血しぶきハンター (稲月)
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第1話 ゴミ捨て場の夜明け

 

 

 

 ーーーーー。

 

 そこには、蒼く澄み渡る空が果てまで美しく広がっていた。

 

 貴方が何度目を擦りそれを見直そうと、その光景に変化はない。

 昼の太陽など、この目で見るのは何年ぶりだろうか……。50年?80年?……いや、もしかすると数百年以上前だったかもしれない。

 いま己が立つこの場所は何処なのか、何故このような状況になったのか、古きヤーナムの地や狩人の夢に置いてきた人形はどうなったのか…。

 貴方が考えるべき事は数多くある筈だが、しかし今はただ、目の前に広がる景色に呆然と見惚れ立ち尽くすことしかできなかった。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

 それはまさしく、永遠に終わらない悪夢であった。

 暗澹たる空に浮かぶ巨大な月。街中に蔓延る穢れた獣と漂う腐臭。上位者を崇める狂信者たちの冒涜的な儀式。

 

 そんな血と狂気に塗れた長い長い獣狩りの夜を、あなたは気が遠くなるほど何度も繰り返していた。

 獣と堕ちた救われぬ病み人たちを次々と葬り、赤い月の秘匿を破って、赤子の泣き声を止めたその先。介錯に身を任せ夜明けを迎えようと、偉大な先人を討ち遺志を継ごうとも、気付けばまた暗い診療所の寝台で目を覚まし、再び同じ道を辿る。

 何度も、何度も、何度でも。

 

 狂気と獣性と啓蒙ばかりが得られるその繰り返しの果てに、ついに貴方は悪夢の元凶たる月の魔物を討ち破ったのだ。

 そうして青ざめた血を手に入れ、ヤーナムを真の夜明けへと導いた貴方は、その身を上位者の赤子へと成した。

 最後に見た景色は朧げで霞んでいる。たしか狩人の夢の中、のような身体を人形に抱かれて見上げた、明るい月であったか…。

 

 そうして気づいた時には、知らない青空が広がっていたのだ。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆

 

 

 

「おい!何だテメェは。そこで何してやがる! …聞こえてんのか!」

 

 しばらく空を眺めていた貴方であったが、そんな粗暴な怒鳴り声によってはたと我に返った。

 見れば、薄汚れた貧そうな男がこちらに向かって怒気を発している。煤けた髪にボロ切れのような衣服の汚い小男だ。

 上にばかり目をやっていて気づかなかったが、周りを見るにどうやらここは貧民街のような場所らしい。地肌が見えないほどにゴミに溢れ、空気も澱んでいる。かろうじて家の形を保っているようなボロボロの掘建て小屋がちらほらと乱立し、歩く人は皆いかにも不健康そうだ。

 

「シカトこいてんじゃねぇぞ!そこは俺の家だ、何しにここへきた…!」

 

 すまないと男に謝罪した貴方は、自分に敵意がないことを伝えた。後ろをチラと見やれば、これまたおんぼろの家屋がすぐそこに建っている。入り口を塞いでしまっていたらしい。

 男はこちらの言葉をまるで信じず、貴方が空き巣を狙っていたのだろうと思い込んで語気を荒げて怒鳴っている。周りの住人もどうしたことかと近くに集まり始めた。刃物など武器を持つ者もいる。

 

 これはまずいと思った貴方は、ひとまず男を宥め、かつこの場所の事を聞くために、対価を差し出せばいいかと考えた。碌な物品を所持していない貴方であったが、見るからに貧しい身分の男相手ならば、あまり使い道がなく溜め込むばかりだった『輝く金貨』が有用であると思い至る。

 怒る男を宥めつつ近付いた貴方は数枚の金貨を差し出し、情報を買いたいだけと男に伝えれば、彼は目を見開き、遅れて金貨をサッとぶん取った。

 男はまだ警戒を全く解かずに貴方を睨み付けてはいるが、どうやら答えてはくれるようだ。

 

 

 ◆

 

 

 男の知る情報はお世辞にも豊富とは言い難いものだったが、最低限知りたいことは聞くことができた。

 どうやらここは流星街という場所で、世界中からゴミや難民が集まってくる所らしい。法や正義など存在しない文字通りの無法地帯であるが、しかし長老をはじめとする権力者達の議会制度によって統治が行われてもいるようだ。

 この街は来る者を何者も拒まない、だが同時に敵対者に対しては街ぐるみで容赦のない報復を行う過激な思想が広がる場所らしい。

 

 男は貴方が外からの来訪者であることを確信しているようだ。全身を黒い帽子やコートで覆う貴方の装いは、何処をどう見てもこの街では普通でないし当然だろう。

 その上で、彼は貴方が国や社会から追い出された訳ありの貴族か何かだと考えている。立場をなくし行き場を失ったものがここへ流れ着くのは、耳が腐るほどよく聞く話らしい。

 他の住人の縄張りを犯さなければ自分で家を建てて暮らす分には構われないそうだ。多くのものは捨てられたゴミを再利用し、売り払うなどして生計を立てているという。

 

 ヤーナムをはじめとする貴方の知る場所の名前は、ひとつも聞いたことがないと男は答えた。血の医療やビルゲンワースなどの単語もやはり知らない。これについてはこの男よりも情報を得られる立場の人間に改めて聞き込む必要があるだろう。

 貴方があらゆるものを犠牲にして手に入れた、ヤーナムの夜明けの行く末。それが気にならない訳がないのだ。

 

 最も驚いたのは、今が1997年であるということだった。もはや遠い記憶で霞んでいるが、貴方がヤーナムの地にやってきたのはたしか19世紀中頃だった筈で、少なく見積もってもあれから100年以上は経過していることになる。

 もしや本当に悪夢に囚われているうちに100年経ったのか、あるいは上位者の赤子となりここで目覚めるまでに間に100年経ったのか、事の次第はまるでわからない。

 わかっているのは、今のこの世界は貴方にとって、もはや全く未知のものであるということだけだ。

 

 男の話に満足した貴方は、追加の報酬を渡して立ち去る事にした。

 何をするにもまずは拠点が必要だ。街のはずれで比較的静かな場所を見つけ、簡易的な小屋を建てるとしよう。

 

 

 ◆

 

 

 貴方にはあまり建築の才能はないようだ……。

 かろうじて雨風は防げるだろう歪な小屋で腰を下ろした貴方は、置かれた状況とこれからのことを考える。

 

 ここに来る前の最後の記憶は狩人の夢であった。その時貴方は上位者の赤子であり、自ら身動きもままならない蛞蝓だったが、いまは外見上ただの人間に見える。知らぬ間に成長して再び人間の形を取り戻したのだろうか……。

 ひとつ確実なのは、それはあくまで見てくれに過ぎず、貴方の中身は立派な上位者の一柱であり、只人とは生きる次元を異にする化物であるということだ。

 貴方は感覚的に理解している。常人では認識し得ない高次元の世界にまで自身の存在が及ぶ事を。

 

 ヤーナムでは道具や精霊を媒介にし、血を混ぜた水銀弾を消費することで実現できた数々の秘儀も、神秘そのものである上位者となった今は触媒も代償もなく使えるだろう。心強い戦力であると同時に、もはや人ではなくなったことの証左でもある。

 

 そこで貴方ははたと気づいた。己の血はどうなっているのか。

 試しに指を軽く切って血を出してみれば、その血は、赤く、真っ青に、青ざめていた。

 ……これは猛毒だ。只人であれば触れるだけでも少なからず啓蒙を得るし、体内に入ればたちまちのうちに地面をのたうちまわって息絶えるだろう。

 迂闊に負傷もできないなと貴方は肩をすくめた。

 

 貴方の身は睡眠を必要としないが、狩人の夢はまだ見られるのだろうか。いや、おそらく見る事はできる。狩人の夢の上位者こそが月の魔物であったのだ。その血を取り込んだ今、むしろ以前よりも自在に行けるし、最も快適な場所もそこだろう。

 ただ、夢を見ている間の貴方の身体や時間の経過がどうなるかが未知数だ。

 夢を見るのは一通り安全を確保して落ち着いてからにしよう。この場合の「安全」とは、流星街の住民にとってのだが…。寝込みを突かれれば逆に貴方の血一滴で殺してしまいかねない。無益な面倒事は不本意だ。

 

 

 

 貴方の今の目的は何だろうか………。

 そもそも何の為に青ざめた血を求めヤーナムへ訪れたのか、もはや靄のように霞んで消えかけた記憶を辿る。

 

 ………そう。貴方は最初から、「狩りを全うするために」あの呪われた地へ赴いたのだ。狩人としての使命を全うする、そのために青ざめた血を求めやってきた。

 それを思い起こせば簡単な事だ。

 上位者となろうと貴方は「狩人」。生きる為に狩り、狩る為に生きる。幾度死のうと蘇り、目覚めればまた狩りへ赴く。

 

 貴方は自分がどこか壊れていることも自覚していた。だがそれでもよかった。

 これが貴方の使命なのだ。

 

 

 

 貴方のやるべき事は分かった。

 目的は2つ。狩人としての本懐を成す事。そしてヤーナムの結末を知る事だ。

 

 前者に関してはさほど難しくはないだろう。先程の男から、未だ世界には害獣が腐るほど蔓延っている事は確認済みだ。

 それはヤーナムのような人が理性を失って獣と化したようなものとは根本的に違うであろうが、人に仇なす醜い獣には違いない。

 例えその形が、人であろうと、なかろうと。

 

 後者に関しては先行きは未だ不明だ。ヤーナムが何処にあるのか、そもそもまだ存在しているのかすら定かではない。

 ひとつ可能性としては、狩人の夢からヤーナムへ目覚めるという方法だが、貴方はこれにはあまり期待していない。

 幾千幾万と繰り返したあの悪夢の日々において、狩人の夢は月の魔物の領域であった。

 しかし今は違う。月の魔物は貴方が屠り、その身に青ざめた血を取り込んだ。例えその領域を継承していたとしても、月の魔物が支配していた時とは主が違う。

 しかも貴方が最後に狩人の夢を見た時から、100年以上経っているかもしれないのだ。昔のままヤーナムへ繋がっていると考えるのは甘い考えであろう。

 まずは狩人として功績を残し、ヤーナムの結末を探求するために十分な資材と力を手に入れるのが良いだろう。

 

 そうと決まれば、早速狩りの仕事だ!

 貴方は今の自分が持つ狩人の業を確かめる為、男から先程聞き出した、凶暴な獣達が縄張りとしている湖へ狩りに向かう事にした。

 

 

 ◆

 

 

 結果だけ言うなれば、貴方の狩人の業は些かも衰えておらず、むしろ身体能力が大幅に上昇していたためあまりに容易く狩る事ができた。

 相手は巨大な腕を持つ猿の獣であったが、その強靭な剛腕もノコギリ鉈で力ずくに斬り裂き、隙を狙ってパリィしては内臓を引き摺り出し、群れで襲われようとちぎっては投げちぎっては投げ、多分に余裕のある狩りであった。

 試しに『エーブリエタースの先触れ』を召喚した時は、あまりの威力に大惨事だったが。というか実物のエーブリエタースの触手よりずっと大きかったような……。

 貴方は攻撃型の秘儀はしばらく封印する事にしようと決めた。威力のコントロールが出来るようになるまでは、周辺被害が酷くて使えたものではない。

 

 問題はその群れのもとに人が囚われていた事である。この獣は捕らえた獲物を保存食として生捕りにすると聞いたので、ここに気絶している数人もそのために捕まっていたのだろう。

 貴方はとりあえず、蔦や草でがんじがらめにされた彼らの拘束を解き、気を起こさせた。

 

 

 

「君には本当に感謝している! つ、次に食われるのは私の番だったのだ……!」

 

 彼らを起こした貴方は、介抱しつつ話を聞いていた。

 獣には小柄な獲物から先に喰う習性があったらしい。助けた内の1人の青年は顔を真っ青にしながら何度も貴方に感謝を捧げている。

 曰く、彼はあるマフィアの次期頭領候補であり、他の候補に有利に立つため、非常に高価なこの獣の皮を獲りに来て返り討ちにあったらしい。

 他の捕まっていた男達も彼の部下であり、連れて来た半数は死んだと言う。

 

 貴方はこれがきっかけで彼の所属するマフィアから狩りの仕事を斡旋して貰うようになる。実績を残す内に、マフィアに限らずあらゆる依頼人から仕事を頼まれるようにもなった。

 

 

 

 

 そんな暮らしを1年と少しほど重ね、貴方が害獣専門の狩人として順調に名を挙げていた時のことである。

 

「…はぁ? 知らない? 念能力を? …冗談としては0点だな。いつも使っているだろうが。」

 

 もはや顔馴染みとなったマフィア幹部との会話の中で、貴方はどうやら「ネン」という神秘や魔術と似て非なる現象が実在するらしいと知った。しかも既に貴方はその力をいつも使っているときている。

 

「………まさか、本当に知らないのか。こりゃ珍しい、天然物だったんだな…。」

 

 ごく稀にだが、職人などで念を無意識に使う者もいるらしい。しかし貴方ほど強力な念能力を無意識に習得している者など聞いた事がないと言う。貴方が本当に知らないと伝わった時、それはもう大層に驚かれた。

 貴方は彼に念能力とやらを教えてほしいと頼むと、彼は自分の代わりに優秀な教師を貴方に紹介した。

 

 

 

 そこから半年程、貴方はその師匠のもとで念能力の修行をこなしたが、貴方の期待とは裏腹に、師匠は貴方の念能力の完全な習得を諦めた。

 どうやら、既に制約と誓約なるもので貴方の念能力は大幅に制限されており、その能力の内容もとっくに決まっていたようだ。狩人としての力、血の意志による常人離れした身体能力や、神秘のもたらす現象などがそれだ。

 基本の練や硬にすら制限があり、代わりに強力無比な発を持っていた貴方は、既に能力者として完成されているというのが師匠の言である。

 

 能力を保存する容量がほとんど残っていなかった貴方は、その僅かな領域で己の神秘性を制御する(すべ)を作り出した。

 念を知る前から元々、神秘を辺りに撒き散らすのは感覚的に抑えられていたものの、貴方の身に流れる青ざめた血だけはどうにもできなかったのだ。

 それを念能力によって常人のそれへと限りなく近づけた貴方は、これで己が人間でないことを露呈してしまう可能性を無くした。

 僅かな容量では無償の能力にはできず、その血を秘匿する間は常に奥底へと神秘と狂気を蓄積し続ける事になってしまったが、致し方あるまい。

 

 結局、修行で得た純粋な成果としてはオーラが見えるようになった程度だが、それでも念能力について一通り知識を得られた貴方は、師匠に感謝を述べて修行を終えた。

 

 

 ◆

 

 

「………お、お前、プロハンターも知らないのか…? 狩人なんて名乗ってるのに? 信じられねえ…。」

 

 修行を終えた貴方がいつものマフィア幹部に報告と感謝を述べにいった時、返ってきたのは「せっかくだしプロハンターになればいいんじゃないか」という台詞だった。

 ハンターとはつまり狩人のことだろう。しかし貴方の知る限り、狩人にプロやアマチュアといった区別は特に存在しなかった。

 いやまて、友人の狩人達同士では聖杯に潜るようになって一人前というような風潮もあるし、聖杯デビューすればプロ狩人と呼んで差し支えないのではないか。

 それなら問題ない。貴方は気が狂う程に何度も聖杯に潜っては血晶石を厳選していた。あまりに狂気的な執心により地底人と揶揄された人種であったのだ、プロ狩人を名乗るのに不足はないだろう。

 次に狩人の夢に戻った時は久しぶりに潜ってみるのも悪くない。それならやはり9kv8xiyiだろうか…。もはや第2の故郷である。

 

「全然違うし、一体何の話をしてるんだよ。お前さん、時々頭がおかしくなるよな。」

 

 失礼な奴だと貴方は憤慨するが、内心ではあまり否定できないでいた。事実、まともであってはとてもあの悪夢で生き残るなど不可能である。

 詳しく話を聞くに、プロハンターというのは貴方の目的を叶えるには非常に有用な資格であるようだ。

 プロハンターとなれば、ヤーナムを探すのに採れる手段も滅法増える。

 何より、狩りに優れ、無慈悲で、血に酔った良い狩人であると自負する貴方にとって、自分がアマチュアであるなど認められることではなかった。

 

「念能力の件といいハンター試験の件といい、つくづく順序のおかしな奴だな…。」

 

 次に行われるハンター試験は半年後、1999年の第287期試験らしい。

 貴方はこの試験に挑戦しようと決心した。

 




原作開始まで巻き巻き。
狩人の念能力とかも後からちまちまと出していく予定です。



『古都ヤーナム』
遥か東の人里離れた山間にある呪われた街。
奇病「獣の病」が流行する。

『獣の病』
人としての理性を失い醜い獣となる病。

『狩人』
獣となった人間を狩る者。
死は救いであり、つまり狩りとは医療行為であるのだ。

『上位者』
悍ましい外見と超常的な能力を持つ人ならざる人を超えた存在。

『月の魔物』
ヤーナムに獣の病と終わらぬ悪夢を齎した元凶の上位者。

『血晶石』
武器に捩じ込むことで強化できる。


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第2話 傍迷惑な逃避行

 

「着いたぜ。ここが会場だ。」

 

 案内役(ナビゲーター)に導かれるままハンター試験の会場があるザバン市に来た貴方は、目の前にある巨大な建築物を見上げた。

 なるほどたしかに、世界中からプロハンターを目指す者達が集うだけあって立派な建物だ。外面には異質な紋様が刻まれ、只事ではない雰囲気を醸し出している。

 貴方がこれから始まる試験への期待を膨らませていると、横から案内役の声がかけられた。

 

「おい、そっちじゃないぜ。こっちが会場だ。」

 

 盛大に梯子を外された貴方は、彼が指した方を見やる。

 ………。

 どう見てもただの飲食店だ。そこそこ繁盛しているようだが、ハンター志望者がいるようには見受けられない。

 

「志望者は無数にいるってのに、試験会場があからさまじゃ困り物だろ? こうやって隠すのが正解なんだよ。」

 

 なるほど道理だと貴方は頷いた。次はこの店の秘密を暴き会場に辿り着く事が課題なのだな。

 固く秘匿されたメンシスの儀式や漁村の秘密を暴いてきた貴方だ。今更このような小さな店で隠そうと貴方の敵ではない。必ずやその秘密を白日の元へ晒してやろう。

 

「違う違う! もう品定めは済んでるんだ、俺が案内するからあんたは大人しくしててくれ…。相変わらず急にネジがブッ飛ぶ奴だな。何の話かもよくわからんし…。」

 

 違ったらしい。

 やはり秘密は甘いものだ。隠されていると聞けばつい暴きたくなってしまう。何度恐ろしい死を遂げようと、愚かな好奇は忘れ難いらしい。

 

 

 

 貴方は案内役に連れられて店に入る。

 

「おっちゃん、注文だ。ステーキ定食1つ、弱火でじっくり頼むぜ。」

 

 勝手に注文された貴方は、案内役に文句を垂れた。

 肉を焼くなら、強火で炙って中は生焼けくらいが1番美味いのだ。血の滴るミディアムレアこそ至高なり。

 

「…これが合言葉なんだよっ! いいから早く奥へいけ!」

 

 小声で怒鳴られた貴方は、そうだったのかと軽く謝罪して奥の部屋へと向かった。

 

 

 

「あんたといると酷く疲れるな…。まあとにかく、“使える”あんたなら試験はおそらく余裕だろう。合格したらまた狩りを手伝ってくれよ。じゃあ、達者でな。」

 

 貴方の感謝を受けた案内人は、陽気に手を振り部屋を立ち去って行った。

 ハンター試験の会場へ向かっていた貴方は、道程で害獣の被害に遭う街に出くわしたのだ。そこで現地のものに依頼を受けた貴方は、穢らわしい獣どもを残らずメッタ斬りにした。

 この依頼者こそハンター試験への案内人であり、見事彼のお眼鏡に適った貴方はここまで案内を受けてきたというわけである。

 獣の死骸があまりに惨かった事を少々咎められたが、もはや獲物の血を出来るだけ多く浴びようと斬り刻むのは貴方に染み付いた癖であり、あるべき狩人の正しき姿でもある。やめられるものか。

 

 貴方がテーブルに着くと部屋全体が揺れ出した。どうやら部屋ごと地下へ降っているらしい。

 貴方は気分を良くした。エレベーターは好きだ。ショートカットが開けられる。

 目の前には鉄網の上でステーキが焼かれている。まずは試験前の景気付けといこう。

 

 ………。肉が硬い。

 憮然とした顔をする貴方は、試験官へ合言葉を変えるように進言しようと強く決心した。

 

 

 ◆

 

 

 エレベーターが地下100階に到着し、貴方は開いた扉の外へ出た。

 薄暗いトンネルのようなそこには、殺気を纏った大勢の人間が犇いている。プロハンターを目指すだけあって、どうやら只の素人はいないようだ。

 殺伐とした雰囲気に懐かしさを覚えた貴方は、近くにきた豆のような頭の小男から番号札を受け取った。

 326番。おお、素晴らしい数だ。あらゆる地底人が欲する数値である。

 

 試験開始まではやや時間があるようだ。

 少し進んだ通路の端の方で貴方が休もうかとしたその時、酷く饐えた濃厚な殺気が貴方へと叩きつけられた。

 

 

 

「ねえキミ♣︎ “使える”んでしょ? ちょっとボクと準備運動しないかい❤︎」

 

 そこに立っていたのは奇怪な格好をした長身の男だ。明らかに周りの受験者達の中でも圧倒的な実力を持っている。

 何より彼の全身から迸る禍々しくも強く漲るオーラ。念能力者だ。それもかなりの手練れ。

 貴方は彼の誘いを丁重に断った。狩人たるもの常在戦場、いつでも戦えるし準備運動は不要である。

 そもそも彼のオーラは準備どころか全力で戦う気満々であると主張しているし、貴方がわざわざそれに付き合う義理も無い。

 

「つれないなぁ♦︎」

 

 奇怪な男は突如として貴方へ目掛けて手のひらほどの薄い紙切れを何枚も投げ付けてきた。

 強いオーラの籠ったそれらを貴方は紙一重で回避すると、バックステップで彼から大きく距離を取った。

 

「くっく❤︎ 素晴らしい反応速度だ……♠︎ 思わぬ収穫だよ♣︎」

 

 彼は完全に戦闘態勢だ。面倒なのに絡まれたと貴方は内心で溜息を吐く。

 貴方は頭のおかしい輩に絡まれるのにはすっかり慣れていたが、今は少し状況が悪かった。

 今ここで戦えば確実に念能力の存在が周囲に露呈するし、かといってそれを隠したまま戦うには相手の実力が高い。

 何よりここで暴れれば試験を失格にされるかもしれないのだ。それは非常に困る。

 

 

 

 貴方は逃げに徹する事とした。懐から『青い秘薬』を取り出し一気に呷ると、絶を用いて周囲に紛れた。

 脳を麻痺させる精神麻酔のそれは、遺志を保ち動きを止めることで己の存在そのものを薄れさせる効果がある。

 入り口付近まで退避して止まった貴方は、先の狂人がこちらを見失った事を確かめ、試験開始までそこで待つ事にした。

 最も優れた狩人である貴方の隠密に、気付けるような者はいない。

 彼の悍ましいオーラに充てられたのか、そこだけポッカリと人混みに穴ができていた。

 

 全く、いつの世も血に酔いすぎた狂人は絶えないものだ。

 

 

 ◆

 

 

 ただ黙って立っているのも暇な貴方は、入り口から来る受験者達を観察していた。

 今は400番を過ぎた辺りか。また新たに人がやって来る。今度は若い男3人組だ。

 1人は完全に子供であり、こんな幼い少年も挑戦しに来るのかと貴方は驚いた。だがここまで来れたということは、ただの子供では無いのだろう。

 金髪の中性的な男はなかなかの実力者とみえる。もう1人の長身の男も、隙は多いがよく鍛えられた身体だ。

 

 今のところ、念能力者らしきは先の奇怪な狂人と一瞬奥に見えた顔が針だらけの狂人、そして貴方だけである。

 狂人ばかりじゃないか……。貴方は自分を棚上げしては少しうんざりした。

 そんな時であった。

 

「ぎゃあぁ〜〜〜〜っ」

 

 例の奇怪狂人がついに人を斬りつけ出していた。被害者は両腕を真っ二つに切り落とされている。

 自分で切り落とした癖に、さも腕が消える手品かのように振る舞っているらしい。貴方はドン引きした。

 

 先の3人組と小太りの男が話しているのを聞くに、彼は奇術師ヒソカというようだ。

 試験官にまで襲い掛かるとは、いよいよ分別の解らぬ獣ではないか。

 かつて狩人狩りとして血と獣性に飲まれた狩人を葬っていたこともある貴方は、いざとなれば彼とも戦う事になるだろうと考える。

 

 

 ◆

 

 

 ジリリリリリリリリリリリリリリリ……

 

 トンネル中に大きな音が鳴り響く。どうやらようやく試験が始まるようだ。

 試験官らしき髭男が試験の危険性を忠告しつつ歩き出す。全員がそれに付いて歩き出した。

 かと思えば、みるみるとその歩く速度が増し出した。歩いているのにあの速度はなかなか気持ち悪いと、貴方は遠くのサトツというらしい髭試験官を眺めて思う。

 

 人を超え上位者となった貴方は、持久力も大きく増した。というか酸素を必要としないので走るだけなら余裕である。

 最後尾の方で貴方も走り出した。

 

 

 

 そこで貴方は気付いた。これは、見つかったな……。

 少し前方から、禍々しいオーラが少しずつ貴方に近づいてきているのを感じる。

 まだ敢えて戦おうという気にはならない貴方は、最前列へ向かおうと考えた。

 試験官の近くに居れば下手に暴れることもできまい。試験開始直ぐに失格になるのは奴も不本意であろう。

 

 あの気色の悪いオーラに捕まる前に、貴方は再び『青い秘薬』を勢いよく呷る。しかし今度は止まるわけにはいかず、これでは見つかって攻撃を受けるだろう。

 貴方は更に道具を取り出した。

 

『古い狩人の遺骨』

 名も知られぬ古い狩人の遺骨であるそれは、遺志によって初期狩人独自の業「加速」を引き出せる秘儀である。

 上位者として遺志を神秘の力を意のままに操る貴方は、その業を極限まで極め扱う事が出来る。

 遺骨から遺志を引き出し風を纏った貴方は、瞬足のステップを用いて壁を伝い、前方の受験者達を軒並み追い越した。

 

 その速度たるや、近くを走っていた者達が遅れて来た風圧に吹き飛ばされる程であり、控えめに言って最悪な妨害であった。

 貴方は未だ加減を覚えぬ己に呆れてしまったが、件のヒソカからは離れられたのでまあよしとしよう。

 

 サトツの直ぐ後ろについた貴方は、秘儀を解いてまた普通に走り出す。

 今ここまで「加速」で飛んできた際、貴方の姿を完全に捉えている者こそいなかったが、幾人かは貴方の気配に気付いて飛び退いたりしていた。

 念を使えるヒソカや顔面針狂人は勿論、2人いた少年がどちらとも気付いていたことに貴方は驚き感心する。

 とんがり頭の少年は僅かに風圧を避けきれていなかったが、白髪の少年はぎりぎりで避けきっていたのだ。

 

 非常に有望な少年たちだ。願わくば無事に生き残れるといいが。

 あなたはたった今その少年たちを吹き飛ばしかけた事をまた棚に上げてそう願った。

 

 

 ◆

 

 

 走り続けて4時間ほど経っただろうか。貴方の後ろにいる受験者達の気配は僅かながら減ってきている。

 そこで目の前に現れたのは、傾斜が強く上方までずっと続いている階段であった。

 これはなかなか。今でこそ余裕だが、ヤーナムにいた頃の貴方であればこの速度でこれを駆け上がり続けるのは少し厳しかっただろう。

 

 少しすると、貴方の直ぐ後方まで先ほど見た少年2人が上がってきていた。

 体力も十分か。貴方は少年達への評価を更に高くした。彼らは良い狩人となれる素質がある。

 

「おいゴン!!そいつに近付くな!! …ちょっと前にあったあの風、多分そいつだぜ。」

 

 深刻そうな顔をした白髪の少年が、とげとげ頭の少年へと叫ぶ。どうやら激しく警戒されているようだ。

 一度吹き飛ばしかけているのだから仕方あるまい。子供に嫌われた貴方は少し落ち込んだ。

 

「うーん。でも、きっと大丈夫だよ! このおにーさん、ヤな感じしないし。」

「おいバカ! やめとけって!」

 

 ゴンと呼ばれた少年が貴方の横へ来る。無垢な眼をした快活そうな子だ。

 

「ねえおにーさん! そんなカッコで暑くないの?」

 

 貴方は全身を黒い狩人の装束で覆っている。人を辞めてから汗もかかなくなった貴方だが、たしかにこの格好で走り続けていては疑問にも思うだろう。

 帽子とマスクを外した貴方は、体力には自信があるし暑さにも強いのだと答えた。

 

「へえー、スゴいね! オレはゴン! おにーさんは?」

 

 無邪気なゴン少年の様子は実に可愛らしいものだ。

 貴方は彼へ名を名乗り、先程吹き飛ばしかけた時は済まなかったと謝罪を述べる。

 

「ううん! ウィロルドさんはただ速く走っただけなんでしょ? オレ、全然見えなかったや!」

 

 本当に邪気の無い子だ。貴方のせいで危うく負傷しかけたというのに全く気にしていないらしい。

 後ろにいた白髪少年もまだ少し警戒しつつゴンの横へ並んできた。

 

「オレ、キルア。……アンタさ、一体何者なの? あのスピード、とても人間とは思えないんだけど。」

 

 己は狩人であると貴方は答える。当然、本当に人間で無いことは口に出さない。

 

「いや、試験受けてるって事はプロハンターじゃ無いんだろ? アマチュアにしては異常な身体能力だし。別に言いたく無いならいいけどさ。」

 

 うーむと貴方は悩んだ。ここでは貴方のいう狩人という存在はいないようだし、なんと説明したものか。

 結局、貴方はとある街で特殊な訓練を受けた獣専門のアマチュアハンターのようなものだということにした。

 

「そういえば、キルアは何でハンターになりたいの?」

「オレ? 別にハンターになんかなりたくないよ。」

 

 貴方は少年たちと会話しながら走り続ける。

 どうやらキルアは興味本位で試験を受けにきただけらしい。見たところ相当の訓練を積んでいるようだし、彼の走りには音がない。この実力なら他の受験者よりも楽に先へ進めるだろう。

 対するゴンは、ハンターである父親を探すのだという。かなりの功績を残している高名なハンターらしいが、父親としてはとんだ野郎だと貴方は内心で思う。

 そのような環境でここまで純粋に育ったのは、育て親のおかげか、生まれ持った気質か。いずれにせよ喜ばしい事だ。

 貴方は早くも、ゴン少年へ親しみと好感を覚え始めていた。

 

「ウィロルドさんは? プロのビーストハンターになりたいとか?」

 

 それもあながち間違いではないが、1番の目的は昔過ごした都市ヤーナムを探す事だと貴方は答える。そのためにはプロハンターの持つ権力や知見が必要なのだ。

 

「うーん、聞いたこと無いなぁ。無事に見つかるといいね!」

「そこって、さっき言ってた訓練を受けたってとこだろ? アンタみたいな化物がたくさん居そうでオレはあんま行きたくないな。」

 

 確かにあそこは化物と狂人ばかりが溢れる悪夢の街だったと貴方は笑った。だが今はきっと、清廉な陽の光が射し当たる美しき街となっていて欲しい。貴方はそう切に願っている。

 

 

 ◆

 

 

 階段を上がりきった先に広がっていたのは、見渡す限りに広がる広大な湿原であった。

 曰く、奇知に長けた狡猾な動植物が跋扈する危険な湿原、通称“詐欺師の(ねぐら)”。

 ここを超えた先に2次試験の会場があるという。

 

 実に興味深く悍ましい場所だと貴方が驚嘆していた時、招かれざる乱入者が横槍を入れてきた。

 

「ウソだ!! そいつはウソをついている!!」

 

 どうやらサトツが試験官のなりすましであると主張しているようだが、オーラを見れば貴方には一目瞭然であった。

 念も使えぬこのような小物がプロハンターとは思い難い。掴んでいる猿も意識があるようだ。

 

 ——ヒュンッ

 

 偽試験官が下らぬ御託を並べ立てていたその時、突如としてオーラを纏った紙切れがかなりの速度と威力を伴い貴方へ向かって何枚も飛んできた。

 貴方はそれら全てを躱すと、その元凶の方を見やる。

 

「くっく♠︎ なるほどなるほど♣︎」

 

 案の定というべきか、下手人は奇術師ヒソカであった。手っ取り早く試験官の真偽を証明する目的だったのだろう、髭試験官と偽試験官それぞれにも攻撃が飛んでいた。

 だが貴方は自分にまで攻撃が飛んできたのが納得いかなかった。むしろ紙切れが1番多く飛んできたのは貴方であったのだ。

 攻撃を防いだから真の試験官というなら、自分も試験官を名乗っていいのではと一瞬貴方は血迷ったが、口には出さずに済んだ。

 見たところ、サトツの受け止めた紙切れはヒソカと限りなく薄く細いオーラ糸で繋がり、それに触れたサトツにもオーラが付着しているようだが、彼は気づいてはいなさそうだ。

 

「次からはいかなる理由でも、私への攻撃は試験官への反逆行為とみなして即失格にします。いいですね。」

 

 素晴らしい! 貴方は密かに喜んだ。これで確実に貴方が試験官の近くにいればヒソカも迂闊に貴方へ攻撃できまい。

 いや待て、試験官に怪しげなオーラを付けるのも攻撃ではないか? 貴方は名案を思い付いたとサトツに話しかける。

 

 ——失礼、貴公の手に奴の穢らわしい臍の緒が練り付けられているようだ。

 貴方は尤もらしく啓すると、周囲の人を避けさせては懐から『火炎放射器』を取り出し、オーラ糸を豪快に焼き切った。

 ふむ、やはり汚物は燃やして消毒するに限るな。貴方は満足気に頷いた。

 

「………これはどうも。44番、今のは私の落ち度でもあります。見なかったことにしましょう。しかし、2度はありませんよ。」

「くっくっく それはどうも❤︎」

 

 ヒソカはサトツへ答えつつも、その眼は貴方へ強烈な殺気を混ぜた視線を送りつけていた。殺意と狂気に塗れる饐えたオーラが迸る。

 ——気色悪い!

 貴方はヒソカごと焼却したい衝動に駆られたが、(すんで)の所で堪えた。周囲への被害が大きいし、戦う間にサトツに置いていかれかねない。

 代わりに、偽試験官の骸に群がる死喰い鳥どもを貴方は纏めて焼き払った。穢らわしい獣どもだ。

 背後の受験者達からヒソカと同じ狂人に対する視線を向けられている事に、貴方は気付いていなかった。

 

 そうして、ヌメーレ湿原への進行が始まった。

 

 

 ◆

 

 

 貴方は計画通り、サトツの直ぐ後ろに従いて湿原を駆けていた。

 問題のヒソカはかなり後方へいるようだ、纏うオーラを更に悍ましく膨れさせて移動している。

 これはおそらく殺る気だな。貴方は確信した。全く厄介な狂人だ。

 ゴンやキルアは比較的貴方の近くにいるが、立ち籠める霧が濃くなっているし何かがきっかけで離れれば彼らも襲われかねない。

 会遇は短くとも既に彼らへの情が湧いていた貴方は、もしそうなれば介入するつもりでいた。あれほど若い子供が惨たらしく殺されるというのは余りに忍びない。

 

 考えながら駆けていると、突如目の前のサトツが前方へ跳躍した。かと思えば、貴方の足元が浮き上がり、地面から巨大な蛙が口を開いて這い出してくる。

 事前に気配を掴んでいた貴方は、サトツのように跳躍しつつ、左手に取り出した『獣狩りの短銃』で蛙の脳天を撃ち抜いた。

 本来は殺傷目的でなく牽制用の銃であったが、厳選に厳選を重ねた31.5%血晶石を捩じ込み、途方も無い遺志と神秘をその身に取り込んだ貴方の血を混ぜた水銀弾を放つそれは、もはや手銃ではなく小隕石のような威力を発揮する。

 憐れその標的となった蛙は、原型も残さず木っ端微塵に爆散し辺りに血肉を撒き散らしたのであった。

 

 貴方は血晶石の付けていない低威力の武器も用意するべきかと悩む。

 今までの狩りでは辺りに人気のない場所で狩ることが多かったが、今回のような場合は高すぎる威力も扱いにくい。

 蛙の死骸と土埃で血塗れ土塗れにされた周りの受験者が貴方に怒号を飛ばしている。ここはひとまず逃げるが勝ちか…。

 

 

 

 その時、後方にいたゴンがいきなり見当違いの方角へ走り出すのを貴方は捉えた。

 その先にはヒソカの禍々しいオーラを感じる。いかにも仲間思いのあの少年の事だ、おそらく友人が襲われているのに気づいて助けに向かったのだろう。

 キルアはそのままこちらへ進んでいる。実力差を弁えた賢明な判断だ。

 

 貴方はサトツへの追従をやめ、ゴンの後を追い出した。

 真摯な友人は得難きもの、必ず救わねばなるまい。

 

 駆ける貴方の手に取り出し握られるは、獣狩りの散弾銃と仕込み杖である。

 ———さあ、狩りの時間だ。

 





『火炎放射器』
血の混じった水銀弾を特殊な触媒とし、高熱の火炎を放射し続ける特殊銃器。
決して効率のよい武器ではないが、時に炎の海が必要なこともある。


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第3話 それを喰うなんて正気じゃ無い

 

「んん〜〜〜。…うん!君も合格❤︎ いいハンターになりなよ♣︎」

 

 ——見つけた。

「加速」の業で湿地を突風のように駆け抜けてきた貴方は、遠い前方に目的のゴンが立ち竦んでいるのを確認した。

 そして彼のすぐ傍には、ヒソカが屈み込んで彼に何か話しかけている。

 どうやら間に合ったらしい。何故襲われていないのかは分からぬが、狂人とはどいつも皆気まぐれで理不尽な輩であるし考えるだけ無駄か。

 貴方はとりあえず彼等を引き離そうと、スローイングナイフを投擲しながら突撃する。…避けられたが距離は取らせた。

 

「……!!! まさか、キミが来るとはね♠︎ ようやくボクと遊んでくれる気になっ…っ!!」

 

 ドパアァァァァン!!

 禍々しいオーラを発しつつ喋り出したヒソカに対し、貴方はとりあえず左手に持つ『獣狩りの散弾銃』をぶっ放した。

 隙あらばとにかく銃を撃ちつける。対人の基本だ。

 突然の銃撃、それも広範囲にばら撒かれる散弾に対応しきれなかったヒソカは、咄嗟に横っ跳びで避けたが左腕の先は半ば吹き飛ばされ、掠った右脚も大きく抉られる。

 短銃と同様、貴方の散弾銃の弾1発1発の威力は常人の理外にある。「硬」で急所だけは防いだ様だが、その代償は大きい。

 

「………ッ!」

 

 間髪入れずにステップで接近した貴方は、右手の『仕込み杖』で殴りつける。

 未だ空を跳び、衝撃とダメージの抜けきらないヒソカの首元へ真っ直ぐ向かうその攻撃は、ヒソカがまるで何かに引っ張られるように、彼が先程立っていた方向へと急に転回した事で回避された。

 

 相変わらず気色悪い…。明らかに物理法則を無視した動きに貴方は引いた。

 一瞬見えた様子では、ヒソカの足から繋がるオーラ糸が地面に繋がっており、それが縮むことであのように動いたらしい。

 サトツにつけたオーラ糸を思うに、オーラを物へ付着させかつ自在に伸縮できる能力のようだ。

 なるほど単純だが厄介である。貴方が彼に直接触れるのは避けるべきだろう。

 

 考えながら貴方はまたドパンと散弾銃を撃つ。着地狩りも基本である。

 

 ヒソカは飛んだ勢いでかなり距離を取っており、威力減衰が大きく射程の短いこの銃の弾は防がれてしまう。

 彼もただではやられない。銃撃を防ぎながらオーラの籠った紙切れを4枚投擲してきた。

 貴方は超高速のステップでヒソカを追いながら、それら全てを躱してゆく。迂闊に受け止めるわけにもいかない。

 

 尋常ならぬ速度で近づく貴方を目撃したヒソカは、強烈なオーラを身に纏いながら右手を手前にぐんと引く。

 すれば貴方の背後から、先程投げられた紙切れが豪速で次々と飛びかかる。

 あの時紙切れにオーラ糸が伸びている事を確認していた貴方は、読んでいたぞとばかりに見もせず矢継ぎ早に回避した。

 4つのそれを全て避け切った貴方は、ヒソカに杖が届くまであと僅かの所、そこで猛烈な悪寒を覚えた。

 

 ——!!

 避け切ったはずの紙切れ、それが、貴方の首の頸動脈を目掛けて再び背後から撃ち飛んできた。

 ヒソカは投擲の際、1つだけ2枚重ねで投げつけていたのだ。奇術師とは名ばかりでないらしい。

 勘に従い間一髪で躱した貴方であったが、体勢が崩れたその瞬間へヒソカが猛烈な蹴りを放ち…

 

 ッッガキン!!

 

 杖でギリギリ蹴りを逸らし弾いた貴方であったが、杖にオーラ糸を付けられてしまった。貴方は不安定な体勢のまま、即座に左手の散弾銃をオーラ糸越しにヒソカへ向けた。糸を縮められる前に切らねば。

 銃は3度目の轟音を打ち鳴らし杖に付けられたオーラ糸を絶ったが、ヒソカはまた地面につけていたオーラ糸の縮小で跳び、弾を掻い潜ろうとする。

 既にタネの知れている貴方はそれを予測し偏差で撃ったが、ヒソカはなんと最低限の防御で両腕と半身を犠牲にし、再び紙切れを投擲しながら貴方の懐へ特攻してきた。

 

「ソレ、連発できないんでしょ❤︎」

 

『獣狩りの散弾銃』は短距離での威力と物量を得ると引き換えに、大きな反動と連射が効かないという代償を背負った武器である。

 撃った直後はどうしても無防備になるのだ。たった2回の銃撃でそれに気付き利用するとは。

 貴方は目の前の狂人が持つ類まれな戦闘センスに感心しつつ、銃の反動を利用して体勢を整えようとする。紙一重で間に合うか…!

 

 

 

 飛んで来た紙切れは貴方の顔スレスレを通り過ぎ、ヒソカは残る右脚に全てのオーラを込めた。そのオーラの濃密さたるや、並の使い手では触れるだけで腕が弾け飛ぶだろう。

 赤黒く光ってさえ見えるその脚で、ヒソカは貴方へ回し蹴りを放った。

 …かと思いきや、彼は貴方に届くかという手前ギリギリで突如重心を大きく変え、その場で右足をぐるんと、怒濤の如く旋回させた。

 

 その右足の先に繋がるは、縮むオーラ糸に引かれ尋常ならぬ速度で旋空する紙切れ。

 ヒソカの脚からオーラ糸を伝って全エネルギーを受け取ったその薄っぺらな破壊兵器は、途方もない威力で貴方の元へ。

 

 

 

 ッスパン———

 

 刹那の攻防の結果。

 それは、僅かに軌道を反れて遠く彼方まで飛んでいく紙切れと、右脚を膝から完全に断ち切られ地に墜つヒソカの瀕死の姿であった。

 対する貴方の右手に掲げられるは、蛇腹に伸び繋がった鋭利な刃を晒す、鞭の様に変形した『仕込み杖』である。

 

 蹴りの直前に投げられた紙切れ、前回と違いオーラ糸の無いように見えるそれにも、極限まで薄く隠蔽された糸が伸びている事に貴方は気づいていた。

 ヒソカの狙いを予期した貴方は、絶好のタイミングで杖を変形し、強靭な鞭の刃でオーラ糸と脚を纏めて切り捌いたのである。

 糸が切れ制御を失った紙切れは貴方へ届かず、残ったのはオーラの殆どを使い果たし満身創痍の奇術師のみであった。

 

 

 ◆

 

 

 気を失って地に伏すヒソカをさっさと燃やしてしまおうと近付く貴方は、彼のポケットから何やら聞こえる事に気づいた。

「ピピピ」と鳴るその携帯電話を取り出した貴方は、コールに出てみる。

 

「あ、もしもし? やっと出た。早くしないとそろそろ合格者が締め切られそうだぜ。」

 

 ヒソカの友人だろうか。男の声で話し出す。どうやら彼も受験生のようだ。

 貴方はとりあえず挨拶した。申し訳ないが貴公の友人は燃やさねばならないとも。

 

「………キミ、誰? どうしてこのケータイを持ってる? 」

 

 貴方は簡潔に説明した。自分は被害者で、襲われたので仕方なく返り討ちにした。この狂人は燃やして葬る。

 なお貴方は正直に話しているつもりだが、実際のところ今回ヒソカが襲ったのはゴンたちであり、貴方はむしろ襲いかかった側である。まるで話も聞かないで。

 

 電話の相手はヒソカが負けたことに半信半疑のようだが、とにかくヒソカは商売相手であり殺されると困るらしく、出来れば2次試験会場まで生かして持ってきて欲しいと貴方に頼んだ。

 貴方は自分にメリットがないからと断ろうとしたが、依頼として金は(ヒソカが)払うと言うし、ここまで再起不能にすればもう絡まれもしないだろうと思い受ける事にした。落とした手足も持っていこう。これも売れるかも知れない。

 

 

 

「ウィロルドさん!」

 

 電話を切るとゴンが貴方へ駆け寄ってきた。

 彼のいたところには男が2人いる。片方は頬を林檎のように腫らして気絶しているようだ。

 ゴンが会場へ来た時に共にいた者だった筈だ。なるほど彼らを救いにヒソカの元へ駆けつけたのか。

 

「助けに来てくれたんだよね、ありがとう! …その、ヒソカはどうするつもりなの?」

 

 依頼を受けたので生かして連れて行くと貴方は答え、それよりも時間が無いとゴンへ伝えた。

 貴方はヒソカを持って先に行くが、ゴン達は問題ないかと確かめる。

 

「大丈夫! 自力で乗り切るよ。ウィロルドさんも気をつけて!」

 

 貴方はゴンへ『確かな遺志』を示し、ヒソカを担いで駆け出した。サトツの気配を追えば確実だ。

 瀕死の人間とその千切れた手足を持って走る貴方の姿はどうみてもイカれていたが、貴方にその自覚はなかった。

 

 

 ◆

 

 

「カタカタカタカタ…」

 

 やはり狂人は狂人を呼ぶのだろうかと、目的地のすぐそばで貴方は思案していた。

 貴方の目の前では、ヒソカの友人らしき顔面が針だらけの異常者が、気絶するヒソカを受け取っている。

 さっき携帯電話で話した相手は普通の綺麗な声であったと貴方は記憶しているが、とてもこの顔からあの声が発されていたとは思えない。というか会ってからはまともに喋りすらしない。これが彼で合っているのか?

 貴方はちょっとこの針抜いてみたいとも思ったが、彼を怒らせて戦闘となるのは得策でないし、依頼達成の報酬である小切手を受け取るとさっさと距離を置く事にした。

 

 

 

「ガルルルルルル……ゴルルルルルル……」

 

 無事2次試験会場へと辿り着いた貴方は、地の底から鳴るような獣の唸り声が響く建物の前でその時を待っていた。

 一体どのような化物が飛び出すのか、おそらく試験は彼奴を狩ることだろう。ハンター試験に相応しい課題だ。

 貴方が感じ取るに、中の獣はなかなか巨大な存在であり、おそらく念も扱える。かなりの強敵であろう。

 不可解なのは、もう1つ人間の存在も中に感じることだ。こちらも念使いだし、まさか獣の飼い主か何かだろうか。

 いずれにせよ、今この獲物とまともに戦えるのは己と顔面針狂人ぐらいのもの。遠慮なく血祭りにあげてしまって問題ないはずだ。

 貴方は久方ぶりにどっぷりと血に酔える予感を覚え期待を膨らませていた。試験開始は正午、あと数分である。

 

「おーい、ウィロルドさーん! 間に合ってよかった!」

 

 ゴン達が間に合ったようだ、貴方は安堵した。

 頬を腫らした男も途中で目覚めたのか、自力で歩いている。

 無警戒でにこやかに貴方へ駆け寄るゴンに対し、金髪の青年は少しの警戒を向け、長身の男は貴方が誰か分からないという顔をしている。

 

 ちなみに試験を待つ人混みの中では、貴方の周りにだけ不自然に穴ができている。

 いかにも死にかけな人間と腕や足を抱えて血塗れでやってきた貴方は、それはもう驚愕と奇異の目で見られた。

 抱えていたのがあのヒソカだとわかった暁には、もはや誰も近付かず目も合わせず、祟り神か何かに対するような対応を取られている。

 

 謎の唸り声や試験の予想について貴方がゴンと談笑し始めると、彼の連れ2人も近づいてきた。

 

「失礼。先程は命を救っていただいた事、誠に感謝する。私はクラピカという者だ。」

「レオリオだ。悪ィな、オレはさっき何があったかよく覚えてないんだが、とにかくあんたに助けられたのは確かだ。ありがとな!」

 

 貴方も自己紹介を返し、礼は不要であると答える。ただ友人を救ったに過ぎない。狩人の友は協力し合うものだ。

 幾らかの会話を交し、彼らは貴方へ少し打ち解けていった。

 

 

 

「よ。どんなマジック使ったんだ? 絶対もう戻ってこれないと思ったぜ。」

「キルア!」

 

 キルアも無事に着いていたようだ。念能力者を除けばおそらく受験生でも1,2を争う実力者だ、当然か。

 年長2人と話を続けていた貴方はそこで、クラピカから幻影旅団という盗賊団について何か知らないかと問われたが、しかしそのようなものを貴方は知らない。力になれず済まないと返した。

 

「ウィロルドのニオイをたどったーーー!? つーかどんなニオイだよ、この距離でも全然わかんねーけど。」

「うーん、オレもなんて言ったらいいかわかんないけど…。ウィロルドさんは、満月みたいな香りがするんだ。」

「月ィ!? お前…やっぱ相当変わってんな。」

 

 少年たちは楽しそうに盛り上がっている。そろそろ試験も開始の時間だ。

 

「……つーかさ、マジで何があったんだよ。あいつ、ボロ雑巾みたいなヒソカを抱えてきたんだぜ。ゼッタイ、ただモンじゃねぇって。」

「ウィロルドさんはオレ達を助けてくれたんだよ。びっくりするほど強かったんだ!」

 

 一体いかなる獣が現れるのかと胸を躍らす貴方は、小声で話す少年達の会話には気付かなかった。

 

 

 ◆

 

 

 貴方はつくづくがっかりして、げんなりと森を歩いていた。

 いざ始まった2次試験は、まさかの料理が課題であったのだ。貴方が期待した凶暴な獣など待ち構えておらず、ただ巨漢が腹の虫を掻き鳴らしていただけだったのである。期待はずれもいいところだ。

 

 それのみか、事もあろうに巨漢の課した料理は豚の丸焼きであったのだ!

 

 …豚、豚だと。さては脳喰らいに中身を吸い尽くされでもしたのか。

 頭蓋には夥しい目玉を生やし、薄汚い口で耳障りな叫びを上げては突撃してくるあの悍ましい獣を、よりにもよって丸々焼いて喰らおうと言うのだ。

 いくらいえども正気を疑わざるを得ないではないか。いや、あの腹の轟音といい、やはり人間を騙る狂った獣に違いない。ヌメーレ湿原から人の皮を被ってここまでやってきたのか。丸焼きに滅却すべきは彼奴の方なのでは。

 貴方は少々錯乱しつつも、そういえばこの地方の豚とはあのような冒涜的な姿形ではないのであったと思い起こし、(すんで)のところで踏みとどまって森へ豚を探しに来たのであった。

 

 早速貴方の目の前にそれらしき獣が現れた。鼻が異常発達しただけの別段特徴もない大きな生き物だ。

 グレイトスタンプと呼ばれるその豚は、貴方と目が合った途端に叫び声をあげて猛突進してくる。

 どうして豚はやたら突進したがるのか、貴方はその習性に疑問を呈しつつも突進を寸前で躱し、木に激突して動きを止めた豚に対して素手のままその尻へ溜め攻撃を放った。

 そしてダウンした豚に対し、その体内へと腕を突き破る。貴方の手に伝わるは温かな臓物の感触。

 豚が耳をつん裂くような苦痛の叫びを上げるのも意に介さず、掌のそれを強く握った貴方は、勢いよくその(はらわた)を引き抜きぶち撒けた。

 

 血と臓物を噴き上げる豚の死骸の傍で、その赤いシャワーを全身に浴びる貴方は大層ご満悦であった。

 どうして豚への内臓攻撃はこんなにも爽快なのだろうか。ブチ抜く度に寿命が伸びる心地がする。

 しばらく余韻に浸った貴方は、自分の返り血を洗い流し、中身の空になった死骸を丸ごとこんがり焼いてから持ち帰った。

 

 どうやら貴方が最後であったらしい。豚の丸焼きを持ってきた貴方は、巨漢もといブハラへとそれを受け渡す。

 

「おっ、これは血抜きもワタの処理もイイ感じだ! んん〜うまいうまい!! 1番を決めるならキミかな!」

 

 貴方の個人的な趣味趣向で偶々そうなったとは露知らず、ブハラは貴方の料理を絶賛した。

 それにしてもとんでも無い大食漢だ。やはり人間では無いのか…?

 全く他人のことを言えない貴方が再び失礼な疑いを掛けていれば、今度はメンチによる次の課題が発表された。

 

 

 ◆

 

 

 スシ………。貴方にはさっぱり聞いたこともない。

 メンチ曰く調理台の道具やニギリズシなる単語がヒントらしいが、まともな料理などまるでしたことのない貴方には珍紛漢紛なのであった。

 

「ニギリ…か。だいたい料理のカタチは想像がついてきたが、肝心の食材が全く分からねーぜ。」

 

 共に調理台まできたクラピカとレオリオと共に、貴方は頭を捻らせる。

 

「具体的なカタチは見たことないが…文献を読んだことがある。確か……酢と調味料をまぜた飯に新鮮な魚肉を混ぜた料理、のはずだ。」

「魚ァ!? お前、ここは森ん中だぜ!?」

「声がでかい!!」

 

 な、何…だと………。

 魚? いま魚と言ったのか。……信じられん、狂っている。発狂しているに違いない。

 貴方は魚というものに対して、尋常ならない苦手意識を抱えていた。正確には貴方が強烈な忌避感を持っているのは「魚人」や「魚犬」であるのだが、水場に住みヒレを持つ時点で貴方に取っては到底許し難い存在であった。

 

 かつてヤーナムの悪夢の中で、命を落とす度に夢で目覚めては挑み直す事を数え切れぬほど繰り返した貴方であったが、最も心折れ挫けそうになった正真正銘の地獄こそ「漁村」であったのだ。

 そこら中に跋扈する青白くぬめる肌の魚人達、その中でも巨体を誇る瘤あたまの魚人は、貴方がもう2度と相見える事のないように請い願う化物のひとつである。

 井戸の中を彷徨うあの悍ましい2体の瘤あたまは、おそらく最も多く貴方を殺して見せたであろう忌忌しい仇敵だ。

 それを置いても、地を埋め尽くす冒涜的な軟体生物、何度も秘密を守りに殺しに来る教会の刺客、果ては上位者ゴースの遺児まで、貴方にとって苦々し過ぎる記憶が数多く残る悪夢の村である。

 

 貴方は心底苦悩した。己に魚を食い物にしろというのか……!

 冒涜的にも程がある。教会の腐った上層部達ですら、あの悪夢は封じるに留め手を出さなかったのだぞ。

 人とは何と罪深きものか。

 しかしこれを乗り越えねば試験には受からない。

 プロハンターとなるための試練としてはこれ以上のものはないだろう。覚悟を決めるか…!

 

 貴方が頓珍漢な葛藤と戦っているうちに、いつの間にやら他の受験生達はみな川へと向かい居なくなっていた。

 

 

 ◆

 

 

(ワリ)!! お腹いっぱいになっちった。」

 

 青白く銀色に反射する鱗の悍ましさをどうにか堪え、頭を真っ二つに断たれた血塗れの川魚を貴方が調理場へ持ち帰ってきたちょうどその時。

 メンチは腹が膨れたと言って試験を終了してしまった。

 

 貴方は絶望した。己の苦労が泡と消えた。上位者でも鳥肌は立つのだということをこの日貴方は初めて学んだのであった。

 それにしても、合格者無しとは驚いたものだ。厳しい試験とは聞いていたが、まさか料理の味で不合格にされるとは。

 来年の試験には徹底的に料理の練習を積んだ上で臨むべきか…。

 しかしやはり、問題は魚だな。あの悍ましさといったら形容し難い。苦手克服にはどうするべきだろう。

 ここはシンプルに、ひたすら大陸中の魚を狩り尽くして耐性を得るのが手っ取り早いだろうか。いやそうか! そもそもこの世の魚を綺麗に絶滅させれば料理に使おうなどという戯言を宣う輩もいなくなる!

 

 電話でキレ散らかしているメンチを他所に、貴方は今後1年の料理特訓計画もとい魚類抹殺計画を練っていた。

 

 

 

 ドゴオオオンン!!

 

 大きな破壊音で貴方は我に返った。見れば受験生の1人がメンチへ激昂し暴れ出している。

 

「今回のテストでは試験官運がなかったってことよ。また来年がんばればー?」

「こ………ふざけんじゃねェーーー!!」

 

 試験官相手に無手で殴りかかった受験生は、ブハラに蠅のようにはたき飛ばされた。

 

 ふむ、楽しそうだな。

 ブハラの巨大な腕がちょっとだけ羨ましくなった貴方は、その腕で赤蜘蛛を叩き潰す様を想像して、少し胸の空く思いをした。

 狩っても狩っても無限に湧いて出てくるあのしつこい存在を軽く潰せたら、さぞ気分がいいであろう。

 

「どのハンターを目指すとか関係ないのよ。ハンターたるもの誰だって武術の心得があって当然!!」

 

 !……これは。

 考え事をする貴方を余所にメンチが受験生へハンターの矜持を説く中で気付く。遥か上空に感じる強者の気配に。

 間違いなく、貴方が上位者となってから知る中で最も高い実力を持っている。只者ではない。

 

 〈それにしても、合格者0はちとキビシすぎやせんか?〉

 

 高い空を飛ぶ飛行船から声が届く。

 その何者かが急降下でこちらへ向かっているのを認識し、貴方はつい出来心でその着地予想地点へと未だ手に持つ首無しの魚を投げ付けた。

 

 直後、そこには赤く生臭い花火が咲いた。

 




ヒソカの内臓をぶち抜きたいのを我慢して書きました。
武器のチョイスはなんとなくです。

誤字修正非常に助かります。
感想や評価も励みになります。大感謝

念能力に関しては基本ブラボの狩人の能力が使える感じです。
そのうちちゃんと設定も出したいと思います。



『スローイングナイフ』
細かいギザ刃のついた投げナイフ。
大きなダメージが期待できるものではないが、うまく使えば牽制と翻弄に威力を発揮する。

『仕込み杖』
刃を仕込んだ硬質の杖。
仕掛けにより刃は分かれ、まるで鞭のように振る舞うこともできる。

『確かな意志』
狩人のジェスチャー。
片腕で低くガッツポーズを取る。


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第4話 天空探検隊

 

「どわあああああ!! 何だ!? 何が起きた!?」

「臭ェ!? 汚ねェ!!」

 

 遥か上空から飛び降りてきた老人は、見事貴方の投げ付けた魚の骸を盛大に踏み潰した。

 老人が履く高下駄によって爆発四散した死骸は辺りへ勢いよく血と肉片を撒き散らし、周囲にいた者たちを赤い斑点模様へ染め上げている。

 憐れな被害者たちは慮外の事態に状況も分からず阿鼻叫喚である。

 

「…………………………。」

 

 その足で魚を爆散させた老人は下手人の動きが見えていたのか、無言で半開きの物言いたげな目を貴方へと向けている。

 高い下駄と大きな衝撃のおかげか、本人は下駄以外に血はついていないようだ。

 うーむ、見事な着地である。あの忌々しい魚の胴体ど真ん中を貫く、素晴らしい一撃であった。

 

「………ちょっとおおぉぉぉ!!?? テメェッ何つーマネしくさりやがってんだゴラ!! この方が誰だか分かってんのかボケッ殺すぞ!? お!? あ!?」

 

 貴方が自分の成した完璧な投擲に満足していた時、あまりの出来事に呆然としていたメンチが突如貴方へ凄まじい剣幕で掴みかかり怒鳴りつけてきた。

 よく見ると彼女の身体にも赤い飛沫がそこら中に染み付いているし、特徴的な髪の編み込みには小骨らしき物体も突き刺さっている。

 貴方は自分には血が飛ばなかった事を少し残念に思う。魚は嫌いだが血は平等に好きなのだ。

 

 怒り散らし続けるメンチを他所に甚だ勝手な感想を抱いた貴方は、何故血を浴びせてやったのに怒られればならないのかと理不尽な思いをする。

 貴方が試験会場の案内人と共に獣を狩った時も、盛大に獣の血をぶち撒けては案内人にキレられた記憶が蘇った。

 

 メンチの罵声を聞き流す中で分かったが、あの老人は審査委員会のネテロ会長という人物で、ハンター試験の最高責任者であるようだ。

 なんということだ! これで試験失格にされては堪らないと、貴方はネテロへ軽く謝罪した。つい出来心で…。メンチの激憤は更に勢いを増した。

 

「うーむ、出来心とな……。——ウォッホン!! ひとまず、メンチくん。お主が行った試験の審査結果について確認したい。」

 

 コイツ、メチャクチャしおるわい…。そんな本音が溢れそうになりつつもネテロはメンチへ呼びかけた。

 漸く大人しくなったメンチは、寸前までとは別人のような緊張ぶりで受け答えをしている。いかにも真面目な顔をしているが、肉片が塗されているせいでどこか締まらないなと貴方は笑った。

 どうやら貴方は失格にはされずに済むらしい。全く腹立たしい魚め、とんだ傍迷惑だ。

 

「会長、私たちをあの山まで連れていってくれませんか。」

 

 ネテロの審問の結果、メンチの二次試験はもう一度別の内容で仕切り直す事になった。

 次はここから遠くに見えるマフタツ山まで飛行船で移動するらしい。

 

 飛行船! 貴方は大いに期待を膨らませた。

 話に聞いた事はあったが乗るのは初めてだ。何故あのように頓馬な姿形で宙を飛べるのか。

 これは探索が楽しみである。

 

「ちょっとあんた!! 次に妙な真似をしたらマジでブッコロス!」

 

 貴方はメンチに釘を刺されてしまった。試験官には逆らえぬ。口惜しいがここは大人しくするしかあるまい。

 

 

 ◆

 

 

「よっと。この卵でゆで卵をつくるのよ。」

 

 マフタツ山に到着した貴方達は、そこにある山を真っ二つに裂いたかのような深い峡谷から攀じ登ってくるメンチを見届けていた。ちなみにメンチは着替えて綺麗になっている。

 曰く、この谷に糸を張って吊るされているクモワシの卵が獲物らしい。

 飛び降りては糸を掴み、卵を取ったら崖を登って帰ってくる。なるほど単純明快だ。

 高低差を苦手としていた以前の貴方では困難な作業であっただろうが、今では十分余裕にこなせる。

 

「そりゃあーーー!!」

 

 ゴン達が潑剌と飛び降りていくのに続いて、貴方も深い谷の下へ降下する。

 しっかりと糸を掴みぶら下がった貴方は、葡萄のように吊るされる一房の卵、その全てを回収した。

 メンチは1つだけ卵を取れと言っていたが、全て取ってはならぬとも言っていない。

 蒐集癖の塊である貴方は、取った卵を残さずあちこちの懐へ仕舞い込んだ。

 あとは崖を登るだけである。

 

 

 

「う…うまいっっ!! 濃厚でいて舌の上でとろけるよう様な深い味は、市販の卵とははるかに段違いだ!!」

 

 無事課題を達成しゆで卵を作った貴方は、他の受験生がその極上の美味に感動するのを眺めつつ、自分の分を口に含む。

 ………うーむ。確かにこれはなかなか。

 貴方が最も好むのは血の滴る肉であるが、この卵も貴方のお気に入りとなるには十分な味であった。

 今更食事など必要としない上位者の身体であるが、口元の無聊を慰めたい時もある。この卵はそれには丁度良い。

 

 ちなみに貴方が作ったゆで卵はひとつのみである。

 一房丸ごと摂ってきたと知られ面倒な事になるのも避けたいので、残りの卵は未だ身体中の懐にある。

 あとでこっそり茹でて喰おう。

 

 ゴン達も皆無事に試験を突破したらしい。

 2次試験の合格者達と共に、次の試験会場へ向かう飛行船の中へ貴方は再び乗り込んだ。

 

 

 ◆

 

 

 ゴォン ゴォン

 

 エンジン音を響かせ空路を進む飛行船。その中の広間にて、貴方は残った42名の受験者としてネテロの挨拶を聞いていた。

 どうやらこのままネテロも着いてくる事にしたようだ。

 

 受験者の顔ぶれを見た貴方はその中にヒソカがいた事に愕然とする。

 再起不能レベルに損傷させた筈だが、今の彼を見る限り最初に遭遇した時とほぼ変わりない姿である。

 オーラの顕在量こそ大幅に落ちてはいるものの、切り落とした手足は完全に元通りだ。さては不死身なのか? 

 以前狩人の悪夢にて、幾ら屠ろうと何度もしつこく貴方へ襲ってきた教会の刺客ブラドーを思い出した貴方は、辟易とした気分でヒソカを観察した。

 

 その視線に気づいたヒソカは貴方へ意味ありげな視線を送ってきたが、貴方はにべもなく無視する。

 

「次の目的地へは明日の朝8時到着予定です。こちらから連絡するまで各自自由に時間をお使い下さい。」

 

 豆頭の小男が説明する。しばしの休息が得られるようだ。

 貴方は近くにいたクラピカとレオリオの元へ寄る。ゴンやキルアはどこかへ行ったらしい。代わりに彼等の近くでは、小太りの胡散臭い笑みを浮かべた男が何やら話しかけている。

 

「——大体平均して試験は5つか6つくらいだ。」

「あと3つか4つくらいってわけだ。」

「なおのこと今は休んでおいた方がいいな。」

 

 この後の試験についての話のようだ。気になった貴方は彼等へ挨拶する。

 

「だが気をつけた方がいい。さっき進行係は…——うげっっ! オ、オレはここいらで失礼するよ…。じゃ!」

 

 貴方の顔を見た途端、見知らぬ男は焦りを浮かべて直ぐに立ち去っていった。

 武器を向けて来てもない相手にいきなり襲ったりなど貴方はたまにしかしないが、何故そこまであからさまに恐れられているのか。

 虚をつかれた貴方は、気を取り直してクラピカ達へ話しかける。

 

「ウィロルド、君も試験を突破できたのだな。…いや、実力を考えれば当然か。お互い、このまま順調に進めることを祈るよ。」

「ははっ、トンパの気持ちもわからんでもないぜ。いきなり試験官を血塗れにする様なヤツに好んで関わろうとは思わねーだろうよ。オメーさん一体何考えてたんだ?」

 

 貴方は顔に少し疲れを滲ませる彼等と談笑する。

 

 

 ◆

 

 

「ねェ、今年は何人くらい残るかな?」

 

 飛行船のある1室。関係者専用のそこに集うここまでの試験官達は、豪勢な料理をつつきながら今年の受験生達を話題にしていた。

 

新人(ルーキー)がいいですね今年は」

「あ、やっぱりー!? 私294番がいいと思うのよねー。ハゲだけど。」

「私は断然99番ですな。彼はいい。」

「あいつきっとワガママでナマイキよ。」

 

 サトツのあげた99番、すなわちキルアへ、メンチがきぃきぃと偏見だらけの文句をつける。

 

「ブハラは?」

「そうだねー。やっぱ326番…かな。彼の料理が1番うまかったし。」

「あのイカれ野郎!! マフタツの谷底へ突き落とせたらどんなに良かったか!」

 

 メンチはまたヒートアップしてぎゃあぎゃあとウィロルドへの愚痴を垂れ流す。

 

「しかし、彼の実力は全く底が知れません。実は一次試験の際も、別の受験者から攻撃を受けた時に彼に助けられましてね。」

「え? サトツさんが“助けられる”って、念を使えるヤツに攻撃されたってこと?」

「ええ。非常に巧妙な“隠”で隠されたオーラでした。恥ずかしながら私はそれに気付けなかったのですが、326番が教えてくれたのです。」

「確かにオレも、二次試験が始まるまで中で待機してた時は外からとんでもない戦意と殺気が叩きつけられてて気が気じゃなかったよ。扉が開いて目があった途端、やる気無くしちゃったみたいだけど。」

 

 まるで掴みどころのない特異な実力者。それが3人のウィロルドに対する印象であった。間に「どこか狂った」という修飾が入るが。

 

「一見して理性的なようで急に突拍子もない行動を取る彼は、ある意味誰よりも自由であるように思えます。良いハンターとは良くも悪くも一癖二癖あるものですから、見様によっては彼は誰よりもハンターらしい人物であるかも知れませんね。」

「その突拍子もない行動で酷い被害を受けたこっちの身にもなって欲しいわよ。絶対またなにかやらかすに違いないわ!」

「なーんか、もう既に手遅れなんじゃないかって気がするんだよなぁ。」

 

 

 ◆

 

 

 ふむ、なかなか広いな。探索し甲斐がある。

 休眠を取るというクラピカ達と別れた貴方は、早速飛行船の中を端から端まで彷徨っていた。

 扉や箱といった開けられる物と見れば片っ端から兎に角開け放ち中を確認する。

 もはや使命感すら感じている貴方のこの悪癖は留まる所を知らない。もちろん全て開けっぱなしである。

 生憎、開かない事の方が多い上開けられたとしても大したものは見つからないが、存分に探索できているだけ貴方は楽しんでいた。

 

 貴方が次に入ったのは何やら物置らしき薄暗い部屋である。とはいえ施錠されていないような部屋だけあって大したものはない。

 そこで貴方はそこに大きめの水瓶(みずがめ)も置かれているのを見つけた。蓋を取っ払い確認すると、中は水で満たされている。

 

 丁度いい、幾らか消耗品を補充するか。貴方はその水瓶に軽くオーラを込めた。

 すると忽ち、水の表面から子供の骸骨のような外見の白く小さい存在が次々と現れた。数は合わせて11人。黒い箱やナイフなど、様々な物品を抱えている。

 

 彼等は『水盆の使者』。

 悪夢に住まい狩人を慕う、小さな亡者達である。積み重なる狩人の遺志を媒介することができる。

 貴方がヤーナムの地で悪夢に囚われてから、ずっと貴方を助け支えて来てくれた頼れる可愛い存在である。

 貴方の持つ念能力のひとつによって呼び出すことができる。

 

 

使者の凱旋(ポルターガイスト)》(具現化系)

 狩人の夢に住まう小さな亡者「水盆の使者」を召喚する。使者とは血の遺志や啓蒙を用いて取引をする事が出来る。

 現実世界では適切な大きさの水盆に水を張ってオーラを込めることで使用可能。

 正確に言えばこの能力は使者が出現できる神秘的空間を創り出すだけであり、使者の存在そのものは“発”ではない。

 

 

 貴方は血の意志を対価に払い、スローイングナイフや青い秘薬などのアイテムを受け取った。

 これで暫くは安泰である。

 

 使者に別れを告げ部屋を立ち去った貴方は、直ぐ近くから強い血の匂いを感じ取った。新鮮な血だ、それも大量の。

 匂いの元を辿れば、その発生源は直ぐに見つかった。

 

「あ、見つかっちゃった?」

 

 通路の上、T字路のそこにあったのは、顔や身体がバラバラに切断された受験者と思しき2人の死体。そしてそこからやって来た上半身裸のキルアの姿であった。

 どうやら彼が2人を殺したらしい。喧嘩でもしたのだろうか。

 

「いやぁ、ちょっとイライラしててさ。絡まれたからついやっちった。ゴン達には内緒にしてよ。」

 

 死体は綺麗な断面をしている。見事な手際だ。

 貴方は彼へ素手でこれをやったのかと問う。

 

「え? ああそうだよ。こう、チョット肉体を操作してね。」

 

 彼の手は血管を浮き出しながらビキビキと音をたて、その爪を長く鋭く変形させた。

 なんと!素晴らしい。肉体そのものを鋭利な刃物へ変えるとは。

 武器がなければ大した攻撃力を発揮できない貴方は、彼の特技をそれは褒めちぎった。身軽で証拠も残らず手入れも不要、さぞ使い勝手が良さそうだ。

 

「…あんたもやっぱ相当変わってるね。フツー、こんなの見たら引いたり怒ったりするもんだと思うけど。」

 

 何故貴方が怒らねばならないのか。別に獲物を取られたわけでもあるまいに。

 疑問に思いつつも、貴方はキルアが汗だくなのを見て一体何をしていたのかと問うた。

 

 曰く、ネテロ会長とゴン、キルアの3人でボールを奪うゲームをしていたらしい。ネテロとの実力差が大き過ぎて、キルアは先に諦めてきたようだ。

 熟練の年寄りは何者よりも油断ならない強者である。貴方が固く信じるそれは経験談に基づく確信だ。僅かでも隙を見せれば首を獲られる。

 少なくとも念を扱えぬ内は逆立ちしたって遊ばれて終わりだろう。

 貴方は残ったゴン達がいつまでゲームを続けていそうか尋ねた。

 

「んー、たぶん朝までずっとやってると思うよ。でもやめといたほうがいいぜ。あのジジイ、マジのバケモンだし。」

 

 貴方は彼等に混じるつもりはないと返した。このような空の上で本気で相手すれば船が墜ちかねない。かといって武器が無ければ、自身の制約によりネテロには手も足も出ないであろう。

 キルアを労った貴方は、善は急げとばかりに目的の場所を探しに歩き始めた。

 

 

 

 ここだ! おそらく間違いない。オーラの残滓を感じる。

 貴方が見つけたのは、ネテロ会長の私室と思しき部屋である。ハンター協会の会長だ。飛行船とはいえ何か特別な品を隠し置いているに違いない。

 施錠をどうしたものかと思っていたが、いざドアノブを回してみれば最初から鍵はかかっておらず直ぐに開けられた。どうやら会長はズボラらしい。

 貴方が部屋の中へ足を踏み込めば、そこは小さな和室であった。小ぢんまりしたテーブルと戸棚1つだけの簡素な部屋であり、期待したほどの宝はなさそうである。貴方は知る由もないが、元々船に乗る予定のなかったネテロには特に自室もなく、この部屋にはここまで来る際臨時で荷物を置いたのみであった。

 

 貴方は部屋を漁る。戸棚からは如何にも高級で年季の入っていそうな古酒が見つかったが、それ以外は特筆すべき収穫もない。

 貴方は酒に酔えない。むしろ血に酔うのである。この酒は無入用だが、せっかく手に入れたしとりあえず狩人の夢へ送っておこう。

 まさか成果がたったこれしか無いとは。肩透かしを食らった貴方はその時、部屋の端の畳の1つが不自然にずれていることに気付いた。

 貴方が畳を捲ると、その下からは幾らかの雑誌や写真が現れる。

 

 ふむふむ……。どれもこれも際どい格好をした女性の姿が写されている……。胸部の大きなものばかりだ。

 人を超え上位者となった貴方は、この手のものに何ら情動を動かす事はない。

 だがしかし、これでも一応ネテロの私物。持っていれば何かいいことがあるかも知れない。とりあえず全て貰っておこう。

 

 まだ到着まで時間はある。一通り部屋を漁って満足した貴方は、そこを後にして探索を続けることにした。

 なお貴方にとって“窃盗”などという概念はない。これはあくまで探索の一環であり、正当な戦利品である。

 ゴンからボールを守っていたネテロは、知らぬ間に本当に守るべき秘密を失ってしまったのだ……。

 

 

 ◆

 

 

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタート地点になります。」

 

 目的地に到着し飛行船を降りた貴方達は、見慣れた豆男から試験の説明を受けていた。

 72時間以内に生きて下まで降りてくること。これが課題のようだ。

 とてつもなく巨大な塔だ。ただ階段で降りるだけでも相当の時間を要するだろうが、まさかそんなに単純なものでもあるまい。

 受験者は40人。いよいよ試験が開始された。

 

 

 

 貴方はまず周りを見渡す。床はただ真っ直ぐ平らに広がるのみであり、入口などは見当たらない。

 外壁を伝っていこうにも怪鳥に狙い撃ちを喰らうようだ。遥か下の地面へ落とされる受験者が見本となってくれた。

 やろうと思えば銃で怪鳥を撃ち落としながら降りれば何とかなりそうだが、わざわざそこまで苦労する必要もないし、何より塔内部を探索したい。

 どこかに仕掛けが隠されているのだろうと貴方は暫く床を調べ歩くと、予想通り床のタイルが開く部分を見つけた。隠された仕掛けを解き明かすのは貴方の得意分野なのだ。

 

 早速貴方が下へ降りると、部屋には「大迷宮の道」と書かれた看板が壁に付いているのを目にする。

 “君はこの先、トラップと刺客が蔓延る長い迷宮を乗り越えゴールしなければならない”

 成程、目の前にある入り口からは聖杯ダンジョンの地下遺跡のような構造が続いているらしい。なかなかに厄介そうである。

 道に迷えば徒に時間を浪費してしまうだろうが、生憎貴方は方向感覚に自信がない。聖杯に潜る時も、似たような景色が続く中で自分がどこにいるのかさっぱりわからなくなってしまうことがしばしばであった。

 

 単純な戦闘ならさしたる苦労もしなかったであろうが、この迷宮はもしかすると貴方にとって天敵であるかもしれない。

 かつて地下遺跡においても、一体何度、壁を破壊して突破できたらいいかと願った事だろう。

 

 ……いや、待てよ? もしかして今なら行けるのではないだろうか。

 

 貴方は気付いた。気付いてしまったのだ…。

 今の貴方の力なら壁ごと吹っ飛ばして強引に進めるのではないか。

 そんな最悪な攻略法に。

 

 

 ◆

 

 

 ゴォォォン…。

 

「なんだろうねこの音。さっきから何度も聞こえてきてるけど。」

「さぁな。デカい獣でも暴れてるんじゃねーか?」

「少しずつ近づいて来ているようだな。」

 

 トリックタワー屋上から降りてすぐの広い部屋、そこにはそれぞれ腕にタイマーをつけたゴン達4人が待ちぼうけを食らっていた。

 彼らが入ったのは「多数決の道」であり、5人揃って初めて開始できる道であったのだ。

 全員でこの部屋へ入ってからかなりの時間が経過しているが、最後の1人は未だ訪れていない。

 

「ゔ〜〜〜。あれから2時間か。もしかしてもう全員別のルートで行っちまったんじゃねえのか。いまごろ上に残ってるのはよっぽどのマヌケだぜ。」

 

 レオリオが苛立ちを隠せずにそう発した時、再びドゴォォンと大きな音が聞こえてくる。

 

「かなり近いぞ! 一体何が来てるってんだよ!」

「レオリオ! そこから離れて!!」

 

 ゴンが音の聞こえてくる方の壁からレオリオを引き離した時、耳鳴りで鼓膜が裂ける程の轟音を立てて壁が爆発し、粉々に崩壊した。

 

「なっ何だ!? 敵か!?」

 

 全員の警戒する視線が向けられる。

 舞い上がる砂埃をかき分け、砕けた瓦礫を踏みしめて入って来たのは、果たして巨大な大砲を左手に抱える貴方であった。

 

「ウィロルド!!??」

 

 驚愕の声でもって迎えられた貴方は、自分が間違えて大迷宮の外まで壁を壊して出て来てしまったことに気付く。

 どこもかしこも似た様な壁にするやつが悪い。開き直った貴方は4人へ挨拶した。

 

「お、お前っ。壁をぶっ壊して進んでやがったのか! つーか何だその大砲、そんなモン持ってたか!?」

 

 レオリオが貴方のあまりの凶行にドン引きして叫んだその時、部屋のスピーカーから非常に取り乱した声が響いた。

 

 〈ストップ!! ストップだ326番!! 聞こえるか!? 壁の破壊を今直ぐ止めるんだ!!〉

 

 聞こえる声はもはや半狂乱だ。もしや壁を破壊するのは拙かっただろうか。貴方は言われた通り動きを止めた。

 そう言えば大迷宮の道にはあの様なスピーカーは無かったな。

 

 〈よし、よし! それでいい。悪いが326番、君が持つその大砲は今後使用禁止だ。塔が崩れかねん。〉

 

 残念だ。目障りな障壁を粉々に吹き飛ばしていくのは大変爽快であったのだが。

 貴方は至極悲しそうに大砲を下ろして背負った。

 

 〈幸いその部屋は5人用で、ちょうど君で揃った所だ。そのままそちらの道を進んでくれて構わない。…よし、それでは諸君の健闘を…〉

 

 ガコン…。ドサ。

 

 アナウンスが安堵の声を漏らした時、部屋の天井が開いて小太りの男が落ち入って来た。確かトンパと言ったか。

 

 〈………。ちょっと待て、今考える。〉

 

 おそらく試験官であろうアナウンスの声は、僅かな疲労と怒気を滲ませつつ黙り込む。

 うーむ、6人になってしまった。

 





念能力は既に全部決まってます。
頑張ってルビも考えたけど「やっぱダサいな」ってなったら無くすかも。



『大砲』
設置型の大砲をそのまま手持ち銃としたような代物。
バカげた重さ,反動,水銀弾消費量を誇り、威力は絶大。


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第5話 小太りのバディ

 

「これでよし…と。」

 

 トンパが腕時計型のタイマーを身につけるのを貴方は見届けていた。

 タイマーには試験の残り時間の表示と、「⚪︎」と「×」のボタンがついている。

 どうやらこれを用いて多数決を行いながら進んでいくようだ。

 そう理解した貴方の腕にタイマーの姿は無い。

 

《遅れてきた16番と乱入者の326番は運命共同体になってもらう。2人揃って生きてゴールに辿り着いた時初めて合格としよう。》

 

 定員を超え6人になってしまった貴方達に提案されたのはそんなルールであった。

 貴方は大迷宮の道に戻って攻略してもいいと言われたが、迷子常習犯の貴方には迷宮などクリアできる自信も無く、大人しく多数決の道で行くことにしたのだ。貴方には多数決の票を入れる権利すらないが。ほとんど探索出来なかったことが悔やまれるが致し方無い。

 道の途中にある試練でも貴方とトンパは一心同体であり、1人ずつしか受けられないものはタイマーを持つトンパのみが挑戦できる。

 貴方にとってはかなり不利なルールだが、この中で貴方だけ念を使える以上そうせざるを得なかったのだろう。実際はこれ以上貴方を暴れさせないことが1番の目的であるが、貴方はそれには気付いていない。

 

 ゴゴゴ…

 

 5人がタイマーを嵌めたことで扉が現れ、一向はそこへ注目する。

 早速多数決だ。「このドアを ⚪︎→開ける ×→開けない」

 

「こんなもん答えは決まってんのにな。」

 

 ピ、と5人がボタンで票を入れ終われば結果が表示され、⚪︎4と×1で扉が開いた。

 

「誰だ!? ×のボタン押したのは。」

「ああスマンスマン、ハハハ。オレが間違って押しちまった。」

 

 白々しく謝るトンパをレオリオが睨みつけたその時、貴方は背後からトンパの尻を豪快に蹴り上げた。

 ×を押したのは明らかに故意だった。次に同じ真似をすれば腕を落とす。別にトンパが生きてさえいれば達磨にしたって試験はクリアできるのだ。

 

「ぐえっ!! ……わ、わかった!協力する! するから武器を降ろしてくれ!!」

 

 貴方は頷いて先を促した。トンパが死にかけた時は最悪『聖女の血』を輸血すればいい。正気は失うかもしれないが死ぬことはないだろう、多分。

 

「争ってる時間が惜しい。早く先へ進もう。」

「あ、ああ。それもそうだな。」

 

 クラピカにも宥められたレオリオは、貴方の容赦ない蹴りに怒りも霧散した様子だ。

 少し進めばまた多数決があり、道は左右に分かれている。どちらに行くかを多数決するらしい。貴方はどちらも行って確認したいと思ったが、そんな選択権はないので黙っておいた。

 

 多数決は右が選ばれた。左を選んだらしいレオリオは文句を付け出したが、クラピカが論理的な説明でもって応える。

 人間は迷ったり未知の道へ進もうとした時、左を選びやすいらしい。それを逆手にとって、左の道には困難な課題が設定されている可能性があるとも。

 なんと! では次に新たな聖杯へ潜るときは右から行ってみるとしよう。そう貴方は感動した。どうせ全部の道を確認する貴方には大して意味がないのに。

 

 

 ◆

 

 

 しばらく進み続けてきた貴方達の眼前、道が途切れたその先には奈落に囲まれた正方形の大きなリングがあり、さらにその先には奈落を挟んで通路が見える。

 人影も目に映る。受験生ではないようだ、試験官だろうか。そのうちの1人が前へ出て大きく声を張り上げる。

 

「我々は審査委員会に雇われた「試練官」である!! ここでお前たち5人は我々と戦わなければならない!」

 

 1対1の勝負を行って5回中3勝すれば先へ進めるようだ。戦い方も自由で引き分けが無いという。

 受けるかどうかにも多数決をしろというので全員⚪︎を押した。なお貴方は見ているだけである。戦う数にも含まれていないし、貴方はちょっと寂しくなった。

 相手の一番手は先程から声を張り上げ説明していたスキンヘッドの大男らしい。見るからに戦闘経験豊富そうである。

 

「オレが行こう!」

 

 スッと身を乗り出したのはトンパであった。正気か? どう見ても彼の敵う相手ではない。

 当の本人は、この試練の毒見役だとか誤投票の詫びであるとか御託を抜かしているが、そもそも最初から負けが濃厚では意味が薄い。

 そうしているうちに奈落を渡る細い足場が現れた。戦う者はこれを伝って正方形のリングへと進むようだ。

 貴方はトンパが先へ赴こうとするのを呼び止め、いくつかのアイテムを手渡し使い方を教えた。無いよりマシだろう。

 

「勝負の方法を決めようか。オレはデスマッチを提案する!!」

「……いいだろう!! その勝負受けた!!」

 

 一方が死ぬか負けを認めるまで戦うルールだ。案の定トンパには不利だが、どう切り抜けるつもりか。

 

「その覚悟見事! それでは、勝負!!」

「グビッ……ゔぉえっ」

「なっ…!」

 

 開始と同時に駆け出す試練官に対し、トンパは貴方から受け取った秘薬を勢いよく飲んで思い切りえずいた。

 突然怪しげな薬を飲んでは嘔吐し出したトンパに対し、試練官もその身の勢いを失ってドン引きしているようだ。

 

「うぅぇ……くくく、さあ! どこからでもかかってこい!!」

「ふむ、何のつもりかは知らんが、いざ!!」

 

 試練官は無手のまま突撃し、その鋭く頑強な指先をトンパの首元へ真っ直ぐ突き出す。トンパはのろまに身を捻るが動きが追いつかず回避し切れない。

 

 ガキン!

「何っ!?」

 

 そのままトンパの喉を惨たらしく破壊するかのようだった手刀は、まるで金属にぶつかったような音と共にトンパの首に弾かれ大きく逸らされた。

『鉛の秘薬』…貴方がトンパへ渡した、重苦しくドロリとした飲み薬である。これを飲んだ者は、一時的に比重を高め、攻撃を弾きやすくする効果がある。

 そのあまりに重い飲み口と名状し難い味わいは、慣れていなければトンパのように思わず吐き出してしまうほどだ。しかし効果は確かである。

 人間が発するとは思えない硬質音と重さに驚き距離を空けた試練官へ、トンパはすかさずアイテムを投擲する。

 小さく細長い刃物のようなそれは試練官へ真っ直ぐ飛躍し、しかし寸前で躱される。

 

「毒か!」

 

 刃物に毒々しい紫色の液体が大量に付着しているのを視認した試練官は、それがまさしく猛毒である事に気付く。

 貴方が提供したそれは『毒メス』。歪んだメスのように薄く鋭く、たっぷりと毒に塗れた投げナイフである。

 凶暴な獣には毒など遅効に過ぎるが、人間相手ならば効果は抜群だ。掠るだけでも勝機は見える。

 トンパは立て続けに毒メスを2本投擲する。

 

「だが当たらなければ意味もあるまい! …フン!!」

 ガキン!

 

 軽く躱した試練官が再びトンパに手刀を突き出し、トンパの体に弾かれる。

 相手の攻撃が効かない事に余裕の笑み(胡散臭い)を浮かべたトンパの土手っ腹へ、間髪入れずに試練官の猛烈な蹴りが突き刺さる。

 

「ぐぼっへェ!?」

 

 やっぱりな。貴方はそんな感想を抱いた。

 鉛の秘薬はあくまで比重を高めるのみで、身体の防御力自体が上がるわけではない。真正面から攻撃を受ければ弾けずにマトモに食らう羽目になる。なんなら身体が重いせいで尚更深く蹴りが突き刺さっているようだし、薬によって動きも鈍い。これはもう勝てないだろう。

 

「ごふっ。…ま、まいったァーーー!!!」

 

 迫る追い討ちを何とか腰を捻って弾き、トンパは即座に降参した。

 調子に乗って回避を疎かにしなければ勝ちの目もあったが、全く話にならない戦いであった。

 相手に勝利数1がカウントされ、腹を押さえ青い顔のトンパは震える脚で足場を伝って戻ってくる。

 

「い、いや〜面目ない。いいところまではいったんだがな。」

「けっ、あんだけ大面かいといて、てんで情けない動きようだったぜ。」

「まあまあ、トンパさんもやれるだけはやってくれたよ。」

 

 早々に黒星をつけられ機嫌の悪いレオリオがトンパに嫌味を言うのをゴンが宥める。

 

「あんたも、悪ィな。せっかくいいモン寄越してくれたのに、全部使って負けちまった。…ぐべぇっ!?」

 

 貴方はそう謝るトンパの腹に情け無用のパンチをお見舞いした。毒メスはまだ残っているだろう。隠し持とうとしても無駄だ。

 トドメを刺されて地に撃沈するトンパから残りの毒メスを回収した貴方は、あまりの容赦の無さに汗を流すクラピカ達には気付かなかった。

 負けてしまったとは言えトンパが生き延びたのならまだ問題はない。あとの4人で3勝してくれればクリア可能だ。

 

 

 

「超長期刑囚…!!」

「そう。我々をこの塔から出さなければその時間に応じて、刑期を短くしてもらえるようだ。」

 

 クラピカが試練官達の正体に気付き説明する。貴方は感心した。一体どこからそんな事に気付いたのか。だが確かに向こうに見える5人は手枷を嵌めているし、おそらく推理は当たっているのだろう。

 殺してもなんら問題ない相手なら貴方の独擅場であったのだが、生憎出番はない。残念である。

 キルア曰く、先程の相手も元傭兵か軍人の犯罪者であり、喉を潰した後は時間をかけてたっぷり拷問されていただろうと。今回ばかりはトンパの負け腰と潔さが功を奏したようだ。

 

 次の相手は細身で長髪の男だ。あまり戦闘は得意でないと見える。

 こちらから出る人間を相談しようかと言う時、すぐにゴンが立候補した。

 勝負はローソクを同時に灯し先に消えた方が負け。ローソクは長い物と短い物を選ばせてくれるらしい。

 罠は考えるだけ無駄だろう、やってみなければ正解など分からない。本当に何も考えていなかったゴンは長い方を選び、勝負が始まった。

 

 結局ゴンの選んだローソクが罠であったが、機転を利かせたゴンの立ち回りでこちらが勝利した。

 素晴らしい身のこなしであった。相手の懐に瞬時に飛び込み火を消すとは。貴方なら相手ごと火炎放射器で滅却していたであろう。

 

 次の戦いにクラピカが立候補したところへ、相手方の試練官も現れる。ボロボロの屍のような顔を持つ筋骨隆々な大男だ。

 貴方はヤーナムのトロールを思い出し懐かしい気持ちになった。パリィが楽な上に輸血液を多く得られるあの愚鈍な敵は、むしろ一種の救済である。

 向こうに見える試練官にも同じような雰囲気を感じる。見てくれだけの雑魚のようだ。如何にもな脅し文句を垂れ続けているが、クラピカには何ら響いていない。

 これは退屈な試合になりそうだと貴方が思ったところで、戦いが始まった。ルールは1人目と同じデスマッチである。

 

 ドゴオ!

 

 む? 思いの外強いのか?

 試練官が素手で床を叩き割ったのを見て貴方は目測を誤ったかと思ったその時、クラピカの纏うオーラが急激に変質した。

 ——膨れ上がる殺意。地の底から湧く激昂。濃密に過ぎるそれを間近で受けた試練官は完全に気圧されている。

 

 これほどの殺意は久しぶりだ。或いはあのヒソカにも匹敵するだろうか。貴方は暗く深く燃えるそのオーラに戦意を刺激されていた。

 クラピカは忽ちの内に相手を鷲掴みにし、渾身の力で顔面を殴り地面に叩き付けた。勝負ありだ。殺すかと思ったが寸前で踏みとどまったらしい。

 

 勝ったと言うに落ち込んだ様子のクラピカが戻ってくる。簡単に理性を失いかけた自分を省みていると言うが、貴方に言わせればあれこそ狩人が理想とすべき純粋な殺意と理性であった。効率的かつ無慈悲に敵の命を刈り取らんとする姿は、かつての貴方を彷彿とさせる。

 どうやら相手にあった蜘蛛の刺青を見て、宿敵たる盗賊団“幻影旅団”を連想し激怒したらしい。試練官はハッタリのつもりが裏目に出たようだ。

 

「……と言うか実は、普通のクモを見かけただけでも逆上して性格が変わってしまうんだ。」

 

 なんともまあ難儀な悪癖である。『白痴の蜘蛛ロマ』を見せたら一体どうなってしまうだろうか。蜘蛛への怒りと得た啓蒙で完全に正気を失ってしまうかも知れない。

 貴方はこっそり彼へと大量の子蜘蛛をけしかけてみたい欲望を抑えるのに苦心していた。やれば決裂だ。でもやりたい…。

 

 さて残るは1勝、ここで決めるとレオリオが立候補したところで、相手方から待ったが掛かる。先のエセトロール試練官はまだ息があるし降参もしていない、故に試合は終わっていないと。

 クラピカがトドメを刺せば済む話だが、彼は敗者に鞭打つような真似は嫌だと言う。レオリオやキルアが文句を付けるが彼の意志は揺らがないようだ。目覚めるのを待つしか無い。

 だが貴方はそんな退屈な時間を過ごすなど御免被る。レオリオが煩く騒いでいる横で、貴方は徐に懐から『火炎瓶』を取り出したかと思えば、地に伏すエセトロール試練官のすぐ傍へと投擲した。

 

「お、おい!!」

 

 レオリオの制止も遅く、リングへ着弾した火炎瓶は中身をぶち撒けて豪快に燃ゆる。

 熱で炙れば起きるだろう、そんな貴方の雑過ぎるアイディアはしかし、保身第一のエセトロールにはよく効いたようだ。眼前で起こった突然の大炎上にビビり散らかした彼は、野太い悲鳴と共に跳び上がった。

 直接当ててはいないし文句はあるまい。さっさと負けを認めるようにと貴方が脅せば、相手は大人しく降参して下がっていった。

 次はレオリオの番だったな。貴方が道を譲れば、レオリオは鬼を見るかのような目で貴方をチラと見遣り進んで行った。

 

 

 

 ものの見事なボロ負けだ。レオリオの愚かさには貴方もほとほと呆れていた。

 今度の相手は女の受刑者であり、賭けによって勝負を決めるものだった。チップは「時間」。試験の残り時間と懲役年数をそれぞれ賭けたその戦いでレオリオは見事に策略に嵌り、制限時間50時間を代償に黒星1つを手に入れたのであった。あまりにも大きな敗北である。

 レオリオは心理戦と色仕掛けには滅法弱いらしい。全く何故相手が男であることに賭けたのか。あれはどう見ても女だろう。

 女に賭けておいたなら、最悪男だったとしても()()()()()()やれば女であると言い張れたものを。

 これで2勝2敗、後がない。加えて試験の制限時間は50時間も失われ、残すところ15時間程度である。

 

 残るはキルアのみ。相手の試練官が姿を晒したその時、レオリオが動揺を露わにした。

 

「あ…あいつは………!! キルア、オレ達の負けでいい。あいつとは戦うな!!」

 

 曰く、「解体屋(バラシや)ジョネス」。ザバン市犯罪史上最悪の大量殺人犯であり、素手で獲物をバラバラにする残酷な異常殺人鬼だと。

 貴方はその相手の手元を見て納得した。薄いが、指先にだけオーラを纏っている。念能力者ではないが、自然と念の力を引き出すいわゆる「天然物」だ。力量に天地の差はあるものの、流星街へ来たばかりの頃の貴方と同じである。

 ジョネスは近くの壁を素手で粉々に砕く。オーラを纏えるのならば容易い事だろう。

 

「!!おい、キルア!?」

 

 レオリオの忠告にも耳を貸さずリングへ進んだキルアが勝負のルールを確認する。

 

「勝負? 勘違いするな。これから行われるのは一方的な惨殺さ。お前はただ泣き叫んでいればいい。」

「うん。じゃあ死んだ方が負けでいいね。」

「ああいいだろう。お前が

 

 

 

 刹那、ジョネスの背後に立つキルアの右手。そこには、ビクビクと脈打つ赤黒い鼓動があった。

 

「か…返…」

 

 血の原動を奪われたジョネスの懇願虚しく、キルアはその心臓を豪快に握り潰した。

 

 

 

 ほう、素晴らしい(majestic)!!

 ドス黒く弾ける赤い花火に、貴方は大層感動していた。まさか、かの少年も内臓攻撃(モツ抜き)の使い手であったとは!!

 それもただ1つ、生命の根幹たる心の臓のみを鮮やかに抜き取り押し潰す様は、いっそ芸術的ですらある。

 これまで貴方は、内臓攻撃とは如何に派手かつ豪快に赤い中身をぶち撒けてやるかとばかり考えていた。

 しかしこの様な手法も悪くない。無駄なく最も重要な物のみを華麗に奪い去る。…ふーむ、美しい。

 惜しむらくは血があまり噴き出ない事だろう。やはり内臓攻撃の魅力は全身に浴びる生き血にこそある。普段の狩りでは使わぬが、あまり血を浴びるわけにいかぬ際などは真似してみるのも悪くない。

 

「さて、3勝2敗。これでここはもうパスだろ?」

「……ああ、君達の勝ちだ。」

 

 一体キルアは何者かと騒ぐレオリオ達へゴンが教える。なるほど、暗殺一家。また物騒な家庭へ生まれたものだ。是非その家族とも交流してみたい。きっと他にも面白い技を見られるはずだ。

 貴方だけそんな外れた感想を抱く中へキルアが戻り、リングを越えて先の部屋へ進む。

 家具の揃った小さな部屋だ。ここで賭けに負けた分の50時間を過ごすらしい。

 苦、苦痛だ…。退屈が何よりも耐え難い貴方は、既に出口を吹っ飛ばしてやりたい衝動に駆られていた。

 

 部屋ではクラピカがキルアへ先程の技の絡繰を尋ね、キルアは貴方に以前見せたような指先の変形を皆へ見せる。何度見ても便利そうな技術だ。

 得意顔のキルアは語る。

 

「オヤジはもっとうまく盗む。ぬきとる時相手の傷口から血が出ないからね。」

 

 それはむしろ劣化してはいまいか?

 価値観の狂った(血が出るほど素晴らしい)貴方の内心は、幸い口に出されることはなかった。

 

 

 ◆

 

 

 暇を持て余し暴走寸前だった貴方も何とか50時間耐え忍び、部屋を脱出した一行は幾度となく多数決を迫られながらも先へ進んでいた。

 ドアを多数決で開ける際、迫る制限時間に心の余裕も無くしつつあったレオリオが、ゴンの投票ミスをトンパの故意投票と勘違いした事で仲間割れも起こしかけている。そんな矢先に辿り着いたのが最後の多数決の部屋であった。

 

 〈それでは扉を選んで下さい。道は2つ……。6人で行けるが長く困難な道なら⚪︎を……3人しか行けないが短く簡単な道なら×を押して下さい。〉

 

 酷な選択を突きつけるものだ。残り時間は6時間半ほどだが、長い道では45時間以上はかかると言う。

 当然貴方はクリアを目指すし、そのためにはトンパと共に短い道に進まねばならない。もし戦いになれば、速攻でトンパ以外の誰か3人を落とす必要がある。貴方は攻めには強いが守りには滅法弱いのだ。悠長にしていてはトンパが仕留められるし、速攻では手加減できるかも怪しい。

 

「先に言っておくぜ、オレは×を押す。」

「オレは⚪︎を押すよ。やっぱりせっかくここまで来たんだから6人で通過したい。」

「残り時間は7時間もないんだぜ。短い道を選ぶしかないよ。」

 

 部屋の雰囲気は重く沈んで来ている。それも当然だ。この試験を突破するには互いに戦わねばならず、だからといって諦めるような者はここまで残らない。

 

「あとはどうやって3人を決めるか。…といっても、2人は決まってるようなモンだね。ウィロルドに勝てると思うヤツがいないなら、だけど。」

 

 部屋の皆は貴方へ向けて最も警戒の眼差しを向け、トンパのみが自身の安全を察しているかのような余裕を醸し出している。

 だがゴンだけは貴方にも誰に対してもそんな視線を向けていない。いつものように真っ直ぐな光の射す瞳だ。

 それに気づいた貴方は自分を恥じた。このような純粋な子供を見殺しにできないと言ったのは、いつの貴方が浮かべた感情であったか。

 貴方としたことが、狩人としての矜持を忘れるところであった。

 貴方が狩るのは血に酔う獣と悍ましい神秘だけ。

 血に染まらぬ無垢な子と代え難い友人らを害そうなど、それこそ血と獣性に呑まれ誇りを失った狩人の姿に他ならない。

 

「な…!! だがそれは!!」

 

 貴方は自分が短く簡単な道の扉を大砲で破壊しようと提案した。

 もとより試験は毎年あるのだ。ここで己の誇りと信念に反してまで受かろうとするつもりは無い。

 貴方の言を聞いたレオリオやクラピカは悔恨の念と忸怩たる思いに顔を歪ませ、希望を失ったトンパは絶望的な表情で膝を突く。

 トンパもろとも失格上等、いざ貴方が大砲を撃ち打さんとしたその時、突如ゴンが明るく大きな声を上げた。

 

「あ!! そうだ!!!」

 

 

 ◆

 

 

 トリックタワー最下層、3次試験のゴールであるその場には、見事試験を突破した猛者達が体を休めていた。

 残りは約5時間、そろそろこの場へ辿り着く者もいなくなろうかと言うその時。また1つ扉が開き、合格者が部屋の中へと入って来る。

 

「ケツいてー。」

「短くて簡単な道がスベリ台になってるとは思わなかった。」

 

 姿を見せたのはゴン、キルア、クラピカの3人。

 

 

 

「全く、イチかバチかだったな。」

 

 ——そしてその後ろへ続くレオリオ、トンパ、そして貴方の姿であった。

 

「だがこうして6人揃ってタワーを攻略できた。」

「ゴンのおかげだな。」

「全くあの場面でよく思いついたもんだな。」

 

 あの時、貴方が大砲の撃鉄を下ろす直前でそれを止めたゴンは、長く困難な道から入って壁を壊し、短く簡単な道へ出るという奇策を提案してきたのであった。

 

「ウィロルドさんの大砲を見て、最初に壁を壊してオレ達の所へ来たことを思い出してさ。道具さえあれば壁に穴を開けることだって出来るんじゃないかって思ったんだ。」

 

 時間と選択に迫られるあの極限状態下でそんな柔軟な発想に至ったゴンに、貴方は心からの賞賛を惜しまなかった。

 深く考えぬままとりあえず破壊しまくる貴方とは、似て非なる思考である。

 ここに追記すると、貴方の過剰な攻撃力を知る一同は、壁の破壊に貴方の道具は使わせなかった。また豪快に壁を吹っ飛ばして無効や失格にされては堪らないという気持ちの表れであったが、貴方は部屋にあった武器を振りまわすのも存外楽しかったので気にしていない。

 

 〈タイムアップ!! 第3次試験通過人数24名!!〉

 

 兎にも角にも、貴方達6人は全員無事に3次試験を突破したのであった。

 





大変お待たせ致しました。後先考えず6人にしたら書くのすごく大変になっちゃった。
大砲がだめならパイルハンマー!も考えたけど流石に辞めました。

感想や評価、励みになります。大大感謝。



『聖女の血』
血の聖女による「施しの血」。
その施しは、医療教会と拝領の価値の象徴なのだ。

『鉛の秘薬』
製法が全く知られていない謎めいた薬。
一時的に比重を高め、攻撃を弾きやすくする効果があるが、動きは鈍り、また防御力も変わらないため、使いどころが難しい。

『火炎瓶』
投げつけると激しく炎上する。
病の浄化の偏見もあり、獣狩りに炎はつきものである。
だからだろうか、ある種の獣は病的に炎を恐れるという。

『白痴の蜘蛛ロマ』
冒涜的な儀式を覆い隠していた上位者。
巨大な芋虫のような体に無数の瞳を持つ。


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