貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 (はめるん用)
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はじまり。

短めに呟く感じで投稿する予定です。


 貴方はいわゆる“チート能力”を持ってウマ娘の世界に転生した元ウマ娘プレイヤーです。

 

 貴方はこれからチビッ子理事長“秋川やよい”女史が運営する中央トレセン学園で働くことが決定しています。

 

 面接で意図的に落ちるよう「トレーナーになったのは儲かるから。ウマ娘を走らせるだけで大金が手に入るボロい商売」とわざわざ全方位に喧嘩を売ったにも関わらず何故か採用通知が届いたからです。

 貴方はそれを手にしてしばし放心した後ブチ切れました。近隣住民の皆さんの迷惑にならないように心の中で。

 

 

 しかし、同時に貴方は考えました。こんなあからさまに露骨な守銭奴(主観)を雇わなければならないほどトレーナーという仕事は人材不足なのかと。

 

 

 不安になった貴方は服装を整えてトレセン学園に向かうことにしました。

 

 貴方はウマ娘のトレーナーとなり指導するつもりはオグリキャップやスペシャルウィークの食べ残しほどにも持ち合わせていませんが、ウマ娘たちが活躍する様子を見たいという普通の願いは抱いています。なので、もしもトレセン学園でなにか問題が起きているのであれば手っ取り早く解決するのも仕方ないと考えています。

 ウマ娘をスカウトして担当にするのはまっぴらごめんですが、幸いにして貴方はチート転生者です。仮にウマ娘たちを不幸に陥れようとする悪徳なマスコミのひとりやふたりや1社や2社程度であらばメジロマックイーンの前に差し出されたモンブランの如く容易く闇に葬り去ることが可能なのです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 とりあえずトレセン学園の雰囲気は平和そうで貴方は一安心しています。もっとも、周囲の視線は控え目に表現しても不快害虫に対するモノのように負の感情が込められていますが。

 貴方は「これはもしかして?」と希望を持ち聞き耳を立てます。どうやら周囲の人々──学園のスタッフ、トレーナー、そしてウマ娘たちも貴方の守銭奴発言のことは知っているようですね。

 

 

 

 おめでとう! 貴方は無事、トレセン学園の関係者から不信を得ることができました! 

 

 

 

 トレーナールームのカギを渡すときに、あの“駿川たづな”さんですらイヤそうな顔をしていたぐらいです。貴方の評価はマリアナ海溝で発見された文章よりもサルベージは困難でしょう。

 もちろん貴方にとってこの状況は好都合です。ウマ娘たちが存分に輝ける環境であることが確認できればトレセン学園には用はありません。手際よく追放してくれることを期待しましょう。

 

 なお、貴方は自分から辞めるという選択肢については保留しています。こんな悪役トレーナーでも欲するほどガチで人材に餓えているなら多少は手助けしてもいいかなとか甘いことを考えているからです。

 そういう半端な態度が後々になって己の首を絞めることになるのですが、チート能力のせいで慢心しまくっている貴方は呆れるほどに完全に油断しています。三冠ウマ娘を達成した後のジャパンカップを一番人気で◎が3つ並んでるときぐらい慢心しています。

 

 

 つまりは──これから貴方がトレセン学園で過ごす日々は当然の権利のように上手くいかないということです。ウマだけに。




トリプルティアラ達成した後のマイルチャンピオンシップもだいたい敗けてます。

まぁ、作者だけのジンクスだとは思いますが。


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つぎ。

 貴方の最初の仕事は与えられたトレーナールームの掃除をすることです。

 

 前世では一人暮らしであったこと、そもそも貴方は掃除という行為に対してワリと好意的であることから箒とちり取りで武装することに忌避の感情はありません。

 

 これから追放されるまでの間はここを()()()にすることが決まっているので、貴方は気合いを入れて雑巾をしぼり床を拭き掃除しようと机を動かそうとします。

 

 

 そこで、貴方は発見しました。

 

 

 机のはしっこのところに、おそらくは彫刻刀のような何かで彫られたであろう文章です。ウマ娘の名前とそれぞれが志した夢のレースが刻まれています。

 ただ、それらが実現されたかどうかについてはルームの廃退具合が雄弁に知らしめているでしょう。もしもそれらのレースを勝利していたのであれば、それこそアニメに登場していたチームのように大活躍していたに違いないからです。

 

 諸行無常。勝負の世界は弱肉強食なのです。

 

 悪役トレーナーを志す貴方はもちろんこの夢が刻まれた机につばを吐き捨てて蹴り壊すのが最適解なのですが、残念ながらコーヒーゼリーに練乳とホイップクリームとスプレーチョコをトッピングするような甘ちゃんなので保持してしまいます。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 トレーナーとして真面目に働くつもりのない貴方は掃除に集中することができ、1時間ほどでルームはキレイになりました。あとはダラダラと過ごすための環境を整えるだけという状態です。

 ここで貴方は躊躇なくチート能力を活用します。ドリンク類を保存できる小型の冷蔵庫、それなりに座り心地の良いソファー、適度な高さの木製のテーブルなどを謎空間から取り出して並べていきます。

 

 あとはパソコンやテレビ、空調設備などを揃えれば完璧ですが、それらを取り付けることについては貴方は慎重に考えています。何故なら1度に家具を増やしすぎると、万が一に訪問者が現れた場合に不審がられるからです。

 人間性を疑われるぶんにはいくらでもウェルカムな貴方ですが、チート能力の存在を疑われるのだけは避けたいと考えています。もっとも、ひとりやふたりにバレて、誰かに話したとしても本人の頭が疑われるだけなのですが、リスクを恐れるあまり貴方はそんな当たり前のことに気が付いてはいません。ここは慢心とビビりが良い具合に調和していると思い込んでおきましょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 さて、翌日になりました。

 

 貴方は荷物を運び込むフリだけ見せることで、いくつかの家電製品をルームにもたらすことに成功しました。それらはテレビでありパソコンでありゲーム機でもあります。白昼堂々、ほかのトレーナーたちがウマ娘のために心血注いでプランを練り上げているときに遊ぶつもり満々なのです。

 

 素晴らしい! それでこそ悪役トレーナーです! これで選抜レースをビール片手に観戦すれば完璧ですが、残念ながら貴方はアルコールがあまり得意ではありません。

 

 しかし、どうやら貴方のサボタージュ計画は容易く実行されることはないようです。まだ誰とも自己紹介をしていないのにコンコンとノック音がするではありませんか。

 

 いったい何事だろうか? 貴方がそんな疑問を浮かべて反応が遅れている間に扉が開放されてしまいます。さて、来訪者の正体とは──。

 

 

「やぁ、ミスタートレーナー。突然の訪問で申し訳ないんだけど、ちょっと匿ってくれないかな?」

 

 

 選ばれたのは、ミスターシービー(ラスボス)でした。



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さらにつぎ。

 ミスターシービー。

 

 モデルとなった馬は三冠馬を達成した素晴らしい駿馬であり、ウマ娘世界ではあの“シンボリルドルフ”よりも格上っぽい雰囲気を醸し出している描写がチラホラあるラスボス風味の片割れです。もうひとりはもちろんマルゼンスキーのことですね。

 

 彼女が現れたことに対して貴方は困惑しました。当然です、何故なら自由に走ることを愛しているであろうミスターシービーならば、金のためにトレーナーになったと公言した己は視界に収めるのも不快な存在のはずだからです。

 しかし、彼女が入室の際に「匿ってほしい」と言っていたことを考えると無下に扱うことはできません。何事も無かったとしてもどのみち追い払うような真似は基本的にヘタレの貴方にはできないのですが。

 

 ともかく、理由を彼女から聞かなければなりません。もしも不審者が学園内に侵入してミスターシービーに危害を加えようとしているならば、貴方はそれらの脅威を物理的に排除しなければならないからです。

 

 

 

「いやぁ、実はスカウトがしつこくて辟易してしまってね? 私の走りを褒めてくれるのは嬉しいんだけれど、なんというかね。みんな……勝つことばかりしか考えていないのが気になっちゃって」

 

 

 貴方は苦笑いするミスターシービーの様子からおおよその流れを察することができました。

 

 この世界がアニメとアプリのどちらを根幹としているのかは定かではありませんが、ミスターシービーというウマ娘であればレースを楽しむことを大切にしていることでしょう。

 ならば、勝利や栄光や名誉といったモノには基本的には無頓着であるでしょうし、それらを望むトレーナーたちの言葉はあまり耳に入れたくないものであると理解することが可能です。

 

 どうしたものかと貴方は悩みます。どうやらミスターシービーはまだ担当が決まっていないようで、ならばメイクデビューを走ることも叶わないということです。貴方はウマ娘の走る姿は見たいと考えているので、この状況は好ましくありません。

 

 貴方は彼女の説得を試みました。トレーナーの役割についての理解を促し、彼ら彼女らの熱意についてどうにか肯定的に考えてもらおうとなけなしの賢さを無駄遣いすることに躊躇いはありません。

 もちろん貴方の言葉は彼女の心に響きません。それは貴方の信頼度がマラソン大会の一緒にゴールの約束程度にすら値しないこともそうですが、ミスターシービー自身がその辺りの要素を理解した上でどうしても受け入れられずにいるからです。

 

 ウマが合わないのだから仕方ありません。ウマ娘なので。貴方はミスターシービーの説得を諦め、彼女がここを避難場所とすることを認めることにしました。

 貴方には彼女をスカウトする意思はありませんし、彼女もまた事情を考えれば担当を願い出る可能性は皆無でしょう。つまり、貴方の目指せ追放! という計画にはなんの支障もないのです。

 

 しかし、いつまでも居座られるのはさすがの貴方でも居心地がよろしくないようです。貴方は彼女に対し、避難を認める代わりに期限を設定しました。納得のできるトレーナーが見つかるまではと、貴方のルームを利用することを許可してしまったのです。

 この対応は悪役トレーナーとしては無能以外のなにものでもありませんが、チートは使えても頭の具合はなにも成長していない貴方は感謝の言葉を発するミスターシービーに飲み物まで用意してしまいます。

 

 

 さて、ミスターシービーにクソ甘対応した貴方ですが、一応真面目に不真面目なトレーナー生活は実行できています。問題は同じゲーム機のコントローラーをミスターシービーも握っており、ふたりで並んでお菓子にまで手を伸ばしていることですが。

 

 そのような状態が数日も続けばどうなるか? 

 

 

「ねぇトレーナーさん。もしもキミが私の担当だったらどうする? やっぱりクラシック路線での勝利を──三冠ウマ娘を目指すのかな?」

 

 

 こんな質問を投げ掛けられもします。これにどう返答するかは今後の運命に関わるかなり重要な案件なのですが、果たしてゲームに夢中な貴方が正解を選べる確率はどの程度なのでしょうか?



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そんでもって。

 クラシック三冠ウマ娘。

 

 貴方の前世である日本では何頭か存在した、それでも名誉ある称号の三冠馬の価値は語るまでもないでしょう。まして、ウマ娘の世界では現在ふたりしか成し得なかった偉業なのですからなおさらです。

 

 

 ですが残念! 貴方には三冠ウマ娘の正しい価値が理解できていません! 

 

 

 何故なら、ウマ娘というアプリをそこそこ楽しんでいた貴方にとっては“三冠ウマ娘”というものは称号のひとつでしかなく、距離適性という問題さえ解決できればどんなウマ娘でも到達できる頂点だからです。

 しかし、この場合においては貴方の頭が長年放置されたチリビーンズの缶詰めのようにご機嫌な味わいになっていることが良い方向に働くでしょう。名誉を理解できないということは、三冠ウマ娘の称号に金銭的価値のみを求めているという説得力を与えてくれるからです。

 

 もちろん貴方にそんなことを考えるような余裕はありません。対戦形式のパズルゲームでミスターシービーに手玉に取られているのを挽回するのに必死だからです。

 CPU相手に勝ち続け自分を強者と思い込んでいた哀れな子羊が、本物の狼に一方的に狩られている状況に陥り冷静さを欠いている状態です。

 

 

 そんな貴方の返答は「獲るんじゃない?」という実に適当で浅いモノでした。

 

 

 三冠ウマ娘という響きがもはや記号のひとつ程度にしか感じていない貴方にとっては当然の選択なのでしょう。ミスターシービーはもちろん、シンボリルドルフやナリタブライアンについても三冠馬がモデルなので三冠ウマ娘として扱われて当たり前なのです。

 この態度には是非とも称賛の言葉を送らなければなりません。愛すべきおバカとしてプレイヤーたちに認知されていたサクラバクシンオーでも三冠ウマ娘の偉大さは彼女なりに理解していましたが、貴方の認識は間違いなくそのレベルに届いていないのですから。

 

 

 エクセレント! 

 

 貴方は模範的なただのバカです! 

 

 

 これには自由人の代名詞たるミスターシービーも言葉を失ったようです。ここにきてようやく悪役トレーナーらしい行動ができました。この調子でどんどんウマ娘たちから不信を得られるよう頑張りましょう! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇトレーナー、私と取り引きしないかな?」

 

 翌日、なにやらイタズラを思い付いたような含みのある笑顔のミスターシービーがルームにやってきました。

 

 どうやら貴方を虫除けスプレーの代替品として利用するつもりのようです。まともなトレーナーたちのスカウトの熱心さを疎ましく思っている彼女にとっては、どれだけ美辞麗句を並べたところでトレーニングの邪魔でしかないのでしょう。

 貴方はこの提案を受け入れることにしました。トレーナー契約であれば即座に拒否したところですが、取り引きの内容はミスターシービーのトレーニングを近くで見ているだけ。あとは、彼女ひとりではできない事──タイムを計測したり、なにか走りを見て気が付いたことがあればアドバイスをするだけの簡単なお仕事です。その程度であれば断る理由もありません。

 

 そして、何よりも周囲からのヘイトをより効率的に稼げる可能性は悪役トレーナーとして見逃せません。ミスターシービーがルームに遊びに来るようになり、すれ違いざまにほかのトレーナーから舌打ちをされた回数が3桁に届くのも時間の問題となったからです。

 

 貴方は自分自身の追放計画が順調にスタートしていることを確信しながら、未来の三冠ウマ娘と握手を交わしました。




次回はシービー視点です。


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『解けよ封印 呼べよ嵐』

答え合わせの時間。


 面倒なトレーナーたちから匿ってほしい。

 

 それはもちろん嘘ではないが、彼女の目的はほかにもあった。好奇心に正直に生きることを是とするミスターシービーは、噂の守銭奴発言トレーナーのことが気になっていたのだ。

 

 ウマ娘を金儲けの道具であると堂々と宣言したことについて思うところはある。だが実際にトレーナーとして大金を得るためにはウマ娘たちを()()()()()()()()()()()

 視点を変えれば、トレーナーを儲かる仕事だと断言した彼はどんなウマ娘だろうと勝利に導く自信がある──己を一流のトレーナーであると豪語していると見えなくもない。

 

 中央のエリートであることが矜持である他のトレーナーたちとは随分と毛色の違う、実に興味深いトレーナーじゃないか。となれば当然……。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「トレーナー! お邪魔するよ!」

 

「いま誰もいませ~ん」

 

「やぁ! 今日もいい天気だね、そのせいかターフでターボとバクシンオーが汗だくで虫の息になって倒れてたよ」

 

「オゥ誰もいねェつってるのに入ってくんじゃねェよ。あとそのふたりは天気関係ねェだろ。ただの平常運転だろ」

 

「いいじゃないか、どうせ今日もテレビゲームで遊んでたんでしょ? あ、グラスは透明なガラスのヤツでよろしく。ストローは緑色がいいな」

 

「オマエ今度からココ来る前に水がぶ飲みしてこいや。それこそ溺れる勢いで」

 

 ブツブツと文句を言いながらもにんじんジュースを冷蔵庫から取り出して、こちらの希望通りにしっかりと準備をしてくれるトレーナーをソファーに座って眺める。

 トレーナーというものはスーツ姿で隙のない格好をしているものだと思っていたが、彼のようにジャージ姿で活動する者もいるのだなと妙に感心してから数日ほど経つが──いやはや、噂に聞いた極悪非道ぶりは欠片も見当たらないのだからなんとも面白い。仕事をサボって遊んでいるのはまた別問題として、少なくとも困っているウマ娘を助けてくれる程度の倫理観は備えている。

 

 ついでに、お茶とお菓子を出してくれる世話焼きでお人好しな部分も。

 ジュースと一緒にさりげなくチョコレートなど手軽につまめるものが並んでいる。聞きなれないブランドなのでこっそり調べたが、知り合って日の浅いウマ娘相手に出すにしては0がふたつは多いのではないかと驚いたものだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「はい5連鎖。ゴメンよミスタートレーナー、おじゃまぷよのせいでキミの攻撃のターンが潰れてしまったね♪」

 

「バカな……このような結末は……! 私は認めぬゥ~ッ!! いや、オマエなんでゲームまで強いんだよ。文武両道かテメー」

 

「そういうのって、普通はテストの点数とかに使うんじゃないの?」

 

「いいんだよ、娯楽は文化なんだから。勉強だけ仕事だけの人生なんて潤い無さすぎてカサカサした生き方は俺はゴメンだね。乾燥してんのはダートだけで充分だっての」

 

「私はどんなバ場状態でも楽しくレースできればそれで構わないけれどね。さてさて、そろそろ終わりが見えてきたかな?」

 

「ぐ……ッ! まだだ、まだ終わらんよッ!!」

 

 

 彼と過ごす時間をミスターシービーはそれなりに気に入っていた。理由は実に単純なもので、ほかのトレーナーと違い一切の勧誘の言葉が出てこないからだ。

 とはいえ、それはそれで──自分勝手だという自覚はあるものの──面白くないとも思っている。ここまでハッキリと眼中にない態度を取られると、ちょっとだけ自信が揺らぎそうになる。

 金儲けを企んでいるなら強いウマ娘が欲しいはず。そして自分はデビュー前とはいえ三冠ウマ娘も夢じゃないとチヤホヤされている程度には才能がある……らしい。ならばスカウトしたいと考えるのが当然だろうに、目の前のトレーナーにはそういう素振りが全く見られない。

 

(ちょ~っと、試してみようかな?)

 

 世間には『藪をつついて蛇を出す』という言葉があるが、どんな蛇が飛び出してくるのか見てみたいと考えてしまうのがミスターシービーというウマ娘なのである。

 

 

「ねぇトレーナーさん。もしもキミが私の担当だったらどうする? やっぱりクラシック路線での勝利を──三冠ウマ娘を目指すのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに!? 三冠!? あぁ、獲っとけ獲っとけ! そのほうがオマエらしいからな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ」

 

「よし! これで連鎖が──な、バカなッ!? このタイミングでおじゃまぷよが崩れて来るだとッ!?」

 

「トレ~ナ~さ~ん、私、もうちょっと詳しくキミの話を聞きたいなァ~?」

 

「アァッ!? だから三冠ウマ娘獲るって話だろ? いいんじゃねェの! グランプリウマ娘とか天皇賞とか……あとはトリプルティアラか? そーゆーのイロイロあっけど、オマエが獲るなら三冠だべよ!」

 

「それはどうして?」

 

「どうしてェッ!? オマエそんな、イチイチ理由なんざ必要ねェだろ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

「──あはッ♪」

 

「っしゃぁキタコレッ! フハハハ! 連鎖が起きると元気になるなァ兄弟ィッ!!」

 

「はい相殺。おかわりどうぞ」

 

「オノォォレェェェェッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 おやつを食べながらゲームで遊ぶこと1時間ほど。付近にスカウト狙いのトレーナーの気配が消えていることを確認しながらミスターシービーは廊下を歩いていた。

 

 トレーニングが始まる前に、あるいは終わるのを待って声をかけてくるのはまだマシなほうだ。なかには走っている最中でもお構い無しに呼び止めてくるようなトレーナーもいる。

 特に、GⅠウマ娘を育てたという実績を持つ者は顕著である。エリート揃いの中央トレセン学園の中でも名門と呼ばれるような連中は、各方面への影響力も強くおいそれと無視するワケにもいかず面倒なことこの上ないのだ。

 

 なので、そういう厄介なトレーナーとエンカウントしないよう慎重に歩みを進めるのだが──。

 

 

「……ぷっ。くふっ、くふふ♪ やば、ちょっと堪えきれないかも……ンフッ♪」

 

 

 模擬レースに出走して以来、脚の速さを褒められたことは何度もある。

 

 スタートが綺麗だ、加速力がある、冷静なレース運びだ、コーナーの走りが鋭い、末脚が強力……さまざまな理由を並べられては『だから一緒に勝とう!』と勧誘されてきた。しかし。

 

「いやはやいやはや。さすがの私も“ミスターシービーだから”なんて理由で三冠ウマ娘をオススメされる日がくるとは思わなかったなぁ~」

 

 どう考えても選抜レースにすら出走していないウマ娘に対して言うセリフではない。なのに彼の言葉には一切の迷いが含まれていなかった。

 しかも言い方がトレーナーという立場からは考えられないほど雑で軽いのだから笑わずにはいられない。それはまるで『ハンバーガー頼むならついでにポテトとドリンクも付けるでしょ?』ぐらいの当たり前という雰囲気で『ミスターシービーが走るならついでに三冠ウマ娘も付けるでしょ?』と言われたのだから。

 

 こんなトレーナー、中央トレセン学園内では見たことがない。いや、おそらく日本中探しても見つかりはしないだろう。なんともまぁ愉快なトレーナーがいたものだ。

 

 

 

 だが、それはそれとして──()()()()()()

 

 

 

「うんうん、たしかにキミは優秀な……一流のトレーナーなのかもしれないね。キミが教えてくれるまで、私の中にこんなふうに()()()()()が隠れていたなんて知らなかったよ」

 

 煽てられて乗せられるのは大いに結構。だがその上でスカウトに一切の興味無しという態度を取られるのは少しばかり頭にカチンとくるものがある。お前ならGⅠだって楽勝だと太鼓判を押しておきながらの知らんぷりだ、これを笑って流していては競走バとしての沽券に関わる。

 そういう意味では、彼はたしかにウマ娘のやる気を引き出す名人なのかもしれない。楽しく走ることができればそれでいいかと思っていたが、いまは皐月賞と東京優駿と菊花賞のトロフィーを3つまとめて彼の顔面に叩き付けてやりたくて仕方がないのだから。

 

 

「そうだなぁ……。うん、彼だけがお見通しってのは不公平だよね。ウマ娘にだってトレーナーの能力を試す機会があっても許されるんじゃないかな」

 

 黙っていればいいものをわざわざウマ娘を金儲けの道具だと言い放ってみたり、ろくにスカウトもせずルームでゲームに勤しむとんでもないサボり癖の持ち主。

 普通に考えれば大外れどころでないクズトレーナーなのだが、彼女の本能が囁くのだ。彼と行動すれば絶対に面白くなると。

 

 そもそも、本当に悪人であるならば()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ならば見極めてみようじゃないか。あの全身無礼な態度で、その癖なぜか妙に親しみのある不思議なトレーナーの実力とやらを。

 なに、彼がお人好しな性格をしていることは把握済みだ。あとは頼み方次第でどうとでも動かせるだろう。それでもし彼がトレーナーとして優秀ならば──ウマ娘の勝利を信じて疑わないトレーナーを手放す理由があるなら教えて欲しいぐらいだ。

 

「さて、これからはちょっと忙しく……いや、賑やかになるかな? 悪く思わないでよ()()()()()。私が私らしくあることに理由なんて必要ない、そう言ったのはキミなんだから」




本作の基本的な流れはこんな感じになる……予定です。

(恋愛要素とかは)ないです。


続きは田植えの季節が終わったら、次の登場ウマ娘はトウカイテイオーとなります。


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ふえた。

『田植えの季節は終わっていないが、アイネスガチャの傷が癒えないうちにパーマーガチャが来て腹が立って投稿した。後悔はしているが反省はしていない』


「カヒュ……カヒィ……モ……ムリィ……」

 

「いやぁ、ごめんねテイオー。まさか私もここまで差があるとは思ってなくて」

 

 

 貴方はいまミスターシービーとトウカイテイオーの一騎打ちを見届けたところです。

 

 ミスターシービーとの契約から今日まで、貴方は彼女の立案したトレーニングプランにあれこれと口出ししながら与えられたルームで怠惰な日々を過ごしていました。

 そんな貴方のところにある日突然“トウカイテイオー”が宣戦布告にやって来たのです。正確には貴方のルームに入り浸っていたミスターシービーに対してですが。

 

 いったい何故かと疑問に思っている貴方たちに、トウカイテイオーに同行していた友人であるマヤノトップガンが丁寧に説明してくれました。どうやら彼女は憧れのウマ娘である中央トレセン学園の生徒会長“シンボリルドルフ”の名誉のために挑んできたようです。

 シンボリルドルフといえば三冠ウマ娘の、強いウマ娘の代名詞たる存在ですが、この世界ではまだメイクデビューすら走っていません。それ自体は別になにか含むところがあるワケではないのですが、どうもトレーナーたちの間ではシンボリルドルフよりも先にミスターシービーが三冠ウマ娘になるだろうと話題になっているらしいのです。

 

 貴方にしてみれば順番的にはそうだろうなとしか思いませんが、我らが生徒会長殿を慕うトウカイテイオーには我慢ならなかったようです。

 

 勝負の提案に対しては貴方は一切の口を挟みません。そもそもミスターシービーは貴方の担当ウマ娘ではありませんし、なにより当人同士が納得した上での勝負だからです。貴方がしたことはせいぜいレース前にはしっかりウォーミングアップをして筋肉をほぐし怪我に気を付けるよう言い付け、ほかにターフで練習しているウマ娘たちの迷惑にならないよう注意し、2人に適度に冷えたスポーツ飲料を用意したぐらいのことです。

 

 

 結果は見ての通りでした。

 

 

 担当トレーナーが現れる前に弱体化させるワケにはいかないと、貴方はミスターシービーのトレーニングプランはチート能力を最大限に活用しています。彼女の現在の能力値を分析し、最適なトレーニング方法をいくつか提示して選ばせることでミスターシービーの追い込みの走りはかなり成長しています。

 いくらトウカイテイオーが天才で態度とは裏腹に走ることにもトレーニングにも真摯に向き合っているとはいえ、トレーニング内容の基本は教官たちの万人向けのプランです。ミスターシービーとは大きく差が開いているのも仕方のないことなのです。カツオブシとカツオノエボシぐらい戦闘力が違います。

 

 完全な敗北は時としてウマ娘の心をへし折る可能性を有していますが、貴方はトウカイテイオーについてはさほど心配していません。彼女であればこの程度で、1度くらいの敗北で折れはしないと確信しているからです。ただ──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「勝負だミスターシービーッ! 今日こそボクが勝ってみせるもんねッ!!」

 

 1着じゃなければ納得できないトウカイテイオーが敗けっぱなしで引き下がれるはずもなく、すっかり貴方のトレーナールームの常連となりました。ついでに、面白くなりそうな気配を察知したマヤノトップガンも常に一緒にやって来ます。

 訪問者が増えたことについて貴方は特に文句はありません。ジュース類お菓子類の消耗速度や対戦ゲームでの敗北数が数倍に膨れ上がったことについても全くの許容範囲内です。

 

 ですが、ミスターシービーとの打ち合わせのためにチート能力による能力識別状態のままトウカイテイオーを“視て”しまった貴方は頭を抱えそうになるのをこらえるのに必死でした。

 

 

 トウカイテイオー:ステータス

 

 状態異常『故障』蓄積量──11%



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ふおん。

 トウカイテイオー。

 

 モデルとなった馬が三冠馬を期待されながらも怪我により菊花賞を逃したことから、ウマ娘のトウカイテイオーもまた怪我に苦しむことになったことを貴方はもちろん知っています。

 

 知っているからといって、現状で特にアドバンテージはありません。蓄積量が100に達したとき、彼女の脚が残念なことになる事実は変わらないのですから。

 これにはさすがの貴方も困ってしまったようです。たかが11%、などと悠長なことは言っていられません。未だシンボリルドルフすらデビューしていない時期で1割を超えていると考えれば充分危険でしょう。なぜデビュー前のシンボリルドルフが生徒会長に就任しているのかを考えるのと同じくらいには危険です。

 

 貴方にはチート能力がありますので、その気になればトウカイテイオーの脚部を某有澤重工の社長が惚れ込むレベルでカチカチにすることも可能です。しかしそれをしてしまった場合、彼女のトレーナーが現れたときに問題が起きる気がして仕方ありません。

 トレーナーとウマ娘が支え合い、怪我の苦難を乗り越えて夢に挑む。その過程で生まれた信頼関係という尊い輝きが失くなったとき、トウカイテイオーの未来にどのような悪影響が出るかわからないのです。あと、三冠ウマ娘を達成できるかどうかのドキドキを味わうことができなくなるのも問題です。

 

 ついでに言うなら治療したことがバレて、トウカイテイオーからの信頼度がほんのわずかにでも上昇することを懸念してもいます。

 もっとも、本人はもちろん学園の誰もが気が付いていない怪我の可能性を消したところで貴方の想像するような事態は起こり得ないのですが。そこに思い至るだけの賢さを有しているのであれば、そもそもトレーナーライセンスを獲得していないでしょう。採用通知を無視してダストシュートすら実行できなかった貴方に期待するのは酷な話なのかもしれません。

 

 完璧な解決策を有したまま試行錯誤を続けるという世界で最も贅沢な時間の使い方に貴方が勤しんでいると、どこか暗い表情のマヤノトップガンが話し掛けてきました。

 

 

「ねぇ、トレーナーちゃん。テイオーちゃんの脚は……大丈夫、なんだよね……?」

 

 

 なんということでしょう! まさかマヤノトップガンがトウカイテイオーの脚の不調に気が付いていたとは! 

 

 しかしどうやって彼女はそこにたどり着いたのでしょうか? 実はトウカイテイオーに自覚がありマヤノトップガンに相談していた、という可能性はもちろんあります。

 ですが、仮にそうだとしても貴方は自分に相談を持ち掛けられた理由がわかりません。脚の怪我はウマ娘にとっては深刻な問題です。せめて学園に勤務している保険医にでも相談するべきでしょう。いったい何故? 

 

 

「だって……マヤ、わかっちゃったんだもん。ほかの人たちと違って、トレーナーちゃんだけ……テイオーちゃんの走る姿を見てるときにね? ほんのちょっと、本当にときどきだけど──スッゴく心配そうな顔してるんだもん」

 

 

 これだから天才は。

 

 貴方は心の中で嘆きつつ、どうやってマヤノトップガンとの会話を切り抜けようか必死で考えるのでした。もちろん既に手遅れ、まるで無意味なのでご安心ください。



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ふくつ!

 ウマ娘が脚を壊す理由はいくつかありますが、トウカイテイオーの場合は少しだけ特殊であることを貴方は既に見抜いています。

 

 トウカイテイオーの脚は彼女の才能に耐えられるだけの耐久力が備わっていないのです。加えて、貴方がアドバイスを贈ったミスターシービーと意固地になって競り合いを繰り返したことがダメージを加速させることになりました。

 厄介なのは、貴方はあくまでチート能力を使っての未来視に近い形でトウカイテイオーの故障を知ったことです。これでは説明しようにも根拠を示すことができません。

 これがGⅠウマ娘を何人も育てた一流のベテラントレーナーなら別であったかもしれませんが、信頼も実績も持ち合わせていない新人トレーナーの戯言など普通は聞き入れないでしょう。

 

 とりあえずマヤノトップガンに対し、貴方はトウカイテイオーは才能がありすぎてヤバいという部分だけを伝えます。チート能力については匂わせただけでも正解を引き当てそうなので決して漏洩するワケにはいきません。

 この世界がアニメか、アプリか、あるいは史実のいずれかの影響を受けているのであれば遅くとも日本ダービーのあとに。例えばミスターシービーとの勝負で悪化したように、GⅠクラスのレースでライバルと全力で走るたびに彼女の脚は大きく消耗されるであろうことを伝えます。

 

 

 それを聞いたマヤノトップガンは恐る恐るといった様子で貴方に問い掛けます。ならば、トウカイテイオーが三冠ウマ娘の夢を諦めたら怪我をしないで済むのかと。

 

 

 なるほど! その手があったか!

 

 なんという単純で効果的な解決方法でしょうか。貴方はまさに目から鱗が落ちる思い、これが本物の天才かと感嘆していました。

 消耗が原因で怪我をするのであれば、消耗させなければいい。例えば皐月賞を回避して日本ダービーだけに目標を絞れば、これから鍛えられる分も含めてトウカイテイオーの脚は充分に走り抜けることが可能かもしれません。

 

 ですが残念! 貴方にはその解決方法に賛同できない理由がありました。

 

 レースプランニングはトレーナーとウマ娘の大事な共同作業ですから、それに自分が口出しするようなマネは歓迎できません。未来のトレーナーの仕事の楽しみを、やりがいを奪うなんてとんでもない! 

 なにより、やはりトウカイテイオーは三冠ウマ娘を目指してこそトウカイテイオーだと貴方は考えています。それに、結果的に敗ける可能性はもちろんありますが、なんだかんだ皐月賞と日本ダービーは勝つだろうとも思っています。だってトウカイテイオーだから。

 

 

 なのでマヤノトップガンの質問に対する貴方の答えはひとつしかありませんでした。「三冠を諦めさせるのはムリ」と。挑むことすらせずに諦めれば彼女はトウカイテイオーではなくなってしまう。それだけは、そんな未来だけはトレーナーとして認めるワケにはいかないことをマヤノトップガンに伝えます。

 

 

「でも……。……。……? ──ッ! うん、そうだね! せっかくのステキな夢なんだから諦めたらもったいないもんね! そっかそっか~、トレーナーちゃんはテイオーちゃんのことは心配してるけど、それでもテイオーちゃんならキラキラできるって信じてるんだね☆ ならきっとテイオーちゃんの脚のことは大丈夫だよトレーナーちゃん。トレーナーちゃんのキモチはテイオーちゃんにバッチリ伝わったから♪」

 

 

 反応速度において体温計と善きライバル関係にある貴方と違い、高速レスポンスを誇るマヤノトップガンにしては些か反応が鈍かったものの、彼女は実に晴れやかな表情で立ち去っていきました。

 

 やはりチート。チート能力は全てに勝る。純粋な天才を凌駕し丸め込むことに成功したという事実に満足し、貴方はすっかり問題が解決した気分で上機嫌でした。

 間違いありません。貴方は机を整理し教科書を並べただけでテスト勉強を終えた気分になり安眠できるタイプの幸せな人間なのでしょう。



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ふんぬ!!

 貴方は今日もミスターシービーとトウカイテイオーの勝負を眺めています。

 

 しかしながら、今回は決定的にいつもと違う点があります。なんと、トウカイテイオーの故障率が低下しているではありませんか! 

 嬉しくも不思議に思った貴方は、走るトウカイテイオーの力の流れがどうなっているのか“視て”確認することにしました。多少歪な部分はありますが、前回の勝負のときと比べればスムーズに流れています。

 

 考えられる要素としては、マヤノトップガンから脚の不調について聞かされて走り方を改良したというのが一番有力でしょう。さすがはトウカイテイオー、天才はいた。貴方は別に悔しくもありませんし、なんなら納得しているぐらいです。

 

 さて、トウカイテイオーの怪我の可能性が改善した以上、貴方が彼女に注目する理由はありません。ここから先はいずれ現れるであろう彼女のトレーナーの仕事です。

 

 アニメのトレーナーのような優れた洞察力を持つ人物か、あるいはアプリのトレーナーのようなリカバリー能力に優れた人材か。両方を兼ね備えていればベストなのですが、さすがにそれは高望みでしょう。最低限、トウカイテイオーの夢を本気で信じてくれる善人であれば未来は約束されたようなものです。

 

 ならば貴方のやるべきことは決まっています。よりトレセン学園からの評価を下げるべく、ウマ娘たちを放置してルームで昼寝でも楽しむとしましょう! 

 

 

「──ってッ!! ちょっとトレーナーッ! ボクたちを置いてどこに行くつもりなのさッ! っていうかッ!! そもそもボクの走りちゃんと見てたのッ!?」

 

 

 1戦目を終えたトウカイテイオーが不満を隠すことなく貴方に詰めよって来ました。どうやら貴方の態度が気に入らないようですね。当たり前ですが。

 

 しかし、こればかりはどうにもならないでしょう。もとより貴方はトレーナー業務に興味は無く、トウカイテイオーに対してもファンの立場で応援できれば充分と考えています。

 走る様子にしても、前世でもGⅠレースならばともかく、貴方はそれ以外のレースは基本的にスキップしていました。なんならウイニングライブすらほとんど見たことがありません。

 

 ですがこの状況は貴方にとってチャンスでもあります。ここぞとばかりにトウカイテイオーを煽ることで不信感を稼ぎつつ、周囲の視線をより冷えきったものへと変化させていきましょう! 

 

 貴方は惜しむこと無く切り札を使うことにしました。文句があるなら菊花賞に勝利して三冠ウマ娘になってみせろ、と。

 いまのお前は速いだけで強くない、速いだけのウマ娘なんていくらでもいるのにトウカイテイオーだけに注目する理由など無いと、一切の遠慮を含ませることなく言い放ちました。

 

 

 実に素晴らしいチョイスです! 貴方らしからぬ的確な言葉選びは無事、彼女の神経を逆撫ですることに成功しました! 

 

 

 トウカイテイオーが呆気に取られている間に、貴方は速やかにターフを離れました。なにやら背後から雄叫びのようなものが聞こえた気がしましたが、おそらくただの空耳でしょう。

 一応、勝負に熱くなりすぎてオーバーワークにならないようにとミスターシービーに頼んでおいたので、心置きなく貴方はソファーに横になることができました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 後日。

 

「トレ~ナ~? ちょぉ~っとボクのトレーニングプランにもアドバイスが欲しいんだけど、モチロン引き受けてくれるよねぇ~? シービーだって担当じゃないのにアドバイスしてるんだからさ、まさかボクだけダメだなんて言わないよねぇ~?」

 

 なにやら悪どい雰囲気の笑みを浮かべたトウカイテイオーと、やたらと機嫌が良さそうなマヤノトップガンが貴方のルームにやってきました。

 どうやら彼女たちはミスターシービーのような取り引きを望んでいる様子です。もちろん貴方はトレーナー契約ではないことに油断して後先考えることなく安請け合いしてしまいました。

 

 どうも貴方はターフの去り際に周囲のトレーナーたちが発していた不快感について『これは使える!』と味を占めたようです。

 もしかしたら屑トレーナーから有望株のウマ娘を救い出すために行動を始める者が現れるかもしれない、そんな都合のいい出来事などを期待してるのかもしれません。

 

 

 ──これなら計画は予想以上に順調に進むかもしれない、ならば己が追放される日もそれほど遠くないだろう。

 

 

 たったいま取り引き相手がふたりも増えた現状で何故そこまで楽観的になれるのか理解できませんが、ともかく貴方はトウカイテイオーとマヤノトップガンからトレーニングの計画表を受け取ってしまいます。

 早速貴方はトウカイテイオーのプランからシンボリルドルフを参考にしたであろう無茶なトレーニングを片っ端から削除しました。もちろんトウカイテイオーが抗議の声をあげますが、彼女の信頼を必要としない貴方には容赦などありません。




次回はテイオー視点です。


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『先天性強者』

答え合わせの時間。


 初めはどうでもいい存在でしかなかった。

 

 自分が天才であることを自覚していた彼女にとって、トレーナーというものはレースを走りやすくしてくれるお手伝いさん程度の認識であった。

 あるいは、トウカイテイオーというウマ娘をスカウトするために彼ら彼女らが口にする称賛の言葉を聞くことで、自分が『強いウマ娘』であることを再認識することがモチベーションを高めるのに役立っていたぐらいか。

 

 だからこそ、だろう。

 

 黒いカラスの群れに一羽だけ白いカラスがいればこれ以上無いほど目立つように。トウカイテイオーという才能に溢れたウマ娘に全く興味を示さないトレーナーの存在は、さすがの彼女も気になるように──を、通り越して苛立ちを覚えるようになった。

 

 これが例えば、ミスターシービーとの勝負に敗けたことでガッカリされたのであればまだ耐えられた。それならば評価を覆せばそれでいい、自分がミスターシービーに勝てばよいだけの話なのだから。

 だが彼は違う。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかもどれだけベストな走りをしても、こちらを見ているようで全く別のナニかを見ているのだ。

 

 気に入らない。

 

 とにかく気に入らない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……なんだ、全然しっかりしてるじゃん。これなら練習するのにゼンゼン問題ないね」

 

 校則違反ギリギリの早朝、校舎から最も離れた第9レース場の芝生を確かめるように踏みしめながらトウカイテイオーが呟く。

 施設全体で見ればあまり綺麗ではないのだが、コースの手入れだけは完璧に整えてある。メンテナンススタッフの仕事ぶりに感謝をしつつ、脚の感覚を確かめながらゆっくりと走り始める。

 

 ほどよく筋肉がほぐれたところでギアを上げる。ウォーミングアップの走りからレースの速度に切り替わったのと同時に、思わずトウカイテイオーは苦笑いを浮かべた。

 

(あーあ、イヤになっちゃうね。ボク、こんな()()()()()()()()で満足してたんだから。しかもそれに最初に気が付いたのがあのトレーナーなんだもんなぁ~)

 

 天才を自称しておきながら、速く走ることだけしか考えていなかった自分に説教してやりたい気分だった。わざわざ静かな時間、静かな場所を選んだかいがあって、自分の脚が走り方に文句をつけているのがよくわかる。たしかにこのままの走り方を続ければ、いずれあのトレーナーが言っていたような結末を迎えていたかもしれない。

 ならばその結末、全く別の未来に変えてみせようじゃないか。才能に振り回されたことで脚が壊れてしまうというのなら、こちらから脚へと寄り添ってやればいい。本気の速度でも負担の少ない走り方をトコトン探ってやろうじゃないか。

 

 

 新しいオモチャを手に入れた子どものように、いかにも楽しくて仕方がないと言わんばかりに彼女は笑う。そうでもしなければ体力より先に気力が尽きてしまいそうだから。

 

 

 才能のあるウマ娘ほど、走りの最適解を見つけることがどれだけ()()()()()()を知っている。天候やバ場状態などは前提条件に過ぎず、それ以外の全ての要素を考慮するとなれば選択肢は無限に存在することに気が付いてしまうからだ。

 仮に1ミリのズレもなく2周目を同じコース取りをして走ったとしても、そこには1度通過した分の変化が蓄積されている。ならば丸ごと1歩横にずれて新しいターフを踏めばいい? それこそ論外、コース取りを変えた時点でそれは状況再現ではない。

 

 単独での走り込みですらこれなのだ、そこに本番のレースでは他のウマ娘という不確定要素の大群が加わるとなれば──ある程度の妥協案を受け入れるのは正しい判断であると、そう誰もが()()()のも仕方のないことだろう。

 

「……ぅあ、くそッ!!」

 

 もちろんトウカイテイオーもそのことに気が付いている。先ほどから頭の中で、この無謀な試みを取り止めるための言い訳が次々と流れているぐらいには。

 

 

『そんなことして、本当に意味あるの?』

 

『ただ意地になってるだけでしょ?』

 

『それより普通に練習しようよ』

 

『速く走れるんだからそれでいいじゃん』

 

『本当にケガするかどうかなんて、そんなことワカンナイよ』

 

『いままでも模擬レースだって勝ってるし』

 

『あんなヤツになにがわかるのさ』

 

『そうだよ、担当トレーナーでもないヤツの言うことなんて気にしなくていいよ』

 

『みんなだって言ってたじゃん』

 

『アイツはお金が欲しくてトレーナーになったとんでもないヤツなんだよ?』

 

『だからさ、もういいじゃん』

 

 

『無敵のテイオー様をスゴいって言ってくれるトレーナーなんて、トレセン学園にいくらでもいるんだから』

 

 

「────ッ! ……ふぅ」

 

 ラストスパート並みの速度で走っていたトウカイテイオーだったが、徐々に脚の動きが鈍り始める。やがて完全に立ち止まってしまい、そのまましばらく空を仰ぎ見て。

 

 

 ──諦める? バカなこと言ってんじゃねーよ。

 

 

「……っし! こっからが本番だぁッ!」

 

 

 より力強いステップで再び走り出した。

 

 

 ──三冠の夢がどうとかいう話じゃねェ。諦める、ハンパに妥協するってことそのものがありえねぇンだよ。

 

 

 脚部だけではない、全身の筋肉の動き、血液の鼓動、骨の軋む音、皮膚の表面を撫でる風の感触から流れる汗の一筋に至るまでの悉くに集中する。

 

 

 ──テイオーの強さは脚の速さなんかじゃない。自分が強いウマ娘だと信じてるから強ェんだ。

 

 

 限界まで感覚を引き延ばし、ターフの感触はもちろん、蹄鉄を通して伝わってくる地面の状態を瞬時に分析し、次の1歩に要求されるパワーを予測する。

 

 

 ──結果として敗けることはあるだろうよ。だがな、挑戦すらしねぇで諦めるってことは、それは自分で自分の強さを否定することに他ならねぇ。

 

 

 ひとつの正解を見つける度に、新しい選択肢が目の前に現れる。それらはまるで生物の進化のように、無数に枝分かれしている。

 

 

 ──だからよ、アイツが自分の最強を疑ったら、アイツはトウカイテイオーじゃなくなっちまうだろ? そんなクソみてーな未来を選ばせるワケにはいかねぇんだわ。例え担当じゃなくてもな。

 

 

 暗闇の荒野に拡がる無限の軌跡。どれが正解なのかは誰にもわからない、そもそも正解が存在する保証すらない。きっと、多くのウマ娘たちが自分と同じように()()に挑み、そして多くのウマ娘たちが諦めて目を背けてきたのだろう。

 

 

 その気持ちは理解できる。

 

 だが、自分は違う。

 

 

 ──トレーナーちゃんはテイオーちゃんのことを心配はしてるけど、それでもテイオーちゃんならキラキラできるって信じてるんだね! 

 

 ──あん? なに当たり前のこと言ってやがんだオメーは。ウマ娘の可能性を疑うヤツがいたら、そいつはもうトレーナーでもなんでもねェよ。

 

 

「……ニシシ♪ この程度で無敵のテイオー様が引き下がると思っているなら大間違いだもん──ねッ!!」

 

 

 今度の笑顔は強がりなどではない。いまよりも強くなるためのヒントが目の前にあるのだ、それを楽しいと思わないウマ娘はいないだろう。

 なに、解決策ならすでに見つかっている。無限に選択肢が存在するのならば、こちらも無限の走り方を身に付ければいい。ただそれだけのことだ。

 

 己の強さに絶対の自信を持つ帝王の蹄跡が、数多くのウマ娘たちの可能性を阻んだ暗闇を蹂躙し始めた。

 

 

 

 

 ────()()()()()

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……って! トレーナーッ! ボクたちを置いてどこに行くつもりなのさッ!」

 

「え? いやちょっとルームに戻ってグッピーのエサやりにでも」

 

「それならボクとマヤノがあげてたの知ってるでしょ! っていうかッ!! そもそもボクの走りちゃんと見てたのッ!?」

 

「えぇ~? なんでだよ……お前に注目してるトレーナーなんていくらでもいるじゃん……俺じゃなくてもいいじゃん……」

 

「よくないッ!!」

 

 トウカイテイオーが不満を爆発させているのも当然である。走り方を改良してから、練習中に何人ものトレーナーに声をかけられたが、誰ひとりとして変化に気付いた者はいなかった。新人も、ベテランも、クラスAチームのトレーナーですら()()()()()()()()()()と定型文のように繰り返すだけだったのだ。

 試行錯誤を繰り返し、ようやく少しは納得のできる走り方ができるようになったと思っているところにコレである。トウカイテイオーが自信家であることを抜きにしても納得はできないだろう。だが、このトレーナーならば。

 

「そりゃお前……()()()()()()()()()()()()速くなってるのは素直にスゲーと思うけど」

 

「ッ! そーでしょそぉ~でしょ~? フフーン、もっと褒めてもイイんだよ~?」

 

「でも、お前アレじゃん。いまはまだ速いだけで強くないじゃん」

 

「んなッ!?」

 

「ステップワークも普通だし、ペース配分もまだ甘いし。そもそも本格化が終わったウマ娘と比べりゃまだまだ普通レベルだし。よりにもよって俺に将来性だけで褒めろって言われてもなぁ~」

 

「ぐぬぬ……ッ!」

 

「ま、そうだな……。お前が菊花賞に勝って三冠ウマ娘になれたら、そのときはちゃんと驚いてやるよ。それまではしっかりと基礎を積み重ねるんだな、お嬢ちゃん」

 

 

 ────。

 

 

「うがぁぁぁぁッ! なんだよ、なんなんだよあのトレーナーはァッ!! 褒めるときくらい素直に褒めればいいのに! イチイチあぁいう……ケンカ売らないと死んじゃうビョーキかなにかなのッ!?」

 

「いやぁ、たぶん単純に性格の問題じゃないかな。この前も『世の中の民が汗水流して働いてる時間に食べるパイの実マジうめぇ』とか言ってたし」

 

「フツーに性格悪いヤツゥッ! ……で、なんでマヤノはそんなに機嫌良さそうなのさ?」

 

「だって、マヤわかっちゃったんだもん☆ やっぱりトレーナーちゃんはさ、テイオーちゃんなら三冠ウマ娘になれるって信じてるんだって」

 

「どこがッ!?」

 

「あぁ、なるほど。たしかにそうだね。本当にわかりやすいのかわかりにくいのか判断に困る言い方をするトレーナーだよ」

 

「ちょっと! シービーまでッ! んもぉ~ッ!! なんなんだよみんなしてェ~ッ!!」

 

 

 その後、ふたりからトレーナーの言葉に隠された期待について聞かされたトウカイテイオーが『だからわかりにくいんだよッ!』と吼え。

 

 なんとかギャフンと言わせられないかと考えたところにミスターシービーから取り引きの話を聞き。

 

 だったらボクもトレーナーの実力を試してやるもんねッ! と気合いを入れてトレーニングの計画表を書き上げ──容赦なくダメ出しをされて再び吼えることになる。




感想でご指摘いただいて気付きましたが、慇懃無礼の意味を別の四字熟語と勘違いしていました。誠に申し訳ありません。
※慇懃無礼は表面的には取り繕えている前提なので、何一つ取り繕えていない主人公に対して使用するのは適切ではない。


続きは麦茶の美味しい季節になってから、次の登場ウマ娘はメジロライアンになります。


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めじろ。

みんなそんなに麦茶好きなの……?(困惑)


 貴方はいま、追放されるための新たな計画を練り上げています。

 

 現在のところ順調にヘイトを稼ぎ、着実に追放に近付いていると確信している貴方ですが、チート転生者が油断や慢心で失敗するパターンが多いことを知っています。

 それを踏まえて貴方は、思惑通りに事が運んでいるときこそより慎重かつ大胆に次の一手を打つべきだと考えました。

 

 そこで貴方が着目したのはウマ娘の名門“メジロ家”です。

 

 具体的にメジロ家がレース業界でどのような役割を果たしているのかについて貴方は何も知りません。しかし、メジロ家が大変な資産を有していること、メジロのウマ娘たちの真価はその精神性にあることだけは知っています。

 貴方は守銭奴の悪役トレーナーとしてこれまで行動してきましたが、そこにより説得力を持たせるためにもメジロ家のウマ娘との接触が必要だと考えました。家の財産を目当てにウマ娘に声をかける、たしかに傍目に見れば立派な悪人に違いありません。

 

 

 貴方が考えたプランは次の通りです。

 

 

 ①メジロのウマ娘に声をかける。

 

 ②警戒される。

 

 ③メジロ家が貴方を敵視する。

 

 ④トレセン学園を追放される。

 

 

 徹底的に最低限の情報以外を削ぎ落とした計画は、少なくとも何を狙っているのかだけは明確に伝わるでしょう。

 全体的に物足りなさを感じないこともありません。ですがあまり細かいところまで綿密に計画を立てると、今度は柔軟性を損なう危険性もあるでしょう。

 

 大丈夫! 文面に多少空白が多くても、隣に粉チーズを置いて比較すれば貴方の計画は充分に堅実であると評価することができます!

 

 完璧な計画を思い付いたものだと無駄に自信に溢れた貴方は早速行動を開始しました。スペシャルウィークがおかわりを自分の意志で我慢できる可能性とどちらが現実的かはわかりませんが、宝くじだって買わなければ当選する確率はゼロなのです。ここは貴方の成功を信じて見送ることにしましょう。

 

 もっとも、宝くじは有料ですので当選しなければ当然マイナスが発生するのですが。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 トレセン学園内を歩き回る貴方がターゲットに選んだのはメジロライアンです。

 

 つい先日、貴方が取り引き中のウマ娘たちが模擬レースに出るというので様子を見に行ったところ、偶然彼女が走っているところを目撃しました。

 中盤までは差しウマらしく力強い走りでしたが、最終直線から徐々にメジロライアンは失速し、結果はギリギリ入着。その様子に心当たりがある貴方はついうっかり『これはトレセン学園追放に使えるかもしれない!』と余計なことを考えてしまったのです。

 

 メジロの名前に誇りを持つ彼女のことです、レースの結果についてはそれなりに思うところがあるはず。そう考えた貴方は、学園内でも人気の少ない場所をついでにゴミなどを拾いつつ探し回り──ついにメジロライアンを見つけることに成功しました。

 

 周囲にヒト影もウマ影もなし。なんという千載一遇のチャンス。貴方はこの時点で勝利を確信しました。

 

 さて、メジロ家はレース業界の重鎮ということもあり、トレーナーはもちろん学園スタッフも相応の態度でメジロのウマ娘たちに接しています。

 貴方は自分がどのような雰囲気で彼女に話しかけるべきか考えました。いかにもメジロの名前が目的ですと嫌味なほど丁寧に近付くのも悪くないのですが、そういう人間は大勢相手にしてきたはず。この予想が正しければ、逆に全く印象に残らずヘイトを稼げない可能性もあります。

 

 どうせ最終的に嫌われることが確定しているのだ、ならば礼節など必要ないだろう。そう考えた貴方は、普段と変わらぬ調子で気安くメジロライアンに声をかけるのでした。



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めぐろ。

 私の夢でお馴染みのメジロライアンですが、ウマ娘の彼女は自分自身に、そしてメジロの家名に対して自信を持てずにいます。

 

 モデルとなった馬は勝ち鞍に宝塚記念を有する立派なGⅠホースなのですが、メジロマックイーンの菊花賞の勝利、天皇賞連覇の華やかさと対比されることが度々ありました。それがウマ娘の彼女の性格に影響を与えている可能性はかなり高いでしょう。

 先の模擬レースでの敗北も、勝利への貪欲さに欠けるまま勝つことへの抵抗が原因なのは明らかです。貴方は前世の知識による推察ですが、隣でレースを見ていたミスターシービー、トウカイテイオー、マヤノトップガンの3人も無言ではありましたが険しい表情をしていたので間違いないでしょう。

 

 貴方の接近に気が付いたメジロライアンですが、軽く会釈をするものの表情には警戒の色合いが見えます。なんということでしょう、出会いと同時に作戦の第2段階までが完了してしまいました! 

 この反応が貴方にとって凶となるか大凶となるかはまだわかりません。ですが、いまの貴方は勝利を確信しています。ここは勇猛果敢にメジロライアンを煽り始めましょう。

 

 手始めに先の模擬レースの結果について語ります。名高きメジロのウマ娘には、練習程度では本気で走るに値しないのだと薄笑いを浮かべて挑発しました。

 

 

 気になる反応は──お見事! メジロライアンの表情がわずかながらに曇りました! 

 

 

 さぁ、ここからが本番です。貴方の真の目的は彼女に追い打ちを仕掛けることではありません。落ち込んでいる相手に迂闊な言葉を投げ掛ければ良い結果に繋がらないのは明白です。ましてメジロライアンは生真面目な性格ですので、ここでメジロ家を話題にするのは避けなければならないと貴方は判断しました。

 

 ならばどうするか? 貴方が話題に選んだのはメジロライアンの親友である“アイネスフウジン”についてです。

 たとえ自分がメジロのウマ娘であることに自信がなくとも、友人に対する侮辱を聞き流せるほど熱量を失っていないだろうと期待して。

 

 

 貴方の次の言葉は「メジロライアンがこの程度であれば、ライバルのアイネスフウジンも大したことのないウマ娘だろうな」です。

 

 

 さぁ、ここから先は刹那ほどにも彼女の反応を見逃せません! 対応を間違えればメジロライアンの心に傷を残す可能性もあることを貴方は懸念しています。確実に彼女の闘争心を目覚めさせるために、いまの貴方のあらゆる感覚はチートの補助無しでもゼロシステムの3歩先を行くほどに研ぎ澄まされているでしょう。

 

 気になるメジロライアンの反応ですが、やはり悪意のある言葉に慣れていないためか動揺している様子です。

 しかし貴方は彼女の瞳の中にある輝きに即座に気が付きました。頼りなく揺らぎながらも、貴方のことを射貫かんばかりに強い意志が宿っています。

 

 実に美しい、それでこそメジロライアンである。貴方はアイネスフウジンに対して申し訳ないと思いつつも、このまま挑発を続けることを選びました。どうやらいまの貴方の頭の中は、如何にしてメジロライアンの闘志に火をつけるかで占領されているようです。



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まぐろ。

 怒りの感情というものは、思いの外長続きしないことを貴方は前世の人生で学びました。

 

 とくにメジロライアンのように、負の感情を内側に向けてしまうタイプはどこかのタイミングで自虐的なモノに切り替わる可能性があります。

 なので、ここは小技を繰り返すよりも早々に大技を仕掛けることにしましょう。貴方は勝負の場で「まずは小手調べ」と言うキャラクターに対して、そういうのは練習でやるもので本番でやるんじゃねーよとか考えるタイプの人間です。

 

 もちろん貴方にはしっかりと手札の備えがあります。模擬レースを見に行ったときに、周囲のトレーナーたちが貴方へ向けた悪意ある言葉を垂れ流していたのですが、そこにいくつかの有用な情報が含まれていたからです。

 アルバイトをしながらトレーニングに励み、スカウトされることを目指して努力するウマ娘が大勢いるところに、貴方のような金銭目的の恥知らずのトレーナーが現れたことに対する不快感。そんな話題の中にアイネスフウジンの話も含まれていたのです。

 

 前世の知識が概ね通用することが確認できたこともそうですが、しっかりとトレーナーたちに敵視されていることを確認できた貴方は、ターフを駆け抜けるサイレンススズカの如くご機嫌でした。

 隣で貴方に向けられた陰口が聞こえていたミスターシービー、トウカイテイオー、マヤノトップガンの表情が何処と無くお米が食べたいけれど痩せたいような雰囲気でしたが気のせいでしょう。

 あと、駿川たづな秘書を始めとする学園スタッフも不快感を隠しきれない表情で貴方を見ていた中、秋川やよい理事長だけは扇子の向こう側に不敵な笑みを浮かべていたような気がしましたがおそらく目の錯覚でしょう。

 

 

 そんな貴方が選んだ手札はウマ娘の聖域に踏み込むひと言です。アイネスフウジンは勝つ必要がないから楽しそうに走っているのだ……と。

 

 

 レースに出走すれば、そして入着できればまとまった賞金が出ることを守銭奴系極悪トレーナーである貴方は当然知っています。どうやらそのシステムを利用してアイネスフウジンを批判することにしたようです。

 1着にならなくてもお金が手に入るから、勝たなくてもいいからヘラヘラと笑っていられるのだと容赦なく貴方は言葉を続けました。

 

 もちろんあまり良い気分ではありませんが、貴方はアイネスフウジンであればこの程度の批判など走りで容易く一蹴してみせるだろうと確信しているので問題なく我慢できます。

 

 次の瞬間、貴方に強烈なプレッシャーが叩き付けられました! 怒りの感情が弾けたメジロライアンがついに貴方へ反論を始めたのです! 

 彼女は貴方を睨み付けながら言いました。敗けてもいいと思いながら走るウマ娘はいない、勝たなくてもよい勝負などない、と。親友への侮辱を撤回することを貴方に求めました。

 

 

 コングラチュレーションズ! 

 

 貴方はメジロライアンにいま一番必要な言葉を、彼女自身から引き出すことに成功しました! 

 

 

 さぁ、こうなってしまえば貴方は無意味に勝利を確信してしまいます。ならば証明してみせろ、家の名誉のために走ることができなくとも、友の名誉のために勝つことぐらいはできるだろうと彼女を焚き付けました。

 一瞬の間を置いて、メジロライアンは力強く頷いてみせました。前回の不甲斐ない走りとは違う、次の模擬レースでは必ずベストの走りをしてみせると堂々と宣言しました。

 

 貴方は彼女の宣言にスッカリ満足して──いません。何故なら貴方は油断も慢心もしないチート転生者だからです。ベストの走りで満足するようでは悪のトレーナーとして相応しくありません。やはりここは努力よりも結果が全てであると態度で示しましょう! 

 やる気に満ちたメジロライアンに対し、貴方はより明確な勝利を求めました。アイネスフウジンはいずれ日本ダービーを勝つウマ娘なのだ、その価値を証明するのだから半端な勝ち方では認めないと言い残し、貴方はその場を立ち去りました。

 

 

 任務完了、あるいは完全勝利。貴方は全てが思惑通りに進んだという満足感を得ながら、次の模擬レースの日程を確認するのでした。貴方の記憶処理能力は道路を横断するカタツムリにも優しい安全運転ですが、記憶を処理する能力はどうやら第一宇宙速度でも追い付くことは不可能なようです。




落ち込むウマ娘の前で親友を侮辱する。
まさに外道! なんたる鬼畜行為!

だから、タグにアンチ・ヘイトを設定する必要があったんですね。


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ビグロ。

「やぁトレーナー! 今日の模擬レース、よければ一緒に見に行かないかい? 実は最近になって“何故か”急に走りが進化したウマ娘がふたりほどいてね。彼女たちの走りは、きっとキミも気に入ってくれると思うんだ」

 

 

 貴方はミスターシービーに連れられて、模擬レースが開催される学園内のレース場にやってきました。すれ違いざまの舌打ちに表面上は無反応で、しかし内心では小躍りなどをしつつ貴方は壁際に移動しました。

 その行為に特別なにか理由があるワケではありません。貴方の持つ悪役のイメージとして、壁に背中を預けて腕を組んでいる姿を思い浮かべたので実行してみただけのようです。

 

 さて、いまから始まるのは中距離の模擬レース。すでにデビューしているウマ娘から本格化が始まったばかりのウマ娘まで、出走するウマ娘は多種多様です。もちろん、能力はともかく本格化の進行具合だけはしっかりと区別されているのでご安心です。

 出走する友人たちとの会話を終えたトウカイテイオーとマヤノトップガンも合流し、いよいよ模擬レースが始まります。今回は取り引きも関係ありませんので、貴方はのんびりと観戦することにしました。

 

 システムで能力値の始まりが統一されているゲームと違い、本格化の影響が強いのはなかなか興味深いものでした。同じ中距離適性を持つウマ娘でも、ビワハヤヒデとナリタブライアンでは姉のビワハヤヒデのほうが間違いなく強いのです。もっとも、ギャラリーの反応は荒々しい走りのナリタブライアンのほうが盛り上がっている様子でしたが。

 

 貴方が純粋に模擬レースを楽しんでいると、ついにミスターシービーのオススメというウマ娘たちの出番がやってきました。並んで立っていたのはメジロライアンとアイネスフウジン、どうやらふたりとも同じレースで走るようです。

 

 ゲートからはかなり距離が離れていますが、それでもメジロライアンは貴方を見つけるとまっすぐに視線を向けてきました。

 あれだけ悪意のある言葉を叩き付けたにも関わらず、その表情からは清々しい闘志が感じられます。そのことに貴方は驚きつつも、そういう部分も含めて彼女は“メジロ”なのだなと納得しました。隣に立っているアイネスフウジンが貴方を見てニヤリと笑いましたが、おそらく散々に好き勝手批判したことを友人から聞かされたのでしょう。お前の評価を覆してやるという意思表示として貴方は受け取ることにしたようです。

 

 なんとなくミスターシービーからは「ライバルが強くなるのは大歓迎だ」という喜びを、マヤノトップガンからは「これでレースがもっとキラキラする」という楽しみを、トウカイテイオーからは「またコイツなんかやったな?」という呆れの視線を感じましたが、もちろん貴方はそんなことを気にする人間ではありません。

 

 メジロライアンが立ち直ったことが確認できた貴方はルームに帰ることにしたようです。ミスターシービーからはレースを見なくてもいいのかと問いかけられましたが、貴方は見たかったものはもう見せてもらったと返答して振り返ることなく立ち去るのでした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「トレーナーさん、シービーさんから聞きましたよ! なんでもトレーニングの内容にアドバイスをしてくれるって! メジロのウマ娘として自信を持って走れるぐらい、どうかご指導のほどお願いしますね! ねッ!!」

 

「あたしのトレーニングも見てほしいの! アルバイトのことがあるから、ほかの子より使える時間が少なくてちょっと困ってたの! 短い時間でもしっかりと、それこそダービー獲れるくらいのを頼んじゃうの! のッ!!」

 

 

 突然の訪問者と提案にさすがの貴方も驚いたようです。しかし、満面の笑みのふたりからわずかに“怒り”の感情を嗅ぎ取った貴方はすぐに冷静さを取り戻しました。

 なるほど、あれだけ貶める発言をしたのだから恨まれるのは当然のこと。これはきっと彼女たちなりの意趣返しなのだ。ならば甘んじて受け入れよう、これは勝利の対価なのだから。

 

 これもまた勝者の義務であると貴方はふたりからトレーニングの計画書を受け取りました。決して「これ断った瞬間に顔面に蹴り穿つ双脚の槍(ウマボルグ)がブチ込まれるわ」などという予感を察知して逃げたワケではありません。

 

 

「私はちゃんと警告したんだよ? あとでどうなっても知らないってね」

 

 背中に変な汗をかきながら計画書を眺める貴方と違い、グッピーにエサを与えるミスターシービーはとても上機嫌でした。




次回はライアン視点です。


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『Dragon install』

答え合わせの時間。


 羨ましい、と。心の何処かでそんな感情を抱いていたのかもしれない。

 

 レースを、ウマ娘を金儲けの手段だとハッキリ宣言したトレーナーがいると聞いたときにはイヤな気持ちになった。当たり前だろう。それはつまり、トレーナーという立場でありながら、ウマ娘たちの夢を()()()()()でしか見ていないということなのだから。

 

 なんてヤツだ、許せない! と怒るウマ娘がいた。

 

 そんなトレーナーの担当なんてお断りだと蔑むウマ娘がいた。

 

 儲かるのは事実だし、優秀ならそれでいいと中立的な立場で評価するウマ娘がいた。

 

 金銭目的でもいい、それでも指導を受けられるならと縋る思いのウマ娘もいた。

 

 

 そして、その傍若無人な在り方を羨むウマ娘がいた。

 

 

 他者の評価など何一つ無価値であると言わんばかりの堂々とした姿に、他者の評価というしがらみに囚われ迷いながら走り続けているウマ娘にとっては、あるいは──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いやぁ~、それにしてもようやくって感じなの」

 

「なんのこと?」

 

「本気になったライアンちゃんと、全力で勝負ができるってこと」

 

「う゛っ」

 

 ふたり並んでランニングの最中にアイネスフウジンがこぼしたひと言は、メジロライアンにとっては避けたい話題であったらしい。ニヤニヤと楽しそうに笑う親友とはうってかわって実に渋い表情だ。

 

 何度思い出しても顔から火がでそうになる。ほかでもない、自分こそが半端な気持ちで走っていたくせに、アイネスフウジンのことを悪し様に言われた途端、感情的になって反論してしまったのだから。

 先の模擬レースの結果について彼が語り始めたときにも自分自身への不甲斐なさで情けなかったが、それ以上に彼にアイネスフウジンを侮辱するかのような言葉を言わせてしまったことを後悔しているのだ。

 

 

「はぁぁぁぁ~~…………。わざわざ励ましに来てくれたのに……それなのに、私はトレーナーさんにあんな……ムキになって……。はぁぁぁぁ…………」

 

「あちゃー。まだライアンちゃんの心のキズは癒えてないの。からかうのは時期尚早だったの」

 

 本気で金儲けを企むのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 名家のウマ娘と担当契約できたからといってトレーナーの給料に色がつくワケではない。それなりの実績を残して初めて能力に見合う報酬が支払われるのだ。

 

 もちろん名家のウマ娘は幼いころから専門的なトレーニングを積んでいる分、ほかのウマ娘よりもレースで有利かもしれないが──メジロのウマ娘に関してはまた事情が異なる。

 なにせ現在、中央トレセン学園に在籍しているメジロのウマ娘たちは誰ひとりとして活躍の兆しがない。迷いのせいで勝ちきれなかったメジロライアンはもちろん、ほかのウマ娘たちも模擬レースどころか普段のトレーニングの様子もお世辞にも褒められたものではない。

 

 それでもトレーナーたちがメジロのウマ娘に対して“表向きは”丁寧な態度を崩さないのは、結局のところ過去の栄光によるものでしかないのだ。

 

 つまり、彼が言葉通りに賞金を得るための道具としてのウマ娘を欲しているのであれば、面倒な肩書きに見合う能力を示せていないメジロ家に、メジロライアンに声をかける理由はない。

 

 まぁ、要はそういうことなのだろう。落ち込む親友が立ち直ったとき、あのトレーナーの表情が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のをアイネスフウジンは見逃さなかった。

 あの気分屋のミスターシービーが認めるくらいだ、悪いようにはならないだろうと物陰から見守っていたが、案の定というべきか。やはりウワサだけで人を判断するものではない。

 

「ライアンちゃん、落ち込んでるヒマなんてないの。クソ真面目なのはライアンちゃんのいいところだけど、恩返しがしたいなら走りで返すしかないの」

 

「アイネス、言葉遣いが行儀悪いよ……。でも、そうだね。せっかく憎まれ役を演じてまで私に期待してくれたんだから、次の模擬レースはしっかりと勝たなきゃだよね!」

 

「そうそう、その調子なの! あ、でも一応言っておくけど、あたしも負けるつもりはないからね? なにせ未来のダービーウマ娘だからね~」

 

 

 ◇◇◇

 

 

(あのトレーナーさんのことだから、たぶん……あ、やっぱりいた)

 

 普通のトレーナーであれば、ウマ娘たちの走りを評価するために我先にとコースの近くに陣取るだろう。だが、メジロライアンには彼がほかのトレーナーと同じように身を乗り出している姿が想像できなかった。

 もっと広い視野で模擬レースを眺めるために、全体を見渡せるような場所にいるはず。そう思い壁際を見ればやはりいた。

 ミスターシービーはもちろん、最近走り方の完成度が高まっているとウワサのトウカイテイオーと、教官たちの指導に反抗的だったのが改善しつつあるマヤノトップガンも一緒にいる。

 

 

 うん、一度視線を交わせば充分だ。話したいことはレースが終わってからでもいい。

 

 

 レースが始まると同時にまずはアイネスフウジンが綺麗なスタートを決めた。それに逃げウマ娘たちが続き、先行策のウマ娘たちが好位置を狙い競り合う。その後ろで脚をためる差しウマたちの中にメジロライアンはいた。

 いつもより視野が広くなったように感じる。否、事実としてそうなのだろう。いままではレースの最中ですら自分のことしか考えていなかったのだ、周囲を走るウマ娘たちのことが見えていなかったのだから当たり前だ。

 

 思わず笑いが込み上げてきたのを歯を食いしばって耐えた。勝ちたいという思いでレースに挑んだ途端、ほかのウマ娘たちの気迫を感じて自分の中に様々な感情が生まれたことが可笑しくてたまらない。

 緊張と焦燥、興奮と歓喜。そうだ、これは幼いころにも確かに感じていたモノだ。純粋に走ることを楽しんで、負けたくないと見栄を張って、とにかく前へ前へと走っていたのだ。

 家の名前を意識するあまり、こんなことすら忘れていたらしい。いや、この言い方はあまりよくないだろう。メジロの名に相応しいかどうかで迷っていたのは事実だが、メジロのウマ娘として産まれたことを後悔したことはないのだから。

 

 それならばとメジロライアンは割り切ることにしたのだ。メジロの家名に相応しい走りが出来ているのかどうか、自分で判断することを放棄したのだ。自分がどういった心境で走ろうと、それを見る人々が何を感じるかなどわからないのだから。それこそ、メジロライアンの情けない走りを見てアイネスフウジンの批判をしたどこかのお節介なトレーナーのように。

 

 余計なことは考えない。ただ、本気で走るだけ。それぐらいなら自分にだって出来る。ただ全力を出せばいいのだから簡単なことだ。

 

 ラストスパートに向けて位置取りを前に押し上げる。ライバルを追い抜く度に背中に鋭い気配が突き刺さる。ようやく“それ”が自覚できるようになったのだなと呆れ半分喜び半分でさらに加速する。

 観客席から歓声が聞こえるが関係ない。いまは一番の親友にしてライバルの背中を捕まえることに夢中でそれどころではない。

 

 

「ライアンちゃんには悪いけど……全力だからこそ、本気の勝負だからこそね。──あたしが勝つッ!!」

 

「負けないよ。せっかく勝負を楽しいって思えるようになったんだから。──勝つのは私だッ!!」

 

 

 うん、これは面白い。

 

 アイネスフウジンとは気安い友人としてそれなりの時間を一緒に過ごしてきたが、ここまで好戦的で楽しげな彼女を見たのは初めてだ。

 それだけ自分に遠慮していたのだなと思うと、やはり申し訳ない気持ちになってしまう。これから彼女に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その上で、本気で挑む価値がメジロライアンにはある、そう判断してくれたことが嬉しくて仕方がない。

 

 これはいい。この方向性で気合いを入れるのは自分の気質に合っているかもしれない。真剣勝負を、全力の競り合いをするだけの価値があるウマ娘として自分を高めるというのも悪くない。幸いにして身体を鍛えるのは得意だし、趣味と実益が合致しているのも好都合。

 悩んでも答えが見つかりそうもないことに悩み続けるのは時間がもったいない。自分がメジロに相応しいウマ娘かどうかなんて判断は有識者を名乗るヒマ人たちに任せてしまえばいい。どうせ自分は自分らしく走ることしかできないのだから。

 それでおばあ様から御叱りを受けることになったらそのときは──いっそのこと、あのトレーナーさんも巻き込んでしまおうか? 恨むなら迂闊に名門に手を出したリスクマネジメント意識の低さを恨んでもらおう。

 

 

 いまはただ、家のためではなく友のために。

 

 勝った負けたのさらにその先で、ライバルたちが『私はメジロライアンと同じレースで本気の勝負をしたのだ』と胸を張って言えるぐらいに。

 

 

 これはただの模擬レース。本番に向けての練習でしかない。

 

 出走しているウマ娘たちも、本格化が完全に終わっていないヒヨッコばかり。

 

 だが、それでも。

 

 メジロライアンの走りを、その輝きを目の当たりにした者たちが、彼女のことを“麗しき実力者”として語るようになるのは時間の問題だろう。

 

 

 

 

 ────まぁ、それはそれとして。

 

 模擬レースとはいえ、いまの自分たちの全力を出し切り最高の走りができたと満足しているメジロライアンとアイネスフウジンのふたりだが、その光景を望んだはずの張本人の姿がどこにも見当たらないと気付いたときに。

 目的の人物と一緒にいたウマ娘から「レースが始まる前に帰ってしまったよ」と教えられたときに何を思ったのかは……誰にもわからない。




とくに理由はありませんが、メジロのおばあ様って空間認識能力が高そうですよね。


続きはイベント配布ライスシャワーの回収が完了してから、次の登場ウマ娘はキングヘイロー(とハルウララ)になります。


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ふろすと。

ビンゴシート1枚制覇。

コメント投票をグッドだけにする設定が欲しいと思った今日この頃。


「ウ~ララ~♪ これならわたしも負けないぞーッ!」

 

「わぁ~、ウララちゃんすっごーい☆ けど、マヤだって負けないもん!」

 

「ちょ、なんでふたりともそんなに速いのさ!? ワケわかんないよッ!」

 

 

 現在、貴方の目の前では3人のウマ娘がマットの上で逆立ちしながら競走しています。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ことの始まりはハルウララがルームメイトのキングヘイローに“守銭奴”の意味を尋ねたことにあります。どうにかわかりやすいようにと噛み砕きつつ説明したものの、いつのまにか頭の中で謎の連想ゲームが開始されていたようです。ハルウララは貴方のことを有マ記念に勝たせてくれるヒトと結論付けました。

 ルームに突入してくるなり満面の笑みでトレーニング計画表を掲げるハルウララの横で、苦労人オーラをこれでもかと纏っていたキングヘイローの姿を貴方は当分忘れることはできないでしょう。

 

 これにはさすがの貴方も悩みました。アプリ世界の影響もあるのか、ハルウララの潜在能力はそれほど悪くありません。しかし、現在の彼女の能力は悲しくなるほど低い。なぜトレセン学園に入学できたのかわからないと言われるのも納得のレベルです。

 

 勝てそうなウマ娘に、金になりそうなウマ娘を選り好みして声をかけるのが悪のトレーナーとして正しい姿。ハルウララの可能性が完璧に秘められた状態で面倒を見れば、もしかしたら“実は良い人なのでは?”という勘違いが生まれてしまうかもしれない。

 これは貴方にとっては重要な分岐になります。どういうワケか貴方はメジロ家との敵対に成功していることを疑っていませんので、良い流れが断ち切られることを懸念しているようです。

 

 

 そんな悩む貴方の頭にとある紳士の言葉が舞い降りました。そう“逆に考えるんだ、面倒を見ちゃってもいいさ”と。

 

 

 ハルウララの希望は有マ記念です。彼女の脚質はダートかつ短距離なので、普通のトレーニングではどう頑張っても適応できません。つまり、チート能力を最大限に活かした変則的なトレーニングが必要となります。

 その様子を客観的に見れば、きっと純粋なウマ娘を騙して玩具にするクズそのものであるはず。なによりも最大のメリットとして、ハルウララの弱点である飽き性の対策にもなります。

 

 ハルウララの夢の手助けをしつつ、自分の評価を下げることもできる。貴方が彼女のトレーニング計画表を受け取らない理由はなくなりました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして現在。

 

 トレーニングはなかなか面白いことになっています。ダートに適性を持つウマ娘はパワーに優れていることは知識として知っていましたが、逆立ちをするハルウララはとても安定して前進しています。

 さすがにミスターシービーやメジロライアンには追い付けませんが、腕力での勝負ではトウカイテイオーやマヤノトップガンと互角以上の戦いが可能なようです。

 これを巧く加速力に変換できるように導くことができればあるいは……ハルウララの有マ記念チャレンジにも光明が見えるかもしれません。

 

 と、ハルウララの問題には対応できそうなのですが……。

 

 

「ふしゅぅッ! ふしゅ……ッ!!」

 

「ほらキングちゃん! ゴールまでもうちょっとなの! 頑張って!」

 

「こ、こ、この程度ぉッ! キングには、朝めし前でぇぇぇぇッ!! ──ひゃんッ!?」

 

 

 どうやらもうひとりの、一流の有マ記念チャレンジも前途多難なようです。




そんなにシービーのメイクデビューが見たいのか、アンタたちはぁぁぁぁッ!!

私もソーナノ。
(手首レブチューン並作者)


その辺りはいましばらくお待ちください。具体的にはあと14話ほど。


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だむ。

ビンゴシート2枚目攻略。


 恐るべきことに、いまのところ貴方の計画は順調に進んでいるようです。

 

 例えば貴方は現在、ウマ娘たちのトレーニングとして2本の縄跳びを使ったダブルダッチを行っています。調子にのったトウカイテイオーとアイネスフウジンが小技を交えながら跳んでいるため、傍目には遊んでいるようにしか見えないのです。

 もちろん身体はちゃんと鍛えられています。メジロライアンからも「ナイスマッスルですよトレーナーさん!」とお墨付きをもらっていますし、ハルウララは筋肉痛という形でわかりやすく成長を実感できてご機嫌です。

 

 ですが、真面目に練習をしているトレーナーやウマ娘たちはそのことを知りません。なので視線にはハッキリと侮蔑の色が含まれているものですから、貴方はとても満足しているようです。

 

 例外として秋川やよい理事長は相変わらず何故かニヤニヤと笑っているような気がしましたし、特徴的なヘッドセットを装着した芦毛のウマ娘が獲物を見つけたネコのような視線を送ってきている気もします。

 もちろん貴方はそういう部分だけはちゃんと見落とすことができますので、認識できないモノは存在しないという扱いでも問題は無いでしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 より守銭奴トレーナーとしての立ち振舞いを強化するべく、パイの実と合わせてアルフォートも食べながら貴方が寛いでいると、控え目なノックのあとに真剣な表情のキングヘイローが入室してきました。

 

 どうやら貴方が本気でハルウララが有マ記念を走ることができると考えているのか確認をしに来たようです。

 

 実のところ、貴方はハルウララを勝たせるのは自分の仕事ではないと考えています。いずれトレセン学園を追放されることを夢見る貴方は、それはやがて現れるであろうハルウララのトレーナーの役目であると信じているからです。

 少なくとも貴方の中では自分からウマ娘へ関わるつもりは無いというスタイルなので、ハルウララの夢も本来であれば手助けするつもりはありませんでした。

 

 

 正直に話せばキングヘイローは貴方に失望するでしょう。そして貴方にとってそれは望ましい展開です。故に、貴方は自身の考えをそのまま伝えました。自分はハルウララというウマ娘を信じてもいないし疑ってもいない。彼女が有マ記念の勝利を望むから、自分はそれを前提にトレーニングを組んでいるに過ぎない……と。

 

 

 返答を聞いたキングヘイローの表情が強張るのを見て、貴方は自分の語彙力に満足しているようです。

 少し厳し過ぎる言い方かもしれないと心に引っ掛かりを覚えもしたようですが、貴方が自分を肯定する能力に無駄に秀でているように、キングヘイローは他者を肯定する能力に素晴らしく秀でています。

 これぐらい突き放すような表現でなければ万にひとつでも好意的な解釈をされてしまうかもしれないという貴方の判断は間違ってはいないでしょう。判断は。ですが──。

 

 

「なら……あなたは……私も、有マ記念を走る前提でトレーニングを組んでいるという認識で……いい、のかしら……?」

 

 

 探るような声色に、さすがの貴方も動揺を隠しきれなかったようです。何故なら貴方は、キングヘイローは当然の権利のように有マ記念を勝ちにいくものだと思い込んでいたからです。



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えんじん。

3枚目クリア。


 キングヘイローという馬を語るのであれば、高松宮記念の勝利だけに注目するのは早計であると言わねばなりません。

 

 相手が悪かった、という表現もあまり褒められたものではないでしょう。ですが、同世代にはその活躍が“黄金世代”と評されるほどの名馬が揃っていたのも事実です。

 GⅠの勝ち鞍こそひとつですが、全ての距離である程度の結果を出していることから、秘めたる能力は素晴らしかっただろうと称賛する、あるいは……惜しむ声があるのも納得できるでしょう。

 

 ウマ娘のキングヘイローも潜在能力は一流を自負するに値するものです。もちろんトレーナーのプレイスタイルにもよりますが、芝であれば短距離から長距離まで戦場を選ぶことなく走れる数少ない万能キャラクターです。

 そんな彼女は、適性の低いウマ娘で有マ記念に挑戦する通称“有マチャレンジ”の入門としてオススメされることがあります。育成ストーリーでも専用イベントが用意されていることもあり、きっと多くのトレーナーたちがキングヘイローで有マ記念を勝利したことでしょう。

 

 さて、そんな記憶を貴方は持っていたものですから、キングヘイローは自信満々に堂々と有マ記念に挑むものとばかり考えていました。面倒見の良い彼女の性格は承知していましたので、ハルウララの世話のついでとばかりに長距離トレーニングに巻き込んでいたのです。

 

 

 話を聞けば、どうやらキングヘイローは有マ記念が特別なレースであることから、自分が選ばれるか不安を抱えている様子。

 

 

 もちろん貴方の返答は“イエス”で迷うことはありませんでした。ウマ娘から競馬の世界を知った貴方は生粋の競馬ファンではありませんが、有マ記念と宝塚記念がファン投票で選ばれることは知っています。

 ならば問題はない、というのが貴方の判断です。キングヘイローの走りであれば、一流のウマ娘に相応しくあらんとする彼女であれば、勝敗などという括りを超えて大勢の人々を惹き付けるに決まっていると確信しているからです。

 

 ですが貴方は自分の考えをそのまま伝えてはいけません。なので簡潔に「そんなことは心配するだけムダだ。お前がお前であり続ける限りどうせ走ることになる」と、淡々とした口調で告げました。

 

 

「────ッ!? あなたは、もう……他人事だと思って簡単に言ってくれるんだから! いいわ、そこまで言うのなら見てなさい! このキングをッ! 一流の走りをッ! 有マ記念のウィナーズサークルに立つ姿を讃える権利をあげるわッ! これで……満足かしらッ!?」

 

 

 それでいい、と。いつものようにうっかり口を滑らせそうになった貴方ですが……なんと、ギリギリで踏み止まることに成功しました! 実にグッドです、もしかしたら糖分の摂りすぎで脳が8割ほど休息しているのかもしれませんね! 

 

 このまま彼女に同意してしまえば、まるで悩めるウマ娘を励ます善良なトレーナーの如き振る舞いになってしまうことにすんでのところで貴方は気が付いたようです。

 ならばどうするかと一瞬だけ悩んだ貴方ですが、ここでとあることを思い出しました。キングヘイローに用意されていたイベントは有マ記念の勝利だけではありません。

 

 腕を組んで不機嫌そうに貴方を睨み付けるキングヘイローに対して、煽るように薄く笑みを浮かべながら「それでは満足できない」と貴方は返答しました。

 否定されることは想定外だったのでしょう。キングヘイローが呆気に取られたような表情になりますが、珍しく思考が冴え渡っている貴方は畳み掛けるように挑発を続けました。

 

 

 ──有マ記念に勝利しただけでは物足りない、全ての距離で勝利を掴んだ“世代のキング”の走りが見たい。

 

 

 額を押さえて露骨なタメ息を吐いたキングヘイローの姿に満足した貴方は、心の中で静かにガッツポーズを披露するのでした。貴方の脳は今日も活発に活動しているようです。



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げいなー。

イベント配布のサポートカード、ストーリーを最後まで見ないと1枚足りないことを忘れていたアホが私です。


「さすがに……これは……新しい、ね……ッ!!」

 

「ファイト! 私の上腕二頭筋ッ!!」

 

「テラ根性なのぉぉぉぉ……ッ!!」

 

「ぐぎぎぃぃ……この程度ぉぉ、無敵のテイオー様にはぁぁ……ッ!!」

 

「あい、こぴぃぃぃぃ……ッ!!」

 

「うぅぅらぁぁらぁぁぁぁ……ッ!!」

 

「これぐらい、キングにはぁぁ……キングにはぁぁぁぁ……ッ!!」

 

 

 現在、貴方の目の前ではウマ娘たちが水の入ったドラム缶を押しています。

 

 基本的にトレーニングのアドバイスはチート能力を活用してウマ娘が必要とするものを提案していますが、さすがの貴方もこれには困惑しているようです。

 一応、アプリにも“巨大タイヤ引き”という項目がありますし、ステータスを確認すれば身体はキチンと鍛えられていますので、そういうものなのだろうと貴方は無理やり納得することにしました。

 

 ちなみに周囲の視線はこれまでのどこか貴方を見下すようなものから「どういうことなの……?」という混乱に変わっています。悪評とは方向性は違いますが、とりあえず評価が上がっていないならヨシ! と納得することにしておきましょう。

 ついでに、いかにもお嬢様な雰囲気のウマ娘が挑戦してみたいとはしゃいでいるのを友人らしきウマ娘が止めていましたが、貴方は全力で見なかったことにするようです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 成長を実感できようとも、走りのタイムが縮もうとも、慣れないトレーニングは疲れるものです。ルームでは貴方と取り引き中のウマ娘が全員グッタリしています。

 そんなに疲れているなら自分の部屋で休めよと貴方は思っていますが、ウマ娘たちからしてみれば貴方のルームを超える快適空間は存在しないでしょう。奇跡か神憑りレベルの癒しパワーを持つソファーは、メジロライアンが筋トレを、アイネスフウジンがアルバイトをサボりそうになったレベルなのですから相当です。

 

 だらけた空気で乙女の尊厳より体力回復を優先するウマ娘たちのために貴方が飲み物などを用意していると、ルーム内にタブレットの着信音が鳴り響きました。どうやら貴方の家族から連絡がきたようです。

 なにか実家でトラブルでも起きたのでしょうか? いえ、どうやら母親が貴方の近況を知りたくて電話をかけてきただけのようです。もちろん貴方は追放狙いの悪党ロールプレイのことは黙秘しつつ、楽しく過ごしているとだけ伝えます。ですが──。

 

 

「……ねぇテイオーさん? 私たち、これだけトレーナーに“お世話”になっているのだから、ご家族にもひと言あってもいいと思わない?」

 

「──! そうだよね~、トレーナーのおかげでトレーニングもとぉ~っても充実してるし、感謝のキモチはちゃんと伝えないとダメだよねぇ~!」

 

「マヤノちゃん! ウララちゃん! そっちから回り込んで確保するのッ!」

 

「りょうかーい☆ フォックスツーッ!」

 

「なになにー!? トレーナーをつかまえればいいのー!? それぇッ!」

 

「あはは……。ごめんね、トレーナーさん」

 

 

 これも日頃の行い、因果応報か。油断した隙に貴方は一瞬で捕縛されタブレットを取り上げられてしまいました。これだけウマ娘たちの鬱憤がたまっていたことに完璧な悪役ムーヴが出来ていたのだなと喜びつつも、さすがにこの状況はまずいと焦っているようです。

 

 しかし残念! 現実は無情なのです! 貴方の母親と挨拶を交わしていたミスターシービーですが、ウマ娘たちに取り付かれている貴方を見てニヤリと笑うとタブレットの画面をこちらに向けました。

 そこには頭の上でウマ耳をピコピコ動かす年齢不詳の母親と、転生してから十年以上過ごしてすっかり見慣れた実家の壁が映っていました。もちろん、貴方に向こうの様子が見えているということは、向こうも貴方の姿が見えているということです。

 

 

「あらあらあらまぁまぁまぁ♪ ちょっとパパ~、パパこっち~! みんなもいらっしゃ~い! お兄ちゃんの担当しているウマ娘さんたちですよ~!」

 

 

 家族連れで賑わう休日のファミレスでひとりフルーツパフェだけ食べて帰ることができる程度には度胸のある貴方ですが、さすがに仕事場を家族に……というよりは母親に見られるのは恥ずかしいようです。

 

 なにが楽しいのか盛り上がるウマ娘たちと家族たち。勘弁してくれと言わんばかりに机に突っ伏す貴方に、キングヘイローがそんなに母親が苦手なのかと問いかけました。

 家族愛と感情は別物なのだと半ばヤケクソ気味に答えた貴方の耳には、そういうものなのかと驚きと納得を含んだキングヘイローの呟きは届くことはありませんでした。

 




次回はキング視点です。


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『サハス ラーラ』

答え合わせの時間。


 もしも、ルームメイトが興味を抱かなければ接点は永遠に得られなかったのだろう。

 

 無関心ではない。単純に、噂のトレーナーのことなど気にかけている余裕が彼女には無かったのだ。母親の付属品としてではなく、自分自身で一流の価値があると証明する必要があったから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇキング。最近なんだか走り方、変わったよね?」

 

「そう……かしら? タイムが縮んだのは確かだけれど」

 

「ふむふむ? これは誤魔化してるんじゃなくて、自分で気が付いてないパターンですなぁ。うん、まぁ、私は脚質が全然違うから上手く表現できないけどさ。な~んか変わったな~って思ってね。こうして秘密を探るためにコッソリ後をつけようとしたワケですよ」

 

「直接話しかけておいてコッソリもなにも無いでしょうに……」

 

 

 それはいつものように例のトレーナーのルームへ向かう途中のことであった。友人のひとり“セイウンスカイ”が走り方の変化について興味深そうに……というよりも面白がっているようにキングヘイローに語っていた。

 実際のところ指摘された通り、彼女自身には変化についての自覚はない。タイムなどの数値として見える部分での成長はともかく、走り方を意識して変えたつもりなどないからだ。心当たりがあるとすれば、せいぜいあの性格に問題のあるトレーナーの小言ぐらいなもので。

 

 

「やっぱり例のトレーナーさんのおかげ? さすがウマ娘で一儲けしようって堂々と宣言しただけあって、トレーニングもスパルタだもんね~。いやいや、セイちゃんには絶対ぜ~ったいムリですよあんなの」

 

「へ? あー、えぇ、そうね……スパルタ……。そうよね、なにも知らなければそう見えるかもしれないわね……」

 

「おや、その様子だと実際は違うと?」

 

「あれはその、タイムリミットがあるから仕方なくそうなっているというか……」

 

「??」

 

 

 曰く。

 

 ミスターシービーは一人暮らしなので家事その他を自分でやらなくてはいけないので早めに帰らなければならない。

 

 アイネスフウジンはアルバイトに行かなければならないので身支度や移動時間も考慮してスケジュールを組む必要がある。

 

 トウカイテイオーは調子にのってオーバーワークにならないようマヤノトップガンが上手に誘導して切り上げさせないといけない。

 

 ハルウララは以前よりトレーニングに集中できるようになった弊害で早々にエネルギー切れを起こしキングヘイローが回収している。

 

 

「ちなみにライアンさんには特に急ぐ理由はないのだけれど、ついでに巻き込まれている形よ。密度の濃いトレーニングが出来て満足だと清々しい表情をしていたわ」

 

「お、おぅ……。想像していたよりも普通と言うべきか、しょうもないと言うべきか判断に困る理由なことで……」

 

「あと、トレーナーもとんでもないサボり癖の持ち主だからすぐルームに帰りたがるのよ。というか、そもそも出ようとしないわ。いつもテイオーさんが部屋から蹴り出しているもの」

 

「えぇ……?」

 

 やれやれと肩をすくめるキングヘイローの態度に、適当さに自信のあるセイウンスカイも流石に呆れを隠せないでいた。トレーナーと呼ばれる者たちは、もっと融通のきかない堅苦しいものだとばかり思っていたからだ。

 だが思い返してみればあのトレーナーにはそういう雰囲気は最初からなかったかもしれない。服装が高級そうなスーツではなく、教官たちが着るようなジャージだったこともあり──いや、それ以前に。

 

「興味があるなら1度、彼のルームに遊びに行ってみることね。一応言っておくけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()よ?」

 

「……へぇ。それはたしかにお邪魔してみたくなる情報ですなぁ。テイオーちゃんたちが言ってた極上ソファーとやらも、お昼寝マイスターのセイちゃんとしては──あれ、着信? ……キング、出なくていいの?」

 

「えぇ。相手が誰なのか、用件がなんなのかもわかりきっているもの」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……さすがに、無視は卑怯だったかしら?」

 

 セイウンスカイを見送ってから端末の画面を確認すると、先ほどの電話は案の定──母親からのものだった。

 

 もともとレースの世界に飛び込むことを反対していたこともあり、トレセン学園に入学してから何度も諦めて帰ってこいと言われ続けている。

 つい先日もいつも通り、同じようなセリフを母親から言われたキングヘイローであったが……今回は少し事情が違った。全ての距離でGⅠレースに勝利するためのトレーニング中だから帰れないと反論したのだ。

 

 これにはさすがの母親も驚いたらしい。当たり前だ、レースはウマ娘の脚質に合わせて選ぶのが常識だ。そこを間違えればどれだけ才能に恵まれていようと勝つことは難しい。

 いや、勝てないだけならまだマシなほうだろう。最悪の場合、脚を壊して2度とコースに立つことは出来なくなる。例えば日本ダービーに憧れたスプリンターが、例えば2大マイル戦覇者が有マ記念で、といった事故は過去にもあったのだ。

 

 普段は淡々と否定の言葉を投げ掛けてくる母親も、このときばかりは狼狽えて説明を求めてきた。一瞬どうしようかと迷いもしたが、下手にトレーナーのことを説明して面倒を起こされるのも()()()()()と考え……意趣返しも兼ねて一方的に通話を終了したのだ。

 

 

「親子の愛情と心の在り方は別、か。どうしてそんな単純なことに気が付けなかったのかしら。……一流を名乗るには、まだまだ視野の広さが足りていないわね」

 

 

 本気でトレセン学園を辞めさせたいのであれば、わざわざ説得などしなくても方法はいくらでもある。なにせ学費を含め、トレセン学園で生活するための費用は全て家が負担してくれているのだから。

 おかげでアイネスフウジンのようにアルバイトなどしなくても、勉強やトレーニングに集中できる環境にある。どう考えても諦めさせたい親の対応ではないだろう。

 

 

 もしかしたら、娘の可能性を信じたいという気持ちはあるのかもしれない。

 

 だが、レースの世界の厳しさを知るが故に成功を疑うのも理解できる。

 

 

 信じたいのに疑ってしまう。だがそれはきっと特別なことではなく、誰もがそうした心の弱さを抱えているのだろう。どこかのおバカのように感情も常識もお構い無しに自分を貫けるほうが稀有な存在だ。

 

 まぁ……結局のところ、これはただの推察でしかない。あるいは、そうあって欲しいという願望か。それに、仮に母の考えが理解できたからといって素直になれるかどうかは別の問題だ。

 いまさら心配してくれるなら仕方ないと考えを改めて帰るのは──なんというか、負けた気がする。向こうが意地を張っているところに自分だけ折れるのはプライドが許さない。なにより、このまま帰るにはトレセン学園での生活は魅力的過ぎるのだ。

 

 ならばどうするか? 決まっている、貴女の心配など時間の無駄だと証明してやるしかない。私が貴女の娘である限り走り続けるしかないのだと、それだけ私にとって貴女の背中は憧れなのだから諦めろと……いや、これはムリ。こんなもの伝えるのは恥ずかし過ぎて頭が確実に沸騰する。

 おそらくあの頑固で不器用な母のことだ、どれだけ結果を示そうとも、それこそ本当に全ての距離でGⅠを制覇したとしても素直に認めるようなことはしないだろう。これは予感ではなく確信だ。そうでなければ自分はもう少し楽な生き方を選べる性格に育っていたはずだ。

 

 思わず笑いそうになる。なんとも下手くそな親子関係もあったものだ。

 

 どういうわけか、レースが終わるたびに言い合いをする姿が簡単に想像できてしまう。第三者から見ればなんとも滑稽な姿だろう。

 だがきっと、私たち母娘はそれでいいのだ。なに、母親のことが苦手な一流のトレーナーがいるのだから、母親のことが苦手な一流のウマ娘がいてもおかしくはない。

 

 

「……っと、いけない。急いでルームに向かわないと。またウララさんが水槽へにんじんアイスを入れようとしたら大変だわ」

 

 

 次の着信にはしっかりと応答しよう。そしていつものように帰ってこいと言う母親に、いつものように帰らないと言い返そう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……で、あなたたちはなにをやっているのかしら?」

 

「いや、ホラ。疲れたときには甘いものがいいって言うでしょ? だからさ、スポーツドリンクにもタップリはちみつを入れれば効果も倍増すると思って」

 

「冷蔵庫の中にね、おいしそうなはちみつがた~くさんあったんだよ! だからね、これでドリンクを作ればげんきもた~くさんでるねっておはなししてたんだ!」

 

「……うん、まぁ、なんというか。ほぼハチミツの味しかしないの。これを運動のあとの水分補給にするのはさすがにキツいの。ぜってー喉に引っかかって飲めないの」

 

 途中アイネスフウジンと合流しルームにたどり着けば、部屋を開けた瞬間に脳天にハリセンを叩き込まれたかと錯覚するほどの甘い香りが襲いかかってきた。

 どうやらトウカイテイオーとハルウララが冷蔵庫にあった物でスポーツドリンクを自作していたらしいのだが、ひと口味見をしたアイネスフウジンの眉間がとんでもないことになっている。

 

 キッチンスペースを見れば空っぽの瓶がふたつ。それだけ使えば甘味もとんでもないことになるだろうと何気なくラベルを確認したキングヘイローだが……。

 

「──ッ!? ちょ、テイオーさんッ! あなた、これ冷蔵庫にあったのよね!? もしかしなくてもトレーナーの私物よねッ!?」

 

「そりゃトレーナーの部屋の冷蔵庫にあったヤツだもん、もしかしなくてもそうだよ。中の物は自由に使ってもいいって言われたのキングだって知ってるでしょ? いったいなにをそんな慌てて──う゛ぇッ!? コレってッ!?」

 

 

 キングヘイローは一流を自負するウマ娘である。故に、嗜好品の値段についても明るいのだ。例えば、国内ではすでに生産されていない、所有しているだけでステータスになるような超高級なハチミツの銘柄だって知っているのだ。

 ただ、そんなヴィンテージ物をスポーツドリンクのために無断で使用したときにどう対処するのが正解なのかまでは……さすがに教養の範囲外であったらしい。




もちろんキングヘイローのことは大好きです。ときどきホーム画面のセンターに設定しているくらいには。(いつもはランダム)

ついでにカミカゼキングのことも大好きです。ホローチャージで粉々に吹き飛ばしてやりたいぐらいには。(いつでもガッデム)


続きは蚊取り線香が活躍するようになったら、次の登場ウマ娘はエアグルーヴになります。


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たわければ。

蚊取り閃光(光学5%、cost:12)


「フォッフォッフォッ。青春の汗を流す若者たちを見守りながら食べる焼きそばは格別じゃのう。あ、トレーナー。からしマヨネーズ使わねーならアタシにくれよ」

 

 

 時刻は門限まであと少し。貴方は現在、校舎から一番離れた第9レース場で練習に励むウマ娘たちを眺めながら焼きそばを食べています。

 

 もちろん自主的に監督を引き受けたワケではありません。何人かのウマ娘たちから、夜も練習をしたいので取り引きをしたいと申し出があったのです。

 本来であれば取り合うことなく追い払うのが正解なのですが、案の定余計な閃きに優れた貴方はその程度であれば取り引きをするまでもないと承諾しました。

 

 

 なんと貴方は、真面目に練習するウマ娘たちに嫌がらせをすることでヘイトを稼ぐことを思い付いたのです! 

 

 

 チート能力を悪用することを躊躇わない貴方は、学園から近い地元の商店街でテイクアウトしてきた焼きそばの味と香りをお店の人に心の中で謝罪をしながら強化し、レース場全体に行き渡るようにしました。

 夕食を済ませたウマ娘がほとんどですが、走ることでエネルギーを消費している彼女たちの身体はカロリーを求めています。思惑通りにウマ娘たちは貴方を「あの野郎いつかレースで勝ったら記念の蹄鉄顔面に叩き付けてやる」と相談しながら睨んでいるようです。

 

「いや、マジでウメェなコレ……。あの店のヤツだよな……? なんでこんなパワーアップしてんだ……? ──で、お金だいちゅきトレピッピ的にはどうよ。儲かりそうなウマ娘は見つかったのか? たとえばホレ、あそこ。あの副会長サマなんてどうよ?」

 

 当たり前のように隣に座りお皿から焼きそばを失敬するゴールドシップについて、貴方は深く考えないことにしたようです。何故なら相手はゴールドシップ、自然災害の親戚のようなものと割り切ったのでしょう。

 行儀が悪いから割り箸を人様に向けないようにとやんわり注意をしつつ、ゴールドシップが示した先を見ればそこにはトレセン学園生徒会の副会長“エアグルーヴ”が走っている姿がありました。

 

 生徒会活動や後輩の指導、そして花壇の世話などで忙しいエアグルーヴが夜間のレース場が使えると聞けば利用したくなるのは貴方にも理解できます。

 しかし、それなら自分のような悪のトレーナーではなく、もっとまともで真面目なトレーナーに相談するほうが安心して練習できるのに……と、貴方は疑問に思っているのですが──。

 

「そりゃオメー、エアグルーヴの面倒を引き受けたいトレーナーなんて大勢いるけどよ。担当でもないウマ娘のためにこんな時間まで付き合う義理なんて普通は無いし、そもそも育成評価の高いトレーナーたちは生徒会とか辞めるよう()()してくると思うぜ? ま、GⅠ狙うなら走ることに集中しろってのは……わからなくはねーけど、な」

 

 お口の周囲に青のりが付いているものの真剣な表情のゴールドシップ。彼女がボケを控えて真面目に語るときはそれなりの事情があるのだろうと貴方は知っています。

 たしかに生徒会活動を否定されるかもしれないとなれば、あのエアグルーヴが素直にトレーナーの言うことを聞き入れることはしないだろうと納得しました。

 

 ですが、納得できたところでそれはそれで心配してしまうのが貴方です。アプリの記憶を持つ貴方は、エアグルーヴがレースで十全に力を発揮するためには支えとなるトレーナーが必要だろうと考えているからです。

 この世界ではトレーナーと契約していなくとも出走できることをいまの貴方は知っています。なるほど、エアグルーヴであれば己の在り方を否定するようなトレーナーなど不要だッ! とソロデビューする可能性は高いでしょうから、貴方が気にかけたくなるのも仕方ありません。

 

 彼女にとって生徒会活動や後輩との関わりが大切なものであることを理解し、その上で目標であるGⅠレース『オークス』に勝つために影となり日向となって支えてくれる。そして時には無茶をするであろうエアグルーヴを休ませることができるような柔軟さを持ち合わせたトレーナーがいてくれるなら。

 エアグルーヴの活躍を見たい貴方は、そんなスーパートレーナーが都合よく現れてくれることを期待しながら、デザートの杏仁豆腐を勝手に開封しようとするゴールドシップの顔面を鷲掴みにして締め上げるのでした。




結晶化したハチミツもあれはあれで美味しいものです。

モンハンの素材かな? と思うほどの硬度をどうにかできるアテがあれば、ですが。


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雑煮で。

 レースを“勝利する”ではなく、レースを“支配する”と表現されるところに、エアグルーヴがどれほど強い牝馬であったのかが読み取れます。

 

 女王・ダイナカールとの母娘二代のオークス制覇はもちろんのこと、牡馬と同じレースでも勝てるという評価。レースを、そして勝利と敗北を理解しており、ときには相手を睨み付けたとも言われているほどの負けん気は、グルーヴの名の通りファンをワクワクさせたことでしょう。

 

 

 そして現在。その強さから“女帝”と称された名馬と同じ名を持つウマ娘は、貴方を正面から睨み付けています。

 

 

 基本的に貴方はウマ娘側からのアクションがなければ放置して見ているだけです。それはつまり場合によっては個別に対応してしまっているということであり充分大問題ですが今更なのでひとまず置いておきましょう。

 基本ではなく例外的に貴方のほうから積極的に関わるとき、それはウマ娘たちに怪我のリスクが発生したときです。視覚的な情報として疲労の蓄積が見えている貴方は、確実にオーバーワークとなり明日以降に影響が出そうなウマ娘の練習は認めていません。走っている間はいつでも絶好調な異次元の逃亡者などは完全放置ですが。

 

 つまり貴方が声をかけたエアグルーヴは現在、体調不良を気力で補って立っている状態なのです。

 

 とはいえそこはさすが未来の女帝。皆の手本であろうとする姿勢から、素直に引き下がろうとはしません。

 これがアプリのトレーナーであれば上手に誘導できるのかもしれませんが、貴方の場合はそもそも相手に嫌われるのが目的ですので遠慮や配慮など考えてはいないのです。渋るエアグルーヴを相手に、貴方は容赦なく周囲を巻き込みつつ批判をしました。

 

 

 自惚れるな、自分の体調管理もできないようなヤツに世話してもらわなければならないほど、ここにいるウマ娘たちは弱くない。お前の背中を追いかける後輩が無茶をして怪我をしたとき、お前はなんて声をかけるつもりだ? その程度で情けないとでも言うつもりなのか? 

 

 

 自分に向けられた批判には耐えられても、自分が理由でほかのウマ娘たちまで悪し様に言われることは我慢できなかったのでしょう。貴方は見事、エアグルーヴを帰らせることに成功しました。

 貴方の悪役ぶりにコースの管理スタッフが「もう少し優しい言い方があるんじゃないか?」と口出しをしてきました。ウマ娘だけでなく学園スタッフにもマイナスアピールをする絶好のチャンス、貴方はさらに強気で言葉を続けます。

 

 

 それで怪我をされたら意味がない。彼女が目標とするレースに勝てるのならば、どれだけ恨まれようが知ったことではない。

 

 

 堂々と言い切った貴方の態度に諦めたのか、スタッフはそれ以上はなにも言わずに立ち去りました。またもや勝利してしまった、きっと明日にはスタッフ同士で自分の悪口で盛り上がるに違いないと貴方は内心ウキウキです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 今日()満点の悪人ムーヴができたとご満悦で帰り支度を済ませた貴方ですが、いざ駐車場へ向かおうかというタイミングで正面から数人のトレーナーたちがやって来ることに気が付きました。

 胸元のトレーナーバッジを見れば、育成評価が『A』以上の──GⅠウマ娘を育てた経験のあるトレーナーたちであることがわかります。トレーナー同士の交流に欠片も興味のない貴方には誰が誰だかサッパリですが、偉そうな立場の相手ということさえ理解できれば充分です。

 

 トレーナーたちが貴方の前で立ち止まりました。どうやら偶然こちらの方向へ歩いてきたワケではなく、貴方に用事がある様子。

 本来であれば後輩である自分が頭を下げて挨拶をするべきであることは理解しています。理解しているからこそ貴方は相手が先に用件を切り出すのを待つことにしました。

 

 沈黙のまま10秒ほど時間が流れ、ついに向こう側が折れて頼んでもいない自己紹介を始めました。どうやら彼ら彼女らはいわゆる“名門”と呼ばれるトレーナーたちのようです。

 それを知った貴方は、表面上は冷静を装っていますがテンションが急上昇しています。これはもしかしなくとも、自分の悪行ぶりに対して正義感のあるトレーナーたちがついに行動を起こしたのだと大喜びです。しかし──。

 

 

「エアグルーヴに関わるのを止めろ。彼女はGⅠウマ娘になる才能を持った貴重なウマ娘なんだ。なんの実績もない寒門トレーナーの出る幕じゃない、身の程を弁えろ」

 

 

 そういうセリフはもっと早くに、それこそミスターシービーとの取り引きが始まった時点で聞きたかったのに。

 

 学園から立ち去れと言われることを期待していた貴方はガッカリしてしまいましたが、これはこれで努力が実を結んだ形だなと妥協することにしたようです。それに、これは追放のヒントを得るチャンスです。ここはしっかりと先輩方のお話に耳を傾けるとしましょう!



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氷結。

 名門出身というだけあって回りくどい言い方が多かったものの、20分もあればルービックキューブを1面揃えることができる性能を誇る貴方の頭部CPUは問題なく情報を整理することができました。

 どうやら名門トレーナーのみなさんは、自分が邪魔をするせいでエアグルーヴをスカウトできずに困っているのだと文句を言いにきたのだ、そう貴方は判断したようです。

 

 これにはさすがの貴方もどうしたものかと悩みました。そもそも夜間練習の話はほかのウマ娘からの頼みごとですし、エアグルーヴをスカウトしたいのであれば生徒会活動や後輩たちとの交流を尊重して支えてあげれば解決する──と。ここまで考えたところで、貴方は自分がとんでもない思い違いをしているのではと気付きました。

 

 

 そう……前世の記憶がある自分とは違い、ほかのトレーナーたちはそれらがエアグルーヴの精神的な支柱の一部であることを知らない可能性があるのです! 

 

 

 そういうことならば話は早い。情報を共有することで名門トレーナーたちのスカウトが成功するように協力しようじゃないか。彼女がオークスに勝てると信じているようだし、実績もあり理解もあるトレーナーであれば、エアグルーヴもとりあえず話ぐらいは聞いてくれるだろう。

 とはいえ、情報の伝え方は慎重に考えなければいけません。ここは悪人らしい言い回しは不要な場面ですし、誤解が生まれないよう簡潔で分かりやすく伝える必要があります。

 

 

 手始めに貴方は「ウマ娘の姿が見えていないからスカウトに失敗するのだ」と、ウマ娘の個性に注目するよう促しました。

 

 そして「エアグルーヴがなにを大切にしているか知ろうとしないから相手にされない」と、より具体的なアドバイスを贈ります。

 

 最後に「本当にエリートならそれぐらいできるだろう? 立派なトレーナーバッジを付けているのだから」と言いながら、自分の育成評価『G』のバッジを人差し指でコンコンと叩きました。

 

 

 おめでとうございます! あえて格の違いをアピールすることで相手の自尊心を持ち上げる高度なテクニックを用いた説得により、貴方は無事エリートトレーナーたちを怒らせて追い払うことに成功しました! 

 

 

 あれ? おかしいな。どうしてこうなった? そんな疑問を抱いた貴方ですが、エリートたちに目の敵にされたなら結果オーライだなと鼻歌など奏でながら車に向かおうとして──。

 

 

「──ッ!? あ、いや、その、なんだ……。こ、こんばんは……」

 

 

 挙動不審なエアグルーヴと鉢合わせました。

 

 それと、彼女の背後には笑いすぎで過呼吸にでもなったのか、ご年配の女性──ほんの一瞬ですが胸元にトレーナーバッジが見えたので、おそらくはこの学園のベテラントレーナーでしょう──が、うずくまっていました。

 念のため大丈夫ですか? と貴方が声をかけると「大丈夫よ、問題ないわ! ……ンフッ」と、完全に笑いのツボに入っている様子。これは下手にさわるといつまでも抜け出せないパターンだろうと貴方はあえて無視することにしたようです。

 

 

「ひとつ、聞きたい。貴様はなぜ……ウマ娘たちを支えるのだ? どうしてあれほど──おい、まて。なんだその顔は」

 

 

 エアグルーヴの唐突な質問に答えるより早く、貴方は全身から「コイツなに言ってるんだ?」オーラが出そうなほど怪訝な顔になりました。

 

 それもそのはず。なぜなら貴方は、エアグルーヴの質問が貴方という個人に問いかけたものであると理解できないからです。

 トレーナーとして働いている意識は砂粒ほどにも持ち合わせていませんし、ウマ娘たちには暴言こそ投げつけているが励ましの言葉など1度たりとも口にしたことがないと本気で思っているからです。

 

 つまり、さきほどのエアグルーヴの質問は貴方の脳内フィルターを通過すると意味合いとしてはこうなります。

 

 

『お魚屋さんはなぜお魚を売っているのか?』

 

 

 そりゃトレーナーなんだからウマ娘の世話するだろう仕事なんだから。いやまてエアグルーヴがこんなマヌケな質問をするはずがない。なんだ、哲学的な問い掛けか? それともオサレバトルで有名な漫画みたいなポエミーなセリフを言えばいいのか? 勘弁してくれ俺に心に響くような語彙力なんてあるワケねーだろマジどうすればいいんだコレ。

 

 混乱した貴方はとりあえず思考を放棄するようです。そうだ、こういうときはシンプルにいこうと前世と今世、4人の親による「知らないことを恥ずかしがらずに人に聞ける大人になりなさい」という教えに従うことにしました。

 

 貴方はエアグルーヴへ向け「質問の意味がわからない。トレーナーがウマ娘を支えるのにどうして理由が必要なのか?」と問い返します。

 エアグルーヴからのリアクションはありません。代わりに、彼女の背後にいたベテラン女性トレーナーがとても良い笑顔でサムズアップをしたものですから、貴方はますます混乱してしまいました。



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ガードキル。

「失礼する。取り引きがしたい。夜間練習に参加しているウマ娘たちのためにトレーニングマニュアルを作成してほしい。もちろん個別に、などと贅沢は言わん。大まかな指標になればそれでいい」

 

 

 先輩トレーナー方との交流に失敗してしまった翌日、重箱の包みを抱えたエアグルーヴが貴方のルームにやってきました。

 

 貴方の監督役はあくまで名目であり、夜間練習はウマ娘たちの自由にさせています。エアグルーヴが言うには、いままではそれでよかったものの、これから人数が増えるとトラブルも確実に増えるだろうとのこと。

 追放を希望する貴方としては、自分が監督しているときにトラブルが発生するのは望むところです。しかし、自分のような下っぱよりも先に学園の責任者である秋川やよい理事長が頭を下げることになるのは確実ですし、ウマ娘同士のケンカや最悪の場合レースに影響するような怪我をしてしまうかもしれません。

 

 貴方がエアグルーヴとの取り引きに応じると、昼の時間に手間取らせた詫びだと重箱のお弁当を差し出しました。貴方としてはこれが取り引きの報酬扱いでもよかったのですが、それとこれは別だとエアグルーヴは水筒まで取り出します。

 本人がそう言うならばと、ほかのウマ娘たち同様“貸しひとつ”と貴方が提案すると、今度こそ納得した様子でエアグルーヴが退出しました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 さて、これから貴方はウマ娘たちのためにトレーニングメニューを組まなければなりません。

 

 作業そのものは特に問題はないでしょう。貴方は学生時代、チート能力を使い無尽蔵の体力を得てトレーナー業務に必要になりそうな知識を片っ端から頭に叩き込んでいるからです。

 しかし、ここで貴方は新たな追放計画を思い付いてしまいました。トレーニングメニューを利用すれば、さらなる嫌がらせをウマ娘たちに仕掛けることができるかもしれないと考えたのです。

 

 まず貴方はトレーニングメニューを32種類制作しました。芝とダートで2種類、それを距離別に分けて8種類、そこから脚質に合わせて32種類です。

 

 そしてこれを監督役という立場を利用してウマ娘たちに押し付けることにより『担当でもないトレーナーにお前の適性はこれだと一方的に決められた!』と不満を爆発させる。

 これには提案者のエアグルーヴも怒り心頭間違いなし、あんなたわけトレーナーに頼るべきではないと大勢のウマ娘たちに注意喚起をしてくれるはず。

 生徒会の副会長という立場による発言力と、メイクデビュー前から後輩たちに慕われるほどのカリスマとコミュニティをもってすれば、もとより虫の息である自分の評価など霞と消えるに違いないとほくそ笑みを浮かべています。

 

 とはいえ、ウマ娘とトレーニングプランの組み合わせだけは真剣に考えなければいけません。

 

 もっとも、食事をしながらとはいえ事故を未然に防ぐために練習そのものは本気で観察していましたので、夜間練習に参加しているウマ娘たちの能力は概ね把握しています。

 加えて、自身の野望のためとはいえ引き受けたからには最低限の礼儀だろうと、監督しているウマ娘たちの顔と名前は全て記憶しています。

 なので、あとはひとりひとりの走り方の癖や性格による競り合いの仕掛け方などを丁寧に思い出しながら組み合わせるだけの簡単な作業でしかありません。

 

 

 2時間ほどで全ての作業を終えた貴方は、明日以降どれだけのウマ娘たちから悪意のある視線を向けられるのかを楽しみにしながら、空になったお弁当の重箱を洗い始めました。




次回はグルーヴ視点です。


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『あるいは理想の始まりの暗示』

答え合わせの時間。


 利益のみを目的とする姿勢は、むしろ好都合ですらあった。

 

 ちょうど名門の肩書きを理由に上から物を言われることに辟易していたタイミングだった。生徒会で話題になったときこそ周囲の反応に合わせていたが、金銭目的ならばむしろ御しやすいとすら考えていたのだ。

 トレーナーライセンスを獲得しているのだから最低限の能力は有しているはず。もとより賞金には興味なく、報酬さえ渡せば充分な仕事をしてくれると考えればそれほど悪くない……と。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あら珍しい。門限までまだ時間があるとはいえ、真面目なグルーヴちゃんがこんな時間に外にいるなんて」

 

「……どう、も」

 

 体調不良を理由にコースから追い出されてからずいぶん時間が経過したが、エアグルーヴは未だに部屋に戻らず外にいた。

 1度気力が途切れてしまえば身体は正直なもので、手足が思うように動かない。ぼんやりと指を見つめて動かしていたところに声をかけられたものだから、顔見知りのベテラン女性トレーナーへの返事もつい適当になってしまう。

 

「貴女がそんなふうに悩んでいる姿を見るのは久しぶりね? 前はそう……ベルちゃんのことで相談を受けたときかしら」

 

「はい、彼女のことに関しては感謝しています。まだまだ周囲の視線が気になるようですが、以前よりはずいぶん走りに集中できるようになりました」

 

「それだけあの娘ががんばり屋さんってことね。もしくは憧れの先輩に少しでも恩返しがしたくて、精一杯の見栄っ張りをしてみたとか」

 

「──ッ!」

 

 

 憧れの先輩、という単語にエアグルーヴが反応したことを女性トレーナーは見逃さない。目の前の少女が悩みを()()()()ときは大抵が後輩の話であることは知っているので、意図的にそういう流れに持っていったのだが……どうやら今回はいつもとは事情が異なりそうだ。

 おそらくだが、こちらから促せばエアグルーヴは悩みを口にするだろう。しかしそれでは意味がない。女性トレーナーはあえてそこには触れず、他愛のない世間話を続けることにした。

 

 多少ぎこちないものの、いくらかは緊張が解れたのだろう。会話を続けるうちにエアグルーヴに柔らかい笑みが戻り始めた。そして。

 

 

「あの男が……第9レース場で希望者のために夜間の練習時間を設けているのはご存知ですか?」

 

「えぇ、もちろん」

 

「私も利用しているのですが……今日、体調不良を理由に追い返されました。そのことに不満はないのですが、帰れと言われたときに、私を慕う後輩たちから向けられた視線に少し……思うところがありまして」

 

 

 私たちなら大丈夫です、と。

 

 

 誰かに直接そう言われたワケではない。だが、彼女たちの眼には強い意志の輝きが宿っていた。あの男が言っていたように、自分が見守らなければ走れないほど後輩たちは弱くないのだと知ったとき──少しだけ、寂しさを感じてしまったのだ。

 後輩たちの見本となれるような走りを心掛けてきた。自分が母に憧れてレースの世界に足を踏み入れたように、自分も誰かの背中を押せるウマ娘になりたいと努力を続けてきたというのに。

 

「それから色々と考えてしまったのです。生徒会副会長という立場にありますが、私はまだメイクデビューすら済ませていません。そんな私の言葉に説得力などあったのだろうか、後輩たちが慕ってくれていることに甘えて自己満足に浸っていただけなのではないか……と」

 

「なるほどねぇ。実に貴女らしい優しい悩みね。これまで自己満足のために大勢の夢を踏みにじってきた私とは大違いねぇ」

 

「──は?」

 

「あら、別に驚くところではないでしょう? だってレースの勝者は常にひとりですもの。ひとりのウマ娘を10回レースに勝たせれば100人以上の心をへし折ることになるのよ? もちろんウマ娘だけではなくトレーナーたちもね。レースに負けて学園を去るのはウマ娘だけの特権ではないの。知らなかった?」

 

「な……に、を……」

 

()()()()()()

 

「──ッ!?」

 

 

「ひよっこ風情が自惚れてんじゃないよ。他人の夢を踏み砕いてでも栄光を掴みたいって連中が本気の我の張り合いすんのがレースの世界なんだ。外付けの理由でしか走れない意気地無しのために空いてるゲートなんてありゃしないのさ。わかるかい? 自己満足すら抱けない半端者なんてお呼びじゃないんだよ」

 

 

 普段の温和で皆に慕われているトレーナーの姿はどこにもない。そこにいたのは一般家庭からレースの世界に飛び込み、担当ウマ娘たちと海千山千の猛者たちに挑み、ついには最高の育成評価『S』を手にしてみせた剛毅なる挑戦者そのものであった。

 

「……まぁ、これはさすがにちょっと大げさだけれど」

 

「いや、完全に本気でしたよね? 眼力だけで窒息するかと思いましたよ」

 

「そうよ~? だって本気で悩んでいる相手には、こっちも本気で応えてあげないと失礼でしょ? と、いうワケでグルーヴちゃん。貴女はもう少しエゴイストになったほうがいいわね」

 

「エゴイストに、ですか?」

 

「えぇ。だって、お母さんに憧れているんでしょう? オークス、勝ちたいんでしょう?」

 

「……はい。勝ちたい……です……」

 

 さすがに急ぎ過ぎたか。真面目な性格のウマ娘は似たような悩みを抱えやすいことを女性トレーナーはよく知っていた。

 この手の悩みは解決に時間がかかることが多い。だが自分も担当ウマ娘を何人も抱えている以上、いつまでも相手にしているワケにはいかないのだ。担当ウマ娘とそうじゃないウマ娘と、ふたりが困っていたら迷わず担当ウマ娘を助けるのがトレーナーという()()()だ。

 むしろ、それができないのであればトレーナーになるべきではない。その場の勢いと甘ったれた正義感で両方救おうなんて考えるトレーナーは一年と持たずに自らバッジを棄てることになる。優しいだけのトレーナーに価値など無いのだ。

 

 とはいえ、ここまで話しておいてこのまま放置するのはさすがに薄情過ぎるだろう。なにか都合よく妙案がポンッ! と浮かばないものかと女性トレーナーが頭を捻っていると──。

 

 

 

 

 

 

「エアグルーヴに関わるのを止めろ。彼女はGⅠウマ娘になる才能を持った貴重なウマ娘なんだ。なんの実績もない寒門トレーナーの出る幕じゃない、身の程を弁えろ」

 

 

 

 

 

 

「いまの声……アレはッ!? 」

 

 うんざりするほど聞き覚えのある声。だが、いつもの上から目線のスカウトとは違う明確な敵意を含んだ声色。どう考えてもただ事ではないと現場に向かってみれば、そこではジャージ姿の青年が──話題に事欠かない問題児トレーナーが、ほかのトレーナーたちに取り囲まれていた。

 

「あら、間の悪い。それになんだか剣呑な雰囲気ねぇ」

 

「なにを呑気なことを──」

 

「まぁまぁグルーヴちゃん、落ち着きなさい。貴女が出ていったところでなんの役にも立たないし、余計に拗れるだけよ?」

 

「ぐ……ッ!?」

 

「心配しなくても大事にはならないわ。()()()()。……そんなにあの子たちのことがキライかしら? たしかに色々と残念なところはあるけれど、トレーナーとして必要な能力は持ってるわよ?」

 

「ウマ娘が指示に従うのは当然だ、という態度を受け入れるほうが難しいでしょう。たとえその命令がどれほど理にかなっていてもです」

 

「まぁ普通はそうよねぇ。いくら立場が上だとしても、命令となると感情的にちょっとイヤよねぇ。ルドルフちゃんなんか生徒会長だけれど、あの子ほかのウマ娘に命令なんてしなさそうだもの」

 

 女性トレーナーの言い方にエアグルーヴが露骨にイヤそうな顔をする。彼女にしてみれば敬愛する生徒会長“シンボリルドルフ”と傍若無人なトレーナーとを比較されることすら面白くないだろう。

 ウマ娘たちの幸福を願うシンボリルドルフがほかのウマ娘へ命令などするワケがない。シンボリの名を誇ることはあっても、それを振りかざして意見を押し通そうなどと考えるはずがないのだから。

 

「そうよね~、たしかにルドルフちゃんはとっても優秀だし素敵よね~。()()()()()()()()()。……あら、いつの間にか向こうも盛り上がってるわね。さてさて、ボウヤはどんな対応をするのかしら?」

 

「なんでちょっと楽しそうなんですか……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ふ、ふふ、んフフ♪ ちょ、あれ、あの子んフフフフッ。ちょっとンフ覚悟ありすぎンフフゲホッ、エホッ」

 

「いくらなんでも笑いすぎですよ」

 

 むせるほど笑い転げる女性トレーナーの姿に呆れつつも、先ほどのやり取りが見ていて痛快なのはエアグルーヴも同感であった。

 意見してくる者を相手に家の名を出して黙らせるのが常套手段だったが、それが全く通用しない相手には手も足も出ないらしい。まさか「今日はこのぐらいで勘弁してやる!」というセリフを実際に聞く日がくるとは思いもしなかった。

 

「アレ、いいわね~。バッジを指でコンコンって叩くヤツ。私もちょっとやってみたいわ~」

 

「止めて下さい本当に。貴女がそれをやるとシャレになりませんから」

 

 格下の育成評価『G』のバッジでやるから挑発行為になるのであって、それを『S』のバッジでやったら状況次第では脅迫行為である。

 まして、2人目のクラシック三冠ウマ娘と初代トリプルティアラウマ娘を育てたトレーナーがやれば、知らないところでどんな影響が出るかわかったものではない。

 

「うん……うん。グルーヴちゃん、貴女、しばらくボウヤのこと観察してご覧なさい。我が道を往くのお手本みたいなトレーナーですもの、きっと貴女に新しい発見を与えてくれるわ」

 

「我が道を往くというよりも、我が道しか往けないと表現したほうが正しいような……」

 

「我が道しか往けない男! なんだかキメ台詞みたいでカッコいいわね! 私もなにかそういうのが欲しくなっちゃうわ~。そうね、豪華絢爛にしか生きられない女とかどうかしら?」

 

 目の前の女性といい、あの男といい。優秀なトレーナーには変人が多いのか、それとも変人だからこそ優秀なトレーナーになれるのか。そんなことを考えていると。

 

 

 

 

「──あん? なにやってんだオメー」

 

 




エアシャカールはシャカールと略すことに抵抗がないのに、エアグルーヴはなんとなくエアグルーヴと呼びたくなる不思議。たぶん私だけでしょう。


続きはゴマだれ冷やし中華の美味しさが世間に露呈したら、次の登場ウマ娘はマルゼンスキーになります。


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バブリーいめーじ。

つけ麺も美味しいよね。


 貴方がうっかりトレセン学園に就職してしまってから、初めてのメイクデビューが近付いてきました。

 

 出走予定のウマ娘の情報も一般公開され、学園内はもちろんファンの間でも未来のスターウマ娘は誰になるかで盛り上がっています。本来ならば貴方もその情報を気楽に眺めて楽しんでいたはずなのでしょうが、素直に喜べない事情があります。

 貴方の取り引き相手であるミスターシービーの単独出走が決定したからです。本人からはトレーナーが見つからないのでメイクデビューに挑めないという話を聞いていたので、てっきり相性の良いトレーナーが見つかるまでは見送るものだと貴方は考えていました。

 

 制度として存在する以上は本人の自由です。ミスターシービーに限らず、それなりの人数がトレーナー不在でメイクデビューに出走するのですからそういうものだと割り切るしかありません。なので貴方も前向きに、レースに出るために相性の悪いトレーナーと組まされるよりはマシかと頭を切り替えることにしたようです。

 モチベーションの影響が大きいことは、以前にハチミツを食べ過ぎたのか顔色が悪くなるほど体調を崩していたトウカイテイオーで確認済みです。せっかく改善した脚の故障率まで上昇していたものですから、このときはさすがの貴方も焦りました。

 食べ過ぎが理由で怪我はいくらなんでも酷すぎる。今後は同じことがないように「お前の脚ならこれから何億と稼げるんだ。ハチミツ程度で調子を落としてるんじゃない」と、欲張って食い意地を張らないよう釘を刺すことでその場は解決しています。なぜかトウカイテイオーのやる気は普通を超えて好調まで上昇しましたが、貴方がその理由に気付く日はおそらく来ないでしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 夜間練習に参加しているウマ娘の中にも、メイクデビューが決定した子たちが何人かいるようです。いつもより走る姿から気迫が伝わってきますし、貴方が『脚質そのほか押し付けて嫌われちゃうぜ大作戦!』で制作したマニュアルを握りしめ、ウマ娘同士で積極的に意見交換などもしています。背に腹はかえられぬ、利用できるなら悪魔のトレーナーにでも魂を売り渡す覚悟といったところかと貴方は感心しています。

 

 ダートの長距離用マニュアルを見たときに転げ回るほど爆笑していたゴールドシップも、中距離追い込みに適性を持つウマ娘たちと一緒に、意外と真面目に走っています。破天荒の二つ名がこれから与えられるであろう彼女も、やはりメイクデビューを控えたウマ娘たちの前では悪ふざけも自重するようです。

 その代わり、というワケではありませんが、エアグルーヴはかなり忙しそうにしています。最初は貴方が直接ウマ娘たちにマニュアルを配布する予定でしたが、せっかく取り引きという理由付けもあることだし……と、組み合わせの名簿ごと彼女に丸投げしたからです。お前が作れと言ってきたんだからあとは自分でなんとかしろと押し付けたときの、エアグルーヴのしかめ顔はなかなか傑作で貴方も大満足でした。

 

 

 いよいよレース本番を迎えると浮き足立つウマ娘たち。担当のいない貴方は完全に他人事なのですが、まぁ今回ぐらいはと飯テロ行為を控えてのんびり練習風景を眺めていると。

 

 

「ハァーイ♪ あなたがシービーちゃんの言ってたトレーナー君ね! ちょっとトレーニングのメニューで相談にのってほしいんだけど、いいかしら? あたしともステキな取り引き……しちゃいましょ♪」

 

 

 現れたのはマルゼンスキー(ラスボスその2)でした。




個人的に、ウマ娘世界は『サザエさん時空』ではなく『クレヨンしんちゃん時空』だと思っています。時代は進んでも登場人物はそのままなところとか。なので時系列などのリアリティは基本的に無視して書いています。面倒なので(クズ作者)

まぁ三冠ウマ娘を達成したシンボリルドルフやナリタブライアンが当たり前のように日本ダービーに乗り込んでくるアプリのことを思えばなにを(文章はここで途切れている……)


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パイセンいめーじ。

 マルゼンスキーという馬の走りはとても素晴らしく、そしてとても異質なものかもしれません。

 

 ウマ娘ではミスターシービーと並び最強格の存在として扱われることも多く、アプリでもバグで鬼のように強化され登場したときですら「まぁこの2頭がモデルだしな……」とユーザーが納得するほどです。

 8戦8勝、生涯無敗。モデルとなったマルゼンスキー号のレースは、関係者の皆さんがマルゼンスキーこそが最強だと自信をもって語るほど圧倒的な強さでした。それこそ、その強さ故に生じた歪みは勝った負けたという単純な話では終わってくれなかったほどにです。

 

 ウマ娘のマルゼンスキーが「楽しく走れればそれでいい」と名誉にそれほど興味がなく、後輩たちはもちろん周囲のウマ娘たちを気遣うことが多いのも、その強さ故に良くも悪くも特別扱いされたマルゼンスキー号の影響なのかもしれません。

 

 

 さて、そんな特別扱いされるほど慕われているウマ娘が自分のようなトレーナーに何用なのかと聞いてみれば、なんとマルゼンスキーもメイクデビューに単独出走するのでアドバイスが欲しいとのこと。

 

 追放を夢見て過ごしている貴方ですが、実のところマルゼンスキーのトレーナーになる人物には興味津々でした。名誉に一切の興味を示さない世捨て人候補か、そうでなければ人生2回目かと言われたアプリトレーナーが現れるなら見てみたい、と。

 やはりそんな規格外のトレーナーなど存在しなかったらしい。少々残念に思いながらも、そういう事情であればアドバイスぐらいは引き受けてもいいかとトレーニング計画表を受け取りました。

 

 計画そのものは悪くないのですが、マルゼンスキーには必要なさそうなメニューがいくつか含まれています。貴方が手早くそれらを削除し始めると、横からストップの声がかかりました。

 どうやらマルゼンスキーなりに考えて、逃げ以外にも先行などの作戦も視野に入れてメニューを組んだようです。たしかに全てがプログラムで制御されるゲームとは違い、臨機応変に作戦を切り替えることを要求される場面もあるでしょう。

 

 

 貴方は少しだけ悩みましたが、やはり逃げ以外のトレーニングは不要であるとサクサクと消していきます。もちろんマルゼンスキーからは本当にそれでいいのかと疑問を投げ掛けられますが、貴方は特になにも考えることなく「それでいい」とあっさり答えました。

 

 トレーナー不在でレースを走るのであれば、臨機応変に走り方を変えるよりも得意な走りを徹底的に鍛え上げたほうが悩まなくて済む。

 なによりも、周囲のペースに合わせた窮屈な走り方はマルゼンスキーには向いていない。それなら最初から先頭で好き勝手にペースを作り、ラストスパートをフルスロットルで駆け抜けたほうが勝ちやすい。そのほうがマルゼンスキーらしくて好みに合うだろう。

 

 貴方の説明を聞いたマルゼンスキーは数秒ほど考え込んだようですが、それはナイスアイディアだと提案を受け入れました。

 とはいえ、貴方が提案しているのはあくまでトレーニングの計画でありレースプランではありません。実際の勝負でどこまで通用するかは未知数でしょう。1度コースに立てばそこはウマ娘のための舞台。いつものように余計なことさえ思いつかなければ干渉するつもりはありません。余計なことさえ、思いつかなければ。

 

 

 ちなみに貴方とマルゼンスキーの会話を聞いてソワソワしながらチラチラ視線を向けている異次元の逃亡者がいましたが、もちろん貴方は放置しています。

 ここで迂闊に自由に走れと、あるいはそれに近しい形で背中を押せば確実に面倒なことになると考えたからです。これほど冷静で的確な判断ができるということは、もしかしたら連日連夜の監督業務は貴方の心身に相当な負担を強いているのかもしれません。

 

 

 まずはアドバイスに従いトレーニングをして、それで迷うことがあればまたアドバイスを頼みたい。そう言い残してマルゼンスキーは立ち去りました。

 その前に取り引きの報酬としてレースの賞金で車を購入したら最初に助手席に乗せてくれるとの申し出がありましたが、車は自分で運転したい貴方は普通に断ったようです。ナイス判断、やはり休息が必要でしょう。



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ランナーいめーじ。

「……って感じで、メイクデビューはマイルを選ぶことにしたわ。目標はやっぱりGⅠよね~♪ いまのところ候補としては朝日杯フューチュリティステークスかしら?」

 

「なら、直接対決はクラシック級になってからだね。一応聞くけれど、ホープフルステークスに出る予定があったりはしないのかな」

 

「う~ん、さすがにGⅠを連続出走はちょっと欲張り過ぎじゃないかしら。気持ちの面では走れるつもりでも、脚のほうがご機嫌ナナメになっちゃう可能性もあるでしょ?」

 

「あはは、たしかに! まぁ幸いにして私たちは自分のペースで出走を選べるからね。1度きりのGⅠレースも魅力的だけれど、熱くなりすぎてムリしないよう気を付けないと」

 

 

 いつのまに自分のルームは魔王の集会所になったのだろうか。そんなことを考えながら、貴方は守銭奴アピールのために最近新しく購入したカージナルテトラなるお魚さんの水槽を眺めています。

 金持ちと言えば熱帯魚とか何種類も飼育しているイメージがあるなと考え、ウマ娘たちも世話をしたがるので初心者向けのオススメを店員さんに聞いて選びました。

 

 なお、ラスボス同士の談笑を気にしているのは当たり前ですが貴方だけです。ルームで寛ぐほかのウマ娘たちにしてみれば、ミスターシービーもマルゼンスキーも特別視するような実績はまだありませんので当然でしょう。

 

 話の内容としては“大舞台で勝負できたら嬉しいね!”という実にウマ娘らしい会話でした。実現するのであれば、それは貴方としても是非とも観戦したいレースです。

 純粋にウマ娘ファンのひとりとして、強いウマ娘同士が火花を散らしてデッドヒートを繰り広げる様子を見逃すワケにはいきません。

 

 

 そこまで考えたところで、貴方はとある疑問にたどり着きました。勝負するのはいいとして、いったいどちらの得意距離に合わせるのだろうかと。

 

 

 クラシック三冠ウマ娘を目指しているミスターシービーのトレーニング計画は中距離と長距離を走るためのメニューであり、貴方もそのつもりでアドバイスをしていました。

 マイルを走れないことはありませんが、充分な加速を得ることができないままラストスパートを仕掛けても、マルゼンスキーの速さに追い付くことはほぼ不可能であると予測できます。

 

 マルゼンスキーはこれまで重賞勝利などの具体的な目標を掲げていなかったことが影響しているのか、脚質に合わせたマイルに特化した走り方になっています。

 感覚として自分がどの距離に適性を持っているのか理解していたのかもしれませんが、そのせいで中距離を走るための筋肉が不足しています。自由に走っていた弊害とも言えるでしょう。

 

 お互いにメイクデビューの距離についても話していましたし、脚質の問題にも気が付いているはず。ならば解決策も用意しているでしょう。担当でもない貴方が気にする理由などありませんが、単純に気になるものは気になるのでした。

 

 

 貴方はふたりに質問しました。中距離以上で戦えばミスターシービーが、マイル以下で戦えばマルゼンスキーがほぼ100パーセント勝つことになるが、その辺りはどうするつもりなのか……と。

 

 

 穏やかな空気が流れていたルームが一瞬で静寂に包まれますが、好奇心旺盛な貴方はそんな変化を感じとることもなく言葉を続けます。

 

 

 得意な距離がハッキリと違うのだから、必ずどちらかが挑戦者となりどちらかが迎え撃つ形になる。能力そのものに大きな差はないが、脚質の影響で事実上は格上の相手にケンカを売るようなもの。

 それで勝とうとするのならば、自分の中にある可能性を引きずり出すぐらいのことはしなければならないだろう。それで、どちらが限界に挑戦するのか……と、貴方はふたりへ問い掛けました。

 

 

 ルームの中にはトレーニング効果で集中力が高まったのでしょう、黙々と宿題をこなすハルウララのペンの音だけが響いています。

 そんな冷えきった空間の中、好戦的な笑みで互いを見るミスターシービーとマルゼンスキー。そんなふたりの変化に周囲のウマ娘たちは冷や汗が止まりません。

 

 どうしてそう息をするように挑発するんだお前はと抗議の視線を貴方に向けますが、残念ながらその思いが届く可能性を引きずり出すことは東京優駿に勝つよりも難しいでしょう。



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激マブいめーじ。

「おっ、今日はたこ焼きかぁ! うんうん、ソースの味って男の子って感じするもんなぁ。こっちのソースかかってないトコ柚子ポンかけていい?」

 

「ほーん、なかなか悪くないなぁ。タコの歯応えもええし、紅しょうがの割合も絶妙やな。今度ウチも買いに行ってみよか」

 

 

 貴方は今日もウマ娘たちの練習する姿を眺めながら食事を楽しんでいます。参加しているウマ娘の人数が増えている気がしますが、メイクデビューが近いしそんなものかと貴方は気楽に考えています。

 実はこの中には、アルバイトの時間を日中の放課後に切り替えてまでこの夜間練習にリソースを全て注ぎ込んでいるウマ娘もいるのですが、もちろん貴方はそんな事情など知る由もありません。

 

 貴方が知っていることといえば、エアグルーヴから「購買部から生徒会に、突然特定の商品が売り切れるから在庫の整理が大変だと意見書が来てる」と聞かされたぐらいなものです。真夜中に食欲に負けず翌日まで我慢できているところは、やはり学生でもアスリートとしての矜持がなんとか勝利したのでしょう。

 購買部のスタッフには申し訳ないと思いつつ、これが野望のために他者に不利益を強いる悪の美学、追放目的のための致し方ない犠牲“コラテラルダメージ”なのかと貴方は自分の外道ぶりに酔いしれています。売店のおば様方とカフェテリアのスタッフが協力して屋台グルメの販売を本気で検討していますが因果関係は不明ということにしておきましょう。

 

 さて、貴方の把握していない部分でトレセン学園に地味な変化が発生していますが、目の前では実に分かりやすい変化が発生しています。ミスターシービーとマルゼンスキーが静かに芝のコースを周回しているのです。

 

 一人暮らしを理由に早めに帰宅していたはずのふたりですが、最近はギリギリまで練習に参加するようになりました。やはりあのふたりでもメイクデビューは特別なのでしょう。ゆったりとしたペースで走行フォームを丁寧に丁寧に確認しながら走るふたりの姿に、さすが本物の天才は地道な努力も惜しまないものなのだなと貴方は感心しています。

 

 何故かほかのウマ娘たちは話しかけるどころか近寄ろうとさえしません。貴方の抱えたお皿からたこ焼きを失敬しながらもゴールドシップやタマモクロスが真剣な表情でアレはヤベェ、なんちゅう威圧感や、と呟いています。

 当然ですがふたりの練習の様子をのんびり観察しながら、明日はなにを食べようかと考えている貴方にはそれらの情報は伝わりません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇトレーナー君。ひとつ聞きたいことがあるんだけれど、キミは逃げで走るウマ娘についてどう思っているのかしら? えーと、ほら、あたしには自由に走ったほうがいいって言ってくれたけど、ほかの子とかならどう思うのかなって、ちょっと気になっちゃって」

 

 ある日のこと。貴方がいつものようにルーム付近の廊下を掃除していると、マルゼンスキーからそんな質問をされました。

 

 どう思うか、つまりは自分の主観で感想を述べればいいのかと判断した貴方は、別に深く考えることはない、逃げが性分にあっているのならひたすら逃げればいいだろうと答えます。

 圧倒的な速度で先頭を駆け抜けてもいいし、後ろにプレッシャーを与えて封じ込めを狙ってもいい。あるいは、ほかのウマ娘たちの癖を分析してレース全体をコントロールするような走り方をするのも面白いだろう。

 

 貴方がイメージする逃げが得意なウマ娘たちの走り方をそのまま伝えると、マルゼンスキーは一瞬だけ呆気にとられたような表情を浮かべ──嬉しそうに大笑いし始めました。

 

「うんうん! さすがはトレーナー君ね! ウルトラ花丸大満足、とってもチョベリグな答えを聞かせてくれたわ! ふふ、いきなり変な質問してゴメンなさいね? お詫びに今度、とっておきのスイーツを差し入れするわ♪」

 

 

 後日。貴方は大量に持ち込まれたナタデココを賞味期限内に食べきるために、しばらくの間それだけを監督業務中の夜食に選びました。

 その数日の間に購買部からナタデココが売り切れることはなく、何故か夜間練習に参加しているウマ娘たちから貴方へカップラーメンの差し入れが届けられたようです。




次回はマルゼン視点です。


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『TURFで夜露死苦!!』

答え合わせの時間。


「……では、どうあっても私のチームに参加する意思は無いのだな?」

 

「えぇ、ゴメンなさい。本気で栄光を求めている子たちが練習している横で、楽しむために走っているウマ娘がいたらジャマになっちゃうでしょ?」

 

「フン、いいだろう。キサマほどの才能を野放しにしておくのは癪だが、やる気のないウマ娘の世話をしてやるほど私も暇ではないからな。……なんだ、なにか文句でもあるのか?」

 

「いえ、ずいぶんアッサリと見逃してもらえるなと思って」

 

「キサマはなにを──あぁ、そういうことか。不愉快だな、あんな紛い物どもと同列にされるのは。ウマ娘に栄光を献上させるのを当然と考えるような俗物は名門とは言わん。ウマ娘に栄光を与えてやるのが名門の役目だ」

 

「あえて選抜レースで1着以外のウマ娘をスカウトするのも名門の役目なのかしら?」

 

「余計な癖を身に付けたウマ娘に私の指導を受ける資格などない、それだけのことだ。まぁいい、才能あるウマ娘を育ててやるのも名門の役目だが、才能あるウマ娘に挫折を教えてやるのも仕事の内だ。私のチームに参加しなかったことを、せいぜいターフの上で後悔するのだな」

 

 

 煌びやかに見える上流階級というのも、想像しているよりもずっと面倒で厄介なのだろう。

 

 いかにも高級なスーツで身を包みながら、ネクタイピンだけだいぶグレードの低い……それこそオープン戦の勝利ウマ娘に支払われる賞金で充分に購入できる品を身に付けた若い男性トレーナーを見ていると、名門とやらはずいぶん不自由なのだなと笑ってしまいそうになる。

 ガチガチに管理する指導方法は賛否両論だが、指示に従っていれば迷う必要がないから走ることに集中できると考えるウマ娘もそれなりの人数がいる。それでも名門という肩書きと命令による上下関係の明確化は批判の的にされやすい。自由を好むウマ娘や正義感の強いトレーナーからは特に狙われることが多いのだ。

 

 まぁ、事実として態度に問題のあるトレーナーもいるのだが。選抜レースを『品定め』と表現するようなトレーナーに指導してもらいたいと思うウマ娘はいないだろう。ただ、目の前の男性トレーナーなどはそうしたトレーナーを品性が足りていないと表現していたので、結局のところ名門や寒門は関係なく人間性の問題なのかもしれない。

 

 

「……後悔といえば、新人の中にひとり救いようのないトレーナーがいたな。奇抜なトレーニングで注目を浴びているが、参加しているウマ娘たちが憐れだな。どの程度効果があるかなどわからんというのに」

 

「ふ~ん? でも、止めようとはしないのね」

 

「そんな義理は無い。まぁ、学園に勤めるひとりの部下として、秋川理事長に諫言するぐらいの義務は果たすがな。あの男の奇行を黙認なさっているようですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()結果が伴わなければ無意味です、とな」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 流行の最先端“つんでれ”を目の当たりにしトレンディさに磨きがかかったマルゼンスキーだが、これからのことを考えれば喜んでばかりはいられなかった。

 

 名門トレーナーからのアプローチがなくなれば、ほかのトレーナーたちがスカウトにやってくるかもしれない。どうやらトレーナーという立場から見ても自分の走りは魅力的らしく、なかなか強気な口説き文句をこれまで何度も聞いてきた。

 それは別にいい。問題は、マルゼンスキーには栄光を求める気概など初めから存在しないことだ。地元の後輩たちから薦められるままに中央トレセン学園に入学したこともあり、あまりガツガツしたトレーナーとは組みたいとは思えない。

 

 だからと言ってトレーナー不在でデビューするのも悩ましい。走ることは好きだが、好きだからこそ夢中になり加減が利かなくなるかもしれないからだ。レースで熱くなり過ぎたときに、外側からブレーキをかけてくれる存在がいるかどうかは選手生命に大きく影響するだろう。

 

 

「……そうねぇ、あたしも1度くらいは話してみようかしら?」

 

 

 賛否両論のトレーナーは大勢いるが、意味不明と表現されるトレーナーは間違いなく彼しかいない。

 

 ミスターシービーやトウカイテイオーなどはよく「口が悪い」「ひと言余計」「行動が謎」「言動以外はわりとまともなトレーナー」などと評価しているが、選ぶ言葉のわりに楽しそうに話しているあたり気に入ってはいるのだろう。

 気分屋の天才たちや礼節を知るご令嬢が指導を受け入れているあたり、トレーナーとしての能力は高いのだろうが……。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ふーん、自分で組んでみたメニューねぇ。どれ、ちょいと拝見させてもらおうか」

 

 案ずるより産むが易し。夜の時間帯であれば確実に会えるのだから、直接確かめるのが一番手っ取り早い。

 

 よろしくない評価もチラホラ耳に入るが、その程度で怖じ気付くマルゼンスキーではない。一番得意とする作戦……かどうかは自分ではわからないが、一番走りやすい“逃げ”ウマ娘の標準的なトレーニングプランを組み、こうしてアドバイスを求めてみた。

 逃げウマ娘はトレーナーたちにあまり歓迎されない。展開もなにも関係なくガムシャラに走りたがる性格を面倒だというトレーナーもいれば、負けん気が強すぎて怪我のリスクが高く、抑えつければストレスで体調に影響が出るから指導の難易度が高いと頭を悩ませるトレーナーもいる。故に、先行や差しでも走れるようにあの手この手でトレーニングさせるのが普通だ。

 

 果たして目の前のトレーナーはどんなアドバイスを自分にくれるのか。マヤノトップガンやアイネスフウジンが気持ち良さそうに走っている姿はウマ娘だけでなくトレーナーの間でも話題になることが──。

 

「って、ちょっとちょっと! なにしてるのよ!?」

 

「んー? なにって、余計なトレーニング削ってるだけだけど? これもいらない、こっちもいらん。ここからここまでもポイッちょしましょーねー」

 

「もうッ! 人が一生懸命考えたプランを遠慮なく消してくれちゃって! ……ねぇ、これだと先行の練習にならないんだけれど」

 

「いらんよ、そんな練習」

 

「ちょっと本気? それだと逃げでしか走れなくなっちゃうわよ? いいの?」

 

「いいよ、それで。ソロでメイクデビューするんだろ? 小難しいこと考えながら走るくらいなら、先頭を走ってさっさとゴールするほうが面倒じゃなくていい。それに、窮屈な走り方は好みに合わないだろう? とことん加速しまくって、最後の直線をフルスロットルで駆け抜けるほうが()()()()()()()()()()()()()

 

 自分がなにを言われたのか頭が理解したとき、とうとうマルゼンスキーは笑いを堪えることができなかった。なにせ先頭を走る姿を“強い”と評価されることはあっても、その姿を“似合う”と褒められたのは初めてだからだ。

 

 これは確かにひと言余計だと言いたくなる気持ちもわかる。明らかにほかのトレーナーとは違う視点を持つ彼には自分の最高のパフォーマンスがどのように見えるのか、気にならないほうがどうかしている。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 担当契約はひとまず置いておくとして、このトレーナーが手伝ってくれるなら楽しくレースを走れるかもしれない。

 そんな期待を胸にルームへ顔を出すようになったマルゼンスキーだったが……。

 

 

 

 

「お前ら勝負すんのはいいけど、距離はどうするつもりなんだ? 中距離より上ならシービーが勝つし、マイル以下ならマルゼンが勝つし、そのへん解決しねぇとお前ら普通に負けて終わるだけだぞ? レースになるかもわかんねぇよ」

 

 

 

 

 マルゼンスキーは強いウマ娘である。友人たちに、後輩たちに、トレーナーたちに君なら勝てると言われたことは数知れない。

 だが、お前じゃ勝てないと言われたのは初めての経験であった。それは目の前でキョトンとしている親友も同じらしく、聞きなれない評価を理解するのに時間がかかってしまった。

 

 

 うん、これは確かにひと言余計だ。

 

 

 こうもハッキリと「お前じゃ目の前のウマ娘に勝てない」と断言されると、さすがのマルゼンスキーでもフツフツと燃えるものが胸の奥に宿ってしまう。気心知れた友人同士ではあるが、それとこれとは別問題なのだ。

 

 なによりも頭にカチンとくるのが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。ほんの一瞬だけ浮かんだ長距離の大舞台、有マ記念の最終直線で速度に陰りが見え始めた自分に迫る影がハッキリと想像できてしまった。

 どうやら友人も似たような想像をしたらしい。思い浮かべたのは安田記念かマイルチャンピオンシップか、あるいは短距離のスプリンターズステークスか。ミスターシービーには悪いが、こちらであれば影すら踏ませず圧勝してみせると自信を持って言える。

 

 

「まぁ……アレか。どうやっても走れないってワケじゃねーし、限界の壁をぶち破れるならチャンスぐらいはあるかもしれんね。そーゆーの、()()()()()()()()()()()()()()の定番だからな。ま、好きにしたらいいさ。どっちが挑戦者になるのかは知らんけどな」

 

 

 知らんと言いつつも態度が露骨過ぎる。少しも「私、楽しんでます!」という雰囲気を隠そうとしていない。

 

 先輩なら中央トレセン学園でも、トゥインクル・シリーズのGⅠレースでも活躍できる。そんな後輩たちの言葉がマルゼンスキーの唯一のモチベーションと言っても過言ではなかった。

 だが、今日この日からは違う。これまで勝てる勝てると持て囃されていたときには気付かなかったが、どうやら自分はしっかりと“負けず嫌い”だったらしい。友人だからこそ、ミスターシービーには負けたくない。

 

 きっと、お互いに同じことを考えている。最初の対決はきっと日本ダービー、こちらは朝日杯の冠を、向こうはジュニア王者と皐月の冠を──うん? これだと数が不公平だ。ちょうどいいGⅠレースがなにか……そうだ、NHKマイルカップがあるじゃないか。

 

 勝ちたいから、走る。

 

 負けたくないから、走る。

 

 楽しく走ることが一番という考えに変わりはないが、勝ち負けにこだわるのも充分楽しいじゃないか。やはりこのトレーナーに声をかけたのは正解だった、栄光がどうだと並べ立てるよりも簡単にハートに火をつけてくれたのだから。

 

 

 周囲のウマ娘たちが渋い視線で彼のことを睨んでいることなどお構い無しに、マルゼンスキーとミスターシービーは互いに見つめ合い笑い合うのであった。




昭和の名馬に……。

無理なんて言葉はないわ!(MHUMT)


続きは線香花火の煌めきに風情を感じるようになったら、次の登場ウマ娘は(ミスターシービーと)モブウマ娘になります。


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もいっちょ。

一世風靡のツンデレも古典芸能の時代。


 貴方はウマ娘たちと担当契約を結ぶつもりは断固としてありませんが、取り引きという形で協力することについてはやぶさかではありません。

 なぜなら貴方は『取り引き』という言葉の響きに悪の組織の幹部のようなダークな格好よさを抱いているからです。前世の仕事で当たり前のように使っていたはずですが、おそらく転生のショックで忘却してしまったのでしょう。

 

 貴方が水面下で取り引きという単語のネガティブキャンペーンを楽しんでいるところに、とあるウマ娘がやってきました。夜間練習に参加しているウマ娘で、なんで担当がいないのか不思議に思えるレベルの優秀な逃げ脚の持ち主です。

 

 

「やーやー、トレーナーさん。アタシとも取り引きをお願いできますかね? 契約はナシでも取り引きならトレーニングのアドバイス、もらえるんでしたよね? ここはひとつ、ひろーい心でご教授願えませんかねぇ~。──ミスターシービーに勝つ方法、ってヤツをちょこっとね」

 

 

 いままでにないタイプの取り引きに、珍しく貴方は即答することなく思考を巡らせ始めました。

 

 貴方はこれまで潜在能力を引き出すためのキッカケとしてチート能力を混ぜつつトレーニングプランを提案してきました。あくまでトレーニングの方法であり、どの程度結果に反映されるかは本人の努力次第です。

 しかし、勝つためのアドバイスとなれば少々事情が異なります。ましてや目の前のウマ娘が望んでいるのは天才・ミスターシービーに勝利すること。トレーニングだけでなくレースプランもしっかり組み立てなければ勝ち目は薄いでしょう。

 

 貴方はチート転生者である自分が、そこまでレースの世界に深入りしていいのか迷っています。もちろんレースプランの組み立てに協力したとしても実際に努力するのはウマ娘ですから、それで勝利したのであればウマ娘自身が最初から持っていた力であると貴方は断言するつもりです。

 

 

 ちなみにミスターシービーへの遠慮は貴方の頭の中には存在しません。なぜなら担当ウマ娘ではないからです。

 

 

 どうしたものかと脳に涙ぐましい労働を強いていると、唐突に天啓が舞い降りてきました。むしろ、これは追放への更なる一手として利用できるのではないか? と。

 

 

 目の前のウマ娘が勝利した場合。

 

 

 ①取り引き中であるにも拘わらずほかのウマ娘を強化したことにミスターシービーが不満を持つ。

 

 ②なんてトレーナーだ、あんなヤツは信用できない! 

 

 ③ウマ娘との協力関係を蔑ろにするとはトレーナーの風上にも置けない! 

 

 ④トレセン学園を追放される。

 

 

 目の前のウマ娘が敗北した場合。

 

 

 ①勝たせてやると引き受けたにも拘わらずレースに勝てなかったことにウマ娘が不満を持つ。

 

 ②なんてトレーナーだ、あんなヤツは信用できない! 

 

 ③ウマ娘に悪意のあるウソをつくなんてトレーナーの風上にも置けない! 

 

 ④トレセン学園を追放される。

 

 

 どう足掻いても勝利しか得られない、なるほどこういうときに私は敗北を望んでいると言えばいいのか。

 

 某エレガントな閣下に大変失礼な発想ですが、メジロライアンを貴方の主観で侮辱したときにはひとつのパターンしか考え付かなかったことを思えば、ずいぶん成長したと褒めるべきでしょう。

 例えばこれが考古学の世界であれば、失われた空白が酷すぎてアクティブで有名な学者先生もキレて帽子を地面に叩き付けるレベルの進化です。

 

 答えを得た貴方は当然ウマ娘の申し出を快く引き受けます。ウマ娘はそのことに何故か驚きましたが、すぐに飄々とした態度に戻り「そんじゃ、よろしくお願いしま~っす」と言い残して立ち去りました。

 

 夜間練習に参加しているということもあり、貴方は取り引き相手のウマ娘の走り方やクセについてはそれなりに把握しています。

 ほかに同じレースに出走するウマ娘が誰なのかは公開されていますので、あとはチート能力を併用しつつ頭の中でメイクデビューのシミュレーションを行い、勝てるパターンが見つかるまで試行錯誤を繰り返すだけの単純作業です。

 

 

 一生に1度のメイクデビューとはいえ、さすがにGⅠレースの大舞台ほどウマ娘側も心血を注いではいないだろう。ほんの数百パターンぐらい試せば充分か。

 

 

 本来であればそれでも充分な作業量ですが、いまの貴方は飲むヨーグルトに突き刺したポッキーに匹敵するほどの強固な追放フラグを得たことにより気力が充実しています。明日の朝にはあのウマ娘に完璧なトレーニングとレースのプランを提案できるでしょう。




今回はメイクデビューが題材の話なので、6月中には終わらせたいところ。


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ぱんちょ。

 貴方はチート能力を持つ転生者ですが、その心身は普通の人間です。なので、チート能力を使えば当然負担がかかります。

 

 苦労をした甲斐があって勝利のパターンはなんとか見つかりましたが、計画書を書き上げた貴方は体力の限界を迎えていました。そのため、内容が具体的にどのようなプランなのかをあまり把握できていません。

 もちろんその疲労もチートを使えば簡単に解消できます。ですが貴方はクーラーに慣れすぎて外を歩けなくなり季節を楽しめなくなるような無粋を嫌うタイプなので、どうせ日中はルームでゴロゴロするだけだからと自然回復に身を任せることにしました。

 

 

 プランの全てを取り引き相手のウマ娘にぶん投げた貴方ですが、ちゃっかりとメイクデビューそのものは楽しみな様子。何故なら彼女は普通の逃げではなく、差しウマ娘のような強力な加速が期待できるからです。

 いわゆる“逃げて差す”と言われたサイレンススズカのような走りが見れるかもしれない。もちろん先頭の景色にこだわるサイレンススズカとはタイプが違います。勝利を目的とした荒々しい走りになるのか、本人の飄々とした態度のような伸び伸びとした加速をするのかはわかりません。あるいは、最後の最後で粘り強く速度を保つような走り方かもしれません。様々な可能性を秘めているだけに、メイクデビューが楽しみで仕方がないのでしょう。

 

 唯一の懸念材料は貴方が計画したトレーニングやレース運びにどこまで対応できるのか、という部分にあります。

 ミスターシービーの同期ということもあり、すでに本格化が完了している彼女が走り方を変えるのはかなりの賭けになるからです。キングヘイローやハルウララのように、これから本格化が始まるのであれば大幅な脚質の改善にも対応できますが、あのウマ娘の脚質にどれほどの柔軟性と発展性が残されているかは未知数というのが貴方の見立てです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 メイクデビュー当日、貴方は快適空間に改造してあるルームのテレビでのんびり楽しむ予定でしたが、ウマ娘たちに連れ出されて直接レース場に向かうことになりました。

 夜間練習に参加しているウマ娘も含めて、取り引き相手が多数出走するということもあり、それぐらいの手間は惜しむこともないかと貴方は妥協したようです。決して笑顔のメジロライアンとアイネスフウジンの放つ圧力に負けて「これ断った瞬間に顔面に妄想蹄跡(ウマーニーヤ)をブチ込まれるわ」などという予感を察知して屈したワケではありません。

 

 

 レース場の観客席はそれなりといった人数です。やはり熱心なファンでもなければ、まだまだ無名のウマ娘を応援するために会場へ……とまではならないのでしょう。

 

 対照的にトレーナーなどのために設けられた関係者席はなかなか賑やかなことになっています。やはり立場的にこれから誕生するスターウマ娘が誰なのか気になるのかもしれません。

 

 

 控え室のミスターシービーはいつものように余裕のある態度──ではなく、ソワソワと落ち着かない様子です。なんでも「根拠はないが、今日のレースはとても素敵なことが待っている予感がする」とのこと。

 天才の感性は貴方には理解できなかったようですが、特にトラブルもなくゲートインできそうならば長居しても仕方がない。少し雉を撃ちに行ってくると伝え控え室から出ることにしました。本来は山で使う言葉ですが、ウマ娘たちは察してくれたようで素直に見送ってくれるようです。ハルウララだけは理解できていないようですが、キングヘイローがなんとかしてくれるでしょう。

 

 

 もちろん貴方の目的はお手洗いとは別にあります。せっかくレース場に来たのだからと、ミスターシービーと同じレースに出走する取り引き相手のウマ娘の様子を確認するつもりのようです。

 

 

 目的の控え室の中では、取り引き相手のウマ娘がそこそこリラックスした様子でタブレットを操作しています。やぁやぁトレーナーさんいらっしゃいませ~、と余裕のある態度で出迎えてくれました。

 ヒラヒラと手を振るウマ娘ですが、今日までの悪人ロールプレイを支えてきた貴方の洞察力は彼女の手がわずかに震えていることを見逃しません。

 

 

 そうか、これが“武者震い”というものか。

 

 

 どこぞのタンポポグルメなウマ娘も大和撫子を目指す()()()()ですから、ミスターシービーという強敵に挑む目の前のウマ娘も同じように意気軒昂としていると貴方は判断しました。

 そういうことならば、少しイジワルをしてからかってみようか。都合よく手頃な話題はないものか。一瞬だけ貴方は悩みましたが、そういえばこのウマ娘には取り引きの報酬の話をしていないことを思い出しました。

 

 チート能力を持つ貴方は、ウマ娘たちに叶えて欲しい願いはありません。本気で走る姿を見ているだけで満足できるからです。なので、ほとんどのウマ娘には要求を保留している状態です。

 唯一ハルウララにだけは『朝になったらがんばって自分で起きること』を要求しています。二度寝の時間が5分も短くなったと嬉しそうに語る一流ウマ娘の姿は当分忘れられないでしょう。

 

 さっそく貴方は「取り引きの報酬について話をしに来た」と伝えます。まだレースも始まってないのに気が早いとケラケラ笑うウマ娘の姿に、これだけ自信に満ちているなら問題ないなとニヤリと笑いました。

 

 

 どうやら貴方は目の前のウマ娘に“勝利宣言”を要求するようです。からかうことが目的ですので、もちろん「勝てたらいい」や「勝ちたい」などという中途半端な逃げ道は許しません。ハッキリと「自分の力でミスターシービーに勝つ」と、堂々と宣言することをウマ娘に求めました。

 



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ぴんちょ。

 貴方はこの世界で唯一ウマ娘の能力を正確に数値として確認できるトレーナーですが、間違いなくこの世界で一番数値を信用していないトレーナーです。

 能力だけでレースに勝てるのであれば、目覚まし時計など必要ないのだと大声で叫びたいぐらいには疑っています。

 

 なので、純粋な身体能力ではミスターシービーが格上ですが、それは勝てる可能性が高いというだけで勝ちを保証するものではないと考えています。

 ならば目の前のウマ娘が1着になることだって充分あり得る。本人もやる気だろうし、サクッと言い返してくるだろう。そう考えていましたが……ウマ娘は思いっきりタメ息を吐きました。

 

 

 彼女が言うには「期待してくれるのは嬉しいけれど、今日のメイクデビューは完全にミスターシービーが主人公扱いされている。そんな中で脇役の自分が勝利宣言なんてしたら立派な踏み台フラグになってしまう」とのこと。

 

 なるほど主人公。たしかにミスターシービーは主人公と呼ぶに相応しい“格”があるのでしょう。

 ウマ娘を始めるまで競馬のことはほとんど知らなかった貴方でも聞いたことがあるくらいですので、それだけミスターシービーはモデルの馬も強かったのだろうと想像できます。

 

 

 が、それはそれです。

 

 

 アドバイスをしていたこともあり、ミスターシービーの走りが気になるのも事実です。模擬レースはもちろん、トレーナーへのアピールのための選抜レースですら彼女は走らなかったものですから、実戦でどのような走り方をするのか興味はあります。

 ですが、いまの貴方はそれ以上に目の前のウマ娘がどのような走り方をするのかを知りたくて仕方がありません。何故なら思いの外プランの作成に苦労し、半ば寝惚けたような状態で完成させたものですから、ウマ娘がどのような走り方でミスターシービーと勝負をするのか気になるのです。

 

 

 ──ほかの誰がミスターシービーを主人公と呼ぼうと自分には関係のないことだ。今日このレース場に来たのはミスターシービーというウマ娘を見るためではない、メイクデビューというウマ娘たちのレースを見るために来たのだ。だから諦めて、お前の走りで俺をワクワクさせてくれ。

 

 

「~~ッ!! あーもぅッ! わかったわかったわかりましたよッ!! 言えばいいんでしょ言えばッ! やったりますよアタシがッ! ミスターシービーがなんぼのもんじゃい! 天才サマなんかチョチョいのチョイで仏恥義理してやんやんよ! ガハハハハッ!! ……さぁもう気はすんだでしょ。取り引き完遂お疲れ様です! ほら、行った行ったッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「トレーナーちゃん、ちゃんとお話はできたみたいだね☆ ……え? もちろんマヤはわかってたよ? だって、シービー先輩と一緒に走る先輩たちの中ではあの人だけだもん。トレーナーちゃんからアドバイスをもらってたの」

 

 やっぱ天才ってズルいかもしれん。少しだけあのウマ娘に悪いことをしたかなと反省した貴方は、マヤノトップガンに連れられて観客席へと向かいました。

 レース関係者のためのエリアにも興味はありましたが、ヘイトを稼ぐ利点より面倒だなという気持ちが勝ったのでしょう。悪役らしく壁際にもたれ掛かることも諦めて、素直に手を引かれるままウマ娘たちと合流しました。そして──。

 

 

「あ、トレーナー! お買いものはもうおわったの? えへへ、あしたのお昼ごはんたのしみだな~♪ トレーナーのスペシャルから揚げはどんな味なのかな~♪」

 

「その、あのね? トレーナー。キングちゃんも悪気があったワケじゃないの。あたしも手伝うから、その……とっても美味しいから揚げ、頑張って作ろうね!」

 

 

 ふと、横を見ると「ぷひゅ~ こひゅ~」と下手くそな口笛を吹きながらあさっての方向を見つめるキングヘイローがいます。

 いったいどんな説明をしたらお手洗いの隠語がから揚げの注文になるのだろうか。悩ましく思いつつもガッカリさせるワケにはいきません。貴方の明日の午前中の予定は鶏肉の下拵えに決定しました。



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おおしおへいはちろう。

 ターフの上へ体操着にゼッケンを着けたウマ娘が現れ、いよいよメイクデビューが始まろうとしています。

 

 誰も彼もが緊張した面持ちの中、ミスターシービーはこれから始まるレースを楽しみにしているのか気力に満ち満ちた笑顔を浮かべています。

 ほかのメンバーはほぼ全員が緊張しているのが観客席まで伝わりそうなほど張りつめた表情です。ただひとり、例のウマ娘だけは様子が違います。よほど集中しているのでしょう、ミスターシービーのほうを全く見ることなく正面だけを見つめています。

 

 なかなか良い気合いの乗り方をしている、これは面白いことになりそうだ。

 

 今後のレース人生に関わる大事な一戦であることは承知しているのですが、それでも貴方は期待が膨らむのを抑えきれそうにないようです。心境はどうしようもないとして、せめて表情ぐらいは引き締めておこうと貴方も気合いを入れ直しています。

 追放されるまでは半人前とはいえ書類上はトレーナーなのだから、勝負時ぐらいは真剣にならなければバッジの輝きを侮辱することになる。自分はあくまでダラダラと生きるスローライフのために追放を狙っているだけであり、トレーナーという職業を否定するつもりはないのだ。貴方は改めてレースに集中し始めました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 いよいよゲートが開放され、ウマ娘たちが飛び出します。追い込みウマ娘のミスターシービーは当然最後方からのスタートとなりました。

 そして先頭を勢いよく駆けるのは例のウマ娘。高い集中力からの鋭いスタートは見事としか言いようがありません。そのまま加速する姿に、関係者席のトレーナーたちも驚いているようです。あれだけの見事な立ち上がりを見せたのですから、騒ぎたくなるのも納得でしょう。

 

 どうやら勢い任せにぐんぐんリードを稼ぐ作戦のようです。アプリではとにもかくにも最終コーナーでの加速に祈りを捧げることになりがちですが、本来の逃げは序盤のリードを切り崩しながら粘り勝ちを狙うものであると貴方は知る機会がありました。おそらく意識が飛び飛びながらもその辺りをプランに盛り込んでいたのかもしれません。

 

 自分の走り方がすでに完成しつつあるミスターシービーは先頭の速度に釣られることもなく、むしろ想定外の展開なのか楽しそうに口元が歪んでいるくらいです。

 しかし、ほかのウマ娘たちは走りに迷いが生まれているようです。差しきれない可能性を考えて追うべきか、スタミナ切れを見越して脚を温存するべきか、決断できないままペースが乱れています。

 

 

 全体の流れはほぼそのまま、例のウマ娘が後続と10バ身近い大きなリードをキープしたままレースはついに終盤戦を迎えようとしています。

 そうなると当然、追い込みのミスターシービーは見事な加速で一気に駆け上がります。どっち付かずで余計にスタミナを消耗していたほかのウマ娘たちは、一瞬で──それこそ切り捨てられるかのように追い抜かれてしまいました。

 

 そのまま先頭のウマ娘の背後まで上がってきたミスターシービーですが、そこで勢いが鈍りました。そのまま追い越すこともできたはずだが、いったい何故だと貴方は前のウマ娘に注目しました。

 するとどうでしょう、前を走るウマ娘の脚さばきにわずかながらブレが生じています。雰囲気からして迷いや焦りではありません。怪我などのトラブルというワケでもなさそうです。

 

 

 ──ああ、そうだ。フェイントだ。

 

 

 1秒にも満たない、言うなれば刹那の瞬間。それでも走りにおいて天賦の才を持つミスターシービーは()()()()()()()()。相手が天才であることを利用した、ミスターシービーに勝ってレースに勝利するための走り方。

 メイクデビューにしてはずいぶんと奇策を選んだ……いや、選ばせてしまったな。そんなことを貴方は思いましたが、それをこうして使いこなせるまで練習したあのウマ娘の執念には素直に感心しています。ついでに、渡したプランは役に立っているのだなと安心もしているようです。

 

 疑問が消えてしまえば、あとは純粋にレースを楽しむだけでしょう。

 

 貴方はミスターシービーの三冠ウマ娘の獲得を応援していますが、それはほかのウマ娘が負けることを願っているワケではありません。

 自分の知らない名馬のウマソウルを宿したウマ娘たちも大勢いるのだから、それこそ出鼻を挫かれたところで不思議ではないと考えています。

 

 このまま相手の走りに対応できなければ、ミスターシービーの挑戦はメイクデビューの敗北からスタートすることになるでしょう。

 ですが、ミスターシービーはこのまま敗北を受け入れるようなウマ娘ではないと貴方は知っています。自ら気ままに流れることはあっても、誰かの起こした風に巻き込まれて流されるほどひ弱ではありません。なにより、楽しむことを重視する彼女が乗りたい風に乗り遅れるような間抜けであるとは思えません。

 

 残された少ない時間で活路を見出だすのか。あるいは一か八かの勝負に出るか。ミスターシービーがいったいどちらを選んだのかはわかりませんが、いよいよふたりの追い比べが始まりました。




次回はウマ娘たちの視点で決着です。


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『Silent Line』

答え合わせの時間。


 語る程でもない事実として周知されているもの。

 

 それは例えば、メイクデビューのウマ娘はペース配分に失敗しやすいということ。特に逃げウマ娘は掛かりやすいという話は、レース関係者だけでなくウマ娘ファンの間でも当たり前の常識として知られているぐらいだ。

 

 その前提があるのだから仕方ない。序盤からハイペースで先頭を行くウマ娘を見て「あぁ、残念だけどあの子のメイクデビューはもう終わってしまったな」と判断してしまうのはおかしなことではないのだ。

 それはコースの上を走っているウマ娘たちも同様である。嫌な言い方になるが、他人が失敗している姿を見ることでいくらか心に余裕ができたのだろう。先頭を走るウマ娘の勢いが衰えるまでじっくり脚を温存しようと呼吸を整えることに成功していた。

 

 

 異変は中盤戦の始まりから。

 

 

 逃げウマ娘というのはその多くが“先行”や“差し”に対応できなかったがために()()()()逃げるという認識が強い。故に、徐々に失速するのを待って確実に追い抜くための判断基準というものがある。

 後ろを頻りに確認し出す、耳の動きや尻尾の動きが忙しなくなるなど、ペースが乱れる予兆を頼りに後続のウマ娘たちもスタミナの配分を考えギアを上げるタイミングを計るのだ。──本来ならば。

 

 なにも、起きないのだ。先頭をハイペースで走るウマ娘には垂れる気配が微塵も感じられない。ゆっくりと丁寧に、しかしじっくりと確実に加速を続けて差を広げていく。自分たちを、後続のウマ娘たちの様子を一瞥することもなく、一切の迷いなく前へ前へと走っている。

 その様子を見ていたウマ娘たちは動揺した。してしまったのだ。知識を持たないことに、経験がない出来事にいきなり対応できるほどの柔軟性をメイクデビューのウマ娘が持ち合わせているワケがないのだから当たり前だ。

 

 ペースを上げるかセオリーに従い様子を見るか。どちらを選ぶのが()()なのか迷っている間にもレースは進みゴールまでの道程は消耗されていく。その事実が更なる焦りをウマ娘たちに押し付ける。

 

 まるでターフの上で溺れているような感覚に陥るウマ娘たちだったが、しばらくしてそこに救いの手が差し伸べられた。最後方で様子見に徹していたミスターシービーが先頭を目指して上がってきたのだ。

 ミスターシービーに追い抜かれた瞬間ウマ娘たちが感じたのは『安堵』である。やっぱりか、彼女は違う。私たちとは違い彼女は天才なんだ。天才だから強くて当たり前で、簡単に前に行ってしまうのだ。ミスターシービーに勝てないのは仕方ないし、私たちが負けるのも仕方ない。()()()()()()()()()()()()()

 

 勝利を放棄したウマ娘たちは冷静さを取り戻し、再び走ることに集中する。だがそれはレースに勝つためなどではなく、如何にして怪我無く無事に走りきるかという1点のみ。

 もはや模擬レース感覚ですらない、体力作りのランニングと変わらない気分でミスターシービーの背中を眺めていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ここまでほぼ()()()()()()()()()()()()()()とか、むしろアタシが動揺するかと思ったわい。

 

 後ろの様子を確認する必要はなかった。その走りに、その自由な在り方に、憧れて、嫉妬して、恐怖した。彼女の気配は背中越しでも輪郭がハッキリと見えそうなほどよくわかる。

 ついでに、あの天才に追い抜かされることで身の程を知った凡才たちがどうなっているのかも容易く予想できた。なにせそれはトレセン学園では何も珍しい光景ではないのだから。

 

 認めよう、なんて偉そうなことを言うつもりはない。彼女が強いウマ娘であることはずっと前から知っていた。

 

 気まぐれのようで走ることに関してはいつでも真剣だったことは知っている。

 

 才能があることを自覚しても努力を怠らないことは知っている。

 

 実力差があろうとも侮ることなく本気で競い合うことも知っている。

 

 ファンも、トレーナーも、同じコースの上を走るウマ娘たちでさえもミスターシービーを主人公だと信じて疑っていないことは知っている。

 

 彼女に勝ちたいなんて言っておきながら、実はあのイロモノで物好きで世話焼きなトレーナーをちょっと困らせてやろうか、なんてイタズラ心だけで。本気でミスターシービーに勝とうなんて、勝ちたいなんて思っていないことは知っている……つもりだった。

 

 

 なるほど。うん、なるほどね。たしかにあのトレーナーは性格が悪いね。

 特に、勝つための手段を与えておきながら放置してくるところとかサイコーに悪辣だよ。いっそのこと、取り引きだからって、トレーナーだからって命令してくれたなら悩むこともなく済んだのに。

 

 前言撤回。認めてやるよミスターシービー、アンタは間違いなく主人公になれるウマ娘だ。それは認めよう。

 だけど、レースってのは残念ながら主人公サマひとりだけでは成立しないんだ。物語ってのはどんなシナリオだろうとも、主人公以外のキャストも活躍するから面白いんだ。

 

 1度くらい。1度くらいはアンタのことを──思いっきり、ビビらせてやるッ!! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 2番手の位置まで一気に上がってきたミスターシービーを見て、観客の大半はこれで勝者は決まったなと確信しているようだった。

 それは大多数のトレーナーやウマ娘たちも同様である。あえて後ろに付いたのはスリップストリームを利用しスタミナと脚を整えるためだろう。あとはミスターシービーが最後に追い抜いて終わり。そんな声が聞こえそうな雰囲気の中──。

 

 

「違う。まだ終わらない」

 

「え?」

 

「シービーは後ろに付いたんじゃない。()()()()()()()()()()()()()。なんども挑戦したボクにはわかるよ。あんなキュークツな走りはシービーの走りじゃない」

 

 憧れのシンボリルドルフとは違う──調子に乗って勝負を挑んで返り討ちにされたときに感じた“絶対”を予感させる強い走りとは異なる、あるがままの“自然体”を感じさせる走りこそがミスターシービーの走りなのだ。

 だから、あのようなセオリーに素直に従う姿はミスターシービーらしくない。そうしなければならない“何か”がコースの上で起きているのだとトウカイテイオーは断言した。

 

 

 

 

「……フェイントだ」

 

 

 

 

 ミスターシービーが苦戦する“何か”とはなんなのか、ウマ娘たちの疑問に対する答えはすぐに与えられた。しかし、その詳しい内容については誰も説明を求められずにいた。

 

 何故なら、そこに居たのは彼女たちのよく知るトレーナーではなかったから。

 

 普段の彼は唐突に挑発的な物言いをしてきたり、練習している目の前で美味しそうなモノを見せつけるように食べたりと、言動に多少……だいぶ難のある人物なのは皆が知っている。それでも、どれほど癖が強くとも彼は感情豊かで温かみのあるトレーナーだった。

 だが、いまの彼は違う。表情からは感情というモノが全く感じられず、極端な言い方をしてしまえばウマ娘を生物として認識しているかも疑わしいほど冷たい眼をしていた。箇条書きにされた報告書をただの作業として読んでいるかのような、例えるならまるで──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()恐ろしさすらあったのだ。

 

「クラシック級やシニア級を走っているウマ娘相手には簡単に無視されるような未熟なフェイントだが、シービーも所詮はルーキーだからな。経験不足のまま感覚だけが反応して混乱しているんだ」

 

 淡々と、独り言のように説明を続けるトレーナーの姿に戸惑いながらもウマ娘たちの視線がコースへと戻った。異変の正体を知った上で彼女たちの走りを見れば、たしかに前を走るウマ娘のリズムが一瞬だけ不自然にズレていた。その度に、前へ抜け出そうと試みるミスターシービーの走りもわずかに乱されているのがわかる。

 一歩間違えば、ほんの少しでもタイミングが狂えば進路妨害になる危険な賭け。そんな走り方をするウマ娘なんて見たことがない。一体どうやってそんな走りを──と、そこまで考えたウマ娘たちだが、ほかのトレーナーなら絶対にやらないことを平然と行う例外にひとりだけ心当たりがあることを思い出した。まさかと視線をそちらに向ければ。

 

 

 

 

「さぁてどうするミスターシービー? 真剣勝負の世界で“知らなかったから負けました”なんて言い訳は通用しねェ、状況に対応できないヤツがマヌケ扱いされんのが当たり前だ。ま、メイクデビューの黒星から三冠ウマ娘を目指すってのも……常識破りって感じで面白ェかもしれないがなァ~」

 

 

 

 

 コイツ、()()()()()()

 

 

 扱いこそ単独出走でも、ミスターシービーのトレーニングを誰がしていたかなどトレセン学園で知らない者はいない。つまり、今回のレースの結果はそのまま彼の評価につながることになる。

 

 悪意のあるトレーナーであれば、彼のせいでミスターシービーは負けてしまったのだと嬉々として言いふらすだろう。いや、普段のトレーニング風景がイロモノなぶん、正義感の強いトレーナーもまともなトレーニングをさせて貰えなかったからだと怒る者も現れるかもしれない。

 目の前の男は、その程度のことが予測できないような惚けたトレーナーではないだろう。なにせ、普段も自分に向けられた悪意を鼻で笑って煽り返しているぐらいなのだから。

 

 

 全てを承知の上で、このトレーナーはミスターシービーのライバルとなるであろうウマ娘にさえ本気で勝つためのプランを与えたのだ。

 

 

 ウマ娘を金儲けの道具と発言したことで、いまでも彼のことを守銭奴として警戒している、あるいは侮蔑している者もいるが──冗談じゃない、守銭奴なんかよりもずっと性質(タチ)が悪い。

 きっとこの男は、このトレーナーはウマ娘の能力を伸ばすこと以外には興味がないのだ。自分が指導したウマ娘同士が潰し合うことなど全く気にしていない、そんなものはレースを走る当人同士の問題で自分には関係ないと完全に割り切っているに違いない。

 

 そしてそれは、レース関係者の間にある暗黙の了解を無視した行為でもある。普通のトレーナーは自分が担当したウマ娘同士を同じレースに出したりはしないのだ。

 当たり前だ、ウマ娘の戦績はそのままトレーナーの育成評価につながるのだから、わざわざ評価が下がる可能性を増やしてまで出走させるワケがない。チームに所属するウマ娘たちだってその辺りの事情を承知の上でレースを選んでいるぐらいには、誰もが()()()()()()()と受け入れているのだ。

 

 

 それを、このトレーナーは。明確なルールとしては存在しないとはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「お、シービーが仕掛けるぞ。さて、ここからが本番ってヤツだな」

 

 

 こちらの気も知らず普段の調子に戻り楽しそうにレースを見守るトレーナーの姿に多少の苛立ちを感じつつも、そんなことより()()()()()()の結末を見逃してはならないとウマ娘たちが再びレースに集中する。

 

 彼女たちにとってこれは、目の前で繰り広げられているレースは、既にただのメイクデビューではなくなっていた。 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 好奇心の赴くままに様々な判断を直感に頼ってきた()()を、まさかメイクデビューで支払うことになるとは。

 

 今後はもう少しだけロジカルな考え方とやらも身に付けるべきか。前を走るウマ娘のフェイントに翻弄されながらも、そんなことを考えられる程度にはミスターシービーは落ち着いていた。

 

 だが、冷静さを取り戻したからといって状況が悪いことには変わらない。不自然なリズムの乱れ、ターフを駆ける蹄鉄の軋み、風に流れて聞こえてくる息づかい。全てに反応できてしまうが故に、ミスターシービーの脳裏には幾つもの可能性が見えてしまうのだ。

 だからといって、全てを無視して大きく外へ動こうものなら勝ち目は無くなる。トレーナーの組んでくれた持久力と加速力を重視したメニューのお陰で随分タフさには磨きがかかったが、フェイントに踊らされたおかげで余計な消耗が大きいのだ。

 違和感の正体に気付くまでの間に繰り返された急加速と急ブレーキが思いの外負担となってしまった。あの性格の悪いトレーナーのことだ、そこまで含めてレースプランを組んだに違いない。

 

 

 いやはや。まさかメイクデビューでいきなり()()()()を引くとは。

 

 

 トレーナーと取り引きをしているウマ娘との対決は楽しみにしていた。担当契約をしていないのだから育成評価など気にしないだろうと期待していたが、早々に彼の教えを受けたウマ娘と走れるとはなんて幸運だろうか。

 

 さて、こうなったからには覚悟を決めるしかない。なにせこの状況は自分の怠慢が招いた結果だ。彼女が私に勝つためのトレーニングをしている間、私は彼女のことなど考えずに自分を鍛えることしかしていなかった。

 彼女のことを卑怯などと言うつもりはない。出走するウマ娘が誰なのか事前に発表されていたのに、情報を活用しなかったのだから自業自得というヤツだろう。

 

 

 勇気を出して……は、ちょっとミスターシービーらしくないかな? そうだね、ここはあえてのいつも通り、好奇心の赴くままに──未知なる道へと踏み込んでしまえッ!! 

 

 

 スリップストリームから抜け出す瞬間の風圧などなにするものか。徹底的に鍛えてきたパワーで大気の壁を抉じ開けて、ひと息でミスターシービーが前に出る。

 観客席は差しウマ娘や追い込みウマ娘が先頭を奪う光景ならではの高揚感に喜んでいるが……当の本人はそれどころではない。まだだ、まだ終わっていない。この勝負には続きがある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 期待と不安を同時に抱いたまま、ゴールまで残り200メートル。このまま押し切れるかと考えたその瞬間。ミスターシービーの背中に、いままで味わったことの無い熱量が叩き付けられた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レースの最中に祈るウマ娘は大勢いる。勝者は常にひとりであり、自分の努力が必ずしも報われるワケではないと知っているが故に。目には見えない誰かに、無条件で信じられるような何かに祈りたくなってしまう。

 

 お願いだから、どうか勝たせて……と。

 

 あるいは、なぜ勝たせてくれないの……と。

 

 それは祈りを捧げるウマ娘の心が特別弱いことを証明しているのではない。どれだけトレーニングを重ねても、どれほどコンディションに気を付けても、レースの最中に自分の隣を誰かが追い抜いていったその瞬間に。自分よりも速いウマ娘がいると思い知らされて尚、勝利を信じて心を強く保てるウマ娘のほうが珍しいだろう。

 

 だから、祈りたくなってもおかしくはない。ミスターシービーに追い抜かれたその瞬間に、自分とは違う、彼女は天才なのだと。やはり努力だけでは勝てないのかと、何処かの誰かに助けを求めて祈ったとしてもおかしくはないのだ。しかし。

 

 

 

 

 

 

 

 

『勝てたらいいな、なんてのは論外だ。勝ちたい、でもまだ足りねェ。オマエの言葉でハッキリと聞かせろ、ミスターシービーに勝ってみせると。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「~~~~ッ!!!!」

 

 レースが始まる前の、トレーナーとの取り引きが。彼の言葉によって引き出された勝利への渇望が、そのウマ娘が祈ること(諦めること)を許さなかった。

 

 そうだ、これは取り引きだ。あのトレーナーはちゃんとミスターシービーに勝つためのトレーニングを組み、ミスターシービーに勝つためのレースプランを組んでくれたのだ。

 

 それを受け取ったのは誰だ?

 

 それを実行したのは誰だ?

 

 アタシだ。アタシが選んだんだ。ミスターシービーに勝ちたくて、天才に勝ちたくて、レースに勝ちたくて、全部アタシがそうしたいと思ったからトレーナーに声をかけたんだ。

 ここでアタシが諦めるのは反則だ。トレーナーはしっかりとトレーナーとしての仕事を果たしたのに、ウマ娘のアタシがウマ娘としての仕事を途中で投げ出すのは反則なのだ。

 

 そもそも、どうして諦める必要がある。

 

 

 ゴールまで()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先頭との差は()()()()()()()()()()()

 

 前を走るのはひとりだけ。ミスターシービーより()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 これだけ勝つための好条件が揃っているのに、どうしてレースを諦めなければならないんだ。ここで諦めたらきっと、アタシは2度と勝つために走れない。メイクデビューで、ウマ娘としての始まりで勝つことを諦めるなんて絶対にイヤだ。それじゃあなんのために苦労して、頑張ってトレセン学園に入学したのかわからないじゃないか。

 

 

 

 

 戦いは、まだ終わっていない。

 

 

 

 

「勝負だシィィビィィィィッ!!!!」

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……ッ!? そうきたかッ! いや、()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 マルゼンスキーの好意的なモノとは違う、トウカイテイオーの挑戦的なモノとも違う、もっと明確な敵意。お前の未来を踏み潰してでも私が勝つのだという強い意志が込められた雄叫びは、完全に立場が逆転したことをミスターシービーに確信させた。

 追い抜かれてパフォーマンスが低下するウマ娘は何人も見てきたが、追い抜かれてパフォーマンスが爆発的に高まるウマ娘の相手をするのは初めてかもしれない。しかも、それが逃げウマ娘だというのだから驚くしかないだろう。

 

 いまの自分はすでに限界速度で走っている。なのに後ろからジリジリと気配が詰め寄ってきているのがよくわかる。こちらの100パーセントを向こうは確実に超えているのだ。

 

 つまり、ここからが正念場というヤツだろう。

 

 

 ゴールまで()()()()()()()()()()()()()()()

 

 後続との差は()()()()()()()()()()()

 

 ゴール板を通過するその瞬間。相手のウマ娘に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 勝てるかどうかわからない、最高に緊張感のあるレース。これほどの勝負をメイクデビューで味わうことができるなんて、自分は本当に幸運なウマ娘だ。この場を整えてくれたトレーナーにも、自分に勝つために挑んでくれているライバルにも、心の底から感謝したいぐらいだ。

 

 

 まぁ、それはそれとして。なんとなく気に入らないからレースが終わったら記念に蹄鉄をトレーナーに叩き付けておこう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ターフの上に立つ勝者。

 

 ターフの上に倒れた敗者。

 

 決着は、決着だけを見れば大方の予想通り。天才と呼ばれたウマ娘が勝利し、挑戦者は善戦惜しくも敗北してメイクデビューは終了した。もっとも、勝者であるミスターシービーも相当な疲労のせいで息が絶え絶えなのだが。

 

 

「楽しかったよ、本当に。また、最高の勝負をしよう」

 

 

 百科事典の“瀕死”のページに見本として掲載できそうなほどグッタリとしたウマ娘にミスターシービーが手を差し伸べる。最初は素直に助けを受け入れようとしたウマ娘だが、なにを思ったのかそれを拒み、情けない掛け声をあげながら無理やり立ち上がった。

 

 

「次は……アタシが、勝つ……ッ!」

 

 

 それは残された最後の意地であった。まだ早い、これから何度も挑むことになるのだから、その手を握り返すのは後回しでいい。ついでに、負けたのに清々しい気分なのが腹立たしいので八つ当たりの意味合いも含めての勝利宣言である。

 

 新たなスターウマ娘と、そのライバルの誕生に観客席が拍手で賑わっていた。少なくとも、今日のレースを見たファンたちは彼女のことを決して“脇役”などとは思わないだろう。

 

 

 ただ。

 

 

 そんなふたりを眩しそうに、羨ましそうに眺めるウマ娘たちのことがファンたちの記憶に残されているのかは……定かではない。




ぶっちゃけますと、感想でシービーやモブウマ娘が気になるというコメントがなければ、今回の話は全部まとめて500文字ぐらいでサラッと流す予定でした。


続きを投稿する前に、ここまでの本作の世界観についてサクッと説明する予定です。
説明のための文章をストーリーに盛り込むのが面倒で読み手の想像力に全力でブン投げるという二次創作にあるまじきスタイルで書いていますが、どうしても気になる人向けにせっかくなので書いてみることにしました。

ただ、設定のベースはだいたいアプリ版のイベントを自分なりに解釈したもので構成していますので、もしかしたらアプリのネタバレが含まれるかもしれません。
読まずに飛ばすか、諦めて閲覧するか、投稿までに全ての育成キャラとサポカのガチャを回すかの判断は読者の皆様にお任せします。


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☆主な世界観の傾向と対策☆

このページを閲覧しているということは……。

(前回の後書きの警告に)同意と見てよろしいですねッ!?


 

 Q,この世界はアニメ基準? アプリ基準? 

 

 A,基本はアプリ。

 

 何故ならアプリだと手軽に起動してイベントや設定の確認ができるから。決して灰被り姫たちが牙剥き出しでバチバチやってる世界線ではない。

 

 

 Q,沖野Tや葵Tは登場する? 

 

 A,しない。

 

 本作のスタイルの問題で、さじ加減を間違えると賢さGの勘違いを持て囃す太鼓持ちのような扱いになりかねないので出したくないというのが本音。

 作者側が大丈夫だろうと思った表現でも読者側がどう受け取るかなんてわからないのだから、最初から登場させないほうがお互いにストレスがなくてよいかと。

 

 

 Q,トレセン学園からブラックの香りが……。

 

 A,立場が違えば見方も変わる。

 

 アプリのトレーナーだって第3者から見たらヤベー奴認定されてそうなのがチラホラいるし、多少はね? トレーナーとして優秀かどうかとウマ娘に好かれるかは別問題。

 ただメジロドーベルのトレーナーとトーセンジョーダンのトレーナーはすごく……すごい優秀扱いされてそうです! 

 

 

 Q,トレセン学園はトレーナー不足? 

 

 A,モチのロン。

 

 トレーナーの数が不足していないトレセン学園なんて、カツの乗ってないカツカレーみたいなものよ! つまりそれは普通のカレーなのでちゃんと食べられるので何も問題ありませんね。私たぶん例え話ヘタクソかもしれません。

 真面目な話をするとメンタルやられて辞めていくトレーナーも多いんじゃないかと。アイネスフウジンのストーリー冒頭で新人トレーナーが怪我して学園を去ることになった担当ウマ娘から「出会わなければよかったのに!」と言われていたので、当事者はもちろんソレを目撃してしまったトレーナーたちもゲ○吐きそうになったりしてるに違いない。

 

 

 Q,担当契約無しでウマ娘と関わるのは……。

 

 A,大丈夫だ、問題ない。

 

 複数のキャラクターストーリーで“とりあえずトレーニング”という描写があるし、いうてトレーナーとウマ娘の相性なんて書類だけじゃあわからないので全然アリでしょう。そもそもサポカのイベントで学園中のウマ娘と交流してるし、そこまでガチガチな規定は存在しないのではないかと。

 ただ、ミホノブルボンのストーリーを見る限り、すでに担当が決まっているウマ娘のトレーニングに干渉する行為はさすがにダメっぽい? 当たり前っちゃ当たり前ですが。

 

 

 Q,契約無しでいれば解雇ルート確定では? 

 

 A,その程度では解雇されないのでは? 

 

 グラスワンダーのストーリーで「何ヵ月も先の選抜レースを待って~」というセリフから、グラストレーナー(仮)は数ヶ月の間はスカウトすらしないで待っていたことになるので、それぐらいの猶予はあるんじゃないかと。

 ついでに、ウマ娘側が新人トレーナーだからという理由でスカウトを断る場面もあるので、半年~1年ぐらいはスカウトできない状況も普通にありそう。だから、ベルちゃんのトレーナーやメインストーリーのトレーナーのような師弟関係っぽい雰囲気を構築する必要があったんですね。

 

 

 Q,トレーナー契約無しで出走してええんか? 

 

 A,その方が話を書きやすいので。

 

 GⅠレースでたまに見かける「お前のトレーナーはなにやってんだ?」みたいなステータスのウマ娘は、実はトレーナー不在説を──いや、それでGⅠ出てんだとしたら、それはそれで充分凄いような……。

 シニア級の有マ記念とか、人気下のほうのウマ娘たちとかもっとステータス高くてもいいと思うんですけどね。

 

 

 Q,ネクタイピンの値段よぅ。

 

 A,ジュニア級の賞金額はたぶん少ない。

 

 オグリキャップの育成イベントで、ぬいぐるみに嫉妬したオグリが「食事代ぐらい自分で稼げるし」と話していることから、レースで賞金は出るものと判断。だって普通のアルバイトとかできなさそうだし……。

 その上で、カワカミプリンセスの育成イベントで、プリファイのDVDを「大人のお値段の~」と戦慄するシーンから、その手の限定グッズを気軽に買えない→金銭感覚はまともなまま→そこまで大金は支払われていないのでは? と予想。そもそも賞金額が大きすぎるとウマ娘同士でトラブルめっちゃ起きそう。

 

 ただ、マルゼンスキーが自力でタッちゃんを購入したと仮定すると、GⅠレースの賞金はかなり高めかと。朝日杯の賞金で購入したものを夏合宿に乗ってきたと考えると自然な流れになってませんね全然。普通にその前にタッちゃん登場しちゃってますね。なんてこったい。もちろん本作では“未所持”という設定でいきます。

 

 

 Q,ウマ娘たちのデビュー時期問題。

 

 A,適当に時空を歪めて対応する予定。

 

 年代だの世代だの気にしすぎると執筆活動そのものが面倒になって風来人としてテーブルマウンテンに登り始めたり錬金術師になってチーズケーキ極めたりしたくなる可能性があるので、リアリティーはオールトの雲めがけてブン投げることにしました。

 そもそも時間の流れを真面目に考え出したらメインストーリーの登場人物たちの年齢がすごくすごいことになるので、ウマ娘的にこの組み合わせならアリかな~ぐらいのノリでいきたいと思います。というか、いきます(断言)

 

 

 Q,恋愛要素! 

 

 A,ないです。

 

 トレーナーとウマ娘のイチャイチャが見たいのであれば、アプリをプレイするのです……。

 

 単純に作者の技量の問題で恋愛要素なんて書けませんね。これが例えば『ウマ娘に転生したことで股間のトロフィー(直喩)が消失したことを嘆くオッサンがメジロ家に復讐するために走っていると勘違いされて周囲を曇らせる話』とか『明智光秀がウマ娘たちの自由な走りと主君の名誉のために本能寺で全力うまぴょい伝説を披露した結果織田信長を引退させた話』みたいな普通のテーマなら書けると思います。

 

 

 

 とりあえずこんなところで。

 

 続きはある程度ネタがまとまってから、次の登場ウマ娘候補はスプリンターの長距離を走りたがっている方とスプリンターの長距離に挑戦したがっている方になります。

 

 

※追記

 

 真っ赤な車は父親のお古だそうです。

 

 ストーリー系統ばかり確認しててプロフィール見てませんでした。教えて下さった方に感謝。マルゼンスキーがタッちゃんを買いにいく話も考えていましたが、せっかくなら公式設定に大事にしたいし……どうしたものか。うーん。



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とりから。

おまたせ。

賢さGしかないけど、いいかな?


 貴方はウマ娘が見た目と違って桁違いの健啖家であることを知っています。

 

 いまこそチート能力を悪用することで己のキャラクター性を強固にするとき。そう考えた貴方は母親に教えてもらった実家の唐揚げレシピを完璧に頭に叩き込み、最大まで強化した観察眼で下味を付けた鶏肉を無限の体力を用いて丁寧に揉み続けました。

 

 

「んん~♪ これはとっても美味しいですね~。トレーナーさんのお母さんはと~ってもお料理が上手だったんですね~。あの、もしよろしければレシピを教えていただいてもいいですか?」

 

 油で揚げる作業はアイネスフウジンが気を利かせてトレセン学園で一番おふくろの味が似合うウマ娘を助っ人に連れてきてくれたおかげで順調に進みました。

 貴方はとある芦毛のウマ娘が現れて唐揚げを食べ尽くしてしまうことを警戒しましたが、どうやらまだトレセン学園には在籍していないようです。

 

 そういえば地方からの転入だったかもしれないという情報を思い出し、キャベツの千切りを量産する作業に戻る貴方でしたが──サイレンススズカの隣でヨダレを垂らしている未来のけっぱり総大将の姿を確認し、とりあえず食べ残しの心配は不要だなと超高速でキャベツをシャカシャカするのでした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 香ばしい香りに釣られてやってきたウマ娘が大勢いたために図らずも青空の下での食事会になってしまいましたが、唐揚げの味は好評でした。

 しかし、中には難しい顔をしたままモグモグしているウマ娘の姿も見えます。トウカイテイオーなど、何人かのウマ娘はとても真剣な表情で唐揚げを見つめています。ひと口食べる度に頬が緩んでいるので、味付けが気に入らないワケではないのでしょう。

 

「んー。テイオーちゃんもね、きっとイロイロ考えてるんだよ。……えっとね、うっかり隠し味のショウガをおもいっきり噛んじゃったりしたら、誰だってビックリするでしょ? それとおんなじ。だから、トレーナーちゃんはいつも通りで大丈夫☆」

 

 なるほど、すりおろしたショウガの塊が当たってしまうことを警戒しているのか。なら次の機会があれば、下拵えに使うニンニクとショウガは全て丁寧に裏ごしすることにしよう。貴方は密かに誓いを立て、ウマ娘のためにひたすら茶碗にご飯を盛り付ける作業に集中します。

 

 

 用意した唐揚げのカラコルム山脈が半分ほど採掘され、比較的食の細いウマ娘たちが練習に向かい始めたとき。

 

「こんにちは。貴方が噂の新人君ね。私の担当の子たちにもその美味しそうな唐揚げ、分けてもらってもいいかしら?」

 

 育成評価『A』のトレーナーバッジを身に付けた女性トレーナーが現れました。その後ろには貴方もよく知るふたりのウマ娘“サクラバクシンオー”と“ミホノブルボン”が並んで──食卓のほうをチラチラ見ています。

 

 貴方としては、本音では断りたいところです。育成評価はもちろんですが、このふたりが担当として認めたトレーナーであれば人格面も相当優秀に決まっている。そんなトレーナーに万が一でも、ほんのわずかでもプラス評価をされようものなら追放計画に遅れが出てしまうかもしれない。

 油断も慢心もしないチート転生者という自己評価を信じて疑わない貴方はどうしたものかと悩みますが、ここでとある大事なことを思い出しました。そう、信頼や評価というものは、獲得するのには苦労するが失うときは一瞬であると。

 

 貴方は女性トレーナーとサクラバクシンオー、ミホノブルボンを受け入れます。ここで多少評価されたところで計画に支障は出ないでしょうし、唐揚げが美味しかったとして、それがトレーナーとしてのなんの評価に繋がるものか。全ては1度の悪役ムーヴで簡単に帳消しにできるのでなにも問題はないと判断したようです。

 

 

「ありがとう、ごちそうになるわね。それと、私もトレーニングのことで貴方と話してみたいと思っていたの。ただ、その前に──その、どうして両方の頬っぺたに湿布薬をはってるのかしら?」

 

 貴方は渾身のドヤ顔で「日頃の行いと努力が実った証だ」と答えます。それを聞いたミスターシービーほか何人ものウマ娘が勢いよくキャベツを噴出してむせるほど笑っていますが、貴方はなにも気にすることなくウーロン茶をコップに注ぐ作業を続けていました。




season2ではウマ娘以外の視点も増やす予定。

理事長とか漢字の書かれた扇子持ってる子とか頭の上でネコを飼ってるお嬢さんとか正体がノーザングランブレードかもしれないキャラクターとか気になっている読者の方もいそうなので。


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おから。

 トレーニングのことで話がしたい。

 

 そう女性トレーナーから言われたとき、貴方はいよいよ追放が始まるのかと内心ウキウキでした。

 効果はともかく、奇抜なトレーニングをウマ娘たちにアドバイスしていたことはさすがの貴方も自覚していたので、ついにA級トレーナーが直々に釘を刺しに来たのかと喜んでいたのですが……。

 

 

「私の担当──サクラバクシンオーとミホノブルボンのトレーニングについてアドバイスが欲しいの。ふたりともスプリンターとして素晴らしい素質を持っているんだけど、目標レースが中・長距離でね。キミ、なかなか愉快な方法で脚質改善をしているようじゃない?」

 

 

 女性トレーナーの言葉を聞いた瞬間、貴方の中で賑わっていた浮かれ気分は一瞬で消し飛びました。

 

 これは不味い。少なくとも多数のウマ娘たちがいるこの場で会話を続けることだけは絶対に不味いのだ。貴方はトレーニングの話であればルームのほうが話しやすいと提案し、時間稼ぎも兼ねてとにかく場所を変えることにしたようです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 貴方の作った唐揚げに一番合う調味料についてウマ娘たちがヒートアップしていたので、お行儀が悪いからほどほどにするようにとだけ言い残してルームに移動しましたが……状況は悪化こそ防げたものの、改善はしていません。

 とりあえずコーヒーを出してから詳しい話を聞きましたが、担当であるサクラバクシンオーとミホノブルボンの脚質改善の手伝いを頼みたいとのこと。ウマ娘を適性通りに育てるためのノウハウには自信があるが、そうでない育成方法──スプリンターやマイラーをミドル以上の距離で走らせる方法についてはお手上げなのだそうです。

 

「貴方はかなりの人数のウマ娘たちのトレーニングを指導……いえ、手伝っているでしょう? メイクデビュー、楽しませてもらったわ。残念ながら一着になれたウマ娘はほとんどいなかったけれど、将来性を感じさせる──いえ、正直に言うわ。とてもワクワクするレースばかりだった。で、そんなレースを見事演出してみせた貴方の知恵を借りることができれば、バクシンオーもブルボンも限界を超えられるんじゃないかと思ったワケね」

 

 ポーカーフェイスを保つ貴方ですが、背中はすでに冷や汗でびっしょりと濡れています。

 

 担当契約をしていないのだからウマ娘がどれだけ活躍しようとも無関係を貫けると思っていましたが、このような勘違いを起こすトレーナーが現れる可能性を全く考えていなかったのです。

 これは危険な流れだ。貴方はすぐに女性トレーナーの誤解を正さねばなりません。なにか効果的な説得材料は無いものかと考えたとき、貴方はあのウマ娘との取り引き内容について思い出すことに成功しました。

 

 そう、メイクデビューに挑んだウマ娘たちは全員が勝ちたいという願いを胸に出走してるのです。ふたりほど例外がいたものの、貴方がアドバイスをしていたソロデビュー組のウマ娘たちは、ほぼ全員が担当契約をしているウマ娘たちに負けているのです。

 貴方は女性トレーナーに淡々とした口調で言い返します。彼女たちはレースに勝てなかった、ならば自分はトレーナーとしての役割は果たせていないことに他ならない。なによりも、ウマ娘たちの努力を自分の手柄のように扱われるのは不愉快だ……と。

 

 これでいい。ここまでわかりやすくハッキリと事実を伝えれば、この女性トレーナーも正気を取り戻して申し出を取り下げるだろう。貴方はこれで問題は解決だなとコーヒーに手を伸ばそうとしましたが──。

 

 

「なら何も問題は無いわね! だってバクシンオーとブルボンのことで責任を持つのは私だもの。担当でないキミには関係ないでしょう? キミのアドバイスをどう活用するのかは全部私の判断。お手柄も私が独り占めね。これならキミも心置きなく口出しできるから問題無し! と、いうことで脚質改善の協力……よろしくね♪」

 

 

 この返しには貴方も戦慄を覚えずにはいられなかったようです。ここまで見当違いの思い込みを正しいものとして行動できるものなのかと。

 ですが、同時に納得できることもあります。これならばサクラバクシンオーとミホノブルボンの夢を応援することにも躊躇うことなどないだろうな……と、貴方は素直に感心しているようです。

 

 説得は諦めた貴方ですが、せめて守銭奴としてのラインだけは守らせて貰おうと手伝いではなく取り引きという形に話を持っていきました。まずはふたりの走りがどれほどのものか確認してから、そしてアドバイスをするだけの価値があれば条件付きで引き受けよう。

 女性トレーナーは貴方の提案を承諾しました。時間稼ぎには成功しているが危機的状況はまだまだ続いているということだけは何故か正しく認識できている貴方は苦虫を噛み潰したような表情を必死で隠している様子。次回までにこの女性トレーナーからの評価を落とすための作戦を完成させなければならないので当然でしょう。

 

 

 ──チート転生者である自分をこうも焦らせるとは。なるほど、面白い。これが本物のトレーナーか。

 

 

 ……どうやら追い詰められる悪役の気分を味わえていることで、貴方は少しだけテンションが上がっているようです。



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だから。

「……それであたしに声をかけてくれた、と。可愛い後輩ちゃんたちのために走るのは全然いいんだけど、長距離が目標ならマヤちゃんのほうが適任じゃないかしら?」

 

 

 貴方は現在、サクラバクシンオーとミホノブルボンの走りを見るためにターフにいます。併走の相手としてマルゼンスキーを『取り引きの報酬』という形で呼び出し、これからマイルの距離で競わせるようです。

 ちなみに場所はウマ娘たちの間では貴方のホームとして認識されつつある第9レース場。早めに使いたいとスタッフに相談したときに「なにか特別な練習でもするんですか?」という質問に対し、貴方は迂闊にも「ウマ娘がふたりほど、夢のために限界に挑むだけですよ」と答えてしまったため、ターフもダートも輝かんばかりに手入れがされています。

 

 

「あの~、トレーナーさん。私やブルボンさんの目標は日本ダービーや有マ記念でして、その。マルゼン先輩が得意となされている距離はマイル……ですよね?」

 

「プランの変更を希望します。マルゼンスキーさんに不満があるワケではありませんが、併走トレーニングを実行するのであれば中・長距離の適性を持つウマ娘と行うのが適切であると判断します」

 

 脚質改善のためのトレーニングと言われたにも関わらず マイルの距離を走らされる。当然サクラバクシンオーとミホノブルボンは不満を貴方にぶつけます。

 

 もちろんこの展開は貴方も想定済みです。彼女たちの主張を受け止めた上で貴方は「得意とする距離ですら腑抜けた走りをするようではアドバイスをしても意味がない」とふたりを煽りました。

 当然、貴方の言葉は効果抜群です。そこまで言うなら見せてやろうじゃないかとふたりはやる気に──サクラバクシンオーに比べてミホノブルボンのほうは少しわかりにくいですが、とにかく気合いは充分といったところ。

 

 挑戦者ふたりの用意は整いました。次はマルゼンスキーを本気で走らせるための準備をしなくてはなりません。

 

 走ることが好きなマルゼンスキーも、今回ばかりは今一つ乗り気ではないようです。本格化が進行してぐんぐん能力が伸びている自分と違い、ふたりはまだまだこれから成長が始まる段階なのですから仕方のないことでしょう。

 後輩思いのマルゼンスキーならば、おそらく今回の併走でふたりが“折れる”可能性も考えているはず。もしかしたらわざと手抜きをするかもしれない。

 

 ですが貴方には、取り引きという強力な手札があるので問題ありません。困り顔のマルゼンスキーに向かって「手を抜こうなどと考えるな」と釘を刺すようです。貴方のほうへ振り向いたマルゼンスキーが驚いた表情をしているのを見て、やはり後輩へ手心を加えるつもりだったかと確信を得た貴方は、さらに強い言葉を選んで静かに語り始めました。

 

 

 ──あのふたりの挑戦を憐れむことは許さない。彼女たちは覚悟と共にターフの上にいるのだから手加減など許されない。本気の走りで、本気のマルゼンスキーで完膚なきまでに勝て。これは命令だ。

 

 

 無言のまま、マルゼンスキーはスタート位置へと向かいました。それを見送る貴方は心の中で思う存分一着のポーズで盛り上がっています。

 

 マルゼンスキーの性格からして約束ごとを蔑ろにする可能性などゼロである。感情がどうであろうと本気で走るだろう。それだけでも評価は大暴落するところに、命令という単語をあえて使うことにより、自由を好む彼女はさらに自分を軽蔑するのは確実だ。

 なによりも素晴らしいのは、トレーナーからの命令という事実があることで、なにかトラブルが起こったとしてもマルゼンスキーには責任が全く発生しないことだ。何故ならば命令とは実行者ではなく与えた側が責任を取るものだからだ。

 

 サクラバクシンオーとミホノブルボンには無謀極まりない勝負の強要を、マルゼンスキーには高圧的な命令を。ククク、周囲のウマ娘と依頼人である女性トレーナーから緊張感のある視線が突き刺さるのを感じる。追放狙いの自分にとっては森のノクターンのように心地好い……ッ! 

 

 

 可能であれば周囲の反応を確認しつつ、さらなる煽りで好感度をマイナス方向に稼ぎたいところです。しかし、これからふたりの走りを見てトレーニングプランを組み立てなければならない貴方にはそんな余裕などありません。

 

 キングヘイローとハルウララは貴方と直接取り引きをしていますので、追放されるまでは臨機応変にトレーニングを切り替えることが可能です。

 しかし、サクラバクシンオーとミホノブルボンはあくまで女性トレーナーの担当なので、真の意味で高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変なプランを提案しなければなりません。育成評価『G』トレーナーの貴方とは違い、女性トレーナーは学園の施設利用でも多くの権限を与えられているので選択肢も膨大であり、チート能力の補助を最大稼働しても苦戦は必至でしょう。

 

 あのふたりであれば、マルゼンスキー相手でも折れたり諦めたりすることは無いと貴方は信じています。ですが、どれだけメンタルが強靭でもスタミナにはどうしても限界が存在しますので、彼女たちが倒れてしまう前に情報収集を完遂しなければなりません。

 普段の貴方もアップルパイとハッブル宇宙望遠鏡の違いを瞬時に4ヶ所は指摘できる素晴らしい洞察力をもっていますが、今回はタイムリミットもあるのでチート能力に素直に頼るようです。筋繊維の動きひとつまで完璧に記憶に刻み込み、夢に挑むふたりのウマ娘が存分に走れるよう背中を押してあげましょう!




十時間程度のズレなんて、天の川銀河の歴史から見れば誤差だよ誤差。


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ポカリ。

 貴方の手元にはいま、4つのトレーニングプランがあります。

 

 ひとつは、ミホノブルボンのための“クラシック三冠ウマ娘を目指す”脚質改善プランです。実績をもとに脚質のステータスが割り振られたであろうゲームとは違い、かなりマイルに偏った適性でしたが、可能性としては充分に三冠ウマ娘は狙えます。

 デビューまでに脚質がどの程度強化できるかは結局のところ女性トレーナー次第ではありますが、夏の合宿を挟むことができるので上手く噛み合えば菊花賞も全力で逃げきれるような仕上がりが期待できるでしょう。

 

 問題はサクラバクシンオー向けに制作したふたつのプランのほうです。モデルの馬が『短距離では勝つべきレースが無くなったから引退した』と言われただけあって、適性通りスプリンターとして鍛えれば最強と呼ぶに相応しいウマ娘になれるでしょう。

 ですが、彼女が目標を達成できるようにと考えた場合『芝の適性があるだけハルウララよりはマシ』というレベルなのが貴方の頭を悩ませたようです。結果、完成した脚質改善プランは“中距離と長距離のどちらかひとつに的を絞ったもの”と“リスクは高いがクラシック三冠路線を走るもの”と対照的な物になりました。

 

 追放だけを考えるのであれば三冠路線が確実でしょう。トリプルティアラならばまだしも、長距離を含むクラシック三冠ウマ娘を目指すトレーニングをスプリンターにさせるのですから、少なくともサクラバクシンオー以外からは大きなヘイトを稼げます。ハルウララの有マ記念チャレンジと合わせて、学園のほぼ全てのトレーナーを敵に回せると貴方は計算しているようです。

 しかし、その代償として本来の彼女の持ち味が活かせなくなる可能性が出てきてしまったのです。前世から続くウマ娘ファンの貴方としては、サクラバクシンオーには是非とも二大スプリント覇者を、可能であれば二大マイルも制覇するところを見たい。そう思っているのですっかり困ってしまいました。

 

 

 

 そんな悩む貴方の頭にとある紳士の言葉が舞い降りました。そう“逆に考えるんだ、両方渡しちゃえばいいさ”と。

 

 

 

 依頼主はサクラバクシンオー本人ではなく育成評価『A』のトレーナー。GⅠウマ娘を育てた実績の持ち主なのだから、自分よりもずっと上手にウマ娘を育てられるだろう。

 なにより、依頼内容はあくまで脚質改善の手伝いであるのだから、担当ウマ娘のレースプランまで口出しするのは女性トレーナーの仕事を侮辱する行為に等しい。追放のために自分が扱き下ろされるのは望むところだが、ほかのトレーナーの面子を潰すようなマネは慎まなければならない。

 

 サクラバクシンオーとミホノブルボンとの付き合いがどの程度の長さなのかは不明だが、育成も人間性も最低評価の自分に助言を求めに来るぐらいなのだ。かなりの強い信頼関係が成立しているはず。

 ウマ娘の能力を最大に引き出すものはトレーナーとの絆である……といった情報をどこかで聞いた覚えのある貴方は、心配するだけ時間の無駄であると手早く書類をまとめました。

 

 

 スッキリした表情の貴方の手元に最後に残ったのは、とあるウマ娘のために組んだ特別なトレーニングプランがひとつ。

 取り引きとは無関係ですが、ウマ娘を知るものであればある意味重要なトレーニングプランです。貴方はそれを手にして目的地へと移動を始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、トレーナーじゃない。あなたがわざわざルームから出てくるなんて、どんな気まぐれなのかしら? それで、このキングにいったいなんの用事があって……へ? スペシャルウィークさんにその特別トレーニングメニューを渡してほしい? あら、いつの間にそんな取り引きを──はぁ? ……あぁ、うん。そうね、うん……。確かにその、だいぶ下半身というか、お腹周りが……ね。重心が安定し過ぎているシルエットに……。ま、まぁ、それだけあなたの唐揚げが美味しかったということよね! …………。えぇ、任せてちょうだい。協力してくれるウマ娘には心当たりがあるわ。必ずこのダイエッん゛ん゛ッ 特別トレーニングメニューを実行させるから安心なさい……」




次回は一部トレーナーたちの視点です。


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『うまぐるひ』

答え合わせの時間。


 

「……う~ん。あと2年、いや1年早く彼がトレーナーになってくれてたら、あの子も秋まで走れたのかしら」

 

 クールダウンのストレッチをするハルウララを見ながら、ひとりの女性トレーナーが誰に言うわけでもなく静かに呟いていた。

 

 相変わらず模擬レースの成績は最下位だった。しかし、かつては一人旅と形容されるほど集団から大差で離されていたはずが、いまでは七バ身ほどの差で食い付いている。少しずつではあるが、確かに脚質が芝に適応し始めているのだ。

 大きく差を付けられて負けていることに変わりはなく、変化と成長に気が付いているトレーナーはまだ少ない。だが、脚質の限界に屈して悔しい思いをしたことのあるトレーナーやウマ娘はまず間違いなく気が付いているだろう。

 

 春のレースを最後に引退した、女性トレーナーの担当ウマ娘もまた、脚質が理由でなにかと苦労の絶えないレース生活を送っていたウマ娘だった。

 滅多に現れない純度の高いステイヤーで、模擬レースや選抜レースはもちろんのこと、メイクデビューからクラシック級の半ばまで成績が奮わなかったのだ。ようやく長距離に本格的に挑めるようになったと思えば「中距離ですら苦戦しているウマ娘を長距離に出走されるのは如何なものか」と()()()()()()が寄せられてきた。

 それでもシニア級の1年目でコツコツと勝利を重ね、今年の春の天皇賞で見事GⅠウマ娘の栄光を勝ち取ったのだ。これで満足して引退できると発表したら、今度は「なぜ秋の天皇賞を走らせないのか。長距離で結果を出したのだから中距離でも勝てるだろう」という()()()()()()()()()が届いたのだ。

 

 メディアの協力とファンの存在あってこそのレースだがトレーナーとて人間である。世間体を気にすることなく心置きなくお気持ち表明ができたなら、さぞや心地よいだろうなと何度思ったかわからない。

 

 

「データ、欲しいわね……。交渉してみる? でも、それにはウマ娘の協力が必要だし……。う~ん、悩ましいわぁ~」

 

 おそらく、いや確実に。協力してくれるウマ娘はすぐに見つかるだろう。全ては女性トレーナーの気持ちの問題である。担当ウマ娘のデータを得るための被験体として扱うことを受け入れることができるのであれば、あの青年との取り引きも不可能ではないと頭ではわかっている。

 そういう意味では、トレーナーよりウマ娘のほうが精神面ではタフなのかもしれない。脚質の壁を超える代償が大きくとも、それを承知で可能性に挑むことを躊躇わないウマ娘は大勢いるだろう。だが、どれだけ僅かであろうとも、危険を承知でトレーニングを施せるトレーナーはそうそういないのだから。

 

 

 

 

「失礼します。お時間、よろしいでしょうか?」

 

 

 

 

「貴女は……ミホノブルボン? 私になにか用かしら?」

 

「はい。先ほど、データ収集のためにウマ娘の協力を必要としていると仰っているのが聞こえましたので。脚質改善は私の“夢”にとっても必要なことですので、共同ミッションの提案を」

 

「なるほど。たしかにそれは私にとっても魅力的な提案ね。でも、それなら彼と直接“取り引き”をしたほうが効率的じゃないかしら」

 

「……父が、言っていました。レースはトレーナーとウマ娘が協力して挑戦するものだと。シービーさんやマルゼンスキーさんとは異なり、私がクラシック三冠ウマ娘を達成するためには、担当トレーナーのサポートが必須であると判断しました」

 

 

 なるほど、ミホノブルボンも()()()()か。見た目では感情の起伏に乏しいようでも、中身のほうは機械的に効率を求めるタイプではなかったらしい。

 

 件のトレーナーは頑なに担当契約を結ぼうとはしない。それが原因で、彼のトレセン学園内での評価は面白いほどバラバラになっている。トレーナーとウマ娘との関係性に理想を抱いているような者は、彼のような曖昧な立場で指導を続けていることをあまり良く思っていないのだ。

 

 全てのウマ娘の幸福を目指す生徒会長シンボリルドルフ、レースに向ける情熱やトレーナーへの強い期待を抱いている理事長秘書の駿川たづな、そのほかウマ娘が担当トレーナー不在のままトゥインクル・シリーズに挑むことに否定的な者たち。99の美点よりも1の欠点が目立ってしまうように、彼がウマ娘たちの支えになっていることは認めつつも、感情的な部分で受け入れるのに苦労しているのだろう。

 

 さてどうしたものか。ミホノブルボンの提案を受けるということは、彼女と担当契約を結ぶことと同じである。

 

 いわゆる“逆スカウト”というものだが、なにせマイルのウマ娘がクラシック三冠ウマ娘を目指そうというのだから育成難易度はかなり高い。というかそんなノウハウや経験など自分はサッパリである。

 適性に合わない距離を走らせてトラブルが起きればメディアは大喜びで食い付くのが簡単に想像できる。自分のトレーナーとしてのキャリアに傷がつくのは別にどうということもないが、ミホノブルボンのほうは確実に厄介なことになるかもしれない。無理をさせるなんて可哀想だという“世論”が、彼女からクラシック三冠に挑む権利を奪うことになる未来も有り得るのだ。

 

 ここは慎重に検討に検討を重ねて答えるべき場面だが──。

 

 

「いいわ。担当契約に必要な書類を用意しておくから、あとで一緒に彼に会いにいきましょ♪」

 

 

 冷静なふりを装ったところでトレーナーという生き物の本能には逆らえない。目の前のウマ娘の可能性を見てみたいという欲望に抗うには、彼女は少しばかりトレーナーでありすぎた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 道中、また生徒会の仕事をサボろうとしたのか「肉が私を呼んでいる」と、いつにも増して適当な言い訳をしているナリタブライアンを連行するエアグルーヴとすれ違いつつ彼のトレーナールームへ向かう途中のこと。

 

「えっと、その、ブルボン?」

 

「はい、なんでしょうかマスター」

 

「マスターて。あぁ、いいえ、私の呼び方は貴女の好きにしてくれて全然いいんだけれど、その。……そちらのウマ娘さんは」

 

「はいッ! サクラバクシンオーですッ!!」

 

「えぇ、知ってるわ。イロイロ有名だもの。うん、そうじゃない。そうじゃないの。自己紹介をしてほしいワケじゃなくて、どうして貴女もここにいるのかを聞きたいの」

 

「ブルボンさんから聞きました! トレーナーさんがダービーや有マ記念を走れるスプリンターを必要としていると! そう、実は……まさに私こそがトレーナーさんが求めているウマ娘なのですッ! つまり! この出会いは運命ということですのでご安心くださいッ!!」

 

 ミホノブルボン曰く「ただ普通に説明しただけ」らしいが、いったいどんな説明をしたらこうなるのか。そこまで大きく間違ってはいないのだが、明らかに認識がずれているのは確実だろう。

 雰囲気的に断れる状況ではない。真面目で一生懸命だが性格の部分でプラス方向に問題のある癖ウマ娘をふたり同時に担当するのか、考えるだけで頭を抱える未来の自分が想像できる。いったいなにをご安心すればいいんだ私は。

 

「……書類は、用意しておくから。あとで私のルームに取りに来てね」

 

 顔を合わせた時点で悩んでも解決できる段階は過ぎてしまったようなので、その場で女性トレーナーは深く考えることをやめた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「レースの結果はウマ娘たちのものです。たしかに私も少しだけトレーニングを手伝いはしましたが、それだけです。彼女たちの努力を私の成果のように言われるのは面白くありませんし、好みでもありません」

 

 後輩らしく丁寧な言葉遣いと態度、しかしまっすぐこちらに向けた視線には明確な“不快”の感情が見えていた。

 

 女性トレーナーが話題に選んだのはメイクデビューのウマ娘たちの様子についてであった。勝利したウマ娘のように喜ぶのではなく、かといって負けてしまったほかのウマ娘たちのように落ち込むのでもない。静かに次に向けて闘志を燃やすウマ娘たちの姿は、メイクデビューを見に行ったトレーナーの間ではちょっとした話題になっている。

 大抵のウマ娘はレースに負けたときに“負けた”という結果だけを見て反省するものだ。今回のメイクデビューに出走していた一部のウマ娘たちのように、負けても尚自分の成長という手応えを感じて満足そうにコースを去る姿はそうそう見られるものではない。

 

 彼女たちの事実上のトレーナーが目の前の青年であることはもちろん知っていた。契約無しで単独出走するウマ娘たちのことは心配半分期待半分くらいで気にかけていたが、勝っても負けてもウマ娘たちが楽しそうにしている様子は見ているだけでトレーナーとして満たされるものがあった。だからこそ話題に選んだのだが……どうやら自分は迂闊にも彼の聖域に踏み込みかけたらしい。

 

 女性トレーナーの背中に冷たい感触が流れる。この感覚は知っている、育成評価『S』の化け物たちと相対したときと同じ感覚だ。他人の評価など無価値、己の信念に従いウマ娘たちを育てることのみが“是”である。

 なるほど、これなら納得だ。担当外のウマ娘たちのトレーニングを監督するという()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にも躊躇う理由はないのだろう。なにせウマ娘たちがレースで全力で走れるようにする、ただそれだけにしか興味が無いのだから。

 

 これは頭を切り替えなければならない。経験上、こうした手合いには下手に出ても逆効果。むしろ傲慢に、自己中心的に、自分の担当ウマ娘のためにお前を利用するのだというぐらいの気概をみせなければ相手にされないだろう。

 アドバイスを求めておきながら非常識な頼み方をしなければならないのは、どうにも気持ちのおさまりが悪いのだが……ミホノブルボンの提案を受け入れた時点でゲートは開かれたのだ。あとは兎にも角にも前に走るしかない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ほら、ペース守ってッ! ブルボン、ギアを上げるのはまだ早いわよッ! バクシンオーは……気合いと根性で食らい付きなさいッ!」

 

「──了解ッ!」

 

「バク……シィィン……ッ!!」

 

 ある意味、予想通り。自分がミホノブルボンとサクラバクシンオーの担当となり適性外のレースに挑ませるという話はあっという間に広まった。そもそも口止めする気などないし、普通に同僚に話したのだから当たり前なのだが。

 あの青年と違い後ろ指を指されて笑われることがないのは、自分がGⅠレースでいくつかの結果を残しているからだろう。冠を頂くウマ娘はバラバラだが、一応皐月と菊、春の天皇賞と安田記念を勝たせた実績がある。

 

 それでもウマ娘に無茶をさせているという事実は変わらないはずだが、肩書きひとつでここまで対応が変わるのだから面白いというべきか、それとも下らないと呆れるべきなのか難しいところだ。

 

 

「それにしても、なんというか……まともなプランを提案されちゃったわね。これはこれで皮肉が利いてて面白いけど」

 

 

 用意された脚質改善メニューは、ひと言で表現するなら『じっくり丁寧に』といった内容だった。成果が目に見えなくとも根気強く成長できると信じて、当たり前のようにステイヤーのための練習を加減しながら続けるだけ。

 たったそれだけのことだが、ベテランと呼ばれるトレーナーほど耳が痛い話だろう。脚質の限界を超えるためには無茶なトレーニングをするしかないと思い込んでいたが、それは裏を返せば努力の否定、そしてウマ娘たちの可能性の否定であったのだから。

 

 あの青年はそうではない。渡されたメニューを見れば、彼がサクラバクシンオーもミホノブルボンも、当然のように距離を克服できるものと信じているのがよくわかる。短時間の手合わせで、あのマルゼンスキーとの勝負──勝負? いや、まぁ。同じコースの中を同じスタートの合図で走っていたのだから勝負と言えないこともないはず。ともかくあの併走でふたりの気質というか、真面目で実直な本質の部分を見抜いたのかもしれない。

 ただ、これだけ正攻法に近いプランを組めるにも関わらず、あえて謎のトレーニング方法でウマ娘たちを指導している理由についてはサッパリ見当が付かない。飽き性の対策としてなら効果もあるかもしれないが……。

 

 

「これでトレーニング方法がまともだったら、もっとウマ娘たちが集まっていたかもしれないわね。最新のトレーニング機材には興味無し、ロープスキッピングのような前時代の方法やらサンドバッグの打ち込みやら……やっぱり天才って、見えてるものが違うのかしら?」

 

 

 視界の端っこのほうで中等部のウマ娘が──最大積載量に秀でていそうな体格のウマ娘と、何故かプロレスラーのような覆面をしたウマ娘がやたら緊張感のある様子で座禅しているのも、その後ろでいかにもお淑やかな雰囲気のウマ娘がニコニコと微笑んでいるのも、きっと彼が関わっている不思議なトレーニングなのだろう。多分。




複数のトレーナー視点で書いてはみたものの、自分で読んでいて微妙だったのでひとりに絞りました。欲張ってはいけない(戒め)


続きは焼き肉の似合う夏が本格化したら、次はジュニア王者に関する話になります。


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こどもおうじゃ。

鶏肉とホルモンの焼けたタイミングを知る特殊効果が欲しい今日この頃。

……霊石炭ならあるいは?


 貴方は基本的に季節の行事は大切にしたいタイプです。

 

 なので、学生時代もお盆休みや年末年始などは必ず実家に帰省していました。もちろん不手際によりトレセン学園に就職してしまったいまでもその考えは変わりませんが、貴方は現在こちらで年を越す準備をしています。

 なぜなら、守銭奴アピールのために飼育を始めた熱帯魚を放置して帰るワケにはいかないからです。デビューしたウマ娘たちが賞金で水槽の住民をしれっと増やしていたり、水草の育成に興味を持ったエアグルーヴがニシノフラワーと協力してアクアリウムを進化させたりしてしまったので、それらを管理しなければなりません。

 

 お魚さんに罪はない。小学生の夏休みの自由研究で飼育を始めたザリガニも高校卒業までしっかり面倒を見て天寿を全うする様を見届けた貴方に、ペットを放置するなどという選択肢は当然ながら存在しないでしょう。

 

 

 そんな事情もあり、貴方は年末年始に向けた準備のために商店街を歩いています。快適空間に整えたトレーナールームで真面目にだらけてマイナスアピールを確実にするためにも、時間的余裕を持って早めに環境を整えるつもりのようです。

 今年こそ悲願の日本ウマ娘が勝つところを見ることができるだろうかと、先日行われたジャパンカップの盛り上がりもすっかり一段落しています。残念ながら海外からの招待ウマ娘がセンターを飾る結果となりましたが、それはそれで素直に楽しめているでしょう。冬の生活に、年末年始に向けた広告で、どのお店も賑わっています。

 

 

 シンボリルドルフの七冠にはジャパンカップも含まれていたはず。あるいはその前にミスターシービーが勝つかもしれない。どちらにせよ、三冠ウマ娘の称号を持つウマ娘が念願のジャパンカップ勝利を成し遂げた暁には盛り上がり方がとんでもないことになりそうだ。

 

 

 貴方がそんなことを考えながら商店街を歩いていると、夜間練習で見慣れたとあるウマ娘のグループが買い食いを楽しんでいる姿を発見しました。デビュー後の戦績はぼちぼちといったところですが、ジュニア級のレースでも学生視点ならそれなりの賞金が得られます。量はともかく、気兼ねの無い庶民のグルメを楽しむには充分でしょう。

 日々ウマ娘たちに嫌われるための主観的努力を怠らずに過ごしている貴方ですが、さすがに日常の楽しみを邪魔するつもりはないようです。

 そうでなくとも学生がプライベートの時間を楽しんでいるところに学校関係者が現れるのはお互いに気を遣うことにもなります。急ぐ用事もないことですし、素直に迂回するのが良いでしょう。

 

 

「あ、トレーナーじゃん。なに? トレーナーもたい焼き食べにきたの?」

 

「うんうん、ここのたい焼き美味しいからね! トレーナーくんも食べたくなるよね!」

 

「そういうことならアタシらがおごってやるよ。なーに、たい焼きひとつ、アンタに鍛えてもらって稼いだ金で余裕ってなもんさ」

 

 

 案の定、貴方は無事ウマ娘たちに捕まりました。追放狙いの下衆トレーナーとはいえ立場は立場、腐っても鯛は鯛。さすがにこれどうなのかと貴方は思いましたが、それはつまり、このままウマ娘たちにご馳走になるのは大人として恥ずかしい振る舞いになるのではないかと閃きます。

 都合の良いことに周囲には人の目も多い。そしてここはウマ娘たちもよく活用する商店街。悪い噂は簡単に拡散することを考えれば、これも追放の一手として作用するに違いない。貴方は素直に提案を受け入れ、ウマ娘たちとたい焼きを味わうことにしました。

 

 

 商店街の人々の優しい眼差しにはもちろん気が付かないまま貴方がウマ娘たちと一緒に歩いていると、なにやら広場のほうで人が集まり賑わっているところに遭遇しました。

 どうやらテレビの取材が行われている様子。いわゆる街頭インタビューというものでしょう、年末のレースについてコメントを求めているようです。

 

 売名行為には前世から引き続き一切興味の無い貴方はスルーしようとしましたが、偶然スタッフのひとりと目が合ってしまいます。

 

 レースに関する取材の最中に、トレセン学園のジャージを着たウマ娘を引き連れた、トレーナーバッジを身に付けた成人男性を発見する。取材班の次の行動がどうなるかなど考えるまでもありません。

 すでにウマ娘たちは乗り気です。さすがにテレビの前で普段の悪人ぶりを発揮するワケにはいきません。トレセン学園と、そこで働く真面目なトレーナーたちの名誉を守るために、貴方は無難で平凡なトレーナーを演じる決意を固めました。



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おとなおうじゃ。

 インタビューは当たり障りのないお名前確認から始まりました。

 

 テレビの取材ということでテンションが上がっているウマ娘たちとは違い、貴方は嫌味にならない程度に冷静で丁寧な対応を実行しています。ウマ娘たちとの関係が良好に見えると言われたときも、心の中で「このスタッフの人はなにを言っているのだろう?」と不思議に思いつつも、新人トレーナーとルーキーウマ娘とで少しだけ会話が多いだけですよと軽く流しています。

 そんな貴方とウマ娘の様子から、どうやら取材班のスタッフはインタビューの内容を切り替えることにしたようです。先日のジャパンカップについて道行く人々にコメントを求めていましたが、新人チーム相手にわざわざ負け戦の話題を持ち出すこともないと判断したのでしょう。

 

 インタビューは全年齢対象のほのぼのとした空気のまま淀みなく進みます。途中「普段より言葉遣いが丁寧過ぎて気色悪い」と言い出したひとりのウマ娘の頭の上にポンッと手を置き、工事現場のアルバイトで鍛え上げられた指の力を使い黙らせることでさりげなく心の狭さをアピールしたりなどもしつつ、貴方は穏やかで平凡なトレーナーを無事に演じることに成功しています。

 

 せっかくトレセン学園のトレーナーとウマ娘を捕まえたから、ということもあるのでしょう。自然と話題は年末のレースに関するものへと流れていきました。

 有マ記念の予測などは学園内で先輩後輩の立場的なもので言いにくいかもしれない。新人トレーナーやルーキーウマ娘ではダートの東京大賞典はチョイスとして渋すぎる。スタッフはジュニア王者について貴方たちに取材することにしたようです。

 

 

「そりゃ~モチロン狙いにいくっしょ。ありがたいことに今年のホープフルは出走枠に余裕があるっぽいし、せっかくのGⅠだし」

 

「チャンスがあるなら掴みにいかないとね! 宝くじだって買わなきゃ当たらないんだから、え~と、なんだっけ? 同じアホなら踊らなきゃ損とか、なんかそういうヤツ!」

 

「あんたそれ例えとして普通に色々と失礼だからね? まぁでも、余計なこと考えて悩むよりは、思いきって全力で挑戦するって意味ではあってますけど」

 

「チッチッチ。そうじゃないだろ」

 

「挑戦なんて曖昧な言い方はよくないよ?」

 

「ん? あぁ、そういえばそうだったね」

 

 

 ウマ娘たちから先ほどまでのかしましい雰囲気が消え去り、そのまま真剣な表情でカメラのほうへと顔を向けました。カメラマンも「これは絶対いい画が撮れるヤツだ!」と位置取りを再確認しています。

 いったい何事が始まるのだろう? 疑問に思う貴方のことなどお構い無しに、ウマ娘たちは揃って力強く握りしめた拳を突き出し「勝つのは私だッ!」と、堂々と宣言してみせました。

 

 こちらに向き直り「これでどうよ!」とイタズラが成功した子どものように不敵に笑うウマ娘たちの行動にはさすがの貴方も驚きましたが……同時に感心もしていました。

 

 謙遜ならば誰にでも簡単にできます。あるいは一生懸命に走る、全力で挑む、とにかく頑張るなど曖昧ですが前向きの言葉でやりすごすことも可能だったはずです。

 ですが、目の前のウマ娘たちはハッキリと自分が勝つと言い切りました。それもテレビの取材ですから、当たり前ですがこの映像はお茶の間に流れるのです。まさに背水の陣という表現が相応しい覚悟でしょう。

 

 

 トレーナーのサポートも無しに、ここまで堂々とした姿を見せてくれるとは。なるほど、やはり学生でも一端のアスリートということか。

 あるいは、自分の知らないところで教官なり正当なトレーナーなりにアドバイスを受けたのか。どちらにせよ、これだけの気概をウマ娘たちが持ち合わせることができる環境がトレセン学園にはあるのだから、なんの憂いもなく追放されることができるじゃないか。

 

 

 貴方が余計なことを考えて満足そうに微笑んでいると、今度はこちらにマイクが向けられました。どうやら今年のジュニア王者の誕生について意見を求められているようです。

 いまの貴方は平凡で普通な上に担当ウマ娘もいない残念なトレーナーなので、知恵者のふりをして勿体ぶるような言い回しは必要ないでしょう。

 

 ホープフルステークスはもちろん、阪神ジュベナイルフィリーズや朝日杯フューチュリティステークスの冠をどんなウマ娘が頂くのか、いまから楽しみですと答えたのですが──。

 

 

 

 

「いや、あの。私もマイルはもちろん楽しみですけども、いまはその。中距離の、えー、ジュニア王者についてですね、トレーナーとしてのご意見を伺いたいのですが……」

 

 困惑する取材班の様子を見て、貴方もまた困惑しています。ジュニア王者について聞かれたからこそ3つのジュニア級GⅠについて答えたはずなのに、と。

 なにかおかしなことを言っただろうかと不思議そうにしている貴方の後ろでは、ウマ娘たちが「またなんか始まったぞコイツ」といった様子で楽しそうにしています。

 

 もちろんそんなウマ娘たちのソワソワした姿は貴方には見えていません。




リポーターとレポーター、調べてみたらどちらも正解とのこと。
ちなみに放送局や出版社はリポーターで統一するようにしているのだとか。

とりあえず面倒だったのでスタッフと表現しましたが、今後はなにかこう、なにか考えておきます。


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がんこおうじゃ。

 もともと競馬には詳しくなかった貴方ですが、ウマ娘を通してモデルになった名馬たちの活躍を知ってからは、GⅠレースに勝利することが名誉であることは理解しています。

 だからこそジュニア級で挑戦できる3つのGⅠレースについて話し、誰が勝つのか楽しみだとコメントしたのですが……あまりにも簡潔に表現しすぎたせいで、相手も反応に困っているのでしょう。

 

 これはさすがに自分の不手際だろう。そう考えた貴方はもう少しだけ自分の考えを詳しく説明することにしたようです。

 といっても、特に難しい話をするワケではありません。クラシック三冠ウマ娘を目指すか、トリプルティアラを目指すか、スプリント・マイル路線でスピードの向こう側を目指すか。様々な形の“最強のウマ娘”がここから始まるのだと思うと、トレーナーとしては楽しみで仕方がないのだと話しました。

 

 

「──ッ! なるほど、そういうことでしたか! えぇ、それならわかりますよ。私もいろんなレースを観に行って楽しんでますから。いや~申し訳ありませんね、ほら、中距離のレースって結構特別感が強いじゃないですか。東京優駿、ジャパンカップ、そして世界の凱旋門賞もそうでしょう? トレーナーという立場なら尚更かと思いまして」

 

 言われてみればその通りだと、ようやく貴方は納得したようです。ですが、ここで素直に同意するワケにはいきません。

 

 正直な気持ちとしては、貴方も中距離レースには思い入れがあります。スペシャルウィークやウイニングチケットの日本ダービーはもちろん、秋の天皇賞や宝塚記念など、脚質も目標レースも中距離のウマ娘を何人も繰り返し育てていたからです。

 しかし、いまの貴方はアプリユーザーではなくひとりのウマ娘トレーナー。ここで個人の価値観をテレビで垂れ流して、中央トレセン学園のトレーナーが誤解されるような返答は許されません。貴方は冷静に思考を巡らせ始めました。

 

 平凡で普通のトレーナーならばどうするのが正解か。いや、ここは逆転の発想でいくべきだろう。一流のトレーナーであればGⅠレースの価値を正しく理解し丁寧に扱うはず。ならば自分のような十把一絡げのトレーナーであれば、距離はもちろんグレードも分け隔てなく適当に扱うのが道理か。

 

 

 そう考えた貴方は「特別なレースなどというものはない。そこに本気で走るウマ娘がいるのだから、重要ではないレースなど存在しない」と答えました。

 

 

 周囲の空気が一時的に停止したのを見逃さなかった貴方は、表面上は普段のように飄々としていますが内心では大喜びです。

 

 取材班はもちろん、ウマ娘たちや周囲のお店の店員さんまで貴方の面白味の無い回答に呆れているのがよくわかります。もしかしたら自分のインタビュー部分がまるごとカットされる可能性もありますが、それは貴方としては好都合でしょう。

 撮れ高が無く編集作業が面倒になってしまうことを思うと申し訳ないという気分にもなりますが、これも野望のためと感情を飲み込むことにしたようです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「今日はご協力ありがとうございました。おかげさまでなかなか面白い画が撮れましたよ。もしご迷惑でなければ、友人の取材にもご協力をお願いできますか? 月刊トゥインクルという雑誌は──あぁ、トレーナーさんには説明するまでもなかったですよね、失礼しました。えーと、それでですね、友人が記者をしてまして。多少、情熱が強すぎるところがありますが……必ず、素晴らしい記事を書いてくれるはずです」

 

 何故か機嫌の良いスタッフからの提案に、貴方は時間が合えばと無難な返答をします。どのような記者が取材に来るのかはわかりませんが、いまの貴方は学園での生活がほぼ夜行性になりつつあります。なので、その記者とエンカウントする可能性は限りなくゼロに近いかもしれません。

 

 貴方は買い物を再開することにしました。テレビの取材で気分が高揚しているのか、ウマ娘たちが荷物持ちを手伝ってくれるようです。

 本来ならば遠慮する場面ですが、成人男性が女子学生に力仕事を任せるという構図は悪人ポイントの高い行為。ここはありがたく頼ることにして、商店街をじっくり品定めしながら歩くとしましょう。




また節目に世界観の説明を差し込むべきか、どうしたものか。

説明不足もアレですが、説明過多もアレなのが悩ましいですね。


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へんくつおうじゃ。

 貴方は現在、阪神レース場で開催されるレースを見るために学園のルームでダラダラ過ごしながら待機しています。

 

 時刻は朝の9時。第1レースの未勝利戦からしっかり楽しむために、早めに朝食も済ませ頭もバッチリ目覚めた状態でテレビをつけてコーヒーを飲んでいるところです。

 

 朝日杯フューチュリティステークスに挑戦するマルゼンスキーをはじめ、顔見知りのウマ娘たちが何人か出走しているので直接見に行き仕上がり具合を確かめたいという気持ちはもちろんあります。

 しかし、夜間練習の疲れで集中力が落ちたままでの長距離移動は事故のもとです。公共の交通機関よりも自分の運転で遊びに出たい貴方は安全を優先し、素直に画面越しに応援することにしました。

 

 寛ぐための物資も事前に用意してありますので、すべてのレースが終わるまではお手洗い以外でルームの外に出る必要はありません。

 普段ルームに入り浸っているミスターシービーたちは、マルゼンスキーを応援するために現地に向かうと事前に知らされていたので、貴方は悠々とソファーに寝転んでレースを観戦することができる──はずでした。

 

 

「こ、これは……ッ! お昼寝マイスターであるセイちゃんもびっくり仰天のふかふか具合……ッ! くっ、部屋に置きたいけど置くスペースがないのが悔やまれる……ッ!」

 

「ちょっとスカイさん、ひとりでソファーを使わないでくれるかしら? ……まぁ、気持ちはわかるけれど」

 

「冷蔵庫ん中はフライドポテトに~チキン南蛮と~? おっ、コイツはなんだぁ……って、おいおいトレーナーよ~。なんで焼きうどんなんだよ、焼きそばも用意しとけよ。気遣いのできないトレピッピはモテねーぞー? 仕方ねぇ、アタシがミックスベジタブルを足しといてやるぜ」

 

「トレーナー、はちみーはないの~? まったく、ボクが来るってわかってるんだから、はちみつぐらい用意してくれなぁ~くてもいいや、うん。ナンデモナイヨー。こっちのこれは……お茶? このラベルどこかで見たこと──。やっぱりにんじんジュースにしよっと!」

 

「男の人の冷蔵庫って、もっとジャンクでお肉って感じだと思ってたの。相変わらず栄養バランスもいい感じのラインナップがそろってるの。んー、でもトレーナーの場合は例外って気もするかな~、いろいろと」

 

 

 メイクデビューを果たし使えるお金に余裕があるウマ娘は阪神レース場へ向かいましたが、そうでないウマ娘は快適空間を求めて貴方のルームにやってきました。

 

「マヤわかっちゃった! トレーナーちゃん、これからソファーの数がもっと足りなくなっちゃうよ。だからね~、ゴロゴロできるおっきいのもいいけど、今度はカワイイのがいいと思うな☆」

 

 天才による不吉な予言に頭を抱えそうになる貴方ですが、マヤノトップガンの“わかっちゃった”の的中率の高さは知っています。

 むしろ、諦めて開き直ることができるぶん気楽かもしれないと前向きに考えましょう。

 

 せめてもの意趣返しとして、ソファー選びを手伝うように伝えると「アイ・コピー♪」と元気の良い返事がきました。いい覚悟だ、散々連れ回してやるからせいぜい後悔するんだな。そんなことを考えながらテレビを見ていると、見覚えのある商店街が映っています。どうやら先日のインタビューの様子が放送されているようです。

 内容は実に“無難”といった編集といえるでしょう。ウマ娘たちの覚悟表明はしっかりノーカットで流れていますが、貴方の凡庸なセリフ回しはほぼ全てが無かったことにされています。

 

 概ね想定通りだと貴方は納得していますが、どういうワケかウマ娘たちはこの上なく胡散臭いという雰囲気の視線をこちらに向けているではありませんか。

 まるで「絶対ウソだ、この男がこんな普通なコメントして終わらせてるはずない。間違いなく余計なこと言って編集されたに決まっている。余所行きのまま平和に終わってるワケがない。だって一緒にいるウマ娘たちものごっつニヤニヤしてるし」とでも言いたげです。

 

 普段接点がないセイウンスカイだけが「これはいったい何事なんだ?」と不思議そうにおやつをつまんでいますが、彼女がそちら側のウマ娘になる日もそう遠くはないのかもしれません。




次回は朝日杯と取材スタッフ視点です。


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『苦難を越える追い風を』

答え合わせの時間。


(2……3……4……この差でも喰らいついてくる? 当然よね、GⅠレースだもの。トレーナーくんに言わせるのなら“マイルのジュニア王者”を決めるレースなんだもんね。あんなこと言われて送り出されちゃったんだもの、みんな気合いブリバリになるのも当たり前──ねッ!!)

 

 先行で。

 

 差しで。

 

 追込で。

 

 それぞれの得意とする位置から鋭い気迫が背中に絡み付いてくる。

 

 本人の人柄もあり、普段の生活でマルゼンスキーが敵意を向けられるということはない。なので控え室でミスターシービーが楽しそうに話しているのを聞いていたときは「そんなものか」ぐらいにしか考えていなかった。

 だが、実際に体験してみるとやはり違う。大舞台で逃げウマ娘がなかなか活躍できないのも納得だ。GⅡやGⅢのレースと比べれば、背中にのしかかってくるプレッシャーがまるで違うのだから。これに耐えながら先頭を走り続けるのは、たしかに精神力の消耗も桁違いになるだろう。

 

 

 もっとも、何事にも例外はある。

 

 

「……いいわ。これだけやる気充分なら、遠慮なんていらないわよね? ──さぁ、かっ飛ばすわよッ!!」

 

 

 マルゼンスキーにとって強力なライバルの存在はリスクなどではない。彼女たちが同じレースを走ってくれているからこそ、自分も本気で走ることができる楽しさを味わうことができるのだから。

 好敵手という最高の追い風を背に受けて、赤い勝負服がターフの上を閃光のように駆け抜ける。単独出走のウマ娘がGⅠレースの勝利を、それも無敗で達成する。そんな場面に立ち会えるかもしれないと、観客席は最高の盛り上がりを見せていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ま、ある意味想定通りってヤツかね? マルゼンスキーの圧勝だったな。ついでに何人かのウマ娘が()()()()()()()のも概ね想定の範囲内だ」

 

「……先輩、そういう言い方はどうかと思いますけど」

 

「事実だよ後輩君。栄光の陰に挫折あり、さ。ただのファンなら無邪気に喜んでも許されるが、俺たちのような情報商売やってる人間は目ェ背けるワケにゃいかねぇよ」

 

「それは……そう、かも……しれませんが」

 

「あー、なんだ。別にお前さんの楽しみを奪おうってつもりはないんだがね。ただ、たまにいるのさ。レースの華々しさに憧れてジャーナリストになったヤツでな、現実に打ちのめされて辞めていくのが」

 

 難しい顔のまま黙ってしまった後輩の様子に、さすがに言葉選びを間違えたと思ったのだろう。一服してくると告げると、返事を待たずに男はレース場の外へ出ることにした。

 

 さきほどの話はウマ娘たちのレースに限ったことではない。勝負の世界とはそれがどんな種目だろうと、それこそ本来はただの娯楽であったゲームのようなものですらこんなものだ。煌びやかなウイニングライブの最中に、蹄鉄シューズをゴミ箱に投げ棄ててレース場を立ち去るウマ娘だっているのを男は知っている。

 だからこそ、そんな裏側を知る人たちが少しでも希望を感じられるような“画”を放送したくて現地での取材活動にこだわっていた。そして、先日の商店街で出会ったチームは男にとってまさに理想のそれだったのだ。良い意味でお互いに遠慮のない距離感、学生らしく放課後を楽しみながらも勝利への“渇き”を宿した戦士の瞳。それらを満足そうに眺める若きトレーナー。全てが男が欲していた光景そのものだった。

 

「なかなかいい“画”が撮れたと思ったんだけどなぁ。優秀すぎるのも……出る杭は打たれるってのはわかっちゃいるんだけど、もったいねぇんだよなぁ~。せめてあのオニーサンの育成評価がそこそこ高けりゃまだ──いや、どのみちムリか」

 

 トレーナーにインタビューを行ったときの返事といえば、大抵は日本ダービーのことを話すのが定番である。あとは時期によってはメイクデビューを頑張りたい、宝塚記念や有マ記念を走りたいといった内容になるパターンがほとんどだ。それだけ日本ダービーが特別だと皆が思っているのは事実だし、トレーナーが憧れる気持ちは理解できる。

 だが、そんな内容の放送を流すことになる度に思うのだ。スプリンターやマイラーのウマ娘たちは、こうしたトレーナーたちの言葉をどんな気持ちで聞いているのだろう、と。脚質が合わなくて日本ダービーへの挑戦を諦めて、それでも自分が全力を出せる舞台を精一杯走ろうと頑張っているウマ娘たち。そんな彼女たちにとって、トレーナーが中距離や長距離のレースへの憧れを語る姿を繰り返し見せられる日常は、それはもう想像するだけで胃がキリキリと痛む気がする。

 

 あのときのトレーナーは、彼の言葉は。あれは紛れもなく本物だった。テレビの取材だからと心にもないような美辞麗句を並べるような相手はうんざりするほど見てきたのだ、その程度の違いなど瞬時に見分けられる。

 彼の後ろで楽しそうにウマ娘たちが笑っていたのも、外向けに作られた態度などではないことを証明していた。普段から相当ウマ娘たちのために尽くしているのだろう、レースに貴賤などないと言い切った彼のことを疑っている様子は微塵もなかった。

 

 

 たった一度の放送で世間の価値観など簡単には変わらない。それでも、何気ないたったひと言が誰かの救いになることだってある。

 スプリンターやマイラーのウマ娘たちを本気で育てているトレーナーたちにとってもそうだ。彼のような若い世代のトレーナーでも短距離やマイルのレースに注目して楽しみにしてくれている、そんな姿は追い風になったかもしれないのに。

 

 

(真面目に努力しているトレーナーほど、彼の態度が癪に障るかもしれない、ねぇ。たしかに、なんとか担当ウマ娘にダービー走らせたいって神経磨り減らしながら育成してるトレーナーにしてみりゃ、なんでもアリでいいだろうってスタンスは違う意味で刺さるだろうな)

 

 面白いトレーナーがいて、面白い画が撮れた。これは是非とも流さなければと上機嫌なスタッフたちは、上司に指摘されるまで彼らがチームではないことに気が付けなかった。

 担当が見付かっていない評価『G』のトレーナーだから、ウマ娘たちに対してなんの責任も背負っていないから、あんな気楽な態度でいられるのだ。そんな批判が向けられるという可能性を示されれば、スタッフたちも黙るしかない。上司もこの世界で飯を食って長いことやっているのだ、自分たちよりもずっと理不尽な現実を見る機会も多かったはずだ。

 

 

「……やめよう。考えてると俺までムダに落ち込みそうだ。もっと前向きなことに──そうだな、今年のルーキーは粒揃いだし、そっち方面の取材について予定立てるか。無敗のGⅠ勝利、そしてホープフルステークスのほうも無敗のジュニア王者誕生が……なるだろうな、確実に」

 

 今年は単独出走のウマ娘がなかなかいい走りを見せて活躍しているが、メディア関係者としてレースに関わってきた男にしてみれば、それだけでもかなりの異常事態だった。

 トレーナーの存在はウマ娘にとってかなり大きい。トレーナーとしての能力は当然重要だし、指導方法が優しい厳しいという性格的な部分でウマ娘との相性の良し悪しも当然ある。だが、それ以上に大事なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という部分にあるだろう。

 もちろん希望と適性のすれ違いで衝突する場面などにも出会したこともあるが、どんなトレーナーであってもウマ娘たちを勝たせたいという気持ちだけは本物なのだ。それが彼女たちの精神的な支えになっているのは疑いようのない事実である。

 

 その支えを得られない単独出走のウマ娘にとっては、未勝利戦すら抜け出すことは容易ではない厳しい戦いである。それが今年は1勝クラスのオープン戦どころか重賞レースにも多数出走しているのだ。

 件のトレーナーと一緒にいたウマ娘たちもそうだ。あまりにも自然な雰囲気で一緒にいたので頭からスッポリと抜けてしまっていたが、彼女たちも単独出走でオープン戦を勝ち上がり、重賞レースでもしっかりと入着している実力者たちだった。

 

 極め付けは今日の勝ちウマ娘であるマルゼンスキー。そして同じジュニア級で無敗のままホープフルステークスに挑むミスターシービー。トレーナー付きのウマ娘たちを相手に圧勝しているこの2人に関しては、レース関係者たちも驚きを隠せずにいるぐらいだ。

 これほどのウマ娘に担当トレーナーがいないのは何故なのか。まさかメイクデビューから急激に覚醒したワケでもないだろうし、育成評価の高いトレーナーからのアプローチだって確実にあったはず。

 

「まぁ間違いなく……中央トレセン学園の中でなにかが起きてるのは確実だな。単独出走のウマ娘たちで良い成績残してる子たちは、勝っても負けてもみんなイイ顔して走ってる。ついに痺れを切らしてトレーナーに頼らないトレーニングも充実させたのか? 秋川のお嬢ちゃんならやりかねないが……」

 

 母親のほうもあっさり娘に理事長の席を渡す程度には行動力がブッ飛んでいたが、娘のほうも母親に負けず劣らず日々賑やかに過ごしているのは有名な話だ。駿川たづな秘書がいなければ、いまごろトレセン学園は魔境と化していたかもしれないと言われるほどウマ娘のためならあらゆる手段を躊躇わないという。

 あの理事長であれば単独出走で苦労しているウマ娘たちのことは以前から気にかけていただろうし、何かしらの手を打っていたのが実を結んだ可能性もゼロではないだろう。

 

「となれば……あえて単独出走のウマ娘たちを追いかけてみるのも面白いかもしれないねぇ。マルゼンスキーやミスターシービーはほかの連中も注目するだろうし、どうせなら商店街で出会ったウマ娘たちにもう一度取材を申し込んでみるか」

 

 ウマ娘たちはもちろん、もしかしたらあの若いトレーナーからもなにか情報が得られるかもしれない。それを抜きにしても、あのトレーナーがどんなウマ娘をスカウトしてどんな育て方をするのか個人的に興味がある。

 来年の予定はそれなりに楽しいものになるかもしれない。そんな予感で多少は気分が楽になったのか、男はコーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ棄てると軽い足取りで車に向かい──ウイニングライブが残っていることを思い出して、慌てて引き返すのであった。




ジュニア王者を決める大事なGⅠレースであるホープフルステークスを、クラシック三冠に挑む前のおみくじ代わりに使ってるトレーナーがいるらしい。

私だ。


続きは塩飴系の需要が増えたら、次はシンボリルドルフの選抜レースの話になります。


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ふとんがでんわ。

塩バニラ飴なるもの、美味でした。
でもそれはそれとして、次からはレモン味かウメ味を買おうと思います。


 当たり前のことではありますが、トレーナーとして働く意思を浜の真砂の一粒ほどにも持ち合わせていない貴方は選抜レースを見る必要がありません。

 

 ですが、それはそれとして選抜レースそのものには興味津々です。特に今回は生徒会長であるシンボリルドルフが出走することもあって、ジュースを片手に野次馬根性を欠片も隠す気配なくレース場に足を運んでいます。

 シンボリルドルフと交流のあるウマ娘たちは皆が応援のために最前列にならんでいます。普段は貴方の近くで機嫌良くニコニコと笑っていることが多いマヤノトップガンも、今日はトウカイテイオーの隣に並んで手を振っているようです。

 

 選抜レースの予定が順番に消化され、いよいよシンボリルドルフの出番が近付いていることもありレース場もだいぶ賑わってきました。模擬レースでも負け無しとのことですから、まともなトレーナーであれば喉から手が出るほどスカウトしたいと思っていることでしょう。

 貴方の目的は、むしろそんなトレーナーたちのほうにあります。残念なことにミスターシービーとマルゼンスキーはトレーナー不在でデビューすることになってしまいましたが、さすがにシンボリルドルフまでトレーナーが見付からなくて単独出走を……などということにはならないはず。そう強く期待しているのでしょう。

 

 

 今度こそアプリに登場した、ウマ娘を支えるために産まれてきたようなスーパートレーナーが現れる可能性がある。

 この世界に転生してから自由を満喫してきた貴方は、そんなトレーナーが現れる瞬間を見たいという欲望に逆らえませんでしたし、逆らうつもりもありません。

 

 

 さて、貴方がレース場の壁際でおしるこをすすりながら精一杯悪人らしく見えるよう体勢をキープするという哀愁に満ちた努力に全力を出している中、いよいよ選抜レースの最終レースが始まりました。

 シンボリルドルフの脚質は王道を行く先行・差しです。無理にインコースを狙うことなく、余裕をもって外側を走る姿はさすが未来の皇帝といったところでしょう。

 

 ただ残念なのは、ほかのウマ娘たちの走りに気迫が足りていないことです。その気持ちはわからなくもありませんが、選抜レースであえて勝利を定義するのであれば“1着をとること”ではなく“スカウトされること”にあると貴方は考えています。

 

 事実、貴方が監督している夜間練習に参加しているウマ娘たちの中には、レースで1着を取れなくともトレーナーからスカウトされている者がそれなりの人数います。

 そのことでウマ娘たちがお礼を言いに来たことについて貴方はさっぱり理解できませんでしたし、何故かトレーナーたちが菓子折りやらお米やら巨大な冷凍肉の塊やらを持って挨拶に来たときなど意味不明過ぎて咄嗟に『マーベラスッ!!』と叫びそうになりもしましたが……ともかく、トレーナーは別に1着になったウマ娘だけに注目しているワケではありません。

 

 シンボリルドルフが強いウマ娘であるからこそ、それに臆することなく喰らいつく胆力を持つウマ娘を放っておけるトレーナーなどいないはず。

 ただ、理想の実現のために、そして生徒会長という立場故の気概を放つ彼女に挑むのは容易いことではありません。もったいないという気持ちはありますが、こればかりは無責任に頑張れとは言えないか……と、貴方も納得することにしたようです。

 

 

 選抜レースの結果は当然の権利のようにシンボリルドルフの完勝でした。七バ身差という圧倒的な勝利にトレーナーもウマ娘も興奮している者が多い中、静かに笑う貴方にとってはここからがお楽しみの本番です。

 誰もがスカウトをためらって動けずにいると、ゆっくりとシンボリルドルフのほうからトレーナーたちへと歩み寄りました。そして皆が静まったのを確認すると、強い意志を感じる落ち着いた口調で彼ら彼女らに問い掛けます。「私と共に理想を歩む、その覚悟を見せてほしい」と。




アプリトレーナー、だいたい選抜レースより前でウマ娘のこと射止めてる気がします。グラスワンダーやフジキセキあたりがギリギリ……いや、アレもうレース前に落ちてるな……。


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くまがふっとんだ。

 競馬に絶対はないが、その馬には絶対がある。

 

 勝利よりも、たった三度の敗北を語りたくなる馬。

 

 ただただ純粋に“強い”という理由で人々を魅了した競走馬、それが『皇帝』シンボリルドルフです。前年の三冠馬であるミスターシービーに1度たりとも先着を許さなかったことからも、シンボリルドルフという馬がどれほど強かったのか想像できるでしょう。

 もっとも、ウマ娘のシンボリルドルフはその強さ故に周囲とのコミュニケーションに苦労している部分もあります。気軽な会話に混ざろうと試みたものの、結局お堅い話題に流れてしまったり、親しみやすさを演出するためにダジャレを学んでみたものの、ナイスネイチャ以外には評価はいまひとつであったりします。

 

 自分のダジャレを自分が一番楽しんでいる、そんなユーモラスな一面もある生徒会長シンボリルドルフですが、トレーナーたちに問い掛ける姿は真剣そのもの。その様子に圧倒されたのでしょう、それぞれが胸に抱く思いは千差万別ですが、我こそはと手を上げる者は現れませんでした。

 そしてそのまま貴方が予想していた通りの展開となります。後日、改めてスカウトに来てほしいと提案すると、シンボリルドルフはコースを去りました。

 

 条件は整いました。あとは数日後のイベントを楽しみに待っていればいい。そう考えた貴方は、シンボリルドルフの凄さを嬉しそうに話し続けるトウカイテイオーの相手をしながらルームへ戻るのでした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「邪魔するぞ。アンタに聞きたいことがある」

 

 翌日。

 

 貴方が3枚重ねにしたビッグカツを背徳と悦楽を共にしながら味わっていると、これまで一切の交流がなかったナリタブライアンが何故か訪ねてきました。

 珍しいことも起きるものだ、一番自分とは無縁だろう彼女がいったいなんの用事だろうか? 貴方がそんな疑問を抱いていることなど知る由もないナリタブライアンは、一切の迷いのない動作でビッグカツを1枚手に取り食べながら貴方に問い掛けました。アンタはシンボリルドルフをスカウトしないのか? と。

 

 シンボリルドルフの実力ならばGⅠレースを荒らし回ることも可能であり、区切りと言われる3年間でも莫大な賞金が手に入る。金欲しさにトレーナーになったのであれば、これを見逃す理由はないだろう。

 

 ナリタブライアンの発言は実に真っ当な意見です。普通の悪役トレーナーであればその通りだなと同意してしまう場面でしょう。

 しかし、貴方は油断をしないことに定評のあるチート転生者です。並みの悪党とはひと味違いますので、言葉の裏側に隠された真意を見抜くことなど朝飯前なのです! 

 

 

 貴方が朝食を楽しむ権利を犠牲にすることで得た答えは『牽制』を目的として接触してきたというものでした。

 

 

 強敵との闘争に餓えているであろうナリタブライアンのことですから、シンボリルドルフが貴方のような信頼も実績も底辺のトレーナーと契約してしまい弱体化する可能性など残しておくワケにはいかないのでしょう。

 ならばなにも悩むことはありません。ナリタブライアンは貴方にシンボリルドルフをスカウトさせたくないと考えている。そして貴方はシンボリルドルフに限らずウマ娘をスカウトしたくないと考えている。誰も困らない素敵な空間が完成している状態です。

 

 しかし、言葉選びだけはしっかりと考える必要があるでしょう。あくまでスカウトの意思が無いと伝えることが目的ですから、シンボリルドルフというウマ娘そのものを否定するような発言は十万億土の悉くを叩き斬ることになったとしても赦すワケにはいきません。

 

 念のため、深刻な方向性で意味深に勘違いされないよう、貴方はなるべく気楽な雰囲気でナリタブライアンへ返答します。

 

 

 シンボリルドルフが強いウマ娘であるのは事実だし、全てのウマ娘の幸福という願いも確かに素晴らしいものだ。だが、トレーナーとしての自分はシンボリルドルフというウマ娘には一切の興味はない。──敵にまわすのであれば大歓迎だが。

 

 

 一瞬だけ驚いたように目を見開いたナリタブライアンですが、すぐに獰猛さを隠しきれない微笑みを返してきました。




ビッグカツ(おさかな)


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でんわにくまった。

「ねぇトレーナー。なんかブライアンから三冠のこと応援されたついでにケンカを売られたんだけど、なにか知ってたりはするよね?」

 

 貴方が夜間練習が始まるまでの空き時間を利用し、次の『学園を追放されて自由に羽ばたいてやるぜ大作戦』について考えていたところ、唐突にミスターシービーからそんな質問がとんできました。

 特に誤魔化すようなことでもないので、貴方は正直に「自分は普段交流はないし大した会話もしたことがないから心当たりはないが、ナリタブライアンは強敵と競い合うことを望んでいるからターゲットにされたんだろう」と教えることにしたようです。無敗でジュニア王者の称号を手にしたミスターシービーであれば、彼女の渇きを癒す相手として申し分無いといったところでしょう。

 

 貴方の予測に対するミスターシービーの反応は、前半分は胡散臭いけどナリタブライアンの心情だけは信じるというものでした。

 正直に話したにも関わらず信じてもらえなかったことは貴方にとって最高の褒め言葉のようなものです。なにより、自分のことは疑ってるのにナリタブライアンのことは素直に受け取ってくれるところなどは実に好都合でしょう。

 

 トレセン学園で一番付き合いが長いだけあって、ちゃんと自分のことを見下してくれている。そんなミスターシービーの態度に貴方が楽しそうにしていると、貴方もまたナリタブライアンから睨まれていることを教えてもらえました。

 

 なんでも『首を洗って待っていろ』と彼女から伝言を頼まれたとのこと。

 

 これには貴方もニッコリです。つまりナリタブライアンは「お前のようなやる気のない、闘争心の欠片も持ち合わせていないようなトレーナーなどトレセン学園に相応しくない」と言いたいのでしょう。

 夜間練習のウマ娘たちへ向けた頼み事のこともあり積極的に動けなくなってしまったエアグルーヴとは違い、ナリタブライアンとはなんの関わりもありません。これはシンボリルドルフと協力し生徒会全体で自分を追放するために動いてくれる流れに違いない。貴方のナリタブライアンに対する期待感は相当高まっていることでしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 皐月賞の前哨戦である弥生賞に向けて、追い込みのタイミングをもう少し調整したい。夜間練習が始まる前に走り方をチェックして欲しいとミスターシービーからの申し出を受け、貴方は自身の行動に一切の疑問を抱くことなく一緒にコースへと向かっています。

 

 どうやらマルゼンスキーが日本ダービーへ出走するために、中距離の実績作りを目的に弥生賞と青葉賞に出ることを決めたようです。ダービーより早く対決することになったのは別に構わないが、だからと言って勝利を譲る気はないとやる気に溢れています。

 おそらく、いや確実に。これはあとでマルゼンスキーからもアドバイスを求められることになるだろう。お互いの手の内を知る自分にふたり揃って頼ってくるのはどうなんだ? そんなことを思いながら歩いていると、マルゼンスキーとグラスワンダーが楽しそうに話している姿を見つけました。

 

 

 それだけならば特に気にする場面ではないのですが……貴方は視界の端のほうに素晴らしい発見があることに気が付きました! 

 なんと、シンボリルドルフとカメラを持った若い男性トレーナーが並んで立っているではありませんか! 

 

 

「どうしたのトレーナー、なにか面白いものでも──あぁ、ルドルフの隣にいる彼が気になるのかな? うん、選抜レースでの宣言からルドルフに声をかけるトレーナーはいなかったんだけどね、彼はほかの人たちとは違って積極的だったよ。一緒にランチも楽しんでいたようだし……トレーナー?」

 

 ミスターシービーの説明を聞いたことにより期待は確信に変わりました。とうとう貴方は追放プランにおける最強のピース、チート転生者の唯一にして最強の天敵である『現地主人公』の存在を確認することに成功したようです。



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生姜がないなんて。

生姜が!
ないなんてぇッ!


 普段の貴方は与えられたルームの中で仕事をサボりながらダラダラと過ごしています。レースの分析をしてデータにまとめたり、ウマ娘たちの走りを元にトレーニングプランを構築して脳内レースでシミュレーションを楽しんだりと、趣味の時間をたっぷりと満喫しています。

 ですが、いまの貴方は違います。シンボリルドルフが正式に担当契約を結んだという報せを聞き、上機嫌でダラダラと過ごしています。レースの映像からウマ娘の脚質を解析したり、それぞれ得意とする距離でGⅠレースを勝利するまでに必要な条件を組み立てて楽しんだりと、やはり趣味の時間をたっぷりと満喫しています。

 

 少しだけですが、担当が決まる瞬間を見てみたかったという気持ちもあります。しかし、担当契約はトレーナーとウマ娘との神聖な儀式です。

 それを野次馬根性で覗き見するなど、破廉恥な男として生涯後ろ指を指されることになっても文句は言えない行為でしょう。そのような輩はアグネスデジタル殿にウマ娘ちゃんファンとしての心得を魂に刻んでもらわねばなりません。

 

 もっとも、大凡の流れはアプリのストーリーに近いものであると想像できます。おそらくですが、男性トレーナーがカメラを所持していたのは広報に使う写真撮影を一緒に行っていたからでしょう。

 マルゼンスキーとグラスワンダーが会話する様子を微笑ましく見守るシンボリルドルフ、そんな彼女の満足そうな姿を写真に収める。そして、その写真をシンボリルドルフに見せて「これが望む未来だ」と語り、同じ視座に立つ覚悟を示す。ウマ娘との出会いの中でも屈指のイケメンムーヴですから、担当に選んでしまうのも納得です。

 

 とはいえ、あくまで貴方の想像であり可能性のひとつでしかありません。それに、1度は大喜びしたものの、あの男性トレーナーに勝手にアプリトレーナーの姿を重ね合わせるのは侮辱以外の何ものでもありません。

 

 ただちに反省した貴方は雑念を頭から排除し、気を引き締めなおしました。シンボリルドルフの心を射止めたほどのトレーナーですから、トレセン学園の汚点である自分のことを決して許せないのは確実でしょう。しかし、その事実にだけ甘えて悪役としての立ち振舞いに手を抜くようなことになってしまえば本末転倒です。

 大きなチャンスが見えたからこそあえて立ち止まり、ここは林の如く陰の如く慎重かつ冷静に準備を進める必要があります。まずは彼の情報を集めることから始めるのが適当でしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ってなカンジでよ、わりと注目されてたトレーナーだな。S級のじいちゃんの世話になってるってこともあって、会長と担当契約したってのもアリよりのアリって考えてるヤツのほうが多いぜ。つーかよ、なんで同期のトレーナーのことアタシに聞いてんだよオメーは。トレーナー同士で話したりとかよ、友だちとか──。あ、いえ。なんでもありません……。そんなの、個人の自由ですもんね……」

 

 ゴールドシップから得られた情報を整理する貴方の表情は、男性トレーナーが優秀であることを知れた喜びと、彼の立場が嫉妬の対象になる可能性による悩ましさで複雑なモノになっていました。

 特に、彼が今日まで評価『S』のトレーナーから指導を受けていたことは良くも悪くも目立つ項目です。新人がS級トレーナーに贔屓にされて、能力の高いウマ娘の担当になった、という流れは邪推を好む者にとっては狙いやすい条件でしょう。

 

 彼には理想のために邁進するシンボリルドルフを支え、ついでに自分を追放してもらうという大事な使命があります。となれば、ここはこれまで培ってきた抜群のヘイトコントロールを存分に発揮する場面でしょう。

 わりと本気で心配そうにこちらを見ているゴールドシップの視線などなんのその。貴方はより極悪なトレーナーとして、平和なトレセン学園をさらに荒らし回る決意を固めるのでした。




次回は夜間練習組のウマ娘をスカウトしたとある中堅層トレーナーの視点になります。


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『残り火』

答え合わせの時間。


 その男が偶然にも夜間練習に参加しているウマ娘に声をかけたのは、中途半端な評価のまま停滞している現状を変えたいという野心からであった。

 

 区切りと言われる三年間を無事完走させるだけの能力はあるのだが、重賞レースの勝利経験がほとんどなく育成評価はずっと『C』から変わらないまま過ごしていた。

 より上を目指すためにも能力の高いウマ娘をスカウトしたいところだが、そういうウマ娘は引く手数多ということもあり当然トレーナーを吟味する。名門出身というワケでもなく、評価もそこそこの自分が選ばれることなど無いと諦めていたのだ。

 

 少しでもいい、どうにかして評価を上げたい。なにか方法はないかと悩んでいたときに、模擬レースを見ていてあることに気が付いた。

 

 そのウマ娘たちは結果だけを見れば“悪くない”という程度の走りだったが、負けたにも関わらず表情に陰りがなかったのだ。

 落ち込んでいる時間なんてもったいないとでも言いそうな雰囲気で、友人同士で意見を交換し課題を見付け、すぐに次に備えている。

 

 とても褒められた考え方ではないが、それでもチャンスだと思ったのだ。

 勝てていない故に注目はされておらず、スカウトするにしてもライバルとなるトレーナーはいない。ウマ娘側にしても、結果だけでなく努力を認めてくれるトレーナーから声をかけられるのは願ったり叶ったりのはず。

 

 

 このスカウトは簡単に成功するだろう、男はどこか軽い気持ちでウマ娘たちに声をかけた。事実としてウマ娘たちはアッサリと担当契約に応じたのだが──。

 

 

(なるほど、ミスターシービーやマルゼンスキーみてぇなとんでもない()()()のトレーナー引き受けただけある。あの新人の指導は現状のセオリーなんざガン無視もいいところだ。コイツは骨が折れるぜ、マジで)

 

 夜間練習に参加しているウマ娘たちに配られたというトレーニングメニューは、男のような中堅トレーナーにしてみれば非常識としか言い様のない代物であった。

 

 脚質に合わせたトレーニングと言えば聞こえはいいが、いくらなんでも限定的過ぎる内容なのだ。条件が整えば勝てるかもしれないが、不確定要素の多いレースで望み通りの展開になることなど稀である。

 だからこそバランスよく能力を育て、様々な状況に対応できるようにするのがトレーナーの役目だというのに……これでは安定した戦績など望めない、勝てないのであれば入着すら危うい、そんな走りしかできないだろう。

 

 だが、理解できる部分もある。中途半端な戦績でその他大勢とひと括りにされるような立場で燻っていたトレーナーだからこそ理解できる。勝ちたいからだ。ほかに方法がないから、勝つために博打のような走り方を本気で練習しているのだ。

 それに気が付けてしまったからこそ、中堅トレーナーは悩んでいる。恐ろしいことに、一点特化型のトレーニングでありながらも、まだバランス型に()()余地は残されているのだ。

 

 これまでのノウハウを十全に活かすのであれば“普通に”トレーニングをすればいい。契約したウマ娘はふたりいるが、どちらもマイルからミドルの適性であり、得意とする作戦もオーソドックスな先行である。

 特別なことをしなくてもそこそこ勝たせるぐらいの自信はあるし、ウマ娘側がメンタル部分で優れているので上に挑戦するのもリスクは少なくて済む。少なくとも現状維持は確実、GⅠ勝利はムリだとしても運が良ければ評価『B』に届くかもしれない。

 

 そう、なにも悩む必要などない。あの孤高気取りの新人がウマ娘たちに与えたプランは、トレーナーという支えを得られなかった場合を想定して組まれたもの。言ってしまえば、選抜レースを生き残れなかった者たちが多少は悪足掻きできるというだけでしかない。

 だが彼女たちは違う。自分というトレーナーが支えとなるのだから、わざわざリスクの高いトレーニング方法を選ぶ必要などないのだ。適切なトレーニングで地道に育て、そして勝てるレースをしっかり選んでやればいい。

 

 いくら評価を上げたいという思いがあっても、ウマ娘に無謀な挑戦をさせて怪我をさせるのだけはダメだ。それを許容してしまったら2度とトレーナーを名乗れない。

 優先すべきは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがトレーナーとしての役目であり仕事であり矜持だ。そうだ、自分の判断は間違っていない。なにも間違ってはいないのだ。

 

 

「おっじゃま~。トレーナー、あんまりのんびりしてると選抜レース始まっちゃうよ?」

 

「ルドルフの走りはアタシらも気になってんだ、早く行こうぜ。もしかしたらメイクデビューもダブるかもしれねぇんだしさ」

 

「……あぁ、そうだな。待たせて悪かった。それじゃ、敵情視察といこうか」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 シンボリルドルフの選抜レースはトレーナーの間でも話題になっていた。生徒会長という立場を抜きにしても、模擬レースで見せていた高い能力は、さすがはウマ娘の名門シンボリ家の出身だと注目されていたのだ。

 だからだろう、選抜レースでシンボリルドルフの完璧な勝利を見ても“納得”する者はいるが“感動”している者は誰もいない。

 

 いや、それ以上に──。

 

 

(マジかよ……なんつープレッシャーだ……。理想のために、って話は聞いていたが、まさかこれほどとは思ってなかったぜ。こりゃ、見に来たのは失敗だったかもしれんなぁ……)

 

 

 シンボリルドルフの走りは強すぎた。それは運否天賦などという考え方が介入する余地などなく、偶然など何一つ許さない“絶対”という言葉しか出てこないような勝利であった。

 それはもちろん、シニア級を走るウマ娘であれば勝てる程度の──などという楽観も許さないほどに。シンボリルドルフはここからさらに成長する。恐ろしいことに、まだ彼女の走りは未完成なのだ。

 

 それを理解できるからこそ、トレーナーたちは誰もシンボリルドルフをスカウト出来ずにいる。これほどの才能に恵まれたウマ娘の担当になれることは名誉だが、それ以上にトラブルが起きたときの責任が恐ろしい。

 

 もしもシンボリルドルフの担当トレーナーになったとして、もしも彼女がレースに勝てなかったら? まず最初に彼女を慕うウマ娘たちから睨まれることになるだろう。そのあとはほかのトレーナーに好き勝手に扱き下ろされて、最後は一部のメディアが面白おかしく追い詰めてくるかもしれない。

 もちろん全員が敵になるとは限らない。だが、こういうものは悪意のある者ほど大声で騒ぎ立てるのが常である。そのようなストレスの中でトレーナーを続けられるほど図太いメンタルをしている者など、そうそういるものではない。

 

 

 そして、トレーナーすら怯ませるほどのプレッシャーがウマ娘たちに影響を与えないはずもなく。

 

 

(まぁビビるわなぁ。比較的余裕っつーか、安心してんのはスプリントやマイル路線の子たちか? ルドルフはクラシック三冠ウマ娘を目指すって言ってたからな、ステップレースに選ぶとしても中距離だろうし……そうもなるか。しかし──)

 

 よほど好戦的なウマ娘でもなければ、()()と勝負したいなど口が裂けても言えないだろう。男は頭の中でレースプランの変更について考え始めていた。

 この様子では中距離は捨ててマイル路線を中心に走らせるしかない。少なくとも秋川理事長は、トレーナー評価に距離による贔屓など持ち込まないのは知っているので問題はない。

 

 それに、ウマ娘たちだってレースに勝ちたいという気持ちはあるのだ。リスクを避ける判断は彼女たちのためでもある。現にふたりともシンボリルドルフの走りを見て及び腰になって──。

 

 

「いや~、さすがはルドルフちゃんですなぁ。四字熟語でいうなら『威風堂々』っての? なんかもう、生徒会長より王サマって感じだね!」

 

「だな。教科書みてぇ……は、褒め言葉としては微妙か。手本に出来そうなぐれぇキレイな走り方しやがるぜ。ありゃマジで三冠とっちまうかもな」

 

「メイクデビュー、中距離くるかな?」

 

「くるだろ。王道路線だし。あぁ、本当に──」

 

 

 

 

「早く勝負したいなぁ~」

「早く勝負してぇなぁ~」

 

 

 

 

「────は?」

 

 新たな担当ウマ娘たちと過ごした時間は指折り数えられる程度でしかなく、彼女たちのことを理解したと自信を持って言うことは出来ない。それぐらいの自覚はあるが、それでもウマ娘たちの言葉を聞いた中堅トレーナーは自分の耳を疑わずにはいられなかった。

 

 あの走りを見て、あの他者の追随を許さないと言わんばかりの絶対的な走りを見て尚、それと勝負がしたい? そんなバカなと、どんな強がりだと思ってウマ娘たちへと視線を向ける。

 だが、それでわかったのはふたりの言葉が本心からのものである、ということだけだった。耳は垂れることなくしっかりと立っているし、尻尾も機嫌が良さそうにゆらゆらと揺れているのだ。

 

 

「お前たち……怖く、ないのか? アレ見て、ルドルフと走りたいだなんて……なんつーか、たいした度胸してんな……」

 

 自分は怖くてたまらない。その言葉をギリギリ飲み込んだのは意地によるものだろう。

 まだ中堅トレーナーが新人であったころ、指導を受けていた先輩トレーナーから教えられたのだ。トレーナーがウマ娘の前で格好つけるのは見栄ではなく義務なのだと。そうでなければウマ娘が不安になってしまうと、その教えが折れかけた男の心をかろうじて支えていた。

 

「怖い? うーん、どうかな? たしかにルドルフちゃんスゴいな~とは思うんだけど」

 

「手強い相手なのはそうだし、勝ち目は薄いってのもわかるがよ。まぁ……なんだ。たしかにルドルフは強いけど、()()()()()。怖くはないな、うん」

 

「マジか。……マジかぁ~。トレーナーとしては担当のメンタルがタフなのはありがてぇ話だけど、よくまぁそんな楽しそうにしてられんなぁ」

 

「だって、ねぇ」

「だって、なぁ」

 

「うん?」

 

 ウマ娘たちの視線がレース場の壁際へと動いたのに合わせて中堅トレーナーもそちらへと顔を向けると、そこには例の第9レース場の主の姿があった。

 どういうつもりで頑なに担当契約をしないのかは知らないが、それでもライバルの存在は気になるのだろう。ミスターシービーやマルゼンスキーも秋の天皇賞のようなシニア・クラシック共通のレースではぶつかることになるだろうし、彼が面倒見ているウマ娘たち──生徒の一部多感な思春期どもはなにやら黒歴史になりそうな名称で区分しているという噂もあるが──夜間練習に参加しているソロデビュー組候補などはメイクデビューからガッツリ競い合うことになるのだ。彼がシンボリルドルフの選抜レースを見に来ることに不思議はない。だが。

 

 

(なんでだ……なんでお前はそんな顔が出来るんだよ。なんで、あのルドルフの走りを見てそんなふうに笑っていられるんだよ……ッ!?)

 

 

 獲物を見付けた狩人のような、などという上等なものではない。それは夏休みに浮かれた虫とりの少年が大きなカブトムシを発見したときのテンションとでも言えばいいのだろうか、ただ単純に“楽しい”という感情だけの笑い方に見えた。

 

 

 あのトレーナーもたしかに彼なりのやり方でウマ娘たちを支えてはいる。だが本来あるべき形……格式、様式美、伝統とでも言えばいいだろうか、そういうモノを重視するトレーナーやウマ娘はいまでもあまりいい顔はしていない。

 そうしたウマ娘たちの代表格であろうシンボリルドルフとの相性は間違いなく最悪のはずだ。さすがに敵対関係、というほど殺伐としたものにはならないだろうが、それでも名門シンボリのウマ娘、そして中央トレセン学園の生徒会長という肩書きは彼にとって不利に働くというのに。

 

 

「なぁトレーナー。アンタ、さっきルドルフのことが怖くないのかって言ってたけどよ。ぶっちゃけ、あのトレーナーさんのとこにいる連中のほうがずっと厄介だと思うぜ? レース中になにしてくるかわかんねぇからな」

 

「私たちは自分だけで頑張るのに限界を感じてたからトレーナーのスカウトを喜んで受けたけどさ、あのヒトのところにわざわざ()()()子たちはそうじゃないからね~」

 

「…………マジ、なんだろうなぁ」

 

 ウマ娘たちの言っていることが紛れもない真実であることを中堅トレーナーは知っている。あの若いトレーナーの教えは博打のような走り方であると理性では否定しているが、()()を天才相手に実行してみせたウマ娘がいることを知っているのだ。

 だから、もしかしたら。あのシンボリルドルフの走りを見ても臆することなく、挑戦者としての輝きを瞳に宿しているこの子たちも。もしかしたら、あのメイクデビューのような限界を乗り越える走りを──。

 

 

 

 

 いや、違う。

 

 

 そんなものに引っ張られるな。

 

 

 

 

 トレーナーにとっては新しいウマ娘を担当する毎に新しいトゥインクル・シリーズが始まっているが、ウマ娘たちにとっては一生に一度の挑戦である。それをまるごとギャンブルのような感覚で走らせるなどトレーナーのやることではない。

 自分はなにも間違っていないのだから悩むな。そうだ、ウマ娘たちが全力で走れるようにするのがトレーナーの仕事なのだ。そのためには全てを肯定して背中を押してやるだけでなく、ときには厳しい態度で彼女たちを抑え込むことも必要なのだ。

 

(冷静になれ。なにバカなこと考えようとしてんだ、まずはウマ娘たちのことが最優先だろ。夢を見るのは別にいいだろうさ。だがトレーナーの仕事は堅実に、そして誠実に、だ。まずは安全、当たり前のことだろうがよ。俺はなにも間違ってねぇ。間違ってねぇハズなんだ……)

 

 

 

 

 

 

 担当ウマ娘たちの希望を受け、日本ダービーにふたりまとめて送り込んでみせると中堅トレーナーが覚悟を決めることになるのはメイクデビューを終えてから数ヶ月後──菊花賞を見届けた後のことである。




そのうちトレーナー評価あたりも含めた世界観説明でもしましょうかね。なんとなく答え合わせを5の倍数に戻したいというクッソどうでもいい理由もありますが。


続きはテリブルラビを全てねだやしてから、次はウマ娘たちの弥生賞になります。


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三月のウマ娘たち。

ウマ娘は操作ミスで育成に失敗しても、サポカがロストしないところが素晴らしいですね。


 アプリでは条件であるファン人数さえ満たしていればどんなウマ娘でも、それこそ適性が合わなくても好きなレースに自由に出走することができました。

 しかし、いま貴方が暮らしている世界はアプリと同じルールで成り立っているワケではありません。ですので、クラシック三冠路線の始まりである皐月賞を走るためには、ウマ娘たちにもそれなりの実績が必要となります。

 

 

 そのような事情がありますので、三月に開催される弥生賞を前にトレセン学園の雰囲気は良くも悪くもピリピリとしています。

 普段は穏やかな性格のウマ娘でさえも、この時期になると緊張から、あるいはレースに対して入れ込みすぎとなり気性が荒くなることも珍しくありません。教員や教官などトレセン学園のスタッフはもちろん、出入りの業者の皆さんも先輩や上司から口が酸っぱくなるほど注意するようにと指示されていることでしょう。

 

 当然ですが教育者としての自覚も倫理も責任もまとめて投げ捨てている貴方には全く関係のない話です。取り引き中であるミスターシービーやマルゼンスキーのトレーニングについてはちょっとしたアドバイスを提供していますが、基本的には気楽なファンの立場でしかありません。

 

 ですからほかのトレーナーたちのように神経質になる必要はなく、出番といえばせいぜいトラブルが起こったときにタイマンレースの見届け人としてウマ娘たちに連れていかれる程度です。些細な出来事も追放のチャンスであることを見逃さない貴方は「全ての責任は自分がトレーナーバッジに賭けて引き受ける。だから本気で走り、そして結果から目を背けるな。それがたとえ他人から見てどれほど下らないことであっても」と安請け合いしています。

 貴方が立ち去ったあと険悪な様子だったウマ娘たちがタイマンレース後にお互いに一発ビンタを交換して仲良く焼きにんじんを食べに行ったり、その様子を見ていた教官やトレーナーたちがここにトラブルを起こしたウマ娘などひとりもいなかったと示し合わせていますが、貴方の考える追放計画の高度な柔軟性においてならば誤差の範囲です。これから罪のない人々を護るために孤独な決戦に向かう兄のように慕っていた青年から「必ず帰ってくる。約束だ」とメッセージが込められたビデオレターを受け取った少年のように心安らかに過ごしましょう! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「お前、担当契約してるウマ娘いないんだからヒマだろ? ちょっと模擬レースのセッティング手伝えや。あ、これ先輩命令だから。拒否権なんてねーからな? んじゃ、コレとコレと、それからコッチのヤツよろしく。それからあとでホルモン焼きの冷凍のヤツ50キロぐらい持ってくから冷凍庫に空き作っとけよ。これも先輩命令な」

 

 責任の大安売りをしていた貴方ですが、普段ほとんど交流のない先輩トレーナーが突然ルームにやってきて一方的に用件を告げられることになる事態までは想定していなかったのでしょう。場の勢いにおされてあれよあれよと流されて模擬レースの監督役を引き受けることになってしまいました。

 とはいえ、完全に知らない相手というワケではありませんので貴方もさほど気にしてはいないようです。夜間練習組のウマ娘をスカウトしてくれたトレーナーのひとりであり、小柄な体格を活かしてスリップストリームを利用した走り方をしていたウマ娘を「なんか面白そう」と熱心に口説いていたのを貴方は覚えています。

 

 ともかく、これもまた貴方にとっては追い風になり得るイベントでしょう。これまでは限られた範囲でしかヘイトを稼げていませんでしたが、これを機により広範囲でコツコツと評判を落とすための下地作りを始めましょう!




頂いた感想を読んでいて不安になったので一応お伝えしておきますが……。

シービーの菊花賞は、これからです。これの次の次か、そのまた次あたりに書く予定です。


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ウマ娘の三月たち。

「どう……ッ!? こ……こ、こ、これが……キングのッ! 走りよッ! で、も……あなたたちも……なか、なかやる……じゃないの……ッ! ……おっふ」

 

「……負けたのは悔しいデスけど、なんかこう、なんか……素直に悔しがるタイミングを逃した気分デース」

 

「まさに“死力を尽くす”という言葉の体現ですね~。ターフに倒れたままでも誇りは失わず、お見事です」

 

「えっと、どうしよう? スポーツドリンクとか持ってきてあげたほうがいいのかな? とりあえず3リットルくらい持ってくれば」

 

「うんそうだね、キングのはセイちゃんが用意するからスペちゃんは自分のぶんをちゃんと水分補給するといいんじゃないかな」

 

 ウマ娘たちのやる気がオーバーフローしてトラブルが起きないようにと開催された模擬レースはなかなかの賑わいをみせています。ジュニア級でG1レースを勝利したミスターシービーとマルゼンスキーが日本ダービーで勝負するつもりであることは誰もが知っていますので、もしかしたらその影響もあるのかもしれません。

 ちなみに、阪神ジュベナイルフィリーズを勝利したウマ娘はマイルを極めたいとのことで、クラシック路線はもちろんティアラ路線も桜花賞以外は興味無しとのこと。それはそれでスプリンターやマイラーのウマ娘たちは盛り上がっていますし、粗削りのマイル王が誕生するかと貴方も密かに楽しみにしているようです。

 

 そんな事情もあって、先輩ウマ娘たちの活躍の影響を受けた後輩ウマ娘たちの模擬レースはなかなか見応えのある勝負となっています。

 

 つい先ほど行われた距離2000のレースでもキングヘイローが見事な末脚を披露しています。最終直線で後の黄金世代を含む10人以上のウマ娘をまとめて撫で切った走りには、暴れん坊プリンセス(物理)や汎用ウマ型変態走者も感動して興奮している様子。

 当の本人は勝利の余韻に浸っているらしく一流の器で大地を抱き締めターフの感触と薫りを評価するのに忙しいようですが、しっかりドヤ顔は崩れていないあたりまだまだ余裕はあるかもしれません。

 

 

 そんなキングヘイローの走りを見た貴方は、彼女が着実に有マ記念に近付いていることを楽しみにしつつも少しばかり思うところがあるようです。

 

 多少は脚質も改善し、出会った頃に比べれば短距離以外もそれなりに走れるようになったのは確かです。しかし、それでもまだまだミドルの適性を持つウマ娘と勝負できるレベルには達してはいません。

 ですが、今回の模擬レースの結果はそれらを覆すものとなりました。貴方の知るウマ娘の物語に従うのであれば、精神性が一流のトレーナーのサポートでもない限り中距離での活躍は難しかったはずです。少なくともこの時点ではほかの4人に勝てる見込みはなかったでしょう。

 

 

 何故これほどの成長を遂げることが出来たのか貴方には案の定皆目見当が付いていないようですが、大事なのは脚質の限界を精神で乗り越えたという事実にあります。

 

 

 次の弥生賞ではミスターシービーとマルゼンスキーが対決することになりますが、普通に考えるのであれば中距離の適性が高いミスターシービーが勝つ確率が高いと貴方も予想していました。

 しかし、距離の不利を心の強さで埋め合わせることが可能であるのならば話は違います。マルゼンスキーもあれでなかなか負けず嫌いなところがあるのを貴方は知っていますし、どういうワケかミスターシービーとの勝負にはそこそこ思い入れがあることにも気付いているからです。

 

 これは想像よりもずっと面白いレースが見られるかもしれない。トレーナーとしての使命も名誉も必要としない貴方にはレースの格式など関係ありませんので、ほかの人々のように日本ダービーを待つまでもなくワクワクが止まりません。

 

 弥生賞を観戦するときには、ひとりのウマ娘ファンとしては新品のジャージを用意し気合いを入れてレース場に向かわなければならない。模擬レースのデータをその場で簡易的にまとめたものを希望するウマ娘たちに配布しながら、貴方の頭の中の3割は弥生賞のことで一杯になっているのでした。




いま、アナタの頭の中に汗だくで息も絶え絶えでターフに倒れながらもドヤ顔を披露するキングヘイローのイメージが浮かびましたね?

これがメンタリズムです。


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三娘のウマ月たち。

 誰にとっても作業着というものがそうであるように、貴方にとってもジャージは消耗品です。

 

 チート能力の存在に気付き、自分本意な悪党として人生を謳歌しようと決めたその日から、貴方は己の心身を常に鍛え続けています。

 能力に振り回されるようでは三流ですし、能力を使いこなすだけではまだ二流です。真の悪を目指すのであれば、能力を支配して従える程度の器を持ち合わせる必要があると考えました。

 

 そして、基準となるものがチート能力という自然の摂理に反したものですから、安全と効率が考えられた科学的なトレーニングでは不十分であると貴方は判断したのでしょう。時間を作っては日本各地の雰囲気がそれっぽい場所に赴いて様々な方法で肉体と精神を鍛えています。

 険しい崖を必要最低限に切り詰めた装備で何度も往復してみたり、荒れ狂う嵐の海岸にて天地上下の構えを一晩中キープしてみたり、とある地方の山奥で何処と無く漢気溢れた犬たちと協力し理性を失した熊らしき生物が正気に戻るまで数日間にわたる死闘を繰り広げたりと、あらゆる手段で己の限界に挑み続けています。帰りの電車の中から眺めた、貴方を見送るために線路沿いに並んでいた二百を超える“戦友”たちの姿は生涯忘れることはないでしょう。

 

 そのような生活を続けているものですから、貴方のジャージ消耗率は常人とは比べ物になりません。故に、業者さんが発注数を間違えて大量に生産してしまっても心配は無用です。頭を下げて謝罪する相手に対し、貴方は特に迷うこともなく「じゃあ全部買い取りで」と返答しています。そこまではよかったのですが──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ほ~ん。皐月の前哨戦だけあって、出店のほうもえらい盛り上がっとるなぁ。ここでご当地グルメ食っとけば、わざわざ高い金出して旅行せんでもええんちゃうか?」

 

「じゃがバター、は……自分でも作れるかな。チキン南蛮、は……甘酢ソースさえ再現できればイケるの。ケバブ、は……トレーナーから道具を借りれば炭火で焼けるし。う~ん、どれにしようか迷っちゃうの!」

 

「あ、いちご大福の屋台が……中に入っているタイプと、上に乗っているタイプがあるのね……1パックで4つ入り、さすがに両方は食べられないし……。トレーナーさん、どっちがいいと思いますか?」

 

 悩めるサイレンススズカに片方は自分が購入するので食べ比べてみればいいと提案しつつ、貴方は周囲のウマ娘たちの服装について少々頭を悩ませています。

 

 百歩譲ってジャージ姿なのは良しとしましょう。レース場にウマ娘がジャージ姿でいたところで気にする者はいませんし、それがトレセン学園の指定のものとあれば応援に来たのだと一目瞭然です。

 しかし、その上に貴方の特注品である漆黒のジャージを羽織っているのはあまり褒められたものではありません。手違いとはいえ沢山ありますし、練習にも使えるだろうとウマ娘たちが利用することも許可していましたが、まさかトレセン学園の外でもそのまま着用するとまでは想定していませんでした。

 

 もちろん、貴方の洞察力は巌流島にてレアチーズケーキと互角の決闘を繰り広げることが可能なほどの鋭さを有していますので、ウマ娘たちの真なる狙いを見抜くことなど幻想種の燕を斬るように容易いことです。

 

 

 ウマ娘たちの目的。それは──いわゆる『当て付け』というものだと貴方は判断しました。

 

 

 アイドルとしても通用するウマ娘たちと、没個性でモブにしか見えない自分が同じジャージを着ていれば周囲の人々にはどのように見えるのか。

 同じ服でも誰が着るかで印象はかなり違って見えるもの。間違いなく誰もが自分のことを『なんかダサいヤツが歩いている』と認識するだろう。

 

 なかなかテクニカルな反骨精神の表現ですが、オシャレでカワイイものを好むマヤノトップガンや品行方正なメジロライアンまでもが着用しているという事実も、貴方の推察を後押ししているのかもしれません。

 周囲から微かに聞こえてくるヒソヒソ声といちご大福の美味しさをしっかりと堪能しながら、貴方はミスターシービーとマルゼンスキーの控え室を目指すのでした。




私はいちごが中に入っているヤツのほうが食べやすくて好きですね。


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娘ウマ月 三のたち。

 ミスターシービーとマルゼンスキーの控え室は、本人たちの希望もあり同室となっています。

 

 これから勝負する相手と同じ空間で待機するのはどうなのだろうと貴方は思っていますが、そもそも練習でお互いの手の内は知っているのだから今さらかと納得することにしているようです。

 

 

「こういう言い方をするのはちょっとアレだけど、ホープフルのときよりもワクワクしてるのが正直な気持ちだよ。あのときは、スカウトされていった子たちの調整が間に合わなかったから……ね」

 

 後ろで呆れたように微笑むマルゼンスキーのことなどお構い無しといった様子で、ニコニコと笑いながらミスターシービーが弥生賞への意気込みを語りました。

 

 URAが定める規則そのものには移籍したウマ娘の出走を制限するようなものはありません。いくつかのステップレースでそれなりの成績を積み上げれば充分ホープフルステークスに間に合ったはずですが、トレーナーたちは自主的に出走を見送っています。

 その理由は単純明快。トレーナーたちはスカウトしたウマ娘たちとの信頼関係の構築を優先したからです。ウマ娘の個性をしっかりと理解してからレースを走らせることで、リスクを最小限に抑えることが目的でしょう。

 

 アプリではレースを走らせることそのものにデメリットはありませんでしたが、この世界ではそのような都合の良いシステムの保護など存在しません。

 ファンにとってはエンターテイメントでも、トレーナーとウマ娘にとってレースは常に危険と隣り合わせの真剣勝負です。自分のような自他共に認めるクズトレーナーですらその辺りは配慮しているのだから、真面目でまともな正統派トレーナーたちであればより慎重になって然り。おかげで安心してレースが楽しめると貴方も感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

「チラッと練習を見たけれど、みんな手強そうな感じに仕上がってたわよ? モチロン油断なんてするつもりはないけれど……ふふっ♪ 勝てるかどうかは、ちょぉ~っとアヤシイかもしれないわ」

 

「世間では私たちのどちらが勝つか、なんて予想を立てているらしいね。期待してくれるのは嬉しいけれど、ほかの子たちを過小評価しているのはいただけないかな。とんでもない伏兵が隠れている可能性だってあるんだから、ねぇ?」

 

 どうやらミスターシービーもマルゼンスキーも、GⅡレースだからと油断したり慢心したりといった様子はなく、適度な緊張感を保ちつつ出走を楽しみにしているようです。

 ふたりともGⅠウマ娘なのだからもう少し余裕のある態度でいてくれればよかったのに、というのが貴方の素直な感想です。どちらも『楽しむ』と『本気』を両立してレースに挑むタイプなのは当然知っていますが、こうも付け入る隙が無いのではさすがの貴方も煽ることが出来ません。

 

 これではまるで、出走前のウマ娘の様子を確認するために控え室にやってきたトレーナーではないか。万に一つでもそのように思われてしまえば、それは悪役トレーナーとしての沽券に関わる問題です。重箱の隅をつつく気概でなんとか粗を探さねばなりません。

 

 

 そこまで考えたところで貴方は気が付きます。あえて我関せずといった態度を見せればよいのでは? と。

 

 

 愛の反対は無関心とは有名な言葉だ。ウマ娘に積極的に関わるのが善良なるトレーナーの姿なのだから、悪徳を極める自分はその逆をゆけばいい。我ながらなんて冷静で的確な判断なのだ。

 貴方はミスターシービーとマルゼンスキーへ「自分から言うことはなにもない」と可能な限りアッサリとした雰囲気で声をかけました。一度コースに立てばそこはウマ娘たちの世界。トレーナーである自分の意志が介入する必要はないし、するつもりもないし、するべきではない。全ての結果はお前たちのものなのだから、自由に走ってくればいい。

 

 先ほどまでの楽しげで和やかな雰囲気は何処へやら。『ポカーン』という擬音が似合いそうなほど呆気にとられたウマ娘たちへ、勝者の余裕を含んだ微笑みを見せることで存分に煽り倒してから貴方は控え室を出ていきました。




次回は夜間練習からのスカウト組とそのトレーナーたちの視点になります。


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『Wild Challenger』

答え合わせの時間。


 “国内でも最高レベルのコンセントレーション”

 

 朝日杯フューチュリティステークスにてお披露目となった赤い勝負服でなくとも、そのウマ娘の鮮やかなスタートダッシュは観客席から大歓声を引き出してみせた。

 彼女が得意とする距離ではないが、脚質の不利をまったく感じさせない軽やかな走りは見るもの全てに『もしかしたら』と期待を抱かせるには充分だった。

 

 どれだけ早くとも桜花賞。

 

 そうでなければ東京優駿。

 

 これまでにないタイミングで実現したGⅠウマ娘同士の直接対決は、まずはマルゼンスキーの先駆けにより火蓋が切られるのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(マルっちの加速がいつもとかわらない? 緊張で掛かり気味……は、ないか。となれば──うへぇ、本気でヤる気ときましたか。トレちゃんが予測してた通りになったか~。……ま、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いくらGⅠウマ娘とはいえ、勝利したのはマイルのレース。中距離となれば勝手が違うし、まずは冷静にスタミナ管理をしながら身体を慣らしていくだろう。それが大方の有識者が予想していたマルゼンスキーの走りである。弥生賞に出走しているウマ娘とそのトレーナーの半数はソレを前提に作戦を組み立てていた。

 だが、残りの半数はそうではない。たしかに常識に従うのであればその予想は正しいのだろう。だが、常識に従うのであればマイルでGⅠ勝利という確かな実績を手にしたウマ娘をわざわざ中距離に送り込む必要はない。もうひとりのGⅠウマ娘のようにマイル路線をひたすら突き進むか、せめてティアラ路線を走らせるほうが確実だしリスクも少ないのだから。

 

(これで確定。マルっち、弥生賞の距離を()()()()()()()()()()()()()()()だね。フィジカルおばけなのは前々からだけど、メンタルのほうも……いや、わりと図太かったか。チョベリグが現役なんだし)

 

 レースに自分の走り方を合わせるのではなく、得意な走り方でレースを塗り替える。説明していたトレーナー自身もワケのわからないことを言っている自覚があったようだが、ほかに表現のしようがなかったのだろう。

 

 

 ナメた真似を、とは思わない。

 

 

 マルゼンスキーは本気で弥生賞を勝つつもりだ。だからこそ自分の得意な走り方で勝負に出たのだ。ライバルがどんな作戦を立てようとお構い無し、とことん好き勝手に加速して自分のペースでゴールを目指すだけ。

 こうなっては仕方ない。こちらも事前の打ち合わせ通り、マルゼンスキーを基準にした位置取りを意識して走るしかないだろう。下手に加減しながら追走していては、終盤に充分なスピードを得た彼女を追い抜くことはまず不可能だ。

 

(楽しそうに走ってるところ悪いけど、コッチもミドルのウマ娘としてなけなしのプライドってもんがあるワケなんですよ。簡単に勝てると思ってもらっちゃ──困るってなモンなんですよッ!!)

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……しまったな。こんなことならアイツに命令しとけばよかったぜ。GⅠウマ娘ふたりも抱えてんだから、もっと油断しとけってな」

 

「油断はしていないかもしれませんが、緊張もしていないんじゃないですか? 完全に雰囲気が一般のお客さんと変わりませんよ」

 

「フツーに屋台グルメ食い歩いてたからねぇ。黒ジャージの集団、目立ってたよね~。ありゃいったい何者なんだッ!? ってな感じでさ」

 

 レース展開が徐々にハイペースとなっているのを確認しつつ、数人のトレーナーたちが厄介極まりないライバルが率いるウマ娘集団のほうに視線を向ける。

 

 ミスターシービーはまだいい。ホープフルステークスを勝利したことで中距離のレースでは優先的に枠を得られる権利がある。仮にここで勝利を逃すことになったとしても、それなりの成績を残せば皐月賞はもちろん日本ダービーもほぼ確実に出走できるだろう。

 だがマルゼンスキーは違う。朝日杯フューチュリティステークスで勝利してしまったがために、世論は彼女を“マイルからの挑戦者”というイメージだけで評価しているのだ。この弥生賞での走り方次第では、やはりマイルのウマ娘が中距離に挑戦するのは難しいと判断されることになる。そうなればURAはマルゼンスキーの日本ダービー挑戦を“彼女の未来を考慮して”出走枠から弾く可能性もある。

 

 故に、もしも自分たちがマルゼンスキーのトレーナーであれば安全策を選んでいたはずだ。中距離でも問題なく走れることを証明するために、ペース配分に気を付け安定した走り方をするようにと指示していただろう。

 

「よほど自分の育成に自信があるのか、それともウマ娘の能力をとことん信頼しているか、あるいは難しいことはなにも考えていないバカなのか。どれだと思う?」

 

「案外、全部かもしれませんよ? 仮にボクが彼の立場なら、ミスターシービーは出さずにマルゼンスキーだけを出走させていますからね。わざわざこんなところでぶつける意味がない」

 

 日本ダービーを目指すウマ娘同士を、言い方は悪いがGⅡの舞台などで喰い合わせる。まともな神経をしたトレーナーであれば、意図的に片方の夢を潰しかねないような出走など絶対に選ばない。

 だが現実にソレが目の前で起きている。ウマ娘同士の友情と勝負は別物だというのは理解しているつもりだが、ここまで露骨に無下に出来るものかと彼に反感を抱く者も少なくない。

 

 しかし、それでもミスターシービーとマルゼンスキーは彼を選んだ。ほかのウマ娘たちもそうだ、あのトレーナーが身内同士で1着を奪い合うことを是とするイカれた考えの持ち主であることを認めた上で、彼のもとで走ることを選んだのだ。

 

「まぁ……だからこそ挑む甲斐があるというものです。安全を考慮する指針そのものに不満はありませんが、ウマ娘たちの闘争心を引き出すには多少の無茶も必要でしょう。いやはや、秋川理事長の慧眼には感謝しかありませんね」

 

 ついでに言うならば、周囲の評価などお構い無しに好き勝手な振る舞いを続けるあのトレーナーにも感謝の言葉を送りたいぐらいである。

 おかげでウマ娘たちの新しい可能性に気が付くことが出来たし、自分たちがトレーナーとして停滞……いや、衰退していたことを思い知ることが出来たのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(はーやだやだ。まさか本当にかっ飛ばすとは思わなかったわー。せっかくのプランがおじゃんになっちゃったじゃん。これだから天才ってヤツはメンドクセーんですわ)

 

 マルゼンスキーが大人しい走りを選ぶとは最初から思っていなかった。だからそれを利用してもうひとりの天才であるミスターシービーを封じるつもりでいた。

 レース展開が徐々に加速するのに合わせ、周囲のウマ娘を釣り上げペースを乱し、後半戦で垂れウマの壁として後続の頭を抑える。どれだけミスターシービーが規格外だとしても、壁を避けるため余計な距離を走れば加速は削がれスタミナにも影響が出るはず。それだけで勝てるとは思わないが、勝つための可能性が1パーセントでも増えるならあらゆる手段を使うべき。そう考えて備えていたが、もはや小細工を仕掛ける余裕などないほどにレース展開は加速していた。

 

(こーなりゃウチも覚悟キメてやるっきゃないか。シービーはご執心のライバルがマークしてるだろうし、ウチのターゲットはマルゼン一択──だわッ!!)

 

 これでも天才肌の逃げウマ相手に走るのには慣れている。なにせ同期の化け物はもちろんのこと、後輩にもアイネスフウジンやサイレンススズカのようなとんでもない脚の持ち主がいるからだ。

 彼女たちがレースに出走できるほど本格化したときのことを想像するだけで口の中が苦くなる気がするウマ娘は大勢いるだろう。

 

 まぁ、最近ではトウカイテイオーを追い掛けてきた元気いっぱいのアホの子が時々夜の練習に参加しているおかげで多少はマシになったのだが。

 彼女には申し訳ないが、こちとら普通のトレーナーにスカウトされるまで、日頃から頭のイカれたトレーナーが手掛ける天才どもの遊び相手をしていた身である。キラリと光るものはあれど常識の範囲内の後輩というのは可愛くて仕方ない。あの絶妙なおバカ加減は癒し効果も抜群である。

 

 

 レースはまだ中盤。それでも自分を含めた半数のウマ娘が、まるで最終直線に挑むかのように加速を始めている。

 

 

 ほかのウマ娘たちは、そんな自分たちの様子を見て呆れている者ばかりだった。こんな早い段階で速度を上げるなどという理屈に合わない走り方をしているのだ、マルゼンスキーに釣られて冷静さを失ったと思われても当然だろう。

 

 冷静に展開を見守る走り方も大いに結構。だが天才を相手に走ることの意味を知って、彼女たちはこのレースが終わったあとにどうなるのだろうか。担当が心優しいトレーナーであればあるいは、安全のために()()()()()()()、今後の出走は慎重に選ぼうと提案するかもしれない。

 それならそれで構わない。なにせいまのトレセン学園は相手が天才という程度では怯まないウマ娘がいくらでも育っているような状況で、枠はどれだけ空きがあっても足りないぐらいだ。主に、目標が定まらず燻っていた者ですらサクッと挑戦者に仕立て上げる無法者で勝負好きなトレーナーがいるせいで。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レースはいよいよ終盤を迎える。

 

 スタートから変わらず先頭をフルスロットルで駆けるマルゼンスキーと、()()から凄まじい勢いで追い上げてくるミスターシービー。

 

 G1ウマ娘の豪快なラストスパートはもちろんだが、そのふたりに負けず劣らずの走りでゴールを目指すウマ娘たちの姿もまた、ファンの心を昂らせるには充分な効果があったらしい。

 期待通りの結果になるのか、それとも期待を裏切る番狂わせが起きるのか。もはやクラシックロードのステップレースという視点ではなく、人々は挑戦者たちの火花を散らす走りをただただ純粋に楽しんでいた。




くそッ!
なんで弥生賞は3月に開催されるんだッ!
3月が弥生だからだなッ!
ヨシッ!!


続きはなつのおもいでが高値(25万G)で売れたら、次の登場ウマ娘はアグネスタキオンになります。


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こうそくリュウシー。

銀河に願えばガチャも……?


「クリーク、砂糖多めミルク多め愛情特盛のココアをひとつお願いしてもいいかな?」

 

「ついでにあたしにも同じのを貰えるかしら? できれば氷とストローもよろしくね」

 

「ふふ、任せてください♪ ほかの皆さんも、なにか飲みたいものがあればご用意しますよ~?」

 

 

 6月。1ヶ月後に夏合宿を控えたこのタイミングで、貴方にしては珍しく自身の行動について省みるという偉業を達成しています。

 

 

 明日にでもビッグ・クランチが始まる可能性を産み出してまで貴方が考えているのは、この世界における史実やアプリとの差異についてです。

 

 戯れにも死闘にも見える、ダービーの歴史でも最高のデッドヒートと称賛された日本ダービーは見事ミスターシービーが勝利しました。弥生賞ではギリギリのところで末脚が届かずマルゼンスキーにハナ差で負けていますが、日本ダービーではそのときの借りを返すぞと言わんばかりの気迫で叩き合いを征しています。

 ちなみにそのときは7人のウマ娘が塊となってゴールするという大混戦になりました。その瞬間から電光掲示板に結果が表示されるまで東京レース場が静まり返ったあの光景は、さすがの貴方も興奮と緊張で冷や汗が止まらなかったことでしょう。

 

 素晴らしいレースを見ることが出来たのは素直に喜ばしいことです。しかし、結果として『ミスターシービーの三冠達成』はまだ可能性が残っていますが『無敗のマルゼンスキー』という実績は崩れ去ってしまいました。

 もちろん貴方はそれを承知で日本ダービーでの対決を止めなかったワケですが、前世の記憶を持つひとりのウマ娘ファンとしてはやはり惜しむ気持ちもあるようです。

 

 そしてふたりを含め、日本ダービーの最終直線にて限界ギリギリの速度で鎬を削り合ったウマ娘たちが貴方の目の前でダウンしているという事実。それもまた悩ましさに追い討ちをかけているのでしょう。

 青葉賞から連続出走をしたマルゼンスキーだけではなく、全員がしばらくレースを走れる状態ではありません。それは怪我というほど深刻なものではありませんが、少なくとも夏合宿が始まるまではトレーニングメニューも慎重に組まなければならない状況です。

 

 

 そんな事情も関係しているのか、担当トレーナーから休みを言い渡されたウマ娘たちが貴方のルームでダラダラと過ごしている状態です。

 

 何故わざわざ自分のルームにやってきたのか、何故当たり前のようにスーパークリークが彼女たちの世話をしているのかはわかりません。ただ、限られた時間とはいえ夜間練習でアドバイスをしたことがあるウマ娘たちということもあり、ここで追い出すのはさすがに無責任だろうと貴方も黙認することにしたのでしょう。

 練習で怪我をしないようにとは配慮していましたが、レース中に全力で走ることによる身体への負担についてはまだまだ認識が甘かったかと反省することにしたようです。もちろんウマ娘たちの真剣勝負に横から口出しするという発想は貴方には皆無ですが、今後のアドバイスを工夫することで彼女たちの負担をどうにか減らすことが出来ないかと色々考えている様子。

 

 

 とはいえ、それに関しては自分よりも先に解決策を見つけてくれそうな存在に貴方は心当たりがあります。

 と、いうよりもまさに目の前で問題解決のために楽しそうに作業をしているウマ娘がいます。

 

 

「ふ~む。この蹄鉄の消耗の偏り具合……そして筋肉の状態は……なるほど、それであのコーナーでの見事な加速が可能だったワケか。ククク、実に素晴らしいッ! いやはや、先輩方の協力のおかげでますます研究が捗りそうだよ……ッ!」

 

 

 脚に触れることを許可しつつも「この子大丈夫? イロイロと」とでも言いたげな視線をウマ娘が貴方に向けていることなどお構い無し。アプリユーザーの間では『アグネスのヤベーほう』でお馴染みのアグネスタキオンが先輩ウマ娘たちの脚を嬉々として触診していました。




ダービーは当然カットです。

なぜなら本作のメインはレースそのものではなく、レースが始まる前の転生者主人公による極悪非道なクソトレーナームーヴと、それに対する周囲の反応にあるからです。
まかり間違っても読者の脳裏に「シンデレラ……」とかいう謎の単語が横切るような話ではありません。

もちろん賢さG案件と日本ダービー挑戦が噛み合うような話が思いつけば別ですが。

例えば、候補としては……えー……候補はですね……まぁ……ダービーウマ娘多いなぁ……


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ちゅうもくカンシー。

 ウマ娘のアグネスタキオンが可能性を求める研究者として誕生したのは、モデルとなった競走馬が三冠馬を期待されながら、屈腱炎により皐月賞がラストランとなってしまったことも無関係ではないでしょう。

 

 トレーナー相手に担当契約の証として怪しいお薬を飲ませてゲーミング仕様にしてみたり、味覚が特定の食べ物の味しか感じなくなってしまうような発明品を思い付いてみたりと、なにかとマッドサイエンティストとしての側面を見せることも少なくありません。

 ですが、アグネスタキオンは努力する者の成功を願うウマ娘でもあります。自分自身の世話は壊滅的にズボラですが、手助けを必要としているウマ娘には“適度に”ヒントを与えるクールなお助けキャラのような一面も持っているのです。

 

 そして、彼女自身もまた、自分の限界に──本気の走りに脚が耐えられないという難題に立ち向かう挑戦者でもあります。

 

 

 

 

 故に、アグネスタキオンが脚質を改善し怪我のリスクを低下させることに成功したトウカイテイオーを追いかけ回すことになるのは時間の問題でした。

 

 

 

 

 どうやら彼女もトウカイテイオーの走り方が危険であることには気が付いていたらしく、自力で問題を克服したトウカイテイオーを是非とも研究対象にしたかったとのこと。

 その気持ちは理解できますが、取引相手に助けてくれと言われれば貴方としても黙って見ているワケにはいきません。トウカイテイオーを背中に庇い、前世の知識からチート能力で具現化させたジンギスカン味のキャラメルを相対するアグネスタキオンの口に放り込むことで見事撃退に成功しています。

 

 誤算があったとすれば、悶え終えたアグネスタキオンが「甘味に対する冒涜も甚だしいが、好奇心を放置せず形にする姿勢は評価できる」と貴方を気に入ってしまったことぐらいです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「相変わらずトレーナーくんの周囲には面白いウマ娘が集まってくるねぇ。いや、この表現は正しくないか。トレーナーくんのもとに集まったウマ娘が面白いことになっているのだからねぇ!」

 

 出会ったときの意趣返しなのでしょう、貴方のおやつボックスから最後までチョコたっぷりなスティック菓子を当然の権利のように取り出して食べながら楽しそうにしています。

 疲れていても適度な運動は必要です。カチャカチャと食器を洗っているスーパークリーク以外のウマ娘の姿はすでになく、ルームには貴方とアグネスタキオンとソファーでガチ熟睡しているセイウンスカイしか残っていません。

 

「こう言ってはなんだが……本来であれば、日本ダービーはミスターシービーとマルゼンスキーの一騎討ちになるはずだった。少なくとも彼女たちの選抜レースが開催された時点のデータであればそうなる可能性が高かったんだ。なにせ、誰からもスカウトされないような成績しか残せていなかったのだからねぇ」

 

 少しだけ寂しそうに語るアグネスタキオンですが、肝心の貴方は「あ、そんな感じだったんだ……」と小さな驚きに包まれていました。

 

 トレーナーとして働く意志が存在しない貴方にとって選抜レースはただの娯楽です。取引中のウマ娘たちの仕上がり具合を確認する以外では、ほかのウマ娘の走りを分析してはGⅠ勝利へのプランを練るという遊びを繰り返していただけなのです。

 さすがはアグネスタキオン、科学者を名乗るだけあって選抜レースに対する理解力も見事なものじゃないか。独特な視点からの感心を抱きつつも、空気の読める貴方はとりあえず真面目な表情をキープして続く言葉を大人しく待つことにしました。



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けんきゅうガクシー。

「実際に彼女たちの脚に触れてみて確信したよ。アレはもう取り返しがつかないレベルで脚質が完成してしまっているね。距離はもちろんだが、位置取りからスパートのタイミングまで……スペシャリストと表現すれば聞こえはいいが、汎用性は失われてしまったワケだ」

 

 楽しそうに、しかしどこか挑むような視線を貴方に向けてアグネスタキオンが微笑んでいます。

 夜間練習に参加しているウマ娘たちの脚質が融通のきかないモノになっている、そのことについて貴方はもちろん把握していることでしょう。

 

 もっとも、貴方にしてみればウマ娘たちが持っていた才能を磨く手伝いをしただけに過ぎません。悪のトレーナーであろうとも守らねばならない一線があると考えている貴方は、ウマ娘たちに対して“提案”することはあっても“命令”をしてはならないと心に決めています。

 あくまで決定するのはウマ娘側。それを繰り返すことで無責任なクズ野郎としての立場を丁寧に丁寧に築き上げることができましたし、なによりも『自分で選んだ』という事実は土壇場で心の支えとなるはずです。どれだけ科学の力で運動が理詰めに解析されようとも、最後の最後で意地を張れなければ勝ちは掴めません。

 

 つまり、特定の条件に特化した走り方を選んだのはウマ娘たちの意思によるものですが……アグネスタキオンの話を聞いていた貴方は、これは追放されるためのヒントになるのでは? と新たな閃きを得てしまいました。

 

 

 アグネスタキオンは成功を願い可能性を尊ぶウマ娘である。

 

 彼女の視点からすれば、自分はウマ娘たちの走り方を特化させることで可能性を奪ったクソトレーナーである。

 

 本来ならばどんなレースでも走れる権利を持っていたはずが、得意な距離を得意な作戦でしか走れないようにした大罪人である。

 

 つまり、アグネスタキオンが自分を敵対存在として認識しているのは確定しているのである。

 

 

 この事実は貴方にとって素晴らしい追い風となることでしょう。アグネスタキオンはトラブルメーカーではありますが、同時に走ることへの真摯さから多くのウマ娘に慕われてもいます。

 そんな彼女に嫌われているワケですから、これを追放プランに組み込むことができれば目標達成までかなりの短縮化が見込めるでしょう。

 

 

 貴方の次のセリフは「そうなのか。で、それがなにか問題なのか?」に決まりました。

 

 

 楽しそうに笑っていたアグネスタキオンの動きがピタリと止まります。ついでにスーパークリークとセイウンスカイのウマ耳もピクリと反応していますが、勝利の2文字しか見えていない貴方の視界にはもちろん写り込むことはありません。

 

 

 切っ掛けを作ったことは紛れもない事実だが、こちらのアドバイスを受け入れるかどうかは全てウマ娘側の自由だった。いまも夜間練習に参加しているウマ娘はもちろん、スカウトされて正式にトレーナーに担当してもらえることになったウマ娘たちも、いくらでも別の走りを選ぶチャンスはあったのだ。

 

 自ら走るべき道を見つけたウマ娘に、いちいち口出しする理由も義務も権利もない。

 

 

「おやおや、随分な言いぐさじゃないか。ウマ娘が走る理由は様々だが……君たちトレーナーのために走っている部分だってあるのに、そんな突き放すような言い方をされては悲しくなってしまうよ」

 

 さて、いつもならここでスパッとダメ押しの一言を投げ付ける場面です。しかし、相手がアグネスタキオンということもあり、貴方は慎重かつ迅速に言葉を選ぶ必要があるでしょう。

 これまでも完璧な言葉選びで弁舌合戦を勝利してきた百戦錬磨の実力者という自己評価を持つ貴方ですが、相手が理系ということもあり、わずかでも付け入る隙を残すワケにはいきません。ここは最大限に簡潔かつ強い言葉でカウンターを狙うことにしましょう! 

 

 

 貴方はニヤリと不敵な笑みを浮かべこう告げました。トレーナーのために走るという考え方は自分にとって一番理解から遠い発想だ。何故なら、トレーナーのためにウマ娘がいるのではなく、ウマ娘のためにトレーナーがいるからだ……と。

 

 

 貴方の価値観はかなり衝撃的なものであったらしく、とうとうアグネスタキオンはお腹を抱えて笑いだしてしまいました。

 これほどまでに考え方が相容れないのだから、彼女を追放プランに組み込むという着眼点はやはり間違っていなかった。大笑いが止まらないアグネスタキオンの様子を見て、野望の達成にまた大きく1歩近付くことができたと貴方も大満足です。



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とうとみソンシー。

「たのもぉ~うッ!! タキオンさんからこちらのルームにそれはもうビックリでドッキリな面白いトレーナーさんがいらっしゃるので布教活動に是非とも勤しみたまえよと言われて呼ばれてなくともデジたん馳せ参じ候んほぉぉぉぉウマ娘ちゃんたちの夢の祭典ですかここはこんなの6月の雨にも負けないレベルのマイナスイオンで水瓶座の黄金聖闘士のパワーアップ間違いなしの清涼空間じゃないですかこんなの素敵しゅぎて恐れ多いを通り越して原子分解土下座が必要なんじゃないですかおいくら万円でここの空気は販売される予定ですかすいませんハイテンションでなんとか意識を保とうと小細工をしてみたもののさすがのデジたんもそろそろ限界が近いようでしてゲットバック尊みヨロシク勇気リアル有マ記念オールスター万歳ゲボハァ……ッ!!」

 

「やぁトレーナーくん、失礼するよ。──ふぅン? 私にとってはいつものことだが、“この状態”では初対面のわりにデジタル君の挙動に驚かないんだねぇ? うんうん、やはりキミは実に興味深いトレーナーだよ。ククク……ッ!」

 

 

 アプリでは基本的に晴れているシーンが多いですが、当然ながら貴方が転生した世界には雨天の時期が普通に存在します。

 

 ある程度の雨であれば悪天候でのレース運びの練習にもなるでしょう。しかし、視界にすら影響が出そうなほどの土砂降りではいくらなんでも怪我のリスクが高すぎます。

 なので現在、雨具を着用しての練習もためらうほどの空模様のため貴方のルームは特に予定のない取引中のウマ娘たちが各々の手段で暇を潰している最中でした。先ほどまではまったりとした空気が流れていましたが、愉快な客人の突然の訪問により誰もが時が止まったかのように固まってしまいました。いまは黙々と数学の宿題をこなすハルウララのペンの音だけが響いている状況です。

 

「……なぁゴルシ、どうせあの子アンタの親戚かなんかやろ? 放置せんとちゃんと反応したれや」

 

「いや……いやー、あそこまでノリと勢いで押しきられると、さすがのアタシでも口挟む余裕ねーわ」

 

「とりあえずソファーに運んじゃおうか。さすがに地べたにそのまんまっていうのもアレだし。マヤノ、そっち持ってくれる?」

 

「マヤわかっちゃった。きっとこれからも同じようなことが何度も起きるんだろうなって」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「一応言っておくが……私が彼女になにか吹き込んだワケではないよ? トレーナーくんのことを少しばかり話しただけさ。まぁ、聞き手が退屈しないよう私なりの解釈でアレンジして楽しめるようには配慮したがねぇ」

 

 コスモを完全燃焼しつつも抱き締めた懐のDVDだけはしっかりと守護り通したアグネスデジタルの勇姿に貴方が感心していると、横から彼女のルームメイトがニヤニヤしながら補足説明をしてくれました。

 アグネスタキオンの言葉を額面通り受け取るならば、ルームメイトを連れて遊びに来たと解釈する場面でしょう。もちろん貴方がそのようなカモフラージュに惑わされるような凡ミスなどするワケがありません。

 

 

 これは、逆転の発想だ。

 

 ほかのウマ娘たちは自分をトレセン学園から追放するために動いているが、アグネスタキオンはあえての逆張り……人材不足を解消するために、悪のトレーナーから善のトレーナーへと改心させるつもりなのだ。

 だからアグネスデジタルをぶつけてきたのだろう。彼女ほどウマ娘に対する情熱を持つウマ娘はそうそういないだろうし、ウマ娘に対して極悪非道な振る舞いを続ける外道トレーナーがいると知れば、勇者と評されたウマソウルが黙っていられないのは自明の理。

 

 しかし、わからないこともある。いくらアグネスデジタルが優秀な伝道師とはいえ、可能性が存在しない相手にぶつけるなど無意味でしかない。

 ひとりでいるときならばともかく、これまでウマ娘の前では完全なる悪役の姿しか見せていないのに。いくら理系とはいえ、やはりチート能力者の前では計算が狂ってしまうということか。

 

 

 さすがはチート能力を持って生まれた転生者! 貴方の視覚と記憶領域は千年パズルでも遠く及ばないほどの高次元な摩訶不思議で構成されているようですね! 

 

 貴方の脳内が常に自分のターンであることはいつものことですが、それはともかくこうして正面から挑まれたのですから、それ相応のもてなしで迎え撃たなければ無作法というものです。

 さっそく貴方はパソコンとモニターを繋いでDVDを鑑賞するための用意を始めました。貴方の動きを見たウマ娘たちがテーブルの上を片付けたり飲み物やお菓子を並べたりしていますので、準備は滞りなく速やかに完了することでしょう。




次回はタキオン視点です。


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『愚者から始まる遥かな旅路』

答え合わせの時間。


 堂々と金銭目的であることを公言したトレーナーがいる。

 

 ウマ娘はもちろん、トレーナーや学園スタッフまでもが渋い顔をしている姿を見て、アグネスタキオンは「その程度のことで何故いちいち不快感など顕にするのか」と不思議で仕方がなかった。現代社会において、生活のためにはなんらかの手段でお金を稼がなければならないことなど子どもでも知っているというのに。

 有限ではないが厳しい選定による椅子の奪い合い、ウマ娘のレースという国際社会での立場にすら影響する巨大コンテンツを支えるという役目。トレーナーという立場に押し付けられている責任を思えば、それに見合う報酬を期待することぐらい大目に見て然るべきだ。

 

 

 もっとも、その考え方を許せるからといって、トレーナーとしての実力や方針についてまで無条件で認めるほど甘くはないが。

 

 

 集団の心理というものは面白くもあるが実に厄介なもので、勤勉さを維持できるのは全体の2割程度にしかならないのだ。半数はほどほどに手を抜いて活動することで満足し、残りの3割は堕落して使い物にならなくなってしまう。

 トレーナーであれば、育成評価を上げるよりも、適度にレースを勝利することで追加報酬を得ることに熱心な者が5割以上はいるということだ。もちろんそれはウマ娘側にも同じことが当てはまる。最初からGⅠレースなど夢に見るどころか興味無し、オープン戦でそこそこ楽しく走りながらそれなりの賞金を積み立てることができれば満足できてしまう者も確かに存在するのだ。

 

 アグネスタキオンにとって重要なのはその部分である。可能性の追求と向上心が決して切り離せないものである以上、件のトレーナーの“儲かる”という発言がどこを目指しているのかという部分に興味があった。

 安寧と停滞を望むようであれば論外であるが、育成評価を高めるために重賞レースに果敢に挑むというのであれば利用価値は充分にある。無茶な出走プランを押し付けられるようであれば困るが、本気で金儲けを考えるトレーナーであるならウマ娘の脚が消耗品であることを考慮しないワケがない。

 

 

 もっとも、全ては自分自身の脚の問題が解決してからの話だ。全力で走ることができないというウマ娘として致命的な欠点を克服できなければ、研究を優先するためにトレセン学園から去ることも考えなければならない。

 まずは保留、そして観察。なんとも好都合なことに、どういう事情があるのか彼のもとには面白そうなウマ娘たちが少しずつ集まりだしていた。彼女たちの変化を確認してから方針を組み直すのも悪くない。しばらくは様子見に徹してみようかと考えていたのだが──。

 

 

 ◇◇◇

 

「まいった困ったまいった困った。こうも有用なサンプルが多く集まってしまうと、研究が捗り過ぎて困ってしまうじゃないか。いやはや、データを読み込むだけでも一苦労で本当に困ってしまうねぇ!」

 

 どう見ても楽しんでいるようにしか見えないが、予想外の出来事が多すぎるという意味ではアグネスタキオンは確かに困っているのだろう。

 

 日本ダービーの最後の叩き合いが見事な勝負であったことに異論はない。だが、並みのウマ娘があの天才ふたりと互角に競り合うようなマネをすれば、限界を超えるスピードで走り抜けた代償としてその脚は()()()()()()()可能性が極めて高いのだ。

 だが、実際にはそんな不幸な結末は誰ひとりとして迎えてはいない。ほぼ全員が、夏合宿が始まるころには回復してレースにも再び出走できるレベルの疲労で済んでいる。

 

(実に興味深い……。彼女たちの脚はもう中距離以外は走れない。ギリギリで有マ記念ぐらいなら調整も可能だろうが、適性外のレースに出ようものなら悲惨なことになるだろう。いや、距離だけではなく走法もか。たったひとつの愚かなやり方……なにも知らない者はそのような評価を下すかもしれないねぇ)

 

 当事者であるウマ娘たちには迷いなどなかったことだろう。なにせ限定的な条件が整わない限り決して勝てない代わりに、リミッターを振り切って天才相手に互角の勝負が出来るような脚が手に入るのだ。

 もとより選抜レースで結果が出せず誰からも注目されない状態からのスタートなのだ、ゼロか百かの賭けなど望むところ。挑戦するか傍観するかどちらがいいと聞かれれば、余程の事情がない限り答えなど決まっている。

 

 おかげで第9レース場はアグネスタキオンにとって宝物庫に等しい場所と化していた。少々歪ではあるが、ひとつの可能性の限界にたどり着こうとしているウマ娘が大勢いるのだから興奮しないワケがない。

 なにより、目的外のあらゆる可能性を排除して鍛えられた脚の驚くべき頑丈さは彼女にとって垂涎のネタであった。アレもコレもと欲張るよりも、最初からひとつに絞って鍛えたほうが強い。なるほど実にシンプルだが、だからこそ盲点だったのだ。

 

 

 それらを踏まえて。

 

 自分で言うのもなんだが、アグネスタキオンというウマ娘はそれなりの才能というものがある。慎重な見極めは必要だが、複数のプランを──例えばティアラ路線を目標にするならマイルと中距離を、クラシック三冠路線ならば中距離と長距離を。ひとつに絞らなくとも可能性を導くことも夢ではないかもしれない。

 

 

「……と、いうことでデジタル君ッ!」

 

「ひゃいッ!? なんですかッ!? 何事でしょうかッ!? もしかして私なにかやっちゃいましたかッ!? 申し訳ありません今度はちゃんと部屋の隅っこでダンボールに隠れてますのでどうぞお構い無く研究の続きを──」

 

「キミ、第9レース場の夜間練習に参加してみないかい?」

 

「──はい?」

 

「本当なら私自身が参加したいところではあるが……生憎と脚の具合が万全とは言い難い状態でね。現状でも有用なデータは集まっているが、ルームメイトであるキミが参加してくれるとより確実で正確な変化を記録することができ「ムリですッ!!」たんだけどねぇ……」

 

「ムリムリムリムリ私にはムリですよ! タキオンさんからのお願いとあらば身命をとして遂行したいという気持ちだけなら覚悟完了してますが第9レース場といえば選抜レースで惜しくも負けてしまい1度は夢を諦めそうになったウマ娘ちゃんたちがそれでも勝利を求めて切磋琢磨する誰もが光になれるまさにヘブン・アンド・ヘブン! そんなディバイディングな空間に私ごときが踏み込もうものならその瞬間にファイナル人生スタート承認焼きたてのピーチパイに乗せたアップルグミのようにあっという間にでろんでろんになっちゃうに決まってるじゃないですかッ!! 」

 

「いくら焼きたてでもそこまで簡単には溶けないと思うが。それに、どうせ乗せるならグミよりアイスクリームあたりでお願いしたいところだねぇ。しかし……ふぅ~む……」

 

 

 アグネスタキオンは考える。

 

 ウマ娘に対して独特の価値観と畏敬の念を抱いているルームメイトであれば、もしかしたら喜んで協力してくれるかもしれないと話を持ちかけた。

 だが、アグネスデジタルはウマ娘たちへ向けてよく“尊い”という言葉を使っているように、特別視するあまりどうにも距離をとろうとする癖もある。

 

 なので一応、断られるパターンも想定してはいた。だがこれは、研究の手伝いはそれとして、アグネスデジタルの才能を惜しむが故の提案でもあったのだ。

 

 彼女もまた、走る能力については光るものを持っている。学業の成績だって悪くないし、素行に関しては自分のほうがよほど問題児のカテゴリーに相応しいだろう。

 能力とウマ娘としての性格()()で評価するならば、本格化が進行すれば間違いなくスカウトの対象になるだけの素質はあるのだが……アグネスデジタルという個人の在り方が少々マイナス方向に作用しているのが現状なのだ。

 

 まぁ、仮に自分がトレーナーの立場なら彼女のスカウトを躊躇う気持ちも理解できなくはない。幸せそうに恍惚とした表情でほかのウマ娘の後ろを走っている姿を見せられては、どう扱えばいいのかわからないのが普通の感性だろう。

 

 

(それでもデジタル君の才能を放置するのはあまりにも惜しい。だがベクトルが明後日の方向ではあるが癖ウマの彼女を普通のトレーナーが導くのはそうとう骨が折れるだろう。しかし彼女の価値観を理解するのは普通のトレーナーでは──普通のトレーナーでは?)

 

 

 その瞬間、アグネスタキオンの中に潜む悪魔が囁き始めた。

 

 たしかに普通のトレーナーではアグネスデジタルというウマ娘を担当するのは難しいだろうねぇ。しかし、いまのトレセン学園には普通の枠では収まらず、かつ気軽に話しかけることができる程度の育成評価しか得ていないトレーナーがひとりだけいるだろう? 

 

 

「ふむ。それなら、例のトレーナーくんのルームに遊びに行くのであればどうだい?」

 

「ほぇ?」

 

「キミがウマ娘たちの活躍を陰ながら見守ることに熱心であるように、彼もまた担当を持たないまま努力するウマ娘たちを支えている。もしかしたらシンパシーのようなものを感じることができるかもしれないだろう? それとも、デジタル君も彼には思うところがあるかな?」

 

「そうですね~、なんでちゃんと担当契約をしないんだろうって不思議ではありますよ。シービーさんと契約していればすでにGⅠ3勝、それもダービー含めてですからね。さすがにトレーナーランクはすぐには上がらないでしょうけど、いまごろチーム申請だって通っていたと思うんですよ」

 

 そこにマイナスの感情は一切無く、ただ純粋に疑問を抱いているルームメイトの姿に思わずニヤリと笑ってしまうアグネスタキオン。

 

 これならばほんの少し()()するだけで彼女をあのトレーナーの担当ウマ娘……ではなく、取引相手に据えることができるだろう。

 癖ウマの扱いに関しても普段から当然のようにゴールドシップとコミュニケーションが成立しているし、以前賭け事でヒートアップしたらしいナカヤマフェスタとシリウスシンボリを正座させている姿を見たことがあるので問題はないはずだ。聞いた話ではふたりがその場の勢いでトレセン学園の退学を賭けたらしく、それを知らされたあのトレーナーが静かにキレたらしいが……あのときの空気の冷え方は、正直トラウマになりそうなのであまり思い出したくない光景である。

 

 ともかく。

 

(ウマ娘たちの活躍を堪能するために、芝もダートも関係なく走ることができる彼女をトレーナーくんが育てるのであれば……()()()()()()()()()、かなりの成長を見込めるし、それに比例して私の研究も捗ることだろう。まったく、楽しみが尽きなくて困ってしまうねぇ……ッ!)

 

 

 畏れ多くも敬愛するウマ娘たちとお揃いの黒いジャージを羽織り喜びに悶えるルームメイトの姿を想像してしまい、アグネスタキオンはいよいよ声をあげて笑いそうになるのをグッと堪えていた。

 後に研究の成果が無事に実り、本気で走ることができる脚を手に入れた彼女もまた──有象無象のトレーナーたちのスカウトの煩わしさから逃れるために、同じ黒のジャージに袖を通すことになる。




作中の登場人物の賢さの限界は作者次第とのこと。
つまり、本作ではアグネスタキオンはもちろん、ほかの知的キャラもなんとなくフワッとした仕上がりになるということです。
そのあたりは所詮素人の二次創作と生暖かい眼差しで見守っていただけると助かります。

作者の知能なんてメルカトル図法とモルワイデ図法の説明すら出来ない程度ですし、もうひとつのヤツは名前すら覚えてません。
なんかこう……清虚道徳真君法みたいな名前だったのは覚えてます。


続きはラムネを溢れさせず開栓することに成功してから、次の登場ウマ娘はヒシアマゾンになります。


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やしょく。

世の中にはたこ焼き味のラムネや桜えび風味のサイダーがあるそうで……。


 トレセン学園の夏。

 

 9月から始まる様々な距離のGⅠレースに向けて大勢のウマ娘たちが夏合宿で猛トレーニングに励む時期ですが、担当するウマ娘がいない貴方にはもちろん何ひとつ関係はありません。

 当然取引中のウマ娘たちに同行するようなこともなく、バスに乗り込む皆を悪役らしさの演出のために屋上から見送っています。どうやら免許の取得が間に合わなかったらしく、アプリとは違いマルゼンスキーもちゃんとバスに乗って合宿所へと向かっていきました。

 

 とはいえ、合宿に参加しなくとも取引中のウマ娘はそれなりの人数が学園に残っていますので、彼女たちへの最低限のアドバイスはしっかりと用意しなければなりません。

 特に、ゴールドシップとタマモクロスまでもがトレーナー不在でメイクデビューを終えてしまったのは、ふたりのことを知る貴方にとって見過ごせない事実です。

 

 シンボリルドルフの同期になってしまっただけならばともかく、トレーナーの支えを得られないまま彼女と競い合うのはかなり分の悪い賭けになることでしょう。

 

 一応貴方も取引として、トレーニングプランの改善を手伝ったり走り方やレース運びで気になる点を指摘したりオーバーワークによる怪我を防ぐために休むように命じたり姿焼きではないイカ焼きを出す店があると聞いてタマモクロスと一緒に食べに行ったり焼きそばの品質向上のために熊本までゴールドシップと辛子蓮根を食べに行ったりなどもしました。

 ですが、結局のところ多少の交流があるだけで貴方は彼女たちを支えるための担当トレーナーではありません。ガッツリかち合っている史実の戦績やアプリの目標レースのことなどはいまさら気にしていませんが、トレーナー不在という圧倒的不利をあのふたりがどの程度克服できるのか? という致命的な問題についてはさすがに不安を抱かずにはいられません。

 

 そして、悩んだ末に貴方が導きだした答えは──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 これはおそらく世界でも日本人特有の感覚かもしれませんが、人間というものは不思議なことに突然ラーメンが食べたくなる生き物です。

 幸いにして夏場は商店街も夜遅くまで賑わっているため、趣味であるウマ娘たちのトレーニング鑑賞を終えたあとでもお店選びに不自由はありません。

 

 取り返しのつかない出来事について悩むのは時間の無駄なので、なにか大きなトラブルが起きたときに全力で対処すればいい。そう結論付けた貴方は難しいことを考えるのは止めて、引き続き普段と変わらない悪役ムーヴで彼女たちと接することに決めました。

 こうして今後の方針が決定した貴方は心置きなく庶民グルメを味わうため、帰宅前に商店街へと繰り出しているところです。もちろん商店街の人々は夏の間もウマ娘が必死に努力していることを知っていますので、お気楽に夜遅くラーメンを食べに来ているトレーナーの姿はさぞかし癪に障るはず。賢い貴方はそのあたりの事情もキチンと計算済みという気分なのでしょう。

 

 

 さて、食前酒代わりの野菜ジュースをベンチで飲み終えてから機嫌よく歩き出した貴方ですが、本来ならばいまの時間のこの場所にいてはならない存在──トレセン学園のジャージを着ているウマ娘たちを発見してしまいます。

 

 なるほど、アスリートとはいえ彼女たちも青い春を満喫したいお年頃。夏の解放感に誘われて友人同士でちょっとスリリングな思い出作りに挑戦したのか。

 本来ならば注意と指導を必要とし、速やかに学園に連絡を入れて連れ帰る場面でしょう。ですがそれは真面目なトレーナーの模範的行動であり、模範的悪党である貴方はもちろんそのようなことはしません。

 

 ですがウマ娘たちは“学園を抜け出したところをトレーナーに見付かった”というシチュエーションに影響されているらしく、あからさまにバツの悪そうな表情をしています。

 先入観と思い込みで客観的な判断をできずにいるウマ娘たちのことを微笑ましく思いながら、貴方は近くのラーメンの屋台で注文を始めます。

 

 タップリの野菜に合わせたコッテリのスープ、お客さんの注文を受けてからチャーシューを切り分けてタレを付けながら炭火で炙るパフォーマンス。夜食ラーメン欲求を満たすには最高クラスの条件が整っている1品です。

 ゴクリと喉を鳴らしたウマ娘たちの姿を見た貴方は、当たり前のように彼女たちの分のラーメンも注文します。店主は一瞬だけこちらを見て「まいどあり」と小さく返事をして調理に取りかかりました。

 

 始めこそ困惑していたウマ娘たちですが、成長期のアスリートにとってラーメンの誘惑に立ち向かうのはこれ以上ない困難だったのでしょう。控え目な動作で、しかし力強くどんぶりを受け取ってしまいます。

 

 

 さぁ、これでもう全ては貴方の思うがままです! 

 

 

 この場にいたのがウマ娘たちだけであれば、規則違反の責任は彼女たちだけに向けられたことでしょう。しかし、学園所属のトレーナーである貴方がいれば話は違ってきます。

 さすがに昼間に比べれば人目は少ないかもしれません。ですが、こうして堂々とウマ娘たちにラーメンを食べさせている姿を見せているのですから既成事実としては充分です。誰がどう見ても悪いトレーナーがウマ娘たちに夜食ラーメンという禁忌を教えているようにしか見えまいと、貴方は心の中でほくそ笑んでいます。

 

 こうして夏の夜の商店街に、楽しそうにラーメンをすするトレーナーを真剣な表情でラーメンを食べるウマ娘たちが囲んでいるという珍妙な光景が誕生したのでした。




これほどの悪行、アンチ・ヘイトタグが無ければ警告待った無しに違いない。

それが深夜ラーメンの持つ魔性のカルマ……ッ!!


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やくしょく。

「トレーナー、今回は本当に助かったよ。アンタのおかげであの子たちもどうにか立ち直ってくれてさ。担当でもないってのに、わざわざ面倒見てもらっちまって悪いね」

 

 翌日。

 

 悪行が精算されるその瞬間を心待ちにしながら水槽を掃除していた貴方ですが、ルームを訪ねてきたヒシアマゾンの発言があまりにも理解不能であったために動きがピタリと止まってしまいました。

 

 

 いったいなんのことだろうとヒシアマゾンに質問してみたところ、どうやら昨夜に商店街で発見したウマ娘たちについて話しているようです。

 なんでも才能のあるウマ娘の走りを見て自信を無くしてしまっていたとのこと。詳しく聞いてみたところ、比較対象がよりにもよってミスターシービーやマルゼンスキー、そして先日メイクデビューで圧勝したシンボリルドルフだというのです。

 

 

 これには話半分に聞き流していた周囲のウマ娘たちも「いくらなんでも比べる相手が悪すぎる」と呆れています。

 自信家のトウカイテイオーでさえも、最近はミスターシービーへの無謀な挑戦を控えて地道なトレーニングを丁寧に繰り返しているためか「上ばかり見てもしょうがないのだから、まずは足下をしっかり固めるべき」と実に真っ当な意見を述べているぐらいです。

 

「うーん、まぁ……よくある話、ってのもアレだけどさ。アイツら、ここに入学する前は地元では敗け知らずだったらしいんだ。で、シービー先輩あたりまでは素直に憧れるだけでいられたんだが……会長までブッちぎりでデビュー戦、勝っちまっただろ? それで不安になっちまったらしいんだ。自分たちがデビューするときも、とびっきりの天才とかち合ってボロボロに敗けちまうんじゃないかってね」

 

 そんなふうに言われてしまうと、前世の知識とチート能力で色々と知っている貴方は反論ができません。いまはまだ注目されていなくとも、潜在能力はGⅠ級というウマ娘に心当たりが多々あるので安易に大丈夫などとは言えないでしょう。

 ですが、事情を納得したところで自分がお礼を言われる理由についてはまた別の話です。立ち直ったと言われても、あのときウマ娘たちとは会話らしい会話などしていないからです。ラーメンを食べているときはもちろんのこと、学園まで送り届けた道中も無言で貴方の後ろを付いてくるだけでした。

 

 学園に到着したあとも、警備員の老年の男性に「もしも彼女たちに問題が降りかかるようなことがあれば、そのときは自分の名前でうまく処理をお願いします」とバッジを叩いてトレーナーであることをしっかりアピールをしながら頼んだぐらいです。

 誓って貴方はウマ娘たちへ向けて励ますような言葉など一切口にしていません。何故なら彼女たちが落ち込んでいたことなど知らなかったからです。

 

 

 つまり、ヒシアマゾンが語るウマ娘たちを立ち直らせた誰かは別に存在する。カバーガラスのように透明感のある思考に優れた貴方の頭脳はそう結論を導きだしました。

 

 

 これはあまり褒められた流れではないでしょう。せっかく今日までコツコツと積み上げてきた悪行という名の土台にヒビが入っては困りますし、なにより他人の手柄を横取りするようなマネは断じて許容できるものではありません。

 自分はなにもしていないし、そもそも他人がどれだけ呼び掛けようとも本当に心が折れているならそう簡単に立ち上がることなどできない。なによりも、本当に逃げるつもりならば恐怖や迷いなど抱かない。彼女たちの中に走りたいという覚悟が確かにあるからこそ挑戦を恐れることができた。なので、自分にお礼を言うのは筋違いでしかない。貴方はヒシアマゾンにしっかりと反論をしてみせました。

 

 

 これにはさすがのヒシアマゾンも苦笑いで謝罪するしかありません。そりゃ悪かった、アンタはなにもしていないってことにしておくよと頭を下げました。

 無事に勘違いを正すことができて貴方も一安心です。ヒシアマゾンの性格を考えれば、これでもしも自分がウマ娘想いのトレーナーであるなどという思い込みをしてしまった場合、確実にほかのウマ娘たちに誤った情報を広めてしまう可能性があります。そのような事態になれば、どれだけ完璧な追放計画であっても影響が出ないとは限りません。

 

 懸念材料を見事な手腕で排除した貴方は水槽の手入れを再開しました。最近では熱帯魚に加え、セイウンスカイの提案で出かけた鮎釣りにてヤンチャなウマ娘たちがヤドカリなどを捕まえてきたため作業量も地味に増えているようです。




殿下の出番は……だいぶ先ですかねぇ……。


※ヤドカリとザリガニを間違えていますが、せっかくなのでなんか辻褄の合うような話をどこかで差し込んでみようと思います。


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やくとく。

「っしゃあッ! ゴルシちゃんもターフもコンディションは最高潮! 今日の模擬トライアスロンの1着はあたしがもらい受けるぜッ!!」

 

「おっと、そう簡単に勝てると思わんほうがええで? ウチはこれでも地元では鬼チャリのタマと呼ばれた爆走伝説を──ってンなワケあるかッ! ウチらの特訓のためにわざわざ集まって模擬レース開催してくれたんやろがッ!」

 

「あっはっは! いいじゃないか、とにかく絶好調ってことは確かなんだからさ。だからといって勝ちを譲る気なんてこれっぽっちもないけどね。先輩らの特訓のためとはいえ、本気でいかせてもらうよッ!!」

 

「いや、さすがに厳しいでしょ。本格化の進み具合が違うんだから。ま……マジで勝ちを狙いにいくってのはアタシも賛成だけど」

 

 

 健気にも鬼畜トレーナーとしての立ち振舞いを続けている貴方でも未来の皇帝に真向勝負を挑まねばならないゴールドシップとタマモクロスのことは気になるらしく、担当がいないならばせめて……と、彼女たちのスキルアップのために少しだけ手助けをすることにしたようです。

 幸いにして競争相手に困るようなことはありません。逃げも先行も差しも、そしてふたりと同じ追い込みを得意とするウマ娘にもいくらでも心当たりがあるからです。

 

 人望がマイナスであることに揺るがぬ自信を持つ貴方ですが、手配するのが誰であろうともレースはレース。夏合宿中で余裕をもってコースが使えるということもあり、ウマ娘たちを集めるのはそれほど苦労はしないだろうと冷静に判断しての行動でした。

 

 案の定、ナリタタイシンだけは「なんでアタシが……」といまひとつ乗り気ではありませんでしたが、そこは貴方が華麗なる挑発を叩き付けることで解決しています。

 ジト目で睨んでくる彼女へ貴方は「あのふたりがシンボリルドルフに勝つためにはどうしてもお前の協力が必要だった、ただそれだけのことだ。ほかに理由など無い」と真っ直ぐ眼を見て告げています。数秒ほど考え込んだナリタタイシンは「……貸し、ひとつだから」と渋々ながら引き受けてくれました。

 

 もちろん声のボリュームが豊かな友人と、髪のボリュームが豊かな友人もしっかり参加しています。これはチート能力も悪役ムーヴも関係なく、転生者である貴方は当然想定していた事態なので特に問題ありません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「うーん……。まぁな~、ウチはこの体格やし、競り合いはやっぱ危ないかなぁ。けど位置取り気にして控え過ぎてもスパートの仕掛け時逃したらアホ以外の何者でもないしなぁ~」

 

「いっそアタシみたいにロングスパート試してみっか? トレーナーはアタシ以外のウマ娘にゃあんまり向いてないって言ってるけどよ、案外新しい発見とかあっかもよ?」

 

 

「ハヤ……ヒデェ……! スタミナが……ス゛タ゛ミ゛ナ゛がだりな゛いよぉぉぉぉ……ッ! こんなんじゃダービーなんでぇぇぇぇ……ッ!!」

 

「安心……しろ、チケット……。あの、ふたり、が……おかしいだけ……だ……ッ!!」

 

「これが……デビューしたウマ娘の、実力なのですか……ッ!? 予定を……早急に、スケジュールの、組み直しが必要……です、ね……」

 

「肺活量えっぐ……加速ヤバ……ウチにはワンチャンもなかったわ……ぴえん……」

 

「あは、あはは……ッ! 久しぶりに、筋肉が悲鳴をあげてる気がするよ……。わりと自信あったんだけどなぁ」

 

「同感……だね。追い込みウマ娘のパワフルさを甘く見てたの。あたしも競り合いに備えて筋肉つけないと危ないかも」

 

 

 案外、心配する必要はなかったかもしれない。それが死屍累々と化したレース場を眺めた貴方の素直な感想です。本格化の進行具合による差をスタートのタイミングを調整することで埋めてみたものの、加速が完成した追い込みウマ娘の末脚の前では効果は薄かったようです。

 ハングリー精神が強いタマモクロスと、よくわからないけど強いゴールドシップであれば、トレーナー不在のハンデがあって尚シンボリルドルフと渡り合える可能性を見ることができたのは悪くない結果でしょう。

 

 

「いやぁ、やっぱり負けちまったか。でもまぁ、同じ追い込みってこともあってイロイロ勉強になったよ。誘ってくれたこと、感謝するよトレーナー。……しかし、これだけの走りができるってのに、会長に挑むのはキビシイってんだから恐れ入るねぇ。やっぱりアンタも会長の走りには注目してるのかい?」

 

 ヒシアマゾンの問い掛けに貴方は言葉を詰まらせてしまいます。頭の中ではメイクデビューで圧倒的な強さでレースを走るシンボリルドルフの姿が再生されているのですが──。

 

「……? トレーナー、どうしたんだい? そんなに考え込むほど難しいことを聞いたつもりはないんだけど」

 

 真剣な表情で思案する貴方の姿に、ヒシアマゾンだけではなく周囲のウマ娘たちも何事かと注目し始めました。

 正直に答えるべきか貴方は一瞬だけ迷いましたが、多数のウマ娘に見られているこの状況はヘイトを稼ぐ絶好の機会です。しかも対象は皆が敬愛する生徒会長。ここで怖じ気付いてしまうようでは、悪党として三流と後ろ指を指されることになるでしょう。

 

 

 貴方はウマ娘たちにしっかり聞こえるようにハッキリと答えました。強いことは認めるが、いまのシンボリルドルフの走りに興味は無い。少なくとも自分はまだ、彼女の走りになんの魅力も感じない……と。




7月だし鮎解禁……生息域的に微妙だけどザリガニのがわかりやすいし、それくらいならウマ娘だってきっと捕まえられるし、主人公飼育したことあるって設定だし大丈夫だべ←やどかり。

作者のミスを感想で優しくフォロー(ゴルシならやるor賢さGなら仕方ない)して下さいました読者の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。


でもそれはそれとして。

もうネタは作っちゃったので勢い任せにヤドカリで押し切ります(頭バクシン)


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なっとく。

 ウマ娘たちの反応は概ね貴方の期待していた通りのものです。

 全てのウマ娘たちの幸福を願い走る生徒会長を批判したのですから当然でしょう。

 

 一部のウマ娘は「どうせまたなんか別の意味あんだろ? 勿体ぶらなくていいから早く続き喋れや」とでも言いたげな表情をしていますが、常に前を向き希望だけを見つめて迷いなく歩みを進める貴方には見えていないので大丈夫です。問題はありません。

 追放されることが目的である貴方としては、ウマ娘たちからの懐疑的な視線はいくらでも浴びていたいところでしょう。ですがコースの使用許可には時間制限がありますので、とりあえずさっさと説明して一時停止しているウマ娘たちを再起動することにしました。

 

 

 貴方がシンボリルドルフの走りに惹かれなかった理由、それは彼女が“義務感”で走っていることを察してしまったからです。

 

 

 立場による責任、そして掲げた理想に見合う実績。そうしたものを求めることに異論などありません。しかし、生徒会長として、全てのウマ娘の幸福を願うという大義を抱きメイクデビューを走っていたシンボリルドルフからは、選抜レースのときのような熱量が失われていたのです。

 勝負における熱量とは勝利への渇望とも言えます。そして、餓えることを知らなければ満たされる喜びも理解できません。満たされることを知らないまま誰かに幸福を与えるのは難しいでしょう。

 

 故に、貴方は現在のシンボリルドルフに興味はありません。貴方が見たいのは、何処かの誰かを理由にした義務感で走る姿などではなく、自らの意志で勝利を求めて走る姿です。

 彼女自身が走ることの楽しさを、強敵と競い合うことの喜びを、自らの手で望むものを掴み取る尊さを知ったとき。輝きに満ちたシンボリルドルフの走りであれば、自然と見る者全てに希望を与えることができるようになる……というのが貴方の考えです。

 

 もっとも、これは前世の記憶があってこその期待であり貴方が勝手に“そうなったら面白いな”と思っているに過ぎません。

 この世界のシンボリルドルフがどのような答えにたどり着くのか、そして彼女を支えるトレーナーはどのようにして担当ウマ娘の輝きを引き出すのか。そうした将来性についてはしっかり興味津々です。

 

 

 ウマ娘たちはすっかり静まり返っていますが、貴方には彼女たちがどのようなことを考えているのかなど簡単に察することができます。

 未だに担当すらいないGランクトレーナーが何を知ったかぶって偉そうに語っているんだ……と、内心では相当呆れていることでしょう。デビュー前で合宿に参加していない取引中のウマ娘たちから向けられるジト目にも慣れたものです。

 

 これだけシンボリルドルフのことを悪し様に語ればヘイト稼ぎも充分だろうと判断した貴方は、あとは担当トレーナーに余計な飛び火がしないようにフォローだけはしておこうと考えたようです。

 もしもレースに負けたとき、我らが生徒会長殿を信奉する者はその責任をトレーナーに求めてしまう可能性があります。なので、ここはシンボリルドルフには支えとなるトレーナーが必要であることをしっかりと説明しておかなければなりません。

 

 

 どれだけ能力に優れていようともシンボリルドルフとて全知全能ではない。もしも道を間違えそうになったときに、対等な立場から引き戻してくれるトレーナーは絶対に必要だ。

 なに、心配などいらないだろう。すでにシンボリルドルフが完成しているなどという思い違いさえしなければ必ず良い方向に導いてくれる。そして、自分ですら気付くことが出来たのだからほかのトレーナーがその程度のことを見逃すワケがない。

 

 

 ウマ娘たちの納得具合は5割に届くかどうかといった様子です。それだけシンボリルドルフのことを尊敬しているのか、それだけ貴方の信用がマントルを貫くほど底辺なのかはわかりません。もっとも、どちらにせよ貴方にとっては好都合ですので、これ以上の問答は必要ないでしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「忙しいところ連れ出しちまって悪いね。今後のために、どうしても会長と走ってみたいと思ってさ。アンタにとっては練習にもならないかもしれないけど、今日のところはひとつ、よろしく頼むよ」

 

「そんなに畏まる必要などないさ。ようやくメイクデビューを終えたばかりの私には、これからまだまだ学ぶべきことは多い。こうした併走でしか得られない経験もある。それに、生徒会長としては生徒の頼み事になるべく応じたいと思っているからね」

 

「……生徒会長として、ね」

 

「うん?」

 

「いや、なんでもない。……トレ公ッ! アタシの走り、ちゃんと見といておくれよッ! この間の模擬レースでは手も足も出ないで負けちまったからね。次までにガンガン鍛えて走りを改善しておかないと、タマ先輩たちに勝てないからねッ!!」

 

 

 どれだけ鍛えたところで、本格化が進まなければさすがにあのふたりには勝てないだろう。というかそこはブライアンじゃないのかよ。

 

 ヒシアマゾンからの「ちょっと練習を手伝ってほしい」という申し出を案の定息をするかのように安請け合いした貴方ですが、まさか過日に散々罵倒した相手と顔を合わせるとまでは想像していなかったようです。

 心の中でツッコミを入れることで現実逃避を試みましたが、すでにシンボリルドルフのトレーナーとも挨拶を済ませています。ここは開き直り、この状況を利用するのが吉かもしれません。

 

 併走トレーニングとはいえ、一緒に走ればシンボリルドルフとヒシアマゾンの差は明確に現れます。そして、この状況は第三者から見ればヒシアマゾンのサポーターである貴方は育成評価Gの先輩トレーナーとして、シンボリルドルフのトレーナーは育成評価『F』の後輩トレーナーとして見えるかもしれません。仮にも先にデビューしたミスターシービーやマルゼンスキーと関わりがありますので、貴方のことを後輩に容易く追い抜かされた情けない先輩として扱き下ろしてくれることでしょう。

 

 

 この調子であれば、夏が終わる頃には自分を追い出すための会議でも開かれるかもしれない。そんな儚い夢を抱きながら、貴方はストップウォッチを構えるのでした。




次回はヒシアマ姐さん視点です。


※先輩後輩という表現がややこしかったので修正しました。


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『戦士何故強者を望む』

答え合わせの時間。


「……おぅヒシアマ。生きてるか?」

 

「…………なんとかね」

 

 

 シンボリルドルフには熱量が不足している。そんな話を聞いて黙っていられるほど、ヒシアマゾンというウマ娘は淡白でもなければ割りきれるような慎ましさも必要とはしていないのだろう。

 グダグダ考えるよりも実際に走ってみて確めるのが一番手っ取り早い。併走トレーニングを申し込み、案の定トレーニングの範疇を越えた本気の競り合いを挑み、そして──さも当然のように置き去りにされた。

 

 もっとも、肝心のシンボリルドルフの走ることに対する情熱を云々という部分では、一応それなりの手応えを感じることはできた。

 本格化の進行の差を考慮したのだろう、本気で走ってはいたのだろうが、あくまでそれは“いまのヒシアマゾンの能力”に合わせた走り方であった。手加減ともまた違う、ヒシアマゾンの全力を存分に発揮できるようにとの気遣いに溢れた、まさしく理想を願う生徒会長らしい走り方だったのだ。

 

 

 ヒシアマゾンはシンボリルドルフへ『とにかく本気で思いっきり走ってほしい』と頼んだ。

 

 シンボリルドルフはヒシアマゾンのために『相手に合わせることを考えながら』走った。

 

 

 能力に決定的な差があるのだから手心を加えられるのは当然のこと。それが悔しいのであれば自分が強くなるしかない。案ずるより産むが易しを地で行くヒシアマゾンにとって、それは何ら難しいことではないだろう。

 ただ、普段でさえ生徒たちのために忙しそうにしているのだから、こんなときぐらい走ることを純粋に楽しんでもいいだろうに……と、シンボリルドルフのどこか冷めたような、一歩引いたような対応に少しだけ心にモヤモヤするものが残ったのもまた事実であった。

 

「ま、言っちゃ悪いが予測可能回避不可能ってヤツだなコイツはよ。本格化についてもそうだけど、ルドルフ相手に余計なコト考えながら勝とうなんて身の程知らずってなモンだ」

 

「……へぇ。たしかにアンタが言う通り、ちょいと集中が途切れちまった場面もあったけど。そんなに分かりやすかったかい?」

 

「そりゃ分かるだろ。いくらルドルフと比べて能力に差ァあるったって、ヒシアマゾンの末脚があんな鈍いワケがねぇ。アスリートとしてのお前がタイマンに集中できないってのはありえねぇとすりゃ……どうせお節介焼きのヒシアマ姐さんがなんか抱えてんだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これにはさすがのヒシアマゾン、いやヒシアマ姐さんも苦笑いで誤魔化すしかなかった。先日の模擬レースへのリベンジという言い訳を用意してみたが、どうやらこのトレーナー相手には薄っぺらいウソなど通用しなかったらしい。

 知らないフリは彼なりの気遣いだろう。メイクデビューどころか選抜レースにすら出走できない自分がシンボリルドルフのことを案じて試そうというのだ、身の程知らずと笑われてもおかしくない。もしかしたら、抜け出した連中についてのお礼を言ったときのやり取りの意趣返しの意味もあるかもしれないが。

 

 

 ふと。シンボリルドルフとそのトレーナーのコンビのほうを見れば、先ほどの併走トレーニングについて真剣に話し込んでいた。

 詳しい内容まではさすがにわからないが、少なくとも現状に満足しているような素振りは見えない。もっとも、半端な向上心しか持っていないようではそもそもシンボリルドルフがトレーナーとして認めないはずだ。

 

 

「よッ! と……。悪いねトレ公、余計な世話かけちまって。さ! それじゃあ早速反省会といこうか! 場所はアンタのルームでいいかい? さすがにカフェテリアじゃあ落ち着かないからねぇ」

 

「んー? あぁ、なるほど。それも当然だな。……フフフ、憩いの場であるカフェテリアではな、そうだろうさ……。よし、じゃあルーム行くか。仕方ないから紅茶もイイやつ出してやる。ジャムでもママレードでもなく蜂蜜でな」

 

 相談する側なのにご馳走になるのはどうなのか、と思わなくもない。だが、このトレーナーがウマ娘たちに美味しいものを食べさせるときは本当に楽しそうだというのは経験者たちの間ではすっかり共通認識になっている。

 もちろんヒシアマゾンも前もってその情報は聞いているので、ここは素直に好意に甘えるのが正解だろうと大人しく後ろをついていくことにした。いったい何が仕方ないのかはサッパリわからないが。

 

 

 普段はあまり口にする機会のないような物が出てくることもあり、少しだけ楽しみにしながらレース場を出ていこうとしたそのとき──。

 

 

 

 

 

 

「……皇帝の杖、か」

 

 

 

 

 

 

「トレ公?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ほら、アンタたち」

 

『『ご迷惑をおかけしてスミマセンでしたぁッ!!』』

 

 

 何事も、()()()というものは必要である。

 

 一度は折れかけた心をなんとか奮い起たせ、さぁもう一度気合いを入れてトレーニングを……というところで、お咎めなしで見逃してもらって知らんぷりとはあまりにも図太いというもの。

 そう考えたウマ娘たちは、まずは警備員の男性に謝罪しなければと考えた。同行者としてヒシアマゾンを頼りこそしたが、それでも自発的に頭を下げようと決めたのだから、彼女たちの態度は充分誠実であると褒めてもよいぐらいだ。

 

 しかし。

 

 

「さて……困りましたな。そのように唐突に謝罪をされても、こちらにはなんのことやらサッパリ心当たりがありませんなぁ。──ふむ? ラーメン? あぁ、そういえば何日か前にトレーナーさんが()()()、随分遅めの夕食を済ませて戻ってきたことがありましたね。恥ずかしながら香りが小腹を刺激しましてねぇ、ついついコンビニでインスタント麺など買ってしまいましたよ」

 

 説教も覚悟していたウマ娘たちは揃って呆けた顔をしているが、横で見ていたヒシアマゾンは事の次第がどのように処理されたのかを察していた。

 おそらく、目の前の男性警備員だけではない。あの日学園を巡回していたであろうスタッフの誰に聞いても、規則を破って学園を抜け出したウマ娘などいないと答えるに違いない。

 

 こうなってはどうにもならない。変に頭が働き始めて余計なことを口走る前に、まとめてトレーニングへ向かわせてしまったほうがいい。

 ありがたいことに自分以外にもお節介を焼くのを好んでいるウマ娘もいるらしく、サイズの合わない黒いジャージを羽織った先輩ウマ娘たちがガッシリ肩を掴んで連行していってくれた。ニヤリと笑う先輩たちに、帽子のつばを押さえながら軽く頷く警備員。そこにどんな繋がりがあるのかはわからないが、きっと良いことも悪いことも沢山あったのだろう。

 

 

「けど、本当にその……大丈夫なんですか? アタシとしてはアイツらがまた夢を追っかけられるのはありがたいことだけど、警備員さんは……なんかあったら責任とか、その」

 

「見くびってもらっては困りますな。きっかけは悪友に誘われたことですが、これでも長年トレセン学園の安全を守ってきたという自負があります。夜間に思い詰めた表情のウマ娘たちが出ていくのを見逃すこともなければ、そのすぐ後に信頼できるトレーナーが追いかけるように出ていったからといって、彼に任せればきっと大丈夫だと放置することもありません。老いぼれはしましたが、これでもプロフェッショナルですから」

 

 悪ガキという表現がピッタリな意地の悪い微笑みだが、その瞳にはどこまでも優しく暖かいモノが宿っている。

 亀の甲より年の功とはこういうことか、これは確かに若造の自分では勝てそうにない。あのトレーナーにしろこの警備員にしろ、規則違反のウマ娘を勝手に存在しないことにするなんて、なんとまぁ悪い大人もいるものだ。

 

「私ぐらいのジジイになりますとね、自分で夢を見るのが難しくなってしまうんですよ。だから、若い人たちが夢を本気で追いかける姿というものがとても魅力的でしてね。私などは夢は見れなくとも性根が欲張りなもので、少しでも沢山の輝きが見たくて仕方ないのです。では、これで」

 

 

 

 

「お疲れさま、ヒシアマ。一件落着……というにはもう少し時間がかかりそうだけど、ポニーちゃんたちの表情もだいぶ明るくなっていたね」

 

「アイツらの気持ちもわからなくはないんだよ。というか、思い知らされたってのもあるかな。本格化がどうとか、そういうのじゃなくてさ。会長の後ろを走ってるときにちょっとね」

 

「会長かぁ。うん、メイクデビューの走りは鳥肌が立つほど見事だったよね。トレーナーさんたちやファンの皆が、次のダービーウマ娘はシンボリルドルフだろうってウワサしたくなるのもわかるよ」

 

 フジキセキがどこか困ったような雰囲気なのは、シンボリルドルフの同期のウマ娘たちの心情を想像してしまったからだろう。

 

 強いウマ娘が注目されるのは仕方ない、勝負の世界なのだからそういうものだと割り切ることができるウマ娘がどれだけいるだろうか。結果として敗北するのならまだしも、走る前から引き立て役扱いされて愉快なはずがない。

 まして、トレセン学園の内情を知らないであろうファンだけならばまだしも、学園に所属しているトレーナーたちまでそういう話題で盛り上がっている姿は全く面白くないに決まっている。職業柄ウマ娘の能力に注目するのは仕方ないし、決して悪気などは無いのはわかるが──。

 

「トレ公のところにいるウマ娘はそういうの、気にしちゃいないだろうけどさ。イヤな言い方になっちまうけど……タマ先輩とかも含めて、それほど注目されていなかったからね」

 

「タマ先輩はあの体格だし、ゴルシはあの性格だから尚更かな。メイクデビューでしっかり走れる姿をお披露目してからは、ずいぶん評価も変わっていたようだけど。さしずめ……王に反逆するふたりの白騎士の物語、みたいに面白がっているトレーナーさんたちもいるぐらいだよ」

 

「その王様ってのは、まぁ会長のことなんだろうね……。王様、ねぇ……。なぁフジ、アンタこう演劇とか舞台とか詳しいだろ? そういうので“皇帝の杖”って言葉に聞き覚えっていうか……なにかピンとくるものはあるかい?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「なるほど……。確かにあのトレーナーさんが言うからには、なにか意味がありそうな気はするね」

 

「皇帝、ってのが会長のことを言ってて、それを支える役目のトレーナーを杖に例えてるのはわかるんだけどさ。どうにも引っ掛かってね……。そりゃ会長の走りは凄いけど、皇帝なんて大袈裟な言い方するのはなんだかトレ公らしくない気がしてね」

 

「──責任感の強さ」

 

「うん?」

 

「ヒシアマも聞いたことぐらいあるんじゃないかな? ほら、タロット占いで“戦車”とか“月”とか“運命”なんて単語をさ。皇帝のアルカナだとほかには意思、行動力、安定、軸、あとは成功や権威なんてのもあったかな」

 

「へぇ~、あの絵柄にそんな意味がねぇ。そう言われると会長にピッタリな表現じゃないか、その皇帝ってのは」

 

「私もそう思うよ。そしてタロットには杖の暗示もあってね。情熱や始まり、秘めたる思いを引き出す……なんて意味もあるんだ。理想を抱く皇帝シンボリルドルフが、トレーナーという杖を得て全てのウマ娘の幸福のために歩み始めた、という解釈をするならなかなか詩的で面白いんじゃないかな? 正位置ならね」

 

「ひとりのアスリートとしてだけじゃなく、上に立つ者としてレースに挑もうってワケかい。ふ~ん……。そりゃ生徒会長だし、シンボリ家っていえばレースの世界じゃトップクラスの名家だし、そうなるのも仕方ないのかねぇ」

 

 そもそも前提として考え方や視点が違う、そう思えば併走トレーニングでの態度もだいぶ理解しやすい。シンボリルドルフなりに考えて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけのことなのだ。

 ならば話は早い。要は実力に差があるから、それだけの余裕を相手に与えてしまっているから勝負に熱くなることが出来ずにいる。つまり、気遣いなど考える暇が無くなるほど強くなって競り合ってやればいいだけの話でしかない。

 

 残念ながらその役目はゴールドシップとタマモクロスが先に果たすことになってしまうが、併走トレーニングでも模擬レースでも協力できることはいくらでもある。

 あとはいずれメイクデビューを終えてシニア級の舞台までたどり着いたら、改めて挑戦状を叩き付けてやれば万事解決。まぁ、その前にライバルとの勝負で熱量を取り戻している可能性のほうが高いが、それならそれで本気のシンボリルドルフと戦えるので結果オーライというもの。

 

 方針は決まった。なに、難しいことはない。生徒会長殿に足りないものは周囲が支えて補ってやればいい、ただそれだけだ。

 

 

「よしッ! 会長が夢のために走り出したんだ、世話焼きでお馴染みのヒシアマ姐さんとしてもしっかりサポートしてやらないとね! 差し入れでも繕い物でも、協力できることはバッチリ手伝ってやろうじゃないか!」

 

「うんうん、変に悩むよりもそのほうがヒシアマらしくて素敵だよ。でも繕い物はやめたほうがいいんじゃないかな」

 

「……そんなにダメかね? イモムシのワッペン。ライスやロブロイなんかは絵本のキャラクターみたいだって褒めてくれたんだがねぇ」




皇帝のイメージ? もちろんセイメンコンゴウですね。

『フジキセキならタロットにも詳しいだろう』ではなく『アルカナの意味を答えられないフジキセキの姿が想像できなかった』といった具合です。
つまりどういうことかと言うと……すまんフクキタル、お前さんの出番はまだ思い付いていないんだ……。


続きは田んぼのライスたちの選抜レースが始まったら、次はミスターシービーの菊花賞となります。


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いよいよ。

菊花賞の最終コーナーで担当ウマ娘が一気に加速するのを見てるとテンション上がるタイプのトレーナーです。

男性実況の「余裕の走りだぁッ!」すき。


 もしもこの事実を知れば中央トレセン学園が大騒ぎになるかもしれませんが、実は貴方はミスターシービーの担当トレーナーではありません。

 

 それが何を意味するかというと、彼女のクラシックロード最後の一冠である菊花賞を観戦するにあたり学園からの補助が全く出ないということです。

 もちろん貴方がその扱いに不満など抱くワケがありません。もとより趣味や食事など好きなことこそ身銭を切って楽しむのが最高であるという信条を胸に生きている貴方は、学生時代ですらレース観戦にはアルバイトで稼いだお金を使っていたぐらい徹底していました。

 

 もっとも、ミスターシービーの菊花賞に関して貴方は初めから現地に足を運ぶつもりはありません。

 

 日程に余裕の無い長距離移動となることを危険と判断したこともそうですが、三人目の三冠ウマ娘が誕生するかどうかという重大なレースを邪魔するのはさすがに無粋であると自重することにしたようです。

 アプリやアニメにでてくるような、ウマ娘が挑戦者としてなんの憂いもなく望む方向に望むまま走れるように支える、もはや担当などという名目すらも必要としない大信不約のトレーナーであれば声援もウマ娘の力となるかもしれません。ですが貴方は自分が疎まれているという部分にだけは何故か神仏や悪鬼羅刹の類いですら匙を遠投して干渉しようとしないレベルで自信を持っていますし、ほかに応援に行くウマ娘が何人もいるのだからそれで充分だろうと考えています。

 

 

 とはいえ、取引は取引ですのでギリギリまでミスターシービーのトレーニングにはアドバイスをしなければならないでしょう。

 利益を追求するために約束事を反故にするのも正しい悪党の姿です。しかし、貴方が目指すのはそのような目先の利益に踊らされる小悪党ではありません。一流の悪党を名乗るためには、あえて不利になることを承知で取引を完遂するぐらいの器とカリスマ性を持つ必要があるのです。

 

 外道でありながらも己の抱いた『悪の美学』に殉じることを潔しとする守銭奴クソトレーナー。そんなトレーナーを仲間たちと支え合い励まし合いながら踏み越えて成長していくウマ娘たち。

 奇を衒うことのない王道の展開だが、あまり追放計画を複雑化してしまうと万が一のトラブルが起きたときに修正が面倒になってしまう。それならばどんなことがあろうとも一定の成果を狙うことができ、状況次第で臨機応変にプランを組み直せる正攻法を中心に据えるのが確実だろう。貴方の理想へ挑む類稀なる行動力の前では、さすがの三女神も両手をサムズアップして降参するしかありません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 重要な勝負の前だからこそもう一度基礎をしっかりと学び直すべき。そんな貴方の方針に特に異を唱えることなく従っていたミスターシービーの走りは、薄皮を1枚1枚丁寧に重ねるように研鑽を続けた甲斐もあり概ね完成に近いと言える状態まで仕上がっています。

 

 ただし、そこにミスターシービーの菊花賞勝利を保証するものは一切存在しないというのが貴方の見解です。無事スカウトされて貴方の管理下から逃げ出すことができたウマ娘たちの中には、ステイヤーとして高い能力を秘めていた者たちもいますので当然でしょう。

 開催されているレースの関係上、彼女たちの本気の走りを知るものは貴方と担当トレーナーたちぐらいしか存在しません。世間では十中八九ミスターシービーが勝つだろうとの予想ですが、相当厳しい戦いになると貴方は予感しています。

 

 さて、ウマ娘たちから「いつもああして真面目な顔してればまともなトレーナーに見えるのに」と評判の真剣な表情で考え事をしている貴方のルームへ、いま日本中で最も話題なウマ娘・ミスターシービーがやってきました。

 大事なレースの前に、下衆トレーナーの拠点というわざわざ運気が下がりそうな場所にこうして立ち入るあたり、いつものように気紛れさを発揮できる程度には落ち着いているのでしょう。そう思い安心して他愛もない会話に応じていた貴方ですが、とあるミスターシービーの発言により思考が一時停止してしまいます。

 

 

 ──ねぇトレーナー。キミは私に三冠を取るほうがミスターシービーらしいと言っていたけれど、もしも三冠を取れなかったら……それでも、キミにとって私はミスターシービーなのかな? 

 

 

 これにはさすがの貴方も即座に反応することができませんでした。何故ならこのとき、貴方の頭の中では……。

 

 

 ──俺、そんなこと言ったっけ? 

 

 

 ゲームに夢中になりすぎて、母親からの呼び掛けに生返事をしてしまい後で叱られてしまう。ゲームを愛する者であれば大多数が一度は経験しているであろう失敗ですが、どうやらチート転生者である貴方も例外ではないようですね!




ちなみに私はゲームに夢中になってたら、PS4の電源を子猫にリセットされました。
どうやら冷却ファンの音がお気に召したようでして……。


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いろいろ。

 冷静で賢い判断力にある種の定評を持つ貴方は高速かつ慎重に思考を回転させています。

 

 普通のウマ娘と担当トレーナーという間柄であれば、菊花賞を前にして少しだけ不安になり相談に来たというシチュエーションに該当するかもしれません。しかし、貴方はミスターシービーとの関係があくまでも取引によるものだと理解しているのでこれは除外してよいでしょう。

 次に考えられるのは三冠ウマ娘の称号というプレッシャーに対する緊張が考えられるでしょう。ですが、ほかのウマ娘ならばともかくミスターシービーはそのような名誉には興味が無いはずです。そうでなければ、普通に実力のある育成評価の高いトレーナーのスカウトを受ければそれで済んでいた話ですのでこれも自動的に除外されます。

 

 

 このようにして冷静かつ的確な判断のもと貴方が導き出した答えは『特に深い意味のない、ただの会話の延長』に決定されました。

 

 

 こうしてミスターシービーの真意を見抜くことに成功した貴方ですが、これほどのチャンスをみすみす見逃すワケにはいきません。

 さすがの自由ウマ娘でさえこうして話題に取り上げる程度にはクラシック三冠ウマ娘という称号には重みがあるのですから、悪役トレーナーとしてはそれを利用して評判を下げる努力を惜しむなどあり得ないでしょう。

 

 驚天動地の事実ですが、なんと貴方は自分が守銭奴トレーナーとして学園に赴任していることを忘れてはいないのです。そこで思い付いたのは、金銭にしか興味がないトレーナーなのだから、クラシック三冠ウマ娘という称号を軽んじた発言をするのが正解だろうという発想です。

 

 ウマ娘にとって走るということは、存在意義やプライドなど精神的な充実感や達成感にも大きく関わることであると貴方は確信しています。故に、それらの最高峰たる三冠の座を軽視するスタンスには、さすがのミスターシービーでも精肉工場に送られるブタさんを見るような視線を送ってくることを期待できるでしょう。

 食欲旺盛なウマ娘であれば「命の恵みをありがとう……ッ! 美味しいお肉をありがとう……ッ!!」と感謝しながら見送る可能性も高いですが、そこは気にしてはいけません。

 

 

 あとはどのような表現を用いて三冠を揶揄するかが重要ですが、その部分については心配無用です。貴方の知性と理性に溢れつつ独創性に塗り潰された語彙力をもってすれば、ベニヤ板3枚ぶんほどしかなかった追放フラグ防衛戦力もシフォンケーキ7ピース相当へと大型アップグレードが約束されたも同然でしょう。

 

 

 効率よくミスターシービーの神経を逆撫でするために薄笑いを浮かべながら貴方は「お悩みのところ悪いが、俺にとって三冠の称号なんてものはとんかつ定食に付いてくる小鉢の冷奴と変わらない」と告げました。

 これにはミスターシービーも怒り心頭で反応するしかあるまい。そんな貴方の予想に反して、目の前にある表情は「コイツまたなんか言い始めたな……そういやこういうヤツだったわ……」といった雰囲気に見えなくもありません。

 

 予想外の反応に一瞬だけ戸惑う貴方ですが、すぐに自分がとんでもないミスを犯していることに気が付きました。

 そう……学園のカフェテリアで提供しているとんかつ定食には、お漬け物は添えられていても冷奴は別口で注文しなければならないのです。なにより、ミスターシービーがとんかつ定食と冷奴の組み合わせを好ましく思っていない可能性や、そもそもとんかつ定食に魅力を感じていない可能性を完全に失念していたのです。

 

 

 どれだけ美辞麗句を並べたところで心が伝わらなければ意味がないように、どれほど例え話に悪意を込めたところでそれが伝わらなければただの雑談で終わってしまいます。

 いまこそ臨機応変なプランニングの見せ所。真向勝負に切り替えた貴方は「自分が興味があるのはミスターシービーがあるがままに走る姿だけ。三冠ウマ娘の栄誉など、走った結果としてついてくるただのオマケでしかない」と、必要最低限の情報だけを与えました。



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ほろほろ。

「ぷ……くく……はは、あははははッ!! いやぁ~、相変わらず……本当に、出会ったころからキミは全然変わらないね。そっかそっか、三冠ウマ娘そのものには別に興味がないんだね。……オマケの冷奴扱いって……いや、ホント、キミってトレーナーは……く、ふふ……ッ!」

 

 

 何故かはわかりませんがミスターシービーを怒らせることには失敗したものの、大笑いする彼女からは「コイツやっぱりアホだ」といった感情が溢れていることを貴方はしっかりと察知しています。

 つまり結果的にトレーナーとしての評価は下がっているので、過程や方法が想定していたものと違っていても目的は果たされているのでなにも問題はありません。

 

 

 しばらく笑い続けたミスターシービーですが、普段通りの飄々とした微笑み程度まで感情が落ちつくと走り方について貴方に質問をしてきました。

 

 充分に鍛えられたスタミナをもってすれば菊花賞の距離を走りきることは余裕であり、脚質的にスピードや加速力も憂いなく発揮できることは本人もわかっています。

 しかし、適性や能力がどうであろうと初めての長距離レースであることには変わりません。一生に一度のレースということもあり、できることは全てやり尽くして挑みたいというのがミスターシービーの考えのようです。

 

 どんなレースだろうと一生に一度しかないだろうに。そんな無粋な返答を自重しつつ、貴方はどうしたものかと頭を悩ませています。

 アプリであればレースの前にスキルポイントを使ってポチポチと強化もできますが、この世界にそんな便利なシステムなど存在しません。本番の前に唐突に風変わりなトレーニングをしても逆効果でしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あの~、そのですね? 二冠ウマ娘であるシービーさんの併走トレーニング相手としてご指名いただけたのは光栄なのですが……何故に私なのでしょうッ!? どう考えてもおかしいですよねッ!? 私まだメイクデビューすらしてないんですよッ!?」

 

「あぅぅ……。どうしよう……ライスと併走したせいで、本番の菊花賞でシービーさんにもしものことがあったら……。でも、でも……レースに勝つために協力して欲しいって頼まれたんだし……ライスが断ったせいでシービーさんにもしものことがあったら……」

 

 

 これぞ逆転の発想。妙案がなにも思い付かないのであれば、正攻法の範疇であらゆる手段を試してしまえばいい。

 

 いまこそ転生者のお約束である知識チートを活用するべきタイミングであると、貴方は未来の菊花賞ウマ娘候補であるマチカネフクキタルとライスシャワーに声をかけました。

 ステイヤーとしての素質であればメジロマックイーンなども併走相手としては最適ですが、本格化の進行具合では同じコースの中を走るだけでも危険です。そもそもメジロ家ではすでに貴方の悪評が取り返しのつかないレベルで広がっているはずなので、どう頑張っても色好い返答は得られないでしょう。

 

 

 さて、併走相手は用意できましたが、ただ一緒に走るだけでは学びも実りも得られません。ここで貴方はミスターシービーにひとつ課題を出しました。

 自分の見立てでは、このふたりはデビューすれば菊花賞を勝てるだけの可能性を秘めている。これから始める併走トレーニングの中で、マチカネフクキタルとライスシャワーの走りからステイヤーとしての素質を見付けてみろ……と。

 

 そう、貴方はミスターシービーのレース中の観察力を鍛えることにしたのです。いくら加速力に優れたウマ娘でも、抜け出すための位置取りに失敗すれば勝ち目はありません。

 

 残念ながら、皐月賞と日本ダービーでミスターシービーの手札はほぼ暴かれている状態です。対して、菊花賞に出走しているライバルたちの手札は半分も使われていません。中距離の重賞レースでもなかなかの結果を出してはいますが、彼女たちの本来の適正距離はあくまで長距離。ようやく本気で走れると気合いも充分でしょう。

 そこに担当トレーナーたちの戦術という貴方も知らない手札が加わり、夏合宿から菊花賞までの間にそれらを使いこなすための戦法も編み出しているはずです。

 

 レース中にライバルの走りを“視る”能力を少しでも高めることができれば、こうした事前準備の不利も覆すことができるかもしれません。

 何処かの誰かが余計なことをしなければもっと楽に勝てた可能性もありますが、過ぎ去りし過去を偲んでいるだけでは前に進めないので未来だけを見つめて走ることにしましょう!

 

 

 

 

 それはそれとして。

 

 さすがに3人だけでは菊花賞の練習としては少々物足りないと貴方は考えてしまい。

 

 

 

 

「どうしたのトレーナー? ……え、ボク? えぇ~ボクぅ~? しょうがないなぁ~トレーナーはぁ~♪ シービーのためだし、トレーナーのオ・ネ・ガ・イ! だからね。しょうがないからこのテイオー様が協力してあげようじゃないか! ニシシ♪」

 

 冷静に周囲を見回せば菊花賞に所縁あるウマ娘は大勢います。

 興味深そうにこちらを見ているし交渉に苦労はしないだろう。貴方はトウカイテイオーを筆頭に、併走トレーニングに参加しても支障の無さそうなウマ娘たちにも声をかけ始めました。




長距離のシナリオトロフィー獲得が難しくてなけるぜ。

ちなみに確認したらゴルシで勝ってました。よくまぁ中距離に引っ張られなかったもんだ。


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ほくほく。

 菊花賞当日。貴方はいつもの第9レース場でも自分のルームでもなく、最新機材の並ぶトレーニングルームでウマ娘たちが鍛練に励む姿を眺めています。

 

 

 日本で唯一無二である不労所得系トレーナーである貴方には本来無縁の場所なのですが、前日に先輩トレーナーの皆さんから「アンタ担当ウマ娘もいないしヒマでしょ? 学園でトレーニングしてるウマ娘たちの監督ぐらいしなさい。私たちは菊花賞を見に行かなきゃいけないから忙しいの」と言われてしまったので仕方ありません。

 

 相手が貴方でなければ、あるいは育成評価の低いトレーナーへ対する嫌がらせ行為として成立したことでしょう。しかし残念ながら、トレセン学園から追放されることを目指す貴方にはこうしたイベントはご褒美でしかありません。これはトレーナーとしての責務を果たさず給料だけ当たり前のように受け取っている自分への制裁のようなものと貴方は解釈してしまいました。

 つまり、悪のトレーナーとしての日頃の努力が目に見える形で実を結んだワケですから、先輩トレーナーたちの敵意を嗅ぎ取った上でこれ幸いと快諾しています。

 

 もちろん貴方は先輩トレーナーの皆さんを「最低評価とはいえ自分もトレーナーの端くれ、ウマ娘たちの安全を守るぐらいのことはしてみせます。今年は先輩方の担当ウマ娘に出走する子もいないようですし、息抜きとしてどうぞごゆっくりと菊花賞を楽しんできてください」と見送る配慮も忘れてはいません。

 誰がどう見ても真面目に働いている先輩トレーナーが不真面目に遊んでばかりいる後輩トレーナーを叱責している場面にしか見えないはずですが、世の中には全くの見当違いな方向に物事を受け取ってしまう人がいることを貴方は知っています。なので、万が一にもウマ娘たちが変な誤解をしてしまわないよう、丁寧な態度を心がけ自身の扱いに納得している姿を見せておく必要がありました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 早々にトレーニングを切り上げたウマ娘たちを見送り、忘れ物や機材の片付け方の不備がないか確認し、菊花賞をじっくり観戦するためにルームに戻った貴方ですが。

 

 

「ちょ、これマ!? この棚全部ッ!? トレピのルームお菓子集まりすぎっしょ!!」

 

「マジウケんだけど~! ってかさ、これ学園の売店より品揃えガチってない? なんか地域限定のヤツとかフツーにあんだけど」

 

「イクノイクノッ! 見て見てこれッ! 冷凍庫の中ッ! このアイスッ! ナポリタン味にコーンスープ味だってッ!」

 

「これが噂の“トレーナーさんが所有する出所不明の謎食品”ですか。良い機会です、是非ともその味を確かめてみるべきでしょう」

 

「うん……うん、よし。あのキャラメルは見当たらないねぇ。──さぁトレーナーくーん? 茶菓子を用意して紅茶を淹れて肩を揉んでおくれよー。ウマ娘に尽くすのがキミの役目だと言っていだばばばばばばッ!?」

 

 手頃なオーガニック握力計で日々の鍛練の成果を確認しつつ。押し掛けてきた顔見知りのウマ娘たちで賑やかになったルームを見渡しながら、貴方は学生の懐事情はこっちの世界も変わらないのだなと哀愁を感じています。

 

 さすがに京都レース場までの往復となるとそれなりの金額が必要となるからでしょう、現地入りを断念して学園のテレビで観戦するウマ娘も大勢いるようです。

 学生時代の金欠は大人から見れば微笑ましくとも、当事者にとっては深刻な問題です。それを思えば、全く遠慮する様子もなく食べ物や飲み物をテーブルに並べているウマ娘たちを「まぁいいか……こんな日があっても……だって菊花賞だし……」と貴方が受け入れてしまったのも仕方のないことでしょう。どのみち普段の様子と比べても誤差はゼロに等しいので、追放計画の進行に一切の影響は無いので大丈夫です。

 

 

 いの一番にルームに突撃してきたものの集まってきたウマ娘たちの輝きに焼かれてダウンしてしまいスーパークリークに膝枕をしてもらっているアグネスデジタルが出走までに復帰できるのかどうかも気に掛けつつ、貴方は菊花賞が始まる瞬間を期待と不安が入り交じった感情を抱きながら待っているのでした。




次回は菊花賞視点です。


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『悠久の風伝説』

答え合わせの時間。


(いよいよ菊花賞が始まる……。シービーが三冠を()()のか、それともほかのウマ娘が勝つのか。どちらにせよ、私がデビューするまでトゥインクル・シリーズに残ってくれるならそれでいい……)

 

 最も強いウマ娘が勝つと言われている菊花賞。誰もがミスターシービーの三冠の夢について語る中、ナリタブライアンは強敵と競い合う未来に想いを馳せていた。

 

 不確定要素は多ければ多いほどいい。レースの最中に勝ちが見えてしまうことほど興醒めする瞬間はない。その点、ミスターシービーの世代のウマ娘たちは本当に心からワクワクさせてくれる曲者ばかりで羨ましい。

 もちろん十中八九、あの規格外トレーナーであれば自分の世代どころか上も下も見境なく強化してくれるだろうとナリタブライアンは確信していた。

 

 だがそれはそれ、である。三冠ウマ娘に挑めるチャンスがあると言われれば迷いなく「是非も無しッ!!」と答えるのがナリタブライアンというウマ娘なのだ。

 

「っと、いかんな。今日は素直に()()側として楽しませてもらうつもりだったんだがな……」

 

 

 

 

「カッカッカ。場の空気にあてられて滾ったか、ブライアン。若いのぉ~、若いってのは素晴らしいのぉ~。いや、マジで羨ましいわ」

 

 

 

 

「……ようやく来たか。じいさん、アンタにとって菊花賞が特別なのは知っているが、わざわざそんな洒落た格好をする必要はあるのか?」

 

「えぇ~? 似合わんかねコレ。儂けっこうお気になんだけど。まぁええじゃないかたまには。まさかいつものように作務衣やら甚平やらで彷徨くワケにもイカンだろ? 一緒に歩くお前だって恥ずかしいだろうと思って気遣いをだな──」

 

 中央トレセン学園の制服を着たウマ娘と、老齢ながらしっかり背筋を伸ばして歩くスーツ姿の男性。親しげに話している姿は菊花賞を観戦に来た祖父を案内する孫娘にでも見えるかもしれない。

 ナリタブライアンを相手に心底楽しそうにはしゃいでいるその姿からは、かつてクラシック三冠ウマ娘という夢物語を実現可能な称号へと引きずり落とした育成評価『S』トレーナーだとは誰も想像できないだろう。

 

 

「それで? なにやら話し込んでいたようだが、なにか学園で問題でもあったのか?」

 

「ん? なに、大したことではないぞ。坊主のヤツめがこっちに来れんようにされとったというだけの話だ。どうやら堪え性のない莫迦が何人かやらかしたようだな。カッカッカ!」

 

 なにが楽しいのか朗らかに笑う老トレーナーとは対照的に、ナリタブライアンの表情はまさに苦虫を噛み潰したようなものに変わっていた。

 確かにあのトレーナーが好き勝手に振る舞っているのは事実だが、結果として素晴らしい走りを身に付けているウマ娘は何人もいる。魂が震えるような勝負を渇望しているナリタブライアンにしてみれば、せっかく楽しくなってきたトレセン学園での生活を邪魔されているような気分になるのも当然だろう。

 

 ちなみに、何らかの嫌がらせを受けたであろうことも察しているが、そちらは全く気にしていない。バカなことをしたとは思うし、そんな連中がトレーナーを名乗っていることは不快だが、そんなものはあのトレーナーには柳に風の如く無意味だと知っているからだ。

 

「充分大したことだろう、それは。いや、たしかに書類上ではシービーとアイツは無関係かもしれないが、あの理事長がそんなふざけたマネを許すとは思えん」

 

「動かんよ、やよいちゃんは。動く必要がないからな」

 

「……なに?」

 

「自分で自分の首を絞めとる阿呆など放置で構わんということだ。──まて、説明するからそう睨むな。ちびったらどうしてくれるんだ、まったく。……で、だ。坊主を嫌っているトレーナーなんぞいくらでもいる。それでも、名門としてのプライドやら育成評価の自負やらで越えてはならない一線をしっかり弁えておった。鼻っ柱をへし折るにしても、坊主よりも強いウマ娘を育ててレースで叩きのめすというトレーナーとしてのやり方で、とな。だからこそウマ娘たちも素直に従っていた。だが今回のようにケチな嫌がらせをしたのではもう手遅れというものだ。雀の涙ほどの自己満足と引き換えに今後はスカウトも難航するだろうし、下手すれば担当契約中のウマ娘たちも離れていくかもしれん」

 

 老トレーナー曰く、嫉妬と向上心は表裏一体。故に誰かを羨むことは悪いことではない。だが己を高めるのではなく他者を貶めることで自尊心を保とうとするようでは、トレーナーとしても人間性の部分でもウマ娘たちから見限られるかもしれないとのことだ。

 もっとも、中には優秀ならばそれでいいと割り切ることができるウマ娘もいるだろう。利害の一致だけで成り立つ関係など世の中にはいくらでも実例がある。信頼関係を必要としていない、トレーナーを利用するつもりでしかないウマ娘たちの受け皿として機能するならばそれで良し。経営者としての秋川やよいであればそう判断するというのが老トレーナーの見立てであった。

 

 

 もちろん、これは様々な幸運が偶然重なってくれたからこそ選べた手段である。特に、本来であれば被害者であるはずの男が色んな意味で剛毅である影響が大き過ぎるのだ。

 

 

「おいおい、そっちから聞いておいてそんな嫌そうな顔するこたぁないだろうに。チビッ子でも理事長だからな、やよいちゃんは。清濁併せ呑むだけの器量があるからこそ儂らもトップとして認めとるんだ、そこんトコは立場が違うんだからしょうがないと諦めてくれ」

 

「チッ……。まぁ、じいさんの言い分もわからないワケじゃない。私も偉そうなことを言えるほど優等生やってるワケじゃないが、ウマ娘にだって性格に問題のあるヤツはいるからな」

 

「問題っちゅーても、ゆうてお前さんたちはまだまだ子どもで学生だからな。多少の跳ねっ返り程度なんざ可愛らしいもんだ。本格化もまだまだ途中で選抜レースも走れんクセに急にルームに乗り込んできて『三冠が欲しいから手伝え』なーんて言ってくるヤツとかな。カッカッカ!」

 

「……頼んだ私が言うのもなんだが、よく引き受ける気になったな。アンタ、引退も考えていたんだろう?」

 

「まぁな。儂みてぇなジジイがしぶとく居座っても若手の邪魔にしかならんからな、バカ弟子とルドルフちゃんの活躍を見届けたらトレセンから去るつもりだったよ。今後は部屋でビールでもヤりながらテレビでのんびり観戦すんべと思っていたんだが、おもしれぇヤツが現れちまったもんだからさぁ。──オレも血ィ騒いじまって仕方ねェんだわ」

 

 

 ダイタクヘリオスと並んで「ウェーイ☆」とはしゃいだりしている普段の好好爺としての姿とはあまりにも乖離した気迫。それを正面から受けてしまったナリタブライアンは意思とは無関係に後退るしかなかった。

 その瞬間、あり得ない光景が視えた。初代三冠、冒険者の末脚、流星の貴公子、美学の桜、世代の破壊者──そのほか日本のレースの歴史に名を残すウマ娘たちが挑発的な笑みを自分に向けている幻影が。そんな彼女たちを率いる、勝負に餓え野心に満ちた光をその眼に宿す男の姿が確かに視えたのだ。

 

 旧時代の怪物と新世代の化物。そんな神話の戦いのような世界に割り込むことが出来た己は間違いなく幸福に満たされたウマ娘だ。

 素晴らしい出会いを恵んでくれた三女神に柄にもなく感謝しながら、ナリタブライアンは観客席に向か「おー、見てみぃブライアン。でっかい牛串の屋台が出とるぞ」う前に腹ごしらえを済ませるのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇ、アンタたちはこれからどうするワケ? アタシはいまさら熱血すんのとか面倒だから残るつもりだけど」

 

「ここまで育ててもらった恩もあるし、私も現状維持でもいいかなって。別にGⅠに勝ちたいとか、天才と競いたいなんて思ってないし」

 

「あっはっは~。まぁウチらもうシニア級だし、ケガなきゃそれでイイって感じだよね。ただメイクデビュー前の子たちはそこそこ離れるだろうね~ 」

 

 

 せっかくだから友人たちと合流して観戦したい。そう言って担当トレーナーたちと自然な流れで別れたウマ娘たちは、ジュースを片手になるべく人気の無い場所に移動して今後について相談していた。

 

 自分の担当トレーナーが湿っぽい嫌がらせ行為をしたことについては別に気にしていない。アレはあのトレーナーがちゃんとミスターシービーと担当契約をしていればよかっただけの話であるし、おそらく本人もその辺りは承知しているはずだ。

 だからといって、他人の失敗を願う姿を見てなにも思わないほど淡白でもない。現地入りを邪魔したことについては下らないことしたものだと呆れる程度で済んでいたが、わざわざ京都レース場まで来て()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿はもはや憐れですらあった。

 

「ま……いままで絶対に正しいと思ってた常識が覆されそうってな状況だもんね。トレーナーだって普通のヒトなんだからストレスだって溜まるでしょーよ」

 

「天才に後ろを張り付かれる怖さと苛立ちならよぉ~く知ってるからね。でも、さ」

 

「うん。トレーナーたちには悪いけど、ウチはいまのトレセンのほうが好きかな。ウチらはもうキビシーけどさ、これから始まる子たちがユメいっぱい見れるってのはイイコトじゃん?」

 

「本音言えば羨ましいけどな。なんでアタシらのときに来てくれなかったんだろうって──いや、止めとこう。これ以上はアタシらまでシービーたちを素直に応援できなくなっちまう」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 菊花賞に挑むミスターシービーに対する評価は概ね好意的である。ファンを中心に、新しい伝説が誕生する瞬間を見ることができるかもしれないという期待に胸を膨らませているのだろう。

 しかし、好意的ではない評価をしている者たち──主に知識人や有識者を名乗る者たち、あるいは“必要以上に”仕事熱心なメディア関係者の一部は、二冠を獲得しても尚、ミスターシービーというウマ娘の実力を“トレーナー不在”という1点のみで疑問視していた。

 

 

 ただ、どちらにせよミスターシービーを主役として菊花賞を観戦していることに違いはない。

 

 そして、才能に溢れたひとりのウマ娘の持つ輝きが人々の関心を独占することは珍しくはない。

 

 

 大勢の観客の関心が自分に向いていないことを知りながら走るレースというものは、恐ろしいほどにウマ娘たちの精神を削り取る。

 あるいは、勝負に負けたことよりも、同じレースで走っているにも関わらず背景のように扱われたことを認識してしまったが故に……自分が走る意味など無いのだとトレセン学園を去っていった者もいるかもしれない。

 

 

 もっとも。

 

 少なくとも今回の菊花賞に関しては、どのような結末になろうとも心折れるウマ娘は現れないだろう。絶対に。

 

 

 

 

(……ふぅ~む? シービーめ、想像以上にリラックスしてるじゃないの。らしいっちゃらしいけど……厄介だな~、こんなときぐらい緊張しとけっつ~の)

 

 運が良いのか悪いのか。偶然にも今日の主役であるミスターシービーの隣にゲートインしたウマ娘は、普段とあまり変わらない様子の天才に感心しつつも呆れていた。

 いくら名誉に興味が無くても、三冠ウマ娘の称号にどれだけの価値があるのか知らないワケがない。ならば日本中のファンが、そしてウマ娘たちが自分の走りに注目していることぐらい理解しているはずだ。

 

(この程度のプレッシャーぐらい平気で……というよりも、そもそも気にもしていないって感じかな? これは。やっぱスゲェわ、天才とか言われるヤツは。ま、それならそれで結構なコトだけどね。この様子なら──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!)

 

 

 ◇◇◇

 

 

(よし! スタートは完璧だ! どうやら雰囲気にのまれてはいないようだな……。逃げは3人……いや、ふたりか? 3人目の子は前のふたりに釣られたか。第9スカウト組のスタートダッシュは慣れないと追いかけたくなるって言ってたもんな……。さて、ウチのウマ娘は──6番手。うん、悪くない。練習よりペースが遅めだが、余計な消耗は必ずどこかのタイミングで起きるだろうからな。そうだ、焦るな……それでいい……ッ! )

 

 最初のコーナーまで約200メートル、それも上り坂ということもあるのだろう。先頭を走るふたりの逃げウマ娘たちは、第9夜間組からスカウトされたにしてはかなり慎重にコースの具合を確かめているように見える。

 

 いや、冷静に考えればアレが普通なのだ。まだ脚が暖まっていない状態で挑む高低差4メートルの坂、それをコースを一周してもう一度攻略しなければならないのだから静かな立ち上がりになるのは当たり前だ。

 自分の考え方、あるいは価値観が常識から外れてしまっていることを自覚したトレーナーは、己の愛バの晴れ舞台だというのに苦笑いを隠せなかった。逃げウマ娘のイメージがすっかりマルゼンスキーのような鋭い走りに上書きされている自分に驚いてしまったのだ。

 

 もしかしたら、最近スタート直後に全力疾走する逃げウマ娘が増えたことも原因かもしれない。序盤で距離を稼ぎ、後半戦でそれを切り崩しながら粘る戦法は、緊張と期待で呼吸を忘れてしまうほどの魅力がある。

 なんとも厄介な走り方を編み出してくれたものだと、教官たちが心底嬉しそうに話している姿を見たのはいつ頃だったろうか。勝負の結末に一喜一憂しながらも「次こそは逃げ切ってやる!」と奮起する教え子の姿を見せられているのだ、楽しくないワケがないだろう。

 

 

 

 

 先頭からシンガリまで、全てのウマ娘が正面の直線に入る。位置取り争いなどが始まる様子も見られず、実況もレースが淀みなく進んでいると表現している。

 

 だが静かな立ち上がりを素直に楽しむ観客たちとは違い、出走しているウマ娘たちのトレーナーは喉が張り付くほどの緊張感に襲われていた。最後方に控えているミスターシービーがどのタイミングで仕掛けてくるのか、全く予想が出来ないまま担当ウマ娘たちを送り出してしまったことが心残りなのだ。

 普通に考えるのであれば、中盤から徐々に位置取りを前に押し上げ、京都レース場の名物“淀の坂”の手前までに好位置を確保したいと考えるはず。ミスターシービーの末脚であれば、定石通り減速して坂を下ったとしても最終直線の400メートルで充分勝ちを狙えるだろう。

 

 

 彼女が定石に従うのであれば、だが。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(そろそろ淀の坂のRetryか。ゆっくり上ってゆっくり下がるってのがstandardな走り方なんだが……)

 

 先頭を走るウマ娘は考える。坂道を全力で走ることが危険な行為であることなどレースに関係なく誰もが知っている。

 脚にかかる負担、バランスの制御、それらが悪い意味で噛み合ってしまった場合の結末。そもそもコーナーで下手に加速などすれば、遠心力で膨らんで不利にしかならない。

 

 位置取り的にペースメーカーのような形になっている自分が速度を落とせば自然と後続のウマ娘たちもそれに従う形になるだろう。それは京都レース場に限らずコーナーでは当たり前のように見慣れた光景であるし、淀の坂の高低差も加味して安全を考えるのであれば妥当な判断なのだろう。

 

 

 だが。

 

 

(きっと──いや、確実にシービーのヤツはくる。ここまで2000、追い込むためのpowerはすでにchargeが終わっているはずだ。ゴールまで()()()800、アイツがその程度で怯むワケがねぇ……ッ!)

 

 先頭を走るウマ娘は考える。ミスターシービーの脚は、いつでもフルパワーで走れる状態まで完成しているのは確実だ。ならば、坂道攻略のセオリーに大人しく従いゆっくりと走るなどという選択を彼女がするなどありえないだろう、と。

 そう判断した理由は単純明快である。彼女がミスターシービーだからだ。日本ダービーでゴール板ギリギリまで追い詰められても尚、心底楽しそうに──嬉しそうに走っていた彼女ならば、本気を出せる状況にあるにも関わらず出し惜しみをするなど面白くないと思うに決まっている。

 

 ならばやるべきことは、ひとつしかない。おそらくこの菊花賞が終わったあとに、有識者だの専門家だのを名乗る連中は好き勝手に今日の勝負に難癖を付けることだろう。

 その火付け役となる自分などは確実にピンポイントで非難されるに違いない。ウマッターなどのSNSでファンから素人までがお祭り騒ぎをする未来が簡単に想像できてしまう。

 

 トレーナーにはかなりの苦労をかけることになってしまうが、そこは運が悪かったと諦めてもらおう。こちとら元を辿れば選抜レースの落ちこぼれ、本来ならばメイクデビューすら可能だったかも怪しいウマ娘。そんな自分をスカウトしてしまったトレーナーの自業自得というものだ。

 怪我のリスクについてはまぁ、たぶんなんとかなるだろう。古巣にある秘蔵のオタカラスペース……と呼ぶには誰でもウェルカムな状態だが、そこに並んでいた『京都レース場◎』というファイルはしっかりと読み込ませてもらっている。今後はほかのレース場で全力を出せるかどうかも怪しくなるかもしれないが、底辺からGⅠレースの舞台までのしあがった代償としては充分安い。

 

(ここから先を走るのに必要なのはspeedでもStaminaでもpowerでもない。覚悟が足りないヤツから順番に脱落していくだけ。──さぁ、ここからがpartyってヤツだッ!!)

 

 

 ◇◇◇

 

 

「バカな……ありえねぇ……あっちゃならねぇ、こんな光景は……ッ! 淀の坂だぞッ!? バランスを崩したら最後、命に関わるほど危険なんだぞッ!! なんでどいつもこいつもスパートかけてやがるんだッ!?」

 

 

 中堅トレーナーのそれは声援などではない、もはや悲鳴に近い叫びであった。ある程度レースの知識を持つ者はもちろん、ウマ娘たちの()()()()()()()()()()()()()であるトレーナーという立場からは決して許すことのできないような事態が起きているのだから当然だろう。

 まさか菊花賞を勝つために担当トレーナーたちはこんな指示を出したのか、憤りにも似たものを理性で抑え込みつつ関係者席に視線を向ければ──大慌てで頭を抱えて騒いでいる。少なくとも彼ら彼女らがウマ娘たちに危険な賭けを命令したワケではないことは理解できた。だからといってなんの慰めにもならないのだが。

 

 

 先頭を走るウマ娘が、まるで最終直線の始まりのように速度を上げたときは「まさか」と思った。

 

 続くウマ娘たちまでそれに倣うように全速力で淀の坂を登り始めたときは自分の目を疑った。

 

 

 彼女たちがそんな無謀な賭けに出た理由はすぐに察することができた。ミスターシービーだ。同じコースの上を走っているたったひとりの天才の存在が、ウマ娘たちにあんな安全性を度外視した走りを選ばせてしまったのだ。

 

 遠心力に逆らうこと無く外側から追い抜くつもりなのだろう、ミスターシービーの走りに一切の迷いは見られない。

 大惨事を引き起こすリスクを抱えてまで勝負を仕掛けたウマ娘たちがひとり、またひとりと置いていかれる。

 

 なんと痛ましい光景なのだろう。どれだけ華やかに見えても勝負の世界だ、努力が才能に潰される場面に立ち会ったことは何度もある。その度に胸が締め付けられるような思いを繰り返してきた中堅トレーナーだったが、今日のコレもなかなか酷い有り様だ。

 レースの開始前から三冠ウマ娘の誕生を期待する声ばかりが聞こえてくる中、それでも必死に走っているウマ娘たちに突き付けられる無慈悲な現実。ミスターシービーがなにも悪くないことは百も承知だが、自分を敗北者側だと信じている中堅トレーナーはどうしても勝てないウマ娘側の気持ちを考えてしまう。いまこの瞬間も、追い抜かされたウマ娘たちの表情が次々と暗いものに変化させられて────。

 

 

 

 

「なんでだ……ありえねぇ……」

 

 

 

 

 たかが評価Cのトレーナーとはいえ、レース中のウマ娘たちの表情を見間違えるほど落ちぶれてはいない。だからこそ中堅トレーナーには理解できなかった。追い抜かされたウマ娘たちが、努力を才能で否定されたはずのウマ娘たちがそれでも輝きを失っていないことに。

 

 気力が途切れてしまったのは走りの変化でわかる。彼女たちがこれからミスターシービーを差し返すことは不可能だ。それは単純に脚が限界を迎えてしまったこともあるし、たとえ一瞬でも薄れてしまった緊張感はレース中に二度と取り戻すことはできないだろう。なのに。

 ありえない、何故だ。自分の信じていた常識では考えられない光景に混乱していた中堅トレーナーだったが、ウマ娘たちの表情を見ているうちにあることに気が付いた。

 

 それは例えば、中等部のウマ娘たちが高等部のウマ娘の活躍を、親しい先輩たちの活躍について楽しそうに語り合っているとき。

 

 それは例えば、日本ダービーや有マ記念の開催前に、街頭で大々的に行われる宣伝を見て盛り上がるファンたちのように。

 

 彼女たちは“期待”している。ミスターシービーの走りに希望を見出しているのだ。それは先ほどまでとは真逆の意味で信じられない光景だった。ありえない、自分を追い抜いていったウマ娘をそんな目で見送るなんて普通じゃない。

 初めから勝つことを諦めていた? それなら坂の手前でスパートをかけるなんて非常識なマネをする必要などなかったはずだ。本気で勝つつもりだったからセオリーを無視した走り方を選んだはずだ。なのに、どうして。普通に考えれば選手生命を引き換えにするほどの覚悟で走っても届かなかったのだ、心が折れてしまっても仕方ない場面なのに。普通じゃない。常識的にありえない。

 

 ふと、再び関係者席のほうに視線が引き寄せられた。自分の驚きはトレーナーとして当たり前のことであると、中堅トレーナーは確信が欲しかったのだろう。

 しかし、望んだ答えが得られることはなかった。そこにはもう混乱して慌てている担当トレーナーなど誰もおらず、全員が拳を振り上げるほど興奮しながらウマ娘たちを応援している。

 

 なんでだ。もう菊花賞の勝者なんて決まっただろう。先頭を走るウマ娘よりもミスターシービーの末脚のほうが圧倒的に速い。彼女は本物の天才なのだから仕方がない、諦めたって許されるのに。いまさら声援を張り上げたぐらいでは意味など無いと、普通に考えれば────。

 

 

 

 

 

 

(……あぁ、そうか。だから俺は勝てないのか。いや、この考えがもう間違ってんだな。そんなんだから俺はウマ娘たちを大舞台で勝たせてやれなかったんだよ)

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーとしてのスキルが未熟なのは否定しない。才能のあるウマ娘をスカウトする機会に恵まれなかったのも事実かもしれない。だが、自分の欠点はもっと根本的なところにあったのだ。

 

 安全を第一に考えて、先輩たちの話を参考にして、様々なデータを集めてトレーニングプランを作っていた。だが、それが担当しているウマ娘に本当に適しているのか、自分はちゃんと()()()()()()()()()()()()()()()考えていたのだろうか。

 得手不得手の見極めは何度もしてきたが、そのあとの対処はいつも同じことの繰り返しばかりだった。誰もがやっていることだからそれが普通なのだと疑いもせず、有名な本に書いてあることだからそれが正解なのだと悩むことすらせず、ただウマ娘に指示を与えていただけだったのだ。

 

「シービー先輩がんばれーッ! ……うん? どしたのトレーナー、私の顔になんか付いてる?」

 

「そういやさっきもなんか叫んでたな。興奮しすぎたか? ま、三冠ウマ娘が出るかもしんねぇって瀬戸際だもんな」

 

「いや……大丈夫だ……」

 

 あぁそうだ、俺は停滞している現状を変えたくてこの子たちをスカウトしたんだ。なのに俺自身がなにも変わらないんじゃ意味がない。

 

 安全最優先の考え方はいまさら捨てることなどできないだろう。そしてあの後輩のような奇抜なトレーニングがポンポン浮かんでくるほどの柔軟性も持ち合わせていない。

 だが、そんな自分でもできることはきっとある。担当ウマ娘のために、自分の愛バのために世界でひとつだけのトレーニングプランを組むなどということは“常識”のあるトレーナーであれば誰もが行っている“普通”のことなのだから。大丈夫、いまの俺なら普通のことぐらいできるはずだ。なにせ担当ウマ娘たちがレースを楽しむ姿を見たくて見たくて仕方がないのだから。

 

 とはいえ、冒険心が無さすぎるのも考えものだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、少しは未知なる道に踏み出す度胸も身に付けなければならないだろう。

 

 

 

 

「──逃げきれぇぇぇぇッ!!」

 

 

 

 

「うひゃッ!?」

 

「うぉッ!?」

 

 

「逃げろ逃げろォッ!! 二冠がどうした、三冠がなんだッ!! 遠慮なんかいらねぇ、そのまま逃げ切っちまえぇぇぇぇッ!!」

 

「ちょぉ、トレーナー? 周り、みんな! メッチャ見てるよコッチ!?」

 

「アンタそんなキャラだったか? つーかシービー先輩じゃねぇのかよ、応援すんの」

 

「そんなん知らんッ!!」

 

「知らん、って」

 

「俺は別にシービーだけを見に来たんじゃねぇ。菊花賞というレースを見に来てんだ。シービーの三冠達成にも興味はあるが、いまは前を走るウマ娘を応援したい気分なんだよ。──粘れ粘れェッ!! ダービーウマ娘にステイヤーの意地ってヤツを思い知らせてやれぇぇぇぇッ!!」

 

 トレーナーとして冷静な部分はミスターシービーの勝ちは揺るがないものだと理解していた。

 だがそんなものは関係ない。過去の先人たちが残した記録も、偉い学者先生たちの研究も、結局は部外者が勝手に定めた限界でしかないのだ。そんなものばかりに気を取られて、トレーナーがウマ娘の可能性を見逃すなんて勿体ないにもほどがある。

 

 そんな中堅トレーナーの熱量は、次第に周囲に伝わり拡がっていった。最初は呆れたような、しかしどこか嬉しそうな担当ウマ娘たちから始まり、やがて周囲のファンたちも“ひとりの主役”から“菊花賞を走るウマ娘たち”を応援するようになり──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 京都レース場を満たす大歓声は、相変わらずミスターシービーに向けられたものがほとんどだ。しかし、それでも前を走るウマ娘たちへと届く声は確かに存在する。

 

 もしかしたら空耳かもしれない、そうあって欲しいという願望かもしれない。そんなものを都合良く聞き取れるワケがないと、なにも知らない者たちは嗤うかもしれない。

 こればかりは実際にコースの上で戦った者たちにしか理解できない世界だろう。それに、正直なところどちらであっても構わないというのが本音であった。ウマ娘たちにとって大事なのは、自分を応援してくれる誰かがいることを信じることができるかどうかだ。

 

 

 それだけでいい。それだけでまだまだ走ることができる。

 

 

 ただ、それは前を走るウマ娘だけに限定されたものではない。当然ミスターシービーにも聴こえている。ただでさえ恐ろしい勢いで追い上げてきているというのに、ここにきて更なる推進力を得ようというのだから規格外にもほどがある。

 この状況は純粋に一緒に走っているウマ娘たちの運が悪かったとしか言い様がない。何故ならミスターシービーに聴こえている音は、とある変わり者のトレーナーと出会うまで“ほかとは違う、彼女は天才だから”と称賛(敬遠)されて独りコースの上を走っていた少女の世界には存在しなかった最高のミュージックなのだから。

 

 

 

 

「これだから天才ってヤツはメンドくせぇ。まぁいい、この場は譲ってやるよ」

 

 

 

 

「アンタ、ぜったい春天出なさいよ。今度こそステイヤーの恐ろしさを思い知らせてあげる」

 

 

 

 

「やっぱ淀の坂を全力疾走は厳しいわ、さすがに。シービー、お前さんゴール前でコケたりすんなよ」

 

 

 

 

「あとで一緒に写真撮ろうね! トレちゃんを優勝レイでグルグル巻きにするのも手伝ってあげる!」

 

 

 

 

「思ってたよりも遠いな、菊花賞のGoalってのは。キッチリ決めろよ? 最高のrivalさんよ」

 

 

 

 

 すれ違いざまに祝福の言葉を受け取りながら、ついにミスターシービーが先頭を奪う。それと同時に周囲からのプレッシャーが一気に反転して彼女の背中を押し始めた。

 認めようミスターシービー。お前こそが私たちの世代の代表だ。新しい三冠ウマ娘の誕生を心から祝おう。その上で、最強の称号を得たお前をいつか必ずブッ倒す。

 

 

 だからいまは、いまだけは。最高の夢を私たちに見せてくれ。

 

 

 

 

「──あはッ♪ いいよ、いつでも挑戦は大歓迎さ。何度でも、何度でも……最高のレースをしよう」

 

 

 

 

 その日、7万を超える大歓声の中。URAの歴史に新たな伝説が刻まれた。




私の作品は趣味で書いている二次創作なのでいくらでも開き直ることができますが、アプリのシービーのシナリオを考えるライターさんはプレッシャーすごいだろうなーと思ってます。


続きはヤドカリ案件のお詫び投稿を済ませてから、オマケの登場ウマ娘のヒントは『肉』『肉』『妹』『肉』『シャドーロール』となります。




本編のほうは菊花賞~年明けのダイジェスト、大食い最強アイドルウマ娘、やたらとメジロライアンのことを聞きたがる高貴オーラMAX貴婦人との邂逅、の3択あたりでどうしようかと考えてます。


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◆オマケと頂き物の紹介☆

頭の中を空っぽにして読んでください。


「トレーナーさん、たまには大自然の中で息抜きなんてどうですか? ちょうど鮎が時期なんですよ~。川の流れる音を聞きながら釣りを楽しんで、ついでに美味しい塩焼きなんかも楽しめちゃうお得なプランをご提供する用意があるのですよ! ……ついでにお車なんて出していただけますと、いまならセイちゃんポイントもご進呈いたしますよ?」

 

 このひと言から全ては始まった。

 

 夏合宿に参加しないウマ娘たちにとっても、トレーニング機材やコースの順番待ちが多少緩和されるこの時期は能力を大きく伸ばすチャンスである。

 だが、それはそれとして彼女たちも青春盛りの若者たちである。せっかくの夏をトレーニングだけで全て消費してしまうのも勿体ない。夏合宿組だって空いた時間でお祭りに参加したりと夏を満喫しているのだから、世間一般でいうところの“夏休み気分”を味わう権利ぐらいはあるだろう。

 

 セイウンスカイにとって幸運だったのは、遊びに理解のあるトレーナーと交流を持てていたことだ。ルームの中に様々な娯楽用品を置いているだけあって、この提案はあっさりと受け入れられることになる。

 

 

 そこまではよかった。

 

 

 トレーナーの協力も無事得ることができ、さっそく具体的な日程を決めようと話し合いを始めたのだが……しばらくして「どうせなら山と海、両方で遊びたい」という意見が出てくるようになったのだ。

 

 朝早くに出発して釣りを楽しみそのままキャンプで1泊、そのまま海まで突撃してしまおうという体力と気力に溢れた若者でなければ顔面蒼白となるだろう恐るべきプランである。

 夏の解放感で掛かってしまっていたウマ娘たちは冷静さを取り戻すことができず、保護者であるトレーナーが特に反対しなかったことも後押しとなったのかもしれない。ブレーキをかけるものが不在のまま、この無謀なサマーバケーションは本当に実行されてしまう。

 

 ウマ娘の体力はヒトよりも優れている。だが、それはあくまで“ヒトと比べれば”という話である。最大値が高くとも、ウマ娘がウマ娘の基準で遊び騒げば消耗の割合は変わらないワケで──当然の権利のように、参加者のうち半数のウマ娘は早々にスタミナ切れをおこしていた。

 そんな話が聞こえてきたとき、初めナリタブライアンはアホなことをしているなと呆れていた。貴重なトレーニング時間を削ってまで海にまで出かけたのに、肝心の体力が足りずに充分に楽しめなかったというのだから当然だろう。だが。

 

 

「自分で釣った鮎を焼いて食べるのも美味しかったですが、浜辺でやったバーベキューも楽しかったですねぇ。骨付きのステーキなんて初めて食べましたよ」

 

「Oh、フクキタルは()()()()()()()()をゴゾンジなかったデスか。ンー、そういえばトレーナーさんもニホンでは普通は販売してないといってマシタネ。エーセーメン? がネックだと。どうしてステーキのお肉を買うのにヌードルが関係してるのでショウ?」

 

「ヌードル?」

 

 

 その単語が聞こえてきたとき、彼女は己の耳を疑った。

 

 Tボーンステーキ。ヒレ肉とサーロインを同時に味わうことができるそれは、ステーキ界の2大グランプリ覇者といっても過言ではない。食肉のオーソリティーを自負するナリタブライアンも当然その存在はよく知っている。トゥインクル・シリーズにデビューして賞金を手にした暁には、是非とも専門店へ赴き存分に堪能してやると誓うほど渇望している1品である。

 だが、知識として知っていても実食に至る経験は未だ皆無であった。何故なら、タイキシャトルの言う通りTボーンステーキの骨は通常“危険部位”として焼却処分されるため、特A5ランクにんじん並みに厳重に管理されたものしか流通することはないからだ。

 

 食べ終えて残った骨はトレーナーが回収して然るべき方法で処分したらしいがそんなことはどうでもいい。豪快に焼き上げた肉の塊を軍手と新聞紙を用いて骨を掴み行儀など無用と言わんばかりにヒレとサーロインを喰らうその行為。その行為こそが、レースを走る現代ウマ娘に平等に与えられた最高の癒しなのである。その機会を()()()()()()()()()()ことを知ったナリタブライアンは己の愚かさに対する恥と悔いと憤りでウマソウルが燃え尽きそうな気分であった。

 実は彼女もそのバカンスへ参加しないかと誘われていたのだ。ちなみに勧誘してきたのはマヤノトップガンである。ニコニコと笑いながら「きっとブライアンさんにとってもステキなことがまってるよ☆」と誘われたのだが、魚に興味のないナリタブライアンはトレーニングに集中したいからと断ってしまった。

 

 

 真実を知ったナリタブライアンは深い後悔に苛まれたのち────彼女は復讐を誓っていた。

 

 

 次なるお肉への復讐。今後もし同じような焼き肉が行われるのであれば、必ず参加してみせると。未だデビューどころか選抜レースに出走すら出来ぬ未熟者であるがそこは影をも恐れぬ怪物。未来の三冠ウマ娘が誓いし復讐に、ミスはありえない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あん? 次にTボーンステーキを焼く予定はいつだって? そんなん特に決まっちゃいねぇが……少なくとも夏が終わるころまではやんねーよ。いまァほかの学校も夏休み始まってるし、レジャー施設とか混んでんだろうし。そもそも肉だって知り合いから分けてもらったヤツだしな」

 

 日常会話で然り気無くカモフラージュしつつ巧妙に情報を引き出すことに成功したナリタブライアン。だが残念なことに望むお肉にありつける可能性はどうにも低いということがわかってしまった。

 なんでも、バーベキューで使用したTボーンステーキはトレーナー研修生時代に知り合った“ニシノーサ”なる人物から暑中見舞い品として送られてきた頂き物であったらしい。名前の響きからして、もしかしたら中等部に飛び級してきたニシノフラワーの親族か誰かかもしれない。ともかく関西方面でなにやら重要な役割を担っている人物……ウマ娘? どちらかはわからないが、上等な牛肉を手配できるあたりトップクラスの重鎮であるとナリタブライアンは判断することにした。ちなみに友人の名前は“ヒガシノウサ”といって関東に住んでいるらしい。

 

 

 無い袖は振れないことぐらいナリタブライアンも心得ている。ここは素直に引き下がる場面であると考え、調理中のホルモン焼きの味見役だけ引き受けてルームを立ち去った。

 ニンニクと味噌で濃いめに味付けされたそれをとりあえず2キロほど食べて安全性を確かめ「味に問題はない」と太鼓判を押してやったのだ、これでトレーナーも安心してウマ娘たちに振る舞うことができるだろう。もしかしたら返礼として次のバーベキューに呼ばれる可能性もある。うむ、善いことをしたあとは気分も清々しいものだ。

 

 あとはトレーナーが自分を誘いやすいようにこまめにルームに顔を出せば完璧である。とはいえ、季節の移ろいで簡単に味が変質してしまう野菜とは違い、お肉は通年如何なるタイミングで食べても美味しい無敵の食材だ。焦る必要はないし、あまり頻繁にルームに行ってはまるで催促しているかのように誤解されてしまうだろう。

 とりあえず3日に1度ぐらいのペースで肉とバーベキューの話をしておけば問題はないはず。時折顔を合わせるヒシアマゾンがまるで夕食のメニューを一生懸命リクエストする子どもを見守るかのような慈愛に満ちた視線を向けてくることだけがナリタブライアンには不思議であった。

 

 

 ナリタブライアンがその情報を得たのは夏の終わりである。日課となりつつあるルーム訪問、そして戸棚からのビーフジャーキー獲得を繰り返していたときに偶然に聞くことができた。

 

 バーベキューの話を聞いて、ミスターシービーやマルゼンスキーを始めとするウマ娘たちから「合宿から帰ったら話があるから逃げないように」とトレーナーにメッセージが届いたらしい。

 なるほど、やはりGⅠレースで勝利しているだけあって彼女たちもお肉に対する情熱は強いのだろう。やはりお肉、お肉こそがウマ娘に必要なのだ。まさに必須アミノ酸、ミートイズビューティフル。

 

 新たなバカンス計画は8月の終わりに決行される。夏合宿の疲れを癒すという名目で、かつ前回の反省を活かし目的地はひとつに絞られた。海は当分見なくてもいいということで、トレセン学園からほどほどに離れたビギナー向けのキャンプ場でのんびりしようという流れだ。

 宿泊は無し、バーベキューがメインの日帰り。実に良い、理想的なスケジュールであるとナリタブライアンも大満足である。野菜を食べさせるために姉ビワハヤヒデも参加することだけが懸念材料ではあるが、その程度でお肉への情熱を妨げることなどできぬのだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 当日。念願のTボーンステーキとの邂逅こそ叶わなかったものの、トレーナーがクーラーボックスから取り出したモノを認識した瞬間ナリタブライアンは──否、バーベキューに参加した全てのウマ娘が言葉を失った。

 

 

 それは肉と言うにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさしく肉塊であった。

 

 

 車の荷台からクーラーボックスを運搬していたウマ娘たちも、己が抱えて運んでいる物の正体を知り唖然としている。てっきりほかの食材やジュース類なども含めての大量のクーラーボックスだと思い込んでいたが、そのひとつひとつに同様の肉塊が納められているのだから当然だろう。

 スーパークリークに財布を渡して野菜や飲み物を購入してくるようにと指示を済ませると、トレーナーは肉塊を豪快に切り分け始める。それは決してステーキなどという可愛らしい表現で納得できるようなものでなく、まるで辞書のように存在感を残したままだった。

 

 

 誰もが『まさか』と考えたそのとき。トレーナーは迷いも躊躇いも全く感じさせない素直な動きで“ソレ”を金網の上に乗せた。乗せてしまったのだ。

 

 

 期待以上だと喜びに浸るナリタブライアンであったが、金網近くの椅子を確保しているウマ娘たちの姿を見て、ようやく己が出遅れたことに気が付いた。お肉の素晴らしさを誰よりも知る自分が、よりにもよってお肉を食べる場面で出遅れるという醜態。

 これがトレセン学園、これがデビューしたウマ娘たちの本気なのかと背筋に冷たいものが流れる。ひとつめの焼き肉争いにて早々に敗北という非情な現実を突き付けられたが、その程度で怯むほど諦めの良い性格などしていない。むしろ強敵との競り合いなど望むところだ。

 

 ナリタブライアンは冷静に別の金網付近へ位置取りを完了させた。木炭の熱気を充分に蓄えた金網がお肉の塊を丁寧に受け止め、真剣勝負の始まりを告げる福音を奏でる。

 

 

 

 まずはお肉の旨味を逃がさないために全面を軽く炙る作業から始めるらしい。巨大な肉の塊をトングひとつで危なげなく操るトレーナーの技術は見事なもので、それぞれのグループを淀みない動線で巡回してお肉を踊らせている。

 

 そしてある程度表面が焼けたところで、事前に用意していたのであろう下味となるタレを塗り始めた。お肉の下拵えなど塩コショウだけでも充分美味であり、なんなら市販の焼肉のタレでも美味しくパクパクできるだろう。

 だが、あえてナリタブライアンは大人しく待つことを選んだ。なにせ相手はミスターシービーとマルゼンスキーの担当トレーナー、GⅠウマ娘を育てた実力者がお肉の扱いを間違えるなどあり得ないし、あってはならない。故に、このまま任せていれば必ず納得の仕上がりにしてくれると信頼しているのだ。

 

 

 華麗なスタートダッシュで鼻腔を刺激してくるのは醤油の香りである。日本に住む者にとってこれ以上ないほど馴染み深いものだが、極上のお肉を前に五感が薄氷の刃の如く研ぎ澄まされたウマ娘たちはそれがただの醤油ではないことに気付いてしまう。

 香ばしさの中にグラデーションを感じたのだ。おそらくは複数の醤油を組み合わせている。そこに味噌の優しい塩味、ニンニクの力強さ、生姜の清涼感が輪郭を与えているようだが……。

 

(微かな甘味……? 砂糖のように素直ではない、みりんほど広がりは感じない。ハチミツ……いや、それにしては深みを感じない。なんだ、この正体は……)

 

 姉ビワハヤヒデと違い料理をする習慣のないナリタブライアンはここで躓いてしまう。普段であれば旨ければそれで良しと気にしない場面だが、最高のお肉を前にして思考を停止させるなどお肉に対する侮辱でしかない。

 

(肉に合わせる甘い食べ物……フルーツか? だがイチゴやメロンのようにわかりやすいものではないし、バナナを喜ぶのは姉貴ぐらいなものだ。肉……フルーツ……例えばハンバーグに乗せるパイナップルのように──フッ、そういうことか。やってくれたなトレーナー……ッ!! いいだろう、オマエの挑戦を受けてやるッ!!)

 

 

 お肉との対話は完了した。あとは食べ頃になる瞬間を見逃さず差し切るのみ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 お肉たちがタレを纏い炎と戯れることしばらく。ついにトレーナーがナイフを取り出してお肉の塊を切り分ける神聖な儀式に取り掛かる。

 

 その様子は“斬る”というよりも“隙間を通す”と表現するほうが正しいのかもしれない。まるで初めからそこだけ切れていたかのように静かにお肉が剥がれていくのだ。

 音も無く淀み無く動く銀の軌跡。その度に金網の上に横たわる鮮紅の()()()()はあまりにも妖艶であり、はたしてあの誘惑に耐えられる生物などいるのだろうかと思わせるほど魂を逆撫でしてくる。

 

 ごくり、と。誰かの喉が鳴る。ちなみにこの争奪戦に参加するのは危険と判断されたウマ娘たちはちゃんと避難して別のグループで焼き肉を楽しんでいた。

 アイネスフウジンなど面倒見のよいウマ娘たちがお肉と野菜をバランスよく配置して焼いてくれているので栄養バランスもいい。残念ながらピーマンや玉ねぎよりもさつまいもやカボチャ、とうもろこしなどが人気なのは予定調和というものだろう。

 

 

 切り分けられたお肉が金網の上に並び、それを見たウマ娘たち全員がここからが真の弱肉強食の世界なのだと覚悟を決めた。

 お肉の焼き加減について俗世では多種多様な情報が溢れているが、そんなものはこの場において無意味な雑音でしかない。何処かの誰かが100万人の群衆に向けて語った言葉に心を動かされるほど、トレセン学園のウマ娘たちは自分を見失ってはいないのだ。

 

 

 ぽたり、と。

 

 封じられていた旨味が滴り、灼熱の炭の上でバチリと弾けた。

 

 

 ウマ娘が集う戦場、ここは食卓。

 

 彼女たちに課せられた交戦規定はただひとつ。

 

 

 ──喰い尽くせ。

 

 

 

 

「うんうん! 美味しいお肉が嬉しくて、みんなとってもマーベラスだね☆ あ、ネイチャ。そっちのタン塩もマーベラスだよ」

 

「ほいほい、んじゃお先に失礼しますよ~と。……しっかしまぁ、皆さんそろってギラギラしちゃって。ネイチャさんには無縁の世界ってヤツですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 とってもマーベラスなイラストを読者さんから頂きました。

 ニヤニヤして眺めていたらカーテンを登っていた子ネコが鳩尾にダイブしてきて口からヒトソウルが飛び出すかと思いましたが作者は元気です。

 

【挿絵表示】

 

 作者としてはシービーのジュースの飲み方にグッときました。やはり小ネタを拾って貰えると嬉しいものですね。




これにてseason2は完了です。

マスコミ関係とのいざこざは掘り下げるつもりはありません。アレもコレもと欲張って盛り込むと管理できなくなる可能性が特大なので。
とはいえ、全く書かないのも勿体ないというもの。なので、お行儀の悪い記者さんたちには賢さGくんから素敵な体験がプレゼントされることが確定しました。ヨカッタネ!


続きは秋の味覚が本格化したら、次は年末を舞台に……ちょっとルドルフとFトレーナーの話も書きたい欲求に負けそうになっています。


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とうき。

これからルドルフを育てるトレーナーさんは、ちゃんとマイル因子を持ったウマ娘を育てておこうね!(n敗)



 季節はすっかり冬になりましたが、風の魔装機神の如く『追放』という目標に向かって迷うことなく縦横無尽に飛び回る貴方の心は冬枯れとは無縁です。

 今日も寒さに負けることなく悪役トレーナーとして活発に行動する貴方は、中央トレセン学園の練習施設・第9レース場でウマ娘たちと一緒にお味噌汁をすすっています。

 

 街行く人々の服装がすっかり暖かいものに切り替わったある日のこと。寒い中練習に励むウマ娘たちにあからさまに見せびらかすようにお味噌汁を食べることにより、肉体・精神・胃袋の3点を同時に挑発するという恐るべき作戦を貴方は唐突に思い付きました。

 即断即決即実行。己が人生を楽しむということに関して一切の妥協を許さない貴方は、朝の日課である自己鍛練と水槽生物たちの世話とルームの掃除と近辺の廊下やトイレの破損等の安全確認と冷蔵庫やおやつ棚の賞味期限のチェックと第9レース場の簡単な見回りと学園内に不審物や不審人物が入り込んでいないかの気配察知と一部のウマ娘たちが学園に隠れてこっそり世話をしている野良犬の健康管理と今日もトレセン学園に通うウマ娘たちが尊い日常を無事過ごせるようにと祈りを捧げると、さっそく食材を揃えて調理に取りかかりました。

 

 

「サムズベジタブル、アンドポーク。ソイビーンズテイスト! まさに食材のマスカレイド、見事な調和! ふふ、さすがは三冠ウマ娘のトレーナーということね……!」

 

「ズズッ……へぇ、こっちは白みそにアスパラとレタスか。こういう発想も、実際に作っちまうのも、いかにもトレ公らしいというかなんというか。それでちゃんと美味しいんだから大したもんさね」

 

「ふぅン。豆腐とナメコ、それにこれは……色合いからして『赤みそ』というヤツかな? 私ですら白いご飯が欲しくなるこの味わい……いやはや、実に興味深いじゃないか」

 

 

 目の前に広がる光景は貴方が思い描いていたモノとは多少ズレがありますが、少なくともお味噌汁を食べながらウマ娘たちのトレーニングを眺めるという目的は果たせています。

 つまり大成功が成功に変わった程度なので特に問題はないでしょう。強いて疑問点を上げるのであれば、夜間練習に参加しているウマ娘たちをスカウトしたトレーナー陣も当たり前のように第9レース場にやって来てお味噌汁を担当ウマ娘と食べていることぐらいなものです。

 

 とはいえ、この状況はホープフルステークスを控えているタマモクロスとゴールドシップにとっては好都合というもの。未来の皇帝シンボリルドルフに挑まんとするウマ娘たち同士でバチバチと火花を散らしながらの特訓は必ず彼女たちの糧となることでしょう。

 

 

 実際問題、チート能力を使って観察するまでもなくシンボリルドルフの強さは貴方も理解しています。アプリのようにマイルのレースに寄り道することなく、王道距離の中距離レースを走る姿は『先行』も『差し』も見事なものでした。

 タマモクロスとゴールドシップの勝ち目は贔屓目込みで見たとしても3割に届かない程度というのが貴方の判断です。トレーナーとしての能力の信頼性についてはロボット作品の終盤で主人公が大破した新型の代わりに一番初めに搭乗していた機体を改修したものに乗り込んで最終決戦に挑むときぐらいにはありますので、残念ながらこの判断が覆る可能性はかなり低いでしょう。

 

 ついでに言うならば、ミスターシービーがジャパンカップや有マ記念に出走しないと表明したことで、次のスターウマ娘候補であるシンボリルドルフが大々的に持ち上げられている状況も逆風になるかもしれません。

 

 本人はコンディション調整のミスでしばらく走れそうにないとインタビューで答えていましたが、三冠ウマ娘を達成したあと皐月賞と日本ダービーと菊花賞に参加したウマ娘全員で貴方を追いかけ回しているときに先陣を切って走っています。

 つまり本当の理由はいつもの気紛れか、あるいはほかになにか事情があるのか。どちらにせよ、本人の気分が乗らないのですから貴方も当然出走を促すようなことはしないでしょう。

 

 

 ともかく。身体能力的に1歩劣っている上に、環境的にもアウェーとなる状況へタマモクロスとゴールドシップを送り出さなければならないのが現状です。

 貴方が目標とする悪役トレーナーが三流のチンピラであれば適当に諦めても許されるのでしょう。しかし、貴方が目指すのは一流の悪のカリスマ系トレーナー。ならば取引相手であるふたりが万全の状態で勝負できるよう環境を整える程度のことはしてみせなければ、これまで貴方が散々に罵り扱き下ろしてきたウマ娘たちの立場が無いというもの。

 

 幸いにして、ふたりとも勝ち目が薄いぐらいで揺らぐようなメンタルはしていません。タマモクロスはハングリー精神に優れていますし、ゴールドシップもレースに関してはいつでも本気です。

 芦毛のウマ娘は走らないという謎の迷信を叩き壊すついでに、彼女たちがホープフルステークスを全力で楽しめるように。とん汁にたっぷり入れた七味が喉に張り付いてむせているエルコンドルパサーの背中をさすりながら、貴方は限られた時間で走りの精度を高めるためのプランを考えるのでした。




ウマ娘とは別に思い付いたネタを整理するので、しばらく投稿はのんびりしたものになると思います。

後々にまとめて読んでいる読者の方にはなんの関係もない話ですが。


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やるき。

 名門シンボリ家のウマ娘であり中央トレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフのネームバリューは大きいらしく、中山レース場の賑わいは昨年よりも明らかに盛り上がっているようです。

 もちろんレース場グルメもファンの入り具合に相応しく気合いも充分といった様子で、貴方が支払う前提でウマ娘たちが容赦なく買い漁る姿はまさしく悪役トレーナーとしての日々の努力が実を結んでいる証拠なのでしょう。少なくとも貴方の中ではそれが真実なので問題はありません。

 

 当然ながらホープフルステークスも大歓声と共に始まり、新たなジュニア王者が誕生した瞬間など中山レース場全体が揺れるほどの熱狂ぶりだったのですが──。

 

 

「以前、キミはルドルフの走りには情熱が足りないと評価したらしいね。最初、その話を聞いたときはあまりピンとこなかったんだけど……うん。いまならトレーナーの言っている意味がわかる気がするよ」

 

「そうねぇ~。ルドルフの立場や願いを知っている身としては、ああなっちゃうのも仕方ないかなって思うけれど。嬉しそう、というより……なんだか課題を終えてホッとひと息、って雰囲気ね」

 

 2着のタマモクロスに三バ身の差を付け、実力を見せつけるような形で勝利したシンボリルドルフへ盛大な拍手と祝福が贈られる中。貴方の隣でレースを見ていたミスターシービーとマルゼンスキーが、普段の飄々とした彼女たちとは別人のように真剣な声色で呟きました。

 レースに対する情熱はトレセン学園でも屈指のふたりですから、シンボリルドルフが今回のホープフルステークスをクラシック三冠の足掛かりとして──言ってしまえば“理想を実現するための手段”として走っていることを察してしまったのでしょう。

 

 勝負の楽しさや喜びを知り真ボリルドルフとして覚醒する前ならこんなものだろうとのんびり構えてのほほんとしている貴方はちゃんと気が付いていませんが、ふたりだけではなく周囲にいるウマ娘たちも喜ぶでもなく騒ぐでもなく無言のままターフを見ています。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……いや~、さすがは生徒会長やっとるだけあるな! 簡単には背中ぁ掴ませてくれんかったわ! こりゃ皐月賞まで徹底的に鍛え直さないとアカンなぁ~、あっはっは!」

 

「だよなぁ~。やっぱり芝居仕立てのコントも悪くないけどよ、せっかくのGⅠレースなんだから王道の漫才のほうがウマ娘らしくていいよな。皐月賞はタマがボケでアタシが座布団運びのポジションでいこうぜ!」

 

「そうそうウチがひたすらボケ倒すからゴルシがその後ろを座布団抱えてアピールしながら通り過ぎる感じでってなんでやねんッ!! そこはせめてアンタがツッコミ担当するところやろッ!!」

 

「……え? ゴルシちゃんがツッコミすんの? フツー逆じゃね?」

 

「知っとるわァッ!! なに急に真顔になっとんねんッ! テンション直滑降かッ!!」

 

 貴方はタマモクロスとゴールドシップの担当トレーナーではありませんが、トレーニングの協力者としての義理を果たすべくふたりを迎えに行きました。

 貴方が目指すのはただの無法者や無礼者ではありません。真っ当な悪役として断罪され追放されることが目的ですので、こうした部分を蔑ろにするワケにはいかないのでしょう。その心掛けが称賛に値することだけは確かです。

 

 さて、肝心のふたりの様子ですが、とりあえず意気消沈してコンディションが悪化していないことに貴方はひとまず安心しています。

 シンボリルドルフは油断もしていなければ侮ってもいない、しかし本気で走っているが同じフィールドで戦ってもいない。そんな雰囲気の中で走り、しかも負けてしまったワケですから、ふたりのメンタルに何らかの影響が出ている可能性も考えていましたが……これだけの軽口が小気味良く出てくるぐらいですから心配は無用だったかもしれません。

 

 

 あとはもう帰るだけ、愛車でのんびり寄り道など楽しみ、なめろうにでも使えそうな鮮度抜群の海の幸など物色するのもよし。

 理想はひとりでゆったりドライブだが、何人かのウマ娘が止める間もなく車に乗り込むだろうからそこは潔く諦める。

 

 そんな今後の予定を立ててご機嫌な貴方でしたが、浮かれ気分であるが故に重要人物たちの接近に気がつくのが遅れてしまいました。

 

 

「やぁ、タマモクロスにゴールドシップ。さきほどぶりだね。これから帰りかい? 今日はゆっくりと体を休めるといい。私も学園に戻り残っている生徒会の仕事を片付けたら、今日のところは大人しく部屋に戻るつもりさ」

 

 

 本日の主役であるシンボリルドルフ。

 

 

 そして、ウマ娘がいるなら当然──。

 

 

「どうも、こんにちは。以前にも併走トレーニングでご一緒しましたが、貴方とこうしてまともに話すのは初めてかもしれませんね。……改めまして、どうぞよろしく」

 

 

 マヤノトップガンとトーセンジョーダンが見立ててくれたコーディネートをなにも考えずにそのまま着用しているだけの貴方とは違う、しっかりとスーツを着こなし若々しさと社会人らしさを兼ね備えた正統派トレーナー(貴方基準)が隣に立っていました。




中山といえば千葉。

千葉といえば落花生と海鮮物、あとは春夏秋冬海パンの少年とディステニーランドでしょう(属性Chaos)


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どうき。

寄り道(遠出)

先日、中山競馬場の所在地を調べるついでに千葉県の名産品を調べたところ、なぜか作者の携帯端末は熱いなめろう推しをしてきました。

なめろうがそんなに旨いのかよッ!!
(食べたことない)


 冷静で的確な判断に優れた貴方は考えました。

 

 シンボリルドルフの残っている仕事を片付けるというセリフ、そしてこの場にいないエアグルーヴ。アプリの知識を参照するまでもなく、生徒会長がレースに集中できるように副会長が仕事を引き受けたというシチュエーションだと予測できます。

 

 このままシンボリルドルフを帰して仕事を手伝わせようものなら、エアグルーヴの使命感と自尊心に小さな傷が付けられることになる。

 その憤りを自分へ向けるよう誘導できれば面白いことになるが、残念ながら上手い手段が思い付かない。

 

 ならばどうするか。答えは簡単です、シンボリルドルフをすぐに学園に帰さなければいいのです。

 

 

 貴方は流れるような動作でいつものようにスーパークリークに財布を渡そうとしますが……ギリギリのところで思いとどまることに成功しました。そう、これから貴方は自分で車を運転しつつ買い物なども楽しまなければなりませんので、免許証と資金の一部をキープしなければなりません。

 必要な措置を終えたのち軍資金をウマ娘たちに提供した貴方は「生徒会長殿は体力・気力ともにもて余しているようだ、ならば皆で盛大にもてなしてやれ」と指示を出します。

 

 ウマ娘たちはごく自然な動作でシンボリルドルフの両脇を固める者、交通機関の情報を検索する者、手頃な飲食店を探す者、学園と寮に連絡を入れる者と手分けして、新たなジュニア王者誕生の打ち上げ準備を進めます。

 それは実に見事な連携であり、もしかしたら日常的に厄介な言動を繰り返す問題児が側にいて判断力や行動力が鍛えられている可能性もあるでしょう。

 

 突然の出来事に困惑するシンボリルドルフですが、先手を打たれて包囲された以上いまの彼女に逃げ出す術はありません。何故ならば、余裕があるように振る舞っていても気合いと根性で見栄を整えているに過ぎないからです。

 シンボリルドルフの演技力に不足があったワケではありません。ただ単純にウマ娘を守護ることに関わるときの貴方は神速の縮地・瞬天殺の初動を完全に見切って発動を封じる程度の能力を発揮するため欺くことは事実上不可能というだけの話です。

 

 

「あ~……うん。ウチはちょいと遠慮させてもらうわ。やっぱGⅠレースは緊張して疲れたし、ルドルフも逆に気ぃ遣ってまうやろ? タダメシは魅力的やけど、ウチらの残念会はトレーナーがちゃぁ~んと労ってくれるもんなぁ?」

 

「なんだよタマ、せっかくの機会なんだからアタシと一緒に会長にウザ絡みしようぜ~。ついでに3人で皐月賞のオープニングトークの打ち合わせもしてよ。グループ名は『ええカラダ四天王』なんて面白いんじゃ──あっ、ワリィ」

 

「ハハハよっしゃそのケンカ高値で買ぉたるわコッチ顔向けて歯ァ食いしばれやゴラァ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 観念したシンボリルドルフは僅かにフラついたところを何故か少しだけ安心したような雰囲気のトウカイテイオーに支えられ、皆と一緒に中山レース場を出発しました。

 駐車場に残っているのは貴方と、じゃれ合うタマモクロスとゴールドシップと、そしてシンボリルドルフのトレーナー。あとは物陰で息を潜めて気配を遮断している老トレーナーぐらいなものです。

 

「こういうときはまず軽く世間話でもするものかもしれませんが、あまり長々と引き留めるのもご迷惑でしょう。なので単刀直入にお聞きします。──なぜ、ミスターシービーと担当契約をしないのですか?」

 

 

 逆に聞きたい。なぜ自分のような外道がスターウマ娘であるミスターシービーと担当契約が可能だという意味不明な勘違いをしているのかと。

 どうやら目の前のトレーナーは一般的な感性とは違う独特の価値観を有しているらしい。だからこそのシンボリルドルフのトレーナーなのだろうか? 

 

 困惑しつつも抜け目のない貴方は、彼の発言の中に悪役ムーヴに利用できるセリフがあることを見逃しません。正統派トレーナーらしくウマ娘との担当契約というものを重要視しているのであれば、そこを逆撫でするように言葉を選んで投げ返せばパーフェクトコミュニケーション達成となるでしょう。

 

 

 真剣な表情で問いかけてくるトレーナーとは相反するように、世間話でもするかのような気楽な態度で貴方は「そのほうが面白いから」と答えました。

 

 

 絶句、という表現がこれほど似合う表情はなかなか見ることはできないでしょう。

 まだまだ自分のターンが続いていることを確信した貴方は追撃の手を緩めません。

 

 

 面白いかどうか、それが俺の全てだ。それ以外のことに興味は無いし、必要ともしていない。理解を求めようとすら思わない。ただ己の心のままに、それだけだ。

 

 

 貴方の100パーセント本音だけで構成された暴言は、狙い通りに相手トレーナーの心を燃え上がらせることに成功したようです。

 キリッとしたイケメンから放たれる気迫は真っ直ぐで清爽であり、素直さ故に少々物足りませんが悪くない将来性を貴方は感じ取っています。

 

 背後から聞こえてきたふたり分の口笛はさながら第2ラウンド開始の合図といったところ。芦毛コンビがいまどんな表情をしているのかも知らぬまま、貴方は丁寧に育て続けている悪意を惜しみ無く剥き出しにする態勢を整えました。




会長とトレーナー君の覚醒はseason4でやる予定でしたが、このままだとルドルフの扱いに不安を感じる人や本作をシリアス系と勘違いする人がいるかもしれません。

なのでルナちゃんとルナトレくんの脳ミソは早めに焼き始めることにしました。
(エフェジーのことではない)


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どきどき。

今回も賢さGに対する強烈なアンチ・ヘイトが集まるに違いない……フフフ……ッ!!


 唐突に始まったトークバトルですが、理不尽極まりないことに貴方の敗北条件は特に存在しません。

 

 正義の味方は常に正々堂々とした戦い方をしなければならないように、相手のトレーナーは誰が聞いても納得できるような説得力のある論理的な言葉で貴方を追い詰めなければならないでしょう。

 しかし、悪役は手段を選ばずどれほど卑怯な戦い方をして批判されようと問題ありません。貴方の場合は論破され敗北しようとも追放という目的に近付けるだけなので、言いたいことをそのまま適当に垂れ流しても全てが追い風になってしまうのです。

 

 

 初手。ルドルフトレーナーは貴方の『無責任』を追及してきました。ミスターシービーのレースを楽しむのであれば、それこそ担当契約をしても同じだろうというのが彼の考えなのでしょう。

 

 いきなり攻撃力の高い正論パンチを繰り出されてしまったことで、貴方は喜びの感情を必死に抑え込まなくてはいけない状況に追い込まれています。これは実に理想的な流れ、やはり彼は三女神が自分をトレセン学園から排除するために用意してくれた主人公なのだろうとワクワクが押し寄せてきているようです。

 もちろん貴方は相手トレーナーの指摘を全面的に肯定して受け入れます。その通りだ、自分はウマ娘たちの走りに一切の責任を負うことなく日々を過ごしていると堂々と言い切ります。担当契約を交わしてしまえばトレーナーはウマ娘に夢を見せなくてはならない、だが自分はウマ娘たちに夢を見たい、だからこれからも決して担当ウマ娘を受け持つことなどない、と。

 

 次いで、第9レース場に集うウマ娘たちのことを引き合いに出され、三冠ウマ娘の実績ならば正式にチームとして認められ、もっと充実したトレーニングを施すこともできたはずだと指摘されます。

 ならば貴方はそもそもアレは勝手にウマ娘が集まってきただけで自分は誰ひとりとして呼び掛けた覚えは無いという事実でカウンターを放ちました。もちろん貴方の追撃はそれだけで止まりはしません。そもそもチーム運営など面倒なだけで自分にとってメリットなどひとつもなく、なによりもウマ娘たちは皆自分自身の意地と覚悟で走りを高めることに邁進しているのだから手助けなど不要であると鼻で笑います。

 

 ウマ娘たちを導くのがトレーナーの仕事だろうと強い語調で挑まれれば、貴方はトレセン学園に来た時点で本人が自覚してようが無自覚だろうが走る意志はすでに持っている、ならば導くまでもなくウマ娘たちが望む方向に望むまま走ることができるようにしてやればそれでもう充分だと返しの刃で応戦します。これは無責任発言とのコンビネーションも相性が最高の煽りになること間違い無しです。

 

 案の定、ルドルフトレーナーは「こんな男が三冠ウマ娘のトレーナーだなんて……ッ!!」と悔しそうに呟きました。やはりあのシンボリルドルフが認めただけあって正義感も使命感も100点満点の素晴らしいトレーナーであると貴方も大満足といったところ。

 しかし、若さ故の繊細さも見え隠れしていますので、これ以上いぢわるを続けるのは貴方としてもあまり気分が良いモノではありません。ここはひとつ、適当にそれっぽいことを捨てゼリフにして早急にタマモクロスとゴールドシップへ労いの美食を提供することを優先したいと考えているようです。

 

 このタイミングで拾うべきキーワードはずばり『三冠ウマ娘』でしょう。シンボリルドルフは理想を語る資格を証明するために三冠ウマ娘を目指すと宣言していますので、当然担当トレーナーである彼も三冠ウマ娘の称号には他のトレーナーたち以上に強い想いを抱いていることでしょう。

 三冠ウマ娘の価値の否定。これが一番効果的だと貴方は判断しました。なによりも、これからタマモクロスもゴールドシップもクラシック路線を走るワケですから、ルドルフトレーナーともども大きくヘイトを稼ぐことが可能です。

 

 これをきっかけに貴方に反旗を翻し、第9レース場に集うウマ娘たちを根刮ぎ引き連れて行き新しいトレーナーを見つけてくれれば万々歳なのですが……その辺りは追々考えればよいと、どうやら気楽に構えることにした様子。

 クラシック級は厳しい戦いが続いても、シニア級になれば引く手数多になるほど活躍するだろうと貴方は確信しているのでしょう。その発想がミスターシービーとマルゼンスキー相手に互角の走りができるウマ娘がいまのトレセン学園には何人もいるという前提の含まれたものであるかは貴方のみぞ知るところです。

 

 

 ついうっかり『喜』と『楽』の感情が溢れ出そうになるのを日々の鍛練で白刃の如く鍛え磨かれた精神力で封じ込め、貴方はルドルフトレーナーに向け「順番を間違えるな。アイツは三冠ウマ娘である前にミスターシービーという名のウマ娘だ」と静かに語りました。

 あくまでウマ娘だけにしか興味は無い、三冠ウマ娘の名誉など自分にとってはただの記号でしかない。これだけトレーナーとしての矜持を踏みにじるような価値観を突き付けておけば、もしかしたら次の日本ダービーは家でのんびり観戦できる可能性もあるだろう。

 

 

 ここでウキウキ気分を表に出してしまえば台無しです。クールでスタイリッシュな悪役トレーナーのオーソリティーを自負する貴方は、振り返ることもなく愛車へと乗り込むのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「知ってたけどよ。三冠取ってもアタシらのトレピッピはやっぱりブレねぇんだなァ。ま、アイツが軸ブレるとこのが想像できねぇけど」

 

「ウチらがいろんな呼び方されてんのは知っとったけど、まぁ言われてもしゃあないよなぁコレは。チーム・ポラリスのトレーナーは伊達やない、ってこっちゃな」

 

 

 

 

 そしてこのあと、貴方のウマ娘名鑑には“タマモクロスは回らないお寿司屋さんに連れていくと敬語になり挙動不審になる”という情報が追加されることになりました。




次回はルナちゃんとルナトレくんのアレコレの予定ですが、しっくりこなかった場合はどちらかに絞ります。


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『視座』

答え合わせ? の時間。


 己の行いを省みるという行為は、自身を成長させるために必須の行為である。

 

 しかし、それが簡単にできれば誰も苦労などしないのだ。特に、なんらかの失敗をしてしまい、しかも自分に非があることを自覚している場合などは感情の制御に四苦八苦することになる。

 

 

「……はぁ。友人相手ならまだしも、いくら同期とはいえ会話もほとんどしたことのないような相手に僕はなんて乱暴な態度を……はぁ……」

 

「やれやれ、相変わらずお前はクソ真面目だな。あ、お姉ちゃん青リンゴサワーとタン塩1皿追加でちょうだい」

 

「はぁ~い、すぐにお持ちしますね~」

 

 

 シンボリルドルフを担当する若きトレーナーは現在、師匠である老トレーナーに連れられてトレセン学園近くの商店街にある焼肉屋で──これ以上無いほど分かりやすく落ち込んでいた。

 店員も他の客も全く気にする様子がないのは()()によるものである。トレーナーがふたりでアルコールを提供する店の中、気楽に注文する老年男性の前でお手本のようにグラス片手に落ち込む青年。説明などされずとも、世間一般の認識とは違い商店街の人々はトレーナーという職業が華やかではないことを知っているのだ。

 

 

「そんなに落ち込むこたぁないと思うがなぁ。良くも悪くもあの坊主はウマ娘のことにしか興味がないようだし。こりゃジジィの直感だがな、ありゃ明日にはお前との会話も半分は忘れとるぞ」

 

「それはそれで完全に眼中に無いって言われているようでキツいんですけど……」

 

「実際そーだろ。というかお前に限らずあの坊主が同期のトレーナーと話しとるとこ見た覚えがないし。筋金入りってのは、あぁいうのを言うんだろうな。形だけの()()()とは違う、ガチの一匹狼ってヤツだ。ま、ウマ娘には好かれとるようだが」

 

「……ミスターシービーにも」

 

「うん?」

 

「三冠ウマ娘じゃない、ミスターシービーだって睨まれたときに思い出したんです。あの子がそういう……ダービーに勝てるとか、三冠も夢じゃないとか、そんな評価ばかりされるのを嫌っていたことを」

 

「有名な話だな。熱心にスカウトを続けていた連中も悪気はなかったんだろうが、シービーにしてみれば鬱陶しいことこの上なかったろうに」

 

「そのときに誓ったんです。誓ったはずだったんですよ。僕はああはならない、ウマ娘の気持ちを無視するようなトレーナーになんてならないと。なのに、僕は……当たり前のようにミスターシービーのことを、三冠ウマ娘としてしか見ていなかった……」

 

「なるほど。ルドルフちゃんのこともあるんだろうが、実際に目の当たりにしたらそんな矜持は簡単にスっぽ抜けたと。儂が言うのもなんだが、それは確かにダサいわな。カッカッカ!」

 

「知ってましたけど先生、容赦ないですね……」

 

「お前の場合、情けなんざかけたら余計にウジウジと気に病むだろうが。まぁ、たまにはこういうこともあっていいだろ、若いんだから。タイミング的なものもあるだろうしな。担当ウマ娘がGⅠ勝ったんだ、気が大きくなるのも仕方ないだろ。……うむ、やはりタンは塩がウマイのぉ~」

 

 

(気が大きくなる、か……)

 

 

 冷静さを取り戻したいまだからこそハッキリとわかるのだろう。シンボリルドルフがホープフルステークスを勝利したとき、自分が感じていたのは担当ウマ娘がGⅠレースを勝利した喜びだけではなかった。

 安心したのだ、成果が出たことに。名門シンボリ家出身で、誰もが認める才能の持ち主。しかも中央トレセン学園の生徒会長としてウマ娘たちにも慕われている。そんなウマ娘をなんの因果か──いや、彼女の走りに魅了されて身の程知らずにも熱心にスカウトしたのは自分なのだが──ともかく、そんなシンボリルドルフにトレーナーとして認められたことが嬉しかったのは事実だが、同時に大きなプレッシャーもあったのだ。

 

 

 だからだろう。

 

 GⅠレースという()()()()()での勝利は、それまでの努力が実ったのだという実感に繋がり──己は正しいのだという自惚れに繋がった。

 

 その結果が今日の失態である。相手がヘラヘラとした態度を崩さないことに苛立ちを募らせ感情的になり、最後は彼の聖域に土足で踏み込み逆鱗に触れてしまった。

 

 

「ま、良かったじゃないか早めに冷や水ぶっかけられてよ。そのままクラシック級走って、そんで三冠取れた日にゃ取り返しがつかなくなってたかもしれんからな。あ、お姉ちゃん生レモンサワーとハチノスひとつ」

 

「自惚れたまま、ルドルフの走りで与えられた栄光に溺れる……。あぁ、本当に、想像するだけで肝が冷える思いですよ。一方的に迷惑をかけておいてなんですが、彼には感謝しなければいけませんね。もちろん、感謝しているからといって勝ちを譲るつもりはありませんが。タマモクロスとゴールドシップ……彼女たちは特に手強い相手になる予感がします」

 

「ほぉ……どうしてそう思う? ふたりとも走らないと言われている芦毛だぞ?」

 

「だからですよ。芦毛のウマ娘が日本ダービーを勝つようなことがあればそれは──とても()()()()()()()()()? 警戒するには充分過ぎる理由ですよ、相手が彼ならば。あ、注文お願いします。赤ワインと、それからハラミを1皿」

 

 

(ふ~む、思ったより立ち直りが早いな。たしかに坊主の気迫は尋常ではなかったが、それだけでは……あぁ、そうか。ルドルフちゃんに気後れしとったぶんだけ自信の積み立てが少なかったからか。ふぅ~むぅ~? 喜ぶべきか呆れるべきか悩ましいところだな、コレは)

 

 GⅠレースの栄光はウマ娘もトレーナーも容易く狂わせるほど甘美である。インタビューに答える教え子の瞳の中に狂気の片鱗を見つけたとき、老トレーナーの脳裏には苦い記憶が甦っていた。

 自分にはトレーナーとしての特別な才能があると思い込んで増長し、ウマ娘の信頼を失ってトレセン学園を()()()()()()()()()若者には何人も心当たりがあるのだ。

 

 同じレースにチーム・ポラリスのメンバーであるタマモクロスとゴールドシップが出走しており、担当トレーナーである彼が中山レース場にいたのはまさに幸運、三女神による天の助けに等しい。

 同期でありながら1歩も2歩も先を行く彼でなければ愛弟子を“折る”役目は頼めない。老トレーナーでは立場と育成評価Sの肩書きが邪魔をして言葉を尽くしても心までは届かなかっただろう。

 

 

「それで……これからお前はトレーナーとしてどんな道を歩む」

 

「ルドルフの隣を歩きます。導くのではなく、共に夢を掴むために」

 

「トレーナーの立場を棄てるのか?」

 

「答えを知っている前提で成り立つのが指導です。僕はルドルフが求めている“全てのウマ娘の幸福”がどんなものかを知りません」

 

「なんだ、ただの優等生だったボウヤが言うじゃないか。いいのか、いまでさえ色々と言われているんだろう?」

 

「だからこそ、いまさらですよ。ありがたいことに理事長やたづなさん、それにエアグルーヴも……まぁ、なにか言いたそうに睨まれることもありますが」

 

「……そんなに怖かったか? 坊主を怒らせたのは」

 

「いやいや先生、怖いとかそういう……なんかもう、そんな次元じゃなかったんですって! あれなら大声で怒鳴られたほうが百倍マシですよ! 人間と会話してる気がしなかったんですよ、本当に」

 

「うん、まぁ……うん。それな。儂も覗き見してたけど、巻き添えで心臓握り潰されるかと思ったもん。なんなんアイツ、マジでどんな生活しとったらあんなヤベェ凄み出せるんだろうな」

 

「しばらくはトラウマになりそうですよ……。僅かな時間とはいえ、自分を偉いと思い込んだ罰だと思って耐えるつもりではいますが……いや、いまは考えるのは止めましょう。──追加注文お願いします、この“前沢牛食べ比べセット”を1人前で」

 

「は? ……はぁ!? お前、ちょ、なにどさくさ紛れに頼んでんのよ!? そりゃ儂の奢りって言ったけど! 遠慮なく頼めって言ったけど!」

 

「明日から心機一転、クラシック三冠ウマ娘目指してルドルフを支えないといけないんで」

 

「前言撤回だ。お前ただの優等生じゃねぇわ、イイ度胸してんじゃねぇか案外よ。お姉ちゃん、儂のぶんも追加で!」

 

「はぁ~い、ありがとうございまぁ~す」

 

 

 良薬口に苦し、どころか劇薬だったらしい。懐がいくらか身軽になるのは避けられないが、可愛いバカ弟子の纏う雰囲気が好ましいものに変化したことに老トレーナーはひとまず満足することにした。

 

 だが、これで問題が全て解決したワケではない。ウィナーズサークルでシンボリルドルフはハッキリと言っていた。言ってしまったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 彼女に悪意など欠片も無い。これから挑むクラシック級のレースで、三冠ウマ娘を目指す中で、己に理想を語るに足る実力があるかどうか見極めて欲しいという願いでしかない。

 

 

 ファンはシンボリルドルフの走りに更なる期待をするだろう。

 

 彼女を慕うトレセン学園のウマ娘たちも心から応援するだろう。

 

 

 しかし。

 

 

(大義名分と感情は別物だからなぁ~。黒ジャージ組やそこに所縁のあるウマ娘たちは坊主が巧いことやってくれるかもしれんけど……それ以外のウマ娘やトレーナーたちはどうなるかねぇ。儂が口ィ挟んでも拗れるだけだろうし。皐月もダービーも菊も、今回はいつもとは違う理由で荒れるだろうな)




パキッと折ってペタッと修理。

ルナトレくんをメインにしてストーリーを作ることもできるかもしれませんが、それが本作の面白さに繋がるかはまた別だなと判断してサクッと流すことにしました。……というのが建前です。

ただのオリキャラが立ち直る話に何パートも使ってたらテイオーの三冠チャレンジ書くまで何百話かかるんだよって考えるのが面倒になったというのが本音です。作者はウマ娘の話が書きたいのです。賢さGはそえるだけ。


続きはコタツの温もりが恋しくなってきたら、次の舞台は冬季選抜レースになります。


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おしきせ。

炬燵!
ストーブ!
エアコン!
ぬこ!
電気毛布!

我ら、冬の温もり四天王!!


「いやいや、皆さんそんなに驚くようなことではないですよね? ただトレーナーさんがスーツを着てるってだけのことですよ? そりゃ私も珍しいな~とは思いましたけど」

 

「ウソでしょ……? だってフクキタル、トレーナーさんがジャージじゃなくてスーツを着てるのよ? あ──もしかしてフクキタルも体調を崩しているのかしら。大丈夫? 一緒にターフ走る?」

 

「あるぇー? ナチュラルに私のほうがおかしいことにされてます?」

 

 

 これも日頃の行いの賜物、やはり日々の地道な努力こそが夢を叶えるために最も必要な要素なのだ。スーツを着用しただけで周囲から、取引中のウマ娘たちからさえも怪訝な視線を向けられている貴方の心は夏模様です。

 万に一つの可能性として心を改めて真面目なトレーナーに堕ちたなどと勘違いされないための秘策“棒つき飴ちゃん咥えたまま歩いてお行儀悪いアピールしちゃうぜ作戦”も実行していますが、周囲の反応からしてここまでする必要もなかったかもしれません。

 

 ですがそこはチート転生者特有のミスを常に警戒するのが貴方の流儀。チートがあるからと準備を怠るなど言語道断というもの。

 予備の飴はトウカイテイオーとツインターボとアグネスタキオンとナカヤマフェスタに与えてしまいましたが、貴方の内ポケットにはココア味のシガレットが残っていますので戦力にはまだまだ余裕があります。

 

 

「まぁ季節が季節だし、ジャージよりは暖かいとは思うけど。それなら別にジャケットでもなんでも良さそうなもの……マルゼン、なんだかご機嫌だね。もしかしてなにか知ってるのかな?」

 

「さぁ? どうかしらねぇ~」

 

 

 貴方が唐突にスーツを引っ張り出してきた理由、それはマルゼンスキーからの謎の提案にあります。

 

 ジュニア級のマイルGⅠレースの勝者ふたりがインタビューにて「クラシック級で安田記念に挑み、先輩たちを王座から引きずり落としてみせる」と宣言したことにより、マルゼンスキーの調子が絶好調になった……と、ここまでは貴方にも理解できます。

 彼女の性格を考えれば、後輩からの挑戦状は2大マイル覇者の称号獲得よりもモチベーションに大きく影響を与えることは簡単に予測することが可能でしょう。

 

 しかし、そこからどうして安田記念の賞金で貴方にネクタイピンをプレゼントしようという発想になったのかは皆目見当が付かないようです。タイミングからして挑戦者である後輩ウマ娘たちの発言にヒントが隠されている可能性を貴方は考えてみたものの、聞いていて気持ちのいい喧嘩の売り方だったことぐらいしかわかりません。

 一応、彼女たちを担当するトレーナーの様子もしっかり観察したものの、得られた情報はせいぜい画面越しに身に付けているネクタイピンから伝わってきたオーラから長い年月を大切に扱われて過ごしてきた品だということを察知したぐらいです。名門出身とのことですので、おそらくは同門の師匠、あるいは父親あたりから受け継いだものかもしれません。

 

 学生時代ですら私服は全て妹たちの選んだものをそのまま着ていた貴方にアクセサリーの価値はわかりませんが、わざわざプレゼントしてくれるというものを断るのは守銭奴ロールプレイに反する行いであることはわかります。

 しかし、ネクタイピンを受け取ってからスーツを着用したのでは、まるで“ウマ娘からのプレゼントを喜ぶ心豊かなトレーナー”のように見えて変な勘違いをされてしまう未来も否めません。

 

 

 故に、貴方は考えました。ならば安田記念よりも前に定期的にスーツを着用することで、自然な流れでネクタイピンを身に付ければよい……と。当然ながら、プレゼントを適当に机の奥へ追いやるという選択肢は貴方の中には絶無です。

 

 

 副次的効果として、マルゼンスキー側にプレゼントを期待していると思わせることにより勝利へのプレッシャーを与えることもできるかもしれません。彼女は勝敗よりもレースそのものを楽しみたいと考えていますので、期待値は低めですが嫌がらせとして機能してくれれば儲けものといったところ。

 例えチート能力があろうとも、こうした小さな積み重ねを蔑ろにしない丁寧さ。追放に向かう貴方の誠実さは、歴戦のうまい棒が立ち並ぶ石兵八陣の如く堅牢なる勝利をもたらしてくれることでしょう。仮に総大将をなに味にするかで対立が起きたとしても、最終的に「ごちそうさま!」の福音が全てを解決するので心配は無用です。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 さて、スーツ姿のお披露目が無事終わった貴方としてはルームでごろごろと時間を浪費したいところです。しかし、今日は冬季の選抜レースが開催される日であり、取引中のウマ娘たちからもメジロライアンやアイネスフウジンなどが出走することになっています。

 スマートな悪役を演じる貴方が彼女たちの走りを蔑ろにするワケがなく、お披露目の道中で顔見知りのウマ娘やトレーナーから渡された頭痛薬や胃腸薬、睡眠改善薬などを戸棚に丁寧に片付けてレース場に足を運んでいます。

 

 何故か当たり前のように同行するウマ娘たち。そして何故か当たり前のように制服の上に羽織られた黒ジャージ。品質は確かですが防寒具としてはあまり機能しないことですし、貴方としてはそんなものは脱げばいいのにと思わなくもありません。

 とはいえ、こんな細かいところでダメ出しをしても稼げるヘイトなど微々たるものだろう。多少の誤差などチート能力でいくらでも調整が可能であると、貴方は黙って歩くことにしました。




このパートでこんがりルドルフの下拵え終わらせるね……。


※お薬の部分を修正。市販の物は全部“睡眠改善薬”とのこと。


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◆かけつけ。

「聞いておくれよフラワーく~ん。トレーナーくんを驚かそうと思って脚のことを黙っていたのに、反応が淡泊で面白くないんだよ~。せっかく1着になったというのに、適当にあしらわれてしまったんだよ~」

 

「えっと、その……タキオンさんの走りは、とてもかっこよかったですよ! コーナーの曲がり方もキレイでしたし、最後の直線の加速もすごかったです!」

 

「フフン、ありがとうフラワー君。お礼にあとでとっておきの紅茶をトレーナーくんに淹れさせてごちそうするよ」

 

「ちぇ~。トレーナーがビックリするかもと思って協力したのになぁ~。ま、いいや。ボクの走りのデータはムダにはならなかったみたいだし」

 

 

 チート転生者にサプライズは通用しない。心の中で渾身のドヤ顔を披露する貴方ですが、アグネスタキオンの脚が回復したこと自体は嬉しく思っています。レースを楽しめればそれでよいというスタンスは変わりませんが、どうしてもアプリなどで馴染みのあるウマ娘は贔屓目に見てしまうのでしょう。

 とはいえ、あまり手放しで喜べる状況ではないことも確かです。見事な走りで選抜レースに勝利したにも関わらず、アグネスタキオンをスカウトしようと動くトレーナーが誰もいなかったことが貴方は気に入りません。

 

 やはり問題行動の数々がマイナス要因となったか、もっとしっかりと監督するべきだったか。タマモクロスとゴールドシップがトレーナー不在でデビューしたことに危機感を覚えた貴方は、アグネスタキオンのイメージが悪化しないようトラブルを起こす度に現場に急行して捕縛することを繰り返していました。

 

 ときには貴方と交流のないウマ娘たちも協力して彼女の所在を知らせてくれたこともあり、大きな被害が発生してエアグルーヴの怒声が響き渡る前にアグネスタキオンを黙らせることに成功していました。1度だけ逃げられそうになったこともありますが、ボールペンを投擲して白衣ごと掲示板に縫い付けることで逃走を防いでいます。

 それ以降トラブルの数は減ったのですが、肩に担いで運んでいる最中もケラケラと笑っていたあたり反省はしていなかったのでしょう。おそらくその後フォローに失敗したイタズラがトレーナーたちに目撃され、選抜レースの勝利でも打ち消せないレベルのマイナスイメージを構築してしまったのかもしれません。

 

 

 終わってしまったことを悔やんでも仕方ありません。あくまで選抜レースに勝利しただけであって、メイクデビューまではまだまだ時間があります。それまでにアグネスタキオンの走りに魅了されたトレーナーたちがきっとスカウトに動くはずです。

 それに、まだまだ注目のウマ娘は何人も出走を控えています。メジロライアンやアイネスフウジンはもちろん、第9レース場で素晴らしい走りを披露していたウマ娘たちが無事スカウトされることを祈りましょう! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ねぇ、あなた大丈夫? 今日はずっと難しい顔をしていたけど。悩み事があるなら、このキングが相談にのってあげてもいいけど──へ? 先輩たちがスカウトされなかったのが不思議でしょうがない? あー、うん、そう……そうね、うん。あなたにしてみればそりゃあ……謎しかないでしょうね、うん。不思議……でしょうね」

 

「なになにー? キングちゃんトレーナーとナゾナゾするのー?」

 

「ウララさん、トレーナーが作ってくれたコーヒーゼリーがあるからあっちのテーブルで一緒に食べましょう。ホイップクリームも沢山あるわよ」

 

「やったぁ~! トレーナーの作ってくれるコーヒーゼリー、とってもおいしいよね~! えへへ、た~っぷりトッピングしちゃうぞ~♪」

 

 

 どうしてこうなった? 

 

 わかりやすいトラブルメーカーであるアグネスタキオンはともかく、優等生に分類されるであろうメジロライアンとアイネスフウジンまでもが誰からもスカウトされなかったという事実には、さすがの貴方でも困惑してしまったようです。

 当の本人たちに気にした様子は全くありませんでしたが、このままメイクデビューまで担当トレーナーが見付からなければ大きなハンデを背負ってレースに挑むことになってしまいます。

 

 当然メジロ家からは不倶戴天の敵として認められることになり、それはトレセン学園から追放されたいと願う貴方としては菓子折りを抱えてお礼を伝えたいほどに喜ばしいことでしょう。

 しかし、その代償をウマ娘に支払わせるなど貴方の悪役としてのプライドが赦しません。因果応報、己の悪逆たる振る舞いの報いは必ず己自身が全てを受け止めなければならないと貴方は覚悟を完了していたのです。

 

 

 さすがに彼女たちがこのまま誰からもスカウトされることなくメイクデビューを迎える可能性などゼロに等しいだろう、しかしそれは備えを怠る理由にはならない。

 ほぼ確実に無駄になり廃棄することになるだろうが、三人分のトレーニングプランを用意しておこう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 メジロライアン、アイネスフウジン、アグネスタキオンそれぞれに、とりあえずクラシック三冠路線を走る前提のプランを作り終えた貴方ですが……どうやら集中し過ぎたらしく、すっかり辺りは暗くなっています。

 あとは戸締まりを済ませて帰るだけ──ではありません。貴方はこれから学園内でトレーニングが可能な場所を順番に巡り、怪我のリスクを抱えたままギリギリまで練習を続けているウマ娘たちを寮に強制帰還させる作業が待っています。

 

 もちろんトレーナーとしての使命感にいまさら目覚めたワケではありません。これは貴方なりに効率よくウマ娘たちから嫌われるために考えた立派な作戦です。

 ウマ娘たちもなかなか強かなもので、貴方がどれだけ妨害しようとも怯むことなくトレーニングを続けています。帰りを心配しているフジキセキとヒシアマゾンの立場を考えろと言いたい貴方は、意気揚々とルームを出発しました。ハリセンを片手に握り締めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 素敵なプレゼントをもらったので読者の皆さんに自慢するね……。

 

【挿絵表示】

 

 画像の容量を4MBにおさめるために多少トリミングしてあります。申し訳ありませんが、見えない部分は各自の想像力で補ってください。



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おしかけ。

 ウマ娘たちからは嫌われる、怪我も防ぐ。どちらも完璧に遂行できる前提なのが貴方の前頭葉の辛いところですが、そんな事情などお構い無しに今日も自信満々でオーバーワークなウマ娘たちの頭をどつくために夜のトレセン学園を歩き始めました。

 

 もちろんいきなり問答無用で意識を刈り取るワケではありません。1度だけではありますが、貴方も言語を用いた説得を試みています。

 しかしそこは勝負の世界に生きるウマ娘。担当でもない、しかも悪党であるトレーナーの忠告を素直に受け入れるウマ娘などいるはずがないでしょう。

 

 まともなトレーナーなら大人しく引き下がるか、あるいは熱意を持って説得を続ける場面なのかもしれません。ですが貴方がそのようなウマ娘の好感度が上がってしまうかもしれない行動を何も考えずに迂闊に選ぶなどありえません。

 言葉が不要ならば取るべき手段はただひとつ。次の瞬間には爽快な衝撃音が高らかに鳴り響くことでしょう。ちなみに貴方のハリセン奥義・変異抜刀ミストファイナーの記念すべき初撃の犠牲者はサイレンススズカとアドマイヤベガのふたりでした。基本的に悪役トレーナーとして特訓中の貴方は単独で多数の脅威を相手にすることが多いので、同時に2ヵ所を攻撃する程度のことであればチート能力に頼るまでもなく可能です。

 

 

 ハリセンという小道具を使おうとも暴力というカテゴリーであることは明白。トレセン学園どころか社会的地位すらも対価として差し出す前提で貴方は行動していますが、第三者にそんなことは関係ありません。噂を聞いた良識あるトレーナーからは当然の如く非難されることになりました。

 どんな言葉を並べられたところで追放に向けた拍手喝采のプレリュードに等しいのですが、その程度で満足してちゃんと終わってくれる貴方ではありません。義憤に燃えるトレーナーたちを蔑むように、貴方は淡々と煽り詠唱を始めます。

 

 

 それがどうした、文句があるならお前たちがウマ娘たちを説得して寮に帰してやればいい。門限を破ってまで練習を続けるウマ娘たちがいることは知っていたのだろう? 学生らしく規則を守れと説教してやればいいじゃないか。

 夢だの才能だの努力だの、そんな言い訳にいちいち配慮していられるものか。レース場で怪我をして泣かれるくらいなら、学園で恨まれたほうが何倍もマシだ。それが大人の役目で責任だろう。俺のやり方が気に入らないなら、それこそお前たちがウマ娘を守ってみせろ。話はそれからだ。

 

 

 あまりにも尊大で自意識過剰で反省の欠片も見えない貴方の態度には、トレーナーたちも怒りのあまりすっかり黙り込んでしまいました。さりげなくスカウトの推奨を混ぜ込むことでウマ娘たちを守りつつ敵対するという、なかなか前衛芸術点の高い悪役ムーヴです。

 残念ながら実際にスカウトされたウマ娘は両手で数え終わるほどの人数ですが、それならそれで残っているウマ娘たちへ順番にお休みダイナミックを実行するだけです。もちろんウマ娘たちの寮に貴方が立ち入ることはできませんが、最近では寮長であるフジキセキやヒシアマゾンだけでなく、友人やルームメイトが迎えに出てくるので運搬に支障はありません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いつものことだけど、あなたも物好きね……。言われなくても、今日はもう終わりよ。カレン──ルームメイトからもいろいろと言われているもの。……そういえば、最近珍しいウマ娘をよく見かけるわ。もしも門限を破ろうものなら、あるいは……怪我でもしたら、私よりもはるかに問題になるようなウマ娘が。まぁ……私には関係ないけれど、別にあなたが見に行くのを止めたりもしないわ。勝手にすればいい」

 

 

 意味深な情報を口にしたアドマイヤベガにとりあえず比較対象が凱旋門ウマ娘だとしてもお前の怪我だって問題でしかないとだけ言い残し、珍しいウマ娘とはいったい誰なのだろうと貴方は気配を探ります。

 

 野生のフィールドとは勝手が違いますが、門限ギリギリまで怪我のリスクを度外視してまで練習をするウマ娘というのは走りたがりの先頭民族を除き気持ちに余裕がないパターンがほとんどです。

 最近では皆ハリセンに慣れてしまったのか平常心でムチャをするウマ娘ばかりなので、そこに普段と異なる存在が紛れ込んでいるのですから探すのはそれほど難しくはないでしょう。

 

 ただし、アドマイヤベガに教えてもらうまで気が付かなかったということは、怪我のリスクが高まるより手前の時点でちゃんと寮に帰っている証拠でもあります。探すだけ時間の浪費となる可能性もありますが、ウマ娘がレースで不本意な結末を迎える可能性に比べれば自分の時間など路傍の石ほどの価値もないと考えている貴方に止まる理由はありません。

 

 

 学園内をハリセン片手の黒スーツという完成度の高い不審者スタイルで歩くことしばらく。件のウマ娘は簡単に発見できたのですが……。

 

 

「……やぁ、キミか。オーバーワークになりそうなウマ娘たちをケアしてくれているという話は聞いていたが、まさか私のところにまで現れるとは思っていな──ハリセン?」

 

 

 そこにいたのは未来の皇帝シンボリルドルフでした。



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おしつけ。

 理想を追い求める彼女が門限ギリギリまで練習に励むこと自体は不思議ではありませんが、周囲を見回してもあの担当トレーナーの姿はどこにもありません。

 彼ほどの熱血漢であればウマ娘が練習を終える前に帰宅するなどあり得ないでしょう。ならばこの状況は、担当トレーナーに相談することなくムチャをしているのだと貴方は判断しました。

 

 どうせ説得のターンは意味がないだろうから手早く処してヒシアマゾンに引き渡そう。問答無用でハリセンを構えようとした貴方ですが、ふと「この状況は追放されるためのヒントに使えるのでは?」と考えてしまいます。

 

 全てのウマ娘の幸福という理想、それを語るだけの実力があることを証明するための三冠ウマ娘獲得。担当トレーナーに内緒でギリギリのトレーニングに励みたくなるのも当然の流れ。

 ここに貴方のスタイリッシュな暴走言語をぶつけることで本人はもちろんのこと、ついでに物陰に隠れて様子を伺っているウマ娘たちのメンタルも攻撃することができてしまうのです。

 

 

 すでに状況は自分に有利な方向へ傾いている。ならばここは奇策に走らず真っ向勝負で攻めるのが吉。

 

 

 ①シンボリルドルフを悪し様に罵る。

 

 ②様々なルートで悪評がシンボリ家に届く。

 

 ③シンボリ家から敵視される。

 

 ④トレセン学園を追放される。

 

 

 迷うことで目標を見失うことのないようにと洗練された貴方のプランは、経験値の不足している外道初心者から見れば頼りなく思えるかもしれません。

 しかしそこは百戦錬磨の悪役トレーナーである貴方が考えた作戦です! 心配せずとも砂漠の荒野を餓えと渇きに彷徨う旅人の前でキンキンに冷えたお水が入ったペットボトルをチラつかせて評価させれば大絶賛間違いなしでしょう! 

 

 とはいえ、なんの脈絡もなく悪口を放つのはスマートではありません。明日からは再びジャージに戻るとしても、今日の貴方は面接以来の出番となったスーツ姿。それも前世の祖父の教えである「どれだけ高級なスーツを買えるようになったとしても、自分で手入れができないようでは男として二流のまま」という言葉に従い丁寧に管理してきたお気に入りです。

 残念ながら祖父のように“大事な勝負どころの前は必ず祖母にネクタイをしめてもらう”というジンクスとは無縁ですが、ここは皇帝シンボリルドルフの敵役として恥じない立ち振舞いをしっかり決めなければなりません。

 

 

 軽く探りを入れたところ、概ね予想通りの返答が得られました。やはり三冠ウマ娘を狙うことによるプレッシャーは感じているのでしょう、堂々とした態度ではあるものの、担当トレーナーに黙ってこんな時間まで走り込むほど精神的に余裕がないのはいただけません。

 

 無駄に長引かせて明日のトレーニングに支障が出るようでは困ります。出し惜しみを拒んだ貴方はシンボリルドルフに対し「ならば三冠を獲得できなければ理想を諦めるのか」と問い掛けます。

 もちろんこの程度で黙って俯いてくれるほど簡単な相手ではありません。やはり毅然とした態度で「たとえ三冠ウマ娘の称号を得られなくとも理想を求め続ける覚悟はできている」と反論してきました。

 

 

 並みのトレーナーであればここで押し切られたかもしれません。しかし貴方はチート能力に溺れることも惑わされることも拒否するべく心身を鍛え続けている剛の者。シンボリルドルフの言葉の中に付け入る隙を見出だすなどカワカミプリンセスの拳を風に揺れる柳の如く流すように容易いことなのです。

 シンボリルドルフの言葉の中にはあの正統派トレーナーの姿が見当たりませんでした。重箱の隅を楊枝でほじくるような細かい指摘になりますが、夢を語るにしても“私の夢”と“私たちの夢”ではまるで意味が違うと屁理屈を介入させることが可能でしょう。

 

 

 早速貴方は「こんな時間にひとりでトレーニングに励むとは、よほど担当トレーナーが頼りにならないようだな」と薄笑いを浮かべました。貴方のあまりにも意味不明な言葉の前ではさすがのシンボリルドルフも一時停止は避けられない様子。

 貴方は続けて「担当トレーナーが無能で頼りないから自分ひとりで夢を掴まなければならないのか、それは確かに覚悟が必要だしこんな時間まで練習が必要なワケだ」とわざとらしく笑ってみせます。雑用係としては使えるだけいないよりはマシかと煽ったところでついにシンボリルドルフの思考は再起動したらしく、貴方に発言の撤回を求めてきました。

 

 

 さぁ、ここからが一流の悪役トレーナーの腕の見せ所です! シンボリルドルフからの評価は落とす、同時に支えられることは弱さではないとわからせる。貴方が望む成果を得るためには運命力が13割ほど必要な点に眼を瞑れば勝利条件は全て整っています。ここは恐れずにどんどん攻め立てましょう!




次回はなかなかハリセンの炸裂音が聞こえてこないことを不思議に思ってなにかトラブルでもあったのかと未だに明るい練習場にやってきたら賢さGとルドルフが対峙しているのを見付けてどうしようか迷ったものの好奇心に負けてしまい物陰に隠れて見届けることにした野次ウマ娘たち視点です。


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『それは名も無き花ではなく』

答え合わせの時間。


「……ふぅ! 私の勝ちですね。距離を詰められたときに内側のルートを潰そうとするのは悪いクセですよ。重心がブレた瞬間に外差しを狙われたらイチコロです」

 

「そんなもん見極めてステップできるヤツなんかそうそういねぇっての。ったく、あっという間に立場が逆転しちまったな」

 

 消灯までの僅かな時間、ライトで照らされたコースの上で数人のウマ娘たちがトレーニングを続けていた。その表情はいかにも“青春を謳歌している”といった様子であり、少なくとも怪我のリスクを無視して走り続けるほど追い詰められたようなモノには見えないだろう。

 

 ウマ娘の脚は消耗品であり、結果がどうであろうとレースを走るたびにスピードもパワーも徐々に衰えていく。トゥインクル・シリーズを引退するタイミングは基本的にウマ娘の自由意志だが、本人がどれほど走り続けたいと望んでも脚が動かなくなれば諦めるしかない。

 そこに一生のうちの一年間に1度だけ挑める『日本ダービー』や『オークス』のようなクラシック級のレースに出走することの名誉が加われば……ウマ娘たちが感情を制御できなくなってしまうのも理解できるというものだ。オーバーワークが原因でステップレースにすら挑むことができぬままトレセン学園を去ることを含めても。

 

 もっとも、それはあくまで過去の話である。現在のトレセン学園には本当にヒトなのかどうか疑わしい最強にして最恐の暴力装置が存在しているため、身体を壊すほどのオーバーワークを実行することは不可能と言っていい。

 警告はひとりにつき1度だけ。あとは容赦なくハリセンで意識を一撃で沈められる。外部に知られれば間違いなく問題になるのだろうが、ウマ娘たちは彼の問答無用さを心地好くも思っていた。言葉だけで心配だと繰り返しているばかりの常識ある大人よりは、手段選ばずでもコースまで足を運んでくれる変人のほうがずっと信頼できる。

 

 

「おーい、そろそろ片付け始めようぜー。シャワー浴びる時間もあるし、ゴミなんか落として帰ったら大変なことになっちまうぞ」

 

「夜間練習そのものが規則で禁止されたら困ってしまいますからね。管理スタッフの皆さんやガードマンの方々が善意で黙認してくれているのですから、コースを綺麗に使うぐらいのマナーは守らないと」

 

「あー、もうそんな時間? ならクールダウンのついでにコースを一周歩いてから……どうしたの?」

 

「いや……いつもなら、そろそろ誰かしらが1発くらってる音がするはずなのに、やけに静かだと思って……」

 

「言われてみれば……。もしかして、なにかあったのかな?」

 

 非公式チーム・ポラリスのトレーナーについては心配するだけ時間のムダなので考える必要はないが、ウマ娘側にトラブルが起きているのであれば話は別である。

 駆けつけたからといって自分たちにできることなど限られているが、なにか人手が必要な場面であれば手伝えることもある。手早く周囲の片付けを済ませると、ウマ娘たちは明かりがついている別のコース場へと急ぎ足で移動を始めた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「トラブル……まぁ、トラブルなのかな……」

 

「そこそこ緊迫した空気は感じるが、如何せんトレーナー側がな……ハリセン肩に担いでんだもんよ……」

 

 ウマ娘たちの視線の先で繰り広げられていたシンボリルドルフとポラリストレーナーの問答は、トレーナー側がシンボリルドルフの担当トレーナーを軽んじるような発言をした辺りからピリピリとした空気が物陰までとどいていた。

 覗き見をしているウマ娘たちに担当トレーナーはいないが、それでも自分の担当トレーナーを軽んじる発言に怒る気持ちは理解できないこともない。ただ、今回のシンボリルドルフの憤りに関しては『お前はなにを言っているんだ』と言いたくて仕方ない気分である。

 

 ポラリストレーナーに対し「担当トレーナーになるべく負担をかけたくないが故の判断だ」と反論するシンボリルドルフ。それが彼女の真面目さや責任感、レースへの真摯な思いから出た言葉であるのは理解できるのだが。

 

 

 

 

「あぁそうかい。まぁお前さんならそう言うだろうってコトは知ってたよ。それだけウマ娘たちに幸せになってほしいって、本気なんだろうってコトもな。だがなルドルフ、そんなに思い詰めるほどお前さんには──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

「うわぁ……えっぐい話題を容赦なくブチ込んでる……そりゃルドルフも固まっちゃうわ……」

 

「なるほどねぇ。全てのウマ娘の幸福って言葉、大した理想だな~と漠然と受け止めてたけど、そういう解釈もできるワケか……」

 

 全てのウマ娘の幸福という理想を求めて。その決意は立派だが、視点を変えればいまのウマ娘たちは幸福ではない、不幸であると言っているようなものである。

 

 それを屁理屈だと無視するには、シンボリルドルフというウマ娘は真面目過ぎた。ここでポラリストレーナーの指摘を否定すれば、彼女は自己満足のために理想を押し付けようとしている道化になってしまうだろう。

 だからと言って、まさかその通りだと肯定するワケにもいかない。様々なめぐり合わせに恵まれないウマ娘も確かにいるが、夢を掴むために一生懸命に走り続けているウマ娘たちも大勢いるのだ。ポラリストレーナーの発言を認めるということは、そんな彼女たちに「お前は不幸だ」と言い放つも同然の行為である。

 

 

「……私が間違っていると。全てのウマ娘の幸福という理想のために走ることは無意味であると、そう言いたいのか?」

 

「え? 違うけど?」

 

「……は?」

 

「いきなりなに言ってんだお前は? そんなんお前、意味があるかないかの極論始めたら、世の中の大抵のモンに意味なんかねーだろ。俺が知りたいのは、担当トレーナーがいるクセに相談もしないでこんな時間までトレーニングしてるバカがなに考えてンのかって、それだけの話だよ」

 

「理由なら……先ほど話しただろう? 普段のトレーニングやレース出走の段取りなどでトレーナー君には()()をかけているんだ、こうした個人的なトレーニングぐらいは自分で──」

 

「夢を応援するのに迷惑もクソもあるかよ。理想を追いかけるのも結構だがなルドルフ、お前はまず人が誰かに夢を見る瞬間ってのがなんなのか、どういう感情なのかを知る必要があるな。ってコトで、おやすみ」

 

「キミはなにを────ほぶッ!?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「うーん、まるでギャグマンガのように見事な気絶っぷりですな」

 

「ルドルフのことを尊敬してるヤツらには見せらんないな。担当トレーナーさんにも」

 

 おそらくは生まれて初めてであろうハリセン脳天唐竹割りを頭頂部で受けて立ったシンボリルドルフは、普段の威厳ある佇まいとはかけ離れた有り様で意識を手放していた。

 覗き見ついでに美浦寮まで運搬よろしく、と。当たり前のように隠れていたことを見破られたウマ娘たちだったが、その程度でいまさら驚くような者はこの場にはいない。どのみち自分たちもこれから帰るところなのだ、断る理由もないだろうと世話を引き受けることにした。

 

 

「真面目なヤツは極端から極端に走りたがるとは聞いたことあるが……ルドルフに関してはお手本みてぇにゼロか百かだったな。トレーナーに迷惑かけたくないから黙ってトレーニングとか、アホかコイツは。知らんところで勝手なコトされたほうがよっぽど困るだろ」

 

「不器用なのは知ってたけど、ここまでとは思わなかったなぁ。せっかく担当トレーナーがいるんだから、頼れることは頼ればいいのに」

 

「使命感が強すぎるのも考え物だな。それでトレーナーさん、コイツどうすんの? このままだとムチャのし過ぎでブッ倒れんじゃね?」

 

「時間が解決してくれるべ。たぶん」

 

「え……えぇ~? アレだけ色々と言っておいて時間が解決って……えぇ~?」

 

「真面目な頑固者に言葉を尽くすのは時間の無駄。本人が納得できる形でなにか……御大層な出来事なんかじゃなくてよ。もっとささやかで、身近で、両手におさまる程度の小さな幸せでいい。遠くのバラより近くのタンポポ、見逃してるだけで案外足下に幸せの種なんて沢山落ちてるモンだ」

 

「小さな幸せ、ね」

 

「ちなみにだけどさ、トレーナーさんにとっての幸福ってなに?」

 

「俺の幸福か。そうだな、特になにかコレって考えたことねぇな。お前らが本気でレース走ってる姿を見てるだけでも俺ゃ充分人生楽しめてるし。……どうしたお前ら、揃いも揃ってデケェため息ついて。幸せが逃げてっても知らねぇぞ?」

 

 これがもし、ほかの誰かの言葉であれば「そんなものか」程度の感想で済んだ話だった。だが目の前のトレーナーは三冠ウマ娘の担当という名誉にさえ一切の興味を示さず、ただただウマ娘のレースを楽しむことしか考えていない本物の酔狂である。言葉の持つ重みや説得力がまるで違う。

 

 もしかしたらシンボリルドルフの視野が狭くなっているのはコイツにも原因があるのかもしれない、そんなことをウマ娘たちは考えていた。常識の外側に生きるこの男の行動は、常識の中の世界しか知らない彼女が理解するのは難しいだろう。

 それでもシンボリルドルフは彼からなにかしらを学ぼうと試みたはずだ。本来ならば表舞台に立つことも難しかったウマ娘たちを、メイクデビューどころかGⅠレースを走れるまでに導いてみせたのだから。そして学びの過程で盛大になにか勘違いか思い違いをしてしまったのではないか、というのがウマ娘たちの見立てである。

 

 

「なんつーか、トレーナーさんってあんまり悩み事とかなさそうだよね」

 

「あれだけ大勢のウマ娘たちを担t……取引をしているのに、迷っているところを見たことがありません」

 

「トレっちにはないの? こう、ルドルフみたいにさ。自分のやってることに対してイロイロ考えちゃったりとかそういうの」

 

 それはウマ娘たちの純粋な疑問であった。ひとりのウマ娘とひとりのトレーナーというだけでこれだけ問題を抱えることになるのだ、何人ものウマ娘たちを同時に指導するとなればその苦労も何倍に膨れ上がるはず。

 まして、目の前の男はそれをひとりで面倒見ている。普通のチームであれば複数のトレーナーが所属していたり、経験の浅いトレーナーがサポートに付いたりと、それこそ先ほどのシンボリルドルフではないが相談する相手がいるし、全ての責任をひとりで抱え込むこともないだろう。

 

 彼のスタンスからして、シンボリルドルフに対する干渉はきっとこれが最後になる。好き勝手に振る舞っているようで、トレーナーとしての矜持……あるいは聖域とでも言えばいいのか、そういう部分にはとても真摯であり厳しい人物である。

 そうでなければ、いや、だからこそ秋川理事長はポラリストレーナーを野放しにしているのだ。変な言い方になるが、進むべき道に迷っているウマ娘がいる限り、この男の信念が歪む可能性など皆無であると信じているのだろう。

 

 が、それはそれである。どうすればそこまで自信満々で生きることができるのか、ヒントのひとつでも聞き出してみせなければならない。

 それぐらいはしてやらなければ先輩としての立場がないというものだ。背中で狸寝入りしている不器用で努力家な後輩のためにも。

 

 

「なんだ、お前たちは俺がうつむいてオロオロしてる情けねぇ姿が見たかったのか。そいつは知らなかったな、今後はご期待に応えられるよう善処してやるぜ。クックック……!」

 

 

 うむ、完全に聞く相手を間違えている。そういえばこのトレーナーは自分の幸せというか、趣味のためにウマ娘たちを支えているだけだし、なんなら本人にウマ娘たちを導いてる自覚がないタイプのバカだったのを忘れていた。

 最初からこのバカが背中のバカの担当していれば万事丸くおさまっていたのに──いや、それだと夜間練習組の逃げ場がなくなっていたし自分たちもレースを走れなかった可能性があるからダメだ。

 

 つまり最初から八方塞がりだったということか。おのれ三女神、運命を弄びよって。このトレーナーを中央に送り込んでくれたことには感謝しますがもう少しなんとかならなかったのかメンドくせぇ。

 

 

 

 

 

 

「まぁ……なんだ。あのトレーナーさんはちょっと例外だとしてもさ、アンタにもちゃんと担当トレーナーが付いてるんだ。一緒に夢を追いかけたいって名乗り出てくれたんだろう? もう少し信じてやんなよ」

 

「ルドっちだってさぁ、後輩とか、ほかの子たちに頼られたら嬉しいでしょ? みんなおんなじなんだよ。担当のトレーナーさんもそうだし、生徒会のメンバーだってさ。特にエアグルーヴとかね」

 

「あ~、あのへんな~。ルドルフの理想を手伝うことに生き甲斐感じてる連中はそうだろうな。お前、間違ってもアイツらに迷惑がどうとか言うなよ? 誰かを支えることに幸せを感じるヤツだっているんだから。クリークみたいにな」

 

「いや、あれはちょっと違いませんか? この間も同室のタイシンという子が騒動に巻き込まれて──」

 

「そうそう、チケゾーちゃんが中等部の子と一所に特撮ヒーロー見て影響されてさぁ。したらバクちゃんとヒシアマが──」

 

 美浦寮までの帰り道。背中で大人しくしている後輩を励ますつもりだったはずが、すっかり話が逸れてしまいいつものように下らない話で盛り上がるウマ娘たち。

 

 全力で目標に向かって走り続ける仲間であり、ときにはライバルとして競い合い、そしてコースの外では気の合う友人として語り合う。

 GⅠレースの勝利、といった名誉などは得られていないが、そんな彼女たちの姿もまた、ひとつの“幸福なウマ娘”という答えになるのだろう。

 

 それは上を見ているだけでは気が付かない、足下に咲いていた小さな幸せの花。だが、ひとつひとつは小さな花であろうとも、それぞれが大地に根を巡らせれば何者が踏みしめようとも揺るがぬ強固な地盤となる。それこそ、全てのウマ娘の幸福という果ての見えない夢を追い続ける者さえ支えることができるほどに。




下拵え、完了です……。

だいぶ駆け足というか、お茶漬けの如くサラサラと流していますが、本作はシリアス物ではありませんしルドルフがメインキャラというワケでもないのでこんなものでしょう。目指すは豪華なおフランス料理ではなく、ガイパッキンラーカオぐらいのお手軽感です。

ついでにモブウマ娘ちゃんたちも少々焦げた気がしなくもありませんが、トレセン学園追放RTA的には誤差だよ誤差。

続きはココアの湯気に癒しを感じるようになったら、次の登場ウマ娘はオグリキャップになります。


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おおもり。

初めてバ○ホーテンのココアの粉を練る作業をしたときは感動したものです。

いまは面倒でお湯を入れるだけのココアばかり飲んでますが。


 ときに成功体験というものは、自信を与えてくれるだけにとどまらず増長を招いてしまう危険性があります。

 しかし、悪役トレーナーとして日々鍛練を欠かさない貴方はゾル・オリハルコニウムの如く肉体と精神を鍛え上げスーパーボールの如く躍動感ある頭脳を身に付けていますので、どれほど個人的成功体験を積み重ねようとも向上心を忘れることはありません。

 

 

 そんな貴方は現在、トレセン学園追放計画が順調に進んでいることから奇策を用いる余裕は充分にあると判断し──大量のたい焼きを焼いているところです。

 

 

 これまで貴方はウマ娘たちのヘイトを直接的に自分に向けることだけを考えていました。ですが、地道な努力を続け成長したいまの自分であれば、より高度なヘイトコントロールに挑戦することも可能であると気付いてしまいました。

 むしろ、ここで挑戦から逃げるようでは真の悪役に至れないとすら思っていることでしょう。安定を言い訳にして停滞を受け入れるなど言語道断、軟弱な心の在り方は簡単に表面化してしまうだろう。ウマ娘たちが倒すべき敵として、情けない姿など細胞ひと欠片分ですら見せるワケにはいきません。

 

 そこで編み出したのが“たい焼きの好みでウマ娘同士を仲違いさせちゃうぜ大作戦”です。中身の種類が別のたい焼きを大量に用意することで価値観の違いを浮き彫りにし、互いの主張をぶつけ合う状況を産み出すという恐るべき計画でウマ娘たちを混乱させるつもりなのです。

 

 もちろんなんの根拠もなくこの作戦の成功を確信しているワケではありません。少なくとも貴方の見える範囲では、ウマ娘同士の仲間意識は非常に良好であると評価できるもの。

 ならば最終的にはウマ娘たちは無事和解して、その勢いで絆に綻びを生じさせようとした黒幕である貴方を一致団結して倒すべき相手だと再確認することでしょう。

 

 

 ウマ娘たちの友情を特等席で楽しみつつ、悪役として王道展開で追放されることもできる。まさに一石二鳥、無駄のない完璧な作戦です。

 

 

 たい焼きの量産については問題ありません。必要な食材は買うまでもなく何故か貴方のトレーナールームに集まってきていますし、たい焼き作りは実家で何度も繰り返しているので手慣れたものです。

 限られた経済状況で両親の愛の証である大勢の弟妹たちの食欲を満たすべく、チート能力も全力で併用し創意工夫で食卓やおやつの時間を華やかなものに仕上げてきた貴方にとって、たい焼き作りなど視界を封じても難なくこなすことができるのです。

 

 もっとも、貴方はそのことを苦労だと感じたことはありません。弟妹たちを守護るのは役目でも義務でもなく、兄として産まれた自分の魂にプログラムとして存在する本能であると考えているからです。

 弟妹たちのために山野を駆け巡り海の底まで潜り食材を集めるのは、貴方にとっては呼吸や瞬きとなんら変わらないのでしょう。そんな貴方の背中を見て逞しく育ったウマ娘の妹のひとりが、レースの世界よりも狩猟免許の獲得を優先してしまったのも避けられない運命だったのかもしれません。

 

 

 貴方が実家暮らしをしていた学生時代は拾ってきた廃材の鉄板の表面を目玉焼きが滑る程度に磨き上げ金槌と釘を使いひとつひとつたい焼きの型を刻んでいましたが、今回は商店街でお店を畳むという老夫婦から頂いた物があるのでそちらを使っている様子。

 当然ながら貴方はお金を支払って購入するつもりでしたが、老夫婦は頑なに金銭を受け取ろうとせず「これは貴方にお預けします。トレセン学園のウマ娘たちが満足したら返しにきてください」と微笑みながら渡してきたものですからどうにもなりません。

 

 商店街を行き交う大勢のトレセン学園のウマ娘たちを長い時間見守ってきたであろう鉄板、それを託されたからには絶品と呼ぶに相応しいたい焼きを焼かねば無作法というもの。貴方は作戦の確実な成功のため、4種類のたい焼きを用意することにしました。

 

 王道の『つぶあん』

 

 覇道の『こしあん』

 

 革命の『カスタード』

 

 侵略の『チリソース』

 

 2種類の小豆については語るまでもなく、濃厚な味わいで肉体の疲労すら駆逐する洋の甘味、そこにメインとしてのボリュームだけでなく口直しにも使えるウインナー入りの塩味と辛味。

 これぞまさに現代に甦った『四方髪の術』である。一分の油断も隙もない布陣にはさすがの貴方も大満足で笑みを隠すことが難しいでしょう。味見と称して楽しそうに食べ比べを始めているセイウンスカイとエルコンドルパサーのことも気にならないほどウキウキ気分で焼き続けています。

 

 この作戦が成功した暁にはまたひとつ、悪役トレーナーとしての貫禄が身に付く。そんな思いを抱きながら焼き上がったたい焼きをお皿に並べる貴方でしたが──。

 

 

 

 

「ここだ、この部屋からとても美味しそうなニオイがしているんだ。授業中からずっと気になっていたんだが──おぉ! 見てくれタマ、とても美味しそうなたい焼きがあんなにたくさん並んで……。この香ばしい香り、焼き立てに違いない。これが中央トレセン学園……なんて凄い場所なんだ、ここは……ッ!」

 

「く……ッ! ツッコミたいけど目の前にホンマにたい焼き並べられとるからなんも言えん……ッ! 言っとくけどなオグリ、こないな状況フツーはありえんからな? 自分のルームでたい焼き焼いてるトレーナーなんぞほかにおらんからな? これが中央やと勘違いすんなよ?」

 

 

 

 

 状況の変化に合わせ臨機応変に作戦を修正するのも黒幕キャラの腕の見せどころ。貴方は即座に現在進行中のプランを破棄し、激辛ソースをブチまけようとするエルコンドルパサーの額目掛けてロリポップキャンディーを射出しながら新しい作戦を考え始めるのでした。




ちなみに作者はチョコレートのたい焼きとか好きですね。30円ぐらいで販売している駄菓子のヤツ。


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とくもり。

拙者、たい焼きのしっぽの部分やクレープの最後のところが何故か大好き侍で候。


 競馬を詳しく知らなくとも、オグリキャップという競走馬の名前を聞いたことがある人は大勢いることでしょう。

 ウマ娘のオグリキャップに与えられた“アイドルウマ娘”という二つ名は伊達ではなく、引退レースである有馬記念の観客動員数17万という記録がそれを証明しています。

 

 

 そんなアイドルホースのウマソウルを宿すオグリキャップは現在、貴方が焼いた80センチ級のたい焼きを幸せそうに味わっています。

 

 

 本来であればほかのウマ娘たちから『食べ物で遊ぶとは何事か』と非難を浴びる予定でしたが、さも当然のようにオグリキャップが食べ始めたので“アレはそういうもの”とウマ娘たちは判断し受け入れてしまったのでしょう。

 特に未来の黒い刺客と日本総大将などは興味津々といった様子でたい焼きが消えゆく姿を見守っている状態です。タマモクロスに至ってはオグリキャップの大食いを一切気にすることなくカスタードのたい焼きを食べながら、ルームメイトである転入生について貴方に丁寧に説明してくれています。

 

 得られた情報はほぼ貴方が所有するアプリの知識と同じものでした。残念ながらアルファベットのアクセサリーがキュートなウマ娘は同行していないようです。

 

 さて、オグリキャップの登場はレースの盛り上がりとしては喜ばしいことです。しかしトレセン学園からの追放を目的としている貴方にとっては、彼女の存在はかつてないほどの脅威であると言えるでしょう。

 天然で愛嬌のある言動が多いのはオグリキャップの魅力ではありますが、天然で善性のウマ娘であるが故に貴方の悪役ムーブが通用しない可能性があるのです。

 

 悪意を悪意として認識できない相手は、貴方にとって天敵と言えるでしょう。トレセン学園から円満に追放されるために極悪非道なトレーナーとして振る舞っているのに、それを善意によるウマ娘たちのための行動などと本来であればあり得ない勘違いをされては困ります。

 しかしこの程度のアクシデントで慌てるような貴方ではありません。まずは冷静に周囲を観察し、プランの変更・改善に使えるヒントを見逃さないようにウマ娘たちの様子や状態を把握することにしました。

 

 

 愛しのウマ娘ちゃんたちがたい焼きを食べながら楽しそうにしている場面に遭遇して意識がフェイズシフトした情緒ストライクフリーダムは現在ニシノフラワーの膝枕でスヤァしている。

 

 カスタードクリームまでは受け入れることができたのに、ウインナー入りチリソースを認めるかどうかで頭を悩ませているグローバル大和撫子はどうせエルコンドルパサーが余計なことをするので放置。

 

 自由三冠ウマ娘と破天荒は冷蔵庫を漁り変わりたい焼きの製作を始めている。あのふたりの性格からして食べられないものは作らないし、仮にゲテモノを産み出したとしても自分たちで処理するだろう。

 

 

 やはり『食』というカテゴリーがウマ娘たちに与える影響は大きいのだと再確認した貴方ですが、同時に本来であれば発生していた混乱を意識することなく完封してみせたオグリキャップのスター性には脱帽するしかありません。

 

 ならばここは逆転の発想。これほどの影響力を持つオグリキャップと理想的な敵対関係が構築できれば、貴方の追放計画はカウントダウンが始まったも同然というもの。

 むしろ、こうしてターゲットをひとりのウマ娘に絞ればよい状況になったワケですから、実質今回の作戦は大成功したようなものだと貴方は内心ほくそ笑みを浮かべているぐらいです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「失礼します。トレーナーさーん、メイクデビューまでの食事メニューのことで少し相談が──ん? 油の音? あぁ、アイネス。トレーナーさん、またなにか料理してるの?」

 

「うん、なんでも手作りの油揚げを作るって。ホラ、水切りしたお豆腐がたくさん用意されてるの」

 

「へぇ~、油揚げってそんなお手軽に作れるものなんだ。……で、なんで油揚げ?」

 

「ライアンちゃん、トレーナーの行動にいちいち意味を求めてたら身が持たないよ。考えるな、楽しめの精神なの」

 

「そっか、それもそうだね。それにしてもできたての油揚げって、どんな感じなんだろうね」

 

 

 もともとは追放ではなく賞金目当てのクズトレーナーとして正攻法で収入を得るつもりであった貴方は、当然の権利のように大豆など豆類を使った料理を嗜んでいます。

 

 食べ盛りだがアスリートとして栄養バランスをコントロールしなければならないウマ娘たちのために、低脂質低コストでありながら創意工夫でいくらでも美味しい料理へ仕立て上げることのできる大豆料理はトレーナーとして必須スキルとなるだろうと研鑽を重ねてきました。

 もちろん家族や友人、はては研修生時代に知り合ったウマ娘たちにも高評価だった大豆料理ですが……正道を自らの意志で踏み外した貴方には、そのスキルを悪用することに躊躇いなどありません。

 

 ですが、知識と経験があるからと肩慣らしもせずいきなり複雑な調理に手を付けるのは蛮勇というものです。油断や慢心という言葉を嫌う貴方は、簡単な手順でありながら美味しく作るために高い集中力を要する『油揚げ』で感覚を取り戻すことにしました。

 

 

「あ、美味しい……。アツアツの油揚げなんて、初めて食べたかも。うんうん、これはたしかにシンプルな七味唐辛子とお醤油が合うね!」

 

「むむむ……とっても美味しいけど、見様見真似では簡単に再現できそうにない深みを感じるの。そもそもお出汁のこだわりが尋常じゃないの」

 

 

 揚げたてでパリパリのものを適当なサイズに切り分けて好みの調味料で、別枠としてお湯で軽く油抜きをしたものをお出汁にくぐらせて直火で炙ったものを。

 トレセン学園屈指の常識ウマ娘であるアイネスフウジンと、令嬢として舌が肥えているであろうメジロライアンのふたりが美味しいと認めましたので、小手調べの結果としては上等と言えるでしょう。

 

 あとは段階的に難易度を上げていき、最終的に“とある料理”を作り──それを食したウマ娘たちを絶望の淵に叩き込むだけです。

 

 

 覚悟するがいいオグリキャップ。チート転生者であるこの俺が直々に、お前に大豆料理の真の恐怖と旨味を思い知らせてやる。しっかり手を洗って待っているがいい。ちゃんと爪の間と手首まで忘れずにな。クックック……ッ! 

 

 

 

 

「そういえばライアンちゃん、トレーナーになにか相談することがあったんじゃないの?」

 

「うん。だけど雰囲気的に頼まなくても解決してくれそうだから別にもういいかなって」



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さいごうたかもり。

「タマ、中央のトレーナーとは凄いんだな。こんなにたくさんの種類の料理が作れるなんて……。なるほど、これなら納得だ。いっぱい勉強するだけじゃなく美味しい料理も作れないといけないんだ、中央に入るのは難しいに決まっている」

 

「んなワケあるか。ほかのトレーナーたちのルームからはメシのニオイせぇへんかったやろ。単にウチらのトレーナーが気まぐれで料理しよるってだけや。なんで模擬レースんときより迫真の顔しとんねん」

 

 

 数日後。貴方は打倒オグリキャップのために考案した料理──大豆を加工してお肉に見せかけた様々な品々をルームのテーブルに並べています。

 もともとは学生時代に「お金がないけど腹一杯お肉が食べたい」という男子特有の欲望について友人たちと語り合っていたときに考案したものですが、それがいまになって役に立つのですから人生なにが経験として活きるかわからないものです。

 

 今回の作戦の最大の難関は“如何にして嫌われ者である自分がウマ娘をルームに呼び出すのか”という部分でしたが、オグリキャップには食べ物という明確な弱点がありますので無事ルームへ誘きだすことに成功しています。

 これが取引相手であればもう少し気楽に構えていることもできたかもしれません。ただ、難しい課題には適度な緊張感を維持するという側面もありますので、順風満帆のときこそ気を引き締めるという意味では丁度よいかもしれないと貴方は前向きにとらえています。

 

 

 今回、貴方が用意した料理はハンバーグや焼売など奇を衒わない一般的な品が中心です。馴染みのないメニューで先手を打ち撹乱することも考えましたが、ここはあえて食べなれた料理を出すことで希望と失望の落差を強化することにしました。

 

 そう……お肉という食材が有する“ごちそう感”というものは老若男女誰もが知る特別なもの。それを期待して食べたというのに、その正体が大豆だと知ったときのウマ娘たちの表情。

 その瞬間を想像するだけで、貴方は悪役トレーナーに課せられた低俗なる義務と責任を果たした充実感に満たされることができて大変お得となっております。

 

 もちろん、貴方の目的はウマ娘を不幸にすることではありませんのでアフターケアも抜かり無しです。原材料が大豆なので本物のお肉よりも食べやすいのでしょう、パクパクと順調に量を食べ進めるウマ娘たちが塩分過多にならないようにサイドメニューにもこだわっています。

 トマトやバナナなどカリウムを手軽に摂取できる食材を用いてサラダやスムージーなどを用意することでバランスを保つ名采配。これには呼ぶつもりはなかったのに何処からともなくいつの間にか参上したナリタブライアンに同行しているビワハヤヒデもニッコリです。

 

 何故かメジロライアンとアイネスフウジンには貴方が豆腐でこうした料理を作ろうとしていることが看破されていましたが、そちらの対処は悪党らしく“口止めの取引”というカードを使うことでクリアしています。

 今回利用した豆腐料理を初心者でもある程度は再現できるように、難易度を下げたレシピを提供することで情報漏洩は完封済み。もはや貴方の計画を妨げる要素は微塵もありません。

 

 

 なにも知らず貴方が作った大豆料理をお肉と勘違いしたまま和気あいあいと食すウマ娘たち。ウォーミングアップが終わり、いよいよ本格的に箸が動き出そうとするその瞬間を待っていた。貴方はゆっくりと口を開き「この場にお肉は出ていなかった。ひとつもな」とクールに言い放ちました。

 

 

 バナナスムージーをストローで飲み続けているひとりを除き全員の動きが一瞬ですが停止したのを確認すると、貴方は続けてこれらの料理の正体が大豆であることをカミングアウトします。

 当然ながらウマ娘たちからは驚きの声が上がりました。どういうワケかメジロライアンとアイネスフウジンからはとても微笑ましいものを見守る姉のような視線を感じますが、ともかくウマ娘たちへの奇襲は成功です。

 

 さぁ、ここまでやればオグリキャップと言えどもションボリすること間違いなし。ただ食べ物を与えるだけでは善人として判断される可能性が微粒子レベルで存在しますが、これは勘違いでもなければうっかりミスでもない意図的な虚実のすり替えです。

 なんなら落ち込むどころか尻尾を逆立てて怒るぐらいのリアクションもあり得るだろう。そう期待してオグリキャップのほうへと視線を動かす貴方でしたが──。

 

 

 

 

「そうなのか! そうか、これが全部大豆で作られた料理だなんて……本当に、笠松を出てからは新しい発見ばかりで退屈しているヒマがない。中央に来ることができたのは本当に幸運だったな。あ、この焼き鳥っぽいヤツと、それからトマトのゼリーのようなものが乗っているサラダをおかわりしてもいいだろうか?」

 

 

 

 

 常にスマートな悪役であることを心掛けていなければ、いまごろ貴方は無様に狼狽えていたことでしょう。

 自然な動作で焼き鳥風味に拵えた豆腐を追加で焼いていますが、その背中には修行中に対峙した闇夜の如く見事な漆黒の毛皮を纏う巨大な猪らしき獣のことを思い出させるほど冷たいものが流れています。

 

 小細工など通用するものか。貴方が仕掛けた豆腐料理の包囲網をどこまでも泰然自若とした態度で正面から食い破る。三國志は長坂の戦いにて、単騎で戦場を駆け抜けた趙雲子龍の姿を眺めていた曹操はこのような気分だったのだろうか。

 ここまで滞りなく進んでいた追放計画に初めて生じた小さな綻びに驚きつつも、貴方は心のどこかでこうした状況を──すなわち、チート能力を以ってしてもコントロールできない不確定要素が現れることを望んでいたのかもしれません。

 

「バカな……このハンバーグも、このとんかつも、全て肉ではない……だと……? 私は大豆を肉だと思い込んで食べていたのか……? この私が……この私が……ッ!!」

 

「ブライアンッ!? しっかりしろブライアンッ!! そんなに大豆を美味しいと思って食べたことがショックなのかッ!? クソッ、なんでもいい! ちゃんと肉が使われている食品はなにかないかッ!?」

 

「えっとねー、たしか冷蔵庫に……トレーナーちゃーん、この手作りベーコンちょっと貰うねー」

 

 円満にトレセン学園を追放され自由をこの手に掴むため、七難八苦を打ち砕く覚悟で挑まねば倒せない強敵。貴方にとってそれがオグリキャップというウマ娘なのでしょう。

 強敵を相手に勝負を避けて、あえて逃げの一手を選ぶのも間違ってはいません。ですが、二度目の人生はとことん楽しむと決めている貴方に『後退』という選択はあり得ないことです。勝負どころで日和見に徹して妥協するなど、なにも面白くありません。

 

 料理の借りは料理で返す。背後で今回用意した豆乳や豆腐を使ったデザートでどれが一番美味しいかでウマ娘たちが一触即発の状態になっていることにも気が付かないほどの決意を滾らせ、貴方はトレセン学園追放までにオグリキャップを料理で屈服させてみせると心に誓うのでした。




おぐりつよい(かくしん)


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せかいのあいことばはもり。

 自身の行動を冷静かつ客観的に省みることができる貴方は、前回のメンタル十面埋伏の計を実行するにあたり迂闊にも前世の知識だけに頼ってしまっていたことに気が付きます。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。まずはこの世界のオグリキャップというウマ娘についての情報を得ることが重要であると考えた貴方は、手始めに彼女の模擬レースを観察することにしました。

 

 

 やはり一番期待できる距離はマイル、次いで短距離と中距離。長距離に関してはスタミナではなく脚質の問題でやや厳しいといったところ。

 

 

 もちろん貴方はチート能力を持つ転生者ですので、そのつもりになればより正確なデータを数値として確認することが可能です。

 しかし、数字というものは正直であっても絶対ではないと考えている貴方はデータに振り回されて思考を鈍らせることを懸念しています。現代のスポーツ科学では身体能力を様々な方法で数値化することが可能ですが、それらはあくまで判断材料のひとつでしかありません。最終的な判断は己自身の曇り無き眼で見定め決める必要があるでしょう。

 

 

 そして一流の悪役トレーナーである貴方は、現段階ですでにいくつかの課題を見つけることに成功しています。

 

 

 例えばオグリキャップの得意とする距離がマイルであることから、現状では短期間での勝負強さに優れているものと判断しました。故に、一度の食事で敗北を認めさせるといった電撃戦は彼女の得意とするフィールドのようなものです。

 正々堂々とした戦い方など論外ですが、このような相手の得意とする条件で勝負を挑む行為も悪役としてはあまり好ましくありません。それではまるで、ライバルとして主人公を高みへと引き上げるメインキャストのようになってしまいます。つまり貴方は悪役トレーナーとして、より卑怯で卑劣な方法を考えなければなりません。

 

 こうして無事“マイルを得意とするウマ娘にステイヤーの流儀でトレーナーという立場から料理を提供して精神に揺さぶりをかけヘイトを稼ぐ”という現代文明の理解を凌駕する高次元の計画を貴方は編み出しました。

 

 

 攻略の糸口を掴むことに成功した貴方は、ひとりのウマ娘ファン&トレーナーとして改めてオグリキャップの走りを観察しているのですが……見事な走りを見せているわりに、周囲のトレーナーたちの反応はいまひとつといったところ。

 前世の知識からオグリキャップという名馬の存在を知るが故の贔屓目があるのかもしれない、普通のトレーナーであれば1度や2度の走りだけで評価するほど迂闊ではないだろう。そう自分を納得させようとしていた貴方ですが──。

 

「いや、アンタがオグリを買ってくれてんのはウチとしても嬉しいけどなぁ。やっぱな? 芦毛で活躍したウマ娘って少ないやろ? レースってモンはギリギリの勝負の世界や、どないなちっさいことでもゲン担ぎもバカにできへんからな」

 

 なるほど、験担ぎ。そのように言われたのでは、貴方もそういうものかと納得するしかありません。

 そうした要素に頼る者を軟弱であると嗤う者もいますが、験担ぎを含め出来ることを残したまま勝負に挑む半端者が真剣勝負を語る行為こそ余程の笑い話であると貴方は容赦なく切り捨てるでしょう。

 

 タマモクロスは貴方にオグリキャップを夜間練習組に誘えばどうかと提案してきましたが、貴方にとってオグリキャップは自分を追放してくれる有望な主人公枠のウマ娘。理想としてはシンボリルドルフ同様、若手のトレーナーと担当契約を結びトゥインクル・シリーズを走りつつ悪役トレーナーを排除するための旗印となって欲しいと願っています。

 

 当然ながら計画について漏洩するワケにはいきません。なので貴方は“嘘の中に真実を混ぜる”という情報戦の基本を忠実に守り「オグリキャップは敵にまわしたほうがきっと楽しいことになる」と答えました。

 それに対してタマモクロスは「だとしても、担当トレーナーが見付からないことには始まらない。芦毛のウマ娘はそれだけで苦労している子も多い」と返してきます。

 誰もがゴールドシップのように前向きに生きることができれば別なのかもしれませんが、それはそれでトレセン学園が混沌と化すので危険が危ないでしょう。理事長とその秘書、教官やスタッフはもちろん、生徒会メンバーもストレスで倒れる未来が簡単に想像できます。

 

 

 ならばどうするか? その問題を解決する方法として、とてもシンプルかつ確実な手段が存在することを貴方は知っています。

 

 

 迷いのない挑発的な笑みを浮かべた貴方はタマモクロスへ言いました。芦毛のウマ娘は走らないなどという下らない迷信はすぐに誰も口にしなくなるのだから、そのような心配はするだけ時間の無駄だろう? と。

 

「──ハッ! 言うてくれるやないか。せやな、そんな与太話を気にして振り回されるんはウチらしくなかったわ。ルドルフはもちろん、ゴルシのヤツも、シニア級に上がったらシービーやマルゼンもまとめてブッちぎって……これから走る連中にバッチリ希望見せたらんとな!」

 

 

 オグリキャップ攻略のヒントを得ると同時に、何故かタマモクロスのやる気も絶好調。

 貴方は今日も非の打ち所がない策士ムーヴを完遂できたことにとてもご機嫌でしたが……その後オグリキャップが貴方にライバル視されたことを知り、もうルームに遊びに行って料理を食べることができないと思い込み落ち込んでしまったことへのフォローに慌てることとなるのでした。




次回はオグリン視点です。


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『幸せの種』

答え合わせの時間。


「……さすがは中央、日本最大のトレセン学園というだけある。敷地も広いし設備も豊富でなかなか目的地にたどり着けなくて困っていたんだ。助けてくれてありがとう。道案内、感謝する」

 

「礼には及ばないよオグリキャップ。困っている生徒に手を差し伸べるのも、生徒会長として当然のことをしたまでに過ぎない。それに、キミはまだ転入してきたばかりだからね。学園生活に慣れるまでは迷うのも仕方ないさ」

 

「方向感覚には自信があったんだ。私が住んでいたところは自然が豊かな土地で、よく山や川で遊んでいたが一度も迷子になったことはない。都会は道の造りが複雑だとは教えられていたが、まさかこれほどとは……」

 

 地方トレセンから中央トレセンへ移籍したオグリキャップを待ち構えていた最大の強敵、それは都会という地域の持つ特殊な地形構造であった。

 山や森とは違い、似たような構造の建築物が建ち並ぶ都会の街並み。それは中央トレセン学園の内部も例外ではなく、似たような教室が大量に並んでいる廊下はどれだけ歩いても目的地が近付いている気がしなかった。それはまるで、ずっと同じところを何度も繰り返し歩いているのではないかと錯覚するほどである。

 

 とはいえ、その程度の苦難で萎縮するほど()()な覚悟で中央へ乗り込んできたオグリキャップではない。日本中が注目する大きな舞台で、強力なライバルたちを相手に本気のレースを。声援とともに送り出してくれた友人たちや地元の人々が喜ぶ姿を想像すれば、それだけで全身に気合いが漲るというものだ。

 あと、入学に伴う様々な出費に対して母親が事も無げに言った「アンタの食費に比べれば大したことないから心配するな」という衝撃の事実もオグリキャップが背筋を伸ばす理由のひとつである。美味しい物を食べるためにはお金が必要であるという現実を改めて突き付けられた彼女は、なんとしてもトゥインクル・シリーズで勝鬨をあげて賞金をこの手に……せめて自分の食費ぐらいは自分で賄えるようにと決意を抱いていた。

 

 

「やはり中央はいろいろと違う。驚くことも多いが、同じくらい勉強にもなる。走り方や得意な距離が私と同じウマ娘でも、並走してみるとまるで違うんだ。いや、この言い方は少し違うな……どう表現すればいいのか……走り方から伝わってくる気持ちが、なんだかワクワクする気がした」

 

「ほぅ? それは実に興味深い話だ。キミさえよければもう少し詳しい話を聞かせてはくれないか? 無理に表現を選ぶ必要はない、飾らない言葉で素直な感想を聞かせてほしい」

 

「わかった。そうだな……まずはアイネスやスズカと並走したときのことから順番に──」

 

 

 それはオグリキャップにとって衝撃的な出会いであった。大量に並んでいる美味しそうなたい焼きの群れの中で、圧倒的な存在感を放っていた巨大なたい焼き。たっぷりとつぶあんが詰まっていた胴体部分の味も見事だったが、残った尻尾の部分にチリソースを付けて食べているときも名残惜しくも幸せな時間だった。

 

 アイネスフウジンとサイレンススズカと知り合ったのもそのときの話である。好む作戦は違うが自分と同じマイルを得意とするウマ娘、そしてなによりも言葉にせずとも伝わってくる不思議な感覚はどうにも脚を疼かせる。

 このふたりはいまの自分よりもきっと強い。彼女たちと走ればきっと面白いことになるとオグリキャップは確信し、並走を申し込んだ。ありがたいことにふたりも自分の走りに興味があったらしく、快諾を得たあとは彼女たちのホームコースだという第9レース場の芝コースでさっそく勝負という流れになり──無事、オグリキャップの闘争心に火が着くことになる。

 

 

 ふたりの走りはオグリキャップの中にある『逃げウマ娘』のイメージを完全に塗り替えるものであった。トゥインクル・シリーズで“逃げを選ぶウマ娘”ではなく“逃げを得意とするウマ娘”が増えていることは知っていたが、知識として知っているのと実際に体験するのではまるで違うのだ。

 彼女たちの走りには迷いがない。常に後ろを警戒し続けながら走らなければならない逃げウマ娘であれば、ライバルの姿を視認できないが故の迷いで走りにブレが生じるのが普通なのだ。

 

 

 迷い? なにそれ美味しいの? と言わんばかりに意気揚々と先頭を走り続けるサイレンススズカ。自分の走りに興味があるというセリフはなんだったのかと思わずにはいられないほどの我が道を往くスタイルは尊敬に値する潔さである。

 ならば時折こちらの様子を伺いつつペースを管理していたアイネスフウジンは違うのかと問われればそんなことはない。サイレンススズカに比べれば冷静に頭の中でレース展開を組み立てながら走っていたのだろうが、それでもほんの一瞬。視線が交差したときに「追い付けるものなら追い付いてみろ」と挑発してきたのは気のせいなどではない。

 

「きっと、あのふたりは自分にはどんな走りができるのか、自分がどんな走りをしたいのかハッキリとしたイメージが出来上がっているんだと思う。だから、こう……走るのを楽しんでいることが凄く伝わってくるんだ。なりたい自分というか、夢や目標に向かって迷わず進んでいるから。私もあんな姿を故郷のみんなに見せられるように頑張ろうという気持ちになった」

 

「なりたい自分、か。そうだな、夢の実現のために精励恪勤する姿は確かに見る者の心を動かすかもしれない。それにしてもオグリキャップ、故郷の人々に活躍する姿を見せたいとは、キミも誰かの想いを背負ってレースに挑むのだな」

 

「誰かの想い? ……誰かの想い。誰かの……想い……」

 

 予想外に真剣な表情で悩み始めたことに慌てるシンボリルドルフの様子に気が付かないまま、オグリキャップは“想いを背負う”という言葉について考えていた。

 

 中央トレセン学園に転入することが決まったとき、友人知人の皆が喜んでくれたのは確かだ。トゥインクル・シリーズで活躍する日を楽しみにしていると応援して送り出してくれたし、気が早いことにGⅠレースに出走することが決まれば必ずレース場まで見に行くと大いに盛り上がってもいた。

 だが、想いを背負って走ると言われるほどの大袈裟なドラマは正直いってなにひとつ思い当たるモノがない。病気の子どもを元気付けるためにレースに勝ってみせる、といったシチュエーションをテレビで見たことはあるが、幸いにしてそのような約束を交わすような相手はいなかった。無事是なんとやら、オグリキャップの周囲はヒトもウマも優良健康で心配事は少ないのだ。

 

 切実な理由となり得るもので思い付くものといえばお金に関することぐらいだが、仮に母親へこれまでの食費の恩返しだと賞金を仕送りをしようものなら「子どもが余計な気遣いするんじゃない」と静かにキレる未来しか見えない。穏やかな微笑みを浮かべ鮮やかなサブミッションで丁寧に絞め落とされることになるだろう。母の愛は偉大であり強大なのである。

 

 

 期待してくれているのは知っているし、それに応えたいとは思っている。自分の走りを見て楽しんでくれる人がいれば素敵だとは思うが、それは結局のところ──。

 

 

「うん。やはり私はそういうのとは違うな。故郷のみんなにトゥインクル・シリーズで活躍する姿を見せたいとは思うけれど、別にレースを走るよう()()()()ワケではないからな。ただ私がそうしたいと思っているから走るんだ。ルドルフは違うのか?」

 

「いや、私は──」

 

「タマから聞いたんだ。あ、タマというのは寮で同じ部屋に住んでいるタマモクロスというウマ娘のことなんだが、学園を案内してくれているときに教えてもらった。ルドルフは全てのウマ娘が幸せになれるように頑張っていると。だから、それは」

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

「……? ルドルフ?」

 

「フッ……ふふ、ははは……ハハハハハッ!」

 

「ッ!?」

 

「は、はは……ッ! いや、突然すまない。驚かせるつもりはなかったんだが、つい、その、堪えきれなくてな。決してキミのことを笑ったワケではなくて……ンフフ」

 

「だ、大丈夫なのか……?」

 

「大丈夫だ、問題ない。あぁ、うん。そうだなオグリキャップ、キミの言う通りだ。たしかに全てのウマ娘の幸福は私の願いだ。私自身がそれを願ったんだ。そして──本気で走ることができる、本気で……夢に挑戦できるということは、それだけでも幸せなことなのだろう」

 

「? それはそうだろう? 少なくともトレセン学園にいるウマ娘たちはレースを走るために入学しているんだからな。もちろん勝てたほうがもっと嬉しいだろうが、ライバルと本気で競い合っている時間だって心が震えるようだ。まぁ、アイネスとスズカには結局差を付けられて負けてしまったんだが」

 

「ふふ、あのふたりに勝つのはデビュー済みのウマ娘たちでも怪しいところだぞ? なにせ、全てのウマ娘が本気で走れるように取り計らうことができるトレーナーの指導を受けているのだからな」

 

「そんなことができるトレーナーがここにはいるのか! そうか、やはり中央に来ることができたのは幸運だった。私が得意なのはマイルのレースなんだが、いったいどんなライバルたちと走ることになるのか。本当にデビューが楽しみだ」

 

「大した気概の持ち主だなキミは。しかし、楽しみにしてくれるのは結構なことだが、故郷の人々に活躍する姿を見せるのは……レースに勝つのは容易いことではないと覚悟したほうがいい。どんなレースでも、どんな距離だろうとも、それぞれにスペシャリストが“いまは”存在するからな。──中央を、無礼るなよ?」

 

 目の前には堂々とした微笑みを浮かべるシンボリルドルフ、そんな彼女が放つ闘気を正面から受け止めることになったオグリキャップ。

 事前にルームメイトであるタマモクロスから強いウマ娘であると聞かされていたが、こうして直に話してみるとそれがよくわかる。きっと、先ほどまでは初対面ということで遠慮していたのだろう。いまは別人の如く、澱みや揺らぎなどは一切感じない気力が全身に満ちているのがハッキリと感じ取れる。

 

「あぁ、もちろんだ。どんなレースだろうと、誰が相手であろうと、私はいつでも全力で挑ませてもらう」

 

「フフ、キミと勝負できる日を楽しみにしているよ。ところで、だ。あー、その、なんだ。オグリキャップ、これからなにか予定などはあるだろうか?」

 

「いや、とくに急ぎの用事はないが」

 

「そ、そうか。それならその、一緒に食事でもその、どうだろうか? 大事なことを気付かせてくれたお礼というか、親睦を深めたいというか……その、すまない。プライベートで誰かと外食に行く機会があまりなくてな。どういった手順で誘えばいいのか、詳しく知らないんだ」

 

「よくわからないが、一緒にご飯を食べに行こうという話だろう? それなら丁度いい、実は笠松の友人たちが中央に行くならとオススメのお店をいくつか調べてくれていたんだ。私が満足できるようなお店をわざわざ探してくれたらしくて、これなんだが……」

 

「ほぅ。店名が必勝無頼軒、そして店主からの挑戦メニュー『挑発伝説セット』とはまた個性的で好戦的な店舗があったものだ。しかし必勝や伝説などという単語が使われているのは、我々のように勝負の世界に生きるウマ娘にはお誂え向きのメニューだな。よし、ここはひとつ、私とキミとで伝説とやらを食い尽くして景気付けといこうじゃないか」

 

「なるほど、景気付け。そういうのもあるのか。うん、それはいい考えだ。美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、胸が熱くなるようなレースを走る。これに勝る幸せはないな……!」

 

 

 いまはまだ。オグリキャップというウマ娘にとって、中央トレセン学園は、トゥインクル・シリーズは楽しい予感で溢れている場所という認識でしかない。強力なライバルたちとの火花を散らす勝負の果てに、彼女自身がワクワクを与える側になるのはもう少し先の話である。

 

 そしてこのあと、顔色の悪いシンボリルドルフを気遣うように肩を貸して歩いているシリウスシンボリの姿が目撃され様々な噂話が飛び交うことになるのは少し別の話である。




テッ♩ テッ♪ テッ♩ テッ♪
テッ♪ テッ♩ テッ♪ テッ♩

テッテテ テテテ ♪
テンテテ テレレ♪

テレレ テレレ テレレ テレレ テンテテレテ♪

<ジョウズニヤケマシター!

真面目な二次創作であればもっと丁寧に調理するところでしょうが、本作はアンチ作品なのでこれぐらいが適度な塩梅でしょう。
ちなみにアプリの育成ストーリーだとタイミングと拗らせ方がまた絶妙の(ここから先はキミ自身の目でry)


続きは冬用タイヤの装着率が高くなったら、次の舞台は皐月賞(の、ゲートイン前まで)になります。


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じょてぇ。

良い子のみんな!

冬用タイヤを装着したら、忘れずにワイパーも冬用に換装しようね!(大惨事)


「えっとね、その……マッサージは気持ちいいから、ホラ、エアグルーヴも最近忙しかったでしょ? 疲れがたまってたから、うっかりしちゃうのも仕方ないというか……。えと、だから……あ、そうだ! 美味しそうないちご大福を見つけて買ってきたのがあるの。お茶でも飲みながら一緒に食べれば元気もでるから……その、こういうとき、どうすればいいのかしら……」

 

 

 現在、貴方の視線の先ではルームの隅っこで体育座りをして落ち込むエアグルーヴをオロオロしながら一生懸命にフォローしようと頑張るサイレンススズカという世にも珍しい光景が繰り広げられています。

 

 

 最近、生徒会の仕事をいつも以上に張り切って取り組んでいる副会長の話は貴方の耳にも届いていました。そして時期を同じくして、シンボリルドルフが生徒会長としての仕事をセーブしてトレーナーと一緒に皐月賞に備えている……という情報も一般匿名勇者から一方的に聞かされています。

 そこから貴方が導き出した答えは“シンボリルドルフが周囲の者たちに頼ることを覚えた”というものです。従う者を信じて仕事や役目を割り振るのは上に立つ者として必須のスキル、エアグルーヴとしてもレースのために協力を頼まれるのは望むところのはず。

 

 それは大変結構なことなのですが、エアグルーヴの性格からして自分の休息時間を削るぐらいのことは平気でやりかねない。そう考えた貴方はチートパワーによる能力スキャンを実行したのですが──やる気は絶好調なのに体力は虫の息という、なんとも馴染みのあるインターフェースが確認できてしまいました。

 基本的にウマ娘のために行動する貴方の判断力と瞬発力は刀で落雷を斬ることが可能なレベルに到達していますので、さっそく何人かのウマ娘に取引を理由に協力を強要しエアグルーヴの身柄を確保することにしました。

 

 いまでこそどこに出しても恥ずかしさを感じない立派な悪役トレーナーとして日々ヘイトを稼いでいる貴方ですが、もともとは表面上だけはまともなトレーナーとして周囲を欺く予定がありました。

 当然、そのために必要になりそうなスキルはなんでも身に付けています。指先を使う技術だけでも空き時間で簡単にできる筋肉の疲れをほぐすものから爆砕点穴まで、幅広いニーズに応えることができるよう鍛え上げているのです。

 

 

 そんな貴方にとって体力回復を目的としたマッサージなどお茶の子さいさいというもの。少なくともウマ娘たちに好かれようなどという考えは浜の真砂の1粒ほどにも持ち合わせていないのは事実ですので、効果が高い代わりに痛みが尋常ではない施術も容赦なく実行することができます。

 もちろん未来の女帝はその程度のことで取り乱したりはしなかったのですが……痛みからの解放と回復による脱力感は思考を鈍らせるには充分な効果があったようです。よりにもよってスーパークリークから温かいタオルを渡されたときに、うっかり『母』と呼んでしまったのが運の尽きなのでしょう。

 

 普段であればニヤニヤと笑いながら煽るであろうトウカイテイオーやマチカネフクキタルでさえも空気を読んで沈黙を貫きましたが、こうして気遣われているという事実そのものがエアグルーヴの精神を蝕みました。

 なお、空気を読まずにケラケラと笑ってイジり始めたアグネスタキオンは照れ隠しの一撃により意識が高速の旅をスパークさせられて雑にその辺に転がされています。

 

 

 別に勝手に立ち直るまで放置してもよいのですが、ここは貴方が悪役トレーナーとして活動するための神聖なる拠点です。決して困難に直面したウマ娘たちが再起するために門を叩く救済と試練の神殿などではありません。

 

 

 貴方はこれ以上ないほどわざとらしく「自分のせいでエアグルーヴが不調になったと知ればシンボリルドルフは責任を感じて落ち込むだろうな」と大きな声を響かせました。

 貴方の極悪非道な蛮行に多少の耐性を持つ周囲のウマ娘たちは形容しがたい表情をしていますが、当事者であるエアグルーヴは吹き出しに「ぐぬぬ……!」とでも表示されそうな顔になっています。

 

「……はぁ。会長に頼りにしていただけて舞い上がっていたのは事実だ。たしかに、これで私がひとり仕事を抱え込んで失敗をしたのでは、な。スズカ、すまないが花壇の世話を手伝ってもらえるか?」

 

「ええ、もちろん! あ、でもエアグルーヴほど詳しくはないから、作業のことは教えてもらわないとダメだけど……」

 

「そこは心配いらん。簡単な作業でも手伝ってくれるだけでだいぶ違うからな。……ふむ、いっそのこと開き直ってほかにも声をかけてみるか? フラワーと……ドーベルやスカーレットも手伝いを引き受けてくれると助かるのだが」

 

 後輩に頼る、という慣れない状況が不安なのでしょう。そこにはいつもの堂々とした副会長の姿はなく、いたって普通のウマ娘が真剣な表情でタブレット端末を操作しているだけ。

 念のため、貴方はメジロライアンに「憧れの先輩から手助けをお願いされて断る後輩はそうそういないと思うがどうだろう」と確認してみました。返答は「今度のお茶会の席で、ドーベルが大喜びで話すのは決まりかな」という満足のいくものでした。




ファインが「グルーヴ」呼びだったのは覚えているのですが、そういえばスズカはどっちだったかな……。

普通にド忘れしたので、あとで確認して間違ってたら修正しておきます。


※フルネームの呼び捨てでした。というか、グルーヴって呼ぶのもしかしてファインだけかも?


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めでてぇ。

 噂を聞いてルームにやってきたウマ娘たちに無慈悲なる握撃を振る舞い地獄と癒しを同時に提供しつつ、貴方は間近に迫っている皐月賞のことを考えています。

 

 

 それはもちろんシンボリルドルフのことではありません。それについては担当トレーナーが考えることであり、貴方は彼女の走りについて一切関わるつもりがないからです。

 貴方が気にかけているのは取引相手であるふたりのウマ娘。タマモクロスとゴールドシップに渡すトレーニングプランの内容について、どういった方向性にするかで悩んでいる様子。

 

 トレセン学園から追放されるためにウマ娘たちからヘイトを稼ぐための作戦であれば、貴方の七色に輝く頭脳からはポストアポカリプス作品に登場する未知の生物に浸蝕され汚染された化学工場のギミックの如くいくらでも湧いて出てくるのでしょう。

 しかしウマ娘たちが走るための作戦となると、ウマ娘の潜在能力を真っ直ぐに引き出して当日に過不足なく全力で走れるようにコンディションを整えるというトレーナーであれば誰もが思いつきそうな無難なモノしか用意できそうにありません。

 

 

 タマモクロスとゴールドシップへのアドバイスは対等な取引である。悪役だからこそ取引は誠実かつ完璧に遂行しなければならない。己で定めた悪の美学に背を向けるなどたとえ魂魄が砕かれようとも断固として拒絶すべき愚行なり。

 迷いを抱いたまま書き上げたトレーニングプランを渡すということは、つまりはこういうことなのです。GⅠレースだから、皐月賞だからなどという問題ではありません。本気で勝負に挑むウマ娘たちの走りに不純物を混ぜるなど、貴方にしてみれば逆鱗に唾を吐く行為に等しいでしょう。

 

 しかし、ひとりで考え込んでいても方向性が定まる気配が無いのも事実です。どうしたものかと悩んだ貴方が出した結論は──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ほーん? ルドルフに勝つためのメニューにするか、あくまで皐月賞っちゅうレース全体を見たメニューにするか、なぁ。どっちにしろ1着狙うんならそんなに変わらん気ィもするけど、まぁアンタがわざわざ別個にするくらいやから、なんかは違うんやろな」

 

「別にアタシは面白いレースができればどっちでもいいぜ! ……なーんて、この前までのゴルシちゃんならオメーに全部お任せオーダーすっとこだったけどよ。いまの会長相手となると、ちぃ~っとばかし悩んじまうな。皐月賞、とんでもねー仕上げ方してきそうじゃん? そんなのぜってーオモシレーに決まってんだろ! くぁ~! こんなときに影分身が使えりゃあな~!」

 

 ゲートが全員芦毛の破天荒で埋められた光景に心当たりがあるのはともかく、悩む時間を惜しんだ貴方は直接タマモクロスとゴールドシップにトレーニングプランについて打ち明けることにしました。

 

 これが正式な担当トレーナーであれば、ウマ娘のためにしっかり計画を完成させてから話を始める場面なのかもしれません。あるいは、アプリに登場するスーパー新人トレーナーたちであれば、ウマ娘との間に確かな絆と信頼がありますので協力しながらトレーニングの方向性を定めるという作業を行っても問題ありません。

 しかし貴方の目的はあくまでトレセン学園から追放されることであり、ウマ娘たちからの信頼など必要としていません。故に、未完成のままウマ娘へ投げ出してサクッと選ばせてしまい、それからプランを完成させることにしました。

 

 最終的にウマ娘の望みを叶えられるようなトレーニングプランさえ与えることができれば、そこに至るまでの過程や方法にこだわる必要などない。

 まさに冷静で冷徹で冷酷なる悪逆トレーナーだけに許されたいとも容易く行われるえげつない行為。己の完璧過ぎる悪役ムーヴに酔いしれた貴方は心の中でスタイリッシュな決めポーズを披露していることでしょう。

 

 

 そうして調子に乗りまくっている貴方は考えました。現状でも充分にヘイトを稼げているが、これだけで満足せずにまだまだ攻めの姿勢でふたりを煽るべきなのではないか? と。

 

 

 あえて厳しい言葉をかけてやる気を引き出すという手法は、前世のみならずこのウマ娘世界のスポ根作品などでも常套手段です。タマモクロスとゴールドシップの性格を考えれば、少し煽った程度であれば怯んでしまうことを危惧する必要もありません。

 ここでウマ娘たちとの間に信頼関係があれば、これは発破をかけるために意図して挑発的な言動をしたのだと簡単に見抜かれる場面です。しかし貴方とウマ娘との間には今日まで地道に積み上げてきた不信感という名のバベルの塔が屹立しています。そのような勘違いが起きるなどあり得ませんし、これでふたりのどちらかが勝利すれば悪役追放の伝統芸能「ざまぁ」が成立することでしょう。

 

 

 貴方は底意地の悪さを微塵も隠そうとせず、薄笑いを浮かべてふたりへ語りかけました。ホープフルステークスのころのシンボリルドルフであれば勝ち目は充分にあったが、いまの彼女に勝つのはかなり分の悪い賭けになる。それを承知でそんなに楽しそうにしているのか……と。

 タマモクロスとゴールドシップからの返事はありません。ただ、貴方が修行中に野生の世界で出会った好敵手たちを思い出させるような獰猛な笑みを浮かべるだけでした。




効果へのツッコミ含めて令和でもネタが通じる。さすがは爆砕点穴さんだぜ!

作者は獅子咆哮弾も大好きですが、まぁこのチート転生者には絶対使えないだろうなと出番は諦めました。


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てぇてぇ。

「ふぉぉぉなんたる眼福幸福アオハル緑の風が吹く! 三冠ウマ娘を目指す会長のトレーニングに前年度三冠ウマ娘のシービーさんが参加してさらにそこに会長に憧れて強いウマ娘となることを目指すテイオーさんが加わることにより尊みの3次元アタックが完成しているではありませんか私ごときがあの空間に近付こうものならブラックホールに吸い込まれるどころか自ら飛び込むことさえ辞さないウマ娘ちゃんたちの輝きの最果てといっても過言ではない神聖なる空間こうして遠くから眺めているだけでも得られるエモーションは戦国最強と言われた武田ウマ娘軍団だってまとめて差しきれるほどのエナジーリビドーパトスの高まり三十六計に頼らずとも芝もダートも駆け抜ける覚悟はまさに風! 林! 火! 山! んっほぉぉぉぉぉぉぉぁッ!!!! あ、トレーナーさん背中にガムテープの切れ端ついてますよ。とってあげますからじっとしててくださいね~」

 

 

 手を伸ばすアグネスデジタルの動きに合わせて1度だけプイッと反対を向き「もぉ~じっとしててくださいってば!」とポクポクと腕を叩かれている貴方がいる場所は、見通しのよいトレセン学園校舎の屋上であり練習用のためのレース場を見ることができるポジションです。

 ダンボールで作った拠点にギリースーツの出来損ないのような代物を被り望遠鏡などの遠くを観察することが可能な道具を抱えている貴方とアグネスデジタルの姿は控え目に例えることが難しいほど個性の暴力の塊ですが、屋上にやってきたウマ娘たちは視界に入った瞬間こそ驚くものの正体を知ると同時に特に問題なく日常へと戻っているのでトラブルの心配は無用です。

 

 もちろん、貴方ほどの策士がなんの意味もなくこのような行動をすることはあり得ません。現在、学園内部には貴方にとって天敵とも言える存在が侵入しているため、その人物との接触を避けるためにこうして屋上からウマ娘たちのトレーニング風景を観察しているのです。

 

 イメージトレーニングの中で戦国最強・本多忠勝との死合にて10分以上生存できるほどの戦闘技能を身に付けたチート転生者である貴方ですら恐れるその人物とは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしいッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり、そういうことです。

 

 ウマ娘のレース関連の月刊雑誌『月刊トゥインクル』の記者である乙名史悦子女史こそ、貴方が最大級の警戒が必要だと判断した悪役トレーナーの天敵でした。

 

 隣で恍惚の表情でヨダレを滴しながらウマ娘たちへの熱い想いを語るアグネスデジタルとは違うタイプのファンタスティック個性の持ち主ですが、彼女の最大の特徴はなんでもポジティブに解釈する性格にあるでしょう。

 いまはシンボリルドルフの担当トレーナーに取材を行っているようですが、巨悪の権化たる自分に対しても毅然とした態度で信念をぶつけてきた彼ですら気圧されているのは流石としか言いようがない……と、貴方は乙名史記者の情熱を認めつつもその勢いに驚いてる様子。

 

 

 万が一。そう、あくまで万が一の可能性でしかありませんが、貴方がウマ娘たちと交わしている取引について好意的な解釈をされてしまった場合どうなるか。石橋を常に丁寧に叩いて渡っていることになっている貴方の思考回路が接触は禁忌であるという結論を導きだしたのも仕方のないことでしょう。

 

 

 それはそれとして、シンボリルドルフのトレーニングをミスターシービーが手伝っている光景にはなかなか感慨深いものを貴方は感じています。あえて脚質の近いタマモクロスやゴールドシップではなく彼女を選んだということは、それだけシンボリルドルフの走りに数値では測れない魅力を感じたという証拠でもあります。

 そこにトウカイテイオーというムードメーカーが加わることでバランスも非常に良好です。バイタリティーに溢れるウマ娘を3人も同時に監督することになった担当トレーナーの苦労はかなりのものになっていることでしょうが、この程度でへこたれているようでは貴方を打ち倒す正義の旗頭として認めることはできません。ここはしっかりと愛バを成長させるためのヒントをつかんでくれるよう祈りましょう。

 

 

 一瞬だけですが、彼の隣に立っているナリタブライアンの担当である老トレーナーと目が合いニヤリと笑いかけられた気がしましたが……そんなハズがない、ただの偶然だろう。警戒心が過ぎて余計なことを気にしている自分が可笑しくて自嘲の笑みを浮かべてしまいました。

 

 

「いや~、今年の皐月賞は楽しみですねぇトレーナーさん! タマモクロスさんやゴールドシップさんの仕上がりも鬼気迫るものでしたし、これは気合いを入れて応援をしないといけませんね! ぐふふ、真剣勝負でバチバチ火花を散らして走るウマ娘ちゃんたちの姿を想像するだけで滾りますし捗りますよコレはぁ……! あれ、トレーナーさんどうしたんですか急に? デジたんの頭にゴミでも付いてましたか? ……へ? いつかデジたんもそんなライバルが? イヤですよぉ~トレーナーさんってば。あたしにそんな競い合う相手なんてぇ~。というかデジたんごときがライバル宣言なんてウマ娘ちゃんたちに畏れ多いし申し訳ないしで自分の存在をストライクバニッシャーしなければならないレベルで──ちょ、頭をグリグリしないでくださいよ~ッ!?」




ちなみにギリースーツというのは、軍人さんが身に付ける緑色のムックのコスプレみたいなヤツのことです。映画などで見たことがある方も多いのではないかと。
つまりはジャングルなどの自然環境で身を隠すための物ですね。自然環境の中で。


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こおてぇ。

 贅沢は悪党の嗜みである。そんな考えを持つ貴方が“もっとも速いウマ娘が勝利する”と言われている皐月賞を観戦するにあたって、レースを楽しむための環境を整えることに妥協をするはずがありません。

 海岸線のゴミ処理をしているときに偶然発見した大型モニターを修理したものを正面に置き、筋肉や骨格などスポーツ医学や解剖学の知識をフル活用してパワーアップさせた最高クラスのリラクゼーションを誇るふかふかソファーの3代目、そしてテーブルに並ぶ色とりどりの味が揃っているコアラのマーチ。冷蔵庫には薬局で購入しておいたキンキンに冷えたジンジャーエールも用意されており、まさに非の打ち所がない完璧な布陣と言えるでしょう。

 

 強いて唯一の誤算をあげるのであれば、取引中のウマ娘たちが貴方と会話をすることもなく当然の権利のように皐月賞が行われる中山レース場へ黙々と運搬し始めたことぐらいです。

 山の神に捧げられる生け贄というよりも土木作業現場の資材のように扱われている貴方を見て新入生らしきウマ娘や新人らしきトレーナーなどはいったい何事かと驚きの表情をしていますが、そのほかの学園スタッフや警備員の皆さんなどは特にリアクションもなくその様子を見送っていました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 連れ出されてしまったものは仕方ありません。頭の切り替え速度はサイクロトロンに勝るとも劣らぬ貴方は素直にオープン戦などじっくりレースを楽しむことにしました。

 本日のメインは間違いなく皐月賞ですが、真面目にトレーナー業務に取り組む姿勢が微粒子レベルにも存在しない貴方にとってそのような俗世の価値観は意味を成しません。レース場のグルメを片手に顔見知りのウマ娘たちを冷やかしつつ、緊張感とは無縁の様子でのんびり楽しく皐月賞の開始を待っています。

 

 

 今回の皐月賞の主役は、なんと言ってもここまで無敗のシンボリルドルフでしょう。三冠ウマ娘になると公言し、その発言に見合うだけの実力を示していますのでファンの期待値もかなり高いことでしょう。もしかしたら、先に三冠ウマ娘を達成しているミスターシービーと一緒にトレーニングに励む姿などが公開されていることも関係あるかもしれません。

 ターフの上に次々とウマ娘たちが現れ、観客席もそれに合わせてどんどん盛り上がり、ついに本日の一番人気シンボリルドルフが姿を見せたその瞬間。大歓声で出迎える大勢のファンたちとは真逆、貴方は静かに彼女が纏う気迫の変化を楽しんでいました。

 

 

 ホープフルステークスのときとはまるで違う。優等生としてレースに参加することしかできなかったウマ娘が、ずいぶん上等で狂暴なオーラを放つようになったじゃないか。

 

 

 どうやら貴方の周囲にいるウマ娘たちもシンボリルドルフの変化をしっかりと感じているらしく、トウカイテイオーなどは「練習のときよりも、いまのカイチョーのほうが何倍もカッコいい!」とはしゃいでいます。

 喜んでいるわりには憧れよりもギラギラとした戦士の輝きをその瞳に宿しているあたり、この世界のトウカイテイオーはシンボリルドルフの影を追いかける気などまるでなく、いつでも追い抜いてやると意気込んでいるのでしょう。トレーナーの助けも無くその境地に至れるとは、マヤノトップガンもそうですが天才とはズルいものだと貴方は呆れてしまいました。

 

 さて、ゲートの前ではタマモクロスとシンボリルドルフが睨み合っています。なにやら勝負の前に会話をしている様子ですが、光源が一切存在しない闇が支配する黒い森の庭を聴覚と嗅覚を頼りに平地の如く駆け抜けることが可能な貴方には全て筒抜けです。

 

 タマモクロスが「ほぼほぼ1年も待たされた」と愚痴ったことに対し、シンボリルドルフが「待たせてすまない、だがそれはそれ。今日のレースに勝つのは私だ」と返答しました。

 ふたりの間にどのような約束事が存在したのか貴方は知りませんし知りたいとも別に思いません。そんなことよりも、ターフの上にいるウマ娘たちのやる気が絶好調に──ゴールドシップでさえアプリの最終直線で見せるような『イケメンモード』になっていることのほうが貴方にとっては重要なのです。

 

 期待通りの展開。シンボリルドルフはもちろん、担当トレーナーも巧くやってくれたのだろうと貴方は大満足といったころ。

 

 

 ──あそこにいるのは生徒会長などではない。己の夢を実現するため、己の意地を貫き通すため、屍を踏み越え覇道を歩む覚悟を手にした『皇帝』シンボリルドルフだ。

 

 

 ついうっかり声に出てしまった呟きに、周囲のウマ娘たちはすっかり黙ってしまい、ただシリウスシンボリだけが心底楽しそうにニヤニヤと笑っています。もちろん目の前のレースのことしか頭にない貴方がそれらの様子に気がつくことはありませんのでご安心ください。




次回はルドルフ視点です?


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『lord of darkness』

答え合わせの時間。


(手足が微かに痺れる感覚。このような感覚は久しぶり……いや、もしかしたら初めてかもしれない。ふふ、それも当然か。生徒会長として、シンボリのウマ娘として威風堂々たる振る舞いを心がけてきたが、百年河清を待つ想いでしかなかった理想へ向けて、ようやく1歩目を踏み出せるのだからな)

 

 割り当てられた控え室にて、己が指先が痺れる感覚を楽しみながらシンボリルドルフはこれから始まる皐月賞のことを考えていた。

 

 誰かのためではなく、自分のため。ウマ娘たちの幸福を願うのではなく、自分自身がウマ娘たちの輝く姿を見たいという私利私欲のために走ろうとしているのだから緊張するのも無理はない。

 厳格なる両親が今日の走りを見たらどう思うだろうか。もしかしたら失望されて、期待はずれだと見限られる可能性だってあるかもしれない。心の在り方というものは走りに如実に現れる。全身全霊で“我を通す”と決めた以上、それを理解る者に隠し通すことはできまい。そもそも隠すつもりなど微塵もないが。

 

「トレーナーとしては複雑な気分だよ。自分の担当ウマ娘が緊張している姿を見て“嬉しい”と思えるんだからね。……ルドルフ、タマモクロスやゴールドシップはもちろん、皐月賞で戦うウマ娘たちは本気でキミに勝つつもりだよ」

 

「当然だな。負けてもかまわないなどという半端な気概でGⅠレースの舞台に立つウマ娘などいない──などと、当たり前のことが言いたいワケではあるまい?」

 

「まぁね。キミが本気で、それこそ生徒会の仕事をエアグルーヴに協力してもらってまでトレーニングに励んでいた姿は皆が見ていたから、その影響なんだろう。なんというか……その、皮肉だな。ヒドい話だ」

 

「生徒会長として邁進していたときには見ることが叶わなかった光景が、生徒会長としての役目を蔑ろにした途端に見ることができた。そのことに不満が無いかと問われれば不満しかないがな。だがまぁ……後悔するのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?」

 

「そうだね。そのために僕もルドルフも厳しいトレーニングを頑張ってきたんだ。皐月賞に勝つために。──なぁ、ルドルフ」

 

「なんだい? トレーナーくん」

 

「こんなことを言ったらキミは怒るかもしれないが、生徒会長として理想のためではなく、ひとりのウマ娘としてライバルに勝つために強くして欲しいと言われたとき、僕は嬉しかったんだ。ひとりのトレーナーとしてね」

 

「む、それはズルいな。これでも私はずいぶんと悩んだのに。あれだけ偉そうなご高説を口にしておきながら、いまさら自分のために走りたいなどと頼んで嫌われはしないかと一晩中だぞ?」

 

「そこはもう少し信じて欲しいな。僕はキミのトレーナーだよ?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 シンボリルドルフがターフに立った瞬間、観客席からは万雷の声援が降り注いだ。もちろんそれはこれからレースを走るウマ娘にとって喜ばしいことではある。が……それ以上に彼女を昂らせるのは先にゲートの前に集まっていたライバルたちの視線であった。

 

「ハッ! ようやく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ──ほぼほぼ1年や。こんだけ待たせておいて、腑抜けた走りなんぞ見せた日には承知せぇへんで? そんときはァ……せやなぁ、今度の学園祭で漫才とかやってもらうのもエエな。ちょうどハリセンの予備もあることやし」

 

「ふむ、漫才か。考えてみればアレは聴衆側にとっては娯楽だが、演者には会話のリズムや言葉選び、時代ごとの流行や政治・経済といった幅広い事柄についての見識が求められるなかなか高度なエンターテイメントだ。もしかしたらレースを走るためのヒントが得られるかもしれないな」

 

「そうそう、お笑いもレースも失速しないよう勢いで走り抜けるのが大事ってなんでやねんッ!! マジメかッ!! ボケなのか本気なのか判断に困るわッ!! はぁ~。ま……ええわ。ヘンな緊張はしとらんようやし、100パーセントのルドルフ、見せてもらおか?」

 

「もちろんだ。その前にひとつ、皆に謝罪しておきたいことがある」

 

「なんや、さんざん待たされたことならウチは別に水に流してやってもええで。たぶんほかの連中も同じ気持ちやろうけど」

 

「それについてはウマ娘らしく、言葉ではなく走りで応えてみせるさ。私が皆に謝りたいのは他でもない、全てのウマ娘の幸福が見たいという私の……野心を現実のモノとするために、今日は遠慮無く皆の夢を踏み砕かせて貰うことについてだ。皐月賞を──この勝負を、勝つのは私だ」

 

 

 それはおそらく誰ひとりとして、両親を含むシンボリ家の者たちも、同じ学園で生活をしているウマ娘たちも、教師や教官などのスタッフも、生徒会のメンバーも、おそらくは担当であるあの若きトレーナーですらも見たことがないであろう()()()()()()()()()()()()()()()()()()の姿。

 ウマ娘たちの日々を慈しみと共に見守る生徒会長としての彼女とは真逆。鋭い眼光と暴力性が剥き出しの微笑みは、それを正面から受け止めたウマ娘たちに雷光の如きオーラを錯覚させるほどのものであった。

 

 

「……イイねぇ、こりゃ期待通りの想像以上だわ。そりゃそうなるよなってハナシだわ、トレピッピのヤツが皐月賞に勝つかルドルフに勝つかどっちがいい? なんて選ばせてくるのも納得ってな。いやぁ~、ムチャを承知で両取りしたかいがあったってもんだ本当に。本当によォ……面白くなってきたぜ──ッ!!」

 

「ほーん? なかなか言うてくれるやん。ええでルドルフ。アンタのその喧嘩、高値で買ぉたる。 ほんなら今日は思う存分──ウチらとヤり合おうやァァッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「絶景! ウマ娘たちがなんのしがらみもなく本気で競い合う姿を見ることができる、これに勝る幸福はなかなかないだろう。それが皐月賞という大舞台であるならばなおさらだ!」

 

「えぇ、そうですね。理事長の仰る通りだと私も思います。ただ……」

 

「一部のトレーナーたちが褒められたモノではない態度でいることが不満、か? たづな、気持ちはわかるが彼らの言い分にも理はある。ルールが……秩序がなければ競技は成り立たないからな」

 

 理事長・秋川やよいのもとに届けられた名門トレーナーたちからの嘆願書。回りくどい文章が長々と続いていたが、それを要約すると“担当トレーナーがいないウマ娘のGⅠレース参加は制限するべきではないか”という内容であった。

 ウマ娘たちを愛するひとりのファンであると同時に経営者でもある秋川やよいは、この嘆願書の内容を全くの無意味なモノであると安易に否定するほど視野は狭くない。中央トレセン学園の理事長の椅子は、トレーナー不在のウマ娘がGⅠレースに勝利したことの影響力が理解できない程度の者が座れるほど安くはないのだ。

 

「事実! URAや各地のレース場スタッフはともかく、歴史と伝統を重んじる者たちはずいぶん愉快なことになっている。先日お会いしたサクラ家のご当主に関しては本気で楽しそうにしていたが。若い連中が青春を全力で楽しんでいる現状に不平不満なぞ抱くものかよと豪快に笑っておられた。文句があるなら我ら桜の女たちが真っ向から受けて立つ、ともな」

 

「なんというか、お立場のことはともかく大人としては模範的な回答なんでしょうね。バクシンオーさんやチヨノオーさんのような方が育つのもよくわかります」

 

「だが、あまり歓迎できない影響が出てくる可能性があることも無視できん問題だ。ミスターシービーとマルゼンスキーの活躍に憧れるのは結構だが、それがトレーナーという存在への否定的な意見に繋がるのは阻止しなければならん」

 

 

 名門トレーナーたちの言い分そのものはただの逆恨みである。GⅠレースの枠が欲しいなら、そのレベルまで担当ウマ娘を育てるのがトレーナーの仕事であり存在意義というものだ。才能? 幸運? いやいやキサマら、彼が面倒を見ているウマ娘たちの境遇がどういったものか忘れたのか。

 が、それはそれとして単独出走のウマ娘たちがレースに勝つ姿は希望だけではなく誤解も与えてしまっているのは悩ましい問題なのだ。中央トレセン学園内で活動している者は非公式チーム・ポラリスのことを知っているからまだいいが、そうでない者は「トレーナーに頼らなくてもレースに勝てるなら、ウマ娘だけでよくね?」などと考えてしまうかもしれない。

 

 

「信念! 彼が正式にウマ娘を担当してくれれば問題の解決も楽になるが、それは期待しないほうがいいだろう。ミスターシービーやマルゼンスキーほどの原石を見事に磨き上げて尚、手放すことになんの躊躇も感じていないようだからな」

 

「本人たちも契約の意思こそありませんが、彼の側を居心地よく思っているようですね」

 

「酔狂! まるで映画に登場する大怪盗のようだな。宝物を手にするまでの過程が楽しいのであって、宝物そのものを欲しているワケではない。レースの結末はあくまでウマ娘たちのモノであり、自分の役目はコースに立つ前の時点で完結していると。うむ! 期待以上の逸材だッ!」

 

「正直に申し上げますと、私自身も半信半疑でした。URAの友人から『もしも彼を採用するなら干渉せず自由にさせておけ』と言われたときは」

 

 採用試験の前に新人トレーナーについてある程度の情報交換をするのはいつものことであるが、あの青年に関しては担当者が普段とは比べ物にならないほど楽しそうに語っていたのだ。

 彼はどうやってもウマ娘たちを導かずにはいられない性分をしているから、変に首輪を付けるよりも放し飼いにしたほうが役に立つ。アレは仕事ではなく生き方としてしかトレーナーができない大バカモノだ……と。

 

 新人トレーナーのサポートも仕事としている駿川たづなとしては、自分の役目を放棄するように言われているも同然で複雑な心境であった。学園での生活に慣れるまで、可能であれば何れかのチームに見習いとして所属するまでは。一般家庭の出身であればなおのこと、()()()()()()から遠ざける意味でも。

 それでも駿川たづなが最初にトレーナールームの鍵を渡すという大博打ができたのは、面接試験で見せた尊敬に値するほどのふてぶてしさが理由だった。名誉ばかりに眼が眩んだ名門のお坊ちゃんお嬢ちゃんたちを小馬鹿にしたような「トレーナー業は儲かるから」という発言も、友人たちから提供された予備知識があればまた印象が変わるというものだ。

 

 なるほど、研修生時代に()()()が過ぎる教官やら先輩やらを相手にイロイロとやらかして楽しませてくれたという話にも誇張はないのだろう。まったく、面接試験の途中で危うく思い出し笑いをしてしまうところだったじゃないか。

 

 

「む? そろそろ始まるな。さて、せっかくの皐月賞だ、気が滅入るような話はこれぐらいにしておこう。貴重な休日を仕事の話で浪費するのはもったいないからな!」

 

「ふふっ、そうですね。でも理事長、さりげなく今日を休日扱いしようとしてもダメですよ? 学園に戻ったら早急に処理していただかないといけない案件がいくつもあるんですから」

 

「……無念ッ!」




身体が闘争を求め闇堕ちしたシンボリルドルフ!

9年は……長かった……。


深い意味はありませんが、たづなさんの友人って足が、いや脚が速そうな女性とか多そうですよね。深い意味はありませんが。


続きはこれから始まる大晦日へ向けて色とりどりの鍋のもとに期待が膨らんだら、次の登場ウマ娘は……メジロチェイサー? になります。


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こせいてき。

胡麻豆乳鍋の美味しい季節になりましたね……。

ウマ娘用の土鍋とか、やっぱりメッチャ大きいんですかねぇ……?


 今日に至るまで多種多様な悪役ムーヴをムカデの手首を捻るかの如く鮮やかに遂行してきた貴方ですが、あるとき鏡に写る自分の姿を見てふと思いました。自分には、悪役として重要な『個性』が足りないのではないか……と。

 

 悪役とはただ悪いことをするだけでは務まりません。正義の味方を輝かせるためにも、ある種の魅力を有している必要があるのです。そのように考えた場合、貴方は自分のこれまでの行動は余計なモノを全て排除したシンプルな醤油ラーメンのように正統派に過ぎたのではないかと反省している様子です。

 何事も新しいアイディア無くして進歩など望めない。とはいえ、いきなり奇抜な行動をすればそれが進化であると主張するほど貴方は自分を見失うことはありません。ここはひとつ、まずは形から整えてみるかと服装のバリエーションを増やしてみることにしました。

 

 

 もちろんここで最新の流行に飛び付くほど貴方は迂闊ではありません。それでは結局個性を得られず大衆に埋もれてしまいますし、自分のスタイルを定めることと流行を知ることはイコールではないと考えているからです。

 

 

 ならばどのようなイメージで組み立てるかという問題が残りますが、そこは前世と今世、合わせて4人の祖父たちを参考にしようと貴方は決めているようです。

 奇しくも4人それぞれスタイルに差異はあれど、いつでもスタイリッシュかつジェントリーに祖母をエスコートして逢い引きに出かける伊達男たちでしたので手本としては最適と言っていいでしょう。

 

 テーマは旧き時代のチャラ男。着流しに羽織と袴の色合いもグラスワンダーやニシノフラワーの意見を取り入れつつじっくり考えた甲斐もあり、後にSNSで“ミスターシービーとマルゼンスキーの担当は明治時代から現代にタイムスリップしてきた過去のトレーナー説”という題名で写真が投稿され賑わう程度にはまとまった服装になりました。

 そこにマルゼンスキーからプレゼントされたネクタイピンとミスターシービーが選んだ帽子を合わせることにより、自腹を切らずウマ娘に物を買わせる女の敵としての姿も見せることができると貴方は大満足です。

 

 そして貴方独自の工夫として、敬愛する祖父たちをリスペクトして杖などを手に持つことにしました。こちらもまた偶然にも趣味が似ていたらしく、祖父たちの杖は芯の部分に玉鋼や高純度の銀など金属が使用された頑丈なモノであったことを貴方はしっかり覚えています。

 なので貴方も修行中に見掛けた緋色の輝きを宿す不思議な金属を棒状に加工したものを杖の芯として使用しています。見えないところにメタルのワンポイントお洒落、これは悪役ファッションとしてもなかなか悪くないとひとり納得しています。

 

 

 さて、こうして新しい服装に身を包んだ貴方ですが、この出で立ちで何処へ向かうかという選択もしっかり考える必要があります。

 

 普通のトレーナーであれば、身だしなみを奮発して向かう場所といえば担当ウマ娘が出走する重賞レースが真っ先に候補となるでしょう。己の魂と誇りに誓い育て上げた担当ウマ娘の晴れ舞台を見届けるのに、半端な態度でレース場へ足を踏み入れるトレーナーなど論外というものです。

 しかし貴方は担当ウマ娘などひとりも抱えていない底辺トレーナー、特別な思い入れのあるレースなどというものとは無縁です。そもそも、これほど気合いの入った服装で重賞レースを……仮にGⅠレースの観戦などしようものなら事情を知らない者たちにとんでもない誤解をされてしまう可能性があります。GⅠレースという特別な舞台に敬意を払う、王道を歩むトレーナーなどという真逆の存在と疑われるのは面白くありません。

 

 

 適当に商店街をフラフラと歩くだけでも「あの男、いまだに担当ウマ娘も見つけられていないクセに偉そうな格好して歩きやがって……」と簡単に不興を買うことは可能だろう。

 だが、いくら完全無欠のチート転生者だからといって安易な方法ばかりを選んでいたのでは足をすくわれるリスクも高まるのではないか? 慎重も過ぎれば臆病と変わらない、ここは大胆に攻めの一手を打つ場面に違いない。

 

 

 なにか手頃な予定はないかとパラパラと手帳を眺めてみたところ、ちょうど良いタイミングでメジロライアン、アイネスフウジン、アグネスタキオンのメイクデビューが間近であることに貴方は気づきます。

 これはなんとも好都合。担当ウマ娘が走るワケでもないのに特に意味もなく洒落た服装で観客席にたたずむ育成評価Gトレーナー。なかなかインパクトのある絵面になるのは確実です。

 

 お披露目の舞台は決まりました。あとは当日に体調を崩して台無し、などということにならないよう気をつけるだけ──でしたが、ここまで整えるのであればとことん祖父たちの行動を真似してみるのも一興というものでしょう。

 そうと決まれば善は急げ。さっそく貴方は杖を清めるための日本酒を買いに出かけることにしました。




レース部分をもっと見たいという嬉しいリクエストもちらほら頂いていますが、作者の語彙力ではシーズン中に1回、どんなに多くても2回が限界かと。

本作は群像劇な部分もあるので、迂闊に手札を切れないのです。何度も同じレースは書けませんからね。ネタ切れ的な意味で。


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やせいてき。

きさらぎこっとうひんてん!
じらそーれ!

言いたかっただけです。ウマ娘とは特に関係ありませんし、別に深い意味はありません。


 妥当な結果であると納得するべきか、それとも番狂わせが起こらなかったことを惜しむべきか。メジロライアン、アイネスフウジン、アグネスタキオンの3人は無事メイクデビューを勝ち抜けることができました。

 とはいえ、勝利という結果はあくまで結果でしかありません。そこに至る過程、つまりレースそのものは見ごたえがあり貴方もバッチリ楽しむことができてご満悦のようです。

 

 アイネスフウジンはレース中盤の始まりからゴール手前50メートルあたりまでふたりのウマ娘と先頭の奪い合いが続いていました。

 アグネスタキオンは途中まではプラン通りの走りができたものの、最終コーナーあたりでいきなり想定以上の走りを見せたウマ娘が現れたとご機嫌です。

 

 たかがメイクデビューなどと侮るなかれ。まだまだ未熟な走りのウマ娘ばかりですが、その中でも今後が楽しみになるような走りを見せてくれた子たちはそこそこいます。

 具体的には、能力をコッソリ覗き見したときに根性の数値だけ何故か飛び抜けているウマ娘がチラホラといたのです。つまりはギリギリの追い比べになったとき、最後まで諦めることなく走る気概をすでに身に付けているということ。強敵と戦えば戦うほど伸びる土台ができているワケですから、そこに期待をするなというほうがムリでしょう。

 

 

 そうした嬉しい発見を含めた上で、今日のメイクデビューで最も貴方の想像を超えた走りを見せてくれたウマ娘は誰かと問われれば、それはメジロライアンです。

 

 フジキセキとは別枠のイケメンウマ娘として黄色い声援を浴びる機会の多いメジロライアンですが、今日の彼女は普段トレセン学園で見ることができる『品の良さ』が見られない……と、いうよりも自らの意思で無用であると投げ棄てたかのような走りをしていました。

 普段のメジロライアンを美術品の彫刻にも似た雰囲気であると例えるのであれば、今日の彼女の走りはまるで野生の獣の躍動感を思わせるモノ。それはそれで風雨により研磨された自然石のような美しさはありましたが、あれだけ“メジロのウマ娘とは”と悩んでいたワリには迷いの無い走りに仕上げたものだと貴方は驚きを隠せません。

 

 いったい誰がメジロライアンの中に潜んでいた野生を目覚めさせたのだろうか。中央トレセン学園でトップクラスの常識ウマ娘で真面目な彼女に優等生の仮面を外させることは一朝一夕で実行できるものではありません。

 自分などつい最近もヘイトを稼ぐために煽りに煽っていただけだというのに……と、貴方は姿の見えない導き手の手腕に感服しているようです。

 

 

 ちなみに貴方が行った煽りとは“メジロらしさとはなにか、格好や言動を改めるべきだろうか”と悩むメジロライアンに「お前にとってメジロの誇りは見てくれを整えればそれで完結するものなのか? てっきり『私が駆け抜けた道こそがメジロそのものだ』ぐらいの気概を走りで証明してくれるものだと思い込んでいたよ」とニヤニヤ笑いながら発言するというものでした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 メイクデビューは終わりましたが貴方の悪役ムーヴを兼ねたレース満喫の1日はまだ終わっていません。せっかくレース場まで足を運んだのですから、全てのレースをしっかり堪能してから帰らなければもったいないというものです。

 ほかのレースに出走する顔見知りのウマ娘たちを冷やかすために控え室を訪ねては逆に服装のことで弄られたりと一進一退の攻防を繰り広げつつ、貴方はレースの合間に小腹でも満たそうかと屋台などを眺めながら歩いています。

 

「お、見てみなよトレ公。台湾ラーメンの屋台があるよ。レース場にしちゃなかなか珍しいものが出てるもんで──なんで選べる辛さがアメリカン、ノーマルときて次が天堂地獄なんだい……?」

 

「台湾!? 台湾のラーメンがたべられるの!? ターボもたべてみたい! ちょっと辛そうだけど美味しそうなニオイがするもん! えーっと、どうせなら辛いのだって一番をたべて──」

 

「はいはい、アンタは素直にアメリカンを頼んでおきなよ。あと台湾ラーメンは日本のご当地ラーメンだからね。トレ公、アンタのぶんも頼んでおこうか? 最近は湿気の多い日もあるし、辛いモン食べて気合い入れるってのも悪くないさね。……トレ公?」

 

 

 貴方は外道を我が物顔で闊歩する悪のトレーナーとして活動していますが、それでもウマ娘たちの安全だけは天地神明に誓って守護ると決めています。故に自分の近くにウマ娘がいるときの貴方の警戒能力は、例え光学迷彩や亜空間潜行であろうともそこに悪意が含まれている限り欺くことは不可能です。

 そんな貴方が感知したのは無機質な暴力装置を懐に忍ばせた何者か。悪意の類いは感じられず、しかし適度な緊張感を保つ様子から判断するに護衛任務の類いだろう。それだけの大物がGⅠレースでもないのにレース場にいる。

 

 

 いったい何事だろうかと警戒を続ける貴方の視界にひとりのウマ娘……いえ、ウマ貴婦人が現れました。

 

 

「ごきげんよう。今日はとても良い日和になりましたね。メイクデビューを走るウマ娘たちにとっても……もちろん、ほかのレースを走るウマ娘たちにとっても。そう思いませんか? トレーナーさん」

 

 小腹を満たすどころか油断しようものならハラワタを食い破られそうだ。目の前で微笑む貴婦人から感じる高貴にして剛毅な気配を「なんかよくワカランが正体不明のオモシレー女が出てきた」と楽しみつつ、貴方はまったくですねと帽子を手に取り頭を下げるのでした。

 



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だいたんふてき。

 台湾ラーメンを受け取って喜ぶツインターボをヒシアマゾンがテーブル席へと誘導し、その場に残っているのは貴方とウマ貴婦人のふたりだけとなりました。

 もちろんやや遠くからは護衛の方がこちらの様子をうかがっていますし、特に身を隠しているワケでもないので野次ウマたちはひっそりと聞き耳を立てていますが、別に取っ組み合いの喧嘩をするワケでも無しと貴方は気にしてはいないようです。

 

 会話の内容はここまでのレースの感想についてのみであり、お互いに相手の懐を探るような会話は一切ありません。

 たまたまレース場で知り合い、その日のレースの話で盛り上がる。そうした光景はそこまで珍しいものではなく、レースを通じたコミュニケーションはこの世界では子どもの頃から誰もが慣れ親しんだものでしょう。

 

 

 ですが、ウマ貴婦人の目的がただの雑談ではないことを見抜けない貴方ではありません。相変わらず敵意などは感じませんが、こちらを見定める……あるいは、値踏みをするような気配。そうしたものを相手は隠そうともせず堂々としていますので、これに気付くなというほうがムリというものです。

 もっとも、貴方が品定め気分で話しかけられた程度のことで動揺することはありません。何故なら中央トレセン学園から追放されるために極悪非道な守銭奴トレーナーとして貴方は活動していますので、侮られるのも軽んじられるのも心の底から大歓迎したいぐらいだからです。

 

 話の内容がメイクデビューで勝利したウマ娘たち……メジロライアン、アイネスフウジン、アグネスタキオンの話題になったところでウマ貴婦人の動きに変化が現れました。

 要約すると、ほかのふたりに関してはともかくメジロライアンの走りは名家のウマ娘としてあまり褒められたものではないとやや批判的な評価をウマ貴婦人は下したようです。

 

 ウマ娘の本気の走りにケチを付けるとは何様のつもりか、と普段の貴方であれば怒りゲージが蓄積したかもしれません。しかし、悪役トレーナーとして他者の感情の揺れを完璧に把握して活動してきた実績は言葉の裏側にある本音を見逃したりはしません。

 

 目の前のウマ貴婦人は、メジロライアンが示した“純粋なる力による勝利”を間違いなく楽しんでいます。後方で脚をため、最終コーナーの入り口からフルパワーで加速して遠心力で広がることに逆らわず大外から直線で全て切り捨てる。この展開はウマ娘のレースを愛する者であれば魅了されるのも当然というものでしょう。

 さらに、メジロライアンの勝ちについて楽しげに話すことから目の前のウマ貴婦人の正体についても貴方はおおよその見当が付いているようです。ここまで露骨に態度で示されたのであれば答えなどひとつしかありません。

 

 そう、このウマ貴婦人の正体は──。

 

 

 

 

 

 

 メジロ家所縁の誰かと仲良しさんな上流階級の誰かなのは確定的に明らか! と、貴方は結論を出しました。

 

 

 

 

 

 

 ここで“メジロライアンのことを楽しそうに話しているからメジロ家の人物、あるいは家族である”などと安易な考え方をするようでは素人そのものです。

 いまごろメジロ家では貴方からトレーナーライセンスを剥奪するための計画が順調に進行していることでしょうから、目の前のウマ貴婦人がメジロ家の関係者であった場合このようにプラスの感情を見せることなどありえません。

 

 どうやらメジロ家は貴方の悪評を無闇に拡げることは良しとしていない様子。おそらくはほかの善良なるトレーナーたちへの風評被害が発生することを懸念したのでしょう。

 存外、名門にしては意気地の無い判断をしたものだ。貴方は思わず笑いそうになっていますが、ならばここは自分がその計画を後押ししてやろうじゃないかと策を考え始めます。

 

 如何にしてこのウマ貴婦人からヘイトを買うべきかと頭を回転させ始めたところ、話題はメジロ家の大目標である天皇賞のものとなりました。

 メジロ家と繋がりがあることは確実ですので、天皇賞について話すことはなにも不自然ではありません。期待を背負うメジロライアンは天皇賞を勝てるだろうかという質問が出るのも自然な流れではありますが……それを貴方に問うのは致命的な判断ミスだと言わなければなりません。

 

 貴方は穏やかに微笑みながらもハッキリとした声で「興味は無い」と告げました。もちろんウマ貴婦人は貴方の返答に対して気配を鋭いものに変化させ叩き付けてきましたが、その程度で撤回するほど軽々しい覚悟で貴方は暴言を口にしているワケではありません。

 まさかトレーナーでありながら天皇賞の価値を理解していないのかと凄まれますが、貴方は怯むことなく、しかしあくまで紳士的に「レースの価値はその瞬間、コースを走ったウマ娘たちだけのモノ。部外者である自分が偉そうに語るなど烏滸がましいにも程がある。勝負の真価は、戦った者たちだけが知っていればそれでいい」と毅然とした態度を崩しません。

 

 

「……なるほど。貴方の考えはよくわかりました。今日のところはこれで失礼しましょう。では──また、いずれ」

 

 

 最後まで気の抜けない相手でしたが、どうにか無事ヘイトを稼いで追い返すことができ貴方は安心しているようです。杖を握る手に嫌な汗の感触がわずかにありますが、少しは歯応えのある敵がいなければゲームは面白くないと前向きに考えることにしたようです。

 未知の強敵に勝利した貴方は、ヒシアマゾンが購入してくれていた焼きうどんとたこ焼きを受け取ると、次のレースが始まる前にと猛ダッシュで観客席へと戻るのでした。




後書きで近況を自慢するのが一部で流行っているらしいので、作者もたまには流行に便乗してみようかと思います。


この投稿は、とある地方の道の駅で揚げたてのコロッケとバナナシェイクを楽しみながら実行しました。


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びふてき。

 アスリートの身体はトレーニングだけで作られるモノではありません。精神も健康でなければ厳しい戦いの中で心を強く保つことは難しいでしょう。

 健全なる精神を維持するためには充分な休息と適度な娯楽、そして栄養価だけではなく美味しさを追求した食事も必要不可欠です。

 

 故に、名門の肩書きを持つウマ娘やトレーナーが『食』というカテゴリーでも他の追随を許さぬこだわりがあるのだろうと想像することは貴方にも可能でした。ですが──。

 

 

「えっと、その……私も急に連絡が来て、あんまり事情が飲み込めていないんですけど……。あ、でも味のほうは期待してくれて大丈夫ですよ! どれもメジロ家と直接取り引きのある生産者の方たちの素材ですから、お肉もお野菜も品質は確かな物ばかりのはずです!」

 

 名門たるメジロ家が食にこだわるのは理解できても、何故そのこだわりの食材が自分のルームに運び込まれているのかはさすがの貴方でも理解できない様子。

 メジロライアンの説明が紛れもなく真実であることは見た目だけでわかります。色艶や形はもちろん、言葉にせずとも伝わってくる生産者たちの“レースを頑張るウマ娘たちに美味しいものを食べさせたい”という真心が込められていることに気付けない者などいるはずがないと貴方は確信しているからです。

 

 

 さて、このメジロ家からの挑戦状。正しく紐解かなければ貴方の追放計画にどのような影響が出るかわかりません。ここは高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変な判断ができるかが問われる場面です。

 トラブルが発生したときこそ焦らず急がず冷静に。問題解決は順番に可能性を消す作業を地道に行うことこそが近道だというのが貴方のスタイルです。まずは食材が劣化しないよう丁寧に片付けるところから始めましょう。

 

 貴方に利する行動をしてしまう不快さよりも食材たちへの敬意と感謝が上回ったのでしょう、片付けそのものはウマ娘たちが協力的かつ積極的に行動してくれたおかげでスムーズに終わりました。

 

 そしてここからが貴方にとって本番です。まずは本来あるべき形──すなわち、担当ウマ娘と担当トレーナーという信頼関係が存在していた場合を仮定します。その場合はこれらの食材を使いメジロライアンに栄養バランスと美味しさが両立した食事を用意してほしいという厚意であると考えても許されたかもしれません。

 ですが貴方はメジロのウマ娘たちにとっては不倶戴天の敵ですからそのような可能性は除外して問題はありません。となると期待や感謝、そして労いといった感情とは逆のモノが込められていると考えるのが妥当です。そこに相手側が勘違いしているであろう貴方だけが知る情報、実は守銭奴としてウマ娘たちを利用しようとしているのは世を欺くための仮の姿であるというヒントが加わることにより推理は完結しました。

 

 

 残念だったなメジロ家よ。俺はトレーナーとして働くつもりなど雀の涙ほどにも考えていないのだ。だから、このような手段で嫌がらせを行うのは無意味でしかない。そう、こうして食材を押し付けることで“キサマ如きがウマ娘たちを指導しようなどと百年早い、異論があるならまずはそれらの食材を駆使してウマ娘たちの食事管理をしてみせろ”などという挑発を行ったところで俺のメンタルが揺るぐことはないのだ。

 

 

 まさに唯一無二! これはラビュリントスの遺跡を超えるほど複雑な頭脳を持つ貴方でなければこの答えにたどり着くことは絶対に不可能だったことでしょう! 

 ここまで見事に謎を溶解したのであれば、かの名探偵エルキュール・ポワロでさえも推理を投げ出してワッフル片手にティータイムを始めてしまうに違いありません。

 

 真実を手にした以上、貴方が取るべき行動はただひとつ。これらの食材を存分に悪用する、ただそれだけのことです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 とある休日のお昼のことです。

 

 たっぷりと水が入った状態で並ぶドラム缶をウマ娘たちが雄叫びをあげながら押している光景を見ながら、貴方は牛肉の塊を鉄板でじっくりと焼き上げる作業を楽しんでいます。

 それはとあるウマドルの育成中のイベントをヒントに思い付いた、いわゆる“貴族の遊び”という高度な煽り行為。ウマ娘たちがドラム缶を押し始めると同時にお肉を焼き始め、1着になったウマ娘から順番に好きなお肉を選んで食べることができるという仁義なき戦いです。

 

 当然ながらゴールが遅れれば遅れるほどお肉が焼け過ぎて美味しさが損なわれますし、全てのステーキがミリグラム単位で同じ大きさに整えられていることを知らないウマ娘たちにしてみればお肉選びは決して譲るワケにはいかないでしょう。

 もっとも、チート転生者である貴方にとって炎を支配し操ることなど複数人の赤子の世話をしながらであっても容易く実行することが可能です。大家族の長兄として両親を手伝いながら弟妹たちの安全を守護ってきた知識と経験は伊達ではないのです。

 

 ちなみに、貴方にも多少の人の心というものがあるらしく、この非公式ステーキステークスの参加にはとある条件を設けています。

 無計画にお肉を食べる行為はアスリートとしては褒められたモノではありません。なので、すでにメイクデビューを果たしたウマ娘はもちろんのこと、担当トレーナーやチーム所属などで健康管理が必要なウマ娘たちの参加は認めていません。

 

 

 転入したばかりで問題なく参加条件を満たしている芦毛の怪物が意気揚々とゼッケンを身に付ける横でS級トレーナーに自ら担当契約を持ちかけたことで戦いの場に立つことすらできず瞳が虚空を映している影をも恐れぬ怪物の姿なども見られますが、とにかく貴方が暗黒微笑を浮かべて楽しく牛肉を焼いていることだけは確かです。




次回はウマ貴婦人視点です。


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『薬毒』

答え合わせの時間。


 我が子のメイクデビューを現地のレース場まで応援に行く。日本中の、いや世界中のトレセン学園に通う娘を持つ親たちが当たり前のように行使する権利でも立場が変われば事情も変わる。

 

 

(落ち着け、落ち着くのだ私。冷静さを失してはならん。メジロの名を持つ者として、いつ如何なるときも取り乱してはならない。それはわかっている、わかっているが……クソッ! なぜ私はメジロなのだッ! ライアンッ! 母はここでしっかりとお前の活躍を見ているぞッ! 頑張れッ! そこだ、まとめて引っこ抜けッ! 遠慮はいらんぞ、全員蹴散らしてしまえッ!!)

 

 

 メジロの一員として相応しい装いにて、拳を振り上げ大声で愛娘へと声援を送りたいという感情を鋼の意思で抑え込むひとりのウマ夫人。思考と表情が1ミリたりとも合致していない佇まいは名門としてのプライドがあるからこそ成せるスキルだろう。

 とはいえ、この女性がここまで昂りを覚えているのにもちゃんと理由があるのだ。我が子メジロライアンの勇姿、長く待ち望んでいた姿をようやく見ることが出来た感動はどれほどのものか。メジロの名を背負う意味を考えるあまり不自由になってしまった走りではなく、ただただ勝利のためにゴールを目指してターフを駆ける。若き日を思い出して脚が疼くほどに、愛娘の逞しく勇ましい姿は母親の心に希望と喜びの火を灯していた。

 

 

 あぁ、まったく。ライアンから日本ダービーを走るつもりだと連絡を受けた日のことが懐かしく思えるぐらいだ。学友のアイネスフウジンがダービーを目指すと知り、だからこそ本気で勝負を挑むつもりだと聞かされたときなど思考が停止してしまったものだ。

 かつての我が子であればそのようなセリフは出てこなかった、学友に遠慮してなにかしらの言い訳を──それこそ、メジロの悲願は天皇賞にあることを理由に回避するぐらいのことをしていたハズだ。それがこうまでも眼差しに闘志を宿して走るようになるとは。

 

 

 生真面目なメジロライアンに対し、迂闊に「メジロの名で自分を追い込むな」とは言えなかった。自分に自信を持てずにいる娘が母親からそのようなことを言われれば、失望されたと勘違いして余計に追い詰める結果になる可能性もあったからだ。

 しかし、だからといって……ここまで堂々と開き直った走りをされると、それはそれでメジロの者として悩ましくもあるなとウマ夫人は苦笑いをしたくなる気分でもあった。きっと、いや確実に。レース中のメジロライアンの心には名家としての矜持など存在しない。渇望のままに、餓えた獣の狩りのように、勝利という自身を成長させる最高の糧を獲るべく走っている。

 

 

(ライアンをここまで進化させてくれたことには感謝しているが……やはり1度、対話を試みるべきか? メジロの名を利用する意図が無いことぐらいは分かるが、だとしてもイレギュラーな存在であるのも事実だ)

 

 トレーナーとして類い希なる高い能力を持ちながら、頑なにウマ娘たちとの担当契約を拒む。

 

 かと思えば、迷えるウマ娘たちに暗闇の荒野へと踏み出すための勇気を惜しみ無く与える。

 

 まさに“薬も過ぎれば毒となる”とは件のトレーナーのためにあるような言葉だ。彼の活躍により救われたウマ娘もいるだろうが、余りにも現状の秩序を無視した手法は劇毒でもある。そして残念ながら案の定“メジロのおばあ様”ことメジロ家の現当主に彼の行動を制限しようという意思は存在しない。

 本来であれば秩序を守護る側であるはずなのだが、未だに中央トレセン学園で現役を続けている旧時代の怪物から得られたなんらかの情報がずいぶんと琴線に触れたらしい。まずはメジロライアンがどのようにトゥインクル・シリーズを走るのか見定めようではないかとの御言葉である。

 

 故に、当主の方針に従うのであれば迂闊に接触するべきではない。だがしかし、自分はメジロライアンの母親であり、彼はメジロライアンのことを最も詳しく理解しているトレーナーである。

 そう、メジロとしてではなく娘の話を聞きたいというどこにでもいる母親としての行動であればなにも問題はないのだ。ちょっと偶然レースの合間にちょっと偶然監視していた部下からの報告で行動を把握しちょっと偶然フードコートで出会うだけなのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「メイクデビューの勝者は誰もが素晴らしい走りをしていました。ですが、ひとり。そう……メジロ家のウマ娘、メジロライアンの走りはあまり褒められたモノではありませんね。名門としての品位が欠けていたように思います」

 

「そうですね、貴女の仰る通りです。今日のライアンの走りは名門の令嬢として見るのであれば相応しいとは言い難い走りだったかもしれません。まったく、困った走り方を教えた者がトレセン学園にいるようで」

 

「あら、意外ね。トレーナーという立場であればレースに勝てるウマ娘のことを高く評価するものだとばかり思ってましたが。自分が担当する愛バが負けてしまった、といった事情があるならば別でしょうけども」

 

「もちろんライアンのことは高く評価していますよ。彼女の能力であればGⅠレースでも充分勝ちを狙えるでしょう。ですが、彼女は“メジロのウマ娘”ですから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思いませんか?」

 

 

 訂正。劇毒よりも毒蛇のほうが適切である。知恵の果実を与えるところに悪意が無いのが幸いであり、これ以上無いほどに厄介だ。

 

 

「さて、その質問に対しての返答はなかなか難しいものですね。貴方の意見に同意してしまえば、名門以外のウマ娘たちの努力を否定することに繋がりかねませんので。トレーナーの皆さんも、名誉だけを求めてスカウトするワケではないでしょう?」

 

「そうですね、トレーナーがウマ娘に求めるものが名誉だけということはないかもしれません。そうでなければライアンも引く手数多だったはずですから。メジロの肩書き、ターフを抉るほど力強い末脚。本当に、どうしてスカウトされなかったのか不思議で仕方がない。もしかしたら天皇賞という目標にトレーナー側が怖じ気づいた、なんて可能性も無いとは言い切れませんね」

 

「それは……あの子では天皇賞を勝つことはできないと、そう仰りたいのですか? ライアンではメジロの期待に応えることができないと。だから、トレーナーたちはあの子をスカウトすることを躊躇ったのだと」

 

「さぁ? 私にはわかりませんよ、そんなこと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──なんだと」

 

 

 

 

「トレーナー、あの女の人とすごく楽しそうにお話してるもん! なんだろ、さっきまでのレースのことで盛り上がってるのかな? う~、ちょっと気になるけど」

 

「ターボ、ホラ見てごらん。あの屋台うなぎの蒲焼きおにぎりだってさ。アンタもひとつ食べてみるかい?」

 

「うなぎ! うなぎの蒲焼き! おいしそうッ! 食べてみたいッ!」

 

 

 

 

「私が楽しみにしているのは、あくまでライアンの走りだけでしてね。メジロ家が掲げる天皇賞への想いなんてどうでもいいんですよ。知る必要もなければ知りたいとも思わない」

 

「メジロ家が天皇賞の勝利を悲願としていることを知りながら興味が無いと。ライアンであればGⅠレースでも勝てると、あの子の走りを楽しみだと言っておきながら、それでも興味が無いと言うのか。自由な走りを取り戻してもライアンとてメジロのウマ娘だと理解しているだろう」

 

「それがどうした。ライアンが天皇賞に挑むのであればそれは彼女自身が望むからだ。メジロの悲願、確かにライアンの性格であれば期待を背負うこともするだろう。だがレースの価値を、勝利の意味を定めることができるのはその瞬間コースを走っていたウマ娘たちだけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……勝負の真価は、戦った者たちだけが知っていればそれでいいじゃないですか。大丈夫です、これからライアンが残す蹄跡には必ずメジロの誇りが現れますよ。必ずね。なにせ彼女は“メジロライアン”ですから」

 

 

 訂正。これは毒蛇などという可愛らしいモノではない、この青年は悪魔と言っても過言ではない。語る言葉に込められた自信が、信念が、あるいは確信が。とにかくウマ娘を信じるというトレーナーに最も必要である要素が──あるいは、ウマ娘がトレーナーに最も必要とする要素が桁違いに強すぎる。

 間違いない、最早間違えようがない。全てはこのひとりの悪魔がウマ娘たちを狂わせたのだ。本来であればレースを走ることさえ叶わなかったであろうウマ娘たちを、三女神でさえ取り零してしまったウマ娘たちをお人好しの悪魔がまとめて救い上げてしまったのだ。

 

 気がつけば、周囲で聞き耳を立てていたウマ娘たちの視線がこちらに集まっている。誰もが彼の言葉を聞いて、困ったように笑って──いや、よく見たらひとりだけ食事に夢中なままだが──とにかく、特別心が動いた様子もなく「またやってるよ」と言わんばかりに呆れていた。

 

 

 面白い。

 

 

 まさか、中央トレセン学園がこれほど面白いことになっているとは想像もしなかった。

 

 

 メジロ家の事情を知り、その上でメジロライアンがレースを存分に走ることを望むのであれば()()()()()()()()()()()()()()と堂々と断言するほど徹頭徹尾ウマ娘のために動くトレーナー。

 そんなトレーナーの存在を当たり前のものとして受け入れているウマ娘たち。ミスターシービーのメイクデビュー以来担当不在のウマ娘たちの走りが注目されるようになってきたが、そんなものはまだまだ氷山の一角に過ぎなかった。本当に大変なことになるのはこれからだ。

 

 

「……なるほど。貴方の考えはよくわかりました。今日のところはこれで失礼しましょう。では──また、いずれ」

 

 

 これ以上の対話は必要ないと判断し、ウマ夫人は優雅に一礼して中央の悪魔に背を向けた。我が子メジロライアンはすでに手遅れであり、そしてなにも心配する必要などない。ただ、トゥインクル・シリーズをどのように駆け抜けるのかを楽しみにしていればそれでいいのだ。

 それで仮に天皇賞を逃すことになったとしても、あのトレーナーが側にいて尚敗北するのであれば誰が担当したところで勝ち目など皆無である。まぁ、ある意味ではあのトレーナーが原因となり敗北する未来もあり得るが。同期か、それとも先にデビューした者たちか、真剣勝負を楽しむためのライバルに恵まれているのは確かである。

 

 

(さて、おばあ様にはなんと報告したものか。ライアンの走りで見定めるという意見には改めて賛成するとして……そうだな、子どもたちのレースを親が邪魔するものではないと説教されたことはちゃんと伝えなければなるまい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう進言するとしよう)




Q,遅かったじゃないか。

A,ロマ○ガ3とボーダーラ○ズと風来のシ○ンやってました。レアアイテム集めはたのスィーです。


続きは人々がコタツで食べるアイスの危険性に気がついたら、次の登場ウマ娘はエアシャカールになります。


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ひやし。

幼いころ、コタツの掛け布団に赤いきつねをぶちまけてからコタツでの飲食は控えるようにしました。

その数年後、プレステにサッポロ一番をぶちまけてからゲーム中の飲食も控えるようにしました。

つまりアイスならなにも問題はないということ。これぞ発想の逆転!


「シャカールさん見てください~、ちゃんとキレイに盛り付けることができました~! マヨネーズもわさびやからしが混ざっているものじゃないですし、紅ショウガも可愛く乗せられましたよ~!」

 

「……チッ。一瞬でもちゃんと成長してるじゃねェかと感心しちまったあたり、オレもだいぶ毒されてンな」

 

「うむ、肉だ。これは美味い肉だ。如何にも肉という肉だ。こういうのでいいんだ、こういうので。やはり肉は良いものだ」

 

「うんうん! ブライアンさんの冷やし中華、とぉ~ってもマーベラスだね☆」

 

「すっごーい! チャーシューがお山みたいになってるのに、ぜんぜん崩れないね!」

 

 

 夏の盛りを終えて食す冷やし中華もまた一興なり。あえて季節を微妙に外して夏の食材を楽しむという無粋極まりない行為ですが、悪のトレーナーである貴方は一切の罪悪感を持つことなく美味しく麺をすすることが可能です。

 もちろんウマ娘たちがやってきてアクティブ兵糧攻めを強行してくると予測するなど貴方にとっては容易いことなので、予め大量に調理しておくことで自分が食べる分を奪われることを防ぐことに成功しました。これぞまさに頭脳プレー、貴方の右脳だけは常に100パーセント以上の力を発揮しているに違いありません。

 

 とはいえ、今回ばかりはいつものように何故か貴方のルームにウマ娘たちが集まっているこの状況は好都合と言えるでしょう。お酢とからしが効きすぎて涙目になっているマチカネフクキタルとマチカネタンホイザも、金属製の風鈴に興味津々のグラスワンダーに南部鉄器の説明をするキングヘイローも、これから貴方が始める取引に大いに役立ってくれるはずです。

 

 

「胡麻油の抗酸化作用に辛味のカプサイシン、酸味は疲労回復。少なくともカロリーの塊なラーメンを連日食い続けるよりはロジカルではあるな。比較すりゃの話だがよ。まったく、副会長サマとあのトレーナーもご苦労なこったナァ?」

 

 フゥー、と呆れたようにため息をつきながらも食べるラー油を冷やし中華にトッピングし梅干しもそえてバランスよく食事を楽しんでいるエアシャカールが今回の取引相手であり、彼女の目的は貴方が趣味で収集したウマ娘たちのデータにあります。

 もう少し正確に表現しますと、この世界で“スキル”を定義し活用するとすればどのようになるのか興味を抱いた貴方がウマ娘たちの走りを分析し「コーナー加速……こんな感じかな……?」と手探りで研究していた資料の閲覧を望んでいます。

 

 もちろんエアシャカールの性格上、なんの見返りも無しにデータを要求することなどあり得ません。彼女が差し出した対価は『協力』すること、貴方が日頃のんびり楽しく過去の映像記録などもあさって集めた数千人分のウマ娘の走り方のデータの整理を手伝ってくれると言うのです。

 

 実のところ、すでにエアシャカールは現在デビュー済みのウマ娘たちのトレーニングをサポートしながらデータを集めていたらしく、貴方の知らない取引中のウマ娘たちの様子や走り方の変化を把握していました。悪の美学のひとつ“完全なる取り引きの遂行”をより確実なモノとすることを考えるのであれば、エアシャカールが保有するデータはなかなか魅力的でしょう。

 もちろん貴方は悩みました。何故ならトレセン学園を追放されるにあたり、エアシャカールのように感情よりも利益を優先するウマ娘との取り引きはあまり有効ではないからです。トレーニングの自己管理を徹底しているエアシャカールは夜間練習に参加しませんので嫌がらせも行えませんし、時間外トレーニングなどそれこそあり得ませんので愛用のハリセンの出番もありません。

 

 ちなみにナイトコール特別記念の最多勝利ウマ娘はもちろんブッちぎりでサイレンススズカです。彼女を担いで寮まで運んだ貴方の姿にフジキセキが最後にリアクションしたのはいつだったか思い出すのは難しいかもしれません。

 

 それでもエアシャカールの提案を受け入れ、こうしてルームを自由に出入りすることを今さら改めて認めることにしたのはとあるウマ娘が──連日のラーメンというキーワードを口にした時点で勿体ぶる意味はあまり無いように思えますが、とにかくひとりのウマ娘がトレーナーと出会い、トゥインクル・シリーズに挑戦する資格があると親御さんに証明しなければならない状況になったのを知っているからです。

 

 

 クールに悪ぶっているクセに、結局は友人のために行動する。どんなに外面を乱暴に取り繕ったところで精神性が善人では所詮こんなものか。まぁいい、これもウマ娘のレースをより楽しむための布石だ。望み通り互いに利用し合おうじゃないか。もっとも、最終的に利益を総取りするのは真の悪党たる俺だがな。上辺だけのツンデレやクーデレとは違うのだよ。クックック……ッ! 

 

 

 いつものようにマヤノトップガンが聖母の如く慈愛に満ちた「やっぱりこのパターンになったか」といった視線を向けていますが、当然いつものように貴方はそのような外野の反応には興味を示すことなく無意味にドヤ顔を披露していました。




冷やし中華のカラシは使わない派の作者です。


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ためし。

 貴方のルームで許可なく自由に寛いでいたウマ娘たちと、貴方が呼んでもいないのに勝手に集まってきたウマ娘たちを交えて、さっそくスキルの実験開始……とはなりません。

 

 スキルの実験そのものに問題はありません。何故なら貴方が作成した『なんちゃってスキル本』の利用はデビュー済みの夜間練習ウマ娘たちがすでに実行しているからです。

 勝利のために日々トレーニングに励むウマ娘たちにも休息が必要なのは説明など不要なほど当たり前の事実です。そんな彼女たちにとっては、貴方が思い付きで書き綴った文章でも気分転換の息抜き程度には役に立ったのでしょう。薄皮を1枚1枚張り重ねるような速度ではありましたが、ウマ娘たちの走りはしっかりと進化していました。

 

 

 ならばなにが問題なのか、それは集まってきたウマ娘たちがそれぞれ理解しやすい指示が絶妙に噛み合っていないことです。

 

 

 夜間練習組に関しては興味を示したウマ娘に対して適当に脚質や本人の性格、勝ちたいレースや好みの蹄鉄シューズのメーカーなどに合わせてオススメしていただけでした。なので、こうしてまともにウマ娘たちに指示を出すのは貴方も初めての試みなのです。

 とりあえずメインの取り引き相手であるエアシャカールには理詰めで、フジキセキには演劇のセリフなどを引用して、トーセンジョーダンやダイタクヘリオスにはノリと勢いで、ヒシアマゾンには擬音などを交えつつ、ナカヤマフェスタにはポーカーに例えながら、シリウスシンボリはなんか面倒だったのでトウカイテイオーを押し付けて、マチカネフクキタルからは余計な開運グッズを取り上げ、サイレンススズカには設定されたゴールを通り過ぎたらちゃんと速度を落として止まるように指示してみることにしました。

 

 なお、今回の実験にはミスターシービーやマルゼンスキーはもちろんのこと、シンボリルドルフを始めとする貴方と関連性の薄いGⅠウマ娘たちも興味を示してレース場へとやってきました。

 しかし、これはトレーニングのための試験的な模擬レースだと説明したにも関わらず自分たちも走ってみるかと覇気を垂れ流して無意味にウマ娘たちを威圧したため、問答無用で貴方が相棒のハリセン『池田鬼神丸國重ちー』の峰打ちで全員黙らせてターフに正座させています。

 

 トゥインクル・シリーズの主役たるスターウマ娘たちを暴力で支配する姿を見た新入生のウマ娘たちや新人トレーナーたちは唖然としており、この想定外のヘイト稼ぎにはさすがの貴方もニッコリといった様子。

 観客席ではどういうワケかナリタブライアンの担当である老トレーナーが腹を抱えてゲラゲラと笑っていますが、そちらはよくわからないので貴方としては干渉する意思はないようです。

 

 

 さて、多少手間取りましたが準備は完了しました。コースはもちろん芝、距離は2400で左回り、そしてフルゲート18人と日本ダービーを意識した設定となっています。

 やはりウマ娘たちにとっては特別な思い入れがあるのか、いつもニコニコしているアイネスフウジンやウイニングチケットも大したイケメンぶりでウォーミングアップを入念に行っているようです。

 

 

「たまに勘違いしてるヤツがいるが、感情の触れ幅……いわゆるテンションの影響だって貴重なデータだ。チケットやジョーダン辺りをナメてる()()ベテランのトレーナー連中もいるが、いまのアイツらの上振れしたときの走りはハッキリ言って勝ちのビジョンがゼンゼン見えねェ。まったく、どっかの誰かのせいでバケモンが量産されてたまんねェぜ。なァ?」

 

 エアシャカールから知らされた情報に、ちゃんとあのふたりの秘めたる実力に気がついているトレーナーがいるのかと貴方は感心しています。

 たまにビワハヤヒデからの依頼でウイニングチケットのトレーニングを手伝ったり、爪が割れやすいトーセンジョーダンの負担を減らすための工夫を考えてケアしたりなどをしていますが、自分の知らない間に頼れるトレーナーを見つけることができたのであれば、貴方も安心して彼女たちのメイクデビューを楽しみに待つことができるというものです。

 

「チッ。他人事だと思って気楽に笑いやがって。コッチは既存のデータの大半が使えなくなって集めるとっからやり直しだってのによ。ま、テメェの“取り引き”とやらのおかげで新しい走りのデータ集めにゃそれほど苦労しなくて済みそうだが……よく考えたらマッチポンプもいいとこじゃねェか……ったく。オイ、ちゃんとオレのデータも取っとけよ。自分の走りを外側から見て客観的に評価するってプロセスは重要なんだからよ。テメェに言ってもワカらねェかもしれねェがな」

 

 怒りとも苛立ちとも微妙に違うような雰囲気に感じないこともありませんが、ともかくエアシャカールのロジックになんらかのトラブルが発生していることだけは伝わってきました。

 そのストレスの矛先が自分へ向けられるのは大歓迎なのですが、悪役トレーナーとして常に真摯でありたい貴方としては因果関係を把握して継続的にヘイトを稼げる状態にしたいところです。

 

 とりあえず件のロイヤルウマ娘と新人トレーナーの担当契約試験が始まるまでは時間的に余裕があるはず。それまでにエアシャカールには新しいロジックを組み立てて走りを進化してもらい、そのノウハウを是非とも友人へ伝えてもらう。

 その過程で追放のヒントを見つけるチャンスはいくらでもあるだろう。何故なら自分のような日々の貴重な時間を無意味に浪費して無駄飯を食べているようなトレーナーはエアシャカールにしてみれば“ロジカルではない”無価値な存在なのだから、むしろ一切余計な行動をしなくとも勝手に苛立ちは募ることだろう。もちろんそのような怠惰は悪の美学に反するので積極的に策を弄するつもりだが。

 

 

 そこまで考えた貴方は頭を切り替えて目の前の実験レースに意識を戻しました。先のことばかりを考えていまやるべきことを蔑ろにするなど貴方の嫌う慢心そのもの、捕らぬ狸の皮算用など言語道断なのです。

 まずはしっかりデータを集めることを優先すべし。気合いを入れ直してカメラを構えた貴方は──追放やヘイトコントロールに使えるかどうかはともかくトウカイテイオーにウザ絡みをされて騒いでいるシリウスシンボリの姿が愉快だったのでバッチリ映像記録を残すことにしました。




主人公に担がれたままドヤ顔で運ばれるサイレンススズカの姿を特に騒ぐことなく当たり前に受け入れているフジキセキの姿に驚くヒシアマゾン概念。

効果音は『ボフーン』とか『ガビーン』などがよく似合うことでしょう。


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なかよし。

 アプリでは取得してしまえばレースの状況に応じて賢さで発動するスキルですが、もちろんこの世界ではそのような単純な話ではありません。

 

 コーナーを速度を維持したまま走ることができるウマ娘たちの特徴はどんなものか、直線での加速力に優れたウマ娘の走りにはどのような癖があるか、そうしたデータを丁寧に集めて共通点を探る作業を地道に続けることでようやく『手がかり』を見つけることができます。

 当然そこから先はウマ娘たちの努力次第です。ハウツー本を読んだだけで技術をマスターできるようなご都合主義など存在しませんので、繰り返し繰り返しコースを走り少しずつ経験値を蓄積しなければ成長することはできません。走りに対する迷いを減らすことは可能でしょうが、結局は自分で選び自分で歩き出さなければ意味がないのです。

 

 

 もっとも、貴方にとってはただの趣味でしかありませんのでウマ娘たちがこれらの本を読んでどのように感じるかなど全く気にしていません。読みたければ勝手に読めばいいと思っていますし、テーブルに出しっぱなしにせずちゃんと片付けさえすれば文句も言いません。

 しかし、趣味だからこそこだわりたくなるのがサガというものです。今回の実験レースで集めたデータもしっかり整理してヒントを見つけ出す作業を楽しむハズでしたが……。

 

 

「待ちたまえよシャカール君。そのデータはこちらにカテゴリーするべき案件だろう? 代わりにコレとコレをそちらのファイルにまとめるべきだ」

 

「あぁン? なにバカなこと言ってやがる。どう考えてもコイツはこっちで正解だろうが。むしろソレを別々に分けるとか、テメェ正気か?」

 

 

 映像記録を元に様々なデータを書き出して文章化した貴方ですが、そこから先の作業をアグネスタキオンとエアシャカールが和気あいあいと楽しんでしまっているためやることがありません。

 まさかこのような形で意趣返しをされるとは。取り引きとして手伝いを申し出ておきながら人の楽しみを横取りする、なかなかの策士ぶりだと貴方も良い意味で驚いています。

 

 先手を奪われたものの、この程度で動揺するようでは悪のカリスマを名乗る資格はありません。貴方は冷静に手札の中から使えそうな作戦を選ぶことにしました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「っていうか、クッキー作りでこんだけアガったのどんだけ久しぶりだってハナシな! アイシングクッキー自分で作んの初めてだけどさ、これマジあたしのためにあるスイーツじゃね? どーよ、このネイルで鍛えたあたしのゲージュツ力!」

 

 いつものように焼きそばのソースの香りで集中力を乱そうとした貴方ですが、遠い目をした未来の女帝がボソリと「差し入れはできれば麺類以外にしてくれ……」と呟いた姿があまりにも哀愁に満ちていたため急遽お菓子へと変更することにしました。

 粉糖と卵白で自由にデコレーションできるアイシングクッキーはウマ娘たちの興味を惹き付けるには充分な効果を発揮してくれたようで、トーセンジョーダンが手掛けた店売り顔負けのクオリティーに拍手喝采で盛り上がっています。

 

 それでもしばらくの間エアシャカールは休憩にはまだ早いと素っ気ない態度を続けていました。しかしアグネスタキオンがげっ歯類の如くほっぺたが膨らむほどボリボリ食べる音が耳障りだったのか、ついには諦めたらしく軽く舌打ちをしてから貴方の差し出したコーヒーを受け取ることにしたようです。

 

 

「ほふひへはひゃひゃーりゅふん、ふぁひんふんほへふほはほーはっへふんひゃい?」

 

「汚ねェしナニ言ってるかわかんねェよ。食うか話すかどっちかにしやがれ」

 

「はぐはぐはぐはぐ」

 

「テメェ」

 

「ファインのメイクデビューに向けたテストがどーなってるのか教えろと言っているのだ。タキオンじゃなくてもみんな気にしてるぞ? ほんとうは走らないって約束なのはだれでも知ってるのだ」

 

「あぁン? 本人に直接聞きゃいいだろうがそんなモン。そこでグッタリしてる副会長サマだって併走に付き合ってンだろ?」

 

「そのあとのラーメンもセットでな……。常に立場を気にしていたあのファインが走る楽しさを知り、初めてワガママらしいことを言えたのだと思うと断るのも気が引けるというか」

 

「いや~、あたしもラーメンは好きだけど、さすがにあの頻度はきちーわ。んで、実際のところどーなん?」

 

「……悪くはねェ。あとはタイムリミットと課題の内容次第だ」

 

「さすがに達成できないような無理難題は出されないとは思うが、立場を考えればそれなりに厳しい条件をクリアしなければ出走は認められんだろう」

 

 

 なんという偶然。アグネスタキオンとエアシャカールの邪魔をしていたら幸運にもファインモーションの情報を得ることができました。

 しかし話を聞く限りでは順調とは言い難い状況のようです。アプリではキャラクターストーリー四話でメイクデビューまでの準備が完了しますが、やはりそのようなご都合主義的展開がその辺りに転がっていたりはしないようです。

 

 となれば、貴方が取るべき行動はただ一つ。一騎当千常勝不敗の巧みな話術でエアシャカールを誘導し、ファインモーションと担当トレーナーの成長を陰ながら支援するべし。

 例えどこかのタイミングで企みがバレてしまっても、ウマ娘を私利私欲のために利用したという事実が反感を買う完璧な作戦です。これは実に見事な隙を生じぬ二段構え、行き当たりバッタリ斎の志士名は貴方にこそ相応しいでしょう。

 

 

 

 

「見たまえよシャカール君。トレーナーくんがまたいつものように悪い顔をしているねぇ」

 

「たまに思うが、理事長もよくまぁアイツを採用しようと判断したもンだな」



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もやし。

 東京優駿にて、アグネスフライトにハナ差わずか7センチメートル届かなかったエアシャカールですが、それでもホープフルステークス、皐月賞、菊花賞を勝鞍とする確かな成績を残しています。

 将来必ず重賞を勝利するだろうが、非常に気性が激しくとにかく真っ直ぐ走らない。この評価から論理的思考を得意とするキャラクターとして誕生した経緯は不明ですが、もしかしたら「スペシャルウィークをこぢんまりさせた感じ」という鞍上の言葉により気性難が希釈されたのかもしれません。アニメの主人公は偉大ですね! 

 

 

 そして、そんなエアシャカールの行動を貴方はコントロールしようというのですから、これまでとは違い慎重な判断と迅速な行動が求められることになるでしょう。

 少なくともタイキシャトルやエルコンドルパサーなどにするように、額へ目掛けてロリポップキャンディーを射出してイタズラを阻止するのとはワケが違います。

 

 

 

 

「やぁトレーナー! タキオンからまた新しい悪巧みをしていると聞いてね、面白そうだったからちゃんと邪魔しに来たよ」

 

 ニコニコと笑顔で妨害宣言をするあたり、最初期の取り引き相手として圧倒的な貫禄を見せ付ける姿は流石ラスボス系ウマ娘です。

 昨年は菊花賞で張り切り過ぎて回避してしまったぶん今年こそジャパンカップで派手に暴れてやる。そう意気込んでトレーニングしていることは当然把握していましたが、わざわざ空いた時間で自分の監視にやってくる程度には気持ちに余裕があると知れたのは好都合かもしれません。

 

「それで? 今回のターゲットはシャカールなんだね。うんうん、いまの彼女の走りはちょっと整い過ぎてるし、いじったら楽しいことになりそうだっていうのはわかるよ。そうだねぇ……吹奏楽団のコンクールを否定するつもりはないけれど、学園祭のバンドのほうが好みかな。雑味だって立派な個性のひとつだよ。ま、トレーナー相手にこんなこと言うのは釈迦に説法もいいところだろうけど。キミはどう思う? シャカール」

 

「勝手に言ってろ。オレはタキオンみてェに不確定要素をわざわざ取り込もうなんてしねェよ。アイツは加算で勝率を高める方向でプランを組んでるが、オレのプランは減算方式なンでな。テメェで抱えた選択肢の多さに惑わされる、なンてのはアホのやることだ。つーことでよ、ご多忙のトレーナーサマにご指導頂かなきゃならねェほどフラフラしちゃいねェんだ。目標とするレースも決まってンでな」

 

 トレーニングに一区切りついたのでしょう、いつの間にか目の前に現れたエアシャカールがニヤリと笑いながら貴方に視線を合わせます。どこか余裕のある態度は実に彼女らしいとも言えますが、貴方は自分がイメージするエアシャカールというウマ娘とは微妙に印象がズレているように感じてしまいました。

 はて、この違和感の正体はなんだろうか? ほんの数瞬ほど悩んだ貴方でしたが、目の前のエアシャカールはアプリで描かれるようなギラギラした雰囲気をまとっていないことに気がつきます。

 

 

 知力と閃きに定評のある貴方は当然ながらその理由を即座に察することが可能です。そう、この世界のエアシャカールは、すでに勝利を掴みとるまでのロジックが完成しているかもしれないのです。

 

 

 様々なウマ娘たちがいつの間にか素晴らしい走りを身につけている現状で、エアシャカールだけが停滞している理由がありません。自力でたどり着いたのか、それとも誰かの影響を受けたのかまではさすがの貴方でも見抜くことは難しいようです。

 できることなら信頼できるトレーナーを見つけていて欲しいと願っているようですが、アプリの性格に近いのであればウマ娘に対して明確なビジョンを持つ者でなければ彼女の興味を引くことすら難しいだろうと思っています。

 

 それはそれとして、まだエアシャカールに付け入る隙が無くなったと確定したワケではありません。貴方は確認の意味で「7センチを差し切るプランは完成したのか?」と声をかけました。するとどうでしょう、エアシャカールが眉をひそめて「テメェはナニ言ってやがンだ?」と言いたげな視線を向けてくるではありませんか。

 こうなってしまってはさすがの貴方でも打つ手が無いと諦めるしかないようです。彼女の態度はつまり“分かりきっていることをわざわざ確認するなんてロジカルではない”と言っているようなもの。言外に込められた意思を汲み取るなど悪のカリスマを目指す貴方にとって厳重に封印されていた正体不明の古代の武器を手に入れたボスキャラが主人公チームを圧倒するように容易いことなのです。

 

 予定変更、これはアプローチの方法を変更する必要がある。そう考えた貴方はその場を立ち去ろうとしましたが、状況をあまり理解できていない様子のミスターシービーが7センチとはなんのことなのかと質問してきました。

 ここは当然無言で無視するべき場面かもしれませんが、失敗を引き摺ることなく常に未来へ向けて歩き続ける貴方の頭の中は次なる追放計画のためにフル回転している最中です。なのでついうっかり「エアシャカールが三冠ウマ娘になるために必要な距離」と答えてしまいましたが、すでに終わった出来事についての言及ですので特に影響はないでしょう。




次回はシャカール視点です。


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『不惑の星』

答え合わせかこれ? の時間。


 デビュー前の自分よりは充分強いが、おそらく大多数のファンの記憶には残らない走り。それが併走相手の先輩ウマ娘に対してエアシャカールが感じた正直な感想である。

 

 

 マイルと中距離で1回ずつ、GⅢレースを2勝しているだけでも実績としてはそれなりのはずだが、話題性ではどうしてもGⅠレースで活躍するウマ娘たちのほうが上である。シンボリやメジロのような名家出身、あるいは親がGⅠウマ娘、もしくは担当トレーナーの育成評価が高いか肩書きが豪華であればメイクデビュー前から注目されることもあるが。

 事実エアシャカールも彼の挑発により好奇心が疼いていなければ気がつかなかっただろう。差し・追い込みを得意とする──否、()()()()()()()()()()()()()()ウマ娘たちの映像記録を分析しているときに偶然発見することができた先輩ウマ娘の強さには。

 

 最初の直線もそれなりに参考にはなる。個性的を通り越して珍妙としか言えないようなトレーニングで鍛えられたバランス感覚によるものか、頭の位置にまったくと言っていいほどブレがない。

 だが悲しいかな、それ以外はいたって普通である。いまはまだ追い付けないが、自分がクラシック級を走るころにはスピードもスタミナもパワーでも勝てる自信がある。

 

 

 が、それはあくまでこの直線での話。最初のカーブに脚を踏み入れたその瞬間、前を走る先輩ウマ娘のプレッシャーが桁違いのモノへと変化した。

 

 

 距離のロスを減らすために内ラチの側ギリギリを走る、言葉にするだけなら簡単だが包囲されるリスクも含めレースでこれを実行するのは難しい。

 まして、耳飾りの一部が接触するほど限界までインコースを走ることができるウマ娘となれば、少なくともエアシャカールが知る限りでは目の前を走る先輩ウマ娘ぐらいなものだ。

 

 併走トレーニングだから、ではない。マイルでも中距離でも、右回りも左回りも関係なく、天候が崩れてバ場が荒れていようとも。クラシック級後半から全てのレースで同じような狂気の走りを繰り返している。

 コーナーの走り方だけはちょっとだけ得意かもしれない。そんな言い方をしていたあたり、おそらく本人は無自覚。仮に直線がほぼ存在しないコーナーがメインとなるようなレース場で勝負をすれば、あのマルゼンスキーですら彼女から逃げ切ることは不可能だと断言できるレベルの完成度。

 

 ただし、それはあくまでコーナーだけの話。最終コーナーでまとめて差し切っても、結局は最後の直線で再び差し返される。GⅢレースではそれなりの活躍ができるものの、GⅡレースではギリギリ入着できるかどうか。

 なんともアンバランスな仕上がりだが、彼女にはそれしかなかった。その走り方でしか勝ち目が無かった。スピードもスタミナもパワーも中央トレセン学園では平均以下だった彼女にほかの選択肢など無かったのだ。

 

 幸運だったのは一芸特化に賭けるしかないようなウマ娘を全肯定するバカが中央に在籍していたこと、そしてそんなバカの影響を受けてしまった憐れな若手トレーナーが「オレはキミの走る姿に惚れたんだッ!!」とその場にいた全員が恥ずかしくなるような熱烈なスカウトを仕掛けたことだろう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いや~、まさかボクが後輩ちゃんから併走を頼まれる日が来るとは思わなかったな~。シャカールちゃん、だっけ? どう? ボクの走りからなにかヒントは掴めそうかな?」

 

「……はい、おかげさまで。今日はありがとうございました」

 

「いえいえ、どういたしまして。キミがGⅠレースの舞台で活躍できる日を楽しみに待ってるね!」

 

 

 先輩ウマ娘が立ち去るのを確認したエアシャカールは大きく息を吐き出すとその場に座り込