ありきたりな正義 (Monozuki)
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『海軍の新星』

 

 

 

 

 

 人生は残酷だ。

 幼い少年は、雨に打たれながら己の非力さを呪った。

 

 全てを失った。

 全ては消え去った。

 全てが──奪われた。

 

 熱が徐々に身体から消えていく感覚に襲われる。数分もすれば、完全に冷えきるだろう。

 

 

(……ごめん)

 

 

 命の炎が弱まり始め、意識は次第に薄れていく。

 

 死神の足音が、耳へ届き始める。

 

 心の中で思い描くのは、大切な存在。

 

 後悔の滲む謝罪をし、少年は──。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 ──『偉大なる航路(グランドライン)』。

 

 それはこの世で最も過酷な海であり、強者達が蠢く弱肉強食の世界である。

 

 別名"海賊の墓場"とも呼ばれているこの海には、世界の均衡を保つための三つの巨大な勢力が存在している。

 

 

 数多の海賊達の頂点に立ち、『偉大なる航路(グランドライン)』後半の海である『新世界』にまるで皇帝のように君臨する四人の海賊──"四皇"

 

 世界をまとめる国際組織、世界政府に略奪を許された選ばれし七人の海賊──"王下七武海"

 

 そして、世界政府直属の海上治安維持組織。《絶対的正義》の名のもとに、海賊を含む悪党から民衆を守ることを使命とする──"海軍"

 

 

 三大勢力と呼ばれる力は牽制し合い、バランスを取り合っている。この内のどれか一つでも崩れたのなら、世界から平穏が消え去るとまで言われているのだ。

 

 そんな三大勢力の内の一つである"海軍"。

 組織の総本山、"海軍本部"がある島《マリンフォード》には、空にも届きそうな程の大きな怒号が響き渡っていた。

 

 

 

「グゥゥゥレェェェイィィィィィィッッッ!!!」

 

 

 

 昼下がりには似合わない怒号を聞き、ある海兵は腰を抜かし、またある海兵はその場に気絶し、またある海兵はラーメンを床へご馳走するなど、本部内はプチパニック状態であった。

 

 現在進行形で吠えている男、名をセンゴク。

 この姿から想像出来ない程に普段は温厚な人物であり、付いた異名は『仏のセンゴク』。智将として"海軍"をまとめている元帥だ。

 

 しかし仏と呼ぶには、今の彼の姿はあまりにも怒りに満ち溢れていた。

 

 そんなセンゴクの様子を見ながら爆笑ついでに煎餅をかじっているのは『海軍の英雄』と呼ばれる男、モンキー・D・ガープ。

 大声を上げて涙目になりながら笑う姿は、心の底から愉快であると周りに発信する威力があった。

 

「ガァァァプッ!! 笑ってる暇があるならアイツを此処へ連れてこいッ!!」

 

 仕事をサボり、煎餅を持参し、茶を出せと要求。自分勝手が服着て歩いているような男に対し、センゴクは激しく怒鳴りつける。今日だけで何度自身の机を叩いたか分からない。

 

「ぶわはっはっは! そりゃあ無理じゃ! アイツを捕まえるなんざボルサリーノにでも頼まん限り出来る筈ないわい!」

 

 しかし、センゴクの言葉など気にもせず、膝を叩きながら首を振るガープ。そんな同期の様子を見て少しだけ力が抜けたのか、センゴクは自身の椅子へ腰を落とした。

 

「…………あの馬鹿者め。今回の件は必ず出席しろと言ってあっただろうが」

「まあ、そう言うな。アイツはワシと違って真面目じゃからな。サボっとる訳でもないじゃろうて」

「そんなことは分かっとる! アイツは頭も要領も良く、鍛錬も怠らん。日頃の功績だけなら"海軍"の中でも既に上位だ!」

「急に孫自慢されるワシの身にもならんかい」

 

 口の端を少しばかり上げながら、センゴクは饒舌に語り出した。先程とは打って変わり上機嫌なご様子だ。

 ガープがやれやれといった感じに再び煎餅を頬張ると、厳格な表情に戻ったセンゴクが口を開く。

 

「史上最年少で海軍将校となった男がこれでは……先が思いやられる」

「更には十歳にして"海軍本部"の大佐か。末恐ろしいな、お前の孫は」

「やめろ、孫ではない。俺はただの保護者だ」

「ぶわっはっは! 言うこと聞かせられないお前が言うとウケるぅ!」

「ぶっ飛ばされたいのか貴様ァッ!!」

 

 ガープの胸ぐらを掴み揺らしまくるセンゴク。そんな同期同士のやり取りは、センゴクを訪ねて来た海兵がドアをノックするまで続いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 西の海(ウエストブルー)のとある島。

 そこには現在、多くの海兵達が忙しく動き回っていた。縄を手に待つ者もいれば、怪我をした仲間を手当てしている者も居た。

 

 島の地面は所々抉れており、木々も薙ぎ倒されている。この光景を見れば分かるように、海兵と海賊の戦闘が終了したばかりだ。

 

 そんな戦終わりの場を一人見渡す者が居た。少々の疲れを払うかのように伸びをするその男は、年齢的にこの場には相応しくない少年であった。

 銀色の髪に幼い顔。背丈も150cm程と小さいが、一目で海兵と分かる格好だ。灰色のスーツを着用しており、"正義"の二文字が書かれた白いコートを羽織っている。

 

「……センゴクさんブチギレてるだろうなぁ」

 

 自身にしか聞こえないような音量で呟く姿は、どことなく哀愁を感じさせるものであった。少年は苦笑い気味に腰へ手を当て、遠い目になりながら青く眩しい空を見上げた。

 

 彼の名は、スティージア・グレイ。

 齢七歳にして"海軍"への入隊を果たし、僅か二年で海軍将校にまで駆け上がった少年である。

 

 そして本日は、グレイが最年少で"海軍本部"大佐という名誉ある地位に就いたことを祝う式典が催される日だ。本来ならば今頃このように殺風景な島ではなく、煌びやかに彩られた会場で成し遂げた偉業を賞賛されている筈であった。

 

 しかし、グレイはそんなイベントをガン無視。朝一で本部へと舞い込んできた西の海(ウエストブルー)総括支部からの緊急応援要請に従い、真っ先に本部から颯爽と飛び去った。センゴクはキレた。

 

 グレイが黄昏ていると、一人の男が近くへ駆け寄って来る。

 

「グレイ大佐! ラルゴ並びに部下の海賊どもを捕縛! アミーゴ海賊団全員を軍艦へ連行しました!」

「お疲れ様です。支部への連絡を含め、諸々の手続きはそちらにお任せしてもいいですか?」

「了解しました! 作戦への助力を深く感謝致します!」

 

 ハキハキとよく通る声で報告を済ます海兵。現場責任者という立場からそれなりに上の階級であることが分かる。掌を自分側へ向ける"海軍"特有の敬礼もお手本のような姿勢と角度だ。

 

 グレイは報告に対して手短に労うと、その後の処理を彼に丸投げする。元々今回の件はグレイの管轄外であり、後処理まで付き合う必要は無いからだ。

 

「しかし大佐、よろしかったのですか? 本日は式典が行われている筈では?」

「……あー、いいですいいです。どうせ長ったらしい話聞かされるだけなんで。それなら海兵としての職務を全うした方が有意義ですよ」

 

 咄嗟に考えたにしては上手い返しが出来たと、グレイは自分を褒めた。現に質問してきた海兵は、グレイのそんな言葉を聞き感激しているような態度を見せている。"面倒だった"がバックれた理由の大半ということを隠した罪悪感から、グレイは少し強引に話を切り上げた。

 

「じゃあ自分はこれで。支部までの道も油断せず、任務を全うしてください」

「はっ! ──お前達! グレイ大佐が帰投される! 全員敬礼ッ!!」

 

 傷の浅い者から横になっている者達、その全てがグレイに対して敬礼。戦いで無事に生き残った安堵からか、全員の表情は柔らかい。

 

 グレイは敬礼に対して軽く会釈をし、場を離れる準備を開始。

 白色のバチバチとした電気のようなものを全身に纏うと、地面を力強く蹴り空へ飛び出した。その速度は相当なものであり、時間にして五秒と掛からず海兵達全員の視界から姿を消した。

 

 そのあまりの速度に海兵達は痛みも忘れて声を上げ、グレイが消え去った方角を見つめている。

 

「は、速い……。グレイ大佐は何者なのでしょうか」

「私も詳しくは知らないが、"悪魔の実"の能力者らしい」

「ラルゴ相手にも圧倒されていましたもんね」

「ああ……本当に頼もしい方だったな」

 

 現場責任者と一等兵がグレイについて話し合っている時、話題のグレイはというと既に西の海(ウエストブルー)から偉大なる航路(グランドライン)上空へ入っており、目的の"海軍本部"までそう遠くない所を飛行していた。

 

(……アミーゴ海賊団のラルゴか。"アミアミの実"の能力、結構厄介だったな)

 

 常人ならば目も開けられない速度にも関わらず、グレイは手に持つ手配書を眺めながら今日戦った海賊のことを考えていた。

 

 海賊船が潜水艇という珍しい海賊団、アミーゴ海賊団。

 五十人を超える部下を率いる船長ラルゴは"アミアミの実"を食べた能力者であり、全身を様々な種類の網に変化させることが出来るという最近巷を騒がせていた海賊だ。

 

(懸賞金3500万ベリー、ね。あれは偉大なる航路(グランドライン)でもやっていけるな)

 

 早い段階で対処出来たことに満足気なグレイ。危険分子は育つ前に摘んでおくに限る、センゴクからの教えだ。

 

(叱られはしない……よな?)

 

 今彼の中で重要なのは帰投した後のことである。怒られる原因を作ったのは自分なので何も文句は言えないのだが、それ以上に式典に出るのが億劫だった。

 

(祈っとこう)

 

 『仏』の優しさに期待しながら、グレイはどんどん近づく"海軍本部"へ真っ直ぐ飛んで行った。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「ただいま……」

 

 恐る恐るドアを開け、玄関へ入るグレイ。場所は《マリンフォード》にある海兵達の暮らす街。その中でも特に大きく、和風に彩られた豪勢で立派な家であった。

 

「あっ」

 

 玄関へ入った瞬間に現れた男と目が合い、グレイは硬直する。少しばかりの冷や汗を流し、目を泳がせる。

 そんなグレイの前で腕を組みながら仁王立ちをする男、センゴクは普段通りの厳格な顔のまま一言。

 

「──おかえり」

「はい! ただいま帰投致しました! この度は大変申し訳なく思っておりまして! 決して面倒だったからバックれたとかそんなことは──えっ?」

「早く上がれ、飯だ」

「は、はい」

 

 思わず早口で言い訳を連発したグレイだったが、思わぬセンゴクの態度に肩の力が抜けてしまった。部屋に入ると言葉通り、机の上には食欲を刺激する料理の数々が皿に盛り付けられていた。

 

「手を洗ってこい」

「りょ、了解です!」

 

 とっくに夕食を取るのにピッタリな時間となっている。腹の虫が鳴き出したことを確認しながら手洗いを完了するグレイ。

 センゴクと共に席に着き、ビビりながら口を開いた。

 

「あの〜、怒ってます?」

「……はぁ。もうその件はいい。緊急事態により海賊の対応に追われていると話した。来賓の方達も怒るどころか褒めていたぞ」

「あぁ、良かったぁ。怒られると思ってビビりまくってましたよ」

「だったら初めから参加せんか。バカ者」

「だってそんなことに時間使うぐらいなら経験を積みたかったんですよ。早く力を付けたいですし」

 

 段々と穏やかな表情へ変わるセンゴク。海軍元帥としてではなく、孫を見る者のような優しい視線を向けている。

 

「さあ、飯だ。冷めないうちに食べよう」

「はい! ビーフシチューですか! めっちゃ美味そうですね!」

「一応昇進祝いだ。お前の好物だからな」

「ありがとうございます! いっただっきまーす!」

 

 笑顔で手を合わせた後、スプーンを構えるグレイ。早速一掬いしてから頬張る。柔らかく煮込まれた肉と舌が喜ぶ味付けに、思わず笑みが溢れる。

 

「今日は会心の出来だ」

「いつも美味いですけど、今日は特に美味いです!」

 

 パンも頬張りながら、バクバクとビーフシチューを食べ進めていくグレイ。センゴクはそんな彼を見ながら、今日の出来事を訊ねた。

 

「アミーゴ海賊団、だったな。どうだった?」

「船員のレベルは大したことありませんでしたけど、船長のラルゴは中々強かったです。あれを早めに捕らえられたのはラッキーだったかもしれません」

「刀を持って行かなかったようだが、素手で戦闘したのか?」

「はい。昨日ゼファーさんとの修行だったので、素手での実戦経験を積んどきたくて。"武装色"と"見聞色"はまだまだ磨いていかないと」

 

 グレイはビーフシチューに夢中になりながらもしっかりと報告をする。報・連・相は重要である。これもセンゴクの教えだ。

 

「最近は少しばかり仕事に余裕がある。修行を見てやれるかもしれん」

「本当ですか! じゃあ能力の特訓出来ますね!」

 

 センゴクの言葉に嬉しそうな反応を見せるグレイ。"悪魔の実"の能力に関しては覇気以上に扱えていないので、早く伸ばしたい部分であるからだ。

 

「年齢を考慮して特別な立場であるとはいえ、これからの階級は大佐だ。これまで以上に大変だぞ」

 

 本来、本部の大佐ともなれば支部の管轄すら任される立場だ。

 しかし、グレイはまだ齢十歳。これまで通りセンゴク直属の部下として、それなりに自由な行動が保障されることだろう。任務も重要だが、それよりも力を伸ばすことに重きを置かせてもらえる立場だ。

 

「出来る限り努力します。まあ、俺はまだ修行がメインですけどね」

「それで海賊検挙率が本部でも上位とはな」

「"悪魔の実"ってやっぱ凄いですよね」

「お前の能力は移動に関して一級品だからな。使いこなせればあらゆる場所へ駆け付けられる。まさに正義のヒーローか」

 

 少し嬉しそうに話すセンゴク。

 "海軍"へ入隊してから僅か三年でここまでの成長、他に類を見ない圧倒的な才能にセンゴクは最初恐れすら抱いていた。しかし、少々自分本位なところはあれど、心優しく努力家な彼を本当の孫のようにすら想っていた。そんなグレイの活躍が、元帥としても一個人としても嬉しくない筈がないのだ。

 

「……早いものだな」

 

 しかし、常に頭の中にはこれで良かったのかという思いは残り続けている。

 "海軍"へ入隊する道を選択したのはグレイ自身ではあるが、このような血生臭い世界で生きるには余りにも幼い。力があるとはいえ、大人として子供を戦わせることに罪悪感にも似た感情を抱いていた。

 

「また難しい顔してますね」

 

 顔に出ていたようで、少し笑われながら指摘を受ける。

 

「──センゴクさんには、感謝の気持ちしかありません」

「……そうか」

「俺は俺の正義を信じて戦うって決めてますから。そのためにはまだまだ強くならないと」

 

 それに、と続けて。グレイはスプーンを置きながら、センゴクへと視線を向けた。

 

「センゴクさんへの恩返しもしないとですから」

「……ふっ。そんな大口は強くなってからだ」

「分かってます。強くなりますよ、俺は。センゴクさんよりもね」

「ふはは! 言うようになったな!」

 

 朗らかな食卓はあっという間に終わりを迎える。

 センゴクは立場から、グレイは修行から朝が早いため、二人は就寝も早い。

 明日に備えて夜更かしは出来ないため、互いに風呂と洗い物を済ませるとすぐに眠りについた。

 

 

 

 




 一話の時点で原作開始17年前の時代となります。
 最近熱いワンピースに感化されて出来た小説です。妄想全開なので、暇つぶし程度に楽しんでもらえたら嬉しいです。


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『悪友との再会』

 

 

 

 

 

 正義の中心である"海軍本部"の朝は早い。

 将校から新兵、雑用に至るまで起床時間は正しく揃えられており、寝坊などしようものなら激しいペナルティが課せられる。

 

 毎日の訓練は想像を絶する程に厳しく、身体を酷使しまくる筋トレ、広大なグラウンドを200周、長い長い綱を身一つで100往復、気絶するまで剣を振るうのは当たり前。そんな死者すら出かねない訓練を乗り越えて、本部の海兵達は己を鍛え続けている。

 

 それは幼き海軍の新星とて、例外ではない。

 

「ぐべぇらッ!」

 

 多くの海兵が所属する"海軍本部"には三十を超える訓練場が存在する。その内の第七訓練所から大きく響く轟音と共に聞こえる情けない声。拳骨と呼ぶには威力があり過ぎる一撃を喰らった、グレイの口から溢れたものだった。

 

「ぶわっはっはっ! 甘いわ!」

 

 そんなグレイを見て大口を開けて笑っている筋骨隆々のこの男、名をモンキー・D・ガープ。

 『ゲンコツ』という異名が付いていることからも分かるように、彼の拳は山をも砕く必殺の武器なのだ。

 

 そして早朝であるにも関わらずここまで元気なのは、彼に限って年齢によるものではないだろう。

 

 現在、グレイはガープとの格闘による修行中。"悪魔の実"の能力ではなく、自身の戦闘技術や覇気を伸ばすことに重きを置いているので、簡単にボコボコにされてしまっている。

 

「まだまだッ! "武装色・硬化"!」

「ほう。また一つ成長したようじゃな、グレイ」

「今日こそ絶対ブン殴ってやりますよぉッ!!」

「上等じゃ! かかってこい!」

 

 鍛え上げられた脚力によりガープの懐へ飛び込み、"武装色の覇気"により黒く変色した拳を連続で叩き込むグレイ。小さな拳ではあるが、容易く岩を砕く程の威力が秘められている。

 

 しかし、相手は『海軍の英雄』。圧倒的な力差によって、目にも止まらぬ速度で繰り出される連撃を的確に弾き捌いていく。攻撃が当たらないことに焦りを見せるグレイだが、彼の狙いは別にあった。

 

「ここだッ!!」

 

 空気を切り裂きながら右手でアッパーを放つ。ドォンッという鈍い音を響かせながらガープの掌に受け止められるが、グレイは次の攻撃に込められる全ての覇気を込めた。

 

 ──右足から繰り出される、回し蹴り。

 

「オラァッ!」

「ふん!」

「はぁっ!?」

 

 タイミング的にも間違いなくクリティカルヒットしたであろう踵による一撃を、ガープはあろうことか右頬にて受け止めた。喰らう部分のみに"武装色"を纏わせたようで、一部分のみ黒く変色している。

 ダメージを与えるどころか、蹴ったこちらの足に衝撃が返ってきている。覇気のレベル差が表れてしまっているのだ。

 

「クソッ!」

「させんわぁ!」

 

 痺れる足に顔を顰めつつ、距離を取ろうとするグレイ。しかし、その行動はガープによって妨害される。伸ばしていた足を掴むと高く振り上げ、そのまま地面へとブン投げた。

 

「ぐあぁぁぁあッ!!」

 

 地面を勢いよく滑りながらえぐっていくグレイ。満足に受け身も取れず背中から叩きつけられたために、肺の空気が外へ飛び出し大きなダメージが身体全体を襲った。

 

「発想は良かったのう! じゃが、これぐらいでワシをぶっ飛ばすのは無理じゃな!」

「……このジジイ」

 

 ゆっくりと立ち上がるグレイに、ガープはこれまでよりも本気になる。ここからは体術と覇気だけではない、能力を使ってくると察したからだ。

 グレイという男は熱くなると──口が悪くなる。

 

「地面の味を教えてやる……!」

「ぶわっはっはっ! いいだろう! 少々本気で相手してやるぞ!」

 

 グレイが全身に白い電撃のような物質を纏わせるのを見ると、ガープは上着を脱ぎ捨てネクタイを緩めた。

 

「……ハァッ!」

 

 一瞬。まさしく電光石火の速度でガープの右側へ移動するグレイ。振りかぶった拳を放つが、ガープはなんなくガードする。攻撃を止めることなく足も織り交ぜた連続攻撃を繰り出すが、防がれるか躱されるかで当たる気配はない。

 

 そして当然ガープは受けるだけではない、攻撃に転じてくる。

 

「ほれほれほれ!! ちゃんと防がんかい!」

「──ッ!!」

 

 ガープからの攻撃を防ぐどころか、躱すだけで精一杯だ。

 現在、グレイの身体速度は"偉大なる航路(グランドライン)"全体で見たとしてもトップクラスと言って過言ではない。

 しかし、ガープはそんなグレイの動きを正確に捉え拳を振るう。躱しきれなかった一撃一撃が徐々にグレイの身体に掠り出す。

 

 堪らず距離を取るグレイ。電撃の出力を一瞬引き上げ、後方へ逃れた。

 

「……ハァハァ。"見聞色"もバケモノだな」

「大分能力を使いこなせるようになったな。振り回されてばかりいた頃が懐かしいわい」

「毎日鍛えてますから。それに、定期的にボッコボコにしてくれる素敵な先生方も居るんでねぇっ!!」

 

 肩で息をしながら皮肉を捻り出すグレイだが、疲労は目に見えて蓄積されており動きにキレは無くなりだしていた。

 対するガープに至っては服に少し土埃が付いている程度であり、疲労の色は見えない。

 

 ここからどうやって地面に叩きつけてやろうかとグレイが模索していると、ガープが静かに語りかけてきた。

 

「それにしても、制御が難しい"悪魔の実"を食ったもんじゃのう。"自然(ロギア)系"は総じて出力制御が課題となるが、お前のは特に色濃く出とるようじゃな」

「……まあ、そうですね」

 

 グレイも自覚があるのか苦い顔をしながら肯定する。

 そもそも"悪魔の実"には三つの種類が存在している。まず最も数が多いと言われている"超人(パラミシア)系"、動物の持つ力や姿を与えられる"動物(ゾオン)系"、自然の脅威を操る三種の中で最も希少とされる"自然(ロギア)系"の三つだ。

 

 グレイが食べた悪魔の実は、自然(ロギア)系の中でも特に希少。そんな特別な悪魔の実であった。

 

 

「──"ズマズマの実"。図鑑に記載こそされてはいるが、存在自体は伝説とされていた程の珍しさじゃな」

 

 

 食べた者にプラズマ(・・・・)の能力を与える"悪魔の実"だ。

 

 プラズマとはこの世に存在する物質である固体・気体・液体に続く第四の状態とされている。

 代表的な例では"火"、"雷"、"オーロラ"などが挙がり、あの宇宙の質量の99%はプラズマが占めているとさえ言われている。そんな大きなエネルギーを持つ物質として、未だ謎は多くも認知はされている。

 

 そんな能力を自在に扱えたなら、放電現象、燃え盛る炎、光速には及ばないものの高速と言って差し支えない速度などなど、人智など遥かに超える力となる。

 

 だからこそ"ズマズマの実"が海賊、それも悪しき心を持つ者達に渡らなかったことは、"海軍"や世界政府にとっての幸運だ。

 

 そんな能力を得たグレイは未だ無傷のガープをジッと見つめ、ゆっくり一呼吸置いた。

 

「……まあ、ガープさんなら大丈夫か」

「んあ? なんじゃい」

「いや、ちょっと実験台になってもらおうかなって思いまして。色々と試したい技はまだまだあるんですよねぇ」

 

 そんな言葉と共に、悪い笑みを浮かべるグレイ。構えを取ると同時に、身体に纏うプラズマの出力をこれまでとは比べ物にならない程上昇させる。空気は震え出し、鋭さすら感じさせる。

 

「……かかってこい。──小僧」

 

 同調するように、こちらもまた悪い笑みを浮かべるガープ。ネクタイを完全に取り払い、戦闘態勢に突入した。

 

「──ハアァァァァァッッ!!!」

「──ふん!!!」

 

 その日から、"海軍本部"第七訓練所は一週間使用不能となった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「ああ、痛ってぇ……」

「アホだねぇ。訓練所吹き飛ばしたって?」

「全力で能力ぶっ放したのがダメだったな。それでも大したダメージ与えられてないんだから、あの爺さん本当に人間か……?」

「ていうか、傷だらけじゃないかい」

 

 グレイの顔にペタペタと貼られた絆創膏や痛々しい傷を指差しながら、苦笑い気味に話しかける女性。その腕には毛布に包まれた赤ん坊を抱いており、傍には三歳程の少女も見受けられる。

 

「うっせぇな〜、ベルメール。お前だって顔に傷あるぞ」

「これはナミに引っ掻かれたんだよ!」

「やっぱお前に母親なんて無理だったんじゃねぇか?」

「相変わらず嫌味な口だ」

「お、おひ、ひっぱりゅな」

 

 赤ん坊を片手で器用に抱いたまま、グレイの頬を引っ張るベルメールと呼ばれた女性。このココヤシ村が海から近いということもあり、潮風に吹かれながら笑う様は凛々しくもあり美しくもある。

 

「はぁ……。お前は手が出るの早いんだよ。昔からな」

「あら、二児の母に言う台詞としては相応しくないね」

「よく言うよ、元不良海兵」

「つるんでたアンタも同類ってことか」

「お前が絡んできたんだろ!」

「あはははっ! 弄り甲斐のある奴!」

 

 前のようにビリビリさせて反撃したい気持ちをグッと堪えるグレイ。赤ん坊と幼い女児を巻き込む趣味などない。

 沸き上がる怒りを抑えるようにオレンジジュースをゴクゴクと流し込む。悔しいが、これだけは文句無しに美味かった。

 

「アイツらも元気かい?」

「ああ、うるさいぐらいにな」

「そうかい」

 

 懐かしむような顔のベルメール。"海軍"を退いてそこまで時間が経っていないにも関わらず、既に遠い昔のことのように思えてしまう。グレイを除いた二人の後輩の顔を思い浮かべ、彼女は優しく笑った。

 

「ナミとノジコ、だっけ? 元気そうだな」

 

 ベルメールが抱いてる赤ん坊がナミ、幼い女児がノジコだ。

 

「まあね。村のみんなとも協力しながら、なんとかやってるよ。ゲンさんが妙に張り切っちゃってさ」

「そりゃなによりだ。頭から風車生やすぐらいの愛情があるなら頼りにもなるな」

「ふふっ、そうだねぇ」

 

 世話になっている恩人の話をしながら微笑み、寄り添うノジコの頭を撫でるベルメール。すると、少し悲しそうな顔でグレイへ言葉を放つ。

 

「……そういえば、大佐になったんだってね。アンタもまだ子供だってのに」

 

 十歳を迎えてそう過ぎていない、そんな子供が命懸けで戦う。時代が時代とはいえ、やりきれない想いというものはあった。

 そんな意図を察したのか、グレイは真剣な目でベルメールへと言葉を放つ。

 

「ベルメール。お前が見た目に反して優しいことは理解してる。でもな、俺が自分で選んだ道だ。後悔なんて微塵も無い」

「そうだねぇ。アンタはそういう奴だ」

 

 表情を一変させクスクスと笑うベルメール。

 

「今日はありがとね。様子、見に来てくれたんだろ?」

 

 戦場で死にかけた際に、ベルメールが遭遇したナミとノジコ。その二人を育てるため"海軍"を退役した彼女は、故郷であるこのココヤシ村へと帰って来た。

 軍を去ってから初めて顔合わせたこともあり、ベルメールは忙しい中会いに来てくれたことを素直に嬉しく思った。

 

 本来であれば"海軍本部"のある《マリンフォード》からこのココヤシ村まで来るのに多くの日数がかかるのだが、"ズマズマの実"の能力により三十分以内で来ることが可能であった。

 

「さっきの訓練所の件で、センゴクさんにこっぴどく叱られた後に半休にさせられたからな。暇潰しがてら寄っただけだ」

「はいはい。素直じゃないなぁ」

「いや、本当にそうだし」

 

 グレイの頭をわしゃわしゃしながらベルメールは笑う。先輩海兵であった彼女にとって、グレイは海兵時代の後輩であり友達でもあり、弟のような存在でもあった。

 だからこそ歳の差など関係なく、己の覚悟を語れるのだ。

 

「──グレイ。私、この子達を絶対に守るよ」

 

 強き母の顔、そんな彼女にグレイも応える。

 

「……おう、世界の平和は任せとけ」

 

 悪友との再会は、互いの覚悟を確認し合う──そんな時間となった。

 

 

 

 




 という訳で"悪魔の実"は"ズマズマの実"です!
 原作には登場していませんが、プレミアムショーでお披露目されていましたね。能力者だったキャラもほぼ海軍関係者だったので、この小説ではオリ主が存分に使わせて頂きます。


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『腐れ縁の同期』

 

 

 

 

 

 ──気に入らねぇ。

 

 それがとある男への第一印象であった。とても好意的なものではなく、むしろ真反対のものと言える。

 しかし、今となっては何が気に入らなかったのかすら覚えてはいないのだから不思議なものだ。いや、気に入らない要素が多過ぎたせいかもしれないが。

 

 "海軍"という組織に不似合いな年齢、こちらを舐め腐った口調、自身のことなど眼中にも無いと言わんばかりの態度。要素を挙げればキリがない。

 

 自身を含めてたった三人と少ない同期。自分から仲良くしようなどという性格をしていないとはいえ、わざわざ不仲になろうとする程捻くれてもいない。

 だが一目見て分かった。自分はこの男とは相入れないのだと。

 

 歳下であるにも関わらず、自分より横柄。

 歳下であるにも関わらず、自分より博識。

 歳下であるにも関わらず、自分より強者。

 

 腕っ節での負けがなかったこと、"悪魔の実"の能力者であったこと、本部へ入隊を決めたこと。

 それら全てが強固な自信を形成し、これまで歩んで来た道のりを楽なものとしてきた。

 

 だが、現れた格上と認めざるを得ない相手。

 実践訓練で完膚なきまでの敗北、"悪魔の実"の能力も練度は桁違い、極め付けには"海軍"のトップである元帥直属の部下。誇っていた全てに置いて、自分は負けていた。

 

 ──気に入らねぇ。

 

 くだらない言い訳などしない。自分の方が劣っている。ならば鍛えるだけのことだ。同じ領域に到達するまで、鍛えて鍛えて鍛え抜けば良いのだから。

 

 癪ではあるが周りの手も借りて成長の糧とした。無理矢理付き合わせたもう一人の同期、だらけきっている尊敬出来ない上司、ボコボコしてくる教育ヤクザ。

 

 柄にもなく熱くなる。柄にもなくライバルなどという言葉を当て嵌める。柄にもなく──どうしても勝ちたい。

 

 男は挑む。自身の遥か先を行く気に入らない奴へ。

 

 ──白い煙を巻き上げながら。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 "海軍本部"第二訓練所。

 数ある訓練場の中でも少数の室内訓練場であり、主に柔術などの鍛錬に使用される。床は畳ではあるが固く、叩き付けられでもすれば大きな痛みが襲うだろう。

 現に一人の男が、息を切らせながら苦しそうな表情で仰向けに倒れている。

 

「……ハァ……ハァ……」

 

 呼吸の度に口から飛び出す白い煙。季節外れの白い息でもなければ、場所的に禁止されている煙草の類でもない。身体的疲労から能力の制御に乱れが生じてしまっていることが原因だ。

 

 大の字に倒れている男。白い髪と厳つい顔が特徴的であり、身体は筋肉質でよく鍛えられていることが素人目にも分かる。

 そしてそんな男が荒い呼吸で倒れている訓練場に、女性のものと分かる凛々しい声が響き渡った。

 

「──勝負あり。グレイ君の勝ち。残念だったわね、スモーカー君」

「……チッ。ニヤついた顔で言うんじゃねぇ、ヒナ」

 

 舌打ちをしつつも、ヒナから差し出された手を取るスモーカー。上体を起こし一息吐いてから、対峙していたグレイへと視線を向けた。

 ヒナよりもニヤついた顔をしており、出来ることなら是非とも硬く握った拳をお見舞いしたい。

 

「……余裕そうだな。クソが」

「いや? 前よりは手強かったよ。このぐらい」

 

 人差し指と親指の二本を使い、小梅一個分程の大きさを作るグレイ。要するに、この程度は成長していると言いたいのだ。相変わらずムカつくことこの上ない。

 

「これで全44戦。俺の40勝、0敗、4引き分け……だっけ?」

 

 銀色の髪をかき上げながらスモーカーへ訊ねるグレイ。そんな問いに跳ね起きる勢いでスモーカーは返した。

 

「ちげぇッ! てめぇは39勝目だ! まだ40敗もしてねぇッ!! 引き分けは4じゃなくて5だッ!!」

「変わんないだろ」

「変わらないわね」

「……ふん」

 

 グレイとヒナによる真顔での言葉。スモーカーは不機嫌そうに立ち上がると、タオルを取り汗を拭った。彼にとって一敗の重みは譲れないもののようだ。

 

「──"モクモクの実"。"覇気"が使えない相手には滅茶苦茶強いんだけどな」

 

 食べた者を煙人間へと変えるその実は、最強種とよばれる自然(ロギア)系の内の一つだ。

 実体のない煙というのは一見弱そうと思えるかもしれないがそんなことはない。実体が無いことによる物理攻撃の無力化、煙による一方的な拘束、浮遊による移動範囲の拡大と、優秀なメリットが数多く存在する。

 

 しかしこの能力最大の弱点と呼べるのが"覇気"、正確には"武装色の覇気"だ。これにより無かった筈の実体を捉えられてしまい、物理攻撃が通用するようになる。しかも能力を発動すれば必然的に体積が増え、尚且つ攻撃性が皆無の煙は格好の的となってしまうのだ。

 実際、グレイが"武装色の覇気"を身に付けてからスモーカーは敗北し続けている。

 

「だから"覇気"教えてやるって」

「てめぇに教わる気はねぇ」

 

 目には目を歯には歯を、"覇気"には"覇気"を。以前から対抗策である"覇気"を教える提案をしていたグレイだったが、スモーカーからの返答は全てNOである。

 

「じゃあ、だらけてる人にでも頼んでみるか?」

「…………」

 

 露骨に嫌な顔をする同期。表情に出やすい男である。

 

「まあ、一朝一夕で身に付くものでもないけどな」

 

 当然努力が必要ではあるが、"覇気"に関しては才能が大きく物を言う。だからこそ個人個人が得意な『色』の"覇気"を磨くことに重きを置くようになる。

 

 比較的才能に恵まれているグレイでさえ、基礎をマスターするだけで半年の時間をかけた。スモーカーの才能にも左右されるが、簡単に習得出来ないことだけは確かだ。

 

「さて……ヒナはどうする? 勝負するか?」

「いいえ、今日は遠慮するわ。訓練に熱が入ってヘトヘトなの」

「ハッ、筋力ゴリラの女がそんなひ弱な訳ねぇだろ」

「そんなに無いわよ、失礼ね。ヒナ心外」

「どうかなぁ、確かにヒナは強いしな」

「グレイ君?」

 

 咎める意志が込められた鋭い視線。プラズマである身体でもすり抜けることはなく、グサグサと突き刺さる。ちなみにヒナも"オリオリの実"という"悪魔の実"の能力者であり、自身の身体をすり抜けた者を緊縛(ロック)するという能力だ。そのため、海賊への拘束力に関しては他の追随を許さない。

 

「ははっ、冗談冗談。昼飯奢るからさ……スモーカーが」

「おい」

「あら、そういうことなら許すわ。ヒナ満足」

「だからおいって」

「「食堂行こう」」

「無視してんじゃねぇぞッ!!!」

 

 響く怒号を無視し、グレイとヒナは歩き出した。ピキピキと額に血管を浮かべながら、スモーカーも二人の背中を追うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 訓練場から食堂へやって来た同期能力者トリオ。

 時刻が昼過ぎということもあり、見受けられる人数はそれほど多くない。そのため並ぶ必要も無く、三人それぞれがすぐに食事を受け取った。

 

「この机で良いわね」

「そうだな。スモーカー、お茶」

「なんで俺が」

「さっき負けたよな?」

「──……」

 

 スモーカーは言葉を返すこともなく立ち上がり、ポットの置いてある場所へ向かって行った。あのヤクザ顔がお茶を用意している様子を見て、満足そうな顔のグレイ。文句を言いつつも結局やる所を評価しているのだ。

 

「……ほらよ」

「サンキュー」

「ありがとう、ヒナ感謝」

 

 グレイの分だけでなくヒナの分も用意する良い漢に感謝した後、三人はそれぞれトレイに乗せてきた食事へと手を付けた。

 

「唐揚げ定食美味そう〜」

「ラーメンも良いわよ。スモーカー君はカレー?」

「スモークチキンが乗ってるからだろ。好物だもんな」

「黙って食え。バカども」

 

 少し鬱陶しそうにスプーンを動かすスモーカー。しかしそんな言葉など聞こえていないかのように、グレイが新たな話題を持ち出した。

 

「そういえば、この間ベルメールに会ったよ」

「そうなの、元気にしてた?」

「ああ、相変わらず手は早いけどな」

「……ケッ。あの不良女に子育てなんぞ出来るのかよ」

「ははっ、俺も同じこと言った」

 

 三人の最初の教育係であったベルメールの話題ということもあり、懐かしさを感じつつ朗らかな雰囲気となる。

 

「それと大佐になったことも言っといた」

「グレイ君も大佐か。ますます置いていかれるわね」

「スモーカーのこと顎で使ってやるからな」

「ハッ、すぐ追い越すに決まってんだろ」

「まっ、頑張れよ。スモーカー曹長(・・)

 

 スモークチキンをムシャムシャと頬張りながら生意気小僧の言葉をスルー。いちいち腹を立てていてはキリがないのだ。

 ちなみにヒナはスモーカーより一段階上の階級である『准尉』であり、この三人で最も階級が低いのはスモーカーだった。

 

「俺とスモーカーはベルメールによく殴られたよな」

「嫌なこと思い出させんな」

「貴方たちが問題起こすからでしょ。グレイ君は大分丸くなったと思うけどね」

「そうか? 後、俺はスモーカー程問題起こしてない」

「うるせぇ」

 

 気に食わないことがあれば例え上官でさえ噛みつく、『野犬』と呼ばれる男は新人の頃から問題児であった。腐れ縁であるヒナのフォローが無ければ、今頃は"海軍"をクビになっていたことだろう。

 

「海楼石はズルいよなぁ。アレ本当に痛い」

「貴方達は自然(ロギア)だから。仕方ないわよ」

 

 ヒナの言葉通りグレイは"ズマズマの実"、スモーカーは"モクモクの実"の能力者なので"覇気"を纏わない物理攻撃を無効化出来る。そのため制裁を与える際に使用されたのは、"悪魔の実"の能力を封じる海と同じ性質を持つ海楼石が仕込まれた鉄棒であった。

 

「まあ、今は改良されたやつをスモーカーが持ってる訳だけどな」

「スモーカー君はベルメールさんに可愛がられてたものね。手の掛かる人程可愛いものよ」

「お前ら早く食えよ」

 

 スモーカーが愛用している巨大な十手、『七尺十手』と呼ばれるそれの元となった物がベルメールからの贈り物であった。先端部分に海楼石を移動させたことで、能力者相手でも動きを封じることが容易となった。

 

「はー、美味かった」

「そうね。ヒナ満足」

「済んだなら早く行くぞ。俺は一服する」

 

 粗暴ではあるが海兵、食堂で煙草など吸う筈がない。スモーカーに急かされヒナはやれやれといった様子で立ち上がる。筋金入りのヘビースモーカー振りには少々呆れてしまう。

 

「スモーカーの奢りだろ?」

「……分かったから早くしろ」

「やったわね。グレイ君、行くわよ」

「流石スモーカー。話が分かる男だ」

 

 口角を上げながらトレイを持ち上げ、席を立つグレイ。先に行った二人に早歩きで追いつく──手前のことだった。

 

「……おおっとっ!!」

 

 グレイの前から歩いて来た二人の海兵の片方と肩がぶつかり、その海兵が手に持っていた湯呑みからお茶がぶちまけられる。それが誰にかかったかと言えば、当然グレイだ。

 

「ああ、すまない! 不注意だった!」

「いえ、俺の方こそ。火傷したりしてませんか?」

「私は平気だ。いやぁ本当にすまないねぇ〜。"海軍"期待の星に火傷させてしまう所だったよ」

「お前気をつけろよ、元帥に叱られてしまうぞ」

「それは怖いな。スティージアくん、元帥殿には内密で頼むよ。フハハ!」

「……はは、分かりました」

 

 あからさまに嫌味な言葉と態度。詫びる男も隣を歩いていた男もコートを羽織っている、つまりは"海軍将校"である。部下の上に立つ身でありながら、この二人はわざと子供のような嫌がらせをグレイにした。

 

(ふん、元帥の贔屓がなければこんなガキ)

(既に大佐とはな。目障りなんだよ)

 

 それぞれ階級はグレイよりも下。幼い少年が立場的に自らを上回っているという事実に、彼らのプライドは傷つけられていた。しかし、熱いお茶が黒色のワイシャツに染みている所を見て少し溜飲が下がったようで、上機嫌でその場を去ろうとする。

 

 そんな彼らを止めたのは、低く唸る『野犬』だった。

 

 

「──ちょっと待てや」

 

 

 ドスの効いた声で二人を呼び止めるスモーカー。青筋を立てるのはもちろんのこと、放つオーラはまるで野獣のようだ。

 

「今わざとソイツにぶつかったろ?」

「な、何を言うんだお前は!!」

「失礼だぞ!!」

 

 持っていたトレイをヒナに押し付け、二人の将校へ詰め寄るスモーカー。将校たちは鋭い眼光に怯みながらも、自分たちの方が上の階級であると分かった途端に強い口調で言い返す。

 

「何が気に食わねぇんだ、ああ?」

「やめろスモーカー」

「こんなガキにデカい顔されるのが気に食わねぇかッ!?」

 

 グレイの静止も無視し、スモーカーが大声で怒鳴りつける。食堂全体に響き渡る声に、少ない人数ではあるが視線を向けられる。

 

「わ、私がわざと肩をぶつけてお茶をかけたと言うのかッ!」

「貴様ッ! 我々は上官だぞ!」

 

 思惑を見透かされたことで、立場を用いた反論しか出来ない将校。しかしそんな言葉に退くスモーカーではない。自身を抑えようとするグレイを乱暴に振り払い、更に言葉を放った。

 

「笑わせんなよ。気に食わないからってガキに茶をかけて喜んでるような小さい上官なんざ、尊敬出来るわけねぇだろが」

「き、貴様ッ! 名を名乗れ!」

「上官を侮辱しておいてただで済むと思うなよ!!」

「──もうやめろ」

 

 ヒートアップした場を収めたのは、一人の少年だった。幼い年齢からは考えられない圧倒的なプレッシャーでその場を掌握し、頭に血が昇っていた者たちを鎮めた。

 

「同期の無礼をお詫びします。私からキツく言っておきますので、ご容赦ください」

 

 先程までの幼さは消え、歴戦の戦士を思わせる雰囲気。そんなグレイの言葉に頷きながら、将校たちは震えた声で笑い合った。

 

「ま、まあ? スティージアくんがそこまで言うなら」

「我々も少し言い過ぎたな! ハハハッ!」

「ありがとうございます」

 

 しっかりと腰から頭を下げるグレイ。ここが良いタイミングと二人の将校たちはその場を去ろうとする。

 

「で、ではな!」

「お前はもう上官に無礼な真似をするなよ!」

 

 去り際にスモーカーへ一言飛ばして、二人は背を向け歩き出した。最初から最後まで小物であった。

 

「……はぁ」

「おい」

「うるせぇ」

 

 スモーカーの言葉を押さえ込むグレイ。少し怯んだスモーカーを見て、表情を緩めた。

 

「お前は後先考えなさすぎだ。仮にも上官、手でも出したら処罰は重いんだぞ」

「手なんて出さ……ねぇよ」

「間があるわよ。スモーカー君?」

 

 二つのトレイを持ちながら問いかけるヒナ。細められた目から放たれる視線はスモーカーを貫く。

 

「グレイくんが止めてくれたから良かったものの」

「知るか。ムカつくもんはムカつくんだ」

「はいはい、俺のために怒ってくれたんだもんな」

「違ぇわボケッ!!」

「「ツンデレ」」

「……ぶっ殺す!!」

「「わー!」」

 

 しっかり三人分の会計を終わらせてから、スモーカーは二人の同期を追いかけるべく駆け出した。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「……チッ」

 

 長い廊下を見ながら腕組みをする男が一人。まんまと同期二人に逃げられたスモーカーである。

 しかしその手には一枚の雑巾が握られており、既に二人を追ってはいないことが分かる。

 

 彼がこれからしようとしていることは極々ありふれた掃除であり、誰もが進んでやりたがりはしない雑巾掛けであった。

 食堂の一件で噛みついた二人の将校たちがあの後スモーカーの態度を上に報告したらしく、罰として掃除命令が出されたのだ。本当にどこまでも小物である。

 

 無視しようかとも考えたが、一応上からの指示ではある。無視すればあの生意気なガキに迷惑の一つでも掛かるかと思い、素直に罰を受けようと考えたのだった。

 

「……やるか」

 

 雑巾を床に置き、スタートの準備を取る。いざ開始しようとした足を止めたのは、相変わらずのムカつく声であった。

 

「──『野犬』の雑巾掛けか、見逃せないな」

 

 後方から掛けられた声。心底嫌そうな顔で振り返ったスモーカーの目に映ったのは、先程までの自分と同じく腕組みをしながら立っているグレイだった。

 

「おーいヒナ! 面白いもんが見られるぞ!」

「あら、中々良い光景ね。ヒナ眼福」

「……てめぇらなぁ」

 

 最早呆れて言葉も出ない。無視して始めてしまおう、そんなスモーカーの右隣に同じく雑巾が置かれる。それだけではない、左隣にも雑巾が置かれた。

 

「おい」

「さっさと終わらせるか」

「この後の講習に遅れたくないわ」

「だからおいって」

「「掃除開始」」

 

 スモーカーの言葉を無視し、グレイとヒナはスタートした。憎まれ口を叩きつつ、実際には手伝いに来た。素直じゃない、自分のことを棚に上げながらそんなことを思いつつ、一言だけ呟いた。

 

「……ありがとよ

 

 本当に小さな声だったが、地獄耳はしっかりと拾う。

 

「おいヒナ、スモーカーが礼を言ったぞ」

「明日は雪……いえ、槍ね」

「……てめぇら、そこを動くな」

 

 茶化されたムカつきと聞かれた気恥ずかしさからプッツン。スモーカーは再び怒りの獣へと切り替わった。

 

「やべ怒った。逃げるぞ」

「了解よ。ヒナ、爆走」

 

 割とマジギレに近い状態であると察した二人。すぐに床を蹴り上げ加速、スモーカーから距離を取った。

 

 

「待ちやがれぇぇぇぇぇッ!!!」

 

 

 そして廊下は、騒がしい声に包まれたのだった。

 

 

 

 




 スモーカーとヒナは同期、ベルメールが三人の教官という独自設定です。
 ベルメールさんの階級は将校クラスのようだったので、こうしました。
 
 『原作死亡キャラ生存』のタグで圧倒的な生存力を見せつけるベルメールさんです(笑)。


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『三年分の感謝』

 

 

 

 

 

「ガバァぁ!!」

 

 今日も今日とて修行に明け暮れ、地面へめり込むグレイ。本日は外へ出る任務もなく、一日中修行に専念出来る日であった。

 しかし、幸か不幸か、ある二人の男もグレイの相手が出来る程にスケジュールが空いてしまっていた。

 

「よし、"武装色"と"見聞色"、それに"ズマズマ"の能力も大分操れるようになってきたな」

「お前には言う必要がないかもしれんが、能力に頼り過ぎるようになってはいかんぞ。このまま全てを向上させる気でいるんだ」

 

 地面にめり込むグレイへ声を掛ける、二人の屈強な男。

 

 一人は海軍元帥であるセンゴク。智将ならではの頭脳で分かりやすい教えは流石だが、グレイに対しては少々物理が多い。

 

 そしてもう一人はこれまた大物。

 "海軍本部"海兵育成最高責任者としての肩書きに恥じぬ功績を収める人物。現在の名だたる将兵達を数多く育成した彼の名はゼファー。元海軍大将としての実力はもちろんのこと、正義に対する真摯な姿勢を多くの部下達から慕われている。

 

 元々ゼファーとの手合わせのみだった筈なのだが、途中からセンゴクが参戦するというビッグサプライズ。

 確かに彼はこの前言っていた「少しばかり仕事に余裕がある」と「修行を見てやれるかもしれん」と。しかし、まさか『黒腕のゼファー』と『仏のセンゴク』を同時に相手取るなど、グレイは夢にも思わなかった。

 

 一矢報いることすら出来る訳もない。能力を展開した状態でボコボコにされたので、グレイは現在ビリビリしながら地面にダイブしている。

 

「そ、そろそろ……。終わりません……?」

 

 めり込んだ顔をなんとか救出し、グレイは二人へ提案した。二人同時になってからと言うもの、五時間はぶっ続けで戦っている。能力を使わないだの、覇気や体術の訓練に専念するだのといった余裕は当然なく、能力から何から持ちうる全ての力で立ち向かってこの惨状。息すら切らしていない彼らは、絶対人間ではない。

 

「ふむ、そうだな。今日はここまでにしておくか」

「ああ。……それからセンゴク、今度から俺の稽古に割り込むのは無しだぞ」

「ははっ、そう言うな。グレイを鍛えるのは俺の楽しみでもあるんだ」

「まあ、気持ちは分かるがな」

 

 微笑ましい同期同士の会話、などとグレイは思える筈もなく、頼むから二人同時は金輪際やめてくれと切実に願った。

 特にセンゴクはグレイに対して久方ぶりの指導ということもあり、気合十分の拳を思う存分奮っていた。

 

(ガープさん加わったら……死ぬなぁ)

 

 右を見ても左を見ても拳拳拳と、地獄すら生温い光景に震えながら、本日の訓練は終了した。

 

 激しい一日が終わり、センゴクと共に帰宅したグレイ。

 食事と風呂を済ませ眠るだけとなった時、センゴクから声を掛けられる。

 

「明日は休日だったな。何か予定でもあるのか?」

「ええ一応、知り合いのところに顔を出そうかと。俺が大佐になった就任祝いしてくれるらしいんで」

「そうか。楽しんでくるといい」

「はい! ありがとうございます!」

「ではな、おやすみ」

「おやすみなさい。センゴクさん」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 北の海(ノースブルー)にある比較的栄えている街。

 そんな街の端に目立たずに建っている一軒家。そこからは聞いた者を微笑ましい気分にさせるような、朗らかな笑い声が響いていた。

 

 家の中で机を囲みながら談笑しているのは三人。

 身振り手振りを取りながら声を上げている男、そんな男の隣に座りながらその様子を見て笑う女性。そしてそんな光景を頬杖をつきながら眺めているグレイの三人だ。

 

「最年少で大佐なんて流石グレイさん! やっぱり貴方は最高だ!」

「もう、グレイさん困ってるわよ?」

「ははっ、仕方ないだろ! こんなに嬉しいことを祝えるんだ!」

「ふふ、そうね。グレイさんおめでとうございます」

 

 隣同士でグレイとは向き合う形で座っている二人の男女。興奮する男を宥める女性も気持ちは同じようで、先程から笑みが止まらない。

 

「俺より喜んでるな、確実に」

 

 二人の、主に男からの勢いに押され苦笑い気味にコメントしながらも、祝ってくれていることを嬉しく思うグレイ。ここまでストレートに祝われて嫌な気持ちになる者は居ないだろう。

 

「まあ、なんと言うかあれだ。今日は招いてくれてありがとな。テゾーロ、ステラ」

 

 少し照れながら感謝の言葉を口にするグレイ。自分以上に喜ぶ姿を見て、思うところがあったようだ。

 テゾーロとステラ、そう呼ばれた二人はグレイの様子を見ると、またも笑みを浮かべた。

 

「にしてもパーティとはな。余裕なかった最初の頃が懐かしいな」

「ステラが頑張ってくれているお陰ですよ。何度助けてもらったことか」

「なに言ってるのよテゾーロ。貴方が私を引っ張ってくれているお陰じゃない」

「あーっ、分かった分かった。お前ら二人とも頑張ってる」

 

 見つめ合う二人、そこへ割って入るグレイ。早い段階で終わらせておかなければ延々と惚気合ってしまうからだ。

 

「で? 今日は俺のお祝いって聞いて来たんだけど?」

 

 面倒なことになる前に話を進めようとするグレイ。それは思惑通りにテゾーロとステラの意識を変えることが出来たようで、二人は椅子を立ちキッチンの方へ歩いて行った。

 

 戻って来た二人の手には鮮やかな料理が盛り付けられた皿。続いて小皿や飲み物と、全て揃う頃には机に隙間は無くなっていた。

 

「こりゃまた……豪勢だな」

「ふふ、グレイさんのお祝いですもの」

「そうですよ! 今日は満足して頂けるように二人で準備してきましたから!」

 

 まさに記念日の食卓。肉に野菜に魚にお酒、目移りしそうになる程の料理の数々であった。

 

「遠慮なくご厚意に甘えるよ。いっただっきまーす!」

 

 年相応の笑顔で手を合わせるグレイ。ガツガツと用意した料理を頬張る姿を見て、テゾーロとステラは同時に笑みを浮かべた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いやぁ、美味かった。大満足だ、ありがとな」

 

 少々膨らんだ腹部をさすりながら礼を言うグレイ。食事を終えたため、帰宅すべく家の外に出ていた。

 日が落ち始めた夕暮れ時、街は至る所がオレンジ色に染まり、温かな雰囲気を感じさせる。

 

「ステラの手料理は最高ですからね!」

「はいはい。お前それ俺に会う度に言ってるからな?」

「なっ!? 本当ですか!?」

「ったく、こんな子供(ガキ)に惚気んなよな」

「じ、自重します!」

「はは、冗談冗談。幸せそうでなによりだ」

「もう……テゾーロったら」

 

 からかうようにケラケラと笑うグレイ。お腹だけでなく、気持ち的にも満たされたようだ。

 

「じゃあ帰るわ。また遊びに来るよ」

「はい! 今日はグレイさんを祝うことが出来て良かったです。ありがとうございました」

「いやいや、礼を言うのは俺だから。なあ? ステラ」

「ふふ、私達もお礼を言いたいんです。ありがとうございます、グレイさん」

「……お、おう」

 

 ガシガシと頭を掻きながら頷くグレイ。ステラへ助けを求めた筈がテゾーロの方へ乗っかるとは思わず、間の抜けた声を出してしまった。

 

「耳にタコだっての……。何度も言うけど、あの日のことは本当に偶然だから。俺が勝手にやったことだし、そこまで助けてやれてる訳でもない。今しっかり暮らせてるのは二人が頑張ってるからだ」

 

 困ったような表情で説明口調のグレイ。そんな彼に対し、テゾーロとステラは手を取り合いながら語る。

 

「それは違います。貴方は俺達を救ってくれました。例えそれが偶然だとしても関係ありません」

「私達が今幸せなのは、間違いなくグレイさんのお陰です。本当に、ありがとうございます」

 

 真剣な顔のテゾーロと、涙目にすら見えるほど瞳を潤ませるステラ。

 いつも通り、折れるのはグレイであった。

 

「ああもう分かったって! お前達の気持ちは伝わってるよ。──じゃあもう行くから……またな!!」

 

 照れ臭さからか手短に挨拶を済ませると、能力を発動しグレイは夕暮れの空へと飛び去って行った。

 

 グレイが飛び立った衝撃の余波から長く美しい髪が揺れるステラ。そんな彼女の肩を抱き、自身の方へ引き寄せるテゾーロ。その顔は達成感に満ちており、やり遂げた男の顔をしていた。

 

「……少しは、恩返し出来たよな」

「……そうね。きっと、出来たわよ」

 

 脳裏に浮かんでくるのは、今から三年前。

 

 

 ──"この金で今すぐ彼女を買え(・・・・・・・・・・・・)"

 

 

 二人の目の前に突如として現れた少年の台詞である。

 

 当時、ステラは奴隷としてヒューマンショップの商品、テゾーロはそんなステラを買い取るために朝から晩まで働き通しの生活を送っていた。

 

 人目を惹く美しさから看板商品とされ、店で一番目立つ檻に展示されていたステラ。そんな彼女との出会いが、悪事ばかりに手を染めていたテゾーロの心を変えたのだった。

 

 テゾーロが順調に資金を貯め、ステラを買い取れる額まで残り僅かと迫った頃であった。テゾーロがそのことを嬉しそうにステラへ報告していた時、目の前にグレイが現れ、その手に持った麻袋を差し出しながら先程の台詞を言い放った。

 

 ──明日この町に"天竜人"が来る。

 

 続いて放たれた言葉を聞き、テゾーロはすぐにグレイの言葉通りステラを買い取った。少年であるグレイの言葉を疑いはしたが、海兵であるという言葉の信憑性を著しく上げる証拠を見せられたからだ。

 

 ──家を借りた。明日は絶対に外に出るな。

 

 聞けば、"天竜人"達が訪れる前に町の下見に"海軍"が来ていたらしい。その際同行していたグレイがテゾーロとステラの会話を耳にし、すぐに行動を起こしたという訳だった。

 

 二人は次の日、用意された家で身を寄せ合い静かに過ごした。街から離れているにも関わらず大きな歓声が耳を刺激し続けていたことを思えば、"天竜人"は本当に現れたのだろう。

 水と食料はあったが、喉を通る気はしなかった。

 

 ──護衛が終わったら来る。

 

 奴隷、そしてならず者と不幸な人生を送ってきた二人に取って、グレイのその言葉は既に心の拠り所にすらなっていた。

 互いに想い合っていたこの世で最も大切な存在を助けてくれた。壊れることのない檻を挟んでではなく、肌と肌が触れ合える時間を与えてくれた。共に人生を歩んで行けるかもしれないチャンスを生み出してくれた。

 

 二人は幼き少年を信じ、悪夢とも思える一日を終えた。

 

 ──悪い、遅くなった。俺はグレイ、よろしくな。

 

 銀色の髪を靡かせ、少年は名乗り、そして笑った。

 月明かりに照らされる救世主の姿に、テゾーロとステラは涙を流す。

 

 自分達は救われたと言う事実が己の身体を歓喜に震わせる。

 やり直せる、底辺としか表せなかった人生を、金に狂わされた人生を、愛を感じなかった人生を。

 

 

 多くの"金"など無くていい、"愛する者"が隣に居るのだから。

 

 

「……思い出してるのね。テゾーロ」

「な、何故分かったんだ?」

「だって……泣いてるもの」

「──ッ! く、くそ! 君の前ではもう」

「いいのよ。私も……貴方と一緒」

 

 同じく涙を流し、見惚れてしまうような笑みを見せるステラ。

 涙を拭いながらテゾーロも同じく笑う。

 

「し、しかし! やはりあの時の金は返すべきじゃないだろうか!」

 

 自分達を救ってくれた金は決して安い金額ではない。

 当然テゾーロはグレイへ返そうとした。しかし、それは提案された当人が断りを入れたのだ。

 

「『海賊を狩って貰った金だ、人助けに使えたから良いんだよ』。グレイさんにはそう言われたものね。受け取っては……くれないでしょうね」

「俺がグレイさんに対する唯一の不満さ!」

「ふふふ、もう」

 

 戯けたように声を上げるテゾーロとそんな彼の姿に微笑むステラ。掴み取りたかった未来が此処に有り、そして続いていく。

 

「これからも、グレイさんに恩返ししていかないとね」

「……ああ。君が居れば、俺はなんでも出来る」

 

 肩へ乗せられたテゾーロの手に、自身の手を重ねるステラ。気付けば日は完全に落ち、辺りには夜が訪れていた。月光に当たり煌びやかな美しさを放つステラ。そんな彼女と視線を合わせ、テゾーロは呟く。

 

 

「──ステラ、愛している」

「──私もよ、テゾーロ」

 

 

 触れ合う肩が遠く離れることは──未来永劫、二度と無いだろう。

 

 

 

 




 幸せになって欲しかったから幸せにしてしまった……。
 正直テゾーロの過去は悲劇過ぎて、天竜人に対するヘイトがヤバかったですね……。

 そして評価や感想を貰えてめっちゃ嬉しいです!ありがとうございます!
 これからもゆるゆると続けていきたいので、よろしくお願いします!


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『黒刀の指南』

 

 

 

 

 

 "海軍本部"元帥、センゴク。

 彼は今自身の部屋で膨大な数の書類整理を行っていた。

 

「…………ふん」

 

 本日、彼は少々機嫌が悪い。

 何故か、理由は単純である。

 

「なんじゃ、やっぱり奴の所へ行かせるのに不満があるのか。お前が言い出しっぺじゃろうが」

 

 相変わらず仕事などせずにバリバリと煎餅を頬張る男、ガープ。センゴクのストレスの三割程を生産し続けてきた憎き腐れ縁は、ズズーっと熱い茶で煎餅を流し込みながら、呆れたような声音で言葉を発した。

 

「当たり前だ、海賊だぞ。……だが、グレイの成長の為には致し方あるまい」

「まあ、あれ程までに適任な奴も他に居らんのが事実じゃ。この場合悪いのはグレイじゃなく、適切な人材を用意出来んワシらの方なんじゃから」

「──……」

 

 押し黙るセンゴク。ガープの言葉に何も言い返さないのも、ガープの言葉の意味を理解しているからに他ならない。

 

「まあ、問題ないじゃろう。グレイは」

「……そうだな」

 

 書類から目を離し、窓へ視線を向けるセンゴク。

 その表情は険しく、平静とは程遠い。グレイのこととなるとすぐにこうなってしまう。だからこそ、ガープも呆れ顔なのだ。

 

「──"王下七武海"。信用は出来んがな」

 

 険しい表情のまま、センゴクはガープの煎餅を奪った。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 センゴクの心配の種であるグレイは偉大なる航路(グランドライン)にある孤島《ジメガール島》へ来ていた。

 空は厚い雲に覆われており、太陽の光は辺りを見渡す限り見受けられない。紫色の霧が至る所に出現しており、怪しげな雰囲気を纏う島であった。

 

 何故グレイがこの島に来たかと言うと──もちろん修行の為だ。

 

 格好は普段と違いコートを羽織っておらず、ラフな私服と言った感じの装いをしている。しかし私服と言うには不似合いな物が腰に付いており、それこそがこの島に彼が来た最大の理由と言うべき物だった。

 

「あ、あの〜、お久しぶりです」

「……ああ。一ヶ月程か」

「そう、ですね。お元気でしたか? ミホークさん」

「変わりない。鍛錬の日々だ」

「本日も、その、勉強させて頂きます!」

「無論だ。出来る範囲で加減は無しだ」

 

 グレイの慎重な挨拶から始まった会話。対するミホークと呼ばれたこの男、整えられたオールバックの髪型をしており、背中には自らの背丈程に大きな漆黒の刀を携えていた。金色の装飾が施されており、とても美しい。

 

 しかし、最もインパクトを放っているのは言わずもがな。

 

(相変わらず……目が怖ぇぇぇ)

 

 ──『鷹の目』

 

 彼、ジュラキュール・ミホークの通称である。

 

 若き剣士でありながら、三大勢力の内の一つ"王下七武海"の一人として名を連ねる世界屈指の実力者であり、並みの海賊は彼と対峙しただけで命惜しさに逃げ出すとさえ言われている。

 

 グレイがこの島に訪れミホークに会いに来た理由、それは彼に剣を教わる為である。それを裏付ける証拠として、グレイの腰には刀が携えられていた。

 

 勢力図では味方として数えられる"王下七武海"とはいえ、海賊ということには変わりない。では何故、海兵であるグレイがミホークに師事してもらっているのかと言えば、これまた理由は単純。

 

 グレイには──剣の才能があった。

 

 月並みな言葉ではあるが、正しくそれ以外に相応しい言葉は無い。

 これが子供ながらに巨木を斬る、平凡な海賊を相手に圧倒する程度(・・)であれば、センゴクも鷹の目へ師事するなどといったことは提案しなかっただろう。

 

 二ヶ月程前のことだ、"海軍"の中でも指折りの剣士であるモモンガ中将が僅か五分程の時間でグレイに剣で打ち負かされた。

 本人は認めないことだが、モモンガも少々油断はしていた。だが一合二合と剣を交え、油断が愚かだと瞬時に切り捨てて尚──敗北した。

 

 もちろん、モモンガがグレイに総合的な実力で劣っている訳ではない。"悪魔の実"の能力を使用すれば話は別だが、身体能力や"覇気"、実戦経験を比べれば両者にはまだまだ大きく差が有る。

 

 だからこそ、"天性の才能"でグレイがあの内容を叩き出したことにセンゴクは頭を抱えた。モモンガで相手にならなければ剣技の向上が見込める対戦者など、現在の"海軍"には居ないのだ。

 

 このままでは、グレイの才能を腐らせる。

 そうさせない為、センゴクは苦肉の策を講じた。

 

 

 ──"王下七武海"を利用する(・・・・)という策を。

 

 

(俺の相手は……鬼強い人ばかりだな)

 

 修行相手は大体『ゲンコツ』。週に二度程『黒腕』を挟み、不定期であるが『仏』が襲来。それ以外でなら最低中将か、"悪魔の実"の能力者。修行以外の日は実践経験を積むべく海賊相手に激闘死闘の大立ち回り。

 

(まあ、俺が望んでるんだけどさ)

 

 ため息混じりに苦笑しながら、屈伸をするグレイ。

 これより始まる修行は気を抜けば死ぬ。こちらのことを考えて絶妙に手加減してくれる"先生"達とは違うのだ。

 

(……本当、すげぇ迫力)

 

 これより剣を交えるのは──"剣士"。

 己の強さのみを追い求め、鍛え戦い命を削る。そんな男である。

 

「ふぅ。……集中」

 

 鞘から刀を抜き、両手で持ち自然な姿勢で構えるグレイ。それを確認してから自身も剣を構えるミホーク。

 しかし構えたのは背負っている得物ではなく、全体的にボロく刃こぼればかりの西洋剣であった。

 

 だが決して侮りからの武器選択ではない。打ち合うには十分、それが現時点でのグレイとミホークの実力差だ。

 

 今日で三度目となる鷹の目レッスン。

 一度目は刀を折られ全身打撲、二度目は刀こそ折れなかったが全身打撲+右腕骨折と散々な結果に終わっている。

 

 三度目の正直、今日こそは無傷で帰る。

 密かに掲げるグレイの目標だ。

 

「行きますよ、ミホークさん」

「……来い」

 

 次の瞬間──剣戟による轟音が島を揺らした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ここ《ジメガール島》に朝と呼べる時間は訪れない。元々雲に覆われて続けている島なだけに、薄暗い天候が変わることはないのだ。

 

 しかし、現在の島の光景はここ三時間で大きく変わり果ててしまった。

 

 地面を見渡せば鋭い斬撃のような跡が数え切れない程残り、不気味な色と形をしている木々は斬り倒され、島の上空を旋回していた獰猛な鳥は一匹残らず巣穴へと引き篭もった。

 

 この光景を作り出した原因である二人は、この惨状に置いて食事を摂ろうとしていた。焚き火をしているので、二人の周りはそこそこ明るくなっている。

 

「受け取れ」

「……ふぁい」

「野菜と鶏肉のスープだ。文句は受け付けん」

「……いただきます。──えっ? 毒? 

 

 大きく腫れ上がった左頬、一瞬の隙を突かれ西洋剣の柄頭でぶん殴られた結果である。染みる痛みに顔を顰めながら、差し出された皿を受け取るグレイ。スープの色は普通なのだが、鶏肉と説明された肉の色は何故か紫色だ。

 

 しかしミホークが躊躇いなく咀嚼していることから、味に関して問題はないだろう。まあ、身体に良いかは分からないが。

 

「……あー、痛い。見事なまでにボッコボコですね」

「当然だ。剣を振るい出して数年の小僧に遅れは取らん」

 

 モモンガ中将涙目である。

 

「……だが、成長はしているようだな。"覇気"が更に洗練されている」

 

 鋭い目をグレイへ向けながら、ミホークは静かにそう告げた。

 今回、グレイは刀を折られることなく全身打撲も免れた。左頬にキツイのを喰らいはしたが、それ以外には目立った傷も見受けられない。結果としては上々と言えるだろう。

 

「まあ、日頃揉まれまくってますから。あはは、いつもいつもボコボコにされてますよ」

「そうか。良い環境だ」

「ええ、お陰様で」

「剣の振りを見るに、俺の言ったことも実践しているようだな」

「それはもちろんやってますよ。武装色付きの全力素振り5000本。あれやった後、毎回腕がミシミシ変な音立てて動かなくなるんですけど」

「筋繊維の回復だ」

「いや回復っていうか、死滅っていうか」

 

 短く会話をしながらも、どんどんスープを腹へ入れていく二人。見た目とは裏腹にクセのないサッパリとした味の鶏肉とシャキシャキとした野菜のスープは普通に満足出来る味であった。

 剣士以外に料理人の適性もありそうだと、グレイは内心思った。

 

「はー、美味かったです。ご馳走様でした。ミホークさん」

「ああ」

 

 スープを飲み干してしまえば、訪れるのは静寂。口下手でない限り会話には困らないシチュエーションだが、現状の相手はあの『鷹の目』である。フレンドリーに会話するような相手ではない。ましてや海兵と海賊、あり得るはずがなかった。

 

 しかし、グレイは語りかけた。

 

「ミホークさん」

「なんだ?」

「ミホークさんって偉大なる航路(グランドライン)に入って何年ぐらいなんですか?」

「……どういう意味だ?」

「世間話と言うか、答えたくないならいいんですけど……。せっかくの機会なんで質問したいことしとこうかなって」

 

 孤独を好み、これまでたった一人で生き抜いてきたとは言え、ミホークは人との会話を嫌っている訳ではない。認めた相手とは程々に会話を交わし、それなりに友好も結べる。現在進行形でただ一人しかそんな相手は居ないのだが。

 

 だからと言って、自分の倍以上年下の子供からの質問を冷たくあしらう程、ミホークは人として冷酷ではなかった。

 そもそもセンゴクからの要請とはいえ、グレイの修行に付き合っていることからも、ミホークがグレイを多少なりとも認めているのは一目瞭然なのだから。

 

「……およそ五年前だ」

 

 返答されたことに驚くグレイ。チャンスとばかりに質問を続ける。

 

「ミホークさんの剣ってめっちゃカッコいいですよね。名前はなんていうんですか?」

「この黒刀か……。名は《夜》だ」

「おお、名前もカッコいい」

 

 刀としては世界最高ランクの最上大業物12工の内の一本であり、この世に二つとない紛うことなき名刀だ。

 "硬さ"を長所とする黒刀であるが切れ味も凄まじく、ミホークによって本気で振われた際には山だろうが海だろうが関係無しに真っ二つだ。

 

「てか、デカイですね。何処にあったんです? そんな刀」

 

 剣才以外にも才能と呼ぶべきものがグレイにはあった。純粋な好奇心を隠すことなく曝け出すあっけらかんとした態度は、質問された者の口を容易く割らせてしまう。

 

「……とある王国だ」

「王国? ミホークさん、本当に色んなとこ行ってるんですね」

 

 予想外の言葉が飛び出したからか、グレイの口から感心したような声が溢れる。

 

「余り思い出したくはない、場所は黙秘だ」

「全然良いですよ。で、その王国にあったんですか?」

「敵国の攻撃によって滅びたがな。《夜》は国宝として隠されていた」

「ええ、国宝取っちゃったんですか?」

「滅びた国だ。俺が持っても文句は無いだろう」

「海賊ですねぇ」

 

 この話を聞いてこんな反応をする海兵はそうそう居ないだろう。

 

「良い刀か、俺も欲しいんですよね。どうにも使う刀使う刀、すぐに限界が来ちゃって」

 

 その言葉通り、この島へ持ってきた刀も限界を迎えた。折れてこそいないものの刃こぼれしまくっており、刀身も少し歪んでしまっている。最早実戦では使い物にならないだろう。

 

「並の刀であることは確かだが……それ以前の問題でもある」

 

 剣士としてグレイに視線を向けるミホーク。言われることが既に分かるのか、グレイの顔は渋い。

 

「刃こぼれに気を取られた隙を突かれたことを忘れるな」

「頬が痛いです」

「そして刃こぼれさせるような自分の未熟さを忘れるな」

「心が痛いです」

 

 ミホークの性格上、優しくオブラートといった配慮などある筈もなく、ズバズバと攻撃性のある鋭利な言葉の切れ味は相当のものであった。伊達に世界最強の剣士ではない。

 

「あーあ、どっかに良い刀とか落ちてないかなぁ〜」

「…………やらんぞ」

「ははっ、残念! でもやっぱデカ過ぎるかな。俺、得物の長さは普通の刀ぐらいでいいんですよねぇ」

 

 笑い声を上げながら焚き火へ薪を放り込むグレイ。自分に合う刀が欲しい、ミホークとの修行を始めてから彼が常々思っていることであった。

 

「ミホークさんの知り合いで良い刀持ってる人とか居ませんか?」

「……居たとしても、お前に譲渡はしないだろう」

「確かに、それもそうか。じゃあ参考までに聞くだけってことで」

「──俺の知るところで言えば、この《夜》と同等の獲物を持つ者は二人だ」

「最上大業物ってやつですか?」

 

 グレイの言葉に頷くミホーク。パチパチと音を立てて燃える焚き火を見つめながら、ゆっくりと口を開く。

 

「……一人目は現在この海で最強と呼ばれる海賊、『白ひげ』エドワード・ニューゲート。奴の持つ薙刀、"むら雲切"がそうだ」

「おお、すげぇ大物だ。にしても薙刀か、めちゃくちゃデカそうですね。二人目は誰ですか?」

 

 納得したように目を見開くグレイ。二人目が気になる様子で、ミホークへすぐに続きを催促した。

 しかしミホークは少しの間無言になった後、目を閉じながら語り出した。

 

「──『赤髪』だ」

「ああ! ミホークさんのライバルの!」

 

 グレイの言葉を聞いた瞬間、ミホークの眉間に皺が寄る。

 

「この間戦ったんですよね? "海軍本部"も騒ついてましたよ。『鷹の目』と『赤髪』の決闘」

 

 若くして名のある海賊たちを打ち負かし、破竹の勢いで"偉大なる航路(グランドライン)"を突き進むスーパールーキー。特徴的な赤色の髪から『赤髪』と呼ばれる海賊、その名をシャンクス。

 

 民衆を襲わないことで危険度としてはまだ低く見られているが、その戦闘力に対して"海軍本部"は非常に高い警戒をしている。

 自由気ままな男であり、神出鬼没。行きたい所へ行くといった行動基準のようで、"偉大なる航路(グランドライン)"を逆走し出すことも少なくない。

 

 そんな男は最近ミホークと一騎打ちで引き分けるという快挙を成し遂げた。これにより『鷹の目』と『赤髪』のライバル関係が周知の事実となった訳だ。

 

「……まあ、最上大業物かは知らんがな。《夜》と同等という意味では、奴の持つ刀も相当な業物だ」

「持つべき者が持つべき刀をって感じですね。羨ましいですよ」

 

 腕を組みながら羨ましそうに言葉を続けるグレイ。

 ミホークはそんな彼に視線を向けると、少し呆れたような口調で告げた。

 

「……お前は、変人だ」

「はは、急な罵倒」

「お前は海兵で俺は仮にも海賊だ。ましてや俺に怖気付くこともなく話しかけてくる」

 

 ミホークの純粋に疑問なのか、自身の言葉の理由について隠すこともなく述べる。グレイはその質問に少し考える素振りを見せると、向けられる視線へ対して返答する。

 

「俺、別にミホークさんのこと嫌いじゃないんですよ」

「──……?」

「だってミホークさん、一般人に危害を加えたりしてないでしょ? 相手にするのは海賊か海兵、それも金品目的じゃなく強さのため。カッコいいじゃないですか」

「……やはり、お前は変人だ」

「酷いなぁ、これでも尊敬してるんですよ?」

 

 薄暗いこの島に似合わない朗らかな空気が、二人の間に漂う。

 見る人が見れば、仲の良い兄弟にすら見えるかもしれない。

 

 後に世界最強の剣士となる男、ジュラキュール・ミホーク。

 

 そんな男には己を尊敬する──海兵の弟子が居た。

 

 

 

 




 シャンクスのライバルという肩書きで、戦わずにインフレに着いていく男の登場でした。七武海の中でもミホークは別格感ありますよね。

 そして次の話から少し年数が飛びます。テンポ良く進めたいと思っていますので、よろしくお願い致します!


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『青髪の少女』

 

 

 

 

 グレイが"海軍本部"大佐の地位に就任してから四年。

 

 孫溺愛元帥、拳骨爺、最強育成男、何でもブった斬る剣士などなど、世界でも最上位の猛者達に鍛えられ続けているこの男。身体的成長と合わせて、能力に"覇気"に剣術と、全てが四年前とは比べ物にならない程の向上を遂げていた。

 

 階級も大佐から一段階上の『准将』へと昇格しており、十四歳ということでまたも最年少記録を更新した。このことからも、グレイが四年で積み上げてきた功績の重さが伺える。

 

 そんな目立つ男は、本部内でも日頃から噂が絶えない。

 

「聞いたか? グレイ准将。また海賊団を捕らえたって」

「聞いた聞いた。しかも船長は"悪魔の実"の能力者で、懸賞金は億越えだってな」

「俺はこないだ巨大奴隷船を検挙したって聞いたぞ。奴隷は全員救出したらしいし、凄すぎるぜ……」

「まだ十四だろ? 本当に同じ人間か?」

 

 本部の廊下をモップで掃除している三人の海兵。入隊してから日が浅い彼らですらグレイの話が耳に入ってくるようで、コソコソと小声で聞いた話を言い合っていた。

 しかしなにもこの者達だけではない。年季の入ったベテラン将校、事務仕事の女性や掃除のおじさんまで、グレイの話をする者達は多岐にわたる。

 

「すみません、通りますね」

 

 ビクッと身体を震わせながら、三人の海兵は背筋を正した。

 仕事中に無駄話をしていたこともそうだが、前からやって来た人物こそが自分達がしていた会話のテーマ的存在だったからだ。

 

 拭き掃除していたことを気遣ったのか、一つ謝罪を入れながら三人の間を歩いていく。三人の海兵は背筋を正したまま、慌てて敬礼。冷や汗を流した。

 

「……ビ、ビビったぁ」

「あの人、だよな」

「銀色の髪に茶色の瞳、青ネクタイに黒スーツ。間違いねぇよ」

「俺らと身長とかあんま変わんないんだな」

「なんていうか、良い人そう、だったな」

 

 実は本物を見たことがなく、話しか聞いてこなかったこの三人。身体的特徴から瞬時にグレイだと理解すると、噂に聞いて想像していた人物像から離れていたことに首を傾げた。

 

「この先ってことは、元帥室に用ってことかな」

「多分そうだろ、というか帰還されてたんだな。能力で飛び回ってるから、あの人帰って来ても分からないらしい」

「仕事終わりにも関わらず元帥からの呼び出し……か。本当凄いよなぁ」

 

 自身よりも歳下の男が遠い存在であると認識した所で、三人の海兵は無駄話を終えて仕事へ集中する。

 グレイが通る際に残した足跡を誰が消すか、三人で揉めながら。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「失礼します。帰投しました、センゴクさん」

「ああ、ご苦労だったな。グレイ」

 

 普段は仕事が片付いたとしてもわざわざセンゴクへ報告などしないのだが、今回はセンゴクからグレイへの呼び出しがあったため、こうして元帥室まで足を運んだという訳だ。

 

「G−1支部から連絡は受けている。お手柄だったな」

「ありがとうございます。モモンガさんの協力もありましたから、思ったより手こずりませんでしたよ」

「懸賞金3億8000万ベリー『大熊』のドオンと3億2000万ベリー『巨蛇』のロギィでの海賊同盟。これを放ってはおけんのでな」

動物(ゾオン)系はやっぱりタフですね。生きたまま無力化するのは中々に骨が折れます」

「お前の能力なら容易いだろう?」

「殺さないための出力制御とか、結構難しいんですよ」

「お前のそのやり方は"海軍"としても助かる。やたらと能力者を殺せば、後が面倒だからな」

「そうですね。それに……命は大切ですから」

 

 "悪魔の実"の能力者を殺せば、世界の何処かに殺された能力者が宿したモノと同じ"悪魔の実"が必ず出現してしまう。

 再び海賊の手に渡り悪用されることを防ぐため、能力者は可能ならば生捕にすることが望ましいのだ。

 

 まあ、そんな事情を差し引いても、グレイはこれまで生捕にしかしたことがないのだが。

 

「それで何か用ですか? センゴクさんが呼び出すなんて珍しいですよね」

「ああ、帰って来たばかりで悪いが頼みがある」

「センゴクさんからの頼みを断る訳ありませんよ」

「そう言ってくれると助かる。……ったく、ガープの奴もお前のように仕事熱心であれば」

「あはは、それは……まあ」

 

 頭を抱えていたセンゴク。一つ咳払いをすると、要件を切り出した。

 

「今年、"海軍"への入隊者数が例年にないほど増加していることは知ってるな?」

「はい。なんか凄く増えてるらしいですね」

「そうだ。これもお前が各地で暴れ回っているお陰だ。お前の影響で海兵になりたいという者が多く見受けられるからな、私も鼻が高い」

 

 "ズマズマ"の能力の恩恵で世界各地を飛び回れるグレイは、海兵の中でも特に多くの民衆に顔が知られている。彼に助けられた者達の中には、"海軍"の門を叩く者も少なくない。

 

 人材補充の功績も上に言っておくと、笑顔のセンゴク。海の平穏を守るための組織はいつだって人材不足なのである。

 

「それでお前に頼みたいことが二つある。一つ目は、本部へ入隊させた見込みのある新人海兵達と入隊して二年以上の海兵、この者達の育成を目的としたサバイバル演習の指導役をゼファーと共にやって欲しい」

「ゼファーさんとですか。俺で良ければ喜んで受けますよ」

「すまんな。前から計画していたことだ、お前はゼファーの手伝いという形で助力してやってくれ。そして二つ目の頼みなんだが──」

 

 続けられようとしたセンゴクの言葉は、ドアに響いたノック音によって遮られる。

 そしてセンゴクからの許可も無しに、ノックしたであろう人物は部屋の中へ入って来た。

 

「センゴク、グレイは……おお、話の途中だったか」

「ゼファー、返事ぐらい待て」

「気にするな。時短だ、時短」

 

 元帥であるセンゴク相手にこのような口をきける者など、組織全体で見てもそうは居ない。同期としての付き合いからか、お互いの雰囲気は柔らかい。

 

「今、例の件を説明しようとしていたところだ」

「そうか、なら丁度良い。グレイを借りていくぞ」

「ああ、後は任せる」

「……えぇ、話が見えないんですけど」

 

 戸惑いが隠せないグレイ。置いてけぼりを食らっている彼に、ゼファーから一言。

 

「ガハハ、付いてくれば分かる!」

 

 丸太のような太い腕に背中を押され、グレイはゼファーと共に元帥室から退出した。

 

「なんなんですか、一体」

「サバイバル演習のことは聞いたか?」

「はい、ゼファーさんと一緒にやれって」

「その演習に参加させることになった一人をお前に任せたいんだ」

「……一人? 俺が個別でその一人にマンツーマンってことですか?」

「そうだ、少々訳ありでな」

 

 廊下を歩きながらグレイへ説明をするゼファー。無駄な時間を少なくする教育者としての癖が出ている。

 

「訳あり……」

「お前をメインとした作戦で潰した奴隷船があったろう?」

「はい。最近ですね」

「そこで救出した者の中から、"海軍"への入隊希望者が一人出た」

「その人も新人海兵として、演習に参加させるってことですか?」

「正解だ、相変わらず察しが良いな。その件で一人、お前に担当してもらいたいという訳だ」

 

 ゼファーは育成者として、教え子全員に平等を貫いている。そんな彼から個別で任せたい、つまりは特別扱いをしろと言われたのだ。元奴隷であったとは言え、訳ありという言葉にも大きな意味が出てくる。

 

「──"モドモドの実"。お前に任せる者は、その"悪魔の実"を食べた能力者だ」

「……"モドモドの実"ですか。聞いたことないですね」

「極めて特殊だ。能力の希少性もあるが、なにより凶悪だ」

「それで、同じような立場の俺に任せようってことですか?」

「ははっ、そう言われればそうなるな」

 

 同じく希少性が高く凶悪な能力である"ズマズマの実"の能力者、グレイ。

 自虐のように予想を語るグレイに対し、ゼファーは笑いながら同意した。

 

「お前に任せる理由は──お前が強いからだ」

「強いから……ですか」

「"モドモドの実"が悪用されるようなことがあってはならんからな。近くに守れる者を置いておく必要があると、"五老星"からも正式に決定された」

 

 "五老星"とはこの世界で最高の権力を持つ五人の老人達の通称である。五人共が世界貴族"天竜人"であり、世界を裏側から操っているとまで言われている程だ。

 

「そんなに上からですか。よっぽど重要視してるんですね」

「それも仕方ない、人間には大き過ぎる力だ。なにせ……条件を問わず触れたものの時を十二年戻す(・・・・・・・・・・・・・・・・・・・)能力だからな」

「──ッ!? それはまた……凄いですね」

 

 思わず息を呑むグレイ。訳ありの内容が想像の上をいったことに素直に驚愕を露わにした。

 

「だからこそお前に任せたい。後、お前の部下にする予定だ」

「……へっ?」

「准将になった辺りからセンゴクに度々言われていただろう? そろそろ部下を持たせる予定だとな」

「ああ〜、言われてますね。確かに」

「そもそも部下を持たせなかったのも年齢が理由だからな」

 

 階級的にはもっと前から部下を持っていても可笑しくなかったのだが、幼過ぎる上司の命令に素直に頷ける者も居ないだろうとのことから見送られていた。

 グレイを修行に専念させるというのも、理由の一つではある。

 

「だが今やお前の下で働きたいという奴も多い。まだ十四とは言え、もう立場が立場だ。文句も言ってられんな」

 

 部下を持つ苦労を知っているからか、これから苦労するであろうグレイを思って笑みを浮かべるゼファー。

 

「これまでが辛かった子だ。手を焼くかもしれんが頼むぞ」

「もしかしてゼファーさんが面倒見てたんですか?」

「まあな。能力の件で俺が保護を頼まれた」

「だから最近稽古が無かったんですね」

「お前は放っておいてもサボりはせんからな」

「その内、ゼファーさんも超えますよ」

「ふっ、コイツめ」

 

 銀色の髪をわしゃわしゃしながら、ゼファーは満足そうな表情だ。

 今まで育てて来た教え子達の中には自分を慕う者こそ多いが、自分を超えるなどと口にする者は居なかった。

 

(……成長は、早いもんだ)

 

 感慨深い思いが湧き上がってくるのを堪えながら。ゼファーはグレイから顔を背ける。

 どれだけ経験しても、教え子の成長を感じる瞬間には慣れなかった。

 

「ところでこの方向は訓練場に向かってますか?」

「……ああ、そうだ。そこに待たせてある」

「初の部下、か。ファーストコンタクトが重要ですよね」

 

 肩から羽織るコートのズレを直し、ネクタイを締め直すグレイ。まだまだ幼さは残っているが、間違いなく格好の違和感は減っている。

 

「さて、どんな人かな」

 

 今回、グレイの部下へと推したのはゼファーであった。センゴクのグレイに部下を持たせたいという話を耳にした時、すぐにこの案を思いついた。

 

(──お前になら、任せられる)

 

 やはり自分は間違っていなかった。

 ゼファーはそう確信しながら、グレイを引き連れ訓練場へ向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──海軍本部第三訓練場。

 訓練場の中でも広さに定評のある場所であり、多くの海兵が合同訓練をするために使用している。

 

 しかし、現在はそれ程海兵がいる訳ではなく、数十人ほどの集団がグラウンドで走り込みをしている程度だった。

 

「此処ですか」

「そうだ。……居たぞ」

「えっ? 何処です?」

「あそこで訓練用カカシに回し蹴りしているのがそうだ」

「えぇーっと。あっ、あれか……おお」

 

 まだ距離が遠いため顔は見えないが、海兵服を着用してカカシをボコボコにしている者が一人。戦闘経験の無い新人とは思えない動きで攻撃していることに驚きつつ、距離を縮めていく。

 

「才能はある。将来が楽しみだ」

「ゼファーさんが言うなら間違いないですね。見た感じ、まだ若いかな」

「年齢は十三だ。お前の一つ下だな」

 

 歳が近いということに少しばかり親近感を覚えるグレイ。歳上が苦手という訳ではない。むしろ得意な方なのだが、初めての部下が余りにも歳上であった場合、接し方に困ってしまうという問題が発生してしまうのだ。

 

「滑らかな体術ですね。まるで流れるような──ん?」

 

 接触まで後少しというところまで近づいた時、グレイはあることに気づく。

 そんな彼を尻目に、ゼファーは声を上げた。

 

「待たせたな! ──アイン!」

「ゼファー先生っ!」

 

 アインと呼ばれたその者はカカシからすぐに離れると、輝くような笑顔を浮かべ、長い青髪を靡かせながらゼファーの下へ駆け寄って来た。

 

(……綺麗だな)

 

 グレイが素直にそう思える程、幼いながらも整った顔立ちにスタイル。色白の肌や真紅の瞳は他者の目を惹く美しさであった。

 

 しかし、それよりもグレイは内心で叫ぶ。

 

(──女だったんかい!)

 

 もちろん、騙されたなどとは思っていない。ゼファーは一言も"男"だとは言っていないのだから。だが勝手な思い込みとはいえ、予想外であることに変わりはない。

 

「稽古は順調のようだな」

「はい! 先生に言われたことを確実にこなしていました!」

「よし、アインは優秀だな」

「そ、そんな……。ありがとうございます……先生」

 

 可愛らしく照れているアイン。ゼファーに褒められたことが嬉しいのか、それとも頭を撫でられていることが嬉しいのか。どちらにせよ、アインがゼファーを深く尊敬していることは今のやり取りでグレイも理解した。

 

 割り込みにくい空気ではあるが、置いていかれる訳にもいかない。グレイは恐る恐るゼファーへと声を掛けた。

 

「あ、あの〜、ゼファーさん?」

「おお、紹介しようグレイ。この子はアイン。よろしく頼むぞ」

 

 まるで孫を紹介する祖父のような優しい口調で紹介するゼファー。

 自身に対するセンゴクのようだと、グレイは少し苦笑い。

 

「俺はスティージア・グレイ。グレイって呼んでくれ」

 

 挨拶を済ませ、握手をしようと右手を差し出したグレイ。

 和やかなファーストコンタクトを決められたと思ったのだが──。

 

「…………」

 

 プイッと顔を逸らされ、アインはゼファーの後ろへと隠れてしまう。貴方とは話したくないオーラ全開の態度にグレイは少し凹んだ。

 

「ああ〜、すまんな。まあ、仲良くしてやってくれ」

 

 頭を掻きながら困ったように笑うゼファー。どうやらこうなることは分かっていたようで、やっぱりかといった様子である。

 

 差し出した握られることのない悲しい右手。

 グレイはそんな己の手を見つめながら、深いため息を吐いた。

 

(……これは、大変そうだな)

 

 

 

 




 十三歳のアインちゃん登場です。ゼファー先生以外には心開く気ないので、めっちゃツンツンしてます。

 アインはONE PIECEの女性キャラで一番好きなキャラです!これからメインキャラとして出していきたいので、アイン好きが増えてくれると良いなぁ。


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『上司達への相談』

 

 

 

 

 

 少女アインとの出会いを果たした翌日、グレイは少しでも彼女との距離を縮めるため、身近に居る部下の上に立っている人物を訪ねてアドバイスを貰おうと行動していた。

 

 現在の場所は《マリンフォード》の裏側にある海岸。

 この日は潮風もさほど強くなく、シートでも敷いて寝転がれば昼寝出来そうな日和であった。

 

「……上司として部下とどう距離を詰めるか、ねぇ。お前もそんなこと考える立場になったんだなぁ」

「そうっすね〜、未だかつてないピンチなんすよ。クザンさん先輩でしょ、なんかアドバイスしてくださいよ」

 

 グレイとその横に立つ一人の男。二人はボーっとした表情で釣竿を握りながら、穏やかに揺れる海を見つめている。先程からウキには、ピクリとも反応はない。

 

「部下への接し方習う前に、歳上に対する口の聞き方覚えてきなさいよ」

 

 隣立つこの男──ボサボサの髪にアイマスク、緩んだ表情筋に眠たそうな目と、およそ海兵とは思えない格好と態度ではあるが、これでも若くして"海軍本部"の重要な戦力とされる『中将』の地位を任されている男だ。

 

「【ダラけきった正義】掲げてる人にはこれぐらいが丁度良いでしょ」

「かぁーっ。なんで俺の周りにはこう生意気な奴しか居ないのかねぇ」

「スモーカーよりは可愛気あると思いませんか?」

「アイツよりお前のがムカつく」

 

 愛想の無い同期を引き合いに出してはみたものの、アッサリと一蹴されてしまう。

 

「はは、素直な罵倒」

 

 クザンとグレイ、歳は大きく離れているが二人は比較的仲が良い方で、こうして共に釣りに興じることも少なくない。センゴクの紹介で知り合った時からのそこそこ長い付き合いだ。

 

 いつも通りのやり取りを一通り終わらせると、クザンは釣竿を地面に置きながら怠さを隠そうともせず砂浜へ腰を下ろした。

 

「ふわぁ〜、部下ねぇ。アレだろ? お前が奴隷船から助けた子」

「そうっす。事情も知ってますよね? 一応は中将なんだから」

「おいおい、ちゃんとやってるだろ〜俺」

「なら仕事サボって釣りしないでください。部下の人に居場所聞いたら困り顔で分かりませんって言われましたよ。謝られて申し訳ない気持ちになりましたからね。いきなり相談する人を間違えました」

「ええ、お前だってやってるじゃん」

「俺はちゃんと休暇です」

「……はぁ、氷より冷てぇな」

「クザンさんが言うんすか」

 

 ──"ヒエヒエの実"。

 クザンが食べた"悪魔の実"の名称である。最強種である自然系(ロギア)の中でも格別な強さを有する能力だ。

 

 凄まじい冷気を操ることが出来るようになり、あらゆるものを瞬時に凍結させてしまう。

 能力者に共通する最大の弱点である海水に対しても、凍らせて無力化することが出来るため、汎用性はもちろん能力者の弱点すら克服可能な能力である。

 海の上を凍らせて自転車で移動するような者は、世界広しと言えどこの男だけだろう。

 

「お前は凍らないから、本当に氷より冷たいかもな」

 

 "ズマズマ"の能力によって炎を操ることが出来るグレイはクザンの能力の弱点を突くことが出来るため、模擬戦を行っても程々に善戦している。

 

「アホなこと言ってないでアドバイスくださいよ。マジで困ってるんですからね、俺」

「なんか可愛かったよな、例の子。将来は良い感じにボンキュッボンの美人さんになると見た」

「帰りまーす」

「え、おいおい、もういいのか?」

 

 釣竿をクザンへ渡し、能力を発動させるグレイ。砂浜から飛び立とうとしているのが見て分かる。

 

「これ以上クザンさんの話聞いても意味なさそうなんで」

「マジかよ、ひっでぇな」

「後仕事サボってることと、倍以上歳が離れてる女の子へのセクハラ発言したことセンゴクさんに報告しときます」

「──おいおい、マジかよ」

「更に付け足しておくと、もうすぐここにクザンさんの部下の方達が押し寄せて来ますんで。まだ片付けてない大量の書類を抱えてね」

「…………」

「いや〜、次の給料楽しみっすね」

「お、おい、グレイ。俺達……友達だよな?」

 

 返答は、満面の笑みだった。クザン自身が初めて自分に向けられたんじゃないかと思える程の、とても良い笑顔である。

 グレイの移動速度にクザンが追いつける訳もない。グレイが飛び去った後の砂浜には、一人の男の悲痛な叫び声が響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 センゴクからの拳骨と減給宣言をクザンへ確定させてきた後、グレイは昨日と同じく第三訓練場へ足を運んでいた。

 しかし昨日とは打って変わり多くの海兵が見受けられ、賑わってすらいた。多くの者が訓練場の端に寄り、中央に大きくスペースを残すような形で立っている。

 

 そのことからも分かるが訓練に精が出ているという訳ではない。海兵全員の視線は大きく空けられた中央のスペースへと固定されていた。

 

 訓練場に響くのは──激しい剣戟。

 

 打ち合っている両者は視認することすら厳しい速度で動き回っており、注目して観戦している海兵で明確に捉えられている者は一人として居なかった。

 

「……速えぇ」

「あっ、見え……ねぇわ」

「えっ? ああ、こっちか。違った、あっちだ」

「ピカピカしたりバチバチしたり、光ってることしか分からんなぁ」

「なんか目が痛くね?」

 

 なんとか動きについていこうと必死になってはいるのだが、それだけで追いつける程優しい速度では無い。

 確かなのは耳に聞こえる激しい剣戟と僅かに捉えられる光の痕跡。白と黄色の火花が散る光景は、夜空であればさぞ見栄えすることだろう。

 

「──ふぅ、危なかった」

「んん〜、また速度を上げたねぇ〜」

 

 鳴り続けていた轟音が収まり、中央に二人の人影が現れる。

 一人は黒く染まった木刀を、もう一人はまるで光そのものが剣になったような得物を構え、牽制し合うように立っている。

 

 木刀を構えているのは額から汗を流しているグレイ。疲労からではなく、相手の圧倒的な速度に対する困惑から出た汗だ。

 

 そんなグレイと対峙する男、灰色の帽子を被り咥えタバコをし、中々の暑さにも関わらずスーツを着用している。圧倒的な速度でグレイと打ち合っていたにも関わらず、話し方はとても間延びしている。

 

「……速過ぎますって、ボルサリーノさん」

「対応しといてよく言うねぇ〜、グレイ大佐〜」

「だからもう准将ですって」

「おぉ〜、すまないねぇ〜」

 

 相変わらずの緩い話し方に力が抜けそうになるグレイ。本気で謝ってはいる筈だが、これでは中々そう思ってもらえないだろう。

 中将ボルサリーノ、クザン程ではないが親交がある方なので、グレイは特に気にした様子もなく木刀下げた。

 

「ここまでにしましょう。ボルサリーノさん」

「そうだねぇ〜。楽しかったよぉ〜」

 

 稽古の終了を承諾したボルサリーノ。手に持っていた光の剣を消滅させ、火が消えている煙草の先端へ指を伸ばすと、光の熱で火を付け直した。

 観戦していた海兵達も終わりを察したのか散り散りに去って行く。首を傾げる者、頭を抱える者、目を労る者など、それぞれの反応を見せながら。

 

 ──"ピカピカの実"。

 先程のクザンと同じく自然系(ロギア)の能力であり、単純な性能だけ見れば最強と言っても良いほどのブッ壊れ能力だ。

 

 食べた者を光人間へと変え、光の力を自在に操ることが出来るようになる。光速での移動、光のレーザー、光の形を弾丸や剣に変えることも可能と、この能力を前にすれば余程の強者でない限り手も足も出ずに敗北すること間違いなしだ。

 

「はい、どうぞ」

「ありがとねぇ〜」

 

 木陰のベンチに座り休息を取る。ボルサリーノへ冷えたお茶を手渡しながら、グレイ自身も自分用に買っておいたお茶で喉を潤した。

 

「ボルサリーノさんに対しては一発掠らせただけか……。まあ、前よりは成長ですかね」

「わっしは擦りもしなかったよ〜」

「そりゃ太刀筋が単調なんですよ。捌きやすいですね」

「剣術じゃ敵わないねぇ〜」

 

 定期的に行われる二人での稽古。これにも理由があり、お互い本気で能力を使用した際に同等の速度を出せる者が他に居ないからだ。

 能力を全力解放した二人の打ち合いは、海兵達の密かな楽しみでもある。

 

「それで相談だったよねェ〜。部下との距離の詰め方」

「ボルサリーノさんはクザンさんと違って部下の方達からも評判良いので、何かアドバイス頂けたらと思いまして」

「ゼファー先生に聞いたらどうだい〜?」

「いやぁ、任せてもらう手前……聞きづらいと言いますか」

 

 小さなプライドではあるが、任せてもらう責任感故の感情であった。

 ボルサリーノもそれを理解したのか、顎に手を当てながら唸る。

 

「そうだねぇ〜。共通点とかどうかな〜?」

「共通点、ですか」

「何かしら同じ部分があれば会話のきっかけになるんじゃないかねぇ〜」

 

 流石は頼りになる方の中将。だらけきっているダメな方とは大違いである。

 

「話を聞けば"悪魔の実"の能力者なんだろぉ〜? 早速一つ共通点じゃないのぉ〜」

「おおっ! 確かに!」

「会話出来ればなるようになるよぉ〜」

「俺やってみます! ボルサリーノさん! ありがとうございました!」

 

 目を輝かせながら礼を言うグレイ。光明が見えた気がした彼は、すぐに実践するため足早に訓練場を去った。

 

「んん〜、若いねぇ〜」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 本部内のとある一室。そこでは二人の男が机に座り、書類を眺めながら会話を繰り広げていた。

 

「じゃあ人数はそれで決まりですね」

「ああ、これ以上は俺達だけでは見きれんからな」

「場所も決まりましたし、軍艦の使用許可も明日センゴクさんに申請しておきます。今日はこれぐらいで大丈夫ですか?」

「ははっ、中々頼りになるじゃないか。良い上司になれそうだな」

 

 笑いながらそう告げるのはゼファー。書類仕事だからか、使い込まれた古い眼鏡をかけている。

 そして現在、サバイバル演習に関する最初の会議が無事にまとまり、一段落ついた所だ。

 

「良い上司とか嫌味言うのやめてくださいよ……。性格悪いですよ?」

 

 ゼファーへ渋い顔で言葉を返すのはグレイ。何故か左頬には真っ赤な紅葉マークが付いている。

 

「ガッハッハ! 派手にやられたな! グレイ!」

「もう俺には無理かもしれないって思い始めてます……」

 

 この落ち込みようから、紅葉を付けたのがアインであることを完全に理解したゼファー。まさか二日目でここまで亀裂が入るとは思っていなかった。

 

「一体何したんだ? いきなり殴られた訳じゃないだろう?」

「……実は」

 

 言い出しにくそうな口調で事の詳細を話す。上司である者達に相談しに行ったこと、ボルサリーノによるアドバイスで共通点である能力の話題を振ったこと。

 ゼファーはそれを聞くと、申し訳なさそうな表情で口を開く。

 

「あぁ〜、すまん。それは俺の説明不足だった。アインに能力の話はやめておいた方がいい」

「何か事情があるんですよね。能力見せ合わないかって提案した二秒後にブン殴られました」

「……お前なら分かるだろう。アインも元々、望んで能力者になった訳じゃないんだ」

「──ッ! ……地雷、でしたね」

「なんでも飯の代わりに"悪魔の実"を出されたらしい。奴隷船の乗組員に腐った果実とでも思われたんだろうな」

 

 不運、そんな言葉で片付けることがグレイには出来なかった。何故なら自分も同じく、望んで(・・・)能力者になった訳ではないのだから。

 だからこそ、距離を縮めることばかりに意識が向き、少し考えれば分かるような地雷を踏み抜いた自分の愚かさを恥じた。

 

「しかもアインが能力者だとバレてからは、執拗に痛ぶられていたらしい」

 

 怒りの滲む声で呟くゼファー。机に置かれた手には力が込められており、少しでも動かせば机が叩き割れるだろう。

 

 売れば最低1億ベリー。それが"悪魔の実"の市場価格だ。奴隷を売るよりも確実に、そして大量の金になる。

 そんなものを奴隷に食べさせてしまったと分かれば、暴れられないように衰弱させるため、そしてお門違いな八つ当たりのために、理不尽な暴力の的になってしまうのだ。

 

「……そりゃ怒るよな」

「さっきも言ったが俺の説明不足だ。俺からもフォローしておく」

「いえ、俺の配慮が足りませんでした。ゼファーさんのせいじゃありません」

 

 顔に手を当てながらため息を溢すグレイ。自分がやらかしたことの大きさに頭を抱えてしまっている。

 

「ちゃんと謝らないとな。……聞いてくれますかね」

「それは心配要らんさ。真摯に謝罪する者を冷たく突き放すようなこと、あの子は絶対にしない」

 

 絶対に、という言葉から、ゼファーがアインを既に深く信頼していることが分かる。

 

「ゼファーさんは凄いですよね……。それに比べて俺は……」

「そう落ち込むな。お前と俺では人生経験が違う、悲観することはない」

「……正直、ゼファーさんには聞きたくありませんでしたけど、そうも言ってられませんね」

「ん? 俺に相談か?」

「はい。相談させてください」

 

 小さなプライドを捨て去り、ゼファーへの相談を決行。このままでは心を開いてもらうどころか、共に演習に臨むことすら不可能だ。

 

「……そうだな。ボルサリーノの言うことも間違いじゃない。アインには合わなかったというだけでな」

「俺もそう思います」

「結局の所、やれることは一つだ。俺もそうだった──腹を割って話し合うことしか出来ないと思う」

「腹を割って、話し合う」

「傷を癒すことは無理でも、支えてやることなら出来る。信じてもらうために自分のことを話し、相手のことを聞いてやる。腹を割って話すとはそういうことだと、俺は思っている」

 

 ゼファーはグレイの肩にその大きな手を置き、視線を交錯させる。

 

「──お前になら任せられる」

 

 一言。余りにも短い言葉である。

 しかし、グレイに取っては何よりも響く言葉であった。

 

「……俺、ちゃんと謝って、アインと仲良くなります」

「ああ」

「ありがとうございます、ゼファーさん」

「良い表情だ。お前はその自信に満ちた顔が良く似合う」

「はは、褒めてます?」

 

 辛気臭い顔を終え、普段通りの様子を取り戻したグレイ。

 演習実施日まであまり時間はない。アインとの溝は今更足掻こうともすぐに取り返せる程浅くはないため、グレイは演習前、最低でも演習終了までには何としても謝罪し、和解すると心に強く決めた。

 

「やっぱりゼファーさんに相談して良かったです。ボルサリーノさんにも的確なアドバイス貰えましたし。クザンさんに相談したのが間違いでした」

「ふっふ、そう言うな。アイツもあれで慕われている」

「それもそうですね。セクハラ発言とかなかったら相談も打ち切らなかったんですけど」

 

 何事もないように呟いた言葉に、ゼファーが引っかかる。

 

「……ん? どういうことだ?」

「え? クザンさんのセクハラ発言ですよ。日常的に怒られてるでしょう」

「何故それがアインのことを相談して出てくる?」

「それは…………あっ」

 

 グレイはこの瞬間気づく、虎の尾を踏んでしまったことに。

 肩に腕を回し、逃すつもりのないゼファー。

 グレイは心の中でクザンへと合掌し、既に覇気が溢れ出している黒腕に震えながら、被告の発言を忠実に答えた。

 

「──『将来は良い感じにボンキュッボンの美人さんになると見た』ってイッテマシタ」

 

 その言葉を一言一句逃さず聞いたゼファー。

 疲れを残さないように早めに寝ておけと言い残し、修羅の如きプレッシャーを放ちながら部屋を退室。何故かドアノブが曲がっている気がするが、多分気のせいだろう。

 

「……さーて、センゴクさん帰ってるかなぁ」

 

 夕食のメニューを考えることで、ある男の末路を頭の外へ追い出す。

 グレイは空腹を感じると共に、優しい家族と過ごす我が家への帰路についた。

 

 

 

 その夜──再び一人の男の悲痛な叫び声が、本部中に響き渡った。

 

 

 

 




 未来の大将であるクザンとボルサリーノ登場でした。
 オハラの一件が終わっているので、クザンはだらけきっています。
 もう一人の大将候補が出なかったのは……察してください。
 
 そしてたくさんのお気に入り登録ありがとうございます!
 モチベーションが上がりますので、感想の方も是非お願いします!


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『サバイバル演習の開始』

 

 

 

 

 

 クザンが一日に二度地面へめり込んだ日から一週間。

 本日グレイはゼファーと共に、若手海兵達の育成を目的としたサバイバル演習を無事に終えるという大仕事に取り掛からなければならない。

 

「……ふぅ」

 

 身支度を終え、最後にネクタイをキッチリと締める。

 現在の時刻は軍艦出港の四十分前。そろそろ乗船しておくため玄関へ進み、出かける準備を完全に済ませた。

 

「行くのか? グレイ」

「センゴクさん。はい、もう出ます」

 

 そんなグレイに声を掛けたのはセンゴク。グレイと同じくこれから家を出るのか、既に本部に居る時と格好は変わらない。

 

「気合が入っているようだな」

「当然ですよ、センゴクさん直々の頼みですから。……それに、ゼファーさんから任されたこともありますし」

 

 グレイは結局の所、この一週間でアインへ謝罪することも距離を縮めることも叶わず演習当日を迎えてしまった。不甲斐ない自分に落胆しつつも、今回の演習では必ず謝罪と和解を成し遂げると心に決めている。気合が入っていて当然なのだ。

 

「……ん? それも持っていくのか?」

 

 グレイの腰に携えられている物へ視線を向け、センゴクは少し表情を緩めて訊ねた。

 

「ええ、備えあれば憂いなしですからね」

 

 グレイに手を掛けられカチャッと音を立てるのは、黒色の鞘に納刀された一本の刀だった。

 

 グレイが准将へ昇格した際に祝い品としてセンゴクが渡した物であり、グレイが長らく求めていた自身の全力に耐えられる刀であった。

 質素な雰囲気を纏っているがれっきとした良業物50工の内の一振りであり、位列通りの名刀だ。

 

「良業物──『(あかつき)』。気に入ったようでなによりだ」

「よく手に馴染みます。頑丈なのも魅力ですね」

 

 切れ味自体は並の刀と遜色ないが、『暁』の真骨頂はその丈夫さにある。ミホークの所持している黒刀『夜』と比べれば大きく差は有るが、長さや重さと言った明確な差別点があり、グレイはこの刀を心から気に入っていた。

 

「この『暁』も使いこなして、今回の演習も成功させます」

「やれるさ、お前ならばな」

「……ありがとうございます」

 

 心からの信頼。応えなければならないそれは、グレイのやる気を更に底上げした。

 

「気をつけてな。まあ、お前に言う必要は無いか」

「油断大敵、センゴクさんの教えですよ?」

「がっははは! そうだ、それを忘れておらんなら大丈夫だ」

「ちょ、センゴクさん」

 

 ポンポンとグレイの頭へ手を置くセンゴク。満足気に笑い声を上げ、グレイを見送った。

 

「よし、行ってこい」

「はい! 行ってきます!」

 

 初めて自身の与えられている階級に見合う仕事。任された大役を無事に終えるため再度気合を入れ直し、"正義"の二文字を背負った。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 世界の均衡を保つ三大勢力の一つだけあり、"海軍"が保有している軍事力は相当なものだ。多くの兵器を搭載した巨大軍艦も数え切れない程に存在しており、集団火力だけなら世界最強と言っても過言ではない。

 

(……相変わらずデカイなぁ)

 

 ゼファーとグレイ、補佐役の海兵と演習に参加する海兵達を合わせ、総勢四十五人を乗せた軍艦は順調に目的地である島へ到着した。

 

 目的地である《ナギスカーデ島》。

 面積は300k㎡にも及び、鬱蒼とした森林地帯が広がっている。島の中央に聳える巨大な山、《カーデ山》も特徴的だ。

 今回の演習場所に選ばれた理由もこの広大な面積に生い茂る森林地帯と曇ることのない強烈な晴れの天候、まさしく天然の牢獄とも呼ぶべき過酷さを評価してのことだった。

 

 軍艦を停めて全員が上陸を完了する。

 熱い日差しに当たりながらではあるが、海兵全員が足並み揃えて整列をしている。新人並びに新米海兵達とは言え、心構えはしっかりしているようだ。

 

 その集団の前にゼファーが立ちメガホンを構えると、より一層表情が引き締まった。

 

「──諸君! 今日と明日は諸君らにとって目覚ましい飛躍の時間となる!」

 

 ゼファーの後方に背筋良く立っているグレイ。久しく感じることのなかったゼファーの指導者としての迫力に少々緊張しつつも、これから始まる演習のメニューを思い返していた。

 

「"海軍"は甘くない! この組織で戦うという覚悟をこの演習で各々固めて欲しい!」

 

 重く響くゼファーの声は、この場に居る海兵達の士気を上げる。ゼファーはそんな雰囲気に一つ笑みを浮かべると、本格的に演習内容の説明に入った。

 

「では今回の演習内容を説明するぞ──」

 

 

 

『《ナギスカーデ島》特別サバイバル演習内容』

 

 基本事項

 ・期間は二日。

 ・参加兵は二人一組での行動。

 ・1ℓペットボトルの水が一本支給。

 ・インスタント食品を一食分支給。

 ・使用可能な武器は支給品のみ。

 

 禁止行為

 ・他の参加兵への攻撃。

 ・支給品や食料の奪い合い。

 ・許可の無い森林外への移動。

 

 任務内容

 ・全参加兵が各スタート地点から島中央にある《カーデ山》の山頂を目指し、到着した順に評価を与えるものとする。

 

 緊急措置

 ・危機的状況に陥った際には救難信号を発信し待機。演習からのリタイアが認められる。

 

 

 

「──と、以上が演習についての説明だ! 何か質問のある者は居るか?」

 

 確認するが、該当するような者は見当たらない。

 

「では最後に救難信号についての説明だ! 諸君らの組ごとに一つ渡してあるこの筒が信号発信装置となっている!」

 

 ゼファーが手に持ち指差しながら言及する、小さな黒い筒。

 

「横に付いている紐を引けば中から信号弾が飛び出す仕組みとなっている。有事の際には躊躇いなくこれを使用して欲しい。リタイアしてもマイナス評価は与えない、人命優先で任務に当たってくれ! それでは解散ッ!!」

「「「「「──はいッ!!」」」」」

 

 全ての説明を終え、組ごとに分かれた海兵達が各々のスタート地点へと歩き出す。

 

「グレイ、救難信号への対応と……アインを頼むぞ」

 

 飛行出来るグレイには救難信号が発信された場合に、救助へ駆けつける役割がある。プラズマの速度であればそれも容易だ。

 

「はい、任せてください。ゼファーさんもお気をつけて」

 

 グレイの言葉に頷いてから、ゼファーは森の中へ入って行った。

 

「──さて、頑張りますか。アインは……あれ?」

 

 砂浜を見渡しても青髪の少女は視界に入らず、居るのは既に自分一人。その瞬間、グレイはすぐに己の状況を理解した。

 

「…………えぇ、置いてかれてるじゃん」

 

 決められたスタート地点を目指し、グレイは砂浜を強く踏み締めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──自分以外は全て敵。

 

 十三歳の子供がそのような考えを持ってしまう程、アインという少女が歩んできた人生は壮絶なものであった。

 

 物心ついた時から親は居らず、八歳までは病死してこの世を去った祖母と二人で暮らしていた。四年間を孤独に過ごし、十二歳になった年──悲劇は起こった。

 

 幼いながらも整った顔立ちに目をつけられ、奴隷商人に誘拐されたのだ。

 

 そこからは地獄の日々。人として扱われず物として扱われる。最低限の食事と服、奴隷であることを理解させられるかのような仕打ち、一年という長い時間で涙すら枯らしてしまった。

 

 不幸中の幸いだったのは、女としての辱めを受けなかったことだ。まだ幼い年齢ということもあったが、反抗的な意思を持ち続けたことも要因の一つであった。

 

 死んでしまえば楽、何度そう思ったか分からない。しかし生きた、耐えた。その結果、彼女は地獄から助け出された。

 奴隷船から救出される際に気絶していたので、彼女が助かったという事実を知ったのは"海軍本部"で目を覚ましてからになる。あまりにも急過ぎる状況の変化に戸惑ったが、ゼファーという男に優しく抱きしめられ、彼女は枯れた筈の涙を再び流した。

 

(……ゼファー先生が、私を助けてくれた)

 

 長い間感じることのなかった愛情を向けられている。短い期間ではあるが、アインのゼファーに対する信頼は既に何者にも超えることの出来ないものとなっていた。

 ゼファーの役に立ちたい、恩返しがしたい。そんな思いがすぐにアインの全てとなり、"海軍"への入隊を希望した。これまで忌まわしいことでしかなかった"悪魔の実"の能力も、ゼファーの役に立つなら惜しむ理由すらない。

 

 奴隷として肉体労働もさせられていたため、体力も根性も並ではない。軍人としての素養は確実に持っている。

 

(……先生のために)

 

 いずれゼファーの部下として勤めるため、アインは今回の演習でトップの成績を狙っている。山頂で待っているゼファーの所へ一番で辿り着き、あわよくば褒めてもらいたい。そんな純粋な意思がアインの足を動かし、この炎天下の森ですらどんどん歩みを進めていく。スタートから速度を落とさずにいたことからも、アインは現在どの組よりも順調に進んでいた

 

 唯一の問題があるとするならば。

 

「なあ、疲れてないか? おっ、そこ日陰があるぞ。水分補給がてら休憩していくか?」

 

 ──先程から執拗に話しかけてくるこの男の存在である。

 

 元々ゼファー以外に心を開くつもりがないこともあるが、自分の上司になる者だと説明されてから、グレイ個人のことを良くは思えずにいた。更にそれを説明してきたゼファーからは強く信頼されている様子、彼女の中に嫉妬の感情が湧き上がるのも仕方ないことであった。

 

 極め付けは触れられたくない地雷である"悪魔の実"について言及されたことであり、ほんの数十日前に面識を持った間柄ではあるが、アインは既にグレイのことを酷く嫌っていた。

 

「あっ、そこ木の根が飛び出てるぞ。石とかにも気をつけろよ、躓くと危ないからな。水飲むか?」

 

 そして親戚の叔父さんばりのマシンガントーク。

 三時間近く歩き続けているにも関わらずこの調子なのだ。口を利きたくないと無視を貫いていたが、思春期を迎える少女としても、グレイの鬱陶しさに我慢の限界がやってきた。

 

「──うるさい」

 

 これ以上ない程に冷えた瞳。茹で上がるような日差しすら打ち消してしまいそうなそれは、グレイを真っ直ぐ貫いた。

 

「わ、悪い。で、でもさ、休憩も必要……だよ?」

 

 思わず優しい口調になってしまうグレイ。言っていることは尤もなのだが、この場合は言う相手が悪い。

 

「……まだ必要ないわ。そんなに休みたいなら貴方一人で休めばいいじゃない」

「いや、俺は余裕だけどさ」

 

 眉をピクッと動かし、アインは更にイラついた。

 まだ必要ないという言葉は強がりではない。奴隷としてこき使われていたことに比べれば楽なものである。しかし、辛くないと言えばそれは真実でない。肺を襲う鈍い熱気に、肌を焼くような日差し。そんな条件下で進行する険しい道の歩け歩け大会、辛くない訳がないのだ。

 

(……涼しい顔ね)

 

 チラリと横目でグレイを観察するアイン。汗こそ浮かべているが、辛そうな様子は欠片も見られない。しかも薄着のこちらと違い、あちらはスーツにコートとガッツリ正装。この炎天下、場違いにも程がある格好だ。見ているだけで汗が吹き出しそうになる。

 

「……あ、あ〜、暑いな〜。休憩が、ひ、必要かも、しれないー」

 

 アインの反応から、自身が言葉の選択ミスをしたと理解したグレイ。大根役者もビックリな超絶演技で休憩を要求する方向へシフトチェンジしたが、そんなものがアインに通じる訳もなく華麗にスルーを決められる。

 普段の有能さなど何処かへ飛んでいってしまったようで、特別演習顧問を引き受けた若き准将は悲しきポンコツへと成り下がっていた。

 

(……バカなの?)

 

 辛辣である。この男が自分の上司になるという事実を益々受け止められなくなってきたアイン。少しずつでも距離を離したいのだが、クソみたいな棒読みを続けながらポンコツはピッタリ後ろをついて来る。

 

「……っ!!」

 

 後ろに意識を向け過ぎたからか、足下が疎かになってしまった。その結果、先程警告されたばかりの障害物である飛び出た木の根へ足を引っ掛け体勢を崩した。咄嗟のことで受け身も取れず、身体は地面に激突──しなかった。

 

「っと。大丈夫か?」

「──ッ! 触らないで(・・・・・)ッ!!」

 

 一瞬にしてアインへと接近したグレイ、腰に手を回して地面への激突を阻止した。しかし即座に突き飛ばされ、再び距離が出来る。

 

「ちょっ、なんだよ。助けただけ……えっ」

 

 助けるために起こした行動に対しての仕打ちに、流石のグレイも口調が強くなる。細めた目で咎めるような視線を向けるが、数秒も経たずにそれは崩れ去った。

 

「…………見ないで」

 

 自分を抱き締めるように腕を組み、肩を振るわせるアイン。この暑さである、寒さで震えている訳はない。顔を伏せ、口からなんとか溢したように発せられた言葉。それはグレイの耳にしっかりと届き、彼に湧き上がっていた少々の怒りを一瞬で鎮火した。

 

「そ、その……ごめん」

 

 何度不用意に傷付ければ学習するのだろうかと、グレイは自分を強く責めた。ゼファーが平気なだけでそれ以外が平気であるという保証など無い。一年もの間奴隷として扱われていた少女に対して、余りにも軽率な行動であった。

 

「……私に……構わないで……!」

「ま、待てよっ!」

 

 肩を震わせたまま駆け出したアイン。追い掛けようとしたグレイだったが、島に響く轟音と激しい光がその足を止めた。

 

「──信号弾かッ!?」

 

 演習参加者の海兵による救難信号。最悪なタイミングではあるが、状況が悪いのは信号弾を打ち上げた者達も同じだ。見過ごす訳にもいかないため、離れていくアインへ声を上げた。

 

「すぐ戻る! 危なくなったらお前も信号弾を打ち上げろッ!」

 

 自身の言葉がアインに聞こえたことを信じ、グレイは飛び立つ。島に並び立つ木々が揺れる程の速度で、救助を求めている者達の場所へ向かった。

 

「……俺の馬鹿野郎ッ!!!」

 

 すぐに片付けてアインの所へ戻る。情けない自分への怒りを爆発させながら、グレイは更に速度を上げた。

 

 

 

 




 ここまでまさかのオリ主の技らしい技なし!
 やべぇとは思ってますので、そろそろ出したい……。


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『焚き火の温もり』

 

 

 

 

 

 試験会場である《ナギスカーデ》島は天然の牢獄である。

 雲に遮られない空からの日差し、熱された地面からの反射熱、肺を焼くような空気などなど、島に居る生物達の体力を確実に奪い取っていく要素が満載だ。

 

 立っているだけで辛い環境、そんな場所で激しく動こうものなら息は上がり、水分を失い、最悪の場合死に至る。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 現在、その牢獄の餌食となっている者が居た。

 両手に握った短剣を構え、対峙する敵を睨んでいるアインだ。

 

「……!!」

 

 熱により頭が混乱し出し、冷静な判断が出来ないレベルに陥っていた。

 そんな隙を敵が逃す訳もなく、殺意の込められた一撃が放たれる。

 

「舐めるなッ!」

 

 振り下ろされた巨大な手を二刀の短剣にて弾く。受け流された手は硬い地面へ向かい、ヒビが入る程の衝撃を見せた。

 

 ──『カーデタイガー』。

 

 この《ナギスカーデ》島の固有種であり、島での生態系最強の生物である。

 体長は20メートルを超え、黄色の体毛は姿を隠す必要がないという強者の証。2メートル程の爪を主な武器としており、岩の硬度を持ってしても防ぐことは出来ない鋭さだ。

 

 出会った場合は必ず逃げる、または信号弾を使う。試験の事前説明でそう教えられた程の危険度、それが『カーデタイガー』という猛獣だ。

 

(……倒してみせる)

 

 しかし、アインはそのどちらの選択肢も選ぶ気がなかった。

 そもそも『カーデタイガー』に遭遇したのも、規定のルートを通らず近道をしようとした結果だ。敵を倒し、目指したルートを通れればトップゴールは確定する。

 

(一位になる……そしてゼファー先生の役に立つ!)

 

 そんな想いを邪魔する存在に刃を突き立てるため、アインは強く地面を蹴った。

 

 ──しかし、現実は甘くない。

 

「くっ!!」

 

 環境による体力の消耗、命懸けの戦闘によるストレス、倒さなければならないという自分自身への追い込み。それら全ての要素が有利に働く訳もなく、アインの動きは普段とは比べ物にならない程お粗末だった。

 

 生態系の王者がその程度の動きを見切れない筈がない。鋭利な爪によるフェイントで動きを誘導し、そこへ隠し球の尻尾による一撃を命中させた。

 

 受け身も取れず巨木へ叩き付けられるアイン。

 身体が痺れ、すぐに立ち上がることも出来ない。更に吹っ飛ばされた衝撃で短剣を二本とも離してしまい丸腰、正しく絶体絶命であった。

 

(……また、負けるの?)

 

 自らの焦りが生んだこの状況。後悔などない、己の無力さに怒りを覚えるだけだ。腰に付けている救難信号用の筒、これに手を伸ばせば助かる可能性は出てくる。しかし、アインはその素振りすら見せない。

 

「……ここまでね」

 

 意思を奪われ、尊厳を奪われ、自由を奪われた。

 地獄のような時間からようやく救われ、尊敬する人物が現れたというのにここで終わり。自分の人生は一体何だったのだろうか。

 

(……ゼファー先生)

 

 気付けば『カーデタイガー』が近寄って来ていた。地面を割った一撃を、十分アインへ当てられる距離にまで。

 抵抗は不可能、受け入れるしかない。攻撃の予備動作であろう腕の振り上げを見て、アインは自身の終わりを悟った。

 

 

「──"荷電鉄拳(プラズマ・フィスト)"」

 

 

 諦めようと目を閉じた瞬間、耳を貫くような轟音と共に何かが飛来した。

 砂埃が舞い上がり、インパクトの瞬間発生した突風で木々が大きく揺れる。アインは反射的に腕で顔を守った。

 

(……何が、起こったの?)

 

 身体を吹き抜けていく強風が収まり、砂埃が晴れてきた。次第に見えてきたのは一人分の人影であり、地面にめり込んだ『カーデタイガー』の頭の上に立ってこちらを見ている。

 

 危機的状況から救い出してくれた人物は、アインにとって最も助けられたくなかった人間であるグレイだった。

 身体全体にバチバチとした白い光を纏っており、まるで雷が落ちてきたような錯覚さえしてしまう。

 

「──無事か? アイン」

 

 間に合った安堵からか、柔らかい表情で訊ねるグレイ。

 全力の速度と"見聞色の覇気"でギリギリ滑り込みセーフ、間一髪であった。

 

 グレイの言葉に返事すら出来ず──アインは意識を手放した。

 

 

 

 

 

☆★☆★☆★☆★☆★☆★

 

 

 

 

 

 ──温かい。

 

 頬を撫でるような優しい温もりを感じ、アインを意識を取り戻した。

 目を開けてみると、視界に入ってきたのは一面の星空。キラキラと輝く星々はまるで宝石のように美しく、吸い込まれそうな夜空であった。

 

(……私は、どうなったの?)

 

 毛布の上に寝かされていたらしく、背中には柔らかさを感じる。身体の上にも一枚毛布がかけられているが、支給品である毛布を持てる枚数は一人につき一枚の筈だ。

 

 困惑しながら身体を起こそうとしたアインだったが、鈍い痛みが走り硬直してしまう。だが、痛みを感じると共に意識を失う直前の記憶が蘇ってきた。

 

(……助けられたのね)

 

 少し視線を動かすと、一人の人間を視界に捉えた。

 大きめの石に腰掛け、焚き火へ薪を放り込んでいるグレイだった。傍には一本の刀があり、いつでも戦闘開始出来そうな状態だ。

 

 アインからの視線を感じ取ったのか、グレイと視線が交差する。アインの意識が戻ったことに気を休めたようで、グレイは笑顔を見せた。

 

「起きたのか。傷はどうだ?」

「……別に、平気よ」

「そうか。それは良かった」

 

 心底安心したように呟くグレイ。そんな様子を見て、アインは少々居心地が悪くなった。

 

「……どうして、私を助けたの?」

 

 元はと言えば自分が規定ルートを外れ、近道をしようとしたことが原因だ。見捨てられて当然、ましてや助けに来た理由がアインには理解出来なかった。

 上半身のみではあるが身体を起こし、グレイに向かって溢れる気持ちをぶつけた。

 

「私じゃ勝てなかったさっきの大虎を……貴方は一撃で倒せる。階級だって准将なんでしょ? 私みたいな弱い女に……それも下っ端に馬鹿にされて悔しくないの?」

「…………」

「ゼファー先生の役に立ちたい。私如きじゃそう思ってはいけない? そのために命を懸けてはいけないの?」

「…………」

 

 次第に感情的になっていくアイン。理不尽な八つ当たりだと理性では分かっているが、本能で止められなかった。

 グレイはそんなアインを、ただ見つめている。

 

「自分でやるしかない……! 自分の力でやるしかないの! 誰も頼らない! 誰も頼れない! 私は私の力で、ゼファー先生の役に立つの! それが私の全てなのッ!!」

(……ああ、なんだ。道理でほっとけない訳だ)

 

 内心で苦笑いするグレイ。

 頼まれ事や任務だけではなかった、自分がアインへ向けていた妙な既視感の正体が分かってしまったからだ。

 

 ──昔の自分に似ている(・・・・・・・・・)、と。

 

 グレイだからこそ分かる、アインの状況。

 

 心を保つために、目的へ異常な執着を持つこと。

 ただ一人の恩人を除いて全てが敵に見えること。

 自分の命の価値が低くなってしまっていること。

 

(……笑えるぐらいに、同じだな)

 

 だからこそ任されたのだろうか? そんなことを考えてしまうグレイであった。

 

 そして、そろそろ止めなければならない。アインの気持ちが分かる者として、彼女の上官になる者として。

 

「──私のことをゼファー先生に頼まれたから? 私の"悪魔の実"の能力を守りたかったから? 見捨てればよかったのよ……私なんて」

 

 その言葉を聞いたグレイ、これまでアインには見せなかった威圧するプレッシャーを全開で放った。

 

「──アイン

 

 強い意志の込められた一言に、思わず口を閉じたアイン。

 初めて耳にするようなグレイの声に、咎めるような怒りの感情を感じ取ったからだ。

 グレイは腰掛けていた石から立ち上がると、アインの方へと歩き出した。

 

(……い、嫌)

 

 それを見たアインはまたも硬直する。先程の身体への痛みによってではなく、心への痛みによって。

 奴隷時代に痛めつけられたことを思い出したのだろう、温かさで包まれていた筈の身体は急速に冷え始めた。

 

 顔が青くなっていくアインを見ても、グレイの足は止まらない。そこまで距離があった訳でもなく、すぐにアインの目の前まで来た。座っているアインに対してグレイは片膝を折り、目線の高さを合わせる。

 

(……ご、ごめんなさ)

 

 無意識に心で謝ろうとしたアイン。顔の高さ程度にまで振り上げられたグレイの腕を確認し、これから痛みに襲われるのだと、アインは強く目を閉じた。

 

 しかし、グレイが起こした行動はアインにとって予想外のものだった。

 

 

──私なんて(・・・・)、とか言うな

 

 

 優しく、頭に触れるだけの威力しかないチョップ。

 涙が出そうになって当たり前の痛みしか与えられてこなかったアインは、想定していなかった軽過ぎる衝撃に驚いた。

 

「…………えっ」

 

 自分でも間抜けだと思う声を溢し、アインは目を丸くしていた。

 殴るでもなく蹴るでもない、棒でもなければ鞭でもない。子供を叱るような力加減のチョップ、ただそれだけだった。

 

 怒鳴られもしなかっただけでなく、放たれた言葉はこれまで言われたことのないようなもの。アインの思考は数秒固まった。視線だけは、グレイから外せずに。

 

「今のは演習の顧問として、最低限のルールすら守らなかった参加者への制裁だ。……後、お前の上司として、部下に対する指導でもある」

「こ、顧問……? ……上司?」

「そう、今は大事な演習中なんだ。そしてお前はその演習の参加者……"海軍"という組織に入隊した軍人だ」

 

 グレイの力強い瞳から目が離せないアイン。先程見た夜空に負けない程、自身を吸い込みそうな魅力を秘めている。

 ゆっくりと紡がれる言葉が耳に心地良い。たどたどしい言葉にもしっかりと返答をしてくれる。この感覚を、アインは覚えている。

 

(ゼファー先生と……同じ目)

 

 自分を見てくれている。自分のことを本気で考えてくれている。自分に対して真剣に向き合ってくれている。

 助けられて初めて話したゼファーと、同じ目をしていたのだ。

 

「これまで、お前は奴隷だったかもしれない」

 

 目が離せない。

 

「でもこれから先は違う。お前は正義を掲げる海兵で、大切な恩人のゼファーさんが居る。助けてもらった命を無駄にするような真似は……二度とするな」

 

 耳にも意識を集中させる。

 

「一人で無理なら俺を頼れ。俺にとってアインは、初めて出来る大切な部下だからな。……だからアインも」

 

 一言一句、聞き逃さないように。

 

 

「──自分を大切にしてくれ」

 

 

 その瞬間、アインは限界を迎えた。

 目から溢れ出すのは大粒の涙。ゼファーの胸で流し切った筈の涙であった。止めようとするアインの抵抗も虚しく、どんどん流れ続ける。

 

 弱みなど見せたくなかったグレイの前で、アインは子供のように大声で泣き続けた。そして、大声で謝り続けた。押さえつけていた罪悪感、良心の呵責、奴隷時代から引き摺り続けていた想いが解放されたように。

 

 そんなアインの頭に手を置くグレイ。深い青色の髪を、アインが落ち着くように優しく撫でた。

 

 過酷な人生を歩んで来た少女、アイン。

 そんな彼女に今日──信頼する上官が出来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パチパチと音を立てながら燃える薪。いくら眺めても飽きない焚き火を、グレイとアインは間に挟むよう座っていた。

 

「…………」

「…………」

 

 日が落ちたことで島中の温度は下がる。焚き火を消せば肌寒い程に。

 しかし、この二人を苦しめる独特の空気感は寒さによるものではない。ただ、めっちゃくちゃに気まずいだけだ。

 

「「……あっ、あの」」

 

 そして黙る。このやり取りは既に三回目を迎えた。相性が良いようでなによりである。

 そして再び始まるのは焚き火鑑賞。アインが泣き止み、向き合って座ってからというもの、二人の時は進んでいない。

 

 この不毛な時間を打ち破ったのは──アインだった。

 

 

"ぐぐぅ〜"

 

 

 炎が薪を燃やす音しか聞こえなかった空間に、大きく響いた空腹音。

 ハッと顔を上げたグレイの視界に入ったのは、炎よりも真っ赤な顔をしたアインであった。

 チラっとグレイの方を見て、空腹音を聞かれたと確信。グレイに聞こえるギリギリの音量で言葉を発した。

 

「……死にたい

「いや! しょうがないだろ! 朝以外食べてないんだから腹ぐらい鳴るさ! 俺だって腹減って仕方ないし! アインが先に鳴らさなかったら俺だって」

 

 齢七歳から海兵としての人生を送ってるグレイ。海兵としては優秀であるが、女性へのフォローという点では本当に役立たずであった。

 

「…………死にたい

「ああッ!! 腹減った! 飯にしよう! 飯に!!」

 

 グレイは俊敏な動きで石から腰を上げ、同時に手に取った刀──《暁》を抜いた。

 

「薪が足りないよな! 薪が! オラァッ!!」

 

 アインでは視認出来ない速度での抜刀術。

 近くにあった手柄な木は一瞬で無数の斬撃に襲われ、適度な大きさの薪に姿を変えた。

 

「これでお湯を沸かして出来上がりってな!」

 

 グレイは支給された鍋にペットボトルの水を注ぎ、沸騰させる。そしてお湯で温めたインスタント食品を、アインへ差し出した。

 

「ほ、ほら! 飯に……アイン?」

「……ご、ごめんなさい」

 

 アインを見ると、口に手を当て小刻みに肩を震わせていた。

 

「動き……が……速くて……」

 

 どうやらツボに入ってしまったらしい。次第に聞こえてきたアインの笑い声によって、グレイの緊張も解かれていった。

 

「はは……まあいいか」

 

 一連のやり取りで、重たい空気は払拭出来た。ならば自分の情けない姿にも意味があったということだ。グレイはむしろ自分を褒めた。

 

 インスタントなだけあり、味に関してはそこそこ。空腹感はなくなったので、量は満足出来るものであった。

 

「ご馳走様。ふー、落ち着いたな」

「……ええ。ご馳走様」

 

 ゴミを片付けて、二人は石へ腰を落とした。数十分前と同じ光景だが、雰囲気は別物だ。ぎこちなさはあるが、話をしようという意思が繋がったことで、なんとか会話が続いていた。

 

「怪我は平気か?」

「問題ないわ。……手当してくれたのね」

「まあ、応急処置だけどな。あっ、言っとくけど触るのは最小限にしてたから!」

 

 自身を気遣っての発言に、アインは笑みを浮かべる。

 

「……ありがとう。……それと、ごめんなさい」

 

 美しい姿勢で腰を折り、頭を下げたアイン。急なアクションに、下げられた方のグレイはむしろ戸惑ってしまった。

 

「えっ? 何で謝るんだよ?」

「その……。貴方に対して、酷い態度をとっていたから……。ビ、ビンタとか……」

「ああ、確かに。あれは折れかけたな」

 

 そんな言葉に肩を落とすアイン。思い返してみれば本当に酷い態度しかとっていない。ましてや自分の上官を相手にだ。

 

「けど、謝るのは俺もだ」

「……何故?」

「──"悪魔の実"のこと、訊いて悪かった。軽率な発言だったよ……ごめん」

 

 出来る限り深く頭を下げるグレイ。アインへずっと謝りたかったことであり、最大限の謝罪をした。

 

「俺はアインの気持ちを分かってやれる立場だってのに。焦ってたんだ、本当にごめんな」

「……もしかして、貴方も?」

 

 気持ちを分かってやれるというグレイの言葉に、アインが察する。

 

「ああ、俺も望んで能力者になった訳じゃないんだ……。だから、アインの気持ちを分かってた筈なのにさ。情けねぇよ」

「……そう、貴方も。そっか」

 

 その言葉で、アインはグレイに親近感を覚えたようだ。どこか安心したような声音で、頷くように呟いている。

 燃える火を見つめて数秒、グレイへ視線を向けた。

 

「……もう良いの。それより聞かせてくれない? 貴方の話」

「お、俺の?」

「自分の上官になる人だもの。知っておきたいと思うのは当然でしょう?」

 

 穏やかな表情で首を傾げるアイン。初めて見た表情に、グレイは少し緊張した。

 

「そ、そうだな……話すこと、か」

 

 夜空を見上げ、思考を巡らせる。

 この空気感に合う自分の話、中々に選択肢が少ない問題だ。全く合わない話であれば幾らでも話せるのだが。

 

「…………センゴクさんって知ってるか?」

 

 悩んだ末に出した結論は、親代わりであるセンゴクの話だった。

 グレイしか知らないような話を、自分を絡めて面白おかしく話してみよう。そう考えたのだ。

 

「元帥よね? 一度だけ話したことがあるわ」

「よし、知ってるな。じゃあきっと面白いぞ、プライベートのセンゴクさん」

「ふふっ、面白そう。でも、ゼファー先生だって素敵よ?」

「じゃあお互い話すことにするか、大切な恩人の話。自分の話も加えてさ」

「……ええ。楽しそうね」

 

 ゼファー以外に気を許す。アインにとって、それは大きな決断だった。しかしこの時間を経験し、それは正しかったと確信する。

 

 身振り手振りを付けながら、楽しそうに話すグレイ。時折、茶化すような言葉を使うのも自分を信頼してくれているから、そう思えてしまうのだ。

 だからこそアインもよく聞き、そして話した。ゼファーは心配性であることを、自分のためなら財布の紐が緩いことを。

 

 センゴクとゼファーで同じような話があった時は、二人で大笑いをした。

 

 そんな朗らかな会話を見守るように、焚き火の温もりは朝日が上るまで──二人の側にあり続けた。

 

 

 

 




 初めてグレイの技を出せて満足です!!
 ONE PIECEの二次創作でオリ主の技が出るまでに9話かかったってマジ?

 話のキリが良いので、グレイのイメージ図を載せておきます。参考になれば幸いです。

 
【挿絵表示】


 この話にてアインの闇期は終了です!
 元奴隷という設定にしたせいで、重くなってしまった……。

 今回の話で更にアインの好感度がアップしたと信じます!!

 そして連休が終了すると同時に毎日更新も終わりです……。

 不定期更新になると思いますが、ゆるゆるとやっていくつもりなので、気長にお待ちください。


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『本部への道中』

 

 

 

 

 

 偉大なる航路(グランドライン)を力強く進む一隻の軍艦。

 無事に特別演習を終えたグレイ達が乗る船であり、"海軍本部"へと帰投する最中であった。

 

 そんな軍艦のとある一室。そこでは演習顧問を任された二人の海兵が、お茶を啜りながら一息ついていた。

 

「……ふぅ、終わったな。ご苦労だった、グレイ」

「いえ、不甲斐ない結果になって申し訳ないです」

 

 大仕事を終えて肩の力を抜いているゼファー。そんな彼とは違い、グレイの表情は渋い。

 

「参加した全二十組中、リタイアは二組のみ。死者も重症者も居らん。上出来と言って良いだろう」

「……その二組の内、一組は俺達なんですけどね」

 

 焚き火の前で盛り上がった話し合いは、途切れることなく朝まで続いた。そのため傷だらけだったアインの体力が限界を迎え、不本意ながらリタイアすることになったのだ。

 

「何度も言ったが気にするな。アインとも無事和解出来たんだろう?」

「それはまあ……そうですけど」

「あの子は目的のためなら自分の命すら軽く見ていたからな。原因である俺が言った所で改善はされんと考えた」

 

 強く言ってやらんかった俺にも責任があると、ゼファーは自分も責めた。それも仕方のないことではある。ゼファーにとってアインは、既に娘のような存在になってしまっているのだから。

 

「……あまりアインを叱らないでやってください。アイツはただ、ゼファーさんのために必死だっただけですから」

「分かってるさ、昔のお前を見ているようだったからな」

 

 フォローした側の筈が、逆にピンチの側へ立たされた。

 

「……ゼファーさん、それはもう良いじゃないですか」

「本当に同じだったな、驚いた。──まあ、口の悪さはお前の方が圧倒的に上だったがな」

 

 自分でもそのことに気付いてしまっている分、余計にタチが悪い。

 グレイはゼファーの性格の悪さを再確認した。

 

「あれはその……思い出したくない過去と言いますか……。消し去りたい過去でもありまして……」

「まさか初対面の第一声で、あんなことを言われるとはな。確かお前が七歳の頃だったか」

「ちょっとゼファーさん!? もう良いって言ってますよね!? 誰かが聞いてたらどうするんですか!」

 

 堪えるように肩を震わせるゼファー、思い出したら笑えてきたようだ。当時既に教育者として腕を振るっていた自分にあそこまで堂々と喧嘩を売ってくる新人海兵など、もう二度と現れることはないのだろうから。

 

「はいはい、どうせ似たもの同士ですよ。……まあ、そのお陰でアインの気持ちは分かりましたけどね」

「俺にそういった意図は無かったが、結果として大成功だ。俺もまだまだ見る目があるようだな」

「アインは変わりますよ。──良い方向に」

 

 自信を持って言い切るグレイ。そんな教え子に口端を吊り上げながら、ゼファーはアインの親代わりとして言わなければならない言葉を発した。

 

「ありがとう。グレイ」

 

 膝に手を付き、座りながらグレイへと深く頭を下げるゼファー。

 ゴール出来ずにリタイアしてしまった手前、素直に受け取れないのが残念ではある。

 

「……それにしても、静かですね」

 

 グレイは喜べない賞賛から話を逸らすべく、物音一つ聞こえてこない軍艦の状況を口にした。

 

「全員ぐっすり寝てますか」

「無理もない、緊張状態が丸二日続いたんだからな」

 

 グレイを除いた三十九名の演習参加者。その全員が現在爆睡中であった。そんな状況を許すため、サポート役として来た四人の将校達が海上の見張りをしてくれている。

 

「そりゃ疲れますよね。試験会場があの島じゃ」

「お前は随分と余裕そうだが?」

 

 煎餅を齧りながらの一言に、グレイは苦笑いしながら返答した。

 

「そんな柔じゃありませんよ。鍛えてくれる人達が揃いも揃ってスパルタなんで」

「フッ、ガープやセンゴクは容赦がないからな」

(ゼファーさんも含めてるんだけど……)

 

 本気で自分を対象から外している鬼教官。内心でツッコミを入れつつ、グレイが新たに話題を振ろうとした──次の瞬間。

 

『報告ッ! 三時の方向に海賊船発見!』

 

 各部屋に取り付けられている伝声管から大声で報告が入った。内容は穏やかなものではなく、グレイとゼファーはすぐに椅子から立ち上がった。

 

「……お喋りはここまでですね」

「──表へ出るぞ」

「はい!」

 

 和やかな雰囲気は消え、二人の顔は戦士のものへ切り替わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 グレイ達が外へ出る途中でドンッ、ドンッという音と振動も伝わってきた。どうやら海賊船から大砲による攻撃を受けているらしい。"海軍"の軍艦相手に勇敢なことだ。

 

「……あれか」

「先生! お待ちしてました!」

「状況は?」

「発見したのは二分前。煙を出す装置を船に付けているようです。そのため発見が遅れ、接近を許しました」

「ふん……。小癪な」

 

 手短にまとめられた報告を聞き、ゼファーは懐から葉巻を取り出した。

 

「グレイ、頼む」

「どうぞ」

 

 ゼファーの口に咥えられた葉巻の先端を狙い、指先から火を飛ばしたグレイ。これまで飽きる程に訓練を繰り返してきたお陰で、能力の出力調整はお手のものだ。

 

「…………美味い」

 

 久しぶりの喫煙に満足そうなゼファー。演習中はもちろんアインの側でも絶対に吸っていなかったため、味も一層美味と感じた。

 そんなゼファーを見たからか、その場に居たもう一人の男もグレイに火を要求してきた。

 

「ちょいとゴメンよグレイちゃん、俺にも火くれ」

「トキカケさん禁煙中でしょ? ダメですよ」

「かぁ〜っ! 先生がそんな美味そうに吸うからだぜ、勘弁してくれよなぁ」

 

 癖のある黒髪に細い両目、左目の上にある大きなイボが特徴的なトキカケと呼ばれたこの男。グレイと同じ階級の"准将"であり、近い将来"中将"へ昇格間違いなしと評価される程の海兵でもある。

 

 禁煙中にも関わらずゼファーの一服に当てられたようだ。トレードマークである茶色の帽子を手で押さえながら、江戸っ子口調で文句を言っている。

 

「よっ! ……てか、トキカケさんも砲弾落としてくださいよ。俺にばっかやらせないでください」

 

 軍艦へ直撃コースの砲弾のみを飛ぶ斬撃で斬り落とすグレイ。ミホークとの修行で最近盗んだ技術だ。剣での攻撃範囲拡大、若き准将はまた一つ成長を遂げていた。

 

「流石だな、グレイ」

「本当本当! いやぁ〜、見事なもんだねぇ! 流石は元帥が見込んだ男!」

「──イボ斬り落としますか?」

「すいやせんでした!!」

 

 ドスの効いた声と抜き身の《暁》、トキカケはすぐに謝罪し砲弾への対処を開始した。

 

「あらよっとッ!」

 

 気の抜ける声で繰り出されたのは──蹴り。

 下駄を履いているとは思えない威力で空気を押し出し、空中で砲弾を破壊した。『空撃』と名付けられたトキカケにしか出来ない芸当だ。

 

「うむ、見事だ。トキカケ」

「へへっ、先生に褒められたら調子に乗っちまうな」

「ゼファーさん、俺が行きますよ」

 

 砲弾が飛んでこなくなったため《暁》を鞘へ戻し、グレイは自分が出る意思を伝えた。全身に白いプラズマを纏い、出撃準備を完了させる。

 軍艦と海賊船は500メートルも離れていない、グレイの速度ならば三秒も掛けずに乗り込むことが可能である。

 

 しかし、ゼファーはそれを止めた。

 

「いや、俺が行こう」

「……えっ? ゼファーさんが?」

「おおっ! 先生が戦うのかよ! こりゃ良い!」

「なんでトキカケさんが喜んでるんですか」

 

 出る必要が無くなったため、グレイは発生させていたプラズマを消滅させる。トキカケの態度を責めてはいるが、グレイもゼファーの戦闘が見られると内心ワクワクしていた。

 

「船は任せる。頃合いを見て寄せてくれ」

「「「「「──了解!」」」」」

 

 主に政府関係者が扱う『六式』と呼ばれる超人技術の一つ、空中を踏み締めるようにして飛び上がる『月歩』を使い海賊船へ向かったゼファー。

 残されたグレイ、トキカケ、三人の将校は船の守りを優先すべく配置についた。

 

「俺が正面を守ります。トキカケさんは皆さんと船を動かしてください」

「あいよ、任せときな。行くぜいお前らぁ!!」

「「「はいっ!!!」」」

 

 三人を引き連れてトキカケが走り出す。軽そうに見えて人望が厚いというのは、どこかクザンに似ている。グレイがそんなことを考えながら海賊船へ視線を戻すと、ちょうど戦闘が開始されたようだった。

 

「ゼファーさん……。ちゃんと手加減してるかな」

 

 仮に相手が覇気すら使えないようであれば、ゼファーの拳を受けて生きていられる可能性は低い。覇気が使えたとしても重症は免れないというのに。

 

「やってるやってる。やっぱ大人しく投降はしないか」

 

 トキカケ達のお陰で動き出した軍艦。距離が更に近くなったことで、海賊船で行われている戦闘が視認出来るようになってきた。

 やはり話し合いで解決する筈もなく、止められることのない黒腕が海賊達を吹き飛ばしていた。

 

(……狙った船が悪かったな)

 

 実力のある海賊達にとって、"海軍"の軍艦は獲物となる。豊富な武器に食糧、アタリとなる船であれば"悪魔の実"を積んでいることすらあるのだから。

 一隻で海を進むこの軍艦はまさに無防備な餌、海賊達がホイホイ釣れることだろう。

 

 そんな『泳ぐ宝箱』である軍艦だが、宝箱には当然それを守護する番人が存在する。そして海賊にとっては不運なことに、この船の番人は──元海軍大将であった。

 

「おーいグレイちゃん! どうよ? 状況は?」

「海賊達がポンポン空に打ち上げられてます。海には落としてませんから、ゼファーさんはちゃんと手加減してるみたいですよ」

 

 規則的に空へ打ち上げられる海賊、まるでポップコーンでも弾けているようだ。

 

「なんだありゃ、5メートルぐらいの大男も飛んでるぞ。人が作れる光景かねぇ?」

「トキカケさんの蹴りなら出来るんじゃないですかね」

「いやいや、アレ見てみなよ……ほっ!」

 

 緩く話していた二人。するとトキカケがグレイの前に立ち、再び振り上げた脚で軍艦へ飛んできた何かを受け止めた。

 

「海賊が海の上跳ねてこっちまで来たぞ。石でやる水切りじゃあるめぇし、こいつぁ俺にも無理だ」

「……生きてるな。良かった」

「相変わらず優しいねぇ、グレイちゃん」

「死んだ方が楽だったかもしれませんけどね。コイツ船長ですよ、懸賞金は億超えてたと思うんで地獄行きです」

「ご愁傷様ってこったな」

 

 気絶している船長を縄で縛り上げ、海賊船へ軍艦を寄せる。既に戦闘が終了したようで、二本足で立っているのはゼファーただ一人であった。

 

「終わったぞ。寝ている者達を起こして海賊の捕縛を手伝わせろ」

「了解です。トキカケさん、起こしてきてください」

「俺かよ〜、ったく! 行ってくるぜい!」

 

 大袈裟に肩を落とした後、トキカケは足速に軍艦内へ入っていった。

 

「流石ゼファーさん。死人0ですね」

「当然だ。生きて罪を償わせんといかんからな」

 

 グレイが生まれる遥か昔から海兵として戦ってきた男の流儀。無闇に命を奪わず、出来る限り生かして捕らえる。グレイはゼファーのそんな部分を心から尊敬していた。

 

「手土産出来ましたね」

「……酒の肴にもならんがな」

 

 予想外の交戦がありながらも、グレイ達一行は無事に"海軍本部"のある《マリンフォード》へと帰還した。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「──じゃあ俺はそろそろ帰るよ。ゼファーさんもすぐに帰って来るだろうから」

 

 優しい表情でそう告げるグレイ。場所は《マリンフォード》の住宅街にある一軒家であり、ゼファーが住まいとしている家だった。

 センゴクへの報告を引き受ける代わりに家に居てくれと頼まれたグレイ。ベッドに横たわるアインが目覚めたのを確認し、引き上げようとしていた。

 

「……ええ、ありがとう」

「礼なんていいよ。アインは俺の部下だからな」

 

 噛み締めるように言い放った一言。

 それを聞いたアインは自然に笑みを溢した。

 

「ふふっ、そうね。上官さん」

「なら上官命令だ。ちゃんと休むこと、いいな?」

「分かったわ。……分かりました?」

「ははっ、楽な方で良いさ。一緒に一晩中騒いだ仲だろ」

「そ、それは……恥ずかしいから言わないで」

 

 毛布で顔を隠すという可愛らしい仕草。本当に恥ずかしいらしく、声も少し高くなっていた。

 そんな部下を微笑ましく思いながら、グレイはベッドに立て掛けていた愛刀を腰へ差した。

 

「明日から本格的に組むことになる。これからよろしくな、アイン」

「ええ、よろしく……グ、グレイ」

「お、おう……」

 

 初めて呼び、そして呼ばれた名前。お互いに照れはあるが、部屋が薄暗いため顔を見られても問題はない。二人にとって幸運であった。

 

「じゃあ……おやすみ」

「……おやすみなさい」

 

 挨拶を済ませ、部屋を出るグレイ。

 それを見送ったアインは緊張が解けたように息を吐いた。そして落ち着いてきたのを自覚した後、ある言葉をスムーズに言えるよう練習を始めたのだった。

 

「……グ、グレイ」

 

 ゼファー以外の名前を呼んでこなかったツケが回ってきた。そんな自分に呆れながらも、少し嬉しそうに練習を繰り返すアイン。

 

 暫く続けていると、グレイの言葉通りゼファーが帰宅した。

 すぐ迎えに出ようとしたアインだったが、身体はまだ痛みに襲われている。ベッドから出ようとしていたアインを見て、ゼファーが声を上げて静止した。

 

「無理をするな。まだ痛むだろう?」

「す、すみません。ゼファー先生」

「グレイの奴は……もう帰ったか」

「はい、つい先程」

「しっかり話していたようだな」

 

 教官として、親代わりとして、アインの変化を嬉しく思うゼファー。実際演習に出る前とは比べ物にならない程、穏やかで優しい顔に変わっている。

 

「さあ、もう寝よう。まだ疲れているんだからな」

「……はい。おやすみなさい、ゼファー先生」

「ああ、おやすみ。アイン」

 

 美しい月が見守る静かな夜の終わり。

 この《マリンフォード》の一日が終わるように街中の光が消えた瞬間──大きなサイレンが島中に鳴り響いた。

 

 

 

『──緊急連絡ッ! 緊急連絡ッ! 聖地《マリージョア》に襲撃者ッ!! 繰り返すッ! 聖地《マリージョア》に襲撃者ッ!!』

 

 

 

 これから眠ろうとしていた海兵全員を叩き起こし、夜勤中だった海兵の意識を完全に覚醒させた一報。

 そんな島中をパニックにさせた報告は、襲撃者の名前を伝えることで終わりを迎えた。

 

 

 

『襲撃者は一名ッ!!『冒険家』── フィッシャー・タイガーッ!!!

 

 

 

 




 更新してないのにお気に入りや評価が貰えて嬉しかったので、モチベが上がって書き上げてしまいました(笑)。

 ちなみにグレイがゼファーへ言った初対面での第一声は

 「おい紫ジジイ、俺と勝負しろ」

 と、なっております。尖っております。

 ここからもテンポ良く進めたいと思いますのでよろしくお願いします!


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『奴隷解放の英雄』

 

 

 

 

 

 ここは──地獄だ。

 

 右を見ても左を見ても、視界に入ってくるのは吐き気がする程の残虐非道な光景。自由という名の権利を奪う鎖の音が響き、それを掻き消すような大声が常に騒ぎ立てている。

 

 この場所(世界)には二種類の存在しか居ない。

 

 虐げる者と、虐げられる者だ。

 

 世界貴族──"天竜人"

 

 この世界で最も誇り高く気高い血族として、世界の頂点に君臨する者達の総称である。その称号に違わぬ絶大な権力を有しており、"海軍"の最高戦力である海軍大将ですら顎で使える程だ。

 

 自分達以外の全ての人間は家畜以下の存在であると信じて疑っておらず、奴隷遊びに気に入った一般人の略奪、"天上金"という多額の徴税を世界政府加盟国に課している。その天上金によって飢餓で滅んだ国すらある程だ。

 

 "遊びで両目を奪われた"。

 "妻が生きたまま焼き殺された"。

 "息子を目の前で無惨に撃ち殺された"。

 "奪われた娘が帰って来て三日後に自害した"。

 "気に入らないという理由で街に火をつけ滅ぼした"。

 

 自らが至高の存在である。そんな意識が受け継がれて来た結果、生み出された怪物が天竜人だ。

 

 そんな者達に奴隷にされれば、間違いなく心は壊れる。抵抗は出来ず、振るわれる暴力を耐えて、飽きて捨てられるのを待つしかない。そんな奴隷達に唯一出来ることは"逆らわない"ことだけなのだ。

 

 ──ふざけるな。

 

 これ程の理不尽が許されていい筈がない。

 そんな強い意志を持ち、立ち上がった一人の男が居た。

 

 その男は天竜人達の住む聖地《マリージョア》を目指し、世界を分つ巨大な壁《赤い土の大地(レッドライン)》を素手でよじ登った。そして単独で世界最大級の警備が置かれている場所へ乗り込んだのだ。

 

 男の名──フィッシャー・タイガー。

 

 新世界・《魚人島》出身の(タイ)の魚人であり、世界を旅する冒険家でもあった。

 

 そんな男が月の照らす夜、聖地(地獄)を襲撃した。

 

「早く仕留めろッ! 相手は一人だぞ!!」

「う、うわぁぁぁっ!」

「ダメですッ! 止まりませんッ!!」

 

 激しく響く銃撃音に爆発音、現在聖地《マリージョア》は戦場と化していた。清潔感の溢れる白い建物は燃え盛る炎によって焦がされ、戦いの影響で瓦礫に姿を変えたものも多い。

 

 そんな状況を作り出した男、タイガーは叫ぶ。

 

「──走れ! 二度と捕まるなッ!!」

 

 襲撃した最大の目的である奴隷の解放を彼は成し遂げていた。ありとあらゆる種族の奴隷、その全てを解放したのだ。心から憎んだ"人間"という種族さえ、奴隷であれば救う対象であった。

 

 

『わああああァァァ』

 

 

 地獄から逃げられる最大のチャンス。これを逃せばそんな機会は二度と訪れない、それが分かっているからこそ彼らは死に物狂いで走った。裸足のため足を傷付けても、炎の熱で肺を焼かれても、ただひたすらに命を削って走り抜いた。

 

「何やってるえ〜っ! 早くわちしを助けろ〜っ!」

「このグズっ!」

「奴隷を逃すな! 捕まえるんだえ〜っ!!」

 

 シャボン玉のようなマスクを付ける者達が下品に騒ぎ立てる。

 自分達の安全を、逃げていく奴隷を、世話係となっている人間へ強く命令していた。この騒いでいる者達こそが天竜人であり、鼻水や汗を流す様子はとても世界最高の血族とは思えない醜さだ。

 

「使えないえ〜!!」

 

 バンッと銃声が鳴る。必死に動いていた世話係をピストルで撃ち抜いたのだ。この状況で最も意味が無い行動、天竜人は頭も悪かった。

 

「"海軍"はまだか!?」

「大将を呼べっ!」

「──フンッ!」

「「ぐあぁぁぁァァッ」」

 

 そう声を荒げる者達も、走り抜けるタイガーの拳によって気絶させられた。この短い時間で、彼は既に百人近い衛兵を倒している。

 

「……ハァ、ハァ」

 

 疲労が体を支配し始める。それも無理はない、素手で《赤い土の大地(レッドライン)》を登り切った者など、これまでの歴史を振り返っても誰一人として居ないのだから。

 

 見かけた奴隷は全て逃した。ならば自分もこの場に用はない。タイガーは考えていた逃げ道に向かい、全力で走り出した。

 

(海に飛び込めば……逃げられる!)

 

 幸い近くの衛兵は片付けられたので、自分を追ってくる者はもう居ない。魚人であるが故に海へ入ってしまえば逃げられたも同然、タイガーは再び途方もない断崖へ挑もうとしていた。

 

 

 ──新手の登場がなければ、だが。

 

 

「……ッ!! なんだ!!」

 

 一瞬の光。タイガーは直感とも呼べる反射で攻撃を回避した。避けられていなければ手痛い一撃を喰らっていたことだろう。

 荒れる呼吸を無理やり鎮め、臨戦態勢に入るタイガー。白い光と共に飛来した何かへ意識を集中させた。

 

「襲撃者、フィッシャー・タイガーだな?」

 

 やはり敵のようだ。まあ、味方である訳もないのだが。

 

「そのコート……海兵か。まだガキだってのに」

「ガキで悪いな。お前は俺が拘束する」

 

 バチバチと白い電撃が展開される。世界を旅する冒険家として危険を察知、少年への警戒レベルを最大にまで引き上げた。

 

「捕まるのは懲り懲りでな。怪我しても恨むなよッ!」

「こっちの台詞だッ!」

 

 英雄と新星が──激突した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい……」

「なんだ?」

 

 雲に隠れる星、そのため辺りは暗い闇に染まっていた。そんな空を飛行する少年、そしてその少年の腕には一人の大男が掴まっていた。

 

「俺達、さっきまで殴り合ってなかったか?」

「そうだな」

 

 あっけらかんとした口調で肯定する少年。先程までの迫力はどこかへ消え、穏やかさすら感じさせる。

 そんな少年に運ばれている形の大男、フィッシャー・タイガーは戸惑いながらもストレートに訊ねた。

 

「じゃあ何故……俺を助ける(・・・・・)?」

 

 現在、聖地《マリージョア》から離れて海の上を飛行中。客観的に見れば少年がタイガーの逃走を手助けしているようにしか見えないのだ。

 そんなタイガーの言葉に返答せず、少年は静かに飛び続ける。そして見えてきた小さな島へ降り立つと、タイガーへ向き直って衝撃の行動を起こした。

 

「──ありがとう」

「お、おい! 何してやがるッ!?」

 

 砂浜に降りた途端、少年がタイガーへ土下座(・・・)した。砂浜へ額を擦り付け、これ以上ない程の土下座であった。

 

 いきなりそんなことをされれば誰だって驚く。しかも相手はまだ子供、タイガーは急いでやめさせようとした。

 

「何のつもりだ! 急にこんな!」

 

 体勢を起こそうと肩を掴むタイガーだったが、少年の予想外な力強さに土下座をやめさせることが出来ない。まるで岩でも相手にしているようだ。

 

「──奴隷を解放してくれたんだろ?」

 

 砂浜へ額を擦り付けたまま、少年は口を開く。その言葉に動きを止めるタイガー、海兵から土下座されただけでなく自分の行動すら理解されるとは思っていなかったのだ。

 

「ありがとう。アンタのお陰で多くの人が救われた。本当に……ありがとう」

「お前……はぁ、分かった。分かったから頭上げろ!」

「うおっ」

 

 お礼を言った際に少しだけ頭を上げた少年。その隙を逃さずタイガーが頭を鷲掴んで少年を持ち上げた。顔についた砂を手で優しく払いながら、呆れたように声を出す。

 

「なんなんだお前……俺を捕まえにきたんだろ?」

「もちろん。"海軍"に緊急連絡が入ったんだ、《マリージョア》が襲撃を受けたってな。だから飛んで来た」

 

 頭を鷲掴まれたまま、少年は当たり前のように返答した。

 

「本当に飛んで来る奴を初めて見たよ……」

 

 少し引いたような素振りを見せながらタイガーは少年の頭を離し、砂浜へ自身の腰を落とした。怒涛の展開に力が抜けてしまったらしい。それを見た少年も続けて腰を落とす。

 

「……お前。……名前は?」

 

 人間に名前を訊ねるなど何年振りか、タイガーは自然に溢れた自分の言葉に少し驚いた。

 

「グレイ。スティージア・グレイ」

「……グレイ、か。良い名前じゃねぇか」

「アンタもな、タイガーさん。鯛とタイガーって掛かってるんだな」

「人の名前をシャレみたいに言うんじゃねぇ。……変わったガキだな」

 

 頭に巻いたバンダナを外し、完全に肩の力を抜いたタイガー。海兵の隣とは思えない無防備さだが、同じく無防備なグレイを相手にしていれば仕方ないことであった。

 

「……俺を捕まえねぇのか? そのために飛んで来たんだろ?」

「捕まえない」

 

 即答、そして固い意思の伝わる一言であった。覆すつもりなど微塵もない、そんな覚悟すら感じさせられた。

 

「確かに不法侵入、器物損壊、暴力に放火、アンタを捕まえる理由なんて数えればキリがない」

「……まあ、そうだな」

「でも、俺はアンタを捕まえない」

「ハッ、"海軍"の正義とやらはどうしたよ?」

 

 揶揄うような口調で訊ねるタイガー。そんなタイガーの方へ視線を向け、グレイは強く言い切った。

 

 

「それは──俺の正義じゃない(・・・・・・・・)

 

 

 ポカンとした表情になるタイガー。まさかそんな言葉が返されるとは思ってもいなかったようだ。

 軽く息を吐き、グレイは海を眺めながら言葉を続ける。

 

「アンタは凄いことをした。……俺には出来ないことを」

 

 嬉しそうに、そして悔しそうに、グレイは呟いた。

 

「腐ってるんだよ、あそこは。聖地なんて呼ばれちゃいるけど、実際はただのゴミ捨て場だ」

「おいおい……海兵がそんなこと言って良いのかよ?」

「良いさ、ここには俺とタイガーさんしか居ないんだから」

 

 今のグレイの言葉を天竜人が聞こうものなら、間違いなく打首案件だろう。タイガーが心配してしまう程の言葉なのだから。

 

「まあ、腐ってるのはあそこだけじゃない。あそこが一番酷いってだけで、他が素晴らしいって訳でもないからな」

「……お前、ガキっぽくねぇな」

「よく言われる。こんなに大きな夢を抱えてるのに」

「ああ? 夢ってなんだ?」

 

 疲れからか特に思考もせず質問するタイガー。そんな疲れ切った彼にグレイはニヤリと笑いながら、己の夢を語った。

 

 

「そんなもん決まってる──世界平和さ

 

 

 この言葉にはタイガーも思わず固まってしまう。そして硬直が解けた途端、大声で笑い出した。

 

「……ふ、ふははははっ!! 世界平和だ!? 面白ぇっ! 面白ぇガキだなァっ!」

「ふん、笑ってろよ。いつか実現させてやるから」

 

 タイガーとは反対方向を向き、拗ねたような声を出すグレイ。こういった部分は未だ年相応とも言える。

 ひとしきり笑った後、タイガーはそんなグレイに謝罪した。

 

「笑ってすまなかった、馬鹿にしたつもりはねぇんだ。ただ……ありえねぇことだと身を以て知っちまってるからよ」

「……アンタ、ひょっとして」

 

 悲しさを感じさせる表情に、グレイが一つの予想を立てる。最悪の、当たっていて欲しくない予想を。

 

「……これが何か分かるか?」

「──ッ! ……それは」

「そう、奴隷の証だ(・・・・・)

 

 着ていたシャツを脱ぎ、鳩尾(みぞおち)辺りを指差してタイガーはハッキリと言い放った。家畜の証、人以下の烙印であると。

 

「──……クズ共が」

 

 バチィッと辺りに電撃が走る。感情の昂りから、グレイの意志とは関係なく能力が表へ出てきてしまったようだ。

 そんな様子を見て、少し救われるタイガー。同情などではない、自分のために純粋に怒ってくれているのが分かったからだ。

 

「……タイガーさん。人間が憎い?」

「…………そりゃあな。ただ良い人間が居るってことも知ってる、伊達に世界を冒険してきてねぇ。今日もこうして、変わった人間に会えた訳だしな」

 

 タイガーはグレイの質問を苦しそうな声音で肯定した後、グレイの頭に手を置き笑いながら言葉を続けた。

 

「俺はもう……人間を愛せねぇかもしれねぇ」

「……」

 

 気付けば、タイガーは泣いていた。その凛々しい瞳から次々と流れ出す涙を彼は止めることが出来ない。

 頭では分かっている、全ての人間があんなゴミではないことを。だが受けた仕打ちが、傷付けられた心がそれを否定する。

 

「……なあグレイ、俺は……どうすりゃ良いんだろうな」

 

 タイガーを知っている者が今の彼を見れば、目を疑うことだろう。常にリーダーシップを発揮し、頼れる兄貴分。《魚人島》の憧れである彼が見せた、弱々しく情けない姿だったのだから。

 

 この言葉はタイガーの心の叫びであった。人間を信じたい、だが信じられない。相反する感情に挟み込まれ、何が正しいのか分からない。

 

 この質問に対する返答で、タイガーの未来が決まる。

 

 決して大袈裟ではない。この問答にはそれだけの意味が含まれている。

 

 センゴクであろうと、ガープやゼファーであろうと、その他全ての海兵が正解と呼べる答えを提示することは不可能だろう。何故ならタイガーは世界政府へ反逆した犯罪者。指名手配と賞金首になる現実からは逃れられないのだから。

 

 ──しかし、この場に居る男は違う。

 

 戦いを挑んですぐに状況を理解、タイガーの逃走を手助けし、すぐに朗らかな会話も繰り広げ、最大のトラウマすら話させてしまう、そんな海兵だ。

 

 信じるのは己の正義のみ、それ以外は覚悟を鈍らせる不純物でしかない。

 

「……なら、こうしよう。タイガーさん」

 

 将来、【ありきたりな正義】を掲げる海兵──スティージア・グレイ。

 

 自らの正義を信じる男は、奴隷解放の英雄へ一つの提案をした。

 

 

 

 

 

「──俺と一緒に……世界を変えよう」

 

 

 

 

 

 名も無き小さな島で、未来への希望が誕生した。

 

 

 

 




 タイガーさん良いキャラですよね。やっぱ死に様がカッコいいキャラは記憶に残ります……。


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『己の正義』

 

 

 

 

 

 "海軍本部"・元帥室。

 そこでは現在センゴクに向けてグレイが、フィッシャー・タイガーの起こした《マリージョア》襲撃事件に関する報告をしていた。

 

「では……間に合わなかったんだな?」

「はい、着いた頃には既に姿を確認出来ませんでした。恐らく海へ逃げたものと思われます」

 

 眼鏡を外し鼻の付け根を指で押さえるセンゴク。タイガーを逃してしまったとあれば、天竜人の怒りは収まらない。元帥として、世界政府からお叱りの声が届くことだろう。

 

「そうか……分かった。昨夜はご苦労だったな、グレイ」

「いえ、タイガーを捕らえることが出来ず、申し訳ありません」

「──グレイ」

「はい」

 

 頭を下げるグレイに、センゴクは厳格な表情で言葉を放った。

 

「……あまり、無茶をするな」

 

 心から心配している声音で、グレイへそう告げるセンゴク。何処へでも飛んで駆けつけられるのは素晴らしいことだが、今回は場所が場所だ。天竜人達の怒りがグレイへ飛び火する可能性は大いにあった。

 センゴクのそんな想いを感じ取り、グレイは素直に謝罪した。

 

「すみませんでした。センゴクさん」

「無事なら良い。……上には私から上手く言っておく。時間を取らせて悪かったな、下がって良いぞ」

「はい。──失礼します」

 

 礼儀正しく部屋を退出したグレイ。

 センゴクがため息を溢しながら窓の外をしばらく見つめていると、バァンッという音が響くと共に勢いよく扉が開かれた。

 

「センゴクー! 新茶持って来たぞ! 煎餅出せ!」

「……煎餅ならそこだ」

「んお?」

 

 ガープの方へ視線も向けず、煎餅の方を指差すセンゴク。普段とは違う対応をされたことに、ガープは違和感を覚えた。

 

「どうした? いつも以上に固い顔しおって。──ああ、グレイか」

「……ふん。うるさい」

「ぶわっはっはっは! 図星じゃの!」

 

 ソファーへ腰を落としながら爆笑するガープ。机の上に置いてある煎餅の袋を手に取り、バリバリと食べ始めた。

 

「《マリージョア》の件でも報告しとったんか。アイツ、確か飛んで行ったんじゃろ?」

「……間に合わなかったそうだ。グレイが到着した時には既に、フィッシャー・タイガーは姿を消していたらしい」

「グレイで間に合わんなら、他の誰でも間に合わんな。上にも言い訳出来るじゃろうて、何をそんなに難しい顔しとるんじゃ」

「…………」

 

 ガープの言葉にも反応を見せないセンゴク。自身の机に視線を落とし、放心状態のような雰囲気すら出している。

 そんならしくないセンゴクへ、ガープがストレートに核心を突いた。

 

 

──グレイに嘘をつかれたからか(・・・・・・・・・・・・・)

 

 

 茶を啜りながら、ポロッと溢したように呟いた一言。それを聞いたセンゴクは立ち上がり、ガープの隣へ移動すると腰を落とした。そして慣れた手つきで自分の茶を入れると、一気に流し込んだ。

 

「おいおい、熱いじゃろ」

「──グレイはフィッシャー・タイガーに接触した。これは間違いない」

 

 少し引いたようなガープの言葉にも反応せず、センゴクは口を開いた。内容はグレイの報告が虚偽であるというもの、センゴクは煎餅を手に取りながら言葉を続けた。

 

「恐らく逃走の手助けもしただろう。……アイツはそういう男だ」

 

 証拠はない。しかし、センゴクは確信していた。グレイがタイガーを助け、見逃したということを。

 

「……まあ、グレイは俺に見抜かれていることも理解しているだろうがな。その上で堂々と虚偽の報告をしてきた。──つまり」

「『後処理は頼みます』ってことじゃろうな。ぶわっははは! そこまで通じ合える身内を持って、お前らが羨ましいわい!」

「ガープ」

「そう睨むな。お前も怒っている訳ではないんじゃろ?」

 

 発言に気を遣わない同期を羨ましく思ったのは何度目だろうか。センゴクの気持ちなど考える筈もなく、ガープはあっけらかんと笑っている。

 

「……何年経っても、問題児なのは変わらずか」

「お前も面倒な立場になったな。孫の成長を素直に喜べんとは」

「孫ではないと言っとるだろうが。……ただ、成長か。確かにそうかもしれんな。グレイは大きく成長を遂げている」

 

 正義を信じるセンゴクとしても、天竜人に思う所は当然ある。

 立場からガープのように前面に押し出すことは出来ないが、滅ぼせるものなら滅ぼしてやりたいと幾度となく思っていた。

 

「──信じるのは『己の正義』か。全く……誰に似たんだかな」

「お前じゃろ」

「ふ、ふははははっ!!!」

 

 即答するガープ。真顔でそう告げる同期を見て、センゴクは久しぶりに声を上げて笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……今日は俺が飯当番か。センゴクさんの好きな物作ろ」

 

 やはりセンゴクの予想通り、グレイは自身の嘘が見抜かれていることを分かっていた。長い時間を共に過ごしているのだ、今更隠し事など出来るとは思っていない。

 大きな迷惑を掛けてしまったので、今晩はセンゴクの好物を作ろうと献立を考えておくことにした。

 

(ん? ……あれは)

 

 久しぶりにスモーカーやヒナでも訓練に誘おうかと歩いていたグレイ。

 特に意味もなく第二訓練所付近を通り掛かると、訓練所の中を覗き込んでいる大男が視界に入ってきた。知っている人物だったこともあり、グレイは困惑しながら声を掛けた。

 

「……ゼ、ゼファーさん? 何やってるんです?」

「グ、グレイッ! こ、これはだな!」

「怪し過ぎますよ。誰か訓練中ですか?」

 

 動揺するゼファーを注意しながら、訓練所の中を確認するグレイ。主に体術や柔術の鍛錬で使われる第二訓練所。畳の匂いに鼻を擽られながら、激しく動く一人の女性を視認した。

 

「あれって……アインじゃないですか」

 

 白い道着に身を包み、真剣な表情で拳を振るうアイン。長い青髪も一本に纏められており、右へ左へ激しく揺れている。

 

「だから覗いてたんですね」

「そ、そういう訳でもないが……」

「堂々と中で見れば良いのに、何で隠れたりしてるんです?」

「……色々あってな」

 

 ばつが悪そうに視線を逸らすゼファー、中々見られないレアな表情だ。

 グレイがもう一度訓練所の中を確認しようとした──次の瞬間。

 

 

「誰だい!? そこで覗いてる奴は!!」

 

 

 明らかに覗き組へ向けられたキリッとした一声。グレイとゼファーはビクッと肩を震わせ、思わず背筋を伸ばした。軍人としての体質が出てしまっている。

 

「グレイ、すまん」

「──えっ?」

 

 グレイへ短く謝罪したゼファー。何のことかと訊ねようとしたグレイだったが、謝罪の理由を身を以て知ることとなった。

 ポンッと太い腕に背中を押され、抵抗すら出来ずに訓練所へダイブ。ゼファーは自らの存在を隠すために、グレイを売ったのだった。

 

(ええぇー、ゼファーさん……)

 

 咄嗟のことで受け身も取れず、無様に訓練所入りしたグレイ。ゼファーを恨みながら顔を上げ、畳部分からこちらへ近寄って来たアインに声を掛けた。

 

「おはよ……アイン。頑張ってんな、身体はもう良いのか?」

「わ、私は大丈夫。……グレイも平気?」

「平気平気。──……転けただけだから(・・・・・・・・)

 

 アインに手を貸してもらい、起き上がるグレイ。入口へ向けて、口調強めの嫌味を飛ばしておいた。少しだけイライラが解消されたグレイに、アインとは別の声が掛けられる。

 

「──アンタだったのかい。グレイ」

 

 女性らしくありながらも、凛とした芯のある声。先程大声を上げた本人であり、女性海兵として知らぬ者はいない程の有名人であった。

 

「ど、どうも……おつるさん」

 

 おつると呼ばれたこの女性。"海軍"内でもセンゴクに並ぶトップクラスの知能を持っており、『大参謀』と呼ばれている。

 "中将"の階級に関係なく、重要な会議には必ず出席を求められている程の信頼があり、最古参の海兵でもある。

 

「レディーを覗き見とは、趣味が良いとは言えないね」

「俺もそう思います」

「? ……まあ良い。何の用だい?」

「あー、いや……。アインが見えたんで、気になって」

 

 その言葉につるは納得したように頷いた。

 

「そういえば、この子はアンタの部下だったね。なるほど、そういうことかい」

 

 なにやらアインヘ向けて、意味深な笑みを浮かべたつる。アインはといえば、少し恥ずかしそうに視線を下げている。

 

「それにしても珍しいですね。おつるさんが直々に誰かを鍛えるなんて」

 

 大参謀としてだけでなく、つるはとても忙しい。同期であるセンゴクやガープ、ゼファーにも引けを取らない実力者であるため、現在も最前線で海賊を相手に戦っている。

 ちょうどセンゴクから、厄介な海賊を追うように頼まれたばかり。後進の育成をしている時間など、彼女には残されていない筈なのだ。

 

 グレイからの質問に鼻を鳴らすと、つるはうんざりしたように語り出した。

 

「……ゼファーのやつに頼まれたのさ。この子に修行をつけてやって欲しいってね」

「へぇー、そうだったのか? アイン」

「え、ええ。私のために頼んだって、ゼファー先生は言ってたわ」

「その時、他に何か言ってたかい?」

「……ええっと」

 

 つるの言葉に思考するアイン。今朝の会話を思い出し、心当たりのある言葉を口にした。

 

「『つるちゃんは喜んで受けてくれたぞ。良かったな、アイン!』……とは言われました」

「……はぁ、親バカじじいめ」

 

 ため息ながらに目を閉じたつる。ポカンとするグレイとアインヘ向けて説明を開始した。

 

「あたしは最初断ったのさ。忙しかったからね」

「えっ? でも、ゼファー先生は……」

「見栄を張ったんだよ、アンタに良い格好したかったんだろ。自分じゃどうしても甘くなってしまうからって、何度も頭を下げられてね。土下座までしそうな勢いだったから受けたのさ」

「「…………」」

 

 ゼファーの土下座を想像、する一歩前でやめたグレイとアイン。恩師と恩人のそんな情けない姿を想像もしたくなかったようだ。

 

(だから隠れてたのか……)

 

 そして自身が売られた理由もハッキリした。グレイとしてもゼファーの気持ちは分かるものだったので、今回の件は水に流すことにした。

 

「おつるさんに修行してもらえるなら大丈夫ですね。よろしくお願いします」

「何を自分は関係ないように話してるんだい。……アンタにはあたしの仕事を手伝ってもらうからね」

「えっ?」

「当然さ、アンタはこの子の上官なんだ。あたしがタダで修行をつける訳ないだろう?」

 

 突然の事で驚きはしたが、確かにそうかと納得するグレイ。忙しい中でアインに修行をつけてもらうのだ、その分協力するのは当然ではある。

 

「わ、分かりました。でもセンゴクさんにも話をしないと」

「それについてはもうしてある。あたしを誰だと思ってるんだい」

「……お手柔らかにお願いします」

 

 流石は大参謀。一手どころか二手三手先まで話を進めている。

 

「グ、グレイ。……ごめんなさい」

 

 自分のせいでと思ったのか、申し訳なさそうにアインが口を開く。そんな部下に苦笑いしながら、グレイはアインの頭に手を置いた。

 

「謝る必要なんてない。俺はアインを守るけど、いつでも俺が守ってやれる訳じゃない。アインにも強くなってもらわないといけないからな」

「……グレイ」

 

 嬉しそうに微笑むアイン。そんな彼女を見て、グレイは不要な言葉を続けた。

 

「おつるさんを信じて、しっかり教えてもらえ。この人、俺より全然怪力だか──」

「そうかい。こういうことだね?」

「いだだだだたッ! と、取れます! 頭取れる!」

 

 ガシッと決められたアイアンクロー。2メートル以上の長身から繰り出されるそれは、グレイを楽々と持ち上げた。

 

「あ、頭が……分解する」

「バカなこと言ってないで、さっさと出て行きな。心配要らないよ、受けた以上はきっちり教えてやるさ」

 

 腕を組みながら宣言したつる。これ程までに安心出来る言葉もそうそうない。

 

「じゃ、じゃあ……失礼します。アイン、頑張れよ」

「ええ。──私、強くなるから」

 

 覚悟の決まった顔を見たグレイ。つるへ一礼した後、訓練所を出て行った。

 

「全く、センゴクのやつはデリカシーってもんをあの子に教えなかったのかねぇ」

「……続きを、お願いします」

 

 グレイに見せていた柔らかい表情から一変。アインは強い意志を感じさせる顔をしていた。つるはそんなアインを見て、少し頬を緩ませる。

 

「強くなりたいのはあの子のためかい?」

「──ッ! そ、そんなことは……」

「アンタはさっき、あたしにこう言ったね。強くならなければならない理由があると。グレイのためなんだろう?」

「……は、はい」

 

 耳を赤く染めながら、小さく頷くアイン。先程までの厳しい拳を繰り出していた人物とは思えない、純粋な少女であった。

 

「良い覚悟だ。その気持ちを忘れるんじゃないよ」

「……えっ?」

 

 褒められはしないだろうと思っていただけに、驚きを隠せないアイン。つるはグレイが去って行った方向へ視線を向けながら、少しだけ悲しそうに言葉を続ける。

 

「グレイは……あの子は強い。"才能"、"環境"、"悪魔の実"。あの子を強者とする要素は数多くあるけどね、そんなもんはただの付属品でしかない」

「……付属品、ですか」

「あの子には──揺るがない"意志"と"覚悟"がある。そういうところだけ似ちまったんだろうね。良い意味でも……悪い意味でも」

 

 つるの言葉をいまいち理解しきれないアイン。そんな彼女の様子を察したのか、つるは初めて声に出して笑った。

 

「ふふっ、駄目だねぇ。年寄りになるとどうも、アンタ達を上官として見づらくなっていけない。アンタが若い頃のあたしにそっくりだからかねぇ」

「……は、はあ」

 

 ひとしきり笑った後、再び表情を引き締めたつる。長話を終え、修行が再開される。

 

「──さあ、始めるよ。見込みのないやつに時間を割く程、あたしは暇じゃない。『黒腕』に認められた才能を……見せてみな!」

「……はい! よろしくお願いします!!」

 

 こうして、アインはつるの弟子となった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 星が照らす夜空を、一筋の光が横切った。

 圧倒的な速度で飛行する光は海を飛び越え、草木で埋め尽くされた無人島へ辿り着いた。

 

「──来たか」

 

 やって来た光、グレイを出迎えたのは一人の大男。今から一週間前、世界中に顔写真をばら撒かれ、指名手配されたフィッシャー・タイガーだった。

 

 その首には当然のように懸賞金がかけられており、数多の存在から命を狙われる立場になってしまった。

 

「どうも、タイガーさん。無事でなによりです」

「相変わらず速いな。尾行されてる心配がないってのは良いもんだ」

「そうですね。ついて来られる可能性があるのは、一人ぐらいですかね」

「一人は居るのかよ」

 

 軽口を叩き合いながら、再会出来たことを喜ぶ二人。今日集まったのは他でもない、これからの話し合いをするためだ。

 

「呼んでくれましたか?」

「ああ。──お前達、出てこい」

 

 タイガーが森の方へ声を掛けると、次々に人影が現れた。

 

「初めまして。……魚人の皆さん」

 

 青い肌、尖った鼻、手に付いた水掻き、鱗などなど、人間とは違った特徴を持つ魚人。グレイの目の前にはそんな存在が五十人程現れた。

 グレイの挨拶を聞き、現れた魚人の中で一番ガタイが良く落ち着いた雰囲気の男が口を開く。

 

「お前さんが……タイのアニキが話しとった男か」

「そういう貴方はジンベエさんですね。タイガーさんが言ってた通り、強そうだ」

 

 名前から分かるように、ジンベエザメの魚人である。《魚人島》・リュウグウ王国の兵士でもあり、高い戦闘能力を有している。

 

「そっちが……アラディンさんですね」

 

 グレイはジンベエの強さを実感した後、その隣に立っているイタチウオの魚人であるアラディンへ視線を向けた。

 

 ──そして。

 

「すみませんでした」

 

 誠心誠意、謝罪の心を込めて。深く頭を下げた。

 理由は単純、アラディンは《マリージョア》にて奴隷となっていた。タイガーに助けられ、自由の身になったばかりなのだ。

 

「……変な人間だ」

「だから言ったろ? コイツは変なんだ」

 

 頭を下げたままでいるグレイの背中を、笑いながらバシバシと叩くタイガー。力加減が出来ておらず、普通に痛い。

 

「タイガーさん。折れます」

「そんな柔じゃねぇだろ。俺と殴り合ったお前がよ」

「……まあ、良いですけど。話を進めますね」

 

 ズレたコートを羽織り直し、グレイは強い意志と共に言葉を放った。

 

「今日集まってもらったのは──皆さんと協力関係を結びたいからです」

 

 ストレートに告げられた言葉に、一人の男が堪えきれないといった具合に噛み付いた。

 

「ふざけんなッ!! 人間が俺達と協力だァッ!? 軟弱な人間風情が調子に乗ってんじゃねぇよッ!!」

 

 男の名はアーロン。ノコギリザメの魚人であり、ギザギザの鼻と鋭い歯が威圧感を放っている。人間を見下したような発言にも、グレイは顔色を変えない。

 

「ふざけてませんよ。これ以上ない程に真面目です」

「ああん!?」

「そう言われることは分かってました。特に貴方からね、アーロンさん」

 

 タイガーの話から、必ず噛みついてくると予想はしていた。そうでなくても差別に苦しめられてきた魚人達、グレイもすんなり事が運ぶなどとは思っていない。だからこそ、信頼してもらう方法を考えてきたのだ。

 

「俺が貴方達と協力関係を結びたい理由は二つ。海の平和を守る戦力が欲しいのと……魚人への差別を消したいからです」

「──なんだと?」

 

 思わぬ言葉に固まるアーロン。一つ目の理由は分かる、海での戦いに置いて魚人の右に出る者は居ないのだから。アーロンを困惑させたのは二つ目の理由だ。

 

「……差別を、消したいだァ?」

 

 アーロンの中に溢れ出てくるのは──怒り。

 下等種族と見下す人間に自分達を救いたいと言われたも同然。魚人という種族に誇りを持つ彼にとって、容認出来る言葉ではなかった。

 

「……ここへ顔を出したのはタイの大アニキの顔を立ててのことだ。俺は人間なんざ信じねぇ、都合の良い言葉を並べようと変らねぇんだよ」

 

 そんなアーロンの言葉に多くの魚人が頷いている。ここにいる者達は元々、故郷である《魚人島》でもはみ出し者としての扱いを受けて来た。そんな者達が安い言葉で人間を信じる訳がないのだ。

 

「──それも分かってます」

 

 しかし、スティージア・グレイは揺るがない。

『仏』に育てられ、『ゲンコツ』に鍛えられ、『黒腕』に認められた唯一の海兵。そんな男は今日、二つの種族の架け橋となる。

 

「タイガーさん。これ持っててください」

 

 腰に携えていた《暁》を取り、タイガーへ投げ渡す。これで獲物は手を離れ、丸腰だ。だがこの行動の意味は、自分が無害であることを示すためではない。むしろ真逆の意味を含んでいた。

 

「て、てめぇ……なんの真似だ?」

「軟弱な人間、アンタはそう言ったな?」

 

 腕まくりをし、首や指を鳴らすグレイ。ヤンチャな不良少年のような仕草をしながら、ネクタイを緩めコートを肩から外した。

 雰囲気が変わったことを察したのか、アーロンを含めた魚人達に緊張が走る。

 

「分かるよ、力が無い癖に吠えたって意味ないもんな。だから、今ここで見せ合っておこう──お互いの力を」

 

 拳を握り、戦闘態勢を取るグレイ。能力は発動させておらず、自らの力のみで臨むようだ。

 魚人達から見れば小さな身体、ひ弱な存在であることに変わりはない。しかし放たれる威圧は、そんな考えを否定する。

 

「や、やる気だってのか!?」

「別にアーロンさんだけじゃない。他に納得いかない人も、全員でかかってくればいい」

 

 挑発するような発言に、短気で喧嘩っ早い者達がいとも簡単に乗ってくる。

 

「上等だ!」

「やっちまおうぜ!」

「舐めやがってっ!」

 

 血気盛んな若い衆を見ながら、ジンベエがタイガーへ声を掛ける。

 

「止めなくていいのか? タイのアニキ。あんなこと言っとるぞ」

「いいんだよ、実際に体感した方が早い。ジンベエ、お前もやってこい」

 

 むしろ推奨してきたタイガーに、ジンベエは疑問を深める。あんな子供を相手に大人数でかかれなど、タイガーらしくない言葉だからだ。

 

「全力でやれよ。じゃねぇと……お前でも危ねぇぞ?」

 

 フィッシャー・タイガーが見守る中、一人の少年と計四十八人の魚人がぶつかった。

 

 拳を、脚を、心を、意志を、覚悟を。持てる全てをぶつけ合ったこの戦いは朝日が昇るまで続いた。

 

 

(……大したガキだな。この俺が初めて憧れちまったよ(・・・・・・・)

 

 

 一人しか立っていない戦いの終わりを見届け、タイガーは静かに決意する。昇った朝日に目を細め、心から湧き上がる期待に胸を躍らせた。

 

 魚人族の英雄、フィッシャー・タイガーの未来は変えられたのだ。

 

 

 成し遂げた男は静かに──太陽(・・)を背負っていた。

 

 

 

 




 少し駆け足になってしまいましたが、魚人達との絡みは落ち着ける部分まで持っていきます!

 そして次の話からまた二年程の時間が経過しますので、ご了承ください。


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『銀と青の将校』

 

 

 

 

 

 ──青い空に青い海。

 見渡す限り青一色の光景だが、そうでない部分が一箇所だけあった。

 

 そこでは途切れることなく激しい騒音が起こり、所々から黒煙が舞い上がっている。大砲を発射する音と同時に爆発音が響き、金属がぶつかるような音も聞こえている。

 

「"海軍"の奴らを仕留めろォォッ!」

「海賊どもを捕らえろッ!!」

 

 この叫びから分かる通り、現在海賊と"海軍"が交戦中。

 海賊船と軍艦が激しい衝突を繰り返しながら、多くの海賊と海兵が戦っている。

 

 そんな命懸けの戦場を、一人の少女が駆ける。

 青い髪を揺らしながら華麗に戦う姿は、この荒々しい戦場に相応しくない美しさを放っていた。

 

 手には二刀の短剣が握られ、速く鋭い剣技はまるで演舞でも見ているかのようだ。刃の部分には特別に調合された即効性の麻痺毒が塗られており、この短時間で多くの海賊達を無力化していた。

 

「おっ、良い女じゃねぇ──がはっ!」

「捕らえて売り飛ば──ぐはっ!」

「楽しいことしよ──ごはっ!」

 

 それを見た海賊達が下衆な考えと共に、その少女への接近を試みる。しかし、そんな行動を起こそうとした瞬間に、少女に蹴り飛ばされ戦闘不能。的確に顎を狙った一撃は、海賊達の意識を容易く刈り取った。

 

「……終わりね」

 

 えげつない攻撃を繰り出した少女──アイン。

 彼女はとある戦闘の終わりを確認すると、凛々しく声を張り上げ、海賊達へ降伏を促した。

 

「お前達の船長は負けた! 大人しく投降しなさい!」

 

 よく通る声は海賊船中に響き渡り、戦っていた船員達の戦意を失わせた。自分達のトップが敗北したという事実に、もう勝てないということを悟ったのだろう。

 

「今よ! 全員捕えなさいっ!」

「「「「「──はっ!!!!!」」」」」

 

 向かってきた最後の一人を蹴り倒し、アインが指示を飛ばす。海兵達はそれに従い、次々と海賊達を拘束していった。

 

「……はぁ」

 

 緊張状態を少しだけ解き、短剣を鞘へ戻したアイン。最近は経験する場数も増えてきたが、未だに死と隣り合わせの戦場は慣れない。

 髪を右手で払いながら、肩にある"正義"の二文字が記されたコートを羽織り直す。このコートこそ、アインが成長したという形ある証だ。

 

 そんな彼女の横に、一人の男が近寄って来る。銀色の髪を潮風に靡かせながら穏やかに笑う男──スティージア・グレイである。

 

 アインと同じくコートを羽織っているが、そのコートにはアインと違い様々な勲章のようなものが付けられていた。

 

「お疲れ、大丈夫……みたいだな」

「ええ、平気よ。貴方もお疲れ様、問題なかったようね」

「まあな。能力者って訳でもなかったし、楽なもんだよ」

 

 一応億を超える懸賞金が掛けられた海賊だったのだが、この男の相手をするには力不足だったようだ。

 戦場終わりとは思えない朗らかな雰囲気。それは駆け足で報告に来た部下によって、切り替えられることとなる。

 

「グレイ少将(・・)! 海賊共を全員拘束! 軍艦へ連行致しました!」

「ご苦労様。船の方は俺が片付けるから、全員軍艦に戻れ」

「はっ! 了解しました!」

 

 階級的には准尉である部下に労いと指示を任せ、グレイは肩の力を抜いた。どこか笑っているような表情を見て、アインが訊ねる。

 

「……? どうしたの?」

「いや……なんというか、上の立場になったんだなと思ってさ」

「それはそうね。貴方は少将なんだから」

「それもあるけど、部下が出来たことが大きいだろうな。前まではずっと一人で戦ってたから」

「ああ……なるほど」

 

 二年近く前、初めて正式に部下を持ったグレイ。その第一号であるアインには、彼の言葉の意味がよく理解出来た。入隊希望者の面接などを共に行いもしたのだから。

 

「それに、アインも随分出世したな。──中佐殿(・・・)?」

 

 ニヤついた顔で揶揄うようなグレイ。二年にも満たない期間で海軍将校など、自分を除けば例はない。そんな意図で言われた言葉を、アインは複雑そうに否定した。

 

「別に……私の実力じゃないわ」

 

 特殊な"悪魔の実"である──"モドモドの実"。

 世界政府からも重要視されている能力を持つアイン。グレイの部下という立場になったのも、『中佐』という立場になったのも、自分の実力ではない。だからこそアインは素直に喜べないでいた。

 

「確かに上の方から階級を上げろとは言われてたみたいだけど、こんなに早く将校になれたのはアインの実力だよ。それは間違いない」

「……あ、ありがとう」

「おつるさんにも修行してもらってるんだ。もっと自信持てよな」

「……ええ、そうね」

 

 話していてとても気持ちが軽くなる。十六歳という比較的大人に近い年齢になっても、グレイという男の本質は変わってはいなかった。

 

「まあ、"悪魔の実"があったからってのは変わらないんだけどな」

「…………」

「いだっ、痛い痛い!」

 

 ぐいーっとグレイの頬をつねるアイン。"武装色の覇気"を習得したため、グレイの実体を捉えられるようになっていた。まあそれ以前に、グレイはアインの攻撃を避けたことなど無いのだが。

 

「デリカシーだけは……成長してないわね」

「ははっ、面目ない」

「……謝るなら、それ相応の顔をしなさい」

 

 最大の地雷を話に出しても笑い合える。グレイとアインはこの二年という時間によって確かな絆を結んでいた。

 

「さて、そろそろ片付けるか。軍艦に戻って、指揮を頼む」

「了解。頃合いを見て合図して」

 

 アインの言葉に頷き、浮遊するグレイ。そのまま上昇し、海賊船の真上に立った。

 

 軍艦が十分に離れた場所まで移動したことを確認すると、グレイは合図として身体に白いプラズマを纏った。

 これから行うのは、残された海賊船の処理だ。持ち帰ることも出来ず、かと言って放置するのもよろしくない。だからこそ、ここで完全に破壊するのだ。

 

 静かに船を一瞥し、グレイは能力を解放。右手に溜められた一撃が、勢い良く海賊船へ放たれた。

 

 

「──"荷電砲弾(プラズマ・ブラスト)"

 

 

 球体に凝縮された高濃度エネルギー弾が海賊船に着弾すると同時に、弾けた雷の力で全てを焼き尽くした。巨大な爆発を起こすと共に、海賊船の一生を終わらせたのだ。

 

「……長旅、ご苦労さん」

 

 木片と化した船を一言労い、グレイは軍艦へ向かって飛んで行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……おい、見えるか?」

「ちょっと待て」

「早くしろって、誰かに見られたら叱られるぞ」

 

 物陰からこそこそと顔を出している三人。全員が階級的には下から数えた方が早い二等兵であり、廊下掃除の役割を任されている者達であった。

 しかしモップを手に持ってはいるものの、掃除をする気配は微塵もない。それもその筈、この三人の目的は床を磨くことではなく、ある二人組の状況を目に収めることなのだから。

 

「み、見えたぞ!」

「「声がでかい」」

「ぐぅ、わ、悪い」

 

 反射的に手が出た二人によって殴られた男。お目当ての光景が視界に入ったことで、思わず声を上げてしまったようだ。

 

「ちょっとだぞ。気付かれたら終わりだからな」

「分かってるって」

「そーっとな。そーっと」

 

 三人仲良く物陰から顔を少しだけ出す。すると、軍艦の端の方で談笑する二人の男女が確認出来た。

 

 それはこの軍艦の最高責任者であるグレイと、その補佐役であるアインだった。

 

 グレイは樽に腰を落としながら頬杖をつき、アインはそんなグレイの横に立ちながら腕を組んでいる。

 共に"海軍"でもトップクラスの美男美女。軍艦の上で潮風に当たっているだけにも関わらず、とても絵になる光景だ。

 

「「「はぁ〜〜〜!!!」」」

 

 緩んだ顔で緩んだ声を上げる三人。掃除そっちのけで見る価値が間違いなくあると、三人は猛烈に実感していた。

 

「なんだよアレ、顔が良過ぎる……」

「グレイ少将……笑ってるぜ」

「さっきも相手の船長瞬殺してたもんな。しかも俺達を守りながら……」

「「「かっけぇ……!!!」」」

 

 約二年で准将から少将へと、またも階級を上げたグレイ。

 頻度こそ落ちたものの、相変わらず世界中の海を飛び回っていることは変わらない。

 

 ──『海軍の閃光』と言えば、市民の救世主としてあまりにも有名だ。

 

 自分の軍艦を与えられ、大勢の部下も預かった。海兵となって約十年、グレイはセンゴクも自慢が止まらない程の立派な海軍将校となっていた。

 

 "絶対に死ぬな"。

 グレイの部下になる者は、入隊時に必ずこの言葉を言われる。そしてこの言葉は同時に、絶対に遵守しなければならない命令となるのだ。

 

 

『市民のためには命を懸けろ。それ以外でなら、たとえ仲間を見殺しにしても自分の命を優先しろ。──見殺しにした仲間は……俺が助ける』

 

 

 この言葉に感銘を受けた者達は多く、グレイが率いる部隊への志願が殺到した。そして言葉通り、これまでの戦いで戦死者は一人として出していない。有言実行の男である。

 

 そしてグレイの側で微笑むもう一人の上官、アイン。彼女を見て三人は、情けない表情を更に情けないものへと変えた。

 

「「「ああぁ〜〜〜!!!」」」

 

 艶のある青髪に、透き通るような白い肌と宝石のような赤い瞳。蹴りの威力を上げるために将校服をミニスカートにしており、黒タイツを着用している。視線を釘付けにするあの美脚が鉄すら凹ませる事実を、初見では誰も見抜けないだろう。

 

「なんだよアレ……顔が良過ぎるぅっ!」

「アイン中佐が……笑ってる」

「俺さ、蹴られてる海賊が羨ましかったよ」

 

 普段厳しく部下達をまとめているアイン。そういった振る舞いが苦手なグレイに変わり、下の者達の指揮を取ることも少なくない。とても真面目で規律に厳しく、部下にも厳しい。

 

 しかしグレイ以上に誰かが傷つくことを恐れており、怪我をした部下には慈愛の精神で労ってくれる。そのためアインの支持率は異常なまでに高く、なんなら"海軍"全体で見ても上位であった。

 

「グレイ少将の部隊に入れて、アイン中佐に命令してもらえるなんて……俺達ラッキーだよなぁ」

「志願者めっちゃ多かったって聞いたしな。まあ、分かるけど」

「俺……アイン中佐がたまに作ってくれる少し焦げた玉子焼きだけで──四皇に挑めるわ」

 

 しみじみと自分達の幸運を噛み締める三馬鹿。最早モップは手を離れ、床に転がっている。見つかれば罰は免れないだろう。

 

「「「んん〜〜〜!!!」」」

 

 叫びそうになるのを気合で堪え、三馬鹿は慌てて自身の口を手で塞いだ。衝撃的過ぎる光景が視界へ飛び込んできたのが原因だ。そのあまりの威力に、三馬鹿は意識を手放しそうにすらなった。

 

 

(((……イ、イチャイチャしてるぅぅぅ)))

 

 

 樽に座っていたグレイが立ち上がると、アインへ同じく座るように促す。これを断ったアインだったが、グレイは悪戯(いたずら)っ子のような笑みを浮かべて行動を起こした。

 

 アインの腰を両手で掴んだ後、優しく持ち上げて樽へ乗せたのだ。

 

 少し足をバタつかせながらも、抵抗虚しく樽に座らされたアイン。

 恥ずかしいのか、顔や耳は遠目でも分かる程に赤く染まっている。普段、部下達には見せることのない──上官としてではない顔であった。

 

 良いようにされた結果が不満だったのか、脚を綺麗に揃えながらパシパシと手でグレイを叩くアイン。まるで小さな子供のようであり、圧倒的なギャップ萌えで三馬鹿は呼吸が止まった。

 

「……もう死んでもいい」

「……右に同じ」

「……左に同じ」

 

 川の字で倒れ込む三馬鹿。しかし突如として意識は覚醒、滑らかな動きで立ち上がった。

 

「あの二人が歩く廊下をこんな汚いままにしとけねぇ!」

「ワックス持って来い! ピカピカのピカじゃ!!」

「鏡みたいな床にしてやらぁっ!!!」

 

 激しくやる気スイッチが入ったようで、三人はメラメラと燃え上がりながら掃除に取り組み始めた。そこでちょうど見回りの者が通りかかったのも含めて、本当に幸運な者達である。

 

 ちなみにこの後──ワックスで磨き抜かれた床に足を滑らせたアイン。それをグレイが見事に受け止めるという光景を目の当たりにし、三馬鹿はついに気絶した。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「……とにかく、それに関してはこちらで片付ける」

 

 "海軍本部"・元帥室。その部屋の責任者であるセンゴクは、真剣な表情で通信手段の『電伝虫』と向き合っていた。

 通常種だけでなく、盗聴を防ぐ念波を放つ希少種である『白電伝虫』も側に置かれている。余程重要な報告ということだろう。

 

「……そうだ、お前は近付くな。これは命令だぞ」

 

 元帥としてだけでなく、グレイに向けるような顔にも変わるセンゴク。通話先の相手は、彼にとってそういう存在であることが分かる。

 長い時間話していられる立場でもないのか、相手側からすぐに通話は切られた。普段通りの短い報告だ。

 

 一つ深呼吸をしてから、椅子に深くもたれ掛かったセンゴク。表情には疲労が見て取れる。先程の報告はセンゴクにとって予想外のものであり、驚きのあまり茶を吹いてしまった程だ。

 

 センゴクは強張った顔のまま窓から空を見上げると──忌々しそうにある言葉を呟いた。

 

 

「動くか──……天夜叉(・・・)

 

 

 

 




 前話から二年近くの時間が経過です。
 グレイが十六歳、アインが十五歳となりました。
 二人の現時点でのプロフィールを載せておきます。

『スティージア・グレイ』
【年齢】十六歳
【性別】男
【身長】178cm
【肩書き】"海軍本部"『少将』
【異名】『閃光』
【家族】センゴク
【師匠】ガープ・ゼファー・ミホーク
【武器】"刀"──《暁》
【能力】"ズマズマの実"
【覇気】"武装色"・"見聞色"
【趣味】読書・旅行
【好きな料理】ビーフシチュー
【嫌いな食べ物】なし
【得意料理】カルボナーラ

『アイン』
【年齢】十五歳
【性別】女
【身長】164cm
【肩書き】"海軍本部"『中佐』
【家族】ゼファー
【師匠】つる
【武器】"二刀の短剣"
【能力】"モドモドの実"
【覇気】"武装色"・"見聞色"
【趣味】読書・勉強
【好きな料理】カルボナーラ
【嫌いな食べ物】キウイ
【得意料理】玉子焼き


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『白銀の閃光』

 

 

 

 

 

 少年は幸せだった。

 

『ローは賢いな、流石は俺達の息子だ』

 

 "尊敬出来る父親"。

 

『お兄さま! おまつり行こうよ〜!』

 

 "大切な妹"。

 

『ロー、行こっ! お祭り』

 

 "優しい母親"。

 

『ロー! 遊ぼうぜー!!』

 

 "仲の良い友達"。

 

『ロー君はいい子ですよ。優しい子です』

 

 "信頼出来るシスター"。

 

 ありふれた日常だが、これ以上ない程の幸せでもあった。

 

 しかし少年が十歳の時、そんな幸せは終わりを迎えた。

 居場所であった町が滅ぼされたのだ。

 

 住んでいた町は北の海(ノースブルー)にある白い町《フレバンス》。国民は皆裕福であり、この世のものとは思えない程の美しい国だった。

 

 そんな国を滅ぼしたのが"珀鉛病"と呼ばれる奇病。その名前を聞けば世界中の人々が恐れる病であり、治療法は全くの不明。どんな名医でも匙を投げる程だった。

 

 そしてこうなることを、"世界政府"は知っていた。珀鉛という鉛の一種に存在していた危険性を、"金になる"という目先の利益によって黙認したのだ。

 これによって引き起こされた大規模な戦争。誰もが憧れた白い町《フレバンス》は、世界から完全に消えた。

 

 

 ──"もう何も信じていない"。

 

 

 十歳の子供が世界の全てを恨み、そんな言葉を口にした。

 町を焼かれ、家族を殺され、友達も奪われた。涙など枯らし尽くし、町の外へ運ばれる"死体の山"に隠れて国境を越えた。

 

 世界に絶望した少年は世界への復讐を誓い、海賊となった。

 

 命懸けで戦い、命懸けで学び、命懸けで成長していく日々。自身も"珀鉛病"を患っているため、残された時間は少ない。医者の両親を持ったために、少年には医療の知識があった。自らの死期が近付いていることを悟り、隠していた本名を口にした日から──少年の運命は変わった。

 

 ──トラファルガー・"D"・ワーテル・ロー。

 

 少年は、恩人に連れ出されたのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──ドジった。

 

 コラソン、またの名をドンキホーテ・ロシナンテは自らの情けなさに苦笑いしていた。降っている雪で熱を奪われているにも関わらず身体が熱いのは、多くの鉛玉をぶち込まれたからだろう。

 

 現在の状況は最悪。不運に不運が重なり、絶体絶命という他ない。

 上を見上げればまるで鳥籠のような糸が視界に入る。島全体を囲んでおり、誰一人逃さないという意志を感じる。

 

 ローを助けるため、全てを裏切って動いた。海賊と"海軍"の間で行われる予定だった"オペオペの実"の取引きを潰し、横取りするところまでは完璧にこなしたのだ。

 

「ゲフゲホ……。ハァ……ハァ……」

 

 血を吐き、呼吸が乱れる。最早立ち上がる体力すら満足に残されていない。ロシナンテはもたれ掛かっている宝箱へ隠したローを信じ、命を捨てる覚悟を決めた。

 

 目の前で銃を構える、実の兄を欺くために。

 

「ローはどこだ? ──"オペオペの実"はどこだッ!!」

 

 同じくロシナンテへ銃を向けながら激昂する男、名をドンキホーテ・ドフラミンゴ。『天夜叉』の異名を持つ、冷酷無慈悲な海賊だ。

 狙っていた"オペオペの実"、そして手間を掛けて育て上げたロー。その二つを奪われ、ドフラミンゴは怒りの感情に支配されていた。

 

「……"オペオペの実"はローに食わせた。もう檻の外へ出て行ったよ」

「何故俺の邪魔をする! コラソン! 何故俺が実の家族を二度も殺さなきゃならないんだ!!」

 

 実の父親を殺害したドフラミンゴ。多少の動揺はあれど、弟へ向ける銃口は少しもブレていない。

 

 そんな状況で誰よりも焦り、慌て、声を上げている少年が居た。しかし、そんな必死の叫びは誰の耳にも届かない──聞こえない(・・・・・)

 

『約束が違うよ! コラさん!! 殺されねぇって言ったよな!!』

 

 宝箱に隠されたロー。ダンダンと宝箱を叩き、涙ながらに大声を上げるが、外の者には一切聞こえることはない。

 ロシナンテが持つナギナギの実"の力によって、ローの出す音を全て消し去る能力がかけられているからだ。

 

"愛してるぜ"!! 

 

 地獄を見てから初めて暖かさをくれた、心を取り戻させてくれた。そんな恩人が、目の前で殺されそうになっている。宝箱から飛び出ようにも、ローの非力な力ではフタが少しも開かない。

 

『嫌だよッ! コラさん!! 死ぬなよ!!』

 

 もう二度と、大切な人を失いたくない。そんな思いで手から血が出ても叩き続けるが、宝箱は壊れるどころかヒビすら入ってはくれない。

 そんなローからの振動が伝わったのかロシナンテは一つ笑みを浮かべ、最後の力を振り絞って立ち上がった。

 

「もう放っておいてやれっ! あいつは自由になったんだ!!!」

 

 ロシナンテの言葉に、ドフラミンゴが引き金を持って答える。放たれた弾丸に貫かれれば、本当に命は失われるだろう。だがそれで良い、命を懸けてローを助ける覚悟は既に決めてあるのだから。

 

 そのために、ローの気持ちを無視したとしても。

 

『いやだぁぁぁぁァァァッ!!!』

 

 神様助けてくれ。なんでもするから助けてくれ。自分がどうなってもいいから助けてくれ。

 神など居ないと世界へ絶望した少年は、恩人の命を助けて欲しいと神へ祈った。

 

 命を奪い取る凶弾がロシナンテを襲う──0.4秒前。

 

 

 

ドオォォォォォンッッ!!! 

 

 

 

 ──雪を舞い上げる、白銀の閃光が飛来した。

 

 

 風圧が収まり、全員の視界が晴れてきた。空から落ちてきたものへ、その場に居る全ての人間が視線を奪われる。凄まじい衝撃で再び宝箱へ背中をぶつけたロシナンテだったが、身体へ銃弾が届いていないことに驚いた。

 

(銃弾を……斬った(・・・)?)

 

 雪が積もる地面に転がっている四つの弾丸。放たれた二発が真っ二つになった結果であり、あの一瞬で銃弾を斬り裂いたということだ。

 

 ロシナンテが地面から視線を上げる。自身の前に堂々と立っている人物を見て、言葉を失った。

 背中に見えるのは"正義"の二文字。"海軍将校"の証であるコートを靡かせながら、銀髪の男は静かに口を開いた。

 

 

「会いたかったぞ。──『天夜叉』、ドンキホーテ・ドフラミンゴ

 

 

 刀を突きつけながら、男は不敵にそう告げた。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

(……なんだ、この状況?)

 

 刀を構えながら、グレイは内心戸惑っていた。センゴクから頼まれたつるとの共同作戦、それは"オペオペの実"という"悪魔の実"を海賊から取り引きで得るというものだった。

 

 しかし話は変わる。それを横取りするため、ドンキホーテファミリーが動いているという出どころ不明の情報がセンゴクより報告されたのだ。その結果、危険度の高いドンキホーテファミリーをこの《スワロー島》で一網打尽にするという作戦に変更された。

 

 硬質化した糸による島全体への包囲、仲間同士と思われる殺し合い。そんな異常を知り飛び回っていた所、ドフラミンゴ達を発見。上空から様子を見ていたが、なにやら只事ではない様子。ドフラミンゴが銃を構えた所で、突撃することを決めたのだった。

 

(仲間じゃ……ないのか?)

 

 自身の背後に倒れる瀕死の男。自分が飛び込まなければ間違いなく殺されていた。海賊だろうが何だろうが、"海兵"として目の前で殺されそうな人間を見捨てる訳にはいかなかった。

 

「……誰だ? お前は?」

 

 銃を地面へ捨て、戦闘態勢の構えを取るドフラミンゴ。サングラス越しで見えないにも関わらず、強い視線を感じる。ビリビリと肌を刺激するような威圧感も放っており、センゴクが注意しろと言っていた意味を理解した。

 

「"海軍本部"少将──スティージア・グレイだ」

「フッフッフ、有名な『海軍の閃光』か。ファミリーの問題に突撃とは……無粋なガキだ」

「大人しく降伏しろ、お前達に逃げ場はない。すぐにおつるさんの軍艦もここへ来る」

「チィッ! またおつるか!」

 

 やはり真正面から相手にしたくないのか、つるの名前に強く反応したドフラミンゴ。これまで追いかけ回されていたことから、逃げの判断をするのは早かった。

 

「そういうことだ、諦めて観念しろ」

「"弾糸(タマイト)"!」

 

 海へ一瞬視線を送り、すぐにグレイへ攻撃したドフラミンゴ。弾丸のように撃ち出された糸は、真っ直ぐにグレイへ襲い掛かった。"武装色の覇気"が纏わされており、並の銃弾よりも貫通力が高い。

 

"荷電火炎(プラズマ・フレア)"

 

 そんなお得意の攻撃すら、グレイという男相手では生温い。左手を前に突き出し、雪が一瞬で消える程の火炎を放出。飛んできた糸を焼き尽くした。

 

「能力の相性は良いみたいだな……って! おい待てッ!」

 

 炎の盾を収めて挑発の一つでも飛ばそうとした途端、ドフラミンゴ達はグレイに背を向けて走り出した。向かう先には船が来ており、逃走しようとしているのは一目瞭然だ。

 

「逃すかッ!」

 

 瞬時にプラズマを展開、この程度の距離ならば一秒で追いつく。つるが来るまでの時間稼ぎならば何も問題はない。グレイは《暁》を鞘へ戻し、再び突撃の体勢をとった。

 

「──ッ!」

 

 いざ動こうとしたグレイだったが、突如後ろから腰の辺りに衝撃が走り、動きを止めた。目線を下げると、そこに居たのは宝箱から脱出したローだった。

 

「!!!!!!」

「……? なんだ? どうした?」

 

 慌ててプラズマを消し、動揺しながらも言葉を掛ける。そんなグレイの腰に抱きつきながら、ローは必死に訴えた。しかしどれだけ叫んでも、グレイには声が聞こえない。

 

「お、落ち着け。大丈夫だ。君は俺が助ける」

「!!!!!!」

 

 ぶんぶんと首を横に振り、ロシナンテを指差すロー。涙でぐちゃぐちゃになった顔でグレイへ頭を下げた。

 

「……ドフラミンゴ。──くそっ!」

 

 まだ背中が見えるので、追いついて戦闘することは十分に可能だ。しかしそれでは後ろの男が死ぬと、グレイは頭を冷やす。

 ドフラミンゴ達のことをつるに任せ、ロシナンテへと駆け寄った。

 

「おい死ぬな! 絶対に生きろ!」

 

 声を掛けながら容体を確認。何発か撃たれているが、"武装色"でガードしたのか見た目より傷は深くない。

 

「大丈夫だ! 急所も外れてる! しっかりしろッ! お前が死んだら悲しむ子供が居るんだぞッ!!」

 

 ビリビリと羽織っていたコートを躊躇いもなく破り、ロシナンテの止血を開始するグレイ。近くで見ているローの肩を優しく叩き、安心させる。

 

「ここは深いな。おい、今からこの傷を焼いて塞ぐ。死ぬ程痛いが死ぬなよ!」

「ぐっ、があぁぁぁァァッ」

 

 先程攻撃を防いだ"荷電火炎(プラズマ・フレア)"の応用で、一番深い傷口を焼き出したグレイ。想像を絶する痛みに襲われ、ロシナンテは大きく叫んだ。

 

「……よし、塞がった」

 

 肉が焼ける嫌な感触を乗り越え、止血が完了。ロシナンテは気絶したようだが、むしろ運びやすくなった。

 

「……つるさんか!」

 

 そして耳に響く爆音と共に、海兵達の声が聞こえてきた。どうやらドフラミンゴ達とつるの戦闘が開始されたらしい。本来ならば加勢に行く所なのだが、今はそれよりもやらなければならないことがある。

 

「──コラさんッ! コラさん! コラさん!」

「うおっ! ビックリした!」

 

 ロシナンテを担ごうと近寄った瞬間、何を言ってるのか分からなかったローの声が復活。ロシナンテが気絶したことで能力が解除されたらしい。

 泣き叫びながら身体を揺らすローに、グレイは焦ったように声を荒げた。

 

「やめろ! 動かすな!」

「でも! でも! コラさんが!」

 

 パァンッと、乾いた音が響く。振り抜かれたグレイの手が、ローの頬に痛みを与えたのだ。

 

「落ち着け」

「ハァ、ハァ、ハァ」

 

 頬が熱を持つような痛みのお陰か、ローは冷静さを取り戻した。

 

「──必ず助ける。俺の前で……誰一人死なせやしない(・・・・・・・・・・)

「……信じて、いいのか?」

 

 最後の希望でも見るような目で、絞るように声を発したロー。そんな言葉に、グレイは笑み浮かべて答えた。

 

 

「ああ。──約束する」

 

 

 正面からローに視線を送り、強く言い切った。その目に嘘はなく、本気で助けるという意志がローへ伝わった。

 

「お、おねがいじまず……しんでほしくねぇんだ」

「分かってる。ほら、お前も俺に掴まれ。一気に飛ぶ」

 

 気絶したロシナンテを背中に担ぎ、ローにも自分の身体へ掴まるよう催促。胸の方へ抱き寄せ、万が一にも落とさないように余ったコートでローを身体に縛り付けた。

 

「行くぞ、しっかり掴まってろ」

 

 プラズマを纏って飛ぶ訳にはいかないので、足裏に能力を集中。普段より飛行難易度は上がるが、やらなければ人が死ぬ。グレイの中でそれだけは絶対避けなければならなかった。

 

 そして同時に足裏以外にも能力を発動。熱エネルギーを利用し、周囲に熱の膜を張った。これで飛行する際に受ける風を防ぐことが出来る。背中には瀕死の重症者、出来る限り移動時の負担は減らしておきたい。

 

(──……覚えてろ。ドフラミンゴ)

 

 目の前で逃してしまったことを悔やみながら、グレイは"海軍本部"へ向けて全速力で飛び去った。

 

 

 

 




 ローとコラさん登場です!
 この二人の回想良いですよねぇ、"ナギナギ"の能力を見せびらかしてる場面がめっちゃ好きです(笑)。

 そしてお気に入り登録が4000を突破しました!多くの人に見てもらっているようなので、これからも自分なりに頑張ります!よろしくお願いします!


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『それぞれの思い』

 

 

 

 

 

「……嘘だろ。……生きてる」

 

 窓から差し込む日の光で、ドンキホーテ・ロシナンテはゆっくりと意識を取り戻した。目を開けてみると、ベッドに寝かされていることを知る。あれだけボロボロだったのにも関わらず、自分は命を拾ったらしい。

 

「──ッ! ローッ!!」

「落ち着け」

 

 ぼんやりとしていた頭が覚醒し、ロシナンテが飛び上がる。包帯が巻かれた身体に走る痛みを耐えながら、命より大切な存在の名前を叫んだ。

 しかし、そんな行動は一人の男によって抑えられることになった。鍛えられているたくましい腕一本でロシナンテは止められ、再びベッドに寝かされた。

 

「……セ、センゴクさん」

「意識が戻ってなによりだ、ロシナンテ」

 

 寝かされていたベッドの横で椅子に腰掛けていた人物。それは自身の命の恩人であるセンゴクだった。こうして生きて再会できたことを嬉しく思う反面、裏切ってしまった罪悪感から目を合わせることが出来ない。

 

「センゴクさん……ローは」

「そこで寝ている。命に別状はない」

 

 センゴクは自身の背中側を指差し、ローの眠るベッドをロシナンテに見せた。腕に点滴が打たれ、包帯だらけではあるものの、顔色は良く呼吸も規則的だ。

 

「よ、良かった……」

 

 脱力したようにベッドにもたれ掛かるロシナンテ。そんな彼を見て、センゴクは静かに口を開いた。

 

「あの子が、お前の守りたかったものか?」

「……はい、そうです」

「──……そうか」

 

 言葉が途切れ、その場に静寂が流れた。互いに話したいことは山程ある、しかし言葉が出てこない。ロシナンテは恩人を裏切ってしまった負い目から、センゴクはそんな気持ちを分かるが故に黙っていた。

 

 しばらく無言の時間が続いたが、この状態はロシナンテの一言によって打ち破られることとなる。

 

「──責任を取ります」

「……ロシナンテ」

「"オペオペの実"のことも、ドフラミンゴを取り逃したのも、全ての責任は俺にあります。ローのことも俺の独断です、あいつは関係ありません」

「…………そうか」

 

 とても悲しそうな声を溢すセンゴクだが、そのことにロシナンテは気が付かない。そして最も言ってはならない人物に、最悪の言葉を放ったのだった

 

「──この命で、責任を果たします」

 

 その言葉が出てくると分かっていたのか、センゴクは何も言わなかった。いや、言えなかった。

 

「命を懸けて……刺し違えてでもドンキホーテファミリーのメンバーを仕留めます。また極秘扱いにしてもらえれば、軍にも迷惑は掛かりません」

 

 流石に"海軍"を裏切り、50億ベリーの取り引きを潰したのは見過ごせない。元帥として処罰を与えなければならない上に、本人には固い意志がある。だが素直に認められる訳もない。元帥以前に、ロシナンテはセンゴクにとって息子も同然なのだから。

 

 "元帥"としての立場と"親"としての立場。二つの立場に挟まれ、センゴクは答えを返せないでいた。智将としての頭脳は停止し、全く役に立たない。

 ロシナンテがダメ押しの懇願をしようとした──そんな時だった。

 

 

「ふざけんじゃねぇよッ!!!」

 

 

 バァンッ! と部屋のドアが壊れそうな勢いで開かれたかと思えば、一人の男がロシナンテ目掛けて駆け寄ってきたのだ。先程の叫びから、怒りに満ちていることが分かる。

 そのままの勢いでロシナンテの側まで来ると、両手で思いっきり胸ぐらを掴んだ。

 

「お前今誰に何を言ったか分かってんのかッ!!」

「お、お前は……」

「俺のことなんてどうでも良いんだよッ! それよりお前は今センゴクさんになんて言いやがったッ!!」

 

 センゴクすら呆然としてしまう剣幕で言葉を叩きつけるのは、ロシナンテとローを助けた張本人であるグレイだった。普段の冷静さは失われ、怒りの感情を押さえることなくぶつけていた。

 

「命で責任を果たす? 命を懸けて? 刺し違えてでも? ──ふざけんじゃねぇよッ!!」

「……ッ!!」

 

 グレイはロシナンテの目を真っ直ぐに捉え、そして真っ直ぐに言葉と怒りを投げかけた。

 

「何のために命を拾ったんだ!? お前は何のために生き残ったんだ!? 死ぬためじゃねぇだろ!!」

 

 センゴクはグレイを止めようとするが、椅子から立ち上がろうとしても足に力が入らない。グレイの言葉を黙って聞くことしか出来なかった。

 

「センゴクさんがどんな思いでお前の側に居たと思ってんだ!! お前が目を覚ますまでずっとここで見守ってたんだぞ!! 元帥としての仕事も出来ないような状態で! ずっとお前の側に居たんだッ!」

 

 グレイは叫んだ、センゴクがロシナンテを看病していたことを。容体が急変した時にすぐに対処出来るよう。眠ることもなく、片時も離れず側に居たことを。

 

「俺はセンゴクさんにそんな言葉を(・・・・・・)聞かせるためにお前を助けた訳じゃないッ!! 恩返しのつもりで言ったんなら今ここでぶん殴るッ! 命を助けてもらった恩人に! 命で責任を取るなんて二度と言うんじゃねぇッ! 今度同じようなことを言いやがったら……俺がお前を──」

「そこまでだ。グレイ」

 

 荒ぶるグレイを鎮めたのは、いつの間にかベッドの側に来ていたゼファーだった。筋肉質の腕でグレイの肩に手を置き、落ち着くように促した。

 

「ハァ……ハァ……」

 

 怒りの感情が収まらないグレイはゼファーすら本気のプレッシャーで睨みつけたが、数秒の時を要して冷静さを取り戻す。ゼファーが肩から手をどけるのと同時に、ロシナンテの胸ぐらからゆっくりと手を離した。

 

 

「……すみませんでした

 

 

 俯いたまま小さな声で謝罪をし、グレイは病室を出て行った。その背中を見送ったゼファーに、センゴクが言葉をかけた。

 

「……すまないが、二人にしてもらえるか?」

「分かっているさ、だからグレイも部屋には入っていなかったんだ。……邪魔したな」

 

 長年共に戦ってきた戦友同士、言葉を交わさずとも分かり合える。センゴクとロシナンテへ視線を向けた後、ゼファーも退室していった。

 

 一瞬にして騒がしくなった空間は、またしても静かになった。

 しかし先程と同じ空気を繰り返すわけにもいかない、センゴクは優しい笑みを浮かべながら言葉を発した。

 

「……許してやってくれ。あの子は私のために……そして、お前のために怒ってくれたんだ。本当に優しい子だ」

「……ええ、伝わってきました。俺は今、本気で叱られたんですね。初めて……センゴクさん以外に」

「ふっふ、懐かしいな。思えば、昔からお前とグレイはよく似ている」

「そんなことありませんよ……。俺は泣いてばかりいましたからね。あいつは……凄いやつだ」

 

 自虐しながら肩を落とすロシナンテに、センゴクは首を横に振った。

 

「いや、そういう意味で言ったんじゃない。お前はいつも私の後ろに居ようとするが、グレイはいつでも私の前に出ようとするんだ」

「……前に(・・)、ですか?」

 

 言葉の意味が分からず、ロシナンテはセンゴクへ聞き返した。

 

「ああ……。私の役に立つんだと、無茶ばかりしてな。後ろから私を支えてくれているお前と、前で私を支えてくれるグレイ。私には勿体ない程……優しい子達だ」

「……センゴクさん」

 

 笑っていたかと思えば、いつの間にかセンゴクは泣いていた。肩を震わせながら、顔に当てた手を乗り越えて大粒の涙が流れていたのだ。

 恩人が見せた初めての涙。ロシナンテはそんな姿を見て、自分の軽率な発言を悔やんだ。

 

「よく……生きてて……くれた」

 

 センゴクの言葉に、ロシナンテも涙を流す。生きたままこうして会えた、その喜びがようやく身体に追いついたのだ。

 

「センゴク、さん。俺は……」

「今は、何も言うな。お前が……生きていてくれただけで……。それだけで良いんだ……」

「はい……。はい……」

 

 顔を上げられないロシナンテの肩を優しく叩き、笑顔と涙が止まらないセンゴク。血の繋がりがなくとも──二人は間違いなく"家族"であった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 《マリンフォード》の裏側にある海岸の端。グレイやクザンがたまに釣りをしに来る場所ではあるが、グレイに限ってはここを訪れるのに釣り以外の理由も持ち合わせていた。

 

「…………」

 

 腰掛けるのに適した石へ座り、グレイは波の音に耳を澄ませながら広い海を眺めている。彼が釣り以外でこの場所を訪れる理由は──何かを一人で考えたい時だった。

 

 先程のロシナンテとのやり取りで、嫌な記憶を呼び起こしたグレイ。それと同時に重症の怪我人相手へ激昂し、声を荒らげてしまったことを深く反省していた。心を落ち着ける意味でも、グレイはこの場所を訪れたのだ。

 

 しかし、この場所を知っているのはグレイとクザンだけではない。他でもないグレイ自身から教えてもらった少女が一人居た。

 

 

「──……グレイ?」

 

 

 恐る恐るといった具合にグレイへ近寄って来たのは、少しばかり汗を流すアインだった。先程偶然グレイを見かけた際に深刻そうな表情をしていたため、気になって尾行してきたようだ。

 

 自身とは比べ物にならない程の洗練された"覇気"をグレイは操る。そんなグレイがこうして尾行されていることに気付かない(・・・・・)など、余程のことがあったとしか考えられなかった。

 

 声をかけるべきかやめておくべきか。その二択で迷っていたアインだったが、勇気を出して声をかける選択肢を取ったのだ。

 

「……アインか。どうした?」

 

 覇気のない顔と声、いつもの余裕を絶やさない表情とは全くの別物だった。アインはそんなグレイに内心驚きつつも、ゆっくりと隣へ移動した。

 

「さっき貴方を見かけて……それで、その」

「後をついて来たのか。やるようになったな」

「ご、ごめんなさい……でも」

「冗談だよ。──悪いな、心配かけて」

 

 砂浜に埋まっていた小石を拾い、海へ向かって投げるグレイ。気晴らしにもならなかったようで、表情に変化はない。

 

「昨日の任務で……何かあったの?」

 

 考えられる原因として、アインはそれしか思い浮かばなかった。昨日行われたつるとの共同作戦。これまでの作戦とは危険度が桁違いとされ、グレイを除いた全員が本部で待機となったのだ。

 

「大したことじゃない……と言いたいけど、こんな近くに寄られるまでアインに気付きもしなかったよ。本当に──……情けない」

 

 何かを言わなければと必死に言葉を探していたアインだったが、グレイのそんな発言を聞き、頭で考えるより先に口が動いた。

 

 

そんなことないわっ!!

 

 

 砂浜に響く大声、波の音にも掻き消されない程の音量でアインは叫んだ。向けられたグレイはといえば、アインの方を見て固まっていた。二年近い付き合いになるが、ここまで大声を出す彼女を見たことがなかったからだ。

 

 予想外の衝撃に襲われたグレイ、そんな彼にアインはそのまま言葉を続けた。

 

「貴方は……情けなくなんかない。そんなこと、絶対にない。……ないから」

「ア、アイン?」

 

 両方の拳を強く握り締め、振り絞るようにアインは告げた。まるで必死に想いを届けようとする、小さな子供のように。

 

「私は貴方に何があったのかは知らない。貴方が話したくないことなら無理に訊かない」

「あっ、はい」

「それでも……情けないなんて言葉は使わないで」

 

 後ろを向き、アインは懇願するように呟いた。数十秒程無言の時が流れると、アインは向きを反転。グレイが腰掛ける石へ、自身も腰を落とした。

 

 咄嗟に横へ移動することで一人分のスペースを空けてしまったグレイ。だがそこまで大きな石でもないので、グレイとアインの肩は触れ合っている状態となった。コートを羽織っていない分、互いの体温すら感じられる。

 

「……あ、あの。アイン……さん?」

 

 何故か敬語になってしまったグレイだったが、アインはそんな彼をまたも動揺させる行動を起こした。

 密着している身体を更にグレイの方へ寄せ、肩に頭を置いたのだ。これには思わず声を上げそうになったグレイ。しかし、長年鍛え上げた精神力でどうにか堪え切った。

 

 心臓が飛び出そうなグレイ。女性に好意的な声を掛けられることは日常茶飯事だが、このようにして距離を詰められたのは生まれて初めての経験。対処法が分からずフリーズしかけていた。

 

 しばらくその状態が続いたが、一つ強めの潮風が吹くと共に、アインは静かに口を開いた。

 

「……私にとって、貴方は憧れ。ゼファー先生と同じぐらい、尊敬してるわ」

 

 少女から語られたのは、自身がグレイに対して秘めている想いだった。グレイは必死に耳を傾けようとするが、鼻を直撃する良い匂いに意識を持っていかれそうになっていた。

 

「そ、それは……。光栄だな……」

 

 軽口を叩いて顔をアインとは反対へ逸らす。良い匂いが若干薄まったことで、冷静さが僅かに戻った。

 

「……貴方は今まで、たくさんの人を助けてきた。──私もそう、貴方に助けられた」

「……アイン」

 

 アインの身体から肩に感じたのは、少しの"震え"。

 家族同然のゼファーや、長い時間を共にしてきたグレイは例外であったが、未だにアインは男性恐怖症を克服したとは言えなかった。すぐに離れようとしたグレイだったが、その行動は他ならぬアインによって止められた。

 

 ──腕に抱きつかれる(・・・・・・・・)という方法によって。

 

 密着度はこれ以上ない程に上がり、体温どころか心臓の鼓動すら感じ取れる。バクバクと腕に伝わってくるアインの鼓動、そして耳障りな自身の鼓動。グレイは完全に動きを停止した。

 

「離れないで……。まだ、言いたいことがあるの」

「……分かった。離れない」

 

 命懸けの死闘に臨むような心構えで、グレイは自身の理性を最大にまで引き上げた。グレイがそんな葛藤をしていることなど知る訳もなく、アインは俯いたままで声を発した。

 

「……私はまだ、全然弱い。貴方に守ってもらわなければならない立場。……それでも、今はそうだとしても──必ず強くなるから」

 

 強固な決意表明。少女は自らの弱さを認め、それでも前に進もうとしていた。

 

 心に寄り添い、助けてくれた。

 いつも側に居て、守ってくれた。

 楽しそうな笑顔に、救われていた。

 

 だからこそ、自分もそうしてあげたい。アインはそんな想いと覚悟を言葉にし、抱きついたまま至近距離で真っ直ぐに伝えた。

 

 

「私を……頼って?」

 

 

 保護欲を掻き立てられる仕草、目が離せない潤んだ瞳、耳を襲う甘美な声、理性を打ち砕く甘い匂い。

 

 向けられていたのがスティージア・グレイでなければ、大抵の男は一瞬で虜になっていただろう。それ程までに、アインという少女が放った魅力は恐ろしいものだった。

 

「わ、わ、分かった。頼る……頼るよ」

「……本当に?」

「ああ、本当だ。──ったく、アインのお陰で落ち込むような気分じゃなくなったよ」

「それは……褒められているの?」

「もちろん。……後、そろそろ離れてくれない?」

 

 言いづらそうにそう告げるグレイに、首を傾げながら現在の状況を確認するアイン。言葉の意味を理解すると同時に顔を真っ赤に染め上げ、音を置き去りにする速度で身体を離して立ち上がった。

 

「ち、違うの!」

 

 何が違うのかアインには分からなかったが、咄嗟に出た言葉はこれだった。

 

「あ、ああ。分かってるって」

 

 何が分かっているのかグレイには分からなかったが、咄嗟に返せた言葉はこれだった。

 

「……ありがとな。アイン」

 

 石から立ち上がりながら、アインへ優しく礼を言ったグレイ。アインは顔の火照りをどうにか冷ましながら、再び視線を合わせた。

 

「アインが声をかけてくれなかったら、五時間ぐらいは海眺めてたよ」

 

 そして繰り出されたいつもの軽口。アインは軽く笑いながら、同じくいつものように反応した。

 

「ふふっ、それは言い過ぎよ」

「……だな。──戻るか」

 

 石から立ち上がり、一つ伸びをするグレイ。表情からは影が消え、声を溢しながら身体をほぐしている。

 

「……ええ。仕事が溜まってるわ」

「コートも取りに行かないとな。仕立て屋のおっちゃん、怒ってんだろうなぁ」

「貴方がすぐにコートをダメにするからでしょう? 包帯代わりに羽織ってる訳じゃないのよ?」

「ははっ、おっちゃんにもそう言われた」

 

 ズボンに付いた砂を払いながら、グレイはゆっくりと歩き出した。それを見たアインも、穏やかな表情でついて行く。

 

「そうだ。センゴクさんには連絡しとくからさ、今日一緒に晩飯食わないか?」

「別に構わないけど……貴方が作ってくれるのかしら?」

 

 どこか期待するような顔で訊ねるアイン。そんな彼女の言葉に一瞬ポカンとしつつも、グレイは微笑んだ。

 

「お嬢様は何が食べたいんだ?」

「……カルボナーラ」

「了解。仕事終わらせたら買い物に行くか」

 

 早く仕事を終わらせ、余裕を持った夕食を迎える。そのために二人は、肩を並べて本部を目指した。

 

 

 

 




 ロシナンテ生存です。光速の三分の一程度の速度で飛行する救急車に乗せられたら、まず間に合わないってことはありませんね(笑)。

 そしてアインのヒロイン力が……上がる上がる。


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『二人の新入り』

 

 

 

 

 

 グレイが新しいコートを手に入れるため、仕立て屋のおっちゃんに叱られまくった日から──三日の時間が過ぎていた。

 

「すまなかったッ!!」

 

 頭には包帯、顔には傷とボロボロの男が頭を下げて謝罪。そんな異様な光景が見られるのは"海軍本部"第三訓練場。幸い広さに定評のある訓練場なので、周りから変な目で見られてはいない。

 

 謝罪されている当人のグレイはと言えば、なんとも言葉にしにくい微妙な気持ちにされていた。

 

「ロ、ロシナンテさん。別にもう気にしてませんから。むしろ俺の方こそすみませんでした……胸ぐら掴んで怒鳴ったり」

「いーや! 悪いのは俺だ! 本当にすまなかった!」

「だ、だから、もういいですって。まだ怪我治ってないんですから、無理しない方が──」

「本当にすまなかったッ!!」

「……はぁ」

 

 訓練場に来たグレイを迎えてからというもの、ロシナンテはずっとこの調子だった。グレイも和解出来たこと自体は素直に嬉しい。センゴクに助けられた者同士という共通点から、実質ロシナンテのことも家族のように思えた。しかし呼び出してからずっとこれだ、いい加減にしつこい。

 

 グレイは話題を変えようと一瞬の隙を突き、第三訓練場へ来た本来の目的である二人の男女を指差した。

 

「それで……あの状況はなんなんですかね。ロシナンテさん」

「グレイ……俺を、許してくれるのか?」

「はい、許します。だからもう謝らないで話を進めてください。怪我人じゃなかったら手が出てたかもです」

 

 握り拳を見せながら笑顔でそう告げるグレイに、ロシナンテは反省した。確かに、しつこかったただろうと。

 

「わ、分かった……」

「これからよろしくお願いします。ロシナンテさ……いや、ロシーさん」

「お、おう! よろしくな、グレイ!」

 

 朗らかな空気で交わされる握手。似たような境遇だけでなく、元々相性が悪くない二人であった。

 

「……さて、それじゃあ説明してもらえますかね。アレのこと」

 

 握手を終え、またも渋い表情になるグレイ。視線の先に居るのは先程と変わらない、訓練場中央で対峙する二人の男女だ。

 

「そ、そうだな。センゴクさんからは事情を聞いてるか?」

「ええ、大雑把には。ロシーさん……それとロー、二人を俺の部隊に入れることが決定されたんですよね?」

 

 グレイの返答に頷くロシナンテ。それがこの三日で正式に決定された、ロシナンテとローのこれからであった。

 

「ああ……ローは関係ないと話したんだが、当の本人が"海軍"への入隊を希望してな。俺じゃ止められなかったんだ」

「それは分かったんですけど……それでどうしてああなったんですか?」

 

 訓練場中央で睨み合う男女。一人は今の話にも出ていたロー、ロシナンテよりも怪我は酷くなく元気な様子だ。そんなローが睨みつけている女性はアイン。既にグレイの右腕として活躍している優秀な補佐役だ。

 

 そんな二人が何故か勝負することになった。

 グレイはロシナンテからそう報告を受け、こうして訓練場にまで足を運んだという訳だ。

 

「それが話してくれなくてな。ローの奴、アインちゃんに勝負しろの一点張りでよ」

「……直接聞いた方が早いか」

 

 バチバチと視線をぶつけ合い、今にも一戦始めそうな雰囲気だ。グレイは足早に駆け寄ると、状況の説明を求めた。

 

「アイン。どうした?」

「……グレイ。今からこの子と決闘するらしいわ」

「決闘? ……なんでそうなったんだ?」

「さあ? この子に聞いて」

 

 どこか不機嫌そうに告げるアイン。手には竹刀を持っており、これを武器として決闘に使用するつもりのようだ。

 グレイは言われた通りに、同じく竹刀を持つローへ声をかけた。見舞いには何度か行ったが、そこまで会話が出来た試しもない。少し緊張しながら様子を伺った。

 

「えーっと、ロー? どうしたんだ? なんでこんなことに?」

「……」

 

 ──無視である。

 視線をアインから移すこともなく、グレイの言葉に無反応。ここまで綺麗に無視された経験などないグレイは、初めて年下に凹まされかけた。

 

「ロ……ロー? 仮にも俺は上官になるんだから、無視はやめてくれるか?」

 

 だがこれしきのことで折れる"海軍本部"少将ではない。立場を用いるという格好のつかないやり方を躊躇うことなく決行した。

 

「……気に入らねぇ」

 

 取り敢えず返答してくれたことに安堵し、グレイは質問を続ける。

 

「気に入らないって何がだ? 俺が上官ってとこか? それとも、海兵になるってとこ?」

 

 前者であればセンゴクへ口添えしてどうにかなるだろうが、後者だと力になれない可能性が高い。そんなグレイの不安を打ち消すように、ローはどちらでもないと言い切った。

 

「──なんで俺がこの女の部下なんだ」

「……へ?」

 

 思ってもいなかった台詞に、間抜けな声を溢すグレイ。しかし聞き間違いではないようで、ローの指差す先に居るのは腕を組んだアイン。原因はローの言葉通りらしい。

 

「そりゃあ……アインの階級は中佐だし、ローよりはずっと先輩だしなぁ」

「俺はドフラミンゴの所で鍛えられてきたんだ。こんな女の下につくなんて御免だ」

 

 強気な物言いで、ハッキリと断言するロー。確かに年齢に相応しくない強さは持っているようだが、流石に噛み付く相手が悪い。なんとか穏便な方向に持っていきたいグレイだったが、それよりも先にアインが口を開いた。

 

「グレイ、そういうことよ。自分より弱い人の下にはつけない、この子はそう言って私に決闘を申し込んできたの」

「それで……アインは受けたのか?」

「ええ。──何か問題でも?」

「あっ、いえ、特には」

 

 このやり取りを見て、ロシナンテは二人の力関係を理解した。階級的には真逆の立場である筈なのだが、グレイがアインに逆らう光景がイメージすら出来なかった。

 

「安心して、手加減はするから」

「……なめやがって」

 

 もう止まらない、というか止められない。グレイは早々に穏便を諦めた。

 

「ロシーさん、下がろう」

「お、おう。アインちゃん、手加減頼むよ」

「コラさん! 俺が負けると思ってんのか!」

 

 グレイと共に距離を取るロシナンテ。聞こえてきた言葉が不満だったのかローが叫ぶが、アインが竹刀を構えたのを見て意識を切り替えた。

 

「……相手に竹刀を当てたら勝ち、それで良いな?」

「貴方はそれで良いわ。どうせ──当てられないから」

「このッ!!」

 

 煽り耐性は低いらしく、ローが竹刀を振り上げながらアインへ接近。身長差を埋めるためにジャンプしながらの一撃を繰り出した。

 

「なっ!?」

「その程度?」

 

 しかしそんな素直な一太刀が通じる訳もなく、アインは簡単にガード。竹刀で受けてから、滑らかな動きでローの体勢を崩した。

 

「まず一本」

「があぁぁぁァァっ!!」

 

 ゴンッという、竹刀では鳴らないような音が響く。帽子の上からでも分かる程大きなたんこぶが出来ており、見るだけで痛い。

 

「「……うわぁ」」

 

 共に声を溢すグレイとロシナンテ。今の攻防だけでも、ローには一つの勝ち目もないことが分かったからだ。

 手痛い一撃を喰らったローはといえば、痛みにもがきながらも立ち上がる。耐久力はあるようだ。

 

「次よ。早くかかってきなさい」

「くそっ!!」

 

 一本、一本、また一本。時間が経つにつれて、ローの頭にこぶが増えていく。さながら、何段アイスのようにポンポンポンと。

 

「手加減……してるんだよな? あれ」

「してる……とは思うんですけどね。そもそも、アインの得物は短剣ですから。──にしても、なんか機嫌悪いんだよな」

「……俺も鍛え直さねぇとな」

「付き合いますよ、ロシーさん」

「すまねぇ、助かるよ」

 

 あの日に死んでいて当然だった事実が、ロシナンテに己の弱さを自覚させた。もうスパイをすることが出来ないのならば、せめて戦闘力を上げなければ話にならない。

 泣いてくれたセンゴクのため、そして新しく支える対象となったグレイのため、ロシナンテは自らを鍛え直そうと強く決心した。

 

「あっ、また決まった」

「あれは……痛いな」

 

 決闘の勝者、アイン。

 結局ローは十二段のたんこぶタワーを建造し、意識を手放したのだった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「──ッ! あの女!」

「おっ、起きたか。ロー」

 

 顔に乗せられてたタオルを落としながら飛び起きるロー。二十分程気絶していたとは思えない元気である。

 

「気分はどうだ? 水飲めよ」

「……あ、ありがとう」

 

 ボッコボコにされたのを見られたのが恥ずかしいのか、ローは帽子で目元を隠しながら水の入ったペットボトルを受け取った。

 

「……全く歯が立たなかった」

「んー、まあ、そうだな」

 

 ドフラミンゴの所で鍛えた経験を持ってしても、言い訳の一つも出来ない完璧な敗北。ローは積み上げてきた自信を失いそうになっていた。

 

「でも、お前だって万全な状態じゃない。病気はまだ治ってないんだから」

「……知ってたのか」

「当然だ、上官になるって言ったろ。……安心しろよ。ここにいる限り、お前に嫌な思いはさせない」

 

 ローが《フレバンス》出身で"珀鉛病"を患っていると知っているのは、ロシナンテを除いて三人のみ。センゴク、アイン、そしてグレイだ。

 

「"オペオペの実"があれば、お前は自分で病気を治せる。ロシーさんはそう言ってたんだってな」

「……ああ。でも、能力なんて、使い方も分からねぇ」

「そんなもん当たり前だ。初めから使いこなせるなら、苦労はないって」

「お前も……苦労したのか?」

「したな。俺の場合は能力を発動させるより、制御する方が大変だったよ。暴走したり……爆発したり」

 

 遠い目になりながら昔のことを思い出すグレイ。何度か訓練場を破壊してしまったこともあり、あまり覚えていたくはない記憶だ。

 

「……俺に、出来るのかな」

「出来る」

 

 一瞬だけ出してしまった弱音にも、グレイは即答した。あまりにも早い返しだったからか、ローは一瞬固まってしまった。

 

「な、なんで……俺なんて、さっきの女にも勝てないんだぞ」

「ローがドフラミンゴの所でどんな修行をしてきたかは知らないけど、死に物狂いで鍛えてるのはアインも一緒ってことさ」

「……やっぱり、海賊に教えられた技術なんかじゃ」

「──それは違うな」

 

 またも即答。そして強い口調で否定したグレイ。高い実力差の前に卑屈になる気持ちも分からなくはないが、ローの言おうとしていることが間違いだとグレイは断言出来た。

 

「誰に学ぶかなんて関係ないんだよ。誰に学ぼうと、身に付けたなら自分のものだ。俺の剣の師匠だって海賊だしな。……それも"王下七武海"」

「……は?」

 

 信じられないような声を発したロー。予想外過ぎる発言に、思考が停止しかけた。

 

「大切なのは誰に学ぶかじゃなくて、学んだことを活かせるかどうか……俺はそう思ってる」

「……活かせるか、どうか」

「見てたけど、ローは筋が良いよ。ちゃんと強くなれる」

「……お前みたいにか?」

「俺? 俺は強くなんてないよ」

 

 笑いながら首を振るグレイ。しかし、ローは食い下がった。

 

「強いだろ! ……コラさんと俺を、助けてくれた」

「必死だっただけだ。それにあの時ローが俺を止めなかったら、俺はドフラミンゴ達を追っていたと思う。ロシーさんを助けたのは……お前だ」

 

 心からそう思っている顔で話すグレイ。そんな言葉を聞き、ローは自分の未熟さを突きつけられたようにすら感じた。

 

「……あの時、海兵を信じたくなかった。裏切られたばかりだったから」

 

 ドンキホーテファミリーの幹部・ヴェルゴ。

 初代コラソンとしてドフラミンゴを支えていた最古参のメンバーだが、スパイとして"海軍"へ潜入していた。その際に運悪くローとロシナンテに遭遇し、怒りのままにロシナンテを瀕死へ追い込んだ男だ。

 

「悪かったな……。スパイに入り込まれるようじゃ、"海軍"もまだまだ甘い。ヴェルゴは既に姿を消したよ、恐らくドフラミンゴの所に戻っている筈だ」

「……そっか」

 

 安心したように息を吐くロー。自身のせいでロシナンテを殺されかけたことがトラウマになっているようだ。

 

「今から強くなれば良い。ここにはお前より強い人間が山程いるんだからな。見て、戦って、痛い思いして強くなれ。俺も手伝うしな」

 

 何かを思考するかのように硬直するロー。話し出したかと思えば、内容はアインについてだった。

 

「さっきの女に……こう言ったんだ。お前は銀髪の男の役に立ててんのかって」

「ああ……なるほどね」

 

 何故か不機嫌だった謎が解けた。手加減の中にも怒りの感情を感じたのは、そのためだったのだろう。

 

「けど、役に立たないのは俺の方だ」

「現状では、な。期待してるぜ、ロー」

 

 ポンっと帽子に手を置くグレイ。ローは照れくさそうに手を払うと、水を飲み干して立ち上がった。

 

「……俺、さっきの女に謝ってくる」

「ん、頑張れよ。それから、ちゃんとアインって呼んでやれ」

「……行ってくる」

 

 下を向いたまま歩き出したロー。素直じゃない新入りを微笑ましく思いながら、弟が居たらこのような感じなのだろうかと思わされたグレイ。

 

(──……弟、か)

 

 瞳へ落ちた影に気付く者は、一人も居なかった。

 

 

 

 




 最近読者様方からたくさんの感想が頂けて嬉しい作者です。
 しっかり読んでもらえてる、楽しんでもらえてると分かる感想が多く、とても嬉しいです!

 多くのお気に入り登録や高評価も頂いており、励みになっています。
 これからも頑張りますので、応援よろしくお願いしますm(_ _)m


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『奴隷の姉妹』

 

 

 

 

 

 腕を組みながら海へ視線を向けている少女、アイン。海の広さに黄昏ている訳ではなく、いつものように海賊と交戦中だ。

 しかし見て分かるようにアインが戦っている訳ではなく、海上を飛び回って戦闘している二人を目で追っているだけだった。

 

 二隻の軍艦と一隻の海賊船も大砲の撃ち合いをしている訳ではなく、アインと同じくその戦闘をただ傍観していた。

 

(……速い)

 

 鍛え上げた動体視力と"見聞色の覇気"を持ってしても、容易に視認することが出来ない。現在ロシナンテはローと共に本部で待機しているため、アイン以外の海兵達には何が起きているのかすら分からないだろう。

 

(──でも、大丈夫よね? グレイ)

 

 信頼している上官が負ける訳はないと、アインは宙を舞う閃光に言葉をかけた。対峙している海賊船の船長は今までにない大物だが、アインはグレイの勝利を少しも疑っていなかった。

 

 懸賞金5億2000万ベリー。

『神隠し』──"デュオラ・グリーベルト"。

 

 ここ『新世界』でも大物として扱われる5億を超えた賞金首であり、これまでに多くの勝負を勝ち抜いてきた猛者だ。奴隷を扱った金儲けをする巨大な海賊団を率いており、残虐な性格をしている。一般人にも甚大な被害を出していることから、危険度は全体的に見ても非常に高い。

 

 ──"ワプワプの実"

 それがグリーベルトの食べた"悪魔の実"であり、食べた者に瞬間移動を可能とする能力が与えられる。とてつもなく制御が難しい超人(パラミシア)系の能力だが、極めればこれほど便利な能力もそうそう無い。

 

 海上で行われている空中戦闘は、瞬間移動を繰り返すグリーベルトをグレイが圧倒的な速度で追いかける、そういった内容となっていた。

 "点"で動くグリーベルトに対して"線"で動くグレイ。一見グレイが不利に見えるが、戦況は徐々に動き出していた。

 

(何故だッ! 何故俺の転移先が分かるッ!?)

 

 戦闘開始時はグリーベルトにも攻撃の機会があった。しかし今は回避しかさせてもらえない。正確には、転移する場所を先読みでもされているかのように攻撃を受けているのだ。

 先読みの精度は短時間で正確さを増していき、僅かに当たる程度の攻撃だった筈が、ここ二、三手で大きなダメージを与えられてしまっている。

 

(……クソッ!)

「"荷電鉄拳(プラズマ・フィスト)"」

 

 距離を遠ざけた転移が先読みされるならばと、近い距離での転移に切り替えたグリーベルト。撹乱してから勝負を決めにいこうと考えたのだが、まさかの一発目の転移で強烈な拳を喰らわされた。白い電撃が纏わされた拳は、体の自由すら奪い取る。

 

「グハッ!」

 

 能力の熟練度はトップクラスだが、そのせいで『新世界』の海賊達と比べてグリーベルトに耐久力はない。グレイの拳に耐えられたのは、ここまで成り上がってきたグリーベルトの意地であった。

 

「ガキがぁぁぁァァッ!!!」

 

 得物である短剣を構え、グリーベルトは覚悟を決めた。身体への負担が大きいので滅多に使うことのない奥の手。残像すら残るショートワープを繰り返し、全方位からグレイへ襲いかかったのだ。

 

 しかし、それは悪手であった。

 

 特に慌てた様子もなく、グレイは短剣を防ぐために構えていた刀を鞘へ戻した。バチバチと能力の出力を上げると、グリーベルトの攻撃が当たろうかという瞬間──空は閃光に包まれた。

 

 

「──"荷電放電(プラズマ・スパーク)"」

 

 

 全方位から襲いかかってきたグリーベルトに対し、グレイもまた自身を中心とした全方位攻撃を放った。激しい雷撃はグリーベルトを残像ごと吹き飛ばし、口から煙が出る程に焼き焦がした。

 

「……お、おへが……こんな、ガキに」

 

 力無く海へ落下する前に、グレイに足を掴まれる。自身の敗北が受け入れられないようで、グリーベルトは白目を剥きながら呟いた。

 

「──任務完了」

 

 冷たい目でそう告げるグレイ。

 この日、巨大奴隷船は"海軍"によって沈められた。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

『そうか、ご苦労だったな。グレイ』

「ありがとうございます。センゴクさん」

 

 軍艦内の部屋にて、任務完了の報告を済ませたグレイ。電伝虫が表すセンゴクの表情も穏やかだ。

 

「捕らえられていた人達は本部へ送ります。そちらでの対応をお願いしても良いですか?」

『ああ、分かった。準備しておこう』

「助かります」

 

 事後処理のことまで話し合えると、センゴクは嬉しそうな声音で話し出した。

 

『"ワプワプの実"。瞬間移動を相手に勝利か、"見聞色の覇気"は更に磨かれたようだな』

「そうですね。未来視とまではいかずとも、相手の行動の先読みぐらいは出来るようになりました。まあ、相手が能力頼りだったってのもありますけど」

 

 相手の"感情"や"気配"を、より強く感じることが出来る。それが"見聞色の覇気"の特性だ。極め抜いた者達の中には、相手の未来すら視ることが出来る強者も存在するらしい。

 

『ぶわっはっは! わしとの特訓のお陰じゃな! グレイ!』

『ガープッ! 貴様また勝手に!』

『おいセンゴク、煎餅出せ』

『ガァァァプッ!!!』

 

 突然電伝虫から聞こえてきた豪快な笑い声。いつものように元帥室へ突撃して来たガープのものだった。相変わらずのバカ騒ぎに戦闘終わりということもあって力が抜けてしまう。

 

「ははっ……。じゃあ、そろそろ切ります。センゴクさん」

『あ、ああ。すまんな、グレイ。後のこともよろしく──おいガープッ!!』

『ぶわっはっは』

 

 仲良しお爺ちゃんズによる騒ぎで、報告は終了。振り回されるセンゴクに同情しながら、グレイは通話機を置いた。

 

「本部から連絡があれば、俺を呼んでくれ」

「はっ! 了解しました!」

 

 電話番を部下の一人に任せてから、部屋を出るグレイ。

 先程まで激しい戦闘が繰り広げられていたとは思えない快晴の下、多くの海兵が慌ただしく動き回っている。そんな海兵達に的確な指示を飛ばしている一人の将校を見て、グレイは相変わらず厳しい顔だと思いながら声をかけた。

 

「モモンガさん。お疲れ様です」

「ああ、お疲れ。……と言っても、ほぼお前が片付けてしまったがな」

「いやいや、モモンガさん達が幹部連中を抑えてくれたから集中出来ました。チームワークの勝利ですよ」

「フッ、お前が言うと嫌味に聞こえてしまうな」

「ははっ、正直な感想ですよ」

 

 よく剣を交える間柄ということもあり、階級が違ってもグレイとモモンガの関係性は良好だ。共に臨んだ作戦が無事に終わったこともあり、雰囲気は柔らかい。

 

「救出した人達はどうですか?」

「全員無事を確認し、応急処置をして俺の船へ乗せた。……衰弱してる者も多い、すぐにでも本部へ戻らねばな」

「じゃあ、モモンガさんに任せますね。海賊の連行は俺達がやっておきます」

「ああ、頼む」

 

 悠長に話している時間も無いため、手短にやり取りを終えるグレイとモモンガ。役割分担が決まったことを教えようと、アインを探す。

 

「居た。おーい、アイ……ン?」

 

 アインはすぐに見つかったのだが、近寄って来た彼女を見てグレイは首を傾げた。少し困り顔の彼女が、二人の少女を引き連れていたからだ。

 

「その子達は……?」

「捕らえられていた子達よ。……酷く怯えてるわ」

「……そうか」

 

 同じ経験をしているからか、アインの表情は悲しそうなものとなっている。しかしそんな態度も少女達には見せず、二人の頭を優しく撫でていた。

 

「安心してくれ、君達の安全は"海軍"が保証する」

「……ほ、本当ですか?」

 

 グレイの言葉に顔を上げたのは黄緑色の髪をした少女。アインの服を力強く掴みながら、もう一人の少女と手を繋いでいる。本来であれば美しい髪なのだろうが、ボサボサで汚れている様子は痛々しい。

 

「わ、私は良いの……。でも、妹だけは」

「君達は姉妹なのか」

「……はい。私はモネ、この子は妹のシュガー」

「……」

 

 シュガーと紹介された水色の髪の少女は小さく頷き、姉であるモネへ抱きついた。恐怖が薄れないのか、二人の肩は震えている。

 

「……モネ、シュガー」

 

 グレイは膝を折ることで二人と目線の高さを合わせ、安心させるような声音で言葉を発した。

 

 

「──よく頑張ったな。もう大丈夫だ(・・・・・・)

 

 

 真剣さが伝わったのか、モネとシュガーは同時に泣き始める。大きな声も上げずに、ただ静かに助かったという事実を噛み締めていた。アインも思う所があるのか、うっすらと涙目だ。

 

「アイン、お前はモモンガさんの船に乗って本部に戻ってろ。この子達と一緒に居てやれ」

「……えっ、でも」

 

 突然の言葉に戸惑うアイン。副官として船を離れて良いものかと、真面目な部分が出ている。そんな彼女に苦笑しながら、グレイはきっかけを作り出した。

 

「モネ、シュガー。このお姉さんも一緒に居てくれるから、頼りにして良いぞ」

「「ほ、本当?」」

「ああ、俺の自慢の部下だから。……頼むぜ? アイン中佐?」

 

 小動物のような瞳を向け、手を握ってくる二人の少女。アインは少女達から離れるという選択肢を即座に捨て、グレイに謝罪した。

 

「……ごめんなさい」

「謝るな。何か悪いことしたのか?」

「そ、それは……」

「ぎこちなさは取れないな、アイン」

「……な、撫でないで」

 

 モネとシュガーに手を握られているため、グレイからの撫でを防げない。アインはされるがまま、多くの海兵達の前で頭を撫でられた。

 

「…………そろそろ船を出したいんだが?」

 

 モモンガは対処法の分からない状況に、肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「アイン中佐ぁぁぁァァ〜〜〜」」」

 

 モップを持ちながら情けない声を出す三馬鹿。

 アインのファンである三人にとって、彼女との別れは大きなダメージとなっていた。

 

 そんな彼らに、もう一人の上司が声をかける。

 

「コラー、サボるなサボるな」

「「「グ、グレイ少将!!!」」」

 

 いつの間にか背後を取られていた三馬鹿は、魂が抜けそうになる程の叫びを上げた。サボっていたのは事実、震えながら頭を下げた。

 

「「「す、すみませんでしたッ!!!」」」

「はいよ、油断はするなよ。海賊を牢屋にぶちこむまで、気を抜いて良い瞬間なんて無いんだからな?」

 

 ブンブンブンと頭を上下に振る三馬鹿。グレイはそんな部下達を見て、少しばかり頬を緩めた。

 

「まあ、アインが居なくて寂しいってのは分かるよ。アイツが居ないとこの船には華が無いもんな」

「「「ですよね〜〜〜!!!」」」

 

 このやり取りをアインが見ていれば、グレイもまとめて叱りつけていたことだろう。グレイのこういった性格も、部下達から慕われやすい部分ではあるのだが。

 

「順調にいけば、会えるのは明日だな。……これから俺達が行くのは"世界政府"三大機関の内の一つ、さっきも言ったが気は抜くなよ?」

「「「はっ!!!」」」

「よし、頼りにしてるぞ」

 

 ポンポンポンと、三馬鹿の肩を去り際に軽く叩いたグレイ。

 それに気を良くしたお調子者達は、普段以上の力で床を磨きまくったのだった。

 

 

 

 




 モネ&シュガー登場です!
 まだ"ホビホビの実"は食べてない頃ですね。ていうかあの悪魔の実ガチのチートですよね(笑)。


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『地獄の大砦』

 

 

 

 

 

「……確認しました。以上を持ちまして、手続き終了となります。お疲れ様でした」

「はい、よろしくお願いします」

 

 丁寧な口調でグレイと会話しているのは、サングラスをかけた金髪の女性。キッチリと着こなしている制服から彼女の性格が見て取れる。

 

「『神隠し』デュオラ・グリーベルト。また大物ですね、グレイさん」

「モモンガさんと協力してなんとかってとこです。しっかり頼みますよ、ドミノさん」

「はい、もちろんです」

 

 ドミノと呼ばれた女性は背筋を伸ばして敬礼。やはり絵に描いたような真面目っぷりである。だからこそ、この場所でも看守という役割を任されているのだろう。

 

 

 ──《インペルダウン》

 

 

 世界中の犯罪者を収監する目的で、世界政府により建設された大監獄である。無風の海域『凪の海(カームベルト)』の海中に存在しており、周りの海には巨大な海王類が数多く生息している。更に海中だけでなく、海上には無数の軍艦が配置されており隙は見当たらない。

 

 内部には拷問室や死刑台、牢屋が至る所に存在している。"悪魔の実"の能力者には海楼石で作られた手錠と足枷が付けられ、能力の使用と自由が封じられる。

 監視用の映像電伝虫があらゆる場所に設置されており、監視体制も万全。

 

 まさに、地獄の大砦だ。

 

「……ところで、マゼランさんは?」

 

 キョロキョロと辺りを伺いながらグレイが質問する。それを聞いたドミノはといえば、少し申し訳なさそうな顔で返答した。

 

「署長は……いつも通り、戦っておられまして(・・・・・・・・・)

「ああ、なるほど」

「……申し訳ありません。そろそろ戻って──来ましたね」

 

 ハァとため息を溢しながら、ドミノが手を向ける。その先にはこちらへ近寄って来る大男が見え、グレイは表情を和らげた。

 

「お久しぶりです。マゼランさん」

「おおっ、グレイ。よく来たな、歓迎しよう」

「地獄に歓迎されても嬉しくないですよ」

「ふははっ、それもそうだな」

 

 グレイと親しげに会話するマゼランと呼ばれた男。彼こそ《インペルダウン》の監獄署長であり、全ての権限を任されたトップである。五メートル近くになろうかという身長のため、グレイが大きく見上げている形だ。

 

「待たせてすまんな。今回も激闘だった」

「毒食べるのやめれば良いのに、毎日大変ですね」

「慣れたものだ。"閉ざされた場所"とも長い付き合いなんでな」

「そんな慣れは必要ありませんよ、署長」

 

 ドミノから呆れるような視線を向けられつつも、マゼランは豪快に笑い声を上げた。彼が顔を出すのに遅れた理由は、グレイが語ったように彼の異常な食生活にあった。

 

 ──"ドクドクの実"。

 マゼランが食べた"悪魔の実"であり、食べた者を毒人間に変える代物だ。全身からあらゆる毒を分泌することが出来るようになり、ため息や唾液といったものすら即死級の武器にしてしまう。まさに地獄の監獄署長に相応しい能力である。

 

 しかし毒人間というだけあって、まさかの好物は毒。喜んで食してはその度に腹を壊しているのだ。"閉ざされた場所"などと格好の良い言葉を使っても、現実はトイレに篭る情けない大人であった。

 

「デュオラ・グリーベルト、間違いなく収監を確認した。ご苦労だったな」

「ありがとうございます。……LEVELは事前に申請した通りですね?」

「無論だ。奴はLEVEL6へ入れた」

 

 マゼランの言葉に頷くグレイ。《インペルダウン》のメインフロアは全部で六段階の階層に分かれている。

 

 LEVEL1──『紅蓮地獄』

 LEVEL2──『猛獣地獄』

 LEVEL3──『飢餓地獄』

 LEVEL4──『焦熱地獄』

 LEVEL5──『極寒地獄』

 

 収監される犯罪者の危険度によって、送られる階層は決定される。どのフロアも地獄の呼び名に相応しい過酷さであり、犯罪者達の精神と命を容赦なく削り取ってくる。

 

 そんな地獄の中でも、特に危険な犯罪者を収監しておく階層が存在する。あまりにも残虐な事件を起こした者、"世界政府"にとって不都合であり存在そのものを抹消された者などが幽閉されている。《インペルダウン》内でも最大のトップシークレット。

 

 LEVEL6──『無限地獄(・・・・)

 

 伝説的な海賊や犯罪者達が収監されているフロアである。他の地獄とは違い、直接的に裁きが下される訳ではない。痛みを与えることが目的ではなく、命を奪わないことが目的だからだ。唯一の罰とも呼べるのは、永遠にも思える"無限の退屈"のみ。

 

 数多くの人間の人生を狂わせた『神隠し』デュオラ・グリーベルト。元帥センゴクからの要請もあり、LEVEL6への投獄が決定されたのだ。

 

「……そんな顔をするな。お前は正しいことをしたんだ」

 

 不意にマゼランがグレイへ言葉を放つ。ハッとしたようにグレイが肩を震わせると、普段通りの笑みを浮かべて言葉を返した。

 

「分かってますよ。俺は大丈夫です」

「……そうか。……なら良い」

 

 ──優し過ぎる。相変わらずだなと、マゼランは心を痛めた。何よりも"命"を重く見ているグレイにとって、《インペルダウン》は居るだけで辛いものの筈だ。

 

 冷酷無慈悲に犯罪者を捕らえ、地獄送り。仕事に忠実で油断もなく、既に数多くの海賊達を収監させている。しかし、まだ十六の子供だ。マゼランは思わず出そうになった言葉を、監獄署長のプライドで抑え込んだ。

 

「……そういえば、アイツは居ないんですか?」

 

 マゼランの心境を察したのだろう、グレイは明るい声音で訊ねた。そんな厚意を無駄にする訳にもいかず、マゼランも笑顔で答えた。

 

「フッ、先程連絡しておいた。お前が来ていることを知り、慌てて仕事を片付けていることだろう。……噂をすればだな」

 

 どこか楽しそうな笑みを浮かべて、マゼランがグレイの後ろへ視線を向ける。そこにはユニークなファッションをした半裸の男が、こちらへ向かって大量の汗を流しながら全力疾走していた。

 

「少し時間もらっても良いですか? どれだけ成長してるか見ておきたくて」

「ああ、たっぷりと鍛えてやってくれ。お前相手だと、アイツもやる気を出すんでな」

 

 正確には出さざるを得ないという感じなのだが、マゼランは遠慮の必要はないという意味でグレイへそう告げた。上司からの許可も得たところで、グレイは腰に携えている《暁》に手をかける。そしてこちらへ走って来た男へ向かって声を上げたのだった。

 

「サボってないだろうな? ──ハンニャバル」

 

 頭から二本のツノを生やし、だらしない腹を揺らす男ハンニャバル。プルプルと震える足を必死に動かしながら、彼はグレイの言葉に全力で返答した。

 

 

「──もちろんですぅぅぅぅゥゥウッ!!! グレイ先輩ィィィィイイイッ!!!」

 

 

 年下の少年に向かって、成人男性はしっかりと頭を下げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海底監獄《インペルダウン》、監獄副署長補佐・ハンニャバル。

 彼にとってスティージア・グレイは尊敬する師匠であり、同時に恐怖する対象でもあった。

 

 二人の出会いは二年前。毎日の地道な積み重ねにより、ハンニャバルが監獄副署長補佐という役職に就くことが出来た頃だ。浮かれに浮かれまくっており、それはもう調子に乗っていた。自身より年下で"海軍本部"の准将へ昇格したという少年に──喧嘩を売ってしまう程には。

 

 鍛えてきた"つもり"の体力、身に付けてきた"つもり"の冷静さ、磨いてきた"つもり"の技術。全てに於いてハンニャバルは劣っており、言い訳の一つも出来ない程の敗北を喫した。

 

 更には追撃の如く、マゼランから語られる過去の失態。

 だらしない勤務態度に上司への無礼な発言。女性海賊のハニートラップにまんまと騙され、脱獄すらされそうになった。

 

 それを聞いた若き准将ブチギレ。

 

 温厚な性格と認知されている少年を怒らせたハンニャバル。立ち上がれなくなるまで続いた地獄で行われた地獄の鍛錬により、天狗となっていた鼻っ柱はへし折られた。そしてハンニャバルは、グレイの弟子兼後輩的ポジションとなったのだった。

 

「ど、どうでひょう……か?」

「薙刀を振った時に出来る隙がまだデカい。そこを突かれてペースを崩されたことを忘れるな」

「ふぁ、ふぁい」

 

 広いスペースがある拷問部屋。その隅で行われたグレイによるハンニャバルへの指導が終わり、アドバイス時間となっていた。マゼランも毒チップスを食べながら見ていたようで、ハンニャバルの様子に声を上げて笑っている。

 指導を受けたハンニャバルの顔は腫れ上がり、流血こそしていないものの痛々しい顔となっていた。足もガクガクと震え、薙刀を杖代わりにようやく立っている程だ。

 

「あ、ありがとうござい」

「──ハンニャバル」

「は、はい!」

 

 これぐらいの傷なら一晩寝れば治る程に再生力が高いハンニャバルだが、痛いものは痛い。痺れるような痛みを我慢しながらグレイに視線を向けた。

 

「前より良くなった。成長したな」

「……えっ」

 

 何を言われるのかとビクビクしていた所に言われた褒め言葉。我慢していた痛みも忘れ、ハンニャバルは表情を緩めた。年下からの言葉で舞い上がっているが、それを見たマゼランは彼を情けないなどとは思わない。ただ黙って毒チップスを噛み締めるだけだ。

 

「武装色付きの全力素振り5000本。ちゃんとやってるみたいだな」

「あ、あれ終わった後に、腕が変な音を立てて動かなくなるんですが……」

「筋繊維の回復だよ」

「回復というか……死滅しているような」

 

 自身が師匠にされたことを無意識にさせているグレイ。ハンニャバルと同じような感想を言っていたことすら、グレイは覚えていない。

 

「なんだもう終わりか? もっとボコボコ……痛めつけてやってくれ」

「署長っ! 包めてない! オブラート忘れてます!」

「ザマァみろ、バカな部下め」

「毒吐きやがったっ!!」

 

 思わず吹き出しそうになるグレイ。これが海底監獄で上の立場を任されている者達のやり取りとは思えなかったからだ。

 署長になりたいという欲を隠しもしないハンニャバルだが、マゼランを尊敬していない訳ではない。そしてマゼランもハンニャバルには陰ながら期待している。毒突き合う二人だが、確かな信頼関係は築けているのだ。

 

「今日は終わりにします。ハンニャバルの成長も確かめられましたし」

「おお! これは署長になる日も近……がふっ!」

「「調子に乗るな」」

「痛い! すっごい署長になりたい! 間違えたすっごい痛い!」

 

 グレイとマゼランに同時に拳骨を喰らっても、ハンニャバルの野心は少しも薄れない。この点だけは既にグレイも敵わないレベルだろう。

 

「ったく。次来る時までに、さっき言った反省点は直しておけよ。マゼランさんの後釜狙うなら、お前はまだまだ弱いんだからな」

「分かってますよ〜。全身全霊で鍛錬に励む所存ですっ!」

 

 ニコッという効果音が付きそうな笑顔で敬礼するハンニャバル。お調子者の弟子を見て苦笑いしながら、グレイはマゼランに別れを告げた。

 

「長居しました。俺はこれで」

「そうか。出来ればお前はここに来ない方が良いんだがな」

「ははっ、そうですね。……危なっかしい弟子も居ますし、マゼランさんにも会いに来ますよ」

「……武運を祈っている」

「はい。それじゃ、また」

 

 軍艦に乗り込み、《インペルダウン》を出港するグレイ。マゼランやハンニャバル、多くの職員達に見送られており、グレイの部下達も敬礼で応えている。

 

「本部に帰るぞ。……お前達の大好きなアインも待ってるからな」

「「「「「了解ッ!!!!!」」」」」

 

 船員のやる気は十分。動きに無駄もなく、テキパキと働いている。副官はこの場に居なくとも士気を高めてくれるらしい。

 

「やるべきことは……まだまだあるな」

 

 グレイは本部に戻ってからやるべきことを思い浮かべながら、離れていく軍艦へまたも調子に乗った発言をしたハンニャバルに──雷を落とすのだった。

 

 

 

 




 ハンニャバル良いキャラですよね。ルフィに向かって言った台詞はマジでカッコいいっす……。
 普段ネタキャラがここぞって時にカッコ良くなるの好き過ぎます(笑)。


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『入隊希望の珍獣』

 

 

 

 

 

「ローとロシーさんが《スワロー島》へ?」

 

 無事に《インペルダウン》から本部へと戻って来たグレイ。風の影響で船の速度に影響が出てしまい、予定より一日遅れでの帰投となっていた。

 

 終わらせた仕事がそれなりに大きなものだったこともあり、センゴクに報告するべく元帥室へ足を運んでいたグレイ。そんな彼にセンゴクから告げられたのは、ローとロシナンテが《スワロー島》へ向かったという一言。グレイは首を傾げながら、ドフラミンゴ達と戦った場所へ二人が向かった理由を訊ねた。

 

「どうしてまた……護衛は付けたんですか?」

「ああ、信用出来る者を数名同行させてある。《スワロー島》へ向かった理由だが……ロシナンテが集めた証拠の一部を回収するためだ」

「……証拠、ですか」

 

 護衛が付いているという言葉に少し安心しながら、グレイは顎に手を当てる。

 

「"北の海(ノースブルー)"の闇を暴く証拠だ。ドンキホーテファミリーへ潜入していたロシナンテが長い年月をかけて集めていたものさ」

「そんなものが《スワロー島》に?」

「ああ……"海軍"へ潜り込んでいたヴェルゴに破棄された物とは別に、一部の証拠を隠していたらしい」

「なるほど。でも、どうしてローまで?」

「本人の希望もあってな、私が許可した。トラウマにならんよう立ち向かっておくことも必要だろう」

 

 ドフラミンゴと戦うのであれば、その存在に対して萎縮しているようでは話にならない。現地で死にかけた瞬間を思い出させることで、センゴクはローの中にあるドフラミンゴへの恐怖を少しずつ乗り越えさせようとしていた。

 

「優しいですね。センゴクさん」

「……よせ、子供を戦わせようとする情けない大人だ」

 

 グレイの言葉を否定しながら茶を啜るセンゴク。表情は少しも変わっておらず、本心からの言葉なのが分かる。

 

「少し時間は掛かりそうですね」

「長引いて三日といった所だろうな」

「了解です。頭に入れておきます」

「すまんな、事後報告になってしまって」

「いえ、問題ありません」

 

 ドフラミンゴもまさかロシナンテが生きているとは思っていないだろうが、手早く回収するに越したことはない。グレイに話す時間を惜しんだのも理解出来た。

 

「おおっ、忘れていた。──今回の特別ボーナスといった所だ。お前の好きにするといい」

 

 申し訳なさそうな顔から一変、センゴクが机を叩く。引き出しから小箱を取り出すと、グレイへ差し出した。

 

「これは何ですか?」

「デュオラ・グリーベルトの船から押収した物だ。功労者のお前に渡すということで話が決まってな、誰に与えるかはお前に任せる」

「……えっ、良いんですか? 結構大事な物だと思うんですが」

「構わんさ。お前なら適切な者に与えるだろうからな」

 

 小箱の中身を確認し、冷や汗を流すグレイ。特別ボーナスという言葉から金銭の類かと予想していたのだが、そんなものとは比べ物にならない程の価値が秘められたお宝が入れられていた。

 

「ははっ、職権濫用じゃないですか?」

「『神隠し』を捕らえて《インペルダウン》に投獄。それに見合う程の功績だと考えたまでだ」

「……貰える物はありがたく貰っておきます」

「それで良い。私からは以上だ」

「はい。じゃあ、俺はこれで」

 

 背筋を伸ばして敬礼してから、グレイは退室する意思を伝えた。

 

「ああ、ご苦労だった。……そういえばアインくんからの伝言で、養成学校の方へ来て欲しいとのことだ」

「養成学校ですか? ──分かりました。失礼します」

 

 疑問を持ちながらも頷き、グレイは元帥室を退室した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "海軍"養成学校。

 主に十六歳以下の若い者達が所属しており、海兵になるための努力を行う場所となっている。本部と数カ所の支部にのみ存在している育成機関だ。

 本部の訓練に比べれば楽な方だが、少年少女には過酷な訓練の日々。この場所で一人前と認められ卒業することが出来れば、雑用と三等兵を飛ばし、二等兵の階級から入隊することが可能となる。

 

 将来有望な若手を育てる場所とも言えるこの場所、最高責任者となっているのはゼファー。それだけでこの学校に入る意味は十分にある。

 

「……久しぶりに来たな」

 

 小箱を脇に抱えて歩きながら、グレイは近付く養成学校を懐かしい目で見ていた。七歳の頃に入学し八歳になる前に卒業した彼にとって、この場所に思い出らしい思い出は存在しない。精々スモーカーやヒナと共にベルメールの教えを受けていたことぐらいだ。

 

「アインは……居た」

 

 センゴクからの伝言通り、養成学校の入口付近にアインを発見。腕を組みながら厳しい表情で、広いグラウンドを見ている。

 

「おーい、アイン」

「……グレイ、お帰りなさい」

「ああ、ただいま。センゴクさんに言われて来たんだけど、何かあったのか?」

「……あれを見て」

「あれ?」

 

 グレイを見て一瞬表情が緩んだものの、すぐにキリッとした表情に戻すアイン。指差した先には先程まで視線を向けていたグラウンドがあった。

 

「走り込みか。懐かしいな……ん?」

 

 基礎体力を鍛える基本的な訓練。違反者を罰する時にも実施された走り込みには、あまり良い思い出がない。グレイは主にスモーカーと共に走らされていた。

 苦い記憶が浮上すると同時に、走り込みを行なっている三十人程の中に見覚えのある顔を発見した。

 

「……マジ?」

「マジよ」

 

 納得がいかなそうな態度で頷くアイン。腕時計で時間を確認した後、養成学校の入口へ歩き出す。グレイもそれに続き、懐かしの母校へと足を踏み入れた。

 

 どうやら一分間の休憩に入るようで、走り込みをしていた者達の動きが止まり出した。多くの者が水分補給をしており、タオルなどで汗を拭いている。

 

「──モネ、シュガー」

「アインさん!」

「アイン!」

 

 アインはそんな集団の中に居る二人の少女に声をかけた。アインの存在に気付いた二人は、背景に花でも咲いたかのような満面の笑みで駆け寄って来る。

 

「えへへ! アインだ!」

「こ、こら! シュガー! 失礼でしょ!」

 

 勢いそのままにアインへ抱きつくシュガー。モネは姉として叱るが、どこか羨ましそうな顔にすら見える。

 

「頑張ってるみたいね」

「うん! お姉ちゃんと一緒に頑張ってるの!」

 

 シュガーの頭を撫でながら、優しい笑みを浮かべるアイン。褒められたことをシュガーと同様に喜んでいたモネだったが、完全に話に入り遅れたグレイの存在に気付いた。

 

「貴方は……!」

「あ、どうも……」

 

 少し気まずそうに返すグレイ。そんな彼にモネは風を切る勢いで頭を下げた。

 

「助けて頂きありがとうございました! ほらシュガー! 貴女もお礼して!」

「あー! 助けてくれたお兄ちゃんだぁ!」

「だから失礼でしょ!!」

 

 アインに抱きついたまま、グレイへ笑顔を向けるシュガー。助けられたことを感謝しているようで、怖がられてはいないようだ。

 

「すみません! すみません! 妹が失礼な態度を!」

「い、いや……全然。それより君達がここに居ることに驚いてるんだけど」

 

 当然の疑問を口にしたグレイ。その言葉を聞いたアインは、真剣な表情へと変わった。

 

「……貴方にここへ来てもらったのは、この子達について相談したかったからなの。"海軍"へ入隊したいって言い出したのよ」

「はい! 私達は本気です!」

「です!」

 

 困ったような声音で話すアインに、元気よく返事をする姉妹。まるで子供のわがままに手を焼く母親のようだ。

 

 奴隷から海兵、その大変さを誰よりも知っているアインにとって、素直に認める訳にもいかないのだろう。たった二日で随分大きな決断をしたなと、グレイは苦笑いながら口を開いた。

 

「んー……"海軍"で戦っていくってことは、君達が考えているよりもずっと大変なことだよ? 当然のように死ぬ可能性だってある。海兵になるっていうのはそういうことなんだ」

 

 決して咎めるような言葉は使わずに、優しく現実を伝えるグレイ。

 入隊希望者が出るのは良いことだが、命を懸ける人生を選ぶには少々若過ぎる。七歳で入隊した自分のことなど棚に上げて、グレイは二人へ海兵として戦うことの厳しさを説いた。

 

「……あの日に助けられてなかったら、どうせ私達は死んでいたと思います。シュガーが苦しむ姿を見ても、私は何もしてあげられなかった。──海兵になって、私達みたいな子供を助けたいんです!」

「私もお姉ちゃんと一緒に頑張るの!」

 

 幼い少女とは思えない強い意志を感じさせる瞳。予想外に覚悟の決まった返答をされ、グレイは戸惑ってしまった。そんな彼に代わり、アインが言葉を発する。

 

「生きることを諦めなかった時点で、貴女達はもう十分頑張ったわ。これからの人生は、安全に生きていくことが出来るのよ?」

 

 海兵にならずとも、"海軍"を支えている組織への配属となれば戦場とは無縁になる。そんな提案を断ったからこそ、モネとシュガーはこの場に居るのだが。

 

 

「「──もう決めたのっ!!!」」

 

 

 アインとグレイを襲う覚悟の一声。これによりアインは黙り、グレイは軽く笑顔を見せた。

 

「これは……もう無理だろ」

「……ええ。そうね」

 

 諦めたように目を閉じるアイン。グレイと一緒になって話しても、彼女達の選択は変えられなかった。

 

「あっ、そろそろ休憩が終わる。アインさん、それと……グレイさん、私達頑張りますから! 行こう、シュガー」

「うん! お姉ちゃん!」

 

 休憩が終わり、再び走り出した集団。モネとシュガーは常に最後尾だが、他の者達になんとか食らいついている様子だ。

 

「……凄いな。執念を感じる」

「モネは十七歳……シュガーに至ってはまだ九歳なの」

「えっ、モネって俺より年上だったの?」

「背が低いから分からなかったわよね。……栄養不足よ」

「シュガーは九歳か……。そりゃ考え直して欲しいよな」

「……ごめんなさい」

 

 モネとシュガーに視線を向けながら、小さな声で謝罪するアイン。

 

「謝るなよ。こうなったら鍛えてやることしか出来ないさ。……ちゃんと生き残れるようにな」

「……ええ。……そうね」

 

 不安そうな顔をするアイン。そんな彼女の頭を、グレイは笑いながら軽く撫でた。

 

「そんな顔すんなって」

「……だから、撫でないでって」

 

 いつも通りに文句を言うが、いつも通りに嫌がりはしない。精々顔を合わせないように反対側へ向ける程度の反抗だ。

 

「──……一人や二人背負うのも、今更変わんねぇよ」

「……グレイ?」

「さっ、俺達もそろそろ戻るぞ。仕事溜まってるしな」

 

 不思議そうに首を傾げたアインに背を向け、本部の方へ歩き出すグレイ。《インペルダウン》に向かっていた期間で手を付けられなかった仕事が山積みとなっている。早く取り掛からなければ後が怖いのだ。

 

「……ねぇ、グレイ。さっきから気になっていたのだけど、その箱は何?」

「ん? これか? さっきセンゴクさんから貰った特別ボーナス。──お宝だ」

「そ、それは……!」

 

 質問された小箱を手に持ちながら、中身を見せたグレイ。

 ギィという錆びついた音が響くと共に姿を見せたのは、海の秘宝とも呼ばれる言葉通りのお宝であった。

 

「……"悪魔の実"」

「グリーベルトの船から押収した物らしい。俺の好きにして良いってさ」

「流石は『神隠し』といった所かしら。"悪魔の実"まで乗せていたとはね」

「そうだな。まあ、食べるとしても俺達には関係ない話だよ」

「名前は分かっているの?」

 

 アインにとっては憎んでいた過去もある代物だが、興味は湧いたらしい。白色のブドウといった見た目の"悪魔の実"を見ながら、グレイはその名前を告げた。

 

「確か……"ユキユキの実"だったかな」

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 ローとロシナンテが《スワロー島》へ向かった日から一週間。彼らは目的を無事に終え、"海軍本部"へと戻って来た。予定より大幅に遅れたことを心配していたグレイだが、二人の顔を見て肩の力を抜いた。

 

「おかえり、二人とも」

「おう! 怪我はないぜ」

「一部でも証拠は回収したぞ」

 

 ニコッと笑顔でローの肩を叩くロシナンテに、淡々と報告を済ますロー。普通なら発言する者は逆になるだろう。

 現在の場所はグレイに与えられている個室。事務作業をするための部屋であり、普段はグレイとアインしか入ることを許されていない。

 

「怪我がないなら良いんだ。随分時間が掛かってたから心配でさ」

「悪いな、ちょっとしたアクシデントってやつでさ。でも収穫はあったぞ! ローが少しだけ能力を使えるようになったんだ!」

「おおっ! 本当か? ロー」

「……まあ、少しだけ」

 

 小さく頷いたローに、グレイも表情を緩める。この間相談に乗ったばかりの身としては、ローの成長が嬉しくない筈がなかった。

 

「証拠の方はセンゴクさんに渡しておいた。任務は完了だ」

「お疲れ、二人とも今日と明日は休みで良いから。ゆっくりしててくれ」

「休みなんていらねぇ、俺を鍛えろ。グレイ」

「そんな暇はないよ。俺は忙しいんだ」

 

 ヒラヒラと手を振りながら即答するグレイ。処理しなければならない書類が予想よりも溜まっており、これから明日まではここで事務作業缶詰めコース確定であった。

 

「ロー、俺が付き合うさ。一緒に頑張ろう」

「……コラさん。……分かった」

 

 渋々といった具合ではあるが、ロシナンテの提案を受け入れたロー。グレイが忙しいと理解しているのもそうだが、ロシナンテに対するローの信頼はやはり強固なものだ。

 

「これで報告は終わり……かな?」

 

 笑顔で訊ねるグレイに、緊張が走るロー。そしてそれを見て冷や汗を流すロシナンテ。それを横の机に座りながら眺めていたアインは、先程から全く口を開かずあるものに視線を奪われていた。

 

 

「──()()()()()

 

 

 指を差しながら告げられた一言。ローの隣に立つ白いモコモコの生命体を対象とした言葉であった。

 ローとロシナンテが部屋に入った瞬間から側についており、異様な存在感を放っていた。面倒な空気を感じ取ったため、報告が落ち着くまで耐えながら待っていたのだ。

 

「さっきからずぅぅぅっと気になってたんだけどさ。二人とも何も言わないじゃん。えっ? 居るよね? 俺にしか見えてない妖精とかじゃないよね?」

「……モコモコ」

「アインがこんなにガン見してるんだから居るよな? 居るんだよな?」

 

 シンクロした動きでグレイから顔を逸らすローとロシナンテ。瞬き一つせず、真顔以外のなにものでもない。

 

「……えーっと、自己紹介してもらえるかな? モコモコくん」

「……」

「あの、聞こえてる? ……あっ、人間の言葉分からないのか」

「……?」

「ああ、そうそう君のこと。──って喋れる訳ないよな」

「ベポです」

「喋るのかよッ!!」

 

 黒色のジャージを着用した白いモコモコ。白熊にしか見えないビジュアルをした不思議生物は流暢に自己紹介をした。

 思わぬ衝撃にテンション高くツッコんだグレイと、驚きながらも目を奪われ続けるアイン。部屋はカオスな状況となっていた。

 

「……ロー。説明を」

 

 考えるのに疲れたグレイは、ローに説明を求める。ベポがローのすぐ側へ寄り添っていることから、ローに事情を聞いた方が良いと判断したからだ。

 

「……拾った」

「オーケー。ロシーさん、頼む」

「あーっとな……ローの言うことも間違ってはいないんだ。《スワロー島》で証拠を回収しようとしてた時、ベポがガキ共に虐められててな。それをローが助けたんだ。話すと長いんだが……ローに懐いてついて来たって感じだな」

 

 頭に手を当てながら、困り顔で事情を説明するロシナンテ。一週間の出来事を長々と話されても大変なのは事実、グレイは最後の部分だけで無理矢理に納得することとした。

 

「それで、ついて来てどうするんだよ?」

「"海軍"に入れてくれ」

「ええっ……本気か? ロー」

「コイツはそれなりに強い。グレイの力にもなる筈だ」

「いや……でもこれはなぁ。そもそも動物(ゾオン)系の能力者なのか?」

 

 見るからに普通の人間ではない、めちゃくちゃ白熊だ。考えられるのは"悪魔の実"の能力者という線だが、ローはそれを否定する。

 

「"ミンク族"って種族らしい。能力者じゃない」

「……ミンク族。聞いたことないな」

「という訳で"海軍"に入れてくれ」

「何がという訳でなんだよ。何も解決してねぇよ」

 

 ため息ながらに顔を手で覆うグレイ。先程二人の少女を止められなかったばかり、立て続けにそんな話が飛び込んでくるとは思ってもいなかった。

 

「大体……誰が話を通すんだよ」

「……頼む」

 

 眉間に皺を寄せながら、グレイへ頭を下げるロー。プライドの塊のような男がこんな行動を起こしたことに驚きつつ、グレイは口を開いた。

 

「白熊くん。……じゃなくて、ベポ」

「アイ」

「君は何故ここへ来た?」

「キャプテンの役に立ちたいからです!」

 

 この場合のキャプテンとはローのことだろうと予想しながら、グレイは鋭い目で質問を続けた。

 

「"海軍"は甘くない。ましてやここは組織の総本山──"海軍本部"だ。偉大なる航路(グランドライン)全体、つまり『新世界』も担当しなければならないんだよ」

「……アイ」

 

 放たれる覇気に冷や汗を流しながら、ベポはグレイの言葉に耳を傾ける。

 

「軽い気持ちでいるならすぐに死ぬ、これは間違いない。だからもし、ローと一緒に居たいから、なんていう理由なら君を海兵にする訳にはいかない。死人を増やすだけだからな」

「……コイツは」

「ローは黙ってろ」

「……」

 

 厳しい視線と言葉に、一瞬で黙らされるロー。甘い上司と呼ばれるグレイだが、締めるところは締めていた。

 

「どうなんだ? ベポ?」

「……キャプテンは俺の命を助けてくれました。こんな見た目だから人間に優しくしてもらったことなくて……おれ、嬉しかったんだ」

 

 丸いつぶらな瞳を向けて、強い口調で語り出す。言葉に意思を宿すように、ベポは声を張り上げた。

 

「だから! おれもキャプテンみたいに優しくしてあげられる男になりたい! そう思ってここへ来ました! 強くなって! おれでも何かを守れるんだって証明したいです!!」

 

 ビシッと吠え切ったベポ。そんな彼を見ながら、グレイは最後に一言だけ訊ねた。

 

「……命を懸けても、か?」

「死にたくないです」

「ぶふっ」

 

 数秒前のカッコ良さは消え去り、嘘偽りのない声音で即答したベポ。人によっては情けない回答だと蔑むだろう。しかし、質問した男に対しては──満点の答えであった。

 

 思わず吹き出したグレイだったが、すぐに表情を引き締める。ベポと視線を合わせ、静かに言葉を放った。

 

「……市民のためには命を懸けろ。それ以外でなら、たとえ仲間を見殺しにしても自分の命を優先しろ。俺の部下になるなら、これだけは絶対に守ってもらう」

「……ええっ?」

「俺以外の人の下につかせられるか。こんな不思議生物」

「じゃ、じゃあ……!」

「……死なないために、死ぬ気で鍛えろ。ローと一緒にな」

 

 その瞬間、喜びが爆発したベポ。椅子に腰掛けるグレイへ飛びつき、頬をグリグリと擦り付けた。

 

「良かったな! ロー!」

「……うん。──おい、ベポ」

 

 ロシナンテと共に安堵するロー。嬉しさが隠せていない高い声音で、ベポへ声をかけた。

 

「アイアイ! キャプテン!」

「海兵になるなら、上司はグレイだ。言うことは聞け」

「じゃあキャプテンは……この人?」

「そうだ」

「アイアイ! キャプテン!」

「いや、キャプテンはやめろ?」

 

 こうして、ミンク族のベポが"海軍"への入隊を果たした。新戦力が増えるグレイの部隊だが、この先まだまだ増えていくことを知る者は──まだ居ない。

 

(……モコモコ)

 

 アインの視線は奪われ続けていた。

 

 

 

 




 ーその後の元帥室にてー
 グレイ「入隊の承認をお願いしまーす」
 センゴク「おお、分かった。……白熊?」


 モネとシュガーが養成学校入学。そしてベポが海兵となりました。まだしばらくは仲間を増やしつつ、原作キャラとの触れ合いになると思います。まったり更新していくので、よろしくお願いしますm(_ _)m


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『有給消化の命令』

 

 

 

 

 

 "海軍本部"第三訓練場。

 多くの海兵達が使い慣れた広い訓練場に響く、強い衝撃。銀髪を揺らしながら、三人を同時に相手しているグレイによるものだった。

 

「ロシーさん、油断するな」

「す、すまん!」

 

 気を抜いたロシナンテを叱責。

 

「ロー、すぐに怯むな。一撃受けても反撃する意思を見せろ」

「分かってるっ!!」

 

 後手に回ってしまうローを叱責。

 

「ベポ、蹴りの速度が遅い」

「リーダーッ!! ずびまぜんッ!!!」

 

 全く攻撃を当てられないベポを叱責。

 

 朝から行っているロシナンテ、ロー、ベポを相手にした同時訓練。グレイ一人に対して三人と数的有利な状況だが、疲弊しているのはグレイを除く三人のみ。木刀一本でボコボコにされていた。

 

「よし、ここまで。今日は終わりだ」

 

 訓練開始から三時間。朝の七時から始めた筈が既に十時、体力的に見ても終わらせるには良いタイミングであった。

 

「ま、待て……! 俺はまだやれるぞ!」

「フラフラの足で無理すんな。──はい、トドメ」

「ぐあっ」

 

 グレイは案の定食い下がってきたローにデコピンをかまし、地面に腰を落とさせる。そのまま頭にタオルを被せながら、それを笑って見ていたロシナンテとベポにもタオルを投げ渡す。

 

 ロシナンテは元々実力があったこともあり、鍛え直している現在ではアインには及ばずとも近い戦闘力を身に付けていた。

 

 ローとベポは覇気の基礎が身に付いてきたこともあり、未熟ながらも"武装色"と"見聞色"の両方を扱えるようになっていた。特にローの成長にはグレイも驚かされており、剣の腕もアインにたんこぶタワーを造られない程度には上がっていた。

 

「しっかり水分補給しておくように。じゃ、俺はこれで」

 

 近くの木に引っ掛けておいたコートを羽織り、疲れを感じさせない足取りで去って行くグレイ。当人が言うにはアインに呼び出されているらしい。

 

「ロー、大丈夫か? 今日もやられたな」

「……ふん。どうってことねぇ」

「キャプテン立てる?」

「……当たり前だ」

 

 差し伸べられたベポの手を取り、なんとか立ち上がるロー。三人の中で最も攻撃を受けており、ダメージの蓄積量はトップだ。

 

「……コラさん、ベポ。休憩したら続きだ」

「おうよ。付き合うぜ」

「アイ!」

 

 青空の下、汗を流す。

 助けられた恩人ではあるが、こう何度も何度もやられるのは不本意。手も足も出ない状態を抜け出すため、ローは信頼の置ける二人と共に訓練を続けるのだった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 本格的に部下を持ち、上司となってから一年。

 グレイは十七歳となり、少将という階級に相応しい功績も何度か挙げていた。

 

 身体的成長と合わせて体力も更に向上、少しばかり無理をする程度では疲れない鋼の身体となっていた。身長も180cmを超えるまでに伸び、リーチの拡張で戦闘にも良い影響が出ている。

 

 順調の一言に尽きる毎日だったが、それを良く思わない者が居た。グレイの活躍が気に入らない、などといった理由ではない。むしろ逆、活躍し過ぎていることを心配している者であった。

 

 そして遂に今日、行動を起こす。

 活躍し過ぎ、言い換えて──働き過ぎの上司を叱責するために。

 

 

「──()()()()、ですか?」

 

 

 呼び出したアインに連れられ、元帥室へ来たグレイ。少し冷や汗を流しているように見えるセンゴクから、重々しい雰囲気でそんな単語を告げられた。

 グレイの隣に立つアインからは全てを威圧するプレッシャーが放たれており、言葉を発していないにも関わらず、センゴクとグレイを圧倒していた。

 

 どうやら只事ではない。グレイは戦闘に臨むような意識に切り替え、恐る恐る口を開いた。

 

「……ウ、ウチの部隊は計画的に有給が取れてると思うんです。もちろん全てではありませんが希望の日に取れるように工夫していますし、もしダメでも部下達には納得してもらって別の日に取ってもらってます」

 

 センゴクから出た有給という言葉について考え、浮上した問題点に対して説明を試みたグレイ。組織のトップから直々に有給消化に関して言われるなど、これ以外に思いつきはしなかった。

 しかし、そんなグレイの説明は的外れのものだったようで、センゴクはアインに視線を向けながらゆっくりと首を横に振った

 

「い、いや……そうじゃない。有給消化について話しておきたいのはな……」

「──貴方のことよ、グレイ」

 

 言い淀むセンゴクをぶった斬り、アインが静かに言い放つ。室内の温度が少し下がったようにすら感じ、グレイは背筋に冷たいものを感じた。

 

「……お、俺?」

「これを見て」

「こ、これは……有給計画表?」

 

 アインによって顔の前に突きつけられたのは、部隊全員の有給が記された有給計画表であった。誰が何日に有給なのかまとめられており、取る日付に○が書かれている。しかし、そんな計画表の中に○どころか鉛筆が触れた形跡すらない空白の一行が存在した。グレイの行である。

 

「……えーっと、アインさ」

グレイ

「あっ、はい」

 

 機嫌を伺うように口を開こうとしたグレイを遮り、絶対零度の瞳でアインが言葉を放つ。

 

「貴方、最後に有給を取ったのはいつか覚えている?」

「……確か、先月ぐらいに」

「──()()()()

「「…………」」

 

 冷や汗を流すグレイとセンゴク。この二人は"海軍"でも休みを取らないことで有名であり、グレイだけでなくセンゴクの耳も痛くなっていた。

 

「何度有給を取りなさいと言っても適当に誤魔化す。その上、部下の私達には無理矢理にでも有給を取らせる。……もう我慢の限界よ、貴方には休んでもらいます」

「いや、でも……休んでるけどなぁ」

「なに?」

「なんでもないです」

 

 弱い。普段頼りになる男はそこに居らず、ただノーガードで殴られるサンドバッグが立っていた。

 

「元帥、見ての通りです。彼には自覚が足りません。元帥からもしっかりと言って頂きたいと思います」

 

 組織のトップ相手にも物怖じせず、ハッキリと言い切るアイン。堪忍袋の緒はとっくにズタズタに切れているらしく、有無を言わせない迫力を秘めている。

 

「お、おお……そうだな。アインくんの言う通りだぞ、グレイ」

「……センゴクさん」

「良い機会だ、お前も長期連休を取れ。こ、これは命令だ」

 

 アインの本気具合を感じ取ったセンゴク。無闇に言い返せば痛い目に遭うと察し、素直にアインの要求を援護した。

 

「ちなみにこの件は貴方の部下達からの要求でもあるわ。これは署名よ」

「……えっ? 署名?」

 

 有給計画表を下げ、新たに三枚の紙をグレイに手渡したアイン。三枚の紙全てにビッシリと名前が書かれており、余白がほとんど存在していない。何故か部下ではないゼファーの名前まであるのは不思議だが。

 

「で、でも……仕事あるし」

「それに関しては問題ないわ」

「……どうして?」

「ゼファー先生にお願いして、協力してもらえることになったの。ゼファー先生と私の二人で、貴方が居ない分は十分にカバー出来るから」

「そ、そうなんだ……」

 

 仕事を理由に反論してくると読んでいたらしく、グレイの言い分をすぐに叩き潰すアイン。ゼファーの名前まで出されてしまえば、最早グレイに言い返すことは出来なかった。

 

「そっか……」

 

 パラパラと署名を確認しながら、細い声を溢すグレイ。そんな彼を見て、アインはダメ押しの一手をセンゴクへ要求した。

 

「元帥、こちらが有給申請書になります。一週間分の有給が記してありますので、承認をお願いします」

「えっ? なにそれ? 俺知らない」

「貴方に黙って書いたもの。知らなくて当然よ」

「お、おい、流石に勝手に書くのは」

「いつも私の有給を勝手に書くのは誰?」

「……俺です」

 

 強い。隙など一切与えずに完封、アインはグレイを黙らせることに成功した。そんなやりとりを死んだ目で見ていたセンゴク、話が終わったと悟り口を開いた。

 

「で、では以上で話は終わりと」

「──元帥。少しよろしいでしょうか?」

「……な、何かな?」

 

 まさか自身に矛先が向くとは思っていなかったセンゴク。取り乱しそうになるのを元帥のプライドで押さえ込み、アインの言葉に耳を傾けた。

 

「失礼ですが、元帥も休みを取らな過ぎると考えます。それが影響してグレイもこうなってしまった……そうは思われませんか?」

「……ううむ」

「つる師匠からも言っておくようにと伝えられていましたので、申し上げておきます。無礼な発言をお許しください。では、私はこれで失礼します」

「ああ、はい」

 

 凛とした立ち振る舞いで敬礼し、退出していったアイン。

 残されたグレイとセンゴクは呆然としながら、深いため息と同時に肩を落とすのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 "海軍"養成学校のグラウンド。

 そこでは青空の下、多くの若者達が自らを鍛えるために切磋琢磨している。海兵になることを目指しているため、本気度は見ている者にも伝わる程だ。

 しかしそんなグラウンドに似合わないような雰囲気で、ベンチに座って聞かされた話に大笑いする者も居た。

 

「ガハハハハッ!!」

「……笑い過ぎですよ。ゼファーさん」

 

 時計を片手に高らかに笑うのは、養成学校最高責任者でもあるゼファー。先程の元帥室でのやりとりを隣に座るグレイから聞かされ、腹を抱えて笑っていた。

 

「……センゴクさんと二人で震えてました」

「アインはつるちゃんに似てきたな。最近は迫力が増してきたようにすら感じる」

「ゼファーさんも関わってるんでしょ? 俺に有給取らせる作戦」

「まあな。アインに頼まれては断れんさ」

「親バカ度が増してません?」

 

 海軍将校として、そしてグレイの右腕として活躍するアイン。そんな彼女を誇りとするゼファーにとって、滅多にないアインからの頼みはほぼ最優先事項である。

 

「仕事は俺とアインでカバーする。何が不満だ?」

「……不満という訳じゃないですけど」

「頑固な所はセンゴクに似たな。そんな所まで似なくて良いんだぞ」

「……前におつるさんにも言われました。そんなに似てます?」

「ああ、そっくりだ」

 

 水筒を持ち上げ、水分補給。

 喉を潤しながら、ゼファーは空を見上げた。

 

「海兵としての責務を全うすることは言うまでもなく大事だ。──だがな、俺達は機械じゃない。命ある人間だ。若い時にしか作れない思い出というものはある。これからの人生を豊かにするために大切なものだ」

「思い出……ですか」

 

 要領を得ないように呟くグレイ。

 ゼファーはそんな彼を、どこか懐かしむような目で見ていた。

 

「俺達も昔は旅行をしたもんだ。今のお前と同じように渋るセンゴクをガープと共に連れ出したりな。ガハハッ!」

「……そう、ですか」

 

 どこか気まずそうに、それでいて嬉しそうに。そんな不安定な顔をしながら、グレイはゆっくりと口を開いた。

 

「……分かりました。休みます」

「それで良い。休める時に休んでおくのも、海兵にとって大事なことだ」

 

 教育者としてだけでなく、幼い頃からグレイを見守っていた者としてゼファーは真剣な声音で告げる。

 

「あの子達のことも心配は要らん。俺とアインでしっかり育てるさ。お前が心配せずともいい程にな」

「……一年で変わるもんですね」

 

 グレイが感慨深く見ているのは二人の姉妹。一年前にこの海軍養成学校へ入学したモネとシュガーであった。

 

 拳を交える組手をしており、以前とは比べ物にならない程の俊敏な動きを披露している。長い手足を生かした攻撃を繰り出すモネに、小柄な身体を生かした回避を見せるシュガー。グレイはゼファーの育成力に少し引いた。

 

「ローとベポ……だったか? 順調に育ってるようじゃないか。お前も教育者に向いてるのかもしれんな」

「いやいや、十七歳と九歳の女の子を一年であんな風にまで育て上げるのは絶対無理です」

「筋が良いのに加えて、計り知れないやる気がある。そういう若者はすぐに伸びていくものだ。──お前のようにな」

「……ですかね」

 

 口では敵わないと、ベンチから立ち上がるグレイ。

 

「声はかけてやらんのか?」

「ええ。集中してるみたいですし、邪魔しちゃ悪いです」

「存分に羽を伸ばしてこい。お前は働き過ぎだ」

「アインと同じこと言わないでくださいよ。……何するかな」

 

 伸びをしながら考え込むが、特にやりたいことも思いつかない。自由な時間が出来るというなら修行でもしたいが、それを休暇とは認めてくれないだろう。

 

 悩みながらその場を離れようとしたグレイ。そんな彼の休暇内容を決めたのは、突如鳴り響いた電伝虫だった。

 

「俺だ。どうした?」

 

 ガチャッと受話器を取ったゼファー。立場上すぐに連絡を受けられるようにと側に置いていた電伝虫だったので、すぐに手に取ることが出来た。

 ゼファーは何度か話し相手の言葉に頷くと、口角を上げて笑みを浮かべた。

 

「グレイ。変われ」

「えっ、俺ですか?」

 

 背を向けて歩き出そうとしていたグレイを引き止め、ゼファーが受話器を手渡した。予想外の展開に驚きながらも、差し出された受話器に耳を当てる。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

「もしも──」

「グレイッ!! 休暇を貰ったんじゃってなぁッ!!! ()()()()()()()()ッ!!!!」

 

 

 

 初めての長期休暇は──嵐のような幕開けだった。

 

 

 

 




 ガープ(災害)襲来!
 あの激強おじいちゃん登場させるの久々な筈なのに、インパクト強過ぎてあんまりそう思わなかったです(笑)


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『田舎での休暇』

 

 

 

 

 

「……遅いのぉ。何やっとるんじゃアイツ」

 

 "東の海(イーストブルー)"にある小さな村、フーシャ村。

 潮風が吹く港に、太い腕を組みながら不機嫌そうに空を見上げている男が一人立っていた。グレイとの待ち合わせで遅刻されているガープだ。

 赤色のアロハシャツといった派手な格好と大柄な体格でとても目立つ存在ではあるが、村を歩く人々は特に気にした様子もない。

 

「……やっと来たか」

 

 視界に変化が無いにも関わらず、ガープは腕組みを解いた。青い海に向けていた身体を反転し、村の方へ視線を向ける。数秒の時間が経過した後、白銀の閃光がフーシャ村に降り立った。

 

「──遅いわいっ!! グレイ!!」

 

 派手に登場したグレイに対し、真っ先に文句を言うガープ。いきなりの出来事に驚いていた村人達も、ガープの知り合いということで冷静さを取り戻していた。

 

「す、すみません。遅れました」

「……お前、仕事してたんじゃないだろうな?」

 

 思わず肩がビクッとしそうになるのを堪え、グレイは得意の笑顔を持って全力で誤魔化しにいく。途中見かけた海賊船を沈め、船員達を最寄りの"海軍"基地まで連行していたなど知られる訳にはいかない。本部へ帰った時にアインからのお叱りが怖いからだ。

 

「ちょ、ちょっと……空が渋滞してて」

 

 しかし悲しいことに、グレイに言い訳の才能はなかった。優秀な頭脳を回転させて出てきた言い訳がこの程度、グレイは少し凹んだ。

 

「……まあええわい。早く行くぞ」

「は、はい!」

 

 ガシガシと頭を掻きながら、困ったような顔で歩き出すガープ。どうやらこれ以上のお咎めはないらしく、目的地に向かうことを優先したようだ。

 ラッキーと心で喜びつつ、グレイもその後を追った。

 

「……でも、どうして俺を呼んだんです? ガープさん」

 

 村の人々と挨拶を交わしながら歩き、深い緑に包まれた森へ突入したガープとグレイ。険しい山道ではあるが、それは一般人の場合だ。この二人にとっては平らな道も同然、軽やかなペースで歩みを進めていた。

 

 少し歩くぞというガープの言葉から既に十分が経過。無言で歩くのも辛いため、グレイは自身がここへ呼び出された理由を訊ねていた。

 

「お前が休暇を取らされたとセンゴクに聞いてな。良い機会じゃから、わしの故郷を見せてやろうと思ったんじゃ」

「でも故郷は数分でさよならしましたけど? なんで山の中を歩いてるんですかね?」

「それはな、グレイ。お前をわしの孫達に合わせるためじゃ」

「……えっ、ガープさん孫居たんですか。ガープさんなのに?」

「失礼な顔で失礼なこと言っとるぞ?」

 

 信じられないといった声音で狼狽えるグレイ。真顔でガープにツッコまれるなど、中々にレアな光景だ。ガープが結婚していただけでなく孫まで居るという事実は、グレイにとってそれ程までに衝撃的であった。

 

「でも、どうしてお孫さんに?」

 

 大きな岩を駆け上がりながら再度グレイが訊ねる。いつも腰に帯刀している《暁》がないため動きやすい。当然のように持っていこうとしたグレイを、アインが笑顔で黙らせたのだが。

 

「会えば分かる。……この辺じゃな」

 

 "見聞色の覇気"で居場所を探っていたのか、直接孫達の所へ赴くようだ。グレイも同じく"見聞色"を使うがそれらしい反応は感知出来ない。

 そもそも森という生物が多い場所で目的の存在のみを感知するというのはとても難しい。まだまだ差があるなと己の未熟さを実感しながら、グレイはガープの背中を追った。

 

「──おったぞ」

「あれが……ガープさんのお孫さんですか?」

 

 草をかき分け、広い場所に出る。蒸し暑い空気が肺を熱し、照りつける太陽に肌を焼かれる。そんな真夏の洗礼を受けながらグレイが視界に捉えたのは──体長5メートルはあろうかという大熊だった。

 

「大きいですね。お孫さん」

「あほ。ありゃ熊じゃ」

「いてっ、冗談ですよ」

「……目が本気じゃったぞ」

 

 ゴツンっと頭に拳骨を落とされるグレイ。流石に冗談のつもりではあったが、ほんの少しだけあり得なくはないと考えたのがバレたようだ。やはり磨き抜かれた"見聞色"は恐ろしい。

 

 グレイは殴られた部分を撫でながら、大熊へ視線を向ける。白目を剥いて倒れていることから、気絶しているようだ。鋭利な爪も牙も、全くと言って良い程に動かない。

 

「三人……か。あんなデカい熊倒すのかよ」

 

 ここまで近距離になれば流石に気配を感知出来る。グレイの"見聞色"は正確に働き、大熊の影で見えなかった三人の小さな影を捉えた。状況から察するに大熊を倒したのは彼らなのだろう。予想していた年齢を考えれば恐ろしいまでの戦闘力なのだが、ガープの孫というだけで説得力が出てしまうのだから笑えない。

 

 ガープと顔を合わせ、歩き出そうとした──次の瞬間。

 

 

「──おれは『海賊王』になるんだっ!!!」

 

 

 元気の良い少年から出たと思われる爽快な声が響いた。叫びの内容は海兵として否定せざるを得ないものだったが、グレイは何故か気分自体を害されはしなかった。

 

「ガ、ガープさん……あれ?」

 

 言葉の意味を確かめながら、呆然としていた意識を切り替える。取り敢えずガープに声でもかけようと振り返るが、目当ての人物は姿を消していた。

 

「……ああ、そういうことか」

 

 一瞬困惑したようにグレイは思考を止めたが、耳に届いた怒声を聞いて納得したように呟く。深いため息を溢しながら、大熊の方へ足を動かした。

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「まだそんなこと言っとるんかァァアアアッ!! ルフィィィイイッ!!!」

 

 

 幼子に振るうものとは思えない威力の拳骨が、麦わら帽子を被った少年の頭へ鈍い音と共に襲いかかった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「……それで? どうしてこうなるんです?」

 

 水色をした薄めの上着を脱ぎ去り、白のシャツと黒のズボンといったシンプルな格好となるグレイ。センゴクからの贈り物ということもあり、汚したくないという思いの表れだった。

 

 そんなグレイに対峙するかの如く仁王立ちしているのは、言うまでもなくガープだった。こちらはアロハシャツを脱いでこそいないが、バキバキと太い指を鳴らしながら悪い笑みを浮かべている。

 

「ちょうどええ機会じゃ。同時にお前の成長も確かめてやるわい」

「いや、そもそもガープさんと戦う意味が分からないって言ってんですけど?」

 

 少しムカついてきたのか口調が荒くなりだしたグレイ。

 センゴクと似ているという評価自体は嬉しいのだが、ガープに振り回される所まで同じにはなりたくはない。話が見えない急展開に理由を求めるべく、グレイはガープに強い視線を向けた。

 

「だから言ったじゃろう。アイツらに海兵の強さを見せるためだ! 海賊なんぞより海兵の方がカッコよくて強いって所を見せつけてやるんじゃ!」

「……生きてますか?」

 

 ガープが指差した先に居たのは、大きなたんこぶを頭に乗せた三人の子供だった。全員力無く地面に倒れており、ピクピクと痙攣している。

 麦わら帽子を被った少年の発言に、愛のムチと称して拳を振るったガープ。それに噛み付くように他の二人がガープへ挑んだが、敵う筈もなくあっという間に撃沈。現在の光景が出来上がったという訳だ。

 

「あったりまえじゃ。アイツらはそんな柔じゃない。──ほれ! 起きんかお前ら!!」

「「「ぎゃあぁぁぁあああ!!!」」」

(……また殴ってるし。本当にあの人『英雄』なのか?)

 

 起こそうとしているとは思えない行動に、頭が痛くなるグレイ。見た感じ最低限の手加減はしているようだが、聞こえてくる悲鳴の前では気休めにすらならないレベルだろう。

 

「誰が寝て良いと言った!! 海賊になりたいなどと抜かすお前らの腐った根性を叩き直してやる! お前らは海兵になるんじゃ!」

「うるせぇ! じじい!」

「ボコボコ殴るんじゃねぇよ!」

「じいちゃんのゲンコツめちゃ痛えぇぇぇ!!」

 

 繰り広げられる祖父と孫の大喧嘩。もう帰りたいと、グレイは切実に願った。何のために長期休暇を取ったのだろうか、これならば仕事していた方が気持ち的にも楽だった。グレイがそんな風にここへ来たことを後悔していると、ガープが話を纏めたのか再び彼の前に立った。

 

「いいか! これが"海軍"でも上位の海兵、海軍将校の実力じゃ! よー見とれ!!」

「「「…………」」」

 

 たんこぶを一つ追加され大人しくなった三人。頭をかち割られるより、素直に言うことを聞く道を選んだようだ。不貞腐れた顔を隠しもせず、仲良く三人並んでガープとグレイに視線を向けている。

 

「待たせたな! グレイ!」

「……いや、本当ですよ。二回ぐらい本気で帰ろうかと思いました」

「ぶわっはっは!! そう言うな! お前とやり合うのも久々じゃろ。どのくらい強くなったのか見せてみろ!」

 

 ある程度の距離を取り、拳を交える状況は整った。空間の広さも十分、お互い全力を出せる舞台だ。

 

「おい、サボ! 開始の合図をしてくれ!」

「えっ……はぁ、分かったよ」

 

 黒色のシルクハットを被ったサボと呼ばれた少年が渋々といった様子で立ち上がる。ガープとグレイの中間辺りまで来ると、腕を高く上げて口を開いた。

 

「……準備は?」

「ええぞ」

「いつでも」

 

 短く返答するガープとグレイ。互いに構えも取らず、リラックスしているようにすら見える。やる気無いのかとサボがため息混じりに開始の宣言をした瞬間──広場全体を揺るがすとてつもない衝撃が発生した。

 

「「「うわぁぁぁぁあっ!!!」」」

 

 身体を衝撃波に飛ばされ、立っていたサボを含めた三人が近くにあった大岩に背中を叩きつけられた。後頭部にもたんこぶを作ることになったが、三人はそれどころではないと慌てて顔を上げる。

 

 そんな彼らの視界に入ったのは、グレイが放った拳を受け止めていたガープだった。

 

 自分達をぶっ飛ばした原因が()()()()()()()()()()()。その事実は三人の頭を混乱させると同時に、目の前で開始された戦闘へ完全に視線を釘付けにした。

 

 10メートル程の距離を一瞬で詰めて攻撃したグレイ。能力は使っておらず、身体能力のみで放ったものだ。ガープは一度の攻防でグレイの成長を感じ取ったのか、ニヤリと歯を見せて笑った。

 

「ふっ!」

「ぬぅっ!!」

 

 受け止められた拳を外し、連撃に繋げるグレイ。拳と脚技を混ぜた高速ラッシュを繰り出した。覇気も纏っており、並の相手なら捌ききれずにノックアウトされることだろう。

 しかし相手は格上のガープ。以前のように完璧に捌かれてはいないが、決定的な当たりもない。グレイは隙を作るため、わざと自身の体勢を崩した。

 

「──ッ! ふんっ!!」

 

 それに反応し、即座に拳を放つガープ。黒く変色した拳はたとえ鋼であろうとクッキーのように容易く打ち砕く。

 

「……右」

 

 まともに喰らえば体力のほとんどを持っていかれる一撃。防ぐことはせず、グレイはギリギリでの回避を試みた。瞬間的に"見聞色"を発動し、ガープの動きを予測。狙い通りに拳はグレイを掠めて、地面に激しく突き刺さった。

 

「オラァッ!!」

「ぐっ……ふっ」

 

 危険を冒して作り出したチャンス。それを逃すまいと、グレイが攻めに出る。わざと崩した体勢のまま攻撃を繰り出すべく、両手を地面につきカポエイラの要領でガープの右頬に強力な蹴りをお見舞いした。

 

 勢いよくぶっ飛ばされるガープ。右頬を"武装色"で固めてダメージを軽減したとはいえ、昔のように受け止めることは出来なくなっていた。

 

「……やっと教えられましたね。──"()()()()"」

「……ふっふ、やりおる。そうでなきゃ面白くないわい」

 

 憎たらしい顔で挑発するグレイに、ガープは笑みを深める。最早、拳骨を落とせば沈んでいた少年は存在しない。そのことを身を持って教えられたようで、ガープは内心喜んでいた。

 

「ついて来られんようなら、能力使ってもええぞ」

「冗談は児童虐待だけにしてくださいよ。……今日こそ、俺が勝ちます」

 

 ヒリつくような空気に震え出す見学者達。森を見れば鳥や動物達も逃げ始めている。同じように逃げ出したいが、足が全く動かなかった。そんな少年達の絶望など知らず、二人の海兵は全力の覇気をぶつけ合った。

 

「調子に乗るなよ……小僧ッ!!」

「こっちの台詞だ……ジジイッ!!」

 

 大人気ない負けず嫌いと熱くなった口の悪さ、そんな情けない姿を──子供達に見守られながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 海兵の強さを見せるという目的で行われた手合わせは、ガープの勝利で幕を閉じた。グレイの左頬は少し腫れており、何が勝負を決めたのか物語っている。

 使用していた広場には大穴が幾つも出来ており、ほぼ壊滅状態となっていた。頭が冷えたグレイはやり過ぎたと反省したが、ガープはいつも通りに大笑いするだけであった。

 

 そして現在、親交を深めるための自己紹介──となる筈だった。

 

「お、おれは……エースだ。も、文句あるか」

「サ、サボ」

 

 黒髪の少年エース、開始の合図を担当したサボと、グレイに対して名乗ったのだが状況はこれ以上ない程に悪い。明らかに警戒している顔と態度、自業自得なのでグレイは何も言えないのだが。

 

「どうじゃ! グレイは強いじゃろう!」

 

 そしてそんな空気を読まない、ではなく読めないガープ。バシバシと笑顔でグレイの背中を叩きながら、とても自慢気だ。身体全体に痛みが走っている最中なので、グレイとしても叩かれるのは避けたかった。

 

「ちょ、痛いですよ。ガープさん」

「ぶわっはっは! すまん!」

(……思ってなさそうだな)

 

 流石は『仏』をストレスで追い詰め続けてきた男だと、グレイは冷や汗を流す。本当の意味でガープを打ち負かすことは一生出来なさそうだと、深く考えることをやめた。

 

 そして血筋だからか、この場に於いてもう一人空気が読めない男が居た。麦わら帽子を被った活発な少年だ。

 

「どうじゃ! ルフィ! グレイは強いじゃろ!」

「おおっ! つえぇ! じいちゃんがぶっとばされるとこなんて初めて見たぞ!」

「そうじゃろそうじゃろ! お前達も海兵になればグレイのように強くなれるぞ!」

「ほんとうか!!」

 

 無邪気に笑うルフィと呼ばれた麦わら帽子がよく似合う少年。第一印象はとにかく人懐っこいの一言に尽きる。エースやサボと違い、ぐいぐいとグレイに近寄って来ているのだから。

 

「おまえグレイっていうのか! つえぇんだな! すっげーすっげー!!」

「お、おう……。ありがとう」

「おれルフィ! よろしくな!」

(……血の繋がりを感じる)

 

 この距離の詰め方には覚えがあると、グレイは昔の記憶を呼び起こす。どれだけ冷たくあしらっても構わず関わってきた──鬱陶しくて図々しくて、強引で適当で、強くて優しいおっさんのことを。

 

「…………確かに孫だな」

「んぁ? なんか言ったか? グレイ」

「いえ、何でもないです。……ルフィ、飴食べるか?」

「うおー! ありがとうっ!!」

 

 無駄に鋭い勘を躱し、ルフィと戯れるグレイ。

 餌付けするつもりはなかったのだが、予想以上の食いつきを見せられ逆に戸惑うグレイ。食い意地が張っている所も似ているようだ。

 

「おいルフィ! そいつは海兵だぞ!」

「そ、そうだ! ガープのじじいをぶっ飛ばすような危ねぇやつだ!」

「何でだ? うめーぞ!」

 

 どうやらエースとサボのグレイに対する警戒は薄れていないようだ。いつも自分達をボコボコにしてくるガープと渡り合っていた所を見せられれば、無理もない反応かもしれないが。

 

(……ふっ。初めて会った時のアインに……少し似てるな)

 

 あれに比べれば可愛いものだと、少女との思い出に浸る。

 その後グレイは二人とも距離を縮めるため、新たな作戦を実行に移すのだった。

 

 

 

 




 『FILM RED』観ました!今までにない感じのONE PIECE映画って感じがして楽しかったです!賛否両論あるようですが、個人的にはとても満足出来た映画でした!
 今回の映画でまたヒグマさんと近海の主の評価が上がるんでしょうね(笑)。


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『存在の意味』

 

 

 

 

 

 三年もの間有給を取らなかった罰として、無理矢理長期連休を取らされたグレイ。

 ガープからの提案で故郷への帰省にお呼ばれされたグレイが出会ったのは、とてもクセの強そうな三人の悪ガキ達だった。

 

 打ち解けるまでに時間がかかると思われたが、応戦するのはデリカシー以外優秀な男・グレイ。子供の扱いがそれなり上手いだけでなく、子供が食いつきそうな奥の手も隠し持っているため、それをフル活用して距離を縮めにかかった。

 

 少年が一度は夢見る──()()()()()()()()()()()()

 

「「おお〜〜〜っ!!!!」」

 

 グレイの腕に抱えられたルフィとサボが目を輝かせながら声を上げる。足をつけていた地面から一気に遠くなり、激しい風が身体を包み込んだ。

 "ズマズマの実"の能力を使用した空中散歩。心がときめかない訳もなく、ルフィとサボは一瞬で空を飛ぶ感動に魅了された。

 

「どうだ? 気持ちいいだろ?」

「うおおー!! すっげぇー!!」

「やべー! たけー!」

「ははっ、聞いてないし。……しっかり掴まってろよ?」

 

 ここまで喜ばれるとやり甲斐があるというもの。抱き抱える力を強め、グレイは更に上昇。手を伸ばせば雲へ届きそうな程の上空へ移動した。

 自身の腕を掴んでおけと忠告した後──空中ジェットコースターを開始した。

 

「「うぎゃあああああっ!!!!」」

 

 グレイは他人を抱えて飛ぶ時には、身体への負担を考えて進行方向へ熱の膜を展開している。そのため衝撃自体は軽いものなのだが、これまでの人生で経験したことのない速度と景色にルフィとサボは大声で叫んだ。

 

 十分程の飛行を楽しませた後、無事に地上へ帰還。

 すっかり懐いてしまったルフィとサボを大人しくさせながら、姿を消してしまったガープのもう一人の孫であるエースのことを訊ねた。

 

「エースは……どっか行ったか」

「あっ、エースがいねぇ!」

「今気づいたのかよ、ルフィ」

「だってよぉサボ、空とんでたから」

「……まあ、普通はエースの反応が当然だよな。お前達が無警戒過ぎると思う。特にルフィ」

 

 苦笑い気味に二人の頭に手を置くグレイ。飛行していた時に二人とも帽子が外れており、黒髪と金髪が風に揺れていた。

 保護者のようなグレイだが、ガープが既に姿を消しているため間違ってはいない。三人を預けている知り合いに顔を見せに行くと、グレイへ丸投げして歩いて行ってしまったからだ。

 

 預けているのが山賊と聞いた時には叫び声を上げそうになったが、グレイ自身も聖地襲撃の犯人を見逃しているので文句を言う訳にはいかなかった。

 

「なあなあ! グレイ! もっかいとんでくれよ!」

「グレイは"悪魔の実"でも食べたのか?」

「まあな。結構便利だよ」

 

 グレイはよじ登ってくるルフィを支えながら、サボの質問に答えた。すると肩まで登って来たルフィが笑顔で口を開く。

 

「じゃあおれと同じだ!」

「えっ? 何が?」

「ルフィもグレイと同じで"悪魔の実"を食べたんだよ」

「……マジ?」

「おう! ほーれ! こんなんなるぞー!」

 

 グレイの肩から飛び降り、自身の両頬を摘んで伸ばすルフィ。皮が余っているというレベルの伸びではない。

 

「にししっ! "ゴムゴムの実"を食ったんだ!」

「"ゴムゴム"……。へぇー、ゴム人間ってことか」

「おもしれぇだろ! ひっぱってみろよ!」

「俺も!」

「……おおっ、伸びる伸びる」

 

 笑顔でグレイとサボに頬を引っ張られているルフィ。自身の能力を見せびらかすのが楽しいのか、とても嬉しそうだ。

 

「そもそも、"悪魔の実"なんてどこで食べたんだ?」

 

 売れば最低でも1億ベリー。それが海の秘宝とも呼ばれる"悪魔の実"の価値。小さな村の少年が簡単に手に入れられる代物ではない。

 

「シャンクスが持ってたんだ!」

「……シャンクス? あの『赤髪』の?」

 

 飛び出したビッグネームに首を傾げるグレイ。普通なら嘘か冗談だと笑い飛ばすところだが、性格的にそのどちらもルフィが言えるとは思えない。出会って数時間も経っていないが、グレイは既にルフィに対してそういった評価をしていた。

 

 それにあの大海賊ならば"悪魔の実"を所持していても可笑しくはない。何故ルフィのような少年に譲渡したのかが分からないが、『赤髪』のシャンクスから貰ったというのは本当の話なのだろう。

 

「まちがえてデザートに食べちった」

「ああ……そういうことね」

 

 思ったより深い理由ではなかったと、グレイは肩を落とす。

 自由奔放で特定のナワバリを持たない『赤髪』。"新世界"にいたと思えば"偉大なる航路(グランドライン)"の前半にまで戻っていることなどよくあることだ。まさかこの"東の海(イーストブルー)"にまで来ていたとはグレイも知らなかったが。

 

「おれはこの帽子をシャンクスから預かってんだ! 立派な海賊になって、帽子を返しにいくんだ! にっししししっ!!」

「そっか、道理で見たことある麦わら帽子だと思った」

「グレイはシャンクス知ってんのか!?」

「当然さ。海兵で『赤髪』さんのこと知らない奴は居ないよ」

 

 二十七歳という若さで大海賊としての地位を確立した男であり、その勢いは"四皇"にすら届きうるものとされている。謎が多く、素性自体もよく分かってはいない。その昔、海賊見習いとして『海賊王』ゴールド・ロジャーの船に乗っていたということぐらいだ。

 

「そっかー! やっぱシャンクスはすげぇんだな!」

「懸賞金は10億を超えてる。"海軍"としても要注意人物さ」

 

 数ヶ月前に()()()()()()ことが懸賞金増加の理由であることをグレイは話さなかった。言う必要がないと感じたというのもあるが、最大の理由はグレイ自身がその情報を信じていないからだ。

 

「じゅ……10億ッ!?」

 

 グレイが言い放った途方もない金額に、サボの顎が大きく開かれる。ルフィはよく分かっていないのか、ニコニコしながら上機嫌だ。

 

「なあサボ、10億ってすげーのか?」

「当たり前だっ! 俺とエースが命懸けで貯めた海賊貯金の何百倍以上の金額だぞ!!」

「すげー! じゃあおれもなる! 10億!!」

「……んー、ゴム人間じゃ難しいんじゃねぇか?」

「そんなことねぇ! おれのパンチはピストルのように強いんだ!」

 

 ムキになったかのように拳を突き出すルフィ。ゴムという性質上、殴る蹴るなどの打撃攻撃は無効化される。それだけでも戦闘ではアドバンテージなのだが、ルフィは攻撃にも活かせると考えているようだ。

 

「"悪魔の実"の技か……。よし、じゃあ良いもの見せてやるよ」

「「ん??」」

 

 何かを思いついたのか、グレイが笑顔を浮かべた。きょとんとした顔を見せる二人から少し距離を取り、能力を発動させた。

 

「おお〜! すげぇ! バチバチしてるぞ!」

「なんだそれ! 雷か!?」

「"プラズマ"だ。よく見てろ……"荷電砲弾(プラズマ・ブラスト)"」

 

 持ち上げた掌に発生させたプラズマ光弾を打ち上げるグレイ。圧倒的な速度で上空へ舞い上がると、爆音を轟かせて破裂した。

 

「「すっげー!!!」」

「"悪魔の実"を食べて弱くなることは滅多にない。種類によって決められた性質を理解して鍛えれば、色々なことが出来るようになる。きっとルフィが思い描いているような技も、繰り出せるようになるさ」

「かーっこいい!! ビームじゃねぇか!!」

「ル、ルフィ、落ち着け」

 

 サボに宥められながらも、ルフィは興奮が抑えられない様子だ。

 

「良ければ技を見てやろうか? 直した方が良い所とか、教えてやれるかもしれないし」

「おおっ! たのむ!!」

 

 そんなグレイの言葉に元気よく頷いたルフィ。

 子供であるからこそ変にプライドもなく、教えを頼んだ。

 

「見てろよぉ〜! ゴムゴムのぉぉぉピストル〜っ!!」

 

 腕をぐるぐると回して勢いをつけ、拳を発射。ビヨーンと伸びた腕は真っ直ぐに──飛ばなかった。

 

「ぐべぇ!!」

「「あっ」」

 

 振り抜いた拳は地面へ一直線。ルフィは跳ね返ってきた拳に自身の顔面をぶん殴られることとなった。

 それを見たサボはやれやれと首を振り、目を回しているルフィの身体を起こした。

 

「あーあ、またか」

「また? いつもこうなのか?」

「まあな。だから毎回エースにバカにされてる」

「……へぇ。──ルフィ」

 

 納得がいかないように唸るルフィへ声をかけるグレイ。どうやら改善する部分が見つかったらしく、アドバイスを送るようだ。

 

「ルフィはゴムの反動を利用した高威力のパンチを技にしたいんだな?」

「そうだ! ばーん! ってやってどーん! なんだ」

「なら腕の伸ばし方と足腰を鍛えるべきだな」

「伸ばし……方? 足腰?」

「そう。今失敗したのはゴムの反動を活かすどころか、その反動に振り回されたからだ。分かりやすく説明すると……こんな感じ」

 

 グレイは落ちていた枝を手に取ると、地面に絵を描きながら説明していく。言葉で説明するよりは何倍も分かりやすいだろうとの考えだ。

 

「ルフィはまだ身体が小さいから、腕を回すやり方じゃ反動を制御出来ない。だからこんな感じに腕を後ろに振ってから前へ打ち込む……分かるか?」

「……なんとなく」

「ルフィは頭使うの嫌いだからなぁ」

「実際にやってみるか。ルフィ、腕貸しな」

「おう! サボ! 見てろよ!」

 

 薄らとイメージは出来たようなので試し打ちをさせる。グレイはルフィの腕を掴んだまま後退りをし、腕をどんどん伸ばしていった。

 

「じゃあ離すぞ。しっかり踏ん張れよ」

「お、おう! たのむ!」

「俺に向かって打ってこい! ルフィ!」

「うおぉぉぉお!!!」

 

 パッと離した腕はゴムの性質に従い、元に戻ろうとルフィへ向かっていく。転ばないように歯を食いしばりながら耐えた結果、サボへ向かって真っ直ぐに拳を飛ばすことに成功した。

 

「うおっ! あぶね!」

「うひょ〜!! 飛んだ飛んだ! まっすぐ飛んだ!」

「よし、上出来だ。今の感覚を覚えておけよ」

「すげぇな! グレイ! まっすぐ飛んだぞ!」

「やったなぁ! ルフィ!」

 

 初めて思い通りに出来たことが嬉しいのか、身体全体を使って騒ぐルフィ。サボも弟の成長を喜んでいる。微笑ましい光景に和みながら、グレイは視線を森の方へと向けた。

 

「……サボは今みたいにルフィの腕を引っ張ってやれ。俺は少し外す」

「ん? どっか行くのか?」

「ああ……海を見てくる」

 

 木にかけていた上着に腕を倒し、グレイは森へ歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ──存在している理由。

 

 少年は幼い頃から、そればかりを考えて生きてきた。

 

 それもこれも全ての原因は、顔も見たことがない父親にあった。

 有名であるが故、ほとんどの人間が親の名前を知っている。世界に悪名を轟かせた──最低な親の名前を。

 

 詳しく知りたいという好奇心から多くの者に父親のことを訊ねたが、聞いた者達から返ってくる言葉は似たり寄ったり。意味は違えど、本質は同じようなものばかりだった。

 

 "生まれてこなければよかった──『()()()』"。

 

 "生きても死んでも大迷惑な──『()()()()』"。

 

 "クソッタレな時代の幕を上げた──『()()』"。

 

 それを聞かされる度に、暴れてきた。激情のままに怒りを振るい、多くの人を傷付けてきた。理不尽なものであると分かっていても、止めることなど出来なかった。

 別に少年は父親を侮辱されたから怒ったのではない。感謝している親は産んでくれた母親だけだ。

 

 父親が世界に恨まれ、汚れた血だと蔑まれている。そんな非情な現実を、幼い少年に受け止められる訳もなかった。

 

 "おれは……生まれてきても良かったのかな"。

 

 常に問いかけてきた、答えの出ない問題。

 唯一の肉親とも呼べる存在に訊ねても、曖昧な答えしか返してはくれなかった。答えの一つではあるだろうが、少年が求めているものではなかったのだ。

 

「……」

 

 見上げた空が、見渡す海が、こんなにも憎らしく感じるのはいつ以来だろうか。黒い髪を揺らす潮風すら、鬱陶しく感じてしまう。

 

「……簡単に気を許しやがって」

 

 時折聞こえてくる朗らかな笑い声。義兄弟の契りを結んだ兄弟達のものだ。しかし、それが少年・エースには面白くない。笑い声の要因が、ガープの連れて来た海兵によるものだからだ。

 

「……あんな奴、信用出来るか」

「俺もそう思う。アイツら警戒心薄いよな」

「──ッ!! てめぇっ!!」

 

 突然背後から耳に声が届いた。

 エースは反射的に飛び起き、拳を構える。

 

「……なんでここに?」

「なんとなく分かるよ。……よっこいせ」

 

 敵意を向けているにも関わらず、何も反応せずに腰を落とすグレイ。木の影に入った海が見渡せる場所であり、涼しさに包まれた心地良い空間であった。

 

「海って良いよな。俺も自分に嫌気が差した時は眺めてるよ。酷い時には五時間ぐらいぶっ続けで」

「……分かったようなこと言うな。うぜぇ」

「ははっ、口の悪い奴だな。まあ座れよ」

「何が面白いんだ!!」

 

 飛ばした嫌味にも軽い反応をされ、エースがキレる。子供を宥めるかのような口調にムカついたようだ。

 

「ほれ、飴やるよ」

「いるか! ガキ扱いすんな!!」

「そうか。じゃあ俺が食う」

「……チッ」

「まあ、待てって。少し話そうぜ」

 

 苛立ちながらこの場を去ろうとするエースを、グレイが呼び止める。余裕のある態度が気に食わないながらも、反抗する方がガキであると思い、エースは大人しく足を止めた。

 

「……何の用だよ」

「どうして海賊になりたいんだ?」

「……は?」

 

 思わず固まるエース。一瞬だけ質問の意図を考えたが、面倒になって考えを放棄した。

 

「……てめぇに関係ねぇだろ」

「答えられないのか。なら、その程度なんだな」

「調子乗んじゃ……ッ!?」

 

 思わず手が出そうになったエースだが、グレイと視線を交わした途端に口を閉じる。極寒に放り込まれたような寒気を全身に感じ、震えが止まらなくなった。

 

「もう一度聞くぞ。──()()()()()()()()()()()?」

「な……だ、だから……」

 

 悪態すらつけない絶対零度。先程までとは雰囲気が違い、グレイは真剣な目でエースを見ている。

 単にガープから頼まれたというだけでなく、海兵として聞いておかなければならないことだ。海賊というのは紛れもない犯罪者、目指してなるようなものでは決してないのだから。

 

「ルフィは"約束"のため。サボは"自由"のため。アイツら二人は即答したぞ」

「……」

 

 今だけは兄弟達を恨みたいと、エースは震える拳を握りしめた。この問答に背を向けることだけは出来ない。本能でそう確信するが、恐怖から口は上手く機能してくれない。

 

 エースが何も言えずに突っ立っていると、グレイが更に言葉を放った。

 

「ただなんとなくで海賊を目指すならやめとけ。ガープさんの孫だからとか、俺が海兵だからとか、そんなことは関係ない。半端な覚悟で海賊になっても……すぐに死ぬだけだ」

 

 ぶつけられるのはこれ以上ない程の正論。エースは何も反論することが出来ず、ただ打ちのめされた。

 

 何一つ言い返せない自分に腹が立った。視線一つで震え上がっている自分に腹が立った。野望一つ満足に語れない自分に──腹が立った。

 

(おれは……おれは、どうして……海賊に)

 

 改めて考えれば、ハッキリとした答えは出ない。

 ただ世界に認めさせたかった、自分が生きた意味を。ただ世界に刻みたかった、自分が生きた証を。ただ──。

 

 

「……おれは……答えが欲しい」

 

 

 潮風にかき消されそうな程の小さな声。弱々しく細い呟きは、エースの心の底から出た悲痛な叫びであった。見栄を張ることも忘れたその一言は確かな本音であり、聞き届けたグレイは柔らかい笑みを浮かべた。

 

「その答えは海賊にならないと見つからないのか?」

「……ああ」

 

 たとえ犯罪者と罵られても、それ以外考えられない。

 

「海兵じゃダメなのか?」

「……ああ」

 

 縛られた状態ではなく、"自由"に生きなければ求める答えは見つからない。

 

「……海賊になるってことは、ガープさんを敵に回すってことだ。それは分かってるな?」

 

 小さく頷いたエース。グレイがした質問の意味はしっかりと理解しているようだ。ガープの置かれている立場や状況、それら全てを理解した上で海賊になりたいと──そう叫んでいるのだ。

 

「……答えって、何だ?」

 

 少し悲しそうな顔で訊ねたグレイ。

 エースは何故か罪悪感を感じながらも、震えの止まった拳を握りしめた。

 

「──()()()()()()()()

 

 逃げることもせず、背けることもせず、逸らすこともしない。真っ直ぐな意志を宿した瞳がグレイを貫いた。

 

「……それが、お前の求める答えなんだな?」

 

 言葉を発することもなく、エースは力強く頷いた。そんな様子を見て諦めがついたのか、グレイが折れる。

 

「……俺じゃお前を止められないな」

「えっ……?」

「好きにしろ。お前が求める答えを俺は見せてやれない」

 

 立ち上がり、衣服についた草を手で払うグレイ。文句言われるよなぁなどと呟きながら、呆然と立っているエースの隣へ移動した。

 

「──俺もまだ探してる途中なんだ。……エースと一緒だな」

 

 雄大な海を見ながら、グレイはエースへ静かに語りかける。まるで独り言でも呟いているかのように。

 

「お前も……そうなのか?」

「ああ、一緒だ。全く一緒。探しても探しても、答えが見つからない」

「……お前は強いじゃねぇか。あのじじいだってぶっ飛ばせる」

 

 兄弟揃って強さの基準がガープであることに微笑。グレイは一つ伸びをしながら、青い空を見上げた。

 

「強いのは当たり前だ。強くなきゃ、何も出来ない。今はそういう時代だ。お前も分かってるだろ?」

 

 嫌という程に分かっている。そんな時代に変えたのは、他でもない自分の父親なのだから。

 エースが苦い顔をしていると、グレイがポンッと小さな頭に右手を置いた。

 

「まあ、お互い悔いのないように生きようぜ」

「手を置くな!」

「おっ、威勢が戻ったな。さっきまでビビってたくせに」

「ああ!? 誰がビビってるんだ!!」

「ははははっ! 面白い奴だな〜」

「笑うなッ!!」

 

 完全に遊ばれているエース。殴りかかろうとするが額を右手で押さえられ、拳が届かない。言うまでもない身長差によって、完全に封じられていた。

 

「隙あり」

「あだっ!!」

 

 油断したエースに襲いかかったのは左手によるデコピン。響く激痛に、エースは地面へ腰を落とした。

 

「悔いのないようにとは言ったけど、命を無駄遣いするなよ。お前には、お前を大切に思っている兄弟達が居るんだからな。……あっ、後ガープさんも」

「……ふん。言われるまでもねぇ」

「そうかい、仲が良くてなによりだ。家族は大事にしろよ」

 

 話は終わりだと言わんばかりに歩き出したグレイ。方角から察するにルフィ達の所へ戻ろうとしているようだ。

 

「……おい」

「ん? なんだ?」

 

 不意にエースが声をかける。意外そうな顔で振り向いたグレイに、エースは眉間に皺を寄せたままふと感じた疑問を問いかけた。

 

「お前にも……兄弟居るのか?」

「……はは、何でそう思う?」

「なんとなくだ!」

「適当かよ……」

 

 腕を組みながら自信満々に宣言するエース。心臓に悪い言葉を急にぶち込んでくる辺り、本当に血の繋がりを感じてしまう。訊ねてきたのがガープであったなら、グレイは無視して石を投げていただろう。

 

「……ああ、上に二人居るよ。──お前達に負けないぐらい仲が良かった」

「やっぱりか。……ん? それって」

「戻るぞ。ルフィの技を見てやってたんだ。エースをぶっ飛ばすってな」

「なんだと!? おれがルフィに負ける訳ねぇだろ!!」

「ほら、早くついてこい。置いてくぞ〜」

「くそっ! 待て!!」

 

 全力疾走しているのに小走りに追いつけない。エースは目の前の男の実力を改めて確認すると同時に、まだまだ強くなれるのだと自身への期待値を引き上げる。

 

 強くなければ何も出来ない、その通りだとエースも素直に思っている。だからこそ、今するべきなのは強くなること。兄弟達を守れるように、やりたいことをやれるように、悔いを残さないように。どんな相手にも負けないぐらい強くなることだ。

 

「戻ったらエースとサボも相手してやるよ。三人まとめてでも良いな」

「はっ! おれ達を甘く見ると痛い目見るぞ!」

「それは楽しみだ。頑張れよ」

「てめぇムカつくぞっ!!!」

 

 夏の空気を切り裂きながら、二人の男が走る。

 怒りながらもしっかりとグレイの背中を追うエースの姿はまるで──仲の良い兄弟のように見えた。

 

 

 

 




 最近原作の方では自然(ロギア)ではなく動物(ゾオン)の強さが目立ちますけど、やっぱり覇気が強過ぎるんですよね。
 無能力者でロックス沈めたロジャーとガープの全盛期はどれほどだったのやら……。


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『未来の海賊達』

 

 

 

 

 

 "海軍"本部少将・スティージア・グレイに与えられた長期休暇。彼の夏休みとも呼べる一週間の内、モンキー・D・ガープの故郷であるフーシャ村に来て既に三日が過ぎていた。

 

 豊かな自然に清らかな空気。目を閉じて潮の流れに耳を澄ませているだけでも心地良い。

 大らかな人間を育みやすい環境とはまさにこのような場所のことを差すのだろうと、グレイは雲一つない青空を見上げながら考えた。

 

 

 ──()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ガキンッと火花を散らしながら木の棒でガードするグレイ。攻撃した本人であるエースは、どうして木の棒で鉄パイプが防げるという当たり前の疑問を持ちながら悪態をついた。

 

「くそっ! ダメか!」

「甘い甘い。そんなんじゃ当たらないよ」

「サボ!」

「おう!」

 

 軽々とエースを押し返したグレイ。ハンデとして得物はそこら辺に落ちている木の棒を使っているが、鉄パイプを使用しているエース・サボ・ルフィの三人を同時に圧倒していた。

 

 単独では歯が立たないと、エースがサボを呼ぶ。二人の見事な連携は隙もなくグレイに襲いかかるが、またも木の棒一本で防がれている。先読みでもしているかのような防御に、エースとサボはたまらず距離を取った。

 

「バケモンかよ!」

「ガープのじじいとは違った意味でな!」

「どうした? もうバテたのか?」

「「そんな訳ねぇだろ!!」」

 

 安い挑発に声を荒げる二人。しかし態度とは裏腹に、二人は冷静だった。グレイと出会った日から続いているこの模擬戦。実力差がどれだけあるかなど分かりきっている。だからこそ必要なのは──()()()

 

 相手の隙を生み出し、そこを貫く一撃だ。

 

「──ッ!」

 

 悟られないために声を殺した突撃、グレイの真上から現れたのはルフィだった。エース達と同じく手には鉄パイプを握り、グレイ目掛けて振り下ろす。

 エースとサボが作り出したグレイの隙に、ルフィは野生の勘とも呼ぶべき感性で反応した。

 

「「よっし!!」」

 

 完全な死角からの攻撃。流石に決まったとガッツポーズした二人を見て、グレイが軽く笑った。

 

「……残念」

「「「ぬわぁっ!?」」」

 

 頭部目掛けて振り抜いたルフィの一撃を紙一重で回避したグレイ。そのまま身体を回転させ、落下してきたルフィへ回し蹴りを喰らわせた。

 

「ぐべぇっ!」

「「ルフィ!!」」

「ほら、よそ見すんな」

「「……あっ」」

 

 ぶっ飛ばされたルフィに駆け寄るエースとサボ。グレイから視線を外してしまったため、接近されたことに反応出来なかった。

 無防備な所へ落とされたのは木の棒とは思えない威力のぶっ叩き。頑丈なエースとサボだが、僅かな抵抗すら敵わずにルフィと同じ結果となった。

 

「「ぐべぇっ!!」」

 

 三人仲良く地面に顔を埋めることとなり、五回目となる模擬戦は終わりを迎えたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……仲良くなったもんだ」

 

 涼しい木陰で横たわるグレイ。すぐ側で大口を開けながら昼寝している三兄弟を見て、少し困り顔で呟いた。僅かな時間で随分と打ち解けたものだ。

 

 気持ち良さそうな寝顔を見せられるとこちらまで眠くなる。少しずつ強まる眠気に抗いながら、グレイは木に背中を預けて上体を起こした。

 

「……海賊か」

 

 海賊になりたい少年達を鍛える。それだけ聞けば、海兵として"海軍"への反逆と取られても仕方ない程だ。取り締まる側の人間が、取り締まられる側の人間の成長を促しているのだから。

 

(ガープさんも大変だな)

 

 厳し過ぎる教育に理不尽な暴力。その裏に隠された愛情は孫達を海賊にしたくないというもの。海兵であれば自分が守ってやれる、しかし海賊となれば敵同士。嫌われ役になってでも言うことを聞かせたいという思いを、グレイはしっかりと理解していた。

 

(……まあ、やり過ぎなのは間違いないんだけどな)

 

 酒の飲み過ぎで二日酔いになり、山賊達の住処でだらしなく眠っているであろうガープ。品の欠片もない寝姿は三兄弟達と本当にそっくりだ。

 

「……眠い」

 

 太陽の暑さに襲われない場所で、優しい潮風を受ける。それらは心地良い眠気を加速させ、グレイを夢の世界へ誘おうとしてきた。

 しかし、吹き抜けた潮風で目が覚めたのか、麦わら帽子を顔に被せていた少年・ルフィが身体を動かし始めた。

 

「……んむぅ。グレイ……?」

「起きたのか。ルフィ」

「ふわぁぁぁ。……エースとサボはまだねてんのか」

「ああ。お前と同じくぐっすりだよ」

「にししっ。ここいいだろ? 昼寝するとサイコーなんだ!」

「……だな。最高だ」

 

 頭に手を回しながら足を伸ばすグレイ。本当にリラックスしているようで、それを見ていたルフィも笑顔になる。

 

「なぁなぁ、グレイはどうして海兵になったんだ? そんなにつえぇなら海賊やりゃあいいじゃん」

 

 眠っているエースとサボに気を遣ったのか、普段より小さめの声で話しかけたルフィ。好奇心を剥き出しにしてくるストレート具合に笑いながら、グレイは静かに語り出した。

 

「……命の恩人の役に立ちたかったからだな」

「命の恩人?」

「そう。返しきれないぐらいの恩がある人だ。その人の役に立ちたくて、俺は"海軍"に入隊した。……"悪魔の実"なんていう便利なものも食っちまってたしな」

「ふーん。そっか!」

 

 いまいち理解していなさそうな反応を見せるルフィ。子供には少し難しかったかと、グレイはルフィの頭を撫でた。

 

「ルフィが海賊になりたいのは、『赤髪』さんとの約束のためだったよな」

「おう! ……シャンクスはおれの命の恩人なんだ!」

「ははっ、俺と同じじゃん」

「おお! ほんとうだ! にししっ!」

 

 素で気付かなかったようで、指摘されることで歯を見せて笑うルフィ。しかし落ち着いたように空を見上げると、麦わら帽子を深くかぶった。

 

「……りっぱな海賊になって、この帽子を返しにいくんだ。シャンクス達よりつよくなって、世界一の財宝をみつけて、おれは海賊王になる!!」

「……そっか」

 

 どこまでも純粋な瞳で夢を語る少年。その内容は海兵として褒められたものではないが、強く否定する気にすらなれない。モンキー・D・ルフィが持つ不思議な魅力に、グレイも少なからず好感を覚えてしまっているのかもしれない。

 

「強く……ならないとな」

 

 ルフィの掲げる夢は生半可な覚悟では叶えられない。『海賊王』になるということは、この広い海に生きている数多の強者達に勝利し──()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「なるさ! "ゴムゴム"の必殺技はたくさん考えてあんだ!」

「アイデア豊富なのは良いことだ。技にはイメージ……想像力が必要になる。前に見せた"荷電砲弾(プラズマ・ブラスト)"を覚えてるか?」

「ああ! あのドーンってでけぇ音がしたやつ!」

「あれの元になったのは、ガープさんの"拳骨隕石(ゲンコツ・メテオ)"って技でな。素手で大砲の弾をぶん投げるっていう頭の悪い技をヒントに作ったんだ」

 

 ガープが今の言葉を聞けば、グレイに拳骨の一発でも飛ばすだろう。砲弾を投げるだけで大砲よりも早く飛ばす腕力は未だ衰えを感じさせていない。

 

「じいちゃんはやっぱすげぇんだな!」

「海賊王になるつもりなら、ルフィはガープさんも倒さなきゃいけないかもしれないぞ? ……ついでに俺もな」

「うへぇっ、そうなのかぁ!?」

 

 揶揄うように忠告するグレイ。オーバーなリアクションが新鮮なため、グレイにとってコロコロと変わるルフィの表情は愉快なものであった。

 

「……でも、なるんだろ?」

「なる!!」

 

 揺るがない信念。説得など初日に諦めたが、やはりその判断は正しかったとグレイは確信した。

 

「それに約束ならもう一つしてるんだ!」

「……もう一つ? 『赤髪』さん以外にってことか?」

 

 グレイの質問に大きく頷いたルフィ。初めての発言に興味が湧いたのか、グレイは更に深く追求した。

 

「へぇ、そうなのか。どんな約束したんだ?」

「にししっ。"新時代"だ!」

「……新時代?」

「そう! 麦わら帽子のマークなんだ!」

「?」

 

 子供特有の説明力により、グレイの疑問が深まる。嬉しそうに話しているところ申し訳ないが、グレイは何一つ理解出来なかった。

 

「おれが海賊王で、あいつは歌手になるんだ!」

「??」

「でもおれが183連勝中なんだ!」

「???」

 

 次々と公開される新情報へ、頭での処理が追いつかないグレイ。補足も何もなく、言いたいことだけを言っていくのはルフィらしいのだが。

 優秀な頭脳を活用し、グレイはなんとか話をまとめた。

 

「えーっと……つまりこういうことか? ルフィは『赤髪』さん以外の誰かと約束をして、その約束をした相手は歌手を目指したと?」

「そうだ! ウタは歌手になるために船を降りたってシャンクスが言ってた!」

「おおう……。また混乱しそうな情報を」

 

 ルフィの言葉通りならば、"ウタ"という約束相手は赤髪海賊団に所属していたことになる。大海賊と呼ばれる海賊団に所属しているメンバーの顔と名前のほとんどをグレイは記憶していたが、ウタという名前に覚えはなかった。

 

「少し前に……なにも言わずにいっちまったんだ」

 

 忘れているだけかとグレイが頭を悩ませていると、悲しそうな声音でルフィが珍しく補足説明に入った。本人にそんな自覚はないだろうが。

 

「ウタはシャンクスが大好きだったんだ。だから海賊でいるっておもったんだけど」

「……寂しいのか?」

「ぜんぜん! なりたいもんがみつかったのはいいことだ! おれはウタを応援する!」

「そっか。良い友達だな」

「にししっ! おれたちは約束したから!」

 

 海賊王と歌手。正直に言えばハードルの高さは天と地ほど離れている。しかし、そんなことを言うのは無粋以外の何者でもない。グレイは若き次世代達の輝きに、少し目を細めた。

 

「でもよ、グレイ」

「ん? どした?」

「おれはいいんだ。これからどんどん強くなるから」

「……?」

 

 海を見ながら静かに言葉を続けるルフィ。やはり七歳の少年とは思えない不思議な空気を纏っている。

 

「でも、ウタのやつが困ってたら……助けてやってほしいんだ」

「……」

「おれが助けにいけたらいいんだけど、たぶん無理だ。……グレイならどこでもとんでいける」

 

 ルフィは一応海賊王になることの難しさは理解しているようで、よそ見をしている暇は無いと断言した。だからこそ海兵であり、尚且つどこへでも飛んでいけるグレイへ頼むことにしたようだ。

 

「もうあいつは海賊じゃねぇ。だから、ウタが困ってたら助けてやってほしいんだ。……たのむ」

「……ルフィ」

 

 小さな頭を下げて頼み込むルフィ。子供の戯言などとあしらえるものではない。グレイは頭を上げさせると、ルフィの目を見てハッキリと告げた。

 

「──分かった。約束する」

「……グレイ」

「もしそのウタが助けを求めていたら、俺が必ず助けに行く。……安心しろ。俺は今まで一度も約束を破ったことないからさ」

 

 ポンッと麦わら帽子に手を置くグレイ。満足のいく答えを貰えたからか、ルフィの表情はとても明るい。

 

「やっぱかっけぇなぁ! グレイ!」

「海兵に憧れたか?」

「おれは海賊になる!」

「ははっ、だろうな。……ルフィ、ちょっと指貸せ」

「ん? なんだぁ?」

 

 細く脆い小指を取り、身体の前に出させる。自身の小指と絡めて、グレイは改めてルフィに宣言した。

 

「──友達との……"約束"だ」

「……にししっ! おう! 約束だ!」

 

 誰にでも出来る儀式を終え、笑い合うルフィとグレイ。

 未来の海賊と交わした約束を確かめるように、二人の間を優しい風が吹き抜けていった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「「いかないでくれぇぇぇええっ!!!」」

「おいおい。泣くなって……鼻水付けるなよ」

 

 号泣しながら足に抱き付き、引き止めの言葉を叫ぶ二人の少年。それはフーシャ村を出るグレイを引き止めようとする、ルフィとサボによるものだった。

 

 現在は滞在四日目の朝。ガープの休暇が終わるということもあり、港には見上げる程の大きな軍艦が迎えのために停泊していた。

 

「ほら、涙拭けよ。ルフィもサボも、男が簡単に泣くな」

「だっでぇよぉお〜」

「ざびじぃ〜!」

「はぁ。おいエース、なんとかしてくれ」

「……ふん。知るか」

 

 普段通りの不機嫌そうな顔で腕を組むエース。しかしどこか悲しそうな目もしており、気持ちとしてはルフィ達と似たようなものだった。

 

「おいグレイ! そろそろ時間じゃぞ!」

「分かりました。ガープさん」

 

 既に軍艦に乗り込んでいるガープから、グレイを呼ぶ声が上がる。派手なアロハシャツ姿は終わり、見慣れた白スーツとコートを着用している。

 軍艦に乗り遅れても問題などないが、待たせてしまうのはよろしくない。グレイは再度、未来の海賊達へ向き直った。

 

「じゃあ、もう行くから。ほら、海賊はそんなに泣き虫なのか?」

「「泣き虫じゃねぇ!!」」

「よし、それで良い。お前らがこれからどんな風に成長するのか楽しみにしてるよ。──次に会う時は敵同士だ。手加減しねぇぞ?」

「「「望むところだ!!!」」」

 

 叫び返す三兄弟。それを聞いたグレイは三人の頭を撫でた後、ゆっくりと立ち上がり、軍艦へ乗船した。

 

「ガープ中将! 出港準備完了致しました!」

「よぉし! 出るぞ!」

 

 港が少し揺れ、軍艦が動き出す。小さな村の港などすぐに後ろへ流れていき、見守っていた人々の視線を受ける。

 

「グレイィィィィ! またなぁぁぁ!!」

「待ってろよぉぉぉぉっ!!」

「次こそ勝つからなぁっ!!」

 

 大声で手を振るルフィ・サボ・エース。上から眺めているグレイへ届けるため、全力で声を張り上げている。

 そんな彼らを見て、ここに来る原因となったガープが複雑そうな顔でグレイに話しかけた。

 

「懐かれたもんじゃのう」

「……ですね。まいったな」

「お前はまだ休暇中じゃろう? 残っても良いんじゃぞ?」

「これ以上に情が移ると困りそうなんで、ここで退散しときます」

「ぶわっはっはっは!! ウケるぅ!」

「いや、ウケませんて」

 

 肩の力が抜けながら、遠ざかる三兄弟の顔を見る。困るどころではない、随分と親しくなってしまった。

 

「……まったく。本当に困ったな」

 

 長期休暇の半分を過ごした山──"コルボ山"を見つめるグレイ。険しい自然ではあったが、とても充実した日々を過ごすことが出来た。

 付き合わされた虫取り、付き合わされた冒険、付き合わされた修行。どれもこれも濃い思い出となっており、既に懐かしさすら感じてしまう。

 

「後の三日はどうするつもりだ?」

「適当な所で飛んで行きます。行きたい村もありますから」

「そうか。……はぁ、わしは仕事かぁ」

「そういうため息は真面目に働く人の特権ですよ?」

 

 憎らしい笑みを浮かべるグレイ。それに対して拳骨を落とすガープだったが、ひょいっと躱されてしまう。

 

「かぁ〜! 生意気な!」

「にしてもアイツら、ガープさんのこと一回も呼びませんでしたね」

「何故じゃ! 久しぶりのじいちゃんだというのに!」

「日頃の行いじゃないですかねぇ」

「なに笑っとんじゃぁ! グレイッ!!」

「あはははっ!!」

 

 快晴の下、青い海を突き進む。

 穏やかな海には、軽快な笑い声と覇気溢れる怒声が響き渡っていた。

 

 

 

 




 フーシャ村編終了です!次に原作主人公が登場するのはいつになることやら……。

 そして映画特典第三弾があるそうですね。既に観ているので行くかどうか……悩みます(笑)。


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『みかん畑の家族』

 

 

 

 

 

 ──ココヤシ村。

 

 "東の海(イーストブルー)"にある小さな村であり、温厚な気候のため

 農業や漁業が盛んである。

 そんな穏やかな場所にあるからか、住んでいる村人達も優しい性格をしている者が多く、いつも子供達の笑い声が飛び交っている程の平和な村だ。

 

 そんな村のはずれにある──みかん畑。

 そこでは一人の大人と二人の子供が明るい声を上げながら、仲良くみかんを収穫するという幸せな光景を作り出していた。

 

「ベルメールさーん! こっちも獲れたよー!」

「あー! ずるい! ノジコ! ベルメールさん! 私のも見て!」

「はいはい。二人とも上手に獲れたじゃない。流石は私の娘達!」

 

 ピンク色で剃り込みという派手な頭をしたベルメール。同じく派手な髪色であるノジコとナミの頭を愛おしそうに撫で回した。

 

「今日は大量だね。よし、そろそろ戻ろうか。お昼ご飯食べよ!」

「「はーい!!」」

 

 思わず笑みを浮かべてしまう元気な返事を聞きながら、ベルメールは照りつける太陽を見上げた。海が近いこともあり、潮の匂いが鼻をくすぐる。吹いている風は肌を撫でるような軟風、ぐわっと身体に走る気持ち良さは言葉で言い表せない。

 

「……良い天気」

 

 みかんを入れた袋を担いで元気に家へと駆け出して行く娘達を見ながら、ベルメールはありふれた幸せを噛み締めた。普段と変わらない日常ではあるが、手放すことなど考えられない唯一無二の幸せなのだ。

 

「さて、私も行くか」

 

 ナミとノジコの物よりも一回り大きな袋を担ぎ上げ、家を目指して歩き出す。ズッシリとした重みが身体を襲うが、豊作であるという何よりの証拠。今度娘達に何か買ってやろうと考えながら、ベルメールは口元を緩めた。

 

「……ん? どしたのナミ、ノジコ」

 

 ベルメールが上機嫌で歩いていると、先に家へと戻った筈の二人が空を見上げて立ち止まっていた。何事かと訊ねてみれば、呆然とするナミの代わりにノジコが空を指を差して答えた。

 

「ベルメールさん。お星様が飛んでる」

「えぇ? お星様?」

 

 なんともメルヘンな返答をされてしまい、困り顔のベルメール。そもそも現在の時刻は昼前であり、星など出ている訳がないのだ。

 しかし自分の娘がつまらない嘘をつくとも思えず、ベルメールはノジコが指差した方向へ視線を向けた。

 

「…………ああ。確かにお星様だね」

 

 手で影を作り、日差しから目を守る。クリアになった視界に入ったのは、ノジコの言う通りお星様のような輝きを放つ高速飛行物体。飛んだ後が分かるような光の軌跡を残して、ベルメール達の目の前に着地した。

 

「「わあっ!!」」

 

 着地すると同時に起こった風圧に押される子供達。よろけながらも、みかんを入れた袋を落とさないようにする姿はベルメールへの愛を感じさせる。

 そんな娘達を抱き締めたい衝動に駆られながら、ベルメールは騒ぎを起こした顔見知りへ口調を強めながら声をかけた。

 

「来るならもっと静かに来な!」

「悪い悪い。減速失敗した」

 

 突如飛来した男は悪びれた様子もなく、軽い笑みを浮かべながらベルメールへと謝罪した。

 

「……全く、相変わらずだね。グレイ」

「そっちこそ変わりないな。元不良海兵」

 

 腰に手を当て、呆れながら口を開いたベルメール。久しぶりに見た顔と性格は昔と変わらず生意気なものだが、むしろ安心すらしてしまう。

 

 悪友との再会は──いつも通り突然だった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「ったく。毎度言ってるけど、来るなら来るで連絡ぐらいしなさい」

「俺にとっても予想外の休暇だからな。"東の海(イーストブルー)"に来たからついでに寄っただけだ」

 

 カチャカチャと食器の準備をしながら、ベルメールはグレイに対して突然の来訪を咎めた。来ると分かっていれば、相応の準備をしていたという文句も添えて。

 

「……やっぱり出来は良いな」

「当たり前でしょ。不味いなんて言ったらぶっ飛ばすわよ?」

 

 素直に認めたくなさそうなグレイの言葉に強気で返すベルメール。先程からグレイが食べているみかんに対しての感想に満足したようだ。

 グレイが椅子に腰掛けながら黙々とみかんを食べていると、ドタドタと騒がしい音を立てながらナミとノジコが走って来た。

 

「ベルメールさん! 手洗ってきたよ!」

「ナミ! ちゃんと拭かないと!」

 

 みかんの収穫で付いた汚れを落とし、綺麗な手を見せつけながら笑うナミ。そんな彼女の横で姉であるノジコがタオル片手に世話を焼いている。

 拭き残しがなくなりノジコから解放されると、ナミはみかんを食べているグレイを見て笑顔で近寄ってきた。

 

「ねぇねぇグレイ!」

「グレイさんだろ?」

「みかんおいしい?」

「聞けよ。……まあ、美味い」

「でっしょー! あたしとノジコも手伝ったの!」

「そうかい。偉いな」

 

 昔からちょくちょく顔を見せているため、ナミとノジコがグレイを怖がることもない。親戚の叔父さんぐらいの感覚だ。ナミが八歳、ノジコが十歳と、よく子供と関わる長期休暇となった。

 

「グレイくん。いつもと服が違うんだね」

 

 ナミよりは呼び方がマシなノジコ。グレイが普段と違う服装なのが気になったようだ。

 

「今は休暇中だからな。私服だ」

「えー、地味じゃない?」

「良いんだよ。こんなもんで」

「ナミはどう思う?」

「ベルメールさん! 手伝ってあげる!」

「……聞いてないし。あたしも手伝う」

 

 自由奔放なナミ。大好きなベルメールを手伝おうと駆け出し、ノジコは苦笑い気味にそんな妹の背中を追った。

 

「──おおっ、なんか豪華だな。いただきます……美味いな」

 

 来客ということで、机で待たされていたグレイ。そんな彼の前に出された料理は"鴨肉のみかんソース"仕立て。甘く調理されたソースと柔らかい鴨肉が合わさり、あまり口にしたことのない美味を感じた。

 昼食にしては豪華な食事だと思い、グレイはベルメールに訊ねた。

 

「なんかの記念日か?」

「ふふーん。これぐらいウチじゃ普通よ?」

「今日はノジコの誕生日なんだよ! こんなお肉なんて久しぶりー!」

「いつもみかんばっかだもんね。ナミの時はお魚だったの」

「こらぁっ! ナミ! ノジコ!」

 

 見栄を張ろうとしたベルメールだが、愛娘達に速攻で潰される。グレイは笑うに笑えない家庭事情を流しながら、有り難く出された料理を堪能した。

 

「皿洗う」

「いいよ別に。ナミとノジコを頼むよ」

「いや、それを避けるために皿洗いしたいんだけど」

「美少女二人を相手になんて罪な男ねぇ。ナミ! ノジコ! グレイが遊んでくれるってさー! 買い物にでも連れてってもらいな!」

「「わーいっ!!」」

「……はぁ」

 

 はしゃぐ二人にみかんの皮で黄色くなった手を取られ、ぐいぐいと引っ張られるグレイ。家を飛び出し、勢いよく村の中心へと連れ出された。

 

「おいおい、コケるぞ。もっとゆっくり歩けって」

「早く早く! ノジコ、何買ってもらおうか?」

「そうだねぇ。服!」

「わー! わたしも!」

「おい、何でナミもなんだよ」

「わたしもちょっと前に誕生日だったの! いいでしょ? グレイ!」

「……好きにしろよ」

「「買い物だー!!」」

 

 ノジコと同じく誕生日が七月のナミ。ちゃっかり自分の分も要求し、見事に押し通した。

 引っ張られること五分。静かな潮の音しか聞こえてこなかった耳に、活気ある人々の声が届き始めた。

 

「おっ、ナミ! ノジコ! 買い物か?」

「ナミちゃん、ノジコちゃん。りんごあげるよ」

「おいおい! グレイも居るじゃないか! 久しぶりだなぁ!」

 

 商店街に入り、次々と声をかけられる三人。地元の人間であるナミとノジコだけでなく、グレイのことも認知されている。ベルメール関係以外にも、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「今日はコート羽織ってないのかい?」

「ええ。今日は非番です」

「珍しいねぇ! じゃあウチの店に寄っておくれよ! グレイちゃんならサービスしちゃうよ!」

 

 グレイ達へ軽快に話しかけてきた服屋のおばちゃん。丸々した体型と大らかな笑顔をしており、客商売に於いて重要な安心感を与えている。

 

「どうする? お前ら」

「「寄るぅー!!」」

 

 宣言していた通り服が欲しいらしく、おばちゃんの勧誘は見事に成功。グレイ達三人は服屋へと入った。

 古いながらも掃除がいき届いており、店内に埃などが舞ってもいない。むしろレトロさを感じさせる雰囲気で、そういった趣味の人からすれば穴場と呼べるかもしれない。

 

「二着までな? あんま買うとベルメールがうるさいから」

「「はーい!!」」

 

 一着とケチらない辺り、完全に親戚の叔父さんだ。元々子供嫌いという訳でもなく、面倒見が良いグレイ。ルフィ達と別れたばかりということもあり、普段以上に甘くなっていた。

 

「グレイ! 似合うかな?」

「あー、似合う似合う」

「グレイくーん。これとかどう?」

「おー、似合う似合う」

 

 色々な服を手に取り自身の身体へと合わせ、グレイに見せるナミとノジコ。適当な感想しか返ってこないが、二人は気にした様子もなく楽しそうに笑っている。

 二十分程待たされた結果、無事に買い物が終了。特にブランドもない子供服ということもあり、値段も財布に優しいものであった。

 

「よし。じゃあ帰る……ん? なんだよ」

 

 買い物を済ませたので、家に戻ろうと提案しようとしたグレイ。店を出て歩き出そうとした彼を止めたのは、悪い笑みを浮かべたノジコだった。

 

「ねぇ、グレイくん。お願いがあるの」

「……聞くだけな」

「ナミに本を買ってあげて欲しいの」

「……えっ?」

 

 誕生日を理由にした追加のおねだりかと思えば、ナミのための交渉。グレイは自分と同じく驚いているナミに視線を向けながら、ノジコの言葉に耳を傾ける。

 

「ナミには夢があるの。でしょ? ナミ」

「う、うん……」

「……夢?」

 

 スカートをギュッと握り締めながら、ナミが小さく頷いた。活発な彼女にしては珍しく、恥ずかしがっているようだ。

 

「……わたし、世界地図を書きたいの」

 

 ノジコに背中を押され、口にした一言。それは八歳の少女が持つにしては途方もない程に大きく、夢のある夢だった。

 

「航海術の勉強もしてるのよ? ナミは凄いの!」

「世界地図……か。それは凄いな」

「でっしょー? まだベルメールさんにも言ってないナミの夢だから、あたしは手伝ってあげたいの! だからお願い! グレイくん! ナミのために本を買ってあげて!」

「ノジコ……。グレイ! お願いします!」

 

 頭を下げる姉妹。最近はよく子供に頼まれごとをされるなと思いながら、グレイはしゃがむことで目線を下げ、優しい口調で返した。

 

「……夢があるのは良いことだな。頑張れよ」

 

 そう言って立ち上がり、歩き出したグレイ。不安そうに顔を上げた二人に、グレイは悪戯っ子のような顔で言葉を放った。

 

「──ほれ、本屋行くぞ」

「グレイ!」

「グレイくん!」

 

 輝くような笑顔でグレイに駆け寄るナミとノジコ。鬱陶しそうな顔で抱きつかれるグレイだが、満更でもない様子だ。

 小言を言われたくないため、グレイは二人にベルメールには秘密にすることを約束させる。その後、本屋でナミとノジコに一冊ずつ本を購入し、最初から最後まで引っ張られたまま帰路についたのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……嵐が去ったか」

「あははっ、悪いねぇ。この子達、久しぶりにアンタに会えて嬉しかったみたいよ?」

 

 仲良く同じ布団に入り、気持ち良さそうに眠っているナミとノジコ。窓から差し込む日差しの温かさと涼しい風が合わさり、最高の昼寝場所となっていた。先程までの破天荒さが嘘のようであり、寝顔だけ見れば天使である。

 

 机でぐったりしているグレイを見て、煙草を咥えながら笑うベルメール。片付けのついでに掃除もしていたようで、家を出る前と比べて部屋の中はとても綺麗になっていた。

 

「……でかくなったな。ちゃんと母親してるじゃねぇか」

「まあ、なんとかね。……それにしても本当に急じゃないか。何かあったのかい?」

「三年間有給取ってなかったことにキレられて、問答無用で一週間の長期休暇だ」

「……はぁ、本当に相変わらずだねぇ。休むことも重要だって教えたろ?」

「スモーカーの馬鹿と一緒に煙草で副流煙撒き散らしてたアホに言われたくねぇ」

「ああーん? 生意気な口はこれか?」

「お、おい……つねるなって」

 

 疲れた顔のグレイにも遠慮せず、無防備な頬へ制裁を与えたベルメール。同期であるスモーカーとヒナがこの光景を見ていれば、またやってるのかと呆れていたことだろう。

 つねられた頬を撫で、痛みを和らげるグレイ。ため息をつきながら出されたお茶を飲み干すと、真剣な表情でベルメールに言葉を放った。

 

「……で? ()()()()()? 村の方では見かけなかったけど」

「いつも通り、漁に出てくれてるよ。食糧の心配がなくなっただけじゃなくて、海獣なんかの被害もなくなった。本当に助けられてるよ」

「そうか。上手くやってるみたいだな」

「アンタのお陰だね。……今日はその様子も見に来たんだろ?」

「やっぱバレたか。でも仕事と思って来た訳じゃないからな」

「分かってるよ」

 

 灰皿で煙草を処理し、伸びをするベルメール。労働の疲れを軽くすると、何かに気付いたように笑った。

 

「ふふっ、噂をすればってやつだね」

「……だな」

 

 互いに家の扉へと視線を向ける。態度から察するに、話題にしていた当人が戻って来たようだ。

 グレイは村の中心地から聞こえてくる歓声に耳を澄ませながら、家の扉を開けた大男へ笑いかけた。

 

 肩にマグロを担ぎながら帰って来た大男。扉を開けた瞬間まで無表情だったが、グレイの姿を確認した途端に硬直。とても鋭利なギザギザの歯を揺らしながら、震える指でグレイを指差した。

 

 そんな男の態度にグレイは苦笑いし、軽く手を上げて名前を呼んだ。

 

 

「よっ。──()()()()

「お、お前……なんで」

 

 

 ノコギリザメの"魚人"・アーロン。

 ドヤ顔で獲れたてのマグロを運び、ベルメール・ナミ・ノジコの喜ぶ顔が見られるだろうと確信していた所で、予想外過ぎる人物に出迎えられたのだった。

 

 

 

 




 原作死亡キャラ生存タグくんが本気出してきました。
 ココヤシ村はONE PIECE世界の中でもトップ3に入るぐらい民度が良い村だと思ってます(笑)。名前のあるキャラから名前のないキャラまで男前が過ぎるんじゃ……。


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『希望の村』

 

 

 

 

 

 三年前──名もなき無人島でスティージア・グレイと魚人の集団が戦った。

 

 世の中に知られることのないその戦いは苛烈を極め、一晩中続く程の大激闘となった。グレイは四十八人もの魚人を相手に全く譲らず大立ち回り、結果的には全員打ち倒して勝利を収めた。

 

 勝負を見届けたのは、神が住まう聖地《マリージョア》を襲撃した世界的犯罪者にして、数多の奴隷を救った『奴隷解放の英雄』でもあるフィッシャー・タイガー。そして戦いに参加しなかった元奴隷の過去を持つイタチウオの魚人・アラディンだけだった。

 

 これ以上ない程に力を見せつけたグレイ。タイガーの恩人ということもあり、その場に居た魚人の多くは彼のことを認めた。協力関係を結ぶための信頼作りというグレイの思惑は概ね上手くいったと言える。

 

 しかし、満場一致で信頼には至らない。魚人と人間の歴史が紡いできた関係性は決して美しいものではないのだから。

 

 数人の魚人は敗北したこと自体は認めたが、グレイのことを認めようとはしなかった。その中でも特に酷く反発し、勝負を挑み続けた男が居た。他の者達が観念してグレイを認めても心を許さず、力の差を理解していて尚ぶつかっていった──ノコギリザメの魚人が。

 

『もう一度だ!』

 

 気性が荒い性格。

 

『次こそは俺が勝つ!!』

 

 とてつもない負けず嫌い。

 

『人間如きがァァッ!!!』

 

 魚人であることに対しての誇り。

 

 粗野で凶暴、一見すればただの悪党だ。

 事実、海賊であったのだから間違いでもない。それ故に、海兵であるグレイを認められなかったのかもしれないが。

 

 挑み続けた男の名は──アーロン。

 

 

 そんな元海賊の男は現在、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「ク、クソ海兵……! なんでテメェがここに居やがるっ!?」

「久しぶりだな、アーロン。そんな怖い顔して怒んなって。あっ、日焼けした?」

「うるせぇッ!! ベルメール! どういうことだ!!」

 

 ヘラヘラと軽い笑みのまま、マイペースのグレイ。この男に振り回されてなるものかと、アーロンは我関せずと欠伸をしていたベルメールに声をかけた。

 

「私に聞かないでよ。いつも通り急に突撃して来たんだから」

「なんだと!? 追い返すぞ! 塩撒け! 塩!」

「俺は悪霊か」

 

 腕を振りながら怒りを剥き出しにするアーロン。顔を見ただけでこの反応、グレイのことを相当嫌っているようだ。

 

「お前も変わらないな。……で? そのマグロなに?」

「ッ!! ……お、お、お前に関係ねぇだろ」

 

 肩に担いでいた1メートル程のマグロを背中へと隠すアーロン。3メートル近い身長だからこそ隠せてはいた。

 しかし、マグロは隠せても動揺は隠せていない。グレイは揶揄うような笑みを浮かべると、わざとらしく天井を見上げながら口を開いた。

 

「今日はノジコの誕生日なんだってな〜?」

「だ、だからなんだってんだ!!」

「ベルメール、今日の晩飯はマグロらしい。昼飯に続いて豪華だな」

「ありがとね。アーロン」

「〜〜〜ッ!!!」

 

 青い肌を赤く染め、自慢の鋭い牙を何度も鳴らす。咄嗟に言い訳の一つも出てこないようで、ベルメールからのお礼も受け止めきれていない様子だ。

 怒りと羞恥、アーロンがその両方に激しく襲われていると、開きっぱなしの入口から新たに声が上がった。

 

「ニュ〜? アーロンさん? どうしたんだ?」

「ハチ! く、来るんじゃねぇッ!!」

 

 狼狽えるアーロンに構わず、伸び伸びした口調と共に家へ入って来たのはタコの魚人・はっちゃん。愛称かと思ってしまうが、正真正銘の本名だ。

 とても気の良い性格をしており、村の子ども達から好かれている。六本ある腕に子供達が掴まっていることなどよく見られる光景だ。

 

「なんだ? どうした? ハチ」

「騒がしいな。チュッ♡」

 

 はっちゃんに続いて顔を見せたのは、武人のような顔をしたエイの魚人・クロオビ。そして特徴的な唇をしたキスの魚人・チュウだった。はっちゃんを合わせたこの三人はアーロンと長い付き合いであり、同じくココヤシ村の住人として生活を送っている。

 

「よう。ハチ、クロオビ、チュウ。久しぶりだな」

「「「グレイッ!!!」」」

 

 アーロンにしたように軽く挨拶をしたグレイ。声と顔を確認した三人はプルプルと震えているアーロンを押し退け、椅子に座っているグレイへと近寄った。

 

「ニュ〜っ! 久しぶりだなぁ!」

「また腕を上げたようだな。手合わせしたい」

「前に来た時から時間経ち過ぎだぜ。チュッ♡」

 

 先程のアーロンとは違い、歓迎の態度を見せる三人。押し退けられたアーロンが不満そうな顔をしているが、ベルメールが肩を叩きフォローしていた。

 

「悪い悪い、色々と忙しくてさ。有給使ったから様子見に来たんだ。元気にやってるみたいで安心したよ。みんなで漁に行ってたんだって?」

「ニュ〜、まあな。他の奴らも合わせて全員で行って来た。……そうだ、アーロンさん。ナミとノジコにマグロは見せたか?」

 

 わくわくした表情で訊ねるハチ。アーロンの浮かれっぷりを近くで見ていたこともあり、サプライズの結果が気になったようだ。

 

「……まだ見せてねぇ」

「今あの子ら昼寝しててね。起きたらちゃんと見せるよ。悪いね、アーロン」

「べ、別にアイツらを喜ばせようとして持ってきた訳じゃねぇ! たまたまデカいマグロが獲れたから見せびらかしに来ただけだ!」

 

 声を張り上げながらマグロを担ぎ直し、アーロンは不機嫌そうに鼻を鳴らした。隠すことはやめて、開き直ることにしたようだ。

 

「しかもそれ……"カーレント・オオマグロ"か? よく捕まえられたな」

 

 アーロンの肩に乗っているマグロを改めて観察し、珍しい物を見たような声を上げるグレイ。事実とても希少なマグロであり、中々お目にかかれる代物ではなかった。

 

 "カーレント・オオマグロ"。──別名"ミサイルフィッシュ"。激しい海流の中を泳ぐマグロのため、捕獲難易度は極めて高い。海流の影響で釣り上げることも出来ないため、素潜りをして銛で突くのが一般的な捕獲方法だ。傷あり前提なので無傷の状態ではまず手に入れられないのだが、アーロンの持つ"カーレント・オオマグロ"には傷一つ付いていなかった。

 

「凄いな、傷がない」

 

 専門の職人が熟練の技と命を懸けてようやく獲れるマグロ。見た感じ大きさはそこまでだが、傷のない個体であれば軽く1億ベリー以上はするだろう。子供の誕生日祝いとしては間違いなく世界最高ランクの贈り物だ。

 

「アーロンさん。ナミとノジコが喜ぶと思って二時間粘って獲ったんだ。掴み取りで」

「おれ達がもう引き上げようと言っても聞かなくてな」

「ずっと追いかけてたぜ。チュッ♡」

「テメェらァァァァァァッ!!!」

 

 黙り込む暇もなく思いっきり暴露されたアーロン。かけがえのない仲間である筈だが、この時ばかりは本気で殴り倒したい衝動に駆られた。

 

「やっぱナミとノジコのためか。やるな。アーロン」

「……チッ。おいお前ら、さっさと解体するぞ」

「ニュ〜、分かった」

「晩飯までに済ませないとな」

「俺は酢飯作るぜ。チュッ♡」

 

 目当てのナミとノジコが昼寝しているため、マグロの解体に移ろうとするアーロン。はっちゃん、クロオビ、チュウに呼びかけた後、グレイに背を向けた。

 

「酢飯ってことは寿司か。贅沢だな、ベルメール」

「本当ね。アーロン達には感謝しかないよ」

「おお、聞いたかアーロン。感謝しかないってさ」

「そんなくだらねぇこと言ってねぇでテメェも手伝いやがれっ! マグロ食わせねぇぞっ!!」

 

 不器用な優しさを見せながら外に出て行くアーロン。どうやら手伝いさえすればグレイにも食べさせてくれるようだ。

 

「……アイツ、変わったな」

「そうかい? 割と最初から優しかったよ。──さっ、準備開始だ。チュウ、寿司以外にも色々作るから手伝ってね」

「任せろ、ベルメール。グレイはアーロンさん達の方を頼むぜ。チュッ♡」

 

 意気込んで台所へと向かうベルメールとチュウ。

 グレイはそんな光景に微笑ましさを感じながら、騒ぎ声が聞こえてきた外へと歩き出した。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「シャーッハハハハハハッ!!」

 

 柔らかくサイズの大きいソファーに座り、木製のジョッキ片手に大声で笑うアーロン。特徴的な笑い声が響いているのはココヤシ村の港近く。潮の匂いが香る開放的なバーのような場所だった。数多くの机と席が存在しており、数十人の魚人達もアーロンと同じく気持ち良さそうに酒を楽しんでいる。全員がアーロンのことを慕っている者達なので、同じようにココヤシ村で生活しているのだ。

 

「……ご機嫌だな」

 

 グレイはそんなアーロンと同じソファーに腰掛け、オレンジジュースの入ったジョッキを傾けていた。

 心底嬉しそうに笑っているアーロンを肴にチビチビと周りの雰囲気に合わせていると、頭に手拭いを巻いたハチがたこ焼きを持って席に来た。

 

「ニュ〜、出来たぞ〜!」

「おっ、美味そう。サンキュー、ハチ」

「モチ入りとダシ入りもある。食って味の感想くれ! ……おっ、クロオビとチュウも来たな〜」

 

 食欲をそそる香りに夕食を食べたばかりの腹が鳴る。大食いのつもりはないグレイだが、こうも魅力的な食べ物が多いと話は別のようだ。

 グレイがたこ焼きに目を奪われていると、ベルメールの家で夕食の片付けを手伝っていたクロオビとチュウが合流。ハチと同じくソファーへと腰掛けた。

 

「お疲れ、クロオビとチュウの酒も取ってあるぞ。つまみにハチ特製たこ焼きだ」

「ああ、ありがとう」

「サンキューな」

 

 グレイからジョッキを受け取る二人。高笑いを上げていたアーロンがそれに気付くと、腕を大きく振り上げて口を開いた。

 

「クロオビ! チュウ! 見たか!? アイツらの驚き顔! 笑いが止まらねぇっ! 傑作だったなァッ!!」

「とても喜んでいたように見えた。良かったな、アーロンさん」

「最高の晩飯だったぜ」

 

 "カーレント・オオマグロ"を見た時のナミとノジコの反応が満足だったらしく、アーロンは先程からずっとそのことで笑っていた。二時間かけて粘った甲斐があったというものだ、嬉しいのも当然だろう。

 

「……めっちゃ美味い。ハチ、腕上げたな」

 

 モチ入り、ダシ入り共に大満足の味。寿司に刺身に海鮮丼、さっぱりとした美味を楽しんだばかりだからか、たこ焼きの味が舌に響く。

 

「当然だ! ハチのたこ焼きだぞ! 不味いなんて言ったらぶっ飛ばすからな!」

「昼間ベルメールにも似たようなこと言われたな」

 

 グレイの感想に対するアーロンの噛みつき方がベルメールとほぼ同じ。元から二人は似た者同士だったかと、苦笑いした。

 

 

「──おおっ! やっとるな!」

 

 

 グレイ達が仲良くたこ焼きを堪能していると、新たな来客が現れる。

 強面の顔をした半袖半ズボンの中年男性であり、風車付きの変わった帽子を被るその男の名はゲンゾウ。駐在としてココヤシ村の風紀を守る正義感の強い人物だ。ゲンさんという愛称で親しまれている。

 

「どうも、ゲンさん。久しぶりですね」

「グレイッ! やはり来ておったのか! 昼間は忙しくてな、顔を見られんかったんだ!」

 

 イカつい顔に似合わない優しい笑みを浮かべたゲンゾウ。グレイと強く握手し、再会を喜んだ。

 

「来たか! ゲンゾウ! こっちに来いっ!!」

 

 ゲンゾウの姿を確認したアーロンが叫ぶ。どうやら一緒に飲む約束をしていたらしく、手招きをしている。

 

「アーロン! 今日も漁の成果をありがとうな! みんな喜んでいたぞ!」

「礼なんざ要らねぇ。おれ達にかかりゃ楽勝だ」

 

 気さくに挨拶を交わし、ゲンゾウとアーロンが拳をぶつける。一連の流れだけでアーロンのゲンゾウに対する好感度はグレイを遥かに超えていることが分かった。

 

「今日は気分が良い。ゲンゾウ、付き合ってくれるんだよなァ?」

「望むところだ! アーロンの奢りらしいからな!」

「シャーッハッハッハッ!! 良いぜ! 好きなだけ飲め!」

 

 朗らかに乾杯し、浴びるように酒を飲む二人。人間と魚人、種族間の差別など一切見受けられない光景だ。

 

「……本当。打ち解けたなぁ」

「ニュ〜、あの二人は気が合うんだ。ナミとノジコを特に可愛がってる二人だからな」

「甘やかし過ぎるなと、ベルメールによく叱られてもいるがな」

「あんなアーロンさん、この村に来る前じゃ考えられなかったぜ。チュッ♡」

「ははっ、だよな」

 

 アーロン達をこのココヤシ村に連れて来てから約一年。魚人達はグレイが期待していた以上に村へと馴染み、互いに協力して暮らす理想的な関係となっていた。

 

「ハチのたこ焼き屋は繁盛してるみたいだし」

「ニュ〜、お陰様でなぁ」

「クロオビは道場を建ててもらって、空手を教えてるんだろ?」

「健康的だと中々人気だぞ」

「チュウは銃の扱いを教えて、村の防衛力を上げてる」

「こんな時代だからな。海賊への対抗力は必要だ。チュッ♡」

 

 他の魚人達もそれぞれ自分に出来ることで村へ貢献している。魚人の腕力は人間の10倍、力仕事だけでも計り知れない戦力となるのだ。

 

(……希望の村だな)

 

 ──"知らないことは恐怖"。

 未知に対する恐怖は必ず差別へと繋がる。故にグレイはココヤシ村に魚人達を連れて来た。人間と魚人は信頼し合うことが出来ると証明し、これから先の明るい未来を作る第一歩とするために。

 

(連れて来て良かった)

 

 気分良くオレンジジュースを喉へ流し、たこ焼きを堪能するグレイ。空を見上げれば無数の星達が輝き、舌だけでなく目も楽しませてくれる。決して上品とは言い難いが耳心地の良い騒ぎ声、まさしく幸せな空間であった。

 

「ニュ〜、グレイ? どうした?」

「手が止まっているぞ?」

「眠いのか?」

 

 グレイが湧き上がる高揚感に身体を支配されていると、三人から声をかけられる。どうやら放心状態に近い顔を晒していたらしく、心配されてしまったようだ。

 

「……いや、何でもない。それより大食い対決でもするか?」

「ニュ〜、良いぞ!」

「面白い」

「負けねぇぞ。チュッ♡」

 

 普段飲み会などは参加せず部下達だけに行かせるグレイだが、今回ばかりは話が違う。ここに居る者達は部下ではなく友達だ。珍しく羽目を外したい気分になったグレイは、三人を巻き込んで思う存分この瞬間を楽しんだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 辺りを賑やかにしていた騒がしさが消え、静かな夜が訪れる。月明かりを反射して煌めく海はとても幻想的だ。

 グレイは気持ち良さそうに眠っている魚人達を見ながら、机の上を片付けていた。彼を除いて全員が仲良く酔い潰れているからだ。

 

「──……おい」

 

 どうやら全員ではなかったようで、閉じていた目を開けながらアーロンが声をかけた。隣で飲んでいたゲンゾウの身体を横に倒し、ゆっくりとソファーから立ち上がった。

 カウンター席で潰れている魚人達を優しく床へ転がすと、それを見ていたグレイへ向けて鋭い視線を飛ばしたのだった。

 

「……少し付き合えや」

「……しょうがねぇな」

 

 グレイは片付けをやめ、アーロンの隣へと移動。赤色のワインが注がれたコップを手に取り、アーロンへと向けた。

 

「乾杯」

「……フン」

 

 カンッと軽い音を響かせ、共にコップを口元へ運んだ。周りの目が無くなったからか、アーロンのグレイに対する態度も幾分か軟化していた。

 

「楽しそうにやってるな」

「ケッ、うるせぇよ。……タイの大アニキはどうだ?」

「元気だよ。会ったのは一ヶ月前ぐらいかな。ジンベエさんも元気だった」

「アニキのことは聞いてねぇ」

 

 付け加えられた答えを不機嫌そうに否定し、アーロンはつまみのピーナッツを口へ放り込む。

 

「やっぱ心配か?」

 

 タイガー達がココヤシ村に居ないのには理由がある。尤も別に複雑な理由ではなく、単純にグレイの手伝いをしてるからだ。

 超大型海王類の巣でもある"凪の海(カームベルト)"を問題なく通れる魚人達の移動力は世界的に見ても最高クラス。グレイも認める実力と合わせて、普通の人間では困難な任務も自信を持って任せることが出来ていた。

 

「ハッ、心配なんてするかよ。大アニキ達は強ぇんだ。──それよりも、おれはまだお前が大アニキにしたことを許してねぇからな」

「ははっ、だろうな」

「笑ってんじゃねぇ!」

 

 指を差されながら怒鳴られるグレイだが、気にした様子もなくピーナッツを頬張る。

 

「お前は気に食わないだろうけど、タイガーさんの安全を確保するためだったんだから仕方ないだろ? 結構苦労もしたんだぞ? ──()()()()()()()()()()()()()()

 

 世界的大犯罪者、フィッシャー・タイガー死亡説。

 ありとあらゆる手段を使い、グレイが世界に流した情報だ。掛かった費用も莫大なものであり、自由に使える資金の四分の一が吹き飛んだ。

 

「あの新聞鳥頭め。ぼったくってきやがって」

「そ、そうか……」

「まあ、安心しろよ。タイガーさん達は無事だ。次に会ったら、お前達のこともちゃんと報告しとく」

 

 少し同情したような顔をするアーロンを尻目に、グレイはコップを傾けワインを飲み干した。スモーカー・ヒナ、そして不良海兵のベルメールが周りに居たことで割と昔から飲酒しているグレイ。その恩恵か酒には強く、悪酔いしたことは一度も無かった。

 

「……良い飲みっぷりじゃねぇか」

「力比べだけじゃなく、飲み比べでも俺の勝ちかな」

「上等じゃねぇかッ! 朝までにどっちが潰れるか勝負してやらぁッ!!」

「アーロン。そういうのって大体、言い出した方が負けるんだぜ?」

 

 負け続けてきた男、アーロン。

 未だに思い返す敗戦の記憶を払拭するため、随分と歳の離れた少年に再び勝負を挑んだ。

 

 時折笑い声と怒声が響きながらの勝負は、負けず嫌いでペースを崩した良い歳した大人が──無様に潰れるまで続いた。

 

 

 

 




 タイガーさんとジンベエさんにだけ弟分なアーロンさん良いですよね(笑)。
 あと一話で夏休み編が終わるので、お付き合い頂けると嬉しいです!


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『締めの一仕事』

 

 

 

 

 

「……"嵐が来る"?」

 

 穏やかではないベルメールの言葉に、グレイが首を傾げる。昨日の酒は特に残っていないようで、二日酔いの症状も出てはいなかった。

 

 本日で有給も五日目。最終日は《マリンフォード》に戻ると決めていたが、それにはまだ今日を含めて二日程の猶予がある。今日と明日はこっそりどこかの無人島で修行でもしようかと考えていたグレイは、一応ベルメールへ別れの挨拶をするべく家を訪れた。いつも突然来て突然帰ることを咎められているので、ナミとノジコだけにでも顔を見せようとしたのだ。

 

 しかし、そこでグレイが話し出すよりも前にベルメールから先程の内容を伝えられた。眠気覚ましと思われる煙草の煙と共に。

 

()()()()()()()明日は嵐が来るらしい。あの辺りの雲が変化して雨雲になるんだとさ」

「……えっ? ナミ?」

「そう、ナミ。私の可愛い娘」

 

 聞き間違いかと思ったグレイだったが、返答はやはり耳に届いたものと一致していた。

 

「何でナミが嵐を予報するんだよ?」

「さあ? でも外れたことないのよね。ナミの天気予報って」

「マジ?」

「マジ」

 

 それが親バカなどではなく本当のことならば、齢八歳にしてとんでもない能力の持ち主だ。世界地図を書くという夢のために航海術も勉強しているとは聞いていたが、グレイも天気を予測出来る程だとは思いもしなかった。

 

「良いなぁ。"海軍"にスカウトしたいぐらい有望だ」

「ダメよ。あの子がやりたいことはあの子が決めるの」

「分かってるよ。お前はそういう育成方針なんだもんな」

 

 偉大なる航路(グランドライン)にある島々には特殊な鉱石を含んだものが数多く存在し、強い磁気を放ち続けている。その影響で天気は激しい程に変わりやすく、少し油断すればサイクロンに巻き込まれて全滅といったケースもよくある話の一つだ。

 

 流石に"海軍"自慢の軍艦といえど、サイクロンや嵐に巻き込まれれば無事でいられる訳もない。そんな海で生きるからこそ、優秀な航海士というのは世界中どこででも高い価値を誇っている。そのためグレイが将来有望なナミを"海軍"にスカウトしたいと言ったのは、本気ではないが本音だ。

 

「今日は嵐への備えとして家の補強をしなきゃね。アーロン達は?」

「酒飲み場で潰れてるよ」

「あらら、昨日は楽しかったみたいね。……しゃーない、起こしに行くか」

「へぇ、頼るのか?」

 

 強引な部分があるベルメールだが、娘達以外にも優しくないことはない。酔い潰れて二日酔い確定な魚人達の力を借りようとしたことに、グレイは少しの疑問を抱いた。

 

「こういう時に頼らないと文句がうるさいんだよ。特にアーロン」

「ああ、なるほどね」

 

 何故かそんな光景が簡単に想像出来ると、グレイは苦笑い。

 

「アンタはどうする? もう行くのかい?」

「……いや、今日もここに居ることにするよ」

 

 少しだけ考え込む素振りを見せたグレイは、この村に留まることを選択。ベルメールはそんな彼の言葉に頷くと、煙草を灰皿へ潰して声を上げた。

 

「よし、じゃあ起こしに行くとするかな」

「ゲンさんも同じ場所に居るしな」

「派手に起こさないとね」

 

 二刀のフライパンを手に悪い顔をするベルメール。

 グレイと共にアーロン達が眠るバーまで行くと、持って来た装備の力を遺憾なく発揮した。

 優秀な武器を手にした彼女が発生させた騒音は凄まじく、バーで幸せそうに眠っていた魚人達全員を綺麗に叩き起こしたのだった。

 

「アーロン。おはよ」

「……ベ、ベルメール。何か……用か?」

「ナミが明日この村に嵐が来るって言ってる。家の補強とかを手伝って欲しいんだ」

「……そうか、分かった。……同胞、たち。仕事行くぞ」

「「「「「……うっーす」」」」」

 

 アーロンの呼びかけに応えながら、魚人達は頭を抱えて立ち上がる。ほぼ全員がフラフラしているが、特に足元がおぼつかないのはアーロンだった。

 

「ゲンさん……大丈夫ですか?」

「す、すまんな。グレイ。……さて、俺も行かねばな」

 

 風車付きの帽子を被り直し、ゲンゾウもアーロン達に続いて村の方へと歩き出す。ベルメールとグレイもその背中を追い、これから始まる仕事へ手を付けるべく気合を入れ直した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……はぁ。美味い」

 

 明日に嵐が来るとは思えない美しい星空を窓際から見上げ、椅子に腰掛けてお茶を嗜むグレイ。

 

 昼間中慌ただしく行われた嵐に対する建物の補強は無事に終わり、現在はベルメールの家で一息ついていた。昨日のようにアーロン達のところで寝泊まりしようとしていたのだが、ベルメールからの誘いで家へと招かれていた。既に深夜ということで部屋の明かりは消えており、光源は月の光のみだ。

 

「……協力すればあっという間か」

 

 思い返すのは昼間のこと。木材で補強する魚人達、それを手助けする村人達。幼い子供達も自分に出来ることを全力で行っており、まさに一丸となって村を嵐から守ろうとしていた。

 

 そんな光景が──グレイの脳裏から離れなかった。

 

「……ん?」

 

 何も考えずに夜空を見ていると、背後に気配を感じ取る。ベルメールは既に寝ると言って寝室へ向かった。アーロン達から貰った酒を気分良く飲み干していたので、目覚めて戻ってくるとは考えにくい。不法侵入者とも思えないが、職業柄警戒しつつグレイは振り返った。

 

「……ナミ。どうした?」

 

 そこに立っていたのは、ノジコと共にベルメールと寝ている筈のナミだった。眠そうな目をしながらも、グレイの方をしっかりと見ている。

 

「……グレイ。……明日の嵐、大丈夫かな」

「心配なのか?」

「……うん」

 

 どうやら明日のことが心配になり、目が覚めてしまったようだ。少女の優しさを微笑ましく思いながら、グレイはナミを持ち上げて自身の膝の上へと乗せた。

 

「少し重くなったな」

「そ、そんなことないもん!」

「ははっ、悪い悪い」

 

 鮮やかなオレンジ色の髪を撫でながら、ナミを宥めるグレイ。膝の上の座り心地は良いようで、ナミの機嫌はすぐに直った。

 

「嵐なら大丈夫さ。みんなで頑張ったろ?」

「……うん。手伝いたかったなぁ」

 

 そんな残念そうな呟きに、グレイは再びナミの頭を撫でる。『怪我したら危ねぇだろうがッ!』というアーロンおじさんの一喝により、補強作業には近寄らせてもらえなかったナミ。過保護である。

 

「みかん畑も……大丈夫かな」

「大丈夫。ノジコと一緒にベルメールを手伝ったんだろ? 心配ないよ」

「本当?」

「本当」

「グレイが守ってくれるの?」

「ああ、約束する」

「えへへっ、そっか」

 

 力強く断言に安心したのか、ナミが背中をグレイへと預ける。足をパタパタさせながら、どこか嬉しそうだ。

 

「ねぇねぇ、グレイ」

「なんだよ」

「わたしね、自分の目で見た世界地図を書きたいの」

「昨日聞いた」

「大変かなぁ?」

「そうだな。物凄い大変だ」

 

 とてつもなく広い海の全てを目に収め、正確に測ろうとすれば果てしない労力と時間が必要となる。夢のある夢と言ったが、叶えるためにはそれなりの覚悟をしなければならない。

 

「海に出なきゃいけないぞ?」

「航海術勉強してるもん」

「強くもならなきゃな」

「ベルメールさんに鍛えてもらうの!」

「この島も出て行かないとな」

「…………うん」

 

 八歳の子供に対して意地悪だったかと反省。

 グレイは俯きかけたナミの顔に手を当て、窓の外に広がる星空を見せた。

 

「お前がやりたいことを、やりたいようにやったら良い」

「……グレイ」

「ベルメールもノジコも、絶対応援してくれる。ゲンさんも村のみんなもな。……アーロンは……どうかなぁ」

「ええーっ!?」

「まあ、アーロンがしつこかったら俺に言え。俺はナミの夢を応援してやるから」

「うん! ありがとう!」

 

 不安そうな顔から一変。ニコニコと可愛らしい笑顔を浮かべたナミ。ベルメールがいつも太陽のような笑顔と言っていた意味が、グレイにも少し分かった。

 

「……さっ、もう寝な。明日起きれなくなるぞ」

「えー、もっと話したいのにー」

「また今度な。ほら、行った行った」

 

 頬を膨らませながら抗議するナミを膝から下ろし、寝室へ向かわせるグレイ。粘ろうとするナミをなんとか納得させ、今日を終わらせる挨拶をした。

 

「おやすみ、グレイ」

「ああ、おやすみ。ナミ」

 

 やはり眠気はあったのか、欠伸をしながら去っていくナミ。現在の時刻から考えれば、当然と言えば当然だ。

 

「……夢……か」

 

 曇り出した夜空を見上げ、グレイは残っていたお茶を飲み干した。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「──さて、行くか」

 

 明るくなるのが早い季節ということもあり、本来であれば朝日が顔を出している時間帯だ。しかし、現在の空は厚い雲に覆われ、日差しの一つも見ることは出来ない。

 

 ソファーで寝たことによる疲労もなく、ストレッチをしながら調子を確かめるグレイ。ココヤシ村の港に立って見上げる空は今にも激しい雨を降らせそうだ。

 

「……ナミの言った通りか。やっぱりスカウトしたいな」

 

 コキコキと首を鳴らしながら呟いたグレイ。当然独り言のつもりだったが、その独り言に後方から返答が飛んできた。

 

「だからダメって言っただろ。ナミの将来はナミが決めるんだ」

「……早起きだな。酔っ払い」

「アンタのことは分かってるつもりさ。これでも元教官だからね」

 

 眠そうな目を擦りながら歩いてきたベルメール。

 昨日の酒がしっかりと響いているからか、顔色はあまり良くない。

 

「本当にアンタってやつは。……ナミとノジコが寂しがるよ?」

「またその内来るさ。いつになるかは分からないけどな。──()()()()()()()

「……そうかい」

 

 グレイの背中を見つめながら、悲しそうな目をしたベルメール。忙しくなるという言葉の意味を嫌でも理解してしまい、弟分が随分と遠くに行ってしまったと感じたのだ。

 

「周りを頼れ……って言っても無駄なんだろうね。アンタは」

「頼ってるさ。ただ、守らないといけない存在なのは変わらない」

「……グレイ」

「なんだよ」

 

 グレイはベルメールの方を振り返りはしなかった。背を向けたまま、静かに降り出した小雨を受けている。そんな男に、ベルメールは何度か躊躇いながらもやっとの思いで言葉を投げかけ──ることは出来なかった。

 

「……アンタには──」

「クソ海兵ぇぇぇッッ!!!」

「アーロンッ!?」

 

 ベルメールを飛び越えてグレイへ強烈な一撃を繰り出したアーロン。振り抜かれた拳は圧倒的な腕力と合わさり、とてつもない威力を秘めている。並の相手ならば勢いよくぶっ飛ばされて終わりだろう。

 

「──朝から元気だな、アーロン。おはよう」

「チィッ!! 朝からムカつく野郎だッ!」

 

 だがアーロンが拳を振るった相手は並ではない。小雨を吹き飛ばす程の衝撃を発生させながら、グレイはアーロンの拳を掌で受け止めた。流石に全く動かずにとはいかなかったようで、立っていた位置から少し後ろに下げられた。

 

「見送りにでも来てくれたのか?」

「んな訳ねぇだろ。文句を叩きつけに来ただけだ」

 

 突然のことで呆然とするベルメールを他所に、悪い笑みを浮かべるグレイとアーロン。雨は激しさを増していき、傘を使おうと思うレベルにまで本降りとなってきた。

 

 水を受けて元気になるアーロンと違い、グレイはずぶ濡れになっても不快感しか感じない。無抵抗で雨に打たれるグレイに気を良くしたのか、アーロンは鋭利な歯を鳴らしてゆっくりと口を開いた。

 

 

「──……ありがとよ」

 

 

 たった五文字。

 しかし、とても気持ちの込められた五文字であった。

 

 派手な登場。不意打ち気味の拳。開口一番の悪態。

 それら全てに意味はなく、アーロンが素直になるための精一杯の照れ隠しであった。何に対しての礼なのか、それを訊く程グレイは野暮ではない。ただ、いつものように軽く笑うだけだ。

 

「ははっ、雨でも降るのか?」

「……今降ってんだろ」

「そうだった。……アーロン」

「なんだ。死んでも二度は言わねぇぞ」

 

 突き出していた拳を引っ込め、アーロンは不機嫌そうに顔を逸らす。グレイはそんな彼に近付き、自身の頭よりも上にあるアーロンの肩へ手を置いた。

 

「みんなを守ってくれ。──()()()()?」

「……ケッ」

 

 アーロンは不機嫌そうな顔こそ変わりはしなかったが、グレイの言葉を否定もしなかった。そんな二人の様子を見て、ベルメールはやれやれとため息をついた。

 

「面倒だねぇ、男ってやつは」

「言われてるぞ。アーロン」

「てめぇもだよッ!!」

 

 強さが増していく雨にも遮られないやり取り。

 朗らかに笑うグレイとベルメールに対して叫ぶアーロン。年齢・性別・種族、その全てが異なる者達の関係。そんな光景が見られるこの場所は、まさしく平和なものであると言えるのだろう。

 

「そろそろ行くよ。ナミとノジコによろしく」

「気をつけな……って、アンタには必要ないか」

「雷に打たれろ」

「アーロン。それ、グレイには効かないよ」

「ハッ、そうだったな」

「……おいおい、言いたい放題だな。──じゃあな」

 

 バチィッと身体の周りにプラズマを展開。グレイはアーロンとベルメールに別れを告げると、二人の視界から一瞬で姿を消して空へ舞い上がった。

 

 

 ──閃光の軌跡。

 

 

 白い軌道を描きながら空を蹂躙するグレイ。圧倒的な速度で飛び回り、時折プラズマの出力を上げて雨雲を消し飛ばした。トドメと言わんばかりに空が白い光に包まれると、身体を打ち付けていた雨の感触が消え去った。

 

「……嵐を吹き飛ばすとか、めちゃくちゃだね」

「チッ、補強したの無駄になったじゃねぇか」

「良い光景見せてもらったお礼ぐらいにしか思ってなさそうだね。後で外さなきゃなぁ。手伝ってくれる?」

「シャーッハッハッハ! 仕方ねぇ! 手伝ってやるよ!」

 

 先程まで全く見えなかった青い空を見上げながら、ベルメールとアーロンは離れていく白い閃光を見送った。頭上に発生した虹を眩しそうに眺めてから、二人は港に背を向けた。

 

「さっ、私らも戻るか。ナミとノジコの朝ごはん作らなきゃ。アンタも来る?」

「……まあ、たまにはお前が作った朝飯食うのも、悪くねぇ」

 

 乗ってくるとは思わなかったのか、ベルメールが意外そうな顔をする。肩に手を当てているアーロンを見て表情を緩めると、その大きな背中を叩いて笑い声を上げた。

 

「ふふっ、素直じゃないわねぇ!」

「ニヤニヤしてんじゃねぇっ! さ、さっさと行くぞ!!」

「はいよ。何食べたい?」

「みかん以外」

「あはははっ! よし! いっちょ作るか! 愛娘達のことは頼んだよ? アーロン」

「……起こせってのか?」

「当然。ちゃんと起こしてよね」

「……わーったよ」

 

 肩を並べて歩き出したアーロンとベルメール。

 そんな二人の道を照らすかのように──太陽は輝きを放った。

 

 

 

 




 夏休み編終了です!
 次からはまた海兵として頑張るオリ主をよろしくお願い致します!

 そしていつもたくさんのお気に入り登録・高評価をありがとうございます!とても励みになりモチベーションに繋がっていますので、これからも応援して頂けると嬉しいです!


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『日常への帰還』

 

 

 

 

 

 無事に長期連休を終え、"海軍本部"のある《マリンフォード》へと帰って来たグレイ。訓練に熱が入る海兵達を見ながら、日常に戻って来たことを実感していた。

 

 一応今日まで休みなのだが、自身が休んでいた間に起こったことを知っておきたいという考えでグレイは最終日に本部へと戻って来た。

 センゴクへ軽く顔を見せた後の現在、グレイはとある人物を訪ねようとある場所へ向かっていた。明日からの復帰に支障が出ないように、しっかりと引き継ぎを済ませておくためだ。指定された場所を目指し、活気ある海兵達の声を聞きながら歩みを進めていた。

 

「まさかの……ここか」

 

 目的地の第九訓練場に到着したグレイ。そこは数ある訓練場の中でも特殊な場所であり、主に──"悪魔の実"の修練を積むための施設となっている。

 グレイも"海軍"に入隊したばかりの頃、すなわち能力の制御が出来なかった時期によくこの訓練場を使用していた。能力の危険性から、ほぼ毎日貸切状態だったが。

 

「……はぁ。そういうことね」

 

 ため息と共にこの場へ呼び出されたことに納得したグレイ。訓練場内に居た人間は四人。グレイをここへ呼び出したゼファーとその教え子であるモネとシュガー。そして最後の一人に関しては、グレイも首を傾げる程の意外な人物だった。

 

 全てを知っているであろうゼファーに説明を要求するため、グレイは訓練場へと入る。腕を組んでモネとシュガー、そして意外人物を見ている様子はいつも通りの教育者だ。

 

「ゼファーさん。お疲れ様です」

「おお、戻ったか。休暇はどうだった?」

「お陰様で楽しめましたよ。ありがとうございます」

「礼ならアインに言ってやれ。この一週間、誰よりも働いていたからな」

「……了解です」

 

 その言葉に何とも言えない顔で頷いたグレイ。後でしっかりとアインにお礼しようと決めてから、現状に対する説明を求めた。

 

「それで……アレは何です?」

「……ううむ。色々あってな」

 

 グレイの質問に唸るゼファー。どうやら説明が難しいらしく、珍しく言葉に詰まっていた。そんなゼファーを問い詰めるように、グレイは決定的な言葉を叩き付けた。

 

「たとえ人がどれだけ努力しても……()()()()()()()()()()()()()

 

 グレイが呆れ顔で指を差したのは──モネ。

 黄緑色の髪を靡かせながら激しく動き、その身に白い冷気を纏っていた。考えるまでもない、まず間違いなく"悪魔の実"を食べたのだろう。

 

「お前が所有していた"ユキユキの実"があったろう」

「はい。センゴクさんから貰って保管してたやつですね」

「それを……なんだ……モネが食べたんだ」

 

 頬をポリポリと指で掻きながら、気まずそうに告げたゼファー。所有者の許可なく勝手に"悪魔の実"を消費したこともそうだが、彼がグレイに対して申し訳なさそうにする一番の理由はそこではなかった。

 

「……モネは納得して能力者になったんですよね?」

 

 万が一にも無理矢理食べさせたということはないと信じながらも、グレイは確認を取らずにはいられなかった。

 

 強大な力が得られる代わりに海から嫌われるデメリットを持つ"悪魔の実"。海を管轄とする海兵にとって泳げなくなるのは軽い問題ではない。それに加えて能力者は世間一般からすれば化け物扱いされている。それらに対しての覚悟がなければ、能力者になるべきではないのだ。

 

「当然モネは自分の意思と覚悟で"ユキユキの実"を食べた。止められなかった責任は俺にある。だから……モネは責めないでやってくれ」

「そ、そんなつもりはありませんけど。……何でそうなったかだけでも教えてもらえますか?」

 

 冷気を発する腕から小さな氷の礫を放つモネを見ながら、経緯の説明を求めるグレイ。ゼファーはもちろんとばかりに頷き、その厳格な口から言葉を発した。

 

「お前が休暇に出て三日程過ぎた日だった。モネとシュガーの修行を終えた後、保管庫の掃除を任せてな」

「……俺の部隊の保管庫ですか?」

「そうだ。そこでモネは見つけてしまった──"ユキユキの実"をな」

「"見つけてしまった"……ですか」

 

 含みのある言い方に、グレイは目を細める。ゼファーの言いたいことがなんとなくではあるが、分かってしまったからだ。

 

「本来、掃除していただけで見つかるような代物ではない。そうだろう?」

「ええ。保管されている物の中でも、トップクラスにヤバい物ですから」

「しかしモネは見つけた。そしてそれを……食べたいと申し出た」

「…………」

 

 面白くなさそうに顔を顰めるグレイ。

 ゼファーはそんなグレイを見ながらも、言葉を止めはしなかった。

 

"悪魔の実"には──()()()()()

 

 それは"海軍"の中でも未だに答えが出ていない議題の一つだった。"悪魔の実"には文字通り悪魔が宿っており、能力とはその悪魔から与えられたものである。これが"悪魔の実"を知る者達の考えであり、揺らぐことのない絶対的な答えでもあった。

 

 しかし、そんな答えに加えて、こんな考えを持ち出した者が居た。"悪魔の実"には意志が宿っている、と。

 

「"運命"……などという言葉を使う気もないが。"偶然"と言うには出来過ぎな出会いをした者も少なくない。"悪魔の実"が自ら宿主を選んだ結果と言われても、俺は笑うことなど出来ん。……お前もそうだろう?」

「……そうですね」

 

 苦い顔で肯定するグレイ。これ以上ない程のタイミングでの出来過ぎた出会い。グレイにとっては"ズマズマの実"で経験のあることであり、ゼファーの言葉を否定することなど出来はしなかった。

 

「モネは力が欲しいと言っていた。アインとグレイの役に立てるよう……そして、妹であるシュガーを守れる力をな」

「はぁ……それはズルいな。何も言えなくなる」

「悪いが俺はモネの肩を持たせてもらう。すまんな」

「そんなのここに来た時から分かってますよ。あの人が珍しくちゃんと働いてますし、ゼファーさんが呼んだんでしょ?」

 

 ゼファーはヤクザのような悪い笑みを浮かべると、モネとシュガーを合わせて相手している男へ大きな声で呼びかけた。

 

「──クザン! モネとシュガーを連れてこっちに来い!」

 

 相変わらずのボサボサ頭にアイマスクを付け、ダルそうな態度を隠しもしない。そんな模範的とはかけ離れた男であるクザンは、ゼファーの呼びかけへ応じるように気怠く頭を掻いた。

 

「ああ〜、アレだ、休憩だな」

「はい!」

「はーい!」

 

 休憩を言い渡し、モネとシュガーを連れて近寄って来たクザン。ゼファーの隣に立っているグレイを見ると、覇気の無い表情が更に悪化した。

 

「ゲッ、グレイ」

「久しぶりに会うってのにいきなり失礼ですね。ちゃんと働いてるみたいで嬉しいですよ、クザンさん」

「……先生に頼まれたんだよ。断れんだろ」

 

 冷えた白いため息をつき、クザンがゼファーを見ながら愚痴る。恩師であるというのも大きな理由の一つだが、それ以上にゼファーからの頼みを断る度胸などこの男にはなかった。

 

「クザンの"ヒエヒエの実"とモネの"ユキユキの実"は同じ自然(ロギア)系で能力の系統も似ているからな。指導役としてコイツ以上の適任も居らん」

「それはまあ、そうですね。……モネ。身体は平気か?」

「は、はい! ……そ、その、グレイさん。おかえりなさい」

「わー! グレイだぁー! おかえりーっ!」

「ただいま。二人とも元気そうだな」

 

 心配そうな顔で訊ねたグレイに、モネは叱られるのを恐れているような態度を見せた。勝手に"悪魔の実"を食べてしまっているのだから、当然と言えば当然だが。

 

「……食べたものは仕方ないよ。モネが覚悟して能力者になったのなら俺から言うことはない。別に誰か食べさせたかった候補とかも居なかったしな」

「あ、ありがとうございますっ!!」

「良かったね! おねーちゃん!」

 

 手を取り合って喜ぶ姉妹に、三人の男達は表情を緩める。殺伐とした世界を生きている者達にとって、純粋な笑顔というのは言葉に出来ない魅力が放たれている。

 

「ちゃんと教えてあげてくださいよ?」

「やってるっての。ねぇ? 先生?」

「そうだな。期待通りだ」

「ほらみろ」

 

 ダルそうな顔から少し変わり、ドヤ顔のクザン。普段舐められている分、グレイに対して強気に出たかったようだ。

 

「モネにセクハラしたら……分かってますよね?」

「そう言ってやるな、グレイ。クザンはそこまで馬鹿じゃない。……そうだな?」

「全く信頼されてねぇ〜」

 

 グレイとゼファーの覇気と殺意溢れる言葉に冷や汗を流すクザン。日頃の行いのせいだと自分でも分かっているが、文句の一つでも言いたくはなる。

 そんなダメ海兵の肩を持ったのは、指導を受けているモネとシュガーだった。

 

「い、いえ! クザン先生はしっかりと教えてくれています! 私なんかのために時間を使ってくれているんです!」

「私もね! まだ全然弱いけど、クザンさん優しいんだよ!」

「……へぇ、そうなのか」

「はい!」

「うん!」

 

 必死な様子で言葉を並べた二人に、ニヤついたような笑みを浮かべたグレイ。庇われているクザンに視線を向けながら、揶揄うように口を開いた。

 

「クザン"先生"……ねぇ」

「喧嘩なら買うぞコラ」

「そんなつもりはないですよ。安心しました」

「……やっぱ俺、お前嫌い」

「ははっ、酷いなぁ」

 

 軽口を叩き終え、グレイがモネとシュガーの頭に手を置いた。出会った時とは比べ物にならない程に髪は美しくなり、触り心地も最高だ。

 

「モネ、困ったことがあったらすぐに言え。必ず力になる。……後、私なんかのために、なんて二度と言うな。命令だ」

「は、はい。……分かりました」

「シュガーも無理はするなよ? 辛い時はすぐに休め。これも命令だ」

「うん! ……じゃなかった。──はい!」

 

 照れながらも嬉しそうな顔のモネに、ビシッと敬礼を決めるシュガー。彼女達の返答はグレイにとって満足出来るものであった。

 予想外の変化もあったが、無事に納得。グレイは改めて本来の用件を済ませるべく、ゼファーへと向き直った。

 

「ゼファーさん」

「ああ、引き継ぎの件だろう? 事務室にアインが居る筈だ。俺はまだクザンを見張ってなきゃならんのでな」

「了解です」

「了解なの? おかしくねーか?」

 

 ゼファーの言葉にスムーズに頷いたグレイ。不機嫌そうなクザンを無視しながら、事務室へと歩き出す。

 

「おかしくない? おかしくないかっ!?」

「ゼファーさん。モネとシュガーをお願いします」

「任せておけ」

「おかしいって言えよぉぉぉォォォォォオッ!!」

 

 クザンの悲痛な叫びが──訓練場に響いた。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「……はぁ」

 

 大量の書類に埋め尽くされた机。そんな見ているだけでうんざりする光景にため息を溢したのは青髪の少女・アイン。休暇を取っているグレイの代わりに部隊を纏めるため、ここ数日は働き詰めだ。

 恩人であるゼファーに頼り過ぎる訳にはいかないというプライドも原動力となり、寝不足の毎日が続いていた。

 

「……んんぅ」

 

 椅子に背中を預けながら伸びをして脱力するアイン。それなりに高級な椅子だけあり、柔らかくもしっかりとした素材が身体全体に心地良さを与える。普段自身が使用している椅子とはサイズが違い、座ると言うより包まれると言った感じだ。アインはグレイの代わりということで、ここ最近はグレイの机で仕事をしていた。

 

「……後一日、か」

 

 部下に見られる心配がない事務室ということもあってか、弱気な声で呟いたアイン。たった数日の間に随分疲労したなと、アインは改めて上官に対する尊敬を引き上げた。いつも明るい笑顔のまま、こんな激務をこなしていたとは恐れ入る。

 

 そしてそれ以上にアインが驚いたのは──寂しいと感じていることだった。

 

 無理矢理に有給を取らせておいて何を、そう考える理性の部分。早く帰って来て顔を見せて欲しい、そう考える本能の部分。そんな二つの考えがアインの中で小競り合いを繰り返していたが、長期休暇の終わりが近付くにつれて寂しいの部分が急成長。二日前からグレイのことを考えない時間はなかった。

 

(情けないわね)

 

 自分で用意したコーヒーに口を付けながら、軟弱な自身を叱咤する。グレイをここまで心の支えとしてしまっていることに、気恥ずかしさを覚えながら。

 

「……」

 

 美味しくない。上官としてだけでなく、コーヒーの腕も遠く及ばないようだとアインは苦笑い。ほんの少し前のことにも関わらず、小休憩に一緒にコーヒーを飲んでいたことを遠い昔のように感じてしまう。孤独な事務室というのは中々に寂しい空間だった。

 

 アインが再び背もたれに身体を預けると、ふわりと優しい香りが鼻を擽る。言うまでもなく、グレイの匂いだ。自分でもどうかと思うが、アインはこの瞬間が最も落ち着けた。

 

「……ふわぁぁ」

 

 そして同時に、最も眠気が襲って来る瞬間でもあった。

 雲のない青空、暑過ぎない太陽の光、窓から穏やかに入って来る風。最高の昼寝条件が綺麗に並べられてしまっている。グレイの匂いで気が抜けた寝不足のアインには、耐えることが出来なかった。

 

(少し……だけ)

 

 既に急ぎの仕事は終えた。僅かな時間目を閉じるぐらいならば咎められもしないだろう。自身で作り出した悪魔の誘惑に従い、アインはゆっくりと机に頭を置いた。

 

 

 ()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「──……ッ!!!」

 

 本部全体に大きく鳴り響いた鐘の音によって飛び起きたアイン。時刻を告げる目的で鳴らされたものであり、寝落ちしてしまったことを知らせる絶望の鐘でもあった。

 

「…………ああ、もう」

 

 頭を抱えるアイン。そもそも寝落ちしたことも初めての経験。すなわち寝落ちし過ぎた絶望を味わうのも初めての経験だった。一瞬の内に多くの時間を消費してしまった。まるでタイムスリップでもしたようだ。後ろから入る光がオレンジ色に変わっていることから、視覚的にも失態を確信させられた。

 

 急ぎの仕事を終えたというだけで、全ての仕事が終わった訳ではない。面倒なものは先に片付けたので、残りは楽なものばかりなのが不幸中の幸い。

 アインは頬を叩き意識を切り替えると、机の上に残したままの書類に手を──()()()()()()()

 

「……えっ?」

 

 机の上をほとんどを埋めていた書類の山は綺麗さっぱり消えており、中身の無くなったコーヒーカップのみが置かれていた。

 訳が分からず慌てて立ち上がったアイン。そんな彼女の動きを静止させたのは、背中側から聞こえてきた聞き間違える筈のない声だった。

 

「──おはよ」

 

 ガチッという音が立ちそうな急停止を見せたアイン。耳に届いた声にはそれだけの威力があった。声を上げなかった自分を褒めてやりたい程だ。

 ギギギと錆びついたロボットのような動きでアインが後ろを振り返ると、そこに居たのは想像通りの人物。まだ夢の中であってくれと、アインはあり得ない可能性にすがりつきたくなった。

 

 開いた窓に腰掛け、読んでいたであろう小説を閉じた少年。優しい表情は頭で考えていたものと全く同じものであり、アインの顔は夕日にも負けない色に染まった。震える口をなんとか動かし、少年の名前を呟く。

 

「……グ、グレイ」

「久しぶりだな。アイン」

「帰って……来てたのね」

「ああ、引き継ぎしておこうと思ってさ」

 

 それは予想していなかったと、アインは顔に手を当てた。分かってさえいればこんな無様は晒さなかったのだから。

 

「でも、寝不足か。悪いな、仕事任せて」

「ッ!!? ……やっぱり、見たのね」

「ぐっすりだったから、起こすのも悪いと思ってさ」

 

 顔だけでなく耳まで赤くなるアイン。寝顔を見られたこともそうだが、情けない姿を見られたことも羞恥を増幅させた。

 

「残ってた書類は片付けといたから。簡単なやつしかなかったから楽だったよ。ありがとう、アイン」

「……そう。……ごめんなさい」

「謝るなよ。それだけ頑張ってくれたんだろ? ゼファーさんからも聞いたよ」

「……別に、そこまでではないけど」

「照れてるのか?」

「な、撫でないで……」

 

 ギュッと拳を握りながら、無抵抗に髪を撫でられるアイン。恥ずかし過ぎて死にそうだったが、振り払う気力など残ってはいなかった。残っていたとしても振り払わなかっただろうが。

 

「ただいま。アイン」

「……おかえりなさい。グレイ」

「取り敢えず色々聞かせてくれ。眠気覚ましにコーヒーでも飲むか?」

「……」

 

 小さく頷いたアイン。完全に力が抜けたのか、静かに椅子へ腰を落とした。

 アインは騒ぐ心臓の音を感じながら、二人分のコーヒーを入れるグレイに視線を向けた。新鮮な私服姿の威力も中々のものだった。

 

「ほい。どうぞ」

「あ、ありがとう。……美味しい」

「それは良かった」

 

 不思議なもので、ここ数日で感じていた寂しさは消えていた。顔を見ただけで、言葉を交わしただけで、一緒の空間に居るだけで──安心させられてしまう。

 

「今日は早く寝ろよ?」

「そうさせてもらうわ……」

「もうセンゴクさんから聞いてると思うけど、明日から忙しくなるぞ。頼りにしてるからな、アイン」

「……ふふっ。ええ、任せて」

「ん? なんで笑うんだ?」

「──……秘密」

 

 急に笑顔を見せたアインに首を傾げるグレイ。理由を訊ねても答えてはもらえなかった。そんなグレイを見て、アインは更に微笑んだ。

 

「まあ、良いんだけどさ。……よし、引き継ぎ済ませるか」

「そうね。……まずは──」

 

 頼られていることが嬉しいと、素直には言えない。

 言葉に出来ないからこそ、アインは行動で示そうと気合を入れる。遥か遠くを歩いている目標の背中に、少しでも追いつけるように。

 

 孤独でなくなった事務室は──とても温かく思えた。

 

 

 

 




 モネが"ユキユキの実"を食べました。やっぱ似合ってますよね!
 クザンさんとのコンビは書いてみたかった部分です(笑)。


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『トリオの連携』

 

 

 

 

 

 "北の海(ノースブルー)"のとある町。

 違法な賭博や闇取引などが頻繁に行われており、裏社会では有名な町だ。一般人が訪れようものならまず命の保証はない。

 

 そんな町で現在、オークションが開催されていた。

 

 名の知れた海賊──『天夜叉』ドンキホーテ・ドフラミンゴが主催者ということもあり、わざわざ遠くの海から参加しに来た者も少なくはない。

 オークションには武器・爆弾・情報・奴隷とあらゆる商品が用意されているため、とんでもない大金が飛び交う一大イベントとなっていた。

 

 悪どい売人やマフィアに加えて海賊までもが参加するこのオークション、参加者達にとっては最大の目的と呼べる目玉商品があった。ドフラミンゴが自信を持って出品したお宝中のお宝──"悪魔の実"だ。

 

 売り飛ばすも良し、自分で食べて力を得るも良し。そんな代物に強欲な者達が飛びつかない訳もなく、オークションは賑わいを見せた。ドフラミンゴが元々売るつもりもなく、金だけ巻き上げようと考えていることも知らずに。

 

 そして参加者達は更なる不幸に見舞われていた。最後の競りも終え、後は帰るだけという時にこの仕打ち。何人かは涙ながらに頭を抱えてしまっている。

 

 

 オークション会場が──"海軍"に完全包囲されたのだ。

 

 

「A隊は中央、B隊は右側、C隊は左側で待機。一人も逃すな」

「「「「「了解ッ!!!!!」」」」」

 

 大人数の海兵が一糸乱れぬ動きで隊列を組み、オークション会場を包囲する。全員が手に銃を構えており、発砲許可が出れば即座に攻撃可能だ。

 オークション会場の裏側は断崖絶壁で下には激流の川、最早ネズミ一匹逃げる隙はない。

 

 海兵達に指示を飛ばした指揮官は元帥センゴクから直接命令を受けたグレイ。腰には愛刀である《暁》を携えており、戦闘準備は整っている。

 

「アイン。状況は?」

 

 グレイは茶色の瞳を鋭く光らせながら、自身のすぐ後ろに立つ副官に情報を求めた。優秀な相棒が居るだけで、随分と楽が出来るものだ。

 

「潜入していた兵の報告によれば、最後の品の競りが終了。用心棒であるギルバート・ゴルドが動き出したようね」

 

 ドンキホーテファミリー配下の海賊団船長、ギルバート・ゴルド。『鉄槌』の二つ名を持つ2億7000万ベリーの賞金首であり、その実力と危険度は賞金額を上回るとも評価される男だ。

 

「それ以外の中に居る人数は?」

「確認出来ただけで約八十……とのことよ」

 

 約という曖昧な表現をしたアインだが、グレイはそれを咎めることもない。内情を探っていた兵の離脱を優先しろと命令したのは、他でもないグレイなのだ。

 

「分かった、作戦通りでいく。後の指示は任せる」

「了解」

 

 アインはグレイから指揮権を譲渡された後、これから起こる戦闘に備えて後方へと距離を取った。

 

「おーい。やるぞ」

 

 刀に手を掛けながら声を発するグレイ。それは今回の戦闘に参加させるメンバーへの呼びかけだった。

 グレイの声に反応したのは二人。一人はヤクザ顔の男、もう一人は美しい顔をした女性だった。

 

「生捕りだぞ。分かってるな?」

 

 グレイが表情を緩めながら発した言葉に、ヤクザ顔が噛み付く。

 

「当たり前だろ。馬鹿にしてんのか」

「えっ、なんで分かったんだよ」

「……背中に気をつけろ」

「ははっ、ちゃんと仕事しろよ? スモーカー」

 

 モクモクと身体から白い煙を上げ、スモーカーがグレイの右隣に並ぶ。今回の共同作戦にグレイからの要請で参戦していた。

 

「そうよ。上官命令なんだからね。スモーカー君」

 

 スモーカーに続いてグレイの左隣へ並んだのはヒナ。彼女もスモーカーと同じく、グレイからの要請でこの場に立っていた。久しぶりに同期で共闘するからか、ヒナの表情には喜びが感じ取れる。

 

「お前こそ浮かれてんじゃねぇぞ。ヒナ」

「喧嘩すんなって。上官命令だぞ〜」

「誰が上官だコラ」

「グレイ君よ。この場で最も階級が高いんだから」

「そうだぞ。よく分かってるなヒナ少佐。スモーカー大尉も見習いたまえ」

「……うぜぇ」

 

 いつもと変わらないやり取りを繰り広げながらも、各々で意識を切り替える。相手が誰であったとしても海賊との戦闘は命懸け、三人は暴力教官(ベルメール)からの教えを忘れたことはない。

 

 グレイが刀、スモーカーが十手を構え、ヒナが手袋を付け終わると同時に会場から多くの人影が飛び出した。オークションへ参加していた者達に加えてゴルドの部下達も見える。人数としては百を超えるかどうかといったところだ。

 

「おい、作戦は?」

 

 太い葉巻きを咥えながら、グレイへ言葉を投げるスモーカー。一応海兵としての意識はあるようで、上官のやり方で動くらしい。

 そんなスモーカーの譲歩とも呼べる態度に、グレイはニヤリと笑う。

 

「拘束フォーメーションBでいく」

「……なんだって?」

「拘束フォーメーションBでいく」

「繰り返すなッ! そんなもん聞いたことねぇぞ!!」

「ヒナ了解」

「了解してんじゃねぇッ! そもそも『B』って何だッ!? 『A』すら知らね「いくぞ」話を聞けぇぇぇえええッ!!!」

 

 額に青筋を立てるスモーカーの怒号を受けながら、グレイとヒナが行動を開始した。プラズマを纏うグレイと腕を檻に変化させるヒナ。スモーカーはキレながらも遅れを取らないように能力を展開させた。

 

「おい見ろっ! 前に居るのは三人だ!」

「"海軍"! 死にたくなけりゃ道を開けろッ!!」

「俺達を誰だと思ってやがるッ! やっちまえッ!!」

 

 "海軍"の包囲網に驚いた面々も、目の前の敵が三人であることに安堵。十分に切り抜けられると判断し、殺意を漲らせてそれぞれ武器を取った。王道の悪党が如く雄叫びを上げ、グレイ達に向かって走り出そうとした。

 

「大体……百か。──誤差の範囲だ」

 

 しかし、その前に『閃光』が動く。バチィッという音を立て、敵集団の中心に移動したのだ。

 "先手必勝"。グレイがセンゴクからの教えで最も大事にしていることであった。

 

「なんだっ!?」

「『海軍の閃光』じゃねぇか!!」

「一人で突っ込んで来やがった! やっちまえっ!!」

 

 突然現れたグレイに驚愕した者も居たが、確実に殺せると認識したのか数人が武器を振り上げて襲いかかった。既にその判断が遅いとも知らずに。

 

 

「──"太陽嵐"」

 

 

 プラズマを《暁》に纏わせたまま、その場で回転。竜巻のような斬撃を起こすと、白い雷と共に百人をまとめて空へ舞い上げた。

 刃の方ではなく峰の方で刀が振るわれたため致命傷には至らない。ただ打ち付けられるダメージと電撃によって身体の自由は一瞬で奪われた。

 

「"ホワイト・アウト"ッ!!」

 

 身動きが取れず宙に放り出された悪人達へ、今度は煙が襲いかかる。身体が麻痺しているため、抵抗すら出来ずに全員が拘束された。

 

「スモーカー!」

「命令すんじゃ……ねェッ!!」

 

 グレイの言葉を聞き、スモーカーが眉間にシワを寄せる。声を荒らげながらも動きは止めず、煙で拘束した百人を能力発動済みであるヒナへ向かってぶん投げた。

 

「"袷羽檻(あわせばおり)"……緊縛(ロック)ッ!!」

 

 両腕を檻へと変化させ、一気に合わせる。鋼鉄並みの強度を誇る檻は飛んで来た全員を逃さず拘束し、完全な無力化に成功した。高い拘束力が強みの"オリオリの実"、その能力を完璧に使いこなしていた。

 

「よし」

「よしじゃねぇ! 具体的に作戦を伝えろっ!」

「なんだよ。上手くいったじゃん」

「結果論だろうがっ! 指揮官ならもっとしっかりしやがれっ!」

 

 ほぼアドリブで丸投げ。そんな無責任とも取れるやり方に噛み付いたスモーカー。グレイの胸ぐらを掴んで怒鳴るが、グレイは気にする様子もなくヘラヘラと笑っている。

 

「スモーカー君が言うの? ヒナ失笑」

「全くだ。にしてもナイスだったな、ヒナ」

「ありがと。グレイ君もね」

「テメェらぁッ!!」

 

 後方から海兵達に指示を出していたアインもスモーカーに同情してしまう程、グレイの無茶振りは自由なものだった。そして同時にグレイのスモーカーとヒナに対する深い信頼を感じ取り、少しばかり嫉妬の感情を抱いたのだった。

 

「……さて、本命が来たか」

「チッ、後で覚えとけよ」

「これで最後かしらね」

 

 ズシンと地面が揺れ、空気が一変。オークション会場の中から現れた大男を見て、グレイ達は再び意識を切り替えた。オークションの用心棒であるギルバート・ゴルドが現れたからだ。手には得物である巨大なハンマーを持っているため、やる気は十分らしい。

 

「……おい、作戦は?」

「攻撃フォーメーションGだ」

「ヒナ了解」

「もう好きにしやがれッ!!」

 

 今度は分かれることなく、三人同時に駆け出した。

 

「うおおおおおおっ!!!」

 

 野太い声と共に振り下ろされるハンマーをグレイが受け止める。怪力に合わせて覇気使いであるゴルドの一撃は言うまでもなく強力なのだが、グレイはこれを黒刀化した《暁》で真正面から受け止めた。

 

緊縛(ロック)

 

 自慢の一撃を受け止められ動揺したゴルド。その隙を逃すことなく、ヒナが能力でゴルドの右足を地面と固定させた。巨大であるが故に両足を拘束することが出来なかったのだ。

 しかしこれでゴルドは自由に動けない。畳み掛けるチャンスとしては申し分なかった。

 

「"ホワイト・ブロー"ッ!!」

 

 ゴルドが動かせなくなった足に気を取られていると、真下に入り込んでいたスモーカーの一撃が顎にヒット。白き煙のロケットパンチは確実にゴルドの脳を揺らした。

 

「肩借りるぞ」

「テメ……おいッ!!」

 

 攻撃を終えたスモーカーの身体に軽い衝撃が走る。どうやら後ろから走って来たグレイの踏み台にされたらしい。

 

「トドメだ」

 

 なんとか倒れることなく持ち堪えていたゴルド。そんな彼の抵抗は、一人の男の拳によって殴り壊されることとなる。

 ゴルドに防御する余裕などある筈もなく、無防備な顔面へ雷の拳が叩き込まれた。

 

「──"荷電鉄拳(プラズマ・フィスト)"」

 

 こうして、闇オークションは幕を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「テメェッ! さっき俺を踏み台にしやがったな!?」

「ははっ、悪い悪い。ちょうど良くて」

「少しは反省しろやッ!!」

 

 アインとヒナの指示でオークション会場の押収がされている中、アホ二人は平常運転だった。同期ならではの関係性という要素はあるのだが。

 

「でもありがとな。手伝ってくれて」

「……チッ。気持ち悪りぃ、礼なんてすんな」

「お前とヒナのお陰で楽に終わったよ、やっぱ拘束作戦はお前達に限るな。流石は"海軍"の『拘束コンビ』」

「待てコラ。なんだそのムカつく呼び方」

「アイン達終わったかな」

「人と話す時はツラを合わせろやぁぁァァァッ!!!」

 

 スモーカーの叫びも無視して、グレイが会場の方へと歩き出す。スモーカーも疲れたのか口を閉じ、ため息を吐きながらその背中に続いた。

 

「アイン。どうだ?」

「大体はロシナンテの情報通りね」

「そうか。ロシーさんには特別ボーナスだな」

 

 今回の作戦を決行する決め手となった情報はロシナンテが収集したものだった。ドンキホーテファミリーの一員だったこともあり、ドフラミンゴ配下の取引先は熟知しているのだ。ドフラミンゴ達にロシナンテが死んだと思われていることも、"海軍"にとっては大きなアドバンテージとなっている。

 

「でも一つだけ見当たらない物があるの」

「それは?」

「……"ゴルゴルの実"よ」

「……そうか」

 

 揃って表情を歪めるグレイとアイン。オークションの目玉として出品されていた"悪魔の実"である"ゴルゴルの実"。それが発見出来ないとなれば、決して小さくはない問題だ。

 

「グレイ少将! 報告に参りました!」

「どうした?」

「ドフラミンゴの部下と名乗る男から、"ゴルゴルの実"は裏の川に投げ捨てたとの供述が!」

「……マジか」

 

 してやられたと肩を落とすグレイ。"海軍"の手に渡るぐらいならば、そんな考えでされた一手は見事に決まったようだ。追いかけようにも川は激流、既に遠くまで流れてしまっているだろう。捜索は困難を極める。

 

「……グレイ」

「まあ、オークションは潰せたし、ドフラミンゴの部下も生捕りに出来た。最大の目的は果たしたさ」

「ええ。そう思うわ」

「センゴクさんには俺から報告する。電伝虫を回しておいてもらえるか?」

「分かったわ。──元帥への連絡を」

 

 アインの言葉に敬礼し、近くの海兵が走り出す。相変わらず指示を出すのが自分より様になっていると苦笑いしながら、グレイは協力してもらった同期達へ声をかけた。

 

「スモーカー、ヒナ。お疲れ」

「……おう」

「お疲れ様」

 

 笑顔・仏頂面・微笑と三者三様ではあるが、労い合う三人。コツンと握り拳をぶつけ、作戦の成功を祝った。

 

「またなんかあったら頼むよ。『拘束コンビ』」

「だからなんだそれ」

「スモーカーとヒナのコンビをそう呼ぶんだってさ」

「誰がそんなふざけた呼び方を……」

「──私よ」

「お前かよッ!!」

 

 全て予定通りにとはいかなかったが、無事作戦は終了。

 グレイは久しぶりに共闘した二人に微笑みながら、センゴクへの報告を果たすために歩き出したのだった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

 グレイがオークションの一件を終えてから三日が経過していた。大きな作戦を終了して暇になるなんてことはなく、現在は事務室でアインと共に書類仕事に追われていた。

 

「グレイ。この書類の最終チェックをお願い」

「ああ。……にしてもアイン、仕事早くなったな」

「そ、そうかしら」

「なったなった。もう俺とあんまり変わらないぐらいだ。頼りになるよ」

「……そう」

 

 表情筋が緩みそうになるのを押さえ込むアイン。情けない顔を見られたくないという一心で、どうにか平静を装った。

 

「そ、それから……これを貴方に」

「ん? 手紙か?」

「ええ。貴方宛よ」

「差出人は……なるほどね」

 

 アインから差し出された封を手に取り、口角を上げたグレイ。

 

「誰から?」

「友達、だな。いつも惚気しか書いてこない愛が深い夫婦からだ」

 

 小さく首を傾げるアインに、グレイは小さく笑う。

 時折送られてくる手紙には近況報告三割、そして残りの七割にはお互いの惚気話で埋め尽くされている。読む人が読めば燃やしかねない手紙だが、グレイはそれを読むのが密かな楽しみでもあった。

 

 なにせ──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 またいつも通りの内容だろうと思いながら手紙を開くグレイ。やはり最初に書かれているのは近況報告だった。

 

「……ん?」

 

 書かれている内容の順序は同じ。しかし、書かれている内容がグレイの動きを止めた。

 

「どうしたの? グレイ」

「……いや、まさか……」

 

 アインの言葉も耳に入っていないようで、グレイはその顔に動揺を浮かべた。

 

「──……意志がある、か」

「グ、グレイ? 大丈夫?」

 

 少し心配になったのか、アインが顔を近づけて訊ねる。グレイはそんな彼女に笑いかけながら、腰掛けていた椅子からゆっくりと立ち上がった。

 

「悪い。今日は有給扱いにしてくれ」

「えっ?」

「部隊のことは任せる。明日には戻るから」

「ちょ、ちょっと! どこに行くの!?」

「アイン、頼りにしてる」

 

 そう言って、開いた窓から飛び立ったグレイ。

 一人残されたアインはと言えば、あまりの急展開に脳の処理が追いつかず呆然としていた。そしてそんな状態であっても"頼りにしてる"というグレイからの言葉はしっかりと耳に響いており、アインは自分の単純さに思わず笑みを浮かべたのだった。

 

 

 

 




 久しぶりの同期能力者トリオでした!楽しんでもらえると嬉しいです!
 
 そして原作の方で黒ひげ海賊団のヴァン・オーガーが"ワプワプの実"を得たらしく、オリキャラであるデュオラ・グリーベルトさんの末路が決定されました(無慈悲)。
 狙撃手に瞬間移動はエグいですなぁ……。


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『黄金の野望』

 

 

 

 

 

 アインに部隊を丸投げした後、グレイは再び"北の海(ノースブルー)"へと飛んで来ていた。事件の後処理に不備があった訳ではない。捉えようによってはそうとも言えるのだが。

 

「熱は?」

「へ、平気です」

「吐き気は?」

「な、ないです」

「頭痛は?」

「……ありません」

 

 大きな町の外れにある小さな家、そこには椅子に座らされ次々と質問責めにあっている男が居た。健康診断と呼ぶには些か医者の熱量が大きい。

 心配してくれていることに喜びを感じる反面、真剣過ぎる顔と声に固まってしまう。愛する妻が隣で手を握ってくれていなければ、涙目になっていたかもしれない。

 

 そんな男の状態に気付いたのか、医者側を担当していたグレイは溢れていた覇気をゆっくりと沈めた。

 

「わ、悪い。テゾーロ。俺も動揺しててさ」

 

 プレッシャーが弱まったことで適切な呼吸が出来るようになったテゾーロ。鍛えられている屈強な身体からは汗が流れ出しており、小刻みな呼吸を繰り返していた。ただの一般人に覇気を当ててしまったことを反省しながら、グレイは謝罪した。

 しかしグレイの過剰反応も無理はない。自分が"ズマズマの実"を食べた時に苦労した経験から、必要以上に心配してしまっているのだ。

 

「い、いえ! グレイさんは俺を心配して来てくれたんですよね? こんなに嬉しいことはありません!」

「グレイさん……テゾーロは大丈夫なんでしょうか?」

 

 テゾーロに続いてグレイに言葉を投げたのは妻であるステラ。美しい金髪を揺らしながら不安そうな表情をしており、まるで生きた絵画のような魅力を放っている。

 

「命に別状はないよ。……()()()()()()()()()()()()

 

 安心させようと穏やかな声音で告げるグレイだが、拳は怒りからギチギチと強く握られている。手紙を読んでした最悪の想像は、非情にも現実となっていたのだから。

 

「……つまり、そういうことですか?」

「……ああ。テゾーロ、お前が食べた果物は"悪魔の実"だ。そしてそれは……"ゴルゴルの実"で間違いない」

「──ッ! ……そんな、テゾーロが」

「ステラ!」

 

 ショックが大きいのか膝から崩れ落ちたステラ。手を口で覆いながら信じられないと言った表情をしており、目からは涙が溢れた。

 テゾーロはそんなステラの肩を抱き、落ち着かせようと声をかける。グレイは自身の不甲斐なさに歯を食いしばった。

 

「……悪い、俺の責任だ」

 

 重く呟かれた言葉と共に、グレイは椅子から立ち上がる。手を身体の横に揃えてから、テゾーロに深く頭を下げた。

 

「グ、グレイさん! やめてください! 貴方に頭を下げられるだなんて御免だ! そうだろうステラ!?」

「……ええ、そうね。ごめんなさい。ちょっとパニックになってたみたい」

 

 目を赤く腫らしながらも笑顔を見せたステラ。慌てふためくテゾーロを見て、少しばかり冷静さを取り戻したようだ。

 

「私……お茶を淹れるわね」

 

 涙を払いながら、台所へ向かうステラ。悲壮感を漂わせる背中を見送りながら、テゾーロがグレイへと向き直った。

 

「グレイさん。お話を聞いてもらえますか?」

「もちろん。聞かせて欲しい」

 

 事の発端は二日前、ステラが果物を買ってきたことに始まった。珍しい果物があるという口車に乗せられ、ステラは売られていた"ゴルゴルの実"を購入。海の秘宝である"悪魔の実"がまさか小さな卸売店に2000ベリーで売られているなど、誰にも予想することは出来ないだろう。

 さらに言えば"ゴルゴルの実"の見た目は限りなくパイナップルに近いものであり、異形な形が多い"悪魔の実"の中でも普通の果物と間違えやすいのが問題だ。

 

「店の人間は拾ったと?」

「え、ええ。ステラはそう言っていました」

「……流れ着いたのか」

「グレイさん?」

 

 顎に手を当てて考え込むグレイにテゾーロが声をかける。

 

「いや、何でもない。話は大体分かった。……ステラはそれであんなに気にしてるんだな」

「……はい。自分が買ってこなければ、と。一口目を食べたのが俺で良かった」

 

 心底そう思っているという顔と声で呟くテゾーロ。グレイはそんな彼に申し訳なく思いながらも思考を切り替える。ミスに対して落ち込んでいるだけでは、何の解決にもならない。

 

「お茶です。グレイさん」

「ありがとう、ステラ。座ってくれるか?」

「……はい」

 

 人数分のお茶をテーブルに置き、言われた通り席に着いたステラ。先程から青白い肌は変わっておらず、ビクビクと肩を震わせている。

 

「ステラ。安心してくれ。お前は悪くない」

「グレイ……さん」

「悪いのは俺だ。責任は全部俺にある。だからステラが気にすることは何もない。……そうだな? テゾーロ」

「えっ、あの……その」

 

 恩人であるグレイに全て責任を負わせる。テゾーロが躊躇うには十分な程に酷なことだと言える。しかしグレイの強い意志とステラのため、テゾーロは己の無様を受け入れた。

 

「……そうだ。ステラは何も悪くない。だからそんな顔をしないでくれ、美しい顔が台無しじゃないか」

「……テゾーロ」

 

 手を取り、見つめ合う夫婦。

 ピンク色のオーラが部屋を支配しつつあることを察知し、グレイがパンッと軽く手を叩いた。

 

「相変わらずだな」

「す、すみません!」

「〜〜〜っ!」

 

 僅かばかりの呆れを含ませながら、グレイが口を開く。愛が深過ぎる夫婦はすぐに手を離し、ビシッと背筋を正した。

 

「さて、じゃあこれからどうするかを聞いて欲しい。良いか? テゾーロ、ステラ」

「はい。グレイさん」

「お願いします」

 

 空気に緊張が走り、二人はグレイに視線を向ける。

 

「"悪魔の実"……いや、"ゴルゴルの実"と言った方がいいな。まずはその説明をする」

「"ゴルゴルの実"、ですか」

「系統は超人(パラミシア)。能力は一度でも触れたことがある黄金を操るといったものだ」

「お、黄金……ですか」

 

 少しばかり表情が歪むテゾーロとステラ。金に人生を狂わされた二人にとって、『黄金』という単語は耳心地の良いものではなかった。

 

「そうだ。操るといっても動かすだけ、なんて地味なもんじゃない。形状の変化、黄金の合成、熱耐性の付与。黄金に関してならほぼ不可能はない」

 

 黄金自体を生み出すことは出来ないが、黄金に触れることさえ出来れば全てを支配出来る。一般人の一生にそんな機会は滅多に訪れないがある者達は別だ──海賊である。

 

 金鉱山がある島でも見つけさえすれば、島に眠る金を全て独占出来てしまう。それだけならまだ自分で探している分良心的だが、他人が所有する黄金を容易く奪えるのもこの能力の強い所だ。

 だからこそ、"ゴルゴルの実"は海賊達にとって文字通りお宝扱いされている。

 

「売れば最低でも30億ベリーはするだろう」

「30……億」

 

 地道に働き続けて稼いできたギルド家の貯金が約300万ベリー。全財産と比較しても桁が違い過ぎる。テゾーロとステラはその途方もない金額に血の気が引いた。

 

「まあ、それはどうでもいい。最大の問題は、その"ゴルゴルの実"を持っていた海賊だ」

「も、持っていたと言いますと?」

「三日前に俺と仲間達で、厄介な海賊が主催した闇オークションを潰した。テゾーロが食べた"ゴルゴルの実"もそこに出品されていた物なんだ。……本当にごめん」

 

 思えば同じ"北の海(ノースブルー)"で、場所もここからそこまで遠くない。注意喚起の一報でも入れておけばと、グレイは後悔に苛まれた。一度助けたから満足した、そんな考えに至るぐらいなら少年は死を選ぶだろう。

 

「そ、それでグレイさん! 俺達は……どうすれば良いんでしょうか?」

「教えてください。グレイさん」

 

 本日何度目かになるグレイの『らしくない』態度。自分達を助けてくれた恩人の表情が曇りそうなことを察し、テゾーロとステラは必死に今後の道を訪ねた。

 グレイは二人の言葉にハッと顔を上げると、数秒を要して口を開いた。

 

「……さっきも言ったように、問題は"ゴルゴルの実"を持っていた海賊だ。執念深い奴でな、間違いなく"ゴルゴルの実"の行方へ追っている筈だ」

 

 ドンキホーテ・ドフラミンゴ。ここ最近で更に力を付け、ファミリーの勢力も拡大させつつある海賊だ。つると共にグレイも本格的に追ってはいるが、尻尾すら中々掴ませてはくれない。

 

「……テゾーロ、ステラ。……お前達は俺が必ず守る。だから、俺を──信じてくれるか?」

 

 俯きながらの言葉に、二人は椅子から立ち上がった。共にグレイの側まで寄ると、その肩をガシッと掴み声を上げた。

 

「「もちろんですっ!!」」

 

 迷いも、躊躇いもない。

 今こうして幸せに暮らせているのは全てグレイに助けてもらったから。心からそう信じている二人に、グレイを疑うことなどあり得なかった。

 

「……そうか。……ありがとう」

 

 少年は拳を握り、笑みを浮かべる。

 これまで通りの生活は無理だろうが、持てる全ての力を使い安全な生活だけは保証する。グレイは己の正義を貫くため、覚悟を決めた。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「──という訳で、今日からこの二人をお願いします」

「何がという訳なんだ……? お前はいつもいきなり過ぎるんだよっ!!!」

 

 常人よりも倍以上大きな掌から繰り出されるアイアンクロー。グレイは笑顔でそれを受けながら、ブラブラと宙に浮いていた。相手側の都合を無視していることは自覚しているので、それを誤魔化すための笑顔。グレイの笑顔の意味を知っている相手からすれば、ただのため息案件だ。

 

「久しぶりですね。タイガーさん」

「……そうだな。元気そうでなによりだ」

「アーロン達も元気でしたよ」

「そうかい。報告ありがとうな」

「ははは」

「何笑ってんだァ?」

 

 感情を感じさせない笑顔に対して、タイガーが真顔で指摘する。それなりに長い付き合いだが、グレイのこういった部分には未だに振り回されていた。

 いきなり無人島の拠点に突撃されて、断れない雰囲気で頼みがあると言われれば誰でも困惑はする。

 

 グレイの頭からギチギチという音が聞こえ出した所で、それを見ていたテゾーロとステラが震えながら叫んだ。

 

「グ、グレイさんから離れろっ!!」

「やめてっ!! お願いっ!!」

 

 初めて見た魚人という種族に怯えながらも、二人は必死に声を上げた。突然グレイに抱えられて見知らぬ場所に連れて来られた動揺よりも、恩人の危機に対する感情が勝った結果だ。

 当の本人達からすれば軽いじゃれあいでも、普通の一般人から見れば攻撃されているようにしか見えない。

 

「ほら、タイガーさん。ああ言ってますよ」

「……覚えとけよ。グレイ」

 

 力が抜けたのか、恨み言を言いながら手を離すタイガー。苦労人だなと他人事に思いながら、グレイが改めて用件を伝える。

 

「今日からテゾーロとステラをタイガーさんに面倒みてもらいたいんです。『太陽の団』のメンバーとして」

 

 魚人族の英雄、フィッシャー・タイガーをリーダーとして設立された組織──『太陽の団』。

 協力者であるスティージア・グレイからの依頼で情報の裏取り・武器の収集・奴隷船の壊滅など、様々な活躍をしている。海が大半を占めるこの世界に於いて、魚人の行動力はトップクラスと言っても良い。

 

 いつも通りの突然に無茶な要求。タイガーは肩を落としながら、グレイに対して嫌味の一つでも飛ばそうと口を開いた。

 

「……大体、お前自分で助けるって言ったんだろ? なんで他人任せなんだよ」

「やっぱりフィッシャー・タイガーは頼りになりますね。流石は魚人族の英雄」

「世辞を言ったって意味ねぇぞ」

「俺とタイガーさんの仲じゃないですか。……それに、俺が保護すれば目立ちますからね」

「それはまあ……そうかもしれんがな」

 

 海兵として顔が広く認知されているグレイ。良くも悪くも、行動の一つ一つが目立ちやすいのだ。

 家を解約し、ステラに"ゴルゴルの実"を売った商人は金を渡し買収。およそ二人に繋がる痕跡は消した筈だ。しかし相手はあのドフラミンゴ、警戒し過ぎて損をすることなどない。

 

「タイガーさんになら、安心して任せられる」

「……また調子の良いこと言いやがって」

 

 指で頬を掻きながら、満更でもない様子のタイガー。弟のように思っているグレイからこうして頼られることは、彼にとって悪い気分ではなかった。

 そんなリーダーの態度を見たからか、側に控えていた右腕的立場であるジンベエが言葉を発した。

 

「タイのアニキ、情けない顔しとるぞ」

「う、うるっせぇぞっ!」

「ジンベエさん。また腕上げましたね」

「まあのう。お前さんとはいつか再戦したいと思うとる」

「ははっ、出来れば避けたいですね」

 

 実力的にもタイガーに次ぐNo.2。魚人空手を高い練度で繰り出す実力は、グレイも素直に認めている。

 

「……ジンベエ。二人分の生活用品をマクロ達に用意させろ」

 

 諦めたようにタイガーが命令を下した。物を集めることが得意な子分を使い、テゾーロとステラの生活環境を整えるようだ。

 

「分かっとった。アニキが断らんこともな」

「仕方ねぇだろ。グレイの頼みだ」

「ありがとうございます。タイガーさん」

「代金は全部お前持ちだからな」

 

 やれやれといった感じだが、話は通った。

 グレイは改めて状況を説明するため、テゾーロとステラに視線を向ける。

 

「テゾーロ、ステ……どうした?」

 

 見れば、二人は石化したように固まっていた。まるで、あり得ないものでも見ているかのような顔で。

 

「グ、グレイさん……? フィッシャー・タイガーって……言いましたか?」

「ああ、言ったぞ。それがどうした? テゾーロ」

「そ、それは……あの『奴隷解放の英雄』であるフィッシャー・タイガーですか?」

「その、フィッシャー・タイガーだよ。これから二人が世話になる人だ。ちゃんと挨拶しときな」

 

 ステラの手を強く握り締めながら、テゾーロは自分より遥か高い位置にあるタイガーの顔を見る。

 

「で、ですが……その……()()()()()()?」

 

 テゾーロとステラが固まっていた理由、それはタイガーが死亡している筈だという当たり前の疑問によるものだった。天竜人の住まう聖地《マリージョア》をたった一人で襲撃した男の死亡ニュースは全世界を駆け抜けた。最早知らぬ者など居ない程の常識と言ってもいい。

 

「ああ、それは俺が流した嘘だ」

 

 サラッと告げられた言葉に夫婦は再び硬直。

 整った顔立ちが台無しになるような酷い顔を晒し、涙ながらに固まった。

 

「おい、ガチガチになってるぞ」

「言わない方が良かったかな。でもタイガーさんの世話になるんだし、遅かれ早かれってやつですよね」

「少しは申し訳なさそうな顔しろよ。……ったく。おい、平気か?」

 

 ブンブンと首を縦に振りながら頷くテゾーロとステラ。タイガーの機嫌を損ねないようにか、対応の変化が激しい。

 

「そんな怯えなくても大丈夫だぞ。顔は怖いけど、タイガーさんは優しい人だ。顔は怖いけどな」

「二回も言うんじゃねぇよ」

「そしてこの顔で好物は『たい焼き』だ」

「顔顔うるせぇんだよッ!! つぶあん派で文句あるか!?」

「やっぱりここは相容れないなぁ」

 

 グレイとの緩いやり取りのお陰か、徐々にではあるが硬直が解けてきた二人。やはり精神的にもグレイという存在は大きいようだ。

 

「そうだテゾーロ、お前タイガーさんに鍛えてもらえよ。能力を使いこなせるようになっておけば、いざって時にステラを守れるぞ。確か金で出来た物なら何個かここにもあった筈だし」

「ほ、本当ですか!?」

「ああ。それにお前の野望も叶えられるかもな。……"世界一のエンターテイナー"」

「ッ!!」

 

 テゾーロが子供の頃から抱いていた、大きなステージで自身の歌を響かせるという野望。ステラと結婚してからも自分用にコツコツと貯金はしており、諦めてはいなかった。

 予定外のことではあるが、"ゴルゴルの実"はテゾーロの野望を叶えるために大きく役に立つ。グレイはテゾーロを能力者にしてしまった償いも兼ねてこの提案をしたのだった。

 

「資金があれば出来ることが増える。嫌な言い方だけど、金の力は大きいからな」

「……そうですね。身を持って知っているつもりです」

「……テゾーロ」

 

 複雑そうに見つめ合うテゾーロとステラ。

 人生を金に狂わされた者同士、金の怖さと力は誰よりも身に染みている。だからこそ、テゾーロは決断出来た。

 

「タイガーさん。どうか俺を鍛えてください。──お願いします」

「……本気みてぇだな」

「愛するステラを守るため……そして、グレイさんへの恩返しも」

「お、俺もか?」

 

 急に振られて戸惑うグレイ。自分がやる分には良いが、やられるのには耐性が無かった。

 

「能力を使いこなせれば、グレイさんの役にも立てる。そうですよね?」

「それは……そうだけど。金があって困ることはないしな」

 

 確信めいた意志と共に、瞳に覚悟を宿すテゾーロ。

 ステラを守れる、グレイに恩返し出来る。この二つのチャンスを逃す程、ギルド・テゾーロという男は鈍くない。

 

「何でもします。だから……」

「やめろ。お前の覚悟は伝わった」

 

 土下座しそうになったテゾーロをタイガーが止める。どこか嬉しそうな顔をしているので、テゾーロのことは気に入ったらしい。

 

「私も……精一杯力になるわ」

「君が居てくれれば、俺は神であろうと負けはしないさ」

 

 笑顔で視線と言葉を交わし、イチャつく夫婦。どうやら新生活への覚悟も決まったらしく、先程までの動揺は消えていた。

 グレイがそれ見て安堵していた所で、タイガーから肩を叩かれる。

 

「……なぁ、コイツらって結構な割合でこんな感じか?」

「……まあ、そうですね」

「マジか」

「マジです」

 

 ここまで自然に、そして瞬間的にイチャつく人間という身近には居ない存在にタイガーは苦笑い。グレイはそんな友人を見て、今度は心からの笑みを浮かべるのだった。

 

 

 

 




 タイガーさんの好物がたい焼きって良いですよね(笑)


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『黒腕の幸せ』

 

 

 

 

 

 その日、グレイとアインは部隊のことをロシナンテに任せて早めに仕事を切り上げていた。

 現在グレイは一度家に帰った後シャワーを浴びて汗を流してから、アインと共に買い物を済ませてゼファーの家を訪れていた。キッチンに立っていることから、料理をしようとしていることが分かる。

 

「よし、準備出来たな」

「え、ええ。……よろしく」

 

 青い髪を一本に束ね、水色のエプロンを身に付けたアイン。普段の凛々しい雰囲気は見られず、どこか緊張しているようだ。そんな彼女に微笑みながら、グレイは台の上に買ってきた食材を並べた。

 

「今日作るのはビーフシチューで良かったんだよな?」

 

 こくりと頷いたアイン。

 グレイが仕事を早く切り上げた理由、それはアインに料理を指導するためだった。長期連休の件で何かお礼がしたいと申し出たグレイに対して、アインは日頃世話になっているゼファーにしっかりとした手料理を振る舞いたいとの要望を出した。そのため、夕食を共にすることとなったのだ。

 

「まあ、包丁は大丈夫そうだな」

 

 使いこなしている得物が短剣なだけあり、アインの包丁捌きは中々のものだった。言われた通りに食材を切り、手際よく手順を進めていく。

 これならばゼファーが帰宅するであろう夕方までには十分終わりそうだと、グレイは安堵した。

 

「グ、グレイ……これ」

「んー、見事だな」

 

 などと、そう上手くいく筈もなく問題発生。アインが切っていたニンジンを持ち上げてみると、完全に切れてはおらず薄皮一枚を残して繋がっていた。グレイは逆に難しい芸当を披露され、苦笑いしてしまう。

 

「……ごめんなさい」

「大丈夫大丈夫、全然失敗じゃない。こうして繋がってるとこを切れば……なっ? 綺麗だろ?」

 

 そのまま入れても面白かったなとグレイが笑えば、アインもクスッと笑う。キッチンには朗らかな空気が流れていた。アインのファンがこの光景を見れば卒倒ものだろう。

 

「さっ、手際よく進めるぞ」

「ええ。ゼファー先生が帰ってくる前に」

 

 ジャガイモの皮剥きに、肉の下処理。やるべきことはまだまだある。アインはグレイの言うことに耳を傾けながら、必死になって調理に取り組んだ。

 

 

 ──約三時間後。

 

 

「ただいま」

 

 時刻は六時、予定通りゼファーが帰宅した。仕事終わりということもあり、表情には少しばかりの疲労が見える。

 

「おかえりなさい。ゼファー先生」

「お邪魔してます。ゼファーさん」

 

 テーブル拭きや食器の用意など、食事の場を整えながら共に挨拶を返したグレイとアイン。そんな二人を見て、ゼファーは口元を緩める。アインと一緒に暮らし始めてから長い年月が経っているにも関わらず、いつだって『おかえり』という言葉は心を豊かにしてくれる。

 

「……おお」

 

 ゼファーが思わず声を溢す程、テーブルに用意された光景は食欲をそそるものだった。生ハムと色鮮やかな野菜のサラダに、メインであろうビーフシチュー。大きな肉がシチューから顔を出しており、漂ってくる香りは空腹を刺激した。

 

「それじゃ、冷めないうちに食べましょうか」

「そうしよう。ご馳走のようだからな」

 

 手洗いを済ませてから、席に座る。普段はサラダから食べる派のゼファーも今回ばかりは順番を変更。メインであるビーフシチューへとスプーンを入れた。掬い取ったシチューを口へ運び味わう。

 

「……美味い」

 

 短いながらも嬉しい感想に、アインの表情が不安から喜びへと切り替わる。そんな年相応の反応を見て、グレイまで微笑ましい気持ちになった。

 

「そ、その……グレイが手伝ってくれたんです」

「俺は作り方を教えただけなんで、実際に作ったのはアインですよ」

 

 俯きながら恥ずかしそうに呟くアイン。グレイは照れ屋な相棒をサポートするべく、アインが全ての調理を担当したことをハッキリと言い切った。グレイの正面に座るゼファーはその補足を聞くと、隣に座るアインの頭を撫でた。

 

「そうか……。ありがとう、アイン。美味いよ」

「……先生。……はい!」

 

 ゼファーの言葉に輝くような笑顔を咲かせたアイン。

 グレイは自身の向かい側に広がる幸せな光景を見ながら、ビーフシチューを堪能した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「…………」

 

 柔らかいソファーへと腰掛けて固まったまま動かないグレイ。何故動かないのか理由は単純、動けないからだ。大満足の食事を終えた充実感からではなく、物理的に硬直させられていた。

 

「ふふっ、ぐ〜れ〜い〜」

 

 グレイと同じソファーに座っているのはアイン。しかし正確にはソファーにではなく──()()()()()()()()()

 正面からピッタリと身体を密着させており、アインはグレイの背中に両腕を回してギュッと抱き締めている。何故か笑う度に抱き締める力強さは増していくので、同時に密着度も増している。

 

「……ゼファーさん。……いえ、ゼファー先生。──助けてください

 

 死んだ目で懇願するグレイ。普段多くの命と未来を助けている男とは思えない弱々しい声でゼファーに助けを求めた。自分ではどうしようもないと完全に諦めている。

 

 良い匂いやら柔らかいやらで色々と限界なこの状況に『海軍の閃光』はかつてない程の危機感を覚えた。億越えの賞金首や"悪魔の実"の能力者など可愛いものだ。いや、可愛さは断然こちらの方が上なのだが──などという考えを巡らせているぐらいには追い詰められていた。

 

 初めて見るようなグレイの顔に、親バカなゼファーですら怒るどころか同情している。

 

「ぐれいぃ? きいてるの〜?」

「……なんでしょう」

「りょーりをおしえてくれて〜、ありがと〜」

「はい、どういたしまして」

 

 呂律が回っておらず、顔も赤い。いつもならあり得ないふにゃふにゃした笑顔をしており、異常としか言えないテンションの高さ。アインを一目見ただけで完全に酔っ払っていることが分かる。

 お互いの体格差からアインがグレイを見れば上目遣い、グレイの理性は更なる危険信号を発した。

 

「ゼファー先生。……いえ、ゼファー様。……早く、助けて」

「……まさかアインがここまで酒に弱いとはな」

 

 両腕だけはアインに触れないようにと、降伏でもするかのようにお手上げしているグレイ。

 ゼファーはそんな置き物と化した男の救助要請を聞きながら、この状況を作り出した一本のボトルを手に取った。それはゼファーが昔から好んでいるシェリー酒であり、先程栓を抜いたばかりの一本だった。

 

 酒に強いグレイに振る舞おうという考えだったのだが、まさかのアインから飲んでみたいとの申し出。これまで酒に触れさせてこなかったゼファーだが、アインもいい歳だと渋りながらも承諾。"自分の限界を知っておけ"、その言葉が失敗だった。

 

「ゼファー……大明神様」

 

 ついに神にまで格上げされたゼファー。口から魂が抜け出しそうなグレイを助けるべく、ゼファーはアインに近寄った。

 

「ア、アイン。そろそろグレイから降りろ。俺が部屋まで運んでやる」

 

 肩を軽く叩き、意識をこちらへと向ける。刺激しないように優しく言葉をかけたゼファーだったが、アインは反抗的にこれを拒否した。

 

「いやです」

「そ、そう言うな」

「い〜や〜です」

「……そうか。分かった」

「諦めないで!? ゼファーさんっ!?」

 

 粘ることなくアッサリと引いたゼファーにグレイが叫んだ。思ったより火が強いからと消防士に救助を諦められたような絶望だ。

 

「すまん。嫌がるアインが……なんだ、可愛らしくてな」

「親バカっ! 親バカですよっ! 『黒腕』はどうしたんですか!?」

 

 普段からアインには嫌がられることがなかったため、ゼファーにとっては逆に新鮮だったようだ。グレイもその底無しの溺愛っぷりには流石に本気で咎めた。万が一にも起こりえないが、もしゼファーがアインに嫌われでもすればショック死するんじゃないかと真面目に心配もした。

 

「ぐれい……いやなの?」

「…………!!!」

「きゃっ!」

 

 グレイは立ち上がった。海楼石の鎖にでも縛られているかの如き拘束を破り、二本の足で立ち上がったのだ。

 アインの首と足を腕で持ち上げたまま──世間一般で言う『お姫様抱っこ』の状態で歩き出した。

 

「ぐ、ぐれい? ……おこったの?」

「…………」

「ご、ごめんなさい」

「…………」

「やだぁ……。おこらないで」

「…………」

 

 涙目と合わせて、アインの不安そうに震えた声が耳へ届く。グレイは鋼の理性をフル活用し、歩みを進めた。向かう先はアインの部屋がある二階、無駄の無いスムーズな移動で扉を開けてその姿を消す。一言も発さないところに本気度を感じ取ったゼファーは──黙って目を閉じた。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「……疲れた」

「す、すまんな。手間をかけた」

 

 ぐったりと脱力し、全体的に白くなっているグレイ。どうにか駄々をこねるアインをベッドに送り届け、寝かせつけることに成功していた。

 ゼファーは仕事をやり遂げた男を労いながら、丸い氷を入れたショットグラスにシェリー酒を注いだ。

 

「……ゼファーさんのグラスは?」

「俺は要らん。今日は直接飲みたい気分なんだ」

 

 ゼファーはそう言って笑うと、ボトルを手に取る。想定外のアクシデントは起こったが、静かな晩酌が始まった。

 

「「乾杯」」

 

 ボトルとグラスがぶつかり、カンッという音が響く。グレイはグラスをゆっくりと傾け、ゼファーは豪快にボトルへ口を付けた。

 

「……独特な香りですね。ゼファーさんがよく飲んでるやつですか」

「ああ。……一番カッコいい酒はこれだ」

 

 ボトルを見せつけるゼファーはとても様になっており、グレイは軽く笑った。

 

「そういえばクザンさんもよく飲んでますね。あれはゼファーさんの真似だったのか」

「そうかもしれんな」

「ゼファーさん、今日機嫌良いですね」

「……そんなに顔に出てるか?」

「帰って来た時から割と」

「そ、そうか」

 

 自分では分からなかったのか、ゼファーは顎に手を当てた。なにやら思い当たる節があるらしく、その表情は少しばかり苦い。

 

「……昼間、ボルサリーノにも似たようなことを言われたよ」

「ぷっ」

 

 思わず吹き出すグレイ。ゼファーとボルサリーノの相性はあまり良くないが、第三者として見る分には面白いやり取りを繰り広げている。マイペースなボルサリーノがゼファーに叱られている光景は笑わずにはいられない。

 

「……ん〜、やっぱり味も香りも独特だ」

「シェリー酒は初めてか?」

「はい。センゴクさんと飲む時は大体清酒ですから」

「フッ、羨ましいもんだ」

 

 やはり一人で飲むより誰かと飲む方が楽しいらしく、ゼファーはセンゴクが羨ましいと呟いた。

 

「……アインに酒はやめましょうね」

「……そうだな」

 

 同じ過ちを繰り返さないよう、アインの保護者であるゼファーと守護者であるグレイは誓い合った。アインに酒は飲まさないと。

 

「つまみもあるぞ。好きに食え」

「ありがとうございます。……ナッツにチーズですか」

「三人分と考えて買ってきたんだがな」

「ははっ……なるほど」

 

 ナッツを頬張りながら苦笑いするグレイ。幸い二人とも食が細くはない、十分に食べきれる量だろう。

 

「あの子も、よく笑うようになった。お前に任せて……もう三年以上か」

「早いですね。もうそんなに経ちますか」

「最初はどうなることかと思ったがな」

「俺もです。ビンタされた時は諦めかけました」

 

 思い出すのは出会いの日。初めての部下ということで、やはりグレイにとってアインは特別だ。"モドモドの実"の能力者であることから、その護衛役を兼ねているのも大きな要因ではある。

 

「だがお前はアインを救ってくれた。俺の判断は間違っていなかった訳だ」

「……どうですかね。必死にやってはいますけど」

 

 グラスを傾け、酒を飲むグレイ。そんな彼を見て、ゼファーは複雑そうに目を細めた。

 

「……センゴクは鼻が高いだろう。今やお前は市民の英雄、"海軍"内でも評価は高い」

「あ、ありがとうございます」

 

 ゼファーから深く褒められ、少し首を傾げたグレイ。この程度の飲酒で酔ったとは考えにくいが、どこか普段とは違う空気を感じ取った。

 

「俺は──()()()()()()()()()

「……」

 

 静かにされた、独り言のような呟き。それはゼファーが育成者に専念しようと決めた信念であり、彼自身の願いでもあった。

 

「何故俺が"大将"を降りたか知っているか?」

「……すみません。前にセンゴクさんから」

 

 少し気まずそうに謝罪するグレイ。センゴクから口止めはされていたが、誤魔化すような雰囲気ではないと正直に話した。

 

「謝らなくていい。……俺の家族は──海賊に殺された」

 

 それは弱冠三十八歳にして"海軍"最高戦力である"大将"へ就任し、誰よりも正義を信じてその黒腕を振るった男にとって唯一の悲劇だった。

 

「今でも夢に見る。……妻と子の笑顔をな」

「……ゼファーさん」

「後悔しない日はない。あの時、俺が間に合ってさえいれば……」

 

 軽く目頭を押さえ、ゼファーは俯いた。失った家族に対する後悔、グレイにはその気持ちが痛い程に理解出来た。

 

「お前は凄い奴だ。俺も長年多くの海兵を育ててきたが、お前のような男は居なかった。俺を先生とも呼ばず、常に超えるべき相手として見るような奴はな」

「……」

「だからこそ俺は、お前が眩しいのかもしれん。特別扱いはしない主義なんだがな」

 

 教官としてではなく、ゼファーとしての穏やかな笑顔。グレイは何故かそれを見て、胸に鋭い痛みが走った。

 

「……何度か夢を見た。お前が俺と同期で、俺の家族を助けてくれる……そんな夢を。フッ、女々しいことこの上ないな」

 

 ゴクゴクと喉に酒を流し込むゼファー。酒の力を借りて話しているようにすら見える。それに対して、グレイは何も言わない。ただ無言でゼファーへと視線を向けていた。

 

「……忘れてくれ。酔っ払いの戯言だ」

 

 ナッツとチーズを口に放り込み、それをまた酒で流し込む。静寂が部屋を包んだのは数秒か数分か、先に口を開いたのはグレイだった。

 

「──残念ですが、俺はゼファーさんが求めるようなヒーローにはなれません。……そんな資格もありません」

「……グレイ」

 

 何も悟らせない無機質な声で、グレイはそう告げた。見ればいつの間にかグラスの中身は空になっており、氷だけが残されていた。

 ゼファーは己の失言に気付いたのか、グレイの顔へ視線を向けた。

 

「手が届く範囲だけは守り抜きますよ。それが──()()()()()()()()()()()()()()

 

 ゼファーが一瞬だけ捉えたグレイの表情は──無感情。いつもの優しげな笑顔など存在しておらず、普段のグレイを知る者が見れば別人ではないかと疑ってしまう程だった。

 

「……なんて、俺も酒が回ってるみたいです。そろそろ帰りますね」

 

 ゼファーからの返答も待たずにグレイは立ち上がる。部屋を出る扉の前まで歩くと、ゼファーの方へ振り返り貼り付けたような笑顔を向けた。

 

「楽しかったって、アインに伝えておいてください」

「……ああ。分かった」

「おやすみなさい。ゼファーさん」

「……おやすみ」

 

 グレイが去り、一人になった部屋でゼファーは自身を責めた。拳を強く握り締め、怒りに身体を震わせる。どうしようもない情けなさに襲われ、自分の弱さが惨めでならなかった。

 

「……何をやっているんだ。……俺は」

 

 ショットグラスの氷は──無様に割れていた。

 

 

 

 




 この小説で書けて嬉しいことの一つはゼファーさんとアインの絡みですね。ゼファーさんは絶対親バカだし、アインはめちゃくちゃ甘えん坊です(偏見)。

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『鬼の新戦力』

 

 

 

 

 

「──以上で報告を終わります」

 

 元帥室にて姿勢を正すグレイ。少し前に任務から帰還したばかりであり、センゴクへ成果の報告をしに来ていた。

 

「ご苦労だったな。グレイ」

「ありがとうございます。センゴクさん」

 

 センゴクから労われ、素直に喜ぶグレイ。この瞬間だけは年相応の表情を見せている。

 

「……ドフラミンゴめ。本当に面倒な奴だ」

 

 優しい表情から切り替わり、忌々しそうに呟くセンゴク。

 グレイが担当してきた任務とはドフラミンゴに関するものであり、センゴクは年々勢力を増している『天夜叉』に対して強い怒りを感じていた。

 

「でもロシーさんが生きているというアドバンテージがこっちにはあります。全てではありませんけど、奴等に対して先手を打てますからね。ローも大分能力を使えるようになりましたし、モネやシュガー、ベポも想像以上の成長をし続けてくれています」

「……そうだな。お前にドフラミンゴを追ってもらうようになってもう二年か。一年前には大規模なオークションを潰し、それからも各地の海に潜む配下を捕らえてきた。本当に感謝している」

 

 センゴクに褒められて気恥ずかしいのか、珍しく照れた様子のグレイ。年月が経ってもセンゴクに対する態度も憧れも何一つ変わってはいない。

 

「……とは言え、真正面からぶつかるのはまだ早いですね。俺一人で相手することも出来るとは思いますけど、流石にドフラミンゴ相手に勝てるとは断言出来ません」

「分かっている。そもそもそんなことは私が許さん。いくらお前が強いと分かっていてもな」

「す、すみません」

 

 腕を組み、少し咎めるような視線を向けるセンゴク。現段階のグレイとドフラミンゴの力量はほぼ互角。全力で戦えばまず無事ではすまないだろう。

 

「万全の状態でドフラミンゴへ挑むためには、前に頼んだ件も進めていかなくてはな」

「戦力増強の件ですね」

「世界は広い。どこの勢力にも所属していない強者というのは存在しているものだ。お前の能力に頼り過ぎたくはないのだがな」

「巡回中や有給の時に探すようにはしてます。……あっ、アインには秘密で」

「……すまんな。面倒をかける」

 

 小声で口止めを頼んだグレイ。有給を使って仕事に繋がることをしていたと知られれば長い説教は免れない。更に言えばグレイは戦力増強の件にタイガー達『太陽の団』も巻き込んでおり、捜索範囲は世界中にまで広がっている。ドフラミンゴを完全に叩き潰すというグレイの本気度の表れだ。

 

「やめてください、センゴクさん。俺がやりたくてやってることです」

「……そうか」

 

 謝られることの方が迷惑と言わんばかりのグレイに、センゴクは目を伏せる。黙り込んだセンゴクを不思議そうに見ていたグレイだが、急に発生した爆音を聞いてため息を溢した。

 

「……はぁ。派手にやってるな」

「三日前に行った任務での拾い物か。お前はよく人材を見つけてくるな」

「ははっ、そうですね。ガープさんに頼んで鍛えてもらってるんです」

「そうか。昨日やけに機嫌が良かったのはそのせいだな。見込みのある若者のようだ」

「それは間違いありませんね。"海軍"の力になってくれる男だと思います」

 

 二人の会話を邪魔するように鳴り続ける爆音。センゴクは次第にイラつきだし、グレイは頭を抱えた。

 

 

「「──……やり過ぎだ」」

 

 

 声を揃えて肩を落とすグレイとセンゴク。はりきりお爺ちゃんを止めにいくため、グレイが顔を上げて足を動かした。

 

「ちょっと行ってきます。センゴクさん。また家で」

「あ、ああ。……グレイ」

 

 責任は自分にあると足早に退室しようとするグレイ。センゴクはそんな彼の背中へ、どこか弱々しく声をかけた。

 

「どうしました?」

「……いや、なんでもない。言うことを聞かんようなら殴っても構わんからな。私が許可する」

「俺が殴り返されますよ。──失礼します」

 

 茶化すようなセンゴクに短く言葉を返し、グレイは退出。ガープが暴れている訓練場へと駆け出して行った。

 一人となったセンゴクはと言えば、椅子に深く腰掛けてから深呼吸を一つ。眼鏡を外して目頭を指圧すると、机の上に出ているグレイから渡された任務の報告書へ視線を向けた。

 

(……戦力増強、か)

 

 センゴクの目に止まったのは戦闘に関する部分のまとめであり、他の部分に比べても明らかに文字数が少ない。それも当然だ、他とは違い戦闘に関する報告は()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 ──『スティージア・グレイ。単独で敵を撃破』

 

 

 敵の数、能力者の存在、能力の種類、部下の配置、参加した部下の名前までもがきっちりと書かれている報告書で、戦闘に関する部分だけがこの一文で終わっている。つまり、報告するのがこれだけで事足りるということだ。

 

「……もう十八歳か」

 

 本格的に部下を持たせて約三年。グレイが率いる部隊は"海軍"全体で見ても上位と言って良い程の優秀な部隊に育った。それこそ、"中将"達が率いる部隊にも劣らないレベルで。

 だがグレイは部下を最初に前線には出さない。開幕の一撃は必ず自分自身で行い、主力との戦闘も必ず引き受ける。部下達に任せるのは力の弱い下っ端と捕縛ばかりなのだ。

 

 油断も甘さも無い鋼の意志、才能と鍛錬によって高められた"覇気"と戦闘力、人の身には余りある強大な"ズマズマの実"。それら全ての要素がグレイという男を構成し、市民だけでなく数多の海兵達の憧れにまでなった。

 

 一人で飛び出し、勝利する。()()()()()()()()

 

「……何を言ってやれるんだ」

 

 親代わりの男の小さな嘆きは、誰の耳にも入ることなく部屋へ静かに消えていった。

 

 

 

 

 

★☆★☆★☆★☆★☆★☆

 

 

 

 

 

「ぶわっはっはっ!! ほれほれ! 死ぬ気でやらんと死ぬぞっ!!」

 

 白い健康的な歯を光らせ、憎たらしい笑みで拳を振るうガープ。放たれるゲンコツはたんこぶを作るなどという可愛い威力はしておらず、普通に地面が割れる。先程から訓練場内だけでなく外にまで響いている爆音の発生源である迷惑ジジイであった。

 

「……ガープさん。やりすぎですって」

 

 呆れながら声をかけるグレイ。少し息は荒いが体力的な息切れではなく、早く地鳴り騒ぎを止めなければという精神的な疲労によるものだ。

 

「おおっ、グレイ。来ていたんか」

「そりゃ来ますよ。どんだけ力込めて殴ってるんですか。新入りを殺す気ですか?」

「心配要らん! コイツは頑丈じゃ! その点で言えばお前より見込みがある!」

「そうですか。それは良かった。……じゃあなんでアイツは地面にめり込んでるんですかね?」

 

 鍛え甲斐のある若者にテンションが上がっているガープを宥めながら、グレイは少し申し訳なさそうな顔をして地面にめり込む新入りを指差した。

 

「そうじゃな。早く殴り起こしてやらんと」

「違うわ! 手加減しろって言ってるんですよッ!!」

 

 怒りを堪えるかのように拳を強く握り、ガープへ叫んだグレイ。それでも怒鳴られたガープには反省の色が見えず、めり込み新人へ大声で言葉を投げた。

 

「おーい! グレイが来ておるぞ! そんな情けない姿を見せてもええんかぁ!?」

「……そんなんで起きる訳が──」

 

 呆れるような表情を見せるグレイだが、次の瞬間ガープの煽りが有効であったと叩き付けられる。めり込んでいた男は急に身体を動かし始めると、力任せに地面からの脱出を成功させたのだ。

 そして先程のガープをも上回る大声を上げながら、土まみれの身体でグレイの側へと駆け寄って来たのだった。

 

 

「──兄貴ィィィィィィィッ!!!」

「……起きるのかよ」

 

 

 日焼けした肌には数多くの切り傷。ガープとの鍛錬の影響か青あざも至る所に出来ており、とても痛々しい。しかし当の本人は痛みを感じさせないような笑顔をグレイに見せると、背筋を真っ直ぐにしたままビシッと停止した。

 

 グレイはそんな彼に苦笑いし、腕を組みながら男の名前を呼んだ。

 

「順調……そうだな。──()()

 

 白と銀の二つの色からなるボーダー柄のバンダナを頭に巻いたギンと呼ばれた少年。グレイより二つ歳下の十六歳であるにも関わらず、年齢の割に顔は老けている。本部の海兵にも劣らない筋肉をしていることから、これまでの人生が決して楽なものではなかったと物語っている。

 

「俺の修行を見に来てくれたんですかっ!?」

 

 強面に似合わない嬉しそうな表情と声音で訊ねるギン。グレイが様子を見に来てくれたことが嬉しいらしく、尻尾が付いていればブンブンと振ってそうな勢いだ。

 

「ま、まあな。お前が殺されてないか心配になったんだ」

「この程度なんてことありません! 俺は必ず強くなって! グレイの兄貴の役に立つ男になってみせますっ!!!」

「そ、そうか。頑張れよ。……後、兄貴って呼ぶのやめろよ」

「無理っす! グレイの兄貴は俺の命の恩人! そして俺の憧れの兄貴なんです!!」

「……ああ、そう」

 

 初めて呼ばれた時からやめろと言っているのだが、一向に受け入れる気配がない。グレイは今回のやり取りで兄貴呼びをやめさせるのを完全に諦めた。

 

「尊敬されとるじゃないか。グレイ」

「尊敬……ですかね」

「当然尊敬してます!!」

 

 忠犬の圧力に押されながらもグレイはガープへと身体を向け、ここへ走って来た理由を話した。

 

「ガープさん。ギンの修行を頼んだのは俺ですけど、もう少し手加減してやってください。いくら頑丈とは言え、鍛え始めたばかりなんですから」

 

 少しばかり咎めるようなグレイに反応したのはガープではなくギンだった。

 

「あっ、兄貴。ガープさんは悪くねぇんです。俺がもっと厳しくしてくれって頼み込んだから」

「ギン、余計なこと言わんでいい。わしも少し急ぎ過ぎたからな。お前の頑丈さが予想以上じゃったわい。ぶわっはっはっは!!」

 

 庇おうとしたギンを遮り、ガープが再び高笑いする。グレイはそんな様子に少し口角を上げると、罪悪感に襲われているギンに言葉をかけた。

 

「ギン。頑張ってるみたいだな」

「は、はいっす!」

「まだ入隊して三日目。無理はするなよ?」

「全然! まだまだいけます! 俺はもっと強くなって兄貴の役に──」

「無理はするな」

 

 有無を言わさない迫力でギンを黙らせたグレイ。雰囲気は一変し、歴戦の海兵と呼ぶに相応しいものになっていた。

 

「俺の部隊に入る前に、俺が言ったことを覚えてるな?」

「……し、市民のためには命を懸けろ。それ以外でなら、たとえ仲間を見殺しにしてでも自分の命を優先しろ……です」

 

 迫力に気圧されながらも、最後まで言葉を言い切ったギン。尊敬していると言うだけあり、グレイからの言葉はしっかりと記憶しているようだ。

 

「……そうだ。お前をガープさんに鍛えてもらってるのもお前が死なないためだ。死ななければ俺の役にも立てる。分かるな?」

「は、はい!」

 

 ギンの返事に満足したのか、グレイがプレッシャーを緩める。穏やかに微笑んだ後、ギンの肩へ手を置いた。

 

「海兵は身体が資本だ。ガープさんの言うことをよく聞いて、ちゃんと強くなれ。お前に期待してるからこそ、ガープさんに頼んだんだからな」

「兄貴……!!」

 

 喜びで身体を震わせるギン。より一層覚悟を深めると、腕を振り上げてグラウンドへと駆け出して行った。

 

「うおおおぉぉぉォォォッ!!!!」

 

 プルプルと小刻みに揺れていた足を動かし、全力で走り込みを始めたギン。どうやらグレイの言葉でスイッチが入ったらしく、疲労を忘れているようだ。

 

「……アホ。無理すんなって言ったばかりだろが」

「ぶわっはっはっは!! どっちも若いのう!」

 

 ガープは空回りしたグレイを笑った後、腕を組みながら口を開いた。

 

「三日前の任務で拾ったんじゃったな」

「ええ。……ドフラミンゴの件で"東の海(イーストブルー)"へ行った任務です」

「天夜叉だか天狗だか知らんが、"東の海(イーストブルー)"にまで勢力を拡大しておるとはな。それも……"海軍"の支部を傘下にするとはのぅ」

 

 三日前にグレイが遂行した任務、それはドフラミンゴに繋がっているという"海軍"支部の調査だった。支部が置いてある島自体が縄張りになっており、そこにある村は全て恐怖によって支配されていたのだ。

 

 村人達から寄付と称して金を巻き上げ、気に入らない者は理不尽な暴力で痛めつけるという海兵としてあるまじき振る舞いも日常茶飯事であった。

 若い者は労働力としてこき使われ、年寄りは雑用やストレス発散の対象として虐げられた。グレイがギンと出会ったのはそんな胸糞悪い任務の最中だった。

 

「支部とは言え、集めようと思えば本部の情報も入る」

「それをドフラミンゴに横流しして、報酬を得る。……残っていた海兵達は全員クソ野郎でしたよ」

 

 正義を守ろうとした海兵は皆殺しにされ、悪に染まった海兵だけが残った。死んでいった同胞達の無念を晴らすかのように、グレイは全力で腐り切った支部を叩き潰した。誰一人命を奪うことなく、これから先の未来を奪い取ったのだ。これから死ぬまで、もう二度と日の目を見ることはないだろう。

 

「命の恩人か……。ギンの奴が張り切っとるのも納得じゃな」

「餓死しそうなアイツに持ってたおにぎりとか食わせたりしましたけど、そんな大層なもんじゃありませんよ。たまたま偶然、アイツが勝手に助かっただけです」

「そんなもんギンには関係ないじゃろう。謙遜するのは自由だが、度が過ぎると嫌味になるぞ?」

 

 大きなため息と共に告げられた言葉にも、グレイの表情は変わらない。それを見てガープはゆっくりと目を細めた。

 

「……仲間の命を見殺しにしてでも、自分の命を優先しろか。……グレイ。それはお前にも言えることなのか?」

「……」

「もしもお前が死にそうになった時、お前は仲間を見殺しにしてでも自分の命を優先するのか?」

「……」

「どうなんじゃ。……グレイ」

 

 普段とは違う雰囲気のガープ。言葉には重みがあり、適当な返答で誤魔化すことを許さない。数秒間の静寂が流れた後、グレイはガープの目を見てハッキリと言い放った。

 

「──俺が仲間を守ります」

「……」

 

 今度はガープが口を閉ざす。揺らぐことのない信念を感じ取り、『海軍の英雄』と謳われる男が黙り込んだのだ。

 

「市民も、仲間も、誰一人死なせません。全員……()()()()()()

 

 腰に携えている『暁』に手をかけながら、グレイが続けて言葉を投げた。茶色の瞳は強い意志と共に輝き、ガープを貫いた。

 

「必要なら、ガープさんも守りますよ」

 

 そしてすぐにヘラっと表情を崩したグレイ。人懐っこそうな笑みを浮かべ、冗談でも言うようかのようにガープへ笑いかけた。

 

「……抜かせ。百年早いわ」

「ははっ、百年後でもガープさんは俺より強いんじゃないですかね」

「当たり前じゃ。わしを誰だと思っとる」

「仕事サボりの常習犯で、元帥の邪魔をする厄介なお爺ちゃん」

「グレイィィィッ!!!」

「おっと、危ねっ」

 

 繰り出された拳骨を躱し、ガープに背を向けたグレイが小走りで退散。悪ガキのような顔を見せながら軽く手を振った。

 

「ウチの部下をよろしくお願いしますね〜。頼りにしてますよ、ガープさん」

「今度はお前の相手をしてやるから覚悟しとけっ!」

「暇があったらお願いしますよ」

 

 不機嫌そうに叫んだガープを尻目にグレイが訓練場から姿を消す。ガープは昔から変わらない小生意気さに鼻を鳴らすと、白い雲の浮かんでいる青空を見上げた。

 

「……全く。アイツは変わらんな」

 

 孫に手を焼くような表情で呟いたガープ。

 血さえ流れないのなら平和と呼ぶ彼にとって、グレイが掲げる正義はとても眩しく──直視出来ないものだった。

 

「…………本当に、変わらんな」

 

 次世代の『英雄』を信じ、老兵は祈った。

 

 若き友人が──本当に笑える日が来ることを。

 

 

 

 




 今回の話でオリ主は十八歳となりました。
 時系列的には原作開始の九年前となります。

 そしてギンが仲間になりました!何かエピソードを書こうと思っていたのですが、良い感じの話が思い浮かばず仲間になった所からとなっています。作者の技量不足で申し訳ありません……。
 これからの話で活躍させていきたいなと思っているので楽しみにしてもらえると嬉しいです!

 ここからテンポ良く進めていきたいと思っていますので、お付き合いよろしくお願い致します!


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