世代が、相当に仕上がりだしている。

 ダートだってウララがマイル以下の距離じゃあいつ食らいつかれてもおかしくないし、フジマサマーチも秋口にはリハビリを終えて復帰してくるころだろう。

 油断できない、などという表現はもう失礼だ。油断する立場ではなく、挑戦する立場として、意思を籠めて全霊で挑んでいかなければいけない。

 だからこそGⅠというレースは面白い。

 

「あ、じゃああたしからいい?前々からプラン決めてたの!」

 

「ん、アイネスか。……いいよ、それじゃあアイネスの希望から聞こうか」

 

 一番に手を挙げたアイネスに俺は眼を向けた。

 彼女の瞳は、まったく曇りのない好奇心と挑戦心で煌いてた。いつぞやのスランプを超え、伝説を刻みたい、と楽しそうに走る彼女は、レースへの熱意も常にマックスになっている。

 とにかく走りたい、勝ちたい、という原初の欲求に従って走れている。

 

 彼女は心配はなさそうだ。

 俺は残る二人……フラッシュとファルコンに一度目配せする。

 二人の目には、それなりに悩みというか……逡巡がある様な気配があった。耳と尻尾も、それを表すような微妙な動きを見せている。

 二人は何か相談がありそうだし、先にチームメンバーでもありライバルでもあるアイネスの案を決めてしまうのもいいだろう。俺はアイネスの答えを聞くことにした。

 

「うん!えーとね、まず夏合宿期間は改めて鍛え直す期間に充てるとして……まず9月末にスプリンターズステークス、これは外せないの!ブラックベルーガちゃんもミサイルマンちゃんも来るって言ってたし」

 

「ああ、そうだよな。ドバイのレースの後でLANE交換してたもんな……海外からはあの二人。日本からはバクシンオーとカレンチャンは間違いなく来るだろう。……過去最高のスプリンターの頂点を決めるレースになりそうだな。OK、まずはスプリンターズステークスね」

 

「ふふ、楽しみなの!」

 

 まず最初にアイネスはスプリンターズステークスへの出走を希望してきた。

 日本の短距離レースの頂点を決める戦い。ドバイアルクオーツスプリントの世界のウマ娘にも負けず劣らず、日本の最強のウマ娘達が集まってくる。

 既にアイネスの脚はすべての距離を狙える万能脚質になっている。短距離なら領域が最大効果を発揮するし、長距離なら根性の粘りが武器として存在する。

 クラシックの頃に俺がそう表現していた……領域抜きならチームでも一番バランスよく育っている彼女の走りが、スランプを抜けてさらに成長した結果、距離を問わずに駆け抜ける事が出来る万能の脚を生んだ。

 再びの短距離戦だって、距離の心配はない。あとは強敵に勝てるよう、夏合宿で仕上げ直すだけだ。

 

「で、その後は天皇賞秋、マイルCS、有マ記念、の流れかな。全部去年は走れなかったレースだしね。それに……」

 

「……それに?」

 

「スプリンターズステークスから数えて、短距離マイル中距離長距離、全部のレースを走る事になるでしょ?全部勝ったらこれもまた伝説になっちゃうの!!色んな子と走れるしね!」

 

「……いや、すげェこと考えるなアイネス。確かに、今のお前なら仕上げりゃ行けるだろうけどよォ……」

 

「ほわー……楽しそうですね、そういうのも!私もシニアになったら試してみたいなぁ…」

 

「…面白いね。OK、それで行こうか。レースの間隔も十分取れてるし……無茶なプランじゃないしな。どの距離でも風神は吹き荒れるってことを世間にまた知らしめてやろうぜ」

 

「うん、頑張るの!!」

 

 俺はアイネスの出走プランを確定とした。

 スプリンターズステークス、天皇賞秋、マイルCS、有マ記念。

 昨年はアイネスが挑まなかった、挑めなかったレースを総ナメする。

 後はそれぞれの距離の猛者たちと雌雄を決するのみだ。

 

「……よし、それじゃアイネスのレースプランはこれでOK。次はどっちにする?レースが被る可能性もあるフラッシュは少し考える時間があった方がいいかい?もしくは二人がまだ決めかねてるようなら、今日無理に決めなければいけない物でもないけれど」

 

「……いえ、決めかねているわけではないのですが……そうですね、では、次は私からいいですか?ファルコンさん」

 

「ん……うん、大丈夫☆」

 

 続いてのプランをどちらから決めるかと確認したところ、フラッシュから声が上がる。

 プランニングやスケジュール管理は最早生活の一部となっているフラッシュの事だ。決して今の時点で出走レースをまだ決めていない……と言うようなことはないと思っていたのだが、しかし、彼女なりにそのレースを決めるのにある程度悩みを有するものだったというのは、言葉や態度の節々から理解した。

 そして、彼女が悩むほどのレースとなれば……おおよそ、俺の中で彼女が望むであろうレースは分かっていた。

 

「私は────────凱旋門賞へ、挑みたいと考えています」

 

「……!」

 

「凱旋門……!!挑むんですね、フラッシュ先輩!?」

 

「……前に言ってたね、ブロワイエさんから誘われてたって。フラッシュさん、それで?」

 

「ああ、いえ……それも、まったくないわけではないのですが」

 

「フラッシュ。……勿論、駄目なんて言わないさ。でも、理由は聞きたいな。どんな想いで……日本の悲願に挑む?」

 

 俺は凱旋門へ挑む気持ちを見せたフラッシュの、その理由の続きを促す。

 フラッシュから聞いていた、ドバイでブロワイエに勝った後に声を掛けられていたという件は聞いていた。

 だが、彼女なりに別の理由もあるようで、そこは聞いておきたい所だった。

 

「はい。……私は今年、まだGⅠを一勝しかしておりません。ファルコンさんとアイネスさんと比べる……というわけではないのですが、不甲斐なさを感じていたところは、ありました。貴方の愛バである私が、貴方の為に、勝ちたい……そう、想っていたのに」

 

「……フラッシュ」

 

「…そんな不甲斐なさを感じていたのですが、宝塚記念を終えた後、実は()()()()()()と少し話をしまして。あの子も、日本でのレースでは勝てずに不甲斐なかったと感じていた。……そして、ヴィイちゃんは今年、もう一度凱旋門に挑む……と。それを聞いて、私も、決めたのです。私は、この世界で……いえ、日本で、初めて凱旋門を制したウマ娘になりたいと。貴方の記憶に焼き付くようなレースを魅せたいと」

 

「っ……」

 

「だから……私は、凱旋門賞に挑みたいです。トレーナーさん、私は……挑んでもよいですか?」

 

 俺を見上げて、フラッシュが想いを籠めて俺に出走の許可を求めてくる。

 

 ……凱旋門賞を走る事については、問題はない。距離は2400m、フラッシュの脚に合致する距離だ。

 強いて懸念点を挙げるならば2つ。

 一つは海外遠征になることだ。そこにトレーナーの付き添いが発生する。だが、そこはSSに日本でのレースや練習を任せればいい。去年には取れなかった選択肢だが、今年、もうチームの業務をバッチリ覚えてくれているSSならば万全の信頼を持って任せられる。問題はないだろう。

 そして、もう一つの懸念点は……芝だ。

 凱旋門賞、パリロンシャンレース場で行われるレースだが、ここのバ場は世界でも有数の『深さ』を誇る。

 正確には、芝の草丈だけの話をすれば日本の方が長いくらいなのだが、芝の下の地面、地下にある茎が日本に比べて細い洋芝で固められている。

 これが反発力を生み出し、日本の芝と比べるとかなりの違和感を伴うのだ。

 ここについては、夏合宿で仕上げなければならないだろうが、しかしそれだって……不可能ではない。

 俺の出来る全ての知識と、俺以外が持っているすべての先輩トレーナー、ウマ娘達から情報を集めて、彼女の脚を仕上げ切る。

 そして、俺は凱旋門賞に挑むフラッシュを、勝たせてやりたい。

 

 俺の答えは、決まり切っていた。

 

「勿論だ。……挑もう、凱旋門に。そして、俺と君で、日本の歴史を変えるんだ。凱旋門の呪いを超えて見せよう。革命世代の力を再び、世界に見せてやろう!」

 

「ッ……はいっ!!」

 

 決まりだ。

 フラッシュは、凱旋門賞に挑む。

 夏合宿から脚を仕上げて、日本の悲願に手を向ける。

 

「頑張って、フラッシュさん☆ファル子も応援してるよ!」

 

「凱旋門賞かー……あたしも考えなかったわけじゃないんだけどね、世界挑戦はあんまりピンとこなかったの。日本で活躍したいって気持ちが強いし……うん、フラッシュちゃんに任せるの!頑張ってね!」

 

「ドバイワールドカップに勝ったウマ娘がいて、凱旋門賞にも勝ったウマ娘がいるチームなんてなったらとんでもねェなそりゃ……ああ、面白そうだ。うし、気合入れて仕上げてやっからなァ、フラッシュ」

 

「フラッシュ先輩ならきっと勝てます!!私も練習の併走、頑張って付き合いますから!」

 

「ふふっ、皆さんありがとうございます」

 

 チーム全員からも歓迎の言葉が出てきて、フラッシュは笑顔を見せてお辞儀をした。

 何よりだ。特に海外遠征は、チーム全員の理解があって初めて全力で挑戦が出来るものだ。

 

「ああ、でもあんまりトレーナーさんを独占しちゃ駄目だよ☆?二人きりはちょっと危ないよね?」

 

「そうね、そこは平等にお願いしたい所なの。もし抜け駆けするようだったら日本からでも飛んでいくからね?」

 

「大丈夫です。ちゃんと節度を保つようにしますから」

 

 何故か急に夏だというのに部屋の温度が急激に冷えた気がするな。クーラーが効きすぎてるのかもしれない。

 SSもオニャンコポンもなぜかため息をついているしキタは苦笑を零している。

 俺は部屋の設定温度をちょっとだけ上げてから、改めてフラッシュに向き直り、プランニングを再開する。

 

「うん……じゃあフラッシュ、まず凱旋門賞に挑むとして……その前はどうする?フランス、パリロンシャンレース場で開かれる他のレースとかに出走は考えてるか?」

 

「ああ、いえ……できれば、本番まで脚を溜めておきたいのです。恐らくは当日、最大のライバルとなるのはブロワイエさんとヴィイちゃん…の、見込みですから実力は分かっています。勿論、フランスへは2週間前までには飛んで、現地の芝には慣れたいのですが……」

 

「ふむ。その心は?」

 

「……私の走りは、最終直線に全て注ぎ込むタイプです。ドバイで万全の力で走った時と、天皇賞春や宝塚記念、有マ記念で負けてしまった時を比較すると……あまり連戦を重ねると、末脚が完全に放てない、そんな気配を感じています。9月中にフランスでレースをして、10月頭の凱旋門賞に挑むとなると……その影響を無視できません。ヴィイちゃんは回復も早いし、走りのタイプもまた違うので、別途レースに挑むかもしれませんが。私は、凱旋門賞に直行がいいです」

 

「……うん、論理的かつ実感の伴った分析による判断だね。9月出走からの凱旋門も不可能ではないとは思うけれど、君が一番の走りが発揮できるシチュエーションが望ましいからね。全く問題ない。それで行こうか」

 

「はい」

 

「となると、10月頭の凱旋門賞に直行として……その後のレースはどうする?秋三冠があるが、天皇賞秋は少し間が短い。凱旋門での消耗次第になると思うが、あまり無理はさせたくないな……」

 

「はい、私も同様の考えです。天皇賞秋は来年も走れますから……その後は、脚の調子を見ながらジャパンカップ、有マ記念のどちらか、ですね。距離としてはジャパンカップですが、去年の雪辱を果たすためにも、有マ記念に挑みたいという気持ちも強いです」

 

「ん、OK。じゃあそこは柔軟に行こうか。有マの見込みとはしておくけれどね」

 

 俺は彼女の意見も聞きながらレースを決定していく。

 まず、凱旋門前のニエル賞などの重賞レースだが、そちらへは出走しないことを彼女は選んだ。

 彼女の分析の通り、フラッシュは中距離~長距離を中心に走るウマ娘で、レース後の脚の負担がそれなりに大きい。

 その上で連戦をすると、末脚の輝きがくすぶる懸念もあった。

 凱旋門賞の前のレースを芝とレース慣れの為に脚は緩めて走る……などという発想はフラッシュにはないだろう。勿論俺にもない。レースはどんな時でも全力で挑んでこそだ。

 

 さて、このウマ娘の脚の回復という点は、アイネスやファルコンも同等のリスクももちろんあるのだが……しかし、この二人はフラッシュと比べて、明確に回復が早い。

 その理由は、恐らくはゼロの領域、なのだろう。SSが言っていた通り、一度ゼロの領域に目覚めると、ウマ娘の本能が高まり、回復力も高まっていく。

 ヴィクトールピストもドバイ以降の回復力が目を見張るようだし、マジェスティックプリンスも5月からアメリカでバリバリ走っている。

 勿論、それは優劣というものではない。フラッシュ自身が己の脚のダメージコントロールを万全に考えてくれているようなので、トレーナーとしては心配はいらなくて助かる、と言ったところか。

 練習でも結構な距離の走りをしてなお全く消耗しないキタサンブラックはどうなのかって?あれはまた別枠。オグリやウィンキスとかそういうウマ娘の枠を半分踏み越えてる方々と同じレベルの何かです。

 

「じゃあフラッシュ、君はレースの数ではなく、質で勝負だな。その分全霊を注ぎ込もう。凱旋門賞で挑むブロワイエはドバイよりも脚があったバ場での勝負になる……今度こそ最強の敵となって立ちはだかるだろう。全力でぶつかっていこうぜ」

 

「はい。次こそ、本当の勝負ですね。一切の油断なく、誇りある勝利を」

 

 これでフラッシュのレースプランは決まった。

 俺が廻ったかつての数多の世界線でも数えるほどしかやらなかった、凱旋門賞への挑戦。

 そこに挑むフラッシュを……これまでの世界線とも比べて極限まで仕上がっている彼女を、これまでの世界線とも比べて極限まで仕上がっているライバルたちに、勝たせる。

 そして、凱旋門の冠を持ち、有マ記念でアイネスと、革命世代のウマ娘達と、今年最後の勝負だ。

 

「よし、それじゃあフラッシュもこれで決まった。あとはファルコンだけど……結構、悩んでるかい?出走するレースについて……」

 

「うん……そう、ちょっとね。どうしようかなって思ってたところがあって……トレーナーさん、相談に乗ってくれる?」

 

「勿論。何でも言ってくれ、ファルコン。前も言ったろ?俺は、君が君らしく走れるレースを走る姿を見たいって。どんな挑戦だって構わないよ。君は下半期、どのレースに出たい?」

 

「うん。私は────────」

 

 俺は最後に、ファルコンの出走レースについて……彼女なりの、何かしら悩みがあると察されるプランニングについて。

 勿論、彼女の想いを、悩みがあればそれを聞いてやり、彼女がも心から納得して出走できるレースを共に探そうとして、しかし。

 

 

 そこで一つ、事件が起きた。

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

181 活動記録⑧ 夏合宿前 後編

 

 

 

 ────────ぽこん。

 

 

 そんな、間の抜けた音がチームハウスの扉の向こうから聞こえてきた。

 

「……ん?」

 

「おや?」

 

「ん?何の音☆?」

 

「なんかチームハウスに当たったの」

 

「鳥……ってわけじゃないですよね。ノックの音でもない、足音もしてませんでした」

 

「何だァ……?」

 

 扉の近くに立っていたSSが、その音の正体を確かめるために扉に手をかける。

 ガチャリ、と扉を開けてチームハウスの外を調べたSSが、どうやら何かを見つけたようだ。視点が壁の上の方を向いている。

 

「……矢、かァ?なんかおもちゃの矢みてーなもんが刺さってんぞ」

 

「……矢?SS、それは…あれかい、何か紙みたいなものが巻かれてたりしないか?」

 

 俺はSSの言葉に、これまでの世界線でも何度かあった、弓矢による挑戦状などの襲撃を思い出す。

 ツインターボとか、精神的にわんぱくな子がたまにやるのだ。チームハウスに矢文を打ち込み、挑戦状を送ってくることが。

 それ自体はまぁ、トレセン学園特有の文化のようなものだ。挑戦心によるものからで、基本的に怒るようなことではない。

 それかと察し声をかけるも、しかしSSの答えは俺の予想とは違うものだった。

 

「いんや。何にもついてねェよ?悪戯か?」

 

「え。ついてないの?」

 

「おォ。ってか撃ってきたヤツ普通にいたわ。……何やってんだァあいつら」

 

 文がついていないことに俺は首を傾げつつ、俺もSSに続いて外を眺める。

 そして、扉の横にいつものおもちゃの矢が刺さっていることを確認し……そして、フェリスのチームハウスから少し離れたところに、よく見慣れた二人がいるのを見つけた。

 

「わぁ!やったやった!!ちゃんと狙ったところ当たったよ、トレーナー!かいちょーに弓矢教わってよかったねー!」

 

「おー、やったなウララ!……ところであの矢、手紙がついてないように見えんだけど?」

 

「……あ!手紙つけてから撃つの忘れちゃってた……てへへ……」

 

 そこにいたのは、ハルウララと初咲さんだ。

 君達なにやってんの。

 

「……SS、キタ、とりあえず確保で」

 

「おォよ」

 

「はい!」

 

 俺はSSとキタに指示をだし、下手人であった二人が逃げ出す前に手荒にならないように捉えてもらい、チームハウスにお呼びした。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「ウララさん、にんじんジュースでいいですか?それとも麦茶にしますか?初咲トレーナーはいかがなさいます?」

 

「ありがとーフラッシュ先輩!ウララ、にんじんジュースがいいなー!」

 

「麦茶で頼むよ、ありがとなフラッシュ」

 

 チームハウスの来客用の椅子に座った二人に、フラッシュが飲み物を出してとりあえず一息ついてもらう。

 つい先ほどチームハウスに謎の矢を放った下手人はハルウララだった。

 見ればその手にはおもちゃの弓と、そして矢に巻き忘れたのだろう手紙が握られているのが分かる。

 撃つことに集中しすぎて文を巻き忘れたらしい。成程ウララらしいな。

 

「……で。今日はどうしたの、初咲さん。挑戦状をウチに投げるなら普通に持ってきてよかったのに」

 

「あー、まぁな。けどなんかウララがツインターボから前にスピカに矢文を撃った話を聞いてたらしくてさ……前からやりたかったそうだ。見事に失敗したけど」

 

「でも、練習したらちゃんと矢は当たったんだー!楽しかったー!」

 

「そっか。よかったなウララ」

 

 挑戦状を撃つというシチュエーションに楽しくなりすぎて手紙をつけ忘れるというポカをやらかしたものの、しかし楽し気に笑うウララの様子に、我がチームメンバーも柔らかい雰囲気で苦笑を零す。

 初咲さん。

 ハルウララ。

 この二人は、俺達チームフェリスのメンバーにとっても随分となじみの深い関係だ。

 ドバイで共に過ごし、そしてあの革命の夜を共に駆けた戦友。

 だからこそ、別段今回のそれでミーティングが中断されたことに怒ったりはしなかったのだが、しかしその内容は確認しておかねばなるまい。

 

「成程ね……じゃあ、ウララ。君が俺たちチームに送りたかった挑戦状、ってのはどんな内容だい?」

 

「ん!……うん。今日はこれを、ファルコンちゃんに渡しに来たんだ。……これを、ファルコンちゃんに読んでほしいの」

 

 そうして俺が口火を切ると、ウララの表情も真剣なものへと変わった。

 既に彼女もこの世界線では歴戦の猛者。レースに真摯に向き合う時には、その表情は普段の其れとは一線を画し、歴戦のウマ娘のそれを見せる。

 そうして己が手にある挑戦状を、我がチームのダートのエース……ファルコンへ手向けた。

 

「……うん、ウララちゃんからの挑戦なら、私だろうって思ったよ。読ませてもらうね」

 

「うん」

 

 そして、受け取った挑戦状を開いて、ファルコンが読み上げる内容を聞いた。

 

「────『挑戦状。11月に行われるJCBで』……JBCだね?カード会社になっちゃうね?……『わたし、ハルウララは、ファルコンちゃんと─────』」

 

 

「『──────J()B()C()()()()()()で、勝負したいです』」

 

「…………成程ね」

 

 その内容は、実にシンプルなもの。

 JBCスプリントで、ファルコンと勝負したい、というもの。

 

 ……これをウララが出した理由は明白だ。

 

 まず一つ、JBCは一日でいくつもの距離のGⅠが開かれる祭典であること。

 ここに、まぁ、事前にお互いのレースをすり合わせずに去年のように出走登録をすれば、違う距離のレースに出走し、戦えないケースが出てくる。

 事前に出るレースを意識し、協議の上でレースを併せる、というのはウマ娘のレースでは普通にあることだ。ライバル関係、友人関係……その中で、お互いが円満に納得して出走するならば、そこに何のルール違反もない。これ自体は咎めるようなことではない。

 

 そしてもう一つの理由。

 JBCスプリントが、短距離戦である事。

 短距離はウララの得意距離だ。まさしく3月のドバイにおいて、1200mで世界一の冠を獲得した、魂に合致した距離。

 そして、スマートファルコンにとっては、マイルや中距離と比べれば、僅かながら距離適性が落ちる。

 有利不利……という部分だけを考えるならば、ハルウララに有利であろう。

 そのレースの舞台に、しかしそれらも呑み込んだうえで、こうして挑戦状を出してきたのだ。

 

「……初咲さん」

 

 俺は同僚にして戦友たるウララのトレーナーに声をかける。

 

「……言いたいことは分かるよ、立華さん。けど、これはウララの意志によるもの、だからな。……ダート短距離。ぶっちゃければウララの一番得意な距離だ。今のウララが、一番力を発揮できる距離……そこで、ファルコンと戦いたい、勝ちたい、っていう、な。俺はそれを応援することにした。俺が出来る全霊を持って、1200mにウララの全てを出せるように指導するつもりだ。……勿論、受けるか受けないかはそっちの判断になるから、今日じゃなくても答えを貰えると嬉しい」

 

「ああ……いや、いいんだ。内容は突拍子もないわけじゃない。初咲さんも呑み込んでる話なら問題ないよ。あとは─────ファルコン。君が、どう答えるかだ」

 

 初咲さんに声をかけたのは、ウララのこれがちゃんとトレーナーに話を通していたのかの確認だ。

 そして、初咲さんもウララの意志を汲んでいることを理解した。

 ならば、それはいい。トレーナーによる入れ知恵…いや、まぁ初咲さんはそんなことは絶対しないだろうけど、そういう不純物が混ざっていなければそれでいい。

 ウララの想いによるものだというならば、この挑戦状に貶めるものは一切ない。

 

 だから、あとは。

 

「………そう、だね……」

 

 ファルコンの意志次第だ。

 

「ファルコン。君がこの挑戦を受けるというならば、俺はそれに合わせて指導プランを組む。勿論、君が走るレースは君が走りたいレースを走るべきだと思うから、断るならそれでもかまわない。スプリントじゃなくても、チャンピオンズカップや、来年のダートレースでもウララとは絶対に顔を合わせるだろうからね……日本の砂の上での一番のライバルだからな、ウララは」

 

「むふー!」

 

 俺はファルコンに、俺自身の意志をまず伝える。

 君が挑戦を受けても、受けずに別のレースを選んでも、それを咎めはしないと。

 君が走りたいレースを走るのが一番であると。

 

 実際、ファルコンが走れるダートのレースは選択肢が多い。

 JBCなら短距離マイル中距離、その全てを走れるし、中距離を選ぶのも自然な流れであろう。

 また、ドバイでの別れ際にマジェスティックプリンスがブリーダーズカップクラシックへの勧誘をしていたことも覚えている。時期がJBCと丸被りするのでどちらかの出走になるが、アメリカへの遠征だって可能だ。

 勿論、その後のチャンピオンズカップや東京大賞典だってある。どのレースに砂の隼が出るかは、彼女の選択に任せてやりたい。

 

 そして、だが、ウララとの勝負をファルコンが望んでいることも知っている。

 だから、この挑戦状を受けるかは、ファルコン次第だ。

 

「………………」

 

 だが、ファルコンはそこで即答はしなかった。

 悩んでいる様子の尻尾の揺れを見せている。まぁ、当然と言えるだろう。

 レースプランを組む中でも悩んでいたところで、さらに挑戦状まで来たのだから。

 

「……あー、ファルコン。急な話を持ってきたのは俺達だし、別に今すぐ返事してほしいってわけでもないぞ?というか、俺らがいない中でチームで話し合って決めてもらってもいいし……」

 

「うん、ファルコンちゃんにわたしのお願いを聞いてもらうことだからね!わたし、いつまでも待つよ!」

 

 そんな俺の考えに、初咲さん達もこの場で絶対に回答を得たいわけでもないという答えでファルコンに返してくれる。

 挑戦状として置き逃げしようとさえしていたのだから、この場で答えを必要としていないものなのだ。

 無理強いではない。その気配りも見え、二人がチームハウスから出ようか?と目配せをしたところで─────

 

 

「─────ううん。今、決めた。今、私の答えを言うね」

 

 

 スマートファルコンが、決意に満ちた瞳で、俺たちを見た。

 長い葛藤を超え、己の答えに納得した……そんな様子の見える、意志の強い眼差し。

 俺はごくりと生唾を飲みこむ。

 

 その瞳の色に、覚えがあったからだ。

 

「トレーナーさん」

 

「…ああ」

 

「私、今からすっごいわがまま言うけど、怒らないでね?」

 

「……勿論、怒りはしないさ。脚に負担がかかり過ぎる様なレースプランだったら止めるけど」

 

 俺はファルコンの言葉に、本心で返す。

 彼女がどんなレースを選んでも、基本的には反対するつもりはない。連闘とかでもない限りは、背中を押してやるつもりだった。

 

「うん、大丈夫。そういうわがままじゃないから。……あと、ウララちゃん」

 

「ん!」

 

「ウララちゃんのお願い、聞くから……私の我儘も、許してくれる?」

 

「うん、もちろん!!……あれ、とゆーことは……?」

 

「ありがと。……うん、私はJBCスプリントに出る。世界で短距離ダートの世界一になったウララちゃんと、そこで決着をつける。ウララちゃんに勝つことで、私は世界一のダートウマ娘であることを、証明する」

 

「……うん!!!ありがとう、ファルコンちゃん!!ウララも、絶対、ファルコンちゃんに勝つ!!」

 

 そしてファルコンが出した答えは、JBCスプリントでのウララとの決着。

 ダート短距離でウララがファルコンを制し、短距離の王座に就くか。

 ウララすらも踏み越えて、ファルコンがダートの頂に立つか。

 その、日本の革命世代のダートの決戦が、ここに約束された。

 

 ああ……だが、その内容は、別段、彼女が「すっごいわがまま」というほどの其れではない。

 そして、俺は、なぜか、魂が震える様な錯覚を覚え始める。

 ()()()()()()()()()()

 

 ()()()と、()()()()()がいるこのシニア1年目の状況で。

 俺の愛バであるファルコンが、何というのか……想像して、しまって。

 

「うん。それで、私は、JBCスプリントのあとは……もう、()()()()()()()()()()()()()()

 

「…ええ!?ど、どーして!?」

 

「……ファルコン、そりゃどういう意味だ?……ああすまん、怒ってるとかそういうんじゃないんだ。けど、純粋に聞きたい……年末はチャンピオンズカップや東京大賞典だってある……連覇は目指さないのか?」

 

「うん、初咲トレーナー……私ね、今年のダートレース、心残りはウララちゃんとの勝負だったんだ。ウララちゃん、フェブラリーステークスの頃よりも、本当に強くなってる。勿論私もだけど……今のウララちゃんとは、今年の内にもう一度勝負したいって思ってた。その舞台をJBCスプリントにするのは、すごく納得した。そこにウララちゃんの全部をぶつけてきてほしい……」

 

「……ファルコンちゃん」

 

「……もし、そこで私が負けたら、悔しくってきっとまたウララちゃんと戦いたくなるかもだけど。けど、……私、今年は、どうしてもやりたいことがあって。そっちを優先したいの」

 

「ファルコン。君のやりたいことって言うのは……年末のダートGⅠを走ることよりも優先したいって言う、それは………」

 

 俺は彼女の言葉に、猛烈なデジャヴを感じて問いかけた。

 そして、彼女の答えは。

 

 

「トレーナーさん。私───────()()()()()()()()

 

 

 俺の魂を揺さぶるには十分な、それだった。

 

 ダートを走るウマ娘が。

 俺の愛バが。

 J()B()C()()()()()()()()()()()()()()()()()()というそのプラン。

 

 部屋の中の全員がファルコンのその言葉に息を呑んだ。

 俺の……いや、俺と、フラッシュの驚きはその中でもひとしおだったであろう。

 まるで運命が輪廻を巡ったような、彼女のその答えを。

 

「……詳しい理由は話せないけど……私、ドバイで振り絞り切ってから、今年一年のダートレースについて、どうしようか考えてたの。帝王賞は勿論まだ勝ってないレースだから走りたかった……けど、秋のレースは去年も走ってる。来年には新しいダートGⅠもかなり増えるから、それに全部出てGⅠグランドスラムしたいな、なんて考えてるし、海外挑戦もまたしたいし、来年からはダートに戻るつもり。……だけど、そんな風に考えてる中で、私はまだ一つ、やってないことがあったのを思い出した」

 

 独白のように言葉を紡ぐファルコンのその瞳が、フラッシュとアイネス、二人に向いて。

 

「それは……このチームの、始まりの三人である私達が同じレースで走ったことがない、ってこと。芝のレースだって、私は走れなくはない。仕上げ直す時間はまだ半年ある……そして、2500mなら、ダート2400mを走れる私なら、走れない距離じゃない。……日本の、最高の舞台のレースで、私は、フラッシュさんとアイネスさんに挑みたい。最高のレースを………()()()()

 

 ファルコンの最後の言葉の前に、視線は俺を向いた。

 ……明らかに俺を意識したものだ。

 俺の秘密を知る彼女が、俺がループする3年が終わる前に、3人で競い合うレースを見せたいと。

 そんな出走プランに、俺は、俺なんかを理由に君が苦手な芝のレースを走ることはない、と言いかけた所で……

 

「─────これは私のわがまま。そう言ったよね、トレーナーさん」

 

「っ……」

 

「これが、私の嘘偽りない、走りたいレースなの。芝に慣らす時間も、2500mに慣らす時間も必要なのは分かってる。でも、私、全力でそれをやり遂げるから。そして、有マ記念でも……芝のレースでも、私らしく、羽搏いて見せるから。だから、トレーナーさん。お願い」

 

 強い意志で、絶対に走りたい、と俺に伝えてきた。

 

 ……勝ちきれるように指導することは、不可能ではない。

 なにせ、芝と長距離に脚を併せる指導を延々と繰り返してきた俺だ。ファルコンは既に芝の走りはモノになってるし、2400mを減速なく走り抜けられるファルコンのスタミナを、100m伸ばすくらいなら全く不可能はない。

 そして、懸念事項である、彼女が芝を走る際に感じる違和感、澱みのようなそれだが──────実を言えば、これも解決していた。

 彼女が6月、脚が回復してから練習に復帰した際に、恐らくはその時からこのプランを考えていたのだろうが、中距離の芝の併走で、フラッシュ、アイネス、キタ、SSを相手にファルコンが併走に付き合ったことがあった。

 その際、普通に好走を果たしている。逃げウマ娘3人の争いになったが、最後まで粘り、キタとSSには先着している。

 そして、走り終わった後も違和感などはないと言っており、魂の色が見えるSSも太鼓判を押していた。SS曰く、「魂が完全に固定されたから、余計なダートへの執着も無くなって、どこ走っても自分の意志で走れるようになった」ということだ。

 そのスピリチュアルな表現を十全に理解はできなかったものの、しかし、今のファルコンは一人のウマ娘として、どんなレースにも挑戦できるメンタルを秘めているのだ。

 

 そして、俺は少しばかり思考の渦に沈む。

 最初は、俺という存在を理由にレースを走るのは、あまり喜ばしい事ではないと考えた。

 ループの最後に、チームの最初の3人が別々のGⅠレースを走る事……これは俺の中では織り込み済みだし、ファルコンが普通に考えられる東京大賞典への出走だって全く問題はなかった。最後に勝ちきってくれればそれだけで十分な満足を得られるものだ。

 そして、俺はファルコンがダートの勝利を求めるものだと思い、そうなるものだと思っていた。

 

 だが、彼女は俺を選んだ。

 俺の心に残るレースを走りたい、そのことを選んだのだ。

 

 その想いを、俺から、否定していいのか?

 俺の事を想い、そして、新たな挑戦をしようとする彼女を、止めてしまって、良いのか?

 

 

 ファルコンと、そしてフラッシュとも共に歩いた、3年前の……東京レース場からの帰り道を思い出す。

 

 

────────俺は…()が走れないとか、()()()が走れないとか、その手の話が()()()()でね。走れないウマ娘を走らせてこそ、トレーナーの冥利に尽きると思ってる

 

────────大丈夫、走れるよ

 

 

 そう、その時に彼女たちに約束した俺が。

 

 このファルコンの想いを、否定できるはずがなかった。

 

 

「……………わかった。ファルコン、君のプランの通りでいこう」

 

「っ!トレーナーさん……!!」

 

「ああ。腹をくくった。全部の距離を走りたいといったアイネスを、短距離レースから長距離レースのローテーションで走らせるようにしておいて、芝を走りたいと言っていた君を走れるようにしておいて……今回のその挑戦をNOなんて言えるはずがないからな。JBCスプリントでウララと勝負して……そしてファルコンの今年の最終戦は、有マ記念だ。どっちのレースも、勝ちきれるように仕上げて見せる」

 

「うん!!ファル子、頑張る!!」

 

 俺は腹をくくった。

 彼女の想いを否定しない。俺の事を想ってくれる彼女を、肯定する。

 そして、その一言で、戦意に溢れる微笑みを見せたフラッシュとアイネスのことも。

 

 俺は、今年最後の大一番、有マ記念にて。

 俺の愛バ達3人の、最高のレースを見届ける。

 

 それが、この数奇な世界線のフィナーレに、相応しいのだろう。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「や、なんかとんでもねー話まで聞いちまったな…ってかその指導が出来る立華さんやっぱやべーな。……でも俺らのやる事は変わらねぇわな。ウララ、ファルコンが悔しくてやっぱチャンピオンズカップに出たいってなっちまうくらいに、JBCスプリントでわからせてやろうぜ」

 

「うん!!ファルコンちゃんの想いもわかったけど、それでも私が勝つからね!!芝の長距離なんて、ウララが()()()()()()()()()に逃げちゃう前に、ウララの本気でたた……たた、かたたたき?」

 

「叩き潰す、か?」

 

「そー!たたきつぶしちゃうんだから!!」

 

「ふふっ……うん、ウララちゃんとの決着を楽しみにしてるのは本当だから。短距離だって、砂の隼は逃げ切るよ?楽しみにしてるね?」

 

 そうしてファルコンのレースプランも話の流れで決まったのち、初咲さんとウララがそれでも改めて、JBCでは全力でぶつかり合うことをファルコンと誓い合った。

 その表情に暗いものはない。

 ……捉えようによっては、ある意味でウララや、ダートを走るウマ娘達を無礼ているとも取られかねない出走プランだ。もうダートで相手になるウマ娘がいないから芝に行きます……なんて、捉えられても仕方のないそれ。

 勿論、秋口にメディアにこれを伝える際には細心の注意を払い、今年限りの挑戦であることを理解してもらったうえで、ダートウマ娘を無礼ているわけではないことはちゃんと伝えなければなるまい。そんな考えは一切ファルコンにはないのだから。邪推されてしまうのはよくない。

 しかし、そんな邪推をこの時点で一切せず、ただ目の前のレースの勝利を求めて本気でぶつかり合ってくれるウララたちに、俺は感謝に近い感情を覚えた。

 やっぱり、この世界線ではこの二人がベストパートナーだ。

 

「うし、そんじゃ話もひと段落したから俺らはお暇するよ。急な話だったのに受けてもらって有難うな、ファルコン。立華さんも。勿論、ファルコンのレースプランについちゃ俺達からは絶対に口外しないよ。……他のみんなも、急にお邪魔してすまなかったな。後で何か御礼するわ」

 

「うん、おじゃましましたー!!あ、夏合宿でもいっぱいあそぼーね!!」

 

 

 そうして初咲さんが立ち上がってお礼を言って、ウララと共にチームハウスから立ち去っていった。

 

 

「……なんか、色々一気に話が進んだな」

 

「そうですね……私にとっては、ファルコンさんの決断が一番の驚きでしたが」

 

「あたしもなのー。……けど、めっちゃくちゃやる気出てきた。いいね、始まりの3人で有マ記念で勝負……燃えるじゃん?」

 

「ふふ、急な話でゴメンね?でも、前からずっと考えてた……ウララちゃんの挑戦状で、いいきっかけになったかな。これから()()半年……きっと、また忙しくなるね☆」

 

「………いや、改めて思うわ。このチームとんでもねェなって。アタシはファルコンが実際に芝走ったレース見てねぇから、そう感じるのはなおさらだなァ……ま、やれる限りやってやるけどよ」

 

「うーん……今年の有マ記念、ものすごい盛り上がりになるでしょうね!!今から私も先輩たちが競い合う姿を見るの、楽しみです!!」

 

 俺たちは一息ついて、それぞれが所感を零した。

 特に、ファルコンが芝GⅠに挑戦していたころにこのチームにいなかったSSとキタは驚きもひとしおであろう。ダートの王たるファルコンの芝の長距離の挑戦なのだから。

 しかし、俺はもう腹をくくった。

 彼女の想いを、俺は受け入れた。

 繰り返す側の俺が最後に見るレースは、有マ記念と決まった。

 

 であれば、俺はそこに全てを注ぎ込む。

 勿論ファルコンだけではない……凱旋門に挑むフラッシュだって、全距離のレースに出るアイネスだって、全力で仕上げて、彼女たちに勝利の景色を見せたい。

 共に、その勝利を見たい。

 俺はそれを見るために存在している。

 

 なぜなら、俺はトレーナーなのだから。

 

 そうして、俺たちの下半期の出走レースのプランニングは終わった。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……フラッシュの凱旋門賞までは想像していたのだけれど。まさか、ファルコンが有マ記念に出るとはね……でも、彼女の魂はもうファルコンと一つになっている。彼女の力となり、魂が暴走するようなことはなくなっている。芝を走る時の違和感はなくなって……走ること自体は問題なかったのよね)

 

 私は改めてその時のミーティングで決めた出走レースの予定表を活動記録に記載し終えて、当時の想いを綴る。

 ファルコンの再度の芝挑戦。これは、3年でループしてしまうタチバナの、最後に見せるレースとして選んだものだ。

 3人が競い合うレース。世界中の誰もが見たいと思っている夢のレースであり、そしてその想いは誰よりも、タチバナが強かったはず。

 しかしその舞台は、ファルコンの決断がなければ実現し得ない物だった。ダートと芝の違いがあり、芝を走るフラッシュとアイネスの二人はダートを走れない。

 芝も走れるファルコンが芝に挑戦してくる必要があった……が、宝塚記念では帝王賞と被るため遠慮したのだろう。脚を仕上げる時間もドバイの疲れがあり、殆どなかったのが実情だ。

 

(しかし、やっぱり、どう考えても頭がおかしいわ。ダート短距離を走らせたその翌月に芝の長距離を走らせる……そして、それが実現できてしまっているのだから。この半年の指導は、私にとっても目から鱗が落ち過ぎた……いい勉強になったわ)

 

 そして、夏合宿以降から、タチバナの教えは常識を超えたものになっていった。

 体幹を仕上げ切った3人に果たす、彼の叡智の結晶のトレーニング。

 ここについては活動記録ではない、練習記録に記載があるから詳細は記さないが……彼が、どれほどの時間を歩み、どれほどの経験を果たしていたのかを如実に表すような、常識外れのものが多かった。

 私にとってはいい勉強だ。本当に、彼と共にいると、驚きに事欠かない。

 

(……さて、これで合宿前までは書き終えたわね。次からは夏合宿、7月と8月に起きたことについてね)

 

 私は記録を一度保存し、ページを更新して、さらに執筆を続けるのだった。

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

182 活動記録⑨ 夏合宿 アメリカ編

 

 

 

 

 

 ここからは夏合宿期間、7月から8月に起きた出来事について記録を綴ることになる。

 夏合宿……勿論チームフェリスのメンバー4人をこれからのレースに向けてさらに脚を仕上げていく練習が主なのだが、しかし。

 

(キタはまだまだ伸びる時期だけど、他3人は……ほぼ仕上がり切ってるのよね。一気にレベルアップ、は難しい。所謂ピークを維持するためのそれや、スタミナの増強、レース中に掛からない判断力……そういう所を重点的に練習してた形、ね)

 

 私は改めて夏合宿中の練習内容を思い起こす。

 詳細な練習プランは、この活動記録では書かない。当然にして当時の練習内容は別途練習記録に残しているので、そちらを確認すればいいからだ。

 そして、先ほど述べた通り……フラッシュ、ファルコン、アイネスの3人については、スピードの更なる上乗せ、という点では期待はしにくい部分となっている。

 もう、彼女たちは世界の頂点レベルのそれを脚に備えているのだ。ドバイで完成した、と言ってもいいだろう。

 だからこの夏合宿では、彼女たちそれぞれの弱点、まだ仕上がり切っていない部分を補填するのと……あとは、それぞれの色に合わせた練習を繰り返した、という所か。

 

 フラッシュは、凱旋門賞に挑むにあたり、洋芝を過不足なく走れるような、バ場を選ばない強靭な踏み込みの練習。これは海岸の波打ち際、砂浜に波が寄せるあたりを何度も走らせることで仕上げていった。

 ファルコンは、有マ記念を走るにあたって、芝への適性の向上と、長距離ヘの備え。ここはタチバナが主導で行っていたが、少なくとも私の想像にはない練習ばかりだった。タキオンにも例のバ場の研究のためにデータを提供していたようだが、下手にこの情報が世間に漏れればまた世界が革命されてしまいかねないほどのそれだ。

 アイネスは全距離に対応できるよう、スタミナ管理を意識させた走り。ラスト300mに発動するゼロの領域、その効果が距離が伸びても高水準をキープするためにも、スタミナの上昇に加え、道中のペース意識を改めて再構築した。

 

 ……彼女たち3人の練習については、あまり深く記述しすぎても間延びしてしまう。これくらいにしておこう。

 これ以上を確認したい場合は練習記録を見ればいい。私はそちらのページへのリンクを作成し、活動記録での練習描写はこれくらいに留めた。

 キタについては、去年3人がやったような、色んなウマ娘を呼んでの練習だ。夏合宿で更に走りにキレが出て、シニア級でもいい勝負が出来るくらいには脚は仕上がった。

 

(……練習はこれくらいでよし、と。あとは活動記録だから、チームとして、どんなイベントがあったか、ね……まぁ色々あったのだけれど。2か月だものね。あり過ぎたと言ってもいいくらい……練習もだけど、日常も、遊びも精一杯に、だった。……こういうのがアオハル、っていうのかしらね)

 

 私は改めて、当時に起きた出来事を思い起こす。

 何とも濃密な2か月だった。練習もだが、とにかく精力的に活動する彼女たちに巻き込まれ、私も随分と……まぁ、楽しんだ、と表現していいだろう。

 夏合宿は楽しかった。

 これを青春と呼ぶのなら、私の現役時代にはなかったものだ。

 己を追い詰めるようにして極限まで仕上げ、レースに勝つ。それ以外の事は、修道院の手伝いをしていたくらいで、私は現役時代にあまりこう、日常を楽しんでいた記憶がない。

 それを……まぁ、周回遅れではあるのだが、こうして楽しませてもらっている。

 成人し、トレーナーという立場ではあるのだが……そんなことを忘れてしまいそうなくらいには、楽しかった。

 

 砂浜でやった、スイカ割り。

 波打ち際でビーチボールで遊んだこと。

 トレセン主導の肝試し。

 夜に旅館の部屋のウマ娘に混ざってやったトランプ。

 近くの山でやったキャンプ。

 砂浜でのバーベキュー。

 

 他にも、数えきれないほどの一杯の想い出。

 そうした想い出を重ねることで……それが、ウマ娘の走りに、確かな力を与える、とタチバナは言っていた。

 日常が充実することで、尊い想い出があることで、最後の振り絞る力になるのだと。

 

(……今の私なら、理解るわ…兄さん)

 

 そして、それを体験した今の私も、そのことを理解できるようになった。

 ウマ娘は、想いを背に乗せ、走る存在なのだから。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 さて、それでは7月から……大きな出来事を書き始めるとしよう。

 まず最初の一週間だが、フラッシュとアイネス、キタは練習に早速入っていたが、ファルコンは帝王賞の脚の疲労を抜く期間に充てており……本格的な練習は2週目くらいから、になると考えられていた。

 そして、その時に一つの懸念があり、そしてその懸念が解消される出来事が起きたのだ。

 

(ダートを走る練習をするファルコンの、その経験……彼女の走りに釣り合うウマ娘の、不在。これが、現実としてどうしても存在してしまっていた)

 

 練習を始めた6月ごろから既に問題としては表層化していた、それ。

 ファルコンの、特に中距離以上の併走練習において……相手になるウマ娘が、日本では少なすぎた。

 まず私。あとは、アグネスデジタルやノルンエース、イナリワンなどもいるが……じゃあそれ以外は?となると、かなり数が少なくなる。

 ダートに合致した脚を持ち、中距離以上も万全に走れるウマ娘、というのがまだ日本では育ち始めてなかったのだ。

 もう1~2年もすれば、今年ダートを走り回っている3人……私がスカウトしようとしていた、コパノリッキー、ワンダーアキュート、ホッコータルマエがモノになっただろうが、しかしまだファルコンの本気についてこられるほどではない。

 勿論夏合宿中も彼女たちと併走はさせてもらったが、まだまだこれから。当然である。まだジュニア期のウマ娘達なのだ。

 

(だからこそ……一度、どこかで万全に併走できる相手が欲しかった。中距離を全力で走ってもついてこられるような、ダートウマ娘が。……で、そんなときにちょうど、お誘いがあったのよね。()()()から)

 

 私は当時送られてきたLANEのメッセージを思い出す。

 夏合宿に入った7月の最初に、私の親友にして戦友、腐れ縁のイージーゴアから、LANEが入ったのだ。

 内容は『ファルコンちゃん連れてアメリカに暫く遊びに来ない?併走相手に困ってるんじゃない?こっちもなの。プリンスと併走しない?私んち泊っていいから。あとコウチも連れて来てくれない?』というもの。

 最後の一文は華麗にスルーしたが、しかしお誘いの内容はとても有難いものだった。

 ファルコンの懸念点であったダートの併走。それを、イージーゴアとマジェスティックプリンスと出来るというこのお誘いは、今のファルコンにとっても必要なこと。

 タチバナ達チームメンバーとも相談して、私とファルコンは2週間弱ほど、アメリカに遠征してイージーゴアの率いるチーム、私の古巣でもあるそこと、併走練習をすることになった。

 勿論、練習だけではなく、ゴアやプリンスとも改めて交友を深め、遊びに行くことが出来る。

 反対はなく、私とファルコンは7月の2週目からアメリカに飛んだ。

 

(……でも、ね。ええ、まぁ、確かに最高の練習にはなったわ、ファルコンにとっても、私にとっても………でも、ゴアのヤツ、一つだけ意図的に隠してたことがあった。後でまたどっかで会った時には、絶対恨み言を言ってやるんだから)

 

 だが、そこで私たちは思いがけない事件……いや、存在に会う事になってしまったのだ。

 事件と表現するほどの衝撃的な出会い。

 ファルコンにとってもプリンスにとっても己が糧となったであろうその出会いに、しかしせめて事前に説明してほしかった、と改めて思い、私は親友のデカブツの顔を脳裏に思い浮かべ、グーで殴り掛かった…が身長が足りないので腹に拳を叩き込み、その時の事を思い出していた。

 この併走練習は、映像にすることはできない。この活動記録の記載に残して……それでも、信じられない者もいるかもしれないが。

 

 しかし、ここに記すことは事実である。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『……私は時々考えてしまうんだ。そう、本当に時々だ。年に一回くらいかな……ふと考える』

 

 アメリカの、イージーゴアの勤務先でもある学園に併設されているウマ娘用のダートコース。

 そこに、幾人かのウマ娘がいた。

 その内、空を見上げながら立っている一人が、呟いている。

 

『……()()()()……と、な。私はお前らが羨ましい。ライバルがいる、というのは……ああ、とても素晴らしい事なのだろう。競い合い、全力を出せる友がいる……私が現役時代に得られなかった存在だ』

 

 そして残る4人は、地に伏せ、立ち上がる気力もなく、大きく何度も肩で息を切り、必死に呼吸を整える。

 先程で、何度目の併走練習になったか分からない。

 その疲労……全力で走り、また余りの重圧に精神的な疲労が積み重なって、疲れ切っていた。

 夏の暑さがさらに疲労を加速させる。ぜぇぜぇと荒い息をついて、滝のように汗が零れている。

 

『私には、そのような相手はいなかったからな……いや、プルーブアウトがそれにあたるか?……いや、ないな。アイツと走って負けたウッドワードステークスでは私は熱発を隠して出走していたからな。今では許されない行為だが……当時はレース前のメディカルチェックなんてザルだった。あのレースは今でも後悔があるな……熱発ごときで脚を止めるなど、つまらないことをしたものだ……』

 

 スマートファルコン、マジェスティックプリンス、サンデーサイレンス、イージーゴア。

 世界レコードを保有するウマ娘二人が。

 アメリカが誇る伝説の英雄ウマ娘二人が。

 度重なる併走で疲弊し、ダートにその四肢をなげうっていた。

 

『……だが、ああ。それでも、私が走ったレース、それなりにやり遂げたという想いもあった。己の青春時代に後悔はなかった……の、だが。つい最近になり、その記録が破られたというニュースが入ってな……年甲斐もなく気になってしまって、イージーゴア、お前に依頼してこうして場を設けてもらったのだ。感謝しているぞ……いいな、やはり若いというのは。成程、これは確かに新しい時代の幕開けだ。大した走りだよ、私に1バ身以上の差をつけられるのだから。よく育てた』

 

『………ぜぇ、……ありがとう、ございます……、はぁ……はぁ……』

 

『ああ。…よし、次は2000mでやろう。世界を縮め芝に並んだお前たちの走りを見たい……10分後でいいか?』

 

『ちょっ……ちょっと、待ってください!』

 

 そして、軽く汗を拭い次なる併走を指示する、そのアメリカの伝説の存在、神話のウマ娘が述べる次走に、慌ててトレーナーであるサンデーサイレンスが異を唱える。

 たとえ相手がどれほどの存在でも、担当ウマ娘のために止めなければならない。

 このウマ娘との併走は、普段の併走の5倍は練習効率が高いが、5倍は疲れる。休憩が必要なのだ。

 

『……いけません。私達の……いえ、現役の二人の疲労が強い。せめて30分はインターバルを取らせてください───────()()()()()()()

 

『ん、そうか?……それもそうか。水も飲まずに走らされた昔の時代とは違うか。わかった、休憩だ』

 

 4人と共に併走を務めていたのは、セクレタリアト。

 アメリカの神話となっているウマ娘であった。

 

 

 

(……っはぁ!!はぁっ……信じられない……!!あれで、現役引退から何年も経ってるって、ホントなの……!?)

 

 スマートファルコンは、水分補給をしてクールダウンをしながら……先ほどから併走しているセクレタリアトの、その存在に畏怖を覚えた。

 勿論、彼女の事は知っている。当然だ。スマートファルコンの名前が世界中に売れた、そのきっかけ。

 己が破ったベルモントステークスの彼女の記録。

 それを印象深く覚えていたのだから。

 

 当時の画質の悪い映像資料で、セクレタリアトの走りを見ている。あの時代においては余りにもオーパーツなその異様なる走り。

 直線でもコーナーでも、あらゆるところで速度が落ちない、()()()()()()()という伝家の宝刀。

 それを、間近で見れるかもしれないチャンス─────この併走の話をアメリカについて初めて聞いたときは、心が躍ったものだ。

 流石に当時の走りはできないだろうが、しかしそれでも、少しでも走りのきっかけが掴めればそれは己の走りにも活かせるかもしれない。

 そんな軽い気持ちで受けて、併走前の挨拶をして、走り始めて、しかし。

 

(……速すぎるし、タフすぎるよっ!!ホント、このオバさん、どうなってんの…!?)

 

 そう、心の中で悪態をつきたくなるほどの、スペックの高さ。

 併走だ。当然、100%の全力でレースのように走る……などということはしない。

 併走前に全員で協定し、特に現役の二人の走りは、領域あり接触無し80%の力で、とセーフティをつけて走っている。

 それなのにこれほど疲労しているというのは、後ろから感じる桁違いのプレッシャーによるものだ。

 その圧は、もうウマ娘と表現してはいけないような何か。怪物に追われる恐怖。

 さらに、その怪物は自分とマジェプリの二人に1バ身差をつけないほどの速度でゴールしているのだ。おまけにスタート自体はそこまで得意とはしていないが序盤から加速して逃げの作戦も取れる。

 世界最強という自負のあるこの二人をして、そこまで追い詰めて来ていた。現役時代からもう何年も……いや、10年以上の時を経ているはずの、彼女が。

 

『……スマートファルコン。私に何か、言いたいことでもあるのか?』

 

『ナンデモナイデス☆』

 

 そして脳内でついた悪態すら敏感に感じ取り、牽制を仕掛けてくるこの年齢不詳のウマ娘。

 スマートファルコンは流れる汗が冷や汗に変わるのを感じつつも、全力で笑顔を作って見せた。ウマドル時代の練習が活きた。

 

『……しかし、流石の回復力ですね、セクレタリアト。これが噂に聞く、常識外れの心臓(unconventional heart)、ですか』

 

『うん?マジェスティックプリンスよ、それは違うぞ。ウマ娘は鍛えれば鍛えるほど早く回復するようになる……と、当時はトレーナーに倣ったものだ。鍛え方の問題だぞ、恐らくな。当時は皆こんなもんだったぞ?』

 

 そんなわけないでしょう、と脳内でマジェスティックプリンスはツッコんだ。

 自分だって、ファルコンだって、サンデーサイレンスだって、イージーゴアだって、回復力は現役の他のウマ娘と比較しても速い方だ。

 それが、ドバイで目覚めたあの謎の領域に起因しているのでは……と言うのは、ゴアトレーナーから聞いたところではあるが、しかし併走だって、それなりに回復スパンは早い方なのだ。

 それだというのに、このウマ娘は回復が早すぎる。

 まるで、ドバイで相まみえたウィンキスのような……いや、彼女だって現役のウマ娘だが、それに並ぶほどの化物のような回復速度。

 その理由が、彼女の心臓にあることを、マジェスティックプリンスは遠い噂で耳にしていた。

 

 セクレタリアトの心臓は、並みのウマ娘の倍の大きさを誇る。

 

 そんな噂がまことしやかに流れており、そして今ちらりと見る彼女の胸元……イージーゴアやサンデーサイレンス以上のバストサイズに、そして全身に厚みのあるナチュラルな筋肉を搭載したその姿を見て、噂は真実だったと確信に変わる。

 自分達4人を相手に、それよりも早く呼吸を整え回復する、現役を引退して何年も経っているような、そんなウマ娘はこの人しかいない。

 赤い長髪を靡かせる、ビッグレッドの異名を持つ彼女の、その恐ろしさを身に染みて味わっていた。

 

(私も、ファルコンも、80%で走ったうえで、一応彼女には併走で先着しているが……セクレタリアトが何%で走っているのか、それすら分からない!!恐怖だよ、これは!!何と恐ろしい併走相手を呼んできたのだ、ゴアトレーナー!!)

 

 相手の底が見えない、そんな恐怖と共に並走を繰り返すプレッシャー。

 実戦以上の疲労すら伴うそれに、しかし彼女の、神話の走りから学べることも多々ある中で、マジェスティックプリンスは必死の思いでこの併走に挑んでいた。

 間違いなく己の成長につながるが、二度と走りたくない。

 そんな想いすら生むような、地獄の一週間がこれから始まろうとしているのだ。

 

『………ゴア。あんたね、あの人呼ぶならせめて事前に連絡寄越しなさいよ……!』

 

『いや、私も見に来るくらいかなって思ってたのよ…!併走にまで参加してくるとか思ってなかったの……!!』

 

『あのオバさんのことは現役時代の表彰式で会ってわかってるでしょ……!!頭の中誰よりも負けず嫌いのバケモノなのよ!!それくらい予想しときなさいよ……!!』

 

『ごめんって……!!』

 

 そして少し離れたところで、小声で愚痴をこぼすサンデーサイレンスとイージーゴアの姿があった。

 この二人は、年度代表の表彰式の時にセクレタリアトに一度会っている。

 現役を退き、今は隠居生活のような物をしているというセクレタリアトだが、しかし表彰式で会った時から、才能あるウマ娘に目をつけては、私の方が速い、とプレッシャーをかけてくるような存在であったことは知っていた。

 まさか自分達よりも随分と歳を重ねているこのババァがこんなに走れるとまでは考えていなかったが、しかし二人にとっては本気で寝耳に水の話だった。

 逢いに来たついでにそのまま併走にも参加し、その上で今の自分達とも、現役の二人とも比べて遜色ない走りを見せつけてくるなどとは。

 等速ストライドの切れ味も、現役時代と一切変わらない。

 当時、彼女と同じ時期に走っていたウマ娘達を心から尊敬するレベルの、化物。

 

『………おーい。お前ら、私の事、何か言ったか?』

 

『言ってないです!今後の二人の練習プランや出走レースを打ち合わせていただけです、セクレタリアト!!』

 

『中々こうして話をできるのも貴重なもので……!!』

 

『ふむ、そうか』

 

 そして遠くにいるというのに地獄耳で悪態に反応するセクレタリアトに、サンデーサイレンスとイージーゴアの二人の尻尾がぴーん!!と逆立つ。

 駄目だ。この人に隠し事は危険すぎる。

 二人は今後一切の悪態をしないことを親友同士のアイコンタクトで意志を伝えあい、己の担当ウマ娘の脚のマッサージに入るために道具を準備するのだった。

 

 まだまだ、併走は続く。

 セクレタリアトの圧に晒され続けた4人は、恐ろしほどの疲弊と気苦労に包まれ、1週間を過ごしたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……ホント、あの1週間は疲れたわ……あのババァ、今思い出しても頭にくる…………っと。いけない、現役時代のメンタルに戻りかけてるわ……落ち着きなさい私)

 

 活動記録に彼女との併走の事件を記入し終えたところで、私は一息ついて熱くなった頭を冷ます。

 本当に、未知との遭遇だった。

 ゴアが呼んだ、セクレタリアトという化物との1週間の併走。

 これにより、ファルコンもマジェスティックプリンスも、それはもう凄まじい経験を積むことが出来たのだが……それを代償に、めっちゃくちゃ疲れた。

 私もゴアも疲れた。

 併走も気苦労も、色々とあり過ぎたのだ。

 とりあえずもう二度とあの人とは併走したくない。

 

(……でも、勉強にはなった。等速ストライド……それを間近で見られたことで、それぞれの走りの長所が明確に成長したものね。限界を超える成長、いいきっかけになったわ……私にとってもね)

 

 ただ、併走の効果自体は本当に高いものだった。

 ロストテクノロジーともいえる走りの技術を、全員が間近に見たことで、吸収した。

 圧に耐える訓練にもなったし、この技術は今のレース論、指導論の視点から解析して、私の知識の糧にもなった。

 この練習記録をタチバナに見せたらものすごく喜んでくれたので、私としてもそこは嬉しかった。

 あれほどの地獄を潜り抜けたおかげで、得られた物も大きかった。

 

(……ま、アメリカの遠征、最初の一週間はそうして練習し……セクレタリアトが帰ってからは、ファルコンとプリンスの二人は練習はほどほどにして、遊んだりして仲を深めるほうで楽しんだのよね。それもまた、いい想い出ね)

 

 2週間弱の遠征日程のうち、最初の一週間がそんな風にとんでもない負担になってしまったため、残りの日程は主に観光や楽しむ方で時間を過ごすことになった。

 ファルコンも、プリンスの事は戦友にして親友と感じている。プリンスだってそうだ。

 二人の仲がいいのは何よりだ。私もゴアとまた話す時間も増えたし、このアメリカ遠征は、全体的に見ればとても得られた物が大きかったと言っていいだろう。

 

(……そして、別れ際。ファルコンは、プリンスとの再戦は来年まで待ってほしい、と伝えた……プリンスも、ファルコンの事情を察してそれを受けてくれた。……一年に一度しか共に走れない。オリヒメとヒコボシみたいな話ね……)

 

 そして、二人の世界最高のライバルの次戦については、来年以降に持ち越しになることを、ファルコンがプリンスに伝え、プリンスもファルコンの表情からその内情を読み、了承した。

 彼女たちのレースは、来年以降。ドバイになるか、日本のレースになるか、アメリカのレースになるかはわからないけれど。

 でも、必ず来年はどこかのレースで走ろう、と約束していた。

 さらにお互いを磨き上げて、全力でぶつかり合おうと。

 

(……やっぱり、良いわね、こういうのって)

 

 現役時代の私とゴアを思い出すような、二人の関係。

 そんなウマ娘らしい、優しくも尊い関係に、私は苦笑を零し、アメリカ遠征編の記録を書き終えた。

 

 次は8月以降の話になる。

 さて、この時期は何があっただろうか。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

183 活動記録⑩ 夏合宿 お酒の勢い編

 

 

 

 さて、夏合宿で8月に起きた出来事について述べていこう。

 練習も本格化してきた頃で、しかし勿論練習以外の日常でも、様々なイベントが起きた。

 

(うちの子達は3人が高等部で、キタはお助け活動で顔が広いこともあって……知り合いも多いから、必然的に付き合いが増えてたのよね。その分、いっぱい遊んでたようで……何よりだわ。私もいくつか巻き込まれたけど…)

 

 チームメンバー同士の絆の他、勿論他チームの友人、同期の友人、同学年の友人なども多いチームメンバーたちは、練習前も練習後も、何かしら友人に付き合ったり、逆に遊びに誘ったりしていて、精力的に活動していた。

 私もそれを監督するために同席したら巻き込まれたりしたが、おおむね楽しい事が多かったのでよしとしよう。

 

 例えば……学園のイベントとして行った肝試し、あれは中々に興味深かった。

 私は危険がないように監督役として、生徒たちが山中を散策する前に兄さんと一緒に巡回したのだが、まぁ浮遊霊の多いこと多いこと。

 なぜ日本というのは、墓もないただの山中にあれほどの幽霊がいるだろうか?アメリカにはない概念だ。アメリカではゴーストが出るのは墓地だと相場が決まっている。

 未練のある浮遊霊は私が祝詞を唱え昇天させ、未練のない土地に固着した霊などとは話して仲良くなり、肝試しの悪戯に協力してもらったりなどもしたのだが。

 そしてそんな風に虚空に話す私に兄さんが怪訝な顔をしており、オニャンコポンの尻尾が常にレーダーのようにぴんとしていたのだが。

 まぁ、その後の肝試しではウオッカとダイワスカーレットがマチカネフクキタルに化けた幽霊に脅かされて気絶した以外は特段事件も起きなかったのでよしとしよう。

 

(……そうね、他にもスイカ割り……ああ、夏祭りもあったわね……ユカタ、という服。中々風情のあるものだったけれど、少し胸が窮屈ね、あの服は……動き回るのには向いていないわ)

 

 そういえば夏祭りにも参加したのを思い出す。

 どうやら夏の祭りでは特に女性は浴衣を着用する文化らしく、他の子達とも一緒に私も黒の浴衣を着用した。

 私は胸が少々窮屈だった。キタも大きめの浴衣を借りた上で、しかしやはり胸元が苦しかったようではだけてもよいかと聞かれたが、はしたないと咎めておいた。

 私の浴衣にも、タチバナは喜んでくれていた。

 彼の視線は浴衣姿の私というよりも、高い位置で結い上げた私の髪に向かっていたような気もするけれど。

 

 6人と1匹で回った祭り会場の屋台というのも、日本独特の文化なのだろう。

 ああして色んな店が出るところを歩き回ることで、人々は祭りの熱狂に酔い、楽しむ。そういったものだと私は理解を落とした。

 屋台で食べたりんご飴がお気に入りだった。来年また行くときも、りんご飴は必ず食べよう。

 

(……ふふ、本当に楽しかった想い出ばかり出てくるわ……)

 

 筆が乗ってきて、静音キーボードをたたく私の指もよどみなく日本語を綴っていく。

 夏合宿の、楽しかった出来事を思い出すたびに、当時の情景が、感動が思い描かれ、止めどなく文が溢れてくる。

 余りこの部分だけの文量が増えてしまってもよろしくはないのだが、しかしやはりあの2ヶ月は私の中でも濃密な想い出となっている。

 後で推敲はするとして、一先ずは気持ちのままにどんどん当時あった出来事を書き記していくことにした。

 

(ゴールドシップの出店の焼きそばも美味しかったわね……屋台でアイスを売り歩いてた子もいて……砂浜でやったビーチバレー大会は誰が勝ったのだったっけ……そうだ、勝負といえば合同合宿所の麻雀大会もあったわね、ナカヤマフェスタとゴールドシップとミナミザカと兄さんが凄まじい勝負を繰り広げたあれ……他にも旅館でみんなでやったインディアンポーカーにんじん勝負、あれは私が勝ちすぎてイカサマを疑われて……ふふ、トレーナーなら誰だって、あんなに尻尾振ってたら分かるって言うのに……)

 

 大きなイベントから小さな出来事まで、一先ず内容を自分の所感で書き起こしていく。

 まるで日記帳だ。夏の宿題として出される、子供が書くような日記。

 私が、人生で初めて書くもの。

 幼い頃を修道院で過ごしたため、旅行やイベントなどが少なかった己の青春を取り戻すように、私の手は止まらなかった。

 

(そうね………あ、あと、そうだ。兄さんがやらかした事件が一つあったわね……)

 

 そうして8月の中旬を過ぎたころで起きた、一つのイベント……いや、事件について私は想い出し、その流れのまま指を動かし、当時のコトを振り返り始めた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 私は旅館の自室で、チーム練習の成果をタブレットで確認しながら、のんびりと夜の時間を過ごしていた。

 タブレットに表示される時間を見れば、夜の10時を回った所。

 夕食を終えた後に源泉かけ流しの温泉を満喫し、その後に先日やったインディアンポーカーでボロ勝ちした私にリベンジを申し込みに来たトウカイテイオーとメジロマックイーンを勝負で下し、ダイワスカーレットが第二領域の目覚めについて相談してきたのでそれに乗ってやり、ファルコンの課題が終わっていなかったことが判明してそれを手伝ってやり、それらが落ち着いて、今の時間になったというわけだ。

 なぜ私がここまでやっているかというと、今日、この旅館にそれぞれのチームの主管トレーナーであるオキノとタチバナがいないためだ。

 二人に生徒たちの監督を任されて、いろいろ相談に乗ったりしていたというわけである。

 

『……トレーナー男子会、ねぇ。随分とワクワクした様子だったわ、二人とも。男子ってそう言うの好きよね……』

 

 二人がいない理由については簡単で、二人が呑みに出ているからだ。

 二人だけでの呑みではなく、トレセン学園の夏合宿に参加している男性トレーナー全員で、この旅館のすぐそば、リギルも宿泊している高級ホテルに併設されているチェーン店の飲み屋に集まり、男性トレーナーだけで盛り上がるつもりらしい。

 随分と結構なことだ。実を言えば7月にトレーナー女子会もやってるし、それ自体に反対とかそう言うのはない。

 女子会では東条サン主導の元、それぞれが指導理論や自分の愛バの指導への相談など、非常に有意義な検討が行われて、私も満足する時間が過ごせていた。

 それに、夜はある程度自由な時間とはいえ、私達トレーナーは現在学生たちを指導する夏合宿の真っ最中だ。日が変わるまで吞んでいる……などということはないだろう。

 10時を過ぎたので、もうすぐ戻ってくるころだとは思う。生徒達も部屋では寝ているころなのだろうし、戻ってきたことを確認したら私も今日は眠りに就こうと考えていた。

 

(ま、いい大人だものね。心配することはないか……)

 

 タブレットをたん、と叩いて練習メニューを閉じて、暇つぶしに海外のウマ娘指導の論文でも目を通そうかとネットを開く。

 兄さんから学んだ癖だ。暇なときに論文を読み漁っているタチバナを見て、私もそれに倣って積極的に世界中の論文を読む癖をつけることにした。

 古い論文は当時の指導状況、指導の根幹の概念が読み解けるし、最新の論文は世界のウマ娘のトレーニングの流行などを見ることが出来る。これを始めてから自分の指導理論も円熟してきているという実感がある。

 そうしてタブレットを弄りながら少し時間を潰していると……ぽこん、とLANE通知が届いた。

 

(ん。兄さんからかしら……?)

 

 この時間にLANEを送ってくる相手に心当たりはない。時差を考えなければアメリカから届く可能性もあるが、基本的にゴアや修道院のみんなとは必要な時にしかLANEはしていない。

 となれば日本の誰かで、しかし生徒達もおおよそ眠る時間である。この旅館にいるメンバーなら用事があれば直接私の部屋に来ればいい。

 そうなると、恐らくはタチバナだろう。呑み会が終わった連絡だろうか、とその通知を開くと、しかしそこには予想外の相手からの連絡が入っていた。

 

『……え?東条サン?』

 

 その相手は東条サン。チームリギルのトレーナーにして、私からすれば学園の先輩トレーナーだ。

 勿論トレーナー同士でLANEの交換もしている。タチバナを後輩として世話を焼いてくれている彼女は、私にも助言をよくくれる。人柄も私好みで、それなりに頼らせてもらっている相手だ。

 しかし、LANEを普段からやり取りするような仲……と言うほどでもない。となれば何か用件がありLANEをくれたのだろう。

 なんだろう、と思いLANEを開くと、そこには

 

(ピコン)『サンデートレーナー、起きてる?悪いけれどこちらのホテルまで来られるかしら?』

 

 と、奇妙な呼び出しの文面が入っていた。

 私はLANEに返事を入力する。

 

(ピコン)『起きてましたので問題はありませんが、何かありましたか?』

 

(ピコン)『ちょっとね。貴方のとこのトレーナーが』

 

(ピコン)『え。うちの立華が何か?』

 

(ピコン)『酔いつぶれてるから一人で帰すと危ないかなって。沖野もそうで、ゴールドシップとも一緒に来てくれる?彼女にもLANEしてるから』

 

(ピコン)『了解です。迷惑かけてすみません、すぐ行きます』

 

 ……ええ。

 何やってんのあの二人。

 

 そして私は黒ジャージに着替えて身支度を済ませて自室から出る……と、そこには同じくジャージに着替えたゴールドシップが待っていた。

 彼女も東条サンからLANEを受け取ったのだろう。一応、サブトレーナーとして働く彼女は、オキノの次にチームでは責任のある立場だ。

 学生ではあるが、学生離れした活動力を持ち、また最近はなんだかんだ真面目に姉御肌してるので、トレーナー陣や学園からの信頼も厚くなっている。

 体格もあるので、オキノ一人を運ぶ分には全く問題ないだろう。ドナドナする姿を学園でよく見ているし。

 これが同じサブトレーナーのスズカだと部屋まで運んでからスズカが掛かる可能性があるので、東条トレーナーの判断は適切だと言えた。

 

「よっす、サンデートレーナー。東条トレーナーからの連絡だろ?他の子達はもう寝てっからよー、静かに行こうぜ」

 

「おォ。……悪ィなぁゴルシ。大人がだらしなくってよ……生徒のお前にまで負担かけちまうのは同じトレーナーとして……」

 

「なーに気にすんなって。沖野トレーナーとの付き合いはアタシが一番なげーんだ、こんくれーのことはこれまでもあったしな。男のだらしなさを受け入れるのもいい女の条件ってやつよー。サンデートレーナーが気にするこっちゃねぇよ」

 

「……そォか。…うし、んじゃ行くか」

 

「おぅ」

 

 私とゴールドシップは足音を極力立てぬようにして、旅館を出発した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 そしてすぐ隣の建物である高級ホテルに到着した。

 この夏合宿に来てすぐに思ったのだが、なんで高級ホテルのすぐ隣に旅館があるのだろう。そして経営できているのだろう。永遠の謎である。

 

「ん……来てくれたのね。ごめんなさいね、呼び出しちゃって。万が一があるといけないから」

 

「いえ、お疲れ様です東条サン。………で、こっちがコレか。おいおい……」

 

「ぶはははは!ったくよー、完全に出来上がっちまってまぁ……」

 

 ロビーに着くと、そこで待ってくれていた東条サンと、ロビーの椅子に座って完全に酔いつぶれた二人の姿があった。

 勿論タチバナの肩にはオニャンコポンがいる。彼女はぺちぺちとご主人のほっぺを叩くが、起きる気配がないのでふんふんと鼻を鳴らしていた。

 そばには南坂と初咲もいて、二人がそれぞれ介抱していた。

 この二人はホテル組だ。カノープスと、ウララが今年はこのホテルを使っているので、部屋に戻る分には問題ないだろう。

 酒に酔っぱらう南坂という姿は思いつかないが、初咲もピンピンしているのが少し意外である。

 

「……で、なんでこんなことになっちまったんだよ。タチバナはそんな酒の飲み方ヘタクソじゃねェと思ってたんだがよォ?」

 

 私はタチバナに駆け寄り、一先ず急性アルコール中毒とか、そういった状況にはなっていないことを確認してから、そばにいる二人に問いただした。

 この二人も呑み会には参加していたはず。何があったのかは確認しておくべきであろう。

 

「あー……それがですね、私達にも責任はあるのですが……」

 

「いやさ、飲み会の途中でうちの子自慢大会みたいになっちまって……」

 

 そして二人が説明した呑み会の流れはこうだ。

 

 男子全員集合。

 乾杯の音頭を取ってからそれぞれがまず自然に飲み食い。

 ドバイの話に流れは進み、オキノらドバイ組が盛大に祝われる。

 その中でそれぞれがスピーチし、自分の愛バへの想いを熱く語る。

 それに感化され、その後トレーナー全員が自分の担当する愛バの強さ、素晴らしさ、可愛さについて全力で自慢する流れになる。

 酒が進む。

 まだまだ自慢は零れる。

 酒が進む。

 無限に零れる。

 酒が進む。

 愛バに愛着があるトレーナーほど酒が進む。

 進む。

 ご覧のありさまだよ。

 

「……アタシはまだ酒飲めねーけどよ。あれなんか?そんなアホになんのかお酒って?」

 

「はぁ………ホント、男って………」

 

 ゴールドシップが呆れ顔でそれを聞いて、東条サンがため息とともに眉根をつまむ。

 私も真顔になり、男子のアホさ加減にため息をついた。

 

「私も……つい熱が入ってしまいまして。ええ、負けじと語りつくしてしまい、随分と酔いつぶれてしまうトレーナーがいつの間にかできてしまって……」

 

「何人かはサブトレーナーとか酔いの浅いトレーナーに宿泊所まで連れてってもらった。んで、宿が近い二人が後回しになったんだけど時間たったら酔いが回り切ったらしい。……いやすまんサンデーさん、ゴルシも」

 

「話は分かった……ま、自業自得だから二人にどうとは言わねェけどよ。……で、ミナミザカが無事なのはミナミザカだからわかんだけど、ウサキはなんで無事なんだよ」

 

「あ、俺ザルだから。どんだけ飲んでも潰れたことねーんだ」

 

「そっかァ。羨ましいぜ」

 

「なんで私は理由の説明もなしに納得されたんでしょうか……?」

 

 とりあえず事情は理解した。

 タチバナとは晩酌に何度も付き合ったことがあり、お酒の飲み方も丁寧なものではあるのだが、唯一愛バの話に熱が入った時にお酒の量が増すことを私は知っている。

 それが、男子だけのテンション自由空間で、ドバイの熱もあり、爆発してしまい、やらかしたということなのだろう。

 まったく、男子って。

 

「南坂トレーナーと初咲トレーナーに運んでもらってもよかったのだけれど……やっぱり、私たちは人間だからね。この二人も酔ってないわけじゃないし、万が一運んでる時に転倒なんてあってもまずいわ。近い距離とはいえ油断して下らない怪我でもしたらコトだから、ウマ娘の二人を呼んだというわけ。本当に悪いわね、二人とも。特にゴールドシップは……」

 

「おー、気にしねーでくれ東条トレーナーよ!!ゴルシちゃんは沖野トレーナーのこういうだらしねー所見るのが趣味みてーなところあっから!こうして弱みを握ってまたいつでも悪戯できるってもんよー!!」

 

「……本当に、世話掛けるわ」

 

「いや、世話かけてんのはこの二人デスからね。東条トレーナーもお疲れさまデス。様子まで見に来てくれて連絡もくれて……」

 

「……酔いつぶれたトレーナー達を他のウマ娘に見せるわけにはいかないでしょう。これが大事になったら来年から女子会も開けなくなりそうだからね。後でせいぜい叱ってやるわよ、二人とも」

 

「おお怖。どんまいだな立華さん」

 

「ちなみに南坂トレーナーも初咲トレーナーもちゃんと後で叱りますからね、たづなさんと一緒に」

 

「げぇ!藪蛇!」

 

「テンションを上げすぎた私達が悪いですからね。その時は甘んじて……」

 

「ったく……オニャンコポン、お前も悪いぞォ。いい女ってのは、ちゃんと男の手綱を握るもんだからなァ。お前がついていながら、タチバナにここまで呑ませちゃ駄目だろォが」

 

「ニャー…」

 

「いやいや、オニャンコポンには無理ってもんだろー?そりゃ無茶振りが過ぎるぜー!」

 

 この辺りで話を切り上げて、私とゴールドシップはそれぞれのトレーナーを運ぶことにした。

 私は上背が足りないのでタチバナを背負いこむ。オニャンコポンがひょいっとタチバナの肩から降りて、私の隣についてくる形になる。

 ゴールドシップはズダ袋を準備していたのだが、流石にこの酔いでは袋の中で揺さぶられるとぶちまける危険性ありと判断して、素直に背負うことにしたようだ。

 ウマ娘は何かを背負う際に謎の力が生まれ、驚くほど重い物でも運ぶことが出来る。世界の常識なので改めて説明するまでもないだろう。

 

「じゃ、世話かけまシタ。このまま宿まで運びマスんで」

 

「おー、二人もちゃんと水飲んで早く寝ろよな!!明日も練習なんだしよー!!」

 

「いやほんとこちらこそ面倒かけてすまねぇな」

 

「お疲れ様です、お二人とも」

 

「悪かったわね、急に呼び出して。二人の事よろしくね」

 

 私とゴールドシップは残る3人に挨拶し、ホテルを後にした。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「じゃ、ゴルシはそっち頼むぜ。適当に水飲ませたらあとは放っといていいから、お前も早く寝ろよォ」

 

「あいよー。サンデートレーナーもお疲れさまなー」

 

 二人を背負ってきて旅館に戻り、私もゴールドシップと別れた。

 旅館の部屋割り、東側にチームスピカ、西側にフェリスとなっており、その最東端と最西端にトレーナーの部屋があるからだ。

 ゴールドシップはしっかりしてるから、この先は任せても問題ないだろう。オキノも軽く診察した感じ、酔っぱらっている以上の症状はなく、帰り道でも愛バの自慢を呟ける程度の意識はあった。

 布団に入れてしまえば朝まで寝ていることだろう。明日の二日酔いまでは知らないが。

 

 さて、そうして私も兄さんを背負い彼の泊まる一人部屋に向かい歩き出す。オニャンコポンが静かにそれについてくる。

 背中から感じる温もりは、先ほどからすぅすぅと寝息が零れており、それが耳元に当たりこそばゆい。

 私は甘痒い耳元の疼きを我慢しながらも部屋の前にたどり着き、先ほどフロントで預かった鍵を差し込んで部屋を空ける。

 何故か鍵をフロントから預かる際に、係の女将さんから謎の温かい眼差し(こんやはおたのしみですかね)を受けたのだが、何故かはよくわからなかった。

 

『……ほら、兄さん。部屋に着いたわよ。起きて』

 

「…………ん、むぁ………?」

 

『寝ぼけてないの。……大丈夫?強い頭痛はない?』

 

 タチバナを背中からおろして、ふらつく脚を支えて、一度意識を目覚めさせる。

 流石にこのまま布団に叩き込んでハイさようなら、は余りにも冷たい。

 呼吸から、深く酒は廻っているが痛みなどは今のところなさそうだ、とも察していたが、飲めるなら寝る前に水は飲ませた方がいい。そして、一人で歩けるならトイレにもちゃんと行ってもらって、着替えて寝た方が……と。

 勿論そこまで面倒を見るのは恥ずかしいのでその前に私はお暇するのだが、一度意識レベルは確認しておく必要があった。

 ちなみにオニャンコポンは既に布団の枕元で眠る気満々だ。コイツの魂は割とだらしないな?

 

 さて、私の背中から降りた兄さんが、ふらつきながらも2歩、3歩と敷かれていた布団に向かっていく。

 水は……飲めるほどではないか。駄目そうだ。

 明日は二日酔いがひどいだろうが、自業自得だ。せめてチームメンバーの面倒は私がしっかり見てやるか……とため息を零し、部屋を後にしようとしたところで。

 

『……っ!』

 

 兄さんの足元が大きくふらついた。

 いけない。あれでは転んでしまう。

 私は咄嗟に手を伸ばし、彼の体を支える。

 自慢の体幹で、彼の体重くらいは支え切れる……と思ったところで、しかし。

 

『っ、!?えっ、きゃっ!?』

 

「ニャー!」

 

 彼の腕が、無意識なのか、私をかばおうとしたのか、私を包むようにがばりとかき抱かれてしまった。

 思わず体が硬直し……そして、そのまま二人して重力に導かれるように、布団に吸い込まれる。

 オニャンコポンがびっくりキャッツ!と飛びのいたところで、私は兄さんの腕の中に包まれ、布団に横になってしまった。

 

 怪我はない。

 布団が衝撃を逃がしてくれたのだ。

 兄さんも、大丈夫そう。たまたま頭が枕の所に落ちたようで、ぶつけたような様子はなく、て。

 でも。

 でも。

 この、全身に感じる、彼の熱が────────

 

「……S、S……」

 

『……っ……!!』

 

 抱きしめられながら、身長差により私の耳元にある彼の口から、私の名前が零れる。

 熱い吐息を含んだその声が耳朶を打ち、私は全身がかぁっ、と熱を持った事を自覚する。

 恐らくは、顔が真っ赤になっているだろう。

 それはそうだ。これまで20数年と生きてきた中で、同年代のオトコに、これほど密着した経験は、初めてで。

 私は、思考がまとまらなくなって、なにも、考えられなく、なりかけて──────

 

「………SS……いつも、本当に、ありがとう」

 

『っ……ぅ、あっ………』

 

「君は……いつも、人一倍、頑張ってくれるから。甘えてしまう……俺も、君に、頼ってばかりだ。……でも、君が、楽しんでくれてるか……俺、いつも、気にしてた………SS……この、夏合宿……楽しんでくれてるかな……?」

 

『……!』

 

 彼が、酔いの回った頭で、とりとめのない話を紡ぐ。

 抱きしめたこの状況で、しかし私がそこにいることを理解しているのだろう。

 無軌道な、しかし私への真摯な想いを耳元で囁かれながら、体に回された腕には力がこもり、そして片手が私の頭に回って、優しく、私の頭を撫でる。

 大切な宝石を扱うような、その穏やかな、大きな彼の手に、私の意識は集中してしまう。

 頭を撫でられたのは、久しぶりだ。

 両親のいない私にとって、こんなに抱きしめたり、頭を撫でてくれる相手というのは、本当に少なくて。

 小学校を上がってからは、神父様くらいで。

 彼の手を思い出してしまう。

 心から信頼していた、神父様の安心する手を。

 

「……君が、楽しんでくれてたら………俺、ほんと、嬉しいよ…………SS……君の、こと………俺………」

 

 そして、魅惑の呟きは何やら、熱を持ち、進んではいけない方向へと進んでいった。

 私は抵抗する力も無く、ただ、彼の声と手に己の身を委ねてしまう。

 その先の言葉を、聞きたくて。

 私は、兄さんに。

 貴方に。

 きっと、同じことを、想っているから。

 貴方の口から、その言葉を、聞けるのなら────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 ───────しかし。

 

 

「……………すぅ……」

 

『……にい、さん?兄さん?ちょっと?』

 

 その後に続く音は、彼の静かな寝息であった。

 肝心なところで、この男は、意識を落としたのだ。

 私をオニャンコポンの代わりに抱き枕にして、なんと、この、女を抱いた状態で、眠りこけてしまっていた。

 

 なんて。

 なんて、ずるい。

 

『……ちょっ、………っと、ホントに、もう……』

 

 私は抗議の声を上げようと顔を見上げ、彼の顔を至近距離で見つめるが……そこに浮かんでいた微笑みを見て、怒る気力が失われてしまった。

 随分と幸せそうな表情を浮かべるこの人を、私は怒れなかった。

 私の事を信頼してくれるという貴方を。

 貴方に抱きしめられたことを、悦んでしまった私が。

 叱れるはずもなくて。

 

『……兄さん、本当に、いつも、ズルい……ずるいわ……こんな、私の心を奪っておいて……』

 

 私は熱を帯びた心のままに、そのまま彼の胸にぎゅう、と顔を埋めて、ぐりぐりと擦り付ける。

 オニャンコポンの代わりになった腹いせに、マーキングをするかのように。

 彼の厚い胸板が随分と、熱っぽく感じられた。

 

 ……そして、彼の体温に、随分と私にも睡魔が襲ってきた。

 もう、いいか。

 いいかな。

 きょうはもう、このまま、兄さんの腕のなかで、寝ちゃおう。

 そして、明日、起きた時に驚いた兄さんの顔を見て、からかってあげるんだから。

 

 

『……兄さん。………私ね。私も、兄さんの事───────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_──ハイ勝った。SSの勝ちでーす!!SSが勝ちましたァー!!うちの子がナンバーワンでーす!!

 

_──一線は超えてないけど、同衾はもう十分に既成事実よね?もうこれでクソボケも責任をとるしかないわよね?

 

_──状況証拠も十分だ……明日の朝、タチバナの驚く顔が見えるようだよ。いや、SSは子供の頃、寝る時に無意識に一緒のベッドで寝る誰かにしがみつく癖があった。それが治ってなければワンチャン行けるッ……!!

 

_──まぁお前ら、この辺で俺達も退散するしかねェだろ。SSに聞こえないように呟いてても、後で見てたとか思われたらSSも熱も冷めちまうからな、俺たちは退散しようぜ

 

_──成せ。子を成せ。それが使命だ。サンデーサイレンスと名のつく者の使命なのだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────イヤ駄目だろ。

 

(……ッ!?何流されてんの私っ!?!?)

 

 慌てて意識を覚醒させ、力任せにずぼっ!!と彼の腕から脱出し、布団から這い出る。

 危なかった。

 本気で危なかった。

 今の立場と状況を考えずに、本能に……情欲のままに動くところだった。

 修道女失格だ。危ない。

 ギリギリで意識を落とさなくてよかった。

 先程までの熱はどこかへ消え去り、代わりに冷や汗が頬を垂れる。

 

(……いや、駄目でしょ!!生徒達も寝てる旅館で、男女のトレーナーが同衾なんて!?下手すればニュース乗るわよ!?)

 

 このまま一晩を超えたら間違いなく不祥事である。私の判断では。

 夜の呑み会は大人の嗜みとして全く問題ないし、それでよしんばこのように酔いつぶれていてもだらしないな、仕方ないなで生徒達も苦笑を零すくらいで問題ないが。

 しかし旅館でのコレはヤバい。普通にヤバい。

 どちらも社会的に際どくなる。

 危なかった。

 

(……くっ、こんなに私が苦労するのも兄さんのせいよ!!起きたら本気で怒ってやるんだから……!!)

 

 ぱんぱん、と両頬を叩いて意識を覚醒させ、強い意志で私は立ち上がる。

 私が腕からすり抜けたことで何やらゆるゆると抱き枕を探すように兄さんの腕が動いていたが、そこにようやく私の場所が開いたと言わんばかりにオニャンコポンが収まり、それで兄さんの顔もまた笑顔に戻った。

 その態度に私はオニャンコポンと同レベルか、と憮然とした表情になるが、しかし、先ほど感じた彼の熱は、私の深い所に残ってしまっている。

 一気に肝が冷えたとはいえ、種火はくすぶったままだ。

 今日私がこの後ちゃんと眠れるか、怪しい所だ。

 

(……本当に、この人は。まったくもう……)

 

 全く、本当にどこまでも、私がいないと駄目なのだから。

 これで何度も世界をやり直し、何年も生きているというのだから、筋金入りのウマ誑しである。

 

 私はため息をついて、乱れたジャージを整え、部屋から出ていこうと踵を返す。

 もう兄さんもすっかり眠ってしまった。

 部屋のクーラーもかけているので、熱中症などにもならないだろう。

 本当に、あわただしい夜だった。

 

(………あ、いや………)

 

 しかし、部屋から出ようと脚を進めたところで、私はふと思いついて脚を止めた。

 まだ、やっていないことがあった。

 というよりも、それくらいの意趣返しはしても許されるであろう、それ。

 

(……そうね。こんなに困らされたのだから、それくらいはしてもバチは当たらないわよね……)

 

 私は再度布団に近づき、幸せそうな寝顔を浮かべる兄さんの傍に静かに膝をつき、前かがみになって腕も畳について、四つん這いになる。

 彼の顔を、正面から見下ろす形だ。

 私の長い黒髪が私の顔と彼の顔の周りに漆黒のカーテンを作り、世界には私と彼しかいなくなる。

 

 

(兄さん)

 

 

 そして私は、大切な家族に、おやすみの挨拶をした。

 

 

(おやすみなさい)

 

 

 ───────もちろん、ほっぺに、アメリカ式で。

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ───────と、私は勢いでそこまで書き上げて、自分が書き上げた内容を改めて読み返して。

 

(……何書いてるのよ私はっ!?こんなの、活動記録に乗せられるわけないじゃないっ!!)

 

 とんでもない内容を書き上げていたことに気付いて、先ほどまで書いていた範囲を一括選択し、デリートボタンで綺麗に削除した。

 アホなの私?

 こんなものが生徒の目に触れたらとんでもないことになってしまう。

 主に彼の愛バ3人がとんでもないことになってしまう。

 

(…確かにあれは私にとってとんでもない出来事だったけれど!!記録に残しちゃダメでしょうが!!)

 

 あの後、私は自室に戻り、ぬるいシャワーを浴びて彼の匂いと熱を落として、すぐに眠った。

 翌朝、思い切り記憶が飛んで覚えておらず二日酔いに苦しむタチバナと、額に肉マークが輝く二日酔いのオキノが朝食会場に出てきて、愛バ達に随分とため息をつかれていたが、私は証拠を残さなかった。

 あの時の出来事を見ていたのはオニャンコポンだけで、彼女の魂はしっかりその時の私のしたことを覚えているだろうが、猫なので他人に伝える術を持たない。文字は書かないようにしているみたいだし。

 なので、その後も問題なく夏合宿を過ごせていたのだが、そんな内容をここに記したら血の雨が降る。

 ダメ。もっとシンプルに、内容を表さないと。

 

(……『夏合宿という特異な場では、トレーナーもハメを外すことがある。また、タチバナは時々酒でやらかすので、注意が必要だ。今回は私がこっぴどく叱っておいた』……っと。これくらいの内容で留めておきましょう、ええ)

 

 私は先ほどまで書き上げた出来の悪い恋愛小説のような内容を、シンプルな一文にまとめきった。

 これだけでいいのだ。

 先程は筆ものってテンションも上がってしまっていたことで変なことを書き上げてしまっていたが、あんなものを後世に残してしまってはいけない。

 正気に戻ってよかった。やはり推敲は大切である。

 

(……はぁ、何やってるのよ私は。……疲れがあるのかも。少し休憩しようかしらね。これで夏合宿のところは大体書きあがったし)

 

 時間をみれば、日本まであと5時間と言ったところ。

 いいくらいの時間だ。ここで少し休憩を挟み、ラスト4か月、レースの多いこの時期を書き切って、活動記録を完成させる。

 問題ないだろう。余裕を持って書きあがるはずだ。

 

「……ふぅ」

 

「あ、お疲れ様ですサンデートレーナー。何か飲みます?コップが空になってますよ」

 

 私が記録を上書き保存し、息をついたところで隣に座るキタから労りの言葉がかけられた。

 気が利く娘だ。しかし、私は一度お花を摘みたい事情もあったので、それをやんわりと断った。

 

「いや、大丈夫だ。ちとトイレにも行ってくるし、その帰りに飲み物貰ってくるからよ」

 

「そうでしたか。座りっぱなしは疲れちゃいますもんね」

 

「おー。行ってくらァ」

 

 私は席を立ち、体をほぐしながら化粧室に向かう。

 座りっぱなしは体に毒だ。化粧室では少しだけストレッチなどもしておくか。

 

「………ふーん。そんなことがあったんだぁ………」

 

 少し歩いたあたりでキタが何かつぶやいたような気もするが、それは随分と小声で、飛行機の音にかき消されて私のウマ耳でも聞き取れなかった。

 

 

 

 






以下、筆者が酒の勢いで書いた閑話。




────────────────
────────────────



「……じゃあアタシはレイズだ。1本乗せるぜ」

「ヴェー!どーしよー!ボクのカードどうなのー!?うぅ……お、おりるぅ!」

「くっ……わ、わたくしは乗りますわ!コールです!」

「へへぇ……コールで行きます!これで私は全掛けです!!」

「それでは、私はフォールドで。どうも……勝てる気がしませんので」

「うーん、あたしもフォールドなの。サンデーチーフの自信が怖いの」

 旅館で過ごす夜、サンデーサイレンスは生徒たちに誘われ、インディアンポーカーに興じていた。
 ベットしているものはにんじん。元々がチームの小遣い費で買うくらいのモノで金銭的に価値の高い物でもなく、まぁ、いわゆる可愛い遊びごとの範疇に済まされるもので、その本数を賭けて争っていた。
 一人5本から始めて、ゲームのレイズは参加してるメンバーの最低数以上は駄目、という簡単なルールを設けて、お互いの額の上に見せるカードの大小で争っている。
 そこには運と度胸と駆け引きが求められる。レースの際にも使うその勝負師としての資質。
 攻め処を間違えないウマ娘こそが、レースでも速いのだ。
 ……などと理由をつけてこのゲームに参加しているサンデーサイレンスだが、何のことはない、ただの遊びだ。
 ムキにもなっておらず、勿論友人たちの霊に聞いたりなどというイカサマも仕掛けていない。
 ただ、シンプルに生徒たちと遊び、夜の暇を潰していた。

「おうおう、マックちゃんとスペが乗ってきたか。いいのかァ?お前らのそれで本当に勝負しちまってもよォ?後悔することになるぜ?」

「くっ……サンデートレーナーこそ、その額のカードが己を裏切らないようにお気をつけあそばせ!私は自分のカードを信じますわ!」

「私の運を信じます!!勝負っ!!オープン!!………なしてーーーー!?」

 スペシャルウィークの掛け声で、サンデーサイレンスとメジロマックイーンが己のカードをオープン。
 サンデーサイレンス:10。
 メジロマックイーン:9。
 スペシャルウィーク:2。
 サンデーサイレンスの勝利であった。

「あっはっは、やっぱりな。雰囲気が期待と不安が混ざってたからな、アタシのは絵札じゃないけど高い数字だと思ってたぜ……残念、アタシの勝ちだな」

「くぅっ……どうしてわたくしのは絵札じゃありませんでしたの!?」

「へへぇ……スッペンペンです……」

「ヴァー!ボクのカード、キングじゃんかー!!勝負しておけばよかったー!」

「……7、でしたか。降りて正解、というところですね」

「あたしも6だったから挑発に乗らなくてよかったのー。ってかサンデーチーフ強すぎない?やってる?」

 3人がお互いの勝敗に感想を零し、勝負が終わったのちに自分のカードを確認して後悔するトウカイテイオーと、適切な判断でフォールドしたエイシンフラッシュとアイネスフウジンがほっと息をつく。
 しかし先日より何度かやっているこの勝負、サンデーサイレンスの勝率が高すぎたのだ。そこにアイネスフウジンはきな臭いものを感じて問いただす。
 ふんす、と鼻を鳴らしてサンデーサイレンスが苦笑し、答えを零す。

「アホ、サマなんてしてるわけねーだろ。分かりやすすぎるんだよお前らが。見てるだけで大抵のことは分かっちまうぞ?」

「なっ!?聞き捨てなりませんわ!そんなに分かり易いとお思いで!?」

「……ってマックちゃんは怒ってっけど、今配られたカードで周りが割と低めだから他の奴らから感想零したくてそわそわしてる。顔は怒ってっけど尻尾がばっちり動いて隠せてねェわけだ」

「っ!?」

「んでテイオーは耳が素直に動きすぎだ。フラッシュを見て左耳がぴくっとしただろ?左脳は数字を処理する方だからそれと連動してんのかしらねーけど、左が動いたらヤバそう、右が動いたら勝てそう、って考えるわけだ」

「ナニミテンノー!?」

「スペは……いいか。顔で全部語ってるもんなお前。もうにんじん無くなってるし」

「ひどくないです!?確かに数本食べてしまったのでもうスッペンペンですが!」

「いえ、それは食い意地を張り過ぎです。でも、確かにスペシャルウィークさんは分かり易かったですね」

「…と偉そうに述べてるフラッシュだが、実は一番コイツが分かり易い。本人は冷静に勤めているつもりだろうけどそわそわしたときに大型犬みたいに尻尾がぶんぶん揺れるからな」

「え!?……私の尻尾動いてましたか!?」

「ばっちり動いてたの。……え、ブラフとかじゃなかったの!?」

「フラッシュは天然入ってっかんなァ。で、アイネスが一番まぁ、読み取りづらいんだよなァ。尻尾は完全に隠せてる。しいて言うなら呼吸か……勝てそうって思ったときに少しだけ呼吸が早くなるからな。隠そうとしてるからこそだけど」

「そこまで読んでるの!?」

「当たり前だろォ。ってか、練習中はこんなもんじゃねェからな。アタシだけじゃねェ、他のトレーナーだって、お前らの走り、脚の筋肉の張り、表情……それら全てから、お前らがベストに走れるように考えてんだからよ。オキノだってタチバナだって触診するだろ?あれなんか一番雄弁だ。……いやオキノは急に後ろからやるのが悪癖だけどよ」

 下らない話の中で、しかし、サンデーサイレンスから零れたトレーナーの観察眼に、ウマ娘達は感嘆の息を零す。
 ここにいるウマ娘の中にはサブトレーナーをやっているウマ娘はいなかったが、しかし、トレーナーという仕事がやはりどこまでも、ウマ娘の事を想って過ごしているのだな、と再認識した。
 日ごろから感謝の気持ちはあるが、今後はより一層、労わるようにしよう。そう思った。

「……ホイ、またアタシの勝ちだ。これでマックちゃんもパンクだな」

「強すぎますわサンデートレーナー!?そもそも運がいいのではなくて!?」

「負ける時はちゃんと降りてんだよ。勝つときに厚く張ってるだけだぜマックちゃん」

「ヴァー!また負けたぁ~!……ちょっと気になったんだけどさサンデートレーナー。なんでマックイーンの事だけはちゃん付けなの?ボクとかフラッシュ先輩たちの事は普通に名前で呼ぶよね?」

「ア?……そういやそうだな、なんでだろ。呼びやすいんだよななんか」

「そんな理由でしたの…?いえ、まぁ、わたくしもそう呼ばれて悪い気持ちはしませんので構いませんが……」

 そうして勝負は進み、結果としてまたしてもサンデーサイレンスの一人勝ちとなった。
 勝負事に強い。そう感じさせるには十分な戦歴だった。
 なお、勿論だがこの後サンデーサイレンスがにんじんを独り占めする……などということはなく、参加したみんなに配りなおしている。

「あ、勝負終わりました?サンデートレーナー、ちょっと相談があって……夜ですが、お時間いいですか?」

「ん、スカーレットか。いいぜェ、どんな相談だ?レースの事か?日常のほう?」

「レースの方です。最近ちょっと掴みかけてることがあって、実際にレースを走っているトレーナーのお立場からのご意見を頂きたくて…」

「ん、……真面目な話そうだな。おっけ、アタシの部屋来な。聞いてやるよ。んじゃ勝負はこれで抜けるわ。後はあんまり騒がずよろしくやれな」

「はい、お疲れさまでした。私達もお部屋に戻りましょうか、アイネスさん」

「そうね、やり忘れてたファルコンちゃんの課題手伝ってあげよっか」

「アぁん?アイツ課題まだ終わってなかったのか?……ったく、アメリカでサボってやがったナァ?スカーレットの話終わったらアタシも顔出すか……キタのほうはバッチリ終わってるっつってたけどあっちも確認しとかねーと……」

 ゲームが終わった後にも次々とウマ娘達から相談などが持ちかけられ、やれやれと肩を竦めてサンデーサイレンスがダイワスカーレットと共に大部屋を後にする。
 携帯ゲーム機で遊んでいたウオッカとゴルシ、本を読んでいたスズカとヴィイ、苫小牧のニュースを見ていたタルマエなどにも生徒指導の一環として声をかけ、脚や体を労わる。
 次々と起きるウマ娘達との交流に、忙しさを感じながらも。

(……ま、こういう夜も悪くはないわね)

 サンデーサイレンスはそれを内心で楽しみながら、穏やかに夜を過ごしていた。



 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

184 活動記録⑪ スプリンターズステークス

 

 

 

 

 さて、休憩も済ませて、私は活動記録の作成を再開する。

 先程までで夏合宿の内容はおおよそ書き上げた。ここから先は秋のGⅠ戦線が主な内容となる。

 

(……そうね、先にキタの戦歴だけ全部書いてしまおうかしら。書くことはシンプルだしね、この子の場合)

 

 私はチームのシニアの3人、フフフシスターズとも呼ばれる彼女たちの挑んだ激戦を書き上げる前に、まず自分の愛バたるキタサンブラックの戦歴を書き起こしてしまうことにした。

 この子の戦歴はシンプルだ。

 ジュニア期無敗。

 札幌ジュニア、サウジアラビアロイヤルカップ、東京スポーツ杯ジュニアステークス、朝日杯フューチュリティステークス。

 この重賞連戦を、全て一着で勝ち抜いた。

 それぞれのレースで上位に食い込んでいるウマ娘は今後のライバルになるかもしれないのできちんとデータは取っているが、しかしまだジュニア期においては私の指導が、キタの才能が上回っている。

 クラシック期になり、ライバルたちがどれほどの成長を見せてくるか……むしろ、私がトレーナーとして気を付けるべきはそこになるだろう。

 来年もレースのデータ収集は欠かせない。

 

(ファルコンや、アイネスのように……シンプルな原則として、強い逃げウマ娘はそれを止めるのが難しい。牽制技術を習得してくるクラシック期からは一筋縄ではいかなくなるけど、そこはこれからの課題ね……)

 

 各月の記録にキタのレースの戦歴を書き起こし、レース中のウマ娘の流れや記録を入力し終えて、私は一先ず愛バについての描写はそこまでにした。

 キタの戦歴を詳細に示してくのは来年になるだろう。きっと、クラシック3冠を手にする私の愛バの自慢の戦歴を書けるようになっているはずだ。

 

(よし。それじゃあ9月の出来事ね。夏合宿が終わって……改めて日程を組んだ。9月の3週目からフラッシュと兄さんはフランスに飛んで凱旋門に向けた練習を始めたのよね)

 

 そして改めて9月からのチームの動きを活動記録に記していく。

 凱旋門賞に挑むフラッシュは、9月の3週目にフランスに飛ぶことになった。

 9月頭からフランスに入っていたオキノとヴィクトールピスト、ゴールドシップらと合流する形で、共に並走を出来るよう同じホテルを手配していた。

 なお、ヴィクトールピストについては9月2週目に行われたパリロンシャンレース場でのGⅠ、芝2400mのヴェルメイユ賞に殴り込みをかけて、一着を勝ち取っている。

 夏合宿で相当に仕上げたものと見える。日本勢として頼もしい子だが、フラッシュにとってもライバルとして凱旋門賞では立ちはだかることになるだろう。

 

(でも、凱旋門は10月上旬の開催。だから、チームとして挑むGⅠの初戦は、アイネスのスプリンターズステークスだった……これがまたとんでもない激戦だった。本当に、世界一のスプリンターを決める様なレースになってしまっていたわ……)

 

 道中の練習内容なども記入しながら、私はまず秋のGⅠ戦線の初戦、アイネスが挑んだスプリンターズステークスについて記録を取り始める。

 このスプリンターズステークスは、ドバイの激戦により……世界から2名、最強の短距離ウマ娘が挑みに来ていた。

 そして、日本が誇るスプリンターがそれを迎え撃つ形。

 勿論、ドバイの芝短距離のGⅠを勝利したアイネスが台風の目。

 誰もが見たくなる、注目のスプリンターの決戦について、記していこう。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「ふーっ!!今日もいい風吹いてるの!」

 

 アイネスフウジンは、控室でオニャンコポン吸いも済ませ、今日のレースの為にフランスから一時帰国してくれた己の愛するトレーナーに髪と尻尾も梳いてもらい、うきうきとした気持ちでゲート前に現れた。

 夏も終わるころのこの季節、秋口を感じさせる爽やかな風が中山レース場に吹いていた。

 天気も快晴。今日はいいレースになる、そんな予感を感じさせるこのゲート前の時間。

 

 しかし、そのゲート前。

 余りにも灼熱たるウマ娘達の気勢が、吹き荒れているかのようだった。

 

『約束通りやって来たわよ、アイネス!!ようやくリベンジが出来るわ……あれから私も、随分と仕上げ直した。いい勝負が出来る、なんて思わない事ね!!今日は私が圧勝するから!!』

 

『んふ、久しぶりーベルーガちゃん!!こっちも楽しみにしてたの!!あたしも全力で行くからね!!また勝っちゃうから!!』

 

 まず、ブラックベルーガがアイネスフウジンに、戦友に向けた高揚溢れる笑みと共に声をかける。

 ドバイの一戦でライバルとして認識され、そしてLANEでもその後やりとりをして、友人として仲を深めている相手だ。

 ようやくこの日が来た、と言わんばかりの楽し気な笑顔。お互いの顔に浮かぶ表情がそれだった。

 

『あー、ベルーガはいいよなァ、アタシはライバル不在だって知ったのが日本来てからでよぉ……ウララのヤツ、ちゃんと出るレース教えてくれりゃあな……』

 

『あはは……ミサちゃん、どんまいなのー。ウララちゃん、英語はできないからねぇ』

 

『それな。しかもウララの次のレースが11月頭の短距離戦だろォ?そっちに出りゃよかったぜ、ファルコンもいるって話だしよォ。アタシその時にはもう地元のレース出走登録しちまっててさ……くそ、やっぱウララに恨み言言ってやるかぁ…?』

 

『あ、でもウララちゃん控室には応援に行ったんでしょ?この間応援しにいくんだーって言ってたの』

 

『そーなんだよ!あいつの天然ボケ笑顔見るとなぜか許しちまうんだよなぁ……』

 

 そしてその話に混ざってきたのが、これまた海外からの挑戦者、ミサイルマンだ。

 彼女もまたドバイでチームJAPANと戦ったウマ娘だ。ダートの舞台、短距離戦でハルウララと雌雄を決し、敗北した。

 そしてそんなハルウララにリベンジしようと日本に来て、レースを選んだのだが……しかし、ドバイでのレース後に致命的なアンジャッシュをしていたミサイルマンは、出走登録するレースを間違えていたのだ。

 ウキウキ気分でスプリンターズステークスの抽選を勝ち取って、日本に来たら、なんとウララは芝が走れないという。

 ちょっとやる気は削がれたが、しかしそれはそれとして、親友であるブラックベルーガとも、ドバイの奇跡のアイネスフウジンとも戦える機会だ。戦意は高揚しており、愚痴るその顔も笑みがこぼれていた。

 

 ちなみにこの二人は、今日のレースの後に1週間ほど日本のトレセン学園に短期留学し、ウマ娘達と交流を深める予定も立っている。

 ドバイの影響だ。あれ以来、世界のウマ娘との交流をより深めていくべきだというルドルフ会長の提言で、世界から挑みに来るウマ娘に中央トレセンを紹介し、よければ日本のウマ娘達と交流していかないかという打診をするようになっていた。

 そうして二人ともそれを快諾したというわけだ。

 ドバイで仲を深めたチームフェリスや初咲トレーナーが学園を、日本を案内する予定になっている。

 

「んふー、やっぱり二人とも、勝負服すっごいカワイイ!ね、ね、アイネス先輩、私の事も紹介してくれます?」

 

「学級委員長としてッ!!海外ウマ娘とも仲を深めた上で!!叩きのめしますッ!!今日はよろしくお願いします!!負けませんよッッ!!」

 

「ふわぁ……小夜風のような静かな黒の風と、砂塵嵐のような激しい砂嵐。やはり、お二人から感じられる風は、日本の方とは違いますね……ふふ、今日は、よき風を感じられそうです」

 

『ん、みんな……ふふ、そうね。みんなにも負けないからね?ベルーガちゃん、ミサちゃん、この3人が今の日本の短距離のエースたち。紹介するね?』

 

 そして海外勢と話しているアイネスフウジンに話しかけてきたのは、日本の短距離レースをけん引するエース3人。

 可憐なる恋人、カレンチャン。

 驀進の王、サクラバクシンオー。

 自由なるそよ風、ヤマニンゼファー。

 彼女たちが、世界からやってきたライバルに挨拶と……そして、視殺戦による牽制をかけにきた。

 それは極めて獰猛な笑顔。

 全員が、その場にいる全員にこの1200mで負けてなるかと、戦意を高揚させている。

 アイネスフウジンの紹介によりそれぞれがお互いの顔を覚えて、そしてこれから脚を覚えさせる。

 己の走りをその目に刻む。

 

「んふふ……アガってきたの。いいね、やっぱりレースはこうじゃなくっちゃ」

 

 そしてそれぞれとも話し終え、ゲートインの時間となり、ゲート入りするアイネスフウジンの顔に浮かぶのは笑顔だ。

 レースを走る、それ自体の楽しさをかみしめるように味わって。

 そしてその上で。

 

(勝ちたい)

 

 大切な、勝利への想いを胸に抱いて。

 

 

『さあ世界からの刺客二人が!!日本が誇るスプリンターたちが!!そしてドバイの伝説の始まりの1ページを彩った全距離対応型風激電駭が!!短距離の頂点を決めるこの舞台に挑みますっ!!最速の1200mを刻むのはどのウマ娘となるか!!ゲートイン完了!!…………スタートしましたっ!!!』

 

 伝説の短距離戦となるスプリンターズステークス、その舞台に飛び出していった。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『レースも残すところあと400mッッ!!最終コーナーを回ってその向こう最終直線だ!!先頭はサクラバクシンオー!!逃げていますっ!!全速前進、その速度は未だ衰えずっ!!だがその後ろ狙っているぞブラックベルーガ!!ミサイルマンもその名の通りぶっ飛んできたっ!!カレンチャンは外に持ち出したか!!アイネスフウジンは現在五番手!!しかしここからがこのウマ娘は怖い!!ジャパンカップの、ドバイの神話の末脚がまたしても見られるのか!?その後ろには追従するようにヤマニンゼファーも続くッ!!最終直線に入った!!』

 

 

 そしてレース終盤。

 ここに至るまでにお互いに脚で語りつくし、雄弁な対話を終え、そしてとうとうやってきた最終直線。

 中山レース場の最終直線は310m。かなり短く設定されている。

 そして、その最終直線に入った瞬間が、レースの最終盤で無慈悲に切られる世界最強のワイルドカード。

 アイネスフウジンの、短距離レースにおいて最高の効果を発揮する、ゼロの領域だ。

 

「いっくよぉ……全員まとめてぶっ飛ばしてやるッ!!!」

 

 

 ────────【零式・風神乱気流(ゴッドブレス=タービュランス)

 

 

 暴虐の嵐が吹き荒れる。

 その範囲内のウマ娘すべてに、幻影の乱気流が襲い掛かる。

 スピードが最高潮に達するこの短距離レースにおいて、この領域は余りにも暴に彩られている。

 速度を落としてはならない最終局面で、強制的に奪いにかかるその風。

 しかも、その後残り200mからは世界最速の末脚が待ち構えているのだ。

 このウマ娘が逃げウマを名乗るのは各方面に失礼だと思わんばかりの超加速の末脚が放たれる。

 

 ああ、だが。

 この領域は、最早初見の其れではない。

 ドバイで見せて、その後天皇賞春でも宝塚記念でも見せつけた。

 研究された。

 

 そして研究の結果………抵抗はほぼほぼ無理だという結論が出た。

 並大抵のウマ娘では、この風に抵抗できない。

 抵抗できるのは、ごく一部の限られた世界最高レベルの優駿だけだと。

 

 そう。

 すなわち、この場にいるアイネス以外の5人全員が、その権利を有している。

 

 

『来たわね……この、風っ!!!もう私はペース配分を誤らないッ!!』

 

 まず一人、世界最初の犠牲者となったブラックベルーガ。

 世界最強の、無敗のプライドを穢されたこの風に、今度こそ抵抗する。

 今回はアルクオーツスプリントの時のように、スタミナを枯渇させるような走りはしていない。

 いや、ドバイの後にスタミナを徹底的に鍛え上げ、多少風で削られたとしても、全力で走り切れるスタミナは備えてきた。

 そして、加速もそれに伴い、さらに磨き上げられて。

 

(……ッ、キツいけど、耐える!!多少速度が落ちても……残り200m地点で、()()()()()()()()()いなければいいッ!!)

 

 そして最後の末脚勝負、世界最速の時速80km/hに対しても挑めるほどの力を、才覚をその脚に秘めて。

 暴風を堪えながら駆け抜けていた。

 

 そして、もう一人。

 

『来たなァアイネスのトルネード!!こいつには第一ロケットで耐えるっ!!第二と第三で勝負カマしてやっからよぉ!!』

 

 ミサイルマンもまた、彼女らしい解決策を編み出していた。

 ミサイルマンは、残り300m地点で己の領域【kaboom!!kaboom!!!kaboom!!!!】に突入する。

 300mの距離を3度の加速を伴い駆け抜けるその効果。

 そのうち、最初の100mの加速を風に抵抗する力として使い、加速を捨てる。

 そして残り200mで放つ二回の加速をさらに勢いを高めて、それで後ろのアイネスフウジンから逃げ切るのだ。

 宇宙に上がるロケットが、第一バーニアを使い終えたら切り捨てるように。

 己の領域の1段階目を踏み石にして、風に抵抗する。

 

 世界の二人は、ドバイで見せつけられた鬼の暴風に、それぞれ対抗策を見出していた。

 世界最強の二人をしてそこまでしなければ抵抗できないところに、アイネスフウジンの放つ領域の恐ろしさが如実に表れている。

 

 さて、では日本のウマ娘はどうなったか?

 

(ふふっ……風で、髪が乱れたらカワイくなくなっちゃうもんね。素直に、正攻法でカレンは行くよ♪)

 

 まず、先行の位置から早くに飛び出していったカレンチャン。

 彼女は道中、魅惑のまなざしなどの牽制技術をいかんなく発揮し、周囲のウマ娘を、アイネスフウジンを含め惑わし切ったのち、最高の加速で最終コーナーに臨み……そして、その出口で大きく外側に膨らんだ。

 大外へ広がる……それは短距離戦においては非常に大きな距離損を含むことを意味する。

 純粋に速度を競う割合の高い短距離戦では、ロスなくコーナリングする技術が求められ、無論の事カレンチャンも今日のようなレースでなければ適切なコース選びをするウマ娘なのだが。

 しかし、この場においては距離損を生んだとしても、アイネスフウジンとの距離を離さなければならなかった。

 10m。おおよそその距離の内側が、あの暴風の射程圏内。

 であれば、それよりも距離を離す。シンプルにして有効な一打。

 自分より後ろを走るアイネスフウジンのその位置を、振り返ることなく足音と気配で読み切ったカレンチャンは、大外に持ち出して距離を離すことを選んだ。

 正面からぶつかるだけがレースではない。

 狡猾ともとれるその柔軟な戦略は、カレンチャンの冷静なレース運びがあってこそだ。

 

「バクシン!!バクシン!!!バクシーーーーーーン!!!!」

 

 そして響くは驀進の王の魂の叫び。

 サクラバクシンオーは走る本能で、今回のレースで逃げウマ娘が少ないことから己が先頭を務め、ここまでレースを引っ張っていた。

 そして、その加速は最終直線に入っても一切衰えず。

 否、更なる加速を果たす。

 世界最高峰のメンバーが集まるこのスプリンターズステークスにおいても、その豪脚は一線を画す切れ味を誇る。

 当然だ。何故なら彼女はサクラバクシンオー。

 その魂は、時代が違えば世界の頂点も目指せたと言われる驀進の名にふさわしい優駿。

 世界最強の魂が挑みに来たこの勝負において、燃え上がらないはずもなく。

 風神の起こす乱気流など知ったことかとばかりに、先頭をただ突き進む。

 影響はゼロではないが、堕ちるなどということは彼女の魂が許さない。

 短距離で最強は己なのだという自負が、ウマ娘たるサクラバクシンオーの脚に無限の力を注ぎ、ただ、驀進する。

 驀進だ。驀進あるのみだ。

 

「ふふっ……よき風です、本当に。この風を味わいたくて……ずっと、脚を磨いておりました!」

 

「ッ…!?ウソでしょゼファーちゃん……!?」

 

 そして最後に、ヤマニンゼファー。

 彼女は風を友とし、風の中に己の道を創り出す。

 そんな彼女だからこそ打てる奇策。世界で彼女だけが成せる走り。

 アイネスフウジンが、彼女の姿に、声に、走りに、驚愕の叫びをあげた。

 ああ、ヤマニンゼファーこそが、アイネスフウジンにとって最も相性が悪い相手だと言えるだろう。

 なにせ、この乱気流の中、アイネスフウジンのすぐ後ろにおり影響が一番大きいはずの彼女が。

 

 ()()()()()()

 

 暴風を無効化したのはヴィクトールピスト。

 暴風を耐えきったのはメジロライアン。

 だが、暴風を受けてなお加速したのはヤマニンゼファーが初めてだった。

 

 乱気流。

 その風は、どこから吹くか分からない。前から吹いたと思えば後ろから吹き、横から叩かれ、あらゆるウマ娘の脚を、速度を吸収する風神の戯れ。

 しかし、その風の流れを読み、己に都合の良い風を選び取り、それに乗る。

 そんなウマ娘は、世界でもヤマニンゼファーだけであろう。

 風のタクトは彼女の魂に。そよ風と呼ぶには余りにも強すぎる魂が、己以外の風に負けるかと叫んでいた。

 暴風を放ちながら抜き去られるという初めての体験をアイネスフウジンは味わい、頬に冷や汗が垂れた。

 

(さっすが、全員ヤバすぎ!!でも……だからこそ、あたしが挑む価値があるっ!!いっくよぉ……)

 

 しかし、アイネスフウジンもまた、この風をそれぞれの手段で堪えられたとしても、欠片も諦めているわけではない。

 あくまでこの乱気流は前奏曲だ。

 本命を放つ前の余波のようなもの。

 ゼロの領域の真の力は、残り200mからの超常的な加速である。

 

「──────よーい、ドンッッ!!!」

 

 ラスト1ハロン。

 目の前の5人をぶった切るために、風神の名を冠する音速弾が放たれた。

 

 

『残り200m!!先頭は未だバクシンオー!!それに連なる様に各ウマ娘加速……そして来たッ!!!来た来た来た来たアイネスが来たッ!!!出ました奇跡の時速80kmッ!!世界最速の末脚が放たれた!!!暴風警報発令ですッ!!!勝負はどうなる!!差し切るかアイネスフウジン!!短距離の猛者が堪え切るかっ!!!瞬きすら許されない勝負ッ!!』

 

 

 アイネスフウジンの足音、風切り音が後方から凄まじい勢いで迫ってくる。

 それから逃げ切るためにさらに脚に力を籠める5人の優駿。

 

 恐怖だ。後ろから世界最速が迫っている。

 ウマ娘の誰かが、そう思った。

 

 歓喜だ。後ろから世界最速が迫っている。

 ウマ娘の誰かが、そう思った。

 

 この速度に、負けないために。

 この速度に、追いつくために。

 

 全員が、限界を超えていく。

 

『っ、あああああああああああああああああァッッ!!!』

 

 そして、その誓いを胸に秘めた一人が、凄まじい前傾姿勢を取り、脚に力を込めた。

 世界二位の最高速を持つ、ブラックベルーガが。

 後ろから迫るアイネスフウジンの速度に、負けまいと。

 いや────────勝つために。

 己の限界を超え、その果ての限界を超えて。

 魂のプライドをその脚に籠めて。

 

 そしてとうとう、成し遂げる。

 時速80kmの壁を超える。

 

(─────ッッ!!!)

 

 アイネスフウジンの驚愕。

 それは、己の速度に並んだ、すぐ目の前のブラックベルーガの縮まらない背中……だけ、ではない。

 その、ブラックベルーガの隣。

 追い抜かされんとしていた彼女が。

 日本最強の短距離ウマ娘が。

 

「……トレーナーさんが鍛えた、この脚はッ!!」

 

 ()()()()()()()()()が。

 

「世界最速にも負けませんッ!!バクシーーーーーンッッ!!!」

 

 並ぶように限界を超え、時速80kmの世界に入門した。

 

 詰まらない。

 残り半バ身の距離が、永遠のように感じられた。

 そして、アイネスフウジンの目前を走る二人が、時代を超えて競い合う喜びを感じさせるような、飛ぶような走りを見せて。

 

 そして、10秒も掛からぬ1ハロンの距離を、優駿たちが駆け抜けた。

 

 

 

『─────ゴーーーーーールッ!!!先着したのはブラックベルーガとサクラバクシンオー!!この二人に見えました!!最後粘ったのはカレンチャンかアイネスフウジンか!?ヤマニンゼファーは体勢不利か!ミサイルマンも最後粘りましたが惜しくも届かず!!一着はブラックベルーガかサクラバクシンオーか!?わからない!!余りにも団子状態!!写真判定となりますっ!!』

 

 

『……タイムが出た!!レコードだ!!革命の及んだまたしてもレコード…っとぉ!?1分5秒5!!これは世界レコードです!!世界レコードが出た!!何たることだ!!世界最強の短距離ウマ娘ブラックベルーガと日本最強の短距離ウマ娘サクラバクシンオーが!!否、日本の誇る最強スプリンターと世界のスプリンターが繰り広げたデッドヒートは!!とうとう世界を縮めたのですッ!!』

 

 

『………出ました!!長い長い写真判定の果て!!なんと!!サクラバクシンオーとブラックベルーガが同着!!同着の一着となりました!!!なんたる決着か!!!3着はカレンチャンが入り4着にアイネスフウジン!!5着にヤマニンゼファー、惜しくもミサイルマンは6着!!しかし先頭との差は僅か1バ身以内!!凄まじい決着となりましたスプリンターズステークスッ!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……我らがアイネスフウジンは、惜しくも4着。まったく、とんでもない化物レースだったわ……世界最強のスプリンターの決戦、その命題に偽りなしの勝負だったわね……)

 

 私はレースの映像を見終えて、改めてこの激戦について振り返る。

 最終直線300m、アイネスフウジンのゼロの領域をきっかけに、全員がまさか奮起し覚醒するとは思わなかった。

 あの風が強者を選別し、そして強者には新たなる力を与えてでもいるかのような、ミックスアップの極限。

 アイネスの暴風がなければもっと速いタイムが刻まれたかと問われれば、NOと言えるだろう。

 あの風に対抗し、そしてアイネスフウジンの人知を超えた加速に追いつかんとしたブラックベルーガとサクラバクシンオーが、短距離王者の誇りを見せた、といったところか。

 

(でも、レースの後の脚の消耗はベルーガもバクシンオーもひどいものだった。故障はなかったのが何よりだったけど……ふふ、そういう意味では、無事だったアイネスの実力、タフさの証明と言ってもいいかも。脚の頑丈さにかけては、うちのチームはどこにも負けないわね……)

 

 時速80kmという、ウマ娘が出せる速度の限界頂点。

 そこに至れる、その時点でまず類稀なる才能と筋力が必要になるが、あの走りをした上でなお耐えきるためには、体幹を鍛え上げる必要がある。

 アイネスフウジンはドバイの前にそこに至ったが、今回で時速80kmに至った二人はまだ体幹の地固めが甘い。私の目から見て、という話だが。

 ただ、今は世界的に体幹トレーニングの重要性が見直されているから、彼女たちも、また他のウマ娘も、あの速度を出してなお負担が脚に残らないような走りが出来るようになるだろう。

 

(……ねぇ、神父様。私だけの力じゃない、兄さんと、兄さんのウマ娘達と、チームJAPANのみんなの力があってこそだけれど。神父様の教えを、世界に残すことが出来たわ、私)

 

 ふ、と笑みを零す。

 私の望み……神父様の想いを継いでトレーナーになり、世界に神父様の教えを残したい、というそれを成すことが出来た、と言っていいだろう。

 私の中だけの納得だが、しかし、私がウマ娘として歩んできた旅路は、無意味ではなかった。

 私は、みんなの代わりに、みんなの夢をやり遂げることが出来たのだ。

 

(……いけない。少し泣きそうになっちゃった……まだまだ、これからなのにね。私が育てるキタも、この先育てる子達にも……いっぱい勝てるように、頑張るんだから。ここで終わりじゃないのだから……)

 

 私は指先で目元を拭い、一つ大きく伸びをして緩む涙腺を誤魔化して、一息つく。

 そう、私の旅路はこれからだ。

 これから先は、私が私の願いをかなえるのだ。

 私のトレーナーとしての未来を、どのように歩むのか。

 それはまだ全然想像ができないけれど、どうか、後悔はしない道を歩みたい。

 ……できれば、兄さんの隣で、ずっと。

 

 

(……よし、それじゃあ9月の分はこれでおしまい。次はフラッシュの凱旋門ね……)

 

 

 私は9月の活動記録を書き終えて一度保存し、10月の記録に書き進むことにした。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

185 活動記録⑫ 凱旋門賞

 

 

 

 

 スプリンターズステークスを終えて、10月。

 この月は……2つの大きなGⅠがあった。

 10月初旬のフラッシュが挑む凱旋門賞と、10月末のアイネスが挑む天皇賞秋。

 特に大きなイベントはやはり海外への挑戦、日本の悲願たる凱旋門賞へ挑んだことだろう。

 スプリンターズステークスを終えてすぐにパリに戻った兄さんが最後の一週間、フラッシュの脚を仕上げて、その当日に挑むことになった。

 勿論私たちチームもレース当日には間に合うように日本を出発し、パリに応援に向かった。

 

(凱旋門賞……ロンシャンレース場は、日本の芝と全く違う走りを求められる。日本では最強のウマ娘でも、凱旋門で涙をのんだケースなんて幾つもある……そこに、フラッシュの脚がどこまで合わせられてたか。そこがポイントになる……と、考えていたのだけれどね)

 

 凱旋門に挑む前までのフラッシュの練習、そこで脚をどれだけ芝に合わせられていたか、そこが大切だ。

 なにせパリロンシャンレース場は最終直線がかなり長いコース。その前の偽の直線から数えて1000m近く、ほぼほぼ直線が最後まで続くになる。

 となれば、末脚を長く使えるフラッシュが有利だ。二重領域発動(ダブルトリガー)が決まれば、最後の追い上げはかなり期待できるだろう。

 だから、後は芝だけ。懸念点はそこだけ、だと考えていた。

 

 しかし、現実はまた違った。

 想像以上に、あの凱旋門賞というレースは魔境であった。

 

(挑むライバルも、手ごわい相手が3人……厳しいレースだった。でも……そうね、この先はレース映像を見ながら、書き上げましょうか)

 

 私は今年の凱旋門賞の映像をネットから拾い上げ、イヤホンを耳に着けて再生ボタンを押す。

 フラッシュの大一番。凱旋門賞。

 その決着を、今一度見届けるために。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『──────偽りの直線(フォルスストレート)に入って行くウマ娘達っ!!先頭はヴィクトールピスト!!逃げる!!この2400mを逃げるッ!!革命世代の砂の隼を、風神を、桜を受け継いだかのような強い走りだ!!まだまだ脚色は衰えません!!そしてその後ろ、怖いウマ娘が狙っているぞ!先行集団には世界最強ウマ娘ウィンキスが鋭い眼差し!!ドバイの時とまるで違う表情!!リベンジを果たさんとヴィクトールピストを狙っている!!そしてその後ろ差し集団、2400mの鬼エイシンフラッシュと三度目の凱旋門勝利を狙うブロワイエがここにいる!!まだ脚を溜めている!!残り800mッ!!誰が最初に飛び出るのか!?』

 

 

 レースは残り1000mを切った。

 この偽りの直線(フォルスストレート)とも呼ばれる500mの直線を超えた後、僅かな右カーブを超えて更に直線が500mあるという、パリロンシャンレース場独特のコース。

 この偽りの直線(フォルスストレート)で掛からずに、どれだけ足を溜め、我慢できるかが大きな戦略のポイントと言えた。

 

 そして、当然にしてドバイで覇を競った優駿たち4人は、そのことに理解を落としている。

 既にロンシャンレース場は4度目のレースとなるヴィクトールピスト。

 冷静な分析力を持つエイシンフラッシュとウィンキス。

 そしてホームコースであるブロワイエ。

 この4人が、レース前の人気上位4人となっていた。

 

 そして今回は珍しく逃げの作戦をとったヴィクトールピストが先頭を駆ける。

 先行集団にはウィンキスが。

 そして、その後ろ差し集団にはエイシンフラッシュとブロワイエがおり、それぞれが飛び出すタイミングを計りながら走っていた。

 

(────────、っ……!!)

 

 しかし、その中で、表情にこそ出さないが苦悩を覚えるウマ娘が、一人。

 エイシンフラッシュが、己の走りに僅かな疑問……いや、不信感を覚えてしまっていた。

 

 その理由は、己でもうまく説明はしきれない。

 この深い芝に脚が、走りが合わない……ということはない。

 彼女のトレーナーである立華が夏合宿から丹精を籠めて練り上げたエイシンフラッシュの走りは以前に増して力強く、芝の影響を受けない走りが出来るようになっている。

 このレースの前に行ったヴィクトールピストとの併走でも、お互いに太鼓判を押しあえるくらいの走りの出来。

 去年は僅差の3着であったヴィクトールピストの走りも、十分にこの芝に適応できており、それに並んで走れるエイシンフラッシュもまた、十分な適性を備えていた。

 

 しかし、それでも感じるこの葛藤。

 これは、己の走りの速度に起因するものではない。

 悩み、だ。

 スランプとも呼ばれるような、それを。

 

『……妙だな』

 

『っ…ブロワイエ、さん』

 

 そして偽りの直線(フォルスストレート)を駆け抜ける中で、ブロワイエが後方から競りかけてくる。

 位置取り争い程度の其れで、お互いにラストスパートには早すぎる段階だが、しかしその刹那で、共にドバイで覇を争った戦友が、そのライバルたる閃光の陰りを明確に感じ取り、声をかけてくる。

 

『君が以前に見せた走りは、覇気はこの程度ではないはずだ……ドバイで走っていた時の君は、もっと真っすぐだった。何か、悩みでもあるのかな?走りから如実に読み取れてしまうよ、フラッシュ』

 

『……無駄口を、たたく余裕が……あるのですか、ブロワイエさん!』

 

『いや、勘違いをさせてしまったなら失敬。しかし私はこの会話を無駄とは思わないのでね。……ライバルたる君が、燻っていてはつまらないのだ。今、私が誰よりもリベンジしたいのは君なのだからね、フラッシュ。だが……』

 

 ブロワイエは純粋に、今日のエイシンフラッシュがドバイで見せた走りと比べて、僅かに逡巡があることを察し、ライバルを心配する配慮で声をかけた。

 それを挑発と捉えたエイシンフラッシュが僅かに声を荒げるが、それでもブロワイエは冷静だ。逆に、エイシンフラッシュには余裕がない。

 精神的に追い詰められてしまっているのだ。

 まるで──────そう、まるで、立華勝人と出会ったときの、選抜レースの一戦目を終えたの時のように。

 

『そんな悩みを抱えた状態でも凱旋門を勝ち抜けると思われてしまっているのならば、甚だ心外だな。芝の頂点のレースはそれほど甘くはない。君がそのままであるのなら……今日は私が獲らせてもらうっ!!』

 

『……!』

 

 そしてブロワイエはそんなエイシンフラッシュに、今度は意識して挑発を飛ばし、追い抜いていく。

 それを挑発と理解したエイシンフラッシュは、その追い越しに追い抜き返そうとして…しかし、ここは凱旋門でブロワイエの得意とするコースであり、この道中で掛かってしまっては最終直線で末脚を万全に放てないか、と判断して追い比べを迫るのをやめた。

 その理由は、エイシンフラッシュにとって妥当な判断だ、と感じての其れだった。

 断じて─────断じて、天皇賞春で追い比べた末に敗北したその過去を思い出したわけではない。

 

 そしてブロワイエが加速していくその背を見送る。

 まだだ。まだ堪えなければならない。

 このレース場は直線が長い。エイシンフラッシュにとっては、己の最高の武器である二重領域発動(ダブルトリガー)を十全に発揮できる距離だ。

 だからこそ、そのために冷静なレース運びを。

 

 ────でも、宝塚記念では二重領域発動(ダブルトリガー)でも勝てなかった。

 

 違う。

 あれはコースの形がよくなかった。

 無理に600m地点で領域を狙わず、直線に入ってから加速すればよかった。

 …でも、それだとアイネスさんの暴風とライアンさんの圧にもまれて、天皇賞春の二の舞になっていた?

 私は、勝てなかった?

 否、その判断をレースの時にしっかりやっていればよかったのでは?

 天皇賞春だって、アイネスさんの根性をしっかり見積もり、大外を回っていれば?

 いや、領域の二重領域発動(ダブルトリガー)をしっかりと入れていれば?

 それでも……それで、勝てたか?

 

 私は、勝てなくなってしまっているのか?

 

 私の心の奥底にある、その葛藤。

 己の敗北への後悔?

 敗北したことの悔しさ?

 否、その敗北をこうして何度も振り返ってしまっていることの女々しさ?

 

 ……私は、何のために走っているの?

 

(…!!何を、弱気な!!今、ここは、凱旋門の最中だというのに……!!)

 

 エイシンフラッシュは、ブロワイエの言葉で己の中の弱気と向き合ってしまい、それにより葛藤が深まってしまった。

 分からない。

 自分の今の状況が分からない。

 ドバイで勝利してからの、二度の敗北。

 その決着に納得をできていない?……いや、それはあのレースを走った全員に失礼が過ぎる。

 それを踏み越えて前を向かなければならない。

 しかし、でも、私がこれまでに受けた敗北は、純粋な実力勝負だったのは少なくて。

 ホープフルステークスでは明らかなトラブルがあって。

 有マ記念では記憶を思い出して、それどころではなくて……いや、でも、あのレースだって、ネイチャさんにやられていた。記憶とは関係なしに。

 違う、そういうことを言いたいんじゃない。

 私は、勝つために走っているのに、それが負けたことで……こんなにも、動揺してしまうウマ娘だったのか?

 その感情に、自分でも驚いてしまって。

 この不調、トレーナーさんには隠し通していたつもりだったけれど、気付かれていたのかも?

 いや、でも、私のライバルたちは、負けたってそれを受け入れて、乗り越えて、強くなっていったのに。

 たった、2回連続の敗北でこんなにも気にしてしまっている自分が情けなくて。

 いや、気にしない方がまずいのでは?そっちのほうがはしたないのでは?

 ああ、ああ、でも────────わから、なくて。

 

(────────)

 

 エイシンフラッシュは、思考の坩堝に沈んでいってしまう。

 その明晰な思考力が、しかし、沈む方向に向かってしまうと、人一倍悩んでしまう性質であった。

 私は不器用か?という問いかけに同室の親友がうんと即答できるほどに、彼女は不器用であった。

 ウマ娘は敗北したときに、己の敗北を受け入れ、時には怒りを爆発させ、涙し、そして奮起する。

 心の中で感情を整理して、次のレースへの熱意に変える。

 

 しかし、今のフラッシュは、その感情の整理がしきれていなかった。

 それはエイシンフラッシュにとって、苦手な項目。

 かつて、選抜レースでこの状況に陥った時には、立華がフラッシュの感情を爆発させ、冷静にさせた。

 かつて、有マ記念のレース後にこの状況に陥った時には、フラッシュの感情を立華が受け止め、冷静にさせた。

 

 しかし、この凱旋門に至る前の2レースで積み重なった葛藤が、レースを走る己の脚に不信感を抱かせて。

 その葛藤を抱えたままに────────既に、偽りの直線(フォルスストレート)を抜けるあたりまで来てしまっていた。

 

 

『さあ最終コーナーを回って直線に向かうっ!!ヴィクトールピストが先頭だ!!ヴィクトールピストが先頭!!!残り500m、だがここでウィンキスが圧倒的な加速でぶっ飛んでくる!!その後ろからはブロワイエも来た!!どちらも速いっ!!去年の再現のような状況!!ヴィクトールピストは堪え切れるか!?エイシンフラッシュは……まだ飛び出さない!?厳しいか!?深い芝が彼女の末脚を奪ってしまったのか!?伸びません、まだ来ない!!ここから来てほしい所!!ヴィクトールピストが世界最強の二人に迫られる!!』

 

 

(──────っ!?しまった、セットアップのタイミングを逸した!?)

 

 ふと我に返ったエイシンフラッシュは、己の領域の準備を全くできていない状態で最終直線に臨んでしまっている現状を理解し、どっと冷や汗が垂れた。

 やってしまった。

 これは────────まずい。

 追いつけない。

 悩みすぎた。

 

 これまで走ってきたレースの中でも、一番まずい状況。

 完全に追い詰められた。

 

「く、ぅ……!!」

 

 やってしまったのか。

 私は、勝てないのか。

 勝つために走っているのに。

 勝ちたくて、走っているのに。

 

 私は、勝ちたくて────────

 

 

(……なぜ、勝ちたいと思って、走って、いたんでしょうか……?)

 

 

 混乱と絶望の中で、エイシンフラッシュが己の葛藤の答えを探すべく、己の過去を遡る。

 勝ちたい──────そう、勝ちたいと思って、走っている。

 でも、何故勝ちたいのか?

 なんで、誇りある勝利を求めているのか?

 

 ウマ娘だから?

 育ててくれた両親のため?

 誇り……私の誇りは、どこにあるの?

 何のために走っているの?

 これまでのレースで競い合ったライバルたちに恥ずかしくない走りを見せたいから?

 私自身が勝ちたいから?

 

(私は────────)

 

 葛藤に答えが出ない。

 スランプだ。

 完全に、スランプに陥ってしまっている。

 この極限の状況で、エイシンフラッシュは、精神的に追い詰められてしまっていた。

 

 

 そして。

 

 そんな彼女を掬うのは、いつだって。

 

 

 

 

 

 

「─────フラッシュゥーーーーッ!!!!!」

 

 

 

「行け!!そこからだって君なら行ける!!行ってくれェーーー!!!」

 

 

 

「俺のウマ娘である君が!!凱旋門賞で勝つ姿を見せてくれ!!!」

 

 

 

「君を信じてるッッ!!!だから、走れええええええ!!!!!」

 

 

 

 

 立華勝人。

 

 エイシンフラッシュにとって、誰よりも大切な人の声が、耳朶に響いて。

 

 その声に、エイシンフラッシュは己の走る理由を、想い出した。

 

 陰る心に、閃光のように光が差して。

 

 

 彼女の意識は、それに溶けて────────

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ────────【Forever Winning Run(誰よりも勝ちを重ねて)

 

 

(残り400m。前方ヴィイとは2バ身、後方からブロワイエが驚異的な加速。フラッシュは加速なし。───情報修正。私も本気の120%。──領域展開。スタミナは万全。加速。芝の影響は極小。……行ける。──────さあ、ヴィイ!!勝負ですッ!!)

 

 

 ウィンキスが、ドバイで目覚めた己の領域に突入し、残り2000mを走り抜けた先の残り400mを、劇的にスタミナを回復させて駆け抜ける。

 同時に領域による加速。いいとこどりのこの領域に弱点はない。

 ドバイ以降、またしても無敗街道を駆け抜けていた彼女は、そのレースの中でこの領域を使いこなす段に至っていた。

 化物が更なる化物に。これまでの距離レンジの最長距離であった2000mを超え、2400mのこの深い芝のレースに至ってもなお、彼女の走りは陰ることはなく。

 世界最強の末脚がこのパリロンシャンレース場に放たれる。

 

 ああ、無論の事、それに待ったをかけるウマ娘がいる。

 世界最強がウィンキスなら、このウマ娘はパリロンシャンレース場での最強。

 凱旋門の門番(ケルベロス)

 

 

 ────────【MONstre JEUne premier(頂に立つ若き獅子)

 

 

 ブロワイエが、彼女に負けじと領域に突入した。

 

 

(この芝で素晴らしい走りだ二人とも!だがまだ甘いッ!!この凱旋門賞のラスト500mは意地や根性でどうにかなるものではない……求められるものは意志だ!!誰にも負けないという意志ッ!!ここでは私が王者だ!!負けてなるかッ!!私のプライドにかけてもッッ!!!)

 

 

 ドバイで見せた領域と同質のものだが、しかしその効果が一線を画す。

 ドバイでは残り900m地点からロングスパートの最中に放ち、その上で凄まじい加速を伴っていたが、しかし今回の凱旋門賞ではここまで溜めた脚を十全にぶちまけ、獣のような踏み込みを見せた。

 鬼の精神に獣の意地。この凱旋門賞という舞台において、ブロワイエは最強であり続けるために、己の加速を果たす。

 

 そして、そんな二人に追いすがられるヴィクトールピストもまた、領域に突入する。

 夏合宿で磨き上げ、心を仕上げ、そしてとうとう己と向き合うことで手にいれた、ゼロの領域へ。

 

 

 ────────【()()()祈り、()()()夢】

 

 

(甘い!!切り札を切って全力の加速で来るようだけれど、甘いんじゃないの!?()()()()()()()()!!絶対に来る!!たとえどれほどの絶望の渦中にあっても、きっと目覚めて、やってくるっ!!!その時こそが本当の勝負ッ!!私は負けない……貴方たちにも、そしてフラッシュ先輩にもッ!!!)

 

 

 そして超然たる加速で逃げる中で、しかし、ヴィクトールピストは一つの可能性を捨てなかった。

 エイシンフラッシュの復活を。

 

 彼女は来る。

 彼女の領域発動、その最適なタイミングを逃したとしても。

 例え、走りに陰りがあったとしても。

 それでも、エイシンフラッシュは来るのだ。

 

 絶対に来る。

 追い詰められた状況こそが、あの人が真の恐ろしさを見せる時。

 私が、それを誰よりも一番理解している。

 

 

 ─────チームフェリスのエイシンフラッシュは、絶対に、来る。

 

 

 

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

────      ────

 

 

 

 そこは、エイシンフラッシュの魂の原風景。

 一面の芝、東京競馬場のターフの上に、エイシンフラッシュは立っていた。

 ゼロの領域の空間。

 己の魂との対話に入っていた。

 

 エイシンフラッシュはあたりを見渡して……そして、そこが己の魂の中であると理解した。

 目の前には、4つの脚を地に着いた、光が尊厳なる雰囲気で佇んでいた。

 その魂は、ある一つのGⅠの勝利の劇的な光景を、世界に刻みつけていた。

 

 ウマ娘であるエイシンフラッシュが、己の魂の光のほかに……余りにも眩しく輝く光を受けて、目を細める。

 それは、観客席の最上段に輝いていた。

 天照の光を継ぐ高貴なる血統が、日本の象徴たる存在がそこにいて。

 天覧たるその舞台にて劇的なる勝利を果たした己の魂。その歴史を、想いを、受け取った。

 

 

 ────────誇りとは

 

 

 そして、光が己に語り掛ける。

 走る、その理由。ウマ娘である自分が最も大切にしている、誇りある勝利、その根本。 

 

 

 ────────己が、何よりも信ずるものを、信じぬくことだ

 

 ────────君は、何を信じて走る?

 

 

 光の問いかけるその内容は、己のスランプの根幹。

 ウマ娘である私が、何のために走るのか。

 それを、魂から問いかけた。

 己の想いに気付かせるために。

 

 

「私は─────」

 

 

 ウマ娘であるエイシンフラッシュが、己が魂からの問いかけに、答えを見出す。

 さっき、気付けたもの。

 私の中で、何よりも大切だったもの。

 いつもすぐそばにあって、たまに忘れてしまうほど、強い理由だった、それ。

 

 エイシンフラッシュは、微笑んで、その答えを述べる。

 

 

「私は─────愛する人の為に、走ります」

 

 

 その答えは────────魂の光たるエイシンフラッシュの答えと、異なるものだった。

 彼女なりの、彼女だけの理由。

 

 彼女()()だけの、答え。

 

 そして、その答えを以て、ウマ娘たるエイシンフラッシュは、もう一つの可能性に分岐した。

 ゼロの領域に至り、魂との距離をゼロにする。

 しかし、彼女が選んだのは、天覧競走にて誇り高き伝説を生んだ、己の魂とではなくて。

 

 

 ──────もう一つの、私の魂。

 

 

 振り返る。

 己を挟み、魂の光の後ろ側に立っていた、もう一つの魂。

 世界線を超えて、己の中に目覚めた彼女。

 

 そこには、ウマ娘の形をした光が立っていた。

 

 立華勝人が経験した、前の世界線。

 理外の果てのこのゼロの領域においてなお理の外にある、一人のウマ娘の中に二つの魂があるという異常事態。

 己とそっくりなその光の方を向いて、エイシンフラッシュが答える。

 

 

「私は────私」

 

「この世界で、立華勝人さんに見つけてもらった、私」

 

「魂たる誇り高く輝く貴方も、私。だけど、前の世界線で彼に恋慕を抱き、彼のウマ娘たる彼女(ハルウララ)に敗北した悔しさを抱えた(あなた)も、私なんです」

 

「そして、私は、あの人の声で気付きました」

 

「深く考えるのは、やめました」

 

「私は、あの人に見つけてもらえた。私は、立華勝人さんが、大好きです」

 

「だから、愛する人の為に、走ります」

 

 

 それだけでよかった。

 

 私は、思い悩んでしまうから。

 

 だから、もっとシンプルな方がいい。

 

 

 私は、立華勝人のウマ娘として、立華勝人の為に、走る。

 

 

 この世界のエイシンフラッシュは、それを選んだ。

 

 

 

 ────────それでいい

 

 

 そして、その想いに(ウマソウル)の光が答える。

 

 

 ────────己が誰よりも信ずる者の為に走る。それでいい

 

 ────────悩まずに、前を向いて走るのであれば

 

 ────────私は、いつでも君の力になろう

 

 

 答えに満足したかのように。

 魂の光が、ふ、と柔らかい雰囲気を生んだ。

 

 

 そして、もう一つの、人の形をした光が、問いかける。

 

 

 ────────よいのですか?

 

 ────────私の想いも、貴方に託して、よいのですか?

 

 

 世界線すら超えるほどの、秘めたる恋慕を。想いを。

 この世界の自分が、託してもよいというのなら。

 

 

「はい。……ふふっ。愛の為に走る。そんなウマ娘が、一人くらいはいてもいいのではないですか?」

 

 

 それに、肯定の返事を返し、ウマ娘たるエイシンフラッシュが手を伸ばす。

 己のもう一つの魂に。

 この世界線の、エイシンフラッシュにしか取れない、ゼロの領域のもう一つの可能性に。

 

 

 ────────有難うございます

 

 ────────では、参りましょう。共に、世界に革命を

 

 

 延ばされた手に、光の手が重ねられ、一つになる。

 ウマ娘の魂の光と、ウマ娘が一つになる。

 そして、その光景を、(ウマソウル)が見守り、契りの証人となった。

 

 己が魂と一つになる。

 しかし、一人のウマ娘に二つの魂を持つ彼女の、その選択肢は、通常の其れとは異なり。

 

 世界を跨いだ己の魂と、この世界のウマ娘の想いが重ねられた。

 

 

 ウマ娘という存在と、同じウマ娘の魂という存在が一つになり。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 ─────────────彼女たちだけの、奇跡を描く。

 

 

 

 

 

────       ────

────       ────

─────     ─────

─────     ─────

──────   ──────

──────   ──────

─────── ───────

─────── ───────

───────────────

─────── ───────

─────── ───────

──────   ──────

──────   ──────

─────     ─────

─────     ─────

────       ────

────       ────

 

 

 

 

 

 

 

 ────────【Noch eine Null(アナザー・ゼロ)Reinkarnation Derby(輪廻を超えた出会い)

 

 

 エイシンフラッシュが、己が走る理由を取り戻した。

 それは、彼女の原点。

 私を見つけてくれた、トレーナーさんの為に。

 立華勝人の為に。

 

 私は、貴方と。

 勝ちたい。

 

 

「────っうわあああああああああああああああああああああ!!!!!!」

 

 

 魂を燃やす雄叫びを上げて。

 理外の領域に、エイシンフラッシュが突入する。

 

 己の領域の二重領域発動(ダブルトリガー)を、この残り400mの地点で強引に突入せしめて。

 さらに、その上、ゼロの領域に近い何か、無意識の底に飛び込んでいく。

 

 これまで溜めてきた脚の全てを、この400mで解き放つ。

 

 

『………!?ここから!?しかし明らかなディスアドバンテージ!!計算に支障なし…!!』

 

『まさか…、ッいや!間に合うはずがない!!高速バ場ならともかく、この凱旋門で…!!』

 

「来たわね先輩ッ!!今度こそ勝負ですッ!!!」

 

 

 後方から迫る気配に、前を行く優駿三人がそれぞれの感想を零す。

 残り400m地点で、ようやく後続集団から飛び出してきたエイシンフラッシュとの差は10バ身近い。

 彼女の末脚が伝家の宝刀、凄まじい加速を伴うそれであると知っていても、しかしこの差は埋まらない。

 何故ならば今走っている芝は、パリロンシャンレース場特有のモノ。

 日本やドバイの芝と比べて、速度が出ないのだ。

 その上で突き抜けるほどの速度を発揮するには、余りにも遅すぎる、はずだ。

 そう、ウィンキスとブロワイエは考えた。

 

 だが、ヴィクトールピストだけは侮っていない。

 関係ないのだ。

 チームフェリスには、そんな常識は通用しない。

 

 エイシンフラッシュ。

 その名の通り、彼女は閃光となって、必ず来る。

 

 

『ここでとうとう上がってきたエイシンフラッシュ!!しかし前との位置が離れているか!!先頭はまだヴィクトールピスト!粘ってくれ!ウィンキスとブロワイエが迫る!!まだいける!!ドバイの奇跡をまた……いやッ!!エイシンフラッシュが迫るか!?迫る!!なんとこちらも止まらないぞ!?尋常ならざる速度差が……このロンシャンレース場でそこまでの加速をするのかエイシンフラッシュ!?』

 

 

 実況が叫ぶ通りに、エイシンフラッシュの速度がぐんぐんとアガっていく。

 超加速に重ねる超加速。

 常識を外れたその脚は余りにも速い踏み込みと蹴り出しにより、この凱旋門の深い芝の特性をとうとう無視し始めた。

 柔軟な、反発性に富んだ芝の特性。

 高速バ場と比べて軟性を持つ其れは、踏み込むたびに脚にぐっと反発し、それがスタミナと速度を奪う柔らかさを生んでいる。

 だが、芝をえぐるほど踏み込んだエイシンフラッシュの脚の、そこに反発が返される前に既に次の脚を踏み出して駆け抜けていた。

 芝の上から地面を蹴り穿つ。

 彼女の神速の末脚が発揮される、顎をつけそうになるほどの低い姿勢で、一人だけ異常な速度で先頭に迫る。

 二重領域発動(ダブルトリガー)の速度が、この芝の上でも十全に発揮されていた。

 

 しかし、当然にしてその走りはすさまじく足を使うはずだ。

 2400mのレースの最終直線、これまでの道中でもその芝でスタミナを食われていたであろうエイシンフラッシュのその力はどこから生まれているものなのか。

 

 その答えは、もう一つのゼロの領域による効果。

 輪廻を超えた魂と共鳴したことで起きた、彼女たちだけが描ける奇跡。

 

 

 それを、正しい意味で捉えられたのは─────観客席、立華勝人の隣で応援していた、サンデーサイレンスだけだったのだろう。

 魂の共鳴。

 この世界のエイシンフラッシュが、前の世界線の己の魂と共鳴したことで、誰よりもそれを受けることが出来るようになって。

 そして、ゼロの領域とは違う、ゼロの領域のようなそれに入ったことで、魂の想いを、力に変えることが出来た。

 

 サンデーサイレンスの瞳に映った光景。

 全身全霊で駆け抜けるエイシンフラッシュに、数多の想いが、魂の想いが、重なっていく。

 

 

 老雄とまで呼ばれた、永く永く競走を続けた、日本初の凱旋門賞に挑戦した魂が。

 メジロの始祖と並ぶメジロの魂、メジロの名を永く後世に残した、海外挑戦の先駆けたる魂が。

 海外挑戦に挑み、苦汁を味わい、同じ名の冠を持つ皇帝を比べられてなお優駿の名を遺した魂が。

 誰よりも先駆けて凱旋門賞の勝利に近づき、しかし惜しくも逃し、だが可能性を見せた魂が。

 覇王世代の世代交代劇を描き、ステイヤーとしての素質を持った、親によく似た姿の魂が。

 日本最強とも呼ばれたが、しかし様々な因縁により、凱旋門に暗い影を残してしまった深い衝撃の魂が。

 大舞台に強く、怪鳥に並ぶ成績をたたき出し、しかしそれでも勝利の叶わなかった魂が。

 2年連続の2着という伝説的な記録を残した常識外れの魂が。

 

 他にも、他にも。

 あらゆる日本の光が、凱旋門に残した想いが、エイシンフラッシュに力を与える。

 その脚に、無限の力を注ぎ込む。

 

 自分たちが成せなかった想いを、継げるものへ。

 夢を見るために。

 

 日本の悲願を、成すために。

 

 

『残り200ッ!!ヴィクトールピストがここで加速したっ!!行けるか!?いやブロワイエが来る!ここで来てしまう!!その後ろからエイシンフラッシュが何とぶっ飛んできた!!あと4バ身!3バ身!!ウィンキスも譲らない!!残り100ッ!!頼む行ってくれ!!頑張れ革命世代っ!!私達の、日本の夢を!!迫るブロワイエ交わすフラッシュ!!ぶち抜け!!行けっ!!今ッッ!!!ゴーーーーーーーールッッ!!!……行ったか!?決着は僅差!!写真判定となった!!行けたのか!?』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「……っ、はぁっ!!……はぁ、はぁ………!!」

 

 エイシンフラッシュは、ゴール板を過ぎてから、己の意識を取り戻した。

 無意識の領域。ファルコンさんやアイネスさん、ヴィイさんが味わったという、その不可思議な領域。

 それに、自分も入ったということ……なの、だろう。

 

 しかし、副次効果で、どんなレースを自分が駆け抜けたのかが分からなかった。

 私は。

 私は、どんな走りをしたのだろうか。

 あの人に恥じない、私らしい走りが出来ていたのだろうか?

 

「……フラッシュ先輩、大丈夫ですか?」

 

「…ヴィイさん。ええ…はい、大丈夫、です。走った時の記憶が、少し飛んでしまっていますが……」

 

「ああ……先輩も、アレに入ったんですか?覚えていられないのが嫌なんですよね、目覚める時って。使いこなせるようになるとそうでもないんですけどね……」

 

「そう、なんですか?……ううん、でも、私には、あの感覚……何となくですが、もう二度と出来ないような気がします」

 

 走り終えてきたヴィイとクールダウンしながら会話するエイシンフラッシュ。

 しかし、その結果が違うことに、エイシンフラッシュもヴィクトールピストも何故だと首をひねった。

 サンデーサイレンスから始まり、スペシャルウィーク、スマートファルコン、アイネスフウジン、ヴィクトールピスト、マジェスティックプリンスと目覚めていったゼロの領域だが、特に初回の覚醒の際には、余りにも強い全身の疲労が襲う。

 エイシンフラッシュもそれだとすれば、こうして無事にクールダウンが出来ていることが不思議である。

 

 さて、だが、しかし。

 意識のあるままに駆け抜けたヴィクトールピストは、エイシンフラッシュとの勝敗ははっきりわかっていた。

 

「……負けましたよ、フラッシュ先輩には。他の二人は……どこまで伸びていたかは分かりませんが。少なくとも私は先輩には負けた。最後の一瞬、伸びきれなかった……悔しいです」

 

「ッ。……その、私は、勝ったのですか?」

 

「写真判定になってますから、他の二人に勝ったかどうかは……見守りましょう。日本の悲願は成せたのか……でも、あの状態のフラッシュ先輩なら、誰が相手でも負けないと私は思ってますけどね」

 

 ヴィクトールピストの敗北宣言。

 その言葉にエイシンフラッシュは全く実感がわかない。当然だ。無意識で走っていたのだから。

 しかし他の二人とはまだわからない。結果を待つ中で、しかし、ヴィクトールピストの最後の一言が気になり、エイシンフラッシュが問いかける。

 

「その、ヴィイさん。あの状態の私、というのは一体……?」

 

「え?そりゃもう、最終直線で迫ってきたときの先輩ですよ。久しぶりに感じましたよあの恐怖……先輩、ごく時々、こう、くわっと恐怖すら感じる走りで来るじゃないですか。そういう所が先輩らしいですけど」

 

「えっ、そ、そうだったのですか!?自覚はなかったのですが……ええと、前のレースでは、どこで?」

 

「何言ってるんですか……私達の最初のGⅠ、()()()()()()()()()()で見せたじゃないですか。先輩、追い詰めるとヤバい感じで来るから、最終直線はいつも毎回ひやひやしてるんですよ?」

 

「ホープフルステークス……あの時の……」

 

 エイシンフラッシュは、ヴィクトールピストのその言葉で己の初めてのGⅠレースを思い出す。

 アクシデントにより苦境に立たされ、厳しい立場に追い込まれたときに。

 その時の、己の想いを思い出した。

 

 あの時、確かに私は、トレーナーさんの為に走っていた。

 チームの年間全勝、ジュニアGⅠ制覇の掛かったレースで。

 それを成すという想いと共に、貴方と勝ちたいという想いで、魂を燃やして走っていたのだ。

 私の最初の大舞台での想いがそれだった。

 

 つまり、エイシンフラッシュにとっての走る理由は、既に決まっていたのだ。

 誇りある走りは、彼の為に。

 彼と共に勝ちたいから。

 そんな原初の想いを零しそうなほどに悩んでいたのが、なんだかバカらしく思えてきてしまった。

 

 まったく。

 私は、本当に不器用だ。

 二回の敗北で己を見失いかねないほどに悩んでしまうのだから。

 でも、今回の件ではっきりと自覚した。

 走る理由を腑に落とし、スランプを脱出した。

 

 もう、私は迷うことはないだろう。

 

 

 そして、エイシンフラッシュがその新たな学びを得た瞬間に。

 パリロンシャンレース場に、大歓声が巻き起こった。

 

 

 

『──────出ましたっ!!エイシンフラッシュが一着!!エイシンフラッシュが一着ですッ!!!日本のウマ娘が凱旋門賞で一着となりましたっ!!!二着ブロワイエ!!三着はなんとヴィクトールピストとウィンキスが同着!!!……とうとう!!!とうとう、成したのです!!革命世代がやってくれたのです!!日本の悲願であった凱旋門賞を、とうとう…っ、っとうとう!!やってくれましたあああぁぁ!!!!』

 

 

 エイシンフラッシュ、一着。

 

 凱旋門を象った、日本の悲願のトロフィーは、閃光の手に贈られることとなった。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

(……あの時に見た奇跡。ゼロの領域のような、それともまた違うような……私の知らない、新たなる領域。フラッシュ……世界を跨ぐ魂を受け入れられたあの子だからこそ、成し得た領域……なのかしらね)

 

 私は凱旋門賞のレース、その展開と結果について詳細に記載したが、しかし私が見たそのスピリチュアルな光景については記述を控えた。

 こんなことは、誰が読んでも理解はできないだろう。

 いや、フラッシュ自身も理解していないようだった。彼女の特異性は誰にも理解できないし、する必要もない。

 彼女は、兄さんの愛バであるエイシンフラッシュ。チームフェリスのエイシンフラッシュで、それ以外の部分は、まったく関係がないのだ。

 彼女はスランプを乗り越えて、凱旋門賞で一着を勝ち取った。その結果があれば、それでいい。

 

(でも、あの領域……アナザーゼロ、とでも表現しようかしら……あれは、間違いなくあの時限りの力だったわね。その後、私や他の子達のように……自分の力として使える気配がなかった。元々の第一領域と第二領域、それぞれが強化されてはいるようだったけれど……魂の力を分け与えられるようなそれは、あの時限りね。あんまりやり過ぎても怖い力だったしね。素直に走れるならそれが一番だわ)

 

 そして、フラッシュの目覚めたアナザーゼロの力は、その後、彼女の中に残らなかった。

 いや、ゼロの領域に目覚めた時のように、回復力が増したり、領域の効果自体が強まったりという副作用は起きていたのだが、あの走りを今後のレースで自分の意志で再現できるようなそれ、ではない。

 あれは凱旋門賞特有のものだ。

 ただ、元から爆発的な力を見せていた二重領域発動(ダブルトリガー)がさらに強化されたので、彼女にとっては更なる成長を果たした、と言えるだろう。

 残り600m地点からしか万全に発揮できないというものではなくなり、400m地点くらいからの発動もでき、なおかつ加速は凄まじいの一言。

 これで長い直線のないレース場でも、閃光の末脚が輝くようになったというわけだ。

 

(日本の悲願の凱旋門賞勝利。本当に、今年一年は……革命世代が、世界を革命し続ける一年だったわね。来年には世界中が日本みたいに、レースが革命していそう……)

 

 私は凱旋門賞の内容を書き終えて、改めて世界中のウマ娘の走りがレベルアップしている事実に思いを馳せる。

 それが体幹トレーニングの流行によるものか、革命世代が世界中を騒がしていることによるものなのかは分からないけれど。

 少なくとも、今後しばらくは落ち着くことはなさそうだ。

 だからこそ、ウマ娘のレースというのは面白いのだけれど。

 

(さて、次ね。次は……アイネスの天皇賞秋。その後は11月に入って行くわね……)

 

 私は凱旋門賞の記述を書き終えて、次のページに進んでいった。

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

186 活動記録⑬ JBCスプリント

 

 

 

 

『──────ゴーーーールッッ!!一着はアイネスフウジンッ!!アイネスフウジンですッ!!二着は僅かにサクラノササヤキかウオッカか!!その後ろは集団!!メジロライアンとマイルイルネルは6番手あたり!!天皇賞秋を制したのはアイネスフウジンだ!!これで天皇賞春秋制覇ッ!!チームフェリスがまたしても記録を積み上げたッ!!先日の凱旋門賞から………』

 

 

 私は視聴していた天皇賞秋の動画を止めて、記録を書き上げる。

 天皇賞秋。チームフェリスからはアイネスフウジンが参戦し、そのほかからは革命世代よりメジロライアン、サクラノササヤキ、マイルイルネルが。

 また、革命世代の一つ上の代からはウオッカが参戦し、ここもまた凄まじい優駿たちが集まるレースとなっていた。

 

(そして、その天皇賞秋を制したのはアイネス……チームフェリスの勝利、ね。誰が勝ってもおかしくなかったけれど……まぁ、ササヤキの意地を上手く吸収した、という所かしら)

 

 勝負はスタート直後から大逃げを仕掛けたサクラノササヤキに、しかしアイネスが距離を空け過ぎずじわりじわりと追い詰める形でササヤキからも後続からも速度を奪う走りを展開。

 マイルイルネルの蜘蛛の巣のような詰将棋は、前回の安田記念でやられたウオッカに照準が合わせられていた。

 1000m地点でスリップストリームが起きるほどササヤキに詰め寄ったアイネスが最終直線に向けてスタミナを温存。

 最終直線、そこまで先頭をハイペースで駆け抜けたサクラノササヤキが粘る中で、スリップストリームでスタミナを温存してきたアイネスフウジンが、後続からアガってくる集団全てを巻き込んで【零式・風神乱気流(ゴッドブレス=タービュランス)】を放つ。

 最大のデバフ効果を放ちつつも、この2000mでもかなり脚を残したうえで前目につけることが出来たアイネスフウジンが、時速80kmに近い超絶たる末脚を放ち、突き抜けた。

 

(…宝塚記念ではライアンの勝利への執念が勝った。スプリンターズステークスでは距離適性の他、時速80kmの世界に入門した化物が二人いたからあれだけど……やっぱり、アイネスのゼロの領域は、他のゼロの領域とも比べても一線を画す強さだわ。プリンスの領域をラスト300mに煮詰めたような効果……出し得にもほどがある。フラッシュがズルいって言う理由もよくわかるわ)

 

 私は苦笑を零しつつ、兄さんの愛バたるウマ娘達、そのうちアイネスフウジンのゼロの領域が余りにも暴虐の王たる性能をしていることに軽くため息をついた。

 あの子は道中のハイペースや速度を奪う技術も持ち合わせているが……だが、牽制や末脚、位置取りなどの多彩な武器を持つフラッシュや、大逃げのスタートダッシュや速度を落とさないコーナー技術を用いるファルコンなどに比べて、道中の走りは至ってシンプルだ。

 その分、最後の300mで溜めた全てを解き放つ。

 どこにいても怖い。それが短距離のレースだろうと長距離のレースだろうと、大逃げの果てであろうとバ群に呑まれ堕ちてしまっていようと、残り300m地点の主役はアイネスになる。

 恐ろしすぎる力に目覚めたものだ。

 尤も、それに食らいつき、時には凌駕せしめんと煌く他の優駿たちも相当なものではあるのだが。

 

(やっぱり、革命ね。……さて、これで10月分までのうちのチームのレースについては書けた。後は他の大きなレースについての所感も書いておいて…と)

 

 天皇賞秋の記述を終えて、私は他に、フェリスから参戦しなかったGⅠレースについても記述を残すことにした。

 10月は秋のGⅠ戦線が始まる時期だ。凱旋門賞を終えた後にあった、まず二つのクラシック期のGⅠ、秋華賞と菊花賞について。

 ただ、これについても今年は話題性に事欠かない。

 なにせ、()()()()()()()()が二人同時に生まれた年になったからだ。

 

(ベイパートレイル、デアリングタクト……この二人が、ものの見事に3冠達成。これもまた、ものすごい偉業よね。今年は日本のレース史に永劫刻まれる年になったわ……)

 

 以前にも記述していた二人が、見事に三冠を達成した。激戦の末の見事な勝利。

 これにより、今年一年に刻まれる伝説がさらに色濃く残ることとなった。

 

 この時点までの今年の偉業を少し振り返ってみよう。

 

 今年初GⅠ、フェブラリーステークスでのファルコンのダート無敗神話崩壊。

 ドバイの奇跡。

 その翌日のレコードラッシュの奇跡。

 天皇賞春でアイネスが全距離GⅠ達成。

 宝塚記念連覇のライアン。

 スプリンターズステークスで世界レコード。

 フラッシュが悲願の凱旋門賞初制覇。

 無敗のクラシック三冠ウマ娘、ティアラ三冠ウマ娘の誕生。

 アイネスが天皇賞春秋連覇達成。

 

 ……出来の悪い三文小説か?

 

(トレーナー1年目にして、こんな年を経験しちゃった私はどうすればいいの?教えて、兄さん……)

 

 私は今年一年で何度も味わった、己の走り以外で脳が焼ける様な感覚がクセにならないように努めようと心に誓うのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(さて。それじゃあ続いて11月。この月はフェリスが参加した大きなGⅠは2つね……)

 

 活動記録の頁を更新し、11月分の作成に入る。

 11月はキタがジュニア期を荒らしまわっていた他、フェリスから参加したレースは二つ。

 11月上旬にあったファルコンのJBCスプリントと、11月後半にアイネスが挑んだマイルCSだ。

 

(まず、JBCスプリント。目下のライバルはウララ……と、フジマサマーチも完全復活して、このレースに挑んできた。日本のダート組のエースたちの決着の時……、って銘打たれたポスターが良く出回っていたわね)

 

 ダートに力を入れ始めたURAもまた、このレースに力を入れていたのだろう。相当な広告を出していた。

 今年は大井レース場での開催となり、距離は1200m。ウララとマーチにとって脚馴染みのある距離であり、ファルコンにとっては短すぎるその短距離レース。

 もちろんの事、帝王賞の時のように近くの施設でライブビューイングが盛大に開催され、実質的な来場者数は20万人をはるかに超えた記録的数字になったと後日ニュースにもなった。

 世界一同士の決戦。

 かつて砂の隼を破った偉大なる先達との邂逅。

 このレースを見たくないファンはいないだろう。URAの思い通りに、ダート界にも新旋風が確かに起きていた。

 ちなみに、当日に開かれた他のGⅠであるJBCレディスクラシックではノルンエースがとうとうGⅠ初勝利を決めている。チームカサマツにも勢いがついた日であった。

 

(ドバイに共に挑んだ戦友が、火花を散らす。……ウマ娘の常ね。彼女たちは親友であるとともに、ライバルであるのだから。私とゴアがそうなれたように、ね……)

 

 私はJBCスプリントの映像をネットから探し、再生ボタンを押す。

 彼女たちの決着、それを改めて見届けるために。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『ウマ娘達がコーナーを攻める!!その中でもしかしこの二人がやはり速いっ!!大きく差をつけ先頭を征くスマートファルコン!!バ群から徐々にアガっていくハルウララ!!この二人だけが切り取ったかのようにお互いの距離を開きませんっ!!食らいついているっ!!ドバイの奇跡は伊達ではないっ!!もう間もなくコーナー出口!!!先頭の頂を捉えに行くウマ娘は誰になるのかっ!?フジマサマーチも狙っているぞ!!!残り400mっ!!』

 

 

(ふゥー………ッッ!!!)

 

 最終コーナーを迎え、フジマサマーチが己の領域に突入する。

 

 

 ────────【闘ヱ、将イ、行進ス】

 

 

 その加速度は、これまでに感じていた最高潮のものからさらに二段ギアを上げたと錯覚させるほどの速度。

 莫大な加速を伴い、先行集団から飛び出して、ただ一人先頭を行くスマートファルコンに勝負をかける。

 ライバルたるウマ娘が強ければ強いほど、加速が増すという効果の領域。

 それが、ドバイ前にファルコンに放った時の其れと比べても尋常ならざる効果の上昇を生んでいた。

 明らかに、領域が強まっていた。

 つまり、それは。

 

(……強くなったな、ファルコン、ウララ)

 

 今日、ライバルとして考えていたこの二人が、凄まじい成長を遂げたからに他ならない。

 完全復活し、練習でも以前と変わらぬタイムを出せるほどまで回復した己の脚に力を籠めて砂を蹴る。

 1200mのレースはこれまでも何度も経験しているが、しかしここまでの走りが出来たことはない。間違いなく、過去最速の走りが出来ているだろう。気力も充実している。

 だからこそ、ここで、フジマサマーチは確信した。

 

(────勝てん、か)

 

 スマートファルコンに、追いつけないということを。

 

 目の前……というには余りにも遠い距離だが、しかし、あの砂の隼は、ドバイを経て、更なる進化を果たしていた。

 最終直線400mの地点で、ベルモントステークスやドバイワールドカップで見せたような、加速する領域に突入した。

 スタートから全速力で突っ切り、道中のコーナーで己の領域により速度を落とさず、そしてなお最終直線で加速する。

 ラビットが一切速度を落とさず駆け抜けてしまうような悪夢。

 それを、この短距離レースにおいては、スマートファルコンは実現せしめていた。

 

 そんな背中を見て、フジマサマーチは、感情が溢れてしまう。

 ()()()()()と。

 私が一度間隙をついて下した愛する後輩が、その敗北を糧にさらに高みへと至り、最速の存在になっていることが、どうしても嬉しくて。

 つい、笑みまで零れてしまった。

 

(引退……かもな。ああ、そうだな。どうやら私は、このダートにもう心残りはなくなってしまったらしい)

 

 全力を振り絞る最終直線のなかで、欠片でもこのような思考に至ってしまうのだから、きっと私はもう、トゥインクルシリーズを引退する頃なのだろう。

 そろそろ、これまで駆け抜けてきた、私の長い歴史に幕を閉じるころだろう。

 先頭を駆け抜け、なかなか距離が詰まらない、愛する後輩の背中を見て。

 

 そして。

 

「……やああああああああああああああああああああッッッ!!!」

 

 己の後ろから。

 己を上回る加速で。

 己を超えていく、桜色の背中が見れてしまったから。

 

 ハルウララが、かつての自分のように、その瞳に、背中に鬼を宿しながら、猛烈な加速でスマートファルコンに迫っていく。

 かつてのドバイ以前の彼女ではない。

 そこにいたのは間違いなく怪物であり、世界最強の短距離ウマ娘の誇りを背負った、比類なき優駿なのだ。

 

(ウララ……お前もまた、強くなった。本当に、本当によく、ここまで……私は嬉しいぞ)

 

 その背中にも、満足感を味わってしまったのだ。

 やり遂げてしまった。

 脚は治ったが、しかし、やはり、私の競走人生はあのフェブラリーステークスでピリオドが打たれていた。

 次に進むには、ページを切り替える必要がありそうだ。

 

 だが、それでいい。

 きっと、そう想いながら走れることは、幸せなことだから。

 

(ふふ……そうだな。次の時代は、お前たちが紡げ。そして、新たな時代を作っていってくれ)

 

 ファルコン。

 ウララ。

 

 お前たちという後輩を持てて、私は幸せだったよ。

 

 

 ────────だから。

 

 

(……二人とも、そのまま全力で駆け抜けろ。もし脚をほんの僅かでも緩めるようならば───)

 

 

 ────────最後まで、己も全身全霊でこのレースを走り抜ける。

 

 

(───私が一瞬で刺し穿つッッ!!ロートルに負けたくなければ、お前たちの最高の勝負を見せてみろッッ!!)

 

 

 深く、まるで砂を掻きむしる様につま先を突き刺し、フジマサマーチが最後の一瞬まで気を緩めずに加速した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『残り300mっ!!スマートファルコン逃げる逃げる逃げる!!!これが砂の隼の真骨頂!!しかしここで…後続!!フジマサマーチを交わしてハルウララが突っ込んできた!!彼我の差は4バ身ほどっ!!届くか!?届くのかハルウララ!!明らかに速度はハルウララが上!!しかし粘りますスマートファルコン!!!伸びるっ!!3バ身っ!!残り200ッッ!!!』

 

 

「あああああああああああああああっっ!!!」

 

 雄たけびを上げて、ハルウララがスマートファルコンに迫っていく。

 世界最強の砂の隼の背中に、じりじりと近づいていく。

 

 この1200mのレースにおいて、ハルウララは、己の全ての力を振り絞り、走り抜けていた。

 そこに在るのは純粋な事実。

 短距離においては、適正ではハルウララが勝っているという事実。

 

 ()()()でも、()()でも、スマートファルコンよりもハルウララが勝っているという事実。

 

 それは、お互いのトレーナーも理解している、走りの質の違い。

 スマートファルコンは最早説明不要の逃げウマ娘だが、しかし、その最高速が飛びぬけて秀でているわけではない。

 アイネスフウジンのような時速80kmに迫るべくもなく、エイシンフラッシュのような閃光の切れ味の末脚を持っているわけでもない。

 ただ、速度を落とさずに駆け抜けるのが誰よりも得意なウマ娘であった。

 初速からスピードを落とさず脚を溜め続け、最終直線で更に二の足を使うほどのスタミナ管理。

 大逃げという作戦に惑わされるが、実を言えばペース走法に近い。

 勿論、そのペースの平均値は尋常ならざる速度であり、芝と並ぶ世界レコードを保有するほどではある。

 だが、一瞬の加速とそれに伴う最高速、という部分では、他のダートウマ娘の方が秀でていた。

 

 反対に、ハルウララは差しの位置、後方からの一瞬の切れ味で勝負するタイプのウマ娘である。

 その走りは長い時を経て、練習とレースを繰り返し積み上げた想いの結晶。

 マイルまでの距離ならば、間違いなく世界と比較しても輝くほどの末脚が、ハルウララの両脚に詰まっている。

 だからこそ、この最終直線で距離が詰まる。スマートファルコンとの距離を、詰められる。

 

 何度も負けた悔しさが。

 勝利したライバルに託された誇りが。

 ハルウララの背に鬼を棲まわせ、スマートファルコンに肉薄していった。

 

 

『詰まっていく!!ぐんぐん伸びるぞハルウララ!!これは分からない!!スマートファルコンだろうと分からないっ!!残り100ッ!!!行けるのか!?もう1バ身を切った!!!あとは意地だ!!お互いに姿勢を下げるッ!!!意地のぶつかり合いーーーーッッ!!!』

 

 

(ファルコン、ちゃんッ……!!)

 

 そして、ハルウララが迫るその背。

 同世代の、革命世代のライバルにして親友たる、スマートファルコンの背中。

 この背中を、何度も見た。

 そして、それを乗り越えられたことはなかった。

 私の目標。

 私の夢。

 私の、ライバル。

 

 今日、このレースに至るまで、ドバイに挑み、その後もいくつもの短距離レースに挑んで。

 地方を回り、一緒に走ったウマ娘達からも想いを託されて。

 トレーナーと、カサマツの皆と練習し、磨き上げた脚を武器にして。

 そして、トレーナーの為に勝ちたいという想いと、私が勝ちたいという純粋な想いを背に。

 鬼を宿して。

 

 この一歩半の距離を、埋める。

 

 貴女に、勝ちたい。

 

 

(さ、い、ご、の……っ)

 

 姿勢を下げて、顎が地面に擦りつけられそうなほどに前傾して。

 最後の加速を、振り絞る。

 

 

「勝負だあああああああああああっっっ!!!!」

 

 

 魂を燃やして、ラスト100mを駆ける。

 ハルウララの、これまでのレース人生の、全てを注ぎ込んで。

 世界最強に競りかけた。

 

 

 

 

 

 

 スマートファルコンと、ハルウララ。

 お互いに、全てを振り絞り走り切った1200m。

 

 その果ての、決着は。

 

 

 

 

 

 

『ッゴーーーーーーーーールッッ!!!二人がほぼほぼ並んだ形でゴールですっ!!ゴールしましたっ!!後続はおよそ3バ身差でフジマサマーチ!!その後ろさらに距離が開いて……勝ったのはどちらか!!これもまた写真判定の表示!!接戦でした!!やはり世界に挑んだ革命世代は伊達ではなかった!!凄まじい名勝負ですっ!!』

 

 

『そして出たぞレコードだ!!去年の記録からなんと6秒近い短縮っ!!1分8秒3!!これは日本の1200mダートの新レコードになりますっ!!!とうとうすべての距離でレコードの更新になりましたGⅠレース!!!革命とはここにありッ!!場内、いえっ、大井レース場周辺が大絶叫ォーーー!!!』

 

 

 

 

『長い写真判定です………いやっ、出た!!!確定のランプだ!!!』

 

 

『JBCスプリント、ハナ差で制した勝者は!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────────スマートファルコンッッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

(……ハナ差。ほんのごく僅か、4cm差での決着と言われるほどの僅差。終わってからの話だけれど、どちらが勝ってもおかしくない勝負だった……結果を分けたのは……そうね、スマートファルコンの新しい走り、かしら)

 

 私はレース映像を停止し、レース結果を記録に書き連ねる。

 スマートファルコンの一着。ハルウララはハナ差で二着。

 チームフェリスの砂の隼が、勝利となった。

 

 間違いなく苦戦する相手であろうことは、兄さんも私も察していた。

 フジマサマーチもだが、ハルウララの仕上がりが群を抜いていた。

 このレースの為に半年以上の時間を重ねて仕上げて来ていた、彼女の脚。

 それに対抗するには、適性が完璧ではない短距離レースにおいては、武器が必要だった。

 

(スマートファルコンの最大の強みは、高速ペースをキープする力……それを、更なる高みへと引き上げる走り方……()()()()()()()。どの距離でも、出せる速度を自在に操れるセクレタリアトの走り……あれを覚えてなかったら、道中のベースの速度が落ちて、ヤバかったでしょうね…)

 

 夏合宿でアメリカに遠征したときに学んだ新しい武器。

 それを、スマートファルコンはここまでの練習の中でモノにしていた。

 ストライドの距離を使い分け、短距離においても最適な歩幅の間隔で走ることで、最適な速度を放つことが出来た。

 なお、これはアイネスフウジンも現在習得の真っ最中だ。

 短距離から長距離まで走る彼女にとっては、距離に合わせた走りが出来るようになれば、さらに切れ味が上がることだろう。恐らく間に合うのは来年以降の話になるだろうが。

 

(……芝を走る練習をさせていたとはいえ、スマートファルコンが出来る最高の走りに、等速ストライドを重ねた上で、ここまでの僅差に持ってきたウララの走りを、誉めるべきなんでしょうね。次は分からない……尤も、短距離ダートのGⅠが少ない日本では、今後あの距離でウララとまた走る機会があるかは分からないけれど)

 

 レースについての所感を書き終えて、私は一つ息をつく。

 あれ程まで迫ったハルウララだが、やはり短距離のレースであったことが大きな要因の一つであろう。

 マイル以上の距離になれば、まだファルコンに分が上がる。

 距離が伸びてもなお速度が落ちないのがファルコンの最大の武器だからだ。

 来年からのダートGⅠでは、新設されたレースも含めて何度も顔を合わせることになるだろうが……そこでも、負けないように私たちはファルコンを磨き上げるのみ、だ。

 

(……一先ず、ファルコンの勝利。そして、そのレースの後にあったことも少し書き記しておこうかしらね)

 

 レースを終えた後、大きな出来事が二つほどあった。

 まず一つは、フジマサマーチの引退宣言。

 今年のGⅠレースであるチャンピオンズカップと東京大賞典を走ったらトゥインクルシリーズを引退し、ドリームリーグに上がるということを発表した。

 長くトゥインクルシリーズのダートレースをけん引してきた偉大なる先輩ウマ娘の引退に、ダートを走るウマ娘全員から引退を惜しまれる感想が贈られた。

 よく走ってきた、と心から褒められる。頑張ってきた彼女の、一つの区切り。

 日本ダートの歴史の区切りとなる、大きな出来事。

 

 そしてもう一つは、スマートファルコンの有マ記念への挑戦の発表。

 これについてはタチバナによって慎重な発表となり、記者会見でもメディア露出でも、ダートの卒業であるとか、ダートウマ娘への悲観などと言ったものは一切零さぬように努めた。

 あくまで挑戦。チームメイトである2人と、革命世代、他の世代の優駿たちに、グランプリレースに挑むという、挑戦者としての立場であることを強調し、重ねて来年以降は今度こそダートに専念することを発表した。

 ダートウマ娘達への、ハルウララたちへの敬意を十分に込めたファルコンの発表は世間では好意的にとってもらえて、有マ記念への電撃参戦が確定することになったのだ。

 

(……まぁ、チームフェリスの3人が一緒に走るレースなんて、何があっても見に行きたい……ってのが、世間の総意よね。それをみんな待っていたのだから……私も、この後の有マ記念が楽しみだわ)

 

 私は日本に帰った後のレース、フェリスの3人が挑む有マ記念に思いを馳せ……そして、時間を確認した。

 残り3時間。あとは11月下旬と、12月上旬の事だけ。

 余裕を持って書き終えられるだろう。

 少し背伸びをしてから、活動記録の執筆に戻るのだった。

 

 

 

 







以下、閑話。


────────────────
────────────────



 かつ、かつ、かつ。

 ハルウララが、レース場から控室に戻る道を、歩んでいた。

 かつ、かつ、かつ。

 写真判定の結果、自分は二着。
 スマートファルコンに、あとほんのハナ差、届かなかった。

 かつ、かつ、かつ。

 結果が出てから……ファルコンちゃんにおめでとうを言って、次は負けないよ、と言って。

 かつ、かつ、かつ。

 マーチ先輩にも、良い走りだった、って褒めてもらえて…ファンのみんなにも、笑顔で手を振って。

 かつ、かつ、かつ。

 そして、ウイニングランに入るファルコンちゃんを見送って、控室に戻る。

 かつ、かつ。

 ………私は、上手く笑えて、いたかな?

 かつ。




 脚が止まる。

 止めて、しまった。
 止めてしまったら、もう、次の一歩が重く、まるで地面に根を張ったように、動かなくなる。


「……………」


 零れてはいない。
 まだ、零れてはいないが……今にも、零れてしまいそうなものを、堪えて、ここまで歩いてきて。
 でも、それは。


「ウララ」


「っ……ぅ、ぁ……っ!!!」


 私を待ってくれていた、トレーナーの言葉を聞いた途端に、ぼろり、と零れてしまった。


「よく、頑張ったな」

「っ…と、れーなぁ…私……勝てなかった…っ!!」

「…ああ。ファルコンが強かった……俺達は、勝てなかった…悔しいよ、なぁ……」

「…うっ、わ、ああ…違うのに……私、こんなっ、泣きたく、ないのにっ…!!」

「……そう、だよなぁ……俺達は……勝って、涙を流したかった…っ、よなぁ…っ」

「でも、でもっ……う、うっ……うわあああ……うわあああぁぁぁぁん……!!!」


 ハルウララの慟哭が、通路に響く。
 敗者の涙。
 勝てなかったことを嘆く、真剣勝負だったからこそ流れる涙。
 輝かしい勝負の、その裏に存在する、誰にも見せない涙を。
 ここまで堪えてきた涙を、ハルウララが、想いを決壊し、零していた。


「わああああああん…!!!うわぁぁあ……!!!」


 泣きじゃくるハルウララを、初咲がそっと抱きしめる。
 胸に顔を埋めて泣く、己の愛バのその表情を、誰にも見せまいと。
 そして、己も涙を零し……彼女の悔しさを、受け止める。


「あああああー…!!わあああああーーー………!!!」


 負けた。
 全てを籠めて、全てを賭けたこの1200mのレースで、負けた。
 勝つための全てを整えた勝負で……それでも、負けた。
 4cmの差で、負けた。

 そして、ハルウララが泣いてしまっている。
 そんな彼女に、俺は何をしてやれる?
 初咲の脳裏に、様々な想いが浮かんでいた。

 ……俺の指導によるものだ。
 ハルウララは、よく応えてくれた。あのスマートファルコンに肉薄するほどに強くなって、走ってくれていた。
 力不足なのは、己だ。
 俺が、もっとうまく出来ていたら。



 ────────でも、やり直す事なんで、出来るはずもない。



 これまでのハルウララと共に歩んだトゥインクルシリーズ。
 その道中が、間違っていたなんて口が裂けても言えない。
 欠片も思わない。
 俺たちは、俺達らしく、ここまで歩んできた。
 今日のこのレースに至るまでを、絶対に否定はしない。
 間違っていたなんて思わない。

 だから、受け入れる。
 今日の敗北を、この涙を受け入れて……俺達はまた、前に進むんだ。

 過去を変えることはできない。
 やり直すことはできない。
 今、ハルウララと一緒に歩んでいる、この世界が俺の全てなのだから。

 前に進む。
 さらに強くなって、また俺たちの目標に挑む。
 まだ、出会ってから3年も経っていないのだから。

 この先も、ハルウララと共に歩んでいけるのだから。


「ウララ………一緒に、強くなろう」

「ぐすっ……うんっ……!!」

「俺たちはまだ終わりじゃない……来年も、その先だって……また挑める。また、走れる」

「うん……うんっ……!!」

「諦めない限り、次がある。一緒に頑張ろう…!君が走って、俺が支える…!!だからっ……だから、また……!!」

「うん……!!!」


 強く、強くハルウララを抱きしめる。
 涙に濡れた想いを、この悔しさを更なる糧とするために。
 共に、これからも歩んでいくために。

 俺たちは、絶対に諦めない。
 たとえ何度破れたって、躓いたって、諦めない。
 

 ────────だって、この子はハルウララなのだから。


 何度転んでも、諦めずに前を向ける、強いウマ娘なのだから。




 だから、きっと。


 きっと、いつか───────────








目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

187 活動記録⑭ 激戦乱舞

 

 

 

 先程までは11月初旬に開催されたJBC、ダートレースについて書き記した。

 続いては、芝のGⅠについて記述していこう。

 この月に日本で開催される芝のGⅠは3つ。

 エリザベス女王杯。

 マイルCS。

 ジャパンカップ。

 

(この3つのうち、チームフェリスが参加したレースはマイルCS、アイネスが挑んだレースだけね…とはいえ、他の2つも大波乱。全部活動記録には書き記しておくべきね)

 

 まずは暦通り、エリザベス女王杯の結末から書き記すことにした。

 参加した主なメンバーは、革命世代からはサクラノササヤキ。

 シニアの上の年代からはダイワスカーレットと、連覇を目指すメジロドーベル。

 サクラノササヤキは天皇賞秋からほぼ連闘のようなスパンとなったが、しかしそこは流石のカノープス、サブトレーナーのイクノディクタスが見事に脚の負担管理を行い、ササヤキは万全の状態で出走することが出来ていた。

 

 さて、そしてこのレースの決着だが、三番人気であったサクラノササヤキが見事に上の世代をぶち抜き、一着を勝ち取った。

 

(このレース、有力ウマ娘が少ない……と言ったら失礼だけれど、実際にはスカーレットとドーベルに分があると見られていた。スカーレットは第二領域にも目覚めていたからね。私も7割くらいの確率でどっちかだ、と思っていたけれど……ササヤキが、まさかの進化を果たすとは、ね)

 

 私はレース映像を再生しながら当時のレースを振り返る。

 

 まず、前にヴィクトリアマイルで見せたように、逃げの先頭集団はサクラノササヤキとダイワスカーレットがバチバチにやりあった。

 今度はササヤキもペースを乱されることなく、道中は互角と言ったところ。

 後続集団で脚を溜めているドーベルが中盤からアガっていき、最終コーナーにおいては3人が勢い有。

 しかしラストの直線でダイワスカーレットが第一領域に加え、第二領域【Queen's Lumination】に開花。

 速度を上げ続けるその領域の効果で、先頭を走っていたサクラノササヤキとの距離を一気に縮め、そのまま差し切りの末の逃げ切りを決めるかに見えた。

 

 だが、そこでサクラノササヤキが覚醒する。

 最終直線で何かを呟いた彼女は、領域【トキノサエズリ】を、さらに進化させた、時を支配する領域──────【刻の実-証(Q/E/D)】に目覚めたのだ。

 

(あの領域、極めて特殊な効果……間違いなく彼女のオリジナル。ペース走法の果てに、あんな領域に目覚めるなんてね……)

 

 サクラノササヤキの新領域の効果は、極めて稀なそれだ。

 ヴィクトールピストの【勝利の山(サント・ヴィクトワール)】のような、彼女の領域でしか見られない効果が生まれていた。

 

 景色が全て、()()()()()()()()になったのだ。

 

 いや、こう書くと比喩表現の何かか、と感じられるが、しかしこれは事実である。

 あのレースを走っていた全てのウマ娘、および領域が目に見えるレベルのウマ娘やトレーナー、その全てがそれを目撃した。

 走っている全員が、景色が、スローモーションになったかのように見えた。

 そんな中で、実況だけが通常通り流れる様な、異様なる違和感。

 

 だが、その領域は無論の事、サクラノササヤキもスローモーションになっている。

 全員が一律にスローの世界に入っているのであれば、速度的なアドバンテージは生まれない。

 しかし、だからこそ、この領域の真の力はそこではない。

 

(目に見える全てがスローに見えながら、思考は通常通りの速さで……つまり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。想像したくもないわ……全力で走っているのにスローに感じる、そんな中で……いつ感覚が通常に戻るのかわからない、なんていうのは)

 

 さて、簡単に想像してみてほしい。

 全力疾走中に、急に意識がクリアになり、自分の走り全てを含めた周囲の光景がスローになるのを。

 どうする?

 ()()()()()()()

 

 次に一歩踏み込む脚への力配分はどうすればいい?

 いつスローが元の時間間隔に戻るかもわからない中で、どう走る?

 視線は?体重移動は?踏み込んだ瞬間に通常の意識に戻ったら、踏み込みを違えてしまわないか?

 そんな葛藤を走る全員が浮かべるには十分なそれであろう。

 

 己の意志ではない。

 己の精神的な高まりによるものではない。

 強制的にスローの世界に引きずり込むえげつない領域効果。

 

(実際にスローになった間隔は、1秒強……と、言ったところ。けど、終わりは突然にやってくる。スローの世界が開けた瞬間の動揺で……スカーレットとドーベルは踏み込みを躊躇って、加速が鈍った。そして、進化した領域の副次効果で躊躇いなくスムーズに加速したササヤキ。ここでまたレースはひっくり返った……)

 

 そしてその勢いのままに、サクラノササヤキがドバイでも見せた獣のような執念でトップを譲らず、クビ差で先着しゴールを割った。

 カノープスの久しぶりのGⅠ勝利。ササヤキの執念が風穴を開けたレース。

 またしても革命世代の強さを見せつけたレースとなった。

 

(第二領域…ではなく、己の領域を進化させたタイプと言えるわね。メジロライアンのような。突入条件は相変らず高難易度のままだけど、入ればそれだけで距離も何もかも関係なく、特殊なデバフを叩き込みつつ自分は加速する……全く、恐ろしい効果だわ。見てるだけでも頭が混乱するわよ、実況は普通に聞こえるんだから)

 

 これでゼロの領域には至っていない……否、むしろ魂の輝きとしてはサクラノササヤキとマイルイルネルは輝きが少ないウマ娘の側に位置する。

 私の目から見た所感になるが、やはり強いウマ娘は魂も輝いて見えるものだ。それが一般的で、基本だとは考えていた。

 しかしこの世代、この日本には……そう、ササヤキとイルネル、あとはフジマサマーチやノルンエースなど、魂の輝きとは関係なく、凄まじい力を生み出しているウマ娘がいる。

 これがなぜなのか、その子達に共通する何かがあるのかはわからないけれど……いい事なのだろう。

 魂だけが全てではない。

 ウマ娘は、想いを籠めて走れば、強くなる権利があるのだから。

 

(…あ、そういえば……)

 

 私はふと、記録には記さない部分で一つ、当時の出来事を思い出した。

 ササヤキがレースを走り終えて学園に戻ってきてから、とある人にレースの内容、領域の力について根掘り葉掘り聞かれているのを遠目にして、何だったんだ?と首をかしげたのだ。

 そのとある人とは、駿()()()()()サン。

 基本的にレース内容には口出ししてこないはずの彼女が、なぜかササヤキの見せた領域【刻の実-証(Q/E/D)】についてめちゃくちゃ血相を変えて聞いていたのだ。

 

 あの人が帽子の下にとある秘密を隠していることは知っている。

 なにせドバイで部屋を共にしたのだ。たづなサンだけではなく、理事長についても既に私は秘密を知るところで、勿論誰にも言うつもりはない。お互いに何かあればフォローしあうことでお約束を頂いている。

 まぁ、彼女もそうである以上、自分の若い頃を想い出したのかもしれない。

 もしかすれば、領域の質が彼女の其れと似ているものだったのかもしれない。

 ……まぁ、それの真偽は分からないし、私もそこまでは興味を持っているわけではないのだが。

 

(……エリザベス女王杯の記録はこれでおしまい。さて、次は……アイネスが挑んだマイルCSね)

 

 私は白湯で喉を潤してから、次のレースの記録に入った。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 マイルCSに参加する有力ウマ娘は3名。

 

(アイネスの他、挑んできたのはマイルイルネル……と、ダイタクヘリオス。まぁ、エリ女と同じ、連覇を狙うシニアと、カノープスからの参戦、って感じね)

 

 マイル1600mのレースにおいては、3人とも脚は慣れている距離。

 大逃げのヘリオス、それを追うアイネス、最後に差してくるイルネルの勝負になるか、という前評判で行われたレースだ。

 

(当然、アイネスはやる気十分、万全な備えで出走した……けど、やっぱりレースに絶対はない。このレースは兄さんも零してたわね……()()()、って)

 

 私はマイルCSのレース映像を再生しながら、当時のレースを振り返る。

 

 レース前、チームミーティングで一番のライバルとして注意するべきはダイタクヘリオスだ、という結論が出ていた。

 彼女も革命を目の当たりにし、そして大逃げの走りを見事に仕上げて来ていた。レース前の仕上がりはアイネスと遜色がないほどに。

 だからこそ、それを捉えるペース配分、差し切るタイミングなどを事前に組み立てていた。

 

 さて、しかしそうなると革命世代のイルネルはどうなのか?という話になる。

 勿論こちらも要マーク対象で、アイネスの走りを十全に理解しているウマ娘だ。しっかりと注意はしていた。

 しかし、6月にあった安田記念での彼女の走りを私も兄さんも見ている。

 1600mの距離、マイルイルネルにとっては微妙に足りないと思われたその距離。

 苦手だとは口が裂けても言わないが、しかし、完全な適性を果たしているアイネスやヘリオスに比べれば、一寸適性が落ちる。

 蜘蛛の巣のような支配力においても、大逃げのヘリオスやそれに続けるアイネスには効果は薄い。

 油断しなければ、逃げ切れるだろう。

 

 

 ────────という私達の読みを、あの子は見事に上回ってきた。

 

 

 レース映像を注視する。

 1000m地点、この時点で明らかに位置取りがおかしい。

 ヘリオスが先頭を走り、その次がアイネスでやりあっているのだが、その1バ身後ろに既に先行集団が走ってきているのだ。

 その足音が逃げの二人にとっては圧になりうる。

 イルネルの支配だ。魅惑のささやきも交えて、彼女はレースを走る逃げ二人以外の()()()()()()()、位置取りを速い段階から引き揚げた。

 大逃げにすら対処しうる支配力を持ち得ていた。

 

(そして、それだけじゃない……あの安田記念の敗北を経て、1600mのレースがむしろ最も得意な距離になる様に、夏合宿で仕上げていたのね……適性が二段飛ばしで上がっていたわ)

 

 マイルイルネルの走りは完成されていた。

 前情報では全く読めなかったその走り。このレース、この距離だけに焦点を当てて挑みに来ていたのだ。

 当然に事前に収集していた全てのウマ娘の情報を活かして、己が一着を獲れるように。

 その相手が例え、暴風の化身のアイネスであっても。

 

(でも、まだ分からなかった。ヘリオスは大逃げが崩れたことで際どくなったけど、アイネスには残り300mのゼロの領域がある。あれさえ決まれば、1600mのレースにおいては80km/hに近い速度だって出せた……ん、だけれどね)

 

 当時、愛バを見守っていた兄さんも、私も、まだわからない、勝てる、と思っていた。

 ここまでやっても、私達が磨き上げたアイネスの走りは陰らない。

 最終直線に出て、ラスト300m、後ろから領域に突入して迫るイルネルの気配を察して、アイネスがゼロの領域─────【零式・風神乱気流(ゴッドブレス=タービュランス)】を発動した。

 暴風の狂乱。

 その暴風は、後ろから迫るイルネルの足並みを確かに乱す……はず、だった。

 

 だが。

 その瞬間、マイルイルネルは。

 

 

 ────────他のウマ娘を、風よけのシールド代わりにした。

 

 

(……あんな対策手段があったなんて。いえ、やられてみれば成程、としか思えないけれど……コロンブスの卵を見事に割って見せたわ、彼女は)

 

 レース支配によって掛かり気味に走っていた先行のウマ娘。

 その走るルートは、マイルイルネルの支配下にあり、彼女にルートを誘導されている。

 そんなウマ娘を、マイルイルネルは、己とアイネスを結ぶ導線に配置したのだ。

 アイネスの領域から生じるものがあくまで風であるならば、それと己の間に障壁を建てればいい。

 理外のスリップストリームによって、マイルイルネルは己の末脚を一切削がれることなく、残り200m地点でベストポジションをキープした。

 

(そして、それがトリガー。彼女もまた、ササヤキと同じく……いえ、ネイチャと同じく、ね。己の完璧なレース支配をきっかけに、領域を進化させた)

 

 残り200m地点からぶっ飛んでいくアイネスフウジンが、体力を根こそぎ奪われたヘリオスを差し切って、しかし隣を走るマイルイルネルを引きはがすことは能わなかった。

 マイルイルネルの従来の領域からさらに加速を上乗せした、進化した領域─────【僕の歩む道(マイネルドリーム)】に覚醒。

 マイル戦においての最速の上り1ハロンを刻んだデッドヒートは、イルネルの獣の咆哮が勝り、ハナ差で彼女が勝利した。

 アイネスフウジンは二着。大逃げのペース配分をミスったダイタクヘリオスは7着だった。

 

(……レース前から、この勝利のためだけに……熱を、作戦を、執念をため込み爆発させたイルネルの勝利。やられた、って感じよ。本当に……カノープスは、いつ来るかわからない。だからこそ最強の伏兵の名が相応しいわね……うん、完敗ね)

 

 強かった。

 革命世代であることを、勝利することで見せつけた。

 やはりあの二人も、間違いなく革命世代なのだ。

 勝つために、限界を踏み越えてくる。

 

(……ホント、油断ならないわ)

 

 レースを終えた後の映像、観客席でエリザベス女王杯に続いて南坂がまたしても見せた特大のガッツポーズを眺めて、苦笑を零して映像を停止した。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 さて、あとは11月最後のGⅠ、ジャパンカップ。

 ここは芝の2400m、中距離を得意とする代表的なウマ娘が集まってきていた。

 

(うちのフラッシュは、有マ記念に脚を万全に備えるため…出走は回避したけれど、それにしたってこのレースも実力者が勢ぞろい。恐ろしいレースになったわ……)

 

 革命世代から出走したのは、ヴィクトールピストとメジロライアン。

 上の世代からはウオッカ。

 また、とうとうこのジャパンカップにおいて、クラシックウマ娘も参加を表明し、ベイパートレイルとデアリングタクトが参戦している。

 日本の全世代から、最有力候補のウマ娘が集っていた。

 

(でも………ええ、このレースは、持ってかれた、と表現してもいいわね。世界最強の名を取り戻しに来た、あのウマ娘に……)

 

 しかし、このジャパンカップは国際招待レースだ。海外からの参加が当然にしてある。

 そんな中で、やはり、このウマ娘が日本へのリベンジに参戦していた。

 

 ウィンキス。

 

(……ドバイターフでヴィクトールピストに僅差で敗北。その後、オーストラリアでまた連勝を上げ、挑んだ凱旋門賞ではフラッシュに敗北、ヴィイと同着。日本へのリベンジにはうってつけの舞台に挑んできたわね……)

 

 改めて彼女の戦歴も書き起こしつつ、しかし、凱旋門賞については触れておく部分がある。

 あのレース、実を言えば、ウィンキスはかなりのハンデを背負っていた。

 いや、ハンデと表現するのは少し不適切かもしれない。しいて言うならば、もし彼女がチームフェリスにいたならば解消されていたかもしれない、そのハンデ。

 彼女は、ロンシャンレース場の深い芝を、得意としていなかった。

 

(走っている道中を見たけれど、ウィンキスの脚は明らかに高速バ場への適性が高く、あの芝の上では十全に脚が発揮できない。オーストラリアの、ドバイの、日本の芝の方が合うでしょうね……そうね、凱旋門で見せた実力は、強いて言うなら芝を走るプリンスと似たようなくらいかしら。万全ではない……その結果の3着なのだから、恐ろしさしかない。そんな子が、ジャパンカップに殴りこんできた)

 

 あの凱旋門では我らがフラッシュが勝利したことは先ほど書き記したが、しかしその勝利によってウィンキスの恐ろしさは一切損なわれない。

 いや、むしろその敗北の悔しさをさらに力に変えて、世界最強が日本に挑みに来た。

 

(……映像を見ましょうか)

 

 私はジャパンカップの映像を再生する。

 様々なドラマが生まれた、あのレースを。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 ────────【永久に流れる飛行機雲】

 

 

 ベイパートレイルが、クラシック期の激戦を潜り抜ける中で目覚めた己の領域に突入した。

 最終直線400m、追い越しによりそこから加速し続ける、彼女らしさを表した領域。

 飛行機乗りのような勝負服を身にまとう彼女は、その領域でこれまで無敗で走り抜けていた。

 その走りは飛行機雲のように一直線に真っすぐに。

 躊躇いなく芝を踏み抜いて、ゴールに向けて一目散に。

 

(────────ッ、これが!)

 

 そんな彼女が踏み込んでいった世界は、さて、何と表せばいいだろうか。

 ベイパートレイルの表情に、冷や汗が浮かんでいる。

 否、その隣から同じように伸びてきたデアリングタクトもそれに近い表情だ。

 デアリングタクトは史上初の無敗のティアラ3冠を成した優駿。

 同年に無敗の三冠ウマ娘が二人生まれるという快挙を成した、優駿コンビ。

 デアリングタクトもまた、己が持つ領域に突入し、末脚を発揮して、最終直線に挑もうとしていた。

 

(────────これが、革命世代っ……!?)

 

 だが。

 そんな二人が、初めて味わうシニア級。

 初めて味わう、革命の頂。

 革命世代が、何故革命世代と呼ばれているかを─────二人は、身に染みて味わっていた。

 

 

「は───あああああああああああああッッ!!!」

 

 ヴィクトールピストが、ゼロの領域に突入し、吹き飛ぶような加速で駆け抜ける。

 その勝利への執念は、最早想いを超えて呪いになり得るほどの、凄まじい迫力。

 

 

「甘いぜヴィイ先輩ッッ!!この府中の2400mで、もう二度と、俺は負けねェッッ!!!おっしゃあァァッ!!!」

 

 そして隙間を縫うようにして後方からぶっ飛んできた流星は、ウオッカの突破力。

 第一領域に連なる様に第二領域に突入し、脚の馴染んだこの府中を全速力で駆け上がっていく。

 

 

「逃がすかァッ!!去年の宝塚の再現だウオッカちゃんッ!!!ガアアアアアアッッ!!!」

 

 さらに後方からもう一つ、熱源が迫っている。灼熱を背に感じる。

 それはメジロライアンの筋肉が生む熱。重戦車に追い立てられるような恐怖を、ベイパートレイルとデアリングタクトは味わった。

 殺伐たる、殺意すら交わしていそうなほどのぶつかり合いを、彼女たちは初めて味わった。

 

 そして。

 そんな、比類なき優駿たちの圧にこらえながらも、二人が走る先。

 

 先頭を走るウマ娘が。

 

 世界最強の、ウマ娘が。

 

 

 鼓動をどくんと一つ鳴らして、己の領域に突入した。

 

 

『無駄です、ヴィイ。ライアン。ウオッカ。……このレースの勝率、100%!!』

 

 

 ────────【Forever Winning Run(誰よりも勝ちを重ねて)

 

 

 とうとう放たれる、世界最強の領域。

 残り距離も、走るバ場も、最高の状態で放たれてしまった其れは────ゼロの領域に勝るとも劣らない、暴虐の王たる走りを生み出す。

 その圧に、後方から挑むすべてのウマ娘が委縮を覚えてしまうほど。

 

「……くっ!!まだ、ここからよウィンキスさんッ!!」

 

「府中で二度と遅れは取らねェッ!!待ちやがれぇっ!!」

 

「恐ろしい圧…けど、力で圧し通るッ!!」

 

 そして一瞬の間に、圧を弾き飛ばしてさらに加速する3人。

 その姿に、ベイパートレイルとデアリングタクトは、自分たちの挑む頂の、誇りを見た。

 

 勝ちたい。

 

 その想いが煮詰められた末に見せる、美しさすら感じられる、その走りを。

 

(これだ…僕が勝ちたいのは、これなんだっ!!僕だって!!負けるかぁッッ!!!)

 

(諦めないっ!!私だって、世代のプライドがあるっ!!絶対に、最後まで諦めないッ!!!)

 

 そして、それに追いすがる。

 連なる様に限界を超えていく。

 

 例え先頭を走るウィンキスの背が遠く離れていこうとも、それを追いかける先輩たちとの距離が詰まらなくとも。

 それでも、超える。

 

 まず、ここで己の限界を。

 そして、いつかは彼女たちをも。

 

 

 ─────レースに決着はあっても、勝ちたいという想いに果てはない。

 

 

 

『混戦!!激戦!!大接戦ッッ!!!残り100ッ!!先頭のウィンキスがさらに前傾して加速ッ!!追いつけるか日本のウマ娘は、革命世代は、無敗三冠ウマ娘コンビは追いつけるのかッ!?もう距離がない!!これは速いッ!!1バ身差が埋まらないッ!!やはり怖かったウィンキス!!復讐者が成し遂げるッ!!今ッウィンキスが一着でゴーーーーーーールッッ!!!世界最強のその肩書に偽りなしッ!!!リベンジはここにありッ!!!やられましたッ!!激戦となったレース、しかし一着はウィンキス!!日本の大一番は、革命返しの決着となりましたっ!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

(……隙が無い。そう、ルドルフは表現したけれど……本当にウィンキスはそれ、ね。今にして振り返れば、ドバイの一戦が奇跡的すぎた……ウィンキスが万全に走った時に、果たして今後も追い縋れるか……いえ、でも、あの子たちは全く諦めていないからね。まだ成長できるはず。強い想いがあれば、きっと)

 

 レース映像を停止して、決着を改めて書き記す。

 ウィンキスが速い段階で位置を上げ、最終コーナーを回り終えるころには既に先頭に立ち……そのまま、残り400m地点で領域を展開、後続から追いすがる日本の優駿たちを一蹴しての一着。

 強すぎた。小手先ではどうにもならない、圧倒的な強さ。

 それを、リベンジにやってきた日本で、とうとうウィンキスが見せつけたというわけだ。

 

(これでヴィイとの戦歴は1勝1敗1引き分け。並んだわね。元々ササイルとは1引き分けのままだから、これでドバイ勢との負け越しはなくなったというわけね。フラッシュが唯一勝ち越してるけれど……今から来年が怖いわ。またいつかレースで一緒しそうね。備えないと……)

 

 将来のその光景に恐怖しつつも、しかし日本のウマ娘だって見事な走りであったことは間違いない。

 特に、クラシック世代の二人だ。無敗三冠の二人が初めて敗北したこのジャパンカップというレースで、しかし、二人が得たものはとても大きなものだっただろう。

 その後のインタビューで、先達が見せてくれた革命の火を、自分達も起こしていきたい……と、前向きな表情で語った二人が、この後もさらに成長して自分たちの世代に挑んでくることは想像に難くない。

 全く、ライバルがどんどん増えて困ったものだ。

 この二人は有マ記念への出走も既に発表している。果たしてどんなレースになる事やら。

 

(……そして、レースで一着を勝ち取ったウィンキスもまた、スプリンターズステークスの二人、ブラックベルーガやミサイルマンと同じく、その後1週間のトレセン学園への体験留学を実施した、と)

 

 今後恒例になるであろう海外留学もその後きちんと実施されている。

 ウィンキスとミホノブルボンが出会い意気投合する一幕や、なぜジャパンカップに来なかったのです、とササイルコンビのお尻をひっぱたくウィンキスの姿が見られたりと、中々のイベントも発生していた。

 この交換留学は、日本だけではなく世界で実施するべきだろう。遠征を繰り返し、他の国のウマ娘と交流することで得られる見地、見える景色があるはずだ。

 私が日本に来て、大いに学びを得ているように。

 学生の時から、そんな素敵な出会いがあれば、とても素晴らしい事だから。

 

 

(……うん、それじゃあ、11月のレースについてはこんなところね。あとは12月分をまとめたらおしまい、と)

 

 長かった活動記録も、あと一息だ。

 私はぐっと背を伸ばしてから、最後の記録を埋めるべく、ページを更新した。

 

 

 

 








余談

ササヤキは精神統一のメンタルトレーニングで仏教の座禅を嗜むようになっており、その影響で最終直線でとある言葉を三度呟きました。

ササヤキの領域イメージ動画

https://youtu.be/V_AKWWXhews?t=242


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

188 活動記録⑮ ただいま

 

 

 

 

(12月……あと少し。まずはこの月にあった大きなレースから書いていきましょうか)

 

 活動記録が今月に入ったので、私はまずこの月にあった大きなGⅠから書き記すことにした。

 と言っても、12月に存在するGⅠはジュニア期の3つと、ダートの2つ、そして有マ記念しかない。

 このうち有マ記念と年末のダートレースである東京大賞典はまだこれからなので、残る4つについて記していこう。

 

 まずジュニア期の3つ、阪神ジュベナイルフィリーズ、朝日杯フューチュリティステークス、ホープフルステークスについて。

 このうち、朝日杯フューチュリティステークスについては既に書き記しているところで、我らがチームのキタサンブラックが見事な一着を決めている。

 残る二つについて、まず勝ったウマ娘は以下の通り。

 

 阪神ジュベナイルフィリーズでは、ショウホクアデル。

 ホープフルステークスでは、チームリギルのブリュスクマン。

 

(この二人のうち、ショウホクアデルはまだこれからの活躍次第と言ったところ。早熟タイプかもしれない……けど、ブリュスクマンは本物だわ。東条サンの教えもあって、これから間違いなくさらに成長してくる。来年のクラシック路線の最大のライバルと考えられるわね)

 

 私は愛バであるキタのライバルとなり得る存在について、現時点の一番のマーク対象であるブリュスクマンにチェックを入れる。

 学園では私にも懐いてくれているウマ娘で、あとリギルで言えばエアグルーヴとも深い付き合いのある子だ。真っすぐな姿勢に好感が持てる、個人的には気に入っているウマ娘だが……だが、トレーナーとしてはライバル側のウマ娘であることは間違いない。

 あの子の成長具合、レースへの姿勢など、注目はしておかなければならないだろう。

 

(今の時点の実力と、伸びしろの見込みだけで言えばキタのほうが上。けれど、ライバルが強ければ強いほど、追う側が諦めなければさらに成長を果たしてくる。革命世代が……これまでのウマ娘達のレースがそうだったようにね)

 

 勿論私もキタを丹精に仕上げていくことは間違いなくて、この子の才能をもってすれば長距離レースがGⅠとして出てくる菊花賞以降ならば、長距離のレースでは無敗、2000m以上でも心配ない走りを見せてくれるはずだ。

 もちろん、そこはキタともよく話して、どんなレースを走りたいか、どんなウマ娘になりたいかを決めていこう。

 兄さんとも、フェリスの3人とも違う……私達にしか歩めない道がきっとあるはず。

 

(私とキタは、これからが本番ね。頑張っていきましょう。……さて、ではあとレースで行くと、チャンピオンズカップだけど……これは、まぁね。私達にとっては、そうこなくちゃ、という結果だったわ)

 

 ジュニア期のGⅠについて記述を終えたところで、私はダートのレースについても記録していく。

 チャンピオンズカップについては、主な参加メンバーは去年と大きく変わらず、ファルコンを除いたようなメンバーとなり。

 そして、一着はハルウララが勝ち取っていた。

 彼女の脚に合致したマイル戦、JBCスプリントの敗北の悔しさを燃料に変えて、彼女は力強く駆け抜けて、チャンピオンの冠を戴冠された。

 その走りには、次こそは頂の砂の隼に勝つという、熱い意志が感じられた。

 

 私はそれを見て、少しだけ、安心した。

 ファルコンとの決着、JBCスプリントで全てを籠めた勝負で敗北となった彼女が、挫折して思い詰めてしまわないかと危惧していたからだ。

 一般的なウマ娘には、ままあることだ。勿論、革命世代と呼ばれる8人、それぞれがいろんな悩みや葛藤を抱えながらも、それを乗り越えて強くなってきた。

 ウララだってその一人であり、負けで落ち込みすぎてしまわない強さも持っているとは思っていたが、しかし彼女の優しい性格が、己への自罰的な方に向かないか、不安ではあったのだが。

 

(…けど、それは私の思い違いね。ウマ娘の事を、そのパートナーである彼の事をよく見ていなかった……ウサキのメンタルケアによって、ウララは前向きにまた歩み出した。……見習うべき、ね。ウマ娘が落ち込んだときにどんなケアをしてやれるのか。後でウサキにどんなケアをしたかアドバイスを聞きに行きたいわね……)

 

 私はまだ、挫折やスランプに陥ったウマ娘への対応……メンタルなども含めた対応について、しっかりとそれに向き合ったことはない。

 兄さんの愛バ、という意味であればアイネスが去年の秋ごろにそれになったが、それは兄さんが主導となってケアをして、最後はアイネスが己の力で超えていったし、凱旋門賞に挑むフラッシュが若干見せていたそれは、兄さんがフランスで何とかしていたという話だった。

 もしキタが……もしくは、この先私が担当するウマ娘がそのような状況になったときに、私はどんなことが出来るのか。どんなふうに、接してやればいいのか。

 それはいつか、私が必ず向き合わなければならないトレーナーとしての登竜門だ。今のうちから、先達からアドバイスを受けておくことは大切なことであろう。

 私はそうした未来への備えを考えつつ、チャンピオンズカップの記録を終えた。

 

(……あ、そうだ。ダートレースと言えば、来年からGⅠ扱いになる全日本ジュニア優駿についても少し触れておきましょうか。いいレースだったからね…)

 

 そこで私は一つ思い出して、来年からはGⅠに昇格する地方交流重賞の全日本ジュニア優駿についても記録にとどめておくことにした。

 来年から本格的に整備されるダートレース。来年からはクラシック期にダート3冠となるレースも扱われており、世間的な注目も高くなっている。

 そして、そんなダートレース界に新しく頭角を現してきた、ジュニア期のホープが3人。

 私が目をつけて、しかしスカウトには至らなかった……コパノリッキー、ワンダーアキュート、ホッコータルマエが、全日本ジュニア優駿でバッチバチにやりあったのだ。

 

(最終直線200mからは3人のデッドヒート……勝敗はハナ差クビ差でコパが一着、タルマエが二着、アキュートが三着。うん……私の目から見ても、あのレースは素晴らしいものがあった。来年のあの子達の活躍が楽しみね……まぁ、最も先達のウマ娘が、ファルコンとウララとマーチに追いすがるためにと益々の成長を見せてるから、シニア混合になったら楽勝とは行かないでしょうけれどね)

 

 私の目に狂いはなかったと確信する、3人の仕上がり。

 それぞれがカノープス、スピカ、カサマツで期待の新人として鍛えられており、これからのダート戦線の更なる盛り上がりが期待できそうだ。あの3人は、もっと世間に知られてもいい。学友としても仲が良いようだし。

 どこか注目される場で3人一緒にインタビューとか、世間に知られるようなイベントでもあればいいのだが。*1

 

(……今年のジュニアにも光るウマ娘がいっぱいで、来年のクラシック期も盛り上がること間違いなし。そんな期待が出来そうなレースが多かったわね……)

 

 さて、ではレースについての記録はこれくらいだろうか。

 残るは年末の本番、有マ記念と東京大賞典だけである。

 

 

(……あとは12月中のチームでの練習について……と言っても、こちらももう、この時点においては全員が脚が仕上っていた……黙々と、淡々と、自分たちが挑む一つの決着たるレースに……体と心を備えていた。ファルコンの芝への走りも全く心配はなくなって……私の目からは、誰が勝つかは全く分からなくなった)

 

 レースの事を書き終えた私は、続いてチーム内での練習について軽く記述した。

 

 凱旋門開けから、11月を2500mの距離、ラスト330mの直線で末脚を発揮できるように脚を仕上げたフラッシュ。

 芝と長距離の適性を見事に克服し、2500mでも逃げ切れるスタミナを搭載したファルコン。

 短距離中距離マイルのGⅠ連戦を超えてなお脚が力に満ち、実戦勘を落とさなかったアイネス。

 

 3人の仕上がりは、12月に入った時点で過去最高の状態に。

 その熱をさらに高めるために、3人とも真剣に、真摯にトレーニングに打ち込んでいた。

 シニア級ともなれば、練習にある程度の慣れや余裕が生まれる。それは怠惰にならなければ決して悪いものではなく、ピークを長く維持する意味でも、余力は残しながら少しずつ高めていく練習というのは珍しくないのだが……しかし、この最後の1ヶ月においては、彼女たち3人は、本当に真摯に練習に向き合った。

 まるでデビュー前のウマ娘のように。兄さんの指示する練習を、心から噛み締めるように。

 

(……ここは、これ以上は私が書くべき内容じゃないわね。彼女たちのその練習は、兄さんのためだけに。あの子たちはレースを通じて、兄さんに証明しなければならない。兄さんの教えを受けて過ごした3年間が、どんな形を描いたのかを。駆け抜けた夢の形を、走りで見せるために……)

 

 練習内容については、この活動記録にあまりに詳細に記述しても興が削がれると思い、そこまでにした。

 この有マ記念については……私とキタは、あくまで見守り支える側だ。

 そこに私達から、必要以上に意志を介在させることに躊躇いを覚える。

 脚で語ろうとする彼女たちの、その想いに水を差すわけにはいかないからだ。

 

(…頑張りなさい、三人とも)

 

 レースのスタート時間までもう24時間を切っている。

 私は、3人が実力を発揮しきれるように、後悔のないレースが出来るように……ただ、小さく、祈りを果たした。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「……よし、と」

 

 これで活動記録は大体書きあがった。

 この後は有マ記念と東京大賞典の結果を記録し、推敲して、来年には兄さんに見せることが出来るだろう。

 結構な時間がかかったが、書き上げること自体は中々楽しんで取り組めたし、自分が改めて振り返るためにもよい経験だった。

 来年も頑張って書き上げよう。あと、兄さんの活動記録も見せてもらわないと。

 私はふーぅ、と背伸びをして、上書き保存をしたことを確認して、タブレットを閉じた。

 

「……あ、トレーナー、お仕事一区切りついたんですか?お疲れ様です」

 

「ん。ようやくな。結構かかっちまったなァ……今何時だ?」

 

「20時ですね。後1時間で日本に着きますよ」

 

「っと、もうそんな時間か……いけね、タチバナに連絡入れねェと」

 

 隣に座るキタから労りの声をかけられて、時間を見ればもう日本に着く時間だ。

 到着前に一度、空の上からLANEを入れることを伝えてあったので、私はウマホを取り出す。

 するとそこには、既に15分前に兄さんからのLANEの着信があった。サイレントマナーモードにしていたので気付かなかったようだ。

 私は兄さんから送られてきたその内容を見て……まったくあの人は、と軽く苦笑を零した。

 

「……タチバナのやつ、空港まで迎えに来てくれるってよォ」

 

「え、本当ですか?今日は先輩たち3人と一緒に、少し遅れたクリスマスパーティをやるって話でしたよね?」

 

「あァ。まぁ時間的にはあんまり遅くまでやらねェだろうから、終わってから来てくれるのかもな。つってもタチバナだって忙しいだろうに……ホント、気が利きすぎるぜ。ウマ娘のためなら何でもやるからなァあいつ」

 

「ですねぇ…たまにはゆっくり4人の時間を過ごせばいいのに。明日には有マが控えてるんですから」

 

 LANEには、彼が車で空港まで迎えに来てくれることの報告があった。

 今日は確か、レース前日にはなるが私たち二人を除いて、チームの始まりの3人と共に数日遅れのクリスマスパーティをやる、と言っていたのだが。

 まぁ3人とも明日にレースを控える身だ。余り遅くまで盛り上がれないのはその通りで、終わってから車で迎えに来てくれるという事なのだろう。もしかすれば寮まで車で送り届けたついでにこっちに来てくれるのかもしれない。

 しかし、それはそれとしてトレセン学園から成田空港はそれなりに距離がある。本当に、無理をしてほしくはないのだが。

 まぁ、あの男の事だから、それを面と向かって言っても「全然負担になってないから」とでも返してくるのだろうが。

 

「……ま、もうこっちに向かってきてくれてる頃だろうしなァ。有難く車に乗せてもらおうぜ」

 

「ですね」

 

 日本に到着するまでの少しの時間を、私はキタと過ごしたのだった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 成田空港に着いた。

 チームフェリスは海外への遠征は慣れており、そこで学んだ海外渡航のコツとして大きな荷物は既に寮に直接配送しているので、私達の荷物は簡単に持てるハンドバッグくらいのものだ。

 レースのために遠征したわけでもないので待ち構える記者などもいない。

 寒く、夜の帳を落としている空港内を歩き、私たちはターミナルに向かう。

 そこに、私達を迎えてくれる人が待っているから。

 

 かつ、かつ、とヒールの音を鳴らして空港内を歩く。

 探していた人は、近づけばすぐに見つかった。

 遠巻きに、一人の男性を見ている客がそのあたりにいたからだ。

 

 本人もようやく自覚し始めた、世間への知名度。

 誰だって一目で注目する、その佇まい。

 肩に猫を乗せた、顔の整った若い男性。

 

 

 私は、少し早足になって、彼に近づいていく。

 

 これ以上周りから彼が注目され過ぎないように。

 

 待たせてはいけないから。

 

 明日もあるから、早く帰らないといけなくて。

 

 

 ─────会いたかったから。

 

 

 どうやら、向こうもこちらに気付いたようだ。

 

 顔を向け、笑顔を見せて、彼からもこちらに歩み寄ってくる。

 

 お互いの距離が近づいて。

 

 

 

 

『─────ただいま、兄さん』

 

 

『お帰り、SS』

 

 

 

 私の帰省は終わりを迎え、第二の故郷へと帰ってきた。

 

 

 

*1
ゴルシ偉い。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

189 間もなく時の砂は尽きて

 

 

 

 

 

 

「それじゃ、君達の明日の好走を祈って……乾杯!」

 

「乾杯です」

 

「カンパーイ☆」

 

「乾杯なの!」

 

「ニャー」

 

 

 俺は自宅のリビングで、ケーキが準備されたダイニングテーブルに座る3人に向けて簡単に乾杯の音頭を取った。

 今日は12月最後の土曜日。明日には有マ記念が控えている。

 午前中は学園で脚の調子だけ整えて練習を終えている。

 その後、お昼を取って15時ごろから俺の家にチームの3人に集まってもらい、遅れたクリスマスのパーティと、明日の()()()()()に向けた壮行会を開く予定を立てていた。レース前のミーティングも兼ねている。

 ちなみに勿論というべきか、ケーキはフラッシュの手作りである。

 俺の肩から降りたオニャンコポンも、自分の前に配膳されたケーキを嬉しそうにつついている。最近はフラッシュがとうとう猫用のケーキの作り方も覚えてくれて、ちゃんと配慮がされている。有難い限りだ。

 

 なお、今日集まってくれているのはこの世界線の俺の始まりの愛バたち3人である。

 SSは一週間前からアメリカに里帰りし、キタもそれについて行って海外経験を積んでいる。

 今頃は帰りの飛行機の中になるだろうか。今日のパーティが終わったら成田空港へ車で迎えに行く予定だ。

 このパーティも、明日がレース当日ということもあり、遅くまでやる予定はない。

 ケーキを食べて、談笑し、俺の方で軽い夕飯を振舞ったら寮まで送り届けるというプランが立っていた。

 

「明日に有マが控えてるけれど……今年一年も、3人ともよく頑張ってくれたな。本当に……よく走ってくれた。最高のレースばっかりで、俺は随分と脳が焼かれたよ」

 

「有難うございます。私は一時期、思い悩んだこともありましたが……今はすっかりと悩みも晴れて、明日には今年の、いえ、これまでの集大成を見せられることでしょう」

 

「私も走り回ったなぁ、ダートのレース……今年最初のレースは負けたけど、あのおかげで今があるって感じ。芝にも半年で脚は慣らせたし……明日は負けないよ☆」

 

「あたしは去年ジャパンカップで吹っ切れてから、今年一年はとにかくレースが楽しかったなぁ……勝ったレースも負けたレースも、全部が想い出なの!」

 

「ニャー……モッモッ……ンナンァー」

 

 俺は皆に、今年一年を振り返る言葉をかけてから、壁掛けの大型テレビのディスプレイにタブレットの画面を映し、あらかじめ準備しておいたこれまでのレースの戦歴を振り返る。

 今年一年のデータと、勿論、これまでのデータを全て揃えてある。タブレットを弄って画面を編集し始める。

 既にオニャンコポンは自分用のケーキをもっちゃりもっちゃり食べ始めている。お気に召したらしい。

 

「……せっかくだし、みんなのこれまでの戦歴を振り返りながら話そうか。ちょっと待ってな……これと、ここと……」

 

「ふふ、トレーナーさん。振り返りもいいですが、私の作ったケーキもちゃんと味わってくださいね?……はい、あーん♪」

 

「お、すまんすまん。あむ。んむ。……んむ、ンマい!やっぱフラッシュの作るケーキが一番美味いな」

 

「あっ!ずるい!」

 

「ハナを取られたの…!」

 

 タブレットを弄っていると、フラッシュがケーキを切り分けて俺の口元まで運んでくれたので、俺はそれを有難く頂戴して口で受け止めた。

 彼女の作るケーキはやはり絶品だ。最近は和菓子の作り方も参考にして日本人の口に合うケーキを研究しているらしく、前よりもしっとりした食感がして俺の好みの味になっている。

 くすりとはにかむフラッシュに、残る二人が負けじと俺にあーん攻撃を仕掛けてくる。俺は勿論それを有難く頂戴した。

 なんか餌付けされてるヒナの気分になるが、ウマ娘は信頼する相手にあーんをすることで走る調子が上がるケースがあるからな。これくらいはお安いもんだ。

 普通に俺も嬉しいし。

 

「あむ……ん、っと。よし、出たぞ。メイクデビューから先、みんなが走ったレースの一覧だ」

 

 タブレットの操作を終えて、モニターに映るレース結果一覧にみんなの目が向けられた。

 

 

 

 

 

【エイシンフラッシュ】  14戦10勝  GⅠ5勝

 

・メイクデビュー      2000m  芝   1着

・芙蓉ステークス      2000m  芝   1着

・京都ジュニアステークス  2000m  芝GⅢ 1着

・ホープフルステークス   2000m  芝GⅠ 2着

────────(クラシック期)────────

・弥生賞          2000m  芝GⅡ 1着(レコード)

・皐月賞          2000m  芝GⅠ 1着

・日本ダービー       2400m  芝GⅠ 1着(レコード)

・神戸新聞杯        2400m  芝GⅡ 1着

・菊花賞          3000m  芝GⅠ 1着(クラシック3冠)

・有マ記念         2500m  芝GⅠ 2着(レコード)

─────────(シニア期)─────────

・ドバイシーマクラシック  2410m  芝GⅠ 1着(レコード)

・天皇賞春         3200m  芝GⅠ 3着

・宝塚記念         2200m  芝GⅠ 4着(レコード)

・凱旋門賞         2400m  芝GⅠ 1着(日本初凱旋門賞制覇)

 

 

 

 

【スマートファルコン】  14戦12勝  GⅠ8勝

 

・メイクデビュー      1400m  ダ   1着(レコード)

・なでしこ賞        1400m  ダ   1着(レコード)

・阪神ジュベナイルF    1600m  芝GⅠ 1着

────────(クラシック期)────────

・ヒヤシンスステークス   1600m  ダ   1着(レコード)

・皐月賞          2000m  芝GⅠ 3着

・ベルモントステークス   2412m  ダGⅠ 1着(世界レコード)

・シリウスステークス    2000m  ダGⅢ 1着(レコード)

・JBCレディスクラシック 1800m  ダGⅠ 1着

・チャンピオンズカップ   1800m  ダGⅠ 1着(レコード)

・東京大賞典        2000m  ダGⅠ 1着(レコード)

─────────(シニア期)─────────

・フェブラリーステークス  1600m  ダGⅠ 2着(レコード)

・ドバイワールドカップ   2000m  ダGⅠ 1着(世界レコード)

・帝王賞          2000m  ダGⅠ 1着(レコード)

・JBCスプリント     1200m  ダGⅠ 1着(レコード)

 

 

 

 

【アイネスフウジン】   18戦13勝  GⅠ6勝

 

 

・メイクデビュー      1600m  芝   1着

・函館ジュニアステークス  1200m  芝GⅢ 1着

・新潟ジュニアステークス  1600m  芝GⅢ 1着

・小倉ジュニアステークス  1200m  芝GⅢ 1着

・デイリー杯ジュニアS   1600m  芝GⅡ 1着

・朝日杯フューチュリティS 1600m  芝GⅠ 1着(レコード)

────────(クラシック期)────────

・きさらぎ賞        1800m  芝GⅢ 1着(レコード)

・桜花賞          1600m  芝GⅠ 1着

・日本ダービー       2400m  芝GⅠ 2着(レコード)

・紫苑ステークス      2000m  芝GⅢ 1着

・秋華賞          2000m  芝GⅠ 3着(レコード)

・ジャパンカップ      2400m  芝GⅠ 1着(レコード)

─────────(シニア期)─────────

・ドバイアルクオーツS   1200m  芝GⅠ 1着

・天皇賞春         3200m  芝GⅠ 1着(全距離GⅠ勝利達成)

・宝塚記念         2200m  芝GⅠ 2着(レコード)

・スプリンターズステークス 1200m  芝GⅠ 4着(レコード)

・天皇賞秋         2000m  芝GⅠ 1着(天皇賞春秋連覇達成)

・マイルチャンピオンシップ 1600m  芝GⅠ 2着(レコード)

 

 

 

 

 

「……改めて、凄まじい成績だなぁ」

 

 俺は表示した一覧を見て、思わずつぶやいてしまう。

 3人とも、どこを見ても欠片も恥ずかしく無い成績。

 時代を、歴史を作るウマ娘が3人。本当に、心から自慢できる愛バたちだ。

 

「……懐かしいですね。ジュニア期はチームで無敗、GⅠ全勝を狙っていましたね。惜しくも届かず、でしたが」

 

「クラシック三冠路線は熱かったねー……あの皐月賞で吹っ切れて、ダートで暴れまわったなぁ……」

 

「今にして思うとあたしのジュニア期のレーススパンがやべーの。半年で6戦はだいぶ走ったなぁ……GⅠ勝利数はやっぱりファル子ちゃんが一番だね」

 

「ダートレースなら負けないもん☆やっぱりベルモントステークスが一つの切っ掛けだったかな……アメリカのタイキちゃんのファーム、楽しかったねぇ」

 

「海外遠征も何度もしましたが、一番落ち着いて過ごせたのはタイキファームでしたね。タイキさんのお父様ともまた会いたいですね、お元気になさっているでしょうか」

 

「いい人だったのー。でも一番盛り上がったというか、熱かったのはドバイかな……革命世代みんなで挑んだドバイワールドカップデーは一生忘れられない想い出なの!」

 

「ドバイには長くいたので観光もできましたからね。あれはよい経験でした。フランスも……トレーナーさんと二人きりで廻ったパリの街並みが忘れられません……」

 

「おっとぉ~?急にマウント取ってくるのやめよ☆??」

 

「そーなのそーなの。あたしだって、毎週末に立華さんと二人きりの時間過ごしてるし……」

 

「マウント重ねるのやめよ☆??私も語りだすよ???」

 

「ははは………」

 

 俺は皆が思い思いに零す感想に苦笑を零しつつ、しかし、彼女たちの話がレースの勝敗だけではない、そのレースに至るまでの、至った後の想い出の感想が多いことに、温かい気持ちを覚える。

 俺が彼女たちにそうあってほしいと求める部分だ。

 レースの勝敗だけではない、走りだけではない……日常も、学園生活も、心から楽しんで、想い出を作ってもらいたいというそれ。

 今回の世界線では、3人のウマ娘を担当し、チームとして共に過ごしたことで……また、ファルコンをきっかけとして海外遠征も多かったことで、日常的ではないイベントが多かった。

 それはチームとしての応援やレース場への遠征もそうだし、海外への遠征もそうだ。夏合宿も合同合宿所でのそれではなかったし……また、世代全体が革命世代と呼ばるほどに国内、国外問わず強力なライバルが多くいてくれたからこそ、普通は経験できないような経験ができて、交友関係も広がっている。

 そんな想い出を彼女たちが尊く思ってくれていることに、俺は喜びしかなかった。

 達成感、と言ってもいいだろう。

 

 俺はこの3年間で、彼女たちの心に残る何かを与えられたのだ。

 それがトレーナー冥利に尽きなくて、何だというのだろうか。

 

「……みんな、楽しかったかい?俺と出会って、俺の担当になってから……走ったレースは、日常は、楽しかったか?」

 

 俺は改めて、みんなの想いを確かめたくなって、そんな質問を零してしまった。

 俺の事情を知っている3人が相手だからこそ零せる話だ。

 有マ記念を終えて、来年になれば……きっと、俺の中の時計の砂が尽きて、ひっくり返る時が来る。

 俺の意識の片割れは、その先の彼女たちを見届けることができないからこそ、この場でそれを聞いておきたかった。

 

 しかし俺の問いに対して、彼女たちは俺の想像とは違う答えを返してきた。

 

 

「……愚問です。トレーナーさん、貴方と出会って私は随分と苦労させられたのですから。ええ、本当に」

 

「ファル子もそうだよ。トレーナーさんと河川敷で出会って、変えられちゃったんだから!ホントーに苦労したんだよ?」

 

「あたしも。あの時トレーナーの家に家事代行で来なかったら、こんな未来になってないんだから。まさかここまで、ねぇ?」

 

 

「……え?泣きそうだけど?」

 

 なんと、みんな何かしら俺に不満があったようだ。

 なんてこった。もうすぐ別れようというこの瞬間にそんなカミングアウトがあるなんて。

 割とマジで泣きそうになって涙腺が緩み始めるが、しかし、彼女たちは動揺した俺の姿を見てくすりと笑い、すぐに訂正してくれた。

 

 

「…ふふっ、冗談です。いえ、苦労したのは本当ではありますが……その苦労が心地よかった。貴方と、私達と、サンデートレーナーとキタちゃんと、チームのみんなで歩んだ道が一筋縄でいかなかったのは確かですが。でも、その歩みを出来たことが、何よりも嬉しかった。私も……もう一人の私も。貴方とまた出会えたことに、欠片の後悔もありません」

 

「トレーナーさんと河川敷で出会って、貴方の指導があって……私は、ウマドルとしての自分じゃなくて、ダートを走る私を見つけられた。ダートで走るのが何よりも楽しくて、やりがいになったの。世界の頂まで高く飛べたのは、トレーナーさんのおかげ。フラッシュさんの言うように、大変なこともあったけど……だからこそ、今、この時を過ごせるのを、幸せだなって思うよ」

 

「あたしの家族の事、あたし自身の事……全部変えてくれたのは、トレーナーなの。選抜レースの時、悩んでいたあたしを助けてくれた……そして、レースでも勝たせてくれた。お金に困らなくなって、モチベが下がってスランプになった時も……寄り添ってくれた。もう立華さんなしじゃ駄目な体にされてるんだからね?それくらい、立華さんには感謝してるの。貴方の教えを受けられてよかったの」

 

 

「お、おお……ワッ……ワァッ……ウッ」

 

 

 その言葉に、俺の涙腺は決壊した。

 滝のように涙を流しながら、言葉にならない声を零す。

 なんて、出来たウマ娘達なのだろう。

 サプライズ気味に、そんな嬉しい言葉を聞いてしまえば、俺は嬉しさで何もできなくなってしまう。

 

 

 俺の三年間は、間違っていなかったのだ。

 

 

「ふふ、泣かないでください、トレーナーさん。しっかりしているように見えて、いつも涙もろいんですから」

 

「ダービーの頃から、よく泣いちゃうようになったよねートレーナーさん。ふふ、可愛い」

 

「ほら、涙拭うのー。よしよし」

 

 俺はアイネスにハンカチで涙を拭ってもらいながら、三人からしょーがないんだからー、という雰囲気で言葉をかけられる。

 オニャンコポンからもニャー、と俺を心配するような鳴き声が聞こえてきてしまった。

 

 仕方ないのだ。何年ウマ娘を育てたって、こればかりは慣れることはない。

 ウマ娘の為にやってきたことを、ウマ娘が肯定してくれることほど、トレーナーにとってうれしいことはないのだから。

 

 

 その後、俺の涙が止まり、落ち着くまで、だいぶ時間を要したのだった。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「……ふぅ。すまん、いきなり取り乱しちまったな……」

 

 

 ようやく感情が落ち着いて、ケーキを改めて味わえるほど回復したところで一息ついた。

 本当に俺ってやつは、ウマ娘に感情を引っ張りまわされてしまう。

 もっと大人にならねば……と思う反面、何度世界を繰り返してもこうなのだから、たぶん俺にとっての大人レベルは今が頭打ちなのだろう。成長率の低い男だ。

 でも、それを受け入れてくれるくらいウマ娘と絆を結べているのだから、悪い事ではないのだろう。

 大人になり過ぎて、心が擦り切れたくはない。

 新鮮な強い感情を、いつでも味わっていたい。それを我儘とは誰も言わないだろう。

 

「トレーナーさん、大人びて見えますが結構ナイーブなところがありますからね。まぁ、それは私達もそうなのですが……」

 

「完璧超人ではないよね☆……そんなところがいいんだけど。隙が多い…っていうの?」

 

「去年の夏合宿思い出すの。ひやっとしたね、あの時のトレーナーは。困ったらお姉ちゃんにいつでも相談するの!」

 

「ニャー」

 

「仕方ないだろ……まだ20代中盤だぞ俺は」

 

「どの口で?」

 

「マジで言ってるの?」

 

「心構えはそうありたいと思っている…!」

 

「うんうん☆そういうの、大切だと思うな☆」

 

 そうして、チームのいつもの雰囲気の雑談が始まった。

 雑談の内容はいくらでも、止めどなく零れ続けた。

 

 俺の話、フラッシュの話、ファルコンの話、アイネスの話、オニャンコポンの話。

 俺たちの出会い、選抜レース、チーム結成、体幹トレーニング、チームカサマツとの出会い、メイクデビュー、ジュニア期連戦、ジュニア期GⅠ、ライバルの存在、年末年始のお泊り会、バレンタイン一回目、クラシック戦線、皐月賞の死闘、日本ダービーの死闘、アメリカ遠征、タイキファームの想い出、ベルモントステークスの奇跡、革命の始まり、夏合宿開始、ジャパンダートダービーの俺の葛藤とそれを晴らしてくれた3人の女神、その後の合宿の練習、合宿明けのSSとの出会い、クラシック秋GⅠ戦線、アイネスのスランプ、フラッシュのクラシック三冠、ファルコンの覚醒、アイネスのジャパンカップでの覚醒、フラッシュの有マ記念の記憶の邂逅、シニア戦線、ドバイの招待、キタのチーム加入、フェブラリーステークスの初敗北、ドバイ遠征、ドバイの想い出、伝説の一夜、春GⅠ戦線、天皇賞春のアイネスの全距離GⅠ達成、宝塚のライアンの衝撃、夏合宿中のセクレタリアトの伝説、アイネスのスプリンター最強決定戦、フラッシュの凱旋門挑戦、ファルコンのウララとの勝負──────

 

 

 ─────ああ、いくらでも想い出が零れてくる。

 この三年間で彼女たちと共に歩んだ、尊くてかけがえのない想い出が、無限に溢れてしまって。

 

 

 そして、そんな話をする中で、ふと、気が緩んで、俺はその言葉を零してしまった。

 

 

 

「──────寂しくなる、な」

 

 

 

 その言葉を、本当は零すつもりはなかった。

 これまでの世界線でも、これは言ったことがない。当然だ。

 三年をループするなんてことを知らないままの愛バの方が多かったのだから。

 彼女たちにとって、俺はその後も歩んでいくトレーナーであり、別れなんて全く意識はしていないだろう。

 そんな彼女たちに、寂しいという想いを零すことはなかった。困ってしまうから。

 

 いや、ループしていることを知っていてもそれは伝えるべきではないことだ。

 事実、寂しいという気持ちはあるし、別れを惜しむ想いは間違いなくある。

 だけど、その感情は想い出として昇華していくものだ。

 別れを惜しみつつも、否定はしない。それも前向きに受け入れて、俺は次の世界線に歩んでいかなければならない。

 これまでも、そうであったように。

 

 しかし─────この3年間は、()()()()

 担当が3倍の人数に増えたことで、チームとして運営したことで……そしてSSとも、キタとも、他のチームトレーナーや世代のウマ娘達とも縁を結び続けたことで、寂しいという想いがより強く、表層化してしまったのだ。

 

 

 そうして、思わず零してしまった一言。

 

 

 しまった、と。

 そう思い、伏せていた顔を上げ、3人の顔を見ると、やはり驚いたような表情で。

 俺が初めて零した、ループすることに対する弱音。

 別れを惜しむ言葉。

 それに大層驚いているのだろう。

 

 いかん。訂正しなければならない。

 少なくともすぐに消えることはないし、君達の有マ記念は必ず見届ける。

 そして来年、恐らくすぐに俺は分かたれるだろうけれど、これまでのパターンからしても、分かたれる瞬間は皆といるタイミングだ。

 そもそも俺という意識はその先も君達と一緒にいられるのだから……と、そこまで話す内容を脳裏に一瞬で思い描いて、しかしその時間が致命的だったらしい。

 

 

「……あー、その─────っておわぁ!?!?」

 

 

 俺は三人に襲い掛かられて、ソファに押し倒されるような形となった。

 リビングは広く、またウマ娘が遊びに来る機会も多いので、大きなソファにしていたのだがそれが仇となった。

 頬を赤く染めて呼吸が荒くなった3人に、俺は見事に押し倒されて、見下ろす3人の顔を見あげることになった。

 

 

「ッ…!そんな、顔で……そんなことを、言わないでください、トレーナーさん!……貴方を、離したくなくなってしまいますっ……!刻みつけてッ……ふーッ……!ふーッ……!」

 

「ダメ……そんな、寂しいなんて……言われちゃったら、私、我慢できなくなっちゃう……繰り返しちゃうほうのトレーナーさんに、私を、もっと忘れないでほしいってッ……ごくっ……ふぅー……!」

 

「ズルい……ズルいのっ!!そんな気持ちを抱えた立華さんが、行っちゃうの、すごく嫌だって思っちゃう……!!あたしがいないと駄目だって……ッ、わからせてやるの……!まんじりともせず受け入れるの……!!」

 

 

 いかん…!(ギュッ)

 どうやら俺の零した弱音がきっかけで、何がどうなったか知らないが………完全に、()()()()を発症してしまったようだ。

 これはいかん。明日は有マ記念という大一番が待っているのに、その前日に掛かり癖なんて笑い話にもならない。

 

 俺の服を破り取らんと手を伸ばしてくる三人に、しかし俺はふと、ウララやそれ以前に担当したウマ娘達をふと思い出す。

 そういえば彼女たちも何故かシニア級の12月が近づくと急に掛かり癖が発症することが多くなったな。

 なんでやろ。バイタルのリズム的な物があるんかな。

 

 さて、しかし、相手がただのトレーナーならここで掛かり癖を発症させたままになるだろうが、しかし俺はループ系トレーナーである。

 対処については全く問題ない。

 

 

 ─────三人いれば勝てると思ったのか?

 

 

「んみゃっ!?」

 

「ぎゃあ☆!?」

 

「ミ゛ッ…!?」

 

 

 右腕はフラッシュが、左腕はアイネスが抑えていたので、俺は脚の関節を外して自由になった可動域を用いて、足指による秘孔突きを敢行。フラッシュを見事に落ち着けることに成功した。

 その勢いで右腕を抜いて、ドスドス、とファルコンとアイネスにもツボ押しをお見舞いする。

 尻尾の付け根付近の落ち着けるツボを見事に撃ち抜かれた3人は、そのまま俺に被さる様に脱力して倒れた。

 表現はあれだが、まるで事後のように乱れた髪と息と服で、俺たちはソファの上に横たわることになった。

 なんだこれ。

 

「……落ち着いたかな?レース前日だからね。変に体力使っちゃだめだよ。少し休んだら夕食を食べて、今日はお開きです」

 

「…………はい。いえ、ええ。冷静になれました……人間はウマ娘には勝てませんが、トレーナーさんは例外でしたね……」

 

「ウマ娘3人に襲われても何とかされるこの人なんなの……?☆」

 

「久しぶりにやられたの……でも、うん、そうね。そっちの勝負はその後って話だったもんね。掛かっちゃった……」

 

 そして3人がそれぞれ体を起こす。明日のレースへの影響はなさそうだ。割と回復が速い。

 この冷静になるツボ押しだが、なんでか知らんけど徐々に効果が薄れていくんだよな。

 効かなくなったらどうするか。

 ま、なんとでもなるか。ウマ娘にトレーナーが負けるわけないだろ。

 

「……改めて言うけどさ。次が俺にとってある意味、君達の走る最後のレースになるのは、寂しいよ。それはマジな。だけど……その先を歩む俺は君達のその後のレースも見れるし、次の世界に旅経つ俺は、君達のレースを想い出として持っていける。だから、俺としては……君達が、最高のレースを見せてくれるのを心から願ってる」

 

 そして最後に、改めて俺の気持ちを彼女たちに伝える。

 俺がこの三年間、君達に注いだ愛を。

 歩んできた道のりを、レースの走りで、脚で語ってほしい。

 

 

 俺はトレーナーで、君達はウマ娘なのだから。

 

 

「─────期待してるぜ、俺の愛バ達」

 

 

 その言葉には、3人ともが笑顔で頷き返してくれた。

 

 

 

 

 

 

 ────────有マ記念が、来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────最後のレースが、来る。

 

 

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

190 最後の舞台の幕は開いて

 

 

 

 

 

 年末の、中山レース場。

 有マ記念が開催されるその日、レース場は満員を記録していた。

 周囲の施設でライブビューイングが何か所も開かれるほどの集客数。

 

 革命元年、その最後のグランプリレースを見届けるために、人々はそこに集まっていた。

 夢を見るために、集まっていた。

 師走の寒さすら、この人垣の前では太刀打ちできず、レース場は熱気に包まれていた。

 

「すみませーん!!通してくださーい!!通してー!!」

 

「悪ぃな、道開けてくれ。ベストポジションを取りてェんだ」

 

 そんな中を、身長の高いウマ娘と、低いウマ娘が手を繋ぎながらゴール前に向かって歩いていく。

 その姿を一目見たウマ娘ファンの人たちが、一斉に声を上げた。

 彼女たちがゴール前までたどり着けるように、人垣が割れて道が出来る。

 

「うお!?キタサンブラックだ!!」

 

「えっマジ?マジだ!デッカ…!」

 

「今年のジュニア期で一番デカいウマ娘だもんな…!クラシック期待してるぞー!」

 

「これからも応援してます!!チームフェリス箱推しです!……って、きゃー!サンデートレーナーもいる!!」

 

「あ、マジだ!人ごみに埋もれて気付かなかった…!」

 

「やっぱり綺麗ー!写真撮っていいですか!?」

 

「悪ィけど写真はノーサンキュ。道開けてくれてありがとなァ」

 

「応援ありがとうございます!!失礼します!!」

 

 身長差でキタサンブラックに注目が行くことで何人かからは見逃されたサンデーサイレンスだが、綺麗と褒められた相手に噛みつくほど子供のままではない。

 ウインクだけ返しておいて、キタサンブラックの手を握りながらゴール前に向かっていく。

 なにせこの人込みだ。まだ中等部の一年であるキタサンブラックが万が一迷子になってはいけないので、こうして手を繋ぎながら歩いているのだが。

 

「……なんかアタシのほうが子供みたいに見られてねェか?」

 

「し、身長差は仕方ないですよ……むしろ、私がデカくてお役に立ててよかったです!!」

 

 己のタッパのなさを愚痴るサンデーサイレンスに、キタサンブラックが苦笑を零した。

 サンデーサイレンスの身長は152cm。中央トレセン学園のウマ娘と比較しても決して低すぎるわけではないのだが、しかし隣に立つのが180cmオーバーのキタサンブラックなので、並ぶとまるで親子のようになってしまう。

 まぁ、ゴアと並び立つ時よりはマシか────SSはそのように己の葛藤に結論付けて下らない思考を吐き捨てた。

 今はそんなことで曇っている場合ではない。これから始まるレースを走る我がチームフェリスの英傑たる3人を、全力で応援できるベストな位置を取らなければ。

 チームの主管トレーナーである立華が今は一人で控室の対応をしている。

 このレースにおいてはチーム3人をそれぞれ部屋を分けるのは余りにも非効率的であり、今更3人を一部屋にまとめてチーミングなどするまいというURAの配慮もあり、チームフェリスに準備された控室は大きな一室。

 

 そこで、()にとって最後になる、愛バ達の送り出しをしている。

 邪魔はしたくなかった。

 そこでキタと先に控室を出て、観戦のベストポジションだけ取っておこうとゴール前に歩いてきたのだ。

 

 さて、そうして人垣も割れてくれて、ゴール前までの道のりが出来たところで、しかしその先にやはり見慣れたウマ娘達がいるのをサンデーサイレンスは見つけた。

 この年末の有マ記念のゴール前をポジションキープできるのだから、相当気合が入っていたのだろう。ブルーシートを開いて早朝から並んでいてもおかしくはない。とはいえ彼女たちはまだ子供だから、危険なことはあまりしないでほしいものだが。

 

「……よォ、また会ったな──ジーフォーリア、シャフラヤール、タイトルホールド」

 

「あっ、サンデーさん!!こんにちはっ!」

 

「勿論です。年末のこの勝負、フェリスのお三方が走られるんですもの。現地で見ないという選択肢はありませんね」

 

「その、よければ今年も色々教えてもらえれば……!!」

 

 3人の笑顔が向けられて、サンデーサイレンスも笑顔を見せる。

 去年の秋のファン感謝祭で出会ったこの3人は、去年の有マ記念でも出会い、縁が深まった。

 その後、今年の春と秋のファン感謝祭でも出会ってだいぶチームメンバーとも仲良くなっている。

 感謝祭でファンのお子様ウマ娘向けに開催された、トゥインクルシリーズ現役ウマ娘と併走してみよう、のイベントでは3人が1200mを走る姿もサンデーサイレンスは見させてもらったが、これがまたなんとも、才覚に溢れている走りだった。

 まだ入学もしていないこの時期に、体幹が徐々に仕上がりだしていっている。

 身長も伸びて、体の厚みも出てきた。もうすぐサンデーサイレンスの身長は抜かされてしまいそうだ。

 来年度の4月にトレセン学園に入学すると聞いているので、立華と共に早めに声をかけておこうぜ、と画策している3人だ。

 

「もちろんいいぜェ。この後タチバナも来るからよ、よく解説してやるよ」

 

「今年は去年に勝るとも劣らない、豪華なメンバーだもんね!私も楽しみなんだ!」

 

「キタサンブラックさんの言う通りですね!!私の推しはやっぱりフラッシュさんです!!」

 

「あらジーフちゃん、それは分からないわよ?中山の直線は短い……勿論応援する気持ちはあるけれど、私はファルコンさんに一票かしら。芝のGⅠレースは久しぶりだけれど、ドバイで覚醒したあの走りが出れば2500mでも駆け抜けられそうだし」

 

「いやいやシャフちゃん、ファルコンさんは逃げウマだけれど、大逃げは芝だと難しいんじゃないかな…?アイネスさんが同じ逃げとして、バッチバチにやりあうと見てるよ。天皇賞春も逃げきったスタミナだ、2500mの距離はむしろアイネスさんにとってはベストな距離。最終直線310mは領域にも一致するし…」

 

「なにをー!タイホちゃんの読みもわかるけど、今のフラッシュさんはどこからでも末脚を繰り出せるはずだもん!凱旋門賞見てなかったの!?」

 

「あら、それを言うならベルモントステークスの時のファルコンさんは2400を減速無しで走っているのよ?1年半前に、ダートで。今なら2500mも全く苦にしないと思うわ。芝にも合わせる時間はあったでしょうし」

 

「でも前走が1200mのダート短距離だよ。バ場も距離も選ばないファルコンさんだけれど、ダートに合わせて練習してた時間も長かったはず。2500mの芝で全力で走れるかは……」

 

「それを言ったら凱旋門2400mを走ったフラッシュさんが一番ベストコンディションで臨めるよ!」

 

「それは指導者を考えていない話じゃないかしら?あの猫トレさんなのよ?アイネスさんがどの距離をいつでも走れるように、きっと特殊な指導を行っているのよ」

 

「でも、だったらやっぱりそれに応えているアイネスさんの方が……」

 

 そうしてサンデーサイレンスとキタサンブラックが見守る中で、3人はお互いのライバル心を刺激されて推しのウマ娘がどう勝つのか、それで随分と盛り上がってしまっていた。

 何気にその会話の内容が、まだ中学校にも上がっていない児童が喋る内容ではない。少なくとも自分が学園に入学する前はこんな真剣にレース見ていなかったな、とキタサンブラックは少し昔を懐かしんだ。

 3人が議論しながら食い入るように見つめる先……3人の手に捕まれ揉まれてくしゃくしゃになってしまった有マ記念の出走表に、サンデーサイレンスが目を通す。

 

 今年の有マ記念の出走者の主たるウマ娘は、以下の通りだ。

 

 

 エイシンフラッシュ。

 スマートファルコン。

 アイネスフウジン。

 

 ヴィクトールピスト。

 メジロライアン。

 

 ナイスネイチャ。

 ダイワスカーレット。

 ウオッカ。

 

 ベイパートレイル。

 デアリングタクト。

 

 

 各世代の優駿たちが。

 己の世代の誇りを胸に。

 グランプリを勝ち取るために。

 

 夢の舞台が、まもなく始まろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

「─────ってのによォ!お前はよォ!?」

 

「んぶげふゥッ!!!」

 

 と、そこで急にサンデーサイレンスの口調が荒くなり、びくっとした3人を尻目に、サンデーサイレンスが後ろに脚を蹴り出して、ウマ娘特有の蹴りを不届者に叩き込んだ。

 びっくりした3人が振り返った先、チームスピカの沖野トレーナーがいたいけなウマ娘の背後から忍び寄り、その腕を下半身に伸ばそうとしているのにサンデーサイレンスが気付いて蹴り飛ばしたのだ。

 お前はこんな時にも悪癖が出るのか。

 サンデーサイレンスははぁぁぁぁ、と大きくため息をついて沖野を睨みつける。

 

「……こいつらはウチのチームで目をかけてる才能あるウマ娘なんだよ。驚かせようとするんじゃねェよ、オキノ」

 

「いや、はは……すまん!目の前に3つも最高の素質の脚があったもんだから体が勝手にな…!」

 

「……沖野トレーナー?いつになったらその悪癖は治るんですか?」

 

「いて、いててて!耳を引っ張るなスズカ!!無意識なんだって!!」

 

「……あー、懐かしいですね。私が学園入学する前にもトモを触ってきましたよね沖野トレーナー。ドリームリーグのライブの時でしたっけ……」

 

「ア゛?キタ、それマジか?初耳なんだがよ?……おいオキノ?死にてェか?」

 

「ふ、不可抗力なんだ!俺の腕が勝手に…!」

 

「ならふざけたその腕を切り落としてやるよォ!!合わせろスズカァ!!」

 

「はいっ!行きますっ!!」

 

「ぐ、グワーーーーーーッ!!」

 

 サンデーサイレンスが襲い掛かり、スズカと共に沖野を上空に放り投げてツープラトン技を決める。

 OLAPの体勢に入るサンデーサイレンスと、キン肉バスターの構えに入るサイレンススズカで沖野を拘束し、そのまま地面に叩きつけた。*1

 【SILENCE→LAP】。サイレンスの名を冠する二人のツープラトンだ。

 

「グベラァーーーー!!!」

 

 断末魔の叫びをあげて、沖野は全身全ての関節を砕かれて倒れ伏す。

 悪は滅びたのであった。

 

 

「……その、キタサンブラックさん」

 

「ん、何?」

 

「トレセン学園って、いつもこんな感じなんですか?」

 

「うん、割と」

 

「そうなんですね……」

 

 トレセン学園でキン肉マンの漫画が大流行しているのはもはや説明不要であろう。*2

 その後沖野はしれっと復活し、ゴール前にいたカノープスやレグルスのメンバーとも合流し、みんなで観戦に臨むのであった。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「……なんか今ギャグ空間になってる気がする」

 

「どうしました急に」

 

 俺は控室で謎の電波を受信し、このシリアスな最終戦を迎えるにあたり何故かギャグ時空に呑まれそうな気配を感じたので、努めて佇まいを真面目なものとして、控室の空気を切り替えた。

 今、部屋の中には俺とオニャンコポンのほかに、勝負服に身を包んだ俺の愛バが3人。

 それぞれの勝負服は、おろしたてだった二年前の時と違い、数々の激戦を潜り抜けてきた今、所々に解れや汚れを修繕した跡があり……歴戦の其れとなっていた。

 GⅠのウマ娘を見る時は、勝負服と靴を見ろ。それで強さが分かる。

 昔からずっとトレーナー間で語り継がれている常識だ。

 

 今、俺の愛バ達3人は、誰が見てもそこに修羅を感じさせる、稀代の優駿の佇まいを見せていた。

 

「……もうすぐだな。みんな、調子は整ってるな?」

 

「ええ。先ほど貴方からビズもいただきまして、オニャンコポンもいっぱい吸えましたから」

 

「私もトレーナーさんの心臓の音、いっぱい聞けたから準備万端!絶好調!!」

 

「髪も尻尾も梳いてもらえて、サラサラなの!誰に見せても恥ずかしくない……後は、走りで魅せるだけ。ばっちりなの!」

 

 俺は先ほどまで、それぞれの愛バからのおねだりに答え、彼女たちが一番集中できるようにコンディションを整えた。

 他の二人に見られながらする、というシチュエーションで集中力が落ちる所もあるかと危惧したが、そんな心配はいらなかったようだ。むしろ見せつけるように堪能してくれていたので、普段より3割増しの集中と言ったところか。

 ドバイでも、周りに見られながらのおねだりをしていたもんな。あの経験が活きている。

 

 オニャンコポンもそれぞれにその身を捧げ、やり遂げた風に今は俺の肩の上で休んでくれている。

 今更ながらに改めて思うが、こいつがいてくれたおかげで俺達チームの勝利がある。

 お前は最高の猫だよ、オニャンコポン。

 今までありがとう。これからもよろしくな。

 

「……ここまで来たら、もう俺から言えることはない。今日に至るまでに、俺の全てを君達に注ぎこんできた。今の君達が、俺の誇りだ」

 

「はい」

 

「うん」

 

「なの」

 

 

 俺は最後に、3人に向けて俺の想いを伝える。

 

 

 ───────やれることはすべてやった。

 

 今が。

 今この瞬間が、俺が彼女たちにしてやれるすべてをやり遂げた瞬間だ。

 

 想いだけでは、願いだけでは勝つことができない。

 だから、今日、この瞬間に至るまで積み上げてきた。

 彼女たちが、彼女たちらしく走り、そして勝つための全て。

 3年間の全てを。

 

 もう俺が出来ることは何もない。

 ただ、この中山レース場の短い最終直線の先で。

 彼女たちが、最高のレースを見せてくれるのを待つのみだ。

 

 もう俺に出来ることは終わっている。

 彼女たちが最高のレースを見せてくれる、それを。

 俺が、彼女たちと共に、この日までに積み上げた全てを、見届けるだけだ。

 

 

「……ゴールの前で、見届けさせてくれ。俺たちの全てを。………勝てよ!!」

 

「はいっ!!」

 

「任せて!!」

 

「はいなの!!」

 

 その言葉を最後に、彼女たちは立ち上がり、戦意に高揚した微笑みを見せて……戦場へ向かっていった。

 

 残された俺は、その余りの静寂に湧きあがる寂しさを、オニャンコポンを撫でることで落ち着かせる。

 最高の状態で送り出した愛バ達の、その背中を見送って、見届けて。

 俺の手から離れていくような錯覚さえ覚えて、それでも。

 

 ……俺は、見届けることしかできない。

 

 

 

 最後の舞台が、始まる。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「……三人で並んでここを歩くのは、初めてですね」

 

 

「そうだねー……フラッシュちゃんとだけなら、皐月賞で歩いたけど」

 

 

「あたしもフラッシュちゃんとなら日本ダービーと天皇賞と宝塚で歩いたの。ファル子ちゃんとは初めてになるね」

 

 

「そうですね……ファルコンさんとの皐月賞、今でも懐かしいです。あれが、チーム内で初めての勝負でしたね」

 

 

「私がダート走ってたからねー。二人もダートに来ればよかったのに」

 

 

「それは流石に無茶なのー。ファル子ちゃんの芝に合わせた努力がすごいの。ジュニア期も、今年の夏以降も頑張ってたもんねぇ」

 

 

「それを言うなら、アイネスさんだってそうじゃないですか。距離適性を克服するために……あれ、そう考えると私が一番楽をしているんでしょうか?」

 

 

「目指すものの違いじゃない?フラッシュさんが楽してたなんて思ってないって。私とアイネスさんはちょっとわがままだったってだけだよね」

 

 

「そーなのそーなの。わがままに答えてくれちゃうトレーナーが悪いの。その分、フラッシュちゃんは中距離の脚を磨いて凱旋門まで取ってるんだから。そんなこと言うとまたヴィイちゃんがスネちゃうよ?」

 

 

「ふふ、そうですね、失礼しました。……そういえば去年はヴィイさんに僅差で負けたんでしたね。今日こそはそのリベンジをしなければ」

 

 

「あー……ヴィイちゃんとライアンさんがなんか自分を見てくれてない感じがしたー、って言ってた去年の有マね?あれ、何か見えてたの?」

 

 

「あ、あたしもちょっと気になるの。あれ以来だったよね?フラッシュちゃんの中に闇フラッシュちゃんの人格が目覚めたのって」

 

 

「闇遊戯みたいに言わないでくれますか?でも、ええ、そうですね……あの時走っていた他の方は覚えていませんが、私は覚えています。みんなで集団幻覚を見ていたというか……想いの果てを迎えたというか……あー……言葉にするのが難しいですね」

 

 

「集団幻覚は怖すぎない?」

 

 

「キメてる?」

 

 

「例えですよ、例え。お二人にも経験があるでしょう?こう……記憶が飛んでしまうような深い集中の底にいる、魂の向こう側と触れ合うというか……そんなレースが」

 

 

「あー……あー、ある、ね。ベルモントステークスがそれだったなぁ……」

 

 

「あたしの場合はジャパンカップ、かな?トレーナーの声援で目が覚めたあれだね。走ってると時々ワケわからないことになるの」

 

 

「なりますよね。私も有マと、凱旋門賞でそれを経験しました。でも、別に裏の人格があるとかじゃないんですよ?普通に、記憶として引き継いでいると言いますか……やはり説明は難しいのですが」

 

 

「ん。別に深入りするとかじゃないから、無理に説明しなくても大丈夫だよ」

 

 

「フラッシュちゃんはフラッシュちゃんなの。前後で何か変わったわけでもないしね」

 

 

「有難うございます。………ふぅ………」

 

 

「…………」

 

 

「………繰り返す側のあの人に見せるのは、これが最後のレースだね」

 

 

「……ええ」

 

 

「だね………だからこそ、私達の最高のレースを見せてあげよう?」

 

 

「なの。せっかく3人も担当したんだから、目に焼き付けて忘れられないようなレースにしてやらないと」

 

 

「ですね。慢心も、油断も、驕りもなく。真摯に、最高のレースをあの人に捧げましょう」

 

 

「ふふ………楽しみだね」

 

 

「やってやるの」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 無言で歩く3人の前に、光が差す。

 

 

 それは、快晴のレース場から通路に差し込む光。

 

 

 レース場に姿を現す寸前、3人は脚を止める。

 

 

 

 

 お互いに、無言のままで、右手を差し出した。

 

 

 

 その手は自然と重ねられ、彼女たちだけの誓いの為に。

 

 

 

 

 

「─────チーム・フェリス!!!」

 

 

 

「「「ファイ、オーーーッ!!!」」」

 

 

 

 

 

*1
NIKU→LAPで検索すれば画像出てくると思う。

*2
一期アニメで沖野が関節技かけられまくってたし二期でターボがイクノにキン肉バスター決められてたので確定的に明らか。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

191 これまでの全てが尊くて

 

 

 

 

『───さぁ来たッ!!やってきたっ!!とうとうゲート前に姿を現しましたチームフェリスの三人ッ!!クラシック三冠!!凱旋門賞覇者!!漆黒の閃光エイシンフラッシュ!!!ダート世界レコード2つを保持!!ダートレースの常識を破壊したウマ娘!!砂塵の王スマートファルコン!!!全距離GⅠ制覇!!世界最速の1ハロン!!風激電駭アイネスフウジンッ!!!この三人が、この年末のグランプリで覇を争うのですッ!!誰もが見たかった!!この三人が一堂に会する瞬間を待っていたッ!!!』

 

 

 有マ記念のゲート前に姿を現したチームフェリスの三人に、満員の観客から万雷の拍手が送られる。

 革命を果たした世代の、筆頭たる三人。

 その名を歴史に永久に刻みつけた、伝説の三人の登場に、中山レース場のボルテージは最高潮に高められた。

 

「やー……さっすが。盛り上がるよねぇ、そりゃねぇ」

 

「当然、だね。アタシ達だってこの瞬間を待っていた。フェリスの3人と一緒に走れるんだからね」

 

「全員の恐ろしさを知っていますからね、私たちは。…うん、調子も絶好調みたい。今日もめいっぱい楽しめそうですね」

 

 そんな3人を見て、気だるげにコメくいてー顔で肩をすくめるウマ娘が一人と、熱を高める世代の友が二人。

 ナイスネイチャと、メジロライアンとヴィクトールピスト。

 彼女たちはドバイで共に夢の夜を過ごしたウマ娘達だ。

 戦友ともいっていい、その関係。

 

 ネイチャはトレーナーという視点で、ライアンとヴィクトールピストは世代のライバルという立場で、彼女たちの恐ろしさを身に染みて味わっている。

 何度、あの走りに穿たれ破れたか、数えるのも馬鹿らしい。

 

 閃光の末脚の切れ味を何度味わったことか。

 芝の上だろうと関係なく羽搏く隼の恐怖は筋肉が覚えている。

 どの距離だろうがあの風を止める手段は余りにも少なく。

 

 比類なき怪物が、3頭。

 

「ふふ……今日は、何があっても負けられません。誇りある走りをお見せします」

 

「久しぶりの芝だけど……私が勝つよ。絶対に油断しないでかかってきてね☆負けないから」

 

「有マ記念の最終直線310m……この意味は、3人なら理解ってるよね。ブチかましてやるの!」

 

 そんな3人が、ゲート前に歩いてきながら、迸る様な気迫と共に、相殺(あいさつ)を交わしてくる。

 これが並みのウマ娘であれば、それだけで委縮してしまいそうなほどの気配。優駿が見せる圧。

 

 しかし、そんな3人の怪物たちに揉まれながら走り抜けてきた彼女たちには、それに怯む様な軟弱な神経は最早残っていなかった。

 彼女たちも、怪物に肩を並べる怪物であるがゆえに。

 

「あっはっは、お手柔らかにお願いしますよぉ先輩方。ネイチャさんはもうだいぶ現役も長いからしんどいんですよねぇ~……勝ちに行くのも、さ」

 

「またそんなこと言って……欠片も諦めてないくせに。ま、それはアタシも同じなんだけどね。今日の筋肉の張りはいいよ……全部叩き込めそうだ」

 

「先輩方……有マ記念の連覇、頂きに参りますので。チームフェリスに勝つのが私達の目標ですからね。譲りません」

 

 既に会話による牽制を交えるネイチャに、筋肉をどっくんと震わせ戦意を溢れさせるライアン、そして崇高さすら感じさせる強い眼差しを向けるヴィクトールピスト。

 あいさつ代わりの視殺戦だ。レース前、ゲートの前で日常的に行われるようになったそれ。

 

 彼女たちは学園で過ごす日常の中では間違いなく親友とも言える関係で、仲良くJCJKをしているが─────ことレースとなれば、そこに交わされるのは真剣での勝負。

 本気で、真剣に、競い合い、磨きあったからこそ、高みにたどり着いた。

 

 一強とは呼ばれない。三強とも呼ばれない。

 革命世代と呼ばれる理由はそこに在る。

 

 最高のライバルたちがいたから、彼女たちは強くなった。

 

 

「俺達も忘れちゃいないでしょうね、先輩方!!今度こそぶっちぎってやりますよ!!」

 

「絶好調そうで何よりです。そんな先輩たちに勝って、アタシが一番になるんだから!!」

 

「『フェリスを超えろ』。…そう、東条トレーナーにも会長にも言われてきましたからね。先輩たちの世代が一年前にクラシック期でシニアを超えたように、今年は僕が貴方たちを超える…!!」

 

「お三方の戦歴……いえ、革命世代のみんなの走りを心から尊敬してます。私の目標です!!今日、まずは私の全部をぶつけさせていただきます!!」

 

 

 ああ、そして、勿論忘れてはいけない。

 同世代で競い合うことで強くなったのは、何も革命世代だけではない。

 

 その上の世代であるウオッカとダイワスカーレット。

 その下の世代であるベイパートレイルとデアリングタクト。

 彼女たちも、革命に感化され、高めあい、強くなった。

 

 それは革命世代の圧に負けないほどの気迫を、勝利への執念を持って。

 バチバチの視殺戦に介入し、獰猛な笑顔を見せるほどに、彼女たちもまた高まっていた。

 

「勿論、忘れてはおりません。クラシックの三冠ウマ娘のお二人と走るのは初めてですね。……私にも、三冠ウマ娘の誇りがある。負けません」

 

「私はライアンさんとヴィイちゃん以外は初めてだね……ダートの最強が芝でも最強だってコト、見せてあげる。ファル子が逃げたら、追うしかなくなる……追いつかせることは、ないよ」

 

「ふふ、トレイルちゃんとタクトちゃんはフェリスのメンバーと走るのは初めてだよね。どんな走りをするか楽しみだったの!全力で来てね……負けないから」

 

 そんなライバルたちを前にして、フェリスの三人がさらにテンションを高める。

 これだ。

 これが、革命世代なのだ。

 どんな相手を前にしても、そこに侮るという言葉はない。

 敬意を持って。

 そして、これまでに走り勝利してきたすべてのレースの誇りを持って。

 数多のライバルとの激走が、彼女たちの走りに無限の可能性を生み出し続けていた。

 

 

 すべては、勝つために。

 

 

 

『ファンファーレも高らかに鳴り響き、ウマ娘達がゲートに収まっていきます!!全員落ち着いている様子です……一人ずつゲートに入って行く!場内に静寂が生まれます……もう間もなく始まります、年末の芝の大一番、今年の最後を飾るウマ娘は誰になるのか!!……今、最後のウマ娘がゲートに入った!!』

 

 

 

『有マ記念────────スタートですッッ!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ─────天翔ける先駆けは、やはり、このウマ娘。

 

 

『っ行った!!スマートファルコンが行ったーッ!!抜群のスタートダッシュから加速して先頭を取りに行きますスマートファルコンッ!!芝の上でも彼女のスタートは陰らないっ!!ファンの期待に応えてくれますスマートファルコン!!そしてその後ろにはアイネスフウジンも続くっ!!やはり予想通りの展開か!!今回は大逃げとはならないかスマートファルコン!!アイネスフウジンが1バ身ほど後ろをキープしています!!』

 

 

 まず飛び出したのはスマートファルコン。

 彼女の代名詞とも取られるようになった猛烈なスタートダッシュはこの芝のレースにおいても問題なく繰り出され、そこから加速してハナをとった。

 だが、大逃げとはなっていない。芝の上だからこその判断なのか、距離を考えての判断なのかは後続のウマ娘はこの時点で読めなかったが、少なくともスタートから続く爆速の逃げを見せることはなかった。

 その後ろ、アイネスフウジンが続く。逃げウマ娘としてはハナを取らなくとも問題なく実力を発揮できる彼女が二番手。

 チームフェリスの誇る逃げ脚質の二人が、ウマ娘達を率いてグランプリレースの先達を担う。

 

 

『逃げの二人に続く先行集団、ダイワスカーレットが先行集団の先頭にいます!!そして今日はここにいるぞヴィクトールピスト!!前目のレースを展開するか!!続くようにベイパートレイル!!彼女も前目からの好位追走が得意なウマ娘ですっ!!』

 

 

 そして逃げ二人の後ろから、ダイワスカーレット、ヴィクトールピスト、ベイパートレイルが続く。

 前の二人……特に先頭を行くスマートファルコンの走りが芝の上では不確定要素が大きかったため、落ち着いてレースを見ることを選択し先行位置につけたダイワスカーレット。尤も、その根本の気性は変わっていないので、どこまで我慢できるかは分からない。

 ヴィクトールピストもまた、あの余りにも危険すぎる原子炉のような逃げ二人にペースを併せて走ることは最終直線での不利を招くと判断し、逃げは諦めた。

 だが、差し集団もある事情で特に最初の500m、己の領域を展開するまでは少なくともあそこにいられないため、先行策という手段を取った。

 ベイパートレイルは己の力をすべて発揮し、その上で限界を超えてようやく勝利の道のりが見えてくるということを前回のジャパンカップで如実に味わったため、己の実力が遺憾なく発揮できる得意な位置取りをキープした。

 

 逃げの極致ともいえる二人が()れあう中に混ざるのは、余りにも危険だと判断した。

 

 

『そうして後方集団、ここにはメジロライアンが位置する!すぐ隣にナイスネイチャ!ウオッカはその1バ身後ろ、デアリングタクトもここにいる!少し下がってエイシンフラッシュが後方から様子を見ています!最後方とは行かないまでもかなり後ろ目につけたぞエイシンフラッシュ!!中山の短い直線に彼女の末脚は輝くのか!』

 

 

 さてその後ろ、差し集団。

 まずメジロライアンだが、彼女も自分に有利な位置取りをキープした。先行も差しもできる彼女だが、その実、余りに前の方や後ろの方に位置すると、適切に領域からくる加速を繰り出せない。

 先行と差しのちょうど中間、レースの真ん中あたりがベストな位置取りだとこれまでの激戦を潜り抜けて覚えている。そして、覚悟と共にそこを走ることを選んだ。

 ウオッカも同様だ。差し集団の中団あたりから、向こう正面で位置を上げていき、最終直線で包囲を突破してぶち抜けるのがベストな選択だからこそ、やむなく取ったその位置取り。

 エイシンフラッシュは説明不要であろう。彼女は例え追込みの位置取りまで下がってしまったとしても、最終直線で全てをひっくり返す末脚を放てる。レース全体を俯瞰するために、今回は位置取りを後方にとり、レース後半に放つ二重領域発動(ダブルトリガー)………否、凱旋門賞で更に成長したその領域の発動に備えるために、努めて、全力で努めて冷静さをキープする。

 そして新鋭デアリングタクトは差し戦法を得意とするウマ娘。ベイパートレイルと同様の思考の元で、まず己の出来る最高の走りをするために、この位置取りを選択した。

 

 ああ。

 だが、そんなデアリングタクトが最初に味わったのは、グランプリレースの洗礼。

 有マ記念という舞台において必ず現れる、伏兵の存在。

 

 なぜヴィクトールピストが前目の先行を選んだのか。

 なぜ差し集団の全員が、スタート直後から覚悟を持った眼差しをしていたのか。

 

 それを、如実にその身で味わうこととなっていた。

 

 

(────なによこれっ!?足が重い!?緊張……じゃ、ないっ!!これは牽制だ!!しかも、こんな重さっ……スタートからまだ最初のコーナーなのに!?)

 

 

 深く重く響く、すぐ隣から放たれている牽制が、スタミナを、速度を奪いにかかってくる。

 デアリングタクトはそれに抵抗するために、気を引き締め直して芝を深く踏み抜いて駆ける。

 彼女も無敗で三冠を獲得したウマ娘。無論の事牽制への抵抗力はあり、三冠レースを戦い抜く中で牽制を武器とするウマ娘と鎬を削りあい、勝利した経験もある。

 その時に競ったライバルの牽制が弱かったとは欠片も思っていない。自分にも、胸を張って誇れるライバルたちがいたからこそ、その誇りを持ってこの舞台に挑んでいる。

 

 だが、しかし。

 その牽制は、何というか、根本の質が違った。

 

 

(これッ─────愉悦(たの)しんでるっ!?)

 

 

 愉悦のままに放たれている、強力な牽制の数々。

 しかも、自分一人にではない。差し集団、先行集団───否、レースを走る全体に、自由自在に放たれている。

 

 

 これが、全て。

 

 

 ナイスネイチャ一人によって、起こされていた。

 

 

(あハッ……タクトちゃんは素直でいいね~、驚いてる驚いてる。…右脚、左、はいヴィイにどーん。500mまでは楽に走らせないよー、今年は相方少ないんだから。んでもって前の二人はちょっと勢い足らなくない?もっとノリノリで行こうよ……ほらっ、ほらッ!いけっ、いっちゃえ!!)

 

 

 デアリングタクトにプレッシャーをぶつけながら、先行集団のヴィクトールピストの進路を僅かに動かしてダイワスカーレットの進路とクロスさせて踏み出しを躊躇わせて、それがベイパートレイルへの牽制にもつながって。

 さらに逃げの二人が余り後続から距離を空けない現状を見届けて、それでは後ろが走りやすくなりすぎるからと逃げ焦りを連発で飛ばしていく。稀代の優駿二人を相手取り、しかし少なくない効果がそこに生じた。

 

 そんな自由なやり取りを隣で見ていたメジロライアンに、余裕を見せつけるかのようなウインク一つ。牽制に絶大な抵抗力を持ち世界でもそれを見せつけたライアンだが、しかし予想外のネイチャの表情で戦意を僅かに削がれて足が鈍った。ウインク一つでそれを成す。

 またやってるよ、とため息すらつきかねないウオッカに対しても流れ作業で牽制。むしろその雑さがウオッカのプライドを見事に刺激する。

 トドメにコーナーで速度を落とさぬままに放つ独占力。今回はエイシンフラッシュもそれに合わせて独占力を放ったことで、先行差し集団の悉くが圧に叩き込まれた。

 それにより自然と逃げ二人との距離が広がることで生まれる精神的な焦りもカバーだ。重ねてそんな逃げ二人のチームメイトであるエイシンフラッシュに、独占力発動直後に頭を引っぱたくような牽制を繰り出した。

 

 

 ────この有マ記念という舞台に全てを備えて出走してきた、最強の伏兵。

 自由自在、傍若無人のレース支配。

 

 ナイスネイチャがいなければ、有マの地獄は始まらない。

 

 

『最初のコーナーを回る各ウマ娘、ここまでは落ち着いたペースか!!大きく位置取りは変わっていきません!!中団でメジロライアンが少しずつ上がっていく!!ダイワスカーレットが逃げる二人に徐々に距離を詰めていくか!!まだまだ先は長いぞ!!向こう正面に入って行きますっ!!』

 

 

 はた目には気付かぬ恐ろしい地獄が展開されながら、ウマ娘達がコーナーを曲がり終えた。

 しかし、だが、ナイスネイチャもまたそこで気苦労を覚えている。

 牽制を一通り走る全員に放ち終えるという偉業を成したのちに、全員のコンディションを理解したからだ。

 

(……まっずいなぁ。一番厄介なフェリス三人がまずい)

 

 ナイスネイチャの中で、今回のレースで一番注意を払っていたのは、チームフェリスの三人だ。

 初めての、世代のチームメンバー全員でのレースということで、間違いなく気合が乗ってくるであろう。

 3人のチームの絆で、普段以上の力を見せてくるだろう、と思われ、その通りの走りを見せてくるであろうと考えられていた、その三人が。

 

(牽制、()()()()()()()じゃん!!一番面倒なやつだこれ!!)

 

 自分の牽制を、しっかりと受け止めているのが実にまずい。

 

 ……通常の思考であれば、何を言っているのかと思われるだろうそのネイチャの判断。

 牽制が効いているのであれば、それがベストではないか。

 

 しかしこれは、彼女の中では織り込み済みの、出来ればそうあってほしくない事態であった。

 

 チームフェリスの三人は絆が深い。

 そして、それぞれが比類なき優駿。革命世代と数えられてはいるが、じゃあ誰が世代の代表か、と言われたら、いの一番に名前が挙がるであろう最強の三人。

 そんな三人がライバル心を満載で、共にレースで走るなら……考えられる可能性が一つ、あった。

 

 お互いが、お互いを徹底マークして走る事。

 

 そうなると、逃げの二人は隣のもう一人の逃げと、後ろからくるフラッシュのみ気を付けていればいい。

 フラッシュは、逃げる二人だけを気を付けていればいい。

 その自分以外の二人に負けないようにだけ、走ればいい。

 

 何故なら、自分が負けるならば、その二人のうちどちらかなのだ。

 自分以外の二人に勝てたならば、それは一着と同義なのだ。

 3人がお互いにお互いの実力を分かっているからこそ、そんな作戦も取れる。

 

 いわば精神的なチーミングと言ったところだろうか。

 そして、実際にそれをされれば、極めて有効な手段になり得ただろう。

 何故なら注意を払う相手が二人で済むのだから。その二人のどちらかが一着を取るのだから、二人にだけ勝てばいい。

 省エネで最高効率の勝利への方程式は、その思考にあったはずだ。

 

 

(────で、そうだったら私が根っこからブッこ抜いて3人ともバ群に呑ませてやろうと思ってたのにさぁ!!全っ然そんなことないじゃんね!!ばっちり周り全員意識して走ってるじゃん!!無礼(なめ)てこなかったなぁ!!んもー!!)

 

 

 そして、そうはならなかった。

 三人とも、レースを走る他のウマ娘を一切無礼ることなく、油断ならないライバルとして向き合い、挑んできている。

 しっかり向き合っているからこそ、ネイチャの牽制も効果が出ている。ネイチャこそが最も厄介な曲者だと認識しているからこそ、そこに油断は無く、正面から受け止めていた。

 

 ナイスネイチャにとっては、勿論考えていたレース展開の一つだが、歓迎できる流れではない。

 三人による精神的共謀があれば、それこそナイスネイチャのやりやすい展開である。

 強いウマ娘を一人一人ひっくり返す手間よりも、三人まとめて一気にうっちゃるほうがはるかに楽だ。

 その作戦も事前に考えて来ていたし、もしそれが成せれば他のウマ娘も相当に動揺するだろうから、自分が一番勝利に近づけるのはその展開だったはずだ。

 

 だが、やはり楽はさせてくれない。

 牽制が通じてしまったことで、ナイスネイチャは己の策を改めて練り直す必要に駆られていた。

 

 

(つまりはまぁ、このあたしのへなちょこな末脚で、アイネスさんの乱気流からの世界最速の末脚と、ファルコンさんの速度落ちない超ハイペースと、フラッシュさんの閃光の超加速3ハロンと戦わなきゃいけないってわけですよ。地獄か?……地獄だったわ。地獄にしたの、あたしだったわー!!うっひょーアガるー!!やってらんねー!!!)

 

 

 絶望的な状況に陥りつつも、しかしナイスネイチャの表情に浮かぶのは笑顔であった。

 先程デアリングタクトがそう感じたように、そこには楽しむ心があった。

 ナイスネイチャは己の牽制技術を磨きに磨き上げ、至高のそれとして、その名刀をさらに切れ味を高めながら、この有マにだけ備えて今年一年を走っていた。

 重賞レースで切れ味を試すことはあり、そこにこれまでの彼女ならば似つかわしくないような自信を持っていたことも確かだった。

 そして、元来の弱気癖、湿度の高い皮肉癖は南坂トレーナーのメンタルケアにより鳴りを潜めて、その代わりに出てきたのがこの開き直りに近い笑顔だ。

 

 まず、そもそも周りのウマ娘は自分より速いんだから、無理ゲーからの開始。

 だったらまず楽しもう。

 楽しんでどうにもならなくなったら、それすらも楽しもう。

 

 自分の実力のなさを嘆いて、遅い脚を嘆いて沈むよりは、もう受け入れて、破れかぶれでもやれること全部やってやる。

 一人でも多く引きずり降ろして泥沼にぶち込んでやる。

 あたしと走ったレースを後悔しやがれこんちくしょー。

 

 そんな破滅的ともいえる思考を覚えたことで、むしろ、末脚に輝きが生まれてしまったのは皮肉と言うべきか。

 さらに、開き直ったことで周囲のウマ娘からも好感を覚えられるようになったのは、本人の人当たりの良さ故か。

 

 少なくとも言えることは、今のナイスネイチャはこの有マ記念を走るに相応しい、稀代なる優駿の一人であり。

 そんな彼女が生み出した混沌は、レースを走る全員に、負けてなるかと強い意志を生み出すきっかけとなっていたのだった。

 

 

 

 まもなくレースは中盤を迎えるところ。

 

 

 

 誇りと野心、夢と希望をミキサーにかけてブチまけた、ここは年末の有マ記念。

 

 

 

 今年もネイチャと夢の舞台(地獄)に付き合ってもらう。

 

 

 

 







余談


WBC凄かったですね。DWCも応援しよう!

https://world.jra-van.jp/race/dubai/2023/

明後日開催。
頑張れ日本!目指せ全勝!


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

192 その道程に後悔はなくて

 

 

 

 

 

『向こう正面を駆け抜けていくウマ娘達っ!!先頭は未だスマートファルコン!!二バ身ほど距離を空けてアイネスフウジン!!その後ろは混戦模様!ダイワスカーレットがアイネスフウジンに競りかけるか!今年の三冠ウマ娘ベイパートレイルは中団をキープ!!ナイスネイチャが息をひそめている!!エイシンフラッシュも徐々に位置取りを上げていった!!この向こう正面には坂があるぞっ!!』

 

 

 スマートファルコンが先頭を駆け抜けるその後ろで、アイネスフウジンがタイミングを見計らっていた。

 中盤戦に入って行く道中、あとは内回りのコースを一周半の道程になるが、しかしここ中盤戦はウマ娘達が様々な技術を用いて仕掛けあう道のりとなる。

 勿論、アイネスフウジンにとっても同様。彼女が最も得意とする牽制……道中で後続のスピードを奪う、向かい風を放ち後続からの攻めに対抗しなければならない。

 

(でも、この有マ記念は長距離……マイルや中距離のレースに比べると、道中の逆風は効果が強く出ないの)

 

 しかしアイネスフウジンは、己のその技術が長距離レースにおいては効果が薄まることを知っていた。天皇賞春で経験していた。

 逃げながら後続に余裕のある背中を見せつけることでペースを奪う……と無理矢理言葉に起こせばそんな技術なのだが、しかしこれはマイルや中距離と言った、スピードがモノを言うレースで最大の効果を果たすものだ。

 スピードイーター、荒ぶる旋風、そんな名前が付けられるべきその技術は、長距離レースのように道中のスタミナも計算しながら走らなければならない舞台においては、後続への精神的デバフが弱まる一面があった。

 

 だから、単純にそれを繰り出すわけにはいかず、もう一つ味付けが必要だった。

 

(……ヴィイちゃんは領域に入った、か。やっぱあれズルいの。でも、他の子たちは問題なく乗ってきてる、やれる……あたし達逃げの二人が気持ちよく走ってるだけじゃ、最終直線でまくられちゃうからね!!)

 

 アイネスフウジンが後続の位置取りを確認して、タイミングは来た、と察する。

 この先は上り坂。坂は、アイネスフウジンにとっては得意とする箇所だ。

 反対に、スマートファルコンはそれを得意としていない。ダートのレースは平坦なコースが多く、芝のレース場のように傾斜に富んではいないからだ。

 勿論、そこは立華の指導の下で、坂を上り下る技術はファルコンも鍛えられているので、苦手としているとまでは言い難いが。

 だが、確かに、この瞬間は、彼我の距離を詰められる瞬間であった。

 

(それじゃ、ファル子ちゃん……サービスなの!全力で、行っちゃってね!!)

 

 上り坂の直前で、アイネスフウジンが意識して位置取りを上げ、スマートファルコンの背後に接近する。

 この工程は、ファルコンの走りに更なる加速を与えるモノでもあり、それによって後続に動揺も生むものだ。

 メリットとデメリットがはっきりしているが、アイネスフウジンは後続への牽制を確かなものにする一工程として、メリットの方を選んだ。

 ダートの上ならばこんな手間は不要であったが、しかしここは芝の上である。

 

 

 諸兄らは覚えているだろうか。

 

 スマートファルコンが芝の上で領域を発動するための条件を。

 

 

「………だ、あっ!!!」

 

 

 

 ────────【キラキラ☆STARDOM】

 

 

 懐かしき、ドバイの夜景とそのセンターのステージに走る心象風景をスマートファルコンが見せて。

 

 芝の上で発動する、己の第二領域に突入していった。

 

 

 

(…うわ、懐っつ…!!阪神ジュベナイルじゃあれにやられたなぁ!!)

 

(久しぶりに見たわ…!そっか、芝の上だもんね……!!)

 

(アイネスさん……わざとファルコンさんの領域発動条件を満たしましたね。先頭との距離が開いて、後続が動揺するように仕掛けている…!!)

 

 

 そして、そんな懐かしい領域の突入を見て、見覚えのある三人、メジロライアン、ヴィクトールピスト、エイシンフラッシュが過去のレースを想い出す。

 ジュニア期の阪神ジュベナイルフィリーズと、皐月賞で見た領域だ。

 当時、芝の上を走る彼女が目覚めた領域。その後にベルモントステークスで魂に合致した真の第一領域【砂塵の王】に目覚め、その後はダートを走る上でそちらしか使っていなかった。

 【キラキラ☆STARDOM】は、芝の上でしか放てない領域だったからだ。

 そして人々は砂を走る隼の姿に魅了され、砂塵を巻き上げるその領域を見慣れていき、かつてのその領域は忘れられていったが……しかし、久しぶりの芝のレースで、懐かしいそれが繰り出された。

 

 スマートファルコンにとっては第二領域となるそれでも、効果は十分。

 減速するはずの坂道を、むしろ加速するように駆けあがっていく。

 後続との距離がさらに引き離されて、動揺を生む。

 

 そして、その動揺をこそアイネスフウジンは求めていた。

 

(これで後続に隙が生まれるっ!!速度を奪える!!もちろんファル子ちゃんも逃がさないけどねっ!!)

 

 逆風。荒ぶる旋風を超える、荒ぶる風神。

 風神の逆鱗が逆撫でされたかのような逆風が、アイネスフウジンから後方に放たれ、後続は速度を奪われて行く。

 同時に、じゃじゃウマ娘のように坂道を駆け上がり、スタミナの温存と加速を伴いスマートファルコンとの距離を再度詰めにかかる。

 スマートファルコンが領域で加速した直後は隙が生じる。そこを穿たぬほど、アイネスフウジンは甘いウマ娘ではない。

 

 ああ、だが、後続集団だって優駿しかいないのだ。

 簡単にその風にやられてしまうほど、この舞台は甘くない。

 

「もうそのタイミングは読めてましたよ、先輩っ!!一回見たんですからね!!」

 

 ダイワスカーレットは、その逆風が放たれる直前に、かつてジャパンカップで見せたように、キラーチューンと呼ばれる位置取りの妙を発揮して内ラチにぴたりと張り付くことで風の影響を極限まで削いだ。

 真正面からではなく、体の横を抜けるように風を受け流して、さらに位置取りを上げていく。もう逃げ集団と呼んでしかるべき位置取りまで持ち上げていた。

 

「日本ダービー……あの時はこれにやられたっ!!けど、今の私は違うっ!!!」

 

 続くヴィクトールピスト……ああ、このウマ娘こそ、説明は不要であろう。

 逆風の影響は、全く受けていなかった。

 当然だ。なぜならば彼女は勝利の名(ヴィクトワール)を冠するウマ娘。

 彼女が500m地点を過ぎた時点で突入した【勝利の山(サント・ヴィクトワール)】が全てのデバフを拒む。

 山の頂に佇む彼女を、霊峰が守る。

 

「ひゅうっ……これが噂の、アイネス先輩の逆風か!いい風、吹いてるじゃないですかっ!!」

 

 そして新鋭、ベイパートレイル。

 その名の通り、飛行機雲を描くように走る彼女は、ヤマニンゼファーほどではなくとも、風を好んで走っていた。

 ハンググライダーの趣味を持つ彼女にとって、向かい風は歓迎する物。

 飛行機が空を飛べるのは、向かい風があってこそ。

 姿勢を落とし、まるで帆船が風を帆に受けるように、その逆風に対抗し、速度を落とさずむしろ加速する。

 独特な形の流星を刻む彼女の髪が風に揺れ、逆風の中を生き生きとして駆け抜けていた。

 

 

 逃げ集団に続く先行集団の三人が、それぞれ独自の手法で風に対抗する。

 いや、それはその後ろの差し集団だってそうだ。

 

 筋肉で、力で風をぶち抜いていくメジロライアン。

 その後ろに位置取りし、筋肉の塊を風よけに使うナイスネイチャ。

 かつてマジェスティックプリンスの領域を切り裂いたように、内包する突破力で風を切り裂くウオッカ。

 姿勢を一度極限まで下げて、位置取り持ち上げの加速と風への抵抗を同時に行うエイシンフラッシュ。

 風に対してむしろ圧を仕掛け返すことで、速度を奪い返そうとさえする大胆な戦略(Daring=Tact)を見せるデアリングタクト。

 

 アイネスフウジンという存在が出てきたことで、彼女たちは常に風との勝負を強制されていた。

 風神の戯れに、付き合わなければならなかった。

 そんな経験が、これくらいの風でやられるものかとそれぞれの対抗策を準備していた。

 暴風との真の勝負は最終直線残り300m地点。

 それまでに、風でやられてたまるか。

 

(えっへっへ……楽しいー!!そうね、そうこなくっちゃなの!!)

 

 アイネスフウジンは振り返って背後のそんな光景を見て、むしろテンションをアゲていった。

 ここにマイルイルネルがいれば懐かしく感じたであろうその笑顔。かつて選抜レースで見せたような、振り返りざまのスマイルをひとつ零した。

 想像よりも切り抜けられたが、しかし当然にして、それぞれに影響がゼロというわけではない。

 巻き込めた範囲は十分。スピードも吸収し、コーナーに入って行く初速は得られている。求めた最高の結果に対して70%くらいの成果と言ったところか。

 十分。この、誇らしいほどのライバルたちがこの程度のそよ風でやられてしまうとはアイネスフウジンも思っていない。

 あくまでアイネスフウジンにとってはラスト300mからが真の勝負。

 それまでに……自分がやるべきことは、先頭の隼を落とすことだ。

 隼は風を切って飛ぶというが、それが芝の上でも為せるのかを試してやらなければならない。

 世界最強のダートウマ娘に全力で挑める機会など、中々ないのだから。

 ここから先は削り合いだ。求めるものはハイペースな消耗戦。

 

 

『向こう正面を抜けて二度目のコーナーに入って行く!!先頭はスマートファルコン!!内側に体を傾けるフェリスコーナリングで加速の勢いを殺さずに駆け抜けるっ!!しかし後続一バ身まで差が詰まっているぞアイネスフウジンっ!!彼女もまた飛び込むようにコーナーを攻めるっ!!その後続も最大速度で曲がっていくぞ!!距離は離さないっ!!幾筋もの流星がこの中山レース場を流れるっ!!流星群はここからどのような煌きを見せるのかっ!!残り1000mッ!!最後のコーナーに向かっていきますっ!!!』

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「スゥッ────────」

 

 

 深呼吸を一息ついて、スタミナの回復に努めるエイシンフラッシュ。

 長距離のレースにおいて、残り1000mを十全に走り切るには、ここでスタミナを使い果たしてはいられない。

 先程コーナーを曲がる際にもマエストロと呼ばれる呼吸の入れ方でスタミナの温存に務めている。

 無論、それはフラッシュだけではなく、走る全員がそれぞれ独自のスタミナの回復手段を取り入れている。

 普段は中距離以下のレースを主戦場とし、慣れぬ芝を走るスマートファルコンすらも、ツインターボやウオッカに倣った一息でスタミナを好転させる技術を用いて、スタミナを温存させていた。

 

 消耗の度合いは、冷静に把握できている。

 そして、だからこそ、最終コーナーに至る前に、やらなければならない。

 

 ここまで、後ろの位置取りから冷静に全体のレースを観察できていた。

 そして、観察したからこそ、はっきりと見えた、己のやるべきこと。

 

 位置を上げる。

 

(っ!?フラッシュ先輩、アガっていく……!?早いんじゃないかしら!?)

 

(行くのか…!!フラッシュ先輩、短い最終直線で位置取りが前じゃねぇとやべぇって判断か!?)

 

(あら~、ここで来るんだフラッシュさん。ま、あたしのやることは変わらないんだけどねぇ)

 

(っ……上げてくるか!!OK、乗ったァ!!末脚勝負と行こうよフラッシュちゃん!!)

 

 最終コーナーを待たずに位置取りを上げていったエイシンフラッシュに対し、差し集団のそれぞれが驚愕と共に感想を零す。

 エイシンフラッシュは、最終直線の末脚に全てを賭けるタイプだ。

 それは間違いなく適正な評価。これまでの彼女のレースの全てがそれを物語っている。

 だが、ここに来て彼女が早期に位置取りを上げていった。

 

 それを、デアリングタクトとウオッカは動揺と共に見送った。彼女の末脚は、溜め切って放つからこそ恐ろしい速度を生む。

 であれば、見慣れぬこの走りは、掛かりにも近い暴走ではないか。先頭の二人が想像以上に速く走るからこそ掛かってしまっているのではないか。そう判断した。

 であればここで不用意に彼女に合わせるべきではない。あくまで己のタイミングで上がり、己のタイミングで領域に突入する。

 

 そして、ナイスネイチャは彼女と何度も併走を行い、ドバイでも共に駆けたが故の判断を下した。

 これは彼女にとっては暴走ではない。恐らく、冷静な計算を元に位置を上げていっている。

 だが自分がやることは変わらない。去年と同じ、そして去年よりも随分と難易度が上がった其れをやるのみだ。

 二重領域発動(ダブルトリガー)を潰す。

 恐らくは最終コーナー道中か、コーナーを抜けたラスト310mで放たれるだろうそのタイミングを捉えて。八方睨みを突き刺す。

 そうしなければ己の勝機はない。そのタイミングだけを図っていた。

 

 最後に、メジロライアンが位置を上げてくるエイシンラッシュに連なる様に己も位置を上げていった。

 ライアンにとって、レース中のエイシンフラッシュは一言で表せば、勝利の代名詞。

 三冠レースで何度も味わった。彼女の走りが正しかったことを。

 今回のように早めに位置取りを上げる走りだって、自分は既に一度、菊花賞で見ている。

 あの時は己の領域が後方からしか放てないものだったため追いかけるのを躊躇ったが、今の自分は違う。

 【金剛大斧(ディアマンテ・アックス)】は、前目先行の位置からでも解き放てる。

 であれば勝負。己の圧が二重領域発動(ダブルトリガー)に通じるか、同じスタート位置から勝負だ、と。

 

 それぞれが己の意志で判断し、戦略を取った。

 エイシンフラッシュの真意。それは、どこにあったか。

 

 実を言えば、それは彼女自身にも詳細に説明することはできなかった。

 ただ、凱旋門賞で学んだことを実践しただけだった。

 

 自分は、深く考えれば考えるほどドツボにはまるタイプであるとようやく自覚した。

 だから、シンプルに、今のレース状況から察した思考に、己の全てを乗せる。

 深く考えるのはやめて、今の状況から出た答えに、追従する。

 それは、ウィンキスが普段の走りの中で行う【反射】に似た、直観の判断。

 

 

 勝つのは、アイネスさんかファルコンさん。

 

 あの二人が、想像以上に位置取りが良かった。

 

 だから、己が領域を放つタイミングを調整するための、位置取りを。

 

 先行の位置まで上げてから、()()()()()()()()に突入する。

 

 

 勝つために。

 

 

 

 私達の最高のレースを、愛するあの人に見せるために。

 

 

 

 

 

『最終コーナーが迫りますっ!!大きく位置取りを上げていくエイシンフラッシュとメジロライアン!!コーナーの前でこの位置取りは大丈夫か!?ドバイシーマクラシックをかけた二人が、あの時のような位置取り押上げを見せてコーナーに迫るっ!!未だ先頭はスマートファルコン!!芝の上でもこの隼の走りは全く翳り無しっ!!飛び込んだ────行った!!内ラチに顔を擦りつけそうなほどのコーナリングっ!!!アイネスも何とそれに続くっ!!!最短距離を、経済ルートと呼ぶには余りにも殺伐たるその道を行きますっ!!!続いてウマ娘達が次々とコーナーに入って行くっ!!さあ全体が上がってきた!!決着の時は近いっ!!!その目に焼き付けろ!!!残り600mッ!!!』

 

 

 

 最終コーナー300m、そしてそれを抜けた先の、最終直線310m。

 

 

 革命元年の有マ記念の、決着を決めるその道程を日本中が見届ける。

 

 

 夢の30秒。

 

 

 その時、日本は瞬きを忘れた。

 

 

 

 

 

 



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

193 閃光と隼と風神の駆ける夢

 

 

 

 

 

 俺は、溢れる涙を抑えられなかった。

 

 

「くっ………うっ、ぅ……っ!!」

 

 

 繰り返す側の俺にとっては最後となる、彼女たちの有マ記念。

 その走りに──────俺の求めていた、煌くような輝きに、目を奪われていた。

 

 俺が求めた、最高の走りを、彼女たちは見せてくれていた。

 

 

「いけっ……!!行け……!!」

 

 

 涙を拭いながら、想いを吐露するように俺は愛バ達に語り掛ける。

 

 俺は、何度も、何度も世界をループしてきた。

 その中で、走るウマ娘達の実力やレースの展開を読む力を、人並みながら経験として蓄えている。

 自分が担当するウマ娘ならばなおの事。

 どのウマ娘がどのように走り、その中で担当するウマ娘が実力を発揮すればどう走り、最高の位置取りを、加速をできるか─────それを、読む力がある。

 

 そして、これまでは…そう、特にクラシック期までは、それをウマ娘にレース前に教授していた。

 作戦立案、検討。これはトレーナーの大切な仕事で、俺もそれに手を抜くことはなかった。

 だが、シニア級になり、周りのウマ娘の実力もついてきて……特にこの世界線では、革命世代と呼ばれる強力なライバルたちが多数存在する中で、レースはその道中で目まぐるしく姿を変える。

 これに対抗するには、走るウマ娘がレース中に己で活路を切り開く判断力が、賢さが必要となる。

 

 俺はシニア級以降、レース前に俺の方からはっきりとこうするべきだという指示を愛バに教えることをしなくなった。

 それは決して彼女たちを蔑ろにしているというわけではなく─────彼女たち自身が、己の力で走り抜けられるように。

 戦術的な思考を、ひらめきを、最高の走りを、己の力だけでできるように。

 そのように指導の方針をシフトして、この一年を過ごしてきた。

 実戦を繰り返す中で磨き上げたレースの支配力。優位形成を成す走り。

 

 そして。

 今日、俺が見届ける彼女たちの走りは。

 

 

 ──────俺が求める最高の判断を、上回る走りだった。

 

 

「うっ……!!くっ、頑張れっ……行け!」

 

 

 先頭を走るスマートファルコンが、最終コーナーで内ラチに頭を擦りつけるように最短距離を征く。

 それに続くように、アイネスフウジンが砂の隼の背中にスリップストリームで張り付いて。

 そして、エイシンフラッシュはその二人に負けないために、速い段階から位置を上げていった。

 

 そうだ。

 それこそが最善手。いや、それすら上回る、3人の好判断。

 

 今、彼女たちは俺の限界を超え、俺の手から離れていった。

 

 それに無限の達成感と、無限の寂寥感を味わいながら。

 

 

 それでも。

 

 最後まで。

 

 最後まで、俺は見届ける。

 

 

「行けーーーーーっ!!フラッシューーーーーーーーッッ!!!」

 

 

 俺は、渾身の力を籠めて、愛バ達の名前を叫ぶ。

 

 彼女たちの駆ける夢を、見届けるために。

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「フラッシューーーーーーーーーッッ!!!」

 

 

 

 

 

 あの人の声が、はっきりと聞こえた。

 

 最終コーナーに飛び込もうとする、この瞬間。

 

 私は、それに、ふ、と微笑みを一つ零す。

 

 

「任せてください」

 

 

 わかっています。

 

 貴方が磨き上げてくれた、この私は。

 

 ここが勝負所なのだと、きちんと理解しています。

 

 

 見ていてください。

 

 貴方と共に歩めた私が、どれほど輝けるのかを。

 

 どうか、見届けて。

 

 

 

「────────征きます」

 

 

 

 想いを、言の葉に乗せて。

 

 

 最終コーナー突入、ゴールまで残り3ハロンのその地点で。

 

 

 

 ────────【Schwarze Schwert】×【Guten Appetit Mit Kirschblüten】

 

 

 

 私は、重ねた想いを脚に乗せる。

 

 

 閃光のように、煌めき駆ける。

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「っ!?はぁっ、ここなの!?」

 

「な、んだと…!!早い……嘘っ!?」

 

 

 エイシンフラッシュがコーナー突入の瞬間に二重領域発動(ダブルトリガー)を放ったことに、ナイスネイチャとメジロライアンは驚愕した。

 位置は先行集団のほぼ後方、かなり位置取りを押し上げて……しかし、まさかこの瞬間に領域に突入するとは思っていなかったからだ。

 タイミングを逃され、ナイスネイチャは己の第二領域の突入条件である「他のウマ娘の領域突入を阻害する」機会を一つ失った。

 しかし、メジロライアンは彼女のその判断が明らかな悪手であると咄嗟に考える。

 

 宝塚記念で、確かに見ているのだ。

 この二重領域発動(ダブルトリガー)は、莫大な初速から加速し続けるという絶大な効果により、直線で発動することが何よりも効果を高めることにつながる。

 コーナーを曲がっている最中では、遠心力が働きすぎてロスが生まれるのだ。

 宝塚記念の最終コーナー、大きく膨らんでしまい末脚を発揮しきれなかったエイシンフラッシュを知っている。

 その後の凱旋門賞で残り距離を不問で放てるようになっていた二重領域発動(ダブルトリガー)を知っているため、てっきり310mの最終直線から放たれるものかと思っていた。

 このタイミングでは、半円のコーナーを曲がる中で、間違いなく速度のロスが生じるはず。

 

 ──────なのだ、と。

 そこまで冷静にメジロライアンとナイスネイチャは考えて、そしてその思考を全否定した。

 

 在り得ない。

 やったのがエイシンフラッシュなのだ。

 これは間違いなく意味がある。

 

 そして、その意味を、一瞬後に二人は理解した。

 否、後続から見届ける差し集団も、追い抜かれ始める先行集団も、それを理解した。

 

 

 彼女は、コーナーを────()()()()駆け抜けていた。

 

 

「ウッソだろフラッシュ先輩…!?カッティングなんて眼じゃねぇ、そんな走りッ…!?」

 

「これがっ…これが、革命世代!!くっ、続け、私も続けぇっ!!!負けるな私ッ!!」

 

「こんなクロスステップ!?常識外れにもほどが…!!くっ、最終直線でまくってやるッ!!」

 

「これっ!!こう来るのがフラッシュ先輩なのよっ!!負けない、意地でもっ!!勝つのは私だッ!!」

 

「前二人の相手だけじゃない、ってわけよね!!圧が強い…!!」

 

 

 ウオッカ、デアリングタクト、ベイパートレイル、ヴィクトールピスト、ダイワスカーレットがそれぞれ所感を零した。

 驚愕と共に、その足音の異常さを、描く軌道の出鱈目さを心の底から畏怖した。

 

 ──────真似したら、脚が折れる。

 

 そう直感するほどの、エイシンフラッシュの走り。

 

 

 エイシンフラッシュは、コーナーに相対する際に……体を内側に傾けなかった。

 直進を。真っすぐに駆け抜けることを選択する。

 そうしてしまえば当然、外側に膨らんでいくことになる。コーナーを曲がることはできない。かつてのホープフルステークスのように、外ラチに突っ込むことになる。

 

 だが、そこでエイシンフラッシュは、己の二重領域発動(ダブルトリガー)による加速で放つことが出来る、クロスステップを刻む。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 それはサンデーサイレンスから学んだコーナリング技術とは真逆のモノ。

 円弧を描くように曲がるのではなく、あくまで直線を何本も引くことで、まるで多角形を描くように、加速しながらコーナーを駆け抜けた。

 その多角形コーナリングとも呼ばれる技術は、クロスステップを刻むたびに遠心力を加速に変え、速度を増していく。

 道中、先行集団を追い抜く為に時折、ドバイで見せたジグザグに描くクロスステップも混ぜて、まるでUFOの描く慣性を無視した軌跡のような、でたらめな軌道を描きながら、閃光が走り抜けていった。

 

 立華勝人が鍛え上げたエイシンフラッシュの豪脚は、どれほどのステップを刻もうとも折れることはない。

 レーンの魔術師を超えた、閃光のマギア。

 狂乱の軌跡を描き、まるで残像を描くかのようにコーナーを凄まじい速さで駆け上がる。

 

 

「くっ……!!なら、アタシもここからァ!!」

 

 

 そして、当然にしてそれに置いて行かれまいと、後続のウマ娘達も加速を重ねる。

 メジロライアンも、一拍子遅れて、しかしコーナーも力で練り曲がれる己の領域に突入しようとして。

 

 

「……ほいっとぉ!!」

 

「ん、がはッ!?………ネっ、イ、チャぁぁッ!!!」

 

「ごめんねぇライアン先輩っ!!アタシも一着、欲しくてさぁ!!」

 

 

 しかしナイスネイチャが、エイシンフラッシュに飛ばそうとした己の八方睨みの標的をメジロライアンに変えて叩きつけた。

 その貫通力はメジロライアンを動揺させるに十分な一撃で、これによりナイスネイチャも己の第二領域【Go☆Go☆for it!】に突入する。

 だが、メジロライアンも動揺はしたが潰されるほどではなく、【金剛大斧(ディアマンテ・アックス)】には突入せしめて、二人してエイシンフラッシュの背を追った。

 間に合うか。

 いや、間に合わせる。

 ゴールの瞬間まで、勝利を欠片でも諦めることは、在り得ない。

 

 私たちは、今、レースの真っ最中なのだから。

 

 

 

『最終コーナーッ!!先頭二人が最内を駆け────後ろから()()()()()()()()()がぶっ飛んできたーーーッッ!?!?何だあれはウマ娘の走りなのか!?交わす!!先行集団を交わしてッ!!無秩序な軌跡を描いて上がってきたぞエイシンフラッシュ!!!凱旋門賞ウマ娘がぶっ飛んでくるーーーーッ!!!コーナー出口はもう近い!!前二人との距離が縮まる縮まる!!縮まるッッ!!!閃光の猛追に隼と風神は耐えきれるか!?残り400ッッ────────』

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

「ファルコォォーーーーーーーーンッ!!!」

 

 

 

 

 

 あの人の声が、はっきりと聞こえた。

 

 最終コーナーを飛び出そうとする、この地点で。

 

 ベルモントステークスの時と同じ、このタイミングで。

 

 

「うん、わかってる」

 

 

 大丈夫。

 

 貴方の声で、いつだって私は、強くなれる。

 

 貴方のおかげで、私は、砂の頂点に立ち、そして芝も走れるようになれたから。

 

 

 その、奇跡の結晶の、私の走りを。

 

 貴方に、見せたい。

 

 

 

「見ててね」

 

 

 

 私は、この芝の上でも。

 

 貴方が走れるようにしてくれた、この舞台でも。

 

 羽搏(はばた)いて見せるから。

 

 

 

「────────いくよ」

 

 

 

 想いを、言の葉に乗せて。

 

 

 最終コーナー出口、ゴールまで残り2ハロンのその地点で。

 

 

 

 ────────【ゼロシフト=グラン・ドライヴ(大地疾走)

 

 

 

 私は、重ねた想いを脚に乗せる。

 

 

 隼のように、飛翔する。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『─────残り400ッッ……ここでスマートファルコンが加速ッッ!!!出たぞ砂の隼の真骨頂!!芝の上でもその加速は陰りませんっ!!ベルモントステークスの奇跡再びッ!!二番手アイネスフウジンとの距離を大きく離すっ!!後続からはエイシンフラッシュがいの一番に!!その後ろからも全員が加速するッ!!ラストスパートに入ったッ!!砂の隼を、スマートファルコンを捉えにかかるのはどのウマ娘かッ!!』

 

 

 スマートファルコンが、ダートのレースでこれまでも見せつけていた、最終400mを駆け抜けるゼロの領域に突入した。

 その加速は芝の上でも、砂の上と変わらぬ飛翔を見せて。

 逃げて差す────否、逃げて、逃げる。

 先頭を譲らない隼の本能が、その加速を成した。

 このレースに掛ける想いが、走りに陰りを生まなかった。

 砂の上の最強は、芝の上でも絶対的センターとして先頭を駆け抜けていた。

 

 強すぎる踏み込みで芝がえぐれ、その下の地面すら貫き、跳ね上げる。

 革命世代の始まりともいえる、ベルモントステークスの奇跡がこの有マ記念で再び起きた。

 絢爛たる走りで、最終直線に一番最初に飛び込んでいった。

 

 

「それよ……その走りっ!!芝の上で、捉えたかったッ!!皐月賞でも!!今度はフラッシュ先輩も越えてッ!!」

 

「抜けろォッ!!!やらせてたまるかァッ!!!」

 

 

 その走りを、ヴィクトールピストとメジロライアンがまぶしいものを見つめる眼差しで追いかける。

 同世代として、ダートの頂点で輝き続けていた同期。

 スマートファルコンの走りを、心から賞賛し、誇らしく思っていた。

 最高の同期として、いつも意識していた。

 

 ──────あれと()りたい。

 

 そう、いつだって想っていた。

 ジュニア期や、皐月賞の頃の、芝適性が完全ではない頃の其れではなく。

 ダートで魅せる王者の走りをする彼女と、走ってみたかった。

 そして、今、それが目の前に繰り広げられている。

 これでアガらなくては、革命世代ではない。

 

 

「逃がさないっ……有マ記念の最終直線は、譲りたくないっ!!!」

 

 

 ────────【()()()祈り、()()()夢】

 

 

 ヴィクトールピストもまた、己のゼロの領域に突入する。

 ドバイで目覚めたその世界に、魂と共鳴する領域へと意識を飛び込ませて。

 必勝の誓いを脚に籠めて、芝を蹴り上げて加速する。

 

 

「逃がすかァァァァッッ!!!」

 

 

 いや、メジロライアンもそれに追従するように加速する。

 倍ほどにも膨れ上がった彼女の筋肉が、沈む様な足音を生んで重戦車のように放たれる。

 その熱気に、周囲のウマ娘もまた高まる。最終直線に向かう全員が、次々と己の領域に突入していく。

 

 ここからは誰が最初に隼にたどり着くか。

 全員が、ラストスパートの為に加速し、1mでも前に出て先頭にいるスマートファルコンを、先に飛び出していったエイシンフラッシュを捉えるために、集まってくる。

 集まって、きていた。

 

 

 

『最終直線にまず飛び込んでいったのはスマートファルコンッ!!!後続も次々とアガってくる!!!二番手はアイネスフウジンだがエイシンフラッシュが差し切るか!!その後ろは最早団子状態!!全員がみるみる速度を上げて迫る!!隼に、閃光と風神に迫るッ!!!さあ勝負だ!!!中山の直線は短いぞ!!残り310mッッ─────』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

「アイネスゥーーーーーーーーーーーーッ!!!」

 

 

 

 

 

 あの人の声が、はっきりと聞こえた。

 

 最終直線に向かった、この地点で。

 

 私が、風神として目覚める、この距離で。

 

 

「任せて」

 

 

 ここからは、あたしの独壇場。

 

 私が走る理由を、貴方に想い出させてもらったから。

 

 私はもう迷わない。

 

 

「もう、大丈夫」

 

 

 貴方が私をずっと見守っていてくれたから。

 

 貴方がずっとそばにいてくれたから。

 

 私はどのレースでも、一陣の風となって見せる。

 

 貴方にとって、特別な私を。

 

 日本中に、世界中に……貴方に、見せつけてやる。

 

 

 

「────────目を離さないでね?」

 

 

 

 想いを、言の葉に乗せて。

 

 

 最終直線、ゴールまで残り300mのその地点で。

 

 

 

 ────────【零式・風神乱気流(ゴッドブレス=タービュランス)

 

 

 

 私は、重ねた想いを脚に乗せる。

 

 

 風神のように、吹き荒れる。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『─────残り310mッッ……ここでアイネスフウジンが粘る!!エイシンフラッシュとの距離を離しません!!いやっ、他のウマ娘も風神の壁を超えられないっ!!粘る!!粘りますアイネスフウジン!!スマートファルコンも距離を離せないっ!!!これが風神の真骨頂!!!さあ来るぞ!!来るぞ来るぞ!!!暴風警報待ったなしッ!!』

 

 

 暴風。

 アイネスフウジンのゼロの領域から放たれる乱気流が、密集した最終直線にて、その全てに放たれた。

 周囲の芝が舞い散るほどの気迫がまき散らされていた。

 

「くっ……!!相変らず重ッ……いや、これ、いつもより……ッ!?」

 

「ん、だぁッ…!?抜け、られねぇ!!天皇賞ン時よりも強い……!!」

 

 後続の優駿達の中で、その風の壁の変化を味わった者が二人。

 メジロライアンとウオッカが、これまでの暴風よりも更なる威力を持つその乱気流に驚きを隠せなかった。

 その他、これを初めて受けるウマ娘らの衝撃はそれこそ図れなかっただろう。

 全員ががくんと脚を削られる。

 

 しかし、その中でも影響を受けないウマ娘が一人。

 ヴィクトールピストが。

 特異な領域を持つ彼女だけが、ここで優位に立てる────────はずだった。

 

(────────ッッ!?!?)

 

 だが、ここで、ヴィクトールピストは余りにも衝撃を受けた。

 風に煽られたわけではない。

 暴風は無効化できている。できているのだが、しかし、その風に籠められた想いが。

 アイネスフウジンの意志が、ヴィクトールピストの脚に、とうとう影響を与えた。

 霊峰の頂に、風が及んだ。

 

 まるでアイネスフウジンの意志が、()()()()()()と言っているような、そんな気さえして。

 

 

(………っ!?)

 

(っ、これ……!?)

 

(何……()?)

 

(いや、違う…!)

 

(温かい、これは……)

 

 

 暴風を受けながら走る先……ウマ娘達は、それを、頬に受けた。

 それは、水滴。

 雨かとも勘違いしたが、それはあり得ない。天気は快晴、師走の空の澄んだ青空が広がっている。

 そして、その水滴は、熱を持っていた。

 

 

(………()……?)

 

 

 ヴィクトールピストが、その水滴の正体を察する。

 

 

 前を走る、3人が。

 

 チームフェリスの3人が。

 

 

 涙を零しながら、駆け抜けていた。

 

 

 

 閃光は、顎を芝に擦りつけるほど姿勢を低く、風の影響を削いで。

 

 隼は、風を切る様に飛翔を続けて。

 

 風神は、風を吸収し、蓄えた速度を放たんと足に力を籠めて。

 

 

 

 ────────涙のラスト1ハロン。

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『残り200mッ!!!……来たっ!!アイネスが来たっ!!!この2500mの有マ記念でまさかの末脚ッ!!!これは速いっ!!!前を走るエイシンフラッシュに並ぶか!!エイシンフラッシュも譲らない!!日本ダービーの逆転のようなッ!!そしてその先逃げるスマートファルコンに二人が走る!!皐月賞の時のように、後ろから閃光が!!風神がッ!!隼に迫っていく!!!』

 

 

 アイネスフウジンが、残り200m地点から、想いで加速して。

 

 エイシンフラッシュが、その加速に負けぬようにと、さらに速度を上乗せし。

 

 スマートファルコンが、そんな二人から逃げ切るために、姿勢を落とし。

 

 

 チームフェリスの3人が、涙を零しながら、ゴールに向かい駆け抜ける。

 

 

 

 ゴールまで、残り100m。

 

 3人が完全に横並びになった。

 

 

 その瞬間を、立華勝人は見届ける。

 

 己の愛バが、ゴールを駆け抜けるその瞬間まで、絶対に目を離さない。

 

 

 ゴール板が迫っていく。

 

 彼らの物語の、終わりが。

 

 すぐそこまで迫って。

 

 

 

 それでも、だからこそ。

 

 

 

 

「フラッシューーーーーーー!!!」

 

 

 

 その声に、エイシンフラッシュが微笑んだ。

 

 

 

「ファルコンーーーーーーー!!!」

 

 

 

 その声に、スマートファルコンが微笑んだ。

 

 

 

「アイネスーーーーーーーー!!!」

 

 

 

 その声に、アイネスフウジンが微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 閃光と、隼と、風神の駆ける夢の終わりを。

 

 

 

 立華勝人は、見届けた。

 

 

 

 

 

『デッドヒートォォォオ!!残り100ッ、やはり最後はこの3人か!!チームフェリスの3人かッッ!!!スマートファルコンが粘る!!!再度伸びるっ!!それをアイネスフウジンが許さないっ!!!根性で粘るッ!!!エイシンフラッシュが追いすがる!!!加速っ!!!もう誰が勝つか分からないっ!!!』

 

 

 

『決着が迫る!!!有マ記念の、今年一年の、彼女たちの伝説の決着が!!!』

 

 

 

 

 

『夢の舞台の、夢の物語の終わりが!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『いまッ──────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  








次回、最終話。






 


目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

最終話 別離の先/出会えたキセキ

 

 

 

 

 

「……いっぱい、走ってくれたな……」

 

 

 1月の初旬。

 俺はチームハウスの愛用の椅子に腰かけ、膝の上のオニャンコポンの毛づくろいをしながら、棚に並べられたそれを見て思わず微笑みを零す。

 ここに並んだものが、俺達がみんなで走った軌跡の証明なのだ。

 

 それは、数多のトロフィー。

 愛バ達みんながそれぞれ勝ち取ったトロフィーを並べる棚を、チームハウスに設置していた。

 

 左上、一番昔のGⅠトロフィーから目を向けていく。

 

 

 阪神ジュベナイルフィリーズ。

 朝日杯フューチュリティステークス。…これは2つだ。キタも取ったからな。

 桜花賞。

 皐月賞。

 日本ダービー。

 ベルモントステークス。

 菊花賞。

 JBCレディスクラシック。

 ジャパンカップ。

 チャンピオンズカップ。

 東京大賞典。

 ドバイアルクオーツスプリント。

 ドバイシーマクラシック。

 ドバイワールドカップ。

 天皇賞春。

 帝王賞。

 凱旋門賞。

 天皇賞秋。

 JBCスプリント。

 ────────そして、有マ記念。

 

 

 輝かしい栄光の数々。

 そのほかにも、GⅢ、GⅡで勝ち取った勝利トロフィーも多数並んでいる。

 特別枠に、オニャンコポンが獲得したトレーナーズカップ一着のトロフィーだって置いてある。

 1戦1勝、無敗の帝王オニャンコポン。なんて立派な成績なんだ。

 

「………ふぅ………」

 

 数えきれないほどの勝利を、彼女たちはこの3年で俺に見せてくれた。

 その思い出を、ここ最近はよく振り返る様になっていた。

 

 

 ──────多分、もうすぐだ。

 

 

 俺の中にある時の砂は尽きて、最後の舞台の幕も閉じた。

 これまでの全てを尊く思い、その道のりに一切の後悔はない。

 彼女たち3人の夢を駆ける姿を見届けて……俺は、もう間もなく、行くのだろう。

 

 だから、少しだけ、郷愁が俺の胸の内にある。

 どの世界線でも生まれていた、寂しさが。

 

 

「……トレーナーさん、お待たせしました」

 

「今日のカフェテリア、混んでたねー☆ちょっと並ぶのに時間かかっちゃった!」

 

「なの。新年フェアがやってたからかな?でもお雑煮美味しかったのー」

 

「お雑煮は栄養も取れて腹にもたまるしいいよなァ。モチが伸びて食べづれェのだけが難点だが」

 

「おモチはそれが良いんですよ、サンデートレーナー!さて、今日はまず買い出しでしたよね?」

 

 

 そんなとき、昼食をとり終えたチームのメンバーがチームハウスに入ってきた。

 みんなで新年フェアで出ていたお雑煮を食べて来たらしい。

 そして、キタの言う通り、今日はまずみんなで練習備品やチーム備品の買い出しに行く予定だった。

 今日は天気もいい。まだ有マ記念から間が空いていないこともあり、新年の休み明けの脚をほぐす意味でもみんなで散歩がてら買い出しに行く、と予定を立てていたのだ。

 

 

「ああ、それじゃ行こうか」

 

 

 俺はコートを羽織り、去年のバレンタインでアイネスにプレゼントしてもらったマフラーを巻いて、肩にオニャンコポンを乗せて、みんなと一緒にチームハウスを出る。

 最後にもう一度だけ、3年間という時間の大半を過ごしたチームハウスの中を見渡して。

 名残惜しさを微笑みに溶かして、しっかりと戸締りをした。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

「そういえば、初咲トレーナーがとうとうチームを受け持つことになったと聞きました」

 

「あ、クラスで話題になってたね。二人のウマ娘がもう逆スカウト投げてるって噂☆」

 

「へぇ?チームの話は初咲さんから聞いて知ってたけど、逆スカウトまで来てるとは初耳だったな。誰なんだい?」

 

「えーっと……確か中等部二年のメロディールーンちゃんと、中等部三年のソダスィーちゃんかな?」

 

「おー、あの二人かァ……ルーンのほうは長距離イケそうな脚だったな。んでソダスィーはありゃ走れるぞォ。ウサキ次第だな、二人とも」

 

「結構生徒のファン多いですからね、初咲トレーナー。身近なお兄さんって感じで」

 

 

 他愛ない、いつも通りの会話を交わしながら、俺たちは土手を歩いていく。

 いつも通りに川が流れ、河川敷は枯芝が広がり、橋桁も見えてくる。

 あそこで俺とスマートファルコンは出会い、そしてオニャンコポンとも出会ったのだ。

 2月の中旬の頃だったか。懐かしい想い出である。

 

 先の話題に戻るが、初咲トレーナーがウララと歩んだ3年間を評価され、チームを作ってチームトレーナーとしてやっていかないか、学園から打診を受けていることを俺は知っていた。

 既に二人も有能なウマ娘から声を掛けられていたとは知らなかったが、彼ならばきっといいチームを作れるだろう。ウララがいるしな。ウララがいれば悪い雰囲気にはならないだろう。

 

 勿論、俺たちチームだってそれには負けていられない。いや、どのチームだってそうだ。

 ウチのチームは、今年の選抜でまず一人と、来年に新入生で入ってくるジーフォーリア、シャフラヤール、タイトルホールドの3人を青田買いする予定だ。確実とは行かないが期待できるだろう。

 他のチームだって、スピカにはクロナジェネシスが新たに入部するって噂だし、カサマツでは現在、グランアレグリラに猛アタックをかけている。

 レグルスではシュネルユースターが芝ウマ娘、カフェキングがダートウマ娘として加入したし、黒沼先輩のベネトナシュではドゥーデュースとアスクビスターモアが新鋭として来年からジュニア戦線に挑んでくる。

 カノープスにはターボに憧れてパンパラッサが加入したと聞いたし、去年入ったディープポンドも順調に育ってきている。リギルではアーモンドアイズもブラックシップもその才覚を研ぎ澄まして今年のジュニア期から暴れてくるだろう。

 

 俺達チームフェリスに負けるまいと、どのチームも新しい時代を、世代を育て始めているのだ。

 今年からまた忙しくなるし、それ以上に楽しくなるだろう。

 

 閑話休題。

 

 

 

 冬の日差しを中を、俺の愛バの3人が前に、その後ろに俺、さらに後ろをSSとキタが並ぶ形で歩いていく。

 いつも通りの、何気ない日常。

 

 そして、いつだって、()()が来るのはそんな時だ。

 

 

 

 

 ────────不意に、視界がぼやけた。

 

 

 

 

 眩暈かな、と思ったが、これは違う。既に、何度も経験している。

 そして、その度に俺は、俺の体から意識が抜け出していくのを経験していた─────の、だが。

 

 

 一瞬の、それの後に。

 

 

「………そうか。俺は、()()()か」

 

 

 俺は、そのまま、そこにいた。

 愛バ達3人と、SSと、キタと共に、そこに立っていた。

 

 歩みを止めて、虚空に振り返る。

 そこに広がる青空に、何かが見えているわけではない。

 

 だが、それでも、感じられた。

 分かたれた方の俺が、こちらを見ているのを。

 この世界の事を()に託し、次の世界線に飛んでいく()を感じとれた。

 

 そして、それはどうやらSSにも感じ取れたようだ。

 振り返る先、彼女も虚空を見つめている。そこにきっと、もう一人の俺がいるのだろう。

 

 あと、何故かオニャンコポンもじっと、睨みつけるように、強い眼差しで空を見ていた。

 猫も霊を感じ取れるって言うしな。何かしら感じ入るものが在ったのかもしれん。

 

 

「………トレーナーさん?どうしました?」

 

「…………あ、まさか?」

 

「………行った、の?」

 

 

 急に立ち止まった俺の様子を訝しみ、愛バ達が声をかけてくる。

 そして、俺の様子から、呟きから察したのだろう。

 俺が、分かたれて行ったことを。

 

「……ああ。どうやら、今行ったらしい。何となくだが、感じた……」

 

 俺は3人の言葉に、素直に答えた。

 彼女たちは俺の秘密も知っている。答えることに何の心配も………あ、いや、ここにはキタがいた。

 やっべ。分かたれた咄嗟の事で零しちまった。

 慌てて振り返るも……しかし、そこにいるキタは、特段驚いているような様子も、訝しんでいる様子もなかった。

 

「……あー、言ってなかったけどよ。キタのヤツ、タチバナとお前らの雰囲気から察してたぜ。アタシには相談してくれてて、態度に出さねーようにしてたけどよ」

 

「私が知ってることを皆さんに伝える必要はないかな、って思ってたんですけれどね。私の事は気にしなくて大丈夫ですよ、サンデートレーナー以外には言ってませんし……立華トレーナーは、立華トレーナーですから」

 

「そ、う……だったか。すまんな、気を遣わせちまったな」

 

 しかし何と驚いたことに、キタは自分で俺の存在に気付いていたようだ。

 ……まぁでも、ことも無しか。俺たちと一番密接にかかわっているウマ娘はキタだ。隠すにも距離が近すぎたのかもしれない。俺の方から伝えておくべきだったか。

 だが、俺の正体が分かったうえでも、俺は俺だから、と言ってくれたキタには感謝しかなかった。

 

 

 さて、これで俺の懸念はなくなった。

 これからの俺はもう、この世界で生きる立華勝人なのだ。

 チームフェリスのトレーナーとして、フラッシュと、ファルコンと、アイネスと、SSと、キタと。

 そして、これから新しくチームに加入するウマ娘達と。

 オニャンコポンとも、共に。

 この世界を歩み出す、俺なのだ。

 

 色んな意味で生まれ変わったような、そんな清々しい気分でいると、なぜか前にいる愛バ三人がひそひそと話し合っていた。

 小声なので、俺の耳には何を話しているのかは聞こえてこなかったが、なにやら尻尾を見る限り掛かり気味のようだ。いかんな。

 

 

「……とうとう来ましたね、この時が……」

 

「うん……このタイミングを逃さないようにしないとね☆」

 

「ここからは恋のダービー開催なの……それじゃ、事前の打ち合わせ通りに……」

 

 

 なんだか急に寒気がしてきたな。

 冬だからな。寒風が吹くこともあるだろう。河川敷だし川の方から冷たい風が吹き込んできたのかもな。

 

 

「……いいんですか、サンデートレーナー?先手を打たれちゃいますよ?」

 

「いいんだよ……アタシにはアタシのペースってもんがあるんだ。余計なお世話だぞキタ」

 

「またそんなこと言ってー。駄目ですよ、想いはしっかり伝えないと。サンデートレーナー、こういうの奥手なんだから」

 

「お前、最近図太くなってきたな……」

 

 

 後ろでも何やらひそひそ喋る声が聞こえてくるな。

 なんだろう。俺が分かたれて、ここに残ったことで、彼女たちに変化が生まれるような何かがあっただろうか?

 

 ……ああ、いや、あるか。

 ここにいる俺は、間違いなく、これからずっと、歳を取って死ぬまで、この世界にいる俺なのだ。

 であれば、それに対して感じ入る所も一つや二つはあるか。

 

 もしかすれば改めてよろしく、といった挨拶を頂けるのかもしれない。

 それはむしろありがたいことだ。

 俺の方から言うべきだったな、そういうことは。

 

 そして、愛バたち三人が談合を終えて、俺の方に向き直った。

 俺はそれを正面から受け止めて、真っすぐに彼女たちの瞳を見る。

 改めて、これからずっと付き合っていくであろう、彼女たちの顔を見た。

 みんな、可愛い俺の愛バだ。もうずっと、君達とは離れない。

 

 

「……()()()()。ここで、改めて私達から申し上げたいことがあります」

 

「世界を繰り返す側の勝人さんにはこの前の有マ記念で、雄弁に伝えたからね。この世界で一緒に歩んでくれる貴方に」

 

「あたしたちの想い……聞いてくれる?」

 

 

 彼女たちからの話は、やはりというべきか、改めてこれから歩んでいく俺への挨拶なのだろうと察された。

 勿論、俺にそれを聞かない選択肢はない。

 真摯に、彼女たちの想いを受け止めなければ。

 

 

「ああ、勿論。俺の愛バである君達からの言葉なら、俺はしっかりと受け止めるよ」

 

 

「ふふっ、ありがとうございます。では、良く聞いてくださいね?」

 

「はっきりと言わないと、勝人さんは分かってくれないからね☆」

 

「冗談でも何でもない、本気の想いだからね?それじゃあ─────」

 

 

 なんか雰囲気が、ただの挨拶とは違うような気がしてきたな?

 いや、だがやはり俺にそれを受け止めない選択肢はない。俺は彼女たちのトレーナーなのだ。

 トレーナーとして責任を取ると何度もこれまで言ってきた通り、君達が走り遂げるまでずっと傍にいてやれるのだから。

 

 そして、三人は眼を見合わせ、頷いて。

 想いを、俺に、まっすぐぶつけてきた。

 

 

 

 

「「「私たちは、貴方の事を──────────」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

────────────────────────

 

 

 

 

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアアアッッ!!!!

 

 

 目を開く。

 

 視界が開けたそこは────────レース場だった。

 そして、大歓声が俺の背にぶつけられ、目の前には芝のコースを全力で走るウマ娘達がいた。

 

 つい先ほど、俺は前の世界線、チームフェリスを結成したそこから意識が分かたれて……再び、3年前に戻ってきた。

 この、新しい世界線にたどり着いた。

 

 だが、今回はどうやらハードモードでのスタートらしい。

 寮の自室のベッドの上で起きるのではなく、レース場に俺はいて。

 そして、訳の分からぬ熱狂が、俺を襲って。

 

 そんな光景に、若干の動揺を覚えていた、そんな時だ。

 

 

「────ほらっ!!何ボサっとしていますの、立華サブトレーナー!?」

 

「ぐへっ!!」

 

 

 聞き慣れた声と共に、俺の背中にバン!と気合を入れる平手打ちが見舞われた。

 この声、この口調、間違いない。

 振り返れば、()()()()()()()()()がそこにいて。

 

 

「私達、()()()()()()()の大先輩のラストランなのですよ!?もっと声を張り上げて、全力で応援なさってください!!がんばってーー!!!負けないでくださいましーーーーっ!!!」

 

「あ、ああ!!……いけーっ!!!頑張れーっ!!!!」

 

 

 促されるままに、俺はまず、とにかく声援を送った。

 何だ?俺はこの世界線では、既にチームに加入していたのか?

 先程マックイーンが述べた、チームシリウス、という名前に心当たりはない。恐らくはこの世界線で生まれた独自のチームなのだと思うが……俺の中に知識がない。

 サブトレーナーだと言われたが、誰が主管トレーナーで、誰がチームのウマ娘で今ラストランをしているのか、さっぱりわからないのだ。

 ハードモードにもほどがある。マックイーンからそれとなく聞き出しながら応援を────

 

 

 ──────いや。

 

 ()()()()

 

 

 急に俺の頭に、世界線が分かたれた俺より前の記憶が生まれた、とかそういう話ではない。

 相変らずチームシリウスは正体不明のチームで、主管トレーナーは誰だか分からない。

 

 けれど、俺は理解した。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ここは、コースの作りから中山レース場だと判断。

 そして、この大盛況は、GⅠレースで間違いない。

 気温と空の色、太陽の角度から、今は12月の後半。

 

 ()()()()だ。

 

 俺が見間違えるはずもない。

 何度、この舞台に俺が挑んだか、最早数えきれないほどだ。

 

 そして、今最終コーナーを回ってくるウマ娘の中に、彼女の姿があったから。

 俺は、それに確信を落とした。

 

 

 ()()()()()()()

 

 彼女のラストランが、行われているのだ。

 

 

 マックイーンが隣で絶叫するように応援する名前が、それと一致する。

 ああ、ならば─────確信が出来る。

 勝つのは、彼女だ。

 

 

 

 俺は、何度も世界を繰り返している。

 その度にウマ娘達の出走レースや引退時期は変わり、勝敗も変わる。

 ルドルフが三冠を取れなかった世界線もあれば、ウララが有マ記念を制覇する世界線だってあった。

 

 だが、唯一。

 ただ一つだけ。

 

 絶対に勝敗が変わらないレースというものが、ある。

 

 

 

 オグリキャップ、ラストラン。

 

 

 ────神はいる。そう思った────

 

 

 

『200を切った!!オグリキャップ先頭!!オグリキャップ先頭!!オグリキャップ先頭ッッ!!!そして、そしてライアン来たッ!!ライアン来た!!ライアン来たッ!!!しかしオグリ先頭ッ!!!オグリ先頭!!!ライアン来たッッ!!!ライアン来たッッ!!オグリ先頭ッッッ!!!──────オグリ1着ッ!!オグリ1着ッッ!!!オグリ1着ッッ!!!オグリ1着ッッ!!!!右手を挙げたオグリキャップ!!!オグリ1着!!オグリ1着!!見事にっ、引退レース!引退の花道を飾りましたぁっ!!!スーパーウマ娘です!!!オグリキャップです!!!』

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 そして、有マ記念からおよそ1ヶ月半が経った。

 

 俺はチームシリウスに割り当てられている空き教室に、マックイーンと二人きりでそこにいた。

 

 

「…ところで、トレーナー。わたくしのメイクデビューは何月ごろにしますの?」

 

「…………」

 

「……立華トレーナー!ちゃんと聞いていますの!?」

 

「おぅっ!?……あ、悪い。ぼーっとしてた……ああ、なんだっけ?」

 

「もうっ!!メイクデビューの事ですわ!わたくししか今はこのチームにいないのですから、しっかりなさってくださいまし!!」

 

「ごめん……そうだな、それじゃあ3つくらい時期の候補とその理由を挙げるから、選んでくれ」

 

 

 あのオグリキャップのラストランを終えた後、オグリとその主管トレーナーでありチームのメイントレーナーでもあった先輩は二人して引退し、チームを去った。

 俺は急いでチームの状況や、これまでやったことなどを資料から読み取り、何とか引き継ぎは終えて。

 しかし、オグリがいなくなったことで、この世界線ではまだ何の実績も挙げていない俺についてきてくれるウマ娘は少なく、一人、また一人と移籍届を出していき。

 俺はそれを説得する術もなく─────いつのまにか、マックイーンしかチームには残らなかった。

 

 

「まったく……12月にオグリさんと元トレーナーがいなくなってから、妙に仕事の効率は良くなったくせに、どこかぼんやりするようになってしまって。本当に体調とかは大丈夫ですの?」

 

「ん、心配かけちまって済まないな。ちょっと…まぁ、チームメンバーがごっそりいなくなっちゃったから、色々思う所があってさ……」

 

「それはわたくしも同じですわ。だからこそ、わたくし達でこのチームを再び栄えさせようと、以前に誓ったではありませんか」

 

「そうだな、すまない。俺ももっと、しっかりしないとな」

 

「貴方だけではありません。わたくしにも頼ってください。もう、一心同体で前に進んでいくしかないのですから……」

 

 

 マックイーンの窘める言葉に、俺は頷くしかない。

 

 ……実際に、ここ最近の俺はひどいものだった。

 仕事は勿論ループ系トレーナーとして覚えているので問題なく出来たし、チームの運営要綱なども前の世界線でバッチリ覚えていたので、仕事でポカをやった、というわけではない。

 だが……余りにも、トレーナー業に関しての集中が削がれてしまっていた。

 自覚もしている。俺の事を心配してくれているマックイーンにも、申し訳なく思っている。

 しかし、この傷跡は、中々カサブタが出来そうにない。

 

 

 ─────肩が、軽すぎる。

 

 

 前の世界線が、濃すぎた。

 それは間違いなくそうだ。それ以前だって濃い経験を積んでいたし、それぞれの世界線を蔑ろにする想いは一切ない。

 だが、この前の世界は、担当するウマ娘が3倍に増えたことで、想いも3倍深くなっていた。

 

 この世界線でも、エイシンフラッシュ、スマートファルコン、アイネスフウジンは存在する。

 フラッシュとファルコンはまだ未デビューのウマ娘で、アイネスは去年の日本ダービーで一着を取った後に、脚に怪我をして療養中。

 勿論、俺の事なんか覚えているはずもない。この世界線で、彼女たちが彼女たちらしく、歩めていればそれでいい。

 そこに寂しさはゼロではないが─────それは、なんとかこの1ヶ月で慣れた。

 廊下ですれ違っても挨拶だけを交わす関係には、ようやく慣れた。

 これまでの世界線もあった、愛バ達との別れ。それに慣れることはできた。

 

 だが、SSはこの世界線での詳細は分からなかった。

 アメリカの年度代表ウマ娘と最優秀クラシックウマ娘の二冠を一昨年に受賞していたのは確認したが、去年に引退し、その後どうなったかはどこにも情報がない。

 キタサンブラックはまだ入学していなかった。いつかは出会えると思うが、しばらく先になりそうな予感がする。これまでの世界線でもそういうことはあった。

 

 そして────────オニャンコポンは、いなかった。

 俺の、前の世界線で初めて出会った、家族ともいえる愛するペットは、この世界線にはいなくて。

 引越しした一軒家のどこを探しても、あいつがいないことを意識してしまって。

 俺はその寂しさに、未だに慣れないでいた。

 

 これまでの、1000年の孤独を解してくれた、誰よりも共にする時間が長かった家族を失ったことで。

 俺自身、ここまで感情を揺さぶられることになるとは思っていなかった。

 ペットロスとはこのようなものなのだろうか。

 日常の合間に、ふと、アイツの事を思い出してしまうのだ。

 ベッドの中に。リビングのこたつに。風呂場の手桶に。肩の上に。ふと、アイツを想い出す。

 

 だが、じゃあまた新しい猫でも飼うか……とは、まったく思えなかった。

 オニャンコポンは特別な猫だ。俺の肩に乗って、学園に来ても大人しく、言うことも良く聞いてくれた賢い猫。

 あれと同じような猫が、理事長の頭の上のあの子以外にいるとは思えない。

 きっと、比べてしまう。それはどちらの猫にとっても失礼なことだろうから。

 

 

「……立華トレーナー、またため息をついて肩のあたりを触っていますわ。最近出てきたその癖……肩でも凝ってますの?」

 

「あ、いや、別に凝ってるわけじゃないんだけどな?」

 

「では、あまり頻繁にやらないほうがよろしいですわ。歯に衣着せず言えば、おっさんくさいですわよ、その動き」

 

「マジ?……気を付けるよ」

 

 

 俺はまたしても無意識に、肩の軽さを意識して手が伸びてしまっていたようだ。

 マックイーンに咎められて肩から手を離す。

 いつもはここにオニャンコポンがいて、そのふわふわな頭を撫でて………いや、いや、駄目だ。

 これは未練だ。

 いつか、俺が、想い出に昇華していかなければならないものなのだ。

 慣れなければならない────慣れなければ。

 そして、マックイーンともしっかりと向き合い、彼女の想いに応えなければ。

 

 

「では、今日も体幹トレーニングですわね。効果が出てきたのがタイムに現れてきましたので、今後もしっかりと取り組ませていただきますわ」

 

「ああ、頑張ろう。まずは体幹を磨いて、強い脚を作っていこう」

 

 

 俺は意識して思考を切り替えて、今日のトレーニングに入った。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 そして、練習も終えてマックイーンとも別れた帰り道。

 夕暮れの河川敷を、俺は歩いていた。

 空を見上げながら─────そう言えば、この時期だったな、と思い出す。

 

「あの時……ファルコンの歌声に導かれて、出会ったんだよな」

 

 視線を向ける河川敷のほう。

 高架下には、あの時にいたスマートファルコンの姿は、当然ながらなかった。

 毎日彼女も歌っているわけではない。冬だし、野外ライブの回数も多くはないだろう。

 誰もいない、そんな河川敷に、俺はふと足を向けた。

 

 ……未練だ。

 この世界線は前の世界線とは違う。

 わかっている。

 わかっているから、その未練と真っすぐに向き合うことにした。

 

 もう、オニャンコポンはいないという事実に、向き合う。

 

 流石に三年以上前の、咄嗟の出来事である。

 どのあたりにあの時オニャンコポンが捨てられていたか、想い出せるはずもない。

 ただ、ファルコンがいつも歌っている、この高架下の近くであろう、という所までは察せた。

 

 俺は、そこにたどり着く。

 いつもファルコンが歌っている橋の下。誰もいない、隠れたところ。

 

 勿論、そこにオニャンコポンがいるはずもない。

 

 

「……わかってる」

 

 

 想いを、想い出にしなければならない。

 俺は、これからも、ウマ娘達と共に歩み続けていくのだから。

 だから、これで最後だ。

 

 彼女の名前を叫ぶのは、これが、最後だ。

 

 別れを、告げよう。

 

 

 

 

「───オニャンコポーーーーーーンッッ!!!!」

 

 

 

 

 誰もいない川に向けて、俺は、力の限りその名を叫んだ。

 

 コンクリートの橋桁に俺の声が反響し、奮えるような空気の響きを生む。

 

 

 そうして俺は、息継ぎをする。

 

 名を叫び、そして、これまでありがとうの想いと、さようならの想いを言の葉に乗せて叫ぶために、息を吸って────────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────ニャー!

 

 

 

 

 

 

 

 ……こえが、きこえた。

 

 

 

 俺の、よく知る、あいつの鳴き声が。

 

 

 

「────ッッ!?!?」

 

 

 

 そんな。

 

 まさか。

 

 幻聴だ─────絶対に、幻聴だ。

 

 

 今は世界線が違うのだ。

 ここに、あいつがいるはずがない。

 いや、近くに野良猫がいたとしても────その名前で、返事が返ってくるはずも、ない。

 この世界線で、この名前は、俺しか知らないはずなのだ。

 

 

 

 

 

 

 ────────ニャー!ニャー!!ニャーーーー!!!!

 

 

 

 

 

 

 それ、なのに。

 

 その声は、途切れなく、だんだん大きくなって。

 

 

 

 

「…………オニャンコ、ポン………?」

 

 

 

 

 在り得ない。

 

 俺は、夢を見ているんだ。

 

 もしくは、本当に頭がおかしくなっちまったのか。

 

 余りの寂しさに……狂ってしまったとしか思えない。

 

 

 

 

 

 それでも、脚は勝手に鳴き声のする方へと向かっていって。

 

 

 歩みは、すぐに走りになって。

 

 

 草むらをかき分けるように、俺はあいつの名前を叫んで。

 

 

 

「オニャンコポン……!オニャンコポン!!どこだ、どこにっ……!!」

 

 

 

 ────────ニャー!!ニャー!!ニャー!!

 

 

 お互いの声が近づく。

 

 そして、枯れたススキをかき分けた先に───それは、いた。

 

 

 

「…………っ!!!!」

 

 

 

 猫、だ。

 

 捨て猫だ。段ボールの箱に入って、しかし、いつか見た時のように弱り切った其れではなく、まだエサも残っているその箱の中に。

 

 

 

 三毛猫が。

 

 小さな、子猫が、そこにいた。

 

 

 

 

「…オニャンコポン、なのか?…お前……っ?」

 

 

 その毛色を、俺が見間違えるはずもない。

 

 この三毛猫の柄は、間違いなくオニャンコポンだ。

 

 あの時に出会い、3年を共にした、俺の家族がそこにいて。

 

 

 

 ……ああ、でも、違う。

 

 こいつは確かに、オニャンコポンと同じ個体なのかもしれない。

 

 でも、違うんだ。俺の事を知らない、ただの子猫のはずなんだ。

 

 そう、俺が思ったところで──────その猫は、俺の顔を見て笑顔を作り、一つの動作をして見せた。

 

 

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

「!!………あっ…ぅ、ああっ……!!!」

 

 

 それを見て、俺は涙を溢れさせる。

 

 その奇抜な動き、左右に揺れる頭、間違いなく俺が教えた。

 

 俺と共に踊った、そのダンス。

 

 

 

 間違いない。

 

 こいつはオニャンコポンだ。

 

 

 

「……オニャンコポン、お前っ…!!ついてきて、くれたのか!!俺の為にッ……!!!」

 

 

 ───────ニャー!

 

 

 その小さな体をそっと抱き上げる。

 

 それに一切抵抗することなく……いや、己から飛び込んでくるように、俺の手にオニャンコポンが入ってくる。

 

 随分と小さく感じられた。三年間で、こいつも大きくなっていたから、そう感じられるのも無理はないだろう。

 

 だが、その温かさは、間違いなく本物だ。

 

 どうやって世界線を超えたのかとか、そんな……そんなことは、もうどうでもいい。

 

 ただ、俺は、出会えたのだ。

 

 

 

 

 俺の永劫の旅路を、共に歩んでくれる者に。

 

 俺の隣にずっといてくれる、相棒に。

 

 

 

 

「オニャンコポンっ……!!お前が、お前がいてくれれば俺はっ……!!」

 

 

 ────────ニャー、ニャー。

 

 

 

 

 有難う。

 

 

 こんな俺に、ついて来てくれて有難う。

 

 

 

 お前がいてくれれば──────俺は大丈夫だ。

 

 

 俺の事を、俺が歩んだ旅路を、一人でも知ってくれている存在がいれば、大丈夫だ。

 

 

 もう、大丈夫。

 

 

 俺は、これからもトレーナーとしてやっていける。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────ありがとう、オニャンコポン。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

 ────抱きしめていた あの日の気持ち 今

 

 ────変わらずあるよ 立ち止まるたび 抱え直して

 

 ────離れていても昨日より

 

 ────自分らしく風を切ってと

 

 ────聞こえてたエール

 

 

 ────星が照らしたこの道が

 

 ────答えだって知ったのは

 

 ────君が見守るから

 

 ────Find My Find My…Only Way

 

 

 ────ありがとう そのかわり

 

 ────未来に走ってゆく

 

 ────瞬間をあげたいよ

 

 ────まだ夢は続くから

 

 

 ────────憧れの彼方に

 

 

 ────旅立つよりも 旅の途中の方が

 

 ────勇気がいると 分かったよ

 

 ────でも 怖くなかった

 

 ────手紙に戯れる 優しさに

 

 ────『自分らしくいて 笑って(Keep it real.Keep smiling)』と

 

 ────届く想い そばにいたから

 

 

 ────帰りつく場所 背中押す腕

 

 ────いつでも Shine 光るスピカのきらめき

 

 ────大好きだよ

 

 

 ────星が照らしたこの道が

 

 ────答えだって知ったのは

 

 ────君と一緒だから

 

 ────Find My Find My…Only Way

 

 

 ────ありがとう そのかわり

 

 ────未来に走ってゆく

 

 ────瞬間をあげたいよ

 

 ────()()()()()()()()

 

 

 ────────憧れの彼方に

 

 

 ────────約束の彼方に

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

E N D

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【 次 回 予 告 】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────時は流れて─────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『一番に入るのは革命世代からヴィクトールピスト!!ドバイの地で無敗の伝説を刻み数々の激戦を繰り広げたウマ娘が最内枠です!!』

 

『二番エイシンフラッシュ!!革命世代のクラシック三冠、凱旋門賞初制覇の閃光の末脚がここドリームトロフィーに放たれる!』

 

『三番は砂塵の王、ダートの神話スマートファルコンが参戦!!砂の上の敗北はたった三度のみ!!世界レコード2冠、年間無敗のグランドスラム達成は伊達じゃない!』

 

『初めてスマートファルコンを砂の地に落としたダート三英雄の一人!!チームカサマツより歴戦の猛者フジマサマーチが四番に入ります!!』

 

『全距離対応型の風神が参戦!どこにいてもこのウマ娘は怖い!風が吹かないレースはない!!五番アイネスフウジン!!』

 

『六番に入るのはカノープスからサクラノササヤキ!かつて風神も緋色の女王をも制したペースの支配はドリームの舞台でも輝くか!!』

 

『その隣の七番に入るのはマイルイルネル!!こちらはレースの支配が怖い!!盤面この一手!!神の一手が見られるか!』

 

『八番には満を持して絶対の皇帝シンボリルドルフが降臨!!7冠の誇りが初めて革命世代とぶつかります!!この瞬間を待っていた!!』

 

『九番にはみんなのウマ娘ハルウララ!!引退レース、隼をとうとう下した時の彼女の涙の笑顔を、私達は永遠に忘れないでしょう!』

 

『十番にはチームレグルスから、伝説の宝塚三連覇を果たしたメジロライアンが参戦!!世界で最も価値のある筋肉が今日も輝いている!』

 

『十一番にはとうとう来たぞ破天荒の擬人化ゴールドシップ!!何をやらかすか分かりません!ぱかちゅーぶ生放送実施を宣言しています!!』

 

『十二番には異次元の逃亡者サイレンススズカ!!とうとう見れるのか!スマートファルコンとの夢の大逃げ対決が!』

 

『十三番には有マ記念覇者ナイスネイチャが入った!この曲者はあらゆる意味で危険すぎる!!幻惑の走りはドリームの舞台でも通じるか!』

 

『このレースは国も世代も関係ない!!参加資格は夢を魅せるウマ娘であることだ!!十四番は何とチームフェリスからサンデーサイレンスッ!!』

 

『十五番もまたアメリカウマ娘!!フェリス以外は生涯無敗!!隼討伐を成した三英雄のうちの一人!!マジェスティックプリンスだ!!』

 

『十六番はまたしてもアメリカから伝説が来たぞイージーゴアだ!!GⅠ9勝の豪脚が日本に到来!!サンデーサイレンスとのデッドヒートは見られるか!』

 

『十七番はフランスから凱旋門の門番ブロワイエが入る!!未来永劫、凱旋門を三度勝利するウマ娘は彼女以外に現れないでしょう!!』

 

『大外枠十八番には世界最強ウマ娘ウィンキスがオーストラリアからやってきた!!世界ランキング一位のウマ娘が日本に、世界に襲い掛かる!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────栄光の座はただ一つッ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 =エクストラドリームトロフィー= 

【東京】【EX】【2000m】【UG】【良】

ヴィクトールピスト

エイシンフラッシュ

スマートファルコン

フジマサマーチ

アイネスフウジン

サクラノササヤキ

マイルイルネル

シンボリルドルフ

ハルウララ

10メジロライアン

11ゴールドシップ

12サイレンススズカ

13ナイスネイチャ

14サンデーサイレンス

15マジェスティックプリンス

16イージーゴア

17ブロワイエ

18ウィンキス

 

 

 

 

 

 

 

次 回

 

 

EXTRA-R

 

 

 

 

 

 

 

 

『カーテンコール』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








 これにて閃光と隼と風神の駆ける夢の物語は終幕となります。

 この世界線では立華は彼女たちと共に未来へ歩みだし、次以降の世界線では、肩にいつも猫を乗せながらまた新しいウマ娘達と運命を共にしていくでしょう。
 有マ記念の決着は、ここまでお読みいただいた皆様の胸の内にある一位のウマ娘の姿が答えです。解釈を皆様に委ねさせてください。


 これまで長い間、ご愛顧いただきありがとうございました。



 これで3人の物語は幕を閉じましたが、最後にあと少しだけ、カーテンコール(夢の舞台)にお付き合いください。

 3月30日、3月31日と連続投稿予定です。



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EX 夢の舞台
EXTRA-R カーテンコール 前編









 

 

 

 

 

『────明日開催のエクストラドリームトロフィーに出走されるウマ娘たちの枠番が、くじ引きにより決定しました!!ここからは皆さまに、明日のレースに掛ける意気込みをインタビューさせていただきますっ!!』

 

 

 ここはURAが準備した高級ホテルのパーティ会場。

 明日に控えるエクストラドリームトロフィーに出走するウマ娘達が、ドレスに身を包んで壇上に並んでいた。

 先程まではそれぞれが枠番の抽選を引き当て、今は明日出走する番号の通りに並び直している。

 俺は、その並びを見て思わず言葉を零してしまう。

 

「……海外の子達が外枠に集まっちまったな」

 

 大型スクリーンに映された枠順を見て、若干の懸念を零した。

 海外勢……うちのチームから出走するSS、アメリカから来日したマジェスティックプリンスとイージーゴア、そしてフランスのブロワイエとオーストラリアのウィンキスが見事に外側の5列に並んでしまったのだ。

 この枠番の決定は生放送で、不正などないように純粋なくじ引きで行われている。流石にこれで何か世間が言うことはないだろうが、ちょっと懸念になることも確かだ。

 

「まーでも、大丈夫じゃねぇかな?全然、外枠引いたからってウマ娘達の気勢は落ちてないみたいだし」

 

「初咲さん……ま、そうかもね。別に枠番が全てじゃない…それに沿ってみんな走りも決めるところだろうしな」

 

 そんな俺の隣に来て、声をかけてくる同期の初咲さん。

 今やGⅠウマ娘を何人も育て上げる、チーム『ブロッサム』を運営する敏腕トレーナーだ。

 

「俺としちゃ、よくこのレースにサンデーちゃんが出るのを決めたなって方が驚きだけどね。どうやって口説いたのさ立華さん」

 

「口説くって……普通にお願いしただけだよ、どうしても君が走るレースが見てみたいって、本心からね。それに、ゴアもこないだのタキオンとのUGコース試走のマッチレースで僅差で負けたのが悔しくて参加するって知ってたから……SSもまた公式レースでゴアと走りたいってのもあったのかもな」

 

「クソボケがよ」

 

「急な暴言」

 

 俺は最近はすっかり慣れてしまった唐突な暴言に肩をすくめる。

 その動きで驚いたのか、俺の肩の上に載っていたオニャンコポンがぺしぺし、と尻尾で俺の頭を叩いてきた。なんでや。

 

「……しかし、UG…アルティメットグラウンド、なぁ。タキオンが開発したってやつだけど、まさかここまで夢に溢れた素材が発明されるとはね」

 

「あー……そうね。タキオンは本当にすごいよ」

 

 そのまま、インタビューの準備が進む舞台を見ながら初咲さんと雑談を交わす。

 アルティメットグラウンド。タキオンと俺の共同開発でとうとう実装に至ったそのバ場は、芝、ダートの適性を問わず、そのウマ娘の最高の走りを引き出せるという夢のバ場だ。

 砂に似た素材を敷き詰めるのだが、走る感覚はダートのようで芝のようで、しかも脚にかかる負担も少なく、さらに整備まで楽ときた。

 素材を作るのが大変なので、今は日本のトレセン学園と東京レース場に新しく設営されているだけではあるが……いずれ、世界にも普及していくだろう。

 練習にも、エキストラレースにも、極めて有用なバ場となっている。

 

 だが、勿論のこと、こうして世間に理解されてドリームリーグの舞台にも採用されるのは、簡単な道のりではなかった。

 効果をウマ娘が理解しても、それを実際に走ることがない世間の皆様に理解を頂くのは中々簡単にはいかない。

 タキオンと俺は打合せの中でそれを危惧していた。実際、二人の力だけでは、世間の理解は進まなかっただろう。

 タキオン自身は、イージーゴアと決着さえつけられればいいから、日本のトレセン学園にあるだけでも……と、言っていたそれなのだが。

 

 しかし。

 意外なところから、救いの女神達は現れた。

 

 

『……改めて、今回開かれるエクストラドリームトロフィーについて解説させていただきます。東京レース場、左回り、2000m……そして、今回はアルティメットグラウンドという新素材のバ場でウマ娘達が走ることになります。このバ場については─────先日行われた()()()()()()をご覧になられた方には説明不要かと思われます』

 

 

 今、MCが言った通りだ。

 このUGという新素材を敷いたトレセン学園のコースを用いて、先日、神話のレース(ラグナロク)が開かれた。

 

 まず出走ウマ娘の名前を挙げていこう。

 

 セクレタリアト。

 シンザン。

 トキノミノル。(飛び入り)

 フランケル。

 ニジンスキー。

 パーソナルエンスン。

 ゼニヤッタ。

 ミルリーフ。

 ダンシングブレーヴ。

 ロンロ。

 ドバイミレニアム。

 サンライン。

 ドクターフェイガー。

 エーピーインディ。

 シアトルスルー。

 フライトライン。

 アメリカンファラオ。

 ザルカヴァ。

 

 うん。

 何度聞いても頭がおかしくなったとしか思えないメンバーだ。

 

 タキオンとイージーゴアのマッチレース初戦がタキオンの僅差勝利に終わり、その悔しさをSSにぶちまけて帰国したイージーゴアがセクレタリアトにその事を話したらしく……それを聞いたセクレタリアトが日本の知人であるシンザンとイギリスの知人であるフランケルに連絡を取り、その流れであれよあれよとレジェンドウマ娘達に話が広まり、「そこならあたし達ガチバトルできるんじゃね?」というノリになり、全員が日程と脚を整えて緊急来日し、学園にアポなし突撃してきて、理事長が目を廻しながらもレースを即日企画したのだ。

 本来はシンザンがアポを取っておく予定だったらしいが、松風のように気ままに生きる彼女はすっかり連絡を忘れていたらしい。「すまんなザンちゃん」と理事長に謝っていた姿が印象に残っている。

 

 さて、その日の午後に2000mで開催されたレジェンドレース。

 学園の生徒及びトレーナーは当然にして、すべての授業、練習、業務を中止して観戦に駆け付けた。

 しかし、なにせ何の連絡もなしにやられた事である。

 勿論テレビ局などの知る所ではなく、カメラも回っていなかったのだが……このトレセン学園には、ゴールドシップがいた。

 

 

「うおっしゃー!!!これを生放送しねーで何がぱかちゅーぶじゃーい!!ゴル戦車突撃ィーーーっ!!」

 

「なんで俺ドナドナされてんの!?沖野先輩じゃないの!?」

 

 

 出走するウマ娘達全員に了解を取ったうえで、緊急ぱかちゅーぶを開き、解説に俺を添えて実況解説した。

 映像はドローンを使って俯瞰で撮影し……神話のレースが、世界の知る所となったのだ。

 レースの結果はあの動画を視聴済みでご存じだと思うので割愛する。

 

 さて、そんなレースが開かれたのち、ゴールドシップと俺で各ウマ娘の言語に合わせてレース後に聞き取ったインタビューで、全てのウマ娘がこの新しいバ場を賞賛した。

 「実力の100%で走れる最高のバ場だ。夢の舞台ならば、使ってもいいのではないか」と。

 その風評がネットを通して日本に、世界に広まり……世論は一気に実装を望む形に流れ、日本がまず先駆けとして東京レース場に特別レーンを設置し、そして今日のエクストラドリームトロフィーに繋がっている。

 

 そこにはダートも芝もない。

 ただ、伝説を紡いだウマ娘達が、全力でぶつかり合える場所。

 夢を超える夢の舞台。

 

 

『…では、一番に入りましたヴィクトールピストさんから意気込みを聞いていきましょう!』

 

 

 インタビューが始まった。

 

 

 

『まず、この舞台を走れることに感謝しています。私のライバル……革命世代の皆様には、負けたくありません。特に、フラッシュ先輩とは現役時代に五分五分の勝敗なので……決着をつけたいですね』

 

『三冠と、凱旋門の誇りを背負って、私らしく走ることを誓います。ライバルは……そうですね、やはりヴィイさんと、ブロワイエさんと、チームの皆様には勝ちたい。心からワクワクしています』

 

『新しい砂の上でも、先頭は譲りませんっ!スズカちゃんには絶対に負けたくなくて……あと、前にダートで負けたことのある3人には、二度の敗北は許したくないです☆……誰にも前を譲るつもりは、ない』

 

『ウララと共に、中距離に向けて脚を仕上げたので、自信はあります。誰がライバルかと言われれば……やはりファルコンとウララかと。随分と久しい己の昂りを覚えています』

 

『とにかく楽しく走りたいなって!チームメンバーで公式で初めて走るサンデーチーフには勝ちたいの!それと、ササちゃんとイルイルちゃんにも借りを返したいなって。やっちゃうの!!』

 

『とんでもないメンバーに囲まれてますが、私は私のペースを刻むだけです。心頭滅却……応援よろしくお願いしますっ!!!イルイルとウィンキスさんには負けないっ!!!!』

 

『……あ、はい?あっ、すみませんちょっと鼓膜がやられてて……えーと、まずササちゃんには勝ちたくて。あと、ネイチャさんには個人的に負けたくないですね。どっちが真の曲者か勝負です』

 

『恐懼感激。この舞台で、革命世代や……世界の優駿たちと競い合える立場にあることを、何よりも幸せに感じています。全員がライバル……現役時代の気持ちが蘇ってくるようです』

 

『初咲さんと黒沼トレーナーと立華トレーナーにお願いして、2000mを走る練習をがんばったよ!!またファルコンちゃんに勝ちたいなって!!マジェプリちゃんにも、マーチ先輩にも負けたくないっ!!がんばるぞーっ!!』

 

『メジロ家の誇り…というよりは、アタシがアタシの誇りを背負って走りたいです!革命世代の、特にフェリスにはいっぱい辛酸舐めさせられたので、リベンジしたいですね!!』

 

『当日は走りながらGoProで撮影してぱかちゅーぶ実況すっからよろしくなーっ!!船酔い注意だぜっ!!あー、ライバル?んー、まぁとりま同じチームのスズカとヴィイには先輩の威厳見せっかなーって』

 

『こんなに心が躍るドリームのレースは、スピカとリギルで走ったあの時以来です。先頭は譲りません。ファルコン先輩と、ササちゃんと、アイネス先輩と…逃げで走るウマ娘には、前を譲らない』

 

『絶対アタシがここにいるの間違ってると思うんですよねネイチャさんは。ファン投票枠で入ったから勿論頑張って走りますけれどね?……まぁ、とりあえずアタシがここにいることを後悔させますよ、一緒に走る全員に』

 

『あー……一先ずは、引退後のピークを維持する体幹練習を積んだウマ娘が、どれくらい走れるのかを世界に見せたいと。体幹トレーニングの凄さをアタシの脚で証明する。……ライバル?二つ隣のデカい喪女デス』

 

『おちっ……落ち着いてくださいゴアトレーナー!?サンデートレーナーも煽らないで!?私を挟んでやらないで!?ヤメロー!!グワーッ!!!………失礼、取り乱してしまったね!ハッハッハ!!勿論挑むはチームフェリス!!彼女たちにしか負けたことはない私が、彼女たちを再び越えたいと思うのは当然の事さ!!特に隼には、2度目の敗北をプレゼントしたいね!』

 

『サンデーをボコるのは明日のレースの後に取っておくわ。勿論レースでも私が勝つ。……あとはやっぱりファルコンちゃんかな、セクレタリアトを超えたあの子と真剣勝負で走りたいって思ってたから』

 

『フランスの誇りを背負って……と、言いたい所なのだが。随分と子供のように今の私の心はときめいていてね。純粋に私が、ただ全力で走りたい。ライバルは無論、フラッシュ君だ。楽しみで今夜の寝つきが心配だな』

 

『親友であるヴィイとササヤキ、イルネルには勝ちたいです。その上で、全員に私は勝ちたい。勝率は65%程度の計算ですが……それよりも、まず楽しんで。この舞台を走らせていただきます』

 

 

 ウマ娘達が、それぞれの想いを、レースに掛ける想いを雄弁に語った。

 そして、その全員が、戦意みなぎる笑顔で。

 この夢のレースで、勝ちたいと……己が一番速いことを証明したいのだと、叫ぶように。

 

 明日は、熱いレースになる。

 そう確信が出来る様な熱気が生まれていた。

 

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

「日本の料理は大変美味ですね。止まらなくなりそうです」

 

「ここに来てウィンキスさんに大食い属性がつくとは僕の目でも読めなかったよね」

 

「オグリ先輩やスペちゃんといい勝負ですよこれ!?!?」

 

 インタビューを終えた後、会食が開かれる。

 バイキング形式の立食テーブルが広げられ、ウマ娘向けに調理されたにんじんをふんだんに使った料理たちが並べられている。

 その机の一つに、皿の上に料理をメガ盛りにして一心不乱に食べるウィンキスと、それを呆れた様子で眺めるサクラノササヤキとマイルイルネルの姿があった。

 今この場にいる海外ウマ娘たちは、既に何度も日本に訪れ、トレセン学園の生徒とも親交を深めているウマ娘だ。全員が問題なく日本語を話せるようになっていた。

 

「食事量は普段と大きく変更なし。全く問題ありません。このにんじんハンバーグは美味……」

 

「…大したものだ。それだけ食べて、明日のレースは大丈夫なのかな、ウィンキス君」

 

「……ブロワイエ。心配頂いたことは感謝しますが、私の心配よりもあちらの心配をするべきでは?」

 

「あちらか?……それこそオニャンコポンも食わぬだろう、あれは」

 

 そこに優雅に食事を楽しんでいたブロワイエが混ざり、やはり呆れた色を見せながらもかつてドバイで共に過ごした戦友に向けた微笑みを見せて声をかけた。

 真ん丸なお腹を撫でながらもウィンキスが示した先では、若干の諍いが起きようとしていた。

 

『ねぇサンデー?壇上で煽った貴女の言葉一生忘れないわよ?元は貴女の方がオベにそう呼ばれてたんじゃなかったっけ?』

 

『は?コウチに振られたアンタの事を表すのに最適な一言だったでしょ?オベに日本語教わっててよかったって初めて思えたわよ私は。早く次の男見つけたら?』

 

『自分が男捕まえたからって余裕見せるようになったわねサンデー?それにあのレースはまだ1回目よ?5回勝負で1年を通して走って決着をつけるってタキオンとも約束したし?』

 

『アンタ最初に負けた時いつも何回勝負かに持ち込むわよね?ケンタッキーダービーでももしかして同じこと考えてた?』

 

『あの時はアンタが子供みたいに泣いてたの慰めてやったでしょうが!男を賭けた勝負で一本負けたくらいで煽ってくるなんてGⅠ6勝程度のウマ娘は懐が狭いのね?そんなんじゃケットシーに愛想つかされちゃうんじゃないの?他にも3人もライバルがいるみたいだしー?』

 

『蹴飛ばすわよ?』

 

『やってみなさいよこのチビ!』

 

『試してやるわよデカブツ!!』

 

『どうどう!!どうどう!!!!売り言葉に買い言葉が過ぎますよお二人とも!?明日がレースで気が昂ってるからっていけません!!淑女たる者常に優雅たれ…!!!頼むから私を挟んでやらないで……!!』

 

 明日に、久しぶりの宿命のライバルとの公式レースということで現役時代の気性難が蘇りだすサンデーサイレンスと、男を賭けたレースに僅差で破れて傷心のイージーゴアが今にも掴みかからんと言った具合に火花を散らしていた。

 その間に挟まり、両手で二人の体を押さえて喧騒を止めようとするマジェスティックプリンスが苦労人の様相を見せている。この二人を両腕だけで抑えているのだから、体幹が極限まで研ぎ澄まされていることがありありと分かる。

 尤も、サンデーサイレンスもイージーゴアも根本の部分で親友であることは間違いなく、こんな喧嘩は日常茶飯事。放っておけば静かになるであろう、猫も食わぬ女の喧嘩ではあるのだが、しかし時と場所は選ばなければならない。

 レース出走者の中で一番の年長者がこれでは威厳も薄れるというもの。

 勿論にして、それを止めるためにそこに近づくものがいた。

 

『……SS。魂のライバルを相手にすることで気が昂るのは分かるけど、最初に煽った君が悪いよ。ちゃんと謝ろうね。キタがまだトゥインクルを現役で走ってるから今日はいなくて、その分の寂しさでゴアに甘えてるんだろうけど……喧嘩は駄目だ』

 

『あ……兄さん。ごめんなさい、軽い冗談のつもりだったのよ』

 

『急にメスの顔になるじゃんサンデー……』

 

『悪かったわね、ゴア。私が大人気なかったわ』

 

『重ねて煽ってくるじゃん…!!』

 

『ゴアトレーナー、どうどう!サンデートレーナーとの決着は明日!!明日にしましょうね!!まぁレースに勝つのは私になりますが!!ハーッハッハッハ!!』

 

『教え子まで煽ってくるんだけどぉ!?私の味方どこにいるのよ!?』

 

『……ゴアさん。目立っていますから、それくらいで……』

 

『っ!コウチ!!聞いてよ酷いの!!サンデーが私の事喪女だって煽ってきて!!プリンスにまで裏切られて!!』

 

『はい……胸は貸しますから一先ず落ち着いてください。タキオンさんもこれくらいは許すでしょう』

 

 立華と小内がその騒動を諫めにかかり、何とか無事に落ち着いたようだ。

 わんわんと小内の胸の中で泣くイージーゴアに、彼女の教え子であるプリンスと、小内のチームに所属するメジロライアンもついてきて、苦笑を零した。

 

「……ねぇ、プリンスちゃん。なんていうか、ゴアトレーナーって……実は結構、子供っぽい?」

 

「グムムーッ、普段はそうでもないのだライアン=サン……しっかりされている大人なのだが。ただ、サンデートレーナーが混ざるとこう、時々、ブレイコウになる……ヤンナルネ」

 

「あはは……お疲れ」

 

 苦笑を零すしかないメジロライアン。

 彼女の脳内はメジロのお花畑であり恋愛事情には初心な一面を今も持っているが、最近は同室の友人といいこのサンデーサイレンスとイージーゴアと言い、なんだか生々しい関係を見せつけられて価値観が崩れようとしている。

 清涼剤を取り入れなければならない。ライアンは努めて見る方向を変えて、優しい関係を生んでいる方に目を向けた。

 

「はい、初咲さん、あーん!美味しい?」

 

「ああ、美味しいよ。でもウララもちゃんと食べるんだぞ。遠慮はしなくていいからな」

 

 初咲トレーナーとハルウララ。

 この二人は、ハルウララがトゥインクルシリーズの引退レースであるフェブラリーステークスでスマートファルコンにレコード勝利した際、泥だらけで泣きながら、熱烈に抱きしめあう姿を日本中に見せつけている。

 そこにはトレーナーとウマ娘という絆を超えた何かを感じられ、二人もその噂を否定していない。ハルウララが成長して卒業後はすぐゴールインするのでは……などと噂が立っていた。

 微笑ましい関係だと思う。メジロライアンのメンタルは少し回復した。

 

「……いやぁ、お二人ともアツアツですねぇ。南坂トレーナー、あたしたちもやってみない?」

 

「ネイチャがやりたいのなら構いませんよ」

 

「んじゃ、はい」

 

「はい。……うん、美味しいです」

 

「そ。……いつもの手作りの弁当褒められる方が嬉しいねコレ」

 

「そうですか」

 

 そしてその傍、当てられたかのように二人を真似するナイスネイチャと南坂トレーナーの姿があった。

 この二人も、長くトゥインクルシリーズを駆け抜ける中で絆以上のものが生まれているように見える。

 ナイスネイチャの唯一の勝利GⅠ、革命世代やそれに続くダブル三冠世代、まつり世代らを捻じ伏せて勝利した有マ記念において、やはりこの二人も涙の抱擁を見せつけていた。

 最近はナイスネイチャが南坂トレーナーに似てきて、どんな言語も喋れるようになり、さらに忍者のような恐ろしさすら垣間見せる。初咲とウララの関係とも違い、二人だけの世界を構築しているようにも見える。

 その関係は尊い。メジロライアンのメンタルはまた少し回復した。

 

「……沖野トレーナー」

 

「やらねーぞ?」

 

「そう遠慮すんなってー!!このゴルシちゃんが直々にあーんってしてやるからよぉ!!」

 

「やめろ!!にんじんを口に直でブッ刺しにくるんじゃねぇ!!」

 

「負けない…!!」

 

「スズカもなんで手ににんじん抱えてんだよ!?せめて普通に料理にしてくれよ!?」

 

「うーん……いつものスピカで安心する……」

 

 そしてさらに熱伝導は進み、チームスピカの面々がコントのような惨状を見せている。

 ゴールドシップがいるからやむを得ないといった具合か。あそこには正妻がいるが、大体ゴルシがかき混ぜてしっちゃかめっちゃかにするのだ。

 そしてその空間でも心を落ち着けて居られるのがスピカというもの。ヴィクトールピストが冷静ににんじんジュースを飲む姿を見て、あそこは相変らずだな、とメジロライアンはため息をついた。メンタルに少しダメージを受けた。

 

「……ってか、いつのまにかあーん大会みたいになってるし」

 

 メジロライアンはその光景に危機感を覚える。

 確かに、革命世代を筆頭に、トレーナーと絆をはぐくみ、そこに想いを乗せ、己の走る力に変えているウマ娘は多い。

 かくいう自分も、今のトレーナーである小内トレーナーとそのチームであるレグルスのみんなとの絆はあるし、その前……自分を見つけてくれた女性のトレーナーとも、恋愛感情ではないにせよ強い絆があると確信している。

 それ自体は問題はない。特に問題はないのだが、しかしこういう恋愛事になるとちょっと特異点が過ぎる存在が革命世代にはいるのだ。

 

「さ、それじゃあたし達もトレーナーにあーんしに行くの」

 

「順番はどうします?明日の枠順でいいですか?私が一番で」

 

「ズルくない☆?ここはGⅠ勝利数で行かない?」

 

「喧嘩は駄目なのー。3人で一緒に行こうね、後腐れないように」

 

 先程SSにあーんされていた立華に向けて、3人の花嫁が向かっていった。

 とうとう始まったチームフェリスの恋のダービーの走者たちだ。

 学園ではどんな決着になるかもはや風物詩のような物になっており、ここ何年かは様々なイベントがあったが……なんだか最終的に全員に対して立華が責任を取るのでは?という風潮が高まっている。

 先日、噂レベルではあるが、立華がアラブの国籍を取得したという話まで耳にする。たしか一夫多妻制度をとっている国だ。

 メジロライアンはまたやってる…とため息交じりに彼女たちの進む先を見送り……そして、その先で、なんと、その3人に先んじているウマ娘がいた。

 サンデーサイレンスではない。彼女は既に愛する者に向ける笑顔で立華との談笑を終えて、イージーゴアと仲直りして食事を楽しんでいる。

 今、立華の隣にいたのは─────シンボリルドルフだ。

 

「立華さん、このドリームリーグの立食では寿司が美味しいんだよ。老舗の職人さんが握ってくれている。立食は()()のす()()()い……というわけだね。はい、あーん」

 

「あーん。……んむ、ホントだ。こりゃうまいな!」

 

「あっ!」

 

「む☆!」

 

「やったの!この泥棒猫!!」

 

「おや、泥棒猫とはひどいなアイネスフウジン。私は敬愛するトレーナーに、この寿司のおいしさを知ってほしかっただけだよ、裏表なしにね」

 

「どの口でそれを言いますか…!」

 

「やっぱり要注意人物の一人だね、会長さん…!!」

 

「なの…会長とタイキちゃんとベルノ先輩*1だけはマークを外しちゃダメなの…!!」

 

 間隙を突いたシンボリルドルフに、立華に聞こえないレベルの小声で3人娘が警戒心をあらわにする。

 彼女たち3人とサンデーサイレンスによるクソボケ包囲網が構築されて久しいが、しかし時々その壁を超えてアプローチをかけてくるウマ娘もおり、3人はそれに特に注意を払っていた。

 その回数が多いのがシンボリルドルフとタイキシャトルとベルノライト*2なのだ。

 まったく、油断も隙もあったものではない。

 

「ほらオニャンコポン、お前も寿司食べるか?美味しいぞー?」

 

「ニャー……フガッ……モグモグ……ニャー!」

 

「お、旨いか?よしよし……で、何か言ってた?」

 

「いえ、何でもありません」

 

「そうそう、ナンデモナイデス☆」

 

「あたし達もトレーナーにご飯食べさせたいなーって、ね?」

 

 そして結局クソボケは不治の病で治らず、まったくそんなアプローチに気付かなかった立華は、純粋に寿司が美味かったので小皿に取り分けてオニャンコポンに分け与えた。勿論寿司を握る職人にも許可を取っている。

 それを見て、自分のあーんが全く伝わっていないことを察してシンボリルドルフがはぁ、とため息をついた。

 やるならば直接、ダイレクトに、全力で想いを伝えなければならない。

 既にそれを成している者が3人、いや4人いるのだが、それでもこのクソボケは眼を離すとすぐにウマ娘が寄ってくる。

 そろそろ身を固めさせるか、と4人で画策しているところだ。3人が学園を卒業するころが年貢の納め時であろう。

 

 

「────────ふっ、若いっていいもんだな」

 

「キタハラが言うと洒落にならんぞ」

 

「まだハゲてねぇし!」

 

「そこまでは言ってない……」

 

 

 そして、そんな騒がしい会場の隅。

 若さについていくのに疲れてアイスティーを煽る北原と、その隣で後輩たちの暴走を眺めるフジマサマーチが、相変らずな様子を見て盛大にため息をついた。

 

 その後も思い思いにウマ娘達が騒ぎ、楽しみ、仲を深め─────明日に備えて英気を養うのであった。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 翌日の東京レース場。

 エクストラドリームトロフィーが開かれるここに、満員の観客が押し寄せてきていた。

 老若男女、ウマ娘を問わず、彼女たちの走りを期待して人々が集っていた。

 無論の事、周辺の施設でライブビューイングも開かれている。ここ数年のレースの人気はうなぎ上りの様相を見せており、ファンの数も爆増していた。

 そのきっかけとなった革命世代の集う、夢のレース。

 嫁を質に入れてでも見に行かなければならないレースであった。

 

『……っだぁー!!どこに行っても人、人、人!!どっちにいきゃレース場に出るんだよ!?』

 

『落ち着きなさいよミサイルマン。まだレースが始まるまで時間があるんだから……人の流れに乗って行けばいいんじゃない?』

 

『そうは言うけどよォベルーガ、どの国のレース場に行ってもここまでの人入りはなかったぜェ?ニッポンのウマ娘人気ってすげぇんだなー』

 

『そうね……革命世代が走るからって言うのもあるんでしょうけれど』

 

 そして、そんな中に二人の外国のウマ娘が人の波に辟易しながら、軽く迷子になっていた。

 ミサイルマンとブラックベルーガ。

 世界最強の短距離ウマ娘の二人だ。

 今日、この日に開かれるエクストラドリームトロフィーをぜひ観戦しようと、母国から日程を併せて日本に旅行に来ていたのだ。

 レース後は1週間ほど滞在し、懇意の日本のウマ娘達とも遊ぶ予定を立てている。

 

 さて、しかしそんな二人だが、ここは広大な東京レース場。

 今までスプリンターズステークスの開かれる中山レース場か高松宮記念が開かれる中京レース場しか経験したことのない二人が、日本最大のレース場に来て、満員の来場者に呑まれて、レース場への出入り口を見失っていた。

 いわゆるおのぼりさんのような状態だ。

 二人とも、特にミサイルマンの方がハルウララと十全に意思疎通するべく日本語は喋れるくらいにはなったのだが、漢字の読みはまだ怪しい。場内案内図も広すぎてよく読み取れていなかった。

 

『あー……ウララは今頃レース前の準備中だろうしなァ。呼びつけて案内させるわけにもいかねーし』

 

『ウララだと逆に呼び出したほうが迷子になりそうじゃない?バクシンオーかカレンチャンでも呼んでみる?』

 

『ゼファーだと風の向くまま行かれそうだしな。フラワーはこの人込みじゃ上背足りねぇし……あいつ等もレース場来てっといいけどな……っと、お!!知り合い発見!!』

 

『え?……あらホント。目立つわね彼女は……ドバイの頃よりずいぶん背が伸びてる』

 

 そうして途方に暮れた二人は、何人かLANEを交換していた日本のウマ娘に連絡を取り案内をお願いするべきかと考え始めたところで、しかし、人垣の中からでもよく目立つウマ娘の姿を見かけて、そちらに向かう。

 あの子ならば間違いはない。絶対に、レースをベストな場所で観戦できるところまで案内をしてくれることだろう。

 二人は人垣をかき分けて、そのウマ娘に……身長が190cm近くまで伸びた、チームフェリスのウマ娘であるキタサンブラックの元へ歩いて行った。

 

『よーぉ!!キタぁ!!いい所にいてくれたぜ!!でっかくなったなぁお前!!』

 

『お久しぶり。元気みたいね…見事な成績を残してるのは知ってるわ。ごめんね、ちょっと迷っちゃって。観客席まで案内頼める?』

 

『あ、ミサイルマンさんにブラックベルーガさん!お久しぶりです!!案内なら勿論OKですよ、ついてきてくださいっ!』

 

 二人を見かけて笑顔を見せ、お互いに挨拶を交わす。

 キタサンブラックにとっては、ドバイのレース後に親交を深め、その後も日本に来た時の交換留学の際にお助けキタちゃんによっていろいろと手助けをした経験もあるレースの先達。

 サンデーサイレンスに影響を受けて英語もネイティブレベルで話せるようになっているキタサンブラックが流暢な英語を披露し、二人を観客席まで連れていく。

 

「……英語わかりません!!き、キタ先輩、通訳お願いしていいですか…!?」

 

「あら、ジーフちゃん英語できないの?今どきの一流ウマ娘は英語は基本スキルよ?海外レースに出走することも増えているのだから」

 

「シャフちゃん、それファルコン先輩やウララ先輩やササ先輩に刺さるからやめてあげよ?僕も覚えてるけどさ」

 

『あら……見ない顔ね。キタ、この子たちは?』

 

『ええ、チームフェリスでデビュー前から育ててる3人なんです!今年からデビューの予定!』

 

『ほーん。……ふむ、良い脚してんじゃねェか。次代を担うエース候補ってやつか』

 

 キタサンブラックに付き添うように歩く3人……ジーフォーリア、シャフラヤール、タイトルホールドがそれぞれ二人に挨拶を交わし、二人も笑顔で返す。

 チームフェリスの次代を担うウマ娘達、その3人にエクストラドリームトロフィーを見せて勉強させるために、キタサンブラックが引率となり応援に来ているのだ。

 勿論、チームメンバーが走るそれを応援することも理由の一つだ。

 控室には立華が向かっている。キタサンブラックは若手のまとめ役として引率するようサンデーサイレンスから依頼を受けていた。

 

 そうして、6人が東京レース場の観客席に入る。

 そこには更なる人の群れ。20万人近いウマ娘ファンが所狭しと集まっていた。

 

『うおっ……すげェなこれ。お前らいつもこんな観客の中で走ってんのか』

 

『フレミントンレース場よりも広いわね……キタ、案内ありがとね。ここからは……』

 

『ああ、いえ、ここからですよ?一番いい所で見たいでしょ?しっかりついてきてくださいね?』

 

 そうしてキタサンブラックがすぅ、と一息ついてから……声を、出す。

 

 

「……すみませーーーーん!!!通してもらえますかーーーーーー!!!」

 

 

「え……おお!!キタサンブラックだ!!」

 

「マジ!?マジだ!!すげ、遠くからでも分かるな……流石のバ体だ…!!」

 

「あれが伝説のGⅠ7勝ウマ娘!!」

 

「あら、隣にいるのブラックベルーガとミサイルマンじゃない!?」

 

「おー、海外勢の応援か!?お前らの走りも好きだぞー!!」

 

「キター!!次の有マ記念は信じてるぞー!!」

 

「またウイニングライブでまつり歌ってくれよー!!」

 

「傍にいる子達ってフェリスの新メンバーだっけ?記事で写真見たな」

 

「ああ、確か今年からデビューするって……トモがいいな、これは期待しかないぜ」

 

 

 キタサンブラックの大声に周囲の観客が振り向き……そしてその巨体を見たとたんに、人垣がざあっと割れてゴール前までの道を作り出した。

 日本のレース場ではまま見られる光景だ。

 ファンの民度の高い日本では、有名チームやそのウマ娘が望めば、ゴール前までの道を譲る文化が存在する。

 

「今にして思うと、私達って昔の有マで相当空気読めないことしてたかな……?」

 

「あら、それは違うと思うわよ?譲る権利もあれば、最高の場所でレースを見る権利だってみんなあるのだから。私はあの時、立華トレーナーと一緒に観戦出来てよかったって思ってるし」

 

「そうだね、お互いに譲りあえるからこそだと思うよ。トレーナー達だって普通にファンの人がそこで見たいって言えば無理強いしていないもんね」

 

「あはは……大丈夫。私も子供の頃はダイヤちゃんやお兄さんたちと一緒に、ぜんっぜんゴール前譲らなかったし」

 

『……なんていうか、文化の違いがすごいわね』

 

『これはシンガポールじゃァ出来ねェなぁ……』

 

 

 先導するキタサンブラックについていく5人。

 ゴール前に歩いていく際中……人波をかき分けていくキタを見つけて集まってきたのか、学園のウマ娘がその波に紛れるように、合流を果たしてきた。

 

 

「ん、キタか。ちょうどよかった、共にレースを応援しないか?今日はカサマツからはマーチが出るからな、全力で応援したい」

 

「あっ、オグリ先輩とカサマツのみなさん!ええ、勿論!!一緒に行きましょう!!」

 

 

 

「今日の府中は人が多すぎだろォ!……っと、あそこにいるのはキタじゃねぇか?」

 

「みたいね。目立つわね、あの身長。ちょうどいいからアタシたちもついていきましょうか」

 

「あ、スピカの皆さんもこんにちは!スピカからも3人出走しますもんね、よければ一緒にどうです?」

 

 

 

「おや…キタサンブラック君じゃあないか。ゴール前のいい位置を取りに行く算段かな?私達も一緒させてもらいたいねぇ。ライアン君の勇姿を全力で応援しないとねぇ……あと、UGのデータも取らなければ」

 

「タキオン先輩に、レグルスの皆さんも!一緒に応援しましょうねっ!!」

 

 

 

「おや、これはよいところに。ターボさんが今にも人の群れに突撃しそうになっていたのです。よければ先導願えますか、キタサンブラックさん」

 

「先頭で応援するもん!!ネイチャとササヤキとイルイルの晴れ舞台だから一生懸命応援しないと!!」

 

「全力で応援するぞ~!えい、えい、むん!!」

 

「カノープスの皆さんもこんにちは!!そっか、南坂トレーナーは控室に行ってますもんね!行きましょう!」

 

 

 

「ぐぬぅぅぅ……この人垣に向かってはバクシンできません……おや!!あれは我が永遠のライバル、ブラックベルーガさんとミサイルマンさんッ!!そしてキタサンブラックさんっ!!奇遇ですねッ!!」

 

「えへへ、今日はプライベートだからチェキは遠慮してるの、ごめんね?……あ、ちょうどよかった!カレンも一緒に、いい?」

 

「おや、これはなんと雄大な時つ風……この天狗風に乗らせていただくことにしましょう」

 

「マジ人垣ぴえん……前に出れねーし…って、おー!キタちゃんタイミング最&高かー!?フッ軽かー!?爆ノリテン上げうぇーい!!ウチもかまちょでおけまるー!?」

 

「ライアンの応援で、良い所取りたいのよね……あと、私に勝ったササちゃんも応援したいし。キタちゃん、ちょっとご一緒させてね?」

 

「おや~、これはこれは大名行列ですねぇ~。ちょうどいいや、セイちゃんもご一緒させてくださいね~、ファルコン先輩応援したいし」

 

「このキングを先導する権利をあげるわっ!!ウララさんをみんなで応援するのよ!!」

 

「ふふ……勿論、ウララちゃんも応援はしますけれども、やはりチームリギルとしては会長も応援したいところです」

 

「相当気合入ってましたからネー!!リギルもこの波についていきますデスよ!!エルの推しはブロワイエデース!!エルに勝ったウマ娘が世界最強デース!!」

 

「oh!それならワタシの推しはスズカデース!!アメリカでも共に過ごしましたからネー!!きっとファルコンにも負けまセーン!!」

 

「では、ウィンキスさんの応援は私が全力を以て。チームベネトナシュはウィンキスさんを推しています」

 

「そうでもないよブルボンさん!?ライスはネイチャさんを応援したいかなって…!」

 

「どぅへへへ……推しが推しを推す姿、尊いッ!!ミ゛ッ……っは!!今日だけで何度目かの尊死を!あっすみません、迷惑かけないからついて行っていいですかぁ!?ゴールドシップさんにぱかちゅーぶのつなぎの実況するようにデジたんは指示されてましてぇ…!!」

 

 

 

 ウマ娘がウマ娘を呼び、そうして人垣を進む数はどんどん増えて、いつの間にか相当の集団が形成されて。

 そして、その先頭を導くように進むキタサンブラックは……そう、今の世代を担うウマ娘として、誰もが認めるリーダーのような存在となっていた。

 新しい時代は、既に芽吹いて大きく花を咲かせていた。

 

 時代は変わり。

 そして、だからこそ。

 

 今日、革命の始まりの世代が魅せる夢のレースを見届けるために、ウマ娘達がゴール前に集まってきていた。

 

 

 

 

 

 

 夢の舞台が始まる。

 

 

 

 

 

*1
どうして。

*2
誤解!!全部誤解ですって!!!



目次 感想へのリンク しおりを挟む


しおりを挟む

EXTRA-R カーテンコール 後編

 

 

 

 

「……スイッチオン!!ヨシッ!!ぴすぴーす!!トレセン学園の宣伝担当ゴルシちゃんだぞーっ!よー、画面の向こうのお前らーっ!今日も元気してっかー!?」

 

『ぴすぴーす!!』

『ぴすぴーす!』

『うおっ唐突に画面代わった』

『ぴすぴーす!』

『さっきまでデジたんがゴール前で放送してたのに』

『視点高くね?』

『これどこ視点だ?』

 

「おー、見えてんなー?よしよし。今日もぱかちゅーぶやっていくぜェーーーッ!!今日は特別生放送、エクストラドリームトロフィーガチで走ってみた企画っ!!映像はアタシの帽子にGoPro装着してゴールまでずっと流すからよー!!お前ら楽しみにしてろよなー!!」

 

『おっ映像めっちゃ動くな!?』

『酔うわコレ』

『これゴルシ俯いてる?ウマホ持った手が見える』

『ウマホに俺らのコメント写ってるやん』

『いえーいゴルシ見てるー?』

『見えてるよー!』

『音も問題ない』

『ウマホ持ちながら走んの?』

 

「酔うのはワリーけどアタシもどーにもならねー!セルフで画面の中央に酔い止めゴルシちゃん置いといてくれ!んでもって今はレース場に向かう通路の途中だぜー、流石にレース場までウマホは持ち込めないからそっから先はアタシもコメントに返事できねーんでよろしくな!!あと、レース中は当然ガチで走っからよ、応援してくれよなー!」

 

『もんのすげぇ臨場感だ』

『ゴルシの靴音が響いてますねぇ!』

『これ歩いていくたびに少しずつ歓声が大きくなっていくのヤバい』

『ウマ娘達はこんな道を歩いてレースに出走してたのか……』

『走るわけでもないのにドキドキしてきた』

『かなり斬新な試みだよねこれ』

『URAの了解はちゃんと取ってるって概要欄にあるからな』

『何よりドリームレース衣装に身を包んだウマ娘達が間近で見られるのが有難い…』

 

「おーし、そんじゃそろそろレース場に出るからウマホはトレーナーに預けるぜー。この後はデジタルの副音声が入るけど画面と音はこのままだからみんな仲良く応援するんだぞーっ!!んじゃまたな!!」

 

『配慮助かる』

『頑張れよゴルシ!!』

『革命世代推しだけどお前の事もマジで応援してるぞ!』

『ゴルシがいなきゃこんなに世間は盛り上がってねぇんだ』

『楽しんできてね!』

『グッドレース期待!!』

『俺たちは見届けるだけだ!』

 

 

 

「…しっかし、よくやるよお前も。史上初じゃないか?ガチのレースを走る側から生放送なんてよ」

 

「いいじゃねぇかよー、せっかくの夢の舞台だぜー?世界初を刻みまくった革命世代のやつらに、アタシも対抗してぇんだよ」

 

「ま、斤量は調整してるしいいけどさ。映像ばっかりにかまけてて走りを疎かにするなよ?ライバルは全員が世界最強だ。欠片でも油断したらやられるぞ」

 

「わぁってら。この日の為に脚も仕上げてきたからなー……行ってくるぜ、トレーナー。アタシの走りに見惚れんなよ?」

 

「見惚れさせてくれよ、是非とも。……よし、行ってこいゴルシ!!」

 

「おうっ!!」

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 ────────ワアアアアアアアアアアアアアアッ!!!

 

 

 大歓声が東京レース場を包む。

 灼熱の熱気に包まれたスターティングゲートの前に、エクストラドリームトロフィーに出走するウマ娘達が集まってきていた。

 先程はパドックも周り、ウォームアップの試走も終えて……みなぎる闘気を漏らさぬように気勢を落ち着けたウマ娘が、レース前の会話を交わしていた。

 

「……ゴールドシップさん、本当に生放送しているのですね」

 

「おーよ!ここのカメラでお前らの姿も声も全部入ってっかんな!ほれフラッシュー、ぴすぴーすってやってくれよー」

 

「お断りします。ドバイの後にどれほどあれが記事にされて恥ずかしい思いをしたか……」

 

「あはは…人気高かったの、フラッシュちゃんのあのダブルピース。ぴすぴーす、みんな見てるー?今日はいっぱい応援してねー?」

 

「ぴすぴーす☆スズカちゃんにはハナを譲らないからね!!いくよー?ファル子が逃げたらー!?………これコールしてくれてるかな?」

 

「多分してるだろコメントで。流石にアタシも見れねーけどよ。チョーシはどうでぇお前ら。最高の走りが魅せられるコンディションになってっかー?」

 

「愚問ですね」

 

「こんなにアガるレースはそうそうないよね☆?」

 

「風神の暴風、見せつけてやるの」

 

 生放送中のゴールドシップが出走するウマ娘全員を映しながら、声をかけていく。

 まずはチームフェリスの、革命世代に数えられる3人。

 その表情には彼女たちがこれまでのレースでも見せていた、絶好調の表情を浮かべていた。

 戦意も高揚している。あの伝説の有マ記念以来の、3人一緒に出走するレースだからこそだろう。

 

「ゴルシ先輩、放送もいいですけれど、しっかり走ってくださいね。前のドリームのレースみたいにゲートで……なんて、洒落にもなりませんよ」

 

「そうね…ゴールドシップ、沖野トレーナーも心配していたわよ。今日はちゃんと走ってくれるかって…」

 

「心配すんなーい!今日はゴルシちゃんやる気が乗ってっからよー!!むしろ生放送でゲート入りの恐怖をようやく視聴者にも味わってもらえるってもんよー!!素直にガチで走ってやるぜー!」

 

 続いてゴールドシップに話しかけてくるのは、同じチームスピカの二人、ヴィクトールピストとサイレンススズカだ。

 以前にゴールドシップが走ったドリームトロフィーの長距離レースでゲート難を発症し、しかしそれでも2着に食い込むという謎の激走を見せたのだが、それがまた起きないか心配するヴィクトールピスト。

 そしてその心配を沖野から聞かされていたサイレンススズカが改めて釘をさす。

 ゴールドシップというウマ娘は、特にゲートで何をやらかすかわからない。そこに恐怖を覚えるのも当然と言ったところだろう。

 

「やー……今日の観客はすっごいね。グランプリレースの時は東京レース場使わないからあれだけど、ダービーよりも人多いんじゃない?」

 

「かもしれませんね。警備員も通常時の10倍の人員を配置しているってニュースで見ましたよ」

 

「大勢の前でも冷静に……心頭滅却……南無阿弥陀仏……」

 

「ん!ササちゃん、なにやってるのー?しんとーめっきゃくー?」

 

「こら、ウララ。人の集中を邪魔してはいかん。あれがササヤキなりの精神集中のルーティーンなのだろう」

 

「ササちゃんは精神統一に仏教の教えを取り入れてから、ああしてゲート前で集中するようになったんだよ、ウララちゃん」

 

「だいぶ静かになったので僕は助かりますけどね」

 

「こーなったときのササヤキは怖いよー?まぁ尤も、今日はそれを穿たなきゃならないわけですケド」

 

 そしてゴールドシップが首を向ける先、カメラの映像はチームカノープスの3人と、メジロライアンとハルウララ、フジマサマーチが話しているシーンを映した。

 ネイチャとマーチ以外は革命世代の優駿たちであり、そんな革命世代を打ち破った最強の伏兵と砂の麗人が一堂に会する。

 サクラノササヤキがシニア級の後半から見せるようになった精神集中のルーティーンに、隣でハルウララがそれを真似しようとして、桃色の髪が二つ並んで念仏を唱える謎の空間を作り上げていた。

 

 

「あっちもリラックスできてんなー、こりゃ油断ならねぇぜ……、っと────────」

 

 

 ゴールドシップがそれを見ながら感想を零していたところで、唐突にある現象が発生し、ぱかちゅーぶの映像を見ていた視聴者が困惑する。

 大歓声の東京レース場、そのスタート前。

 実況が、解説が、観客が、ウマ娘達の声が響くはずのその映像から。

 

 

 ────────音が消えた。

 

 

 放送事故か?と視聴者たちがコメントする中で、しかし、次の瞬間にコメント欄すらも止まってしまった。

 回線落ち、によるものではない。

 映像がその原因となる場面を映したからだ。

 それを見ている者すべてに、沈黙(サイレンス)を生むその()()

 

 

『────────』

 

 

 サンデーサイレンスが、神に祈りを捧げていた。

 スタート前の彼女のルーティーン。

 現役時代から変わらず、この瞬間は、それを見ている者すべてが沈黙する。

 東京レース場に集まったすべての人から言葉が失われ、その厳格たる祈りの姿に静寂を以て見守った。

 

 ドリームトロフィーのレースということで、サンデーサイレンスの勝負服は現役時代のそれではなく、統一規格の衣装になっている。

 しかし、その衣装も色の指定や細部の調整ができて、サンデーサイレンスはその色を出来る限り修道服に近づけるよう、黒一色に近い装いを見せていた。

 上着から広がる腰回りのヴェールは光を通さぬ黒布を使い、本来は露出される部位であるおへそ周りの腹部と両脚は黒のタイツを纏っており。

 ゴールドシップがそうしているように、頭部の装飾はかなり自由が利くため、シスターヴェールを被ることで、現役時代の勝負服に寄せるデザインに仕上げていた。

 

 

『────ふぅ』

 

 

 そして、数秒か、十数秒かと感じられるような長い祈りを終えて、サンデーサイレンスが片膝をついた状態から立ち上がる。

 その瞬間、彼女の祈りに向けた莫大な歓声がゲート前に浴びせられた。

 

『ヒュウ!相変らずね、サンデー!その雰囲気……この瞬間だけは、現役時代と何も変わらないわね、アンタは』

 

『走りだって錆びつかせてはいないわよ?あの時の悪夢をまた見せてあげる、ゴア』

 

『おお恐ろしい……アメリカの伝説がこの日本に蘇ろうとしているのだっ!!尤も、その伝説は私の走りによって打ち破られるのだがね!!ハーッハッハッハ!!』

 

 そしてその周り、アメリカ出身のウマ娘であるイージーゴアとマジェスティックプリンスが先の祈りに感想を零した。

 現役時代はその祈りを4度も見たイージーゴアが変わらぬライバルの姿に喜色の笑みを見せ、高めあう二人にマジェスティックプリンスが絶対の自信を籠めた高笑いで返す。

 現役を過ぎ、引退からトレーナー業を営む二人の伝説が……この夢の舞台で、どこまでの走りを見せるのか。人々はそこに無限の期待を込めている。

 何故なら先日、神話のラグナロクを見たばかりなのだ。

 伝説は時が経っても伝説のままであるのか。そう、在る事が出来るのか。伝説の証明がこの夢の舞台で行われるのだ。

 

「……やれやれ。日本の伝説の世代と、アメリカの伝説の世代のウマ娘が一堂に会するレースなど、もう今後みられるものではないだろうな。竜驤虎視……だからこそ、私がここを走る理由になる」

 

「おや、残念だな。日本とアメリカの伝説だけで君は満足するのかな、シンボリルドルフ。遠慮は無用だ、是非ともフランスの伝説もその身に刻んでいってくれたまえ」

 

「……オーストラリアの伝説も一緒にいかがですか、お二人とも。世界最強の記録は伊達ではないことを、この脚で証明します。勝率は65%なれど、勝利への執念は120%です」

 

「ふっ……二人とも、言ってくれる。では逆にこちらからもプレゼントしようか。そのウマ娘には絶対があるとまで言わしめた、かつての日本の伝説をな」

 

 そんなアメリカのウマ娘達を見て昂るシンボリルドルフに、さらにフランスとオーストラリアの最強が名乗りを上げて、3人ともに調子を最高に高めあっていた。

 若獅子のような獰猛な笑顔を見せるルドルフに、凱旋門のケルベロスたるブロワイエも連なるように笑みを浮かべて、ウィンキスまでもがそんな二人に感化され、奮えるような笑みを浮かべる。

 いや、3人だけではない。この場にいる全てのウマ娘が、各々の魂の高ぶりを抑えきれず、笑顔を浮かべていた。

 

 

「……へっへっへ、いいぜぇ、アガってきたぜぇ!!」

 

 

 舞台は整った。

 

 これから始まる大レース。

 

 (ひし)めき合って嘶くは、天すら羨む怪物の群れ。

 

 誰もが求めた夢のレースが、間もなく始まろうとしていた。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『さあっ!!まもなくファンファーレが鳴り響かんと言ったところ!!本日、ファンファーレの旗を振るのは革命世代の伝説のドバイを率いた立華勝人トレーナー!!スターターを務めるのはなんとその肩に乗った猫、オニャンコポンですっ!!今梯子の上の箱に入り……おおっと!!!ここで場内大爆笑!!!それはそうでしょうっ!!肩の上で今日もオニャンコポンが踊っていますっ!!しっかり猫用ハーネスをつけて落ちないようになっているっ!!愛されているぞオニャンコポンッッ!!!』

 

 

 実況が言う通り、今日のエクストラドリームトロフィーでは特別に立華とオニャンコポンがスターターを務めることになっていた。

 万が一にもフェリスに向けた不正が行われないように、スタートのスイッチを押すのは人間である立華ではなく、オニャンコポンになっている。

 夢のレースであり、お祭りのレースだ。URAもだいぶ頭がやられてしまっており、このようなお遊びも許可が下りていた。

 ファンが喜ぶことが一番であるという、原初の目標に向けて設営が進められていた。

 

 はしご車が徐々に持ち上がり、その上で立華勝人が赤旗を持ち上げて、振る。

 それに合わせて、吹奏楽団によるファンファーレが高らかに東京レース場に鳴り響く。

 観客たちの合いの手の拍手が合わさり、まるで津波のような空気の震えがレース場全体に生まれた。

 

 

『ゲート入りが始まりますっ!!最内枠ヴィクトールピストから順番に入って行くウマ娘達!!一人ずつ、かみしめるようにゲートに入って行きます!!……ゴールドシップも素直に入って行った!!今日は波乱は起きないかっ!?』

 

 

 そしてゲート入りが始まる。

 それぞれのウマ娘が、自分の枠へと入って行くが………しかし、この時点で既に、勝負は始まっている。

 スタートを得意とするウマ娘に、圧をかけるウマ娘が存在した。

 

(ひぃぃ……!!マーチ先輩、ドリームあがってから更に圧が強くなってるぅ……☆)

 

(当然だ……貴様だけは素直にゲートを出してたまるか…!!)

 

(こっちにまで余波が飛んできてるの……すっご、やっば。めちゃくちゃゲートが狭く感じる…!)

 

 フジマサマーチが、現役時代に目覚め、ドリームリーグを走る中で磨き上げた、ゲート入りで発する鬼神の圧を隣枠のスマートファルコンとアイネスフウジンにぶちまけていた。

 その圧は今や彼女のフェイバリット。

 ドリームリーグにおいて、彼女の両隣の枠に入ったウマ娘は一着を取れていない。

 音を立てるでもない。何か動きがあるわけでもない。ただ、視線と雰囲気による差し穿つような圧が、両隣の逃げウマ娘二人を楽にゲートから出そうとしない。

 

 この時点で、スタートダッシュが必須となるスマートファルコンにとっては相当なハンデとなる。

 今回のレースはスタートダッシュを得意とするもう一人の逃げウマ娘、サイレンススズカがいるため、スタートの不利は余りにも砂の隼にとって厳しい条件となる……はずで、あったが。

 

 だが、サイレンススズカもまた枠番には恵まれていなかった。

 何故なら、彼女の隣には。

 

(……空気がぬかるんでるみたい。すごいわ、こんなの初めて……流石ね、ネイチャ)

 

 牽制の長老。

 ナイスネイチャがそこには存在した。

 

(ファルコンさんはマーチ先輩がやってくれてますからねぇ~、あたしはスズカさんを殺りますよ、そりゃね。楽なスタートが切れると思わないでくださいよぉ)

 

 刺し穿つような重圧をかけるフジマサマーチのそれとは異なり、空気に粘りすら生まれそうなほどのねっとりとした圧を仕掛けることでサイレンススズカの気勢を削ぐ。

 その表情も、絶好調の時に見せる蕩けたような笑顔だ。

 この蠱惑的な笑みを浮かべる時のナイスネイチャには注意しろ。革命世代以降、どの世代でも語り継がれる彼女なりのキープスマイル。

 

 さて、そうしてスタートダッシュの脚を縛られるスマートファルコンとサイレンススズカだが、無論の事、この程度でスタートが終わるほどこの二人も甘くない。

 今日のは格別に重いそれではあるが、しかしスタート時点で圧をかけられることなど、二人にとっては日常茶飯事。

 それを超えて最高のスタートを切れるからこそ、砂の隼と異次元の逃亡者という、二人だけの二つ名を名乗ることが許される。

 不敵な笑みを浮かべる二人が、スタートへの集中を高めていく。

 

 

『……最後の大外枠にウィンキスが入りました!各ウマ娘ゲートイン完了!!………今スタートしましたッ!!!』

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

 前振りはあったが。

 それでも、先駆けはこの最速の二人。

 

 

『っ飛び出していったのはやはりこの二人ッ!!芝の上の最速の機能美と、砂の上の最速の機能美がぶつかりあうっ!!これが見たかった!!スマートファルコンとサイレンススズカがまずスタートダッシュを決めっ……なんと!!?』

 

 

 だが、当然にそれだけでは終わらない。

 在り得ない光景に実況が、観客席が困惑の声を上げ始める。

 特に、この舞台には何をしでかすかわからない伏兵が多数存在する。

 その奇策を打ったウマ娘が、やけっぱちの笑顔と共に、先頭の二人に追従していた。

 

 

『続くサクラノササヤキとアイネスフウジンのすぐ前に、ナイスネイチャが来た!!先頭の二人の飛び出しについていきましたっ!これは作戦か!?』

 

 

 ナイスネイチャが、逃げ集団についていく。

 当然にしてそれは、レース全体を泥沼に叩き込むんためのネイチャなりの最初の一手であった。

 

(特に大逃げ二人は、最初のタイミング逃したら牽制が遠くなっちゃいますからねぇ。思いっきり削らせてもらいますよっと!!)

 

「……んぐっ☆」

 

「くっ…!!」

 

 飛び立とうとする隼と、先頭を譲ろうとしない異次元の逃亡者が、肩を並べるようにしてギアを切り替えて加速する寸前に、思い切り牽制をぶつけて初速を削ぐ。

 そのためだけに、スタートダッシュに付き合った。

 ゲート内でサイレンススズカを徹底マークする他、彼女の呼吸を盗んでおり……ゲートオープンへの反応を、隣へ意識を飛ばすことで模倣した。

 万が一にでもサイレンススズカがスタートを失敗すれば同時に自分のレースも終わってしまうようなある意味ギャンブルではあったが、例え圧をかけようが素晴らしいスタートダッシュを切るだろうとスズカを信じていたからこその一手。

 そのお礼として捧げられた粘つくような逃げ牽制に、二人の速度は緩まり、レースのペースはある程度ゆるやかになった。

 

「またやってるの……」

 

「ネイチャさんの牽制込みでラップタイムは設定してますからね!!ご自由にっ!!」

 

「お二人も頑張ってねー。ほいっ、ほいっと」

 

 そして、そこからナイスネイチャが位置を下げていく。

 当然だ。大逃げ二人にこの後も付き合えば間違いなく破滅する。

 牽制のためのスタートダッシュは最初だけ。

 その後は、全体に()()()()をしていく必要があるため、むしろ足を緩めて回復に務めながら、すれ違うウマ娘達に牽制を投げかけていくのだ。

 とりあえず今すれ違った逃げ二人にもあいさつ代わりに幻惑を絡めていった。

 

 加速減速によるスタミナの減少は極限までロスを少なくできるようトレーニングしている。

 ナイスネイチャの変幻自在の牽制が、このレースを走る全員に捧げられていく。

 

 

『その後ろには先行集団、フジマサマーチが前目に着けて追うようにマジェスティックプリンス!!サンデーサイレンスもここにいてウィンキスが中団に着けたか!シンボリルドルフとメジロライアンがその後ろ!ナイスネイチャがまるでカメラの映像に追従するように位置を下げていくっ!!』

 

 

 レース映像が横からの画面に切り替わり、先頭から後続に向けて流れるように映していく。

 その映像にずっと移り続けるナイスネイチャが、順々に()()()()を交わし始める。

 

 

「……実際のレースで受けるのはこれが初めてだが、噂に違わぬ曲者だな貴様。そこまでやられれば敬意も湧くという物だ」

 

「どもども~。マーチ先輩も中盤期待してますので~」

 

『ハッハッハ!!ファルコンから聞いていて知っているとも……ああ、幻惑の使い手ナイスネイチャ!!なるほど、初手から驚かせてくれるね!!面白いッ!!』

 

『この子、私と初めて走ったトレーナーズカップからずっとこれだから……日本のレースって湿っぽいのよ。対策立てるのが本当に大変』

 

『アメリカの英雄にご存じ頂き、サンデートレーナーにもお褒め頂き、光栄の極み!なんちって』

 

『囁き技術のためだけに言語まで習得してきている所が極めて厄介。マーク割合45%まで見積もりを修正』

 

『やーん、世界最強にマークなんてされちゃってます?滅相もない、このように光る末脚も何もないウマ娘でして…』

 

「君はあの有マでフラッシュにも負けない末脚を見せているだろう。私とやり方は違えど流石だな、君は……」

 

「ネイチャちゃんと走る時はこの笑顔に注意せよ、ってね……ただの圧なら筋肉で弾けるけれど、すり寄ってくるからなこの子…!!」

 

「あらやだ会長さんからもマークされてる?恐縮ですねぇ~、後ろに引っ込んじゃお。ライアンさん助けて~?なんてね」

 

 

 すれ違う一瞬の会話、視線のやり取り、圧の掛け合いで、僅かずつながら全員の気勢を、脚を削いでいく。

 余りにも器用なナイスネイチャの牽制術。

 それは、全員の性格と戦歴、歴史と関係性をしっかりと把握しているからこそできる、敬意に溢れた全霊の妨害。

 心地よさすら感じさせる開き直りから繰り出される牽制が、これからゴールを過ぎるまで、どのタイミングで仕掛けられるか分かったものではない。

 絶対に意味がないだろうというタイミングでさえ愉悦と共に圧が飛んでくるのだから、走っているウマ娘からすればたまったものではない。

 

 

『……さらに後方集団、差しの位置から伺うはマイルイルネル!ハルウララとブロワイエがその隣!!エイシンフラッシュはその後ろからレースを見ていますっ!!その隣の巨体はイージーゴア!!後ろ目に着けたっ!!しかしここまでナイスネイチャが落ちてきているっ!!何をしている!?あのウマ娘は何をしているんだ!?!?』

 

 

 映像は流れ、差し集団の紹介に入った。

 集団の前方、レースを走るウマ娘のちょうど中間あたりに着けたマイルイルネルが、ナイスネイチャとは違うアプローチで全体のウマ娘に仕掛けるために、大きな耳をぐりぐりとソナーのように動かしている。

 それは今や彼女の走りを象徴する動作で、ぱかプチでもマイルイルネルのものだけは耳が自由に動くようにされているほどだ。

 

「今日も頑張ってるねぇイルイル。アタシ全力で引っ掻き回すけど、盤面はちゃんと見えてる?」

 

「僕を舐めないでくださいよネイチャさん。癖を知ってるウマ娘が多いこの場なら……いや、真似しないで?」

 

「えへへ」

 

 すれ違いざまに、ナイスネイチャがおちょくる様に己の耳もくりくりっと動かす。

 普段とは違い、音を僅かでも拾いやすくするために耳カバーを外した状態のそれが、マイルイルネルと並んで耳を動かして、まるで姉妹のように仲良しの様相を見せる。

 

「あー!二人ともお耳が動いてるー!」

 

「仲良しだからねあたし達っ!」

 

『……空恐ろしいものを見ているよ。まるでラビットのように飛び出したウマ娘が自分の目の前まで降りてきて、悪意を振りまきながら全体を撫でていくなど……世界でも君だけだろうな、これをやれるのは』

 

『はっはっは。買いかぶり過ぎってやつですよブロワイエさん。いつだって全力で走ってるだけですって』

 

『君はフランス語まで覚えてきているのか……!?』

 

 そしてその傍、ハルウララとブロワイエが駆け抜けるところをナイスネイチャは下がっていく。

 実を言うとこの二人のうち、ハルウララへの警戒度がナイスネイチャの中ではかなり高い。

 自由自在の牽制を放てるナイスネイチャだが、その効果は結局のところ、受け手側の理解力にゆだねられるところがある。

 牽制を、圧を、何をしているか理解できる者ほど、素直に牽制が効いてくれるのだ。

 しかしハルウララは、その天真爛漫たる笑顔の中に、レースへの勝利を求める執念の鬼、それ以外のものを何も抱えずに走っているのだ。

 目標は一番にゴールに飛び込むこと。それ以外の悩みを捨て切ったことで、末脚に最後の輝きを生み、スマートファルコンすら一度超えている経験を持つ。

 通常に仕掛ける圧も、ライアンなど圧に抵抗のあるウマ娘に仕掛ける絡め手も、ハルウララは割とスルーしていくのだ。

 純粋に、走ることを楽しむ彼女だからこそ効かないものもある。

 ナイスネイチャの牽制は、ハルウララという相手には相性が悪かった。

 

『……ここまでくると、もしやドイツ語も覚えて来ていますか?』

 

Selbstverständlich(もちろん)!私達もうだいぶマブでしょフラッシュさん!親友の母国語を覚えるくらいはしちゃいますって!』

 

Du machst Scherze, oder(ウソでしょ)……』

 

『こっわ。サンデーがあの子の走りだけは誰にも真似できないって言ってたのが分かったわ……まっ、それでもアタシが勝つけれどね!!捻じ伏せてやるわ、その走りも!!』

 

『やーだぁ。その熱は私にじゃなくてサンデートレーナーに向けてくださいよぉ、人畜無害なウマ娘でーす』

 

 差し集団の後方、そんな様子を見ていたエイシンフラッシュが試しにとドイツ語で語り掛けたら、流暢なそれが返ってきて、その言葉に衝撃を覚えて気勢を削がれた。

 そんなこれまでの様子を見ていたイージーゴアもまた、その恐ろしさに震えつつも、飛ばされる牽制を受けて負けん気を刺激されていた。

 

 

『そうして最後方、ここには追込みの代名詞ゴールドシップ!!そしてその隣になんとヴィクトールピスト!!今日は最後方からのレースを展開するか!ドバイターフで見せた奇跡が繰り広げられるのか!?最初から最後まで映像に映りましたナイスネイチャは二人の前でようやく位置が落ち着いたか!!』

 

 

 最後に、追込みの作戦をとるウマ娘が二人。

 チームスピカのゴールドシップとヴィクトールピストが、仲良く最後方からのレースを展開していた。

 先頭で砂の隼と戯れるサイレンススズカも含めて、スピカのウマ娘が最前線と最後方を繋いでいた。

 

「マジでよくやるよお前……」

 

「いえーい、ぴすぴーす。みんな見てるー?」

 

 ゴールドシップがため息を一つついて前を走るナイスネイチャを視界に収めたところで、全く速度を落とすことなく振り返り、ぺろりと舌を出してウインクを一つ贈るナイスネイチャ。

 ぱかちゅーぶにその瞬間の映像が流れて一度コメント欄が回線落ちした。

 

「……これまで何度も受けたけれど、今日はキレッキレね、ネイチャ先輩……」

 

「あ、ここから500mまではずっとヴィイにねちょるからね。覚悟してね?」

 

「最悪……!!」

 

 今日は最後方に位置取りし、ゴールドシップの走りをペースメーカーとしながらも、最終コーナー付近からのまくりを考えていたヴィクトールピストが、辟易して顔をしかめた。

 牽制から逃れるための位置取りだったというのに。最初、スタートダッシュで前目に着いたナイスネイチャを見て、牽制の長たる3人のうち、少なくとも一人のマークから逃れられたと思ったのに。

 粘着してきやがった。

 荒らし、嫌がらせ、混乱の元となっていたナイスネイチャは、ヴィクトールピストの領域発動までその位置取りで落ち着いた。むしろ領域突入を潰してやらんと言わんばかりに圧が継続してヴィクトールピストに仕掛けられる。

 持ち前の抵抗力で対抗しながらも、しかし重い足取りになる所は避けられない。

 まったく面倒な相手である。このレースを走る全員がそう思った。

 

 

『先頭を走るサイレンススズカとスマートファルコンが共に先頭を譲らない!!逃げます逃げます!!まもなく最初のコーナーが見えてくるぞ!!ここで波乱が起きるのか!?』

 

 

 そうしてナイスネイチャがまず全員に挨拶を交わし終えたところで、レースは200mを超えて最初のコーナーに突入していく。

 抜けるまでに300mほどかかるこのコーナーが、あらゆるウマ娘にとって仕掛け処となる。

 勝負はまだ序盤。優駿たちの輝きはこれからである。

 

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

『コーナーを回るっ!!先頭の二人は未だどちらもハナを譲らずパラレルドリフトを披露っ!!これは恐ろしいスピードだっ!!序盤からこの速度を出して大丈夫か、ぶつからないか!?などという心配は無用!!なぜなら彼女たちは世界最優の二人だからですっ!!後続も負けじとぶっ飛んでくるっ!!』

 

 

 最初のコーナーに突入した。

 先頭を走るスマートファルコンとサイレンススズカが、お互いにハナを譲るまいと肩を並べたままに、姿勢を落として飛び込むようなコーナリングを見せた。

 革命世代、およびそれに連なり影響を受けたウマ娘達がよく見せる、決死のコーナリング。

 体幹が極まっていることを条件に、恐怖心を克服したものだけがこのコーナリングを敢行出来る。

 

「先頭は……譲らないっ☆!!」

 

「くっ……こっちだって!!」

 

 まず先頭を行く二人が水先案内を務め、その後方からは次々と優駿たちが続いていく。

 アイネスフウジンも当然にして等速ストライドを交えたテクニカルなコーナリングを披露するほか、サクラノササヤキもこの加速度についていける走りを習得していた。

 フジマサマーチはカサマツ独特の深く水を掻くようなつま先を用いた走りでそれに対抗し、マジェスティックプリンスとメジロライアン、シンボリルドルフとブロワイエもそれぞれ速度に追従して走り抜けていく。

 その後方からはエイシンフラッシュが多角形コーナリングで独特な軌道を描いてコーナーを攻めていった。

 ハルウララもドバイで習得したコーナリングを如実に用いて加速する。ここで、コーナーでは一歩譲るイージーゴアがハルウララとナイスネイチャに前を譲った。

 ゴールドシップとヴィクトールピストもコーナリングはお手の物。

 それぞれがこのコーナーで余計なロスを生むまいと、当然のようにお手本に近い走りを見せていって。

 

 だが、その走りはあくまでお手本の、理想の近似値にまでしか至らない。

 彼女たち革命世代がコーナーを評価されている理由。

 それは、そのコーナリングを教えた存在がいたからに他ならない。

 

 そう。

 このレースには、全員のコーナー技術の始祖とも言える、サンデーサイレンスが存在していた。

 

 

 ─────────────【天使祝詞(ヘイルメリー・ランナウェイ)

 

 

『ほらッ、どきなさいっ!!最内は私が走るッ!!!』

 

「く……ぬ、これか!!これがサンデートレーナーの本気の走り……!!」

 

『変わっておりませんね、その気性は!!本気でコーナーを攻める時のサンデートレーナーが一番輝いていますよっ!!』

 

「コーナーのたびに入る領域……やはり厄介だな、サンデーサイレンスッ!」

 

『速い……意志が迸っているようなコーナリング。解析不能の速度。サンデーサイレンスの脅威度上昇……!』

 

 

 サンデーサイレンスが、無理矢理内ラチのさらに内側に潜り込むような角度で、コーナーに()()()()()

 ゴールドシップの頭部に積載されたカメラで、ぱかちゅーぶでその光景を見ていた一般市民に衝撃が走る。

 まるで身投げでもしているかのような狂気。

 内ラチと顔面との距離は5cmと離れていない。

 まともな神経ではあの走りはできない。

 冒涜的なまでの加速に、気迫に、ぐんぐん位置取りを上げていくサンデーサイレンスに追い縋れるウマ娘は皆無であった。

 

 サンデーサイレンスはコーナーにおいて最速。

 

 

『黒い影がぐんぐんぐんぐん位置取りを上げていくっ!!サンデーサイレンスのコーナーが速いっ!!流石のアメリカ年度代表ウマ娘っ!!かつてのその栄光は今もなお一切陰りありませんっ!!もう間もなくコーナー出口!!500m地点を超えようとするところですっ!!』

 

 

 そして、500m地点が見えてきた。

 ここを条件として、領域を発動するウマ娘がこのレースには多数参加している。

 

 まず、一人目。

 

 

 ────────【勝利の山(サント・ヴィクトワール)

 

 

「……ちぇっ、入られちゃったか。それじゃネイチャさんは位置を上げていきますので~」

 

「やるだけやって、ズルいんだから…!!」

 

 ヴィクトールピストが、己の第一領域に突入した。

 フランスの地で目覚めた、特異なる領域。全てのデバフを拒む彼女特有のそれ。

 今回はこの500mに至るまで、長らくナイスネイチャに粘着をされ続けていたため、脚は多少削れているが、領域への突入自体は防がれなかった。

 ここからはまき直し。最終コーナーで飛び出すために、脚を溜めていくところとなる。

 ナイスネイチャは一先ずの収穫を経て、次の粘着対象を探しに位置取りを上げていこうとしたところで、しかし。

 

「……って、はぁ!?」

 

「嘘……!?」

 

 しかし、そんなやり取りをしていたナイスネイチャとヴィクトールピストに、凄まじい衝撃が襲った。

 唐突なそれは、二人のすぐ隣のゴールドシップから。

 最後方に位置する彼女が、なんと。

 

 

「いい領域だな、少し借りるぜ!!サマサマサマーターイムッ!!」

 

 

 ────────【Adventure of 564】for【勝利の山(サント・ヴィクトワール)

 

 

 ヴィクトールピストの第一領域を、模倣した。

 

 ゴールドシップがドリームリーグを走る中で目覚めた第二領域。

 それは余りにも唯我独尊たる彼女のみが持ち得る特殊な効果。

 同じレースを走るウマ娘の領域を、寸分違わず模倣するという物。

 特異点の技術であるゼロの領域だけは模倣できないが、しかし、通常のレースでウマ娘達が使う領域であれば、脚質、位置を問わず、1つだけ模倣が出来る前代未聞の効果であった。

 

 それに目覚めた理由は、ああ、ある意味では納得のいくものなのかもしれない。

 ゴールドシップが趣味と実益を兼ねて行うぱかちゅーぶ。

 その中で彼女は、ありとあらゆるGⅠレースを実況し、解説し、目の当たりにしてきた。

 革命世代のレースを、覚醒の瞬間を、誰よりも見届けてきた。

 そんな彼女が、その技術を使いこなす段にまで進化を果たすというのは、不可思議とまでは言えないだろう。

 

「……厄介にもほどがある!まさかゴルシがそれ使うなんてっ!」

 

「私だけネイチャ先輩の牽制を受けてたのズルくないですか!?」

 

「うるせーっ!!勝負にズルいも何もあるかーっ!!アタシだって今日はガチなんだよーっ!!」

 

 ぎゃあぎゃあと言い争う中でも全く走りにブレはなく、スタミナも浪費していない。

 ナイスネイチャは己の走る技術の内にささやきのスキルを秘め、後方二人はともに入った領域でささやきに抵抗しているからこそ。

 後続集団の厄介さがハネ上がったことで、ナイスネイチャもまた今後のレースをどうコントロールするか、またしても難題を突き付けられることになり、にへっととぼけた笑顔を零した。

 

 

 

 

 さて、そんな後方集団のやり取りが会ったタイミングと、同時。

 500m地点で、さらに厄介な領域に突入せんとするウマ娘が、先行集団に存在した。

 

『今日は羽搏き甲斐のある相手ばかりだ……容赦なくっ!!王の羽搏きを御覧に入れようっ!!』

 

 マジェスティックプリンス。

 このウマ娘の領域も、広く知れ渡る所だ。

 かつてクラシック期に用いていた、大勢の速度を奪う尋常ならざる領域【王の箱庭(King's garden)】をさらに進化させ、その重さは世界の優駿を相手取っても十分に影響があり、砂の隼との勝負となった二度目のドバイワールドカップでは羽根を3枚重ねること(トリプルフィンモーション)でスマートファルコンをも撃墜した、彼女のフェイバリット。

 

 

 ────────【王の飛翔(King's Wings)

 

 

 500m地点を踏み越えた瞬間に、マジェスティックプリンスが領域に突入した。

 かつてドバイワールドカップで披露した、赤を深く染める翼のような領域を背中から展開する。

 9対18本の、深紅の羽根がマジェスティックプリンスの背中から生まれ、その片側の9本が()()()()()()()()()()()

 

 

 

 

『────────は?』

 

 

 一瞬、何が起きたのかわからず、マジェスティックプリンスの思考が停止する。

 意識がスローになり、片側の羽根9本が千切られた精神的な痛みが一瞬遅れてやってくる。

 

 何が起きた?

 なぜ、私の羽根は、片方が千切り取られている?

 

 その混乱に、しかし、答えはすぐ後ろを走っていた。

 まるで若獅子のように闘気を零し、髪が逆立つような圧を見せ、この瞬間に照準を合わせていたウマ娘が、一人。

 それはかつて絶対の称号を戴冠した、日本が誇る()()

 

 

『……シンボリ、ルドルフ……ッ!?』

 

「待っていた……この瞬間をッ!!」

 

 

 生徒会長たる彼女ではない、ドリームリーグを走る彼女でもない。

 現役時代の、獅子のごとき闘気をここまで溜めに溜め、そして必殺の瞬間に牙を剥き出しにして襲い掛かったウマ娘がそこにいた。

 

 日本でのかつての時代に牽制技術にいち早く着目し、レースの支配を覚え、ナイスネイチャやマイルイルネルが出てくるまではこのウマ娘がレースコントロールの象徴ではあったが、実を言えばシンボリルドルフの本質はそこではない。

 

 勝利への飽くなき執念。

 獣の意志が生む、狂暴たる獅子の一撃。

 

 それはナイスネイチャが仕掛けた牽制とは比較にならない重さで、振るわれた牙はマジェスティックプリンスの領域の効果を半減させるに至った。

 無残に散らした羽根を見て笑みを浮かべるシンボリルドルフの、その口からは獣臭すら漂わせるほどの熱い吐息が零れている。

 

 自由自在のナイスネイチャ。

 静謐無音のマイルイルネル。

 一撃必殺のシンボリルドルフ。

 

 日本が誇るデバフ三人衆である。

 

 

『ファルコンですら3枚だぞ……これが日本のトレセン学園の生徒会長の姿か!?あの学園には化物しかいないじゃあないかッ!?』

 

『学園を率いるのも楽じゃなくてね。強くなければ務まらん……常に牙は研ぎ澄ましている。特にアメリカには因縁があるからね、愉悦(たの)しませてもらおうっ!!』

 

『怪物め!だがっ、王は片翼でも羽ばたいて見せるとも!!』

 

 威力は半減してしまうが、しかしそれでもマジェスティックプリンスの翼は凶器の塊。

 縦横無尽にその赤い翼を羽搏かせ、周囲を走るウマ娘達から速度を吸収する。

 かつてファルコンに千切られた経験から学んでおり、一人のウマ娘に長く翼を預けることはなく、撫でるように何度も愛撫することで、断続的に速度を奪い続ける技術にも目覚めていた。

 削がれたが、それで終わるほどマジェスティックプリンスも駄バではない。

 領域を抜いても優駿であるからこそ、アメリカでの常勝無敗の伝説を成している。

 

 

 500m地点での領域発動はそうして一悶着を抱えてそれぞれが放ち終えて。

 ウマ娘達が、コーナーを抜けて向こう正面に入る。

 その先の大ケヤキを目指して走り、もう一度コーナーを回って後は最終直線。

 

 続いての勝負の舞台は、向こう正面のストレートにて。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

『コーナーを抜けて向こう正面っ!!ウマ娘達の位置取りは大きな変化はないか!!ナイスネイチャが徐々に位置を上げていっています!!先頭の二人は未だデッドヒートの最中!!どちらが先んじるのか!?その後ろのアイネスフウジンとサクラノササヤキが控えている!!フジマサマーチが先頭を睨んでいるぞ!!ウィンキスはここまで静かに己の位置を守っている!!マイルイルネルがその後方!!エイシンフラッシュも静かに脚を溜めているっ!!ハルウララがその隣!!後方ゴールドシップとヴィクトールピストはまだ控えていますッ!!』

 

 

 直線に入り、ここで加速を繰り出すウマ娘が数人。

 まず、差し集団の最後方に位置するイージーゴアが動いた。

 

『ようやく直線ね……さ、アガっていきましょうか!!』

 

「うわ…!!ゴアおねーさん、足音すごい!!」

 

「来ましたね…!サンデートレーナーが注意しろと言っていた、イージーゴアさんの直線…!!」

 

『なるほど、踏み込む度に震えさえ覚えてしまいかねない圧…!!これが本気の貴方というわけだ、イージーゴア!!』

 

 直線に入り、徐々に加速を始めるイージーゴア。

 彼女はアメリカの現役時代、サンデーサイレンスと何度も鎬を削りあった仲だ。最大のライバルとして世間から見られており、実際に激戦を何度も繰り広げた。

 その激戦が人々に愛された理由のうちの一つに、二人の走りがまったく相反するものであったことが挙げられる。

 コーナリング技術はサンデーサイレンスが秀でており。

 そして、直線ではイージーゴアの走りが勝っていた。

 

 その走りは、ただ、シンプルに。

 190cmを超える筋肉の塊、ギフテッドの肉体を十全に発揮し、真っすぐに駆け抜ける。

 その体に力が溢れすぎているからこそ、コーナーで全力を出せばロスを生む。

 直線でその力を十全に発揮する瞬間こそが、イージーゴアの真骨頂。

 

 そこには特段、特筆するべき技術はない。

 強いものは強い。速いものは速い。

 高身長で筋力にも勝るウマ娘が全力で走れば、それだけであらゆる技術を踏みにじるほどの暴力的な加速を生むのだ。

 

 

『さあさあ!!アガっていきましょうっ!!こんなに楽しいレースなんだもの、全力で走らなきゃ嘘ってもんよ!!』

 

 

 アメリカンな笑顔を見せて、実に楽しそうに、イージーゴアがアガっていく。

 コーナーで少し位置を落とした分を取り返すように、重戦車のような足音を響かせて、暴走機関車が直線を駆け抜けていった。

 

 

 

 そして、視点は移り先頭集団。

 サクラノササヤキが位置取りを上げてアイネスフウジンの隣をキープし、そしてアイネスフウジンがいつもの技術、後方に向けた速度を奪う逆風を繰り出している、さらにその前方。

 大逃げの二人が鎬を削りあう中で、変化が生まれていた。

 

「…!!ファルコン先輩…!!」

 

「ここだけは、譲れない…☆!!」

 

 お互いに己の脚を最終直線に残しつつ、スタミナを管理した上で、溢れる本能で共に先頭を奪わんと走る中で、肩を並べるデッドヒートを繰り広げ、時には内外が変わりながらも走ってきたところになるが、ここに来てスマートファルコンが意識して加速を繰り出した。

 それはサイレンススズカから見れば、明らかな暴走でもあり、そして必殺の一撃でもある。

 それをする理由は分かる。分かるし、止めなければならないのだが、それを止めるために脚を使うことは自分が息を入れられないことと同義であることも理解しているため、どうしようもなかった。

 

 レース中盤が近づくこの時点で、スマートファルコンが僅かにサイレンススズカの先に出る。

 それにより、彼女の領域の発動条件が満たされた。

 

 それも、()()

 

 

────────【砂塵の王】×【キラキラ☆STARDOM】

 

 

「……だあっ!!!」

 

「っ……!!ズルい……!!」

 

 砂の隼が、この芝でもありダートでもあるUGというバ場において、誰よりも恩恵を受けられる側だったのかもしれない。

 なにせ、彼女の領域は芝とダートで使い分けるタイプのもの。そんな特異な領域を持つものは早々いるはずもない。

 そんな彼女がこのUGにおいて、領域の二重領域発動(ダブルトリガー)を成せることに何の疑問もないだろう。

 ハナを取るために使ったスタミナも、この領域が出せればチャラになりおつりがくるほどの効果。

 最前線を走る高速ペースから更に加速度が上乗せされ、サイレンススズカとの距離を徐々に広げていく。

 大逃げの勝負は、これにて決着と相成った。

 

 

 ────────はずがないだろう。

 

 

「譲らない……!!」

 

 今、先頭を走るのが砂の隼スマートファルコンであるならば。

 

「絶対に、譲らない……!!」

 

 その後ろにいるのは、異次元の逃亡者サイレンススズカなのだ。

 

「先頭の景色は、譲らないッッ!!!」

 

 サイレンススズカが、先頭を譲ることなど在り得ない。

 

 

 ────────【大欅を超えてその先へ!】

 

 

 覚醒(めざ)める。

 

 彼女もまた、第二領域へ。

 

 その第二領域の発動条件は、レース中盤、先頭を走るウマ娘から2バ身の距離に位置した際に発動するというもの。

 これまでに、目覚める機会を得られなかったものだ。

 何故なら、彼女がスタート直後から先頭を走り、ゴールまで駆け抜けるのが当然なのだから。

 大逃げという彼女の必殺の走りに、ついてきて、さらに追い越すようなウマ娘はこれまでにいなかったのだから。

 

 しかし、このUGという夢の舞台において、同じように先頭を駆ける砂の隼と相対することになり。

 真剣勝負の中で初めてハナを譲るという苦い経験を経たサイレンススズカが、覚醒した。

 

「っ…!?スズカちゃん…!!」

 

「逃がさないっ……!!先頭は、私が走る!!!」

 

 追いつく。

 サイレンススズカが速度を上げて、前を行くスマートファルコンに再び肩を並べる。

 領域突入前に脚を使ったスマートファルコンの、領域の加速に追いつくほどの速度をサイレンススズカの第二領域は生み出していた。

 無論、そのままハナを譲るほど、スマートファルコンも耄碌していない。

 意地でも先頭をキープし、再びデッドヒートが繰り広げられる。

 

 先頭民族たちの、熱いバトルが展開されていた。

 

 

『向こう正面を走り抜けていくっ!!先頭はスマートファルコンに変わったと思えばサイレンススズカが猛追し再びのデッドヒートっ!!後続との差はしかし5バ身程度!!後ろもこの高速ペースについていくぞっ!!どこまで伸びる!?最終直線のスタミナは残っているのか!!もう間もなく大欅を超える所っ!!革命世代が、世界の優駿が煌き駆けるッッ!!!』

 

 

(……効果が薄まったか。やはり、私一人では中々上手くはいかんな)

 

 駆け抜ける先頭の二人に向けて、逃げ牽制の圧を飛ばし終えたフジマサマーチが一息ついた。

 先程から赤い翼が舞ったり、前方から逆風が襲ってきたり、後方からネイチャの圧がランダムに投げかけられたり、先頭二人がさらに加速したり……と目まぐるしく変化する戦場を俯瞰していたが、しかしここまでの走りは悪くない。

 ウララと共に積んだ中距離の練習のおかげで脚も溜められているし、位置取りも理想的な先行の位置。牽制へも抵抗が出来ている。

 そして今日相対するウマ娘達は全員がライバルにして、全員が最強。

 

 恐らくは己の領域の効果もかつてないほどに高まるであろうという目算も込みで、勝利への道筋も見えて来ていた。

 無論、一切油断はしない。欠片でも油断したら食い殺されることもわかっているからこそ、真剣を下ろさずに構え続ける。

 一振りで撫で切る様な強烈な一閃を、最終直線で放たなければならない。

 

(さて……コーナーが近い。位置は……ッ、っと!?)

 

 しかしここで、油断はしていなかったが、一つミスを犯した。

 コーナーに突入する位置取りを探して走り、前の二人、アイネスフウジンとサクラノササヤキが少し進路を外に向けたので、その内側を狙って入ろうとしたところで、そこにいた先行集団の一人であるマジェスティックプリンスを見逃し、進路がぶつかりそうになったのだ。

 しまった、という思考が一瞬。

 勿論、それでぶつかるほど走りが下手ではない。相手も一瞬驚いたようだが、ここは譲るか……と、そこまでフジマサマーチが考えたところで。

 

 

(────いや、待て!?()()()か!?このウマ娘を!?)

 

 

 その異常さに気が付いた。

 

 いや、それは相手も同様なのだろう。この二人の優駿が、同じ位置取りで走るウマ娘の走行ラインを見逃してしまうことなどありえない。

 ただ、急に─────そう、急に来た。

 意識の外側を、盲点を突くようにして、急に来たのだ。

 

 そうとしか説明が出来ない、異常事態。

 フジマサマーチは急に背中が冷える様な感覚を味わい、ロス覚悟で一度後方を確認するべく振り向いた。

 そこで見た光景は、信じられないものになっていた。

 

 

 走る全員が、動揺した表情を見せていた。

 

 

 恐らくは自分と同じ驚きを覚えたのだろう。

 走ろうと考えていた走行ラインに、他のウマ娘がいつの間にかいて……その驚きで一瞬脚が鈍り、その影響でズレた先で、また誰かの走行ラインを潰してしまうような。

 そんな連鎖が自分から始まって……いや、自分ももしや、アイネスフウジンとサクラノササヤキがそれになった影響で?その二人も、さらに前の二人の挙動を見た影響でそうなった?

 そんな在り得ない思考を零してしまうほどの異常事態。

 最後方からアガってきた二人……領域に入っているはずのヴィクトールピストと、1000m地点から加速し始めたゴールドシップまでもがその混乱に驚愕する表情を見せていた。

 

 そして、フジマサマーチは理解する。

 この一手。

 この盤面を整えるために全てを注いできたウマ娘が、にやり、と笑みを零したからだ。

 

 ───────マイルイルネル。

 

 静謐たる刺客は、刺したことさえ悟らせない。

 それはとても静かに、誰にも気づかれずに。

 全員の位置取り、それを一つのラインに乗せて、連鎖的に走りに躊躇いを、焦りを生ませていた。

 

 逃げ躊躇い、先行躊躇い、差し躊躇い、追込み躊躇い。

 逃げ焦り、先行焦り、差し焦り、追込み焦り。

 逃げ牽制、先行牽制、差し牽制、追込み牽制。

 その全てを盤面に乗せた、神の一手。

 

 僅かな、気付けないほどの無意識の牽制で、少しずつ、全員の走りをコントロール下において。

 そして、最高のタイミングで、導火線たる最前列の二人を動揺させ、躊躇わせ、焦らせて、レース全体の秩序を砕いた。

 

 そして、この一手が決定打となり。

 

 全ての楔は解き放たれた。

 

 

────────────────

────────────────

 

 

 

「よし……行っちゃえ☆!!」

 

「……最後のコーナー!!もう、行くしかないっ!!」

 

「前二人が止まらないの…!!ついていかなきゃ終わるっ!!」

 

「南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経、南無妙法蓮華経……!!」

 

 

 レース全体の動揺から、まず先頭の二人が掛かり気味に、ここまで溜めた脚を用いてコーナーに飛び込んでいく。

 それに続くように逃げ二人も、備えていた脚を解放して飛び込む様に続いていく。

 

 このレースは、東京レース場の長い直線を持つ芝コースと違い、ゴールまでの最終直線が400mと設定されている。

 コーナー200m、直線400mの最終局面。

 

 ここに来て、ウマ娘達はその本能を抑えられなくなっていた。

 最強のライバルたちに囲まれて、スタミナと、脚を溜めるペースを考えるほかに、どうしても迸る思いが胸の内に燃えていた。

 誰もが抱えるその想い。

 

 

 勝ちたい。

 

 

 この素晴らしいメンバーが集う夢の舞台で、己が勝ちたい。

 本能から叫ばれるその想いが、これまでのレースの中で抑えきれぬほど高まり、そしてマイルイルネルの全体への動揺をきっかけに、とうとう堪忍袋の緒が切れた。

 

 魂が、ここで勝てと叫んでいた。

 

 

『さあ大欅を超えて最終コーナーッ!!飛び込んでいった先頭二人……いやっ!?!?後続が次々と加速していくぞっ!?止まらない!!まるでなだれ込むかのように最終コーナーに入って行ったァ!?一気にレースは沸点に至ったぞッ!?走る!!!走りますウマ娘っ!!我先にとコーナーを駆け抜けて先頭に躍り出んと!!後続が全員ラストスパートに入ったーーーーッッ!!!』

 

 

 全員が、全てを解き放つ。

 

 夢を魅せ続けてきたウマ娘達の、全力全開、全身全霊がコースの上で乱舞する。

 

 絢爛舞踏。

 

 まるでそれは踊るように、各々が己の領域に次々と突入し、星空のような煌きを生んでいた。

 

 

 

 

 【不沈艦、抜錨ォッ!】

           

  

     【Remember Big Red(赤き血の定め)

 

 

  【MONstre JEUne premier(頂に立つ若き獅子)

 

 

        【金剛大斧(ディアマンテ・アックス)

 

 

【Schwarze Schwert】×【Guten Appetit Mit Kirschblüten】

 

 

  【Go☆Go☆for it!】

 

 

     【113転び114起き】

 

 

            【天使祝詞(ヘイルメリー・ランナウェイ)

 

 

         【闘ヱ、将イ、行進ス】

 

 

  【汝、皇帝の神威を見よ】

 

 

【ゼロシフト=グラン・ドライヴ(大地疾走)

 

 

Zone of ZERO=A King's Resolution(王たるものの覚悟)

 

 

          【翳り退く、さざめきの矢】

 

 

   【Forever Winning Run(誰よりも勝ちを重ねて)

 

 

()()()祈り、()()()夢】

 

 

            【きっとその先へ…!】

 

 

 【僕の歩む道(マイネルドリーム)

 

 

       【先頭の景色は譲らない…!】

 

 

          【刻の実-証(Q/E/D)

 

 

【零式・風神乱気流(ゴッドブレス=タービュランス)

 

 

Zone of ZERO=Eternal Fairy tale(永久に紡ぐ夢物語)

 

 

 

 領域の流星群。

 それは数多の輝きを以て、コーナーを駆けるウマ娘達に虹色の光を生んで。

 

 

 しかし、その最終300m地点で、異変が起きた。

 

 

『一斉に上がってくるッ!!最終コーナーを抜けたッ!!分からないぞっ!!大きく外に広がるッ!!全員が己の進路を、栄光への道を確保するために広がって……っと、何とっ!?風か!?突風で土煙が上がってしまったか!?ウマ娘達の姿が見えませんッ────!!』

 

 

 ウマ娘達が加速して集結するその波に、アイネスフウジンの放った零式から繰り出される暴風に自然の風も重なり、UGのきめ細かい砂がまき散らされ、砂塵を生んだ。

 土煙がコーナー出口付近に生まれ、駆けるウマ娘達の姿を覆い隠してしまう。

 サクラノササヤキの領域効果によるスローモーションも相まって、時が止ったかのような瞬間が東京レース場に生まれた。

 

 

 

 

 そして、一瞬の静寂のあとに。

 

 

 土煙を引き裂いて、轟音と共に飛び出してきたウマ娘は───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ────────18人。

 

 

 

 

 

 

 

 

響けファンファーレ

 

 

 

『…っ!!来た!!全員が来たッ!!これは激戦ッ!!先頭はまだスマートファルコンとサイレンススズカだが後ろも凄まじい加速っ!!横一線だっ!!!先頭を捉えるのは誰だッ!?誰が抜け出すっ!!全く分かりませんッ!!』

 

 

 

届けゴールまで

 

 

 

 最終直線を、数多の夢が駆ける。

 誰もが夢を見て、憧れて、愛してやまなかった、18人のウマ娘。

 

 革命を築いた世代が。

 それを超えようと奮起したウマ娘が。

 国を超えてつながった戦友が。

 

 誰もが、己の勝利のために、全力でゴールを目指し駆け抜ける。

 

 

 

輝く未来を 君と見たいから

 

 

 

「スズカァーーー!!ゴルシィーーー!!ヴィイーーー!!!俺がついてるぞぉ!!いけェーーーーッッ!!!」

 

「ルドルフ!!行きなさいっ!!貴方の、私達の誇りのためにっ!!行けーーーッ!!!」

 

「ネイチャ!ササヤキさん!イルネルさんッ!!最後まで諦めないで!!走ってくださいッッ!!」

 

『GO!!ウィンキス、GOォォーーーーッ!!オーストラリアの最強を証明しなさいッッ!!』

 

「ライアンさんッ!!そのまま、行けます!!行ってくださいっ!!勝つためにッ!!」

 

『ゴアトレーナー!!プリンスッ!!アメリカ最強チームのプライドを、伝説を見せてーーーー!!!』

 

『ブロワイエーーーーー!!凱旋門ウマ娘が世界最強であると証明してくれーーーー!!!』

 

「マーチィィィーーーー!!!!地方の、カサマツのっ……いや!!お前の為に、走れェェーーー!!!」

 

「ウララァーーーーーーーー!!!!!お前が俺にとっての、最高のウマ娘だ!!頑張れ、走れッ!!ウララァーーー!!!」

 

「フラッシューー!!!ファルコンッ!!アイネスーー!!SSーーーー!!!頑張れェーーーーッ!!行けェーーーーッ!!!」

 

 

 

駆け抜けてゆこう

 

 

 

 そして、それを応援するトレーナー達の、チームメイトたちの、ファンたちの大歓声。

 人々は、ウマ娘の走りに夢を見る。

 その走りが尊いからこそ、心から全力で応援する。

 

 

 

君だけの道を

 

 

 

 エクストラドリームトロフィー。

 その決着を、世界が見届ける。

 奇跡を描く、夢の舞台が決着を迎えようとして。

 

 

 

もっと 速く

 

 

 

 それでも、きっと。

 

 

 

 I believe

 

 

 

 

 ────────永遠に、夢は終わらない。

 

 

 

 

夢の先まで

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

────────────────

 

 

 

 

 

 

 

 

──ここで今輝きたい──

 

 

──叶えたい未来へ走り出そう──

 

 

──夢は続いてく──

 

 

 

 

──ライバルがいるほど頑張れるよ──

 

 

──いつか手にしたい 真剣勝負の栄光──

 

 

──どんな時でも笑いあえるよ──

 

 

──君のココロにつながるシンパシー──

 

 

 

 

 

 

「………わぁっ……!!」

 

 エクストラドリームトロフィーのウイニングライブ会場。

 それを、観客席の最上段から眺める、幼さの残るウマ娘の姿があった。

 

 今日の昼に目の当たりにした、世界の頂点の走り。

 数多の夢を描く、憧れの存在たち。

 国もキャリアも関係ない。

 ウマ娘は、夢を紡いでいけるのだと。

 

 そんな確信すら覚えるほどのウマ娘達が描いた走りに、魅せられた。

 いつかは、私も──────と、そんな風に感じながらライブに見惚れていた、そんな時だ。

 

 

 ニャー!

 

「…へ?……きゃっ、猫…?……え、ええっ!?オニャンコポン!?」

 

 

 そのウマ娘の足元に、ライブ会場では見慣れない猫が一匹、歩み寄って身を摺り寄せていた。

 しかし、この猫は見覚えがある。レース場に来る猫など二匹しかおらず、そしてこの三毛猫はその内の一匹で間違いない。

 オニャンコポンだ。

 レジェンドトレーナーである立華勝人の、その肩に乗っているはずの猫が、なぜここに?

 

 

「ど、どうしたの……?オニャンコポンさん、だよね…?」

 

 ニャー!

 

 

 しゃがみ込み、その猫を抱えてみる。

 記事で見た通り、人懐っこい猫のようで、すぐにその胸にすり寄ってきた。

 可愛い、と微笑ましい気持ちを抱いていると、続いてその猫の飼い主がやってきて、そのウマ娘の感情はオーバーフローした。

 伝説の猫と、伝説のトレーナーが、自分の目の前にいるのだから。

 

 

「……っと、ようやく止まったか!!ごめんな、君!全力で愛バを応援してたら大声のせいか、オニャンコポンが逃げちまってさ……捕まえてくれてありがとう!」

 

「あっ、は、はいっ!!」

 

 

 立華が猫を抱えるウマ娘に手を伸ばして広げると、オニャンコポンはぐずる様にウマ娘の胸に頭を撫ですり寄っていたが、それも飽きたのかウマ娘の手からするりと抜けて、ぴょいー、と立華の手の内に戻る。

 もう離れるんじゃないぞ、と定位置である肩の上に戻して、改めて礼を述べて立華がその場を去ろうとして。

 

 

「……あっ、あの!!!立華トレーナー、ですよね!?」

 

「っと?ああ、そうだよ……そうだな、名乗るのも忘れてた。俺は立華勝人……トレセン学園でチームフェリスのトレーナーを務めてる。改めて、オニャンコポンの件は有難うな」

 

「知ってます!!そ、それで……そのっ!!強くなるには、どうしたらいいですか!?」

 

「……ん?」

 

 

 しかし、その脚をウマ娘が声をかけることで止めた。

 改めて振り返る立華が、どうやら急な出来事で随分と慌てている様子のウマ娘を見て、そして投げかけられた質問を受けて、それに真摯に答えるために、トレーナーとしての表情に切り替わる。

 ごくり、とウマ娘が息をのむ音が、ライブの音にかき消された。

 

 

「……君の夢は何だい?」

 

「……夢?」

 

「ああ。強くなるためには、夢が……君が、絶対に成したいって言う夢が必要だ。そして、その夢に向けた想いがあれば……その想いが強ければ強いほど、ウマ娘ってのは強くなる」

 

「……想い……」

 

「そうだ。想いを重ねることで、ウマ娘は強くなれる。俺はそう信じている。……君の脚はいい素質があるから、あとは磨くトレーナー次第、だな」

 

 

 立華勝人が述べるその答えは、正解ではないのかもしれない。

 ウマ娘達が競い合う中には、想いも努力もあるが、才能や運もあり、全員が全員、想いさえあれば強くなって勝てるというものではないことは、レースの結果が証明している。

 綺麗ごとと言えば、そうなのかもしれない。

 

 でも、それでも。

 そんな想いを紡ぎ続けてきたのが、この男なのだから。

 

 

「……わ、私!!トレセン学園に入学希望なんです!!もし入学出来たら、私の走りを見てもらえますかっ!?」

 

「お、そうなのか?そりゃいいな、楽しみが増える……ああ、勿論構わないよ。君と学園で出会えたら、真剣に走りを見ることを約束しよう。オニャンコポンも君が気に入ったみたいだしな」

 

 

 ニャー、と鳴くオニャンコポンの喉元を撫でて、立華勝人が微笑みを一つウマ娘に見せる。

 そのウマ娘は、とくんと心臓を鳴らして、その笑顔を心に刻んでしまった。

 

 

「……ああ、君の名前を聞いておきたいな。忘れないようにしないとね。君、名前は?」

 

 

「私の……私の、名前は────────ヴェラアズールですっ!!」

 

 

 

 

 

 

──遠く離れてしまう時でも──

 

 

──いつまでも変わらないトキメキがあるから──

 

 

──勝利を目指して──

 

 

 

 

──ここで今輝きたい──

 

 

──いつかは憧れも君も越えてゆくよ──

 

 

──step by step もう止められない──

 

 

──specialな勝負で駆け抜けよう──

 

 

──君と紡いでく──

 

 

 

 

──ここで今輝きたい──

 

 

──小さな憧れが君を導くから──

 

 

 

 

 

──ここで今輝きたい──

 

 

──いつでも頑張る君から変わってくよ──

 

 

──day by day さあ 進もう my way──

 

 

──specialな絆で繋がってゆく──

 

 

──specialな毎日へ走り出そう──

 

 

 

 

 

────夢は続いてく────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

F I N

 

 

 

 

 

 







これにて、筆者が描くウマ娘たちの物語は完結となります。

最初から最後まで、自分が書きたいものを書き続け、こうして無事に完結を迎えられたことが心から嬉しいです。

ここまで長らくお付き合いを頂きましてありがとうございました。


よろしければ、最後に評価、感想、読了ツイートなどいただけると嬉しいです。





目次 感想へのリンク しおりを挟む




評価する
※目安 0:10の真逆 5:普通 10:(このサイトで)これ以上素晴らしい作品とは出会えない。
※評価値0,10についてはそれぞれ11個以上は投票できません。
評価する前に
評価する際のガイドライン
に違反していないか確認して下さい。