ヴォルデモート卿、人生をやり直す。 (八重歯)
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01 ヴォルデモート卿は目覚めた。

 

 

最も凶悪な魔法使い、闇の帝王、例のあの人と呼ばれた男、ヴォルデモートは預言の子ハリー・ポッターとその仲間たちの手により分霊箱を全て破壊され、そしてついに自ら放った死の呪いが杖の予想外の反抗期により逆流し、死亡した。

 

不死を望んだヴォルデモートは、魔法族にとっては短命である71歳の時にその命の火を消した。

 

 

ヴォルデモートは今際の時になり激しく後悔をした。

 

 

 

──どこで間違ったのだ。

やはり優秀な部下が殆ど居なかった事だ、俺様は史上最強だったが周りが悪い。やはり他者を信頼して任せるなど愚かだった。面倒でも全て1人で行うべきだった。

運も無かった、ハリー・ポッターの母親の愛とかいうものにより、半分死んでいる状況になってから復活するまでの13年間、良いところまでいったのに。なぜナルシッサはあの時ポッターの死を偽ったのだ。あれさえなければ勝利は確定していた。自身の目で死を確かめるべきだった。

認めよう、知識も足りなかった。杖の事もそうだが分霊箱の隠し場所が見つかるなんて思わなかった。おそらく、他にも見逃していた事があっただろう。

いや、そもそもダンブルドアだ、あの老いぼれずっと俺様を警戒してたな。初対面の時の印象が悪かった。警戒されず善良な人間により擬態すべきだった。

 

 

ヴォルデモートは薄れゆく意識の中そう思い──ついに何も考えられなくなった。

 

 

 

 

 

──筈だったが。

 

 

 

 

ヴォルデモートは猛烈な身体の痛みと、息苦しさでその意識を覚醒させた。

苦しい、生きている?いや、呼吸が出来ない。呼吸を、しなければ。

ぐっと重い口を開き、ヴォルデモートは新鮮な酸素を求め思い切り吸い込み、吐き出した。

 

 

 

「──おぎゃあ!…おぎゃあ?」

「生まれたわ!男の子ですよ!」

 

 

何だこれ。

いや何処だここ。

 

 

「う、生まれた…?」

「ええ、今綺麗にするわね」

 

 

──まさか、生まれ変わったのか?

しかし、分霊箱にして分裂された魂は輪廻不可だと本に書いてあったが…あれは誤りだったのか。──これは良い!思っても見ない幸運だ、第二のヴォルデモートとして今度こそ魔法界を征服してやろう、何故かわからんが記憶もある。今まで不運ばかりだったが、2度目の人生、それも記憶がそのままで意識もはっきりしている。理解不能な事ばかりだが、願ってもみない幸運だ!

 

 

 

赤子(ヴォルデモート)は桶に張られた温かな湯で体を清められていた。

自分の体を撫でる手が優しく、温かく。心地よさでついうっとりとしていたが感覚が赤子のため仕方がない。

 

ヴォルデモートはそのまま何か柔らかいところに置かれた。他の赤子同様、目が全く見えないヴォルデモートははじめ何の上に置かれているかわからなかったが、そこは母の胸の上だった。

 

暫くしてほのかな温かさと鼓動の音が伝わり、ようやく自分が今産み落とした母の胸の上にいるのだと分かると、ヴォルデモートは重い首を僅かに動かした。目は見えない、だがそれでも目を開き、母の顔があるだろう場所をぼんやりと見る。

 

 

──こいつが俺様を産み落としたのか。ふむ、目は見えんな。耳は聞こえるようだが赤子とはこんなものなのか。感謝しよう名も知らぬ母よ。魔法族でなかったら一生恨む。殺す。八つ裂きにする。

 

 

「ああ…この子が…パパに似ますように…」

 

 

ヴォルデモートは誰に似ようがどうでも良かった、外見に一切頓着が無い彼は単純にこの母か父が魔法族である事を心から願った。

実は混血だと言う事が唯一のコンプレックスであるヴォルデモートは両親が魔法族なら言う事がない、そう考えながら、優しく自分の頭を撫でる母の手の温もりを──若干屈辱的だとは思ったが、何せ今は何の力もない赤子である。──振り払う事もできず、感じていた。

 

 

 

「この子の名前は──」

 

 

──せっかく生まれ変わったのだ。トムとかいうありきたりな名前ではなくサミュエルとかガブリエルとかそこそこ特別なかっこいい名前が良い。間違えても何千万人も居るトムだけはやめてくれ。

いや、この体はそもそも男か?女である可能性もあるだろう。それならエリザベスとかカミラとかビクトリアとか。性別がどちらであれ、俺様に相応しい高貴な名前をつけてくれ。

ああ、だがヴォルデモート卿を名乗れなくなる。いや、素晴らしい名前なら改名せずとも済むか…。

 

 

両親が魔法族である事と、めちゃくちゃかっこいい名前をヴォルデモートは渇望した。

だが、女性は優しく目でヴォルデモートを見つめたまま、疲れ切った囁くような声で彼にとって残酷なことを呟いた。

 

 

 

「この子の名前は…。…この子の父親の、トムと…私の父親のマールヴォロ…苗字は、リドル…。トム・マールヴォロ・リドル…それが、この子の名前よ…」

 

 

ヴォルデモートは思考停止した。

どう聞いてもその名前は、最も彼が聞きたく無い名前で、聞くはずのない名前だった。

 

 

──いや、ちょっと待て。

何故その名前なんだ、全く同じでは無いか!

こんな偶然、あるわけがない、あったら奇跡だ!つまり、確信はないが、まさか。

 

 

 

「トム・マールヴォロ・リドル…?…そうですか、わかりました。…大丈夫ですか、メローピーさん、顔色が…」

 

 

メローピーとは、間違いなくヴォルデモートの生母の名前であった。

こんな偶然が続くわけがない。ヴォルデモートは賢い男であったため、混乱しながらも──理解した。

 

 

自分は生まれ変わったのではない。

時代を遡り、何の因果か、人生のスタートからやり直したのだと。

 

 

 

ーーー

 

 

ヴォルデモート改めトム・リドルはベビーベッドに寝かされていた。

体が重く、言うことを聞かない。常に怠く眠い。

ヴォルデモートは他の赤子と同じようにたっぷりとミルクを飲み、たっぷりと眠って一日を過ごした。

はじめは屈辱的でいっその事殺せとまで──何より不死を渇望していた彼にとって、その願いのとんでもなさは察しの通りだ──思っていたオムツ替えも、何とか数日で慣れた。

 

仕方がない、ヴォルデモートは中身は71歳の闇の帝王だとしても、まだ首も座らぬ赤ちゃんなのだ。

 

 

──慣れてしまえば、そこそこ快適だ。

 

 

寧ろ、そんな事すら考えていた。

ただ、飲んで、寝る。

なんの心配も無い。それだけの日々だ。

退屈さはあったが、抗えぬ眠気により1日が経つのは恐ろしく早い。それに、ヴォルデモートは生前──と、言って良いのか不明だが──色々、本人的には頑張っていた。心安らぐ時は無かった。

まぁ、今この時が心安らぐ時かと言われると複雑な心境だったが、とりあえず久しぶりにゆっくりと過ごしていた。赤ちゃんとは、そんなものである。

 

 

ヴォルデモートは微睡みながら、意識のあるうちは自分の人生を振り返っていた。

何故だかわからないが、もし過去に戻っているのなら、失敗の数々を教訓にやり直そう。

この知能と、記憶と、そして未来を知る力が有れば魔法界征服など容易いに違いない。

 

 

赤ちゃんヴォルデモートは自分の白くてもちもちした手を食べながら第二の人生について考える。──何故か食べたくなるのだから、赤子の本能とは不思議だ。

 

 

とりあえず。あの老いぼれジジイに警戒されないよう、この孤児院では大人しく過ごそう。

優等生であり誰にでも優しいトム・リドルを、見事演じ切ってみせよう。

数数の愚かな人間どもを欺いてきた俺様には容易い事だ。

 

 

涎まみれにした手を、再度しゃぶりながらヴォルデモートはほくそ笑む。

 

 

「まぁ!笑ってるわ!可愛いわねぇ」

「珍しくご機嫌ね、トム」

「あぅー」

 

 

腐れマグルに褒められてもちっとも嬉しく無かったが、赤ちゃんヴォルデモートはとりあえず、不信がられないように普通の赤ちゃんらしく振る舞った。

屈辱に震えていたのは数日だけだ、もう下の世話までされている。不信感を持たれぬようにするために必要な行動だ。

 

赤ちゃんヴォルデモートは自分に言い聞かせながら、ぼんやりと見えるようになってきた目で自分を覗き込む女達に向かって笑いかけた。

 

 

 

 






色んなキャラの逆行はあれ、ヴォルデモートの逆行って見た事がないなぁと思って。
タグって逆行だけで良いのですかね…?もし不足ありましたらお伝え下さい。
続きを書くかどうかは悩み中です。
追記、ちょこっと続けます!


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02 ヴォルデモート卿、きょとんとする。

 

 

トム・リドル(ヴォルデモート)はめでたく一歳の誕生日を迎えた。

本人的にはまだ一歳か…。といったところだろう。

ヴォルデモートはまだまだ赤ちゃんではあったが、同年代の乳児と比べるとかなり早く成長していた。中身は71歳のヴォルデモート、良い大人を通り越しておじいちゃんである。

つまり、いつまで経ってもごろ寝して暮らすつもりはさらさら無かった。

 

しかし、ヴォルデモートは過去の反省を活かしあまり悪目立ちすれば不信がられてしまうと理解していた。

そのため、寝返りやハイハイ、お座り、あんよはじょーずなど、早く出来るようになった──とは言え新聞の一面記事になる程ではない。

 

ヴォルデモートは生前、赤子の成長スピードなど全く知らなかったが、幸運にもヴォルデモートと比べて半年ほど早く産まれこの孤児院に来た赤子がいたため「これ幸い」と、常にベビーベッドの隣にいるその赤子の動き、成長スピードをよく観察した。

 

 

赤子についてよく学び、2ヶ月ほど遅れて模倣する。怪しまれない程度に少々早めに歩けるようになったヴォルデモートは、真っ先に魔法を試す──事は無く、トイレの場所を覚えた。

 

歩けるようになったのだ、そろそろ下の世話は卒業してもいい頃だろう。

 

初めて1人でトイレで用をたしたときの感動といったら!──まさに初めて殺人をした時と同等レベルの爽快感と解放感だった。

 

 

孤児院の養母達は驚いたが、格段珍しいことでは無い。手間がかからなくなるのは良い事だと特に深く考えなかった。

 

 

 

 

「んー…」

「あらトム、どうしたの?」

「んんー…」

 

 

ヴォルデモートは彼にとって高く、養母にとって低い棚に懸命に両手を伸ばした。

ああ、絵本が欲しいのね。──と、養母はすぐにイラストばかりの一歳から二歳向けの絵本を本棚から抜き、ヴォルデモートの小さな手に渡した。

 

 

「はい、どうぞ」

「……」

 

 

──いや、こんな幼児向けのくだらん絵本では無く、棚の上にある新聞が欲しかった。

 

 

しかしヴォルデモートはまだ一歳。まさか新聞が読みたいとは夢にも思わない養母は無言のヴォルデモートを見て優しく微笑み、目線を合わせるようにしゃがみ込む。

 

 

「トム、ありがとうは?ほら、あ、り、が、と、うー」

「…」

 

 

一音一音区切って説明されたが、ヴォルデモートは無視して子供部屋の端に行き、取り敢えず絵本を開いた。

 

養母はため息をつき、まだ言葉を覚えるには早いわよね。なんて思いながら昼食の支度を始めるためその場を離れる。

 

勿論、ヴォルデモートは言葉を理解している。しかし周りを観察していた彼は一歳でペラペラと話すのはどうも不可能らしいと理解し、話せたが、話さなかった。

 

 

──A Apple B Book……ちっとも面白くない暇つぶしにもならん。

 

 

使い古され色褪せた林檎や本のイラストを見ていたが、微塵も楽しい気持ちになる事はなく、ヴォルデモートは暇そうな顔をして本を閉じた。

 

そう、ヴォルデモートは一歳だ。

もう1日の殆どを寝て過ごしているわけではない。

お昼寝はしっかりとするが──どうも抗えぬ眠気なのだから、仕方がない──目覚めている間は暇で暇でならなかった。

話し相手もいなければ、面白い事もない、精々同年代の子どもでストレス発散する事しか無いのだ。

 

 

ストレス発散と言ってもペットを吊るしたり錯乱させるわけではない。

一歳の子どもらしく、手で思いっきり殴り、髪を引っ張り、ミルクをぶっかけた。

 

そんなささやかないじめ──というか暇つぶしは、1歳児同士ならよくある事なのだ。

この時期の子どもは自分が1番自分が正しい我が道を行く。我慢?何それ美味しいの?という状態であり、ヴォルデモートが他の子どもをぽかぽか殴ろうが、養母達は「あらあらまあまあ」と言うだけだ。

 

 

まだまだ赤ちゃんのヴォルデモートが出来るのは、同じ年頃の子供の頬に引っ掻き傷をつくる。それくらいであった。

 

 

 

ーーー

 

 

 

 

そんなトム・リドル(ヴォルデモート)もようやく11歳を迎えた。

 

 

ウール孤児院で過ごす子どもたちの中で、リドルは最も賢く、愛嬌があり、イケメンで、優しかった。

まさに完璧な少年、養母達は将来有望なリドルは、きっと素晴らしい大人になると信じていた。教師?警察官?軍人?医者?何はともあれ、きっと人の役にたつ大人になるんだわ。

 

 

しかし、リドルはヴォルデモートである。

賢い?当然だろう、中身は70歳を超えている。

愛嬌がある?それもそのはず、ヴォルデモートは人生のスタート地点から愛想よく振る舞った。

イケメン?それはどうでもいいが使える武器は多い方がいいだろう。

優しい?本音も読めぬ畜生共。

 

養母の予想は僅かに当たっている。

たしかにヴォルデモートは素晴らしい闇の魔法使いになるが、人の役に立つのではなく、夥しい屍の上に立つ事になるのだ。

 

 

1度目の人生で、間違いなく第一の大きな失敗はこの孤児院での人間関係だ。

そう考えたヴォルデモートは過去の学生時代のように愛想を振り撒き率先して養母の手伝いをし、甲斐甲斐しく年下の子どもの世話をし、年上を敬い、困っている者がいれば直ぐに手を差し伸べた。

 

勿論内心ではなぜ愚かなマグルにここまで頭を下げ無理矢理笑い、服に鼻水をつけられねばならんのだ。殺したい、24時間耐久クルーシオをしたい。──と、妄想で千回以上は孤児院の子どもたちを大虐殺していたが。

 

 

「トムーー!エミリーが!僕の人形とったぁ!」

「いや!エミリーの!ジェイはずっと使ってたぁ!」

 

 

ヴォルデモートは2階の階段を上がった廊下で突っ立っていた。

自身の周りでぐるぐると追いかけっこをしている4歳の男女の子どもを遠い目で見ながら「バターにしたい、ドロドロにしてパンにつけてゴミ箱に捨てたい」そう思っていたがすぐに現実逃避から復帰すると2人の腕をやんわりと取り、走り回るのを止めた。

 

 

「エミリー。駄目だ。人のものを取ってはいけないだろう?ジェイも、長く使っていたのなら貸してあげなさい」

「ええー…」

「やーいやーいばーか!ざぁこ!」

 

 

将来有望なクソガキだな。

 

 

べーっと舌を出して少年をバカにする少女を見たヴォルデモートの感想である。

 

ウール孤児院の経営はうまくいっているとは言えなかった。子どもの数に対し職員も少なく、金銭的余裕もない、つまり玩具は常に不足し子ども達は教養も無く喧嘩ばかりである。

既に魔力の発現があり、こっそりと自室で練習していたヴォルデモートは今すぐにこの2人を虫に変えて踏み潰したい衝動に駆られたがグッと堪え優しく微笑んだ。

 

 

「エミリー、そんな言葉遣いはダメだ」

「…はぁーい、わかったわ」

「良い子だ。…さあ、僕は宿題がある、あっちで遊んできなさい」

 

 

あっち、とヴォルデモートが指差した場所は窓であり、今いる場所は2階だった。

 

エミリーとジェイはきょとん、として首を傾げ──ヴォルデモートは笑ったままくるりと指の向きを変えて階段下を指し示した。

 

──危ない危ない。この窓から飛び降りて欲しいという願望が、つい漏れ出てしまった。

 

 

ヴォルデモートは子ども達が駆け降りていったのを見て完璧な微笑みをさっと消し無表情になると、すぐに手をスコージファイで清めた。

 

トム・リドルは孤児院の職員や子ども達にやや潔癖症ぎみだと思われていた。

1日に何度も手を洗い、服を着替える。きっと大人びていても精神的にまだ不安定なのだろう、と、可哀想なものを見る目で養母達は見たが、ヴォルデモートが何度も手を洗うのは単純明快。穢らわしいものに触ってしまったからだ。

 

 

ヴォルデモートは2階にある図書室──とも呼べない程の古びた本しかない部屋──から数冊の本を取るとそのまま自室に向かった。

勉強しているフリでもしないと年下のクソ餓鬼共が「トム、あそぼ!」なんて突撃をしてくるのだ、マグルと遊ぶよりは、マグルの勉強をする方が100倍マシだ。

 

狭い部屋の、狭い机に本を置き、スクールから出された宿題を広げつつ図書室から持ってきた本をぺらぺらと捲る。

 

ヴォルデモートは優秀で特別な頭脳を持つ魔法使いだ。

 

だが、ヴォルデモートは初めてスクールに──無理矢理、仕方なく──通うようになり、同じ歳の鼻垂れクソ餓鬼と授業を受け、驚いたのだ。

 

 

──わからん。

 

 

いや、全くわからないわけではない。

教科書を読めばなんとなく薄ぼんやりとした記憶が蘇ってくるが、魔法界暮らしが長いヴォルデモートは、マグル界で学ぶ国語算数理科社会など、綺麗さっぱり忘れていた。そもそも覚えておくつもりなど、さらさらなかったのだが。

 

とはいえ中身は──くどいようだが──70歳を超えているため、教科書を一度読むだけで全てを理解しスクールでは毎回トップの成績を収めている。

 

 

──この、素晴らしい頭脳にマグルの知識があるなど、腹立たしい。

 

 

と、思いつつも、しっかり予習復習を欠かさないその姿は、完璧主義ともいえるだろう。

 

そう、予習復習をかかさない。

ヴォルデモートは今後の未来に対しての予習復習も欠かさない。

何度も未来をシュミレーションしたヴォルデモートは、少しダンブルドアに会うのを心待ちにすら、していた。

 

 

今回は、誰も怯えさせていない。

今回は、餓鬼どもを洞窟で錯乱させていない。

今回は、足にカクカク発情して鬱陶しかったウサギを吊るしていない。

今回は、戦利品と称して何も盗んでいない。

 

 

今回こそは、あの クソジジイ(ダンブルドア)でも、俺様の事を疑う事が無い筈だ。

これでまた、俺様の魔法界征服に一歩近づく事が出来ると言うのだ。

 

 

いや、しかし、油断は禁物だ。前回はそれで嫌ほど痛い目を見た。あくまで慎重に、油断せず、ひとつひとつ敗北という屈辱の種を潰していこう。

 

 

ヴォルデモートはニヤリと口先だけで冷たく笑う。

その目は赤く輝いていたが、それを見るものは誰も居なかった。

 

 

──コンコン。

 

 

ノックの音が響き、ヴォルデモートはすぐに扉を見る。まさか、今日か?ようやく来たのか?

 

ヴォルデモートの期待通り、開いた扉の先にいたのは養母でありこの孤児院の院長であるコールと、ダンブルドアだった。

 

 

ここで、ダンブルドアに不信感を抱かせたら全ておしまいだ。

 

 

ヴォルデモートは何度も胸の内で呟き、一度、きょとん、とした後、首を傾げて愛くるしい顔で微笑んだ。

 

 

 

 






コメントが嬉しくてちょっと続きを書いてみました。
どれくらいまで続けられるかは謎です…。


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03 ヴォルデモート卿、ダンブルドアに勝利する。

 

 

「トム?お客様ですよ。」

「どちら様ですか?」

「こちらはダンブルドアさん。この方、あなたにお話があるんですって。…あら、お勉強中だったかしら」

「…大丈夫、もう終わったから」

 

 

ヴォルデモート…いや、リドルはパタンと本を閉じ、ダンブルドアの服装を珍しそうにじっと見つめた。

ダンブルドアは物珍しげな視線で見られる事には慣れていたためとくに何も言わず、コールが居なくなった事としっかり扉がしまっている事を確認した後、勉強机の後ろで座っているリドルに近付き手を差し出した。

 

 

「私はダンブルドア教授だ」

「はじめまして。…トム・マールヴォロ・リドルです」

 

 

リドルは差し出された手を握ってにこりと人の良い笑みを浮かべた。

すぐに離した後こっそりとバレないように机の下で手を拭いていたが、ダンブルドアからは死角で見えなかっただろう。幸運でも何でも無い──ヴォルデモートの計算だ。

 

 

「教授が…僕に、何のようですか?…僕のスクールの先生…では、無いですよね」

「ああ、ホグワーツという学校に勤めている。私の学校への入学を進めに来たのだよ。きみが来たいのなら、そこがきみの新しい学校になる」

 

 

──この時を待っていた!

 

 

リドル(ヴォルデモート)は表面上は困惑したような表情を作ったが、内心ではようやく魔法界に足を踏み入れる事が出来る喜びに打ち震えていた。

こんな悪臭漂うマグル界とようやく離別する事ができる!夏休みには前回と同様戻ってくる事になるだろうが、まぁそれは仕方がない。

 

 

「新しい学校…?どんな学校ですか?」

 

 

勿論知っているが、ここで学校の事も聞かずに「行きます」と即答すれば怪しまれる事間違いなしだ。俺様はまだ魔法界の事を知らぬ唯の品行方正な孤児という立ち位置だ。

リドルは僅かに、警戒するように眉を寄せる。──うむ、この程度の警戒なら賢そうな子どもに見える事だろう。

 

 

「ホグワーツは、特別な能力を持った者の為の学校だ。…きみには特別な能力があるだろう?」

 

 

ダンブルドアはキラキラとした瞳で優しくリドルを見下ろした。あまりの優しい瞳にリドルはぞわぞわと背中に鳥肌を立てながら、驚き息を飲み、視線を彷徨かせてみた。

 

 

「えっ…あー…その、……はい」

「ホグワーツは、魔法学校なのだよ、トム」

「…魔法、学校…では、僕が使えるのは…魔法ですか?」

「そうだとも。きみはどんな事が出来るのかね?」

 

 

ヴォルデモートは悩んだ。

──さて、何と言えばダンブルドアは目の前にいる俺様が優れた魔法使いではあるが、怪しい人物では無いと思うだろうか。一般人そこそこの扱いを受けるのは耐えられぬ。どうせホグワーツ1の魔法使いである事は、疑う余地はないのだ。

しかし、俺様はこの年代の──ホグワーツ入学前の一般人の魔力の程度なぞ知らん。特別で偉大である俺様の素晴らしさを、このジジイにわからせるには…さてさて、どうしたものか。

 

 

リドルは少し目を伏せ、手を机の上に出すとぐっと両手を握った。

 

 

 

「──こういった事が、出来ます」

 

 

リドルが開いた手の中には真っ赤な花が一輪大きな花弁を広げていた。

ダンブルドアは何も無かったところから、美しい花を意識的に出現させた事に、トム・リドルの底知れぬ魔力を垣間見て驚愕し目を見張る。

驚かす事ができたようだ、とヴォルデモートは内心で嗤い、表情は不安げにするのを忘れずに、おずおずとダンブルドアを見上げた。

 

 

「…あとは、物を引き寄せたり、です」

「成程…ふむ。今まで、その力を使い…困った事が起こったことはないかね?」

「いえ、特には。…あなたも、魔法が使えるのでしょうか?」

 

 

ダンブルドアは軽く頷き、胸ポケットから杖を出すと指揮者のように一振りした。

途端に何も無かった空間に大きく美しい色とりどりの花が現れる。──このジジイ、自分の力を見せつけ、俺様の力など矮小だと思わせるつもりか。──ヴォルデモートはすぐにダンブルドアの思惑を読み取ったが、驚き言葉が出ない!と、いうふりをした。

 

 

──しかし、ジジイがそのつもりならば、俺様は道化にでもなってやろう。

 

 

「──す、凄い…!」

 

 

ヴォルデモートはこの11年の間に鍛えた自分の表情筋をフル稼働させ、キラキラと目を輝かせ──何秒か息を止め──無理矢理頬を赤らめて、少々オーバーに感激してみせた。

 

ダンブルドアはヴォルデモート(リドル)の反応に優しく微笑み、大輪の花束をそっと手渡す。

 

 

──心の底からいらん。

 

 

しかし、魔法界の事を知らずこんな極々簡単な魔法でも凄いと思うだろう今のリドルならば、喜んで受け取らなければおかしいだろう。

 

ヴォルデモートはすぐに花束を受け取り、顔を寄せただ青臭く気持ち悪い匂いを胸いっぱいに吸い込んで笑った。

 

 

「魔法使いとしての一歩を踏み出すきみに、プレゼントだ。…さて、トム。ホグワーツでは沢山のことを学ぶだろう。魔法界はマグル──非魔法族の世界とは法が異なる。何か困った事があれば、すぐに私を頼りなさい」

「はい、ありがとうございます」

 

 

リドルは語尾に音符マークでもついていそうなウキウキとした声音で言った。

ダンブルドアは素直なリドルを見て、たしかに魔力は強大だが、学校で魔力を使いこなす方法を学べばきっと優れた魔法使いになるだろう、と、新たな世代に生まれた魔法使いを心から歓迎した。

 

ダンブルドアは胸ポケットから金貨の入った皮の巾着を取り出し、机の上に置いた。

 

 

「ホグワーツには教科書や制服を買うのに援助が必要な者のための資金がある。孤児院出身だからといって卑屈にならなくていい。学びは全てに平等に与えられる。…といっても、教科書の幾つは古本で購入しなければならないが…」

「わかりました。…古本は慣れています、問題ありません」

「教材のリストはこれだ。ダイアゴン横丁、という場所で全て揃うだろう。さて、どこに何が売っているか探すのを、私が手伝おう」

 

 

ヴォルデモートは勿論、断固拒否したかった。何が悲しくて宿敵と2人でショッピングなどしなければならないのだ。──しかし、ここで1人で行くと言えば、こいつは不信に思うだろう、何故なら前回は1人でダイアゴン横丁を訪れ──かなり、充実したひと時を過ごしたが、今回は失敗しない。

 

 

──俺様は闇の帝王ヴォルデモート卿。今回は微塵も油断せず、周到に、慎重に物事を進めるのだ。

 

 

「──はい、よろしくお願いいたします。いつ、そのダイアゴン横丁に行くのですか?」

「1週間後、今日と同じ時刻に迎えにこよう。──これに入学許可証と、教材リストが入っている」

「わかりました」

 

 

ダンブルドアから分厚い封筒を受け取ったリドルは、まじまじとホグワーツの紋章を見つめ目を細めた。──懐かしい。ようやく、ホグワーツに行く事が出来る。

 

 

「さようなら、トム。また1週間後」

「はい。…さようなら」

 

 

ダンブルドアは立ち上がりリドルに手を差し出し、リドルは大きな花束を片手で抱え直しその手を握った。

 

 

ダンブルドアは優しくキラキラと輝く目でリドルを見たあと、扉から出て行った。

 

笑顔で扉を見つめていたリドル──ヴォルデモートは扉が閉められた途端表情を消し、窓に近付く。そっと外の様子を見下ろし、暫くしてダンブルドアが外へ出てゆっくりと人混みの中に紛れたのを確認した後、その端正な表情を醜く歪ませ笑った。

 

 

「ふふ───ハハハ!」

 

 

顔を手で押さえながら高らかに嘲笑したヴォルデモートは、すぐに持っていた花束を炎で燃やし消し炭にした。床に落ちた灰を強く踏みつけ、ぐりぐりと躙る。

 

 

これで、奴は俺様の事を疑い警戒する事は無いだろう!あの、ダンブルドアがすっかり俺様に騙されておるわ!あのボンクラジジイさえ騙せたのなら、学生生活──いや、その後の俺様を疑う者などいない!

1週間後、ダイアゴン横丁で共に教材を買わねばならんのは不愉快だが、まぁいい。善良で、慎ましいトム・リドルを見事演じきってみせよう。

 

 

ヴォルデモートは久方ぶりに全ての企みが成功したかのような充実感と満足感に、その目を赤く光らせたまま笑う。

 

この日、ヴォルデモートが敗北した原因である大きな間違いはひとつ、正された。

 

 

 






オリ主のいない小説は初めてで、緊張します。
少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
短いですがキリがいいので、次回はダンブルドアとショッピングデートの予定です。


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04 ヴォルデモート卿、死のダイアゴン横丁デート。

 

 

 

ヴォルデモートは晴れ渡った晴天の下、隠れる事もなく堂々とダイアゴン横丁を訪れ、目の前を行き交う沢山の魔法族達や、店先に並ぶ魔法界特有の商品を眺めた。

 

 

──素晴らしい。久方ぶりに心が躍る。視界に映る全ての者にインペリオをかけてタップダンスを踊らせたい気分だ!

 

 

「トム、ここがダイアゴン横丁だ。──ようこそ、魔法界へ」

 

 

ヴォルデモートの斜め後ろに立っていたダンブルドアが朗らかに、幼き魔法使いを歓迎した。

 

 

──コイツさえ、いなければ。

 

 

ヴォルデモートは最高の気分が一瞬で台無しにされたが、表情には出さず、興奮し夢中で辺りを見ていてあなたの言葉には気がつかなかったんです、というふりをした。

 

しかし、ダンブルドアは一度のスルーでは挫けない。初めて魔法界を訪れた魔法使いが、魔法界の魅力に取り憑かれ夢中になるのは当然の事なのだ。

 

 

「ごほんっ!──魔法界へようこそ、トム」

「…ありがとうございます!」

 

 

──二度も言うな二度も!

反応しなければ三度目の耳障りな言葉が飛び込んでしまいそうだった為、ヴォルデモートは渋々反応した。

 

 

「さて、まずは杖を買わなければならないね。魔法使いは、皆1人一本ずつ持っている。自分のたった一つの相棒だ」

「…杖……はい、楽しみです」

 

 

ダンブルドアは茶目っ気たっぷりのウインクをひとつリドルに向け、リドルは曖昧に笑った。

 

先に進むダンブルドアの後ろをついて行きながら、今この背中に死の呪文を放つ事が出来ればどれだけ愉快だろうか──など、ヴォルデモートは脳内で53回ほどダンブルドアを殺す事により2人でショッピングというふざけた状況を何とか耐える。

 

オリバンダーの杖屋に向かう道すがら、ダンブルドアは何人もの魔女や魔法使いに声をかけられ、その度に足を止めにこやかに対応していた。

──まぁ、コイツは腐ってもそこそこ、俺様の次には偉大だと言われている魔法使いだ。英雄のような目で見られているコイツを見るのは苛々するが、耐えるしか無い。

 

 

…そもそもだ。

確かこの時はグリンデルバルドと戦闘中では無かったか。1人の孤児に付き添い買い出しなどする暇があるのか。──余裕の、現れなのか。

 

 

ヴォルデモートは鋭い目でダンブルドアを見ていたが、ダンブルドアがふと振り返ったため、急いで無害なリドルとしての表情を取り繕う。

 

 

「すまないね、トム」

「──いえ、…有名なんですね」

「まぁな」

 

 

ダンブルドアは少し表情の硬いリドルを見て、きっと早く杖屋に行きたいのだろう、この年頃の子どもは我慢が苦手だし。と見当違いな事を考え申し訳なさそうに苦笑した。

 

 

「さあ、ここがオリバンダーの杖屋だ」

「……ここ、ですか」

 

 

ダンブルドアは扉を開け、演技かかった動作で頭を下げ恭しく片手を奥へ広げ、先に入る様にリドルを促す。

まあ、頭を下げているコイツを見るのは悪くない。ヴォルデモートはそう思いわざと堪能するようにゆっくりとオリバンダーの杖屋に足を踏み入れ、天井まで重なる様に積み上げられた箱の山々を見上げた。

 

──ああ、懐かしい。10数年前にオリバンダーを拷問して以来だな。

 

 

すぐにオリバンダーが店の奥から現れ、ダンブルドアを見て手を取り会えた喜びを存分に示す。

 

 

「おお、ダンブルドアさん。お久しぶりですな。──今日は…その子の付き添いですかね?」

「ああ、久しぶりだね。そう、この子は新しくホグワーツに来る──」

「トム・マールヴォロ・リドルです」

 

 

オリバンダーの無遠慮な舐め回すような視線に、脳内で彼を6回拷問しながら耐え、リドルは微笑んだ。

 

 

すぐにオリバンダーはメジャーを使いリドルの腕の長さや脚の長さ、鼻下の長さなど必要かどうかさっぱり不明な箇所を幾つか測定し、「では、リドルさん。杖腕はどちらかな?」と優しく聞いた。

 

 

「……杖腕?…利き腕なら、両方使えますが」

「ふむ…では、文字を書くのはどちらかね?」

 

 

──だから、どちらも使えると言ってるだろう老いぼれ。このやりとりは二度目だぞ。──いや、俺様にとって、であり、この老いぼれが知ることではないか。

 

 

自分の杖が何なのかわかっているヴォルデモートは、さっさと杖選びを終わらせて他の教材を揃えすぐに帰りたかった。

いや、ダイアゴン横丁には時間の許す限り居たい。魔法界の新鮮な空気を味わいたい。だが隣にこの男が居るだけで全てはトロールの口臭に等しいのだ。

 

 

「…よく使うのは、右です」

「では、右手を出して。…さて、杉の木、ブラックホークの毛、20センチ、癖がなく真っ直ぐ──どうぞ」

 

 

オリバンダーはすぐに小山の中から一つの箱を引っ張り出し中から杖を取り出した。

これは俺様の杖ではない。そう思いながら受け取ったヴォルデモートは、とりあえず軽く振ってみたが──勿論この杖と相性は悪く、机の上にあった花瓶が割れた。

 

 

「いかん。──さて、次は柊、一角獣の毛、27センチ、良質でしなやか」

 

 

再び振れば、棚から箱が飛び出てダンブルドアの頭に直撃──はしなかった。

ヴォルデモートはとても残念だったが、ダンブルドアは箱の角が頭に直撃する寸前に見事に避けてしまった。

 

リドルは申し訳なさそうにちらりとダンブルドアを見て肩をすくめ、そっと杖をオリバンダーに返す。

 

 

「次は──…おお、そうじゃ。ダンブルドアさんがいらっしゃる事だ、これを試してみよう。イチイの木、不死鳥の尾羽根、34センチ、とても強力」

 

 

オリバンダーは黒い箱から、骨の様に白い杖を取り出した。持ち手に特徴的な造形を凝らしているその杖を見て、ヴォルデモートは僅かに目を細める。

 

 

リドルはそっと受け取り、杖をゆっくりと振った。

すると、杖の先から黒と赤の火花が花火の様に流れ出し、店中を楽しげに躍る。

 

 

「ブラボー!素晴らしい!この杖が、リドルさんの杖ですな」

「…僕の、杖…」

 

 

この身体では初めて手に取った筈の杖だが、不思議と手に馴染む。

しかし──やはり、この杖か。将来ポッターが兄弟杖を買えば、傷付け合う事は出来ても殺す事は不可能になる。だが、ハリー・ポッターを11歳まで生かすつもりは毛頭も無い。気にする事は──いや、一応しっかり覚えておかねばならんな。

 

 

リドルは優しい手つきでその杖を撫でた。

 

リドルにぴったりと合う杖を探し出す事が出来たオリバンダーは満足げな表情で微笑み、そのままダンブルドアに向き合う。

 

 

「リドルさん。この杖の尾羽根は…ダンブルドアさんが飼ってらっしゃる不死鳥のものなのじゃ。昔提供してくれて…ようやくふさわしい者の手に渡る事が出来た」

「フォークスの尾羽根なのか。…そうか!二枚提供したが…その杖の持ち主はまだ現れていないのかな?」

 

 

ダンブルドアは自分が提供した羽を使った杖が、今目の前で主人と巡り会えた事に喜びながらもう一枚の行き先を聞いた。だがオリバンダーは首を振りすぐに箱の山から一つを取り出すと、開いてダンブルドアとリドルに一本の杖を見せた。

 

 

「まだですな。わしは、現れるのを心待ちにしております」

 

 

ヴォルデモートは今手に持っている杖と、中央部分に似たような彫刻があるその杖を見下ろし、その姿を目に焼き付けた。

 

 

──そうだ。ホグワーツを卒業した後オリバンダーの店をすぐに襲い、この杖を破壊しよう。ポッターを生かすつもりは無いが、この杖がある限り、世界にたった1人だけ俺様の死の呪いが効かぬ者がいるということになる。それを知っている今、耐えられるわけがない。

 

 

自分が放った死の呪いがハリーには効かず、殺し損ねた事はヴォルデモートにとって苦い記憶だ。障害になりそうなものは全て排除する。今回は、万全を期して輝かしい未来を、魔法界の全てを手に入れるのだ。──ヴォルデモートはオリバンダーが箱の蓋を閉じ、無造作に棚の中に押し込んだ後もじっとその箱を見つめていた。

 

 

「トム。いつか君は──兄弟杖、とも言える世界で唯一の杖を持つ魔法使いか魔女に…運命的な一夏の恋のような出逢いをするかもしれないね」

 

 

ダンブルドアは楽しげに笑いながらリドルの肩をぽんぽんと叩く。

たしかに、ある意味では運命と言えるだろう。だが、しかし。

 

 

──気色の悪い事を言うな好色ジジイ。

 

 

ヴォルデモートは内心でダンブルドアを口汚く罵った後、ちょっと困ったようにリドルとして、笑った。

 

 

 

杖の代金を払えば、かなり革の巾着の中身は軽くなってしまった。

その後、リドルは背が伸びる事を予測し少し大きめの制服を新品で購入し、教科書や学用品は全て中古で全て揃えた。

 

 

リドルは大きな袋を抱えながら教材リストを眺める。買い逃しはないだろう。それにしても重い。重さ軽減魔法をかけたいが、このジジイの前でそれをするのは──愚かな事だろう。

 

漏れ鍋へ続く道を歩きながら、ヴォルデモートは少し残念に思った。もうここに滞在する理由が無くなってしまった。ダンブルドアさえいなければ、門限ギリギリまでここで過ごしたかったのだが。

 

 

「トム、孤児院の門限は何時かな?」

「…6時です」

「そうか…」

 

 

ダンブルドアは服の袖を捲り腕時計で時刻を確認した後、ぴたりと脚を止めすぐそばにあるアイスクリーム店を指差した。

 

 

「なら、そこの店に入らないか?」

「……」

 

 

何故だ。

買い物は全てを終わっただろう。何故貴様とアイスなんぞをぺろぺろしなければならない。貴様が舐めるのは俺様の靴だけにしてくれ。

 

 

さすがに──さすがに、幾ら外面のいいリドルでも困惑し、暫し沈黙した。

 

 

「…お誘いは、嬉しいですが。…その、僕──」

「ああ、勿論、代金は私が払うよ。この前の時はホグワーツの事を詳しく教えられなかったからね。…ホグワーツの歴史、という本に大抵の事は書いてあるが──トムは読む事が出来ないだろう?入学前に、私の話を聞いていて損はないと思う。それに、ここのアイスクリームは本当に美味しいんだ!…どうかな?」

 

 

ダンブルドアはリドルの困り顔を見て、金が払えないから断っているのだと思った。

しかし、きっと本当は食べたい筈だ。まだ11歳の子どもであり、貧しい孤児院で暮らしているトムは、このアイスクリームを食べたらきっと感動し大いに喜ぶだろう。

いくら援助するための資金が毎年渡されるといっても、気軽に買い食い出来る余裕は──残念ながらないだろうし。

ホグワーツに入学してしまえば、教師が生徒1人を優遇する事は褒められる事ではなく、今後は不可能になる。せめて、その前に魔法界のアイスクリームを味わってほしい。

 

ダンブルドアの行動は、心からの善意だった。

彼は基本的に誰にでも優しい。しかし、その優しさが、ヴォルデモートにとっては受け入れ難い程の苦痛であり屈辱だと言うことに、勿論ダンブルドアは気が付かない。

 

 

何故なら、ダンブルドアの目の前にいるのは品行方正で心優しく、控えめな少年トム・リドルだからだ。

 

 

ヴォルデモートは想像もしなかった最悪の──何としてでも()()()()()()()()()()()回避したいイベントに脳をフル回転させた。

コイツと?ひとつの机を囲んで?仲良くアイスクリームだと?──それを食うくらいならば、ゴキブリゴソゴソ豆板を10枚一気喰いした方が万倍もマシだ。

 

 

しかし、結局──。

 

 

 

「トム、どれにする?私は──キャラメルとコーヒー味にしよう。おすすめは──…」

 

 

──こうなるのだ。

 

 

ヴォルデモートは目の前に座るダンブルドアが楽しげに目をキラキラとさせ、色々なアイスの説明をしているのを右耳から左耳に聞き流し、ダンブルドアの頭部が潰れたトマトのように内部から破裂している様を想像し、なんとか微笑む事が出来た。

 

 

俺様は、生き延びるためならアルバニアの森で下等な生き物に寄生した事もある。何年も魔法を使う事すら出来ず、生者とも死者ともいえぬ存在に成り果てていた。

その時の屈辱に比べれば、八つ裂きにしたい相手とアイスクリームを味わう事など、造作もない。ああ、そうだ、ちっとも、間違いなく、大丈夫だ。

 

 

「──トム?」

「…あ、…では…バニラで」

「遠慮しなくていいんだよ?せっかくだ、トリプルにしなさい」

「……夕食が、食べられなくなりますので…寮母に叱られます。…残念ですが」

「そうかい?なら、仕方ないね」

 

 

ダンブルドアはそれもそうかと考え、すぐに店員を呼び自分のアイスとリドルのアイスを注文した。

 

ヴォルデモートは一刻も早くこの馬鹿げた状況から逃れたい、と──彼にしては珍しく()()()()()()()()()()()()()()

 

 

店員はすぐにアイスを運び、ふわりとトレイから浮かせるとダンブルドアとリドルの前に置いた。

ダンブルドアはすぐにコーヒーアイスをスプーンで掬い、ぱくりと一口食べてにっこりと微笑む。

 

リドルは、かなり重い腕を、物凄く気合を込めてあげ、スプーンを掴み、バニラアイスを食べた。

きっと、美味しいのだろう。だが、ヴォルデモートには砂を噛んでいるかのような吐き気を催す味に感じた。

 

 

「トム。ホグワーツでは四つの寮があるんだ。グリフィンドール、スリザリン、レイブンクロー、ハッフルパフ。それぞれ特徴があり、相応しい寮に組分けされる。──まぁ組分け方法は当日の楽しみにした方がいいだろう」

「四つの寮…」

「グリフィンドールは勇気があり、騎士道を持つ者が選ばれる。スリザリンは賢く目的を遂げるための強い意志を持つ者、レイブンクローは知識を求める者、ハッフルパフは正しく忠実な者──まぁ、そういう傾向にある、と言える」

「そうですか…僕は…どこでしょうね。…組分けが楽しみです」

 

 

 

ヴォルデモートは、何年か前からホグワーツの寮についてかなり思い悩んでいた。

勿論、スリザリンに行きたい気持ちは強い。この身体にはサラザール・スリザリンの血が流れている。母親やその親族は衰退し、失望し嫌悪する程の──目も当てられぬ状態だったが、特別な血が流れているのは確かだ。

 

だが──スリザリン。

スリザリンになれば、疑われる…という可能性も十分にあり得る。このジジイは前回の学生時代でもそうだったが、グリフィンドールをさりげなく贔屓していた。

 

今コイツは言わなかったが、スリザリンは純血思想を持つ者が殆どだ。疑惑を向けられぬ為には──寮の選択は、慎重に行わねばならん。

 

 

「ちなみに、私はグリフィンドールの寮監だ」

「そうですか」

 

 

至極、どうでもいい。

 

 

ウインクをするダンブルドアに、リドルは本心を悟られぬ完璧な笑みを見せ「凄いですね!」とちっとも心のこもっていない賞賛と、真っ暗な生気の無い尊敬の眼差しを向けた。

 

 

 






ヴォルデモートとリドルの表記の書き分けには少しこだわりがあります。
闇の帝王としてのヴォルデモートと品行方正心優しき優等生トム・リドル。
その対比のつもりですが、ややこしくてすみません…!

寮は何処にするか、真剣に悩みますね。


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05 ヴォルデモート卿、組分けされる。

 

 

 

9月1日。

ヴォルデモートはホグワーツ特急に乗り、ついにホグワーツ城にやってきた。

 

ホグズミード駅に到着し、小船に乗り込み広い湖を渡る。

夜の闇の中に浮かび上がるようなホグワーツ城を見た時、ヴォルデモートは思わず「…ああ、」と感嘆にも似たため息をはいた。

 

 

全てはホグワーツから始まり、ホグワーツで終わった。

死に場所でもあったそこは、唯一、心安らぎ深呼吸が出来た場所。何よりも思い出が多く、離れ難かったその場所に──今、俺様は帰ってきたのだ。

 

 

前回の学生生活は、ヴォルデモートにとってなかなか楽しいものだった。

 

沢山の本があり、様々な知識を得た。輝かしい魔法の世界に触れた。自分のルーツを探す事だって出来た。穢れた血を呪い、秘密の部屋を開いてバジリスクを散歩させた事もあった。

それに、不死の方法を探し──分霊箱を作る方法もこの時に知る事ができた。

 

あの老いぼれジジイ(ダンブルドア)には疑われ、警戒されていたが、かといって──俺様の邪魔をしたのは、卒業後の就職先の一件だけだろう。この優秀な俺様が教師になれなかったのは、きっとアイツがディペッドによからぬ事を吹き込んだからに決まっている。

 

 

ヴォルデモートは新入生達と共に、魔法生物飼育学の教師に引率されながら大広間へ続く大理石の階段を上がっていた。

 

 

ふと、気がつく。

 

 

──そうだ。ジジイが俺様を警戒していなければ、卒業後にここで教師をする事が出来るだろう。闇を求めて旅をした年月は沢山の魔法を知る事が出来、無駄では無かったが…2度、経験せずともいいだろう。

 

 

教師が組分けの説明をしている間、リドルはぐるりと新入生達を見渡した。

 

 

──エイブリー、レストレンジ、ロジエール、ノット…いやはや、懐かしい。

 

 

彼らはやや緊張した表情で他の新入生と同様、身を寄せ合うように歩いていた。将来死喰い人になり、闇に堕ちる彼らも──今はまだ11歳の少年だ。

純血思想が強い彼らはスリザリンに組分けされ、将来、トム・リドルの一団を結成する。

 

優等生で模範生であるトム・リドルが作り上げたそのグループは、表向きにはただの仲良し友達同士の勉強会グループのように捉えられていただろう。だが、実際は闇の魔法を学び、使用する。時には穢れた血を呪い粛清する、そんな死喰い人の前身組織でもあった。

 

 

 

レストレンジは俺様に真に忠実だった。──誰が裏切り者になるかがわかっている今。もう俺様は間違わぬ。それに、敵の息のかかっているものを内部に取り入れてたまるか。

 

それに、今思えばたいした力もない死喰い人が多かった。今回は限りない忠誠を誓い、裏切ることの無かったもの達だけを集め──少数精鋭の軍団を作ろう。まぁ、どうしても死喰い人になりたいというのなら、俺様の肉の盾になればいい。

 

前回の俺様はぬるかったのだ、恐怖で支配できると思い込んでいた。純血の尊い血がながれる者を手にかける事は避けていたが──それ程、服従の呪文にかけられたというのなら、本当にかけてやれば良い。

 

特に、マルフォイ家の奴ら!神秘部で予言を失うという痛恨のミスを犯したルシウス。禁じられた森でポッターの死を偽ったナルシッサ。…あの一家は骨の髄までしゃぶりつくしたあと、必ず根絶やしにしてやる。

 

ふむ…マルフォイ家は俺様の金庫だとして、やはりレストレンジ家に近付くのならば、スリザリン寮に入るしかないか…別寮になれば、心底陶酔させる事は叶わぬかも知れん。

 

 

 

ヴォルデモートは長い時をかけてどの寮を選択すべきか悩んでいた。

スリザリンに入れば前回同様、幼き少年たちを自分の手に落とし、死喰い人に引き込むのは容易い。それに、莫大な資金を持つ純血魔族達と交流が深める事ができる。

スリザリンはどうしても他寮との交流が少ない為、レイブンクローになれば彼らと仲を深めることは些か困難かもしれない。だが、ダンブルドアの疑いを晴らす事ができるだろう。

 

 

──あの帽子は本人の望みを叶える傾向にあるとは聞いている。…だが、まぁ、スリザリン以外に組分けられるとは、微塵も思わないのだが。

 

 

 

組分けは静かにヴォルデモートが思案している間にも着々と進み、半数の生徒がそれぞれの寮生が待つテーブルへとついた。

 

 

「リドル・トム!」

 

 

教師がリドルの名を読み上げ、リドルは静かに壇上に上がり古びた椅子に座る。

頭の上にぽすんと組分け帽子が乗せられ、リドルの視界は暗く覆われ──。

 

 

「スリザリンっ!!」

 

 

 

──る前に、スリザリンだと帽子は叫んだ。

 

 

すぐに帽子がとられ、視界がクリアになる。

スリザリン生からの拍手が送られる中、リドルは微かに微笑みすぐにスリザリン生の居るテーブルへと向かう。

 

 

──やはり、こうなったか。いや、それも当然だろう。俺様はヴォルデモート卿。どれほど外面を取り繕うとも、心は微塵も揺るがない。

 

 

リドルは同じスリザリンに組分けされた新入生の隣に座りながら、ちらりと教師達が座る上座を見た。ダンブルドアは、特に変わりなく微笑みながら手を叩いている。──そうか、今はまだ俺様がスリザリンに組分けされたとはいえ、今後微塵も怪しまれる行動さえしなければ、監視されずに済み、彼奴の信用を勝ち取る事だって出来るのか。

他の教師と同様、騙してみせよう!俺様は偉大な闇の魔法使い、ヴォルデモート卿なのだ!

 

 

「やあ、俺はジュード・レストレンジ、君は?トム…なんだっけ?」

「リドル。トム・リドルだ」

 

 

ジュードはにこやかに微笑み、たまたま隣に座ったリドルに手を差し出す。リドルも笑顔で手を握り、名前を名乗った。

 

 

「そっか、よろしくな!君は純血かな?俺は勿論、由緒正しき高貴なる血が流れる純血だ!」

 

 

胸を逸らし誇らしげに言うジュードに、リドルは少し困ったように笑いおずおずと口を開いた。

 

 

「わからないんだ。僕は両親の事を何も知らない。孤児院で暮らしているから…」

「おっと、それはごめんね。…まぁ、でもスリザリンに組分けされたってことは、純血じゃなくともどちらかが魔法族に決まってるさ」

 

 

ジュードは本心ではちっとも申し訳なく思ってないのだろう。軽く謝るとすぐに見定めるような目でリドルを見た。

 

──そういえば、こんな出会い方だったような気がする。単純で自分の思想を持たぬ馬鹿。なによりも扱いやすい男であり、だからこそ俺様に忠義を誓ったのだ。

 

 

ルームメイトは確か、この男とエイブリーだったな。

 

リドルは少し離れた席に座り、他のスリザリン生と楽しく話すエイブリーを盗み見る。

 

 

学生生活は今日から始まったばかりだ。暫くは優等生トム・リドルとして振る舞い、ゆっくりと、アイツらを取り込めば良かろう。

 

 

しかし──7年間か。

ホグワーツの図書館にある蔵書は膨大な量だ。前回全て見ることは不可能だった。読み逃している書物を全て網羅するのもいいだろう。

愛について、など。気が進まないとはいえ、前回その魔法で勝機を逃したのは事実。少々愛とやらについても学んでみるか。心から嫌だが。

 

 

愛について理解できず、愛を知らないヴォルデモートはこの日、トム・リドルとして愛を学ぶ事を心に決めた。

 

その決意が、この先にどういった影響を及ぼすかは、まだ誰も知らない──。

 

 

 

 





短くてすみません。
この後わりと早く進むと思います。


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06 ヴォルデモート卿、ストレスが溜まる。

 

 

 

トム・リドルは孤児であり、身の回りのものは一つとして新しいものは無かったが、白い肌に艶やかな黒髪、大きな黒い瞳に高い鼻。外見はホグワーツで最も美しく、また、内面も誰に対しても平等に優しく、困っている者がいればすぐに手を差し伸べた。

学業に関しても一年生の中では群を抜いて優秀であり、授業内容の難しさに苦しむ同級生の勉強に夜遅くまで付き合うこともあった。

そんなリドルだが、けっして驕らず、自分の優秀さを鼻にかける事もなく。むしろ「まだまだですよ」と謙遜し、上級生達に魔法について教わる度に「凄いですね」と目を輝かせ尊敬の眼差しを向けていた。

 

 

まさにホグワーツが始まって以来の秀才だとして教師からの期待や信頼も厚く、同級生と仲がいいだけでなく上級生からも可愛がられる生徒だった。

 

 

「リドル、次の授業の用意を手伝ってくれないかね」

「はい、喜んで」

「トム。土曜日の昼、一緒に紅茶でもどうかな?」

「光栄です、スラグホーン教授」

「トム!宿題終わった?変身術のレポート…見せてくれない?」

「自分でやらないと、為にならないぞジュード。…教えるから一緒に頑張ろう」

「リドル、この本は読んだ事ありますか?あなたならきっと理解できる事でしょう」

「ありがとうございます、読ませていただきます」

 

 

 

連日、リドルには沢山の生徒や教師が親しげに声をかけた。優秀な者とは誰だって仲良くなりたい、あわよくば甘い蜜を吸いたいものだろう。

授業へ向かう為に教室を移動すれば取り巻きのような軍団がリドルを囲むようになることに、それ程時間は掛からなかった。

しかし、それでもリドルと仲が良く、誰から見ても友人関係であるのはやはりルームメイトであるジュード・レストレンジと、テオ・エイブリーだろう。

 

ジュード・レストレンジは、聖28一族の中に名を連ねる由緒正しき純血一族であった。勿論彼も、家族と同じく純血に誇りを持ちマグルを下に見ていた。しかし、ジュードは半純血の事を下に見ることは無かった。ただ、何故こんなに素晴らしい純血に生まれてくる事を選ばなかったのだろうか、と不思議でならなかっただけだ。

つまり、ジュードはまだ自分の思想を持たぬ親の傀儡であった。

 

テオ・エイブリーは、両親共に魔法族であり、ジュードと同じく由緒正しき純血魔法族であったが、それほど深い歴史があるわけでも、マグルとの結婚を忌避している一族でもなかった。

母方の祖母は奇妙な力を持つ母を虐げ、拒絶したという。顔も知らぬ祖母だったが、その事実は幼いテオの心にしこりのように残り続けていた。

彼は、魔法族を虐げるマグルを恨んでいた。

 

 

マグルと魔法族について、2人は少し異なった考えを持っていたが、共通する部分も多かった。単純な事だ、彼らは──知能面において、かなりの馬鹿だった。

 

 

今日も今日とて、放課後にスリザリンの談話室の一角を占領し、魔法薬学のレポートを恨めしげな目で見つめるテオとジュード。机の上に広げられた羊皮紙は清々しい程の空白だった。

 

 

「トムー全然わからないんだけど。つか、ぺちゃんこ薬って何に使うんだ?」

「これって結局どう言う事?なんで時計回りと反時計周りで効能がかわるの?」

「…教科書に載っていただろ?」

「えー教えてよ、どこ?」

「もう…ここだよ」

 

 

リドルはため息をつきながらも「仕方がないなぁ」と甲斐甲斐しく世話をする。2人は初めからリドルが教えてくれる事を期待していた為、自分で教科書を開く気すら起きていなかった。

優しき優等生のリドルは、脳内にクィディッチとご飯のことくらいしか詰まっていない 馬鹿コンビ(テオとジュード)に、彼らが理解するまで何度も教科書に書かれている内容をバカでもわかるように噛み砕き、教えた。

 

なんとかテオとジュードが課題を終えることが出来たとき、すでに談話室にかけられていた時計は夜の11時を回っていた。

 

 

「──よし!終わり!あーよかった!これで明日スラグホーンに減点されずにすむ!」

「なんとかなって良かったね本当。ありがとうトム」

「…2人の力になれて嬉しいよ。…もう寝ようか」

 

 

リドルは優しく微笑み、その顔を見たテオとジュードは優秀なトムが友人で良かったと無邪気に笑い、机の上に広がる羊皮紙や教科書を鞄の中に無造作に突っ込んだ。「あ、破れちゃった、まぁいいや」とジュードが気にせずさらに上から無理矢理ぎゅうぎゅうと手で押し込んだのを見つめるリドルの目は、死んでいた。

 

自室に戻り、各自のベッドに入り10分もしない内に、テオとジュードのベッドからうるさいいびきと歯軋りの音が響く。

 

 

リドルはしっかりと布団を首の下あたりまでかけ、手で布団の上を掴み、瞬きもせずじっと天井を見つめる。

 

 

1時間程たった後、リドルはすっと起き上がり、自身の足元に消音魔法を、体に認識阻害魔法をかけて静かに自室を出て談話室を横切り、そのまま寮を抜け出した。

 

 

教師に会うことの無いようにしっかりと警戒しながら真っ暗な廊下を歩き、そして目的地にたどり着くとまた注意深く辺りを見渡し──静かに扉を開く。すぐに身を滑り込ませ、魔法で施錠する。

 

 

 

リドルは、深夜、ようやく唯一の安息の地へとたどり着く事が出来──今までつけていた優等生の仮面を外すと苛々とした表情を取り繕う事なく、叫んだ。

 

 

「バジリスク!来い!」

 

 

リドルはスリザリンの巨像に向かって、パーセルタングを使う。すぐにずるずると何かが這い寄る音が聞こえ、スリザリンの口が開き中から大蛇──バジリスクが現れた。

 

 

「主よ、どうされた」

「どうされたもこうされたもあるか!あの低脳!愚劣な阿呆ども!!彼奴らあれ程愚図だったか?俺様が優秀過ぎるからそう思うだけなのか?毎度毎度しょうもない事をぐちぐちと言いおって!少しくらい自分で考えようとは思わんのか!!口を開けばやれクィディッチ、やれ今日の夕食はなんだろう──知るか!!」

 

 

ヴォルデモートはノンブレスで叫ぶと、床を逃げるように走るネズミに向かって「クルーシオ!!」と唱えた。ネズミの鋭い悲鳴と痙攣する体を見てもまだヴォルデモートの鬱憤は晴れず、何度も叫ぶ。

 

 

「クルーシオ!クルーシオ!クルーシオ!!」

 

 

ついにネズミはひっくり返りぴくりとも動かなくなり──ようやく、少し気分が晴れたヴォルデモートは乱れた前髪をかき上げ、高らかに嘲笑する。

 

 

「はっはっは!!──全く…二度目も楽では無い。低脳な奴らと話を合わせるのは…流石の俺様でも些か疲れる。聞いてくれるかバジリスクよ、いや、聞け。昨日など──」

「……」

 

 

ヴォルデモートは真っ黒な革張りの椅子を出現させると踏ん反り返って座り、長い足を組み、ぺらぺらと「ジュードの馬鹿が」「この前などテオがクソ爆弾を」「あのクソジジイのぬるい目が気に食わん」などなど、尽きることの無い愚痴を吐いた。

 

 

そう、ここはサラザール・スリザリンの秘密の部屋であり、バジリスクの寝床の地下深く。

人生二度目のヴォルデモートはすぐにこの部屋を訪れ長い眠りについていたバジリスクを叩き起こしていた。

 

しかし、ヴォルデモートは穢れた血を粛清する事はせず、ここが唯一の本性の出せる場所としてバジリスクを相手に愚痴を言いまくっていた。

 

 

一度目は、俺様もまだ11歳の子どもだった。誰よりも優秀で、同級生を見下してはいたが──これ程馬鹿な奴らだとは思わなかった。俺様は魔法界のことを知らぬ子どもであり、奴らと共に勉学に励んだ事もあったのだが、今は最早、耐えられぬ!何故俺様が、闇の帝王であるヴォルデモート卿が鼻垂れ童の勉強に付き合わなければならないのだ!

 

 

それが自分で選んだ道であるゆえに、完璧主義者であるヴォルデモートは変えられない。優等生で模範生の仮面を被り続けなければならないヴォルデモートは、前回は感じなかったが、将来の部下の知能の無さに心の底から苛立っていた。

 

苛立つのも仕方がない。

前回は子どもと子どもだったが、今回は子どもとおじいちゃんである。それも片方は闇の帝王とまで言われた最強最悪のある意味偉大な魔法使い。

ヴォルデモートは優秀な死喰い人相手に魔法を教える事はあれ、馬鹿な子どもに魔法を教えた事など無かった。

 

 

 

 

前回よりもストレスを感じまくっていたヴォルデモートは、週に一度はこうしてバジリスクの元を訪れた溜まりに溜まった愚痴をぶちまけていた。

 

 

バジリスクはなんとも言えない目で、次々と溢れる愚痴を聞いていた。

1000年ぶりに目覚めさせられたと思ったら。新しい主人は穢れた血の粛清をする事はなくただ愚痴を言ってスッキリしたら帰ってしまう。

バジリスクは蛇であり、人間同士の交流など全くもって理解が出来ない為に、ただ静かに端正で優しそうなリドルの顔からは想像もつかないほど荒々しく口汚い罵りの言葉が洪水のように溢れるのを聞き流していた。

 

 

「──そう思うだろう?バジリスクよ」

「ああ、そうだな」

 

 

勿論バジリスクは聞き流していた為、分からなかったがとりあえず深く頷いた。

すると満足したのかリドルはにこりと笑みを深め立ち上がり、バジリスクの冷たい身体に触れた。

 

 

「やはり俺様には蛇の王たるお前が相応しいな。…勿論ナギニも素晴らしいが。今回は早めに迎えに行こうか」

「ナギニ?」

「ああ、美しい蛇だ」

 

 

リドルは目を細め、優しくバジリスクの身体を撫でる。蛇愛好家であるヴォルデモートが、一般的な愛情にも似た視線を向けるのは蛇と触れ合っている時だけだった。

スリザリンの血を受け継いでいる証であるパーセルタングは、ヴォルデモートにとって何よりも誇れる能力であり、人間と違い忠実な蛇達の事を最も好いていた。

闇の印に蛇と髑髏という、 厨二病(若気の至り)感満載のモチーフを選ぶ事から、どれだけ執着しているかわかるだろう。

尤も、ヴォルデモートはその印は最高傑作だと思い70歳を超えている今でも微塵も恥ずかしい印だとは思っていない。

 

 

「主よ。我は早く穢れた者を粛清したいのだが」

「まぁ待て、今はまだその時ではない」

 

 

バジリスクは不満げに呟くが、リドルは優しい瞳のままそれを止める。

 

ヴォルデモートは今回、バジリスクを使い穢れた血を粛清する気はあまりなかった。前回これといった結果はなく、何人か石にして1人殺す事が出来たが、その代償にホグワーツを1人で行動する事が出来なくなり、さらに閉鎖の危機が訪れた。

バジリスクは驚異的な力を持つが、このホグワーツではその力をうまく使う事は難しいだろう。

 

 

──少々、今回の流れを見つつ判断しなければならないな。

 

 

リドルは薄く微笑み、腕時計が指す時間が気がつけば2時を回っている事に気がつくと、バジリスクに優しく「戻れ。…おやすみ」と告げた。

不満そうにしゅーしゅーと言葉にならない呻きをあげながら、バジリスクは言われた通り寝床へと戻った。

 

 

 

ーーー

 

 

 

翌日。

 

 

「トム!どうしよう昨日のレポート勝手に破れてた!」

「……レパロ」

「ありがとう!」

「トム!僕の筆ペン知らない?昨日どこやったっけ?」

「……アクシオ」

「ありがとう!やっぱりトムは頼りになるなぁ、持つべきものは優秀な友達だね!」

 

 

にっこりと笑うジュードとテオに、リドルは困ったように笑ったが、2人が背を向けた瞬間無表情になり、なんとか杖を2人に向けないよう必死に止めながら脳内で67回ほどクルーシオをかけた。

 

すでに彼らの友人というよりも、母のような立ち位置になっているリドル。

リドルはまだ一年生である。つまり、少なくとも彼らがそこそこリドルの闇の深さを理解し闇に落ち、陶酔するまでの数年間はこの関係が持続し、ヴォルデモートのストレスは溜まり続けるのである。

 

 

 

 



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07 ヴォルデモート卿、愛について調べる。

 

 

リドルはクィディッチにあまり興味が無かった為、レイブンクロー対ハッフルパフの試合を観に行くことは無く、ホグワーツの図書館を訪れていた。

殆どの生徒が競技場に集まって居るからか、図書館には司書が1人いるだけで誰も居ない。

 

リドルは高い本棚を幾つか通り過ぎ、図書館の奥にある書棚で足を止めると杖を振り幾つかの本を腕に抱えた。

 

 

『確実に魔女を惹きつける12の法則』『真実でニッチな愛と生について〜上級者向け〜』『魔法界における恋の病100例』「愛と恋の魔法、これを知れば全てあなたの虜!魔女を落とす為のテクニック!』…などなど、どの本もピンクや紫の鮮やかな色彩をしていて、リドルが持っているだけで二度見してしまいそうな本だ。

 

 

ヴォルデモートは愛について、本から学ぼうと考えた。分霊箱についても載っている本があったのだ、きっと愛の魔法についてもどこかにあるだろう。

それっぽいタイトルの本を無作為に選び、日のあまり当たらない図書館の奥にある席に座り、とりあえず開いた。

 

 

机に頬杖をつきながら書かれている内容を読んでいく。速読が出来るリドルは、無表情のまま次々とページを捲り、すぐに一冊を読み終わるとまた別の本に取り掛かった。

 

 

──理解できん。胸がきゅんと締め付けられる、とは一体どう言う事だ。締め付け呪いかクルーシオでもかけられているのか。

 

 

ヴォルデモートは前回、全くもって愛を理解出来ず、愛の魔法など存在するわけがないとたかを括っていた。だが、その代償はあまりにも大きかった。

そうならないために、そして──なによりも理解し難く嫌悪感のある愛とかいうものであっても、それが魔法であるのならば──自分が知らない魔法があるなど、ヴォルデモートは耐えらず、それを知りたかった。

しかし、使えるかどうかは、また別問題だが。

 

 

──愛している人物との性行為が何よりも満たされ幸福?ただの性処理だろう。

 

 

ヴォルデモートは勿論、童貞では無い。

何よりも美しかった学生時代、幾らでも股を開く女が居たため、ヴォルデモートは特に性処理で困ることは無かった。まぁ、彼女面されるのは面倒で全ての女に忘却魔法をかけていたが。

 

 

数十分で全ての本を読んでしまったリドルは無駄な時間を過ごしてしまったと思いながら杖を振り、本を元の場所に戻した。

しかし、在学中に何とかして愛の魔法を知らねばならない。このホグワーツにある図書館ほど蔵書が多い場所はないだろう。

リドルは仕方がなく、面倒臭そうにさらに数冊の本を抜き取った。

そろそろクィディッチの試合が終わる頃だろう。他の生徒たちに何を借りているのか知られるのも、厄介だ。

 

そう考えたヴォルデモートはカウンターにいる司書に借りたい本を数冊を渡し、無事に借りることができた本を鞄の奥底に押し込む。

 

 

──まぁ、一年程度で愛が何たるかを理解出来るとは思わぬ。前回は愛の持つ魔力を過小評価し、大したものではないとたかを括り理解する気などさらさら無かった。…しかし、今回は違う、俺様が自ら愛を理解しようとしているのだ、この俺様が!その差は大きいといえるだろう。

 

 

リドルはスリザリン寮へ続く廊下を歩き、窓の外から競技場を見る。

遠くから生徒たちの歓声が聞こえることから、どちらかのチームが勝利したのだとわかった。

 

リドルは全くクィディッチに興味がなかった。

いや、全くないわけではない。前回はそれなりに箒を使って空を飛ぶ事にも憧れるまだ少年らしい気持ちを持っていた。

 

しかし、途中で姿現しの存在を知り、箒に乗って移動する意味が見出せず──結局、それから箒をわざわざ使って移動する魔法使いを愚かだと思い箒に乗ることはなかった。

姿現しで一瞬で移動できる方法が有りながら、何故時間をかけて箒で移動するのか、全く理解できなかったのだ。

とは言っても。勿論人並み以上に箒を乗りこなす才能はあるのだが。

 

 

「…そういえば…本には、同じ経験をする程に愛が深まるだとか書いてあったな…」

 

 

ぽつりとリドルは呟き、窓枠に腰掛け競技場の方をじっと見る。

 

先ほど読んだ本の中には共通の経験があるほどに愛は深まるという記載があり、ヴォルデモートは自分にないのはその経験かと首を傾げていたのだ。

どこかに蛇語を話せ、闇の魔法を使いこなすことが出来、尚且つ魔力も自分と同等の力を持ち世界征服を企んでいる者がいるのなら別の話だが、そんな存在いるわけがないだろう。

 

 

──そういえば、選手同士で恋人になる者が多かったな…。

 

 

ヴォルデモートは前回の学生時代を思い出し──全く自分には興味がなかったが──周りの生徒たちはクィディッチの選手同士で付き合ったり離れたりしていた。その他にもクラブ活動が同じ者で恋人関係になっていたものもいただろう。

広いようで狭い子どもたちの社会では、やはり共にいる時間が長ければ長い程に深い仲になりやすい。

ヴォルデモートは前回、秘密の部屋を探し出す事に5年を費やし、トム・リドルの一団を作り上げ闇の魔法について議論していた。そこに女の影は一切なく、また必要ともしていなかった。

そのため、本人は特に気にしていないがヴォルデモートは青春など、送っていない。

 

 

「…クィディッチか…」

 

 

トム・リドルの一団に女を入れようとは思わない。愛を知らないヴォルデモートでも、男女間のトラブルにより、ドロドロとした滑稽で馬鹿な事が起こることは知っていた。

将来、死喰い人にさせる軍団なのだ。面倒な色恋が起こりうる可能性を少しでも引き入れる事は出来ない。

ならば、自分から既に出来上がっている男女がいる空間に飛び込むしかない。

 

 

──まぁ、俺様が選手になれないわけがないだろう。

 

 

ちょうど、1週間後に一年生にとってはじめての飛行術がある。

確かな才能を見せつければ、きっと簡単に選手に選ばれる事だろう。一年生は参加できないと聞いているが、それならば二年生の時に選手になれば良い。

 

 

リドルは立ち上がり、スリザリン寮へと向かった。

 

 

 

 

 

 

数日後。

図書館に立ち寄ったダンブルドアは司書から生徒の貸し出しリストを受け取り、自分の研究室に戻った後、ふかふかとしたソファに座り目を通していた。

 

何を誰がいつ借りたか。プライバシー的なこれを閲覧出来るのは教師だけであるが、闇の魔術に関する怪しげな書物ばかり借りている生徒がいないか見張るため必要な事であり──教師だけが知る、隠れた仕事の一つであった。

そして、前回のヴォルデモートはかなり闇に深い本ばかり借りていた為、ダンブルドアに信用されなかったという隠された事実がある。

とはいっても、ホグワーツの図書館にある本は閲覧禁止棚以外は誰が見ても一応は、責めることは出来ない。あくまで闇に染まるかどうかの可能性の指標にしかならないが。

 

 

「…トム、ほぼ毎日、本を借りているんだな」

 

 

長いリストに、気にかけている生徒の1人であるトム・リドルを見つけ、ダンブルドアは目を止めた。

何を借りているのだろうか、あまり本は買えない環境だが、どの科目でもかなり優秀だと評判だし、きっと色々先を見て予習する為の本か何かだろうか。

 

 

ダンブルドアはトム・リドルの名前を杖先で軽く叩いた。

 

 

「──これは…」

 

 

『愛され魔法使いより愛する魔法使い!?』『愛されボディメイク魔法、流行の最先端に追いつこう!』『愛とエロスの先にあるものとは』『愛の呪文1000種』『あの子の命を虜にしよう!愛の呪文の恐ろしさと素晴らしさ』

 

ダンブルドアは無言でもう一度リドルの名前を杖先で叩き、彼が借りている本の題名の羅列を消した。

 

 

 

「…ふふ、トムは甘酸っぱい青春を送っているようだ、うん。良かった良かった…」

 

 

誰よりも秀でた才能を持つあの美しい少年が、年頃の少年らしく愛に悩みいじらしい青春を送っているのかと思うと、何だかダンブルドアは嬉しかった。

 

 

ダンブルドアは、一つでも愛が世界に多く生まれる事を何より──誰より喜ぶ。

自身がその愛を、持たぬからだ。──正しくは、1人を愛する事を選べなかった、ともいえるだろう。

 

 

──トムとは、愛の持つ力について…いつか語り合える日が来るかもしれない。

 

 

魔法族にとって、愛は長年研究されているひとつの分野として確立している。尤も、それを過小評価している者が多いのもまた事実だが。

ダンブルドアは何よりも愛の尊さと、それがもつ力の偉大さを知っている。

 

 

ダンブルドアは薄く微笑み、目を輝かせるままに他の生徒たちが何を借りているのかを、ゆっくりと紅茶を飲みながら調べていった。

 

 

 

 

勿論、ダンブルドアの考えは全くもって勘違いも甚だしい。

しかし、ヴォルデモートにとってはかなり、都合良く解釈してくれたと言えるだろう。

 

 

 

 

 

 

 






ホグワーツって、結局図書館が正しいのか、図書室が正しいのか…原作ではどっちも出てくるんですよね…。

ヴォルデモートは果たして選手になれるのか!?


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08 ヴォルデモート卿、クィディッチをする。

 

 

リドルは2年生になっていた。

2年生になり、彼を取り巻く環境で変わった事といえば、クィディッチの選手になった。それくらいだろう。

1年生の飛行訓練で誰よりも秀でた才能を見せつけ、見事2年生にしてクィディッチの花形であるシーカーを務める事となった。

勿論、リドルはクィディッチに興じ、スリザリンチームを勝利に導くため──というよりは、とりあえず前回よりは他者と共通の経験を積んでみよう、という彼なりの愛を理解するための行動で有り、スリザリンチームが勝とうが負けようがどうでもよかった。

 

 

 

「…週に、3回練習ですか?」

「そうだ。新しいメンバーが増えたからな、作戦を練り直さなければならない」

 

 

 

キャプテンである6年生の男子生徒が当然のように頷く。

ヴォルデモートは少し、安易に行動し過ぎたかと一瞬後悔したが後の祭りだ。今更やっぱりシーカーやめますだなんて、彼のプライドと、そしてトム・リドルとして積み上げてきた物が許さない。

 

 

「トム、一緒にがんばろうぜ!」

「試合は3ヶ月後だよね?僕たちで守るからさ!」

 

 

リドルの左からジュード・レストレンジが、右からテオ・エイブリーが肩を組み楽しげに笑った。

 

リドルにとって想定外だったのは2人の飛行術が優れていて、なおかつ選手に選ばれた事だろう。

ちょうど去年までいたビーターの2人が卒業してしまい、空きが出た。

リドルがシーカーに選ばれるらしいと聞いた元々クィディッチが好きで、選手になる事に憧れていた2人はビーター選出試験を受け、そして見事その座を勝ち取った。

2人の飛行術が優れていたのも勿論だが、常に共に居る2人は言葉を交わす事なくアイコンタクトで空を飛び交い、完璧なタイミングでブラッジャーを叩き落とす事ができた。

 

ビーターは、出来る限り息のあった者同士が良い。今後の練習である程度伸びるとはいえ、もう1人のビーターが何を考え行動するのか──それがはじめからわかっているテオとジュードが選ばれるのも、不思議ではない。

 

 

「…君たち、ただでさえ補習ばかりなのに。練習する暇なんてあるのか?」

「それはほら、トムがなんとかしてくれるだろ?」

「そうそう!」

「……」

 

 

馴れ馴れしく肩を組み、いっさい悪意のない笑顔を見せる テオとジュード(馬鹿コンビ)は、ヴォルデモートの脳内でダンブルドアの次に殺害されているといえる。

 

 

「…わかったよ。でも、僕も練習があるから…授業はせめて、真面目に受けてくれ」

 

 

仕方がないなぁ、と言うようにリドルが笑えば、テオとジュードは「勿論!」と答える。しかし、2人はそもそも勉強があまり好きではない。特に他の生徒と比べて劣っているわけでもないのだが──口では素直に頷きながら、全くもってやる気はなかった。

大好きなクィディッチの選手に選ばれたのだ。勉強など、二の次であるのはクィディッチ好きの12歳の少年なら当然だろう。

 

リドルは笑顔のまま固まる。

開心術で2人の心を見た時に、その2人の言葉が嘘であると知ってしまったのだ。

 

『勉強そっちのけでクィディッチに打ち込み、これからもトムに課題を手伝ってもらおう!』という思想を読み取ったヴォルデモートは、先ほど脳内に浮かんだ後悔をさらに強めた。

 

 

「じゃあ、早速…テオとジュードはブラッジャーを使って練習。トムはスニッチもどきを使って練習な。速さと大きさは本物と同じだけど、逃げ出さないように2時間で元の場所に戻ってくるようになってる。他の選手達も各々練習してるから、怪我には気をつけて」

「…わかりました」

「はい!」

「頑張ります!」

 

 

こうして第一回目のクィディッチの練習が始まった。

すぐにピッチに他の選手が現れ、それぞれ

箒に跨り空を飛ぶ。リドルは自分の箒を持っていなかったが、前任のシーカーが置いていったそこそこ優秀な箒を使用する事が出来た。──ちなみに、裕福な家系であるジュードは父親に最高級の箒をプレゼントしてもらっていた。

 

 

リドルはクィディッチの時に使用するゴーグルをつけ、箒に跨った。こくり、と頷けばキャプテンが箱の中から金色のスニッチもどきを解放する。しゅん、と小さな羽音を立ててスニッチは飛び上がり、太陽に向かって高く駆け上がった。

 

 

 

──週に3度も練習があるのは面倒くさい。…まぁ、今回は秘密の部屋や自分のルーツを探さずにすむ。…時間があるのも事実だ。…これは、愛についてより理解するためにきっと必要な経験なのだ。

前回に行わなかった事を、俺様はなるべく行わねばならん。全ては、愛とやらを理解する為に。

 

 

リドルは空を飛び、空高くから下を見下ろした。

選手達が飛び交い、言葉を出さずとも心が通じているような動きを見せる中で──この繋がりが、愛とでもいうのか?とヴォルデモートは考えた。

 

 

──いやしかし、思考を繋げるのであれば思念魔法で済む。なぜわざわざ交流し、仲を深める必要があるのだ。そもそも、ブラッジャーに魔法をかけて相手の選手を妨害すればいいのではないか?いや、前日に呪えば戦力を大幅に削減できる。真面目に練習する意味がわからん。しかし、どうやら…やはり、選手同士には特別な繋がりのようなものがあるように見えるな…服従魔法でもかけているのか?

 

 

 

ヴォルデモートは観察する。

普通の生徒たちの動きや、その表情を。

特に得たい能力ではなかったが──だとしても、きっと必要な事なのだ。

 

 

 

「──っ!?」

 

 

 

突然、すぐ顔のそばをブラッジャーが猛スピードで駆け抜け、リドルはギリギリで交わすと一回転し体勢を整える。

 

 

「トム!ぼーっとしてたら危ねぇぞ!」

 

 

後ろにいたジュードが大声で叫び、ブラッジャーをバッドで殴った。打ち返されたブラッジャーは、またリドルの元へ向かう。

 

 

 

「おい!──こっちに打ち返すな!」

「わぁ!トム、どいてー!」

「なっ!?」

 

 

リドルは再び猛進してきたブラッジャーをかわし空に飛び上がったが、ジュードを睨んでいたリドルはその先にテオがいた事に気がつかなかった。

テオの叫びを聞きすぐに互いに箒を引っ張り無理矢理進行方向を変えたが、僅かに箒の先が接触し、2人ともバランスを崩し大きく高度を下げた。

 

 

「くっ…!──邪魔だ!」

 

 

すぐに体勢を整えたリドルがテオに向かって吠えれば、テオはむっとしてすぐに噛みつき返す。

 

 

「僕のせいなの!?トムがその辺にいるからでしょ!シーカーはスニッチが見つかるまでは他の選手を邪魔しないで上空待機!常識だよ!?」

 

 

ぷりぷりと怒りながらテオがバッドを振り回し、また近くに来ていたブラッジャーを遠くに打ち返す。尤もな言葉にリドルはぐうの音も出ず、舌打ち一つ零すと柄をぐっと上げさらに上空に飛んだ。

 

 

テオとジュードはクィディッチが好きだ。

彼らはまじめに練習していただけで、そもそもこの場でまじめに練習していないのはリドルだけだった。

しかし、しかしだ。

2度目の人生ではじめて他人に、それも真っ当な理由で怒られたリドル──ヴォルデモートの心は屈辱と怒りで燃えていた。

 

ギラギラと目を赤く染め、リドルは怒りのままに素早くあたりを見渡しようやく選手として動いた。

 

スニッチがジュードの後方に飛んでいるのを見つけると、直ぐに槍のように急降下し、手を伸ばす。

 

 

「うわっ!?」

「邪魔だ!どけ!」

 

 

猛スピードで急降下するリドルに、ジュードは驚きながら飛び退く。追いかけられている事に気がついたスニッチは速いスピードで流星のように逃げ惑う。

だが、彼はヴォルデモート卿。一度狙った獲物はしつこく付き纏い、その首を捉えるまで離さない。

 

微塵もスピードを緩める事なく地面に向かって落下するリドルを見た他の選手たちは、ぶつかる、医務室の予約しなきゃ、トムの顔面が無事ならいいけど──と、本気でそう思った。

 

 

リドルは持ち前の長い腕を伸ばし、地面スレスレでスニッチを掴むと柄先を強く上げた、箒先がギャリギャリととんでもない音と土埃を上げながら地面と擦れ、芝生が捲れ剥き出しになる中、リドルは枝がばらばらと分解されていく箒を手放し、軽い足取りで地面に降りると何食わぬ顔で掴んだスニッチを掲げた。

 

 

「──すごい!!」

 

 

すぐに他のメンバーが駆け寄り、リドルの確かな才能を褒め称える。満更でもない表情を見せながら胸を逸らしていたリドルだったが、スニッチを取ることが出来た代償は大きい。

 

 

「凄い。けど…。そのファインプレーは試合で見せて欲しかったな…箒が木っ端微塵だ」

 

 

キャプテンは苦笑しながら地面の上に転がる無残な箒の残骸を指差す。

 

リドルの無理な飛行術により、箒の先は本来の長さの半分になり、至る所から枝がぴょんぴょんはみ出ていた。

 

 

「うーん。トムにはもっと優秀な箒が必要だな。乗り手が良くても箒が劣っていたらその能力を発揮できないだろう。スラグホーンにちょっと言ってみるか…」

 

 

キャプテンは無惨な姿になった箒を拾い上げ──ぽろぽろと枝が落ちた──真剣な表情で呟く。

リドルは一応、ちょっと申し訳なさそうな表情を浮かべてみた。

 

 

 

 





リドルがクィディッチをしているところを見てみたかっただけです。
絶対カッコいいですよね?


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09 ヴォルデモート卿、怒りを見せる。

 

 

 

リドルははじめてのクィディッチの試合で当然のようにスニッチを掴み、チームを勝利に導いた。スラグホーンにより与えられた箒はコメット180という、当時作られた箒の中では優秀な箒であり──ジュードも同じ箒を使用していた。

 

勿論リドルだけの力ではないが、シーカーがスニッチを掴めば150点もの大幅得点であり、その時点で試合が終了するというゲームの性質上、最も貢献したとも、言えるだろう。

 

 

スニッチを手に持ったまま地面に降りたてば、すぐに他の選手たちが集まりリドルに駆け寄る。

 

 

「凄いぞトム!」

 

 

キャプテンがリドルの頭をぐりぐりと撫で、他の選手たちが抱き着き背を叩く。揉みくちゃにされているリドルは「はい!勝てて嬉しいです!」と口では言いながら、土埃で汚れている選手達が馴れ馴れしく自分の体に触れる事に耐えられずストレス値はどんどん上昇していた。

 

 

──試合には勝った。つまらん、スニッチを得ることが出来れば簡単に勝利するこのゲームの何が面白いんだ。特に達成感も何もない。それに、結局愛の何たるかなんぞわからなかったな。

 

 

勝利に盛り上がるチームメイトをよそに、リドルの心はちっとも動かなかった。

その日はスリザリン寮で一試合目の勝利を祝う宴が催され、上級生が厨房にいるハウスエルフに飲み物やケーキ、チキンなどを頼みこっそり寮に持ち込んでいた。

 

口々にリドルの高い能力を誉め、今年はクィディッチ優勝杯はいただきだと歓声をあげパンプキンジュースの入ったゴブレットをかかげる。

リドルは最も貢献した選手だとして無理矢理その宴の中央に座らされ、目の前に数々のお菓子や料理が出されていた。パンプキンジュースの入った大きなゴブレットを両手で持ちながら、リドルはニコニコと人の良い笑みを浮かべて、勝利に湧く生徒たちを見渡す。

 

 

──試合で勝てただけでこれ程嬉しいものなのか。わからぬ。理解が出来ん。敵を殺したわけでもあるまいに…。

 

 

この賑やかな宴の中、ヴォルデモートただ1人が冷めきった目をしていたが、勝利の楽しげな熱に浮かされた彼らはちっとも気がつかない。

 

 

 

その宴は夜遅くまで続き、談話室の時計が12時を指した頃にようやく欠伸を噛み殺しながらパラパラと生徒たちは自分の寝床に戻った。

 

リドルもようやく鬱陶しさから解放されたか、とため息をつきながらテオとジュードと共に自室に戻る事が出来た。

リドルが服を着替え、明日の授業に使う教科書を鞄の中にいれていると、後方からジュードの「あ、やべ」と小さな事で呟きが聞こえ──リドルは嫌な予感がした為、無視をした。

 

 

「あー、どうしようかなぁ」

「……」

「やばいなー」

「……」

「うっかりしてたなー」

 

 

リドルはチラチラと背中にジュードの突き刺さる視線と察してくれとばかりの台詞を聞いていたが、もちろん無視をした。

 

 

「あ、僕もやばいなー」

「……」

「どうしようかなー」

「……」

「徹夜かなー」

 

 

その声にテオの声も加わった。しかし、リドルはやはり無視をした。

 

 

「テオもか?やっぱり徹夜だな。トムが」

「──何故そうなる!!」

 

 

さらりと言われたジュードの言葉に、リドルは思わず振り返って叫んだ。

ジュードとテオは手にまっさらな魔法薬学のレポートを手にし、リドルに向けながら肩をすくめた。

 

 

「そのレポートは、もう終わったと言っていただろ!」

「いやー終わったと思ってたんだけど」

「うん、レポートした記憶があるから、たぶん夢でやってたんだね」

「──馬鹿か貴様ら!!」

 

 

ちっとも悪びれた様子がないテオとジュードに、リドルは…いや、ヴォルデモートは今までつけていた優等生で優しいトム・リドルの仮面を少し、脱ぎ去り叫んだ。

 

 

「クィディッチの練習前に課題を終える約束だっただろ!?どうするんだ!この期限は明日までだ!」

 

 

初めて見る怒ったリドルにテオとジュードは少し驚いていたが、気にする事なく怒りで震えるリドルの肩をぽん、と叩いた。

 

 

「うん、わかってるさ。だから、徹夜だ!」

「一緒に頑張ろう!」

「ク──」

 

 

 

──クルーシオ!!

 

 

 

と、ぎりぎり叫ぶのをなんとか堪えたヴォルデモートは、まさに人生で一番努力したと言えるだろう。実際ヴォルデモートはかなり沸点が低い。すぐに苛立ちクルーシオを放ち部下を苦しめる事でストレスの発散をしていた。

なんとか堪えられたのも、今まで彼らに──不本意だが、振り回されていたおかげだと言えるだろう。

 

何度も深呼吸をし、なんとか心の奥から湧き上がってくる怒りを抑え、脳内で存分にクルーシオをかけたのち──リドルは今まで通りにっこりと笑った。

 

 

「もう、仕方ないな…」

「ありがとうトム!最高の友人だよ!」

「頑張って終わらせようね!」

「じゃあ一緒に──」

 

 

──しよう。そう言う決心はついていた。

 

何故ならトム・リドルだからだ。

優しき彼らの友人であるのなら、こんな馬鹿なこいつらの事も受け入れなければならん。そうヴォルデモートは思ったが。

 

テオとジュードのニヤリとした意地悪げな笑みを見たヴォルデモートは、その裏に隠された2人の思考を読んだ。

 

 

──トムってマジでちょろい。

 

 

 

びしりと固まったリドルは、その目を瞬時に真っ赤に染めた。目の色が赤く染まったリドルを見て、テオとジュードは驚き息を飲む。

 

 

胸の中を占めるのは怒りとこんな奴等に下に見られている屈辱。ヴォルデモートとして耐えられるわけもなく──そもそもかなり限界だった、むしろよく今まで耐えてきた方だろう。

 

しかし、僅かに残る冷静な部分で『何があってもダンブルドアを騙し切る事が先決、こんな奴らのせいで台無しにされてたまるものか!』いう思考と意地が、なんとか杖に手を伸ばす事を止めていた。

手はピクピクと動き杖を求めていたし、何の心配事もないのならすぐにクルーシオ!と叫んでいた事だろう。

 

 

優しき優等生の仮面を()()脱いだリドルはその表情を歪め2人の手から真っ白なレポートを勢いよく奪うと床に叩きつけた。

 

 

「喜べ。僕が監督してやろう。さあ、すぐにその羊皮紙を拾い上げ教科書を開け」

「トム…?」

「ど、どうしたの?…お、怒った?」

 

 

その言葉使いはいつもの優しく温和なリドルとは想像もつかない程、粗暴で上から目線だった。

確かにクィディッチの練習をしている時にはよく「馬鹿が!」「邪魔をするな!どけ!」と言われていたが、クィディッチに熱中する少年にはよくありがちな暴言だと2人は受け止めていた。

あまりに態度の違うリドルに、テオとジュードは「やばい」と思ったが、もう全て遅い。

 

 

リドルはベッドの上に勢いよく座り、足を組み、呆然とする2人を見下した。

 

 

「返事はYES以外認めない。つべこべ言わず早くしろ!教科書185ページ、質問は許さない。頭の中に叩き込め、ない脳を絞って正解を導き出せ」

「…イ、イエッサー!」

「わかりました!」

 

 

2人はすぐに頷き、どうやらさすがの優しいトムもブチギレてしまったようだと顔を引き攣らせながら課題に取り掛かった。

 

とはいえ、なんだかんだ教えてくれるトムってやっぱり優しい、とは思っていたが。

 

 

その後2人はかなり真面目に課題に取り組んだ。

手を止めてしまえばリドルが盛大な舌打ちを漏らし苛々とした雰囲気を隠す事なくぶちまけていたせいもあるだろう。

いつもなら4時間はかかるレポートだったが、なんとか2時間で終えることが出来、テオとジュードは机に突っ伏し「で、出来ました…」とリドルにレポートを見せた。

 

無言で受け取ったリドルは2人のレポートに目を通し、まぁ2人にしてはそこそこ見れる形になっていると頷くと、ようやく険しかった表情を緩めた。

 

 

「…ふん。まあ…君たちにしては、よく出来ているんじゃないかな」

「…うん…あの、もう怒ってない?」

 

 

テオがおずおずと聞けば、リドルはふっと笑い手に持っていたレポートを瞬時に燃やし消し炭にした。

 

 

「ああーーっ!?」

「な、何するんだよ!」

 

 

リドルの凶行に、テオとジュードは絶望感のある悲鳴を上げ立ち上がったが、リドルはにっこりと笑みを深める。

目はちっとも笑ってなかったし、赤いままだったが。

 

 

「オブリビエイト!」

 

 

リドルは杖先を2人に向け、忘却魔法をかけた。

絶望していた2人の表情はすぐにぼんやりとして、静かに椅子に座り直す。

 

 

──うむ、やはり絶望に染まった顔と悲鳴は良いものだ。本来ならクルーシオをかけてやりたいところだが、今の俺様のクルーシオは間違いなくこいつらを壊す。俺様の力が強大である事に感謝するが良い。

 

 

ヴォルデモートはわざわざ彼らの絶望の表情を見るために、時間をかけてレポートを完成させ目の前で燃やすという手段に出た。

彼らの悲鳴と絶望を見て。ようやく、少しは胸の怒りが晴れたヴォルデモートは新しい羊皮紙を2人の目の前に置くと、ゆっくりと低い声で囁いた。

 

 

「テオ、ジュード。レポートを早く終わらせろ」

「ああ…うん、そうだな」

「そうだね…」

 

 

ぼんやりとしたまま、一度完成させたと言う事実を忘れた2人は羽ペンを掴み、またカリカリとレポートを作成していった。

 

 

 

ヴォルデモートは少し満足げだったが。

結局これはさらにレポートが完成する時間が伸び、睡眠時間が減るだけで自分の首も苦しめていると言う事に、ヴォルデモートはまだ気が付かなかった。

そんな事よりも、この2人の絶望を見る事がなによりも大切だったのだから──仕方がない。

 

 

そして、この日を境にヴォルデモートはそこそこ2人を叱責する場面が見られるようになり、むしろあの完璧な聖人君子なリドルもやっぱりそれなりに人間らしく怒ったりするんだな、と生徒たちは肯定的に温かい目で受け止めていたという。

 

 

 

 






クィディッチをしたところで、ヴォルデモートには友情!努力!勝利!なんて気持ちには微塵もならなさそうですよね。

馬鹿コンビが学生時代にやらかせばやらかすほど、死喰い人になった時に危険な任務にばかり向かわされる運命にあります。
それも、仕方がないですね…。




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10 ヴォルデモート卿、理解が出来ない。

 

 

 

気がつけば寒い季節も終わりを迎え温かな春がやってきた。

 

リドルはクィディッチの試合でしっかりと自分の役割をこなし、見事今年のクィディッチ優勝杯はスリザリンが獲得し、リドルに対する評価はただの成績優秀の模範生ではなく、クィディッチまで得意だという魔法界においてかなり尊敬される地位も得る事ができた。

 

これはただ他人と交流し、その中で生まれるかもしれない愛を理解しようとしただけのヴォルデモートにとっては思わぬ副産物であったが、更に教師や生徒たちをうまく騙す為には丁度良い隠れ蓑であった。

 

しかし、ヴォルデモートは2年生が終わる前であっても、やはり愛の何たるかなど到底理解できていない。

選手達を観察し、それなりに心を通わせる事が出来る相手とは、相手が何も言わなくても次の行動がわかるようになる。という特殊能力──ヴォルデモートは人の心を理解しない為に、それは特殊能力では無いかと訝しんでいた──を得ることができるらしいとは、わかったが。

 

 

ヴォルデモートはそもそも人の心を見る事が出来る。その為、それは彼にとっては必要ではない能力であり、開心術を使わずに人とアイコンタクトをするだけで心がわかる、相手の気持ちを読み取る事など、ついぞヴォルデモートにはなかった。

 

そもそも、この能力──と言って良いのか疑問だが──は、ある程度人と交流し、仲を深めれば誰だって会得するありふれた力だ。

だが、心を一切開く事なく、閉ざしきっているヴォルデモートにそんな能力が会得できるはずもない。

クィディッチでリドルがシーカーだったのは幸運だっただろう。チームプレイが全くもって出来ない、というよりやろうとする気持ちが微塵も無いヴォルデモートにとって、もし他のポジションだったならば間違いなくクビになっていた。

 

 

成績優秀、品行方正、怒るとそれなりに怖い、クィディッチも得意、さらにとびきり美少年。

それが、2年生終盤のトム・リドルの評価だった。

 

そしてこの頃からヴォルデモートは静かに、確実に、闇の魔の手を幼き同級生達に忍び寄せ始めようとしていた。

 

 

 

──まずはやはり、ルームメイトであるテオとジュードだろう。ジュードは救いようもない馬鹿だが、だからこそ深く物事を考えず俺様に陶酔し誰よりも忠誠を誓う。何より好ましい純血魔法族だ。テオもまたどうしようもない馬鹿だが純血であり、マグルに対し嫌悪感が強くたくさんのマグルを殺す優れた死喰い人になる。

彼らは馬鹿だが、利用すべき価値がある。今まで苦労して脳内クルーシオだけで済ませてやったのも、全ては未来の為だ。

 

 

リドルはぱたん、と読んでいるふりをしていた本を閉じ、各自ベッドの上でクィディッチの雑誌を読んでいるテオとジュードを見た。

 

 

「テオ、ジュード。君たちはマグルと魔法族について…どう思う?」

「んー?」

「え?」

 

 

テオとジュードはいきなり何だろうかと雑誌から顔を上げ、薄く微笑むリドルを見た。

 

 

「魔法史の課題の話か?」

「そんな課題でてたっけ?どうしよう、僕まだ終わってないや」

「俺もだ」

「…君たちが自主的に課題を終わらせる事があったのなら、ぜひ教えて欲しいんだけど?」

 

 

ちくりとリドルが言えば、テオとジュードはニヤリと悪戯っぽく笑い「また今度な」「来年は期待してて」とからかうように言った。

 

 

「…課題の話じゃないさ。…ほら、グリンデルバルドは魔法界解放の為に活動してるだろう?どう思うのかなって思って」

「あー。その話か。俺の父上はグリンデルバルド賛成派だな、マグルなんかの為に俺達が隠れるのは間違ってるって言ってた。父上が言うんだ、間違いない」

「僕は…親とその話をしないけど、マグルを粛正するのはイイよね」

 

 

顔を見合わせてテオとジュードは頷いた。

リドルは表面上では「そうなんだ」という表情をしながら、内面ではやはり前回と2人は同じだとわかりほくそ笑む。前回もこの切り口で2人に魔法界とマグルについて目を向けさせ、議論を交わしていた。

 

 

──いや、議論だと思っていたのはコイツらだけで、実際は俺様の巧みな話術により俺様が思うままに思想を植え付けていったと言うべきだろう。

 

 

ヴォルデモートがなによりも優れたのは、人を誑かせる巧みな話術にある。

同級生の幼く愚かな子どもの思想を操る事など、ヴォルデモートにとっては至極簡単な事だった。

それ以上の、警戒している大人の魔法使いですらヴォルデモートの話術に惑わされ疑心暗鬼になり、仲間内で見張り合い──破滅していったのだ。

 

 

「…君たち2人が、僕と同じ考えで嬉しいよ。…僕も、魔法族がマグルの為に隠れ暮らすのは少しおかしいと思ってる。マグルの粛正は、正しい事だ」

 

 

──少し、ではないが、いきなり全てを曝け出す事はしない。少しずつ、数年をかけて巧みに支配させていくのだ。

 

 

テオとジュードは、目をぱちくりとさせてリドルを見た。

リドルが、まさかそんな事を思っているとは思っていなかったのだ。誰にも分け隔てなく優しいリドルが、マグルに対して偏見の目を持っている?その考えの魔法族は少なくは無いが──トム・リドルという人間の言葉にしては、少々違和感があった。

 

 

「へえ?トムがそんな事いうなんて、ちょっと意外だな」

「…そう?」

「そうそう。トムって誰にも優しいから、てっきり博愛主義なんだと思ってた」

「…そう見えるかな」

 

 

 

──ふむ。前回こんな流れだったか?流石に会話の内容までは思い出せん。少々急ぎすぎたか?いや、前回も確か3年に上がる前だったはずだ。時期としては正しい。

 

 

「──少し、思っただけさ」

 

 

リドルは彼らの困惑を読み取るとすぐに話を打ち切り、誤魔化すように曖昧に笑った。

 

テオとジュードは顔を見合わせて首を傾げた。なんとなく、いつものトムでは無いような気がする。

そんな僅かな違和感に──ジュードは「あ!」と声を上げる。

 

 

「わかった、トム。夏休みに孤児院戻りたく無いんだろ。もしかして、マグルに…何かされたりしてるのか?マグルの孤児院なんだろ?」

「トム、まさか、虐められてるの?」

 

 

マグルは魔法の力を知ると、大体が拒絶しその力を奇妙なものだと思う。

テオはまさか、自分の母のように心なく薄汚いマグルなんかに、この何より素晴らしい人が虐められているのかと険しい表情でリドルを見た。

 

 

「──え…。…いや…孤児院に戻りたくはない…けど」

「いいって!わかった、俺はわかってる。何も言うな」

「そうだよトム!そんなことになってるなら言ってよ!僕ら友達だろう?」

「…は?」

 

 

テオとジュードは真剣な顔でリドルの元に駆け寄ると慰めるようにリドルの肩を叩いた。

 

 

──こいつらは何を言っているのだ。

 

 

ヴォルデモートは人の心がわからない。だからこそ僅かに動揺し、それがリドルの表情にも現れた。

僅かに目を揺らせ狼狽したように見えるリドルのその表情を見たテオとジュードはハッと息を呑むと顔を見合わせた。

 

 

「大丈夫だトム。わかってる。夏休みは俺の家に来い」

「……待て」

「それがいいよ!僕の家でも良いよ」

「……おい」

 

 

しかし、テオとジュードは意味ありげに視線を交わしこくりと無言で頷くだけだった。そう、テオとジュードはクィディッチで絆を深め、十分に互いの考えを理解できるようになってた。そして、その表情から同じ事を考えているのだろうとも読み取っている。

 

 

2人はすぐにリドルから離れると家に手紙を送る為に机に向かい、物凄い速さで羽ペンを動かす。

 

ヴォルデモートは、全く2人の思考回路が理解できず、珍しく狼狽えた。

それもそのはず、ヴォルデモートは2人の心を見て、その2人の言葉に他に真意があるわけではなく──ただ、己を心配して孤児院から引き離そうとしているのだと、感じ取ってしまったのだ。

 

 

──何故だ。何故そうなる。たしかに孤児院はマグルの腐った臭いがする。1秒でもいたくはない。だがマグル如きに虐められるなど、この俺様があり得るわけがないだろう。

 

 

 

前回と同じ世界を辿らず、全てを偽り欺き、完璧な善人に擬態しているヴォルデモートは、全てが自分の想像通りうまくいくと微塵も疑っていなかった。

前回よりも誰に対しても優しく接し、クィディッチの選手となった事の新たな副産物が──こういった形で現れるとは夢にも思わなかった。

 

 

そう、ヴォルデモート本人は全く意識していなかったが、クィディッチでの経験はヴォルデモート以外に多大な影響を及ぼしていた。

テオとジュードの深い絆、そして、それは2人だけではない。テオとジュードは、同じようにリドルに対しても、強い絆を一方的に感じていた。絆…と言うよりも、友情と言えるだろう。

 

 

前回、リドルは2人に対しこれ程まで甲斐甲斐しく世話をしなかった。何故なら、前回のリドルはまだ自分のことで精一杯な子どもであり目の前に広がる魔法界を知ることに夢中だったからだ。

前回、リドルは2人に対し特に怒る事も無かった。何故なら、人間というものに期待もせず興味もなかったからだ。愚かで馬鹿な同級生であり、利用価値などないと、この時は思い込んでいた。

前回、リドルはクィディッチの選手では無く。2人や他の選手たちと青春めいたものをする事は無かった。共通の強い経験を重ねる事で、絆が強固になり互いを好きになる、そんな事はこの年代の青少年にはありがちだった。勿論、一方的なものだが2人はリドルも同じように思っていると信じ込んでいる。

 

 

何故なら、リドルはテオとジュードを特別に目にかけ、甲斐甲斐しく母のように世話をし、時には叱責した。

 

それもこれも、きっと自分達が真の友達──そう、親友だからだ!

 

 

と、テオとジュードは思っていたのだ。

 

そんな親友のトムが、どうやらマグルの孤児院でとんでもない目にあっているらしい。

誰にでも優しいトムが、マグルの事を嫌うくらいだ、よっぽど酷い目に遭っているんだろう!こうしちゃいられない、親友のトムが苦しんでいるのなら、せめて避難させてあげよう!

 

 

と、そう2人が考えるのも当然だ。

2人にとって、リドルは親友なのだ。

 

 

だがしかし、彼らの親愛を理解できないヴォルデモートは、心の底から困惑し、狼狽えた。

 

 

──何故そうなる。確かに俺様はコイツらにとって良き友人であるように取り繕っている。だが、何故前回以上に俺様の事を、そこまで…?理解が、出来ん。

 

 

 

そう、ヴォルデモートは2人の好感度を上げすぎたのだ。

 

それはまさに、ヴォルデモートが初めて向けられた愛情だった。

奇しくも、あれほど知りたかった愛が最も近くにあったのだが──勿論、ヴォルデモートには理解が出来ない。

 

ただ、2人がなんの見返りもなく自分を孤児院から避難させるわけがない、その見返りにレポート一年分くらい要求するに決まっている。そう考えていた。

 

 

「…課題1年くらいやらせるつもり?」

 

 

リドルは羊皮紙に向かうテオとジュードの背中に冷たい言葉で問いかけた。

だが、2人は視線を上げ首を傾げ「なんの話?」と答えるだけだった。

 

 

──なんの見返りも求めないなど。あり得ない。なんのつもりだ。

 

 

ヴォルデモートは、2人からの温かい無償の親愛が理解できず、腕にぽつぽつと鳥肌が立つのを感じ、気持ち悪そうに腕を擦った。

 

 

 

 






果たしてトム君は7年間の間に親愛を理解できるようになるのでしょうか。



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11 ヴォルデモート卿、メンバーと会う。

 

 

リドルは3年生になった。

選択科目は魔法生物飼育学と古代ルーン文字学を選び、特にどれでもよかったテオとジュードもリドルと同じ科目を選択した。

 

 

ちなみに、この夏休みにリドルはジュードの巨大な屋敷で2ヶ月ほど連泊していた。

マグルに虐められてるに違いない、助け出さないと!と妙な使命感に突き動かされたジュードとテオはすぐに両親へ手紙を書き、リドルを孤児院から離すことに成功し、どちらの家で過ごすか…となった時に、やはり広い屋敷を持つレストレンジ家の方が良いだろうという結論に達した。

 

 

2ヶ月間、リドルにとってマグルのいない場所で生活できたのは有り難かった。

 

 

それが例え、何故か一緒に泊まることとなったテオが居たとしても、だ。

 

 

レストレンジ家には大きな書斎があり、好きに読んで構わないというレストレンジ家当主の好意によりリドルはほぼ毎日書斎に籠っていた。中には読んだ事がある本もあったが、ヴォルデモートにとってかなり好ましい種類の本も山のようにあり、わりと充実した日々を過ごしていたのだ。

度々、テオとジュードの2人がリドルの元を訪れ突撃し、無理矢理外に引き摺り出し、クィディッチをしようとせがんだが。

 

その度にリドルはブラッジャーにテオとジュードを追いかけるよう強い呪いをかけた。

逃げ惑うテオとジュードの悲鳴をバックミュージックに、リドルは優雅に闇の本を読み耽っていたのだ。

 

 

 

 

3年生になり一回目のクィディッチの練習で、リドルはいつものように面倒臭そうに空高くを飛んでいた。

視界には時々金色のスニッチもどきが姿を現していたが、あまり早く捕まえすぎるとキャプテンが「もう一回練習しよう!」と言い出す恐れがあるため、リドルは早過ぎず、遅過ぎず、絶妙なタイミングでスニッチを捕まえる事にしていた。

 

 

──面倒だ。また週に3度も練習をせねばならんのか。どうせ俺様がスニッチを捕まえて試合は終わる。他の奴らの練習など、はたして必要なのだろうか。

 

 

リドルは円を書くようにゆっくりと旋回しながら、ふと下の方でバットを振り回し豪速で突き進むブラッジャーを殴り飛ばすテオとジュードに気が付いた。

 

2年生の末に行われた決勝戦よりも、2人の動きは格段に良くなりフィールドを飛び回る。巧みな箒捌きを見せ、他の選手に衝突しそうだったブラッジャーをすぐに打ち返し、危機を回避する。

 

 

──そこそこ動けるようになっているではないか。…まぁ、2ヶ月間常にクィディッチクィディッチ五月蝿かったからな。

 

 

リドルは自分の右後ろ辺りを飛んでいたスニッチを振り返る事なく羽音だけで場所を把握し、ぱしりと捕まえるとすぐに地上に降り立った。

スニッチを元のケースに押し込んでいると、キャプテンが杖を空に向け爆竹にも似た大きな音を出す。練習時間終了を示すその音に、空を飛んでいた選手たちはすぐに降りてきて額に滲んでいた汗を拭い、ぐしゃぐしゃになっていた髪を整えた。

 

 

「テオ!ジュード!どうしたんだ?見違えたじゃないか!」

 

 

リドルが気が付いたのだ、クィディッチ馬鹿でありこのチームのキャプテンである男が気がつかないわけがない。

キャプテンは興奮したようにテオとジュードの背中を叩き、飛行術の向上を心から誉めた。

テオとジュードは顔を見合わせ、少し照れたように笑うと「トムのおかげなんです!」と声を揃える。

 

 

数々の選手たちの目がリドルを射抜き、リドルはいきなり自分に注目されるとは思わず、そして全くテオとジュードとキャプテンの話など聞く気が無かったため、何故自分が注目されているのかも分からず、曖昧に笑って首を傾げた。

 

 

「夏休みの間、トムがブラッジャーに魔法をかけてくれたんです!」

「へえ、そうなのか、トム?」

「は…。…はい」

「ずっと追いかけてくるようにしてくれて、初めは怖かったですけど…いい練習になりました!」

 

 

テオとジュードはにっこり笑って、リドルを何とも言えぬ暖かい眼差しで見つめる。

ヴォルデモートは最近2人がよく見せるこの生ぬるい目がどうも気持ちが悪く、首元にぽつぽつと鳥肌を立てながらもリドルはしっかりと「2人の努力ですよ」と謙遜する事を忘れなかった。

 

 

そう。テオとジュードはまさかリドルが自分達に大怪我をさせるためにブラッジャーに呪いをかけたとは思っていない。

これで特訓をしろって事だな、とプラス思考に勘違いし、狂ったブラッジャーと2ヶ月間毎日格闘していたのだ。

 

 

──こいつら、馬鹿か。いや、馬鹿だったな。騙されやすいにも程がある。まぁ、…だから扱い易いという面もあるが。

 

 

完全にリドルの事を信頼しているテオとジュードはこの先何があっても、リドルを裏切る事はないだろう。真の友情とはそういうものである。

 

 

「練習、お疲れ様です」

「トムは相変わらずだけど、テオとジュードも凄く上手くなったんじゃないかな?」

 

 

観客席でスリザリンチームの練習風景を見ていたアラン・ノットとルーク・ロジエールがピッチへ降りてきてリドル達に惜しみない賞賛を送る。

 

 

「だろ?今年の優勝杯もいただきだ!」

「トムが居れば、怖いもの無しだよね!」

「…みんなの力を合わせれば、きっとね」

 

 

リドルは爽やかな笑顔でそう言い、テオとジュードも既に輝かしい勝利を確信し大きく頷いた。

 

明るい笑顔で笑い合う同級生達を見ながら、ヴォルデモートは懐かしいトム・リドルの一団がようやく揃い、つながりを持てた事に満足していた。

 

 

アラン・ノット。彼はジュード・レストレンジと同じく純血魔法族だった。それも、他の純血よりもさらにその血の歴史が深く濃い、上流階級を持つ貴族のノット家の長子であった。

彼は純血を何よりも尊いものだと思い、マグルは羽虫程度にしか思っていない。そして、はじめはどこの血が流れているかわからないリドルの事をあまり良くは思っていなかったのだが、同じ階級にあるレストレンジ家のジュードがかなり慕い、尊敬していると知り興味本位に近づき、今ではそこそこ、話す仲だと言えるだろう。

 

 

ルーク・ロジエール。彼もまた純血魔法族のロジエール家の長子であった。

他の純血魔法族と同じく、純血である事に何よりも誇りを持つ彼は、半純血の事はそこそこ認めてはいるが、ふとした時に「マグル臭くない?」と冷ややかに嗤う事もある、強い差別思想を持っていた。彼もまたリドルの事はどこの生まれかわからないのにそこそこ頑張ってるなぁ、と遠くから見ていたが、どうやら純血のレストレンジ家に長期間泊まったこともある程の仲だと知り──アランと同じく興味本位に近づき、今ではリドルの事を陰で馬鹿にする事はない。

 

 

トム・マールヴォロ・リドル

テオ・エイブリー

ジュード・レストレンジ

ルーク・ロジエール

アラン・ノット

 

 

通称トム・リドルの一団。かなりそのままの名前なのは名付けた本人の高慢さと、何より自分が優れているという気持ちの表れだろう。

リドルを筆頭に、のちに死喰い人となる彼ら4人を見渡し、ヴォルデモートは少しだけ、懐かしさに目を細めた。

 

 

──テオ、ジュード、ルーク、アラン。こいつら確か皆死んだな。力を持たぬばかりに。いや、もともとそこまで優秀な奴らではなかったのだ…忠実な奴らだったが。その子供らは一部は裏切り一部は親と変わらぬ忠義を示した。

 

 

 

そう、この4人は第一次魔法戦争で皆死亡する。

ある者は闇払いに、ある者はヴォルデモートの影武者となり、ある者は仲間を逃すために、ある者は拷問の末。

 

 

今はまだ何も知らず屈託なく笑う少年たちの顔が絶望と恐怖に染まり死ぬのだと、卒業して数ヶ月後、急に世界中を旅しようと言うヴォルデモートに10年間も付き合った彼らが無惨にも命を落とすのだと、ヴォルデモートは知っていたが。

 

 

──まぁどうでもいい。今回もきっと死ぬだろうが、裏切りさえ起こらなければいいのだ。

 

 

だからといってその命を助けようとは、微塵も思わなかった。

 

 

 

しかし、それは一回目の人生の話である。

テオとジュードの好感度は前回より高く、ルークとアランも既に好印象を持ち始めている。

トム・リドルの一団が結成されるのは後数年後の話ではあるが、それまでにヴォルデモートが変わらず優しき模範生の仮面を被り続け、全てを騙す限り、未来はどう転ぶかわからない。

 

 

 

 

 






名前はどれだけ探しても見つからなかったので適当です。
性格も勿論わからなかったので妄想です。

10年間一緒に旅し続けるとか、普通に考えて凄いですよね彼ら。


追記、少々修正しました。


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12 ヴォルデモート卿、ホグズミードへ行く。

 

 

 

ホグワーツ3年生のビッグイベントと言えば?

そう、ホグズミード行きである。

 

 

 

リドルはテオ、ジュード、ルーク、アランと共に、イギリスで唯一の魔法族のみの村──ホグズミード村を訪れていた。

 

 

頭の後ろで手を組みながら「どこ行く?」とジュードがリドルに聞くが、リドルはこの村に対して興味は無かった。

他の子ども達が何よりも楽しみにしている三本の箒に行き、バタービールで乾杯!など、中身が70歳を越えているリドルにとってはちっとも楽しみではない。

酒が飲めるのなら行きたいが、流石にこの見た目で飲めるのはジュースかバタービールぐらいである。

それに、この村は沢山の魔法族で溢れているが、ノクターン横丁のようなアングラなものはあまり無い。

つまり、ヴォルデモートにとってこの村の好ましいところといえばマグルが居ない、その程度であり数々の店には興味が無かった。

 

 

「何処でもいいけど」

「トムはホグズミードはじめてでしょう?私たちは来た事がありますからねぇ」

 

 

アランがぐるりとホグズミードを見渡し、他の生徒達のように目を輝かせる事なく呟いた。

純血魔法族であるなら、1度はこの村に来た事がある者が殆どであり、この中で初めて村を訪れたのは──今回の人生において──リドルだけである。

 

 

「僕のおすすめはハニーデュークスかな!やっぱりあそこのチョコやヌガーは美味しい!」

「えースピントウィッチズスポーツ用品店は?試合で使う手袋買いたいんだよなぁ」

「僕は新しい羽ペンが見たいからスクリベンシャフトに行きたいなー」

「私はトムズ・アンド・スクロールズに行って新しい本を買いたいです」

「……」

 

 

4人は口々に行きたい所を告げる。どう見ても方向はバラバラであり、1日で全てを回る事は不可能だろう。

 

 

「…皆、好きなところを見ればいいんじゃないかな。僕は適当に見て回るから」

 

 

こうもバラバラならば共に行動せずともいいだろう。案内されずともここは何度も来た事があり何処に何があるのかはわかっているし、それに──ヴォルデモートは誰かに付き添ってウィンドウショッピングなどやるつもりはない。あんな地獄と屈辱は2度と経験したくは無い。

 

 

しかし、ヴォルデモートが1人で行動したくとも。彼らはそうではない。

 

 

「え?そんな事言うなよ、せっかくだからみんなで行こうぜ?」

「そうだよ!トムは何処に行きたい?」

「ここ、割と広いし迷子になりますよ?」

「お金が無くても楽しめるところはあるよ!バタービール飲んだこと無いよね?僕が奢るよ!」

 

 

彼らは、やや偏った思想を持つが、それでも普通の少年であり、普通に友達思いだった。

彼らに、みんな別行動だなんて選択肢は存在しない。

 

スリザリンだからなのか、集まった人間がそうであるのかはわからないが、彼らは一度心を許せば結束は固く、割と優しいのだ。

 

 

リドルは4人から優しい眼差しで見つめられ──少し固まったのち、「…じゃあ、バタービールというのを飲もうかな」と小さく呟いた。

途端に4人はぱっと笑うとすぐにリドルを三本の箒まで案内した。道すがらリドルの為にいろんな店の説明を口々にし、楽しそうに笑い合う。

 

ヴォルデモートは先頭を歩く4人の背中を見ながら、微かに眉を寄せる。

 

 

──何故だ。前回は…ここまでアイツらは頑なでは無かった。俺様が1人で過ごすと言えば、すぐに頷いたはず。俺様はアイツらの何かを、変えたのか。

 

 

 

前回、リドルは彼らを圧倒的なカリスマ性と闇の力を持って半ば盲目的に支配していた。

だが今回、彼らがリドルのそばに居るのは──単に友人だからだ。

 

勿論彼らの本質は変わらない。

彼らは由緒正しき聖28一族であり、ヴォルデモートが望むような純血思想を持つ。

今後、どう足掻いても彼らはヴォルデモートにより彼らが持つ純血思想を刺激され、ヴォルデモートの思うままにその思想を過激化し、行動に移すだろう。

 

 

だが、前回と異なりテオとジュードはヴォルデモートのイエスマンにはなり得ない。

 

 

 

「ほら!トム、ここが三本の箒だ!」

「…へえ、ここか」

 

 

ジュードが後ろで考え込んでいたリドルの腕をぐいっと掴み先頭まで引っ張ると、一番初めに入るようにと促す。

リドルは知っていたが、とりあえず頷くと店内へと続く扉を開けた。

 

 

ジュードとテオは、店内に踏み込んだリドルの後を、追った。

その後に、ルークとアランもゆっくりと続く。

 

ちょうど奥に誰も座っていない広いテーブルがあり、5人はそこに座るとテーブルの端にあるメニューを回し見た。

 

 

「バタービールで乾杯しようぜ!」

「うん、僕5人分頼んでくるね」

「あ、私何かつまめるものが欲しいです。バタービールは甘いので…」

「ここのソーセージ美味しいよ?ちょっとピリッとしてるけど」

「それにしましょうか。…トム、他には何か頼みますか?」

 

 

アランがメニューをよく見えるようにリドルに手渡したが、リドルは少し沈黙した後首を振った。

 

 

「いや。…僕、手持ちが少ないから」

 

 

それは嘘ではない。苦学生であるリドルは毎年一定の支援金を受け取る事ができるが、新年度の教材を買うだけでほとんど尽きてしまう。ホグズミードに来たものの、これといって買い食いする事も、好きな本を買う事も出来ないのだ。

 

 

「ああ、そんなの俺が払うよ!好きなの頼めって」

「……それは、施しを受けてるみたいで嫌だな」

 

 

リドルは有無を言わさない低い声で呟き、しっかりと忠告したつもりだった。

将来的に、彼らの莫大な資金を使い10年間旅するのは事実だが、今、この場で金欠だという理由で奢られるのは、ヴォルデモートの自尊心を傷付ける行為だった。物乞いのような事はしたくない。それをきっぱりと伝えたが、ジュードは特に気にする事なくきょとんとすると笑った。

 

 

「施しとかじゃねーよ!いつも課題手伝ってもらってるし、そのお礼だ。何でもいいぜ?」

「そうそう、今後も手伝ってもらわなきゃいけないしね?」

 

 

テオとジュードは顔を見合わせるとくすくすと悪戯っぽく笑い。「ほら、どれにする?」と再度リドルに問いかける。

 

ヴォルデモートは本気で何も頼みたくは無かったが、彼らの課題に散々付き合い、その対価としてなら──まぁいいか。そんな風に思い直し、メニューに目を通し、最も高いものを指差してにっこりと笑った。

 

 

「じゃあ、これで」

「うっ…。…いや、いいけど!」

 

 

金額を見たジュードは少し顔を引き攣らせたが、払えない金額でも無く、頷くしかなかった。

 

 

 

テオが注文をまとめて女店主に伝え、数分後5つのバタービールが届く。

それぞれがジョッキを持ち、ジュードは笑顔で「乾杯!」と掲げた。

 

 

──バタービールで乾杯など。こんな馬鹿げた事をする時が来るとは思わなかった。前回、こんな事はしなかった筈だ。

 

 

 

リドルはじっとバタービールの白くクリーミーな泡を見ていたが、ふと4人の視線が自分を見ていることに気がつき──それも、何故か期待のこもった眼差しであり、仕方がなくバタービールを一口飲んだ。

 

 

「……甘すぎる」

 

 

ぽつりと呟けば、何が楽しいのか4人はくすくすと笑った。

 

 

 

 

テオとジュードはヴォルデモートのイエスマンにはなり得ない。何故なら、2人はリドルに対し栄光のおこぼれを貰おうなどという打算的友情を持っているのではない。

真の友情を持つものならば、勿論反抗や意見を言う事もあるだろう。

 

まだアランとルーク、この2人はリドルに対し打算的友情を持っていると言える。成績優秀であり、優れた才能を持つリドルと共にいれば今後プラスになる事が多いだろう、テオとジュードがここまで気に入ってるんだし。と、そう思って近づいたのは事実だ。

だが、これなら先ヴォルデモートがテオとジュードに対するように、アランとルークにも対応し、絆を深める何かがあれば、アランとルークもまた、2人のようにリドルに対し親愛を向ける可能性もある。

 

 

ヴォルデモートは前回の失敗を避ける為に、最善を尽くしている。

さらに、この4人は自分にとって10年間共に旅をする部下になる事や、彼らは裏切らないだろう事をわかっているからこそ、慎重に、丁寧に取り扱った。

 

 

テオとジュードがどれだけ馬鹿だろうが見捨てず。

アランとルークが共に課題をしたいと言えば頷き長時間付き合った。

 

 

 

運ばれてきたソーセージと山盛りのローストビーフをつまみながら、彼らは取り止めのない話で盛り上がっていた。

それを見ながらヴォルデモートは、再度「甘すぎる」と思っていたのだが。

 

 

はたして──甘いのはバタービールだけなのだろうか。

 

 

 





ヴォルデモートは誰から何を言われようと魔法界を征服したいしマグル殺したい、その気持ちは前回同様揺らぎません。とりあえずハリー殺すマンです。

今の所は。

ってかドロホフっていつ頃ヴォルデモートとあったんでしょうね。彼だけ聖28一族じゃないので扱いに困ります。トム・リドルの一団メンバーでも無いし…。
ダンブルドアのいう、無法者の雑多のよりあつめですかね?


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13 ヴォルデモート卿、偽る。

 

 

三年生の後半、リドルは最近行動を共にするようになったテオ、ジュード、アラン、ルークとスリザリン寮の談話室にいた。

ようやく寒い冬が終わり、暖かな春が訪れ外で健康に遊ぶにはもってこいの季節だったがリドルは外で元気に駆け回ることなどしない。

テオとジュードはともかく、アランとルークもどちらかといえばインドア派だった為、多数決が行われれば大体室内で過ごすこととなった。

外に出ようとしないリドル達に、ジュードは「日影ばっかいてるとキノコ生えるぜ?」と嫌そうに文句を言ったが、それでも彼はテオと2人きりで外に行くよりはリドルと共に居ることを選んだ。

 

 

「あーー!!もういいだろ?これ以上詰め込んだら覚えたこと全部忘れるって!」

「ジュード、あなたが学年末テストが大変だからといって、わざわざトムが教えてくれてるんですよ?」

 

 

羽ペンを投げ出し羊皮紙の上に突っ伏したジュードに、アランは呆れたような声を上げる。

学年末にはテストがある。ジュードは馬鹿ではないが、純血魔族に求められる知能までは及ばない。その為両親にこれ以上成績が下がればクィディッチの選手である事をやめるように言われてしまい──仕方がなく、かなり早めからテストに向けての勉強を始めていた。レストレンジ家の者がクィディッチにうつつを抜かし過ぎて穢れた血共よりも馬鹿であることを、勿論両親も世間も許さない。

 

かれこれ2時間は机に向かっていたジュードだ。彼にしてはかなり頑張った方だろう。

リドルは壁にかけられている時計を見てまぁそろそろ休憩くらいは挟む方がいいか、と薬草学の教科書を閉じた。

 

 

「じゃあ。10分休憩で」

「じゅっ…10分…」

「あー僕ももう、教科書見たくない」

 

 

ジュードはあまりの短すぎる休憩時間に愕然として言葉を無くし、テオも教科書と羽ペンを投げ出して怠そうに天を仰いだ。

 

 

「あなた達、腐っても聖28一族に名を連ねているのでしょう?将来は魔法族を率いる存在になるのですから、そんな当主達が知能の足りぬ馬鹿だなんて…私は嘆かわしいです」

 

 

アランはノット家の次期当主としてその中では最も教養と知能があった。リドルには及ばないまでも、学年で次席を誰かに譲ることは無い。

 

 

「わかってるって…」

「いいえ、わかってません。トムが優しいからといってあなた達は──」

 

 

嫌そうな顔をしたジュードとテオに、アランの苦言は止まらない。ガミガミと口煩いアランに、2人はちらりと視線を見合わせ肩をすくめた。

 

 

「これって、トムの本かい?」

「ああ。…そうだけど?」

 

 

アランにガミガミと怒られる2人を見ながら何気なく机の上にある教科書をペラペラとめくっていたルークは、最後のページにある名前を見て手を止めた。

いくつも書き込みされ、わかりやすい注釈がついているこの教科書、きっとトムのだろうとは思っていたが書かれていた名前が「T.M.R」というイニシャルだった為、一瞬古本屋で買った誰かの名前だろうか、と思ったのだ。

 

 

「トム…なんていうんだい?」

 

 

ルークは「M」のアルファベットを見て首を傾げる。

ヴォルデモートはそういえば──わざわざ名乗る事もなかったな、と思いつつ「マールヴォロ。トム・マールヴォロ・リドル」と自分の正式な──あまり名乗りたくはないその名前を告げた。

 

 

「マールヴォロ?…どこかで聞いた名だね」

 

 

ルークは首を傾げ、暫く小声で「マールヴォロ…」と呟いていた。テオとジュードに苦情を言っていたアランもその何処か聞き覚えのある名前に2人を責めていた声を止め、首を捻った。

 

4人とも、その名前に聞き覚えがあった。

どこで聞いたのだろうか、と思い出せそうで思い出せない何とももやもやしたものを感じている彼らに、ヴォルデモートは今言うべきかを悩んだ。

 

 

──前回は俺様がゴーント家に関わりがあると…こいつらは気が付かなかったが…。いや、そもそもマールヴォロという名をこいつらが知ったのはもっと後だった。こいつらにはサラザール・スリザリンの血を引く唯一の家系であるゴーント家である事を伝えたが…。いつだったか、少なくとも…こいつらが自分から気付いた事はなかった。

 

 

前回、ヴォルデモートは母親がマグルで父親が魔法族なのだと信じていた。

魔法族であるなら、母親は哀れな身なりで死なずに済んだはずだ。きっと、トム・リドルという自分の父親が魔法使いなのだと思い込んでいた。

しかし、自分の父親らしき『トム・リドル』という名前はどれだけ探しても見つからなかった。歴代の監督生の名前の一覧表や、輝かしい栄光のトロフィーなどを探したが──ついに見つかることは無く、ヴォルデモートは哀れに死んでしまった母親が魔法族だったのだと認めざるを得なかった。

わかるのはマールヴォロという名前だけであり、暫く探したのち──割とすぐ、マールヴォロ・ゴーントという名前にたどり着いた。

 

ゴーント家は聖28一族にも入っている由緒正しい純血魔族であるが、どうも衰退しているらしいと聞き、5年生になる前の夏休みに、会いに行き…そして魔法族である母を捨てたマグルの父が生き残っている事を知り、殺害した。祖父に罪を重ねて。

 

 

今回も殺す気はある。

いや、殺す気があるというよりも、生かす気がないと言った方がいいだろう。時期は様子を見るとして、今このタイミングでゴーント家との繋がりを彼らに伝えていいのか──ヴォルデモートは数秒悩んだ。

 

 

 

──どうせ知る事になるか。早いか遅いかの差だ。

 

 

 

「…僕の母方の祖父の名前がマールヴォロっていうみたいなんだ。変わってる名前だよね」

「マールヴォロ…マールヴォロ…、…あっ!!マールヴォロ・ゴーントかい!?」

 

 

呟いていたルークが大声を出し、ジュード達も「あっ!」とモヤモヤが晴れたような顔をした。

 

驚愕し僅かに動揺している彼らを見て、リドルは全くその驚きの意味がわからないという表情で首を傾げ、困ったように笑う。

 

 

「マールヴォロ・ゴーント…?」

「ゴーント家は、聖28一族なんだよ!って事は、トムもきっと純血なんだ!」

「確か…家には娘が居ましたが行方不明になっていると聞いています。名前は…ちょっと待っていてください」

 

 

アランが「アクシオ」と唱え聖28一族の書物を呼び寄せる。自室に置かれていたのであろうその本は少ししてすぐにアランの手に飛び込んできた。

アランは机の上に乗せると、パラパラとめくる。沢山の純血魔法族の名前が枝分かれするように書かれていてレストレンジ家、ブラック家、マルフォイ家などの中にゴーント家もたしかにあり、その一番下にはメローピー・ゴーントと書かれている名前があった。

 

 

ヴォルデモートは母親の名前を見て、目を細める。

 

 

──前回は、純血だったら良いとそれに焦がれこの本を読み、そしてマールヴォロ・ゴーントの名を知った。彼奴に辿り着くまでにそう時間は掛からなかったが…ふむ、コイツらが自分から気がつくとこんな反応になるのか。

 

 

「メローピー…確か、孤児院で僕を産んで死んだ母の名前と同じだ」

「まじかよ…いや、トムはめちゃくちゃ頭いいし、魔法も凄いし…有名な血筋なのかなって思ってたけど…ゴーント家か…」

 

 

すでにゴーント家で存命を確認されておるのはマールヴォロ・ゴーントの息子であるモーフィンだけだ。メローピーは行方不明のまま、居所がわからないとされている。

 

ゴーント家が、スリザリンの血筋であるのはかなり確かな情報だと噂されている。ゴーント家の者ならばスリザリンのように、パーセルタングが使えるはず。

 

 

「…トムって動物と話せたり…?」

「言ってなかったかな?蛇となら、話せるよ」

「…ゴーント家ですね、間違いありません」

 

 

テオの言葉にリドルは困惑しながら頷く。その頷きを見た4人は視線を交わし、真剣な顔で頷いた。──間違いない、ゴーント家の者なんだ。

血を守るために従兄弟同士のや近い親族の近親相姦を繰り返したゴーント家は粗暴で知性もなく、没落しているといっても過言ではない。

衰退し、貴族の品性のかけらもないゴーント家と誰よりも美しく優しく教養のあるトム・リドルが親戚──それもかなり血が濃い親戚だと言う事実に、4人は、ゴーント家が現在どうなっているのか知っているゆえに、この事実をリドルに伝えていいのか悩んだ。

 

ゴーント家の衰退ぶりは、純血魔法族なら晩餐会やちょっとしたパーティでよく話題になるのだ。

嘲笑と、僅かな畏怖と、尊敬も、確かにあるだろう。ゴーント家は純血性を守るために、滅びゆくのだと、誰もが思っていた。

 

 

「…という事は、僕らみんなとおーい親戚だね」

 

 

テオがぽつりと呟く。

魔法族の聖28一族はだいたいどこかで繋がると言っていい。純血である魔法族はすでに少なく、純血を保つ為に血のために結婚し子を成すのだ。

 

彼らはきっとトムはメローピー・ゴーントと、リドルとかいう()()()()()使()()の子どもなのだろうと思った。

半純血である可能性もある、しかし、リドルはかなり魔力が高く優秀だ、純血であればあるほどその力が強くなると信じる魔法族は多く──スラグホーンが良い例だ──彼らもまたそう思っていた。

 

 

ヴォルデモートは自分の父親はマグルである事を勿論知っていたが、わざわざ自分のとんでもない欠点でありコンプレックスを他人に伝えるわけがない。

ただ、遠い親戚、その言葉にヴォルデモートは家族を知らないリドルらしく嬉しそうに微笑んだ。

 

 

 





よく考えたらリドルが半純血って知らなそうだな?と思って少々修正しました。
おともだち紹介パートようやく終了です。


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14 ヴォルデモート卿、敗北する。

 

 

 

ヴォルデモートにとって2度目のホグワーツ生活は、そこそこ心安らぐ時間を過ごすことができていた。

一回目の人生では読むことの出来なかった本を片っ端から読み──とはいってもマグル学の本などは一切読まなかったが──さらに深く魔法について理解し、知識を蓄える。

相変わらず愛や、愛の魔法についてはまだ分かってはいなかったが、特に焦る事も無かった。

 

 

──まだ3年生だ、あと4年もあればきっと見つかるに違いない。

最悪見つからなくとも…愛の魔法を放つことができる、あの穢れた血を気絶させればすむ。そうすれば、ハリー・ポッターに愛の魔法をかける事はできないはずだ。

そもそも未来に何が起こるか知っているのだ…俺様の勝利は確定している。

 

 

 

沢山の本を読んでいるが、5年生になり監督生になるまでは禁書棚に簡単に入ることも叶わない。もう図書館にあるそこそこ使えそうな魔法や魔法薬が書かれている本は読んでしまった。

 

そして、前回5年の歳月をかけて探したスリザリンの秘密の部屋も、すでに発見している。

さらに、勉強は予習復習などしなくとも、全てわかっている。

 

クィディッチの練習が週に3回あるが、放課後の数時間だけだ。

 

 

つまり、ヴォルデモートには学生生活の間、これといってやる事はなかった。

 

 

 

簡単に言おう。

暇だった。

 

 

 

特に、前回の人生で最も心が躍り楽しかった授業の数々も、ヴォルデモートにとっては三年生のレベルの授業はかなり退屈だった。

 

 

 

ヴォルデモートは魔法史の授業で、淡々と説明をする教師の言葉を聞きながら、頬杖をつき視線は羊皮紙に向け羽ペンの先で紙をコツコツと叩く。

暇を弄んでいたヴォルデモートは手を動かし──落書きをしていた。

 

 

 

──闇の印…前回と同じものにしようか。蛇と髑髏。我ながら最高傑作だが…ふむ、より凶悪にしてもいいかもしれん。例えば…蛇を二又にしてみようか…いや、くどいか?

 

 

 

授業そっちのけで新バージョン闇の印を考え、カリカリとアイデアを書き留める。

髑髏、蛇、蝙蝠羽、血痕、鎖、生首──どのアイディアも20歳以上の大人が見れば生暖かい目をするか、顔を真っ赤にして転げ回りたくなるほどの内容だ。

しかし、ヴォルデモートはなかなか頭が冴えている!と自画自賛しながら目が三つある人間や転がる生首を書いていた。

 

齢70歳を超えていても、ヴォルデモートのセンスは微塵も鈍る事はない。

いや、むしろ長く患い過ぎているといえる。

 

 

ヴォルデモートは自分のセンスが素晴らしいと疑わない。

何故なら前回、死喰い人全員が褒めたからだ。

素晴らしい!恐ろしくも荘厳であり、強大な力が見てとれる最高の印です!などなど、褒め、是非左腕にその証が欲しいと頭を深く下げてきたのだ。

 

ヴォルデモートは髑髏の目ではなく舌のように蛇を這わせる案は素晴らしかった。天啓とでもいえるだろう。

 

と、自画自賛していたが。

 

 

勿論、その印が最高だから皆が褒めたわけではないのはお察しの通りだ。

ヴォルデモートの機嫌を損ねれば最悪死ぬ。良くてクルーシオと知っている死喰い人や、その軍団に入りたい者たちは少しでもヴォルデモートの事で褒められる可能性がある事ならば、何だって無理に褒めた。

 

 

ヴォルデモートはついに髑髏の後ろに蝙蝠羽を生やした。それも、3対になっている6枚羽という盛りっぷりである。

口から出た蛇は途中でケルベロスのように3つの顔がついている。

 

厨二病が大変好む属性を盛りに盛ったその印は、ヴォルデモートに媚びる為、栄光のおこぼれを貰うためだとはいえ──その印を腕に入れるのはなかなか勇気がいるだろう。

 

 

 

未来の闇の印が魔改造されていくなか、何をそんなに熱心に書いているのか──と、ジュードがちらりと覗き込んだ。暫く無言でその絵を見ると、リドルを挟んで反対側に座るテオの背をトントンと指で叩く。

 

リドル越しに「何?」と首を傾げたテオに、ジュードが視線でちらり、とリドルのお絵かきを示す。

 

同じように無言で大変痛々しい絵を見たテオはひくひくと口先が痙攣するように動くのをなんとか耐え、自分達の後ろの席に座っているアランとルークを振り返り、声に出さず視線とジェスチャーでリドルの手元を示す。

 

なんだろう、と首を傾げたアランとルークは少し腰を浮かしてリドルの手元を覗き込み、ついに髑髏の周りに鎖が描かれ出したその絵を見た。

 

 

「ぶふっ…!!」

「あっルーク!…だ、ダメですよ!」

 

 

その絵を見た瞬間、ルークが吹き出した。慌てて口を手で押さえたが肩がガクガクと震え鼻息が荒い。必死に隠すために机の上で腕を組み顔を勢いよく下ろしたが、体の震えは止まる事がない。

すぐにアランが「しーっ!」とジェスチャーをし──その時、2人の様子がおかしいことに気がついたリドルが後ろを振り返った。

 

 

「…どうしたの?」

「──くっ…!!」

 

 

きょとん、としたいつもの優しいリドルの目を見たアランは耐えられず呻きながら口を手で押さえ、パッと俯くと肩を震わせた。

 

 

「…何だ…?」

 

 

リドルは急に震え出した2人を見て怪訝な顔をし、何か呪いでもかけられたのかと思ったが──そんな様子とはまた違うような。

 

あまり後ろを向いていては教師に怒られるか、と優等生らしく──落書きはするが──前を向いたリドルの両肩を、テオとジュードが左右からポンと叩く。

 

 

「トム、君は誰よりハンサムだし、学年一賢いしクィディッチは上手いし、優しい。けど──絵のセンスは壊滅的だな」

「神が作った唯一の欠点であり弱点だね」

「…何……?」

 

 

こそこそと残念そうに囁かれた言葉を、ヴォルデモートは全く信じられなかった。

 

 

──馬鹿な。この改・闇の印のどこが壊滅的なのだ!ありえん。素晴らしいものたちの集合体であり、完成形ではないか!

 

 

「なんか…盛りすぎじゃない?羽なんで6枚もあるの?」

「……多い方がいいかなって、それに6は悪魔を模す魔法数字だし…」

 

 

まさか本当にそれほどダメなのか、と、もごもごと言い訳をするリドルに、後ろで震えていたアランとルークがようやく少し正気を取り戻し──口先はにやにやと笑っていたが──後ろから囁いた。

 

 

「ちょっと鎖は…何故髑髏が拘束される必要があるんですか?」

「…それは………」

「蛇の頭がケロベロスみたいだけど、どうしたんだい?」

「……それは…」

 

 

ヴォルデモートは特に深く考えていたわけではない。ただ髑髏と蛇は必ず入れるとして──他に素晴らしい物をなんとなく考えていただけだ。

 

 

──こいつら!前回は大絶賛だったではないか!!たしかに、少々…足し過ぎたか。やはり元の方がシンプルで良い、ということか?

 

 

 

「っていうか、トム。センス云々より、単純に絵が下手だな!」

「しー!言っちゃダメだよ!確かにたまに見る絵はいつもやばいけどね」

「そうですよ、トムの絵は…まぁ個性的なんです」

「独創的ともいえるね!」

 

 

ジュードの言葉にテオ、ルーク、アランはすぐにリドルを慰めるようにこそこそと喋ったが、どうみても慰めにもならぬ侮辱が含んでいた。

 

 

リドルは自分が描いた魔改造闇の印や、生首や複眼の人間を見下ろす。

 

 

「…そんなに下手かな」

 

「ぶっちゃけやべぇな」

「夢に出てきます」

「気持ち悪いね!」

「間違いなく僕らの中で1番下手だね」

 

 

散々な言葉に「なら、描いて見せてみろ…」とリドルは低い言葉で呟き、1番下手と断言したテオを睨む。

テオはぐるりとジュードたちを見回して、ニヤリと悪戯っぽく笑った。

 

 

 

授業終了のベルがなった頃、思い思いの絵を描き終わったジュード達は「どうせ俺様が1番うまいに決まっている、こいつらは僻んでいるのだ」と踏ん反りかえっていたリドルに羊皮紙を手渡した。

 

 

「…、……」

「ね?1番下手でしょ?」

「まぁ、貴族は絵画を趣味…というか、教養の一つとして行う者も多いですからねぇ」

「何年絵画教室に通ったとおもってるの?」

「唯一、俺たちが勝てる事だな!」

 

 

ぐうの音も出ないほどの差に、ヴォルデモートは数十年ぶりに敗北を味わった。

 

 

 

 




トム・リドルの学生時代の落書き、是非探してみてください。
ドラコの方が100倍うまいので!笑


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15 ヴォルデモート卿、変化が訪れる。

 

3年目のホグワーツ生活が終わり夏季休暇がやってきた。

リドルは再びジュードの家に招かれ夏休みの一ヶ月間、レストレンジ家で過ごした。

8月からはアランが「是非ノット家にいらしてください」とリドルを誘い、後半はノット家で過ごす事となる。

 

ノット家はレストレンジ家と異なり純血貴族でもない無名のリドルが長期間家に泊まる事に難色を示したが、リドルだけでは無くルーク、ジュード、テオも泊まると聞いてあっさり許可した。

 

元々レストレンジ家、ノット家、ロジエール家、エイブリー家は親交があり、純血貴族の彼らは長子として──次期当主として、仲良くなる必要があり、現当主達は将来のためにそれを強く望んでいた。

互いに裏切らぬよう、尊い純血を守るためにそれは必要な事であり、彼らは幼少期から晩餐会などで度々顔を合わせていた。

 

 

そんな純血貴族の次期当主達が口を揃えてトム・リドルの素晴らしさを目を輝かせて伝えるのだ、リドルという少年に一度会ってから今後付き合いをどうするか決めてもいいだろう。我が子がこれ程言うのだ、きっと純血なのは間違いない。そう、各家の当主達は考えていた。

 

 

こうして幾つかの打算が含まれたお泊まり会がノット家で開催される事となった。

 

 

ヴォルデモートとしては行きたい気持ち半分、面倒臭い気持ち半分。といった所だろう。

 

 

 

──マグルの孤児院で二ヶ月間暮らさず済むのは、なによりもありがたい。成人している魔法使いが居る場所では魔法を使用する事だって出来る。

 

ノット家にも膨大な書籍があると聞いている。中には今では禁忌とされている魔法が記されている本もあるとか…。

読みたい、是非読んでみたい。

だが、アラン。アイツはいいのだ。テオとジュードのように騒ぐ事も、無理矢理クィディッチに誘う事も無い。

しかし…テオとジュード、それにルークも居るとなると…どう考えても静かには過ごせまい。

──…うむ…秘蔵書の数々は魅力的だ…。

 

 

自分の平穏と、まだ知らぬ本の存在を天秤にかけたヴォルデモートは、結局、8月からノット家にジュード達とお泊まりしに行く事となった。

 

 

 

 

そんな8月のある日、テオとジュードは家から持ってきた箒でノット家の広大な庭を飛び回り、リドル、アラン、ルークはテラスで優雅に紅茶を飲みながら読書に耽っていた。

 

 

「トム、これ父上の書斎から借りてきたものです」

「ありがとう、アラン。……すごいね、読んだことの無いものばかりだ」

 

 

アランは机の上に数冊の本を置き、リドルは表紙を撫でながら満足そうに笑う。どの本も古く、一般人は読むことの出来ないもので、忌避された魔法ばかり書かれていた。

ノット家の歴史は古い。このような本が書斎には沢山あり、それはノット家の者しか持ち出す事のできない強固な呪いがかかっている。

禁じられた魔術や、古代魔法をノット家で秘匿するための措置なのだが──まぁ、それもこのように自ら他人に手渡せば意味がない。

 

 

「いえいえ。──トムも、こういった魔法に興味がおありなのですね?」

「そうだね…力のある魔法は、それだけで魅力的だから」

 

 

リドルの薄い微笑みに、アランはリドルのお絵かきの内容を思い出して甘温かい目を向ける。

 

──そういえば蛇とか髑髏とか血とか描いていましたね。間違いなくアングラな物が好きなんでしょう。やはり、マグルと過ごした何年間はトムの心を苦しめていたのですね…可哀想に…。

 

 

アランは何も言わずにリドルの前に有名店のクッキーやフィナンシェが入った皿をそっと近づける。リドルは本に視線を落としたまま、綺麗な指で丸いクッキーを摘みぱくりと食べた。

 

 

──ああ、きっとこんな上等なものを食べたこともないのでしょうね…ゴーント家の末裔がおいたわしい。まぁ…没落し困窮してましたので、ゴーント家で暮らしていてもこのような生活は出来なかったでしょうが…。

 

 

「…何?」

 

 

リドルはアランがじっと自分を見つめる視線に気がつき、ふと顔を上げ首を傾げる。

 

 

「いえいえ、沢山食べて大きくなってくださいね」

「……」

 

 

ヴォルデモートは理解できないアランの言葉にすぐに開心術を使ったが──アランは嘘は言っていない。本当にすくすくと大きく育ってくださいね、とその時は思っていた。

 

アランの優しい目に、ヴォルデモートはまたぽつぽつと首筋に鳥肌が立つのを感じ、首元を摩った。

 

 

 

暫くは遠くから聞こえるジュードとテオの歓声や罵声──クィディッチに熱くなると口が悪くなるのは誰だって同じだろう──しか聞こえなかったが、突如高い鳥の鳴き声…いや、絶叫が響いた。

 

リドルとアランとルークは本を読んでいた顔を上げ何事かと声のした方を見る。

それは断末魔のような叫びであり、近くの森に野良犬が魔獣でもいるのだろうか、とリドル達は無意識のうちに杖を握った。

 

 

「うわっ!やべっ!」

 

 

だがすぐにジュードの焦ったような声が聞こえ──ヴォルデモートは「また何かやったのか」と杖を握る手の力を緩めた。

 

 

「なあなあ!このフクロウってノット家の?」

「は?…い、いえ、違いますが」

 

 

ジュードはフクロウの足を掴み、ぶらぶらと揺らす。

どうやら飛んできた茶色いフクロウをブラッジャーと間違えて思い切りバッドで殴ってしまったようであり、どう見ても──無事では無さそうだ。

 

 

「フクロウの口から手紙が落ちたよー?」

 

 

フクロウが運んでいた手紙はジュードのわざとでは無い攻撃によりその嘴から外れ、ひらひらと落ちていた。空中で掴んだテオは箒に乗りながらリドル達の元へ向かった。

 

どこのフクロウ便かはわからないが、この家に来るのだからレストレンジ家宛の手紙なのだろう。そう思いテオは手紙をアランに手渡す。

 

ジュードは暫くぶらぶらとフクロウを掴んでいたが、どうやら誰のフクロウでも無いらしいと分かると、ぽいっと近くの森へ捨てた。

フクロウが運搬途中に事故に遭うのは、少なくない。きっと今回もそんな事故の一つだとして処理される事だろう。

遺骸は獣が食べるだろうし、証拠は残らない。

 

特にフクロウに思い入れもない──自分の家のフクロウなら別だが──ジュードは何も気にせずリドル達が集まるテラスへ向かったし、ジュードの行いを見ても誰も苦言を言う事も、咎める事もない。

 

彼らは純血魔法族。

壊れたものは買い換えればいい。それが例え命であっても──代用出来るのならば、問題ない。という思考を、幼少期から埋め込まれているのだから仕方がないだろう。

 

 

「これ…ルーク宛ですね」

「え?僕?──ありがとう」

 

 

アランは宛名を読み、そこに書かれている名前がルーク・ロジエールだと分かるとすぐにルークに手渡した。

 

確かに表にはロジエール家の紋章があり、ルークは少し開けるのを躊躇い、小さなため息をついた後ゆっくりと開き中の文を読む。

 

 

「……あー……やっぱりね」

 

 

ルークはいつも余裕に満ち、他者を見下す笑いしか見せない。隙も弱音も吐く事は無く、マグルと穢れた血を心から侮蔑し視界に入るのも嫌がる。半純血の事も内心では馬鹿にし、自分より劣っていると信じている。

この中で誰よりも純血思想──というより、血を裏切る者への嫌悪が強いのは、おそらくルークだろう。

 

そんなルークは、今まで──少なくともリドルは──一度も見たことが無い悲しそうな、苦しそうな表情をしていた。

 

 

ヴォルデモートにとって1度目のルークは忠実な部下だった。

誰よりも血を裏切る者を許せず、何人もの魔法使いや魔女を殺した。楽しげに笑いながら、拷問する事だってあった。

自分が正しい事をしているのだと信じているルークの苦しげな表情を見たのは、死の間際くらいだろう。

 

 

 

「…どうしたの?」

 

 

ヴォルデモートは、何となく、気になった。

──その心の変化を、ヴォルデモートは気が付かない。

 

 

「あー…うん…誰にも、言わないでくれるかな…?」

 

 

ルークは困ったように笑い、リドルと、そして友人達を見つめる。

彼らは真剣な顔でこくりと頷いた。

 

 

 

「グリンデルバルド、いるだろう?──僕の叔母は、グリンデルバルドの側近なんだ」

「…そうなんだ?」

 

 

ヴォルデモートは目を見開き──久方ぶりに驚いた。

 

 

──そうだったか?…いや、流石の俺様もそれ程重要な事は忘れまい。前回、その事は知らされていなかったのだ。何故今回はそれを…そうか、俺様が今、コイツらと共に夏季休暇を過ごしているからか。

 

 

 

「ヴィンダ・ロジエール…って言うんだけどね。僕の母様の…歳の離れた姉上なんだ。僕は会ったことは無いけどさ。…まぁ、その関係で、家に魔法省の人間が来るから、アイクの家から直接ホグワーツに行くようにだって」

 

 

アイクの父さんにはもう連絡行ってるみたいだよ。とルークは手紙をひらひらと振りながら苦笑し、机に肘をついて大きなため息をこぼした。

 

 

「そうですか、大変ですね…」

「…ルークは、グリンデルバルドの思想に賛同してるの?」

「ん?勿論」

 

 

リドルの問いに、ルークはあっさりと頷いた。特に隠しているわけでもないし、そもそもグリンデルバルドが現れる前から純血思想に染まりきっている一族であり、ルークは次期当主だ。

 

 

「…その様子だと、トムもかな?」

「そうだね」

「良かった!」

 

 

ルークは嬉しそうに笑う。

──もし、いくら素晴らしい友人であるトムだとしても、穢れた血やマグルを認める発言をすればこれ以上交流するつもりは無かった。

 

 

「トムは、俺たちと同じ由緒正しい純血だからな。…純血思想がどんなものか…わかってるだろ?」

「まぁね」

「私たちが、純血思想がなんたるか…純血である事が何故尊いのか、血を裏切る事がどれほど罪深いのか教えてあげましょう」

「…よろしく」

 

 

リドルがふわりと微笑めば、ジュード達は満足そうに笑った。

彼らは由緒正しき純血魔法族。同じ思想を持つ純血同士の繋がりは強固であり絆は強い。

 

彼らは滅びゆく運命にあった純血一族、ゴーント家の末裔がトム・リドルだと信じて疑っていない。

確かな証拠は何もなく、ただマールヴォロの名を受け継ぎ、パーセルタングが使える…それだけだ。だが幼い彼らには──それで十分だった。

 

誰よりも優しく、尊敬できる親友であるトム・リドルが自分達と同じ高貴な血が流れている。その事実は彼らの胸に、今までにない特別な感情をもたらした。

 

 

確かな親友であり──守るべき 存在()だと。

 

 

 

 




ヴィンダさんとの関係は勿論捏造です…
年齢的にはありうるか…!?って思っていますが、どうなのでしょうね。


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16 ヴォルデモート卿、愛を知る。

 

 

四年生になったヴォルデモートは、後一年で禁書棚にようやく足を踏み入れる事ができる。ようやく、後一年だ。──そればかりを考えていた。

暇を見つけるたびに愛や、愛の魔法について調べてはいたものの、これと言って天啓のように理解できる事は無かった。

 

そもそも、愛とは魔法省の神秘部の一つの分野として確立する程、哲学とも、力ともいえる難解なものなのだ。それは「愛とは何か?」と問うた時の返答が人の数ほどあるのだから、仕方のない事かもしれない。

 

反対呪文がないと言われている死の魔法を防ぎ、弾く愛の魔法。

愛について理解出来ないヴォルデモートは、とりあえずそれを在学中に知らねばならなかった。

 

 

「やぁ、トム!」

「ダンブルドア先生…」

 

 

図書館の帰りに声をかけてきたのはダンブルドアであり、リドルは完璧な笑みを見せ少し頭を下げたが──視界に入らないところで舌打ちをする様に口元を歪めた。

 

 

「もうすぐクィディッチの試合だろう?ホラス先生が今年も寮杯はいただきだと私に言ってきてね…スリザリンの最高のシーカーくん、自信のほどは?」

「…僕だけの力ではありませんよ。チーム皆が頑張って、力を合わせた結果です。…勿論、優勝杯は──今年もスリザリンが手に入れてみせますけどね?」

 

 

くすくすと揶揄うようにリドルが笑えば、ダンブルドアは「グリフィンドールの練習時間増やすように言わないとなぁ…」と苦笑した。

 

 

「そうだ、トム。この後時間はあるかな?君がこの前知りたがっていた事について書かれた本を手に入れたんだ。少々扱いに注意が必要なものだから…私の研究室の中でなら閲覧可能だ。──どうする?」

 

 

リドルは心の底から面倒くさかったが、確かに変身術の授業後、話しかけられてしまい、優等生らしく、返答をした。

 

しかしあれは雑談にも満たない僅かな時間であり──そもそも次の授業へ向かうため移動しなければならない中で、込み入った話など出来るわけがない──ただ単にいつものようにたった1人だけ完璧に机をアフリカゾウに変える事が出来た授業の後で、「流石だね、トム。変身させてみたいものとかはあるかい?」と聞かれ「そうですね…。物を魔法生物に変える方法はありますか?本に載っていなくて…出来るのなら、してみたいですね」

と、答えただけだ。

 

 

──まぁ、前回は知ることの出来なかった魔法だ。使い道があるかは不明だが、知っていて損は無い。

 

 

「是非。よろしくお願いします」

 

 

リドルが完璧に思慮深く、嬉しそうな笑みを見せれば、ダンブルドアもまた想像通りの喜ばしい返答ににっこりと笑った。

 

 

ちょうどジュード達は何やら用事があると、かなり珍しくそばに居ない為、上機嫌に「美味しい紅茶もあるんだよ」と人のいい笑みを浮かべながら言うダンブルドアの後をついていった。

ヴォルデモートは勿論ダンブルドアと楽しくお茶会などしたくはなかったが。これもまだ見ぬ魔法の為だと自分に言い聞かせる。

 

 

 

変身術の研究室に着けば、ダンブルドアはすぐに低い机と二脚の肘掛け椅子を出しリドルに座るように促した。

リドルは「ありがとうございます」と微塵も気持ちの篭っていない感謝を──しかし、口からははっきりと嬉しそうに弾む音が出ていた──述べ、期待を込めた眼差しをダンブルドアに向ける。

 

ダンブルドアはパチリとウインクをひとつすると、部屋の奥にある机の引き出しの中から、黒い本を取り出した。

 

 

「魔法生物に変身させるのは、殆どの魔法使いや魔女には不可能だろう。──まぁ、私はできるけれど──きみも、できるようになるかもしれないね、トム」

「買い被りすぎですよ…。──ありがとうございます」

 

 

リドルはその本を受け取り、目次を読む。様々な魔法生物の名前が書かれている中の幾つかは闇の魔法生物と呼ばれる種族のものもあったが、ダンブルドアが目の前にいるのだ、それを真っ先に見る事はせずとりあえず一番初めから読んだ。

 

 

「これは…禁書なのですか?」

「そうだね、取り扱いが難しい。本来なら、変身させた後の魔法生物は使役する事が可能だが、魔法に失敗すると──まぁ、書いてある通り襲いかかってくるからね」

「…成程」

 

 

ヴォルデモートはかなりの記憶力を持つ。勿論、うっかりと忘れてしまう事はあれ、記憶しておこうと決めた事は基本的に忘れる事はない。

流し読みするように見せかけて、それとなく凶悪な魔法生物への変身術の詠唱方法や理論をしっかりと頭の中に刻み込んだ。

 

 

「…僕にはまだ、少し早いかもしれませんね。どの魔法もかなり難しいでしょう?──難易度の高い魔法を使えるなんて、流石ですね」

 

 

リドルはパタン、と本を閉じ。ダンブルドアへの仮初の賛辞を送ることも忘れない。

 

 

 

「いやいや。トム、きみもきっと卒業する前には一つくらいは出来るようになるさ」

 

 

 

ヴォルデモートはひくりと口先を引き攣らせたが、すぐに紅茶の入ったカップに手を伸ばし取り繕うように飲むと「ありがとうございます…この紅茶、美味しいですね」と呟いた。

 

 

──何が一つくらいだ!ここに書いてある全ての魔法を使いこなしてみせるわ!ただ貴様が居る前でそれを言えぬだけだ!俺様を下に見るなど、こいつ。今すぐトロールに変えてやろうか!

 

 

「そういえば、図書館で何の本を借りたんだい?司書が言っていたよ。ほぼ毎日本を借りに来る、ホグワーツで最も勤勉な生徒だってね」

「ああ…。えっと、──こういうものです」

 

 

リドルはカップを受け皿に置くと、持ってきていた鞄の中から本を2冊取り出し机の上に置いた。

 

それは『神秘的な愛の心理的作戦』『愛とは一体?有名魔法使いの言葉1000種』と書かれている、何やら少々派手な表紙の本だった。

 

ダンブルドアは目を見開き、まだ愛について調べていたのかと驚いた。過去、リドルが借りた本を調べた事はあるが、あれ以来特にどんな本を借りているのかを見ていない。

もう数年経っているが──何故、トムはここまで愛に固執するのだろうか。

 

 

「トムは、愛について知りたいのかな?」

「…はい、──その、愛とは何か、僕には──おそらく、孤児ゆえかもしれませんが──勿論、養母達は僕を暖かく育ててくれましたが…それが、愛ゆえなのか──その、わからなくて」

 

 

ヴォルデモートは自分で言っておきながら首の後ろにぞわぞわと虫が這うような気持ち悪さを感じ、曖昧に笑った。

ダンブルドアに、何故愛について調べているのかあまり知られたくは無かったが、このような本を出して「興味本位です」では、怪しまれるだろう。仕方のない事だと自分に言い聞かせ、憂いているように見えるように、目を伏せ本の表紙を指で撫でた。

 

 

リドルはちらりとダンブルドアを見た。

ダンブルドアは、ヴォルデモートの思惑通り──かなり、嫌だが──少し憐れんだような目でリドルを見下ろし「トム…きみって子は…」と口元を押さえて呟く。

孤児であることを特に気にしていないかと思ったが、やはり年頃なのだ、自分の出生について思うところがあるのだろう。友人に恵まれ、クィディッチや学業で輝かしい成績を収める優等生の密かな悩みなのか…!と、ダンブルドアは思った。

 

 

「それに、愛に関わる──その、特別な魔法が…あるとか…?──ダンブルドア先生ほどの、愛を知る偉大な魔法使いなら…知っているのでしょう?」

「そうだね、中には愛を軽んじる魔法使いもいるが…愛に関わる魔法は、どの魔法よりも強く秘められた力を持つと、私は思っている」

「それは──何故、ですか?」

「それは…魔法には、思いの力が必要なのは、理解していると思う」

 

 

ダンブルドアの静かな言葉に、リドルは頷いた。

 

 

──たしかに、魔法と言うものは論理と、そして確かな思いにより具現化される。思う力が強ければ強いほど、クルーシオでは敵を苦しめる事が可能だったな。

 

 

「他者に対する愛は、人間が持ち得る想いの中で最も強力であり、純粋なものだ。それ故危うさも勿論あるが──他者への無条件の愛ほど強いものはない。もう殆ど知るものは居ないが、愛の魔法はそれだけでかなり強い守護効果を持つ──と、言われている」

「それは…たとえば、憎悪よりも?愛よりも強いものはないのでしょうか?」

「ああ、憎悪は突発的な力はあれ、ふとしたときに忘れ、憎悪の対象者が死ねば…いつか薄れていく。だが、真実の愛は消えない、例え愛する者が側に居なくても──考えずとも胸の中に灯り続ける、永久的なものだからね」

 

 

ダンブルドアの説明に、ヴォルデモートは顎に手を当て「成程」と呟く。

 

 

──魔法の要である思いの強さに重きを置いた時、憎悪より愛の方が重い、という説明は些か疑問が残るが──だが、他者への終わりなき執着、それが愛の持つ強大な力であるのならば、俺様がたとえこの説明で理解したとして。愛の魔法に対する反対魔法などは存在せぬ、という事か?

だが、そう易々と使えるものではないだろう。ならば、周知されているはずだ。……あの穢れた血は、それ程愛の重い女だという事か。

 

 

「…僕も、いつか──愛を、わかる日が来るといいのですが」

 

 

ヴォルデモートはもう話を終えるために、儚げに微笑み、肩をすくめて冷めかけた紅茶を飲む。

その言葉を聞いたダンブルドアは少し意外そうな顔をして──茶目っ気たっぷりに笑った。

 

 

「いやいや、トム。君は愛を知っている筈だ」

「…え?」

 

 

此奴と愛について討論したのは、今日が初めてだ。それで何が──俺様についてわかるというのだ、完璧に偽る俺様に騙されているだけの、ジジイの戯言か。

 

 

怪訝な顔で首を傾げるリドルに、ダンブルドアはあっさりと告げた。

 

 

 

「確かな友人達がいるだろう?テオと、ジュード。あの2人は間違いなく君を愛しているよ、トム。親愛という確かな愛もあるんだ。──友人は、何よりも素晴らしい宝だ」

 

 

その言葉にリドルは息を飲み、暫し沈黙した後──なんとか表情筋を総動員させ──微笑んだ。

 

 

 

あいつが、あいつらが。

俺様を愛している?

親愛?…親愛、とは?

 

 

ヴォルデモートは2度の人生含め、生まれて初めて言われた言葉に言いようのない気持ち悪さを感じ、喉の奥がいがいがとするような違和感に唾をごくりと飲み込んだ。

 

 

 



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17 ヴォルデモート卿、彼らを探す。

 

 

ヴォルデモートはダンブルドアとの短い会話を脳内で何度も繰り返しながら人の少ない廊下を歩く。

 

 

──あのハリー・ポッターが生き残ったのは母の愛ゆえか。

あの日、俺様はあの女を殺すつもりは無かった、ただあの予言の子さえ死ねば良しとしていた。まぁ抵抗する鬱陶しい男は殺したが。

 

母が子を想う愛。

その愛ゆえに自分の命を犠牲に子に最大級の防御魔法をかけた──ということか。だからこそ、あの日死の呪文は跳ね返り俺様の身に帰った。そして、護った女は死んだ。

ならば、やはりハリー・ポッターには特別な力は無かったと言うことか。何度も俺様の手から逃れる事が出来たのは運だとでも……?いや、母の防御魔法が発動し続け、何らかしらの加護があるのか?ならば、やはりハリー・ポッターを殺すのは得策ではない。まずはあの女をどうにかしなければならぬ。

名前は何だったか、穢れた血の女など覚えておらんな……。

ハリー・ポッターが生まれる前に殺すという手もあるが、そうした場合未来がどう進むのか不透明だ。別の予言の子が現れ、結局その餓鬼も母の愛だとかいうものに護られるのだろうか。いや──だが──……。

 

 

ヴォルデモートはどっぷり思考の海に沈みつつ、足だけは無意識のうちに目的地へと──スリザリン寮へと進んでいた。

 

しかし、とある空き教室の前を通り過ぎた時、ふと視線を上げ後ろを振り返る。

 

 

物音と声が聞こえた。空き教室に忍び込む生徒は少なくは無いが、その声に聞き覚えがありヴォルデモートは足を止めたのだ。

 

 

暫く無表情のまま扉を見ていたヴォルデモートは、まぁ夕食時には戻ってくるだろうと考え一度止めていた足をゆっくりと進めた。

 

 

 

──あの声は、ルークか?…他に誰かいた気配があったが。……どうでも良いか。

 

 

 

ホグワーツは卒業まで寮生活が続く閉鎖的な世界である。四年生にもなれば特定の男女はそわそわと落ち着きがなくなり、空き教室──少し頭と運の良い生徒は隠し部屋など──で年頃の男女らしく濃密な時間を共に過ごす。

ヴォルデモートはその容姿と猫被りの優しさゆえに、ホグワーツの中でもかなりの美女に誘われる事もあり、気が向けば誘いに乗っていた。

 

こんな真っ昼間、そこそこ人が通る空き教室を使用するなど、見回りの教師や監督生に発見でもされれば面倒な事になるのだが、よくもまぁ。とは思ったが、例えルークと名も知らぬ人間の痴情が晒されたところでヴォルデモートは微塵も心が痛まない。

 

 

「ああ、トム。いい本はありましたか?」

「いや…やっぱり、禁書棚を探さないとね、図書室にある本は殆ど読んでしまったし」

 

 

暖炉の近くにある肘掛け椅子に座り魔法薬学のレポートをしていたアランが談話室に帰ってきたリドルに気付き声をかけた。

ちらりと辺りを見回したリドルは近くにジュードとテオがいないと知ると少し機嫌良く机を挟んだ前の椅子に腰掛け、鞄の中から魔法史の教科書と羊皮紙を取り出した。

 

 

「あの数を?──いやはや、勤勉ですねぇ」

 

 

ジュードとテオも見習って欲しいです。とアランは小さくため息をついたが、その後は黙って課題に取り組んだ。

 

 

2人はジュードとテオのような馬鹿ではなく、ルークのように集中力が切れたりする事はない。すぐに課題を終え、明日からの予習を始め数時間。

窓の外が薄暗くなり談話室の中にうっすらと緑がかった炎がゆらめき室内を照らす。もうそんな時間か、とリドルとアランは同時に顔を上げ壁掛け時計を見た。

 

 

「もうこんな時間か…」

「本当ですね。あの2人が居なければ本当に、滞りなく勉強が進みますね」

「いつもの邪魔がないからかな?」

「ふふ…まぁ、あの2人の邪魔がないと何だか物足りないというか、少し寂しい気もしますけどね」

「…寂しい?」

 

 

羊皮紙をくるくると丸めていたリドルは手を止め首を傾げる。アランは羽ペンとインク壺を鞄の中に入れながら「ええ」と頷く。

 

 

「トムも、そうでしょう?なんだかんだ言ってあなたは2人と1番仲がいいですし」

「……そうかな」

「そうですよ」

 

 

ヴォルデモートは将来の目的のために彼らを騙し、誰が見ても友人関係だと伝わるように接している。前回もそうであったが、間違いなく4人はリドルの事を友達だと思っているだろう。その中でテオとジュードは親友だと思っているが、親友、と言葉の意味は知っていても、ヴォルデモートの中にその言葉は存在しない。

 

 

親友だけではない。誰かを考え寂しく想う気持ちも、ヴォルデモートの中にはあり得ない感情だ。

 

 

──寂しい?この俺様がそんな事を思うものか。仲が良く見えているのは、俺様がわざわざそうしてコイツらを騙しているからだ。

 

 

「それにしても、テオとジュードはどうせ校庭で遊んでいるのでしょうけど、ルークはどこに行ったんでしょうね」

 

 

アランの少し心配そうな声に、ヴォルデモートは数時間前の事を思い出したが「さあ、知らないな」と呟く。

 

 

「大広間でしょうか。──もう夕食の時間が始まってますし、行きませんか?テオとジュードはクィディッチか食べることしか考えていませんし、先に行ったのでしょう」

「うん、そうだね」

 

 

アランとルークは行動を共にする事が多い。たまにふらりとどちらかが居なくなる事はあるが、こう長時間離れているのは初めてだった。どこか落ち着きなく足早に扉へと向かうアランに、ヴォルデモートは「これが、寂しい、という気持ちの現れなのか」と彼の表情を観察しながらふと、そんな事を考えた。

 

 

リドルとアランは談話室を出て、大広間へ向かう。その時リドルはチラリと数時間前までルークが居ただろう空き教室を見たが、その部屋は静まり返り何の物音もしなかった。

 

 

生徒達で賑わう大広間。

2人はスリザリン生が座り美味しい夕食が並べられた机をぐるりと見渡し──僅かに怪訝な顔をした。

 

 

「……いませんね」

「そうだね」

 

 

もう夕食の時間が始まり半分の時間が過ぎていたがそこにはテオとジュードとルークの姿はなかった。アランはすぐに同級生に3人を見てないかと聞くが、皆不思議そうに首を振った。

リドルは特に気にする事なく何処かで道草でも食っているのか、課題をしてなかった事に教師から苦言でも言われているか、情事後寝てるのだろうと考え、目の前に山のように盛られている魚のソテーを自分の皿に移した。

 

アランは少し眉を寄せ大広間の扉を見る。

少ししてとりあえずリドルの隣に座りポークチャップを皿に取り分けたが、3人の不在が妙に引っかかり食は進まない。

チラリと隣に座るリドルを見るが、彼はいつもと変わらず食事をし、同級生と数週間後にあるクィディッチの決勝戦について話している。

 

 

「──トム、私、探してきます」

 

 

ほとんど食べていない食事の手を止め立ち上がったアランは、何か訴えるような視線をリドルに向けた。

 

その目を見たリドル──いや、ヴォルデモートはほぼ習慣的に無意識でアランの思想を読む。

 

 

「──……僕も行くよ」

 

 

リドルはフォークとナイフを置くと同じように立ち上がった。途端にアランはほっと目元を緩め「ええ」と頷いた。

 

アランは、きっとトムも一緒に来てくれるだろう。何せトムは優しくて、私たちは友人なのだから。

 

──と、考え、リドルがそうする事を微塵も疑っていなかった。

ならば、リドルとして彼らを探しにいかねばならないのは、善良な彼らの友人と偽る自分にとって必要な事だ。

 

そう、ヴォルデモートは判断し足早に大広間を抜け出し不安げに辺りを見回すアランの背中を見ながら考えた。

 

 

──しかし、前回はこやつ、このような事を思っていなかったはずだが。

 

 

少々アランの行動に違和感を覚えたが、それでも人を()()()()()()()()()心配する感情の揺れに、ヴォルデモートは興味を覚えた。

 

 

──これは、俺様が持ち得ない感情だ。そんなもの俺様には必要が無い、前回の俺様はそれを歯牙にも掛けぬ、愚かな感情だと考えていた。……いや、今でもその思考しかないが。

愛やら寂しさやら、……ダンブルドアのいう親愛が、俺様が分からぬのはおそらく、この心の揺れが理解出来ぬからだ。

 

ならば、よく観察し、理解しよう。

そうすれば、愛の魔法を知るきっかけになるかもしれん。

 

 

 

「…図書館、にはいませんでしたね」

「そうだね。……空き教室で寝てるんじゃない?」

「そう…ですね」

 

 

アランは近くにある空き教室を開け、中を見渡し直ぐに閉じ、そのまま近くの空き教室に移動していく。

リドルは彼らを心配しているわけではなかったがさっさと見つけてまだ途中だった食事に戻りたいと思い、一応、アランのように近くの扉を開け中の様子を確認した。

 

空き教室を探し中を見て回ったが、3人はおろか人影は一切ない。それもそうだろう、今は夕食の時間であり、ホグワーツの全生徒が大広間にいるのだ。

 

空き教室を確認していた2人は、スリザリン寮近くの廊下に来ていた。そしてそのままリドルが数時間前にルークが居たことを知っている空き教室の扉にアランは手をかけ、そっと中を覗いた。

 

 

「──ルーク!」

 

 

中を見た瞬間アランは顔色を変え中に飛び込む。

やはりここで寝ていたのか、とリドルはアランに続いて空き教室に入ったが、その先の異質さに扉近くで足を止めた。

 

 

「──アラン、動くな」

「っ…トム…」

「わかるだろう、足元を見ろ」

 

 

アランはびくりと肩を震わせ部屋の中央に倒れているルーク、テオ、ジュードを悲痛な目で見る。彼らの下には赤黒い液体が広がり、血液独特の強い鉄臭さが鼻を刺す。

リドルは3人を囲むようにして床に書かれている魔法陣を見て、その珍しさに愉しそうに目を細めた。

 

 

──ほう、これは古の魔法だな。召喚魔術か……とすると、供物はあの3人か…?……この血は──。

 

 

青白い顔をしてピクリとも動かない3人は血に濡れている。いつも冷静で涼しい顔をしているアランは、その表情を崩し顔を白くして胸の前で手を組み見るからに狼狽していた。

 

 

「ど、どうしましょう。誰がこんな事を──校長に──いえ、校医に──」

「……いや…」

 

 

リドルは魔法陣に触れぬようゆっくりと周りを観察し、部屋の端に押し退けられている机の上にある本や、何かが書き込まれた羊皮紙、床に無造作に落ちている三本の杖を見下ろす。

 

 

「その必要はない」

「トム、まさか、3人は──し、死んで…?──」

 

 

校医を呼ぶ必要がない、つまり、もう手遅れなのか。確かにどう見ても致死量の血が床に広がり、3人は微塵も動かない。むせ返るような血の濃い匂いに、アランは震える口を押さえ一歩後ろに下がった。

 

 

「──水よ(アグアメンティ)

 

 

リドルは杖を振り、床に広がる魔法陣や血液を押し流す。大量の水がぶつかり、3人の体は押されるままにごろごろと転がり壁に衝突した。

まるで荷物かゴミを扱うような行動に、アランは小さく悲鳴を上げリドルの忠告を忘れその場を駆け出した。

 

 

「ルーク!テオ!ジュード!」

「──う、うう…」

「ん…?つ、冷たっ」

「びちょびちょだぁ……」

 

 

大量の水で濡れた3人は、ぶつけた腰や腕を痛そうに摩りながら体を起こした。

 

 

「──は。あ、あなたたち…死んでたんじゃ…」

 

 

ローブが濡れるのも厭わず、力が抜けたのかその場に膝をつき呆然とするアランに、3人は「は?誰が死んだの?」「馬鹿な事言わないでよ」「課題には殺されるかもな」など口々に言いながら笑う。

リドルは部屋の水を消し、自分の靴にのみ乾燥魔法をかけながら何が何だかわからず困惑しているアランと、ひどく疲れて顔色は悪いがニヤニヤと笑う3人を見た。

 

 

「トム…どういう事ですか…?」

「…さっきの魔法陣は、魔法生物に対する召喚魔法だった。…だけど、様々な防御がかかっているホグワーツで召喚魔法は成功しない」

 

 

リドルは机の上に置いてあった古い本と羊皮紙をアランに手渡し──手渡されたアランはまだ困惑したままそれを受け取った──そのまま机に腰を下ろす。

 

 

「その羊皮紙に書かれている理論は、魔法生物の性質のみを発現させるものだ。性質だけであっても、供物として使われるのは──ドラゴンの血液。3人にかかっていた血、床の魔法陣に使用したものは間違いなくそれだろう。……ドラゴンの血液を媒介に、その血に魔法生物の特性を無理やり付与させた。──テオとジュードには逆立ちしたって不可能だから……」

 

 

ちらり、とリドルがルークを見れば、ルークはニヤニヤと笑ったまま大きく頷く。

 

 

「そうそう、僕が組み立てた理論だよ!いやあ最近ちょっと色々溜まってたからさぁ」

「いやーいい夢見たわー」

「なんか疲れたけどね」

「つ、つまり…?」

「つまり、僕たちはヴィーラの性質のみを召喚して、まぁ、夢の中で──幻影の中で?──楽しんでたってわけさ」

「いやー楽しかったな!」

「楽しかったけど、やっぱ実物を抱きたいなぁ」

 

 

そう、3人は夢の中で絶世の美女とお楽しみ中だったというわけだ。

闇深い純血思想を持つとはいえ彼らは15歳の健康な青年であり。とくにこの年代の男子の性にかける意欲は半端ない。とてつもない。キリがない。

 

彼らは純血を守るためにそれぞれ許嫁や婚約者がいるが、古風な貴族的思考を持つ一族は婚前交渉を避ける。しかし、だからといって我慢ができるほど彼らは慎ましい性格をしているわけではないのだ。

 

 

 

良い笑顔で言う3人に、アランはぽかんと口を開いていたが何が起こったのか、全て理解した後──アランはふらりと立ち上がりポケットから杖を出し3人に向かって振り下ろした。

 

 

石になれ(ペトリフィカス トタルス)!」

 

 

起き上がっていた3人はビシリと固まり、そのまま仰向けに転がった。

アランは仁王立ちになり目を吊り上げ憤怒の表情で叫ぶ。

 

 

「──このお馬鹿さんたち!!どれだけ私とトムが心配したと思っているんですか!だいたいあの論理通りなら誰かが外から壊さなければあなた達は一生!そのままヴィーラの幻影に!惑わされ続けていたのですよ!そもそもあなた達は──」

 

 

先ほどのリドルの水魔法のようにとめどなく溢れるアランの説教を聞きつつ、リドルは腕時計を見てもうとっくに夕食の時間が終わっている事に気づくと深いため息をついた。

 

 

 






お久しぶりの更新です。


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