かわいそうなのはぬけない (変わり身)
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VS催眠おじさん

夜。

とっぷりと陽が落ち、重たい濃闇の広がる時間帯。

 

街を彩る明かりも殆どが消え、残る光は点在する街灯と、夜空に浮かぶ小さな月だけ。

こんな暗がりを出歩く奇特ものなどそうは無く、がらんどうの街中は只々しんと静まり返っていた。

 

――だが、そんな静寂を乱す足音が二つ。

一つは人の駆ける音。そしてもう一つは――人ではない何かの駆ける音だった。

 

 

「はぁっ、はぁっ、ぁ、ひゅっ……!!」

 

 

路地を覆う闇間から、少女が一人飛び出した。

着崩した制服を纏った、高校生くらいの少女だ。

その顔は恐怖に引き攣り、涙と鼻水に塗れ。足を縺れさせながら、必死に何かから逃げていた。

 

 

「ひっ、はぁ、は、っ、うあ!?」

 

 

しかし、相当に疲労が溜まっていたのだろう。

突然少女の膝が崩れ落ち、そのままアスファルトへと転がり込む。体のあちこちに擦過傷が刻まれ、悲鳴が漏れた。

 

 

「う、ぐ……!!」

 

 

少女は痛みを堪え、すぐに起き上がろうとするものの、震える足には力が入らず――そうこうする内、その背中に大きな影が被さった。

 

 

「ハァッ、ハァッ、ハァッ、ハァッ」

 

「ひっ……! やだっ、や、あぐッ!?」

 

 

それは『人ではない何か』としか形容できないものだった。

犬のようでもあり、トカゲのようでもあり。なのに人間のようにも見える、奇妙な形をした獣。

甲高い鳴き声を上げるそれは二本の腕で少女の身体を抑え込み、地面へと強く押し付ける。

 

 

「あ……ぅ……たす、たすけ……!!」

 

 

華奢な少女の身が軋み、肺の空気が押し出される。

そうして霞み始めた意識の中、少女は自身の衣服が引き裂かれる音を聞いた。

それの意味する事など考えるまでも無い。先程とは別の恐怖に襲われた少女は、せめてもの抵抗として身を捩るが、そんなもので拘束を抜けられる筈も無く。

 

 

「や、だ……やだっ、やだっ、やだぁ……!!」

 

「ハッ、ハッ、ハッ、ハッ――!」

 

 

獣欲の吐息と共に、おぞましい感触をした『それ』が暴かれた少女の下腹部にあてがわれる。

直後に襲い来る絶望を悟った少女は、涙を流しながらきつくきつく目を瞑り――。

 

 

 

「――葛の葉、金の蔓」

 

 

 

突然、涼やかな声が響き。獣の動きが止まった。

 

 

「ハッ、ッガァ……!?」

 

 

否、止まったのではなく、止められたのだ。

獣の四肢にいつのまにか植物の蔓が幾本も巻き付き、骨を折らんばかりに締め上げていた。

 

 

「……ああ、よかった。間に合った」

 

 

拘束を解かんと暴れる獣をよそに、道先の暗がりから現れる影があった。

薄い月明かりに照らし出されたそれは、またも年若い少女のもの。

青竹色の和装を纏い、艶やかな黒髪に薄月を映し。花のかんばせには安堵の笑みが浮かんでいる。

獣を縛る植物の蔓は、彼女の足元より伸びており――次の瞬間、勢いよく収縮した。

 

 

「ガッ!?」

 

 

獣の身体が宙を舞い、和装の少女の下へと引き寄せられる。

彼女は自らに迫る巨体を眺めつつ、懐からそっと長方形の紙を取り出した。

桜の花弁が押された、小さな栞だ。

 

 

「葛の葉、銀の華――」

 

 

紡がれる涼やかな声に合わせ、桜の花弁が脈動する。

そうしてやがては栞そのものを震わせるまでになったそれを、和装の少女は獣の方向へと突き出して、

 

 

「――《種子つまみ》。えいっ」

 

 

どう、と。

その言葉、その詠唱を紡ぎ終えた瞬間、栞から蔓の群れが飛び出した。

最早津波とも言うべきそれは瞬く間に獣の胴体を呑み込むと、そのまま捻じれ、雑巾のように固く絞り上げて行く。

ぶちぶちと肉が潰れる音が響き、蔓の隙間からぼとぼとと黒ずんだ体液が落ち。ようやく流動が終えた時には、獣は包みに入った飴玉を彷彿とさせる姿になっていた。

 

しかし和装の少女はその惨状に眉一つ動かさず、むしろ満足そうな頷きをひとつ。

そして束られた蔓をひと撫ですれば、その動きに呼応しゆっくりと蔓が緩まり、ぼとりと黒い塊を吐き出した。

 

絞られ、無惨な肉塊となった獣の死骸……ではない。

それは獣とは似ても似つかない、小さく可愛らしい仔犬であった。

 

 

(怪我は……させていませんね)

 

 

和装の少女――華宮葛(はなみやかずら)はそう息を吐き、気を失っている様子の仔犬を抱き上げる。

その黒い毛並みは小刻みに震え、酷く魘されている事が窺えた。

 

 

(ごめんなさい……)

 

 

先程襲われていた少女を見れば、そちらもやはり気絶していた。

恐怖と嫌悪に精神が耐えられなくなったのだろう。意識が無いにもかかわらず、呼吸は未だ乱れたまま落ち着く様子は感じられない。

 

葛はそんな彼女に痛ましげな目を向けると、その横に仔犬を横たえる。

そしてまたも栞を取り出し何事かを呟いた途端、そこから生まれたスイカズラの華がとろりと蜜を垂れ落とす。

 

淡く、そして暖かに光るそれは、ゆっくりと少女と仔犬の口に落ち――やがて、彼女達の呼吸が安らかなものへと変わっていった。

 

 

(……やはり、許しておけない。こんな事――)

 

 

 

そんな様子に安堵しつつも、葛の心中には小さくない怒りが渦を巻き、燐光となって周囲に散る。

黒髪に差されたヒスイカズラの髪飾りが、その輝きを青く照らし返していた。

 

 

 

 

 

 

古来より。この世界には幾千、幾万もの『異常』が在るとされている。

 

それは物理法則や世界の在り方を凌駕した、超常のもの。

人間は勿論、自然と共に生きる野生動物でさえも適合する事の出来ない、強大で不定形の事象。

 

例えば魔法、例えば神話、例えば魔物、例えば呪い――――例えば、怪異。

 

古今東西世界各地。それらは長きに渡り人の想像や獣の恐怖の裏に張り付き、時に悪辣な魔物や災害として立ち塞がり、時には良き隣人や道具として手を握る。

当然ながら日本の地にも怪異とそれを鎮める霊能力者という形で顕現し、長い歴史の裏側で人知れず攻防を繰り返していた。

 

――その中にあって、一際大きな力を持つ家が六つ。

 

華、酒、稲、魂、舞、刻。

怪異に捧げ鎮める六つの供物の字を冠し、千年に渡り日本を支え守護する力、その具象。

 

奉納六家。

葛の属する華宮の家はその一つ、死者を悼む『華』を捧げる一族である。

 

 

 

 

 

 

「――で、また出たんだって?」

 

 

とある学校、とある一室。

『地域伝承研究会』というプレートの掲げられたその部屋に、剣呑な声が響いた。

 

 

「はい、仔犬を素体とした妖魔が一体。昨夜遅くに本校の女子生徒を追いかけ回していましたよ」

 

「まーた強姦魔紛いかよ。多くねーか最近」

 

 

妖魔。それは世に蔓延る怪異の一つにして、生物学的には決して存在し得ない獣の事。

世間一般においては空想のものであるそれも、この場に居る少女達にとっては見慣れた現実の一つでしかない。

昨夜起きた一件の顛末をすました顔で語る葛に、対面に座る金髪の少女は不快感を隠さず溜息を吐いた。

 

 

「同じようなの、これでもう四連続だぜ? 流石に続きすぎだって」

 

「ええ、何らかの意思が裏にあるような気はしますね。それもきっと、ろくでもない類の」

 

 

葛は頷き、この一週間ほどを振り返る。

昨夜彼女が解決した、妖魔が女性を襲う事件。それと同様の事件が、ここ数日の内に頻発しているのだ。

確かに妖魔が性的な被害を齎す事は珍しくはないが、その対象は人間だけではない。

基本的に生物は同じ種にこそ欲情するものであり、そして昨夜の妖魔は何の変哲も無い仔犬が『何らかの理由』で変容したものだった。であれば、襲う対象は雌犬や似た形をした獣の類が道理だろう。

だが件の妖魔は他の獣に目もくれず明確に人間の女性を狙い、それが連続。

二度ある事は三度あるが、四度となれば中々ない。『何らかの理由』に、人間の劣情じみたものを嗅ぎ取るには十分だった。

 

 

「……やっぱ誰かが動物を妖魔に変えて、女を襲わせてるのかね。何でだ」

 

「さて。単なる性癖と片付けるのもイヤですが……すごくすごく、イヤですが……」

 

 

だって華の女子高生。動物と人とのアレソレなど、流石に守備範囲外に過ぎた。

とはいえ、他に思い浮かぶものも少ない。葛と金髪の少女は共にゲンナリ黙り込み。

 

 

「――練習、してるんじゃない?」

 

 

横合いから小さな声が割り込み、二人揃って顔を向けた。

そこに居たのは、小学生と見紛う程に小柄な女子生徒だ。手に持ったコップの水――なんだかアルコール臭のする――を指でくるくるとかき混ぜている彼女は、感情に乏しい声で続けた。

 

 

「そういう力があるけど、うまく使えない。ので、ワンちゃん達で練習します。でも失敗続き……みたいな」

 

「……どんな力で、何をするつもりかってのは置いといて、本命は人間って?」

 

「わかんない。けど、あるんじゃないの」

 

 

小柄な少女はそれきり口を閉じると、コップの水――どうしてかアルコール臭のする――をちびちびと啜り始める。

しかし葛と金髪の少女は気にもせず、暫しそれぞれ黙考し……やがて同時に首を振った。

 

 

「わかんね。今考えてもダメなやつだなこりゃ」

 

「ええ、キチンと調査しなければ……おっと」

 

 

そしてひとまずそう決めた時、葛の携帯端末が小さく鳴った。遅刻防止のアラームだ。

思ったより話し込んでしまったらしい。葛はすぐに会話を切り上げると、己の荷物をまとめ始めた。

 

 

「後ほど話を詰めましょうか。あまりのんびりしたくもないですしね」

 

「ならこのまま続けようぜ、授業より優先だろ」

 

「……そういう訳にもいかないでしょ。霊能者であると同時に学生でもあるんですよ、私達」

 

 

葛は真剣な表情でそう言い残すと、金髪の少女とコップに新たな水――やっぱりアルコール臭のする――を注ぎ始めた少女を置いて立ち去った。

残った二人はそんな真面目な様子に溜息一つ。葛を抜きに話を続けた。

 

 

――『地域伝承研究会』。それは衆目を誤魔化す為の仮の名だ。

その実態はここ南歌倉高等学校に属する学生霊能力者の有志による、私設対怪異組織である。

 

所属会員は現三名。

 

『華』の一族。華宮葛。

『舞』の一族。金髪の少女こと、幸若舞(こうわかまい)しおり。

『酒』の一族。小柄な少女こと、酒視心白(さかみしんぱく)

 

強大な霊力を誇る奉納六家の血統である彼女達は、学生の身であれど確かな霊能を持った実力者。

またそれに相応しき志も宿している。

全員が誰に命令されるでもなく自主的に集い、ここ南歌倉およびその周辺地域一帯の霊的防衛を成していた。

 

無論、全ては内密に。

一般市民の中に、彼女達の行いを知る者はまず居ない。

 

その整った容姿により三人それぞれ噂の種になっていたが、それだけだ。

霊能力者としての顔は悟らせる事も無く、表向きにはそれなりに普通な女子高生。

 

世間に隠れ、悪辣な怪異妖魔の手から人々を救うその姿は、まるでどこぞの正義のヒロインのようでもあった。

 

 

……だが、だからこそ。

そんな高潔で、真っ白な少女達だったからこそ、まずかったのだろう。

 

 

――彼女達の中に、ムッツリの耳年増が居なかった。

きっとそれが、まずかった。

 

 

 

 

 

 

(……さて、何から調べましょう)

 

 

校舎一階、一年A組。

相当の余裕をもって授業の準備を終えた葛は、周囲に流れるクラスメイト達の談笑の中、一人静かに黙考する。

 

動物を妖魔へと変え、女性を襲わせる何者か。

葛はその下手人に心当たりは無かったが、さりとて完全な暗中模索にあるという訳でもなかった。

 

これまでに襲われた被害者や、妖魔へと変えられていた動物たちや、被害現場の調査など。

手がかりとなるものは多くあり、取れる手段も様々だ。

下手人の存在が頭にある今ならば、改めて調べれば何かしらの情報が見つかるかもしれない。

 

……それと、他にも一つ。

以前から少しだけ、心に引っ掛かっていたものもある。

 

 

「……!」

 

 

すると、ふと目を向けた窓の外。

この教室棟に繋がる道の端に、丁度その『心に引っ掛かっていたもの』が見えた。

 

 

「…………」

 

 

そこにあったのは、ふらふらと校舎へと向かっている男子生徒の姿だ。

 

異常にやせ細った体つきと、ぎょろりと蠢く血走った瞳。覚束ない足取りも合わせ、遠目に見ればまるで幽霊のような佇まい。

あまりにも不気味なその雰囲気に、周りの生徒達どころか近くに居た用務員のおじさんすら気味の悪いものを見る視線を向けていた。

 

――天成社(あまなりやしろ)

 

葛と同じくこの学校の一年生であり、C組に属している生徒だ。

 

クラスが違う事もあり特に接点は無いが、葛は以前より彼に若干の注意を向けていた。

 

その様子が尋常ではないという事もある。

しかし最も気がかりであったのは――彼から僅かながら霊力のようなものが漂っていたからだ。

 

それ自体はおかしな事ではない。

一般の生まれで霊力を持つ者は多くはないが、希少という訳でもないのだから。

 

だが葛は、社の放つそれが普通の霊力とはどこか違うものであるように感じていた。

 

何やら邪であるような、それでいて清らかでもあるような。よく分からない気配。

気のせいと言われればそれまでの些細な違和感ではあったが、葛に小さな疑惑を抱かせていた。

 

 

「……いい機会、か」

 

 

この際だ。手がかりの調査と並行し、彼について深く調べてみても良いかもしれない。

葛は鋭い瞳で社を見つめ、そっと桜の栞を握り込んだ。

 

 

 

 

 

 

霊能力とは、限られた者達の血に宿る『異常』の力。

世のあらゆる法則を捻じ曲げ、破り。千差万別の異常現象を引き起こす。

 

例えば発火。例えば凍結。或いは身体強化に自己再生。

 

それは個人の資質に大きく左右されるものであり、完全に同一の能力を持つ事は無い。

性質として似通う事はあれど、それぞれが自分だけの異能を持っているのだ。

 

葛の持つ霊能は、霊力により創り出した植物を自在に操るというものである。

 

生み出せる植物に制限はなく、またそれにある程度の異能を持たせる事も可能であった。

植物の蔦に伸縮性を持たせたり、また小さな華からバケツ一杯ほどの蜜を溢れさせるなど。戦闘に使えるものから雑事にまで、行える事は多岐に渡る。

 

そしてその霊能を用いれば、要注意人物の監視など実に容易いものであった。

 

 

 

 

 

「ぅぅ……ぅぐぅんぅ……」

 

 

のたりのたり。ずるりずるり。

小さな呻き声を上げながら、天成社が昼休みの廊下を這いずり回る。

 

そんな蠢くゾンビのような彼の姿を、窓際に並ぶ鉢の花々がじっと見る。

葛の生み出した、監視の『目』となる能力を持った植物だ。

 

校内の各所には予め葛の植物が多数配置されており、有事の際に機能する。

今回は社の動向を窺うべく、校舎内の監視の役割を持つ植物全てが彼を追い、遠見という形でその生活風景を葛の脳裏に映していた。

 

そして彼が何かしら妙な行動をすれば、即座に拘束する用意もしていたのだが――。

 

 

(……なんか、普通ね?)

 

 

そう、午前中いっぱい観察してみたのだが、特に問題点は見当たらなかった。

 

否、振る舞い自体はやっぱり不審者極まりないものではあるのだ。何か呻くし、気持ち悪いし。

 

だが変な事は何もしない。

屍のようにずっと席から動かず、クラスメイトからは腫物扱い。

墓石のようにじっと授業を聞き、教師からも空気のように扱われ。

昼休みにはゾンビのように廊下を這い進み、途中で用務員のおじさんにぐちゃっと踏まれて「ア゛ッ」と鳴く。哀れだ。

 

まぁ挙動的にはどうあれ、学校の過ごし方に限ればおおよそ一般的な生徒のそれであるのは確かである。

 

 

(ううん……でも、妙な気配もやっぱりある)

 

 

そしてじっくり観察した分、彼の持つ独特な気配の質が多少は掴めた。

 

例えるならば、妖魔と植物の匂いとでも言うべきか。

葛にとってはある意味同等に親しんでいるそれらが、彼から漂っているのだ。

 

 

(妖魔の匂い……でも、悪意とかはまるで感じられないし、多分自覚もしていない……というか植物とは……?)

 

 

己と同じく、植物に関する霊能でも持っているのだろうか。

改めて社を見つめてみるも、分からず。

 

……色々と不気味でおかしい社だが、今の所は何もしていない。妖魔や悪人と決めつけるのも気が引ける。

 

やはり、暫くこのまま監視を続けるしかないだろう。

葛は上下に彷徨わせていた栞を下ろし、そう決めた。

 

 

(もう少し様子を見て、何かあったら直接接触してみましょうか)

 

 

そうして、死にそうな顔でまた這いずり始めた社から目を離さないまま、葛もひとまず地域伝承研究会の部室へと向かったのだった。

 

……ちなみに、社の向かった先は食堂や購買では無く、校舎裏にある花畑。

何故かそこに飛び込み出て来なくなった彼を、またも通りがかりの用務員のおじさんが気味悪げに眺めていた。意味不明である。

 

 

 

 

 

 

「めんどくせーからぶん殴って吐き出させようぜ」

 

 

昼食がてら社について聞いたしおりは開口一番そう提案したものの、当然採用される筈も無く。

結局このまま葛が監視を継続し、残りの二人が過去の事件の再調査を行う運びとなった。

 

もっとも再調査に関しては二人の間でも既に決まっていた事らしく、聞けば他にも葛抜きで行動計画が組まれていた。

どことなく疎外感を感じ、葛の頬が膨らんだ。

 

 

「……細かくメッセージ送ってくれればよかったのに」

 

「授業中はスマホ禁止とかいって見ないだろお前」

 

「いちいち休み時間待ってたら進まないしね。ムダムダ時間」

 

「うぐぐ……」

 

 

図星である。

 

優等生であろうとする葛に反し、しおりと心白は様々な意味でマイペースだ。

授業のサボりや喧嘩、何故かアルコール臭のする謎の水の常飲など、葛ですら注意を諦めたその素行は不良学生そのものであり、そんな二人と歩幅が合わない事が多々あった。

 

それでも何だかんだ気は合っていたのか、(すったもんだあった末)今ではよき親友関係を築けてはいるのだが。

 

 

「ま、そういう事だからさ。そっちはそっちで頼んだわ」

 

「ぼくらはちょっと手分けして回って来るから、あとよろしく」

 

「えっ、あ、ちょっと待ちなさっ」

 

 

咄嗟に伸ばした葛の手をするりと抜け、しおり達は軽やかに窓から飛び降り走り去っていった。

今日はもう学校に帰って来る事は無いだろう。

 

 

「……はぁ」

 

 

溜息と共に窓を閉め、定位置の席に腰掛ける。

彼女達の校則違反に今更何を言う気も無いが、こうして一人残されるのは些か気分が悪くなる。

 

今回のような事は今まで何度もあった。

そしてそんな時、葛はいつも小さくない疎外感を持っていた。

 

 

「…………」

 

 

ちらと、取り出した栞を見る。

 

この小さな栞は、華宮の血を持つ者が霊能を発揮する為に用いる霊具だ。

紙の中央に圧された桜――御霊華と呼ばれるその花弁を火種とし、華宮の力は発揮される。

 

――そう、火種。

 

華宮の受け継ぐ霊能とは、本来は炎に纏わるものだ。

慈悲、浄化、告別。それら三つの意を重ね、華炎として神や怪異に捧げ鎮めるための力――。

 

……にもかかわらず、葛に宿った霊能は植物の力。

華宮のものでありながら、その華炎を受け継ぐことが出来なかったのだ。

 

幸い、それで一族から迫害を受けたという事は無かった。

一族の誇る霊能と違う力を授かるという事例はそう珍しいものではなく、何より彼女の力も形は違えど『華』に通ずるものであったからだ。

 

しかし、華宮の人間としては。

 

元は『火葛(かずら)』であった名前からも『火』が削られ、ただの『葛』となった。

霊能力の鍛錬内容も他の家族とは違い、炎の絡まない別種のものが用意された。

 

それは炎と相性の悪い植物の力を持った彼女に対する、家族からの心配りではあったのだ。

葛もそうと分かっていたものの、それでも一族から一人切り離された印象は拭えず、見限られているのではないかと疑心暗鬼を生じてしまう。

 

成長した今でもそれは変わらない。

特に友人にも置いて行かれた今のような状況ともなると、その気持ちが強く呼び起こされ、疎外感と混じり合って際限なく落ち込んでいく――。

 

 

「……だめだめ。悪い癖、悪い癖」

 

 

頭を振ってネガティブな感情を追い払う。

 

今はコンプレックスでうだうだやってる時では無い。

葛は努めて心を落ち着かせ、瞑目。静かに掌中の栞を握り潰した。

 

すると瞼の裏で何かが繋がり、脳裏に別の場所の景色が映し出される。先程も使った植物による遠見の術だ。

 

映すものは当然ながら社の姿。やはり何故か花畑に突っ込んだまま蠢くだけで、未だ移動する様子もない。

何かしらの変化があればすぐに伝わるようになっていたので、本当にずっとそのままだったのだろう。

 

 

(……会いに行くんですか? これに?)

 

 

正直すごく嫌だった。

というか、ただただ挙動がおかしいだけで霊的には何もしてない訳だし、ほっといてもよいのでは……?

 

そんな逃げの思考が広がるが、しおり達に任された以上は無責任な事は許されない。

葛は先程とは別の意味での溜息を落とし――その時、社が花畑の中から立ち上がる姿が見えた。

 

一瞬葛に緊張が走るが、どうやら単に教室に戻るだけのようだ。

時計を見れば、確かにそろそろ昼休みも終わろうかという頃合いだ。いち生徒としては本当に真面目ではあるらしい。

 

 

(ううん、一体どういう人なのか……、ん?)

 

 

ふと、視界の端にまたも通りがかる用務員のおじさんの姿が見えた。

彼は社をやはり気味の悪いものを見る目で眺め……やがて、すれ違い様わざとらしく肩をぶつけて立ち去った。

 

でっぷりと太った中年の身体に、骨と皮だけの身体が耐えきれる筈も無い。

社は堪らず派手にひっくり返り、またゾンビの呻きを小さく漏らした。

 

 

「…………」

 

 

そのあからさまな、そして大人げない嫌がらせに、葛の眉間にシワが寄る。

 

確か彼は、社の監視中に度々現れていた用務員の筈だ。

思えば彼はどのタイミングでも社に対して不快感を向けていた。単に社を気味悪がっているだけなのかもしれないが、それにしても今の行動は行き過ぎたものに見えた。

 

 

(……冷静に考えると、少しおかしいわね。あの人)

 

 

振り返ると、かの用務員は監視の目に映り込む頻度が高い事に気が付いた。

つまり嫌っている筈の社の周囲に自ら近づいているという事で、若干の不自然さが葛の勘に引っ掛かる。

 

彼も社の違和感を感じ取っているのだろうか。

葛は地面で蠢く社の姿を眺めつつも、去り行く用務員の背をちらりと追った。

 

 

 

 

 

 

午後の授業を終え、迎えた放課後。

葛は一人、用務員室へと向かっていた。

 

仲間と合流しようにも、しおり達は未だ戻らず、返って来たのは調査中とのメッセージだけ。

監視していた社も、帰りのホームルームが終わった直後机に突っ伏したまま動かなくなってしまったため、教室から人気が無くなるまでは接触を待つ事にした。

 

そのため、先に用務員のおじさんへの聞き取りを行う事にしたのだ。

重要な情報を持っているとも思えないが、何かが出れば儲けもの。少なくとも、ただ時間を潰すよりはいいだろう。

 

 

(本当にただ気に喰わない生徒に意地悪しているだけだったら、無駄足も良い所だけど)

 

 

もしそうであったなら、社の担任教師にでも報告しておこう。

葛は小さく鼻を鳴らすと、辿り着いた用務員室の扉を叩く。用務員が一仕事終え部屋に戻っている事も、監視の目により把握済みである。

 

この学校の用務員室は現在では非常に珍しい住み込み式のものであり、生徒からの干渉を避けるためか校舎の隅にひっそりと配置されている。

放課後という事もあり、人気の少ない廊下にノックの音が残響し――やがて、扉の隙間から青帽子を被った男性が顔を出した。

 

 

「……はい、なんですかね」

 

 

監視の目で見たままの、でっぷりと太った中年のおじさんだ。

唐突な訪問者に訝しげな顔をしていた彼は、葛の姿を認め目を丸くした。

 

 

「あぁ? なんでここに……」

 

「突然の訪問失礼いたします、一年A組の華宮葛と申します。本日はあなたにお尋ねしたい事があり、参りました」

 

 

礼儀正しくそう告げれば、用務員のおじさんは何故か焦ったような表情となり、きょろきょろと周囲を窺った。

 

 

「……聞きたいって、何をだい」

 

「一年C組の天成くんの事です。彼に対するあなたの態度に、少し疑問がありまして」

 

「あ? あ、ああ、そうか。それか……」

 

 

そう答えれば反対にどこか安堵したように息を吐く。

そんな不自然な様子に葛の目が鋭く細まるが、用務員のおじさんは気に留めず、数瞬考えた後用務員室の扉を大きく開き、手招いた。

 

 

「君が聞きたい内容はまぁ、分かる。ただ話が長くなるから、部屋でしねぇか?」

 

「…………」

 

 

用務員のおじさんの目が色を帯び、葛の全身を舐め回す。

 

思ったよりも最悪なおじさんだ。

葛は沸き上がる生理的な嫌悪感を堪えつつ、開かれた部屋の中を睥睨する。

 

 

(……くさい……)

 

 

汚く、雑多。中年男性の生活感と体臭の籠った部屋。そして――僅かに感じる妙な気配。

葛は暫し迷った後、掌の中に栞をそっと隠し持った。

 

そして一切の油断慢心なく、部屋の中へと足を踏み入れ――。

 

 

「――オラッ! 催眠ッ!!」

 

 

……直後。響いたのは、そんな声。

 

驚きも、疑問も、何も無く。

背後で閉じられた扉の音を最後に、葛の意識は暗転した。

 

 

 

 

 

 

「へ、へへ、なんだよ、簡単じゃねぇか……」

 

 

動きを止め、ぼんやりと佇む葛を前に、用務員のおじさんは下卑た笑みを浮かべた。

 

目前で手を振ろうが、肩を揺すろうが、葛は虚ろな表情のまま身動ぎの一つもしない。

そんな人形のようになった彼女に、用務員のおじさんは満足げに頷き――その時、葛の手から栞が落下。

 

反射的に霊能力を使用したのだろう。スイカズラの華と蔓を生やしたそれを、用務員のおじさんは嘲りと共に蹴り飛ばす。

乱れた花弁の隙間から、甘い香りの蜜がとろりと床に流れた。

 

 

 

 

用務員のおじさんは、催眠おじさんである。

 

いつ、どうしてそうなったのかは語らない。

生きる内に用務員となり、ある日ふと催眠能力を持っている事を自覚した。それ以外の背景など知る必要のないおじさんだ。

 

そして彼は、その催眠能力を己の人生を華やかにするために使おうと思い立った。

当然だ。人を自在に操れるこの力があれば、何だって出来る。金も地位も、全てが自分の望むままなのだ。

 

そして彼が手始めに求めたのが、己の性欲を満たす事。

つまりは女性を洗脳し、いいように辱める事である。中年のおじさんの性欲は凄いのだ。

 

……ただの用務員のおじさんであった時から、彼には目をつけていた少女達が居た。

 

清楚系美少女、華宮葛。

ギャル系美少女、幸若舞しおり。

不思議系ロリ美少女、酒視心白。

学校でも指折りの美少女である三人組だ。

 

これまでは妄想で彼女達を穢す事が精々だった。

だが、この催眠能力があれば、その妄想を現実にする事が出来る。催眠おじさんは文字通りイキり勃った。

 

そうして意気揚々と催眠を施しに行こうとして――そこでようやく、葛達がただの小娘で無い事に気付いたのだ。

 

異能に目覚めたからこそ分かる、力強くも清廉なるオーラ。

彼女達が霊力と呼ぶその威圧感に、勢いで襲っていい相手では無いと催眠おじさんは悟ったのである。

 

とはいえ彼女達を諦める気も無く、催眠おじさんはその日から入念に準備を行う事とした。

バレないよう人間相手を避け、犬や猫などの動物を対象に、催眠能力をより巧く使えるよう、そしてどこまでの事が出来るのかの実験を何度も繰り返したのだ。

 

弱い催眠であれば、自意識を残したまま行動だけを操れる事。

逆にあまりに強い催眠をかけると、対象の肉体が化物のようになってしまう事。

実験を通し、催眠おじさんはよりハイレベルな催眠おじさんへと進化していった。

 

そして化物と化した実験動物に対処する葛達の姿も見た彼は、更に念を入れ己の存在感を消す小細工も行った。

 

催眠能力に目覚めた時より、催眠おじさん自身も小さいとはいえ妙なオーラを放っている事は自覚している。

だが幸運にも彼は天成社という存在を発見した。そしてその周辺をうろつき、隠れ蓑として利用したのだ。

 

外見や素行と同じく、気持ち悪い雰囲気のオーラを持つ彼。催眠おじさんの気配を隠すには十分役立ったようで、葛達は社の方に気を取られていた。

ついでに中々葛達を襲えない苛立ちも八つ当たりとして社へとぶつけつつ、催眠おじさんはチャンスを待ち――。

 

そして、今日。絶好の催眠プレイ日和が訪れた。

 

 

 

 

 

「いきなりで焦ったが、随分と都合の良い展開になったな……」

 

 

ブツブツと独り言を呟きながら、催眠おじさんは扉の鍵をしっかりと閉める。

 

突然用務員室に現れた時はすわ己の力がバレたかと慌てたが、見当違いの件で助かった。

おかげで上手く隙を突き、最高の状況を整えられた。もはや邪魔者も入るまい。

 

 

「にしても中々役に立つじゃねぇか、あの気持ち悪いガキもよ」

 

 

お礼に暫くは八つ当たりを止めてやろう。

そんな事を思いつつ、催眠おじさんは虚ろな目をした葛の尻を鷲掴み、揉み込みながら部屋の奥へと誘導する。無論、悲鳴の一つも上がらない。

 

 

「おっほ、ぷりんぷりん♪」

 

 

そうしてビールの空き缶やゴミを蹴散らしスペースを確保し、ハリの良い尻を叩いてその中央へと押し出した。

 

 

「へへへ、さーてまずはどうしてやるかね。やりてぇ事は山ほどあるんだよなぁ」

 

「…………」

 

 

実験よろしく、メス犬やメス猫にして躾けてやるか。

それともベタ惚れの恋人にしてみるか、或いは従順な奴隷にしてみようか。

いや、優等生ぶったこの顔を下品なものに歪ませてみるか。いやいや、淫乱なポーズを取らせてみるか。いやいやいや、それより――。

 

 

「……ああめんどくせぇ! とりあえず脱げ! ああでも制服で……いやいい最初はスタンダードだ! オラ脱げ脱げ!!」

 

「…………」

 

 

雌伏の時が長かったせいか、欲望が溢れ纏まらない。

とはいえ、時間はたっぷりとある。ひとまずは葛の肢体を純粋に堪能する事とし、目を皿のようにしてその脱衣を注視する。

 

 

「うほおぉぉ……!」

 

 

一糸纏わぬ姿となった彼女の身体は、まるで美術品のようだった。

形よく纏まった美乳、すらりと流れるくびれ、そして小ぶりに引き締まった臀部。

くすみの無いまっさらな肌と艶やかな黒髪のコントラストも美しく、催眠おじさんも辛抱堪らず脱衣せざるを得なかった。

 

 

「はぁっ、はぁっ、はぁっ」

 

 

だるんだるんのだらしない腹に濃い体毛。かわりに薄い頭頂部。

既にかなり興奮しているのか息は荒く、ビキビキと震える怒張が黄ばんだブリーフを押し上げる。

 

汚い身体だ。

だがこの身体に、葛の純潔は穢されるのだ。

そう考えるだけで、催眠おじさんの怒張がよりおぞましく張りつめた。

 

 

「はぁっ、へへッ! オラ、お前のファーストキスは鈴の口ッ! ホラ、ホラァ!!」

 

「…………」

 

 

そうして屈ませた葛の瑞々しい唇の前で、彼はシミの広がり始めたブリーフを勢いよくずり下げて――。

 

 

 

――バァン!!

 

 

 

「うおッ!?」

 

 

突如、用務員室の扉が轟音を上げた。

咄嗟に催眠おじさんが振り返れば、施錠した扉が大きく歪み、鈍い軋みを上げている。

 

見れば蝶番ごと外れかけているようで、催眠おじさんの怒張がしゅるしゅる縮んだ。

 

 

「な、なん――、ひっ!?」

 

 

歪んだ扉の隙間から指が生え、力任せにこじ開けた。

鍵が壊れ、蝶番が吹き飛び。ただの板となった扉が倒れ、部屋のゴミを圧し潰す。

 

そうして強引に開け放たれた扉の先に――彼はふらふらと揺らめいていた。

 

 

「ぅぅぅ……ぅぁぁぁ……」

 

 

天成社。

やはり骨と皮のみのゾンビのような身体でもって、彼はそこに立っていた。

 

 

「てめ……どうして……!」

 

「うぁ……ぁぁぁ……」

 

 

催眠おじさんが唾を飛ばして問いかけるが、やはりまともな答えは返って来ない。

裸の葛にも見向きすらせず、ぼたぼたと涎を垂らしながら部屋を漁り始めた社に、催眠おじさんのこめかみに青筋が走った。

 

 

「チッ、どうやってドア開けたのかは知んねぇがよ、やっぱ全然役に立たねぇわお前。混ぜてやる気もねぇしクソほど邪魔だから死んどけや――催眠ッ!」

 

 

苛立ちのまま掌を社へと向け、催眠を放つ。

これで社は自死への道を歩む。催眠おじさんはニタリと笑みを浮かべ、改めて葛へ向き直る。

 

 

「ぅ……ぁぁ……」

 

「は?」

 

 

が、再び聞こえた呻き声に、すぐ振り向いた。

そこには先程と変わらず揺れる社が居り、自殺する様子も無くぎょろぎょろと目を蠢かせ、部屋の内部を漁っている。

 

催眠能力が全く効いていない――催眠おじさんは酷く顔を歪め、激昂した。

 

 

「ふざけんなよ、俺の催眠は絶対なんだろうが……! オラ催眠! 催眠んッ!!」

 

「……ぁぁ……ウう?」

 

 

しかし幾度発動しようとも、やはり社に効果が無い。傍から見れば、おじさんが何やら喚いているだけだ。

そうしてムキになって何度も繰り返す内、流石の社も視線を向けた。状況を反芻するかのように、ブリーフ一丁の催眠おじさんと全裸の葛を見比べる。

 

 

「クソッ、なんでだ!? オラ催眠ッ! 催眠ッ!! 催眠ンンンッ!!!」

 

「……ァァ、ぁー? あぁー……」

 

 

数分の時が経った後、社もようやっと状況を理解したようにぱちくりと瞬いた。

そうして、ぼやけた瞳の焦点が徐々に合っていき――。

 

 

 

 

「――あっこれ催眠おじさんモノだ!! ヤダーーーーーーーッッッ!!!」

 

 

 

 

カッ!!

絶叫と同時に彼の両眼から光が溢れ、催眠おじさんと葛を照らし出す。

 

 

「っ、ぐおお!?」

 

「…………っ」

 

 

それは強烈に二人を炙り、その影を抜く。

しかしそれ以上何も起きず、やがて光も収まった。

 

 

「な、なんだ……? クソっ、もういい華宮、直接あいつぶち殺せ!!」

 

「――――」

 

 

催眠がきかないのは業腹だが、それならそれで強力な霊能を持つ葛に処理させればいい。

少なくとも、彼女にそれが出来るだけの力がある事は、催眠おじさんも把握していた。

 

 

「――――」

 

「あァ!? どうした、あのガキ殺せっつってんだろ! オラやれ早く!!」

 

 

しかし、葛は動かなかった。

 

否、動いてはいる。

わなわなと肩を震わせ、強く拳を握り締め。その白い肌を耳の先まで真っ赤に染めた。

 

何かの力を使う前兆か――そうふんぞり返っていた催眠おじさんだったが、段々と様子がおかしい事に気が付いた。

……待て、その仕草は、そう、まるで。

 

 

「……お、おい。華み――」

 

「……こ、の……っ」

 

 

ぎりぎり、と。

どこからか異音を立てながら、葛がゆらりと振り返る。

 

その瞳は激怒と屈辱に燃え、幾筋もの涙が流れていた。

噛み締められた奥歯からは先の異音が鳴り響き、零れそうな嗚咽を無理矢理押し込めている。

 

――催眠が、完全に解けている。

 

 

「ッ!? さ、催眠!!」

 

 

何故、どうして。

そんな疑問を抱く前に、催眠おじさんは再び葛を催眠する。

だが、

 

 

「……この……この……このッ……!」

 

「はぁ!? なんで、っ催眠! オラ催眠!! 催眠だっつってんだろぉ!?!?」

 

 

出来ない。

何度試みても催眠がかからず、葛の動きが止まらない。

先程まで容易く扱えていた筈の能力が、一瞬の内に消え去ったかのよう。

 

催眠が使えない。

その事実が、催眠おじさんの自尊心をこっ酷く打ちのめした。

 

 

「ちっ、畜生!! 催眠だよ! 催眠されろよぉ!! なぁ!? こんな、俺が催眠できないとかダメだろ――ひぃ!?」

 

「このっ、このッ!!」

 

 

葛の全身から膨大なオーラが――霊力が噴き上がり、脱ぎ散らかされていた彼女の衣服から無数の蔓が飛び出した。

仕込まれていた大量の栞が、葛の霊力にあてられ起動したのだ。

 

そして当然、その全ては葛の怒りに導かれるまま激流の如く荒れ狂い――。

 

 

「――このッ、下衆がァァァァァァァアアアアアッ!!!」

 

「ぎ、ぎゃああああっがぶぉんぐげれががんむぐぎびぃぎみぎぎぃぃぃッ……!!」

 

 

一切の情け容赦なく、催眠おじさんを呑み込んだ。

 

部屋自体を破壊しながら暴れ回る強靭な蔓は、おじさんの身体を締め上げ、肉を潰して骨を外す。

飴玉の包み紙のようになったその内部より汚い悲鳴が漏れるも、葛の怒りは収まらない。

 

 

「ひっく、ぐすっ……わあああああああああああああああああああッ!!」

 

 

叩き付け、圧し潰し、捩じり伸ばして振り回し。

葛は大声で泣き喚きつつ、滅茶苦茶に蔓を暴れさせ続け、そして、

 

 

――ぷちゅ、ぷちん。

 

 

……何か。

男性においてとても大切な何かが二つ潰れたような音が、蔓の中より小さく響き。

そこでやっと、蔓の暴走が収まったのだった。

 

 

 

 

 

 

「ふーっ、ふーっ、ふーっ……!」

 

 

葛は力尽きたように座り込み、荒い息を繰り返す。

 

霊力の使い過ぎによる疲労。激怒による動悸。その他様々な我を忘れた代償がのしかかる。

しかし一際大きく彼女の身を震わせるのは、ただの恐怖だ。

 

 

(こわ、かった……! すごく、すごく、気持ち悪い……!)

 

 

次から次へと涙が零れ、止められない。震える身を縮こませ、しっかりと己を抱きしめる。

 

催眠されていた時の事は全て覚えている。

動けず、疑問も抱かず、ただ成すがままに凌辱されようとしていた。それが心底恐ろしく、おぞましい。

 

 

(み、みられて、さわられて……あまつさえ、あんな汚いのを……う、おぇ……)

 

 

葛は嘔吐きを抑えつつ、下手人を封じた蔓の柱を怯え混じりに睨みつける。

 

呻き声すら上げられなくなっているようだが、おそらく死んではいないだろう。

かといって五体満足のままにしたつもりも無く、このまま放置すれば死に至るのは間違いない。

 

 

「う、うぅぅぅぅぅ……!!」

 

 

……心情的にはどうあれ、殺してしまう訳にもいかない。あんな下衆でも人間なのだ。

 

葛が渋々と蔓の柱に触れると、その部分から幾輪かスイカズラの華が咲き出した。

その身にたっぷりと湛えられた花蜜には、葛の霊力が宿っている。多少の治癒と精神安定の効果があるそれを、催眠おじさんが巻き込まれているであろう場所へ雑に振りかけておく。

 

とりあえずこれで死にはしないだろう。死には。

葛はそれきり逃げるように視線を逸らすと、己が未だ裸である事を思い出し、そそくさと衣服を拾い上げ、

 

 

「――ぅぅ、あぁぁ」

 

「っ!?」

 

 

その時背後から聞こえた声に、背筋が凍った。

 

反射的に振り返れば、そこに居たのは天成社。

先程は理性があったように見えた彼は、何故かまたもゾンビのように虚ろな状態へと戻っていた。

しかし一点。その瞳にはギラギラとした光が宿り、明確に捕食者の貌を見せている。

 

 

「あ、ぁ、忘れ……っやぁ、だ、ダメ!!」

 

 

我に返った葛が両手で身体を隠せば、それが合図となったのだろう。

社は大きく身を屈めると、まるで獣のように跳躍。葛の方角へと飛びかかる。

 

 

「ゥオアァアアアアアア!!」

 

(は、や――)

 

 

いつも見せている緩慢な動きが嘘のような俊敏さ。

 

最早、霊能による防御も反撃も間に合わず。

葛はただ、こちらに手を伸ばす社の姿を眺める事しか出来なかった――。

 

 

 

 

 

 

「――おい、葛が襲われてるってのマジで間違いねぇんだな!?」

 

 

校舎一階。

人気の無い廊下を駆け抜けながら、しおりはすぐ前を走る心白へ怒鳴った。

 

 

「言ったでしょ、さっき霊力を感じたの。結構ハデハデな反応だったから、面倒なのが相手なのかも」

 

「調べてた天成って奴か? あーくそ、こっちに付いとくべきだったな」

 

 

互いに焦りを滲ませつつ、しおりと心白は葛の下へと急ぎ走る。

 

二人が学校での異常に気付いたのは、今より十数分ほど前の事。

授業をサボり手分けしての調査を行っていた際、比較的学校の付近に居た心白が荒れ狂う葛の霊力を感じ取ったのだ。

 

これはただ事ではないと察した心白は、すぐにしおりと合流。学校外の調査を引き上げ、葛の助力へと向かったのである。

 

 

「向こうからの連絡はまだ無しか?」

 

「んースマホも霊力もダメダメ。ゼンゼン気付いてないっぽい」

 

「そんだけだったら良いけどな!」

 

 

葛の霊能はどちらかと言えばサポート向きのものであり、直接的な戦闘に優れている訳では無い。

もし、彼女が連絡も出来ない状態にされていたら――しおりの焦燥が更に大きなものとなり、速まる足が心白の背中を追い抜いた。

 

 

「道、こっちで合ってんだよな!?」

 

「うん、この廊下を抜けた先――うわ」

 

 

そうして走る内、扉の大破した用務員室が見えた。

明らかに戦闘の痕跡の残るその光景に、二人は瞬時に警戒態勢。それぞれの霊具を構え、しおりが先行して用務員室へと乗り込んだ。

 

 

「葛ァ! 無事――」

 

 

そして目に飛び込んだ光景に、彼女の動きが止まった。

 

 

「…………」

 

「……どったの? カズちゃんは……」

 

 

続いて覗き込んだ心白も、部屋の内部を目にした途端しおりと同じく動きを止める。

 

 

「――あ、二人とも来てくれたんですね」

 

 

まず目に付いたのは今まさに心配していた葛の姿。

どことなく疲れた様子で衣服を整えている彼女には大きな怪我も見当たらず、しおり達へと安堵からくる笑顔を向けている。

 

次に見たのは大きな大きな蔓の柱。葛が戦闘の際によく使う、攻撃と拘束を兼ねた使い勝手のいい霊能だ。

これがあるという事は、何かしらの戦いがこの場であったのは間違いないだろう。

 

――で、最後。

 

 

「ああっ、アァンアッ! おいしい、うまい、みたされる……ッ」

 

 

その蔓の柱に抱き着き、スイカズラの蜜を一心不乱に啜っている眉目秀麗な少年(・・・・・・・)が一人。こいつが分からない。

全く見覚えが無く、それでいて異質な存在感を放つその姿に、しおりと心白の頭は困惑に占められていた。

 

 

「あー………………と、どういう状況……?」

 

 

しおりは長く言い淀み、やがてそう問いかける。

対する葛は無言のまま、蜜を啜り続ける少年を静かに見つめ。

 

「……さぁ?」と。釈然としない表情で、ぽつりと零した。

 

 




この作品には予告なく催眠おじさんが出て来て心に傷を負った者の八つ当たりが含まれています。
つまりアンチ・ヘイトのタグは催眠おじさんにかかっております。

みんな、青春恋愛ものに催眠おじさんを出す時は冒頭に注意置いとこうね!
約束だよ!


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【New!】転生淫魔くん(16)のスレッド

「えっ、きみ死ぬまで女の子と手を握った事すら無かったの……? 超絶気の毒だからウルトラスーパーモテモテマンになれるようサービスしといたげるね……?」


……転生する時、神様はそりゃもう可哀そうなものを見る目でそう言った。
一発殴っときゃよかったな。



1:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

ん?

 

2:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

え、何これ

 

3:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

うわ思ってること書き込まれてる

こっわ

 

4:転生者ってなんですか? ID:edpHXhSYG

また新人か

16で初とかえらい遅いな

 

5:転生者ってなんですか? ID:+7o2UK71k

てか淫魔て

 

7:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

他の人も出てくんのこれ

意味分かんな過ぎてキレそう

 

8:転生者ってなんですか? ID:DiXOmxAaW

今流行りのキレる若者

 

10:転生者ってなんですか? ID:SoF9BiRiR

それより淫魔ってなんだよ、なんでここに繋げられてんの

血迷ったんか管理人

 

12:転生者ってなんですか? ID:LQkD99Kyt

つっても魔王やってる奴も居ることですしおすし

 

14:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

いやほんとなんなのこの掲示板

いきなり頭の中に浮かんできたんだけど

 

15:転生者ってなんですか? ID:xi+EkCMEK

転生者専用の掲示板だよ

比較的マトモなやつが条件満たしたら魂的にテレパス接続される

初接続時は自己紹介と操作説明も兼ねて自動スレ立てされる仕様

 

17:転生者ってなんですか? ID:CgbeMIhop

「使ってる内に分かるやろ」を強制するストロングスタイル

 

18:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

なるほど転生関係かじゃあしゃーねーな

 

19:転生者ってなんですか? ID:NbR/89oBE

話が早いんよ

 

21:転生者ってなんですか? ID:ddhQe902U

つまんね

もうちっとすったもんだしろや

 

22:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

神様転生体験してる時点で何起きても今更だし

あと今リアルで訳分からん事なってんのに頭の中まで訳分からなくしてる暇ないっす

 

24:転生者ってなんですか? ID:ZFFNvMVVL

なんだ取り込み中か

俺tueee中?

 

26:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

女の子三人に縛られて転がされてる

遠くで何か相談してるみたい

 

28:転生者ってなんですか? ID:WMWgnncIo

やっぱ淫魔ですわコイツ

 

29:転生者ってなんですか? ID:WzgLBYoJF

こっそりエッチな事してバレたか

 

31:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

ぶっちゃけあんま覚えてない

お腹減ってて朦朧としてる時に変態が女の子襲おうとしてたんで助けて花の蜜吸ってたら捕まった

何一つ分からん

 

33:転生者ってなんですか? ID:KFc5J5fQ8

奇遇ですね、俺らも何一つとして分からないんですよ

 

34:転生者ってなんですか? ID:IYgQyXdQd

説明がヘタすぎる

どっから出て来た花の蜜

 

35:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

あ、女の子達こっち向いた

みんな可愛いけどこの状況だと怖いわ

 

 

お花の子「……お待たせしました。それではお話を聞かせて頂きますね」

 

 

 

37:転生者ってなんですか? ID:uFS82//ks

いきなりなんか始まりましたけども

 

38:転生者ってなんですか? ID:ljbb1Zx+4

実況か

セリフ起こしてくれるとか気が利くやん

 

40:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

単に聞いた言葉を一回心で繰り返してからじゃないと飲み込めないタイプなんだろ

コミュ障の陰キャにありがちなやつ

 

41:転生者ってなんですか? ID:52xm5XHGu

うーんザックリ

 

43:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

うるせぇ転生してからずっと飢餓ってるから反芻しないと話が頭に入らなかったんだよ!

 

 

お花の子「ええと、だいぶ外見が変わっていますが【淫魔】くん……で良いのですよね? 先程は危ない所を助けて頂き、本当にありがとうございました。そして拘束する事になってしまってごめんなさい……」

 

ちっちゃい子「流石に淫魔って聞いたらねぇ」

 

ギャル「即殺しねぇだけありがたく思えや」

 

 

 

45:転生者ってなんですか? ID:2lyS3Xnx9

ギャルちゃん口悪いな。黒ギャル?

 

46:転生者ってなんですか? ID:fz8J1TtY9

つーか淫魔バレしとるんかい

女の子達もあっさり信じてるあたりそっちの世界伝奇ジュブナイル系か何か?

 

47:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

自動で名前伏せてくれるの助かる

お腹いっぱいになってフワフワしてた時に「人間か?」って聞かれたからつい正直に淫魔ですと

女の子達は霊能がどうとか言ってるんで退魔モノ系の住人じゃないかな

 

48:転生者ってなんですか? ID:DxdCCfYdG

アホとか迂闊以前に淫魔で満腹って完全ヤッとるがな

 

50:転生者ってなんですか? ID:Ea7gVSZcU

変態から助けた女の子をそのまま食ったか

 

51:転生者ってなんですか? ID:2Cy/5i+MS

むしろ変態の方掘った説

 

53:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

そっち趣味なら俺ともやってよ

淫魔テクに興味がある

 

54:転生者ってなんですか? ID:40nia1w6F

ガチモンこわんい

 

56:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

男の娘だったらまぁギリ……?

 

 

お花の子「それでその、詳しい事をお聞かせ願いたいのですが。件の用務員の時に何をしたのかは当然として……あなたの事も」

 

ギャル「チッ、この学校で何人食ったかとっとと吐けっつってんだ!」

 

お花の子「【ギャル】!」

 

 

痛い蹴られた!

 

58:転生者ってなんですか? ID:syEyo9Zne

残当

 

60:転生者ってなんですか? ID:8mmP/u1t1

そら自分の学校に淫魔が潜んでたと知ればそうなるわ

しかも男の娘ならイケるような節操無し

 

62:転生者ってなんですか? ID:Kyb2pdF+Q

お花の子がギャルっていうのなんかおもろいな

真面目そうなのと字面のギャップが

 

63:転生者ってなんですか? ID:MmSaSqazl

誰も淫魔くんの事心配しないのわろけるマン

 

64:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

「え、えぇ……んな事言われても誰ともそういうのしてないって。学校どころか、生まれてからもずっと……」

 

ギャル「あぁ? テメェ自分で淫魔っつってたろうが。男の淫魔が女の精気なしで生きてける訳ねぇだろ!」

 

お花の子「落ち着いて【ギャル】! ……暴力を振るってしまってごめんなさい。その、諸々含めて、一から詳しく教えて頂けますか……?」

 

 

 

66:転生者ってなんですか? ID:Lby3/XMuZ

淫魔の生態はどの世界でも変わらんな

やっぱ性行為せんとエネルギー摂れず死ぬ生き物か

 

67:転生者ってなんですか? ID:W76X0kEbp

お花の子なんか腰低くね

普通に優しいだけ?

 

69:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

さっき言った変態から助けたのがお花の子だから、感謝してくれてんのかも

 

 

「一から詳しく……ええと、俺、小さい頃から自分が転せ……淫魔って自覚してたんだけどさ、その、女の子襲うのとか無理で、かといってお願いしてってのも出来なくて。で、頑張ってセッ……あの、アレの代わりになるもん見つけたんで、今の今までずっとそれで凌いで来てる感じで……」

 

 

これで分かる……?

 

70:転生者ってなんですか? ID:+W0TbXE5x

お前がセックスも口にできないヘタレってのは

 

71:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

ギャル「嘘くせぇ……」

 

ちっちゃい子「んー……とりあえずその代わりになるものって? 話だと淫魔は異性と交わる事でしか精気得られない筈だけど」

 

「花の蜜……」

 

ちっちゃい子「は?」

 

「いや、だから、花の蜜。冗談みたいな話なのは分かるけど、舐めるとちょっとだけ精気貰える」

 

 

 

73:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

嘘つけ

 

74:転生者ってなんですか? ID:8FclZghTw

意味不

 

75:転生者ってなんですか? ID:VZijufrN1

淫魔如きが妖精ちゃんの真似事とか哀れすぎる

 

76:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

三人からもそんな目で見られてるよ

 

 

「ほ、ほんとなんだって! 雀の涙ほどだけど、ちゃんと腹が膨れるって発見したんだ! だから暇さえあれば道の野花とか、花畑とかで蜜探して吸い周ってさ……!」

 

お花の子「あー、あれはそういう……」

 

ギャル「心当たりあんのかよ」

 

「……でもやっぱり多く見つかるもんでも無いんだよな。放課後とか、夜遅くまでとか、どんだけ地面這いつくばっても最低限死なない量しか摂れなくて、子供の頃からずっと腹減りっぱなしで常に意識朦朧で……」

 

お花の子「あー、ゾンビだったのはそういう……」

 

ギャル「心当たりだらけかよ」

 

 

さっきまでの俺の外見、骨と皮だけのアンデットだったからな

おまけに脳みそも腐ってた

 

77:転生者ってなんですか? ID:5bn7Xh/5/

予想以上に惨めで草も生えない

 

79:転生者ってなんですか? ID:Fj8TEgvEi

淫魔転生ってウハウハなもんちゃうんか

 

81:転生者ってなんですか? ID:tMV6Aq3+U

でも今はお腹いっぱいなんだろ

巨大ラフレシアでも見つけた?

 

82:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

「そんでさっきも蜜を探してウロウロしてたんだけど……そしたら何か、すごい濃い蜜の匂いがしてきて」

 

お花の子「……私のスイカズラでしょうね。意識を失う前に咄嗟に力を使った感覚を覚えています」

 

「もう居ても立ってもいられなくて突撃したよね。正直そこらへんよく覚えてないんだけど、気付いたら……まぁ、その、アレでさ」

 

お花の子「……っ……っ」

 

「あの……覚えてないんで、ほんと……。で、でさ。俺、催眠おじさん死ぬほど嫌いだからさ。淫魔の力で全部消して、でもそのせいでまた腹減って……ぶっ倒れそうになったとこにまた濃い蜜の匂い感じて」

 

ちっちゃい子「だから花に縋りついて蜜ペロペロしてたのね。【お花の子】ちゃんの霊力の塊みたいなもんだし、美味しかったでしょ」

 

「うんもう、すごく満たされた。皮も肉も張って、意識もはっきりして……お腹すいてないのなんて、転せ、じゃない生まれて初めてだ俺」

 

お花の子「……それは、どうも……」

 

 

 

83:転生者ってなんですか? ID:Q8yJOITIr

色々気になる事だらけなのに急な催眠おじさんポップで全部どうでも良くなったわ

 

84:転生者ってなんですか? ID:1u3TDBhxo

変態って催眠おじさんかよ

 

87:転生者ってなんですか? ID:cRHUyJE7T

は? 催眠おじさん倒したの?

何してくれてんだよエロの法律違反だろうが

 

89:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

まぁ実際いたら身内に手出される前にぶっ殺すが

 

92:転生者ってなんですか? ID:fpmMiOeBn

てかなんで湧いたん

 

94:転生者ってなんですか? ID:DqWGOmCXM

退魔モノ世界なら催眠能力持ったおじさんくらい湧くだろ

エロ同人なら竿役としてむしろメジャーまである

 

95:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

ボコボコにしたのは俺じゃなくてお花の子だぞ

俺はただ催眠おじさんから催眠能力消してただのおじさんにしただけ

 

98:転生者ってなんですか? ID:aQVGa7NaD

とんでもねぇ事やっとるが

 

99:転生者ってなんですか? ID:M7eVYm+ZR

は?

 

100:転生者ってなんですか? ID:rxscjT6sf

ギルティ

 

101:転生者ってなんですか? ID:QC8EPT27B

ざまぁ

 

103:転生者ってなんですか? ID:q/XdIU5m+

俺達の催眠おじさんに何してくれとんねん

 

106:転生者ってなんですか? ID:QS+cmHQuX

ノットギルティ

 

107:転生者ってなんですか? ID:mS8X5XLwc

催眠おじさんを返して!

私の息子の主治医なの!

 

108:転生者ってなんですか? ID:RCqhiDDIF

反応真っ二つで草

 

109:転生者ってなんですか? ID:GctwmqgD2

スレ荒れりゅにょほぉぉぉぉぉ!!

 

110:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

いや勘弁してくれってあれは無理だって

というか洗脳モノだの催眠モノだのそういう系は冗談抜きで地雷なんだって

どんなにエロい絵柄でもミリも勃たんし精神ダメージ喰らって鬱になるんだって

かわいそうなのは抜けないんだって

 

112:転生者ってなんですか? ID:CNTBs+JKQ

わかる

 

113:転生者ってなんですか? ID:Kjdw4Ch7l

かわいそうだから抜けるんだが???

 

114:転生者ってなんですか? ID:2bq11Th0b

凌辱スキーは同人CG集で満足してもろて

 

117:転生者ってなんですか? ID:OzKZyRNTe

淫魔くんキミ素質あるよ

 

120:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

無いから飢え死にしかけたっつっとんじゃ!!!

 

121:転生者ってなんですか? ID:ldnBTmcqZ

 

123:転生者ってなんですか? ID:YMBAKdcTT

それはそう

 

124:転生者ってなんですか? ID:K7msEB7Hz

淫魔くん性癖と種族が合っとらんねんな

そら催眠とか催淫とかが無理ならヘタレコミュ障のガキ淫魔が女抱くなんてまず無理だわ

 

126:転生者ってなんですか? ID:MvbDZVciH

かわいそ

 

129:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

やいのやいのやってる内に話まとまりかけてる

 

 

ギャル「おい、いいのか?」

 

お花の子「はい。私の恩人という事もありますが、悪さをしている様子もありませんので。家の方に報告はしますが、経過観察扱いになるかと」

 

「……えっと、つまり?」

 

お花の子「これまで通り、一生徒として暮らす事が許されるという事です。……あなたが善良な人でよかった」

 

 

なんか生還した

 

131:転生者ってなんですか? ID:WinFvsK19

8888

 

132:転生者ってなんですか? ID:vf9I2mtXu

勝手に始まって勝手に終わった

 

135:転生者ってなんですか? ID:5E7T1QBu/

初回スレっていつもそうですね

俺達の事なんだと思ってるんですか

 

138:転生者ってなんですか? ID:6561aL/AI

まだよう分からん事あって消化不良なんやが

後で設定資料投稿しろ

 

139:転生者ってなんですか? ID:FJQUS1P71

R.I.P催眠おじさん

 

141:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

ああそうだ

 

 

「あー、その、【お花の子】さん。ちょっとお願いがあるんだけど……いい、ですかね」

 

お花の子「……内容によりますが、何でしょう」

 

「ほんと申し訳ないんだけど……これから定期的に、あの蜜の出る花を融通してくれませんかね……俺が十八になるまででいいんで……」

 

お花の子「え、ああ、確かにそうですね。当然協力しますし、対価も必要ありませんが……なぜ十八歳……?」

 

ギャル「風俗行って合法的に精気吸えるようになるからだろ。はー、ばっちぃ」

 

お花の子「…………こ、こほん」

 

 

このギャルは陰キャに優しくないネ……

 

142:転生者ってなんですか? ID:NcSZaq3U4

だから俺達は探すのさ

伝説のオタクに優しいギャルをよ――

 

143:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

「……あの、ありがとう」

 

お花の子「いえ、こちらも助けて頂きましたので」

 

「いやほんとに。このままだったら十八までもたず誰か襲ってたかもだし……最悪餓死ってたかもだし……全部【お花の子】さんのおかげ」

 

お花の子「あ、え、はい……」

 

「心の底から感謝してます。俺をアンデットから人間に戻してくれて、花を咲かせてくれて、本当にありがとうございました」

 

お花の子「――――」

 

 

本気でお礼言っとかなきゃ、と思ったら何か泣きそうになってる

どうして

 

146:転生者ってなんですか? ID:YMSfAvNJL

どうせ無自覚にコンプレックスとか癒すような言葉かけたんやろ

貴様も所詮は転生者だったという事だ

 

147:転生者ってなんですか? ID:2gL8pv+Yk

転生者はみんなモテ男みたいな風潮やめてください転生者なのに女っ気ない人も居るんですよ殺すぞ

 

149:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

お花の子「……そう、言って頂けると。私も嬉しく思います。あとでこちらから連絡いたしますので、これ、私の番号です」

 

「あ、はい……どもス……」

 

ちっちゃい子「あ、じゃあぼくのもはい。それと一個聞きたいんだけどさー」

 

「ぼくっ娘どもス……なんでしょ」

 

ちっちゃい子「花の蜜で精気摂れるって、どういう理屈なの?」

 

 

 

150:転生者ってなんですか? ID:GUTh+JUAU

う?

 

153:転生者ってなんですか? ID:KumAOtoge

それ私も気になってました

 

156:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

「や、あの……それはぁ……えっとぉ……」

 

ちっちゃい子「分かんないならそれでよかったけど、その反応は何か分かってるっぽいと見た。なんで?」

 

ギャル「……やっぱ疚しいことあんじゃねぇだろな」

 

お花の子「……【淫魔】くん……?」

 

 

あっあっあっ

 

158:転生者ってなんですか? ID:dyBWtM4RQ

流れ変わったな

 

161:転生者ってなんですか? ID:15rX+ujpQ

何でそんな狼狽えとん

 

162:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

「……い、淫魔って」

 

お花の子「はい」

 

「淫魔って、基本美形っていうけど……どういう事だと思う……?」

 

お花の子「はい?」

 

 

 

163:転生者ってなんですか? ID:tQ6IhQv21

話を逸らすな

 

166:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

ナルシストかよキッモ

 

168:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

お花の子「……まぁ、遥か昔からそう言い伝えられているのは知っていますが」

 

「そう、昔から……今と美的感覚の違う昔でも、美形って事で通ってた。つまり淫魔は、人の認識に合わせて、存在そのものを作り変えられるという事……でね……?」

 

 

ごめんスレ落とす方法教えて

 

169:転生者ってなんですか? ID:Ddh1df9/n

初回スレは管理人が落とさんと終わらんぞ

 

172:転生者ってなんですか? ID:KGHSPd0qH

何が嫌なんだそんなに

 

175:転生者ってなんですか? ID:ZN+SgLsTy

したくないのにやめられない上に癖のせいで強制セリフ起こしまでされてんの草草の草

 

176:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

「……やっぱ話すのやめ、」

 

ギャル「あ?」

 

「痛い! 言います! ……それで、人の認識によって形が変わるのなら、人の認識によって得られるようになってるパワーもあるんじゃないかなぁ……なんて」

 

お花の子「……ええと?」

 

「だからそのぉ……大体の人が知ってる暗喩のエネルギーというか。或いは比喩とか、メタファーのおかげで……みたいなぁ……」

 

ちっちゃい子「……あー……もしかして花の蜜をペロペロってそゆこと?」

 

 

ォァ

 

178:転生者ってなんですか? ID:n7XdYmHS3

どゆこと?

 

181:転生者ってなんですか? ID:StKkulGKx

あーなるほどねぜんぶはあくした

 

182:転生者ってなんですか? ID:Rxqy57MhD

分かったわ

何だかんだ淫魔くんもちゃんと淫魔やってんじゃん

 

184:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

お花の子「どういう事ですか?」

 

ちっちゃい子「んー……性的な意味だと花と蜜って何を表してて、それをペロペロするのってナニしてるんでしょ……っていう」

 

お花の子「……? …………――ッ!?!?!?」

 

 

お花の子ちゃん真っ赤になって股間抑えちゃった

オイラもう終わりだっピ

 

185:転生者ってなんですか? ID:fKUAejENE

え? でもそれ人相手じゃないだろ?

ただの見立てだろ? なのに代わりになるん?

 

187:転生者ってなんですか? ID:ejMQJZ+le

クソワロタ

 

190:転生者ってなんですか? ID:8dQ8Czbdk

セクハラが迂遠すぎるんよ

 

192:転生者ってなんですか? ID:INO5JLli1

非効率的すぎるにしてもそんなお手軽方法で精気吸えるのマ??

ガチの草食系淫魔やんけ

 

194:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

 

 

お花の子「なっ、そっ、まっ、んっ、えぇ……っ!?」

 

「違うんですほんと違うんです仕方ないんです誰も傷つけないためなんですごめんなさ」

 

ギャル「???」

 

ちっちゃい子「花は女性に例えられるでしょ。それで蜜は……ごにょごにょ。花から蜜を啜るっていう構図はね、疑似的な性行為としてね、クン、」

 

ギャル「! おわあああテメェもド変態じゃねぇかああああああああ!!!」

 

「ごぼぐ、

 

 

 

197:転生者ってなんですか? ID:ggRCLc8NG

あっ

 

200:転生者ってなんですか? ID:asJZhIA8A

ノックアウッ!!

 

203:転生者ってなんですか? ID:u6Wj5BpdU

気付くの一番遅いギャルちゃんかわヨ

 

204:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

……えっ、なにこれ

身体動かないのにスレだけ見られるんですけど

気絶してんの俺? 意識あるのに? は??

 

207:転生者ってなんですか? ID:dEkzRN+G+

おじいちゃん、さっき管理人が落とさないとスレ閉じないって言ったでしょ

 

210:転生者ってなんですか? ID:KumAOtoge

この卓には気絶ルールは無いんですね

死ぬまで戦って頂きたい

 

211:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

俺今どうやって思考してんだよ

脳みそどうなってんの怖い

 

213:転生者ってなんですか? ID:40cekbb3z

そんな事よりさっきのアレ本当かよ

レベル高いなお前

 

216:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

うるせぇもん!

俺だって生きるために必死に考えたんだもん!

その上で俺も他人も誰も傷つかないやつがあれだけだったんだもん!!

トトロいるもん!!

 

217:転生者ってなんですか? ID:P9fBQMruB

トトロを穢すな

 

218:転生者ってなんですか? ID:JnUnSFpPB

蜜がトロトロトトロってか

 

219:転生者ってなんですか? ID:P9fBQMruB

殺す

 

220:転生者ってなんですか? ID:wXfPYa+x5

まぁもうお腹減らずに生きられるんだろ

お腹いっぱいなのは良い事よ

 

223:転生者ってなんですか? ID:3JLENU34e

そうな、これからまともに過ごせんだからええやん

 

226:転生者ってなんですか? ID:rcbbfZOnC

なおお花の子ちゃんの羞恥心

 

229:新人の淫魔くんです ID:sMtMteMAn

ヤメテ……ユルシテ……

オウチカエシテ……

 

231:転生者ってなんですか? ID:ghDwZLqwI

いうてもう終わるでしょ

そろそろ来るだろうし

 

234:管理人

お前、今日から華クンニ!w

 

237:華クンニ ID:sMtMteMAn

は?

 

240:華クンニ ID:sMtMteMAn

はああああああああああああああああああああああああああ!?

 

242:転生者ってなんですか? ID:v+5wll1tP

うわ来た

 

244:転生者ってなんですか? ID:6TPsNIUhI

またひっでぇコテハン

 

247:転生者ってなんですか? ID:RfJLBF/0X

心の底から死んでほしい

 

250:管理人

救いの手得られて第二の催眠おじさん化回避記念コテハン!w

今後ありがたく使ってくれよな!w

 

253:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

死ね

 

254:華クンニ ID:sMtMteMAn

ちょ、嘘でしょヤダヤダヤダヤダ

 

257:華クンニ ID:sMtMteMAn

は? どうやって名前変えんの

ちょっと勘弁してよ助けて何なんだよこれマジで嘘だろヤダって

 

260:転生者ってなんですか? ID:053xhZmud

次ここ来た時からはそれか固定匿名かの二択制になるから……

 

262:転生者ってなんですか? ID:4rX4EXOyw

新人来る度クソみてぇなコテハン強制プレゼントすんのマジでやめてやってほしい

毎度的確にそいつにとって一番嫌な名前にしてくんのも腹立つ

 

265:転生者ってなんですか? ID:DETVDSRLi

貰った全員誰一人使ってねぇの分かってる筈だし嫌がらせ以外の何物でも無い

死んでくれマジで

 

268:転生者ってなんですか? ID:ecUE2HxiT

厄介クソコテの誕生は予防できてるとは言えあまりにもクソ&クソですのよ

 

270:華クンニ ID:sMtMteMAn

もおおおおおおおおおおおおお

やめてくれよこういうのもおおおおおおおおおお

 

272:転生者ってなんですか? ID:NfXVcGd2Y

この場の全員が通った通過儀礼ぞ諦メロン

 

273:転生者ってなんですか? ID:aX5P5wmln

俺達、転生クソコテ仲間だもんげ!!!

 

274:華クンニ ID:sMtMteMAn

ヤダーーーーーーーーーーーーーー!!!

 

276:華クンニ ID:sMtMteMAn

もおおおおおおおおおおおおおおおおおお

もおおおおおおおおお゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛!!!

 

278:転生者ってなんですか? ID:iQ7mJj3Hs

発情期の牛さんこんにちわ

 

280:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

俺もかわいそうなのは抜けない派だけど今の華クンニくんなら抜けるよ

 

283:転生者ってなんですか? ID:dRrBeRt+q

ガチモンこわんい

 




『華宮葛』
優等生な女の子。
「華」の字を持ち、代々火の霊能を持つ家に生まれたが、残念ながら受け継ぐ事は無かった。
植物を操る霊能を持ち、色々と応用が利くサポートタイプ。自分の名前と同じスイカズラの華がお気に入り。
霊能にコンプレックスを持っていたが、自分の咲かせた華に心からの感謝をしてくれた社にクリティカルヒットを受けたようだ。
今後社にスイカズラの蜜を与える際、毎回変な気分になる事に。


『天成社』
神の同情によりチート淫魔に生まれ変わった転生者。前世は純愛好きの非モテ陰キャだった。
催眠、催淫、その他淫魔っぽい事なら何でもできるが、そのほぼ全てが性癖的な地雷に繋がっている為滅多に使用しない。
そのため精気が足りず飢えたゾンビみたいな外見だったが、葛の協力により無事絶世の美少年へとメタモルフォーゼしたようだ。
「花の蜜を舐める」という行為に隠喩を絡め、花からの吸精を可能としている。
今後葛にスイカズラの蜜を貰う際、毎回変な気分になる事に。


『幸若舞しおり』
「舞」の字を持つ家に生まれた、戦闘特化の霊能力者。葛と心白とは親友同士
素行が悪く、学校のサボりや不良との喧嘩は当たり前。しかし友達や怪異に襲われた被害者達は命を賭してでも守り切るタイプ。
実は一番純情であり、淫魔である社に激しい疑いの目を向けている。


『酒視心白』
「酒」の字を持つ家に生まれた、補助特化の霊能力者。葛としおりとは親友同士。
こちらも素行が悪い方だが、しおりよりは若干マシ。何故かアルコール臭のする水を常飲しているが、顔色に全く変化は無い。
小柄なぼくっ娘。とある理由から社にちょっぴり好意的。


『催眠おじさん』
催眠能力を持った性欲の強いおじさん。
しばしば無敵の存在として描かれるものの、本作においては転生者には絶対に勝てない。
つまり想い合ってる男女が催眠で引き裂かれる展開なんてこの世界に100%存在しないのだ。
やったぜ。


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VS時間停止グッズ

「やっぱ納得いかねぇ」

 

 

放課後、地域伝承研究会の教室。

怒り混じりのぶすくれた声が、部屋の中に小さく響いた。

 

 

「……まだ言ってんの?」

 

 

それに応えたのは、窓際でアルコール臭のする謎の水を傾けていた少女――酒視心白だった。

どこか表情に乏しい彼女は、しかし明らかに面倒臭いという顔でアルコール臭い溜息をひとつ。イライラと貧乏ゆすりを繰り返している幸若舞しおりに目を向ける。

 

 

「もういい加減トゲトゲすんのやめたげなよ。ダウナーだけどふつーに良いヤツじゃん、ヤシロちゃん」

 

「信じられるか! だって淫魔だぞ淫魔! 淫らで変態で性欲の強い魔と書いて淫魔だぞ!?」

 

「その字面だーいぶ主観入ってますけどー?」

 

 

ギャンギャンと噛みつくしおりを適当にいなしつつ、心白は彼女が荒れる原因となっている少年をほんのちょっぴりだけ恨んだ。

 

 

 

天成社――つい先日、とある事件の際に知り合った男子生徒だ。

彼は心白達の親友である華宮葛を性的被害に遭う直前で救出した、いわば彼女達にとっての恩人とも言える存在である。

 

……しかしながら、彼の種族には大きな問題があった。

催眠や催淫能力を自在に操り、異性と交わり吸精を行う習性を持つ『淫魔』。

それが社の正体であったのだ。

 

おまけにその力も強大で、葛達三人の力でもってしてもまともな勝負になるかどうか。

そんなまさに女性にとっての天敵とも言える彼であるが……葛と心白の二人は、ごく自然にその存在を受け入れていた。

 

社に恩を抱いている事や、その性格が(ヘタレで小心者が先に来るが)善良だという事もある。

だがそれらよりも、彼の吸精に直接的な性行為の必要が無い事が何よりの理由だろう。

 

葛の生み出す華の蜜を舐めるだけで腹を満たせてしまう彼は、淫魔でありながら女性にとってほぼ無害という非常に稀有な存在であったのだ。

……まぁ、葛にはある意味被害が出ているのだが。それはさておき。

 

そして当初は多少なりとも気を張っていた葛と心白も、経過観察対象として接する内に警戒するのも無駄だと悟り、殆ど友人関係に等しい状態となっていた。

 

特に葛が大きく絆されており、今では地域伝承研究会にも招き入れようと提案する程となっていたのだが――そこで全く流されていなかったのが、変わらず社に厳しい目を向け続けるしおりであった。

 

 

 

 

「なぁ、もっかいだけあの淫魔のウラ洗い直さね? やっぱこれまで一回もヤッてねぇとか嘘くせぇって」

 

「もー、何度やれば気が済むのさ。ヤシロちゃんの過去はもう完全マルマル裸にしちゃったでしょ」

 

 

心白はうんざりとそう言うと、ふうと白い靄を吐き出した。

 

とろりとした重さを持った、酒精――霊力を含んだエチルアルコールの吐息。

それはしおりの目前まで流れると長方形に薄く伸び、幾つもの文章を映し出す。

 

 

『天成社。種族・自称淫魔。十六歳男性。

孤児。生後間もなく神庭医院前に置き去られていたとの事で、中学校卒業までは施設暮らし。なんとひっそりぼくとオナチュー。

現在は南歌倉男子寮に入居しており――……』

 

 

そこに並んだ内容は、詳しく纏められた社の来歴であった。

彼を疑うしおりの強い要望により、心白が手ずから調べ上げたものだ。

 

既に何度も調べ直すよう頼まれており、その度に情報の精度は上がっている。

最早これ以上に正確な天成社の履歴書は無いと心白は自負していた。

 

 

「小学校から今まで、学校以外の時間はずーっと蜜を探してウロウロしてるのが目撃されてる。証拠も出た。学校とかに残ってた写真もゾンビだったから、間違いなくフルタイム腹ペコ状態だったよ」

 

「ぐっ……くそ、でもよぉ」

 

「これで納得できないんなら、もう自分でイロイロやんなよね。ぼくはもう疑いなくなっちゃったからさ」

 

 

心白は往生際悪く縋るしおりを遮り、酒精をひゅっと吸い戻す。

そしてそれきり窓へと向き直り、外の景色を眺め始めた。これにて話は打ち切りだ。

 

しおりは暫く唸っていたが、やがて諦めたのか乱暴に椅子へ腰かけ机に脚を投げ出した。

しかしまだまだ不満は燻っているらしく、大きな舌打ちを何度も鳴らす。

 

 

「チッ……じゃあ今はどうだよ。あいつ何かクラスの奴らと出かけてんだろ? ついてった葛も連絡してこねぇし……」

 

 

傾けた椅子で器用にバランスを取りつつ、スマホの画面を心配そうな表情で眺める。

 

結局、しおりが社を疑う理由はそれなのだ。

乱れた素行に反する純情と潔癖さを持っているという事もあるが、何より気にしているのは友人が変な事をされないかどうか。

 

例え一度は友を救ってくれたとしても、淫魔は淫魔。

距離を縮めた先で姦淫の憂き目に逢わされる可能性は十分にあり、ならば自分だけでも決して絆されてはいけない。そんな思考だ。

 

心白はそんな彼女が好ましかった。

……好ましかったが、しかし、まぁ。若干面倒くさいなーとも思っていた。流石に。

 

 

「んもー……じゃあこっちから電話しなよ。ここでグチグチ言わんでさー」

 

「……もう何度もしちまってうるさいって電源切られた……」

 

「だぁー」

 

 

ぐってり。もやー。

窓枠にもたれかかる心白の口からまたも酒精が流れ出し、薄い楕円を形作る。

 

《酒鏡の一、目を回すまで呑むんじゃない》――気化した酒精を用い、遥か遠方の景色を映し出す遠見の術だ。

発動するまでに距離相応の待機時間があるのが難点ではあるが、付近数㎞程度であればそう時間はかからない。

 

そのまま五分ほど待っていると、楕円形の中に鮮明な映像が流れ始めた。

アミューズメント施設の内部らしいそこには、体感ゲームを楽しんでいるらしき社達の姿があり――。

 

 

 

 

 

 

「――そりゃっ!」

 

 

がこん!

社の投げたボールが点数版を跳ね飛ばし、その先の壁を強烈に叩く。

びりびりと空気を伝わる衝撃に、観客の少年達が感嘆とも恐れともつかない声を発した。

 

 

「えぇ……おかしいだろ、この前までホラーマンだった奴の投げる球か……?」

 

「肩平気? 力入れ過ぎてポッキリとかやめろよ」

 

「やー、全然だいじょぶ。ただ、やっぱまだこの身体に慣れてない感じっすわ」

 

「人の身体乗っ取ったモンスターみたいなこと言うじゃん……」

 

 

がやがやと社の下へ集まる彼らは、社の属する一年C組のクラスメイト達だ。

互いにどこか固さを感じるものの、角は無く。友人になり立てといった印象を受けた。

 

 

(……少しずつ、クラスに馴染んでいるようですね)

 

 

葛はそんな彼らの様子を少し離れた場所で眺めつつ、ほっと小さく微笑みを落とす。

 

葛の咲かせたスイカズラの蜜により、社が本来の姿を取り戻してから早数日。

彼のあまりの変わりように当初は困惑と混乱に包まれていたC組のクラスメイト達だったが、ようやく慣れ始めてきたようだった。

 

ぎこちなくはあるものの会話を交わすようになり、最近ではこうしてグループでの遊びに誘われるようにもなった。ゾンビ時代の腫物扱いだった頃とは比べるべくも無し。

 

 

(まぁ、全てが全て本心からではないのでしょうが……)

 

 

ふと見れば、誰の目にも社の動向を窺う様な光がある。好意や友情とは別の、義務感じみたものだ。

 

つじつま合わせで『これまで特殊な病に苦しめられていたが、奇跡的に完治した』という設定を作ったため、配慮というか気遣いというか罪悪感というか、そのような空気があった。

社もそれを感じているらしく、時折居心地が悪そうにもじもじとしている様子が見える。

 

 

(まったく、淫魔の力を使えばすぐにでも違和感を消して馴染めたでしょうに……)

 

 

ヤダもん! 絶対使いたくないんだもん!! トトロ居るもん!!!

そういって駄々を捏ねた社の姿を思い出し、呆れ混じりの苦笑が漏れる。

 

とはいえ、その方が葛としても好ましい。ふと脳裏を過る黄ばんだブリーフに催した吐き気を堪え、彼女はそう考え直した。

 

 

「……で、さ。改めて聞きたいんだけど」

 

 

そうしてゲーム景品の可愛いぬいぐるみを眺めて気分を切り替えていると、クラスメイトの一人がチラチラとこちらを眺めている事に気が付いた。

とりあえず葛がぺこりとお辞儀をすれば、向こうも慌てて会釈をひとつ。

 

 

「あ、あれ、A組の華宮さんだよな……? 学校からずっと付いてきてお前見てるけど、知り合い?」

 

「ああうん……そスよね、やっぱ気になってるよね、そりゃね……」

 

「むしろここまでツッコミ我慢した事褒めてよね」

 

 

何やらヒソヒソ話をしているが、どうしたのだろうか。

耳を澄ませて集中するも、周囲の音がうるさくて聞こえない。

 

 

「や、なんていうか……俺の体調良くなったの、華宮さんの……家か? いや、個人? まぁ、その力があったからで、その関係で経過観察したいとかなんとか……」

 

「えぇ……繋がり意外過ぎるんだけど……」

 

「つか観察って、そのまんま観察って事……?」

 

 

暫くそのまま話し込んでいた社達だったが、やがて何かしらの合意を得たのか揃って葛に目を向けた。

そして先程葛が眺めていたぬいぐるみを誰ともなく指差して、

 

 

「次、クレーンゲームやるんですけど、よければ一緒に遊びます……?」

 

 

葛の瞳に、わくわくの光が灯った。

 

 

 

 

 

 

「ごらん、失われていた青春を取り戻そうとしているよ」

 

「……いや、葛さ……葛……あの、葛さぁ……」

 

 

そんな一部始終を眺め、しおりは脱力した。

ぐったりと椅子の背にもたれ、疲れた顔で細長い溜息を吐いている。

 

どうやら今日の所は納得したらしい。心白もほっと息を吐き、術を解除し再び酒精を引っ込めた。

そうして二人何をするでもなく、ただただ静かな時が過ぎ――。

 

 

「……葛はさぁ、分かんだよ」

 

 

不意に、しおりがそう零す。

 

 

「助けられたし、あいつの華欲しがってるし。情が湧いちまうのも分かんなくはねぇ」

 

「カチカチだったのがちょっぴりヤワヤワになったよね、カズちゃん」

 

「……まぁ、若干すっとぼけてきた感じはあるけどよ。いやそこはどうでもいんだ」

 

 

しおりがのっそり上体を起こし、謎の水を啜っていた心白を見た。

その目には僅かな疑問の光が宿り、どこか不安げに揺らめいている。

 

 

「お前が分かんないんだよ。何か最初からアタリ弱めっつーか、警戒薄いっつーか……なぁ?」

 

 

常に表情が乏しく飄々とした態度の心白だが、その実他人への警戒心は非常に強いものを持っている。

特に男性相手ではそれが顕著に現れており、親し気な口調で話していても明確な一線を引き、常に一定の距離を置く傾向にあった。

 

しかし社に対しては、その線を引いていないように見えた。

むしろ自分から電話番号を渡すなど、距離を詰めようとしている印象すらある。

 

それを指摘すると心白は一瞬謎の水を飲む手を止め、すぐ何事もないかのように飲み干した。

 

 

「……んー、やっぱ顔がね。知ってると思うけど、ぼくはイケメンが大好きだから……」

 

「嘘つけこの前アイドル散々こき下ろしてたろうが」

 

「じゃあ研究心。あそこまで特殊な淫魔って珍しいんだよ」

 

「じゃあってついてる時点で語るに落ちてんだよ」

 

「ほほほ」

 

 

心白はじっとりとした半眼から顔を逸らし、また窓の外を眺め始める。

だが今度はしおりも引くつもりは無いようで、頬杖を突き睨みの姿勢。我慢比べのゴングが鳴った。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「………………」

 

「………………」

 

「……………………」

 

「……………………」

 

「…………………………………………」

 

「…………………………………………、ニンジャー!」

 

「あってめっ」

 

 

先に根を上げたのは心白の方だった。

唐突に叫んだ彼女の口から大量の酒精が吐き出され、煙幕のようにその姿を覆い隠す。

 

慌ててしおりが蹴り散らすも、そこは既にもぬけの殻。

残った少量の酒精が「ぼくも遊びに行ってくるね」という文を作り、やがて窓の外へと流れて消えた。

 

 

「……だああああクソッ! やっぱ納得いかねー!」

 

 

ねー。

ねー。

ねー……。

 

後には一人。金髪を掻き毟るしおりの叫びが木霊した。

 

 

 

 

 

 

「別に言えないって訳じゃないんだけどねー……」

 

 

学校付近の路地裏。

制服に纏わり付くアルコール臭をパタパタと散らしつつ、心白はそう独り言ちる。

 

己が社に多少好意的である事は事実である。

正真正銘、自分の意思で行っていると自覚もしている事柄だ。

 

……しかし、その理由を赤裸々に語るのは気が進まない。少なくとも、こうして逃げ出す程度には嫌だった。

 

 

(んーでも、まさか今更になってとは思わなかったよね)

 

 

そうして心白は路地裏をのろのろ歩き出しつつ、ぼんやりと過去を振り返る。

それはつい数日前にようやく真実を察した、あまり思い出したくない類の記憶であった。

 

 

 

 

 

 

現在より一年ほど前。

高校受験の影が見え始めた頃の、とある暑い日の事だった。

 

当時中学三年生であった心白は、学校の屋上にあるベンチに腰掛け、一人昼食をとっていた。

カンカン照りの空の下は食事の場に適しているとは言えないが、屋内の涼しい場所は多くの生徒でごった返している。

その整った容姿故に人目を惹きやすい心白にとっては、ジロジロと周囲の視線が突き刺さり非常に鬱陶しい場所だ。

 

そして何より――彼女にとって、暑さの問題などは無いも同然なのである。ならば屋上の方がまだ何倍もマシだった。

 

 

「んー、でもやっぱ日焼けはしちゃうなー……」

 

 

昼食の菓子パンを温い炭酸ジュースで流し込み、心白は恨めし気に空を見上げる。

 

その身体には白い靄が――彼女の霊能たる酒精が纏わり、蚊帳のように覆っている。アルコールの気化熱を利用し、周囲の温度を下げているのだ。

おかげで汗の一滴すら流す事なく居られるが……やはり日差しの強さだけはどうにもならなかった。

 

とはいえ、今屋内に戻ったとしてもまだ人だらけ。暫くはここで時間を潰す他はない。

心白は溜息と共に立ち上がり、ゴミを荷物に押し込みながら屋上端の日陰に移動。金網に背を預け、二本目の炭酸ジュースの蓋を開けた。

 

 

 

酒視心白は『酒』の字を持つ家に生まれた、その名の通り酒の力を操る霊能力者である。

そして『酒』の一族は皆、己の霊力とを混ぜ合わせた特殊な酒精を行使する。

 

ある者は酒精に酔って怪異と喧嘩し。

ある者は酒精を纏って神と唄う。

 

呑めや、唄えや、騒ぎに躁狂(さわ)げ――酒によって宴を開き、神や怪異へ捧げ鎮めるための力であった。

 

心白の授かったものは、纏う力。

酒精そのものを自在に操り、様々な術を成す霊能である。

 

戦闘には葛の霊能以上に不向きではあるが、それを超えた応用範囲を誇る代物だ。

心白の才覚も素晴らしいものがあったようで、彼女はこの歳にして一族でも一二を争う程の高い酒精操作技術を会得していた。

 

……もっとも、一族の中での評価はそれほど高くはない。

それは年齢や戦闘能力の低さといったものが理由では無く、もっと根本的な事が原因だ。

 

――心白は、酒精の摂取があまり好きではなかったのである。

 

 

 

「あー……飲むのやだなー、これ」

 

 

ジュースを飲み終え、一息ついた後。

心白は空のペットボトルと入れ替えに、一本の瓶を嫌々ながらに取り出した。

 

無色透明。しかし強いアルコール臭を発する謎の水。

足元に置かれた荷物の中にはそれが幾本も用意されており、開封の時を待っていた。

 

心白はこれを定期的に飲む事で酒精を蓄え、己の力と変えている。

しかし彼女にとってそれは苦行以外の何物でもなく、進んで行いたいものではない。

 

だって、マズいんだもの。だって、酔えないんだもの。

 

心白は所謂『わく』と呼ばれる体質であり、幾ら飲もうが酒精に酔う事が殆ど出来ないのだ。

故に、酒精のある飲み物とは単に味と匂いの変な水という認識でしかなく。摂取の必要性は理解しているが、それでもだいぶ遠慮したい。そんな感じ。

 

『酒』の一族とは、つまり酒豪酒乱の呑んべえ一族。

そんな中において、心白の嗜好は極めて異質なものだった。

 

 

(ジュースと混ぜてもマズマズだし、ほんとやだなー……)

 

 

ちゃぷちゃぷと瓶を持て余し、苦々しげにジト目で唸り。

そのまま暫しの間睨み続け……やがてそっと荷物の中へと差し戻した。

 

 

(……ま、今日はいーや。脱水の原因にもなるとか聞いた気がするし、こんな炎天下で飲むのイクナイ。イザって時は霊具でカバーできるし、ムリしないムリしない)

 

 

何のかんのと屁理屈を付け、瓶の代わりに三本目の炭酸ジュースを引っ張り出す。

あんな謎の水より、普通のジュースの方がよっぽど美味しい。一族の誰かに聞かれれば激怒されそうな事を思いつつ、ぷしゅっと蓋を回した。

 

 

「はー、やっぱこっちだよ、こっち」

 

 

そうしてラッパ飲みしつつ、何気なく金網の外。眼下に広がる校庭を眺める。

 

この暑さだ。外に出ている生徒は少ないが、男子生徒が数人ほどドッジボールで遊んでいる姿が見える。

まだ小学生気分の抜けていない一年生だろうか。心白は呆れと微笑ましさが混じった気持ちで、ぼんやりとそれを眺め――。

 

 

「……?」

 

 

ふと、妙なものが目に付いた。

 

校庭の隅。向かいの校舎のすぐ近くに、一人の男子生徒が立っていた。

それだけならば特におかしな事ではないが、心白の目には彼が突然そこに現れたように見えたのだ。

 

暑さで景色が歪んだだけか。

すぐにそう思ったものの、次の瞬間にはその姿を消し、また別の場所に立っている……。

明らかに見間違いの類では無く、瞬間移動が起こっていた。

 

 

(……霊能? 妖魔? 何にも感じないんだけど)

 

 

意識を霊能者のそれに切り替え、身を乗り出して男子生徒を観察する。

 

小太りで背中の丸まった少年だ。

細かに瞬間移動を繰り返す彼を捉えるのは難かしかったが、何か道具を持っている事は辛うじて分かった。

 

心白はもっとよく見極めるべく、目元に酒精を吐き出し望遠レンズ代わりにし、

 

 

「……え」

 

 

――次に少年が現れた時、その顔がこちらを向いていた。

 

離れていてもよく分かる、どろりと濁った黒い瞳が心白を捉える。

少年の方も目が合った事は分かったらしく、酷く気色の悪い笑みを作り――次の瞬間、また消えた。

 

 

(、ヤバ)

 

 

咄嗟に動けたのは、ただの幸運でしかなかった。

 

心白の体内に霊力が満ち、瞬時に防御の酒精を練り上げる。

物理攻撃にも精神攻撃にもある程度は耐えうる盾の術、《酒纏の三、酒樽を被るな》。心白はそれをすぐに吐き出し、身に纏い――。

 

 

(――へ?)

 

 

だが、その寸前に全てが止まった。

 

人、物、空、風、音、光、熱、匂い。

世界の全てがぴたりと停止し、彫刻のように固まっている。

当然心白の身体も止まっており、自分の意思では指一本として動かす事が出来なかった。

 

世界が、地球が、時間そのものが止まっている――。

 

 

(え、なに? なにこれ、どうなって……!?)

 

 

……そんな静寂の世界の中で、動きを止めない例外があった。

それは心白の意識と、そしてもう一つ。

 

 

「――ドアの度に止め直さないとなんないのは面倒だな……」

 

(っ!?)

 

 

一瞬前まで確かに校庭に居た筈の、不気味な少年。

近付く足音も気配すらも無いまま、いつのまにか心白の背後に立っていた。

 

 

 

 

 

 

その少年は、時間を止められるストップウォッチを持っていた。

 

いつ、どうしてそうなったのかは語らない。

鬱々と学校生活を送る内、ひょんな事からそのストップウォッチを手に入れた。それ以外の背景など知る必要のない少年だ。

 

そして彼は、そのストップウォッチを使って自らの鬱憤を晴らす事にした。

そう、少年は鬱屈していた。学校生活は明るいものではなく、日常生活は晴れやかなものではなく、何と言っても受験が目前。何もかもが楽しくなかったのだ。

 

だが、このストップウォッチがあれば。

どんな事をしてもバレる事無く、思い描いた好き勝手が出来てしまう。ああ何と素晴らしい事だろう。

 

そうなればやがて求め始めるのは、己の性欲を満たす事。

つまりは時間が止まっている隙に、女性をいいように辱める事である。男子中学生の性欲は凄いのだ。

 

そこでターゲットと定めたのが、学校でも度々噂になっていた小柄な美少女、酒視心白である。

 

少年としては豊満な方が好みではあったが、それを差し引いても確かに可愛いとは思ってもいた少女だ。『卒業』の相手としては上等の部類だろう。

少し探して見つからなければ、そこいらに居る豊満な女性に狙いを変える程度の興味ではあったのだが――彼は偶然にも、心白の姿を見つける事が出来た。出来てしまった。

 

屋上に居るのは面倒だったが、野外プレイというのも心惹かれた。

こちらを見下ろす心白に思わずニタリと笑みが漏れ、少年はストップウォッチを作動。時が止まっている内にえっちらおっちら屋上へと走った。

 

途中、ドアの開閉のため一度時間停止を解いたものの、それも一瞬。

辿り着いた屋上には未だ心白の姿があり、少年は興奮を滾らせつつ可憐な少女へと手を伸ばしたのだった。

 

……よもや、心白の意識だけが時間停止から護られていたとは、露程にも思う事は無く。

 

 

 

 

「すげぇ……すべっすべだな、肌。へへ」

 

(ぎゃーっ! へんたいー! 太もも触るなーっ!)

 

 

無遠慮に白い太ももをなぞるその手つきに、心白の意識が嫌悪に叫ぶ。

しかし肉体には何一つとして反映されず、抵抗は勿論鳥肌の一つも浮かばない。

 

そんな肉体と意識の乖離がまた恐怖を呼び、心白を酷い混乱の渦へと叩き込む。

 

 

(何っ、何なの!? みんな止まってるのに、こいつだけ……! 違う、一応ぼくもで、だけど……いや、霊能? こいつの霊能をぼくの霊能が防いでる? 充満して、外に吐き出す前だったから、身体の中だけって……!?)

 

 

だが、その中にあっても思考は回る。

 

無論、詳細に真実を把握するには至らない。されど彼女の才覚は、己の霊能が何を成したのかをすぐさま正確に理解した。

……同時に、己の置かれた状況が如何に『まずい』ものであるかも。

 

 

(やばい、やばいやばいって。これ一個しくじったら今度こそ止まるやつじゃん。偶然転ぶの留まれただけで、こっから先の道が無いよ……!)

 

 

例えば酒精を吐き出し、改めて術を発動しても、心白の身体が動く事は無いだろう。それどころか、今度こそ意識も止まってしまう事すらあり得る。

 

この術はあくまで盾の術であり、既にされてしまった干渉を解除するものでは無いのだ。

心白が意識だけでも止まらずにいられたのは、体内に酒精が充満したその瞬間だったからこそ。本当に奇跡的なタイミングによるものだった。

 

その酒精を僅かでも吐き漏らせば、今ある盾の術はどうなるか。

そんなもの、考えるべくも無い。

 

 

(幸い、息とかは大丈夫そうだけど……ていうか何で苦しくな、んぐむっ!?)

 

「くそ……キス、キスしてみてぇんだけどな……隙間が……」

 

(やめろやめろー! そんな人工呼吸いんないでーす!! 息できないけどだいじょぶでーす!! 首折れるー!)

 

 

考えている内、少年の手が心白の唇を弄り始めた。

それはぷにぷにと瑞々しく、カチカチにはなっていない。俗に言う『なんか色々都合の良い止まり方』をしているようだ。

 

そして力尽くで顔を傾けようとするのだが、心白は校庭を覗き込もうと金網に頭を付けたままの姿勢で固まっている。

中々うまく傾ける事が出来ず、やがて諦めたのか手を離し……そのまま下方へと移動した。

 

 

「チッ、まぁいいや。じゃあ胸……うわ、ちっさ」

 

(子供のころから飲むもん呑んでたんだからしょーがないでしょ! 勝手に触ってそ、そんな……ひっ、うぐ)

 

 

思考の端に嗚咽が混じるが、当然涙は流れず。

 

軽薄な言葉で騒いではいるが、恐怖を誤魔化す強がりに過ぎない。

衣服の隙間に滑り込む粘つく指にとうとうそれも剥げ始め、思考を千々に掻き乱す。

 

 

(なんで……なんでこんな、こんな知らない、変な奴に――、っ!)

 

 

胸をまさぐっていた手が離れ、更にその下へと降りて行った。

腹から腰、そしてスカートの中を這い進む。そして荒い息を繰り返す少年の指は、とうとうその場所へと至り――。

 

 

(――ッ!!)

 

「はぁっ、はっ……あれ? どこだ? ちいせぇからか……?」

 

 

その瞬間、体内の酒精を下腹部に集中。

身体が傷つかない程度の硬質を持たせ、異物の侵入を許さないよう栓とした。

 

これで何とか被害は防げる――そう安堵しかけた時、視界が激しく明滅。ほんの一瞬意識が飛んだ。

 

 

(っ……うぐ、く……あ、だめだ、これ……!)

 

 

体内の酒精を突然移動させた事で、ただでさえギリギリだった術の均衡が崩れたのだろう。

 

明らかに思考速度が遅くなり、ともすれば止まりかけ。

心白はそれを必死に繋ぎ止めようとするが――おもむろに酒精の栓へと押し当てられたその硬い感触に、動かない筈の血の気が引いた。

 

 

「ふひ、まぁいいや。濡らさなくても無理矢理入れりゃいけるだろ……!」

 

(う、うそ、やめ)

 

 

大きく足を開かれ、ぐいぐいと押し上げられる。

 

当然ながら異物は栓に阻まれているが、力を籠められる度に酒精が削れ、散っていく。

そしてそれは、酒精に護られている意識も同様だ。

 

 

(あ、やだ、やだ……)

 

「オラッ、くそ、もう少しぃっ! ちょっとずつ行ってるぅ……!」

 

 

もしこのまま意識が止まってしまえば、次に目が覚めた時己は純潔を失っているだろう。

それどころか、身体の至る所が穢され切っているかもしれない。

……記憶にすら残されず、知らぬ内に。

 

そのおぞましい、そして確実に訪れるであろう悪夢に、心白の心が罅割れる。

 

 

(やだぁ。こんなのじゃ、やだよぉ。ぼく、ぼくだって、いつか――)

 

 

涙が落ちる。

錯覚だ。例えそれが数刻後に現実となるものだとしても、今は。

 

 

「おらっ! いけぇっ――!」

 

 

心白の瞳から意思の光が薄れ、止まった世界と同化して行く。

そして唯一動くものとなった少年のそれが、勢いよく栓を突き破り――。

 

 

 

 

 

――時間停止モノはねぇ!! 99割ニセモノですカラァーーーーーッッッ!!!

 

 

 

 

 

突然、どこからか素っ頓狂な叫び声が轟いた。

 

 

「はっ? っうお!?」

 

 

同時に世界に罅が走り、停止した時間そのものを砕き去る。

それは数多のガラス片として明確に存在し、現実世界に降り注ぐ。色も、質量も、音も無い、時のかけら達だ。

 

もっとも、その光景を認識するのは二人しかいない。

 

一人は少年。

あり得ざる光景に狼狽え、咄嗟に両手で頭を庇う。ストップウォッチが手から離れ、何処かへと転がった。

 

……そして、もう一人は――。

 

 

「――み、未遂だし、死ねとまでは言わないよ……!」

 

「はえ?」

 

 

怯える少年の背後から、小さな声がかけられた。

怒りと恐怖の滲んだ、震える声だ。咄嗟に振り向けば、そこには乱れた衣服のままの心白が立っていた。

 

何故か琥珀色の火吹き棒を咥え、ギラついた、そして涙に濡れた瞳で少年を睨みつけ、

 

 

「ただ――ゲロでぐちゃぐちゃになるほど酔っ払ええええええええええッ!!」

 

「なぁっ!? ぐ、お、ごぉ……!?」

 

 

絶叫と共に、火吹き棒へと思い切り酒精が注ぎ込まれる。

 

心白の霊具にして、『酒』の一族の象徴の一つでもある酒間雅杉を使用したものだ。

それに吹き込まれた心白の酒精は加速度的に濃度と密度を増し、それこそ白い炎のように吐き出され、少年の全身を包み込む。

 

目、口、鼻、そして露となったままの下半身――ありとあらゆる場所から酒精が体内に潜り込み、溶けて行く。

最早何をしたとしても防ぎきれるものではない。少年の身体はあっという間にアルコール血中濃度を跳ね上げ、分解される間もなく脳の神経細胞を麻痺させた。

 

 

「うぉ、うぐおぇぇぇぇぇ……!」

 

 

――その症状の名は、急性アルコール中毒。

 

心白の技術により巧みに酔い潰された少年は、その宣告の通り大量の吐瀉物を撒き散らしながら昏倒したのであった。

 

 

 

 

「……はぁぁぁぁ。こわかったー……!」

 

 

全てが終わった後、心白は力なく座り込み、ぽろぽろと涙を零した。

絶望では無く安堵によって泣ける。その事実が堪らなく嬉しく、また泣いた。

 

 

(……何だったんだろ、こいつ)

 

 

そうして心行くまで泣き晴らした目が、吐瀉物塗れの少年に冷たい視線をじっとり向ける。

 

制服を見る限りどうやら同学年のようだが、見覚えは全くない。

もっとも、心白は自分のクラスの人間でさえまともに顔を覚えていない。見覚えなどあろう筈も無かったのだが。

 

 

(霊力……え、無いじゃん。じゃあ、あの全てを止めてた力って? それに最後の声って……?)

 

 

分からない。

 

心白は己が頭が悪くない方……というか天才の類だとこっそり自負しているが、さしものスーパー頭脳もハッキリとした答えは出せそうになかった。

これ以上は考えるだけ無駄と、ひとまず思考を留め置き。

 

 

「あっ、そうだそうだそうだった」

 

 

はたと気付き、慌てて己の荷物へ走る。

そして先程飲まずに置いた謎の水の瓶を取り出すと、躊躇なく頭から被った。

 

 

「ひー、ヤダヤダ……!」

 

 

唇、胸元、太もも、特に下腹部へ念入りに。

ずぶ濡れになる程振りかけて、少年の触れた痕跡をアルコールの香りで消していく。

 

 

(あんな気持ち悪いの、どこにも残してやんないもんね)

 

 

満足いくまで浴び終えた後、心白はおもむろに火吹き棒へと酒精を吐き出し、身体に纏う。そして霊力を込め、一斉に気化させた。

 

 

「消毒!!」

 

 

ぼふん、と白い煙が立ち、濡れた身体が一気に乾く。液体の蒸発による殺菌だ。

……が、当然それによって、熱も瞬間的に奪われる訳で。

 

 

「あっ、しまっ、~~~~~~~~~~~ッ!!」

 

 

酔っぱらいの少年が転がる屋上に、突然の冷たさに喘ぐ情けない声が木霊した。

 

 

 

 

 

 

結局、件の少年はあの後すぐに停学になり、それきり学校に来る事は無かった。

心白への強姦未遂が公になった訳ではない。アルコール中毒で救急搬送され、飲酒をしたと大問題になったためだ。

 

念のために空の瓶を付近に転がしておいた事もあり、言い逃れも出来なかったらしい。

有り体に言って証拠の捏造をしてしまった訳だが、心白に罪悪感は微塵も無く、逆に物凄く寛大な処置だったなと自画自賛していた。さもありなん。

 

……そして例の停止現象と、それを解いたと思しき存在。

その二つについては、結局分からず仕舞いで終わってしまった。

 

前者に関しては少年がストップウォッチを使って行っていたという事までは突き止めたのだが、肝心の実物が見つからない上、手に入れた経緯も本当に「ひょんな事」でありそれ以上の事はハッキリとせず。

後者に関しては言うに及ばず。何一つとして掴めなかったのだ。

 

……心白がアルコール臭のする謎の水の常飲を始めたのは、それからだ。

 

もし少年に襲われた時、もっと潤沢に酒精を蓄えられていたのなら、どうにか出来る手立てもあったかもしれない。

そして次にまた同様の出来事が起こった場合、また都合よく助かるとも限らない。

 

後にしおりとつるむようになり、葛も加えた仲間が出来ても、炭酸ジュースには戻れなかった。

常に警戒し、備えておかなければ――そんな強迫観念と危機感が、心白の心の底にこびりついていたのだ。

 

……少なくとも、ほんの数日程前までは。

 

 

 

 

「……あ」

 

 

ふと、我に返る。

 

すると、歩いていた筈の路地裏の景色が、いつの間にやら街中へと変わっている。

そして目の前にはアミューズメント施設があり、無意識の内に入場しようとしていたようだった。

 

……先程遠見の術で見た、社達が遊んでいる筈の場所。

心白は暫く入口を眺めていたが、やがて自分の意思で歩き出す。何となく、そわそわとして。

 

 

(……お、発見)

 

 

それなりに広く、混雑している施設だ。そう上手くは社達を見つける事は出来ないと思っていたが、幸運にも少し歩くだけで彼の姿は見つかった。

 

彼はゲームコーナーの隅にあるベンチに腰掛け、こそこそとスイカズラの蜜を吸っていた。

……冷静に考えると意味不明な事をやっているが、本人の容姿が容姿だ。やたら絵になり、逆に違和感のない不思議な事になっていた。

 

 

「や、どんな感じ?」

 

「えっ……あハイ、どもス」

 

 

話しかければ、サッと背後に蜜を隠す。

やはり隠喩の意味を気にしているらしく、人前で蜜を吸う事をなるべく避けているらしい。

誰も読まないよそんな裏……とは思うが、いちいち言わない心白である。

 

 

「楽しそうだから来ちゃった。他のヒトはー?」

 

「あー……あっちで色々。何か華宮さんが熱入っちゃってさ」

 

 

社の指さす先には、真剣な表情でクレーンゲームに興じる葛と、それを応援するC組のクラスメイト達の姿があった。

 

 

「あ、そこそこ、その先っぽ引っかけるようにして……」

 

「こ、ここ? ここですか? どこ? アームのどっちで……あー!」

 

 

最早社よりも自然に馴染んでいるのではなかろうか。それを見つめる二人の視線が、生暖かい温度を帯びる。

 

 

「まぁカズちゃん、こういうとこ縁無かったからねぇ。新鮮でテンション上がってんじゃない」

 

「……酒視さん達とは?」

 

「ゲーセンは不良の行く場所です!って中々ね。何か価値観古いんだよね、ヤシロちゃんの観察って名目なかったらここにだって一生来なかったんじゃない?」

 

「へぇ……」

 

 

心白もベンチの端に腰掛け、葛の様子をぼんやり眺める。

それきり何となしに会話が止まり、アーケードゲームの電子音が喧しく響く。

 

 

「……ぼくたちさ、中学校同じだったみたいね」

 

 

ぽつり。

あくまで何気ない口調で、心白がそう零した。

 

 

「え……そうなの?」

 

「うん。まぁぼくは人ごみとか避けてたから、ヤシロちゃんの事全然気づかなかったんだけどさ」

 

「ああ、なら俺も同じっすわ。その時まだアンデットだったから何も……」

 

 

心白はそもそも同級生に興味が無く、社は興味を抱く余裕すらなかったのだ。

互いが互いの存在を知らずとも、当然と言えば当然だった。

 

 

「あと遠足だの運動会だのもサボりまくっててさ、思い出ゼンゼン残ってないよねー。その様子じゃそっちも同じ?」

 

「そうね、そういう系は休んで林の中とかうろついてたと思う。参加しても迷惑かけるだけだしな……」

 

「悲しいなぁ……ああでも、ぼく一個だけ記憶残ってるよ――何か、時間止まったっぽい時の事」

 

「は?」

 

 

ちら。

ウキウキと社の様子を窺えば、彼はきょとんと呆けた表情を浮かべていた。

 

 

「あれにはちょっとビックリしちゃったよねー。周りいきなり止まるんだもの」

 

「えぇ……なにそれ……あーいや……あ? あれ、あった……ような……?」

 

「! ……へー、やっぱヤシロちゃんも覚えてるんだ」

 

「何となく……? え、ハラヘリ限界の時よく見る幻覚じゃなかったのあれ」

 

 

嬉しそうに声色を明るくする心白だが、社はそれに気付かない。

難しい顔で虚空を睨み、記憶を探るように小さく唸る。

 

 

「えーと……ああそうだ、あの時は中庭の花壇に蜜吸いに行く途中で」

 

「うんうん」

 

「でもいきなり周り全部止まって、ドアも開かなくて行けなくなっちゃって」

 

「ほいほい」

 

「そんで開いてた窓から落ちて校庭で這い回ってたら、他の生徒がみんな止まってて、そこでようやくあっこれ何かおかしいぞと」

 

「ほ、ほーほー……何階から落ちたの?」

 

「たぶん三階? そんでまぁ、ヤダーってなってたら戻ってた感じだったかな。たぶん」

 

「……そっかー。ぼくの方と大体同じだねぇ。ちなみにその時何か拾わなかった?」

 

「え? ……あぁ、そういえばストップウォッチ頭に落っこちて来たから、それ食ったね」

 

「……なんで……?」

 

「……脳みそ腐ってる奴の考える事だから……」

 

 

気まずそうに腹を擦る社に、嘘を吐いている様子は無い。

 

……先の一件の際。葛から話を聞いたその時から、予感していた。察してもいた。

 

心白は小さく俯くと、じわじわと喜色の滲み始めた口角を隠す。だが隠しきれず、笑みが落ちる。

流石に社もその妙な様子に気付き、声をかけ――その直前、心白の声が遮った。

即ち。

 

 

「――時間停止モノって、どう思う?」

 

「は? 99割ニセモノでしょあんなん」

 

 

 

 

――99割ニセモノですカラァーーーーーッッッ!!!

 

 

 

 

「――っ! だ~~~~~よね~~~~~~~~!!」

 

「アッヒョ」

 

 

常に乏しかった心白の表情が華開く。

そして堪らずぴょんと跳ね、社と肩が触れ合う程に擦り寄った。社は死んだ。

 

 

「えナニ……どしたノ……こわ……」

 

「いやぁ、やっぱりなーって話。だよねー、そうだよねー、ねー?」

 

「なにが……? てかなんでいきなりAVの話を……?」

 

 

反射的に返したのはいいが、今更恥ずかしくなってきたのだろう。

赤くなったり青くなったり忙しい顔色でそう聞き返せば、当の心白はぱちくりと目を瞬かせ、しかしすぐにニヤリと笑う。

 

 

「そんな話はしてないって。でもそうねー……AVってんじゃないけど、ヤシロちゃんのためにぼくが一肌脱いであげてもいいよ」

 

「アッ、結構です、ほんと。華宮さんの花で平気ですんでハイ」

 

「いやいや変な事じゃなくて、カズちゃんのと似たようなもんだよ。花の蜜を舐めるので吸精が成立するなら、ぼくのやつでも行けそうなのがあるってだけ」

 

 

心白はそう言うと荷物の中から小さな瓶を取り出した。

アルコール臭のする謎の水。彼女はそれの蓋を開けないまま、太ももと下腹部のくぼみの上で逆さまにした。

 

 

「――わかめ酒、ノンアルで。やったげるよ? わかめ無いけど」

 

「あっ、華宮さんが呼んでるや! オイラちょっくら行ってくるッピ!!」

 

 

社は真っ赤な顔から滝のような汗を流しつつ、じたばたと逃げ去った。

ぽつんと一人残された心白は、しかし楽しげな笑みのまま。葛の応援へ混ざる彼の姿を穏やかに眺め、持ったままの瓶を開け――。

 

 

「……おっと、そだそだ」

 

 

ふと考え直し、荷物へ戻した。

そして付近の自販機へと向かうと、炭酸ジュースのボタンをぽちり。

 

――もう、好きな方選んでもいいよね。

心白は心底嬉しそうな表情で、ぷしゅっとジュースの蓋を回した。

 

 

 

 




わかめ云々を言わせたかっただけのやつ。


『酒視心白』
恐ろしくアルコールに強いがアルコールが好きではない、ロリタイプの女の子。葛としおりとは親友同士。
「酒」の字を持つ家に生まれ、酒精を自在に纏い操る霊能を授かった。
「酒」の一族は酒精に酔っ払って喧嘩する攻撃タイプと酔わずに纏う補助タイプに分かれており、心白は後者。霊能で小細工しまくるよー。
霊術の名前がおかしいが、一族みんな同じである。酔う方は酔ったノリで適当に叫ぶため決まった術名が無く、纏う方は暴れる酔っぱらいどもを諫める時に叫ぶ言葉が元になっているからだそうな。
時間停止グッズの少年のせいで常に恐怖を抱えていたが、諸々判明した結果解消された。
これからは謎の水もそこそこに炭酸ジュースも愛飲するようなるので、背もちょっとは伸びるかも。
わかめが無いらしい。何の事かは不明である。


『天成社』
実は心白とオナチューだった転生チート淫魔。ヘタレタイプの男。
催眠のみならず時間停止にも耐性があり、知らない内に心白を助けていたようだ。
おまけに高所から落下しても平気だし、変な物を食ってもお腹を壊さない。たぶん餓死以外で死ぬ事は無いと思われる。
重要なテストや受験の際は、ちょっとずつ取り置きしている花の蜜でブーストをかけていた。といってもゾンビからグールになるくらいなので、あんまり……。
これから心白と喋る際、無意識の内に視線が下腹部へ行くように。


『華宮葛』
「華」の字を持つ家に生まれた、大和撫子タイプの女の子。しおりと心白とは親友同士。
華宮家が古風な家柄のため、価値観がちょっぴり古臭い。ゲームセンターなども嫌厭していたが、決して行ってみたくない訳では無かったらしい。
今回は社の観察という大義名分&アミューズメント施設で純ゲームセンターではないという事で「ま、まぁ? いいんじゃないですか?」となった。
他クラスにお友達が増え、クレーンゲームでぬいぐるみも取れて楽しかった。ぬいぐるみは大切に部屋に飾られる事になったようだ。


『幸若舞しおり』
「舞」の字を持つ家に生まれた、不良タイプの女の子。葛と心白とは親友同士。
淫魔の社がどうにも信用できず、ちょっと面倒くさい事になっているようだ。親友二人が取られた感じでジェラシット。
学校サボっては心白と共にゲームセンターに入り浸っていた事もあるため、ゲームはちょっと自信ある。
基本メダルスロットや太鼓の達人を楽しんでいたが、ちらちらボンバガの筐体を見ていた事を心白は知っている。


『C組のクラスメイト達』
社のクラスメイト達。男の子女の子両方いる。
以前までは社の事を色々悪く思っていたが、突然美形になってきたためぶったまげた。
病気だったという理由(嘘)も聞き、自分たちの態度を若干反省。おずおずと気にかけ始めたようだ。
社も自分がヤバイ奇行をしていた自覚があるので、特に悪印象を抱く事なく関係修復はそこそこスムーズの模様。
前の社のゾンビ状態に慣れていたので、彼の超イケメン化をちょっと気持ち悪いなぁと思っている。
なので落ちる女の子や嫉妬する男の子も現状出ない。基本いい奴らである。


『時間停止グッズ』
とある小太りの少年が手に入れた、時間を止める事の出来る道具。
作品によってストップウォッチやアプリ、はたまたスイッチだったり種類が多く、また使用者も男子学生から太ったおじさんまで多岐に渡る。
止めた女の子が柔らかさを保っていたり、時間の止まり方が大体都合が良い。
本作においては心白が限定的に防げているが、今回はここらへんがアンチ・ヘイトです。


『アルコール臭のする謎の水』
なんだろね、わかんないや。


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お前らの世界にエロ怪人って出る?

1:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

催眠おじさんとかそういうの

 

2:以下、異世界から転生者がお送りします ID:KEkDwgZrd

出てたまるかハゲ

 

3:以下、異世界から転生者がお送りします ID:AsxrT2TNi

催眠おじさんは怪人だった……?

 

4:以下、異世界から転生者がお送りします ID:5Y1FzGdxF

概念の催眠おじさんではなく能力と年齢の催眠おじさんならいる

犯罪絶対自白させるマンの超能力刑事43歳

 

5:以下、異世界から転生者がお送りします ID:MozWEtTC/

は? そんな立派な人が薄汚ぇ催眠おじさん努められる訳ねぇだろ力不足だ出直せ

 

6:以下、異世界から転生者がお送りします ID:fB9wfN4LV

怪人だの概念だの君ら催眠おじさんを何だと

 

8:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

みんなの所にはおらんのか

いや俺のとこにはポップしたからよそもそうかと

 

11:以下、異世界から転生者がお送りします ID:svQHaVmye

嘘乙

 

13:以下、異世界から転生者がお送りします ID:wF34p6Amv

☆絶望の催眠NTR編、開幕――!

 

15:以下、異世界から転生者がお送りします ID:DWxM+iviB

ちゃんと殺した?

 

16:以下、異世界から転生者がお送りします ID:DudBp60Pi

物騒で草

 

18:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

生きてるけど男としては死んで病院送りらしい

いや催眠能力自体も消したから催眠おじさんという存在自体が完全に死んだわ

 

21:以下、異世界から転生者がお送りします ID:mFrh1Fr/O

は?

 

24:以下、異世界から転生者がお送りします ID:CiN8vqKBT

タマキン割太郎

 

25:以下、異世界から転生者がお送りします ID:0inN0pA9O

竿の折れた竿役に何の意味があるってんだ!!

 

27:以下、異世界から転生者がお送りします ID:60CRW0LC5

無償で女の子を気持ちよくしてあげてくれる良いおじさんなのになんて酷い事を

 

28:以下、異世界から転生者がお送りします ID:zjpvK+MMN

催眠おじさんが負けるとか解釈違いですフォロー外しますね

 

29:以下、異世界から転生者がお送りします ID:1rTtRqT9z

倒せるもんなの催眠おじさん

 

30:以下、異世界から転生者がお送りします ID:Wud3I6FTk

いうて自分の世界に湧いたら誰でも全力で殺すやろ

エロ同人の中にのみ存在すべき鬼械神やぞ

 

31:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

俺の世界18禁じゃないから倒せた説

そんで最近思い出したんだけど前にも時間停止グッズとか持ってる奴居たっぽくて

そういうの他のとこでも結構ある事なのか気になった

 

32:以下、異世界から転生者がお送りします ID:+2F9ZKY4W

あってたまるかハゲ

 

33:以下、異世界から転生者がお送りします ID:tv9bCyKhX

時間停止は9割フィクションだからな

 

35:以下、異世界から転生者がお送りします ID:gj7N/87Fa

時止め能力持ってる転生者が他にも居たとか

 

36:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

今んとこ俺以外に転生者っぽい奴おらんね

あとグッズのストップウォッチはたぶん現地産だったわ

思い返せば何か籠ってたエネルギーがそんな感じで美味かった記憶ある

 

37:以下、異世界から転生者がお送りします ID:xAUWMWNLd

美味かった……?

 

40:以下、異世界から転生者がお送りします ID:FJQUS1P71

そんなもんが湧いて出てくるお前の世界はエロ作品

Q.E.D

 

43:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

いやでござるいやでござる仲良しのあの子がもしかしたらそういうのだとか思いたくないでござる俺の世界は一般だもん絶対だもんトトロいるもん

 

46:以下、異世界から転生者がお送りします ID:P9fBQMruB

トトロを穢すな

 

49:以下、異世界から転生者がお送りします ID:dJ+3DEnfK

健全な世界が催眠おじさんや時間停止を内包しますかね……

 

52:以下、異世界から転生者がお送りします ID:u1dmADdzv

それも氷山の一角に過ぎないぞ

ちょっとジャンプしろよもっと持ってんだろオラァン

 

54:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

持ってねぇもん16年生きてて経験人数2人だもん

 

55:以下、異世界から転生者がお送りします ID:BXTILNoFs

時間停止男が初体験か

 

57:以下、異世界から転生者がお送りします ID:gthm801uh

やっぱそっち趣味なら俺ともやってよ

君のテクには目を付けているんだ

 

59:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

来たわね

 

62:以下、異世界から転生者がお送りします ID:q48IHQJOt

ガチモンこわんい

 

63:以下、異世界から転生者がお送りします ID:Pw174EAEJ

お前が見つけてないだけかもよ

催眠アプリとかマジカルオナホとか検索すれば出てくるかもよかもよ

 

66:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

出る訳無いんだよなぁ

 

67:以下、異世界から転生者がお送りします ID:hZoM/Ef1l

あの手のアプリってみんなどうやってダウンロードしてるんだろうな

ストアとかからだったら自信満々にオラッ催眠してるやつ馬鹿すぎるし

 

68:以下、異世界から転生者がお送りします ID:ecUE2HxiT

怪しいサイトから催眠アプリなんてDLするのも相当なクソボケですわよ

 

70:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

催眠アプリあったんですけお!!!!!1111111

 

73:以下、異世界から転生者がお送りします ID:62ljjnDYb

 

76:以下、異世界から転生者がお送りします ID:1w6Q0Ubx/

あーあ終わりだよ終わり

 

79:以下、異世界から転生者がお送りします ID:mTg6t5MEr

よかったこれで解決ですね

 

82:以下、異世界から転生者がお送りします ID:GNfAYxmrI

まぁ偽物やろ

 

85:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

信じたくねぇけどマジもんですわ

ストップウォッチと同じエネルギーしてますわ

こんなのが普通に転がっとってええんか……?

 

88:以下、異世界から転生者がお送りします ID:K8ZUOR3Xi

ええんやで

 

90:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

ダメです

なので完膚なきまでに吸い尽くしてサイトごと爆破しましたこれで健全です対戦ありがとうございました

 

93:以下、異世界から転生者がお送りします ID:bEQkSL/x4

判断が早い

オレでなきゃ見逃しちゃうね

 

95:以下、異世界から転生者がお送りします ID:4KLIuzOfX

手刀滝さん……!

 

96:以下、異世界から転生者がお送りします ID:74uDGw2xa

どうせならデータここに流せばよかったのに

マジなら一回使ってみたかったわ

 

98:以下、異世界から転生者がお送りします ID:30zLaosWs

というか吸い尽くして爆破って何やったん

 

100:以下、異世界から転生者がお送りします ID:Do-in6666

こいつ淫魔だしどうせ電脳世界に分霊か何か作って送ったんだろ

最近だと電脳サキュバスものとかあるらしいしやれんべ、知らんけど

 

101:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

ガチモンといい特定やめて下さい訴えて勝つぞ

 

102:以下、異世界から転生者がお送りします ID:M3kdlTM3M

ID固定の弊害よね

分かる奴は分かっちゃう

 

105:以下、異世界から転生者がお送りします ID:nKiwVj234

淫魔なんか

ますますエロ世界説濃厚やんけ

 

106:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

絶対違うもん一般だもんマジでマジマジマジカルオナホもあったんですけお!!!!!11111111

 

109:以下、異世界から転生者がお送りします ID:EeRP9oVmT

草なんよ

 

112:以下、異世界から転生者がお送りします ID:k5QZXkqUv

クッッッソキモイ世界だなお前んとこ

 

115:以下、異世界から転生者がお送りします ID:OqjQbglE6

やーいお前んちー、淫獄やーしき!!

 

116:以下、異世界から転生者がお送りします ID:P9fBQMruB

貴様らはトトロに何の恨みがあるんだ殺す

 

118:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

えぇ……?

こんなアホな事ある……?

最近のネットヤバない……?

 

119:以下、異世界から転生者がお送りします ID:vEPNrLgwL

ヤバいのはお前の世界定期

 

122:以下、異世界から転生者がお送りします ID:Do-in6666

初手催眠おじさん振ってくる時点で最初からろくでもねぇよ

 

125:以下、異世界から転生者がお送りします ID:YABev4Vg3

この分だと大抵のエロアイテムあるんじゃないの

 

126:以下、異世界から転生者がお送りします ID:UvSM4Rlsj

マジカルオナホはどうした

 

129:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

倒した。手強い相手だったわ

 

131:以下、異世界から転生者がお送りします ID:8yVQcuuEI

どこがどう?

 

133:以下、異世界から転生者がお送りします ID:0pRqhIIDP

何やったか分かんないの草

 

136:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

ちょっと今から健全マンになるわね……

俺の知識だけじゃ心許ないんで各々性癖言ってって

必殺健全レーダーにかけてこの世界に実在するかどうか探すわ

 

139:以下、異世界から転生者がお送りします ID:TYB5XMYbr

あっ健全マンだ! 誰?

 

141:以下、異世界から転生者がお送りします ID:rnparWjnK

公開処刑かな?

 

142:以下、異世界から転生者がお送りします ID:W2YYW4jDQ

じゃあ時間停止アプリ

 

145:以下、異世界から転生者がお送りします ID:qDvrHFrH+

必殺! おちんちんレーダー!!

 

146:以下、異世界から転生者がお送りします ID:inEK7K5zf

感覚共有アプリ

 

148:以下、異世界から転生者がお送りします ID:gthm801uh

淫魔くんの生ディルド

 

149:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

>>142

あった。勝った

>>146

あった。勝った

>>148

出たわね

 

150:以下、異世界から転生者がお送りします ID:Of5+84pAa

ガチモンこわんい

 

151:以下、異世界から転生者がお送りします ID:XFSe6rzeM

なにをどうやって勝利してんのこいつ怖いんだけど

 

152:以下、異世界から転生者がお送りします ID:Qbqw6EKoa

触手の苗

 

155:以下、異世界から転生者がお送りします ID:dmjlWOHDT

感覚共有オナホ

 

156:以下、異世界から転生者がお送りします ID:DG+JEUYY4

常識改変アプリ

 

158:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

>>152

あった。勝った

>>155>>156

前の時に全部やった

あとここ時間いい感じに同期してんのね、初めて知ったわ

 

161:以下、異世界から転生者がお送りします ID:/ccNu8csP

同期?

 

164:以下、異世界から転生者がお送りします ID:R5GySiHT6

転生者の居る世界はそれぞれ時間の流れが違うんよ

でもこの掲示板に書き込む時はみんな一緒なんよ

つまりスレ外で何日経ってから書き込んでもスレ民視点だと数分も経ってないんよ

 

166:以下、異世界から転生者がお送りします ID:qRx9swSmj

はえーすっごいなにいってるかよくわかんない

 

168:以下、異世界から転生者がお送りします ID:R5GySiHT6

馬鹿なんよ

 

170:以下、異世界から転生者がお送りします ID:f1pMtBz5n

健全マン活動に実際は何日かけてんやろな淫魔くん

 

172:以下、異世界から転生者がお送りします ID:Xr61XCbRf

皮モノ

 

173:以下、異世界から転生者がお送りします ID:8tLHUhtMe

局部ボックス系

 

175:以下、異世界から転生者がお送りします ID:qJ8ruPcvx

存在変質

 

176:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

>>172

あった。勝った

>>173

あった。勝った

>>175

あった。勝った

 

179:以下、異世界から転生者がお送りします ID:hu+M9mDAB

常勝無敗だが

 

182:以下、異世界から転生者がお送りします ID:1xD6cQ77/

ここらへんはもう分かんねぇ世界だ

 

183:以下、異世界から転生者がお送りします ID:yPgJBOy8o

人間の業は深いや

 

184:以下、異世界から転生者がお送りします ID:3OVPhcXTL

てか何でもあるやん

メスガキ淫魔もおったらええな

 

187:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

>>184

おった。勝った

 

189:以下、異世界から転生者がお送りします ID:3OVPhcXTL

なあんでええええええええええああああああああああああ!!!!!

 

191:以下、異世界から転生者がお送りします ID:Fzzlae+ta

 

194:以下、異世界から転生者がお送りします ID:392LMWqkR

 

197:以下、異世界から転生者がお送りします ID:4oXvk3zAr

余計な事言ったなお前な

 

198:以下、異世界から転生者がお送りします ID:3OVPhcXTL

メスガキ淫魔が何したっていうんだも!

男を馬鹿にしながら搾精してなんだかんだ愛を理解らせられるだけだも!?

 

200:以下、異世界から転生者がお送りします ID:R/aiL5LN8

イチャラブ好きが滲み出てるぞロリコンノポン

 

202:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

でもこれ近くの女の子に擬態しておっさんとアレコレした後「明日は無理矢理シチュでしましょ」とか言って

翌日擬態元の女の子の近くにおっさん誘導するタイプのメスガキだったぞ

 

204:以下、異世界から転生者がお送りします ID:ozWVExsYs

エグくて草

 

206:以下、異世界から転生者がお送りします ID:gAveTivls

最後のオチにかわいそうなの仕込むのってルールで禁止スよね

 

208:以下、異世界から転生者がお送りします ID:3OVPhcXTL

淫魔くんよくぞ悪鬼を討伐してくれたワイは信じてたで

 

209:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sc3u5BHr8

ギュイーンクルクルクルクル

 

212:以下、異世界から転生者がお送りします ID:fs5PcqfAK

どうやって勝ったん

淫魔同士セックスバトルか

 

214:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

いつも通りヤダーってやったら溶けたっすわ

でも何か人形っぽかったなこいつ

 

215:以下、異世界から転生者がお送りします ID:ArMqRV5UY

分からない笑

ちょっと分かるように言って貰って良いですか笑

 

218:以下、異世界から転生者がお送りします ID:xGruIqH0/

メスガキゴーレム欲しいなー俺もなー

 

220:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

これだけじゃなくて何かどれも似たエネルギー感じたんだよな

ストップウォッチと同じようなの

これ大元が一緒なんじゃねぇの? ボブは訝しんだ

 

222:以下、異世界から転生者がお送りします ID:hoYccSaqT

つーかこんだけ出りゃもう言い逃れは出来んだろ

お前の世界18禁

 

225:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

は? 今の健全マンの大活躍をご覧でない?

この世界にはもう催眠おじさんもアプリも時間停止その他諸々存在しません健全です世界は平和になりましたおわり

 

228:以下、異世界から転生者がお送りします ID:AD9Mf4clJ

どうせ新しいのがすぐ湧くぞ

 

231:以下、異世界から転生者がお送りします ID:vEPKbyJlL

催眠おじさんmark.Ⅱ、間もなく襲来!

 

234:以下、異世界から転生者がお送りします ID:XJFwuoTom

お前は人の業を甘く見ておる

今は退けられたとしても、いつかまたお主の前に立ちふさがる事じゃろう……

 

236:以下、異世界から転生者がお送りします ID:blrOXVjnu

お前かお主かハッキリしろ

 

239:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

はい先生今このスレ開いてる皆の所に催眠おじさん達が無限湧きする呪いをかけました

先生と一緒にたくさん苦しみましょうね

 

241:以下、異世界から転生者がお送りします ID:Do-in6666

死ね

 

243:以下、異世界から転生者がお送りします ID:kuWywPxX4

言っていい冗談と悪い冗談があるんよ

 

246:以下、異世界から転生者がお送りします ID:CTpqUWozB

いやごめんて

 

249:以下、異世界から転生者がお送りします ID:PjbMLlCSi

深刻な感染災害発生しましたよこいつBANしろ管理人

 

250:以下、異世界から転生者がお送りします ID:gthm801uh

お、催眠おじさん「達」って事は男淫魔とかも出る可能性あるのか

興奮してきたな

 

251:以下、異世界から転生者がお送りします ID:SPXLL5ARl

ガチモンこわんい

 

252:以下、異世界から転生者がお送りします ID:3OVPhcXTL

メスガキ出るなら……いやでもおじさんはなぁ

 

253:以下、異世界から転生者がお送りします ID:NnN/Wo8DJ

割とワクワクしてる奴居て草

 

256:以下、異世界から転生者がお送りします ID:sMtMteMAn

 

 

「……なんだよ、結局男の淫魔なら誰でもいいんじゃないか……尻軽ガチモン野郎め――」

 

 

 

257:以下、異世界から転生者がお送りします ID:Do-in6666

まだ陰キャ癖治ってねぇのかこいつ

 

259:以下、異世界から転生者がお送りします ID:KumAOtoge

なんか複雑な関係性構築してません……?

 

 




掲示板はクソどもでお送りしております。
次回は諸事情で遅れるかも。ごめんね。


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VSかわいそうなのがぬける淫魔

 

淫魔とは。

怪異と魔に連なる存在にして、性欲に纏わる性質を持つものの総称である。

 

彼らは異性と性欲を満たすための行為で精気を――霊力、魔力、感情を始めとした生命エネルギーを己の身に取り込み、糧とする。

他の行為では一部例外を除き一切の精気を取り込めない、生と淫行が表裏一体にあるという極端な在り方のもの達だ。少なくとも、この世界においては。

 

そのため、彼らは人間から非常に嫌悪されやすかった。

 

当然だ。獣や昆虫と違い、多くの人間は性行為に本能以外の特別な意味を込めている。

それを言ってみれば食事としている淫魔達に対し、否定的な感情を抱き始める事はある種必然であったのだ。

 

何より、淫魔という種族は基本的に人間よりも強い力を持ち、催眠などの精神を操る異能すら持っている。

時には人間に対し強引な手段で性行為を強要するケースも少なくはなく、確執は広がっていった。

 

無論、全ての淫魔がそうという訳ではない。

人間と契約して力を貸し、その正当な見返りとして性行為を求めるものや、社会に紛れ風俗店に入り浸るもの、そして愛する人間と夫婦となってイチャコラするものなど、人間と上手く付き合い共存する友好的なもの達も居る。

 

……しかしそれも、全体から見れば少数だ。

大多数の淫魔は人間の心や都合など欠片程も配慮する事無く、好き放題に精を貪っていた。

 

 

――「彼」も、そのような淫魔の一人だった。

 

 

「彼」は遥か古の時代にこの日本の地で発生した、純粋なる魔の一体である。

 

「彼」は強く、美しかった。

しかし人の心はまるで無く、酷く傲慢な性をしていた。

 

人間をただの食料、或いは娯楽品としか見做さず、欲望のまま弄び、食い荒らす。

その淫蕩の限りを尽くした在り方は、当然ながら人間達より嫌悪され、恐怖された。

 

「彼」は、人間の悲劇的な姿にこそ性欲を掻き立てられる性質だった。

想い人と引き裂かれ、理不尽に穢され、人生を台無しにされる女性の姿に酷く興奮し、己の手で数多のそれを生み出したのだ。

 

当然、人間も必死に抵抗し、戦った。戦わなければならなかった。

何人もの男性が犠牲となり、何人もの女性が穢されて。そうして何百年にも渡り、「彼」と人間は戦い続け――結果、「彼」は敗れた。

 

成した者は奉納六家が一、「魂」の字を冠する御魂雲。

その術により致命傷に近い深手を負ってしまい、敗走せざるを得なかったのだ。

 

どうにか逃げ延びる事は出来たものの、多少の弱体化は免れず、以降「彼」は世の表から姿を消した。

 

力を隠し、美を隠し。たまに日照り女をつまみつつ、日陰に潜んでこっそりと生きる。

それは「彼」にとっては酷く退屈な生活だったが、さりとて昔のように暴れ回る気にもなれなかった。

派手に動けば御魂雲もまた動く。彼らと二度と相対したくないと恐怖する程には、「彼」はこっぴどく痛めつけられていたのだ。

 

――きっかけは、「彼」が人間の文化に興味を持った事だ。

 

近代。急速な技術発達により、人間の生活圏が大きく広がった時代。

人気の無い場所でひっそり隠遁していた「彼」もそれに巻き込まれ、渋々と人間社会に紛れ込む事を強いられたのである。

 

己の食料兼娯楽品でしかなかった存在に混じるのはウンザリとしたものの、しかし退屈だけはあまりしなかった。森と川だけの生活に比べれば、であるが。

ともかく、そんな日々を送る中でいつも通り適当な女性を催眠し、部屋に転がり込んだ先で、ふとそれに興味を持ったのだ。

 

パーソナルコンピューター。縮めてパソコン。

 

催眠した女性から操作方法を会得した「彼」は、迷いなく性に纏わる情報へと手を伸ばした。

種族柄、現代の人間どもの性事情がなんとなく気になったのである。

 

その大半は昔とあまり変わらず、それどころか配慮だなんだと小綺麗にすらなっていたが――創作の分野においては、中々に面白いと思った。

 

NTR、催眠、時間停止、機械姦、皮モノ、3000倍、○○しないと出られない部屋、超常アダルトグッズにその他諸々、荒唐無稽の四方山エロ話。

 

無論、催眠や尊厳破壊など、一部については「彼」の方が何倍も上手であるため、既視感や稚拙さが目についた。

しかしシチュエーションに関してはそんな「彼」をも唸らせるものがそこそこあり、他にも「彼」ですら予想だにしなかったアレな性癖がてんこもり。

淫魔としての視野は勿論、世界自体が広がった。なんだったら人間ちょっと見直した。やるじゃん。

 

そして興が乗った「彼」は、何とそれらをグッズという形で現実に創り出してしまったのだ。

 

多少弱体化したとはいえ、千を越える時を生きた魔の頂に立つ一体。己の在り方に関する道具であれば、創造するのは容易であった。

そうして参考にしたアダルト作品よろしく、創り出したグッズをバラ撒いてみれば――これがまぁ滾ること滾ること。

 

遠見をすればあちらこちらで『かわいそうな出来事』が起こっており、久方ぶりの充足感に満ち満ちた。

おまけにグッズ自体に「彼」の魂のかけらを僅かながらに宿しておけば、それを通して吸精の恩恵にだってあやかれる。なんと素晴らしい。

 

さしもの奉納六家であっても、まさかエログッズから己に至る事など叶うまい――。

……などと冗談半分に嘯いていたら、本当にそうなった。

 

否、幾度も見つかり、そして対処もされている。

だが、宿した魂のかけらさえ回収してしまえば、彼らは「彼」の存在に辿り着けないまま、タチの悪い霊具の類としか処理できずに終わるのだ。

 

――これならば、また暫くは愉しめる。「彼」は嗤った。

 

無論、いつかは看破されるだろう。

だがそれには今しばらくの時が必要であり、その間に逃げ道は幾らでも用意できる。

 

そうして「彼」は、それからも次々とグッズを作っては世に流し、それによって引き起こされる『かわいそうな出来事』を堪能し続けた。

 

多くの涙が流れ、多くの愛が無下に散った。

「彼」は遠方からそれを堪能しては興奮し、催眠で自我を奪った女性にそれを吐き出し、精を吸う。

 

この身で直接体験できないのは物足りない。

だが、悪くない。ああ、悪くない生活だ。

 

遥かな昔、世を卑陋に乱した大淫魔。

この現代社会の影にも変わらずそれは在り、誰にも気づかれる事なくかつての淫らな暴虐を繰り返していた――。

 

 

 

 

 

 

――と、まぁ色々長々と語った訳であるが。

そんな「彼」は今、使い古したボロ雑巾のような姿で転がっていた。

 

 

 

 

 

 

「なあんでだあああああああああああああッ!?」

 

 

月明りの照らす夜の下。

とある山中を激怒の叫びが木霊する。

 

 

「意味が……意味が分からないッ! どうしてこんな事に……!!」

 

 

美しい男だった。

 

丹念に彫られた彫刻のような甘い顔立ちに、適度に筋肉を乗せた均整の取れた体つき。

女性であれば、誰もが振り返るであろう容姿であったが――しかし今やその姿は酷く薄汚れ、見る影もない。

 

艶やかであった筈の髪はチリチリとアフロ型に焦げ、滑らかであった筈の肌も泥と埃でベタベタだ。

おまけに衣服も所々にほつれや焦げ付きが目立ち、まるで山火事の中を突っ切って来たかのよう。

 

そんな男――「彼」は、更に汚れる事も厭わず地に膝をつき、屈辱に身を震わせていた。

 

 

――始まりは、「彼」の創り出した催眠アプリであった。

 

数々のグッズを創り出してきた彼であるが、最近は時流というものに合わせてアプリ系のものにも手を出している。

電脳世界に分霊を生み出し、催眠や時間停止といった異能をデータとして付与させるのだ。

 

そしてそこに己の魂のかけらも含ませれば、ユーザー数だけ精気も集まるという寸法だ。

これが中々に効率がよく、何より多くの『かわいそうな出来事』も堪能できる。

 

これは良いものを創ったぞと、日々大切に扱っていたのだが――なんかいきなり爆発した。

 

 

(馬鹿なっ! この僕の分霊が手掛けていたものだぞ! そんな事があってたまるか!!)

 

 

だが、現実は非情であった。

分霊もデータも全損。何故か管理に使用していたPCすらも大爆発し、「彼」はそれでアフロとなった。

 

しかも魂のかけらを回収する間もなく爆発した事により、「彼」本体の魂にもダメージが届いてしまった。

アプリに使用していた異能を司る部分に傷がつき、催眠能力も暫くの間は使用不可となる始末。

この調子では、魂のかけらで繋がっていた各アプリユーザーにも結構な被害が行った事だろう。頭がパーになる程度で済んでいればいいが。

 

 

(そして次はマジカルホール。あれもロングセラーの傑作品だったのに……!!)

 

 

『中身』を好きな場所へと繋げる事の出来る、ジョークグッズの決定版。

多くの機能的なバリエーションも揃え、長きに渡り愛されて来たグッズだったが――やっぱりなんかいきなり爆発した。

こちらのユーザーもおそらく酷い事になっているだろう。しかも脳だけではなく、股間まで。

 

そして被害はそれだけに留まらず、他の「彼」のグッズも次々と破壊されていった。

 

日本全国にバラ撒いていた物が異常ともいえる速さで駆逐され、魂のかけらごと散って行く。

遠見の対象を設定する暇すら与えられず、本当に何も分からぬまま全てが数日の内に消え去ってしまったのである。

 

 

(他のアプリも、触手の素も……皮も箱も淫魔ドールも全てパア! おまけに僕の魂もボロボロだ! 何故、どうしてこんな酷い事に、こんなアフロにィィィ……!)

 

 

そして先程にはついでとばかりに住処としていたグッズ工房までもが大爆発し、這う這うの体でこんな山中にまで逃げ延び、身を隠した。

ここまでの事をされたのだ。何者かからの攻撃を受けた事はまず確実だと判断したが故である。かつて世を邪淫の坩堝に堕とした大淫魔の名が泣いている。

 

 

(く……だ、だが、どこだ。誰がどこから攻撃を仕掛けている……!?)

 

 

奉納六家では無いだろう。

もし奴らがこれほど素早く動けるのならば、己はとうの昔に見つかって討伐されている筈だ。

 

では、誰だ。

必死に記憶を探るも、それらしいものは見つからず――。

 

 

「……いや、待てよ」

 

 

ふと呟く。

 

いや、あったかもしれない。

以前、似たような攻撃を受けた記憶に思い当たったのだ。

 

 

(アレは確か……時間停止ストップウォッチが壊された時だったか)

 

 

今より一年ほど前、とある町で「彼」の創ったストップウォッチを手にした少年が「酒」の一族らしき少女を襲った事があった。

当時、「彼」はそれを酒のつまみとして、遠見の術で愉しんでいたのだが――突然、第三者の力で強制的に時間停止が解かれてしまったのだ。

 

その際、「彼」は時の力を操る霊能を持つ「刻」の一族が近くに居たのかとも思い、面倒事を避けるため、魂のかけらを回収し顛末を見届ける事無く撤収してしまった。

……だが思えば、あの時ほんの一瞬感じた力は、今回のものと同じもののような気がしなくもない。

 

 

(……最後まで見ておくべきだったかな。まぁいい、行ってみよう)

 

 

「彼」はアフロをわしゃわしゃ掻いて後悔するが、すぐに意識を切り替える。

 

一応とはいえ手掛かりは得た。ならば当たってみるべきだろう。

そこに今の事態の下手人が居るかは分からないが、このまま地団太踏んで嘆いていたところで何もならない。

 

後の事はとりあえずヤッて、そしてイッてから考えればいい。これまでもずっとそうだった。

 

 

「ふふ、この大淫魔。手だけではなく足だって速いのだよ」

 

 

「彼」はおちゃらけるように手を広げると、その身を無数の蝙蝠へと変える。

そしてアフロ頭の一匹を先頭に、夜空の彼方へと飛び去って行ったのだった。

 

 

 

 

 

「うぅ……太陽が、刺さる……」

 

 

げっそり。

そんな擬音が空中に浮かんでいると錯覚する程、天成社はげっそりしていた。

 

 

「……なんだあいつ」

 

 

月曜日。休日明けの朝の通学路。

校舎へ向かい、のたりもっそり足を引きずる彼の姿を認めた幸若舞しおりは、見て分かる程に眉を顰めた。

 

朝から嫌な奴とかち合った……という事も勿論あったが、それよりも気になったのは、どうにもくたびれたその様子。

空腹の野犬というべきか、或いはなりかけゾンビというべきか。そんな腹ペコの雰囲気が漂っていたのだ。まるで、以前の彼に戻りつつあるかのように。

 

 

(……いやでも、葛から華は貰ってる筈だよな……?)

 

 

そう、精気不足で常に空腹に喘いでいた社も今は昔。

現在の彼は、しおりの友人たる華宮葛が生み出すスイカズラの華の蜜で腹が満たされ、極めて健康体となっている。

 

葛も葛で華を求められ張り切っているのか、それとも何かがクセになっているのか。毎日三食、おやつ分や夜食分もおまけして。余裕をもって生活出来るだけのスイカズラが日々融通されている筈なのだが――。

 

 

(……まさか、どっかで淫魔の力使ったんじゃねぇだろな)

 

 

じわり。しおりの瞳に疑いの光が灯る。

 

腹が減っているという事は、どこかでエネルギーを消費したという事だ。それも、貰ったスイカズラでは補填できない程に。

やつれているあたり他者から吸精はしていないようだが、何せ淫魔のやる事だ。警戒するに越した事は無い。

 

しおりはポケットの中で霊具を握ると、慎重に社へと近づき――軽くその腿を蹴突いた。

 

 

「えっ……あっハイ、はよござまス……」

 

「オイ淫魔。お前ウラで何かやってんだろ、吐けやオラ」

 

「えぇ……いきなり凄い勢いで因縁つけてくるじゃん……こわ……」

 

 

突然吹っ掛けられた社は引き気味にそう茶化すが、しおりの視線は緩まない。

社はそっと目を逸らした。

 

 

「や、ウラって言われても、特に悪い事とかしてないスけど……」

 

「じゃあその有様は何なんだよ。随分とお疲れみてぇじゃねーか」

 

「ああ……これはちょっと流れでやっちゃったっていうか、そんで結構出来ちゃったもんだから辞め時失っちゃったっていうか……いやね、調子乗っちゃったよね、俺もね」

 

「はぁ?」

 

 

その煮え切らない態度に片眉が上がるが、社は気恥ずかしげにヘラヘラするだけだ。

そこに後ろめたさの類は感じられず、どうやら本当に悪事は何もしていないようだった。

 

しおりは内心ほっと安堵の息を吐き、ポケットの中の霊具から手を離し、

 

 

「――いやちげーだろ!!」

 

「ひぇナニ」

 

 

そんな自分に思わず叫んだ。

 

何を簡単に淫魔の言う事を信じようとしているのだ。

こうやって油断させるための演技かもしれないだろう。絆されず警戒心をちゃんと持て。

 

……いやでも、こいつがそんな器用な事をやるだろうか。

この淫魔と出会って暫く経つが、とてもそんな奴だとは――だからその思考が危険なんだってば。

 

 

しおりは頭を振って気を取り直すと社の首根っこを組み寄せ、その頬に取り出した霊具をぐりぐりと押し付けた。

 

 

「ぐえぇ……エ何なんスかねこのよく分かんない形のね硬いのねこっわ」

 

「あれだ。そうやってぼかすって事は、何かこう、アレだろ? 言えねぇ感じのヤツやったってこったろ? なぁオイ、えぇ?」

 

「いや言ってる意味も分かんないっていうかぁぁぁ……! いやいやグッズ云々とか言えないようなのってのはその通りなんスけどもぉぉぉ……!」

 

 

淫魔の身体能力を持ってすれば容易く振り解ける拘束ではあったが、その力は下手をすればしおりの肩をも容易く砕く。

社は押し付けられそうになる大層立派なふくらみから必死に首をねじって逃れつつ、どうにか傷つけず振り解こうと奮闘し――。

 

 

「あ。ごらん、ヤンキーがカツアゲしているよ」

 

「あぁ? ……あっこら!」

 

「イマダ!」

 

 

ふと、背後から暢気な声がかけられた。

そして振り向いたしおりの隙を突き、社はウナギのようにヌルっとその腕から抜け出し、声の主を盾にするように回り込む。

そう――彼らと同じく登校中であった、華宮葛と酒視心白の陰に。

 

 

「おはようございます、二人とも。偶然ですね」

 

「まーたヤシロちゃんに絡んでんの? シオちゃんも飽きないねー……おお、こんなにげっそりしちゃってかわいそうに。ぼくが慰めてあげようね」

 

「あハイ。だいじょぶス。そんなでもないス。いッス、あざッス」

 

「……お前もだいぶ嫌な絡み方してんだろがよ」

 

 

しおりは心白と社がじりじりとした間合いの取り合いを始めたのを半眼で眺め、溜息をひとつ。

逆に葛はそんな彼らを微笑ましげに眺めつつそっとしおりの横に立ち、小首を傾げた。

 

 

「それで、今度はどうしたのですか? 心白の言う通り、少しやつれているようですが、天成くん……」

 

「それを吐かせようとしてたんだよ。ああなってるって事は、何かやったって事だろ。きっとろくでもねぇ事だぞ」

 

「……そんな事は無いと思いますが」

 

 

しおりのかけた疑惑に対し、葛は唇を尖らせて反論する。

そんな危機感の全くない様子に苛立つものの、葛が社にダダ甘なのは今更なのでスルーする。

 

 

「つーかお前の方で把握してなかったのかよ。いつも観察してんじゃねーのか」

 

「いえ、流石に休みの日までずっと一緒に居る訳では……。まぁでも、確かに金曜日の時にはどことなく疲れているように見えました」

 

「ならそん時にはもう何かしらやってたんだな。ちっとは疑問に思えやお前も」

 

「ええ、ですのでスイカズラの華をたくさん渡しました」

 

 

そうじゃねぇよ。

しおりはよっぽど怒鳴りつけてやりたかったが、ぐっと堪えて我慢の子。

 

……だがやはり、社に渡されたスイカズラの数は十分以上だったようだ。

それでもなおやつれるまで、本当に何をやっていたんだ――しおりの瞳に先程以上の疑念が浮かんだ時、社の肩に跨った心白が彼を操縦しながら現れた。しおりは堪えた。

 

 

「別に怪しむ事は無いでしょ。どーせどっかでまたヤダーってなってただけだよ。ねー?」

 

「エ何で分かんのこわ……」

 

「あ、でも今度は食べなかったんだ?」

 

「えっ、いや……何か華宮さんの蜜で染まった身体が穢される気がして……まぁゾンビに戻るまでじゃないし、いらんかなって」

 

「あ、天成くん……!」

 

「訳分かんねぇ感じで分かり合ってんのも淫魔の言ってる事もそれで感激してんのもいっそ全部引くんだわ」

 

 

何故か嬉しそうに頬を上気させる葛にドン引きした目を向けつつ、しおりは小さく舌打ちを鳴らす。

 

やはりというべきか、葛と心白は社を疑う気が無いようだ。

いや、二人はしおりと違い、遠見や感知など情報収集の霊術を持っている。おそらくはそれで社を潔白だとする判断材料を得たのかもしれない。

問いかける代わりにじろりと心白を睨めば、彼女はひょいと肩をすくめて頷いた。

 

 

「ま、ぼくもナニしてたか全部分かってるワケじゃないけどさ……悪い事してないってのは、ホントだと思うよー」

 

「そうですね。少なくとも、今の天成くんに満ちる精気に穢れの類は見られませんし……」

 

「…………チッ!」

 

 

こういった時、戦う事しか出来ないというのは弱い。

しおりはこれ以上社に疑惑を向けられないと悟ると、またも舌打ちを鳴らし一人通学路を引き返し始めた。

 

 

「しおり? どこへ……」

 

「いつもの事だろうが。何かあったら連絡しろ。じゃーな」

 

 

あからさまに不機嫌な様子でそう言い残し、しおりは肩を怒らせ歩き去る。

とはいえ、葛も慣れたもの。無理に引き留める事もせず、ただ溜息だけを落とした。

 

そして心白は遠ざかるしおりの背を生暖かく眺め、社の頭頂部に顎を乗せつつしみじみ呟いた。

 

 

「シオちゃんがこうやってぼくら残してく時点で……だと思うんだけどねぇ。そう思わない?」

 

「何がスか……?」

 

「それよりそろそろ天成くんから降りましょうね、はしたない」

 

 

 

 

 

 

(ああ、クソ。イライラする……!)

 

 

それから、しおりは昼過ぎまでをゲームセンターで過ごした。

しかし幾らスロットを回そうが太鼓をしばき回そうがモヤモヤとした気分は晴れず、逆に苛立ちが募るばかり。

 

それもこれも、あの淫魔のせいだ。

『え、何?』頭に浮かんだ能天気な顔に打ち込むつもりでマイバチを振れば、リズムが一拍遅れてフルコン逃し。増々もってムカついた。

 

 

「……はぁ」

 

 

そうして散々と荒れ回った後、しおりは休憩スペースのベンチに腰掛け、スマホを見る。

 

葛からの連絡は無い。

心白からは何故か炭酸ジュースの画像が送られてきている。

いつも通りだ。しおりはつまらなそうに軽く鼻を鳴らし……そんな自分に舌打ちをした。

 

 

(……SOS来んの期待してんじゃねーよ。ボケがよ)

 

 

そう、本性を現した社が暴れ、葛達が自分に助けを求めて来る――などと。

幾ら社の危険性を認めさせたいからといって、葛達に危機が迫るのを望むというのは違うだろう。幽かにでもそんな可能性を求める心に嫌気が差す。

 

しかしその自己嫌悪により意気が萎え、苛立ちも多少は収まった。

細長い溜息を吐き出しながら席を立ち、近くの自販機にコインを入れる。選んだのは、心白の画像にあった炭酸ジュースだ。

 

 

(何であいつら、ああまで気ぃ許せるかね……)

 

 

そうしてぼんやりペットボトルを傾けながら、またその疑問を繰り返す。

 

きっかけという意味ではまぁ分かる。特に葛の方は改めて考えるまでもない。

心白に関してはいまいちハッキリとはしないが……もしかすると過去、社に助けられた事でもあるのかもしれない。あれはそういった甘え方に見えた。

 

そして本人が(表面的には)無害という事もあるだろう。

彼の言動はヘタレ小心者のそれであり、何より十六年間女性からは精気を吸わず、飢餓にも意地で耐えたという。それが本当ならば、筋金入りの安パイだ。

 

だが……だがやはり、だからといって淫魔相手に近寄り過ぎではないのか。

 

これまでが大丈夫だったからといって、これからがどうなるかなど分からない。

親友の贔屓目を抜きにしても、葛や心白は非常に魅力的な少女達だ。そんな二人に挟まれ続ければ、いつか淫魔としての本能が暴走する恐れもある。

そうなった時、傷つき、泣くのは二人の方で……。

 

 

(……いや、絶対嫌な事だよな? あいつらにとってもな? 流石にな?)

 

 

何となく嫌な予感がしたが、とりあえず流しておくとして。

そうしてあれこれつらつら考えども、結果はやはり「納得できない」に集約する。

 

堂々巡り。幾ら考えても何一つ変わらない感情に、最早ウンザリとさえしてしまう。

 

 

(……それともウチの方がおかしいってか?)

 

 

そんな訳はない――と思いたかったが、心当たりが無い訳でも無いのが困りもの。

しおりは空になったペットボトルを八つ当たり気味にゴミ箱へと投げつけるも、勢いが強すぎたのか外れて落ちた。

おのれ淫魔め。憎々しげに呟けば、心中の社が『えっまた俺ぇ?』と呟いた。

 

 

 

 

 

 

奉納六家が一、「舞」の一族。

それは六家の中において、最も分家の多い一族である。

 

「舞」の字を冠する家筋は同時に二十以上存在し、そこから更に筋目が分岐する。

そしてそれぞれの家には血脈に伝わる舞踊があり、それを舞う事で個々の霊能を発揮するのだ。

 

その異能は決して重なる事は無く、一つの家に一つの特別な舞が授けられる。

肉体を神に近づけるための舞、怪異を魅了し宥めるための舞。それらの宿す霊能は広くあり、しかし統一されたもの。

 

神を演じ、怪異を祝福し、そして自己を称賛する――舞い踊る事で演目を纏い、神や怪異へ捧げ鎮めるための力であった

 

 

……しかし、一方。

かつての「舞」の一族は六家の中で、最も実力者の少ない一族でもあった。

 

正確に言えば、それぞれの家に伝わる舞踊の適合者が少なく、層が非常に薄いのだ。

 

臆病な者に戦闘の力が向かないように。凶暴な者に治癒の力が向かないように。

演じるという行為が霊能に直結しているが故、その舞踊と本人の気質が一致しない限り十全の力を発揮する事が出来ないためだ。

 

そして人間の性とは、人が自由自在に操作できるというものではない。

躾けや環境を整えただけでは意味は無く、時代が進むにつれ「舞」の一族は断絶の危機にまで瀕し――だからこそ彼らは、量に走った。

 

多くの妾や男妾、多夫多妻を推進した他、身内間での多情あだ事さえも黙認し、ひたすらに多くの子を設けるよう煽動したのだ。

 

下手な鉄砲も数撃ちゃあたる。

一つの家に二十の子が生まれれば、その内の一人二人はその家の舞踊を十全に舞える者が現れる。

 

様々な問題のある方法ではあったが、結果としては成と出た。出てしまった。

「舞」の一族は断絶の危機より脱する事に成功し、ついでに家系図がえらい事になった。

 

そうして時代と共に妾や多夫多妻だけが廃れ、身内での多情あだ事を黙認する悪習だけが残り。

かつて縋った苦肉の策は、現在においては大手を振って快楽に耽るための名目と化し、舞踊と共に脈々と受け継がれてしまったのである。

 

――そしてそれは、幸若舞家においても変わらない。

 

しおりの父親は多くの従姉妹や叔母と腰を合わせ、母親も多くの従兄弟や叔父の上でくねり踊った。

腹違い・種違いの兄弟姉妹も数え切れない程多く、顔を合わせた事のない者まで居る程だ。

 

しおりは、そんな家族が大嫌いだった。

 

父も母も、人間的には善人の部類である事は知っている。

だが、その好色さが本当に気持ち悪くて堪らない。

 

夫婦だというのに、何故互いに平気な顔で他人と関係が持てるのか。

そして何故それを誰も咎めない。何故気にした風も無く仲良し夫婦を続けていられる。子を愛せる……!

 

生来、純情潔癖な性分のしおりである。

成長するにつれ抱く違和感と不快感は大きくなり、そういったものから必死に目を背けても、やがて他の親族から目合ひ(まぐわい)の誘いをかけられるようにもなり。

 

――当然の帰結として、彼女は盛大にグレた。

 

そしてその苛烈さこそ、幸若舞の血に宿る舞踊に必要な性であった事は皮肉でしかないだろう。

しおりは致命的に「舞」の一族に不向きな精神性でありながら、しかし確かに幸若舞に選ばれた者であったのである。

 

 

 

 

「…………」

 

 

……だから、なのだろう。

 

そんな家に生まれたからこそ、きっと己は社が認められないのだ。

ゲームセンターから離れ、あてもなく街中をぶらついていたしおりは、ぼんやりと思う。

 

 

(エロオヤジにエロババァ、エロ兄エロ姉エロガキ共……人間だってああなるのに、淫魔のあいつが我慢できるなんて思いたくねぇ)

 

 

そういった環境さえあれば、人間は容易く色に溺れる。

社も催眠などの精神操作能力を持っている時点で、そういった環境にあったと言える筈なのだ。

 

なのに何もしない、していない、などと。

まるで人間の方が……というより「舞」の一族の方が、こう、あんな強い力を持つような淫魔よりも、なんか――。

 

 

「――だああああああッ!! 滅びろウチの家ッ!!」

 

 

バキャアン!

衝動的に蹴り飛ばした街灯の支柱が砕け、ぐらりと倒れた。

 

「おわヤッベ」すぐ我に返ったしおりが慌てて支えるも、最早どうにもならない。

周囲の目もあり焦りに焦り、咄嗟に折れた支柱を地面深くに突き刺し、脱兎のごとく逃げ出した。

そうして手近な路地裏へと潜り込んで人目を払い、一息。

 

 

「あー……まずったな。くっそ淫魔の野郎め……」

 

 

『なんか呼ばれる度に罵倒されるんじゃが』心に浮かべた社に新たな罪を擦り付け、壁を背にしてしゃがみ込む。

 

一応、霊能力者としての怪異討伐任務による報奨金がそれなりに貯まっている。

街灯の修理費用程度に悩む事など無いのだが……その手続きが非常に面倒臭い。

 

しかし実家になど絶対に頼りたくはなく、かと言って葛や心白に助力を乞うのも気が引けた。それも、こんな間抜けな事で。

 

本当に戦闘しか出来ないというのはこれだから。

しおりは己の霊能を忌々しげに思いつつ、ビルに切り取られた藍色の空を仰ぎ――。

 

 

「……あん?」

 

 

その時、妙なものが視界を横切った。

 

それは無数の蝙蝠の群れ。

この街においては多少珍しくはあるが、それ以上のものではない光景だったが――何故か、先頭の一匹がアフロであった。

 

アフロであった。

 

 

「……? ……??」

 

 

しおりは一度目を瞑り、眉間を揉み解してからもう一度見る。

しかし見間違いや錯覚ではなく、どうしようもなくアフロであった。

 

それはしおりが呆気に取られている内に飛び去り、夕暮れ景色の向こう側へと消え去った。

後にはただ何とも言えない空気が残り。

 

 

(ドローンとかラジコンとか……じゃあねぇよな)

 

 

であれば――妖魔怪異の類か。

しおりは瞬時に気を切り替えると、路地裏の壁を蹴り上げビルの屋上へと到達。

薄闇空に目を凝らせば、山の方へと向かう黒点の群れが見えた。先程の蝙蝠達だ。

 

 

(……あれ追ってる時にやむを得ず壊した事にすっか、街灯)

 

 

そんなセコイ事を考えつつ。

しおりも蝙蝠達を追い、夕暮れの中へと飛び込んだ。

 

 

 

 

 

 

辿り着いたのは、街中より少し離れた山中であった。

 

傾斜が比較的なだらかで、木々の疎らな開けた場所。

そこに集まった蝙蝠達は渦を巻くように絡み合い、やがて一つの人影を形作る。

 

美しい男だった。

 

すらりと伸びた足、引き締まった腰、細身ではあれど適度に筋肉の乗った腹と胸、そして丹念に彫られた彫刻のような甘い顔立ちに――アフロ。

 

一部に激しい違和感を纏う「彼」は、そこに居るだけで周囲に淫蕩の気を溶かし、空気を、或いは空間そのものを淫らに、そして退廃的に染め上げて行く。

 

 

(……やべぇ)

 

 

そして、付近の木陰で息を潜めていたしおりは、その異様とも言える気配に冷や汗を流した。

 

 

(淫魔……か? ふざけた頭の癖に相当だぞ……!)

 

 

これだけの『色』だ。淫魔の類である事は、まず間違いないだろう。

 

淫魔などこれまで社一人にしか遭遇した事は無く、彼自身強大な力を持つ事は察せられるとはいえなんだかんだと実力を見せないため、危険度の判断基準が不明瞭ではある。

だが、受ける威圧感だけならばヘタレ野郎の社よりも圧倒的に上だった。

 

 

(……くそ、淫魔ってのはみんなこうなのか? とにかく葛達に知らせねぇと……)

 

 

流石にこのような相手に己一人で突貫し、無事に済むとは思っていない。

 

葛達は勿論、場合によっては一族の手練れや……最悪、社にも応援を求めなければならないだろう。

しおりは目の前の「彼」から決して視線を外さないまま、後ろ手にスマホを操作して、

 

 

『――おっといきなり乱交かい? それは少し風情が無いね』

 

「――――」

 

 

――スピーカーから、そんな聞き覚えない男の声が流れた瞬間。

しおりは即座にスマホを握り潰し、その場から大きく飛び退いた。

 

 

「ぐっ……!?」

 

「おや、思っていたよりずっと美人さんだ。いいね」

 

 

直後。隠れていた木陰が爆散し、跡形もなく吹き飛んだ。

 

そうして露わになったしおりの姿を「彼」の紅い目がしっかりと捉え、嗤う。

濃い色欲を纏った視線に蕩けるような痺れが走るも、しおりは舌打ちと共に振り払って戦闘態勢。その敵意みなぎる様子に、「彼」の片眉がぴくりと跳ねた。

 

 

(やはり壊されたグッズの力が全滅しているのは面倒だね。腹立たしいなぁ、まったく)

 

「……最初っからバレてたのかよ、クソが」

 

「ん? ああ、この大淫魔。尻を追うだけでなく、追われる方も経験豊富なのだよ」

 

 

「彼」はおちゃらけるように手を広げ、動きに合わせてアフロも揺れる。

 

しかししおりは油断せず、既に装着していた霊具に霊力を回す。

履き古したスニーカーに取り付けた、三角形の木製靴底アタッチメント。漆の塗られたそれの隙間から、しおりの霊力混じりの風がこうと強く吹き抜けた。

 

 

「……身近のがアレだったから、一応、念の為に聞いといてやるがよ。てめぇ何のためにこの街に来た。目的次第じゃ蹴り飛ばすの止めてやる」

 

「おや、優しいね。うーん、まぁ……ちょっとした探しものさ。君、一年前のストップウォッチと聞いて心当たりは無いかい?」

 

「はぁ?」

 

「ああいや、いいよ。今ので分かった」

 

 

怪訝な表情を浮かべるしおりに「彼」はひらひらと手を振って、その指先から影の塊としか表現できない何かを撒き散らす。

それらは「彼」の周囲に落ちるとたちまち体積を増し、無数の異形と姿を変えた。

 

それは小さい背丈に緑の肌をした、一部界隈で有名なモンスター――ゴブリン達だ。

 

 

「ギッ、ギギッ……!」

 

「そら、南蛮天狗だ。弱そうだろう? 存分に慢心しておくれ」

 

「……これも一応、何のつもりか聞いてやる」

 

「はは、何分使えるシチュエーションが少なくなってしまってね――ま、行きたまえ」

 

 

「彼」の号令にゴブリン達は雄叫びを上げ、しおりへと群がった。

そのどれもが股間をいきりたたせており、何を求めているのかは明白だ。

 

 

「んのッ、やっぱ淫魔がよぉ! さっきこういうのは風情がねぇだの言ってたろうが!!」

 

「そうだったかな? ふふ、この大淫魔。放った言葉と精の責任は持った事が無いのだよ」

 

「死ねや屑がッ!!」

 

 

しおりは額に青筋を浮かべ、迫り来るゴブリンの一体を蹴り砕く。

すると霊具である木製の靴底より太鼓の音が鳴り響き、周囲の空気を清浄に揺らした。

 

 

「――《演目・烏帽子折(えぼしおり)》」

 

 

詠唱が乗り、霊力が奔る。

 

踵を打てば拍子木の音。爪先を振れば笛の音。

足先の動き一つで様々な楽器の音色が奏でられ、霊力を織り込んだ音楽としての形を成す。

 

「舞」の一族の象徴の一つである舞台欅を使用した、霊力を流す事で動作する特殊な複合楽器――それがしおりの霊具であった。

 

 

「はっ――!」

 

 

そして足元から流れる音楽に合わせ、しおりの身体がしなやかに、艶やかに跳ね踊る。

そこに定型の振りは無く、しかし確かに舞踊と成って。彼女の輪郭に沿い流れる朱金色の燐光が軌跡を刻み、次々と敵が屠られてゆく。

 

荒々しくも美しい、戦の舞だ。

 

 

「……君、『舞』の一族か。『酒』の酔いどれ共だと思っていたのだが」

 

「悪かったなぁガラ悪くてよぉ! オラ詫びだ受け取れやッ!」

 

「グギッ――!」

 

 

一際大きな太鼓の音と共に、最後に残ったゴブリンが蹴り飛ばされる。

それは寸分たがわず「彼」のアフロ頭目掛けて飛来するが、「彼」は表情を変える事も無く虫でも払うかのように叩き落した。

 

そして足元で呻くゴブリンを躊躇いも無く踏み潰し、つまらなさそうに呟いた。

 

 

「ふぅん……やはり巣穴の用意か、最初に調子に乗ったセリフを言ってくれないと上手く犯せないのか。その辺りの改良は今後の課題だね」

 

「何グチャグチャ言ってんだっつーの!!」

 

「おっと危ない」

 

 

「彼」は間髪入れずに打ち込まれた踵落としをするりと躱すと、お返しとしてその長い脚をしおりの腹に叩き込む。

しかししおりも身を捻ってそれを避け、その勢いで回し蹴りを繰り出し、また避けられ、そして反撃されての繰り返し。

 

霊具の流す音楽も重なり、まるで二人演舞を行っているかのようだった。

 

 

「ああ、良い肉体だ。敏感さ、筋肉の付き方共にパーフェクト。しかもそこまで舞踊を続けられるなんて、相当な鍛錬を積んできたようじゃないか。しゃぶりつくのが愉しみでならないよ」

 

「クソほど不快だから死ね!!!」

 

 

そう叫び振るう烈脚は、一瞬前に繰り出したものよりも数段威力が上がっている。

しおりがその身を躍らせる度、霊能による強化が重ねられているためだ。

 

――幸若舞の受け継ぐ舞踊は、舞い続ける事でその演目の主役に自身の存在を近づける術である。

 

そしてしおりの授かった霊能であり演目、《烏帽子折》の舞にて表現される英傑の名は――後の源義経こと牛若丸。

この日本において知らぬものは無いほどの戦名人だ。

 

一つ足を振り、一つ腰を捻るごとに、少しずつしおりは牛若丸の伝承を纏ってゆく。

それは東西南北を自由自在に駆け回り、刀一つで数多の敵を切り伏せ、天狗の異能を事も無げに扱う超人の力。

 

無論、霊能力者とはいえ只人の身体が容易く扱えるものではない。

しおりも(誘いをかける親戚をぶちのめすために)血の滲むような鍛錬を重ねた末、ようやく限定的に使いこなせるようになった霊能だ。

 

こうしている間にも、重なる強化に身体が悲鳴を上げようとしている。

骨が軋み、肉が引き攣り、徐々に身体に振り回されるようになっている。

 

 

――では、そんな力を涼しい顔でいなし続けるこの淫魔は何だ?

 

 

(――ダメだ! やっぱウチ一人じゃキツイ!!)

 

 

もう何度目かも分からない応酬の後、しおりは一度大きく距離を取る。

着地した片足ががくりと崩れかけるが、対する「彼」は息の一つも乱していない。優雅に衣服の埃を払うその様子に、しおりは大きな舌打ちを鳴らした。

 

 

(くそ、スペック差がありすぎんな。何でか催眠の類使って来ねぇのは助かるが、それでも……)

 

 

このままでは負けるだけだ――そう悟ったしおりは、意識を完全に逃げに切り替える。

元々キツイ一撃を入れて離脱の隙を作り出すのが目的だったが、この調子ではいつまで経っても出来る気がしない。

ただ嬲り殺しにされ……そして「しゃぶりつかれる」だけだろう。

 

 

(しゃーねぇ、追撃上等でケツまくっか……!)

 

 

おそらく引き剥がす事は出来ないだろうが、心白の感知範囲にまで逃げ込めればどうにかなる……かもしれない。

しおりは背後から打たれ続ける覚悟を決め、とある術を組み上げて――

 

 

「――君、逃げようとしているね」

 

「!」

 

 

発動しようとした瞬間、「彼」がそう問いかけた。

 

 

「…………」

 

「図星のようだね。でもすまないなぁ、流石に六家の連中に本格的にバレると面倒な事になるから、逃がしてあげる訳にはいかないんだよ」

 

「……だったら力尽くで止めてみろや。ウチも力尽くで逃げ出すからよ」

 

「ふぅん、そうかい。じゃあ――」

 

 

――そうさせて貰おうかな。

その声は、しおりのすぐ耳元で囁かれていた。

 

 

「っな――かはッ!?」

 

 

振り向けばそこにはアフロを靡かせる「彼」が立ち、しおりの腹部に開いた五指を突き立てていた。

 

ほんの一拍意識が白むが、しかし唇を噛み切り堪え。

反撃に蹴りを放つもやはり当たらず、「彼」は元の位置へと舞い戻る。

 

 

(ちくしょう……全ッ然、動き追えねぇじゃねぇか! 見誤ってんなよボケ……!!)

 

 

遊ばれていたのは分かっていたが、どうやら実力差は予想以上にあるらしい。

焦燥と屈辱が入り混じり、しおりは顔を大きく歪め膝をついた。

 

 

「ふふ、力尽くで、だっけ。笑っちゃうよ、どの口で言っているんだい?」

 

「く、そっ……てめぇの頭の方が笑えんだよっ、アフロ野郎が……ッ!」

 

 

苦し紛れにそう中指を立てれば、「彼」はそれまでの愉快気な様子から一転、不機嫌そうに片眉を上げる。

しかしすぐにそれを収めると、かわいそうなものを見る目をしおりへ向けた。

 

 

「……ま、いいよ。これから君の方がもっとかわいそうな事になる。今の内の生意気くらいは許そうじゃないか」

 

「あぁ……? てめぇ、何言って――」

 

 

――ドクン。

その時、しおりの腹部が脈動した。

 

 

「っ、ぐぁ……!?」

 

 

熱い。まるで焼きごてを押し付けられたかのような激痛が腹部に走る。

 

先程五指を突き立てられた場所だ。

咄嗟に服を捲れば――そこには妙な光を放つ紋様があった。

 

うっすらと割れた腹筋の上に刻まれた、ハートとも子宮とも見える形。

それは毒々しいピンク色に輝きながら、耐え難い、魂が引き剥がされるかのような苦痛をしおりに塗り付けている――。

 

 

「なっ……んだ、これ。てめぇウチに何しやがった……!」

 

「さっき言ったろ? 今は使えるシチュエーションが少なくて困ってるんだ。だからまぁ、色々と試しごとも兼ねて、ね」

 

「何の答えにもなってねっ……うぎ、ぐ、ぁああああ……!!」

 

 

立ち上がろうとすれば紋様が強く輝き、その苦痛を増大させる。

しおりは自然、腹部を抱える姿勢で額を地に擦りつけ、ただ苦しみに耐え続ける外は無く。

 

 

「――人格排泄。知っているかい?」

 

 

その様子を満足げに眺めながら、「彼」は言った。

 

 

「ぁ……は? じん……?」

 

「その名の通りさ。女の子の人格をね、排泄物として固めて身体の外に出してしまうのだよ」

 

 

……こいつは、何を言っている?

言葉の意味が全く分からなかった。しかし「彼」はそんなしおりを置き去りに、スラスラと語り続ける。

 

 

「パターンとしては汚穢化かスライム化に分かれるようだが……スライムで出してディルドとして扱う方が好まれているようだからね、今回はそっちにしてみたんだ」

 

 

……分からない。

 

 

「……おい、待てよ……」

 

「まぁ、まだアプリに変える前の試作段階だったからね。人格だけじゃなく、魂も幾らか排泄されてしまうかもしれないけど、そこはご愛敬だ。とりあえず死んで肉壺の温度が下がらなければいいと割り切ろうじゃないか」

 

 

分からない、分からないままで居たい。

 

 

「待てって……だから、なんの、」

 

「でも廃人になってしまう訳だから。反応が無かったり、理性が飛んで淫乱化しないのを残念に思うユーザーが出るのは分かっている。でもねぇ、そのあたりの調整が難しくてね。ま、それは今後の課題だね」

 

 

本当は既に察している。

だが頭が、心が理解を拒んでいた。

しおりの腹底が鉛のように重くなり、尋常では無い吐き気が昇った。

 

 

「そして肉体の方の扱いだが、安心しておくれ。僕が余すところなく使い尽くしてあげた後、適当なチンピラにでも下げ渡すからね。人格スライムの方もちゃんとディルドとして使用予定だ。喋れないけど意識は保っている筈だから、存分に――」

 

「――だから! 何の話をしてんだよッ!!」

 

 

腹部の激痛を堪え、叫ぶ。

すると「彼」は言葉を止め――それはそれは愉しそうにしおりの紋様を指差し、嗤い、

 

 

 

「――決まっているだろう? 君の末路の話さ」

 

「――――」

 

 

その一言を聞いた瞬間、しおりの意識が遠のいた。

 

ショックを受けた――という訳では無い。実際の現象として、意識が、魂が別の場所へと運ばれようとしていたのだ。

反射的に地面に頭を叩き付け正気を保ったものの、それは変わらず彼女の意識を持って行こうとしている。

 

そう――腸の中。排泄物を固めるための、その場所へ。

 

 

「ぐ……あぁ……ぁぁぁあぁ……!?」

 

「おや、耐えるねぇ。そういう意志の強い子は大好物だ――折るとよく泣くからね」

 

「ぁ、うぐッ!」

 

 

しおりに歩み寄った「彼」がその後頭部を踏みつけ、地に埋める。

地中の石にでも当たったのか、額から暖かいものが流れた。

 

 

「君は今まで、とっても頑張って来たのだろうねぇ。分かるよ。あの爛れた『舞』の連中なのに、処女だもの。自分の意志を、自分そのものを守り通そうと努力して来たんだ」

 

「ぐ、ぁが……うる、せ……」

 

「でも、本当は違うのだよ。君の努力は全部、今この時、僕のためにしていたのさ」

 

「は……が、あぎ、ぃぃぃぃぃぃいいぃぃぃ……!!」

 

 

「彼」の両目が赤く輝き、同時に紋様の光も強まっていく。

これまでの比ではない吸引力で意識が引かれ、いつのまにか下腹部の内側に異物の感覚がある事に気が付いた。

 

大きく、しかし硬くは無い、弾力のある何か。

その正体など、考えるまでも無い。苦痛とは別の理由で、しおりの顔が青く染まった。

 

 

「や……やめろ……! くそ、クソがぁ……ッ!!」

 

「ふふ、今から糞になるのは君なんだがね。この大淫魔にも負けないナイスジョーク」

 

 

そう笑い、「彼」はしおりの頭から足をどけ、爪先でその身体をひっくり返す。

 

最早抵抗する余裕すら無いのだろう。

しおりは身体を丸めただ脂汗を流し、涙に濡れた瞳で「彼」を睨む事しか出来ず。

 

その絶望に塗れた表情に、「彼」はうっとりと息を吐き――そっと、しおりの腹に足を乗せた。

 

 

「……ぁ、あ……ぁぁ……っ」

 

「ありがとう、ここまで成長してくれて。ありがとう、ここまで肉体を鍛えてくれて」

 

 

ゆっくりと、噛み締めるように。

少しずつ、少しずつ、足を沈めていく。

 

ぎゅるぎゅると腹が下る音が鳴り、しおりの意識が腸の中へと潜り込む。

 

 

「ゃ、だ……や……ぃや……ッ!」

 

 

纏っていた意地が剥がされ、ぼろぼろと崩れ去る。

 

分かる。分かってしまうのだ。

己の全てが、魂が。おぞましく、そして忌まわしきものに変質し、別のものとして誕生しようとしている。

それは何一つとして救われない結末で、ある種酷く下劣な転生でもあった。

 

 

「君の積み重ねてきたもの全てで、僕を気持ち良くしておくれ。僕につかの間の快楽を与えるために、君の得たもの全てを台無しにしておくれ」

 

 

しおりの腹の中で、何かが蠢く。

もう、我慢も出来ない。それは「彼」の足裏に押し出される形で彼女のそこへと流れ、そして、

 

 

 

「そうさ、君は――僕の性処理道具(グッズ)になるために、この世に生まれて来たのだよ」

 

 

 

――濁り一つ無い、慈愛に満ちた笑みと共に。

しおりの腹が一層強く押し込まれ、破綻した。

 

 

 

 

 

 

「  ぁ が 」

 

 

……そして、破滅するまでの僅かな間。

しおりの脳裏に幾つもの人の顔が浮かんだ。

 

おそらくは走馬灯のようものだったのだろう。

母親、父親、兄弟姉妹。それは大嫌いな者達から順々に流れ、消えて行き――最後に残った顔が、三つ。

 

 

(……心白)

 

 

家を飛び出したばかりで、荒れに荒れていた頃。たまたま一緒に野良妖魔に出くわし、それ以来つるむようになった彼女。

最初はその適当な性格に酷く苛ついたが、いつのまにか隣に居るのが当たり前の親友になっていた。

 

 

(葛……)

 

 

心白と共に深夜徘徊し、朝まで遊び惚けていた頃。突然、六家の霊能者として相応しい振る舞いをしろと突っかかって来た彼女。

当然何度も喧嘩をし、時には殺し合いの寸前にまで発展したが、気付けば気の置けない親友となっていた。

 

 

(あいてぇなぁ)

 

 

強く強く想ったが、もう叶う事は無いのだろう。

しおりはそれを酷く悲しみながら、最後の一人を見やる。

 

 

(……天成、社……)

 

 

何故こいつが最後に浮かぶ。

そんな疑問が無い訳ではなかったが、最早どうでも良かった。

全てが手遅れになった今、自分でも驚く程素直な気持ちで彼に向かい合えた気がしたのだ。

 

 

(――お前、ほんとにマトモだったのな)

 

 

ぽろり。

零れるように、言葉が落ちた。

 

 

(……あのクソアフロ、終わってたよ。淫魔だったとしても、酷すぎるくらいに)

 

 

しおりでは手も足も出ず、おそらく六家の長達であっても討ち取れるか分からない程に強大な力を持っていた、「彼」。

 

酷く淫蕩で、倫理観も何も無い、救えない男だった。

あれを見た後であれば、社が如何に自分を律していたのかがよく分かる。

 

 

(お前が淫魔としてどんだけヤバいのかはよく分かんねぇけど……めっちゃ我慢頑張ってたってのは、今なら余裕で信じられるわ。もうおっせぇんだけどよ)

 

 

今この瞬間が終われば、しおりは女として……否、人間として終わる。

こんな状況で何を思おうが、意味も価値も無いのだ。

 

 

(……ああ、そうか。ウチと似てたんだな、お前)

 

 

ふと気づく。

 

「舞」の一族の爛れた性質に抗い続けたしおり。

淫魔としての在り方に抗い、耐え続けていた社。

 

思えば、境遇としては似通ったものだ。

今更ながらに至った事実に、苦い後悔だけがせり上がる。

 

 

(クソ……何なんだよぉ……今になって、こんなんばっかか――、っ、ぁぐ)

 

 

不意に腹部に痛みが差し、膝が崩れた。

 

先程と同じ、意識と魂を苛む苦痛。どうやら、この走馬灯ももう終わりらしい。

忘れかけていた恐怖と屈辱が蘇るが――しおりはこれも堪え、意地を張って再び社へ向き直る。

 

 

(……悪かったよ、今まで。ウチは……ここで終わる、けど。でもあいつらは違うからっ……だから、頼む。あのクソアフロ……を……ッ)

 

 

謝っても頼んでも、本人に伝わらない事は分かっていた。

だが最後に何かを遺さなければ、狂ってしまいそうだった。

 

そしてやがては苦痛に耐えきれなくなり、腹を抱えて蹲る。

 

 

(ぁ、ぁ、ぁ、ぁ――)

 

 

意識が消える。魂が千切られ、剥がされる。

 

もう何も考えられず、感じられず。

しおりの意識は狭い場所から捻り出されるように、何処かへと流れ、排泄され――。

 

 

 

『……え? つまり長々語ってたのそれ、お腹痛いって事に帰結する感じ……?』

 

「……………………あ?」

 

 

 

――寸前。素っ頓狂な呟きが響き、しおりの意識がほんの僅かに浮上した。

 

 

 

『え……いや。違う、の? 何か、それっぽい雰囲気だけど……』

 

(は?????)

 

『うわ声低こわ』

 

 

のろのろと再び意識を向ければ、そこにはやはり社の顔があった。

 

……いや、違う。

それは心白や葛のような記憶から切り取ったものでは無い。

おどおど目を彷徨わせ、ウロウロ迷って声を詰まらせている、今ここに生きる彼。

 

 

――走馬灯ではない。本物の天成社が、ここに居る。

 

 

そう悟った瞬間しおりの眼前で光が弾け、魂が勢いよく引っ張り戻された。

 

 

(……は? はぁ!? はあああああああああ!?)

 

『ンヒィ』

 

 

意識が晴れる。

同時に激しい混乱が脳裏を埋め尽くし、苦痛も忘れ社へと詰め寄った。

 

 

(なんッ……!? なっ、何で! おま、お前!! 出て!!)

 

『だだだって、その……お、俺、淫魔だもん。強く呼ばれたらあなたの夢にお邪魔するもん。トト――』

 

(意味分かんねぇんだよ! 呼んでねぇよそんなに強く!!)

 

『でもゲーセンの時は敵意マシマシだったのに、いきなり何か殊勝に呼ばれたら気になるじゃん……』

 

(あん時からかよお前何か変なセリフ聞こえると思ったら!! 薄壁越しってんじゃねんだから――っい、きゅぅぅぅぅぅ……!?)

 

 

何もかもがぐちゃぐちゃのまま怒鳴っている内、またも腹に激痛が走る。

一度引っ張り戻されはしたが、また排泄されかかっているらしい。ギリギリと腹を押さえ、耐え忍ぶ。

 

 

『え、や、あー……やっぱアレじゃん。漏らしそうになってるじゃん。早くトイレに……』

 

(ち、ちげ……じゃねぇ、頼むから葛達、敵っ、知らせて……! おねがい……!)

 

『華宮さん? えでも、それよりトイレ……』

 

(いいからトイレから離れろや!! っあぁぁあ……! ヤバ、ちょっと、出、っ……!!)

 

『うわっ。ど、どうしよ、流石に俺も下痢止める力は……あっ』

 

 

突然の事態に社も動転していたようだったが――しおりをよく見る内に何かに気付いたように声を上げ、顔を顰めた。

 

 

『うげ……何かお腹気持ち悪い事になってんじゃん。どんなゲテモノ拾い食いしたのよ……』

 

(……は、ぁ……?)

 

 

苦しむしおりの返事を聞かず、社は慌てた様子で彼女に駆け寄ると、その腹部をそっと撫でる。

 

先程踏みつけられた時とは違う、確かな優しさが感じられる手つき。

しおりはそれに、どうしてか泣いてしまいそうになり――。

 

 

『――そいっ』

 

 

そんな、気の抜ける声が聞こえた直後。

しおりの意識は、まるで空に勢いよく投げ出されるようにして掻き消えた。

 

 

 

 

 

 

――突然。

踏みつけられるしおりの身体から、白光が一つ飛び出した。

 

 

「っ!」

 

 

「彼」は咄嗟に足をどけ、間一髪にそれを回避。

白光はそのまま陽の落ちた空へと昇って行くが――途中で弧を描くように反転。流れ星のように地上へと落下する。

 

それは明らかに「彼」を狙って落ちており、その端整な顔が不愉快気に歪んだ。

 

 

(……人格排泄の紋が剥がされただって? それも呪い返しと来た。おかしいな、この子にそこまでの力量は無いように見えたのだが……)

 

 

ちらりと未だ倒れたままのしおりを――正確にはその臀部を見る。

つい数瞬前まで人格スライムが排泄される間際であったというのに、そこにそれらしき物体は無い。それどころか意識の覚醒する兆候を見せており、やはり人格排泄が完全に失敗に終わった事が窺えた。

 

 

(……面白くないな)

 

 

自力にせよ、第三者の横槍が入ったにせよ。

大淫魔たる「彼」の術が解かれてしまった事に変わりは無い。

 

「彼」は少なくない苛立ちを持て余しつつ、再び白光に視線を戻した。

 

 

「まぁ……いいか、もう一度愉しめると考えようかな……」

 

 

溜息と共にそう呟く一方、酷く白けた表情となり。

「彼」は白光の迫るタイミングに合わせ、ゴブリンを払いのけた時と同じく無造作に腕を振って、

 

 

――白光に触れた瞬間、腕が跡形もなく消し飛んだ。

 

 

「……は? ――おぅごッ!?」

 

 

それに唖然とした一瞬の隙を突き、白光が「彼」の腹に直撃。身体を激しく吹き飛ばす。

 

幾本もの木が折れ、幾つもの土塊が飛び散って。

やがて山奥にある崖の岩肌に激突し、ようやく勢いが止まった。崩れ落ちる土砂と共に地面に落ち、激しく咳込む。

 

 

「げほっ……ば、馬鹿な……この大淫魔が、こんな――ッぐぅ!?」

 

 

そうしてよろめきながらも立ち上がろうとするも、腹部に激痛が走り膝をつく。

 

 

「……ま、まさか――」

 

 

先程白光を受けた場所だ。

「彼」はすぐさま己の腹を確認し――それを目にして青褪める。

 

そこにあったものは人格排泄の紋様だった。

おそらくしおりに刻んだものが跳ね返されたのだろう。それに関しては予想の範囲内であり、驚きは無かった。

 

……問題なのは、その上から別の紋様が重ね掛けされていた事だ。

 

神社の地図記号によく似た鳥居の形をしたそれが、人格排泄の紋を閉じ込めるように刻み込まれていたのだ。

当然「彼」は引き剥がそうと試みたが、相当に強力な存在が施したものらしい。どれだけ力を流し込もうがピクリともせず、人格排泄の紋を「彼」に押し付け続けていた。

 

 

「この大淫魔でも解けない呪い返しなんて嘘だろう!? まずい、これでは僕が……はぅッ!? ぉほォォォォォォ……!!」

 

 

言っている間にも、腹痛はより大きく、そして激しくなって行く。

 

最早、取り繕う余裕も無くなっていた。

消滅した腕の再生も忘れ、ぼたぼたと脂汗を流しながら必死に紋の解除を試み続け――。

 

 

「――よぉ、随分と苦しそうだなぁ」

 

 

カン、と。

拍子木の打ち鳴らされる音が、響いた。

 

 

「っ! ……や、やぁ。早いお目覚めじゃないか」

 

「どっかのすげぇ奴が優しくお腹さすってくれたもんでなぁ、スッキリしちまってよぉ」

 

 

折れた木々を跨いで現れたのは、凶悪な笑顔を浮かべたしおりであった。

 

重なる舞踊の負担に加え、人格排泄の紋が余程効いていたのか、彼女も相当に疲労した様子ではあった。

しかしその額にはビキビキと青筋が走り、充血した瞳は激怒に揺れて。それに呼応し、朱金の燐光が間欠泉のように立ち昇る。

 

「彼」は無意識の内、半歩だけ足を下げた。

 

 

「ふふ、それは良かッ……たぁ、ぐぉぉ……でもごめんッね、今は君にィッ、か、かかずらっている暇ないッ、からぁッ……ふーっ、ふーっ……見逃して、お゛っ、あげるよ……!」

 

「いやいや、遠慮すんなよ続きやろうぜ――オラァッ!!」

 

「っうおおおおおおおお!?」

 

 

突如として飛び掛かったしおりの踵が、「彼」の腹部目掛けて落とされる。

「彼」は必死に飛び退き、空振った踵が大地を叩いてそのまま割った。太鼓の音と共に、大量の土砂が巻き上がる。

 

 

「何をする!? そんなものがお腹に当たれば、僕は……!!」

 

「人には良くて自分は良くないってぇ!? ざけんじゃねぇ全部ヒリ出してやっから動くんじゃねぇクソボケがッ!!」

 

「く、くそっ、蛮人め……!」

 

 

続けて繰り出される攻撃に、「彼」はプライドを捨てて逃げ出した。

しかし腹部の激痛により上手く身体が動かせず、術の類も使えない。社の紋への干渉以外にリソースを回せば、その瞬間に人格排泄の紋が一気に進行するためだ。

 

――「彼」の人格が、魂が、スライムとなって押し出されてしまう。

 

 

(――そんな馬鹿な話があるか! これは僕の力だぞッ!?)

 

「このっ、待ちやがれクソアフロが!!」

 

 

しおりの蹴りを器用に躱し、「彼」は腰から翼を生やして空へと逃げる。

蝙蝠化はともかく、羽程度であればまだ身体機能の範疇だったようだ。

 

しおりも夜空に溶け行く「彼」を追うべく、先程離脱に使おうとした術を発動し――。

 

 

「――ぐぅッ、な、何だ!?」

 

「!」

 

 

霊力を組み上げる最中、突如として地中より植物の蔓が伸び、「彼」の四肢を拘束した。

そして混乱する「彼」とは逆に、しおりは嬉しそうに顔をほころばせる。

 

 

(葛、来てくれて――いや遠見か! 助かった!!)

 

 

おそらく社が知らせたのだろう。

そうして遠見の術でこちらの状況を把握し、ひとまず遠隔で植物を操り助力したのだ。

 

しおりは心の中で葛に深く感謝しつつ、改めて術を発動させた。

 

 

「――《天狗兵法・小鷹の法》」

 

 

それはかつて牛若丸が扱ったという、小鷹に姿を変え飛行する術である。

 

無論、《烏帽子折》を十分に会得した訳では無いしおりには、全身を変化させる事は不可能だ。

しかし、身体の一部であれば可能ではある。しおりは霊力で覆った両腕を鷹の翼と変えると、大きく羽ばたき宙を舞う。

 

 

「歯ぁ食いしばれ……!!」

 

 

そうして矢の如き速度でもって突貫。

未だ蔓に拘束される「彼」の腹に、その爪先を突き刺した。

 

 

「ごっ……!?」

 

 

太鼓の音。

蔓が千切れ、「彼」の身体が力の限り蹴り上げられる。

 

逃走の隙など与えない。朱金の燐光が軌跡を描いてそれを追いかけ、また腹部を蹴り抜いた。

何度も、何度も、何度も、何度も。追撃は終わらず、二人の身体も天高くへと上昇して行く。

 

 

「がはっ……やめっ、あぉぉぉぉッ、漏れ……出ぇ……ッ!!」

 

「てめぇのために舞ってやってんだ、もっとよく噛み締めろやぁ!」

 

 

太鼓、拍子木、笛。霊具より三つの音が絶え間なく響き、音楽を奏で。

執拗に腹部への攻撃を受け続ける「彼」はあっという間に限界を迎え、そして――。

 

 

 

「――ん゛ッ、ほおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉおおおお……お゛ッ」

 

 

 

ぶりゅ、ぶりゅりゅりゅん――。

……いっそ耳を塞ぎたくなる破滅の音が、「彼」のケツから轟いた。

 

 

「――ったねぇなぁ!!」

 

 

しかし、しおりは僅かに顔を顰めるだけで止まらない。

 

両腕の翼をはためかせ、更に飛行の速度を増して。

白目を剥き、完全に廃人と化した「彼」の身体を打ち続ける。

 

 

(コイツは言った! ウチの努力は今この時、コイツのためのもんだって!!)

 

 

朱金の燐光を纏った脚で、「彼」の残った片腕を蹴り砕く。

意識が喪われた事で霊的防御力も無くなったのか、腕は容易く浄化され、木端微塵の塵と化した。

 

 

(だったらそうしてやろうじゃねぇかよ! ウチの積み重ねてきたもの全部、コイツの積み上げたもんにぶち込んでやる!!)

 

 

そうして広がる塵の一つ一つの裏側に、どれだけの悲劇があった事か。

 

きっと先程のような絶望が無数に繰り広げられ、そのどれもが救えない結末を迎えているのだろう。

そこから逃れられたしおりは、ただ幸運だっただけ。そうでない人々は全て「彼」に穢され、その糧となった。

 

――「彼」という存在は、核から末端に至るまで、誰かの涙で創られている。

 

しおりはその在り方に、心底腹が立っていた。

 

 

「――オラアアアアアアァァァァッ!!」

 

 

脚、腰、腹、胸――「彼」の身体が次々と砕かれ、塵へと還る。

残すはアフロの揺れる頭部のみ。

 

高度は既に、月が大きく見える場所にまで上がっていた。

しおりは残った全ての霊力を朱金の燐光に変え、脚へと注ぎ――あらん限りの力でもって、アフロを月に向かって蹴飛ばした。

 

――ドドン!

 

一際大きく太鼓の音が炸裂し、燐光が渦を巻く。

弾けた肉と鮮血が帯を引いて月へと吸われて行くものの、しかしそこに辿り着く事はなく。

道半ばにて爆散し、ただ細かな塵として夜空の闇へと溶けて消えた。

 

積み重ねた悲しみも、絶望も。全てが無に帰し、台無しとなる。

 

千年を超える時を生きた大淫魔の最期とは、そのような救いのないものだった。

 

 

 

 

 

 

「っしゃラァアア!! ざまみろボケカスがよぉ!!」

 

 

空中。

「彼」を討滅するために霊力体力全てを注ぎ込んだ結果、小鷹の法すら維持できなくなったしおりは、天から地へと真っ逆さまに落ちていた。

 

元居た山は遥か小さく、鮮やかな夜景が見渡す限りどこまでも広がっている。そのような高さだ。

しかししおりは全く怯える様子も無く、「彼」の消えた月に中指を立てて笑っていた。

 

現状が理解できていないという事では無い。

ただ分かっているだけだ。先程葛の蔓が現れた時点で、じきに彼女も駆けつけてくれるという事を。

 

 

「――もー、何笑ってんのさ、こんな状況で」

 

 

ほら、来た。

 

頭から落ちていたしおりの身体が突然白い靄の帯に包まれ、ふわりと受け止められた。

それは綿のように柔らかく固められた、酒精の雲。

見れば少し離れた場所に大きな雲に乗った心白が居り、しおりに呆れと安堵の混じった半眼を向けていた。

 

《酒足の二、呑んだら乗るなと言ったが乗ってからも呑むなよ》。固めた酒精を船として飛行する、「酒」の一族の霊術であった。

 

 

「わりぃな、今すげぇスッキリしててよぉ。助けてくれてサンキュな」

 

「いきなりビックリしたよ。ヤシロちゃんからいきなり『シオちゃんがおトイレ漏れそうなんだ』って来てさー。どれどれって見てみたら、何か大変な事になってるんだもん」

 

「……その勘違いずっと続けるんか、あいつ……」

 

 

愉快な気分に水を差され、しおりの笑顔が渋面に変わる。

心白はそんな彼女を己の隣に運ぶと、神妙な顔をして問いかける。

 

 

「で、何があったの? なんか残り香だけでも分かる程ヤバいの居たっぽいけど」

 

「……その感知能力の十分の一でもウチにありゃな。ま、詳しい事は後で話すよ。今はちょっと疲れちまった」

 

「おっとと」

 

 

今になって心身の疲労がぶり返したのか、しおりはぐったりと心白にもたれかかる。

心白はそれにバランスを崩しかけたものの、酒精の雲で作ったクッションに倒れ込みつつ受け止め、頭を撫でた。その体勢のまま、ゆっくり地上に降下する。

 

 

「んー……何があったか分かんないけどさ、でも凄いね。一人で倒しちゃったんでしょ? ヤバいの」

 

「いや……実質ウチの完敗。一人じゃ手も足も出なくて……葛とか、あと……あー、天成……の、やつの力がなきゃ、どうにもならなかった」

 

「……ふ~ん……?」

 

「……んだよ」

 

 

しおりはどこかニヤついた表情の心白をじっとり睨むも、「べっつにー?」とだけ返り。

 

そこに何かしらの含みがある事は明白ではあったが、さりとて掘り起こす気にもならず。

ただ舌打ちだけを残し、しおりは不機嫌に目を閉じ――こっそりと、腹部の「それ」に指を這わせた。

 

そうして夜空を揺れる雲の中、穏やかな空気がただ流れ。

 

 

「……心白ー」

 

「なーにー」

 

「ウチがうんこ漏らした云々の誤解、解くの手伝ってくれー」

 

「やーだよー」

 

「くそったれー」

 

「自己紹介おっつー」

 

「ころすぞ」

 

 

などなどぐだぐだ話しつつ。

白い雲は明るい月に見守られながら、夜の街へと降りて行くのであった。

 

 

――遠くの空を流れた、青く弾力のある流れ星を見落として。

 

 

 

 

 

 

翌日の放課後。

地域伝承研究会の教室の中に、しおりの姿があった。

 

近くには葛の姿もあり、そわそわと落ち着きの無いしおりを微笑ましげに眺めている。

どことなく浮ついた、何とも微妙な空気。それに耐え切れなくなったのか、しおりはちらと葛を見た。

 

 

「……なぁ。来っかな、あいつ」

 

「天成くんですか? 来てくれると思いますけど」

 

 

不安げなその言葉に、当然のように葛は返す。

 

そう、今日この日、この地域伝承研究会の教室に初めて社が招かれている。

葛と心白がそれを望む中だった一人反対していた会員が、くるりと掌を返したためだ。

無論、しおりの事である。

 

 

「それに、呼びに行ったのが心白ですから。あの子なら、例え天成くんが逃げようとしても絶対捕まえてくるでしょうしね」

 

「ああ、まぁ、そうだよな……あぁ~……」

 

 

しおりはぐったりと机に突っ伏し、細長い声を上げる。

来てほしいような、来てほしく無いような。そんな葛藤すら感じられる声音だ。

 

うだうだと意気地の消えた彼女の様子に、葛は困ったように眉尻を下げた。

 

 

「……もう、しおりが言い出した事でしょう? あなたもそのために放課後にだけ学校に来たのでしょうに……授業を全部サボって」

 

「ちくちく言うなや……サボってたんじゃなくて、昨日の今日で疲労困憊だっただけだっつの……」

 

 

もごもごと言い返すが、否定はしない。

今日という日を指定して社を招こうと提案したのは、葛の言う通りしおり本人だった。

 

単純に、社の事を信じられるようになったから……という理由は勿論ある。

しかしそれ以上に、今までの事にケジメを付けるためだった。

 

 

「まぁ、あなたの気持ちも分からなくはありません。初対面時からこちら、少々目に余るところもありましたから」

 

「ぐ……わ、悪かったよ」

 

「これから来る彼にそれを言えるよう、頑張りましょうね」

 

「……はい……」

 

 

ぴしゃりと言われ、しおりはガックリと項垂れた。

 

 

――今日、しおりが社を呼んだ一番の理由は、感謝と謝罪を伝えるためだ。

 

人としての尊厳を助けられた、昨夜の一件。

そして暴力だの疑惑だのとやらかした、これまでのアレソレ。

諸々含め一度社としっかりと向き合い、頭を下げなければならないと決断したのだ

 

であれば事は早い方が良いと、昨日の時点で葛と心白に相談し、こうして場を整えた。

……のだが、いざ本番となった今になって、どうにも気後れしてしまう。

冷静になって振り返った自分の行動は、それほどにアレであったからして。

 

 

(でも、頑張んねぇとなぁ……)

 

 

そっと衣服の隙間に指を差し入れ、「それ」を撫でる。

 

そこは昨夜、アフロの淫魔に人格排泄の紋様を刻まれた場所だ。

当然、もうその姿は無いが――今は代わりに別の紋様が刻まれている。

 

神社の地図記号によく似た、鳥居の形をしたそれ。

あの走馬灯の世界で、社に刻まれたと思しき紋様だ。

 

人格排泄の紋様を解除した際、力を入れ過ぎたか何かしたのだろう。

おそらく社本人すら気付いていない、はぐれ紋である。

 

 

(……うし)

 

 

これに触れると、不思議と心が温かくなる。

 

人格排泄の危機から脱した後、アフロの淫魔を追えたのもこれがあったからだ。

何があってもまた守ってくれるような気がして、だからこそ行動出来た。至りかけた絶望の恐怖に負けず、前を向いて怒り狂う事が出来た。

 

今回もそうだ。指先を這わせるだけで、萎えかけた心が奮い立つ――。

 

 

(……そういや、これも相談した方が良いんかな)

 

 

ふと思う。

 

社の性格を考えれば、女性にこういった紋様を刻む事は本意では無いだろう。

望めば消してくれるだろうし、むしろ知らせるだけで勝手に消してくるかもしれない。

というか、絶対にそうする筈だ。彼であれば。

 

……………………、

 

 

(…………やめとこ)

 

 

そう決めた。

 

まぁ、別にあって困るものでも無いし? いちいち手を煩わせる必要も無いし?

じゃあ別に残しといてもいいじゃん。ほら、謝ろうってのに新しく迷惑かけたくないじゃん。ねぇ?

 

……などとつらつらと考えつつ、こっそり葛を盗み見る。

 

 

「……? どうしました?」

 

「いや……別に」

 

 

なんとなく顔を逸らし、また紋様を優しく撫でた。

 

 

――と、その時。バタバタとこちらに近づく足音に気が付いた。

 

 

「あ、来たようですね」

 

「!」

 

 

葛の表情が綻び、しおりの身が硬くなる。

 

 

(……許してくれるかな)

 

 

社にしてみれば、幸若舞しおりとは初対面時に暴力を振るわれ、顔を合わせる度に喧嘩を売られ、身に覚えのない疑惑を延々擦って来る上にうんこを漏らしかけた女である。泣きそう。

果たして一度謝っただけ受け入れてくれるかどうか。

 

 

(――いや、ダメだったとしても、ちゃんとしなきゃな)

 

 

……そうだ。

受け入れてくれるかどうかは関係なく、ちゃんとする。

そのために今日、己は社と会うのである。紋様の温かさを感じながら、そう思い出す。

 

 

(えっと、じゃあまず謝る……いや礼の方だったか? あ、あれ、どっちから行くつもりだったっけ)

 

 

とはいえ、勇気と緊張はまた別のもの。

足音が大きくなるごとに頭の中がこんがらがり、訳が分からなくなっていく。

 

そうして挙動不審となったしおりを葛が呆れた目で見る中、勢いよく教室の扉が開かれる。

 

最初に現れたのは、楽しそうな笑みを浮かべた心白の姿。

そしてそれに手を引かれ、戸惑った顔の社が教室へと足を踏み入れた。

 

そんな彼を見た瞬間、しおりは思わず声をかけていた。

 

 

「なぁ! あま、天成! ウチなっ――」

 

 

頭の中は纏まらず、何をいうべきかもあやふやだ。

だが、それでも伝えなければいけない事は心にある。

 

しおりは初めて感じる熱に浮かされながら、勇気をもってその一歩を踏み出した――。

 

 

 




今回は色々オリジナル強めでお送りしました。ご了承ください。

次話の掲示板回で本作は一旦終了となりますが、ひっでぇ回になる予定なので、何かいい感じに締まった今回こそが実質的な最終回にしても大丈夫です。
具体的には、次話投稿後、本作にボーイズラブのタグを付けます。そういう事です。

早めの注意喚起ですが、突然ポップ催眠おじさんの二の舞になってはいけないから……。


『幸若舞しおり』
家庭環境が物凄く複雑な女の子。喧嘩では頭に血が上りつつも冷静な判断が下せるタイプ。
舞を踊る事で自身の能力を英傑に近づけるという霊能を持つ。幸若舞家に伝わる舞踊《烏帽子折》とは牛若丸の武勇伝を語るものであり、それを舞う事で伝承における牛若丸の能力を行使する。
中学二年生までは「舞」の一族として暮らしていたが、性におおらかな気風に耐え切れず出奔。不良街道まっしぐRUN。
奉納六家全体で上位三十名に入る程の実力はあるのだが、遠見の術などが使えず戦闘しか出来ない事や、精神的な未熟さ故に評価はあまり高くない。
とはいえ爛れ気味な「舞」の一族の中ではかなりまともな方なので、他の六家からは上の方に行って「舞」の家を正してくれないかなぁと期待はされているようだ。
絆されつつも頑張って社を嫌っていたが、今回の一件で和解。絶賛反省中。
社の紋をこっそりと腹に隠しており、何だか名前を書かれたみてぇだと時々変な気分になるらしい。
これからは葛と心白に加え社とも仲良く絡み、色々なブレーキ役になると思われる。色々な。


『天成社』
家庭どころか生まれ方自体が複雑な男。喧嘩は息を潜めてやり過ごすタイプ。
夢魔としての能力も保有しており、求められたらその人物の心象世界にホイホイ顔を出す事が出来るようだ。
何か掲示板やりながらヤダヤダやってたら力使いすぎて疲れちゃった。八面六臂の大活躍してたっぽいよ、わかんないけど。
走馬灯の世界から弾き出されてすぐ葛と心白に「幸若舞さんがトイレ漏れそうになってる!!」と伝えた後、こういうのは男が関わっちゃアレだよな……と思って二人に任せた。
結果として二人が社に助けを求める間もなく終わったため、後から事情を知ってひっくり返り、しおりに渡そうと用意していた正露丸を全部零したそうな。
しおりの事は正直苦手に思ってたけど、今回の一件で和解。うっかり刻んじゃった社マークについては、その時が来るまで気づかないと思われる。
これから何のかんのあっても、流されるだけ流されていく事でしょう。だめだこいつは。


『華宮葛』
家庭環境は良好だが霊能的にちょっと複雑な女の子。喧嘩では正々堂々実力比べをするタイプ。
社には割とダダ甘。スイカズラを求められる度、大喜びでドサドサ渡しているようだ。
社が裏でやってた事については知らなかったが、社を信じ切っているため疑う事も無かった。
走馬灯の世界から帰還した社から「幸若舞さんがトイレ漏れそうになってる!!」と連絡があり、大慌てで電話したが繋がらなかったので遠見の術を発動。事態を正確に把握し、しおり達の一番近くに配置していた霊能の植物を使って助力した。
しおりと社の不仲には悩んでいたが、ようやっと和解してくれてホッとしている。
これからは何の気兼ねも無く友達とも社とも触れあえるようになるため、少しずつタガが緩んでいくかもしれない。優等生の精神を信じろ。


『酒視心白』
家庭環境はアルコールさえあれば何も複雑な事はない気楽な女の子。喧嘩はアルコール中毒で潰すタイプ。
しおり曰く、社をからかっているようでその実甘えているらしい。社が裏でやってた事については何となく察しているが、詳しく聞く気は無いようだ。
走馬灯の世界から帰還した社から「幸若舞さんがトイレ漏れそうになってる!!」と連絡があり、おっやったか!とスマホにかけたが繋がらず。「酒」の遠見は時間がかかるので葛に任せている内に事態を把握し、しおりを助けるべく現場へと向かったそうな。
社に頼ろうと電話をかけようともしていたが、その前に事態が収束。空から落ちるしおりを見かけ、大慌てで回収した。
しおりと社の不仲は生暖かい目で眺めており、和解にもウンウンと訳知り顔で頷いていた。
これからも変わらず葛としおりとは仲良し。社にもベタベタするが、そのうちネロネロし始めるかもしれない。謎の水の度数を信じろ。


『彼』
千年を超える時を生きた正真正銘の大淫魔。人間が苦しみながら穢される様にこそ興奮する性癖。
かつて世の中を最悪の形で荒らし回っていたが、自身を生贄にして怪異を討伐する「魂」の家のハニートラップに引っ掛かり、致命的大ダメージを負って隠遁していた。
時間停止グッズやら催眠アプリやら、大量のエログッズを創り出すが、その殆どを社に破壊されてしまった。
残った一部も創造者が斃れたため、術が維持できず自動消滅。ユーザーは一部例外を除き全員が天国から地獄に落ちたようだ。
最終的に人格排泄スライムの術を返された挙句、肉体を完膚なきまでに破壊され消滅したように見えたが……。

・『ゴブリン』
ファンタジー世界観においてよく竿役に抜擢されるモンスター。
世界最強と呼ばれる程の女性相手でも何故か勝利するし、何だったら現代世界観でも出てくる事もある万能竿。
本来であれば巣穴やら慢心やらが無くても関係ないが、本作世界では様式美として無いとダメだったようだ。
ここらへんが今回のアンチ・ヘイトその1です。

・『人格排泄スライム』
その名の通り人格をスライムにして排泄させるシチュエーション。最初考えた人病んでたのかな……。
作品によってはほんとに排泄物だったり液体タイプのスライムだったりするのだが、今回はディルドとしても使える固形タイプを採用。
本来であれば一度かかったら逃れる術はまず存在せず、使用者も小太りのおじさんだったり気持ち悪いタイプの怪人が主であり、断じてイケメンが使うべきものではない。おまけに残った身体の方も理性が飛んだり色々やらかすのだが、本作ではそれも無しとした。
ここらへんが今回のアンチ・ヘイトその2です。



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【New!】転生人格スライムくん(0)のスレッド

ホモネタマシマシです。苦手な人はごめんね。


1:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

ん?

 

2:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

なんだい、これは

 

3:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

思った事が書き込まれているのか?

ふむ、面妖な……

 

4:転生者ってなんですか? ID:PyYsaxZIT

また新人か

と思ったら何だその名前

 

5:転生者ってなんですか? ID:KumAOtoge

これが噂の転スラですか

 

6:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

他のも出てくるのか

転生者? 意味が分からないな

 

7:転生者ってなんですか? ID:DG4UGjoHb

口調スカしててムカつく

 

10:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

転生者が通じない訳無いだろ

転生者になる奴なんてオタクしか居ねぇんだから

 

13:転生者ってなんですか? ID:tFdGcJrBw

そんなナス食わねぇだろの逆みたいな

 

16:転生者ってなんですか? ID:TKPL5fZn1

つかスライムは分かるけど人格って何

人格スライムとか人格排泄しか出て来んぞ

 

19:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

おや、よく分かったね

話が分かりそうなのも居るじゃないか

 

23:転生者ってなんですか? ID:E6w1a4WiJ

意味分かんないキモ単語で通じ合わんでくれるか??

 

25:転生者ってなんですか? ID:fhp2Nm4/4

は? 人格スライムってマジで人格スライム?

転生先になるもんなの

 

26:転生者ってなんですか? ID:JS/67dyPB

知らんけど何かろくでもない事ってのは字面で察する

 

30:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

で、これは何が起こっているんだい?

説明したまえよ君達

 

31:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

なんだこいつ

 

35:転生者ってなんですか? ID:xi+EkCMEK

転生者専用の掲示板だよ

比較的マトモな奴が条件満たしたら魂的にテレパス接続される。

初接続時は自己紹介と操作説明も兼ねて自動スレ立てされる仕様

 

36:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

やはり意味が分からないね。まぁ助けになりそうだから良いが

しかし転生者ねぇ、昔時々湧いてた生まれ変わりと同じ存在という認識でいいのかな

ああいや、そういえばチートがどうとかという作品も幾つか見かけた気もするな。それかい、君ら

 

40:転生者ってなんですか? ID:RjBrOAuCW

多分あってる

あってるんだけどやっぱ何か変だなお前な

 

43:転生者ってなんですか? ID:p8wo2VLaV

人格スライムってほんと何?

担当の神様クトゥルフ系のどなたかだったりした?

 

44:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

忌々しい事に、今の僕は人格と魂をスライム体に固めた物体になっているのさ

少し遊びすぎてしまって……と言いたいが、アレは断じて僕に落ち度は無かった筈だ

だが、神か。不愉快だな。もしかするとあの少女には神の寵愛でもあったという事か?

それならば術を返されるのも分からなくも無いが、しかしそんな気配など

 

46:転生者ってなんですか? ID:xkV50cs5z

悲惨で草

 

48:転生者ってなんですか? ID:JEYVUeOLX

なげーよ三行以上は死刑だろうが

 

49:転生者ってなんですか? ID:tHlQAMlWt

わかる、相性悪いと思考が結構そのまま乗っちゃうんだよな

早く慣れろウジ虫が

 

52:転生者ってなんですか? ID:TJHy19OSL

一行の間に何があったの

 

53:転生者ってなんですか? ID:WOMFfemOt

喋れないタイプの人外転生によくある言葉と思考がごちゃるやつ

 

55:転生者ってなんですか? ID:a4ppJQ6I3

つーかこれスライムくん話聞いてるとちょっと不穏だけど平気なやつ?

女の子に人格排泄やろうとして返り討ちに逢ったとしか読めねぇんだが

 

57:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

恥ずかしながらその通りなのだよ

もうちょっとで可愛い女の子をスライムに出来たんだけど、呪い返しに逢ってしまってね

気付いたらこうして動く事も出来なくなってしまった訳だ。理不尽だよねぇ

 

58:転生者ってなんですか? ID:QZaTbhyoP

は?

 

59:転生者ってなんですか? ID:xvyo+fbAh

ゴミやんけ

 

62:転生者ってなんですか? ID:etHSD60Sz

引くわ

 

64:転生者ってなんですか? ID:oGxAbqpHf

勃起した

 

67:転生者ってなんですか? ID:ArGJHOsCE

自業自得で草

 

71:転生者ってなんですか? ID:0QsxlPZNV

いいなぁ俺もその力欲しい

 

74:転生者ってなんですか? ID:DC7HUpYNu

その女の子が相当ろくでもねぇ奴だったとか

 

75:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

うーん、口は悪いけど芯の通った真っ直ぐな子だったよ

ぽっきり折って滅茶苦茶にしたかったんだけどなぁ、本当に残念でならない

 

78:転生者ってなんですか? ID:ArMqRV5UY

すいませんちょっと擁護できない笑

どこが比較的マトモなんですかねこの人笑

 

81:転生者ってなんですか? ID:6LtjpTp3N

というかそもそも転生者じゃなくね?

普通にウンコになっただけやん

 

82:管理人

流石の俺も人格排泄系転生者とか想定外でーすw

 

83:転生者ってなんですか? ID:zu9hBsm2G

うわ来た

 

86:転生者ってなんですか? ID:mYE1Z6/oE

ひっでぇ字面だよ

 

90:管理人

こいつ人格と一緒に魂も排泄されてっから自分で自分をウンコとして産んだヤベーやつ扱いになってらw

掲示板ちゃんピュアだから脳みそ破壊されてフィルター色々通しちゃったみたいw

 

91:転生者ってなんですか? ID:WdfXq7M4T

あーあ掲示板ちゃんの性癖歪んじゃった

 

94:転生者ってなんですか? ID:oVqjRMG/r

もう終わりだ終わりじゃあなお前ら今まで楽しかったよ

 

97:管理人

ちょっと脳再生ラブラブわからセックスしてくるから待っててなw

メンゴw

 

101:転生者ってなんですか? ID:3OVPhcXTL

掲示板ちゃんメスガキだったも……?

 

103:転生者ってなんですか? ID:YTcEyVUwf

管理人の精液まみれの掲示板なんて使いたくねーんだよ死んでくれやマジで

 

106:転生者ってなんですか? ID:rjaeiSs/7

スライムくんより最悪なんだが

 

107:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

俺は興奮するよ

 

110:転生者ってなんですか? ID:z81x9vfBb

ガチモンこわんい

 

112:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

ああ、成程

確かに試作段階で魂と人格の分離が完全ではなかったからねぇ

これもある種の出産、新たな生と言える。やはり人間の発想力もなかなかやるね

 

116:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

言わねぇよウンコはウンコだ

 

119:転生者ってなんですか? ID:KumAOtoge

人間という種を冒涜するのやめて頂けます?

 

121:転生者ってなんですか? ID:9SRIVbt/U

お前はお前でなんも動じてねぇのが怖すぎるんよ

 

123:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

ふふ、この大淫魔。犯した女と後悔はすぐ放り捨てる事にしているのだよ

 

127:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

お、淫魔なのか

 

130:転生者ってなんですか? ID:PXQPZ6JLZ

最低の事言っとりますけども

 

133:転生者ってなんですか? ID:Z/lq/bcKV

どうすんだよこいつマジで

管理人もBANしてけや役立たずがよ

 

137:転生者ってなんですか? ID:Sqcw38rpx

マトモフィルターってちゃんと機能してたんだなって今心底思ってる

 

141:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

まぁ業腹だし、嘆いてもいるがね

しかしこうして魂が生き延びている以上、復活の目は十二分にある

身体が木端微塵になったのは痛いが、前に負った致命傷ほどじゃあないのだよ

 

142:転生者ってなんですか? ID:TLSE4kS0s

身体死んでて草

人格排泄した後の身体はビッチ化するのが定番ちゃうんか

 

146:転生者ってなんですか? ID:5XZJytyh4

どこの定番なんすかね

 

149:転生者ってなんですか? ID:KinjVTmSy

変な性癖持ちがあぶり出されていく~

ID控えてとずまりすとこ

 

152:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

まぁ復活するまで暫く時間がかかるだろうがね

なんだったら手を差し伸べに来てくれてもいいのだよ?

 

153:転生者ってなんですか? ID:V6SzxeDbn

残念ながら基本俺ら別世界に居るからお前んとこに行けないんすわ

大人しくディルドスライムやってろ

 

157:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

なんだ使えないな……

なら精々暇潰しにでもなりたまえ、ほら舞った舞った

 

158:転生者ってなんですか? ID:Gp1HsdNxp

うーんこの図太さ

 

162:転生者ってなんですか? ID:ecUE2HxiT

態度といいやった事といい本当クソムカつきますわねこのお排泄物

 

166:転生者ってなんですか? ID:25w5lhR1K

取り繕いになる前に汚いお言葉がまろび出ておりますわよお姉さま

 

167:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

てか今そっちどういう状況なん

動く事も出来ないって事は淫魔の力も何も使えないんだろ

何かに潰されたら終わりぞ

 

168:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

なに、落ちた場所が人間のいない山奥だったからね

それも若木の上、葉っぱの奥。隠れ場所としては中々だ

 

169:転生者ってなんですか? ID:/yePxYx77

鳥「ハロー」獣「グーテンモルゲン」

 

172:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

それはむしろ望むところなのさ

何かしらの獣が噛みついてくれれば、僕はその獣の身体を乗っ取る事が出来るからね

 

175:転生者ってなんですか? ID:2fZeoNIxc

そっちのタイプのスライムか

 

178:転生者ってなんですか? ID:rmATESIGg

それディルドとしては欠陥品じゃないかと常々思ってんだけどどうなの

せっかく出しても突っ込んだら戻っちゃうし、自分に突っ込んだら普通に乗っ取られるだろうしディルドとして使い難くね?

 

181:転生者ってなんですか? ID:9iaAQpufT

まぁダンゴムシやらせての恥辱用って側面はあるかもな

 

182:転生者ってなんですか? ID:4QJD4Odoy

変態学術連盟会議やめろ倒錯どもが

 

184:転生者ってなんですか? ID:605fIenIp

ダンゴムシって単語を怖いって思ったのおいら初めて

 

187:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

じゃあそこで復活まで待ってるんか

やっぱ復活後はスライムに出来なかった女の子に復讐する感じ?

 

191:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

そうしたいのは山々なのだが、ちゃんと力を取り戻すには少なくとも百年くらいは必要だろうからね

その時にはもうあの子も居ないだろうさ、残念だよ

 

195:転生者ってなんですか? ID:nmP1+lWD8

女の子が不幸にならないのは良かったけどこんなのが百年後野放しにされる世界があんのか

やだぁ

 

197:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

ああでも、彼女の子孫とかに手を出してみるのは面白そうだ

あの子の性格なら家柄にそぐわない清純な家庭を作るだろうし、もしちょうどいい女の子が居たらもう一度人格排泄チャレンジと行くのも悪くない

 

199:転生者ってなんですか? ID:3yx9ICoYq

悪いわ

 

201:転生者ってなんですか? ID:HF8bJq8O7

外道が過ぎる

 

205:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

待てよ、百年後の好き者がどんなシチュエーションを生み出しているかも気になるな

とりあえずそれを見てから何をするか決めようか

いいね、俄然復活が愉しみになってきたぞ

 

207:転生者ってなんですか? ID:lBxYxkJDp

百年あったらリョナ系にも新概念いっぱい生まれてんだろうな

女の子の子孫かわいそ

 

209:転生者ってなんですか? ID:KumAOtoge

今の内に埋めときませんかこの人

 

213:転生者ってなんですか? ID:Ky8q8VdQU

お客様の中に通りすがりの仮面ライダーの方はいらっしゃいませんかー!

 

214:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

マジで何一つとして懲りてなくて草

 

215:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

だもんでオイラちょっくら行ってくるッピ!!!

 

216:転生者ってなんですか? ID:J84NOIZ2R

ん?

 

220:転生者ってなんですか? ID:AT6Q7wuts

キスケ!? そのバックルは!?

 

222:転生者ってなんですか? ID:asgu4dYi1

テレーン テーン テレーン テレー↑

 

226:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

うん? 何だ?

気配が……ぬおっ!?

 

228:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

 

 

「うわマジでスライムのディルド……アフロて。エこれ尻から? おえー……」

 

 

 

230:転生者ってなんですか? ID:jmxtYuSTj

アフロ?

 

234:転生者ってなんですか? ID:Sa1dRzwSO

なんか始まりましたけども

 

238:転生者ってなんですか? ID:NB1c41N1E

実況?

 

242:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

いつまで経っても陰キャ癖治んねぇなお前

 

244:転生者ってなんですか? ID:tFyo5o95O

雰囲気的にガチで誰かスライムくんのとこ行った?

次元移動とかリアルディケイドやんやべーな

 

248:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

いや単に俺と同じ世界っぽかったからレーダーして見つけた

悪さしないならほっといても良かったけど何かダメそうだったし

 

250:転生者ってなんですか? ID:Y6GAZvjSD

残当

 

254:転生者ってなんですか? ID:PECK/JuP2

誰だってそうする俺だってそうする

 

258:転生者ってなんですか? ID:haOeCDOwt

これも転生者同士のバトルに当たるのかしらん

 

262:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

な、何だこの馬鹿げた力は……!?

淫魔か? だが穢れが一切見当たらない……まるで華のように白く……

だというのにかつての僕、いや、これは、こんな、まさか、それ以上の――

 

263:転生者ってなんですか? ID:dZKpzpE/g

訳:こいつ童貞なのに何でこんな強そうなの

 

264:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

童貞かどうかが強さに何か関係あります??????????????

 

265:転生者ってなんですか? ID:5Nmzc0qSx

必死で草

 

266:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

淫魔だってんなら関係あるんちゃうんか、知らんけど

 

267:転生者ってなんですか? ID:vuNpBI8GJ

強いの?

 

269:転生者ってなんですか? ID:zOfmv0WyE

チート貰った転生者が弱い訳が無いんですよ

慢心しておっ死んでくのも多いけど

 

271:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

スライムくんさっき動けないとか言ってたけど嘘やん

俺の手の中でビッチンビッチン跳ねまくってるぞ

 

275:転生者ってなんですか? ID:8lo1x4DWS

うわウンコ触ってらえんがちょ

 

278:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

……あっ!? 待ちたまえ! この力の質、覚えがあるぞ

そうか君が! 君が僕のグッズ達を破壊したのか! 僕をアフロにしたのか!!

いや、あの紋も君かぁッ!? お、おのれ……おのれおのれおのれッ!!

 

280:転生者ってなんですか? ID:7p2g1y/qC

だからアフロってなんだよ

 

284:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

 

 

「……あー、はいはい成程納得把握マン。お前が元凶だったのな全部なンホホホホ」

 

 

 

285:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

ほぉおおおぉぉぉぉぉ……ッ!!

握るならもっと優しくしたまへぇぇぇ……!!

 

287:転生者ってなんですか? ID:r5tz4QdNS

あっ、成程納得把握マンだ! 誰だよ

 

289:転生者ってなんですか? ID:DUlOCYCo5

めっちゃ因縁匂わすやん

 

293:転生者ってなんですか? ID:KumAOtoge

経緯知ってると笑えますねこれ

 

295:転生者ってなんですか? ID:S0SIushYt

過去スレあんの? リンクはよ

 

296:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

こいつのせいで俺の世界が淫獄屋敷になってたんですね~

友達も酷い目に遭わせてくれたらしいしどうしてくれよっかな

 

298:転生者ってなんですか? ID:P9fBQMruB

トト……いやセーフ

 

302:転生者ってなんですか? ID:DWxM+iviB

殺せば?

 

305:転生者ってなんですか? ID:4KtIKkqfy

物騒で草

 

308:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

俺心にバナージ飼ってるからさ……まぁじゃあお前ら決めて

殺しだった場合罪悪感とか全部押し付けるから>>340

 

311:転生者ってなんですか? ID:P1NqssujY

ヘタレ虫が

 

314:転生者ってなんですか? ID:q4p3o5gVg

淫魔ってクソしかおらんのか?

 

315:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

ふざけるなァァァァ……!!

命を何だと思っているんだ君たちはァァァァァんおおおぉぉぉぉ……!!

 

319:転生者ってなんですか? ID:OLOJ7BmSl

人格排泄やろうとしてたのがなんかゆってる

 

320:転生者ってなんですか? ID:azdK389dL

正直こんだけ元気だと殺すの躊躇うのは分かる

俺も最初はそうだった

 

322:転生者ってなんですか? ID:/KP1fJeYS

隙あらば闇語り

 

326:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

封印処理して回収

 

327:転生者ってなんですか? ID:KumAOtoge

土を深く掘って埋める

 

330:転生者ってなんですか? ID:WTGVb7lOd

自分で使う

 

332:転生者ってなんですか? ID:DWxM+iviB

殺しちゃえ

 

336:転生者ってなんですか? ID:yxx+Sgbc6

相棒マスコット枠に昇格

 

337:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

くれないか

 

339:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

くれないか

 

340:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

くれないか

 

343:転生者ってなんですか? ID:8wDdIPyvj

ガチで取りに来てんのおって草

……草か……?

 

347:転生者ってなんですか? ID:5WMZh+59l

どゆこと?

 

350:転生者ってなんですか? ID:taMxqdHLL

ガチモンこわんい

 

352:転生者ってなんですか? ID:X1BGXW4XI

(♪やらないか)

 

353:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

えっ……

 

354:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

その淫魔ディルド、是非とも俺に譲って欲しい

そういう事だな

 

355:転生者ってなんですか? ID:3CRDHY2/x

ガチモン定期

 

357:転生者ってなんですか? ID:aCTioEYxF

何に使うんですかねぇ

 

360:転生者ってなんですか? ID:fWhKFg4fF

誰だよ知らんわ

 

362:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

前々から淫魔テクだ淫魔ディルドだずっと言ってるけど執念深すぎだろこのガチモン

 

363:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

え……や……でも……

 

365:転生者ってなんですか? ID:hD3gJcumW

なに嫌がってんねん

 

367:転生者ってなんですか? ID:qlyQwUESH

乗っ取り封印さえしとけば普通にマシな案だよな

 

370:転生者ってなんですか? ID:FZvpKe3lI

つか渡すにしても方法あんの

ディケイドじゃなかったんやぞ

 

371:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

淫魔ならば夢渡りのような事も出来るだろう?

俺が淫魔くんの事を強く想うから、それを辿って俺の下にまで来てくれ

 

374:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

 

 

「っ……は、はい……」

 

 

 

375:転生者ってなんですか? ID:0cv3YbeG2

なにときめいとんねん

 

377:転生者ってなんですか? ID:4jyCiBtkY

いや世界の壁を超える程にあなたを想いますって事だぞ

童貞なら揺らぐわ

 

381:転生者ってなんですか? ID:3zPrBXTmM

処女の間違いじゃなく?

 

384:転生者ってなんですか? ID:tUkS/7prs

目的がアダルトグッズ譲渡の時点でそんなピュアな話じゃねぇんすわ

 

387:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

うわほんとに想いすげぇ来た

行けるわ

 

390:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

な、なんだ、僕をどこに連れて行くつもりなんだい!?

やめたまえ、戻れ!! 戻りたまえ!! 何だこの裂け目!?

渡るんじゃあない!! あああああああああああ!!!

 

391:転生者ってなんですか? ID:LsaDKfeO4

めっちゃビビっててわろける

 

394:転生者ってなんですか? ID:u+u2a5dPO

世界間移動なんて俺らでも出来る奴そんな居ないしな

結構なチートじゃん

 

396:転生者ってなんですか? ID:boRxLi6so

超絶無駄遣いしてるけど

 

399:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

 

 

「……あ、どもス。えへ、お、お邪魔します」

 

「君が淫魔くんかい? 待っていたよ」

 

 

 

403:転生者ってなんですか? ID:1HCEHTIP1

ちょいちょい実況されるけどなんなん

 

406:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

言葉二回ぶつぶつ繰り返す陰キャ居るだろ、あれ

 

410:転生者ってなんですか? ID:DvoChvpq/

いたたまれない

 

414:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

可愛い女の子とたくさん会話してっからもうすぐ治るもん

セリフ前の名前だって消えたもん

 

416:転生者ってなんですか? ID:bjhoQHq96

典型的ハーレム主人公かよ

死んでくれ

 

418:転生者ってなんですか? ID:hovoa0QFF

それほんとに会話になってる?

あッス、うッス、あざッスの繰り返しはお話じゃないんだよ?

 

421:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

えっ………………………………………………

 

425:転生者ってなんですか? ID:4DiCgg0YY

 

429:転生者ってなんですか? ID:bjhoQHq96

死んでくれっていうの撤回するわ

ごめんな

 

432:転生者ってなんですか? ID:dcN94OF5e

つらい

 

434:転生者ってなんですか? ID:ipcfR7nO8

ごめんね……俺の話、つまんないよね……ごめんね……

 

436:転生者ってなんですか? ID:fNKpwQ8rk

ダメージ受けてるの沢山おって草

痛てぇや

 

439:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

 

 

「さて、楽しいお喋りもいいが、そろそろそれを受け取ってもいいか? 正直、物凄くムラムラしているんだ」

 

「エッ、あ……はい。さっきも言ったスけど、乗っ取り機能は消しましたんで、安全に使用できると思います……けど……」

 

 

 

441:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

はっ? そんな馬鹿な、は? ぁぁぁああああなあああああ!?

無い! 僕の魂がまた欠けている! いつの間に何も感じなかったのに!!

痛みも無く出来るのなら何故グッズの時にやらな違うまずいこれでは逃げあああああああああああ

 

445:転生者ってなんですか? ID:M+/MBOrfi

はじめの方の余裕どこ行ったん

 

447:転生者ってなんですか? ID:NAQXJz+Uq

先が分かってもあんま同情できないのはやっぱ女の子に人格排泄やったのがな

たぶんこうなる前にも相当やらかしてたろこいつ

 

451:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

君達も狂っていると思わないのか!?

人格のあるものをディルドとして使うなんて!!

哀れだと! かわいそうだと思わないのかい!? ねぇ!!

 

452:転生者ってなんですか? ID:GpXK7v55B

ブーメランなんすわ

 

456:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

とりあえず俺としては罪悪感そんな湧かない

友達の件もあるし、あとグッズでかわいそうな人を生んだ分だけかわいそうになっておくれやす

 

459:転生者ってなんですか? ID:IQG0SHeFv

因果おっほおおおおおおおおン

 

461:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

許さん……! このままでは済ませて堪るものか!!

いつか絶対に舞の子を、君の周りに居る女達を、いいや君自身さえも女に変えて穢し尽くしてあげるからねぇ……!

覚えておきたまえ!! いつか! 必ず! その日はやって来るのだと!!

 

462:転生者ってなんですか? ID:ub+fHPCL8

これだもんな

 

464:転生者ってなんですか? ID:Ld1d5Ywwy

絶対懲りない悪びれない

 

468:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

 

 

「……じゃあ……はい……」

 

「ああ、ありがとう!」

 

「…………」

 

「……どうした? 指を離してくれないか?」

 

 

 

469:転生者ってなんですか? ID:T4EreFKf1

この指を離してしまえば、彼は他の男のものになる――

そう思うと、ディルドを握る指が動かなくなった

彼がそう望んだから

その為にここに来たのだから

何度も、何度も心に言い訳をする

だが、だめだった。どうしても指が離れない

この滑らかで、弾力のあるスライムが彼を潜る……嗚呼、やはり、己でなくても、彼は

……炎。胸の中に、どろりとしたそれが灯った

嫉妬だけでのものではない。己の牡を照らし上げる、情欲の塊だ

奴に、こんなものに奪われるのなら、いっそ

喘ぐ淫魔が目を覚ます。ディルドを掴んだ指が離れ、そのまま彼の腕を引き、そして、

 

470:転生者ってなんですか? ID:mqi9RnuqR

混沌に混沌を重ねるの止めてくれるか???

 

473:転生者ってなんですか? ID:ZdeHeUHW0

流浪の腐の民さん溢れ出てますよ

 

474:転生者ってなんですか? ID:qMFSEqadj

キッッッッッッッッッッツ

 

477:転生者ってなんですか? ID:U8oJprrCN

そうとしか見えなくなっちゃった

 

480:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

とりあえず渡した……

今帰還中……

 

481:転生者ってなんですか? ID:i49ghk07N

上の見てそんだけ……?

 

484:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

この手のレスに何も反応返さねぇの地味に怖いんだよなこいつ

 

487:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

やったぁ、ありがとう淫魔くん

だがやはり惜しい、次は君とも……いや、未練だな

とにかく早速おっぱじめるとしようか

 

489:転生者ってなんですか? ID:605fIenIp

こんなに怖いやったぁおいら見た事ないよ

 

493:転生者ってなんですか? ID:OCB4u40Ns

というかめっちゃ含み持たせてんじゃねーよ

行間にどんなやり取りしたんだお前ら

 

495:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

思ったのとはちょっと違ったが、念願の淫魔の生ディルドだ。太く長く、逞しいぞ

外見は元の淫魔の姿を模しているのだろうか。美しく、いい男の上半身を模っているな

先端がアフロなのは少し気になるが、逆にどこに当たるか予想できなくて楽しみでもある

 

497:転生者ってなんですか? ID:dY+RogXBh

実況いらないでつ

 

498:転生者ってなんですか? ID:6fOxItqwT

一人でやって一人で終われ

 

501:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

そうか?

じゃあそうさせて貰おうか、また後で

 

502:転生者ってなんですか? ID:+G7Rx6lQW

二度と来ないで

 

503:転生者ってなんですか? ID:FFHnnc4sc

もうこのスレ落としていいだろ管理人

疲れちゃったナ……

 

504:新人の人格スライムくんです ID:A-YOcabUs

やめろぉ! 僕に何を塗りたくっている……!?

ローション……いや、か、体が熱い!! これは……媚薬……ッ!?

 

507:転生者ってなんですか? ID:9VlVjAc8c

そういやこいつのスレでしたわ

逃ーげよっと

 

508:転生者ってなんですか? ID:WGujXbnYa

やめて

 

やめて

 

512:管理人

お前、今から腸IN魔!w

 

515:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

は?

 

516:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

はああああああああああああああああああああああああああ!?

 

517:転生者ってなんですか? ID:02acMq/H1

最悪

 

519:転生者ってなんですか? ID:emFTDG5jZ

一番アカンタイミングで一番嫌な名前つけるもの

 

522:転生者ってなんですか? ID:sMiNK61pF

ちね

 

526:管理人

新概念転生者実装記念コテハン!w

今後ありがたく使ってくれよな!w

 

528:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

ふざけるなああああああああああ!!

この僕に! この大IN魔になんて呼び名を違う大淫魔!!!

あああああああああ!!!!

 

529:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

尻があああああああああああああ!!

あああああああああああああああ!!

呑み込まれあああああああああああああああ!!

 

530:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

やわらかいいいいいいいいいいい弾力ッ!!

中に!! 中があああああ!!

んぐぁあああああああああああああああああ!!!!!

 

531:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

蠢いている!! 壁が! うねる、うねる!!!

ほおおおおおおぉっぉぉおおぉぉぉおおおおお!!!!

揉まれぇ! 挟まれぇ!! 絶妙にィ!!! あぁー!!!

 

532:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

ああああ汚穢が纏わり……つかない!? 馬鹿な!

……いやまて! よくみるとこの場所、洗浄されているッ!? 

綺麗な所じゃないか、ここはァ!! 匂いもォ!

 

533:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

ふざぁっぁアッ、ふざけるな! 気を遣っているとでも言いたいのかッ!!

こんな、こんな目に遭わせておいて――、ッ!?

 

534:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

……い、いや……何だ、これは……!?

この感触……僕を貪っているのではない!! むしろ、温かく包んで……!

何なのだ!? 何なのだいこの感覚は!!

 

535:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

与えられている! 抱きしめられている!!

ぬらぬらとしたもので!! 僕は!!

やさし……優しい? 僕は優しさを感じている……!?

 

536:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

……この男、一人で快楽を得ようとしていない……!

ちゃんと僕を受け入れ、僕と共に、果てたいと……?

これは、これは一人遊びなんかじゃない、目合ひ(まぐわい)だ……!

 

537:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

わからない、わからないわからないわからない!

なぜそのような、こんな、こんな僕に

 

538:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

あ、あぁぁぁ……あぁぁぁぁぁぁぁぁぁ……

 

539:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

いや、だからこそ……なのか?

こんな今だから、今だからこそ、わかってしまう

わからせられてしまう……!

 

540:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

ああああ……!

このやわらかさ……この温もり

あ、ああっ……そうか、これが……これが母の、父の……

 

541:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

ああ……そう、だったのだね――

これが輪廻転生、生まれかわり、新たなる生

僕は今、胎内回帰を

 

542:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

無より発生した僕が理解できなかった事

この熱が――この柔らかさが――この安寧こそが――

 

543:腸IN魔 ID:A-YOcabUs

ああ――愛な、

 

544:管理人

思ったより見てらんなかったから切ったわ

 

545:転生者ってなんですか? ID:phGAcI7ap

英断

 

547:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

今世初めてお前に感謝した

あとは死んでくれれば完璧

 

549:転生者ってなんですか? ID:L4goXmDDl

誰ひとり口挟めなくて静まり返ってたもの

 

552:転生者ってなんですか? ID:ReNl/FzgF

管理人から単芝消えるなんて相当よ

 

555:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

感想としては素晴らしいの一言に尽きる

やっぱり淫魔の力なのかな。弾力、フィット感、振動、刺激全てが◎

特にアフロが形状の妙だ。メススイッチを容赦なく押し込んでくれていた

俺も人間動物オモチャ合わせて数々のモノを味わって来たが、ここまでのモノは初めてだった

100/100、逸品だ

 

557:転生者ってなんですか? ID:KumAOtoge

うひょー地獄

 

560:転生者ってなんですか? ID:NNCvo7CVe

レビューもいらんのよ

 

562:転生者ってなんですか? ID:6iKseNsyx

三行以上のため断頭台に送りますね

ほらこの穴に股のそれ通して

 

565:転生者ってなんですか? ID:VXxFTKSOx

頭は頭でも亀の方じゃったか……

 

567:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

 

 

「……っ!!」

 

「きゃあ!? あ、【淫魔】くん……?」

 

「いきなり来て何縋り泣いてんだお前……」

 

「こっちこっちー、ぼくんとこにもおいでー、ほらほら」

 

 

 

569:転生者ってなんですか? ID:XaYCPcYS6

こっちもこっちで何か起きてますけど

 

572:転生者ってなんですか? ID:bjhoQHq96

羨ましい気配を感じるがこの空気の中だと清涼剤になるな

いややっぱならんわ死ね

 

573:転生者ってなんですか? ID:/QiGSIyxd

これNTRでいいんか?

本当にNTRでいいんか? なあ?

 

574:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

ただ一つ困った事があってね

あんまりにもビッチンビッチン跳ねるものだから、俺のも少しびっくりして痙攣してしまってね

率直に言うと中から抜けなくなったんだ、ははは

 

577:転生者ってなんですか? ID:m7k3RuLHK

なにわろ

 

579:転生者ってなんですか? ID:oibxv+EIx

しらね~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 

580:転生者ってなんですか? ID:V2oHKj/VU

ここまで来ると何かスライムくんほんとにかわいそうに思えて来た

 

582:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

つまり、かわいそうなのが抜けないって事だな……!

 

583:転生者ってなんですか? ID:cnat1q8eA

は?

 

586:転生者ってなんですか? ID:UE6WF3mHl

つまんね

 

589:転生者ってなんですか? ID:KumAOtoge

ここまでの流れでよくそんなクソギャグ言えますね尊敬します

 

590:転生者ってなんですか? ID:V2oHKj/VU

俺のレス巻き込むなよゴミが

 

591:転生者ってなんですか? ID:Ziiyta5+B

空気読んでくれっか?

 

593:転生者ってなんですか? ID:c7QxmlBm6

ねぇ皆! >>582くんが面白い事言ってるよ! 聞いてあげようよ!

 

594:転生者ってなんですか? ID:bjhoQHq96

黙って女の胸でベソかいてろクソ虫陰キャが

 

596:転生者ってなんですか? ID:Do-in6666

死ね

 

599:転生者ってなんですか? ID:sMtMteMAn

;;

 

601:転生者ってなんですか? ID:MCqh0sdAF

非難囂々で草

 

602:転生者ってなんですか? ID:gthm801uh

おっ、かわいそうな淫魔くんだ

抜こ

 

603:転生者ってなんですか? ID:MgQNdf/x8

かわいそうなのが抜けないままかわいそうなので抜く……?

 

605:転生者ってなんですか? ID:mpmr2OMCB

暗黒哲学思考実験やめろ

 

607:管理人

はいこのスレ死にまーす

おつかれっしたー

 

608:転生者ってなんですか? ID:P9fBQMruB

穢されたトトロはいなかったな

ヨシ!

 

609:転生者ってなんですか?

 

 

このスレッドは萎えた管理人によって爆殺されました。

何で死んだか次転生するまで考えといてください・・・。

 

 

 

 




おしり。

こんな悪ノリで固めたおバカ作品にここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。少しでも楽しんで頂けたのなら幸いです。
自分的には書いていてとても楽しい作品でしたが、不快に感じた方が居られれば申し訳ありませんでした。いやほんと。

ひとまずここで完結とさせて頂きますが、気が向いたら後日談的な掌編をまた書くかもしれないので、その時は生暖かい目でお願いします。まだ何も考えておりませんが、ただのラブコメにしかならないと思うので……。
反対にもし消えていたら、何か食らったなと察してください。たぶんR18の方に居ます。

それでは重ね重ねありがとうございました。
また次の作品を見かけましたらよろしくお願いします。


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舞のおまけ

その後の日常的なやつその1。
前に掌編がどうたら言ってた気もしますが、たぶん言ってないスね。


『社子ちゃん夜遊びをする』

 

 

その日、幸若舞しおりは暇であった。

 

学校はサボり、補講はぶん投げ。妖魔怪異の討伐任務も無く、葛と心白は実家で何やら用事があるそうな。

正真正銘完全フリー。何も気にせず、一人で好き放題が出来る日であった。学校の教師は激怒しているだろうが。

 

そんな訳で、しおりはその日一日遊び惚けて……と行きたいところであったが、そうはならず。反対に、丸一日全てを鍛錬に当てる事とした。

 

つい先日に遭遇したアフロの淫魔――葛と心白の調査によれば相当な大物であった可能性が高いようだが、彼に手も足も出なかった事実が彼女の中で尾を引いていたためだ。

 

一応は討伐したとはいえ、天成社の力があってこそのもの。完全に偶然と幸運の産物でしかなく、周囲は勿論しおり自身もそう判断していた。

二度とあんな無様は晒さない。そう決意したしおりは、今までよりも更に力を入れて鍛錬に臨むようになっていたのだ。

 

そうして今日は朝から実家の書室で資料を漁り舞踊への理解を深め、昼は瞑想し霊力を練り上げ、夕方は相変わらずモーションをかけてくる親族共をボコボコにした後、街の行きつけのトレーニングジムで身体を鍛えるという一日を過ごした。

学校をサボった身にしては極めて健全かつ勤勉な一日だったと言えよう。

 

たった一日を捧げた所で大きな変化がある訳では無いが、それでも積み重なっていくものはある。

しおりもこの一日にごく僅かな、それでいて確かな手応えを感じながら、充足感と共に今日という日を締めようとして――面倒事に出くわしたのは、その一歩手前の事だった。

 

 

「――それで、どうかな。これから一緒に食事でも……」

 

(勘弁してくれーい)

 

 

ジムでのトレーニングを終え、汗を流して退館したその直後。一人の男がしおりを呼び止め、食事の誘いをかけたのだ。

 

先程まで共にジムでトレーニングをしていた男の一人だ。

顔見知りという訳では無かったが、ジムに通う最中何度か顔を合わせた事があった。

 

とりわけ会話をした事も無く、しおりとしては特に気に留めた事も無い相手だったが……どうやら、男にとってはそうではなかったようだ。

熱心に己を口説く彼の様子に、しおりはこっそりと溜息を吐いた。

 

 

(あー……悪い奴じゃないっぽいんだけどなぁ……)

 

 

しおりも容姿柄この手のナンパは慣れており、また親族の関係でそういった感情にも敏感だ。

その目利きによれば、目の前の男は下心こそ感じるものの、親族の連中や裏路地のチンピラ共と比べればまだマシな人間と見えた。

 

とはいえ、誘いに乗るかどうかはまた別の話である。

しおりは無意識の内に腹部に手を当てながら、脳内のナンパ断り文句リストからこの場に適したものを浮かべ――。

 

 

「まぁ突然で驚いたかもしれないけど、もっと君となか……よ、く……、……」

 

「……?」

 

「……ああ、でもやっぱりいきなりは困るよね。今日はとりあえず自己紹介って事でさ、食事は次回以降に会った時に考えてくれると嬉しいんだけど……どう?」

 

「は? お、おう……?」

 

 

しかしそれを口に出す前に、男の方から身を引いた。

 

視線に含まれていた下心も綺麗さっぱり失われ、ただの友愛を湛えた綺麗な瞳となっている。

その唐突な変わりように困惑している内に、男は軽い自己紹介を残すとしおりに背を向けジムの中へと帰って行った。

 

 

(これ何か逆にウチがフラれた感じになってね……?)

 

 

熱心に口説かれていたのが嘘のよう。

ぽつんとしおり一人が残される中、ひゅるりと虚しい風が吹き抜ける。

 

 

「……いや待て、おかしいなこりゃ」

 

 

しかししおりはすぐ我に返ると、咄嗟に周囲を警戒する。

 

男の様子は明らかに異常なものだった。

ひょっとすると妖魔か何かに精神に作用する術を使われた可能性もあり、しおりはポケットのスマホを握りつつ怪しい気配が無いかを探り、

 

 

「…………」

 

(あいつか)

 

 

見つけた。

少し離れた電柱の裏。街の光から隠れるようにそこに潜み、ひっそりとしおりの様子を窺う人影があった。

 

それは遠目からでもはっきりと分かる、とても美しい少女であった。

しおりと同年代ほどであろうか。艶やかに煌めく長い御髪に、あどけなさと妖艶さの混在する甘い顔立ち。美少女など鏡と友人で見慣れている筈のしおりも、ほんの数瞬見惚れてしまう程の美貌――。

 

……だがそれも、今この状況では警戒を引き上げる要素にすぎない。しおりはつい最近、美貌のアフロによって痛い目を見ているのだ。

決して油断しないまま、しおりはじっくりと少女を観察し――やがて完全に彼女の姿を認めると、思い切り目を丸くした。

 

 

「……え? いや、お前――……あ、天成?」

 

「え、えぇ……? 何で分かんのコワ……」

 

 

――そうして電柱の影よりおずおずと現れた彼女は、確かに天成社であった。

 

 

否、外見的にはまるで違う。

容姿、体つき、声、性別。何もかもがよく知る彼とは別物である。

だがしおりの腹部に宿る社の紋が、目の前の少女を彼であると示すのだ。それこそ、疑いようの無い程に。

 

そしてそんな目に映る情報と認識の差異に、しおりの脳は瞬時にバグった。

 

 

「は? はあぁ!? なっ、おま、おんっ、え? なあああああああああ!?」

 

「あいや、分かる、分かるよ言いたい事は。でもほら、俺、淫魔だもん。TSもやったらいけたっていうか、」

 

「ティーエスが何か分かんねぇしよしんば女体化って意味だったとしてガチでなってる事実に慄いてんだよこっちはッ!!」

 

 

言動こそ社そのものだが、それですんなり納得できる訳も無く。

しおりは乱暴に髪を掻き毟りつつ、改めて社子ちゃん(仮)を見る。

 

見れば見る程美少女だ。そこにはやはり男の社の面影は無く――否、よくよく見れば顔立ちに若干の雰囲気を残した部分が無くも無い。

自信なさげに震える目元と口の端。

しおりはそこに元の社の姿を強引に見出し、ひとまず無理矢理飲み下す事にした。

 

 

「天成だ。こいつは天成……天成……うん、お前は天成だな。そうだな? ほんとか? そうなんだよ、いいな? おう、わかった。よし」

 

「一人で会話してんのこっわ」

 

「ぶちのめすぞテメ……あぁクソ。とりあえずアレだ、まず最初に、さっきあの男に何かやったのお前で合ってんだよな?」

 

「え? あ、あぁうん。何か迷惑そうな感じだったから……」

 

 

未だ動揺は残っていたが、だからこそ一つずつ処理していく事と決め。

まず発端である先の男の一件を問いかければ、社子ちゃん(仮)は気まずげな様子で頷いた。

 

 

「街ぶらぶらしてたら、何か困ってるっぽいの見えてさ……余計かなとは思ったけど……」

 

「あーいや、それに関しては正直ありがたかったわ。てかお前こそ良かったのかよ。淫魔の力使いたくねーんじゃなかったのか」

 

「や、別にだって洗脳とかじゃなくて、単にあの人の性欲ゲージ的なの下げただけだし……」

 

「……それで引き下がったならモロそういう事じゃねぇか。あんにゃろ」

 

 

あの男との食事なんぞ絶対に行かん。

疼く青筋を親指でぐりぐり潰しつつ、本題に移行する。

 

 

「で……そもそもお前は何してたんだ。その、女になって夜の街を徘徊とか……いやマジで何してんだ……?」

 

「あー、うーん、そのー……」

 

 

社子ちゃん(仮)は言い難そうに口籠るも、誤魔化し切れるものでないとも分かっているのだろう。やがて気まずげに目を逸らしつつ、ぽつぽつと呟き始めた。

 

 

「……今日みたいな、穏やかな夜。ふと思い出す人がいるんだ」

 

「あ? ああ」

 

「なんやかんやあって、合わないってなった人なんだけどさ……でも、今も色々と考えちゃうんだよね。『いや、未練だな』ってやつ?」

 

「知らんが」

 

「何がダメだったんだろうとか、もっと合わせられたんじゃないかとか。ぐるぐるしちゃう時が割とあって……今日はそんな日。で、夜散歩」

 

「……いやぁ? それでなんで女……」

 

「まぁ、女の子の気持ちも分かった方が良かったのかなってさ。メススイッチとか、俺には分からなかったから……」

 

「メス……? まぁ、つまりあれか。誰かを理解したくて試しに女になってみたと。正気か?」

 

「えぇ……だ、だって出来るっぽかったらやってみるでしょ実際」

 

「しねーよ。で、あー、あの……その相手って元カノとか……か?」

 

「いや違うけど……前世から居た事無いよ彼女なんて」

 

「だ、だよなゾンビだったんだもんな! そりゃ――」

 

「どっちかといえば元カ……違うか、ダメだった訳だしな……同じ淫魔なのに……くそ、俺のが先に……」

 

「――やめっかこの話!! な!!!」

 

 

これ以上深掘りするとガチで妙なモンを発掘する。

それを敏感に察したしおりは強引に話を切り上げ、そして全力で逸らす事にした。

 

見えた気がしたのだ。社子ちゃん(仮)の瞳の奥に、アフロを持った男の影が――。

 

 

「えーと、なんだ。その……あ、それ、それどうしたんだ? その服」

 

「服……?」

 

 

それは苦し紛れの指摘ではあったが、多少気になっていた事でもあった。

 

誰の目にも明らかな美少女である社子ちゃん(仮)であるが、その服装は男物を適当に着込んだ随分と野暮ったいものだった。

男の時の衣服をそのまま流用しているのだろう。サイズもデザインも何一つ合っておらず、本人の美貌との差が悪い意味で際立っている。

 

 

「ああ……いや女物の服とか持ってないしさ。今回のTSも突発的な思い付きだったし」

 

「まぁそうか。ならしゃーねぇのかもしれんが……」

 

 

ふと言葉を切り、じっと社子ちゃん(仮)の胸部を見る。

大きすぎず、小さすぎもしない、形のいい膨らみ。流石にそこを注視されれば社子ちゃん(仮)も羞恥を覚える様で、頬を赤らめその視線を遮った。

 

 

「え、な、なんスか。えっち」

 

「ブリっ子すんなや。いやそれ、下着とか付けてねぇだろ」

 

「そ、そらまぁ……」

 

 

ただの男子高校生であった社が、女性用下着など持っている筈が無い。

それに気が付いたしおりは、小さく唸りながら金髪を掻き、

 

 

「んー……そのティーエス? っての、これからも続けんのか?」

 

「……どうだろ。今日みたいな気分になったら、またやる……かも」

 

 

その返答を聞いた瞬間、しおりは何とも複雑な表情で大きな溜息を吐いた。

 

 

「……ま、恩も借りも溜まってるしな。正直どうかと思うけど、手伝ってやるよ」

 

「エちょ、何をスか」

 

 

しおりは社子ちゃん(仮)の手を取ると、未だ騒がしい街中へと引っ張っていく。

そして突然の事に混乱している社子ちゃん(仮)に振り返ると、やがて見えてきたショッピングモールを指差した。

正確には、そこに入っているレディスファッションの看板を。

 

 

「――形から女に入ったんなら、ちゃんとしてやるって言ってんだ」

 

 

下着の付け方くらいはマスターしようぜ、社子ちゃんよぉ。

そういってニヤリと笑うしおりに、情けない悲鳴が小さく返った。

 

 

 

 

――下着。

 

 

「えぇ……マジで買わなきゃダメ……? つか幸若舞さん的には何も感じんの? 俺が女物の下着とかさぁ……」

 

「こうやって女になれる身体なんだからしゃーねーだろ。これから先、女になったら下着なしで過ごせとか言えねぇよウチ」

 

「うぅ……や、まぁ、じゃ、じゃあ上だけ……下は別にトランクスで良いし……」

 

「良い訳ねーだろ。つか男だからこそ拘んじゃねぇのかこういうの」

 

「んな事言われても自分の身体だってまだ直で見らんないのに……なら参考までに幸若舞さんはどんなの――いやダメだこれセクハラだ男忘れて線引きバグってるそんなつもりじゃないんスごめんほんと二度と顔見せませんさよなら」

 

「あっこら謝るフリして逃げんじゃねぇ! おいコラ!!」

 

 

――服。

 

 

「先に言っとくが、ウチは荒れてた時に雑誌で齧ったギャルコーデしか引き出しが無い。よってお前は必然的にギャルになる。わり」

 

「勘弁してくださいよォ! 陰キャ美少女のギャル化とか地雷近いんスよ俺ぇ!!」

 

「いや自分だろうが。そんな言うなら自分で服選ぶか? ウチはそれでもいいけどよ」

 

「助けて通りすがりのオシャライダー! 助けて華み……、……、……いや酒視さん!」

 

(あとで葛にチクッたろ)

 

 

――靴。

 

 

「ウチは霊能柄ずっと実用性重視のスニーカーだから何も言えねぇ。好きに選べや」

 

「だったら別にいらんて……っていうかホントに良かったの、色々お金払って貰ってさ……」

 

「礼だしな。つかこの前のアフロ討伐したの実質お前なんだから、本当ならその褒賞金とか全部お前のもんなんだぞ」

 

「や、それはちょっと……お腹さすっただけでお金貰えるとか、何か変なプレイみたいだし」

 

「え……そ、そうか? ……いやセーフじゃね? 良いと思うぜハラ撫でるのとか、名前書きくらい……」

 

「いや名前書きて……そんなハンカチとかじゃないんだから……」

 

「ハンカチ……ど、どこで何を拭きたいんだ……?」

 

「何がスか????」

 

 

――お化粧。

 

 

「今だと懐古スタイル人気なんだって? やってみっか、ガングロとかよ」

 

「あれって日サロとかじゃないの……? ていうかお化粧なんて必要ないでしょ俺」

 

「まぁ睫毛やら肌ツヤとかは天然で良いにしろ、口紅くらいは要るだろ。ああそうだ、髪も弄んなきゃな。ウチがやるか、それともどっか店行くか」

 

「それもいいって、ワックスとか付けた事無いしさ……床屋もいつも1000円ちょいのやつだし」

 

「うーわ……」

 

「な、何よ。何でそんな目で見るの。エだって普通でしょそれみんなそうでしょ違うの俺前世からずっとそれで通してき、」

 

 

――で。

 

 

「うし、中々サマにはなったろ」

 

「お、おぉぉ……」

 

 

何だかんだと全ての工程を終え、試着スペースの大鏡前。

そこに映し出された己の姿に、社子ちゃん(真)は思わず目を奪われた。

 

 

「こ、これが俺――いや、あーし!?」

 

「順応はえーなお前」

 

 

ノリノリで一人称すら変えた社子ちゃん(真)の姿は、元の野暮ったい服装から見事なギャル系女子高生となっていた。

 

しおりの趣味かどことなくアウトロー系の雰囲気も入っていたが、それがむしろ社子ちゃん(真)の浮世離れした美貌とマッチしており、独特の魅力を醸し出している。

しおりも相応の手応えを感じているらしく、うんうんと満足げに頷き――しかし突然社子ちゃん(真)が顔を覆ってしゃがみ込み、絞り出すような呻きを上げ始めた。

 

 

「お、おい、どうした?」

 

 

やはり地雷はダメだったか。

そんな慌てた呼びかけに、社子ちゃん(真)は顔を覆ったままフルフルと首を振り、

 

 

「っあ~……疲れたおっさん手玉に取ろうとして絆されてガチ惚れしてェ~……」

 

「秒で拗らせてんじゃねぇよバカタレ」

 

 

ずびし。

うっとりととんでもない事を呟くその頭に、鋭いチョップが突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

そして幾つかの服を買い足した後、ショップの閉店時間を機にその日はそこでお開きとなった。

 

社も何だかんだと愚痴りつつそれなりに満足したらしく、どことなく嬉しそうにペコペコと何度も礼を告げ。

若干複雑な気分になったしおりを他所に、社は服とメイク道具の入った紙袋を手にいそいそと去っていった。

 

 

(……あれ? そういやあいつの住んでるとこ男子寮じゃなかったか?)

 

 

流石に帰宅の際は男の姿に戻るのだろうが……服の隠し場所はどうするつもりなのだろう。

何も言わなかったのなら問題は無いとは思うも、社の事だ。どうにも安心して見ていられない。

 

 

(見つかって騒ぎにとか……いやそれなったらウチのせいか?)

 

 

女装癖があるだのなんだの、彼がまた遠巻きにされるような事態になるのも面白く無い。

なんとなく心配になったしおりだったが、スマホはアフロ淫魔の一件で壊れて以降、連絡先の交換を忘れていた。故にしおりの方から呼び出す事も出来ず、翌日の登校中に彼の姿を探してきょろきょろ歩いた。

 

 

「……おす。なぁ、だいじょぶだったか?」

 

「あ、はよござまス……エ何が?」

 

 

そうして見つけた彼には、特段おかしな様子も沈んだ様子も見当たらず。

どうやら何事も無かったようだと、しおりはようやく安堵の息を吐いた。

 

 

「いや、別れた後お前が寮住みって思い出してさ。女物の服とかヤバくねって……」

 

「あぁ……まぁ俺、一人部屋だから。それに昨日もバレないよう抜け出したし、戻る時もそんな感じだったから全然平気スわ」

 

「そ、そうか? ならいんだけどよ」

 

 

ホッとした様子で笑うしおりに、社も愛想笑いをヘラリと返し。改めて昨夜の礼を口にした。

 

 

「あの……改めて、昨日は女の子教えてくれてありがとね。おかげでまたやる時、もっと深くいけると思う」

 

「……………………、おう」

 

 

一晩置くとやっぱり思う所は多々あったが、如何せん社にとってデリケートな話題のようで触れ辛いのが困りもの。

まぁ、昨夜に止めなかったのだから今更だろう。しおりはモヤモヤしたもの全てを溜息として吐き出し、疲れた顔で苦笑した。

 

 

「……とりあえず、調子乗って変な事すんなよ。深夜にラブホに入ってくお前なんて見たくねぇからな、ウチ」

 

「だ、だから昨日のはちょっと入り過ぎただけだって。夜の街で声かけるなんて無理だよ俺」

 

「ヘタレがよ。……まぁそんなんで良いと思うぜお前は」

 

 

呆れるしおりだったが、パパ活を始める気は無いようでもう一安心。

ならば深くは干渉すまいと決め、それきりその話には触れず軽い雑談へと移行した。

 

 

「……あ、そんじゃ俺こっちだから。また後で」

 

「そん時までウチが学校居りゃな」

 

 

社の所属するC組としおりの所属するE組は、教室のある校舎が渡り廊下を挟んで分かたれている。

当然昇降口も別々にあり、しおりは挨拶もそこそこに小走りで去る社の背を見送った。

 

 

(うし、抜けっか)

 

 

先程の言葉も忘れ、当然のようにそう決めた。

 

登校の主目的である社の様子を確かめた以上、もう学校に用は無い。

しおりは口うるさい教師や葛に見つからない内に抜け出すべく、にこやかに踵を返し、

 

 

「…………」

 

「…………」

 

「――おわっ!?」

 

 

――背後。

少し離れた場所からじっとしおりを見つめる葛と心白の姿に気付き、思わず肩を跳ねさせた。

 

 

「い、居たのかお前ら!? 声かけろやビックリさせんなよ……!」

 

「……んーと……」

 

「あう、あうあう……」

 

「……どした?」

 

 

だが、どうも様子がおかしかった。

心白は形容しがたい表情でそわそわとし、葛は真っ白になった顔でおろおろとする。

 

そんな彼女達にしおりが首を傾げていると、心白がおずおずと一歩前に出た。

 

 

「やー、あのねー。さっきヤシロちゃんと話してたの聞こえちゃったんだけどさー……その――シオちゃん、女の子になっちゃった……?」

 

「あぁ? なに意味分かんねぇ事――」

 

 

そこまで言って、電撃が走った。

 

 

――昨日は女の子教えてくれてありがとね。

 

――おかげでまたやる時、もっと深くいけると思う

 

――深夜にラブホに入ってくお前なんて見たくねぇからな、ウチ。

 

 

「――待て。違うぞ。お前らは何か勘違いをしている」

 

 

しおりの背筋に滝のような冷や汗が流れ、頬が引き攣る。

しかしその態度こそ逆に何かしらの疑惑を深めたらしく、葛ががくりと膝をついた。

 

 

「そ、そんな……あのぽくぽくとした天成くんがチャラチャラと鳴り響くように……!」

 

「楽器の話か?」

 

 

そして心白はそんな彼女の肩を抱きつつ、やはりそわそわしたまましおりを見つめる。

 

 

「あのね、分かってると思うけど。物事は今、とても面倒臭くなろうとしているよ」

 

「分かってんなら落ち着いて話聞いてくれや」

 

「――シオちゃんに許されるのは、たったの一言。たったの一言じゃないと、ぼくらのドキドキとハラハラは暴走を始めてしまうよ」

 

 

なんだこいつ。

そう思ったが、心白も心白なりに混乱しているという事だろうか。

 

 

(いや、でも、どうすりゃ――)

 

 

とはいえ、しおりも次に発する一言が分水嶺であろうとはひしひしと感じていた。

冷や汗の他に脂汗をも流しつつ、必死に脳を働かせ。そして見つけた一言に、ハッと目を見開いた。

 

天啓。即ち、

 

 

 

「――女になったのはウチじゃない、天成だッ――!!」

 

 

 

――その日。

幸若舞しおりは、とっても面倒な事になった。

 

 

 

 




やはりハーメルンの民としてTS要素は入れたかった。

こんな緩い感じのが3話分で終わります。
あくまで後日談のおまけという事で、生暖かく見て頂けると助かります。


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酒のおまけ

その後の日常的なやつその2。ほのぼの。


『ねむねむシンパック』

 

 

 

「――ひぅ」

 

 

午前二時、丑三つ時とも呼ばれる時間帯。

布団の中で眠りについていた酒視心白は、己の悲鳴で目を覚ました。

 

 

「……っ……」

 

 

唐突に覚醒した影響か、視界がぐらぐらと揺れ吐き気が昇った。

しかし心白はそれを堪えて起き上がり、震える手で己の身体を確認する。

 

口、胸元、下腹部、臀部、太腿――そうして全ての部位に何一つ異常がないと確信した後、心白は脱力したように背中から布団に突っ込んだ。

 

 

「あ~……ひっさびさぁ~~~……」

 

 

そうして絞り出すようにそう呻くと、強く強く目を瞑る。

しかしこの夜に眠気は二度と訪れず、心白はまんじりともせず一夜を明かしたのであった。

 

 

 

 

 

 

つい最近まで、心白はとある悪夢に魘されていた。

 

どこかの学校、いつかの屋上。

そこで指先一本動かせない状態となった心白が、黒い人影に好き放題される夢だ。

 

男の形をしたその影は、唇を、胸を、太腿を、身体の至る所を好き勝手に弄り回した後、下腹部にその剛直をねじ込もうとする。

幸いにもそれは未遂に終わり、致命的な事態になる直前で目が覚める。そんな悪夢にほぼ毎日襲われていた。

 

言うまでも無く、時間停止ストップウォッチの一件によるトラウマである。

 

……そして未遂で終わる夢とはいえ、恐怖が無くなる訳では無い。

心白は目覚める度に己の身が純潔のままであるかを確認し、そのまま眠れぬ夜を過ごすという事態が頻発した。

 

他に時間停止能力を持つ者が居たら。もしそれが以前のように己を見初めていたとしたら。

もしかすると、寝ている間に穢されているのではないか――そのような恐怖が常に付きまとうようになっていたのだ。

 

そしてそれに伴ってか悪夢も止まず、心白の精神は少しずつ削られていった。

 

しおりや葛といった親友が出来ても、時間停止という無茶苦茶の前には真に安心は出来ず、警戒を解く事も難しく。またそれを相談して、不安を分かち合う事も憚られ。

そうして飄々とした態度の裏で疲弊し続けていた心白は、己でも気付かぬ内に表情を変える事すら億劫になっていた。

 

――だが、それらは既に過去の事。

 

天成社。

一年越しに彼の存在が明らかとなった事で、心白の恐怖は払拭された。

 

彼女は失われかけていた表情を取り戻し、悪夢もぱったりと見なくなり。

そして当然の如く、社にべったりと甘えつくようになった。

 

彼が居れば、もう警戒し続ける必要など無い――そう、心白はようやく心に安寧を取り戻す事が出来たのだ。

 

――だからこそ。再び見たその悪夢は、彼女にとってこれ以上無い不意打ちであった。

 

 

 

 

 

「うあー……」

 

 

ふらふら、ふらふら。

休日の早朝。まだ人気の無い街中を、おぼつかない足取りの心白が歩く。

 

その表情は酷くしょぼくれたものであり、かつての乏しいそれよりも分かりやすく悲壮であった。

そうしてあてどなく街を彷徨いながら、度々大きな欠伸を落とす。

 

 

(勘弁してよー……もう見ないと思うじゃーん……ずっとスヤスヤできるって思うじゃーん、もぉー……)

 

 

目尻に滲んだ涙を拭って思い出すのは、今朝――というには早すぎるが――に見た悪夢の事だ。

 

かつて幾度となく体験した、心の傷の再演。

社を知った事でもう二度と見る事は無いと思っていたのに、まさか今になって復活するとは思ってもいなかった。

 

それ程に己の傷は根深かったという事だろうか。ままならないなと、大きな溜息をひとつ吐く。

 

 

「んー、ヤシロちゃん……まだ起きてないよねー……」

 

 

スマホから社の番号を呼び出しかけ、思い留まる。

 

画面に表示される現在時刻は、朝六時前。まだ薄暗い早天の刻。

彼の声は恋しかったが、流石に今連絡するのは迷惑が過ぎる。心白は渋々と社の番号から離れ、代わりに幸若舞しおりの番号を呼び出した。『ねみぃうるせぇ』切られた。

 

 

「うぅ……ねんむいのはこっちもなのに……」

 

 

前日に夜更かししていた事もあり、心白の睡眠時間は二時間を切っている。

しおりとの夜遊びで徹夜には慣れているつもりであったが、むしろ下手に睡眠を取ってしまっていた分、夜を明かした肉体がもっかい寝たいと駄々を捏ね始めていた。

 

 

(もうすこし……八時……七時かな、こえたら、ヤシロちゃんも起きてるよねー……)

 

 

眠るのが怖い。もうあの夢を見たくない。以前の日々に戻りたくない。

……でも、彼の声を聞けば。少しでも彼と話す事が出来れば、きっとまた――そんな妄想にも似た希望に縋り、心白は襲い来る眠気に全力で耐えていた。

 

 

(……うーん、でも、あんまり意味なかったかなー、おさんぽ)

 

 

家に居てはまた眠ってしまいそうだったための突発的な行動だったが、一向に眠気は晴れない。

 

苦手なブラックコーヒーを飲み、ミントガムを頬張って。思いつく限りの眠気覚ましを試すものの、重い瞼はそのままだ。

ともすれば信号待ちの間にすら眠りそうになり、心白は己の頬を強めにつねった。

 

 

(あいたたた……徹夜とか全然へーきだった筈なんだけどなー)

 

 

わしももう若くないという事じゃろうか……などとふざけつつ、半ば無理矢理に足を動かす。

大通り、商店街、裏路地、駅前。

早朝である為かどこも人影は少なく、開いている店も殆ど無い。時折通り過ぎる車の音と鳥の声が、妙に大きく木霊する。

 

 

「……へー」

 

 

賑やかな昼のものとも、人工光の輝く夜中のものとも違う、静謐な雰囲気。

そんな見慣れた景色達の別の顔を眺める内、心白も段々と興が乗り始めたようだった。

 

 

(なんだろ、けっこー好きな雰囲気?)

 

 

ふと鼻先を擽る朝露に湿った草葉の香りに、ほんのちょっぴり心が跳ねる。

夜遊び上がりの時は酒精の雲に乗って寝ながら帰っているため、この時間帯の街中をゆっくり眺めた事は無かったが……これはなかなか。

なんというか、健全な小冒険をしている気分。その新鮮さに若干ながら眠気が薄れ、心白の目がごく自然に香りの元を追った。

 

 

(……あ、これカズちゃんが使ってるの見た事あるなー。こんなとこにも生えてんだ)

 

 

よく知る華宮葛の霊能を浮かべ、まるで蜜に誘われる蝶のように手近な植物へ寄っていく。

それは単なる気まぐれでしか無かったが、多少なりとも眠気が紛れるのは確かであった。

 

 

(ヒメジョオン……前、これでっかくして足場にしたねー)

 

 

葛は妖魔を追うために使用していたが、心白はトランポリンにして遊んでいた。

 

 

(おっこりゃツクシ。鳥の妖魔に地面から長いのズドーン! してたなー)

 

 

その妖魔の討伐後、心白はよじよじ登って遊んでいた。

 

 

(こんなところにスイカズラ。カズちゃんの創る蜜にはお世話になっとります)

 

 

葛のスイカズラの蜜は、社のみならず心白達にとっても心身をよく癒す回復薬となる。

これを敢えて社の真横で啜ってみるのが、ここ最近の心白のマイブームである。

 

 

(……オオイヌノフグリ……、…………)

 

 

足早に離れる。

この花を葛がどう使ったのか。心白が語る事は永遠に無いだろう。

 

ともあれ。

 

植物のひとつひとつに記憶を重ね、惰性のままに追いかけ続け。その内、心白はいつの間にやら近所の自然公園を歩いていた。

 

 

一般開放されている、入場無料の大型公園。

これまでは特に用も興味も無く訪れた事は無かったが、イザ歩いてみると緑が深く居心地の良い場所だった。

心白は葛の植物探しを続けつつ、のんびりと早朝の園内を歩いて回る。

 

 

(七時まで……あと十ぷーん)

 

 

そしてそれが中々に良い眠気覚ましと時間潰しになり、気付けばちょうどいい時間帯となっていた。

 

心白は頬を綻ばせながら手近なベンチに腰掛けると、スマホを取り出し社の番号に親指を乗せた。

たったの十分程度であればもう気にしなくていい誤差のような気はしたが、そこはそれ。待ったという体裁が重要なのだ。たぶん。

 

 

(安心出来たら、もーここで寝ちゃおっかなー)

 

 

きょろきょろと辺りを見回せば、ベンチの周りは植え込みに囲まれ、良い塩梅に目隠しがされている。

今の時間帯であれば通りがかる者もほぼ居らず、ゆっくりと眠れる事だろう。

そう思いたった心白は、酒精を吐き出し綿のように柔らかく固め、ベンチの上に広げ敷く。

 

 

「お布団よーし。枕もよーし。あとはヤシロちゃんASMRだけ!」

 

 

準備は万端。

心白は上機嫌で酒精のベッドに寝転がり、スマホに映る社の番号をニコニコ眺め、

 

 

 

 

 

(……あれ?)

 

 

次の瞬間、心白は別の場所に立って居た。

 

どこかの学校、いつかの屋上。

何故か中学校時代の制服を纏った心白は指一本動かせない状態となっており、背後には真っ黒な男の影が立っている――。

 

 

(……ぎゃーっ!? なぁんでぇーーーー!?)

 

 

どうやら、横になった瞬間意識が落ちたらしい。

見たくなかった悪夢の中にあるとすぐに察し、心白は声無き悲鳴を張り上げた。

 

 

 

 

 

 

悪夢を見る時、夢の中の心白はそれを自覚していない。

 

一年前の状況と感情をそのままなぞり、指一本動かせないままにただ怯え、嘆くだけ。

抵抗も何も叶わず、恐怖に跳び起きた後でようやくそれが夢だと知るのだ。今日見た一度目の時のように。

 

……だが、今回においては少し違っていた。

身体を動かせないのはそのままに、意識だけが明瞭にある。一年前の自分では無く、今現在の自分であれている――。

 

 

(明晰夢、ってヤツ……? えっ、なんで? 身構えてたから……?)

 

 

だったらこんな中途半端な状態では無く、自由に抵抗できる状態にして欲しかった。

影男に太腿を撫でまわされながら、心白は心の中で溜息を吐く。

 

 

(……触られてる感触は無いし、触ってる奴も影っていうか……黒塗り? えー、いやー、でも確かにあの時のへんたいの顔ってどんなって言われると……あれー?)

 

 

そうして思考の余裕が生まれると、夢のチープさが気になった。

 

己が苦しんでいた悪夢とは、この程度のものだっただろうか。

朝に見たものは、もっと気持ち悪く、大きな絶望のあるものでは無かっただろうか。

あれほど恐れていた筈なのに、どうにも。

 

 

(最後の悪足掻き、とかだったのかなー……)

 

 

灯滅せんとして光を増す。

蝋燭が燃え尽きる間際に一瞬だけ光を強めるように、癒え切る間際の心の傷が、強く痛みを発したのかもしれない。

 

根拠は無い。だがなんとなく、それが一番しっくりと来た。

 

 

(……でも触られんのやっぱヤダなー! これなー!)

 

 

とはいえ、かつての通り乱暴されかかっている事に変わりは無いのだ。

触られている感触は無いとはいえ影男の動きには嫌悪感が拭えず、固まった表情の下でぴえぴえと泣く。

 

 

(もう夢ってネタバレってんだからさー! 融通利かせてよー!! もー!!)

 

 

そんなこんなと喚く内に片膝裏に腕を通され、持ち上げられ。そうして露わとなったその場所に、黒の剛直が押し当てられた。

 

 

「~~~~ッ!」

 

 

未遂だ。

未遂で終わると分かっている。

分かってはいるのだが、

 

 

(――や、ヤシロちゃーん! たちけてーーーー!!)

 

 

恐慌とまではいかない。

だがヤケクソにはなり、心白は内に浮かぶ安寧の象徴へと泣きついて――

 

 

 

 

 

 

一方その頃。

なんだか早起きをしてしまった天成社は、あてもなく近所の自然公園をぶらついていた。

 

散歩が趣味であったり、自然好きだからという訳では無い。

つい最近まで暇さえあれば腹を満たすための花蜜を求めて徘徊していたため、気を抜くと無意識に自然の多い場所へと足を運んでしまうのだ。

 

十六年の飢餓により、本能に染み付いているのだろう。

今日も「早く起きちゃった」と思った次の瞬間には「蜜探すかー」となっており、気付けばこの場所を歩いていた。

 

……なんだか微妙に惨めな気にならなくもない社であったが、とはいえ部屋に居てもTSくらいしかやる事が無かったのもまた確か。

複雑な気分のままにまぁいっかと割り切り、素直に散歩を楽しむ事にした。

 

もっとも、ゾンビ時代にはよく訪れていた場所だ。特に目新しいものも無いだろうと高をくくっていたのだが――逆に全てが目新しく映っていた。

 

朝日を程よく遮る数多の木々に、気持ちのいいそよ風にさざめく青い枝葉。

改めて見れば道や設備も綺麗に整備されており、歩いていて清々しい気分になってくる。

 

思えば、ゾンビではない時に訪れたのは今日が初めてだったかもしれない。

腹に余裕があればこうまで感じるものが違うのかと、文字通り新鮮な気持ちで園内を楽しんでいた。

 

 

(せっかくだし、おにぎりか何か買って来ればよかったかな)

 

 

そうしていっとう景色の良い広場でそんな事を思いつつ。

社は薄い空をぼんやり眺めながら、どこからか取り出したスイカズラの蜜を吸い、

 

 

――ヤシロちゃーん、たちけてー……!

 

 

「ん?」

 

 

ふと、誰かに呼ばれた。

思わずきょろきょろと周囲を見回すものの、意味は無い。

 

それは現実の声ではなく、魂へと響く呼びかけ。以前のしおりの時と同じ、社を求める心の声だ。

 

 

(……酒視さん?)

 

 

この夢見の能力はしおりの一件で感謝されたと同時にプライバシーが云々と怒られたため、のっぴきならない事情での求めでなければ反応しないよう制限をかけている。

これがガッツリ反応しているという事は、心白は何かしら非常事態に近しい状況に陥っている筈なのだが……。

 

 

(何か……うーん、切羽詰まってはいるんだろうけど……)

 

 

必死ではあれど、どことなく声音が軽いというかなんというか。どうにも判断に困る。

 

とはいえ、放っておく訳にもいかない。

社は吸いかけのスイカズラをしまい、空に人差し指を走らせる。すると空間そのものに一本線が刻まれ、裂け目となった。

 

想いによって繋がる時空の路。社はそれを、一切の躊躇なくこじ開けた。

 

 

 

 

 

 

――ぴり、と。

心白の頭の真横から、何かが破れる音がした。

 

 

(……え?)

 

 

同時に影男の動きが止まり、押し付けられていた剛直も停まる。

反射的に振り向こうとするも、当然頭はぴくりともせず――しかし眼球だけがくるりと回った。

 

 

(え、ちょっと目が動かせた――んぇっ!?)

 

 

続いて目に入った光景に、更に驚く。

 

――先程まで影男の頭部があったその場所に、目を閉じた社の頭が浮いていた。

 

影男の脳天から胸部までを両断する裂け目が走り、徐々に広がるその内側から社の姿が現れていたのだ。

 

 

(や、ヤシロちゃん……ヤシロちゃんっ!)

 

 

ウワサに聞く夢渡りだ。直感する。

 

それはまるで、影男という存在自体が天成社に塗り替わっていくかのよう。

この悪夢そのものが、彼の淫魔としての力に呑み込まれているのだろう。正直気色悪いにも程がある光景だったが――心白は逆に、満面の笑みを浮かべたくなっていた。

 

 

(また、助けてくれたんだ……これ、夢なのに。ほんとじゃないのに……!)

 

 

只の悪夢ごときであっても、己の声に応えてくれた――。

 

心白の心の底から沸き上がるものがあり、未だ動かぬ筈の身体を震わせる。そして抑えきれぬその欠片が目尻に膨らみ、

 

 

(……ん? あ、あれ、ちょっと待ってー……?)

 

 

はたと気付く。

 

今現在、社は影男を乗っ取る形で現れようとしている。

心白の真横にあった影男の頭部はそのまま社のものに置き換わり、身体の部分もまた同様。

 

背中に密着する胸板も。

片膝の裏を持ち上げる腕も。

腰に添えられた腹部も。

その下にあるそれも。

やがては完全に社のものと置き換わる事だろう。

 

…………その下にある、それも?

 

 

(――わぁーーーー!!! ちょタンマタンマタンマーーーーっ!!!)

 

 

それの意味する事を正確に把握し、心白の内面に羞恥の嵐が吹き荒れる。

 

 

(こいつ、このままヤシロちゃんになっちゃったら、アレじゃん! これ、そこ当たってんの、もー、アレ、その、オワー!? や、ヤシロちゃーん!! 起きてよー!!)

 

 

とりあえず心で呼び掛けてみるが、当然ながら社の方に反応は無い。

おそらく、完全にこの夢を乗っ取ってから意識が覚醒するのだろう。そう、悪夢の主たる影男を完全に支配し、存在自体をそっくりそのまま入れ替えた、その後に。

 

――片膝の裏を持ち上げていた腕が、社のそれに換わった。

 

 

(ぴゃー!? まってー! まってー!)

 

 

悪夢の支配が弱まっているのか、若干ながら心白の身体の感覚が戻り始める。

しかし身体は未だろくに動かず、それがまた非常にタチが悪い。

 

――そして胸と腹部が立て続けに換わり、その下方も社のモノに置き換わる。

 

 

(うそ、ちょまっ、あぅ、デッ、すご、カタ、わ、わ――)

 

 

もう影男の部分など足先程しか残っていない。

そうした状況は先程よりも良くなるどころか色々と悪化している筈なのだが、心白に恐怖の類はまるで無く、むしろ――。

 

 

(――あっ)

 

 

と、そこで影男の全てが社となり、悪夢の掌握が完了したようだ。

彼の瞼がぴくりと震え。同時に心白もまた身体の自由を取り戻し――がくんと下に、

 

 

 

 

 

 

「わーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」

 

 

がばちょ。

そこで目を覚ました心白は、絶叫と共に跳ね起きた。

 

その顔は真っ赤に染まり、ぜぇはぁと肩で大きく息をして。

痛い程に脈打つ胸と疼く下腹部を抑え、酒精の布団でもじもじとする。

 

 

(も、もーあの夢見なくなった。絶対これ、二度とあの夢見なくなった……!)

 

 

もし似たようなものを見たとしても、それはきっとこれまでの悪夢ではない。

似ているようで全く別の、なんかこう、多幸感的なアレに満たされたやつである。知らんけど。

 

 

「――ぐえっ!?」

 

「!」

 

 

そうしていると、心白の近くにどちゃりと何かが落下する。

恐る恐ると振り向けば、そこには頭から落ちたらしき社が転がっていた。

 

覚醒直前に心白の夢が終わったために弾き出され、夢渡りに失敗したのだろう。

社の目にはぐるぐると星が回り、心白の目はキョドキョド泳いだ。

 

 

「……え、えっとね。おはよーヤシロちゃん。だいじょーぶ?」

 

「は、はよござまス。平気ス。や、ほんと無駄に頑丈っすわこの身体……っていうかそれ酒視さんの方じゃないの? 何か助け呼んでたっぽいから来たんだけど……」

 

「ほ、ほほほ」

 

 

……どうやら、彼には何も事態を把握されないままに済んだらしい。

ホッとしたような、残念なような。心白はそんな複雑な気持ちを笑って誤魔化しつつ、何事も無かった素振りを装った。いや、実際現実では何も無かったのだが。

 

 

「いやー、少しヤな夢見ちゃってさー。あんま覚えてないけど、もしかしたらヤシロちゃんに助けてーって言ったかも?」

 

「なんだ……いやここで寝てたの? つか酒視さんも来てたのね、この公園……」

 

「朝の散歩っていいよねー、ぼくすきー。まーともかく、何か騒がせちゃってごめんね?」

 

「や、別に、俺もほんと来ただけって感じだし、まぁ……」

 

 

そう言って恐縮する社だったが、ふと怪訝な表情をして腹を抑えた。

そしてポケットから吸いかけのスイカズラを取り出すと、蜜の残量を確認し首を傾げ。

 

 

「あれ……何もしてないのにさっきより腹膨れて、」

 

「――でも来てくれてありがとー! いやー嬉しかったなー!!」

 

「ヒンイ」

 

 

またも真っ赤な顔で大声を上げ、余計な事に気付きかけた社の言葉を遮った。

 

 

「えっと……ほら、夢での事だったし、たぶん何かふわふわしてたでしょ? なのに助けを拾ってくれてさー……ほんとあんがとーって」

 

 

正直、あんな適当な助けで来てくれるとは思っていなかったのだ。

礼と共にそう伝えれば、社は照れくさそうに頬を掻き、少しだけ調子に乗った。

 

 

「そ、そう? ままま、俺もチートの端くれだし? 例え声なくったって、酒視さんピンチならどんなんでも100パー余裕で助けますわ、なんつって」

 

「――、…………」

 

「アッ スンマッセ」

 

 

いつも飄々としている心白の無反応に、社は即座に謝り目を逸らす。

そのまま互いに黙り込み、暫し無言の時が流れ――やがて心白が立ち上がったかと思うと、ぐいぐいと社の服を引っ張った。

 

 

「おいでー、おいでー」

 

「エちょ、何、なんスか……おわッ」

 

 

そうして酒精のベッドへ押し込むと、その上に「そりゃー」とダイブし、寝転がる。

社の鳩尾に心白の顎が突き刺さり、鈍い悲鳴がぐえぇと上がり。彼女は赤らんだ頬でそれを笑う。

 

 

「――寝かしつけてよー。ぼく、初めて酔っ払っちった」

 

 

……強大な力を持つ淫魔、その腹の上。

しかし心白は心底安心しきった顔で、ゆっくりと瞼を閉じきった。

 

 

 

 

 




何も無いので健全です。


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華のおまけ

その後の日常的なやつその3。すてみタックル。


『初心に戻り、名に相応しくある話』

 

 

 

華宮家とは、奉納六家の中でも怪異妖魔の保護に比較的寛容な家である。

 

元々は怪異妖魔の類は決して逃さず、有害無害問わず見敵必殺を信条とする一族ではあった。

しかし最近になって、それによって生まれた被害者の怨念が周囲に被害を齎しているケースが少なくない事が問題視され、一族としての態度の軟化を迫られるようになったのだ。

 

悪辣な怪異妖魔への対応は変わらない。しかし人間に危害を加えない無害なものに関しては、ある程度の監視を置いて保護扱いとするようになった。

当初は一族内でも反発は多かったが、保護した者の殆どが温厚かつ協力的だった事もあり、表面的には一族の協力者の立場として受け入れられていった。

 

淫魔である天成社も、その内の一人という扱いになっている。

 

淫魔としては間違いなく世界最強たる存在である彼だが、その力を殆ど振るわないため力量を正確に看破した者が居らず、脅威が全く表沙汰になっていないためである。

そして本人の(良く言えば)大人しい善性寄りの性格、そして心白による過去の素行調査でも問題が無かった事もあり、ただの友好的な一淫魔としての扱いを受けていた。

 

……だが、先日「舞」の一族の少女が遭遇したという大淫魔の一件により、若干危険視される事となってしまった。

奉納六家の歴史書に刻まれる、最低最悪の大淫魔――そんな存在に呪い返しを成立させられる程の力を持っている事が明らかとなったからだ。

 

それが本当に歴史に残る大淫魔かは定かではない。だってアフロなんて記述無かったんだもの。

しかし遭遇した「舞」の少女もそれなりの実力者であり、そんな彼女が手も足も出なかったと証言する存在だったのも確か。

当然社の力量もちょっぴり正しく認識されるようになり、同時に警戒も強まらざるを得なかった。

 

とはいえ、その時点で社の(正しく言えば)ビビリのヘタレ加減は華宮の中に周知されていた。

何より「舞」の少女を助ける為の行動だったという事で社の排斥を叫ぶ輩は極少数に留まり、これまで通りの観察処分のままとなった――。

 

……と、済めば楽だったのだが、そう都合よくもいかず。

納得のいかない極少数を宥めるため、警戒を多少強める運びとなった。

 

もっとも、それは単なるポーズとしての意味合いが強い。

実際には何もせずとも、それっぽく外面を取り繕うだけで済む話だったのだが――真面目な優等生の華宮葛は、それを額面通りに受け取っていたのである。

 

 

 

 

「ううん……観察……これ以上の……」

 

 

華宮家、葛の自室。

明日に社へ渡す用のスイカズラを創りつつ、葛は悩まし気に唸っていた。

 

 

(……天成くんをもっとよく警戒しろ、なんて。どうしたらいいのかしら……)

 

 

――彼女が頭を悩ませているのは、つい先日に華宮家当主から下された一つの指示が原因だ。

 

天成社という淫魔が変な事をしないよう、キツ目に見張れ――要約すればそのようなもの。

 

正直、全く気は進まなかった。

当主自身はあまり深く考えるなと笑っていたが、命は命。いい加減に投げ出す訳にもいかず、どういう形で指示に従うべきか、葛は小一時間うんうんと唸り続けていた。

 

 

(昔教わったように、霊具を飲ませて生殺与奪を握る……そんな酷い事出来ない。なら監視用の植物を彼の部屋に……でもそんなの絶対嫌がられちゃう……)

 

 

社は断じて犯罪者ではなく、むしろ大恩人である。

彼の不利益になる事、そして嫌われるような事は絶対にしたくはなく、だからこそ悩ましい。

 

 

(い、いっそ天成くんをこの家に住まわせたりとか――まぁ、無理ですよね……)

 

 

残念ながら葛は一人暮らしでは無く実家暮らし。当然、家族全員が淫魔を家に招き入れる事に難色を示すだろう。

創ったスイカズラを溜息と共に紙袋に詰め、項垂れる。

 

社と知り合う前ならいざ知らず、今の葛にとって彼を警戒する事は酷く難しい事なのだ。

 

催眠おじさんからの凌辱から助けられた事もある。しかし何より、彼は葛の霊能の全てを肯定してくれている。

ありがとうと感謝され、必要だと求められ。更には彼自身の命にさえも組み込まれ、大切にされている――。

 

……華宮に生まれながら、華炎を継げなかった葛であったからこそ。

「火葛」ではなく、「葛」であったからこそ救われ、そして救えた。

 

大げさかもしれないが、天成社とは華宮葛という人間が生まれた意味の一つ足り得る存在なのだ。

そんな彼に、どうして謂れなき疑惑を向ける事が出来ようか。

 

 

(本当に、信じている人なのに……)

 

 

心と使命の板挟み。

考えすぎて頭痛すら催してきた気さえして、葛はこめかみを指で抑えつつぐったりと机に突っ伏した。

その際スイカズラの入った紙袋が倒れ、その一輪がすぐ目の前にふわりと落ちる。

 

 

(……これそのものに、監視の役割を持たせる……とか)

 

 

摘まんだスイカズラをくるくると回しつつ、そんな事を考える。

 

社が常に携帯し、毎日欠かさず蜜を摂取しているスイカズラ。

日々手渡しているこれに、葛と視界や感覚を共有する霊術でも付与すれば、彼の動向は余すところなく筒抜けとなるだろう。

 

監視の方法としては、この上なく最適だ。

華を睨む葛の周囲に、淡い燐光がふわりと舞い――しかしすぐに消え失せた。

 

 

「――嫌」

 

 

葛はたった一言そう呟くと、スイカズラをそっと横に置く。

そして据わった目で霊具の栞を取り出すと、八つ当たりのように霊力を注ぎ、とある植物を創り出す。

 

 

(そもそも具体的に何をしろとの指定は無かったのです。なら天成くんに私の霊力の籠ったものの一つでも身につけて貰えば、それで警戒を強めた扱いになるのでは? なりますね? なるのです。ええ)

 

 

屁理屈をこねるように考える葛だが、むしろ華宮の当主が望んでいた対応はそれである。

そしてそれは、これまでの彼女であれば不真面目だと切り捨てていた案でもあった。

 

だが今の彼女に躊躇は無く、黙々と社に渡すべき植物の創造を続けている。

 

……果たしてそれを成長と見るべきか、はたまた汚れたと見るべきか。

先程置かれた一輪のスイカズラが、霊力の燐光に照らされ静かに輝いていた。

 

 

 

 

 

 

「――という訳で、これをどうぞ」

 

 

翌日の学校。昼休みの地域伝承研究会。

呼び出した社に葛が差し出したのは、鮮やかな青をしたヒスイカズラのブローチであった。

 

 

「おお、綺麗……えっと、これをいつも付けてりゃいいの?」

 

「はい。ありったけ霊力を込めましたので、見る者が見れば何かしら勝手に解釈してくれる事でしょう。……実態はどうあれ」

 

 

いつも葛が身につけているヒスイカズラの髪飾りと似たそれには、彼女自身の霊力がふんだんに注ぎ込まれている。

そこに特定の術はなく、ただあるだけの物にすぎない。しかし見る者が見ればその霊力により守護とも首輪とも取れ、色々と言い訳が利くつくりとなっていた。

 

 

「これがあれば、少なくとも私の家の者が難癖をつけてくる事は無いと思います。その、天成くんには内輪の事で迷惑をかけてしまい申し訳ないのですけど……」

 

「や、まぁこれくらいなら全然平気っす。カッコ良いしむしろ得しちゃったよ、ありがとうねこんな良いもの」

 

「天成くん……」

 

「……ギャルより清楚コーデ向きかな……」

 

「天成くん……?」

 

 

ともあれ。

どうにか嫌われる事も無く済んだようで、葛はほっと一息。

ウキウキとブローチを付ける社に目元を緩め、続いて紙袋を差し出した。彼の生命線たる、スイカズラの華である。

 

 

「それと、いつものこれを。今日はお詫びも兼ねて、少し多めに用意しました」

 

「わ、ありがとう。いやもうほんと助かりますわ……でもこれ毎度思うんだけど、大丈夫なの? 華宮さん疲れない?」

 

「ふふ、平気ですよ。むしろいい鍛錬になりますから」

 

 

申し訳なさげに眉を下げる社にふわりと笑い、むんっと力こぶのポーズを取る。

とはいえ、その筋肉は些かほども隆起しない。社はへへへ……と曖昧に笑った。

 

 

「ま、まぁじゃあ、後でありがたく頂きます。学校終わったら吸いながら帰ろ」

 

「それだとお昼の分が抜きになって、またげっそりとしてしまいませんか……? 私も気にしませんから、今ここで吸精して頂いても構いませんよ」

 

 

今現在、この地域伝承研究会の教室には葛と社の二人きり。不良娘二人組はいつものように行方不明中である。

他の目が無いのであれば、葛としては特に目の前での吸精に思うところは無い。それよりも社がまた空腹になってしまうのが気にかかった。

 

彼女のその心配混じりの表情に、社も躊躇はあれど拒否の言葉は出せないまま、静かにそっと目を逸らす。

 

 

「や、前のは健全マンで……一食抜いたくらいじゃそんな……いやまぁ華宮さんが良いなら良いんだけど……」

 

 

そうして何やら小さく零しつつ、紙袋を抱えていそいそと離れた席へ移動する。

葛が気にしないと言っても、彼自身はやはり気になってしまうらしい。そんないじらしい様子に、また微笑みが落ちた。

 

 

(確かにまだ少しは恥ずかしいけれど、そんなに気を遣って貰わなくても良いのに)

 

 

居心地悪げに身を縮こませながらスイカズラに口を付ける社を、葛はほっこりとした気分で眺め――

 

 

「――ひゃうんっ!?」

 

 

不意に。

ある場所を舐め上げるような刺激が襲い、甲高い悲鳴を張り上げた。

 

 

「えっ……な、何? どしたの?」

 

「っ、あ、う、その、今何か……あ、あれっ?」

 

 

しかしすぐにそれは止まり、二度目は起きず。

社が居る手前目視こそ出来なかったが、衣服の上から手を這わせても違和感は無かった。

 

 

「……き、気のせいでした。お騒がせしてごめんなさい……」

 

「そう……? 何も無かったなら良いけど……あーびっくりした」

 

 

そして刺激を感じた場所が場所だけに、素直に話せる訳も無く。

咄嗟の誤魔化しに納得し戻っていた社をよそに、葛は静かに周囲へ警戒を走らせた。

 

 

(あ、天成くんにはああ言ったけど、気のせいなんかじゃない……! さっき、絶対何かが、わ、私の……っ!!)

 

 

自分が何をされたのかなど、察せない訳が無い。

火が出そうな程に顔が赤くなり、しかしすぐに血の気が引いて蒼くなる。

混乱と羞恥、そして恐怖に苛まれ、涙の滲んだ目で必死に原因を探り、

 

 

「――っんぁ、ま、たぁ……っ!」

 

 

同じ場所に、再びの刺激が走る。

警戒し身構えていたために軽く身を跳ねさせるだけで済んだものの、しかし今度は一瞬では終わらない。

その見えない何かはぴたりと張り付いたまま、決して離れようとせず。どれだけ腰をくねらせようが変わらずにそこをねぶり続けるのだ。

 

 

(ふぁ、ぁっ……! ゃあ……んぅ……っ、ど、どこ、からぁ……!?)

 

 

怪異か、妖魔か、それとも催眠おじさんと同種の変態か。

机に身を伏せ、社にだけはバレたくないと必死に声を押し殺し。だがその一方、潤む瞳で彼へと縋り――。

 

 

「――は」

 

 

そして、気付いた。気付いてしまった。

彼の摘まむスイカズラ。その花弁、口元。舌の先――。

 

 

「何か今日、蜜の出が良いなぁ……」

 

 

――社が蜜を啜る舌と、感じる刺激の動きが連動している。

 

それを悟った、その瞬間。

彼の舌先がスイカズラの花弁をなぞり上げ、葛から甘い叫びが上がった。

 

 

「うわっ! ……エどしたの、華宮さ――」

 

「な、何でも無いです……! 大丈夫ですからっ、どうかそっとしておいて……!」

 

「えぇ……? うんまぁ、じゃあ……」

 

「……あっ、ま、違っ、天成くんあのその華、っ~~~~!!」

 

 

すぐに訂正しようとするも、くるりと背を向けた社が吸精を再開する方が早かった。

三度訪れた刺激に悶え、机に額を押し付ける。かりかりと、天板に爪跡を引きずった。

 

 

(な、なんでぇ!? 何で華と、私の、あの、私が……!?)

 

 

社が何かをやったとは考えなかった。

そんな事をする男の子ではないし、あの様子ではそもそも何も気付いてさえいないだろう。淫魔なのに。

 

では何故、こんな事になっている――沸騰しかけた頭で考える中、はたと思い当たった。

 

 

(――昨日、私がスイカズラに施しかけた霊術。あれが、中途半端に発動している……!?)

 

 

昨夜、監視の方法に悩んでいた時。葛はスイカズラの一輪に感覚共有の術を施しかけ、途中で思い留まっていた。

おそらく、社が今手に持っているのがその一輪なのだろう。

 

……通常、霊術の発動を途中で停止すれば効力は発揮しない。

しかし彼の並外れた淫魔としての力が、それを部分的に成立させてしまっている。彼の吸精行為に絡めた暗喩に反応し、華と葛との感覚を共有させてしまっている――。

 

聡明な葛の頭脳が瞬時にそう導き出し、ただでさえ赤かった顔を更に真っ赤に塗り上げた。

 

 

(そ、そんなぁ……!? わたしどうしたらっ、あ、安心はしたけど、でもこんなのっ、余計天成くんに言えな――っあぅぅぅ……!)

 

(何か後ろでやってるけど……机の脚に脛でもぶっつけたのかな、華宮さん)

 

 

素直に背を向けたままの社がスイカズラの蜜を舐め取る度、葛の腰がビクビクと跳ねる。

葛はもうどうにかなってしまいそうだったが、唇を噛んで耐え忍び。震える指で霊具の栞を取り出した。

 

 

(か、解術……術を解けばぁっ、ん、ひぅ……!)

 

 

集中も何もあったものではないが、その程度であれば――。

葛は即座に霊力を込めた栞をくしゃりと握り、社の持つスイカズラへと術の破棄を命ずる。

……しかし、

 

 

「おっと、零れる零れる」

 

「ひっ、あぁぁぁぁ……!?」

 

 

術の解除がされない。

社の持つスイカズラへの干渉が弾かれ、感覚共有を断つ事が全く出来なかった。

 

それも当然。催眠おじさんの完全催眠能力さえも易々と弾く社に対し、それさえ防げなかった葛が干渉出来る筈もないのだ。

故に、ただ顔を覆って刺激の奔流に晒され続ける外はなく。

 

 

(せめて天成くんがっ、花弁を――んぅっ、破ってくれればぁっ、ぁ、っそ、それで終われるのにぃ……! どうしてぇ……っ)

 

 

感覚共有の術とは、少しでも植物に傷がつけば術者との繋がりが途切れるようになっている。幻痛による術者の身体的・精神的異常やショック死を防ぐためだ。

 

だが、社はまるでスイカズラを傷つける様子が無い。

歯を立てず、啄み裂かず。舌と唇でもって、華を優しく愛でている――。

 

 

(――あ、そっ、か)

 

 

瞬間、煮立った頭が自覚した。

 

 

(私、愛でられてるんだ……。わたし、た、大切に、されちゃってる……!)

 

 

己の命を繋ぎ、そして恩人と同じ名を冠する華。それを雑に扱う事など、社の中には発想からして存在していない。

それを察した葛の胸が、温かいもので満たされた。

 

 

「うわ、また……ちょっと行儀悪くなっちゃうな」

 

「っ……!」

 

 

何故か出の良い蜜を啜るため、社も多少はしたない吸い方をしているらしい。

彼の舌がスイカズラの奥深く、窄まった筒状の部分にずるりと差し込まれ、上唇部をなぞり上げながら蜜を掬う。

 

 

「……っ! ふっ……んぃ……っ!」

 

 

ぞり、ぞり。舌先が花冠部を擦るも、決して破る事は無く。丁寧に丁寧に舐め上げられ、葛の腰から背筋にかけ一層強い痺れが走る。

食いしばる唇の端から、光る筋がつうと引いた。

 

 

(……ス、スイカズラ……私の、華。私のを、こ、こんなにも、大切に……)

 

 

今度は垂れさがる下唇部を伝う蜜に舌を付け、花弁にキスを落とすように吸い立てる。

葛からは社の背中で隠されて見えないが、それが却って小さなその音を際立たせていた。

 

 

「はぁーっ、ひ、んぅーっ……へぁ、ん……ぁー……っ!」

 

 

耳を塞いでもなお残るその音にチカチカと意識が明滅する中、またも舌がスイカズラの奥に潜り込む。

そして筒の内壁をこそぐように、ねりねりと輪を描き――舌の引き抜き際、その先端が長く伸びるおしべの一本をピンと大きく跳ねかいて。

 

 

「――ぁ」

 

 

――葛の背筋を走る痺れが、ぱちんと弾けた。

 

 

「ぁ、やぁ、あ――」

 

 

きゅう、と苞葉の内が痙攣した。

スイカズラの奥底より蜜が溢れ、押し寄せる。

 

同時に葛の腰がガクガクと震え、指の隙間から覗く視界が白に染まった。

 

 

「~~! ~~~~っ!! ~~~~~~っっ!!!」

 

 

イヤイヤと、それでいて喜悦混じりに首を振るが、蜜は留めようも無く昇り詰め。

葛の肢体は抑えきれぬ衝動に大きく跳ね、その白い喉を仰け反らせ――。

 

 

「………………………………………………………………」

 

「 」

 

 

――そうして上がった視線の先。窓の外。

酒精の雲に乗り、まんまるおめめの顔をガラスに押し付けこちらを凝視している酒視心白の姿を認め、葛の喉がヒュッと鳴った。

 

 

・ ・ ・。

 

 

「――ちがう、の……です」

 

 

やがて蒼白な顔で絞り出されたのは、そんな震える一言だった。

 

 

「違うのです、心白。これは、違うのです。ほん、ほんとうに違くて――」

 

「え? おわ、酒視さん何でそんなとこに……」

 

 

立ち上がった葛に釣られた社が窓を見上げ、同じように心白を見つけ目を丸くする。

その際少し力が入ったのかスイカズラの根元部分がこりっと抓まれ、「――んあ、はぁぁぁぁぁぁ……!!」葛は甘い声と共にしゃがみ込む。

 

すると心白が我慢の限界とばかりにガチャーン!と窓を開け、葛へと詰め寄った。

 

 

「いーなー! いーーなーー!! カズちゃんズルっこだよそれはー!!」

 

「だから本当に違うんです……! これは不幸な事故でっ、わざとじゃなくて――はっ!?」

 

 

そうして赤い顔でぎゅうぎゅう抱き着いてくる心白を宥める最中、葛はハッと社へと振り返る。

 

彼は何一つ察した様子も無く、訳が分からないといった表情で首を傾げていた。

その手にはトロトロトトロと蜜の溢れるスイカズラがあり――それを見た葛の顔も真っ赤に爆発。社の視線から逃れるように、心白を持ち上げ顔を隠す。

 

 

「やぁっ、み、見ないでください! そんな、穢れの無い目で私を見ないで……!」

 

「は? え……っと……?」

 

「わーおヤシロちゃんマジー……? カズちゃんペロペロであんなに――」

 

 

と、そこまで心白が口にした時、教室の扉がガラリと開いた。

 

 

「おーっす。唐揚げしこたま買い込んで来たんでよぉ、皆で――うおッ!?」

 

 

幸若舞しおりがひょっこり顔を出したその瞬間、葛は脱兎のごとく駆け出した。もちろん、心白を抱えたままに。

 

 

「お願い見ないでええええええぇぇぇぇぇぇ……!!」

 

「わーーーーっ!? ひーとーさーらーいー……!!」

 

「あっ、おいどうした!? 唐揚げいんねぇの!?」

 

 

そしてしおりの横を強引に通り抜け、二人は目にも止まらぬ勢いで何処かへと走り去る。

訳も分からず置き去りとされた社としおりは、ドップラー効果を残して消えた彼女達を呆然と見送る事しか出来ず。

 

 

「……何だ今の?」

 

「さぁ……」

 

 

二人で首を捻りつつ、社はふとスイカズラの最奥にぷっくり膨らむ小花弁の蕾を発見。舌先で剥き、ちゅるんと吸った。

途端、遠くから一際大きな葛の嬌声と心白の「いったーーーー!!」という謎の実況が響き、社としおりの首は更に大きく傾いだのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

――後日。

 

 

「あの、何か最近華宮さんから華貰う時さ、めっちゃ顔逸らされるようになったんだけど……な、何か聞いてません……?」

 

「いや知らねーけど。まぁでもあいつ嫌だったらハッキリそう言うし、今も華貰えてんなら少なくとも嫌われたって訳じゃねーだろ。なぁ?」

 

「んー……たぶん、お華にアタリが混じるようになったんじゃないカナー……。あんまり多いと身が持たないだろうし、いいとこひとつかふたつくらい……」

 

「何の話スか……?」

 

「蜜に激辛のやつでも混ぜたんかあいつ……?」

 

「まーそれは置いといて……ぼくからもヤシロちゃんにあげたいのあってねー? じゃーん、甘酒グミー。ぼくの酒精まぜまぜしてるから、オヤツくらいにはなると思うよー」

 

「えっ、わ、ありがとう。やったすごい助かる」

 

「どいたまー……え、えーと、そんでね」

 

「うん?」

 

「そのね……それのアタリね……す、すごくビンカン……ていうかね、だからー、あのー……ガジガジじゃなくてー、トロトローって……かわいがったげて、くだしゃい……」

 

「ほんと何の話スか???」

 

「だからアタリって何なんだよ」




サブタイを『華のおまた』にしない理性。

花を舐めてるだけなので健全です。そう言い張っておりますが、何か来たら全身全霊で従います。
もし本作が消えたらやっぱり年齢確認の向こう側に居ると思いますので、色々察してそちらをお探しください。

ともあれここまでお付き合い頂き、本当にありがとうございました。
また何か思い付いたら続きを書くかもしれませんので、次作品共々その時はよろしくお願いします。消えてなければ……。


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TSのおまけ

その後の日常的なやつその4。おまんもヒロイン。
これやるならエイプリルフールくらいしか許されないかなって……。


『社子ちゃんチョーシに乗る』

 

 

 

そのおっさんは、疲れたおっさんであった。

 

割かしブラックな会社に勤め、多少は上の地位につき。

言う事を聞かない生意気な部下と、理不尽を押し付ける強面の上司に挟まれ、日々胃壁をすり減らすかわいそうな中間管理職であった。

 

趣味は無く、またそれを探す時間も無い。

友人や、妻子でも居れば多少は潤いもあったのだろうが、それすらも無く。

 

毎日毎日ただ一人、狭いアパートで寝起きしては、会社に行ってまた帰るだけの繰り返し。

月に一度あるかないかの休日も、ただ横になっているだけで消費される。

 

……疲れていた。

疲れていたのだ、おっさんは。

 

 

「……はぁぁぁぁ」

 

 

遅く、穏やかな夜。

月明かりと街灯の照らす暗い夜道を歩きつつ、おっさんは深く長い溜息を吐いた。

 

仕事は今日も散々であった。

ヘマをした部下のミスを尻拭いし、取引先に謝罪行脚。当然自分の仕事は滞り、更には上司から大量の書類を押し付けられ、全てを終えた時にはこんな時間。

これで残業代が付けばまだ我慢も出来るのだが、上司がそれを許さない。正直何らかの法律に違反しているとは思うものの、それをどこかに訴える元気も無かった。

 

おっさんは、日々をやり過ごすだけで精いっぱいであったのだ。

 

 

「…………」

 

 

どうしてこうなってしまったのだろう。夜空を見上げ振り返りかけ、すぐにやめた。

 

だって楽しかった頃の記憶を思い出すと、その眩さに目が潰れて死んじゃうんだもの。

故にまた下を向き、薄汚れた革靴の先をじっと見る。そこに映り込むくすんだ月明かりくらいが、今のおっさんにはお似合いだった。

 

 

「……あ」

 

 

コン、と。落ちていた空き缶を蹴っ飛ばす。

爪先ばかりを見ていて、落ちているのに気づかなかった。

 

おっさんは喧しく転がる空き缶をしばらく見つめ、やがて無視して通り過ぎ……すぐに引き返し拾い上げた。

まだ残っていたらしい缶の中身が指先を汚すが、まぁ構うまい。おっさんはとっくの昔に、薄汚れているのだから。

 

 

 

そのまま近所の公園に入り、ゴミ箱に空き缶を放り込む。

 

本当はコンビニに寄ってウェットティッシュを買いたい所ではあったが、近くに無かったのだから仕方ない。代わりに公園の水道を使い、指を流した。

 

 

「……遊んだよなぁ、昔……」

 

 

そうしている内に、公園で遊んでいた子供の頃を思い出す。

 

ゴミ箱の中から適当な空き缶を拾い上げ、それを使って友達と缶蹴りをしたなぁ。

終わった後は水道から水を飲んで、蛇口を指で抑えて水の掛け合いをした事もあったっけ。

 

おっさんは脳裏に浮かぶそれらに柔らかな笑みを浮かべ――直後に目が潰れて死んだ。

だから言ったじゃないか、眩しすぎて死ぬって……。

 

 

「はぁ~あぁ~あぁ~~~……」

 

 

なんて茶番を一人でやりつつ、先程よりももっと大げさな溜息を吐く。

 

何かもう、嫌だった。

部下も嫌だし、上司も嫌だし、仕事も嫌だし、自分自身も、過ごす毎日ぜんぶ嫌。

なのに何かを変える事も出来ず、逃げ出す気にさえなる事が出来ない。終わっとる。

 

 

「…………」

 

 

そうして一通り溜息を吐き出し終えると、おっさんは再びのたのた歩き始めた。

帰るのだ。眠って、また働き、嫌な思いをして、もっともっと疲れるために。

 

おっさんは鉛のように重い足を引きずりながら、もう何度目かも分からない溜息を吐き――。

 

 

「――ねぇ、おっさん」

 

 

その時、声をかけられた。

 

まるで透き通るような、美しい声だった。

ハッとして顔を上げれば、そこには人影が一つ立っていた。

 

 

「――……」

 

 

声と同じく、とても美しい少女だった。

 

高校生ほどだろうか。艶やかに煌めく長い御髪に、あどけなさと妖艶さの混在する甘い顔立ちをしていた。

少しアウトロー系の入った服装の、如何にもギャルと言った風体だ。

 

おっさんはその少女の美貌に暫しの間目を奪われ――やがて我に返り、後退る。

 

 

「ええと……何か用かな……?」

 

「…………」

 

 

問いかけに少女は何も答えず、ただおっさんへと近づいて行く。

 

正直、めっちゃ怖かった。

こんなギャルっぽい美少女が疲れたおっさんに声かけるなんて、危ない匂いしかしない。

 

 

(……よろしくない、な)

 

 

冤罪からのカツアゲか、それとも美人局からのカツアゲか。或いは、今流行りのパパ活とやらでのカツアゲか……。

おっさんは小動物のようにぷるぷると震えつつ、近づく少女の言葉を待ち、そして、

 

 

「――あ、あのさぁ!? アイヤ、あ、あのねェ!? おお、おっ↑さん↓暇なら俺、ちゃう、あーしとぉ! ぉお、あそ、ぉ、あぉ、あそ、あの、あそ……ばぃまセンカ……?」

 

「具合悪いの?」

 

 

突然どもり、つっかえ、蚊の鳴くような声となり。

おまけに真っ赤な顔から冷汗と脂汗を流しながら俯いたその姿に、おっさんは思わず心配の声を投げかけた。

 

 

 

 

 

 

「……はい、お茶」

 

「アッ、どもス……じゃない、えと、あざまる~」

 

 

公園のベンチに座り、落ち着いた後。その少女は、社子とだけ名乗った。

本名か源氏名かは不明ではあったが、おっさんは何となく本名だろうなと思った。

 

 

「それで……本当に大丈夫なんだな? 具合悪いとかでは……」

 

「や、ほんとそんなんじゃないス……あ、やっぴ~☆」

 

(何だか無理してる感あって痛々しい子だな)

 

 

そう思えども、口には出さない。

何でもかんでも指摘して話を拗らせる上司のようにはなりたくないと、おっさんは心に決めているのだ。

 

ともあれ、体調が悪い訳で無いのならもう付き添う必要も無い。

 

結局何が目的で話しかけてきたのかは分からず、雰囲気的にカツアゲするような子でもなさそうだったが、こんな深夜におっさんが女子高生と共に居るのは大変なリスクを伴うのには変わらない。

早急に離れるべきだろう。

 

社子がペットボトルのお茶をちびちび飲んでいる隙に、おっさんはじりじり少しずつ距離を取り……ふと、周囲の状況を思い出す。

 

深夜。明かりも少なく、人気も無し。

おっさんがここで逃げたら、この子はそんな場所に一人きり……。

 

 

「……あー、君? 誰かお友達とか一緒だったりしないかな?」

 

「んえ? や、一人スけど……」

 

「……じゃあ親御さんに電話を……」

 

「施設育ちなんで、まぁ……」

 

 

しまった、デリケートな所を踏んだ。

おっさんは顔を青くしたものの、しかし社子は気に留めた様子も無く、ハッと気づいたように身を乗り出した。

 

 

「そ、それよりおっさんさん! さっきの話だけど、暇だったらあーしと遊ばない? ね、あのー、お茶してあげるから、あっ、割り勘で……あいや、自分で払いまスから! アノ、ねっ!」

 

 

何かもう色々とボロボロだな、この子。

ギャルになろうとしている頑張りは感じるのだが、見た目以外の全てがダメだ。

 

おそらく完全な非行少女という訳では無く、それに憧れているだけなのだろう。

その必死とも言える姿に今まで抱いていた危機感も薄れ、おっさんの目が優しくなった。

 

 

「……残念だけど、俺は暇って言葉とは無縁なんだ。ほら、明るい所まで送るから、今日は帰んなさい」

 

「えっ、あれ、ちょっ」

 

 

そう言って社子を立たせ、多少強引に街の方角へと連れて行く。

途中に職質されたとしても、彼女の様子ならそう酷い事にはならないだろう。むしろ警官に押し付けてしまえば、色々な意味で安心である。

 

 

(お、おかしい、うまく手玉に取れない……自信、少しはあったのに……)

 

「まぁ、君も色々と大変そうだけど、身体は大切にしなさい。せっかくそんな可愛いんだから、薄汚れてしまうのはもったいない」

 

「! か、可愛い、えへ、そスよね、可愛いスよね、俺、違うあーし、ね。えへ、えへへ」

 

「……聞いてる?」

 

 

そうしてぽつりぽつりと会話を交わしつつ、まだ明かりの残る大通りまで歩き。

社子の住むという寮の近くにまで送り届けた後、おっさんは彼女がおずおずと伸ばした手を背に立ち去った。

 

少し後ろ髪は引かれたものの、流石にこれ以上向こうの事情に深入りしたくはない。

おっさんは明日も仕事であり、そして物凄く疲れる予定なのだ。この上、更に疲れそうなものを背負いこむ余裕など無いのである。

 

……だが、まぁ。

 

 

「少しだけ、癒されたな……」

 

 

外見的にも中身的にも、可愛らしいものを見た。

なんとなく、軽くなった足取りで。おっさんは月を見上げながら家路についたのであった。

 

 

 

 

 

 

とはいえ、それで何かが変わる訳でも無い。

おっさんの日々はやっぱり疲れる事だらけで、その日も夜遅くまで仕事が長引く事と相成った。

 

日に日に態度が悪くなり、指示すら無視し始めるようになった部下。あからさまな憂さ晴らしで、書類の無意味な手直しを何度も要求する上司。

ここまで来ると自分に何か問題でもあるのかと疑いたくもなるが、さっぱり思い当たる事は無し。

聞いても返るのは罵倒ばかりであり、改善も何も出来ないまま悪意を受け止め、流されていくだけ。

 

深夜の街中。淀んだ眼で歩む暗い道先は、まるで自分の未来を暗示しているようにも思える。

おっさんはやはり大きな溜息を吐き――ふと前方に見た事のある顔を見つけ、重たい足を止めた。

 

 

「…………」

 

「アッ、ど、どもス……」

 

 

あの美しい少女、社子だった。

 

今度はギャルの装いではなく清楚系の服装をしていたが、その美貌に違いは無い。

何故こんな所に居るのだろう。思考力の落ちた頭でぼんやりと眺めた。

 

 

「……ああ、うん。ええと……何か?」

 

「あいや、あのこれ、この前貰ったお茶のやつ……」

 

 

そう言って社子が差し出した掌には、以前おっさんがあげたお茶の代金が収まっていた。

 

 

「こんな事のために会いに来たの……?」

 

「や、こういうの、ちゃんとしなきゃっていうか……はい」

 

 

深夜徘徊する割に、結構真面目な子であるらしい。

この程度の金額別に良いのにと思ったが、一々断るのもめんどくさい。とりあえず素直に受け取り、ポケットに放り込んでおく。

 

 

「あー……律儀にどうも。それじゃあ、用が無いならこれで……前も言ったけど、こんな遅くに出歩かないようにしなさいね……」

 

「えっ、あ、はい、あざした……や、てか大丈夫スか……?」

 

 

そうしてフラフラと歩き出す姿が余程危うく見えたのか、社子は心配そうな顔でおっさんの後を追った。

職質されそうな構図だと若干危機感を抱いたものの、前と同じくそれでもいいかと放置する。

 

 

「うわ、また性欲ゲージほぼ0……なんてーか、その……元気ないスね」

 

「……ちょっと、疲れちゃっててね。それより、君も早く帰んなさい……ああそうか、それなら送ってかないとな……」

 

「き、今日はだいじょぶス。大丈夫なようにしてきたんで、だいじょぶス、はい」

 

「……そう?」

 

 

なら良いかぁ。深く考えずにそう思い、のたのたと家路を辿る。

そして何故か社子も離れないまま、静かな夜道に二人分の足音が重なった。

 

 

「……その、この前はすいませんでした。変な絡み方して……」

 

「……?」

 

 

ぽつり。

唐突にそう謝られ、おっさんは首を傾げた。

 

 

「えー……ああ、あーしと遊ばないとか何とか……」

 

「すんませんすんませんホントすんません。えと、あの時は夜が穏やかすぎて、昔の事ちょっと思い出してぐるぐるしてて、そんでその、えいやーってなっちゃってて、はい……」

 

「えいやー……」

 

 

あまり要領を得なかったが、自暴自棄になっていたという事だろうか。

それでギャルの格好をしてああなるという事は、まぁ男絡みで何かあったんだろうと察する。これだけ可愛ければ、縺れ話の一つや二つはあってもおかしくはない。

 

 

「そう……何があったのかは聞かないけど、ああいう事はもうやめなよ。声かける人によっては、とんでもない事になるんだから」

 

「……はぁ、まぁ、はい。へへ……」

 

 

分かっているのかいないのか。判断の付きづらい愛想笑いに不安になったが、そこまで深く干渉する義理も無い。

おっさんは敢えて見ないフリをして、歩き続けた。

 

 

「…………」

 

「…………」

 

 

歩き続けた。

 

 

「……………………」

 

「……………………」

 

 

歩き続け……。

 

 

「…………なぁ」

 

「! あハイ、なんスか」

 

「いや……どこまで付いてくるんだ……?」

 

 

そうしておっさんの住むアパート前まで到着した時、とうとう社子へと問いかけた。

 

その内帰ると思っていたが、結局ここまでついてきてしまった。

流石に疲れた頭でもまだ何かしらの用があるとは察せられ、忘れていた危機感が鎌首をもたげる。

 

すると社子は途端にどこか期待するような光を目に宿し、数歩離れて軽く腕を広げた。

 

 

「……ど、どうでしょ」

 

「……何が?」

 

「や、だからその、服装……ってか、カッコどうかな、っていうか……」

 

 

後半の言葉は尻すぼみになり聞こえなかったが、つまり服装の評価が欲しいという事だろうか。

 

言われてじっくり眺めてみるものの、おっさんにはファッションの善し悪しなど分からなかった。

シックで清楚な着こなしだとは思うのだが、そもそもシックってどんな意味だろう? そんなレベルである。

 

……なので、素直に感じたものを言う事にした。

 

 

「……似合ってるんじゃないか。清楚っていうの? 可愛いと思うよ。特にその、青い植物のブローチとか……」

 

「!! そ、そスか? えへ、スよね。えへへ……あ、あざまス……!」

 

 

すると社子は途端に嬉しそうにはにかみ、ぺこりと一礼。

満足したようにおっさんから離れていった。

 

 

「あの、この前はほんとすいませんでした。もう嫌な絡み方しないんで……その、また見かけたら、話しかけても良いですかね……?」

 

「……止めといた方が良いんじゃないか。パパ活? だの援交だの変な噂立つかもしれないし、君だって嫌でしょ」

 

「やー、そこらへんなら大丈夫なんで! ほんと、戻れば何の心配もいらないんで! じゃ、あの、そゆことで、たのまい!」

 

「もし」

 

 

おっさんの呼びかけは間に合わず、社子は儚げな見た目に似合わぬ健脚で走り去って行った。

 

 

「……帰り、大丈夫かな」

 

 

ぽつり呟くも、答えは無い。

おっさんは暫く彼女の去った方向を眺めていたが、やがて溜息を吐くとアパートの自室へと向かった。

 

疲れた……と言いたいところだが、何故か少しだけ気力というか精力というか、そういったものが戻った気もする。

どうにも厄介事になりそうなのに、不思議だ。おっさんは窓から差し込む月明りを見上げ、その日を静かに終えたのだった。

 

 

 

 

 

 

「あ、ぐ、偶然スね。えへへ……」

 

「……いやぁ、流石に公園に待ち伏せててのそれはちょっと」

 

 

それ以降、社子はおっさんの前に度々現れるようになった。

 

初めて会った時の公園、会社帰りに通る小路、たまたま寄ったコンビニ、そしておっさんのアパート。

場所は違えど深夜帯という事は共通し、偶然を装ってまぁぴょこぴょことやって来る。

 

……既に知られている帰り道やアパートはともかく、立ち寄るコンビニはどうやって特定しているのだろうか。考えると怖くなるおっさんである。

 

ともかく、その度に社子は纏う衣装を変えていた。

最初のギャル系、次の清楚系はもとより、ロリータ系やらボーイッシュ系やら更にはおっさんが知らないようなジャンルまでよりどりみどり。正直に言って、ついていけない。

 

そしてそれを見せびらかした後、彼女は毎回何かを求める目を向けてくる。

最初こそおっさんも分からなかったが、今は察していた。

 

――『可愛い』と。彼女はきっと、誰かにそう言われたいのだ。

 

 

「んで、ど、どスか、今日は。おっさんさんの青春時代イメージで、レトロな感じに纏めてみましたケド……」

 

「ああ、うん……可愛い、可愛いね……目が潰れて死んじゃうよ、俺……」

 

「!!! えへ、えっへへへへ……!」

 

 

若い頃を思い出して死に絶えたおっさんをよそに、社子は素直に喜び身をくねらせる。

 

……よく考えれば、なんだか闇の深い子だ。

この美貌なら『可愛い』など言われ慣れている筈なのに、よりにもよっておっさん相手にこの反応。

加えて言葉遣いも若干妙で、深夜徘徊を繰り返していると来た。幾ら施設育ちと言っても、どうにも。

 

 

(児相……いや、虐待されている様子も無いんだよな……)

 

 

もしそうだったら、こんなにも多種多様な衣服を取り揃える事なんて出来ないだろう。謎だ。

 

 

「えへ……あ、あれ、どしたんスか。そんな死んじゃって……」

 

「……いや、いつも通り疲れてるだけだよ。死ぬほど」

 

「うーん社畜」

 

 

社子はかわいそうなものを見る目でおっさんを見ると、ベンチに座る彼の横に腰掛ける。

 

衣装の評価が終わったら、そのまま少し雑談する。

いつの間にかそれが二人の習慣になっており、おっさんはその時間が嫌いではなかった。

 

 

「あの、そんなキツいんスか、お仕事」

 

「……業務内容としてはそれほどなんだけど、その量と人間関係がね」

 

「……えと、お疲れさまです。その、帰る途中につき合わせてる俺が言えた義理じゃないスけど……」

 

「いやまぁ、割といい気分転換になるから……君と会った日は、何でかよく眠れるし」

 

 

それはお世辞ではなく、事実であった。

 

アレな部下とソレな上司に挟まれ常時ずっと瀕死状態であるおっさんだが、何故か社子と会った夜は若干ながら体力気力その他諸々が回復するのだ。

最初は気のせいかとも思ったが、何度も同じ事が起き続ければ流石にそうと確信していた。

 

 

「何というかな……君が精気を分けてくれてる、みたいな。いや、よろしくないなこの言い方」

 

「アッ、エッ、どどうスかね。はは、不思議な事、あるスね……!」

 

 

ギクーン! と何故か白く光っている指先を隠して跳ねる社子に気付かず、おっさんはゆっくりと立ち上がり、伸びをする。

バキボギと背骨からものすごい音が鳴り響き、先程とは別の意味で社子の身が跳ねた。

 

 

「うお……ヤバい音しましたけど……」

 

「……明日久々に休みだし、整体行くかな」

 

 

まぁ、実際は動けず寝ているんだろうけど。

おっさんはトントンと軽く腰を叩くと、ベンチに置いた鞄を拾い上げ、社子に手を振った。

 

 

「さて、今日はここらでお開きにしようか。君、明るいとこまで送ってくから……」

 

「毎度言うけど、全然へーきスから。いつも無事でしょ?」

 

「……そうなのかなぁ」

 

 

彼女は余程夜遊びに慣れているのか、危険な目には勿論補導の類にも遭った事が無いそうだ。

おっさんはそれを全て信じている訳では無かったが、送る最中にいつの間にか姿を消している事も多く、逃げ足が速い事は実感していた。

 

そして撒かれるのならば、強く言い募っても意味は無し。

おっさんは心配を呑み込みつつも、社子の言に従う事とした。

 

 

「うん……ならまぁ、気を付けてね、ほんとに」

 

「あざまス。……そんじゃ、また」

 

 

社子はくすぐったそうに小さく笑うと、手を振りながら駆けて行った。

 

相変わらず、凄い速度だ。

一瞬の内に公園外に消えた彼女を最後まで見送ると、おっさんもまたいつも通り、月を見上げて歩き出す。

 

……そういえば最近、くすんだ月明かりを見てないな。

おっさんはぼんやり、そんな事を考えていた。

 

 

 

 

 

 

翌日。

なんと驚くべき事に、おっさんには動く元気が残っていた。

 

休みの前日に社子と出会えたのが良かったのだろうか。

おっさんは感動に打ち震え、敷きっぱなしだった布団を久々に干した。

 

この調子だったら休みの日を満喫できるぞ――と言いたい所であったが、残念ながらおっさんは無趣味である。

なのでとりあえず部屋の掃除をしてみたものの、隣部屋の住人が騒音に敏感ですぐ壁ドン(本来の意味)が飛んでくるため本格的には行えず、そもそも物が少ないためすぐに終わってしまった。

 

他にする事と言ったら昼寝くらい。これじゃいつもの休みと変わらないじゃないか……おっさんはそう肩を落としかけ、しかしふと昨夜の事を思い出す。

 

 

「……整体、行ってみるか」

 

 

言ってみただけで本当に行く気は無かったのだが、いい機会だ。行ってみるのも良いだろう。

おっさんは珍しい事にイキイキとしながら、アパートの扉を開けたのだった。

 

 

 

――数時間後、おっさんはとある自然公園のベンチで酒を飲んでいた。

 

整体は大成功。

腕のいい整体師により様々な場所のバキボギが解され、慢性疲労が吹き飛んだ。

 

そうして苦しんでいた頭痛、肩こり、腰痛、関節痛などが良くなれば、帰り道に散歩として遠回りをしてみる気にもなる訳で。

そうしてたまたま見かけた自然公園に気まぐれに足を踏み入れ、緑を楽しみながら晩酌用に買った缶ビールを一本開けてみたりして。

 

これだよ、これ。

おっさんは何年かぶりに過ごす充実した休日に、ほろりと一筋の涙を流していた。

 

 

「――あっ」

 

 

と、その時、どこかで少年の声が上がった。

それになんとなく聞き覚えのある気がしたおっさんは、声の主を探しきょろきょろ辺りを見回して、

 

 

「お、おっさんさん! 偶然スねっ!」

 

「えぇ……」

 

 

すると歩道横に生い茂る木々をすり抜け、こちらに走り寄る社子の姿が見えた。

 

どうやら、また待ち伏せていたらしい。

気まぐれに寄った自然公園にまでとは、流石にストーカーも過ぎないかと、また怖くなるおっさんであった。

 

 

「いやぁ……ちょっとこれはとぼけるの無理筋じゃない……?」

 

「や、今度はほんと偶然ですって! ちょっと蜜……ぶらぶらしてたら、おっさんさんの事見つけて、慌てちゃって……」

 

「……何で?」

 

 

慌てる事なんてあるだろうか。

おっさんは怪訝な顔で首を傾げ――いつもの癖で社子の服装に目が行き、眉を上げた。

 

 

「あれ……今日の服は何か、いつもと違う感じだな」

 

「え? あ、あぁハイ、今日はほんとに偶然だったんで、そのぅ、普段着というか……へへ」

 

 

そう言って身を縮こませる彼女はいつもの整えられたファッションと違い、サイズの違う男ものを適当に合わせた、なんともダボッとした格好をしていた。

 

普段着にしても、ちょっとだらしないのでは……。

そう思ったおっさんが何かを言うより先に、慌てた社子が勢いよく彼の横に腰掛け、話を逸らすように言葉を重ねる。

 

 

「と、というか、そっちはどしたんスか。休みらしいスけど、ねぇ、こんなまっ昼間からお酒とか……」

 

「あー……いやほら、昨日ちょっと話に出たろう、整体――」

 

 

そう、横の社子を見下ろした瞬間。

おっさんの動きが一瞬止まった。

 

――社子のダボついた襟元の隙間から、二つのふくらみと白い胸板が見えていた。

 

 

「――に行くって。それが存外効果あって。いい感じに気分良くなったんで、ついな」

 

 

しかし、おっさんはもう初心な純情少年ではないのだ。

すぐに悟られない自然さで目を逸らすと、普通に会話を続けていく。

幸い社子も気付いた様子は無く、おっさんは内心ほっと息を吐く。セクハラ怖い。

 

 

「……、……へぇ、まぁ、身体の調子良くなったんならよかったです……っと、そだ俺ちょっと用事があったんでした。なもんですいません、話しかけといてアレですけど、また今度……」

 

「え? ああ、そうなのか。それじゃまた」

 

「あッス。そっちもお休み楽しんでくださいね。そんでは」

 

 

社子は唐突にそう告げると、来た時と同じように走り去って行く。嵐のようだ。

どうやら本当に偶然見かけて来ただけらしい。ものすごい勢いで遠ざかる背中を眺めながら、おっさんはまた缶ビールを傾ける。

 

 

(……下着、つけてなかったな――いやいや、よろしくないぞ、それは……)

 

 

先程の一幕を思い出しかけ、首を振る。

 

心身共に充実しているせいか、枯れ果てていたモノまで若干潤っているようだ。

おっさんはしっかりと脳裏に残ってしまったものを忘れるため、ぬるくなった缶ビールを一気に煽ったのだった。

 

 

――走り去った社子が赤面しつつもゾクゾクと、戸惑いと恍惚の入り混じる表情を浮かべていた事を、知る由もなく。

 

 

 

 

 

 

たった一日充実した休日を過ごした所で、おっさんが疲れたおっさんである事は変わらない。

 

仕事の量が減る訳でも、部下や上司が真っ当で優しい人間になる訳でも無し。

疲労も悪意も残業も、変わらずにおっさんを圧し潰し続け、気を抜けば息すら出来なくなりそうだ。

 

……だが、少しだけ夜空を見上げられるようにはなっていた。

目が潰れないよう俯いて、薄汚れた革靴に映るくすんだ月明かりを眺めるのではなく、ちゃんと天に輝くお月さまを瞳に映す事が出来ている。

 

そして、それはきっとあの少女の――社子のおかげなのだろう。

 

眩き存在感を持ちながら、こんな薄汚れたおっさんにわざわざ絡む変な子供。

可愛いと言われた彼女がはにかむ度に、他愛のない雑談で笑う彼女を見る度に、おっさんは自らの心身が癒されてゆくのを確かに感じ取っていた。

 

だからきっと、その笑顔こそが月だった。

 

社子と言葉を交わす僅かな時間は、いつの間にやらおっさんにとって、かけがえのないものとなっていたのだ。

 

……いたのだ、が。

 

 

 

 

「じゃ、じゃ~ん……」

 

「……………………」

 

 

とある日の深夜。

いつも通りにおっさんの前に現れた社子は、中々に煽情的な格好をしていた。

 

大きく開いたタンクトップの胸元に、丸出しになった白い腋。

他にもダメージジーンズから覗く太腿をはじめ全体的な露出の高い、おっさんとしては目のやり場に困る服装だ。

 

社子も一応恥ずかしくはあるらしく、どこか落ち着きなくソワソワ身体を揺らしている。

 

 

「……え、えと。ど、どう……あの、何か言って貰えるとぉ……」

 

「あ、ああいや、もちろん可愛いよ。可愛い、けど……」

 

「……けど、けどなんでしょ? えへ、えへへ」

 

 

おっさんが言葉尻を濁すと、社子はその先を求めて擦り寄って来る。

 

これである。

どうも最近の彼女は可愛いと言って貰うだけでは飽き足らず、何か別のものを求める素振りを見せていた。

 

それが金品や現金など下世話な類の物で無いとは、おっさんも分かってはいる。

分かってはいるのだが……。

 

 

「……いや、何でもない。それより何か羽織るものは無いのか? 流石にこの時間にそんな恰好は色々とまずいだろ」

 

「! な、何がまずいんでしょ……その、ちゃんと言ってくれないとぉ……」

 

「言ったらセクハラで俺が捕まるんだ。いいからほら、これでも着て――」

 

 

仕方なくおっさんが上着を脱ぎ、社子の肩にかけようとした瞬間、その胸元が彼女自身の手で大きく引っ張られた。

いつか見た、形のいい白いふくらみ――反射的におっさんの視線がそこを向き、

 

 

「~~~! え、えへへ、あざまス! あざまス! じゃあ、あの、今日はこれでっ!!」

 

「えっ!? あ、ちょっ」

 

 

その瞬間、社子の顔が喜色と共に真っ赤に染まり、目にも止まらぬ速さで駆けだした。

呼び止める時間も無し。おっさんはあっという間に姿を消した社子を呆然と眺め……やがて溜息を吐くと、近くの塀に背を預け、座り込む。

 

 

「よろしくない……よろしくないよなぁ……」

 

 

おっさんは月を見上げ、一人呟く。

 

――ここ数日、社子の纏う服装が露出の激しいものへと変わっていた。

 

今のような胸元の開いたものや、足を大きく晒すもの。

半分くらい臀部が見えていたり、限界ギリギリまで鼠径部を見せつける作りのものまで、本当に目のやり場に困るものだらけだった。

 

そして何かを期待するようにおっさんを見つめ、時には先程のようによろしくないイタズラを残して去って行く。

一体何がしたいのか、全く訳が分からない――と言いたい所ではあったが、何となく理由を察せてしまうのが困りもの。

 

 

(……自然公園の時、たぶんバレてたんだろうな……)

 

 

恥ずかしさに顔を覆う。

 

偶然にも社子の胸元を直視してしまった、あの一幕。

おっさんはバレていないと思っていたが――おそらく、彼女にはその視線がバレていたのだ。

そして何らかの悪影響を与えてしまい、こんな行動をさせるに至ってしまった――。

 

……ただの推察といえばそこまでだが、社子があんな格好をし始めたのがその直後だった事もあり、無関係とは思えなかった。

 

 

(ああいう視線がクセになったとかだったらどうするよ……どうにも出来んわ……)

 

 

注意にしろ説教にしろ、おっさんには上手く出来る気がしなかった。

 

そういうファッションであると言われてしまえば、詳しくないおっさんには二の句が継げず。かといって無理矢理抑えつける事もしたくはない。

おっさんは自分の上司のような人間にはなりたく無いのである。

 

……そして何より問題なのは――おっさん自身が、多かれ少なかれ社子にそういった目を既に向けてしまっている事だった。

 

 

「……よろしくないなああぁぁぁぁ……!」

 

 

例の休日以降、ちょっぴり心身に余裕が戻ってきているせいか、よろしくない部分にも段々元気が戻っているのだ。

少し前まではあの美貌にもピクリとすら反応しなかったというのに、今やふとした時にピクッとしてしまう。いや、心の方がね。

 

そしてその揺らぎも、おそらく社子にはバレている。

でなければ、先程のようなイタズラなどするものか。これでは何を言っても説得力など生まれまい。

 

 

(……いや、だからといってほっとく訳にもいかんのよ)

 

 

というか、放っておいたら社子は勿論おっさん的にもよろしくない事態になりそうだ。

 

また蘇る白いふくらみを頭を振って散らしつつ、おっさんは苦労して立ち上がる。

社子がどういったつもりかは知らないが、ああいった視線を送ってしまったおっさんをキモがっていないのなら、まだ説得の目はある……と思いたかった。

 

次だ。次に会った時には、ビシッと言うぞ。

おっさんは明るい月を見上げて気合を入れると、敢えて靴底を鳴らしながら歩き出した。

 

……こんな状態でも心身が疲れるどころか癒されている事に気付き、流石に自分を疑うおっさんであった。

 

 

 

 

――そして、機会はすぐに来た。

 

その日は重たい雲が空を覆う、湿った香りのする夜だった。

 

煌々と輝く月も雲に隠れ、くすんだ光が辛うじて届くのみ。

夜の暗闇の方が圧倒的に強く、夜道を照らすには頼りなかった。

 

そんな中、おっさんは早歩きで帰り道を急いでいた。

おっさんはこういった雨天時に備えて予め傘を会社に常備していたのだが、いつの間にかアレな部下に持って帰られ失くなっていたのだ。立派な盗難である。

 

幸い仕事が終えるまで降り出す事は無かったが、長くはもたないだろう。

おっさんはチラチラと真っ暗な夜空の様子を窺いつつ、アパートへの道を急ぎ――。

 

 

「……ど、どもス」

 

「うおっ」

 

 

突然、曲がり角から社子がひょこっと首を出した。

いきなりの事に驚いたおっさんがたたらを踏めば、彼女は申し訳なさげに身体も出した。

 

……やはり、露出度の高い格好だ。

今回は胸元や太ももに加えヘソまで露出しており、おっさんはそっと目を逸らす。

 

 

「あ、すいません……より偶然の出会い感を演出してみたくて……」

 

「自分で言っちゃってるもの……。いやいいけど、あー、今日もそんな感じの格好なのか」

 

「え、えへへ……ストリート風……どスかね」

 

 

可愛くない!

 

……と言えれば一番良いのだろうが、以前試しにそれを言って泣かせかけた事があるため、おっさんには出来なかった。

おっさんは女の子に泣かれると弱いのだ。

 

 

「ああうん、勿論可愛いが……その、もう少し控えめには出来ないのか?」

 

「……何を、スか?」

 

「いや、だからな……」

 

 

社子は笑みを必死に押し殺したような顔をして、衣服の裾を広げる。

途端目に飛び込んでくる白い肌に、おっさんの視線がまたもや自然に吸い寄せられ……それを感じた社子は、何故か嬉しそうに頬を紅潮させていた。

 

 

(ぐ……これは、やっぱりそういう事か……?)

 

 

明らかに『そういった』視線を悦んでいる。

この調子では、放っておけば危惧通りどんどんよろしくない方向にエスカレートしていくだろう。

 

 

「……なぁ、少し話があるんだが」

 

「え……、っぇあ、は、あハイ、ハイ……はい」

 

 

何故か社子は緊張し、居住まいを正した。

 

……どうも何か勘違いさせてしまったようだが、気にしている場合ではない。

今まさに彼女を悦ばせてしまった自分が何を説教出来るのかという話だが、ここはちゃんとしなければならない所だ。

おっさんはセクハラと詰られる覚悟を決め、社子へと一歩踏み出して、

 

――バケツをひっくり返したような豪雨が二人に降り注いだのは、丁度その瞬間の事であった。

 

 

 

 

 

「…………」

 

 

おっさんの部屋。

物の少ない殺風景なその一室に、シャワーの音が響いていた。

 

それは外で降り頻る豪雨の音に紛れた、最早ホワイトノイズにも近い微かな音だ。

しかし、一人冷や汗を流すおっさんの耳には、いやに大きくそれが流れ続けている。

 

――社子の、シャワーを浴びている音が。

 

 

(……よろしくない、よろしくないぞ)

 

 

どうしてこうなった……など、語るべくも無い。

 

突然の豪雨に見舞われたおっさんと社子は、ひとまず屋根のある場所を求めて逃げ惑った。

しかし付近に店の類が見当たらず、そうこうする内に二人揃って濡れ鼠。こうなっては急いでも仕方が無いと諦め、ひとまずおっさんのアパートで雨宿りしつつ身体を乾かす事にした。

ただそれだけの話である。

 

……が、もうちょっと他に良い方法は無かったのか?

おっさんは今になって後悔したが、後の祭りであった。

 

 

(もし今誰かに通報されたら言い逃れは出来ない……色々と細心の注意を……)

 

「……どど、どもス。お先、出ました」

 

「!」

 

 

あれこれと考える内、身体を拭き終えた社子がシャワー室の扉を開けて姿を現した。

 

使い慣れたシャンプーに混じり、ふわりと少女の香りが舞う。

またも自然と視線が向かいそうになるが、おっさんは今度こそ我慢した。

 

今この場所で先程と同じ轍を踏むのはまずい。彼女の姿を見ないまま、何事も無いかのように振舞っておく。

 

 

「……悪かったね、こんなとこに連れて来て。狭いし臭いだろ、色々」

 

「エ、あいや、全然……。散らかって無いし、サッパリしてるし……ハイ。てかこちらこそすんません、タオルとか着替えとか貸して貰っちゃって……」

 

「いやぁ、それもむしろこっちが謝る側だから……」

 

 

抵抗なく着てくれて、おっさんは本当に助かっていた。

こんな可愛い子におっさんの服やタオルを使わせるとか、それ自体が何らかの法に触れそうだ。

 

 

「あの、おっさんさんの方は、ほんと入らなくていいんスか……?」

 

「まぁ俺はタオルだけで十分だから……身体もそんな冷えてないし」

 

 

本当はちょっと寒かったが、おっさんは我慢した。

今の状況で女子高生の使った後のシャワー室におっさんが入るなど、こちらも何らかの法に触れそうだ。

 

 

「それと悪いんだけど、君の着替えは帰ったら自分でなんとかしてくれるか。この部屋、洗濯機無いから……」

 

「あー、ランドリー族で」

 

「隣が些細な事で壁ドンしてくるんだ……大きな音の出るものなんて、とてもじゃないけどな……」

 

 

多少ぎこちなくはあったが、意外と会話は弾んだ。

 

その美貌の割には同性と話しているような気安さもあり、おっさんの肩から力が抜ける。

そしてそれは社子にとっても同じであったようで、少しずつ緊張が解れていっているようだった。

 

 

(…………)

 

 

薄暗い室内。豪雨が建物を叩く音をBGMに、ゆったりと夜が過ぎる。

こんな落ち着く筈も無い状況にもかかわらず、おっさんの心は凪ぎ、身体の芯から癒されているような心持ちとなっていた。

 

天候に反し、とてもとても穏やかな時間。

やがてどちらからともなく言葉も止まり、ただ雨の音だけが続く。

 

……よろしくない。

おっさんは頭のどこかでそう思ったが、どうしようもなかった。

 

 

「……最初見た時、昔の俺みたいだなって」

 

 

そうして互いに黙り込む内、ぽつりと社子が零した。

 

 

「初めて会った時ス。疲れた感じで、フラフラになって、溜息とか、呻き声とか繰り返しながら、夜遅くを歩く。そんなおっさんさんに、昔を思い出しちゃった」

 

「……君、そんなのだったの?」

 

「まぁ、ゾンビでしたわ。ガリガリの、脳みそ腐ったやつ……」

 

「そうか、なら俺もゾンビだったのか……」

 

 

今の社子からは想像もつかないが、彼女が言うならそうなのだろう。

どこかぼうっとした頭で、おっさんは全てを信じた。

 

 

「んでまぁ、空き缶拾ってたの見て、悪い人でも無いとも思って。俺も俺で、夜が穏やか過ぎてうわぁーってなってたんで、行ったろって思って、絡んで」

 

「その穏やか云々が分からんのよ……」

 

「今、こんな感じ」

 

「……なるほど」

 

 

ストンと腑に落ちた。

確かに穏やかで、凪いでいる。

流石に、うわぁーとはなっていないけれども。

 

 

「俺、こんな姿になったの、つい最近で。いきなりだったんで、友達もちょっと引いてて……や、オシャレの楽しさ教えてくれたのもその娘なんスけど」

 

「良い友達じゃないか」

 

「はい。でもまぁ、似合ってるとは言ってくれても、可愛いとは言ってくれなくて……だからおっさんさんにそう言われた時、すごく嬉しかった」

 

「…………うん」

 

 

なんとなく、止めた方が良い流れだとおっさんは思った。

しかし頭がぼうっとして、動けない。

 

 

「しかもゲージほぼ0で、純粋に言ってくれたって事じゃん? もっと言って貰いたくなっちゃった。そしたら……し、自然公園で、あったでしょ」

 

「……ごめんね、ほんと」

 

「い、いや、むしろ何かゾクゾク来たというか、気持ちいいというか。ゲージ0だったおっさんさんが、急にそういう目してくんの、なんか……」

 

「…………」

 

 

じり。

社子がほんの少し、おっさんとの距離を詰めた。

 

おっさんは離れようとしたが、やはり動けず。

 

 

「あの、俺も恥ずかしかった。恥ずかしかったけど、もっとそういう目、欲しくて。頑張ったらその分そう見てくれて、したら、何かキちゃって」

 

「……よろしくないよ、それは」

 

「自分でも分かってんス。これ、俺のぬけるやつじゃないって。でも、でもね」

 

 

言葉を重ねる度、社子はおっさんに近づいて行く。

だが、彼はやはり動かないまま。まるで、頭の芯が痺れているように思考が働かない。

 

おっさんは疲れたおっさんであるが、それなりに酸いも甘いも嚙み分けてきたおっさんでもある。

故に、今自分に起きている事についても経験があった。

 

――端的に言えば、おっさんは社子の『色』に呑まれていたのだ。

 

 

「あの……どうすれば、いいスか」

 

「……何が」

 

「どうすれば、もっと嬉しくなれますか。どうすれば、もっと可愛いって言ってくれますか」

 

「……、……」

 

「どうすれば、もっとそういう目で見てくれますか。ど、どうすれば――」

 

 

社子の身体は、おっさんのすぐ目の前にあった。

少女の香りが意識を包み、痺れが増して。そして瑞々しい唇がその耳元に落ち、熱い吐息が鼓膜の奥、脳の内側を引っ搔いた。

 

 

「――どうすれば、もっと気持ちよくなれますか」

 

 

――おっさんを縛る頭の痺れが、弾けた。

 

ぼうっとした思考が熱を帯び、動かなかった身体が自由を取り戻す。

 

よろしいとか、よろしくないとか、そんなものは跡形もなく消えていた。

今はただ、社子の『色』に溺れたかった。ひたすらに貪り、蹂躙してしまいたかった。

 

おっさんの手が、社子のしなやかな肢体に伸びる。

一瞬怯えたように身が強張るが、すぐに弛緩し委ねられた。

 

この激しい雨音の中ならば、どのような音であっても覆い隠してくれるだろう。

おっさんは滾る衝動の導くまま、その柔肌へと被さった。

 

 

「――――」

 

 

……その、時。

おっさんの目に、月が映った。

 

仰向けとなり、熱っぽく潤む社子の瞳に入り込む、雲でくすんだ月明かり。

 

それを認めたその瞬間――おっさんは、ただの疲れたおっさんへと戻っていた。

 

 

「……やっぱり、よろしくないな」

 

「え……?」

 

 

先程までおっさんの身体を動かしていた衝動が消え、思考も熱を失い冷えていく。

起き上がり、優しく社子の身も引き起こせば、彼女は戸惑ったようにおっさんを見つめた。

 

 

「……あの、な、何で……」

 

「俺は、月が好きなんだ」

 

 

社子の言葉を遮り、おっさんが静かに呟く。

 

 

「真っ暗な夜空の中で、眩しく光るお月さま。昔からしょっちゅう見上げてて、その度元気を貰えてた」

 

「…………」

 

「楽しかった頃は、いつも月を見てたんだ。見る事が出来ていた、何でもない、普通の事として」

 

 

おっさんは、自分でも何を言っているのか分からなかった。

ただ心の零すまま、言葉を吐き出し続けているだけ。

 

 

「……だが、いつからか出来なくなった。疲れて、辛くて、月の光が眩しくなって、見るのも嫌になっていた」

 

「……はい……」

 

「つい最近までそうだったんだ。俯いて、薄汚れた革靴に辛うじて映るくすんだ光を眺める。そのくらいでしか……」

 

 

おっさんはそう区切り、社子の肩に手を置きその瞳を見つめた。

そして、

 

 

「――くすまないでくれ」

 

 

優しい瞳で、ただ社子にそう告げた

 

 

「え、あの」

 

「俺がまた月を見上げられるのは、君のおかげだ。笑顔を見れば、話をすれば、いや、会うだけでだって元気になれた」

 

「そ、れは、だって、チート――……」

 

「今は少し、雲に包まれているだけだよ。いずれ晴れるものに惑って、方向を見失っているだけで……」

 

 

それは社子だけではなく、自分に言い聞かせているようでもあって。

おっさんは社子の両手を握ると、最後の想いの丈を吐き出した。

 

 

「――君は、眩しいお月さまなんだ。そのかけがえのない輝きを、こんな薄汚れた靴に映るものになんて、しちゃダメだよ――」

 

 

……その切なる言葉は、すぐに雨音の中へ消えて行く。

 

沈黙。

おっさんと社子は互いに向き合ったまま、動かない。

 

一分か、十分か。いつまでも、ただ無言の時が過ぎ――やがて俯いた社子が数歩下がり、ゆっくりとおっさんから離れて行った。

 

 

「――すいませんでした。もう変な絡み方しないって言ったのに、変な風になっちゃって」

 

 

そしてぺこりと頭を下げると、すぐに身を翻し、おっさんに背を向ける。

その足元には、数個の水滴が落ちていた。

 

 

「あの、もう帰りますね。服とか、後で返します」

 

「……雨、酷いけど」

 

「大丈夫っす。……大丈夫に、出来るんで――」

 

 

社子は震える声でそう言うなり、人差し指を天へと向けた。

おっさんは思わず部屋の天井を見上げるが、当然そこには何も無い。首を傾げつつ、視線を戻し、

 

 

「――え?」

 

 

――社子の指先に、白く輝く球体が生成されていた。

 

正真正銘、本当の光の塊。

おっさんは突然の光景に絶句し、呆け――次の瞬間、光は音も無く発射されていた。

 

それは天井を傷つける事無くすり抜け、天高く昇り、雨雲の中に入り込む。

そして雲の中で幾度か閃光が起きたかと思えば、激しい轟音が耳を劈き――

 

 

「そいっ」

 

 

パン!

何かが破裂したような音と共に、あたり一帯の雨雲全てが消失した。

 

 

「……は?」

 

 

おっさんの口から間抜けな声が漏れる。

 

夢かと思い目を擦れど、しかし現実は変わらない。

窓の外。あれほど分厚く広がっていた雨雲は跡形もなく、夜空には数多の星々が鮮やかに瞬き、大きな月が煌々と輝いていた。

 

おっさんは開いた口が塞がらないまま、ただ月を眺め――そんな姿に、社子は泣き笑いを落とした。

 

 

「え、えへへ……ど、どスか。お月さま、出ました」

 

「あ、ああ……ああ? うん……そう、だな? えぇ……?」

 

「んで、どう、ですかね。どっちが……そのぉ……」

 

 

社子は何かを問いかけようとしたものの、きゅっと唇を引き締め、堪え。

涙を振り払うように激しく首を振ると、精いっぱいの笑顔をにっこりと浮かべた。

 

 

「――たくさん可愛いって言ってくれて、あざました! じゃまた、会えたら!」

 

 

最後にそう大声で言い残すと、社子の腰元から歯車の翼が生え、窓から飛び出し宙を舞う。

そしてまたも呆気に取られるおっさんをよそに、あっという間に夜空の闇へと消え去った。

 

 

「…………」

 

 

……一人残されたおっさんには、何もかも意味が分からなかった。

分からなかったが、しかしたった一つだけ、分かる事もある。

 

 

「…………会えないんだろうなぁ」

 

 

おっさんは深く息を吐き出すと、力なくその場にしゃがみ込んだ。

 

謎の現象に関する疑問は無い。問える者も居ない以上、考えるだけ無駄なのだから。

 

代わりに去来するのは、途轍もなく大きな喪失感。まるで心に大穴が空き、何かが流れ出ているようだった。

のろのろと月を見上げるものの、その穴を埋めるにはとてもじゃないが足りはしない。

 

……だが、これで良い。

 

自分は月を穢さずに済んだ。だからこれで、良かったのだ。

おっさんはそう強がりはしたものの――暫くの間、立ち上がる事が出来なかった。

 

 

 

 

 

 

ピリリリリ、ドン ドン。

ピリリリリ、ドン ドン。

 

煩く響く着信音と、隣室から続く壁ドンの音。

二つの騒音に脳を揺らされ、おっさんの意識は覚醒した。

 

 

「う……あぁ……?」

 

 

瞼が重たい。頭が痛い。

苦しみながら顔を擦り、手を伸ばしてスマホを探る。

そうしてようやく探し当てた時には着信は止んでおり、それに合わせて壁ドンも止まっていた。

 

 

「……あー……」

 

 

霞む視界でスマホの画面を確認すれば、そこには会社からの着信通知が十数件。

時計を見れば既に昼過ぎ。最早遅刻どころの騒ぎではなく、おっさんはもうどうでもいいやとスマホを投げた。

 

 

(……ああ、そうか。昨日、酒飲みまくったんだったか)

 

 

そのまま暫くぼうっとしていると、やがて今に至る経緯を思い出す。

 

――昨夜、社子とあの衝撃的な別れを果たした直後。

おっさんは喪失感に苛まれるまま、部屋の酒をあるだけ全部煽ったのだ。いわゆるヤケ酒である。

 

そうしていつの間にか泥のような眠りに落ち、起きてみれば今の時間。

部屋に転がる酒瓶や空き缶の数を見る限り、アルコール中毒にならなかっただけ幸運だったのだろう。

 

 

「……はぁ」

 

 

……二日酔いの頭痛に苦しむ中、考えてしまうのは、やはり社子の事だった。

 

あれで良かったのだろうか。

何も言わず、受け入れるべきだったのではないのか。

そうすれば、輝くものの全てをこの手に収められた筈なのに……。

 

醜い欲望混じりの後悔がぐるぐると渦巻き、苦いものが込み上げる。

ゲロである。おっさんは慌ててトイレに駆け込み、便器とお友達になった。

 

 

「……ちくしょー、よろしくねぇなぁ……!」

 

 

どうにもこうにも情けない。

嘔吐感とは別のムカムカしたものが胃の奥底より沸き上がり、グラグラと頭が煮立って来る。

 

社子にあれだけ格好つけたのだから、もっとシャッキリ出来んのか?

今更になってグダグダしてたら、彼女を泣かせた意味が無いだろう。

 

もう帰る夜道は一人きりなのだ。俯き、振り返ってばかりじゃいられない。

おっさんに残っているのは、夜空の月だけなのだから、これからは胸を張り、いつでも見上げられるように――。

 

――ピリリリリ、ピリリリリ。

 

 

「…………」

 

 

……着信音が、響く。

 

先程投げたスマホを振り返れば、当然その画面には会社の二文字。

しかしおっさんはスマホを取らず、静かにじっと眺め続ける。

 

――ピリリリリ、ピリリリリ。

――ドン ドン。ドン ドン。

 

 

「……………………」

 

 

しばらくそれを見ていると、再び隣室の壁が叩かれ始めた。

 

今は昼過ぎなのに、何をしている人なのだろう。

おっさんは疑問に思ったものの、何も言わない。

 

ただムカムカと沸き上がり、グラグラと煮え続け。

更には耳の奥でキリキリと何かを引き絞る音さえ聞こえ、そして、

 

――ピリリリリ、ピリリリリ。

――ドン ドン。ドン ドン。

 

――ピリリリリ、ピリリリリ。

――ドン ドン。ドン ドン。

 

――ピリリリリ、ピリ、

――ドン ドン。ド、

 

 

「――うるせええええええええぇぇぇぇぇ!!」

 

 

ブチン。

鼓膜の裏でそんな音が聞こえた瞬間、おっさんは吠えた。

 

そうして素早くスマホを拾い上げると、通話ボタンをタップし同じように叫んだ後、隣室側の壁へと思い切り投げつける。

激突したスマホの画面が砕け散り、隣室から「ひぇ」とか細い声が響いた。

 

煩い音は消えた。

しかしおっさんは収まらず、そこら辺に転がっていた通勤鞄の中身を全てぶちまけ、代わりに箪笥にしまっていた無数の封筒を詰め込み始めた。

 

今の会社に入社してから、書いては出せずにしまい込み続けた退職届達だ。

 

 

(そうだ。パワハラ上司がなんだ、クソボケ部下がなんだ! こちとらあんな可愛い子を振ったんだぞ!? それ以上のよろしくない事があるか!? あってたまるかそんなもん!! ならもう怖いものなしだろうが!!)

 

 

百や二百では済まないそれらでパンパンになった鞄を手に、おっさんは乱暴に立ち上がる。

 

髪はボサボサ、服は寝間着。目の下にはクマがあり、無精ひげも剃っていない。

だが、構うものか。あんなクソみたいな会社に払う礼儀など無い、このまま突貫して、鞄いっぱいの退職届を叩き付けてやる――。

 

 

「…………ッ」

 

 

おっさんは窓から空を見上げた。

 

昨日社子が行使した謎の力が効いているのか、未だに雲一つない快晴だ。

当然そこに月は見えない。だがおっさんは、見えなくともそこに在るのだと知っている。

 

――社子の最後の笑顔が、そこに浮かんだ。

 

 

「――いってきまアアアアアアアアアアアアアアアす!!!」

 

 

咆哮。

隣室から届く「い、いってらっしゃーい……」という小さな声を背に受けて、おっさんは自室の扉を蹴り開ける。

 

空に座る太陽の輝きは、穏やかではあれど月のそれよりも激しく、眩い。

しかしおっさんは欠片も怯む事は無く、新たな一歩を力強く踏み出した――。

 

 

 

 

 

 

「ひっく……ぐすっ」

 

「……なぁ、ウチ言ったよな? ラブホに入ってくお前なんて見たくねぇって、言ったよなぁ?」

 

「うぅ、あう、えぐえぐ……」

 

「あ? ラブホには行ってない? むしろそういうのが無かったから泣いてる? お前バカか???」

 

「うあぁ……うっうっうっ」

 

「あーはいはい……優しいおっさんだったと。女じゃなく、ずっと子供として見てくれてたのが良かったと、はいはい……」

 

「うぁぁぁ……ひっく、ひっく」

 

「……で、そんなおっさんにエロい目で見られるようになって、調子乗ったと。ノリにノリすぎて、アッパラパーになってたと……」

 

「あう、ぁぅぅ、ぐす、うええん……!」

 

「でもそんな自分が嫌じゃなく……いやこれいつまで続くんだよ! 勘弁してくれよ聞きたかねぇよこんな話マジで! 助けてくれ葛ー! 心白ー! 何でこんな時に限って休みなんだあいつらー!!」

 

 

*本日深夜、社は悲しみの余りスイカズラや甘酒グミのヤケ食いを行った。

 それと葛・心白らの欠席との因果関係は不明である。

 

 

「うっうっうっ……」

 

「つーかお前何でわざわざ女になってまで男に走んだよ!! 自分で言いたかないけどお前の周りキレイどこばっかだろうが!! いっつもドキドキしてんの知ってんだぞ!!」

 

「ぐすっ、うううぅぅ……あぁ」

 

「はぁ? それとこれとは別……? ティーエスにはティーエスの純愛がある……? いや何言ってんだ爛れてんだろうが今の話どう聞いても」

 

「うわあああああああん……!!」

 

「もとから気になってたけど、最後の最後でガチ惚れしたぁ? でもその瞬間に失恋確定して情緒グチャグチャになったぁ? しらねーーーーーーーーよ!!」

 

「うぐっ、ぐす、ひく、ひっく、あうぅぅぅぅ……!!」

 

「だああああもおおおおおよーし分かった! もう泣け! 泣いてろ! 今日一日ウチの胸はお前のハンカチだ! 好きに使っていいから、そろそろ落ち着――」

 

「ぐすっ……ぐすっ……」

 

「どわあああああ!? ちょま、そういうのは、そういうのは違うんじゃねぇの!? それはちょっ――いや女になりゃ良いって訳じゃなくて、んっ」

 

「ひっく、う、うぅ……」

 

「あーあーはいはい分かった分かったもう好きにしろや! んあぅっ、ああもうこんなんばっかかウチは! 葛ー! 心白ー! マジで助けてくれーーーーっ!!」

 

*両名の欠席理由は疲労困憊。

 それ以上の詳細は不明である。

 

 




甘酒グミ云々は前話最後のこっそり加筆部分を見てネ! すんません。

TSはともかく、話の都合上知らんおっさんが出ずっぱりになるのがアレかなとも思ったので、何でも許してくれる理解あるエイプリルフール君に託しました。
寛大な心でどうかひとつ……。

また何か思いついたら書くかもしれないので、その時はまたよろしくお願いします。


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