破壊神のフラグ破壊 (sognathus)
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「クロノクルセイド」編
第1話 神を超える神


破壊神は暇をしていた。

偶には星以外の物を破壊してみないか?

そんな従者の提案に興味を持ち、破壊神は早速時空旅行を決行した。


「ひっ、貴方は?」

 

少女は突如目の前に現れた異形の者に驚きの小さな悲鳴をあげた。

傍らには見た目は人間に見える者が一人だけいたが、やはりその人物も身に纏う雰囲気と格好から人間とは思えなかった。

 

「暇だからいろいろ破壊しに来たんだ」

 

「ビルス様いきなり印象悪すぎですよ」

 

「は、破壊?」

 

案の定、少女は恐怖に震えた声をあげる。

 

「あ、貴方は悪魔なのですか?」

 

「いきなり失礼な子だね。そりゃ人間から見たらそう見えるかもしれないけど、僕は神様だよ?」

 

「神......様......?」

 

少女は今度は呆気にとられた顔で、従者と思しきウィスという人物がビルスと呼んだ異形の者を見る。

 

「あ、神様と言っても破壊の神様ですけどね。くれぐれも失礼のないように。変に機嫌を損ねてしまうと大変ですよ?」

 

「っ......!」ビクッ

 

「そんなに怖がらなくていいよ。ま、恐れられる気分は悪くないけど」

 

「あ、はい......すいません。それで、その......ビルス......様はここへ何を破壊しに来たのですか?」

 

「ん。礼儀正しい子だね。んー、特に決めてなかったんだけど......ああ、取り敢えず君にしようかな」

 

「わたし!?」

 

衝撃的な言葉に少女は今度こそ恐怖に震えた。

本当に神様かどうかはまだ定かではないが、それでも少なくとも人間ではない異形の者にこんな事を言われては無理もない。

 

「わたしが何を......」

 

「ああ、ごめん。君といっても君自身じゃないよ。破壊すると言ったのは君の中にある変な因果の事さ」

 

「わたしの、因果?」

 

「何か君、特別な力を持ってるみたいだね」

 

「っ! ち、地上代行者の力を......破壊するのですか!?」

 

「うん、多分それ。君みたいな礼儀正しい普通の子がそんなだいそれた力を持っているなんてね。気に入らないから破壊させてもうらうよ」

 

ビルスはとんでもないことを言った。

自分の勝手な都合で神から授かった地上代行者の力を破壊すると言う。

だが、少女は驚くのと同時にこうも思った。

 

そんな事は出来るはずない、と。

 

この力は悪魔に抗する為に神より授けられた聖なる力だ。

例え、自分が望まずして授けられた力だったとしてもその力は神聖なもの。

ましてや、神かどうかも分からない異形の者に破壊できるはずがない。

 

「そ、それは無理だと思いますよ。だって、これは神様から授けられた力ですから......」

 

「ああ、こっちの神の事か。いや、問題ないよ。僕の方が偉いし、何よりカッコイイからね」

 

「ビルス様、そこはカッコイイではなく、強い、が適当だったと思います」

 

対するビルスたちはそんな少女の言葉を気にする風もなといった様子だ。

 

「な、なにを仰っているのですか......?」

 

「ここの神はどうやら特定の形を持たない精神体みたいだね。ん、信者の信仰心を糧にするタイプか」

 

「この手の神は姿がないので、信仰する信者にとっては先ず抗えない絶対の存在になりがちですね」

 

「そうだな。全く大して働きもしないのに、偉そうに色々やってるみたいだ。そういうのは破壊、してもいいよな?」

 

「それは、ビルス様は破壊神であらせられますから。どうぞ御心のままに」

 

「だな。という事でお嬢さん、悪いけどついでにその神も破壊させてもらうよ」

 

少女はもう言葉が出なかった。

ビルスは、破壊神と呼ばれた異形の者は、ついに自分の力どころかこの世界の神すらも破壊すると言い出したからだ。

 

「でもビルス様、この星の神を破壊してしまうと、そちらのお嬢さんの力も消えてしまうのではないですか?」

 

「あ、そっか。その力が神に与えらえれたものなら当然か」

 

「神だけ破壊してハイ終わり、じゃちょっとつまらないなぁ......。あ、そうだ」

 

何かを思いついたのかビルスはポン、と手を付くと。

ビルス達の会話に着いていけず、もはや言葉を失くして立ち尽くしていた少女に質問してきた。

 

「ねえ君、さっき僕のことを悪魔と言ったよね?」

 

「あ、それは......」

 

ビルスの言葉に少女は再び恐怖に震えだした。

 

「ああ、さっきの事なら怒ってないからいいよ。それよりさ、僕が訊きたいのは悪魔の事なんだけど」

 

「あ、悪魔ですか?」

 

「そう。さっき僕のことを悪魔と間違えたでしょ? ということはこの世界には悪魔がいるって事だよね?」

 

「は、はい」

 

「よし。取り敢えず悪そうな悪魔を全部破壊して神様らしい事をしよう。で、その後にここの神を破壊だ」

 

「なるほど。それは名案です」

 

少女はこの時点で確信した。

この二人は普通ではない。

神かどうかは未だに判らないが、それでも彼らの会話を聞いているとこれだけは判った。

彼らが放つ言葉の全てにこの世界に対して遠慮がなく、そして自身の力に絶対の自信を持っているのを感じたからだ。

もしかしたら、本当に神様なのかもしれない......。

少女は段々そう思うようになってきていた。

 

「あ、あの」

 

「うん?」「はい?」

 

「わ、わたしアズマリアと言います!そ、その......ビ、ビルス様に少々お尋ねしたい事があるのですが」

 

この者たちが本当に、神だと、力あるものだというのなら、確かめなくてはならない。

地上代行者として彼らの善悪を判断しなければならない。

 

「ああ、そういえば君の名前を聞いてなかったね。ご丁寧にどうも。僕は……そういえば名前もう言っちゃてたね」

 

「そうですね。では、改めて自己紹介しましょう」

 

「そうだな。僕はビルス。この星を含めた全宇宙の破壊神をしている」

 

「わたしはウィスと申します。この通りビルス様の付き人をしております。どうぞ宜しく」ニコ

 

突然の自己紹介を受けたビルスは別に驚く風もなく、アズマリアの言葉に耳を傾けてくれた。

それどころか、丁寧に自己紹介を改めてしてくれた。

自己紹介の内容さえ想像を絶するものでなかったら、アズマリアはここで少しは安心したところだったが、残念ながら現実はそう甘くはなかった。

 

「ぜ、全宇宙の神......様ですか......」

 

予想外だった。

違う世界だったらまだしも、全宇宙なんて言葉誰が予想できたものか。

 

「そう。だからとっても偉いんだよ? あ、僕に質問だったね。何かな?」

 

「あ、あの......失礼を承知でお尋ね致します。ビルス様は破壊の神様だと仰られましたが......その......悪い、方ではない......ですよね?」

 

その質問にビルスは目を丸くしてアズマリアを見つめ返した。

ウィスも不意を突かれて驚いていた顔をしていた。

しまった、怒らせてしまったか。

アズマリアは質問をもっと考えてするべきだと絶望した。

だが、その絶望とは裏腹に幸運にもビルスは愉快そうに笑いながら言葉を返した。

 

「ほう。面白い事言うねぇ。神様に善悪かぁ......」

 

「ほほ。初めての質問ですね」

 

「アズマリア、だったかな」

 

「は、はい」

 

「結論から言うけど、神様に善も悪もないよ」

 

「え」

 

「この世の理の全てを超える力を持つ者、それが神さ」

 

あまりにも衝撃的すぎる言葉を、ビルスはアズマリアの前で容赦なくそう断言した。




完璧に自分専用のただの妄想です。
時間がある時に書く程度に決めているので更新は亀の如しです(確定)

あと、ビルス様はドラゴンボールで2番目に好きなキャラです。
因みに1番は桃白白。


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第2話 願い

神には善悪はない、それどころか最も力がある者こそが神だとビルスは言った。

だがそれは、アズマリアにはそれは到底受け入れ難い事実だった。
否、断じて受け入れる事はできなかった。


「そ、そんな事ありません!」

 

「?」

 

ビルスは突然必死な形相で叫んだアズマリアを不思議そうな顔で見た。

 

「神様に善も悪も無いだなんて……そんな……そんな事あるわけないじゃないですか! だったらなんで私にこんな力を、神様は授けられたと言うんですか……!」

 

アズマリアは叫んだ。

心の底から慟哭した。

震えながら、自分の存在を否定する発言が我慢できずに、ビルスにそう反論した。

 

「……アズマリア」

 

ビルスはアズマリアの反論を気にする風もなく、穏やかな口調で話し掛けてきた。

 

「はい……」

 

「君は、その力を奇跡の力だと思っているのかな? 善神から与えられた力だと」

 

「もち……ろんです。この力で私は自分が不幸になる代わりに悪と戦ってきました……」

 

「ふーん、そうなんだ。でもさ、おかしいと思わないかい?」

 

「え?」

 

「そうやって必死に神に献身している君が、どうして代わりに不幸になる必要があるんだい?」

 

「それは……力を遣う代償として……」

 

「その代償は何処へ行く?」

 

ビルスの声が変わった。

今までに聞いた中で一番低く底冷えする声だった。

 

「そ……れは……」

 

アズマリアは答えられなかった。

ただ、力を使う為には必然だと、仕方ないことだと割り切ってきたからだ。

だから代償が何処へ行くかなんて考えた事もなかった。

 

「君にはショックかもしれないけど、知りたいなら教えよう」

 

「何を......ですか?」

 

「代償の行方さ」

 

ビルスの口調は元に戻っていたが、その言葉に何か含むものをアズマリアは感じた。

どうやら知るには相応の覚悟がいるらしい。

彼女は思い悩んだが、その言葉に対する興味を捨てきれず、戸惑いながらも尋ねる事にした。

 

「......何処へ、行ってるんですか?」

 

アズマリアの返事を確認すると、ビルスは悪びれもせずにこう言い放った。

それは信じ難い、事実にしてはあまりにも酷い内容だった。

 

「君達が信仰する神の慰みものになってるんだよ」

 

「っ! い、今確信しました! あなた達は悪魔です! そうでなければそんな虚言を言う訳ありません!」

 

アズマリアは目を見開き激高した。

温和な彼女でも許すことが出来ない侮辱だった。

 

「ほら、ショックを受けるって言ったじゃないか」

 

「でも、やってる事結構悪魔っぽいですよ。ビルス様」

 

「えっ。そ、そうかな?」

 

「だってほら、あんなに良い子を泣かせてしまってるじゃありませんか」

 

「う......」

 

ウイスに窘められてビルスは少し怯んだ表情をした。

どうも付き人でありながら、この人物には頭が上がらないところがあるらしい。

 

「ビルス様はちょっと物言いがストレート過ぎるんですよ。もうちょっとオブラートに包んで教えてあげないと」

 

「オブラート? なんだそれ?」

 

「食べ物ではありませんよ。食べれますけど」

 

「どっちだ? ......まぁ、いい。それで僕にどうしろと?」

 

「まず、わたし達が悪魔だと言う誤解を解きましょう」

 

「ああ、そういえばついに断定されちゃったね。ちょっとイラっときたな」

 

「それは、誰の所為ですか?」ジト

 

ウイスは呆れ顔の半目でビルスを睨んだ。

ビルスは思わずたじろぎ、拗ねた子供の様な表情で言葉を紡いだ。

 

「分かった分かった」

 

ビルスは未だに自分を見つめるウイスの視線を感じながら先程激昂してから俯いたままのアズマリアに声を掛けた。

 

「ごほん。あー、アズマリア」

 

「......」キッ

 

アズマリアは既に言葉を交わすつもりはないようだった。

言葉の代わりに険しい目つきで睨んできた。

 

「分かってる。君は僕が言った事実を受け入れられないんだろ?」

 

「当り前です!」

 

「分かった。それじゃ、証拠を見せよう」

 

突然のビルスのその言葉に意表を突かれたアズマリアは眉をひそめて尋ねた。

 

「証拠?」

 

「君が神に弄ばれてるという証拠さ。ウイス」

 

ビルスは傍らにいたウイスに何やら指示を出した。

 

「はいはい」

 

「この子に見せてあげてよ」

 

「畏まりました」

 

ウイスは手に持っていた杖でコツン、と地面を一度叩いた。

すると杖の先端の飾りが輝きだし、アズマリアの前に地球の映像が投影された。

 

「これは......」

 

アズマリアが驚くのも無理はなかった。

彼女がいる時代はようやく大陸移動説などが唱えられたりした頃で、まだ世界を一周するのにやっとの時代だ。

そんな時代にいきなり地球の全体図を立体で、しかもフルカラーなんかで見せられて驚かないわけがなかった。

 

「地球です。ほら、この黄色に光ってる靄の様なものがあるでしょう? これが神です」

 

「えっ? こ、これが?」

 

「正確には神の影響を受けている所、ですが。神自体が人の信仰心によって存在を保っているので、この様な形になります」

 

ウイスが示した黄色の靄は世界各地にあった。

だが、そこでアズマリアはある事が気になった。

明らかにキリスト圏でない中・近東まで同じ色の靄が掛かっている、ここは地理的にイスラムの筈だ、何故イスラムとキリストが同じ神の色をしているのか?

 

「あの......これに映っている神様は全部同じ色をしているように見えるんですけど、信仰されている神ごとに分けて表す事はできないんですか?」

 

「そんな必要はありませんよ。これは全部同じ神なんですから」

 

「え?」

 

ウイスはあっさりとアズマリアの疑問に答えた。

 

「この世界の神は姿形がないことを利用して、この星の様々な国に自分の存在をそれぞれ異なる形で伝えているんです」

 

「なんでそんな事を......」

 

「同じイメージを植え付けるより、常に異なるイメージを与える事によって存在率を高める為ではないしょうか」

 

「自分たちが信じる神と違う神を信仰する者がいれば、宗教同士の対立は必然です。彼らはきっとそういう人間の性を利用しているんでしょうね」

 

「そんな......」

 

「戦争という娯楽を楽しみながら、信仰も得られるんだから正に一石二鳥というやつだね。君の不幸は彼らにとっては娯楽にすらなってない暇潰しだよ」

 

「……っ!」

 

アズマリアは絶望して泣き崩れた。

自分の人生を半分諦めてまで神に捧げてきたのに、これまでの行いは一体なんだったのか。

 

「ビルス様……」ジト

 

「な、なんだ? 今のも悪魔っぽいか?」アセ

 

(悪魔......)

 

悪魔という言葉を聞いて、アズマリアにはある一つの考えが浮かんだ。

今までは決して浮かびようもない考えだったが、ビルス達が話した真実を知る事によってそれは確信に近い考えとなっていた。それは――

 

「あの……」

 

「はい?」「うん?」

 

「ビルス様に一つお教え頂きたい事があります。悪魔は……悪魔が存在するのはもしかして神が……」

 

「そう。悪魔も神の創造物だよ。目的は、もう言わなくても解るみたいだね」

 

「は……はは」

 

やはりそうだった。

アズマリアは最早泣く事も出来なかった。

世界の何もかもがおかしく思え、あれ程必死に戦ってきた悪魔さえ哀れに思えるようになっていた。

 

だから、彼女の中に一つの願いが出来た。

神様ではなく、今自分の目の前にいる己が破壊の神だという傲岸不遜の異形の者に対して、命を懸けても叶えて欲しい願いが。

彼が本当に破壊の神だと言うのなら、全宇宙の神というキチガイじみた存在であるというのなら、彼女の願いはいとも容易く叶える事ができる筈だった。

 

「ビルス様……お願いがあります」

 

「ん?」

 

「この願いが叶うのなら、わたしは貴方に全てを捧げます」

 

「その願いとはなんだ?」

 

「神様を滅ぼしてください。そして、ロゼットさんとクロノさんを助けて下さい」

 

アズマリアは、迷いのない瞳で、後悔の欠片もなく、自らの心に従って、ビルスにそう願い出た。




次、ビルスがとうとう動きます。

あ、いやその前にロゼット達とひと悶着あるかも。


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第3話 二人の幸せ

アズマリアはビルス達をロゼットとクロノに直接会わせる事にした。
少し波乱の予感はしたが、それでもお互いが敵でないことくらいは理解させておかなけれればならない。
その為に自分から仲介役を買って出たのだった。


「あ、悪魔!」

 

開口一番ロゼットはそう叫んだ。

予想通りの反応過ぎてそんなに慌てることはなかったが、この後の展開はちょっと予想外だった。

 

「落ち着いてロゼット。この人は悪魔じゃないよ」

 

興奮しているロゼットをいつものことのように慣れた様子でクロノが宥める。

 

「そうです! 多分、ですけど……」

 

「なんで連れてきた本人が半信半疑なのよ」

 

「それは僕も知りたい」

 

「悲しいですねぇ……よよよ」

 

「え、あの……その」ワタワタ

 

自分は何故こうも無意識とはいえ、変なところで余計な事言ってしまうんだろう。

アズマリアは自分の迂闊さを再び呪った。

 

「ま、まあアズマリアもわざと言ったわけじゃないみたいだし、いいじゃないか」

 

「そ、そうです。わざとではありません! ビルス様、本当に失礼しました!」ペコ

 

「ほう、悪魔とは思えない気の利いたフォローだね。君、本当に悪魔かい?」

 

「え、ええ。まあ……」

 

自分が話し掛けられるとは思ってなかったのか、ビルスから声を掛けられてクロノは少したじろいだ。

ロゼットはその光景を見て妙な違和感を感じた。

 

おかしい。

クロノは正真正銘の悪魔なのに目の前にいる悪魔に対しては、態度がどうもぎこちない。

クロノはやむ得ぬ事情だったとはいえ、同じ仲間である悪魔を裏切った咎人だ。

そんな彼が敵ではないかもしれないとはいえ、同じ悪魔に対してそんな態度をとっていることがロゼットにはどうも腑に落ちなかった。

 

「そういえばクロノ、あなたこの目つきの悪い猫みたいなのが悪魔じゃないとか言ってたわよね? どういうこと?」

 

「目つきが悪い……」ヒクッ

 

「ぷっ」

 

「ロ、ロゼットさん!」

 

ビルスがロゼットの口の悪さにひくつき、ウイスがそれにウケ、アズマリアが事態の悪化に涙目になる、という三者三様の反応を見せる中、クロノはロゼットの疑問に戸惑いがちに答えた。

 

「うん。そうだよ。この人は間違いなく悪魔じゃない」

 

「どうしてそう言い切れるわけ?」

 

「この人からは悪魔の気配どころか、生き物としての気配そのものを感じないんだ。目の前にいるのに何も感じないなんて、こんな事……初めてだよ」

 

ロゼットはクロノの言葉を聞いて、すぐにビルスを振り返った。

悪魔にしか見えないがそうじゃない。

だとしたら何?

 

「アズマリア、僕から自己紹介するとまた面倒な事になりそうだ。取り敢えず、この二人に何をしたらいいのか教えてくれるかな」

 

ビルスはロゼットに見つめられると面倒そうに顔をそらした。

どうもこういう話を聞かないタイプは好きじゃない。

 

「ロゼットさんをクロノさんとの契約から解放してあげてください」

 

「アズマリア!?」

 

「なんだって!?」

 

アズマリアの言葉に二人は驚愕の表情で彼女を見た。

 

「ほう。この子が首からぶら下げてるの、これが契約の証か」

 

「そうです。クロノさんはロゼットさんと一緒に戦い、力を解放するたびに彼女の寿命を消費してしまいます。このままでは、ロゼットさんは……」

 

「ちょ、ちょっと何勝手な事言ってるのよ! これはわたしの意思なの! 後悔なんかしていないわ!」

 

アズマリアが発言を言い切る前にロゼットが凄い剣幕で割り込んできた。

 

「それでも……例えそうだとしても! 私は貴女に、生きて欲しいんです! 生きて……クロノさんと一緒に幸せになって欲しいんです!」

 

対するアズマリアもロゼットの身をどれだけ案じているかを、ついに涙を滂沱の如く流しながら彼女に叫び、訴えた。

彼女には絶対生きてほしい、生きて、絶対にクロノと幸せになって欲しい。

この願いだけは譲るつもりはなかった。

 

「ア、アズマリア……。し、幸せってそんな……」カァ

 

「え? え? 僕とロゼットがそんな……」ワタワタ

 

アズマリアの二人で幸せになって欲しいという願いに、ロゼットとクロノは即座に言葉を失い、顔を赤くした。

そう、こんな顔を私はこれからもずっと見続けたい。

 

「ふーん。ま、確かに壊すのは簡単だけどさ、でもこれを壊したところで彼女の寿命は戻らないよ?」

 

ビルスはそんなやりとりを全く気にする風もなく、ロゼットの懐中時計を眺めながらそんな事を言った。

 

「……っ!」

 

「……っ」

 

クロノとロゼットは互いに一瞬辛そうな顔をした。

もう何度か使ってきただけに理解はしていたが、それでも失われた時間が二度と戻らないと改めて指摘されるのは心にくるものがあった。

 

「それは、知っています。でも、それでも……」

 

「まあ落ち着いてください。アズマリアさん、ビルス様が言いたいのはその奪われた寿命もあなたの力と同じ様に、この世界の神を破壊すれば戻ると言っているんです」

 

「なっ!?」

 

「神を……破壊……!?」

 

ウイスの言葉に、ロゼットとクロノは信じられないという表情で絶句した。

 

「ウイス」

 

「畏まりました」

 

もう説明するのは面倒になったのか、ビルスは自分からは特に何も言う事もなく先程アズマリアに見せた映像をクロノ達に見せながら要点を説明するようにをウイスに命じた。

 

そして――

 

 

 

「……なるほどね」

 

「……」

 

初めは半信半疑だった二人もウイスの説明を聞くうちに段々と静かになり、今では話に聞き入っていった。

そんな二人の様子にアズマリアは安堵のため息を漏らす。

 

「……ほっ」

 

アズマリアの予想に反して二人の反応は意外に冷静だった。

ロゼットは最初は激しく抵抗していたものの、ウイスに映像を見せられ説明を受けている内に次第に静かになっていき、クロノに至っては少し前のアズマリアと同じくこの世の終わりの様な絶望的な表情をしている。

 

「それでアズマリアは、ビルス……様に神様を破壊してもらおうとしてるわけね」

 

「そうです」

 

「んん? 意外に理解が早いね。正直、君はもっと抵抗すると思ってたよ」

 

「そりゃ、あんなものを見せられたらね。ある程度は信用もするわよ。それに」

 

「?」

 

「あなた怖いもの。話してて、その言葉の全てが純粋というか、邪気がなくて……。何に対しても遠慮がない感じがした」

 

「ほう。君は見た目よりずっと勘も冴えてるね。こんなに早く事実を受け入れるなんて思ってなかったよ」

 

ビルスはロゼットの言葉に気を良くしたのか彼女の聡明さを褒めた。

 

「ふんっ。褒めてるのか貶してるんだか」

 

対するロゼットもこの子供の様な神との接し方を心得てきたようで、ビルスのその皮肉の様な褒め言葉にも言い返すことなく、自然体で応じた。

 

「あの……ビルス様……」

 

「ん?」

 

「これは……本当なんです、よね? だとしたらアイオーンがやろうとしている事も……。はは、間違っていたのは僕らだったのか……?」

 

クロノはそんなロゼットとは対照的に、最初からこんな調子だった。

しかしそれは、彼が今まで経験し、行ってきたことを鑑みれば無理もない反応だった。

 

「君は本当に悪魔なのかい? こんなに打たれ弱い悪魔は初めて見るよ」

 

「クロノ......」

 

その様子を見て今はクロノの事はそっとしておいた方がいい、と判断したロゼットは二人の間に割って入りこう切り出してきた。

 

「率直に訊くわ。結論から言って、神を破壊するとどうなるの?」

 

当然の疑問だった。

今まで信じてきたものがなくなったら世界がどうなるのか、先ずそれを確認しなければならなかった。

 

「神の存在がなくなると、あなた達が言うところの神の干渉による加護が全てなくなります。同時に悪魔も神との繋がりが消滅し、人間と同じくらい弱い生き物になるでしょう」

 

「僕とアイオーンが見た『世界の心理』は……?」

 

「当然消滅します。その意味であなた達は本当の意味で真の自由の身になるわけですが、同時にそれからはあなた達自身の力で生き、世界を支えて行かなくてはならなくなります」

 

 

「その話、本当だろうな」

 

不意に頭上から声がした。

ロゼット達が空を見ると、なんとそこにアイオーンがいた。

 

「アイオーン……」

 

驚きの目で彼を見るクロノ。

だが、アイオーンはそんな彼の事は今は眼中にない様で、ビルスに目を向けると彼にまた口を開いた。

 

「破壊神ビルス、今一度尋ねる。その話は本当か?」

 

「偉そうな奴だな。それが人にものを尋ねる態度かい?」

 

そんな彼に対してビルスは質問には答えず、降りて来て直接訊きに来いと言葉の裏で伝えてきた。

 

「……」

 

アイオーンはビルスにそう言われると、無言で地上に降り立ちゆっくりとビルスに近づいてきた。

 

「……」

 

怒りの感情こそ見せてはいないが、無言でアイオーンを見つめるロゼットの目は険しかった。

そんな彼女をクロノはなんとか宥めようする。

 

「ロゼット、駄目だよ」

 

「分かってるわ」

 

クロノの焦りに対して、ロゼットは意外にも柔軟に応じた。

彼女も判っているのかもしれない、今この時が重要な局面であるという事を。

 

「……俺たちは自由になれるのか?」

 

「その代わりに弱くなるけどね」

 

ビルスは答の代わりに結果を伝える事でアイオーンの質問に応じた。

 

「そんな事は構わん。自由になれるのならな。だが、本当にそんな事ができるのか?」

 

「君は僕の力が信じられないみたいだね」

 

「生憎、俺は話だけでは貴様の力を信じる事ができないのでな」

 

「僕は破壊する事しかできないわけなんだけど。それを解った意味で言ってるんだろうな?」

 

ビルスの声がアズマリの時と同じ様に変わった。

その雰囲気に誰もがこの瞬間、この人物は危険だと感じた。

 

「大した威圧感だ……だがな」

 

アイオーンが目を見開いて攻撃をしようとした。

 

だが、その瞬間。

いつの間にか彼の額にビルスの指が当たっており、彼はそれを認知する間もなくその場で崩れ落ちて気を失った。

 

「……」

 

ウイスを除く、その場に居た全員が何が起きたのか理解できずに絶句した。

そして次第に時間が経つにつれて、この破壊神がどれだけ恐ろしい力を持つ存在か初めて認識するのだった。




最初はここで壊して、ビルスがついに! という流れにしようとしてたんですが、それだと寿命が戻りそうもないですからね。
なんとか強引に戻る理由を付ける事にしました。

ビルス様の活躍に期待してた方、申し訳ありません。

そしてビルス様、なんとアイオーンを一発KOです。
次は神様かな?


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第4話 破壊神

ビルスの力を試すつもりだった彼の宿敵は、クロノ達の目の前で訳も分からないままに突然崩れ落ちた。
その光景はまるで今までの苦労が冗談の様に思える悪夢にも思えた。


「え……」

 

アズマリアが唖然とした顔をして言葉が出なかった。

 

「アイオーン……?」

 

クロノも目の前で長年の宿敵が一瞬で倒されたという事実を受け入れ切れない様子だった。

 

「こ、殺したの!?」

 

一方ロゼットにはビルスが何をしたのか、よりアイオーンの生死の方が重要だった。

この男には弟を連れ去られている、ここで手がかりを失う訳にはいかなかった。

 

「ただの脳震盪だよ」

 

ぶっきらぼうな声でビルスが言った。

 

「脳震盪?」

 

聞きなれない言葉に眉を寄せるロゼットにウイスが補足した。

 

「ただの気絶ですよ」

 

「そう……」ホツ

 

(あのアイオーンが気絶、させられた……?)

 

クロノはウイスの言葉に愕然とする。

アイオーンは腐っても罪人の首領、クロノの兄だ。

その実力についても誰よりも分かっているつもりだった。

そんな彼がわけもわからないままに自分たちの目の前で一瞬で敗北した。

 

公爵クラスの悪魔なら予測できる結果だが、ビルスの場合は予測すらできないままに勝負を着けてみせた。

 

(これが神の力なのか……?)

 

 

「おい……見たか?」

 

上空で事の経緯を見守っていた三人の悪魔の一人、ジェナイが呆然とした表情で言った。

 

「ええ。信じられない……」

 

恐らく女性型の悪魔と思われるもう一人の悪魔、リゼールもジェナイと同様に信じられないという顔をしていた。

 

「破壊の神……か」

 

残る一人の一番屈強そうな悪魔であるヴィドも表情にこそ動揺の色は見せてなかったが、声にまでは気を利かせる余裕はなかったようで、その声は他の二人と同じ感情が聞いて取れた。

 

彼らは皆アイオーンの仲間であり、彼を支える有力なメンバーだったが、今はその全員が目の前で起こった事態が驚愕し、戸惑いの色を隠せずにいた。

 

 

「君達もあいつの仲間なのかな?」

 

「「「!!」」」

 

不意に掛けられた声に三人の悪魔はビクリとして振り返る。

するとそこには先程アイオーンを一瞬で敗北させた張本人が目の前にいた。

 

「なっ……!」

 

「いつのまに……!」

 

「……」

 

 

「反応から察するにその様だね。さっき倒した奴の態度から察するに君たちは悪い悪魔……なんか変な言葉だな。まぁ悪魔なんだから悪いのは当然だよな……」

 

破壊神は動揺する三人の前で突然考え事をしだした。

その様子はまるで彼らの事を障害として認識しておらず、どうでもいいと言った様子だった。

 

「なめやがって......!」

 

仲間の中で一番短気なジェナイが憤慨する。

アイオーンをどうやって敗かしたのかは解らないが、この隙だらけの状態なら……と、思った矢先だった。

 

「やめろ」

 

と声がした。

 

「へぇ、もう目が覚めたか。意外に体力はあるみたいだな」

 

三人が目を向けると意識を取り戻したアイオーンが地上から彼らを制していた。

クロノ達も三人の存在に気付き、臨戦態勢を取っている。

 

「アイオーン、けどよ!」

 

「ジェナイ、俺はやめろと言った。やめなければお前は消されていたぞ」

 

「なん……」

 

すかさず反論しようとしたジェナイだったが、アイオーンがその前にきつく彼を睨みつけ何とか黙らせた。

 

「……チッ」

 

「皆降りて来い。話がある」

 

 

「なんですって……」

 

「冗談だろ、流石に……」

 

「俄かには信じられん。だが……」

 

「そうだ。この方は本物だ。そして、俺達の望みは今目の前にある」

 

「おい。勝手に話を進めるんじゃないよ。君たちみたいな失礼な奴らの願いなんて僕は聞いてあげるつもりはないぞ?」

 

「神よ……先程の彼らの非礼は心からお詫び申し上げる。だからどうか、我らにも慈悲を賜りたい。お願い申し上げる……」

 

そう言うとアイオーンはビルスの前で深く頭を垂れた。

 

「「「……」」」

 

クロノ達の三人はそんなアイオーンの態度を呆然と見ていた。

 

(あんな腰の低いアイオーンを見たのは初めてだな)

 

(う……ちょっといい男と思っただなんて絶対に間違いよ)

 

(アイオーン……さん)

 

「……ふーん、でもなぁ」

 

ビルスはまだ機嫌が直っていないようで、そっぽを向いてアイオーンの突然の願いに渋い顔をしていた。

だが、そんな時に。

 

「ビルス様。私からもお願いします。彼らを許してあげてください」

 

「あ、アズマリア?」

 

仇敵を突然擁護しだしたアズマリアにロゼットが動揺した声をあげた。

 

「ごめんなさいロゼットさん。でも、もう争う必要がないのなら禍根はここで絶つべきです」

 

「アズマリア……」

 

「っ、そうだけ……ど」

 

クロノとロゼットは互いの思いこそ同じではなかったが、自分の提案に対するアズマリアの思いは理解できるようで、その表情は拒否するようなものではなくなっていた。

 

 

「ふむ……じゃ、こうしよう。そこの一番目つきが悪そうな君」

 

「あ?」

 

いきなり勘に障る言い方をされてジェナイは不快な表情を隠そうともせずに喧嘩腰な返事をした。

 

「「「ジェナイ!!」」」

 

「な、なんだよお前たちまで!?」

 

ジェナイはまさか仲間であるはずの三人に同時に叱られるとは露程も思っておらず、流石に委縮して黙り込んだ。

 

「良い仲間を持ったな。そう、君が僕に謝れば許してあげよう」

 

「くっ……」

 

意固地なジェナイは屈辱に震えながらも選択肢がない事は理解していた。

これは仕方のない事だ、そう無理やり自分を納得させて頭を下げようとした時だった。

 

「あ、あれは!?」

 

アズマリが驚きに満ちた声を上げた。

全員がアズマリアが指さした方向を見ると……。

 

 

空に武装した無数の天使がいた。

空を埋め尽くしているその数は、数千、数万はくだらないようだ。

その光景はまるで聖書に記されたハルマゲドンの様だった。

 

「あれは……」

 

クロノは愕然とした表情で空にいる無数の天使を見ながら言った。

 

「神隊ですよ」

 

不意に背後から声がした。

皆が声をした方を振り向くと、そこにマグダラ修道会のレミントン牧師がいた。

 

「レミントン牧師!」

 

「やあ、ロゼット。そして皆さん」

 

レミントンは何時もと変わらぬ穏やかな口調で挨拶をしたものの、その顔は明らかに蔭がかかっており浮かない表情をしていた。

 

「お前……天使だな」

 

アイオーンが即座に彼の正体に気付き敵意を露わにする。

 

「えっ?」

 

ロゼットとアズマリアは突然の事実に驚きの表情で彼を見るが、それに対してレミントンは意外にもすまなそうな顔をするだけで、こう返してきた。

 

「その通りです。ロゼット・アズマリア、それにクロノ、すみませんね。私はずっと正体を隠していました」

 

レミントンはあっさりと事実を認めてロゼット達に謝罪をした。

 

「そんな……牧師が天使だったなんて……」

 

衝撃の事実にロゼットは驚きで言葉が出ない様子だった。

 

「なんとなく不思議な方だとは思っていましたが……」

 

アズマリアも同じく驚いていたが、彼女はロゼットとは違って以前から思うところがあったらしく、彼女ほどショックは受けていないようだった。

 

「それで、なんのつもりだ? お前もあの群れの中に入るつもりなのか?」

 

未だに敵意を消さないアイオーンは上空の天使の群体を指すと、まるで惜別の宣言の様な口調でそう聞いてきた。

アイオーンの仲間も皆、彼と同じく敵意を表わし臨戦態勢をとっていた。

 

「そんなつもりはありませんよ。私は様子を見に来ただけです」

 

「様子?」

 

クロノもレミントンに対する不信感を持ったのだろう、用心するような表情で訊いた。

 

「悪魔の気配がするので来てみれば、なにやら予想外の方もいるではありませんか。言い訳にしかなりませんが、つい気になって観察をしていました」

 

「それで、君は僕に何かようかな?」

 

今までずっと興味なさそうに黙っていたビルスが、レミントンが自分に興味を示していた事を感じ取って自分から彼に話し掛けてきた。

 

「ビルス様、お初にお目にかかります。神の使い、一応天使のユアン・レミントンと申します」

 

レミントンは礼儀正しく丁寧にお辞儀をしてビルスに自己紹介と挨拶をした。

 

「ほう。どうやら僕らからの自己紹介は必要なさそうだ」

 

「ええ。どうぞお気遣いなく。ですが……」

 

レミントンは一度そこで言葉を切ると姿を現した時と同じように蔭の掛かった顔をして、空にいる天使の群れを見ながらこう言った。

 

「できれば、こうなる前にお互い自己紹介をしたかったですね……」

 

「レミントン牧師あれは何なんです?」

 

「あれは、神隊。直接地上に手を出せない神が自らの代わりに懲罰を行う為に作った天使の軍隊です」

 

その言葉にビルスとウイスを除く全員が息をのむ表情をした。

 

「非常に残念です。神はビルス様を激しく敵視しているようです。そして今、神罰を下す判決をされた……」

 

口調こそ穏やかなものの、彼の目は絶望に染まっていた。

その目は最早、時ここに至りて死を待つのみ、と明らかに語っていた。

それに対してビルスは特に気にする様子も見せず、こんな事を聞いてきた。

 

「ふーん、そうなんだ。で、君は天使なんだろ? 君もあそこに加わるのかな?」

 

その言葉にロゼット達は息を呑み、悪魔たちは再び敵意を表した。

それ対してレミントンは苦笑交じりにかぶりを振りながらこう答えた。

 

「先程も申しましたが、そのつもりはありません。貴方達の話を聞いて事実を知り、私は廃教を決めました。もう神には着いていけません」

 

レミントンはそう言うと悲痛な思いで上空の天使を眺めながら更にこう付け加えた。

 

「最期はせめて、皆さんと一緒に抵抗を貫いてみせようと思います」

 

その言葉はこの世の終わり、自分たちの敗北を意味していた。

当然その言葉を受け入れられない面々は口々に抵抗の言葉を露にした。

 

「そんな、そんなのってない!!」

 

ロゼットは激高した。

 

「ここまでなのか……?」

 

クロノは最期になるかもしれないと悟りつつも、それを理由にロゼットの生命を使うことを躊躇っていた。

 

「ふざけるな! 黙ってやられると思うなよ!」

 

ジェナイもロゼットと同じく激高し、その身体に力を込める。

 

「そうね。やるだけやらせてもらうわ」

 

「ふん……」

 

リゼールとヴィドも同感といった様子で戦闘態勢へと移行する。

 

そんな声が上がる中、アズマリアとアイオーンという今までなら全く相容れない組み合わせの二人だけが揺るぎのない信頼を込めてビルスを見つめていた。

 

「ビルス様……」

 

「神よ……」

 

ビルスはそんな二人の期待に応えるようにレミントンの言葉にこう返してきた。

 

「まるで僕達の敗北が決まったような言い方じゃないか。あの天使たちはそんなに強いのかな?」

 

「ビルス様……貴方は破壊神の名に相応しく、圧倒的なお力をお持ちなのでしょう。ですがそれはあくまで悪魔に対してです。あの天使たちは、その一体一体が悪魔の公爵クラスを遥かに凌ぐ力を持っているのです。神隊の名は伊達ではないんですよ……」

 

「へぇ……」

 

ビルスはそんなレミントンの言葉にも気後れする風もなく、興味なさげに空を眺めるだけだった。

 

「ビルス様……?」

 

その反応が予想外だったのかレミントンが伺いを立てるように声を掛ける。

 

「ま、どれだけ強いか判らないけど、あれくらいなら僕にとっては天使の羽根みたいなもんだ」

 

「は、羽根……?」

 

ビルスはあの神隊の天使を天使ではなく羽根と呼んだ。

その形容にレミントンの理解は一瞬追いつかなかった。

 

「ここの神は生意気だね。化身でもなんでも姿を取り繕って謝りにでもくれば少しは考えてやったかもしれないけど……もうやめだ」

 

「先ずは、風で羽根を吹き飛ばすか。ウイス、一応障壁を張っといてくれ」

 

「畏まりました」

 

ウイスの杖がアズマリアが見た時と同じように輝き、彼を中心に淡い青色をしたオーラがドーム状となって広がってその場に居る全員を包み込んだ。

 

「どうぞ、ビルス様」

 

ウイスは準備完了の合図をビルスに送った。

 

「ん」

 

ビルスはそれを確認すると、少し目を瞑って暫くして軽く目を見開いた。

その瞬間――

 

ズッ……ォォオオオオオオ……ドオオオオオオオオン

 

ビルスを中心に突風の様な見えない衝撃波が一瞬の爆音と共に広がり、空にいた天使たちを襲った。

そして……その衝撃を受けた天使たちは自分たちに何が起こったのか理解する間もなく、一瞬で全て塵となって消えた。

 

「やっぱり威圧で十分だったか」

 

ビルスは期待外れと言わんばかりに直ぐに興味を無くした顔に戻って欠伸をした。

 

あまりもの展開に理解が追いつかなかったロゼットと悪魔達の一同は呆然としていた。

だが、それでもある一つの事柄についてだけはその場にいた全員が共通の見解で一致していた。

この人物は本当に破壊神だと。




無双.....ではなく、完勝でしたね。
でも、一体一体相手するわけにもいかないし、建物を破壊するにしてもちょっと......と思ったので。


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第5話 破壊神の希望

「威圧」だけで晴れた空の彼方に消えてしまった天使たち。
そんな事を気にすこともなく、呆然と立ち尽くすロゼット達を尻目にビルスは欠伸をした。

ロゼットはまだ目の前で起きた事が理解できずにいた。


「……え?」

 

ロゼットは天使の群れが一瞬で無くなり、再び自分たちの前に晴れ渡った青い空が姿を現わした事が理解できなかった。

あの天使の群れは何処にいったの?

空を埋め尽くして太陽の光すら遮っていた絶望の群れは?

 

ふと隣を見ると、彼女以外の面子も呆然と空を眺めていた。

全員何が起こったのか分かっていないようだった。

 

「神隊ってのはあれで全部なのかい?」

 

全員が戸惑って未だに状況を把握してないなか、ビルスが気を遣う事もなくレミントンに問い掛けた。

 

「え? あ……」

 

レミントンはビルスの声に何とか反応はするものの、まともな言葉が口から出ない様子だった。

 

「だからさ、あれで全部なのか? って訊いてるんだ」

 

レミントンはそこでようやく状況を理解し、手早く身だしなみを整えるとその場でビルスに跪いた。

 

 

「ビルス様、先程は大変失礼を致しました!」

 

「ん?」

 

対するビルスは突然のレミントンの行動が理解できず、不思議そうに見つめるだけだった。

 

「先程私は貴方の事を破壊神と呼びましたが、それは私の中では異名程度の認識でした。まさか本当に破壊神であらせられるとは!」

 

「ああ、そんな事か」

 

レミントンの行動の意味を理解したビルスは、特に気にする風もなくまた先程の質問の答えを促してきた。

 

「別に解ってくれたのならいいよ。それよりさ、さっきの質問だけど神隊ってのはあれで全部?」

 

「ご慈悲に感謝致します!」

 

レミントンは質問に答える前にビルスの慈悲(本人にその自覚なし)に感謝の意を表した。

 

「……堅苦しい奴だな。ま、天使らしいけど。で、質問なんだけど」

 

「あ、はい。そうですね……あれで全部かは保証はできませんが、あれだけの数です。恐らく保持していた戦力のかなりの割合には当たると思います」

 

「直ぐに復活したりする?」

 

「流石にそれは……一応強力な天使のつもりだった筈ですから、再び創造して編成するにしても相当な時間は掛かるものかと」

 

「そうか。じゃあ暇潰しももうできそうにないか。さっさとここの神を破壊して次に行くかぁ」

 

ビルスはまるで準備運動をする様な仕草で次に神の破壊を決定しようとした。

そんな時――

 

「神よ!」

 

アイオーンがレミントンと同じく、畏まった態度で彼の前に跪いてきた。

 

「改めて貴方の力に感服致しました! 今更ではありますが、どうぞこれまでのご無礼をお許しください!」

 

アイオーンはその顔こそいつも通り平静を装っていたが、心の中で子供の様に興奮していた。

まさかこんな圧倒的な力があるなんて、破壊神である事を疑っていたわけではなかったが、ビルスの力は彼の予想をいくら超えても足りなかった。

しかもビルスは天使を塵と化した際に「威圧」と言っていた。

つまり彼は、自身が持つ力の片鱗すら見せずに普段の動作のみで天使たちを葬った事になる。

こんな圧倒的な力に憧憬し、畏敬の念を持てずにいられようか。

 

「アイオーン! いきなりビルス様の御前に出るとは失礼ですよ!」

 

そんなアイオーンの興奮を邪魔するように、レミントンが彼の無礼を叱責してきた。

 

「それはお前とて同じことだろう!」

 

対するアイオーンも相手が天使の所為か、対抗心を露わにして反論する。

ここに天使と悪魔が破壊神の前にお互いに肩を並べていがみ合っている奇妙な状況が発生した。

 

「何なんだお前達……」

 

ビルスは彼らの態度の急変に若干戸惑いと鬱陶しさを感じたらしく、少し引いていた。

 

「あのアイオーンが……」

 

呆気にとられた顔でその様子を見ていたジェナイが言った。

 

「信じられないわね……」

 

リゼールも目を丸くしていた。

あれは本当に私が知るアイオーンなのだろうか?

 

「あんな力を見せつけられては仕方無いだろう……」

 

それに対してヴィドは、何処か面白そうなものを見ているような声で感想を述べた。

きっと彼の素は本来、ああいうものなのかもしれない。

ヴィドは密かにそんな事を考えていた。

 

悪魔たちがそんな様子のなか、今まで敵同士だったロゼット達もまた、同じような雰囲気でレミントン達を見つめていた。

 

「レミントン牧師……」

 

「はは、天使と悪魔が……。あれは本当にアイオーンか……?」

 

「ビルス様……」キラキラ

 

 

「もういいよ。鬱陶しいから僕の前で喧嘩するな。破壊してしまうぞ」

 

いい加減アイオーン達が煩わしくなってきたビルスが二人のいがみ合いの停止を要求してきた。

 

「はっ、申し訳ありません!」

 

「失礼致しました!」

 

ビルスの言葉に即座に争いをやめて全く同じタイミングで謝罪する二人。

 

「……まぁいい。取り敢えずは次は神だな」

 

ビルスが次の目的を口にすると、何か重要な事を思い出したのかロゼットがビルスに意を唱えた。

 

「ちょっと待ちなさいよ!」

 

突如声をあげるロゼット。

神の討伐が着々と進むなか彼女は一人、その順調な状況に異を唱えた。

このままでは終わらせるわけにはいかない。

彼女には何よりの目的があるのだから。

 

 

「ん? ああ、そうか悪魔をまだ破壊してなかったな」

 

ロゼットの突然の発言がその事の指摘だと判断したビルスは思い出したように手をポンと叩いた。

 

「いや、そうじゃなくて。アイオーン!」

 

「……」

 

ロゼットに呼ばれたアイオーンは敢えて返事はせずに、彼女の声だけに反応して見つめ返した。

レミントンと言い争っていた先程の態度と違って落ち着いているところを見ると、彼女が言いたい事を既に把握しているようだった。

 

「あなた、もう自分たちの目的は目の前なんでしょ? だったら弟を返して!」

 

「やはりその事か」

 

予想通りだった。

彼は元々、ロゼットの弟を利用して彼女を手に入れるのが目的の一つだった。

だが今や、ビルスの登場にって真の目的達成への過程が吹っ飛び、結果が目の前に迫っている状態だ。

その時点で既に彼らにはヨシュアにもロゼットにも用はなく、争う理由すら既になくなっていた。

 

だが、それでもアイオーンはすんなりと彼女に弟を返す気にはなれなかった。

自分たちの理想が目の前にある今だからこそ、そのおかげでできた余裕で種族の垣根を越えて彼女を諭す必要があると思ったからだ。

普段の態度から誤解されがちだが、その目的さえ絡んで成就に没頭していなければ、アイオーンは元々そんなに悪い性格ではないのだ。

 

「だがそれは承服しかねる」

 

「何でよ!」

 

「ロゼット、君はどうして弟が俺の甘言に乗ったか解るか?」

 

「え……」

 

それはロゼットには予想外の質問だった。

いつも弟の事を大事に考えてきた彼女だからこそ、弟は悪魔に一方的に連れ去られたものだと断じていたからだ。

 

「やはり考えてなかったか……。では、教えてやろう。君の弟、ヨシュアはな、君に面倒を掛け続けている事を心の負担に感じていたんだよ」

 

「えっ……」

 

アイオーンの言葉にショックを受けた表情をするロゼットだったが、直ぐに反論はしなかった。

それは、彼の次の言葉で全てを理解したからだった。

 

「俺はそこにつけ込み『強い体をやる』と甘言で彼を誘ったんだ。何故彼がその誘いに乗ったかもう解るな?」

 

「……」

 

「弟は返してやる。だがな、その前にお前は彼の事を理解しなければならない」

 

「……」

 

「ロゼット……」

 

「ロゼットさん……」

 

悔しそうな顔で何も言い出せずに地面を見つめるばかりのロゼット。

そんな彼女にどんな声を掛けたらいいのか分からず、名前を呼ぶ事しかできない二人の空しい声が響いた。

 

「おい、あれ本当にアイオーンか?」

 

またも呆気にとられた顔で今日何度目かの同じセリフを吐くジェナイ。

そんな彼に対してリゼールはどこか嬉しそうな顔で言った。

 

「知らなかったの? 彼、本当は優しいのよ?」

 

「リゼール、なんかお前嬉しそうだな」

 

リゼールのアイオーンに対する気持ちを知っていたのだろう。

ヴィドは彼女のそんな様子を微笑ましく思いながら言った。

 

 

「アイオーン、そのヨシュアって子は病気なのか?」

 

今まで黙って聞いていたビルスが不意にアイオーンにそんな質問をした。

 

「はっ、その通りです。病気の原因までは解りかねますが、健康な人間と比べてかなり虚弱な体質です」

 

すっかりビルスの従者(非公認)気取りのアイオーンは、不意の質問にも動じることなく彼の質問に即答した。

 

「くっ……」

 

傍らでは何故か悔しそうな顔をするレミントン。

悪魔に嫉妬している様に見えるが、一応彼は天使である。

 

「そうか。じゃぁ、ウイスに治してもらうといい」

 

「えっ?」

 

予想外の言葉にロゼットが驚きの声を上げてビルスの方を見る。

 

「僕でも病気を破壊することで対処は可能だろうけど、二度と病気にならないくらいの治療とかならウイスの方が向いてるしね。だろう? ウイス」

 

「え? あっ、そ、そうですね」

 

すっかり暇を持て余し、いつか地球で食べたアイスクリームを妄想して暇を潰していたウイスは不意のビルスの言葉に驚いて反応した。

 

「なんでお前の方が驚くんだよ……」

 

ビルスは最も付き合いの長い従者が新参の従者(らしい)に対応で負けていることにちょっと呆れた顔をした。

 

「ビ、ビルスさ、様! それ、本当ですか!? 本当に弟を……ヨシュアを治してくれるんですか!?」

 

ヨシュアが救われるかもしれない。

ロゼットはこの朗報にすがるような目でビルスに詰め寄ってきた。

 

「うわっと……何なんだ急に。本当だよ。そうしないとなかなか話が進みそうに――にゃ!?」

 

「っ、あ……ありがとう! ビルス様!!」

 

ロゼットはビルスの言葉を最後まで聞かずに、弟が救われるという希望に歓喜してビルスに抱き着いた。

 

「よかったね。ロゼット……」

 

「ロゼットさん……」グス

 

そんなロゼットを見ながら慈愛に満ちた目で優しく見守る二人。

だが、そんな彼らに対してビルス達の傍にいたウイスは悲しそうに佇んでいた。

 

「あの、治すのは私なんですけどね……」

 

ウイスのそんな独り言が、虚しく晴れ渡った青空に木霊した。




インターバル的な話になりました。

アイオーンちょっとキャラ崩壊し過ぎですかね。
でも、自分たちの悲願の成就が理想的な形で眼前にある事が分かれば、ある程度は安心して性格が崩れてたり......するといいな、と思ったり。

あとヨシュアの件はクロノクルセイドの根幹の一つだと考えています。
なのでそのフラグも破壊してもらわないと思いました。(やるのはウイスですが)
神の成敗は次くらいになりそうです。


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第6話 新しい世界

突然、少女の前に現れた異形の神はこの世界の神を暇つぶしに、生意気だから破壊すると言った。
初めは疑っていた少女も彼が悪魔を圧倒し、次に天使を吹き飛ばし、更には難病まで治すという約束をする様を見て来て、この人物が本当に神であることを確信した。

そして今、破壊神の本来の目的、神による神の破壊の番が来ようとしていた。




「それじゃ、生意気な神を破壊するとしようか」

 

「あ、その……お、弟は……」

 

あっさり最後の目的に移ろうとしたビルスを見て、先程の願いを忘れられてしまったのではとロゼットが不安そうに聞いてきた。

 

「そんなに心配しなくてもちゃんと治すよ。先ずはこっちを先にやりたいだけだ」

 

「いろいろと時間が掛かってしまいましたからね」

 

ウイスは安心させるようにロゼットに優しく笑いかけながら言った。

 

「そ、そうですか」ホッ

 

 

「ビルス様、一つお訊きしてもよろしいでしょうか?」

 

何か気になる事があるのか、神妙な面持ちでアズマリアがおずおずと問い掛けてきた。

 

「ん? なに?」

 

「私達の世界の神は姿形がない精神体だとお聞きしました。その様な手出しのできないものにどうやって干渉するおつもりですか?」

 

「ああ、その事か。じゃ、ついでだから簡単に教えてあげよう。ウイス」

 

「はいはい。結局教えるのは私ですか」

 

小さく溜め息を吐きながらウイスは皆の前に立つと、よく通る声で説明を始めた。

 

「こほん。ではご拝聴を。まず、神には創造の力を司るものと破壊の力を司るものの2種類が存在します」

 

「神もいろいろな力を持つ者がいますが、その力はこの2つの系統のどちらかに帰属します。この世界の神は、その力から恐らく創造神の系統です」

 

「ビルス様はご覧の通り破壊の神です。それも根源、全ての破壊の神の頂点に立たれる方ですから、そのお力は皆さんの既にご存じでしょう」

 

「では、創造神にもビルス様の様なお力を持つ方が?」

 

アイオーンはビルスと対を為す存在がいる可能性について早速興味を持った様子だった。

 

「それについては後ほどご説明致します。今は神の系統とその存在の仕方についです」

 

「存在の仕方?」

 

クロノが不思議そうに聞く。

 

「さっきの姿形やらの事か?」

 

すっかり頭の冷えたジェナイがクロノの疑問を補足した。

 

「その通りです。これは神だけに限った事ではありませんが……」

 

「その存在は、ここの神の様に通常の手段では手出しができない精神体と、何もしなくても姿が認識できる物理的な存在の、これも2種類があります」

 

「前者は直接干渉する力を持たない分その存在は絶対に近く、通常は手の出しようがありません」

 

「では後者は?」

 

自身が仕えていた神が前者に該当する事を直ぐに理解したレミントンがウイスに聞いた。

 

「直接干渉できる分その力は圧倒的ですが、その代わりに物理的な手段で自分自身も干渉されます」

 

「まあ、ビルス様に限ってはその様な事は……」

 

アイオーンがそう思うのも無理はなかった。

あれだけ圧倒的な力を持ち、破壊の神の頂点に立つビルスに干渉し得る力など彼には考えられなかった。

だがその確信は当の破壊神本人によってあっさり否定された。

 

「あるよ。今のところ2人だけどね」

 

「え!?」

 

驚愕の声をあげるクロノ。

こんなとんでもない人物に影響を与えることができるなんて、冗談としか思えなかった。

 

「まぁ、その話はまた今度で」

 

皆がその事に関心を持った事を理解しつつも、取り敢えずウイスはビルスに説明の続きを促した。

 

「でもそれじゃあどうやってここの神に干渉するつもりなのよ?」

 

話が戻るのを待っていたかの様に、冒頭のアズマリと同じ疑問をリゼールが疑問を口にした。

 

「簡単だよ。手も足もでなければ、使わなかったらいいだけの話さ」

 

「さっきみたいに、ですか?」

 

アイオーンの態度を見て、ビルスが自分達より目上の存在だと認め始めたヴィドが口調を改めて彼に確認する。

 

「いや、あれは直接姿があるのにしか通じない」

 

「じゃ、じゃあ一体どうやって……」

 

ロゼットがお手上げと言った顔でビルスを見る。

手も足も使わずにどう干渉しろというのか。

それに対してビルスはそんな彼女の疑問などどこ吹く風といった様子でこう答えた。

 

「簡単な事さ。神をこの星ごと僕の力で取り囲んで消滅させる」

 

一同「……」

 

全員が押し黙った。

対処法があまりにも自分たちの想像を超えていたからだ。

 

「ほ、星ごと……?」

 

クロノが信じられないという表情で言った。

 

「そ。さて、それじゃ実践してみせようか」

 

ビルスはそう言うと宙に浮き、ロゼット達が点に見えるくらいの高さにまで上昇した。

一同はこれから何が起こるのか固唾を飲んで地上からビルスを見つめていた。

 

「……慌ててるな。だが、もう遅い。お前は僕の機嫌を結構損ねたからな」

 

ビルスは目に見えない何かに話し掛けているような素振りを見せながら、ふと言葉を切った。

 

「……」

 

 

その時、地上からビルスを見守っていたロゼット達はビルスの体が炎のようなオーラを放ち始めたのに気付いた。

 

「あれは……」

 

レミントンは自分たちの世界が変わりつつあるのをひしひしと感じながら、ビルスの変化に目が離せないでいた。

 

次の瞬間――

 

ブン

 

一同はそんな音が聞こえた気がした。

実際には音自体はなかったが、それでもビルスの体から一瞬でそのオーラが球状に広がって空が夕焼けの様に真っ赤に染まると、その現象に対する驚きから、やはり音を聞いたと錯覚した。

 

「姿がないから逃げられると思っていたのか?」

 

ビルスが抑揚のない威圧の籠った声で神に話し掛ける。

そして片腕を前に伸ばしまるで何かを捕まえるかのように手を広げた。

 

「今更謝るとは……ダメだな。やっぱり君は根本的に僕が気に入らないタイプだ」

 

姿の見えない神は必死にビルスに何かを懇願しているらしかったが、残念がらそれはロゼット達には認識できなかった。

 

「……じゃあな」

 

そういうとビルスは伸ばした手を握り締めた。

すると真っ赤に染まっていた空が一瞬でビルスの手に凝縮されて直ぐに青い空に戻った。

 

「……この手の奴はいつも呆気ないな」

 

ビルスは何事もなかった様な顔で、誰にともなくつまらなそうに一人そう呟いた。

 

 

神様はあっけなく消滅した。

最初は何が起こったのか全く理解できなかったロゼット達だったが、その事を感じ取ったウイスのある指摘によって彼女たちは世界の変化を明確に自覚する事となった。

 

「何か信仰の依代にしているような物はありますか?」

 

「え? ロザリオ、かしら。これが?」

 

「それを見てみて下さい」

 

「?」

 

ロゼットは言われた通りにロザリオを見た。

そして直ぐに違和感に気付いた。

 

「!」

 

「そのネックレス、今はどう見えますか?」

 

「見慣れてるはずなのに……まるで初めて見た感じがする……」

 

ロゼットの言葉にアズマリアも同じく驚きの声を上げた。

 

「これは……」

 

「今まで信仰の依代として一番身近に感じていた物なら、その変化がよく判りますよね?」

 

ウイスの言う通りだった。

常に祈りを捧げる際に使っていたロザリオが今はただの装飾品にしか見えなかった。

既にそれを見ても『何か』に祈ろうという気持ち自体が起こらなかった。

 

「どうだい? ここの神が如何に君たちに影響を及ぼしていたかよく解るだろう?」

 

いつの間にか地上に降りていたビルスが面白いものを見るような目で少し愉快そうに話し掛けてきた。

 

「これが神を失うって事、なの……?」

 

「違う。それが自由だ」

 

ロゼットの言葉に横から訂正してきたアイオーンを見て彼女は息を飲んだ。

 

アイオーンが人間になっていた。

人間の姿をしているのではなく、間違いなく人間そのものだった。

短期間とはいえ常に身近に悪魔たちを感じてきた彼女にはその雰囲気で直ぐに判った。

ジェナイ・リゼール・ヴィド、彼の仲間達も同様に同じ変化が起こっていた。

ということは……。

 

「ロゼット」

 

ロゼットは声がした方を振り返った。

そこには子供ではなく、本来の、成人の姿をした人間のクロノがいた。

 

「クロ……ノ?」

 

「ああ、僕だよロゼット。君も……良かった」

 

クロノは優しい表情でロゼットを見つめながら自分の胸元を指で叩いた。

 

「え?」

 

ロゼットが首から下げていた懐中時計を見る。

 

ロゼット「っ!」

 

時計の針が、止まっていた。

それが何を意味するのかロゼットは瞬時に理解したが、それ以上に今まで押し込んでいた感情が溢れ出すのを止められず、彼女はその場に泣き崩れた。

 

「う……あ……あぁ」

 

覚悟はしていた。

何れはそうなるだろうと承知していたつもりだった。

でも……それでも怖かった。

自分の人生の終わりが明確に、そして確実に迫っていた事が怖くて堪らなかった。

それは、人前では気丈に振る舞っていたロゼットの紛れもない本心だった。

 

「ロゼット……」

 

「ロゼットさん……。ロゼットぉぉ!」

 

「ロゼット……良かったですね。本当に……」

 

仲間達が彼女を温かく抱きしめてくれた。

皆、彼女が救われたことを心から喜んだ。

 

 

ビルスが起こしたこの天変地異は、ロゼット達以外の場所にも当然影響を与えたていた。

 

 

~マグダラ修道会N.Y.支部近郊

 

「こ、これは......?」

 

悪魔公爵のデュフォーは突如自分の身に起こった変異に驚愕した。

傍らにいた側近のカルヴとグーリオも同様に、驚きの目で自分の体を見る。

 

「に、人間......?」

 

「カルヴ、デュフォー様……!? いや、お、俺も!?」

 

 

~とある場所

 

「フィオレさん? どうかしたんですか?」

 

スー……。

 

ヨシュアの前に突如見知らぬ女性が現れた。

 

「え? あ、貴女は……?」

 

「私は……私は、何? 私は……サテ……ラ?」

 

「これは……どういう事……? ……っ! フ、フロレット!? 何故!?」

 

「「え?」」

 

フロレットと呼ばれた元フィオレとヨシュアは、またしも見知らぬ人物が現れて事に目を丸くするしかなかった。

 

 

~再び元の場所

 

「おや?」

 

何かを感じたウイスがふと人の街がある方角を向いた。

 

「ん? どうした?」

 

「いえ、悪魔の依代になっていた人間達の体に行き場を無くして彷徨っていた魂が元の場所に還ったようです」

 

「魂まで溜めこんでいたのかアイツは……」

 

ビルスはちょっと前に消滅させた神を思い出して呆れた顔をした。

 

ロゼット達はまだこの時点では、大切な仲間の一人であるサテラにとんでもない幸運を土産に持ち帰る事になるとは知る由もななかった。

 

「そういえば、ビルス様」

 

ウイスはロゼットの救済を喜ぶクロノ達と新しい世界とその体に興奮する悪魔達をぼんやり眺めていたビルスにウイスが話しかける。

 

「ん?」

 

「ここの神を破壊したのはいいのですが、このままになさるおつもりですか?」

 

「あー……でも、そういうのはどっちかというと界王神達の仕事だしなぁ」

 

ビルスは面倒臭いと言わんばかりに頭を掻きながら言った。

 

「面倒そうですね。では、やはりこの星ごと破壊しますか?」

 

「ウイス、僕はそんなに性格は悪くないつもりだぞ?」

 

ウイスの言葉に拗ねるような目で睨み返すビルスにウイスは予想通りの反応を得る事ができて満足そうに笑った。

 

「では、私はちょっと界王神の所に行って新しい神の選定を頼んできます」ニコッ

 

「ナメック星人でいいよ。あいつら超真面目だし」

 

「了解致しました。では、第一候補はナメック星人ということで」

 

「任せた」ヒラヒラ

 

ロゼット達の預かり知らぬところで新しい世界は急速にその形を築きつつあった。




神様お疲れ様でした!
破壊神といえどもちゃんと仕事はします、よね?

次回でラストになります。


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第7話 顛末、そしてお別れ

界王神に新たな神を選んでもらったウイスは当初のビルスの希望通り、ナメック星人の龍族、カルゴを連れてきた。

ロゼット達はウイスが突然連れてきた生命体に絶句した。
ウイスはともかく、ビルスに次いで異形の者を見るのは、まだ慣れていなかったからだ。


「ば、化け物!」

 

「化け物……」

 

ロゼットはビルスの肝煎りで新しい神に選ばれたナメック星人(カルゴ)を見て、開口一番そう言った。

かねがね予想通りの反応だった。

 

そして彼がこの星においての新しい神だと説明を受けると、案の定これまでの経験から抵抗感を見せた。

そこではまた、ウイスがビルスに代って説明をした。

 

・人間は基本『心の支え』がないと暴走しがちな宇宙でも稀にみる程、精神的に弱い生き物であるという事。

 

・これまでの神の在り方が世界の『支配』だったの対して『守護』に切り替える事。

 

・形はどうあれ、神が存在することが世界の『安定』に繋がる事。

 

・新しい神が今までの神と違って、アズマリア達の言うところの善神に近く、加えて物理的に接する事が出来る分安心感もあるという事。

 

・神に選ばれたカルゴの種族であるナメック星人自体が人間と比べて遥かに性質的に優れている事。

 

以上の事を大まかに説明して何とかロゼット達の理解を得た。

 

「願い玉はどうします?」

 

「無い方がいいだろう。ここの人間たちは、前の所と比べてちょっと危ない気がするし」

 

「そうですね。あ、今まで前の神を信仰していた宗教勢は」

 

「伊達に時間を掛けて信仰してきた手前、その歴史をいきなり否定して廃教する事はないだろう。まぁ暫くは混乱するだろうけどその内自分たちの心の中に神をつくるはずだ。人間てのはそういうものさ」

 

「なるほど、ごもっとも」

 

「神殿は界王神達が用意してくれるんだっけ?」

 

「はい。近く、特定の者にしか認識できない不可視の神殿を作ってくれるそうです」

 

「そうか。カルゴ」

 

「は、はい!」

 

破壊神に名前を呼ばれ、緊張した声ででカルゴは返事をした。

 

「そんなに緊張しなくていいよ。神殿ができるまではロゼット達のお世話になるんだ。いいね」

 

「分かりました」

 

「あ、それと。ここの世界の邪気は結構深いものもあるので注意してください。何れ結界を張るにしろ、邪気に囚われて悪の分身を生み出さない様に心を鍛える事を常に心掛けるように」

 

一番重要な事という雰囲気でウイスが最後に補足した。

 

「はい!」

 

「さて、次は……アイオーン、レミントン」

 

「「はっ」」

 

すっかりビルスの忠実な僕と化した元天使と元悪魔が声を揃えて反応する。

 

「君たちは見た目は人間に戻ったとは言え、悪魔や天使だった頃の力はまだ多少は残っている『力ある者』だ。そんな君たちには神の付き人を命じる」

 

「畏まりました」

 

「お任せ下さい」

 

「あ、それとまだこの世界に残ってる天使や悪魔がいたら、神を支える役目をして欲しいからそれも伝えといて。アイオーン、君の仲間に関しては君に任せる。レミントン、君もだ。元天使は君がまとめろ」

 

「元々の存在理由がなくなって、手持無沙汰にしてる元悪魔達なら説き伏せるのもそう難しくないでしょう。お任せ下さい」

 

「こちらは少々骨が折れるかもしれませんが……与えられたお役目は我が命を賭して果たしてみせます」

 

「いい返事だ。さて、それじゃぁ……アズマリア」

 

ビルスは一仕事終わったとばかりに伸びをしながらアズマリの方を向いた。

 

「は、はい」

 

「いよいよ、約束の時だ。君が僕に願い出た時に何を言ったか覚えているね」

 

「はい」

 

「アズマリア、あなたビルス様に何か約束したの?」

 

「ごめんなさい、ロゼットさん……。私、実はビルス様に願いを叶えて貰う替わりに全てを捧げる誓いを立てたんです」

 

「全てを……って、まさか……命!」

 

ロゼットは親友をビルスから庇うようにアズマリアを抱きしめた。

 

「おい、破壊の神だからってイメージ悪過ぎだろそれ。僕はそんなものは望んじゃいないよ」

 

ビルスは少し焦った声で不満と否定の意を同時に表わした。

 

「え、それでは何を……」

 

自分の予想と違ったのか戸惑った顔でビルスを見るアズマリア。

そんな彼女にビルスは事もなげに自分の希望を少し期待が籠った声で言った。

 

「僕の望むものとは、プリンだ」

 

 

「申し訳ありません。プリンというのがどういう食べ物か分からなかったので、私には他のお料理で報いる事しか……。で、でも精一杯心を込めて作りました!」

 

ビルスとウイスの目の前には何の変哲もないパンが皿に乗っていた。

出来立てなのか香ばしい匂いがした。

 

「ふむ……」

 

ビルスは特に怒りも失望の色も表わさず、取り敢えずアズマリアが言った事が本当か確かめる為に味見をしてみる事にした。

彼がパンに手を伸ばそうとすると、アズマリアが控えめに提案をしてきた。

 

「あ、あの。塩を少しだけ掛けると美味しいですよ」

 

「ん? そうなのか、どれ……」パラパラ

 

パクっ、もぐもぐ……。

 

「どう、ですか?」

 

「……なるほどな。敢えて料理を簡素にしたのは、僕を必ず満足させる事に対して二心がない意思表示だったわけか」

 

「は、はい」

 

「だけどアズマリア。これ、もし美味しくなかったら正直言ってどうなっていたか分からなかったぞ?」

 

「そ、それじゃ……!」

 

「うん。美味い。ところで、これ以外にも美味しそうな匂いがするけど、それはくれないのかな?」

 

「あ、シチューですね。勿論お出しします! ビルス様がもしパンを気に入って下さらなかったら次にこれをお出しするつもりでした」

 

「ほほ。用心深い事ですね。あ、それ私も下さい。ついでにパンもおかわりを」

 

こうしてアズマリアとビルスとの間に交わされた契約は呆気なく事なきを得た。

 

 

 

その他の大まかな事の顛末。

 

ロゼットはアイオーンに弟を住まわせている場所に案内してもらい、約束通りビルスに弟の病をウイスに治療してもらった。

その際に弟はアイオーンの仲介もあってお互いに和解することが出来た。

だが、実はその時点で自分の弟に既に恋人らしき人物ができていた事までは流石に予想できておらず、彼女はそれを知って大変驚いた。

更にそこに死んだ筈のサテラの姉のフロレットまで無事な姿で出て来てきたのでその場は一時、本当に混乱した。

 

次にアイオーンはサテラの家族に行った事に対する謝罪をしたいと言ってきた。

彼なりの目的があったとはいえ、アイオーンがサテラに対して行った事は許さる事ではなく、面会したサテラも一時は激しく敵対心を露わにして攻撃も辞さない構えだった。

そこで生きて戻ってきたフロレットが緩衝材の役割を果たす事となり、サテラはアイオーンを赦しこそしなかったものの、二度とお互いに関わらないという条件で和睦する事となった。

 

元悪魔に対する新しい神への守護奉仕の打診は、アイオーンが言っていた通りスムーズに事が運んだ。

悪魔にとっては存在意義そのものが自己のアイデンティティであり重要らしく、デュフォーはアイオーンの提案を二つ返事で引き受けた。

後に彼は自分を筆頭に元悪魔を中心とした神の守護組織を立ち上げ、この世界の安定に大きく貢献する事となる。

 

それに対して元天使への打診は、これもレミントンが言っていた通り簡単にはいかなかった。

元々仕えていた神に忠誠心が強かった彼らは、鞍替えのようなその行為に抵抗があったらしい。

特に頭の固い連中は、あろうことかカルゴの実力を試すとまで言いだし、レミントンの静止も聞かずにカルゴがいる場所に乗り込んでいった。

だが、結果的にその行動が功を成した。

カルゴは挑んできた天使たちを戸惑いながらも全てワンパンで叩き伏せて見せたのだ。

戦闘種族では無いとは言え、それなりに鍛えたナメック星人と天使との実力の差は大きかったらしく、それをまざまざと見せつけられた天使たちはあっという間に彼に心酔して忠誠を誓った。

どうも、天使たちは強い者に憧れる性質があるらしい。

レミントンはその様子を見て、どっちが悪魔でどっちが天使だったのか分からなくなったと一人溜め息を吐いた。

 

世界は新たな変化に戸惑いつつも、新しい神の影響か、人間の唯一優れた順応力のお蔭か、徐々に落ち着きを取り戻していった。

 

そして――ついにビルスとの別れの時が訪れた。

 

 

「世話になったね」

 

「そんなことありません。お礼を言うのはこちらの方です」

 

アズマリアが心からの御礼を述べる。

 

「そうね。うちで何かを食べてる時以外は殆ど外で寝ていた気がするけどね」

 

サテラも最初こそビルスに対してロゼットと同じ反応を見せたものの、今では親しみのこもった目で見つめながらそんな皮肉を笑いながら言った。

 

 

「クロノはやはり俺達とは一緒に来ないんだな」

 

「うん。僕は、ロゼットと同じ時を歩みたいんだ」

 

クロノはそう言うと、ロゼットの手を優しく握った。

 

「クロノ……」

 

クロノはこれより少し前にビルスにお願いして悪魔として残っていた力を破壊してもらい、今では完全に中身も人間となっていた。

 

「妬けるわね。私が知らない間に色々と……。式には呼びなさいよ?」

 

なるべくアイオーンの方を見ない様にしながらサテラが優しい笑みを浮かべてそう言った。

傍らには同じく笑みを浮かべた姉のフロレットとヨシュア、そして改めて恋人となったフィオレもいた。

 

「し、式ってまだそんな……」

 

ロゼットは顔を赤くして慌てたが、その顔は幸せで満ちていた。

 

「ほほ。皆幸せそうで何よりです。ビルス様、流石ですね」

 

「僕はただ神を破壊しに来ただけなんだけどね」

 

「ねぇ、また何かを破壊しにここに来てくれる?」

 

「物騒な事いうなぁ。ま、不味い料理が出たら破壊するけど」

 

「ふふ、気をつけなくっちゃ。待ってるわよ、ビルス様!」

 

「ビルス様、どうか元気で……ご無事をお祈りしています」

 

「ビルス様、貴方には感謝してもしきれない恩を頂きました。本当にありがとうございます」

 

「わ、私はあまり殆ど関わってないけど……姉を返してくれてありがとう。本当にこれは心から感謝致します」

 

「サテラ……」

 

ビルスに深く感謝するサテラにフロレットも一緒になって彼に頭を下げた。

ヨシュアとフィオレもそれに倣い、新たな生を与えてくれたビルスとウイスに感謝の意を込めてお辞儀をした。

 

「神よ。今度は何処へ行かれるおつもりですか?」

 

アイオーンが真面目な顔をしながら子供の様なキラキラ輝く目でビルスに尋ねた。

 

「適当。取り敢えずここと似た星を探すよ」

 

「アズマリアと……アイオーンともどもビルス様の安全をお祈り申し上げます」

 

まだ若干のぎこちなさが残っているものの、元悪魔の横でレミントンはビルスの旅の無事を祈った。

 

「ふっ、またね」

 

レミントンの少し成長した姿を面白く感じたビルスは、軽く笑いながら別れの言葉を口にした。

 

「では、皆さん。ご縁があればまたお会いしましょう」

 

ウイスの杖が輝きだし光が溢れて二人を包み込むと、一瞬の後に天高く昇り、そして消えた。

 

「ビルス様! バイバイ! 待ってるわよ! また絶対、来なさいよ!」

 

既に何も見えなくなった晴れた青空に、ロゼットは大きな声であげていつまでも手を振った。




ビルス様お疲れ様ぁ!

さぁ、次は何処にしようかな。
意外に長くなってしまったので直ぐに終わる話もいいかな、と思っています。


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「クレヨンしんちゃん」編
第1話 お稲荷様


パァーン!!

乾いた銃声が聞こえた。


ビルスが音がした方向を見ると、なにやら古風な鎧を着た男が馬上から滑り落ちるところだった。

撃たれたのはその男らしい。

 

「おじさーん!!」

 

続いて子供の悲痛な声が聞こえた。

5歳くらいだろうか、丸い頭と餅の様な柔らかそうな頬が特徴的な少年が先程落馬した男に走り寄っていた。

どうやら撃たれた男の子供か知り合いらしい。

男は息絶え絶えの状態で、死が目前に迫っていたのはビルスからは直ぐに判った。

 

「あの男性もう死にそうですね」

 

判り切った事を隣で自分の付き人が言う。

ビルスはこういう時彼が何を言いたいのか解っていた。

神が、しかも自分の様な破壊神が人間の命を助けるなど正直言ってらしくないと思ったが、それでも後味が悪い事は確かだった。

だからなるべく仕方の無い風を装って、彼に命令する事にした。

 

「ま、見掛けたものは仕方がない。このまま知らんふりするのもなんか後味悪いしな。ウイス」

 

「はいはい」

 

付き人は待っていましたとばかりに笑顔で頷き、倒れた男の下へと瞬間移動した。

 

シュンッ

 

「おわぁっ!?」

 

しんのすけの前に突然見知らぬ男性が現れた。

しんのすけ以外の周りの人間も突如現れた謎の人物に慌てふためき混乱した。

顔色がちょっと悪いように見えるがどうやら人間のようだった。

だが、しんのすけはそんな突然現れた男性の事は今はどうでもよかった。

自分の大切な友達が凄く具合が悪そうだったからだ。

 

「ちょっとオジサンそこどいて!」

 

しんのすけは勢いに任せて謎の人物を押しのけると直ぐに撃たれた男へと駆け寄った。

 

「しん……の……すけ? どうした……?」

 

朦朧とした意識で撃たれた男、又兵衛はしんのすけに話し掛けた。

彼には既に自分の直ぐ近くで起こった事すら認識できない程、衰弱していた。

 

「おじさん! おじさん!」

 

見慣れた憎たらしくも可愛い顔が又兵衛の目に映った。

心配と不安で一杯になったしんのすけは、今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

(此奴、泣くでないわ。らしくないぞ)

 

又兵衛は何とかしんのすけを励まそうとしたが、既に笑う事すらできない状態だった。

だが彼は、最後の力を振り絞ってしんのすけにある事を伝えようとした。

自分の命がもう間もない事は判る。

だからこそこの坊主、しんのすけに伝えねばらならない事があるのだ。

 

又兵衛が深く息を吸い、気力を振り絞ってしんのすけに話しかけようとした時、自分の耳にも届くほどのどよめきが聞こえた。

どうやら周りで何か不測の事態が起こったらしい。

 

(よもやこんな時に……。敵襲か?)

 

そんな事を考えていた又兵衛の耳に、今度は良く通った声が群衆を掻き分け、自分に向かって近づいてい来るのが聞こえた。

 

「はいはい。皆さんどいて下さい。この方は神様ですよ」

 

(神……様?)

 

自分はまだ生きている。

死にかけではあるが、まだ息は続いている。

そんな自分にもうお迎えが来たと言うのか。

だがそれだけは今暫く待って欲しい、まだしんのすけに何も言い残してやれていない。

 

抵抗虚しく身体からどんどん力が抜けていくのを又兵衛は感じた。

不味い、早くせねば。

 

「おじさん! おじさん! 大丈夫?!」

 

しんのすけが自分の事を心配して揺すっていた。

 

おお、まだここにいてくれたか。

ならば今こそ伝えねば。

 

これが最後の機会だ。

そう確信して又兵衛はしんのすけの方を向き遺言を伝えようとした。

だが、そんな彼の目に映ったのは、しんのすけが自分に近付く気配に驚いて飛びのき、空いた場所へと代わりに現れた妖怪の様ななりをした異形の者だった。

 

「お稲荷……様……?」

 

又兵衛は驚きに目を見開いた顔を一瞬したものの、ついにその時に最後の力が尽き、薄れゆく意識の中で自分の目の前に突如現れたお稲荷様を少し恨んだ。

 

(すまん……しんのすけ……。だが、お前なら……)




はい、次はクレヨンしんちゃんです。
某劇場版のラストを壊すことにしました。
ほぼラストシーンの登場である事と、破壊行為自体が恐らく無いであろうことを予測するに、多分直ぐに終わります。

こんな事をしながら次のネタ収集に努めようと思った今日この頃でした。


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第2話 成就

又兵衛は一人何もない霧の中に居た。
周りは全て霞がかっており、何も見えない。
そんな中で彼は自分を呼ぶ声を聞いた。


「おい、青空侍いつまで寝ているつもりだ?」

 

声が聞こえた。

懐かしくも、その声を耳にするだけで心が温かくなる声が。

 

「ついに空を眺めるだけでなくごろ寝までするようになったか」

 

誰であったか、その声を知っている筈なのに思い出せない。

 

「いい加減に起きぬか」

 

忘れられない……いや、忘れたくない声だ。

 

「おい、起きろ」

 

誰だ、儂を呼ぶのは……その声の主は?

 

「起きぬか! 又兵衛!!」

 

 

「廉姫様!!」

 

又兵衛は自分を呼ぶ声の主を思い出して目を覚ました。

 

「……儂は」

 

又兵衛は自分の置かれた状況を理解できず、辺りを見回した。

頭はまだ混乱していたが見間違える筈もない、そこは自分の部屋だった。

 

(儂は何故ここに……?)

 

自分の身に起こった事を思い出そうとする。

すると頭の中で一発の銃声の響きを思い出した。

 

『パァーン!』

 

(そうだ、儂は……)

 

「おじさん?」

 

聞き慣れた声がした。

声がした方を向くと、そこにきょとんした顔で自分を見つめる少年がいた。

 

「しんのすけ……?」

 

又兵衛は直ぐに少年の名を思い出した。

忘れる筈もない。

僅かの間ではあるが、この屋敷で生活を共にし、そして共に武士の誓い(金打)をした仲だ。

果ては共に戦場まで駆け抜け、敵大将を追いつめる手柄まで立てたこの勇敢な少年は、紛れもない自分の戦友だった。

 

「おじさん!」

 

しんのすけは靴を脱ぎ散らかすと、縁側に飛び乗って転がるように又兵衛の元に走り寄って来た。

 

「おじさん、おケガはもう大丈夫なの?」

 

「怪我……? っ!」

 

又兵衛はしんのすけの言葉を聞いてハッとして腹を押さえた。

そうだ、自分は何者かに狙撃されたのだ。

 

「……?」

 

又兵衛は撃たれた辺りを押さえている手に違和感を覚えた。

傷の感触がない。

それどころか痛みすら感じなかった。

ふと、着物をはだけてその箇所を見ると又兵衛は驚いた。

撃たれた箇所になんの手当てもされてないどころか、そもそも傷自体が見当たらなかったからだ。

 

「これは、一体……」

 

唖然としている又兵衛を余所に、その元気な様子を確認して嬉しそうな表情のしんのすけが興奮した様子で話してきた。

 

「あのねあのね。おじさんが撃たれちゃった時に青色の変なおじさんと猫みたいな怪人の人がね、おじさんを助けてくれたの!」

 

「青色? 猫みたいな……。っ!」

 

又兵衛はまたハッとした。

そうだ自分は死の間際にお稲荷様の顔を見たのだ。

 

「すると、しんのすけ。儂の傷はその方達が治してくれたのか?」

 

「そうだよ! んとね、青色のおじさんが持ってた杖がピカーって光ってあっという間に治しちゃったの」

 

「なんと……」

 

しんのすけの話を聞いて又兵衛がまだ自分の命が助かった事に驚いていると。

 

「又兵衛!!」

 

凛とした声が聞こえた。

 

「廉姫様……」

 

部屋の前に廉姫が来ていた。

余程急いで来たのか彼女の息は切れ切れで、肩を大きく揺らしていた。

又兵衛は何を言っていいのか分からずただ廉姫を見つめる事しかできなかった。

だが、やがてふと我に返ると慌てて居住まいを正して帰陣の報告と撃たれた自分の不甲斐なさを詫びようとした。

 

そんな又兵衛を見ると廉姫は、目を鋭くしてこう一喝した。

 

「いらぬ!」

 

「は、はっ」

 

廉姫の言葉にビクりと頭を垂れようとしていた背中が止まった。

廉姫はそのまま動けないでいる又兵衛にズンズンと近づくと、いつかの時の様に彼の胸に飛び込んで涙した。

 

「れ……姫様……!」

 

「又兵衛、よくぞ……よくぞ……。う、うぁぁぁぁぁっ」

 

驚愕に固まる又兵衛を他所に廉姫は涙で息を詰まらせながら強く、強く彼を抱きしめた。

 

対する又兵衛は林檎の様に顔を真っ赤にして、そして口は鯉の様にパクパクさせて何とか自分を落ち着かせようとしていた。

そんな彼の目に、珍しく真剣な顔のしんのすけが自分を睨んでいる姿が映った。

しんのすけは何も言わずただ、強く目の前で抱き締める動作をして廉姫にもそうしろと伝えてきた。

 

(そんなことでき……)

 

心の中で否定しようとした又兵衛の目に再びしんのすけの姿が映った。

よく見るとしんのすけは目尻に涙を溜めていた。

悔しさや嫉妬からではない、今こそそうすべきだと抱き締めた後の感動を先に又兵衛に伝えていたのだ。

 

しんのすけは自分が廉姫に恋心を持っている事を言わないと誓っていた。

だから彼女がどんなに又兵衛に恋い焦がれる姿を見せている時でも、敢えてその背中を押さずにいたのだ。

又兵衛はそれを瞬時に理解した。

 

ならば、どうすべきか。

又兵衛は心の裡に溜まっていたあらゆるものを認めて、そして吐き出すことにした。

決するは今ぞ。

 

「姫様……!」

 

又兵衛は廉姫がしていたように自分も彼女の背中に手を回し、そしてその手を、固く結んだ。

 

「っ、あ……」

 

廉姫がその感触に、明らかに驚きではない感情で目を見開く。

 

「姫……唯一言のみ申し上げます」

 

「な……んだ……?」

 

震える声で廉姫は先を促す。

 

「……お慕い、申しております……」

 

「あ……、またべ……え……。あああああああああ!」

 

待ちに待った言葉だった。

もう聞けぬものだと思っていた。

だが、やっとその言葉を聞いた瞬間、廉姫の中であらゆる感情が喜びへと変わり、涙となって溢れ出た。

 

「れんちゃん、よかったね……」

 

廉姫の歓喜の鳴き声は何時までも響き、そしてその光景を見て涙していたしんのすけの顔は、本当に嬉しそうだった。




はい、ビルス様の「ビ」の字も出てきませんね。
ただの恋愛小説になってしまいました。
でもごめんなさい、割と満足してます。

次はビルス様出るので許してください。


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第3話 対面

やっとの思いで恋仲になった又兵衛と廉姫だったが、2人の幸せなひと時は唐突に外から聞こえてきた賑やかな声によって刹那的に幕を下ろした。
それでも二人は、今は互いの思いが通じ合っただけで十分であった。



「なんだ? この賑やかな声は?」

 

又兵衛は廉姫を伴って、自分の部屋からは見えない庭の奥の様子を見る為に縁側へと出た。

そこには思いもよらぬ光景が広がっていた。

 

「んぐ……んぐ……んぐ。……ぷひゃぁ」

 

「よっ、社長! いい飲みっぷりですねぇ!」

 

まるで仕事で接待をするかのような恭しい態度でビルスの酒の飲みっぷりを褒めるひろし。

 

「ほぉ、これはまた美味ですねぇ♪ ちょっと味付けが濃い気がしますけど」

 

「あ、そうですか? 口にあってよかったわぁ。あ、味付けが濃いのは多分食材の所為だと思います」

 

ウイスが料理を口にして褒める度に上機嫌になって喜び、味付けに関しては食材の所為にするみさえ。

 

「いや、今日は本当にめでたい日じゃ! 戦には勝つし、若の命は助かるし! いや、ビルス神様、本当に感謝致しますじゃぁ!」

 

ひろし達と一緒に酒を飲みながら祝杯をあげる仁右衛門。

 

「ほんとに……ほんとに良かった……。おれぁまた、住む場所が、仕えるお方を失っちまうのかと……」

 

「兄貴……」

 

又兵衛の存命を心から喜び、男泣きをする彦蔵とそれに同調する儀助。

 

そんな賑やかな光景が又兵衛と廉姫の前に広がっていた。

 

「これは……」

 

又兵衛はすっかり宴会場となっている自分の庭を見渡して、驚きで声が出なかった。

 

「おお! 若ぁ!」

 

又兵衛の姿を認めた仁右衛門が嬉しそうに走り寄って来た。

 

「「旦那!」」

 

同じく彦蔵と儀助もそれに続いて又兵衛の回復を喜ぶ。

 

「又兵衛さん? 起きたんだ!」

 

「えっ、ホント!?」

 

ひろしとみさえも仁右衛門達の声を聞いて又兵衛のもとへと駆け寄ってきた。

 

「皆、お前の無事を喜んでいるな」

 

廉姫が微笑みながら又兵衛の方を見る。

彼女は又兵衛が生きて自分の前にいる事の幸せを改めて実感していた。

 

丁度その時、仁右衛門が目ざとく又兵衛と廉姫の二人距離が近い事に気付いて早速茶々を入れてきた。

 

「おやぁ? 若、姫様との距離が心なしか近くないかの?」

 

その言葉に、その場に居た一同が又兵衛と廉姫を注視してきた。

 

「お、おい仁右衛門! な、何を言いだすのだ! そ、そのようなことあ――」

 

顔を真っ赤にして明らかに動揺した声で仁右衛門を叱ろうとする又兵衛だったが、その声は黄色い声によって途中でかき消された。

 

「え? え? きゃぁ嘘! ねぇ、ホントに? ホントに?!」

 

直ぐにみさえが興味を持ち、半分確信が籠った目で噂の真偽を確かめてきた。

 

「本当ですかい旦那?! おめでとうございやす!!」

 

「おめでとうございます!!」

 

彦蔵と儀助は既に完全に信じて祝辞まで送る始末だった。

 

「こ、こやつ……!」

 

又兵衛が更に顔を真っ赤にして口を開こうとした時。

 

「おじさん!」

 

しんのすけが怒った声で又兵衛の名前を叫んだ。

 

「ぐ……しんのすけ……」

 

自分が怒られた意味を知る又兵衛は言葉を飲み込むしかなかった。

そして、その時自分の手を握る暖かな感触に気付いた。

はっとして隣を見ると廉姫が頬を染めながらも笑顔で彼の手を握っていた。

 

「又兵衛、もう良いではないか」

 

「いや、それは……。まだ殿にすら何も申し上げてはないので……」

 

「父上は暫く、私の事は何処にも嫁にやるつもりはないと言っていた。外で駄目なら内なら問題ない筈。物言いは任せろ、必ず説得してみせる」

 

「ひ、姫様……」

 

廉姫の強い決意を目の当たりにした上にそれを皆に観られた所為で、ついに又兵衛の顔はユデダコと見間違うまでに手の甲まで赤くなった。

 

場内の雰囲気は甘々の熱々となっていたが、そんな雰囲気を何とも思ってないような抑揚のない声が群衆の中から響いた。

 

「やぁ、目が覚めたんだね」

 

又兵衛は目を見開いた。

見間違う筈がない、目の前に現れたのは彼が気を失う寸前に見たお稲荷様だった。




ビルス様はいい加減出番が少ないのと、自分の事をお稲荷様と呼ばれるのを嫌がってるかもしれませんね。

でももう少し我慢してくださいね。
お願いします。


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第4話 お礼合戦

又兵衛の前に現れたビルス。
彼はその姿を見て直ぐに自分の命を救ってくれた神だという事に気付いた。
礼を言わなければ、そう又兵衛が考えてどう切り出すか考えていたとろこ、ウイスの方から先に又兵衛に話し掛けて来た。


「他に怪我はなかったと思いますが、どこか気になる所はありますか?」

 

お稲荷様の付き人であろうか、やや顔色の悪い変わった出で立ちの男が又兵衛の具合を確認してきた。

又兵衛はビルスを前にすると、即座にその場に膝を着き、深々と頭を下げながら礼を言った。

 

「お初にお目に掛かります。拙者、春日家家臣、井尻又兵衛由俊と申します!」

 

「稲荷神様、この度は拙者如き一介の武士の命をお救い頂き、誠に、心から御礼申し上げます!」

 

「いなり? いなりならもう食べたぞ。美味かった」

 

ビルスは又兵衛の言う稲荷神が自分の事を指しているとは気付かずに、先程みさえに作ってもらった稲荷ずしの感想を言ってきた。

 

「はっ、稲荷神ではありませんでしたか! これは失礼致しました。何処かの神かは存じませぬが、さぞかし徳の高い大神とお見受け致します」

 

「では改めて此処に、御神殿に御礼申し上げまする!」

 

「……何を言ってるんだこいつは」

 

「皆さんと一緒ですよ。ビルス様の事を神様だとは思っても、どういうお方なのか理解できていないんです」

 

「なるほど。僕は……やっぱり言わない方がいいのか?」

 

「“ビルス神”で問題ないかと。下手に何の神か言うといろいろと面倒な事になるかも……。例えば美味しい食べ物を食べるチャンスを失うとか」

 

ビルスがしんのすけ達に受け入られる過程で何があったのかは定かではないが、この時点ではビルスの事は“ビルス神”で通っている様だった。

 

「む、それは大変だな。よし分った。じゃ、それで通そう」

 

「えーっと、君は……。何て言ったっけ? いじ……?」

 

「井尻又兵衛由俊です。言い難いのでしたら又兵衛とお呼び下され」

 

「ん、そうか。マタベー、確かに君を助けたのは僕だ。だけどお礼とかはもういいよ。ここで十分に美味しい物を頂いているからね」

 

 

『治したのは私なんですけどねぇ』

 

『うるさい! 分かってる。一々念波で話してくるな』

 

 

「は……しかし」

 

又兵衛はそんなビルスの言葉を受けるも、命を助けられた恩を直接自分の手で返せていない事を気にしている様子だった。

 

「君の主人のカスガにもお礼の言葉を貰っている。もう十分だよ」

 

自分の主が礼を贈っているのならこれはもう自分が出る幕はない。

主君が礼を済ませているのにその後から家臣の自分が礼を重ねるわけにはいかなかった。

そんな事をすれば康綱様の面子を潰してしまう事になるからだ。

 

「はっ、左様でしたか。では、拙者からは改めて感謝のお言葉をお伝えする事で、ビルス神殿へのお礼とさせて頂きます」

 

「この世界の人間は一体何回お礼を言えば気が済むんだろうな」

 

「まあいいではありませんか。今のところここまで礼儀の正しい人たちがいる世界も初めてな事ですし」

 

「まあそれもそうか」

 

確かに、少々時代が今まで旅してきた世界と比べて原始的だが、そんな文明の低さに対して皆驚くほど礼儀正しく態度も控えめだった。

ビルスにとってもこれは中々に興味深い体験でもあった。

 

しかも、出てくる料理があの男がいた世界と比べても遜色がないほど美味かった。

これは、材料がないと嘆いたみさえを一時的に元の世界に返した甲斐があったというものだ。

 

又兵衛が意識を回復する前、彼を助けた事ですっかり皆と仲良くなり受け入れられてたビルス達は、その礼として料理を振る舞われることになった。

だがその時にはりきって料理をしようと意気込んでいたみさえが、料理をする為の材料がそもそも不足していた事に気付いて狼狽したのだ。

その時にウイスが事情を知り、彼がいとも簡単に時空への入り口をみさえたちの前に作って彼女に元の世界へ買い出しに行かせたのだった。

 

「ねえねえビルス様。ビルス様はどうやってここに来たの? どうやってオマタのおじさんを助けてくれたの?」

 

又兵衛とビルスが話しているところにしんのすけが駆け寄り、ビルスにいろいろと質問をしてきた。

 

そういえばそうだ。

儂は撃たれた筈だ。

では、その撃った者は?

 

又兵衛もしんのすけの言葉を聞いて、自分が撃たれてここで目覚めるまでの顛末が気になる様子だった。

 

「ん? そうだな。じゃ、美味しい食べ物もこんなにくれた事だし、そんな事でよければ教えてあげようか。ウイス」

 

「はいはい。では皆さん、お食事が済んで落ち着かれましたら一度ちょっとした見学会にでも行きましょうか」

 

ウイスはいつも通り良く通る声でその場に居た全員に声を掛けた。




次のお話が又兵衛が誰に撃たれたか、の核心になる話になる予定です。
ちょっと投稿が遅くなって申し訳ないです。

こんな作品でも待っていてくれた人がいる事が嬉しいですね。
ありがとうございますよ♪


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第5話 衝撃の事実

ウイスの瞬間移動で一行を何の変哲もないススキが生い茂る平原へと連れ来た。
そこは特に見るものもない春日領の一部でしかなかったが、そんな何の変哲もない場所に誰よりも思い入れがある物が一人だけいた。


「はい、到着です。此処でご説明致します」

 

「おおっ、ここはぁ!」

 

しんのすけが驚いた声をあげる。

 

「どうしたしんのすけ? この場所がどうかしたのか?」

 

「ここ、おらがオマタのおじさんと初めて会った場所だよ!」

 

「なに? ああ、そういえばここで……」

 

自分が種子島で撃たれそうになっていた所をしんのすけに助けられたのだった。

又兵衛はしんのすけとの出会いのきっかけとなった時の事を思い出して、見慣れた風景でありながら懐かしいものを見るように目を細めた。

 

そうだ、自分はあの時死んでいたかもしれない。

そして先の大蔵井との戦では確実に死んでいた筈だ。

そんな自分の命を天は二度も奇跡を起こして救ってくれた。

一度目は今自分の足元で楽しそうに走り回っている我が朋友たる少年。

二度目はなんと恐れ多い事に天そのものである御神自ら。

 

「そうか。知っていたのか。なら理解するのもそう難しくないかな」

 

ビルスはしんのすけの言葉を聞いて全て納得がいったという顔でウイスに先を促した。

 

「えー、では皆さん、よくお聞きください。突然このような事を言われて戸惑ってしまうかもしれませんが、実はこの世界は何らかの影響によって所々に時空の歪みが発生しています」

 

「時空の?」

 

「歪みぃ?」

 

案の定、ひろしとみさえが戸惑った表情でウイスの言葉を反芻した。

他の面子はウイスの言葉自体理解でず、何の事を言っているのか解りかねている様子だった。

 

「ひろし、時空の歪みというのは?」

 

直接、神の付き人に質問するのは無礼だと考えた又兵衛がひろしの方を向きウイスの言葉の意味を訊いてきた。

 

「えーっと、それはぁ……つまり……」

 

ウイスの言った単語自体は何となく理解できるし説明はできる。

だが、肝心のその言葉が意味するところが理解できていなかった為ひろしは上手く説明できなかった。

 

「マタベーさん、時空の歪みというのですね。本来繋がってない筈の世界同士が接触してしまう事によってできる異変の事ですよ」

 

「異変……? むぅ……」

 

ウイスの親切な説明にも理解が及ばなかった又兵衛は、ただひたすら心から申し訳なさそうな表情をビルス達にするしかなかった。

 

「マタベー、しんのすけ達と君たちの生きている世界が違うというのは知っているだろう?」

 

又兵衛の困った表情を見て少し面白そうな顔をしたビルスが又兵衛に助け舟を出してきた。

神の手を煩わしてしまった事に恐縮しながらも、その言葉に又兵衛はようやく理解したと言った様子で答えた。

 

「はっ、確かしんのすけ達は未来から来たと……」

 

「そう。あなた達からすれば『未来の世界』から来たしんのすけ君達と、しんのすけ君達からすれば『過去の世界』にいたマタベーさん達の世界が触れ合ってしまった事によって異変が起こったのです」

 

「その異変が時空の歪み?」

 

学生時代SF研究会に所属していたひろしは、その時の経験を今こそ活かすべきだと言わんばかりに自信に満ちた声とシリアスな表情でウイスに自分の答が合っているかを確認した。

その顔は若干自分に酔っていた。

傍らにいた妻のみさえと幼い娘のひまわりは2人揃って胡散臭そうなモノを見る目で小さく「へっ」と呆れた息を吐いた。

 

本当に面白い家族だな。

ウイスはそんなひろしの心の内をしっかり読んでいたが、そんなつまらない事を指摘する気にならないくらい野原一家の事を面白く思っていた。

 

「その通りです。そしてその歪みというのが」

 

「タイムパラドックスですね?」

 

「ありていに言えばそうですね」

 

「やはり私もそうだと思っていました」

 

「ねぇ、父ちゃん何を言ってるの?」

 

「さぁ」

 

「たー」

 

「ひろし殿は頭脳明晰なのですね」

 

話に着いていけないながらもひろしの聡明さを褒める廉姫。

 

「はっ、誠に。大したものですな」

 

又兵衛も心から感心した様子で廉姫に同意を表してひろしを褒め称えた。

 

「ほー、そんなに凄いもんなのかの? いや、流石はしんのすけの御父上じゃの!」

 

「ひろしの旦那やりやすね!」

 

「ちげぇねえ!」

 

仁右衛門や彦蔵達も惜しみない賞賛を送る。

 

「いやー、はっはっはっは。これくらい大した事ありませんよ!」

 

元の世界でもここまで褒められた事がなかったひろしは、周りの賞賛の嵐に喜びの感情を抑えることができずつい有頂天になってしまった。

 

(俺、この時代に来て良かった!)

 

ひろしは心の底からそう思った。

 

「あの、それでういす殿。その、たいむなんとやらが拙者の身に起こった事と何か関わりが?」

 

「ええ、そうです」

 

又兵衛の質問にウイスがいつもの調子で軽く答えたが、続いて出て来た彼の思わぬ言葉に、その場にいた一同はショックで押し黙る事となる。

 

「マタベーさん、貴方はどうあってもここでお亡くなりになる運命だったんですよ」




えーと、確か最後の運命って劇中では又兵衛さんは悟っていた様な気がするのですが......今作では九死に一生を得たという事で、その事を改めて理解するという展開とか有りかなぁって。

今回ビルス様には明確な敵は存在せず、寧ろ既にあるものを破壊をしてしまっています。
それは彼の意図に関係なく偶然破壊してしまったわけですが、果たしてそれは......?

何とかそれっぽく説明できるよう文を練っています(汗)


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第6話 避けられない運命

ウイスは衝撃的な事実を又兵衛に伝えた。
それの言葉は、彼の無事を心から喜んでいた人たちの和やかな雰囲気を凍らせるのに十分な威力を持っていた。

唯一人、廉姫を除いて。


「どうあっても必ず……死ぬ……」

 

皆が驚きで言葉を失うなか、何故かその運命の当事者たる又兵衛だけは神妙な面持ちで、ウイスに打ち明けられた自分の運命を然程驚きもせず反芻するのだった。

 

「そのお顔、何となく悟られていた様ですね」

 

又兵衛の反応に意外に思う様子を見せる事もなく、いつもと同じ微笑みを称えたままウイスが又兵衛に言った。

 

「拙者は……ういす殿……」

 

又兵衛が何とも言えないと言った様子で答えに戸惑っていると、しんのすけがその傍らから猛然と抗議してきた。

 

「もう、何言ってるの青色のおじさん! オマタのおじさんが死ぬわけないでしょ! ほら、ちゃんと生きてるじゃん!」

 

「しんのすけ……」

 

一度瀕死の又兵衛の姿を見てしまったしんのすけにはあの時の光景がまだ強く記憶に残っているのだろう。

珍しく本気で腹を立てている様子で衝撃の事実を告げたウイスを非難した。

そんなしんのすけをみさえが叱る。

 

「こら、しんのすけ!」

 

「だってあのおじさんが……!」

 

「分ったから落ち着け。ほら、ウイスさんだって意地悪で言ってる様には見えなかったろ? なにか理由があるんだよ」

 

ひろしとみさえがなんとかしんのすけを宥めすかそうするが、ウイスの言葉が放った火の粉は他の所にも既に飛び火していた。

 

「だとしても聞き捨てならんお言葉じゃ! ういす殿にはしっかり説明して頂きたい!」

 

「そうだ! そうじゃねぇと納得いかねぇ!」

 

「これお前たち……」

 

仁右衛門と彦蔵がしんのすけに続いて抗議の声を上げた。

又兵衛もそれを何とか宥めようとするが……。

 

「ウイス殿、ご説明して頂けますか?」

 

一人凛とした声で廉姫もウイスに質問してきた。

非難はせず、その顔からは怒りの様子こそ窺えなかったが、その表情は固かった。

 

「姫様……」

 

「ええ、いいですよ」

 

ウイスはそんな彼らの態度に特に気分を害した様子も見せずに明るい声で応じた。

 

「まず此処ですが、しんのすけ君? さっき言っていた事は本当ですか? 此処が君とマタベーさんが初めて会った場所だったのかな?」

 

「うん、そうだよ。おらここで鉄砲を持った時代劇の撮影してる人がオマタのオジサンの所に行くのを見たの。そしたらオジサンが自分からこっちに来て……」

 

「鉄砲……!」

 

又兵衛がハッとした表情をした。

 

「そうです、又兵衛さん。貴方は最初、本当はここで命を落とす筈だったんですよ」

 

「では拙者が大蔵井との戦の後に撃たれたのは……」

 

「一度確定した運命というのは絶対です。くしくも貴方はここで運命の通りになる筈だったんですよ」

 

「じゃが、待たれよ! 確かに若は撃たれたが、その撃った者はあの後いくら探しても見当たらなかったそれは一体どう説明されるおつもりじゃ?」

 

まだウイスの言葉に抵抗を隠せない仁右衛門が若干怒気を込めた声で説明を求めて来た。

 

「ああ、それはですね」

 

「少し説明が前後しますが、又兵衛さんの運命の話をした後に時空の歪みの話もした事を覚えておいでですか?」

 

「ええ勿論、即ちタイムパラドックスですね?」

 

「あなた……」

 

「へっ」

 

ひろしのドヤ顔にみさえとひまわりは揃って呆れた顔をして息を吐いた。

 

「ええ、そうです。くしくも又兵衛さんの確定した運命は時空の歪みまでも利用し、再び完結を果たそうとしたんです。いや、実際にはもう完結してしまいましたが」

 

「ウイス殿が仰ってる事はよく解らぬ。つまりどういう事なのじゃ?」

 

ついに理解するのを諦めた仁右衛門が困った顔で誰にともなく愚痴を漏らした。

側にいた彦蔵や儀助も全く理解できていない様子だ。

 

「焦らないで下さい。もう終わりますから」

 

ウイスはあくまでいつもの調子でにこやかに説明を続けた。

 

「しんのすけ君、君が初めてここでマタベーさんに会う前にここに人がいたんですね?」

 

「うん! 映画の撮影をしてた!」

 

「その人達は又兵衛さんを撃とうとしてたのですか?」

 

「うん。撃ったよ! でもおじさん、逃げないで自分から走って来てそれで……」

 

「しんのすけ、もう良い」

 

しんのすけがその時の様子を興奮して喋ろうとしていたのを横から又兵衛が全てを悟った様子で遮った。

 

「おじさん?」

 

「ウイス殿、ではその者らが拙者を撃ったのだと?」

 

「半分正解です」

 

「半分?」

 

今まで黙って聞いていた廉姫が疑問の声を漏らした。

元々聡明だった彼女は自分なりにウイスの話を理解しようとしていたが、それもそろそろ限界が見えて来ていたようで、その漏らした声には少しだけ疲労が感じて取れた。

 

「こほん、皆さん。ここには先ほども申しましたが、時空の歪みがあります。今は大分安定していますが、ここは常に時空の安定が不安定で見た目こそ変わりませんが、結構いろんな世界に繋がったり切れたりしています」

 

「繋がったり、消えたり……まさか!」

 

本日二度目のハッとした表所を又兵衛に続いてひろしがした。

しかしその顔は又兵衛と違って、明らかに作られた演技顔だった。

 

「流石はひろしさんですね。そうです。実は又兵衛さんが撃たれた時、ここには最初に又兵衛さを狙っていた兵隊がいたんでしょう」

 

又兵衛は思い出した。

そういえば自分が初めてしんのすけと出会った時も自分を狙っていた兵を見失っていた。

いや、あの時は自分から見逃したというのもあるし、仁右衛門らと話していて気を取られていたというのもあるが。

 

「勿論彼らが見ていた光景とは違いますから、最初は戸惑ったかもしれません。しかし場所は同じで狙っていた標的も同じ、ともすれば状況を理解するより彼らは目的を果たすことを優先したはずです」

 

「……」

 

「残念ながら彼らは撃った弾が又兵衛さんに命中したのを見届ける事ができずに元居た場所に戻ってしまったみたいですね」

 

「なるほど。だから誰も……」

 

果たして完璧に理解しているのかは不明だが、少なくとも傍から見たら全てを理解したように見える顔でひろしは一人うんうんと頷いた。

 

「申し訳ございません。不出来な私ではまだウイス殿のお話が理解できていないのですが、一つだけ理解できたことがあります。それを確認……お教え頂いても宜しいでしょうか?」

 

明らかに緊張した面持ちで廉姫がウイスに再び質問してきた。

その表情は今までの中で一番固く、寧ろ青ざめてさえおり、発する言葉も何かの事実に耐えるようにどこか震えていた。

そんな廉姫を安心させるようにウイスは柔らかい声で応じた。

 

「勿論です。どうぞ」

 

「ウイス殿は又兵衛が必ず死ぬ運命にあると申されました。それは……やはり今後も変わらないのでしょうか……?」

 

「ああ、その事ですか。大丈夫ですよ。安心してください。その運命もう終わってますから」

 

ウイスは事もなげにあっさりと更に衝撃的な朗報を皆に伝えた。

 

 

 

 

 

「……暇だな」

 

ビルスは一人原っぱで横になり空を眺めていた。

そんな彼に話しかけているように思えなくもない音が耳に入って来た。

 

「たー」

 

「うん?」

 

「わんわん!」

 

身体を起こすと、ひまわりが小さな手に握りしめた光る石のような物をビルスに差し出し、横に居た白いワタの様な犬もそれに倣って口に咥えていた野花をビルスの足元に置いた。

 

「たーぁ?」

 

「なに、くれるの?」

 

「あぃっ」

 

「ワン♪」

 

「玩具の宝石と花……あの男を助けたお礼?」

 

「たーあ、うっ」

 

「わん!」

 

「ふーん……赤ん坊と犬なのにしっかりしてるねぇ。うん、礼を言う」

 

「たっ」

 

「ク~ン」

 

「そだね。ま、もう少しだから我慢してなよ」

 

犬と赤ん坊の意思が解るのか、ビルスはウイスの話に退屈して自分にお礼を伝えに来た二人に感謝と、珍しく気遣いの言葉を送った。




ちょーっと長くなりました。
いろいろ大事なところだったの詰め込んだ感がしますね。
でも次でこの話も終わりの予定なんで少しくらいはいいかな。

ネタバレするとちょっと某タイムりープものの作品を参考にしました。
ていうかまんまですけど、これ以外に適当な展開が思いつかなかった筆者の平凡さをお許しください。


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第7話 本当の安心

ウイスの“終わっている”という言葉に皆は衝撃を受けた。
それは何よりも喜ばしい事の筈だった。
だがそれも仕方ないと言えた。
何分又兵衛が必ず死ぬ運命だったという重い雰囲気の最中に急にそれをあっさりと覆したからだ。


「終わった……? ういす殿、終わったというのは?」

 

どうあっても死ぬという運命に対して、それが訪れる前に最愛の女性と思いを通じ合う事ができた事で密かに内心覚悟が出来ていた又兵衛は、唖然とした顔でウイスに聞いた。

 

(終わった? 終わったとは? 自分はもう……もしや……?)

 

又兵衛は胸の裡から徐々に込み上げてくる僅かな希望に体を駆られまいと、努めて平常を保とうとした。

 

「すみません。少々話に誤解を招くような事を言っていました。マタベーさんがお亡くなりになるという運命は、あくまで“銃弾に当たる”ことによって、だったんですよ」

 

「あ……」

 

またしてもひろしが合点がいったという声を出した。

しかし今度は演技っぽい様子ではなく、本当にすべて納得したという顔と声だった。

 

「そうか! 又兵衛さんは最初はしんのすけのおかげで撃たれなかった。だから再び撃たれた。そしてそれは完結したんだ!」

 

「「「「「「……?」」」」」」

 

ひろしとウイス以外は総じて意味が解らないという顔をしていた。

そんな一同をウイスが愉快そうに軽く笑いながら説明を加えてきた。

 

「こほん、宜しいですか? マタベーさんがお亡くなりなるというのはあくまで撃たれたことによる結果だったんです」

 

「ええ、現に拙者は撃たれ……っ!」

 

そこでようやく当事者の又兵衛がやっとすべてを理解したかのようにハッとした顔をした。

 

「そう……か……!」

 

やはり聡明だった廉姫も彼の隣で納得した顔をしていた。

 

「お解り頂けましたか? つまりマタベーさんはお亡くなりにならずとも、銃弾に当たりさえすれば良かったんですよ」

 

「なんと、では……!」

 

「仁右衛門殿……?」

 

「……?」

 

仁右衛門もようやくそこで納得した声をあげた。

だが彦蔵と儀助はまだピンと来ていない様子だった。

そんな二人を仁右衛門はにこやかな顔で嬉し涙まで滲ませて抱き寄せ彼らの背中をバンバンと叩く。

 

「解らぬか? まぁ良い。つまりはじゃ、若はもう決して死ぬことはないのじゃ!」

 

「そ、それは本当ですか?!」

 

「えぇ?!」

 

論より結果。

過程は解らなくても結果が間違いないのならそれだけで十分だった二人は仁右衛門の言葉に飛びついた。

そして彼の表情と自分達を取り巻く雰囲気がやがてそれが本当そうであることを認めると、仁右衛門、彦蔵、儀助の三人で抱き合って又兵衛の危機が去った事を喜んだ。

 

「まぁ、タイムパラドックスものとしてはよくあるパターンなんですけどね」

 

そんな感動が満ち溢れてる雰囲気に水を差すような事をウイスがぼそりと一人呟いていた時だった。

 

「ん? どうやら説明は終わったみたいだな」

 

いつの間にかその場から離れて昼寝をしていたビルスが呑気な声を掛けながら戻って来た。

 

 

 

それから暫くした後、一部まだウイスの説明を理解できないでいる者も含めて改めてその場にいた全員で又兵衛の無事を喜び、同時に廉姫と又兵衛の恋の成就を祝った。

だが危機が去ったとはいえ時代は戦国時代、又兵衛はいつ命を落とすか分らない武士である。

それ故にひろしとみさえは可能な限り現代の情報から鉄砲に対する有効な身を守る方法、そして鉄砲自体の詳細な構造とそれに付随する知識を教えた。

そして更には、これから流行るかもしれない伝染病に対してその時代で実行可能な対処法なども又兵衛達に教えて、可能な限り彼らがこれからも幸せに生き延びられるように施した。

 

又兵衛と廉姫はひろしとみさえの厚意に厚く礼を言い、またその知識を実行に移した時は未来の住人である彼らに極力影響が出ないように細心の注意を払う事を約束した。

正直ひろし達から注意する前に自分達からそういった事を約束してきた時点で、誠実な又兵衛と廉姫は未来の知識を決して使わないでいそうな気はしたが、それでもひろし達は出来る事はして安心したかった。

 

「あんまり根拠はないけど、又兵衛さん達なら無茶苦茶な事はしないだろうし、本当に困ったら遠慮なく役立ててくださいね」

 

「そうですよ。特に又兵衛さん、絶対に廉姫さんを悲しませるような事をしちゃだめよ」

 

「おおっ、それは大事だぞ。おじさん、廉ちゃん泣かせちゃダメだからね!」

 

「ひろし、みさえ……。忝い、此度の事は誠に、心から礼を言う」

 

「私からもお礼を申します。ひろし殿、みさえ殿、そしてしんのすけ……本当に、本当にありがとう」

 

「たー!」

 

「わんわん!」

 

「ああ、悪い。そなた達にも感謝しているぞ」

 

二人のお礼の言葉から自分達が外れている事を敏感に感じ取ったひまわりとシロが忘れるなとばかりに割り込んできた。

廉姫はそれに苦笑して屈むと目線を低くしてそんな二人にもお礼を言った。

又兵衛もそれに倣い、ひまわりとシロの頭を交互に撫でた。

 

「おお、そなたらを忘れておったな。赤子と犬なのに大したものじゃ。この又兵衛、恐れ入ったわ」

 

 

そんな短いながらも取り留めのない会話の後、名残惜しい雰囲気が取り巻く中ついに皆の別れの時が来た。

 

「……さて、いくかしんのすけ。みさえ、ひまわりとシロは?」

 

「大丈夫よ。もう車に乗ってるわ」

 

「……しんのすけ、今生の別れとなろうがお前の事は生涯忘れぬぞ」

 

「うん! おらもオジサンの事はずっと忘れないよ!」

 

「はは、そうか? ならば……」

 

「ほいきたぁ!」

 

「「……ふん!」」

 

 

「なんだあれ?」

 

「はて? さぁ……?」

 

何やら息ぴったりに二人揃って握った拳を顔の近くに振り上げている奇妙な動作をビルスとウイスは不思議そうに見ていた。

 

 

そしていよいよしんのすけ達が去ろうとした時、又兵衛が車に乗ろうとしたしんのすけを少し慌てた様子で引きとめた。

 

「おおそうだしんのすけ」

 

「ん? なに?」

 

「最後にお前に贈り物をしたくてな。悪いがお前にやった刀返してくれるか?」

 

「おお! これオジサンの大事なものだったんだよね。うん、いいよ!」

 

又兵衛に声を掛けるまで彼から貰った小刀を大事に持っていたしんのすけだったが、彼の不意の返却の申し出にも拗ねる事もなく快く返してくれた。

又兵衛はそれをすまなそうな顔で受け取り、そしてしんのすけの頭を撫でながらこう言った。

 

「すまないな。だがこれがお前のへの贈り物である事には変わらないのだ」

 

「え?」

 

「いや、今しがた思いついた事なんだがな。これを再びお前に贈る為のとても良い方法を思いついたのだ」

 

「え? それってどういうこと? オジサンにはもう会えないんでしょ?」

 

「はは、そうとも限らぬぞ? うむ、やはり決めた。儂はこれを必ずお前に贈ってみせる」

 

「??」

 

しんのすけは勿論、その場にいた又兵衛以外の人間も彼の意図が解らず皆一様に頭の上に疑問符が浮かんでいた。

 

「しんのすけ、もし未来で再びこれを目にする事があればそれを儂と思え。それが儂とお前との再会の代わりとしよう」

 

「……? んー……よく分からないけど分かった! またおらがそれを見つけたらいいんだね?」

 

「うむ、まぁそんなところだ」

 

「あ、そうだ。おれもおじさんに最後にお願いがあったんだ!」

 

「む?」

 

又兵衛は急に思いだしたというしんのすけの願いを興味深そうな顔をした。

 

「おじさん廉ちゃんとちゃんと結婚してたくさん子供を作るんだぞ! ちゃんと廉ちゃんと家族になるんだぞ!」

 

「なっ……!」

 

「し、しんのすけ……!」

 

この言葉には又兵衛だけでなく一緒に彼の近くにいた廉姫も顔を真っ赤にした。

大人と違いまだ性の知識がないしんのすけは単に彼の幸せを願っただけにすぎなかったのは間違いなかったが、流石に二人はそうはいかなかった。

特に『子供を作れ』という部分には互いに顔を見合わせた瞬間、再び沸騰したように顔を赤くして恥じらうように目を逸らせたのだった。

 

「しんのすけのやつやりおるの……」

 

「へい、流石ですね」

 

「最後に良い事言うな……」

 

仁右衛門と彦蔵と儀助はニヤニヤしてその様子を嬉しそうに見ていた。

 

 

「さて……」

 

又兵衛は名残惜しそうにしんのすけの背中を押してひろしが待つ車へと行くよう促し、車から少し離れた位置にいたビルス達の方を向いた。

 

「ビルス様、ウイス殿ももう行かれるのですな?」

 

「うん、僕もしんのすけ達が元の時代に帰ったら次の所に行くつもりだ。ウイス?」

 

「ええ、タイミング的にもそれが良いでしょうね」

 

「左様ですか。これはもう何度目かになりますが、改めて此度の事、心よりお礼申し上げます」

 

「ん。ま、君も適当に頑張ってね」

 

ビルスも又兵衛の謝辞がそれが最後だと言う事を理解していたので特に鬱陶しがる様子もなく、軽く手を振って応えた。

 

「……では、しんのすけ、ビルス様……おさらば!」

 

「うん! おじさんバイバーイ!」

 

「よし、行こうか」

 

又兵衛が別れを告げると、しんのすけの別れの挨拶と共に彼らが乗った車は一瞬で忽然と姿を消した。

そしてそれを見届けたビルス達もタイミングを合わせて光に包まれるとドンッ、という一瞬の音と共に天空へと消えて行った。

 

「さらばじゃ……」

 

「しんのすけ……ありがとう……」

 

又兵衛と廉姫は互いに手を握り合い、その他の者たちも空も暫く空をを見上げていた。

その日の空は海のように広く青く、そしてそこを大きな雲がさながら船のように漂っていた。

 

 

 

所変わって現代。

 

「……」

 

「着いたー!」

 

ひろし達は無事車に乗ったまま元いた時代に戻ってきていた。

 

「良かったぁ。ウイスさんに頼むの忘れてたから帰れるか不安だったけど、元の方法で帰って来れたわね!」

 

「……」

 

「? あなた?」

 

我が家に戻ってきてはしゃぐシロと子供たちとは裏腹に、父親であるひろしは一人何故か神妙な顔で黙っていた。

みさえの言葉も耳に入らなかったのか、ひろしはエンジンを止めて車から出ると。

自分の家を見た。

 

「……?」

 

何か違和感を感じた。

いや、見た目そのものは自分が知っている家だ。

自分が苦労してローンを組んで購入した家だ。

だが、何か。

何か違和感を感じる。

別に嫌な予感を感じる不穏な雰囲気は無かった。

だが何か……。

 

(少し家が大きくなっている……?)

 

ひろしはその違和感の正体に気付いた。

家の敷地から出てその前に立って改めて我が家の全景を見てみると、見た目こそ元の家と変わらなかったが若干ここから旅立った時より家が少し大きくなっていたのだ。

 

(なんで……?)

 

もしかして自分達が過去に言った事によって未来に重大な影響を与えてしまったのではないか。

SF映画によくある展開だったが、いざそれを身近に感じると急に凄い不安を感じた。

そんな時……。

 

「おお! これはぁ!!」

 

家の中からしんのすけの驚いた声が聞こえた。

 

「!」

 

我に返ったひろしは急いで家の中に入りしんのすけを探した。

 

 

「しんのすけどうし……えっ!」

 

しんのすけは直ぐに見つかった。

しかしひろしはそれに安心する前に息子が驚きの声を上げていた原因に気付いき、自分も続いて驚きの声を上げたのだった。

そこには……。

 

若干スペースが広がった夫婦の寝室に見慣れない、明らかに元々なかった床の間が出来ていたのだ。

しかし驚いた原因はそれではない。

その床の間に“飾られていた物”を見て驚愕したのだ。

 

「あなたこれって……」

 

「おじさんの刀だー!」

 

そこにはしんのすけが過去から現在の自分達に宛てて書いた手紙を入れた漆器の箱と、なんとしんのすけが過去で又兵衛に返した筈の小刀が飾られていたのだ。

しかも箱刀共によく手入れされているのか状態は新品のように良く、更に刀に至っては最初に目にした時より鞘やツバ等に若干装飾が施されて見た目がより美麗になっていた。

 

「おお! ねぇ、とうちゃんとうちゃん、これっておじさんからのお手紙かな」

 

見覚えのある箱を早速開けていたしんのすけ自分が書いたものとは別の手紙を見つけてひろしに訊いてきた。

 

「……」

 

しんのすけから受け取った手紙は彼が手紙に使った紙と同じ時代にしたためられたものらしい。

しんのすけの手紙と同じくらいに色は茶色く変色していて現在に至るまでの時代を感じさせた。

 

「ねぇ読んで読んで!」

 

「まぁ待てって……っ」

 

せがむしんのすけを落ち着かせようとしたひろしは書の表に記された文字を見て息を飲んだ。

そこには『野原家一同へ』と、少々難しい書体ながらもはっきりと自分の家族へと宛に書かれていた。

 

「……っ」

 

ひろしはそれを見た瞬間、感動で目から涙が溢れだした。

口を押さえて嗚咽を何とか我慢しようとしゃがむ彼を横からみさえが優しく抱きしめてきた。

 

「あなた……」

 

「とーちゃん?」

 

「たー?」

 

しんのすけとひまわりが二人を不思議そうに見ていた。

手紙の内容こそまだ見ていなかったが、既にひろしとみさえには大方の内容は予想できていた。

つまり過去の世界で刀を返してもらった又兵衛は子々孫々渡って刀と箱を守り抜き、未来に生きる自分達へと贈ってくれたのだ。

手紙の内容は恐らくその事と過去の世界での出来事に対して改めて感謝の意を綴ったものだろう。

 

「しんのすけ」

 

「?」

 

「又兵衛さんは約束を守ってくれたぞ」

 

ひろしは刀をしんのすけに渡して言った。

 

「さぁ、これを持って又兵衛さんにお礼を言うんだ。確かに受け取りましたって」

 

「……」

 

正直言って自分のいる世界にいない人物にお礼を言う方法などなかった。

だがしんのすけはひろしから刀を受け取った瞬間、自分なりの方法を本能的に理解した。

刀を受け取ったしんのすけはひろしに力強く「うん!」と頷くと、それをしっかりと両腕で抱きしめて庭に出た。

そして頼もしい表情でそれを片手に持つと青い空浮かぶ一つの雲に向かって掲げた。

 

「おじさん! ありがとう! ちゃんと届いたぞ!」




こんにちは、クレしん編の最後の話を投稿したのが二年近く前という事にドン引きしてる筆者です。
これを期に本作の投稿再開を本格化して……あ、東方編も終わらせなきゃ


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「魔法少女 まどか☆マギカ」編
第1話 急な真実


牙の様な鋭い歯が一人の少女を今、獲らわんとしていた。


「――――!」

 

マミは自分の最期を認識できなかった。

力を消耗し勝利を確信した刹那に起こった敵の反撃だったからだ。

ソレは本当に一瞬でマミまで迫り、後は何の匂いもしない空っぽの口腔がその入り口を閉じてしまえば終わるだけだった。

 

だが――

 

シュインッ、ドン!

 

「きゃっ!?」

 

突如目の前にテレポートをして現れたビルスとウイスにマミはその場から弾き落とされてしまった。

 

「「「え?」」」

 

ポカンとした顔で突然現れた人物を見るまどかとさやかとほむら。

 

ガッ……プ

 

 

「おや」

 

巨大な歯はマミを捉えることなく、マミを弾き飛ばした事によってその場に入れ替わる形となって現れたビルスを襲っていた。

妙だったのは、本来は咥えるどころか食いちぎる筈だった化け物の口がビルスの頭を咥えただけで終わっていた事だった。

ガチンやゴチンといった衝撃を拒否するような硬い音こそ聞こえなかったが、マミを襲った化け物がいくら力を入れてもその歯はそれ以上進行することが出来なかった。

 

「……」

 

ピクッと暗い口の中でビルスの額に青筋が立った。

その時点で化け物の最期は決まった。

 

「!?」

 

パッと、マミの身代わりを襲った魔女が一瞬で消滅した。

またもや信じられない事が起こり驚きの声をあげるまどか達、その衝撃はまどかの傍らにいた白い生物、キュゥべぇも例外なく感じたらしく、顔こそいつも通りだったが珍しく驚いた声を上げた。

 

魔女が消滅した事によって構築されていた異空間は崩壊し、徐々に元の世界へと戻っていった。

そして、四人の少女と神と付き人だけが残った。

 

 

「あなた……は」

 

何が起こったか未だに分らないでいたまどかは、ただただ奇妙な二人組を見つめるばかりだった。

 

「っ、そんな事よりマミさん大丈夫?」

 

さやかも同様だったが、すぐ傍に自分たち以上に呆然としていたマミがいた事で誰よりも早く彼女の安否を確認した。

 

「え? あ……あ……」

 

さやかに声を掛けられて、ようやく目の焦点があってきたマミは、今しがた自分の身に起ころうとした事を想い出し、震えながら泣き始めた。

 

 

「失礼な奴だったな。いきなり人の頭を咥えるとは何事だよ」

 

「まぁ、あれは私もフォローのしようがありませんでしたね。元々誰かを襲おうとしていた様でしたし、さして問題もないでしょう」

 

ビルス達はビルス達で特にまどか達に注意を向けることなく、今しがた自分達に起こった不快な出来事にご立腹の様子だった。

 

「で、ここは何処なの? また地球っぽいけど、町並みを見る限りサイヤ人がいた世界と文明はそれほど離れていないように見えるけど」

 

「また別の地球といったところでしょう」

 

「ふーん、そっか。それじゃ暫く見物して何も無さそうだったらさっさと次に行こうか」

 

「了解です」

 

そうやってビルス達が早々に踵を返して何処かへ行こうとすると――

 

 

「ま、待ちなさい!」

 

少女たちの中でただ一人、かろうじて始終落ち着きを保とうと奮闘していたほむらがビルス達の背中に声を掛けた。

 

 

「うん? なに?」

 

「い、いきなり現れて……あなた達一体何者なの?」

 

「僕はビルス、破壊の神だ」

 

あっさりとビルスは身分を明かした。

当然だが、その言葉は到底ほむら達には信じられなかった。

それは無理もない事だった。

ついさっきまで魔女というただでさえ異質なものと対峙していたというのに、次は破壊の神が現れたからだ。

 

確かに見た目も明らかに人間ではないし、魔女と違って意思疎通もでき、その力も底がしれない。

だが、だからと言っていきなり自分は破壊の神です、では無理があるというものだった。

 

「ば、馬鹿言わないでよ……そんなの信じるわけないでしょ……」

 

「さっきの見ただろ? 僕が破壊したんだ。あれを見てもまだ信じられないのかい?」

 

「確かにあれには驚いたわ。でもね――」

 

「やめろ!」

 

ほむらが比較的まともなビルスの説明にも一歩も理解を示そうとせず、更にまくしたてようとした時、さやかが大声で彼女を静止した。

 

「美樹さやか……邪魔しないでくれるかしら? 今は、この……」

 

話の腰を折られた事が不満そうな顔でほむらはさやかを睨んだ。

 

「いいや、だめだ。お前があの人達を怪しむのも解るよ? でもね、あの人達はマミさんを助けてくれたんだ」

 

「なのにお礼を言うどころかいきなり疑って嫌な思いをさせるような事を言うなんて、わたしは見過ごせないね!」

 

「さやかちゃん……」

 

「さやか……あなた……」

 

「ほむらさん、私からもお願いするわ。取り敢えずここは矛を収めてくれないかしら? 」

 

ようやく落ち着きを取り戻したマミもほむらを鎮める為にさやかに加勢した。

 

「ほむらちゃんお願い。わたしも今はそんな事言っちゃダメだと思うよ?」

 

「まどか……」

 

マミに続いてまどかも加勢に入ったところでようやくほむらは険を収め始めた。

 

「ごめんなさい。ちょっと冷静さを失っていたわ」

 

ほむらはまどか達を一瞥すると、ビルスの方を向いて謝罪した。

 

「ふぅ……もう少し態度が悪いままだったら星ごと破壊していたところだよ」

 

「へ? 星?」

 

脅し文句にしてもスケールが違うとか以前に、一般的感覚からしたら幼くも思えるその言葉にさやかが思わず反応した。

 

「星……」

 

まどか達の傍らにいたキュゥべぇも反応したが、彼の反応はさやかとは明らかに違い、ビルスの言葉に戦慄するような感じだった。

 

「そう、星」

 

ビルスはそんなさやか達の反応を気に事もなく、あくまでそれが事実である事を依然として主張した。

 

「や、やだなぁ。えーと、ビルス? さんだっけ? マミさんを助けてくれた事には感謝してるけど、いきなり星を破壊とかは言い過ぎだよ」

 

ビルスの発言を場を和ますための冗談だと勘違いしたさやかが苦笑しながらそう言った。

 

「おや、冗談だと思っているのですか?それは意外ですねぇ」

 

今まで面白そうに事の展開を見守っていたウイスがここで口を挟んできた。

 

「え? それはどういう事です?」

 

「だって、ほら。そこにいらっしゃる白い方。その方もビルス様程ではありませんが、似たようなことをしているんですよ? そんな方と一緒にいるというのにビルス様の言葉を疑うなんて意外と思う方が普通ではないでしょうか?」

 

「え?」

 

「……」

 

ウイスに掌で指され、皆の注目を浴びた白い方、キュゥべぇは珍しくその時冷や汗を一滴流した。




はい、クレしん編の最後の話がなかなか浮かばなかったので、新しい話を書きながら浮かぶのを待つことにしました。
長らくの未更新と今回のこの暴挙どうかお許しください(土下座)

というわけで「まどマギ編」ですがやっぱりここから話を始めることしました。
一番印象的だし、ある程度役者もそろってるし事実を暴露したら面白そうなので(暗黒嘲笑)


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第2話 ひどい話

いきなり正体を暴かれ一筋の汗を流すキュウべぇ。
予想外な展開に皆が動揺する中、ビルスとウイスの二人は当然そんな事を気にする事もなく、相変わらずマイペースに話を進めるのだった。


「同じ事? キュウべぇが?」

 

マミがウイスの言葉に驚き、キュウべぇを見ながら言った。

 

「それってどういう事?」

 

「破壊ですよ。その方はあなた達で言うところの異星人です」

 

「きゅ、キュウべぇが?」

 

「あなた何でそれを!?」

 

理由は違えど、同じ反応をした二人がウイスに聞き返す。

 

「……」

 

「そうです。正確な名称はインキュベーターでしたね」

 

インキュベーターという言葉を聞いてビルスの耳が僅かにピクリと動いた。

どうやら何かを思い出したようだ。

 

「ああ。宇宙を救うとかいう使命の為にちょろちょろしてる連中か」

 

「ビルス様、言い方が失礼ですよ」

 

「事実じゃないか。それに僕はああいうこそこそした奴が嫌いなんだ」

 

「ちょ、ちょっと待って。さっきからあなた達は一体何を言っているの? 後、ほむらさんは何か知っているの?」

 

「事実ですが?」

 

「事実よ……」

 

マミの質問に即答する二人だったが、何故か雰囲気に明確な違いがあった。

ウイスはともかく何故ほむらはそんなに暗い顔をしているのか。

最初にウイスが言った言葉をあまりにも急な話による驚きから、失念していたマミが疑問に思った。

 

「事実って……言ってることがあまりにもちょっとアレで理解できないんだけど……」

 

「まぁ分かりやすく言えば誰かを不幸にする事でエネルギーを収穫し、それを使って宇宙を救おうとしている慈善団体の方ですよ」

 

「ふ、不幸に?」(もしかしてほむらさんが暗かったのって……)

 

「慈善?」

 

「ああ、破壊というのはエネルギーを収集する過程でよく最後の方になると、目的の為に訪れた星が消滅することが多いからですよ」

 

「え?」

 

もう全く話に付いていけなくなっていたまどかが今度こそ本当に訳が分からないと言う顔をした。

星が消滅するってどういう事だろう?

 

「……」

 

「まあ、驚くのも無理はありませんね。基本的にこちらから核心に迫らない限りそちら……キュウべぇさんでしたか、は答えることはありませんからね」

 

「ふんっ、嘘は言わないとはよく言ったものだよ。ただ聞かれない事には基本答えないなんて陰湿だ」

 

再び何故か機嫌が悪くなっていたビルスが口を挟んできた。

 

「ビルス様……インキュベーターと何かあったんですか?」

 

「別に。大分昔に僕にエネルギーを分けてくれなんて言ってくるから、その時たまたま気分が良くて分けてやったんだ」

 

「ほう、それはビルス様にしてはお優し……気が利きますね」

 

「お前、それどっちにしても僕の事を馬鹿にしているぞ?」

 

「ほ、ほほほ。それでどうしたんです?」

 

「そいつ僕が実際に分けてやる前にどれくらい欲しいのか言わなかったからさ、適当に分けてやったわけ。そしたらさ『お、多過ぎやめっ――』とか言って消滅したんだ。礼も言わずに」

 

「はぁ」

 

「何処に行ったのかって気にしながら寝てたらそいつがまた来てさ『君のおかげで僕の仲間が殆ど消滅してしまった。なんて事してくれたんだって』文句言ってきたんだ」

 

「……それで?」

 

「態度にちょっとムカっっと来ちゃってさ、そいつの星ごと太陽系いくつかまとめて破壊して――」

 

「あ、あの銀河系の消滅は君の所為だったの!?」

 

表情こそ変わっていないが、明らかに動揺した驚きの声をあげるキュウべぇ。

さやかとまどかは何とも思わなかったが、裏の顔はともかく、ある程度彼と行動を共にした事があるマミとほむらはその動揺した声に若干意外そうな顔をした。

 

「あれ? お前仲間同士で情報を共有する能力なかったっけ? なんでその事を知らないんだ?」

 

「多分最初に君から送られたエネルギーが強大過ぎて一時的にその能力もショートしてしまったんだと思う。そりゃそうだよあんな暴力の塊とも言っていいエネルギー、あの時の僕らがどれだけいたとしても無理だよ……」

 

今度は明らかに意気消沈した声で愚痴の様に呟くキュウべぇ。

マミとほむらは、こんなに明らかな感情を示す彼を見たのは本当に初めてだった。

 

 

「挙句の果てにちょっと機嫌を損ねたからって僕の星どころかまとめて太陽系をいくつも消滅させちゃうなんてさ……誰がそんな結末想像できたっていうのさ……」

 

(い、未だにこの人たちが何を言っているのかよく解らないけど、こんなに目に見えて落ち込んでいるキュウべぇを見るのは初めてね……)

 

(あれ? こいつ私が知っているインキュベーターと違う……?)

 

「それは、何でもかんでも保身の為に説明を後回しにする君が悪いんだろ?」

 

「ぐっ……あの時交渉の礼儀作法を学んでいれば……。ショートさえ起こらなければ……」

 

「ま、それなりに反省してるみたいだからもうこれ以上君に何かするつもりはないよ」

 

「そ、そう」

 

「それで今は何してるんだい?」

 

「え?」

 

「またエネルギーを集めてるんだろ?」

 

「……」

 

「ああ、確か人を不幸にしてなんとかって……」

 

「!!」

 

「え!? そ、そうなのキュウべぇ!?」

 

(え、何この展開……)

 

「いや、それはあくまで宇宙の存在を保持する為で……」

 

「宇宙のバランスを保つ仕事は僕と創造の神がやってるから君は特にそういう事はしなくていいんだよ?」

 

「えっ」

 

「なんかエネルギー集めて宇宙が消滅しないように気を配ってるみたいだけどさ、はっきり言ってそれくらい創造の神がいつも調整してるから問題ないよ?」

 

「……」

 

「そして余計なところは僕が破壊する。これで宇宙のバランスは保たれているんだから」

 

キュウべぇは再び押し黙った。

だが今度の沈黙は驚きや様子見によるものではなく、虚しさから来るものだった。

自分が今までしてきたことはなんだったのか?

ある程度誘導的だったとは言え、自分から契約の意思を示した人間から常に一方的に理不尽な(QB主観)敵視もされてきたというのに……。

特にその事が使命をこなす上で障害になっていたわけではなかったが、それでも長い間同じ経験をしていると、流石に多少は不快にも感じていた。




あれ? なんかQBに同情的な流れになってきたような?
自分でもどういう話になっていくのか分からなくなってきましたw


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第3話嵐の前の静けさ

ウイスによってQBの正体と目的を知らされたマミ、まどか、さやかはショックを受けます。
説明をする手間が省けたほむらは今後の行動を考えながら、複雑な気持ちでその光景を黙って眺めていました。


「……」

 

マミはキュウべぇとほむらから自分が知らなかった真実を聞かされショックのあまり黙り込んでいた。

 

「……」

 

それはまどかとさやかも同じであり、もしかしたら魔法少女になっていたかもしれなかった可能性に震える身体を落ち着かせるように抱き締め合っていた。

 

「……」

 

キュウべぇはといえば、今まで自分がやってきた事が一瞬で否定され水泡に帰した事で生きる気力を無くし一人(全員)うなだれていた。

 

(なにこの状況……)

 

ほむらは一人この状況に困惑していた。

自分が一番望む状況に近づいたと言うのに、目の敵にしていたキュウべぇまでも何故か哀愁を漂わせてしまっている所為で調子が狂っているのだ。

 

「……キュウべぇ」

 

「……なんだい?」

 

「落ち込んでいるところ悪いけど、私は貴方を許すつもりはないわよ」

 

「そう。じゃぁ好きにしなよ。もう何も抵抗もしないよ」

 

「……」

 

「どうせ今この場にいる僕が死んでも他の世界にも同じ僕がいるし。だとしても、もう何か生きる意味がなくなっちゃったから全部屍と同じなんだけどね」

 

「自滅はしないのかしら?」

 

「そういう思考自体がないからね。いくら自分の生涯に絶望しても自滅が生産的な行動でない限りする事はないと思う」

 

「私には有益なのだけど」

 

「それは君にとってだろう? 暁美ほむら、抵抗はしないけど精々手に届く範囲の僕らを狩るといいさ。嫌がらせにしかならないだろうけど、今となってはそれが唯一の存在理理由かな。はは……」

 

(ほんと、どうしてこうなったのかしら)

 

ほむらは改めてこのキュウべぇに調子を狂わされた。

効率と合理性を何よりも優先し、感情などないかのように思っていた機械的な彼のここまで落ち込んだ姿を見る時が来るなんて思ってもみなかった。

だがこのまま流れに流される気はなかった。

何より確認しないといけない事があったからだ。

 

「ワルプルギスの夜は来るのかしら?」

 

「来るよ。まぁそこにいる破壊神だったら難なく倒せると思うけどね」

 

「そうなの?」

 

「ちょっと機嫌を損ねただけで銀河系の一部を破壊できちゃう無茶苦茶な存在なんだよ? できないと考える方がおかしくない?」

 

ほむらはそんなキュウべぇの言葉に未だ自分がビルスの事の存在を疑っている事に気付いた。

それも無理はない事だった。

いくら嘘を言わないキュウべぇの話でも、話のスケールが一般的な人間の感覚からしたら冗談としか思えない内容だったからだ。

 

(彼もキュウべぇと同じ異星人というだけの内容だったらまだ素直に事実を受け入れる事ができたんだけど……)

 

ほむらは横目でビルス達を流し見た。

退屈そうに欠伸をしながらうとうとし、それをウイスが「寝る前に歯磨きはして下さいね」とかコントのようなやり取りをしていた。

 

(……聞くしかないか。いえ、事実ならここで運命を終わらせないと……!)

 

 

「ちょっといいかしら?」

 

「んぅ?」

 

「はい?」

 

「あの……自己紹介が遅れました。私、暁美ほむらといいます」

 

「これはご丁寧に。私はウイス、ビルス様の付き人をしております」

 

「僕の自己紹介はいいよね。信じてるかどうかは分らないけど」

 

子供っぽい感じのビルスに対してウイスという人物は随分常識がある感じだった。

物腰も柔らかく、話もし易い印象だ。

交渉をするなら彼を通した方が良さそうだ。

そうほむらは判断した。

 

「破壊神ビルス……様、と呼んだ方がいいかしら。貴方にお願いがあるの」

 

「様付けは絶対ではありませんが、付けてあげると多少機嫌がよくなりますよ」

 

「おい、ウイス!」

 

「ほほほ、冗談ですよ。それで、ビルス様にお願いと言うとどのような事でしょう?」

 

「もう直ぐこの町に……この星に、ワルプルギスの夜と言う絶大な力を持った魔女……災厄が訪れるの。だからそれを……」

 

「ビルス様に退治してもらいたいと?」

 

「そうです。貴方が本当に破壊神だというのなら、本当に気まぐれで宇宙に異変を起こすくらいの凄まじい力を持っていると言うのなら、どうかお願いです。私の願いを聞き届けて頂きたい」

 

ほむらはそういうとビルスとウイスに深く頭を垂れた。

 

「どうします? ビルス様」

 

「なんか前にも同じ光景を見た気がするな。まぁそこまでお願いするならやってあげなくもないけど……」

 

「本当?」

 

「でもタダじゃやだな」

 

(な、なんか見返りを求めてる? 神様って案外世俗的なのね……)

 

「何かしら? 私にできる範囲の事ならお礼はさせてもらうわ」

 

「プリンを食べさせてほしい」

 

「……は?」

 

ほむらは目を丸くして言葉を失った。

まさか世界の滅亡から救う見返りにプリンという言葉が出てくると出てくるなんて誰が予想できるだろう?

 

 

そんな意表を突かれ呆然としているほむら達をキュウべぇは眺めていた。

 

(破壊神ビルス……。神かどうかは確かにまだ判らないけど、気まぐれで宇宙を破壊するような存在は改めて考えれば危険な事には変わりはない。決して僕の星を壊された恨みが動機ではないけど、ここは宇宙の救済者として一念発起する必要があるかもしれない。いくら強大な力を持っていても個として存在するのなら不意を突くことができればもしかして……)

 

異星人は異星人で存在価値を破壊されたことによって思考が捻じれ始めていた。

 

魔法少女の運命にショックを受け悲観にくれる者、新たな未来に可能性を見出す者、自分が暴走し始めている事に気付いてい居ない者、単純にプリンが食べたい者。

それぞれ異なる思惑思考が混ざり合うなか、果たしてどんな結末が彼らを待っているのだろうか。




今度はQBが再び悪役になりそうな流れになってきましたね。
でも、あくまで敵役に徹しようとするその姿もなかなか素敵だと思います。


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第4話 どっちが悪い?

ビルス達との出会いから数分の後、ちょっと一人になりたいとその場を抜け出したキュウべぇは人の姿が無いある高所で一人の少女と会っていた。


杏子「それで? 話ってなんだよ?」

 

珍しく林檎でなく、梨をかじっている杏子がキュウベぇに聞いた。

 

QB「うん。実は最近魔女と同じくらい危険存在を確認したんだ」

 

杏子「魔女より? それって……」

 

QB「魔獣さ」

 

杏子「魔獣? それって魔女の使い魔みたいなモノだろ? なんでそれが魔女と同じくらい危険なんだ?」

 

QB「僕も初めて観測した滅多にないケースなんだけど、自立思考型の魔獣が何故か二匹だけ魔女の支配から抜け出したみたいなんだ」

  

杏子「そいつの魔女は? 魔女が消えたちまったら魔力の供給もなくなるから勝手に消える筈だろ?」

 

QB「それがそうならなかったから今回は危険なんだ」

 

杏子「……どういう事だ?」

 

QB「その魔獣、魔女の支配から抜け出すと同時に自ら魔力の供給も断ち切って完全に一個の存在として独立しているらしい」

 

杏子「はぁ? 独立って、自我に目覚めたとかそんな事あるのかよ? ていうか、独立したところで魔力がなきゃ……」

 

QB「人を襲ってる」

 

杏子「! なるほど……」

 

QB「事態の深刻さを理解してくれたかな? そう。その魔獣は魔女じゃない故に空間ごと人間を取り込むといった術は取る事はできない。という事は……」

 

杏子「直接襲ってるって事か。騒がれてない所を見ると人目に着かない所で襲うくらいのお頭はあるみたいだな」

 

QB「そうだね。実際に襲われた跡は血しか残っていなかったよ」

 

杏子「分った、殺ってやる。それでどんな奴だ?」

 

QB「その前に一つ警告しないといけない事があるんだ」

 

杏子「なんだ?」

 

QB「その魔獣なんだけど、独立して動くようになってから随分経っているみたいなんだ」

 

杏子「ああ、だからその分被害者も多いって事だろ? ならさっさとーー」

 

QB「それもあるんだけど、重要なのはそこじゃないんだ」

 

杏子「ああ?」

 

QB「その魔獣、長い間人間の社会に潜むことによって言語、思考まで人間並みになっているんだ」

 

杏子「なんだって……?」

 

QB「まぁ、見た目はどうにもならないから抵抗はそんなにないかもしれないけど。喋り方や仕草は人間そのものだから、対峙した時は話術で取り込まれないように注意しないと駄目だよ」

 

杏子「そこまで頭が回るヤツなのかよ!?」

 

QB「そう。だから僕は提案する。もし目標を確実に仕留めるつもりなら……」

 

杏子「……勘付く暇も与えず、死角から一撃、って事だな?」

 

QB「そう。それが一番だと思う」

 

杏子「だけど魔獣は二匹いるんだよな?」

 

QB「君の武器は槍。その長さを利用して一気にまとめて仕留めるしかないね」

 

杏子「……ん」

 

QB「今回の敵はそういう意味でも難敵だよ、大丈夫かい?」

 

杏子「ふっ、煽ってるのかい? いいぜやってやる。この佐倉杏子に任せておきな」

 

QB(よし、上手く誘導できた。佐倉杏子の魔法少女としての腕前と経験は現状確認している魔法少女の中でも最高レベル)

 

QB(そして何よりも彼女の武器が近接武器なのが重要だ。上手く隙さえ突けば、ビルスのような存在でも個体である限り葬れる筈)

 

QB「ありがとう。僕も今回は全力でサポ……」

 

 

 

QB『サポートするから、一緒に頑張ろう!』

 

杏子『なんだぁ? 珍しいじゃねぇか。ま、いいけどな』

 

杖の飾りの部分からそんな光景がまどか達の前に映し出されていた。

 

ウイス「おやおや」

 

ビルス「はぁ」

 

ビルスが呆れ、ウイスが苦笑しながら困った様な声を出していたが、他の者の表情は皆強張っている。

 

マミ「キュウべぇ……」

 

まどか「ひどい……」

 

さやか「ヤロウ……」

 

ほむら「……」

 

ウイス「どうやらインキュベーターは完全にビルス様を敵としか認識していないみたいですね」

 

ビルス「全く不快だよ」

 

明らかに不機嫌な声でふくれっ面をするビルス。

 

さやか「でもそれはさ……ビルスさんが宇宙で暴れちゃったから危険って思われてるんだろ?」

 

ビルス「ぐっ……」

 

痛いところを突いてくるさやか、このツッコミにはビルスも苦い顔をしてソッポを向くしかなかった。

 

ウイス「その事に関しては私が謝罪しても仕方がない事ですが、ビルス様の代りに謝罪致します」ペコリ

 

そう言ってウイスは慇懃に皆の前で頭を下げた。

 

マミ「え? なんでウイスさんが謝るんですか?」

 

突然の謝罪に困惑したマミがウイスに聞いた。

 

ウイス「自己紹介の折に申しましたが、私、一応これでも破壊神の付き人をしておりまして。キュウべぇさんが以前仰っていましたビルス様の一件が発生した時、ちょどその時に限って私不在だったんです」

 

ウイスは本当に申し訳なさそうな表情で目を時折瞑りながら語った。

 

ウイス「破壊神の行いを戒めるのも付き人としての私の役目なのに、本当にあの時は自分を不甲斐なく思いました……」

 

ビルス「う……」

 

ビルスは居心地が悪そうに横でさめざめと涙を滲ませんとしているウイスから視線を逸らした。

 

ウイス「まぁ、流石にあの時は事が事だったので願い玉を使って直ぐに修復しましたけどね」ボソ

 

まどか「え?」

 

ウイス「いえ、こっちの話です。まぁミスは犯してしまいましたが、そこは破壊神ではありますが、神たるビルス様のツテ? のようなものでちゃんと元に戻して罪は償わせて頂きました」

 

ほむら「そんな事までできるの……」(話だけでまだ信じられないけど)

 

さやか「ま、ちゃんと解決してるならいいんじゃない?」

 

ウイス「さやかさん、ありがとうござーー」

 

ウイスは自分をフォローしてくれたさやかに暖かい笑みでお礼を言おうとしたが、その言葉は続いて出た彼女の言葉で止まった。

 

さやか「でもさ、なんでその時ウイスさんはビルスさんの近くに居なかったの?」

 

ピシッ

 

場の雰囲気が凍った音が聞こえた気がした。

事実、ビルスはそのさやかの言葉を聞いた時耳をピクリと動かしていた。

 

ビルス「そういえばそうだな。ウイス、お前あの時何処に行っていたんだ? 何も言わずにいなくなるなんて初めてだった気がするぞ」

 

ウイス「え、えーと……そ、それはですね……」

 

今度はウイスが本当に気まずそうな表情で顔をひきつらせながら答えに窮していた。

何気に僅かに後ずさりもしていた。

 

ビルス「?」

 

ウイス「ちょ、ちょっとその……はは」

 

煮え切らない態度で中々答えないウイス、そんな彼をからかうような顔でまたさやかが口を挟んできた。

 

さやか「あー、分ったぁ! さてはウイスさんおやつ食べに行ってたんでしょー? いやぁ、分るよ。なんかその時間帯になると食べたくなるよねぇ」

 

マミ「さやかさん流石にそれは……」

 

まどか「あ、あはは。そうだよ流石に無いよさやかちゃん」

 

ほむら「おやつで破壊? さやか、あなたね……」

 

皆口々に呆れの言葉を吐いていたが、それもウイスの一言で全て遮られた。

 

ウイス「な、なんでそれを!?」

 

マミ・まどか・さやか・ほむら「え?」

 

ウイス「あ」

 

シーン……

 

 

ウイスはしまったと言う顔で口に手を当てたがもう遅かった。

重苦しい沈黙がその場に立ちこめた。

皆どう言ったらいいのか分らないと言った表情で困惑した顔をしていた。

 

さやか「あ、あはは……ま、まさか本当だとは……」

 

場を取り成すために事の発端たるさやかが果敢にも声をあげたが、そんな彼女の声もビルスの機嫌が悪そうな声に遮られ、それ以上聞ける事はなかった。

 

ビルス「ウイスお前、僕には散々食生活に煩かった癖に自分だけ……」

 

ビルスの周りにオーラのようなものが見え始めた。

どうやら結構お怒りの様子だった。

 

ウイス「ほ、ほほほ……み、皆さん暫く失礼しますね」

 

そういうとウイスは一瞬でビルスと共に姿を消した。

 

 

そして数分の後、戻って来た二人は案の定というか、服や顔に汚れが付いていた。

二人が消えた先で何をしていたのか想像に難くなかったが、それでもほむらは再び本当にこの2人で大丈夫だろうかと、不安に思うのであった。




最初からワンサイドゲームになりそうですね。
キュウべぇの今後の活躍に期待します。


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第5話 地雷

キュウベぇの企みを知ったまどか達は、取り敢えずその場は解散し、ほむらがビルスに約束したプリンを用意する事にしました。
こんなもので自分達や自分たちの世界が救われるのなら安いものです。


ビルス「おおっ、これ全部プリンか!」

 

目の前に並ぶプリンの数に目をキラキラさせながら嬉しそうな声を上げるビルス。

その子供の様な純粋な態度はどう見ても破壊どころかただの神にさえ見えなかった。

 

まどか(あ、ちょっと可愛いかも)

 

さやか(プリンが好きな神様ねぇ……ふふ、おもしろっ)

 

マミ(これ、全部食べるのかしら……一つ欲しいなぁ)

 

ほむら(本当にこんなのでいいのかしら)

 

ウイス「私も驚きです。プリン一つでこんなに種類があるなんて」

 

ビルス「前は一種類しかなかったからな。しかも食べ損ねたし」

 

ウイス「今度は食べれそうですね」

 

ビルス「ああ、では早速……」

 

ウイス「頂きましょうか♪」

 

ビルス「おい」

 

ウイス「はい?」

 

ビルス「何でお前が食べるんだ?」

 

ウイス「え? まさかビルス様、これ全部お一人で食べるおつもりだったんですか?」

 

ウイスはビルスの言葉にショックを受け、悲しそうな顔をした。

 

ビルス「当然だろう。だってお前はあの時一人だけ食べてたんだからな。これは罰だ」

 

ウイス「そんな! あんな昔の事! それにその事ならさっき散々お付き合いをしてさしあげたではありませんか」

 

ビルス「あれは、ただの八つ当たりだ。当然だろう?」

 

ウイス「ええっ、ビルス様ズルい!」

 

ビルス「煩い。ズルくない。これは僕一人で全部食べるからな?」

 

ウイス「むむ……」

 

 

さやか「な、なぁ、なんか喧嘩し始めたぞあの二人」

 

まどか「う、うん。プリン取り合ってるね」

 

マミ「あんなにあるんだから一つくらい分けてあげてもいいのにね」

 

ほむら「マミ、あなたのその目、明らかにビルスさんの為に向けられてない気がするのだけど?」

 

 

そんな風に賑やかな様子を建物の影から窺っている影があった。

 

杏子「なんだあれ……あれがひょっとして魔獣か? 堂々としてやがるな」

 

QB「そう。あれだよ」

 

杏子「なんか魔獣の他にも普通の人間っぽいのがいるけど、あれはどういう事なんだ? 普通にコミュニケーション取ってるように見えるけど」

 

QB「多分、上手く会話で自分は危険な存在じゃないと安心させてるんじゃないかな」

 

杏子「ああ、なるほどな。そうやって人目のつかないとこまで連れ込んで……非力な女を狙う辺りも利口だな」

 

QB「そうだね。最初は殆ど無差別だったけど、今では女性や子供を狙っているのかもね」

 

杏子「……ますます見過ごす事はできねーな。よしっ、やるか。おいQB、お前はあたしの死角に回り込んで攻撃のタイミングを計ってくれ」

 

杏子「なるべく無関係な奴らは巻き込みたくないからな……こっちのタイミングと合致した時にしかける」

 

QB「分った」

 

 

ビルス「だから、お前には絶対やらん!」(お、)

 

ウィス「後生です! 一つだけでいいですから!」(来てますね)

 

未だにプリンの取り分について揉めていた二人は早速杏子たちの存在に気付いた。

 

ビルス(このタイミングで来るとは……)イラッ

 

ウイス(ダメですよ。あくまで原因はインキュベーターなんですからね)

 

ビルス(分ってる。ふむ……隙を探ってるのか)

 

ウイス(そのようですね。キュウベぇさんは丁度私達の真上です)

 

ビルス(取り敢えず鬱陶しいから、あいつもまとめてこの星に居る奴を全部消すぞ)

 

ウイス(了解です)

 

喧嘩をしながらビルスはその場にいるキュウベぇだけでなく、同時にその時に地球に存在している全てのインキュベーターをウイスの能力の補助によって知覚した。

 

ウイス(どうです? ビルス様)

 

ビルス(ああ、確認した。これで全部か?)

 

ウイス(この星に居るのはこれで全部ですね)

 

ビルス(ま、他に残ってるのは奴の事は後で考えるか。よし……)

 

 

念話をしながら口喧嘩をしていたビルスが突然黙り込んだ。

 

突然の沈黙にまどか達も何事かと振り向く。

身を隠して攻撃のタイミングを計っていた杏子たちも同様だった。

 

杏子(バレたか? いや、そんな様子はなかった)

 

QB「……?」

 

ビルス「……」

 

小さな風の様なものがその場を走り抜けた。

その見えない風はビルスとウイス以外に認識される事もなく瞬く間に地球全体を包み込み……。

 

QB「!?」パッ

 

見た目には何も起こっていないので、まどか達や杏子からすれば突然沈黙しただけにしか思えなかったが、その何気ない一瞬でビルスは苦も無くインキュベーターを地球から一人残らず消し去ったのだった。

 

杏子(……ん? キュウベぇ? おい、どうした?)

 

キュウベぇの気配が消えた事に即座に気付いた杏子は、何度も彼に呼びかけるが当然ながら返事はなかった。

 

杏子(なんだ? 何かあったのか? くそっ、どうする? 今ならやれそうな気はするけど……よしっ)

 

バッ

 

事態の認識より自身の使命の遂行を優先する事を決定した杏子は、意を決して物陰から飛び出した。

 

杏子「…………ふっ!」

 

洗練された動作に無駄は無く、しなやかな筋肉の動きに応えるように投げられた槍は綺麗な軌道でを描きビルスとウイスへと向かって行った。

 

その時点でただの少女だったまどかとさやかは気付く事もなかった。

その一瞬の攻撃に反応したのはやはりというか、魔法少女として戦いの経験があるマミとほむらだった。

 

マミは攻撃こそ察知できたものの、見事なまでの杏子の一投を防ぐには間に合わずに、槍が彼女の側を過ぎ去るのを感じるしかなかった。

対してほむらは自身の能力である時間操作を発動させ、槍がビルス達へと届くギリギリのところで槍に力を加えてその軌道を逸らすことに成功した。

 

だが……。

 

ビルスは最初から杏子の攻撃を認識しており、別に当たっても死ぬことは無いが、それでもそうなってしまうと格好が付かないので軽く防ぐつもりだった。

ただ問題だったのは、ビルスが警戒していたのはあくまで杏子の攻撃のみで、それ以外に関しては特に注意を払っていなかった事だった。

 

キンッ

 

ビルスより前にほむらによって防がれた槍が標的を外れ、ある物へと向かって行った。

 

パシャッ!

 

逸れた槍はビルス達を横切り彼の手元にあったプリンに命中したのだった。

全壊こそ免れたが、テーブルに並んでいたプリンの殆どが槍の暴力によってなぎ倒され、貫かれ、無残な姿となった。

 




あーあー、といった感じです。
次どうしよう……(震え声)

一瞬で退場してしまったQBが羨ましい……。


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第6話 九滅一生

ビルス様のプリンが粉々になってしまいました。
無理もありませんが、そんな事を気にも止めない赤い髪の少女はまだ諦めていないようです。
なんと迷惑千万な……。


さやか「あ」

 

この時さやかは凄まじく嫌な予感がした。

特に誰が怪我した訳でもないが、それでもその後に訪れた沈黙と、ビルスの姿を見比べて何かヤバイと直感したのだった。

 

ビルス「……」

 

ウイス(これはいけない)

 

珍しくウイスは額に汗を滲ませていた。

あの時は魔人が全部食べてしまった事により機嫌を損ねたが、今回は訳が違う。

目の前にありながら、それを邪魔されたのだ。

彼の気性を考えればその怒りがどれほどのものか容易に想像が出来た。

 

杏子「っち!」

 

奇襲に失敗した杏子がダメもとで追撃しようと更に進み出ようとした。

 

ほむら「佐倉杏子!!」バッ

 

マミ「っ、佐倉さん!?」

 

まどか「え?」

 

それぞれが不意の事態に反応を見せるなか、ビルスは未だに沈黙していた。

 

ビルス「……」

 

ビルス達が持つ神の気は大きく二つの特徴がある。

一つは基本的に神族以外は察知する事はできないという事。

そしてもう一つは、どんなに力を込めてもその力が目に見える脅威、戦闘力として表面化しないという点だ。

ここで重要なのは二つ目で、これは基本ビルスがどんなに怒っても、気配だけでは間接的には彼の恐ろしさが伝わり難い事を意味する。

それが正にこの状況だった。

 

皆それぞれ行動する中、ビルスに渦巻く確定的な破滅の力に気付いているものはその場ではさやかとウイス以外いなかったのだ。

 

杏子「そこを、どけ!!」

 

ガガッ

 

杏子は遠隔操作で武器を回収する途中で槍の形状を変化させ、障害物を発生させてマミやほむらが応戦する隙を与えなかった。

 

マミ「うっ……く!?」

 

ほむら「待って!!」

 

二人が何とか障害物を防いで杏子を止めようとしたがもう遅かった。

上手く二人を躱した彼女は必殺の一撃を今度は敢えてビルスのみに絞る事で最低限の目的を果たそうとしていた。

 

杏子「……ッはぁ!!」

 

渾身の力を込めて放った槍が彼女の力に応えてまた形状を変化させ、通常では有り得ない離れた間合いからビルスに向かった。

 

杏子(獲った!)

 

杏子は確信した。

後は槍の穂先がビルスの顔面を捉え、穿つことが出来ればひとまず目的の一旦は終える筈、だった。

 

ピタッ

 

だが、そうはならなかった。

槍の穂先はビルスの頭に到達する前に彼の指先によって目の前で止められたのだ。

 

あまりにもの反応の早さに杏子は目を疑った。

だがこの後、彼女は更に驚愕の事態を目にする。

 

止められた槍が一瞬で全て、彼女が握っていた柄の端まで砂となって消えてしまったのだ。

 

杏子「なっ!?」

 

あまりにも予想外の事に杏子は動揺して後ずさる。

同じく後ろから彼女を止めようとしていたほむらとマミも同様の反応を見せていた。

 

マミ「え」

 

ほむら「……」ゾク

 

槍が消えても指を突き出したままでいたビルスがゆっくりと顔をあげた。

表情こそ無表情だったが、彼の目は怒りの色で染まり、黄金の光を放っていた。

 

ビルス「……よくもやってくれたな」

 

初めて聞く威圧的なビルスの声だった。

 

ほむら・マミ・杏子「……っ」

 

ビルスが特に何をしたわけでもないのに既に三人はその場から動けず、恐怖で委縮していた。

 

まどか「あの……ビルス、さん?」

 

さやか「まどか、ダメ!」

 

状況が理解できずにビルスを宥めようとするまどかを誰よりも早く危機を察知していたさやかが止める。

 

ビルス「プリンを用意してもらっておいてなんだけど……キレたぞ。もうこんな星は太陽系ごと破壊してやる……」

 

ほむら「……くぅ、……待っ……」

 

相変わらず冗談の様なセリフだったがほむらはもう信じていた。

ビルスが本当に宇宙を破壊できる神だという事を。

理解こそできないが直感が彼の力が本物であると告げていた。

 

ビルス「ふぅ……完全に……」

 

ビルスが精神を集中させる。

軽く星を纏めて消せる程の力を。

後はそれを放つだけだった。

 

彼は破壊の神ではあるが残酷ではない。

力を放ってもそれがその星に住む生命の最期を告げるものであると、誰もが気付く前に消滅しているだろう。

そういう意味では彼はまだマシな種類の神と言えるのかもしれない。

 

カッ

 

ビルスが目を見開く。

これでまどか達の最期は決まるという、その時。

 

ウイス「いけません!」

 

ウイスが滑り込むようにビルスの前に立ちはだかり彼を止めるものかと思いきや、持っていた杖を振りかざしビルスの前に無残に散っていたプリンをテーブル瞬く間に復活させたのだ。

 

ビルス「……んん?」

 

途端にビルスの表情が変わり、先程まで纏っていた恐ろし雰囲気もあっという間に消えていた。

 

ウイス「どうぞ、まだ無くなってはいませんよ」

 

ビルス「おおー」

 

先程までの険悪な表情とは打って代って嬉しそうな声をあげるビルス。

その声を聞いただけでその場にいたウイス以外の人間は肩から力が抜けるのを感じた。

 

ウイス「いやぁ、ただ壊れただけで良かったです。これが前みたいに食べられてしまっていては、もうどうしようもないところでしたよ」

 

よほど焦っていたのか額の汗を拭いながらウイスはホッとした表情をした。

 

さやか「……わたし達助かったの?」

 

まだ不安そうな顔のさやかが同じく泣きそうになっているまどかを伴い聞いてきた。

 

ウイス「ええ、なんとか。安心していいですよ」ニッコリ

 

その笑顔にさやか達はもちろん、今しがたビルスを襲わんとしていた杏子まで安心して崩れ落ちるように膝を付いた。

 

杏子「はぁ……はぁ……一体なんだってんだよ……」

 

肩で息をしながら自分を落ち着けようと努める杏子に近づく影があった。

 

杏子「ん……?」

 

まだ動揺が収まらない杏子は何者かと顔を上げて確認しようとしたが即座に後悔した。

 

ほむら「それはこっらのセリフよ」

 

マミ「お話、聞かせてもらえるかしら?」ニコッ

 

片や無表情、片や笑顔、どちらも怒りとは無縁の顔をしていたが、その目は明らかに憤怒の炎で燃えてる二人が杏子を見下ろしていたからだ。




ウイスさん素敵!
杏子は次回で説教のティロ・フィナーレを食らうといいと思います。


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第7話 仲直り劇場

怒ったマミさん可愛い


降参した杏子を前にしたマミとほむら。

彼女達は怒っていた。

だから二人は杏子を説教せずにはいられなかった。

先に口火を切ったのはマミ。

だが彼女が切ろうとしたのは口ではなく……。

 

「ティロ・フィ……」

 

『笑ってない』笑顔でいきなり必殺技を見舞おうとするマミに杏子は慌てた。

 

「ま、待てマミ! ちょっと話を……!」

 

「……」

 

ほむらは敢えてリボルバー式の拳銃を取り出し、無言で撃鉄を起こして杏子を威圧した。

 

「銃!? ちょ、お前それ本物かよ!? ちょ待ってくれ。マジで!」

 

 

そんな感じで杏子が二人にお説教をされようとしている一方で、まどか達の方はというと……。

 

「おぉ! これがプリンというものか! なんて美味いんだ!」

 

ビルスが念願のプリンを食し、その美味しさに舌鼓を打っていた。

 

「えへへ。喜んでもらえてよかった」

 

「ホントにな……」

 

「良かったですね、ビルス様。やっと食べられましたね」

 

「ああ、全くだ! こんなに美味いものだったとわなぁ!」モグモグ

 

ビルスはすっかりプリンのお蔭でご満悦の様子だった。

これならあのほむらとか言う子の願いくらい聞いてやってもいいだろう。

ビルスはプリンを食べながらほむらの願いについても前向きになっていた。

その時である。

バンという突然と銃声にまどかとさやかは驚いてほむら達の方を向いた。

見るとほむらが杏子の足もとに発砲して杏子が飛び上がっていた。

 

「ひゃぁっ!? お、おま……う、撃ちやがったな!」

 

「ただの威嚇よ」

 

「あら、ほむらさん優しいのね」

 

「っ……。いきなり襲ったのは悪かったって。だから話を聞いてくれ!」

 

 

「……あの二人まだやってたのか……。いい加減許してやったらいいのに」

 

呆れた顔でほむら達をみつめるさやか。

ほむらが実銃を持っている事に関しては特に触れないところを見ると、ここまでに強烈な体験をする事によって大抵の事には動じない程の器量を身に付けつつある感じだった。

 

「あんなに怒っているマミさん初めて見た……」

 

「まぁ大丈夫でしょう。二人とも本気で怒っているみたいですが、どうやら脅す以外の事はするつもりないようですし」

 

「んー? ついでにアイツも破壊してやろうか?」モグモグ

 

「ビルス様」

 

ウイスが嗜めるような目をビルスに向けた。

その眼はビルスに、諸悪の根源はインキュベーターの筈でしょう? と改めて念を押していた。

 

「分かってる分かってる。で、なんだっけ? 何かを退治して欲しいって話だっけ?」

 

「そういえば、ほむらの奴そんな事を言ってたな。えーとワル……わる……悪プリン?」

 

 

「ワルプルギスの夜よ」

 

杏子との話が着いたのかほむらがすまし顔でさやかの間違いを訂正してきた。

 

「ん、もう話は着いたのか?」

 

「ええ、ただの誤解だったみたい」

 

「だからさっきからそう言ってたじゃねーか!」

 

「え?」

 

「はい?」

 

「……すみませんでした」

 

説教によって立場の優劣が決まったのか、二人の威圧的な視線に杏子は直ぐに折れた。

 

「ま、僕のプリンを台無しにした事については大目にみてあげあるよ。ウイスに感謝するんだね」

 

初めてビルスに声を掛けられた杏子は改めて彼を見て顔を曇らせながら言った。

 

「それについても悪いと思ってるよ。でもさ、あんた一体何なんだ?」

 

ビルスを襲うまで彼に関する情報はキュウべぇによるものしかなかった杏子にとって当然の疑問だった。

 

「無礼な奴には教えない」

 

「なっ」

 

「杏子!」

 

「杏子さん!」 

 

「ビルス様」

 

それぞれの立場が上の者が揃って子供同士の喧嘩を叱るような態度で注意した。

 

「……う」

 

「むむ……」

 

「ウイスさんってビルスさんの何なんだろう? ただの友達とかじゃないみたい」

 

「まぁ立場的には上みたいな感じだな。でもあの杏子って子もすっかりマミさん達の尻に敷かれちゃってる感じだな」コショ

 

 

「はいはい。取り敢えずお互い自己紹介をしてここは仲直りしましょう」

 

場が収まったところでウイスが明るい声で手を叩いて事態の好転と進行を促した。

 

「佐倉さん。先ずはあなたからよ」

 

「……分かったよ。あたしは佐倉杏子。見ての通り魔法少女だ。さっきは……悪かった。騙されていたとは言え危害を加えちまったしな……ごめんなさい!」

 

「……ふん。まぁいい。僕はビルス。破壊の神だ」

 

「は、破壊? 神様……?」

 

魔獣の話は信じても破壊の神という言葉は流石に予想だった杏子は戸惑った顔をした。

 

「戸惑うのも無理はないわ。でもね杏子、その言葉は本当よ。この人は本当に恐ろしいほどの力を持っているの」

 

「ちょっと怒らせてしまうだけで惑星を簡単に破壊してしまうそうよ。だから言葉には気を付けてね」

 

「わ、惑星って……」

 

二人の補足に唖然とした顔で杏子は再びビルスを見る。

 

(確かにさっきは凄くヤバイ気がしたけど……マジか?)

 

 

「こほん、では私も自己紹介させて頂きますね。私はウイス。ビルス様の付き人をしております」

 

まだ若干混乱気味の杏子に次いでウイスがビルスとはまた違った柔和な態度で自己紹介をしてきた。

 

「あ……うん」

 

「……暁美ほむらよ。あなたと同じ魔法少女」

 

「私は特に自己紹介の必要はないわよね? 佐倉さん」

 

「え? マミさんこの子の事知ってるの?」

 

「ええ、以前ちょっと、ね」

 

マミが杏子の事を知っていた事に驚いたさやかが今度は自己紹介をしてきた。

 

「へぇ……気になる……。あ、あたしは美樹さやか。よろしくな!」

 

「わたしは鹿目まどか。さやかちゃんとは友達同士だよ」

 

「お、おう……」

 

ビルスに続いて暖かい自己紹介に杏子は自身の警戒心が抜けつつあるのを感じていた。

返事も最初の刺々しいものから戸惑いがちなものへと変わり、今ではまどかとさやかのフワフワした女の子オーラに気圧されて生返事しかできなくなっていた。

 

 

「杏子、自己紹介が終わったところでちょっといいかしら?」

 

「あ? ああ……」

 

(なんだコイツ? 何でさっきからタメ口なんだ? それにあたしの事を知っているような感じだし……)

 

「いろいろ落ち着いた事だし、まどか達とその……ビルスさんも話を聞いてもらえるかしら?」

 

「ん、いいよー」

 

「拝聴致します」

 

「さっきのワルプルギスの夜とかいうものの事?」

 

「……」

 

今までと違い、明らかに緊張した雰囲気でほむらが切り出してきた。

 

 

「まどか達はもうインキュベーターの話は理解してると思うけど、今は杏子もいるから今度は私からその事も含めて、さっき言ったワルプルギスの夜の事と魔法少女と魔女の仕組みについて話すわ」

 

「魔法少女と……」

 

「魔女の仕組み……?」

 

自分が知らない事実に不安を覚える者、自分が信じていたパートナーの真意を知って新たな真実に覚悟する者、危うく魔法少女の勧誘を受けそうになったが今は普通の人として大切な友人を心配する者、特に何も考えてない者。

それぞれが思いを秘める中、ほむらは自分が知る限りの真実を打ち明けた。




1か月ぶりです。
まだ見てる人いるでしょうか?
や、いなくても続けますがw

まどマギ編は次か、その次くらいで終わる予定です。

……さやかはともかく、なんかまどかの存在が薄いような。
主人公なのに……。


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第8話 根源退治

ほむらは自分が知る限りの情報をまどか達に話した。
魔法少女は既に人間とは言えない存在になっている事、その魔法少女が何れ魔女になってしまう事、自分がまどかの魔法少女化と世界の破滅を回避す為に今までずっと時間移動をしてきた事。

その話にまどか達は衝撃を受け、ほむらの孤独な戦いに同情した。
既に魔法少女となっていたマミと杏子も衝撃を受けつつも、正直に話したほむらの態度とそれでも自分達を大事な仲間だと、友達だと憚らないまどか達の優しさにのお蔭で何とか心を保つ事ができた。

そして……それから数日後。


「あれが悪プリンか」

 

「ワルプルギスの夜です。さやかのは間違い」

 

いきなり緊張感が抜けてしまいそうなビルスの天然のボケに、ほむらは何とか抵抗し間違いを補足した。

 

暗雲の下、黒い暴風と共に徐々に舞い降りてくる巨大な魔女を見ながらビルスは言った。

 

ワルプルギスの夜は確かに今まで見てきた魔女たちとは違った。

この圧倒的な力、存在感、絶望感……一体、どうしたら自分達が勝てたのだろう。

ほむら達の横でそれを見ていたマミと杏子は自分の無力さを痛感していた。

これは、いくら頑張ったところで勝てなかっただろう。

最初から諦めるのは良くないのは解ってはいるが、それでもそう感じざるを得ない程にこの魔女の存在はマミに消極的な発想しかさせない最悪の敵だった。

これが無力……。

 

一方まどか達は流石に魔法少女でない所為か降り立つ魔女にマミ達程の敵としての脅威は理解することができていなかったが、それでもまるで世界の終焉の様な不吉な雰囲気には恐怖を感じ、二人は固く手を握り合っていた。

 

「ビルスさん……今更……お願い……できるかしら……?」

 

ほむらは遠慮しがちにビルスに尋ねた。

彼の力を度々見てきたので信用はしていたが、それでもいざこれを目の前にすると、その圧倒的存在に対してビルスの単身で臨もうとする姿に一抹の頼りなさと不安を感じざるを得なかった。

 

「まぁプリンの分はちゃんとお願いはきいてあげるよ。しかし……」

 

ビルスは魔女を見つめながら言った。

 

「これは意外に大きな存在だな。前に破壊した神なんかよりずっと大きな力を持っている」

 

「そうですね。しかも世界に自身の能力を反映させることによって何度でも蘇る仕様のようです」

 

ビルスの傍らに控えていたウイスがビルスの感想を補足することでこの魔女の脅威がより明確となった。

 

「そう……なの?」

 

ほむらは自分が知らなかった新た事実に愕然とした表情で訊いた。

 

「ああ。こいつは君にとっては魔女かもしれないが、一種の神だよ。それも僕と一緒の破壊の部類だ」

 

「神……? アレが……?」

 

ほむらは空から降り立とうとしている魔女を改めてみた。

 

(あんな、あんなものが神だなんて……)

 

「詳しい説明は省くけど、ただ単純に圧倒的な力を持ってたら神というわけでもないよ。あんな風に圧倒的かつ、世界に干渉する力も持つ超常的な存在を神というのさ」

 

ビルスは特に緊張もしていないいつも通りの顔で続けた。

 

「神にもいろいろいる。見える者見えない者、積極的に干渉して来る者関わろうとしない者。こいつは定期的に自分の世界を破壊して楽しむのが生き甲斐らしいね」

 

「なんで……なんでそんな事を……」

 

ほむらは震える声で怒りとも悲しみともつかない表情でビルスに訊いた。

 

「理由? そうしたいからだよ。さっきの話と重複するけど、その理不尽を通せる存在が神って事さ」

 

「……あれを倒しても復活するの……?」

 

「ああ。あれはそれだけの力を持っている」

 

「じゃぁビルスさんが倒したとしてもまた何処かで……」

 

ほむらは自分が今まで行ってきた時間移動を思い出しながら言った。

何という事だろう。

ビルスの言葉が本当なら、例えここでワルプルギスの夜を倒してもまた何処かで復活して同じ悲劇が起こるという事だ。

これでは決定的な解決にならないではないか。

 

「……」

 

「どうした?」

 

俯いて悲しみに沈むほむらを見てビルスが声を掛けた。

 

「いえ……ただ私はこれからどうしたら……」

 

「ああ、君はあれを倒すために今まで頑張って来たんだっけ。あ、そうかそれでか」

 

ビルスはほむらが意気消沈している理由に気付いたようだ。

 

「大丈夫ですよ」

 

ウイスがほむらの肩に優しく手を置きながら言った。

 

「え?」

 

その温かさに思わずほむらは顔を上げる。

 

「ビルス様は破壊の神様ですから。あの方はその名の通り、有象無象問わず、全てを破壊する事が出来ます」

 

「それって……」

 

「僕がいつあいつより劣ってるだなんて言った? 例え世界に干渉する力を持っていたとしても、僕より劣る存在が僕の力に敵うわけないじゃないか」

 

「ビルスさんそれって本当!?」

 

今までほむらの嘆き様に掛ける言葉が見つからずただ見守る事しかできていなかったマミがすがる様な顔で訊いた。

 

「心配しなくてもあいつは、能力も何もかも纏めて存在ごと破壊してあげるよ」

 

「ビルスさ――」

 

ほむらが再びビルスに話しか掛けようとしたその時、凄まじい暴風が彼女達を襲った。

暴風の強さはまどか達が動けなくなるほど重く、明らかに風だけによるものではなくい何か別の力が働いているは間違いなかった。

気付けば魔女はもう目の前まで来ており、その周囲からは人間の様な形をした使い魔が形成され攻撃の準備を整えつつあった。

 

「少し話し過ぎてしまったか。じゃ、ちょっと試してみようか」

 

ビルスは人差し指を一本魔女へと向けた。

 

一体何をするのかとまどか達が見ていると、彼の指先が赤く光りだし次の瞬間には凄まじい光を放ちながら赤い光線が魔女へと放たれた。

光線は一瞬で魔女へと直撃し、直撃した衝撃によって拡散したエネルギーが魔女の周囲にいた使い魔も捉えて一瞬で消滅させた。

 

「!?!?!?!?!?!??? ……っっ!!」

 

ほむらが初めて聞く悲鳴の様な声だった。

その声の主は明らかにワルプルギスの夜だった。

 

「は……あ……」

 

ビルスの光線によって赤く染まった空を見つめながらさやかは呆然としていた。

こんな戦い、力、見た事ない……!

 

「へぇ」

 

ビルスは光線を放ちながらそれでもあり続ける魔女に少し感心した顔を見せた。

だが、それでも攻撃はやめることなく続け、ついには魔女は赤い光と共に空から見えなくなった。

 

「……え? 終わり……?」

 

まどかが再び戻った晴れ渡った青い空を見てポカンとした顔で言った。

 

「いや、あいつ中々やるよ。今はただ僕の攻撃で星の外へ押し出しただけさ。ウイス」

 

「はい」

 

「というわけだ、ちょっと行ってくるぞ」

 

「行ってらっしゃいませ」

 

そう言うとビルスは一瞬で姿を消した。

 

 

場所は変わって宇宙、成層圏どころか本当に星の外へと押し返された魔女はビルスの攻撃を受けつつもまだ形を完全に保っていた。

だが、それでも先程の攻撃によってダメージを受けたのは間違いないようで、魔女の動きは地球で見た時よりも無重力に関係なく鈍くなっていた。

 

ビルスが魔女の前に再び姿を現したのはそんな時だった。

 

「ほぉ、全然壊れてないじゃないか。やるな」

 

「!!」

 

魔女が反転した。

いや、反転することによって本来の体勢になり、本気になったのだ。

 

「ああ、今から本気なのか」

 

ビルスはまた感心するような顔をしたが、次に出た言葉はそれとはまるで反対のものだった。

 

「でも、今から本気になったところでそのダメージじゃあまり意味ないんじゃないか?」

 

「……っ!!」

 

その言葉に反発する様に魔女の周囲に再び使い魔たちが出現し、そして自身も本体を構成している一部である歯車から黒い靄のようなものを発生させ、それを幾つもの触手の様に枝分かれさせてビルスを襲ってきた。

 

「ま、そうくるとは思っていたよ」

 

ビルスはあくまで動じず、不動のまま魔女の攻撃が自分に迫って来るのを眺めていた。

そして、その攻撃が彼に届かんとした時――。

 

 

「……」

 

不意にビルスが今度は片手の掌を魔女に突き出した。

そして――

 

ビルスの周りから突如として巨大な炎の塊の様なオーラが出現し、彼を中心に広がると間近まで迫っていた魔女の攻撃を全て触れた瞬間に消滅させていった。

 

「っっ!?」

 

「悪いが、お前がいるとまたここに来た時にプリンが食べられなくなるんでな」

 

ビルスは無表情に魔女を眺めながら自分が魔女を討伐するあんまりな理由を投げ放った。

 

「そうなると迷惑なんだ。だから消えろ」

 

ビルスを取り巻くオーラが一瞬消えたと思うと、次の瞬間にはそれが全て彼の掌に集まって巨大な球体となって放たれた。

魔女は自分に向ってくる破滅の力に全力で抵抗し、直撃を回避すべく反攻したが……。

球体に触れた魔女の攻撃は悉く消滅し、そのまま勢いを失することもなく直撃した。

 

「――!」

 

魔女は最早何も言うことができなかった。

直撃した球体がどんどん自身を浸蝕し、そしてついには完全に取り込まれてしまった。

そして次の瞬間――

 

宇宙空間なので音はしなかったが、まるで炎の花がその大輪を咲かせように爆発し、魔女は消えてしまった。

 

ビルスはそれを見つめながら誰にともなく呟いた。

 

「……ふむ。まぁ例え1%くらいでも僕に力を出させたのはよくやった方だ」




魔女退治終了です。
やっぱりこれで終われなかったですね。
次回、エピローグ的な話にて「まどマギ編」は終了です。


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第9話 まとめと保障

案の定、ワルプルギスの夜をあっという間に破壊したビルスは、追いかけていった時と変わらないいつもの様子でほむら達が待つ場所に戻ってきました。
まるで台風一過。
魔女がいなくなった空には、そんな嵐が過ぎ去った後の様な青々とした空が広がっていました。


「ただいま」

 

「お疲れ様ですビルス様。如何でした?」

 

「暇潰しには程遠かったけど、まともに相手ができたのは僕だけだったのは確かだな」

 

「あの、それじゃあ……」

 

「約束は守ったよ。完全に破壊した。もう現れる事もないだろう」

 

「あ……そう……です、か……」

 

ビルスのその言葉に、ほむらはまるで全身から力が抜けてしまったかの様にその場にヘタりんでしまった。

 

「やっと……終わった……んだ。はは……」

 

それも無理からぬことだった。

今回は自分が直接動かなかったとはいえ、今まで幾度もワルプルギスの夜と戦ってきた彼女にとって、今回のこの結末はあまりにもあっけなく感じたからだ。

魔女が現れてからどれくらいで事は終わってしまっただろう?

10分? 15分? いや、もっと短かったはずだ。

とにかく今まで苦労してきた生涯の目的がものの数分で終わってしまったのは事実だ。

 

「こ、こんなに簡単に……」

 

未だに座り込んで肩を小さく震わせながら、何とか事実を受け入れてそれを喜ぼうと努力しようとしていたほむらだったが、そんな彼女の肩に優しくポンと手を置く者がいた。

 

「暁美さ……いえ、ほむらさん」

 

「マミ……」

 

「お疲れ様」

 

マミの笑顔を見た瞬間ほむらの目から滂沱の如く涙が溢れ出た。

 

「うっ……うぅ……! うわぁぁぁぁぁぁ……!!」

 

それはほむらの努力が、執念が報われた瞬間だった。

やっと事実を受け入れる事ができた彼女は、マミとまどかと、杏子にさやか、今まで必死に守ろうとしてきた大切な仲間達に祝福されることによって、ようやく自分の戦いが終わったことを自覚したのだった。

 

「ほむらちゃん……」

 

「ありがとな、ほむら……!」

 

「なんつーか……お疲れさん!」

 

感動でむせび泣くほむらを三人は、心からその労を労い、そして喜び合った。

 

「よく一人で頑張りましたねぇ」

 

「まぁ、アレ相手によく今まで諦めずにやってきたもんだよ。僕が来るまで持ち堪えていたのは正直大したものだと思う」

 

ビルスとウイスもそんな様子を満更でもなさそうな表情で眺めていた。

 

 

――そして数日後。

 

「ビルスさん、ウイスさん本当にありがとうございました」

 

「私からもお礼を申します。本当に、心から……感謝します」

 

「ソウルジェムの件もな! ビルスさん達にはマジで感謝してるぜ」

 

そこには魔法少女から人間に戻ったほむら達がおり、三人は一様に喜色の笑みを浮かべてビルス達に心からの感謝の言葉を贈った。

 

三人の元魔法少女達はビルスが魔女を倒して程なくして、お礼のついでとウイスに魂を元に戻してもらい、続いてビルスに魔法少女のシステム自体を破壊してもら事によって晴れて通常の人間に戻る事ができた。

故に今ではソウルジェムは、ただの空っぽの綺麗な飾り物となっている。

 

その際に戻された魂は、ウイスに話によるとほむら達だけではなく、世界に存在していた全ての魔法少女に効果をもたらしたとの事だった。

そして最後のビルスの破壊である。

これによって世の中に存在していた全ての魔法少女はいなくなってしまったらしい。

 

「元々あなた達が認識していた魔女という存在は、あのワルプルギスの夜という大きな存在をベースにインキュベーターが意図的に作り出したものだったのです」

 

「最初にその存在を観測した彼らはその力を利用することを思いついたのでしょう。ソウルジェムは暁美さんの言っていた通り魔女生成の装置ですね。どんなに用心しても心の弱い人間なら勝手に魔女になると踏んだのでしょう」

 

「そして、これは憶測ですが、ワルプルギスの夜はこの作られた魔女を自身の能力に反映させていたとものと思われます。元々自分の力から作られたものですから、それを取り込む事くらい容易だったことでしょう」

 

「では何故アレはそんな事をしたのか。それは恐らく自身の世界に干渉する力に魔女も取り込むことによって、より劇的に確実にどの世界にも自分が望む結果を演出する為だったものと思われます」

 

「しかしその力の元となる根源もビルス様によって破壊されてしまいました。なのででもう魔女が発生する事はありませんよ」

 

何故知り合ってから幾日も経っていないウイスがここまでの真相を推理できたのかは謎だが、彼が最後に披露した魔法少女と魔女のシステムの真相はこんなところだった。

 

そのあまりにも趣味が悪い内容に皆、気分の悪そうな顔をしていた。

 

「キュゥべぇひどい……」

 

そう口にしたまどかの顔はセリフこそ前と同じだったが、その目は明らかに以前とは違って激しい怒りに燃えていた。

どうやら彼女は魔法少女にならずして今までの経験による影響から人間的に芯が強くなったらしい。

 

「インキュベーターは他にもいるの?」

 

自分たちの運命も変わり、魔法少女でもなくなったとはいえ未だにインキュベーターの存在を懸念していたほむらはビルスに聞いた。

 

「取り敢えずこの星にいたのは全部破壊したけど、多分他の場所にもいるんじゃないかな」

 

特に気にもしていない様子のビルスの言葉だったが、そんな何気ない一言でもほむらが焦燥感を露わにするのに十分な効果を持っていた。

 

「そ、それじゃあまた世界のどこかで同じような事が……。いえ、また私達のところでも……!」

 

「その心配は恐らくないと思いますよ」

 

ほむらの言葉に他の面子も動揺するなか、ウイスが言った。

 

「彼らには互いの情報をリンクし合い、同期する力があります。以前ビルス様に星を破壊された事に加えて今回のご活躍、これらの情報は全て彼らも既に認識しているはずです。つまり……」

 

「これに懲りちゃってもう大人しくするって事?」

 

さやかが面白そうな顔で答えを予測した。

 

「その通りです。彼らだって次がない事くらいは分かっているはずですから」

 

「それってどういう事だ?」

 

ほむら達とは途中から合流した事もあって、その時の話を知らない杏子が好奇心から詳しい理由を聞いてきた。

 

「2度も僕の機嫌を損ねて生きながらえているのは幸運だって事だよ。3度目は無い」

 

実に解り易い答だった。

彼らは既にビルスを2度も怒らせていたのだ。

 

「なるほどね……」

 

憎い敵だったはずだが、怒らせた相手が相手だけに何となく同情してやりたい気持に杏子はなった。

 

 

「まとめとしてはこんなとこだろう。ほむら、これで願いは叶ったかな?」

 

ビルスの言葉にほむらは彼を正面から見ながらハッキリとした口調で言った。

 

「はい。これで私の願いは全て叶いました。ビルスさん、もう何度目かになるけど本当にありがとう」

 

「いいよ。プリンの美味しさと比べたら簡単な事だったし。それで満足しているなら僕も言う事はない」

 

「あ……」

 

マミが何か思う節があったのかつい声をあげてしまった。

 

「ん? どうかした?」

 

「あ、いえ。これは私たちの問題なんですけど。事情も知らずに人間に戻った他の魔法少女の子の事が……」

 

マミらしい人の事を思いやった心配だった。

そんな彼女の様子を安心させるようにウイスが微笑みながら答えた。

 

「その事なら大丈夫ですよ」

 

「え?」

 

「巴さん達の魂を元に戻すついでに他の方の魂も一緒に元に戻した時に、更についでにこれまでの経緯を記憶として全員に送りましたから」

 

「そ、そんな事もしていたのですか……」

 

感謝する気持ちこそ間違いなくあったものの、ウイスのそのあまりもの万能ぶりに驚嘆の表情をマミは浮かべた。

 

「相変わらず細かい事に気が利く奴だな」

 

「ほほ、そうでなければ一体いくつの星がムダに破壊されていた事か」

 

「むぅ……」

 

「ふふっ……」

 

ウイスのさり気ない皮肉に言い返せずにそっぽを向くビルス。

その様子にまどかは本当にこの二人はどっちが上で下なのか分からないなと内心おかしく思うのだった。

 

 

「それじゃあそろそろ行くかぁ」

 

「え、もう行っちゃうの?」

 

まるで親しい友達が何処か遠くに行ってしまうのを悔やむ様に、残念そうな顔をさやかはした。

 

「プリンも食べる事ができたし。ほむらの願いは叶えることができたし。取り敢えずここにいる理由はもうなくなったしね」

 

「それじゃぁ、また……プリンじゃなくても美味しいお菓子を用意したら来てくれたりしますか?」

 

何となく茶目っ気のこもった目で微笑みながらマミがそう言うと、それに対してはビルスも嬉しそうにこう答えた。

 

「ほう、美味しいお菓子か……。うん、気が向いたらご馳走になり行こう」

 

「ビルス様ズルい! こほん、巴さんその時は是非私も一緒にご相伴に預からせて頂いても?」

 

「ええ、勿論です♪」

 

ビルスとウイスの掛け合いに笑いながらマミは快諾した。

 

「あんたには感謝してもし足りねーのに、もう行くのか……」

 

「また会えるって。そりゃあたしだって寂しいけどさ。一緒に待てばいいじゃん」

 

寂しそうに呟く杏子に肩を回して励ますさやか。

どうやらこの二人はいつの間にか割と仲良くなっていたらしい。

 

「じゃ、もう行くよ。プリンごちそう様」

 

「それでは皆様ごきげんよう。お菓子を食べに来た時にでもまたお会いしましょう」

 

「ビルスさんまたね!」

 

「元気で……待ってるわ」

 

「ビルスさん、ウイスさん待ってますね」

 

「絶対来てよ!」

 

「あたしも待ってるからな。また来てくれよ!」

 

口々に別れを惜しむ声を掛ける少女達にビルスは一瞬だけ神らしい厳かな表情をして言った。

 

「ああ、またな」

 

その一言の後、ビルス達は光の柱となって一瞬で消えた。

少女達は彼らが消えた空を眺めながら、また会える、きっと会う。

と、心に誓うのだった。




はい。
以上で「まどマギ編」終了です。

ペースが遅くなりがちですがエタはしません。
読んでいただいている方はこれだけは信じてもらえたらと思います。

次は……まだ決まってませんw


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「スターウォーズ」編
第1話 災難と悪夢


ビルス達が次に辿り着いたのは何やら宇宙船の様な建物の中でした。
目の前には扉があり、部屋の中からは何やら争うような音が聞こえます。

暫く様子を見ていると程なくして音は止み、目の前の扉が開き始めました。
そこで彼らが会ったのは……。


「!?」

 

クワイ=ガンは扉を開けて出会った目の前にいる人物を見て驚いた。

 

(一体誰だ? 扉の向こうからは生き物の気配はしなかったはずだが……)

 

「マスター、こちらの方は……」

 

クワイ=ガンと共にいた弟子のオビ=ワンも困惑の表情を浮かべていた。

 

「おやー、これはまた随分妙なところに着いたものですねぇ」

 

ウイスはもの珍しそうな顔で自分たちがたどり着いた先の周りを見渡す。

 

「お前、いくら適当な移動でもせめて地上限定とか到着地点くらいまともに設定しろよ……」

 

ビルスはウイスの時空移動の設定に少々ご不満な様子だった。

今度は外ではなく、何処かの施設のような場所だった。

 

「あなたは……元老院の方ですか? 驚きました。私達以外に特使として来ていた方がいたんですね」

 

「は?」

 

クワイ=ガンはビルス、特にウイスの服装と雰囲気を確認するなり彼らが元老院から派遣された特使だと結論付けた。

見たところ自分達を敵視はしていいないし、存在も知らなさそうだった。

となれば結論はこれくらいしかない。

目を丸くして呆けにとられた顔をしている長い耳の亜人も初めて見る種類だが、彼も見たところ落ち着いているし知性は高そうだ。

ということはこっちの青い顔の人物の付き人か従者といったところだろう。

クワイ=ガンは論理的思考で一瞬でこれらの結論を導き出すと、目の前の二人に厳しい口調で話し始めた。

 

「議員、ここは危険です。お守りしますので一緒に着いて来てください」

 

「……こいつは一体何を言ってるんだ……?」

 

今までにない急展開にビルスは困惑した声を出した。

 

「取り敢えず着いていってみませんか。何だか面白そうですし」

 

ウイスは思わぬアクシデントを楽しんでいる様子だった。

 

「議員早く! 時間がありません。このまま此処にいては通商連合の総督達に逃げられてしまいます!」

 

ブツブツ言い合うビルス達に先程より鬼気迫った声で行動を促すクワイ=ガン。

師匠の決定を理解したオビ=ワンもビルス達誘導する仕草をした。

 

「議員、こちらへ」

 

「分かった。分かったからそう急かすな」

 

「はいはい。お待たせして申し訳ありません♪」

 

 

ビルス達がクワイ=ガンに連れられて進んでいると、前方に何やら白い骨のような細い体をした人形が群れをなしてこちらに向かってきた。

 

「なんだあれ」

 

ビルスが目をパチクリさせて目の前に現れた人形のような物を見つめる。

 

「バトル・ドロイドだ! 議員後ろへ!」

 

クワイ=ガンとオビ=ワンがビルス達を直ぐに自分たちの後ろへ庇うと、バトル・ドロイド達はそれと同時にこちらへビームで射撃してきた。

クワイ=ガン達はドロイドのその攻撃を素早く取り出した光状の剣を使い超人的な反射神経で次々と受け止め、偏光して弾き返した。

 

「人間にしてはやるな。でも剣を使わないと防げないのか」

 

「でも彼らの反射神経はどちらかというと予知能力に近いものを感じますね。これはこれで優れていると思いますよ」

 

ビルスとウイスはそんな風に自真面目に自分達を守ってくれている彼らを尻目に、相変わらず緊張感のない様子でそんな事を話していたのだった。

 

「議員片付きました。行きましょう」

 

掃討し終わったクワイ=ガンが行動の再会を促す。

しかし――

 

「おい、まだ1体動いているぞ」

 

「む」

 

クワイ=ガンがビルスが指差した方向を向くと、受けたダメージが軽かったと思われるバトル・ドロイドが鈍い動きをしつつも銃の照準をこちらに合わせようしていた。

 

「……」

 

クワイ=ガンは慌てた様子も見せずにそのバトル・ドロイドに向かって手を突き出すと、気のような見えない力を放った。

するとその力を受けたバトル・ドロイドは、まるで強力な暴風でも受けたかのように吹き飛んで壁に激突し、それきり動かなくなった。

 

「議員、助かりました。ありがとうございます」

 

「いや、別に礼なんていいよ。それより先に行こう」

 

「ほ~、なかなかスタイリッシュな使い方ですねぇ。感心します♪」

 

「は……? あ、はい。どうも……」

 

オビ=ワンは、戦火の中を潜り抜けているというのに先程から緊張も怯えた様子も見せないこの二人に妙な違和感を感じ始めていた。

 

 

それから暫くしてクワイ=ガン達は固く閉じた大きな扉の前へとたどり着いた。

 

「ここだ。この扉の先に総督達が」

 

ジュッ!

 

そう言うが早いか、クワイ=ガンは先程の剣をまた取り出すと今度はそれを剣の高熱を使って扉へと深く差し込み、無理やり道を作り始めた。

 

「なんか時間かかりそうだな。なんなら僕が――」

 

時間がかかりそうな作業にビルスが協力を申し出ようとした時、彼らの背後で金属が床を滑るような音がした。

 

「っ! ドロイディカ!」

 

クワイ=ガン達は直ぐにその存在に気付いて素早くまたビルス達を庇い彼らの前に立った。

 

 

ドドドドドッ!!

 

新たに現われた丸みを帯びた赤いボディのドロイディカと呼ばれた敵は、先程ビルス達を襲った敵より格段に強いようだった。

自らを防御用のエネルギーシールドで包みながら、固定式の二門のビーム砲をまるで機関銃のように間断なく撃つその姿は攻守ともに隙がなかった。

 

「議員、残念ですがここは一旦退きましょう!」

 

敵の猛攻を何とか凌ぎながらクワイ=ガンはビルス達に撤退を提案してきた。

それに対してビルスはわけがわからないといった顔で問い返す。

 

「は? なんでだ?」

 

「なんでって……これは攻撃が激しすぎます! 正直守りに徹するのが精いっ――」

 

『精一杯』と言おうとした時だった。

 

ビルスが「じゃあ僕が手伝ってやるよ」という言葉と共にクワイガン達の前へと進み出た。

彼は赤色の死の光が自分に向けられる前に指を一本敵に向けると軽く弾くように動かした。

 

ガシャン!!

 

先程クワイガンがバトル・ドロイドに向けて放った力より明らかに強い力でドロイディカ達は弾き飛ばされ、そのまま勢いが衰えることなく壁に激突して粉々になった。

 

「……」

 

「……」

 

クワイガンとオビ=ワンは二人揃って呆然としていた。

 

「後はこの扉か。爆破とか派手に壊さない方がいいんだよな?」

 

ビルスは未だに言葉を失って立ち尽くしている二人の前を通り過ぎると、今度は先程までクワイ=ガンが懸命に道を開こうとしていた強固な扉の前に立った。

 

「……ん」

 

ビルスはまるでノックでもするかのようにコツンと扉を叩いた。

 

ゴッ……! グシャッ!!

 

その扉は明らかにノックどころのレベルではない衝撃に受けたらしく、一瞬でひしゃげたかと思うとそのまま残骸となって奥の部屋へと吹き飛んだ。

 

「……」

 

「……」

 

扉の奥の部屋には背の高いカエルの様な両生類っぽい顔をした人型の宇宙人が二人いた。

彼らはビルス達がここへ来るまでの様子を監視モニターらしきもので確認していたらしく、その顔は恐怖に歪み赤色の涙と小便を垂らしながら震えて立ちすくんでいた。

 

「こいつが総督って奴?」

 

ビルスはまだ棒立ちで言葉を失ったままのクワイ=ガンに、つまらない物を見つけたというような顔をして訊いた。




自分が映画が好きなので今度はスタウォーズにしました。
全部で現状6作品ある映画ですが、恐らく作品的にはエピソード1の時代内で完結してしまうでしょう。

まどマギ編よりかは早く終わりたいですね。
できれば3話くらいで終わりたい!


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第2話 暗黒卿の愚痴

ビルスの介入によって通商連合の総督はあっけなく捕縛された。
ジェダイと元老院議長のヴァローラムは彼の協力に心から感謝と敬意を表し、厚く遇した。

その待遇に気を良くしたビルスは、ほんの遊び程度のつもりで、逮捕したヌート・ガンレイ総督から得た恐るべき情報の真相の究明する為にジェダイに再び協力を約束したのだった。

それから数日後……。


惑星コルサント。

自然が一切ない『街』のみで構成されたその星の、ある建物の中でシスの暗黒卿ダース・シディアスは沈鬱な表情で思い悩んでいた。

 

悩みの発端はこれだ。

部屋の中央にあるテーブルの上には、購読用のデジタル新聞の投影機が置いてあり、その機械からはこんな記事が映されていた。

 

『通称連合、惑星ナブーへの威嚇包囲を解く。そして更に衝撃の事実! 通商連合の総督ヌート・ガンレイ、なんと滅亡したと思われていたシスの暗黒卿との関係を自白!』

 

何もかも最悪だった。

これで自分が忍耐に忍耐を重ね、気が遠くなる程の年月をかけて張り巡らしてきた陰謀は全て水泡と帰してしまった。

 

失脚を狙っていたヴァローラム元老院議長の権威は復活し、元々正義感の強かったこの男は、持ち前の器量と人脈、そして世論をも味方に付けて汚職議員を一掃したのだ。

そう、自分を含めて。

 

もう白状してしまうが自分は元老院議員としてパルパティーンという顔を持っていた。

その立場を利用して今まで陰謀を進めてきたわけだが、その企みはあの事件で霧散してしまい、更にはヴァローラム議長の動きに呼応したジェダイの電撃的な一斉捜査によってあっとう言う間に逮捕されてしまったのだ。

しかし逮捕されたとはいえ彼はシスの暗黒卿。

しかもシスの歴史の中で最も優れているといっても過言ではない器を持つ男だった。

彼は逮捕された後も粛々と罪を認めるふりをして自らの正体を隠し通していた。

 

状況は悪くなったがここで耐えればまだ機会はある。

持ち前の恐るべき忍耐力で次の機会を独房で窺っていたときだった。

何やら青い顔をした人間と、耳の長い紫色の亜人がジェダイに伴われて自分の前に来たのだ。

 

「こいつシス」

 

一体何故此処に来たのか。

何故ジェダイはあいつらを連れてきたのか。

その理由は全てが謎だったが、この一言で自分の正体は暴かれてしまい、今では彼はジェダイによって用意されたシス専用の幽閉管理室などというとんでもない部屋に閉じ込められてしまっている。

何故あんな根拠もない一言をジェダイどもは信じたのか……。

それもまた謎であったが、恐らくあの影響力は、少し前からシスの思想に共感し、彼と行動を共にしていたドゥークー伯爵の裏切りにも影響したのだろう。

 

理念思想は立派だが、年甲斐もなく強い者に憧れる童心も僅かに併せ持っていた伯爵は、あの事件の後に独自にあの妙な二人組に接触し、すっかり魅了されてしまったらしい。

今では自分との共謀やクローン計画まで暴露して自分の罪を告白し、改めて偉大なジェダイとして活躍しているらしい。

自分はこんなところにいるというのに何たることか。

 

そういえばその伯爵と、彼の弟子であるクワイ=ガンはどこかの惑星で優れた素質を持つ少年を見つけたらしい。

ただ歳が少々行き過ぎていて不安な要素があったらしい。

だがその問題も、あの二人組の青い顔の方が妙な術で時間の進みが遅い異空間を作りだし、その中で血反吐が出なくなるほどのクリーニング(修行)を受けさせる事によって解決したらしい。

その結果、今ではその少年は自分の悪い点も認めたうえでまともな思考ができるジェダイ史上最高の騎士に生まれ変わったのだとか。

 

モール……そういえば、モール卿はどうしたのだろう。

怒りの塊のようなあの男、我が弟子……。

彼はジェダイを牽制する意味においては最高の布石だった。

ナブーの包囲の時、彼を使って計画を推し進める予定だったのだが、あんな事が起きてしまってはそうもいかず、行動の方針を決めかねている間にジェダイが動きだしそして……。

ああ、そうだ。

あいつ、最後はいてもたってもいられなくなって一人ジェダイテンプルに特攻していったんだっけ。

ここに連行されてこないところを見ると、恐らく返り討ちにあったのだろう。

モール、あいつはフォースの力こそ自分には遠く及ばなかったがその技量は、若い事もあって伸び代もあり目を引くものがあった。

弱点は若さゆえに偶に心より体が先に動いてしまう事くらいだ。

その弱点さえなければ狩人という点においては彼は非常に有能だった。

 

「あれだけ我慢しろと言ったのに……」

 

暗黒卿は溜め息を吐いた。

ここの監視は最悪な事になんとあのジェダイ評議会の議長であるメイス・ウィンドゥと長老的存在であるヨーダが自ら交代で定期的に務めている。

現存するジェダイマスターの中で最も厄介とされる男がなんと二人も自分の為だけに。

おかげで自分は脱出どころかフォースを使って周囲の人間を惑わすことも叶わない始末だ。

 

自分はもうここまでかもしれない。

シス史上最も忍耐のある男の心は既に折れる寸前だった。




いろいろ端折ってなんとシディアス卿の登場です。
彼にはビルスが来た後に起こった出来事の語り部になってもらいました。
本人は大変不満な役だと思いますがw

次は再びビルスが登場する予定です。
何とか予定通り3話で終わりそうです。
濃い内容を期待されていた方がもしいらっしゃったらこの場を借りてお詫びいたします。

短くてごめんなさいw


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第3話 生きていた元暗黒卿

シスの暗黒卿の逮捕から数カ月後、その間に銀河では様々な事があった。
シスと密かに繋がっていたドゥークー伯爵の告発と改心、そしてそこから発覚した恐るべき計画……。
気付かないままだったら将来どんな結果になっていたか解らないような陰謀や事件ばかりだったが、そのどれもが未然に発覚し、防ぐ事ができたという最良の結果に終わっていた。

それもこれも全てはある人物の登場を起点としていたのは間違いなかった。
その人物は今、惑星ナブーのとある場所の草原で、穏やかな風を受けながら気持ちよさそうに寝転がっていた。


「ふぁぁぁ……」

 

ビルスが欠伸をしながら目を覚ます。

 

「おや、ビルス様。今回も随分と早いお目覚めですね」

 

ビルスの隣に佇んで目の前に広がる美しい自然の光景を楽しんでいたウイスがビルスの目覚めを面白そうに笑う。

 

「流石に眠りはしても、此処では眠りにつかないよ。やっぱり本当に眠るなら我が家がいいしな」

 

「それはごもっとも」

 

「……意外に長い事ここにいるな」

 

「そうですね。同じ場所にいるわけではないですが、お世話になってる人は基本的に同じですしね。この星を訪れるのももう何回目か……」

 

「ここが一番居心地がいいからね。でももういい加減する事もなくなったみたいだから潮時じゃないか?」

 

「確かに。となると、ジェダイの方に一言お別れの言葉くらいは送りたいところですね」

 

「あいつらか……僕あいつらちょっと苦手なんだよな。なんか堅苦しいし」

 

「ほほほ。真面目で良い人たちではありませんか。初めて出会った時からいろいろ私達によくしてくれていますし」

 

「まぁ、そうなんだけどさ。んー……」

 

『モール、モール聞こえるか?』

 

 

『は、お呼びですかビルス様』

 

ビルスがテレパシーで呼びかけるとモールと呼ばれた人物が同じくテレパシーで応えてきた。

彼はモール、元シスの暗黒卿で今は拘束されているシディアス卿の恐るべき片腕だった男だ。

シディアス卿の忠実な弟子であった彼が何故ビルスに対して、まるで自分が仕える主の如く礼儀正しい態度を取っているのかは謎だが、とにかくモールはもうシスでない事は間違いないようだった。

 

『僕たちはもうそろそろ此処を離れようと思う。皆に別れを言うのは面倒くさいからクワイ=ガンと……あと適当に偉い奴ら連れてきてくれないか』

 

『……畏まりました。暫しお待ちを』

 

ビルスの言葉に一瞬黙考するような間を見せたモールだったが、直ぐに彼の意を受け実行に移ったようだ。

 

 

「彼も随分大人しくなったのものですね」

 

「ん? ああ、モールか。まぁ確かに最初は敵意丸出しで人の話を聞かない奴だったな」

 

「私は彼がビルス様に破壊されていないことが今でも驚きです」

 

「僕が突き出した手に勝手にぶつかって気絶したと思ったら、目覚めたら今度はいきなり弟子にしてくださいだったもんな」

 

ビルスはクワイ=ガンたちに会って間もない頃、用事があって惑星タトゥーインを訪れた際に後ろからスピーダー乗ったモールに襲われたのだった。

ビルスはそれを飛んできた洗濯物を防ぐ感覚で片腕で制し、(ビルスからしたら勝手に腕にぶつかっただけ)彼が意識を回復すると目の前に自分が持っていたライトセイバーで遊ぶビルスがいた。

それを目にした途端モールは腹の底から怒りが沸上がり直ぐに反撃しようとしたがその時ありえない事態を目にする事になる。

 

ビルスは持っていたライトセイバーを誤って起動させてしまい、その時に光刃が出る方を自分に向けていた為にプラズマエネルギーの高熱をもろに受けたのだ。

本来ならモールをそのビルスの間抜けぶりを哂うところであったが、有り得ない事態はここから始まる。

なんとライトセイバーの光刃の直撃を受けた筈のビルスが単に驚いた顔をして生身の手で顔面すれすれでその刃を止めていたのである。

高熱による穴も空かなければ火傷による煙も出さないその掌の直ぐ側で、無理やりエネルギーの出力を抑え込まれたモールのライトセイバーは彼の目の前でショートして壊れた。

それはモールのこれまでの生涯の中で悪夢以外のなにものでもなかった。

 

何とか動揺を抑えて意識を回復したのを悟られない様にフォースで精神を操ろうとしてもそれは効かず、かといってビルス自身をフォースグリップで攻撃しようとしても、これもまた全く効果はなかった。

モールはこの時世の中には何をしても抗えない力がある事を身を以て体験したのである。

 

その後はというと、なけなしのプライドで抵抗する振りをしつつ自分の精神的タフさ(諦めの悪さ)をビルスたちにアピールした後、すっかり彼の強さに心酔していたモールは破壊神の従順な僕となる事を希望したのである。

 

そう、あのドゥークー伯爵と同じパターンであり、さらに時間的に実は彼の方が先にビルスに取り入っていたのだ。

では何故それにも拘わらず現在に至るまでモールの消息がシディアスに伝わっていなかったのかと言うと、それはモールが暗黒卿だった立場を利用して様々な情報をビルスとジェダイに密かに伝えていたからだ。

結果的にそれがドゥークー伯爵の寝返りや汚職議員の追放、シディアスの逮捕に繋がり、今の平和な世の中に至っているのである。

実は今回の銀河の革命はビルスの力もさることながら、モールによる貢献が何より大きかったのである。

 

とまぁそんな事があってモールは今、何処かの世界の天使や悪魔と同じくビルスの部下をしているわけで、そんな彼が先程のビルスの命を早くも完遂したらしくビルスの前に一隻の宇宙船が降り立ってきた。

 

 

「ビルス様!」

 

金髪の少年が船から降りて嬉しそうにビルスに駆け寄ってきた。

後ろにはクワイ=ガンとオビ=ワンもいる。

 

「主よ、連れて参りました」

 

いつの間にか合流していたモールがスピーダーから降り恭しく頭を下げてビルスに報告してきた。

 

「ああ、ご苦労さん」

 

ビルスは軽く手を振ってモールの労を労う。

 

「ビルスさん本当に行っちゃうの?」

 

金髪の少年、クワイ=ガンたちがあのタトゥーインで見つけた驚異的な才能を秘めたアナキン=スカイウォーカーが寂しそうな顔でビルスに訊く。

その目には僅かに涙が滲んでいた。

 

「ああそろそろ退屈になってきたからね」

 

「残念です」

 

初めて出会った時はビルスを胡散臭い目で見ていたオビ=ワンだったが、今では本当に残念そうな声でビルスに言った。

 

「私もです。貴方の此度の貢献は計り知れない。できれば是非今後も銀河の平和の為に我々に力を貸してほしかった」

 

クワイ=ガンもオビ=ワンと同じく心から残念そうな顔でそう言った。

 

「ふっ、別れを惜しんでくれるのは嬉しいけどね。僕は今旅行中だからね。また別の星に行きたいんだ」

 

「とは言うものの、私達もあなた方には本当にお世話になりましたからね。その事についてはビルス様に代わり私からお礼を述べさせて頂きます」

 

ウイスはそう言って感謝の意を込めてクワイ=ガン達に頭を下げた。

 

「ウイス、別に礼は代わらなくてもいい。クワイ=ガン、ウイスの言う通りだ。世話になったね。ありがとう」ペコ

 

「……勿体ないお言葉です」

 

破壊神に感謝されて何故かモールが瞳を潤ませて感極まった表情をしていた。

 

「……」 「……」

 

その様子をアナキンとオビ=ワンは複雑そうな表情で見ていた。

ジェダイとシスの今までの関係を思うと、未だにドゥークー伯爵やモールの変貌ぶりに動揺を完全に払拭できていないからだ。

 

あのシスが……やはりこの方は神なのだな。

そんな二人に対してクワイ=ガンだけは流石の年季と言うか貫録で、感慨深げにその様子を見守っていた。

 

「ビルス様また会える?」

 

アナキンが少し鼻を啜りながらビルスに訊いた。

 

「会えるさ。ジェダイは思念で会話できるだろう? それは僕にも伝わる。だからどうしても伝えたいことがあれば送ってみるといい」

 

「最悪睡眠中でも私が承りますのでご心配なく」ニコ

 

「おい」

 

ウイスが悪戯っぽい笑みを称えてそんな補足をした。

 

「そうですか、重ね重ね残念ではありますが私達もあなた達の旅を止める権利はありません。これからの無事をお祈りしますよ」

 

クワイ=ガンが微笑みながらビルス達の旅の無事を祈った。

続いてオビ=ワンも彼に別れの言葉を送る。

 

「マスターウィンドゥ、マスターヨーダ、ヴァローラム元老院議長からも感謝の言葉を預かっております。『ビルス様に心からの感謝を伝えると共にこれからの旅の無事がフォースと共にあらんことを』との事です」

 

「ビルス様またね!」

 

「主よ、私はこの身朽ちるまであなたの僕です。ご用向きがあればいつでもなんなりと……」

 

アナキンとモールもそれぞれ別れの言葉言う。

 

「ありがとう。なんだか今までの旅の中で一番ノンビリで来た気がする。また気が向いたら来るよ」

 

「そうですね。また機会があれば」

 

ウイスはそう言うと杖をかざした。

塚の部分が輝きを放ち始め、光が二人を包む。

 

「それでは、さらばだ」

 

ドンッ

 

二人は一瞬で光の柱となって空のかなたに消えていった。

 

クワイ=ガン達はその空を眺めながらビルスによって与えられたこの思いもよらない平穏をいつまでも守り続けることを誓うのだった。




はい。これで「スタウォーズ編」終了です。
最後も半分説明形式でしたが、まぁなんとか当初の予定通り3話で完結する事ができました。

モール卿にはやっぱり生きててもらう事にしました。
筆者が好きなキャラというのもありますが……やっぱり死んじゃうには惜しい気がしたのでw

次の話はもう決まっています。
投稿はまた近いうちに、今月中? という感じですw
それでは!


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「マヴラブ オルタネイティブ」編
第1話 運命を吹っ飛ばした神


白銀はようやく立ち直りつつあるようだ。
後は自分からこちらを振り向くのは時間の問題だ。

そう神宮司まりもは考えていた。


兵士級BETAが日本帝国陸軍第1戦術機甲大隊、大隊長である神宮司まりもを襲おうとしていたのはまさにそんな時だった。

完全に周囲に脅威がないと判断していた彼女を捕食するには絶好のタイミングだ。

 

後は、気づかれる前にその頭を……。

 

ドンッ! ボシュゥゥゥゥゥゥゥゥ……ドォォォォン!!!

 

白銀武とまりもがその音を聞いたのはほぼ同時だった。

 

音に驚いて後ろを振り向くと、そこには吹っ飛ばされて粉微塵になったBETAの返り血を浴びて呆然としているまりもがいた。

 

そのまりもが更に後ろを振り返ると見た事も無い二人組がいた。

 

明らかに人間じゃない動物のような顔をした亜人と、見た目は人間だがその肌の色は明らかにそうではない青い色の人物。

 

「……ん?」

 

「……おや?」

 

彼らは互いに顔を合わせて不思議そうな顔をすると、未だに呆然とした顔で自分達を見つめている武とまりもを逆に見つめ返してきた。

 

 

「なにあれ……」

 

まりも達よりずっと後方で起こった事態を見ていた国連太平洋方面第11軍横浜基地第207衛士訓練小隊B分隊の分隊長である榊千鶴は、まりも達より離れていたが故に、彼らが気付いていない更に驚嘆すべき現象に呆然としていた。

 

「空が……」

 

同じ分隊所属の珠瀬壬姫もまたその現象に気付いて愕然としていた。

彼女は空を指差していた。

その指の先には小規模ながら雲の群れが連なっており、その群れの一つに何かとてつもない衝撃で空けられたらしい大穴がポカリと空いていた。

まるで巨大な槍で穿たれてできたかのようなその大穴からは、美しい夕焼けによる茜色の空が覗いていた。

 

「は……?」

 

「え……?」

 

「……」

 

残りの仲間である鎧依尊人、綾峰慧、御剣冥夜もまた同様に突如起こった事態に状況が理解できず呆然としていた。

 

 

「おい、あいつらどうしたんだ? 一応僕は良い事したんだよな?」

 

「はぁまぁその筈ですが……」

 

動物のような顔をした亜人ことビルスと、青色の肌の人間ことウイスは、周りの人間たちが唖然とした顔でこちらを見ている事が気になるようで、それが自分達の行動が招いた結果である事に能天気にも全く気付いていなかった。

 

 

「ほんっっっとうにありがとうございます!! そしてほんっっっとうに、すいませんでした!!」

 

白銀武はビルス達に言葉で足らないくらいの謝罪と感謝の念を込めて、机に額がゴンと音を立てて当たっているのにも気付かずに深く頭を下げた。

 

「もういいよ。分かったから」

 

武を目の前にしたビルスは少し鬱陶しそうな顔で頭を下げ続ける彼にウンザリとした様子で言った。

 

「そうですよ。そんなに頭を下げて頂かなくても結構ですから、もう気にしないで下さい」

 

ウイスもビルス程ではないが武の勢いにやや引き気味で彼の気持ちは十分に受け取ったという仕草をした。

 

 

ビルスが気まぐれでまりもを救ってから間もなくして、ようやく正気に戻った武たちは、その場でてんやわんやの大騒ぎを始めた。

まりもが殺されそうだった。

それを救った? BETAを殺したアイツはなんだ?

他に敵はいないのか?

索敵は何をしていた?

ヴァルキリー中隊集合せよ! 現場を確保、そしてあのよく解らない奴を拘束しろ!

 

現場には様々な命令、指示が飛び交い事態が収拾するまで混乱を極めた。

そんな状況の中で仕方のない流れとは言え、ヴァルキリー中隊の中隊長とA小隊の小隊長も務めていた伊隅みちるがビルス達を拘束しようとしたのを、武が必死になって止めてそれを実現できたのは正に彼女たちにとっては幸運以外のなにものでもなかった。

でなければ機嫌を損ねたビルスにBETAが地球を侵略し切る前に星ごと消されていただろう。

 

まだ現状において軍はビルス達の事を正しく認識できてはいなかったが、武がその場で伝えたビルスの行為と、それに伴って確認できた彼の驚異の力は一応は軍も認めるところとなり、刺激を与えない事を第一にして接触をする事が決まっていた。

 

 

「……ねぇアイツなんだと思う?」

 

「分からないわ。少なくとも敵ではないとは思う。現時点では、だけど」

 

マジックミラー越しに武とビルスの会話の様子を見ていた国連太平洋方面第11軍横浜基地副司令の香月夕呼は何とも言えないと言った顔で、まりもに訊いた。

対してまりもはただ、個人的見解を述べるに留まる。

自分の命を救ってくれたのだ、その時点で彼女があの謎の生命体を悪い印象を持っていないのは明白だった。

 

「この忙しいときに次から次へと何なのよ……」

 

イラついた顔で髪を掻き毟る夕呼を見て、まりもはある指摘をした。

 

「機嫌が悪そうな割には口の端が笑っているように見えるけど?」

 

まりもの言葉に夕呼は横目で彼女を見ながら明らかに好奇心で輝く目をしながら言った。

 

「当然でしょ? BETA以外との知的生命体との初の遭遇なのよ。しかも敵性がない上にコミュニケーションが取れるなんて……こんな機会を天才科学者である私が逃すと思う?」

 

「……お願いだから下手に刺激して最悪の結果だけは招かないでね」

 

顔に脂汗を一筋流しながらまりもは不安そうな顔で彼女にそう言った。




ま、一話目くらいはその日の内に、という事で。
しかしやっちまた感がなくもないです。
だって原作が原作ですからね……。

なんとかきれいに終われるように頑張る次第です……(震え声)


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第2話 違う強さを持つ者

ビルスは何やら取調室の様な所に案内され、そこで科学者風のある女性と面会しました。
彼女は最初こそ(自分なりに)柔らかい態度でビルスに接していましたが、それもまりもが助けられた経緯の話になると何故か次第に不機嫌そうな顔になっていきました。

そしていついに我慢できずに……。


「はぁ? 小石でBETAを吹っ飛ばした?」

 

「そうだが?」(ベータ? ああ、吹き飛ばしたアレのことか)

 

「……はぁ」

 

「?」

 

日本帝国軍横浜基地副司令官の香月夕呼はビルスにわざと見せつけるように大袈裟に溜息を吐いた。

ビルスは何故彼女がそんな態度を取ったのか理解できず不思議そうに見ているだけだった。

 

「あのね、雲を吹き飛ばして空に穴を空ける様な衝撃がどれほどの速度で起こるか解る? 」

 

「面白い質問だね。どのくらいの速度を出したら、なんてそんな細かい事考えた事もないよ」

 

「……そう。丁寧に説明をするにはちょっと相性が悪い人みたいだから端的言うけど、そんな速度でまりもの至近距離を小石が通過すれば、それが直撃したBETAは勿論、彼女も無事では済まないのよ?」

 

「へぇ、そうなのか。それは知らなかった」

 

夕呼なりに馬鹿でも解るくらいに噛み砕いて加えて幼稚な説明をしたつもりだったのだが、どうやらビルスには全く効果が無いようだった。

その様子を見て夕呼は内心腰が砕けそうな疲労感に怒りが爆発しそうなのを何とか我慢して忍耐強く話を続けた。

 

「……それにね。小石だって空に上がって雲を蹴散らすまでその形を残している筈がないの。BETAはね、最弱の闘士級でもその外殻は人間と比べれば十分に強固なの。ガラス玉が木の板にぶつかって砕け散るのと同じ。仮にあなたの言った通り小石でBETAを破壊したとしてもそこで小石の運動は終わりなのよ?」

 

「なるほど」

 

「でもあなたは言ったわよね? 小石を飛ばしてBETAを吹き飛ばして、そしてのまま勢いが衰えずに上空に飛んでいったんだって」

 

「ああ」

 

「その現象自体が物理的に、少なくとも地球の重力下ではあり得ないの。だからお願い。少しでも引っかかる程度の答えでいいからもう少し可能性として考察の余地のある説明をしてくれない?」

 

「説明しろと言われてもね。僕は単に“そうなる”ようにしただけでその原理については考えたこともないから説明のしようがないよ」

 

「そうなるようにって……。はぁ、ちょっと待って頭痛がしてきた」

 

「それはお大事に」

 

「……」キッ

 

「?」キョトン

 

夕呼は完全にウンザリしていた。

この忙しいときに武が連れてきたこの奇妙な異星人に。

初めは科学者故の好奇心が昂ぶって仕方のなかったが、それも本人に実際にこうして対面して話している内に、いつのまにか苛立ちへと変化していた。

初めて話した時から感じていた事だが、この異星人はコミュニケーションの取り方が人間と完璧に同調できている。

受け応えや表情、姿形こそ違えど、その一挙手一投足が人間という生物が理解でき、受け入れる事ができるレベルなのだ。

故に会話の内容も今している様にその証言自体が納得できないものであっても、発している音自体は言語として理解できている。

つまり意思疎通を図るという会話本来の本質においては全く問題はなかったのだ。

しかし、だからこそ新鮮な驚き、発見が未だにない結果にもなっている。

こんな耐え難く非生産的な未知との遭遇があるだろうか?

 

 

「……もういいわ。この際その事については触れません。だから一つだけお願いがあるの」

 

「何かな?」

 

「そのあなたも原理を知らないという不可解な力、具体的にどういう事ができるのか教えてくれない?」

 

「それは簡単な願いだ。それなら僕でも応えられる」

 

「そう、良かった。それで? 一体何ができるのかしら?」

 

「破壊だ」

 

「は? 破壊?」

 

ビルスの単純明快過ぎる答えに夕呼は虚を突かれた顔をした。

 

「そう、破壊」

 

「それは物理的に物質を破壊できる膂力があるという事かしら?」

 

「いや、そんな一個人が起こす破壊じゃない。僕の破壊とは僕自身が持つ力そのもの。万物、万象を自分の意思で破壊できる力さ」

 

「……」

 

「どうした?」

 

「いえ、あなたの回答があまりにも抽象的というか妄想的なものだから言葉を失っていたの」

 

「それは酷いな。少なくとも僕は真面目に答えたつもりなのに」

 

「……嘘は言ってないみたいね」

 

「神は嘘をつかないさ。少なくとも僕はね」

 

「神? ……じゃぁなに?あなたは自分の意思で好きな時にこの建物や、目には見えない法則も破壊できてしまうわけ?」

 

「そうだ」

 

「……」(落ち着け夕呼。少なくともこいつは嘘を言っていないんだ。だったら自分は科学者としてそれを実際に確認すればいいだけ)

 

ついに心労が隠せなくなくなり、夕呼は頭痛に悩むような顔で苦い顔をした。

そんな彼女の様子が気になったのかビルスは彼女に声を掛ける。

 

「また調子が悪そうな顔をしてるね。大丈夫かい?」

 

「大丈夫よ。……じゃぁビルスさん、その力、今ここで私たちに被害が及ばない程度に威力を制限して証明できるかしら?」

 

「いいよ」

 

ビルスはそう軽く返事をすると、その口ぶりと同じ軽い動作で指で机をトン、と叩いた。

その瞬間――

 

サラァ……。

 

「!!」

 

テーブルはただの砂と化し、あっという間に夕呼とビルスの間に積もって山となった。

夕呼だけでなくマジックミラー越しに覗いていた面々がその現象に驚いて声を失っていた。

まりもに至っては動揺して手に持っていた指示書を留めたバインダーを落としてしまっていた。

 

「……凄い顔だな。まぁ予想はできていたけど」

 

「……え?」

 

言葉を失って呆然としていた夕呼にビルスがまた声を掛ける。

 

「僕は君の様な種類の人間を知っている。ユーコ、君は恐らくこの星でも有数のとびきり賢い頭脳をもつ人間なんだろう?」

 

「……」

 

夕呼はビルスが優秀という言葉より敢えて賢いという言葉を使って自分に問い掛けてきた気がした。

その意図が何となく気になりその場では敢えて沈黙を通し彼の言葉の続きを待つことにした。

 

「沈黙は肯定かな? まぁいいや。僕の経験上なんだけどね、君の様な種類の人間はその賢さ故に、自分の種族の力と可能性を信じて疑わない。そういう性格をした奴が本当に多いんだ」

 

「どういう事かしら?」

 

どうやら単純に自分を褒めているわけじゃなさそうだ。

どちらかというと人物評か、ならその意図を探るまでだ。

そう考えた夕呼は特に表情を変えずに先を促した。

 

「見たところ君はここでそれなりの地位にいそうだ。立場的に指揮官かある程度の権限を持つ研究者か何かなんだろう? となれば、君があのベータとかいう奴らとの戦いにどれだけ苦労してきたか容易に想像がつく」

 

「ごめんなさい。あなたが何を言いたいのか解らないのだけど」

 

「君は他の人より賢い故にベータとの戦いがこれからどうなっていくか、その未来、これから起こり得る事を誰よりも予測して覚悟もしているんじゃないかって事さ。良い事も悪い事も、ね」

 

「だから苦労していると?」

 

自分の今一番突かれたくない弱点を見透かされているような居心地の悪さを感じながら、夕呼は尚も気丈に平然を装って見せた。

 

「そう。回りくどくなってしまったけど結局のところ僕が言いたいのは、君の様な人間と僕は根本的に相性が悪いって事なんだ」

 

「それは単純に性格の不一致という事かしら?」

 

「いや、自分たちの力だけを信じて今まで苦労を重ねてきた君が、僕の様に自分たちの理屈が通じない存在を受け入れるのは無理なんじゃないかなって事さ」

 

「……」

 

「今まで必死で頑張って来たのに、積み重ねてきたその苦労の結晶を僕みたいな奴が訳も分からない力であっという間に無意味にしてしまったら君は僕をどう思う? 自分自身は立ち直れるかい?」

 

「自殺するかもしれないわね。絶対にしないけどね。私は人類にとって間違いなく必要な存在だから」

 

夕呼は不愉快そうな態度を隠しもせずにそこはきっぱりと言い切った。

否定すべきところでは自分のプライドを捨てることも辞さない覚悟窺わせる夕呼の眼光に、ビルスはここで初めて感心するような顔をした。

 

「……面白いね君。その意志の力強さ、単純な生物の生命力とはまた違った強さだ。簡単に破壊できるくせに破壊し難いものを持つ生き物か……人間って言うのは本当に面白いね」

 

「ごたくはいいわ。あなたが言うように確かに私がそんな力を見れば、私はいろいろと自信を失って自暴自棄になってしまうかもしれない。でもそれはあくまで可能性。なら私は、今この場でその可能性を自分の意志で否定するわ。なりふり構ってられないのよ。奇跡の様な馬鹿みたいな力でこの状況が少しでも好転するのならそれを利用しないという選択は私は絶対に取らない」

 

「ほう、それは僕の力を借りたいということかな?」

 

「そうね。さっき見た現象が破壊の力だというのなら、私はそれが単純に物を砂に分解するだけの力だと結論するわ。でも、そうでないというのなら……あなたの力、もうちょっと見せてくれないかしら? 今度は戦地で、もっと規模の大きいものを。何ができる?」

 

「……いいだろう。もう言葉でちまちま説明するのは飽きてきたところだ。それを知りたいなら適当に僕をベータが特に沢山いるところに放り込んでくれればいいよ。そうしてくれたら誰でも僕の力を理解できると思うから」

 

「……本気?」

 

「ああ、だがその前に条件がある」

 

「何かしら?」

 

「お腹が空いた。先ずは何か御馳走してくれ」

 

「は?」

 

危険な行いを試みる条件にしてはあまりにも釣り合わないその希望に、夕呼は目を点にして唖然とした声を出した。

 

「できればプリンをお願いします」

 

今までずっと黙ってビルスの傍で控えていたウイスがここで更にそう付け加えた。

当然だが二人とも緊張感もなにもなく、無自覚にその緊迫した雰囲気を早速破壊していた。




流石に一か月に一回は、年が明ける前には投稿するつもりでしたが、ギリギリ間に合って良かったぁ。

今回は会話ばかりですいません、夕呼回だったので。
次回はビルス様無双という言葉では生ぬるい悪夢のような善行的破壊を見せる予定です。


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第3話 故意でない悪夢

ご馳走してくれと言ったビルスを夕呼は幹部の休憩室に連れて行った。

そこで彼らに出された食事は見た目は簡素ながらも不通の食事に見えた。
だがハムに姿をしたその食べ物を口にした時、ビルスは直ぐに思った。


「不味い」

 

ビルスは開口一番そう言った。

 

「見た目は肉なのになんだこれ。凄くポソポソしてるぞ」

 

「プリンも思いのほか甘くなかったですね。まるで豆腐のようでした」

 

「とーふ?」

 

「地球のある国のスープによく使われる具ですよ」

 

(あの青いの、豆腐なんて知ってたんだ)

 

外見からは予想できなかったウイスの意外な知識に夕呼は心の中で小さく驚きながら、申し訳なさ半分不機嫌半分といった様子でビルス達に言った。

 

「BETAに侵攻されて日本もただでさえ低かった食料自給率が更に悪化してしまったのから仕方ないのよ。その人工肉だって初期の頃と比べれば大分マシになったのよ? プリンが甘くないのは単に砂糖が貴重で手に入り難い所為よ」

 

「へぇ……僕がこんな不味い飯を食う羽目になってるのはベータの所為だっていうのか……。なるほど、そう考えるとなんだか凄くあいつらに対して腹が立ってきたな」

 

夕呼の話を聞いて、ビルスは早速理不尽な怒りをまだまともに相手もしていないBETAに対して持ち始めた。

 

「だったら早くあなたの力というものを見せてほしいものね」

 

「ま、不味いとはいえ食事は出してくれたわけだしね。その約束は守るけど、その前に」

 

「? なに?」

 

「君に一つ贈り物がある。まりもを助けた時に凄く僕に感謝してた奴がいただろう? そいつを呼んでくれるかな?」

 

「あなたに感謝していた……。もしかして白銀武の事かしら?」

 

「多分そうじゃないかな。彼にちょっと用がある。呼んでくれないか?」

 

「……それが私への贈り物だっていうの?」

 

「結果的にはね。そうなると思う」

 

「いいわ。待ってて」

 

突然の申し出い戸惑いを覚えつつも、ビルスが何故白銀に用があるのか興味を持った夕呼はその場では一応承諾した。

 

 

 

「何ですか夕呼さん。俺に用って……っ、あなたは!」

 

自分が呼ばれた理由が解らずに連れて来られた白銀は、最初は不可解なその状況に不信感を露わにしていたが、それもビルスを見るなり驚きの表情と共に一気にそんな事は忘れてしまった。

 

「や。また会ったね。うん、君だ。名前はしろがねたけるっていうのか」

 

「夕呼さん……?」

 

怪訝な顔で夕呼をみる白銀。

だが呼び出した当事者である夕呼もその理由を知らなかったので、それを正直に言うしかなかった。

 

「ビルスさんがあんたに用があるって言うのよ。その用自体が私へお贈り物になるらしいわ」

 

「はぁ?」

 

「いいから黙って命令を聞く」

 

「は、はぁ……」

 

白銀は流石にまだ納得できていないといった顔だったが、それでも軍人らしくその場は夕呼の指示に従った。

そして改めて彼と対面したビルスは少し目を細めながら傍らにいたウイスに何やら目配せをして話し始めた。

 

「たける、でいいかな? 君を呼んだのは他でもない。その理由は僕が君に対してちょっと悪い事をしちゃったから、そのお返しをする為だ」

 

「俺に対して……? お返しって……え?」

 

「ま、そんな顔をするのも仕方ない。まぁ、取り敢えず聞いてくれ」

 

「は、はあ」

 

「たける、一つ訊くけど。僕があの時ベータを倒さなかったらまりもはどうなっていたと思う?」

 

「え……?」

 

唐突な質問とその内容に白銀は戸惑いを戸惑いの声をあげる。

 

「正直に言ってくれればいい。答えるんだ」

 

ビルスの得も言われぬ落ち着いた声に何故か気圧された白銀は、渋い顔をしながらも答えた。

 

「……多分死んでいました」

 

「多分?」

 

「いえ、確実に」

 

「そうだね。その結果は君にとって耐え難い事実になった事だろう」

 

「あの、一体何が言いたいんですか……?」

 

まりもを助けてくれた恩人とはいえ、質問の内容が気分のいいものでない事には変わりはなかった。

白銀はその事実に対して明らかな忌諱感を醸し出しながらビルスに訊いた。

 

「ああ、ごめん。僕が言いたのはね。どうやら僕がまりもを助けた事が結果として君の将来あるべき姿、つまり成長を妨げてしまったらしいという事なんだ」

 

「……は?」

 

あまりにも明後日の方向の答えに白銀は目を点にする。

 

「ま、驚くのも無理はないさ。でもね、ウイスに言われて君の可能性を覗き見てみたらこれが本当にその通りだったんだ」

 

「え、えっと……つまり、ビルスさんは人の未来が分かるって事ですか?」

 

「他にも寿命とか運命とかいろいろ見えるんだけどね。普段使う事もないし、使いたいとも思わないから眠る時に暇潰し程度にしか使わないんだけど」

 

「あの予知夢の確率の低さはその所為ですか……」

 

その事実を初めて知ったらしいウイスが呆れた様子で溜息を吐いた。

 

「うるさいな。別に僕がそんなの分かったって、僕が楽しいわけじゃないんだからいいじゃないか」

 

「あ、あのそれで、具体的にビルスさんは僕にどうしたいんです?」

 

最早話に着いて行けずに呆然としていた白銀が遠慮しがちに口を挟む。

 

「ああ、すいません。つまりですね、たける君。あなたにその“もしも”が起こっていた未来の結果を記憶として君に植え付けて強制的に成長させて頂こうかな、という事なんですよ」

 

「は、はぁ!? な、なんでそんな事を!?」

 

ウイスのとんでもない話に白銀は流石に素っ頓狂な声をあげる。

 

「まぁそんな顔をするよね。でもね、さっきも言ったけどこれは君にとって結構重要なんだ。もっと言ってしまえば、君一人じゃない。ここの基地の人間にとっても重要なんだよ」

 

「そんな……。でもだからってどうしてそこまで……」

 

「ゆーこは僕が力を貸す代わりに今度は間違いなく美味い飯をご馳走してくれる約束をしてくれた。だから僕もゆーこの期待に応えるついでにそれもサービスしてあげようってわけさ」

 

「俺の成長は飯のついでなんですか?」

 

「ま、そういう事。という事でゆーこ、いいかな?」

 

ビルスは今までのやり取りを黙って聞いていた夕呼の方を向くと、改めて許可を求めてきた。

それに対して彼女は半分呆れた顔で投げやり気味な声でこう言った。

 

「安全なんでしょうね?」

 

「君が信じているたけるが本来ない記憶を植え付けられた程度で発狂しないくらいしっかりしているならね」

 

「なら問題ないわ。やってちょうだい。面白そうだし」

 

「ちょっ!」

 

あまりにもひどいやり取りに白銀は血相を変えて抗議しようとした。

だが、その時――

 

「失礼しますね」

 

いつの間にか白銀のすぐ横にいたウイスが、光り始めていた杖の先端を彼の頭に向けていた。

 

コツンッ

 

「……!!!!!」

 

情報の濁流が白銀を襲う。

その濁流の中には自分が知らない筈の頭を砕かれて無残な死にざまを晒すまりもや、重大な作戦中に力及ばず散っていく仲間の最期、そして最終的に掴むことになる小さな勝利に辿り着くまでに更に散る親友たちの姿と自分の最愛の人の真相もあった。

頭では理解できても心が悲鳴を上げるその状況で、白銀の意識は精神にこれ以上負担を掛けまいという防衛本能により途中でぷっつりと途絶えた。

 

 

 

そして数時間後――

 

「……はっ!?」

 

「やぁ、お帰り」

 

目覚めた白銀を迎えたのはビルスだった。

白銀はそれだけで、目が覚めるその瞬間まで自分が見てきたものは事実なのだと確信した。

そしてその事実、あり得た未来に現実感を急速に憶えていき……。

 

「あ、あああああああああ! うわ、あっ……うわぁぁぁぁぁ!?」

 

「……! 武!?」

 

突然悲鳴をあげて頭を抱える白銀に冥夜が心配して駆け寄ろうとした。

それを軽く手で制してウイスが止める。

 

「心配いりませんよ。少し混乱しているだけです」

 

ウイスの言う通り、さっきまで絶叫していた白銀は、まだ小さく震えながらも落ち着きを取り戻しつつあるようだった。

身を守るようにして自分の腕を抱き、俯きながらブツブツと何かを囁く白銀の口からはこんな言葉が漏れ聞こえた。

 

「あ、あ……神宮寺きょ……まりもちゃ……。純夏……? ゼロゼロユ……ぐっ、うぐぅ……ぁ」

 

「!」

 

漏れ聞こえた単語のいくつかに夕呼が僅かに反応する。

 

「少し休ませたらいい。どうせ今の状態じゃ何もできやしない」

 

「……そうさせてもらおうかしら」

 

ここに来てビルス達の得体の知れない力に言いようのない危機感を感じ始めていた夕呼は、なんとかそれを悟らせまいと努めながらビルスの提案に賛成した。

 

 

 

それから暫く後……。

 

「あれがハイヴか」

 

日本帝国唯一にして最大の攻略目標である佐渡島ハイヴ上空にビルスは一人ぽつんと浮かびながらそれを俯瞰していた。

白銀が倒れてから再び意識を回復するまでの間にBETAの相手をして暇をつぶす事にしたビルスは、目的地へ移動する為に夕呼の特別な計らいで用意された戦闘機に乗る事を促された。

しかし当然そんな物に乗らなくても一瞬で移動できるビルスは、彼女たちの目の前から早々に姿を消し、今こうして目的地の上空にいるのだった。

しかも目的地に着いた直後にそれを伝える為に夕呼を含めた基地の人間の意識に直接語り掛けたりした為に、横浜基地は一時かつてない程の混乱を見せる事態に陥ったのだった。

そして今、ようやく落ち着きを取り戻した基地では、ウイスの術によって杖から投影されたビルスの映像を、横浜基地司令官パウル・ラダビノッドと夕呼以下の幹部たちが集まり固唾を飲んでその様子を見守っていた。

 

「ん……?」

 

ビルスの存在を察知したのだろう。

見下ろしていたハイヴから無数のBETAが姿を現し、それを守るようにハイヴの周りに広がっていく。

続いて対空能力を持った超重光線級が重光線級以下の群れを引きつれて現れ、一斉にビルスに向けて射撃を開始した。

 

標的はビルスしかいない以上、BETAの攻撃が集中するのは必然だった。

故に、その閃光が地球上に存在する全ての物質にとって、抵抗の余地が皆無である必滅の光となることもまた、必定であった。

しかしてその閃光は当然の如くビルスに直撃し、彼は1秒と経たない内に地球から消滅した……。

と、思われたその時――

 

レーザーの光に包み込まれたかと思われたビルスは、なんと依然としてそこに存在していた。

それどころかなんとそのレーザーはビルスを通過できずに、壁に当たった放水よろしくビルスに当たったその場で分散していた。

その様は、制空権がほぼ存在しなくなっていたこの世界においてまさにその常識が覆った瞬間であった。

 

「……うるさいな」(単純な攻撃も嫌いじゃないけど攻撃している相手が魂が無い物置じゃ、それも仕方ないか)

 

レーザーの直撃を受けながらビルスは全く被害を受けた様子もなくおもむろに片手を上げると、今度は真正面からレーザーを防御する様にそれを遮った。

 

「……」スッ

 

「!?!?!?」

 

今までレーザーの射撃に対してビルスが抵抗をしていなかったので、攻撃していたBETAは単に徒労をしていたに過ぎなかったのだが、今度はそれを正面から押さえつけられる形でビルスが遮ってきたのでその衝撃とエネルギーははもろにBETAへと返ってきた。

吐き出していた光が熱の塊となって抗えない力になす術もなく逆流してきて超重光線級達たちを襲う。

BETAは抵抗する瞬間もなく一瞬で蒸発し、そこから爆心地のように灼熱の炎が燃え広がり群がっていたBETAの大群を燃やしていく。

 

「あ、しまった」(これじゃ余計に飯が食えなくなる)

 

燃え広がる炎がまだBETAに侵略されずに残っている植物などの貴重な資源に燃え移って、消失する事を危惧したビルスはすぐさま干渉の方法を変える事にした。

この時点でBETAにとって恐るべきだったのは、まだビルスがこの行為を攻撃として認識しておらず、ちょっと息を吹きかけた程度の干渉をしたくらいにしか思っていなかったという事だった。

 

「……」ギンッ

 

ビルスはクロノたちの世界で見せた威圧を、まだ地上で形を残しているBETAに向けて放った。

その見えない衝撃は、やはりあの時と同じように音もなく広がって地上にいたBETAを一瞬で一つ残らず塵にした。

 

パアッ……!

 

 

 

『こ、これは……!』

 

基地でその信じられない光景を見たラダビノッド司令は戦慄しながら驚愕に満ちた顔で目を見張った。

 

『……』

 

黙ってはいたが、心情は夕呼も同じだった。

これは本当にBETAよりヤバイ存在なのかもしれない。

白銀の記憶を“追加した”時からビルスに危機感を感じ始めていた夕呼は、その時科学者として明確に彼を警戒していた。

だが警戒したところでどうなるというのだろう?

あのレーザーの直撃を受けながら平然とし、それどころかそのまま反撃に転じている時点でビルスはもう彼女からしたら無敵の存在だった。

 

 

 

「……」(下のやつらが地上に出る度に同じことの繰り返しになりそうだな。一度上げるか)

 

ビルスはハイヴを見下ろしながら軽く指を横に振った。

すると、ハイヴの周りを覆っていた地面が彼の指の動きに合わせて土砂となって横薙ぎに根こそぎ巻き上げられ空中で何万トンともつかない土の塊となった。

 

(土はちょっとおいておこう。あれを破壊した後に穴を埋めるのに使ったらいいか)

 

土砂の塊をひとまず空中で止めたビルスは、続いて完全にその巨大な威容を現したハイヴに目を向けた。

そして、今度はまるでコップを持ち上げるような仕草で腕をあげ、不可視の力でハイヴを丸ごと空中高く吊り上げた。

 

ズ……ズズ……ォォォ

 

そのハイヴは、全長1500メートルはあろうかという巨大なものだった。

ビルスはそれを見つめながら何を思ったのかか感心した顔をする。

 

(はぁ……こんなのがいくつもあったらそりゃここの人間は堪らないな。というか弱い癖に本当によく耐えるよな。そこが面白いんだけど)

 

「ん……」

 

ビルスは僅かにハイヴの中から音を聞いた。

どうやらまだ相当数のBETAが中にいるらしい。

 

(出て来られても面倒だしな。取り敢えずまずこれを一個破壊しておくか)

 

「えーと、確か月にもアレはいるんだっけ。そこにぶつけるか。ん……」クィ

 

ビルスは月がある方向を見定めると、未だに浮いていたままのハイヴを軽く手で押すような仕草をした。

すると、ハイヴが突然猛スピードで彼方へと移動を始め、やがて成層圏に達してその熱で赤く光ったかと思うと、直ぐに見えなくなった。

ビルスはその様を満足そうに見届けてから基地にいる夕呼たちに連絡を取った。

 

「ゆーこ、聞こえるかい? 今この国のハイヴを一個月へ飛ばした。何、大丈夫さ。月は壊れないようにしたから。……ああ、うん。残りのやつもまた後で……ん? 時間? いや、今度はまとめて消すから次で終わりだよ」

 

今回の行いは人やBETAには悪夢でもビルスにとってはあくまで暇潰し。

破壊神ビルスの規模が小さい“優しい破壊”が今まさに始まろうとしていた。




白銀の成長については原作そのものにとって欠かせないものだと前から思っていたので、今回半ば無理矢理な形で実行する事にしました。

やはりマブラヴは難しい……。
ただでさえ下手くそな文が余計に酷く見えます。
でも、そこは修正と訂正と細やかな読者様の指摘を受けながらマシにしていこうと思います。

マブラブもビルス様も大好きなので。


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第4話 突然の平和

佐渡島のハイヴを攻略(飛ばした)ビルスはそのまま夕呼達がいる基地に戻るかと思いきや、そうはせずその場から動かずウイスに念派で通信をしてきた。
その内容は……。


「何だ!? 一体何が起こっている!?」

 

「分かりません。全く情報が……!」

 

「あああああああ、あれなんだよ!? あれ何なんだよ!? はあああああ!?」

 

怒号、悲鳴、焦燥、混乱あらゆる感情が篭った声が世界中で木霊していた。

それもそのはず、何故なら今彼らの空の上には……。

 

ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。

 

 

ハイヴが浮かんでいたからだ。

 

ビルスは佐渡島のハイヴを排除したと後に夕呼に残りのハイヴはまとめて破壊すると確かに言っていた。

だがそれが、発言してから一分も経たない内に実行されるとは、当の本人である夕呼流石にも予想できなかった。

 

「これで全部か?」

 

『ええ、地図で確認したのは……はい、大丈夫です。残りはありませんね』

 

 

「そっか」

 

ウイスの確認を受けて、ビルスは自分が集めたいくつものハイヴを今度は地上から見上げていた。

ビルスは佐渡島の暇潰しをした後、ウイスに残りのハイヴがある場所を自分の意識に直接送るように指示をした。

そしてウイスが夕呼に教えてもらった個所を彼に伝え、それを認識したビルスは遠隔操作で今度はまとめてここまで持ってきたのであった。

流石に直径が数千メートルの質量の塊が空を埋め尽くす光景は圧巻であった。

それらの所為で本帝国の上空は全てハイヴで覆われ、その日は晴天であったにも関わらずその時は夜の帳が下りたかのような暗闇になっていた。

因みに無理矢理引っ張られてきたハイヴの中に潜むBETAは、ハイヴ全体がビルスによってボール状のエネルギーに覆われてしまってていた為、直接地上に降りる事も叶わない状態となっていた。

 

「さて、始めるか」

 

ビルスはそう呟くと集めたハイヴをその全てが視認確認できる位置の高さにまで更に上空へと上げた。

 

「よし」

 

ビルスは今度はまるでネジを締めるような仕草で親指と人差し指で何かをつまむ形を作り、それを回す行為を始めた。

 

ヴ……。

 

すると今度は集められたハイヴの中心に黒い点が現れ、ビルスの指の動きに合わせてくるくると回り始めた。

周りに浮かんでいたハイヴも次第に渦に巻き込まれるようにその黒い点の周りを回り始める。

ハイヴをまとめて包んでいた球体が徐々に縮小を始め、空間が圧縮されていく。

取り込まれたハイヴは回転する速度を徐々に上げていき、次第にその形を歪ませながら黒い点へと吸い込まれているように見えた。

 

『これは珍しく趣向があるやり方をしますね』

 

ウイスが珍しそうなものを見た顔でビルスに言った。

 

「こういう風に目に見える形でやった方が。怖く感じるだろうからな」

 

『ああ、なるほど。そういう……』

 

「頭が良い生物程恐怖を脅威と認識するからね。面倒だけど」

 

シュゥゥ…………ヴ……ッ

 

そして数分後、集められたハイヴは跡形もなく消滅した。

何の残骸も抵抗の跡すら残さずに。

半世紀以上にわたって地球を、人類を脅かし続けていたBETAとその巣窟は、こうしてビルスの手によって糸も容易く処理されてしまったのだ。

そのあっけなさは今までの人類の艱難辛苦の戦いの歴史が馬鹿らしくて思えてしつい笑いそうになってしまう程だった。

 

 

『ゆーこ聞こえるか? たった今この星にいた残りのベータをハイヴごと全部破壊したぞ』

 

夕呼の意識にビルスから通信が入ってきた。

夕呼はまだその方法に慣れていないものの何とか返事をした。

 

「え、ええ……」

 

夕呼は呆然としながらそう言ったものの、その返事は人類が未来への生存権をBETAから勝ち取ったにしては実に味気ないのないものだった。

しかしそれは無理も無い事だった。

ビルスが行った事は人類を地球上のBETAの脅威から救った事と同時に、彼女を含めて人類が今まで行なってきたそれこそ言葉では言い表せない程の懸命に生きようとした証を根底から嘲笑うようなものだったからだ。

 

それは彼女の隣にいたラダビノッド司令も同じだった。

未だに現実を受け入れられず混乱する頭を振って、何とか無理をして現状を確認しようとした。

 

「君、地上の……BETAの、ハイヴの存在はどうなっている? どんな端的な情報でも構わない。本当に奴らは消失したのか?」

 

「え……あ、はい! しょ、少々お待ちください!」

 

司令に指示を受けて一瞬で現実に戻ったオペレーターは、急いで国内国外の情報の確認を始めた。

 

 

そして数分後。

 

「司令、まだ正式のものではありませんが、確かに……確かに各国に存在していたハイヴとその周辺に展開していたBETAはその存在が確認できないようです」

 

「……それは本当か?」

 

「は、はい。あらゆる機関の上層部からはまだ直接的な返答はないようなのでその信憑性は流石に保証はできませんが。しかし、各国政府機関から確認できる反応は一様にBETAの存在が確認できないと言う見解では一致しているので恐らく本当に……」

 

「……何という事だ」

 

ラダビノッド司令は全身から力が抜けるのをどうにか堪えながらも、自分の口が緊張からカラカラに渇いて声がしゃがれてしまうのは隠せなかった。

 

「破壊神ビルス……」

 

夕呼はその言葉を改めて反芻した。

彼女はビルスが佐渡島のハイヴを天変地異じみた悪夢のよな方法で片付けた時からその力を疑う事をやめていたが、だがそれでもまだその時点では科学者としての興味を彼に抱いていた。

それは人類の今後の発展、未来、自身の知的探究心を満たす為に彼女が放棄する気もおきない科学者の性であった。

が、それも今のビルスの行いを見て興味を持つこと自体誤りであると自信を戒めるようになっていた。

彼はそういう対象ではない。

夕呼は神と言う存在自体、実体もなくその存在も証明できない抽象的で研究する価値もないものだと今までみなしていたが、この体験によって彼女にとって本当の神とはビルスが言うように自分がどう努力しても理解できない存在なのだとそう改めて納得して定義し、結論していた。

 

 

『そっけない返事だね。まぁいいさ、まだ太陽系にもベータは残っているみたいだしね。そいつらに関してはまた後で破壊してあげるよ』

 

「はは……そう。それは有り難いわね。取り敢えずお疲れ様。また戻って来てもらえるかしら?」

 

『いいだろう。これで美味い飯は食えるようになるんだよな?』

 

「ええ、少なくとも動物性たんぱく質に限っては、確保はしやすくなった筈よ。それに関しては今日中に私の全権限を使って可能な限り実現させてみせるわ」

 

『それは何よりだ。楽しみにしてるよ』

 

プツッ

 

そこでビルスとの意識への直接的な通信は途切れた。

 

「夕呼君、これからどうするつもりだね?」

 

ラダビノッド司令が夕呼に意見を求めてきた。

基地の総司令としては不甲斐なくも見えるがしかしそれも、これまでの行動の推移が全てビルス中心であり、加えて彼女が彼と最も交流し、有力な理解者として認識されていたので当然とも言えた。

 

「先ずは全力で彼の労を労う事を最優先とすべきです。次にその状態を保ちつつ、早急に内外との正式な状況の把握に努め、しかる後に国連で会議をすべきでしょう」

 

「……異論はない。その手配は任せてもらおう。だから君は……」

 

「ええ、お任せください。彼の対応をします。まだ個人的にいろいろ用もありますので」

 

「そうか、すまない。正直今この現実があまりにも突然過ぎて私もまだ少々混乱している。……祝杯をあげる気にもならない」

 

「それは無理もありませんわ。周りは私たち以上に状況を理解しきれていませんもの」

 

「うむ……。取り敢えず人類の危機を脱した祝杯は後ほど事が落ち着いたあげるとしよう」

 

「同感ですわ。こんな味気ない勝利と結末、今直ぐに受け入れろと言うのが無理ですもの……」




一カ月以上放置してすいませんでした。
そしてその割には内容が薄くて申し訳ないですorz
流石にこれ以上手つかずにはできなかったので。

世界的にめでたい事が起きたと言うのにそれよりもビルスの腹具合を心配する夕呼と基地の人々は同情に値すると思いますw

次はいろいろ基地でハッピーなイベントを展開しつつ、ビルスのBETA及びそれの創造主に対する認識や地球外のBETAに対する対処ですかね。
多分後二話くらいで終わります。


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第5話 一瞬の平穏

宇宙の彼方、地球のある太陽系とは別のどこか。
そこにある惑星のひとつに地球など比較にならない程の巨大な星があった。
その星にも今の地球を支配する人類の様に文明を築き支配する生命体がいた。


生命体はある観測報告を訝しんだ。

 

『畑に送った機械が消えた』

 

彼らはビルスが居る地球にBETAを送った創造主であった。

創造主が畑に種を蒔く様にBETAを星々に送るのは、それは人間が作物を作るのと同じ。

彼らもBETAを使って星そのものを農耕し、自分たちが必要とするものを収穫する為であった。

 

故に彼らにとってはその星に元から存在してる生命体はただの邪魔な存在でしかなく、害虫とすら認識していなかった。

BETAという地球を今まで危機に陥れていた地球外生命体は彼らにとっては謂わば耕運機であり、攻撃を受けていた人類は耕運機に除去される石ころと同じであった。

 

その石ころを除去していた機械の反応が忽然と消えたというのである。

先住している生命体の意思に関係なくBETAを星々に送っている彼らにとって、送った先でBETAが先住していた生命体の抵抗に遭い作業が遅れることなど常であった。

故に稀にその抵抗が成果を出し、BETAが星から消えたとしても驚く事はない。

その星の近くにある開墾し切った星のBETAの指揮官(重頭脳級)がいずれそれを察知し、新たにBETAを送ればいいからだ。

 

だが今回はそれを察知する間もないくらい忽然と消えてしまった為、その異常性から創造主に直接報告が来るという事態となっていた。

正直言って宇宙というものは広い、人間にとっては無限とも思える世界だ。

そんな空間に存在するちっぽけな星一つに送った機械が無くなったくらい彼らにとっては痛手でもなんでもなかったが、この異常事態は見過ごせなかった。

故に創造主は行動を決断した。

直接状況を確認する為に。

 

 

 

場所は変わって、そんな事は知らないどころか元より興味もないビルス達は基地の一室で夕呼が用意した感謝の意を楽しんでいた。

用意された物は食事。

メニューは紛れもない本物の鶏を使ったチキンステーキと、無農薬野菜のサラダ、そしてワカメスープといった地球を救ったにしては余りにどころか、比較すること自体が失礼と言えるほど控えめなお礼だった。

 

だがそのメニューは実は、基地の幹部の人間でも滅多に口にする事は無い程の贅沢なメニューだった。

BETAの侵攻によって食料自給率が落ちた日本にとって天然の素材を確保するのは他の国より極めて困難な状況となっていた。

それが先日のビルスの活躍により地球上のBETAが一掃される事によってその脅威がなくなったので、夕呼は約束した通り自分の全権限とツテを使って基地の人間でなく、政府や地元の人間にまで協力を仰ぎ、日本全国を駆け回らせてこの食事を用意したのであった。

 

ハッキリ言って味は、ビルスがサイヤ人が居た星で食べたごちそうと比べたら可も不可もないものだったが、それでも一応は彼女の誠意は伝わったらしく、ビルスは特に文句も言う事なく黙って食べていた。

その部屋にいたウイスを除いた唯一人の人間を除いて。

 

「もぐもぐ……しかしアレだな」

 

「どうしいたしました?」

 

「いや、ここの人間ってさ。何か今まで見てきた奴らと違って妙に堅苦しい、いや? 重苦しいかな? そんな感じだよな」

 

「ああ、そう言われれば確かに。しかしまぁそれも仕方がない事だと思いますよ」

 

「ん? なんでだ?」

 

「ここの星の方々は今まで訪れた星で出会った方々と比べて取り分け苦労されてきたみたいですからね」

 

「ふむ……? ベータの所為か?」

 

「そうですね。私の見立てでは、あのままいけば遠からずここの人類の方たちはベータに負けていたと思います」

 

「まぁそれは確かにな、もぐ」

 

「あの、それ私のチキンだったんですが」

 

「お前さっき食ったろ」

 

「私が食べたのはトマトですよ!? どうやったらチキンとトマトを間違えるんですか!?」

 

「……もぐもぐ」プイッ

 

「ビルス様ひどい!」

 

「……あのー」ムスッ

 

この部屋でビルス達に同席している唯一の基地の関係者、白銀武が不機嫌そうな顔で口を挟んできた。

 

「ん? どうしたたける? そのチキンいらないのか? だったら僕が……」

 

「ビルス様それひど過ぎです! たける君のも貰うならそこは私に譲るべきでしょう!」

 

「そういう事言ってるんじゃないです! なんですこれ!? いろいろあって起きたら目が覚めたらまたいろいろしてやろうと思っていたらBETAはもう地球からいなくなりましたって! なんか僕だけ取り残されたようで馬鹿みたいじゃないですか!」

 

「それは事が起こってる時に起きなかった君が悪いんじゃないか」

 

「僕の意識をすっ飛ばしたのはあなたでしょう!?」

 

「いえ、それ私なんですけど」

 

「まぁ、お蔭でいろいろと成長したみたいだし。良かったんじゃないの? それでもまだ君は僕に文句言うのかなぁ?」ジロッ

 

「う……それは、まぁ……」タジッ

 

武はビルスに痛いところを突かれそれ以上文句を言えなかった。

彼はビルスが基地に戻って程ない頃に意識を回復し、ウイスの術によって得たすべての記憶、経験、知識によって昏倒する前と比べて別人に更に人間的に成長を遂げていた。

桜花作戦、それによって果てるはずだったかけがえのない人たち……。

そしてその中に含まれていた鑑純夏。

武は、あの液体に満たされた容器の中に保存されていた脳が自分の恋人である鑑純夏だという事も既に理解していた。

彼女がまた前と同じように自分と触れ合うには00ユニットという仮初の器と呼べる身体がいるという事も、そしてリハビリが必要だという事も……。

全ての事実を知った上なので意識を回復してからも武は夕呼を攻めるような事は決してしなかった。

寧ろ彼女を生かしてくれていた事を感謝し、そして女性と科学者の間で苦悩していた夕呼の苦労を理解する事によって、逆に夕呼のこれまでの苦労を武なりに労ったりまでした。

 

夕呼はそのすっかり大人になった武の態度に呆気にとられ、終始言葉を出す事ができなかったが、最後に彼が改めて自分に礼を言うと少し顔を赤らめて(気の所為かもしれないが)珍しく素直に笑顔で応じた。

その光景を背後で見ていた冥夜達は明らかに惚れ直している様子だった。

彼女達もまた武の人間的な成長を目の当たりにする事によって、新たに恋心を燃やしてしまったらしかった。

勿論彼には純夏という大事な女性がいることは理解していたが、それでも堂々と勝負して負けを認めるまで諦めないとその場にいた全員は密かに心に誓っていた。

 

「ま、まだやる事はあるしね。太陽系にもまだベータはいるみたいだし、そいつらも破壊しない事にはここも完全に安全になったとは言えないだろうし」

 

「えっ、そ、そこまでやってくれるんですか!?」

 

「そうしないと今食べている以上に美味いチキンが食えないみたいだからね」モグモグ

 

「結局は食べ物ですか……」

 

ウイスが呆れたようにため息を吐いた。

 

「楽しみと言ったらこれと戦うことくらいしかないからね。寝るのは半分作業みたいなもんだぁ……にゃぁっ?」

 

「ビルスさんありがとうございます! ありがとうございます!」

 

武はビルスの言葉に感激してその手を握り何度も彼の手を振った。

その感激振りにウイスは温かく微笑んでいたが、ビルスは若干引いていた。

 

「熱くなって叫んだり涙流して感謝したり騒がしい奴だな……ん?」

 

 

シュッ

 

その時部屋と扉が開き、ラダビノッド司令と裕子が入ってきた。

 

「失礼する。ビルス殿、ウイス殿、お食事楽しんで頂けてるかな?」

 

「楽しんでいるに決まっているでしょ。どれだけ苦労したと思っているのよ」

 

落ち着いて鷹揚に言う司令に対して夕呼は少し不機嫌そうに言った。

どうやらまだこの食事を用意するのに使った疲れが抜けてないらしい。

 

「まぁまぁだよ。少なくとも最初に食べたあの変な肉よりかは大分マシだ」

 

「はは、それは何よりです」ニコッ

 

「ふん……」

 

「せ、先生……」

 

「……ビルス殿」

 

ビルスの反応に笑って応じていた司令がふと真面目な表情になって言った。

 

「ん? なにかな?」

 

「これは公式なものではありませんが、烏滸がましい事を承知で申し上げます。全人類を代表してこの横浜基地司令官国連軍准将、パウル・ラダビノッド、改めてビルス殿に地球の危機を救って下さった事に厚く御礼申し上げます」

 

司令はそう言うと深くお辞儀をした。

後ろに控えていた夕呼もそれに倣い、それを見ていた武も慌てて隻を立って、頭を垂れた。

それだけでない、その様子をモニターで見ていた司令部の人間も離れた指令室からモニタ越しにお辞儀を、あるいは敬礼をビルスに贈った。

 

それに対してビルスは少し鬱陶しそうに手を振りながらも気は悪くしていない様子で応じた。

 

「ああ、そう畏まらなくていいって。別にあのくらい僕にとっては雑草を抜いたようなものだから」

 

「ざ、雑草……ですか……」

 

司令はその言葉に流石に唖然とする。

自分たちが散々辛酸舐めさせられてきたBETAを目の前の異形の物は、それを排除したことを雑草の除去と同列だと言ったのだ。

 

その動揺の仕方に流石にウイスも気を遣ってこう注釈してきた。

 

「あまりお気になさらないで下さい。本当にビルス様にとってはそのくらいの感覚で、あなた達に配慮する考えも浮かばないくらいの事だったんです」

 

フォローになっているのかどうか分からなかったが、司令はウイスの言葉を受けて苦笑いしながら感慨深げに言った。

 

「なんと……副指令からは聞いていましたが、貴方は本当に神なのですね。ふむ……並ぶどころか及ぶことすら叶わない事が決まっている存在……。なるほど、それならあの行いをそう断言されるのも納得できます」

 

「そうだよ。だからあんまり余計な事は考えない方がいい。僕の機嫌さえ損ねなければこの星には何もしないからさ」

 

「……あなたは人間と言うものもよく解っていらっしゃるようだ。分かりました。そのお言葉深く我が身に刻んでおきます。そしてそのような事が起こらない事もこの場で確約致します」

 

「……それが賢明でしょうね」

 

夕呼が感情が籠ってない声で同意した。

何があっても干渉できない、夕呼にとってビルスと言う存在は既にこの時点で興味の対象から外れていた。

 

「それで、次になんだったかしら? 地球外のBETAも片付けてくれるんだっけ?」

 

「まぁね。それもすぐやってあげるよ。でも、ああそうだ。またウイス話があるってさ」

 

ビルスがそう言い終わると、ウイスが微笑みながら武の方を見て口を開いた。

 

「武さん」

 

「あ、はい。俺ですか?」

 

「ええ、そうです。もし、宜しければあなたの恋人の方、元の姿に戻して差し上げますが?」

 

「え!?」

 

「……っ」

 

その言葉に武が目を見飛以来て驚愕し、夕呼も武ほどではないが明らかに動揺して声を貰いそうになった。

 

「ほ、本当ですか!?」

 

「ええ、あなたに術を掛けた際に私もあなたの記憶を垣間見てしまった事に対するサービス……いえ、償いですね。これでゆるし……おっ?」

 

ガバッ

 

「お願いします! ほ、ほんとに……おねが……ありが……」

 

ある意味武がこの世界に来た本当の目的とも言えた。

その本懐が遂げられようとしている事に、武はついに感激のあまりまだ純夏が元に戻ったわけでもないのにその場に感謝しながら泣き崩れた。

 

「ほほ、分かりました。そんなに感謝されなくてもいいですよ。では後ほど」

 

「……」

 

夕呼はその様子を複雑そうな表情で眺めていた。

その時……

 

ガチャッ

 

「申し訳ございません! 失礼します!」

 

伝令と思われる兵士が血相を変えてノックも無しに部屋に入ってきた。

どうやら火急の報せの様だった。

 

「どうした? 何か?」

 

司令が冷静な表情で落ち着いて尋ねる。

尋ねられた兵士は尚も動揺を隠せずに落ち着かない様子で答える。

 

「う、宇宙……ち、地球の近くに未確認の物体が……!」

 

BETAが地球から一掃されてまだ間もないと言うのに、新たな危機は予兆もなく突然現れた。




いい感じにまとめられそうです。
恐らく次で最後です。
ビルス様がんば……いや、程々に。


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第6話 ビルス流ゴミ掃除

ある日何処かの国の子供が母親に月が二つあると言った。
BETAの危険がなくなりすっかり平和になった世を謳歌していたその子の母親は、子供が自分を笑わせる為に冗談を言っていると思った。
そして我が子が指差す方向を苦笑しながら見ると、彼女の笑顔が凍った。
そこには確かに月が二つあった。


「なんだ……あれは……」

 

ラダビノッド司令はやっとの思いで喉から声を絞り出した。

 

空に月が二つあった。

否、正確には月とは別の何かがその横に並んでいた。

地上から肉眼でそれが確認できる時点で、その謎の物体がどれほど自分たちの常識を超えた大きさであるかは明白だった。

 

「多分ベータを創ったやつらだよ」

 

恐らく地球上でたった二人だけ動揺していない生物の内の一人であろうビルスが冷めた口調で司令の後ろからそう言った。

 

「BETAを……?」

 

司令はさながら錆びたロボットの様ように、動揺で鈍くなった身体から何とか首だけをビ動かしてルスの方を見た。

 

「きっとビルス様がベータをあっという間に地球から消してしまったので、その異常を確認しに来たんでしょうね」

 

ビルスと同じくウイスが落ち着いた態度で彼の横から補足する。

 

「ちょっとあの大きさ……。確認にしてもあんなので様子を見に来たって、マズイんじゃないの?」

 

夕呼は司令程動揺はしていない様だったが、咥えている煙草が僅かに震えていた。

彼女だって人間だ、いくらBETAとの戦いで日々驚嘆するような事態報告に慣れていると言っても、アレは少々度を越していた。

アレこそ映画や漫画と言った空想の中くらいでしかお目に掛かれない光景だろう。

 

「ま、調べて厄介だと思ったら直ぐに攻撃してくるんじゃない? 」

 

「攻撃……? 交渉の余地はないのですか? 自分たちにとって見過ごせない存在とあらば、それを頭ごなしにそれを排除しようというやり方は、利口ではない私は思うのですが」

 

「私も同意です。警戒すべき相手だからこそそれを刺激ない様に先ず配慮するのが、人類より高等な知能や技術を持つ生物の常識的な判断とは言えないかしら?」

 

「それはあくまで君たちの価値観に基づいたものだろう? あいつらが厄介だと思っても、その時点で対処できる程度だと判断できれば話は別じゃないかい?」

 

「それは……」

 

ビルスの言葉に夕呼は考えるように俯く。

確かに彼の言う通り警戒はしても、彼らがやはり私たちの事を生物として認識しない価値観を変えなければ、多少手順は違っても彼らにとって地球への攻撃はちょっと強めの清掃くらいの感覚かもしれない。

彼女がそう推測している時にビルスがその確信を突くような事を更に言ってきた。

 

「確かあいつらは人類の事を生物とは認識していないんだっけ? ま、それがベータ独自の判断だったとしても、その判断の結果があの創造主の価値観に基づくものじゃないと言い切れるかい?」

 

「つまり……あの創造主はあくまで私たちの事を邪魔な存在だと?」

 

ラダビノッド司令が暗い表情で呟くように言った。

だがその目は常に冷静沈着な彼らしくなく、怒りに燃えていた。

 

「邪魔と言うより不要なと言った方が正しいんじゃないかな。ベータの君たちに対する攻撃の仕方を見てるとまるで掃除をしているのと変わらない感じだしさ」

 

「やっぱり……彼らにとっては人類はゴミのようなもの……と?」

 

「結論としてはそう思ってるんじゃないか? いや、僕は思ってないからな? あくまで創造主とやらの価値観を推測しただけだぞ」

 

「皆さんすいません、悪気はないんです。……しかし」

 

ウイスが辛辣としか思えない事を言うビルスのフォローをする様にやんわりと会話に入って来た。

彼は相変わらず穏やかに笑いながらそう一言言うと、ふと真顔に戻ってそのまま謎の物体が見える空を見上げる。

 

「このままでは確かに直ぐに終わりそうですね」

 

「そんなに猶予はないの?」

 

ウイスの雰囲気から切迫したものを感じた夕呼が厳しい表情をする。

彼の答え次第では話を聞きながら内心考えていたこの事態の対処も無意味になるかもしれない。

そんな夕呼の考えを察したのか、ウイスは持っていた杖の上部の球体を何かを確認する様に眺め、数分後明らかに確信が篭っている声で言った。

 

「相手の意思を窺う限りそうみたいですね。警戒態勢から攻撃態勢に移るみたいです」

 

「警告もなし? ああ……あるわけないのね」

 

「大方、ビルス様の仰った通り、という事ですね」

 

「そこまで判るのですか」

 

既に夕呼がウイスの言葉を疑う態度を見せない事で司令は彼が言っている事がいよいよ事実であろう事を半ば予感していた。

だが彼はまだ講和に一縷の望みを持っているらしく、懐疑的な表情でウイスに訊いた。

そんな彼にウイスはニッコリと微笑みながら言葉を返す。

 

「ええまぁ、これも私の力みたいなものですよ」

 

「……それじゃぁ主要国を召集して会議を開くなんて余裕はなさそうね……。いえ、そもそもそんな猶予がないのか……」

 

「だろうね」

 

「……」

 

「……」

 

夕呼と司令、そしてその後ろでこの話を聞いていた武たちただ沈鬱な表情で黙っている事しかできなかった。

人類はまだ月に着陸するだけで精一杯というのに、あんなモノに対処できるわけがないのは明白だった。

武の隣にいた冥夜は無意識に不安を紛らわす様に彼の手を握っていた。

それに気づいた武も黙って彼女の手を握り返す。

千鶴、慧、壬姫、美琴互いに手を繋ぎ、あるいは空いてる手で武の背中に触れた。

武達は何かの求める視線を司令と夕呼に向ける。

そしてその視線を感じた司令は苦渋に満ちた顔でビルス達を見る。

夕呼も司令同様視線を感じていたが、だがそれでも悔しそうに舌を向き、一人だけビルスの方を向こうとはしなかった。

 

「僕の力に頼るのがそんなに悔しいかい?」

 

司令や武たちが自分に期待をするような視線を向ける中で、ただひとり険しい表情で地面を睨んでいた夕呼にビルスは面白そうな声で訊いた。

それに対して夕呼はにべもなく返す。

 

「そうね。悔しいわ」

 

「でも自分たちでは何もできないだろう?」

 

「っ……そうね」

 

「ビルス様」

 

「分かってるよ、ちょっと自慢したかっただけだ」

 

「ゆーこ、気にする事はないよ」

 

「それは神様なりの慰めかしら?」

 

「いや、純粋な僕の評価さ」

 

「……? どういう事?」

 

夕呼はビルスの意図を測りかね、その真意を窺う。

ビルスはそんな彼女に今までの中で一番真面目に見える顔をしてこう言った。

 

「君は自分たちがあいつらに太刀打ちできない事を人間の限界だと思っているみたいだけど、僕はそれはちょっと違うと思っている」

 

「あんなものを引っ張ってきた時点で人類側の敗北は決定していると思うんだけど、そうじゃないというの?」

 

「んや、確かに武力の衝突ではもう勝てないだろう。だけどね、君は人類の指導者側の一人でありながら常に自分ができる事に自ら全力を挙げてきた。でもあいつらはやっと今になってきたんだ。そこには明確な力の差があると僕は思うね」

 

「やっぱりただの慰めじゃない」

 

夕呼はビルスの言葉に失望する様に冷たい一瞥をくれたが、ビルスは尚もそれを気にする事もなく続けた。

 

「まぁ聞きなよ。僕からしたら本当に強い奴はその力を直接自分で示してくれた方が分り易くて好きなんだ。経緯はどうあれ君たちみたいに戦える武器を作って自らそれを使うようにね」

 

「一個の生命体としての肉体的な強さの事を言っているの? だとしたらその考えは間違っているわ。明晰な頭脳も生物が持つ強さの一つだもの」

 

「そこが僕と君との価値観の違いってやつさ。僕からしたらね、ゆーこ。本当に強い奴は“本当に強い”んだ」

 

「は……?」

 

夕呼はとうとうビルスの言っている事が理解できず、不機嫌そうな声を漏らす。

隣にいた司令も彼の話を理解しかね顔をしかめていた。

ビルスはそんな二人をまた面白そうに眺めながら話を続けた。

 

「前にフリーザっていう宇宙人がいたんだけどさ。そいつ、自分の周りに優れた技術や戦闘力を持つ部下がいても、結構自分から行動していたんだよね」

 

「フリー……ザ……?」

 

ビルスが言っている言葉はどうやら宇宙人の種族を指すものではなくどうやら個人の事を言っているらしい。

だがそれでも、フリーザという聞いたことがない言葉にまだ夕呼はしかめっ面をするしかなかった。

 

「そう、フリーザ。行動っていうのは具体的にあいつ一人で星を征服したり、破壊したりとかそういう事」

 

「は……? 一人で? 征服って植民地みたいな事よね? 破壊ってその星を生物が住めない環境にするとかかしら?」

 

「しょくみんち? なんか美味しそうだけど征服は征服だよ。その星を自分の支配下にして利益を貪るって事。破壊はちょっと違うな。星ごと破壊して宇宙から消滅させる事だよ」

 

「だからさ、その宇宙人達は個人の力に絶対的な自信を持っていたから、あいつらみたいにわざわざベータを使ってこんなまどろっこしい方法はとらなかったんだ。殆ど自分から動いて、自分の力で悪い事をしてたんだよ」

 

「……」

 

まるで夢物語の様なビルスが知るその世界にもう夕呼は黙る事しかできなかった。

もしそんな生き物が存在するなら彼の持つ価値観もある程度理解できるだろう。

実際に今自分の目の前にその可能性がある神を自称する生き物がいるのだ。

今まで散々悪夢のような光景を見てきたし、まぁそれも真実なのだろう。

それを改めて自分の中で事実として受け入れようとした時、自然と彼女口からどうしようもなく脱力した乾いた笑いが微かに漏れた。

 

「……は」

 

「ま、結局何が言いたいのかと言うと、自分は安全な所にいてベータに殆ど侵略を任せてたあいつらより、自分の命を危機に晒しながら戦ってきた君たちの方が好感が持てるって事さ」

 

「それはどうも。それで、今から何をしてくれるのかしら?」

 

もうすっかり開き直った夕呼の顔には何か吹っ切れたように自嘲めいた笑みが浮かんでいた。

そしてそんな顔をした彼女の質問に、ビルスは空を見ながら一言言った。

 

「まぁ見ていろ」

 

 

 

準備は整った。

創造主は調査艦の中で艦の攻撃準備が完了した事を確認した。

後は開始の意思を伝えるだけだ。

 

創造主が今地球に対して使おうとしている兵器は地球でいう所の原子爆弾のような大熱兵器で、地球のものと異なる点は、一発で彼らの目的が達成できる程の破壊力を持ち、かつ放射能のような有害物質を一切撒き散らさないところだった。

創造主はこれを合計四発撃ちこむ計画をしていた。

調査したところによると明らかに地球人とは認識できない“異物”が2つ確認できたが、それが結局何処の何なのかは判らなかった。

だが少なくともそれが自分たちが送り込んだ道具を月にいたものまでまとめて消してしまった原因であろう事は間違いないなかった。

それ以外に未確認の不特定要素は確認できなかったからだ。

故に創造主は決定した。

あの2つの何かがどういう存在であろうとこの様な事態を招いた原因である以上、道具を送り込んで不要物が一掃されるまで待つような軽い手を打つのは適切ではないと。

正直この兵器を4回も使用すると地球のような小さな星は跡形もなくなる可能性があったが、そのようなリスクを冒してでもあの不安定要素は排除する必要がある、そう彼らは判断したのである。

 

故に創造主が攻撃の意思を今まさに伝えようとした時だった。

突如艦内に警報を伝えるサインが流れた。

創造主は何事かと事態を確認する為に、データを投影していた立体スクリーンを局所確認用のスクリーンに変更して更にそれを大展望モードに拡大した。

その画面を見た時、創造主の身体が固まった。

攻撃目標としていた地球から何かが飛んでいる……。

いや、明らかに“こちらに向かって”飛来している!

 

馬鹿な、あの星に地上から大気圏外を抜けてあろうことか月まで離れた距離の目標に精撃できるような技術も兵器はないはず。

とすれば……。

 

『あの不特定要素か……!』

 

創造主の頭の中で憤りに近い感情が湧く。

やはりアレには早々に手を打つべきだった。

だが……。

 

スクリーンを睨んでいた創造主は苛立ってはいたものの落ち着いている様子だった。

いくらアレが地球からの攻撃でもこの艦には通じない。

ここまで達したとしてもそれが地球での産物である以上、性能的にこの艦全体を覆う不可視装甲は破れないし、万が一破れたとしてもこの艦の物理的装甲は地球の技術では及ばない強度なのだ。

結局はあの不特定要素も自分たちの力が通じるのは創造主が送った道具にのみという事を知るだろう。

創造主はスクリーンを眺めながら取り敢えずあの目障りな無駄な抵抗が済んだら攻撃を開始する事にした。

 

 

 

一方その頃の地球では……。

 

「ちょ、ちょっとあ、あなた何を!?」

 

夕呼は真横で起こっている怪現象のスケールの大きさに身の危険を感じてビルスに怒鳴る。

一方その怒鳴られているビルスは涼しい顔で空に向かって手を振りながらこう言った。

 

「何って、君が言った通り今地球にある不要な物を全部投げているだけじゃないか」

 

ビルスは少し前に夕呼に『まずあいつらを驚かせたいから地球を傷つけない程度で何か地球上に不要なものとかはあるか?』と訊いた。

単に不要な物という漠然としたビルスの質問に彼女は戸惑いながらも、この地球にあっても処理しない限り邪魔でしかない物理的な物を自分の知識にある範囲で全て教えた。

その回答は一般家庭から出たゴミ、産業廃棄物、過去の戦争の軍艦や戦車などの兵器の残骸など多岐に渡った。

しかし彼女はまさかビルスがその全てを地球上から浮遊させ、更にそれをよく判らない塊に圧縮して直接地球から創造主を攻撃する物に変えるなどとは想像もしなかった。

 

ゴゴゴゴゴゴ……

 

今夕呼たちの頭上ではウイスの透視の能力を借りてビルスがその“不要な物”を地球全体から掻き集め、それらが規則正しくうねり黒い塊になっていく異様としか言えない光景が広がっていた。

そして塊となったそれらは、形を成すと同時に今度はまるでロケットが撃ちあがるが如く爆音を響かせる火の玉となって地球から射出されていった。

司令は勿論武達もその光景ををポカンとした顔でただただ見ていた。

 

「ビルス様、これで最後みたいです」

 

暫くしてウイスが一世紀以上は明らかにかかるはずだった地球のエコ化の終了をビルスに伝えた。

ビルスはそれを聞いて「そっか」とつまらなそうに一言。

 

「もう他にはないのか?」

 

「その様です。地球は今とっても綺麗になりましたよ」

 

「ふーん……」

 

ビルスはそう言って後ろを振り返ると夕呼を見て言った。

 

「じゃ、行って来るよ」

 

「え、行くってどこに?」

 

「あいつらのとこ」

 

シュンッ

 

そう言ってビルスは一瞬で彼女達の前から姿を消した。

 

 

 

一方その頃月の隣の創造主の艦では……。

 

ポッ、ポッ、ポ……

 

音がしない宇宙空間で花火のような白い閃光が何度も光っていた。

 

果たしてビルスが地球から放った“ゴミの塊”は大気圏を抜けて宇宙空間に出て間もなくすると一瞬で光速にまで加速し、そのまま人工的な流星群となって創造主の艦を襲い続けていた。

その勢いは凄まじく、確かに創造主が予想した通り不可視の壁のようなエネルギー状の何かに阻まれ、ぶつかっては一瞬で消滅していったが、その衝撃までは緩和できず攻撃を受ける度に艦は後退していった。

 

シュンッ

 

「ん?」

 

そしてビルスがその姿を彼らの前に現した頃にはその攻撃は終わり、既に創造主の調査艦は地球からはその艦体が確認できない程の距離にまで既に押されていた。

ビルスはそれを見てつまらなそうにに目を細めた。

 

「なんだ、反撃して何個かは撃ち落としていると思ったらただ押されていただけか」

 

ビルスはそう言ったが、それは創造主にとっては無理な話だった。

まさか飛来してきた物体が光速で向かってくるとは予想できるはずもなく、艦にダメージは無いとはいえ衝撃を受ける度に行動が不能になっていたのだから。

攻撃が止んでやっと艦内がやっと落ち着きを取り戻した頃、創造主はビルスの存在に気付き、その姿を確認して愕然とした。

 

『宇宙空間で平然としている……?』

 

ビルスは傷一つないながらも反撃をする事もなく後退した創造主の調査艦を見ながら言った。

 

「さて、多分今まで相手をしてきた奴の中で一番弱い奴だろうけど、お前はなんか面倒で僕の嫌いなタイプみたいだ。だから悪いけど……」

 

『星ごと消えて貰うよ』

 

ビルスはそう言うと目を軽く見開いて遥か彼方にある創造主の星を捉えた。

そして人差し指を一本伸ばすと、そこから躊躇なく終わりを告げる光線を出した。

 

ビッ

 

それは創造主の調査艦をまるで風船に針を通す様に貫き、彼がそのまま指を目標と定めた星にまで動かしたので、光線が当たった地点からさくりと切り裂かれてしまった。

やがて調査艦は燃料や内包していたエネルギーの暴走という化学反応によってあっという間に炎に包まれ、やがて爆散した。

艦内にいた創造主は艦が爆発するのその瞬間まで自分の身に何が起こったか理解できず消えていった。

 

一方ビルスはそんな艦の事など気にするそぶりもなく、自分が放った光線が創造主の星に届く際に幾つか関係のない星(多分生物はいない*【本人談】)を巻き込んでやがて目標に達し、爆発して消えるのを確認すると、そこでようやく満足したように笑うのだった。

 

「これで美味い飯が食えるようになるな」




ほんっっと長い事投稿せずに申し訳ございませんでした!
そしてこの話でマヴラブ編が終わらず重ねてすいません!
次の話で総括的な話になり終わる予定です。

そして次は今週中にやるつもりです。


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第7話 追加オーダーによる後片づけ

ビルスが創造主の母星ごと調査艦を消滅させてから数日の間に世界では様々な事があった。
まず、創造主が星の消滅という形で種族ごと消え去ってしまった為、地球のある太陽系どころか、それ以外にもBETAの侵攻を受けていた星々はある変化を知る事となった。
それはBETAの完全な行動停止である。
BETAの司令塔である重頭脳級を管理していた創造主が、星ごと消えてしまった為に問答無用で宇宙に散らばる全てのBETAも行動不能になってしまったのだ。
創造主によって管理され決定された行動方針に沿って独自判断で命令を発していた重頭脳級だが、基本的にその存在証明は生みの親である創造主としており、故に彼らの存在自体がが重頭脳級にとっての自らの“意思”そのもだった。
ところが、その創造主の存在が日突然なくなってしまった。
重頭脳級にとってそれは意思の喪失と同異議であり、存在理由を失ってしまったのだ。
こうなると重頭脳級と言えどただの道端に転がっているような石ころ同然となり、実動を担っていた他のBETAも共に無用の長物となってその場に鎮座する他なくなってしまったのである。

これと同じ現象が宇宙のあらゆる星々で発生し、やがてそれがBETAと創造主の侵攻が突如終焉を迎えた事を知らせるきっかけとなった。
そのあまりもの突然の事態に侵攻を受けていた星に住まう者たちは最初は呆然としていた。
しかし時間が経つにつれて再びかつての安穏な日々が返ってくる事を自覚できてくると、皆その事に歓喜し、喜びの涙で自信の頬を濡らした。


そして、その創造主の消滅の元凶とも救世主とも言える当の本人はと言うと……。


「や、創造主の艦ごとあいつらの星も破壊したよ」

 

地上に戻ってくるなりビルスは何の気もない態度でそんな事を言った。

 

 

「……は?」

 

夕呼はあまりにも突然の言葉に目が点になる。

 

「だから創造主の星も破壊したんだよ。最初からそのつもりだったからちょうどよかった」

 

「……え」

 

「ん? どうした?」

 

「その、星を破壊したってどういう事かしら? 彼らの家族とか市民とか文明とか……そういうのもまとめて消したって事?」

 

「ああ」

 

「……」

 

夕呼は今度は唖然とした目でビルスを見る。

彼の今までの行動から嘘を言っているとは思えない。

という事は本当なのだろう。

だが、それはどういう事か。

目の前の人物が他人の都合や意思を全く意に介せず躊躇なく滅ぼせる脅威的な存在という事だ。

 

「……っ」

 

夕呼はそれを改めて理解すると身震いをした。

両腕を抱き締めてそれを必死に抑えようとしたが、それが返って普段から誰にも物怖じしない彼女らしくない態度を浮き彫りにしてしまい、ビルスにも簡単にその心の裡の動揺を見通されてしまった。

 

「怖いか?」

 

ビルスは面白そうな声でそう言った。

 

「……少なくともあなたが言ってる破壊の神という言葉がハッタリじゃない事は解ったわね」

 

「はは、まぁそう警戒しなくていいよ。したってそれが意味が無い事くらいもう解ってるだろう?」

 

「……まぁね」

 

「僕が創造主の星を破壊した事を脅威に感じるのは勝手だけどさ」

 

ビルスは若干気圧され気味の夕呼から視線を逸らして空を見ながらぽつりと言った。

 

「僕の破壊はベータの侵攻と違って完全な破壊だ。そこには支配とか駆逐とかそういうメンドくさい意思や目的は全くない。単に僕の気まぐれ如何でこの世から消えると言う結果に過ぎないんだよ」

 

「……何が言いたいの?」

 

夕呼は物騒な話の内容の割には不思議と何故か脅威を感じないビルスの雰囲気を疑問に思いながら訊いた。

 

「少なくともその結果には君たちがベータによって味わわされたような苦痛はないし、悲しみも感じる間もない。それと比べたらまだ僕よりベータの方が野蛮だと思わないかい?」ニカッ

 

「……!」ゾッ

 

全く悪気はないその純粋な笑顔に夕呼はその時心の底から彼に恐怖を感じた。

それは圧倒的と言う言葉では足りない、決して立ち入ってはならない域の世界にいる者の迫力とも威圧感ともいえた。

 

「まぁ、いい。これで創造主もいなくなった事だからベータも活動停止、しただろう? ウイス」

 

「はい、確かにこの星以外にいるベータも動きを完全に止めたみたいですね」

 

ビルスに声を掛けられたウイスは杖の球体を覗きながらそれを確認したらしい。

彼以外から見たらただの球体だが、一体その目にはどれほどの情報が映っているのか、ラダビノッド司令は興味を引かれる様子で遠慮しがちにウイスに声を掛けた。

 

「失礼、それには……一体どれほどのベータが確認できるのですか?」

 

「ん? そうですねぇ……結構多いので簡単に言えば……まぁ星の数ほどです」

 

「な……!? ほ、星の……!?」

 

想像より遥かに絶望的な答えに司令は青い顔をする。

その後ろから夕呼が険しい表情で自分もウイスに訊く。

 

「聞き捨てならないですね。私は科学者です。具体的な単位で教えてもらえないですか?」

 

「単位ですか、えーとこの国の単位では……うん、取り敢えず『兆』より上です」

 

「……」

 

科学者だからこそ星の数ほどと言う表現には抵抗があった、そして科学者だからこそ兆より上という単位がどれほどのものかが理解できた。

夕呼は例えその目で見た事実でないにしても、BETAがそれ程の数この宇宙に存在しているという話をウイスから聞いて、その事実に気分が悪くなった。

その所為で少し体をふらつかせ眉間に指を当てて思わず俯く。

 

「大丈夫かね?」

 

心配した司令が声を掛けるが、夕呼は気丈にもそれに軽く手を振って応えると、もう何か決意を秘めた目をして立ち直っていた。

そしてそのまままたウイスに質問をする。

 

「ウイスさん」

 

「はい?」

 

「先ほどあなた方は創造主がいなくなったからBETAも活動を停止した、と言いましたが、停止をしただけで実際にはまだその、死骸……はそのままあるという事ですよね?」

 

「え? ええ、まぁそうですね。確かに動かなくなっただけで死骸はそのままあります」

 

「それは本当に死骸と言えますか?」

 

「ん?」 「え?」

 

夕呼の指摘にビルスとウイスは意外な顔で彼女を見る。

だが、その指摘の真意を彼ら以外の人間は気付いたらしく、司令は勿論武達も深刻な表情をしてその成り行きを見守っていた。

 

 

「創造主がいなくなってただの死骸になったという事なら、それはただの電源が入っていない機械とも言えます。つまり手の加えようによっては再利用できる可能性も捨てきれないのでは?」

 

「ふむ」

 

「言われてみれば……」

 

今までBETAに散々苦しめられてきた者としては当然の懸念にビルスもウイスもハッとした顔をする。

だがあくまでその雰囲気は相変わらず緊張感もなく穏やかなままだった。

そんな彼らに夕呼は慎重な態度で二人の様子を窺うように静かに訊いた。

 

「厚かましい事は承知でお訊きします。ビルス様、そのあなたの破壊の神の力で残った死骸も消す事はできますか?」

 

「ん……」

 

夕呼のその問いにビルスは考えるように少し顎を撫でる。

 

「ちょっと面倒だな」

 

無理や広い、ではなく彼は面倒とだけ言った。

正直それだけでも夕呼にとっては充分な収穫だったが、取り敢えずそれは心の裡に止めて表に出さないようにして、彼女はビルスのその言葉を確認する様に更に訊いた。

 

「対処が、できるのですか?」

 

「できるよ。ちょっと面倒だけどまぁ時間もそうかからないだろう」

 

「……お願い、できますか?」

 

「確かにBETAは消すと約束したけど、それを通り越して気を利かせて創造主を消した僕に更にお願いか……。ちょーっとなぁ」

 

案の定ビルスは子供の様に勿体付けた態度で手を頭の後ろで組んで明後日の方向を見始めた。

 

「ご馳走ならいくらでも用意するわ」

 

「んー? なーんかいいように使われているようで気に入らないなぁ。なぁウイスー?」

 

「え? いえ、私は美味しい食べ物を頂けるのでしたら別に」

 

「おいっ」

 

このまま不毛なやり取りが続くと思われたその時。

 

「あ、あの!」

 

夕呼でも司令でもなく、その声は武の近くから発せられた。

その誰もが予想しなかった声の主は……。

 

「わ、わたし、これぐらいなら!」

 

そう言ってビルスの前に出てきて何かを差し出してきたのは武達の仲間である珠瀬壬姫だった。

壬姫は緊張した様子でビルスの前に出ると彼の前にある物を差し出した。

それは……。

 

「ん? なんだこれ?」

 

「お菓子、でしょうか?」

 

ビルスとウイスが覗き込んだ彼女の手に乗っていたのはカルメラ焼きだった。

それは調理中に失敗したのか形が崩れていてところどころに焼き過ぎと思われる焦げ目も付いていた。

壬姫はこれを武達と一緒に外に出る前に不得意ながらも、ようやく回復してきた物資の流通から砂糖を手に入れ、おやつを用意していたのだった。

本当はこれを全てが済んで皆が喜んでいる時に、武や他の仲間にお祝い代わりに振る舞うつもりだったのだが、この際仕方がない。

果たして自分程度の腕前で作った菓子に満足するとは思えなかったが、それでも彼が食べ物が好きなのなら自分が役に立つかもしれない。

壬姫はそう思い至り、今ビルス達の前に出たのだった。

 

「こ、こんなのでよろしければ……。あ、あの喜んで頂けたら……!」

 

いくらあがり症を克服していても目の前の人物達が見せた力には流石に畏怖を感じるらしく、壬姫は緊張してろれつが乱れがちな口調を必死で整えながら自分が作った菓子で彼らの機嫌をとろうとした。

 

「ふむ?」

 

ビルスはそれを興味深そうに見て摘まむと口に運んで齧った。

 

カリッ

 

焼き過ぎたカルメラ焼きは少し硬く、砕けた破片が彼の口の中で舌に乗り、焦げた事による苦みと砂糖の濃い甘さをビルスは感じた。

 

「ほう……」

 

ビルスは特に何も言わず、目を細めて今しがた自分が齧ったカルメラ焼きの残りを見つめる。

 

「頂きますね」

 

「ど、どうぞ!」

 

ビルスの反応を見て自分も興味を持ったウイスが続いて壬姫からカルメラ焼きを受け取り、ビルスと同じように一口齧った。

 

「……お」

 

口に含んだウイスが瞬きをしてビルスと同じように手に持ったカルメラ焼きを見る。

そして彼女を見ながら言った。

 

「これは……美味しいですね」

 

「ほ、本当ですか!?」

 

壬姫はその言葉に顔を輝かせる。

ウイスはその笑顔に答えるようにニッコリと微笑みながら頷き、隣のビルスを見て言った。

 

「ええ、本当に。ねぇ、ビルス様?」

 

「……そうだな。ちょっと硬くて苦いけど、これがまた意外に……」

 

ビルスもウイスと同意見らしく、彼ほど表情を崩していなかったが興味深そうにカルメラ焼きを見ながら言った。

どうやら自分では上手く出来なかったと思ったお菓子は意外にもビルス達の好みに合っていたようだ。

 

「「……」」

 

夕呼と司令はその成果に揃って黙り込み。

一本取られたと言った顔で僅かに口元に綻ばせて互いに顔を見合わせると苦笑した。

武達はと言うと、思いもよらない壬姫の活躍に冥夜や千鶴と揃って顔を見合わせ、壬姫の活躍に目で歓声を送っていた。

 

 

「……いいだろう。これに免じてその頼み聞いてやろう」

 

「本当……?」

 

「本当ですか!?」

 

夕呼が慎重な態度を崩さずに、そしてそれと同時に壬姫が歓喜に満ちた顔でビルスに聞いた。

 

「ああ、いいぞ。この子に感謝するんだな」

 

そう言ってビルスは壬姫の頭を軽くポンと叩いた。

あまりにも意外な行動に壬姫は一瞬驚いて身を竦ませたが、やがてその感触が本当に自分を褒めるような優しい感触だと理解すると感動した様子でビルスを見上げてお礼を言った。

 

「あ、ありがとうございます!」

 

「ん、美味かったぞ」

 

「……」

 

そう言って笑うビルスを一歩下がった位置で見守っていたウイスは、互いに猫っぽいから気が合ったんだろうな、と少々失礼な事を考えていたが、当然それを知る者は誰も出なかった。

 

 

 

それから数分後、再び夕呼達がビルス達を見守る形になると、ビルスはウイスに何かを合図した。

ウイスはそれを確認するとコンッと杖で一回地面を突いた。

すると杖の球体が今までの中で最も青く輝き始め、ウイスはその光を暫く見守った後に杖をビルスの方に向けた。

青い輝きは球体を離れてビルスの額付近に達するとそこでスーッと彼の中に入るように消えていった。

 

「ん……」

 

目を瞑って何かを待っていたビルスはそこでようやく目を開くと、何やら両腕を少し広げて次いで手も広げた。

 

ポワッ……

 

ビルスの右手が淡く光り始め、その光はやがて彼の手を中心に広がり、半透明ボールの様な球状となってすっぽりと彼の手を包んだ。

 

「それは……」

 

光を見つめながらラダビノッド司令が興味深そうにウイスに訊く。

 

「これは宇宙です。私がベータの存在を確認した宇宙の縮図を直接頭で認識できる思念として具現化したものです」

 

ウイスはあっさりとそんな事を言った。

 

「……」

 

夕呼は理解を超えて決して自分たちでは扱えないその力に呆れ果て、既に黙って見ている事を決めていた。

 

「もちろんこんな莫大なエネルギーは普通は認識なんてできません。できるのはビルス様が神だからですよ」

 

「あんまり話すなよ。気が散る」

 

「あ、これは失礼」

 

どうやら今の行為は予想以上に精神を集中するものであるようだ。

ビルスはウイスの解説を不機嫌そうな顔でやめるように言った。

そして今度は左手を右手と同じように広げた。

すると……。

 

ブ……

 

今度はビルスの左手を中心に赤い光が一瞬で広がり地球全土どころか空すらも覆った。

 

「これは……!」

 

これは仕方がない。

司令が突然の事態に驚きの表情で空を見上げる。

それは夕呼や武達も同様で、皆一様に淡い赤色に染まった風景を驚愕した顔で見ていた。

 

「お静かに。今ビルス様は宇宙全体をご自身の力で包み込んでいます。集中させてあげて下さい」

 

「……」

 

ウイスの言う通り、ビルスは今までにないくらい真面目な表情をしていた。

何処を見ているのか解らない焦点の合わない目でずっと前を見続け、口は堅く閉じたままだ。

 

「……よし」

 

やがてビルスが何かを確認したようにピクリと瞼を動かすと、今まで世界を包んでいた光が拡がった時と同じように一瞬で彼の手に戻ってきて、丁度右手と同じくらいの大きさの光の塊となってその手を包み込んだ。

 

「ん……?」

 

異様な光景を傍観していた武が何かに気付いた。

彼の視線の先には青い光に包まれたビルスの右手があり、その光の中で何か別の小さな光ががキラキラと無数に輝いていた。

 

「それは……」

 

自然と漏れてしまった声にしまったと言った表情で口を塞いだ武だったが、幸いにビルスは特に気にした様子もなく逆に彼の質問に答える余裕を見せた。

 

「この光はベータだ。ウイスがさっき言った宇宙の縮図から見た場合のね」

 

「え……?」

 

青い光の中ではビルスがBETAだといった光が煌めいていた。

その光の一つ一つが割と大きく見えたが、前の話であった宇宙に散らばるBETAの数が本当に兆より多い数だとすると、この光は……。

それが一体なんの光の塊なのか、それを想像して顔を引きつらせる武を押しのけるように今度は夕呼が質問してきた。

 

「それではあなたの左手の方の光は?」

 

「ああ、これは今から使う僕の力だ」

 

そう言うとビルスは赤い光と青い光を擦れ違いさせるように両の手を交差させた。

それは本当に何気ない一瞬の行為で、交差させた後はいつの間にか青い光の中で煌めいた無数の小さな光が消えていた。

替わりに赤い光の方を見ると、青い光での中にあったあの輝きがその中に移っていた。

 

「ん……」

 

ビルスがもう用は済んだとばかりに右手を軽く振ると青い光は直ぐに消えた。

そして残った赤い光を見つめながらその手をゆっくりと握り始めた。

 

スゥ……

 

赤い光は握り締められると共に徐々にその輝きを失っていき、やがてその中にあった無数の光も一緒に握りつぶされるようにして消失した。

 

「ふぅ……」

 

一仕事終えたように息を吐くビルスにまた武が不思議そうな顔で彼に尋ねる。

 

「あの、今のは……?」

 

「見たまんまだよ。僕の力で取り込んだ宇宙にウイスの力で捉えたベータを移して握り潰したのさ」

 

「は……あ……?」

 

あまりにもあっさりした説明に武は目を点にするしかなかった。




こんばんわ、今週中に投稿すると言っておいて遅れ、更にこの話で終わらせると言っておきながら次回にズレ込むと言う体たらく、誠に申し訳ございません!
次で本当に終わりです。
流石に戦闘とか無いので今までの話ほど長くもならないとは思いますが……まぁ適当にやってみますw

あと、暖かくなってきたので投稿ペースも改善していくつもりです。

あ、前の話、いろいろ誤字脱字とか訂正しました。


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第8話 知った事による決断

ビルスが創造主と彼らが作りだし星々に放っていたBETAを一掃してから暫くの間に地球では様々な動きがあった。


国連は先ずBETAによる侵略の危機が去った事を正式に世界に発表した。

各国はビルスによるBETA攻撃の際の怪異を目の当たりにしており、その所為かこの驚き狂喜すべき発表にも意外にもそれほど混乱や疑問の声があがらなかった。

それよりも驚くべきだったのは、BETAの脅威が去って早々その事実を確かなものであると判断した各国が、戦後の事後処理と復旧費用の現地負担を渋った事だった。

BETAという脅威に立ち向かう為に一致団結しているかに見えた世界だが、それはあくまで共通の敵という名の下に結ばれた一時的な軍事同盟という認識が強かったらしい。

流石に米国や日帝、ヨーロッパ諸国などの今まで戦いを主導的に牽引してきた諸国はこの動きに憂慮し、自制するように強く呼びかけた。

だがそれでもソ連や中国、一部のアジア諸国の軍事的、社会的思想が比較的近い国家などがこれを一方的に戦後の指導的立場を確立しようとしていると難癖を付けて真っ向から対立する姿勢を見せたのだった。

果たして世界は再びBETA侵攻の傷跡が冷めぬ内に新たな火種に人類自ら火を灯さんとした、が――

 

『戦争して美味い飯が減ったら仕掛けた国を優先的に破壊する』

 

というビルスの一言で一瞬で鎮静化した。

 

というのも、世界各国がこのように対立する動きを見せる中で、その様子に呆れて面倒になったビルスがウイスに言って、各国の有力な首脳陣を国連が北極に設けた観測基地に強引に全員テレポートさせて自らの力を彼らの目の前で示したのが決め手となった。

 

ドーーン!

 

果たしてビルスのデコピンによって直径100メートルほどの底が見えない穴が目の前で出来た瞬間彼らの絶望と恐怖は如何ほどのものであったか。

防寒具もまともに与えられず殺人的な寒さのなか、本当に物理的に思考が停止すると思われた最中に更に起こった悪夢のような光景である。

 

『僕は優しいから納得できる理由ならまぁ許すかもしれないけど、もし納得できない理由で戦争をしてその国の美味い料理とかが減ったりしたら先に仕掛けた国を破壊するからな』

 

あまりにも理不尽に近い暴言だった。

以後自分たちの世界は飯の為にたった一度の過ちで国ごと消えてなくなるかもしれないのだ。

 

各国の首脳はその裁定に苦悩し涙し、ある者は自らの野望が完全に消えてなくなった事に慟哭した。

だが逆らえば結果は火を見るより明らかである。

何しろ目の前の怪人は実際に存在し、BETAなど比較に出す事自体が愚かな考えであると断言できる程の力を持つ絶対者なのだ。

 

彼らに残された手段はただ一つ。

国力を自らの力で付けて経済で戦うしか術はなかった。

 

 

 

「呆れた。ビルス様、あなた、あの一言で世界が別の意味で滅ぶかもしれないわよ?」

 

再びウイスによって自分の国へと送られる首脳たちの姿を見ながら夕呼は呆れたような口調で言った。

 

「その時は君や君らが信用できる国で何とかすればいいよ。正直、いちいち遠くにある星の事を気に掛けるなんて面倒だしね」

 

「今のはハッタリだったの?」

 

「いや、本心だよ。ただ僕が気付けば、の話さ」

 

「とんでもない置き土産を残してくれたものね。これから世界は何がきっかけで自分の国が滅ぶか分らない恐怖に震えていかなくてはならなくなったわ」

 

「けーざいで戦争をするんだろう? 平和的でいいじゃないか」

 

「貧しい国は一瞬で消えるわよそれ」

 

「じゃ、助ければいい」

 

「無責任な……。それがきっかけで内政干渉とかを理由にまた争いの火種になるかもしれないわ」

 

「人間は本当に面倒くさい生き物だね。まぁ余程の事がない限り僕は手を出す事は無いから後は君達で勝手にやったらいいよ。飯を食べに来た時に不味いのしか出なくなっていたらその時は破壊するけどね」

 

「それ、あなたの真意を知ってる私の国だけ勝ち組じゃない? それだと世界のバランスは取れないわ」

 

「だから君らが信用できる国とその情報を共有すればいいんじゃないか」シレッ

 

「……あなたという人はもう……」

 

夕呼はもうそれ以上何も言う気はなかった。

これから世界を立て直すのは大変だろう。

だが、少なくとも新たな争いの危機は、この目の前の人物の無茶苦茶な方法で取り敢えずは去った。

なら自分たちはその環境下で如何に手腕を発揮して人類を宇宙に誇っても恥ずかしくない種族に導くかに没頭すれば良い。

少しズルいがイニシアティブもらった、これを効果的に扱えば確かに何とかなるかもしれない。

夕呼はこのように考え、取り敢えずは今までの件も合わせてビルスに感謝だけする事に止める事にした。

 

「それで、もう行くのかしら。その、また何処かに……?」

 

「まぁそのつもりだけどね。でもその前にちょっとやる事がある」

 

「え?」

 

「いや、僕じゃないけど。ほら、ウイスの奴が前に言った約束」

 

「約束……?」

 

ビルスが後ろ指で指すウイスを見ながら夕呼は自分の記憶を辿って、彼が何の約束をしていたのか思い出そうとした。

 

「あ……」

 

流石は自他ともに天才と認知されている彼女である、大分前の、本当に何気ない時の事だが、確かに彼はある約束をしていた。

それは……

 

 

 

「お願いします……!」

 

武は土下座せんばかりの勢いでウイスに頭を垂れた。

彼の後ろには人間の脳髄と思われる物が浮かんでいる大型の試験管の様な装置があった。

そしてその周りには夕呼を始め、冥夜や千鶴、慧、壬姫、美琴といった武の友人達も何やら緊張した様子で控えていた。

そしても一人重要な人物が一人――

 

「ほんとに、大丈夫……?」

 

消え入りそうな不安な声でそう武に囁く、外見的な印象で真っ先に兎を連想させる様な格好をした一人の少女がいた。

彼女は社霞、BETAから得た情報と人類の科学技術の粋の結晶とも言える感情を持った感情を持った人工知能体であり、とある計画の要になる予定だった少女だ。

今霞は容器に手を触れて心配そうな表情をしたままそれを崩さないでいた。

 

「霞……純夏は……どう?」

 

武は霞の不安を和らげるように優しく話し掛ける。

彼が今、純夏と言ったのは紛れもなく容器の中に浮かぶ脳の事であり、それこそ彼がとある事情でこの世界に来ても尚忘れずに想い、記憶に残り続けた少女。

幼馴染にして今はハッキリと恋心も自覚している鑑純夏、その人だったものだ。

彼女が何故今このような無残な状態になって生きている状態なのか、それにはかなり深い事情と経緯がある。

しかし今の時点では取り敢えずそれは置いておいて、ビルスの付き人であるウイスは以前武の記憶を覚醒させる為に不可抗力とはいえ、その記憶をかいま見てプライバシーを侵害してしまった事への謝礼として彼女の復元を約束していたのだった。

その申し出に武は狂喜し、勿論1つ返事で受け入れた。

そして今に至るのである。

 

「凄く……不安を感じる……。皆が見てるから……あまりこのままなのは良く……ない」

 

霞は容器を安心させるようにそのガラス面に掌を付けたまま、少し武を非難するような目でそう答えた。

 

「だ、大丈夫だ……多分。その、ウイスさん……」

 

「はいはい、お任せください」

 

霞の視線に狼狽えた声とは対照的に、やっと自分の出番が回ってきた事に少し嬉しそうなウイスが相変わらず穏やかな調子で前に進み出た。

 

「待って、何を……するの……?」

 

当然だが、得体のしれない人物を前にして容器を守る様に手を広げて霞がウイスの前に立ちはだかった。

ウイスはそんな彼女に優しい目で微笑みかけ、こう言った。

 

「大丈夫ですよ。特にその装置に影響を与えるような事は一切致しません。私がする事はただ“戻す”事だけですよ」ニコッ

 

「戻す……?」

 

霞はウイスの言葉が理解できず、眉を潜める。

明らかに不審がっていた。

 

「はい、私実はあなた達でいうところの時間に干渉する力を持っておりまして。宇宙全体に影響を与える時などはそれこそ数分がいいところなのですが、今回はその対象が一個人なのでほぼ間違いなく元の姿に戻せるはずです」

 

「……それはまた。では一個人を戻すと言うと」

 

流石、夕呼はさっきの話でもう彼がどういう論理で純夏を元に戻すのかを理解したらしい。

もうウイスの力に対しては何もツッコまず、ある程度確信の籠った声でそう言う夕呼にウイスはにっこりと頷いて続けた。

 

「そうです。今回はかがみさん個人の時間をこうなる前の姿にまで時間を元に戻します。なので当然服も当時のまま復元されるのでその点もご心配なく!」

 

「……?」

 

最後の言葉は余計だったらしい。

ある程度希望が満ちて暖かい雰囲気だったのに最後に服の話をした所為で若干気まずい空気が流れた。

ビルスはと言うと一人だけその理由が解らず、不思議そうな顔をしていた。

 

「こほん。ま、まぁそれではいきますよ」

 

ウイスは場を繕うように軽く咳払いを一つすると、持っていた杖を軽く容器に向けた。

すると……。

 

脳が収められていた容器が一瞬その中身が確認できないくらい輝き、その光が収まったと思った矢先に――。

 

 

「純夏!!」

 

武がそれこそ今までにないくい大きな声と勢いで容器に駆け寄り、そのガラス面に感動で涙に濡れた顔を映した。

その視線の先には……。

 

「……!」ドンドンッ

 

自分の置かれた状況を理解できず、息ができない溶液の中で必死の形相で苦しむ鑑純夏がいた。

 

「あ……」

 

元に戻しても戻す場所までには気を付けてなったウイスはしまったという顔をしていた。

 

 

 

それから数時間後。

ウイスによって完全に元の状態に戻った純夏は、その健康状態や記憶も当時の状態を保ったままだったので、装置から解放されても身体的に様子を診る為の検査入院の必要は全くなかった。

夕呼にとってはそれだけでも驚異的な事だった。

純夏は丁度彼女が武と一緒にBETAに捕らわれた直後の頃の状態で元に戻ったので、今までの経過を説明を受けて少は混乱した様子を見せたものの、BETAの存在を認知した時点までの記憶を持っていたおかげで動揺はそこまででずに状況を理解する事が出来た。

そして今は、今まで苦労してきた武の労を労い、そして自身の武と再会した喜びを噛みしめるように強く彼に抱き着きながら改めて二人でビルスとウイスにお礼を言っていた。

 

「本当にありがとうございました!」

 

「ありがとうございます!」

 

二人が深く頭を下げてお礼を述べる様にビルスはまんざらでもない表情で、ウイスはいつものにこやかな顔で応える。

 

「もういいよ。分ったから」

 

「ほほ、そうですよ。別に大した事をしたわけじゃありませんから」

 

「……」

 

人類側からしたらそんな言葉では足りないくらいとんでもない事をしたわけだが、それを平然と大した事ないと言い切る二人に夕呼は何処か不機嫌そうな顔で頬杖を突いて晴れた空を見ていた。

確かに彼らの言葉も多少は勘に障るがそれ以上に、この“世界の鑑純夏は生きている”という結果だ。

これが彼にとってどういう意味になるのかは明白だった。

武を因果導体としてこの世界に引き付ける原因となっていた彼女が生きているという事、即ちそれは……。

 

「白銀」

 

和やかな雰囲気の中、凛としながらもどこか冷たさを感じさせる声がした。

 

「……」

 

武がその声に反応して見た先には真剣な話をする時の怖さすら感じさせる厳しい表情をした夕呼がいた。

 

「ちょっと話があるんだけど」

 

夕呼はそう言って武を何処かに案内しようとしたしたが、意外にも武はそれをやんわりと手を振って断った。

 

「いえ、大丈夫です」

 

「……」

 

彼女にしては珍しく、驚いた顔をして武を見つめ返していた。

 

「あなた……」

 

「解ってますよ俺。ウイスさんに記憶を覚醒してもらった時にいろいろと……」

 

「……」

 

「俺は最後の作戦の結果と、それによって自分がどこに行ったかまで、それを全て記憶から知りました」

 

「武ちゃん?」

 

「武?」

 

二人の妙な雰囲気に純夏と冥夜が気になって声を掛ける。

武はそんな彼女をまるで愛おしいも者を見るような目で見た。

そして千鶴、慧、壬姫、まりも……。

皆彼が知った記憶ではこの世界では……。

 

「な、なんだ?」

 

「た・け・る・ちゃん……?」

 

冥夜は今までにないくらい慈愛に満ちた武の視線を受けて顔を赤くして視線を逸らす。

その様子に純夏が微妙に嫉妬して睨むような目で彼を見た。

 

「え? な、なに……?」

 

「……?」

 

「武さん?」

 

「白銀……?」

 

千鶴、慧、壬姫、まりも、皆武から何か意味ありげな視線を受けてその真意を知りたそうに彼を見つめていた。

 

「大丈夫です、先生」

 

そう言う武は周りから何か期待されるような視線を受けながら、ある種の幸せを実感していた。

自分は確かに自分が元に居た世界に帰るのが目的だった。

だがそれには、BETAとの最後の作戦で共に戦った親友達の果て様を見届け、最後には自分をこの世界に繋ぎとめている“この世界の純夏”の最期までも見届けなければたどり着けないゴールだ。

元の世界に戻った自分は確かにそこで幾分前より良くなった世界を見た。

そこでは皆楽しそうに学生生活を送っており、自分もまたそれを謳歌していた。

だが……。

 

「……」

 

武は再び周りを見た。

この世界ではそれほどの幸せは感じていない。

皆からそんな笑顔や幸せも感じていない。

確かに厳しい世界を生きている内に強い絆はできているだろう。

しかしそれでも、元の世界で分かち合ってたような年相応、当たり前にあるはずだった幸せは……。

 

「……先生」

 

武はまた呟くように言った。

自分はこの世界で彼女達からそんな幸せを感じた笑顔を見たい、共に分かち合いたい。

そう望むようにいつからかなっていた。

だから武は決めた。

 

「俺、残ります」

 

武は正面から夕呼を見据え、ハッキリとした口調でそう言った。

 

 

 

それから程なくして、ビルスとウイスは呆気なく地球を後にした。

武がこの世界に残るという決断をしてからウイスは一応望むなら元の世界に自分の力で戻す事も可能だと話したが、それでも武は改めてこの世界に残ると彼に伝えた。

それを聞いたウイスはどこか感心した顔をして、そのまま程なく少ない人数に見送られながらビルスと一緒にその場を後にしたのである。

 

次の世界への旅の中でビルスはウイスにある質問をした。

 

「おい、あいつ何で残ったんだ?」

 

長い耳は伊達ではないのであろう。

ビルスはウイスと武の会話をしっかり聴いており、その上で何故武が自分の付き人の誘いを断ってこの世界に残ったのか訊いた。

それに対してウイスは少々わざとらし大袈裟に考える素振りでこう言った。

 

「んー……そうですねぇ、ビルス様から地球を守る為じゃないでしょうか?」

 

「はぁ? くっく……それは……ふっ、はははは」

 

ウイスの冗談はビルスにいたくウけたらしい。

ビルスは笑い過ぎた事によって目尻に滲んだ涙を拭いながら強く印象に残ったその地球にまた遊びに行ってもいいなと思ったのだった。




最後の話、いろいろ駆け足で矛盾してるところがあるかもしれません。
因果導体のネタもよく理解していないかもしれません。
ビルス様の活躍もあまりなかったような……。

まぁそれだけマヴラブの世界が自分にとって手に余るくらい難しかっただけの話ですが、それでも原作は大好きだし、この世界を題材にできて楽しくもありました。

さて、次の世界は何処するかな……。


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「幻想入り」編
第1話 台無し


春が来ない。
幻想郷に春が来なくなってから暫くして、肌寒い冬が続くことに春への恋しさ、おせっかい、腐れ縁、様々な動機を“好奇心”という一文字に込めて、とある少女が飛び回っていた。
その少女は“魔法使い”霧雨魔理沙。
彼女は色々調べている内に紆余曲折を経て事態の元凶である“亡霊”西行寺幽々子に辿り着いた。
果たして程なくして“亡霊”と“ただの人間”の弾幕ごっこが始まったのであった。


『身のうさを思ひしらでややみなましそむくならひのなき世なりせば』

 

幽々子は最大力を出すときこの歌を詠む事を好んでいた。

死を操るという生者の理に反するこの力を持つ事への業と妖しい魅力。

身を引き締め、戯れをより楽しむ為の意気込みという意味でも、この歌は幽々子にとってお気に入りであった。

 

目の前には白と黒の衣装に目に眩しい黄金の髪を靡かせる少女がいた。

人間の身でありながら魔法を行使する努力の人だ。

魔法という大それた力を使うのだから魔法使いに違いないが、それが人間となると幽々子にとってそれは、堪らなく愛い存在であった。

 

「何と儚くも魅力的な子であることか」

 

異変の原因を突き止め、真相である我が身に単身で挑んできた事だけでも大したものなのに、まさか相対する自分に対して使う力が魔法とは。

これを努力と言わずして何と言おうか。

自身が疎む人の徳の一つが、まさかかくも愛らしいものだったとは。

なれば我も全力で迎えねばならない。

弾幕遊戯という決定された則なれど、その中で可能な限りの趣向を凝らさなければ。

 

「反魂蝶……八分咲き……」

 

カッ

 

幽々子の背後背後に開いていた紫色に輝く扇の紋が消え、代わりに彼女を中心に鮮でありながら仄暗い輝きを放つ紫の光が世界を包んだ。

 

 

「な……」

 

人間の魔法使いの霧雨魔理沙は目の前の光景に呆然とした。

ここまで攻めておきながらまだ全力じゃなかったのか……!

いや、予想くらいはしていた。

何しろ攻撃をしている最中もそれを受けていた西行寺幽々子の表情は楽しげで、始終余裕の雰囲気が崩れる様子は見受けられなかったからだ。

でも、でもだからと言って……。

 

「こうも全力で迎えてくれなくてもいいんじゃないかなぁ……」

 

疲れ切った顔に苦笑を浮かべて、魔理沙は自身を包もうとしている幽々子の濃密にして美しい弾幕を眺めながら一人呟いた。

これを乗り切るのはちっと骨だな。

珍しく心の中で弱音を吐いた。

が、心は折れる事は無かった。

力の差を見せつけられる事には慣れている。

情けない話、自分は今までこういう逆境に打ちひしがれ、羨ましく思いながら研鑽を積み重ねて逞しくなってきたのだ。

これが例え自身の最期だとしても、最後まで自分らしく在る事ができるのならきっと悔いも残るまい。

 

「やってやろうじゃねーか」

 

魔理沙は口の端を僅かに釣り上げて好戦的な笑みを浮かべると、挑戦的な瞳で幽々子の最大の賞賛を承る事にした。

マスパ(最大火力)はもう撃てない。

魔力がない。

なら話は簡単だ。

あの綺麗でめちゃくちゃ怖い弾幕をあいつが疲れるまで躱しきってやる!

 

魔理沙は跨る箒を握り締める手に力を込めて、残りの魔力を全て弾幕避ける運動の為の起動力に注いだ。

 

「さぁ、これで本当に仕舞いにしてくれよ? あたしもカッコ悪く足掻くからさ!」

 

 

最早抵抗する力も無い筈にも拘らず、果敢にも生き生きとした顔で挑んでくる魔理沙を幽々は感銘に満ちた顔で見つめた。

 

「可愛い……。なんて可愛いのかしら……。おいで、最後の戯れを楽しみましょう。ここまで楽しめたのなら、きっと私はその果てに自分の企みが叶わなかったとしても、満足して笑っているわ」

 

 

そうして幽々子が手に持つ扇で、魔理沙が跨る箒で、それぞれ最後の力を披露しようとした時だった……。

 

 

パンッッ!!

 

「「!?」」

 

突如何の前触れもなく、幽々子が放っていた弾幕が跡形もなく霧散し、魔理沙を包んでいた美しい世界も元の晴れ空に戻った。

 

「……なに?」

 

「は……?」

 

 

それぞれが事態を把握できずに周りを見ていると、彼女たちの頭上から緊張感のない如何にも自分勝手そうな声と落ち着いた柔らかい声が聞こえた。

 

「はぁー、きれいだったなー!」

 

「そうですね。ビルス様がくしゃみをするまでは」

 

 

「なんだあれ……?」

 

「妖怪……?」

 

二人の唖然とした視線を気にする事もなく、ビルスはいつもの不遜な態度で目を細めて少女たちを眺めていた。

破壊神ビルスと付き人ウイス、幻想郷に珍入。

短くも新たな閑話、ここに始れり。




結構お久しぶりです。
最早読んでいる人は殆どいないでしょうが、自分はこの話が好きなのでこれからもできるときに続けていくつもりです。
拙文でお目を汚してしまう事をどうかお許しご容赦ください。

さて、今回は前から舞台にしてみたかった東方プロジェクトの世界にビルス様を入れる事にしました。
しかし、実は筆者この東方プロジェクト、登場人物から世界観の設定に至るまで殆ど把握していませんw
でも好きなゲームではあるので、重度の矛盾が生じない程度に短い話だけでも、と思い着想に至った次第です。

あと色々お詫びやら何やら述べたい事がありますが、後書きを長く書くのもアレなので、この辺にしようと思います。
それではまた、ご感想やご意見などがあればお気軽にどうぞ。


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第2話 疑問

突然少女達の前に現れた謎の二人組は、特に何もするでもなくじっと二人を眺めていた。
楽しい宴を邪魔された気分の幽々子は若干険のある顔で二人に話し掛けようとしたが、その時意外な人物がこんなことを言った――


「待ってたぜ!」


「んっ、んん……うまい、美味いっ」

 

「……」

 

目の前でご馳走を頬張り嬉しそうに舌鼓を打つビルスを八雲紫は不機嫌そうな目で見ていた。

 

場所は白玉楼。

ビルスが幽々子と魔理沙の戦いに水を差して一時緊迫した雰囲気になるも、既に疲労困憊だった魔理沙はその機を見逃さずすかさずビルスの側に回り込んで彼を自分の助っ人に仕立て上げたのだった。

そんな魔理沙のあまりにもその場辺りの身の振り方に、幽々子もそれが虚偽だという事を見抜けず、助っ人に仕立て上げられた当の本人のビルスとウイスも状況が理解できずキョトンとするだけだった。

 

 

「助っ人? あなたが……?」

 

幽々子はそこで初めてビルスが魔理沙の助っ人だという事に興味を持ち、かつ先程の自分の最大の弾幕を“くしゃみ”で消したらしい事も思い出した。

流石に自分のあの弾幕をただのくしゃみの一発で消した事は信じられるわけもなかったが、それでも幽々子は改めて彼を見ることによって徐々に彼から感じる異質さに気付いて更に興味を持ったのだった。

 

 

死角である頭上とはいえ、自分が弾幕遊戯の最中だったとしても、そう遠くない距離にいたあの者らの気配に私が気付かなかった……?

紫のようにスキマから覗いていたわけでもなく、自分と一緒の空間に居たにも拘らず?

そういえば、今も彼らは目の前にいると言うのにまるで命ある者から感じられる存在感をまるで感じない。

自分と同じ亡霊、あるいは幽霊?

いや、違う。

気配は感じなくても彼らは間違いなく生者だ。

これだけは長い間亡霊をやってきた自分の勘が間違いないと保証している。

ならばこの者らは……?

 

 

そして現在に至るのである。

今ビルスは自分に興味を持った幽々子に招かれ、彼女の住まいである白玉楼にいる。

広い和室の卓には彼女が用意したご馳走が所狭しと並べられ、直ぐにビルスの興味を引いた。

 

今その場にいるのは彼を含めて6人。

初めて居合わせた時に居なかった人物がその場には二人居た。

一人は同じ部屋で今彼と向かいの側に座って愉快でない顔をしている幻想郷の創造主である大妖怪の八雲紫。

そしてもう一人は部屋の外の庭でウイスと何やら太刀合いのような事をしている白玉楼の庭師にして幽々子の護衛を務めている魂魄妖夢だ。

 

「はっ、ふっ!」

 

木刀を握る妖夢の鋭い太刀筋をウイスは片手に同じ木刀を持ったまま難なく全て受け立つ。

ウイスはビルスの師である為闘いの心得は勿論あったが、そのスタイルはどちらかというと彼自身の経験から確立した我流に近い。

対して妖夢は今まで型にはまった“剣術”を一筋に真面目に学び切磋琢磨してきた。

故に彼女は己の剣術の技術と技に対して強い自信と自負があり、それがどう見ても適当な身のこなしのウイスに全く通用しないのが受け入れられず堪らなく悔しかった。

 

だがウイスも別に不真面目に対応しているわけではなかった。

妖夢が放つ太刀には全て真面目に応じ、自分に当たる前にそれを防御した。

ただそのやり方に少々問題があった。

ウイスは剣術の心得がないので敢えてボロが出易い“攻勢”には転じずに、ただ防御に徹していたのだが、それは玄人の妖夢からすれば『これは必ず当たる攻撃』が何故か素人の動きで防御が間に合うという結果になってしまっていたのだ。

それは単純に速く防御しているだけだったのだが、その速さが妖夢には残像という言葉でも生温く感じる程の瞬間的に受け立つ木刀が現れる現象に映った。

剣術における身のこなしは確実に自分に分がある、しかしにも関わらずその優勢をウイスは全て速さだけで覆していた。

妖夢にはそれが訳が解らず、受け入れられず、柄にもなく益々頭に血が上ってより強引な攻めをさせた。

 

「う……うぁぁぁぁ!」

 

ヒュヒュヒュヒュッ!

 

「お? はいはいはい、と」

 

「ふぁ!? う、うぐぅ……」

 

 

既に悔し涙まで滲ませて繰り出した渾身の攻撃がやはりあっさり全て防御されてショックの表情を見せる妖夢を幽々子は微笑ましく眺めていた。

 

「あら、ふふ……。あんなに熱くなっている妖夢は初めてねぇ」

 

「もぐもぐ……ふぅ。ん? まだやってたのか。あの子もよくやるね」

 

「いやいや、よくやるってもんじゃないと思うぜ? あたしじゃあんな攻撃防げないぜ」

 

ウイスと妖夢の太刀合いを呆れた様子で見るビルスと反対に感心した様子で魔理沙が言った。

 

因みに既にこの時点で幻想郷の春未到の異変は解決していた。

ビルスが白玉楼に招かれた際に、ふと話題で幽々子が今回の異変を起こした理由を話すと、ウイスが持ち前の便利な力で杖を使い、彼女が異変を起こして知りたかった事実を教えたからだ。

正直その内容は幽々子にとって大変興味深いものであったが、既に今の亡霊としての暮らしに満足していた彼女はウイスの話だけですっかり満足して自ら進んで集めていた春を解放して異変を終わらせたのだった。

 

『そうだったの……。なら私はまだ消えたくないからする事は一つね。今まで迷惑かけてしまったお詫びも兼ねて春をお返しするわ』

 

 

これで異変は解決、後は目の前の面白い客人にいろいろ話を聞いたりして宴会を楽しむだけ。

当然の様に客人面して同席している魔理沙も用意されたご馳走で鋭気を養おうと思った時だった。

 

『こんにちわ』

 

突如空間にできたスキマから八雲紫が現れたのだった。

 

 

紫がその場に現れ、現在もその場に居座っている理由は2つあった。

1つは関知していた異変が落ち着いたのでその異変の当事者の様子を見る為。

2つ目はその場に現れた際に目にしたビルス達だ。

 

幻想郷の創造主たる八雲紫は幻想郷で起こった異変は先ず確実に式神の八雲藍を通してか、もしくは自ら察知できるはずだった。

ところが幽々子を訪ねた際に自分の視界に入った妖怪の様な人物と謎の人間の様な人物は、実際にそこで目にするまで全く気付かないでいた。

これは紫にとって驚くべき事だった。

幻想郷を覆う結界に直接影響を与える事ができるのは基本的に自分と博麗の巫女たる博麗霊夢の2人だけだ。

そして個人が結界を出入りする以外では、外部からこの世界に人が迷い込む原因の凡そは自分であるにも関わらず今回はその事に気付けなかった。

これは一体どいうことなのか。

 

表面上はいつも通り飄々とした雰囲気に笑みを浮かべ得て余裕を崩さないでいた紫だったが、その時内心で幽々子と同じ事に気付いた。

 

(気配が……ない?)

 

そう、目の前にいる二人からは人間でも妖怪でも、はたまた神霊の気配すら感じなかった。

 

(一体どういう事これは……?)

 

果たして紫は幽々子と動機は似ていたものの、彼女よりはやや不安と危機感のようなものを感じ、館の主たる幽々子に同席の許可を貰い、ビルス達の正体とその真意を確かめるべく行動したのだった。




あまり話は進んでませんが、書いてて楽しかったのです。
ビルス様が弾幕ごっこする話は書くつもりです。
それまでどういう展開にするか、まだ考え中ですw


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第3話 あんまりな事実

ビルス達は紫に自らの素性をあっさりと隠すこともなく話した。
紫はそれを黙って聞いていたが、落ち着いた表情の裏では様々な考えが浮かんでは消えていた。


『破壊神』正直、八雲紫はビルス本人からその正体を聞いた時他の者の例に漏れずその話を鵜呑みにしなかった。

かと言って彼女自身が人の話を頭から疑う程狭量というわけではない。

彼女は幻想郷の創設以前から生きている力のある妖怪だ。

その力は“境界を操る程度”という能力の名が表す通り大凡個人が扱う能力としては神の如くと表現しても遜色がない程強大だ。

そんな力を持つのに相応しく、彼女自身の頭脳もまた大凡人の想像が及ばない程明晰であり博識であった。

長き時を生きてきただけあって、紫も神に関する知識と造詣はある程度あった。

それは自分が住まう世界の神の事だけではない。

自分が預かり知らない外の世界に存在するであろう神に対しても、当然その可能性に対して理解を持っていた。

 

そんな彼女だからこそビルスの話を聞いても直ぐには信じなかったのである。

ビルスが『ただの破壊の神』なら別に良かった。

見た目が妖怪のようであってもそう見えるのは見る者の主観によるし、幻想郷にいる神の様に神格を持ち、何処かの館に住んでいる吸血鬼の妹のような破壊の力を持っていればそう認識されていてもおかしくはない。

だが彼の話通りだとその『破壊の神』とやらは幻想郷どころではない、そのスケールは自分が知っている世界(宇宙)すら含む全ての界の頂点に立つ創造神と対をなす二極の神の一つだ。

紫の認識では世に存在する全ての神と超常的な能力を持つ力ある者は、この二つの神の力から派生している。

その力の殆どは無から有を成す創造神から派生しているのだが、先に例に挙げた吸血鬼もとい、紅魔館の主であレミリア・スカーレットの妹のフランドールが操る“全ての物質を破壊する程度”などは破壊神の力から派生したものだ。

(幽々子の“死を操る程度”の能力は破壊神の力のようで、生物を死なせることを“成している”為創造神の力)

このように単純な神としての影響力から神格的には創造神側の方が上なのだが、ただ破壊するだけという単純さから個人の強さとしては破壊神の方が上である事が多い。

そんな単に強い神の頂点が自分だというのだから、そう言った知識を予め持っていた紫がビルスを信じなかったのも無理はなかった。

 

だがどうもビルス本人は嘘を言っている様子はないし、付き人であるウイスと呼ばれている人物も纏っている雰囲気からただ者でない感じはする。

紫はちょっとビルスの事を調べてみる事にした。

 

 

「……」

 

境界線操作で未知と既知を操る。

 

何も分らなかった。

操る範囲が狭かったのかもしれない。

紫は今度は調べる範囲を幻想郷だけから、念の為地球丸ごとにに広げてみた。

 

「……?」

 

また分らなかった。

神であるにしろ無いにしろ、調べる範囲をここまで広げたにも関わらず、ビルスの名前すら見つからなかったのは意外だった。

もしかしたら、と紫は思った。

 

(この人は本当に……?)

 

 

紫が浮かない顔で宴会場に戻ってきたのを見て幽々子が不思議そうな顔をして訊いた。

 

「あら、貴女がそんな顔をするなんて珍しいわね。どうかしたの?」

 

「ん? 何か調べ物でもしてたのか?」

 

真理沙も手近にあった天麩羅を頬張りながら同じ質問をする。

 

「あ、ええ、ちょっとね……。あの、ビルス様?」

 

「もぐもぐ……あにゃ?」

 

「私、貴方様が破壊神だという事の少々興味を持っておりまして、よろしければ貴方様の事を知っている方の事など教えて頂けないでしょうか?」

 

「んぅ? 僕の事を? それは君が理解できる範囲で僕の事を知っている奴って事?」

 

「え、ええ、できれば」

 

意外に理解のある返答に紫は一瞬言葉を詰まらせる。

何となく彼の性格が大雑把なに思えたので、単純に彼の事を知っている者がいる世界さえ教えて貰えたら後は何とか自力で探すつもりだったのだ。

 

「んー……となると界王神は……ダメだろうな、知らないっぽいし。となると……。あ、君が知っている神なら分るか」

 

「え?」

 

「ウイス、この星を管理している神分る?」

 

「ええ、分りますよ。ちょっとお待ちください……。ん? ああ、これは……なかなかそれなりに影響力を持つ神ですね」

 

自分が知っている神と言う言葉に意表を突かれた顔をしている紫を尻目に、ウイスが毎度おなじみの便利な杖についている水晶球のようなものを覗くようして程なく発見したようだ。

 

「ん? そうなの?」

 

影響力を持つ神という言葉に興味を持ったビルスが一緒になって球体を覗く。

 

「え?」

 

紫は再び疑問の声を上げた。

最初、ビルスの口から自分が知っている神だと聞いててっきり幻想郷に住まう神の事だと思った。

しかしそれでは幻想郷を管理する者として自分が最初から知っていて当然だから違うと言えた。

それにいくら力がある幻想郷の神と言っても、幻想郷を含めた地球自体に強く影響を及ぼす力まであるとは思えなかった。

とすると彼らが言っている神とは誰の事だろう?

紫は訊いてみる事にした。

 

「あの」

 

「ん?」

 

「はい?」

 

「恐れ入りますが、私が認知している限りで幻想郷ならまだしも、この世界が在る星、地球そのものに力を及ぼす神は私、心当たりがないのですが」

 

「え? そうなの? ウイス?」

 

「んー……ちょっと待ってくださいね。ああ、まぁこの方、この星だけでもいろいろ呼び名があるみたいですからね」

 

「へぇ? 呼び名が複数あるって事は、前のあの悪魔がいた世界にいた奴みたいな感じか」

 

「そうですね、それに近いのですが……。でもこの方は少なくともその世界の神よりかはもっと力があって、複数の銀河にまで影響力を持っていますね」

 

「え……」

 

紫はまた声を漏らした。

だが今度の声は疑問ではなく戸惑いの声だった。

 

(何それ……? そんな強大な力を持つ神なんて私は知らない……。銀河系というだけでも気が遠くなりそうなのにそれも複数って……)

 

引きつった笑いを浮かべていよいよビルス達に対する詮索はやめて、紫本人も彼らの事を狂言者と断定しようとした時だった。

ウイスが言ったある一言が彼女を再び沈黙させたのだ。

そして、同じ様に沈黙したのは者がもう一人いた。

その場にいた幽々子もまた、その言葉を聞いた時、際限なく口にご馳走を運んでいた手を止めだのだった。

 

「八雲さん達の名前の雰囲気から察するに……。この世界にいる人達に通じる神の名前を挙げるとしたら……そうですね、アメノミ……ナカノという名前ですかね」

 

『天之御中主神(アメノミナカヌシノカミ)』

 

それは日本神話における天地開闢に関わった五柱の一柱、別天津神(ことあまつのかみ)の一人。

その中でも造化三神と言われる世界の始まりの独神の主神だ。

単純に日本と言う国そのものの始まりに携わる神なら国之常立神(クニトコタチノカミ)が最初に現れた神とも言われているが、こと世界そのものという括りにおいては一般的にはこの天之御中主神が最初期であるという認識が主になっている。

確かにその神が影響力を持つ神というのなら納得もいく。

何しろ世界、宇宙の元始ともいえる神なのだから。

 

だがしかし、そしてだからこそ、紫はまたその言葉をにわかには信じられなかった。

名前こそ知っているものの、その神は少々スケールが大き過ぎる。

地球と、それに住まう生命に関わった神世七代ですらその殆どの存在が不確かで、神話においても名前が少々出る程度の謎めいた神なのにそれ以上の存在となると、失笑を漏らすと共に信じられないのも仕方ないと言えた。

 

ウイスによると、そういった神は幻想郷も含めた地球の各地で信仰されている神といくつか存在が被るのだと言う。

その影響力故にそれらの神はあるいはキリスト、あるいはアッラー、あるいは梵天として名を変え、姿を変え勝手に信仰されているのだとか。

ビルス達が以前いた世界の神とその神々との決定的な違いは二つ。

まず一つは比較する事すら愚かな圧倒的な神としての力の差。

紫達がいる地球は格の高い大伸が担当している星の一つで、そこにはその神によって遣わされた、やはり強力な神々が委託管理をしているのだという。

そして二つ目の違いは、自身の影響力によって星に加護は与えているものの、それ以外に関しては基本的に干渉せず、むしろ無関心で非常にだらけているという信じられない事実だった。

 

これは大伸の性格が主に影響しているらしく、遺物や経典などで具体的な記述が多い神はそれら上級の神に呆れて返って真面目に働いている下々の神なのだとか。

紫は自分が知る幻想郷にいる神や、天地にいるであろう徳の高い者たちの姿を思い返してして一筋の涙を流した。

あの一部俗物のように思える趣向を持つ者たちでさえ、しっかり現界してあれこれ騒動を起こして世界に影響を与えているだけで何故かそれらの神より仕事をしているような気がした。

 

 

「紫、大丈夫?」

 

ウイスの話を聞いてショックのあまり放心していたらしい。

元々の大らかな性格もあって紫程ショックを受けていなかった幽々子の気遣いの言葉で彼女は我に返った。

 

「ん……こほん、失礼しました。なるほど、それは大変興味深いお話ですね」

 

「ああ、えっと、何か申し訳ございませんでした?」

 

ショックを受けて放心していたとは言え、ウイスの話を信じられていない紫は、その意図を伝える為に敢えて“興味深い”という言葉を選び、その部分だけ若干声調を強くして言った。

それに対してウイスは逆に微笑んで気遣いの言葉をかけるだけだった。

だがビルスは違った。

と言っても気を悪くした感じではなく、何かを思い付いた様子でまた口にご馳走を運びながらウイスにある指示を出したのだ。

 

「ま、信じられないのも分からないでもないよ。じゃぁさウイス、そのナントカのナントカって神、ここに連れてきてやってよ」

 

「ビルス様、いくら自分より下の神と言ってもその言い方は流石に失礼過ぎですよ」

 

「「えっ」」

 

「ん?」

 

「幽々子様?」

 

ウイスが呆れた顔でビルスにそう注意するなか、今度は紫と幽々子が揃ってポカンとした顔で声を漏らす。

ある程度満腹になってウイスに代わって妖夢と庭で雑談していた魔理沙が何となく空気の異変に気付いて紫達の方を向いた。

一緒に話していた妖夢もそれに気付いて同じ方を向く。

 

「まぁご用件は承りました。少々お待ちください」

 

ビュンッ

 

 

ウイスはそう言って一瞬で天空へと消えた。

 

「えっ」

 

彼が消えた後にはウイスが消えた天空を眺めて再びポカンとした顔をしていた紫と幽々子がいた。

 

 

 

それから程なくして、未だに少々ぎこちない様子で固まっている紫と幽々子達のもとにウイスが消えた時と同じように一瞬で戻って来た。

その後ろに誰かを連れて。

 

「お待たせしました。お連れしましたよ」

 

「……」

 

その人物は何やら疲れた様子でウイスの後ろから現れた。

 

「……」

 

その人物を見て、ビルスとウイス以外の全員が唖然とした顔で言葉を失った。

 

「はいはい……。ご要望に応じ参じました天之御中主神っぽい人ですよ。まぁ好きに呼んでよ」

 

くたびれたスーツ姿の覇気のない無精髭を生やした男性はそう言って一同に挨拶をした。




自分でも思うほど説明文だらけのつまらない回だと思います。
その所為で投稿に時間がかかったのかと言えば、まぁ私事でもいろいろあったわけですが、何にしろ遅々としたペース申し訳なく思います。
つまらない話とは言え、自分でこの部分は欲しいなと思って作った話なので後悔はしていませんが、次くらいは投稿の感覚は短く、そして少なくともこの話よりかはテンポが良い楽しい話にしたいですね。


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第4話 至高神の提案

ビルスの意により(流れでそういう事に)でウイスが彼方より連れてきた御仁はオジサンだった。


「あの……貴方が……?」

 

「……」

 

紫と幽々子は呆然と目の前に現れた“オジサン”を見つめていた。

自称最高位の神と言うその見た目はただのオジサンは、紫達のそんなしらけた視線に気を悪くすることもなくただ腰に手を当てて答えた。

 

「そうですよ。今回はビルス様直々のお召しという事で参じました」

 

「えー? オッサンが神様なのか? ただの人間のオッサンじゃないか」

 

「ちょ、ちょっと霧雨さん!」

 

魔理沙が皆の意見を代弁するようなことを遠慮なく言う。

妖夢はそれを慌てて諌めようとしたが、オッサンと言われた神はそんな魔理沙の失言に苦笑しながら答えた。

 

「ああ、まぁ姿は何にでもなれるんだけどね。一応君たちとコミュニケーションがとり易くて、かつ今の私に一番近い精神状態と思ってこの姿にしたんですけどね」

 

「つまり、化身ということですか?」

 

「更にお疲れなのかしら?」

 

紫と幽々子の問いに男性は頷いた。

 

「そう、化身ですね。疲れてるのはまぁ……ね」

 

神の化身はがっくりと肩を落としながら語り始めた。

 

「いや、私もいくつもの銀河を任せられている身だから一所に止まる事ができないという事情はあるんだけどね? その所為で貴方達はあまり私の存在に馴染はないのかもしれませんが、自分から言わせればそれこそが私がちゃんと仕事をしている証拠でしてね」

 

「は、はぁ」

 

思わず始まった神の愚痴に曖昧に相槌を打つことしかできない紫。

それに対して幽々子は普段と変わらないおっとりした態度で柔らかく応じた。

 

「それはそれは、心中お察しします。やっぱり神様も縦社会なのねぇ」

 

「そういうことです。因みに完全に放置はしてないですからね? 各地に派遣した部下(神)からの報告はちゃんと目は通してますので」

 

「へぇ、まるで人間の会社みたいだな。なぁオッサンってちゃんと休んでるの?」

 

「休み? 基本ないですけど?」

 

「えっ」

 

神の素っ気ない返答に妖夢が思わず驚きの声を漏らす。

 

「私たち神は信仰によっていくらか支えられている面もありまして。土地神のようにその星に住む生物と関わりの強い神だとそれがそのまま自身の力にも影響するわけですが、私に近い上位の神となると……まぁ単純にやる気の問題でね」

 

「や、やる気?」

 

妖夢が神に似つかわしくない何とも人間臭い言葉に疑心暗鬼と言った様子で反応した。

 

「そうです。理性が薄い獣ならまだ気にならないのですが、知性と理性を持つ貴方達のような生き物となると……ほら、いろいろと我儘も言うでしょう? 私たちに思いを馳せるのは自由ですが、それが単純な欲望で、信仰心とは無縁だったりするとやる気が出ないんですよ」

 

「あーまぁ、何でもかんでも神頼みっていうのは、頼まれる神様からしたら鬱陶しく感じるかもな」

 

神の言葉に魔理沙が納得したような顔で頷いた。

彼女の共感の言葉に神はちょっと嬉しそうにしながら続けた。

 

「そう、そういう事。その結果、私の部下の部下、土地神やそれより少し上の神ですね。彼らがそんな上司の倦怠に呆れて代わりに奔走し、その成果の報告を私に直接上げてくるので仕事が増えて逆に暇は減ると……」

 

「はぁ、なるほどねぇ。それに対してわたし達はいつも暇と言ったら暇だな」

 

「ちょっと魔理沙、私はいつも暇じゃないわよ? いつも今日は何を食べたいなぁとか考えているのよ?」

 

「幽々子様それ立派に暇してますよ……」

 

「はは、まぁ仕事をしないからって安易にその上司の神をクビにもできませんしね。そんな事をしてしまったらその神に創られた奮闘している当の彼らが消えてしまうので。流石にそんな惨い事は私できません」

 

「……」(それは確かに言えてる。まぁ私の式神は……橙は可愛いから仕方ないわよね)

 

「それに、だらけていると言ってもそこは力のある神ですからね。私の直属と言うだけあって本当に必要な時は動くので処罰もし難いと……。ああ、本当に質が悪い、はぁ……」

 

「ご、ご苦労されているんですね」

 

「ありがとうございます。あ、煙草いいですか?」

 

妖夢の労いの言葉に神は微笑んでお礼を言いながら上着の内ポケットを弄る。

そしてその所作と同時に出た言葉に紫と妖夢は揃ってその場に固まった。

 

「えっ」

 

「はい?」

 

「いや、この姿もいいですね。こういう物理的な気の晴らし方も精神的に心地よいです。ふぅ……」

 

「は、はぁ……」(煙草!? 至高神が喫煙している!?)

 

美味しそうに日本の銘柄っぽい煙草を吸う神の姿は哀愁漂うリーマンそのものだった。

紫の心の中は一般的な神のイメージと程遠い、そのギャップに混乱の嵐が吹き荒れていた。

 

 

「まぁ要するに何が言いたいのかと言うと、あまり存在感がないかもしれませんが、一番仕事をしているのはトップの私なんです」

 

「は、はい」

 

「こちらの伝承の一部には世界を作って直ぐに姿を消した、みたいな感じらしいですが、それは単純に忙しくて最低限の事をやった後は部下に任せたからなんですよ?」

 

「は、はい。分かります分かります」

 

紫と妖夢が揃って慌てて神に同調している時だった。

時々茶々を入れながらも一応は大人しく神の話を聞いていた魔理沙が異を唱えてきた。

 

 

「あのさぁ」

 

「はい、なんでしょう?」

 

「話の腰折っちゃって悪いけどさ、わたしはまだオッサンが神様だと信じれないんだけど」

 

「あ……」

 

紫はそこで思い出したように声を漏らした。

つい勢いに押されてしまったが、考えてみればまだ彼が神だという確証は得ていなかった。

 

「ああ、なるほど。そう言われましてもねぇ……あ、私から生物の気配はしないでしょう?」

 

「えっ……あっ。ああ、まぁ……」

 

「まだ決定打が弱いですか。そうですね……でだったら……あ、そうだ」

 

妖夢の反応にまだ信用が勝ち取れていないと判断した神は何かを思い付いた様子で、紫に視線を移すとこう言った。

 

「ちょっといいですか?」

 

「あ、私ですか?」

 

「はい、貴方なかなか優れた存在ですね。……うん、気質も悪くない。あの、宜しければ少しお願いがあるのですが?」

 

「は、はい何でしょう?」

 

「直ぐにとは言いません、強制もしません。ちょっと貴女の可能性を拡げますので、何れ機会があれば私のお手伝いなどをしてもらえませんか?」

 

「え、え!?」

 

「いや、神を代行しろとかそういう無茶なお願いではありません。ただ気が向いたときにでも、この星で頑張っている神が困っている時にその助けとなって支えて頂きたいだけです」

 

「神の助け……」

 

「あ、別に信徒になれとかそういうことではありませんからね。あくまで自分の意思で、です」

 

「あの、先程私の可能性を広げると申されましたが、具体的にどのような事を?」

 

「私の側の知識を貴女に伝えます。それに当たって先ずはその知識を情報として収める事ができるだけの貴女の頭脳の容量の拡大ですね」

 

「容量……知識、ですか」

 

「識る、という事はそれだけで力にもなりますからね」

 

「なぁそれって危ないのか?」

 

漠然とした神の提案に魔理沙がちょっと警戒するような顔で訊いた。

まだ彼の事を神と信じられない身としては、その言葉をきな臭く思うのは当然だった。

 

「いえ、全く。容量の拡大と知識の伝授だけなので1秒もかからないでしょう」

 

「まぁ、そんなに簡単に済むなら……」

 

「ありがとうございます」

 

「え、あ……」

 

神は紫の承諾に微笑むと彼女の前に掌をかざして目を閉じた。

まだ言葉を紡いで自分なりに熟慮するつもりだった紫は、神の予想外に早い行動に慌てた。

 

 

だが、そんな焦りも虚しく、彼女が中止を求める前にその行為は終わってしまったようだった。

 

「……はい、終わり」

 

「「「え?」」」

 

余りにもあっさりした伝授の完了の言葉に幽々子、魔理沙、妖夢は呆けた声を出した。

 

だが伝授された当の本人は違った。

神の言葉を合図に目を開くと全てが変わって見えたのである。

 

「……!」

 

何も目の前に広がる景色や友人たちの姿が変化して見えたわけではない。

先程紫に伝授された知識が彼女が今まで持っていた情報を全て書き換え、更新し、価値観に大変革をもたらしたのだ。

知識が力とはよく言ったものだ。

自分が操る力自体は何も変わっていなかったが、今では与えられた知識によっていくらでも伸ばす術が思い浮かぶし、ここ(幻想郷)に住まう自分以外の“力ある者”に余裕をもって対抗する策もいくらでも浮かんできた。

だが識らない方が良かったという事もある。

 

「……」

 

紫は青い顔をしてチラリとビルスを見た。

そう、彼女はビルスに対する知識も得る事によって彼の力の恐ろしさを完全に理解したのである。

得た知識によってビルスに抗う案は熟慮すれば浮かばない事もなかった。

だが失敗した時のリスクが大き過ぎるし、何よりそういった策を講じても正面から力技で台無しにする程の力を彼は持っているのだ。

いくら策を巡らしても、巡らせた舞台ごと破壊されては全く意味がない。

結局彼に対抗するには真っ向から対峙する事が出来るだけの純粋な暴力しかないのである。

紫は静かにビルスの前に一人進み出ると恭しい態度頭を下げた。

 

「ビルス様、今になって恐縮でございますが、数々のご無礼ここに深くお詫び申し上げますわ」

 

「お、そういう事か。いいよ気にしてないから」

 

ビルスは紫の態度の変わりようを理解したらしく、既に幽々子からご馳走を貰っている事もあって彼女の謝罪を快く受け入れた。

対して紫の心境はその落ち着いた謝罪の様子とは裏腹に穏やかではなかった。

 

(幻想郷を守らなきゃ! 幻想郷を守らなきゃ!!)

 

そんな風に紫が人知れず使命感に燃えながら恐怖と闘っている時だった。

ある少女の一言が彼女の胃に今まで感じた事がない程一瞬で何とも言えない痛みを与えた。

 

「よっし、何かいろいろ解決したみたいだし、ビルスさんここはいっちょ催し代わりに弾幕ごっこでもしないか?」

 

その言葉に紫が凍り付き、それ以外のメンバーが賑わいを見せる中で霧雨魔理沙は邪気のない明るい笑顔でそう最恐の破壊神に誘いをかけた。




次はペース短めに、テンポよくと言っておきながら結局月2ペースに終わりました。
まぁ、月に2本出せたからマシかと開き直っては……改善にはならないので、常に心掛けて行こうと思いますw

さぁ、次はやっと弾幕ごっこです。


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第5話 一部にしか予測できなかった開幕

紫を凍りつかせた魔理沙の弾幕宣言は、彼女の焦燥感を無視するように無慈悲に進んだ。
そして程なくして魔理沙と御一行はとある場所にいた。


「で、これはどういう事?」

 

博麗神社の主、博麗霊夢は不機嫌そうな声で隣に座っている魔理沙に訊いた。

 

「どうって、やっぱり祭って言ったら神社だろ」

 

霊夢の不機嫌そうな声など気にもしていないといった様子で、魔理沙があっけらかんと答える。

その態度に霊夢の機嫌は更に悪くなった。

眉間の皺を深くして、据わった半目もよりキツイ感じになった。

 

「だからって私の所でやらなくたっていいでしょ。神社だってちょっと山の方に行ったら守矢があるし、神社に拘らなくたって人里に行けばそれなりに使えそうな所くらい直ぐに見つかるわよ」

 

今彼女の目の前には奇妙と言うべきか賑やかと言うべきか、何とも言えない光景が広がっていた。

 

 

「おお、ビルス凄い! でもあたいも負けないかんね!」

 

「ほほう、なかなかやるもんだ。だけど僕にはまだ及ばないね」

 

氷の妖精と破壊神が何やらじゃれあうように楽しげに神社の境内で踊っていた。

二人とも酒も入っていないのに飛び跳ねるように忙しく動き、傍から見ているだけでは何を競っているのか全く判らなかった。

 

 

「時間を操る能力はそう安易に使うものではありません。勿論ご理解しているとは思いますが、それでもその力を使うのが寿命が長いとは言えない人間なら尚の事乱用は慎むべきです」

 

「貴方良いこと言うわね。私も偶に言っているのよ。血を吸ってあげようかって」

 

「私はあくまで一介の従者ですから……」

 

「貴女も私の手伝いをしてくれるのなら能力の幅を拡げてあげましょうか? 自分の時間も操れるようにとか」

 

「ちょっと、人の能力を変化させる能力なんて私の蔵書に載っている本はないわよ。詳しく教えてちょうだい」

 

「お姉さまに咲夜! そんなつまらない話よりまたビルス様と遊ばせてよ!」

 

一方顔を横に向けると、自分たちが座っている拝殿の横の方で何処かで見た吸血鬼お嬢様御一行と見たことがない顔色が悪い若い男性と、冴えない風体の中年の男性が話していた。

 

彼女達は吸血鬼レミリア率いるスカーレット一家。

幻想郷でも力のある人物の一人で、更に運命を操る能力まで持っている。

今回は呼ばれもしないのにその能力を使ってこの祭りを察知して遊びに来たらしい。

一家の長であるレミリアは前述したとおり優れた力を持っているが、彼女を囲む者たちもまた、一筋縄ではいかない者揃いだった。

 

今ウイスと中主神(*天之御中主神の略)と話している女性はレミリアに仕えるメイドの十六夜咲夜。

時間を操る能力を持ち、ビルス達と会って早々主を立てる為にいつもの調子で能力を使った結果、自分の力では及ばない彼らを巻き込んでの時間操作が叶わず、逆にその反発で衝撃を受けて弾き飛ばされてしまうといった醜態を晒してしまったのだ。

今でこそ大人しく反省した様子で説教されている彼女だが、このような例外さえなければ、常に相手の不意を突き、先手を取ることができる反則に近い力だ。

 

一方、中主神の言葉に持ち前の探究心を早速示しているのは、レミリアの友にしての五行全魔法使いのパチュリー・ノーレッジだ。

普段は外出を嫌い自室を兼ねている書斎に引きこもって読書や実験に耽る毎日を送っているほどのインドア派だが、今回はレミリアの能力の結果に何か感じ入るものでもあったのか、非常に珍しく自ら一行に付いてきたのであった。

 

そしてもう一人、レミリアと同じく幼い容姿をしているが、彼女より明らかに無邪気で年相応の子供らしい雰囲気を出しているのは妹のフランドール・スカーレットだ。

姉と同じ吸血鬼であり、加えてあらゆる物を壊すという何とも物騒な力を持っている。

その力は伊達ではなく、能力を使った暴力の一点においては一家最強の攻撃力を持つ存在だ。

しかしそんな彼女も、挨拶代わりにビルスに『ぎゅっ』っとしようとした際に、拳を全く握り締めることができず、その事実に呆然とした。

結果、初めて“自分には壊せないもの”に出会った事がかなり感動したらしい。

今ではビルスに貴重な遊び相手としてすっかり目を付けている様子だ。

 

あと一人、ここにはいないがレミリアの館の門を守る門番兼用心棒がいるらしいが、雇い主の彼女によるとその人物は今回居眠りをしていた罰でお留守番らしい。

 

 

「あいつらも呼んでもないのによく来るわねぇ……」

 

霊夢が呆れた様子でそんな既知の輩を見ていると、彼女がいる場所から離れた鳥居から参道の辺りの方からも賑やかな声や音が聞こえた。

そこにはあるいは、天狗、あるいは騒霊、あるいは同業者の巫女と彼女が祀っている神、果ては鬼と、本当に読んでもいないのにその時その場に限っては、あらゆる者たちが集い騒いでいた。

その光景は最早自分にその気がなくても祭りそのもの。

この結果がレミリアの能力によるものだとするのならば、後で賽銭を思いっきり請求してやらなければ。

そんな巫女にあるまじきやさぐれてケチくさい事を霊夢が考えていた時だった。

 

 

「はい、それでは皆さん。只今よりハカイシンびるす様の歓迎会を兼ねて弾幕祭りを行おうと思います!」

 

天狗の射命丸文が明るい声を張り上げて頼んでもいないのに司会を始めた。

 

「おい、何かあいつの僕の紹介の仕方違和感感じないか? 言い方に不信感を感じるような」

 

「ほほ、気の所為でしょう」

 

「加減してよ! しなさいよ! 失礼はだめよ!」

 

「もう、紫どうしたの? 貴方らしくないわよ~?」

 

「ねぇ、藍様。紫様はどうされたのですか?」

 

「さ、さぁ……。妖夢さんは何か知っておいでですか?」

 

「……」

 

傍らでは今まで見たこともないくらい焦燥感に駆られて必死な顔をしている八雲紫とその様子に戸惑っている式神の八雲藍と橙と適当な言葉が見つからずに微妙な顔をして佇む魂魄妖夢、更にそんな紫を相変わらず大らかな笑顔で宥める西行寺幽々子がいた。

 

「お、さっそく弾幕ごっことやらの始まりか」

 

氷の妖精のチルノという少女と遊んでいたビルスは射命丸の声に気付き、戯れを一旦中止すると、軽い足取りで射命丸の声がした方に来た。

 

 

「あ、ビルスさん、早速のご来場ありがとうございます。一応お祭りの前に確認ですが、弾幕遊戯のルールはご存知ですか?」

 

「ああ解ってるよ。対戦相手同士で死なない弾幕を打ち合って、それを避けながら相手に当てるんだろ?」

 

「その通りです。今回ビルス様はスペルカードを使えないようなので、“死なない弾幕”は非常に重要な点になります。その点は本当に宜しくお願いしますね?」

 

「了解した。要は重傷にもならず、当たれば痛い程度のエネルギー弾を放てばいいんだろう? 理屈さえわかれば簡単だ。手加減とかじゃなくて単に“そういうもの”にすればいいだけだしね」

 

「もしもの時は私がちゃんとサポートしますのでご安心を」

 

「……私は今回ずっと煙草吸わせてもらいますね。ふー……ああ、この平穏身に沁みる……」

 

「え、えっと……大変結構、準備万端のようですね。それでは最初にビルスさんと対戦してもらう選手の登場です。どうぞ!」

 

信じていいのか分からない自信を朗らかな笑顔で示すウイスと、彼らとの関係がイマイチ分からない謎の中年男性の謎の迫力にやや気圧されながらも、射命丸はプロらしく司会進行に努め、最初の対戦相手を呼んだ。

 

「プリズムリバー姉妹です! 私は三女のリリカです!」

 

「長女のルナサです」

 

「次女のメルランです。ビルスさんよろしくお願いします!」

 

「おっと、いきなり三人チームの相手ですか。これはビルスさん分が悪いか? あ、勿論三人一緒に弾幕を打ってきたりはしませんが、最初ですしご希望なら対戦相手変えますが?」

 

「いや、いいよ別に。何なら三人一緒にかかってきてもいいよ」

 

「え」

 

「……」

 

「へぇ……」(あ、ルナサ姉ちょっとムッっとしてる)

 

「えぇ、それは流石に……」(リリカ、ルナサ姉にちょっかい出しちゃダメだよ!)

 

ビルスの意外に挑戦的な発言に射命丸は虚を突かれ、三姉妹もそれぞれ好戦的な雰囲気を強くした。

 

 

「あの、そんな事言っちゃっていいんですか? 彼女達本当に三人で一気に掛かってきますよ? 本人の同意の上なら多分本当に遠慮してきませんよ?」

 

「いいって言ったろ? 先ずは避けながらこっちの攻撃の仕方を考えるつもりさ」

 

「……そ、そうですか」

 

射命丸はビルスの最初は避けるだけの発言に、彼の自信が一体どこから湧いてくるのかつくづく疑問に思った。

見たところそれなりに利口な妖怪っぽいが、そんなに強い力を持っているようにも思えない。

いや、そもそも力自体を彼から感じないのだ。

そんな人にいきなり幽霊の中でも次元が違う騒霊を、しかも三人同時に相手をさせてしまったりして大事にはならないだろうか。

射命丸は心の中でそんな心配をしつつ、結局は本人の希望ならという事でビルスの提案を了承することにした。

 

(まぁ、結局は弾幕ごっこだし、重い怪我を負っても全身打撲か骨折程度で済むか。そのくらいの怪我なら幻想郷で直ぐに治すことも可能だし)

 

「はい、では皆さんお待たせしました! 第一戦はプリズムリバー姉妹ですね! それでは両者、準備は良いですね? 空中に上がってください!」

 

射命丸の合図でビルスト姉妹はお互いゆっくりと高さ20m程にまで上昇する。

その光景を拝殿の賽銭箱の前から見ていた霊夢はまだこの時点では「あ、あの人ちゃんと飛べるんだ」程度にしか考えていなかった。

 

「では、準備はいいですか? 弾幕遊戯……開始っ!」

 

 

射命丸の試合開始の合図で弾幕遊戯のルールが発動した。

ビルス達を薄暗いもやのような結界が包み、弾幕遊戯の為の限定空間(フィールド)が出現した。

この限られた空間の中で遊戯の参加者はお互いに戦うのだ。

 

「……大合葬」

 

「えっ、いきなり?」

 

「ルナサ姉ホントに?」

 

長女のルナサのいきなりの合同スペル宣言にリリカは驚き、メルランもソロパートを飛ばした姉の本気に内心リリカ以上に驚いていた。

 

「ちょっとカチンときた。大人げないとは解っていてもああいう態度を取られると、彼の驚いた顔も見たくなるよ」

 

「あー、なるほどねぇ。まぁルナサ姉がそこまで言うなら……リリカ?」

 

「はい、メルランお姉ちゃん!」

 

「霊車……」

 

ルナサが合同スペルの名前を詠み始めた。

それに合わせてメルランとリリカも声を合わせる。

 

「「コンチェルト……」」

 

「「「グロッソ!!」」」

 

カッ

 

三人が声を合わせ叫ぶと、光が彼女達を包み三角形の形を模した。

そしてその中心から三色の弾幕が渦を巻くようにうねりながらビルスに襲いかかる。

弾幕の動きこそある程度規則的に見えたが、それで結構弾速もあり、加えて放射がうねりながら回転することによって弾幕個々の動きも微妙に不規則なものとなっちた。

これはなるべく避難場所を動ける場所が狭い事を覚悟して中心を選択しなければ、まず渦の外側では何れ追い詰められることになる。

 

「……?」

 

ルナサは不審げに眉を寄せた。

弾幕がもう間近に迫っているというのにビルスは最初の位置から動こうとしなかった。

 

「あれ?」

 

「なに? もう諦めたのかな?」

 

リリカとメルランも不思議そうに見つめていた。

が、その時。

 

「うーん、やっぱり綺麗だな」

 

実は単に彼女達の弾幕の綺麗さを堪能していたビルスはそこでようやく“避ける”事を開始した。

 

「な……」

 

ルナサは自分が見た光景に言葉を失った。

まるで光の線のような残像がビルスの高速の回避運動によって発生し、追い詰められていたと思っていたビルスの姿は最早そこにはなかったのである。

 

「え? え?」

 

リリカは目の前で起こったことが理解できず、ただ本能で消えたビルスの姿を探した。

 

「いた!」

 

メルランの視線の先には最初に彼の姿を確認した場所とは全く反対の場所で今度は先ほどより“マシに見える程度”の速さでやはり弾幕を有り得ない軌道と身のこなしで避けているビルスの姿があった。

 

「流石にただ避けるだけっていうのも味気ないし失礼か。じゃぁこっちも攻撃……いや、待てよ」

 

ビルスは反撃する前にあることに興味を持った。

紙一重で避けているように見えて実は有り余る余裕で避けている身体の近くを飛んでいる弾幕に、自分の弾幕を遠目から見たら叩くような所作で当てて弾き返したのだ。

 

パンッ、ビッ、パンッ

 

 

「は?」「え?」「?」

 

姉妹は目の前で起こったことが把握できなかった。

何故なら次の瞬間には……。

 

「きゃんっ」「わわっ!?」「わぷっ!」

 

ピチュチューン!!

 

三人揃って被弾して試合が終了していたからである。 




細かい話がない内容だとテンポよく書けて良いですね。
という事でなんとか月3達成ですw
書いていて楽しいとやっぱり勢いも付きますねぇ。


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第6話 嫌な介入

プリズムリバーとの対戦があっさり終わり、それを見守っていた観衆の間にはその展開の始終に驚き、どよめきが広がっていた。
そんな感じで次の対戦まで暫し小休止かと思われたとき、観衆の中から一人手を射命丸に向けて手を挙げる者がいた。


「次は私がお相手させてもらってもいいかしら?」

 

そう言って現れたのは幻想郷で主に悪い意味で有名な事が多い風見幽香だった。

 

「あ、あなたは……」

 

射命丸はたじろいだ。

ただでさえ先ほどのビルスの闘いで、自分でも真似できるか自信がない速さの動きに驚いていたというのに、今度は鬼と同じくらい怖い妖怪が出てきたのだ。

 

「さっきの対戦、一瞬で終わって儚かったけど、中々興味深くもあったわ。そちらの方、ビルスさんって言ったかしら?」

 

「うん?」

 

「あなた強いのね。どうかしら? 今度は私と……」

 

「ちょ、ちょっと」

 

と、射命丸は進行を無視して乱入してきた幽香をあくまで礼儀的な意味で注意しようとした。

 

「……」

 

その瞬間、ギンッっと心臓も凍りそうな恐ろしい視線で射命丸は幽香に睨まれ、続く言葉を突きつけられた悪寒という名の刃で断たれた。

 

「……っ」

 

「黙っていてね」

 

そう笑顔で微笑む幽香の顔を見て、彼女の顔を美しいと思うものは果たしてこの場にどれだけいただろうか。

その様子を見ていた者たちの反応は様々であった。

 

 

「はぁ……あいつ……」

 

霊夢は相も変わらず性格が悪い幽香の行動に呆れていた。

せっかくビルスの相手の弾幕を自分の弾幕で弾き返すという、意外な対応に感心して彼の力量を再評価していたというのに、観衆のビルスに対するどよめきを意に介さず我が物顔で現れるとは。

 

「なぁ霊夢、あいつって……」

 

「そうよ。解ってると思うけど魔理沙、手を出しちゃダメだからね」

 

「お、おう」

 

 

「幽々子様、あの方は?」

 

「私は知らないわ。いえ、知ってたかも?」

 

「貴方は知ってるでしょ。幽香じゃない」

 

幽々子の天然な性格に呆れながらも紫はその瞳に警戒を色を湛えていた。

風見幽香、幻想郷でも一二を争うほど質が悪い女。

自分が言うのもアレだが、彼女は本当に性格が悪い。

ただ最強なだけで人並み程度の良識があればどれほど良かった事か。

正に天は二物を与えず、である。

弱い人間なら相手にもされないだろうが、力量が自分と近かったり興味を持たれたりすると、ほぼ必ずと言っていいほど面倒な事に巻き込んでくるのだ。

 

 

「ふん……気に入らないわね」

 

「ダメよレミィ。ここは高貴な者としての余裕をみせるべき」

 

「妹様こちらへ」

 

「えー? なに咲夜ー」

 

スカーレット一家も初見ながら幽香の質の悪さを見抜いたようだ。

パチュリーと昨夜がそれぞれ満点の気の効かせようを見せて、事態の更なる悪化を未然に防いでいた。

 

 

「へぇ、君が次の対戦相手かい?」

 

「ええ、そうよ。あなたさえ良ければ、だけど」

 

「び、ビルスさんあの……」

 

幽香に脅されながらも射命丸はビルスに警告をしようとした。

初戦が騒霊だったというのもどうかと思ったが、いくらそんな彼女達に余裕を持って勝てたからと言って、次が幽香ではいくらなんでも飛ばし過ぎだ。

最初の対戦相手とは力の差も良識の差も有りすぎる。

 

「ああ、大丈夫だよ。心配はいらない。それよりも」

 

射命丸の心配を察したビルスは幽香の威圧感に臆する事なく軽く手を振ってそれに応えた。

そして何やら幽香との対戦の前に用がある様子でさっき負かしたばかりのプリズムリバー姉妹の方へと歩いて行った。

 

「……」「……」「……」

 

三人は対戦終わった後もまだ自分たちが負けた時の事を上手く把握できずに言葉少なに呆然と座り込んでいた。

そんな彼女たちの前につい先程自分たちを負かせた相手が軽い足取りで訪ねてきたのだ。

 

「やぁ」

 

「……」

 

ビルスは姉妹のリーダーがルナサだと目星を付けた上で彼女に話し掛けた。

声をかけられたルナサはそこで初めて我に返ったかのようにビルスの声に反応して、彼を見上げる。

 

「せっかく弾幕ごっこをしてくれたのにあっさり終わらせてしまって悪かったね。僕ももっと綺麗なのを見ていたかったんだけど、何となく気になっちゃってさ」

 

「……」

 

圧勝したにも関わらずビルスはその事を自慢するどころか本来弾幕遊戯を自分の気まぐれで不意に終わらせてしまった事を逆に彼女たちに詫びてきた。

これは日頃我侭で気まぐれな彼としてはとても珍しい事だったが、それだけ彼が弾幕遊戯を楽しみにしていた事をよく表していた。

ビルスは機嫌さえ下手に損なわなければ基本的に話ができる人物なのである。

 

「今度はもっと上手く“弾幕ごっこ”をやるから良かったらまた遊んでくれ」

 

そう悪意のない声で言うビルスにルナサは彼の意図をその時やっと察した。

 

(そうか、この人は別に調子に乗っても無ければ、私達を侮っていたわけでもなかったんだ)

 

ただ見た目がちょっと意地悪そうな姿をしていただけで、そんな人が発した言葉に気分を悪くしていた自分がルナサは急に恥ずかしくなった。

 

「ビルスさん凄かったね。わたしもリリカも弾幕を跳ね返すなんて初めてで驚いたよー。ね、リリカ」

 

姉が反省している間に状況を把握したメルランが明るい声でそう言った。

同意を求められたリリカも負けた悔しさなど欠片も感じさせない笑顔で相槌を打つ。

 

「うん、そうだね。凄く驚いたけどわたしもあんな反撃初めてでびっくりしたよ。跳ね返すかぁ、ね、ビルスさんまた遊んでね。今度はもっと長く遊びたいな」

 

「了解した。またこの祭の後暇になったら遊ぼう」

 

ビルスはそんな自分の健闘を讃えるメルランとリリカの言葉に快く応じた。

そんな妹達姿を見てルナサもそこでようやく、気を取り直す事ができた。

真っ直ぐ彼を見て凛とした声で話す。

 

「ビルスさん、こちらこそありがとう。何か最初はあんまり良くない態度取ってしまってごめんなさい。私も今度はもっと楽しい演奏をしてみせるよ」

 

「それは楽しみだ。宜しくね」

 

 

そう言ってビルスは姉妹に手を振って再び射命丸と幽香がいる場へと戻ってきた。

 

「ビルスさんあのー」

 

「ん?」

 

「大変申し訳ないのですが次の試合ではその、弾幕を跳ね返すのは遠慮して欲しいなと思うのですが……」

 

「え!?」

 

その言葉に誰よりも強く反応したは何故か対戦には関係がない紫だった。

 

「え?」

 

「紫様?」

 

式神の二人も何故主が急に驚いた声を上げたのか不思議そうな顔で見る。

そんな疑問の視線を受けていた紫の思惑は以下の通りである。

 

(そ、そんな……。弾幕を弾き返すだけなら放った相手の弾がそのまま返ってくるだけだから幻想郷は傷つき難いと安心していたのに。何を言うのかしらこの駄天狗は!)

 

結局はビルスの力が幻想郷に及ぼす被害を心配していたのである。

 

 

「あらあら、紫はビルスさんが幻想郷を壊してしまうのを恐れていたみたいよ」

 

紫の思惑を察した幽香がさも面白そうに言った。

本当に嫌な笑顔であった。

 

「幽香……!」

 

紫が敵意のこもった目で幽香を睨む。

 

そんな険悪な雰囲気が広がりそうだったが、ビルスは特に気にした様子もなく射命丸の提案にあっさりと同意してきた。

 

「了解だ。まぁ確かにただ避けたり弾を跳ね返すだけじゃ味気ないよね。僕もそれっぽく弾幕ってのを撃たないと面白くないか」

 

「……」

 

紫は幽香と対峙している最中だったにも拘らず、ビルスの承諾の言葉に目に見えて落ち込みさっきまでの威圧感はどこえやらという様子ですごすごとその場を去って行った。

こうなったらビルスの配慮に期待するしかない。

そう自分を納得させて去っていく紫を見ていた幽香の顔もその時は珍しくひくついていた。

 

(え、あれ本当に紫よね……?)

 

 

 

「さぁ、ちょっと時間がかかってしまいましたが、申し訳ございませんでした! お待たせしました。第二戦の始まりです!」

 

射命丸の掛け声に合わせてビルスと幽香はゆっくりと上空へ上昇を始めた。

幽香は愛用の傘を柄を持ってない方の手でぽんぽんと叩き、視線をビルスへと定める。

対するビルスも、そんな幽香の鋭い視線を最初の対戦の時と変わらない力の入っていない自然体で正面から受け止めた。

 

「ではお二人とも準備はいいですか? それでは第二戦……始め!」




前の話と比べて割と短いですが、何となくきりがよく思ったのでここで切ることにしました。
ですが幽香との弾幕戦は次できっかり終わりでそれもそんなに長い展開にはしない予定です。
時間の都合といよりもいろいろなキャラを出したいというのありますし、何より筆者の力量のもんd


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第7話 新たな興味

弾幕遊戯第二戦が開戦した。
二戦目の相手は幻想郷最強の一角。
いきなりといえばいきなりの相手だが、ビルスはそんな事情を知るわけがないので彼女を前にしても態度はいつもと変わらなかった。

一方幽香はそんなビルスを前にして余裕のある笑みを浮かべながら徐々に弾幕を放つ為の力を傘に込めるのであった。


「悪いけど、私の能力は弾幕ごっこにはあまり実用的じゃないの。だから……いつも通りだけどここでも力押しさせてもらうわね」

 

「ん?」

 

傘を掴んでいた手を話して幽香はそれをビルスへと向ける。

彼女の体に揺らめくオーラが現れ、やがれ迸る濁流のような弾幕がビルスを襲った。

 

ゴオッ!!

 

弾幕というだけあってその弾の一つ一つは小粒である。

だがその攻撃はプリズムリバー姉妹の時とは一線を画していた。

彼女達の攻撃がリズムに乗った賑やかな弾幕なら、幽香のそれはそういった所謂『華』的なものを感じさせない対戦相手の殲滅を目的としたような圧倒的なものだった。

僅かな隙間という言葉すら気休めと思える程の濃密な光の弾幕がビルスの逃げ場を埋め尽くす。

だがまだ、避ける場所はあった。

神経が焼ききれる程の正確さで針の穴を通るような動きをすれば前進にしろ後退にしろ、回避はできた。

しかし幽香の攻撃はそれだけではなかった。

なんと分身して両サイドからビーム砲のような事までしてきたのである。

 

「ふふっ、どちらも本物よ。だからどっちを狙っても正解。これも一つのハンデというものかしら」

 

ハンデと言いつつやっている事は初見の相手からしたら虐めに近い戦術である。

いくらどちらも判定が有効な本物といっても、そんな攻撃をしている時点で最早逃げ場はないし、何より本物と断言するほどの高質の分身を作った上にこの圧倒的な弾幕。

これほどの力を固有の能力に頼らず己の霊力のみで行っている幽香の力は間違いなく最強と言えた。

 

(さて、彼はどうでるかしら)

 

ビルスが被弾するまでもう一瞬という間に幽香は考えた。

プリズムリバー姉妹との対戦を見てから彼が紫や自分に近いかもしれない実力を持つ者であることは予想できた。

だからこそ最初から窮地に追い込み、圧勝するにしろ相手がどう抗うかでその真価を見極め評価しようと思い立ったわけだが。

 

「……」

 

そんな状況に対してビルスは今度は確かに前の対戦の時のように相手の弾幕を弾き返すという事をしなかった。

いや、それどころか回避運動すらせずにその場に腕を組み不動の姿勢で佇んだままだ。

 

(勝負を諦めたのかしら? いや、あの顔に浮かんでいる表情からは依然として余裕が感じられる。何をするつもり……?)

 

そう幽香がビルスの態度を不審に思っている時だった。

もうあと被弾まで一秒もないというときにようやくビルスは組んでいた腕を解く。

そして……。

 

ビビビビッ……パァッ!!

 

 

「……!」

 

一瞬状況が掴めなかった。

ビルスに迫っていた無数に思える程の圧倒的な弾幕が一瞬で彼に向かっていた範囲にあったものだけ消滅したのだ。

 

「うーん、これはまだちょっと地味かな?」

 

そう考えるように呟くビルスの周囲はぽっかりと穴が空いたようにその場だけ静かだった。

そしてその場の外側は消滅を免れた無数の弾幕がまだ舞い、ビーム砲が唸っているだけだったが、偶然に軌道が変わって彼へと向うものもあった。

 

パッ

 

「!」

 

それも先程必勝の弾幕が霧散した時のように一瞬で消えた。

見ると、その消えた弾があった方に指差すようにビルスが指を向けていた。

どうやら指先からその所作で彼は迎撃したらしい。

 

(相殺弾……)

 

幽香はそれを見て感心したような呆れたような目で軽く息を吐きながら最初の自分の弾幕が消えた理由を理解した。

弾幕を対戦相手に当てる為に使うのではなく、身を守る為に展開したのだ。

 

(でもだからと言って“あの数”を一瞬で? 全部指先で出していたのだとしたらあの人の速さって……)

 

幽香はそれを考えて途中でバカバカしくなって頭を振った。

 

(何て事。これは射命丸の速さがどうのという話じゃないわ)

 

額に一筋の冷や汗を流して幽香は気を紛らわせる代わりに笑みを作る。

 

「困ったわね。私、力はあるけど速く動くのはそんなに得意じゃないのよね」

 

驚嘆こそしたものの、勿論まだビルスの力に降参する気はない幽香は次なる手を考える。

それに対してビルスは幽香の方を見ながら次はどんな弾幕を放ったら良いかと呑気に考えていた。

 

(威圧で全部消すこともできたけど、それじゃ弾幕ごっこじゃないしな。アレはアレで良かったとして、それでもまださっきの子達が見せた弾幕と比べたら綺麗さや驚きに欠ける。うーん、どうしよう……)

 

 

「あんまりこれは使いたくなかったけど……」

 

誰にともなく自分を納得させるように幽香は静かに呟いた。

差し向けていた傘を開いて再び霊力を前方に集める。

分身はいつの間にか消えていた。

今行おうとしている攻撃に集中する為に分身を解除したのだ。

 

 

「なんか……嫌な予感」

 

幽香の動作を見て霊夢も地上からぽつりと呟いた。

 

 

「一応弾幕遊戯のルールに則っての技だけど、この大火砲……さぁどうでるかしら!」

 

ズッ

 

幽香は分身をして放っていたビーム砲など比較にならない光の塊を放った。

そのエネルギーの様はさながら彗星のよう。

限定化されていた空間の殆どを埋め尽くす程の幅の極大の砲がビルスを襲う。

 

「ん?」

 

元々既に横にしか動くスペースがない時点で回避は不可能。

そしてその質量と速度故に小粒を相殺していた程度の迎撃弾では防御も不可能。

まともな感覚ならこれでビルスの負けは誰が見ても確定だった。

だが……。

 

 

(お、これは……)

 

ビルスは自分を包もうとする光を見て、高速の攻撃に遭ったその最中にあっても余裕を持った思考を巡らせていた。

 

(よし、ならこれはどうだ)

 

ヴン

 

一体どういう奇跡でそんなものを展開したのか。

ビルスは幽香の大砲が当たる前に掌を突き出し巨大な赤い魔法陣のようなものを展開を浮かび上がらせた。

高速の攻撃に対してこの反応。

冗談でなければビルスは高速を上回る速度で反応したことになる。

だが、そんな質の悪い事実より劇的な展開の砲が対戦相手の幽香と観衆の目を引いた。

 

ビルスが展開した魔法陣(円はともかく、内側のデザインは頭に浮かんだものを独自にデザインした。加えて無意識に発光色を赤色にした為、その見た目は悪魔の技のように禍々しかった)は光の大砲を正面から受け止め見事に防御した。

 

「……っ」

 

幽香は歯噛みした。

まさかこれを正面から受け止めるとは流石に予測できなかった。

それだけこの攻撃は彼女にとって必勝のものだったのである。

 

ゴゴゴゴ……

 

魔法陣は頑強に幽香のまだ攻撃を受け止めていた。

だがいくら受け止めることができてもそのままでは防御に徹することしかできない。

幽香はまだこの時点でも体力的は十分に余裕があったので、このまま大砲を放ち続け、相手のスタミナ切れを待つか、ビルスが状況の転換を狙って新たな動きを見せた時の隙を狙う事にした。

 

(さぁ自称破壊神さん、次はどう出るのかしら?)

 

 

「ふふ、驚くぞ」

 

ビルスは幽香の挑戦的な視線を好奇の視線として捉えたようだ。

彼はその期待に応えるべく、悪戯を堪える子供のように笑って、思いついたアイディアを早速実行した。

 

 

ギュル……

 

「え?」

 

幽香は自分の攻撃を防いでいる魔法陣が突如回転しだした事に呆気にとられた。

 

(え、回転……? 何故……いや、まさか)

 

幽香の嫌な予感は当たった。

魔法陣は次第に凄まじい速さで回転を始め、受け止めていたエネルギーをまるで水を弾くように散り散りに拡散してきたのだ。

 

「……!」

 

「弾き返すのはダメって言ってたけど、状況が状況だしね。僕もそれを技として受け止めたわけだし、これもありじゃないかな」

 

 

のんびり言い訳するビルスだったが、残念ながら幽香はそれほど余裕はなかった。

何故なら拡散されたエネルギーが反発の力も得てより強力になって自分の方に跳ね返ってきたからである。

 

単純に水切りのように跳ね返しているだけなのでその弾幕は全部が全部幽香に向かってくるわけではない。

一部は不規則な動きの果てにビルスに向かうものもあったが、当然の如くビルスはそれを軽い仕草で(傍目からは彼に当たる直前に消えてるようにしか見えない)打ち消していた。

だがそれでも大部分は反発力によって逆方向にいる幽香の方へと向かってくる。

幽香はそれに対して早急に対応策を講じなければならなかった。

 

 

「うわぁ……」

 

今まで見たことがない激しくて地獄絵図な無茶苦茶な弾幕の軌道に魔理沙はドン引きしていた。

 

「なんだあれ……あんなの狭い部屋でゴム玉を何個も跳ね回らせているようなもんじゃないか。アイツあれ大丈夫か……?」

 

 

ビッ

 

「お?」

 

自分が打ち消した音ではないものにビルスが反応して幽香の方を見ると、多少焦った表情はしていたものの彼女は跳ね返って弾幕として襲ってきたそれを器用に迎撃していた。

 

ビッ……ズァッ!

 

幽香は傘の先端からレーザーのような直線的な光をあらゆる方向に放ちながら振り回し、空いていた手でも最初に放った気弾のような小粒の弾幕を色々と軌道にパターンを付けて繰り出したりして縦横無尽に立ち回った。

 

 

それから数分後。

 

「はぁ、はぁ……」

 

幽香は全ての弾幕を迎撃し、流石に疲れたのか肩で息をしてビルスの前に再び立っていた。

 

「……っ、はぁ。ねぇ」

 

「うん?」

 

「何で私が防御に徹している時に狙わなかったのかしら?」

 

幽香の言う通りだった。

彼の実力なら完全に防御に徹するしかない幽香に横から攻撃して勝利する事など容易だったはずだ。

何故それをしなかったのか。

途中から熱が入って本気で勝負に挑む姿勢になっていた幽香はそれを疑問に感じた。

ビルスはそんな幽香の疑問に可笑しそうに笑いながら言った。

 

「えぇ? そんなことするわけないだろう。だって凄く楽しかったし」

 

『楽しかった』

 

幽香はその言葉に肩から力が抜けるのを感じた。

弾幕遊戯のルールに則っていたとは言え、半ば本気で立ち回っていた自分を相手にして笑顔でそんな事を言うとは……。

 

「はぁ……降参。ちょっと意地になるには貴方割に合わないみたいだし」

 

「ん? もう終わりなのか?」

 

ビルスの意外そうな声の響きに幽香もそこでやっと素直な笑顔で応じる。

 

「ええ、ちょっと色々疲れちゃったし終わりにさせて。でも私も楽しかった事は楽しかったから、また付き合ってくれると嬉しいわね」

 

「うん? まぁ気が向いたらね」

 

「ありがとう。良かったらその時にお茶でもご馳走するわ。その時は改めてビルスさんのお話を聞かせてもらえないかしら? 私、貴方の事気に入っちゃった」

 

そう言って差し出してきた彼女の手をビルスは最初は不思議そうに見ていたが、お茶という言葉を思い出して直ぐに上機嫌になって握り返した。

 

「なら仕方ないな。その時は付き合おう」




というわけで幽香戦終了です。
ちょっと表現足りない?
幽香の描写も迫力が足りない感じになってしまったでしょうか。
まぁ、そこは筆者の東方の理解不足という事で……という言い訳を次回ではしないように頑張りたいと思いますw


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第8話 提案と頭痛

幽香との対戦が終わり、紫はほっと胸を撫で下ろしていた。
一時はかなり心配したが、ここまでは何事もなく済んでいる。
このまま弾幕戦が続くならあまり心配することはないかも……。

否。
残念ながらその僅かな希望はあっさりとまたも脅かされることとなった。


「よしっ、次はあたしね!」

 

大きな朱色の杯に注がれた酒を一息に豪快に飲み干し、ビルスの次の対戦相手を志願する者が現れた。

 

「……」

 

射命丸は次こそは相手が誰であろうときっぱりと催しの進行を勝手に邪魔しないように中止するつもりだったが、その発言した相手の声を聞いた時点で黙ってすごすごと引き下がった。

何故ならその発言した者というのは……。

 

 

「ビルス? だっけ? 凄いねぇ、さっきの! あたしあんなに力を感じる弾幕戦初めて見たよ!」

 

挑発を靡かせながら進み出たその者はまたも女。

額から生えた大きな一本の角、手首に途中で鎖が切れた枷のようなものを着けて、長い腰巻に下駄。

特に何もしていないで立っているだけなのにそれだけで何か豪気というか力強さを感じさせる雰囲気。

彼女は鬼。

かつて山の妖怪の頂点に立っていた鬼の四天王一角にしてその一人の伊吹萃香と肩を並べる鬼の中でも『力』の権化、星熊勇儀であった。

勇儀は黙って引き下がった射命丸に笑いながら片手で拝み手を作って「悪いね」と言い、悠々とした足取りでビルスの前へと立った。

 

「ふん? 次の相手は君か」

 

「ああ、けどその前に。ちょっと提案っていうかお願いがあるんだけどさ。射命丸……いや、文」

 

苗字ではなく名前で呼ばれ、何かもうこれだけで断りようのない迫力を感じた射命丸はびくりと身を震わせるも、一瞬で勇儀の前に恭しい態度で現れた。

 

「は、はい。なんでしょうか」

 

「あのさ、次の対戦なんだけど、弾幕じゃなくて相撲にしたいんだ」

 

「す、相撲ですか」

 

最初から弾幕遊戯を主に置いた催しだと射命丸は認識していたので、勇儀のこの提案に虚を疲れた顔をした。

 

「相撲……」

 

そしてそれは霊夢たちの近くでその様子を見守っていた八雲紫も同じだった。

だがこちらの方は驚きというより明らかに嫌な予感に顔色を悪くしていた。

 

 

「そう、相撲。いや、弾幕戦もできないこともないんだけどさ? やっぱりどっちかというとあたしはこっち派だろ? だからさ、頼めないかな?」

 

そう言って勇儀は腕を曲げて浮き出た力こぶをポンポンと叩いてアピールしながら競技の一時的な変更を願い出た。

 

「えっとそれは……そうですね、ビルスさんさえ良ければいいと思いますが……」

 

そう言って射命丸はちらりとビルスを見た。

かつての組織的な関係はなくなっているとはいえ、正直言って鬼には本能で逆らう気になれない彼女は外部の意見を尊重することによって司会としての威厳を保つ道を選んだのだ。

聞いた相手がこれからの対戦相手ならある程度勇儀の提案とぶつかることがあっても問題はあるまい。

射命丸はこう考えたのである。

幸いにも意見を求められたビルスは、特に反対もせずにまたも射命丸が弾幕に対抗する方法で制限を願い出てそれを受け入れた時と同じようにあっさりとその提案も承諾した。

 

「いいよ、別に。でも相撲ってどんな競技なんだい?」

 

「んー、純粋に相撲のルールでやるといろいろ面倒だし理解し難いと思うからさ。ここは相撲に近いルールでやろうと思うんだ」

 

「ふむ、というと?」

 

「先ず土俵。土俵っていうのはまぁ、適当に地面に丸い線を描いてさ、対戦相手はその中から出たら負け」

 

「ふむ」

 

「次に今からやる相撲、みたいなやつのルールは飛んではいけない。浮くのもいけないし、飛び跳ねて両足を地面から離してもダメ」

 

「ふむふむ」

 

「後は地に手を着いてもダメ」

 

「ふむ、なるほど」

 

「以上3つの敗けの判定を喧嘩で決める!」

 

「喧嘩?」

 

「そう。まぁ要するにただの取っ組み合いかな?」

 

「ああ」

 

 

「……!」

 

そこまで勇儀の話を聞いた時点で紫の顔色はとうとう真っ青になった。

 

(弾幕遊戯で済ませておけば何とか何事もなく済むかもと思っていたのに、破壊神と物理的な肉弾戦!? 本当にあの鬼は何を言っているの!?)

 

紫は勇儀の力の強さはを知っている。

勿論ビルスには及ばないだろうが、それでも率直なぶつかり合いを好む彼女がビルスと闘うことで本気でも出すことになれば……。

 

「……っ」

 

紫はその様を想像して思わず地に突っ伏した。

その有様を見た藍が何事かと直ぐに橙と共に走り寄る。

 

「紫様、どうされたのですか?」

 

「ぐす……うぅぇぇ……藍……。私もうダメかもぉ……」

 

「ゆ、紫様……!?」

 

そう顔を上げて涙目になってしゃくりあげる主の顔を見て藍はかなり混乱した。

こんな主を見たのは初めてだ。

 

(え……? 一体何が始まるの……?)

 

 

「ルールはこんなとこ。簡単だろ?」

 

「そうだな。だけど……」

 

勇儀の説明を聞いてビルスは少し考えた。

確かにルール自体は直ぐに理解した。

しかしとある問題があった。

それは今までのように弾幕戦という実際にこの世界のシステムに組み込まれたルールに則った対戦内容に対してこれは完全にその場の発想の即席のものだという事だ。

純粋に相手とぶつかるとなると、自分はどの程度の力加減で戦ったらいいのか。

それを考えるとちょっと面倒に思えた。

 

「うん? どうしたの? 怖い?」

 

事実を知らないというのは時として幸運である。

勇儀はそんな恐ろしいことを言った。

ビルスは早速その言葉に反応し、少しムキになった顔をして直ぐに言い返した。

 

「別に怖かないよ。ああ、いいよちょっと面倒だけどなんとかやってみよう」

 

「……? ああ、ならよかった宜しくな」(面倒?)

 

勇儀ははそう言って同意への感謝と対戦前の挨拶を兼ねて手を差し出してきた。

ビルスはそれを頷いて握り返す。

 

「分かった」

 

 

 

「はい、お待たせしました! 次の対戦はちょっと競技が変わりまして相撲! みたいなものになります! 霊夢さん土俵の線引きありがとうございました!」

 

「ちゃんと賽銭入れておくのよ!」

 

「あ、ちょっと。そういう密約を明るみに出す発言は控えてください! なんか凄くかっこ悪いので!」

 

「霊夢ケチくさいぞー!」

 

「うっさい魔理沙」

 

対戦の舞台となる土俵は神社の拝殿の後ろ、霊夢の居住区縁側から除く庭と決まった。

流石に鬼の力で暴れられたら神社の施設や設備に被害が出る可能性があったからだ。

 

 

「……賑やかですなぁ」

 

「ほほほ、そうですねぇ」

 

縁側に座ってすっかり寛いだ風でタバコをふかしていた中主神がほのぼのとした声で言った。

隣に座ってお茶を啜っていたウイスも朗らかに笑いながら同意する。

 

「あ、お茶菓子持ってきたけど」

 

「あ、ありがとうございます。アリスさんでしたっけ? わざわざどうも」

 

「え、茶菓子? あ、これはすいません。火を、灰皿……」

 

「はい、どうぞ」

 

いつの間にか祭のゲストの接待役をやっていたアリス・マーガトロイドは、携帯用の灰入れを取り出すのに手間取っていた中主神に気を利かせて彼がそれを取り出すより皿型のものを差し出した。

 

「ああ、すいませんね」

 

「いえ……」

 

魔理沙に呼ばれて遅れて神社に訪れたアリスは複雑な思いで見知らぬ人の世話をしていた。

 

(全く、急な呼び出しで来てみれば何か大掛かりなお祭りみたいなことやってるし。それも相手は只者じゃないし。何となく世話を焼いちゃったこの人達も何か普通じゃないみたいだし。一体どうなってるのかしら……)

 

アリスはお茶を出し終えたところで今まさに始まらんとしているビルスと勇儀の対戦を興味深い目で眺めていた。

 

 

「はい、それでは第三戦開始致します! 両者準備は宜しいですか? 特にビルスさん疲れていませんか?」

 

「よゆーよゆー」

 

「ふふ……面白い奴」

 

「はい、了解です。では、第三戦……始めっ」




早く投稿するために分を短くしているようで、キリが良いからここでと言い訳したり。
個人的にはテンポよく最近書けているので、やっぱり一旦停められるところでは停めておきたいんですよね。
その方が続くネタも考えやすいし……(ボソ

それではまた次の話で ノ


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第9話 爽快な闘い

紫が藍にあやされ霊夢がその様子に呆気に取れているなかついにビルスと勇儀による第三戦目が始まった。
あくまで“相撲様な”対戦なので当然相撲ルールにあるような仕切り線に手を着けてから始めるという事もせずに、射命丸の試合開始の掛け声を合図としたのだった。


ドンッ

 

射命丸の試合開始の合図に合わせて勇儀は力を込めていた足で地面を蹴った。

その踏みしめていた個所は柔らかい土の上と言うわけでもないのにどういうわけか深く窪んだ彼女の足跡が残っており、何らかの方法で勇儀が突進の威力を上げる為に質量を増していた事を物語っていた。

 

勇儀の突進は一本角のお蔭でまるでサイのように見えた。

その速さ、風を切る音も合ってその表現はあながち間違いではなく、普通の人間は勿論、生半可な妖怪ではそれを受け止めただけで四肢が四散してしまうのではないかと思うほどの迫力があった。

現にその光景を眺めていた射命丸はそのような直線的な突進なら自慢の素早さで容易に避けられるものだったにも拘らず、先天的な鬼に対する恐怖心からその破壊力を想像して冷汗をかき青ざめていた。

 

「っし、取った!」

 

「ん?」

 

ビルスの懐に瞬時に入ったと確信した勇儀はそのまま彼に組み付こうとした。

その一度掴んでしまえば後は投げ飛ばすだけ。

内心あっけない幕切れだと思わなくもなかったが、弾幕戦で見せたあの圧倒的な力を見る限りその分野においては相当な実力者のようだし、これで勝ってしまっても一応格好は付くだろうと勇儀は考えていた。

だが……。

 

ガシッ

 

「え」

 

勇儀が取り付く前に彼女の両腕をビルスがしっかりと掴んで止めた。

例え防御に回ってもその突進力で吹き飛ぶと思っていたが、彼は微動だにせず余裕がある様子であっさりと止めたのだった。

 

「……」

 

ポカンとビルスの顔を見上げる勇儀だったが、それはビルスも同じだった。

馬鹿正直に正面から勇儀が突っ込んできたのでそれを単に止めただけの感覚のビルスは、事の展開が簡単すぎて逆に戸惑っていたのである。

 

(さて、止めたはいいけど、次はどうしたら……ああ、確か両足を浮かせ……。いや、それは自分からじゃないと駄目な気がする。やっぱり突き飛ばして円の外に……いや、力加減がまだちょっと自信がないな。なら……)

 

ヒョイッ

 

「え……ひゃっ」

 

ビルスは勇儀の突進を止めて一瞬で後ろに回り込むと何を思ったのか彼女を両腕で抱えてそのまま土俵の外まで運んで放り投げた

 

ポイッ

 

「わっ」

 

放り出されて尻から落着した勇儀はワケが解らず、呆然としていた。

 

「……」

 

「これで僕の勝ちって事かな?」

 

「え」

 

「うん? 一応ルールは破らなかったつもりだけど違うかな?」

 

声を掛けられて勇儀はやっとビルスの顔を座ったままの状態で見上げる。

その顔はまだ現実を理解し切れずに半ば放心した目をしていたが、ビルスを見る目の焦点が合ってくると途端に言いようのない恥ずかしさが込み上げ勇儀はその場で真っ赤になって俯いた。

ビルスは彼女が急に顔を背けて俯いたので首を捻った。

 

「ん?」(なんだ? 負けて悔しくなったのか?)

 

 

「あ~、勇儀の奴あれはぁ……。へぇ」

 

勇儀と一緒に祭に遊びに来ていた鬼の四天王の一人の伊吹萃香が酒で火照って赤くなった顔でニマニマとした笑みを浮かべていた。

 

(まさか勇儀のあんな顔見る事ができるなんてなぁ)

 

 

「おい、どうした? これで終わりでいいの……」

 

ビルスが俯いた勇儀に声を掛けて勝敗を確認しようとした時、バッと顔を上げた勇儀が手を突き出してきた。

 

「ま、待った! なんつうか今のはさ……えっと、だな……」

 

「?」

 

ビルスはその行為を不思議そうに見ていた。

顔にさした赤みは大分取れていたが、それでもまだほんのりと赤く、瞳は何故か彼をちゃんと捉えずにまるで何かを恥じるように逸らしがちに揺れていた。

 

「そ、その悪い! こんな事言ってカッコ悪いと思うけどさ、もう一回。もう一回闘ってくれないかな?」

 

「へ?」

 

「いや、さっきのはまぁ手加減したつもりはなかったんだけどえっと……な、なんか気が抜けちゃってさ。だから悪い、本当にもう一回。今度は本気でやらせてくれないか」

 

「ん……?」

 

大袈裟な素振りで手を合わせてお願いする勇儀をビルスは勿論、観衆も含めたその場にいた全員が不思議そうに見ていた。

確かにさっきの対戦はあまりにもあっさりし過ぎていて勇儀側に何かの事情があったとも思えなくもない。

しかしそれ以上にあんなに周りが目に入らないくらいに慌てふためく勇儀の様子が意外でならなかった。

 

「ごく……」

 

射命丸はその様子を新聞にしたら、と強い欲求を感じたが彼女のスカートを引く感触を感じて下を見ると、早々にそんな考えは彼方へと消えた。

そこには笑っているのに笑っていない笑顔をした萃香が、友の矜持の為に無言の脅迫をしていた。

 

 

「まぁいいよ別に。僕もさっきのはなんかあっさりし過ぎていてよく分らなかったし」

 

「あ、ありがとう! 恩に切るよ!」

 

程なくしてビルスの同意によって対戦の仕切り直しが決定した。

 

 

「……」

 

「……」

 

対峙する二人。

ビルスはいつもと同じ様子だったが、今度の勇儀は違った。

精神を統一するように目を瞑って自然体で立ち、何かの力を集める様に深く呼吸をした。

 

「……っ」

 

ビリビリと感じる空気の振動とその原因となっている勇儀の迫力に、射命丸はまだ試合開始の合図は早いと無意識に確信していた。

 

「ふぅ……」

 

深く息を吐く勇儀に、ビルスは一部を除いてその場にいる者には見えない力が彼女に集まっているのを感じた。

力を籠める勇儀の気は彼の耳にパリパリと電気が走るような音を伝えた。

しなやかな全身の筋肉が盛り上がり、全身が一回り大きくなったように見えた。

 

「……いいよ」

 

やがて眼を開いた勇儀の顔は、最早最初に対戦した時のものとは別物だった。

ビルスを見るその視線はまるで彼を射抜くように鋭く、立ち込める彼女の気は幽香や紫、幽々子に緊張感を与える程に研ぎ澄まされていた。

だが一方でビルスの方は全く違った。

その場居る者の殆どが彼女の張りつめた気を痛い程感じていたのに彼は気持ちよさそうに目を細めていたのだ。

 

「……?」

 

勇儀はそれを不審げに見る。

自分の気に真面目な顔をするのなら解るが、何故そんな柔らかい表情をするのかが理解できなかった。

ビルスはそんな彼女の疑問に答えるかのように自ずから口を開いた。

 

「ん……こんなに研ぎ澄まされて綺麗な気は久しぶりだ。凄く気持ちが良いね。君が本気を出し切れなかったというのも納得だ」

 

「え?」

 

意外な言葉を掛けられて勇儀は目をパチクリさせる。

健闘を誓ったり、己も気合を入れ直したりじゃなくてまさか自分を褒めてくるとは。

だがビルスは彼女のそんな密かな驚きなど露知らず最後にこう言ってきた。

 

「これだけでも再戦を承諾した価値はあったね。うん、ありがとう。じゃぁやろうか」

 

「……ふ」

 

ビルスの言葉が素直な称賛の言葉だと理解できただけで何故か勇儀の心は晴れやかな気分になった。

久しぶりの本気で気合を入れていたのに、おかげで身体に込めた力はそのままに緊張感はなくなり、良い意味で力が抜けた気がした。

にっと笑みを浮かべた勇儀の顔にはもう怖い程の真剣さを感じさせる険は抜けていた。

その目はただビルスを見つめ、悔いのない試合だけを切望していた。

 

「そ、それでは始め!」

 

空気を呼んでタイミングを計っていた射命丸が満点の頃合いで試合開始の合図をした。

 

 

ゴッ!!

 

やはり突進は一直線だったが、その様は最初のものとは明らかに違った。

今度は空気の音も、威圧感も感じる暇さえない程の瞬速で、その時の速さなら優に射命丸を確実に超えていた。

 

「ふ……」

 

ビルスも今度は寸前で止めたりはしなかった。

掴みかかろうとした勇儀の手をしっかりと握り返し、そのまま二人は睨み合う体勢となった。

 

「……」

 

「……」

 

ビルスに変化はないが、組み合っている勇儀の腕の筋肉が更に盛り上がる。

血管が浮き出て、やはり質量が増えているのか彼女を支える地面に亀裂が入った。

 

ビキビキッ

 

これだけ満身の力を入れているのにビルスは涼しい顔をしてびくともしない。

勇儀にはそれだけ驚嘆だったが、それでも何故かその時は悔しさより楽しい気持ちが勝った。

力を込めながらも緊張感を感じながらも自然と彼女の顔には笑みが浮かんでいた。

 

「ふっ……!」

 

膠着状態を破る為に彼女は頭突きをしてきた。

角があるその額での頭突きなので当たれば致命傷だ。

ビルスはそれを危なげなく避け、それと同時に片足はしっかり地面に置いた状態で勇儀の懐に蹴りを放った。

 

ドッ

 

直感でそれを感じた勇儀は掴み合っていた指を離して押し返す動きに転じ、その反発力でなんとか攻撃が当たる前にズザザ、と土俵に足跡の線を引いて回避に成功した。

だが……。

 

「……っ」

 

回避には確かに成功したのに蹴りの“衝撃”だけで内臓にダメージを感じた。

体全体に不快な痺れを感じ、気合を入れ直すことでようやく立ち直る事が出来た。

 

「……なぁ」

 

「うん?」

 

「なんで追撃してこないんだい?」

 

さっきの隙は致命的だっただろう。

そこを突けば更に有利な展開になっていただろうにビルスはそうせずに黙って様子を見ていたのである。

勇儀の疑問は当然と言えた。

 

「またそれか。幽香って子の時も言ったけどさ、楽しいんだよ。だからそれを少しでも僕は感じていたいんだ」

 

「……は、そう……かい!」

 

ビルスのそんな言葉を聞いて勇儀もまた言いようのない楽しさが込み上げてくるのを感じた。

地面を揺るがし、土俵全体に亀裂が入る程の瞬発力で走りよると、渾身の一撃をビルスへと放った。

本当はビルスがしたような蹴りの方が威力は高かったのだが、拳を使う方が彼女の好みだし、何より自分なりの流儀な気がした。

ビルスはその一撃を目を細めて受け止める、かと思いきやなんと目の前で彼女に背を向けた。

 

「!?」

 

あまりに意外な動きに虚を突かれ、勇儀は突進をやめる考えも浮かばなかった。

そして彼女の拳がビルスの背中を殴打せんとした時……。

くるっとビルスがこちらを向いたかと思うと回り込むようにそのまま反転して逆に彼女の背に回った。

 

「……くっ」

 

勇儀も直ぐに体勢を変えようとしたが、何故か身体が動かなかった。

 

「……?」

 

身体に感じた違和感に彼女が下を見ると、なんとビルスの尻尾が彼女の腰に絡みついてしっかりと捕らえていたのである。

 

「!」

 

「お疲れさん」

 

勇儀が驚愕したの束の間、その刹那に完全に彼女の後ろに回り込んだビルスは、そう言うと共に彼女のうなじ辺りに軽く首刀を見舞った。

 

トッ

 

本当に触れただけのような音だったが、勇儀はその一撃でついに何の対応もする余裕も持てずにその場にズシリと昏倒した。

 




最近連日で更新できてますね。
が、それも今日くらいになりそうです。
何故ならネタが尽きたので……w

しかしペースが良いと本当にポンポンと書けますねぇ。
しかしあまり長くこの話を書くわけにもいかないので、そろそろ締めの展開も考えないとな……。


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第10話 風雲の月

「……どぉぉぉぉぉっせぇぇぇぇいいいい!!」

「はぁぁぁぁぁぁっ!!」

二つの勇ましい雄叫びのような声が木霊する。
その気合いの入った声先には破壊神がいた。


ドォォォン!

 

「やめてぇぇぇぇ!!」

 

凄まじい地割れの音と一緒に女性の悲鳴が混じって聞こえた。

 

「紫様落ち着きになってください」

 

涙でくしゃくしゃになった顔をして悲痛な声をあげる八雲紫を焦りを隠せないでいる藍があやす。

傍らには滅多に見ない主人の大主人の取り乱しようにきょとんとした顔をする燈がいた。

 

「紫様……?」

 

 

どうしてこんな事になったのか。

きっかけはそう、山の四天王たる星熊勇儀の敗北だった。

 

力の差、次元の差は歴然であった。

それでも勇儀の友たる伊吹萃香はその否定のしようのない事実にビルスに対して畏怖を覚えるどころか逆に酒が入っていた事もあって挑戦心が湧き、「次は私」とビルスに闘いを挑んだのだった。

正直紫はその時それほど最初のときのように不安は感じていなかった。

どれほど力のある者がビルスに挑んでも彼自身が持つ力の片鱗さえ見せることなく勝負が着くのは今までの経過からも明らかであったからだ。

その証拠に闘いの場となった所は今のところ全て損壊はないと言ってもよい。

これならどんな挑戦者が現れても変に彼の機嫌を損なわない限り安心してもよいと言えるだろう。

紫がそう思った時だった。

彼女のささやかな安心は萃香の提案によって砕かれた。

水面に映るひび割れた月のように。

 

 

「挑戦の種目は喧嘩! つまり自由!」

 

ガンッ、と萃香が拳を地面に叩きつけると境内の石畳に一瞬で大きな亀裂が入りそれは本殿の後ろにある庭にまで届いた。

庭にあった小さな池の底が割れて水面に映っていた月が割れているように見えた。

 

ピシッ、という音が聞こえそうな不機嫌な顔を神社の主である霊夢がしたが、ビルスの付き人であるウイスが直ぐに責任を持って必ず直すと言ってくれたのでなんとかその場は剣呑な空気にならずに済んだ。

穏やかな心地でなかったのは紫だけだった。

 

時刻はもう夜になっていた。

一応勇儀が目を覚ますまでは祭りを楽しむと決まったが故の夜の演武の始まり、意識を取り戻した勇儀が見たものは子供のように泣きじゃくる幻想郷の創造主たる大妖怪と自分を圧倒した神に突進する友の姿だった。

 

「あ……」

 

勇儀は心の中で事態の不味さを直観した。

これは下手したらとんでもないことになるかもしれない。

だがそれが判ったところで自分に何ができるというのだろう。

見たところ萃香は案の定酒がまわっているようだし、挑戦を受けたビルスも彼の様子を見る限り上機嫌のようだから酒の影響もあって萃香の挑戦を快く受けたのだろう。

 

「幻想郷終わったかも……」

 

勇儀は誰にともなく一人そんなことを呟いた。

 

 

 

「ま、お祭りの件もある。なるべく周りには気を遣って闘ってあげるよ」

 

ビルスが突進する萃香を見据えながらそう言った時だった。

 

「その勝負我も交ぜろぉぉぉ!!」

 

「ん?」

 

「んぁ?」

 

萃香とビルスが振り向いた先には赤い服を纏った女性がいた。

その後ろには連れらしい翠がかった髪をした巫女風の少女と彼女より年下に見える幼子がいた。

 

 

「かぁなこ~、いきなりそれはないんじゃないのかなぁ?」

 

「神奈子様、恐れながら私も諏訪子様に同意でございます。お二人からは楽しげな雰囲気がしていたのにそれに水を差してしまうのは……」

 

呆れた顔で“神奈子”というらしい女性を諌める幼女とそれに賛同の意を示すも、彼女よりかはもっと遠慮がちな態度でそう上申する翠の神の少女。

どうやら二人は、少なくともその内の一人は彼女の従者らしい。

だがそんな二人の注意を受けた神奈子もとい、八坂神奈子は悪びれる様子もなく二人ともう一方にいるビルスと萃香を見ながら言った。

 

「そんな事承知。だが、何やら賑やかな音と美味しそうな匂いがすれば気にもなるだろう? しかもそこに酒と祭りがあれば誰とて交ざりたくなるのが普通だろう? 然れば今の我の行いも止む無しと言えよう?」

 

 

「でも……」

 

呆れた様子の幼女の方はもうそれ以上何も言わず翠の髪の少女が尚も諌めようとした時だった。

せっかく始めようとしていた新たな祭りに無粋な横やりを入れられたと感じた萃香が案の定不機嫌そうな顔で神奈子を見ながら言った。

 

「祭りに対するそちらの意見は理解できます。しかし流石にこれは無粋と断ずるを得ないのでは?」

 

「ほう? 剣呑な顔をしている割には言葉使いはしっかりしているではないか。そうか、お前は鬼か」

 

「見ての通りです。そういう貴方様は何処かの名のある神と見受けますが?」

 

「如何にも。我は八坂神奈子、乾を制す山の神である。そこの二人は我がじゅ――」

 

「腐れ縁よ。竹馬の友ってやつ?」

 

「わ、私は守屋神社で風祝をしております東風谷早苗と申します。こちらの洩矢諏訪子様と八坂神奈子様にとっては……まぁ従者みたいなものですね」

 

「……まぁそういう事だ。鬼よ、ここはひとまず我に出番を譲ってはくれまいか?」

 

早苗はともかく諏訪子からは神としての威厳が若干揺らぎそうな補足を受け、神奈子はコホンと一つ咳をして場を取り繕うと尚も尊大な態度でそう萃香に言った。

当然その物言いに萃香は目上の存在だと判っていても不服そうな顔をする。

鬼が逆らってよい相手ではない。

だがこうも不躾な態度を取られては……。

 

萃香が無謀を承知で反弄しようとした時だった、その様子を暇そうに見ていたビルスが口を挟んできた。

 

「二人でかかってきなよ」

 

「え?」

 

「うん?」

 

「僕は別に二人がかりでも構わない。その方が早く終わってまたご馳走が楽しめそうだしね」

 

「ビルス様……それは私的には……」

 

「ビルス“様”? ほう、その身なりでそなたも神であったか」

 

 

ピシッ

 

神奈子の言葉に場が凍りつくのを感じた紫は絶句して固まった。

 

「ん……」

 

いまいち存在感がなかった中主神もその言葉を聞いて煙草を吸う手を止めた。

咥えていた煙草をピンと飛ばして中空で消すと、こめかみをぽりぽりと掻いてビルスの近くに一瞬で現れた。

 

「ビルス様気を悪くなさらないでください。相手も神なのは間違いありませんがその……」

 

「そうですよビルス様。彼女に悪気はないのでここは……」

 

いつの間にかウイスもビルスの近くに現れていた。

彼の方は中主神ほどはにはまだ焦ってはいないようだったが、それでも事態の流れに不穏は感じているようだった。

ビルスはそんな二人から自制を求める言葉を掛けられるも意外にもそれほど気にした様子は見せなかった。

 

「分かっている。このくらいは大目に見るさ。何たって神同士だしな」

 

にやりと笑うビルスの顔を見て二人は思った。

あ、怒っている、と。

 

 

「君、かなこ、と言ったかな? まぁこの際不遜な態度は大目に見よう。だからここは僕の言う通り二人でくるんだ。これ以上僕を不機嫌にさせたくないならな」

 

「ほう? それはまた……」

 

ビルスの態度を面白く思った神奈子が調子に乗り最悪の方向に流れを導こうとした時だった――

 

「分かった」

 

意外な承諾の声は萃香からあがった。

 

「ん?」

 

神奈子は驚いた顔をして萃香を見る。

最初はその態度の変わりようをからかうつもりだった。

だがビルスの提案に承諾した萃香の顔を見てそんな考えは直ぐに消えた。

 

「……」

 

黙ってビルスを見る萃香はまるで硬直したように静止した状態でじっと彼を見据えている。

その眼からは僅かながら確かな畏れが見て取れた。

 

(鬼がこれほどまでに明確で服従とも思えるような素直な畏れを……?)

 

「……」

 

神奈子は改めてビルスを凝視する。

見た目は妖怪と誤解しそうだが異形の神なぞ考えてみればいくらでもいる。

ましてや人の姿の神が多いなど決めつけるのは早計だ。

神は驕ってはならないという決まりなどないが、それも度が過ぎれば矮小な性格とも取られよう。

 

「……申し訳ない、少々酒気にあてられていたようだ。その言葉、偽りのない自信だと私も思う。故に其方……いや、彼方の提案に私も同意しよう」

 

「ん、なかなか素直じゃないか。うん、いいよ」

 

神奈子の態度の改めに機嫌を直したらしいビルスはそう言って軽く手を振った。

指摘しようと思えば彼の態度も不遜と言えなくもなかったが、神奈子と違ってビルスの態度からは先ほどの彼女のように相手をからかうなような悪意は感じられず無邪気であった。

それを感じる事ができたからこそ神奈子はビルスの自信を感じる事ができた。

 

「鬼、名前は?」

 

「伊吹萃香」

 

「萃香か。そういえば山には鬼はいなかったな。我を知らないわけだ」

 

「昔は住んでいたんですけどね。でも今は別の所です」

 

「そうか、今度訪ねてみるか。それと敬語はもういい。我も今から自分の事は“私”と言う」

 

ビルスの神気にあてられたか上気が飛んだらしい神奈子は萃香ともそうやってあっという間に和解するとおもむろにスッと腕を伸ばして天を指差した。

 

ビュウッ

 

すると夜空に少し強い風が吹き、境内を照らしていた月に雲がかかった。

水面に映った月を見ると、ちょうど雲が月に入ったヒビを隠しているように見えた。

 

「満月の下に戯れるというのも良いが、こうして雲で月を化粧をするというのも一興であろう。酒の肴としても、な?」

 

「……気に入った」

 

夜空に浮かんだそれを見て萃香は嬉しそうに笑った。

そして瓢箪から一口酒を呷るとそれを神奈子にも差し出した。

 

「ん? 戯れの前ぞ? 私の足元を酒でおぼつかなくさせる気か?」

 

「景気づけさ。それともこの一杯でそんなに自信がなくなるので?」

 

「ふっ、莫迦を言え」

 

神奈子はそう言って笑うと萃香から瓢箪を受け取って一口呑んだ。

 

「ふぅ、美味いな」

 

「でしょう? 残りはこの後にでも」

 

「うむ、いいだろう」

 

「準備はできた? なら始めようか」

 

珍しく律儀に萃香達の準備が終わるのを待っていると思ったらちゃっかり焼き鳥を食べて時間を潰していたビルスは二人にそう声を掛けた。

こうして神格に埋められぬ差はあれど、祭りが始まって初となる神と神(片方は鬼を従えての)との闘いが始まった。




はい、これで話の冒頭に戻ります。
一ヵ月以上ぶりの更新すいません。
が、まだ終わりませんし疾走もしませんのでよかったらこれからも宜しくお願いします。
あけおめ!


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第11話 無敵

神と鬼のタッグと破壊神との闘いは地上でいくらか萃香が暴れた後、自然と空中へとその部隊を移していた。
神奈子今度は自分の番と言うように萃香を抱えて浮かび上がると、ビルスと対峙しながら言った。


「萃香、お前の能力は!?」

 

「凝集と拡散!」

 

「なるほど、相解った。ならば手を貸せ!」

 

ざっくばらん過ぎる説明であったが神奈子は理解した。

それはこれは有効に活用できると確信した。

 

「と、その前に一つ確認するが、本当に全力でいいんだな?」

 

「あれと闘うなら全力以外に選択肢は……ない!」

 

「……分かった!」

 

神奈子が掌を突き出す。

すると神奈子の近くで雷が鳴り始め、やがて雷鳴を轟かせながら神奈子の掌にまるで充電でもしているように集まり始めた。

 

「萃香、これを“凝縮”しろ、できるな?」

 

「なるほど、固めればいいんだね? はいよー!!」

 

萃香は神奈子の考えを察して二人とも両手を使えるように、彼女の肩に乗った。

そしてそこで神奈子が集めている雷に向かって拳を握りゆっくりと回し始めた。

一見すると雷を集めるという意味においては同じことをしているように見えたが実は違った。

 

“神は雷を集め”“鬼はそれを固めて過密にする”

 

かくしてその果てに成ったものとは……。

 

ジジ……ジジ……という音を立てて神奈子の前にビー玉程度の大きさの輝く光球が浮かんでいた。

それは白く鈍い光を放っているだけでパッと見特に変化は見られないのに、何やら周りでパチパチと音をさせてその度にスパークが走らせ薄い黒煙を発生させていた。

 

「あ……」

 

地上からそれを見ていたアリスが顔を青くさせた。

見た目からは判り難いがアレはヤバイ。

アレはとんでもない“高エネルギーの塊”だ。

ただでさえ高いエネルギーを持つ雷なのにそれを集めて密度を高めた結果、抑えきれない高温とスパークが空気中の分子や目に見えない程小さい生命でさえもその存在を許さず焦がしている。

一体どれだけの規模の雷のエネルギーを集めたのかは予測できなかったが、それでもあれを地上に落とすだけでも幻想郷の生物は不死性を持つ者を除いて全て感電死し、あとは炎を浄化の要とした煉獄を彷彿とさせる光景が広がるだけだろう。

それを、そんなものを今二人はたった一人の破壊神を名乗る者に放とうとしている。

 

「神奈子、これで完成か?」

 

「いや……」

 

萃香の確認に神奈子はまだ否だと言った。

そしてビルスに向かって腕を伸ばしたまま自分の背後に四本の御柱を出現させ、それを自分の前に移動させて横に倒して円陣を組ませるとゆっくりと回転させた。

丁度ビルスに向かって砲弾を放たんとしている大砲が射線を示すような様だった。

 

「ん?」

 

ビルスは自分に向って風が吹いてくるのを感じた。

その風は徐々に強くなり、やがて台風よろしく大粒の雨も含んだ轟風となった。

 

「破壊神よ、降参するなら今ぞ!」

 

思わぬ神奈子の降伏勧告にビルスは目をパチクリとさせる。

そして暫しの沈黙のあと笑いを堪え切れず噴き出しながら直ぐに返事を返した。

 

「ははは、いいよ遠慮しないで」

 

「……そうか」

 

ビルスの軽い態度は自分の力を侮っているのかそれとも真の自信からくるものか……。

神奈子は真剣な表情で考えながらも既に心の中ではその結論が後者だと確信している自分に気づいていた。

 

(力の差を感じているのか……?)

 

「神奈子」

 

「ああ……」

 

萃香の声を合図に神奈子は光の球を弾く為に指を曲げる。

そして……。

 

 

「ウイス様」

 

中主神がウイスに声を掛けた。

ウイスはその意を解しているらしく一言「ええ」と頷いた。

彼の足元では取り乱しながらもアリスと同じ惨状を予想した紫が泣きじゃくりながら「幻想郷が焼けちゃうぅぅ」と嘆いていたが、そんな彼女の肩に中主神がそっと手を置いた。

 

「中主神様……?」

 

「安心してください。ウイス様が結界で護ってくれますから」

 

中主神は優しい顔でそう言うと空を眺めながら再び何処からか取り出した煙草に火を点けた。

 

 

ピンッ……カッ!!

 

「!」

 

空が光った。

いや、ただ光ったという生易しいものではなかった。

その光は地上にいる者全てが空に注意を向ける輝きを瞬時に放ち、その明るさは真昼のそれを一瞬で超え世界は白い光に包まれた。

 

ゴォォォォォオオオオオオオオオ!

 

事前にウイスが結界を張ってくれていたのでビルス達以外はただ白い光に視界を奪われただけに終わっていたが、結界の外では滝壺が水を打つ音を幾倍にもしたような凄まじい轟音が轟いていた。

神奈子が放った雷の矢はビルスに向いながらもその膨大なエネルギーを周囲にまき散らし、一部の空間ごと結界で囲まれていたビルス達がいた場はさながら加熱中の電子レンジの中身のような獄熱の世界となっていた。

 

(しまった……)

 

自身の能力で雷による被害を回避できる神奈子はその時一緒にいた萃香の事をすっかり忘れていた。

いや、そもそも地上に降りかかる被害の事を予想していなかった時点で十分に不注意だったわけだが、それでも自分のミスで萃香が深手を負っているかもしれない状況に焦って周囲を見渡した。

 

「萃香!」

 

もぞ……

 

「ん……っ」

 

何か胸元からこそばゆい感触を感じた。

神奈子がそれに気付いて襟を開いて服の中を覗いて見ると、彼女胸の谷間に小さくなった萃香がすっぽり入りこみちゃっかり避難をしていた。

神奈子はそれを見て安堵の息を吐く。

 

「すまなんだ」

 

「気を付けてくれよ!」

 

流石に神奈子も萃香からの当然の批難を大人しく受け、そしてその時になって初めて自分の周囲が結界で囲まれている事に気付いた。

 

「あ……」

 

「まぁ、当然だよな。結界を張ってくれた者にも感謝だな」

 

「ああ……」

 

目の前の闘いにのめり込み過ぎて周囲に対する配慮を欠いていた事を神奈子は神として恥じた。

これは後で諏訪子に暫くネタとして弄られる日々が続くだろう。

 

「ん……?」

 

神の保護で萃香を熱から守りながら周囲を索敵していた神奈子は結界の中に満ちていた熱が急速に退いていくのを感じた。

熱が下がるならまだしも退いているのである。

密室の状態なので熱が下がるのも時間はある程度かかる筈であるのに、まるでその熱は雷の矢を受けたビルスがいた方向に向かって急速に移動していたのである。

それは神奈子からすれば“熱が退いている”という表現が適切であった。

 

「……っ」

 

神奈子は見た。

自身が放った雷も、それから発生した莫大な熱も全てがビルスに流れ、そしてそれが彼の周りをオーラのように漂っているのを。

 

「ふむ」

 

陽炎のような燈色のオーラを揺らめかせながらビルスは鼻から息を一つ吐いた。

そして片手を胸元まで持ってくると手を開いた。

すると纏っていたオーラが今度は彼の掌に集まりだし、周りからオーラの輝きが消える頃にはその掌の上で星のように輝く小さな光となっていた。

そしてそれを特に前置きもすることなく握って消した。

 

「!」

 

何の音もなく自分が放った雷の塊を握り潰したビルスに神奈子はこの時初めて骨の髄から戦慄した。

彼女の襟もとから顔を覗かしていた萃香もその光景には流石に冷や汗を垂らした。

そんな彼女達に対してビルスはというと、何か気まずそうにしながら頬を掻いて神奈子を見ながら言った。

 

「まぁ避けるのもなんだったし、だからと言って全部防いでみせるのもアレかなと思ったから敢えて受けてみたわけだけど……」

 

「……」

 

「これはこれで盛り上がりに欠けるな」

 

「……あ」

 

「いや、攻撃としては趣向を感じる良いものだったよ。まぁそれだけだったけど……やっぱりさっきの相撲もそうだけど、結果が決まっているなら弾幕戦をした方がまだ面白かったかもね」

 

「……」

 

神奈子と萃香はもう言葉も出なかった。

次の手も考える気も起らなかった。

これほどの力の差を見せられてはそれも仕方ないと言えた。

だが無情にもビルスの方はそれで終わらせる気はないようだった。

 

「じゃ、せっかくだから今度は僕から攻撃してみようか」

 

「!!」

 

シュンッ

 

ビルスは一瞬で神奈子達の前から姿を消すと、彼女達よりやや離れた位置に姿を現した。

構図的には丁度二人がビルスを見上げる形である。

 

『ウイス』

 

不意にビルスは地上にいるウイスに声を掛け、不思議な事にその声は上空からかなり下にいる皆にもスピーカーから聞こえる音のようにハッキリと聞こえた。

ウイスはその声にいつも通りに落ち着いて反応し、彼の声に応えた。

 

「はいはい何でしょう?」

 

『結界を解け。お祭りを最後に盛り上げよう。こいつらの力を見る』

 

ビルスはそう事も無げに言い、片手を地上に向かって伸ばすとそっと掌を開いた。




はい、ちょっと短めです。
そして当初の予定より話数が長くなってやや焦りを感じてます。
次で上手くまとめて終わらせる予定です。

にしても今度の闘いは話の内容的にも地味で展開も遅く、久しぶりにつまらない話になってしまった気がします。
無敵のキャラを立てるのって難しいなと久しぶりに思いました。


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第12話 圧倒的な弾幕

「ビルス様!」

紫の悲痛な叫びが木霊する。
だがそんなシリアスな雰囲気の声を向けられた当の本人は、紫とは対照的に穏やかな顔で笑みすら浮かべてこう言った。

「そんなに心配しなくても大丈夫だよ。何も壊しはしないさ。これは僕からの君たちへの“弾幕ごっこ”さ」


フッ

 

「!?」

 

突如世界が黄金色に染まった。

見渡す限り夕方の様になった世界で皆が戸惑っているなかビルスが言った。

 

「ルールは二つ。僕の弾幕に一発でも当たったら失格。君らの中で一人でも僕に攻撃を当てる事ができたら君達の勝ち」

 

「ちょ、ちょっと待てよ! 一発でもって、その一発に当たっても私たちは平気なのかよ?」

 

今までにビルスの力を見てきて、最早弾幕遊戯であっても彼の力に言葉では表現できない強さを感じていた魔理沙が焦った声で訊いた。

その問いかけには魔理沙を始め、紫や直接対峙した騒霊、鬼も興味有りと言った様子だった。

 

「ああ、それは心配いらないよ。当たってもせいぜい痺れて試合が終わるまで動けなくなる程度さ。さて、順番に解り易く説明していこうかウイスー」

 

「はいはい、結局は私任せなんですね。こほん……では皆さんご静聴をお願いします!」

 

ビルスの振りを予想していたウイスが慣れた様子でそれを引き受け、彼と一緒に空中から群衆に向けて話を始めた。

 

「えー、先程ビルス様がお話しされた通り、ビルス様の弾幕に一発でも当たればその方は失格。試合が終わるまで動けません」

 

 

「ほっ、取り敢えず当たっても死んだりする事はなさそうだな」

 

「当たり前でしょ? 弾幕ごっこで死人が出るなんて紫が許さないわよ」

 

「まぁ、そうなんだろうけど……」

 

霊夢のこの世界では当たり前の見解に賛同しつつ、魔理沙はちらりとそのルールの創設者である紫を見た。

 

「……」

 

案の定紫はかなり複雑な表情をしていた。

自分が作ったルールは絶対だし、それを厳守する決意は今も変わらないだろう。

しかし、それでもどうしようもない事はあるのだ。

それが今彼女たちが見上げている神なのだから。

紫の表情は今まさに、それを明確に語っており、心の中で密かに魔理沙はその事に同情した。

 

 

「次に今から始まる弾幕遊戯がどのように行われるかをご説明します」

 

ウイスは良く通り、誰の耳にもしっかり届く声で説明を続けた。

 

「先ず今この状況、今私達はビルス様が作った結界の中にいます。と言っても、出入りは自由ですが」

 

 

「出入りが自由な結界?」

 

鬼らしく、もう体力が回復した勇儀が興味ありげに訊いた。

結界とは大凡空間を限定的に封鎖するもので、術者以外は術者の意思によってしか出入りはできない、というのが一般的な認知だったからだ。

 

 

「はい、その通りです。では何故そんな空間を作ったのかをご説明しましょう」

 

ウイスがそう言ってビルスに目配せをすると、彼は軽く頷いて星のように輝く小さな光球をウイスの前に一つ出した。

ウイスはそれを持っていた杖の柄で軽く叩いた。

するとその光球は紫たちがいる地上ではなく結界が張られていない外に向かって飛んでいった。

そして光球は、そのまま先ほどウイスが言った通り結界を抜けて彼方へと行くのかと思いきや、意外にもそれは結界に当たると跳ね返ってまたウイスの下に戻って来た。

 

 

「あれ?」

 

フランが目を丸くして不思議そうな顔をしていた。

 

「おじさん、弾、跳ね返ってきちゃったよ?」

 

少女の純粋な疑問にウイスは笑顔で答えた。

 

 

「はい、そうですね。ここで補足しますが、結界を抜けられるのは対戦相手の貴方達だけで、弾幕はこうして跳ね返って戻ってきます」

 

 

「なるほど……!」

 

紫が希望を得たと言わんばかりに安堵した表情をした。

 

 

「はい、八雲さんが御心配されている様な事には決してなりませんのでご安心ください。えー、皆さんよろしいですか。この通りビルス様の弾幕は結界を通り抜けずにこうして壁に当たると跳ね返ってきます。そしてこの弾幕のもう一つの特徴をお教えします」

 

ウイスは今度は光球を地上に向けて打った。

しかしその方向は紫達での方ではなく、全く関係がない神社の建物がある方だった。

 

 

「あ!」

 

思わず霊夢が目を見張ってその行方を見守ったが、彼女の心配を余所に光球は何事もなく建物の屋根を“通過”して行った。

 

「え?」

 

予想外の結果に霊夢は目をパチクリとさせた。

その反応を見てウイスは軽く笑いながら続けた。

 

 

「すみません。驚かせてしまいましたね。この通りこの弾幕は『人にしか効果はありません』そして……」

 

ウイスが掌を返すと建物の中に消えた光球がまるで先ほど結界に当たった時のように跳ね返って彼の手元に返って来た。

 

「そしてこのように地面に当たっても跳ね返ります」

 

 

「ふむ、という事は当然私達が結界の外に出ても失格と言う事になるんですね?」

 

寺小屋を臨時休業し、藤原妹紅を連れてこの祭りに来ていた上白沢慧音が我が意を得たとばかりに鋭く自分の推察をウイスに確認した。

それに対してウイスはニッコリと『ええ、まさしくその通りです』と返した。

 

 

「ビルス様……!」

 

ビルスの配慮(?)に本当に安心して感謝した紫は目を潤ませる。

そんな珍しい彼女の様子を、既に目の当たりにした者も含めて改めて皆、密かに驚くのだった。

 

 

「えっと、説明が少し長くなって申し訳ないのですが、これで最後です。で、この弾幕ですがまだ特徴がありまして『人にしか効果が無い』『結界と地面に当たったら跳ね返る』以外に『一番近いターゲットに直線で向かってくる』というものがあります」

 

ウイスが言った、弾幕の追加のこの特徴には少し群衆からどよめきが漏れた。

ウイスはそれに構わず話を続ける。

 

「当たったらその時点で弾幕は消滅し、外れたら跳ね返ってまた一番近いターゲットに自動的に向かってきます」

 

 

「じゃぁ、一回でも自分に向かって飛んでくるのを避けたら、それについてはそのまま跳ね返るまで直進するのね?」

 

 

「その通りです。跳ね返っている最中にまた別のターゲットに向かいます」

 

 

「なるほど……」

 

アリスの確認に首肯するウイス、そしてその事を重要な情報という様にパチュリーは呟いた。

 

 

「まぁ、それなら何とかなりそうね?」

 

霊夢は一通りの説明を聞いてそう結論した。

見た所ここにいる全員が参加者となるなら、勝率は低いと考える方が難しいと言えた。

何しろ天地揃っての強者も何人もいるのだ。

これで勝つのが難しいという事はそうないだろう。

霊夢はそう考えたのだ。

 

 

「ふふん、そうかな?」

 

ビルスはそんな霊夢の余裕そうな様子を面白そうに笑うと、右手の人差し指を一本突き出して紫たちを指したかと思うと、その指先を一瞬光らせた。

その瞬間……。

 

 

パッ

 

霊夢たちの周りに突如として先ほどから見ていた光球が“無数”に現れた。

それの数はまるで宇宙に浮かぶ星のように膨大で、彼女たちの周り以外にもなんと空中にもそれは展開されていた。

 

「ちょっと、これって……」

 

流石に霊夢が冷や汗を流す。

ウイスの説明の時は数が一個だけで、実際に遊戯が始まってもそう無茶苦茶な弾幕ではないだろうと楽観していただけに、これはちょっとマズかった。

説明を聞いていた時は敢えて何も言わなかったが、光球の速さは“なかなか”のものだった。

神経を集中させていれば十分その動きをとらえる事はできたが、要は“そうしないと”捉えるのが難しい速さだったのだ。

それが今は自分が想像した事もないくらいの数の弾幕となって結界中に展開されている。

いくら動きが単純でも『規則正しく』でも『不規則』でもなく、自動的に一定の数がこちらに向かって来るとなれば回避行動自体が困難なものとなる。

 

「これが一斉に……」

 

咲夜が自分達を囲むきらびやかな星を眺めながら一筋の冷汗を流す。

自分は時間が操作できるからまだ回避はし易い方だろうが、だとしても自分の主が被弾するかもしれない可能性を放棄してまでビルスへの攻撃を優先させるわけにはいかなかった。

咲夜はチラリと自分の主のレミリアを見る。

 

「……」

 

傍で光る星を見てはしゃぐ妹と、呆然としている魔法使いの友に対してレミリアは至って平静としていた。

ただ真っ直ぐに他の者たちと同じように星を見つめるだけで、その双眸からは何を考えているかは読み取れなかった。

 

 

「さて、これで本当に最後になりますが、試合開始の前に私から皆さんにおひとつサービスを差し上げます」

 

皆が言葉が出ずに緊張した面持ちで周りを見渡しているなか、ウイスがそう言って杖を軽く振りかざした。

すると展開されていた星とは別に5人くらいの人なら楽に入れそうな薄い青色をした大きな球体が、これも地上だけでなく空中も含めて複数出現した。

 

 

「ウイス様、これは……?」

 

先程のウイスの言葉から、まさかこれも弾幕とは考えてはいなかったが、それでも不安を払拭しきずにいた紫が恐る恐るといった様子で訊く。

 

 

「それは一種の回避スペースです。弾幕が吹き荒れる中でもその玉の中には弾幕は入ってきません。当然人だけが出入りができます」

 

 

「お、そりゃいいや。これで少しは光明が見えたってもんだぜ」

 

ウイスのサービスに希望を持った魔理沙が明るい声で言った。

ウイスはそんな魔理沙の安心に水を差すような事は言わなかったが、それでもどこか面白がっている様に彼女に言った。

 

 

「ああ、でもこの玉について一つだけ注意しないといけない事があります。」

 

 

「ほう、それは何であろう?」

 

星を眺めながら高揚感が満ち、指を鳴らしていた神奈子が訊く。

 

 

「この玉ですが、弾幕は防げてもその衝撃は素直に受けます」

 

 

「は? どういう事?」

 

霊夢はちょっと意味が解らないという顔をする。

そこでアリスが補足をしてくれた。

 

「こういう事よ。弾幕は玉に入ってこなくてもぶつかった衝撃自体は受けるから、玉もそれに応じた動きをするって事、でしょ?」

 

 

「ご明察です」

 

ウイスはアリスの推察にニッコリと笑顔を返した。

 

 

「え、それって……」

 

霊夢は自分が玉に入って弾幕を凌ぎながらも、衝撃に右往左往する玉の中で揺さぶられて思い通りに動けない自分の姿を想像した。

一人ならまだ何とかなるかもしれないが、もし玉の中に自分以外の複数の人がいたらと考えると、動きの取り難さを懸念せざるを得なかった。

 

 

「さて、それではいいですか? 失格のルールが一つ追加されますが、それは『結界の外に出ない』だけです。そして弾幕にも当たらずビルス様に攻撃を当てる事ができたら皆さんの勝ち。良いですね?」

 

 

「待って!」

 

いよいよ遊戯開始の合図をウイスがしようとしたときだった。

それまで殆ど喋らずにビルス達を見ていたレミリアがここで声を上げた。

 

「お嬢様?」

 

「姉様?」

 

「レミィ?」

 

「遊戯を始める前に一つだけ私のお願いを聞いて頂けないかしら?」

 

思わぬ発言者に家族から意外の目を向けられるなか、レミリアは気にする様子も無く毅然とした態度で真っ直ぐビルスを見つめながら言った。

ウイスはビルスを見て許可を確認する。

 

 

「ビルス様?」

 

「いいよ。なんだい?」

 

 

「ありがとう。願いとは、試合の前に私の力を皆に適用させて少し闘い易くさせて欲しいという事です」

 

 

「ほう?」

 

レミリアの申し出にビルスは興味を惹かれたらしく、目を少し見開く。

 

 

「今まで貴方を見て来て思いました。貴方のお力はかなりのものだ、と。故に私は自力で賄えるハンディとしてこれの許可を頂きたいの」

 

レミリアはビルスが自分の申し出に関心を抱いた事を逃さないように、策略家らしく更に話の中で彼を持ち上げつつも、機嫌を取ってみせた。

これにはビルスも気分を良くしたようで、軽く手を振って許した。

 

 

「いいよ。やるといい」

 

 

「ありがとうございます。じゃぁみんな、ちょっと下がっていて」

 

レミリアは礼儀正しくビルスに一礼すると、一人空中に舞い上がった。

やがて彼女はビルス達ほどではなかったが、地上にいる皆を見渡せる高さまで上昇すると、片手にどこからか赤い槍の様な物を出現させた。

 

 

「まさか……」

 

それを見ていたパチュリーが何となく予想ができたらしく一人呟く。

 

 

そしてレミリアは、何を思ったのかそれを一も二もなくいきなり誰もいない地上に狙いを定めてそれを投げ撃った。

槍は少女が投げたとは思えない程の凄まじい速さであっという間に槍は地面へと刺さったが、意外にもその時の音は驚く程小さく、加えて衝撃らしい衝撃も一切なかった。

しかし……。

 

 

「ほう」

 

ビルスが槍を中心にしてその周りに突如として魔法陣が出現したのを見て目を細めた。

その円陣はみるみる内に拡大して、やがてビルスが囲った結果と同じくらいにまで広がり、そこからさらに薄く赤い光が空全体にまで広がった。

 

 

「……っっ!」

 

レミリアは何かに耐える様に必死な形相で目を見開いて槍をじっと見つめていた。

一方ビルスはビルスで何かを感じた様で、組んでいた腕に乗せていた片手の指を一本だけ僅かに動かしていた。

 

 

「……っはぁ……!」

 

そして暫くして、まるで長い時間息を止めていたな苦しさから解放された時の様にレミリアが息を吐く。

 

 

「お嬢様……?」

 

疲労困憊して見えるレミリアを咲夜が心配する。

 

 

「ふぅ……まさかここまで全力を出して三割とわね……」

 

レミリアは肩で息をしながらやっとの思いといった様子で地上にいる皆に大声で宣言するように言った。

 

「三割よ! 私の運命操作で三割だけ貴方たちに弾幕が当たる運命を下げたわ!」

 

 

「やっぱり」

 

「え、マジか!」

 

「やるじゃない!」

 

「へぇ、それは助かるね」

 

レミリアの思わぬ働きに地上の群衆からは歓声や称賛する声が漏れる。

そんな感謝する声が上がる中、ウイスは意外そうな顔でビルスを振り返っていた。

 

「ビルス様?」

 

「まぁ、これくらいはいいだろう。元々彼女たちのルールに従って始めた遊びだ。このくらいの干渉は“許して”もいいだろう」

 

「お優しいですね」

 

レミリアは全力を振り絞ったからこそ、運命操作でこの結果を引き出せていたと思っていたが、実は真相はそうではなかったのはこの二人のみが知る事実だった。




次で終わらせるといってこのありさま。
そして何気にエピソードの中で一番長くなってしまい、心苦しく思います。
それも自分の文章力と構成力の無さではありますが、下手な妥協をして更に下手な話にするようりは、ということで幻想郷編は次の話まで持ち越すにしました。

半年近く空白が出来て申し訳なく思います。
クレしんの時の様に新しい話を作りながら続きを考えようとも思ったのですが、同じ同じ轍を踏む事を懸念して結局こんなダラダラした形になってしまいました。

だからこそ今回は自分に約束を。
幻想郷編は次で本当に終わりで、新編も今週の間には始めようと思います。


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第13話 後夜祭に向けて無敵に挑む

弾幕は正に吹雪の如しだった。
高速で飛来して来る光の玉は動きこそ単調だったが、数が多く、またいつどの方向から新手が来るのかも予測が難しかった。


「あなた達! まず弾幕を避けるという考えを常に頭に置きなさい! そうすれば運命はより応えてくれるわ!」

 

「お嬢様!」

 

「咲夜! 私の事はいいからあなたは独自に動きなさい! ただし弾幕はなるべく止めないように! 下手に止めたら能力を解除した時に圧縮された時間の分加速してより脅威になるわよ!」

 

レミリアは凄まじい弾幕の嵐を全て紙一重で避けながら、最小限の動きによって出来た余裕の合間に咲夜たちに指示を飛ばしていた。

 

騒霊達も何とか頑張っていたが、慣れた弾幕遊戯とはいえ、“これ”は規模が違った。

レミリアや霊夢、萃香といった猛者はまだこの状況でも全力で臨むことによって何とか回避だけなら行えていたが、騒零達に関しては文字通り必死にならなければいつ弾幕に当たってもおかしくは無かった。

 

「わわっ、る、ルナサ姉! こ、これヤバイよ!」

 

「っ……メルラン落ち着いて! この弾幕のリズムに乗るの!」

 

「ルナサ姉さん簡単にっ…… 言うけど、それ、かなり難しい……よ!」

 

リリカはこの状況でも冷静でいようとする姉の優秀さに感心しつつも、防戦一方のこの状態に歯噛みしていた。

姉妹の中でも一際計算高く、常に余裕があると自覚しているだけに成す術を導き出せないこの余裕の無さに。

 

 

「魔理沙! まだ当たってないっ……わよね?!」

 

「当然だろ! ……でも正直避け続けるだけでもキツイな!」

 

霊夢と魔理沙も健在だった。

だがそれは避ける事に集中していたからであって、これを二の次にしてビルスへの攻撃を優先しても大丈夫かまでは確信が持てないでいた。

 

(レミリアの援護がなければ今頃どうなっていたか……!)

 

霊夢がそう心中で冷汗をかく程に今までの中で結構際どい時があった。

それもレミリアの能力が展開されていなければ当たっていただろうと今では彼女は確信していた。

 

 

ドッ……カァァァァン!!

 

突如空中で凄まじい爆発音が起こる。

皆が驚いて空を見上げあるとフランドールがパチュリーの援護を受けながら地上からビルスを攻撃していた。

 

「……ちょっと、フラン! ちゃんと狙ってね! こうやって……ぜぇ、ぜぇ……。あなたを抱えながら避けるのって本当にキツイんだから……!」

 

「ごめんねパチュリー! でもなかなか当たらないの! やっぱり弾幕が大き過ぎて避けやすいのかな……ぎゅっ!」

 

 

「はは、派手だけど。これじゃ避けるなというのが難しいな。 ……ん?」

 

フランドールの派手な爆発を楽しんでいたビルスが何かを感じて下を見た。

 

 

「メイド! 道は作ってやる!」

 

「あんたはそれを辿って行け!」

 

「恩に切るわ……!」

 

降りかかる弾幕を萃香が能力で集めて空白を作り、勇儀は地上にある回避用の玉を地面ごと抉って放り投げ、弾幕を弾き飛ばしていた。

 

 

「咲夜、やるわね……!」

 

「ああ、あたし達も負けてらんねーな!」

 

咲夜が鬼達の助けで空を駆け上がるのを見て霊夢が魔理沙に目配せをする。

魔理沙はそれに頷き今まで入らなかったウイスが用意した回避スペースに入る。

 

「霊夢頼むぜ!」

 

「ええ!」

 

魔理沙が懐から八卦炉を取り出して使用の準備を始める。

霊夢はそれが整うまでの僅かな時間、全力で魔理沙が入っている玉の防衛を始めた。

玉に入っているから当たっても大丈夫なのだが、それでは準備が最初からになってしまう。

霊夢は決意の篭った目で自分達に向って来る弾幕を見た。

 

 

「なぁ、あの巫女さん弾幕弾けるのか?」

 

「恐らくは無理だろう。私もいろいろ試してみたが避けるしか……妹紅、そこ!」

 

「! ……と、悪い!」

 

「気にしなくていいさ」

 

「でもよ、それならあいつはどうするつもりなんだ?」

 

「恐らくは何らかの術を使って弾幕を全部自分に向けるつもりなんだろう」

 

「なるほどな。でもそういうのは……」

 

「行こうか」

 

「ああ!」

 

息の合った見事な動きで互いをカバーしながら弾幕を避けていた妹紅と慧音は、同時に頷くと霊夢の元に向かった。

 

 

「お嬢様!」

 

「来たわね咲夜!」

 

レミリアは自分の傍まで来た従者に気付いて声を掛ける。

 

「ウイスが作った玉をあんな使い方するなんて面白い事するじゃないか。さて、これからどうするのかな?」

 

「……」

 

レミリアと咲夜は頭上に浮かんでいるビルスを凝視する。

 

「お嬢様?」

 

咲夜レミリアと弾幕を避けながら主が何故攻勢に出ないのか不思議に思った。

それはレミリアも感じ取る事ができ、目は合わさなくても言葉は彼女に向けて言った。

 

「さっきから必中を狙って攻撃しようとしてるんだけど、それができないのよ」

 

「え?」

 

「最初は弾避けに能力を使った所為で力が不足しているかと思った。でも違うの」

 

「……」

 

「運命の干渉が完全にできない。最初の運命操作はあの人に許されていたんだわ……!」

 

「なんですって……」

 

悔しそうにビルスを睨むレミリアを咲夜は驚愕した顔で見つめる。

 

(お嬢様がこんな顔をされるなんて……)

 

 

弾幕が霊夢に迫る。

霊夢は自分の分身の式神を展開してそれを魔理沙が居る玉の周りに配備する。

 

(弾幕は弾けなくてもこれで防御は出来るはず。式神が全部やられても最後には自分が壁になれば……)

 

いつもの自分ならこんな風に捨て身じみた方法で奮闘することなど決して有り得なかった。

だが少なくとも今この時においてはそういった余裕や緩慢は全て捨て、心から真剣に取り組まなければ危うい事を霊夢は本能で感じていた。

 

ピチュン、ピチュンッ

 

不動で防御の陣を敷いてる分身をビルスの弾幕が瞬く間に3分の2ほど削り取る。

 

「っ」

 

予想はしていたがやはり凄まじい攻撃だった。

もし当たらずに回避する事で時間を稼ぐ事を防御と仮定したなら、まだ一人で避けている方がどれだけ効率的だっただろう。

だがそれはできなかった。

あの一瞬、弾幕ごっこが始まった瞬間に二人で思い付いた一瞬の勝利の為の策。

これを実行する為にはどうしても魔理沙の“爆発力”が必要だったのだ。

 

結局式神を使った霊夢の分身はものの2秒足らずで全て消えた。

新たに展開する事はできるが、迫って来る弾幕との間隔からそれをする余裕はなかった。

 

「魔理沙! 後は頼んだわよ……!」

 

いよいよ自分が盾になるしかないと判断した霊夢は、横に飛んでなるべく多くの弾幕に当たって魔理沙を護ろうとした。

だがその時――

 

ドンッ……ガガッ!

 

「いっててて……。やっぱり当たると少し痛いな」

 

「っ……そうだな。だが、妹紅よくやったぞ」

 

「あなた達……」

 

弾幕に当たる直前に慧音と妹紅がそこに割って入り、霊夢を押しのけて二人同時に左右に飛ぶことによって代わりに弾幕を受けた。

妹紅は苦笑いしながら霊夢を見て言った。

 

「あんた達に何か策があるのは見て分かった。だから力になったんだよ」

 

「これで大分時間は稼げたんじゃないか? ほら、上では先に奮闘している二人がいる。早く行ってやらないと」

 

慧音が指した方には空中で何とかビルスに近付こうと奮闘しているレミリアと咲夜の姿があった。

霊夢は二人に目で感謝の意を贈り、魔理沙の方を見る。

 

「魔理沙?」

 

「待たせたな。ついでに霊夢も一緒に来てくれると嬉しいぜ」

 

「仕方ないわね」

 

霊夢は軽く笑うと魔理沙と一緒に玉に入る。

入って来た霊夢の肩を魔理沙は片手でしっかりと抱き寄せ、空いた手に八卦炉を持ってそれを地面に向けた。

 

「ありったけの魔力を込めたからな。全力だ。しっかり掴まっているんだぜ?」

 

「分かってるわよ」

 

霊夢が自分の肩に回された魔理沙の手を握り、空いた手で自分も彼女の腰を抱きしめた時だった。

 

「! 霊夢!」

 

「あー……これ無理だわ。私もう動けない」

 

「残念だ……」

 

新たに迫って来た弾幕に魔理沙が目を見開き、もう助ける事ができないでいた妹紅と慧音が無念の声をあげた。

 

(後はこれをぶっぱなすだけだってのに……!)

 

魔理沙も心中で覚悟をして目を瞑った。

 

ブンッ

 

「え?」

 

突如自分達の周りに黒輪が現れ、輪郭線が拡がったと思うとなんとそれが全部霊夢達を襲ってきた弾幕を全部飲み込んだ。

直後――

 

「きゃぁ!」

 

ボンッという音がしたかと思うと、同じくその黒い線、隙間から紫が弾かれるようにして出てきた。

 

「あぅぅ……」

 

「あ……」

 

「紫……」

 

呆然とした目で自分を見る霊夢と魔理沙に紫は目を回しながら何とか言った。

 

「霊夢……魔理沙ぁ……早く……行ってぇ……」

 

 

「行くぞ……!」

 

最早そこで礼を言って時間を使うこと自体が自分達を手助けしてくれた者たちへの非礼だと結論した魔理沙は、二人でその場でしゃがむと、もうそれ以上は何も言わず八卦炉の放射を全開した。

 

ゴッ……!!

 

霊夢達が玉の中で浮きながら魔理沙が手だけを玉から突き出して八卦炉を発射した事によって、二人が入っている玉はまるでロケットのように凄まじい速度で真上へと上昇した。

 

 

「お嬢様! あれを!」

 

「あ」

 

咲夜の声を聞いて下を見たレミリアは思わず声を漏らした。

なんと自分が気付かない内に霊夢達が凄まじい速度で弾幕を弾きながらこちらに昇ってきていたのである。

 

「へぇ、やるもんだ」

 

ビルスはそれに感心して笑っていたが、それと同時に弾幕を展開した時の様に霊夢達に向って指を突き出した。

 

(まさか……!)

 

レミリアは悪い予感がしたが、弾幕が邪魔をしてやはり彼に近寄れなかった。

 

「くっ!」

 

咲夜もその予感を察して能力を使って一か八か特攻しようしたがその時。

 

ドッ

 

なんと天空から光の柱がビルスを囲むように円形に何本も降り注ぎ、咲夜の進路を妨害し、なおかつ地上にいる者たちへ更なる追撃を加えた。

 

「僕自身は何もしないとは言ってないからね。ま、その代わり避けないけどさ」

 

そう言って更にビルスは、直接自分は指先から赤い光線を出した。

 

ビッ

 

 

「マジ、かよ……!」

 

光の柱が降り注ぎ、更に赤い光が自分に向ってくるのを見た霊夢と魔理沙は戦慄した。

これはもうダメかと流石に思った。

だが……。

 

ガガッ!

 

「え?」

 

「我を呼んだか? いや、呼んでなくても今回は来たがな」

 

いつの間にか石柱が自分達を護るように囲ってビルスの光線や光の柱を防いでくれていた。

だが攻撃は防げても衝撃には耐えられなかったようで、石柱が砕けるなかで彼女達を援護した神奈子は少々不満そうな顔をして言った。

 

「むぅ、残念だが。次の出番は人形師に任せよう」

 

「アリス!」

 

神奈子の背中に隠れていたアリスが姿を表し、自分もありったけの人形を展開して次なるビルスの攻撃を見事に防いだ。

 

「もう最悪! 無くなった分の人形作り、絶対に手伝ってもらうからね!」

 

「ああ、約束だ!」

 

「いっけぇぇぇぇ!」

 

霊夢の掛け声を合図に、二人が入った玉は更に加速してビルスへと向かった。

 

 

「ほほう」

 

ビルスは本当に感心した様に目をパチクリさせて声を漏らす。

だがそれでも容赦はしないようで、今度は片手の手を開くと全ての指先からまるでマシンガンの様な速度の凄まじい数の弾幕を発射した。

 

「させません!」

 

「ん?」

 

ビルスの弾幕が拡がって広範囲に散る直前に咲夜がその目の前に割って入り、時間停止の能力を発動する。

発射されたばかりのビルスの弾幕はまだ一か所に固まっている状態で、咲夜は自分が展開した能力の範囲にそれが入るようにした。

 

「お嬢様……!」

 

「仕方ないわね!」

 

もうここまできたら勝負に出た方が良いと決断したレミリアは、全員に適用させていた運命操作を解除して、咲夜が止めていた弾幕が全て彼女に『被弾』する様に操作した。

 

ガガガガガッ!

 

「くぅ……!」

 

溜まらず落下していく咲夜をレミリアは直ぐに追いかけて受け止めた。

そして彼女を抱いたままゆっくり降下しながら霊夢達に向けて叫んだ。

 

「しくじりは許さないわよ!!」

 

 

「やるな」

 

だがビルスは余裕だった。

例え生き物にとって理解ができない刹那時であっても、ビルスにとっては悠久の時と同じだった。

故にいくら意表を突く行動を取っても、彼からしたら直ぐに次の攻撃をすれば済む話だったのだ。

故にビルスは次に何をしようか考えた。

だが、その時見せた余裕が彼にとっては失敗だった。

 

 

ズ……ォォォオオオオオ!!

 

「へ?」

 

突然頭上で凄まじい爆発音と光を感じて、ビルスはそれが気になって思わず上を見る。

 

 

「それいけぇぇぇ! ドッカァァァァン!」

 

それは地上でパチュリーが体力を使い果たして被弾する直前に明後日の方角にわざと全力投球した、彼女特製のフランドールの力もブレンドした超絶大のロイヤルフレアの“無駄撃ち”だった。

 

「もう……死ぬ……」

 

今度こそパチュリーは体力を使い果たしてその場でフランドールを下敷きにして昏倒した。

 

 

「なんだあれ?」

 

ビルスはまだ頭上に現れた火球を見つめている。

それはまるで小規模な太陽のようで、見る者によってはそれが放つ輝きは美しささえ感じさせた。

ビルスにとってもそれは例外ではなかったようで、不意の見世物にすっかり関心が移っていた。

 

 

「夢想天生」

 

「ん?」

 

声が聞こえて後ろの方をビルスが振り向くと、そこには魔力を使い果たしてへとへとになった魔理沙と彼女とは対照的にニッコリ笑って勝利宣言をしている霊夢がいた。

 

「?」

 

ビルスはまだ状況が掴めずキョロキョロしている。

そしてやっとそこで、自分が霊夢の秘奥義を受けて様々な色の綺麗な弾幕を受けて自身が光り輝いている事に気付いたのだった。

 

(化け物か)

 

本当は軽く弾幕を当てるか、もしかしたらタッチしただけでも良かったのかもしれないが。

念の為秘中の秘、最大の技を最後に放ってみたのだが。

それを受けて平然と自然体でいるビルスを見て霊夢は腹の底からゾッとしたのだった。

 

 

「弾幕、最初に出したもの以外を人以外にも効果があるようにしてしまったのは失敗でしたね」

 

「いや、それについては本当に忘れていた」

 

「あと最後の油断、これについては私は少々悲しいですねぇ」

 

「いくら僕でも油断してたら余裕も何もない。仕方ないだろう」

 

「まったく、おかげで最後はちょっと拍子抜けでしたよ?」

 

「うるさい!」

 

 

何やら奥の方でウイスという人物にビルスは説教をされている様だった。

その光景を興味津々といった様子で各面々は見ており、あんなとんでもない弾幕遊戯を行ってみせたビルスをあのように説教しているウイスという人物とは一体何者なのだろう?

皆、そんな疑問が頭に浮かんでいる様だった。

 

 

「ふぅ……」

 

もうすっかり影が薄くなり誰の気にも留められていなかった中主神だったが、それはそれで気楽で気分が良かったらしい。

そして最後に煙草を一服すると、居住まいを軽く正して一人ビルス達に向って一礼すると人知れずまた何処かへ去って行った。

彼が去った後には、やはり煙草の灰などは何も残っておらず、ただ清らかな空気と風だけがその場に吹いていた。

 

 

「いやぁ、とっっっても良い画が撮れました!」

 

満面の笑みで射命丸がカメラを大事そうに抱えながら霊夢達の前に足取り軽く現れた。

 

「あんた……そういえばあなたは何処で何をしていたのよ?」

 

「写真をずっと撮っていましたよ? いやぁ、流石に弾幕を避けながらと言うのはかなりキツかったですけど。そこはレミリアさんの力に助けられましたね」

 

「高くつくわよ」

 

「号外の第一紙は紅魔館に届けますのでどうかご勘弁下さい。まぁ流石に最後に能力を解除された時は写真を撮る余裕なんかなかったですけど」

 

「はは、逞しいな」

 

霊夢の非難めいた視線もなんのその。

射命丸は悪びれた様子もなく清々しく笑いながら、レミリアの皮肉も感謝の意を伝えて受け流し、本当に機嫌良く嬉しそうな様子だった。

その態度に疲れて寝ている妹紅をおぶった慧音が呆れたような苦笑を漏らす。

 

 

「いやぁ、宴の後の酒はまた格別だねぇ!」

 

「おい、萃香。あたしにも一口くれよ。あ、神さんもどうだい?」

 

「頂こう。久しぶりに美味しそうな酒だ」

 

「楽しそうだね。良かったら一曲如何?」

 

「賑やかなの弾いちゃうよ!」

 

「気持ちは分かるけどテンポは守ってねメルラン姉さん」

 

鬼と神は勝利を祝って早速酒盛りを始め、そこに騒霊も加わり更に気分を盛り上げていた。

 

 

「あれ? そういえば弾幕ごっこの時、幽々子や妖夢は見なかったな?」

 

「ああ、私はお腹が空いていたから気分が乗らなくて」

 

「主のあまりの予想外の動機に動揺してたら一緒にやられました……」

 

「なんてマイペースなの……。あぁ、もう人形が一つしかない」

 

「私も手伝いますよ。今回は貴女にも助けられましたし」

 

「咲夜に同意ね。特別に図書室を貸してあげるわ。そこを使うといい。小悪魔にも手伝ってもらいましょう」

 

「あっ、いいな! ねぇパチュリー! わたしもやりたい!」

 

魔理沙は魔理沙でアリスと一緒にレミリア一家との談笑に興じ、改めて今回の祭りに思いを馳せていた。

 

 

 

「……ま、負けはしたけど楽しかったしな」

 

「ええ、それは確かに。ビルス様とても良い顔をしていましたよ。特に最後が……ぷぷっ」

 

「おい、呆れてたんじゃないのか!」

 

皆がそれぞれ思い思にまるで後夜祭を楽しんでいる中で、その光景を眺めていたビルスもまんざらでもない様子だった。

いつものようにウイスの小言にムキになってビルスが言い返していた。

その時、八雲紫が従者の式神の二人を連れて恭しい態度で彼らの元を訪れてきた。

 

 

「ビルス様」

 

「ああ、ゆかりか。今日はご苦労さん」

 

「いえ、そんな。私の方こそ今日はいろいろと……本当に色々とありがとうございました」

 

「あ? ああ、うん。まぁ……うん、なんかアレだ。悪くなかったよ」

 

「ビルス様そこは素直に」

 

「分かってる! ゆかり、色々大変だったな。すまん」

 

「いえ!」

 

思わぬ破壊神の素直な謝罪に若干憔悴していた紫は弾かれたように姿勢を正して恐縮した。

 

「藍様、わたしあんな紫様初めて見ました」

 

「橙、それは言っちゃいけないよ。それを言うなら私の方だってそんな紫様を今日だけで何回見たやら。ふふ……」

 

橙の純粋な感想に対して何故か藍の方は主の滅多に見ないこれまでの姿に何故か表現のしようがない充実感を感じていた。

 

 

「んー、さぁて、祭りも終わったしそろそろ行くかな」

 

軽く伸びをして旅立ちの合図をするビルスに紫がハッとした顔して言った。

 

「あ、出立されるのですか?」

 

「うん、いろいろ楽しめたしね。居心地も悪くないけど何かもういいかなって気もするし」

 

「ビルス様、失礼ですよ」

 

「いえ、お構いなく。そうですか……もう行かれる……」

 

「んん? これは意外だな。面倒なのがようやくいなくなるから安心するのかと思てたよ」

 

ビルス自身も自分が紫に今までいろいろと不安な思いをさせていた事は自覚していた。

だがやはり、その様子を大体面白がってもいたわけだが、珍しく殊勝にも、その時に限っては彼はそれを態度には表さずに労いすら感じさせる雰囲気を自分から出した。

そんなビルスの気遣い(?)に、紫は彼の顔を真っ直ぐ見ながら答えた。

 

「正直に申し上げれば、確かにかなりの心労を味わいました。でも……」

 

「でも?」

 

「結果としては私も此度のお祭りは楽しかったという雰囲気は理解できますし、何より私自身貴方様から贈り物も頂いてますから……」

 

「ああ、中主神から貰った知識の事か。あれ? そういえばあいつは?」

 

「もう去られたみたいですよ。謝意の念を頂きました。気付かれてなかったんですか?」

 

「全然……あ、本当だ」

 

「ビルス様ちょと酷いです」

 

ビルスは今気付いたという様に軽く顎を掻いた。

それに対してウイスが呆れるといういつもの光景がそこにあったが、それを見つめる紫の目は穏やかだった。

 

確かに今回は彼女にとって災難と言うべきことが多々あったが、その過程でビルスの計らいによって召喚された中主神によって紫はビルス達側の知識を得た。

それはあらゆる叡智に勝る至宝ともいえるべきものであった。

今の紫はそれを使って幻想郷の平和を保つ術、自分の力を伸ばしたり或いはそれを他者にも適用させる術など、無限とも言えるあらゆる方法が即座に思いつける域に達していた。

加えて苦労こそしたが、今回の経験は他の皆が顔に出している通り楽しくもあった。

要は結果としては失ったものより得たものの方があまりにも多く、価値の比較が考えられない程だったので、結論としては彼女はビルスに感謝の気持ち以外は持たなかったのである。

 

「ビルス様、今回は色々とありがとうございます。次も満足される旅になる事をお祈り申し上げますわ」

 

「ん、ありがとう。気が向いたらまた来るよ」

 

「えっ」

 

思わず本音が漏れそうになって焦る紫をビルスは面白そうに笑いながら最後に言った。

 

「はは、だけど楽しかったのは僕もだ。またね」

 

「どうもお世話になりました。それでは……」

 

ウイスも紫に礼儀正しく一礼すると、あっという間に光に包まれて空へと昇っていった。

 

 

「ん? 何さっきの? あれ、紫? ビルスさん達は?」

 

「……ふふ、さぁ♪」

 

紫は空を見つめていたかと思えば程なくして霊夢の方を振り返り、いつもの腹の裡が読めない笑顔で楽しそうに言った。




予告通り最終話は投稿できましたが、ごめんなさい。
新編は仕事の都合で次週になります。
ただもう、舞台は決まっているので投稿自体は次週で間違いないので宜しくです。


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「Fate/Zero」 編
第1話 誤った対応


切嗣が破壊神ビルスを召喚してしまったらという話
その場合は触媒は何になるんだろう……取り敢えずプリンかな


魔術師衛宮切嗣は最高の手札を召喚した。

これをもって自らの宿願にして悲願を成就させる。

そう強い信念を持ってとある戦いに身を投じようとしていた。

 

「問おう。汝が私のマス……」

 

西洋風の鎧を身に纏った清廉な雰囲気の美しい少女が目の前の男に問い掛けようとした時だった。

 

ドォォォォン!!

 

突如大きな音と共に彼女以外にもう一組、男の前に現れた者がいた。

それは、いうなれば世界の抑止力そのものでありながら、世界の意思に関係なく暴虐無人に振舞う力を持つただの一人の破壊神だった。

 

 

「ほぉ、今度はまた殺風景な所だな。ウイス、お前本当にもうちょっと移動場所選べないのか?」

 

「ええ? 今回は結構気を遣った方ですよ? 人気が無い夜、人気が無い場所をランダムに選んだつもりなのですが」

 

やや心外といった顔で弁明するウイスの言葉に破壊神ビルスはそれでも呆れた目で周りを眺めながら言い返した。

 

「夜はいいんだけどさ。でも此処、いくら人気がない場所と言っても明らかに誰かの家なんじゃないか?」

 

「おや」

 

ウイスはその事に初めて気づいたとでもいうように、大袈裟に驚いた顔をするとその時になって初めて周りを見た。

彼れらは今、薄暗く、周りに物影も見当たらない殺風景でやたらに広い場所に居た。

そこには、呆然とこちらを見つめている男女と、同じ表情をした騎士の様な外見をした金髪の少女がいた。

 

「……」

 

三人とも未だにこの予想外の外の来訪者に言葉が出ず、驚きに満ちた目で見ていた。

 

 

「ほほほ、確かに人がお住いのようですね」

 

「おい!」

 

周りの雰囲気など気にもかけずにビルスは怒り気味のツッコミをする。

ウイスはそれもいつもの事と慣れた様子でにこやかに受け流すのだが……。

 

 

「ちょっといいかな?」

 

流石にこのまま無視される続けるのも気に入らないので、男、衛宮切嗣が警戒しているのを隠さずに落ち着いた声で訊いてきた。

ビルスはそこで初めて自分達以外のモノに気付いたと言った風に彼の方を振り向いた。

 

「ん?」

 

「先ず一つだけ尋ねたい。君はサーヴァントじゃないな?」

 

「サーヴァント?」

 

ビルスは聞き慣れない言葉に耳をピクピクとさせる。

切嗣はそれを確認して今度は懐に手を忍ばせて更に警戒心を強くし、最初と比べて明らかに冷たい声で訊いた。

 

「そうじゃないみたいだな。じゃぁ、もうひとつだけ訊こう。“お・ま・え”は、僕達のてき……」

 

『か』までは切嗣は言えなかった。

一方的に敵意を向けられ、名乗りもしない相手に同じく質問をされ続けたビルスが機嫌を悪くしたのだ。

ビルスは切嗣が最後までセリフを言い終える前に彼らが思わず我を忘れてしまうくらいのとんでもない『ある事』をした。

 

ビルスが尻尾で地面をペタンっと軽く叩いた。

すると自分達と切嗣達がいる一部の空間を除いて、それ以外のもの、つまり切嗣がサーヴァント召喚の場として提供された“ある大魔術師”の本拠地であるアインツベルン本城を全て霧の様に消してしまったのだ。

城が光の粒のようなものを一瞬きらめかせながら消えると同時に、更にビルスはその周辺に広がっていた広大な森すらもほんの一部を除いて全て砂漠に変えてしまった。

 

 

「……?!」

 

「え……?」

 

「な、これは……」

 

城が意味が解らずに消され、自分達がいきなり外の森どころか砂漠の真っただ中に放り出されるというこの異常な展開に、三人は言葉らしい言葉を出すことができなくなった。

 

「さっきから失礼な奴だな。自分は名乗りもせずにまるで僕らが悪い奴らみたいにさ。破壊されたいのかな?」

 

切嗣ほど冷たい声ではないにも関わらず、ビルスの不機嫌な声はその場にいたウイス以外の全員を抵抗する事も出来ずに畏怖させた。

 

 

「……」

 

そしてもう一人、このビルスによって起こされたこの異変の最大の被害者が切嗣達が居た場所から少し離れた所に居た。

 

その人物はユーブスタクハイト・フォン・アインツベルン。

大魔術師、通称『アハト翁』と呼ばれる聖杯戦争始まりの御三家の一つであるアインツベルン家二代目当主にして現当主である。

 

彼はアインツベルン家の悲願ともいうべきある目的成就の為にこれまで長い時を生きてきた。

それこそ“それだけを求める”余り、それ以外の事が一切頭に入らない盲執に囚われてしまう程に。

 

彼は今まで幾度もの聖杯戦争において必勝を期して様々な策を講じてきた。

だがその挑戦は、必勝だけを目的とした所為かいずれも詰めが甘いところがあり、それが原因で今に至るまで全て徒労に終わって来た。

だがそれでも彼がその悲願を放棄せずに臨み続けて来れたのは、ひとえに先ず自身の魔術師としての実力、自分以外の御三家を圧倒する莫大な資産を有していたからであった。

 

その資産の中でも、ドイツ本国にあるアインツベルン本城はアインツベルン家にとって最大、最重要であり、自身の魔術工房を兼ねた本拠点であった。

そう、それは、正にそれはアインツベルンの歴史そのものといっても過言ではない程に。

だがその最も護らなければならない拠点が、一瞬と言う言葉では甘く感じる程の刹那の間に彼の目の前から消えたのだった。

そして彼の前に広がっていたのは広大な“残された森”ではなく、なんと見た事も無いくらい“白い砂漠”だった。

 

彼は自分の身に何が起こったのか全く理解できなかった。

理解できたのは己の歴史を表すかの様な自身の白髪と同じく、自分が今膝をついている砂漠の砂が同じ色をしているという事。

 

「……」

 

アハト翁は焦点の合わない目で砂を掴む。

砂は指の間から瞬く間に流れ落ち、彼の掌には僅かな砂しか残っていなかった。

アハト翁はじっとそれを見た。

まるで見続けていれば夢が冷めるとでもいう様に、覚めなかったとしても何があったのか悟る事ができるとでもいうように。

だが夜の闇も、静寂も、月も、風も、全て彼には何も教えてくれなかったし助けてくれなかった。

 

結果、稀代の大魔術師アハト翁は発狂した。

意味が解らない言葉を吐きつつ、常に忙しなく同じ所をぐるぐると歩き回るようになってしまった彼が正気に戻るのは暫く先の事だった。

 

 

『突如ドイツに現れた大砂漠! これは一体何が起こったというのでしょうか?!』

 

日本から遠く離れた地の出来事だったにも関わらず、異変の規模が規模だっただけにその事件は日本でも早速テレビなどのメディアに取り上げられていた。

 

「……」

 

「……」

 

それを苦虫を噛み潰したように見つめる聖杯戦争監督役の言峰璃正と、密かに彼と協力関係を築いていた魔術師の遠坂時臣。

事態が急変し過ぎて自分達は勿論、事件が起きたドイツの同組織や魔術協会も対処が間に合わず、こうして世の秘密を白日の下に晒された事に、それを日々秘匿し世の平穏を保ってきた者としての矜持が傷つけられているだ。

 

そして二人の隣には二人とは対照的に無表情にテレビを見つめる璃正の息子の言峰綺礼がいた。

彼は、見た目こ二人とは違って感情を表に出さず冷静に見えた。

だがその裡では自分達が管理し、捜査する予定だった聖杯戦争を根底から覆すどころか、まるで児戯の如く容易に弄ぼうとせんとする言葉では表せない大きな力を密かに予感していた。




という事で今回はFate/zeroが舞台となります。
プロローグ、導入編という事でかなり短めですが、これからどんどん文が増えていく予定です。


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第2話 神速の開幕

「! イリヤ? イリヤァァァ!」

突然の砂漠とビルスの威圧にたじろいでいた切嗣だったが、何かを気付いたらしくビルスの事など目もくれずに急に叫び始めた。
それを聞いた彼の隣りにいた女性、アイリスフィール・フォン・アインツベルンもまた、切嗣と一緒に必死な表情になって彼と同じ言葉を叫んだ。


「イリヤ! イリヤァァ!!」

 

どうやらそれが人の名前らしいと気付いたウイスはチラリとビルスを見て訊いた。

 

「ビルス様?」

 

「破壊したのは『城と森だけ』にしたつもりだから他に人がいても生きてるとは思うけど」

 

 

「イリヤ! イリヤスフィィィル!!」

 

「イリヤァァァァ!!」

 

切嗣とアイリスフィールはまだ叫んでいた。

ビルスはアイリスフィールの方は見ても女性らしいなと思ってそれ以上は特に何も思わなかったが、切嗣に関してはやや興味深そうに見ていた。

彼には今、先程自分に向けていたような敵対的なトゲのある雰囲気は微塵も無かった。

今ビルスの目に映っている彼は、ただの普通の人間で、その必死な形相は頼りなくも間違いなく一緒にいる女性から感じたような親としての感情だった。

 

「落ち着いて下さいマスター。誰を探しているんです?」

 

一方つい先ほど二人に召喚されたばかりのサーヴァントことセイバーは、自身には何の非も無かったのにも関わらず何故か空気だった。

 

 

「……」

 

そんな彼を見ている内にビルスが彼に抱いていた不快感は若干揺らいでいった。

 

「ん?」

 

ビルスは砂の中を何かがモゴモゴと動いているのに気付いた。

それは砂の中を泳ぐように進み、その割には方向は明確に定める事ができないようで、フラフラとあちこちに方向を変えながら、やがてビルスの足元に達した。

 

ドンッ

 

砂の中で人のようなものに当たりその感触を感じた砂の中のソレは、やっと目的に達したと確信して思いっきり飛びだした。

 

「ばぁぁぁぁ! つっかまっえったー! ねぇ? ねぇ? 驚いた? 驚いたでしょ? ね……」

 

砂の中から現れたのは今切嗣とアイリスフィールの娘であるイリヤスフィール・フォン・アインツベルンだった。

彼女は突然砂の中に放り出され、それを面白がって今に至るまでずっとはしゃいで遊んでいたのである。

そして遊びの一環として遠目から自分の親と何かを発見し、驚かせようと悪戯を決行したのだ。

 

そして飛び出て抱きついたのは、特に根拠もなくきっと自分の父か母だと思っていた。

だがそれは違った。

 

「へ?」

 

「……」

 

彼女が抱きついたのは破壊神だった。

 

 

「イリヤ!」

 

「ああ、イリ……な?! ダメだ! そいつに近づくな!」

 

愛娘を見つけて安堵したのもつかの間、切嗣は今最も警戒すべき相手に娘が密接しているのを目に止めて警告を発した。

 

「おい」

 

再び悪者扱いされてビルスの機嫌がまた傾く。

 

「そこの! 彼女を放しなさい!」

 

それに真面目で清廉潔白な完璧なセイバーが拍車を掛ける。

状況は最悪の一途を辿ろうとしていたが、切嗣はともかくセイバーにはやはり何の非も無く。

マスターの縁者を護ろうと当たり前の、寧ろ人として見本にしたくなるような立派な事をしていた。

 

ピキッ

 

ビルスの額に青筋が浮かんだ。

 

(おやおや、今回は飛ばしますねぇ)

 

そしてウイスは何故かまだ呑気だった。

 

「この……」

 

いい加減怒りが我慢できなくなったビルスが今度はこの地域一帯ごと空白にしてやろうかと、とんでもない事態を引き起こそうとしていた時。

 

クイクイ

 

ふと、足元の衣類の生地をイリヤスフィールに引っ張られた。

 

「ん?」

 

「ねー、おじさんのその姿どうしたの? お化けなの?」

 

「……」

 

ビルスは毒気を抜かれたようにイリヤを見つめ返す。

 

「?」

 

イリヤは見つめ返されてキョトンとするのみだ。

そして彼がどんな答を返すのかキラキラした目で逆に見つめていた。

 

「ふぅ……」

 

ビルスは溜息を吐くと怒るのがバカらしくなってピンと立てていた耳と尻尾から力を抜いた。

そしてイリヤに向かって屈みこむと……。

 

流石にセイバーと切嗣が前に出ようとしたが、それをウイスが軽く杖を振って止めた。

人間である切嗣はともかくセイバー、それもサーヴァントの中でも最良の一騎といえる彼女がたかが謎の人物の杖の一振りで動きを封じられ、セイバーは驚愕に目を見開いた。

 

ムニッ

 

「ひゃひっ?!」

 

白く柔らかい頬を突如ビルスに左右に軽く引っ張られてイリヤは涙目になって抗議の声を上げる。

それをビルスは面白い玩具で遊ぶようにぐにぐにと尚も引っ張ってからかうのだった。

 

 

「……!」

 

「……!」

 

切嗣とセイバーは、その光景を娘が痛ぶられていると誤解して無我夢中で何とか動こうとするがやはり徒労に終わった。

その傍らでアイリスフィールだけは母親らしく既に余裕を取り戻て落ち着き、まだどこか心配そうな顔をしながらも二人ほど不安な目ではビルスと娘を見ていなかった。

 

 

それから暫く後、面々は何とかその場が落ち着くと、一同は場所を変えて郊外のアインツベルンのとある別荘に居た。

その別荘も今や土地ごと跡形もなく消えて無くなったアインツベルン本城ほどではなかったが、豪華にして荘厳で、城とは言わないまでも屋敷のような外観だった。

そこに来たのはついさっきだった。

通常なら車で移動でもそれなりの時間がかかるところだったのが、それを例によってウイスが『星から出ないのでしたら何処であろうと一瞬です』と、本当に一瞬で一同をここまで転送させたのだ。

そこまでの魔法のような、奇跡のような現象を見せつけられれば、切嗣もセイバーも流石に城の消失の件も合わせて相手の力を認めるしかなかった。

因みにほぼ忘れられていたアインツベルン家の当主であるアハト翁は、イリヤと一緒にちゃんと生きていた城のメイドのセラとリーゼリットによって『安静にできる場所』に移送されていった。

 

今切嗣は、妻のアイリスフィールと共にソファーに座り再びビルスと対面していた。

因みにセイバーは一応護衛役として彼らの脇に立ち、イリヤはまだちょっと涙が滲む目をしてアイリスフィールが座っている方のソファーの陰に隠れてビルス達を見つめていた。

 

「破壊神?」

 

開口一番切嗣は困惑した声で言った。

それに対してビルスは彼らに出されたお茶菓子と紅茶を美味しそうに頬張りながら、ただ『そうだ』と短く肯定した。

 

「つまり貴方は神様だと言うの? その……破壊の……」

 

「だからさっきからそう言ってるじゃないか」

 

「破壊のというのは不穏ですね。しかしだとしてもにわかには信じられません。大体その……神らしくは無いではないですか」

 

ビルスの外見を見てセイバーが率直な感想を述べる。

ビルスはその意見に特に気を悪くする事も無く、お茶を振る舞われた事によって上機嫌のまま答えた。

 

「それは君達が神に対して勝手に持っているイメージを押し付けているだけだろ? 神にだっていろいろいるんだよ」

 

「神様はイリヤのほっぺた、ムニーなんてしないもん!」

 

「ああ、それは悪かった。つい何となくな。もう一回やっていいか?」

 

「やだ! イリヤ、ビルスさんキライ!」

 

「ははは、僕はこんな美味しいお菓子用意してくれた君達はそんなに嫌いじゃないけどな」

 

「イリヤをお菓子なんかと一緒にしないでよ!」

 

「イリヤごめん。ちょっとだけ静かにしていてくれるかな? お父さん、この人と少しだけ大事なお話がしたいんだ」

 

「イリヤを邪魔者扱いするの?」

 

「はは、違うよ。レディなイリヤならお父さんのこんなお願いくらいきっと簡単に聞いてくれると思ったからだよ」

 

「……それなら仕方ないわね! いいよ!」

 

「ありがとうお嬢様」

 

 

「……」

 

穏やかな表情でそんな柔軟なやり取りをする切嗣をビルスは何気なく見ていた。

 

(こいつは言動程嫌な人間じゃないな)

 

ビルスはそう密かに結論付けた。

 

「失礼。それで、最初の話に戻るが、神だったか。破壊神というのが本当だとしてもどれくらいの神格なんだ?」

 

「二番目だ」

 

「え?」

 

あまりにも端的な答えにアイリスフィールが戸惑った。

その心中を察したセイバーが代わりに代弁した。

 

「その二番目というのは?」

 

「僕の上に全ての神、全ての王の方がいる。僕はその方に仕える一番偉い破壊神だ。だから神格で言うなら二番目だな」

 

「随分簡単に言うんだな。それが本当なら君より強い者はほぼいない事になるぞ」

 

「まぁ、実際のところはそうだよ。と言っても僕と同列の神が何人かいるから、僕一人だけがその二番目というわけじゃないけどね」

 

「……」

 

あまりにも突拍子のない話に切嗣達は黙り込む。

あんな力を見せられて全く信じない訳ではなかったが、それでも彼の話は判り易過ぎるほどに単純でスケールが大きかった。

だから逆に困惑したのである。

 

「なら……」

 

切嗣は半分冗談のつもりで、“魔術師殺し”らしく合理的な提案を試みてみる事にした。

 

「その神のお力もう一度見せて欲しい。この事件、直ぐに解決できるかい?」

 

そう言って切嗣はテーブルに置いてあったノートパソコンを開くと何か操作をして、その画面をビルスの方に向けた。

 

「ん?」

 

ビルスが見せられたのは今故郷の日本の冬木市で起こっているとある連続猟奇殺人事件の記事だった。

 

 

 

「キャスターが消えた?」

 

思わぬ報告に言峰璃正が聞き返す。

報告してきたのは息子の言峰綺霊、彼もまた報告をしながらも珍しく困惑した表情を浮かべていた。

 

「経緯はこうです」

 

綺礼の報告によると、どうやらキャスターは今日本の冬木で騒がれていた連続猟奇殺人事件の犯人に偶然召喚されたらしかった。

そのキャスターとマスターが召喚された直後に、原因不明の現象によって唐突にその場から消えていなくなったのだという。

二人は消える直前にも犯行は行っており、正にその時、殺された一家の唯一の生き残りだった子供も今正に殺されんとしていたらしい。

だがその時、異変が起きた。

何とその子供の目の前でまるでその二人が霧散するように突然消えてなくなり、更に驚くべき事に、殺されたはずのその子供の家族が全員生き返っていたのだという。

 

「……まさか死徒に?」

 

あまりもの驚天動地の報告に璃正は教会の人間らしい答えを導き出したが、それも呆気なくも綺礼によって否定された。

 

「いえ、報告によれば。生き返ったとされる被害者の子供の家族はただの人間そのもの。人外らしき異常は全く見受けられなかったとの事です」

 

「一体何が……」

 

璃正も流石にこの第四次聖杯戦争に不穏な、というより嫌な予感を抱きつつあった。

自分達が偽装工作をしてアサシンの脱落を演じるより早く、聖杯戦争の決着の一つが、まさか何の痕跡も残さずに謎だけを残して呆気なく着いてしまった事に不安を感ぜざるを得なかった。




書けるときに書いてみました。
次の話もこんな感じでいけるといいんですけどねぇ……。


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第3話 自由奔放と誘拐

キャスターとそのマスターが消えた原因は勿論切嗣達だった。
だが自ら彼らの排除を提案(半分冗談のつもりだったが)し、それが成功したというのに、何故かセイバー陣営は重苦しい雰囲気に包まれていた。


「……」

 

「切嗣……」

 

口前で手を組んで沈黙している切嗣にアイリが心配そうに声を掛ける。

彼女は切嗣ほど暗くは無かったが、しかしその眼は明確な不安に震えていた。

理由は単純だった。

 

 

切嗣はビルスの力を改めて確認する為に先の提案をした。

ビルスはそれに対してお茶の礼がそのくらいでいいならと一つ返事で引き受けたのだが、それがある意味不味かった。

 

先ず、切嗣はインターネットで見せた事件の記事を見て、彼らがどういう行動に出るのかを窺った。

ここまでの時点で彼は、自分達を今いる場所まで連れて来たような方法を体験していたので、今度もまた同じ様な事が起きるのではという程度の事は最初から予測はしていた。

だが甘かった。

なんと日本に行くどころか、ビルスと一緒に居たウイスという人物が、その場で持っていた杖に付いている球体に今まさに凶行を行っていた事件の犯人の映像を映してみせたのだ。

ここまで5秒足らず。

アイリはその光景が何かを瞬時に理解してイリヤが球体を覗く前にすかさず彼女を抱き締めて視界を遮った。

 

現場は凄惨の一言に尽き、無表情で冷静にその光景を見ていた切嗣もその心中は決して穏やかではなかった。

一方ビルスはというと、流石に自分達の理解を超えた超常の存在と言うだけに特に表情も変えずにただその光景を眺めていた。

 

「こいつらを破壊したらいいんだな」

 

「まぁ、今回は特に気を遣う必要はないでしょう」

 

ウイスもビルスの発言を諌める事も無く抑揚のない声であっさりと認めた。

 

そしてここからが第二の衝撃が起こる。

ビルスは球体を見ながらサーヴァントと思わしき男とマスターらしき一般人の映像を爪の先で一回ずつコンコン、と叩いた。

するとそれだけで水晶に映っていた二人はまるで霧が晴れる様に消えてしまった。

 

あまりの現象にアイリは口元を押さえて呆然とし、セイバーも絶句していた。

切嗣はというと彼女達に負けないくらいに驚愕して表情どころか体全体が衝撃で固まって動かす事ができなかった。

 

だがまだ衝撃はそれで終わりではなかった。

最後にもう一つ驚くべきことが起こったのである。

 

サーヴァントとマスターが消えた事を確認したウイスが、殺されずに生きていた残っていた子供を見て『ふむ』と声を漏らした。

そして彼は片手を広げて球体を覆って何かを短く念じた。

すると犯行現場で驚くべき現象が起こった。

なんと既に殺されていたと思しき子供の家族の遺体が一瞬青く光ったかと思うと、何事も無かった様な姿で生き返ったのだ。

 

目の前の何かは間違いなく神だった。

でなければ奇跡などという手を伸ばしても容易に届かないモノをこう易々と実現させられるわけが無い。

だがそれでもこれは――これは少しばかり度が過ぎていた。

物理的な手がかりが皆無な状況で求めていたモノを探し出し、理解できない手段で目的を達し、そしてついでというばかりに悲惨だった結末まで覆してしまったのだ。

ここまでものの30秒程。

これは少々、奇跡という言葉で片付けるのも切嗣には安易に思えた。

いや、寧ろ逆に悪夢と呼んでさえ良い気がした。

それほどのものを見せつけられたのだ。

 

 

「……」

 

切嗣は考えた。

今後もビルスの機嫌を上手く取って先ほど見たものと同じ事をしてもらえばこの聖杯戦争は5分以内に終わられるだろう。

いや、もしかしたら今度は個々に実行するのではなくまとめて一瞬でという事も考えられた。

そうなると5分どころではない、それこそ1分すらかからず数秒の内に終わるだろう。

 

「……ふっ」

 

切嗣は思わず吹き出してしまった。

自分が今に至るまで懸けてきた代償と犠牲、自分自身のこれまでの人生が質の悪いコメディに思えた。

 

(僕は今まで何をしてきたんだ。この為にどれだけの準備と覚悟をしてきた……)

 

だが利用できるものは利用する。

切嗣は気持ちを切り替えて邁進を選ぶ事にした。

最短なら最短で結構。

外道と呼ばれようと常に最善の選択を選び、最良の結果を出してきた彼にとって、犠牲皆無で目的が達成できるのは願っても無い事だった。

 

「ビルス……」

 

どうにかしてビルスを懐柔してこの聖杯戦争の勝利者とならんと切嗣が彼の方を向いた時、そこに彼の姿は無かった。

 

「……?」

 

辺りを見回す切嗣に茫然とした様子でアイリが言った。

 

「ビルスさんならイリヤを連れて日本に遊びに行ったわよ……」

 

「……は?」

 

アイリの言う通りそこにはビルス達とイリヤの姿は無く、ついでにセイバーの姿も無くなっていた。

 

 

 

「わー! ねー、ウイスさん。ここが日本なの?」

 

ビルスはウイスの術で一瞬で勝手に日本に暇潰しに来ていた。

初めて見る外国という外の世界にはしゃぐイリヤにウイスが微笑んで返す。

 

「ええ、そうですよ。ここがえーと、なんでしたっけ。キリツグさんが仰っていた聖杯戦争の舞台となる国です」

 

「なんか何もない所だな」

 

「今回はちゃんと人目に付かない所を選びましたからね。えーとここはニホンの……フユキという所ですね」

 

ビルス達は冬木市の郊外にある倉庫街にいた。

時間帯は夜、場所が場所だけにビルスが言うように静まり返っており周りには積み上げられたコンテナと仄かな月明かり以外何もなかった。

 

「あ、あの……」

 

ついマスターの大事な御息女が誘拐同然に連れ出されようとするのを見過ごせず、同伴を申し入れたセイバーが居心地が悪そうに話に入って来た。

 

「流石にこれは不味いのでは? 切嗣もアイリスフィールも心配していると思うので……」

 

「別に問題無いだろ? どうせあいつもこっちに来るんだろう?」

 

「あ、なんでしたらセイバーさんだけ元の居た所に戻りますか?」

 

「いえ、そういう事ではなく……」

 

セイバーは困り果てた。

切嗣なら令呪を使って自分だけ呼びもどす事もできるだろうが、恐らくそれは絶対にしないだろう。

何故なら今目の前にいるビルスとウイスが信用できないという意味においては恐らく二人の見解は一致しており、それ故にイリヤの護衛としての役目が自分になるのは必然だったからだ。

だからこそセイバーはウイスのこの提案を飲むわけにもいかなかった。

自分だけ戻ったとなるとそれこそ確実に切嗣に失望されて完全に見限られてしまうだろう。

それは不興を買うどころの話ではなかった。

騎士の沽券に関わる事だった。

 

「ま、取り敢えずブラブラしようか。行くぞー」

 

「はい、畏まりました」

 

「わーい♪」

 

「……」

 

セイバーは溜息を吐いて何かを諦めた様子で黙って彼らに着いて行った。

正論でビルスを諭して彼の不興を買っては元も子もない。

なら彼女にできる事は可能な限りイリヤを護る事だけだった。

 




お久しぶりです。
いえ特に何もありません。
ただ投げる気はないのでこれからも自分のペースで続けていきます。


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第4話 無理矢理強化

寂しい場所であるはずの倉庫街での散歩だったが、初めて見る物全てに無邪気に反応するイリヤの明るさと、それに対して面倒そうながらも反応するビルスの二人によっ4人を覆う雰囲気はとても和やかであった。


「ねぇ、あれ何? あれなにーっ?」

 

「僕に訊くなよ。知るわけないじゃないか」

 

ウイスはいつも通りニコニコしていたし、例外にその雰囲気に馴染めないでいたのはセイバーことアルトリア一人だった。

そんなアルトリアの雰囲気に気付いたイリヤがこれまた無邪気に話しかけてきた。

 

「どうしたのセイバー? なんか元気が無いようね?」

 

「あ、いえ……」

 

そう答えるアルトリアであったが、思わぬマスターとの別行動、イリヤの護衛などの事情もあり、その言葉には覇気がなかった。

 

「そういえば聖杯戦争ってやつをここでするんだったな。戦争って事は何かと闘うんだろ?」

 

一方ビルスはビルスで憂鬱そうなアルトリアなど気に欠ける事もなく、聖杯戦争の事を暇潰しに彼女に訊いてきた。

アルトリアは、自分が今こういう気分である原因の根本である彼に対しても生真面目な騎士らしく律儀に応対した。

 

「あ、はい。聖杯戦争という名が表す通り……」

 

 

アルトリアは大凡の自分が知り得る限りの聖杯戦争の説明をビルスにした。

その話の途中途中で、自分もある程度は既にその戦争に関する知識を授けられていたイリヤも解説するなどして手伝った。

そのおかげもあってビルスは割とすんなりと聖杯戦争に関して理解ができた。

 

「なるほどねぇ……面倒な事するな」

 

「え」

 

その言葉にアルトリアは思わず固まる。

 

「だって君の雰囲気だとまるでその参加者のサーヴァント一人一人と闘うみたいじゃないか。どうせなら一気に対戦して終わらせたらいいんじゃないか?」

 

「さ、流石にどんな強力なサーヴァントであったとしても、サーヴァント自体が現世の人とは比較にならない強力な存在ですから、それらと複数と闘うとなると……」

 

「ああ、共闘される可能性もあるか。ふーん……じゃぁ君が強くなったらいいじゃないか」

 

「え?」

 

またアルトリアは上手く反応できなかった。

しかし今度は少し事情が違った。

自分は元々セイバーとして自惚れなく確かな実力である自信がある。

それに対してあっさりともっと強くなればいいというビルスの言葉には少々自尊心に響いたのだ。

 

「いえ、まぁ……貴方には敵わないにしても、私も現世に残る騎士王の話の代表格としてそれなりの実力はあります」

 

「ん? そうなの? でも僕にはまだ君が本来の力を出していないように見えるんだけどな」

 

「え……? あ……」

 

アルトリアはビルスの指摘にある心当たりに思い至り声を漏らした。

 

「そうですね。サーヴァントは伝説や由来の発祥の地で召喚されれば知名度や土地の相性なども関係してその強さも当然上がります。ビルスさんはきっとその事を本質として察知したのでしょう」

 

「ああ、じゃ、やっぱり本当の意味で全力は出せてないわけか」

 

「こればかりは仕方ありませんね。何しろ舞台はこの国に固定されていますから」

 

「ふーん……ん?」

 

顎に手を当てて何かを考えていたビルスは自分のズボンを引く感触に気付いてそこに目を向けた。

そこにはイリヤが自分だけ途中から話の蚊帳の外に置かれて不満そうにしている顔があった。

 

「ねぇ、イリヤも仲間に入れてよ!」

 

「あー……ん?」

 

やはり面倒そうに適当に言葉を返して考え事を再開しようとビルスだったが、自分を見るイリヤを見て彼女にも何か違和感を感じた。

 

「ん?ん?」

 

「な、なぁに?」

 

急に眼をパチパチさせて自分を見てきたビルスにイリヤは少し驚いて後ずさりした。

 

「いや、君……人、じゃないな?」

 

「っ」

 

その言葉にイリヤは初めてビルスに対して本気で警戒する態度を見せた。

胸の前で手を組み、自分を守るようにしてさらに後ずさる。

ビルスはビルスでそんな彼女に構うことなく更に言葉を続けてきた。

 

「なんだこれ。見た目は変わらないのに母親と違って随分となんか……」

 

「だめ! 弄らないで!」

 

ビルスが自分の何に気付いたのかを察知したイリヤは突然そう叫んだ。

 

「え?」

 

「これはお爺様が用心の為に私に施した大事な仕組みなの。切嗣がこの戦争の勝利者になる事が確定しない限り『これ』は絶対に弄っちゃダメなの」

 

「はぁ……んー、つまり……?」

 

「ビルス様、イリヤさんは見た目の割にお母さまよりずっと強い魔力を持っているようです。ビルス様が気付いた仕組みはそれを維持する為のものみたいですね」

 

遠目にしか見ていなかったはずのウイスがイリヤの秘密をあっさりと看破してビルスに説明してあげた。

その言葉にイリヤは少し悔しそうにしながらも無言でコクコクと頷いいた。

 

「ふーん、だからなんか人としての成長の限界点が低く見えたのか」

 

「なんか無理矢理な感じですからね。副次的な効果でしょう」

 

「でも要は魔力があればいいんだよな?」

 

「「え?」」

 

この言葉にはイリヤとアルトリアも同時に反応した。

そして二人して彼が何を言っているのかしたいのか咄嗟には理解できなかった。

 

「ふふ、自分では上手くやったつもりでも成長が止まる効果が出るなんて雑だな。なら最初から尽きない魔力の炉があればいいじゃないか」

 

ビルスはこう言うと人差し指を一本イリヤに向けてきた。

本能的に護衛としての役割を果たそうとしてアルトリアが前に出ようとしたが、ビルスの指先が紫色に光るのが早く、その気遣いも徒労に終わった。

というか徒労と終わったのに気付く暇がない程出来事は一瞬で終わり、二人とも彼が何をしたのか全く理解できなかった。

 

「……ビルスさん、イリヤに何かしたの……?」

 

自分に何をされたのかは理解出来ないが、それでも彼が自分に対して何かを行使したのは理解できたイリヤが不安に震えたか細い声で訊いた。

だがビルスはそんなイリヤに安心させる風でもなく普段と変わらない様子でこう答えただけだった。

 

「君に施されていた何かよく分からないのを壊して、代わりに僕の力を少し入れた」

 

「は?」

 

「え?」

 

アルトリアとイリヤはまとも呆然とし、言葉にならない声をあげた。

 

「ホントに僅かな力を君の魔力を生む炉に入れただけなんだけどね。それが今炉として機能したから……」

 

「神核というところですね。ちゃんと壊れないようにイリヤさんの元々の核も補強しておきましたよ」

 

「察しがいいな」

 

「いえ、ビルス様あまりにも考えなさ過ぎでしたので。ただ入れ替えただけだったら彼女壊れてましたよ?」

 

「破壊神だからな」

 

「上手く言ったつもりですか?」

 

「ふん」

 

「え? え?」

 

イリヤはまだ状況が理解できず、目をパチパチさせていた。

ウイスはそんなイリヤに優しく説明してあげた。

 

「ビルス様が元々あった施しを壊して、代わりに前より魔力を生産する核を入れてくれたんですよ。だからこれからはお母様と同じように成長します」

 

「はぁ……」

 

イリヤはまだよく解っていないの様だった。

その所為で痺れを切らしたビルスが少しイライラした様子でこう付け加えた。

 

「だから前よりずっと強くなったんだよ。そしてお前も母親みたいになるって事だ」

 

「え……」

 

雑な説明だったが実に単純だった。

故にイリヤもやっと理解した。

 

「イリヤ大きくなれるの?」

 

「ああ」

 

「魔力もずっと……?」

 

「というかこの地球でなら最強だろう。魔力だけならいくら使っても尽きる事はないんじゃないか? それより生み出す量と早さが上だし」

 

「……っ」

 

「おいっ」

 

込み上げてくる嬉しさに耐えきれずイリヤは思わずビルスに思いっきり抱き付いた。

ビルスは彼女の突然の行動に鬱陶し気にしながらも仕方なく抱き付かれた。

 

「ビルス様大好き! お母様や切嗣の次にだぁぁぁいすき! ほんとうに、ほんっっとうに、ありがとう!」

 

「分かったから。おい、耳を掴むなよ?」

 

感謝の気持ちを向けられているのにそれをやっぱり鬱陶しそうにしているビルス。

そんな二人を一人蚊帳の外的な扱いを受けながらも、自然と微笑んで見ていたアルトリアだったが、ふとイリヤを背中から背負う形になっていたビルスがこっちを向いたことに気付いた。

 

「……」

 

何故か嫌な予感がして思わず最初のイリヤの様に後ずさるアルトリア。

だがビルスはそんなアルトリアを逃がさないとでも言うように視線を逸らさずに言った。

 

「さて、次はお前の番だ」




できる時に、思いついた時に投稿。
でも話が進んでなくてすいません。
今回は長くなる気がする……!


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第5話 異常事態に対する好奇心

ビルスが予告してきたセイバーの強化は単純だった。
つまり爆発したイリヤの魔力供給を受けて、パーフェクトかそれに近い状態にまで魔力で自分自身を強化しろという事だった。



「無理です! 論理的には可能でしょうけど魔力の供給元の変更は高度な技術と知識が必要です。残念ながらこの場にいる人員では……」

ウイスがあっさり繋いでくれました。
セイバーは目の前の二人が奇跡や悪夢を呼吸するより簡単に起こせる存在だという事に改めて恐怖した。


一方その頃、所変わってイリヤが誘拐(同然)された切嗣達はその時、必死の様子で日本への移動の準備に取り掛かっていた。

ビルス達が今はいないので彼らは現代の人間の技術とルールに従ってしか遠く離れた日本の地へ行く手段がない。

だから必死に最速で、彼の地へと行こうとしていたのである。

 

「ん?」

 

不意に声を漏らした夫に持ち物の確認をしていたアイリが顔を向けた。

 

「どうしたの? 切嗣」

 

「……たった今、僕からセイバーへの魔力供給が急に止まった」

 

「え?」

 

もうこれ以上驚く事は無いと思っていたアイリだったが、それは流石に予想外だった。

まさかもう脱落したと?

あのセイバーが?

まさかあのビルスに?

 

様々な思考が頭の中を巡り動揺するアイリを切嗣が安心させるように言った。

 

「ああ、ごめん。止まったのは魔力供給だけだ。パスは今もつなが……な?!」

 

今度は切嗣が狼狽える番だった。

彼の言う通り魔力の供給は何故か急に止まったが、それにも関わらず彼が脳内で認識していたセイバーのステータスに急激な変化が見られたのだ。

 

『全ステータスA+』

 

冗談のような能力だった。

サーヴァントのステータスは契約したマスターの魔力や持って生まれた能力によって大きく補正がかかる。

並みの魔術師ならサーヴァントのステータスは平均より低くなる事はそれほど無いが、例えばいくら魔力があっても幸運などはそうはいかない。

これはマスターの素質が強く関係するのでどうしてもサーヴァントのそれも影響を受けて低くなってしまう事があるのだ。

にも拘らず今切嗣が認識したセイバーの能力はその全てが最高値のなっている。

これは新たに得た魔力の供給によってほぼ強制的に補正が掛った事に他ならない。

魔力だけでは補正の掛けようが無いステータスを無理やり上方補正してしまう魔力とは一体いかほどのものなのか、切嗣には想像ができなかった。

 

(一体何が起こってるんだ)

 

一つ言える事はセイバーが自分より強力な魔力の供給源を得たということだったが、何故か切嗣はそれがビルスだとは思えなかった。

あの自由奔放な神がセイバーのような清廉潔白を絵に描いたような人物との間に速やかに契約が成立するとはとても思えなかったからだ。

自分で言うのもなんだが何より相性が悪い気がする。

 

「切嗣……」

 

沈黙する切嗣にアイリが心配そうに声を掛ける。

切嗣は迷いを振り切るように軽く頭を振って直ぐに彼女に反応した。

 

「ああ、すまない。なんでもない、準備を急ごう」

 

そうだ。

自分は急がなければならない。

自分が発端とは言え既にサーヴァントは一騎脱落しているのだ。

残るは6騎。

聖杯戦争はもう始まっているここで気を抜くわけにはいかないのだ。

 

「……ん?」(6騎?)

 

何気に浮かんだ言葉に切嗣は違和感を覚えた。

打ち倒さなければならないサーヴァントが減ったのは喜ばしい事だったのに何故かそれが腑に落ちなかったのだ。

 

(一体何が……)

 

そこまで考えたところで切嗣はハッとしてアイリを見た。

そう、そうだ。

この戦争の鍵であるアイリに全く変化が見られなかったのだ。

アイリは実はこの戦争の勝者に与えられる願望機たる聖杯がその体内に埋め込まれている。

それはアイリ自身を聖杯を護る殻とし、かつそうする事によって相手に彼女が聖杯だと悟らせない為でもあった。

そしてこの聖杯が願望機たる力を発揮するには、その器をとあるエネルギーを満たす必要があった。

それは聖杯戦争でマスターが従えるサーヴァントの魂だ。

この魂が6騎分集まる事によって聖杯が願望機として発動し、勝者の願いを叶える賞品となるのだ。

 

しかしこれには、ある悲しい事実がある。

正しくはアイリに密接な切嗣にだけ関係する事実が。

実は聖杯がサーヴァントの魂で満たされ願望機としての機能が充実して行く度に、それを宿すアイリの人としての機能が徐々に失われていくだ。

これは最終的に聖杯となるアイリにとっては必然の末路であったが、だからこそこれは切嗣には身を切られるように辛かった。

 

だがこれに異常が生じていた。

前述した仕組み故に例えサーヴァントが1騎減っただけでもアイリは明確な変化を感じるはずだったのだ。

だというのに切嗣がそれに今になって気付き、本人はまだその事に気付いていない程、彼女には苦痛を感じるような変化は起こってはいなかったのだ。

 

(これは一体……)

 

「切嗣本当に大丈夫……?」

 

いよいよ夫の事が本当に心配になってお互いの額が当たりそうな距離にまで近付き彼の顔を見るアイリ。

彼は不安と驚きが入り混じった顔をしていた。

アイリはそんな切嗣の顔を見るのは初めてだった。

性根は優しい故に心の苦しみを敢えて出さんと努めてきた彼は、彼女にだけは今までいろいろな弱い姿を見せてきてくれた。

だがアイリは今のような彼の顔は本当に初めて見た。

それは本当に予想だにしない事態にどう結論、選択をしたら良いのか迷っている純粋に戸惑っている顔だった。

 

「……ごめん。後で話すよ。取り敢えずもう行こう。準備はできているだろう?」

 

「え、ええ」

 

混乱しながらも首尾よく旅立つ為の準備を終えて手を差し出してきた切嗣の手をアイリは握り返した。

彼女は切嗣の様子から自分も不安や戸惑いを感じながらも、何故か彼ほど事態を不安視はしていなかった。

彼はイリヤの心配や、ビルスに対しての不安を感じているのだろう。

そしてたった今自分も気付いたが、自分に何も起きていないという事に対する異常事態にも戸惑いを。

だがやはり、アイリは切嗣ほどこの事態に不吉な考えが浮かぶ事はなかった。

こんな純粋に困った顔をする切嗣を見たのは初めてだったし、こんなに何が起こるか判らない旅に心からにワクワクしたのだ。

 

(この旅には何かきっと起こる。まだきっと起こる)

 

アイリは自分達が参加している聖杯戦争をいつの間にか旅と考え楽しむようになっていた。

 

 

キャスターのサーヴァントが脱落したというのにアイリに変化が生じなかったのは当然ビルスにあった。

彼は破壊の神であり、彼の破壊は絶対である。

ましてや今回彼がキャスターに行った破壊は物の破壊ではなく存在の破壊であった。

この戦争で召喚されたキャスターは世界によって無差別に選ばれたマスターの性格に影響された者だった。

それは世に悪名高き『青髭』

ビルスはキャスターの魂ごと消滅させ、この世界で彼のサーヴァントが『青髭』として召喚される可能性を完全に破壊してしまったのである。

この時点で世界的に悪名高き『青髭』は歴史的には確かに存在しながらも、サーヴァントとしては永遠に現界する事が無い完全にある意味物語の中だけの存在になってしまったのである。

 

この事態を抑止力は警戒した。

そして迅速に、今度は無差別にではなく冬木で最も力のある存在をマスターとして選び、この異常事態を収拾する使命を与えたのである。

その人物とは……。

 

 

「んっ、いたっ?」

 

手に突然痛みを感じたイリヤは思わず声を漏らした。

 

「ん?」

 

「おや」

 

「えっ」

 

三者三様な反応を見せる中、イリヤの手の甲に妙な三画から構成される紋様が浮かび上がっていた。

 

「なんだろこれ?」

 

不思議そうに自分の手に突然浮かんだ紋様を眺める彼女に、その時どこからか声が掛けられた。

 

「吾輩に新たな物語の執筆を依頼されるのはお嬢様ですかな?」




あけましておめでとうございます!
一番好きなサーヴァントを出す事にしました。
青髭の旦那ごめんなさい!


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第6話 世界が待っていた(らしい)者

「初めましてお嬢様。吾輩はウィリアム・シェイクスピア。間違いなく世界最高の芸術家で御座います。以後お見知りおきを」

そう堂々と真正面から全員を前にして、突如現れた男は言った。


予想だにしない召喚によって現世に現れた紳士は一同の前でそう言って、一見礼儀正しいのに何故か尊大にも見え、かつ謎の自信にも溢れた態度で堂々と自己紹介をした。

 

 

「……」

 

アルトリアは完全に呆気にとられてしまっていた。

聖杯によって世界の知識はこれまでの歴史も含めてある程度は与えられていたので、名前を聞いただけで彼が自分と同じ地方出身の英霊という事も判った。

それ故に活躍した時代に大きな時間差があったとはいえ、同郷の士を得た事を一瞬喜んだのだが……。

改めて冷静に考えてみれば、マスターの前とはいえ、彼からすればまだ味方かどうかも判らない自分や、更に得体のしれないビルス達の前で堂々と真名を告げた事にショックを受けた。

しかも彼は自分の事を率先してサーヴァントのクラスではなく芸術家と言った。

自分の力を示す為の形容と取れなくもなかったが、何か彼の“芸術家”という言葉には、悪い意味で全くの嘘偽りが無い様に感じた。

これは彼女が持つ未来予知に近い直感の力によってもたらされた警報だった。

 

「わぁ、丁寧な挨拶ありがとう。えっと、シェイクスピアさんね。私はイリヤスフィール・フォン・アインツベルンよ」

 

シェイクスピアは挨拶の折にしっかり紳士らしくイリヤの手に軽いキスををしており、その場違いではあったが敬意に溢れた態度に気分を良くしたイリヤは自分も丁寧にスカートの裾を摘まんでカーテシーを返した。

シェイクスピアはそれに微笑み返し軽く口髭を撫でると、今度はイリヤの周りにいる面々に目線を変えて口を開いた。

 

「皆様、改めて初めまして! 吾輩、この度、キャスターのクラスで現界のオーダーを頂きましたウィリアム・シェイクスピアと申します! 演劇や詩の作成の御依頼ならどうぞご遠慮くお申し付け下さい!」

 

「……」

 

イリヤを除いて皆は沈黙していた。

セイバーは先の理由により、ビルスとウイスは彼が何を言っているのかよく判らなかった為である。

 

「シェイクスピア、貴方はキャスターなのですか?」

 

このまま沈黙を保つのも場の雰囲気を悪くするだけだと判断したアルトリアが、何とか立ち直って真っ先に自分の頭の中に浮かんだ疑問を先ず彼に投げかけた。

 

「左様でございます。吾輩、今、感動に打ち震えておりますぞ! よもや吾輩が召喚されようとは! 最早これは運命と言っても過言ではありますまい! ああ、聴こえますぞ! 世界が万雷の喝采をもって吾輩に“物語を著せ”と期待している声が! 」

 

凄まじいハイテンションだった。

放っておいたら本当に物語を一つ創り上げそうな勢いだったのでアルトリアは慌てて彼を止めるように話を続けた。

 

「いや、あの、待って下さい。キャスターは元々貴方以外に既にいて、しかも敗北して消滅しているんです」

 

「ほう?」

 

アルトリアの言葉にシェイクスピアは顔を向けるも意外にも反応が薄かった。

「まるでそれがなにか?」とでもいうようにあまり気にしていない様子だった。

 

「聖杯に召喚されたサーヴァントは消滅すると再び別の者が召喚される事は無い筈です。なのに貴方がキャスターとして再び召喚されたというのは……」

 

「つまり吾輩が選ばれたという事ですよ!」

 

「いや、ですから……」

 

ダメだった、話が通じなかった。

バーサーカーでも精神汚染が進んだ狂人でもなく正常な精神状態なのに、意思の疎通が困難な我の強い人物はアルトリアは苦手だった。

こういう論理が通じ難い相手は本当に困る。

どうやって話したものか……。

 

アルトリアが対処に考えあぐねていると意外にもビルスから助け船を出してきた。

 

「ああ、それは多分僕があいつを破壊したからだろう」

 

「え?」

 

「僕はあいつを“完全”に破壊したからな。多分それがこの聖杯戦争に影響したんじゃないか?」

 

アルトリアはその言葉に息を飲んだ。

なるほど、それが事実ならある程度の推測もできた。

聖杯との関係を完全に断たれる形で消滅させられたのなら世界に還る事も無かったという事だ。

それは聖杯戦争のルールとしては不測の事態であり、受け入れられない事であったはずだ。

だから聖杯が働き新たなサーヴァントを選定したのかもしれない。

 

しかしだからと言って……。

アルトリアは改めてシェイクスピアを見た。

 

(何故彼が選ばれた?)

 

アルトリアの視線で彼女の疑問をシェイクスピアは察したらしい。

 

「吾輩とお嬢様との絆が気になりますかな?」

 

「え?」

 

これにはイリヤがちょっと驚いた顔をした。

出会って数分しか経っていない相手にいきなり絆という言葉を使ってきたのが意外だったらしい。

しかしシェイクスピアは、やはり彼らしく特に周りの事など気に掛ける様子もなく話を続けた。

 

「見たところ媒介が無く吾輩は召喚されたご様子。となればレディ・イリヤとの相性が優先されたのでしょう。これをレディと吾輩との絆と言わずして何と言いましょう!」

 

ちゃっかりイリヤへの呼称を『お嬢様』から『レディ』に切り替え、シェイクスピアは着々と抜け目なくイリヤへの取り入りを始めていた。

アルトリアは、そんな風にいちいち大袈裟な素振りでのたまうシェイクスピアに半ば呆れながらも、まだ納得できないと更に問い掛けた。

 

「貴方とイリヤ嬢がそんなに相性が良いとは思えないのですが……」

 

「いやいや、客観的視点だけでそう決めつけてはなりませんぞ。吾輩は常に望みとして面白い物語を著したいという想いを持っております。それはつまり世界を吾輩の作品によって面白くする事! と、いう事は、レディ・イリヤもそんな輝かしくも驚きに溢れた面白き世界を御覧になりたいと望んでおられるという証左! これをレディと吾輩の絆と言わずして何と表しましょうか!」

 

シェイクスピは最後にイリヤだけに向けて小さな声で「ね?」と付け加えた。

イリヤはシェイクスピアの口上をキョトンとしていて見ていたが、その最後の口添えに満面の笑みを浮かべて頷き返した。

 

「うん! そうね! 私も貴方が見せる面白い世界を見てみたいわ!」

 

シェイクスピアはそれに対して右手をゆっくりと左肩に振ってイリヤに深い感謝のお辞儀を贈った。

 

「承知致しましたレディ! ここに貴女と吾輩の契約は成立! そして願いは成就しました! この宣言にまだ異議を唱えられる方はもういらっしゃらないでしょう!」

 

「え? 成就? まだ貴方はまだ何もしてないけど?」

 

「それは愚問というものですレディ。貴女と吾輩の契約が成立した以上、私達の願いは既に“果たされた”のです。後は共に行動をする中でそれが事実である事を証明するのみ! どうぞ吾輩のエスコートにご期待下さい!」

 

「まあ!!」

 

シェイクスピアの断言にイリヤは目を輝かして感嘆と期待の声を漏らす。

これはもう誰も、というかアルトリアは口を挟めなかった。

とてもではないがもう彼が明確な問題を起こさない限り自分が介入する余地は無かった。

ここで更に言い募ろうものならイリヤの不興を買いかねないし、それが果てはビルスへのそれに繋がる事も有り得たからだ。

 

「……」

 

アルトリアは横目にチラリとビルスを窺った。

 

「ふーん……」

 

ビルスは退屈そうにしていた。

ここで自分がまたシェイクスピアに言い募って時間をかけようものなら、退屈したビルスが何をしでかすか予想もできなかった。

彼が起こす行動に一切抗う手段がない以上、それを全力で回避してイリヤだけでも護るが咄嗟な判断で彼女に着いてきてしまったアルトリアの騎士としてのせめてもの務めだった。

 

「はぁ……分かりました。ですがくれぐれも、くれぐれも、頼みますよ?」

 

一体何を念を押して頼んでいるのかは言葉の表現からだけでは判らなかったが、アルトリアの憔悴と真剣が入り混じった顔を見ればその言葉にどういう意味が含まれているのかは大体の人が解ると言えた。

シェイクスピアはそんな彼女の心中を理解したのか、また口髭を撫でて自信たっぷりに答えた。

 

「お任せください! あの血生臭く殺伐とした時代に君臨された騎士王陛下の心も解れる素晴らしい物語(展開)をお約束します!」

 

「そういうことを言ったのではありません!」

 

やっぱり解っていなかった。

アルトリアが精神が更に疲労するのも構わず、目でビルスに謝意をしっかり送って再びシェイクスピアを戒めようとした時だった。

アルトリアが口を開く前にシェイクスピアが彼女の後ろにいたビルス達に視線を移して言った。

 

「そういえば、先程からいらっしゃるこちらの方々は天使と悪魔ですかな?」

 

『会話の最中に失礼。貴公達を聖杯戦争の参戦者と予測する者だが』

 

アルトリアにとって最悪の言葉に何処からか彼女達が知らない声も重なった。

 

こうして想定外の外の事態の連続によって幕を開けた第四次聖杯戦争は、ようやくそれらしい展開を見せ始めようとしていた。




相変わらずペースが遅くてスイマセン。
そしてまた話が停滞気味ですいません。
次からはバトル入ります。
まともなバトルになるかは保証できませんが……。(意味深)


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第7話 圧倒を見せる第一戦

薄暗いとある洋館の一室で、見事な着こなしと雰囲気だが少々服の色合いが豪勢に思える紳士と、一目で神父と判るも明らかにその体格は一介の神父には見えない男の二人が、何やら宜しくない雰囲気で話していた。


「やはり控えますか」

 

「ああ、自分の主義に反するのであまりこういう事は言いたくないのだが、何か今回は嫌な予感がしてね」

 

「同感です」

 

遠坂時臣は魔術師だった。

科学の力とそれによる人工物で溢れた世の中に置いて異端の存在であり、自身の生活を支える生活用品においても人類の先端技術を用いた物を毛嫌いするという古風を通り越してやや時代遅れな性格だった。

しかしその思考は極めて論理的かつ合理的で、根拠のない直感に頼って行動する事も嫌っていた。

そんな彼が今回は自身の直感に従うと言った。

これは極めて異例と言える事だったが、綺礼はこの決定に異を唱える事も無く同意した。

彼も今回の事態の不可解さには警戒を厳とし、慎重に行動するのが肝要だと結論していたからだ。

 

時臣と綺礼はある一計を案じようとしていた。

それは綺礼のサーヴァントである個でありながら群体という特性を持つアサシンの一人を使い、それを時臣のアーチャーにそれを仕留めさせるというものだった。

これを恐らく自分達を使い魔を介して監視しているであろう競争相手に見せつける事によって、彼らの目を欺き綺礼の行動の有利を得ようとしていたのだ。

これが計画通り行われていれば、表向き綺礼はこの争いにおいてサーヴァントを失った脱落者となり教会の保護下になる筈だった。

そうなれば綺礼は時臣にとってこれ以上は無いと言うほどの使い勝手の良い斥候を手に入れる事になる。

聖杯戦争を管理する教会と管理される側が協力し合うという事自体が本来あり得ない事だったので、この計画は最初から成功が約束されていると言えた。

しかしその主導権の確保すら迂闊な行動になり得るとして、時臣はこの秘策の実行を見送って異常事態の真相を見極める事を優先する事にしたのだ。

 

 

ランサー、ディルムッド・オディナが月明かりの元堂々とアルトリア達を訪ねてきたのには理由があった。

今回の聖杯戦争は開戦前より戦争を管理する教会も対処が間に合わぬ不測の異常事態が連続して起こり、戦争を管理運営する教会も参戦する魔術師たちも極端に慎重に行動をするようになった。

お陰で互いの動向すら探るのが困難な状況となったところで、ついにディルムッドのマスターであるケイネス・エルメロイ・アーチボルトが痺れを切らしたのである。

ケイネスディルムッドに命じた。

 

『とにかく発端となれ。これは偵察でもある。故に深追いも禁ず』

 

要は彼がこの膠着状態を解き、可能な限りの情報を集めてこいという事だった。

雑な命令と言えば誤りではなかったが、ケイネスはあくまでディルムッドのマスターであり魔術師だった。

実戦経験は乏しいようだったが、それを置いても元々魔術師自体が戦闘の指揮官のような役割とは無縁の存在なので、命令が多少大雑把でも仕方ないと言えた。

だが指示自体には心情的には賛成であった。

事態が動くならそれはそれで己も望むところだったし、必要とあらば助言などをする事でマスターをしっかり補佐するつもりだった。

新たな主君の元で確かな忠義を今度こそ貫きたいという願いによって現界したディルムッド・オディナは、その一念発起を胸に暑く胸に滾らせて偵察の中で見つけたビルス達に声を掛けたのだった。

 

 

「そういう貴方はこの聖杯戦争に参戦せしサーヴァントという見解で相違ないか?」

 

しっかりとイリヤ達を手で制し、油断のない声でアルトリアはディルムッドに逆に問い掛けた。

その眼差しは真っ直ぐにディルムッドを捉え、セイバーとして流石の貫禄を見せていた。

 

「如何にも。この身はランサーとして現界せしサーヴァント。宜しければ一槍願えないだろうか」

 

ディルムッドは最初から得物である槍を持っての対面だったので、己のクラスは変にはぐらかすことも無く伝えた。

元々両手で扱うのが基本の長さの異なる槍を両手に一本ずつ持ち、その内の一本を真っ直ぐにアルトリアに向けて彼は堂々と開戦の申し込みをした。

 

「イリヤ、下がっていて下さい」

 

「うん、頑張ってね!」

 

「なんだ?」

 

「いよいよ何か始まるみたいですね」

 

「おぉ、今! ここに今! 心躍る素晴らしき物語が今! ついに幕を開ける!」

 

「……」

 

妙に緊張感のない一考にディルムッドは内心首を傾げた。

見ればセイバーの後ろには子供や明らかな自分と同じ(何故か戦に役立ちそうもない本と筆を持った)サーヴァント、そして何よりも目を引く異形の存在二人という珍妙な団体がいた。

故につい口から洩れてしまった。

 

「……妙な連れだな」

 

「それについては目を瞑って欲しい。そして決闘の申し込み謹んでお受けしよう。だがその前に一つ良いか」

 

「何か?」

 

「その槍、しっかりと握っておく事だ」

 

ガンッ!

 

「?!」

 

一瞬だった。

ディルムッドの程の強者だから反射的に反応ができたものの、彼はいつの間にか己の間合いに入り不可視の剣を振るっていたアルトリアの一撃を槍を交差しての防御で受け、そのまま5メートルほどふっ飛ばされた。

 

「ぐ……なに……」

 

ただの単純な一撃だったのに、その凄まじい膂力と威力にディルムッドは自分を受け止めてくれたコンテナにめり込んだまま驚愕した。

 

「見たところ貴方は私と同じ誇りある騎士とお見受けする。さぞ気高き志があって現界したのだろう。故に呆気のない終幕などという無粋な事はしない。さあ立たれよ」

 

「は……っ」

 

自分を見据えて真っ直ぐに剣を向けるセイバーを睨みながらディルムッドはなんとかコンテナの束縛を解き、再び地面に立った。

 

(おかしい。何かのルーンやスキルを使ったわけではなさそうなのに素振りだけでこの威力。奴の基本ステータスはどうなっている……?!)

 

ディルムッドが持つ槍は二つとも宝具であり、その内の一つは魔術の効果を無効化する力を秘めていた。

セイバーが手に持っているであろう剣が不可視だった為、それを防御で受けた時に咄嗟に効果を発動させた事で彼は直ぐにその結論に達した。

思わぬ一撃の痛みに軋む身体に耐えるなか、ディルムッドは必死に思考を巡らせた。

アルトリアは爆発するイリヤの尽きる事のない魔力の供給を受け、自身のステータスは限界まで最高の補正を受けていた。

それはスキルや魔術で補強されなくても通常の攻撃で相手を沈黙させるほど十分強力なもので、しかも先程の一撃ですら彼女は全く全力ではなかった。

その事にはアルトリア自身も密かに心の中で衝撃を受けていた。

 

(なんだこれは……)

 

「貴公の心遣いに感謝する……。ふぅ……」

 

ディルムッドもセイバーが本気で放ったたわけではない事は戦人の本能で感じていた。

だからこそ彼女の気遣いにも素直に感謝し、礼を述べた。

 

「これは最初から全力、か。マスター……」

 

ディルムッドは大きく息を吐いてもう一つの宝具の解放と自分の全力を出す許しをケイネスに求めた。

 

「マスター、これは偵察では済みません。どうか許可を」

 

『くっ、ならん! 何とか撤退の算段を付けて態勢の立て直しに全力を図れ! まだ自棄になるときではない!』

 

「これは自棄なではありません! どうか許可を!」

 

事態の急展開に狼狽したケイネスのランサーとのオープンな意思疎通をアルトリアは黙って観ていた。

どうやらランサーのマスターは何処かでこちらの様子を傍観しているらしい。

ならば現状から判断するにそちらに注意を向けるのが肝要と言えた。

 

そうやって再び局所的な膠着状態が始まろうとしていた時だった。

突如凄まじい轟音を響かす雷鳴と共に新たなサーヴァントが天空より降臨した。

その人物は逞しい牡牛に引かれた古代の戦車に乗っており、ディルムッドより二回りはありそうなほど大きく屈強な身体をした偉丈夫だった。

皆が突然の雷の乱入に驚いて言葉を飲んで黙るなか、そんな雰囲気を一瞥して満足した顔で彼は静寂する空間に大音声を放ち震わせた。

 

「双方を剣を収めよ! 征服王の御前である!」

 

 

「おい、また変なのが現れたぞ」

 

「ほほほ、今度は雷ですか。賑やかになってきましたねぇ」

 

「素晴らしい! 何という波乱でしょう! 吾輩胸が高鳴って参りましたぞ!」

 

そんな状況においてもこの三人だけはいつも通りだった。




2カ月近くも間が空いた割りにはあっさりとした戦闘描写と少ない文字数の話の展開ですいません。
しかし原作のこの後の展開を知る方なら、次の話の戦いが今回より派手になる予想は容易かと思いますのでそれにご期待頂けたらと思います。
うん、派手にしないとな……。
なんせここから一気に登場するキャラ増えるからなぁ。


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第8話 最悪の展開

話の最後でタイトルを回収するというセンスのない話です。
皆さん久しぶりです。
相変わらず拙い文ですが、それでも続ける気はあります。


「我は征服王イスカンダル! 隻眼の賢王フィリッポス2世が息子である!」

 

「……」

 

「……」

 

セイバーとランサーは呆気にとられた顔で突如目の前に降臨した大男を見た。

キャスターに続きまたもや堂々と名乗りを上げた人物にセイバーはまたかと一瞬気が遠くなった。

それはランサーも同じだったが、セイバーと違って自分から真名を名乗ったサーヴァントを見たのはこの時が初めてだったので、驚きの度合いではこの時のランサーのそれはセイバーを超えていた。

 

「ライダーァァァァ!?」

 

ライダーのマスターウェイバー・ベルベットは自分のサーヴァントの奇行にショックを受け、悲鳴のような奇声をあげた。

 

「お、お前何を考えているんだよ!? よりによって自分から名乗るなんて馬鹿か!?」

 

「馬鹿とは少々無礼ではないか? マスターよ、これから華々しく心躍る戦をするやもしれぬ相手に、名を伏して渡り合おうなど、それ、王の行いとして有り得ぬものと解らんか」

 

「ぎゃん!?」

 

自分の腕を横からポカポカと半泣きで叩いていたマスターにライダーは反省しろとばかりに強烈なデコピンを叩き込んで黙らせると、尚も茫然と自分を見つめている二人の戦士に改めて宣言するように迫力のある銅鑼声を響き渡らせた。

 

「失礼した。先に名乗った通り余は征服王イスカンダルことマケドニア王、アレクサンドロス3世である。此度はライダーのクラスを賜りこの聖杯戦争に覇を唱えんと参戦したわけだが……貴公らなんだその顔は?」

 

ライダーは唖然とした顔から剣呑な目つきへと変わり自分を睨み始めていたセイバーとランサーに不思議そうな顔をする。

困ったことに彼にはこの二人の熱い戦いに余計な水を差してしまい、興を削いでしまったという自覚は無いようであった。

 

「物怖じせず堂々と名乗ってもらったところ悪いがライダー、貴公は私とランサーの決闘に不躾な横槍を入れたのだが」

 

「その自覚、よもや無いとは言わせまいぞ」

 

と、セイバーとランサーから当然の非難を受けたライダーだが、こともあろうに何とそれを豪快に笑い飛ばし、反省の色など微塵も見せずまた己の話を始めた。

 

「おおそれは悪かった悪かった。だがまぁ許せ。王の行いだ。ここは余の大器故と理解せよ」

 

「何だと……」

 

「貴様……」

 

いよいよ自分から二人の優先して倒したい共通の敵という立場を作り始めたライダーの愚行にウェイバーは真っ青になる。

 

(一体こいつは何を考えてぇぇぇぇ?! ……て、うん?)

 

ウェイバーが今度はライダーのマントを引いて自制を促そうとした時、彼は自分達とは丁度反対の方向に妙な一行が居ることをその目に認めた。

 

「なんだ? あいつら……」

 

「む?」

 

「なに?」

 

「……」

 

ウェイバーの言葉に一触即発の展開を見せようとしていたライダーとランサーはウェイバーの視線の先を追った。

一方セイバーは自分のマスターと同じ「あいつ」という無礼な物を言いをしたライダーのマスターに無言の抗議をしつつ、自分が今最も守らなければいけないモノに彼らの注意が行くことを許してしまった自分の油断を心中で強く憤ったのだった。

 

「子供……? と、一緒に居るのはあれは……ありゃ一体……?」

 

「ほぉ、確かに頭上から見ていた時は小さくてあまり気になる事はなかったが、実際に見ると誠に奇妙な」

 

「……」(言われてみれば)

 

ランサーもここにきて漸くセイバーの連れが奇妙さに気付いたようだった。

 

 

「おい、何かあいつらこっちを見ているな」

 

「そのようですねぇ」

 

「イリヤ達を見てるの?」

 

「おやおや、物語の人物が作者に注意を向けるのは……いや、これもありかもですな!」

 

四者四様の反応を見せる中、やはりキャスターだけちょっとズレていた。

見れば、短い間だったとはいえ白熱した戦いから突如舞い降りた緊迫した雰囲気という展開にも関わらず彼は片手に白紙の本を掴み、もう一方の手にはペンを握って楽し気であった。

 

 

「おい、セイバー。あれはお前の連れか?」

 

「言葉に気をつけろライダー。次は彼女……達をあれ呼ばわりすることは許さない」

 

「……?」

 

ランサーは、少女達をあれ呼ばわりしたライダーの無礼に釘を刺したセイバーが何故か一瞬悩まし気な表情をしたのが少し気になった。

 

「そうか、あ……あの者達はお前のマスターとその連れであったか」

 

「……」

 

(無言のところ、肯定とも見えるが……何となく違うようだ。彼らは一体……)

 

「まぁそう警戒しないでも別に危害を加える気など誓ってないぞ? ……と、セイバー?お前何か苦しげではないか?如何した?」

 

ランサーと同じ疑問をライダーも持ったらしい。

第一印象は人の都合など全く顧みない豪放磊落な男な印象を受けたが、どうやら王と名乗るだけあって人の心の機微にもある程度は敏いようだった。

ランサーは密かに彼の評価を上方に修正した。

 

「……ライダー、一つだけ願いたい事がある。彼女らには構うな。いや、貴公を信じてないわけではない。念の為だ。いいな? 特に……」

 

「「?」」

 

急に声を潜めて神妙な面持ちになったセイバーの態度の豹変にライダーとランサーは興味を引かれて彼女に顔を寄せる。

 

「特にあの……異形の……二人組にはちょっかいを出すな」

 

「異形のというとあの青い顔の男とへ……」

 

「そうだ!」

 

セイバーは最後まではライダーに言わせなかった。

見るとライダーを黙らせたセイバーの顔はこれまで見た事がないほど逼迫した表情をしており脂汗まで滲んでいた。

そして彼女の目は殺気まで宿らせてハッキリと『それ以上は言うな』と語っていた。

しかしそれが不味かった。

 

そうまでして関わるなと言われると俄然興味を持ってしまうのが、世界の果を目指した好奇心の塊のような(ライダー)である。

 

「ほほう? ふふっ、そうか」

 

「ラ、ライダー? き……おま、ま……!」

 

ライダーの悪戯めいた瞳の輝きにセイバーが気付いた時には既に遅かった。

 

面白そうな顔をして笑ったライダーは嬉々として大声でビルスたちに声をかけたのだ。

 

「おーい、そこの者達! そうだ、お前達だ!」

 

 

「何かあいつ僕達を呼んでるな」

 

「ええ、そのようですね」

 

「え? 戦いはこれで終わり? 次はお話するの?」

 

「吾輩はここで様子を見させて頂きます。いやはや、何やら波乱が起こりそうで期待に胸が高鳴りますな!」

 

「好きにしろよ。で、どうする? まぁ暇だったから僕は行くけど」

 

「お供致します」

 

「イリヤも!」

 

三人がライダーの招きに応じようとした時だった。

実はこの場にはもう1人のサーヴァントがいた。

彼はセイバーとランサーの戦いを見ていた時のライダーと同じく高所から今までの流れを見ていたのだが、彼はライダーのある言葉に我慢ならず次は自ら姿を現すつもりだった。

だがちょうどその時にライダーの注意が妙な雑種と魑魅魍魎へ移った事で事態が新たな展開を見せ、彼は出てくるタイミングを失したのだった。

 

それで今、ライダーは自分がいる方を見ながらも自分には気付かずに、雑種と魑魅魍魎共に声を掛けている。

それが彼にとっては我慢ならぬ無礼に感じ最早看過できなかった。

ライダー達は彼には気付いていなかったし、彼も高所より下々の雑種を見下ろすという揺るがない構図に文句はなかった。

だがそれでもどのような状況であれ、単純に自分を不快な気分にさせたというだけで彼にとっては到底見過せぬ万死に値する無礼であった。

これはとんでもない我儘であり理不尽な理屈そのものであったが、自分以外の全ては彼にとっては下等であり従って当然であったので、彼に思い直すという考えが浮かぶことなどまずあり得なかった。

だからこそ状況はさらに混迷を見せたのだった。

 

「ん?」

 

ザン、とビルスがライダー達の方へと歩みだそうとしたところで、彼のつま先の真ん前に金色の剣が天より飛来して突き刺さった。

 

「戯れもそこまでだ。我がいる方を見ながら我を無視して事を進めようなど、我という法を無視する愚行に値する無礼。雑多な雑種共よ、疾く畏まり我にあまねく平伏せ」

 

「あ?」

 

「……っ!!」

 

ビルスの不機嫌な声とセイバーの声にならない悲鳴はこの時、完璧に重なった。




2年ぶりの投稿なのに展開が動かなくてすいません。
しかしこれを次の話を作るためのモチベに……したい。


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第9話 無慈悲

前話上げた段階で続きは頭の中に浮かんでいたので、数年に何度あるかというスピード投稿となりました。


「何だお前」

 

ビルスの不機嫌な声を聞いてウイスは突然因縁を付けてきた相手に心の中で嘆息した。

嘆息した理由は勿論ギルガメッシュの不遜な態度にあったのだが、そこはビルスも似たところがあるので別に性格そのものに対してウイスが呆れたわけではない。

問題は性格を窺わせる前に行った彼の行いだ。

ビルスだって普段から偉そうではあるが、初対面の相手にいきなり話しかけもせずに攻撃するような物騒なことはしない。

そんなビルスでもしないような高圧的な行いをギルガメッシュは間が悪い事に、今その場では最もしてはならない相手にしてしまったのだ。

 

ビルスは怒りでこめかみに一筋の血管を浮き上がらせつつも、そんなギルガメッシュに話しかけている辺り、まだ分別のある態度だと言えた。

だがそこからは傲岸不遜を字で行く男英雄王(ギルガメッシュ)、彼はそんなビルスに鼻を鳴らして更にもう一撃、謎の力で今度は槍を放ってそれをビルスのもう片方のつま先の前へと突き刺した。

 

「戯け。誰が口を開くことを許した? 獣のような成りをした雑種以下の分際であまつさえ我に言葉を掛けるなど。本来はこうやって見上げられる事すら不快なのだぞ? 身を弁えろ」

 

「……ふっ」

 

ビルスはギルガメッシュの言葉に最初はポカンとした顔をしていたが、彼の言葉を最後まで聞き終わると今度は目を閉じて小さく鼻で笑った。

これは不味かった。

それはビルスの怒りが頂点を通り過ぎて最早笑うしかその場ではできなかったという事を表していた。

ウイスは今までビルスを怒らせてきた者は数多と見てきたが、ここまで見事に彼の怒りの琴線に食べ物絡み以外で触れた者を彼は本当に久しぶりに見た。

故にウイスは速やかに行動する事にした。

かつてない程危険なビルスの怒りを宥めるための行動を。

 

「ビルス様」

 

「無駄だぞウイス。僕はもう赦さない」

 

「ええ、ええ。それは承知しております。しかしですね、だからこそ私から面白い提案があるのですが」

 

「……言ってみろ」

 

「全部破壊するだけではつまらなくないですか?」

 

「……うん?」

 

「ですから星ごと破壊してもあの人の懲りた顔は見れないじゃないですか」

 

「誰が星だけ破壊すると言った? 今回は銀河ごと消すつもりだったぞ」

 

「それは結構。あ、今『だった』と仰いました?」

 

「……確かにあのムカつく奴の悔しがる顔は見たいな」

 

「でしょう? それにですね」

 

「?」

 

ビルスはウイスがにこやかな顔で指差す方向を見た。

そこにはビルスと同じくギルガメッシュの無礼な行いにプンプンといった形相で抗議しているイリヤの姿があった。

耳を澄まして聴いてみると何やら紳士の行いとか無礼なのはそっちでしょのような事を言っているようだった。

 

「……愚かさもここまで来たら道化の如くだな。だが微塵も笑えぬ。不快だ消えろ人形(ゴミ)

 

「!」

 

ギルガメッシュの剣呑な雰囲気を一瞬で察知したセイバーがイリヤを護る為に駆けつけようとした時だった。

それよりも速く、恐らくウイス以外では成し得ない速さでビルスが瞬時イリヤを庇うように現れ、予想通りイリヤに向けられて放たれた武具を掴んで止めた。

 

「おい、イリヤ(こいつ)を護るのはお前の役目だろ。しっかりしろ」

 

「……」

 

セイバーは、本来であれば己の不甲斐なさに深く反省をするところであったが、初めて見るビルスの魔術的なもの以外の実戦的な強さの一端を見て不覚にも僅かに呆けた顔をしてしまった。

 

それはその場にいたウイスとイリヤ以外も同様だったようで、セイバーと同じくイリヤの危機を感じ取って守りに入ろうとしていたランサーとライダーもビルスの真似できない神速を目の当たりにして言葉を失って驚いていた。

 

「……何ともはや」

 

初めて自分の筆では追いつけない展開にシェイクスピアもまた、彼らと同じような顔をしていたが、しかし筆を持つ手だけは驚愕の展開に喜び震え、無意識に白紙のページ文字を記していた。

 

「おい、大丈夫だから放せ」

 

「え?」

 

ビルスが下を見ると目をぎゅっと瞑ったイリヤがギルガメッシュの攻撃に驚いてビルスの足を抱きしめていた。

彼女は目を開けてポカンとした顔でビルスを一目見ると「ありがとう!」と満面の笑顔で再び彼の足に抱きついた。

 

「放せと言ってるだろ。おいセイバー」

 

「は、はい」

 

セイバーはそそくさとビルスからイリヤを譲り受け、ビルスの健闘を祈って手を振る彼女を手を繋いで連れて行った。

 

「さて、待たせたな」

 

「……」

 

穏やかな一部始終だったがそれを傍観していたギルガメッシュの心中は正に真逆だった。

怒り心頭といった様子で肩を震わせ、ようやく自分に注意を向けたビルスに普通の人間なら殺気だけで殺せるのではないかというほどの視線を向けていた。

 

(なるほど。こういうやり方も悪くないな)

 

ビルスはウイスの言っていた方法の効果に機嫌を良くすると、楽しそうな顔でギルガメッシュに言った。

 

「どうした?」

 

「貴様……おのれ……。獣の分際で我が下した裁定を無下なものにしたばかりか、我の至宝に手まで触れおって……」

 

「いちいち口上がくどいやつだな。やりたい事があるならさっさとやればいいだろう」

 

「貴様……!!!」

 

 

ギルガメッシュの怒りが頂点に達した時、その様子を使い魔を通して把握していたギルガメッシュのマスターである魔術師遠坂時臣は、よもやそこで彼が乖離剣(エア)を抜くのではと内心焦ったが、幸運にもその怒りの大きさはゲート・オブ・バビロン(王の財宝)の最大行使に留まったようで安心した。

だが後に時臣は、この時に令呪を使ってでもエア(乖離剣)を使っていれば結果は今と少しは違っていたやもと嘆くことになるのだった。

 

「眩しいな」

 

ギルガメッシュの背後の上空に発生した黄金の輝きにビルスは目を細める。

 

 

「あれは……」

 

セイバーは自分達にも届く眩い輝きに言い表せぬ警戒心が働き、イリヤをしっかりと背中に庇いながら念のため臨戦態勢を取った。

 

「見たところあいつはアサシンでもバーサーカーでもなさそうだな。とするとキャスター……でもないだろうな」

 

「同感だな。キャスターは恐らくセイバーの連れにいた男だろう。となるとアーチャーで間違いない。鎧も着ているし、自分を王だと言った。三大クラスのアーチャーに相応しい威圧感と言えるが……」

 

「どうしたの?」

 

アーチャーから感じる威圧感を何処と無く嫌っているように直感で感じたイリヤが不思議そうにランサーに訊いた。

ランサーはそんな彼女に優しく微笑みながらなるべく声が強張らないように努めて答えた。

 

「いや、何というか……私はあの男から感じる雰囲気がどうも苦手なようです。王としてのカリスマは間違いなくあるのですが、どうもあれは度が過ぎている。配下が主に心酔や忠義を感じるものではなく、それよりもっと強い……まるで呪いのような行き過ぎた強制力とでも言いましょうか……」

 

「そ、それって……じゃあアイツは、アーチャーは英霊になる前から人じゃなかったって言うの?」

 

アーチャーの行動を見守る一同の只ならぬ雰囲気に緊張した面持ちのウェイバーが自分のサーヴァントに訊いた。

ライダーは初めて見るような真剣な表情でアーチャーを見ながら答える。

 

「まぁ少なくとも余とは性質が異なる王であるのは間違いないだろうな」

 

 

「我の逆鱗に触れたこと、蟲の如く地に磔となって悔やむがいい!」

 

「本当に無駄口の多いやつだ。さっさとやれと言っているだろう」

 

「おのれ尚も(なぶ)るか! では塵芥となって疾く我が眼前から失せるがいい! ゲート・オブ・バビロン(王の財宝)!」

 

かくしてまるで流星のような勢いで黄金の輝きを放つ無数の武具がビルスめがけて天より降り注いだ。

その武具の数は間違いなく圧倒的で、しかもサーヴァントであるならひと目でそれら一つ一つが宝具である事が判ったので、セイバー達はその威力が如何ほどのものか考えるだけで戦慄した。

そんな破壊力を持つ宝具を無数に、しかも乱暴にも単に天より投げ放つという攻撃は確かにアーチャーらしいといえばそうであったが、だとしてもそんな事を平然とやってのけるあのアーチャーのサーヴァントは、その存在と強さが規格外のものであるという事は誰の目から見ても明らかであった。

 

ビルスが立っていた場所に放たれた宝具が一斉に着弾し、轟音と土煙が辺りに立ち込める。

そこにはアーチャーの攻撃の威力でビルスが存在したという痕跡の一切合切がなくなり、後にはその破壊力の凄まじさを物語る巨大なクレーターのみがあった―――という風になる筈だった。

 

「?」

 

アーチャーは自分が放った星の光が不意に突如として消滅した事が理解できず、訝しげに首を傾げた。

 

「………………何?」

 

彼が見下ろす先には光で見えなかったビルスの姿が変わらず其処にあった。

彼は特に変わった様子もなく、ただじっと、自分を興味なさげに見つめていた。

 

「それがお前の攻撃か?」

 

「……何?」

 

「それがお前の力、攻撃の仕方かって訊いたんだ」

 

「……」

 

アーチャーはまだ状況を上手く整理できなかった。

当然だ。

未だ自分の最大の怒りを具現化した攻撃が霧散した事実が理解できていなかったのだから。

だが無情にもビルスはそんなアーチャーを気にかけることもなく、彼にこう言い放った。

 

「ならこれでお終いだな。自分で何かするでもなく、ただ物を投げるだけだなんて本当につまらない奴だ」

 

「な――」

 

アーチャーは「何を言っている?」と言いたかった。

だがそれもまた叶わなかった。

何故ならアーチャーは自分の背後に感じた違和感に気付き、自らその台詞を中断させたのだ。

 

「………………は?」

 

振り向くと自分の財宝が消えていた。

自分を眩く照らし、彼が天上天下唯一人の王である事を下々の者に知らしめる証が。

 

ゲート・オブ・バビロン(王の財宝)は正に一切の行動を取ることなく、ビルスの意思決定のみによって情け容赦なく破壊された。

音もなく光の消失のみをもってそれを気付かせるという何の面白みもないその現象は無慈悲といって差し支えなく、異変に気付いて振り返ったアーチャーの背中は、それを見るものに悪寒めいた寂しさを感じさせる程だった。

 

「なぁ、お前はさっきのやつが無いと本当に何もできないのか?」

 

「……」

 

それは本当に純粋な疑問から出たビルスの言葉だったのだが、後ろを振り返ったままのアーチャーはそれに答えることはなかった。

だがよく見ればようやく握りしめた拳が小刻みに震えているのが見て取れた。

ビルスはそれに気付いて結論した。

 

「何だそうか。はぁ、本当につまらない奴だな。あぁ、もういいよ。なんか怒っていたのも相手をするのも馬鹿らしくなった」

 

アーチャーはそんなビルスの言葉に次は体全体を震わせ始めたが、既にビルスの興味は彼から完全に失せていたので気にする様子もなくイリヤ達の方へと歩いていった。

 

 

(……これは、好機と見ていい……よな)

 

そんな様子の一部始終を人目につかないコンテナの影でじっと身を潜めて観察していた者がもう一人いた。

 

「……よし、いけバーサーカー。あいつだ、時臣のサーヴァント、アーチャーを殺せ」

 

「―――――」

 

果たして声になっていない雑音にも聴こえる音を発する黒い靄のような影が躍り出て、アーチャーへと襲いかかった。




さて、流石に次の話の展開はまだちゃんと浮かんでません。
でも今度もできるだけ間は空けないようにしたい、と思います。


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第10話 ビルスの横槍

果たしてFate編はいつまで続くのか。
あまりよくない頭を何とか回して楽しみ半分プレッシャーに戦々恐々としながら書いてます。


飛び出した影はバーサーカーのマスターの命令通りにアーチャーを襲った。

未だ筆舌に尽くし難い屈辱に打ち震え、周囲を気にする余裕がなかったアーチャーであったが、それでも奇妙な雄叫びを上げながら自分に突撃してきたバーサーカーの存在には流石に気付いた。

 

「! きさ……!」

 

アーチャーは足場にしていた街灯をバーサーカーに蹴り折られ、悪態を中断させられた。

そして彼の足が地に着いた瞬間、獲物を狙う獰猛な捕食動物の如き勢いでバーサーカーは拳を振るう。

アーチャーは自分に向けられてきた凶暴な黒い拳を咄嗟に受け止めるがそれはフェイントだった。

 

「ぐっ……!!」

 

拳に注目させて空いた胴体を狙った蹴りが本命だったのである。

勢いを付けた凶悪な蹴りをアーチャーはまともに喰らい、アーチャーは凄まじい勢いで吹き飛ぶ。

 

「―――――!!」

 

バーサーカーは更に猛追を掛けた。

蹴り飛ばされるも何とか途中で足を着いて踏み留まり、その衝撃に息も絶え絶えといた様子のアーチャーに対して一気に間合いを詰め、アーチャーに今度は本当に偽りのない拳による攻撃を見舞う。

 

「がっ……ぁ……!!」

 

もはや接近は察知できても防御の反応ができる程の力が出せなかったアーチャーはまともに顔を殴り飛ばされ、ついに聞くだけで見た者は痛みに竦み上がりそうな鈍い音を立ててアーチャーはアスファルトの地面に叩き伏せられた。

だがそれでも彼は直ぐに身体を起こし、四つん這いになりながらも肩で息をするその姿からは闘志の衰えを感じさせなかった。

そんな満身創痍の彼にバーサーカーは無慈悲にも高く上げた足を鉄槌のように勢い良く降ろし、彼の頭を踏み潰そうとした。

しかしそこは英雄王ギルガメッシュ、自分の命の危機に本能だけで反応するとバーサーカーの踵が己の頭蓋を砕く前に両手を交差させて防御をした。

 

「ぬっ……あ……っ!!」

 

何とか死は免れたが、攻撃の勢いは相殺することが出来ずに再び地面に叩きつけられるアーチャー。

その必死に足掻く様からは、ビルスに攻撃するまで纏っていた王としての威厳を認めるのは最早困難であったが、それでも決して容易に敗北せず、抗い続けるその姿には英雄王ギルガメッシュとしての不屈の挟持が確かに見受けられた。

 

 

「ふぅん。アイツ、態度だけ偉そうで何もできない奴だと思っていたけど、ちゃんと戦う事はできるんだな」

 

「ええ、そうですね。あんな突然に追い詰められながらも士気の衰えは一切見せないところを見ると、あの方も立派な戦士のようです。しかし……」

 

「ま、相手が悪いな。襲っている奴はアーチャーよりは明らかに戦士としての腕は圧倒的に上だ。僕があいつの武器を破壊しちゃったから正直真っ当なタイマンじゃ敵わないだろうな」

 

「確かに」

 

「んー、だけどな。あの黒いのは武器は何も使わないのか?」

 

「そうですね。それが気になります。お?」

 

アーチャーとバーサーカーの壮絶な戦いにも呑気な雰囲気で感想を言っていたビルスとウイスだが、バーサーカーが鎧をまとった騎士風の出で立ちをしながらも特に武器を持たずに戦っていたのが気になっていたようだった。

そんな矢先にウイスはバーサーカーが戦い方に変化を生じさせた事に気付く。

 

 

「…………」

 

何を思ったのかバーサーカーは自分の攻撃によってまだ四つん這いの状態のアーチャーから後に跳んで距離を取ると、徐に拳を振り下ろし地面を抉った。

 

 

「あいつは何を……」

 

バーサーカーの行動の意味が解らず呆然としていたウェイバーの隣で、かつて前線での激しい戦いも経験した事もある征服王は何となく勘付き、自然と口から「もしや」と漏らした。

 

 

バーサーカーに抉られた地面の破片がその勢いによって幾つか宙を舞う。

彼はその中から拳大の石の塊を認めるとそれを掴み取って何の躊躇いもなくアーチャーに投げ付けた。

 

 

投石(スリング)!」

 

古代から近代の戦争において最も原始的な攻撃方法の一つを、まさか聖杯戦争という万物の願いを巡って争う神聖な戦いにおいて見ることになるとは思ってもみなかったセイバーがつい驚きの声を上げる。

彼女以外の面子も総じて似た思いだったが、その中においてランサーがバーサーカーの攻撃に違和感を感じ、やがてその攻撃がただの投石でない事にセイバー以上の驚きの表情をする。

 

「いや待て! あれは……」

 

 

投石用の道具も用いずにただ腕力のみを使ったバーサーカーの攻撃は優雅さや騎士としての誇りを微塵も感じさせない野蛮な攻撃だった。

生身の人間よりサーヴァントは強力な存在なので当然ただの投石も人間のそれと比べたら遥かに威力は勝る。

だがそれくらいランサーでなくてもサーヴァント本人なら当然予想はするし、攻撃法がどれだけ意外に野蛮な攻撃であろうと彼はそこまで驚きはしなかった。

彼が驚いた理由はバーサーカーの投石がただ物理法則に従ったものではなく、明らかに『アレ』を連想させる超常の現象を見せたからだ。

 

「なにっ?!」

 

アーチャーはその時、通常は空にしか見えない流星が真っ直ぐに自分に向かってきたような錯覚を覚えた。

そう錯覚してしまったのは、それだけバーサーカーが投げた石が彼の予想を超えた変化を見せ、自分に最悪の事態を回避できる隙を与えない悪夢のような威力だったからだ。

 

「……っ……ぁ」

 

アーチャーが受けから衝撃に我に返り、その後から襲ってきた激しい痛みの原因をゆっくりと視線で追うと、その先には自分の脇腹にぽっかりと出来た拳一つ分はあろうかという穴があった。

 

「…………」

 

信じられないものを見たという表情で一瞬顔を強張らせたアーチャーだが、今度こそ全ての気力をバーサーカーに奪われ、ついに自身の身体を支える力を全て失いがしゃりという鎧が地面に当たる金属音を響かせてうつ伏せに倒れた。

 

 

「おい、あれ……あれって、さっきのってもしかして……」

 

「ああ、恐らく宝具だな」

 

ウェイバーが何を言いたいのか察したライダーが彼の予想を肯定する。

対してウェイバーはライダーに自分の考えを肯定してもらったにも関わらず、納得できないといった様子で言った。

 

「いやでもただの石ころだぞ? それを投げただったんだぞ?」

 

「それでもあの威力、あの尋常ではない流星の如き勢い。アレは間違いなく宝具が起こす奇跡のそれだ」

 

「じゃあアイツの宝具は石ころだってのかよ?」

 

「いや……」

 

混乱するウェイバーにまるで自分に言い聞かせるようにセイバーが会話に入ってきた。

 

「恐らくあのバーサーカーの宝具は手にした全てを最低限の宝具の域にまで昇華させるというもの」

 

「え?!」

 

果たしてそんな奇妙で小狡い宝具有りなのか、存在するものなのか。

セイバーの言葉に驚きの声をあげるウェイバーだったが、それが正解なのか確かめるように自分のサーヴァント(ライダー)の様子を窺うと、彼の真剣な表情からセイバーの意見を支持していると悟ることができた。

 

「そんな……なんて出鱈目な……」

 

「そう驚くこともないだろう。見たところバーサーカーだというのにあいつの戦い方は暴力的ではあるがその動きは何処か常に流麗に見えた。恐らく生前のあらゆる武器を使いこなす神がかり的な技術の高さが宝具という切り札にまで至ったのだろう」

 

「ランサー、貴殿もそう思うか」

 

自分が導き出した結論と大凡同じだったのでセイバーの方を向いてそう言うとランサーは厳かな表情で頷いた。

それに同意するようにライダーも頷く。

どうやら三人の見解は一致しているようだった。

 

「マジかよ……」

 

バーサーカーの宝具の特異さに未だ衝撃が抜けきらぬウェイバーの後で、ビルス達はといえば……。

 

 

「ねぇ、あの金色の人大丈夫?」

 

イリヤはバーサーカーの宝具より倒れたアーチャーの心配をしていた。

 

「殆ど虫の息じゃないか? あれじゃもう直ぐその内死ぬだろう」

 

「そうですねぇ……」

 

「どうした? 何か怪訝な顔をしているぞ?」

 

「いえ……」

 

ウイスはアーチャーがここまで瀕死の状態だというのに、彼のマスターが令呪を使って強制的に撤退させたり回復の手段を講ずる為の行動を一切見せないことがちょっと気になっていた。

どうやらアーチャーはビルスに宝具を完全に破壊されたことによって、彼のマスターに完全に戦力外と見做されたらしい。

ウイスはそのマスターの冷淡さに少しだけ残念な気持ちを覚えたのだ。

 

「自分が召喚したアーチャーさんがあんな状態になっているというのに、何も反応を見せない彼のマスターさんってちょっぴり意地悪だなぁとですね」

 

「ああ、まぁそうかな。ん?」

 

ビルスが自分の服を引っ張られる方に顔を傾けると、そこには何かを心配するようなイリヤの顔があった。

 

「ねぇ……」

 

「あいつは敵だぞ?」

 

「うん、でももう戦いに使える武器は持ってないんでしょ? それなのにあんなに一方的に乱暴されちゃうんなんて可愛そうじゃない?」

 

「僕はそうは思わないね。あいつだって結構粘ってたじゃないか」

 

「うん、そう。頑張っていたよね? それでも……」

 

「……」

 

ビルスは縋るような目で自分を見るイリヤから視線を逸して何とか我関せずを貫こうとしたが、やがて泣き顔を隠すように自分のズボンに顔を埋めてそれでも動かない彼女を見て大きな溜息を吐いた。

 

「はぁあああ……。仕方ないなぁ貸し一つだぞ?」

 

「え、お菓子?」

 

「なに、お菓子?」

 

「……」

 

「……」

 

微妙な空気が二人の間を流れる中、ビルスが口を開くより早く良い思い付きが浮かんだイリヤが先手を取って喋った。

 

「うん、お菓子! あの人助けてくれたらすっごく美味しいお菓子あげる!」

 

「ほう。本当だろうな?」

 

「大丈夫! イリヤこっそりお城からお金持ってきたから!」

 

「そうか。なら良し」

 

実は持ってきたお金はドイツの通貨だったので後にいざそれを使おうとしても何もできないという事態に見舞われてしまうのだが、そんな事になるなどまだ予想もできていなかった二人は、取り敢えずその場は契約の締結をお互いに確認するのだった。

 

 

(なんたる無様……。この我がこのような……。時臣め、宝具を失った我には興味が失せたか……不快な……)

 

消え消えの意識の中でアーチャーはまだ意識はあり、辛うじて現界を保っていた。

だがそれも完全にとどめを刺すために自分に近付いてくるバーサーカーの足音を聞くともうここまでだと彼に覚悟をさせた。

そんな時。

 

 

いつの間にか手にしていた鉄棒を宝具と化し、止めの一撃を見舞おうとしていたバーサーカーの手首をビルスが掴んで止めた。

 

「?」

 

全く気配を察することが出来ない内に自分の動きが止められたので、理性を失ったバーサーカーも一瞬混乱したのか大人しい仕草でビルスの方を見た。

そして彼の姿を見るや直ぐに攻撃態勢を取ろうとしたところで、当然それより早くビルスの一撃を食らうのだった。

 

「?!?!?!??!!」

 

ビルスはただ手の甲で軽くバーサーカーを叩いただけだった。

だがそんな仕草にどういう仕組でどれだけの威力が込めれていたのか、バーサーカーは自身がアーチャーを殴ったり蹴り飛ばしたときより凄まじい勢いで彼に弾き飛ばされ、コンテナなど軽く幾つも貫通し、ビルス達からかろうじて見える遥か遠方の堤防にぶつかって四肢が四散した状態になる事でようやく止まった。

 

そのあまりにも非現実的な光景に、意識が遠くなりかけていたが故に事態が把握できなかったアーチャーとウイス以外の全てが愕然とした表情になっていた。

 

そんな周りの者など全く意に介さない様子でバーサーカーを弾き飛ばした方を見ながらビルスは一言だけ言った。

 

「ちょっと大人しくしてろ」




投稿が遅々としてすいません。
そして重ねてすいません。
ビルス様力が見れるのバトルは次話の予定です。


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第11話 最強のマスターの誕生

寒いですね。
最後に投稿した日付を見て気分も寒く感じました。


半壊して死に体のバーサーカーに魔力を供給する為に刻印蟲が体内で蠢き、その凄まじい苦痛に雁夜は堪らず絶叫した。

彼とて自分の居場所を知られる恐れがあるのだから声を漏らしてしまうのがどれだけ愚かなことくらい解っていた。

しかしその時感じた痛みは、そんな雁夜の当然の結果だと納得しても尚、己の意思では漏れ出る声を抑えきれない程に壮絶なもので、彼があげた絶叫はその場の付近に居た者の耳に容易に届いた。

 

「な、なに?」

 

初めて聞く人間の凄まじい絶叫に怯えた表情をして身を竦ませるイリヤ。

セイバーは彼女を安心させるように身をかがめてその頭を撫でながら言った。

 

「安心して下さいイリヤ。どうやらあれはあのバーサーカーのマスターのもののようです」

 

「凄く苦しそうな声だったね。その人大丈夫かな」

 

「……」

 

まだ会ったこともない上に敵かもしれない男の心配をするイリヤ。

セイバーはその子供らしい純粋なイリヤの優しさに己の警戒で険しくなっていた心が癒やされるのを感じた。

が、勿論声がした方から視線を逸らさず注意を向けるのも怠らなない。

ビルスによって瀕死の状態になっているとはいえサーヴァント、まだ現界を維持しているだけでも十分に警戒に値する状態なのだ。

 

「そう神経を尖らせなくても良いと思いますけどね。見たところ先程のビルス殿の一撃でバーサーカーは虫の息。加えてそのマスターの方も現界維持の為に魔力を吸われてるだけにしては不可解に思う程の苦痛に満ちた声。恐らくこの点から推察致しますに……」

 

「少なくともバーサーカーのマスターは真当な、魔術師としては力量が不足していると推察できるという事か? キャスター」

 

「左様ですね」

 

ランサーの問いにキャスターはニッコリと愛想笑いで浮かべて肯定した。

だがそんなキャスターに対してセイバーは依然として警戒態勢を解くことなく、厳しい視線を向けて言うのだった。

 

「だとしてもです。キャスター、貴方も一応サーヴァントだ。例え騎士でなくても生前が全く闘いに縁がなかった人生であったとしても、貴方はイリヤに召喚されたサーヴァントとして彼女を護る義務があることを忘れてはならない」

 

「当然です。如何に全く戦うことができないサーヴァントでもそれは心得ていますとも。……しかしまぁ作家本人が物語に出張ってしまう事には正直些か抵抗を感じてしまうのは否めませんけどね。ふむ、ではここは私もキャスターたるサーヴァントとしての皆様に吾輩の力をご覧にいれましょう」

 

「え」

 

今まで彼の事を無能のお荷物と内心で評価してたセイバーは、まさかキャスターからこんな殊勝な言葉が出てくるとは露ほども考えておらず、思わず呆けた声を出してしまった。

 

「キャスター、貴方、戦えるのですか?」

 

「いえ、全く。微塵も、毛ほども戦の腕に覚えはありませんよ?」

 

「あ?」

 

彼に僅かばかりでも感心しかけたセイバーは、その期待はずれの発言に怒りから真顔になって聞き返した。

無意識に剣の柄を握る手にも力が入り、キャスターを見るセイバーの目が現世に召喚されてから最も険しくなる。

セイバーもまさかこんな視線を最初に送る相手が敵ではなく身内に出てしまうとは思ってもみなかった。

それだけにキャスターに対する黒い怒りは沸々と込み上げ、こめかみに青筋を立てながら薄ら笑いを浮かべそうなセイバーのこの時の表情は、ビルス達とキャスター以外の彼女を見る者を戦慄させた。

そんな恐ろしい顔をしたセイバーにもキャスターは特に臆した様子も見せず、むしろ自信を感じさせるような演技がかった大袈裟な素振りで皆の前に進み出ると言った。

 

「まぁまぁ落ち着いて下さい。何も私は戦うことはできなくても勲詩に花を添えることもできないとまでは申していないでしょう?」

 

「…………?」

 

「では皆様! 暫しの間どうぞこちらにご傾注を! 私はキャスターとしてこれから皆様に……」

 

「早くしなさい」

 

長い口上を聴くつもりはないというセイバーの威圧にキャスターは「ふぅやれやれ」と肩を竦めると懐から本と筆を取り出した。

 

「ここから先は気になる事がありましてもどうかご静粛にお願いします」

 

 

キャスターが自分の力を披露しようとしていた時、ビルスとウイスも興味を持ちその様子を眺めていた。

 

「あいつ、何をするつもりかな」

 

「さぁ、何にしても楽しみですね」

 

「そう期待できるような事……ん?」

 

キャスターが何をするのか特にそれほど期待することもなく眺めていたビルスは、ふと自分のズボンを引っ張る力を感じて視線を下に落とした。

そこにはいつの間にかセイバーの元から自分の所に来ていたイリヤがおり、目で早くアーチャーを助けてと訴えていた。

 

「ああ、そうだったなウイス」

 

「はい、畏まりました」

 

 

「……何だ」

 

バーサーカーと同じく瀕死だったがアーチャーの視界に何者かの靴が入った。

宝具を本格的に使用する前にビルスに無慈悲に破壊されたことでという不幸が逆に幸いして、アーチャーは消費されることなく残っていた魔力と気力を振り絞ってまだ現界を維持できていた。

だがそうとはいっても瀕死の重傷を負っていることには変わりなく、体力の消耗から思うように身体を動かすことができなかったアーチャーは視線を上に向けることができなかった。

これは傲岸不遜で常に自分以外の存在を見下すのが当然としている彼にとってはとてつもない屈辱であった。

 

(おのれ……よもや我にこのような無礼を働かれて何もできぬとは……)

 

「貴方を助けます」

 

「…………なに?」

 

「イリヤさんの優しさとビルス様の指示に感謝なさることですね」

 

「去ね……。そのような……施しなど……」

 

「申し訳ないのですが拒否はできません。貴方には耐え難い屈辱でしょうけど、まぁどうしても我慢できないのなら回復した後でまたビルス様に文句を言えば良いではありませんか」

 

「…………クソが」

 

無念さから我慢できず下品な悪態を一言漏らすと、アーチャーはそれ以上何も言うことはなかった。

 

「結構」

 

ウイスはニコリと微笑むとアーチャーの肩に手を置き、手を置かれた本人が何をされたのか解らないほどの一瞬で彼を全快させた。

 

「……なに?」

 

奇跡という言葉でしか言い表せられない現象に純粋に驚く表情をするアーチャー。

そんなアーチャーにウイスは続けて言葉をかけてきた。

 

「まぁ貴方が失った武器も、まだそれほど時間が経っていないのでやろうと思えば『戻す』事はできるのですが、それは早い内にビルス様が許可をしてくれるのを祈ることですね」

 

「貴様は……何なんだ……?」

 

「私はただの神の付き人です」

 

「…………っ」

 

自分が最も気に入らない回答だった。

よもや自分が最も嫌う存在とそれに関係する者にここまで嬲られることになるとは。

 

「なるほどな……。では我をここまで屈服させてさぞや嬉しかろうな」

 

「え? いや、別にそんな事はないと思いますよ? だってビルス様、確かに最初の貴方の態度には腹を立てていましたけど、先程ビルス様が吹っ飛ばしたあの黒い方と貴方が戦っている様子を見ていた時は寧ろ見直していましたよ?」

 

「……あの情けない様を見てか」

 

「ええ、あの時あそこまで追い込まれても屈服する様子を見せなかった貴方を見てビルス様はただの偉そうな奴じゃなかったとそういう印象を抱かれていたご様子でした」

 

「ふっ……ふっ……ただの偉そうな、か……」

 

「ええ、ビルス様の貴方への最初の印象は実に最悪でしたね。いや、これは本当に危なかったんですよ? 貴方の一人のせいでこのあたりの星々が無くなっていたのかもしれないんですから」

 

最後のウイスの一言がこの時のアーチャーには一瞬では理解し難かったが、それでももう既に自分に関心がなさそうなビルスを見ていると、不思議と先程まで滾っていた怒りの感情が虚無めいた感情に取って代わり気分が沈んでいくのを感じた。

 

「ふっ……はっ……。まるで心底つまらぬ道化の芸を見て怒りを通り越して呆れ果てたような気分だ」

 

「まぁともあれ落ち着かれたようで」

 

「うむ……一つ」

 

「はい?」

 

落ち着いたからこそ賢王でもあるギルガメッシュ(アーチャー)は興味を持った。

訊かずにはいられなかった。

彼は自分から離れようとしていたウイスの背中に問いかけた。

 

「貴様は神の付き人で奴は神と言ったが、奴は如何なるか……」

 

神とは最後までいえなかった。

何故なら不意に自分の身体が抗えない魔力の強制力によって、自らの手で己の喉を裂き、自分の意思とは関係なく自害しようとしたからだ。

身体の自由を奪われ意識こそまだ驚愕の感情に傾いていたものの、この事態が自分のマスターである遠坂時臣の令呪によって起こされたものだとアーチャーは一瞬で考え至った。

 

(なるほど。実に魔術師らしい、サーヴァントとマスターの関係らしい顛末だ。利用の道が完全に絶たれたのなら成程、解らなくもない)

 

二度目の生にしてはあまりにも無様過ぎる最期に自嘲の薄笑いすら浮かびかけた時だった。

何者かの手が自分の意思の干渉を許さない己の腕を掴み止めたのだ。

 

「!」

 

アーチャーは今度こそ驚きに目を見開いた。

彼の腕を掴み止めたのは、自分がここまで落ちぶれる原因となった張本人であるビルスだった。

恐らく令呪三画全てが消費された命令は確定した運命と言って差し支えがないほどに強力なのだが、それをビルスは容易く止めてみせ、更に現在も止め続けていた。

 

「ま、約束だからな」

 

ちらりと興味なさそうな目でアーチャーを見たビルスは次にウイスの方を向くと言った。

 

「こいつもイリヤと繋げ。最初からあった繋がりは今、破壊した」

 

「?」

 

アーチャーはビルスが何を言っているのか全く解らなかった。

だが違和感というか事態の急変には直ぐに気付いた。

先程まで自分に働いていた魔力の強制力がビルスの言葉の直後に霧散するように消えていたのだ。

 

「は?」

 

口笛を吹きながら既に去りゆくビルスの手から離された自分の両手首を見てポカンとするアーチャー。

しかしあれよあれよと再び新たな事態がアーチャーに問答無用と言わんばかりに起こる。

 

「……なんだ?」

 

アーチャーは何処からか流れ込んでくる異常という言葉でも不適切に感じるほどの莫大な魔力が自分に流れ満ちていくのを感じた。

 

「ん?」

 

一方ちょっと胸の中が一瞬熱くなった気がしたイリヤは可愛く小首を傾げた。

この時、聖杯戦争史上例がない3人のサーヴァントを同時に最高の状態で一人で契約し従えるという、トリプルマスター(バケモノ)があまりにもあっさりと爆誕した。




モチベが下がってる、この一点に尽きます。
原因としては加齢、仕事、ストレスなどがあるでしょう。
まぁでも、それでも不定期な更新をしながら続いていく気はします。


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第12話 キャスターの宝具

うわ、4ヶ月も更新してなかったのか。
いかんなぁ……。


「魔力の供給(パス)が切れた……?」

 

利用価値がなくなったギルガメッシュ(アーチャー)に令呪を使って自害をさせようとしていた時臣は不意に彼との魔力の繋がりが切れ、最早戦場の傍観者でいることしかできなくなった事に呆然とした表情をして自分の掌を見つめた。

 

「師よ、これは……」

 

予想外の突然の脱落者となった時臣ほどではなかったが状況が把握できずに困惑していたのは綺礼も同じだった。

師の心情を慮り努めて落ち着いた声で時臣に状況の確認を進言しようとした彼の頬には無意識に流れた冷や汗が一筋見受けられた。

 

「解らない……しかし……しかし、ああ」

 

今回の聖杯戦争の為に今まで積み重ねてきたあらゆる努力と苦しみが全て無駄になったことに時臣は目眩を覚えながらも何とか気力を振り絞って踏み止まると言った。

 

「何にせよ状況の把握が最重要だ。綺礼、アサシンの何人かを現場(此処)へ向かわせてくれ。今監視しているアサシンに何かあっても監視が続けられるような状態にするんだ」

 

「同感です。直ぐに」

 

心の底で自分でも気付かない内に芽生えていた聖杯戦争に対する期待が全て覆われるような不安を綺礼はこの時感じていた。

 

 

「『開演の刻は来たれり、此処に万雷の喝采を』《ファースト・フォリオ》!」

 

「…………」

 

皆が注目していた中キャスターは懐から取り出した本への執筆に熱中し始めた。

仰々しい挨拶と自信に満ち溢れていた態度からどんな宝具を出すかと思えば、宝具を芝居がかった台詞で真名開放してただ文字を書き始めただけだった。

 

「…………」

 

剣の柄を握っていたセイバーの力に金属の篭手(ガントレット)がミシミシという音を立てて悲鳴を上げた。

彼女が発する怒りの凄まじさについさっきまで矛を交えていたランサーも思わず怯み、我を忘れて暴走しないようにと落ち着かせまいとまでした。

 

「セイバー落ち着け。キャスターはその……真剣だ」

 

「…………」

 

フォローする言葉がこれくらいしか思い浮かばなかった事にランサーは軽くキャスターを恨んだ。

だがランサーの言葉は何とかセイバーに暴走を思い止まらせることに成功しており、確かに少し落ち着いてキャスターを見てみれば周囲からどれだけ痛い視線を浴びせられていても彼は真剣な表情で、時折執筆に対する幸福感か楽しさからか笑みを浮かべながらも夢中に筆を取り続けていた。

そして……。

 

「お待たせしました!」

 

満足したといった表情で本をパタンと閉じたキャスターは言った。

 

「……それで、貴方は何をしたんです?」

 

「ふふ、気付きませんか?」

 

「分かりません」

 

「すまんが俺もだ」

 

「ライダー?」

 

即答するセイバーに自分のフォローを無駄にしたのではと失望の目をキャスターに向けるランサー。

だがそんな気まずい雰囲気が立ち込めようとした中ライダーだけがマスターに問われて一人だけ他の者とは異なる答えをした。

 

「分からん。だがそれ故に予想はできるがな」

 

変化が生じていないのにだからこそ予想できる事とは何か。

キャスターは横目でチラリとセイバーより遥か昔に勇名を馳せた征服王(ライダー)の勘の良さに内心感心し「ではお教えしましょう」とまだ利き手に持っていた羽ペンでセイバーが握っていた不可視の剣を指した。

 

「今私の宝具()で貴方の剣を強化しました」

 

「え?」

 

日本(此処)は貴方の伝承の地より離れている故いくらマスターから豊潤な魔力を供給されていても貴方の宝具までは本来の力を発揮しきれないでしょう。故に私が私の発想力()で本来のレベルにまで近づけて差し上げました」

 

「いったい何を――」

 

キャスターの言葉は理解できなかったが彼が自分の剣を強化したと言ったことにはセイバーは興味を持ったので手にしていた剣をふと見た時彼女は言葉を失った。

 

「どうしたセイバー?」

 

どうやら所有者以外には変化は伝わらないらしい。

だが所有者であるセイバーには解った。

今持っている宝具で『何が』できるかが。

 

「セイバー、貴方の剣、いろいろと封印が施されていて自分の意思では本来の威力は開放できませんよね? ですから私が擬似的に開放できる条件を創り出し、それを貴方の剣に付与しました。所有者である貴方なら解るはずです。いまその剣がどれほどの力を持っているのかを」

 

「な、何て事を……」

 

自分の宝具だから解るエクスカリバー(宝剣)の変化。

それは世界の危機の時にのみ力の封印が解除され行使できる星をも破壊することができるとされる絶対破壊の力だった。

キャスターは後にその場限りの限定的なものだと言ったが、それでも一時的にでも封印を解除されたエクスカリバー(宝具)を持つことはセイバーにとってリスク以外のなにものでもなかった。

聖杯戦争がそれなりの規模の戦いになることは予想されたがそれでも星を破壊するほどの威力の必要性が生じるとは先ず思えなかった。

だからこそ封印されたままでもセイバーには何の問題もなかったのだが、その凄まじい力を際限なく使えるようになると話は別だ。

別に力の加減ができないというわけではない。

しかし必要がないのなら最初から使えない方が自分や周囲を危険に晒す事はない故に気も楽というものだ。

 

「キャスター本当にこの状態は一時的なものなのでしょうね?」

 

「勿論です。あくまでその疑似開放の状態は私の宝具が有効である間だけです」

 

「……そうですか。なら以降は私の許可なくこれはしないでください」

 

「承知しました」

 

何となく意外に思えたがセイバーの要求をすんなりとキャスターは受け入れて宝具の発動を解除した。

これは他にも何かできるなと彼女は思ったが、敵対するサーヴァントの陣営が2つも居る場で一応味方であるサーヴァントの宝具について追及する気にはなれなかった。

 

「ふむ、やはり余の予想通り局所的な変化であったか。それにしても作家の真似事が宝具など……いや、もしや本当にただの作家か?」

 

「如何にも」

 

セイバーからしたら戦においては何も自慢できないことなのにライダーの指摘を嬉しそうに肯定するキャスター。

だがそこから妙な親しげかつ楽しげな二人の会話が始まった。

 

「ほぉ、誠にそうであったか。いや、だとしたら大したものだ。ただの作家風情が英霊扱いされるまでに至るなど、貴様は余程飽くなき探究心と果てのない想像力を持っているのであろうな」

 

「ええ、ええ! それはもう! お褒めに預かり大変光栄です」

 

作家を含めクリエイター(創作者)とは人にもよるだろうがやはり評価されると嬉しく感じるものらしい。

ライダーに褒められたキャスターは彼の賛辞に対して喜びを隠そうともせず誇らしげに口髭を弄ると恭しくお辞儀をした。

 

「いやぁ実に良い巡り合わせだ! どうだお主、ここは一つ余の事も著してはくれぬか? イリアスにも負けぬ心踊る物語が書けることを請け負うぞ」

 

「何ともそれは魅力的なお話! しかも彼の有名なアレキサンダー大王直々のお言葉となりますと私も流石にその魅力的な提案に己の心が揺らいでしまうのを抑えられませんね!」

 

「そうかそうか! では詳しい打ち合わ――」

 

「悪いが二人とも」

 

緊張感の欠片もなく親しげに話すライダーとキャスターに再び込み怒りが込み上げてきたセイバーに気を遣ってランサーが介入してきた。

 

「なんだ、今良いところなのだ。話は後にせい」

 

「ダメ!」

 

人間など比較にならない破格の存在であるサーヴァント(英霊)に物怖じせずに介入する声がもう一つあった。

イリヤスフィールである。

ランサーはその彼女に二人の視線が向けられたところで槍の矛先を先程から苦しげな声を上げて死にかけているバーサーカーのマスター()に向けて言った。

 

「そういう事だ。レディの嘆願を無碍にする事もできないのでな。ここは先ずあの男を助けてから話の続きをしても遅くはないだろう?」




ついにビルス様が全く出ない話が出てきてしまいました。
すいません。
話としても長いので近いうちに各話を合体した上で編集して話数を少し整理(減らし)したいと思います。
怠け癖がついてこの程度の文字数でも疲れたので感想返しも後ほど。


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第13話 イリヤのお願い

短いので次に投稿する話と合体させるかもしれません。


「うわっ、なんだこれ」

 

先ほどの悲鳴の主がどんな者かふと気になったビルスは、バーサーカーのマスターの元に行って彼の姿を確認するなり思わず吹いていた口笛をと切らせ怪訝な顔をした。

バーサーカーのマスター(間桐雁夜)は目に見えて瀕死の状態で、その様はビルスからすれば既に破壊され朽ちるのを待つだけといった具合であった

間桐臓硯によって刻印蟲を仕込まれたその身体はボロボロで、バーサーカーの現界維持の役目を何とか果たしながら僅かに運動機能を保持しているだけ。

よくまぁこんな状態でまだ生きていられるものだとビルスが呆れた顔で彼を眺めていると、ちょうどその時にイリヤがアーチャーを除いたその場にいた者達を引き連れてやって来た。

 

「ん? なんだお前達、戦ってたんじゃないのか?」

 

「今宵はいろいろあり過ぎて興が削がれたのでな。それにイリヤ(レディ)から受けた願いもある」

 

「はぁ? レディ?」

 

こいつ何言ってんだと無い眉を吊り上げた表情をビルスはしたが、ランサーにエスコートされているかのように手を繋いでいたイリヤを見て直ぐに察した。

 

「おいお前、また助ける気か? 無駄だと思うけどコイツは……」

 

「ランサー、今回の闘い、勝者は誰かしら?」

 

「は?」

 

唐突に敵対していた相手にイリヤが放った言葉にビルスは思わず訊き返す。

しかしそんな言葉をかけられたランサー(伊達男)恭しくイリヤの手を取りながら跪き、頭を垂れて返事をした。

 

「それは勿論セイバー、キャスターのマスターであるレディ(イリヤ)で御座います。虚を突かれ、まともに抗することができずに瀕死になった者へ賜った温情、このランサー痛く感服いたしました。そしてこの、ますます混迷せんとする場において、尚も再び傷ついた者を助けようとなさるその慈愛と度量、その揺るがぬ個を貫くお姿は間違いなくこの場の支配者、つまり勝者であると私は確信しております」

 

「うん」

 

何ともくどく長い口上であったが、それはイリヤの自尊心を十分に満足させたらしい。

彼女はふんすと聞こえてきそうな自信に満ちた顔でビルスをみやると「どう? 文句はないでしょ?」とでも言いたいように勝ち誇った笑顔を見せた。

しかしビルスも負けてはいない。

彼は意地悪い顔をしてイリヤに「で、どうやってアイツを助けるんだ? 残念だけどアイツは手の施しようがないぞ」と言った。

 

「えっ」

 

この言葉を聞いたイリヤは焦った様子で直ぐに傍らのランサーに目で助力を求めた。

気遣いに長けたランサーはその意を難なく汲み、速やかに既に虫の息になりつつあった雁夜に近寄って救命をしようと試みたが、直ぐにビルスの言葉が真実であることを悟った。

 

「これは……」

 

雁夜の惨状に渋面するランサー、その表情はまるで伝播するように彼の後に付いてきた面々へと移っていった。

その重苦しい雰囲気にイリヤも何かを感じ取って、雁夜を見る者達と彼を交互に見返しながら誰かが少しでも希望が持てる言葉を言ってくれないかと期待したが、残念ながら皆の答えの内容は大方共通していた。

 

「イリヤ、これは……。彼はもう自分の命すら保つのも無理です。あそこで消えかけているバーサーカーの現界を維持する為に魔力を吸われているのもありますが、最早魔力の供給(パス)を切ったとしても手遅れでしょう」

 

「うん、そうだなこれは……」

 

「余も同じ見解だ。ここは速やかに楽にさせてやるのが情けかもしれんぞ?」

 

「そんな……っ!」

 

皆の悲しい答えを聞いた途端に目をうるませショックを受けるイリヤ。

ついには彼女は虫が良い事だとは自覚した上で、ビルスのズボンを掴みギュッと抱きつく。

 

「嫌だぞ?」

 

「……お願い」

 

「嫌だ。それにアイツを助ける事になんの意味があるんだ? 僕がふっとばしたあの黒いのはなんか話が通じなさそうだし、コイツだってそうだ。コイツ、死にかけているけど執念みたいなものが消えていない。軽い考えで助けるのは間違いかもしれないぞ?」

 

「…………」

 

その言葉にイリヤは俯いたままビルスから手を離すと、呻く雁夜の元に近付いてかがみ込み、痙攣するように震える彼の手を自分の小さな両手で握った。

瀕死ではあったが自分達を襲ってきたサーヴァントのマスターに対する警戒心からイリヤを引き離そうとセイバーが動こうとしたが、それをランサーが手で制した。

目で強く抗議するセイバーであったが、それに対してランサーは彼女に自分のマスターを信じろとでもいうように真剣な表情で見返す。

勿論彼も何か不穏なものを感じ取れば直ぐにイリヤを助けるつもりだった。

そんな様々な思惑や行動がされる中、渦中の人物であった間桐雁夜は、もう自分の間近にいる者達の存在すら感じ取れなくなっていた。

既に視界もぼやけ、痛みに抗しながら同じく死にかけているバーサーカーへの魔力供給も生命の限界から途切れようとした時、彼は不意に自分の手に小さな温もりを感じた。

その感触と大きさと温かさは、彼が命を捨ててでも助けたいと願うとある少女の事を思い出させるのに十分なものだった。

故に彼は思わず、そして何処か救われるような心地でつい口にした。

 

「…………桜ちゃん…………か……?」

 

普通に考えればそんな事はあり得ないという事は分かり切っていた。

けどもしかしたら、自分の予想もつかない奇跡でも起こって、今こんな情けない姿を晒している自分を心配して彼女が涙で顔をグシャグシャにして駆け寄っているのかもしれない。

もしそうならどんなに良いことか。

夢にしても最期に見る夢にしては……。

 

いや、夢では終わらせたくなかった。

だから彼はもう一度口にした。

息を吸い込んで自分の無力をせめて侘びて無念の裡にせめて無様な姿で彼女に侘びたかったから。

 

「さくらちゃ……ご……」

 

「ビルス様、お願いします。助けて下さい」

 

「…………」

 

初めて見るイリヤの真剣な眼差しにビルスは僅かに目を細めた。




やっと出した fate の続き。
とか言いながら話は短く、続きと合体させるかもしれないとか、こんな短い話を投稿して活動報告で言った事を守ったつもりなのか思われそうですが、誠に申し訳ない。
それでもちょっとはモチベ上がってきたので。
もう今月も僅かですが、言ったことは……善処します。orz


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「異世界はスマートフォンとともに。」編
第1話 まだ知らぬ神


メインの女性キャラが3人しかいないのはその方が話を作り易かったのと、この3人が序盤の女性キャラの代表格っぽいという印象を筆者が持っていた為です。


「破壊神?」

 

「そう名乗る恐ろしい魔物が出まして」

 

「そいつが皆さんに迷惑を?」

 

「詳細は私もよく存じ上げていないのですが、なんでもその魔物と誰かが争いを起こしたらしいのです」

 

「はぁ」

 

「それで、怒った魔物は争っていた相手ごと周辺を砂漠に変えてしまったとか」

 

「え?」

 

あまりにも突拍子もなく内容が掴みにくい話に冬夜は目を点にした。

 

(争っていた人ごと周りを砂漠にした? それって魔法か? 生き物を含めた物を砂に変える力があるって事か? だとしたらその魔物がその力を使う前に抵抗できる補助魔法とか掛けておいた方が良いな。一応砂に変えてしまう魔法があるかどうかも調べてみるか)

 

冬夜はある程度考えを纏めると助けを求めてきた人にその魔物がいるとされる場所を教えてもらい早速一行を連れて出発するのだった。

 

「ねぇ冬夜、何処へ行くの?」

 

「うん、ちょっとね。厄介な魔物が出て皆を困らせているみたいでさ」

 

「なるほど。それで冬夜殿に討伐の依頼が来たと」

 

「うん、そういう事」

 

冬夜はエルゼと八重に応えつつスマホを操作をして先程考えた通りにまずは物を砂に変えてしまう魔法があるかどうかを調べていた。

流石異世界に対応したスマートフォン。

一見ただのブラウザに表示された検索サイトであっても文字の入力欄に調べたい事柄を入れて検索すると関連の情報が山程出て来きた。

 

「冬夜さん、魔法について何か調べているのですか?」

 

「ああ、うん。物を砂に変える魔法とかそういう方法があるのかなって」

 

「物を砂に?」

 

エルゼがリンゼの言葉を聞いて後ろから冬夜のスマホを覗き込む。

密着しながら覗き込んだので冬夜は彼女の柔らかい胸の感触を背中に感じた。

そのことに対して密かにに幸福感を感じつつ彼は仲間外れにしない為に八重にも訊いた。

 

「八重、魔法に限らずそういう技術とかスキルに心当たりがあれば教えて欲しいんだけど」

 

「物を砂に……でござるか。申し訳ない、拙者は特には……。ただ砂になるということはつまり物が風化する現象と同じという事なのでしょうか?」

 

「ああ確かに。風化による砂化なら魔法によって乾湿の操作をある程度できれば実現でき……るのかな?」

 

リンゼは冬夜の言葉に口元に手を当てて考える。

 

「乾湿の操作……火や水属性の魔法を上手く扱えばできそうですけど、かなりの技術と魔力が必要な気がします。しかし風化までとまでとなると……」

 

「難しいの?」

 

「エルゼ殿、ただ乾湿させるだけなら拙者たちでも簡単にできます。ただ濡らして乾かすだけですからね。しかしそれを魔法で操作するとなると、先程リンゼ殿が申されたように、拙者でも繊細な技術や場合によってはかなりの魔力を費やしそうだということは何となく予想できるというものです。ですが風化とは物の形が崩れて塵にまで至る事。そこまで魔法で実現させるとなると……」

 

「ふーん、ならそれって時を操ることができればどうにかなるって事でしょ?」

 

「それだ」

 

エルゼの単純にして核心を突く言葉に冬夜は合点がいったといった顔をする。

 

(そうだ。エルゼの言う通りノルンみたいな時間を制御する力や時空神のような存在なら……)

 

『時空神』

 

冬夜はここに来て今から討伐しようとしている相手が多分あり得ないだろうが、神クラスの力を持つ強大な相手であるかもしれないという考えに至った。

 

「……少し用心した方が良いかもな」

 

いつも余裕の態度を崩さない冬夜は久しぶりに目を鋭くして真剣な表情をすると、スマホの電話機能を使い早速神様に電話をした。

 

 

「……話はよく解った。しかし時のう……。まぁ確かに時を扱うとなると神に近い存在やもしれぬという君の予想は解るが……」

 

「勿論僕の予想が確実に当たっているとは思っていません。先程もお話ししたように強大な魔力を使えば現象そのものは実現できるかも。でもそれが周りを砂漠化させてしまう程の規模となるとやっぱり……」

 

「うむ、うむ、解った。いざというときは儂も協力するから安心しなさい」

 

「有難うございます! また神界(そちら)を訪れるときは何かお土産を持って行きますので」

 

「おー、それは楽しみじゃ。うむ、では頑張っての」

 

「はいっ、失礼します」

 

「どうだった? 冬夜」

 

エルゼの問い掛けに冬夜は笑みを浮かべて返す。

 

「うん、大丈夫。何とかなると思う。だけど注意しないといけない事には変わらないからね。エルゼ達はなるべく僕の側を離れないように。いいね?」

 

「はいっ」

 

3人の麗しい少女達はは己が惚れた男の頼もしくも嬉しい言葉に心からの信頼を込めて元気よく返事をした。

 

 

 

――――と、いうやりとりがあった時から遡ること1日ほど前の昼時のとある場所。

 

「今回も地球に似た場所に来たは良いけど降りる場所誤ったな」

 

「だから最初に私が申しましたように人が集まっていそうな街にしていれば。この世界はビルス様のように人外の姿をした知的種族もいるみたいですし」

 

「降りたところでこの世界で使える金とか持ってないだろう。だったらなんか適当に困ってる奴に恩を売ってご馳走してもらった方が早いというもんだ」

 

「ビルス様、それはあまりにも神様として威厳が……」

 

「……うるさいな。まぁ最近似たことをよくしてきた所為なのは認める」

 

「一応自覚はあったのですね。でしたら私からはこれ以上は特にもう申しません。にしても……」

 

ウイスは己が使える神と降り立った地の周りを見渡しながら言った。

 

「……何もない所ですね」

 

「ただの谷間だからな」

 

「しかし地面自体は邪魔な雑草や石があまりないところを見ると人の往来がそれなりにある所ではあるみたいですね」

 

「だったら簡単だ。適当にぶらついていれば誰かとであ……」

 

パシッとビルスは何処からともなく自分に放たれた矢をなんなく掴み取る。

 

「……」

 

 

「ちっ、なかなか厄介そうな魔物みたいだな。だが見世物として中々高く売れそうなあいつらを逃す手は手はない」

 

谷の上からビルス達を覗いていた名もなき山師の集団のリーダーらしき男はは弓矢を使った奇襲を諦め、後ろに控える仲間たちに号令をかけた。

 

「おい、囲んで一気に捕らえるぞ」

 

 

恐らく恐怖による混乱を誘うためだろう。

集団で雄叫びを上げながら谷を滑り降りてくるならず者の集団を見てビルスは言った。

 

「大丈夫だ。面倒だからここら辺まとめてちょっと破壊するだけだ」

 

「なら結構」

 

ウイスは野蛮で無礼としか評価できない人間たちに小さく溜め息を吐くのだった。




他の作品にも言えることですが滞りが酷いので、できるものを思いついたときにやるというスタンスでの投稿です。
まぁこの作品は以前から題材にしたとは思っていましたが。


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第2話 興味を持ってくれない魔物

久しぶりの短い間隔での投稿(文字数少ないけど)です


果たして教えられた場所には件の魔物がいた。

いや、確かにいたのだが、それより先ず冬夜達が注意を奪われたのは谷間の途中から不意に広がっていた白い砂の砂漠だった。

 

「なに……これ……」

 

予想していた光景と大分乖離があったのだろう。

エルゼが谷間を埋め尽くしている白い砂丘の数々を目にして呆然とした顔をしていた。

 

「いや、砂漠とは聞いてましたがこれは……。リンゼ殿、砂漠の砂とはこのよな色でござったか?」

 

「私も書物や絵でしか見たことがないので……。でもこれは……この砂はなんか私の予想とは違います」

 

「……」

 

目の前の光景に三者三様の反応で驚きを示している少女達とは別に、冬夜は屈んで砂漠の砂を掬ってみた。

 

(なんだこれ……)

 

それは見た目は確かに砂なのだが、そう実感するには肌に感じる重さや感触があまりにも希薄な気がした。

指の間からサラサラと落ちるその砂は確かに重力に従っているのだが、しかし吹き付ける風には影響を受ける様子はなくただ漠然と落ち続けるという不気味さがあったのだ。

そう、その砂は妙な言い回しであるが『終わっている砂』という表現が実にピッタリだった。

 

「……」

 

冬夜は屈んでいた状態から腰を上げると再度あっさりと姿を晒した丘の上で横になっている魔物を見た。

魔物はこちらに背中を見せている状態だが頬杖を突いて肩がゆっくりと上下している様子から察するにどうやら寝ているようだった。

 

(どうする?)

 

せっかく無防備な状態を晒しているのだから先手を取って攻撃するのも良い気がした。

こちらにはギルドと国からの討伐依頼という大義がある。

まかり間違っても奇襲をかけたからと言って責められるような事はないだろう。

しかし魔物は見た所確かに見た目は人外なのだが服のような物も着ているし、その特徴的な長い耳や腕には装飾品のような物まで着けていた。

これは少なくとも人間に近い知性を持つ生物であるかもしれないという証拠とも言えた。

冬夜は考えた。

思い返してみれば討伐依頼をしてきた者も詳細を知らなかったようだったし、確かに砂漠自体は発生させていてもそれ以外に有害そうな事はしていない。寝ているから当然だが自分達に対する敵意など微塵も感じなかった。

 

(これはまだ交渉の余地があると見て良いな)

 

冬夜は取り敢えずそう結論すると砂の上の魔物に声を掛けた。

 

「あのー、すみませーん」

 

「……」

 

ピクリと長い耳が反応したが魔物はこちらを向くことはなく起きる様子もなかった。

冬夜は仕方なく再度魔物に声を掛けようとしたが、それより先に彼の呼びかけに全く反応しなかった事に不満を感じたエルゼが魔物に呼びかけた。

 

「ちょっと! 冬夜が呼びかけているんだから反応くらいしなさいよ! それに彼は公王よ? この国の王に対してその態度は失礼よ!」

 

「ちょ、ちょっとエルゼ」

 

魔物なのだから人間間の上下関係を注意しても仕方がない、そう冬夜がエルゼを宥めようとしたところでちょうど件の魔物はようやく反応を見せた。

 

「んー、煩いなぁ。なんだこのキンキンした声……」

 

「なんですっ――」

 

魔物の文句に腹を立てたエルゼだったが最後まで言えなかった。

状況を察した八重が素早く彼女の口を塞ぎ状況の進行を助けてくれた。

冬夜は八重に目で礼を伝えると、起きた魔物に話した。

 

「すいません起こしてしまって。ちょっと貴方にお尋ねしたい事がありまして」

 

 

「んー……?」

 

ビルスは問いかけてきた人間を背中越しチラリと怠そうな目で見た。

 

「ん……?」

 

その人間を見た時ビルスは彼の普通の人間とは異なる気配に僅かに人間で言えば眉を寄せている反応を見せた。

 

(なんかあいつ変な違和感を感じるな。なんであんな何でもなさそうな子供から……あ? 神の気だ)

 

そう、ビルスは自分に話しかけてきた子供に確かに神の気を感じた。

だが問題なのは違和感の正体が判ったとはいえ依然としてその事に対する違和感があまり良くないものだったという事だった。

 

(解らない……。あいつからは何の才能も資質も感じない。世界に影響を与える将来性もそうだ。なのにあいつから感じる神の気は本物だし内包するエネルギーの量も見た目に対して異常だ)

 

ビルスはそこまでその人間に疑問と興味を持ったのだが、結局の所どれだけ妙な力を持っていても自分に干渉出来る程の力は先ず無いという事、それ以前に見た目が子供、連れの女達もそれに近い見た目だったという事に一つの答えを出した。

 

(皆同い年くらいの子供だな。差し詰め皆で外に遊びに出ていたというところか。子供だけじゃそんなにお金持ってないだろうなぁ)

 

 

「……」

 

「えっ」

 

一瞬ちらりとこちらを興味ありそうな目で見たはずなのに再び向こうを向いて寝始めた魔物に冬夜は思わず声を出してしまった。

 

「んー……!」

 

口を塞がれているリンゼもその魔物の態度にご立腹の様子だ。

 

(参ったな。これじゃ埒が明かないぞ)

 

冬夜が次に何か効果的なコミュニケーションの取り方はないかと考え始めた時「何か御用ですか?」と、とても理性的かつ落ち着いた声が何処からかした。

一同が声の主を首を振って探していたところで本人が魔物がいる方より先の方から宙を飛んで姿を現した。

 

「こちらですよ」

 

「そ、空を……」

 

魔力も感じないのに宙に浮かんで来た新たな人物にリンゼは驚きに目を見張る。

それは他の3人も同じで、そのあまりにも自然に飛んで現れた青い肌の男に直ぐには言葉が出ない様子だった。

 

「ああ、これはいきなり上から失礼しました」

 

青い肌の男はニコリと微笑むと冬夜達の前にゆっくりと着地し、丁寧にも彼から挨拶をしてくれた。

 

「こんにちは皆さん。私、ビルス様の付き人のウイスと申します」

 

「あ、え……あっ、も、望月冬夜です」

 

冬夜に倣うように彼の後ろにいた3人も居住まいを正して挨拶をした。

 

「こ、こんにちは望月リンゼです」

 

「あ、え……この子の姉のエルゼ……望月エルゼです」

 

「お、お初にお目にかかります。望月八重と申します」

 

「はい皆さんこんにちは。丁寧なご挨拶ありがとうございます。

 

何故一見年端も言ってないような少女、それも3人が男と同じ姓を名乗ったのか。

普通の人ならそこに疑問と興味が湧くところであるが、ウイスは元々そういった事にはあまり関心を示す傾向はなかったので前述の通りにこやかに応じだだけだったのだが、しかしやはり彼もまたビルスと同じ事に興味を持った。

 

「おや?」

 

不意に不思議そうに自分を見つめてきたウイスと名乗った人物に冬夜は少し動揺した。

 

(ん? もしかして何処かで会って……はないよな多分。なんだ?)

 

「あ、あのー僕、ですか? 僕に何か?」

 

「あぁいえ、すみません。ちょっと気になったことがありまして。コホン、失礼。取り敢えず貴方のご用件を伺い致します。お先にどうぞ」

 

 

『争っていた人ごと周辺を砂漠に変えてしまった』

 

 

そんな驚くべき事件を起こした魔物の付き人とは思えないほどの彼の落ち着き、更には礼儀正しい態度に冬夜は正直内心かなり調子が狂わされていたのが、何とかそれが表情にでないように努めると言った。

 

「あ、ありがとうございます。えっと、お話というのはですね……」

 

冬夜は、まさかここから自分が重大な出来事に見舞われるとは思いもしなかった。




以降の展開はボンヤリとした状態でまだ明確な形にはなっていません。
しなし何故か作り易い気はします。
どうか次の投稿まで時間がかからないように(フラグ)


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第3話 初めて感じる自分に優しくない展開:始

女性キャラ三人一度も出ません空気です


冬夜はウイスに自分達がビルスの元を訪れた理由を話した。

目的だけ聞けば自分達を害する為に来たとも言えるのに冬夜の話を聞くウイスの顔は常に穏やかで決して途中で表情を曇らせるということもなかった。

 

「――というわけなんです」

 

「なるほど、よく解りました」

 

「ご理解が早くて助かります。それでなんですが、いくつか僕から確認を取らせて頂きたいんですけど……」

 

「ああ、先ず私達が誰かに迷惑を掛けているというのは誤解ですよ」

 

「え?」

 

「確かにこの状態はビルス様によるものですが、こうなったのにはちゃんとした理由があります」

 

「と言いますと?」

 

ウイスは自分達が山賊紛いの山師の集団に襲われた事を話した。

そしてそれに対してビルスが行った事も。

 

「さ、30人を全員ですか……」

 

「正確には28人ですが、ええ皆さんこの通り」

 

明らかに擁護できない者たちだったとはいえ、それでも人間の集団を一瞬で砂に変えてしまったという事実にあっさりとそうだと認めるウイスのドライさに冬夜は柄にもなく久しぶりにゾクリとした。

 

「う、ウイスさん、貴方は先程あちらのビルスさん? の付き人だと言ってましたよね? なのにアイツ……あの人がやろうとした事を全く止めなかったんですか?」

 

「ええ、今回は特にそうする理由もありませんでしたので」

 

「…………っ」

 

冬夜は自分も正当防衛や報復に関しては苛烈なところがあるのは実は密かに認めていた。

だが今目の前にいる男と彼が仕えている人外のように最初から与えるペナルティが砂に変えてしまうという死ありきの制裁はしたことがない。

確かに最終的には無残な結末に至るであろう制裁は自分も行ってきた。

だが自分の場合はそこに至るまでの過程と動機があったし、直接手を下して死を与えた者に対しても迷いこそなかったが決して気持ちの良いものではなかった。

だというのにこの二人は圧倒的な強者でありながら非がある者であったとはいえ、一切の迷いも躊躇もなくこの世から消滅させるという選択を多数の人間に速攻で下したのだ。

 

(やはりこいつらはどうにかしないといけないかもしれない……)

 

冬夜は次の行動の方針を内心で徐々に固めつつ今度はウイス達自身のことを知る為に彼に訊いた。

 

「そ、そうですか……。あ、えっと、話を急に変えてしまって申し訳ないのですが、今度はウイスさん達について質問してもいいですか?」

 

「どうぞどうぞ」

 

会話の主導権を握られ続けていることを特に気にしたようすもなくウイスは微笑んで先を促した。

 

「ありがとうございます……えっと、じゃあ……ちょっと話の内容の一部が前と重複してしまうんですが、ウイスさんはあそこのビルスさんの付き人、つまり従者ということなんですよね?」

 

「ええ、そうですよ」

 

「ということは当然ビルスさんは目上の方というわけで……。あの、ビルスさんとウイスさんはつまりどういった方なんですか?」

 

「貴方がここに来た理由にあった破壊神を名乗る魔物の討伐ですが、破壊神というのは冗談でもなんでもありません本当のことです。つまりビルス様は本当の破壊神で私はあの方のお世話をして付き従う従者です」

 

「……なるほど、本当に神様ということなんですね。あの、ウイスさん、実は僕も神様の何人かと知り合いなのですが、その中に破壊神はいません。一番偉い神様からも破壊神の方がいるとは聞いたことがないわけなんですが、まぁそれはともかくとして、つまりビルスさんが本当に破壊神というのなら彼も僕が知識で知る上級神の一人という事で宜しいですか?」

 

「上級神ですか、そうですねー……。確かにビルス様は偉い神様ですが先ず貴方が仰ったような上級神にはビルス様は含まれません」

 

ウイスの言葉に冬夜は内心安心感からほくそ笑んだ。

 

(良かった。やっぱり神を名乗ってはいても言い方から察するに従属神か良くて下級神止まりだろう)

 

そう彼が浅慮していたところで次の言葉が冬夜にこの世界に転生してから一番の衝撃をもたらした。

 

「ビルス様は貴方の認識の範囲にある神ではありません。あの方は決して並ぶ者はいない唯一無二の破壊神で、ビルス様と同格の神は破壊とは対の創造を司る界王神様だけです」

 

「え……?」

 

この時冬夜はウイスの言葉の意味がはっきり言って全く理解できなかった。

何故なら彼の言葉が真実なら自分を転生させ、ここまで強くしてくれた彼が知る神々の頂点に座する創造神より上の存在という事になるからだ。

 

「え、えっと……あの、それって……あ、あはは」

 

(参ったな。ちょっとこの人の話に着いてこれない。取り敢えずもう自分では正確な判断が難しくなったから直接神様の助けを借りよう)

 

冬夜は軽く動揺し混乱しかかった頭で彼が持っている中でも最高の手札を切り、取得する情報の精度を上げることにした。

 

「すいません、失礼しまた」

 

「いえいえ、大抵皆さん最初はこういう反応をされますから。お気になさらないでください」

 

冬夜はここにきて話の主導権を握られているのに自分からそれを握ろうともせず、かといって常に落ち着き余裕を崩さないウイスの態度に劣等感から若干疎ましさを無意識に感じるようになっていた。

 

「……あのウイスさん、もし良かったら一つお願いをしたのですが」

 

「はい? なんでしょう?」

 

「僕、本物の破壊神にお会いできた事に流石にちょっと感動してしまいまして。良かったらウイスさんも一緒に入って頂いて僕の、これスマホって言って……」

 

「ああ、知ってますよ。結構使ってる人いますね。そういえばブルマさんも使ってましたねぇ」

 

「ブルマ……? ま、まぁ取り敢えずご存知でしたら結構です。で、良かったらこれを使って記念にお二人の写真を撮らせてもらいたいなぁって……ダメ、でしょうか?」

 

「ああ、そういう事ですか。ええ、私は構いませんよ。ただビルス様は今寝ていらっしゃいますからねぇ……。ちょっとお待ち下さい」

 

ウイスはそう言うと再び浮遊してビルスの元に戻ると彼に話しかけ、どうするか反応を待った。

冬夜はその間に密かにカメラモードにしたスマホにエンチャントの魔法で『サーチ』をかけ、写真を撮った時に画像から自分なりに詳細な情報を得られるように準備を行った。

 

 

「んにゃ……僕の写真……? んー……なんか妙な奴だと思っていたけど、意外に機嫌を取るのは上手いじゃないか。ん、いいよ。それくらいだったら応えてあげよう。僕一人でいいぞ」

 

「ビルス様酷い! せっかくできれば二人でとお願いしてくれているんですからここは二人で写りましょうよ」

 

「なんかお前が嬉しそうだと面白くないんだよなぁ」

 

「性格悪いですよ」

 

「うるさいっ」

 

そんな感じのいつものやり取りを行った後、ウイスはついに目を覚ましたビルスを伴って冬夜の前に降り立った。

 

「お待たせしました。オーケーですよ」

 

「ありがとうございます! それじゃ早速よろしいですか?」

 

「いいよー」

 

「同じく」

 

「いきますよー。3・2・1……」

 

「ピース」「ぶいっ」

 

 

曰く世界唯一無二の破壊神と神の付き人の二人の笑顔のピース写真という何とも言えない画像を保存した冬夜は早速先ずはスマホを使って情報を調べようとした。

 

『提供可能な情報なし。お使いの端末、及び付与されている力による検索対象への干渉は不可能です』

 

「……」

 

予想だにしないスマホの完全協力拒否のメッセージに冬夜は驚きに目を丸くした。

 

(なんだこれ……。せめて少しは情報を得てそれを神様に送って相談したかったんだけど……これじゃ仕方ないな)

 

冬夜は溜息を吐くと浮かない気分で神様宛の通話ボタンを押した。

 

『おー、冬夜君か。どうじゃそっちの様子は?』

 

「それがあまり進展がなくて困ってしまって……。僕のスマホじゃ何も判らなくて、すいませんけど今から送る画像を見て頂けますか?」

 

『なに……? 君のスマホが役に立たなかったのか……?』

 

この時、神様はほんの僅かだが何故か嫌な予感がした。

ともあれ可愛い孫のような存在の冬夜の願いである。

そんな予感を感じたからと言って無碍に断る気になど到底なるわけもなかった神様は、再び電話口の向こうですいませんと謝る冬夜に慮る返事をするとピロリンというデータ受信音と共に送られてきた画像を見た。

 

『………………』

 

無言だったが冬夜は電話の向こうで神様が息を飲み、彼の雰囲気が変わったのを感じた。

 

「あの、神様どうしました?」

 

神様の耳にはもう冬夜の言葉など届いていなかった。

スマホを握る彼の手は恐怖とも焦りとも判らぬ感情に震え、全身に脂汗をかいていた。

正直、ビルス一人ならまだ何かの見間違いだと一瞬でも現実逃避をしただろう。

しかし彼の付き人であるウイスも一緒に写っていたとなると話は別、というより間違いなく本物であり今起こっていることが現実だということを実感させられた。

 

『……冬夜君』

 

「え……は、はい?」

 

今まで神様の穏やかの声しか聴いたことがない冬夜は初めて聴く彼の重く真剣な声に思わず唾を飲み込んだ。

 

『この画像に写っている方々は今、其処にいるのかね?』

 

「は、はいそうですけ……」

 

最後まで言う前に今度は若干焦りを感じる神様の声が訊いてきた。

 

『何もしていないね?』

 

「え?」

 

『この二人、いや、この見た目が人間でない方の御方には何もしていないね? 何か失礼なことをして不興を買ってなどはいないね?』

 

「え? え? あの、かみさ――」

 

『質問に答えなさい』

 

「……特にこちらからは何もしていません。機嫌も特に悪いようには見えないと思います」

 

『うむ、そうか。じゃあ直ぐにそっちに行くから、君はそのお二人に以降も決して失礼のないように細心の注意を払いなさい。いいかね? 解ったね?』

 

「は、はい……分かりまし……」

 

冬夜の耳に通話が切れるプツッという音が響いた。

神様はどうやら自分の返事を最後まで聞く前に通話を切ったようだった。

 

「…………」

 

冬夜はこの世界で最も慕っていた親代わりのような存在に初めてあのように厳しい態度で接せられ、言葉では言い表せられない程のショックと何とも言えない惨めさを感じるのだった。




話が作り易い感じは相変わらずなので次ももしかしたら早いかも
5月中には(?!)


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第4話 摩耗する創造神の精神

今回はビルス様と神様の絡みがメインです
あと少しだけヒロイン達も出ます


写真を撮らせてくれとお願いされた時、正直ビルスはそう願い出た動機を何かくだらない考えによるものだと胡散臭く思ったのだが、そういう風に思ってしまうのも冬夜のアンバランスな強さに対する印象がもたらした偏見とも思えたので、ここは素直に接待を受けることにした。

だがそんな彼が珍しく見せた自制も冬夜が自分から離れた場所で電話で話している会話の内容を漏れ聞いた時に無駄であった事が判った。

 

(ちょっと離れただけで会話が聞かれないと思うのも浅はかだけど、写真が自分が仕える神に情報を提供するためだったというのも……)

 

「はぁ……」

 

痒そうに耳を掻くビルスを見てウイスが尋ねる。

 

「どうかしました?」

 

「いや、小者だなってね」

 

「え? ああ、あの話の事ですか?」

 

「うん。まぁ自覚はないだろうし、もしかしたら初めてやっていることかもしれないけどさ」

 

「珍しくあまり機嫌を悪くされたりはしていないんですね」

 

「相手の事を把握していない状態でいきなりその事を知れば気分は悪くなったんだろうけど、こう事前に判ると、な」

 

「なるほど。それで如何されるおつもりですか?」

 

「取り敢えずアイツが仕える神らしいのが来るみたいだし、面白そうだから会ってみる。ソイツはアイツよりまともみたいだったしね」

 

「承知致しました」

 

つまらなそうな目で冬夜を眺めるビルスであったが、内心では山師達を破壊した後にいつもの気まぐれで気が変わってぶらつくのをやめて誰かが通りかかるまで寝て待つという方針に変更したことを後悔していた。

 

(あんなのに会うくらいだったら最初から適当にぶらついていれば良かったな……)

 

 

そうビルスが思い返しながら再び眠気に襲われそうになった時だった。

冬夜達の前に突如天空から眩しい光の柱が降りてきたかと思えば、その光の中から穏やかな性格をしてそうな風貌の白髪白髭の老人が現れた。

 

「神様!」

 

予想以上に早い参上に嬉しさと安心感から冬夜はいつもの調子で話しかけたのだが……。

 

「……」

 

「神様……?」

 

冬夜に神様と呼ばれた老人は横目でチラリと彼の姿を認めただけで特に声を掛けることもなくそのままビルスの方に進んでいった。

 

 

「ビルス様……」

 

片膝を突いて深く頭を垂れる老人にビルスは初対面ではあったものの、その態度で自分のことを知っている神だと把握し、厳かに頷いて言った。

 

「やぁ、来るのは分かっていたよ。君がここの世界の神かな?」

 

「は、この星を含め、いくつかの星々を担当させて頂いております」

 

「そっか。まぁ来た理由は敢えて聞かないでおいてあげるよ」

 

「……誠に失礼致しました」

 

神も最初から冬夜と自分との会話の内容がビルスにバレていないとは鼻から思っていなかったので、その場では一切弁明する事もなく再び深く頭を下げるのだった。

こうして早く訪れたのも、冬夜との会話を最低限の現状把握にのみに留めて直ぐに打ち切ったのも、勿論冬夜がビルスに対して非礼を働いてしまう可能性を少しでも下げる為だったのは言うまでもなかった。

ビルスもそれを理解していたからこそ彼の心情を慮り鷹揚に応じたのだが……。

 

「まぁとにかく、ちょっと訊きたい事があるんだけどさ」

 

「……存じております」

 

「そうか。で、どうしてかな?」

 

「どうして?」というのは何故冬夜に元々の資質に対して過大な力を与えたのかという疑問に他ならなかった。

神は最初からビルスが投げかける疑問はそれしかないと予測できていたので特に慌てる事もなく、しかし態度はとても恐縮しているといった様子でその経緯を正直に答えた。

 

「……なるほどね。過失で死なせてしまったから、か」

 

「神物質を用いて転生させてしまったという過失に関しては最初に犯してしまった過失以上に申し開きの言葉もございません」

 

「んー、まぁ僕にそれを責める義務とかはないんだけどさ。でもやっぱり気分は良くないよねぇ」

 

「誠に申し訳ございません!」

 

「まぁ僕が先にアイツの事を解って君は運が良かったよ」

 

「……」

 

『破壊神ビルス』神もその存在は噂でしか聞いたことがなかったが、送られてきた画像を見ただけで直感で噂は本当であったと確信した。

勿論付き人であるウイスの姿を認めたのも確信に至った理由の一つではあったのだが、やはりたった一度、画像ごしとはいえその姿を見ただけでそう感じることができたのは彼が紛れもない神であるという証拠と言えた。

そして今こうして直接対面して話しているわけだが、正直神はそれだけでも生きた心地がしない気持ちだった。

ただ会話しているだけだというのにビルスからは格の違いという言葉では不足と言えるほどの抗ってはならない力の違いを感じた。

 

(傲岸不遜、さらには気分屋……。性格に関しては良い噂は聞いたことはない……が、直近お目覚めになってからは、理由は定かではないが大分マシになったという。これに期待するしかないのう……)

 

 

「…………」

 

自分が慕い、最も頼りしている人が初めて会い、それも内心では良い印象を持っていない者に対して平身低頭している。

その様子を見守っていた夜冬の心情ははっきり言って愉快ではなかった。

何故あそこまでへつらわないといけないのか。

彼がそこまでする過失を犯したとは思えない。

傍から見てるだけでもビルスが格上の存在であることはもう冬夜にも理解できていたが、そうだとしても頭を下げる神を見下ろすビルスの面白くなさそうな顔は、冬夜にはまるで自分の親が虐げられているようでとても気分が悪かった。

 

「冬夜……」

 

「冬夜さん」

 

「冬夜殿……」

 

そんな彼の心情を気遣ってか婚約者達が心配する表情で冬夜の手、あるいは肩に触れてきた。

冬夜は知らないうちに自分が固く拳を握りして締めていた事に気付いた。

どうやら自分のそんな様子と硬い表情が彼女たちを不安にさせてしまったらしい。

 

(いけないいけない)

 

冬夜はパンパンと軽く自分の頬を叩くと努めて笑顔を作り振り向いて彼女達に言った。

 

「ごめん、なんでもないよ。心配しないで」

 

「そ、そう?」

 

エルゼは初めて見る冬夜の強張った表情に尚も不安を拭えないでいた。

今まで仲間が害されて彼が憤る姿を見たことはあるが、今回の彼からはそれとは違う余裕のなさからくる人間らしい感情を彼女は感じた。

「人間らしい感情」普通の人が聞けばまるで人間ではないような言い表し故に不快に思われる事だろう。

しかしこと冬夜に限って言えばどんな有事の際でも常に正義の側に立ち、かつ勝者であった。

故に彼は稀に怒りの感情こそ見せることはあれど、それは自分の力で必ず相手に勝つことができる事を前提としていたものであったし、だからこそそんな時でも彼からは常に余裕を感じられた。

だがそんな彼は今、初めて怒り以外の感情で表情を曇らせ、人間らしい余裕のなさを周囲に察せられるにまで至っている。

今までがあまりに順調、それ故にその流れに少しでも変化が生じてしまうと周囲の者も彼に依存していたが為にただ不安を感じるだけで、少しでも有効そうな行動をなかなか能動的に起こせない。

これは冬夜というこの世界において完璧な強者が彼を取り巻く全ての全ての味方にもたらした明確な欠陥であった。

 

エルゼと同じ心情になるのに時間はかからなかったリンゼと八重も心配するなと言う冬夜を見てもなかなか胸の裡に湧いた不安は晴れなかった。

 

 

「アイツ、僕のこと気に入らないみたいだな」

 

「ッ! そ、それは誠に……」

 

ビルスは直接本人を見なくても自分に向けられている一際目立った感情に初めて面白そうに目を細めた。

神はそんなビルスの様子に慌てふためき謝罪をしようとするのだが、意外にも彼は特に気分を害した様子を見せることもなくやんわりと手で制するのだった。

 

「大丈夫、別に怒っちゃいないしこの世界を破壊する気もないよ。ただちょっと面白いことを思いついてね」

 

「お、面白い事でございますか?」

 

「うん。ちょっとアイツ……とーやだったっけ? とーやと少し話がしたい」

 

「それは……」

 

「君もアイツが僕を不快にさせる可能性があるのを解っているなら、アイツの何が問題なのかも解っているだろう?」

 

「は……」

 

「まぁどうなるかはアイツ次第だけどさ。君だってこんな事が何度もあると困るはずだ。なら今の内にマシにできるならした方がいいよね?」

 

「では私にお任せを」とは神は言えなかった。

元はと言えば自分の甘さが彼を増長させたのだ。

 

「君の心配も解るよ。でもアイツがあのままなのはちょっと僕嫌なんだよね。まぁ少し前の僕ならそう感じただけで星ごと消していたところがそうでないってだけで運が良いと思う事だ」

 

「……畏まりました」

 

「よし、アイツを呼んできてくれ」

 

ビルスは話の最後にこれから何が起こるのか不安で仕方がないといった様子の神を一瞥だけすると、此処に来るまでに会った様々な者の顔を思い浮かべながら冬夜の可能性を確認することにした。




太郎君のビルス様との本格的な交流は次話からの予定です


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第5話 初めて感じる自分に優しくない展開:起

短めです
本格的なバトルは内容の通り次話からとなります


「僕にお話というのは?」

 

神に呼ばれてビルスの前に来た冬夜は表向きは平静を装いながらその実、裏では自分から動く前にビルスと直接話す機会が再び訪れた事を喜んでいた。

彼は彼で今まで展開を見守っている中でビルスに確認したい事がいろいろとできていたのだ。

 

「ああ、君にちょっと訊きたい事がまだあってさ。でもまぁここは君に先を譲ってあげるよ。君も僕に話があるんじゃないかな?」

 

己の心を見透かされていようで正直気分は良くなかったが、せっかく戴いた厚意を無駄にする気もなかったので冬夜は「では」と軽く会釈をして口を開いた。

 

「ビルス様。ビルス様も神様のようですのでビルス様と呼ばせて頂きますね?」

 

「ん……」

 

のよう、ではなく事実なのだがとちょっと内心気分を害したビルスだったが、特にそれを態度に表すこともなく取り敢えず冬夜の確認に頷いて話の先を促した。

 

「ビルス様、先程神様とお話されていた時あの人、なんだか凄く深刻な顔をされていたのですが、何かビルス様の不興を買うような事をしてしまったのでしょうか?」

 

「……」

 

ビルスは冬夜のこの質問に今度は自制を忘れて呆れた顔をしてしまった。

 

(こいつ……慕っている神を気遣っての事なんだろうが、あの創造神が僕に恐縮していた原因が自分にあるとは微塵も思っていないのか……)

 

ビルスは小さな溜息を一つ吐くと呆れた顔のまま、加えて声もちょっと険を感じさせる雰囲気で言った。

 

「まぁ確かに気になった事はあったし、その発端があの神だったのは事実だよ。でもね」

 

「? はい」

 

「発端は彼であっても僕があまり愉快でない気持ちになった殆どの原因は君なんだよ?」

 

「え?!」

 

正に予想外の更に外。

自分では電話で創造神に念を押して確認されたようにビルスに失礼な態度を今まで取ってはないつもりだった。

だというのに創造神がビルスの不興を買った大元の原因は自分にあるのだという。

冬夜は全く心当たりがなかったので困惑した表情でビルスに訊いた。

 

「ぼ、僕ですか? あの、僕ビルス様に何か失礼なことしましたっけ?」

 

「君が僕に具体的に何かしたってワケじゃないよ。ただねぇ……」

 

「教えて下さい」

 

「とーや、僕に君の力を教えてくれないか?」

 

「え?」

 

まるで今話している事とは関係がなさそうな質問を唐突に受けて冬夜は虚を突かれた顔をする。

ビルスはそこから冬夜に余計な質問を受けないようにももう少し丁寧に言った。

 

「話の本筋からは逸れる事を訊いているわけじゃない。だから答えるんだ。君の力はなんだい?」

 

「ぼ、僕の力ですか……? えっと……スキルや魔法の事でしょうか?」

 

「それはあの神に後から授けて貰ったものだろう? 君自身が本来持つ力は何かと訊いてるんだ。何でもいいよ。何ができる、何が得意とかそういうのってあるかい?」

 

「え、えっと……」

 

ビルスの質問に冬夜はこの世界に転生する前、つまり生前の日本で学生として日常を生きいた頃の自分を思い返した。

彼が思い出した記憶の中でアピールできそうなのは順風満帆な人生を送っていたこと、そして育ての親の祖父の影響力のおかげでその人生を更に日々有意義に過ごしてきた事くらいだった。

それ以外は特に思い浮かばなかったので、冬夜は仕方がなくその事をビルスに話した。

 

「……なるほどね」

 

「あ、後はそうですね……まぁ若さ相応の体力とか反射神経くらいでしょうか」

 

「ふむ。ま、そんな所だろうね」

 

「ビルス様? こんな事が僕の質問と何が関係あるんですか?」

 

頭痛がしてきた。

実際にそうではなかったが、ビルスは久しぶりに悩ましい気持ちになった。

こういう自分の欠点に全く自覚がなく、一方的な善意だけをこれまた無自覚に押し付けることに遠慮がないという困った人物をどう諭したら良いのか。

いや、破壊神である彼にそんな義務や責任はない。

そう、彼は破壊神だ。

気に入らないもの、それでなくても全てを含めて破壊するという行いそのものが彼の存在意義なのだ。

だから今回は気に入らないという理由で冬夜ごと、大目にみてこの星だけに留めて塵にしても破壊神の本分としては全く問題がなかったしその方がスッキリした。

だがそうしないのは……。

 

「……」

 

ビルスは視界の端でひたすら俯いて自分に謝罪の意を伝えている創造神の姿に心の中で溜息を吐いた。

 

「僕も甘くなったもんだ」

 

「え?」

 

「なんでもない。あーそう、原因はね」

 

「あ、はい」

 

何となくビルスの凄みが増した気がする。

神物質で構成された身体がそう感じさせたのか冬夜は無意識に佇まいを正して彼の言葉を待った。

 

「ハッキリ言ってしまえば僕は君が元々特に個人で何ができるわけではないというのに貰い物の力に頼りきりで、その自覚がない君の姿に緩慢さを感じて不快なんだよ」

 

「えっ…………」

 

今まで誰にも言われた事がない辛辣な評価とも言える批判に冬夜は言葉を失った。

後ろではビルスの言葉に激昂したエルゼをリンゼと八重が必死に抑えていた。

彼女達とてビルスの言葉に怒りを感じなかったわけではない。

だが、エルゼはどうかは分からないが、少なくとも彼女を止めている二人はビルスが言いたい事を多少理解していた。

完璧であるが故に弱みがない冬夜に人間としての不気味さ、そしてその不気味さの原因となっている強大な力に全く謙虚さを見せない点など、ビルスの言葉から連想できる冬夜の問題点は落ち着いて考えれば幾つもあった。

 

 

「そ、そんな事いきなり言われましても……」

 

本当は「そんなこと貴方に言われる筋合いはない。これは自分が運が良く授かった偶然の贈り物であり、批判されるような後ろめたい問題は一切ない」そう冬夜は言いたかった。

だがそう言えなかったのはビルスの凄みもあったが、やはり初めて面と向かって祖父以外の他者にハッキリと批判されたショックの方が大きかったからであった。

ビルスはそんな冬夜を意に介さず今度はこんな事を言ってきた。

 

「ま、今まで甘い環境にいたらそうなるだろうね。まぁそこでなんだけど、とーや、一つ僕は君に命じる」

 

「はい……?」

 

「その後付の力の凄さ、ちょっと僕に直接見せてくれないか? もし僕が満足したら僕はこの世界にも君にも何もしないで去ろう」

 

「あの……それってもし満足しなかったら僕らはどうなるんですか?」

 

冬夜が恐る恐るした質問にビルスはこうあっさりと返した。

 

「どうだろうね。君を破壊するかもしれないし、もしかしたら君が大事に思っている仲間やあの神もまとめて世界ごと破壊してしまうかもしれない。まぁこればかりは君の頑張り次第だ」

 

まだビルスの破壊神としての強大さを正確に理解していなかったとはいえ、冗談という感じもなくそう言うビルスのこのスケールが大き過ぎるペナルティの内容に、冬夜の頬を一筋の汗が伝うのだった。




エルゼの良いところを探そうとしましたがなかなか見つかりませんでした。
実はこれは八重も同じで、リンゼの方が大人しいからまだ理性的な判断ができるかなと。
同じ評価下されたのにリンゼと一緒にエルゼを抑えるポジションに収まった八重はまだ良い待遇と言えます。
あと祖父以外に批判されたことがないという下りは創作です。


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第6話 初めて感じる自分に優しくない展開:承

お久しぶりです。
時間ギリギリで更に短くてすいません。
頑張れ俺。


「……ねぇ、それが君の最高の力ってやつなのかい?」

 

『そうですよ! 見せろと言ったのはビルス様なんですから今更ナシとかはそれこそ無しですよ!』

 

「あー……うん」

 

ビルスは目の前に立ちはだかる冬夜が乗り込んだ巨人に対して戸惑いの表情を見せていた。

確かにその巨人は冬夜にとっては彼が持ちうる力の中で最高のモノなのだろう。

だがその選択は時として対峙する相手によっては誤りとなる事もある。

詰まるところ相性だ。

冬夜もビルス以外のまともな相手なら巨人の大きさやそれに応じた武威によって脅威を与えることが出来たであろう。

しかしことビルスのような己そのものが力である存在にとってはよほどの事がない限りある一点において拭いきれない印象が『今の』冬夜にはあったのだ。

それは……。

 

「まぁ、直接解らせてあげるよ。さぁ来なさい」

 

『……』

 

二人の間に空いた距離は凡そ20m程。

冬夜は自身が駆る巨人ことフレームギアが拾ったビルスの声をコックピットの中で聞きながらさてどうしたものかと考えあぐねる。

 

(来なさいって言われてもな。あんな小さな相手じゃこっちもどうしたら良いか悩むっての)

 

てっきり自分が持つ一番の力を見せたらそこから話が進むものだと予想していた冬夜は意外な展開に戸惑っていた。

まさかそのまま自分に向かって来いと言ってくるとは思ってもみなかったのだ。

 

「……まぁ、武器の威力だけでも見せればいいかな」

 

誰にともなくそう呟くと冬夜は飛操剣(フラガラッハ)を起動しその中の一つをビルスを標的としてセットする。

 

 

「嘘?! 冬夜ったら本当にやる気なの?!」

 

冬夜達から少し離れた場所で事の成り行きを見守っていたエリゼは驚きに声をあげる。

フレームギア同士か同じ大きさの相手ならともかく自分達と変わらない大きさの相手にまさか武装の一部とはいえそれ展開するという選択をした冬夜にエリゼだけでなく他の二人の少女も驚きを隠せない様子だった。

 

「まぁ向かってくるように言ったのはビルス様です。気にする事はありませんよ」

 

「……まぁそうですの」

 

それに対して動揺した様子を全く見せないウイスと謎の老人。

エリゼはそんな彼らを見て何となく嫌な予感を胸の裡に覚えるのだった。

 

 

『じゃあこの短剣みたいなやつの一つを今からビルス様に放ちますので! 向かって少し左に動いてくれれば当たりませんから危ないと思ったらそうして下さいね!』

 

「ん、気を遣ってくれた事には素直に感心だ。いいよー、分かったからもう始めてくれ」

 

短剣とは言ったがそれはフレームギアからしたらであってビルスと比較したら彼の身長の倍以上は余裕である硬質の塊だ。

軌道設定で簡単に避けられるようにしてあるとはいえ、その内の一つが自分に向いているというのに全く動じた様子を見せないビルスに冬夜もここに来て漸く胸の裡がざわめくのを感じた。

 

「……今はこれ以上悩んでも何も進まないか。……よしっ」

 

冬夜は攻撃準備状態にしていた飛操剣(フラガラッハ)の一つをついに開放した。

 

 

空中に展開されて浮遊した状態だったので特に発射音などはしなかったが、それでも巨大な質量体が急に加速した時にはゴッっという空気を裂く音が辺り一面に響いた。

元々お互い20m程度しか離れていなかった事もあって飛操剣(フラガラッハ)は直ぐにビルスの目前まで迫った。

冬夜としてはビルスをある程度の強者と認識していたのでそれでも避けられるか、例え避けられなくても当たる寸前に静止するように予め設定しておいたのだが、そこから今まで体験したことがない驚異的展開を目にする事になるとはこの時は露ほども予想していなかった。

 

「えっ」

 

まず冬夜が驚いたのは自分が態々当たらない為に教えた行動をビルスが全く取らなかった事だ。

つまりビルスはその場から動かずに自身に迫る脅威と真正面から対峙することを選んだのだ。

だがそれだけならまだ良かった。

例えビルスが意地になってそうしたとしても先程述べた通り予め直前で静止するように設定しておいたのだから。

だがビルスがそこから先に取った行動は全てにおいて冬夜の予想を超えるものであった。

 

「……」

 

先ずビルスは迫り来る飛操剣(フラガラッハ)が静止するより前に片手を突き出してまるで虫でも払うように手の甲でソレを凪いだ。

ビルスに払われた飛操剣(フラガラッハ)は静止する前に彼に干渉されたので、フレームギアから放たれた運動エネルギーの影響もあって凄まじい勢いで横回転しながら岩壁に激突して四散した。

ビルスはその結果を認めることもなく次は更に前進し一瞬で冬夜のフレームギアこと愛機レギンレイヴの足元にくると人差し指を軽く弾いてその片脚の膝から下までを粉々にし、続いて今度はレギンレイヴがバランスを崩して倒れる前に高く跳躍して破壊した脚とは逆の腕の付け根の部分を同じ所作で粉砕し、最後にこれで締めと言わんばかりに漸くバランスを崩して斃れ始めたレギンレイブの背後に回ってフッと軽く息を吹きかけた。

 

「……!!!?!?」

 

最後に吹きかけられた息はレギンレイヴとその下の地面の岩盤を露出させるほどの凄まじい衝撃をもたらし、時間にして1秒足らず。

その場には辛うじて原型は想像できるが明らかに再起不能となった無残な姿のレギンレイヴが地に伏せていた。

 

そんな残骸を見下ろしながらビルスは一言言った。

 

「いくら強力でも的が大き過ぎだよ」




書く癖を付けないと駄目ですね。
歳のせいや仕事のせいにしても先ずは筆をとる習慣を少しでも以前くらいにまで近づけねば。
妄想力はあるんだ……妄想力は。
あと楽しまねば。


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第7話 初めて感じる自分に優しくない展開:転

よーし今年中にあと2話くらいは投稿するぞー
志低っ


冬夜は自分の身に何が起こったのか暫く理解できなかった。

コックピットの中でけたたましく鳴る非常事態を報せるブザー音、ザーザーという音しか発しなくなったディスプレイ。

至るところで散っている設備の出血とも言える火花。

これらの不協和音が織りなす世界で暫く冬夜は状況が飲み込めずボンヤリとしていたが、突如正面から聞こえてきたバリバリという金属音に現実に引戻される。

 

「なぁっ?! あ……?」

 

その音はコクピット内の騒音が掻き消えるくらいに大きく、冬夜はそれが次第に自分に近付いてきている事に気付いた。

 

(ま、まさかちょっと……)

 

幾重もの装甲で覆われている筈の空間に隙間が出来てきた。

 

「……」

 

そこから外の光が差し込み、それが段々と増えてくる。

操縦という唯一の機能を失った空間で何もできなくっていた冬夜は、ただその光景を黙って眺めていることしかできないでいた。

最期にベリッと一際大きな音を立てて目の前の金属片を素手という意味が解らない力技で剥がしてきたのはやはりビルスだった。

彼は冬夜を見つけると「お」と言って溜息を吐くと、自分の後ろの方を向かって言った。

 

「見つけたぞー。たく、こんなことしないでちょっと破壊すれば直ぐ済んだのに……」

 

「ほほほ、まぁ仕方ないではありませんか。あんなのを見ればビルス様がとーや君を見つけるだけでも危なくないかあの子達が不安にもなるでしょう」

 

ふわりとビルスの隣に飛んできたウイスが微笑みながら言う。

 

「信用がないんだな」

 

「違いますよ。ただ怖がっているだけです。それよりほら……」

 

「ん? ああ……」

 

一通りウイスに愚痴を言った後に思い出したというようにビルスは黙って自分を見つめ続けていた冬夜に目を向けた。

 

「ほら、さっさと出るんだ。じゃないとアイツらが鬱陶しいんだよ」

 

「あ……」

 

アイツらというのは勿論エルゼ達のことだろう。

恐らくビルスは彼女達に乞われて自分をこの動かなくなった機体から助けに来たのだ。

 

この機体(レギンレイヴ)

 

冬夜は今更になって自分が置かれている状況を再認識して両の手で自分を抱きしめると俯いて震え始めた。

使い物にならなくなった自分の愛機、そんな状態に至らしめた者の強引という表しようがない方法を素で行える無茶苦茶さ。

彼はここに来て漸くビルスという存在に純粋な脅威的恐怖を感じるようになったのだ。

 

「おい、早く出ろってっ。……たく、もう……おい、ウイス!」

 

「はいはい、お任せを。ほいっと」

 

なかなか自分に注意を向けない冬夜に業を煮やしたビルスはウイスに後を任せる。

ウイスはそれを承諾すると杖の柄を一度冬夜に向けたと思うとそこからエルゼ達が立っている地面の方へ軽く振った。

 

「えっ」

 

そうすると驚きの声を上げている彼女達の前にまだ震えている冬夜がパッと一瞬で現れた。

 

「冬夜!」

 

「冬夜さん!」

 

「冬夜殿!」

 

三人が同時に駆け寄り彼の安否を確かめる。

冬夜は一瞬反応こそしたもののそれでもやはり俯いたまま自分を心配してくれている彼女達を見ようとはしなかった。

 

「大丈夫そうに見えたけど……。なぁ大丈夫だったよな?」

 

一見怪我などをしているようには見えなかったので大丈夫だと高をくくっていたビルスが下の様子にやや不安になってウイスに尋ねる。

 

「ええ身体的には問題は無いと思いますよ。このロボットの操縦者を守る造りはなかなかのものだったようですね」

 

ウイスは面白そうに杖の柄で動かなくなったフレームギアをコンコンと(つつ)きながら答えた。

 

「ふーん……。まぁ確かにアイツが危なくならないくらいの対応はしたつもりだったけどさ。結構しっかりしてたんだな」

 

ビルスもウイスと同じように手の甲で小突きながらそう言ったがその目は自然と神の方に向いていた。

 

「っ…………」

 

視線に気付いた神は即座に平伏する姿勢を取った。

ビルスが自分に目を向けた理由はいくらでも予想できた。

「何故更にこんな身の丈にあってない力を彼が持っていたのか」「使うにしても適切な運用ができていない」「恐らく破壊神が満足しない力の披露の仕方をした」etce...。

とにかく神がその時出来るのはただ心の底からビルスに謝意を伝える事だけだった。

 

「ま……」

 

そんな神にビルスは一瞥だけくれると特に彼に対しては何を言うこともなく、スーっと冬夜達が居る所へ降りていった。

 

「とーや」

 

ビルスの声に冬夜を含めた4人がビクリと震えた。

 

「とーや、取り敢えず僕を見るんだ」

 

最早彼に意見する気はさらさらなくなっていた冬夜は何とか気力を振り絞って視線だけをビルスに向ける。

 

「とーや、多分予想できていると思うけど、君が見せてくれた力に僕はハッキリ言って不満だ」

 

「……」

 

「まぁ僕としては君なりに頑張ってるなみたいなのが見れたりしていれば多少はまだ印象は良かったかもしれないけどね」

 

「がんば……って……?」

 

「そ。意味、解るかい?」

 

冬夜はビルスの問いに一度だけ深呼吸をして何とか一瞬だけ落ち着きを取り戻すとまだ若干震えている声で答えた。

 

「魔法とかも使わずに素手で挑戦すれば良かったですかね……?」

 

「んー、まぁそうだね。それなら君がここで冒険して身についた身のこなしとか見れたかもね。ま、それでも僕が納得するとは限らないけどさ」

 

「……」

 

「冬夜、君は強くない」

 

「!」

 

ビルスの無情な言葉にエルゼだけが怒りを露わにして彼にくってかかりそうになるが、それをビルスの後ろに控えていたウイスが自分の唇に指を当てて沈黙するようジェスチャーで伝えた。

そうすると不思議とエルゼは急に落ち着きを取り戻し、心中にまだ確かな憤りの感情がある事を認めつつも何とかそれを我慢することができた。

恐らくウイスが彼女に何かの術を行使したのは間違いなかった。

 

「強くないという意味が解るかい? とーや」

 

「……?」

 

「君は君が持つ魔法の力やあのロボットとかがなかったらどうなんだい? 君自身はどれだけ強いのかな?」

 

「僕自身、ですか……?」

 

「そう。精神でも体力でもいい。本当に君自身が生まれ持ったモノを君自身の努力で伸ばした力はあるかい?」

 

「……」

 

即答できない冬夜はただ沈黙することしかできなかった。

ビルスはそんな冬夜を見て言った。

 

「それが強さがないって事さ」

 

「……それじゃ、この世界は終わりですか……」

 

どうにもならない状況に冬夜は絶望した気持ちで訊いた。

ビルスの答えは分かり切っていたが、それでも直ぐに世界を終わらせるなんてとんでもない事は直ぐにはできないはず。

なら自分は最後にこの状況を招いた責任を取って親しい人だけでも何とかこの危機から逃す方法を考えなければ。

それは冬夜なりに誠意をもって考えた引き際だった。

だがビルスはそんな冬夜の心中を察したようにこんなことを言った。

 

「ん? もういいの? 素直に諦める潔さには感心するけど、僕は破壊すると決めたら直ぐだぞ?」

 

「えっ?」

 

4人の声が重なった。

どうやら冬夜以外の少女達も似たような事を考えていたようだ。

ビルスはそんな4人を前にして「まぁちょっとだけ教えてあげよう」と誰も居ない方向を向くと軽く、本当に軽く指一本で一回だけ地面に触れた。

 

「!?!!??!」

 

そこから起きた現象に4人は驚愕して言葉を失った。

ビルスが触れた地面に突如地割れが起こりあっという間に深い谷底を形成した。

 

「僕は破壊の神だ。僕が破壊しようと思えばこの世界はさっきみたいな軽い感じで一瞬で消えるよ。因みにこの地割れは破壊の力じゃない。僕自身の単純な力だ」

 

誰一人逃れようがない終焉に完全に4人は絶望した。

 

「さて……」

 

ちょっと可哀想だからもう一度だけ訊いてみるかとビルスが冬夜に声を掛けようとした時だった。

「すいません!」と彼より早く冬夜の方から膝を着いてビルスに縋ってきた。

 

「ん?」

 

「もう一度チャンスを下さい!」

 

「一度で済むと思ってるのかい?」

 

「……」

 

冬夜は何も言えなかった。

確かにビルスの言う通り今の自分では何をしてもビルスの期待に掠りもしないだろう。

ビルスが求めているのは自分が本当の意味で強さを持つ事だ。

その最低限の条件を満たせなければ神様にどんな助力を受けても同じ結果になる気がした。

 

「むぅ……」

 

同じ結論に達したらしい神が未練そうな唸り声を漏らす。

自分が彼を強化しても意味はない。

かと言って魔法に頼るわけにもいかない。

どうしたものかと必死に二人が必死に悩んでいる姿を見かねたのか意外にもビルスの方からとある提案をしてきた。

 

「いや、なんでそんなに悩むんだよ……。鍛えれば済む話じゃないか」

 

あまりにも単純にしてだからこそそれで済むわけないと思えるこの提案に神と冬夜は目を丸くした。




多分スマホ編は次話で終わります
Fate編も何とかしないとなぁ


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第8話 初めて感じる自分に優しくない展開:結

お久しぶりです
スマホ編の最終話(のつもり)です


「おー……この少年を、ですかビルス様?」

 

「そ。お前、なかなか誰かを鍛えるのは上手いらしいじゃないか? だからコイツのことを頼みたくてさ」

 

「ほほーぅ? それはもしかして悟空のように?」

 

「そうだ。あいつ、お前との昔の事を楽しそうに話していたぞ」

 

「ほっほっほ。あー……それは懐かしいですなぁ……。」

 

何やら親しげに破壊神と話している謎の老人。

冬夜達はそんな二人を戸惑った表情でただ見ていた。

 

 

()()()、冬夜はビルスに鍛えてやると言われて自分がいた世界とはまた別の世界(正確には別の地球だが)に連れてこれていた。

その場所は、猫の額ほどの狭さの陸地を完全に海に囲まれた孤島。

そこには赤い屋根にピンク色の壁という派手な色だが簡素な作りの木造の家が建っており、それがなかったら完全な無人島と言える場所であった。

 

「あ、あのぉ~ビルス様? 僕は具体的にここで何をすれば?」

 

ビルスと親しげに話している辺り、その老人も自分にとっては格上の人物と見て良さそうだったので冬夜は努めて申し訳無さそうな仕草をして二人の会話に割って入ってきた。

それに反応してやっと冬夜の方を向いてくれた二人は、先ずはビルスの方から話を始めた。

 

「ああ、言っただろ? 君を鍛えるって。こいつが君を鍛えてくれる……えーと……。」

 

「師匠ですね。そしてビルス様は私のお弟子さんです」

 

「え?!」

 

いつの間にか自分の後ろに居たウイスの存在より彼が発した言葉の方に冬夜は心の底から驚きの声を上げた。

 

(し、師匠? この人、なんか凄くビルス様と親しい関係だと思っていたけど破壊神の師匠って、今言ったよな?)

 

ただでさえどうしようもない存在として今もプレッシャーという名の心労を感じているビルスの師匠という事は、少なくともウイスという人物は彼と同等かそれ以上の力を持つ存在ということだ。

冬夜はその事実に軽く目眩がして倒れ込みそうになるのを必死に耐えて我慢するのだった。

一方ビルスは、補足してきたウイスを鬱陶しそうに睨みこそしたが、彼の発言自体は否定することもなく耳を掻きながら言った。

 

「まぁそういう事だ。こいつは亀仙人。これから君の師匠となって修行で鍛えてくれる」

 

「しゅ、修行? は、はぁ……あの、宜しくお願いします……。」

 

「ほっほっほ。いやぁ本当に若いのぅ。悟空とクリリンを鍛えてやった時のことを思い出すわい」

 

こんな老人がいったい自分をどう鍛えるというのだろう。

格上の存在だとしても自分の神のように全能さを感じる気配(オーラ)もない。

冬夜とてビルスからその弱さを酷評こそされるものの、長い神族との付き合いから、自分の師匠として紹介された亀仙人なる男からそういった力がない事は直ぐに察することができた。

故に自分を鍛えるという話が恐らく肉体に関係する事だとは予想は付いたのだが、下手したら自分の4倍くらいの長さの人生を歩んでいそうなこの老人が果たして自分をどう鍛えてくれるのか、冬夜にはその点の予想がまるで付かなかった。

 

(まぁトレーナーみたいなものかな? 指示だけして僕のトレーニングを監督するんだろう)

 

冬夜のこの予想は別におかしくはなかった。

寧ろ他の人からも一般的な考えだと判断されることだろう。

彼の仲間であるエルゼとリンゼもそう考えていた。

だが、八重だけは違った。

彼女だけは他の三人より精神と肉体の鍛錬に関しては人一倍長じていたので、同じ人間だった事もあり、亀仙人というこの老人のただならぬ武術家としての気配を微かだが感じ取っていたのだ。

 

(この老人はただものではない。ハッキリ言って不味い……!)

 

そこで八重は冬夜に何かあった時に彼の助けとなる為に、自分も修行に参加したいと申し出た。

それを見たエルゼとリンゼは当然の流れで自分達も冬夜と一緒にいたいという理由から共に参加したいと申し出たのだが、そこは八重がきっぱりと止めた。

 

「お止めになった方がよろしいかと」

 

「なっ、八重、貴女だけ抜け駆けしようっていうの!」

 

予想通りの反応にいつもの八重だったら赤面して言葉もしどろもどろになるところであったが、この時の彼女は違った。

八重は真剣な表情で姉妹を見据えて言った。

 

「そういうわけではござらぬ」

 

「え、じゃあどうして……」

 

姉と同じく抗議の声をあげかけたリンゼだったが、八重が急に雰囲気を変えて表情を引き締めたのでその言葉を飲み込み、代わりに不安げな眼差しで八重にその真意を問う。

八重はそこで老人から受けた自分の直観について答えたのだった。

 

「その予想が当たっていたとしたら尚更私達も付いてなきゃ……!」

 

「魔法でサポートをするおつもりで? もしそうだとしたらそれは絶対にやってはならぬことですよ?」

 

「そんな、どうして……」

 

「ビルス殿が仰っていたようにこれはあくまで冬夜殿の身体を純粋に鍛えるのが目的です。なのに魔法など使ってしまったら修行の意味がなくなってしまうし、そしてなによりそんな事をしたらビルス殿の不興を買う恐れがある……。」

 

「……っ」

 

最後の八重の言葉に口惜しそうな顔をして強く唇を噛み締めるエルゼ。

確かに彼女の言う通りだった。

今こうして運良く避ける事ができた自分たちの世界の終焉の危機を、再び自分達が原因で迎える事など到底容認できる事ではなかった。

 

「分かったわ……。でもそれならせめて冬夜の心を支える役割として私達も参加させて。それならいいでしょう?」

 

十分に状況を理解した譲歩にこれなら八重も応じてくれると思ったエルゼであったが、予想外にも八重はそれでも厳しい表情をして頷いてはくれなかった。

これには流石に反感の色を強く顔に浮かべたリンゼも抗議しようとしたのだが、その前に八重が言った。

 

「拙者なりに今まで相当の鍛錬は積んできたつもりでござるが、それでも冷や汗が出ております。そんな修行にお二人は付いてこられる自信はおありですか?」

 

「そ、それは……。」

 

体力に一番自信がないリンゼが先ずこの言葉にたじろいだ。

八重はそこまで言った上で最後にこう付け加えて二人に背を向けた。

 

「拙者は警告致しました。それでも参加されると申されるのなら相応の覚悟有りという事で拙者もこれ以上は何も申しませぬ。では」

 

「お、お姉ちゃん……。」

 

意見を求める妹にエルゼもやっとここに来て真剣に悩む。

愛しい人の支えにはなりたいが逆に彼の負担には当然なりたくない。

ならば八重の警告を聞き入れて彼を見守る側に立つのもある意味冬夜の為と言えた。

 

(はぁ……取り敢えず様子を見るか)

 

数分悩み抜いた末に苦渋の決断をしようとした時だった。

八重の修行参加の申し入れに亀仙人が「うむ」と頷き、ついに修行が始まる雰囲気がした。

その予感は当たっており亀仙人は二人に杖を差し向け早速修行の内容を告げるのだった。

 

「お主達に課す修行とは牛乳配達じゃ」

 

「え?」

 

「へ?」

 

一人は牛乳配達という完全に予想外の修行内容に対して虚を疲れた声。

もう一人は馴染みがない修行内容に困惑の声を漏らした。

それは離れた位置から亀仙人の言葉を耳にしたエルゼとリンゼも同じであったが、この時まだ4人は当然では有るがこの修業がどれだけキツイものか理解できていなかった。

ここから先の展開に20キロの甲羅やその倍の物を背負わされたり、その上で猛獣に追いかけられながらも牛乳を配達しなければならないという、狂気に片足を突っ込んだとんでもない修行が待っていることなど知る由もなかった。




正直内容としては中途半端感が否めない結末と思っています
もしかしたら加筆や追加の話を作るかも

そして年内にFate編の話を終わらせることができなかった自分の無能さに草生やしてます

こんな調子ですがビルスの話もまだ……続きます
有り難いことにいろいろとご意見も頂いておりますので

こんな拙作に今年もお付き合い頂いた読者様に対しては感謝の念を禁じえません
それでは皆様良いお年を
できましたら来年もお付き合い頂ければ幸いです←更新頻度なんとかしろよ


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第9話 エピローグ(修行)

これにてスマホ太郎編は締めになります


「牛乳配達はやった事があるかの?」

 

「い、いえ……。というか牛乳配達という言葉は解るのですが、馴染みがない言葉です」

 

「お? そうなのかえ? まぁ確かに、近頃は何事も通信で済ませて、後は配送業者からの荷物待ちであろうからの。牛乳配達とはまぁ、つまるところバイトじゃ」

 

「ば、バイト?」

 

「と言っても、儂らはボランティアのようなものじゃから、給金などはあまり期待せぬように。あくまで目的は修行じゃからな」

 

「な、なるほど。あっ、もしかして修行というからには身体を動かす事、つまり徒歩で牛乳の定期購入を契約している方に、配達するという事ですね」

 

「おっ、流石に若いだけあって飲み込みが早いのぉ。ふぉっふぉっふぉ、そういえば悟空達の時は修行さえできれば良いという感じじゃったから、こんな会話もなかったのぉ。懐かしいわい」

 

 亀仙人は本当に昔を懐かしむように、修行するために移動した島の浜辺から海を眺める。

 サングラスだったのでどのような目をしていたのかは判らなかったが、それでも海を眺めるその横顔からは、きっと穏やかな目をしているのだろうと冬夜に予想させるには十分な雰囲気があった。

 因みにこの島まで来た手段はウミガメだ。

 亀仙人の従者だという謎の喋るウミガメの背に、亀背人と一緒に乗って此処まで来たのであった。

 冬夜は亀の背に乗るという発想とは縁が遠い世代だったので、島に着くまでの経験はそれはそれは鮮明に記憶に残るものとなった。

 

(か、亀って乗れるものだったんだな。いつ沈むか分からないいイカダに乗っているようでちょっと怖かったけど楽しかった……)

 

 実は最初は飛行する方が速いという事で筋斗雲を利用しようとしていた。だが、『久し振りだからもしかしたら乗れるかも』と、謎の動機に意気揚々と突き動かされた亀仙人が飛び乗ろうとした瞬間、結局乗れずに雲を突き抜けてしまう始末。だがそれならと、彼に倣って飛び乗ろうとした冬夜まで乗れなかったので、二人でウミガメのお世話になることになったという経緯があった。

 修行の同行を希望した八重は、冬夜達より先に筋斗雲に乗って島に移動していたので、何処か複雑な表情を浮かべ、口数が少ない冬夜の様子に首を傾げて出迎えた。

 因みに筋斗雲に乗れず、呆然としていた冬夜を見る亀仙人の様子はとても嬉しそうであったという。

 

 

「武天老師様、お久しぶりです。今日は久し振りに牛乳の配達を手伝って頂き、有難う御座います」

 

「いやいや、こっちも修行の代わりになるからの。昔と変わらず快く協力してくれて儂からも礼を申しますぞ」

 

(う、牛!?  い、いや、牛人間!?)

 

 亀仙人が住む世界特有の獣人族の姿に、衝撃を受けて冬夜は固まった。

 そんな動けずにいる彼に、亀仙人は牛乳瓶が8本入ったケースを渡してきた。

 反射で受け取った牛乳の重さに我に返った冬夜は、ケースを見ながら言った。

 

「え、これだけですか?」

 

「うむ、此処は人が住む集落も(まば)らなとこでの。配るのはこれくらいじゃ」

 

「うーん、ということは結構距離を歩きます?」

 

「これ、歩いてどうする。基本移動はランニングじゃ」

 

「あ、はい。すみません。それで、この牛乳は何世帯くらいに届けるんですか?」

 

「配達するのは四件、ふーむ……移動距離は五十キロメートルくらいじゃから、半日もあれば十分じゃろ」

 

「えっ」

 

 想定外の言葉に、思わず絶句する冬夜。

 牛乳配達という言葉には確かに馴染みはないが、それでも食事のデリバリーに近いくらいの感覚はある。

 移動手段に車や単車を使ったとしても、彼の中の常識ではせいぜい十キロメートル程度だった。

 だが、今彼の眼の前に居る老人はそれを遥かに超える、五十キロメートルという距離の配達を今からこなすのだと言う。

 それも徒歩でだ。

 当然、能力による身体強化は許されない。

 それでは鍛錬にならないのは理解していたので、冬夜もそれについては従うつもりだった。

 と言うか……事前にウイスによって、安易に能力に頼らないように能力を封印されていた。

 冬夜はこの時程、島で待機している魔法使いの姉妹の助けを欲した事はなかった。

 因みにここまで大人しく亀仙人の言葉に耳を傾けていた事で、半ば存在が空気と化していた八重は、この時点ではまだあまり動揺していなかった。

 流石と言うべきか……冬夜に近い女性の中で、体力に自信があるだけの事はあった。

 冬夜は直接的な助けにはならないものの、落ち着いた態度を崩さない八重の存在に頼もしさを覚え、この苦難を乗り切る為の心の支えとする事を決めたのだった。

 

「大丈夫でござる冬夜殿。拙者が上手く先導致す故」

 

「有難う八重……」

 

「八重ちゃん、女子(おなご)なのに感心じゃのお。これ、冬夜とやら? 今回は彼女に及ばないまでも、足まで引っ張らないように気を引き締めねばならぬぞ?」

 

「はい!」

 

「ふむ、良い返事じゃ。それでは……」

 

 いよいよ過酷な鍛錬の始まりかと固唾を呑む冬夜達に、亀仙人は『その前に』とある物を差し出してきた。

 

「?」

 

「?」

 

 それは、リュックのように背負えそうなバンドが付いた”亀の甲羅”であった。

 亀仙人は、それを持ちながら二人に言った。

 

「一つ、二十キロある。まぁ最初じゃからかなり軽めじゃ。これを背負いながら今から牛乳配達をしてもらうぞい」

 

「……」

 

「……」

 

 ついに八重も、冬夜と同じく絶望したように顔を青くしていた。

 そんな彼らに、無自覚ではあったが追い打ちにとなる言葉を、亀仙人は注意喚起の為に添えた。

 

「道中は熊やら山賊やら恐竜も出る事があるので、移動の際も気を抜かないように。なに、危なくなったら儂が助けるので安心せい」

 

 冬夜と八重は、この地獄の行脚のような過酷過ぎるトレーニングを過去に亀仙人から受け、無事に乗り切ったという二人の猛者の事を現実逃避するかの如く、思い出していた……。そして、その二人は一体どのような怪物だったのか……絶望するよりも気になって仕方なかった。




いつか各編のその後みたいな話を作ってみたい


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「転生したらスライムだった件」編
第1話 神と神(?)


細かな導入部分もなくいきなり始まります



誰も居ない荒野でリムルは一人の破壊神と対峙していた。

彼は言った「僕はビルス、破壊神だ」と。

最初こそリムルはその言葉をウケを狙った単なる冗談と思い吹き出す仕草をしたのだが、ビルスが「では証拠を見せようか」と申し出てくると自分の態度が彼を不快にさせてしまったと思い謝ろうとした。

しかしその自称破壊神はリムルの謝罪に応じでも拒否するでもなく「別に気にしてないから気分転換に闘わないか」と妙な提案をしてきた。

 

彼と出会ったのはただの偶然で、ビルスが美味しいものが食べたいと付き人らしき男にダダをこねていたその側を偶然通りかかったリムルが見かけ、それならうちでとびきりのものをご馳走しようと声を掛けたのだ。

そんな出会いを祝う宴の雰囲気を壊したくはなかったので、リムルはその提案をやんわりと断るのだが、続いて出てきた破壊神の言葉に少し心を動かされた。

 

「君は凄い力を持っているね。正に神そのものと言えるほどだ」

 

「……何を言っている?」

 

不意に自分の力に探りを入れるような言い方をしてきたビルスにリムルは表向きは平静を装いながらも、裡では自分の最古の相棒にして最も頼りになる存在、シエル先生に警戒しろと呼びかけていた。

しかしそこでリムルは腑に落ちないとある疑問に気付く。

 

(いつもだったらシエルの方から俺に警告してきそうなもんじゃないか……?)

 

その疑問を見透かしているようにビルスはリムルに言った。

 

「おい、今は僕と話しているんだから僕を見ろよ」

 

「!」

 

この言葉にリムルは全身に電気が走ったような衝撃を受ける。

さきほどのリムルからシエルへの問い掛けは、圧縮された時間という通常の生物では認識できない刹那の中で行ったものだ。

しかしビルスはそれを確かに認識しているようだった。

しかも自分しか認識できないはずのシエルへの問い掛けにまで気付いているようだった。

 

(えっ、コイツ俺の中のシエルの存在に気付いている?! シエル!シエル教えてくれ! コイツは一体なんだ?!)

 

『申し訳ございませんマスター……。そのご質問にお答えてできる明確な言葉を私は持っていません。恐らくこれは、あのビルスという者がマスターたちが存在する世界の理に含まれないのが原因かと思われます』

 

(なっ)

 

初めて聞くシエルの無念そうな声にリムルは目を見開く。

彼は虚空之神(アザトース)という空間や時空、果ては宇宙を創造までできる、ビルスの言う通り神そのものと言っても差し支えがない力を持っている。

しかしこのシエルの言葉から察するに、彼女の言葉通りならビルスはそのリムルの力が及ばない者という事になる。

 

(俺やシエルの力が及ばないかもって、それじゃコイツは一体何処から来たっていうんだよ……)

 

「おい、いい加減にしろよ」

 

このシエルとのやりとりも時間にして0.1秒にも満たない一瞬だったのだが、それもビルスは認識していたらしい。

ビルスの少し不機嫌そうな声がリムルの意識を今度は真っ直ぐにビルスへ向けさせた。

直接自分達の声が彼に届いていたかは判らないが、少なくとも意識が自分以外にも向いていた事にはビルスは気付いている様子だった。

 

(こりゃちょっと……今までで一番厄介なことになりそうだな……)

 

そういうわけで二人は今、取り敢えず大事になるかもしれないからというリムルの提案で、何かあっても被害があまり及びそうもない荒れ地へと来ていた。

因みに移動自体はビルスの付き人を名乗るウイスという男が謎の技で一瞬でここまで自分達を運んでくれた。

おかげでリムルは改めてビルスとウイスの二人が、シエルの言う通り少なくとも自分が認識できている世界とは別の所から来たという認識がはっきりと持てた。

リムルの仲間たちは居ない。

彼らを巻き込みたくないというリムルの希望は叶ってはいたが、なにより高速思考を用いた二人の間で発生した展開が急過ぎて誰も事態をまともに把握できていなかったのだ。

 

(こりゃ帰ったら皆にどやされるだろうな……)

 

リムルは頭の中で特に自分に不満を漏らしそうな者の顔を思い浮かべながら苦笑すると、小さく息を吐いて正面からビルスに向き合って彼に問い掛けた。

 

「それでビルスさん、一体何がお望みなんだい?」

 

「そんなに身構えなくていいよ。君は僕に良くしてくれたしね。嫌な奴でもなさそうだ」

 

「でもさっき闘わないかとか何とか言ってたよね?」

 

「ああ、それは相手の力量を知るのにはそれが一番手っ取り早いからね。ただ僕としても今回はやりたくてこんな提案をしたわけじゃないんだ。できたらあっちでそのまま美味しい食事を続けたかった……」

 

「はぁ……」

 

こんな所にまで自分を連れてきたというのに、妙に気だるげな態度をビルスが見せたのでリムルも顔をしかめる。

 

「あのー……じゃあ何もなしってことにしない? お互い力を持っている事は分かりましたよって事で、後は戻って皆で楽しくご飯を食べて終わりにしよう!」

 

本当はその通りに事が進んだら彼に対する今後の警戒も兼ねていろいろと考えるつもりだったのだが、惜しくもそんなリムルの心中を知ってか知らずか、ビルスはそこはハッキリと却下した。

 

「それは駄目だ。君は神に等しい力を持っているのに神ではないし、にも拘らず世界の創造と破壊どっちも好きにできるというのは、神である僕としては見過ごせないんだよ」

 

「は、はぁ……」

 

「神がするのは創造か破壊かどちらかだけだ。その力をよりによって2つとも世界規模で好きに使われると……」

 

そこまで話したところでビルスの雰囲気から張り詰めたものをリムルは感じた。

彼はそこで話を区切ったように見せてささっとリムルに近寄ると、秘密話をするような態度でリムルにこう耳打ちしてきた。

 

()()()()怖い方に目を付けられるかもしれないんだよっ」

 

リムルはその時見たビルスの顔を生涯忘れることはなかった。

彼のその時の表情からは明らかに誰かに対しての切羽詰まったような強い畏敬の念が感じられ、今回の彼の突然のこの提案がただのいい加減な思いつきや嫌がらせから来る行動ではない事を察せられた。




終わってない話が2章あるのにまた新しい話……
スイマセン迷走してます
でも書けるとき書かないと自分は駄目な部類な人間なので


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第2話 テスト第一段階

お久しぶりです


果たして自分の力量を計るというのはどういう意味であったのか、取り敢えずその時のリムル的には全力を出す事であった。

否、正しくは全力を出さざるを得ない状況であったからそうしようとしているだけだが。

何せ今対峙している今回の件のきっかけとなった人物の攻めはそれはもう無茶苦茶だった。

相手の気配がそもそも目の前にいるにも拘わらず視認していないと把握できなかった。

これは全周囲を視界化できるリムルであればさほど問題はない事のように思えるが、実体はあるのに生物としての存在を感知できないという、相手が例え亡霊でも感知する事ができるリムルにとっては妙に気味が悪い感覚だった。

次にそもそもの基本であるビルスの攻め。

これは単純であった。

ビルスが破壊の神であることを納得できるような破壊という行為を否応なく認識することができたからだ。

しかしその規模というか、実体験が根本的に問題であった。

 

何せ一見彼は何もしていないのにいきなり自分の背後の遙か先に見えた山が消え去る、足元に見える遥か下の地面にクレーターどころか底が見えない大穴が突如として出現する。

せめて気配を感知することができれば、彼が動作しなくとも気の流れで未来予知に等しい力を持つリムルなら何らかの対処ができたはずである。

しかしそれが全くできなかった。

彼が次に何をするのか分からない。

そもそもどうやってそれを実現しているのか解析ができない。

しかしこれらの現象がビルスによって行われているということは、少なくとも彼も自分や他の生物と同じように思考の後に行動しているはずである。

だがビルスがどの合間に思考しているのかがやはり根本的に分からなかった。

リムルから見て殆ど動いていないように見えたからというのもあるが、これも彼から気配というものを感じ取れない不可解な感覚に近かった。

相手が少しでも思考していると認識できれば、常人にとっての刹那の間すら揺蕩う時間の流れに身を任せてのんびりと思考ができるリムルであれば、それは十分な反撃を行える隙であったのだが……。

 

「っ……」

 

今のところ為す術もなく、自分の身の回りで起こる驚天動地の現象に翻弄されるリムルは久しぶりに焦っていた。

相手が何をするか分からないのでついつい後手に回ってしまっていた。

形振り構わず何かしらの牽制をしようともしたが、それをする前に知覚できないビルスの力による現象が四方八方で発生するので、なかなか集中力が維持できなかった。

 

(なんだこれ……。こっちから何をしたら良いか全然わかんねぇ!)

 

リムルがこのように焦ったのは彼がビルスの目に止まるほどの力を得てから久方ぶりのことだった。

リムル自身はまだ自覚はなかったが、その姿は実に人間らしく、彼がもう少し今の姿を客観的に見る余裕があればきっとこう思ったかもしれない。

自分は久しぶりに三上悟(人間)のような振る舞いをしているな、と。

 

「ん?」

 

と、リムルがもう少しでそんな心境に達したかもしれないという時だった。

その時自分より高所で腕組みをしていただけのビルスが不意にリムルに向かって掌を突き出したのだ。

何をする、という予想をするよりも早く自分の背後で既に「何か」が起こった事にリムルは気付いた。

正しくは足元に見えていた地面だったのだが、その光景が突如として無くなったのだ。

リムルはそれを目にして絶句した。

 

「?!」

 

今までのビルスの攻めは何かが起こる度にそこが霧散するか砂漠になるだけであった。

しかし今度ものはそれらとは明確に違った。

簡単に表現すると世界が無くなっていた。

闘っていた時は確かまだ日没前といった頃合いだったはずだが、いつの間にか夜になっていた。

しかしそれはリムルの勘違いだった。

彼が一瞬そう錯覚してしまったのは、ビルスによって星1つがそよ風で飛んで行く埃のごとく消されてしまい、二人が対峙していた舞台が宇宙空間になんの前触れもなく移った事を把握できなかったからだ。

 

世界の破壊、リムルも同様のことは出来るが、それを星1つとはいえ、これほどあっさりと一瞬に、こちらに予想すらさせずに実現して見せたビルスの淡白な振る舞いに、リムルはここに来て漸く明確に戦慄した。

それは先程から有効なサポート(助言)が出来ずに黙していたシエルも同じようで、彼女と一心同体と言っても過言ではない絆で結ばれたリムルには、シエルが無言の裡に驚愕して息を呑んでいる様子がありありと感じ取れた。

 

(宇宙……? 空間……俺がいた世界……)

 

いきなり目に飛び込んできた光景に呆然としていたリムルが段々と現実を実感し始め、世界と一緒に自分が愛した仲間や場所もたちまちの内に消えてしまったという事に対する怒りの感情が(もた)げてきた。

リムルが幸運だったのは、怒りの感情こそ芽生え始めたものの、身体がまだ直面した現実の衝撃に強張り思ったように身体が反応しなかったことだった。

ビルスはふとリムルから目を逸らすと、逸らした視線の先にいた従者のウイスの名前を呼んだ。

 

「ウイス」

 

「はいはい」

 

無表情でリムルと対峙していたビルス、それに対して柔らかい表情で二人を見守り続けていたウイスはビルスの意図を察したらしく、彼の声に小さく頷くと手に持っていた杖を(かざ)した。

すると杖の柄の上部の飾りのような部分が輝きを放ち、周りの空間をまるで吸い込むように星々の光を集め始めた。

 

 

「え?」

 

最初に気付いたことは自分が地面に立っていたことだった。

強い違和感に狼狽(うろた)えて足元を見ていた視線を上げたところでリムルは今度は目を見張った。

無くなったと思った世界が元に戻っていたのだ。

暮れかけた陽の光、ビルスに滅茶苦茶にされた山や地面、その全てが何事もなかったかのように元のままだった。

あまりにも強烈な出来事の連続にリムルは一瞬混乱したが、自分が今見ている光景は正にビルスと闘う直前の光景だったことを思い出す。

 

「時間が……戻ってる……?」

 

無意識に答えを求めて出たリムルの言葉にウイスが微笑みながら「正解です」と言った。

ビルスもその様子を認めると「さて」と彼に改めて視線を向けて口を開いた。

 

「これで僕の神の力自体は解ったかな? じゃあここからが本番だ」

 

「えっ?」

 

「いくら凄い能力を持っていて思考の早さも凄まじくても、不意を突かれたら意味がない。そこはまぁ、君の人間の部分が影響したのかもしれないけどね」

 

「……」

 

「僕が君から受けた不安はそこなんだよ。見た目こそ違うけど人間の君が大きな力を持っていても大丈夫か。だからこうしよう」

 

「……何かな?」

 

「今度は能力じゃなく純粋な力同士のぶつかり合いだ。ああでも、勿論身体強化や飛び道具はいいよ。ただ空間系の能力は無しだ。使われても僕は破壊するだけだからね」

 

リムルはここまでの会話でビルスが何故こんな提案をしてきたのか正直理解できずに心の中で頭を捻った。

単に神としての上下関係を認識させたかっただけじゃないのか、それが叶った今何故敢えて今度は物理的な衝突を望むのか。

元々が一般社会の一労働者でしかなかったリムルにはそこが解らなかった。

そう、そこが明確に神という立場であり戦士でもあるビルスと、成り行きで神と等しい存在になっただけのリムルとの違いであった。

故にそこに価値観と理解の齟齬が生じるのは致し方無い事なのだが、相応の力をリムルが持つ以上、正式な神であるビルスはそれを認識し、判断しなければならなかったのだ。

果たしてその力は彼が持つことに対して過分か、それとも認可できる器があるのか。

これまでの流れでリムルが絶大な力を持つものの、存在としての本質が人であることが判った。

故にそこに一抹の不安をビルスは持ったのだが、それに対して力を持つだけの器があるか、を戦士として確かめることにしたのだ。

つまりそれを確かめた結果、納得いくものであれば補填材料としてリムルを認めるというものだ。

 

ビルスの都合による一方的な理屈だが、残念ながらリムルには最初から拒否をするという選択は無かった。

果たしてリムルはビルスを納得させることができるのか。




リムルの思考の早さは常人の百万倍。
それがビルスに通じるか悩んだ末に生まれた話です。


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