貴方は中央トレセン学園から追放されることを希望しています。 (はめるん用)
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はじまり。

短めに呟く感じで投稿する予定です。


 貴方はいわゆる“チート能力”を持ってウマ娘の世界に転生した元ウマ娘プレイヤーです。

 

 貴方はこれからチビッ子理事長“秋川やよい”女史が運営する中央トレセン学園で働くことが決定しています。

 

 面接で意図的に落ちるよう「トレーナーになったのは儲かるから。ウマ娘を走らせるだけで大金が手に入るボロい商売」とわざわざ全方位に喧嘩を売ったにも関わらず何故か採用通知が届いたからです。

 貴方はそれを手にしてしばし放心した後ブチ切れました。近隣住民の皆さんの迷惑にならないように心の中で。

 

 

 しかし、同時に貴方は考えました。こんなあからさまに露骨な守銭奴(主観)を雇わなければならないほどトレーナーという仕事は人材不足なのかと。

 

 

 不安になった貴方は服装を整えてトレセン学園に向かうことにしました。

 

 貴方はウマ娘のトレーナーとなり指導するつもりはオグリキャップやスペシャルウィークの食べ残しほどにも持ち合わせていませんが、ウマ娘たちが活躍する様子を見たいという普通の願いは抱いています。なので、もしもトレセン学園でなにか問題が起きているのであれば手っ取り早く解決するのも仕方ないと考えています。

 ウマ娘をスカウトして担当にするのはまっぴらごめんですが、幸いにして貴方はチート転生者です。仮にウマ娘たちを不幸に陥れようとする悪徳なマスコミのひとりやふたりや1社や2社程度であらばメジロマックイーンの前に差し出されたモンブランの如く容易く闇に葬り去ることが可能なのです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 とりあえずトレセン学園の雰囲気は平和そうで貴方は一安心しています。もっとも、周囲の視線は控え目に表現しても不快害虫に対するモノのように負の感情が込められていますが。

 貴方は「これはもしかして?」と希望を持ち聞き耳を立てます。どうやら周囲の人々──学園のスタッフ、トレーナー、そしてウマ娘たちも貴方の守銭奴発言のことは知っているようですね。

 

 

 

 おめでとう! 貴方は無事、トレセン学園の関係者から不信を得ることができました! 

 

 

 

 トレーナールームのカギを渡すときに、あの“駿川たづな”さんですらイヤそうな顔をしていたぐらいです。貴方の評価はマリアナ海溝で発見された文章よりもサルベージは困難でしょう。

 もちろん貴方にとってこの状況は好都合です。ウマ娘たちが存分に輝ける環境であることが確認できればトレセン学園には用はありません。手際よく追放してくれることを期待しましょう。

 

 なお、貴方は自分から辞めるという選択肢については保留しています。こんな悪役トレーナーでも欲するほどガチで人材に餓えているなら多少は手助けしてもいいかなとか甘いことを考えているからです。

 そういう半端な態度が後々になって己の首を絞めることになるのですが、チート能力のせいで慢心しまくっている貴方は呆れるほどに完全に油断しています。三冠ウマ娘を達成した後のジャパンカップを一番人気で◎が3つ並んでるときぐらい慢心しています。

 

 

 つまりは──これから貴方がトレセン学園で過ごす日々は当然の権利のように上手くいかないということです。ウマだけに。




トリプルティアラ達成した後のマイルチャンピオンシップもだいたい敗けてます。

まぁ、作者だけのジンクスだとは思いますが。


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つぎ。

 貴方の最初の仕事は与えられたトレーナールームの掃除をすることです。

 

 前世では一人暮らしであったこと、そもそも貴方は掃除という行為に対してワリと好意的であることから箒とちり取りで武装することに忌避の感情はありません。

 

 これから追放されるまでの間はここを()()()にすることが決まっているので、貴方は気合いを入れて雑巾をしぼり床を拭き掃除しようと机を動かそうとします。

 

 

 そこで、貴方は発見しました。

 

 

 机のはしっこのところに、おそらくは彫刻刀のような何かで彫られたであろう文章です。ウマ娘の名前とそれぞれが志した夢のレースが刻まれています。

 ただ、それらが実現されたかどうかについてはルームの廃退具合が雄弁に知らしめているでしょう。もしもそれらのレースを勝利していたのであれば、それこそアニメに登場していたチームのように大活躍していたに違いないからです。

 

 諸行無常。勝負の世界は弱肉強食なのです。

 

 悪役トレーナーを志す貴方はもちろんこの夢が刻まれた机につばを吐き捨てて蹴り壊すのが最適解なのですが、残念ながらコーヒーゼリーに練乳とホイップクリームとスプレーチョコをトッピングするような甘ちゃんなので保持してしまいます。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 トレーナーとして真面目に働くつもりのない貴方は掃除に集中することができ、1時間ほどでルームはキレイになりました。あとはダラダラと過ごすための環境を整えるだけという状態です。

 ここで貴方は躊躇なくチート能力を活用します。ドリンク類を保存できる小型の冷蔵庫、それなりに座り心地の良いソファー、適度な高さの木製のテーブルなどを謎空間から取り出して並べていきます。

 

 あとはパソコンやテレビ、空調設備などを揃えれば完璧ですが、それらを取り付けることについては貴方は慎重に考えています。何故なら1度に家具を増やしすぎると、万が一に訪問者が現れた場合に不審がられるからです。

 人間性を疑われるぶんにはいくらでもウェルカムな貴方ですが、チート能力の存在を疑われるのだけは避けたいと考えています。もっとも、ひとりやふたりにバレて、誰かに話したとしても本人の頭が疑われるだけなのですが、リスクを恐れるあまり貴方はそんな当たり前のことに気が付いてはいません。ここは慢心とビビりが良い具合に調和していると思い込んでおきましょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 さて、翌日になりました。

 

 貴方は荷物を運び込むフリだけ見せることで、いくつかの家電製品をルームにもたらすことに成功しました。それらはテレビでありパソコンでありゲーム機でもあります。白昼堂々、ほかのトレーナーたちがウマ娘のために心血注いでプランを練り上げているときに遊ぶつもり満々なのです。

 

 素晴らしい! それでこそ悪役トレーナーです! これで選抜レースをビール片手に観戦すれば完璧ですが、残念ながら貴方はアルコールがあまり得意ではありません。

 

 しかし、どうやら貴方のサボタージュ計画は容易く実行されることはないようです。まだ誰とも自己紹介をしていないのにコンコンとノック音がするではありませんか。

 

 いったい何事だろうか? 貴方がそんな疑問を浮かべて反応が遅れている間に扉が開放されてしまいます。さて、来訪者の正体とは──。

 

 

「やぁ、ミスタートレーナー。突然の訪問で申し訳ないんだけど、ちょっと匿ってくれないかな?」

 

 

 選ばれたのは、ミスターシービー(ラスボス)でした。



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さらにつぎ。

 ミスターシービー。

 

 モデルとなった馬は三冠馬を達成した素晴らしい駿馬であり、ウマ娘世界ではあの“シンボリルドルフ”よりも格上っぽい雰囲気を醸し出している描写がチラホラあるラスボス風味の片割れです。もうひとりはもちろんマルゼンスキーのことですね。

 

 彼女が現れたことに対して貴方は困惑しました。当然です、何故なら自由に走ることを愛しているであろうミスターシービーならば、金のためにトレーナーになったと公言した己は視界に収めるのも不快な存在のはずだからです。

 しかし、彼女が入室の際に「匿ってほしい」と言っていたことを考えると無下に扱うことはできません。何事も無かったとしてもどのみち追い払うような真似は基本的にヘタレの貴方にはできないのですが。

 

 ともかく、理由を彼女から聞かなければなりません。もしも不審者が学園内に侵入してミスターシービーに危害を加えようとしているならば、貴方はそれらの脅威を物理的に排除しなければならないからです。

 

 

 

「いやぁ、実はスカウトがしつこくて辟易してしまってね? 私の走りを褒めてくれるのは嬉しいんだけれど、なんというかね。みんな……勝つことばかりしか考えていないのが気になっちゃって」

 

 

 貴方は苦笑いするミスターシービーの様子からおおよその流れを察することができました。

 

 この世界がアニメとアプリのどちらを根幹としているのかは定かではありませんが、ミスターシービーというウマ娘であればレースを楽しむことを大切にしていることでしょう。

 ならば、勝利や栄光や名誉といったモノには基本的には無頓着であるでしょうし、それらを望むトレーナーたちの言葉はあまり耳に入れたくないものであると理解することが可能です。

 

 どうしたものかと貴方は悩みます。どうやらミスターシービーはまだ担当が決まっていないようで、ならばメイクデビューを走ることも叶わないということです。貴方はウマ娘の走る姿は見たいと考えているので、この状況は好ましくありません。

 

 貴方は彼女の説得を試みました。トレーナーの役割についての理解を促し、彼ら彼女らの熱意についてどうにか肯定的に考えてもらおうとなけなしの賢さを無駄遣いすることに躊躇いはありません。

 もちろん貴方の言葉は彼女の心に響きません。それは貴方の信頼度がマラソン大会の一緒にゴールの約束程度にすら値しないこともそうですが、ミスターシービー自身がその辺りの要素を理解した上でどうしても受け入れられずにいるからです。

 

 ウマが合わないのだから仕方ありません。ウマ娘なので。貴方はミスターシービーの説得を諦め、彼女がここを避難場所とすることを認めることにしました。

 貴方には彼女をスカウトする意思はありませんし、彼女もまた事情を考えれば担当を願い出る可能性は皆無でしょう。つまり、貴方の目指せ追放! という計画にはなんの支障もないのです。

 

 しかし、いつまでも居座られるのはさすがの貴方でも居心地がよろしくないようです。貴方は彼女に対し、避難を認める代わりに期限を設定しました。納得のできるトレーナーが見つかるまではと、貴方のルームを利用することを許可してしまったのです。

 この対応は悪役トレーナーとしては無能以外のなにものでもありませんが、チートは使えても頭の具合はなにも成長していない貴方は感謝の言葉を発するミスターシービーに飲み物まで用意してしまいます。

 

 

 さて、ミスターシービーにクソ甘対応した貴方ですが、一応真面目に不真面目なトレーナー生活は実行できています。問題は同じゲーム機のコントローラーをミスターシービーも握っており、ふたりで並んでお菓子にまで手を伸ばしていることですが。

 

 そのような状態が数日も続けばどうなるか? 

 

 

「ねぇトレーナーさん。もしもキミが私の担当だったらどうする? やっぱりクラシック路線での勝利を──三冠ウマ娘を目指すのかな?」

 

 

 こんな質問を投げ掛けられもします。これにどう返答するかは今後の運命に関わるかなり重要な案件なのですが、果たしてゲームに夢中な貴方が正解を選べる確率はどの程度なのでしょうか?



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そんでもって。

 クラシック三冠ウマ娘。

 

 貴方の前世である日本では何頭か存在した、それでも名誉ある称号の三冠馬の価値は語るまでもないでしょう。まして、ウマ娘の世界では現在ふたりしか成し得なかった偉業なのですからなおさらです。

 

 

 ですが残念! 貴方には三冠ウマ娘の正しい価値が理解できていません! 

 

 

 何故なら、ウマ娘というアプリをそこそこ楽しんでいた貴方にとっては“三冠ウマ娘”というものは称号のひとつでしかなく、距離適性という問題さえ解決できればどんなウマ娘でも到達できる頂点だからです。

 しかし、この場合においては貴方の頭が長年放置されたチリビーンズの缶詰めのようにご機嫌な味わいになっていることが良い方向に働くでしょう。名誉を理解できないということは、三冠ウマ娘の称号に金銭的価値のみを求めているという説得力を与えてくれるからです。

 

 もちろん貴方にそんなことを考えるような余裕はありません。対戦形式のパズルゲームでミスターシービーに手玉に取られているのを挽回するのに必死だからです。

 CPU相手に勝ち続け自分を強者と思い込んでいた哀れな子羊が、本物の狼に一方的に狩られている状況に陥り冷静さを欠いている状態です。

 

 

 そんな貴方の返答は「獲るんじゃない?」という実に適当で浅いモノでした。

 

 

 三冠ウマ娘という響きがもはや記号のひとつ程度にしか感じていない貴方にとっては当然の選択なのでしょう。ミスターシービーはもちろん、シンボリルドルフやナリタブライアンについても三冠馬がモデルなので三冠ウマ娘として扱われて当たり前なのです。

 この態度には是非とも称賛の言葉を送らなければなりません。愛すべきおバカとしてプレイヤーたちに認知されていたサクラバクシンオーでも三冠ウマ娘の偉大さは彼女なりに理解していましたが、貴方の認識は間違いなくそのレベルに届いていないのですから。

 

 

 エクセレント! 

 

 貴方は模範的なただのバカです! 

 

 

 これには自由人の代名詞たるミスターシービーも言葉を失ったようです。ここにきてようやく悪役トレーナーらしい行動ができました。この調子でどんどんウマ娘たちから不信を得られるよう頑張りましょう! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇトレーナー、私と取り引きしないかな?」

 

 翌日、なにやらイタズラを思い付いたような含みのある笑顔のミスターシービーがルームにやってきました。

 

 どうやら貴方を虫除けスプレーの代替品として利用するつもりのようです。まともなトレーナーたちのスカウトの熱心さを疎ましく思っている彼女にとっては、どれだけ美辞麗句を並べたところでトレーニングの邪魔でしかないのでしょう。

 貴方はこの提案を受け入れることにしました。トレーナー契約であれば即座に拒否したところですが、取り引きの内容はミスターシービーのトレーニングを近くで見ているだけ。あとは、彼女ひとりではできない事──タイムを計測したり、なにか走りを見て気が付いたことがあればアドバイスをするだけの簡単なお仕事です。その程度であれば断る理由もありません。

 

 そして、何よりも周囲からのヘイトをより効率的に稼げる可能性は悪役トレーナーとして見逃せません。ミスターシービーがルームに遊びに来るようになり、すれ違いざまにほかのトレーナーから舌打ちをされた回数が3桁に届くのも時間の問題となったからです。

 

 貴方は自分自身の追放計画が順調にスタートしていることを確信しながら、未来の三冠ウマ娘と握手を交わしました。




次回はシービー視点です。


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『解けよ封印 呼べよ嵐』

答え合わせの時間。


 面倒なトレーナーたちから匿ってほしい。

 

 それはもちろん嘘ではないが、彼女の目的はほかにもあった。好奇心に正直に生きることを是とするミスターシービーは、噂の守銭奴発言トレーナーのことが気になっていたのだ。

 

 ウマ娘を金儲けの道具であると堂々と宣言したことについて思うところはある。だが実際にトレーナーとして大金を得るためにはウマ娘たちを()()()()()()()()()()()

 視点を変えれば、トレーナーを儲かる仕事だと断言した彼はどんなウマ娘だろうと勝利に導く自信がある──己を一流のトレーナーであると豪語していると見えなくもない。

 

 中央のエリートであることが矜持である他のトレーナーたちとは随分と毛色の違う、実に興味深いトレーナーじゃないか。となれば当然……。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「トレーナー! お邪魔するよ!」

 

「いま誰もいませ~ん」

 

「やぁ! 今日もいい天気だね、そのせいかターフでターボとバクシンオーが汗だくで虫の息になって倒れてたよ」

 

「オゥ誰もいねェつってるのに入ってくんじゃねェよ。あとそのふたりは天気関係ねェだろ。ただの平常運転だろ」

 

「いいじゃないか、どうせ今日もテレビゲームで遊んでたんでしょ? あ、グラスは透明なガラスのヤツでよろしく。ストローは緑色がいいな」

 

「オマエ今度からココ来る前に水がぶ飲みしてこいや。それこそ溺れる勢いで」

 

 ブツブツと文句を言いながらもにんじんジュースを冷蔵庫から取り出して、こちらの希望通りにしっかりと準備をしてくれるトレーナーをソファーに座って眺める。

 トレーナーというものはスーツ姿で隙のない格好をしているものだと思っていたが、彼のようにジャージ姿で活動する者もいるのだなと妙に感心してから数日ほど経つが──いやはや、噂に聞いた極悪非道ぶりは欠片も見当たらないのだからなんとも面白い。仕事をサボって遊んでいるのはまた別問題として、少なくとも困っているウマ娘を助けてくれる程度の倫理観は備えている。

 

 ついでに、お茶とお菓子を出してくれる世話焼きでお人好しな部分も。

 ジュースと一緒にさりげなくチョコレートなど手軽につまめるものが並んでいる。聞きなれないブランドなのでこっそり調べたが、知り合って日の浅いウマ娘相手に出すにしては0がふたつは多いのではないかと驚いたものだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「はい5連鎖。ゴメンよミスタートレーナー、おじゃまぷよのせいでキミの攻撃のターンが潰れてしまったね♪」

 

「バカな……このような結末は……! 私は認めぬゥ~ッ!! いや、オマエなんでゲームまで強いんだよ。文武両道かテメー」

 

「そういうのって、普通はテストの点数とかに使うんじゃないの?」

 

「いいんだよ、娯楽は文化なんだから。勉強だけ仕事だけの人生なんて潤い無さすぎてカサカサした生き方は俺はゴメンだね。乾燥してんのはダートだけで充分だっての」

 

「私はどんなバ場状態でも楽しくレースできればそれで構わないけれどね。さてさて、そろそろ終わりが見えてきたかな?」

 

「ぐ……ッ! まだだ、まだ終わらんよッ!!」

 

 

 彼と過ごす時間をミスターシービーはそれなりに気に入っていた。理由は実に単純なもので、ほかのトレーナーと違い一切の勧誘の言葉が出てこないからだ。

 とはいえ、それはそれで──自分勝手だという自覚はあるものの──面白くないとも思っている。ここまでハッキリと眼中にない態度を取られると、ちょっとだけ自信が揺らぎそうになる。

 金儲けを企んでいるなら強いウマ娘が欲しいはず。そして自分はデビュー前とはいえ三冠ウマ娘も夢じゃないとチヤホヤされている程度には才能がある……らしい。ならばスカウトしたいと考えるのが当然だろうに、目の前のトレーナーにはそういう素振りが全く見られない。

 

(ちょ~っと、試してみようかな?)

 

 世間には『藪をつついて蛇を出す』という言葉があるが、どんな蛇が飛び出してくるのか見てみたいと考えてしまうのがミスターシービーというウマ娘なのである。

 

 

「ねぇトレーナーさん。もしもキミが私の担当だったらどうする? やっぱりクラシック路線での勝利を──三冠ウマ娘を目指すのかな?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なに!? 三冠!? あぁ、獲っとけ獲っとけ! そのほうがオマエらしいからな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「……へぇ」

 

「よし! これで連鎖が──な、バカなッ!? このタイミングでおじゃまぷよが崩れて来るだとッ!?」

 

「トレ~ナ~さ~ん、私、もうちょっと詳しくキミの話を聞きたいなァ~?」

 

「アァッ!? だから三冠ウマ娘獲るって話だろ? いいんじゃねェの! グランプリウマ娘とか天皇賞とか……あとはトリプルティアラか? そーゆーのイロイロあっけど、オマエが獲るなら三冠だべよ!」

 

「それはどうして?」

 

「どうしてェッ!? オマエそんな、イチイチ理由なんざ必要ねェだろ! ()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!」

 

「──あはッ♪」

 

「っしゃぁキタコレッ! フハハハ! 連鎖が起きると元気になるなァ兄弟ィッ!!」

 

「はい相殺。おかわりどうぞ」

 

「オノォォレェェェェッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 おやつを食べながらゲームで遊ぶこと1時間ほど。付近にスカウト狙いのトレーナーの気配が消えていることを確認しながらミスターシービーは廊下を歩いていた。

 

 トレーニングが始まる前に、あるいは終わるのを待って声をかけてくるのはまだマシなほうだ。なかには走っている最中でもお構い無しに呼び止めてくるようなトレーナーもいる。

 特に、GⅠウマ娘を育てたという実績を持つ者は顕著である。エリート揃いの中央トレセン学園の中でも名門と呼ばれるような連中は、各方面への影響力も強くおいそれと無視するワケにもいかず面倒なことこの上ないのだ。

 

 なので、そういう厄介なトレーナーとエンカウントしないよう慎重に歩みを進めるのだが──。

 

 

「……ぷっ。くふっ、くふふ♪ やば、ちょっと堪えきれないかも……ンフッ♪」

 

 

 模擬レースに出走して以来、脚の速さを褒められたことは何度もある。

 

 スタートが綺麗だ、加速力がある、冷静なレース運びだ、コーナーの走りが鋭い、末脚が強力……さまざまな理由を並べられては『だから一緒に勝とう!』と勧誘されてきた。しかし。

 

「いやはやいやはや。さすがの私も“ミスターシービーだから”なんて理由で三冠ウマ娘をオススメされる日がくるとは思わなかったなぁ~」

 

 どう考えても選抜レースにすら出走していないウマ娘に対して言うセリフではない。なのに彼の言葉には一切の迷いが含まれていなかった。

 しかも言い方がトレーナーという立場からは考えられないほど雑で軽いのだから笑わずにはいられない。それはまるで『ハンバーガー頼むならついでにポテトとドリンクも付けるでしょ?』ぐらいの当たり前という雰囲気で『ミスターシービーが走るならついでに三冠ウマ娘も付けるでしょ?』と言われたのだから。

 

 こんなトレーナー、中央トレセン学園内では見たことがない。いや、おそらく日本中探しても見つかりはしないだろう。なんともまぁ愉快なトレーナーがいたものだ。

 

 

 

 だが、それはそれとして──()()()()()()

 

 

 

「うんうん、たしかにキミは優秀な……一流のトレーナーなのかもしれないね。キミが教えてくれるまで、私の中にこんなふうに()()()()()が隠れていたなんて知らなかったよ」

 

 煽てられて乗せられるのは大いに結構。だがその上でスカウトに一切の興味無しという態度を取られるのは少しばかり頭にカチンとくるものがある。お前ならGⅠだって楽勝だと太鼓判を押しておきながらの知らんぷりだ、これを笑って流していては競走バとしての沽券に関わる。

 そういう意味では、彼はたしかにウマ娘のやる気を引き出す名人なのかもしれない。楽しく走ることができればそれでいいかと思っていたが、いまは皐月賞と東京優駿と菊花賞のトロフィーを3つまとめて彼の顔面に叩き付けてやりたくて仕方がないのだから。

 

 

「そうだなぁ……。うん、彼だけがお見通しってのは不公平だよね。ウマ娘にだってトレーナーの能力を試す機会があっても許されるんじゃないかな」

 

 黙っていればいいものをわざわざウマ娘を金儲けの道具だと言い放ってみたり、ろくにスカウトもせずルームでゲームに勤しむとんでもないサボり癖の持ち主。

 普通に考えれば大外れどころでないクズトレーナーなのだが、彼女の本能が囁くのだ。彼と行動すれば絶対に面白くなると。

 

 そもそも、本当に悪人であるならば()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ならば見極めてみようじゃないか。あの全身無礼な態度で、その癖なぜか妙に親しみのある不思議なトレーナーの実力とやらを。

 なに、彼がお人好しな性格をしていることは把握済みだ。あとは頼み方次第でどうとでも動かせるだろう。それでもし彼がトレーナーとして優秀ならば──ウマ娘の勝利を信じて疑わないトレーナーを手放す理由があるなら教えて欲しいぐらいだ。

 

「さて、これからはちょっと忙しく……いや、賑やかになるかな? 悪く思わないでよ()()()()()。私が私らしくあることに理由なんて必要ない、そう言ったのはキミなんだから」




本作の基本的な流れはこんな感じになる……予定です。

(恋愛要素とかは)ないです。


続きは田植えの季節が終わったら、次の登場ウマ娘はトウカイテイオーとなります。


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ふえた。

『田植えの季節は終わっていないが、アイネスガチャの傷が癒えないうちにパーマーガチャが来て腹が立って投稿した。後悔はしているが反省はしていない』


「カヒュ……カヒィ……モ……ムリィ……」

 

「いやぁ、ごめんねテイオー。まさか私もここまで差があるとは思ってなくて」

 

 

 貴方はいまミスターシービーとトウカイテイオーの一騎打ちを見届けたところです。

 

 ミスターシービーとの契約から今日まで、貴方は彼女の立案したトレーニングプランにあれこれと口出ししながら与えられたルームで怠惰な日々を過ごしていました。

 そんな貴方のところにある日突然“トウカイテイオー”が宣戦布告にやって来たのです。正確には貴方のルームに入り浸っていたミスターシービーに対してですが。

 

 いったい何故かと疑問に思っている貴方たちに、トウカイテイオーに同行していた友人であるマヤノトップガンが丁寧に説明してくれました。どうやら彼女は憧れのウマ娘である中央トレセン学園の生徒会長“シンボリルドルフ”の名誉のために挑んできたようです。

 シンボリルドルフといえば三冠ウマ娘の、強いウマ娘の代名詞たる存在ですが、この世界ではまだメイクデビューすら走っていません。それ自体は別になにか含むところがあるワケではないのですが、どうもトレーナーたちの間ではシンボリルドルフよりも先にミスターシービーが三冠ウマ娘になるだろうと話題になっているらしいのです。

 

 貴方にしてみれば順番的にはそうだろうなとしか思いませんが、我らが生徒会長殿を慕うトウカイテイオーには我慢ならなかったようです。

 

 勝負の提案に対しては貴方は一切の口を挟みません。そもそもミスターシービーは貴方の担当ウマ娘ではありませんし、なにより当人同士が納得した上での勝負だからです。貴方がしたことはせいぜいレース前にはしっかりウォーミングアップをして筋肉をほぐし怪我に気を付けるよう言い付け、ほかにターフで練習しているウマ娘たちの迷惑にならないよう注意し、2人に適度に冷えたスポーツ飲料を用意したぐらいのことです。

 

 

 結果は見ての通りでした。

 

 

 担当トレーナーが現れる前に弱体化させるワケにはいかないと、貴方はミスターシービーのトレーニングプランはチート能力を最大限に活用しています。彼女の現在の能力値を分析し、最適なトレーニング方法をいくつか提示して選ばせることでミスターシービーの追い込みの走りはかなり成長しています。

 いくらトウカイテイオーが天才で態度とは裏腹に走ることにもトレーニングにも真摯に向き合っているとはいえ、トレーニング内容の基本は教官たちの万人向けのプランです。ミスターシービーとは大きく差が開いているのも仕方のないことなのです。カツオブシとカツオノエボシぐらい戦闘力が違います。

 

 完全な敗北は時としてウマ娘の心をへし折る可能性を有していますが、貴方はトウカイテイオーについてはさほど心配していません。彼女であればこの程度で、1度くらいの敗北で折れはしないと確信しているからです。ただ──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「勝負だミスターシービーッ! 今日こそボクが勝ってみせるもんねッ!!」

 

 1着じゃなければ納得できないトウカイテイオーが敗けっぱなしで引き下がれるはずもなく、すっかり貴方のトレーナールームの常連となりました。ついでに、面白くなりそうな気配を察知したマヤノトップガンも常に一緒にやって来ます。

 訪問者が増えたことについて貴方は特に文句はありません。ジュース類お菓子類の消耗速度や対戦ゲームでの敗北数が数倍に膨れ上がったことについても全くの許容範囲内です。

 

 ですが、ミスターシービーとの打ち合わせのためにチート能力による能力識別状態のままトウカイテイオーを“視て”しまった貴方は頭を抱えそうになるのをこらえるのに必死でした。

 

 

 トウカイテイオー:ステータス

 

 状態異常『故障』蓄積量──11%



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ふおん。

 トウカイテイオー。

 

 モデルとなった馬が三冠馬を期待されながらも怪我により菊花賞を逃したことから、ウマ娘のトウカイテイオーもまた怪我に苦しむことになったことを貴方はもちろん知っています。

 

 知っているからといって、現状で特にアドバンテージはありません。蓄積量が100に達したとき、彼女の脚が残念なことになる事実は変わらないのですから。

 これにはさすがの貴方も困ってしまったようです。たかが11%、などと悠長なことは言っていられません。未だシンボリルドルフすらデビューしていない時期で1割を超えていると考えれば充分危険でしょう。なぜデビュー前のシンボリルドルフが生徒会長に就任しているのかを考えるのと同じくらいには危険です。

 

 貴方にはチート能力がありますので、その気になればトウカイテイオーの脚部を某有澤重工の社長が惚れ込むレベルでカチカチにすることも可能です。しかしそれをしてしまった場合、彼女のトレーナーが現れたときに問題が起きる気がして仕方ありません。

 トレーナーとウマ娘が支え合い、怪我の苦難を乗り越えて夢に挑む。その過程で生まれた信頼関係という尊い輝きが失くなったとき、トウカイテイオーの未来にどのような悪影響が出るかわからないのです。あと、三冠ウマ娘を達成できるかどうかのドキドキを味わうことができなくなるのも問題です。

 

 ついでに言うなら治療したことがバレて、トウカイテイオーからの信頼度がほんのわずかにでも上昇することを懸念してもいます。

 もっとも、本人はもちろん学園の誰もが気が付いていない怪我の可能性を消したところで貴方の想像するような事態は起こり得ないのですが。そこに思い至るだけの賢さを有しているのであれば、そもそもトレーナーライセンスを獲得していないでしょう。採用通知を無視してダストシュートすら実行できなかった貴方に期待するのは酷な話なのかもしれません。

 

 完璧な解決策を有したまま試行錯誤を続けるという世界で最も贅沢な時間の使い方に貴方が勤しんでいると、どこか暗い表情のマヤノトップガンが話し掛けてきました。

 

 

「ねぇ、トレーナーちゃん。テイオーちゃんの脚は……大丈夫、なんだよね……?」

 

 

 なんということでしょう! まさかマヤノトップガンがトウカイテイオーの脚の不調に気が付いていたとは! 

 

 しかしどうやって彼女はそこにたどり着いたのでしょうか? 実はトウカイテイオーに自覚がありマヤノトップガンに相談していた、という可能性はもちろんあります。

 ですが、仮にそうだとしても貴方は自分に相談を持ち掛けられた理由がわかりません。脚の怪我はウマ娘にとっては深刻な問題です。せめて学園に勤務している保険医にでも相談するべきでしょう。いったい何故? 

 

 

「だって……マヤ、わかっちゃったんだもん。ほかの人たちと違って、トレーナーちゃんだけ……テイオーちゃんの走る姿を見てるときにね? ほんのちょっと、本当にときどきだけど──スッゴく心配そうな顔してるんだもん」

 

 

 これだから天才は。

 

 貴方は心の中で嘆きつつ、どうやってマヤノトップガンとの会話を切り抜けようか必死で考えるのでした。もちろん既に手遅れ、まるで無意味なのでご安心ください。



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ふくつ!

 ウマ娘が脚を壊す理由はいくつかありますが、トウカイテイオーの場合は少しだけ特殊であることを貴方は既に見抜いています。

 

 トウカイテイオーの脚は彼女の才能に耐えられるだけの耐久力が備わっていないのです。加えて、貴方がアドバイスを贈ったミスターシービーと意固地になって競り合いを繰り返したことがダメージを加速させることになりました。

 厄介なのは、貴方はあくまでチート能力を使っての未来視に近い形でトウカイテイオーの故障を知ったことです。これでは説明しようにも根拠を示すことができません。

 これがGⅠウマ娘を何人も育てた一流のベテラントレーナーなら別であったかもしれませんが、信頼も実績も持ち合わせていない新人トレーナーの戯言など普通は聞き入れないでしょう。

 

 とりあえずマヤノトップガンに対し、貴方はトウカイテイオーは才能がありすぎてヤバいという部分だけを伝えます。チート能力については匂わせただけでも正解を引き当てそうなので決して漏洩するワケにはいきません。

 この世界がアニメか、アプリか、あるいは史実のいずれかの影響を受けているのであれば遅くとも日本ダービーのあとに。例えばミスターシービーとの勝負で悪化したように、GⅠクラスのレースでライバルと全力で走るたびに彼女の脚は大きく消耗されるであろうことを伝えます。

 

 

 それを聞いたマヤノトップガンは恐る恐るといった様子で貴方に問い掛けます。ならば、トウカイテイオーが三冠ウマ娘の夢を諦めたら怪我をしないで済むのかと。

 

 

 なるほど! その手があったか!

 

 なんという単純で効果的な解決方法でしょうか。貴方はまさに目から鱗が落ちる思い、これが本物の天才かと感嘆していました。

 消耗が原因で怪我をするのであれば、消耗させなければいい。例えば皐月賞を回避して日本ダービーだけに目標を絞れば、これから鍛えられる分も含めてトウカイテイオーの脚は充分に走り抜けることが可能かもしれません。

 

 ですが残念! 貴方にはその解決方法に賛同できない理由がありました。

 

 レースプランニングはトレーナーとウマ娘の大事な共同作業ですから、それに自分が口出しするようなマネは歓迎できません。未来のトレーナーの仕事の楽しみを、やりがいを奪うなんてとんでもない! 

 なにより、やはりトウカイテイオーは三冠ウマ娘を目指してこそトウカイテイオーだと貴方は考えています。それに、結果的に敗ける可能性はもちろんありますが、なんだかんだ皐月賞と日本ダービーは勝つだろうとも思っています。だってトウカイテイオーだから。

 

 

 なのでマヤノトップガンの質問に対する貴方の答えはひとつしかありませんでした。「三冠を諦めさせるのはムリ」と。挑むことすらせずに諦めれば彼女はトウカイテイオーではなくなってしまう。それだけは、そんな未来だけはトレーナーとして認めるワケにはいかないことをマヤノトップガンに伝えます。

 

 

「でも……。……。……? ──ッ! うん、そうだね! せっかくのステキな夢なんだから諦めたらもったいないもんね! そっかそっか~、トレーナーちゃんはテイオーちゃんのことは心配してるけど、それでもテイオーちゃんならキラキラできるって信じてるんだね☆ ならきっとテイオーちゃんの脚のことは大丈夫だよトレーナーちゃん。トレーナーちゃんのキモチはテイオーちゃんにバッチリ伝わったから♪」

 

 

 反応速度において体温計と善きライバル関係にある貴方と違い、高速レスポンスを誇るマヤノトップガンにしては些か反応が鈍かったものの、彼女は実に晴れやかな表情で立ち去っていきました。

 

 やはりチート。チート能力は全てに勝る。純粋な天才を凌駕し丸め込むことに成功したという事実に満足し、貴方はすっかり問題が解決した気分で上機嫌でした。

 間違いありません。貴方は机を整理し教科書を並べただけでテスト勉強を終えた気分になり安眠できるタイプの幸せな人間なのでしょう。



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ふんぬ!!

 貴方は今日もミスターシービーとトウカイテイオーの勝負を眺めています。

 

 しかしながら、今回は決定的にいつもと違う点があります。なんと、トウカイテイオーの故障率が低下しているではありませんか! 

 嬉しくも不思議に思った貴方は、走るトウカイテイオーの力の流れがどうなっているのか“視て”確認することにしました。多少歪な部分はありますが、前回の勝負のときと比べればスムーズに流れています。

 

 考えられる要素としては、マヤノトップガンから脚の不調について聞かされて走り方を改良したというのが一番有力でしょう。さすがはトウカイテイオー、天才はいた。貴方は別に悔しくもありませんし、なんなら納得しているぐらいです。

 

 さて、トウカイテイオーの怪我の可能性が改善した以上、貴方が彼女に注目する理由はありません。ここから先はいずれ現れるであろう彼女のトレーナーの仕事です。

 

 アニメのトレーナーのような優れた洞察力を持つ人物か、あるいはアプリのトレーナーのようなリカバリー能力に優れた人材か。両方を兼ね備えていればベストなのですが、さすがにそれは高望みでしょう。最低限、トウカイテイオーの夢を本気で信じてくれる善人であれば未来は約束されたようなものです。

 

 ならば貴方のやるべきことは決まっています。よりトレセン学園からの評価を下げるべく、ウマ娘たちを放置してルームで昼寝でも楽しむとしましょう! 

 

 

「──ってッ!! ちょっとトレーナーッ! ボクたちを置いてどこに行くつもりなのさッ! っていうかッ!! そもそもボクの走りちゃんと見てたのッ!?」

 

 

 1戦目を終えたトウカイテイオーが不満を隠すことなく貴方に詰めよって来ました。どうやら貴方の態度が気に入らないようですね。当たり前ですが。

 

 しかし、こればかりはどうにもならないでしょう。もとより貴方はトレーナー業務に興味は無く、トウカイテイオーに対してもファンの立場で応援できれば充分と考えています。

 走る様子にしても、前世でもGⅠレースならばともかく、貴方はそれ以外のレースは基本的にスキップしていました。なんならウイニングライブすらほとんど見たことがありません。

 

 ですがこの状況は貴方にとってチャンスでもあります。ここぞとばかりにトウカイテイオーを煽ることで不信感を稼ぎつつ、周囲の視線をより冷えきったものへと変化させていきましょう! 

 

 貴方は惜しむこと無く切り札を使うことにしました。文句があるなら菊花賞に勝利して三冠ウマ娘になってみせろ、と。

 いまのお前は速いだけで強くない、速いだけのウマ娘なんていくらでもいるのにトウカイテイオーだけに注目する理由など無いと、一切の遠慮を含ませることなく言い放ちました。

 

 

 実に素晴らしいチョイスです! 貴方らしからぬ的確な言葉選びは無事、彼女の神経を逆撫ですることに成功しました! 

 

 

 トウカイテイオーが呆気に取られている間に、貴方は速やかにターフを離れました。なにやら背後から雄叫びのようなものが聞こえた気がしましたが、おそらくただの空耳でしょう。

 一応、勝負に熱くなりすぎてオーバーワークにならないようにとミスターシービーに頼んでおいたので、心置きなく貴方はソファーに横になることができました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 後日。

 

「トレ~ナ~? ちょぉ~っとボクのトレーニングプランにもアドバイスが欲しいんだけど、モチロン引き受けてくれるよねぇ~? シービーだって担当じゃないのにアドバイスしてるんだからさ、まさかボクだけダメだなんて言わないよねぇ~?」

 

 なにやら悪どい雰囲気の笑みを浮かべたトウカイテイオーと、やたらと機嫌が良さそうなマヤノトップガンが貴方のルームにやってきました。

 どうやら彼女たちはミスターシービーのような取り引きを望んでいる様子です。もちろん貴方はトレーナー契約ではないことに油断して後先考えることなく安請け合いしてしまいました。

 

 どうも貴方はターフの去り際に周囲のトレーナーたちが発していた不快感について『これは使える!』と味を占めたようです。

 もしかしたら屑トレーナーから有望株のウマ娘を救い出すために行動を始める者が現れるかもしれない、そんな都合のいい出来事などを期待してるのかもしれません。

 

 

 ──これなら計画は予想以上に順調に進むかもしれない、ならば己が追放される日もそれほど遠くないだろう。

 

 

 たったいま取り引き相手がふたりも増えた現状で何故そこまで楽観的になれるのか理解できませんが、ともかく貴方はトウカイテイオーとマヤノトップガンからトレーニングの計画表を受け取ってしまいます。

 早速貴方はトウカイテイオーのプランからシンボリルドルフを参考にしたであろう無茶なトレーニングを片っ端から削除しました。もちろんトウカイテイオーが抗議の声をあげますが、彼女の信頼を必要としない貴方には容赦などありません。




次回はテイオー視点です。


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『先天性強者』

答え合わせの時間。


 初めはどうでもいい存在でしかなかった。

 

 自分が天才であることを自覚していた彼女にとって、トレーナーというものはレースを走りやすくしてくれるお手伝いさん程度の認識であった。

 あるいは、トウカイテイオーというウマ娘をスカウトするために彼ら彼女らが口にする称賛の言葉を聞くことで、自分が『強いウマ娘』であることを再認識することがモチベーションを高めるのに役立っていたぐらいか。

 

 だからこそ、だろう。

 

 黒いカラスの群れに一羽だけ白いカラスがいればこれ以上無いほど目立つように。トウカイテイオーという才能に溢れたウマ娘に全く興味を示さないトレーナーの存在は、さすがの彼女も気になるように──を、通り越して苛立ちを覚えるようになった。

 

 これが例えば、ミスターシービーとの勝負に敗けたことでガッカリされたのであればまだ耐えられた。それならば評価を覆せばそれでいい、自分がミスターシービーに勝てばよいだけの話なのだから。

 だが彼は違う。そもそも()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。しかもどれだけベストな走りをしても、こちらを見ているようで全く別のナニかを見ているのだ。

 

 気に入らない。

 

 とにかく気に入らない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……なんだ、全然しっかりしてるじゃん。これなら練習するのにゼンゼン問題ないね」

 

 校則違反ギリギリの早朝、校舎から最も離れた第9レース場の芝生を確かめるように踏みしめながらトウカイテイオーが呟く。

 施設全体で見ればあまり綺麗ではないのだが、コースの手入れだけは完璧に整えてある。メンテナンススタッフの仕事ぶりに感謝をしつつ、脚の感覚を確かめながらゆっくりと走り始める。

 

 ほどよく筋肉がほぐれたところでギアを上げる。ウォーミングアップの走りからレースの速度に切り替わったのと同時に、思わずトウカイテイオーは苦笑いを浮かべた。

 

(あーあ、イヤになっちゃうね。ボク、こんな()()()()()()()()で満足してたんだから。しかもそれに最初に気が付いたのがあのトレーナーなんだもんなぁ~)

 

 天才を自称しておきながら、速く走ることだけしか考えていなかった自分に説教してやりたい気分だった。わざわざ静かな時間、静かな場所を選んだかいがあって、自分の脚が走り方に文句をつけているのがよくわかる。たしかにこのままの走り方を続ければ、いずれあのトレーナーが言っていたような結末を迎えていたかもしれない。

 ならばその結末、全く別の未来に変えてみせようじゃないか。才能に振り回されたことで脚が壊れてしまうというのなら、こちらから脚へと寄り添ってやればいい。本気の速度でも負担の少ない走り方をトコトン探ってやろうじゃないか。

 

 

 新しいオモチャを手に入れた子どものように、いかにも楽しくて仕方がないと言わんばかりに彼女は笑う。そうでもしなければ体力より先に気力が尽きてしまいそうだから。

 

 

 才能のあるウマ娘ほど、走りの最適解を見つけることがどれだけ()()()()()()を知っている。天候やバ場状態などは前提条件に過ぎず、それ以外の全ての要素を考慮するとなれば選択肢は無限に存在することに気が付いてしまうからだ。

 仮に1ミリのズレもなく2周目を同じコース取りをして走ったとしても、そこには1度通過した分の変化が蓄積されている。ならば丸ごと1歩横にずれて新しいターフを踏めばいい? それこそ論外、コース取りを変えた時点でそれは状況再現ではない。

 

 単独での走り込みですらこれなのだ、そこに本番のレースでは他のウマ娘という不確定要素の大群が加わるとなれば──ある程度の妥協案を受け入れるのは正しい判断であると、そう誰もが()()()のも仕方のないことだろう。

 

「……ぅあ、くそッ!!」

 

 もちろんトウカイテイオーもそのことに気が付いている。先ほどから頭の中で、この無謀な試みを取り止めるための言い訳が次々と流れているぐらいには。

 

 

『そんなことして、本当に意味あるの?』

 

『ただ意地になってるだけでしょ?』

 

『それより普通に練習しようよ』

 

『速く走れるんだからそれでいいじゃん』

 

『本当にケガするかどうかなんて、そんなことワカンナイよ』

 

『いままでも模擬レースだって勝ってるし』

 

『あんなヤツになにがわかるのさ』

 

『そうだよ、担当トレーナーでもないヤツの言うことなんて気にしなくていいよ』

 

『みんなだって言ってたじゃん』

 

『アイツはお金が欲しくてトレーナーになったとんでもないヤツなんだよ?』

 

『だからさ、もういいじゃん』

 

 

『無敵のテイオー様をスゴいって言ってくれるトレーナーなんて、トレセン学園にいくらでもいるんだから』

 

 

「────ッ! ……ふぅ」

 

 ラストスパート並みの速度で走っていたトウカイテイオーだったが、徐々に脚の動きが鈍り始める。やがて完全に立ち止まってしまい、そのまましばらく空を仰ぎ見て。

 

 

 ──諦める? バカなこと言ってんじゃねーよ。

 

 

「……っし! こっからが本番だぁッ!」

 

 

 より力強いステップで再び走り出した。

 

 

 ──三冠の夢がどうとかいう話じゃねェ。諦める、ハンパに妥協するってことそのものがありえねぇンだよ。

 

 

 脚部だけではない、全身の筋肉の動き、血液の鼓動、骨の軋む音、皮膚の表面を撫でる風の感触から流れる汗の一筋に至るまでの悉くに集中する。

 

 

 ──テイオーの強さは脚の速さなんかじゃない。自分が強いウマ娘だと信じてるから強ェんだ。

 

 

 限界まで感覚を引き延ばし、ターフの感触はもちろん、蹄鉄を通して伝わってくる地面の状態を瞬時に分析し、次の1歩に要求されるパワーを予測する。

 

 

 ──結果として敗けることはあるだろうよ。だがな、挑戦すらしねぇで諦めるってことは、それは自分で自分の強さを否定することに他ならねぇ。

 

 

 ひとつの正解を見つける度に、新しい選択肢が目の前に現れる。それらはまるで生物の進化のように、無数に枝分かれしている。

 

 

 ──だからよ、アイツが自分の最強を疑ったら、アイツはトウカイテイオーじゃなくなっちまうだろ? そんなクソみてーな未来を選ばせるワケにはいかねぇんだわ。例え担当じゃなくてもな。

 

 

 暗闇の荒野に拡がる無限の軌跡。どれが正解なのかは誰にもわからない、そもそも正解が存在する保証すらない。きっと、多くのウマ娘たちが自分と同じように()()に挑み、そして多くのウマ娘たちが諦めて目を背けてきたのだろう。

 

 

 その気持ちは理解できる。

 

 だが、自分は違う。

 

 

 ──トレーナーちゃんはテイオーちゃんのことを心配はしてるけど、それでもテイオーちゃんならキラキラできるって信じてるんだね! 

 

 ──あん? なに当たり前のこと言ってやがんだオメーは。ウマ娘の可能性を疑うヤツがいたら、そいつはもうトレーナーでもなんでもねェよ。

 

 

「……ニシシ♪ この程度で無敵のテイオー様が引き下がると思っているなら大間違いだもん──ねッ!!」

 

 

 今度の笑顔は強がりなどではない。いまよりも強くなるためのヒントが目の前にあるのだ、それを楽しいと思わないウマ娘はいないだろう。

 なに、解決策ならすでに見つかっている。無限に選択肢が存在するのならば、こちらも無限の走り方を身に付ければいい。ただそれだけのことだ。

 

 己の強さに絶対の自信を持つ帝王の蹄跡が、数多くのウマ娘たちの可能性を阻んだ暗闇を蹂躙し始めた。

 

 

 

 

 ────()()()()()

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……って! トレーナーッ! ボクたちを置いてどこに行くつもりなのさッ!」

 

「え? いやちょっとルームに戻ってグッピーのエサやりにでも」

 

「それならボクとマヤノがあげてたの知ってるでしょ! っていうかッ!! そもそもボクの走りちゃんと見てたのッ!?」

 

「えぇ~? なんでだよ……お前に注目してるトレーナーなんていくらでもいるじゃん……俺じゃなくてもいいじゃん……」

 

「よくないッ!!」

 

 トウカイテイオーが不満を爆発させているのも当然である。走り方を改良してから、練習中に何人ものトレーナーに声をかけられたが、誰ひとりとして変化に気付いた者はいなかった。新人も、ベテランも、クラスAチームのトレーナーですら()()()()()()()()()()と定型文のように繰り返すだけだったのだ。

 試行錯誤を繰り返し、ようやく少しは納得のできる走り方ができるようになったと思っているところにコレである。トウカイテイオーが自信家であることを抜きにしても納得はできないだろう。だが、このトレーナーならば。

 

「そりゃお前……()()()()()()()()()()()()速くなってるのは素直にスゲーと思うけど」

 

「ッ! そーでしょそぉ~でしょ~? フフーン、もっと褒めてもイイんだよ~?」

 

「でも、お前アレじゃん。いまはまだ速いだけで強くないじゃん」

 

「んなッ!?」

 

「ステップワークも普通だし、ペース配分もまだ甘いし。そもそも本格化が終わったウマ娘と比べりゃまだまだ普通レベルだし。よりにもよって俺に将来性だけで褒めろって言われてもなぁ~」

 

「ぐぬぬ……ッ!」

 

「ま、そうだな……。お前が菊花賞に勝って三冠ウマ娘になれたら、そのときはちゃんと驚いてやるよ。それまではしっかりと基礎を積み重ねるんだな、お嬢ちゃん」

 

 

 ────。

 

 

「うがぁぁぁぁッ! なんだよ、なんなんだよあのトレーナーはァッ!! 褒めるときくらい素直に褒めればいいのに! イチイチあぁいう……ケンカ売らないと死んじゃうビョーキかなにかなのッ!?」

 

「いやぁ、たぶん単純に性格の問題じゃないかな。この前も『世の中の民が汗水流して働いてる時間に食べるパイの実マジうめぇ』とか言ってたし」

 

「フツーに性格悪いヤツゥッ! ……で、なんでマヤノはそんなに機嫌良さそうなのさ?」

 

「だって、マヤわかっちゃったんだもん☆ やっぱりトレーナーちゃんはさ、テイオーちゃんなら三冠ウマ娘になれるって信じてるんだって」

 

「どこがッ!?」

 

「あぁ、なるほど。たしかにそうだね。本当にわかりやすいのかわかりにくいのか判断に困る言い方をするトレーナーだよ」

 

「ちょっと! シービーまでッ! んもぉ~ッ!! なんなんだよみんなしてェ~ッ!!」

 

 

 その後、ふたりからトレーナーの言葉に隠された期待について聞かされたトウカイテイオーが『だからわかりにくいんだよッ!』と吼え。

 

 なんとかギャフンと言わせられないかと考えたところにミスターシービーから取り引きの話を聞き。

 

 だったらボクもトレーナーの実力を試してやるもんねッ! と気合いを入れてトレーニングの計画表を書き上げ──容赦なくダメ出しをされて再び吼えることになる。




感想でご指摘いただいて気付きましたが、慇懃無礼の意味を別の四字熟語と勘違いしていました。誠に申し訳ありません。
※慇懃無礼は表面的には取り繕えている前提なので、何一つ取り繕えていない主人公に対して使用するのは適切ではない。


続きは麦茶の美味しい季節になってから、次の登場ウマ娘はメジロライアンになります。


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めじろ。

みんなそんなに麦茶好きなの……?(困惑)


 貴方はいま、追放されるための新たな計画を練り上げています。

 

 現在のところ順調にヘイトを稼ぎ、着実に追放に近付いていると確信している貴方ですが、チート転生者が油断や慢心で失敗するパターンが多いことを知っています。

 それを踏まえて貴方は、思惑通りに事が運んでいるときこそより慎重かつ大胆に次の一手を打つべきだと考えました。

 

 そこで貴方が着目したのはウマ娘の名門“メジロ家”です。

 

 具体的にメジロ家がレース業界でどのような役割を果たしているのかについて貴方は何も知りません。しかし、メジロ家が大変な資産を有していること、メジロのウマ娘たちの真価はその精神性にあることだけは知っています。

 貴方は守銭奴の悪役トレーナーとしてこれまで行動してきましたが、そこにより説得力を持たせるためにもメジロ家のウマ娘との接触が必要だと考えました。家の財産を目当てにウマ娘に声をかける、たしかに傍目に見れば立派な悪人に違いありません。

 

 

 貴方が考えたプランは次の通りです。

 

 

 ①メジロのウマ娘に声をかける。

 

 ②警戒される。

 

 ③メジロ家が貴方を敵視する。

 

 ④トレセン学園を追放される。

 

 

 徹底的に最低限の情報以外を削ぎ落とした計画は、少なくとも何を狙っているのかだけは明確に伝わるでしょう。

 全体的に物足りなさを感じないこともありません。ですがあまり細かいところまで綿密に計画を立てると、今度は柔軟性を損なう危険性もあるでしょう。

 

 大丈夫! 文面に多少空白が多くても、隣に粉チーズを置いて比較すれば貴方の計画は充分に堅実であると評価することができます!

 

 完璧な計画を思い付いたものだと無駄に自信に溢れた貴方は早速行動を開始しました。スペシャルウィークがおかわりを自分の意志で我慢できる可能性とどちらが現実的かはわかりませんが、宝くじだって買わなければ当選する確率はゼロなのです。ここは貴方の成功を信じて見送ることにしましょう。

 

 もっとも、宝くじは有料ですので当選しなければ当然マイナスが発生するのですが。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 トレセン学園内を歩き回る貴方がターゲットに選んだのはメジロライアンです。

 

 つい先日、貴方が取り引き中のウマ娘たちが模擬レースに出るというので様子を見に行ったところ、偶然彼女が走っているところを目撃しました。

 中盤までは差しウマらしく力強い走りでしたが、最終直線から徐々にメジロライアンは失速し、結果はギリギリ入着。その様子に心当たりがある貴方はついうっかり『これはトレセン学園追放に使えるかもしれない!』と余計なことを考えてしまったのです。

 

 メジロの名前に誇りを持つ彼女のことです、レースの結果についてはそれなりに思うところがあるはず。そう考えた貴方は、学園内でも人気の少ない場所をついでにゴミなどを拾いつつ探し回り──ついにメジロライアンを見つけることに成功しました。

 

 周囲にヒト影もウマ影もなし。なんという千載一遇のチャンス。貴方はこの時点で勝利を確信しました。

 

 さて、メジロ家はレース業界の重鎮ということもあり、トレーナーはもちろん学園スタッフも相応の態度でメジロのウマ娘たちに接しています。

 貴方は自分がどのような雰囲気で彼女に話しかけるべきか考えました。いかにもメジロの名前が目的ですと嫌味なほど丁寧に近付くのも悪くないのですが、そういう人間は大勢相手にしてきたはず。この予想が正しければ、逆に全く印象に残らずヘイトを稼げない可能性もあります。

 

 どうせ最終的に嫌われることが確定しているのだ、ならば礼節など必要ないだろう。そう考えた貴方は、普段と変わらぬ調子で気安くメジロライアンに声をかけるのでした。



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めぐろ。

 私の夢でお馴染みのメジロライアンですが、ウマ娘の彼女は自分自身に、そしてメジロの家名に対して自信を持てずにいます。

 

 モデルとなった馬は勝ち鞍に宝塚記念を有する立派なGⅠホースなのですが、メジロマックイーンの菊花賞の勝利、天皇賞連覇の華やかさと対比されることが度々ありました。それがウマ娘の彼女の性格に影響を与えている可能性はかなり高いでしょう。

 先の模擬レースでの敗北も、勝利への貪欲さに欠けるまま勝つことへの抵抗が原因なのは明らかです。貴方は前世の知識による推察ですが、隣でレースを見ていたミスターシービー、トウカイテイオー、マヤノトップガンの3人も無言ではありましたが険しい表情をしていたので間違いないでしょう。

 

 貴方の接近に気が付いたメジロライアンですが、軽く会釈をするものの表情には警戒の色合いが見えます。なんということでしょう、出会いと同時に作戦の第2段階までが完了してしまいました! 

 この反応が貴方にとって凶となるか大凶となるかはまだわかりません。ですが、いまの貴方は勝利を確信しています。ここは勇猛果敢にメジロライアンを煽り始めましょう。

 

 手始めに先の模擬レースの結果について語ります。名高きメジロのウマ娘には、練習程度では本気で走るに値しないのだと薄笑いを浮かべて挑発しました。

 

 

 気になる反応は──お見事! メジロライアンの表情がわずかながらに曇りました! 

 

 

 さぁ、ここからが本番です。貴方の真の目的は彼女に追い打ちを仕掛けることではありません。落ち込んでいる相手に迂闊な言葉を投げ掛ければ良い結果に繋がらないのは明白です。ましてメジロライアンは生真面目な性格ですので、ここでメジロ家を話題にするのは避けなければならないと貴方は判断しました。

 

 ならばどうするか? 貴方が話題に選んだのはメジロライアンの親友である“アイネスフウジン”についてです。

 たとえ自分がメジロのウマ娘であることに自信がなくとも、友人に対する侮辱を聞き流せるほど熱量を失っていないだろうと期待して。

 

 

 貴方の次の言葉は「メジロライアンがこの程度であれば、ライバルのアイネスフウジンも大したことのないウマ娘だろうな」です。

 

 

 さぁ、ここから先は刹那ほどにも彼女の反応を見逃せません! 対応を間違えればメジロライアンの心に傷を残す可能性もあることを貴方は懸念しています。確実に彼女の闘争心を目覚めさせるために、いまの貴方のあらゆる感覚はチートの補助無しでもゼロシステムの3歩先を行くほどに研ぎ澄まされているでしょう。

 

 気になるメジロライアンの反応ですが、やはり悪意のある言葉に慣れていないためか動揺している様子です。

 しかし貴方は彼女の瞳の中にある輝きに即座に気が付きました。頼りなく揺らぎながらも、貴方のことを射貫かんばかりに強い意志が宿っています。

 

 実に美しい、それでこそメジロライアンである。貴方はアイネスフウジンに対して申し訳ないと思いつつも、このまま挑発を続けることを選びました。どうやらいまの貴方の頭の中は、如何にしてメジロライアンの闘志に火をつけるかで占領されているようです。



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まぐろ。

 怒りの感情というものは、思いの外長続きしないことを貴方は前世の人生で学びました。

 

 とくにメジロライアンのように、負の感情を内側に向けてしまうタイプはどこかのタイミングで自虐的なモノに切り替わる可能性があります。

 なので、ここは小技を繰り返すよりも早々に大技を仕掛けることにしましょう。貴方は勝負の場で「まずは小手調べ」と言うキャラクターに対して、そういうのは練習でやるもので本番でやるんじゃねーよとか考えるタイプの人間です。

 

 もちろん貴方にはしっかりと手札の備えがあります。模擬レースを見に行ったときに、周囲のトレーナーたちが貴方へ向けた悪意ある言葉を垂れ流していたのですが、そこにいくつかの有用な情報が含まれていたからです。

 アルバイトをしながらトレーニングに励み、スカウトされることを目指して努力するウマ娘が大勢いるところに、貴方のような金銭目的の恥知らずのトレーナーが現れたことに対する不快感。そんな話題の中にアイネスフウジンの話も含まれていたのです。

 

 前世の知識が概ね通用することが確認できたこともそうですが、しっかりとトレーナーたちに敵視されていることを確認できた貴方は、ターフを駆け抜けるサイレンススズカの如くご機嫌でした。

 隣で貴方に向けられた陰口が聞こえていたミスターシービー、トウカイテイオー、マヤノトップガンの表情が何処と無くお米が食べたいけれど痩せたいような雰囲気でしたが気のせいでしょう。

 あと、駿川たづな秘書を始めとする学園スタッフも不快感を隠しきれない表情で貴方を見ていた中、秋川やよい理事長だけは扇子の向こう側に不敵な笑みを浮かべていたような気がしましたがおそらく目の錯覚でしょう。

 

 

 そんな貴方が選んだ手札はウマ娘の聖域に踏み込むひと言です。アイネスフウジンは勝つ必要がないから楽しそうに走っているのだ……と。

 

 

 レースに出走すれば、そして入着できればまとまった賞金が出ることを守銭奴系極悪トレーナーである貴方は当然知っています。どうやらそのシステムを利用してアイネスフウジンを批判することにしたようです。

 1着にならなくてもお金が手に入るから、勝たなくてもいいからヘラヘラと笑っていられるのだと容赦なく貴方は言葉を続けました。

 

 もちろんあまり良い気分ではありませんが、貴方はアイネスフウジンであればこの程度の批判など走りで容易く一蹴してみせるだろうと確信しているので問題なく我慢できます。

 

 次の瞬間、貴方に強烈なプレッシャーが叩き付けられました! 怒りの感情が弾けたメジロライアンがついに貴方へ反論を始めたのです! 

 彼女は貴方を睨み付けながら言いました。敗けてもいいと思いながら走るウマ娘はいない、勝たなくてもよい勝負などない、と。親友への侮辱を撤回することを貴方に求めました。

 

 

 コングラチュレーションズ! 

 

 貴方はメジロライアンにいま一番必要な言葉を、彼女自身から引き出すことに成功しました! 

 

 

 さぁ、こうなってしまえば貴方は無意味に勝利を確信してしまいます。ならば証明してみせろ、家の名誉のために走ることができなくとも、友の名誉のために勝つことぐらいはできるだろうと彼女を焚き付けました。

 一瞬の間を置いて、メジロライアンは力強く頷いてみせました。前回の不甲斐ない走りとは違う、次の模擬レースでは必ずベストの走りをしてみせると堂々と宣言しました。

 

 貴方は彼女の宣言にスッカリ満足して──いません。何故なら貴方は油断も慢心もしないチート転生者だからです。ベストの走りで満足するようでは悪のトレーナーとして相応しくありません。やはりここは努力よりも結果が全てであると態度で示しましょう! 

 やる気に満ちたメジロライアンに対し、貴方はより明確な勝利を求めました。アイネスフウジンはいずれ日本ダービーを勝つウマ娘なのだ、その価値を証明するのだから半端な勝ち方では認めないと言い残し、貴方はその場を立ち去りました。

 

 

 任務完了、あるいは完全勝利。貴方は全てが思惑通りに進んだという満足感を得ながら、次の模擬レースの日程を確認するのでした。貴方の記憶処理能力は道路を横断するカタツムリにも優しい安全運転ですが、記憶を処理する能力はどうやら第一宇宙速度でも追い付くことは不可能なようです。




落ち込むウマ娘の前で親友を侮辱する。
まさに外道! なんたる鬼畜行為!

だから、タグにアンチ・ヘイトを設定する必要があったんですね。


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ビグロ。

「やぁトレーナー! 今日の模擬レース、よければ一緒に見に行かないかい? 実は最近になって“何故か”急に走りが進化したウマ娘がふたりほどいてね。彼女たちの走りは、きっとキミも気に入ってくれると思うんだ」

 

 

 貴方はミスターシービーに連れられて、模擬レースが開催される学園内のレース場にやってきました。すれ違いざまの舌打ちに表面上は無反応で、しかし内心では小躍りなどをしつつ貴方は壁際に移動しました。

 その行為に特別なにか理由があるワケではありません。貴方の持つ悪役のイメージとして、壁に背中を預けて腕を組んでいる姿を思い浮かべたので実行してみただけのようです。

 

 さて、いまから始まるのは中距離の模擬レース。すでにデビューしているウマ娘から本格化が始まったばかりのウマ娘まで、出走するウマ娘は多種多様です。もちろん、能力はともかく本格化の進行具合だけはしっかりと区別されているのでご安心です。

 出走する友人たちとの会話を終えたトウカイテイオーとマヤノトップガンも合流し、いよいよ模擬レースが始まります。今回は取り引きも関係ありませんので、貴方はのんびりと観戦することにしました。

 

 システムで能力値の始まりが統一されているゲームと違い、本格化の影響が強いのはなかなか興味深いものでした。同じ中距離適性を持つウマ娘でも、ビワハヤヒデとナリタブライアンでは姉のビワハヤヒデのほうが間違いなく強いのです。もっとも、ギャラリーの反応は荒々しい走りのナリタブライアンのほうが盛り上がっている様子でしたが。

 

 貴方が純粋に模擬レースを楽しんでいると、ついにミスターシービーのオススメというウマ娘たちの出番がやってきました。並んで立っていたのはメジロライアンとアイネスフウジン、どうやらふたりとも同じレースで走るようです。

 

 ゲートからはかなり距離が離れていますが、それでもメジロライアンは貴方を見つけるとまっすぐに視線を向けてきました。

 あれだけ悪意のある言葉を叩き付けたにも関わらず、その表情からは清々しい闘志が感じられます。そのことに貴方は驚きつつも、そういう部分も含めて彼女は“メジロ”なのだなと納得しました。隣に立っているアイネスフウジンが貴方を見てニヤリと笑いましたが、おそらく散々に好き勝手批判したことを友人から聞かされたのでしょう。お前の評価を覆してやるという意思表示として貴方は受け取ることにしたようです。

 

 なんとなくミスターシービーからは「ライバルが強くなるのは大歓迎だ」という喜びを、マヤノトップガンからは「これでレースがもっとキラキラする」という楽しみを、トウカイテイオーからは「またコイツなんかやったな?」という呆れの視線を感じましたが、もちろん貴方はそんなことを気にする人間ではありません。

 

 メジロライアンが立ち直ったことが確認できた貴方はルームに帰ることにしたようです。ミスターシービーからはレースを見なくてもいいのかと問いかけられましたが、貴方は見たかったものはもう見せてもらったと返答して振り返ることなく立ち去るのでした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「トレーナーさん、シービーさんから聞きましたよ! なんでもトレーニングの内容にアドバイスをしてくれるって! メジロのウマ娘として自信を持って走れるぐらい、どうかご指導のほどお願いしますね! ねッ!!」

 

「あたしのトレーニングも見てほしいの! アルバイトのことがあるから、ほかの子より使える時間が少なくてちょっと困ってたの! 短い時間でもしっかりと、それこそダービー獲れるくらいのを頼んじゃうの! のッ!!」

 

 

 突然の訪問者と提案にさすがの貴方も驚いたようです。しかし、満面の笑みのふたりからわずかに“怒り”の感情を嗅ぎ取った貴方はすぐに冷静さを取り戻しました。

 なるほど、あれだけ貶める発言をしたのだから恨まれるのは当然のこと。これはきっと彼女たちなりの意趣返しなのだ。ならば甘んじて受け入れよう、これは勝利の対価なのだから。

 

 これもまた勝者の義務であると貴方はふたりからトレーニングの計画書を受け取りました。決して「これ断った瞬間に顔面に蹴り穿つ双脚の槍(ウマボルグ)がブチ込まれるわ」などという予感を察知して逃げたワケではありません。

 

 

「私はちゃんと警告したんだよ? あとでどうなっても知らないってね」

 

 背中に変な汗をかきながら計画書を眺める貴方と違い、グッピーにエサを与えるミスターシービーはとても上機嫌でした。




次回はライアン視点です。


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『Dragon install』

答え合わせの時間。


 羨ましい、と。心の何処かでそんな感情を抱いていたのかもしれない。

 

 レースを、ウマ娘を金儲けの手段だとハッキリ宣言したトレーナーがいると聞いたときにはイヤな気持ちになった。当たり前だろう。それはつまり、トレーナーという立場でありながら、ウマ娘たちの夢を()()()()()でしか見ていないということなのだから。

 

 なんてヤツだ、許せない! と怒るウマ娘がいた。

 

 そんなトレーナーの担当なんてお断りだと蔑むウマ娘がいた。

 

 儲かるのは事実だし、優秀ならそれでいいと中立的な立場で評価するウマ娘がいた。

 

 金銭目的でもいい、それでも指導を受けられるならと縋る思いのウマ娘もいた。

 

 

 そして、その傍若無人な在り方を羨むウマ娘がいた。

 

 

 他者の評価など何一つ無価値であると言わんばかりの堂々とした姿に、他者の評価というしがらみに囚われ迷いながら走り続けているウマ娘にとっては、あるいは──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いやぁ~、それにしてもようやくって感じなの」

 

「なんのこと?」

 

「本気になったライアンちゃんと、全力で勝負ができるってこと」

 

「う゛っ」

 

 ふたり並んでランニングの最中にアイネスフウジンがこぼしたひと言は、メジロライアンにとっては避けたい話題であったらしい。ニヤニヤと楽しそうに笑う親友とはうってかわって実に渋い表情だ。

 

 何度思い出しても顔から火がでそうになる。ほかでもない、自分こそが半端な気持ちで走っていたくせに、アイネスフウジンのことを悪し様に言われた途端、感情的になって反論してしまったのだから。

 先の模擬レースの結果について彼が語り始めたときにも自分自身への不甲斐なさで情けなかったが、それ以上に彼にアイネスフウジンを侮辱するかのような言葉を言わせてしまったことを後悔しているのだ。

 

 

「はぁぁぁぁ~~…………。わざわざ励ましに来てくれたのに……それなのに、私はトレーナーさんにあんな……ムキになって……。はぁぁぁぁ…………」

 

「あちゃー。まだライアンちゃんの心のキズは癒えてないの。からかうのは時期尚早だったの」

 

 本気で金儲けを企むのであれば、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 名家のウマ娘と担当契約できたからといってトレーナーの給料に色がつくワケではない。それなりの実績を残して初めて能力に見合う報酬が支払われるのだ。

 

 もちろん名家のウマ娘は幼いころから専門的なトレーニングを積んでいる分、ほかのウマ娘よりもレースで有利かもしれないが──メジロのウマ娘に関してはまた事情が異なる。

 なにせ現在、中央トレセン学園に在籍しているメジロのウマ娘たちは誰ひとりとして活躍の兆しがない。迷いのせいで勝ちきれなかったメジロライアンはもちろん、ほかのウマ娘たちも模擬レースどころか普段のトレーニングの様子もお世辞にも褒められたものではない。

 

 それでもトレーナーたちがメジロのウマ娘に対して“表向きは”丁寧な態度を崩さないのは、結局のところ過去の栄光によるものでしかないのだ。

 

 つまり、彼が言葉通りに賞金を得るための道具としてのウマ娘を欲しているのであれば、面倒な肩書きに見合う能力を示せていないメジロ家に、メジロライアンに声をかける理由はない。

 

 まぁ、要はそういうことなのだろう。落ち込む親友が立ち直ったとき、あのトレーナーの表情が()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()のをアイネスフウジンは見逃さなかった。

 あの気分屋のミスターシービーが認めるくらいだ、悪いようにはならないだろうと物陰から見守っていたが、案の定というべきか。やはりウワサだけで人を判断するものではない。

 

「ライアンちゃん、落ち込んでるヒマなんてないの。クソ真面目なのはライアンちゃんのいいところだけど、恩返しがしたいなら走りで返すしかないの」

 

「アイネス、言葉遣いが行儀悪いよ……。でも、そうだね。せっかく憎まれ役を演じてまで私に期待してくれたんだから、次の模擬レースはしっかりと勝たなきゃだよね!」

 

「そうそう、その調子なの! あ、でも一応言っておくけど、あたしも負けるつもりはないからね? なにせ未来のダービーウマ娘だからね~」

 

 

 ◇◇◇

 

 

(あのトレーナーさんのことだから、たぶん……あ、やっぱりいた)

 

 普通のトレーナーであれば、ウマ娘たちの走りを評価するために我先にとコースの近くに陣取るだろう。だが、メジロライアンには彼がほかのトレーナーと同じように身を乗り出している姿が想像できなかった。

 もっと広い視野で模擬レースを眺めるために、全体を見渡せるような場所にいるはず。そう思い壁際を見ればやはりいた。

 ミスターシービーはもちろん、最近走り方の完成度が高まっているとウワサのトウカイテイオーと、教官たちの指導に反抗的だったのが改善しつつあるマヤノトップガンも一緒にいる。

 

 

 うん、一度視線を交わせば充分だ。話したいことはレースが終わってからでもいい。

 

 

 レースが始まると同時にまずはアイネスフウジンが綺麗なスタートを決めた。それに逃げウマ娘たちが続き、先行策のウマ娘たちが好位置を狙い競り合う。その後ろで脚をためる差しウマたちの中にメジロライアンはいた。

 いつもより視野が広くなったように感じる。否、事実としてそうなのだろう。いままではレースの最中ですら自分のことしか考えていなかったのだ、周囲を走るウマ娘たちのことが見えていなかったのだから当たり前だ。

 

 思わず笑いが込み上げてきたのを歯を食いしばって耐えた。勝ちたいという思いでレースに挑んだ途端、ほかのウマ娘たちの気迫を感じて自分の中に様々な感情が生まれたことが可笑しくてたまらない。

 緊張と焦燥、興奮と歓喜。そうだ、これは幼いころにも確かに感じていたモノだ。純粋に走ることを楽しんで、負けたくないと見栄を張って、とにかく前へ前へと走っていたのだ。

 家の名前を意識するあまり、こんなことすら忘れていたらしい。いや、この言い方はあまりよくないだろう。メジロの名に相応しいかどうかで迷っていたのは事実だが、メジロのウマ娘として産まれたことを後悔したことはないのだから。

 

 それならばとメジロライアンは割り切ることにしたのだ。メジロの家名に相応しい走りが出来ているのかどうか、自分で判断することを放棄したのだ。自分がどういった心境で走ろうと、それを見る人々が何を感じるかなどわからないのだから。それこそ、メジロライアンの情けない走りを見てアイネスフウジンの批判をしたどこかのお節介なトレーナーのように。

 

 余計なことは考えない。ただ、本気で走るだけ。それぐらいなら自分にだって出来る。ただ全力を出せばいいのだから簡単なことだ。

 

 ラストスパートに向けて位置取りを前に押し上げる。ライバルを追い抜く度に背中に鋭い気配が突き刺さる。ようやく“それ”が自覚できるようになったのだなと呆れ半分喜び半分でさらに加速する。

 観客席から歓声が聞こえるが関係ない。いまは一番の親友にしてライバルの背中を捕まえることに夢中でそれどころではない。

 

 

「ライアンちゃんには悪いけど……全力だからこそ、本気の勝負だからこそね。──あたしが勝つッ!!」

 

「負けないよ。せっかく勝負を楽しいって思えるようになったんだから。──勝つのは私だッ!!」

 

 

 うん、これは面白い。

 

 アイネスフウジンとは気安い友人としてそれなりの時間を一緒に過ごしてきたが、ここまで好戦的で楽しげな彼女を見たのは初めてだ。

 それだけ自分に遠慮していたのだなと思うと、やはり申し訳ない気持ちになってしまう。これから彼女に()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 その上で、本気で挑む価値がメジロライアンにはある、そう判断してくれたことが嬉しくて仕方がない。

 

 これはいい。この方向性で気合いを入れるのは自分の気質に合っているかもしれない。真剣勝負を、全力の競り合いをするだけの価値があるウマ娘として自分を高めるというのも悪くない。幸いにして身体を鍛えるのは得意だし、趣味と実益が合致しているのも好都合。

 悩んでも答えが見つかりそうもないことに悩み続けるのは時間がもったいない。自分がメジロに相応しいウマ娘かどうかなんて判断は有識者を名乗るヒマ人たちに任せてしまえばいい。どうせ自分は自分らしく走ることしかできないのだから。

 それでおばあ様から御叱りを受けることになったらそのときは──いっそのこと、あのトレーナーさんも巻き込んでしまおうか? 恨むなら迂闊に名門に手を出したリスクマネジメント意識の低さを恨んでもらおう。

 

 

 いまはただ、家のためではなく友のために。

 

 勝った負けたのさらにその先で、ライバルたちが『私はメジロライアンと同じレースで本気の勝負をしたのだ』と胸を張って言えるぐらいに。

 

 

 これはただの模擬レース。本番に向けての練習でしかない。

 

 出走しているウマ娘たちも、本格化が完全に終わっていないヒヨッコばかり。

 

 だが、それでも。

 

 メジロライアンの走りを、その輝きを目の当たりにした者たちが、彼女のことを“麗しき実力者”として語るようになるのは時間の問題だろう。

 

 

 

 

 ────まぁ、それはそれとして。

 

 模擬レースとはいえ、いまの自分たちの全力を出し切り最高の走りができたと満足しているメジロライアンとアイネスフウジンのふたりだが、その光景を望んだはずの張本人の姿がどこにも見当たらないと気付いたときに。

 目的の人物と一緒にいたウマ娘から「レースが始まる前に帰ってしまったよ」と教えられたときに何を思ったのかは……誰にもわからない。




とくに理由はありませんが、メジロのおばあ様って空間認識能力が高そうですよね。


続きはイベント配布ライスシャワーの回収が完了してから、次の登場ウマ娘はキングヘイロー(とハルウララ)になります。


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ふろすと。

ビンゴシート1枚制覇。

コメント投票をグッドだけにする設定が欲しいと思った今日この頃。


「ウ~ララ~♪ これならわたしも負けないぞーッ!」

 

「わぁ~、ウララちゃんすっごーい☆ けど、マヤだって負けないもん!」

 

「ちょ、なんでふたりともそんなに速いのさ!? ワケわかんないよッ!」

 

 

 現在、貴方の目の前では3人のウマ娘がマットの上で逆立ちしながら競走しています。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ことの始まりはハルウララがルームメイトのキングヘイローに“守銭奴”の意味を尋ねたことにあります。どうにかわかりやすいようにと噛み砕きつつ説明したものの、いつのまにか頭の中で謎の連想ゲームが開始されていたようです。ハルウララは貴方のことを有マ記念に勝たせてくれるヒトと結論付けました。

 ルームに突入してくるなり満面の笑みでトレーニング計画表を掲げるハルウララの横で、苦労人オーラをこれでもかと纏っていたキングヘイローの姿を貴方は当分忘れることはできないでしょう。

 

 これにはさすがの貴方も悩みました。アプリ世界の影響もあるのか、ハルウララの潜在能力はそれほど悪くありません。しかし、現在の彼女の能力は悲しくなるほど低い。なぜトレセン学園に入学できたのかわからないと言われるのも納得のレベルです。

 

 勝てそうなウマ娘に、金になりそうなウマ娘を選り好みして声をかけるのが悪のトレーナーとして正しい姿。ハルウララの可能性が完璧に秘められた状態で面倒を見れば、もしかしたら“実は良い人なのでは?”という勘違いが生まれてしまうかもしれない。

 これは貴方にとっては重要な分岐になります。どういうワケか貴方はメジロ家との敵対に成功していることを疑っていませんので、良い流れが断ち切られることを懸念しているようです。

 

 

 そんな悩む貴方の頭にとある紳士の言葉が舞い降りました。そう“逆に考えるんだ、面倒を見ちゃってもいいさ”と。

 

 

 ハルウララの希望は有マ記念です。彼女の脚質はダートかつ短距離なので、普通のトレーニングではどう頑張っても適応できません。つまり、チート能力を最大限に活かした変則的なトレーニングが必要となります。

 その様子を客観的に見れば、きっと純粋なウマ娘を騙して玩具にするクズそのものであるはず。なによりも最大のメリットとして、ハルウララの弱点である飽き性の対策にもなります。

 

 ハルウララの夢の手助けをしつつ、自分の評価を下げることもできる。貴方が彼女のトレーニング計画表を受け取らない理由はなくなりました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 そして現在。

 

 トレーニングはなかなか面白いことになっています。ダートに適性を持つウマ娘はパワーに優れていることは知識として知っていましたが、逆立ちをするハルウララはとても安定して前進しています。

 さすがにミスターシービーやメジロライアンには追い付けませんが、腕力での勝負ではトウカイテイオーやマヤノトップガンと互角以上の戦いが可能なようです。

 これを巧く加速力に変換できるように導くことができればあるいは……ハルウララの有マ記念チャレンジにも光明が見えるかもしれません。

 

 と、ハルウララの問題には対応できそうなのですが……。

 

 

「ふしゅぅッ! ふしゅ……ッ!!」

 

「ほらキングちゃん! ゴールまでもうちょっとなの! 頑張って!」

 

「こ、こ、この程度ぉッ! キングには、朝めし前でぇぇぇぇッ!! ──ひゃんッ!?」

 

 

 どうやらもうひとりの、一流の有マ記念チャレンジも前途多難なようです。




そんなにシービーのメイクデビューが見たいのか、アンタたちはぁぁぁぁッ!!

私もソーナノ。
(手首レブチューン並作者)


その辺りはいましばらくお待ちください。具体的にはあと14話ほど。


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だむ。

ビンゴシート2枚目攻略。


 恐るべきことに、いまのところ貴方の計画は順調に進んでいるようです。

 

 例えば貴方は現在、ウマ娘たちのトレーニングとして2本の縄跳びを使ったダブルダッチを行っています。調子にのったトウカイテイオーとアイネスフウジンが小技を交えながら跳んでいるため、傍目には遊んでいるようにしか見えないのです。

 もちろん身体はちゃんと鍛えられています。メジロライアンからも「ナイスマッスルですよトレーナーさん!」とお墨付きをもらっていますし、ハルウララは筋肉痛という形でわかりやすく成長を実感できてご機嫌です。

 

 ですが、真面目に練習をしているトレーナーやウマ娘たちはそのことを知りません。なので視線にはハッキリと侮蔑の色が含まれているものですから、貴方はとても満足しているようです。

 

 例外として秋川やよい理事長は相変わらず何故かニヤニヤと笑っているような気がしましたし、特徴的なヘッドセットを装着した芦毛のウマ娘が獲物を見つけたネコのような視線を送ってきている気もします。

 もちろん貴方はそういう部分だけはちゃんと見落とすことができますので、認識できないモノは存在しないという扱いでも問題は無いでしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 より守銭奴トレーナーとしての立ち振舞いを強化するべく、パイの実と合わせてアルフォートも食べながら貴方が寛いでいると、控え目なノックのあとに真剣な表情のキングヘイローが入室してきました。

 

 どうやら貴方が本気でハルウララが有マ記念を走ることができると考えているのか確認をしに来たようです。

 

 実のところ、貴方はハルウララを勝たせるのは自分の仕事ではないと考えています。いずれトレセン学園を追放されることを夢見る貴方は、それはやがて現れるであろうハルウララのトレーナーの役目であると信じているからです。

 少なくとも貴方の中では自分からウマ娘へ関わるつもりは無いというスタイルなので、ハルウララの夢も本来であれば手助けするつもりはありませんでした。

 

 

 正直に話せばキングヘイローは貴方に失望するでしょう。そして貴方にとってそれは望ましい展開です。故に、貴方は自身の考えをそのまま伝えました。自分はハルウララというウマ娘を信じてもいないし疑ってもいない。彼女が有マ記念の勝利を望むから、自分はそれを前提にトレーニングを組んでいるに過ぎない……と。

 

 

 返答を聞いたキングヘイローの表情が強張るのを見て、貴方は自分の語彙力に満足しているようです。

 少し厳し過ぎる言い方かもしれないと心に引っ掛かりを覚えもしたようですが、貴方が自分を肯定する能力に無駄に秀でているように、キングヘイローは他者を肯定する能力に素晴らしく秀でています。

 これぐらい突き放すような表現でなければ万にひとつでも好意的な解釈をされてしまうかもしれないという貴方の判断は間違ってはいないでしょう。判断は。ですが──。

 

 

「なら……あなたは……私も、有マ記念を走る前提でトレーニングを組んでいるという認識で……いい、のかしら……?」

 

 

 探るような声色に、さすがの貴方も動揺を隠しきれなかったようです。何故なら貴方は、キングヘイローは当然の権利のように有マ記念を勝ちにいくものだと思い込んでいたからです。



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えんじん。

3枚目クリア。


 キングヘイローという馬を語るのであれば、高松宮記念の勝利だけに注目するのは早計であると言わねばなりません。

 

 相手が悪かった、という表現もあまり褒められたものではないでしょう。ですが、同世代にはその活躍が“黄金世代”と評されるほどの名馬が揃っていたのも事実です。

 GⅠの勝ち鞍こそひとつですが、全ての距離である程度の結果を出していることから、秘めたる能力は素晴らしかっただろうと称賛する、あるいは……惜しむ声があるのも納得できるでしょう。

 

 ウマ娘のキングヘイローも潜在能力は一流を自負するに値するものです。もちろんトレーナーのプレイスタイルにもよりますが、芝であれば短距離から長距離まで戦場を選ぶことなく走れる数少ない万能キャラクターです。

 そんな彼女は、適性の低いウマ娘で有マ記念に挑戦する通称“有マチャレンジ”の入門としてオススメされることがあります。育成ストーリーでも専用イベントが用意されていることもあり、きっと多くのトレーナーたちがキングヘイローで有マ記念を勝利したことでしょう。

 

 さて、そんな記憶を貴方は持っていたものですから、キングヘイローは自信満々に堂々と有マ記念に挑むものとばかり考えていました。面倒見の良い彼女の性格は承知していましたので、ハルウララの世話のついでとばかりに長距離トレーニングに巻き込んでいたのです。

 

 

 話を聞けば、どうやらキングヘイローは有マ記念が特別なレースであることから、自分が選ばれるか不安を抱えている様子。

 

 

 もちろん貴方の返答は“イエス”で迷うことはありませんでした。ウマ娘から競馬の世界を知った貴方は生粋の競馬ファンではありませんが、有マ記念と宝塚記念がファン投票で選ばれることは知っています。

 ならば問題はない、というのが貴方の判断です。キングヘイローの走りであれば、一流のウマ娘に相応しくあらんとする彼女であれば、勝敗などという括りを超えて大勢の人々を惹き付けるに決まっていると確信しているからです。

 

 ですが貴方は自分の考えをそのまま伝えてはいけません。なので簡潔に「そんなことは心配するだけムダだ。お前がお前であり続ける限りどうせ走ることになる」と、淡々とした口調で告げました。

 

 

「────ッ!? あなたは、もう……他人事だと思って簡単に言ってくれるんだから! いいわ、そこまで言うのなら見てなさい! このキングをッ! 一流の走りをッ! 有マ記念のウィナーズサークルに立つ姿を讃える権利をあげるわッ! これで……満足かしらッ!?」

 

 

 それでいい、と。いつものようにうっかり口を滑らせそうになった貴方ですが……なんと、ギリギリで踏み止まることに成功しました! 実にグッドです、もしかしたら糖分の摂りすぎで脳が8割ほど休息しているのかもしれませんね! 

 

 このまま彼女に同意してしまえば、まるで悩めるウマ娘を励ます善良なトレーナーの如き振る舞いになってしまうことにすんでのところで貴方は気が付いたようです。

 ならばどうするかと一瞬だけ悩んだ貴方ですが、ここでとあることを思い出しました。キングヘイローに用意されていたイベントは有マ記念の勝利だけではありません。

 

 腕を組んで不機嫌そうに貴方を睨み付けるキングヘイローに対して、煽るように薄く笑みを浮かべながら「それでは満足できない」と貴方は返答しました。

 否定されることは想定外だったのでしょう。キングヘイローが呆気に取られたような表情になりますが、珍しく思考が冴え渡っている貴方は畳み掛けるように挑発を続けました。

 

 

 ──有マ記念に勝利しただけでは物足りない、全ての距離で勝利を掴んだ“世代のキング”の走りが見たい。

 

 

 額を押さえて露骨なタメ息を吐いたキングヘイローの姿に満足した貴方は、心の中で静かにガッツポーズを披露するのでした。貴方の脳は今日も活発に活動しているようです。



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げいなー。

イベント配布のサポートカード、ストーリーを最後まで見ないと1枚足りないことを忘れていたアホが私です。


「さすがに……これは……新しい、ね……ッ!!」

 

「ファイト! 私の上腕二頭筋ッ!!」

 

「テラ根性なのぉぉぉぉ……ッ!!」

 

「ぐぎぎぃぃ……この程度ぉぉ、無敵のテイオー様にはぁぁ……ッ!!」

 

「あい、こぴぃぃぃぃ……ッ!!」

 

「うぅぅらぁぁらぁぁぁぁ……ッ!!」

 

「これぐらい、キングにはぁぁ……キングにはぁぁぁぁ……ッ!!」

 

 

 現在、貴方の目の前ではウマ娘たちが水の入ったドラム缶を押しています。

 

 基本的にトレーニングのアドバイスはチート能力を活用してウマ娘が必要とするものを提案していますが、さすがの貴方もこれには困惑しているようです。

 一応、アプリにも“巨大タイヤ引き”という項目がありますし、ステータスを確認すれば身体はキチンと鍛えられていますので、そういうものなのだろうと貴方は無理やり納得することにしました。

 

 ちなみに周囲の視線はこれまでのどこか貴方を見下すようなものから「どういうことなの……?」という混乱に変わっています。悪評とは方向性は違いますが、とりあえず評価が上がっていないならヨシ! と納得することにしておきましょう。

 ついでに、いかにもお嬢様な雰囲気のウマ娘が挑戦してみたいとはしゃいでいるのを友人らしきウマ娘が止めていましたが、貴方は全力で見なかったことにするようです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 成長を実感できようとも、走りのタイムが縮もうとも、慣れないトレーニングは疲れるものです。ルームでは貴方と取り引き中のウマ娘が全員グッタリしています。

 そんなに疲れているなら自分の部屋で休めよと貴方は思っていますが、ウマ娘たちからしてみれば貴方のルームを超える快適空間は存在しないでしょう。奇跡か神憑りレベルの癒しパワーを持つソファーは、メジロライアンが筋トレを、アイネスフウジンがアルバイトをサボりそうになったレベルなのですから相当です。

 

 だらけた空気で乙女の尊厳より体力回復を優先するウマ娘たちのために貴方が飲み物などを用意していると、ルーム内にタブレットの着信音が鳴り響きました。どうやら貴方の家族から連絡がきたようです。

 なにか実家でトラブルでも起きたのでしょうか? いえ、どうやら母親が貴方の近況を知りたくて電話をかけてきただけのようです。もちろん貴方は追放狙いの悪党ロールプレイのことは黙秘しつつ、楽しく過ごしているとだけ伝えます。ですが──。

 

 

「……ねぇテイオーさん? 私たち、これだけトレーナーに“お世話”になっているのだから、ご家族にもひと言あってもいいと思わない?」

 

「──! そうだよね~、トレーナーのおかげでトレーニングもとぉ~っても充実してるし、感謝のキモチはちゃんと伝えないとダメだよねぇ~!」

 

「マヤノちゃん! ウララちゃん! そっちから回り込んで確保するのッ!」

 

「りょうかーい☆ フォックスツーッ!」

 

「なになにー!? トレーナーをつかまえればいいのー!? それぇッ!」

 

「あはは……。ごめんね、トレーナーさん」

 

 

 これも日頃の行い、因果応報か。油断した隙に貴方は一瞬で捕縛されタブレットを取り上げられてしまいました。これだけウマ娘たちの鬱憤がたまっていたことに完璧な悪役ムーヴが出来ていたのだなと喜びつつも、さすがにこの状況はまずいと焦っているようです。

 

 しかし残念! 現実は無情なのです! 貴方の母親と挨拶を交わしていたミスターシービーですが、ウマ娘たちに取り付かれている貴方を見てニヤリと笑うとタブレットの画面をこちらに向けました。

 そこには頭の上でウマ耳をピコピコ動かす年齢不詳の母親と、転生してから十年以上過ごしてすっかり見慣れた実家の壁が映っていました。もちろん、貴方に向こうの様子が見えているということは、向こうも貴方の姿が見えているということです。

 

 

「あらあらあらまぁまぁまぁ♪ ちょっとパパ~、パパこっち~! みんなもいらっしゃ~い! お兄ちゃんの担当しているウマ娘さんたちですよ~!」

 

 

 家族連れで賑わう休日のファミレスでひとりフルーツパフェだけ食べて帰ることができる程度には度胸のある貴方ですが、さすがに仕事場を家族に……というよりは母親に見られるのは恥ずかしいようです。

 

 なにが楽しいのか盛り上がるウマ娘たちと家族たち。勘弁してくれと言わんばかりに机に突っ伏す貴方に、キングヘイローがそんなに母親が苦手なのかと問いかけました。

 家族愛と感情は別物なのだと半ばヤケクソ気味に答えた貴方の耳には、そういうものなのかと驚きと納得を含んだキングヘイローの呟きは届くことはありませんでした。

 




次回はキング視点です。


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『サハス ラーラ』

答え合わせの時間。


 もしも、ルームメイトが興味を抱かなければ接点は永遠に得られなかったのだろう。

 

 無関心ではない。単純に、噂のトレーナーのことなど気にかけている余裕が彼女には無かったのだ。母親の付属品としてではなく、自分自身で一流の価値があると証明する必要があったから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇキング。最近なんだか走り方、変わったよね?」

 

「そう……かしら? タイムが縮んだのは確かだけれど」

 

「ふむふむ? これは誤魔化してるんじゃなくて、自分で気が付いてないパターンですなぁ。うん、まぁ、私は脚質が全然違うから上手く表現できないけどさ。な~んか変わったな~って思ってね。こうして秘密を探るためにコッソリ後をつけようとしたワケですよ」

 

「直接話しかけておいてコッソリもなにも無いでしょうに……」

 

 

 それはいつものように例のトレーナーのルームへ向かう途中のことであった。友人のひとり“セイウンスカイ”が走り方の変化について興味深そうに……というよりも面白がっているようにキングヘイローに語っていた。

 実際のところ指摘された通り、彼女自身には変化についての自覚はない。タイムなどの数値として見える部分での成長はともかく、走り方を意識して変えたつもりなどないからだ。心当たりがあるとすれば、せいぜいあの性格に問題のあるトレーナーの小言ぐらいなもので。

 

 

「やっぱり例のトレーナーさんのおかげ? さすがウマ娘で一儲けしようって堂々と宣言しただけあって、トレーニングもスパルタだもんね~。いやいや、セイちゃんには絶対ぜ~ったいムリですよあんなの」

 

「へ? あー、えぇ、そうね……スパルタ……。そうよね、なにも知らなければそう見えるかもしれないわね……」

 

「おや、その様子だと実際は違うと?」

 

「あれはその、タイムリミットがあるから仕方なくそうなっているというか……」

 

「??」

 

 

 曰く。

 

 ミスターシービーは一人暮らしなので家事その他を自分でやらなくてはいけないので早めに帰らなければならない。

 

 アイネスフウジンはアルバイトに行かなければならないので身支度や移動時間も考慮してスケジュールを組む必要がある。

 

 トウカイテイオーは調子にのってオーバーワークにならないようマヤノトップガンが上手に誘導して切り上げさせないといけない。

 

 ハルウララは以前よりトレーニングに集中できるようになった弊害で早々にエネルギー切れを起こしキングヘイローが回収している。

 

 

「ちなみにライアンさんには特に急ぐ理由はないのだけれど、ついでに巻き込まれている形よ。密度の濃いトレーニングが出来て満足だと清々しい表情をしていたわ」

 

「お、おぅ……。想像していたよりも普通と言うべきか、しょうもないと言うべきか判断に困る理由なことで……」

 

「あと、トレーナーもとんでもないサボり癖の持ち主だからすぐルームに帰りたがるのよ。というか、そもそも出ようとしないわ。いつもテイオーさんが部屋から蹴り出しているもの」

 

「えぇ……?」

 

 やれやれと肩をすくめるキングヘイローの態度に、適当さに自信のあるセイウンスカイも流石に呆れを隠せないでいた。トレーナーと呼ばれる者たちは、もっと融通のきかない堅苦しいものだとばかり思っていたからだ。

 だが思い返してみればあのトレーナーにはそういう雰囲気は最初からなかったかもしれない。服装が高級そうなスーツではなく、教官たちが着るようなジャージだったこともあり──いや、それ以前に。

 

「興味があるなら1度、彼のルームに遊びに行ってみることね。一応言っておくけれど、()()()()()()()()()()()()()()()()よ?」

 

「……へぇ。それはたしかにお邪魔してみたくなる情報ですなぁ。テイオーちゃんたちが言ってた極上ソファーとやらも、お昼寝マイスターのセイちゃんとしては──あれ、着信? ……キング、出なくていいの?」

 

「えぇ。相手が誰なのか、用件がなんなのかもわかりきっているもの」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……さすがに、無視は卑怯だったかしら?」

 

 セイウンスカイを見送ってから端末の画面を確認すると、先ほどの電話は案の定──母親からのものだった。

 

 もともとレースの世界に飛び込むことを反対していたこともあり、トレセン学園に入学してから何度も諦めて帰ってこいと言われ続けている。

 つい先日もいつも通り、同じようなセリフを母親から言われたキングヘイローであったが……今回は少し事情が違った。全ての距離でGⅠレースに勝利するためのトレーニング中だから帰れないと反論したのだ。

 

 これにはさすがの母親も驚いたらしい。当たり前だ、レースはウマ娘の脚質に合わせて選ぶのが常識だ。そこを間違えればどれだけ才能に恵まれていようと勝つことは難しい。

 いや、勝てないだけならまだマシなほうだろう。最悪の場合、脚を壊して2度とコースに立つことは出来なくなる。例えば日本ダービーに憧れたスプリンターが、例えば2大マイル戦覇者が有マ記念で、といった事故は過去にもあったのだ。

 

 普段は淡々と否定の言葉を投げ掛けてくる母親も、このときばかりは狼狽えて説明を求めてきた。一瞬どうしようかと迷いもしたが、下手にトレーナーのことを説明して面倒を起こされるのも()()()()()と考え……意趣返しも兼ねて一方的に通話を終了したのだ。

 

 

「親子の愛情と心の在り方は別、か。どうしてそんな単純なことに気が付けなかったのかしら。……一流を名乗るには、まだまだ視野の広さが足りていないわね」

 

 

 本気でトレセン学園を辞めさせたいのであれば、わざわざ説得などしなくても方法はいくらでもある。なにせ学費を含め、トレセン学園で生活するための費用は全て家が負担してくれているのだから。

 おかげでアイネスフウジンのようにアルバイトなどしなくても、勉強やトレーニングに集中できる環境にある。どう考えても諦めさせたい親の対応ではないだろう。

 

 

 もしかしたら、娘の可能性を信じたいという気持ちはあるのかもしれない。

 

 だが、レースの世界の厳しさを知るが故に成功を疑うのも理解できる。

 

 

 信じたいのに疑ってしまう。だがそれはきっと特別なことではなく、誰もがそうした心の弱さを抱えているのだろう。どこかのおバカのように感情も常識もお構い無しに自分を貫けるほうが稀有な存在だ。

 

 まぁ……結局のところ、これはただの推察でしかない。あるいは、そうあって欲しいという願望か。それに、仮に母の考えが理解できたからといって素直になれるかどうかは別の問題だ。

 いまさら心配してくれるなら仕方ないと考えを改めて帰るのは──なんというか、負けた気がする。向こうが意地を張っているところに自分だけ折れるのはプライドが許さない。なにより、このまま帰るにはトレセン学園での生活は魅力的過ぎるのだ。

 

 ならばどうするか? 決まっている、貴女の心配など時間の無駄だと証明してやるしかない。私が貴女の娘である限り走り続けるしかないのだと、それだけ私にとって貴女の背中は憧れなのだから諦めろと……いや、これはムリ。こんなもの伝えるのは恥ずかし過ぎて頭が確実に沸騰する。

 おそらくあの頑固で不器用な母のことだ、どれだけ結果を示そうとも、それこそ本当に全ての距離でGⅠを制覇したとしても素直に認めるようなことはしないだろう。これは予感ではなく確信だ。そうでなければ自分はもう少し楽な生き方を選べる性格に育っていたはずだ。

 

 思わず笑いそうになる。なんとも下手くそな親子関係もあったものだ。

 

 どういうわけか、レースが終わるたびに言い合いをする姿が簡単に想像できてしまう。第三者から見ればなんとも滑稽な姿だろう。

 だがきっと、私たち母娘はそれでいいのだ。なに、母親のことが苦手な一流のトレーナーがいるのだから、母親のことが苦手な一流のウマ娘がいてもおかしくはない。

 

 

「……っと、いけない。急いでルームに向かわないと。またウララさんが水槽へにんじんアイスを入れようとしたら大変だわ」

 

 

 次の着信にはしっかりと応答しよう。そしていつものように帰ってこいと言う母親に、いつものように帰らないと言い返そう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……で、あなたたちはなにをやっているのかしら?」

 

「いや、ホラ。疲れたときには甘いものがいいって言うでしょ? だからさ、スポーツドリンクにもタップリはちみつを入れれば効果も倍増すると思って」

 

「冷蔵庫の中にね、おいしそうなはちみつがた~くさんあったんだよ! だからね、これでドリンクを作ればげんきもた~くさんでるねっておはなししてたんだ!」

 

「……うん、まぁ、なんというか。ほぼハチミツの味しかしないの。これを運動のあとの水分補給にするのはさすがにキツいの。ぜってー喉に引っかかって飲めないの」

 

 途中アイネスフウジンと合流しルームにたどり着けば、部屋を開けた瞬間に脳天にハリセンを叩き込まれたかと錯覚するほどの甘い香りが襲いかかってきた。

 どうやらトウカイテイオーとハルウララが冷蔵庫にあった物でスポーツドリンクを自作していたらしいのだが、ひと口味見をしたアイネスフウジンの眉間がとんでもないことになっている。

 

 キッチンスペースを見れば空っぽの瓶がふたつ。それだけ使えば甘味もとんでもないことになるだろうと何気なくラベルを確認したキングヘイローだが……。

 

「──ッ!? ちょ、テイオーさんッ! あなた、これ冷蔵庫にあったのよね!? もしかしなくてもトレーナーの私物よねッ!?」

 

「そりゃトレーナーの部屋の冷蔵庫にあったヤツだもん、もしかしなくてもそうだよ。中の物は自由に使ってもいいって言われたのキングだって知ってるでしょ? いったいなにをそんな慌てて──う゛ぇッ!? コレってッ!?」

 

 

 キングヘイローは一流を自負するウマ娘である。故に、嗜好品の値段についても明るいのだ。例えば、国内ではすでに生産されていない、所有しているだけでステータスになるような超高級なハチミツの銘柄だって知っているのだ。

 ただ、そんなヴィンテージ物をスポーツドリンクのために無断で使用したときにどう対処するのが正解なのかまでは……さすがに教養の範囲外であったらしい。




もちろんキングヘイローのことは大好きです。ときどきホーム画面のセンターに設定しているくらいには。(いつもはランダム)

ついでにカミカゼキングのことも大好きです。ホローチャージで粉々に吹き飛ばしてやりたいぐらいには。(いつでもガッデム)


続きは蚊取り線香が活躍するようになったら、次の登場ウマ娘はエアグルーヴになります。


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たわければ。

蚊取り閃光(光学5%、cost:12)


「フォッフォッフォッ。青春の汗を流す若者たちを見守りながら食べる焼きそばは格別じゃのう。あ、トレーナー。からしマヨネーズ使わねーならアタシにくれよ」

 

 

 時刻は門限まであと少し。貴方は現在、校舎から一番離れた第9レース場で練習に励むウマ娘たちを眺めながら焼きそばを食べています。

 

 もちろん自主的に監督を引き受けたワケではありません。何人かのウマ娘たちから、夜も練習をしたいので取り引きをしたいと申し出があったのです。

 本来であれば取り合うことなく追い払うのが正解なのですが、案の定余計な閃きに優れた貴方はその程度であれば取り引きをするまでもないと承諾しました。

 

 

 なんと貴方は、真面目に練習するウマ娘たちに嫌がらせをすることでヘイトを稼ぐことを思い付いたのです! 

 

 

 チート能力を悪用することを躊躇わない貴方は、学園から近い地元の商店街でテイクアウトしてきた焼きそばの味と香りをお店の人に心の中で謝罪をしながら強化し、レース場全体に行き渡るようにしました。

 夕食を済ませたウマ娘がほとんどですが、走ることでエネルギーを消費している彼女たちの身体はカロリーを求めています。思惑通りにウマ娘たちは貴方を「あの野郎いつかレースで勝ったら記念の蹄鉄顔面に叩き付けてやる」と相談しながら睨んでいるようです。

 

「いや、マジでウメェなコレ……。あの店のヤツだよな……? なんでこんなパワーアップしてんだ……? ──で、お金だいちゅきトレピッピ的にはどうよ。儲かりそうなウマ娘は見つかったのか? たとえばホレ、あそこ。あの副会長サマなんてどうよ?」

 

 当たり前のように隣に座りお皿から焼きそばを失敬するゴールドシップについて、貴方は深く考えないことにしたようです。何故なら相手はゴールドシップ、自然災害の親戚のようなものと割り切ったのでしょう。

 行儀が悪いから割り箸を人様に向けないようにとやんわり注意をしつつ、ゴールドシップが示した先を見ればそこにはトレセン学園生徒会の副会長“エアグルーヴ”が走っている姿がありました。

 

 生徒会活動や後輩の指導、そして花壇の世話などで忙しいエアグルーヴが夜間のレース場が使えると聞けば利用したくなるのは貴方にも理解できます。

 しかし、それなら自分のような悪のトレーナーではなく、もっとまともで真面目なトレーナーに相談するほうが安心して練習できるのに……と、貴方は疑問に思っているのですが──。

 

「そりゃオメー、エアグルーヴの面倒を引き受けたいトレーナーなんて大勢いるけどよ。担当でもないウマ娘のためにこんな時間まで付き合う義理なんて普通は無いし、そもそも育成評価の高いトレーナーたちは生徒会とか辞めるよう()()してくると思うぜ? ま、GⅠ狙うなら走ることに集中しろってのは……わからなくはねーけど、な」

 

 お口の周囲に青のりが付いているものの真剣な表情のゴールドシップ。彼女がボケを控えて真面目に語るときはそれなりの事情があるのだろうと貴方は知っています。

 たしかに生徒会活動を否定されるかもしれないとなれば、あのエアグルーヴが素直にトレーナーの言うことを聞き入れることはしないだろうと納得しました。

 

 ですが、納得できたところでそれはそれで心配してしまうのが貴方です。アプリの記憶を持つ貴方は、エアグルーヴがレースで十全に力を発揮するためには支えとなるトレーナーが必要だろうと考えているからです。

 この世界ではトレーナーと契約していなくとも出走できることをいまの貴方は知っています。なるほど、エアグルーヴであれば己の在り方を否定するようなトレーナーなど不要だッ! とソロデビューする可能性は高いでしょうから、貴方が気にかけたくなるのも仕方ありません。

 

 彼女にとって生徒会活動や後輩との関わりが大切なものであることを理解し、その上で目標であるGⅠレース『オークス』に勝つために影となり日向となって支えてくれる。そして時には無茶をするであろうエアグルーヴを休ませることができるような柔軟さを持ち合わせたトレーナーがいてくれるなら。

 エアグルーヴの活躍を見たい貴方は、そんなスーパートレーナーが都合よく現れてくれることを期待しながら、デザートの杏仁豆腐を勝手に開封しようとするゴールドシップの顔面を鷲掴みにして締め上げるのでした。




結晶化したハチミツもあれはあれで美味しいものです。

モンハンの素材かな? と思うほどの硬度をどうにかできるアテがあれば、ですが。


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雑煮で。

 レースを“勝利する”ではなく、レースを“支配する”と表現されるところに、エアグルーヴがどれほど強い牝馬であったのかが読み取れます。

 

 女王・ダイナカールとの母娘二代のオークス制覇はもちろんのこと、牡馬と同じレースでも勝てるという評価。レースを、そして勝利と敗北を理解しており、ときには相手を睨み付けたとも言われているほどの負けん気は、グルーヴの名の通りファンをワクワクさせたことでしょう。

 

 

 そして現在。その強さから“女帝”と称された名馬と同じ名を持つウマ娘は、貴方を正面から睨み付けています。

 

 

 基本的に貴方はウマ娘側からのアクションがなければ放置して見ているだけです。それはつまり場合によっては個別に対応してしまっているということであり充分大問題ですが今更なのでひとまず置いておきましょう。

 基本ではなく例外的に貴方のほうから積極的に関わるとき、それはウマ娘たちに怪我のリスクが発生したときです。視覚的な情報として疲労の蓄積が見えている貴方は、確実にオーバーワークとなり明日以降に影響が出そうなウマ娘の練習は認めていません。走っている間はいつでも絶好調な異次元の逃亡者などは完全放置ですが。

 

 つまり貴方が声をかけたエアグルーヴは現在、体調不良を気力で補って立っている状態なのです。

 

 とはいえそこはさすが未来の女帝。皆の手本であろうとする姿勢から、素直に引き下がろうとはしません。

 これがアプリのトレーナーであれば上手に誘導できるのかもしれませんが、貴方の場合はそもそも相手に嫌われるのが目的ですので遠慮や配慮など考えてはいないのです。渋るエアグルーヴを相手に、貴方は容赦なく周囲を巻き込みつつ批判をしました。

 

 

 自惚れるな、自分の体調管理もできないようなヤツに世話してもらわなければならないほど、ここにいるウマ娘たちは弱くない。お前の背中を追いかける後輩が無茶をして怪我をしたとき、お前はなんて声をかけるつもりだ? その程度で情けないとでも言うつもりなのか? 

 

 

 自分に向けられた批判には耐えられても、自分が理由でほかのウマ娘たちまで悪し様に言われることは我慢できなかったのでしょう。貴方は見事、エアグルーヴを帰らせることに成功しました。

 貴方の悪役ぶりにコースの管理スタッフが「もう少し優しい言い方があるんじゃないか?」と口出しをしてきました。ウマ娘だけでなく学園スタッフにもマイナスアピールをする絶好のチャンス、貴方はさらに強気で言葉を続けます。

 

 

 それで怪我をされたら意味がない。彼女が目標とするレースに勝てるのならば、どれだけ恨まれようが知ったことではない。

 

 

 堂々と言い切った貴方の態度に諦めたのか、スタッフはそれ以上はなにも言わずに立ち去りました。またもや勝利してしまった、きっと明日にはスタッフ同士で自分の悪口で盛り上がるに違いないと貴方は内心ウキウキです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 今日()満点の悪人ムーヴができたとご満悦で帰り支度を済ませた貴方ですが、いざ駐車場へ向かおうかというタイミングで正面から数人のトレーナーたちがやって来ることに気が付きました。

 胸元のトレーナーバッジを見れば、育成評価が『A』以上の──GⅠウマ娘を育てた経験のあるトレーナーたちであることがわかります。トレーナー同士の交流に欠片も興味のない貴方には誰が誰だかサッパリですが、偉そうな立場の相手ということさえ理解できれば充分です。

 

 トレーナーたちが貴方の前で立ち止まりました。どうやら偶然こちらの方向へ歩いてきたワケではなく、貴方に用事がある様子。

 本来であれば後輩である自分が頭を下げて挨拶をするべきであることは理解しています。理解しているからこそ貴方は相手が先に用件を切り出すのを待つことにしました。

 

 沈黙のまま10秒ほど時間が流れ、ついに向こう側が折れて頼んでもいない自己紹介を始めました。どうやら彼ら彼女らはいわゆる“名門”と呼ばれるトレーナーたちのようです。

 それを知った貴方は、表面上は冷静を装っていますがテンションが急上昇しています。これはもしかしなくとも、自分の悪行ぶりに対して正義感のあるトレーナーたちがついに行動を起こしたのだと大喜びです。しかし──。

 

 

「エアグルーヴに関わるのを止めろ。彼女はGⅠウマ娘になる才能を持った貴重なウマ娘なんだ。なんの実績もない寒門トレーナーの出る幕じゃない、身の程を弁えろ」

 

 

 そういうセリフはもっと早くに、それこそミスターシービーとの取り引きが始まった時点で聞きたかったのに。

 

 学園から立ち去れと言われることを期待していた貴方はガッカリしてしまいましたが、これはこれで努力が実を結んだ形だなと妥協することにしたようです。それに、これは追放のヒントを得るチャンスです。ここはしっかりと先輩方のお話に耳を傾けるとしましょう!



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氷結。

 名門出身というだけあって回りくどい言い方が多かったものの、20分もあればルービックキューブを1面揃えることができる性能を誇る貴方の頭部CPUは問題なく情報を整理することができました。

 どうやら名門トレーナーのみなさんは、自分が邪魔をするせいでエアグルーヴをスカウトできずに困っているのだと文句を言いにきたのだ、そう貴方は判断したようです。

 

 これにはさすがの貴方もどうしたものかと悩みました。そもそも夜間練習の話はほかのウマ娘からの頼みごとですし、エアグルーヴをスカウトしたいのであれば生徒会活動や後輩たちとの交流を尊重して支えてあげれば解決する──と。ここまで考えたところで、貴方は自分がとんでもない思い違いをしているのではと気付きました。

 

 

 そう……前世の記憶がある自分とは違い、ほかのトレーナーたちはそれらがエアグルーヴの精神的な支柱の一部であることを知らない可能性があるのです! 

 

 

 そういうことならば話は早い。情報を共有することで名門トレーナーたちのスカウトが成功するように協力しようじゃないか。彼女がオークスに勝てると信じているようだし、実績もあり理解もあるトレーナーであれば、エアグルーヴもとりあえず話ぐらいは聞いてくれるだろう。

 とはいえ、情報の伝え方は慎重に考えなければいけません。ここは悪人らしい言い回しは不要な場面ですし、誤解が生まれないよう簡潔で分かりやすく伝える必要があります。

 

 

 手始めに貴方は「ウマ娘の姿が見えていないからスカウトに失敗するのだ」と、ウマ娘の個性に注目するよう促しました。

 

 そして「エアグルーヴがなにを大切にしているか知ろうとしないから相手にされない」と、より具体的なアドバイスを贈ります。

 

 最後に「本当にエリートならそれぐらいできるだろう? 立派なトレーナーバッジを付けているのだから」と言いながら、自分の育成評価『G』のバッジを人差し指でコンコンと叩きました。

 

 

 おめでとうございます! あえて格の違いをアピールすることで相手の自尊心を持ち上げる高度なテクニックを用いた説得により、貴方は無事エリートトレーナーたちを怒らせて追い払うことに成功しました! 

 

 

 あれ? おかしいな。どうしてこうなった? そんな疑問を抱いた貴方ですが、エリートたちに目の敵にされたなら結果オーライだなと鼻歌など奏でながら車に向かおうとして──。

 

 

「──ッ!? あ、いや、その、なんだ……。こ、こんばんは……」

 

 

 挙動不審なエアグルーヴと鉢合わせました。

 

 それと、彼女の背後には笑いすぎで過呼吸にでもなったのか、ご年配の女性──ほんの一瞬ですが胸元にトレーナーバッジが見えたので、おそらくはこの学園のベテラントレーナーでしょう──が、うずくまっていました。

 念のため大丈夫ですか? と貴方が声をかけると「大丈夫よ、問題ないわ! ……ンフッ」と、完全に笑いのツボに入っている様子。これは下手にさわるといつまでも抜け出せないパターンだろうと貴方はあえて無視することにしたようです。

 

 

「ひとつ、聞きたい。貴様はなぜ……ウマ娘たちを支えるのだ? どうしてあれほど──おい、まて。なんだその顔は」

 

 

 エアグルーヴの唐突な質問に答えるより早く、貴方は全身から「コイツなに言ってるんだ?」オーラが出そうなほど怪訝な顔になりました。

 

 それもそのはず。なぜなら貴方は、エアグルーヴの質問が貴方という個人に問いかけたものであると理解できないからです。

 トレーナーとして働いている意識は砂粒ほどにも持ち合わせていませんし、ウマ娘たちには暴言こそ投げつけているが励ましの言葉など1度たりとも口にしたことがないと本気で思っているからです。

 

 つまり、さきほどのエアグルーヴの質問は貴方の脳内フィルターを通過すると意味合いとしてはこうなります。

 

 

『お魚屋さんはなぜお魚を売っているのか?』

 

 

 そりゃトレーナーなんだからウマ娘の世話するだろう仕事なんだから。いやまてエアグルーヴがこんなマヌケな質問をするはずがない。なんだ、哲学的な問い掛けか? それともオサレバトルで有名な漫画みたいなポエミーなセリフを言えばいいのか? 勘弁してくれ俺に心に響くような語彙力なんてあるワケねーだろマジどうすればいいんだコレ。

 

 混乱した貴方はとりあえず思考を放棄するようです。そうだ、こういうときはシンプルにいこうと前世と今世、4人の親による「知らないことを恥ずかしがらずに人に聞ける大人になりなさい」という教えに従うことにしました。

 

 貴方はエアグルーヴへ向け「質問の意味がわからない。トレーナーがウマ娘を支えるのにどうして理由が必要なのか?」と問い返します。

 エアグルーヴからのリアクションはありません。代わりに、彼女の背後にいたベテラン女性トレーナーがとても良い笑顔でサムズアップをしたものですから、貴方はますます混乱してしまいました。



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ガードキル。

「失礼する。取り引きがしたい。夜間練習に参加しているウマ娘たちのためにトレーニングマニュアルを作成してほしい。もちろん個別に、などと贅沢は言わん。大まかな指標になればそれでいい」

 

 

 先輩トレーナー方との交流に失敗してしまった翌日、重箱の包みを抱えたエアグルーヴが貴方のルームにやってきました。

 

 貴方の監督役はあくまで名目であり、夜間練習はウマ娘たちの自由にさせています。エアグルーヴが言うには、いままではそれでよかったものの、これから人数が増えるとトラブルも確実に増えるだろうとのこと。

 追放を希望する貴方としては、自分が監督しているときにトラブルが発生するのは望むところです。しかし、自分のような下っぱよりも先に学園の責任者である秋川やよい理事長が頭を下げることになるのは確実ですし、ウマ娘同士のケンカや最悪の場合レースに影響するような怪我をしてしまうかもしれません。

 

 貴方がエアグルーヴとの取り引きに応じると、昼の時間に手間取らせた詫びだと重箱のお弁当を差し出しました。貴方としてはこれが取り引きの報酬扱いでもよかったのですが、それとこれは別だとエアグルーヴは水筒まで取り出します。

 本人がそう言うならばと、ほかのウマ娘たち同様“貸しひとつ”と貴方が提案すると、今度こそ納得した様子でエアグルーヴが退出しました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 さて、これから貴方はウマ娘たちのためにトレーニングメニューを組まなければなりません。

 

 作業そのものは特に問題はないでしょう。貴方は学生時代、チート能力を使い無尽蔵の体力を得てトレーナー業務に必要になりそうな知識を片っ端から頭に叩き込んでいるからです。

 しかし、ここで貴方は新たな追放計画を思い付いてしまいました。トレーニングメニューを利用すれば、さらなる嫌がらせをウマ娘たちに仕掛けることができるかもしれないと考えたのです。

 

 まず貴方はトレーニングメニューを32種類制作しました。芝とダートで2種類、それを距離別に分けて8種類、そこから脚質に合わせて32種類です。

 

 そしてこれを監督役という立場を利用してウマ娘たちに押し付けることにより『担当でもないトレーナーにお前の適性はこれだと一方的に決められた!』と不満を爆発させる。

 これには提案者のエアグルーヴも怒り心頭間違いなし、あんなたわけトレーナーに頼るべきではないと大勢のウマ娘たちに注意喚起をしてくれるはず。

 生徒会の副会長という立場による発言力と、メイクデビュー前から後輩たちに慕われるほどのカリスマとコミュニティをもってすれば、もとより虫の息である自分の評価など霞と消えるに違いないとほくそ笑みを浮かべています。

 

 とはいえ、ウマ娘とトレーニングプランの組み合わせだけは真剣に考えなければいけません。

 

 もっとも、食事をしながらとはいえ事故を未然に防ぐために練習そのものは本気で観察していましたので、夜間練習に参加しているウマ娘たちの能力は概ね把握しています。

 加えて、自身の野望のためとはいえ引き受けたからには最低限の礼儀だろうと、監督しているウマ娘たちの顔と名前は全て記憶しています。

 なので、あとはひとりひとりの走り方の癖や性格による競り合いの仕掛け方などを丁寧に思い出しながら組み合わせるだけの簡単な作業でしかありません。

 

 

 2時間ほどで全ての作業を終えた貴方は、明日以降どれだけのウマ娘たちから悪意のある視線を向けられるのかを楽しみにしながら、空になったお弁当の重箱を洗い始めました。




次回はグルーヴ視点です。


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『あるいは理想の始まりの暗示』

答え合わせの時間。


 利益のみを目的とする姿勢は、むしろ好都合ですらあった。

 

 ちょうど名門の肩書きを理由に上から物を言われることに辟易していたタイミングだった。生徒会で話題になったときこそ周囲の反応に合わせていたが、金銭目的ならばむしろ御しやすいとすら考えていたのだ。

 トレーナーライセンスを獲得しているのだから最低限の能力は有しているはず。もとより賞金には興味なく、報酬さえ渡せば充分な仕事をしてくれると考えればそれほど悪くない……と。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あら珍しい。門限までまだ時間があるとはいえ、真面目なグルーヴちゃんがこんな時間に外にいるなんて」

 

「……どう、も」

 

 体調不良を理由にコースから追い出されてからずいぶん時間が経過したが、エアグルーヴは未だに部屋に戻らず外にいた。

 1度気力が途切れてしまえば身体は正直なもので、手足が思うように動かない。ぼんやりと指を見つめて動かしていたところに声をかけられたものだから、顔見知りのベテラン女性トレーナーへの返事もつい適当になってしまう。

 

「貴女がそんなふうに悩んでいる姿を見るのは久しぶりね? 前はそう……ベルちゃんのことで相談を受けたときかしら」

 

「はい、彼女のことに関しては感謝しています。まだまだ周囲の視線が気になるようですが、以前よりはずいぶん走りに集中できるようになりました」

 

「それだけあの娘ががんばり屋さんってことね。もしくは憧れの先輩に少しでも恩返しがしたくて、精一杯の見栄っ張りをしてみたとか」

 

「──ッ!」

 

 

 憧れの先輩、という単語にエアグルーヴが反応したことを女性トレーナーは見逃さない。目の前の少女が悩みを()()()()ときは大抵が後輩の話であることは知っているので、意図的にそういう流れに持っていったのだが……どうやら今回はいつもとは事情が異なりそうだ。

 おそらくだが、こちらから促せばエアグルーヴは悩みを口にするだろう。しかしそれでは意味がない。女性トレーナーはあえてそこには触れず、他愛のない世間話を続けることにした。

 

 多少ぎこちないものの、いくらかは緊張が解れたのだろう。会話を続けるうちにエアグルーヴに柔らかい笑みが戻り始めた。そして。

 

 

「あの男が……第9レース場で希望者のために夜間の練習時間を設けているのはご存知ですか?」

 

「えぇ、もちろん」

 

「私も利用しているのですが……今日、体調不良を理由に追い返されました。そのことに不満はないのですが、帰れと言われたときに、私を慕う後輩たちから向けられた視線に少し……思うところがありまして」

 

 

 私たちなら大丈夫です、と。

 

 

 誰かに直接そう言われたワケではない。だが、彼女たちの眼には強い意志の輝きが宿っていた。あの男が言っていたように、自分が見守らなければ走れないほど後輩たちは弱くないのだと知ったとき──少しだけ、寂しさを感じてしまったのだ。

 後輩たちの見本となれるような走りを心掛けてきた。自分が母に憧れてレースの世界に足を踏み入れたように、自分も誰かの背中を押せるウマ娘になりたいと努力を続けてきたというのに。

 

「それから色々と考えてしまったのです。生徒会副会長という立場にありますが、私はまだメイクデビューすら済ませていません。そんな私の言葉に説得力などあったのだろうか、後輩たちが慕ってくれていることに甘えて自己満足に浸っていただけなのではないか……と」

 

「なるほどねぇ。実に貴女らしい優しい悩みね。これまで自己満足のために大勢の夢を踏みにじってきた私とは大違いねぇ」

 

「──は?」

 

「あら、別に驚くところではないでしょう? だってレースの勝者は常にひとりですもの。ひとりのウマ娘を10回レースに勝たせれば100人以上の心をへし折ることになるのよ? もちろんウマ娘だけではなくトレーナーたちもね。レースに負けて学園を去るのはウマ娘だけの特権ではないの。知らなかった?」

 

「な……に、を……」

 

()()()()()()

 

「──ッ!?」

 

 

「ひよっこ風情が自惚れてんじゃないよ。他人の夢を踏み砕いてでも栄光を掴みたいって連中が本気の我の張り合いすんのがレースの世界なんだ。外付けの理由でしか走れない意気地無しのために空いてるゲートなんてありゃしないのさ。わかるかい? 自己満足すら抱けない半端者なんてお呼びじゃないんだよ」

 

 

 普段の温和で皆に慕われているトレーナーの姿はどこにもない。そこにいたのは一般家庭からレースの世界に飛び込み、担当ウマ娘たちと海千山千の猛者たちに挑み、ついには最高の育成評価『S』を手にしてみせた剛毅なる挑戦者そのものであった。

 

「……まぁ、これはさすがにちょっと大げさだけれど」

 

「いや、完全に本気でしたよね? 眼力だけで窒息するかと思いましたよ」

 

「そうよ~? だって本気で悩んでいる相手には、こっちも本気で応えてあげないと失礼でしょ? と、いうワケでグルーヴちゃん。貴女はもう少しエゴイストになったほうがいいわね」

 

「エゴイストに、ですか?」

 

「えぇ。だって、お母さんに憧れているんでしょう? オークス、勝ちたいんでしょう?」

 

「……はい。勝ちたい……です……」

 

 さすがに急ぎ過ぎたか。真面目な性格のウマ娘は似たような悩みを抱えやすいことを女性トレーナーはよく知っていた。

 この手の悩みは解決に時間がかかることが多い。だが自分も担当ウマ娘を何人も抱えている以上、いつまでも相手にしているワケにはいかないのだ。担当ウマ娘とそうじゃないウマ娘と、ふたりが困っていたら迷わず担当ウマ娘を助けるのがトレーナーという()()()だ。

 むしろ、それができないのであればトレーナーになるべきではない。その場の勢いと甘ったれた正義感で両方救おうなんて考えるトレーナーは一年と持たずに自らバッジを棄てることになる。優しいだけのトレーナーに価値など無いのだ。

 

 とはいえ、ここまで話しておいてこのまま放置するのはさすがに薄情過ぎるだろう。なにか都合よく妙案がポンッ! と浮かばないものかと女性トレーナーが頭を捻っていると──。

 

 

 

 

 

 

「エアグルーヴに関わるのを止めろ。彼女はGⅠウマ娘になる才能を持った貴重なウマ娘なんだ。なんの実績もない寒門トレーナーの出る幕じゃない、身の程を弁えろ」

 

 

 

 

 

 

「いまの声……アレはッ!? 」

 

 うんざりするほど聞き覚えのある声。だが、いつもの上から目線のスカウトとは違う明確な敵意を含んだ声色。どう考えてもただ事ではないと現場に向かってみれば、そこではジャージ姿の青年が──話題に事欠かない問題児トレーナーが、ほかのトレーナーたちに取り囲まれていた。

 

「あら、間の悪い。それになんだか剣呑な雰囲気ねぇ」

 

「なにを呑気なことを──」

 

「まぁまぁグルーヴちゃん、落ち着きなさい。貴女が出ていったところでなんの役にも立たないし、余計に拗れるだけよ?」

 

「ぐ……ッ!?」

 

「心配しなくても大事にはならないわ。()()()()。……そんなにあの子たちのことがキライかしら? たしかに色々と残念なところはあるけれど、トレーナーとして必要な能力は持ってるわよ?」

 

「ウマ娘が指示に従うのは当然だ、という態度を受け入れるほうが難しいでしょう。たとえその命令がどれほど理にかなっていてもです」

 

「まぁ普通はそうよねぇ。いくら立場が上だとしても、命令となると感情的にちょっとイヤよねぇ。ルドルフちゃんなんか生徒会長だけれど、あの子ほかのウマ娘に命令なんてしなさそうだもの」

 

 女性トレーナーの言い方にエアグルーヴが露骨にイヤそうな顔をする。彼女にしてみれば敬愛する生徒会長“シンボリルドルフ”と傍若無人なトレーナーとを比較されることすら面白くないだろう。

 ウマ娘たちの幸福を願うシンボリルドルフがほかのウマ娘へ命令などするワケがない。シンボリの名を誇ることはあっても、それを振りかざして意見を押し通そうなどと考えるはずがないのだから。

 

「そうよね~、たしかにルドルフちゃんはとっても優秀だし素敵よね~。()()()()()()()()()。……あら、いつの間にか向こうも盛り上がってるわね。さてさて、ボウヤはどんな対応をするのかしら?」

 

「なんでちょっと楽しそうなんですか……」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ふ、ふふ、んフフ♪ ちょ、あれ、あの子んフフフフッ。ちょっとンフ覚悟ありすぎンフフゲホッ、エホッ」

 

「いくらなんでも笑いすぎですよ」

 

 むせるほど笑い転げる女性トレーナーの姿に呆れつつも、先ほどのやり取りが見ていて痛快なのはエアグルーヴも同感であった。

 意見してくる者を相手に家の名を出して黙らせるのが常套手段だったが、それが全く通用しない相手には手も足も出ないらしい。まさか「今日はこのぐらいで勘弁してやる!」というセリフを実際に聞く日がくるとは思いもしなかった。

 

「アレ、いいわね~。バッジを指でコンコンって叩くヤツ。私もちょっとやってみたいわ~」

 

「止めて下さい本当に。貴女がそれをやるとシャレになりませんから」

 

 格下の育成評価『G』のバッジでやるから挑発行為になるのであって、それを『S』のバッジでやったら状況次第では脅迫行為である。

 まして、2人目のクラシック三冠ウマ娘と初代トリプルティアラウマ娘を育てたトレーナーがやれば、知らないところでどんな影響が出るかわかったものではない。

 

「うん……うん。グルーヴちゃん、貴女、しばらくボウヤのこと観察してご覧なさい。我が道を往くのお手本みたいなトレーナーですもの、きっと貴女に新しい発見を与えてくれるわ」

 

「我が道を往くというよりも、我が道しか往けないと表現したほうが正しいような……」

 

「我が道しか往けない男! なんだかキメ台詞みたいでカッコいいわね! 私もなにかそういうのが欲しくなっちゃうわ~。そうね、豪華絢爛にしか生きられない女とかどうかしら?」

 

 目の前の女性といい、あの男といい。優秀なトレーナーには変人が多いのか、それとも変人だからこそ優秀なトレーナーになれるのか。そんなことを考えていると。

 

 

 

 

「──あん? なにやってんだオメー」

 

 




エアシャカールはシャカールと略すことに抵抗がないのに、エアグルーヴはなんとなくエアグルーヴと呼びたくなる不思議。たぶん私だけでしょう。


続きはゴマだれ冷やし中華の美味しさが世間に露呈したら、次の登場ウマ娘はマルゼンスキーになります。


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バブリーいめーじ。

つけ麺も美味しいよね。


 貴方がうっかりトレセン学園に就職してしまってから、初めてのメイクデビューが近付いてきました。

 

 出走予定のウマ娘の情報も一般公開され、学園内はもちろんファンの間でも未来のスターウマ娘は誰になるかで盛り上がっています。本来ならば貴方もその情報を気楽に眺めて楽しんでいたはずなのでしょうが、素直に喜べない事情があります。

 貴方の取り引き相手であるミスターシービーの単独出走が決定したからです。本人からはトレーナーが見つからないのでメイクデビューに挑めないという話を聞いていたので、てっきり相性の良いトレーナーが見つかるまでは見送るものだと貴方は考えていました。

 

 制度として存在する以上は本人の自由です。ミスターシービーに限らず、それなりの人数がトレーナー不在でメイクデビューに出走するのですからそういうものだと割り切るしかありません。なので貴方も前向きに、レースに出るために相性の悪いトレーナーと組まされるよりはマシかと頭を切り替えることにしたようです。

 モチベーションの影響が大きいことは、以前にハチミツを食べ過ぎたのか顔色が悪くなるほど体調を崩していたトウカイテイオーで確認済みです。せっかく改善した脚の故障率まで上昇していたものですから、このときはさすがの貴方も焦りました。

 食べ過ぎが理由で怪我はいくらなんでも酷すぎる。今後は同じことがないように「お前の脚ならこれから何億と稼げるんだ。ハチミツ程度で調子を落としてるんじゃない」と、欲張って食い意地を張らないよう釘を刺すことでその場は解決しています。なぜかトウカイテイオーのやる気は普通を超えて好調まで上昇しましたが、貴方がその理由に気付く日はおそらく来ないでしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 夜間練習に参加しているウマ娘の中にも、メイクデビューが決定した子たちが何人かいるようです。いつもより走る姿から気迫が伝わってきますし、貴方が『脚質そのほか押し付けて嫌われちゃうぜ大作戦!』で制作したマニュアルを握りしめ、ウマ娘同士で積極的に意見交換などもしています。背に腹はかえられぬ、利用できるなら悪魔のトレーナーにでも魂を売り渡す覚悟といったところかと貴方は感心しています。

 

 ダートの長距離用マニュアルを見たときに転げ回るほど爆笑していたゴールドシップも、中距離追い込みに適性を持つウマ娘たちと一緒に、意外と真面目に走っています。破天荒の二つ名がこれから与えられるであろう彼女も、やはりメイクデビューを控えたウマ娘たちの前では悪ふざけも自重するようです。

 その代わり、というワケではありませんが、エアグルーヴはかなり忙しそうにしています。最初は貴方が直接ウマ娘たちにマニュアルを配布する予定でしたが、せっかく取り引きという理由付けもあることだし……と、組み合わせの名簿ごと彼女に丸投げしたからです。お前が作れと言ってきたんだからあとは自分でなんとかしろと押し付けたときの、エアグルーヴのしかめ顔はなかなか傑作で貴方も大満足でした。

 

 

 いよいよレース本番を迎えると浮き足立つウマ娘たち。担当のいない貴方は完全に他人事なのですが、まぁ今回ぐらいはと飯テロ行為を控えてのんびり練習風景を眺めていると。

 

 

「ハァーイ♪ あなたがシービーちゃんの言ってたトレーナー君ね! ちょっとトレーニングのメニューで相談にのってほしいんだけど、いいかしら? あたしともステキな取り引き……しちゃいましょ♪」

 

 

 現れたのはマルゼンスキー(ラスボスその2)でした。




個人的に、ウマ娘世界は『サザエさん時空』ではなく『クレヨンしんちゃん時空』だと思っています。時代は進んでも登場人物はそのままなところとか。なので時系列などのリアリティは基本的に無視して書いています。面倒なので(クズ作者)

まぁ三冠ウマ娘を達成したシンボリルドルフやナリタブライアンが当たり前のように日本ダービーに乗り込んでくるアプリのことを思えばなにを(文章はここで途切れている……)


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パイセンいめーじ。

 マルゼンスキーという馬の走りはとても素晴らしく、そしてとても異質なものかもしれません。

 

 ウマ娘ではミスターシービーと並び最強格の存在として扱われることも多く、アプリでもバグで鬼のように強化され登場したときですら「まぁこの2頭がモデルだしな……」とユーザーが納得するほどです。

 8戦8勝、生涯無敗。モデルとなったマルゼンスキー号のレースは、関係者の皆さんがマルゼンスキーこそが最強だと自信をもって語るほど圧倒的な強さでした。それこそ、その強さ故に生じた歪みは勝った負けたという単純な話では終わってくれなかったほどにです。

 

 ウマ娘のマルゼンスキーが「楽しく走れればそれでいい」と名誉にそれほど興味がなく、後輩たちはもちろん周囲のウマ娘たちを気遣うことが多いのも、その強さ故に良くも悪くも特別扱いされたマルゼンスキー号の影響なのかもしれません。

 

 

 さて、そんな特別扱いされるほど慕われているウマ娘が自分のようなトレーナーに何用なのかと聞いてみれば、なんとマルゼンスキーもメイクデビューに単独出走するのでアドバイスが欲しいとのこと。

 

 追放を夢見て過ごしている貴方ですが、実のところマルゼンスキーのトレーナーになる人物には興味津々でした。名誉に一切の興味を示さない世捨て人候補か、そうでなければ人生2回目かと言われたアプリトレーナーが現れるなら見てみたい、と。

 やはりそんな規格外のトレーナーなど存在しなかったらしい。少々残念に思いながらも、そういう事情であればアドバイスぐらいは引き受けてもいいかとトレーニング計画表を受け取りました。

 

 計画そのものは悪くないのですが、マルゼンスキーには必要なさそうなメニューがいくつか含まれています。貴方が手早くそれらを削除し始めると、横からストップの声がかかりました。

 どうやらマルゼンスキーなりに考えて、逃げ以外にも先行などの作戦も視野に入れてメニューを組んだようです。たしかに全てがプログラムで制御されるゲームとは違い、臨機応変に作戦を切り替えることを要求される場面もあるでしょう。

 

 

 貴方は少しだけ悩みましたが、やはり逃げ以外のトレーニングは不要であるとサクサクと消していきます。もちろんマルゼンスキーからは本当にそれでいいのかと疑問を投げ掛けられますが、貴方は特になにも考えることなく「それでいい」とあっさり答えました。

 

 トレーナー不在でレースを走るのであれば、臨機応変に走り方を変えるよりも得意な走りを徹底的に鍛え上げたほうが悩まなくて済む。

 なによりも、周囲のペースに合わせた窮屈な走り方はマルゼンスキーには向いていない。それなら最初から先頭で好き勝手にペースを作り、ラストスパートをフルスロットルで駆け抜けたほうが勝ちやすい。そのほうがマルゼンスキーらしくて好みに合うだろう。

 

 貴方の説明を聞いたマルゼンスキーは数秒ほど考え込んだようですが、それはナイスアイディアだと提案を受け入れました。

 とはいえ、貴方が提案しているのはあくまでトレーニングの計画でありレースプランではありません。実際の勝負でどこまで通用するかは未知数でしょう。1度コースに立てばそこはウマ娘のための舞台。いつものように余計なことさえ思いつかなければ干渉するつもりはありません。余計なことさえ、思いつかなければ。

 

 

 ちなみに貴方とマルゼンスキーの会話を聞いてソワソワしながらチラチラ視線を向けている異次元の逃亡者がいましたが、もちろん貴方は放置しています。

 ここで迂闊に自由に走れと、あるいはそれに近しい形で背中を押せば確実に面倒なことになると考えたからです。これほど冷静で的確な判断ができるということは、もしかしたら連日連夜の監督業務は貴方の心身に相当な負担を強いているのかもしれません。

 

 

 まずはアドバイスに従いトレーニングをして、それで迷うことがあればまたアドバイスを頼みたい。そう言い残してマルゼンスキーは立ち去りました。

 その前に取り引きの報酬としてレースの賞金で車を購入したら最初に助手席に乗せてくれるとの申し出がありましたが、車は自分で運転したい貴方は普通に断ったようです。ナイス判断、やはり休息が必要でしょう。



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ランナーいめーじ。

「……って感じで、メイクデビューはマイルを選ぶことにしたわ。目標はやっぱりGⅠよね~♪ いまのところ候補としては朝日杯フューチュリティステークスかしら?」

 

「なら、直接対決はクラシック級になってからだね。一応聞くけれど、ホープフルステークスに出る予定があったりはしないのかな」

 

「う~ん、さすがにGⅠを連続出走はちょっと欲張り過ぎじゃないかしら。気持ちの面では走れるつもりでも、脚のほうがご機嫌ナナメになっちゃう可能性もあるでしょ?」

 

「あはは、たしかに! まぁ幸いにして私たちは自分のペースで出走を選べるからね。1度きりのGⅠレースも魅力的だけれど、熱くなりすぎてムリしないよう気を付けないと」

 

 

 いつのまに自分のルームは魔王の集会所になったのだろうか。そんなことを考えながら、貴方は守銭奴アピールのために最近新しく購入したカージナルテトラなるお魚さんの水槽を眺めています。

 金持ちと言えば熱帯魚とか何種類も飼育しているイメージがあるなと考え、ウマ娘たちも世話をしたがるので初心者向けのオススメを店員さんに聞いて選びました。

 

 なお、ラスボス同士の談笑を気にしているのは当たり前ですが貴方だけです。ルームで寛ぐほかのウマ娘たちにしてみれば、ミスターシービーもマルゼンスキーも特別視するような実績はまだありませんので当然でしょう。

 

 話の内容としては“大舞台で勝負できたら嬉しいね!”という実にウマ娘らしい会話でした。実現するのであれば、それは貴方としても是非とも観戦したいレースです。

 純粋にウマ娘ファンのひとりとして、強いウマ娘同士が火花を散らしてデッドヒートを繰り広げる様子を見逃すワケにはいきません。

 

 

 そこまで考えたところで、貴方はとある疑問にたどり着きました。勝負するのはいいとして、いったいどちらの得意距離に合わせるのだろうかと。

 

 

 クラシック三冠ウマ娘を目指しているミスターシービーのトレーニング計画は中距離と長距離を走るためのメニューであり、貴方もそのつもりでアドバイスをしていました。

 マイルを走れないことはありませんが、充分な加速を得ることができないままラストスパートを仕掛けても、マルゼンスキーの速さに追い付くことはほぼ不可能であると予測できます。

 

 マルゼンスキーはこれまで重賞勝利などの具体的な目標を掲げていなかったことが影響しているのか、脚質に合わせたマイルに特化した走り方になっています。

 感覚として自分がどの距離に適性を持っているのか理解していたのかもしれませんが、そのせいで中距離を走るための筋肉が不足しています。自由に走っていた弊害とも言えるでしょう。

 

 お互いにメイクデビューの距離についても話していましたし、脚質の問題にも気が付いているはず。ならば解決策も用意しているでしょう。担当でもない貴方が気にする理由などありませんが、単純に気になるものは気になるのでした。

 

 

 貴方はふたりに質問しました。中距離以上で戦えばミスターシービーが、マイル以下で戦えばマルゼンスキーがほぼ100パーセント勝つことになるが、その辺りはどうするつもりなのか……と。

 

 

 穏やかな空気が流れていたルームが一瞬で静寂に包まれますが、好奇心旺盛な貴方はそんな変化を感じとることもなく言葉を続けます。

 

 

 得意な距離がハッキリと違うのだから、必ずどちらかが挑戦者となりどちらかが迎え撃つ形になる。能力そのものに大きな差はないが、脚質の影響で事実上は格上の相手にケンカを売るようなもの。

 それで勝とうとするのならば、自分の中にある可能性を引きずり出すぐらいのことはしなければならないだろう。それで、どちらが限界に挑戦するのか……と、貴方はふたりへ問い掛けました。

 

 

 ルームの中にはトレーニング効果で集中力が高まったのでしょう、黙々と宿題をこなすハルウララのペンの音だけが響いています。

 そんな冷えきった空間の中、好戦的な笑みで互いを見るミスターシービーとマルゼンスキー。そんなふたりの変化に周囲のウマ娘たちは冷や汗が止まりません。

 

 どうしてそう息をするように挑発するんだお前はと抗議の視線を貴方に向けますが、残念ながらその思いが届く可能性を引きずり出すことは東京優駿に勝つよりも難しいでしょう。



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激マブいめーじ。

「おっ、今日はたこ焼きかぁ! うんうん、ソースの味って男の子って感じするもんなぁ。こっちのソースかかってないトコ柚子ポンかけていい?」

 

「ほーん、なかなか悪くないなぁ。タコの歯応えもええし、紅しょうがの割合も絶妙やな。今度ウチも買いに行ってみよか」

 

 

 貴方は今日もウマ娘たちの練習する姿を眺めながら食事を楽しんでいます。参加しているウマ娘の人数が増えている気がしますが、メイクデビューが近いしそんなものかと貴方は気楽に考えています。

 実はこの中には、アルバイトの時間を日中の放課後に切り替えてまでこの夜間練習にリソースを全て注ぎ込んでいるウマ娘もいるのですが、もちろん貴方はそんな事情など知る由もありません。

 

 貴方が知っていることといえば、エアグルーヴから「購買部から生徒会に、突然特定の商品が売り切れるから在庫の整理が大変だと意見書が来てる」と聞かされたぐらいなものです。真夜中に食欲に負けず翌日まで我慢できているところは、やはり学生でもアスリートとしての矜持がなんとか勝利したのでしょう。

 購買部のスタッフには申し訳ないと思いつつ、これが野望のために他者に不利益を強いる悪の美学、追放目的のための致し方ない犠牲“コラテラルダメージ”なのかと貴方は自分の外道ぶりに酔いしれています。売店のおば様方とカフェテリアのスタッフが協力して屋台グルメの販売を本気で検討していますが因果関係は不明ということにしておきましょう。

 

 さて、貴方の把握していない部分でトレセン学園に地味な変化が発生していますが、目の前では実に分かりやすい変化が発生しています。ミスターシービーとマルゼンスキーが静かに芝のコースを周回しているのです。

 

 一人暮らしを理由に早めに帰宅していたはずのふたりですが、最近はギリギリまで練習に参加するようになりました。やはりあのふたりでもメイクデビューは特別なのでしょう。ゆったりとしたペースで走行フォームを丁寧に丁寧に確認しながら走るふたりの姿に、さすが本物の天才は地道な努力も惜しまないものなのだなと貴方は感心しています。

 

 何故かほかのウマ娘たちは話しかけるどころか近寄ろうとさえしません。貴方の抱えたお皿からたこ焼きを失敬しながらもゴールドシップやタマモクロスが真剣な表情でアレはヤベェ、なんちゅう威圧感や、と呟いています。

 当然ですがふたりの練習の様子をのんびり観察しながら、明日はなにを食べようかと考えている貴方にはそれらの情報は伝わりません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇトレーナー君。ひとつ聞きたいことがあるんだけれど、キミは逃げで走るウマ娘についてどう思っているのかしら? えーと、ほら、あたしには自由に走ったほうがいいって言ってくれたけど、ほかの子とかならどう思うのかなって、ちょっと気になっちゃって」

 

 ある日のこと。貴方がいつものようにルーム付近の廊下を掃除していると、マルゼンスキーからそんな質問をされました。

 

 どう思うか、つまりは自分の主観で感想を述べればいいのかと判断した貴方は、別に深く考えることはない、逃げが性分にあっているのならひたすら逃げればいいだろうと答えます。

 圧倒的な速度で先頭を駆け抜けてもいいし、後ろにプレッシャーを与えて封じ込めを狙ってもいい。あるいは、ほかのウマ娘たちの癖を分析してレース全体をコントロールするような走り方をするのも面白いだろう。

 

 貴方がイメージする逃げが得意なウマ娘たちの走り方をそのまま伝えると、マルゼンスキーは一瞬だけ呆気にとられたような表情を浮かべ──嬉しそうに大笑いし始めました。

 

「うんうん! さすがはトレーナー君ね! ウルトラ花丸大満足、とってもチョベリグな答えを聞かせてくれたわ! ふふ、いきなり変な質問してゴメンなさいね? お詫びに今度、とっておきのスイーツを差し入れするわ♪」

 

 

 後日。貴方は大量に持ち込まれたナタデココを賞味期限内に食べきるために、しばらくの間それだけを監督業務中の夜食に選びました。

 その数日の間に購買部からナタデココが売り切れることはなく、何故か夜間練習に参加しているウマ娘たちから貴方へカップラーメンの差し入れが届けられたようです。




次回はマルゼン視点です。


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『TURFで夜露死苦!!』

答え合わせの時間。


「……では、どうあっても私のチームに参加する意思は無いのだな?」

 

「えぇ、ゴメンなさい。本気で栄光を求めている子たちが練習している横で、楽しむために走っているウマ娘がいたらジャマになっちゃうでしょ?」

 

「フン、いいだろう。キサマほどの才能を野放しにしておくのは癪だが、やる気のないウマ娘の世話をしてやるほど私も暇ではないからな。……なんだ、なにか文句でもあるのか?」

 

「いえ、ずいぶんアッサリと見逃してもらえるなと思って」

 

「キサマはなにを──あぁ、そういうことか。不愉快だな、あんな紛い物どもと同列にされるのは。ウマ娘に栄光を献上させるのを当然と考えるような俗物は名門とは言わん。ウマ娘に栄光を与えてやるのが名門の役目だ」

 

「あえて選抜レースで1着以外のウマ娘をスカウトするのも名門の役目なのかしら?」

 

「余計な癖を身に付けたウマ娘に私の指導を受ける資格などない、それだけのことだ。まぁいい、才能あるウマ娘を育ててやるのも名門の役目だが、才能あるウマ娘に挫折を教えてやるのも仕事の内だ。私のチームに参加しなかったことを、せいぜいターフの上で後悔するのだな」

 

 

 煌びやかに見える上流階級というのも、想像しているよりもずっと面倒で厄介なのだろう。

 

 いかにも高級なスーツで身を包みながら、ネクタイピンだけだいぶグレードの低い……それこそオープン戦の勝利ウマ娘に支払われる賞金で充分に購入できる品を身に付けた若い男性トレーナーを見ていると、名門とやらはずいぶん不自由なのだなと笑ってしまいそうになる。

 ガチガチに管理する指導方法は賛否両論だが、指示に従っていれば迷う必要がないから走ることに集中できると考えるウマ娘もそれなりの人数がいる。それでも名門という肩書きと命令による上下関係の明確化は批判の的にされやすい。自由を好むウマ娘や正義感の強いトレーナーからは特に狙われることが多いのだ。

 

 まぁ、事実として態度に問題のあるトレーナーもいるのだが。選抜レースを『品定め』と表現するようなトレーナーに指導してもらいたいと思うウマ娘はいないだろう。ただ、目の前の男性トレーナーなどはそうしたトレーナーを品性が足りていないと表現していたので、結局のところ名門や寒門は関係なく人間性の問題なのかもしれない。

 

 

「……後悔といえば、新人の中にひとり救いようのないトレーナーがいたな。奇抜なトレーニングで注目を浴びているが、参加しているウマ娘たちが憐れだな。どの程度効果があるかなどわからんというのに」

 

「ふ~ん? でも、止めようとはしないのね」

 

「そんな義理は無い。まぁ、学園に勤めるひとりの部下として、秋川理事長に諫言するぐらいの義務は果たすがな。あの男の奇行を黙認なさっているようですが、()()()()()()()()()()()()()()()()()結果が伴わなければ無意味です、とな」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 流行の最先端“つんでれ”を目の当たりにしトレンディさに磨きがかかったマルゼンスキーだが、これからのことを考えれば喜んでばかりはいられなかった。

 

 名門トレーナーからのアプローチがなくなれば、ほかのトレーナーたちがスカウトにやってくるかもしれない。どうやらトレーナーという立場から見ても自分の走りは魅力的らしく、なかなか強気な口説き文句をこれまで何度も聞いてきた。

 それは別にいい。問題は、マルゼンスキーには栄光を求める気概など初めから存在しないことだ。地元の後輩たちから薦められるままに中央トレセン学園に入学したこともあり、あまりガツガツしたトレーナーとは組みたいとは思えない。

 

 だからと言ってトレーナー不在でデビューするのも悩ましい。走ることは好きだが、好きだからこそ夢中になり加減が利かなくなるかもしれないからだ。レースで熱くなり過ぎたときに、外側からブレーキをかけてくれる存在がいるかどうかは選手生命に大きく影響するだろう。

 

 

「……そうねぇ、あたしも1度くらいは話してみようかしら?」

 

 

 賛否両論のトレーナーは大勢いるが、意味不明と表現されるトレーナーは間違いなく彼しかいない。

 

 ミスターシービーやトウカイテイオーなどはよく「口が悪い」「ひと言余計」「行動が謎」「言動以外はわりとまともなトレーナー」などと評価しているが、選ぶ言葉のわりに楽しそうに話しているあたり気に入ってはいるのだろう。

 気分屋の天才たちや礼節を知るご令嬢が指導を受け入れているあたり、トレーナーとしての能力は高いのだろうが……。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ふーん、自分で組んでみたメニューねぇ。どれ、ちょいと拝見させてもらおうか」

 

 案ずるより産むが易し。夜の時間帯であれば確実に会えるのだから、直接確かめるのが一番手っ取り早い。

 

 よろしくない評価もチラホラ耳に入るが、その程度で怖じ気付くマルゼンスキーではない。一番得意とする作戦……かどうかは自分ではわからないが、一番走りやすい“逃げ”ウマ娘の標準的なトレーニングプランを組み、こうしてアドバイスを求めてみた。

 逃げウマ娘はトレーナーたちにあまり歓迎されない。展開もなにも関係なくガムシャラに走りたがる性格を面倒だというトレーナーもいれば、負けん気が強すぎて怪我のリスクが高く、抑えつければストレスで体調に影響が出るから指導の難易度が高いと頭を悩ませるトレーナーもいる。故に、先行や差しでも走れるようにあの手この手でトレーニングさせるのが普通だ。

 

 果たして目の前のトレーナーはどんなアドバイスを自分にくれるのか。マヤノトップガンやアイネスフウジンが気持ち良さそうに走っている姿はウマ娘だけでなくトレーナーの間でも話題になることが──。

 

「って、ちょっとちょっと! なにしてるのよ!?」

 

「んー? なにって、余計なトレーニング削ってるだけだけど? これもいらない、こっちもいらん。ここからここまでもポイッちょしましょーねー」

 

「もうッ! 人が一生懸命考えたプランを遠慮なく消してくれちゃって! ……ねぇ、これだと先行の練習にならないんだけれど」

 

「いらんよ、そんな練習」

 

「ちょっと本気? それだと逃げでしか走れなくなっちゃうわよ? いいの?」

 

「いいよ、それで。ソロでメイクデビューするんだろ? 小難しいこと考えながら走るくらいなら、先頭を走ってさっさとゴールするほうが面倒じゃなくていい。それに、窮屈な走り方は好みに合わないだろう? とことん加速しまくって、最後の直線をフルスロットルで駆け抜けるほうが()()()()()()()()()()()()()

 

 自分がなにを言われたのか頭が理解したとき、とうとうマルゼンスキーは笑いを堪えることができなかった。なにせ先頭を走る姿を“強い”と評価されることはあっても、その姿を“似合う”と褒められたのは初めてだからだ。

 

 これは確かにひと言余計だと言いたくなる気持ちもわかる。明らかにほかのトレーナーとは違う視点を持つ彼には自分の最高のパフォーマンスがどのように見えるのか、気にならないほうがどうかしている。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 担当契約はひとまず置いておくとして、このトレーナーが手伝ってくれるなら楽しくレースを走れるかもしれない。

 そんな期待を胸にルームへ顔を出すようになったマルゼンスキーだったが……。

 

 

 

 

「お前ら勝負すんのはいいけど、距離はどうするつもりなんだ? 中距離より上ならシービーが勝つし、マイル以下ならマルゼンが勝つし、そのへん解決しねぇとお前ら普通に負けて終わるだけだぞ? レースになるかもわかんねぇよ」

 

 

 

 

 マルゼンスキーは強いウマ娘である。友人たちに、後輩たちに、トレーナーたちに君なら勝てると言われたことは数知れない。

 だが、お前じゃ勝てないと言われたのは初めての経験であった。それは目の前でキョトンとしている親友も同じらしく、聞きなれない評価を理解するのに時間がかかってしまった。

 

 

 うん、これは確かにひと言余計だ。

 

 

 こうもハッキリと「お前じゃ目の前のウマ娘に勝てない」と断言されると、さすがのマルゼンスキーでもフツフツと燃えるものが胸の奥に宿ってしまう。気心知れた友人同士ではあるが、それとこれとは別問題なのだ。

 

 なによりも頭にカチンとくるのが、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ことだ。ほんの一瞬だけ浮かんだ長距離の大舞台、有マ記念の最終直線で速度に陰りが見え始めた自分に迫る影がハッキリと想像できてしまった。

 どうやら友人も似たような想像をしたらしい。思い浮かべたのは安田記念かマイルチャンピオンシップか、あるいは短距離のスプリンターズステークスか。ミスターシービーには悪いが、こちらであれば影すら踏ませず圧勝してみせると自信を持って言える。

 

 

「まぁ……アレか。どうやっても走れないってワケじゃねーし、限界の壁をぶち破れるならチャンスぐらいはあるかもしれんね。そーゆーの、()()()()()()()()()()()()()()の定番だからな。ま、好きにしたらいいさ。どっちが挑戦者になるのかは知らんけどな」

 

 

 知らんと言いつつも態度が露骨過ぎる。少しも「私、楽しんでます!」という雰囲気を隠そうとしていない。

 

 先輩なら中央トレセン学園でも、トゥインクル・シリーズのGⅠレースでも活躍できる。そんな後輩たちの言葉がマルゼンスキーの唯一のモチベーションと言っても過言ではなかった。

 だが、今日この日からは違う。これまで勝てる勝てると持て囃されていたときには気付かなかったが、どうやら自分はしっかりと“負けず嫌い”だったらしい。友人だからこそ、ミスターシービーには負けたくない。

 

 きっと、お互いに同じことを考えている。最初の対決はきっと日本ダービー、こちらは朝日杯の冠を、向こうはジュニア王者と皐月の冠を──うん? これだと数が不公平だ。ちょうどいいGⅠレースがなにか……そうだ、NHKマイルカップがあるじゃないか。

 

 勝ちたいから、走る。

 

 負けたくないから、走る。

 

 楽しく走ることが一番という考えに変わりはないが、勝ち負けにこだわるのも充分楽しいじゃないか。やはりこのトレーナーに声をかけたのは正解だった、栄光がどうだと並べ立てるよりも簡単にハートに火をつけてくれたのだから。

 

 

 周囲のウマ娘たちが渋い視線で彼のことを睨んでいることなどお構い無しに、マルゼンスキーとミスターシービーは互いに見つめ合い笑い合うのであった。




昭和の名馬に……。

無理なんて言葉はないわ!(MHUMT)


続きは線香花火の煌めきに風情を感じるようになったら、次の登場ウマ娘は(ミスターシービーと)モブウマ娘になります。


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もいっちょ。

一世風靡のツンデレも古典芸能の時代。


 貴方はウマ娘たちと担当契約を結ぶつもりは断固としてありませんが、取り引きという形で協力することについてはやぶさかではありません。

 なぜなら貴方は『取り引き』という言葉の響きに悪の組織の幹部のようなダークな格好よさを抱いているからです。前世の仕事で当たり前のように使っていたはずですが、おそらく転生のショックで忘却してしまったのでしょう。

 

 貴方が水面下で取り引きという単語のネガティブキャンペーンを楽しんでいるところに、とあるウマ娘がやってきました。夜間練習に参加しているウマ娘で、なんで担当がいないのか不思議に思えるレベルの優秀な逃げ脚の持ち主です。

 

 

「やーやー、トレーナーさん。アタシとも取り引きをお願いできますかね? 契約はナシでも取り引きならトレーニングのアドバイス、もらえるんでしたよね? ここはひとつ、ひろーい心でご教授願えませんかねぇ~。──ミスターシービーに勝つ方法、ってヤツをちょこっとね」

 

 

 いままでにないタイプの取り引きに、珍しく貴方は即答することなく思考を巡らせ始めました。

 

 貴方はこれまで潜在能力を引き出すためのキッカケとしてチート能力を混ぜつつトレーニングプランを提案してきました。あくまでトレーニングの方法であり、どの程度結果に反映されるかは本人の努力次第です。

 しかし、勝つためのアドバイスとなれば少々事情が異なります。ましてや目の前のウマ娘が望んでいるのは天才・ミスターシービーに勝利すること。トレーニングだけでなくレースプランもしっかり組み立てなければ勝ち目は薄いでしょう。

 

 貴方はチート転生者である自分が、そこまでレースの世界に深入りしていいのか迷っています。もちろんレースプランの組み立てに協力したとしても実際に努力するのはウマ娘ですから、それで勝利したのであればウマ娘自身が最初から持っていた力であると貴方は断言するつもりです。

 

 

 ちなみにミスターシービーへの遠慮は貴方の頭の中には存在しません。なぜなら担当ウマ娘ではないからです。

 

 

 どうしたものかと脳に涙ぐましい労働を強いていると、唐突に天啓が舞い降りてきました。むしろ、これは追放への更なる一手として利用できるのではないか? と。

 

 

 目の前のウマ娘が勝利した場合。

 

 

 ①取り引き中であるにも拘わらずほかのウマ娘を強化したことにミスターシービーが不満を持つ。

 

 ②なんてトレーナーだ、あんなヤツは信用できない! 

 

 ③ウマ娘との協力関係を蔑ろにするとはトレーナーの風上にも置けない! 

 

 ④トレセン学園を追放される。

 

 

 目の前のウマ娘が敗北した場合。

 

 

 ①勝たせてやると引き受けたにも拘わらずレースに勝てなかったことにウマ娘が不満を持つ。

 

 ②なんてトレーナーだ、あんなヤツは信用できない! 

 

 ③ウマ娘に悪意のあるウソをつくなんてトレーナーの風上にも置けない! 

 

 ④トレセン学園を追放される。

 

 

 どう足掻いても勝利しか得られない、なるほどこういうときに私は敗北を望んでいると言えばいいのか。

 

 某エレガントな閣下に大変失礼な発想ですが、メジロライアンを貴方の主観で侮辱したときにはひとつのパターンしか考え付かなかったことを思えば、ずいぶん成長したと褒めるべきでしょう。

 例えばこれが考古学の世界であれば、失われた空白が酷すぎてアクティブで有名な学者先生もキレて帽子を地面に叩き付けるレベルの進化です。

 

 答えを得た貴方は当然ウマ娘の申し出を快く引き受けます。ウマ娘はそのことに何故か驚きましたが、すぐに飄々とした態度に戻り「そんじゃ、よろしくお願いしま~っす」と言い残して立ち去りました。

 

 夜間練習に参加しているということもあり、貴方は取り引き相手のウマ娘の走り方やクセについてはそれなりに把握しています。

 ほかに同じレースに出走するウマ娘が誰なのかは公開されていますので、あとはチート能力を併用しつつ頭の中でメイクデビューのシミュレーションを行い、勝てるパターンが見つかるまで試行錯誤を繰り返すだけの単純作業です。

 

 

 一生に1度のメイクデビューとはいえ、さすがにGⅠレースの大舞台ほどウマ娘側も心血を注いではいないだろう。ほんの数百パターンぐらい試せば充分か。

 

 

 本来であればそれでも充分な作業量ですが、いまの貴方は飲むヨーグルトに突き刺したポッキーに匹敵するほどの強固な追放フラグを得たことにより気力が充実しています。明日の朝にはあのウマ娘に完璧なトレーニングとレースのプランを提案できるでしょう。




今回はメイクデビューが題材の話なので、6月中には終わらせたいところ。


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ぱんちょ。

 貴方はチート能力を持つ転生者ですが、その心身は普通の人間です。なので、チート能力を使えば当然負担がかかります。

 

 苦労をした甲斐があって勝利のパターンはなんとか見つかりましたが、計画書を書き上げた貴方は体力の限界を迎えていました。そのため、内容が具体的にどのようなプランなのかをあまり把握できていません。

 もちろんその疲労もチートを使えば簡単に解消できます。ですが貴方はクーラーに慣れすぎて外を歩けなくなり季節を楽しめなくなるような無粋を嫌うタイプなので、どうせ日中はルームでゴロゴロするだけだからと自然回復に身を任せることにしました。

 

 

 プランの全てを取り引き相手のウマ娘にぶん投げた貴方ですが、ちゃっかりとメイクデビューそのものは楽しみな様子。何故なら彼女は普通の逃げではなく、差しウマ娘のような強力な加速が期待できるからです。

 いわゆる“逃げて差す”と言われたサイレンススズカのような走りが見れるかもしれない。もちろん先頭の景色にこだわるサイレンススズカとはタイプが違います。勝利を目的とした荒々しい走りになるのか、本人の飄々とした態度のような伸び伸びとした加速をするのかはわかりません。あるいは、最後の最後で粘り強く速度を保つような走り方かもしれません。様々な可能性を秘めているだけに、メイクデビューが楽しみで仕方がないのでしょう。

 

 唯一の懸念材料は貴方が計画したトレーニングやレース運びにどこまで対応できるのか、という部分にあります。

 ミスターシービーの同期ということもあり、すでに本格化が完了している彼女が走り方を変えるのはかなりの賭けになるからです。キングヘイローやハルウララのように、これから本格化が始まるのであれば大幅な脚質の改善にも対応できますが、あのウマ娘の脚質にどれほどの柔軟性と発展性が残されているかは未知数というのが貴方の見立てです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 メイクデビュー当日、貴方は快適空間に改造してあるルームのテレビでのんびり楽しむ予定でしたが、ウマ娘たちに連れ出されて直接レース場に向かうことになりました。

 夜間練習に参加しているウマ娘も含めて、取り引き相手が多数出走するということもあり、それぐらいの手間は惜しむこともないかと貴方は妥協したようです。決して笑顔のメジロライアンとアイネスフウジンの放つ圧力に負けて「これ断った瞬間に顔面に妄想蹄跡(ウマーニーヤ)をブチ込まれるわ」などという予感を察知して屈したワケではありません。

 

 

 レース場の観客席はそれなりといった人数です。やはり熱心なファンでもなければ、まだまだ無名のウマ娘を応援するために会場へ……とまではならないのでしょう。

 

 対照的にトレーナーなどのために設けられた関係者席はなかなか賑やかなことになっています。やはり立場的にこれから誕生するスターウマ娘が誰なのか気になるのかもしれません。

 

 

 控え室のミスターシービーはいつものように余裕のある態度──ではなく、ソワソワと落ち着かない様子です。なんでも「根拠はないが、今日のレースはとても素敵なことが待っている予感がする」とのこと。

 天才の感性は貴方には理解できなかったようですが、特にトラブルもなくゲートインできそうならば長居しても仕方がない。少し雉を撃ちに行ってくると伝え控え室から出ることにしました。本来は山で使う言葉ですが、ウマ娘たちは察してくれたようで素直に見送ってくれるようです。ハルウララだけは理解できていないようですが、キングヘイローがなんとかしてくれるでしょう。

 

 

 もちろん貴方の目的はお手洗いとは別にあります。せっかくレース場に来たのだからと、ミスターシービーと同じレースに出走する取り引き相手のウマ娘の様子を確認するつもりのようです。

 

 

 目的の控え室の中では、取り引き相手のウマ娘がそこそこリラックスした様子でタブレットを操作しています。やぁやぁトレーナーさんいらっしゃいませ~、と余裕のある態度で出迎えてくれました。

 ヒラヒラと手を振るウマ娘ですが、今日までの悪人ロールプレイを支えてきた貴方の洞察力は彼女の手がわずかに震えていることを見逃しません。

 

 

 そうか、これが“武者震い”というものか。

 

 

 どこぞのタンポポグルメなウマ娘も大和撫子を目指す()()()()ですから、ミスターシービーという強敵に挑む目の前のウマ娘も同じように意気軒昂としていると貴方は判断しました。

 そういうことならば、少しイジワルをしてからかってみようか。都合よく手頃な話題はないものか。一瞬だけ貴方は悩みましたが、そういえばこのウマ娘には取り引きの報酬の話をしていないことを思い出しました。

 

 チート能力を持つ貴方は、ウマ娘たちに叶えて欲しい願いはありません。本気で走る姿を見ているだけで満足できるからです。なので、ほとんどのウマ娘には要求を保留している状態です。

 唯一ハルウララにだけは『朝になったらがんばって自分で起きること』を要求しています。二度寝の時間が5分も短くなったと嬉しそうに語る一流ウマ娘の姿は当分忘れられないでしょう。

 

 さっそく貴方は「取り引きの報酬について話をしに来た」と伝えます。まだレースも始まってないのに気が早いとケラケラ笑うウマ娘の姿に、これだけ自信に満ちているなら問題ないなとニヤリと笑いました。

 

 

 どうやら貴方は目の前のウマ娘に“勝利宣言”を要求するようです。からかうことが目的ですので、もちろん「勝てたらいい」や「勝ちたい」などという中途半端な逃げ道は許しません。ハッキリと「自分の力でミスターシービーに勝つ」と、堂々と宣言することをウマ娘に求めました。

 



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ぴんちょ。

 貴方はこの世界で唯一ウマ娘の能力を正確に数値として確認できるトレーナーですが、間違いなくこの世界で一番数値を信用していないトレーナーです。

 能力だけでレースに勝てるのであれば、目覚まし時計など必要ないのだと大声で叫びたいぐらいには疑っています。

 

 なので、純粋な身体能力ではミスターシービーが格上ですが、それは勝てる可能性が高いというだけで勝ちを保証するものではないと考えています。

 ならば目の前のウマ娘が1着になることだって充分あり得る。本人もやる気だろうし、サクッと言い返してくるだろう。そう考えていましたが……ウマ娘は思いっきりタメ息を吐きました。

 

 

 彼女が言うには「期待してくれるのは嬉しいけれど、今日のメイクデビューは完全にミスターシービーが主人公扱いされている。そんな中で脇役の自分が勝利宣言なんてしたら立派な踏み台フラグになってしまう」とのこと。

 

 なるほど主人公。たしかにミスターシービーは主人公と呼ぶに相応しい“格”があるのでしょう。

 ウマ娘を始めるまで競馬のことはほとんど知らなかった貴方でも聞いたことがあるくらいですので、それだけミスターシービーはモデルの馬も強かったのだろうと想像できます。

 

 

 が、それはそれです。

 

 

 アドバイスをしていたこともあり、ミスターシービーの走りが気になるのも事実です。模擬レースはもちろん、トレーナーへのアピールのための選抜レースですら彼女は走らなかったものですから、実戦でどのような走り方をするのか興味はあります。

 ですが、いまの貴方はそれ以上に目の前のウマ娘がどのような走り方をするのかを知りたくて仕方がありません。何故なら思いの外プランの作成に苦労し、半ば寝惚けたような状態で完成させたものですから、ウマ娘がどのような走り方でミスターシービーと勝負をするのか気になるのです。

 

 

 ──ほかの誰がミスターシービーを主人公と呼ぼうと自分には関係のないことだ。今日このレース場に来たのはミスターシービーというウマ娘を見るためではない、メイクデビューというウマ娘たちのレースを見るために来たのだ。だから諦めて、お前の走りで俺をワクワクさせてくれ。

 

 

「~~ッ!! あーもぅッ! わかったわかったわかりましたよッ!! 言えばいいんでしょ言えばッ! やったりますよアタシがッ! ミスターシービーがなんぼのもんじゃい! 天才サマなんかチョチョいのチョイで仏恥義理してやんやんよ! ガハハハハッ!! ……さぁもう気はすんだでしょ。取り引き完遂お疲れ様です! ほら、行った行ったッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「トレーナーちゃん、ちゃんとお話はできたみたいだね☆ ……え? もちろんマヤはわかってたよ? だって、シービー先輩と一緒に走る先輩たちの中ではあの人だけだもん。トレーナーちゃんからアドバイスをもらってたの」

 

 やっぱ天才ってズルいかもしれん。少しだけあのウマ娘に悪いことをしたかなと反省した貴方は、マヤノトップガンに連れられて観客席へと向かいました。

 レース関係者のためのエリアにも興味はありましたが、ヘイトを稼ぐ利点より面倒だなという気持ちが勝ったのでしょう。悪役らしく壁際にもたれ掛かることも諦めて、素直に手を引かれるままウマ娘たちと合流しました。そして──。

 

 

「あ、トレーナー! お買いものはもうおわったの? えへへ、あしたのお昼ごはんたのしみだな~♪ トレーナーのスペシャルから揚げはどんな味なのかな~♪」

 

「その、あのね? トレーナー。キングちゃんも悪気があったワケじゃないの。あたしも手伝うから、その……とっても美味しいから揚げ、頑張って作ろうね!」

 

 

 ふと、横を見ると「ぷひゅ~ こひゅ~」と下手くそな口笛を吹きながらあさっての方向を見つめるキングヘイローがいます。

 いったいどんな説明をしたらお手洗いの隠語がから揚げの注文になるのだろうか。悩ましく思いつつもガッカリさせるワケにはいきません。貴方の明日の午前中の予定は鶏肉の下拵えに決定しました。



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おおしおへいはちろう。

 ターフの上へ体操着にゼッケンを着けたウマ娘が現れ、いよいよメイクデビューが始まろうとしています。

 

 誰も彼もが緊張した面持ちの中、ミスターシービーはこれから始まるレースを楽しみにしているのか気力に満ち満ちた笑顔を浮かべています。

 ほかのメンバーはほぼ全員が緊張しているのが観客席まで伝わりそうなほど張りつめた表情です。ただひとり、例のウマ娘だけは様子が違います。よほど集中しているのでしょう、ミスターシービーのほうを全く見ることなく正面だけを見つめています。

 

 なかなか良い気合いの乗り方をしている、これは面白いことになりそうだ。

 

 今後のレース人生に関わる大事な一戦であることは承知しているのですが、それでも貴方は期待が膨らむのを抑えきれそうにないようです。心境はどうしようもないとして、せめて表情ぐらいは引き締めておこうと貴方も気合いを入れ直しています。

 追放されるまでは半人前とはいえ書類上はトレーナーなのだから、勝負時ぐらいは真剣にならなければバッジの輝きを侮辱することになる。自分はあくまでダラダラと生きるスローライフのために追放を狙っているだけであり、トレーナーという職業を否定するつもりはないのだ。貴方は改めてレースに集中し始めました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 いよいよゲートが開放され、ウマ娘たちが飛び出します。追い込みウマ娘のミスターシービーは当然最後方からのスタートとなりました。

 そして先頭を勢いよく駆けるのは例のウマ娘。高い集中力からの鋭いスタートは見事としか言いようがありません。そのまま加速する姿に、関係者席のトレーナーたちも驚いているようです。あれだけの見事な立ち上がりを見せたのですから、騒ぎたくなるのも納得でしょう。

 

 どうやら勢い任せにぐんぐんリードを稼ぐ作戦のようです。アプリではとにもかくにも最終コーナーでの加速に祈りを捧げることになりがちですが、本来の逃げは序盤のリードを切り崩しながら粘り勝ちを狙うものであると貴方は知る機会がありました。おそらく意識が飛び飛びながらもその辺りをプランに盛り込んでいたのかもしれません。

 

 自分の走り方がすでに完成しつつあるミスターシービーは先頭の速度に釣られることもなく、むしろ想定外の展開なのか楽しそうに口元が歪んでいるくらいです。

 しかし、ほかのウマ娘たちは走りに迷いが生まれているようです。差しきれない可能性を考えて追うべきか、スタミナ切れを見越して脚を温存するべきか、決断できないままペースが乱れています。

 

 

 全体の流れはほぼそのまま、例のウマ娘が後続と10バ身近い大きなリードをキープしたままレースはついに終盤戦を迎えようとしています。

 そうなると当然、追い込みのミスターシービーは見事な加速で一気に駆け上がります。どっち付かずで余計にスタミナを消耗していたほかのウマ娘たちは、一瞬で──それこそ切り捨てられるかのように追い抜かれてしまいました。

 

 そのまま先頭のウマ娘の背後まで上がってきたミスターシービーですが、そこで勢いが鈍りました。そのまま追い越すこともできたはずだが、いったい何故だと貴方は前のウマ娘に注目しました。

 するとどうでしょう、前を走るウマ娘の脚さばきにわずかながらブレが生じています。雰囲気からして迷いや焦りではありません。怪我などのトラブルというワケでもなさそうです。

 

 

 ──ああ、そうだ。フェイントだ。

 

 

 1秒にも満たない、言うなれば刹那の瞬間。それでも走りにおいて天賦の才を持つミスターシービーは()()()()()()()()。相手が天才であることを利用した、ミスターシービーに勝ってレースに勝利するための走り方。

 メイクデビューにしてはずいぶんと奇策を選んだ……いや、選ばせてしまったな。そんなことを貴方は思いましたが、それをこうして使いこなせるまで練習したあのウマ娘の執念には素直に感心しています。ついでに、渡したプランは役に立っているのだなと安心もしているようです。

 

 疑問が消えてしまえば、あとは純粋にレースを楽しむだけでしょう。

 

 貴方はミスターシービーの三冠ウマ娘の獲得を応援していますが、それはほかのウマ娘が負けることを願っているワケではありません。

 自分の知らない名馬のウマソウルを宿したウマ娘たちも大勢いるのだから、それこそ出鼻を挫かれたところで不思議ではないと考えています。

 

 このまま相手の走りに対応できなければ、ミスターシービーの挑戦はメイクデビューの敗北からスタートすることになるでしょう。

 ですが、ミスターシービーはこのまま敗北を受け入れるようなウマ娘ではないと貴方は知っています。自ら気ままに流れることはあっても、誰かの起こした風に巻き込まれて流されるほどひ弱ではありません。なにより、楽しむことを重視する彼女が乗りたい風に乗り遅れるような間抜けであるとは思えません。

 

 残された少ない時間で活路を見出だすのか。あるいは一か八かの勝負に出るか。ミスターシービーがいったいどちらを選んだのかはわかりませんが、いよいよふたりの追い比べが始まりました。




次回はウマ娘たちの視点で決着です。


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『Silent Line』

答え合わせの時間。


 語る程でもない事実として周知されているもの。

 

 それは例えば、メイクデビューのウマ娘はペース配分に失敗しやすいということ。特に逃げウマ娘は掛かりやすいという話は、レース関係者だけでなくウマ娘ファンの間でも当たり前の常識として知られているぐらいだ。

 

 その前提があるのだから仕方ない。序盤からハイペースで先頭を行くウマ娘を見て「あぁ、残念だけどあの子のメイクデビューはもう終わってしまったな」と判断してしまうのはおかしなことではないのだ。

 それはコースの上を走っているウマ娘たちも同様である。嫌な言い方になるが、他人が失敗している姿を見ることでいくらか心に余裕ができたのだろう。先頭を走るウマ娘の勢いが衰えるまでじっくり脚を温存しようと呼吸を整えることに成功していた。

 

 

 異変は中盤戦の始まりから。

 

 

 逃げウマ娘というのはその多くが“先行”や“差し”に対応できなかったがために()()()()逃げるという認識が強い。故に、徐々に失速するのを待って確実に追い抜くための判断基準というものがある。

 後ろを頻りに確認し出す、耳の動きや尻尾の動きが忙しなくなるなど、ペースが乱れる予兆を頼りに後続のウマ娘たちもスタミナの配分を考えギアを上げるタイミングを計るのだ。──本来ならば。

 

 なにも、起きないのだ。先頭をハイペースで走るウマ娘には垂れる気配が微塵も感じられない。ゆっくりと丁寧に、しかしじっくりと確実に加速を続けて差を広げていく。自分たちを、後続のウマ娘たちの様子を一瞥することもなく、一切の迷いなく前へ前へと走っている。

 その様子を見ていたウマ娘たちは動揺した。してしまったのだ。知識を持たないことに、経験がない出来事にいきなり対応できるほどの柔軟性をメイクデビューのウマ娘が持ち合わせているワケがないのだから当たり前だ。

 

 ペースを上げるかセオリーに従い様子を見るか。どちらを選ぶのが()()なのか迷っている間にもレースは進みゴールまでの道程は消耗されていく。その事実が更なる焦りをウマ娘たちに押し付ける。

 

 まるでターフの上で溺れているような感覚に陥るウマ娘たちだったが、しばらくしてそこに救いの手が差し伸べられた。最後方で様子見に徹していたミスターシービーが先頭を目指して上がってきたのだ。

 ミスターシービーに追い抜かれた瞬間ウマ娘たちが感じたのは『安堵』である。やっぱりか、彼女は違う。私たちとは違い彼女は天才なんだ。天才だから強くて当たり前で、簡単に前に行ってしまうのだ。ミスターシービーに勝てないのは仕方ないし、私たちが負けるのも仕方ない。()()()()()()()()()()()()()

 

 勝利を放棄したウマ娘たちは冷静さを取り戻し、再び走ることに集中する。だがそれはレースに勝つためなどではなく、如何にして怪我無く無事に走りきるかという1点のみ。

 もはや模擬レース感覚ですらない、体力作りのランニングと変わらない気分でミスターシービーの背中を眺めていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ここまでほぼ()()()()()()()()()()()()()()とか、むしろアタシが動揺するかと思ったわい。

 

 後ろの様子を確認する必要はなかった。その走りに、その自由な在り方に、憧れて、嫉妬して、恐怖した。彼女の気配は背中越しでも輪郭がハッキリと見えそうなほどよくわかる。

 ついでに、あの天才に追い抜かされることで身の程を知った凡才たちがどうなっているのかも容易く予想できた。なにせそれはトレセン学園では何も珍しい光景ではないのだから。

 

 認めよう、なんて偉そうなことを言うつもりはない。彼女が強いウマ娘であることはずっと前から知っていた。

 

 気まぐれのようで走ることに関してはいつでも真剣だったことは知っている。

 

 才能があることを自覚しても努力を怠らないことは知っている。

 

 実力差があろうとも侮ることなく本気で競い合うことも知っている。

 

 ファンも、トレーナーも、同じコースの上を走るウマ娘たちでさえもミスターシービーを主人公だと信じて疑っていないことは知っている。

 

 彼女に勝ちたいなんて言っておきながら、実はあのイロモノで物好きで世話焼きなトレーナーをちょっと困らせてやろうか、なんてイタズラ心だけで。本気でミスターシービーに勝とうなんて、勝ちたいなんて思っていないことは知っている……つもりだった。

 

 

 なるほど。うん、なるほどね。たしかにあのトレーナーは性格が悪いね。

 特に、勝つための手段を与えておきながら放置してくるところとかサイコーに悪辣だよ。いっそのこと、取り引きだからって、トレーナーだからって命令してくれたなら悩むこともなく済んだのに。

 

 前言撤回。認めてやるよミスターシービー、アンタは間違いなく主人公になれるウマ娘だ。それは認めよう。

 だけど、レースってのは残念ながら主人公サマひとりだけでは成立しないんだ。物語ってのはどんなシナリオだろうとも、主人公以外のキャストも活躍するから面白いんだ。

 

 1度くらい。1度くらいはアンタのことを──思いっきり、ビビらせてやるッ!! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 2番手の位置まで一気に上がってきたミスターシービーを見て、観客の大半はこれで勝者は決まったなと確信しているようだった。

 それは大多数のトレーナーやウマ娘たちも同様である。あえて後ろに付いたのはスリップストリームを利用しスタミナと脚を整えるためだろう。あとはミスターシービーが最後に追い抜いて終わり。そんな声が聞こえそうな雰囲気の中──。

 

 

「違う。まだ終わらない」

 

「え?」

 

「シービーは後ろに付いたんじゃない。()()()()()()()()()()()()()。なんども挑戦したボクにはわかるよ。あんなキュークツな走りはシービーの走りじゃない」

 

 憧れのシンボリルドルフとは違う──調子に乗って勝負を挑んで返り討ちにされたときに感じた“絶対”を予感させる強い走りとは異なる、あるがままの“自然体”を感じさせる走りこそがミスターシービーの走りなのだ。

 だから、あのようなセオリーに素直に従う姿はミスターシービーらしくない。そうしなければならない“何か”がコースの上で起きているのだとトウカイテイオーは断言した。

 

 

 

 

「……フェイントだ」

 

 

 

 

 ミスターシービーが苦戦する“何か”とはなんなのか、ウマ娘たちの疑問に対する答えはすぐに与えられた。しかし、その詳しい内容については誰も説明を求められずにいた。

 

 何故なら、そこに居たのは彼女たちのよく知るトレーナーではなかったから。

 

 普段の彼は唐突に挑発的な物言いをしてきたり、練習している目の前で美味しそうなモノを見せつけるように食べたりと、言動に多少……だいぶ難のある人物なのは皆が知っている。それでも、どれほど癖が強くとも彼は感情豊かで温かみのあるトレーナーだった。

 だが、いまの彼は違う。表情からは感情というモノが全く感じられず、極端な言い方をしてしまえばウマ娘を生物として認識しているかも疑わしいほど冷たい眼をしていた。箇条書きにされた報告書をただの作業として読んでいるかのような、例えるならまるで──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()恐ろしさすらあったのだ。

 

「クラシック級やシニア級を走っているウマ娘相手には簡単に無視されるような未熟なフェイントだが、シービーも所詮はルーキーだからな。経験不足のまま感覚だけが反応して混乱しているんだ」

 

 淡々と、独り言のように説明を続けるトレーナーの姿に戸惑いながらもウマ娘たちの視線がコースへと戻った。異変の正体を知った上で彼女たちの走りを見れば、たしかに前を走るウマ娘のリズムが一瞬だけ不自然にズレていた。その度に、前へ抜け出そうと試みるミスターシービーの走りもわずかに乱されているのがわかる。

 一歩間違えば、ほんの少しでもタイミングが狂えば進路妨害になる危険な賭け。そんな走り方をするウマ娘なんて見たことがない。一体どうやってそんな走りを──と、そこまで考えたウマ娘たちだが、ほかのトレーナーなら絶対にやらないことを平然と行う例外にひとりだけ心当たりがあることを思い出した。まさかと視線をそちらに向ければ。

 

 

 

 

「さぁてどうするミスターシービー? 真剣勝負の世界で“知らなかったから負けました”なんて言い訳は通用しねェ、状況に対応できないヤツがマヌケ扱いされんのが当たり前だ。ま、メイクデビューの黒星から三冠ウマ娘を目指すってのも……常識破りって感じで面白ェかもしれないがなァ~」

 

 

 

 

 コイツ、()()()()()()

 

 

 扱いこそ単独出走でも、ミスターシービーのトレーニングを誰がしていたかなどトレセン学園で知らない者はいない。つまり、今回のレースの結果はそのまま彼の評価につながることになる。

 

 悪意のあるトレーナーであれば、彼のせいでミスターシービーは負けてしまったのだと嬉々として言いふらすだろう。いや、普段のトレーニング風景がイロモノなぶん、正義感の強いトレーナーもまともなトレーニングをさせて貰えなかったからだと怒る者も現れるかもしれない。

 目の前の男は、その程度のことが予測できないような惚けたトレーナーではないだろう。なにせ、普段も自分に向けられた悪意を鼻で笑って煽り返しているぐらいなのだから。

 

 

 全てを承知の上で、このトレーナーはミスターシービーのライバルとなるであろうウマ娘にさえ本気で勝つためのプランを与えたのだ。

 

 

 ウマ娘を金儲けの道具と発言したことで、いまでも彼のことを守銭奴として警戒している、あるいは侮蔑している者もいるが──冗談じゃない、守銭奴なんかよりもずっと性質(タチ)が悪い。

 きっとこの男は、このトレーナーはウマ娘の能力を伸ばすこと以外には興味がないのだ。自分が指導したウマ娘同士が潰し合うことなど全く気にしていない、そんなものはレースを走る当人同士の問題で自分には関係ないと完全に割り切っているに違いない。

 

 そしてそれは、レース関係者の間にある暗黙の了解を無視した行為でもある。普通のトレーナーは自分が担当したウマ娘同士を同じレースに出したりはしないのだ。

 当たり前だ、ウマ娘の戦績はそのままトレーナーの育成評価につながるのだから、わざわざ評価が下がる可能性を増やしてまで出走させるワケがない。チームに所属するウマ娘たちだってその辺りの事情を承知の上でレースを選んでいるぐらいには、誰もが()()()()()()()と受け入れているのだ。

 

 

 それを、このトレーナーは。明確なルールとしては存在しないとはいえ、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

「お、シービーが仕掛けるぞ。さて、ここからが本番ってヤツだな」

 

 

 こちらの気も知らず普段の調子に戻り楽しそうにレースを見守るトレーナーの姿に多少の苛立ちを感じつつも、そんなことより()()()()()()の結末を見逃してはならないとウマ娘たちが再びレースに集中する。

 

 彼女たちにとってこれは、目の前で繰り広げられているレースは、既にただのメイクデビューではなくなっていた。 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 好奇心の赴くままに様々な判断を直感に頼ってきた()()を、まさかメイクデビューで支払うことになるとは。

 

 今後はもう少しだけロジカルな考え方とやらも身に付けるべきか。前を走るウマ娘のフェイントに翻弄されながらも、そんなことを考えられる程度にはミスターシービーは落ち着いていた。

 

 だが、冷静さを取り戻したからといって状況が悪いことには変わらない。不自然なリズムの乱れ、ターフを駆ける蹄鉄の軋み、風に流れて聞こえてくる息づかい。全てに反応できてしまうが故に、ミスターシービーの脳裏には幾つもの可能性が見えてしまうのだ。

 だからといって、全てを無視して大きく外へ動こうものなら勝ち目は無くなる。トレーナーの組んでくれた持久力と加速力を重視したメニューのお陰で随分タフさには磨きがかかったが、フェイントに踊らされたおかげで余計な消耗が大きいのだ。

 違和感の正体に気付くまでの間に繰り返された急加速と急ブレーキが思いの外負担となってしまった。あの性格の悪いトレーナーのことだ、そこまで含めてレースプランを組んだに違いない。

 

 

 いやはや。まさかメイクデビューでいきなり()()()()を引くとは。

 

 

 トレーナーと取り引きをしているウマ娘との対決は楽しみにしていた。担当契約をしていないのだから育成評価など気にしないだろうと期待していたが、早々に彼の教えを受けたウマ娘と走れるとはなんて幸運だろうか。

 

 さて、こうなったからには覚悟を決めるしかない。なにせこの状況は自分の怠慢が招いた結果だ。彼女が私に勝つためのトレーニングをしている間、私は彼女のことなど考えずに自分を鍛えることしかしていなかった。

 彼女のことを卑怯などと言うつもりはない。出走するウマ娘が誰なのか事前に発表されていたのに、情報を活用しなかったのだから自業自得というヤツだろう。

 

 

 勇気を出して……は、ちょっとミスターシービーらしくないかな? そうだね、ここはあえてのいつも通り、好奇心の赴くままに──未知なる道へと踏み込んでしまえッ!! 

 

 

 スリップストリームから抜け出す瞬間の風圧などなにするものか。徹底的に鍛えてきたパワーで大気の壁を抉じ開けて、ひと息でミスターシービーが前に出る。

 観客席は差しウマ娘や追い込みウマ娘が先頭を奪う光景ならではの高揚感に喜んでいるが……当の本人はそれどころではない。まだだ、まだ終わっていない。この勝負には続きがある。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 期待と不安を同時に抱いたまま、ゴールまで残り200メートル。このまま押し切れるかと考えたその瞬間。ミスターシービーの背中に、いままで味わったことの無い熱量が叩き付けられた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レースの最中に祈るウマ娘は大勢いる。勝者は常にひとりであり、自分の努力が必ずしも報われるワケではないと知っているが故に。目には見えない誰かに、無条件で信じられるような何かに祈りたくなってしまう。

 

 お願いだから、どうか勝たせて……と。

 

 あるいは、なぜ勝たせてくれないの……と。

 

 それは祈りを捧げるウマ娘の心が特別弱いことを証明しているのではない。どれだけトレーニングを重ねても、どれほどコンディションに気を付けても、レースの最中に自分の隣を誰かが追い抜いていったその瞬間に。自分よりも速いウマ娘がいると思い知らされて尚、勝利を信じて心を強く保てるウマ娘のほうが珍しいだろう。

 

 だから、祈りたくなってもおかしくはない。ミスターシービーに追い抜かれたその瞬間に、自分とは違う、彼女は天才なのだと。やはり努力だけでは勝てないのかと、何処かの誰かに助けを求めて祈ったとしてもおかしくはないのだ。しかし。

 

 

 

 

 

 

 

 

『勝てたらいいな、なんてのは論外だ。勝ちたい、でもまだ足りねェ。オマエの言葉でハッキリと聞かせろ、ミスターシービーに勝ってみせると。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

 

 

 

 

 

 

 

 

「~~~~ッ!!!!」

 

 レースが始まる前の、トレーナーとの取り引きが。彼の言葉によって引き出された勝利への渇望が、そのウマ娘が祈ること(諦めること)を許さなかった。

 

 そうだ、これは取り引きだ。あのトレーナーはちゃんとミスターシービーに勝つためのトレーニングを組み、ミスターシービーに勝つためのレースプランを組んでくれたのだ。

 

 それを受け取ったのは誰だ?

 

 それを実行したのは誰だ?

 

 アタシだ。アタシが選んだんだ。ミスターシービーに勝ちたくて、天才に勝ちたくて、レースに勝ちたくて、全部アタシがそうしたいと思ったからトレーナーに声をかけたんだ。

 ここでアタシが諦めるのは反則だ。トレーナーはしっかりとトレーナーとしての仕事を果たしたのに、ウマ娘のアタシがウマ娘としての仕事を途中で投げ出すのは反則なのだ。

 

 そもそも、どうして諦める必要がある。

 

 

 ゴールまで()()()()()()()()()()()()()()()

 

 先頭との差は()()()()()()()()()()()

 

 前を走るのはひとりだけ。ミスターシービーより()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 これだけ勝つための好条件が揃っているのに、どうしてレースを諦めなければならないんだ。ここで諦めたらきっと、アタシは2度と勝つために走れない。メイクデビューで、ウマ娘としての始まりで勝つことを諦めるなんて絶対にイヤだ。それじゃあなんのために苦労して、頑張ってトレセン学園に入学したのかわからないじゃないか。

 

 

 

 

 戦いは、まだ終わっていない。

 

 

 

 

「勝負だシィィビィィィィッ!!!!」

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

「……ッ!? そうきたかッ! いや、()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!」

 

 マルゼンスキーの好意的なモノとは違う、トウカイテイオーの挑戦的なモノとも違う、もっと明確な敵意。お前の未来を踏み潰してでも私が勝つのだという強い意志が込められた雄叫びは、完全に立場が逆転したことをミスターシービーに確信させた。

 追い抜かれてパフォーマンスが低下するウマ娘は何人も見てきたが、追い抜かれてパフォーマンスが爆発的に高まるウマ娘の相手をするのは初めてかもしれない。しかも、それが逃げウマ娘だというのだから驚くしかないだろう。

 

 いまの自分はすでに限界速度で走っている。なのに後ろからジリジリと気配が詰め寄ってきているのがよくわかる。こちらの100パーセントを向こうは確実に超えているのだ。

 

 つまり、ここからが正念場というヤツだろう。

 

 

 ゴールまで()()()()()()()()()()()()()()()

 

 後続との差は()()()()()()()()()()()

 

 ゴール板を通過するその瞬間。相手のウマ娘に()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 勝てるかどうかわからない、最高に緊張感のあるレース。これほどの勝負をメイクデビューで味わうことができるなんて、自分は本当に幸運なウマ娘だ。この場を整えてくれたトレーナーにも、自分に勝つために挑んでくれているライバルにも、心の底から感謝したいぐらいだ。

 

 

 まぁ、それはそれとして。なんとなく気に入らないからレースが終わったら記念に蹄鉄をトレーナーに叩き付けておこう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ターフの上に立つ勝者。

 

 ターフの上に倒れた敗者。

 

 決着は、決着だけを見れば大方の予想通り。天才と呼ばれたウマ娘が勝利し、挑戦者は善戦惜しくも敗北してメイクデビューは終了した。もっとも、勝者であるミスターシービーも相当な疲労のせいで息が絶え絶えなのだが。

 

 

「楽しかったよ、本当に。また、最高の勝負をしよう」

 

 

 百科事典の“瀕死”のページに見本として掲載できそうなほどグッタリとしたウマ娘にミスターシービーが手を差し伸べる。最初は素直に助けを受け入れようとしたウマ娘だが、なにを思ったのかそれを拒み、情けない掛け声をあげながら無理やり立ち上がった。

 

 

「次は……アタシが、勝つ……ッ!」

 

 

 それは残された最後の意地であった。まだ早い、これから何度も挑むことになるのだから、その手を握り返すのは後回しでいい。ついでに、負けたのに清々しい気分なのが腹立たしいので八つ当たりの意味合いも含めての勝利宣言である。

 

 新たなスターウマ娘と、そのライバルの誕生に観客席が拍手で賑わっていた。少なくとも、今日のレースを見たファンたちは彼女のことを決して“脇役”などとは思わないだろう。

 

 

 ただ。

 

 

 そんなふたりを眩しそうに、羨ましそうに眺めるウマ娘たちのことがファンたちの記憶に残されているのかは……定かではない。




ぶっちゃけますと、感想でシービーやモブウマ娘が気になるというコメントがなければ、今回の話は全部まとめて500文字ぐらいでサラッと流す予定でした。


続きを投稿する前に、ここまでの本作の世界観についてサクッと説明する予定です。
説明のための文章をストーリーに盛り込むのが面倒で読み手の想像力に全力でブン投げるという二次創作にあるまじきスタイルで書いていますが、どうしても気になる人向けにせっかくなので書いてみることにしました。

ただ、設定のベースはだいたいアプリ版のイベントを自分なりに解釈したもので構成していますので、もしかしたらアプリのネタバレが含まれるかもしれません。
読まずに飛ばすか、諦めて閲覧するか、投稿までに全ての育成キャラとサポカのガチャを回すかの判断は読者の皆様にお任せします。


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☆主な世界観の傾向と対策☆

このページを閲覧しているということは……。

(前回の後書きの警告に)同意と見てよろしいですねッ!?


 

 Q,この世界はアニメ基準? アプリ基準? 

 

 A,基本はアプリ。

 

 何故ならアプリだと手軽に起動してイベントや設定の確認ができるから。決して灰被り姫たちが牙剥き出しでバチバチやってる世界線ではない。

 

 

 Q,沖野Tや葵Tは登場する? 

 

 A,しない。

 

 本作のスタイルの問題で、さじ加減を間違えると賢さGの勘違いを持て囃す太鼓持ちのような扱いになりかねないので出したくないというのが本音。

 作者側が大丈夫だろうと思った表現でも読者側がどう受け取るかなんてわからないのだから、最初から登場させないほうがお互いにストレスがなくてよいかと。

 

 

 Q,トレセン学園からブラックの香りが……。

 

 A,立場が違えば見方も変わる。

 

 アプリのトレーナーだって第3者から見たらヤベー奴認定されてそうなのがチラホラいるし、多少はね? トレーナーとして優秀かどうかとウマ娘に好かれるかは別問題。

 ただメジロドーベルのトレーナーとトーセンジョーダンのトレーナーはすごく……すごい優秀扱いされてそうです! 

 

 

 Q,トレセン学園はトレーナー不足? 

 

 A,モチのロン。

 

 トレーナーの数が不足していないトレセン学園なんて、カツの乗ってないカツカレーみたいなものよ! つまりそれは普通のカレーなのでちゃんと食べられるので何も問題ありませんね。私たぶん例え話ヘタクソかもしれません。

 真面目な話をするとメンタルやられて辞めていくトレーナーも多いんじゃないかと。アイネスフウジンのストーリー冒頭で新人トレーナーが怪我して学園を去ることになった担当ウマ娘から「出会わなければよかったのに!」と言われていたので、当事者はもちろんソレを目撃してしまったトレーナーたちもゲ○吐きそうになったりしてるに違いない。

 

 

 Q,担当契約無しでウマ娘と関わるのは……。

 

 A,大丈夫だ、問題ない。

 

 複数のキャラクターストーリーで“とりあえずトレーニング”という描写があるし、いうてトレーナーとウマ娘の相性なんて書類だけじゃあわからないので全然アリでしょう。そもそもサポカのイベントで学園中のウマ娘と交流してるし、そこまでガチガチな規定は存在しないのではないかと。

 ただ、ミホノブルボンのストーリーを見る限り、すでに担当が決まっているウマ娘のトレーニングに干渉する行為はさすがにダメっぽい? 当たり前っちゃ当たり前ですが。

 

 

 Q,契約無しでいれば解雇ルート確定では? 

 

 A,その程度では解雇されないのでは? 

 

 グラスワンダーのストーリーで「何ヵ月も先の選抜レースを待って~」というセリフから、グラストレーナー(仮)は数ヶ月の間はスカウトすらしないで待っていたことになるので、それぐらいの猶予はあるんじゃないかと。

 ついでに、ウマ娘側が新人トレーナーだからという理由でスカウトを断る場面もあるので、半年~1年ぐらいはスカウトできない状況も普通にありそう。だから、ベルちゃんのトレーナーやメインストーリーのトレーナーのような師弟関係っぽい雰囲気を構築する必要があったんですね。

 

 

 Q,トレーナー契約無しで出走してええんか? 

 

 A,その方が話を書きやすいので。

 

 GⅠレースでたまに見かける「お前のトレーナーはなにやってんだ?」みたいなステータスのウマ娘は、実はトレーナー不在説を──いや、それでGⅠ出てんだとしたら、それはそれで充分凄いような……。

 シニア級の有マ記念とか、人気下のほうのウマ娘たちとかもっとステータス高くてもいいと思うんですけどね。

 

 

 Q,ネクタイピンの値段よぅ。

 

 A,ジュニア級の賞金額はたぶん少ない。

 

 オグリキャップの育成イベントで、ぬいぐるみに嫉妬したオグリが「食事代ぐらい自分で稼げるし」と話していることから、レースで賞金は出るものと判断。だって普通のアルバイトとかできなさそうだし……。

 その上で、カワカミプリンセスの育成イベントで、プリファイのDVDを「大人のお値段の~」と戦慄するシーンから、その手の限定グッズを気軽に買えない→金銭感覚はまともなまま→そこまで大金は支払われていないのでは? と予想。そもそも賞金額が大きすぎるとウマ娘同士でトラブルめっちゃ起きそう。

 

 ただ、マルゼンスキーが自力でタッちゃんを購入したと仮定すると、GⅠレースの賞金はかなり高めかと。朝日杯の賞金で購入したものを夏合宿に乗ってきたと考えると自然な流れになってませんね全然。普通にその前にタッちゃん登場しちゃってますね。なんてこったい。もちろん本作では“未所持”という設定でいきます。

 

 

 Q,ウマ娘たちのデビュー時期問題。

 

 A,適当に時空を歪めて対応する予定。

 

 年代だの世代だの気にしすぎると執筆活動そのものが面倒になって風来人としてテーブルマウンテンに登り始めたり錬金術師になってチーズケーキ極めたりしたくなる可能性があるので、リアリティーはオールトの雲めがけてブン投げることにしました。

 そもそも時間の流れを真面目に考え出したらメインストーリーの登場人物たちの年齢がすごくすごいことになるので、ウマ娘的にこの組み合わせならアリかな~ぐらいのノリでいきたいと思います。というか、いきます(断言)

 

 

 Q,恋愛要素! 

 

 A,ないです。

 

 トレーナーとウマ娘のイチャイチャが見たいのであれば、アプリをプレイするのです……。

 

 単純に作者の技量の問題で恋愛要素なんて書けませんね。これが例えば『ウマ娘に転生したことで股間のトロフィー(直喩)が消失したことを嘆くオッサンがメジロ家に復讐するために走っていると勘違いされて周囲を曇らせる話』とか『明智光秀がウマ娘たちの自由な走りと主君の名誉のために本能寺で全力うまぴょい伝説を披露した結果織田信長を引退させた話』みたいな普通のテーマなら書けると思います。

 

 

 

 とりあえずこんなところで。

 

 続きはある程度ネタがまとまってから、次の登場ウマ娘候補はスプリンターの長距離を走りたがっている方とスプリンターの長距離に挑戦したがっている方になります。

 

 

※追記

 

 真っ赤な車は父親のお古だそうです。

 

 ストーリー系統ばかり確認しててプロフィール見てませんでした。教えて下さった方に感謝。マルゼンスキーがタッちゃんを買いにいく話も考えていましたが、せっかくなら公式設定に大事にしたいし……どうしたものか。うーん。



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とりから。

おまたせ。

賢さGしかないけど、いいかな?


 貴方はウマ娘が見た目と違って桁違いの健啖家であることを知っています。

 

 いまこそチート能力を悪用することで己のキャラクター性を強固にするとき。そう考えた貴方は母親に教えてもらった実家の唐揚げレシピを完璧に頭に叩き込み、最大まで強化した観察眼で下味を付けた鶏肉を無限の体力を用いて丁寧に揉み続けました。

 

 

「んん~♪ これはとっても美味しいですね~。トレーナーさんのお母さんはと~ってもお料理が上手だったんですね~。あの、もしよろしければレシピを教えていただいてもいいですか?」

 

 油で揚げる作業はアイネスフウジンが気を利かせてトレセン学園で一番おふくろの味が似合うウマ娘を助っ人に連れてきてくれたおかげで順調に進みました。

 貴方はとある芦毛のウマ娘が現れて唐揚げを食べ尽くしてしまうことを警戒しましたが、どうやらまだトレセン学園には在籍していないようです。

 

 そういえば地方からの転入だったかもしれないという情報を思い出し、キャベツの千切りを量産する作業に戻る貴方でしたが──サイレンススズカの隣でヨダレを垂らしている未来のけっぱり総大将の姿を確認し、とりあえず食べ残しの心配は不要だなと超高速でキャベツをシャカシャカするのでした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 香ばしい香りに釣られてやってきたウマ娘が大勢いたために図らずも青空の下での食事会になってしまいましたが、唐揚げの味は好評でした。

 しかし、中には難しい顔をしたままモグモグしているウマ娘の姿も見えます。トウカイテイオーなど、何人かのウマ娘はとても真剣な表情で唐揚げを見つめています。ひと口食べる度に頬が緩んでいるので、味付けが気に入らないワケではないのでしょう。

 

「んー。テイオーちゃんもね、きっとイロイロ考えてるんだよ。……えっとね、うっかり隠し味のショウガをおもいっきり噛んじゃったりしたら、誰だってビックリするでしょ? それとおんなじ。だから、トレーナーちゃんはいつも通りで大丈夫☆」

 

 なるほど、すりおろしたショウガの塊が当たってしまうことを警戒しているのか。なら次の機会があれば、下拵えに使うニンニクとショウガは全て丁寧に裏ごしすることにしよう。貴方は密かに誓いを立て、ウマ娘のためにひたすら茶碗にご飯を盛り付ける作業に集中します。

 

 

 用意した唐揚げのカラコルム山脈が半分ほど採掘され、比較的食の細いウマ娘たちが練習に向かい始めたとき。

 

「こんにちは。貴方が噂の新人君ね。私の担当の子たちにもその美味しそうな唐揚げ、分けてもらってもいいかしら?」

 

 育成評価『A』のトレーナーバッジを身に付けた女性トレーナーが現れました。その後ろには貴方もよく知るふたりのウマ娘“サクラバクシンオー”と“ミホノブルボン”が並んで──食卓のほうをチラチラ見ています。

 

 貴方としては、本音では断りたいところです。育成評価はもちろんですが、このふたりが担当として認めたトレーナーであれば人格面も相当優秀に決まっている。そんなトレーナーに万が一でも、ほんのわずかでもプラス評価をされようものなら追放計画に遅れが出てしまうかもしれない。

 油断も慢心もしないチート転生者という自己評価を信じて疑わない貴方はどうしたものかと悩みますが、ここでとある大事なことを思い出しました。そう、信頼や評価というものは、獲得するのには苦労するが失うときは一瞬であると。

 

 貴方は女性トレーナーとサクラバクシンオー、ミホノブルボンを受け入れます。ここで多少評価されたところで計画に支障は出ないでしょうし、唐揚げが美味しかったとして、それがトレーナーとしてのなんの評価に繋がるものか。全ては1度の悪役ムーヴで簡単に帳消しにできるのでなにも問題はないと判断したようです。

 

 

「ありがとう、ごちそうになるわね。それと、私もトレーニングのことで貴方と話してみたいと思っていたの。ただ、その前に──その、どうして両方の頬っぺたに湿布薬をはってるのかしら?」

 

 貴方は渾身のドヤ顔で「日頃の行いと努力が実った証だ」と答えます。それを聞いたミスターシービーほか何人ものウマ娘が勢いよくキャベツを噴出してむせるほど笑っていますが、貴方はなにも気にすることなくウーロン茶をコップに注ぐ作業を続けていました。




season2ではウマ娘以外の視点も増やす予定。

理事長とか漢字の書かれた扇子持ってる子とか頭の上でネコを飼ってるお嬢さんとか正体がノーザングランブレードかもしれないキャラクターとか気になっている読者の方もいそうなので。


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おから。

 トレーニングのことで話がしたい。

 

 そう女性トレーナーから言われたとき、貴方はいよいよ追放が始まるのかと内心ウキウキでした。

 効果はともかく、奇抜なトレーニングをウマ娘たちにアドバイスしていたことはさすがの貴方も自覚していたので、ついにA級トレーナーが直々に釘を刺しに来たのかと喜んでいたのですが……。

 

 

「私の担当──サクラバクシンオーとミホノブルボンのトレーニングについてアドバイスが欲しいの。ふたりともスプリンターとして素晴らしい素質を持っているんだけど、目標レースが中・長距離でね。キミ、なかなか愉快な方法で脚質改善をしているようじゃない?」

 

 

 女性トレーナーの言葉を聞いた瞬間、貴方の中で賑わっていた浮かれ気分は一瞬で消し飛びました。

 

 これは不味い。少なくとも多数のウマ娘たちがいるこの場で会話を続けることだけは絶対に不味いのだ。貴方はトレーニングの話であればルームのほうが話しやすいと提案し、時間稼ぎも兼ねてとにかく場所を変えることにしたようです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 貴方の作った唐揚げに一番合う調味料についてウマ娘たちがヒートアップしていたので、お行儀が悪いからほどほどにするようにとだけ言い残してルームに移動しましたが……状況は悪化こそ防げたものの、改善はしていません。

 とりあえずコーヒーを出してから詳しい話を聞きましたが、担当であるサクラバクシンオーとミホノブルボンの脚質改善の手伝いを頼みたいとのこと。ウマ娘を適性通りに育てるためのノウハウには自信があるが、そうでない育成方法──スプリンターやマイラーをミドル以上の距離で走らせる方法についてはお手上げなのだそうです。

 

「貴方はかなりの人数のウマ娘たちのトレーニングを指導……いえ、手伝っているでしょう? メイクデビュー、楽しませてもらったわ。残念ながら一着になれたウマ娘はほとんどいなかったけれど、将来性を感じさせる──いえ、正直に言うわ。とてもワクワクするレースばかりだった。で、そんなレースを見事演出してみせた貴方の知恵を借りることができれば、バクシンオーもブルボンも限界を超えられるんじゃないかと思ったワケね」

 

 ポーカーフェイスを保つ貴方ですが、背中はすでに冷や汗でびっしょりと濡れています。

 

 担当契約をしていないのだからウマ娘がどれだけ活躍しようとも無関係を貫けると思っていましたが、このような勘違いを起こすトレーナーが現れる可能性を全く考えていなかったのです。

 これは危険な流れだ。貴方はすぐに女性トレーナーの誤解を正さねばなりません。なにか効果的な説得材料は無いものかと考えたとき、貴方はあのウマ娘との取り引き内容について思い出すことに成功しました。

 

 そう、メイクデビューに挑んだウマ娘たちは全員が勝ちたいという願いを胸に出走してるのです。ふたりほど例外がいたものの、貴方がアドバイスをしていたソロデビュー組のウマ娘たちは、ほぼ全員が担当契約をしているウマ娘たちに負けているのです。

 貴方は女性トレーナーに淡々とした口調で言い返します。彼女たちはレースに勝てなかった、ならば自分はトレーナーとしての役割は果たせていないことに他ならない。なによりも、ウマ娘たちの努力を自分の手柄のように扱われるのは不愉快だ……と。

 

 これでいい。ここまでわかりやすくハッキリと事実を伝えれば、この女性トレーナーも正気を取り戻して申し出を取り下げるだろう。貴方はこれで問題は解決だなとコーヒーに手を伸ばそうとしましたが──。

 

 

「なら何も問題は無いわね! だってバクシンオーとブルボンのことで責任を持つのは私だもの。担当でないキミには関係ないでしょう? キミのアドバイスをどう活用するのかは全部私の判断。お手柄も私が独り占めね。これならキミも心置きなく口出しできるから問題無し! と、いうことで脚質改善の協力……よろしくね♪」

 

 

 この返しには貴方も戦慄を覚えずにはいられなかったようです。ここまで見当違いの思い込みを正しいものとして行動できるものなのかと。

 ですが、同時に納得できることもあります。これならばサクラバクシンオーとミホノブルボンの夢を応援することにも躊躇うことなどないだろうな……と、貴方は素直に感心しているようです。

 

 説得は諦めた貴方ですが、せめて守銭奴としてのラインだけは守らせて貰おうと手伝いではなく取り引きという形に話を持っていきました。まずはふたりの走りがどれほどのものか確認してから、そしてアドバイスをするだけの価値があれば条件付きで引き受けよう。

 女性トレーナーは貴方の提案を承諾しました。時間稼ぎには成功しているが危機的状況はまだまだ続いているということだけは何故か正しく認識できている貴方は苦虫を噛み潰したような表情を必死で隠している様子。次回までにこの女性トレーナーからの評価を落とすための作戦を完成させなければならないので当然でしょう。

 

 

 ──チート転生者である自分をこうも焦らせるとは。なるほど、面白い。これが本物のトレーナーか。

 

 

 ……どうやら追い詰められる悪役の気分を味わえていることで、貴方は少しだけテンションが上がっているようです。



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だから。

「……それであたしに声をかけてくれた、と。可愛い後輩ちゃんたちのために走るのは全然いいんだけど、長距離が目標ならマヤちゃんのほうが適任じゃないかしら?」

 

 

 貴方は現在、サクラバクシンオーとミホノブルボンの走りを見るためにターフにいます。併走の相手としてマルゼンスキーを『取り引きの報酬』という形で呼び出し、これからマイルの距離で競わせるようです。

 ちなみに場所はウマ娘たちの間では貴方のホームとして認識されつつある第9レース場。早めに使いたいとスタッフに相談したときに「なにか特別な練習でもするんですか?」という質問に対し、貴方は迂闊にも「ウマ娘がふたりほど、夢のために限界に挑むだけですよ」と答えてしまったため、ターフもダートも輝かんばかりに手入れがされています。

 

 

「あの~、トレーナーさん。私やブルボンさんの目標は日本ダービーや有マ記念でして、その。マルゼン先輩が得意となされている距離はマイル……ですよね?」

 

「プランの変更を希望します。マルゼンスキーさんに不満があるワケではありませんが、併走トレーニングを実行するのであれば中・長距離の適性を持つウマ娘と行うのが適切であると判断します」

 

 脚質改善のためのトレーニングと言われたにも関わらず マイルの距離を走らされる。当然サクラバクシンオーとミホノブルボンは不満を貴方にぶつけます。

 

 もちろんこの展開は貴方も想定済みです。彼女たちの主張を受け止めた上で貴方は「得意とする距離ですら腑抜けた走りをするようではアドバイスをしても意味がない」とふたりを煽りました。

 当然、貴方の言葉は効果抜群です。そこまで言うなら見せてやろうじゃないかとふたりはやる気に──サクラバクシンオーに比べてミホノブルボンのほうは少しわかりにくいですが、とにかく気合いは充分といったところ。

 

 挑戦者ふたりの用意は整いました。次はマルゼンスキーを本気で走らせるための準備をしなくてはなりません。

 

 走ることが好きなマルゼンスキーも、今回ばかりは今一つ乗り気ではないようです。本格化が進行してぐんぐん能力が伸びている自分と違い、ふたりはまだまだこれから成長が始まる段階なのですから仕方のないことでしょう。

 後輩思いのマルゼンスキーならば、おそらく今回の併走でふたりが“折れる”可能性も考えているはず。もしかしたらわざと手抜きをするかもしれない。

 

 ですが貴方には、取り引きという強力な手札があるので問題ありません。困り顔のマルゼンスキーに向かって「手を抜こうなどと考えるな」と釘を刺すようです。貴方のほうへ振り向いたマルゼンスキーが驚いた表情をしているのを見て、やはり後輩へ手心を加えるつもりだったかと確信を得た貴方は、さらに強い言葉を選んで静かに語り始めました。

 

 

 ──あのふたりの挑戦を憐れむことは許さない。彼女たちは覚悟と共にターフの上にいるのだから手加減など許されない。本気の走りで、本気のマルゼンスキーで完膚なきまでに勝て。これは命令だ。

 

 

 無言のまま、マルゼンスキーはスタート位置へと向かいました。それを見送る貴方は心の中で思う存分一着のポーズで盛り上がっています。

 

 マルゼンスキーの性格からして約束ごとを蔑ろにする可能性などゼロである。感情がどうであろうと本気で走るだろう。それだけでも評価は大暴落するところに、命令という単語をあえて使うことにより、自由を好む彼女はさらに自分を軽蔑するのは確実だ。

 なによりも素晴らしいのは、トレーナーからの命令という事実があることで、なにかトラブルが起こったとしてもマルゼンスキーには責任が全く発生しないことだ。何故ならば命令とは実行者ではなく与えた側が責任を取るものだからだ。

 

 サクラバクシンオーとミホノブルボンには無謀極まりない勝負の強要を、マルゼンスキーには高圧的な命令を。ククク、周囲のウマ娘と依頼人である女性トレーナーから緊張感のある視線が突き刺さるのを感じる。追放狙いの自分にとっては森のノクターンのように心地好い……ッ! 

 

 

 可能であれば周囲の反応を確認しつつ、さらなる煽りで好感度をマイナス方向に稼ぎたいところです。しかし、これからふたりの走りを見てトレーニングプランを組み立てなければならない貴方にはそんな余裕などありません。

 

 キングヘイローとハルウララは貴方と直接取り引きをしていますので、追放されるまでは臨機応変にトレーニングを切り替えることが可能です。

 しかし、サクラバクシンオーとミホノブルボンはあくまで女性トレーナーの担当なので、真の意味で高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変なプランを提案しなければなりません。育成評価『G』トレーナーの貴方とは違い、女性トレーナーは学園の施設利用でも多くの権限を与えられているので選択肢も膨大であり、チート能力の補助を最大稼働しても苦戦は必至でしょう。

 

 あのふたりであれば、マルゼンスキー相手でも折れたり諦めたりすることは無いと貴方は信じています。ですが、どれだけメンタルが強靭でもスタミナにはどうしても限界が存在しますので、彼女たちが倒れてしまう前に情報収集を完遂しなければなりません。

 普段の貴方もアップルパイとハッブル宇宙望遠鏡の違いを瞬時に4ヶ所は指摘できる素晴らしい洞察力をもっていますが、今回はタイムリミットもあるのでチート能力に素直に頼るようです。筋繊維の動きひとつまで完璧に記憶に刻み込み、夢に挑むふたりのウマ娘が存分に走れるよう背中を押してあげましょう!




十時間程度のズレなんて、天の川銀河の歴史から見れば誤差だよ誤差。


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ポカリ。

 貴方の手元にはいま、4つのトレーニングプランがあります。

 

 ひとつは、ミホノブルボンのための“クラシック三冠ウマ娘を目指す”脚質改善プランです。実績をもとに脚質のステータスが割り振られたであろうゲームとは違い、かなりマイルに偏った適性でしたが、可能性としては充分に三冠ウマ娘は狙えます。

 デビューまでに脚質がどの程度強化できるかは結局のところ女性トレーナー次第ではありますが、夏の合宿を挟むことができるので上手く噛み合えば菊花賞も全力で逃げきれるような仕上がりが期待できるでしょう。

 

 問題はサクラバクシンオー向けに制作したふたつのプランのほうです。モデルの馬が『短距離では勝つべきレースが無くなったから引退した』と言われただけあって、適性通りスプリンターとして鍛えれば最強と呼ぶに相応しいウマ娘になれるでしょう。

 ですが、彼女が目標を達成できるようにと考えた場合『芝の適性があるだけハルウララよりはマシ』というレベルなのが貴方の頭を悩ませたようです。結果、完成した脚質改善プランは“中距離と長距離のどちらかひとつに的を絞ったもの”と“リスクは高いがクラシック三冠路線を走るもの”と対照的な物になりました。

 

 追放だけを考えるのであれば三冠路線が確実でしょう。トリプルティアラならばまだしも、長距離を含むクラシック三冠ウマ娘を目指すトレーニングをスプリンターにさせるのですから、少なくともサクラバクシンオー以外からは大きなヘイトを稼げます。ハルウララの有マ記念チャレンジと合わせて、学園のほぼ全てのトレーナーを敵に回せると貴方は計算しているようです。

 しかし、その代償として本来の彼女の持ち味が活かせなくなる可能性が出てきてしまったのです。前世から続くウマ娘ファンの貴方としては、サクラバクシンオーには是非とも二大スプリント覇者を、可能であれば二大マイルも制覇するところを見たい。そう思っているのですっかり困ってしまいました。

 

 

 

 そんな悩む貴方の頭にとある紳士の言葉が舞い降りました。そう“逆に考えるんだ、両方渡しちゃえばいいさ”と。

 

 

 

 依頼主はサクラバクシンオー本人ではなく育成評価『A』のトレーナー。GⅠウマ娘を育てた実績の持ち主なのだから、自分よりもずっと上手にウマ娘を育てられるだろう。

 なにより、依頼内容はあくまで脚質改善の手伝いであるのだから、担当ウマ娘のレースプランまで口出しするのは女性トレーナーの仕事を侮辱する行為に等しい。追放のために自分が扱き下ろされるのは望むところだが、ほかのトレーナーの面子を潰すようなマネは慎まなければならない。

 

 サクラバクシンオーとミホノブルボンとの付き合いがどの程度の長さなのかは不明だが、育成も人間性も最低評価の自分に助言を求めに来るぐらいなのだ。かなりの強い信頼関係が成立しているはず。

 ウマ娘の能力を最大に引き出すものはトレーナーとの絆である……といった情報をどこかで聞いた覚えのある貴方は、心配するだけ時間の無駄であると手早く書類をまとめました。

 

 

 スッキリした表情の貴方の手元に最後に残ったのは、とあるウマ娘のために組んだ特別なトレーニングプランがひとつ。

 取り引きとは無関係ですが、ウマ娘を知るものであればある意味重要なトレーニングプランです。貴方はそれを手にして目的地へと移動を始めました。

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、トレーナーじゃない。あなたがわざわざルームから出てくるなんて、どんな気まぐれなのかしら? それで、このキングにいったいなんの用事があって……へ? スペシャルウィークさんにその特別トレーニングメニューを渡してほしい? あら、いつの間にそんな取り引きを──はぁ? ……あぁ、うん。そうね、うん……。確かにその、だいぶ下半身というか、お腹周りが……ね。重心が安定し過ぎているシルエットに……。ま、まぁ、それだけあなたの唐揚げが美味しかったということよね! …………。えぇ、任せてちょうだい。協力してくれるウマ娘には心当たりがあるわ。必ずこのダイエッん゛ん゛ッ 特別トレーニングメニューを実行させるから安心なさい……」




次回は一部トレーナーたちの視点です。


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『うまぐるひ』

答え合わせの時間。


 

「……う~ん。あと2年、いや1年早く彼がトレーナーになってくれてたら、あの子も秋まで走れたのかしら」

 

 クールダウンのストレッチをするハルウララを見ながら、ひとりの女性トレーナーが誰に言うわけでもなく静かに呟いていた。

 

 相変わらず模擬レースの成績は最下位だった。しかし、かつては一人旅と形容されるほど集団から大差で離されていたはずが、いまでは七バ身ほどの差で食い付いている。少しずつではあるが、確かに脚質が芝に適応し始めているのだ。

 大きく差を付けられて負けていることに変わりはなく、変化と成長に気が付いているトレーナーはまだ少ない。だが、脚質の限界に屈して悔しい思いをしたことのあるトレーナーやウマ娘はまず間違いなく気が付いているだろう。

 

 春のレースを最後に引退した、女性トレーナーの担当ウマ娘もまた、脚質が理由でなにかと苦労の絶えないレース生活を送っていたウマ娘だった。

 滅多に現れない純度の高いステイヤーで、模擬レースや選抜レースはもちろんのこと、メイクデビューからクラシック級の半ばまで成績が奮わなかったのだ。ようやく長距離に本格的に挑めるようになったと思えば「中距離ですら苦戦しているウマ娘を長距離に出走されるのは如何なものか」と()()()()()()が寄せられてきた。

 それでもシニア級の1年目でコツコツと勝利を重ね、今年の春の天皇賞で見事GⅠウマ娘の栄光を勝ち取ったのだ。これで満足して引退できると発表したら、今度は「なぜ秋の天皇賞を走らせないのか。長距離で結果を出したのだから中距離でも勝てるだろう」という()()()()()()()()()が届いたのだ。

 

 メディアの協力とファンの存在あってこそのレースだがトレーナーとて人間である。世間体を気にすることなく心置きなくお気持ち表明ができたなら、さぞや心地よいだろうなと何度思ったかわからない。

 

 

「データ、欲しいわね……。交渉してみる? でも、それにはウマ娘の協力が必要だし……。う~ん、悩ましいわぁ~」

 

 おそらく、いや確実に。協力してくれるウマ娘はすぐに見つかるだろう。全ては女性トレーナーの気持ちの問題である。担当ウマ娘のデータを得るための被験体として扱うことを受け入れることができるのであれば、あの青年との取り引きも不可能ではないと頭ではわかっている。

 そういう意味では、トレーナーよりウマ娘のほうが精神面ではタフなのかもしれない。脚質の壁を超える代償が大きくとも、それを承知で可能性に挑むことを躊躇わないウマ娘は大勢いるだろう。だが、どれだけ僅かであろうとも、危険を承知でトレーニングを施せるトレーナーはそうそういないのだから。

 

 

 

 

「失礼します。お時間、よろしいでしょうか?」

 

 

 

 

「貴女は……ミホノブルボン? 私になにか用かしら?」

 

「はい。先ほど、データ収集のためにウマ娘の協力を必要としていると仰っているのが聞こえましたので。脚質改善は私の“夢”にとっても必要なことですので、共同ミッションの提案を」

 

「なるほど。たしかにそれは私にとっても魅力的な提案ね。でも、それなら彼と直接“取り引き”をしたほうが効率的じゃないかしら」

 

「……父が、言っていました。レースはトレーナーとウマ娘が協力して挑戦するものだと。シービーさんやマルゼンスキーさんとは異なり、私がクラシック三冠ウマ娘を達成するためには、担当トレーナーのサポートが必須であると判断しました」

 

 

 なるほど、ミホノブルボンも()()()()か。見た目では感情の起伏に乏しいようでも、中身のほうは機械的に効率を求めるタイプではなかったらしい。

 

 件のトレーナーは頑なに担当契約を結ぼうとはしない。それが原因で、彼のトレセン学園内での評価は面白いほどバラバラになっている。トレーナーとウマ娘との関係性に理想を抱いているような者は、彼のような曖昧な立場で指導を続けていることをあまり良く思っていないのだ。

 

 全てのウマ娘の幸福を目指す生徒会長シンボリルドルフ、レースに向ける情熱やトレーナーへの強い期待を抱いている理事長秘書の駿川たづな、そのほかウマ娘が担当トレーナー不在のままトゥインクル・シリーズに挑むことに否定的な者たち。99の美点よりも1の欠点が目立ってしまうように、彼がウマ娘たちの支えになっていることは認めつつも、感情的な部分で受け入れるのに苦労しているのだろう。

 

 さてどうしたものか。ミホノブルボンの提案を受けるということは、彼女と担当契約を結ぶことと同じである。

 

 いわゆる“逆スカウト”というものだが、なにせマイルのウマ娘がクラシック三冠ウマ娘を目指そうというのだから育成難易度はかなり高い。というかそんなノウハウや経験など自分はサッパリである。

 適性に合わない距離を走らせてトラブルが起きればメディアは大喜びで食い付くのが簡単に想像できる。自分のトレーナーとしてのキャリアに傷がつくのは別にどうということもないが、ミホノブルボンのほうは確実に厄介なことになるかもしれない。無理をさせるなんて可哀想だという“世論”が、彼女からクラシック三冠に挑む権利を奪うことになる未来も有り得るのだ。

 

 ここは慎重に検討に検討を重ねて答えるべき場面だが──。

 

 

「いいわ。担当契約に必要な書類を用意しておくから、あとで一緒に彼に会いにいきましょ♪」

 

 

 冷静なふりを装ったところでトレーナーという生き物の本能には逆らえない。目の前のウマ娘の可能性を見てみたいという欲望に抗うには、彼女は少しばかりトレーナーでありすぎた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 道中、また生徒会の仕事をサボろうとしたのか「肉が私を呼んでいる」と、いつにも増して適当な言い訳をしているナリタブライアンを連行するエアグルーヴとすれ違いつつ彼のトレーナールームへ向かう途中のこと。

 

「えっと、その、ブルボン?」

 

「はい、なんでしょうかマスター」

 

「マスターて。あぁ、いいえ、私の呼び方は貴女の好きにしてくれて全然いいんだけれど、その。……そちらのウマ娘さんは」

 

「はいッ! サクラバクシンオーですッ!!」

 

「えぇ、知ってるわ。イロイロ有名だもの。うん、そうじゃない。そうじゃないの。自己紹介をしてほしいワケじゃなくて、どうして貴女もここにいるのかを聞きたいの」

 

「ブルボンさんから聞きました! トレーナーさんがダービーや有マ記念を走れるスプリンターを必要としていると! そう、実は……まさに私こそがトレーナーさんが求めているウマ娘なのですッ! つまり! この出会いは運命ということですのでご安心くださいッ!!」

 

 ミホノブルボン曰く「ただ普通に説明しただけ」らしいが、いったいどんな説明をしたらこうなるのか。そこまで大きく間違ってはいないのだが、明らかに認識がずれているのは確実だろう。

 雰囲気的に断れる状況ではない。真面目で一生懸命だが性格の部分でプラス方向に問題のある癖ウマ娘をふたり同時に担当するのか、考えるだけで頭を抱える未来の自分が想像できる。いったいなにをご安心すればいいんだ私は。

 

「……書類は、用意しておくから。あとで私のルームに取りに来てね」

 

 顔を合わせた時点で悩んでも解決できる段階は過ぎてしまったようなので、その場で女性トレーナーは深く考えることをやめた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「レースの結果はウマ娘たちのものです。たしかに私も少しだけトレーニングを手伝いはしましたが、それだけです。彼女たちの努力を私の成果のように言われるのは面白くありませんし、好みでもありません」

 

 後輩らしく丁寧な言葉遣いと態度、しかしまっすぐこちらに向けた視線には明確な“不快”の感情が見えていた。

 

 女性トレーナーが話題に選んだのはメイクデビューのウマ娘たちの様子についてであった。勝利したウマ娘のように喜ぶのではなく、かといって負けてしまったほかのウマ娘たちのように落ち込むのでもない。静かに次に向けて闘志を燃やすウマ娘たちの姿は、メイクデビューを見に行ったトレーナーの間ではちょっとした話題になっている。

 大抵のウマ娘はレースに負けたときに“負けた”という結果だけを見て反省するものだ。今回のメイクデビューに出走していた一部のウマ娘たちのように、負けても尚自分の成長という手応えを感じて満足そうにコースを去る姿はそうそう見られるものではない。

 

 彼女たちの事実上のトレーナーが目の前の青年であることはもちろん知っていた。契約無しで単独出走するウマ娘たちのことは心配半分期待半分くらいで気にかけていたが、勝っても負けてもウマ娘たちが楽しそうにしている様子は見ているだけでトレーナーとして満たされるものがあった。だからこそ話題に選んだのだが……どうやら自分は迂闊にも彼の聖域に踏み込みかけたらしい。

 

 女性トレーナーの背中に冷たい感触が流れる。この感覚は知っている、育成評価『S』の化け物たちと相対したときと同じ感覚だ。他人の評価など無価値、己の信念に従いウマ娘たちを育てることのみが“是”である。

 なるほど、これなら納得だ。担当外のウマ娘たちのトレーニングを監督するという()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()にも躊躇う理由はないのだろう。なにせウマ娘たちがレースで全力で走れるようにする、ただそれだけにしか興味が無いのだから。

 

 これは頭を切り替えなければならない。経験上、こうした手合いには下手に出ても逆効果。むしろ傲慢に、自己中心的に、自分の担当ウマ娘のためにお前を利用するのだというぐらいの気概をみせなければ相手にされないだろう。

 アドバイスを求めておきながら非常識な頼み方をしなければならないのは、どうにも気持ちのおさまりが悪いのだが……ミホノブルボンの提案を受け入れた時点でゲートは開かれたのだ。あとは兎にも角にも前に走るしかない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ほら、ペース守ってッ! ブルボン、ギアを上げるのはまだ早いわよッ! バクシンオーは……気合いと根性で食らい付きなさいッ!」

 

「──了解ッ!」

 

「バク……シィィン……ッ!!」

 

 ある意味、予想通り。自分がミホノブルボンとサクラバクシンオーの担当となり適性外のレースに挑ませるという話はあっという間に広まった。そもそも口止めする気などないし、普通に同僚に話したのだから当たり前なのだが。

 あの青年と違い後ろ指を指されて笑われることがないのは、自分がGⅠレースでいくつかの結果を残しているからだろう。冠を頂くウマ娘はバラバラだが、一応皐月と菊、春の天皇賞と安田記念を勝たせた実績がある。

 

 それでもウマ娘に無茶をさせているという事実は変わらないはずだが、肩書きひとつでここまで対応が変わるのだから面白いというべきか、それとも下らないと呆れるべきなのか難しいところだ。

 

 

「それにしても、なんというか……まともなプランを提案されちゃったわね。これはこれで皮肉が利いてて面白いけど」

 

 

 用意された脚質改善メニューは、ひと言で表現するなら『じっくり丁寧に』といった内容だった。成果が目に見えなくとも根気強く成長できると信じて、当たり前のようにステイヤーのための練習を加減しながら続けるだけ。

 たったそれだけのことだが、ベテランと呼ばれるトレーナーほど耳が痛い話だろう。脚質の限界を超えるためには無茶なトレーニングをするしかないと思い込んでいたが、それは裏を返せば努力の否定、そしてウマ娘たちの可能性の否定であったのだから。

 

 あの青年はそうではない。渡されたメニューを見れば、彼がサクラバクシンオーもミホノブルボンも、当然のように距離を克服できるものと信じているのがよくわかる。短時間の手合わせで、あのマルゼンスキーとの勝負──勝負? いや、まぁ。同じコースの中を同じスタートの合図で走っていたのだから勝負と言えないこともないはず。ともかくあの併走でふたりの気質というか、真面目で実直な本質の部分を見抜いたのかもしれない。

 ただ、これだけ正攻法に近いプランを組めるにも関わらず、あえて謎のトレーニング方法でウマ娘たちを指導している理由についてはサッパリ見当が付かない。飽き性の対策としてなら効果もあるかもしれないが……。

 

 

「これでトレーニング方法がまともだったら、もっとウマ娘たちが集まっていたかもしれないわね。最新のトレーニング機材には興味無し、ロープスキッピングのような前時代の方法やらサンドバッグの打ち込みやら……やっぱり天才って、見えてるものが違うのかしら?」

 

 

 視界の端っこのほうで中等部のウマ娘が──最大積載量に秀でていそうな体格のウマ娘と、何故かプロレスラーのような覆面をしたウマ娘がやたら緊張感のある様子で座禅しているのも、その後ろでいかにもお淑やかな雰囲気のウマ娘がニコニコと微笑んでいるのも、きっと彼が関わっている不思議なトレーニングなのだろう。多分。




複数のトレーナー視点で書いてはみたものの、自分で読んでいて微妙だったのでひとりに絞りました。欲張ってはいけない(戒め)


続きは焼き肉の似合う夏が本格化したら、次はジュニア王者に関する話になります。


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こどもおうじゃ。

鶏肉とホルモンの焼けたタイミングを知る特殊効果が欲しい今日この頃。

……霊石炭ならあるいは?


 貴方は基本的に季節の行事は大切にしたいタイプです。

 

 なので、学生時代もお盆休みや年末年始などは必ず実家に帰省していました。もちろん不手際によりトレセン学園に就職してしまったいまでもその考えは変わりませんが、貴方は現在こちらで年を越す準備をしています。

 なぜなら、守銭奴アピールのために飼育を始めた熱帯魚を放置して帰るワケにはいかないからです。デビューしたウマ娘たちが賞金で水槽の住民をしれっと増やしていたり、水草の育成に興味を持ったエアグルーヴがニシノフラワーと協力してアクアリウムを進化させたりしてしまったので、それらを管理しなければなりません。

 

 お魚さんに罪はない。小学生の夏休みの自由研究で飼育を始めたザリガニも高校卒業までしっかり面倒を見て天寿を全うする様を見届けた貴方に、ペットを放置するなどという選択肢は当然ながら存在しないでしょう。

 

 

 そんな事情もあり、貴方は年末年始に向けた準備のために商店街を歩いています。快適空間に整えたトレーナールームで真面目にだらけてマイナスアピールを確実にするためにも、時間的余裕を持って早めに環境を整えるつもりのようです。

 今年こそ悲願の日本ウマ娘が勝つところを見ることができるだろうかと、先日行われたジャパンカップの盛り上がりもすっかり一段落しています。残念ながら海外からの招待ウマ娘がセンターを飾る結果となりましたが、それはそれで素直に楽しめているでしょう。冬の生活に、年末年始に向けた広告で、どのお店も賑わっています。

 

 

 シンボリルドルフの七冠にはジャパンカップも含まれていたはず。あるいはその前にミスターシービーが勝つかもしれない。どちらにせよ、三冠ウマ娘の称号を持つウマ娘が念願のジャパンカップ勝利を成し遂げた暁には盛り上がり方がとんでもないことになりそうだ。

 

 

 貴方がそんなことを考えながら商店街を歩いていると、夜間練習で見慣れたとあるウマ娘のグループが買い食いを楽しんでいる姿を発見しました。デビュー後の戦績はぼちぼちといったところですが、ジュニア級のレースでも学生視点ならそれなりの賞金が得られます。量はともかく、気兼ねの無い庶民のグルメを楽しむには充分でしょう。

 日々ウマ娘たちに嫌われるための主観的努力を怠らずに過ごしている貴方ですが、さすがに日常の楽しみを邪魔するつもりはないようです。

 そうでなくとも学生がプライベートの時間を楽しんでいるところに学校関係者が現れるのはお互いに気を遣うことにもなります。急ぐ用事もないことですし、素直に迂回するのが良いでしょう。

 

 

「あ、トレーナーじゃん。なに? トレーナーもたい焼き食べにきたの?」

 

「うんうん、ここのたい焼き美味しいからね! トレーナーくんも食べたくなるよね!」

 

「そういうことならアタシらがおごってやるよ。なーに、たい焼きひとつ、アンタに鍛えてもらって稼いだ金で余裕ってなもんさ」

 

 

 案の定、貴方は無事ウマ娘たちに捕まりました。追放狙いの下衆トレーナーとはいえ立場は立場、腐っても鯛は鯛。さすがにこれどうなのかと貴方は思いましたが、それはつまり、このままウマ娘たちにご馳走になるのは大人として恥ずかしい振る舞いになるのではないかと閃きます。

 都合の良いことに周囲には人の目も多い。そしてここはウマ娘たちもよく活用する商店街。悪い噂は簡単に拡散することを考えれば、これも追放の一手として作用するに違いない。貴方は素直に提案を受け入れ、ウマ娘たちとたい焼きを味わうことにしました。

 

 

 商店街の人々の優しい眼差しにはもちろん気が付かないまま貴方がウマ娘たちと一緒に歩いていると、なにやら広場のほうで人が集まり賑わっているところに遭遇しました。

 どうやらテレビの取材が行われている様子。いわゆる街頭インタビューというものでしょう、年末のレースについてコメントを求めているようです。

 

 売名行為には前世から引き続き一切興味の無い貴方はスルーしようとしましたが、偶然スタッフのひとりと目が合ってしまいます。

 

 レースに関する取材の最中に、トレセン学園のジャージを着たウマ娘を引き連れた、トレーナーバッジを身に付けた成人男性を発見する。取材班の次の行動がどうなるかなど考えるまでもありません。

 すでにウマ娘たちは乗り気です。さすがにテレビの前で普段の悪人ぶりを発揮するワケにはいきません。トレセン学園と、そこで働く真面目なトレーナーたちの名誉を守るために、貴方は無難で平凡なトレーナーを演じる決意を固めました。



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おとなおうじゃ。

 インタビューは当たり障りのないお名前確認から始まりました。

 

 テレビの取材ということでテンションが上がっているウマ娘たちとは違い、貴方は嫌味にならない程度に冷静で丁寧な対応を実行しています。ウマ娘たちとの関係が良好に見えると言われたときも、心の中で「このスタッフの人はなにを言っているのだろう?」と不思議に思いつつも、新人トレーナーとルーキーウマ娘とで少しだけ会話が多いだけですよと軽く流しています。

 そんな貴方とウマ娘の様子から、どうやら取材班のスタッフはインタビューの内容を切り替えることにしたようです。先日のジャパンカップについて道行く人々にコメントを求めていましたが、新人チーム相手にわざわざ負け戦の話題を持ち出すこともないと判断したのでしょう。

 

 インタビューは全年齢対象のほのぼのとした空気のまま淀みなく進みます。途中「普段より言葉遣いが丁寧過ぎて気色悪い」と言い出したひとりのウマ娘の頭の上にポンッと手を置き、工事現場のアルバイトで鍛え上げられた指の力を使い黙らせることでさりげなく心の狭さをアピールしたりなどもしつつ、貴方は穏やかで平凡なトレーナーを無事に演じることに成功しています。

 

 せっかくトレセン学園のトレーナーとウマ娘を捕まえたから、ということもあるのでしょう。自然と話題は年末のレースに関するものへと流れていきました。

 有マ記念の予測などは学園内で先輩後輩の立場的なもので言いにくいかもしれない。新人トレーナーやルーキーウマ娘ではダートの東京大賞典はチョイスとして渋すぎる。スタッフはジュニア王者について貴方たちに取材することにしたようです。

 

 

「そりゃ~モチロン狙いにいくっしょ。ありがたいことに今年のホープフルは出走枠に余裕があるっぽいし、せっかくのGⅠだし」

 

「チャンスがあるなら掴みにいかないとね! 宝くじだって買わなきゃ当たらないんだから、え~と、なんだっけ? 同じアホなら踊らなきゃ損とか、なんかそういうヤツ!」

 

「あんたそれ例えとして普通に色々と失礼だからね? まぁでも、余計なこと考えて悩むよりは、思いきって全力で挑戦するって意味ではあってますけど」

 

「チッチッチ。そうじゃないだろ」

 

「挑戦なんて曖昧な言い方はよくないよ?」

 

「ん? あぁ、そういえばそうだったね」

 

 

 ウマ娘たちから先ほどまでのかしましい雰囲気が消え去り、そのまま真剣な表情でカメラのほうへと顔を向けました。カメラマンも「これは絶対いい画が撮れるヤツだ!」と位置取りを再確認しています。

 いったい何事が始まるのだろう? 疑問に思う貴方のことなどお構い無しに、ウマ娘たちは揃って力強く握りしめた拳を突き出し「勝つのは私だッ!」と、堂々と宣言してみせました。

 

 こちらに向き直り「これでどうよ!」とイタズラが成功した子どものように不敵に笑うウマ娘たちの行動にはさすがの貴方も驚きましたが……同時に感心もしていました。

 

 謙遜ならば誰にでも簡単にできます。あるいは一生懸命に走る、全力で挑む、とにかく頑張るなど曖昧ですが前向きの言葉でやりすごすことも可能だったはずです。

 ですが、目の前のウマ娘たちはハッキリと自分が勝つと言い切りました。それもテレビの取材ですから、当たり前ですがこの映像はお茶の間に流れるのです。まさに背水の陣という表現が相応しい覚悟でしょう。

 

 

 トレーナーのサポートも無しに、ここまで堂々とした姿を見せてくれるとは。なるほど、やはり学生でも一端のアスリートということか。

 あるいは、自分の知らないところで教官なり正当なトレーナーなりにアドバイスを受けたのか。どちらにせよ、これだけの気概をウマ娘たちが持ち合わせることができる環境がトレセン学園にはあるのだから、なんの憂いもなく追放されることができるじゃないか。

 

 

 貴方が余計なことを考えて満足そうに微笑んでいると、今度はこちらにマイクが向けられました。どうやら今年のジュニア王者の誕生について意見を求められているようです。

 いまの貴方は平凡で普通な上に担当ウマ娘もいない残念なトレーナーなので、知恵者のふりをして勿体ぶるような言い回しは必要ないでしょう。

 

 ホープフルステークスはもちろん、阪神ジュベナイルフィリーズや朝日杯フューチュリティステークスの冠をどんなウマ娘が頂くのか、いまから楽しみですと答えたのですが──。

 

 

 

 

「いや、あの。私もマイルはもちろん楽しみですけども、いまはその。中距離の、えー、ジュニア王者についてですね、トレーナーとしてのご意見を伺いたいのですが……」

 

 困惑する取材班の様子を見て、貴方もまた困惑しています。ジュニア王者について聞かれたからこそ3つのジュニア級GⅠについて答えたはずなのに、と。

 なにかおかしなことを言っただろうかと不思議そうにしている貴方の後ろでは、ウマ娘たちが「またなんか始まったぞコイツ」といった様子で楽しそうにしています。

 

 もちろんそんなウマ娘たちのソワソワした姿は貴方には見えていません。




リポーターとレポーター、調べてみたらどちらも正解とのこと。
ちなみに放送局や出版社はリポーターで統一するようにしているのだとか。

とりあえず面倒だったのでスタッフと表現しましたが、今後はなにかこう、なにか考えておきます。


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がんこおうじゃ。

 もともと競馬には詳しくなかった貴方ですが、ウマ娘を通してモデルになった名馬たちの活躍を知ってからは、GⅠレースに勝利することが名誉であることは理解しています。

 だからこそジュニア級で挑戦できる3つのGⅠレースについて話し、誰が勝つのか楽しみだとコメントしたのですが……あまりにも簡潔に表現しすぎたせいで、相手も反応に困っているのでしょう。

 

 これはさすがに自分の不手際だろう。そう考えた貴方はもう少しだけ自分の考えを詳しく説明することにしたようです。

 といっても、特に難しい話をするワケではありません。クラシック三冠ウマ娘を目指すか、トリプルティアラを目指すか、スプリント・マイル路線でスピードの向こう側を目指すか。様々な形の“最強のウマ娘”がここから始まるのだと思うと、トレーナーとしては楽しみで仕方がないのだと話しました。

 

 

「──ッ! なるほど、そういうことでしたか! えぇ、それならわかりますよ。私もいろんなレースを観に行って楽しんでますから。いや~申し訳ありませんね、ほら、中距離のレースって結構特別感が強いじゃないですか。東京優駿、ジャパンカップ、そして世界の凱旋門賞もそうでしょう? トレーナーという立場なら尚更かと思いまして」

 

 言われてみればその通りだと、ようやく貴方は納得したようです。ですが、ここで素直に同意するワケにはいきません。

 

 正直な気持ちとしては、貴方も中距離レースには思い入れがあります。スペシャルウィークやウイニングチケットの日本ダービーはもちろん、秋の天皇賞や宝塚記念など、脚質も目標レースも中距離のウマ娘を何人も繰り返し育てていたからです。

 しかし、いまの貴方はアプリユーザーではなくひとりのウマ娘トレーナー。ここで個人の価値観をテレビで垂れ流して、中央トレセン学園のトレーナーが誤解されるような返答は許されません。貴方は冷静に思考を巡らせ始めました。

 

 平凡で普通のトレーナーならばどうするのが正解か。いや、ここは逆転の発想でいくべきだろう。一流のトレーナーであればGⅠレースの価値を正しく理解し丁寧に扱うはず。ならば自分のような十把一絡げのトレーナーであれば、距離はもちろんグレードも分け隔てなく適当に扱うのが道理か。

 

 

 そう考えた貴方は「特別なレースなどというものはない。そこに本気で走るウマ娘がいるのだから、重要ではないレースなど存在しない」と答えました。

 

 

 周囲の空気が一時的に停止したのを見逃さなかった貴方は、表面上は普段のように飄々としていますが内心では大喜びです。

 

 取材班はもちろん、ウマ娘たちや周囲のお店の店員さんまで貴方の面白味の無い回答に呆れているのがよくわかります。もしかしたら自分のインタビュー部分がまるごとカットされる可能性もありますが、それは貴方としては好都合でしょう。

 撮れ高が無く編集作業が面倒になってしまうことを思うと申し訳ないという気分にもなりますが、これも野望のためと感情を飲み込むことにしたようです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「今日はご協力ありがとうございました。おかげさまでなかなか面白い画が撮れましたよ。もしご迷惑でなければ、友人の取材にもご協力をお願いできますか? 月刊トゥインクルという雑誌は──あぁ、トレーナーさんには説明するまでもなかったですよね、失礼しました。えーと、それでですね、友人が記者をしてまして。多少、情熱が強すぎるところがありますが……必ず、素晴らしい記事を書いてくれるはずです」

 

 何故か機嫌の良いスタッフからの提案に、貴方は時間が合えばと無難な返答をします。どのような記者が取材に来るのかはわかりませんが、いまの貴方は学園での生活がほぼ夜行性になりつつあります。なので、その記者とエンカウントする可能性は限りなくゼロに近いかもしれません。

 

 貴方は買い物を再開することにしました。テレビの取材で気分が高揚しているのか、ウマ娘たちが荷物持ちを手伝ってくれるようです。

 本来ならば遠慮する場面ですが、成人男性が女子学生に力仕事を任せるという構図は悪人ポイントの高い行為。ここはありがたく頼ることにして、商店街をじっくり品定めしながら歩くとしましょう。




また節目に世界観の説明を差し込むべきか、どうしたものか。

説明不足もアレですが、説明過多もアレなのが悩ましいですね。


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へんくつおうじゃ。

 貴方は現在、阪神レース場で開催されるレースを見るために学園のルームでダラダラ過ごしながら待機しています。

 

 時刻は朝の9時。第1レースの未勝利戦からしっかり楽しむために、早めに朝食も済ませ頭もバッチリ目覚めた状態でテレビをつけてコーヒーを飲んでいるところです。

 

 朝日杯フューチュリティステークスに挑戦するマルゼンスキーをはじめ、顔見知りのウマ娘たちが何人か出走しているので直接見に行き仕上がり具合を確かめたいという気持ちはもちろんあります。

 しかし、夜間練習の疲れで集中力が落ちたままでの長距離移動は事故のもとです。公共の交通機関よりも自分の運転で遊びに出たい貴方は安全を優先し、素直に画面越しに応援することにしました。

 

 寛ぐための物資も事前に用意してありますので、すべてのレースが終わるまではお手洗い以外でルームの外に出る必要はありません。

 普段ルームに入り浸っているミスターシービーたちは、マルゼンスキーを応援するために現地に向かうと事前に知らされていたので、貴方は悠々とソファーに寝転んでレースを観戦することができる──はずでした。

 

 

「こ、これは……ッ! お昼寝マイスターであるセイちゃんもびっくり仰天のふかふか具合……ッ! くっ、部屋に置きたいけど置くスペースがないのが悔やまれる……ッ!」

 

「ちょっとスカイさん、ひとりでソファーを使わないでくれるかしら? ……まぁ、気持ちはわかるけれど」

 

「冷蔵庫ん中はフライドポテトに~チキン南蛮と~? おっ、コイツはなんだぁ……って、おいおいトレーナーよ~。なんで焼きうどんなんだよ、焼きそばも用意しとけよ。気遣いのできないトレピッピはモテねーぞー? 仕方ねぇ、アタシがミックスベジタブルを足しといてやるぜ」

 

「トレーナー、はちみーはないの~? まったく、ボクが来るってわかってるんだから、はちみつぐらい用意してくれなぁ~くてもいいや、うん。ナンデモナイヨー。こっちのこれは……お茶? このラベルどこかで見たこと──。やっぱりにんじんジュースにしよっと!」

 

「男の人の冷蔵庫って、もっとジャンクでお肉って感じだと思ってたの。相変わらず栄養バランスもいい感じのラインナップがそろってるの。んー、でもトレーナーの場合は例外って気もするかな~、いろいろと」

 

 

 メイクデビューを果たし使えるお金に余裕があるウマ娘は阪神レース場へ向かいましたが、そうでないウマ娘は快適空間を求めて貴方のルームにやってきました。

 

「マヤわかっちゃった! トレーナーちゃん、これからソファーの数がもっと足りなくなっちゃうよ。だからね~、ゴロゴロできるおっきいのもいいけど、今度はカワイイのがいいと思うな☆」

 

 天才による不吉な予言に頭を抱えそうになる貴方ですが、マヤノトップガンの“わかっちゃった”の的中率の高さは知っています。

 むしろ、諦めて開き直ることができるぶん気楽かもしれないと前向きに考えましょう。

 

 せめてもの意趣返しとして、ソファー選びを手伝うように伝えると「アイ・コピー♪」と元気の良い返事がきました。いい覚悟だ、散々連れ回してやるからせいぜい後悔するんだな。そんなことを考えながらテレビを見ていると、見覚えのある商店街が映っています。どうやら先日のインタビューの様子が放送されているようです。

 内容は実に“無難”といった編集といえるでしょう。ウマ娘たちの覚悟表明はしっかりノーカットで流れていますが、貴方の凡庸なセリフ回しはほぼ全てが無かったことにされています。

 

 概ね想定通りだと貴方は納得していますが、どういうワケかウマ娘たちはこの上なく胡散臭いという雰囲気の視線をこちらに向けているではありませんか。

 まるで「絶対ウソだ、この男がこんな普通なコメントして終わらせてるはずない。間違いなく余計なこと言って編集されたに決まっている。余所行きのまま平和に終わってるワケがない。だって一緒にいるウマ娘たちものごっつニヤニヤしてるし」とでも言いたげです。

 

 普段接点がないセイウンスカイだけが「これはいったい何事なんだ?」と不思議そうにおやつをつまんでいますが、彼女がそちら側のウマ娘になる日もそう遠くはないのかもしれません。




次回は朝日杯と取材スタッフ視点です。


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『苦難を越える追い風を』

答え合わせの時間。


(2……3……4……この差でも喰らいついてくる? 当然よね、GⅠレースだもの。トレーナーくんに言わせるのなら“マイルのジュニア王者”を決めるレースなんだもんね。あんなこと言われて送り出されちゃったんだもの、みんな気合いブリバリになるのも当たり前──ねッ!!)

 

 先行で。

 

 差しで。

 

 追込で。

 

 それぞれの得意とする位置から鋭い気迫が背中に絡み付いてくる。

 

 本人の人柄もあり、普段の生活でマルゼンスキーが敵意を向けられるということはない。なので控え室でミスターシービーが楽しそうに話しているのを聞いていたときは「そんなものか」ぐらいにしか考えていなかった。

 だが、実際に体験してみるとやはり違う。大舞台で逃げウマ娘がなかなか活躍できないのも納得だ。GⅡやGⅢのレースと比べれば、背中にのしかかってくるプレッシャーがまるで違うのだから。これに耐えながら先頭を走り続けるのは、たしかに精神力の消耗も桁違いになるだろう。

 

 

 もっとも、何事にも例外はある。

 

 

「……いいわ。これだけやる気充分なら、遠慮なんていらないわよね? ──さぁ、かっ飛ばすわよッ!!」

 

 

 マルゼンスキーにとって強力なライバルの存在はリスクなどではない。彼女たちが同じレースを走ってくれているからこそ、自分も本気で走ることができる楽しさを味わうことができるのだから。

 好敵手という最高の追い風を背に受けて、赤い勝負服がターフの上を閃光のように駆け抜ける。単独出走のウマ娘がGⅠレースの勝利を、それも無敗で達成する。そんな場面に立ち会えるかもしれないと、観客席は最高の盛り上がりを見せていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ま、ある意味想定通りってヤツかね? マルゼンスキーの圧勝だったな。ついでに何人かのウマ娘が()()()()()()()のも概ね想定の範囲内だ」

 

「……先輩、そういう言い方はどうかと思いますけど」

 

「事実だよ後輩君。栄光の陰に挫折あり、さ。ただのファンなら無邪気に喜んでも許されるが、俺たちのような情報商売やってる人間は目ェ背けるワケにゃいかねぇよ」

 

「それは……そう、かも……しれませんが」

 

「あー、なんだ。別にお前さんの楽しみを奪おうってつもりはないんだがね。ただ、たまにいるのさ。レースの華々しさに憧れてジャーナリストになったヤツでな、現実に打ちのめされて辞めていくのが」

 

 難しい顔のまま黙ってしまった後輩の様子に、さすがに言葉選びを間違えたと思ったのだろう。一服してくると告げると、返事を待たずに男はレース場の外へ出ることにした。

 

 さきほどの話はウマ娘たちのレースに限ったことではない。勝負の世界とはそれがどんな種目だろうと、それこそ本来はただの娯楽であったゲームのようなものですらこんなものだ。煌びやかなウイニングライブの最中に、蹄鉄シューズをゴミ箱に投げ棄ててレース場を立ち去るウマ娘だっているのを男は知っている。

 だからこそ、そんな裏側を知る人たちが少しでも希望を感じられるような“画”を放送したくて現地での取材活動にこだわっていた。そして、先日の商店街で出会ったチームは男にとってまさに理想のそれだったのだ。良い意味でお互いに遠慮のない距離感、学生らしく放課後を楽しみながらも勝利への“渇き”を宿した戦士の瞳。それらを満足そうに眺める若きトレーナー。全てが男が欲していた光景そのものだった。

 

「なかなかいい“画”が撮れたと思ったんだけどなぁ。優秀すぎるのも……出る杭は打たれるってのはわかっちゃいるんだけど、もったいねぇんだよなぁ~。せめてあのオニーサンの育成評価がそこそこ高けりゃまだ──いや、どのみちムリか」

 

 トレーナーにインタビューを行ったときの返事といえば、大抵は日本ダービーのことを話すのが定番である。あとは時期によってはメイクデビューを頑張りたい、宝塚記念や有マ記念を走りたいといった内容になるパターンがほとんどだ。それだけ日本ダービーが特別だと皆が思っているのは事実だし、トレーナーが憧れる気持ちは理解できる。

 だが、そんな内容の放送を流すことになる度に思うのだ。スプリンターやマイラーのウマ娘たちは、こうしたトレーナーたちの言葉をどんな気持ちで聞いているのだろう、と。脚質が合わなくて日本ダービーへの挑戦を諦めて、それでも自分が全力を出せる舞台を精一杯走ろうと頑張っているウマ娘たち。そんな彼女たちにとって、トレーナーが中距離や長距離のレースへの憧れを語る姿を繰り返し見せられる日常は、それはもう想像するだけで胃がキリキリと痛む気がする。

 

 あのときのトレーナーは、彼の言葉は。あれは紛れもなく本物だった。テレビの取材だからと心にもないような美辞麗句を並べるような相手はうんざりするほど見てきたのだ、その程度の違いなど瞬時に見分けられる。

 彼の後ろで楽しそうにウマ娘たちが笑っていたのも、外向けに作られた態度などではないことを証明していた。普段から相当ウマ娘たちのために尽くしているのだろう、レースに貴賤などないと言い切った彼のことを疑っている様子は微塵もなかった。

 

 

 たった一度の放送で世間の価値観など簡単には変わらない。それでも、何気ないたったひと言が誰かの救いになることだってある。

 スプリンターやマイラーのウマ娘たちを本気で育てているトレーナーたちにとってもそうだ。彼のような若い世代のトレーナーでも短距離やマイルのレースに注目して楽しみにしてくれている、そんな姿は追い風になったかもしれないのに。

 

 

(真面目に努力しているトレーナーほど、彼の態度が癪に障るかもしれない、ねぇ。たしかに、なんとか担当ウマ娘にダービー走らせたいって神経磨り減らしながら育成してるトレーナーにしてみりゃ、なんでもアリでいいだろうってスタンスは違う意味で刺さるだろうな)

 

 面白いトレーナーがいて、面白い画が撮れた。これは是非とも流さなければと上機嫌なスタッフたちは、上司に指摘されるまで彼らがチームではないことに気が付けなかった。

 担当が見付かっていない評価『G』のトレーナーだから、ウマ娘たちに対してなんの責任も背負っていないから、あんな気楽な態度でいられるのだ。そんな批判が向けられるという可能性を示されれば、スタッフたちも黙るしかない。上司もこの世界で飯を食って長いことやっているのだ、自分たちよりもずっと理不尽な現実を見る機会も多かったはずだ。

 

 

「……やめよう。考えてると俺までムダに落ち込みそうだ。もっと前向きなことに──そうだな、今年のルーキーは粒揃いだし、そっち方面の取材について予定立てるか。無敗のGⅠ勝利、そしてホープフルステークスのほうも無敗のジュニア王者誕生が……なるだろうな、確実に」

 

 今年は単独出走のウマ娘がなかなかいい走りを見せて活躍しているが、メディア関係者としてレースに関わってきた男にしてみれば、それだけでもかなりの異常事態だった。

 トレーナーの存在はウマ娘にとってかなり大きい。トレーナーとしての能力は当然重要だし、指導方法が優しい厳しいという性格的な部分でウマ娘との相性の良し悪しも当然ある。だが、それ以上に大事なのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()という部分にあるだろう。

 もちろん希望と適性のすれ違いで衝突する場面などにも出会したこともあるが、どんなトレーナーであってもウマ娘たちを勝たせたいという気持ちだけは本物なのだ。それが彼女たちの精神的な支えになっているのは疑いようのない事実である。

 

 その支えを得られない単独出走のウマ娘にとっては、未勝利戦すら抜け出すことは容易ではない厳しい戦いである。それが今年は1勝クラスのオープン戦どころか重賞レースにも多数出走しているのだ。

 件のトレーナーと一緒にいたウマ娘たちもそうだ。あまりにも自然な雰囲気で一緒にいたので頭からスッポリと抜けてしまっていたが、彼女たちも単独出走でオープン戦を勝ち上がり、重賞レースでもしっかりと入着している実力者たちだった。

 

 極め付けは今日の勝ちウマ娘であるマルゼンスキー。そして同じジュニア級で無敗のままホープフルステークスに挑むミスターシービー。トレーナー付きのウマ娘たちを相手に圧勝しているこの2人に関しては、レース関係者たちも驚きを隠せずにいるぐらいだ。

 これほどのウマ娘に担当トレーナーがいないのは何故なのか。まさかメイクデビューから急激に覚醒したワケでもないだろうし、育成評価の高いトレーナーからのアプローチだって確実にあったはず。

 

「まぁ間違いなく……中央トレセン学園の中でなにかが起きてるのは確実だな。単独出走のウマ娘たちで良い成績残してる子たちは、勝っても負けてもみんなイイ顔して走ってる。ついに痺れを切らしてトレーナーに頼らないトレーニングも充実させたのか? 秋川のお嬢ちゃんならやりかねないが……」

 

 母親のほうもあっさり娘に理事長の席を渡す程度には行動力がブッ飛んでいたが、娘のほうも母親に負けず劣らず日々賑やかに過ごしているのは有名な話だ。駿川たづな秘書がいなければ、いまごろトレセン学園は魔境と化していたかもしれないと言われるほどウマ娘のためならあらゆる手段を躊躇わないという。

 あの理事長であれば単独出走で苦労しているウマ娘たちのことは以前から気にかけていただろうし、何かしらの手を打っていたのが実を結んだ可能性もゼロではないだろう。

 

「となれば……あえて単独出走のウマ娘たちを追いかけてみるのも面白いかもしれないねぇ。マルゼンスキーやミスターシービーはほかの連中も注目するだろうし、どうせなら商店街で出会ったウマ娘たちにもう一度取材を申し込んでみるか」

 

 ウマ娘たちはもちろん、もしかしたらあの若いトレーナーからもなにか情報が得られるかもしれない。それを抜きにしても、あのトレーナーがどんなウマ娘をスカウトしてどんな育て方をするのか個人的に興味がある。

 来年の予定はそれなりに楽しいものになるかもしれない。そんな予感で多少は気分が楽になったのか、男はコーヒーの空き缶をゴミ箱に投げ棄てると軽い足取りで車に向かい──ウイニングライブが残っていることを思い出して、慌てて引き返すのであった。




ジュニア王者を決める大事なGⅠレースであるホープフルステークスを、クラシック三冠に挑む前のおみくじ代わりに使ってるトレーナーがいるらしい。

私だ。


続きは塩飴系の需要が増えたら、次はシンボリルドルフの選抜レースの話になります。


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ふとんがでんわ。

塩バニラ飴なるもの、美味でした。
でもそれはそれとして、次からはレモン味かウメ味を買おうと思います。


 当たり前のことではありますが、トレーナーとして働く意思を浜の真砂の一粒ほどにも持ち合わせていない貴方は選抜レースを見る必要がありません。

 

 ですが、それはそれとして選抜レースそのものには興味津々です。特に今回は生徒会長であるシンボリルドルフが出走することもあって、ジュースを片手に野次馬根性を欠片も隠す気配なくレース場に足を運んでいます。

 シンボリルドルフと交流のあるウマ娘たちは皆が応援のために最前列にならんでいます。普段は貴方の近くで機嫌良くニコニコと笑っていることが多いマヤノトップガンも、今日はトウカイテイオーの隣に並んで手を振っているようです。

 

 選抜レースの予定が順番に消化され、いよいよシンボリルドルフの出番が近付いていることもありレース場もだいぶ賑わってきました。模擬レースでも負け無しとのことですから、まともなトレーナーであれば喉から手が出るほどスカウトしたいと思っていることでしょう。

 貴方の目的は、むしろそんなトレーナーたちのほうにあります。残念なことにミスターシービーとマルゼンスキーはトレーナー不在でデビューすることになってしまいましたが、さすがにシンボリルドルフまでトレーナーが見付からなくて単独出走を……などということにはならないはず。そう強く期待しているのでしょう。

 

 

 今度こそアプリに登場した、ウマ娘を支えるために産まれてきたようなスーパートレーナーが現れる可能性がある。

 この世界に転生してから自由を満喫してきた貴方は、そんなトレーナーが現れる瞬間を見たいという欲望に逆らえませんでしたし、逆らうつもりもありません。

 

 

 さて、貴方がレース場の壁際でおしるこをすすりながら精一杯悪人らしく見えるよう体勢をキープするという哀愁に満ちた努力に全力を出している中、いよいよ選抜レースの最終レースが始まりました。

 シンボリルドルフの脚質は王道を行く先行・差しです。無理にインコースを狙うことなく、余裕をもって外側を走る姿はさすが未来の皇帝といったところでしょう。

 

 ただ残念なのは、ほかのウマ娘たちの走りに気迫が足りていないことです。その気持ちはわからなくもありませんが、選抜レースであえて勝利を定義するのであれば“1着をとること”ではなく“スカウトされること”にあると貴方は考えています。

 

 事実、貴方が監督している夜間練習に参加しているウマ娘たちの中には、レースで1着を取れなくともトレーナーからスカウトされている者がそれなりの人数います。

 そのことでウマ娘たちがお礼を言いに来たことについて貴方はさっぱり理解できませんでしたし、何故かトレーナーたちが菓子折りやらお米やら巨大な冷凍肉の塊やらを持って挨拶に来たときなど意味不明過ぎて咄嗟に『マーベラスッ!!』と叫びそうになりもしましたが……ともかく、トレーナーは別に1着になったウマ娘だけに注目しているワケではありません。

 

 シンボリルドルフが強いウマ娘であるからこそ、それに臆することなく喰らいつく胆力を持つウマ娘を放っておけるトレーナーなどいないはず。

 ただ、理想の実現のために、そして生徒会長という立場故の気概を放つ彼女に挑むのは容易いことではありません。もったいないという気持ちはありますが、こればかりは無責任に頑張れとは言えないか……と、貴方も納得することにしたようです。

 

 

 選抜レースの結果は当然の権利のようにシンボリルドルフの完勝でした。七バ身差という圧倒的な勝利にトレーナーもウマ娘も興奮している者が多い中、静かに笑う貴方にとってはここからがお楽しみの本番です。

 誰もがスカウトをためらって動けずにいると、ゆっくりとシンボリルドルフのほうからトレーナーたちへと歩み寄りました。そして皆が静まったのを確認すると、強い意志を感じる落ち着いた口調で彼ら彼女らに問い掛けます。「私と共に理想を歩む、その覚悟を見せてほしい」と。




アプリトレーナー、だいたい選抜レースより前でウマ娘のこと射止めてる気がします。グラスワンダーやフジキセキあたりがギリギリ……いや、アレもうレース前に落ちてるな……。


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くまがふっとんだ。

 競馬に絶対はないが、その馬には絶対がある。

 

 勝利よりも、たった三度の敗北を語りたくなる馬。

 

 ただただ純粋に“強い”という理由で人々を魅了した競走馬、それが『皇帝』シンボリルドルフです。前年の三冠馬であるミスターシービーに1度たりとも先着を許さなかったことからも、シンボリルドルフという馬がどれほど強かったのか想像できるでしょう。

 もっとも、ウマ娘のシンボリルドルフはその強さ故に周囲とのコミュニケーションに苦労している部分もあります。気軽な会話に混ざろうと試みたものの、結局お堅い話題に流れてしまったり、親しみやすさを演出するためにダジャレを学んでみたものの、ナイスネイチャ以外には評価はいまひとつであったりします。

 

 自分のダジャレを自分が一番楽しんでいる、そんなユーモラスな一面もある生徒会長シンボリルドルフですが、トレーナーたちに問い掛ける姿は真剣そのもの。その様子に圧倒されたのでしょう、それぞれが胸に抱く思いは千差万別ですが、我こそはと手を上げる者は現れませんでした。

 そしてそのまま貴方が予想していた通りの展開となります。後日、改めてスカウトに来てほしいと提案すると、シンボリルドルフはコースを去りました。

 

 条件は整いました。あとは数日後のイベントを楽しみに待っていればいい。そう考えた貴方は、シンボリルドルフの凄さを嬉しそうに話し続けるトウカイテイオーの相手をしながらルームへ戻るのでした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「邪魔するぞ。アンタに聞きたいことがある」

 

 翌日。

 

 貴方が3枚重ねにしたビッグカツを背徳と悦楽を共にしながら味わっていると、これまで一切の交流がなかったナリタブライアンが何故か訪ねてきました。

 珍しいことも起きるものだ、一番自分とは無縁だろう彼女がいったいなんの用事だろうか? 貴方がそんな疑問を抱いていることなど知る由もないナリタブライアンは、一切の迷いのない動作でビッグカツを1枚手に取り食べながら貴方に問い掛けました。アンタはシンボリルドルフをスカウトしないのか? と。

 

 シンボリルドルフの実力ならばGⅠレースを荒らし回ることも可能であり、区切りと言われる3年間でも莫大な賞金が手に入る。金欲しさにトレーナーになったのであれば、これを見逃す理由はないだろう。

 

 ナリタブライアンの発言は実に真っ当な意見です。普通の悪役トレーナーであればその通りだなと同意してしまう場面でしょう。

 しかし、貴方は油断をしないことに定評のあるチート転生者です。並みの悪党とはひと味違いますので、言葉の裏側に隠された真意を見抜くことなど朝飯前なのです! 

 

 

 貴方が朝食を楽しむ権利を犠牲にすることで得た答えは『牽制』を目的として接触してきたというものでした。

 

 

 強敵との闘争に餓えているであろうナリタブライアンのことですから、シンボリルドルフが貴方のような信頼も実績も底辺のトレーナーと契約してしまい弱体化する可能性など残しておくワケにはいかないのでしょう。

 ならばなにも悩むことはありません。ナリタブライアンは貴方にシンボリルドルフをスカウトさせたくないと考えている。そして貴方はシンボリルドルフに限らずウマ娘をスカウトしたくないと考えている。誰も困らない素敵な空間が完成している状態です。

 

 しかし、言葉選びだけはしっかりと考える必要があるでしょう。あくまでスカウトの意思が無いと伝えることが目的ですから、シンボリルドルフというウマ娘そのものを否定するような発言は十万億土の悉くを叩き斬ることになったとしても赦すワケにはいきません。

 

 念のため、深刻な方向性で意味深に勘違いされないよう、貴方はなるべく気楽な雰囲気でナリタブライアンへ返答します。

 

 

 シンボリルドルフが強いウマ娘であるのは事実だし、全てのウマ娘の幸福という願いも確かに素晴らしいものだ。だが、トレーナーとしての自分はシンボリルドルフというウマ娘には一切の興味はない。──敵にまわすのであれば大歓迎だが。

 

 

 一瞬だけ驚いたように目を見開いたナリタブライアンですが、すぐに獰猛さを隠しきれない微笑みを返してきました。




ビッグカツ(おさかな)


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でんわにくまった。

「ねぇトレーナー。なんかブライアンから三冠のこと応援されたついでにケンカを売られたんだけど、なにか知ってたりはするよね?」

 

 貴方が夜間練習が始まるまでの空き時間を利用し、次の『学園を追放されて自由に羽ばたいてやるぜ大作戦』について考えていたところ、唐突にミスターシービーからそんな質問がとんできました。

 特に誤魔化すようなことでもないので、貴方は正直に「自分は普段交流はないし大した会話もしたことがないから心当たりはないが、ナリタブライアンは強敵と競い合うことを望んでいるからターゲットにされたんだろう」と教えることにしたようです。無敗でジュニア王者の称号を手にしたミスターシービーであれば、彼女の渇きを癒す相手として申し分無いといったところでしょう。

 

 貴方の予測に対するミスターシービーの反応は、前半分は胡散臭いけどナリタブライアンの心情だけは信じるというものでした。

 正直に話したにも関わらず信じてもらえなかったことは貴方にとって最高の褒め言葉のようなものです。なにより、自分のことは疑ってるのにナリタブライアンのことは素直に受け取ってくれるところなどは実に好都合でしょう。

 

 トレセン学園で一番付き合いが長いだけあって、ちゃんと自分のことを見下してくれている。そんなミスターシービーの態度に貴方が楽しそうにしていると、貴方もまたナリタブライアンから睨まれていることを教えてもらえました。

 

 なんでも『首を洗って待っていろ』と彼女から伝言を頼まれたとのこと。

 

 これには貴方もニッコリです。つまりナリタブライアンは「お前のようなやる気のない、闘争心の欠片も持ち合わせていないようなトレーナーなどトレセン学園に相応しくない」と言いたいのでしょう。

 夜間練習のウマ娘たちへ向けた頼み事のこともあり積極的に動けなくなってしまったエアグルーヴとは違い、ナリタブライアンとはなんの関わりもありません。これはシンボリルドルフと協力し生徒会全体で自分を追放するために動いてくれる流れに違いない。貴方のナリタブライアンに対する期待感は相当高まっていることでしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 皐月賞の前哨戦である弥生賞に向けて、追い込みのタイミングをもう少し調整したい。夜間練習が始まる前に走り方をチェックして欲しいとミスターシービーからの申し出を受け、貴方は自身の行動に一切の疑問を抱くことなく一緒にコースへと向かっています。

 

 どうやらマルゼンスキーが日本ダービーへ出走するために、中距離の実績作りを目的に弥生賞と青葉賞に出ることを決めたようです。ダービーより早く対決することになったのは別に構わないが、だからと言って勝利を譲る気はないとやる気に溢れています。

 おそらく、いや確実に。これはあとでマルゼンスキーからもアドバイスを求められることになるだろう。お互いの手の内を知る自分にふたり揃って頼ってくるのはどうなんだ? そんなことを思いながら歩いていると、マルゼンスキーとグラスワンダーが楽しそうに話している姿を見つけました。

 

 

 それだけならば特に気にする場面ではないのですが……貴方は視界の端のほうに素晴らしい発見があることに気が付きました! 

 なんと、シンボリルドルフとカメラを持った若い男性トレーナーが並んで立っているではありませんか! 

 

 

「どうしたのトレーナー、なにか面白いものでも──あぁ、ルドルフの隣にいる彼が気になるのかな? うん、選抜レースでの宣言からルドルフに声をかけるトレーナーはいなかったんだけどね、彼はほかの人たちとは違って積極的だったよ。一緒にランチも楽しんでいたようだし……トレーナー?」

 

 ミスターシービーの説明を聞いたことにより期待は確信に変わりました。とうとう貴方は追放プランにおける最強のピース、チート転生者の唯一にして最強の天敵である『現地主人公』の存在を確認することに成功したようです。



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生姜がないなんて。

生姜が!
ないなんてぇッ!


 普段の貴方は与えられたルームの中で仕事をサボりながらダラダラと過ごしています。レースの分析をしてデータにまとめたり、ウマ娘たちの走りを元にトレーニングプランを構築して脳内レースでシミュレーションを楽しんだりと、趣味の時間をたっぷりと満喫しています。

 ですが、いまの貴方は違います。シンボリルドルフが正式に担当契約を結んだという報せを聞き、上機嫌でダラダラと過ごしています。レースの映像からウマ娘の脚質を解析したり、それぞれ得意とする距離でGⅠレースを勝利するまでに必要な条件を組み立てて楽しんだりと、やはり趣味の時間をたっぷりと満喫しています。

 

 少しだけですが、担当が決まる瞬間を見てみたかったという気持ちもあります。しかし、担当契約はトレーナーとウマ娘との神聖な儀式です。

 それを野次馬根性で覗き見するなど、破廉恥な男として生涯後ろ指を指されることになっても文句は言えない行為でしょう。そのような輩はアグネスデジタル殿にウマ娘ちゃんファンとしての心得を魂に刻んでもらわねばなりません。

 

 もっとも、大凡の流れはアプリのストーリーに近いものであると想像できます。おそらくですが、男性トレーナーがカメラを所持していたのは広報に使う写真撮影を一緒に行っていたからでしょう。

 マルゼンスキーとグラスワンダーが会話する様子を微笑ましく見守るシンボリルドルフ、そんな彼女の満足そうな姿を写真に収める。そして、その写真をシンボリルドルフに見せて「これが望む未来だ」と語り、同じ視座に立つ覚悟を示す。ウマ娘との出会いの中でも屈指のイケメンムーヴですから、担当に選んでしまうのも納得です。

 

 とはいえ、あくまで貴方の想像であり可能性のひとつでしかありません。それに、1度は大喜びしたものの、あの男性トレーナーに勝手にアプリトレーナーの姿を重ね合わせるのは侮辱以外の何ものでもありません。

 

 ただちに反省した貴方は雑念を頭から排除し、気を引き締めなおしました。シンボリルドルフの心を射止めたほどのトレーナーですから、トレセン学園の汚点である自分のことを決して許せないのは確実でしょう。しかし、その事実にだけ甘えて悪役としての立ち振舞いに手を抜くようなことになってしまえば本末転倒です。

 大きなチャンスが見えたからこそあえて立ち止まり、ここは林の如く陰の如く慎重かつ冷静に準備を進める必要があります。まずは彼の情報を集めることから始めるのが適当でしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ってなカンジでよ、わりと注目されてたトレーナーだな。S級のじいちゃんの世話になってるってこともあって、会長と担当契約したってのもアリよりのアリって考えてるヤツのほうが多いぜ。つーかよ、なんで同期のトレーナーのことアタシに聞いてんだよオメーは。トレーナー同士で話したりとかよ、友だちとか──。あ、いえ。なんでもありません……。そんなの、個人の自由ですもんね……」

 

 ゴールドシップから得られた情報を整理する貴方の表情は、男性トレーナーが優秀であることを知れた喜びと、彼の立場が嫉妬の対象になる可能性による悩ましさで複雑なモノになっていました。

 特に、彼が今日まで評価『S』のトレーナーから指導を受けていたことは良くも悪くも目立つ項目です。新人がS級トレーナーに贔屓にされて、能力の高いウマ娘の担当になった、という流れは邪推を好む者にとっては狙いやすい条件でしょう。

 

 彼には理想のために邁進するシンボリルドルフを支え、ついでに自分を追放してもらうという大事な使命があります。となれば、ここはこれまで培ってきた抜群のヘイトコントロールを存分に発揮する場面でしょう。

 わりと本気で心配そうにこちらを見ているゴールドシップの視線などなんのその。貴方はより極悪なトレーナーとして、平和なトレセン学園をさらに荒らし回る決意を固めるのでした。




次回は夜間練習組のウマ娘をスカウトしたとある中堅層トレーナーの視点になります。


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『残り火』

答え合わせの時間。


 その男が偶然にも夜間練習に参加しているウマ娘に声をかけたのは、中途半端な評価のまま停滞している現状を変えたいという野心からであった。

 

 区切りと言われる三年間を無事完走させるだけの能力はあるのだが、重賞レースの勝利経験がほとんどなく育成評価はずっと『C』から変わらないまま過ごしていた。

 より上を目指すためにも能力の高いウマ娘をスカウトしたいところだが、そういうウマ娘は引く手数多ということもあり当然トレーナーを吟味する。名門出身というワケでもなく、評価もそこそこの自分が選ばれることなど無いと諦めていたのだ。

 

 少しでもいい、どうにかして評価を上げたい。なにか方法はないかと悩んでいたときに、模擬レースを見ていてあることに気が付いた。

 

 そのウマ娘たちは結果だけを見れば“悪くない”という程度の走りだったが、負けたにも関わらず表情に陰りがなかったのだ。

 落ち込んでいる時間なんてもったいないとでも言いそうな雰囲気で、友人同士で意見を交換し課題を見付け、すぐに次に備えている。

 

 とても褒められた考え方ではないが、それでもチャンスだと思ったのだ。

 勝てていない故に注目はされておらず、スカウトするにしてもライバルとなるトレーナーはいない。ウマ娘側にしても、結果だけでなく努力を認めてくれるトレーナーから声をかけられるのは願ったり叶ったりのはず。

 

 

 このスカウトは簡単に成功するだろう、男はどこか軽い気持ちでウマ娘たちに声をかけた。事実としてウマ娘たちはアッサリと担当契約に応じたのだが──。

 

 

(なるほど、ミスターシービーやマルゼンスキーみてぇなとんでもない()()()のトレーナー引き受けただけある。あの新人の指導は現状のセオリーなんざガン無視もいいところだ。コイツは骨が折れるぜ、マジで)

 

 夜間練習に参加しているウマ娘たちに配られたというトレーニングメニューは、男のような中堅トレーナーにしてみれば非常識としか言い様のない代物であった。

 

 脚質に合わせたトレーニングと言えば聞こえはいいが、いくらなんでも限定的過ぎる内容なのだ。条件が整えば勝てるかもしれないが、不確定要素の多いレースで望み通りの展開になることなど稀である。

 だからこそバランスよく能力を育て、様々な状況に対応できるようにするのがトレーナーの役目だというのに……これでは安定した戦績など望めない、勝てないのであれば入着すら危うい、そんな走りしかできないだろう。

 

 だが、理解できる部分もある。中途半端な戦績でその他大勢とひと括りにされるような立場で燻っていたトレーナーだからこそ理解できる。勝ちたいからだ。ほかに方法がないから、勝つために博打のような走り方を本気で練習しているのだ。

 それに気が付けてしまったからこそ、中堅トレーナーは悩んでいる。恐ろしいことに、一点特化型のトレーニングでありながらも、まだバランス型に()()余地は残されているのだ。

 

 これまでのノウハウを十全に活かすのであれば“普通に”トレーニングをすればいい。契約したウマ娘はふたりいるが、どちらもマイルからミドルの適性であり、得意とする作戦もオーソドックスな先行である。

 特別なことをしなくてもそこそこ勝たせるぐらいの自信はあるし、ウマ娘側がメンタル部分で優れているので上に挑戦するのもリスクは少なくて済む。少なくとも現状維持は確実、GⅠ勝利はムリだとしても運が良ければ評価『B』に届くかもしれない。

 

 そう、なにも悩む必要などない。あの孤高気取りの新人がウマ娘たちに与えたプランは、トレーナーという支えを得られなかった場合を想定して組まれたもの。言ってしまえば、選抜レースを生き残れなかった者たちが多少は悪足掻きできるというだけでしかない。

 だが彼女たちは違う。自分というトレーナーが支えとなるのだから、わざわざリスクの高いトレーニング方法を選ぶ必要などないのだ。適切なトレーニングで地道に育て、そして勝てるレースをしっかり選んでやればいい。

 

 いくら評価を上げたいという思いがあっても、ウマ娘に無謀な挑戦をさせて怪我をさせるのだけはダメだ。それを許容してしまったら2度とトレーナーを名乗れない。

 優先すべきは()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。それがトレーナーとしての役目であり仕事であり矜持だ。そうだ、自分の判断は間違っていない。なにも間違ってはいないのだ。

 

 

「おっじゃま~。トレーナー、あんまりのんびりしてると選抜レース始まっちゃうよ?」

 

「ルドルフの走りはアタシらも気になってんだ、早く行こうぜ。もしかしたらメイクデビューもダブるかもしれねぇんだしさ」

 

「……あぁ、そうだな。待たせて悪かった。それじゃ、敵情視察といこうか」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 シンボリルドルフの選抜レースはトレーナーの間でも話題になっていた。生徒会長という立場を抜きにしても、模擬レースで見せていた高い能力は、さすがはウマ娘の名門シンボリ家の出身だと注目されていたのだ。

 だからだろう、選抜レースでシンボリルドルフの完璧な勝利を見ても“納得”する者はいるが“感動”している者は誰もいない。

 

 いや、それ以上に──。

 

 

(マジかよ……なんつープレッシャーだ……。理想のために、って話は聞いていたが、まさかこれほどとは思ってなかったぜ。こりゃ、見に来たのは失敗だったかもしれんなぁ……)

 

 

 シンボリルドルフの走りは強すぎた。それは運否天賦などという考え方が介入する余地などなく、偶然など何一つ許さない“絶対”という言葉しか出てこないような勝利であった。

 それはもちろん、シニア級を走るウマ娘であれば勝てる程度の──などという楽観も許さないほどに。シンボリルドルフはここからさらに成長する。恐ろしいことに、まだ彼女の走りは未完成なのだ。

 

 それを理解できるからこそ、トレーナーたちは誰もシンボリルドルフをスカウト出来ずにいる。これほどの才能に恵まれたウマ娘の担当になれることは名誉だが、それ以上にトラブルが起きたときの責任が恐ろしい。

 

 もしもシンボリルドルフの担当トレーナーになったとして、もしも彼女がレースに勝てなかったら? まず最初に彼女を慕うウマ娘たちから睨まれることになるだろう。そのあとはほかのトレーナーに好き勝手に扱き下ろされて、最後は一部のメディアが面白おかしく追い詰めてくるかもしれない。

 もちろん全員が敵になるとは限らない。だが、こういうものは悪意のある者ほど大声で騒ぎ立てるのが常である。そのようなストレスの中でトレーナーを続けられるほど図太いメンタルをしている者など、そうそういるものではない。

 

 

 そして、トレーナーすら怯ませるほどのプレッシャーがウマ娘たちに影響を与えないはずもなく。

 

 

(まぁビビるわなぁ。比較的余裕っつーか、安心してんのはスプリントやマイル路線の子たちか? ルドルフはクラシック三冠ウマ娘を目指すって言ってたからな、ステップレースに選ぶとしても中距離だろうし……そうもなるか。しかし──)

 

 よほど好戦的なウマ娘でもなければ、()()と勝負したいなど口が裂けても言えないだろう。男は頭の中でレースプランの変更について考え始めていた。

 この様子では中距離は捨ててマイル路線を中心に走らせるしかない。少なくとも秋川理事長は、トレーナー評価に距離による贔屓など持ち込まないのは知っているので問題はない。

 

 それに、ウマ娘たちだってレースに勝ちたいという気持ちはあるのだ。リスクを避ける判断は彼女たちのためでもある。現にふたりともシンボリルドルフの走りを見て及び腰になって──。

 

 

「いや~、さすがはルドルフちゃんですなぁ。四字熟語でいうなら『威風堂々』っての? なんかもう、生徒会長より王サマって感じだね!」

 

「だな。教科書みてぇ……は、褒め言葉としては微妙か。手本に出来そうなぐれぇキレイな走り方しやがるぜ。ありゃマジで三冠とっちまうかもな」

 

「メイクデビュー、中距離くるかな?」

 

「くるだろ。王道路線だし。あぁ、本当に──」

 

 

 

 

「早く勝負したいなぁ~」

「早く勝負してぇなぁ~」

 

 

 

 

「────は?」

 

 新たな担当ウマ娘たちと過ごした時間は指折り数えられる程度でしかなく、彼女たちのことを理解したと自信を持って言うことは出来ない。それぐらいの自覚はあるが、それでもウマ娘たちの言葉を聞いた中堅トレーナーは自分の耳を疑わずにはいられなかった。

 

 あの走りを見て、あの他者の追随を許さないと言わんばかりの絶対的な走りを見て尚、それと勝負がしたい? そんなバカなと、どんな強がりだと思ってウマ娘たちへと視線を向ける。

 だが、それでわかったのはふたりの言葉が本心からのものである、ということだけだった。耳は垂れることなくしっかりと立っているし、尻尾も機嫌が良さそうにゆらゆらと揺れているのだ。

 

 

「お前たち……怖く、ないのか? アレ見て、ルドルフと走りたいだなんて……なんつーか、たいした度胸してんな……」

 

 自分は怖くてたまらない。その言葉をギリギリ飲み込んだのは意地によるものだろう。

 まだ中堅トレーナーが新人であったころ、指導を受けていた先輩トレーナーから教えられたのだ。トレーナーがウマ娘の前で格好つけるのは見栄ではなく義務なのだと。そうでなければウマ娘が不安になってしまうと、その教えが折れかけた男の心をかろうじて支えていた。

 

「怖い? うーん、どうかな? たしかにルドルフちゃんスゴいな~とは思うんだけど」

 

「手強い相手なのはそうだし、勝ち目は薄いってのもわかるがよ。まぁ……なんだ。たしかにルドルフは強いけど、()()()()()。怖くはないな、うん」

 

「マジか。……マジかぁ~。トレーナーとしては担当のメンタルがタフなのはありがてぇ話だけど、よくまぁそんな楽しそうにしてられんなぁ」

 

「だって、ねぇ」

「だって、なぁ」

 

「うん?」

 

 ウマ娘たちの視線がレース場の壁際へと動いたのに合わせて中堅トレーナーもそちらへと顔を向けると、そこには例の第9レース場の主の姿があった。

 どういうつもりで頑なに担当契約をしないのかは知らないが、それでもライバルの存在は気になるのだろう。ミスターシービーやマルゼンスキーも秋の天皇賞のようなシニア・クラシック共通のレースではぶつかることになるだろうし、彼が面倒見ているウマ娘たち──生徒の一部多感な思春期どもはなにやら黒歴史になりそうな名称で区分しているという噂もあるが──夜間練習に参加しているソロデビュー組候補などはメイクデビューからガッツリ競い合うことになるのだ。彼がシンボリルドルフの選抜レースを見に来ることに不思議はない。だが。

 

 

(なんでだ……なんでお前はそんな顔が出来るんだよ。なんで、あのルドルフの走りを見てそんなふうに笑っていられるんだよ……ッ!?)

 

 

 獲物を見付けた狩人のような、などという上等なものではない。それは夏休みに浮かれた虫とりの少年が大きなカブトムシを発見したときのテンションとでも言えばいいのだろうか、ただ単純に“楽しい”という感情だけの笑い方に見えた。

 

 

 あのトレーナーもたしかに彼なりのやり方でウマ娘たちを支えてはいる。だが本来あるべき形……格式、様式美、伝統とでも言えばいいだろうか、そういうモノを重視するトレーナーやウマ娘はいまでもあまりいい顔はしていない。

 そうしたウマ娘たちの代表格であろうシンボリルドルフとの相性は間違いなく最悪のはずだ。さすがに敵対関係、というほど殺伐としたものにはならないだろうが、それでも名門シンボリのウマ娘、そして中央トレセン学園の生徒会長という肩書きは彼にとって不利に働くというのに。

 

 

「なぁトレーナー。アンタ、さっきルドルフのことが怖くないのかって言ってたけどよ。ぶっちゃけ、あのトレーナーさんのとこにいる連中のほうがずっと厄介だと思うぜ? レース中になにしてくるかわかんねぇからな」

 

「私たちは自分だけで頑張るのに限界を感じてたからトレーナーのスカウトを喜んで受けたけどさ、あのヒトのところにわざわざ()()()子たちはそうじゃないからね~」

 

「…………マジ、なんだろうなぁ」

 

 ウマ娘たちの言っていることが紛れもない真実であることを中堅トレーナーは知っている。あの若いトレーナーの教えは博打のような走り方であると理性では否定しているが、()()を天才相手に実行してみせたウマ娘がいることを知っているのだ。

 だから、もしかしたら。あのシンボリルドルフの走りを見ても臆することなく、挑戦者としての輝きを瞳に宿しているこの子たちも。もしかしたら、あのメイクデビューのような限界を乗り越える走りを──。

 

 

 

 

 いや、違う。

 

 

 そんなものに引っ張られるな。

 

 

 

 

 トレーナーにとっては新しいウマ娘を担当する毎に新しいトゥインクル・シリーズが始まっているが、ウマ娘たちにとっては一生に一度の挑戦である。それをまるごとギャンブルのような感覚で走らせるなどトレーナーのやることではない。

 自分はなにも間違っていないのだから悩むな。そうだ、ウマ娘たちが全力で走れるようにするのがトレーナーの仕事なのだ。そのためには全てを肯定して背中を押してやるだけでなく、ときには厳しい態度で彼女たちを抑え込むことも必要なのだ。

 

(冷静になれ。なにバカなこと考えようとしてんだ、まずはウマ娘たちのことが最優先だろ。夢を見るのは別にいいだろうさ。だがトレーナーの仕事は堅実に、そして誠実に、だ。まずは安全、当たり前のことだろうがよ。俺はなにも間違ってねぇ。間違ってねぇハズなんだ……)

 

 

 

 

 

 

 担当ウマ娘たちの希望を受け、日本ダービーにふたりまとめて送り込んでみせると中堅トレーナーが覚悟を決めることになるのはメイクデビューを終えてから数ヶ月後──菊花賞を見届けた後のことである。




そのうちトレーナー評価あたりも含めた世界観説明でもしましょうかね。なんとなく答え合わせを5の倍数に戻したいというクッソどうでもいい理由もありますが。


続きはテリブルラビを全てねだやしてから、次はウマ娘たちの弥生賞になります。


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三月のウマ娘たち。

ウマ娘は操作ミスで育成に失敗しても、サポカがロストしないところが素晴らしいですね。


 アプリでは条件であるファン人数さえ満たしていればどんなウマ娘でも、それこそ適性が合わなくても好きなレースに自由に出走することができました。

 しかし、いま貴方が暮らしている世界はアプリと同じルールで成り立っているワケではありません。ですので、クラシック三冠路線の始まりである皐月賞を走るためには、ウマ娘たちにもそれなりの実績が必要となります。

 

 

 そのような事情がありますので、三月に開催される弥生賞を前にトレセン学園の雰囲気は良くも悪くもピリピリとしています。

 普段は穏やかな性格のウマ娘でさえも、この時期になると緊張から、あるいはレースに対して入れ込みすぎとなり気性が荒くなることも珍しくありません。教員や教官などトレセン学園のスタッフはもちろん、出入りの業者の皆さんも先輩や上司から口が酸っぱくなるほど注意するようにと指示されていることでしょう。

 

 当然ですが教育者としての自覚も倫理も責任もまとめて投げ捨てている貴方には全く関係のない話です。取り引き中であるミスターシービーやマルゼンスキーのトレーニングについてはちょっとしたアドバイスを提供していますが、基本的には気楽なファンの立場でしかありません。

 

 ですからほかのトレーナーたちのように神経質になる必要はなく、出番といえばせいぜいトラブルが起こったときにタイマンレースの見届け人としてウマ娘たちに連れていかれる程度です。些細な出来事も追放のチャンスであることを見逃さない貴方は「全ての責任は自分がトレーナーバッジに賭けて引き受ける。だから本気で走り、そして結果から目を背けるな。それがたとえ他人から見てどれほど下らないことであっても」と安請け合いしています。

 貴方が立ち去ったあと険悪な様子だったウマ娘たちがタイマンレース後にお互いに一発ビンタを交換して仲良く焼きにんじんを食べに行ったり、その様子を見ていた教官やトレーナーたちがここにトラブルを起こしたウマ娘などひとりもいなかったと示し合わせていますが、貴方の考える追放計画の高度な柔軟性においてならば誤差の範囲です。これから罪のない人々を護るために孤独な決戦に向かう兄のように慕っていた青年から「必ず帰ってくる。約束だ」とメッセージが込められたビデオレターを受け取った少年のように心安らかに過ごしましょう! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「お前、担当契約してるウマ娘いないんだからヒマだろ? ちょっと模擬レースのセッティング手伝えや。あ、これ先輩命令だから。拒否権なんてねーからな? んじゃ、コレとコレと、それからコッチのヤツよろしく。それからあとでホルモン焼きの冷凍のヤツ50キロぐらい持ってくから冷凍庫に空き作っとけよ。これも先輩命令な」

 

 責任の大安売りをしていた貴方ですが、普段ほとんど交流のない先輩トレーナーが突然ルームにやってきて一方的に用件を告げられることになる事態までは想定していなかったのでしょう。場の勢いにおされてあれよあれよと流されて模擬レースの監督役を引き受けることになってしまいました。

 とはいえ、完全に知らない相手というワケではありませんので貴方もさほど気にしてはいないようです。夜間練習組のウマ娘をスカウトしてくれたトレーナーのひとりであり、小柄な体格を活かしてスリップストリームを利用した走り方をしていたウマ娘を「なんか面白そう」と熱心に口説いていたのを貴方は覚えています。

 

 ともかく、これもまた貴方にとっては追い風になり得るイベントでしょう。これまでは限られた範囲でしかヘイトを稼げていませんでしたが、これを機により広範囲でコツコツと評判を落とすための下地作りを始めましょう!




頂いた感想を読んでいて不安になったので一応お伝えしておきますが……。

シービーの菊花賞は、これからです。これの次の次か、そのまた次あたりに書く予定です。


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ウマ娘の三月たち。

「どう……ッ!? こ……こ、こ、これが……キングのッ! 走りよッ! で、も……あなたたちも……なか、なかやる……じゃないの……ッ! ……おっふ」

 

「……負けたのは悔しいデスけど、なんかこう、なんか……素直に悔しがるタイミングを逃した気分デース」

 

「まさに“死力を尽くす”という言葉の体現ですね~。ターフに倒れたままでも誇りは失わず、お見事です」

 

「えっと、どうしよう? スポーツドリンクとか持ってきてあげたほうがいいのかな? とりあえず3リットルくらい持ってくれば」

 

「うんそうだね、キングのはセイちゃんが用意するからスペちゃんは自分のぶんをちゃんと水分補給するといいんじゃないかな」

 

 ウマ娘たちのやる気がオーバーフローしてトラブルが起きないようにと開催された模擬レースはなかなかの賑わいをみせています。ジュニア級でG1レースを勝利したミスターシービーとマルゼンスキーが日本ダービーで勝負するつもりであることは誰もが知っていますので、もしかしたらその影響もあるのかもしれません。

 ちなみに、阪神ジュベナイルフィリーズを勝利したウマ娘はマイルを極めたいとのことで、クラシック路線はもちろんティアラ路線も桜花賞以外は興味無しとのこと。それはそれでスプリンターやマイラーのウマ娘たちは盛り上がっていますし、粗削りのマイル王が誕生するかと貴方も密かに楽しみにしているようです。

 

 そんな事情もあって、先輩ウマ娘たちの活躍の影響を受けた後輩ウマ娘たちの模擬レースはなかなか見応えのある勝負となっています。

 

 つい先ほど行われた距離2000のレースでもキングヘイローが見事な末脚を披露しています。最終直線で後の黄金世代を含む10人以上のウマ娘をまとめて撫で切った走りには、暴れん坊プリンセス(物理)や汎用ウマ型変態走者も感動して興奮している様子。

 当の本人は勝利の余韻に浸っているらしく一流の器で大地を抱き締めターフの感触と薫りを評価するのに忙しいようですが、しっかりドヤ顔は崩れていないあたりまだまだ余裕はあるかもしれません。

 

 

 そんなキングヘイローの走りを見た貴方は、彼女が着実に有マ記念に近付いていることを楽しみにしつつも少しばかり思うところがあるようです。

 

 多少は脚質も改善し、出会った頃に比べれば短距離以外もそれなりに走れるようになったのは確かです。しかし、それでもまだまだミドルの適性を持つウマ娘と勝負できるレベルには達してはいません。

 ですが、今回の模擬レースの結果はそれらを覆すものとなりました。貴方の知るウマ娘の物語に従うのであれば、精神性が一流のトレーナーのサポートでもない限り中距離での活躍は難しかったはずです。少なくともこの時点ではほかの4人に勝てる見込みはなかったでしょう。

 

 

 何故これほどの成長を遂げることが出来たのか貴方には案の定皆目見当が付いていないようですが、大事なのは脚質の限界を精神で乗り越えたという事実にあります。

 

 

 次の弥生賞ではミスターシービーとマルゼンスキーが対決することになりますが、普通に考えるのであれば中距離の適性が高いミスターシービーが勝つ確率が高いと貴方も予想していました。

 しかし、距離の不利を心の強さで埋め合わせることが可能であるのならば話は違います。マルゼンスキーもあれでなかなか負けず嫌いなところがあるのを貴方は知っていますし、どういうワケかミスターシービーとの勝負にはそこそこ思い入れがあることにも気付いているからです。

 

 これは想像よりもずっと面白いレースが見られるかもしれない。トレーナーとしての使命も名誉も必要としない貴方にはレースの格式など関係ありませんので、ほかの人々のように日本ダービーを待つまでもなくワクワクが止まりません。

 

 弥生賞を観戦するときには、ひとりのウマ娘ファンとしては新品のジャージを用意し気合いを入れてレース場に向かわなければならない。模擬レースのデータをその場で簡易的にまとめたものを希望するウマ娘たちに配布しながら、貴方の頭の中の3割は弥生賞のことで一杯になっているのでした。




いま、アナタの頭の中に汗だくで息も絶え絶えでターフに倒れながらもドヤ顔を披露するキングヘイローのイメージが浮かびましたね?

これがメンタリズムです。


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三娘のウマ月たち。

 誰にとっても作業着というものがそうであるように、貴方にとってもジャージは消耗品です。

 

 チート能力の存在に気付き、自分本意な悪党として人生を謳歌しようと決めたその日から、貴方は己の心身を常に鍛え続けています。

 能力に振り回されるようでは三流ですし、能力を使いこなすだけではまだ二流です。真の悪を目指すのであれば、能力を支配して従える程度の器を持ち合わせる必要があると考えました。

 

 そして、基準となるものがチート能力という自然の摂理に反したものですから、安全と効率が考えられた科学的なトレーニングでは不十分であると貴方は判断したのでしょう。時間を作っては日本各地の雰囲気がそれっぽい場所に赴いて様々な方法で肉体と精神を鍛えています。

 険しい崖を必要最低限に切り詰めた装備で何度も往復してみたり、荒れ狂う嵐の海岸にて天地上下の構えを一晩中キープしてみたり、とある地方の山奥で何処と無く漢気溢れた犬たちと協力し理性を失した熊らしき生物が正気に戻るまで数日間にわたる死闘を繰り広げたりと、あらゆる手段で己の限界に挑み続けています。帰りの電車の中から眺めた、貴方を見送るために線路沿いに並んでいた二百を超える“戦友”たちの姿は生涯忘れることはないでしょう。

 

 そのような生活を続けているものですから、貴方のジャージ消耗率は常人とは比べ物になりません。故に、業者さんが発注数を間違えて大量に生産してしまっても心配は無用です。頭を下げて謝罪する相手に対し、貴方は特に迷うこともなく「じゃあ全部買い取りで」と返答しています。そこまではよかったのですが──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ほ~ん。皐月の前哨戦だけあって、出店のほうもえらい盛り上がっとるなぁ。ここでご当地グルメ食っとけば、わざわざ高い金出して旅行せんでもええんちゃうか?」

 

「じゃがバター、は……自分でも作れるかな。チキン南蛮、は……甘酢ソースさえ再現できればイケるの。ケバブ、は……トレーナーから道具を借りれば炭火で焼けるし。う~ん、どれにしようか迷っちゃうの!」

 

「あ、いちご大福の屋台が……中に入っているタイプと、上に乗っているタイプがあるのね……1パックで4つ入り、さすがに両方は食べられないし……。トレーナーさん、どっちがいいと思いますか?」

 

 悩めるサイレンススズカに片方は自分が購入するので食べ比べてみればいいと提案しつつ、貴方は周囲のウマ娘たちの服装について少々頭を悩ませています。

 

 百歩譲ってジャージ姿なのは良しとしましょう。レース場にウマ娘がジャージ姿でいたところで気にする者はいませんし、それがトレセン学園の指定のものとあれば応援に来たのだと一目瞭然です。

 しかし、その上に貴方の特注品である漆黒のジャージを羽織っているのはあまり褒められたものではありません。手違いとはいえ沢山ありますし、練習にも使えるだろうとウマ娘たちが利用することも許可していましたが、まさかトレセン学園の外でもそのまま着用するとまでは想定していませんでした。

 

 もちろん、貴方の洞察力は巌流島にてレアチーズケーキと互角の決闘を繰り広げることが可能なほどの鋭さを有していますので、ウマ娘たちの真なる狙いを見抜くことなど幻想種の燕を斬るように容易いことです。

 

 

 ウマ娘たちの目的。それは──いわゆる『当て付け』というものだと貴方は判断しました。

 

 

 アイドルとしても通用するウマ娘たちと、没個性でモブにしか見えない自分が同じジャージを着ていれば周囲の人々にはどのように見えるのか。

 同じ服でも誰が着るかで印象はかなり違って見えるもの。間違いなく誰もが自分のことを『なんかダサいヤツが歩いている』と認識するだろう。

 

 なかなかテクニカルな反骨精神の表現ですが、オシャレでカワイイものを好むマヤノトップガンや品行方正なメジロライアンまでもが着用しているという事実も、貴方の推察を後押ししているのかもしれません。

 周囲から微かに聞こえてくるヒソヒソ声といちご大福の美味しさをしっかりと堪能しながら、貴方はミスターシービーとマルゼンスキーの控え室を目指すのでした。




私はいちごが中に入っているヤツのほうが食べやすくて好きですね。


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娘ウマ月 三のたち。

 ミスターシービーとマルゼンスキーの控え室は、本人たちの希望もあり同室となっています。

 

 これから勝負する相手と同じ空間で待機するのはどうなのだろうと貴方は思っていますが、そもそも練習でお互いの手の内は知っているのだから今さらかと納得することにしているようです。

 

 

「こういう言い方をするのはちょっとアレだけど、ホープフルのときよりもワクワクしてるのが正直な気持ちだよ。あのときは、スカウトされていった子たちの調整が間に合わなかったから……ね」

 

 後ろで呆れたように微笑むマルゼンスキーのことなどお構い無しといった様子で、ニコニコと笑いながらミスターシービーが弥生賞への意気込みを語りました。

 

 URAが定める規則そのものには移籍したウマ娘の出走を制限するようなものはありません。いくつかのステップレースでそれなりの成績を積み上げれば充分ホープフルステークスに間に合ったはずですが、トレーナーたちは自主的に出走を見送っています。

 その理由は単純明快。トレーナーたちはスカウトしたウマ娘たちとの信頼関係の構築を優先したからです。ウマ娘の個性をしっかりと理解してからレースを走らせることで、リスクを最小限に抑えることが目的でしょう。

 

 アプリではレースを走らせることそのものにデメリットはありませんでしたが、この世界ではそのような都合の良いシステムの保護など存在しません。

 ファンにとってはエンターテイメントでも、トレーナーとウマ娘にとってレースは常に危険と隣り合わせの真剣勝負です。自分のような自他共に認めるクズトレーナーですらその辺りは配慮しているのだから、真面目でまともな正統派トレーナーたちであればより慎重になって然り。おかげで安心してレースが楽しめると貴方も感謝の気持ちでいっぱいです。

 

 

「チラッと練習を見たけれど、みんな手強そうな感じに仕上がってたわよ? モチロン油断なんてするつもりはないけれど……ふふっ♪ 勝てるかどうかは、ちょぉ~っとアヤシイかもしれないわ」

 

「世間では私たちのどちらが勝つか、なんて予想を立てているらしいね。期待してくれるのは嬉しいけれど、ほかの子たちを過小評価しているのはいただけないかな。とんでもない伏兵が隠れている可能性だってあるんだから、ねぇ?」

 

 どうやらミスターシービーもマルゼンスキーも、GⅡレースだからと油断したり慢心したりといった様子はなく、適度な緊張感を保ちつつ出走を楽しみにしているようです。

 ふたりともGⅠウマ娘なのだからもう少し余裕のある態度でいてくれればよかったのに、というのが貴方の素直な感想です。どちらも『楽しむ』と『本気』を両立してレースに挑むタイプなのは当然知っていますが、こうも付け入る隙が無いのではさすがの貴方も煽ることが出来ません。

 

 これではまるで、出走前のウマ娘の様子を確認するために控え室にやってきたトレーナーではないか。万に一つでもそのように思われてしまえば、それは悪役トレーナーとしての沽券に関わる問題です。重箱の隅をつつく気概でなんとか粗を探さねばなりません。

 

 

 そこまで考えたところで貴方は気が付きます。あえて我関せずといった態度を見せればよいのでは? と。

 

 

 愛の反対は無関心とは有名な言葉だ。ウマ娘に積極的に関わるのが善良なるトレーナーの姿なのだから、悪徳を極める自分はその逆をゆけばいい。我ながらなんて冷静で的確な判断なのだ。

 貴方はミスターシービーとマルゼンスキーへ「自分から言うことはなにもない」と可能な限りアッサリとした雰囲気で声をかけました。一度コースに立てばそこはウマ娘たちの世界。トレーナーである自分の意志が介入する必要はないし、するつもりもないし、するべきではない。全ての結果はお前たちのものなのだから、自由に走ってくればいい。

 

 先ほどまでの楽しげで和やかな雰囲気は何処へやら。『ポカーン』という擬音が似合いそうなほど呆気にとられたウマ娘たちへ、勝者の余裕を含んだ微笑みを見せることで存分に煽り倒してから貴方は控え室を出ていきました。




次回は夜間練習からのスカウト組とそのトレーナーたちの視点になります。


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『Wild Challenger』

答え合わせの時間。


 “国内でも最高レベルのコンセントレーション”

 

 朝日杯フューチュリティステークスにてお披露目となった赤い勝負服でなくとも、そのウマ娘の鮮やかなスタートダッシュは観客席から大歓声を引き出してみせた。

 彼女が得意とする距離ではないが、脚質の不利をまったく感じさせない軽やかな走りは見るもの全てに『もしかしたら』と期待を抱かせるには充分だった。

 

 どれだけ早くとも桜花賞。

 

 そうでなければ東京優駿。

 

 これまでにないタイミングで実現したGⅠウマ娘同士の直接対決は、まずはマルゼンスキーの先駆けにより火蓋が切られるのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(マルっちの加速がいつもとかわらない? 緊張で掛かり気味……は、ないか。となれば──うへぇ、本気でヤる気ときましたか。トレちゃんが予測してた通りになったか~。……ま、()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 いくらGⅠウマ娘とはいえ、勝利したのはマイルのレース。中距離となれば勝手が違うし、まずは冷静にスタミナ管理をしながら身体を慣らしていくだろう。それが大方の有識者が予想していたマルゼンスキーの走りである。弥生賞に出走しているウマ娘とそのトレーナーの半数はソレを前提に作戦を組み立てていた。

 だが、残りの半数はそうではない。たしかに常識に従うのであればその予想は正しいのだろう。だが、常識に従うのであればマイルでGⅠ勝利という確かな実績を手にしたウマ娘をわざわざ中距離に送り込む必要はない。もうひとりのGⅠウマ娘のようにマイル路線をひたすら突き進むか、せめてティアラ路線を走らせるほうが確実だしリスクも少ないのだから。

 

(これで確定。マルっち、弥生賞の距離を()()()()()()()()()()()()()()()だね。フィジカルおばけなのは前々からだけど、メンタルのほうも……いや、わりと図太かったか。チョベリグが現役なんだし)

 

 レースに自分の走り方を合わせるのではなく、得意な走り方でレースを塗り替える。説明していたトレーナー自身もワケのわからないことを言っている自覚があったようだが、ほかに表現のしようがなかったのだろう。

 

 

 ナメた真似を、とは思わない。

 

 

 マルゼンスキーは本気で弥生賞を勝つつもりだ。だからこそ自分の得意な走り方で勝負に出たのだ。ライバルがどんな作戦を立てようとお構い無し、とことん好き勝手に加速して自分のペースでゴールを目指すだけ。

 こうなっては仕方ない。こちらも事前の打ち合わせ通り、マルゼンスキーを基準にした位置取りを意識して走るしかないだろう。下手に加減しながら追走していては、終盤に充分なスピードを得た彼女を追い抜くことはまず不可能だ。

 

(楽しそうに走ってるところ悪いけど、コッチもミドルのウマ娘としてなけなしのプライドってもんがあるワケなんですよ。簡単に勝てると思ってもらっちゃ──困るってなモンなんですよッ!!)

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……しまったな。こんなことならアイツに命令しとけばよかったぜ。GⅠウマ娘ふたりも抱えてんだから、もっと油断しとけってな」

 

「油断はしていないかもしれませんが、緊張もしていないんじゃないですか? 完全に雰囲気が一般のお客さんと変わりませんよ」

 

「フツーに屋台グルメ食い歩いてたからねぇ。黒ジャージの集団、目立ってたよね~。ありゃいったい何者なんだッ!? ってな感じでさ」

 

 レース展開が徐々にハイペースとなっているのを確認しつつ、数人のトレーナーたちが厄介極まりないライバルが率いるウマ娘集団のほうに視線を向ける。

 

 ミスターシービーはまだいい。ホープフルステークスを勝利したことで中距離のレースでは優先的に枠を得られる権利がある。仮にここで勝利を逃すことになったとしても、それなりの成績を残せば皐月賞はもちろん日本ダービーもほぼ確実に出走できるだろう。

 だがマルゼンスキーは違う。朝日杯フューチュリティステークスで勝利してしまったがために、世論は彼女を“マイルからの挑戦者”というイメージだけで評価しているのだ。この弥生賞での走り方次第では、やはりマイルのウマ娘が中距離に挑戦するのは難しいと判断されることになる。そうなればURAはマルゼンスキーの日本ダービー挑戦を“彼女の未来を考慮して”出走枠から弾く可能性もある。

 

 故に、もしも自分たちがマルゼンスキーのトレーナーであれば安全策を選んでいたはずだ。中距離でも問題なく走れることを証明するために、ペース配分に気を付け安定した走り方をするようにと指示していただろう。

 

「よほど自分の育成に自信があるのか、それともウマ娘の能力をとことん信頼しているか、あるいは難しいことはなにも考えていないバカなのか。どれだと思う?」

 

「案外、全部かもしれませんよ? 仮にボクが彼の立場なら、ミスターシービーは出さずにマルゼンスキーだけを出走させていますからね。わざわざこんなところでぶつける意味がない」

 

 日本ダービーを目指すウマ娘同士を、言い方は悪いがGⅡの舞台などで喰い合わせる。まともな神経をしたトレーナーであれば、意図的に片方の夢を潰しかねないような出走など絶対に選ばない。

 だが現実にソレが目の前で起きている。ウマ娘同士の友情と勝負は別物だというのは理解しているつもりだが、ここまで露骨に無下に出来るものかと彼に反感を抱く者も少なくない。

 

 しかし、それでもミスターシービーとマルゼンスキーは彼を選んだ。ほかのウマ娘たちもそうだ、あのトレーナーが身内同士で1着を奪い合うことを是とするイカれた考えの持ち主であることを認めた上で、彼のもとで走ることを選んだのだ。

 

「まぁ……だからこそ挑む甲斐があるというものです。安全を考慮する指針そのものに不満はありませんが、ウマ娘たちの闘争心を引き出すには多少の無茶も必要でしょう。いやはや、秋川理事長の慧眼には感謝しかありませんね」

 

 ついでに言うならば、周囲の評価などお構い無しに好き勝手な振る舞いを続けるあのトレーナーにも感謝の言葉を送りたいぐらいである。

 おかげでウマ娘たちの新しい可能性に気が付くことが出来たし、自分たちがトレーナーとして停滞……いや、衰退していたことを思い知ることが出来たのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(はーやだやだ。まさか本当にかっ飛ばすとは思わなかったわー。せっかくのプランがおじゃんになっちゃったじゃん。これだから天才ってヤツはメンドクセーんですわ)

 

 マルゼンスキーが大人しい走りを選ぶとは最初から思っていなかった。だからそれを利用してもうひとりの天才であるミスターシービーを封じるつもりでいた。

 レース展開が徐々に加速するのに合わせ、周囲のウマ娘を釣り上げペースを乱し、後半戦で垂れウマの壁として後続の頭を抑える。どれだけミスターシービーが規格外だとしても、壁を避けるため余計な距離を走れば加速は削がれスタミナにも影響が出るはず。それだけで勝てるとは思わないが、勝つための可能性が1パーセントでも増えるならあらゆる手段を使うべき。そう考えて備えていたが、もはや小細工を仕掛ける余裕などないほどにレース展開は加速していた。

 

(こーなりゃウチも覚悟キメてやるっきゃないか。シービーはご執心のライバルがマークしてるだろうし、ウチのターゲットはマルゼン一択──だわッ!!)

 

 これでも天才肌の逃げウマ相手に走るのには慣れている。なにせ同期の化け物はもちろんのこと、後輩にもアイネスフウジンやサイレンススズカのようなとんでもない脚の持ち主がいるからだ。

 彼女たちがレースに出走できるほど本格化したときのことを想像するだけで口の中が苦くなる気がするウマ娘は大勢いるだろう。

 

 まぁ、最近ではトウカイテイオーを追い掛けてきた元気いっぱいのアホの子が時々夜の練習に参加しているおかげで多少はマシになったのだが。

 彼女には申し訳ないが、こちとら普通のトレーナーにスカウトされるまで、日頃から頭のイカれたトレーナーが手掛ける天才どもの遊び相手をしていた身である。キラリと光るものはあれど常識の範囲内の後輩というのは可愛くて仕方ない。あの絶妙なおバカ加減は癒し効果も抜群である。

 

 

 レースはまだ中盤。それでも自分を含めた半数のウマ娘が、まるで最終直線に挑むかのように加速を始めている。

 

 

 ほかのウマ娘たちは、そんな自分たちの様子を見て呆れている者ばかりだった。こんな早い段階で速度を上げるなどという理屈に合わない走り方をしているのだ、マルゼンスキーに釣られて冷静さを失ったと思われても当然だろう。

 

 冷静に展開を見守る走り方も大いに結構。だが天才を相手に走ることの意味を知って、彼女たちはこのレースが終わったあとにどうなるのだろうか。担当が心優しいトレーナーであればあるいは、安全のために()()()()()()()、今後の出走は慎重に選ぼうと提案するかもしれない。

 それならそれで構わない。なにせいまのトレセン学園は相手が天才という程度では怯まないウマ娘がいくらでも育っているような状況で、枠はどれだけ空きがあっても足りないぐらいだ。主に、目標が定まらず燻っていた者ですらサクッと挑戦者に仕立て上げる無法者で勝負好きなトレーナーがいるせいで。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 レースはいよいよ終盤を迎える。

 

 スタートから変わらず先頭をフルスロットルで駆けるマルゼンスキーと、()()から凄まじい勢いで追い上げてくるミスターシービー。

 

 G1ウマ娘の豪快なラストスパートはもちろんだが、そのふたりに負けず劣らずの走りでゴールを目指すウマ娘たちの姿もまた、ファンの心を昂らせるには充分な効果があったらしい。

 期待通りの結果になるのか、それとも期待を裏切る番狂わせが起きるのか。もはやクラシックロードのステップレースという視点ではなく、人々は挑戦者たちの火花を散らす走りをただただ純粋に楽しんでいた。




くそッ!
なんで弥生賞は3月に開催されるんだッ!
3月が弥生だからだなッ!
ヨシッ!!


続きはなつのおもいでが高値(25万G)で売れたら、次の登場ウマ娘はアグネスタキオンになります。


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こうそくリュウシー。

銀河に願えばガチャも……?


「クリーク、砂糖多めミルク多め愛情特盛のココアをひとつお願いしてもいいかな?」

 

「ついでにあたしにも同じのを貰えるかしら? できれば氷とストローもよろしくね」

 

「ふふ、任せてください♪ ほかの皆さんも、なにか飲みたいものがあればご用意しますよ~?」

 

 

 6月。1ヶ月後に夏合宿を控えたこのタイミングで、貴方にしては珍しく自身の行動について省みるという偉業を達成しています。

 

 

 明日にでもビッグ・クランチが始まる可能性を産み出してまで貴方が考えているのは、この世界における史実やアプリとの差異についてです。

 

 戯れにも死闘にも見える、ダービーの歴史でも最高のデッドヒートと称賛された日本ダービーは見事ミスターシービーが勝利しました。弥生賞ではギリギリのところで末脚が届かずマルゼンスキーにハナ差で負けていますが、日本ダービーではそのときの借りを返すぞと言わんばかりの気迫で叩き合いを征しています。

 ちなみにそのときは7人のウマ娘が塊となってゴールするという大混戦になりました。その瞬間から電光掲示板に結果が表示されるまで東京レース場が静まり返ったあの光景は、さすがの貴方も興奮と緊張で冷や汗が止まらなかったことでしょう。

 

 素晴らしいレースを見ることが出来たのは素直に喜ばしいことです。しかし、結果として『ミスターシービーの三冠達成』はまだ可能性が残っていますが『無敗のマルゼンスキー』という実績は崩れ去ってしまいました。

 もちろん貴方はそれを承知で日本ダービーでの対決を止めなかったワケですが、前世の記憶を持つひとりのウマ娘ファンとしてはやはり惜しむ気持ちもあるようです。

 

 そしてふたりを含め、日本ダービーの最終直線にて限界ギリギリの速度で鎬を削り合ったウマ娘たちが貴方の目の前でダウンしているという事実。それもまた悩ましさに追い討ちをかけているのでしょう。

 青葉賞から連続出走をしたマルゼンスキーだけではなく、全員がしばらくレースを走れる状態ではありません。それは怪我というほど深刻なものではありませんが、少なくとも夏合宿が始まるまではトレーニングメニューも慎重に組まなければならない状況です。

 

 

 そんな事情も関係しているのか、担当トレーナーから休みを言い渡されたウマ娘たちが貴方のルームでダラダラと過ごしている状態です。

 

 何故わざわざ自分のルームにやってきたのか、何故当たり前のようにスーパークリークが彼女たちの世話をしているのかはわかりません。ただ、限られた時間とはいえ夜間練習でアドバイスをしたことがあるウマ娘たちということもあり、ここで追い出すのはさすがに無責任だろうと貴方も黙認することにしたのでしょう。

 練習で怪我をしないようにとは配慮していましたが、レース中に全力で走ることによる身体への負担についてはまだまだ認識が甘かったかと反省することにしたようです。もちろんウマ娘たちの真剣勝負に横から口出しするという発想は貴方には皆無ですが、今後のアドバイスを工夫することで彼女たちの負担をどうにか減らすことが出来ないかと色々考えている様子。

 

 

 とはいえ、それに関しては自分よりも先に解決策を見つけてくれそうな存在に貴方は心当たりがあります。

 と、いうよりもまさに目の前で問題解決のために楽しそうに作業をしているウマ娘がいます。

 

 

「ふ~む。この蹄鉄の消耗の偏り具合……そして筋肉の状態は……なるほど、それであのコーナーでの見事な加速が可能だったワケか。ククク、実に素晴らしいッ! いやはや、先輩方の協力のおかげでますます研究が捗りそうだよ……ッ!」

 

 

 脚に触れることを許可しつつも「この子大丈夫? イロイロと」とでも言いたげな視線をウマ娘が貴方に向けていることなどお構い無し。アプリユーザーの間では『アグネスのヤベーほう』でお馴染みのアグネスタキオンが先輩ウマ娘たちの脚を嬉々として触診していました。




ダービーは当然カットです。

なぜなら本作のメインはレースそのものではなく、レースが始まる前の転生者主人公による極悪非道なクソトレーナームーヴと、それに対する周囲の反応にあるからです。
まかり間違っても読者の脳裏に「シンデレラ……」とかいう謎の単語が横切るような話ではありません。

もちろん賢さG案件と日本ダービー挑戦が噛み合うような話が思いつけば別ですが。

例えば、候補としては……えー……候補はですね……まぁ……ダービーウマ娘多いなぁ……


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ちゅうもくカンシー。

 ウマ娘のアグネスタキオンが可能性を求める研究者として誕生したのは、モデルとなった競走馬が三冠馬を期待されながら、屈腱炎により皐月賞がラストランとなってしまったことも無関係ではないでしょう。

 

 トレーナー相手に担当契約の証として怪しいお薬を飲ませてゲーミング仕様にしてみたり、味覚が特定の食べ物の味しか感じなくなってしまうような発明品を思い付いてみたりと、なにかとマッドサイエンティストとしての側面を見せることも少なくありません。

 ですが、アグネスタキオンは努力する者の成功を願うウマ娘でもあります。自分自身の世話は壊滅的にズボラですが、手助けを必要としているウマ娘には“適度に”ヒントを与えるクールなお助けキャラのような一面も持っているのです。

 

 そして、彼女自身もまた、自分の限界に──本気の走りに脚が耐えられないという難題に立ち向かう挑戦者でもあります。

 

 

 

 

 故に、アグネスタキオンが脚質を改善し怪我のリスクを低下させることに成功したトウカイテイオーを追いかけ回すことになるのは時間の問題でした。

 

 

 

 

 どうやら彼女もトウカイテイオーの走り方が危険であることには気が付いていたらしく、自力で問題を克服したトウカイテイオーを是非とも研究対象にしたかったとのこと。

 その気持ちは理解できますが、取引相手に助けてくれと言われれば貴方としても黙って見ているワケにはいきません。トウカイテイオーを背中に庇い、前世の知識からチート能力で具現化させたジンギスカン味のキャラメルを相対するアグネスタキオンの口に放り込むことで見事撃退に成功しています。

 

 誤算があったとすれば、悶え終えたアグネスタキオンが「甘味に対する冒涜も甚だしいが、好奇心を放置せず形にする姿勢は評価できる」と貴方を気に入ってしまったことぐらいです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「相変わらずトレーナーくんの周囲には面白いウマ娘が集まってくるねぇ。いや、この表現は正しくないか。トレーナーくんのもとに集まったウマ娘が面白いことになっているのだからねぇ!」

 

 出会ったときの意趣返しなのでしょう、貴方のおやつボックスから最後までチョコたっぷりなスティック菓子を当然の権利のように取り出して食べながら楽しそうにしています。

 疲れていても適度な運動は必要です。カチャカチャと食器を洗っているスーパークリーク以外のウマ娘の姿はすでになく、ルームには貴方とアグネスタキオンとソファーでガチ熟睡しているセイウンスカイしか残っていません。

 

「こう言ってはなんだが……本来であれば、日本ダービーはミスターシービーとマルゼンスキーの一騎討ちになるはずだった。少なくとも彼女たちの選抜レースが開催された時点のデータであればそうなる可能性が高かったんだ。なにせ、誰からもスカウトされないような成績しか残せていなかったのだからねぇ」

 

 少しだけ寂しそうに語るアグネスタキオンですが、肝心の貴方は「あ、そんな感じだったんだ……」と小さな驚きに包まれていました。

 

 トレーナーとして働く意志が存在しない貴方にとって選抜レースはただの娯楽です。取引中のウマ娘たちの仕上がり具合を確認する以外では、ほかのウマ娘の走りを分析してはGⅠ勝利へのプランを練るという遊びを繰り返していただけなのです。

 さすがはアグネスタキオン、科学者を名乗るだけあって選抜レースに対する理解力も見事なものじゃないか。独特な視点からの感心を抱きつつも、空気の読める貴方はとりあえず真面目な表情をキープして続く言葉を大人しく待つことにしました。



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けんきゅうガクシー。

「実際に彼女たちの脚に触れてみて確信したよ。アレはもう取り返しがつかないレベルで脚質が完成してしまっているね。距離はもちろんだが、位置取りからスパートのタイミングまで……スペシャリストと表現すれば聞こえはいいが、汎用性は失われてしまったワケだ」

 

 楽しそうに、しかしどこか挑むような視線を貴方に向けてアグネスタキオンが微笑んでいます。

 夜間練習に参加しているウマ娘たちの脚質が融通のきかないモノになっている、そのことについて貴方はもちろん把握していることでしょう。

 

 もっとも、貴方にしてみればウマ娘たちが持っていた才能を磨く手伝いをしただけに過ぎません。悪のトレーナーであろうとも守らねばならない一線があると考えている貴方は、ウマ娘たちに対して“提案”することはあっても“命令”をしてはならないと心に決めています。

 あくまで決定するのはウマ娘側。それを繰り返すことで無責任なクズ野郎としての立場を丁寧に丁寧に築き上げることができましたし、なによりも『自分で選んだ』という事実は土壇場で心の支えとなるはずです。どれだけ科学の力で運動が理詰めに解析されようとも、最後の最後で意地を張れなければ勝ちは掴めません。

 

 つまり、特定の条件に特化した走り方を選んだのはウマ娘たちの意思によるものですが……アグネスタキオンの話を聞いていた貴方は、これは追放されるためのヒントになるのでは? と新たな閃きを得てしまいました。

 

 

 アグネスタキオンは成功を願い可能性を尊ぶウマ娘である。

 

 彼女の視点からすれば、自分はウマ娘たちの走り方を特化させることで可能性を奪ったクソトレーナーである。

 

 本来ならばどんなレースでも走れる権利を持っていたはずが、得意な距離を得意な作戦でしか走れないようにした大罪人である。

 

 つまり、アグネスタキオンが自分を敵対存在として認識しているのは確定しているのである。

 

 

 この事実は貴方にとって素晴らしい追い風となることでしょう。アグネスタキオンはトラブルメーカーではありますが、同時に走ることへの真摯さから多くのウマ娘に慕われてもいます。

 そんな彼女に嫌われているワケですから、これを追放プランに組み込むことができれば目標達成までかなりの短縮化が見込めるでしょう。

 

 

 貴方の次のセリフは「そうなのか。で、それがなにか問題なのか?」に決まりました。

 

 

 楽しそうに笑っていたアグネスタキオンの動きがピタリと止まります。ついでにスーパークリークとセイウンスカイのウマ耳もピクリと反応していますが、勝利の2文字しか見えていない貴方の視界にはもちろん写り込むことはありません。

 

 

 切っ掛けを作ったことは紛れもない事実だが、こちらのアドバイスを受け入れるかどうかは全てウマ娘側の自由だった。いまも夜間練習に参加しているウマ娘はもちろん、スカウトされて正式にトレーナーに担当してもらえることになったウマ娘たちも、いくらでも別の走りを選ぶチャンスはあったのだ。

 

 自ら走るべき道を見つけたウマ娘に、いちいち口出しする理由も義務も権利もない。

 

 

「おやおや、随分な言いぐさじゃないか。ウマ娘が走る理由は様々だが……君たちトレーナーのために走っている部分だってあるのに、そんな突き放すような言い方をされては悲しくなってしまうよ」

 

 さて、いつもならここでスパッとダメ押しの一言を投げ付ける場面です。しかし、相手がアグネスタキオンということもあり、貴方は慎重かつ迅速に言葉を選ぶ必要があるでしょう。

 これまでも完璧な言葉選びで弁舌合戦を勝利してきた百戦錬磨の実力者という自己評価を持つ貴方ですが、相手が理系ということもあり、わずかでも付け入る隙を残すワケにはいきません。ここは最大限に簡潔かつ強い言葉でカウンターを狙うことにしましょう! 

 

 

 貴方はニヤリと不敵な笑みを浮かべこう告げました。トレーナーのために走るという考え方は自分にとって一番理解から遠い発想だ。何故なら、トレーナーのためにウマ娘がいるのではなく、ウマ娘のためにトレーナーがいるからだ……と。

 

 

 貴方の価値観はかなり衝撃的なものであったらしく、とうとうアグネスタキオンはお腹を抱えて笑いだしてしまいました。

 これほどまでに考え方が相容れないのだから、彼女を追放プランに組み込むという着眼点はやはり間違っていなかった。大笑いが止まらないアグネスタキオンの様子を見て、野望の達成にまた大きく1歩近付くことができたと貴方も大満足です。



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とうとみソンシー。

「たのもぉ~うッ!! タキオンさんからこちらのルームにそれはもうビックリでドッキリな面白いトレーナーさんがいらっしゃるので布教活動に是非とも勤しみたまえよと言われて呼ばれてなくともデジたん馳せ参じ候んほぉぉぉぉウマ娘ちゃんたちの夢の祭典ですかここはこんなの6月の雨にも負けないレベルのマイナスイオンで水瓶座の黄金聖闘士のパワーアップ間違いなしの清涼空間じゃないですかこんなの素敵しゅぎて恐れ多いを通り越して原子分解土下座が必要なんじゃないですかおいくら万円でここの空気は販売される予定ですかすいませんハイテンションでなんとか意識を保とうと小細工をしてみたもののさすがのデジたんもそろそろ限界が近いようでしてゲットバック尊みヨロシク勇気リアル有マ記念オールスター万歳ゲボハァ……ッ!!」

 

「やぁトレーナーくん、失礼するよ。──ふぅン? 私にとってはいつものことだが、“この状態”では初対面のわりにデジタル君の挙動に驚かないんだねぇ? うんうん、やはりキミは実に興味深いトレーナーだよ。ククク……ッ!」

 

 

 アプリでは基本的に晴れているシーンが多いですが、当然ながら貴方が転生した世界には雨天の時期が普通に存在します。

 

 ある程度の雨であれば悪天候でのレース運びの練習にもなるでしょう。しかし、視界にすら影響が出そうなほどの土砂降りではいくらなんでも怪我のリスクが高すぎます。

 なので現在、雨具を着用しての練習もためらうほどの空模様のため貴方のルームは特に予定のない取引中のウマ娘たちが各々の手段で暇を潰している最中でした。先ほどまではまったりとした空気が流れていましたが、愉快な客人の突然の訪問により誰もが時が止まったかのように固まってしまいました。いまは黙々と数学の宿題をこなすハルウララのペンの音だけが響いている状況です。

 

「……なぁゴルシ、どうせあの子アンタの親戚かなんかやろ? 放置せんとちゃんと反応したれや」

 

「いや……いやー、あそこまでノリと勢いで押しきられると、さすがのアタシでも口挟む余裕ねーわ」

 

「とりあえずソファーに運んじゃおうか。さすがに地べたにそのまんまっていうのもアレだし。マヤノ、そっち持ってくれる?」

 

「マヤわかっちゃった。きっとこれからも同じようなことが何度も起きるんだろうなって」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「一応言っておくが……私が彼女になにか吹き込んだワケではないよ? トレーナーくんのことを少しばかり話しただけさ。まぁ、聞き手が退屈しないよう私なりの解釈でアレンジして楽しめるようには配慮したがねぇ」

 

 コスモを完全燃焼しつつも抱き締めた懐のDVDだけはしっかりと守護り通したアグネスデジタルの勇姿に貴方が感心していると、横から彼女のルームメイトがニヤニヤしながら補足説明をしてくれました。

 アグネスタキオンの言葉を額面通り受け取るならば、ルームメイトを連れて遊びに来たと解釈する場面でしょう。もちろん貴方がそのようなカモフラージュに惑わされるような凡ミスなどするワケがありません。

 

 

 これは、逆転の発想だ。

 

 ほかのウマ娘たちは自分をトレセン学園から追放するために動いているが、アグネスタキオンはあえての逆張り……人材不足を解消するために、悪のトレーナーから善のトレーナーへと改心させるつもりなのだ。

 だからアグネスデジタルをぶつけてきたのだろう。彼女ほどウマ娘に対する情熱を持つウマ娘はそうそういないだろうし、ウマ娘に対して極悪非道な振る舞いを続ける外道トレーナーがいると知れば、勇者と評されたウマソウルが黙っていられないのは自明の理。

 

 しかし、わからないこともある。いくらアグネスデジタルが優秀な伝道師とはいえ、可能性が存在しない相手にぶつけるなど無意味でしかない。

 ひとりでいるときならばともかく、これまでウマ娘の前では完全なる悪役の姿しか見せていないのに。いくら理系とはいえ、やはりチート能力者の前では計算が狂ってしまうということか。

 

 

 さすがはチート能力を持って生まれた転生者! 貴方の視覚と記憶領域は千年パズルでも遠く及ばないほどの高次元な摩訶不思議で構成されているようですね! 

 

 貴方の脳内が常に自分のターンであることはいつものことですが、それはともかくこうして正面から挑まれたのですから、それ相応のもてなしで迎え撃たなければ無作法というものです。

 さっそく貴方はパソコンとモニターを繋いでDVDを鑑賞するための用意を始めました。貴方の動きを見たウマ娘たちがテーブルの上を片付けたり飲み物やお菓子を並べたりしていますので、準備は滞りなく速やかに完了することでしょう。




次回はタキオン視点です。


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『愚者から始まる遥かな旅路』

答え合わせの時間。


 堂々と金銭目的であることを公言したトレーナーがいる。

 

 ウマ娘はもちろん、トレーナーや学園スタッフまでもが渋い顔をしている姿を見て、アグネスタキオンは「その程度のことで何故いちいち不快感など顕にするのか」と不思議で仕方がなかった。現代社会において、生活のためにはなんらかの手段でお金を稼がなければならないことなど子どもでも知っているというのに。

 有限ではないが厳しい選定による椅子の奪い合い、ウマ娘のレースという国際社会での立場にすら影響する巨大コンテンツを支えるという役目。トレーナーという立場に押し付けられている責任を思えば、それに見合う報酬を期待することぐらい大目に見て然るべきだ。

 

 

 もっとも、その考え方を許せるからといって、トレーナーとしての実力や方針についてまで無条件で認めるほど甘くはないが。

 

 

 集団の心理というものは面白くもあるが実に厄介なもので、勤勉さを維持できるのは全体の2割程度にしかならないのだ。半数はほどほどに手を抜いて活動することで満足し、残りの3割は堕落して使い物にならなくなってしまう。

 トレーナーであれば、育成評価を上げるよりも、適度にレースを勝利することで追加報酬を得ることに熱心な者が5割以上はいるということだ。もちろんそれはウマ娘側にも同じことが当てはまる。最初からGⅠレースなど夢に見るどころか興味無し、オープン戦でそこそこ楽しく走りながらそれなりの賞金を積み立てることができれば満足できてしまう者も確かに存在するのだ。

 

 アグネスタキオンにとって重要なのはその部分である。可能性の追求と向上心が決して切り離せないものである以上、件のトレーナーの“儲かる”という発言がどこを目指しているのかという部分に興味があった。

 安寧と停滞を望むようであれば論外であるが、育成評価を高めるために重賞レースに果敢に挑むというのであれば利用価値は充分にある。無茶な出走プランを押し付けられるようであれば困るが、本気で金儲けを考えるトレーナーであるならウマ娘の脚が消耗品であることを考慮しないワケがない。

 

 

 もっとも、全ては自分自身の脚の問題が解決してからの話だ。全力で走ることができないというウマ娘として致命的な欠点を克服できなければ、研究を優先するためにトレセン学園から去ることも考えなければならない。

 まずは保留、そして観察。なんとも好都合なことに、どういう事情があるのか彼のもとには面白そうなウマ娘たちが少しずつ集まりだしていた。彼女たちの変化を確認してから方針を組み直すのも悪くない。しばらくは様子見に徹してみようかと考えていたのだが──。

 

 

 ◇◇◇

 

「まいった困ったまいった困った。こうも有用なサンプルが多く集まってしまうと、研究が捗り過ぎて困ってしまうじゃないか。いやはや、データを読み込むだけでも一苦労で本当に困ってしまうねぇ!」

 

 どう見ても楽しんでいるようにしか見えないが、予想外の出来事が多すぎるという意味ではアグネスタキオンは確かに困っているのだろう。

 

 日本ダービーの最後の叩き合いが見事な勝負であったことに異論はない。だが、並みのウマ娘があの天才ふたりと互角に競り合うようなマネをすれば、限界を超えるスピードで走り抜けた代償としてその脚は()()()()()()()可能性が極めて高いのだ。

 だが、実際にはそんな不幸な結末は誰ひとりとして迎えてはいない。ほぼ全員が、夏合宿が始まるころには回復してレースにも再び出走できるレベルの疲労で済んでいる。

 

(実に興味深い……。彼女たちの脚はもう中距離以外は走れない。ギリギリで有マ記念ぐらいなら調整も可能だろうが、適性外のレースに出ようものなら悲惨なことになるだろう。いや、距離だけではなく走法もか。たったひとつの愚かなやり方……なにも知らない者はそのような評価を下すかもしれないねぇ)

 

 当事者であるウマ娘たちには迷いなどなかったことだろう。なにせ限定的な条件が整わない限り決して勝てない代わりに、リミッターを振り切って天才相手に互角の勝負が出来るような脚が手に入るのだ。

 もとより選抜レースで結果が出せず誰からも注目されない状態からのスタートなのだ、ゼロか百かの賭けなど望むところ。挑戦するか傍観するかどちらがいいと聞かれれば、余程の事情がない限り答えなど決まっている。

 

 おかげで第9レース場はアグネスタキオンにとって宝物庫に等しい場所と化していた。少々歪ではあるが、ひとつの可能性の限界にたどり着こうとしているウマ娘が大勢いるのだから興奮しないワケがない。

 なにより、目的外のあらゆる可能性を排除して鍛えられた脚の驚くべき頑丈さは彼女にとって垂涎のネタであった。アレもコレもと欲張るよりも、最初からひとつに絞って鍛えたほうが強い。なるほど実にシンプルだが、だからこそ盲点だったのだ。

 

 

 それらを踏まえて。

 

 自分で言うのもなんだが、アグネスタキオンというウマ娘はそれなりの才能というものがある。慎重な見極めは必要だが、複数のプランを──例えばティアラ路線を目標にするならマイルと中距離を、クラシック三冠路線ならば中距離と長距離を。ひとつに絞らなくとも可能性を導くことも夢ではないかもしれない。

 

 

「……と、いうことでデジタル君ッ!」

 

「ひゃいッ!? なんですかッ!? 何事でしょうかッ!? もしかして私なにかやっちゃいましたかッ!? 申し訳ありません今度はちゃんと部屋の隅っこでダンボールに隠れてますのでどうぞお構い無く研究の続きを──」

 

「キミ、第9レース場の夜間練習に参加してみないかい?」

 

「──はい?」

 

「本当なら私自身が参加したいところではあるが……生憎と脚の具合が万全とは言い難い状態でね。現状でも有用なデータは集まっているが、ルームメイトであるキミが参加してくれるとより確実で正確な変化を記録することができ「ムリですッ!!」たんだけどねぇ……」

 

「ムリムリムリムリ私にはムリですよ! タキオンさんからのお願いとあらば身命をとして遂行したいという気持ちだけなら覚悟完了してますが第9レース場といえば選抜レースで惜しくも負けてしまい1度は夢を諦めそうになったウマ娘ちゃんたちがそれでも勝利を求めて切磋琢磨する誰もが光になれるまさにヘブン・アンド・ヘブン! そんなディバイディングな空間に私ごときが踏み込もうものならその瞬間にファイナル人生スタート承認焼きたてのピーチパイに乗せたアップルグミのようにあっという間にでろんでろんになっちゃうに決まってるじゃないですかッ!! 」

 

「いくら焼きたてでもそこまで簡単には溶けないと思うが。それに、どうせ乗せるならグミよりアイスクリームあたりでお願いしたいところだねぇ。しかし……ふぅ~む……」

 

 

 アグネスタキオンは考える。

 

 ウマ娘に対して独特の価値観と畏敬の念を抱いているルームメイトであれば、もしかしたら喜んで協力してくれるかもしれないと話を持ちかけた。

 だが、アグネスデジタルはウマ娘たちへ向けてよく“尊い”という言葉を使っているように、特別視するあまりどうにも距離をとろうとする癖もある。

 

 なので一応、断られるパターンも想定してはいた。だがこれは、研究の手伝いはそれとして、アグネスデジタルの才能を惜しむが故の提案でもあったのだ。

 

 彼女もまた、走る能力については光るものを持っている。学業の成績だって悪くないし、素行に関しては自分のほうがよほど問題児のカテゴリーに相応しいだろう。

 能力とウマ娘としての性格()()で評価するならば、本格化が進行すれば間違いなくスカウトの対象になるだけの素質はあるのだが……アグネスデジタルという個人の在り方が少々マイナス方向に作用しているのが現状なのだ。

 

 まぁ、仮に自分がトレーナーの立場なら彼女のスカウトを躊躇う気持ちも理解できなくはない。幸せそうに恍惚とした表情でほかのウマ娘の後ろを走っている姿を見せられては、どう扱えばいいのかわからないのが普通の感性だろう。

 

 

(それでもデジタル君の才能を放置するのはあまりにも惜しい。だがベクトルが明後日の方向ではあるが癖ウマの彼女を普通のトレーナーが導くのはそうとう骨が折れるだろう。しかし彼女の価値観を理解するのは普通のトレーナーでは──普通のトレーナーでは?)

 

 

 その瞬間、アグネスタキオンの中に潜む悪魔が囁き始めた。

 

 たしかに普通のトレーナーではアグネスデジタルというウマ娘を担当するのは難しいだろうねぇ。しかし、いまのトレセン学園には普通の枠では収まらず、かつ気軽に話しかけることができる程度の育成評価しか得ていないトレーナーがひとりだけいるだろう? 

 

 

「ふむ。それなら、例のトレーナーくんのルームに遊びに行くのであればどうだい?」

 

「ほぇ?」

 

「キミがウマ娘たちの活躍を陰ながら見守ることに熱心であるように、彼もまた担当を持たないまま努力するウマ娘たちを支えている。もしかしたらシンパシーのようなものを感じることができるかもしれないだろう? それとも、デジタル君も彼には思うところがあるかな?」

 

「そうですね~、なんでちゃんと担当契約をしないんだろうって不思議ではありますよ。シービーさんと契約していればすでにGⅠ3勝、それもダービー含めてですからね。さすがにトレーナーランクはすぐには上がらないでしょうけど、いまごろチーム申請だって通っていたと思うんですよ」

 

 そこにマイナスの感情は一切無く、ただ純粋に疑問を抱いているルームメイトの姿に思わずニヤリと笑ってしまうアグネスタキオン。

 

 これならばほんの少し()()するだけで彼女をあのトレーナーの担当ウマ娘……ではなく、取引相手に据えることができるだろう。

 癖ウマの扱いに関しても普段から当然のようにゴールドシップとコミュニケーションが成立しているし、以前賭け事でヒートアップしたらしいナカヤマフェスタとシリウスシンボリを正座させている姿を見たことがあるので問題はないはずだ。聞いた話ではふたりがその場の勢いでトレセン学園の退学を賭けたらしく、それを知らされたあのトレーナーが静かにキレたらしいが……あのときの空気の冷え方は、正直トラウマになりそうなのであまり思い出したくない光景である。

 

 ともかく。

 

(ウマ娘たちの活躍を堪能するために、芝もダートも関係なく走ることができる彼女をトレーナーくんが育てるのであれば……()()()()()()()()()、かなりの成長を見込めるし、それに比例して私の研究も捗ることだろう。まったく、楽しみが尽きなくて困ってしまうねぇ……ッ!)

 

 

 畏れ多くも敬愛するウマ娘たちとお揃いの黒いジャージを羽織り喜びに悶えるルームメイトの姿を想像してしまい、アグネスタキオンはいよいよ声をあげて笑いそうになるのをグッと堪えていた。

 後に研究の成果が無事に実り、本気で走ることができる脚を手に入れた彼女もまた──有象無象のトレーナーたちのスカウトの煩わしさから逃れるために、同じ黒のジャージに袖を通すことになる。




作中の登場人物の賢さの限界は作者次第とのこと。
つまり、本作ではアグネスタキオンはもちろん、ほかの知的キャラもなんとなくフワッとした仕上がりになるということです。
そのあたりは所詮素人の二次創作と生暖かい眼差しで見守っていただけると助かります。

作者の知能なんてメルカトル図法とモルワイデ図法の説明すら出来ない程度ですし、もうひとつのヤツは名前すら覚えてません。
なんかこう……清虚道徳真君法みたいな名前だったのは覚えてます。


続きはラムネを溢れさせず開栓することに成功してから、次の登場ウマ娘はヒシアマゾンになります。


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やしょく。

世の中にはたこ焼き味のラムネや桜えび風味のサイダーがあるそうで……。


 トレセン学園の夏。

 

 9月から始まる様々な距離のGⅠレースに向けて大勢のウマ娘たちが夏合宿で猛トレーニングに励む時期ですが、担当するウマ娘がいない貴方にはもちろん何ひとつ関係はありません。

 当然取引中のウマ娘たちに同行するようなこともなく、バスに乗り込む皆を悪役らしさの演出のために屋上から見送っています。どうやら免許の取得が間に合わなかったらしく、アプリとは違いマルゼンスキーもちゃんとバスに乗って合宿所へと向かっていきました。

 

 とはいえ、合宿に参加しなくとも取引中のウマ娘はそれなりの人数が学園に残っていますので、彼女たちへの最低限のアドバイスはしっかりと用意しなければなりません。

 特に、ゴールドシップとタマモクロスまでもがトレーナー不在でメイクデビューを終えてしまったのは、ふたりのことを知る貴方にとって見過ごせない事実です。

 

 シンボリルドルフの同期になってしまっただけならばともかく、トレーナーの支えを得られないまま彼女と競い合うのはかなり分の悪い賭けになることでしょう。

 

 一応貴方も取引として、トレーニングプランの改善を手伝ったり走り方やレース運びで気になる点を指摘したりオーバーワークによる怪我を防ぐために休むように命じたり姿焼きではないイカ焼きを出す店があると聞いてタマモクロスと一緒に食べに行ったり焼きそばの品質向上のために熊本までゴールドシップと辛子蓮根を食べに行ったりなどもしました。

 ですが、結局のところ多少の交流があるだけで貴方は彼女たちを支えるための担当トレーナーではありません。ガッツリかち合っている史実の戦績やアプリの目標レースのことなどはいまさら気にしていませんが、トレーナー不在という圧倒的不利をあのふたりがどの程度克服できるのか? という致命的な問題についてはさすがに不安を抱かずにはいられません。

 

 そして、悩んだ末に貴方が導きだした答えは──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 これはおそらく世界でも日本人特有の感覚かもしれませんが、人間というものは不思議なことに突然ラーメンが食べたくなる生き物です。

 幸いにして夏場は商店街も夜遅くまで賑わっているため、趣味であるウマ娘たちのトレーニング鑑賞を終えたあとでもお店選びに不自由はありません。

 

 取り返しのつかない出来事について悩むのは時間の無駄なので、なにか大きなトラブルが起きたときに全力で対処すればいい。そう結論付けた貴方は難しいことを考えるのは止めて、引き続き普段と変わらない悪役ムーヴで彼女たちと接することに決めました。

 こうして今後の方針が決定した貴方は心置きなく庶民グルメを味わうため、帰宅前に商店街へと繰り出しているところです。もちろん商店街の人々は夏の間もウマ娘が必死に努力していることを知っていますので、お気楽に夜遅くラーメンを食べに来ているトレーナーの姿はさぞかし癪に障るはず。賢い貴方はそのあたりの事情もキチンと計算済みという気分なのでしょう。

 

 

 さて、食前酒代わりの野菜ジュースをベンチで飲み終えてから機嫌よく歩き出した貴方ですが、本来ならばいまの時間のこの場所にいてはならない存在──トレセン学園のジャージを着ているウマ娘たちを発見してしまいます。

 

 なるほど、アスリートとはいえ彼女たちも青い春を満喫したいお年頃。夏の解放感に誘われて友人同士でちょっとスリリングな思い出作りに挑戦したのか。

 本来ならば注意と指導を必要とし、速やかに学園に連絡を入れて連れ帰る場面でしょう。ですがそれは真面目なトレーナーの模範的行動であり、模範的悪党である貴方はもちろんそのようなことはしません。

 

 ですがウマ娘たちは“学園を抜け出したところをトレーナーに見付かった”というシチュエーションに影響されているらしく、あからさまにバツの悪そうな表情をしています。

 先入観と思い込みで客観的な判断をできずにいるウマ娘たちのことを微笑ましく思いながら、貴方は近くのラーメンの屋台で注文を始めます。

 

 タップリの野菜に合わせたコッテリのスープ、お客さんの注文を受けてからチャーシューを切り分けてタレを付けながら炭火で炙るパフォーマンス。夜食ラーメン欲求を満たすには最高クラスの条件が整っている1品です。

 ゴクリと喉を鳴らしたウマ娘たちの姿を見た貴方は、当たり前のように彼女たちの分のラーメンも注文します。店主は一瞬だけこちらを見て「まいどあり」と小さく返事をして調理に取りかかりました。

 

 始めこそ困惑していたウマ娘たちですが、成長期のアスリートにとってラーメンの誘惑に立ち向かうのはこれ以上ない困難だったのでしょう。控え目な動作で、しかし力強くどんぶりを受け取ってしまいます。

 

 

 さぁ、これでもう全ては貴方の思うがままです! 

 

 

 この場にいたのがウマ娘たちだけであれば、規則違反の責任は彼女たちだけに向けられたことでしょう。しかし、学園所属のトレーナーである貴方がいれば話は違ってきます。

 さすがに昼間に比べれば人目は少ないかもしれません。ですが、こうして堂々とウマ娘たちにラーメンを食べさせている姿を見せているのですから既成事実としては充分です。誰がどう見ても悪いトレーナーがウマ娘たちに夜食ラーメンという禁忌を教えているようにしか見えまいと、貴方は心の中でほくそ笑んでいます。

 

 こうして夏の夜の商店街に、楽しそうにラーメンをすするトレーナーを真剣な表情でラーメンを食べるウマ娘たちが囲んでいるという珍妙な光景が誕生したのでした。




これほどの悪行、アンチ・ヘイトタグが無ければ警告待った無しに違いない。

それが深夜ラーメンの持つ魔性のカルマ……ッ!!


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やくしょく。

「トレーナー、今回は本当に助かったよ。アンタのおかげであの子たちもどうにか立ち直ってくれてさ。担当でもないってのに、わざわざ面倒見てもらっちまって悪いね」

 

 翌日。

 

 悪行が精算されるその瞬間を心待ちにしながら水槽を掃除していた貴方ですが、ルームを訪ねてきたヒシアマゾンの発言があまりにも理解不能であったために動きがピタリと止まってしまいました。

 

 

 いったいなんのことだろうとヒシアマゾンに質問してみたところ、どうやら昨夜に商店街で発見したウマ娘たちについて話しているようです。

 なんでも才能のあるウマ娘の走りを見て自信を無くしてしまっていたとのこと。詳しく聞いてみたところ、比較対象がよりにもよってミスターシービーやマルゼンスキー、そして先日メイクデビューで圧勝したシンボリルドルフだというのです。

 

 

 これには話半分に聞き流していた周囲のウマ娘たちも「いくらなんでも比べる相手が悪すぎる」と呆れています。

 自信家のトウカイテイオーでさえも、最近はミスターシービーへの無謀な挑戦を控えて地道なトレーニングを丁寧に繰り返しているためか「上ばかり見てもしょうがないのだから、まずは足下をしっかり固めるべき」と実に真っ当な意見を述べているぐらいです。

 

「うーん、まぁ……よくある話、ってのもアレだけどさ。アイツら、ここに入学する前は地元では敗け知らずだったらしいんだ。で、シービー先輩あたりまでは素直に憧れるだけでいられたんだが……会長までブッちぎりでデビュー戦、勝っちまっただろ? それで不安になっちまったらしいんだ。自分たちがデビューするときも、とびっきりの天才とかち合ってボロボロに敗けちまうんじゃないかってね」

 

 そんなふうに言われてしまうと、前世の知識とチート能力で色々と知っている貴方は反論ができません。いまはまだ注目されていなくとも、潜在能力はGⅠ級というウマ娘に心当たりが多々あるので安易に大丈夫などとは言えないでしょう。

 ですが、事情を納得したところで自分がお礼を言われる理由についてはまた別の話です。立ち直ったと言われても、あのときウマ娘たちとは会話らしい会話などしていないからです。ラーメンを食べているときはもちろんのこと、学園まで送り届けた道中も無言で貴方の後ろを付いてくるだけでした。

 

 学園に到着したあとも、警備員の老年の男性に「もしも彼女たちに問題が降りかかるようなことがあれば、そのときは自分の名前でうまく処理をお願いします」とバッジを叩いてトレーナーであることをしっかりアピールをしながら頼んだぐらいです。

 誓って貴方はウマ娘たちへ向けて励ますような言葉など一切口にしていません。何故なら彼女たちが落ち込んでいたことなど知らなかったからです。

 

 

 つまり、ヒシアマゾンが語るウマ娘たちを立ち直らせた誰かは別に存在する。カバーガラスのように透明感のある思考に優れた貴方の頭脳はそう結論を導きだしました。

 

 

 これはあまり褒められた流れではないでしょう。せっかく今日までコツコツと積み上げてきた悪行という名の土台にヒビが入っては困りますし、なにより他人の手柄を横取りするようなマネは断じて許容できるものではありません。

 自分はなにもしていないし、そもそも他人がどれだけ呼び掛けようとも本当に心が折れているならそう簡単に立ち上がることなどできない。なによりも、本当に逃げるつもりならば恐怖や迷いなど抱かない。彼女たちの中に走りたいという覚悟が確かにあるからこそ挑戦を恐れることができた。なので、自分にお礼を言うのは筋違いでしかない。貴方はヒシアマゾンにしっかりと反論をしてみせました。

 

 

 これにはさすがのヒシアマゾンも苦笑いで謝罪するしかありません。そりゃ悪かった、アンタはなにもしていないってことにしておくよと頭を下げました。

 無事に勘違いを正すことができて貴方も一安心です。ヒシアマゾンの性格を考えれば、これでもしも自分がウマ娘想いのトレーナーであるなどという思い込みをしてしまった場合、確実にほかのウマ娘たちに誤った情報を広めてしまう可能性があります。そのような事態になれば、どれだけ完璧な追放計画であっても影響が出ないとは限りません。

 

 懸念材料を見事な手腕で排除した貴方は水槽の手入れを再開しました。最近では熱帯魚に加え、セイウンスカイの提案で出かけた鮎釣りにてヤンチャなウマ娘たちがヤドカリなどを捕まえてきたため作業量も地味に増えているようです。




殿下の出番は……だいぶ先ですかねぇ……。


※ヤドカリとザリガニを間違えていますが、せっかくなのでなんか辻褄の合うような話をどこかで差し込んでみようと思います。


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やくとく。

「っしゃあッ! ゴルシちゃんもターフもコンディションは最高潮! 今日の模擬トライアスロンの1着はあたしがもらい受けるぜッ!!」

 

「おっと、そう簡単に勝てると思わんほうがええで? ウチはこれでも地元では鬼チャリのタマと呼ばれた爆走伝説を──ってンなワケあるかッ! ウチらの特訓のためにわざわざ集まって模擬レース開催してくれたんやろがッ!」

 

「あっはっは! いいじゃないか、とにかく絶好調ってことは確かなんだからさ。だからといって勝ちを譲る気なんてこれっぽっちもないけどね。先輩らの特訓のためとはいえ、本気でいかせてもらうよッ!!」

 

「いや、さすがに厳しいでしょ。本格化の進み具合が違うんだから。ま……マジで勝ちを狙いにいくってのはアタシも賛成だけど」

 

 

 健気にも鬼畜トレーナーとしての立ち振舞いを続けている貴方でも未来の皇帝に真向勝負を挑まねばならないゴールドシップとタマモクロスのことは気になるらしく、担当がいないならばせめて……と、彼女たちのスキルアップのために少しだけ手助けをすることにしたようです。

 幸いにして競争相手に困るようなことはありません。逃げも先行も差しも、そしてふたりと同じ追い込みを得意とするウマ娘にもいくらでも心当たりがあるからです。

 

 人望がマイナスであることに揺るがぬ自信を持つ貴方ですが、手配するのが誰であろうともレースはレース。夏合宿中で余裕をもってコースが使えるということもあり、ウマ娘たちを集めるのはそれほど苦労はしないだろうと冷静に判断しての行動でした。

 

 案の定、ナリタタイシンだけは「なんでアタシが……」といまひとつ乗り気ではありませんでしたが、そこは貴方が華麗なる挑発を叩き付けることで解決しています。

 ジト目で睨んでくる彼女へ貴方は「あのふたりがシンボリルドルフに勝つためにはどうしてもお前の協力が必要だった、ただそれだけのことだ。ほかに理由など無い」と真っ直ぐ眼を見て告げています。数秒ほど考え込んだナリタタイシンは「……貸し、ひとつだから」と渋々ながら引き受けてくれました。

 

 もちろん声のボリュームが豊かな友人と、髪のボリュームが豊かな友人もしっかり参加しています。これはチート能力も悪役ムーヴも関係なく、転生者である貴方は当然想定していた事態なので特に問題ありません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「うーん……。まぁな~、ウチはこの体格やし、競り合いはやっぱ危ないかなぁ。けど位置取り気にして控え過ぎてもスパートの仕掛け時逃したらアホ以外の何者でもないしなぁ~」

 

「いっそアタシみたいにロングスパート試してみっか? トレーナーはアタシ以外のウマ娘にゃあんまり向いてないって言ってるけどよ、案外新しい発見とかあっかもよ?」

 

 

「ハヤ……ヒデェ……! スタミナが……ス゛タ゛ミ゛ナ゛がだりな゛いよぉぉぉぉ……ッ! こんなんじゃダービーなんでぇぇぇぇ……ッ!!」

 

「安心……しろ、チケット……。あの、ふたり、が……おかしいだけ……だ……ッ!!」

 

「これが……デビューしたウマ娘の、実力なのですか……ッ!? 予定を……早急に、スケジュールの、組み直しが必要……です、ね……」

 

「肺活量えっぐ……加速ヤバ……ウチにはワンチャンもなかったわ……ぴえん……」

 

「あは、あはは……ッ! 久しぶりに、筋肉が悲鳴をあげてる気がするよ……。わりと自信あったんだけどなぁ」

 

「同感……だね。追い込みウマ娘のパワフルさを甘く見てたの。あたしも競り合いに備えて筋肉つけないと危ないかも」

 

 

 案外、心配する必要はなかったかもしれない。それが死屍累々と化したレース場を眺めた貴方の素直な感想です。本格化の進行具合による差をスタートのタイミングを調整することで埋めてみたものの、加速が完成した追い込みウマ娘の末脚の前では効果は薄かったようです。

 ハングリー精神が強いタマモクロスと、よくわからないけど強いゴールドシップであれば、トレーナー不在のハンデがあって尚シンボリルドルフと渡り合える可能性を見ることができたのは悪くない結果でしょう。

 

 

「いやぁ、やっぱり負けちまったか。でもまぁ、同じ追い込みってこともあってイロイロ勉強になったよ。誘ってくれたこと、感謝するよトレーナー。……しかし、これだけの走りができるってのに、会長に挑むのはキビシイってんだから恐れ入るねぇ。やっぱりアンタも会長の走りには注目してるのかい?」

 

 ヒシアマゾンの問い掛けに貴方は言葉を詰まらせてしまいます。頭の中ではメイクデビューで圧倒的な強さでレースを走るシンボリルドルフの姿が再生されているのですが──。

 

「……? トレーナー、どうしたんだい? そんなに考え込むほど難しいことを聞いたつもりはないんだけど」

 

 真剣な表情で思案する貴方の姿に、ヒシアマゾンだけではなく周囲のウマ娘たちも何事かと注目し始めました。

 正直に答えるべきか貴方は一瞬だけ迷いましたが、多数のウマ娘に見られているこの状況はヘイトを稼ぐ絶好の機会です。しかも対象は皆が敬愛する生徒会長。ここで怖じ気付いてしまうようでは、悪党として三流と後ろ指を指されることになるでしょう。

 

 

 貴方はウマ娘たちにしっかり聞こえるようにハッキリと答えました。強いことは認めるが、いまのシンボリルドルフの走りに興味は無い。少なくとも自分はまだ、彼女の走りになんの魅力も感じない……と。




7月だし鮎解禁……生息域的に微妙だけどザリガニのがわかりやすいし、それくらいならウマ娘だってきっと捕まえられるし、主人公飼育したことあるって設定だし大丈夫だべ←やどかり。

作者のミスを感想で優しくフォロー(ゴルシならやるor賢さGなら仕方ない)して下さいました読者の皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。


でもそれはそれとして。

もうネタは作っちゃったので勢い任せにヤドカリで押し切ります(頭バクシン)


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なっとく。

 ウマ娘たちの反応は概ね貴方の期待していた通りのものです。

 全てのウマ娘たちの幸福を願い走る生徒会長を批判したのですから当然でしょう。

 

 一部のウマ娘は「どうせまたなんか別の意味あんだろ? 勿体ぶらなくていいから早く続き喋れや」とでも言いたげな表情をしていますが、常に前を向き希望だけを見つめて迷いなく歩みを進める貴方には見えていないので大丈夫です。問題はありません。

 追放されることが目的である貴方としては、ウマ娘たちからの懐疑的な視線はいくらでも浴びていたいところでしょう。ですがコースの使用許可には時間制限がありますので、とりあえずさっさと説明して一時停止しているウマ娘たちを再起動することにしました。

 

 

 貴方がシンボリルドルフの走りに惹かれなかった理由、それは彼女が“義務感”で走っていることを察してしまったからです。

 

 

 立場による責任、そして掲げた理想に見合う実績。そうしたものを求めることに異論などありません。しかし、生徒会長として、全てのウマ娘の幸福を願うという大義を抱きメイクデビューを走っていたシンボリルドルフからは、選抜レースのときのような熱量が失われていたのです。

 勝負における熱量とは勝利への渇望とも言えます。そして、餓えることを知らなければ満たされる喜びも理解できません。満たされることを知らないまま誰かに幸福を与えるのは難しいでしょう。

 

 故に、貴方は現在のシンボリルドルフに興味はありません。貴方が見たいのは、何処かの誰かを理由にした義務感で走る姿などではなく、自らの意志で勝利を求めて走る姿です。

 彼女自身が走ることの楽しさを、強敵と競い合うことの喜びを、自らの手で望むものを掴み取る尊さを知ったとき。輝きに満ちたシンボリルドルフの走りであれば、自然と見る者全てに希望を与えることができるようになる……というのが貴方の考えです。

 

 もっとも、これは前世の記憶があってこその期待であり貴方が勝手に“そうなったら面白いな”と思っているに過ぎません。

 この世界のシンボリルドルフがどのような答えにたどり着くのか、そして彼女を支えるトレーナーはどのようにして担当ウマ娘の輝きを引き出すのか。そうした将来性についてはしっかり興味津々です。

 

 

 ウマ娘たちはすっかり静まり返っていますが、貴方には彼女たちがどのようなことを考えているのかなど簡単に察することができます。

 未だに担当すらいないGランクトレーナーが何を知ったかぶって偉そうに語っているんだ……と、内心では相当呆れていることでしょう。デビュー前で合宿に参加していない取引中のウマ娘たちから向けられるジト目にも慣れたものです。

 

 これだけシンボリルドルフのことを悪し様に語ればヘイト稼ぎも充分だろうと判断した貴方は、あとは担当トレーナーに余計な飛び火がしないようにフォローだけはしておこうと考えたようです。

 もしもレースに負けたとき、我らが生徒会長殿を信奉する者はその責任をトレーナーに求めてしまう可能性があります。なので、ここはシンボリルドルフには支えとなるトレーナーが必要であることをしっかりと説明しておかなければなりません。

 

 

 どれだけ能力に優れていようともシンボリルドルフとて全知全能ではない。もしも道を間違えそうになったときに、対等な立場から引き戻してくれるトレーナーは絶対に必要だ。

 なに、心配などいらないだろう。すでにシンボリルドルフが完成しているなどという思い違いさえしなければ必ず良い方向に導いてくれる。そして、自分ですら気付くことが出来たのだからほかのトレーナーがその程度のことを見逃すワケがない。

 

 

 ウマ娘たちの納得具合は5割に届くかどうかといった様子です。それだけシンボリルドルフのことを尊敬しているのか、それだけ貴方の信用がマントルを貫くほど底辺なのかはわかりません。もっとも、どちらにせよ貴方にとっては好都合ですので、これ以上の問答は必要ないでしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「忙しいところ連れ出しちまって悪いね。今後のために、どうしても会長と走ってみたいと思ってさ。アンタにとっては練習にもならないかもしれないけど、今日のところはひとつ、よろしく頼むよ」

 

「そんなに畏まる必要などないさ。ようやくメイクデビューを終えたばかりの私には、これからまだまだ学ぶべきことは多い。こうした併走でしか得られない経験もある。それに、生徒会長としては生徒の頼み事になるべく応じたいと思っているからね」

 

「……生徒会長として、ね」

 

「うん?」

 

「いや、なんでもない。……トレ公ッ! アタシの走り、ちゃんと見といておくれよッ! この間の模擬レースでは手も足も出ないで負けちまったからね。次までにガンガン鍛えて走りを改善しておかないと、タマ先輩たちに勝てないからねッ!!」

 

 

 どれだけ鍛えたところで、本格化が進まなければさすがにあのふたりには勝てないだろう。というかそこはブライアンじゃないのかよ。

 

 ヒシアマゾンからの「ちょっと練習を手伝ってほしい」という申し出を案の定息をするかのように安請け合いした貴方ですが、まさか過日に散々罵倒した相手と顔を合わせるとまでは想像していなかったようです。

 心の中でツッコミを入れることで現実逃避を試みましたが、すでにシンボリルドルフのトレーナーとも挨拶を済ませています。ここは開き直り、この状況を利用するのが吉かもしれません。

 

 併走トレーニングとはいえ、一緒に走ればシンボリルドルフとヒシアマゾンの差は明確に現れます。そして、この状況は第三者から見ればヒシアマゾンのサポーターである貴方は育成評価Gの先輩トレーナーとして、シンボリルドルフのトレーナーは育成評価『F』の後輩トレーナーとして見えるかもしれません。仮にも先にデビューしたミスターシービーやマルゼンスキーと関わりがありますので、貴方のことを後輩に容易く追い抜かされた情けない先輩として扱き下ろしてくれることでしょう。

 

 

 この調子であれば、夏が終わる頃には自分を追い出すための会議でも開かれるかもしれない。そんな儚い夢を抱きながら、貴方はストップウォッチを構えるのでした。




次回はヒシアマ姐さん視点です。


※先輩後輩という表現がややこしかったので修正しました。


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『戦士何故強者を望む』

答え合わせの時間。


「……おぅヒシアマ。生きてるか?」

 

「…………なんとかね」

 

 

 シンボリルドルフには熱量が不足している。そんな話を聞いて黙っていられるほど、ヒシアマゾンというウマ娘は淡白でもなければ割りきれるような慎ましさも必要とはしていないのだろう。

 グダグダ考えるよりも実際に走ってみて確めるのが一番手っ取り早い。併走トレーニングを申し込み、案の定トレーニングの範疇を越えた本気の競り合いを挑み、そして──さも当然のように置き去りにされた。

 

 もっとも、肝心のシンボリルドルフの走ることに対する情熱を云々という部分では、一応それなりの手応えを感じることはできた。

 本格化の進行の差を考慮したのだろう、本気で走ってはいたのだろうが、あくまでそれは“いまのヒシアマゾンの能力”に合わせた走り方であった。手加減ともまた違う、ヒシアマゾンの全力を存分に発揮できるようにとの気遣いに溢れた、まさしく理想を願う生徒会長らしい走り方だったのだ。

 

 

 ヒシアマゾンはシンボリルドルフへ『とにかく本気で思いっきり走ってほしい』と頼んだ。

 

 シンボリルドルフはヒシアマゾンのために『相手に合わせることを考えながら』走った。

 

 

 能力に決定的な差があるのだから手心を加えられるのは当然のこと。それが悔しいのであれば自分が強くなるしかない。案ずるより産むが易しを地で行くヒシアマゾンにとって、それは何ら難しいことではないだろう。

 ただ、普段でさえ生徒たちのために忙しそうにしているのだから、こんなときぐらい走ることを純粋に楽しんでもいいだろうに……と、シンボリルドルフのどこか冷めたような、一歩引いたような対応に少しだけ心にモヤモヤするものが残ったのもまた事実であった。

 

「ま、言っちゃ悪いが予測可能回避不可能ってヤツだなコイツはよ。本格化についてもそうだけど、ルドルフ相手に余計なコト考えながら勝とうなんて身の程知らずってなモンだ」

 

「……へぇ。たしかにアンタが言う通り、ちょいと集中が途切れちまった場面もあったけど。そんなに分かりやすかったかい?」

 

「そりゃ分かるだろ。いくらルドルフと比べて能力に差ァあるったって、ヒシアマゾンの末脚があんな鈍いワケがねぇ。アスリートとしてのお前がタイマンに集中できないってのはありえねぇとすりゃ……どうせお節介焼きのヒシアマ姐さんがなんか抱えてんだろ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 これにはさすがのヒシアマゾン、いやヒシアマ姐さんも苦笑いで誤魔化すしかなかった。先日の模擬レースへのリベンジという言い訳を用意してみたが、どうやらこのトレーナー相手には薄っぺらいウソなど通用しなかったらしい。

 知らないフリは彼なりの気遣いだろう。メイクデビューどころか選抜レースにすら出走できない自分がシンボリルドルフのことを案じて試そうというのだ、身の程知らずと笑われてもおかしくない。もしかしたら、抜け出した連中についてのお礼を言ったときのやり取りの意趣返しの意味もあるかもしれないが。

 

 

 ふと。シンボリルドルフとそのトレーナーのコンビのほうを見れば、先ほどの併走トレーニングについて真剣に話し込んでいた。

 詳しい内容まではさすがにわからないが、少なくとも現状に満足しているような素振りは見えない。もっとも、半端な向上心しか持っていないようではそもそもシンボリルドルフがトレーナーとして認めないはずだ。

 

 

「よッ! と……。悪いねトレ公、余計な世話かけちまって。さ! それじゃあ早速反省会といこうか! 場所はアンタのルームでいいかい? さすがにカフェテリアじゃあ落ち着かないからねぇ」

 

「んー? あぁ、なるほど。それも当然だな。……フフフ、憩いの場であるカフェテリアではな、そうだろうさ……。よし、じゃあルーム行くか。仕方ないから紅茶もイイやつ出してやる。ジャムでもママレードでもなく蜂蜜でな」

 

 相談する側なのにご馳走になるのはどうなのか、と思わなくもない。だが、このトレーナーがウマ娘たちに美味しいものを食べさせるときは本当に楽しそうだというのは経験者たちの間ではすっかり共通認識になっている。

 もちろんヒシアマゾンも前もってその情報は聞いているので、ここは素直に好意に甘えるのが正解だろうと大人しく後ろをついていくことにした。いったい何が仕方ないのかはサッパリわからないが。

 

 

 普段はあまり口にする機会のないような物が出てくることもあり、少しだけ楽しみにしながらレース場を出ていこうとしたそのとき──。

 

 

 

 

 

 

「……皇帝の杖、か」

 

 

 

 

 

 

「トレ公?」

 

「いや、なんでもない」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ほら、アンタたち」

 

『『ご迷惑をおかけしてスミマセンでしたぁッ!!』』

 

 

 何事も、()()()というものは必要である。

 

 一度は折れかけた心をなんとか奮い起たせ、さぁもう一度気合いを入れてトレーニングを……というところで、お咎めなしで見逃してもらって知らんぷりとはあまりにも図太いというもの。

 そう考えたウマ娘たちは、まずは警備員の男性に謝罪しなければと考えた。同行者としてヒシアマゾンを頼りこそしたが、それでも自発的に頭を下げようと決めたのだから、彼女たちの態度は充分誠実であると褒めてもよいぐらいだ。

 

 しかし。

 

 

「さて……困りましたな。そのように唐突に謝罪をされても、こちらにはなんのことやらサッパリ心当たりがありませんなぁ。──ふむ? ラーメン? あぁ、そういえば何日か前にトレーナーさんが()()()、随分遅めの夕食を済ませて戻ってきたことがありましたね。恥ずかしながら香りが小腹を刺激しましてねぇ、ついついコンビニでインスタント麺など買ってしまいましたよ」

 

 説教も覚悟していたウマ娘たちは揃って呆けた顔をしているが、横で見ていたヒシアマゾンは事の次第がどのように処理されたのかを察していた。

 おそらく、目の前の男性警備員だけではない。あの日学園を巡回していたであろうスタッフの誰に聞いても、規則を破って学園を抜け出したウマ娘などいないと答えるに違いない。

 

 こうなってはどうにもならない。変に頭が働き始めて余計なことを口走る前に、まとめてトレーニングへ向かわせてしまったほうがいい。

 ありがたいことに自分以外にもお節介を焼くのを好んでいるウマ娘もいるらしく、サイズの合わない黒いジャージを羽織った先輩ウマ娘たちがガッシリ肩を掴んで連行していってくれた。ニヤリと笑う先輩たちに、帽子のつばを押さえながら軽く頷く警備員。そこにどんな繋がりがあるのかはわからないが、きっと良いことも悪いことも沢山あったのだろう。

 

 

「けど、本当にその……大丈夫なんですか? アタシとしてはアイツらがまた夢を追っかけられるのはありがたいことだけど、警備員さんは……なんかあったら責任とか、その」

 

「見くびってもらっては困りますな。きっかけは悪友に誘われたことですが、これでも長年トレセン学園の安全を守ってきたという自負があります。夜間に思い詰めた表情のウマ娘たちが出ていくのを見逃すこともなければ、そのすぐ後に信頼できるトレーナーが追いかけるように出ていったからといって、彼に任せればきっと大丈夫だと放置することもありません。老いぼれはしましたが、これでもプロフェッショナルですから」

 

 悪ガキという表現がピッタリな意地の悪い微笑みだが、その瞳にはどこまでも優しく暖かいモノが宿っている。

 亀の甲より年の功とはこういうことか、これは確かに若造の自分では勝てそうにない。あのトレーナーにしろこの警備員にしろ、規則違反のウマ娘を勝手に存在しないことにするなんて、なんとまぁ悪い大人もいるものだ。

 

「私ぐらいのジジイになりますとね、自分で夢を見るのが難しくなってしまうんですよ。だから、若い人たちが夢を本気で追いかける姿というものがとても魅力的でしてね。私などは夢は見れなくとも性根が欲張りなもので、少しでも沢山の輝きが見たくて仕方ないのです。では、これで」

 

 

 

 

「お疲れさま、ヒシアマ。一件落着……というにはもう少し時間がかかりそうだけど、ポニーちゃんたちの表情もだいぶ明るくなっていたね」

 

「アイツらの気持ちもわからなくはないんだよ。というか、思い知らされたってのもあるかな。本格化がどうとか、そういうのじゃなくてさ。会長の後ろを走ってるときにちょっとね」

 

「会長かぁ。うん、メイクデビューの走りは鳥肌が立つほど見事だったよね。トレーナーさんたちやファンの皆が、次のダービーウマ娘はシンボリルドルフだろうってウワサしたくなるのもわかるよ」

 

 フジキセキがどこか困ったような雰囲気なのは、シンボリルドルフの同期のウマ娘たちの心情を想像してしまったからだろう。

 

 強いウマ娘が注目されるのは仕方ない、勝負の世界なのだからそういうものだと割り切ることができるウマ娘がどれだけいるだろうか。結果として敗北するのならまだしも、走る前から引き立て役扱いされて愉快なはずがない。

 まして、トレセン学園の内情を知らないであろうファンだけならばまだしも、学園に所属しているトレーナーたちまでそういう話題で盛り上がっている姿は全く面白くないに決まっている。職業柄ウマ娘の能力に注目するのは仕方ないし、決して悪気などは無いのはわかるが──。

 

「トレ公のところにいるウマ娘はそういうの、気にしちゃいないだろうけどさ。イヤな言い方になっちまうけど……タマ先輩とかも含めて、それほど注目されていなかったからね」

 

「タマ先輩はあの体格だし、ゴルシはあの性格だから尚更かな。メイクデビューでしっかり走れる姿をお披露目してからは、ずいぶん評価も変わっていたようだけど。さしずめ……王に反逆するふたりの白騎士の物語、みたいに面白がっているトレーナーさんたちもいるぐらいだよ」

 

「その王様ってのは、まぁ会長のことなんだろうね……。王様、ねぇ……。なぁフジ、アンタこう演劇とか舞台とか詳しいだろ? そういうので“皇帝の杖”って言葉に聞き覚えっていうか……なにかピンとくるものはあるかい?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「なるほど……。確かにあのトレーナーさんが言うからには、なにか意味がありそうな気はするね」

 

「皇帝、ってのが会長のことを言ってて、それを支える役目のトレーナーを杖に例えてるのはわかるんだけどさ。どうにも引っ掛かってね……。そりゃ会長の走りは凄いけど、皇帝なんて大袈裟な言い方するのはなんだかトレ公らしくない気がしてね」

 

「──責任感の強さ」

 

「うん?」

 

「ヒシアマも聞いたことぐらいあるんじゃないかな? ほら、タロット占いで“戦車”とか“月”とか“運命”なんて単語をさ。皇帝のアルカナだとほかには意思、行動力、安定、軸、あとは成功や権威なんてのもあったかな」

 

「へぇ~、あの絵柄にそんな意味がねぇ。そう言われると会長にピッタリな表現じゃないか、その皇帝ってのは」

 

「私もそう思うよ。そしてタロットには杖の暗示もあってね。情熱や始まり、秘めたる思いを引き出す……なんて意味もあるんだ。理想を抱く皇帝シンボリルドルフが、トレーナーという杖を得て全てのウマ娘の幸福のために歩み始めた、という解釈をするならなかなか詩的で面白いんじゃないかな? 正位置ならね」

 

「ひとりのアスリートとしてだけじゃなく、上に立つ者としてレースに挑もうってワケかい。ふ~ん……。そりゃ生徒会長だし、シンボリ家っていえばレースの世界じゃトップクラスの名家だし、そうなるのも仕方ないのかねぇ」

 

 そもそも前提として考え方や視点が違う、そう思えば併走トレーニングでの態度もだいぶ理解しやすい。シンボリルドルフなりに考えて()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()だけのことなのだ。

 ならば話は早い。要は実力に差があるから、それだけの余裕を相手に与えてしまっているから勝負に熱くなることが出来ずにいる。つまり、気遣いなど考える暇が無くなるほど強くなって競り合ってやればいいだけの話でしかない。

 

 残念ながらその役目はゴールドシップとタマモクロスが先に果たすことになってしまうが、併走トレーニングでも模擬レースでも協力できることはいくらでもある。

 あとはいずれメイクデビューを終えてシニア級の舞台までたどり着いたら、改めて挑戦状を叩き付けてやれば万事解決。まぁ、その前にライバルとの勝負で熱量を取り戻している可能性のほうが高いが、それならそれで本気のシンボリルドルフと戦えるので結果オーライというもの。

 

 方針は決まった。なに、難しいことはない。生徒会長殿に足りないものは周囲が支えて補ってやればいい、ただそれだけだ。

 

 

「よしッ! 会長が夢のために走り出したんだ、世話焼きでお馴染みのヒシアマ姐さんとしてもしっかりサポートしてやらないとね! 差し入れでも繕い物でも、協力できることはバッチリ手伝ってやろうじゃないか!」

 

「うんうん、変に悩むよりもそのほうがヒシアマらしくて素敵だよ。でも繕い物はやめたほうがいいんじゃないかな」

 

「……そんなにダメかね? イモムシのワッペン。ライスやロブロイなんかは絵本のキャラクターみたいだって褒めてくれたんだがねぇ」




皇帝のイメージ? もちろんセイメンコンゴウですね。

『フジキセキならタロットにも詳しいだろう』ではなく『アルカナの意味を答えられないフジキセキの姿が想像できなかった』といった具合です。
つまりどういうことかと言うと……すまんフクキタル、お前さんの出番はまだ思い付いていないんだ……。


続きは田んぼのライスたちの選抜レースが始まったら、次はミスターシービーの菊花賞となります。


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いよいよ。

菊花賞の最終コーナーで担当ウマ娘が一気に加速するのを見てるとテンション上がるタイプのトレーナーです。

男性実況の「余裕の走りだぁッ!」すき。


 もしもこの事実を知れば中央トレセン学園が大騒ぎになるかもしれませんが、実は貴方はミスターシービーの担当トレーナーではありません。

 

 それが何を意味するかというと、彼女のクラシックロード最後の一冠である菊花賞を観戦するにあたり学園からの補助が全く出ないということです。

 もちろん貴方がその扱いに不満など抱くワケがありません。もとより趣味や食事など好きなことこそ身銭を切って楽しむのが最高であるという信条を胸に生きている貴方は、学生時代ですらレース観戦にはアルバイトで稼いだお金を使っていたぐらい徹底していました。

 

 もっとも、ミスターシービーの菊花賞に関して貴方は初めから現地に足を運ぶつもりはありません。

 

 日程に余裕の無い長距離移動となることを危険と判断したこともそうですが、三人目の三冠ウマ娘が誕生するかどうかという重大なレースを邪魔するのはさすがに無粋であると自重することにしたようです。

 アプリやアニメにでてくるような、ウマ娘が挑戦者としてなんの憂いもなく望む方向に望むまま走れるように支える、もはや担当などという名目すらも必要としない大信不約のトレーナーであれば声援もウマ娘の力となるかもしれません。ですが貴方は自分が疎まれているという部分にだけは何故か神仏や悪鬼羅刹の類いですら匙を遠投して干渉しようとしないレベルで自信を持っていますし、ほかに応援に行くウマ娘が何人もいるのだからそれで充分だろうと考えています。

 

 

 とはいえ、取引は取引ですのでギリギリまでミスターシービーのトレーニングにはアドバイスをしなければならないでしょう。

 利益を追求するために約束事を反故にするのも正しい悪党の姿です。しかし、貴方が目指すのはそのような目先の利益に踊らされる小悪党ではありません。一流の悪党を名乗るためには、あえて不利になることを承知で取引を完遂するぐらいの器とカリスマ性を持つ必要があるのです。

 

 外道でありながらも己の抱いた『悪の美学』に殉じることを潔しとする守銭奴クソトレーナー。そんなトレーナーを仲間たちと支え合い励まし合いながら踏み越えて成長していくウマ娘たち。

 奇を衒うことのない王道の展開だが、あまり追放計画を複雑化してしまうと万が一のトラブルが起きたときに修正が面倒になってしまう。それならばどんなことがあろうとも一定の成果を狙うことができ、状況次第で臨機応変にプランを組み直せる正攻法を中心に据えるのが確実だろう。貴方の理想へ挑む類稀なる行動力の前では、さすがの三女神も両手をサムズアップして降参するしかありません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 重要な勝負の前だからこそもう一度基礎をしっかりと学び直すべき。そんな貴方の方針に特に異を唱えることなく従っていたミスターシービーの走りは、薄皮を1枚1枚丁寧に重ねるように研鑽を続けた甲斐もあり概ね完成に近いと言える状態まで仕上がっています。

 

 ただし、そこにミスターシービーの菊花賞勝利を保証するものは一切存在しないというのが貴方の見解です。無事スカウトされて貴方の管理下から逃げ出すことができたウマ娘たちの中には、ステイヤーとして高い能力を秘めていた者たちもいますので当然でしょう。

 開催されているレースの関係上、彼女たちの本気の走りを知るものは貴方と担当トレーナーたちぐらいしか存在しません。世間では十中八九ミスターシービーが勝つだろうとの予想ですが、相当厳しい戦いになると貴方は予感しています。

 

 さて、ウマ娘たちから「いつもああして真面目な顔してればまともなトレーナーに見えるのに」と評判の真剣な表情で考え事をしている貴方のルームへ、いま日本中で最も話題なウマ娘・ミスターシービーがやってきました。

 大事なレースの前に、下衆トレーナーの拠点というわざわざ運気が下がりそうな場所にこうして立ち入るあたり、いつものように気紛れさを発揮できる程度には落ち着いているのでしょう。そう思い安心して他愛もない会話に応じていた貴方ですが、とあるミスターシービーの発言により思考が一時停止してしまいます。

 

 

 ──ねぇトレーナー。キミは私に三冠を取るほうがミスターシービーらしいと言っていたけれど、もしも三冠を取れなかったら……それでも、キミにとって私はミスターシービーなのかな? 

 

 

 これにはさすがの貴方も即座に反応することができませんでした。何故ならこのとき、貴方の頭の中では……。

 

 

 ──俺、そんなこと言ったっけ? 

 

 

 ゲームに夢中になりすぎて、母親からの呼び掛けに生返事をしてしまい後で叱られてしまう。ゲームを愛する者であれば大多数が一度は経験しているであろう失敗ですが、どうやらチート転生者である貴方も例外ではないようですね!




ちなみに私はゲームに夢中になってたら、PS4の電源を子猫にリセットされました。
どうやら冷却ファンの音がお気に召したようでして……。


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いろいろ。

 冷静で賢い判断力にある種の定評を持つ貴方は高速かつ慎重に思考を回転させています。

 

 普通のウマ娘と担当トレーナーという間柄であれば、菊花賞を前にして少しだけ不安になり相談に来たというシチュエーションに該当するかもしれません。しかし、貴方はミスターシービーとの関係があくまでも取引によるものだと理解しているのでこれは除外してよいでしょう。

 次に考えられるのは三冠ウマ娘の称号というプレッシャーに対する緊張が考えられるでしょう。ですが、ほかのウマ娘ならばともかくミスターシービーはそのような名誉には興味が無いはずです。そうでなければ、普通に実力のある育成評価の高いトレーナーのスカウトを受ければそれで済んでいた話ですのでこれも自動的に除外されます。

 

 

 このようにして冷静かつ的確な判断のもと貴方が導き出した答えは『特に深い意味のない、ただの会話の延長』に決定されました。

 

 

 こうしてミスターシービーの真意を見抜くことに成功した貴方ですが、これほどのチャンスをみすみす見逃すワケにはいきません。

 さすがの自由ウマ娘でさえこうして話題に取り上げる程度にはクラシック三冠ウマ娘という称号には重みがあるのですから、悪役トレーナーとしてはそれを利用して評判を下げる努力を惜しむなどあり得ないでしょう。

 

 驚天動地の事実ですが、なんと貴方は自分が守銭奴トレーナーとして学園に赴任していることを忘れてはいないのです。そこで思い付いたのは、金銭にしか興味がないトレーナーなのだから、クラシック三冠ウマ娘という称号を軽んじた発言をするのが正解だろうという発想です。

 

 ウマ娘にとって走るということは、存在意義やプライドなど精神的な充実感や達成感にも大きく関わることであると貴方は確信しています。故に、それらの最高峰たる三冠の座を軽視するスタンスには、さすがのミスターシービーでも精肉工場に送られるブタさんを見るような視線を送ってくることを期待できるでしょう。

 食欲旺盛なウマ娘であれば「命の恵みをありがとう……ッ! 美味しいお肉をありがとう……ッ!!」と感謝しながら見送る可能性も高いですが、そこは気にしてはいけません。

 

 

 あとはどのような表現を用いて三冠を揶揄するかが重要ですが、その部分については心配無用です。貴方の知性と理性に溢れつつ独創性に塗り潰された語彙力をもってすれば、ベニヤ板3枚ぶんほどしかなかった追放フラグ防衛戦力もシフォンケーキ7ピース相当へと大型アップグレードが約束されたも同然でしょう。

 

 

 効率よくミスターシービーの神経を逆撫でするために薄笑いを浮かべながら貴方は「お悩みのところ悪いが、俺にとって三冠の称号なんてものはとんかつ定食に付いてくる小鉢の冷奴と変わらない」と告げました。

 これにはミスターシービーも怒り心頭で反応するしかあるまい。そんな貴方の予想に反して、目の前にある表情は「コイツまたなんか言い始めたな……そういやこういうヤツだったわ……」といった雰囲気に見えなくもありません。

 

 予想外の反応に一瞬だけ戸惑う貴方ですが、すぐに自分がとんでもないミスを犯していることに気が付きました。

 そう……学園のカフェテリアで提供しているとんかつ定食には、お漬け物は添えられていても冷奴は別口で注文しなければならないのです。なにより、ミスターシービーがとんかつ定食と冷奴の組み合わせを好ましく思っていない可能性や、そもそもとんかつ定食に魅力を感じていない可能性を完全に失念していたのです。

 

 

 どれだけ美辞麗句を並べたところで心が伝わらなければ意味がないように、どれほど例え話に悪意を込めたところでそれが伝わらなければただの雑談で終わってしまいます。

 いまこそ臨機応変なプランニングの見せ所。真向勝負に切り替えた貴方は「自分が興味があるのはミスターシービーがあるがままに走る姿だけ。三冠ウマ娘の栄誉など、走った結果としてついてくるただのオマケでしかない」と、必要最低限の情報だけを与えました。



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ほろほろ。

「ぷ……くく……はは、あははははッ!! いやぁ~、相変わらず……本当に、出会ったころからキミは全然変わらないね。そっかそっか、三冠ウマ娘そのものには別に興味がないんだね。……オマケの冷奴扱いって……いや、ホント、キミってトレーナーは……く、ふふ……ッ!」

 

 

 何故かはわかりませんがミスターシービーを怒らせることには失敗したものの、大笑いする彼女からは「コイツやっぱりアホだ」といった感情が溢れていることを貴方はしっかりと察知しています。

 つまり結果的にトレーナーとしての評価は下がっているので、過程や方法が想定していたものと違っていても目的は果たされているのでなにも問題はありません。

 

 

 しばらく笑い続けたミスターシービーですが、普段通りの飄々とした微笑み程度まで感情が落ちつくと走り方について貴方に質問をしてきました。

 

 充分に鍛えられたスタミナをもってすれば菊花賞の距離を走りきることは余裕であり、脚質的にスピードや加速力も憂いなく発揮できることは本人もわかっています。

 しかし、適性や能力がどうであろうと初めての長距離レースであることには変わりません。一生に一度のレースということもあり、できることは全てやり尽くして挑みたいというのがミスターシービーの考えのようです。

 

 どんなレースだろうと一生に一度しかないだろうに。そんな無粋な返答を自重しつつ、貴方はどうしたものかと頭を悩ませています。

 アプリであればレースの前にスキルポイントを使ってポチポチと強化もできますが、この世界にそんな便利なシステムなど存在しません。本番の前に唐突に風変わりなトレーニングをしても逆効果でしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あの~、そのですね? 二冠ウマ娘であるシービーさんの併走トレーニング相手としてご指名いただけたのは光栄なのですが……何故に私なのでしょうッ!? どう考えてもおかしいですよねッ!? 私まだメイクデビューすらしてないんですよッ!?」

 

「あぅぅ……。どうしよう……ライスと併走したせいで、本番の菊花賞でシービーさんにもしものことがあったら……。でも、でも……レースに勝つために協力して欲しいって頼まれたんだし……ライスが断ったせいでシービーさんにもしものことがあったら……」

 

 

 これぞ逆転の発想。妙案がなにも思い付かないのであれば、正攻法の範疇であらゆる手段を試してしまえばいい。

 

 いまこそ転生者のお約束である知識チートを活用するべきタイミングであると、貴方は未来の菊花賞ウマ娘候補であるマチカネフクキタルとライスシャワーに声をかけました。

 ステイヤーとしての素質であればメジロマックイーンなども併走相手としては最適ですが、本格化の進行具合では同じコースの中を走るだけでも危険です。そもそもメジロ家ではすでに貴方の悪評が取り返しのつかないレベルで広がっているはずなので、どう頑張っても色好い返答は得られないでしょう。

 

 

 さて、併走相手は用意できましたが、ただ一緒に走るだけでは学びも実りも得られません。ここで貴方はミスターシービーにひとつ課題を出しました。

 自分の見立てでは、このふたりはデビューすれば菊花賞を勝てるだけの可能性を秘めている。これから始める併走トレーニングの中で、マチカネフクキタルとライスシャワーの走りからステイヤーとしての素質を見付けてみろ……と。

 

 そう、貴方はミスターシービーのレース中の観察力を鍛えることにしたのです。いくら加速力に優れたウマ娘でも、抜け出すための位置取りに失敗すれば勝ち目はありません。

 

 残念ながら、皐月賞と日本ダービーでミスターシービーの手札はほぼ暴かれている状態です。対して、菊花賞に出走しているライバルたちの手札は半分も使われていません。中距離の重賞レースでもなかなかの結果を出してはいますが、彼女たちの本来の適正距離はあくまで長距離。ようやく本気で走れると気合いも充分でしょう。

 そこに担当トレーナーたちの戦術という貴方も知らない手札が加わり、夏合宿から菊花賞までの間にそれらを使いこなすための戦法も編み出しているはずです。

 

 レース中にライバルの走りを“視る”能力を少しでも高めることができれば、こうした事前準備の不利も覆すことができるかもしれません。

 何処かの誰かが余計なことをしなければもっと楽に勝てた可能性もありますが、過ぎ去りし過去を偲んでいるだけでは前に進めないので未来だけを見つめて走ることにしましょう!

 

 

 

 

 それはそれとして。

 

 さすがに3人だけでは菊花賞の練習としては少々物足りないと貴方は考えてしまい。

 

 

 

 

「どうしたのトレーナー? ……え、ボク? えぇ~ボクぅ~? しょうがないなぁ~トレーナーはぁ~♪ シービーのためだし、トレーナーのオ・ネ・ガ・イ! だからね。しょうがないからこのテイオー様が協力してあげようじゃないか! ニシシ♪」

 

 冷静に周囲を見回せば菊花賞に所縁あるウマ娘は大勢います。

 興味深そうにこちらを見ているし交渉に苦労はしないだろう。貴方はトウカイテイオーを筆頭に、併走トレーニングに参加しても支障の無さそうなウマ娘たちにも声をかけ始めました。




長距離のシナリオトロフィー獲得が難しくてなけるぜ。

ちなみに確認したらゴルシで勝ってました。よくまぁ中距離に引っ張られなかったもんだ。


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ほくほく。

 菊花賞当日。貴方はいつもの第9レース場でも自分のルームでもなく、最新機材の並ぶトレーニングルームでウマ娘たちが鍛練に励む姿を眺めています。

 

 

 日本で唯一無二である不労所得系トレーナーである貴方には本来無縁の場所なのですが、前日に先輩トレーナーの皆さんから「アンタ担当ウマ娘もいないしヒマでしょ? 学園でトレーニングしてるウマ娘たちの監督ぐらいしなさい。私たちは菊花賞を見に行かなきゃいけないから忙しいの」と言われてしまったので仕方ありません。

 

 相手が貴方でなければ、あるいは育成評価の低いトレーナーへ対する嫌がらせ行為として成立したことでしょう。しかし残念ながら、トレセン学園から追放されることを目指す貴方にはこうしたイベントはご褒美でしかありません。これはトレーナーとしての責務を果たさず給料だけ当たり前のように受け取っている自分への制裁のようなものと貴方は解釈してしまいました。

 つまり、悪のトレーナーとしての日頃の努力が目に見える形で実を結んだワケですから、先輩トレーナーたちの敵意を嗅ぎ取った上でこれ幸いと快諾しています。

 

 もちろん貴方は先輩トレーナーの皆さんを「最低評価とはいえ自分もトレーナーの端くれ、ウマ娘たちの安全を守るぐらいのことはしてみせます。今年は先輩方の担当ウマ娘に出走する子もいないようですし、息抜きとしてどうぞごゆっくりと菊花賞を楽しんできてください」と見送る配慮も忘れてはいません。

 誰がどう見ても真面目に働いている先輩トレーナーが不真面目に遊んでばかりいる後輩トレーナーを叱責している場面にしか見えないはずですが、世の中には全くの見当違いな方向に物事を受け取ってしまう人がいることを貴方は知っています。なので、万が一にもウマ娘たちが変な誤解をしてしまわないよう、丁寧な態度を心がけ自身の扱いに納得している姿を見せておく必要がありました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 早々にトレーニングを切り上げたウマ娘たちを見送り、忘れ物や機材の片付け方の不備がないか確認し、菊花賞をじっくり観戦するためにルームに戻った貴方ですが。

 

 

「ちょ、これマ!? この棚全部ッ!? トレピのルームお菓子集まりすぎっしょ!!」

 

「マジウケんだけど~! ってかさ、これ学園の売店より品揃えガチってない? なんか地域限定のヤツとかフツーにあんだけど」

 

「イクノイクノッ! 見て見てこれッ! 冷凍庫の中ッ! このアイスッ! ナポリタン味にコーンスープ味だってッ!」

 

「これが噂の“トレーナーさんが所有する出所不明の謎食品”ですか。良い機会です、是非ともその味を確かめてみるべきでしょう」

 

「うん……うん、よし。あのキャラメルは見当たらないねぇ。──さぁトレーナーくーん? 茶菓子を用意して紅茶を淹れて肩を揉んでおくれよー。ウマ娘に尽くすのがキミの役目だと言っていだばばばばばばッ!?」

 

 手頃なオーガニック握力計で日々の鍛練の成果を確認しつつ。押し掛けてきた顔見知りのウマ娘たちで賑やかになったルームを見渡しながら、貴方は学生の懐事情はこっちの世界も変わらないのだなと哀愁を感じています。

 

 さすがに京都レース場までの往復となるとそれなりの金額が必要となるからでしょう、現地入りを断念して学園のテレビで観戦するウマ娘も大勢いるようです。

 学生時代の金欠は大人から見れば微笑ましくとも、当事者にとっては深刻な問題です。それを思えば、全く遠慮する様子もなく食べ物や飲み物をテーブルに並べているウマ娘たちを「まぁいいか……こんな日があっても……だって菊花賞だし……」と貴方が受け入れてしまったのも仕方のないことでしょう。どのみち普段の様子と比べても誤差はゼロに等しいので、追放計画の進行に一切の影響は無いので大丈夫です。

 

 

 いの一番にルームに突撃してきたものの集まってきたウマ娘たちの輝きに焼かれてダウンしてしまいスーパークリークに膝枕をしてもらっているアグネスデジタルが出走までに復帰できるのかどうかも気に掛けつつ、貴方は菊花賞が始まる瞬間を期待と不安が入り交じった感情を抱きながら待っているのでした。




次回は菊花賞視点です。


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『悠久の風伝説』

答え合わせの時間。


(いよいよ菊花賞が始まる……。シービーが三冠を()()のか、それともほかのウマ娘が勝つのか。どちらにせよ、私がデビューするまでトゥインクル・シリーズに残ってくれるならそれでいい……)

 

 最も強いウマ娘が勝つと言われている菊花賞。誰もがミスターシービーの三冠の夢について語る中、ナリタブライアンは強敵と競い合う未来に想いを馳せていた。

 

 不確定要素は多ければ多いほどいい。レースの最中に勝ちが見えてしまうことほど興醒めする瞬間はない。その点、ミスターシービーの世代のウマ娘たちは本当に心からワクワクさせてくれる曲者ばかりで羨ましい。

 もちろん十中八九、あの規格外トレーナーであれば自分の世代どころか上も下も見境なく強化してくれるだろうとナリタブライアンは確信していた。

 

 だがそれはそれ、である。三冠ウマ娘に挑めるチャンスがあると言われれば迷いなく「是非も無しッ!!」と答えるのがナリタブライアンというウマ娘なのだ。

 

「っと、いかんな。今日は素直に()()側として楽しませてもらうつもりだったんだがな……」

 

 

 

 

「カッカッカ。場の空気にあてられて滾ったか、ブライアン。若いのぉ~、若いってのは素晴らしいのぉ~。いや、マジで羨ましいわ」

 

 

 

 

「……ようやく来たか。じいさん、アンタにとって菊花賞が特別なのは知っているが、わざわざそんな洒落た格好をする必要はあるのか?」

 

「えぇ~? 似合わんかねコレ。儂けっこうお気になんだけど。まぁええじゃないかたまには。まさかいつものように作務衣やら甚平やらで彷徨くワケにもイカンだろ? 一緒に歩くお前だって恥ずかしいだろうと思って気遣いをだな──」

 

 中央トレセン学園の制服を着たウマ娘と、老齢ながらしっかり背筋を伸ばして歩くスーツ姿の男性。親しげに話している姿は菊花賞を観戦に来た祖父を案内する孫娘にでも見えるかもしれない。

 ナリタブライアンを相手に心底楽しそうにはしゃいでいるその姿からは、かつてクラシック三冠ウマ娘という夢物語を実現可能な称号へと引きずり落とした育成評価『S』トレーナーだとは誰も想像できないだろう。

 

 

「それで? なにやら話し込んでいたようだが、なにか学園で問題でもあったのか?」

 

「ん? なに、大したことではないぞ。坊主のヤツめがこっちに来れんようにされとったというだけの話だ。どうやら堪え性のない莫迦が何人かやらかしたようだな。カッカッカ!」

 

 なにが楽しいのか朗らかに笑う老トレーナーとは対照的に、ナリタブライアンの表情はまさに苦虫を噛み潰したようなものに変わっていた。

 確かにあのトレーナーが好き勝手に振る舞っているのは事実だが、結果として素晴らしい走りを身に付けているウマ娘は何人もいる。魂が震えるような勝負を渇望しているナリタブライアンにしてみれば、せっかく楽しくなってきたトレセン学園での生活を邪魔されているような気分になるのも当然だろう。

 

 ちなみに、何らかの嫌がらせを受けたであろうことも察しているが、そちらは全く気にしていない。バカなことをしたとは思うし、そんな連中がトレーナーを名乗っていることは不快だが、そんなものはあのトレーナーには柳に風の如く無意味だと知っているからだ。

 

「充分大したことだろう、それは。いや、たしかに書類上ではシービーとアイツは無関係かもしれないが、あの理事長がそんなふざけたマネを許すとは思えん」

 

「動かんよ、やよいちゃんは。動く必要がないからな」

 

「……なに?」

 

「自分で自分の首を絞めとる阿呆など放置で構わんということだ。──まて、説明するからそう睨むな。ちびったらどうしてくれるんだ、まったく。……で、だ。坊主を嫌っているトレーナーなんぞいくらでもいる。それでも、名門としてのプライドやら育成評価の自負やらで越えてはならない一線をしっかり弁えておった。鼻っ柱をへし折るにしても、坊主よりも強いウマ娘を育ててレースで叩きのめすというトレーナーとしてのやり方で、とな。だからこそウマ娘たちも素直に従っていた。だが今回のようにケチな嫌がらせをしたのではもう手遅れというものだ。雀の涙ほどの自己満足と引き換えに今後はスカウトも難航するだろうし、下手すれば担当契約中のウマ娘たちも離れていくかもしれん」

 

 老トレーナー曰く、嫉妬と向上心は表裏一体。故に誰かを羨むことは悪いことではない。だが己を高めるのではなく他者を貶めることで自尊心を保とうとするようでは、トレーナーとしても人間性の部分でもウマ娘たちから見限られるかもしれないとのことだ。

 もっとも、中には優秀ならばそれでいいと割り切ることができるウマ娘もいるだろう。利害の一致だけで成り立つ関係など世の中にはいくらでも実例がある。信頼関係を必要としていない、トレーナーを利用するつもりでしかないウマ娘たちの受け皿として機能するならばそれで良し。経営者としての秋川やよいであればそう判断するというのが老トレーナーの見立てであった。

 

 

 もちろん、これは様々な幸運が偶然重なってくれたからこそ選べた手段である。特に、本来であれば被害者であるはずの男が色んな意味で剛毅である影響が大き過ぎるのだ。

 

 

「おいおい、そっちから聞いておいてそんな嫌そうな顔するこたぁないだろうに。チビッ子でも理事長だからな、やよいちゃんは。清濁併せ呑むだけの器量があるからこそ儂らもトップとして認めとるんだ、そこんトコは立場が違うんだからしょうがないと諦めてくれ」

 

「チッ……。まぁ、じいさんの言い分もわからないワケじゃない。私も偉そうなことを言えるほど優等生やってるワケじゃないが、ウマ娘にだって性格に問題のあるヤツはいるからな」

 

「問題っちゅーても、ゆうてお前さんたちはまだまだ子どもで学生だからな。多少の跳ねっ返り程度なんざ可愛らしいもんだ。本格化もまだまだ途中で選抜レースも走れんクセに急にルームに乗り込んできて『三冠が欲しいから手伝え』なーんて言ってくるヤツとかな。カッカッカ!」

 

「……頼んだ私が言うのもなんだが、よく引き受ける気になったな。アンタ、引退も考えていたんだろう?」

 

「まぁな。儂みてぇなジジイがしぶとく居座っても若手の邪魔にしかならんからな、バカ弟子とルドルフちゃんの活躍を見届けたらトレセンから去るつもりだったよ。今後は部屋でビールでもヤりながらテレビでのんびり観戦すんべと思っていたんだが、おもしれぇヤツが現れちまったもんだからさぁ。──オレも血ィ騒いじまって仕方ねェんだわ」

 

 

 ダイタクヘリオスと並んで「ウェーイ☆」とはしゃいだりしている普段の好好爺としての姿とはあまりにも乖離した気迫。それを正面から受けてしまったナリタブライアンは意思とは無関係に後退るしかなかった。

 その瞬間、あり得ない光景が視えた。初代三冠、冒険者の末脚、流星の貴公子、美学の桜、世代の破壊者──そのほか日本のレースの歴史に名を残すウマ娘たちが挑発的な笑みを自分に向けている幻影が。そんな彼女たちを率いる、勝負に餓え野心に満ちた光をその眼に宿す男の姿が確かに視えたのだ。

 

 旧時代の怪物と新世代の化物。そんな神話の戦いのような世界に割り込むことが出来た己は間違いなく幸福に満たされたウマ娘だ。

 素晴らしい出会いを恵んでくれた三女神に柄にもなく感謝しながら、ナリタブライアンは観客席に向か「おー、見てみぃブライアン。でっかい牛串の屋台が出とるぞ」う前に腹ごしらえを済ませるのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇ、アンタたちはこれからどうするワケ? アタシはいまさら熱血すんのとか面倒だから残るつもりだけど」

 

「ここまで育ててもらった恩もあるし、私も現状維持でもいいかなって。別にGⅠに勝ちたいとか、天才と競いたいなんて思ってないし」

 

「あっはっは~。まぁウチらもうシニア級だし、ケガなきゃそれでイイって感じだよね。ただメイクデビュー前の子たちはそこそこ離れるだろうね~ 」

 

 

 せっかくだから友人たちと合流して観戦したい。そう言って担当トレーナーたちと自然な流れで別れたウマ娘たちは、ジュースを片手になるべく人気の無い場所に移動して今後について相談していた。

 

 自分の担当トレーナーが湿っぽい嫌がらせ行為をしたことについては別に気にしていない。アレはあのトレーナーがちゃんとミスターシービーと担当契約をしていればよかっただけの話であるし、おそらく本人もその辺りは承知しているはずだ。

 だからといって、他人の失敗を願う姿を見てなにも思わないほど淡白でもない。現地入りを邪魔したことについては下らないことしたものだと呆れる程度で済んでいたが、わざわざ京都レース場まで来て()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿はもはや憐れですらあった。

 

「ま……いままで絶対に正しいと思ってた常識が覆されそうってな状況だもんね。トレーナーだって普通のヒトなんだからストレスだって溜まるでしょーよ」

 

「天才に後ろを張り付かれる怖さと苛立ちならよぉ~く知ってるからね。でも、さ」

 

「うん。トレーナーたちには悪いけど、ウチはいまのトレセンのほうが好きかな。ウチらはもうキビシーけどさ、これから始まる子たちがユメいっぱい見れるってのはイイコトじゃん?」

 

「本音言えば羨ましいけどな。なんでアタシらのときに来てくれなかったんだろうって──いや、止めとこう。これ以上はアタシらまでシービーたちを素直に応援できなくなっちまう」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 菊花賞に挑むミスターシービーに対する評価は概ね好意的である。ファンを中心に、新しい伝説が誕生する瞬間を見ることができるかもしれないという期待に胸を膨らませているのだろう。

 しかし、好意的ではない評価をしている者たち──主に知識人や有識者を名乗る者たち、あるいは“必要以上に”仕事熱心なメディア関係者の一部は、二冠を獲得しても尚、ミスターシービーというウマ娘の実力を“トレーナー不在”という1点のみで疑問視していた。

 

 

 ただ、どちらにせよミスターシービーを主役として菊花賞を観戦していることに違いはない。

 

 そして、才能に溢れたひとりのウマ娘の持つ輝きが人々の関心を独占することは珍しくはない。

 

 

 大勢の観客の関心が自分に向いていないことを知りながら走るレースというものは、恐ろしいほどにウマ娘たちの精神を削り取る。

 あるいは、勝負に負けたことよりも、同じレースで走っているにも関わらず背景のように扱われたことを認識してしまったが故に……自分が走る意味など無いのだとトレセン学園を去っていった者もいるかもしれない。

 

 

 もっとも。

 

 少なくとも今回の菊花賞に関しては、どのような結末になろうとも心折れるウマ娘は現れないだろう。絶対に。

 

 

 

 

(……ふぅ~む? シービーめ、想像以上にリラックスしてるじゃないの。らしいっちゃらしいけど……厄介だな~、こんなときぐらい緊張しとけっつ~の)

 

 運が良いのか悪いのか。偶然にも今日の主役であるミスターシービーの隣にゲートインしたウマ娘は、普段とあまり変わらない様子の天才に感心しつつも呆れていた。

 いくら名誉に興味が無くても、三冠ウマ娘の称号にどれだけの価値があるのか知らないワケがない。ならば日本中のファンが、そしてウマ娘たちが自分の走りに注目していることぐらい理解しているはずだ。

 

(この程度のプレッシャーぐらい平気で……というよりも、そもそも気にもしていないって感じかな? これは。やっぱスゲェわ、天才とか言われるヤツは。ま、それならそれで結構なコトだけどね。この様子なら──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!!)

 

 

 ◇◇◇

 

 

(よし! スタートは完璧だ! どうやら雰囲気にのまれてはいないようだな……。逃げは3人……いや、ふたりか? 3人目の子は前のふたりに釣られたか。第9スカウト組のスタートダッシュは慣れないと追いかけたくなるって言ってたもんな……。さて、ウチのウマ娘は──6番手。うん、悪くない。練習よりペースが遅めだが、余計な消耗は必ずどこかのタイミングで起きるだろうからな。そうだ、焦るな……それでいい……ッ! )

 

 最初のコーナーまで約200メートル、それも上り坂ということもあるのだろう。先頭を走るふたりの逃げウマ娘たちは、第9夜間組からスカウトされたにしてはかなり慎重にコースの具合を確かめているように見える。

 

 いや、冷静に考えればアレが普通なのだ。まだ脚が暖まっていない状態で挑む高低差4メートルの坂、それをコースを一周してもう一度攻略しなければならないのだから静かな立ち上がりになるのは当たり前だ。

 自分の考え方、あるいは価値観が常識から外れてしまっていることを自覚したトレーナーは、己の愛バの晴れ舞台だというのに苦笑いを隠せなかった。逃げウマ娘のイメージがすっかりマルゼンスキーのような鋭い走りに上書きされている自分に驚いてしまったのだ。

 

 もしかしたら、最近スタート直後に全力疾走する逃げウマ娘が増えたことも原因かもしれない。序盤で距離を稼ぎ、後半戦でそれを切り崩しながら粘る戦法は、緊張と期待で呼吸を忘れてしまうほどの魅力がある。

 なんとも厄介な走り方を編み出してくれたものだと、教官たちが心底嬉しそうに話している姿を見たのはいつ頃だったろうか。勝負の結末に一喜一憂しながらも「次こそは逃げ切ってやる!」と奮起する教え子の姿を見せられているのだ、楽しくないワケがないだろう。

 

 

 

 

 先頭からシンガリまで、全てのウマ娘が正面の直線に入る。位置取り争いなどが始まる様子も見られず、実況もレースが淀みなく進んでいると表現している。

 

 だが静かな立ち上がりを素直に楽しむ観客たちとは違い、出走しているウマ娘たちのトレーナーは喉が張り付くほどの緊張感に襲われていた。最後方に控えているミスターシービーがどのタイミングで仕掛けてくるのか、全く予想が出来ないまま担当ウマ娘たちを送り出してしまったことが心残りなのだ。

 普通に考えるのであれば、中盤から徐々に位置取りを前に押し上げ、京都レース場の名物“淀の坂”の手前までに好位置を確保したいと考えるはず。ミスターシービーの末脚であれば、定石通り減速して坂を下ったとしても最終直線の400メートルで充分勝ちを狙えるだろう。

 

 

 彼女が定石に従うのであれば、だが。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(そろそろ淀の坂のRetryか。ゆっくり上ってゆっくり下がるってのがstandardな走り方なんだが……)

 

 先頭を走るウマ娘は考える。坂道を全力で走ることが危険な行為であることなどレースに関係なく誰もが知っている。

 脚にかかる負担、バランスの制御、それらが悪い意味で噛み合ってしまった場合の結末。そもそもコーナーで下手に加速などすれば、遠心力で膨らんで不利にしかならない。

 

 位置取り的にペースメーカーのような形になっている自分が速度を落とせば自然と後続のウマ娘たちもそれに従う形になるだろう。それは京都レース場に限らずコーナーでは当たり前のように見慣れた光景であるし、淀の坂の高低差も加味して安全を考えるのであれば妥当な判断なのだろう。

 

 

 だが。

 

 

(きっと──いや、確実にシービーのヤツはくる。ここまで2000、追い込むためのpowerはすでにchargeが終わっているはずだ。ゴールまで()()()800、アイツがその程度で怯むワケがねぇ……ッ!)

 

 先頭を走るウマ娘は考える。ミスターシービーの脚は、いつでもフルパワーで走れる状態まで完成しているのは確実だ。ならば、坂道攻略のセオリーに大人しく従いゆっくりと走るなどという選択を彼女がするなどありえないだろう、と。

 そう判断した理由は単純明快である。彼女がミスターシービーだからだ。日本ダービーでゴール板ギリギリまで追い詰められても尚、心底楽しそうに──嬉しそうに走っていた彼女ならば、本気を出せる状況にあるにも関わらず出し惜しみをするなど面白くないと思うに決まっている。

 

 ならばやるべきことは、ひとつしかない。おそらくこの菊花賞が終わったあとに、有識者だの専門家だのを名乗る連中は好き勝手に今日の勝負に難癖を付けることだろう。

 その火付け役となる自分などは確実にピンポイントで非難されるに違いない。ウマッターなどのSNSでファンから素人までがお祭り騒ぎをする未来が簡単に想像できてしまう。

 

 トレーナーにはかなりの苦労をかけることになってしまうが、そこは運が悪かったと諦めてもらおう。こちとら元を辿れば選抜レースの落ちこぼれ、本来ならばメイクデビューすら可能だったかも怪しいウマ娘。そんな自分をスカウトしてしまったトレーナーの自業自得というものだ。

 怪我のリスクについてはまぁ、たぶんなんとかなるだろう。古巣にある秘蔵のオタカラスペース……と呼ぶには誰でもウェルカムな状態だが、そこに並んでいた『京都レース場◎』というファイルはしっかりと読み込ませてもらっている。今後はほかのレース場で全力を出せるかどうかも怪しくなるかもしれないが、底辺からGⅠレースの舞台までのしあがった代償としては充分安い。

 

(ここから先を走るのに必要なのはspeedでもStaminaでもpowerでもない。覚悟が足りないヤツから順番に脱落していくだけ。──さぁ、ここからがpartyってヤツだッ!!)

 

 

 ◇◇◇

 

 

「バカな……ありえねぇ……あっちゃならねぇ、こんな光景は……ッ! 淀の坂だぞッ!? バランスを崩したら最後、命に関わるほど危険なんだぞッ!! なんでどいつもこいつもスパートかけてやがるんだッ!?」

 

 

 中堅トレーナーのそれは声援などではない、もはや悲鳴に近い叫びであった。ある程度レースの知識を持つ者はもちろん、ウマ娘たちの()()()()()()()()()()()()()であるトレーナーという立場からは決して許すことのできないような事態が起きているのだから当然だろう。

 まさか菊花賞を勝つために担当トレーナーたちはこんな指示を出したのか、憤りにも似たものを理性で抑え込みつつ関係者席に視線を向ければ──大慌てで頭を抱えて騒いでいる。少なくとも彼ら彼女らがウマ娘たちに危険な賭けを命令したワケではないことは理解できた。だからといってなんの慰めにもならないのだが。

 

 

 先頭を走るウマ娘が、まるで最終直線の始まりのように速度を上げたときは「まさか」と思った。

 

 続くウマ娘たちまでそれに倣うように全速力で淀の坂を登り始めたときは自分の目を疑った。

 

 

 彼女たちがそんな無謀な賭けに出た理由はすぐに察することができた。ミスターシービーだ。同じコースの上を走っているたったひとりの天才の存在が、ウマ娘たちにあんな安全性を度外視した走りを選ばせてしまったのだ。

 

 遠心力に逆らうこと無く外側から追い抜くつもりなのだろう、ミスターシービーの走りに一切の迷いは見られない。

 大惨事を引き起こすリスクを抱えてまで勝負を仕掛けたウマ娘たちがひとり、またひとりと置いていかれる。

 

 なんと痛ましい光景なのだろう。どれだけ華やかに見えても勝負の世界だ、努力が才能に潰される場面に立ち会ったことは何度もある。その度に胸が締め付けられるような思いを繰り返してきた中堅トレーナーだったが、今日のコレもなかなか酷い有り様だ。

 レースの開始前から三冠ウマ娘の誕生を期待する声ばかりが聞こえてくる中、それでも必死に走っているウマ娘たちに突き付けられる無慈悲な現実。ミスターシービーがなにも悪くないことは百も承知だが、自分を敗北者側だと信じている中堅トレーナーはどうしても勝てないウマ娘側の気持ちを考えてしまう。いまこの瞬間も、追い抜かされたウマ娘たちの表情が次々と暗いものに変化させられて────。

 

 

 

 

「なんでだ……ありえねぇ……」

 

 

 

 

 たかが評価Cのトレーナーとはいえ、レース中のウマ娘たちの表情を見間違えるほど落ちぶれてはいない。だからこそ中堅トレーナーには理解できなかった。追い抜かされたウマ娘たちが、努力を才能で否定されたはずのウマ娘たちがそれでも輝きを失っていないことに。

 

 気力が途切れてしまったのは走りの変化でわかる。彼女たちがこれからミスターシービーを差し返すことは不可能だ。それは単純に脚が限界を迎えてしまったこともあるし、たとえ一瞬でも薄れてしまった緊張感はレース中に二度と取り戻すことはできないだろう。なのに。

 ありえない、何故だ。自分の信じていた常識では考えられない光景に混乱していた中堅トレーナーだったが、ウマ娘たちの表情を見ているうちにあることに気が付いた。

 

 それは例えば、中等部のウマ娘たちが高等部のウマ娘の活躍を、親しい先輩たちの活躍について楽しそうに語り合っているとき。

 

 それは例えば、日本ダービーや有マ記念の開催前に、街頭で大々的に行われる宣伝を見て盛り上がるファンたちのように。

 

 彼女たちは“期待”している。ミスターシービーの走りに希望を見出しているのだ。それは先ほどまでとは真逆の意味で信じられない光景だった。ありえない、自分を追い抜いていったウマ娘をそんな目で見送るなんて普通じゃない。

 初めから勝つことを諦めていた? それなら坂の手前でスパートをかけるなんて非常識なマネをする必要などなかったはずだ。本気で勝つつもりだったからセオリーを無視した走り方を選んだはずだ。なのに、どうして。普通に考えれば選手生命を引き換えにするほどの覚悟で走っても届かなかったのだ、心が折れてしまっても仕方ない場面なのに。普通じゃない。常識的にありえない。

 

 ふと、再び関係者席のほうに視線が引き寄せられた。自分の驚きはトレーナーとして当たり前のことであると、中堅トレーナーは確信が欲しかったのだろう。

 しかし、望んだ答えが得られることはなかった。そこにはもう混乱して慌てている担当トレーナーなど誰もおらず、全員が拳を振り上げるほど興奮しながらウマ娘たちを応援している。

 

 なんでだ。もう菊花賞の勝者なんて決まっただろう。先頭を走るウマ娘よりもミスターシービーの末脚のほうが圧倒的に速い。彼女は本物の天才なのだから仕方がない、諦めたって許されるのに。いまさら声援を張り上げたぐらいでは意味など無いと、普通に考えれば────。

 

 

 

 

 

 

(……あぁ、そうか。だから俺は勝てないのか。いや、この考えがもう間違ってんだな。そんなんだから俺はウマ娘たちを大舞台で勝たせてやれなかったんだよ)

 

 

 

 

 

 

 

 トレーナーとしてのスキルが未熟なのは否定しない。才能のあるウマ娘をスカウトする機会に恵まれなかったのも事実かもしれない。だが、自分の欠点はもっと根本的なところにあったのだ。

 

 安全を第一に考えて、先輩たちの話を参考にして、様々なデータを集めてトレーニングプランを作っていた。だが、それが担当しているウマ娘に本当に適しているのか、自分はちゃんと()()()()()()()()()()()()()()()考えていたのだろうか。

 得手不得手の見極めは何度もしてきたが、そのあとの対処はいつも同じことの繰り返しばかりだった。誰もがやっていることだからそれが普通なのだと疑いもせず、有名な本に書いてあることだからそれが正解なのだと悩むことすらせず、ただウマ娘に指示を与えていただけだったのだ。

 

「シービー先輩がんばれーッ! ……うん? どしたのトレーナー、私の顔になんか付いてる?」

 

「そういやさっきもなんか叫んでたな。興奮しすぎたか? ま、三冠ウマ娘が出るかもしんねぇって瀬戸際だもんな」

 

「いや……大丈夫だ……」

 

 あぁそうだ、俺は停滞している現状を変えたくてこの子たちをスカウトしたんだ。なのに俺自身がなにも変わらないんじゃ意味がない。

 

 安全最優先の考え方はいまさら捨てることなどできないだろう。そしてあの後輩のような奇抜なトレーニングがポンポン浮かんでくるほどの柔軟性も持ち合わせていない。

 だが、そんな自分でもできることはきっとある。担当ウマ娘のために、自分の愛バのために世界でひとつだけのトレーニングプランを組むなどということは“常識”のあるトレーナーであれば誰もが行っている“普通”のことなのだから。大丈夫、いまの俺なら普通のことぐらいできるはずだ。なにせ担当ウマ娘たちがレースを楽しむ姿を見たくて見たくて仕方がないのだから。

 

 とはいえ、冒険心が無さすぎるのも考えものだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、少しは未知なる道に踏み出す度胸も身に付けなければならないだろう。

 

 

 

 

「──逃げきれぇぇぇぇッ!!」

 

 

 

 

「うひゃッ!?」

 

「うぉッ!?」

 

 

「逃げろ逃げろォッ!! 二冠がどうした、三冠がなんだッ!! 遠慮なんかいらねぇ、そのまま逃げ切っちまえぇぇぇぇッ!!」

 

「ちょぉ、トレーナー? 周り、みんな! メッチャ見てるよコッチ!?」

 

「アンタそんなキャラだったか? つーかシービー先輩じゃねぇのかよ、応援すんの」

 

「そんなん知らんッ!!」

 

「知らん、って」

 

「俺は別にシービーだけを見に来たんじゃねぇ。菊花賞というレースを見に来てんだ。シービーの三冠達成にも興味はあるが、いまは前を走るウマ娘を応援したい気分なんだよ。──粘れ粘れェッ!! ダービーウマ娘にステイヤーの意地ってヤツを思い知らせてやれぇぇぇぇッ!!」

 

 トレーナーとして冷静な部分はミスターシービーの勝ちは揺るがないものだと理解していた。

 だがそんなものは関係ない。過去の先人たちが残した記録も、偉い学者先生たちの研究も、結局は部外者が勝手に定めた限界でしかないのだ。そんなものばかりに気を取られて、トレーナーがウマ娘の可能性を見逃すなんて勿体ないにもほどがある。

 

 そんな中堅トレーナーの熱量は、次第に周囲に伝わり拡がっていった。最初は呆れたような、しかしどこか嬉しそうな担当ウマ娘たちから始まり、やがて周囲のファンたちも“ひとりの主役”から“菊花賞を走るウマ娘たち”を応援するようになり──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 京都レース場を満たす大歓声は、相変わらずミスターシービーに向けられたものがほとんどだ。しかし、それでも前を走るウマ娘たちへと届く声は確かに存在する。

 

 もしかしたら空耳かもしれない、そうあって欲しいという願望かもしれない。そんなものを都合良く聞き取れるワケがないと、なにも知らない者たちは嗤うかもしれない。

 こればかりは実際にコースの上で戦った者たちにしか理解できない世界だろう。それに、正直なところどちらであっても構わないというのが本音であった。ウマ娘たちにとって大事なのは、自分を応援してくれる誰かがいることを信じることができるかどうかだ。

 

 

 それだけでいい。それだけでまだまだ走ることができる。

 

 

 ただ、それは前を走るウマ娘だけに限定されたものではない。当然ミスターシービーにも聴こえている。ただでさえ恐ろしい勢いで追い上げてきているというのに、ここにきて更なる推進力を得ようというのだから規格外にもほどがある。

 この状況は純粋に一緒に走っているウマ娘たちの運が悪かったとしか言い様がない。何故ならミスターシービーに聴こえている音は、とある変わり者のトレーナーと出会うまで“ほかとは違う、彼女は天才だから”と称賛(敬遠)されて独りコースの上を走っていた少女の世界には存在しなかった最高のミュージックなのだから。

 

 

 

 

「これだから天才ってヤツはメンドくせぇ。まぁいい、この場は譲ってやるよ」

 

 

 

 

「アンタ、ぜったい春天出なさいよ。今度こそステイヤーの恐ろしさを思い知らせてあげる」

 

 

 

 

「やっぱ淀の坂を全力疾走は厳しいわ、さすがに。シービー、お前さんゴール前でコケたりすんなよ」

 

 

 

 

「あとで一緒に写真撮ろうね! トレちゃんを優勝レイでグルグル巻きにするのも手伝ってあげる!」

 

 

 

 

「思ってたよりも遠いな、菊花賞のGoalってのは。キッチリ決めろよ? 最高のrivalさんよ」

 

 

 

 

 すれ違いざまに祝福の言葉を受け取りながら、ついにミスターシービーが先頭を奪う。それと同時に周囲からのプレッシャーが一気に反転して彼女の背中を押し始めた。

 認めようミスターシービー。お前こそが私たちの世代の代表だ。新しい三冠ウマ娘の誕生を心から祝おう。その上で、最強の称号を得たお前をいつか必ずブッ倒す。

 

 

 だからいまは、いまだけは。最高の夢を私たちに見せてくれ。

 

 

 

 

「──あはッ♪ いいよ、いつでも挑戦は大歓迎さ。何度でも、何度でも……最高のレースをしよう」

 

 

 

 

 その日、7万を超える大歓声の中。URAの歴史に新たな伝説が刻まれた。




私の作品は趣味で書いている二次創作なのでいくらでも開き直ることができますが、アプリのシービーのシナリオを考えるライターさんはプレッシャーすごいだろうなーと思ってます。


続きはヤドカリ案件のお詫び投稿を済ませてから、オマケの登場ウマ娘のヒントは『肉』『肉』『妹』『肉』『シャドーロール』となります。




本編のほうは菊花賞~年明けのダイジェスト、大食い最強アイドルウマ娘、やたらとメジロライアンのことを聞きたがる高貴オーラMAX貴婦人との邂逅、の3択あたりでどうしようかと考えてます。


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◆オマケと頂き物の紹介☆

頭の中を空っぽにして読んでください。


「トレーナーさん、たまには大自然の中で息抜きなんてどうですか? ちょうど鮎が時期なんですよ~。川の流れる音を聞きながら釣りを楽しんで、ついでに美味しい塩焼きなんかも楽しめちゃうお得なプランをご提供する用意があるのですよ! ……ついでにお車なんて出していただけますと、いまならセイちゃんポイントもご進呈いたしますよ?」

 

 このひと言から全ては始まった。

 

 夏合宿に参加しないウマ娘たちにとっても、トレーニング機材やコースの順番待ちが多少緩和されるこの時期は能力を大きく伸ばすチャンスである。

 だが、それはそれとして彼女たちも青春盛りの若者たちである。せっかくの夏をトレーニングだけで全て消費してしまうのも勿体ない。夏合宿組だって空いた時間でお祭りに参加したりと夏を満喫しているのだから、世間一般でいうところの“夏休み気分”を味わう権利ぐらいはあるだろう。

 

 セイウンスカイにとって幸運だったのは、遊びに理解のあるトレーナーと交流を持てていたことだ。ルームの中に様々な娯楽用品を置いているだけあって、この提案はあっさりと受け入れられることになる。

 

 

 そこまではよかった。

 

 

 トレーナーの協力も無事得ることができ、さっそく具体的な日程を決めようと話し合いを始めたのだが……しばらくして「どうせなら山と海、両方で遊びたい」という意見が出てくるようになったのだ。

 

 朝早くに出発して釣りを楽しみそのままキャンプで1泊、そのまま海まで突撃してしまおうという体力と気力に溢れた若者でなければ顔面蒼白となるだろう恐るべきプランである。

 夏の解放感で掛かってしまっていたウマ娘たちは冷静さを取り戻すことができず、保護者であるトレーナーが特に反対しなかったことも後押しとなったのかもしれない。ブレーキをかけるものが不在のまま、この無謀なサマーバケーションは本当に実行されてしまう。

 

 ウマ娘の体力はヒトよりも優れている。だが、それはあくまで“ヒトと比べれば”という話である。最大値が高くとも、ウマ娘がウマ娘の基準で遊び騒げば消耗の割合は変わらないワケで──当然の権利のように、参加者のうち半数のウマ娘は早々にスタミナ切れをおこしていた。

 そんな話が聞こえてきたとき、初めナリタブライアンはアホなことをしているなと呆れていた。貴重なトレーニング時間を削ってまで海にまで出かけたのに、肝心の体力が足りずに充分に楽しめなかったというのだから当然だろう。だが。

 

 

「自分で釣った鮎を焼いて食べるのも美味しかったですが、浜辺でやったバーベキューも楽しかったですねぇ。骨付きのステーキなんて初めて食べましたよ」

 

「Oh、フクキタルは()()()()()()()()をゴゾンジなかったデスか。ンー、そういえばトレーナーさんもニホンでは普通は販売してないといってマシタネ。エーセーメン? がネックだと。どうしてステーキのお肉を買うのにヌードルが関係してるのでショウ?」

 

「ヌードル?」

 

 

 その単語が聞こえてきたとき、彼女は己の耳を疑った。

 

 Tボーンステーキ。ヒレ肉とサーロインを同時に味わうことができるそれは、ステーキ界の2大グランプリ覇者といっても過言ではない。食肉のオーソリティーを自負するナリタブライアンも当然その存在はよく知っている。トゥインクル・シリーズにデビューして賞金を手にした暁には、是非とも専門店へ赴き存分に堪能してやると誓うほど渇望している1品である。

 だが、知識として知っていても実食に至る経験は未だ皆無であった。何故なら、タイキシャトルの言う通りTボーンステーキの骨は通常“危険部位”として焼却処分されるため、特A5ランクにんじん並みに厳重に管理されたものしか流通することはないからだ。

 

 食べ終えて残った骨はトレーナーが回収して然るべき方法で処分したらしいがそんなことはどうでもいい。豪快に焼き上げた肉の塊を軍手と新聞紙を用いて骨を掴み行儀など無用と言わんばかりにヒレとサーロインを喰らうその行為。その行為こそが、レースを走る現代ウマ娘に平等に与えられた最高の癒しなのである。その機会を()()()()()()()()()()ことを知ったナリタブライアンは己の愚かさに対する恥と悔いと憤りでウマソウルが燃え尽きそうな気分であった。

 実は彼女もそのバカンスへ参加しないかと誘われていたのだ。ちなみに勧誘してきたのはマヤノトップガンである。ニコニコと笑いながら「きっとブライアンさんにとってもステキなことがまってるよ☆」と誘われたのだが、魚に興味のないナリタブライアンはトレーニングに集中したいからと断ってしまった。

 

 

 真実を知ったナリタブライアンは深い後悔に苛まれたのち────彼女は復讐を誓っていた。

 

 

 次なるお肉への復讐。今後もし同じような焼き肉が行われるのであれば、必ず参加してみせると。未だデビューどころか選抜レースに出走すら出来ぬ未熟者であるがそこは影をも恐れぬ怪物。未来の三冠ウマ娘が誓いし復讐に、ミスはありえない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あん? 次にTボーンステーキを焼く予定はいつだって? そんなん特に決まっちゃいねぇが……少なくとも夏が終わるころまではやんねーよ。いまァほかの学校も夏休み始まってるし、レジャー施設とか混んでんだろうし。そもそも肉だって知り合いから分けてもらったヤツだしな」

 

 日常会話で然り気無くカモフラージュしつつ巧妙に情報を引き出すことに成功したナリタブライアン。だが残念なことに望むお肉にありつける可能性はどうにも低いということがわかってしまった。

 なんでも、バーベキューで使用したTボーンステーキはトレーナー研修生時代に知り合った“ニシノーサ”なる人物から暑中見舞い品として送られてきた頂き物であったらしい。名前の響きからして、もしかしたら中等部に飛び級してきたニシノフラワーの親族か誰かかもしれない。ともかく関西方面でなにやら重要な役割を担っている人物……ウマ娘? どちらかはわからないが、上等な牛肉を手配できるあたりトップクラスの重鎮であるとナリタブライアンは判断することにした。ちなみに友人の名前は“ヒガシノウサ”といって関東に住んでいるらしい。

 

 

 無い袖は振れないことぐらいナリタブライアンも心得ている。ここは素直に引き下がる場面であると考え、調理中のホルモン焼きの味見役だけ引き受けてルームを立ち去った。

 ニンニクと味噌で濃いめに味付けされたそれをとりあえず2キロほど食べて安全性を確かめ「味に問題はない」と太鼓判を押してやったのだ、これでトレーナーも安心してウマ娘たちに振る舞うことができるだろう。もしかしたら返礼として次のバーベキューに呼ばれる可能性もある。うむ、善いことをしたあとは気分も清々しいものだ。

 

 あとはトレーナーが自分を誘いやすいようにこまめにルームに顔を出せば完璧である。とはいえ、季節の移ろいで簡単に味が変質してしまう野菜とは違い、お肉は通年如何なるタイミングで食べても美味しい無敵の食材だ。焦る必要はないし、あまり頻繁にルームに行ってはまるで催促しているかのように誤解されてしまうだろう。

 とりあえず3日に1度ぐらいのペースで肉とバーベキューの話をしておけば問題はないはず。時折顔を合わせるヒシアマゾンがまるで夕食のメニューを一生懸命リクエストする子どもを見守るかのような慈愛に満ちた視線を向けてくることだけがナリタブライアンには不思議であった。

 

 

 ナリタブライアンがその情報を得たのは夏の終わりである。日課となりつつあるルーム訪問、そして戸棚からのビーフジャーキー獲得を繰り返していたときに偶然に聞くことができた。

 

 バーベキューの話を聞いて、ミスターシービーやマルゼンスキーを始めとするウマ娘たちから「合宿から帰ったら話があるから逃げないように」とトレーナーにメッセージが届いたらしい。

 なるほど、やはりGⅠレースで勝利しているだけあって彼女たちもお肉に対する情熱は強いのだろう。やはりお肉、お肉こそがウマ娘に必要なのだ。まさに必須アミノ酸、ミートイズビューティフル。

 

 新たなバカンス計画は8月の終わりに決行される。夏合宿の疲れを癒すという名目で、かつ前回の反省を活かし目的地はひとつに絞られた。海は当分見なくてもいいということで、トレセン学園からほどほどに離れたビギナー向けのキャンプ場でのんびりしようという流れだ。

 宿泊は無し、バーベキューがメインの日帰り。実に良い、理想的なスケジュールであるとナリタブライアンも大満足である。野菜を食べさせるために姉ビワハヤヒデも参加することだけが懸念材料ではあるが、その程度でお肉への情熱を妨げることなどできぬのだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 当日。念願のTボーンステーキとの邂逅こそ叶わなかったものの、トレーナーがクーラーボックスから取り出したモノを認識した瞬間ナリタブライアンは──否、バーベキューに参加した全てのウマ娘が言葉を失った。

 

 

 それは肉と言うにはあまりにも大きすぎた。大きく、ぶ厚く、重く、そして大雑把すぎた。それはまさしく肉塊であった。

 

 

 車の荷台からクーラーボックスを運搬していたウマ娘たちも、己が抱えて運んでいる物の正体を知り唖然としている。てっきりほかの食材やジュース類なども含めての大量のクーラーボックスだと思い込んでいたが、そのひとつひとつに同様の肉塊が納められているのだから当然だろう。

 スーパークリークに財布を渡して野菜や飲み物を購入してくるようにと指示を済ませると、トレーナーは肉塊を豪快に切り分け始める。それは決してステーキなどという可愛らしい表現で納得できるようなものでなく、まるで辞書のように存在感を残したままだった。

 

 

 誰もが『まさか』と考えたそのとき。トレーナーは迷いも躊躇いも全く感じさせない素直な動きで“ソレ”を金網の上に乗せた。乗せてしまったのだ。

 

 

 期待以上だと喜びに浸るナリタブライアンであったが、金網近くの椅子を確保しているウマ娘たちの姿を見て、ようやく己が出遅れたことに気が付いた。お肉の素晴らしさを誰よりも知る自分が、よりにもよってお肉を食べる場面で出遅れるという醜態。

 これがトレセン学園、これがデビューしたウマ娘たちの本気なのかと背筋に冷たいものが流れる。ひとつめの焼き肉争いにて早々に敗北という非情な現実を突き付けられたが、その程度で怯むほど諦めの良い性格などしていない。むしろ強敵との競り合いなど望むところだ。

 

 ナリタブライアンは冷静に別の金網付近へ位置取りを完了させた。木炭の熱気を充分に蓄えた金網がお肉の塊を丁寧に受け止め、真剣勝負の始まりを告げる福音を奏でる。

 

 

 

 まずはお肉の旨味を逃がさないために全面を軽く炙る作業から始めるらしい。巨大な肉の塊をトングひとつで危なげなく操るトレーナーの技術は見事なもので、それぞれのグループを淀みない動線で巡回してお肉を踊らせている。

 

 そしてある程度表面が焼けたところで、事前に用意していたのであろう下味となるタレを塗り始めた。お肉の下拵えなど塩コショウだけでも充分美味であり、なんなら市販の焼肉のタレでも美味しくパクパクできるだろう。

 だが、あえてナリタブライアンは大人しく待つことを選んだ。なにせ相手はミスターシービーとマルゼンスキーの担当トレーナー、GⅠウマ娘を育てた実力者がお肉の扱いを間違えるなどあり得ないし、あってはならない。故に、このまま任せていれば必ず納得の仕上がりにしてくれると信頼しているのだ。

 

 

 華麗なスタートダッシュで鼻腔を刺激してくるのは醤油の香りである。日本に住む者にとってこれ以上ないほど馴染み深いものだが、極上のお肉を前に五感が薄氷の刃の如く研ぎ澄まされたウマ娘たちはそれがただの醤油ではないことに気付いてしまう。

 香ばしさの中にグラデーションを感じたのだ。おそらくは複数の醤油を組み合わせている。そこに味噌の優しい塩味、ニンニクの力強さ、生姜の清涼感が輪郭を与えているようだが……。

 

(微かな甘味……? 砂糖のように素直ではない、みりんほど広がりは感じない。ハチミツ……いや、それにしては深みを感じない。なんだ、この正体は……)

 

 姉ビワハヤヒデと違い料理をする習慣のないナリタブライアンはここで躓いてしまう。普段であれば旨ければそれで良しと気にしない場面だが、最高のお肉を前にして思考を停止させるなどお肉に対する侮辱でしかない。

 

(肉に合わせる甘い食べ物……フルーツか? だがイチゴやメロンのようにわかりやすいものではないし、バナナを喜ぶのは姉貴ぐらいなものだ。肉……フルーツ……例えばハンバーグに乗せるパイナップルのように──フッ、そういうことか。やってくれたなトレーナー……ッ!! いいだろう、オマエの挑戦を受けてやるッ!!)

 

 

 お肉との対話は完了した。あとは食べ頃になる瞬間を見逃さず差し切るのみ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 お肉たちがタレを纏い炎と戯れることしばらく。ついにトレーナーがナイフを取り出してお肉の塊を切り分ける神聖な儀式に取り掛かる。

 

 その様子は“斬る”というよりも“隙間を通す”と表現するほうが正しいのかもしれない。まるで初めからそこだけ切れていたかのように静かにお肉が剥がれていくのだ。

 音も無く淀み無く動く銀の軌跡。その度に金網の上に横たわる鮮紅の()()()()はあまりにも妖艶であり、はたしてあの誘惑に耐えられる生物などいるのだろうかと思わせるほど魂を逆撫でしてくる。

 

 ごくり、と。誰かの喉が鳴る。ちなみにこの争奪戦に参加するのは危険と判断されたウマ娘たちはちゃんと避難して別のグループで焼き肉を楽しんでいた。

 アイネスフウジンなど面倒見のよいウマ娘たちがお肉と野菜をバランスよく配置して焼いてくれているので栄養バランスもいい。残念ながらピーマンや玉ねぎよりもさつまいもやカボチャ、とうもろこしなどが人気なのは予定調和というものだろう。

 

 

 切り分けられたお肉が金網の上に並び、それを見たウマ娘たち全員がここからが真の弱肉強食の世界なのだと覚悟を決めた。

 お肉の焼き加減について俗世では多種多様な情報が溢れているが、そんなものはこの場において無意味な雑音でしかない。何処かの誰かが100万人の群衆に向けて語った言葉に心を動かされるほど、トレセン学園のウマ娘たちは自分を見失ってはいないのだ。

 

 

 ぽたり、と。

 

 封じられていた旨味が滴り、灼熱の炭の上でバチリと弾けた。

 

 

 ウマ娘が集う戦場、ここは食卓。

 

 彼女たちに課せられた交戦規定はただひとつ。

 

 

 ──喰い尽くせ。

 

 

 

 

「うんうん! 美味しいお肉が嬉しくて、みんなとってもマーベラスだね☆ あ、ネイチャ。そっちのタン塩もマーベラスだよ」

 

「ほいほい、んじゃお先に失礼しますよ~と。……しっかしまぁ、皆さんそろってギラギラしちゃって。ネイチャさんには無縁の世界ってヤツですわ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 とってもマーベラスなイラストを読者さんから頂きました。

 ニヤニヤして眺めていたらカーテンを登っていた子ネコが鳩尾にダイブしてきて口からヒトソウルが飛び出すかと思いましたが作者は元気です。

 

【挿絵表示】

 

 作者としてはシービーのジュースの飲み方にグッときました。やはり小ネタを拾って貰えると嬉しいものですね。




これにてseason2は完了です。

マスコミ関係とのいざこざは掘り下げるつもりはありません。アレもコレもと欲張って盛り込むと管理できなくなる可能性が特大なので。
とはいえ、全く書かないのも勿体ないというもの。なので、お行儀の悪い記者さんたちには賢さGくんから素敵な体験がプレゼントされることが確定しました。ヨカッタネ!


続きは秋の味覚が本格化したら、次は年末を舞台に……ちょっとルドルフとFトレーナーの話も書きたい欲求に負けそうになっています。


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とうき。

これからルドルフを育てるトレーナーさんは、ちゃんとマイル因子を持ったウマ娘を育てておこうね!(n敗)



 季節はすっかり冬になりましたが、風の魔装機神の如く『追放』という目標に向かって迷うことなく縦横無尽に飛び回る貴方の心は冬枯れとは無縁です。

 今日も寒さに負けることなく悪役トレーナーとして活発に行動する貴方は、中央トレセン学園の練習施設・第9レース場でウマ娘たちと一緒にお味噌汁をすすっています。

 

 街行く人々の服装がすっかり暖かいものに切り替わったある日のこと。寒い中練習に励むウマ娘たちにあからさまに見せびらかすようにお味噌汁を食べることにより、肉体・精神・胃袋の3点を同時に挑発するという恐るべき作戦を貴方は唐突に思い付きました。

 即断即決即実行。己が人生を楽しむということに関して一切の妥協を許さない貴方は、朝の日課である自己鍛練と水槽生物たちの世話とルームの掃除と近辺の廊下やトイレの破損等の安全確認と冷蔵庫やおやつ棚の賞味期限のチェックと第9レース場の簡単な見回りと学園内に不審物や不審人物が入り込んでいないかの気配察知と一部のウマ娘たちが学園に隠れてこっそり世話をしている野良犬の健康管理と今日もトレセン学園に通うウマ娘たちが尊い日常を無事過ごせるようにと祈りを捧げると、さっそく食材を揃えて調理に取りかかりました。

 

 

「サムズベジタブル、アンドポーク。ソイビーンズテイスト! まさに食材のマスカレイド、見事な調和! ふふ、さすがは三冠ウマ娘のトレーナーということね……!」

 

「ズズッ……へぇ、こっちは白みそにアスパラとレタスか。こういう発想も、実際に作っちまうのも、いかにもトレ公らしいというかなんというか。それでちゃんと美味しいんだから大したもんさね」

 

「ふぅン。豆腐とナメコ、それにこれは……色合いからして『赤みそ』というヤツかな? 私ですら白いご飯が欲しくなるこの味わい……いやはや、実に興味深いじゃないか」

 

 

 目の前に広がる光景は貴方が思い描いていたモノとは多少ズレがありますが、少なくともお味噌汁を食べながらウマ娘たちのトレーニングを眺めるという目的は果たせています。

 つまり大成功が成功に変わった程度なので特に問題はないでしょう。強いて疑問点を上げるのであれば、夜間練習に参加しているウマ娘たちをスカウトしたトレーナー陣も当たり前のように第9レース場にやって来てお味噌汁を担当ウマ娘と食べていることぐらいなものです。

 

 とはいえ、この状況はホープフルステークスを控えているタマモクロスとゴールドシップにとっては好都合というもの。未来の皇帝シンボリルドルフに挑まんとするウマ娘たち同士でバチバチと火花を散らしながらの特訓は必ず彼女たちの糧となることでしょう。

 

 

 実際問題、チート能力を使って観察するまでもなくシンボリルドルフの強さは貴方も理解しています。アプリのようにマイルのレースに寄り道することなく、王道距離の中距離レースを走る姿は『先行』も『差し』も見事なものでした。

 タマモクロスとゴールドシップの勝ち目は贔屓目込みで見たとしても3割に届かない程度というのが貴方の判断です。トレーナーとしての能力の信頼性についてはロボット作品の終盤で主人公が大破した新型の代わりに一番初めに搭乗していた機体を改修したものに乗り込んで最終決戦に挑むときぐらいにはありますので、残念ながらこの判断が覆る可能性はかなり低いでしょう。

 

 ついでに言うならば、ミスターシービーがジャパンカップや有マ記念に出走しないと表明したことで、次のスターウマ娘候補であるシンボリルドルフが大々的に持ち上げられている状況も逆風になるかもしれません。

 

 本人はコンディション調整のミスでしばらく走れそうにないとインタビューで答えていましたが、三冠ウマ娘を達成したあと皐月賞と日本ダービーと菊花賞に参加したウマ娘全員で貴方を追いかけ回しているときに先陣を切って走っています。

 つまり本当の理由はいつもの気紛れか、あるいはほかになにか事情があるのか。どちらにせよ、本人の気分が乗らないのですから貴方も当然出走を促すようなことはしないでしょう。

 

 

 ともかく。身体能力的に1歩劣っている上に、環境的にもアウェーとなる状況へタマモクロスとゴールドシップを送り出さなければならないのが現状です。

 貴方が目標とする悪役トレーナーが三流のチンピラであれば適当に諦めても許されるのでしょう。しかし、貴方が目指すのは一流の悪のカリスマ系トレーナー。ならば取引相手であるふたりが万全の状態で勝負できるよう環境を整える程度のことはしてみせなければ、これまで貴方が散々に罵り扱き下ろしてきたウマ娘たちの立場が無いというもの。

 

 幸いにして、ふたりとも勝ち目が薄いぐらいで揺らぐようなメンタルはしていません。タマモクロスはハングリー精神に優れていますし、ゴールドシップもレースに関してはいつでも本気です。

 芦毛のウマ娘は走らないという謎の迷信を叩き壊すついでに、彼女たちがホープフルステークスを全力で楽しめるように。とん汁にたっぷり入れた七味が喉に張り付いてむせているエルコンドルパサーの背中をさすりながら、貴方は限られた時間で走りの精度を高めるためのプランを考えるのでした。




ウマ娘とは別に思い付いたネタを整理するので、しばらく投稿はのんびりしたものになると思います。

後々にまとめて読んでいる読者の方にはなんの関係もない話ですが。


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やるき。

 名門シンボリ家のウマ娘であり中央トレセン学園の生徒会長であるシンボリルドルフのネームバリューは大きいらしく、中山レース場の賑わいは昨年よりも明らかに盛り上がっているようです。

 もちろんレース場グルメもファンの入り具合に相応しく気合いも充分といった様子で、貴方が支払う前提でウマ娘たちが容赦なく買い漁る姿はまさしく悪役トレーナーとしての日々の努力が実を結んでいる証拠なのでしょう。少なくとも貴方の中ではそれが真実なので問題はありません。

 

 当然ながらホープフルステークスも大歓声と共に始まり、新たなジュニア王者が誕生した瞬間など中山レース場全体が揺れるほどの熱狂ぶりだったのですが──。

 

 

「以前、キミはルドルフの走りには情熱が足りないと評価したらしいね。最初、その話を聞いたときはあまりピンとこなかったんだけど……うん。いまならトレーナーの言っている意味がわかる気がするよ」

 

「そうねぇ~。ルドルフの立場や願いを知っている身としては、ああなっちゃうのも仕方ないかなって思うけれど。嬉しそう、というより……なんだか課題を終えてホッとひと息、って雰囲気ね」

 

 2着のタマモクロスに三バ身の差を付け、実力を見せつけるような形で勝利したシンボリルドルフへ盛大な拍手と祝福が贈られる中。貴方の隣でレースを見ていたミスターシービーとマルゼンスキーが、普段の飄々とした彼女たちとは別人のように真剣な声色で呟きました。

 レースに対する情熱はトレセン学園でも屈指のふたりですから、シンボリルドルフが今回のホープフルステークスをクラシック三冠の足掛かりとして──言ってしまえば“理想を実現するための手段”として走っていることを察してしまったのでしょう。

 

 勝負の楽しさや喜びを知り真ボリルドルフとして覚醒する前ならこんなものだろうとのんびり構えてのほほんとしている貴方はちゃんと気が付いていませんが、ふたりだけではなく周囲にいるウマ娘たちも喜ぶでもなく騒ぐでもなく無言のままターフを見ています。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……いや~、さすがは生徒会長やっとるだけあるな! 簡単には背中ぁ掴ませてくれんかったわ! こりゃ皐月賞まで徹底的に鍛え直さないとアカンなぁ~、あっはっは!」

 

「だよなぁ~。やっぱり芝居仕立てのコントも悪くないけどよ、せっかくのGⅠレースなんだから王道の漫才のほうがウマ娘らしくていいよな。皐月賞はタマがボケでアタシが座布団運びのポジションでいこうぜ!」

 

「そうそうウチがひたすらボケ倒すからゴルシがその後ろを座布団抱えてアピールしながら通り過ぎる感じでってなんでやねんッ!! そこはせめてアンタがツッコミ担当するところやろッ!!」

 

「……え? ゴルシちゃんがツッコミすんの? フツー逆じゃね?」

 

「知っとるわァッ!! なに急に真顔になっとんねんッ! テンション直滑降かッ!!」

 

 貴方はタマモクロスとゴールドシップの担当トレーナーではありませんが、トレーニングの協力者としての義理を果たすべくふたりを迎えに行きました。

 貴方が目指すのはただの無法者や無礼者ではありません。真っ当な悪役として断罪され追放されることが目的ですので、こうした部分を蔑ろにするワケにはいかないのでしょう。その心掛けが称賛に値することだけは確かです。

 

 さて、肝心のふたりの様子ですが、とりあえず意気消沈してコンディションが悪化していないことに貴方はひとまず安心しています。

 シンボリルドルフは油断もしていなければ侮ってもいない、しかし本気で走っているが同じフィールドで戦ってもいない。そんな雰囲気の中で走り、しかも負けてしまったワケですから、ふたりのメンタルに何らかの影響が出ている可能性も考えていましたが……これだけの軽口が小気味良く出てくるぐらいですから心配は無用だったかもしれません。

 

 

 あとはもう帰るだけ、愛車でのんびり寄り道など楽しみ、なめろうにでも使えそうな鮮度抜群の海の幸など物色するのもよし。

 理想はひとりでゆったりドライブだが、何人かのウマ娘が止める間もなく車に乗り込むだろうからそこは潔く諦める。

 

 そんな今後の予定を立ててご機嫌な貴方でしたが、浮かれ気分であるが故に重要人物たちの接近に気がつくのが遅れてしまいました。

 

 

「やぁ、タマモクロスにゴールドシップ。さきほどぶりだね。これから帰りかい? 今日はゆっくりと体を休めるといい。私も学園に戻り残っている生徒会の仕事を片付けたら、今日のところは大人しく部屋に戻るつもりさ」

 

 

 本日の主役であるシンボリルドルフ。

 

 

 そして、ウマ娘がいるなら当然──。

 

 

「どうも、こんにちは。以前にも併走トレーニングでご一緒しましたが、貴方とこうしてまともに話すのは初めてかもしれませんね。……改めまして、どうぞよろしく」

 

 

 マヤノトップガンとトーセンジョーダンが見立ててくれたコーディネートをなにも考えずにそのまま着用しているだけの貴方とは違う、しっかりとスーツを着こなし若々しさと社会人らしさを兼ね備えた正統派トレーナー(貴方基準)が隣に立っていました。




中山といえば千葉。

千葉といえば落花生と海鮮物、あとは春夏秋冬海パンの少年とディステニーランドでしょう(属性Chaos)


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どうき。

寄り道(遠出)

先日、中山競馬場の所在地を調べるついでに千葉県の名産品を調べたところ、なぜか作者の携帯端末は熱いなめろう推しをしてきました。

なめろうがそんなに旨いのかよッ!!
(食べたことない)


 冷静で的確な判断に優れた貴方は考えました。

 

 シンボリルドルフの残っている仕事を片付けるというセリフ、そしてこの場にいないエアグルーヴ。アプリの知識を参照するまでもなく、生徒会長がレースに集中できるように副会長が仕事を引き受けたというシチュエーションだと予測できます。

 

 このままシンボリルドルフを帰して仕事を手伝わせようものなら、エアグルーヴの使命感と自尊心に小さな傷が付けられることになる。

 その憤りを自分へ向けるよう誘導できれば面白いことになるが、残念ながら上手い手段が思い付かない。

 

 ならばどうするか。答えは簡単です、シンボリルドルフをすぐに学園に帰さなければいいのです。

 

 

 貴方は流れるような動作でいつものようにスーパークリークに財布を渡そうとしますが……ギリギリのところで思いとどまることに成功しました。そう、これから貴方は自分で車を運転しつつ買い物なども楽しまなければなりませんので、免許証と資金の一部をキープしなければなりません。

 必要な措置を終えたのち軍資金をウマ娘たちに提供した貴方は「生徒会長殿は体力・気力ともにもて余しているようだ、ならば皆で盛大にもてなしてやれ」と指示を出します。

 

 ウマ娘たちはごく自然な動作でシンボリルドルフの両脇を固める者、交通機関の情報を検索する者、手頃な飲食店を探す者、学園と寮に連絡を入れる者と手分けして、新たなジュニア王者誕生の打ち上げ準備を進めます。

 それは実に見事な連携であり、もしかしたら日常的に厄介な言動を繰り返す問題児が側にいて判断力や行動力が鍛えられている可能性もあるでしょう。

 

 突然の出来事に困惑するシンボリルドルフですが、先手を打たれて包囲された以上いまの彼女に逃げ出す術はありません。何故ならば、余裕があるように振る舞っていても気合いと根性で見栄を整えているに過ぎないからです。

 シンボリルドルフの演技力に不足があったワケではありません。ただ単純にウマ娘を守護ることに関わるときの貴方は神速の縮地・瞬天殺の初動を完全に見切って発動を封じる程度の能力を発揮するため欺くことは事実上不可能というだけの話です。

 

 

「あ~……うん。ウチはちょいと遠慮させてもらうわ。やっぱGⅠレースは緊張して疲れたし、ルドルフも逆に気ぃ遣ってまうやろ? タダメシは魅力的やけど、ウチらの残念会はトレーナーがちゃぁ~んと労ってくれるもんなぁ?」

 

「なんだよタマ、せっかくの機会なんだからアタシと一緒に会長にウザ絡みしようぜ~。ついでに3人で皐月賞のオープニングトークの打ち合わせもしてよ。グループ名は『ええカラダ四天王』なんて面白いんじゃ──あっ、ワリィ」

 

「ハハハよっしゃそのケンカ高値で買ぉたるわコッチ顔向けて歯ァ食いしばれやゴラァ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 観念したシンボリルドルフは僅かにフラついたところを何故か少しだけ安心したような雰囲気のトウカイテイオーに支えられ、皆と一緒に中山レース場を出発しました。

 駐車場に残っているのは貴方と、じゃれ合うタマモクロスとゴールドシップと、そしてシンボリルドルフのトレーナー。あとは物陰で息を潜めて気配を遮断している老トレーナーぐらいなものです。

 

「こういうときはまず軽く世間話でもするものかもしれませんが、あまり長々と引き留めるのもご迷惑でしょう。なので単刀直入にお聞きします。──なぜ、ミスターシービーと担当契約をしないのですか?」

 

 

 逆に聞きたい。なぜ自分のような外道がスターウマ娘であるミスターシービーと担当契約が可能だという意味不明な勘違いをしているのかと。

 どうやら目の前のトレーナーは一般的な感性とは違う独特の価値観を有しているらしい。だからこそのシンボリルドルフのトレーナーなのだろうか? 

 

 困惑しつつも抜け目のない貴方は、彼の発言の中に悪役ムーヴに利用できるセリフがあることを見逃しません。正統派トレーナーらしくウマ娘との担当契約というものを重要視しているのであれば、そこを逆撫でするように言葉を選んで投げ返せばパーフェクトコミュニケーション達成となるでしょう。

 

 

 真剣な表情で問いかけてくるトレーナーとは相反するように、世間話でもするかのような気楽な態度で貴方は「そのほうが面白いから」と答えました。

 

 

 絶句、という表現がこれほど似合う表情はなかなか見ることはできないでしょう。

 まだまだ自分のターンが続いていることを確信した貴方は追撃の手を緩めません。

 

 

 面白いかどうか、それが俺の全てだ。それ以外のことに興味は無いし、必要ともしていない。理解を求めようとすら思わない。ただ己の心のままに、それだけだ。

 

 

 貴方の100パーセント本音だけで構成された暴言は、狙い通りに相手トレーナーの心を燃え上がらせることに成功したようです。

 キリッとしたイケメンから放たれる気迫は真っ直ぐで清爽であり、素直さ故に少々物足りませんが悪くない将来性を貴方は感じ取っています。

 

 背後から聞こえてきたふたり分の口笛はさながら第2ラウンド開始の合図といったところ。芦毛コンビがいまどんな表情をしているのかも知らぬまま、貴方は丁寧に育て続けている悪意を惜しみ無く剥き出しにする態勢を整えました。




会長とトレーナー君の覚醒はseason4でやる予定でしたが、このままだとルドルフの扱いに不安を感じる人や本作をシリアス系と勘違いする人がいるかもしれません。

なのでルナちゃんとルナトレくんの脳ミソは早めに焼き始めることにしました。
(エフェジーのことではない)


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どきどき。

今回も賢さGに対する強烈なアンチ・ヘイトが集まるに違いない……フフフ……ッ!!


 唐突に始まったトークバトルですが、理不尽極まりないことに貴方の敗北条件は特に存在しません。

 

 正義の味方は常に正々堂々とした戦い方をしなければならないように、相手のトレーナーは誰が聞いても納得できるような説得力のある論理的な言葉で貴方を追い詰めなければならないでしょう。

 しかし、悪役は手段を選ばずどれほど卑怯な戦い方をして批判されようと問題ありません。貴方の場合は論破され敗北しようとも追放という目的に近付けるだけなので、言いたいことをそのまま適当に垂れ流しても全てが追い風になってしまうのです。

 

 

 初手。ルドルフトレーナーは貴方の『無責任』を追及してきました。ミスターシービーのレースを楽しむのであれば、それこそ担当契約をしても同じだろうというのが彼の考えなのでしょう。

 

 いきなり攻撃力の高い正論パンチを繰り出されてしまったことで、貴方は喜びの感情を必死に抑え込まなくてはいけない状況に追い込まれています。これは実に理想的な流れ、やはり彼は三女神が自分をトレセン学園から排除するために用意してくれた主人公なのだろうとワクワクが押し寄せてきているようです。

 もちろん貴方は相手トレーナーの指摘を全面的に肯定して受け入れます。その通りだ、自分はウマ娘たちの走りに一切の責任を負うことなく日々を過ごしていると堂々と言い切ります。担当契約を交わしてしまえばトレーナーはウマ娘に夢を見せなくてはならない、だが自分はウマ娘たちに夢を見たい、だからこれからも決して担当ウマ娘を受け持つことなどない、と。

 

 次いで、第9レース場に集うウマ娘たちのことを引き合いに出され、三冠ウマ娘の実績ならば正式にチームとして認められ、もっと充実したトレーニングを施すこともできたはずだと指摘されます。

 ならば貴方はそもそもアレは勝手にウマ娘が集まってきただけで自分は誰ひとりとして呼び掛けた覚えは無いという事実でカウンターを放ちました。もちろん貴方の追撃はそれだけで止まりはしません。そもそもチーム運営など面倒なだけで自分にとってメリットなどひとつもなく、なによりもウマ娘たちは皆自分自身の意地と覚悟で走りを高めることに邁進しているのだから手助けなど不要であると鼻で笑います。

 

 ウマ娘たちを導くのがトレーナーの仕事だろうと強い語調で挑まれれば、貴方はトレセン学園に来た時点で本人が自覚してようが無自覚だろうが走る意志はすでに持っている、ならば導くまでもなくウマ娘たちが望む方向に望むまま走ることができるようにしてやればそれでもう充分だと返しの刃で応戦します。これは無責任発言とのコンビネーションも相性が最高の煽りになること間違い無しです。

 

 案の定、ルドルフトレーナーは「こんな男が三冠ウマ娘のトレーナーだなんて……ッ!!」と悔しそうに呟きました。やはりあのシンボリルドルフが認めただけあって正義感も使命感も100点満点の素晴らしいトレーナーであると貴方も大満足といったところ。

 しかし、若さ故の繊細さも見え隠れしていますので、これ以上いぢわるを続けるのは貴方としてもあまり気分が良いモノではありません。ここはひとつ、適当にそれっぽいことを捨てゼリフにして早急にタマモクロスとゴールドシップへ労いの美食を提供することを優先したいと考えているようです。

 

 このタイミングで拾うべきキーワードはずばり『三冠ウマ娘』でしょう。シンボリルドルフは理想を語る資格を証明するために三冠ウマ娘を目指すと宣言していますので、当然担当トレーナーである彼も三冠ウマ娘の称号には他のトレーナーたち以上に強い想いを抱いていることでしょう。

 三冠ウマ娘の価値の否定。これが一番効果的だと貴方は判断しました。なによりも、これからタマモクロスもゴールドシップもクラシック路線を走るワケですから、ルドルフトレーナーともども大きくヘイトを稼ぐことが可能です。

 

 これをきっかけに貴方に反旗を翻し、第9レース場に集うウマ娘たちを根刮ぎ引き連れて行き新しいトレーナーを見つけてくれれば万々歳なのですが……その辺りは追々考えればよいと、どうやら気楽に構えることにした様子。

 クラシック級は厳しい戦いが続いても、シニア級になれば引く手数多になるほど活躍するだろうと貴方は確信しているのでしょう。その発想がミスターシービーとマルゼンスキー相手に互角の走りができるウマ娘がいまのトレセン学園には何人もいるという前提の含まれたものであるかは貴方のみぞ知るところです。

 

 

 ついうっかり『喜』と『楽』の感情が溢れ出そうになるのを日々の鍛練で白刃の如く鍛え磨かれた精神力で封じ込め、貴方はルドルフトレーナーに向け「順番を間違えるな。アイツは三冠ウマ娘である前にミスターシービーという名のウマ娘だ」と静かに語りました。

 あくまでウマ娘だけにしか興味は無い、三冠ウマ娘の名誉など自分にとってはただの記号でしかない。これだけトレーナーとしての矜持を踏みにじるような価値観を突き付けておけば、もしかしたら次の日本ダービーは家でのんびり観戦できる可能性もあるだろう。

 

 

 ここでウキウキ気分を表に出してしまえば台無しです。クールでスタイリッシュな悪役トレーナーのオーソリティーを自負する貴方は、振り返ることもなく愛車へと乗り込むのでした。

 

 

 

 

 

 

 

 

「知ってたけどよ。三冠取ってもアタシらのトレピッピはやっぱりブレねぇんだなァ。ま、アイツが軸ブレるとこのが想像できねぇけど」

 

「ウチらがいろんな呼び方されてんのは知っとったけど、まぁ言われてもしゃあないよなぁコレは。チーム・ポラリスのトレーナーは伊達やない、ってこっちゃな」

 

 

 

 

 そしてこのあと、貴方のウマ娘名鑑には“タマモクロスは回らないお寿司屋さんに連れていくと敬語になり挙動不審になる”という情報が追加されることになりました。




次回はルナちゃんとルナトレくんのアレコレの予定ですが、しっくりこなかった場合はどちらかに絞ります。


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『視座』

答え合わせ? の時間。


 己の行いを省みるという行為は、自身を成長させるために必須の行為である。

 

 しかし、それが簡単にできれば誰も苦労などしないのだ。特に、なんらかの失敗をしてしまい、しかも自分に非があることを自覚している場合などは感情の制御に四苦八苦することになる。

 

 

「……はぁ。友人相手ならまだしも、いくら同期とはいえ会話もほとんどしたことのないような相手に僕はなんて乱暴な態度を……はぁ……」

 

「やれやれ、相変わらずお前はクソ真面目だな。あ、お姉ちゃん青リンゴサワーとタン塩1皿追加でちょうだい」

 

「はぁ~い、すぐにお持ちしますね~」

 

 

 シンボリルドルフを担当する若きトレーナーは現在、師匠である老トレーナーに連れられてトレセン学園近くの商店街にある焼肉屋で──これ以上無いほど分かりやすく落ち込んでいた。

 店員も他の客も全く気にする様子がないのは()()によるものである。トレーナーがふたりでアルコールを提供する店の中、気楽に注文する老年男性の前でお手本のようにグラス片手に落ち込む青年。説明などされずとも、世間一般の認識とは違い商店街の人々はトレーナーという職業が華やかではないことを知っているのだ。

 

 

「そんなに落ち込むこたぁないと思うがなぁ。良くも悪くもあの坊主はウマ娘のことにしか興味がないようだし。こりゃジジィの直感だがな、ありゃ明日にはお前との会話も半分は忘れとるぞ」

 

「それはそれで完全に眼中に無いって言われているようでキツいんですけど……」

 

「実際そーだろ。というかお前に限らずあの坊主が同期のトレーナーと話しとるとこ見た覚えがないし。筋金入りってのは、あぁいうのを言うんだろうな。形だけの()()()とは違う、ガチの一匹狼ってヤツだ。ま、ウマ娘には好かれとるようだが」

 

「……ミスターシービーにも」

 

「うん?」

 

「三冠ウマ娘じゃない、ミスターシービーだって睨まれたときに思い出したんです。あの子がそういう……ダービーに勝てるとか、三冠も夢じゃないとか、そんな評価ばかりされるのを嫌っていたことを」

 

「有名な話だな。熱心にスカウトを続けていた連中も悪気はなかったんだろうが、シービーにしてみれば鬱陶しいことこの上なかったろうに」

 

「そのときに誓ったんです。誓ったはずだったんですよ。僕はああはならない、ウマ娘の気持ちを無視するようなトレーナーになんてならないと。なのに、僕は……当たり前のようにミスターシービーのことを、三冠ウマ娘としてしか見ていなかった……」

 

「なるほど。ルドルフちゃんのこともあるんだろうが、実際に目の当たりにしたらそんな矜持は簡単にスっぽ抜けたと。儂が言うのもなんだが、それは確かにダサいわな。カッカッカ!」

 

「知ってましたけど先生、容赦ないですね……」

 

「お前の場合、情けなんざかけたら余計にウジウジと気に病むだろうが。まぁ、たまにはこういうこともあっていいだろ、若いんだから。タイミング的なものもあるだろうしな。担当ウマ娘がGⅠ勝ったんだ、気が大きくなるのも仕方ないだろ。……うむ、やはりタンは塩がウマイのぉ~」

 

 

(気が大きくなる、か……)

 

 

 冷静さを取り戻したいまだからこそハッキリとわかるのだろう。シンボリルドルフがホープフルステークスを勝利したとき、自分が感じていたのは担当ウマ娘がGⅠレースを勝利した喜びだけではなかった。

 安心したのだ、成果が出たことに。名門シンボリ家出身で、誰もが認める才能の持ち主。しかも中央トレセン学園の生徒会長としてウマ娘たちにも慕われている。そんなウマ娘をなんの因果か──いや、彼女の走りに魅了されて身の程知らずにも熱心にスカウトしたのは自分なのだが──ともかく、そんなシンボリルドルフにトレーナーとして認められたことが嬉しかったのは事実だが、同時に大きなプレッシャーもあったのだ。

 

 

 だからだろう。

 

 GⅠレースという()()()()()での勝利は、それまでの努力が実ったのだという実感に繋がり──己は正しいのだという自惚れに繋がった。

 

 その結果が今日の失態である。相手がヘラヘラとした態度を崩さないことに苛立ちを募らせ感情的になり、最後は彼の聖域に土足で踏み込み逆鱗に触れてしまった。

 

 

「ま、良かったじゃないか早めに冷や水ぶっかけられてよ。そのままクラシック級走って、そんで三冠取れた日にゃ取り返しがつかなくなってたかもしれんからな。あ、お姉ちゃん生レモンサワーとハチノスひとつ」

 

「自惚れたまま、ルドルフの走りで与えられた栄光に溺れる……。あぁ、本当に、想像するだけで肝が冷える思いですよ。一方的に迷惑をかけておいてなんですが、彼には感謝しなければいけませんね。もちろん、感謝しているからといって勝ちを譲るつもりはありませんが。タマモクロスとゴールドシップ……彼女たちは特に手強い相手になる予感がします」

 

「ほぉ……どうしてそう思う? ふたりとも走らないと言われている芦毛だぞ?」

 

「だからですよ。芦毛のウマ娘が日本ダービーを勝つようなことがあればそれは──とても()()()()()()()()()? 警戒するには充分過ぎる理由ですよ、相手が彼ならば。あ、注文お願いします。赤ワインと、それからハラミを1皿」

 

 

(ふ~む、思ったより立ち直りが早いな。たしかに坊主の気迫は尋常ではなかったが、それだけでは……あぁ、そうか。ルドルフちゃんに気後れしとったぶんだけ自信の積み立てが少なかったからか。ふぅ~むぅ~? 喜ぶべきか呆れるべきか悩ましいところだな、コレは)

 

 GⅠレースの栄光はウマ娘もトレーナーも容易く狂わせるほど甘美である。インタビューに答える教え子の瞳の中に狂気の片鱗を見つけたとき、老トレーナーの脳裏には苦い記憶が甦っていた。

 自分にはトレーナーとしての特別な才能があると思い込んで増長し、ウマ娘の信頼を失ってトレセン学園を()()()()()()()()()若者には何人も心当たりがあるのだ。

 

 同じレースにチーム・ポラリスのメンバーであるタマモクロスとゴールドシップが出走しており、担当トレーナーである彼が中山レース場にいたのはまさに幸運、三女神による天の助けに等しい。

 同期でありながら1歩も2歩も先を行く彼でなければ愛弟子を“折る”役目は頼めない。老トレーナーでは立場と育成評価Sの肩書きが邪魔をして言葉を尽くしても心までは届かなかっただろう。

 

 

「それで……これからお前はトレーナーとしてどんな道を歩む」

 

「ルドルフの隣を歩きます。導くのではなく、共に夢を掴むために」

 

「トレーナーの立場を棄てるのか?」

 

「答えを知っている前提で成り立つのが指導です。僕はルドルフが求めている“全てのウマ娘の幸福”がどんなものかを知りません」

 

「なんだ、ただの優等生だったボウヤが言うじゃないか。いいのか、いまでさえ色々と言われているんだろう?」

 

「だからこそ、いまさらですよ。ありがたいことに理事長やたづなさん、それにエアグルーヴも……まぁ、なにか言いたそうに睨まれることもありますが」

 

「……そんなに怖かったか? 坊主を怒らせたのは」

 

「いやいや先生、怖いとかそういう……なんかもう、そんな次元じゃなかったんですって! あれなら大声で怒鳴られたほうが百倍マシですよ! 人間と会話してる気がしなかったんですよ、本当に」

 

「うん、まぁ……うん。それな。儂も覗き見してたけど、巻き添えで心臓握り潰されるかと思ったもん。なんなんアイツ、マジでどんな生活しとったらあんなヤベェ凄み出せるんだろうな」

 

「しばらくはトラウマになりそうですよ……。僅かな時間とはいえ、自分を偉いと思い込んだ罰だと思って耐えるつもりではいますが……いや、いまは考えるのは止めましょう。──追加注文お願いします、この“前沢牛食べ比べセット”を1人前で」

 

「は? ……はぁ!? お前、ちょ、なにどさくさ紛れに頼んでんのよ!? そりゃ儂の奢りって言ったけど! 遠慮なく頼めって言ったけど!」

 

「明日から心機一転、クラシック三冠ウマ娘目指してルドルフを支えないといけないんで」

 

「前言撤回だ。お前ただの優等生じゃねぇわ、イイ度胸してんじゃねぇか案外よ。お姉ちゃん、儂のぶんも追加で!」

 

「はぁ~い、ありがとうございまぁ~す」

 

 

 良薬口に苦し、どころか劇薬だったらしい。懐がいくらか身軽になるのは避けられないが、可愛いバカ弟子の纏う雰囲気が好ましいものに変化したことに老トレーナーはひとまず満足することにした。

 

 だが、これで問題が全て解決したワケではない。ウィナーズサークルでシンボリルドルフはハッキリと言っていた。言ってしまったのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、と。

 彼女に悪意など欠片も無い。これから挑むクラシック級のレースで、三冠ウマ娘を目指す中で、己に理想を語るに足る実力があるかどうか見極めて欲しいという願いでしかない。

 

 

 ファンはシンボリルドルフの走りに更なる期待をするだろう。

 

 彼女を慕うトレセン学園のウマ娘たちも心から応援するだろう。

 

 

 しかし。

 

 

(大義名分と感情は別物だからなぁ~。黒ジャージ組やそこに所縁のあるウマ娘たちは坊主が巧いことやってくれるかもしれんけど……それ以外のウマ娘やトレーナーたちはどうなるかねぇ。儂が口ィ挟んでも拗れるだけだろうし。皐月もダービーも菊も、今回はいつもとは違う理由で荒れるだろうな)




パキッと折ってペタッと修理。

ルナトレくんをメインにしてストーリーを作ることもできるかもしれませんが、それが本作の面白さに繋がるかはまた別だなと判断してサクッと流すことにしました。……というのが建前です。

ただのオリキャラが立ち直る話に何パートも使ってたらテイオーの三冠チャレンジ書くまで何百話かかるんだよって考えるのが面倒になったというのが本音です。作者はウマ娘の話が書きたいのです。賢さGはそえるだけ。


続きはコタツの温もりが恋しくなってきたら、次の舞台は冬季選抜レースになります。


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おしきせ。

炬燵!
ストーブ!
エアコン!
ぬこ!
電気毛布!

我ら、冬の温もり四天王!!


「いやいや、皆さんそんなに驚くようなことではないですよね? ただトレーナーさんがスーツを着てるってだけのことですよ? そりゃ私も珍しいな~とは思いましたけど」

 

「ウソでしょ……? だってフクキタル、トレーナーさんがジャージじゃなくてスーツを着てるのよ? あ──もしかしてフクキタルも体調を崩しているのかしら。大丈夫? 一緒にターフ走る?」

 

「あるぇー? ナチュラルに私のほうがおかしいことにされてます?」

 

 

 これも日頃の行いの賜物、やはり日々の地道な努力こそが夢を叶えるために最も必要な要素なのだ。スーツを着用しただけで周囲から、取引中のウマ娘たちからさえも怪訝な視線を向けられている貴方の心は夏模様です。

 万に一つの可能性として心を改めて真面目なトレーナーに堕ちたなどと勘違いされないための秘策“棒つき飴ちゃん咥えたまま歩いてお行儀悪いアピールしちゃうぜ作戦”も実行していますが、周囲の反応からしてここまでする必要もなかったかもしれません。

 

 ですがそこはチート転生者特有のミスを常に警戒するのが貴方の流儀。チートがあるからと準備を怠るなど言語道断というもの。

 予備の飴はトウカイテイオーとツインターボとアグネスタキオンとナカヤマフェスタに与えてしまいましたが、貴方の内ポケットにはココア味のシガレットが残っていますので戦力にはまだまだ余裕があります。

 

 

「まぁ季節が季節だし、ジャージよりは暖かいとは思うけど。それなら別にジャケットでもなんでも良さそうなもの……マルゼン、なんだかご機嫌だね。もしかしてなにか知ってるのかな?」

 

「さぁ? どうかしらねぇ~」

 

 

 貴方が唐突にスーツを引っ張り出してきた理由、それはマルゼンスキーからの謎の提案にあります。

 

 ジュニア級のマイルGⅠレースの勝者ふたりがインタビューにて「クラシック級で安田記念に挑み、先輩たちを王座から引きずり落としてみせる」と宣言したことにより、マルゼンスキーの調子が絶好調になった……と、ここまでは貴方にも理解できます。

 彼女の性格を考えれば、後輩からの挑戦状は2大マイル覇者の称号獲得よりもモチベーションに大きく影響を与えることは簡単に予測することが可能でしょう。

 

 しかし、そこからどうして安田記念の賞金で貴方にネクタイピンをプレゼントしようという発想になったのかは皆目見当が付かないようです。タイミングからして挑戦者である後輩ウマ娘たちの発言にヒントが隠されている可能性を貴方は考えてみたものの、聞いていて気持ちのいい喧嘩の売り方だったことぐらいしかわかりません。

 一応、彼女たちを担当するトレーナーの様子もしっかり観察したものの、得られた情報はせいぜい画面越しに身に付けているネクタイピンから伝わってきたオーラから長い年月を大切に扱われて過ごしてきた品だということを察知したぐらいです。名門出身とのことですので、おそらくは同門の師匠、あるいは父親あたりから受け継いだものかもしれません。

 

 学生時代ですら私服は全て妹たちの選んだものをそのまま着ていた貴方にアクセサリーの価値はわかりませんが、わざわざプレゼントしてくれるというものを断るのは守銭奴ロールプレイに反する行いであることはわかります。

 しかし、ネクタイピンを受け取ってからスーツを着用したのでは、まるで“ウマ娘からのプレゼントを喜ぶ心豊かなトレーナー”のように見えて変な勘違いをされてしまう未来も否めません。

 

 

 故に、貴方は考えました。ならば安田記念よりも前に定期的にスーツを着用することで、自然な流れでネクタイピンを身に付ければよい……と。当然ながら、プレゼントを適当に机の奥へ追いやるという選択肢は貴方の中には絶無です。

 

 

 副次的効果として、マルゼンスキー側にプレゼントを期待していると思わせることにより勝利へのプレッシャーを与えることもできるかもしれません。彼女は勝敗よりもレースそのものを楽しみたいと考えていますので、期待値は低めですが嫌がらせとして機能してくれれば儲けものといったところ。

 例えチート能力があろうとも、こうした小さな積み重ねを蔑ろにしない丁寧さ。追放に向かう貴方の誠実さは、歴戦のうまい棒が立ち並ぶ石兵八陣の如く堅牢なる勝利をもたらしてくれることでしょう。仮に総大将をなに味にするかで対立が起きたとしても、最終的に「ごちそうさま!」の福音が全てを解決するので心配は無用です。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 さて、スーツ姿のお披露目が無事終わった貴方としてはルームでごろごろと時間を浪費したいところです。しかし、今日は冬季の選抜レースが開催される日であり、取引中のウマ娘たちからもメジロライアンやアイネスフウジンなどが出走することになっています。

 スマートな悪役を演じる貴方が彼女たちの走りを蔑ろにするワケがなく、お披露目の道中で顔見知りのウマ娘やトレーナーから渡された頭痛薬や胃腸薬、睡眠改善薬などを戸棚に丁寧に片付けてレース場に足を運んでいます。

 

 何故か当たり前のように同行するウマ娘たち。そして何故か当たり前のように制服の上に羽織られた黒ジャージ。品質は確かですが防寒具としてはあまり機能しないことですし、貴方としてはそんなものは脱げばいいのにと思わなくもありません。

 とはいえ、こんな細かいところでダメ出しをしても稼げるヘイトなど微々たるものだろう。多少の誤差などチート能力でいくらでも調整が可能であると、貴方は黙って歩くことにしました。




このパートでこんがりルドルフの下拵え終わらせるね……。


※お薬の部分を修正。市販の物は全部“睡眠改善薬”とのこと。


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◆かけつけ。

「聞いておくれよフラワーく~ん。トレーナーくんを驚かそうと思って脚のことを黙っていたのに、反応が淡泊で面白くないんだよ~。せっかく1着になったというのに、適当にあしらわれてしまったんだよ~」

 

「えっと、その……タキオンさんの走りは、とてもかっこよかったですよ! コーナーの曲がり方もキレイでしたし、最後の直線の加速もすごかったです!」

 

「フフン、ありがとうフラワー君。お礼にあとでとっておきの紅茶をトレーナーくんに淹れさせてごちそうするよ」

 

「ちぇ~。トレーナーがビックリするかもと思って協力したのになぁ~。ま、いいや。ボクの走りのデータはムダにはならなかったみたいだし」

 

 

 チート転生者にサプライズは通用しない。心の中で渾身のドヤ顔を披露する貴方ですが、アグネスタキオンの脚が回復したこと自体は嬉しく思っています。レースを楽しめればそれでよいというスタンスは変わりませんが、どうしてもアプリなどで馴染みのあるウマ娘は贔屓目に見てしまうのでしょう。

 とはいえ、あまり手放しで喜べる状況ではないことも確かです。見事な走りで選抜レースに勝利したにも関わらず、アグネスタキオンをスカウトしようと動くトレーナーが誰もいなかったことが貴方は気に入りません。

 

 やはり問題行動の数々がマイナス要因となったか、もっとしっかりと監督するべきだったか。タマモクロスとゴールドシップがトレーナー不在でデビューしたことに危機感を覚えた貴方は、アグネスタキオンのイメージが悪化しないようトラブルを起こす度に現場に急行して捕縛することを繰り返していました。

 

 ときには貴方と交流のないウマ娘たちも協力して彼女の所在を知らせてくれたこともあり、大きな被害が発生してエアグルーヴの怒声が響き渡る前にアグネスタキオンを黙らせることに成功していました。1度だけ逃げられそうになったこともありますが、ボールペンを投擲して白衣ごと掲示板に縫い付けることで逃走を防いでいます。

 それ以降トラブルの数は減ったのですが、肩に担いで運んでいる最中もケラケラと笑っていたあたり反省はしていなかったのでしょう。おそらくその後フォローに失敗したイタズラがトレーナーたちに目撃され、選抜レースの勝利でも打ち消せないレベルのマイナスイメージを構築してしまったのかもしれません。

 

 

 終わってしまったことを悔やんでも仕方ありません。あくまで選抜レースに勝利しただけであって、メイクデビューまではまだまだ時間があります。それまでにアグネスタキオンの走りに魅了されたトレーナーたちがきっとスカウトに動くはずです。

 それに、まだまだ注目のウマ娘は何人も出走を控えています。メジロライアンやアイネスフウジンはもちろん、第9レース場で素晴らしい走りを披露していたウマ娘たちが無事スカウトされることを祈りましょう! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……ねぇ、あなた大丈夫? 今日はずっと難しい顔をしていたけど。悩み事があるなら、このキングが相談にのってあげてもいいけど──へ? 先輩たちがスカウトされなかったのが不思議でしょうがない? あー、うん、そう……そうね、うん。あなたにしてみればそりゃあ……謎しかないでしょうね、うん。不思議……でしょうね」

 

「なになにー? キングちゃんトレーナーとナゾナゾするのー?」

 

「ウララさん、トレーナーが作ってくれたコーヒーゼリーがあるからあっちのテーブルで一緒に食べましょう。ホイップクリームも沢山あるわよ」

 

「やったぁ~! トレーナーの作ってくれるコーヒーゼリー、とってもおいしいよね~! えへへ、た~っぷりトッピングしちゃうぞ~♪」

 

 

 どうしてこうなった? 

 

 わかりやすいトラブルメーカーであるアグネスタキオンはともかく、優等生に分類されるであろうメジロライアンとアイネスフウジンまでもが誰からもスカウトされなかったという事実には、さすがの貴方でも困惑してしまったようです。

 当の本人たちに気にした様子は全くありませんでしたが、このままメイクデビューまで担当トレーナーが見付からなければ大きなハンデを背負ってレースに挑むことになってしまいます。

 

 当然メジロ家からは不倶戴天の敵として認められることになり、それはトレセン学園から追放されたいと願う貴方としては菓子折りを抱えてお礼を伝えたいほどに喜ばしいことでしょう。

 しかし、その代償をウマ娘に支払わせるなど貴方の悪役としてのプライドが赦しません。因果応報、己の悪逆たる振る舞いの報いは必ず己自身が全てを受け止めなければならないと貴方は覚悟を完了していたのです。

 

 

 さすがに彼女たちがこのまま誰からもスカウトされることなくメイクデビューを迎える可能性などゼロに等しいだろう、しかしそれは備えを怠る理由にはならない。

 ほぼ確実に無駄になり廃棄することになるだろうが、三人分のトレーニングプランを用意しておこう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 メジロライアン、アイネスフウジン、アグネスタキオンそれぞれに、とりあえずクラシック三冠路線を走る前提のプランを作り終えた貴方ですが……どうやら集中し過ぎたらしく、すっかり辺りは暗くなっています。

 あとは戸締まりを済ませて帰るだけ──ではありません。貴方はこれから学園内でトレーニングが可能な場所を順番に巡り、怪我のリスクを抱えたままギリギリまで練習を続けているウマ娘たちを寮に強制帰還させる作業が待っています。

 

 もちろんトレーナーとしての使命感にいまさら目覚めたワケではありません。これは貴方なりに効率よくウマ娘たちから嫌われるために考えた立派な作戦です。

 ウマ娘たちもなかなか強かなもので、貴方がどれだけ妨害しようとも怯むことなくトレーニングを続けています。帰りを心配しているフジキセキとヒシアマゾンの立場を考えろと言いたい貴方は、意気揚々とルームを出発しました。ハリセンを片手に握り締めて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ☆☆☆

 

 素敵なプレゼントをもらったので読者の皆さんに自慢するね……。

 

【挿絵表示】

 

 画像の容量を4MBにおさめるために多少トリミングしてあります。申し訳ありませんが、見えない部分は各自の想像力で補ってください。



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おしかけ。

 ウマ娘たちからは嫌われる、怪我も防ぐ。どちらも完璧に遂行できる前提なのが貴方の前頭葉の辛いところですが、そんな事情などお構い無しに今日も自信満々でオーバーワークなウマ娘たちの頭をどつくために夜のトレセン学園を歩き始めました。

 

 もちろんいきなり問答無用で意識を刈り取るワケではありません。1度だけではありますが、貴方も言語を用いた説得を試みています。

 しかしそこは勝負の世界に生きるウマ娘。担当でもない、しかも悪党であるトレーナーの忠告を素直に受け入れるウマ娘などいるはずがないでしょう。

 

 まともなトレーナーなら大人しく引き下がるか、あるいは熱意を持って説得を続ける場面なのかもしれません。ですが貴方がそのようなウマ娘の好感度が上がってしまうかもしれない行動を何も考えずに迂闊に選ぶなどありえません。

 言葉が不要ならば取るべき手段はただひとつ。次の瞬間には爽快な衝撃音が高らかに鳴り響くことでしょう。ちなみに貴方のハリセン奥義・変異抜刀ミストファイナーの記念すべき初撃の犠牲者はサイレンススズカとアドマイヤベガのふたりでした。基本的に悪役トレーナーとして特訓中の貴方は単独で多数の脅威を相手にすることが多いので、同時に2ヵ所を攻撃する程度のことであればチート能力に頼るまでもなく可能です。

 

 

 ハリセンという小道具を使おうとも暴力というカテゴリーであることは明白。トレセン学園どころか社会的地位すらも対価として差し出す前提で貴方は行動していますが、第三者にそんなことは関係ありません。噂を聞いた良識あるトレーナーからは当然の如く非難されることになりました。

 どんな言葉を並べられたところで追放に向けた拍手喝采のプレリュードに等しいのですが、その程度で満足してちゃんと終わってくれる貴方ではありません。義憤に燃えるトレーナーたちを蔑むように、貴方は淡々と煽り詠唱を始めます。

 

 

 それがどうした、文句があるならお前たちがウマ娘たちを説得して寮に帰してやればいい。門限を破ってまで練習を続けるウマ娘たちがいることは知っていたのだろう? 学生らしく規則を守れと説教してやればいいじゃないか。

 夢だの才能だの努力だの、そんな言い訳にいちいち配慮していられるものか。レース場で怪我をして泣かれるくらいなら、学園で恨まれたほうが何倍もマシだ。それが大人の役目で責任だろう。俺のやり方が気に入らないなら、それこそお前たちがウマ娘を守ってみせろ。話はそれからだ。

 

 

 あまりにも尊大で自意識過剰で反省の欠片も見えない貴方の態度には、トレーナーたちも怒りのあまりすっかり黙り込んでしまいました。さりげなくスカウトの推奨を混ぜ込むことでウマ娘たちを守りつつ敵対するという、なかなか前衛芸術点の高い悪役ムーヴです。

 残念ながら実際にスカウトされたウマ娘は両手で数え終わるほどの人数ですが、それならそれで残っているウマ娘たちへ順番にお休みダイナミックを実行するだけです。もちろんウマ娘たちの寮に貴方が立ち入ることはできませんが、最近では寮長であるフジキセキやヒシアマゾンだけでなく、友人やルームメイトが迎えに出てくるので運搬に支障はありません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いつものことだけど、あなたも物好きね……。言われなくても、今日はもう終わりよ。カレン──ルームメイトからもいろいろと言われているもの。……そういえば、最近珍しいウマ娘をよく見かけるわ。もしも門限を破ろうものなら、あるいは……怪我でもしたら、私よりもはるかに問題になるようなウマ娘が。まぁ……私には関係ないけれど、別にあなたが見に行くのを止めたりもしないわ。勝手にすればいい」

 

 

 意味深な情報を口にしたアドマイヤベガにとりあえず比較対象が凱旋門ウマ娘だとしてもお前の怪我だって問題でしかないとだけ言い残し、珍しいウマ娘とはいったい誰なのだろうと貴方は気配を探ります。

 

 野生のフィールドとは勝手が違いますが、門限ギリギリまで怪我のリスクを度外視してまで練習をするウマ娘というのは走りたがりの先頭民族を除き気持ちに余裕がないパターンがほとんどです。

 最近では皆ハリセンに慣れてしまったのか平常心でムチャをするウマ娘ばかりなので、そこに普段と異なる存在が紛れ込んでいるのですから探すのはそれほど難しくはないでしょう。

 

 ただし、アドマイヤベガに教えてもらうまで気が付かなかったということは、怪我のリスクが高まるより手前の時点でちゃんと寮に帰っている証拠でもあります。探すだけ時間の浪費となる可能性もありますが、ウマ娘がレースで不本意な結末を迎える可能性に比べれば自分の時間など路傍の石ほどの価値もないと考えている貴方に止まる理由はありません。

 

 

 学園内をハリセン片手の黒スーツという完成度の高い不審者スタイルで歩くことしばらく。件のウマ娘は簡単に発見できたのですが……。

 

 

「……やぁ、キミか。オーバーワークになりそうなウマ娘たちをケアしてくれているという話は聞いていたが、まさか私のところにまで現れるとは思っていな──ハリセン?」

 

 

 そこにいたのは未来の皇帝シンボリルドルフでした。



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おしつけ。

 理想を追い求める彼女が門限ギリギリまで練習に励むこと自体は不思議ではありませんが、周囲を見回してもあの担当トレーナーの姿はどこにもありません。

 彼ほどの熱血漢であればウマ娘が練習を終える前に帰宅するなどあり得ないでしょう。ならばこの状況は、担当トレーナーに相談することなくムチャをしているのだと貴方は判断しました。

 

 どうせ説得のターンは意味がないだろうから手早く処してヒシアマゾンに引き渡そう。問答無用でハリセンを構えようとした貴方ですが、ふと「この状況は追放されるためのヒントに使えるのでは?」と考えてしまいます。

 

 全てのウマ娘の幸福という理想、それを語るだけの実力があることを証明するための三冠ウマ娘獲得。担当トレーナーに内緒でギリギリのトレーニングに励みたくなるのも当然の流れ。

 ここに貴方のスタイリッシュな暴走言語をぶつけることで本人はもちろんのこと、ついでに物陰に隠れて様子を伺っているウマ娘たちのメンタルも攻撃することができてしまうのです。

 

 

 すでに状況は自分に有利な方向へ傾いている。ならばここは奇策に走らず真っ向勝負で攻めるのが吉。

 

 

 ①シンボリルドルフを悪し様に罵る。

 

 ②様々なルートで悪評がシンボリ家に届く。

 

 ③シンボリ家から敵視される。

 

 ④トレセン学園を追放される。

 

 

 迷うことで目標を見失うことのないようにと洗練された貴方のプランは、経験値の不足している外道初心者から見れば頼りなく思えるかもしれません。

 しかしそこは百戦錬磨の悪役トレーナーである貴方が考えた作戦です! 心配せずとも砂漠の荒野を餓えと渇きに彷徨う旅人の前でキンキンに冷えたお水が入ったペットボトルをチラつかせて評価させれば大絶賛間違いなしでしょう! 

 

 とはいえ、なんの脈絡もなく悪口を放つのはスマートではありません。明日からは再びジャージに戻るとしても、今日の貴方は面接以来の出番となったスーツ姿。それも前世の祖父の教えである「どれだけ高級なスーツを買えるようになったとしても、自分で手入れができないようでは男として二流のまま」という言葉に従い丁寧に管理してきたお気に入りです。

 残念ながら祖父のように“大事な勝負どころの前は必ず祖母にネクタイをしめてもらう”というジンクスとは無縁ですが、ここは皇帝シンボリルドルフの敵役として恥じない立ち振舞いをしっかり決めなければなりません。

 

 

 軽く探りを入れたところ、概ね予想通りの返答が得られました。やはり三冠ウマ娘を狙うことによるプレッシャーは感じているのでしょう、堂々とした態度ではあるものの、担当トレーナーに黙ってこんな時間まで走り込むほど精神的に余裕がないのはいただけません。

 

 無駄に長引かせて明日のトレーニングに支障が出るようでは困ります。出し惜しみを拒んだ貴方はシンボリルドルフに対し「ならば三冠を獲得できなければ理想を諦めるのか」と問い掛けます。

 もちろんこの程度で黙って俯いてくれるほど簡単な相手ではありません。やはり毅然とした態度で「たとえ三冠ウマ娘の称号を得られなくとも理想を求め続ける覚悟はできている」と反論してきました。

 

 

 並みのトレーナーであればここで押し切られたかもしれません。しかし貴方はチート能力に溺れることも惑わされることも拒否するべく心身を鍛え続けている剛の者。シンボリルドルフの言葉の中に付け入る隙を見出だすなどカワカミプリンセスの拳を風に揺れる柳の如く流すように容易いことなのです。

 シンボリルドルフの言葉の中にはあの正統派トレーナーの姿が見当たりませんでした。重箱の隅を楊枝でほじくるような細かい指摘になりますが、夢を語るにしても“私の夢”と“私たちの夢”ではまるで意味が違うと屁理屈を介入させることが可能でしょう。

 

 

 早速貴方は「こんな時間にひとりでトレーニングに励むとは、よほど担当トレーナーが頼りにならないようだな」と薄笑いを浮かべました。貴方のあまりにも意味不明な言葉の前ではさすがのシンボリルドルフも一時停止は避けられない様子。

 貴方は続けて「担当トレーナーが無能で頼りないから自分ひとりで夢を掴まなければならないのか、それは確かに覚悟が必要だしこんな時間まで練習が必要なワケだ」とわざとらしく笑ってみせます。雑用係としては使えるだけいないよりはマシかと煽ったところでついにシンボリルドルフの思考は再起動したらしく、貴方に発言の撤回を求めてきました。

 

 

 さぁ、ここからが一流の悪役トレーナーの腕の見せ所です! シンボリルドルフからの評価は落とす、同時に支えられることは弱さではないとわからせる。貴方が望む成果を得るためには運命力が13割ほど必要な点に眼を瞑れば勝利条件は全て整っています。ここは恐れずにどんどん攻め立てましょう!




次回はなかなかハリセンの炸裂音が聞こえてこないことを不思議に思ってなにかトラブルでもあったのかと未だに明るい練習場にやってきたら賢さGとルドルフが対峙しているのを見付けてどうしようか迷ったものの好奇心に負けてしまい物陰に隠れて見届けることにした野次ウマ娘たち視点です。


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『それは名も無き花ではなく』

答え合わせの時間。


「……ふぅ! 私の勝ちですね。距離を詰められたときに内側のルートを潰そうとするのは悪いクセですよ。重心がブレた瞬間に外差しを狙われたらイチコロです」

 

「そんなもん見極めてステップできるヤツなんかそうそういねぇっての。ったく、あっという間に立場が逆転しちまったな」

 

 消灯までの僅かな時間、ライトで照らされたコースの上で数人のウマ娘たちがトレーニングを続けていた。その表情はいかにも“青春を謳歌している”といった様子であり、少なくとも怪我のリスクを無視して走り続けるほど追い詰められたようなモノには見えないだろう。

 

 ウマ娘の脚は消耗品であり、結果がどうであろうとレースを走るたびにスピードもパワーも徐々に衰えていく。トゥインクル・シリーズを引退するタイミングは基本的にウマ娘の自由意志だが、本人がどれほど走り続けたいと望んでも脚が動かなくなれば諦めるしかない。

 そこに一生のうちの一年間に1度だけ挑める『日本ダービー』や『オークス』のようなクラシック級のレースに出走することの名誉が加われば……ウマ娘たちが感情を制御できなくなってしまうのも理解できるというものだ。オーバーワークが原因でステップレースにすら挑むことができぬままトレセン学園を去ることを含めても。

 

 もっとも、それはあくまで過去の話である。現在のトレセン学園には本当にヒトなのかどうか疑わしい最強にして最恐の暴力装置が存在しているため、身体を壊すほどのオーバーワークを実行することは不可能と言っていい。

 警告はひとりにつき1度だけ。あとは容赦なくハリセンで意識を一撃で沈められる。外部に知られれば間違いなく問題になるのだろうが、ウマ娘たちは彼の問答無用さを心地好くも思っていた。言葉だけで心配だと繰り返しているばかりの常識ある大人よりは、手段選ばずでもコースまで足を運んでくれる変人のほうがずっと信頼できる。

 

 

「おーい、そろそろ片付け始めようぜー。シャワー浴びる時間もあるし、ゴミなんか落として帰ったら大変なことになっちまうぞ」

 

「夜間練習そのものが規則で禁止されたら困ってしまいますからね。管理スタッフの皆さんやガードマンの方々が善意で黙認してくれているのですから、コースを綺麗に使うぐらいのマナーは守らないと」

 

「あー、もうそんな時間? ならクールダウンのついでにコースを一周歩いてから……どうしたの?」

 

「いや……いつもなら、そろそろ誰かしらが1発くらってる音がするはずなのに、やけに静かだと思って……」

 

「言われてみれば……。もしかして、なにかあったのかな?」

 

 非公式チーム・ポラリスのトレーナーについては心配するだけ時間のムダなので考える必要はないが、ウマ娘側にトラブルが起きているのであれば話は別である。

 駆けつけたからといって自分たちにできることなど限られているが、なにか人手が必要な場面であれば手伝えることもある。手早く周囲の片付けを済ませると、ウマ娘たちは明かりがついている別のコース場へと急ぎ足で移動を始めた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「トラブル……まぁ、トラブルなのかな……」

 

「そこそこ緊迫した空気は感じるが、如何せんトレーナー側がな……ハリセン肩に担いでんだもんよ……」

 

 ウマ娘たちの視線の先で繰り広げられていたシンボリルドルフとポラリストレーナーの問答は、トレーナー側がシンボリルドルフの担当トレーナーを軽んじるような発言をした辺りからピリピリとした空気が物陰までとどいていた。

 覗き見をしているウマ娘たちに担当トレーナーはいないが、それでも自分の担当トレーナーを軽んじる発言に怒る気持ちは理解できないこともない。ただ、今回のシンボリルドルフの憤りに関しては『お前はなにを言っているんだ』と言いたくて仕方ない気分である。

 

 ポラリストレーナーに対し「担当トレーナーになるべく負担をかけたくないが故の判断だ」と反論するシンボリルドルフ。それが彼女の真面目さや責任感、レースへの真摯な思いから出た言葉であるのは理解できるのだが。

 

 

 

 

「あぁそうかい。まぁお前さんならそう言うだろうってコトは知ってたよ。それだけウマ娘たちに幸せになってほしいって、本気なんだろうってコトもな。だがなルドルフ、そんなに思い詰めるほどお前さんには──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

「うわぁ……えっぐい話題を容赦なくブチ込んでる……そりゃルドルフも固まっちゃうわ……」

 

「なるほどねぇ。全てのウマ娘の幸福って言葉、大した理想だな~と漠然と受け止めてたけど、そういう解釈もできるワケか……」

 

 全てのウマ娘の幸福という理想を求めて。その決意は立派だが、視点を変えればいまのウマ娘たちは幸福ではない、不幸であると言っているようなものである。

 

 それを屁理屈だと無視するには、シンボリルドルフというウマ娘は真面目過ぎた。ここでポラリストレーナーの指摘を否定すれば、彼女は自己満足のために理想を押し付けようとしている道化になってしまうだろう。

 だからと言って、まさかその通りだと肯定するワケにもいかない。様々なめぐり合わせに恵まれないウマ娘も確かにいるが、夢を掴むために一生懸命に走り続けているウマ娘たちも大勢いるのだ。ポラリストレーナーの発言を認めるということは、そんな彼女たちに「お前は不幸だ」と言い放つも同然の行為である。

 

 

「……私が間違っていると。全てのウマ娘の幸福という理想のために走ることは無意味であると、そう言いたいのか?」

 

「え? 違うけど?」

 

「……は?」

 

「いきなりなに言ってんだお前は? そんなんお前、意味があるかないかの極論始めたら、世の中の大抵のモンに意味なんかねーだろ。俺が知りたいのは、担当トレーナーがいるクセに相談もしないでこんな時間までトレーニングしてるバカがなに考えてンのかって、それだけの話だよ」

 

「理由なら……先ほど話しただろう? 普段のトレーニングやレース出走の段取りなどでトレーナー君には()()をかけているんだ、こうした個人的なトレーニングぐらいは自分で──」

 

「夢を応援するのに迷惑もクソもあるかよ。理想を追いかけるのも結構だがなルドルフ、お前はまず人が誰かに夢を見る瞬間ってのがなんなのか、どういう感情なのかを知る必要があるな。ってコトで、おやすみ」

 

「キミはなにを────ほぶッ!?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「うーん、まるでギャグマンガのように見事な気絶っぷりですな」

 

「ルドルフのことを尊敬してるヤツらには見せらんないな。担当トレーナーさんにも」

 

 おそらくは生まれて初めてであろうハリセン脳天唐竹割りを頭頂部で受けて立ったシンボリルドルフは、普段の威厳ある佇まいとはかけ離れた有り様で意識を手放していた。

 覗き見ついでに美浦寮まで運搬よろしく、と。当たり前のように隠れていたことを見破られたウマ娘たちだったが、その程度でいまさら驚くような者はこの場にはいない。どのみち自分たちもこれから帰るところなのだ、断る理由もないだろうと世話を引き受けることにした。

 

 

「真面目なヤツは極端から極端に走りたがるとは聞いたことあるが……ルドルフに関してはお手本みてぇにゼロか百かだったな。トレーナーに迷惑かけたくないから黙ってトレーニングとか、アホかコイツは。知らんところで勝手なコトされたほうがよっぽど困るだろ」

 

「不器用なのは知ってたけど、ここまでとは思わなかったなぁ。せっかく担当トレーナーがいるんだから、頼れることは頼ればいいのに」

 

「使命感が強すぎるのも考え物だな。それでトレーナーさん、コイツどうすんの? このままだとムチャのし過ぎでブッ倒れんじゃね?」

 

「時間が解決してくれるべ。たぶん」

 

「え……えぇ~? アレだけ色々と言っておいて時間が解決って……えぇ~?」

 

「真面目な頑固者に言葉を尽くすのは時間の無駄。本人が納得できる形でなにか……御大層な出来事なんかじゃなくてよ。もっとささやかで、身近で、両手におさまる程度の小さな幸せでいい。遠くのバラより近くのタンポポ、見逃してるだけで案外足下に幸せの種なんて沢山落ちてるモンだ」

 

「小さな幸せ、ね」

 

「ちなみにだけどさ、トレーナーさんにとっての幸福ってなに?」

 

「俺の幸福か。そうだな、特になにかコレって考えたことねぇな。お前らが本気でレース走ってる姿を見てるだけでも俺ゃ充分人生楽しめてるし。……どうしたお前ら、揃いも揃ってデケェため息ついて。幸せが逃げてっても知らねぇぞ?」

 

 これがもし、ほかの誰かの言葉であれば「そんなものか」程度の感想で済んだ話だった。だが目の前のトレーナーは三冠ウマ娘の担当という名誉にさえ一切の興味を示さず、ただただウマ娘のレースを楽しむことしか考えていない本物の酔狂である。言葉の持つ重みや説得力がまるで違う。

 

 もしかしたらシンボリルドルフの視野が狭くなっているのはコイツにも原因があるのかもしれない、そんなことをウマ娘たちは考えていた。常識の外側に生きるこの男の行動は、常識の中の世界しか知らない彼女が理解するのは難しいだろう。

 それでもシンボリルドルフは彼からなにかしらを学ぼうと試みたはずだ。本来ならば表舞台に立つことも難しかったウマ娘たちを、メイクデビューどころかGⅠレースを走れるまでに導いてみせたのだから。そして学びの過程で盛大になにか勘違いか思い違いをしてしまったのではないか、というのがウマ娘たちの見立てである。

 

 

「なんつーか、トレーナーさんってあんまり悩み事とかなさそうだよね」

 

「あれだけ大勢のウマ娘たちを担t……取引をしているのに、迷っているところを見たことがありません」

 

「トレっちにはないの? こう、ルドルフみたいにさ。自分のやってることに対してイロイロ考えちゃったりとかそういうの」

 

 それはウマ娘たちの純粋な疑問であった。ひとりのウマ娘とひとりのトレーナーというだけでこれだけ問題を抱えることになるのだ、何人ものウマ娘たちを同時に指導するとなればその苦労も何倍に膨れ上がるはず。

 まして、目の前の男はそれをひとりで面倒見ている。普通のチームであれば複数のトレーナーが所属していたり、経験の浅いトレーナーがサポートに付いたりと、それこそ先ほどのシンボリルドルフではないが相談する相手がいるし、全ての責任をひとりで抱え込むこともないだろう。

 

 彼のスタンスからして、シンボリルドルフに対する干渉はきっとこれが最後になる。好き勝手に振る舞っているようで、トレーナーとしての矜持……あるいは聖域とでも言えばいいのか、そういう部分にはとても真摯であり厳しい人物である。

 そうでなければ、いや、だからこそ秋川理事長はポラリストレーナーを野放しにしているのだ。変な言い方になるが、進むべき道に迷っているウマ娘がいる限り、この男の信念が歪む可能性など皆無であると信じているのだろう。

 

 が、それはそれである。どうすればそこまで自信満々で生きることができるのか、ヒントのひとつでも聞き出してみせなければならない。

 それぐらいはしてやらなければ先輩としての立場がないというものだ。背中で狸寝入りしている不器用で努力家な後輩のためにも。

 

 

「なんだ、お前たちは俺がうつむいてオロオロしてる情けねぇ姿が見たかったのか。そいつは知らなかったな、今後はご期待に応えられるよう善処してやるぜ。クックック……!」

 

 

 うむ、完全に聞く相手を間違えている。そういえばこのトレーナーは自分の幸せというか、趣味のためにウマ娘たちを支えているだけだし、なんなら本人にウマ娘たちを導いてる自覚がないタイプのバカだったのを忘れていた。

 最初からこのバカが背中のバカの担当していれば万事丸くおさまっていたのに──いや、それだと夜間練習組の逃げ場がなくなっていたし自分たちもレースを走れなかった可能性があるからダメだ。

 

 つまり最初から八方塞がりだったということか。おのれ三女神、運命を弄びよって。このトレーナーを中央に送り込んでくれたことには感謝しますがもう少しなんとかならなかったのかメンドくせぇ。

 

 

 

 

 

 

「まぁ……なんだ。あのトレーナーさんはちょっと例外だとしてもさ、アンタにもちゃんと担当トレーナーが付いてるんだ。一緒に夢を追いかけたいって名乗り出てくれたんだろう? もう少し信じてやんなよ」

 

「ルドっちだってさぁ、後輩とか、ほかの子たちに頼られたら嬉しいでしょ? みんなおんなじなんだよ。担当のトレーナーさんもそうだし、生徒会のメンバーだってさ。特にエアグルーヴとかね」

 

「あ~、あのへんな~。ルドルフの理想を手伝うことに生き甲斐感じてる連中はそうだろうな。お前、間違ってもアイツらに迷惑がどうとか言うなよ? 誰かを支えることに幸せを感じるヤツだっているんだから。クリークみたいにな」

 

「いや、あれはちょっと違いませんか? この間も同室のタイシンという子が騒動に巻き込まれて──」

 

「そうそう、チケゾーちゃんが中等部の子と一所に特撮ヒーロー見て影響されてさぁ。したらバクちゃんとヒシアマが──」

 

 美浦寮までの帰り道。背中で大人しくしている後輩を励ますつもりだったはずが、すっかり話が逸れてしまいいつものように下らない話で盛り上がるウマ娘たち。

 

 全力で目標に向かって走り続ける仲間であり、ときにはライバルとして競い合い、そしてコースの外では気の合う友人として語り合う。

 GⅠレースの勝利、といった名誉などは得られていないが、そんな彼女たちの姿もまた、ひとつの“幸福なウマ娘”という答えになるのだろう。

 

 それは上を見ているだけでは気が付かない、足下に咲いていた小さな幸せの花。だが、ひとつひとつは小さな花であろうとも、それぞれが大地に根を巡らせれば何者が踏みしめようとも揺るがぬ強固な地盤となる。それこそ、全てのウマ娘の幸福という果ての見えない夢を追い続ける者さえ支えることができるほどに。




下拵え、完了です……。

だいぶ駆け足というか、お茶漬けの如くサラサラと流していますが、本作はシリアス物ではありませんしルドルフがメインキャラというワケでもないのでこんなものでしょう。目指すは豪華なおフランス料理ではなく、ガイパッキンラーカオぐらいのお手軽感です。

ついでにモブウマ娘ちゃんたちも少々焦げた気がしなくもありませんが、トレセン学園追放RTA的には誤差だよ誤差。

続きはココアの湯気に癒しを感じるようになったら、次の登場ウマ娘はオグリキャップになります。


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おおもり。

初めてバ○ホーテンのココアの粉を練る作業をしたときは感動したものです。

いまは面倒でお湯を入れるだけのココアばかり飲んでますが。


 ときに成功体験というものは、自信を与えてくれるだけにとどまらず増長を招いてしまう危険性があります。

 しかし、悪役トレーナーとして日々鍛練を欠かさない貴方はゾル・オリハルコニウムの如く肉体と精神を鍛え上げスーパーボールの如く躍動感ある頭脳を身に付けていますので、どれほど個人的成功体験を積み重ねようとも向上心を忘れることはありません。

 

 

 そんな貴方は現在、トレセン学園追放計画が順調に進んでいることから奇策を用いる余裕は充分にあると判断し──大量のたい焼きを焼いているところです。

 

 

 これまで貴方はウマ娘たちのヘイトを直接的に自分に向けることだけを考えていました。ですが、地道な努力を続け成長したいまの自分であれば、より高度なヘイトコントロールに挑戦することも可能であると気付いてしまいました。

 むしろ、ここで挑戦から逃げるようでは真の悪役に至れないとすら思っていることでしょう。安定を言い訳にして停滞を受け入れるなど言語道断、軟弱な心の在り方は簡単に表面化してしまうだろう。ウマ娘たちが倒すべき敵として、情けない姿など細胞ひと欠片分ですら見せるワケにはいきません。

 

 そこで編み出したのが“たい焼きの好みでウマ娘同士を仲違いさせちゃうぜ大作戦”です。中身の種類が別のたい焼きを大量に用意することで価値観の違いを浮き彫りにし、互いの主張をぶつけ合う状況を産み出すという恐るべき計画でウマ娘たちを混乱させるつもりなのです。

 

 もちろんなんの根拠もなくこの作戦の成功を確信しているワケではありません。少なくとも貴方の見える範囲では、ウマ娘同士の仲間意識は非常に良好であると評価できるもの。

 ならば最終的にはウマ娘たちは無事和解して、その勢いで絆に綻びを生じさせようとした黒幕である貴方を一致団結して倒すべき相手だと再確認することでしょう。

 

 

 ウマ娘たちの友情を特等席で楽しみつつ、悪役として王道展開で追放されることもできる。まさに一石二鳥、無駄のない完璧な作戦です。

 

 

 たい焼きの量産については問題ありません。必要な食材は買うまでもなく何故か貴方のトレーナールームに集まってきていますし、たい焼き作りは実家で何度も繰り返しているので手慣れたものです。

 限られた経済状況で両親の愛の証である大勢の弟妹たちの食欲を満たすべく、チート能力も全力で併用し創意工夫で食卓やおやつの時間を華やかなものに仕上げてきた貴方にとって、たい焼き作りなど視界を封じても難なくこなすことができるのです。

 

 もっとも、貴方はそのことを苦労だと感じたことはありません。弟妹たちを守護るのは役目でも義務でもなく、兄として産まれた自分の魂にプログラムとして存在する本能であると考えているからです。

 弟妹たちのために山野を駆け巡り海の底まで潜り食材を集めるのは、貴方にとっては呼吸や瞬きとなんら変わらないのでしょう。そんな貴方の背中を見て逞しく育ったウマ娘の妹のひとりが、レースの世界よりも狩猟免許の獲得を優先してしまったのも避けられない運命だったのかもしれません。

 

 

 貴方が実家暮らしをしていた学生時代は拾ってきた廃材の鉄板の表面を目玉焼きが滑る程度に磨き上げ金槌と釘を使いひとつひとつたい焼きの型を刻んでいましたが、今回は商店街でお店を畳むという老夫婦から頂いた物があるのでそちらを使っている様子。

 当然ながら貴方はお金を支払って購入するつもりでしたが、老夫婦は頑なに金銭を受け取ろうとせず「これは貴方にお預けします。トレセン学園のウマ娘たちが満足したら返しにきてください」と微笑みながら渡してきたものですからどうにもなりません。

 

 商店街を行き交う大勢のトレセン学園のウマ娘たちを長い時間見守ってきたであろう鉄板、それを託されたからには絶品と呼ぶに相応しいたい焼きを焼かねば無作法というもの。貴方は作戦の確実な成功のため、4種類のたい焼きを用意することにしました。

 

 王道の『つぶあん』

 

 覇道の『こしあん』

 

 革命の『カスタード』

 

 侵略の『チリソース』

 

 2種類の小豆については語るまでもなく、濃厚な味わいで肉体の疲労すら駆逐する洋の甘味、そこにメインとしてのボリュームだけでなく口直しにも使えるウインナー入りの塩味と辛味。

 これぞまさに現代に甦った『四方髪の術』である。一分の油断も隙もない布陣にはさすがの貴方も大満足で笑みを隠すことが難しいでしょう。味見と称して楽しそうに食べ比べを始めているセイウンスカイとエルコンドルパサーのことも気にならないほどウキウキ気分で焼き続けています。

 

 この作戦が成功した暁にはまたひとつ、悪役トレーナーとしての貫禄が身に付く。そんな思いを抱きながら焼き上がったたい焼きをお皿に並べる貴方でしたが──。

 

 

 

 

「ここだ、この部屋からとても美味しそうなニオイがしているんだ。授業中からずっと気になっていたんだが──おぉ! 見てくれタマ、とても美味しそうなたい焼きがあんなにたくさん並んで……。この香ばしい香り、焼き立てに違いない。これが中央トレセン学園……なんて凄い場所なんだ、ここは……ッ!」

 

「く……ッ! ツッコミたいけど目の前にホンマにたい焼き並べられとるからなんも言えん……ッ! 言っとくけどなオグリ、こないな状況フツーはありえんからな? 自分のルームでたい焼き焼いてるトレーナーなんぞほかにおらんからな? これが中央やと勘違いすんなよ?」

 

 

 

 

 状況の変化に合わせ臨機応変に作戦を修正するのも黒幕キャラの腕の見せどころ。貴方は即座に現在進行中のプランを破棄し、激辛ソースをブチまけようとするエルコンドルパサーの額目掛けてロリポップキャンディーを射出しながら新しい作戦を考え始めるのでした。




ちなみに作者はチョコレートのたい焼きとか好きですね。30円ぐらいで販売している駄菓子のヤツ。


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とくもり。

拙者、たい焼きのしっぽの部分やクレープの最後のところが何故か大好き侍で候。


 競馬を詳しく知らなくとも、オグリキャップという競走馬の名前を聞いたことがある人は大勢いることでしょう。

 ウマ娘のオグリキャップに与えられた“アイドルウマ娘”という二つ名は伊達ではなく、引退レースである有馬記念の観客動員数17万という記録がそれを証明しています。

 

 

 そんなアイドルホースのウマソウルを宿すオグリキャップは現在、貴方が焼いた80センチ級のたい焼きを幸せそうに味わっています。

 

 

 本来であればほかのウマ娘たちから『食べ物で遊ぶとは何事か』と非難を浴びる予定でしたが、さも当然のようにオグリキャップが食べ始めたので“アレはそういうもの”とウマ娘たちは判断し受け入れてしまったのでしょう。

 特に未来の黒い刺客と日本総大将などは興味津々といった様子でたい焼きが消えゆく姿を見守っている状態です。タマモクロスに至ってはオグリキャップの大食いを一切気にすることなくカスタードのたい焼きを食べながら、ルームメイトである転入生について貴方に丁寧に説明してくれています。

 

 得られた情報はほぼ貴方が所有するアプリの知識と同じものでした。残念ながらアルファベットのアクセサリーがキュートなウマ娘は同行していないようです。

 

 さて、オグリキャップの登場はレースの盛り上がりとしては喜ばしいことです。しかしトレセン学園からの追放を目的としている貴方にとっては、彼女の存在はかつてないほどの脅威であると言えるでしょう。

 天然で愛嬌のある言動が多いのはオグリキャップの魅力ではありますが、天然で善性のウマ娘であるが故に貴方の悪役ムーブが通用しない可能性があるのです。

 

 悪意を悪意として認識できない相手は、貴方にとって天敵と言えるでしょう。トレセン学園から円満に追放されるために極悪非道なトレーナーとして振る舞っているのに、それを善意によるウマ娘たちのための行動などと本来であればあり得ない勘違いをされては困ります。

 しかしこの程度のアクシデントで慌てるような貴方ではありません。まずは冷静に周囲を観察し、プランの変更・改善に使えるヒントを見逃さないようにウマ娘たちの様子や状態を把握することにしました。

 

 

 愛しのウマ娘ちゃんたちがたい焼きを食べながら楽しそうにしている場面に遭遇して意識がフェイズシフトした情緒ストライクフリーダムは現在ニシノフラワーの膝枕でスヤァしている。

 

 カスタードクリームまでは受け入れることができたのに、ウインナー入りチリソースを認めるかどうかで頭を悩ませているグローバル大和撫子はどうせエルコンドルパサーが余計なことをするので放置。

 

 自由三冠ウマ娘と破天荒は冷蔵庫を漁り変わりたい焼きの製作を始めている。あのふたりの性格からして食べられないものは作らないし、仮にゲテモノを産み出したとしても自分たちで処理するだろう。

 

 

 やはり『食』というカテゴリーがウマ娘たちに与える影響は大きいのだと再確認した貴方ですが、同時に本来であれば発生していた混乱を意識することなく完封してみせたオグリキャップのスター性には脱帽するしかありません。

 

 ならばここは逆転の発想。これほどの影響力を持つオグリキャップと理想的な敵対関係が構築できれば、貴方の追放計画はカウントダウンが始まったも同然というもの。

 むしろ、こうしてターゲットをひとりのウマ娘に絞ればよい状況になったワケですから、実質今回の作戦は大成功したようなものだと貴方は内心ほくそ笑みを浮かべているぐらいです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「失礼します。トレーナーさーん、メイクデビューまでの食事メニューのことで少し相談が──ん? 油の音? あぁ、アイネス。トレーナーさん、またなにか料理してるの?」

 

「うん、なんでも手作りの油揚げを作るって。ホラ、水切りしたお豆腐がたくさん用意されてるの」

 

「へぇ~、油揚げってそんなお手軽に作れるものなんだ。……で、なんで油揚げ?」

 

「ライアンちゃん、トレーナーの行動にいちいち意味を求めてたら身が持たないよ。考えるな、楽しめの精神なの」

 

「そっか、それもそうだね。それにしてもできたての油揚げって、どんな感じなんだろうね」

 

 

 もともとは追放ではなく賞金目当てのクズトレーナーとして正攻法で収入を得るつもりであった貴方は、当然の権利のように大豆など豆類を使った料理を嗜んでいます。

 

 食べ盛りだがアスリートとして栄養バランスをコントロールしなければならないウマ娘たちのために、低脂質低コストでありながら創意工夫でいくらでも美味しい料理へ仕立て上げることのできる大豆料理はトレーナーとして必須スキルとなるだろうと研鑽を重ねてきました。

 もちろん家族や友人、はては研修生時代に知り合ったウマ娘たちにも高評価だった大豆料理ですが……正道を自らの意志で踏み外した貴方には、そのスキルを悪用することに躊躇いなどありません。

 

 ですが、知識と経験があるからと肩慣らしもせずいきなり複雑な調理に手を付けるのは蛮勇というものです。油断や慢心という言葉を嫌う貴方は、簡単な手順でありながら美味しく作るために高い集中力を要する『油揚げ』で感覚を取り戻すことにしました。

 

 

「あ、美味しい……。アツアツの油揚げなんて、初めて食べたかも。うんうん、これはたしかにシンプルな七味唐辛子とお醤油が合うね!」

 

「むむむ……とっても美味しいけど、見様見真似では簡単に再現できそうにない深みを感じるの。そもそもお出汁のこだわりが尋常じゃないの」

 

 

 揚げたてでパリパリのものを適当なサイズに切り分けて好みの調味料で、別枠としてお湯で軽く油抜きをしたものをお出汁にくぐらせて直火で炙ったものを。

 トレセン学園屈指の常識ウマ娘であるアイネスフウジンと、令嬢として舌が肥えているであろうメジロライアンのふたりが美味しいと認めましたので、小手調べの結果としては上等と言えるでしょう。

 

 あとは段階的に難易度を上げていき、最終的に“とある料理”を作り──それを食したウマ娘たちを絶望の淵に叩き込むだけです。

 

 

 覚悟するがいいオグリキャップ。チート転生者であるこの俺が直々に、お前に大豆料理の真の恐怖と旨味を思い知らせてやる。しっかり手を洗って待っているがいい。ちゃんと爪の間と手首まで忘れずにな。クックック……ッ! 

 

 

 

 

「そういえばライアンちゃん、トレーナーになにか相談することがあったんじゃないの?」

 

「うん。だけど雰囲気的に頼まなくても解決してくれそうだから別にもういいかなって」



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さいごうたかもり。

「タマ、中央のトレーナーとは凄いんだな。こんなにたくさんの種類の料理が作れるなんて……。なるほど、これなら納得だ。いっぱい勉強するだけじゃなく美味しい料理も作れないといけないんだ、中央に入るのは難しいに決まっている」

 

「んなワケあるか。ほかのトレーナーたちのルームからはメシのニオイせぇへんかったやろ。単にウチらのトレーナーが気まぐれで料理しよるってだけや。なんで模擬レースんときより迫真の顔しとんねん」

 

 

 数日後。貴方は打倒オグリキャップのために考案した料理──大豆を加工してお肉に見せかけた様々な品々をルームのテーブルに並べています。

 もともとは学生時代に「お金がないけど腹一杯お肉が食べたい」という男子特有の欲望について友人たちと語り合っていたときに考案したものですが、それがいまになって役に立つのですから人生なにが経験として活きるかわからないものです。

 

 今回の作戦の最大の難関は“如何にして嫌われ者である自分がウマ娘をルームに呼び出すのか”という部分でしたが、オグリキャップには食べ物という明確な弱点がありますので無事ルームへ誘きだすことに成功しています。

 これが取引相手であればもう少し気楽に構えていることもできたかもしれません。ただ、難しい課題には適度な緊張感を維持するという側面もありますので、順風満帆のときこそ気を引き締めるという意味では丁度よいかもしれないと貴方は前向きにとらえています。

 

 

 今回、貴方が用意した料理はハンバーグや焼売など奇を衒わない一般的な品が中心です。馴染みのないメニューで先手を打ち撹乱することも考えましたが、ここはあえて食べなれた料理を出すことで希望と失望の落差を強化することにしました。

 

 そう……お肉という食材が有する“ごちそう感”というものは老若男女誰もが知る特別なもの。それを期待して食べたというのに、その正体が大豆だと知ったときのウマ娘たちの表情。

 その瞬間を想像するだけで、貴方は悪役トレーナーに課せられた低俗なる義務と責任を果たした充実感に満たされることができて大変お得となっております。

 

 もちろん、貴方の目的はウマ娘を不幸にすることではありませんのでアフターケアも抜かり無しです。原材料が大豆なので本物のお肉よりも食べやすいのでしょう、パクパクと順調に量を食べ進めるウマ娘たちが塩分過多にならないようにサイドメニューにもこだわっています。

 トマトやバナナなどカリウムを手軽に摂取できる食材を用いてサラダやスムージーなどを用意することでバランスを保つ名采配。これには呼ぶつもりはなかったのに何処からともなくいつの間にか参上したナリタブライアンに同行しているビワハヤヒデもニッコリです。

 

 何故かメジロライアンとアイネスフウジンには貴方が豆腐でこうした料理を作ろうとしていることが看破されていましたが、そちらの対処は悪党らしく“口止めの取引”というカードを使うことでクリアしています。

 今回利用した豆腐料理を初心者でもある程度は再現できるように、難易度を下げたレシピを提供することで情報漏洩は完封済み。もはや貴方の計画を妨げる要素は微塵もありません。

 

 

 なにも知らず貴方が作った大豆料理をお肉と勘違いしたまま和気あいあいと食すウマ娘たち。ウォーミングアップが終わり、いよいよ本格的に箸が動き出そうとするその瞬間を待っていた。貴方はゆっくりと口を開き「この場にお肉は出ていなかった。ひとつもな」とクールに言い放ちました。

 

 

 バナナスムージーをストローで飲み続けているひとりを除き全員の動きが一瞬ですが停止したのを確認すると、貴方は続けてこれらの料理の正体が大豆であることをカミングアウトします。

 当然ながらウマ娘たちからは驚きの声が上がりました。どういうワケかメジロライアンとアイネスフウジンからはとても微笑ましいものを見守る姉のような視線を感じますが、ともかくウマ娘たちへの奇襲は成功です。

 

 さぁ、ここまでやればオグリキャップと言えどもションボリすること間違いなし。ただ食べ物を与えるだけでは善人として判断される可能性が微粒子レベルで存在しますが、これは勘違いでもなければうっかりミスでもない意図的な虚実のすり替えです。

 なんなら落ち込むどころか尻尾を逆立てて怒るぐらいのリアクションもあり得るだろう。そう期待してオグリキャップのほうへと視線を動かす貴方でしたが──。

 

 

 

 

「そうなのか! そうか、これが全部大豆で作られた料理だなんて……本当に、笠松を出てからは新しい発見ばかりで退屈しているヒマがない。中央に来ることができたのは本当に幸運だったな。あ、この焼き鳥っぽいヤツと、それからトマトのゼリーのようなものが乗っているサラダをおかわりしてもいいだろうか?」

 

 

 

 

 常にスマートな悪役であることを心掛けていなければ、いまごろ貴方は無様に狼狽えていたことでしょう。

 自然な動作で焼き鳥風味に拵えた豆腐を追加で焼いていますが、その背中には修行中に対峙した闇夜の如く見事な漆黒の毛皮を纏う巨大な猪らしき獣のことを思い出させるほど冷たいものが流れています。

 

 小細工など通用するものか。貴方が仕掛けた豆腐料理の包囲網をどこまでも泰然自若とした態度で正面から食い破る。三國志は長坂の戦いにて、単騎で戦場を駆け抜けた趙雲子龍の姿を眺めていた曹操はこのような気分だったのだろうか。

 ここまで滞りなく進んでいた追放計画に初めて生じた小さな綻びに驚きつつも、貴方は心のどこかでこうした状況を──すなわち、チート能力を以ってしてもコントロールできない不確定要素が現れることを望んでいたのかもしれません。

 

「バカな……このハンバーグも、このとんかつも、全て肉ではない……だと……? 私は大豆を肉だと思い込んで食べていたのか……? この私が……この私が……ッ!!」

 

「ブライアンッ!? しっかりしろブライアンッ!! そんなに大豆を美味しいと思って食べたことがショックなのかッ!? クソッ、なんでもいい! ちゃんと肉が使われている食品はなにかないかッ!?」

 

「えっとねー、たしか冷蔵庫に……トレーナーちゃーん、この手作りベーコンちょっと貰うねー」

 

 円満にトレセン学園を追放され自由をこの手に掴むため、七難八苦を打ち砕く覚悟で挑まねば倒せない強敵。貴方にとってそれがオグリキャップというウマ娘なのでしょう。

 強敵を相手に勝負を避けて、あえて逃げの一手を選ぶのも間違ってはいません。ですが、二度目の人生はとことん楽しむと決めている貴方に『後退』という選択はあり得ないことです。勝負どころで日和見に徹して妥協するなど、なにも面白くありません。

 

 料理の借りは料理で返す。背後で今回用意した豆乳や豆腐を使ったデザートでどれが一番美味しいかでウマ娘たちが一触即発の状態になっていることにも気が付かないほどの決意を滾らせ、貴方はトレセン学園追放までにオグリキャップを料理で屈服させてみせると心に誓うのでした。




おぐりつよい(かくしん)


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せかいのあいことばはもり。

 自身の行動を冷静かつ客観的に省みることができる貴方は、前回のメンタル十面埋伏の計を実行するにあたり迂闊にも前世の知識だけに頼ってしまっていたことに気が付きます。

 敵を知り己を知れば百戦危うからず。まずはこの世界のオグリキャップというウマ娘についての情報を得ることが重要であると考えた貴方は、手始めに彼女の模擬レースを観察することにしました。

 

 

 やはり一番期待できる距離はマイル、次いで短距離と中距離。長距離に関してはスタミナではなく脚質の問題でやや厳しいといったところ。

 

 

 もちろん貴方はチート能力を持つ転生者ですので、そのつもりになればより正確なデータを数値として確認することが可能です。

 しかし、数字というものは正直であっても絶対ではないと考えている貴方はデータに振り回されて思考を鈍らせることを懸念しています。現代のスポーツ科学では身体能力を様々な方法で数値化することが可能ですが、それらはあくまで判断材料のひとつでしかありません。最終的な判断は己自身の曇り無き眼で見定め決める必要があるでしょう。

 

 

 そして一流の悪役トレーナーである貴方は、現段階ですでにいくつかの課題を見つけることに成功しています。

 

 

 例えばオグリキャップの得意とする距離がマイルであることから、現状では短期間での勝負強さに優れているものと判断しました。故に、一度の食事で敗北を認めさせるといった電撃戦は彼女の得意とするフィールドのようなものです。

 正々堂々とした戦い方など論外ですが、このような相手の得意とする条件で勝負を挑む行為も悪役としてはあまり好ましくありません。それではまるで、ライバルとして主人公を高みへと引き上げるメインキャストのようになってしまいます。つまり貴方は悪役トレーナーとして、より卑怯で卑劣な方法を考えなければなりません。

 

 こうして無事“マイルを得意とするウマ娘にステイヤーの流儀でトレーナーという立場から料理を提供して精神に揺さぶりをかけヘイトを稼ぐ”という現代文明の理解を凌駕する高次元の計画を貴方は編み出しました。

 

 

 攻略の糸口を掴むことに成功した貴方は、ひとりのウマ娘ファン&トレーナーとして改めてオグリキャップの走りを観察しているのですが……見事な走りを見せているわりに、周囲のトレーナーたちの反応はいまひとつといったところ。

 前世の知識からオグリキャップという名馬の存在を知るが故の贔屓目があるのかもしれない、普通のトレーナーであれば1度や2度の走りだけで評価するほど迂闊ではないだろう。そう自分を納得させようとしていた貴方ですが──。

 

「いや、アンタがオグリを買ってくれてんのはウチとしても嬉しいけどなぁ。やっぱな? 芦毛で活躍したウマ娘って少ないやろ? レースってモンはギリギリの勝負の世界や、どないなちっさいことでもゲン担ぎもバカにできへんからな」

 

 なるほど、験担ぎ。そのように言われたのでは、貴方もそういうものかと納得するしかありません。

 そうした要素に頼る者を軟弱であると嗤う者もいますが、験担ぎを含め出来ることを残したまま勝負に挑む半端者が真剣勝負を語る行為こそ余程の笑い話であると貴方は容赦なく切り捨てるでしょう。

 

 タマモクロスは貴方にオグリキャップを夜間練習組に誘えばどうかと提案してきましたが、貴方にとってオグリキャップは自分を追放してくれる有望な主人公枠のウマ娘。理想としてはシンボリルドルフ同様、若手のトレーナーと担当契約を結びトゥインクル・シリーズを走りつつ悪役トレーナーを排除するための旗印となって欲しいと願っています。

 

 当然ながら計画について漏洩するワケにはいきません。なので貴方は“嘘の中に真実を混ぜる”という情報戦の基本を忠実に守り「オグリキャップは敵にまわしたほうがきっと楽しいことになる」と答えました。

 それに対してタマモクロスは「だとしても、担当トレーナーが見付からないことには始まらない。芦毛のウマ娘はそれだけで苦労している子も多い」と返してきます。

 誰もがゴールドシップのように前向きに生きることができれば別なのかもしれませんが、それはそれでトレセン学園が混沌と化すので危険が危ないでしょう。理事長とその秘書、教官やスタッフはもちろん、生徒会メンバーもストレスで倒れる未来が簡単に想像できます。

 

 

 ならばどうするか? その問題を解決する方法として、とてもシンプルかつ確実な手段が存在することを貴方は知っています。

 

 

 迷いのない挑発的な笑みを浮かべた貴方はタマモクロスへ言いました。芦毛のウマ娘は走らないなどという下らない迷信はすぐに誰も口にしなくなるのだから、そのような心配はするだけ時間の無駄だろう? と。

 

「──ハッ! 言うてくれるやないか。せやな、そんな与太話を気にして振り回されるんはウチらしくなかったわ。ルドルフはもちろん、ゴルシのヤツも、シニア級に上がったらシービーやマルゼンもまとめてブッちぎって……これから走る連中にバッチリ希望見せたらんとな!」

 

 

 オグリキャップ攻略のヒントを得ると同時に、何故かタマモクロスのやる気も絶好調。

 貴方は今日も非の打ち所がない策士ムーヴを完遂できたことにとてもご機嫌でしたが……その後オグリキャップが貴方にライバル視されたことを知り、もうルームに遊びに行って料理を食べることができないと思い込み落ち込んでしまったことへのフォローに慌てることとなるのでした。




次回はオグリン視点です。


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『幸せの種』

答え合わせの時間。


「……さすがは中央、日本最大のトレセン学園というだけある。敷地も広いし設備も豊富でなかなか目的地にたどり着けなくて困っていたんだ。助けてくれてありがとう。道案内、感謝する」

 

「礼には及ばないよオグリキャップ。困っている生徒に手を差し伸べるのも、生徒会長として当然のことをしたまでに過ぎない。それに、キミはまだ転入してきたばかりだからね。学園生活に慣れるまでは迷うのも仕方ないさ」

 

「方向感覚には自信があったんだ。私が住んでいたところは自然が豊かな土地で、よく山や川で遊んでいたが一度も迷子になったことはない。都会は道の造りが複雑だとは教えられていたが、まさかこれほどとは……」

 

 地方トレセンから中央トレセンへ移籍したオグリキャップを待ち構えていた最大の強敵、それは都会という地域の持つ特殊な地形構造であった。

 山や森とは違い、似たような構造の建築物が建ち並ぶ都会の街並み。それは中央トレセン学園の内部も例外ではなく、似たような教室が大量に並んでいる廊下はどれだけ歩いても目的地が近付いている気がしなかった。それはまるで、ずっと同じところを何度も繰り返し歩いているのではないかと錯覚するほどである。

 

 とはいえ、その程度の苦難で萎縮するほど()()な覚悟で中央へ乗り込んできたオグリキャップではない。日本中が注目する大きな舞台で、強力なライバルたちを相手に本気のレースを。声援とともに送り出してくれた友人たちや地元の人々が喜ぶ姿を想像すれば、それだけで全身に気合いが漲るというものだ。

 あと、入学に伴う様々な出費に対して母親が事も無げに言った「アンタの食費に比べれば大したことないから心配するな」という衝撃の事実もオグリキャップが背筋を伸ばす理由のひとつである。美味しい物を食べるためにはお金が必要であるという現実を改めて突き付けられた彼女は、なんとしてもトゥインクル・シリーズで勝鬨をあげて賞金をこの手に……せめて自分の食費ぐらいは自分で賄えるようにと決意を抱いていた。

 

 

「やはり中央はいろいろと違う。驚くことも多いが、同じくらい勉強にもなる。走り方や得意な距離が私と同じウマ娘でも、並走してみるとまるで違うんだ。いや、この言い方は少し違うな……どう表現すればいいのか……走り方から伝わってくる気持ちが、なんだかワクワクする気がした」

 

「ほぅ? それは実に興味深い話だ。キミさえよければもう少し詳しい話を聞かせてはくれないか? 無理に表現を選ぶ必要はない、飾らない言葉で素直な感想を聞かせてほしい」

 

「わかった。そうだな……まずはアイネスやスズカと並走したときのことから順番に──」

 

 

 それはオグリキャップにとって衝撃的な出会いであった。大量に並んでいる美味しそうなたい焼きの群れの中で、圧倒的な存在感を放っていた巨大なたい焼き。たっぷりとつぶあんが詰まっていた胴体部分の味も見事だったが、残った尻尾の部分にチリソースを付けて食べているときも名残惜しくも幸せな時間だった。

 

 アイネスフウジンとサイレンススズカと知り合ったのもそのときの話である。好む作戦は違うが自分と同じマイルを得意とするウマ娘、そしてなによりも言葉にせずとも伝わってくる不思議な感覚はどうにも脚を疼かせる。

 このふたりはいまの自分よりもきっと強い。彼女たちと走ればきっと面白いことになるとオグリキャップは確信し、並走を申し込んだ。ありがたいことにふたりも自分の走りに興味があったらしく、快諾を得たあとは彼女たちのホームコースだという第9レース場の芝コースでさっそく勝負という流れになり──無事、オグリキャップの闘争心に火が着くことになる。

 

 

 ふたりの走りはオグリキャップの中にある『逃げウマ娘』のイメージを完全に塗り替えるものであった。トゥインクル・シリーズで“逃げを選ぶウマ娘”ではなく“逃げを得意とするウマ娘”が増えていることは知っていたが、知識として知っているのと実際に体験するのではまるで違うのだ。

 彼女たちの走りには迷いがない。常に後ろを警戒し続けながら走らなければならない逃げウマ娘であれば、ライバルの姿を視認できないが故の迷いで走りにブレが生じるのが普通なのだ。

 

 

 迷い? なにそれ美味しいの? と言わんばかりに意気揚々と先頭を走り続けるサイレンススズカ。自分の走りに興味があるというセリフはなんだったのかと思わずにはいられないほどの我が道を往くスタイルは尊敬に値する潔さである。

 ならば時折こちらの様子を伺いつつペースを管理していたアイネスフウジンは違うのかと問われればそんなことはない。サイレンススズカに比べれば冷静に頭の中でレース展開を組み立てながら走っていたのだろうが、それでもほんの一瞬。視線が交差したときに「追い付けるものなら追い付いてみろ」と挑発してきたのは気のせいなどではない。

 

「きっと、あのふたりは自分にはどんな走りができるのか、自分がどんな走りをしたいのかハッキリとしたイメージが出来上がっているんだと思う。だから、こう……走るのを楽しんでいることが凄く伝わってくるんだ。なりたい自分というか、夢や目標に向かって迷わず進んでいるから。私もあんな姿を故郷のみんなに見せられるように頑張ろうという気持ちになった」

 

「なりたい自分、か。そうだな、夢の実現のために精励恪勤する姿は確かに見る者の心を動かすかもしれない。それにしてもオグリキャップ、故郷の人々に活躍する姿を見せたいとは、キミも誰かの想いを背負ってレースに挑むのだな」

 

「誰かの想い? ……誰かの想い。誰かの……想い……」

 

 予想外に真剣な表情で悩み始めたことに慌てるシンボリルドルフの様子に気が付かないまま、オグリキャップは“想いを背負う”という言葉について考えていた。

 

 中央トレセン学園に転入することが決まったとき、友人知人の皆が喜んでくれたのは確かだ。トゥインクル・シリーズで活躍する日を楽しみにしていると応援して送り出してくれたし、気が早いことにGⅠレースに出走することが決まれば必ずレース場まで見に行くと大いに盛り上がってもいた。

 だが、想いを背負って走ると言われるほどの大袈裟なドラマは正直いってなにひとつ思い当たるモノがない。病気の子どもを元気付けるためにレースに勝ってみせる、といったシチュエーションをテレビで見たことはあるが、幸いにしてそのような約束を交わすような相手はいなかった。無事是なんとやら、オグリキャップの周囲はヒトもウマも優良健康で心配事は少ないのだ。

 

 切実な理由となり得るもので思い付くものといえばお金に関することぐらいだが、仮に母親へこれまでの食費の恩返しだと賞金を仕送りをしようものなら「子どもが余計な気遣いするんじゃない」と静かにキレる未来しか見えない。穏やかな微笑みを浮かべ鮮やかなサブミッションで丁寧に絞め落とされることになるだろう。母の愛は偉大であり強大なのである。

 

 

 期待してくれているのは知っているし、それに応えたいとは思っている。自分の走りを見て楽しんでくれる人がいれば素敵だとは思うが、それは結局のところ──。

 

 

「うん。やはり私はそういうのとは違うな。故郷のみんなにトゥインクル・シリーズで活躍する姿を見せたいとは思うけれど、別にレースを走るよう()()()()ワケではないからな。ただ私がそうしたいと思っているから走るんだ。ルドルフは違うのか?」

 

「いや、私は──」

 

「タマから聞いたんだ。あ、タマというのは寮で同じ部屋に住んでいるタマモクロスというウマ娘のことなんだが、学園を案内してくれているときに教えてもらった。ルドルフは全てのウマ娘が幸せになれるように頑張っていると。だから、それは」

 

 

 

 

 

 

 

 

「つまりは、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

「────」

 

「……? ルドルフ?」

 

「フッ……ふふ、ははは……ハハハハハッ!」

 

「ッ!?」

 

「は、はは……ッ! いや、突然すまない。驚かせるつもりはなかったんだが、つい、その、堪えきれなくてな。決してキミのことを笑ったワケではなくて……ンフフ」

 

「だ、大丈夫なのか……?」

 

「大丈夫だ、問題ない。あぁ、うん。そうだなオグリキャップ、キミの言う通りだ。たしかに全てのウマ娘の幸福は私の願いだ。私自身がそれを願ったんだ。そして──本気で走ることができる、本気で……夢に挑戦できるということは、それだけでも幸せなことなのだろう」

 

「? それはそうだろう? 少なくともトレセン学園にいるウマ娘たちはレースを走るために入学しているんだからな。もちろん勝てたほうがもっと嬉しいだろうが、ライバルと本気で競い合っている時間だって心が震えるようだ。まぁ、アイネスとスズカには結局差を付けられて負けてしまったんだが」

 

「ふふ、あのふたりに勝つのはデビュー済みのウマ娘たちでも怪しいところだぞ? なにせ、全てのウマ娘が本気で走れるように取り計らうことができるトレーナーの指導を受けているのだからな」

 

「そんなことができるトレーナーがここにはいるのか! そうか、やはり中央に来ることができたのは幸運だった。私が得意なのはマイルのレースなんだが、いったいどんなライバルたちと走ることになるのか。本当にデビューが楽しみだ」

 

「大した気概の持ち主だなキミは。しかし、楽しみにしてくれるのは結構なことだが、故郷の人々に活躍する姿を見せるのは……レースに勝つのは容易いことではないと覚悟したほうがいい。どんなレースでも、どんな距離だろうとも、それぞれにスペシャリストが“いまは”存在するからな。──中央を、無礼るなよ?」

 

 目の前には堂々とした微笑みを浮かべるシンボリルドルフ、そんな彼女が放つ闘気を正面から受け止めることになったオグリキャップ。

 事前にルームメイトであるタマモクロスから強いウマ娘であると聞かされていたが、こうして直に話してみるとそれがよくわかる。きっと、先ほどまでは初対面ということで遠慮していたのだろう。いまは別人の如く、澱みや揺らぎなどは一切感じない気力が全身に満ちているのがハッキリと感じ取れる。

 

「あぁ、もちろんだ。どんなレースだろうと、誰が相手であろうと、私はいつでも全力で挑ませてもらう」

 

「フフ、キミと勝負できる日を楽しみにしているよ。ところで、だ。あー、その、なんだ。オグリキャップ、これからなにか予定などはあるだろうか?」

 

「いや、とくに急ぎの用事はないが」

 

「そ、そうか。それならその、一緒に食事でもその、どうだろうか? 大事なことを気付かせてくれたお礼というか、親睦を深めたいというか……その、すまない。プライベートで誰かと外食に行く機会があまりなくてな。どういった手順で誘えばいいのか、詳しく知らないんだ」

 

「よくわからないが、一緒にご飯を食べに行こうという話だろう? それなら丁度いい、実は笠松の友人たちが中央に行くならとオススメのお店をいくつか調べてくれていたんだ。私が満足できるようなお店をわざわざ探してくれたらしくて、これなんだが……」

 

「ほぅ。店名が必勝無頼軒、そして店主からの挑戦メニュー『挑発伝説セット』とはまた個性的で好戦的な店舗があったものだ。しかし必勝や伝説などという単語が使われているのは、我々のように勝負の世界に生きるウマ娘にはお誂え向きのメニューだな。よし、ここはひとつ、私とキミとで伝説とやらを食い尽くして景気付けといこうじゃないか」

 

「なるほど、景気付け。そういうのもあるのか。うん、それはいい考えだ。美味しいご飯をお腹いっぱい食べて、胸が熱くなるようなレースを走る。これに勝る幸せはないな……!」

 

 

 いまはまだ。オグリキャップというウマ娘にとって、中央トレセン学園は、トゥインクル・シリーズは楽しい予感で溢れている場所という認識でしかない。強力なライバルたちとの火花を散らす勝負の果てに、彼女自身がワクワクを与える側になるのはもう少し先の話である。

 

 そしてこのあと、顔色の悪いシンボリルドルフを気遣うように肩を貸して歩いているシリウスシンボリの姿が目撃され様々な噂話が飛び交うことになるのは少し別の話である。




テッ♩ テッ♪ テッ♩ テッ♪
テッ♪ テッ♩ テッ♪ テッ♩

テッテテ テテテ ♪
テンテテ テレレ♪

テレレ テレレ テレレ テレレ テンテテレテ♪

<ジョウズニヤケマシター!

真面目な二次創作であればもっと丁寧に調理するところでしょうが、本作はアンチ作品なのでこれぐらいが適度な塩梅でしょう。
ちなみにアプリの育成ストーリーだとタイミングと拗らせ方がまた絶妙の(ここから先はキミ自身の目でry)


続きは冬用タイヤの装着率が高くなったら、次の舞台は皐月賞(の、ゲートイン前まで)になります。


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じょてぇ。

良い子のみんな!

冬用タイヤを装着したら、忘れずにワイパーも冬用に換装しようね!(大惨事)


「えっとね、その……マッサージは気持ちいいから、ホラ、エアグルーヴも最近忙しかったでしょ? 疲れがたまってたから、うっかりしちゃうのも仕方ないというか……。えと、だから……あ、そうだ! 美味しそうないちご大福を見つけて買ってきたのがあるの。お茶でも飲みながら一緒に食べれば元気もでるから……その、こういうとき、どうすればいいのかしら……」

 

 

 現在、貴方の視線の先ではルームの隅っこで体育座りをして落ち込むエアグルーヴをオロオロしながら一生懸命にフォローしようと頑張るサイレンススズカという世にも珍しい光景が繰り広げられています。

 

 

 最近、生徒会の仕事をいつも以上に張り切って取り組んでいる副会長の話は貴方の耳にも届いていました。そして時期を同じくして、シンボリルドルフが生徒会長としての仕事をセーブしてトレーナーと一緒に皐月賞に備えている……という情報も一般匿名勇者から一方的に聞かされています。

 そこから貴方が導き出した答えは“シンボリルドルフが周囲の者たちに頼ることを覚えた”というものです。従う者を信じて仕事や役目を割り振るのは上に立つ者として必須のスキル、エアグルーヴとしてもレースのために協力を頼まれるのは望むところのはず。

 

 それは大変結構なことなのですが、エアグルーヴの性格からして自分の休息時間を削るぐらいのことは平気でやりかねない。そう考えた貴方はチートパワーによる能力スキャンを実行したのですが──やる気は絶好調なのに体力は虫の息という、なんとも馴染みのあるインターフェースが確認できてしまいました。

 基本的にウマ娘のために行動する貴方の判断力と瞬発力は刀で落雷を斬ることが可能なレベルに到達していますので、さっそく何人かのウマ娘に取引を理由に協力を強要しエアグルーヴの身柄を確保することにしました。

 

 いまでこそどこに出しても恥ずかしさを感じない立派な悪役トレーナーとして日々ヘイトを稼いでいる貴方ですが、もともとは表面上だけはまともなトレーナーとして周囲を欺く予定がありました。

 当然、そのために必要になりそうなスキルはなんでも身に付けています。指先を使う技術だけでも空き時間で簡単にできる筋肉の疲れをほぐすものから爆砕点穴まで、幅広いニーズに応えることができるよう鍛え上げているのです。

 

 

 そんな貴方にとって体力回復を目的としたマッサージなどお茶の子さいさいというもの。少なくともウマ娘たちに好かれようなどという考えは浜の真砂の1粒ほどにも持ち合わせていないのは事実ですので、効果が高い代わりに痛みが尋常ではない施術も容赦なく実行することができます。

 もちろん未来の女帝はその程度のことで取り乱したりはしなかったのですが……痛みからの解放と回復による脱力感は思考を鈍らせるには充分な効果があったようです。よりにもよってスーパークリークから温かいタオルを渡されたときに、うっかり『母』と呼んでしまったのが運の尽きなのでしょう。

 

 普段であればニヤニヤと笑いながら煽るであろうトウカイテイオーやマチカネフクキタルでさえも空気を読んで沈黙を貫きましたが、こうして気遣われているという事実そのものがエアグルーヴの精神を蝕みました。

 なお、空気を読まずにケラケラと笑ってイジり始めたアグネスタキオンは照れ隠しの一撃により意識が高速の旅をスパークさせられて雑にその辺に転がされています。

 

 

 別に勝手に立ち直るまで放置してもよいのですが、ここは貴方が悪役トレーナーとして活動するための神聖なる拠点です。決して困難に直面したウマ娘たちが再起するために門を叩く救済と試練の神殿などではありません。

 

 

 貴方はこれ以上ないほどわざとらしく「自分のせいでエアグルーヴが不調になったと知ればシンボリルドルフは責任を感じて落ち込むだろうな」と大きな声を響かせました。

 貴方の極悪非道な蛮行に多少の耐性を持つ周囲のウマ娘たちは形容しがたい表情をしていますが、当事者であるエアグルーヴは吹き出しに「ぐぬぬ……!」とでも表示されそうな顔になっています。

 

「……はぁ。会長に頼りにしていただけて舞い上がっていたのは事実だ。たしかに、これで私がひとり仕事を抱え込んで失敗をしたのでは、な。スズカ、すまないが花壇の世話を手伝ってもらえるか?」

 

「ええ、もちろん! あ、でもエアグルーヴほど詳しくはないから、作業のことは教えてもらわないとダメだけど……」

 

「そこは心配いらん。簡単な作業でも手伝ってくれるだけでだいぶ違うからな。……ふむ、いっそのこと開き直ってほかにも声をかけてみるか? フラワーと……ドーベルやスカーレットも手伝いを引き受けてくれると助かるのだが」

 

 後輩に頼る、という慣れない状況が不安なのでしょう。そこにはいつもの堂々とした副会長の姿はなく、いたって普通のウマ娘が真剣な表情でタブレット端末を操作しているだけ。

 念のため、貴方はメジロライアンに「憧れの先輩から手助けをお願いされて断る後輩はそうそういないと思うがどうだろう」と確認してみました。返答は「今度のお茶会の席で、ドーベルが大喜びで話すのは決まりかな」という満足のいくものでした。




ファインが「グルーヴ」呼びだったのは覚えているのですが、そういえばスズカはどっちだったかな……。

普通にド忘れしたので、あとで確認して間違ってたら修正しておきます。


※フルネームの呼び捨てでした。というか、グルーヴって呼ぶのもしかしてファインだけかも?


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めでてぇ。

 噂を聞いてルームにやってきたウマ娘たちに無慈悲なる握撃を振る舞い地獄と癒しを同時に提供しつつ、貴方は間近に迫っている皐月賞のことを考えています。

 

 

 それはもちろんシンボリルドルフのことではありません。それについては担当トレーナーが考えることであり、貴方は彼女の走りについて一切関わるつもりがないからです。

 貴方が気にかけているのは取引相手であるふたりのウマ娘。タマモクロスとゴールドシップに渡すトレーニングプランの内容について、どういった方向性にするかで悩んでいる様子。

 

 トレセン学園から追放されるためにウマ娘たちからヘイトを稼ぐための作戦であれば、貴方の七色に輝く頭脳からはポストアポカリプス作品に登場する未知の生物に浸蝕され汚染された化学工場のギミックの如くいくらでも湧いて出てくるのでしょう。

 しかしウマ娘たちが走るための作戦となると、ウマ娘の潜在能力を真っ直ぐに引き出して当日に過不足なく全力で走れるようにコンディションを整えるというトレーナーであれば誰もが思いつきそうな無難なモノしか用意できそうにありません。

 

 

 タマモクロスとゴールドシップへのアドバイスは対等な取引である。悪役だからこそ取引は誠実かつ完璧に遂行しなければならない。己で定めた悪の美学に背を向けるなどたとえ魂魄が砕かれようとも断固として拒絶すべき愚行なり。

 迷いを抱いたまま書き上げたトレーニングプランを渡すということは、つまりはこういうことなのです。GⅠレースだから、皐月賞だからなどという問題ではありません。本気で勝負に挑むウマ娘たちの走りに不純物を混ぜるなど、貴方にしてみれば逆鱗に唾を吐く行為に等しいでしょう。

 

 しかし、ひとりで考え込んでいても方向性が定まる気配が無いのも事実です。どうしたものかと悩んだ貴方が出した結論は──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ほーん? ルドルフに勝つためのメニューにするか、あくまで皐月賞っちゅうレース全体を見たメニューにするか、なぁ。どっちにしろ1着狙うんならそんなに変わらん気ィもするけど、まぁアンタがわざわざ別個にするくらいやから、なんかは違うんやろな」

 

「別にアタシは面白いレースができればどっちでもいいぜ! ……なーんて、この前までのゴルシちゃんならオメーに全部お任せオーダーすっとこだったけどよ。いまの会長相手となると、ちぃ~っとばかし悩んじまうな。皐月賞、とんでもねー仕上げ方してきそうじゃん? そんなのぜってーオモシレーに決まってんだろ! くぁ~! こんなときに影分身が使えりゃあな~!」

 

 ゲートが全員芦毛の破天荒で埋められた光景に心当たりがあるのはともかく、悩む時間を惜しんだ貴方は直接タマモクロスとゴールドシップにトレーニングプランについて打ち明けることにしました。

 

 これが正式な担当トレーナーであれば、ウマ娘のためにしっかり計画を完成させてから話を始める場面なのかもしれません。あるいは、アプリに登場するスーパー新人トレーナーたちであれば、ウマ娘との間に確かな絆と信頼がありますので協力しながらトレーニングの方向性を定めるという作業を行っても問題ありません。

 しかし貴方の目的はあくまでトレセン学園から追放されることであり、ウマ娘たちからの信頼など必要としていません。故に、未完成のままウマ娘へ投げ出してサクッと選ばせてしまい、それからプランを完成させることにしました。

 

 最終的にウマ娘の望みを叶えられるようなトレーニングプランさえ与えることができれば、そこに至るまでの過程や方法にこだわる必要などない。

 まさに冷静で冷徹で冷酷なる悪逆トレーナーだけに許されたいとも容易く行われるえげつない行為。己の完璧過ぎる悪役ムーヴに酔いしれた貴方は心の中でスタイリッシュな決めポーズを披露していることでしょう。

 

 

 そうして調子に乗りまくっている貴方は考えました。現状でも充分にヘイトを稼げているが、これだけで満足せずにまだまだ攻めの姿勢でふたりを煽るべきなのではないか? と。

 

 

 あえて厳しい言葉をかけてやる気を引き出すという手法は、前世のみならずこのウマ娘世界のスポ根作品などでも常套手段です。タマモクロスとゴールドシップの性格を考えれば、少し煽った程度であれば怯んでしまうことを危惧する必要もありません。

 ここでウマ娘たちとの間に信頼関係があれば、これは発破をかけるために意図して挑発的な言動をしたのだと簡単に見抜かれる場面です。しかし貴方とウマ娘との間には今日まで地道に積み上げてきた不信感という名のバベルの塔が屹立しています。そのような勘違いが起きるなどあり得ませんし、これでふたりのどちらかが勝利すれば悪役追放の伝統芸能「ざまぁ」が成立することでしょう。

 

 

 貴方は底意地の悪さを微塵も隠そうとせず、薄笑いを浮かべてふたりへ語りかけました。ホープフルステークスのころのシンボリルドルフであれば勝ち目は充分にあったが、いまの彼女に勝つのはかなり分の悪い賭けになる。それを承知でそんなに楽しそうにしているのか……と。

 タマモクロスとゴールドシップからの返事はありません。ただ、貴方が修行中に野生の世界で出会った好敵手たちを思い出させるような獰猛な笑みを浮かべるだけでした。




効果へのツッコミ含めて令和でもネタが通じる。さすがは爆砕点穴さんだぜ!

作者は獅子咆哮弾も大好きですが、まぁこのチート転生者には絶対使えないだろうなと出番は諦めました。


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てぇてぇ。

「ふぉぉぉなんたる眼福幸福アオハル緑の風が吹く! 三冠ウマ娘を目指す会長のトレーニングに前年度三冠ウマ娘のシービーさんが参加してさらにそこに会長に憧れて強いウマ娘となることを目指すテイオーさんが加わることにより尊みの3次元アタックが完成しているではありませんか私ごときがあの空間に近付こうものならブラックホールに吸い込まれるどころか自ら飛び込むことさえ辞さないウマ娘ちゃんたちの輝きの最果てといっても過言ではない神聖なる空間こうして遠くから眺めているだけでも得られるエモーションは戦国最強と言われた武田ウマ娘軍団だってまとめて差しきれるほどのエナジーリビドーパトスの高まり三十六計に頼らずとも芝もダートも駆け抜ける覚悟はまさに風! 林! 火! 山! んっほぉぉぉぉぉぉぉぁッ!!!! あ、トレーナーさん背中にガムテープの切れ端ついてますよ。とってあげますからじっとしててくださいね~」

 

 

 手を伸ばすアグネスデジタルの動きに合わせて1度だけプイッと反対を向き「もぉ~じっとしててくださいってば!」とポクポクと腕を叩かれている貴方がいる場所は、見通しのよいトレセン学園校舎の屋上であり練習用のためのレース場を見ることができるポジションです。

 ダンボールで作った拠点にギリースーツの出来損ないのような代物を被り望遠鏡などの遠くを観察することが可能な道具を抱えている貴方とアグネスデジタルの姿は控え目に例えることが難しいほど個性の暴力の塊ですが、屋上にやってきたウマ娘たちは視界に入った瞬間こそ驚くものの正体を知ると同時に特に問題なく日常へと戻っているのでトラブルの心配は無用です。

 

 もちろん、貴方ほどの策士がなんの意味もなくこのような行動をすることはあり得ません。現在、学園内部には貴方にとって天敵とも言える存在が侵入しているため、その人物との接触を避けるためにこうして屋上からウマ娘たちのトレーニング風景を観察しているのです。

 

 イメージトレーニングの中で戦国最強・本多忠勝との死合にて10分以上生存できるほどの戦闘技能を身に付けたチート転生者である貴方ですら恐れるその人物とは──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「素晴らしいッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 つまり、そういうことです。

 

 ウマ娘のレース関連の月刊雑誌『月刊トゥインクル』の記者である乙名史悦子女史こそ、貴方が最大級の警戒が必要だと判断した悪役トレーナーの天敵でした。

 

 隣で恍惚の表情でヨダレを滴しながらウマ娘たちへの熱い想いを語るアグネスデジタルとは違うタイプのファンタスティック個性の持ち主ですが、彼女の最大の特徴はなんでもポジティブに解釈する性格にあるでしょう。

 いまはシンボリルドルフの担当トレーナーに取材を行っているようですが、巨悪の権化たる自分に対しても毅然とした態度で信念をぶつけてきた彼ですら気圧されているのは流石としか言いようがない……と、貴方は乙名史記者の情熱を認めつつもその勢いに驚いてる様子。

 

 

 万が一。そう、あくまで万が一の可能性でしかありませんが、貴方がウマ娘たちと交わしている取引について好意的な解釈をされてしまった場合どうなるか。石橋を常に丁寧に叩いて渡っていることになっている貴方の思考回路が接触は禁忌であるという結論を導きだしたのも仕方のないことでしょう。

 

 

 それはそれとして、シンボリルドルフのトレーニングをミスターシービーが手伝っている光景にはなかなか感慨深いものを貴方は感じています。あえて脚質の近いタマモクロスやゴールドシップではなく彼女を選んだということは、それだけシンボリルドルフの走りに数値では測れない魅力を感じたという証拠でもあります。

 そこにトウカイテイオーというムードメーカーが加わることでバランスも非常に良好です。バイタリティーに溢れるウマ娘を3人も同時に監督することになった担当トレーナーの苦労はかなりのものになっていることでしょうが、この程度でへこたれているようでは貴方を打ち倒す正義の旗頭として認めることはできません。ここはしっかりと愛バを成長させるためのヒントをつかんでくれるよう祈りましょう。

 

 

 一瞬だけですが、彼の隣に立っているナリタブライアンの担当である老トレーナーと目が合いニヤリと笑いかけられた気がしましたが……そんなハズがない、ただの偶然だろう。警戒心が過ぎて余計なことを気にしている自分が可笑しくて自嘲の笑みを浮かべてしまいました。

 

 

「いや~、今年の皐月賞は楽しみですねぇトレーナーさん! タマモクロスさんやゴールドシップさんの仕上がりも鬼気迫るものでしたし、これは気合いを入れて応援をしないといけませんね! ぐふふ、真剣勝負でバチバチ火花を散らして走るウマ娘ちゃんたちの姿を想像するだけで滾りますし捗りますよコレはぁ……! あれ、トレーナーさんどうしたんですか急に? デジたんの頭にゴミでも付いてましたか? ……へ? いつかデジたんもそんなライバルが? イヤですよぉ~トレーナーさんってば。あたしにそんな競い合う相手なんてぇ~。というかデジたんごときがライバル宣言なんてウマ娘ちゃんたちに畏れ多いし申し訳ないしで自分の存在をストライクバニッシャーしなければならないレベルで──ちょ、頭をグリグリしないでくださいよ~ッ!?」




ちなみにギリースーツというのは、軍人さんが身に付ける緑色のムックのコスプレみたいなヤツのことです。映画などで見たことがある方も多いのではないかと。
つまりはジャングルなどの自然環境で身を隠すための物ですね。自然環境の中で。


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こおてぇ。

 贅沢は悪党の嗜みである。そんな考えを持つ貴方が“もっとも速いウマ娘が勝利する”と言われている皐月賞を観戦するにあたって、レースを楽しむための環境を整えることに妥協をするはずがありません。

 海岸線のゴミ処理をしているときに偶然発見した大型モニターを修理したものを正面に置き、筋肉や骨格などスポーツ医学や解剖学の知識をフル活用してパワーアップさせた最高クラスのリラクゼーションを誇るふかふかソファーの3代目、そしてテーブルに並ぶ色とりどりの味が揃っているコアラのマーチ。冷蔵庫には薬局で購入しておいたキンキンに冷えたジンジャーエールも用意されており、まさに非の打ち所がない完璧な布陣と言えるでしょう。

 

 強いて唯一の誤算をあげるのであれば、取引中のウマ娘たちが貴方と会話をすることもなく当然の権利のように皐月賞が行われる中山レース場へ黙々と運搬し始めたことぐらいです。

 山の神に捧げられる生け贄というよりも土木作業現場の資材のように扱われている貴方を見て新入生らしきウマ娘や新人らしきトレーナーなどはいったい何事かと驚きの表情をしていますが、そのほかの学園スタッフや警備員の皆さんなどは特にリアクションもなくその様子を見送っていました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 連れ出されてしまったものは仕方ありません。頭の切り替え速度はサイクロトロンに勝るとも劣らぬ貴方は素直にオープン戦などじっくりレースを楽しむことにしました。

 本日のメインは間違いなく皐月賞ですが、真面目にトレーナー業務に取り組む姿勢が微粒子レベルにも存在しない貴方にとってそのような俗世の価値観は意味を成しません。レース場のグルメを片手に顔見知りのウマ娘たちを冷やかしつつ、緊張感とは無縁の様子でのんびり楽しく皐月賞の開始を待っています。

 

 

 今回の皐月賞の主役は、なんと言ってもここまで無敗のシンボリルドルフでしょう。三冠ウマ娘になると公言し、その発言に見合うだけの実力を示していますのでファンの期待値もかなり高いことでしょう。もしかしたら、先に三冠ウマ娘を達成しているミスターシービーと一緒にトレーニングに励む姿などが公開されていることも関係あるかもしれません。

 ターフの上に次々とウマ娘たちが現れ、観客席もそれに合わせてどんどん盛り上がり、ついに本日の一番人気シンボリルドルフが姿を見せたその瞬間。大歓声で出迎える大勢のファンたちとは真逆、貴方は静かに彼女が纏う気迫の変化を楽しんでいました。

 

 

 ホープフルステークスのときとはまるで違う。優等生としてレースに参加することしかできなかったウマ娘が、ずいぶん上等で狂暴なオーラを放つようになったじゃないか。

 

 

 どうやら貴方の周囲にいるウマ娘たちもシンボリルドルフの変化をしっかりと感じているらしく、トウカイテイオーなどは「練習のときよりも、いまのカイチョーのほうが何倍もカッコいい!」とはしゃいでいます。

 喜んでいるわりには憧れよりもギラギラとした戦士の輝きをその瞳に宿しているあたり、この世界のトウカイテイオーはシンボリルドルフの影を追いかける気などまるでなく、いつでも追い抜いてやると意気込んでいるのでしょう。トレーナーの助けも無くその境地に至れるとは、マヤノトップガンもそうですが天才とはズルいものだと貴方は呆れてしまいました。

 

 さて、ゲートの前ではタマモクロスとシンボリルドルフが睨み合っています。なにやら勝負の前に会話をしている様子ですが、光源が一切存在しない闇が支配する黒い森の庭を聴覚と嗅覚を頼りに平地の如く駆け抜けることが可能な貴方には全て筒抜けです。

 

 タマモクロスが「ほぼほぼ1年も待たされた」と愚痴ったことに対し、シンボリルドルフが「待たせてすまない、だがそれはそれ。今日のレースに勝つのは私だ」と返答しました。

 ふたりの間にどのような約束事が存在したのか貴方は知りませんし知りたいとも別に思いません。そんなことよりも、ターフの上にいるウマ娘たちのやる気が絶好調に──ゴールドシップでさえアプリの最終直線で見せるような『イケメンモード』になっていることのほうが貴方にとっては重要なのです。

 

 期待通りの展開。シンボリルドルフはもちろん、担当トレーナーも巧くやってくれたのだろうと貴方は大満足といったころ。

 

 

 ──あそこにいるのは生徒会長などではない。己の夢を実現するため、己の意地を貫き通すため、屍を踏み越え覇道を歩む覚悟を手にした『皇帝』シンボリルドルフだ。

 

 

 ついうっかり声に出てしまった呟きに、周囲のウマ娘たちはすっかり黙ってしまい、ただシリウスシンボリだけが心底楽しそうにニヤニヤと笑っています。もちろん目の前のレースのことしか頭にない貴方がそれらの様子に気がつくことはありませんのでご安心ください。




次回はルドルフ視点です?


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『lord of darkness』

答え合わせの時間。


(手足が微かに痺れる感覚。このような感覚は久しぶり……いや、もしかしたら初めてかもしれない。ふふ、それも当然か。生徒会長として、シンボリのウマ娘として威風堂々たる振る舞いを心がけてきたが、百年河清を待つ想いでしかなかった理想へ向けて、ようやく1歩目を踏み出せるのだからな)

 

 割り当てられた控え室にて、己が指先が痺れる感覚を楽しみながらシンボリルドルフはこれから始まる皐月賞のことを考えていた。

 

 誰かのためではなく、自分のため。ウマ娘たちの幸福を願うのではなく、自分自身がウマ娘たちの輝く姿を見たいという私利私欲のために走ろうとしているのだから緊張するのも無理はない。

 厳格なる両親が今日の走りを見たらどう思うだろうか。もしかしたら失望されて、期待はずれだと見限られる可能性だってあるかもしれない。心の在り方というものは走りに如実に現れる。全身全霊で“我を通す”と決めた以上、それを理解る者に隠し通すことはできまい。そもそも隠すつもりなど微塵もないが。

 

「トレーナーとしては複雑な気分だよ。自分の担当ウマ娘が緊張している姿を見て“嬉しい”と思えるんだからね。……ルドルフ、タマモクロスやゴールドシップはもちろん、皐月賞で戦うウマ娘たちは本気でキミに勝つつもりだよ」

 

「当然だな。負けてもかまわないなどという半端な気概でGⅠレースの舞台に立つウマ娘などいない──などと、当たり前のことが言いたいワケではあるまい?」

 

「まぁね。キミが本気で、それこそ生徒会の仕事をエアグルーヴに協力してもらってまでトレーニングに励んでいた姿は皆が見ていたから、その影響なんだろう。なんというか……その、皮肉だな。ヒドい話だ」

 

「生徒会長として邁進していたときには見ることが叶わなかった光景が、生徒会長としての役目を蔑ろにした途端に見ることができた。そのことに不満が無いかと問われれば不満しかないがな。だがまぁ……後悔するのは()()()()()()()()()()()()()()()()()()だろう?」

 

「そうだね。そのために僕もルドルフも厳しいトレーニングを頑張ってきたんだ。皐月賞に勝つために。──なぁ、ルドルフ」

 

「なんだい? トレーナーくん」

 

「こんなことを言ったらキミは怒るかもしれないが、生徒会長として理想のためではなく、ひとりのウマ娘としてライバルに勝つために強くして欲しいと言われたとき、僕は嬉しかったんだ。ひとりのトレーナーとしてね」

 

「む、それはズルいな。これでも私はずいぶんと悩んだのに。あれだけ偉そうなご高説を口にしておきながら、いまさら自分のために走りたいなどと頼んで嫌われはしないかと一晩中だぞ?」

 

「そこはもう少し信じて欲しいな。僕はキミのトレーナーだよ?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 シンボリルドルフがターフに立った瞬間、観客席からは万雷の声援が降り注いだ。もちろんそれはこれからレースを走るウマ娘にとって喜ばしいことではある。が……それ以上に彼女を昂らせるのは先にゲートの前に集まっていたライバルたちの視線であった。

 

「ハッ! ようやく()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()? ──ほぼほぼ1年や。こんだけ待たせておいて、腑抜けた走りなんぞ見せた日には承知せぇへんで? そんときはァ……せやなぁ、今度の学園祭で漫才とかやってもらうのもエエな。ちょうどハリセンの予備もあることやし」

 

「ふむ、漫才か。考えてみればアレは聴衆側にとっては娯楽だが、演者には会話のリズムや言葉選び、時代ごとの流行や政治・経済といった幅広い事柄についての見識が求められるなかなか高度なエンターテイメントだ。もしかしたらレースを走るためのヒントが得られるかもしれないな」

 

「そうそう、お笑いもレースも失速しないよう勢いで走り抜けるのが大事ってなんでやねんッ!! マジメかッ!! ボケなのか本気なのか判断に困るわッ!! はぁ~。ま……ええわ。ヘンな緊張はしとらんようやし、100パーセントのルドルフ、見せてもらおか?」

 

「もちろんだ。その前にひとつ、皆に謝罪しておきたいことがある」

 

「なんや、さんざん待たされたことならウチは別に水に流してやってもええで。たぶんほかの連中も同じ気持ちやろうけど」

 

「それについてはウマ娘らしく、言葉ではなく走りで応えてみせるさ。私が皆に謝りたいのは他でもない、全てのウマ娘の幸福が見たいという私の……野心を現実のモノとするために、今日は遠慮無く皆の夢を踏み砕かせて貰うことについてだ。皐月賞を──この勝負を、勝つのは私だ」

 

 

 それはおそらく誰ひとりとして、両親を含むシンボリ家の者たちも、同じ学園で生活をしているウマ娘たちも、教師や教官などのスタッフも、生徒会のメンバーも、おそらくは担当であるあの若きトレーナーですらも見たことがないであろう()()()()()()()()()()()()()()()()()()の姿。

 ウマ娘たちの日々を慈しみと共に見守る生徒会長としての彼女とは真逆。鋭い眼光と暴力性が剥き出しの微笑みは、それを正面から受け止めたウマ娘たちに雷光の如きオーラを錯覚させるほどのものであった。

 

 

「……イイねぇ、こりゃ期待通りの想像以上だわ。そりゃそうなるよなってハナシだわ、トレピッピのヤツが皐月賞に勝つかルドルフに勝つかどっちがいい? なんて選ばせてくるのも納得ってな。いやぁ~、ムチャを承知で両取りしたかいがあったってもんだ本当に。本当によォ……面白くなってきたぜ──ッ!!」

 

「ほーん? なかなか言うてくれるやん。ええでルドルフ。アンタのその喧嘩、高値で買ぉたる。 ほんなら今日は思う存分──ウチらとヤり合おうやァァッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「絶景! ウマ娘たちがなんのしがらみもなく本気で競い合う姿を見ることができる、これに勝る幸福はなかなかないだろう。それが皐月賞という大舞台であるならばなおさらだ!」

 

「えぇ、そうですね。理事長の仰る通りだと私も思います。ただ……」

 

「一部のトレーナーたちが褒められたモノではない態度でいることが不満、か? たづな、気持ちはわかるが彼らの言い分にも理はある。ルールが……秩序がなければ競技は成り立たないからな」

 

 理事長・秋川やよいのもとに届けられた名門トレーナーたちからの嘆願書。回りくどい文章が長々と続いていたが、それを要約すると“担当トレーナーがいないウマ娘のGⅠレース参加は制限するべきではないか”という内容であった。

 ウマ娘たちを愛するひとりのファンであると同時に経営者でもある秋川やよいは、この嘆願書の内容を全くの無意味なモノであると安易に否定するほど視野は狭くない。中央トレセン学園の理事長の椅子は、トレーナー不在のウマ娘がGⅠレースに勝利したことの影響力が理解できない程度の者が座れるほど安くはないのだ。

 

「事実! URAや各地のレース場スタッフはともかく、歴史と伝統を重んじる者たちはずいぶん愉快なことになっている。先日お会いしたサクラ家のご当主に関しては本気で楽しそうにしていたが。若い連中が青春を全力で楽しんでいる現状に不平不満なぞ抱くものかよと豪快に笑っておられた。文句があるなら我ら桜の女たちが真っ向から受けて立つ、ともな」

 

「なんというか、お立場のことはともかく大人としては模範的な回答なんでしょうね。バクシンオーさんやチヨノオーさんのような方が育つのもよくわかります」

 

「だが、あまり歓迎できない影響が出てくる可能性があることも無視できん問題だ。ミスターシービーとマルゼンスキーの活躍に憧れるのは結構だが、それがトレーナーという存在への否定的な意見に繋がるのは阻止しなければならん」

 

 

 名門トレーナーたちの言い分そのものはただの逆恨みである。GⅠレースの枠が欲しいなら、そのレベルまで担当ウマ娘を育てるのがトレーナーの仕事であり存在意義というものだ。才能? 幸運? いやいやキサマら、彼が面倒を見ているウマ娘たちの境遇がどういったものか忘れたのか。

 が、それはそれとして単独出走のウマ娘たちがレースに勝つ姿は希望だけではなく誤解も与えてしまっているのは悩ましい問題なのだ。中央トレセン学園内で活動している者は非公式チーム・ポラリスのことを知っているからまだいいが、そうでない者は「トレーナーに頼らなくてもレースに勝てるなら、ウマ娘だけでよくね?」などと考えてしまうかもしれない。

 

 

「信念! 彼が正式にウマ娘を担当してくれれば問題の解決も楽になるが、それは期待しないほうがいいだろう。ミスターシービーやマルゼンスキーほどの原石を見事に磨き上げて尚、手放すことになんの躊躇も感じていないようだからな」

 

「本人たちも契約の意思こそありませんが、彼の側を居心地よく思っているようですね」

 

「酔狂! まるで映画に登場する大怪盗のようだな。宝物を手にするまでの過程が楽しいのであって、宝物そのものを欲しているワケではない。レースの結末はあくまでウマ娘たちのモノであり、自分の役目はコースに立つ前の時点で完結していると。うむ! 期待以上の逸材だッ!」

 

「正直に申し上げますと、私自身も半信半疑でした。URAの友人から『もしも彼を採用するなら干渉せず自由にさせておけ』と言われたときは」

 

 採用試験の前に新人トレーナーについてある程度の情報交換をするのはいつものことであるが、あの青年に関しては担当者が普段とは比べ物にならないほど楽しそうに語っていたのだ。

 彼はどうやってもウマ娘たちを導かずにはいられない性分をしているから、変に首輪を付けるよりも放し飼いにしたほうが役に立つ。アレは仕事ではなく生き方としてしかトレーナーができない大バカモノだ……と。

 

 新人トレーナーのサポートも仕事としている駿川たづなとしては、自分の役目を放棄するように言われているも同然で複雑な心境であった。学園での生活に慣れるまで、可能であれば何れかのチームに見習いとして所属するまでは。一般家庭の出身であればなおのこと、()()()()()()から遠ざける意味でも。

 それでも駿川たづなが最初にトレーナールームの鍵を渡すという大博打ができたのは、面接試験で見せた尊敬に値するほどのふてぶてしさが理由だった。名誉ばかりに眼が眩んだ名門のお坊ちゃんお嬢ちゃんたちを小馬鹿にしたような「トレーナー業は儲かるから」という発言も、友人たちから提供された予備知識があればまた印象が変わるというものだ。

 

 なるほど、研修生時代に()()()が過ぎる教官やら先輩やらを相手にイロイロとやらかして楽しませてくれたという話にも誇張はないのだろう。まったく、面接試験の途中で危うく思い出し笑いをしてしまうところだったじゃないか。

 

 

「む? そろそろ始まるな。さて、せっかくの皐月賞だ、気が滅入るような話はこれぐらいにしておこう。貴重な休日を仕事の話で浪費するのはもったいないからな!」

 

「ふふっ、そうですね。でも理事長、さりげなく今日を休日扱いしようとしてもダメですよ? 学園に戻ったら早急に処理していただかないといけない案件がいくつもあるんですから」

 

「……無念ッ!」




身体が闘争を求め闇堕ちしたシンボリルドルフ!

9年は……長かった……。


深い意味はありませんが、たづなさんの友人って足が、いや脚が速そうな女性とか多そうですよね。深い意味はありませんが。


続きはこれから始まる大晦日へ向けて色とりどりの鍋のもとに期待が膨らんだら、次の登場ウマ娘は……メジロチェイサー? になります。


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こせいてき。

胡麻豆乳鍋の美味しい季節になりましたね……。

ウマ娘用の土鍋とか、やっぱりメッチャ大きいんですかねぇ……?


 今日に至るまで多種多様な悪役ムーヴをムカデの手首を捻るかの如く鮮やかに遂行してきた貴方ですが、あるとき鏡に写る自分の姿を見てふと思いました。自分には、悪役として重要な『個性』が足りないのではないか……と。

 

 悪役とはただ悪いことをするだけでは務まりません。正義の味方を輝かせるためにも、ある種の魅力を有している必要があるのです。そのように考えた場合、貴方は自分のこれまでの行動は余計なモノを全て排除したシンプルな醤油ラーメンのように正統派に過ぎたのではないかと反省している様子です。

 何事も新しいアイディア無くして進歩など望めない。とはいえ、いきなり奇抜な行動をすればそれが進化であると主張するほど貴方は自分を見失うことはありません。ここはひとつ、まずは形から整えてみるかと服装のバリエーションを増やしてみることにしました。

 

 

 もちろんここで最新の流行に飛び付くほど貴方は迂闊ではありません。それでは結局個性を得られず大衆に埋もれてしまいますし、自分のスタイルを定めることと流行を知ることはイコールではないと考えているからです。

 

 

 ならばどのようなイメージで組み立てるかという問題が残りますが、そこは前世と今世、合わせて4人の祖父たちを参考にしようと貴方は決めているようです。

 奇しくも4人それぞれスタイルに差異はあれど、いつでもスタイリッシュかつジェントリーに祖母をエスコートして逢い引きに出かける伊達男たちでしたので手本としては最適と言っていいでしょう。

 

 テーマは旧き時代のチャラ男。着流しに羽織と袴の色合いもグラスワンダーやニシノフラワーの意見を取り入れつつじっくり考えた甲斐もあり、後にSNSで“ミスターシービーとマルゼンスキーの担当は明治時代から現代にタイムスリップしてきた過去のトレーナー説”という題名で写真が投稿され賑わう程度にはまとまった服装になりました。

 そこにマルゼンスキーからプレゼントされたネクタイピンとミスターシービーが選んだ帽子を合わせることにより、自腹を切らずウマ娘に物を買わせる女の敵としての姿も見せることができると貴方は大満足です。

 

 そして貴方独自の工夫として、敬愛する祖父たちをリスペクトして杖などを手に持つことにしました。こちらもまた偶然にも趣味が似ていたらしく、祖父たちの杖は芯の部分に玉鋼や高純度の銀など金属が使用された頑丈なモノであったことを貴方はしっかり覚えています。

 なので貴方も修行中に見掛けた緋色の輝きを宿す不思議な金属を棒状に加工したものを杖の芯として使用しています。見えないところにメタルのワンポイントお洒落、これは悪役ファッションとしてもなかなか悪くないとひとり納得しています。

 

 

 さて、こうして新しい服装に身を包んだ貴方ですが、この出で立ちで何処へ向かうかという選択もしっかり考える必要があります。

 

 普通のトレーナーであれば、身だしなみを奮発して向かう場所といえば担当ウマ娘が出走する重賞レースが真っ先に候補となるでしょう。己の魂と誇りに誓い育て上げた担当ウマ娘の晴れ舞台を見届けるのに、半端な態度でレース場へ足を踏み入れるトレーナーなど論外というものです。

 しかし貴方は担当ウマ娘などひとりも抱えていない底辺トレーナー、特別な思い入れのあるレースなどというものとは無縁です。そもそも、これほど気合いの入った服装で重賞レースを……仮にGⅠレースの観戦などしようものなら事情を知らない者たちにとんでもない誤解をされてしまう可能性があります。GⅠレースという特別な舞台に敬意を払う、王道を歩むトレーナーなどという真逆の存在と疑われるのは面白くありません。

 

 

 適当に商店街をフラフラと歩くだけでも「あの男、いまだに担当ウマ娘も見つけられていないクセに偉そうな格好して歩きやがって……」と簡単に不興を買うことは可能だろう。

 だが、いくら完全無欠のチート転生者だからといって安易な方法ばかりを選んでいたのでは足をすくわれるリスクも高まるのではないか? 慎重も過ぎれば臆病と変わらない、ここは大胆に攻めの一手を打つ場面に違いない。

 

 

 なにか手頃な予定はないかとパラパラと手帳を眺めてみたところ、ちょうど良いタイミングでメジロライアン、アイネスフウジン、アグネスタキオンのメイクデビューが間近であることに貴方は気づきます。

 これはなんとも好都合。担当ウマ娘が走るワケでもないのに特に意味もなく洒落た服装で観客席にたたずむ育成評価Gトレーナー。なかなかインパクトのある絵面になるのは確実です。

 

 お披露目の舞台は決まりました。あとは当日に体調を崩して台無し、などということにならないよう気をつけるだけ──でしたが、ここまで整えるのであればとことん祖父たちの行動を真似してみるのも一興というものでしょう。

 そうと決まれば善は急げ。さっそく貴方は杖を清めるための日本酒を買いに出かけることにしました。




レース部分をもっと見たいという嬉しいリクエストもちらほら頂いていますが、作者の語彙力ではシーズン中に1回、どんなに多くても2回が限界かと。

本作は群像劇な部分もあるので、迂闊に手札を切れないのです。何度も同じレースは書けませんからね。ネタ切れ的な意味で。


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やせいてき。

きさらぎこっとうひんてん!
じらそーれ!

言いたかっただけです。ウマ娘とは特に関係ありませんし、別に深い意味はありません。


 妥当な結果であると納得するべきか、それとも番狂わせが起こらなかったことを惜しむべきか。メジロライアン、アイネスフウジン、アグネスタキオンの3人は無事メイクデビューを勝ち抜けることができました。

 とはいえ、勝利という結果はあくまで結果でしかありません。そこに至る過程、つまりレースそのものは見ごたえがあり貴方もバッチリ楽しむことができてご満悦のようです。

 

 アイネスフウジンはレース中盤の始まりからゴール手前50メートルあたりまでふたりのウマ娘と先頭の奪い合いが続いていました。

 アグネスタキオンは途中まではプラン通りの走りができたものの、最終コーナーあたりでいきなり想定以上の走りを見せたウマ娘が現れたとご機嫌です。

 

 たかがメイクデビューなどと侮るなかれ。まだまだ未熟な走りのウマ娘ばかりですが、その中でも今後が楽しみになるような走りを見せてくれた子たちはそこそこいます。

 具体的には、能力をコッソリ覗き見したときに根性の数値だけ何故か飛び抜けているウマ娘がチラホラといたのです。つまりはギリギリの追い比べになったとき、最後まで諦めることなく走る気概をすでに身に付けているということ。強敵と戦えば戦うほど伸びる土台ができているワケですから、そこに期待をするなというほうがムリでしょう。

 

 

 そうした嬉しい発見を含めた上で、今日のメイクデビューで最も貴方の想像を超えた走りを見せてくれたウマ娘は誰かと問われれば、それはメジロライアンです。

 

 フジキセキとは別枠のイケメンウマ娘として黄色い声援を浴びる機会の多いメジロライアンですが、今日の彼女は普段トレセン学園で見ることができる『品の良さ』が見られない……と、いうよりも自らの意思で無用であると投げ棄てたかのような走りをしていました。

 普段のメジロライアンを美術品の彫刻にも似た雰囲気であると例えるのであれば、今日の彼女の走りはまるで野生の獣の躍動感を思わせるモノ。それはそれで風雨により研磨された自然石のような美しさはありましたが、あれだけ“メジロのウマ娘とは”と悩んでいたワリには迷いの無い走りに仕上げたものだと貴方は驚きを隠せません。

 

 いったい誰がメジロライアンの中に潜んでいた野生を目覚めさせたのだろうか。中央トレセン学園でトップクラスの常識ウマ娘で真面目な彼女に優等生の仮面を外させることは一朝一夕で実行できるものではありません。

 自分などつい最近もヘイトを稼ぐために煽りに煽っていただけだというのに……と、貴方は姿の見えない導き手の手腕に感服しているようです。

 

 

 ちなみに貴方が行った煽りとは“メジロらしさとはなにか、格好や言動を改めるべきだろうか”と悩むメジロライアンに「お前にとってメジロの誇りは見てくれを整えればそれで完結するものなのか? てっきり『私が駆け抜けた道こそがメジロそのものだ』ぐらいの気概を走りで証明してくれるものだと思い込んでいたよ」とニヤニヤ笑いながら発言するというものでした。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 メイクデビューは終わりましたが貴方の悪役ムーヴを兼ねたレース満喫の1日はまだ終わっていません。せっかくレース場まで足を運んだのですから、全てのレースをしっかり堪能してから帰らなければもったいないというものです。

 ほかのレースに出走する顔見知りのウマ娘たちを冷やかすために控え室を訪ねては逆に服装のことで弄られたりと一進一退の攻防を繰り広げつつ、貴方はレースの合間に小腹でも満たそうかと屋台などを眺めながら歩いています。

 

「お、見てみなよトレ公。台湾ラーメンの屋台があるよ。レース場にしちゃなかなか珍しいものが出てるもんで──なんで選べる辛さがアメリカン、ノーマルときて次が天堂地獄なんだい……?」

 

「台湾!? 台湾のラーメンがたべられるの!? ターボもたべてみたい! ちょっと辛そうだけど美味しそうなニオイがするもん! えーっと、どうせなら辛いのだって一番をたべて──」

 

「はいはい、アンタは素直にアメリカンを頼んでおきなよ。あと台湾ラーメンは日本のご当地ラーメンだからね。トレ公、アンタのぶんも頼んでおこうか? 最近は湿気の多い日もあるし、辛いモン食べて気合い入れるってのも悪くないさね。……トレ公?」

 

 

 貴方は外道を我が物顔で闊歩する悪のトレーナーとして活動していますが、それでもウマ娘たちの安全だけは天地神明に誓って守護ると決めています。故に自分の近くにウマ娘がいるときの貴方の警戒能力は、例え光学迷彩や亜空間潜行であろうともそこに悪意が含まれている限り欺くことは不可能です。

 そんな貴方が感知したのは無機質な暴力装置を懐に忍ばせた何者か。悪意の類いは感じられず、しかし適度な緊張感を保つ様子から判断するに護衛任務の類いだろう。それだけの大物がGⅠレースでもないのにレース場にいる。

 

 

 いったい何事だろうかと警戒を続ける貴方の視界にひとりのウマ娘……いえ、ウマ貴婦人が現れました。

 

 

「ごきげんよう。今日はとても良い日和になりましたね。メイクデビューを走るウマ娘たちにとっても……もちろん、ほかのレースを走るウマ娘たちにとっても。そう思いませんか? トレーナーさん」

 

 小腹を満たすどころか油断しようものならハラワタを食い破られそうだ。目の前で微笑む貴婦人から感じる高貴にして剛毅な気配を「なんかよくワカランが正体不明のオモシレー女が出てきた」と楽しみつつ、貴方はまったくですねと帽子を手に取り頭を下げるのでした。

 



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だいたんふてき。

 台湾ラーメンを受け取って喜ぶツインターボをヒシアマゾンがテーブル席へと誘導し、その場に残っているのは貴方とウマ貴婦人のふたりだけとなりました。

 もちろんやや遠くからは護衛の方がこちらの様子をうかがっていますし、特に身を隠しているワケでもないので野次ウマたちはひっそりと聞き耳を立てていますが、別に取っ組み合いの喧嘩をするワケでも無しと貴方は気にしてはいないようです。

 

 会話の内容はここまでのレースの感想についてのみであり、お互いに相手の懐を探るような会話は一切ありません。

 たまたまレース場で知り合い、その日のレースの話で盛り上がる。そうした光景はそこまで珍しいものではなく、レースを通じたコミュニケーションはこの世界では子どもの頃から誰もが慣れ親しんだものでしょう。

 

 

 ですが、ウマ貴婦人の目的がただの雑談ではないことを見抜けない貴方ではありません。相変わらず敵意などは感じませんが、こちらを見定める……あるいは、値踏みをするような気配。そうしたものを相手は隠そうともせず堂々としていますので、これに気付くなというほうがムリというものです。

 もっとも、貴方が品定め気分で話しかけられた程度のことで動揺することはありません。何故なら中央トレセン学園から追放されるために極悪非道な守銭奴トレーナーとして貴方は活動していますので、侮られるのも軽んじられるのも心の底から大歓迎したいぐらいだからです。

 

 話の内容がメイクデビューで勝利したウマ娘たち……メジロライアン、アイネスフウジン、アグネスタキオンの話題になったところでウマ貴婦人の動きに変化が現れました。

 要約すると、ほかのふたりに関してはともかくメジロライアンの走りは名家のウマ娘としてあまり褒められたものではないとやや批判的な評価をウマ貴婦人は下したようです。

 

 ウマ娘の本気の走りにケチを付けるとは何様のつもりか、と普段の貴方であれば怒りゲージが蓄積したかもしれません。しかし、悪役トレーナーとして他者の感情の揺れを完璧に把握して活動してきた実績は言葉の裏側にある本音を見逃したりはしません。

 

 目の前のウマ貴婦人は、メジロライアンが示した“純粋なる力による勝利”を間違いなく楽しんでいます。後方で脚をため、最終コーナーの入り口からフルパワーで加速して遠心力で広がることに逆らわず大外から直線で全て切り捨てる。この展開はウマ娘のレースを愛する者であれば魅了されるのも当然というものでしょう。

 さらに、メジロライアンの勝ちについて楽しげに話すことから目の前のウマ貴婦人の正体についても貴方はおおよその見当が付いているようです。ここまで露骨に態度で示されたのであれば答えなどひとつしかありません。

 

 そう、このウマ貴婦人の正体は──。

 

 

 

 

 

 

 メジロ家所縁の誰かと仲良しさんな上流階級の誰かなのは確定的に明らか! と、貴方は結論を出しました。

 

 

 

 

 

 

 ここで“メジロライアンのことを楽しそうに話しているからメジロ家の人物、あるいは家族である”などと安易な考え方をするようでは素人そのものです。

 いまごろメジロ家では貴方からトレーナーライセンスを剥奪するための計画が順調に進行していることでしょうから、目の前のウマ貴婦人がメジロ家の関係者であった場合このようにプラスの感情を見せることなどありえません。

 

 どうやらメジロ家は貴方の悪評を無闇に拡げることは良しとしていない様子。おそらくはほかの善良なるトレーナーたちへの風評被害が発生することを懸念したのでしょう。

 存外、名門にしては意気地の無い判断をしたものだ。貴方は思わず笑いそうになっていますが、ならばここは自分がその計画を後押ししてやろうじゃないかと策を考え始めます。

 

 如何にしてこのウマ貴婦人からヘイトを買うべきかと頭を回転させ始めたところ、話題はメジロ家の大目標である天皇賞のものとなりました。

 メジロ家と繋がりがあることは確実ですので、天皇賞について話すことはなにも不自然ではありません。期待を背負うメジロライアンは天皇賞を勝てるだろうかという質問が出るのも自然な流れではありますが……それを貴方に問うのは致命的な判断ミスだと言わなければなりません。

 

 貴方は穏やかに微笑みながらもハッキリとした声で「興味は無い」と告げました。もちろんウマ貴婦人は貴方の返答に対して気配を鋭いものに変化させ叩き付けてきましたが、その程度で撤回するほど軽々しい覚悟で貴方は暴言を口にしているワケではありません。

 まさかトレーナーでありながら天皇賞の価値を理解していないのかと凄まれますが、貴方は怯むことなく、しかしあくまで紳士的に「レースの価値はその瞬間、コースを走ったウマ娘たちだけのモノ。部外者である自分が偉そうに語るなど烏滸がましいにも程がある。勝負の真価は、戦った者たちだけが知っていればそれでいい」と毅然とした態度を崩しません。

 

 

「……なるほど。貴方の考えはよくわかりました。今日のところはこれで失礼しましょう。では──また、いずれ」

 

 

 最後まで気の抜けない相手でしたが、どうにか無事ヘイトを稼いで追い返すことができ貴方は安心しているようです。杖を握る手に嫌な汗の感触がわずかにありますが、少しは歯応えのある敵がいなければゲームは面白くないと前向きに考えることにしたようです。

 未知の強敵に勝利した貴方は、ヒシアマゾンが購入してくれていた焼きうどんとたこ焼きを受け取ると、次のレースが始まる前にと猛ダッシュで観客席へと戻るのでした。




後書きで近況を自慢するのが一部で流行っているらしいので、作者もたまには流行に便乗してみようかと思います。


この投稿は、とある地方の道の駅で揚げたてのコロッケとバナナシェイクを楽しみながら実行しました。


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びふてき。

 アスリートの身体はトレーニングだけで作られるモノではありません。精神も健康でなければ厳しい戦いの中で心を強く保つことは難しいでしょう。

 健全なる精神を維持するためには充分な休息と適度な娯楽、そして栄養価だけではなく美味しさを追求した食事も必要不可欠です。

 

 故に、名門の肩書きを持つウマ娘やトレーナーが『食』というカテゴリーでも他の追随を許さぬこだわりがあるのだろうと想像することは貴方にも可能でした。ですが──。

 

 

「えっと、その……私も急に連絡が来て、あんまり事情が飲み込めていないんですけど……。あ、でも味のほうは期待してくれて大丈夫ですよ! どれもメジロ家と直接取り引きのある生産者の方たちの素材ですから、お肉もお野菜も品質は確かな物ばかりのはずです!」

 

 名門たるメジロ家が食にこだわるのは理解できても、何故そのこだわりの食材が自分のルームに運び込まれているのかはさすがの貴方でも理解できない様子。

 メジロライアンの説明が紛れもなく真実であることは見た目だけでわかります。色艶や形はもちろん、言葉にせずとも伝わってくる生産者たちの“レースを頑張るウマ娘たちに美味しいものを食べさせたい”という真心が込められていることに気付けない者などいるはずがないと貴方は確信しているからです。

 

 

 さて、このメジロ家からの挑戦状。正しく紐解かなければ貴方の追放計画にどのような影響が出るかわかりません。ここは高度な柔軟性を保ちつつ臨機応変な判断ができるかが問われる場面です。

 トラブルが発生したときこそ焦らず急がず冷静に。問題解決は順番に可能性を消す作業を地道に行うことこそが近道だというのが貴方のスタイルです。まずは食材が劣化しないよう丁寧に片付けるところから始めましょう。

 

 貴方に利する行動をしてしまう不快さよりも食材たちへの敬意と感謝が上回ったのでしょう、片付けそのものはウマ娘たちが協力的かつ積極的に行動してくれたおかげでスムーズに終わりました。

 

 そしてここからが貴方にとって本番です。まずは本来あるべき形──すなわち、担当ウマ娘と担当トレーナーという信頼関係が存在していた場合を仮定します。その場合はこれらの食材を使いメジロライアンに栄養バランスと美味しさが両立した食事を用意してほしいという厚意であると考えても許されたかもしれません。

 ですが貴方はメジロのウマ娘たちにとっては不倶戴天の敵ですからそのような可能性は除外して問題はありません。となると期待や感謝、そして労いといった感情とは逆のモノが込められていると考えるのが妥当です。そこに相手側が勘違いしているであろう貴方だけが知る情報、実は守銭奴としてウマ娘たちを利用しようとしているのは世を欺くための仮の姿であるというヒントが加わることにより推理は完結しました。

 

 

 残念だったなメジロ家よ。俺はトレーナーとして働くつもりなど雀の涙ほどにも考えていないのだ。だから、このような手段で嫌がらせを行うのは無意味でしかない。そう、こうして食材を押し付けることで“キサマ如きがウマ娘たちを指導しようなどと百年早い、異論があるならまずはそれらの食材を駆使してウマ娘たちの食事管理をしてみせろ”などという挑発を行ったところで俺のメンタルが揺るぐことはないのだ。

 

 

 まさに唯一無二! これはラビュリントスの遺跡を超えるほど複雑な頭脳を持つ貴方でなければこの答えにたどり着くことは絶対に不可能だったことでしょう! 

 ここまで見事に謎を溶解したのであれば、かの名探偵エルキュール・ポワロでさえも推理を投げ出してワッフル片手にティータイムを始めてしまうに違いありません。

 

 真実を手にした以上、貴方が取るべき行動はただひとつ。これらの食材を存分に悪用する、ただそれだけのことです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 とある休日のお昼のことです。

 

 たっぷりと水が入った状態で並ぶドラム缶をウマ娘たちが雄叫びをあげながら押している光景を見ながら、貴方は牛肉の塊を鉄板でじっくりと焼き上げる作業を楽しんでいます。

 それはとあるウマドルの育成中のイベントをヒントに思い付いた、いわゆる“貴族の遊び”という高度な煽り行為。ウマ娘たちがドラム缶を押し始めると同時にお肉を焼き始め、1着になったウマ娘から順番に好きなお肉を選んで食べることができるという仁義なき戦いです。

 

 当然ながらゴールが遅れれば遅れるほどお肉が焼け過ぎて美味しさが損なわれますし、全てのステーキがミリグラム単位で同じ大きさに整えられていることを知らないウマ娘たちにしてみればお肉選びは決して譲るワケにはいかないでしょう。

 もっとも、チート転生者である貴方にとって炎を支配し操ることなど複数人の赤子の世話をしながらであっても容易く実行することが可能です。大家族の長兄として両親を手伝いながら弟妹たちの安全を守護ってきた知識と経験は伊達ではないのです。

 

 ちなみに、貴方にも多少の人の心というものがあるらしく、この非公式ステーキステークスの参加にはとある条件を設けています。

 無計画にお肉を食べる行為はアスリートとしては褒められたモノではありません。なので、すでにメイクデビューを果たしたウマ娘はもちろんのこと、担当トレーナーやチーム所属などで健康管理が必要なウマ娘たちの参加は認めていません。

 

 

 転入したばかりで問題なく参加条件を満たしている芦毛の怪物が意気揚々とゼッケンを身に付ける横でS級トレーナーに自ら担当契約を持ちかけたことで戦いの場に立つことすらできず瞳が虚空を映している影をも恐れぬ怪物の姿なども見られますが、とにかく貴方が暗黒微笑を浮かべて楽しく牛肉を焼いていることだけは確かです。




次回はウマ貴婦人視点です。


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『薬毒』

答え合わせの時間。


 我が子のメイクデビューを現地のレース場まで応援に行く。日本中の、いや世界中のトレセン学園に通う娘を持つ親たちが当たり前のように行使する権利でも立場が変われば事情も変わる。

 

 

(落ち着け、落ち着くのだ私。冷静さを失してはならん。メジロの名を持つ者として、いつ如何なるときも取り乱してはならない。それはわかっている、わかっているが……クソッ! なぜ私はメジロなのだッ! ライアンッ! 母はここでしっかりとお前の活躍を見ているぞッ! 頑張れッ! そこだ、まとめて引っこ抜けッ! 遠慮はいらんぞ、全員蹴散らしてしまえッ!!)

 

 

 メジロの一員として相応しい装いにて、拳を振り上げ大声で愛娘へと声援を送りたいという感情を鋼の意思で抑え込むひとりのウマ夫人。思考と表情が1ミリたりとも合致していない佇まいは名門としてのプライドがあるからこそ成せるスキルだろう。

 とはいえ、この女性がここまで昂りを覚えているのにもちゃんと理由があるのだ。我が子メジロライアンの勇姿、長く待ち望んでいた姿をようやく見ることが出来た感動はどれほどのものか。メジロの名を背負う意味を考えるあまり不自由になってしまった走りではなく、ただただ勝利のためにゴールを目指してターフを駆ける。若き日を思い出して脚が疼くほどに、愛娘の逞しく勇ましい姿は母親の心に希望と喜びの火を灯していた。

 

 

 あぁ、まったく。ライアンから日本ダービーを走るつもりだと連絡を受けた日のことが懐かしく思えるぐらいだ。学友のアイネスフウジンがダービーを目指すと知り、だからこそ本気で勝負を挑むつもりだと聞かされたときなど思考が停止してしまったものだ。

 かつての我が子であればそのようなセリフは出てこなかった、学友に遠慮してなにかしらの言い訳を──それこそ、メジロの悲願は天皇賞にあることを理由に回避するぐらいのことをしていたハズだ。それがこうまでも眼差しに闘志を宿して走るようになるとは。

 

 

 生真面目なメジロライアンに対し、迂闊に「メジロの名で自分を追い込むな」とは言えなかった。自分に自信を持てずにいる娘が母親からそのようなことを言われれば、失望されたと勘違いして余計に追い詰める結果になる可能性もあったからだ。

 しかし、だからといって……ここまで堂々と開き直った走りをされると、それはそれでメジロの者として悩ましくもあるなとウマ夫人は苦笑いをしたくなる気分でもあった。きっと、いや確実に。レース中のメジロライアンの心には名家としての矜持など存在しない。渇望のままに、餓えた獣の狩りのように、勝利という自身を成長させる最高の糧を獲るべく走っている。

 

 

(ライアンをここまで進化させてくれたことには感謝しているが……やはり1度、対話を試みるべきか? メジロの名を利用する意図が無いことぐらいは分かるが、だとしてもイレギュラーな存在であるのも事実だ)

 

 トレーナーとして類い希なる高い能力を持ちながら、頑なにウマ娘たちとの担当契約を拒む。

 

 かと思えば、迷えるウマ娘たちに暗闇の荒野へと踏み出すための勇気を惜しみ無く与える。

 

 まさに“薬も過ぎれば毒となる”とは件のトレーナーのためにあるような言葉だ。彼の活躍により救われたウマ娘もいるだろうが、余りにも現状の秩序を無視した手法は劇毒でもある。そして残念ながら案の定“メジロのおばあ様”ことメジロ家の現当主に彼の行動を制限しようという意思は存在しない。

 本来であれば秩序を守護る側であるはずなのだが、未だに中央トレセン学園で現役を続けている旧時代の怪物から得られたなんらかの情報がずいぶんと琴線に触れたらしい。まずはメジロライアンがどのようにトゥインクル・シリーズを走るのか見定めようではないかとの御言葉である。

 

 故に、当主の方針に従うのであれば迂闊に接触するべきではない。だがしかし、自分はメジロライアンの母親であり、彼はメジロライアンのことを最も詳しく理解しているトレーナーである。

 そう、メジロとしてではなく娘の話を聞きたいというどこにでもいる母親としての行動であればなにも問題はないのだ。ちょっと偶然レースの合間にちょっと偶然監視していた部下からの報告で行動を把握しちょっと偶然フードコートで出会うだけなのだから。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「メイクデビューの勝者は誰もが素晴らしい走りをしていました。ですが、ひとり。そう……メジロ家のウマ娘、メジロライアンの走りはあまり褒められたモノではありませんね。名門としての品位が欠けていたように思います」

 

「そうですね、貴女の仰る通りです。今日のライアンの走りは名門の令嬢として見るのであれば相応しいとは言い難い走りだったかもしれません。まったく、困った走り方を教えた者がトレセン学園にいるようで」

 

「あら、意外ね。トレーナーという立場であればレースに勝てるウマ娘のことを高く評価するものだとばかり思ってましたが。自分が担当する愛バが負けてしまった、といった事情があるならば別でしょうけども」

 

「もちろんライアンのことは高く評価していますよ。彼女の能力であればGⅠレースでも充分勝ちを狙えるでしょう。ですが、彼女は“メジロのウマ娘”ですから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう思いませんか?」

 

 

 訂正。劇毒よりも毒蛇のほうが適切である。知恵の果実を与えるところに悪意が無いのが幸いであり、これ以上無いほどに厄介だ。

 

 

「さて、その質問に対しての返答はなかなか難しいものですね。貴方の意見に同意してしまえば、名門以外のウマ娘たちの努力を否定することに繋がりかねませんので。トレーナーの皆さんも、名誉だけを求めてスカウトするワケではないでしょう?」

 

「そうですね、トレーナーがウマ娘に求めるものが名誉だけということはないかもしれません。そうでなければライアンも引く手数多だったはずですから。メジロの肩書き、ターフを抉るほど力強い末脚。本当に、どうしてスカウトされなかったのか不思議で仕方がない。もしかしたら天皇賞という目標にトレーナー側が怖じ気づいた、なんて可能性も無いとは言い切れませんね」

 

「それは……あの子では天皇賞を勝つことはできないと、そう仰りたいのですか? ライアンではメジロの期待に応えることができないと。だから、トレーナーたちはあの子をスカウトすることを躊躇ったのだと」

 

「さぁ? 私にはわかりませんよ、そんなこと。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──なんだと」

 

 

 

 

「トレーナー、あの女の人とすごく楽しそうにお話してるもん! なんだろ、さっきまでのレースのことで盛り上がってるのかな? う~、ちょっと気になるけど」

 

「ターボ、ホラ見てごらん。あの屋台うなぎの蒲焼きおにぎりだってさ。アンタもひとつ食べてみるかい?」

 

「うなぎ! うなぎの蒲焼き! おいしそうッ! 食べてみたいッ!」

 

 

 

 

「私が楽しみにしているのは、あくまでライアンの走りだけでしてね。メジロ家が掲げる天皇賞への想いなんてどうでもいいんですよ。知る必要もなければ知りたいとも思わない」

 

「メジロ家が天皇賞の勝利を悲願としていることを知りながら興味が無いと。ライアンであればGⅠレースでも勝てると、あの子の走りを楽しみだと言っておきながら、それでも興味が無いと言うのか。自由な走りを取り戻してもライアンとてメジロのウマ娘だと理解しているだろう」

 

「それがどうした。ライアンが天皇賞に挑むのであればそれは彼女自身が望むからだ。メジロの悲願、確かにライアンの性格であれば期待を背負うこともするだろう。だがレースの価値を、勝利の意味を定めることができるのはその瞬間コースを走っていたウマ娘たちだけだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。……勝負の真価は、戦った者たちだけが知っていればそれでいいじゃないですか。大丈夫です、これからライアンが残す蹄跡には必ずメジロの誇りが現れますよ。必ずね。なにせ彼女は“メジロライアン”ですから」

 

 

 訂正。これは毒蛇などという可愛らしいモノではない、この青年は悪魔と言っても過言ではない。語る言葉に込められた自信が、信念が、あるいは確信が。とにかくウマ娘を信じるというトレーナーに最も必要である要素が──あるいは、ウマ娘がトレーナーに最も必要とする要素が桁違いに強すぎる。

 間違いない、最早間違えようがない。全てはこのひとりの悪魔がウマ娘たちを狂わせたのだ。本来であればレースを走ることさえ叶わなかったであろうウマ娘たちを、三女神でさえ取り零してしまったウマ娘たちをお人好しの悪魔がまとめて救い上げてしまったのだ。

 

 気がつけば、周囲で聞き耳を立てていたウマ娘たちの視線がこちらに集まっている。誰もが彼の言葉を聞いて、困ったように笑って──いや、よく見たらひとりだけ食事に夢中なままだが──とにかく、特別心が動いた様子もなく「またやってるよ」と言わんばかりに呆れていた。

 

 

 面白い。

 

 

 まさか、中央トレセン学園がこれほど面白いことになっているとは想像もしなかった。

 

 

 メジロ家の事情を知り、その上でメジロライアンがレースを存分に走ることを望むのであれば()()()()()()()()()()()()()()と堂々と断言するほど徹頭徹尾ウマ娘のために動くトレーナー。

 そんなトレーナーの存在を当たり前のものとして受け入れているウマ娘たち。ミスターシービーのメイクデビュー以来担当不在のウマ娘たちの走りが注目されるようになってきたが、そんなものはまだまだ氷山の一角に過ぎなかった。本当に大変なことになるのはこれからだ。

 

 

「……なるほど。貴方の考えはよくわかりました。今日のところはこれで失礼しましょう。では──また、いずれ」

 

 

 これ以上の対話は必要ないと判断し、ウマ夫人は優雅に一礼して中央の悪魔に背を向けた。我が子メジロライアンはすでに手遅れであり、そしてなにも心配する必要などない。ただ、トゥインクル・シリーズをどのように駆け抜けるのかを楽しみにしていればそれでいいのだ。

 それで仮に天皇賞を逃すことになったとしても、あのトレーナーが側にいて尚敗北するのであれば誰が担当したところで勝ち目など皆無である。まぁ、ある意味ではあのトレーナーが原因となり敗北する未来もあり得るが。同期か、それとも先にデビューした者たちか、真剣勝負を楽しむためのライバルに恵まれているのは確かである。

 

 

(さて、おばあ様にはなんと報告したものか。ライアンの走りで見定めるという意見には改めて賛成するとして……そうだな、子どもたちのレースを親が邪魔するものではないと説教されたことはちゃんと伝えなければなるまい。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、そう進言するとしよう)




Q,遅かったじゃないか。

A,ロマ○ガ3とボーダーラ○ズと風来のシ○ンやってました。レアアイテム集めはたのスィーです。


続きは人々がコタツで食べるアイスの危険性に気がついたら、次の登場ウマ娘はエアシャカールになります。


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ひやし。

幼いころ、コタツの掛け布団に赤いきつねをぶちまけてからコタツでの飲食は控えるようにしました。

その数年後、プレステにサッポロ一番をぶちまけてからゲーム中の飲食も控えるようにしました。

つまりアイスならなにも問題はないということ。これぞ発想の逆転!


「シャカールさん見てください~、ちゃんとキレイに盛り付けることができました~! マヨネーズもわさびやからしが混ざっているものじゃないですし、紅ショウガも可愛く乗せられましたよ~!」

 

「……チッ。一瞬でもちゃんと成長してるじゃねェかと感心しちまったあたり、オレもだいぶ毒されてンな」

 

「うむ、肉だ。これは美味い肉だ。如何にも肉という肉だ。こういうのでいいんだ、こういうので。やはり肉は良いものだ」

 

「うんうん! ブライアンさんの冷やし中華、とぉ~ってもマーベラスだね☆」

 

「すっごーい! チャーシューがお山みたいになってるのに、ぜんぜん崩れないね!」

 

 

 夏の盛りを終えて食す冷やし中華もまた一興なり。あえて季節を微妙に外して夏の食材を楽しむという無粋極まりない行為ですが、悪のトレーナーである貴方は一切の罪悪感を持つことなく美味しく麺をすすることが可能です。

 もちろんウマ娘たちがやってきてアクティブ兵糧攻めを強行してくると予測するなど貴方にとっては容易いことなので、予め大量に調理しておくことで自分が食べる分を奪われることを防ぐことに成功しました。これぞまさに頭脳プレー、貴方の右脳だけは常に100パーセント以上の力を発揮しているに違いありません。

 

 とはいえ、今回ばかりはいつものように何故か貴方のルームにウマ娘たちが集まっているこの状況は好都合と言えるでしょう。お酢とからしが効きすぎて涙目になっているマチカネフクキタルとマチカネタンホイザも、金属製の風鈴に興味津々のグラスワンダーに南部鉄器の説明をするキングヘイローも、これから貴方が始める取引に大いに役立ってくれるはずです。

 

 

「胡麻油の抗酸化作用に辛味のカプサイシン、酸味は疲労回復。少なくともカロリーの塊なラーメンを連日食い続けるよりはロジカルではあるな。比較すりゃの話だがよ。まったく、副会長サマとあのトレーナーもご苦労なこったナァ?」

 

 フゥー、と呆れたようにため息をつきながらも食べるラー油を冷やし中華にトッピングし梅干しもそえてバランスよく食事を楽しんでいるエアシャカールが今回の取引相手であり、彼女の目的は貴方が趣味で収集したウマ娘たちのデータにあります。

 もう少し正確に表現しますと、この世界で“スキル”を定義し活用するとすればどのようになるのか興味を抱いた貴方がウマ娘たちの走りを分析し「コーナー加速……こんな感じかな……?」と手探りで研究していた資料の閲覧を望んでいます。

 

 もちろんエアシャカールの性格上、なんの見返りも無しにデータを要求することなどあり得ません。彼女が差し出した対価は『協力』すること、貴方が日頃のんびり楽しく過去の映像記録などもあさって集めた数千人分のウマ娘の走り方のデータの整理を手伝ってくれると言うのです。

 

 実のところ、すでにエアシャカールは現在デビュー済みのウマ娘たちのトレーニングをサポートしながらデータを集めていたらしく、貴方の知らない取引中のウマ娘たちの様子や走り方の変化を把握していました。悪の美学のひとつ“完全なる取り引きの遂行”をより確実なモノとすることを考えるのであれば、エアシャカールが保有するデータはなかなか魅力的でしょう。

 もちろん貴方は悩みました。何故ならトレセン学園を追放されるにあたり、エアシャカールのように感情よりも利益を優先するウマ娘との取り引きはあまり有効ではないからです。トレーニングの自己管理を徹底しているエアシャカールは夜間練習に参加しませんので嫌がらせも行えませんし、時間外トレーニングなどそれこそあり得ませんので愛用のハリセンの出番もありません。

 

 ちなみにナイトコール特別記念の最多勝利ウマ娘はもちろんブッちぎりでサイレンススズカです。彼女を担いで寮まで運んだ貴方の姿にフジキセキが最後にリアクションしたのはいつだったか思い出すのは難しいかもしれません。

 

 それでもエアシャカールの提案を受け入れ、こうしてルームを自由に出入りすることを今さら改めて認めることにしたのはとあるウマ娘が──連日のラーメンというキーワードを口にした時点で勿体ぶる意味はあまり無いように思えますが、とにかくひとりのウマ娘がトレーナーと出会い、トゥインクル・シリーズに挑戦する資格があると親御さんに証明しなければならない状況になったのを知っているからです。

 

 

 クールに悪ぶっているクセに、結局は友人のために行動する。どんなに外面を乱暴に取り繕ったところで精神性が善人では所詮こんなものか。まぁいい、これもウマ娘のレースをより楽しむための布石だ。望み通り互いに利用し合おうじゃないか。もっとも、最終的に利益を総取りするのは真の悪党たる俺だがな。上辺だけのツンデレやクーデレとは違うのだよ。クックック……ッ! 

 

 

 いつものようにマヤノトップガンが聖母の如く慈愛に満ちた「やっぱりこのパターンになったか」といった視線を向けていますが、当然いつものように貴方はそのような外野の反応には興味を示すことなく無意味にドヤ顔を披露していました。




冷やし中華のカラシは使わない派の作者です。


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ためし。

 貴方のルームで許可なく自由に寛いでいたウマ娘たちと、貴方が呼んでもいないのに勝手に集まってきたウマ娘たちを交えて、さっそくスキルの実験開始……とはなりません。

 

 スキルの実験そのものに問題はありません。何故なら貴方が作成した『なんちゃってスキル本』の利用はデビュー済みの夜間練習ウマ娘たちがすでに実行しているからです。

 勝利のために日々トレーニングに励むウマ娘たちにも休息が必要なのは説明など不要なほど当たり前の事実です。そんな彼女たちにとっては、貴方が思い付きで書き綴った文章でも気分転換の息抜き程度には役に立ったのでしょう。薄皮を1枚1枚張り重ねるような速度ではありましたが、ウマ娘たちの走りはしっかりと進化していました。

 

 

 ならばなにが問題なのか、それは集まってきたウマ娘たちがそれぞれ理解しやすい指示が絶妙に噛み合っていないことです。

 

 

 夜間練習組に関しては興味を示したウマ娘に対して適当に脚質や本人の性格、勝ちたいレースや好みの蹄鉄シューズのメーカーなどに合わせてオススメしていただけでした。なので、こうしてまともにウマ娘たちに指示を出すのは貴方も初めての試みなのです。

 とりあえずメインの取り引き相手であるエアシャカールには理詰めで、フジキセキには演劇のセリフなどを引用して、トーセンジョーダンやダイタクヘリオスにはノリと勢いで、ヒシアマゾンには擬音などを交えつつ、ナカヤマフェスタにはポーカーに例えながら、シリウスシンボリはなんか面倒だったのでトウカイテイオーを押し付けて、マチカネフクキタルからは余計な開運グッズを取り上げ、サイレンススズカには設定されたゴールを通り過ぎたらちゃんと速度を落として止まるように指示してみることにしました。

 

 なお、今回の実験にはミスターシービーやマルゼンスキーはもちろんのこと、シンボリルドルフを始めとする貴方と関連性の薄いGⅠウマ娘たちも興味を示してレース場へとやってきました。

 しかし、これはトレーニングのための試験的な模擬レースだと説明したにも関わらず自分たちも走ってみるかと覇気を垂れ流して無意味にウマ娘たちを威圧したため、問答無用で貴方が相棒のハリセン『池田鬼神丸國重ちー』の峰打ちで全員黙らせてターフに正座させています。

 

 トゥインクル・シリーズの主役たるスターウマ娘たちを暴力で支配する姿を見た新入生のウマ娘たちや新人トレーナーたちは唖然としており、この想定外のヘイト稼ぎにはさすがの貴方もニッコリといった様子。

 観客席ではどういうワケかナリタブライアンの担当である老トレーナーが腹を抱えてゲラゲラと笑っていますが、そちらはよくわからないので貴方としては干渉する意思はないようです。

 

 

 さて、多少手間取りましたが準備は完了しました。コースはもちろん芝、距離は2400で左回り、そしてフルゲート18人と日本ダービーを意識した設定となっています。

 やはりウマ娘たちにとっては特別な思い入れがあるのか、いつもニコニコしているアイネスフウジンやウイニングチケットも大したイケメンぶりでウォーミングアップを入念に行っているようです。

 

 

「たまに勘違いしてるヤツがいるが、感情の触れ幅……いわゆるテンションの影響だって貴重なデータだ。チケットやジョーダン辺りをナメてる()()ベテランのトレーナー連中もいるが、いまのアイツらの上振れしたときの走りはハッキリ言って勝ちのビジョンがゼンゼン見えねェ。まったく、どっかの誰かのせいでバケモンが量産されてたまんねェぜ。なァ?」

 

 エアシャカールから知らされた情報に、ちゃんとあのふたりの秘めたる実力に気がついているトレーナーがいるのかと貴方は感心しています。

 たまにビワハヤヒデからの依頼でウイニングチケットのトレーニングを手伝ったり、爪が割れやすいトーセンジョーダンの負担を減らすための工夫を考えてケアしたりなどをしていますが、自分の知らない間に頼れるトレーナーを見つけることができたのであれば、貴方も安心して彼女たちのメイクデビューを楽しみに待つことができるというものです。

 

「チッ。他人事だと思って気楽に笑いやがって。コッチは既存のデータの大半が使えなくなって集めるとっからやり直しだってのによ。ま、テメェの“取り引き”とやらのおかげで新しい走りのデータ集めにゃそれほど苦労しなくて済みそうだが……よく考えたらマッチポンプもいいとこじゃねェか……ったく。オイ、ちゃんとオレのデータも取っとけよ。自分の走りを外側から見て客観的に評価するってプロセスは重要なんだからよ。テメェに言ってもワカらねェかもしれねェがな」

 

 怒りとも苛立ちとも微妙に違うような雰囲気に感じないこともありませんが、ともかくエアシャカールのロジックになんらかのトラブルが発生していることだけは伝わってきました。

 そのストレスの矛先が自分へ向けられるのは大歓迎なのですが、悪役トレーナーとして常に真摯でありたい貴方としては因果関係を把握して継続的にヘイトを稼げる状態にしたいところです。

 

 とりあえず件のロイヤルウマ娘と新人トレーナーの担当契約試験が始まるまでは時間的に余裕があるはず。それまでにエアシャカールには新しいロジックを組み立てて走りを進化してもらい、そのノウハウを是非とも友人へ伝えてもらう。

 その過程で追放のヒントを見つけるチャンスはいくらでもあるだろう。何故なら自分のような日々の貴重な時間を無意味に浪費して無駄飯を食べているようなトレーナーはエアシャカールにしてみれば“ロジカルではない”無価値な存在なのだから、むしろ一切余計な行動をしなくとも勝手に苛立ちは募ることだろう。もちろんそのような怠惰は悪の美学に反するので積極的に策を弄するつもりだが。

 

 

 そこまで考えた貴方は頭を切り替えて目の前の実験レースに意識を戻しました。先のことばかりを考えていまやるべきことを蔑ろにするなど貴方の嫌う慢心そのもの、捕らぬ狸の皮算用など言語道断なのです。

 まずはしっかりデータを集めることを優先すべし。気合いを入れ直してカメラを構えた貴方は──追放やヘイトコントロールに使えるかどうかはともかくトウカイテイオーにウザ絡みをされて騒いでいるシリウスシンボリの姿が愉快だったのでバッチリ映像記録を残すことにしました。




主人公に担がれたままドヤ顔で運ばれるサイレンススズカの姿を特に騒ぐことなく当たり前に受け入れているフジキセキの姿に驚くヒシアマゾン概念。

効果音は『ボフーン』とか『ガビーン』などがよく似合うことでしょう。


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なかよし。

 アプリでは取得してしまえばレースの状況に応じて賢さで発動するスキルですが、もちろんこの世界ではそのような単純な話ではありません。

 

 コーナーを速度を維持したまま走ることができるウマ娘たちの特徴はどんなものか、直線での加速力に優れたウマ娘の走りにはどのような癖があるか、そうしたデータを丁寧に集めて共通点を探る作業を地道に続けることでようやく『手がかり』を見つけることができます。

 当然そこから先はウマ娘たちの努力次第です。ハウツー本を読んだだけで技術をマスターできるようなご都合主義など存在しませんので、繰り返し繰り返しコースを走り少しずつ経験値を蓄積しなければ成長することはできません。走りに対する迷いを減らすことは可能でしょうが、結局は自分で選び自分で歩き出さなければ意味がないのです。

 

 

 もっとも、貴方にとってはただの趣味でしかありませんのでウマ娘たちがこれらの本を読んでどのように感じるかなど全く気にしていません。読みたければ勝手に読めばいいと思っていますし、テーブルに出しっぱなしにせずちゃんと片付けさえすれば文句も言いません。

 しかし、趣味だからこそこだわりたくなるのがサガというものです。今回の実験レースで集めたデータもしっかり整理してヒントを見つけ出す作業を楽しむハズでしたが……。

 

 

「待ちたまえよシャカール君。そのデータはこちらにカテゴリーするべき案件だろう? 代わりにコレとコレをそちらのファイルにまとめるべきだ」

 

「あぁン? なにバカなこと言ってやがる。どう考えてもコイツはこっちで正解だろうが。むしろソレを別々に分けるとか、テメェ正気か?」

 

 

 映像記録を元に様々なデータを書き出して文章化した貴方ですが、そこから先の作業をアグネスタキオンとエアシャカールが和気あいあいと楽しんでしまっているためやることがありません。

 まさかこのような形で意趣返しをされるとは。取り引きとして手伝いを申し出ておきながら人の楽しみを横取りする、なかなかの策士ぶりだと貴方も良い意味で驚いています。

 

 先手を奪われたものの、この程度で動揺するようでは悪のカリスマを名乗る資格はありません。貴方は冷静に手札の中から使えそうな作戦を選ぶことにしました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「っていうか、クッキー作りでこんだけアガったのどんだけ久しぶりだってハナシな! アイシングクッキー自分で作んの初めてだけどさ、これマジあたしのためにあるスイーツじゃね? どーよ、このネイルで鍛えたあたしのゲージュツ力!」

 

 いつものように焼きそばのソースの香りで集中力を乱そうとした貴方ですが、遠い目をした未来の女帝がボソリと「差し入れはできれば麺類以外にしてくれ……」と呟いた姿があまりにも哀愁に満ちていたため急遽お菓子へと変更することにしました。

 粉糖と卵白で自由にデコレーションできるアイシングクッキーはウマ娘たちの興味を惹き付けるには充分な効果を発揮してくれたようで、トーセンジョーダンが手掛けた店売り顔負けのクオリティーに拍手喝采で盛り上がっています。

 

 それでもしばらくの間エアシャカールは休憩にはまだ早いと素っ気ない態度を続けていました。しかしアグネスタキオンがげっ歯類の如くほっぺたが膨らむほどボリボリ食べる音が耳障りだったのか、ついには諦めたらしく軽く舌打ちをしてから貴方の差し出したコーヒーを受け取ることにしたようです。

 

 

「ほふひへはひゃひゃーりゅふん、ふぁひんふんほへふほはほーはっへふんひゃい?」

 

「汚ねェしナニ言ってるかわかんねェよ。食うか話すかどっちかにしやがれ」

 

「はぐはぐはぐはぐ」

 

「テメェ」

 

「ファインのメイクデビューに向けたテストがどーなってるのか教えろと言っているのだ。タキオンじゃなくてもみんな気にしてるぞ? ほんとうは走らないって約束なのはだれでも知ってるのだ」

 

「あぁン? 本人に直接聞きゃいいだろうがそんなモン。そこでグッタリしてる副会長サマだって併走に付き合ってンだろ?」

 

「そのあとのラーメンもセットでな……。常に立場を気にしていたあのファインが走る楽しさを知り、初めてワガママらしいことを言えたのだと思うと断るのも気が引けるというか」

 

「いや~、あたしもラーメンは好きだけど、さすがにあの頻度はきちーわ。んで、実際のところどーなん?」

 

「……悪くはねェ。あとはタイムリミットと課題の内容次第だ」

 

「さすがに達成できないような無理難題は出されないとは思うが、立場を考えればそれなりに厳しい条件をクリアしなければ出走は認められんだろう」

 

 

 なんという偶然。アグネスタキオンとエアシャカールの邪魔をしていたら幸運にもファインモーションの情報を得ることができました。

 しかし話を聞く限りでは順調とは言い難い状況のようです。アプリではキャラクターストーリー四話でメイクデビューまでの準備が完了しますが、やはりそのようなご都合主義的展開がその辺りに転がっていたりはしないようです。

 

 となれば、貴方が取るべき行動はただ一つ。一騎当千常勝不敗の巧みな話術でエアシャカールを誘導し、ファインモーションと担当トレーナーの成長を陰ながら支援するべし。

 例えどこかのタイミングで企みがバレてしまっても、ウマ娘を私利私欲のために利用したという事実が反感を買う完璧な作戦です。これは実に見事な隙を生じぬ二段構え、行き当たりバッタリ斎の志士名は貴方にこそ相応しいでしょう。

 

 

 

 

「見たまえよシャカール君。トレーナーくんがまたいつものように悪い顔をしているねぇ」

 

「たまに思うが、理事長もよくまぁアイツを採用しようと判断したもンだな」



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もやし。

 東京優駿にて、アグネスフライトにハナ差わずか7センチメートル届かなかったエアシャカールですが、それでもホープフルステークス、皐月賞、菊花賞を勝鞍とする確かな成績を残しています。

 将来必ず重賞を勝利するだろうが、非常に気性が激しくとにかく真っ直ぐ走らない。この評価から論理的思考を得意とするキャラクターとして誕生した経緯は不明ですが、もしかしたら「スペシャルウィークをこぢんまりさせた感じ」という鞍上の言葉により気性難が希釈されたのかもしれません。アニメの主人公は偉大ですね! 

 

 

 そして、そんなエアシャカールの行動を貴方はコントロールしようというのですから、これまでとは違い慎重な判断と迅速な行動が求められることになるでしょう。

 少なくともタイキシャトルやエルコンドルパサーなどにするように、額へ目掛けてロリポップキャンディーを射出してイタズラを阻止するのとはワケが違います。

 

 

 

 

「やぁトレーナー! タキオンからまた新しい悪巧みをしていると聞いてね、面白そうだったからちゃんと邪魔しに来たよ」

 

 ニコニコと笑顔で妨害宣言をするあたり、最初期の取り引き相手として圧倒的な貫禄を見せ付ける姿は流石ラスボス系ウマ娘です。

 昨年は菊花賞で張り切り過ぎて回避してしまったぶん今年こそジャパンカップで派手に暴れてやる。そう意気込んでトレーニングしていることは当然把握していましたが、わざわざ空いた時間で自分の監視にやってくる程度には気持ちに余裕があると知れたのは好都合かもしれません。

 

「それで? 今回のターゲットはシャカールなんだね。うんうん、いまの彼女の走りはちょっと整い過ぎてるし、いじったら楽しいことになりそうだっていうのはわかるよ。そうだねぇ……吹奏楽団のコンクールを否定するつもりはないけれど、学園祭のバンドのほうが好みかな。雑味だって立派な個性のひとつだよ。ま、トレーナー相手にこんなこと言うのは釈迦に説法もいいところだろうけど。キミはどう思う? シャカール」

 

「勝手に言ってろ。オレはタキオンみてェに不確定要素をわざわざ取り込もうなんてしねェよ。アイツは加算で勝率を高める方向でプランを組んでるが、オレのプランは減算方式なンでな。テメェで抱えた選択肢の多さに惑わされる、なンてのはアホのやることだ。つーことでよ、ご多忙のトレーナーサマにご指導頂かなきゃならねェほどフラフラしちゃいねェんだ。目標とするレースも決まってンでな」

 

 トレーニングに一区切りついたのでしょう、いつの間にか目の前に現れたエアシャカールがニヤリと笑いながら貴方に視線を合わせます。どこか余裕のある態度は実に彼女らしいとも言えますが、貴方は自分がイメージするエアシャカールというウマ娘とは微妙に印象がズレているように感じてしまいました。

 はて、この違和感の正体はなんだろうか? ほんの数瞬ほど悩んだ貴方でしたが、目の前のエアシャカールはアプリで描かれるようなギラギラした雰囲気をまとっていないことに気がつきます。

 

 

 知力と閃きに定評のある貴方は当然ながらその理由を即座に察することが可能です。そう、この世界のエアシャカールは、すでに勝利を掴みとるまでのロジックが完成しているかもしれないのです。

 

 

 様々なウマ娘たちがいつの間にか素晴らしい走りを身につけている現状で、エアシャカールだけが停滞している理由がありません。自力でたどり着いたのか、それとも誰かの影響を受けたのかまではさすがの貴方でも見抜くことは難しいようです。

 できることなら信頼できるトレーナーを見つけていて欲しいと願っているようですが、アプリの性格に近いのであればウマ娘に対して明確なビジョンを持つ者でなければ彼女の興味を引くことすら難しいだろうと思っています。

 

 それはそれとして、まだエアシャカールに付け入る隙が無くなったと確定したワケではありません。貴方は確認の意味で「7センチを差し切るプランは完成したのか?」と声をかけました。するとどうでしょう、エアシャカールが眉をひそめて「テメェはナニ言ってやがンだ?」と言いたげな視線を向けてくるではありませんか。

 こうなってしまってはさすがの貴方でも打つ手が無いと諦めるしかないようです。彼女の態度はつまり“分かりきっていることをわざわざ確認するなんてロジカルではない”と言っているようなもの。言外に込められた意思を汲み取るなど悪のカリスマを目指す貴方にとって厳重に封印されていた正体不明の古代の武器を手に入れたボスキャラが主人公チームを圧倒するように容易いことなのです。

 

 予定変更、これはアプローチの方法を変更する必要がある。そう考えた貴方はその場を立ち去ろうとしましたが、状況をあまり理解できていない様子のミスターシービーが7センチとはなんのことなのかと質問してきました。

 ここは当然無言で無視するべき場面かもしれませんが、失敗を引き摺ることなく常に未来へ向けて歩き続ける貴方の頭の中は次なる追放計画のためにフル回転している最中です。なのでついうっかり「エアシャカールが三冠ウマ娘になるために必要な距離」と答えてしまいましたが、すでに終わった出来事についての言及ですので特に影響はないでしょう。




次回はシャカール視点です。


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『不惑の星』

答え合わせかこれ? の時間。


 デビュー前の自分よりは充分強いが、おそらく大多数のファンの記憶には残らない走り。それが併走相手の先輩ウマ娘に対してエアシャカールが感じた正直な感想である。

 

 

 マイルと中距離で1回ずつ、GⅢレースを2勝しているだけでも実績としてはそれなりのはずだが、話題性ではどうしてもGⅠレースで活躍するウマ娘たちのほうが上である。シンボリやメジロのような名家出身、あるいは親がGⅠウマ娘、もしくは担当トレーナーの育成評価が高いか肩書きが豪華であればメイクデビュー前から注目されることもあるが。

 事実エアシャカールも彼の挑発により好奇心が疼いていなければ気がつかなかっただろう。差し・追い込みを得意とする──否、()()()()()()()()()()()()()()ウマ娘たちの映像記録を分析しているときに偶然発見することができた先輩ウマ娘の強さには。

 

 最初の直線もそれなりに参考にはなる。個性的を通り越して珍妙としか言えないようなトレーニングで鍛えられたバランス感覚によるものか、頭の位置にまったくと言っていいほどブレがない。

 だが悲しいかな、それ以外はいたって普通である。いまはまだ追い付けないが、自分がクラシック級を走るころにはスピードもスタミナもパワーでも勝てる自信がある。

 

 

 が、それはあくまでこの直線での話。最初のカーブに脚を踏み入れたその瞬間、前を走る先輩ウマ娘のプレッシャーが桁違いのモノへと変化した。

 

 

 距離のロスを減らすために内ラチの側ギリギリを走る、言葉にするだけなら簡単だが包囲されるリスクも含めレースでこれを実行するのは難しい。

 まして、耳飾りの一部が接触するほど限界までインコースを走ることができるウマ娘となれば、少なくともエアシャカールが知る限りでは目の前を走る先輩ウマ娘ぐらいなものだ。

 

 併走トレーニングだから、ではない。マイルでも中距離でも、右回りも左回りも関係なく、天候が崩れてバ場が荒れていようとも。クラシック級後半から全てのレースで同じような狂気の走りを繰り返している。

 コーナーの走り方だけはちょっとだけ得意かもしれない。そんな言い方をしていたあたり、おそらく本人は無自覚。仮に直線がほぼ存在しないコーナーがメインとなるようなレース場で勝負をすれば、あのマルゼンスキーですら彼女から逃げ切ることは不可能だと断言できるレベルの完成度。

 

 ただし、それはあくまでコーナーだけの話。最終コーナーでまとめて差し切っても、結局は最後の直線で再び差し返される。GⅢレースではそれなりの活躍ができるものの、GⅡレースではギリギリ入着できるかどうか。

 なんともアンバランスな仕上がりだが、彼女にはそれしかなかった。その走り方でしか勝ち目が無かった。スピードもスタミナもパワーも中央トレセン学園では平均以下だった彼女にほかの選択肢など無かったのだ。

 

 幸運だったのは一芸特化に賭けるしかないようなウマ娘を全肯定するバカが中央に在籍していたこと、そしてそんなバカの影響を受けてしまった憐れな若手トレーナーが「オレはキミの走る姿に惚れたんだッ!!」とその場にいた全員が恥ずかしくなるような熱烈なスカウトを仕掛けたことだろう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いや~、まさかボクが後輩ちゃんから併走を頼まれる日が来るとは思わなかったな~。シャカールちゃん、だっけ? どう? ボクの走りからなにかヒントは掴めそうかな?」

 

「……はい、おかげさまで。今日はありがとうございました」

 

「いえいえ、どういたしまして。キミがGⅠレースの舞台で活躍できる日を楽しみに待ってるね!」

 

 

 先輩ウマ娘が立ち去るのを確認したエアシャカールは大きく息を吐き出すとその場に座り込んだ。

 

 薄皮を1枚1枚丁寧に重ねるよう磨き続けられた技術である、模擬レース程度しか知らない自分が簡単にトレースできるとは最初から思っていなかった。

 それでも強くなるためのヒントが少しでも得られればと併走トレーニングを頼み──こうして無事、体力も精神も完全に使い果たしたのだ。

 

 先輩ウマ娘に比べれば随分と外側を、それでも自分の顔の横を障害物が流れていく光景はエアシャカールに不吉な想像を強要してきた。

 そしてそんな狂った位置取りで楽しそうに疾走する先輩ウマ娘の姿。映像と数値だけでは決して理解できないイカれた世界がそこにあった。

 

 

 楽しい。楽しいか。それはそうだろう、自分が全力でレースに挑むための走りを見つけたのだ、楽しくないワケがない。

 

 

 

 

「シャカールさん、お疲れさまです~。あの、もしよかったらこれ、飲んでください~」

 

「……中身、大丈夫なンだろうな?」

 

「安心してください、中のドリンクはアイネスさんやクリークさんたちと一緒に作りました~! ちゃんと味見もしましたし、ほかの皆さんも飲んでいますので大丈夫です~!」

 

「そうかよ。…………ぬりィな」

 

「え? ……。──ッ!? 冷蔵庫で冷やしておくのを忘れてましたぁぁぁぁッ!!」

 

「あー……。まぁ、今日はそこそこ涼しかったし、こういうのは常温のほうがいいからな……」

 

「うぅ~、ありがとうございますぅ~。それで、あの……トレーナーさんが言っていた7センチのナゾは解けそうですか……?」

 

「さァな」

 

 クラシック路線を走ると見抜かれたことに驚きはない。あのトレーナーがウマ娘の脚質を把握する能力に長けていることは知っているし、ポラリスの部室にあるウマ娘たちのデータを見ればその鑑定眼は信用に値する。

 

 インターネットで検索すれば簡単に手に入るような情報ではない、古今東西さまざまなウマ娘たちのレース映像から産まれたもの。分析と考察と研究により蓄積されたあのトレーナーの叡智の結晶。

 シリウスシンボリとナカヤマフェスタをイカサマ有りのポーカーで(見抜けるものなら見抜いてみろと挑発付きで)一方的にボコボコにし煽りに煽ったあげくエアグルーヴにドつかれている姿にはまるで知性を感じないが、トレーニングや模擬レースを観察しているときに無意識なのか稀に見せる冷徹な勝負師の表情は彼が正しくバケモノ側である証拠だろう。

 

 

 そんなある種の信用があるが故に、エアシャカールは考えてしまう。三冠ウマ娘まで7センチという言葉に潜む意図を。

 

 

 皐月賞で躓く? ダービーを取り零す? 菊花賞で届かない? スタートのタイミングなのか、コーナーの位置取りなのか、最終直線の末脚かもしれないし、ゴール板直前の競り合いかもしれない。何らかの理由であのトレーナーの頭の中にいるエアシャカールは、彼のデータで構築されプログラムで走る自分の幻影はナニかが7センチ不足して三冠ウマ娘になり損ねたのだ。

 それを頼んでもいないのにわざわざ本人に伝えるのだからイイ性格をしている。アグネスタキオンの悪巧みという言葉選びそのままの笑顔だったのも、多くのトレーナーが担当ウマ娘を鼓舞するような「頑張ればきっと勝てる」といった抽象的なモノではなく具体的な数値を示したのも含めて、だ。

 

 本当に、あの野郎の嫌がらせでせっかく組んだプランがまた使い物にならなくなった。勝てるレースを確実に取るつもりでいたのに、こうなったら意地でも三冠ウマ娘を狙う必要ができてしまったじゃないか。本物のオレがアイツの幻影以下で終わるなんてふざけた結末、ガマンできるワケねェだろ。

 

 

 

 

「シャカール、少しいいかな?」

 

「あン? ……なんだ、誰かと思えばオマエかよ。親切に忠告してやったってのに、ずいぶんと大事になっちまったな」

 

「いやぁ、まぁ、その節はどうもとしか。けど後悔はしていないよ。新人がなにを偉そうに、って思うかもしれないけど……ファインは、あの子はきっとレースの世界で活躍できるって本気で信じてる」

 

「アイツがちゃんと“走れる”ウマ娘だって意見にはオレも賛成だがな。それで、いったいなンの用だ?」

 

「併走トレーニングの相手をお願いしたい。レースを走りたいって気持ちは本物だけど、それでもまだファインの中には迷いがある。それを断ち切るために、キミに協力して欲しいんだ」

 

「ソレを頼むなら、オレよりもずっと頼りになるセンパイがいるだろ? そっちはどうした、アイツならウマ娘のためなら喜んで協力するハズだ」

 

「あの人には別の形で協力してもらおうと思ってる。理事長やたづなさんにも相談したんだけど、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「──! ……いいのかよ、勝てる相手を選ばなくて」

 

「それじゃあ意味がない。勝てるかどうかじゃなくて、ファインモーションというウマ娘が持っている可能性を引き出さなければいけないんだ。……まぁ、本音というか、一番の理由は俺が証明したいってだけなんだけど。ファインはこんなにも凄いウマ娘なんだってことを」

 

「完全に手遅れだな。処置の施しようがねェ」

 

「いやぁ、ハハハ……。ちょ、そこまであからさまに呆れることないだろ!? だってしょうがないじゃないか! ファインのあんな……楽しそうに走る姿を見てしまったんだ、トレーナーとして無視するなんてムリに決まってるじゃないか」

 

「ハッ! ここにもあのバカに影響受けたバカがいたか。この調子じゃ、オレがメイクデビュー走るころにはトレセン学園もとんでもねェことになってそうだな。いいぜ、オレもイロイロ試したいこともあるし併走には付き合ってやる。ドトウ、ついでだ、オマエも手伝え」

 

「へ? ……私もですかぁ!?」

 

「アイツからアドバイス貰ってンだろ。データは実際に使わなきゃ意味がねェ、ファインのついでに鍛えてやる」

 

「えっと、その、あの……よ、よろしくお願いしますぅぅぅぅ!!」

 

「シャカール、すまない。助かるよ」

 

「礼を言うのは早ェよ。確かにあのバカがファインの立場を考えて遠慮するなんてあり得ねェが……走りたがってるウマ娘のジャマをする相手に黙ってるワケがねェ。例え相手が王族だったとしてもな。まァ、バカがナニやらかしてもポラリスの連中は大笑いしてそうだが」




シーズン3も残り5話+オマケとなりました。

当初の予定では作品全体のオチまで100話もかからないはずだったんですが、このペースで書いてたら200話フツーに越えるかもしれません。というか越えます。

でも1話が短いのでほかの作品基準だとまだ30話ぐらいだな。ヨシ!


続きはバレンタインSSRボーノを集め終わったら、次の登場ウマ娘はいつかのモブウマ娘ちゃんになります。


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とりひき。

アプリを起動して確認したら、SSRボーノ集め終わってました。やったぜ。


 貴方はミスターシービーの担当トレーナーではありませんが、取り引き相手として彼女のトレーニングをサポートしなければなりません。

 

 

 今回の目標レースはジャパンカップ、この世界では巡り合わせがよろしくなかったのか日本のウマ娘たちは海外のウマ娘たちに敗けっぱなしとのこと。

 自分が知らないだけで名馬のウマソウルを宿したウマ娘たちは大勢いただろうに、やはり海外はひと味違うのだな……と、かつての貴方は呑気にレースを楽しんでいました。

 

 しかし取引中のウマ娘が出走するとなればそうも言っていられないでしょう。勝敗の行方はウマ娘に10割委ねられるものだという考え方を変えるつもりなど貴方にはありませんが、ヘイトを己に集中させるためにも、そして大悪党であろうともトレーナーを名乗るのであれば、勝負に挑むまでの責任は全て背負うつもりで事に当たらねば意味が無いとやる気に満ちています。

 もっとも、だからといってミスターシービーだけを優先的にサポートするなどということはあり得ません。取り引きは公正であるべき、という貴方が信じる悪の美学に基づいて、三冠ウマ娘だろうとメイクデビューから一年以上未勝利戦を走り続けているウマ娘だろうと分け隔てなくトレーニングメニューのアドバイスには本気で取り組んでいます。

 

 

 ちなみに件の未勝利戦常連のウマ娘は夏の間に無事1勝し、そのまま勢いに乗ってオープン戦で堂々とゴール板を駆け抜けることに成功。お祝いの席に呼ばれた貴方でしたが、当然参加するつもりなどなく忙しいからと断りました。

 しかし、ウマ娘たちも強かなもので物資をルームに運び込み貴方の目の前で焼肉パーティーを始めるという反撃に転じたのです。忙しいと伝えたにも関わらず相手の仕事場に押し掛けてドンチャン騒ぎの当て付けですから、これは実に素晴らしい嫌われ具合だと貴方の頬が緩んでしまったのも仕方のないことでしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 世間がミスターシービーのジャパンカップ参戦やシンボリルドルフの菊花賞の話題で盛り上がろうとも、無責任の化身であると自負する貴方は普段と変わらない自然体で堂々とした態度で過ごしています……が。

 

「失礼しまーす。トレーナーさん、アタシのトレーニングプランできたんだって? いや~毎度のことながらお世話さまですな~。で、今回はどんな感じなワケ?」

 

 取引中のウマ娘に改善点を盛り込んだトレーニングプランを渡す。貴方が悪役トレーナーとして活動を始めてから数えきれないほど繰り返してきた行為ですが、今日は普段とは違う特別なプランという事情もあって貴方はワクワクを隠しきることができない様子。

 目の前のウマ娘からは「またなんか企んでるのはわかったから勿体ぶらないで早く出せよ」とでも言いたげな雰囲気を感じるような気がしなくもありませんが、ともかく話を進めるために貴方は次のレースに──ジャパンカップに向けたトレーニングの計画表を取り出してウマ娘に告げました。

 

 

 

 

 ここに書かれている通りにトレーニングをすれば、ジャパンカップでミスターシービーに勝てる……かもしれない。

 

 だが、その代償としてお前は脚を使いきる。日常生活やお遊び程度ならともかく、もう2度と勝負としてのレースを走ることはできなくなる。

 

 

 

 

 そう、貴方が用意したプランとは、目の前のウマ娘とメイクデビュー前に交わした取り引き“ミスターシービーに勝ちたい”という願いを叶えるための最後の手段のことでした。

 

 貴方の悪党ムーヴはあくまで表面的なモノですから、決して悪意を込めてこのプランを組んだワケではありません。ただ単純にほかの選択肢が存在しなかったのです。

 自前の知識や経験だけでは当然ながら足りず、チート能力を最大稼働し辛うじて見いだした小さな可能性がこの“未来を犠牲にしてチャンスを産み出す”プランでした。おにぎり換算で1700個相当のカロリーを消費し頭痛と鼻血に悩まされながら導き出してようやくコレですので、改めてミスターシービーというウマ娘の天才ぶりに貴方も呆れるしかありません。

 

 普通のトレーナーであれば提案をためらう悪魔のトレーニングプランですが、残念ながら貴方は普通とは対極に位置する極悪非道のトレーナー。取引ウマ娘がこのプランを受け取るにしろ拒否するにしろ、確実に悪評は広がり追放に近づけますので提案しない理由が無いのです。

 なにより、ミスターシービーに勝ちたいという願いは取引ウマ娘自身が望んだもの。底辺だろうと外道だろうとトレーナーを名乗る以上、バッジの輝きに誓いウマ娘が全力で勝負に挑めるよう人事を尽くすのは当然のこと。

 

 

 貴方は自分の役目を果たしました。あとは取引ウマ娘がどのような決断をするのかを楽しむのみ。

 

 

 いまも変わらずミスターシービーに本気で勝つつもりなのか、あるいは宝塚記念を勝利しGⅠウマ娘となったことで別の道を走ることを考えているのか。未来を棄てるのか、未来に進むのか。選ぶのはウマ娘、貴方はその選択をただただ当たり前のように肯定するだけです。

 とはいえ、あまりにもハイリスクなトレーニングプランですので取引ウマ娘にもじっくり考える時間が必要でしょう。まずは持ち帰って中身を確認させ、それから改めて判断をさせる「おっけー。そんじゃ、ありがたく受け取らせてもらいますね~」つもりでしたが、どうやら彼女の決意に揺らぎは存在しなかったようです。



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さしひき。

 そのニュースを見たときに貴方が最初に抱いた感想は、お前らの対決って有マ記念じゃないの? でした。

 

 

 シンボリルドルフのクラシック三冠達成と、ジャパンカップ出走表明。ようやくの日本のウマ娘が勝利する姿を見られるかもしれないという期待と、三冠ウマ娘同士の直接対決という熱い展開に各種メディアも大変賑わっています。

 ちなみに同じ菊花賞を走ったゴールドシップは惜しくも2着、タマモクロスはスタミナが少し足りなかったようでギリギリ入着という結果でした。欠点を克服するために山盛りのごはんをモシモシ食べる姿はいかにもタマモクロスらしいですが、ゴールドシップが「やっぱレースは面白ェなぁ」とニヤニヤしている姿を見ることができたのは貴重かもしれません。

 

 取引ウマ娘のプラン作りがチート能力を駆使しても難航したのはこれが理由か。三冠ウマ娘ふたりと同時にレースをしなければならないのだから、厳しい勝負になるのも当たり前だなと貴方は納得したようです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「トレーナー、キミ、またなにかやってるね? あぁ、勘違いはしないでほしいな。別に詳しい事情を知りたいワケじゃなくて、なんて言えばいいのかな……。うーん、ゴメンね。自分から話しかけておいてなんだけど、なにを聞きたいのかよくわからなくなっちゃった」

 

 ミスターシービーにしては珍しく言葉を濁したあたり、さすがにあれだけ騒がれれば少しは緊張するものかと貴方は謎の感動を覚えています。

 それは開運グッズを取り上げられたフンギャロウマ娘やお勉強から逃げられない涙腺バンカーバスターウマ娘のような切実な雰囲気ではなく、これから始まるレースを心から楽しみにしていることが伝わってくるアスリートらしい緊張感です。

 

 正式な担当トレーナーであれば、ここは相手の心情を察して言葉を引き出すところでしょう。もちろん貴方はそのようなウマ娘の心に寄り添う気遣いをするトレーナーではありません。どうせ心の在り方など走りに現れるのだから無理に喋る必要などないと、トレーニングを再開するよう促しました。

 

 それもそうだとケラケラ笑って満足したのか、ミスターシービーは深呼吸をしながらゆっくりと拳法を思わせる動きを始めます。

 

 これは貴方がまだウマ娘たちを利用して金儲けを企んでいた学生時代、1度でいいからとんかつを飽きるほど食べてみたいという弟妹たちのリクエストに応えるべく猪肉を求め山に入ったときに出会った穏やかな笑顔が素敵なふたりの老拳士に教えてもらった呼吸法を応用した技術です。

 呼吸のリズムが乱れたときに肺の中に残された空気を強制的に排出して仕切り直すという荒業であり、成功すれば終盤のラストスパートを理想的な形で仕掛けることが可能となります。

 

 もちろん失敗すればリズムを取り戻すために余計なスタミナを消費してしまい失速しますので、ハイリスクハイリターンの危険な技術……なのですが、この呼吸法を会得した取引中のウマ娘たちは失敗しても気合いで立て直して走りきってしまうためハイリスクの部分に関しては貴方も若干自信を失くしている様子。

 生命力を削ることで破壊力を高める呪いの武器を用意したはずなのに、根性が足りていれば誰でも振り回すことが可能な叩き潰すグレートソードになっていた。釈然としないものはありますが、ウマ娘たちが納得しているならもうそれでいいや……と貴方は考えることを止めました。とりあえず根性ウマ娘を量産して追放計画を邪魔した何者かには、いつか機会があればささやかな嫌がらせをしてやろうと決意を固めたようです。

 

 それはそれとして、本来であればこの技はミスターシービーには必要ありません。

 

 もともとはキングヘイローとハルウララが脚質の限界を乗り越えられるようにと考案した手札のひとつであり、距離適性やスタミナの成長に問題のないウマ娘にはあまり意味の無い技術です。

 ミスターシービーは長距離を全力で走りきることができますので、呼吸のリズムが乱れるリスクを背負ってまでこのような小技を身につけたところで有効活用できるかは怪しいでしょう。

 

 故に、技術の手解きを頼まれたとき貴方はどうしたものかと悩みました。しかし。

 

 

「できることは全部やっておきたくてね。悔いが残らないように。これだけ注目されているんだから、いまできる限界まで本気のミスターシービーを見せないと申し訳ないかなって。トレーナーもそう思わない? ファンにも、そして……ライバルにも、さ」

 

 

 もしも日本の初勝利のためにと言われたのであればそんなもの知ったことではないと貴方はあっさりと断っていた場面です。しかし、あくまで自分が全力でレースを走りたいからだと言うのであれば貴方に断る理由はありません。

 本気には本気で応じるのもまた悪の美学。ジャパンカップまでの限られた時間程度であるが、たまには自分も本気でトレーナーの真似事をしてやろうじゃないか。そう考えた貴方はミスターシービーの能力を現段階で可能な限り引き出すと約束し今日に至ります。

 

 過去の行いにより現在で苦労する者は世界中に大勢いるかもしれませんが、現在の行いにより過去の自分を追い詰めることが可能なのは唯一無二、貴方だけに許された伝説です。




チート能力を使い現在の出来事を確定させる形で過去の自分に干渉して運命を操る主人公、って書くとなんだか知的な感じがしますね。


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ゆきさき。

 三冠ウマ娘同士がジャパンカップで勝負するという話題で世間が盛り上がっているということは、当然メディアの取材がトレセン学園に殺到するということでもあります。

 中には多少お行儀の悪い取材班も混ざっていますが、そこは優秀な警備スタッフの連携プレーにより穏便にお引き取り願っているので問題は起きていません。それでも引き下がらない仕事熱心な皆さんについても、ウマ娘たちがこっそりお世話をしている野良犬たちが恩義に報いんと張り切って“確保”しています。

 

 ウマ娘たちを守護ってくれるのは貴方にとっても喜ばしいことなのですが、確保した獲物を必ずと言っていいほど自分のところに引きずってくるので後始末が面倒だと感じているようです。

 

 何故、自分なのか。もしかして日ごろウマ娘たちにトレーナーとしてあるまじき態度で接していることへの意趣返しだろうか。

 だとしたらなんとも義心に溢れた賢い犬であると貴方も褒めないワケにはいきません。空間からモノを自由に取り出す程度の能力でエサになりそうなお肉やホネなどを野良犬たちに与えるのもすっかり慣れたものです。

 

 

 こうして鉄壁の守りにより信頼できるメディア関係者だけがトレセン学園内部で自由に活動できるようになりましたが、その代償として貴方が自由に活動できなくなってしまったのは完全な誤算でしょう。

 理由は単純明快。メディア関係者たちの中身が概ね素晴らしいの女史と変わらなかったからです。下手に関われば事実を歪められた風評被害がどこまで広がるかわかりません。学園内のウマ娘たちに関してはすでに手遅れなので心配ないだろうと信じてはいるものの、うっかり系主人公とはひと味違うチート転生者としての矜持が貴方に全力での逃走を選択させました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……で、ここまで逃げてきたと。いやぁ~、まさかトレーナーさんにもニガテな物があったとは驚きだね。しかもそれが雑誌の記者だっていうんだから面白さも倍付けだわ」

 

 貴方が安住の地に選んだ神社では、例の取引ウマ娘が缶コーヒーを片手に寛いでいました。苦手なのではなく目的のために接触を避けているだけなのですが、迂闊に口を滑らせて万が一にも自分がウマ娘のことを心の中では応援していることがバレてしまうのは困ります。なので貴方は適当に同意することで誤魔化すことにしたようです。

 

「アタシ? いや、べつに神頼みとかそーゆーんじゃないよ。お祈りしたぐらいでレースに勝てるんなら、未勝利戦走らなきゃなんないウマ娘なんていないし、そもそもトレーナー見つかんないまま走ることもないだろうし。ま……なぜか最近はスカウトされますようにってお願いにくる子は減ったみたいだけど。なんでかねぇ~、不思議だねぇ~、ねぇトレーナーさん?」

 

 言われてみれば、と。スカウトに関する朗報はいくつか貴方の耳にも届いています。

 

 最近では取り引き中のウマ娘たちのデータ整理を手伝ってくれたビワハヤヒデを労働の対価という形でチェーン店ではない隠れ家的な落ち着いた雰囲気のレトロな喫茶店に連れていきバナナパフェをご馳走したときにも、ウイニングチケットとナリタタイシンが新人トレーナーから熱心なスカウトを受けていると聞きました。

 残念ながらビワハヤヒデ自身にはいまのところアプローチは無い様子。どうにもナリタブライアンが評価Sの老トレーナーの担当ウマ娘となったことも含め、あまり注目されていないのだと微笑むビワハヤヒデ。

 

 

 真面目で優しい熱血漢なトレーナーであれば、ここはビワハヤヒデの魅力を語り励ます場面です。しかし貴方はウマ娘を私利私欲のために利用することしか考えていない極悪非道のトレーナー。そこまでする義理はありません。

 なので、とりあえず「それでも俺はお前が強いことを知っている。そしてクラシック三冠を走り終えたころには誰もが知ることになる。アレがビワハヤヒデの走りだと。だからなにも問題など無い」と事実だけを伝えておきました。

 

 

 しかし神様へのお祈りでないのなら、なんの用事があって神社になどやってきたのか。もともと神は祈るものではなくただそこにあり敬うものと考えている自然信仰よりの貴方には想像もできません。

 

「んー? 特になにが、ってワケじゃないんだけどさ。アタシの脚ってこんだけの可能性を秘めてたんだなぁって実感してさ。なんだか、こう、ワクワクがね。それで調子にのり過ぎて、レース中に台無しになったら困るじゃん? だから、少しでも気分を落ち着けとこうかなって」

 

 どうやら取引ウマ娘は自分自身の成長に気持ちが追い付いていないようで、レース中に脚がなんらかのトラブルを起こすことを危惧しているようです。

 もちろんその心配は無用なのですが、それを正直に伝えるべきかどうかの判断は難しいところ。しかし悪のトレーナーを名乗るにしても、これから真剣勝負を控えているウマ娘の脚について悪意を込めてからかうのは決して赦されない行為です。

 

 どうしたものかと一瞬だけ悩んだ貴方ですが、信頼関係が構築できていない相手から励まされたところで神経を逆撫でするだけですから、ここで彼女になにを言っても結局同じであることに気がつきます。

 ならば言いたいことを言ってしまおう。自分がスッキリしたいという、ただそれだけの理由で貴方は取引ウマ娘へ向けて語り始めました。

 

 レースを終えて、お前のウイニングライブが終わるまではその脚は大丈夫であると。レース中にどれだけ無茶な走りをしようとも、お前の足はお前の覚悟に全て応えてくれる、そうなるように鍛えたと。この言葉を信じようが信じまいが、この事実は変わらないと。

 

「……ぷっ。フフ、アハッ! アハハハハッ!! いや、ちょ、マジでホントッ! ……本当にさぁ。うんうん、そうだね、信じるかどうかなんていまさらだよね。おっけおっけ、どうせラストランなんだしグダグダ考えないで思いっきり走ることにするわ。アタシの最後のレース、ミスターシービーをブッちぎるついでに──ちょっくら、世界を置き去りにしてやるとしますか♪」



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いきぬき。

 ウマ娘たちから嫌われていることをどこまでも確信している貴方は、自分の行動を彼女たちに妨害されることも必要経費であると割りきることができます。

 しかし、それはそれ。今回のジャパンカップは間違いなく素晴らしい勝負が繰り広げられることは確実ですから、貴方も最高の環境でそれを観戦しなければならないと意気込んでいます。

 

 

 その野望を達成するべく、貴方の頭脳に搭載された高性能学習装置は過去の経験に基づき「朝早くルームに陣取り内側から鍵をかけて居留守を使い誤魔化せ乾杯!」作戦を立案しました。

 

 

 それはゲームセンターにて正義無きダンスゲームバトルを終えた帰り道。天ぷら定食に換算して1700円相当のカロリーを摂取し塩と天つゆどちらで食べるか悩まされながら導き出してコレですので、同席していたトウカイテイオーも「なに言ってんだコイツ」と訝しげな視線を向けるしかありません。

 そして迎えたジャパンカップ当日、貴方はいつものようにウマ娘たちの起床時間よりも早く自分のルームへと潜入しまずは熱帯魚たちの世話を完了させてから即座に戸締まりを実行。勝利を確信した貴方はドラッグストアにて98円で購入した某有名ブランド炭酸ぶどうジュースをワイングラスにゆっくり注ぎ、レースが始まるまでの時間を優雅に楽しんでいました。ドアの向こう側にタニノギムレットが到着するまでは。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 いつもであれば控え室へ赴きウマ娘たちに地味な嫌がらせを忘れず行う貴方ですが、今回ばかりは自重することにした様子。

 

 ちなみにミスターシービーの控え室にはいつものメンバーが、取引ウマ娘の控え室には新人からベテランまでさまざまなトレーナーたちにスカウトされた元取り引き相手のウマ娘たちが集まっています。

 顔と名前と脚質と食の好みとお気に入りのお菓子といったちょっとした情報程度であれば1秒と悩まず引き出せる貴方ですが、そうでなくとも取り引き中に着用していた物と同じデザインの色違いジャージを制服の上に羽織っているのでひと目で判別が可能です。

 

 デザインが気に入ったのはともかく、肌寒いならもっとちゃんとした防寒具を着ればいいのに。そう思いながらも他所様の担当ウマ娘のファッションセンスに口出しするのは自分が思い描く悪役ムーヴとは違うなと貴方は黙っています。

 

 

 こうして「本当は現場でレースを見たいけどさすがに今日くらいは邪魔にならないよう我慢してモニターで観戦しとこう」という貴方の欠片ほどの良心はウマ娘たちに連行されることで無に帰すこととなりました。

 しかしそれならそれで開き直ってレースを楽しむだけのこと。過去に縛られることなく自由に前へ進むことに関して貴方のポジティブさは唯一抜きん出て並ぶものはいません。

 

 

 さて、耳に心地好いファンファーレを堪能したところで待望のジャパンカップが始まりました。期待のスタートにファンも大歓声をあげていますし、関係者用のスペースではシンボリルドルフのトレーナーはもちろん、世界各国から集まった本物のトレーナーたちが神妙な顔つきで己の愛バたちの走りを見守っています。

 

 

 ですがそんな緊張感のある静けさは、ひとりのウマ娘が大逃げを始めたことで一気に吹き飛んでしまいました。

 

 作戦はシンプルそのもの。最初から最後まで先頭を走り続けることができれば必ず1着になれる。先行や差しの位置取りで駆け引きをする余裕など彼女にはありません。

 身体だけではなく思考能力も含め全てのリソースを“前に向かって走る”ことに注ぎ込まなければ勝負にすらならないのです。

 

 脚の具合は問題無し。チート能力によるステータス表示に頼るまでもなくベストコンディションであることがわかります。

 故に、問題はメンタルの状態です。心にわずかでも迷いがあれば、最後の直線に入るよりも先に彼女の物語はそこで終わってしまうでしょう。こればかりは貴方には全く予測がつきません。

 

 

 ミスターシービーは先頭を走る取引ウマ娘を意識しているのか後方ではなく中団に、そしてシンボリルドルフも先行の中でも前目につけた攻めの走り。これは実に面白い展開になりそうだとウキウキ気分でレースを見ていた貴方ですが、何処からか敵意に近いものを含んだ視線を感じます。

 いったい何事だろうかと気配を辿ると、関係者席にいる海外トレーナーのひとりがこちらを睨んでいました。さすがの貴方も海の向こう側からヘイトを向けられることについて心当たりはありません。相手の育成評価が『S』という自分とは比べ物にならない格上なのでなおさらです。

 

 

 

 

 ──まぁ、どうでもいいか。

 

 

 

 

 貴方はウマ娘のファンですが、トレーナーのファンではありません。アニメに登場していたトレーナーが存在する世界線であれば別ですが、交流の無い、まして海外のトレーナーになど全く興味がわきません。

 せっかく血湧き肉躍る最高のレースが目の前で行われているのに、こんなことに時間を使うのはどう考えても無意味。貴方は一切の感情を表に出すことなく視線をウマ娘たちへ戻しました。




次回はジャパンカップ視点です。


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『Another Character Episode』

答えにたどり着く時間。


「なぁ、オレ、タバコ臭くない? 大丈夫?」

 

「少々臭うかもしれません。一応スプレーをしておきましょう」

 

「頼んだ。ったく、あの記者の男取材の前にどんだけタバコ吸ってやがんだよ。あの手のハズレがクソなのは日本人も一緒だな。ほかの雑誌記者が丁寧だったぶん余計にそう感じるぜ」

 

 育成評価の高い、活躍したトレーナーが注目されるのは世界共通である。まして、凱旋門賞を勝利したウマ娘の担当トレーナーともなればメディア関係者が我先にと取材を申し込むのも仕方のないことだと海外トレーナーも割りきっていた。

 だが、それとマナーが悪い記者を許すかは別の話だ。レース関係者であればウマ娘の嗅覚がヒトに比べて遥かに優れていることは知っていて当然であり、彼女たちのストレスとなるタバコの臭いを撒き散らすなどありえない。しかもそういう記者に限って時間を守らずしつこく付きまとってくるのだ。

 

 もちろん対応の良い、むしろもう少し長く話をしてみたいと思わせるような記者もいる。月刊トゥインクルという雑誌社からきた男性記者などは丁寧な態度でありながらもウマ娘への情熱をしっかり感じて時間も正確、自然な動作で胸ポケットのタバコを探す動作をしていたが全く不快な臭いがしなかったあたり禁煙は昨日今日ではないだろう。

 

 

「ここは少しでも前向きにかんがえましょう。本来であればアウェーでのレースですが、日本のウマ娘ファンの皆さんは我々のことを心から歓迎してくれているのだと。もちろん彼らも一番には自国の勝利を望んでいるでしょうが」

 

「その国民性が理由で世界中から最強クラスのウマ娘ばかりが集まっちまうんだから皮肉だよなぁ。勝っても負けても拍手でウマ娘たちを称えてくれるっていうのは……まぁ、トレーナーとしても嬉しい話だよ。安心して挑戦できるからな」

 

 国家の威信、ファンの期待。そういうモノを含んでいるからこその賑わいが国際GⅠレースだということは理解している。だが、そうした事情があるが故にレースに参加したウマ娘たちへ暴言を投げ付けることを当然の権利と考えているような連中がいるのも事実であった。特に、自分はトレーナーよりもウマ娘のことに詳しいのだと豪語するような連中ほどそういう傾向が強い。

 そんな光景をウマ娘たちがどう思うかなど説明する必要はないだろう。上質なワインの樽に泥水が混ざればそれは泥水の樽として扱われるように、数万のファンの中にそうしたクズの声が10人混ざるだけで彼女たちの心は容易く傷つくのだ。

 

 ジャパンカップが、開催国である日本のウマ娘が未勝利であるにも関わらず国際GⅠレースとして認められたのもその辺りの事情によるもの、そういう話はある程度自国のURAから信頼されているトレーナーであれば誰でも知っている。

 もっとも、日本は日本でなにかしらの問題は抱えているのだろうが……それは自分たちが関わることではない。関係者席から見える光景が、日本のウマ娘ファンたちが純粋にレースを楽しみにしているという空気が伝わってくるという事実が重要なのだ。

 

 

「安心して挑戦できる、という表現も如何なものかと。特に今回は日本のウマ娘たちも強者揃いです」

 

「無敗の三冠ウマ娘、シンボリルドルフか。先の顔合わせではトレーナーの印象が想像と真逆で驚いたっけ」

 

 理性と野性の融合、それがシンボリルドルフというウマ娘の走りを見て凱旋門トレーナーが抱いた印象であった。あのような走りをウマ娘に教えたトレーナーである、本人も並々ならぬ迫力の持ち主ではと身構えて顔合わせのパーティーに参加してみれば。なんとも、実に日本人らしい若きトレーナーが現れてすっかり毒気が抜かれてしまったのだ。

 とはいえ、それも第一印象だけの話である。言動こそ礼儀正しくとも瞳に宿した戦士の輝きは誤魔化せるものではないし、本人も誤魔化すつもりなど一切無かったのだろう。言葉にせずとも凱旋門賞の肩書きを愛バの糧としてやるという気概はしっかりと伝わってきた。

 

 関係者席で師匠である老トレーナーと会話している姿からは、やはりどう見ても好青年という雰囲気しか感じない。だが間違いなく今回のジャパンカップでは彼の育てたシンボリルドルフが最大のライバルとなるはずだ。しかし。

 

「チーフ、向こうを」

 

「情報そのままだな。チームカラーも目立つが、どうにも油断ならないモノを持ってるウマ娘が何人もいる。そして、中心にいるあの男がウワサの“Ghost”というワケか……」

 

 もうひとりの三冠ウマ娘、ミスターシービーについて情報を収集していたときにたどり着いた正体不明のトレーナー。プロフィールそのものは日本のURA、そして中央トレセン学園のホームページで確認できたが、得られたのは“担当ウマ娘のいない育成評価『G』のトレーナー”ただそれだけだった。残念ながら遠すぎてバッジの確認はできないが、インターネットに転がっている出所不明な呟きではなく公式に発表されているデータだ。事実として彼の評価はそうなのだろう。

 いや、ミスターシービーだけではない。日本のウマ娘たちの走りが、レースが興味深い変化を──トレーナーという目線だけではなく、余計な肩書きを抜きにしたひとりのウマ娘ファンとしても見ていてワクワクするものに進化した裏側には、必ずと言っていいほど彼の存在が見え隠れしている。

 

 だからこそ不気味だった。大勢のウマ娘に慕われている、それだけでもトレーナーとしての価値は計り知れないというのに育成評価が最低ランクのままなのはどういうことなのか。同じデザイン、同じカラーリングのジャージを身に付けている集団は誰がどう見てもチームのそれであり、担当契約を持ち掛けるウマ娘には不自由しないハズなのに。

 その辺りの事情を、他国のトレーナーにはわからないなにかがあると抜きにして考えても厄介な相手である。なにせターフもダートも区別なく、距離も作戦も関係なくウマ娘たちの背後にはあの青年がいるものだから得意とするスタイルがまったくわからない。おかげでミスターシービーを警戒しようにも今回も追い込みをしてくるという保証はなく、さまざまな可能性を考慮して対策する必要があったのだ。

 

 

 もっとも。

 

 その程度で怖じ気付くような器しか持たないトレーナーでは、担当ウマ娘と凱旋門を目指すことなど不可能なワケで。

 

 

 なにをしてくるのか予測できないのであれば、なにをされてもいいように対策をするだけの話。走るのがウマ娘の仕事ならば考えるのがトレーナーの仕事である、1パーセントでも“もしかしたら”と感じたことは全て封殺する心構えで挑めばいい。

 例えるのであれば、多くの少年が憧れたであろう夢物語に登場する騎士の気分といったところか。正体不明のモンスターを倒すために冒険に踏み出すような不安と高揚感を胸に、凱旋門トレーナーはジャパンカップを純粋に楽しんでいた。ひとりのウマ娘が異常な加速を始めるまでは。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 先頭を駆けるウマ娘の纏う空気が『切り替わった』ことを最初に感じ取ったのはシンボリルドルフであった。

 

 かつての、シンボリ家や生徒会長という立場でしか走れないと思い込んでいたときの彼女であれば気が付くことはなかっただろう。対等なライバルとしてではなく、愛すべき庇護するべき者としてほかのウマ娘たちを見ていたままでは決して理解することは叶わなかった走り。

 そうか、キミはここで全てを使いきるのだな……と。そこにどのような事情があるのかまではわからない。金銭的なものか、体力的なものか、それとも精神的なモノなのか。いずれにせよほかでもない、彼がトレーナーとしてサポートしても尚どうにもならないのであれば、どのような理由があろうとも彼女の決断こそが最適解なのだ。ならば。

 

 

 ──ひとりのウマ娘として、同じ舞台で戦うライバルとして。その覚悟、全力で喰い破らねば無作法というもの。

 

 

 シンボリルドルフが位置取りを前に。周囲のウマ娘たちもすでに異変に気が付いているようだが、まだ動く気配は感じられない。いや、常識的に考えればその判断こそが正解だ。こんな序盤から加速を続ければ最終直線を待たずしてスタミナが尽きるに決まっているのだから。

 もちろんそのような常識などいまの“皇帝”には全くの無価値である。シンボリルドルフは知っている、先頭を駆けるあのウマ娘は決して垂れないことを。最後まで、ゴール板を越えるまで、絶対に脚が鈍ることはあり得ないと。

 

 

「……来たか、キミも。あぁそうだろうな、私よりもずっと、ずっと彼女との勝負を焦がれていたのはキミのほうだからな。だが、それでも、それを知りながらもあえて言わせてもらおう。このレース、勝つのは私だッ!!」

 

 

 最後尾から迫り来る気配。もうひとりの三冠ウマ娘が放つ獰猛であり歓喜であり、そして僅かに惜別を含んだソレを背中越しに感じながらシンボリルドルフも脚に力を込めた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(バカな、どういうつもりだッ!? 勝負を捨てた? いや、違うッ! あの走りはそういう類いではないッ!! ラビットなどではない、本気の──勝つための走りだというのかッ!?)

 

 ラビットならばまだ理解できた。それなら海外のウマ娘たちは、凱旋門ウマ娘は動揺することはなかった。

 だが同じコースの上で走る彼女たちには理解できてしまったのだ、狂った加速を続ける先頭のウマ娘が本気でこのレースに勝つつもりだと。

 

 混乱したままの凱旋門ウマ娘をシンボリルドルフが追い越す。ほんの一瞬だが見えた表情はレースが始まる前の理知的な雰囲気など欠片も感じない、獲物を見つけた猛獣にしか見えないほど暴力性に満ちている。

 さらには背後、もうひとりの三冠ウマ娘であるミスターシービーの覇気が迫ってくる。追い込みを得意とするウマ娘とは思えないほど前に、控えるつもりなどないという意志がハッキリと伝わってくるほど力強い踏み込みで。

 

 

 ペース配分を無視した無謀な逃げにリズムを乱されたワケではない。ふたりとも逃げウマ娘が垂れない前提で走っているのだ。

 

 

 数多の激戦を潜り抜けることで備わった常識が訴える。惑わされるなと、あのような破滅的な逃げは成立しないと。短距離レースならばともかく、このジャパンカップで逃げきることなど不可能だと。

 そして、数多の激戦を潜り抜けることで研ぎ澄まされた本能が訴える。ここで引けば勝ち目はないと、踏み出す勇気を持てぬ者に栄光は与えられないと。例えゴール板が100ハロン先にあろうとも、あのウマ娘は逃げきってみせると。

 

 いつもの駆け引きとはまるで違う、ウマ娘としての在り方そのものを問われる選択を突きつけられて迷いを抱くなというほうが無理だろう。

 だが迷いは脚を鈍らせる。心が揺れたままの走りで勝てるほどレースは甘い世界ではない。まして、先頭を行くウマ娘が仕掛けたこのイカれた展開の勝負をシンボリルドルフもミスターシービーも受け入れている状況だ。

 

 

 

 

 もしも。本当に。

 

 あのウマ娘の走りが最後まで衰えなければ。

 

 このまま──。

 

 

 

 

 

 

 

 

「──前に出ろォォォォッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 その声が耳に届いた瞬間に、最も信頼するパートナーから背中を押されたその瞬間に、凱旋門ウマ娘はそれまで心の中を掻き乱していた全ての迷いを踏み潰すかの如くギアを上げた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 背筋が凍りつく、などというレベルではなかった。人間とは、あれほどまで感情を削ぎ落とした表情ができるのだなと感動すら覚えたかもしれない。

 

 

 Ghostを睨んでしまったのは半ば八つ当たりに近い。ターフの上で戸惑う担当ウマ娘と同じように、トレーナーもまた混乱していた。

 いや、それだけではない。常識外れの逃げ脚でありながら、その走りはあまりにも完成されていた。速いだけではなく、強いだけではなく、呼吸を忘れてしまうほどに美しい走りに見惚れてしまったのだ。

 

 ある種の嫉妬、羨望、そういった感情を抱いたことに対する苛立ち。それによって気づかされる、自分が心のどこかで日本をレース後進国の格下として見ていた事実。

 

 凱旋門ウマ娘のパートナーという名誉、育成評価Sという社会的地位に恥じないようにと心掛けていたはずなのに。結局は毛嫌いしていた俗物と同レベルなのかと、ジャパンカップを勝負ではなく祭典として侮っていた連中と同類なのかと、揺れ動く感情を無理矢理抑え込もうとしてついGhostを睨んでしまったのだ。

 

 そして、視線が交差した。

 

 その表情をひと言で表すのであれば『失望』だろうか。欠片ほどにも感情が見当たらない、何処までも無色透明で無価値なモノとしてこちらを見ていた。

 悲鳴をあげなかった自分を褒めてやりたい。そう思えるほど恐怖以上のナニかを感じた凱旋門トレーナーであったが、Ghostがレースに視線を戻したのに釣られて自分の視界にターフを走るウマ娘たちの姿が映った瞬間、どうして彼が自分に対してあのような表情を見せたのか全てを理解した。

 

 

 

 

 ターフの上で愛バが苦しんでいるときに、オレはいったいなにをしている? 

 

 

 

 

 前に出ろと、担当ウマ娘へ向けて全力で叫ぶことへの躊躇いなど無かった。立場、見栄、祖国を背負うものとしての品格。そんなものは最早どうでもよかった。恥と悔いと憤り、すでに自分はトレーナーとして取り返しのつかないレベルの無様を晒しているのに今さらなにを取り繕おうというのか。

 前に出ろ、とにかく上がれ。そうしなければ勝負すらさせてもらえないぞと声を張り上げる。ターフの上でパートナーが迷わなくてもいいように、そしてこれは打算的な話になるが──これだけハッキリ大勢に聞こえるように叫んでおけば、万が一のときに全ての責任は指示を出した自分が引き受けることもできるハズ。

 

 

 緊張は伝搬する。世界最高峰である凱旋門賞を勝利したトレーナーの余裕の無い悲鳴のような叫びを無視するには、目の前で展開されるレースはあまりにも海外トレーナーたちの想定から外れていた。

 そして彼ら彼女らもまた一流を自負する者たちであり、担当ウマ娘のために見栄を棄てることなど容易いこと。例え世界中のファンから後ろ指を指されることになったとしても、相棒の信頼を失うことに比べればなにを恐れることがある。

 

 大逃げのウマ娘に合わせた高速レース。それも相手のスタミナが無尽蔵であるというバカげた前提の展開。竜に挑まなければならない騎士はこんな気分だったのかもしれないと、正真正銘未知の怪物と同じリングの上で勝負しているのだと実感した凱旋門トレーナーは足元から恐怖が這い上がってくるのを感じていた。

 だが、それと同じくらいにワクワクしているのも事実。凱旋門賞の次に目指すべき目標はどうしたものか、そんな贅沢な悩みを全て吹き飛ばすほどの出会いに恵まれたのだから仕方ない。新しく越えるべき壁を前にして奮い起たないようではトレーナーは務まらない。

 

「ええの~、盛り上がってきたの~! やっぱり勝負ってのはイイもんだ。いやはや、これだからトレーナーは辞められんな♪」

 

 そりゃそうだ。こんな面白い仕事、簡単に辞められるかよ。何処からともなく聞こえてきた声に凱旋門トレーナーは心の底から同意した。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(シービーやルドルフはともかく、まさか海外のウマ娘たちまで全員ノッてくるとは思わんかったわー。いやはや、トレーナーさんの先見の明には恐れ入っちゃうね!)

 

 大逃げのプランに文句はなかった。ミスターシービーとシンボリルドルフがこちらに合わせてくるのも納得していた。しかし海外のウマ娘たちまでペース配分を無視した勝負に挑んでくると断言されたときはさすがに少しだけ疑った。

 なにせその根拠が「本気の勝負の世界に生きているヤツなら誰かの本気に必ず反応すンのは当たり前だ。コイツは俺の経験則だから間違いない」というほぼ100パーセント主観によるものだから当然だ。

 

 それがいざフタを開けてみればこの通り、トレーナーが予測した展開そのままにジャパンカップは狂ったような速度で鎬を削るウマ娘だらけである。

 さすがは中央トレセン学園の頂点に立つレースバカ、面目躍如とはこういうことか。自分がレースを楽しむことにしか興味がないだけあって、その辺りの嗅覚は相変わらず頭がおかしいレベルで優秀だ。

 

 まぁ、彼はそうでなくては。そんな彼だからこそ、自分たちはポラリスのウマ娘として集まったのだ。

 

 これがもしも余計な感情が含まれていたら。選抜レースで活躍できなかった()()()()()()()に手を差し伸べなければ、などという態度でスカウトされようものなら間違いなく反発していた。

 端から見れば下らないプライドでも、そんなものにすがらなければ自分を保てないことだってある。トレーナーの仕事がウマ娘を支えることだと理解していても、それが同情による義務感でしかなかったら惨めなだけじゃないか。

 

 そんな捻くれ者のウマ娘にとって、彼は最高のトレーナーなのだ。目の前のウマ娘はどうすれば面白い走りができるようになるのか、徹頭徹尾それにしか興味がない。きっと、いや、確実に。彼にウマ娘を憐れむというシチュエーションは決して理解できないだろう。

 それでいい。それがいい。そんなトレーナーと一緒に完成させた脚で走るジャパンカップは実に最高の気分だ。彼に名誉の価値を理解するつもりがないおかげで自分も思う存分開き直って走ることができるのだから。トレーナーの前で、彼が見守る中で走って楽しいかどうか。それがポラリスに集う平凡なウマ娘たちの全てなのだ。

 

 

 アンタならわかるだろ? 

 

 三冠ウマ娘の称号を、そのへんの雑貨屋に並んでるアクセサリー程度にしか考えていないトレーナーなんて後にも先にもあのアホひとりだよ。

 

 こんなチャンス、きっと2度と無いぞ。天才ウマ娘の全力に勝つつもりで凡才ウマ娘をぶつけるトレーナーなんて絶対にいない。

 

 だから、遠慮なくかかってこいッ! 

 

 

「勝負だッ! ミスターシービーッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……バカじゃないの、あいつ。あんな走りで最後までもつワケないじゃん」

 

「仮にもグランプリウマ娘だからねぇ~、少しは活躍してるとこ見せないとって張り切ってんじゃない?」

 

「つーか、シービーとかルドルフとかまで前出過ぎでしょ」

 

「それでイケるって自信あんでしょ。あーあ、やっぱ才能のあるウマ娘ってのは別格なんだろうな~」

 

 熱狂するファンで埋め尽くされた観客席の片隅で、会場の雰囲気とは真逆の感情を胸にレースを眺めているウマ娘たちがいた。現実を受け入れて自分の能力に見合った舞台で走ることを最善とした、ある意味では賢いウマ娘たちが。

 運が悪かった。才能に溢れたウマ娘と同じタイミングでメイクデビューに出走することになるウマ娘なんて大勢いるのだ。たまたまミスターシービーやマルゼンスキーのときに自分たちの本格化が重なってしまっただけ。

 

 誰が悪いのではない。

 

 ただ、運が悪かったのだ。

 

 ならば身の丈に合った舞台で走って歌っているほうがずっと()()()()なのに、なんでわざわざ無理をして上を目指す必要がある。勝てるかどうかわからない、入着すら狙えないようなレースを走ることに自己満足以外の意味なんてない。

 どうせ今回のジャパンカップだって、日本のウマ娘にチャンスがあるなら皆ミスターシービーかシンボリルドルフが勝つと思ってるし、三冠ウマ娘が活躍するところが見たくて応援してるのに。あんなムチャな走りで脚に負担をかけてまで、凡才が天才に挑むなんてバカげている。

 

 レースは才能があるウマ娘が、強いウマ娘が勝つ。ただその事実があるだけ。ファンはその結果を“夢”という言葉で持て囃して楽しんでいるだけ。死に物狂いでトレーニングしたぐらいでは、本物の天才に勝てるワケがない。

 

 でも。

 

 だったら。

 

 なんで。

 

 どうして。

 

 私たちは、ここに立ってレースを見ているのだろうか──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(まさかこれほどとは! 想像以上だッ! タマモクロスやゴールドシップに追い詰められたときとも違う、これが──速いとはこういうことかッ! 面白い、やってくれるじゃないかッ!!)

 

 真剣勝負の最中に笑うなど、そう思いながらもシンボリルドルフは口の端が歪むのを堪えることができなかった。()()()()()()()()()()()()()()と戦う機会などそう簡単に巡り合えるものではなく、しかも確実に距離を詰めているはずなのに影すら踏める気配がしないのだから滾ってしまうのも当然だろう。

 

 餓えるという楽しみを、満たされぬという喜びを知ったいまの彼女にとって、自分よりも速いウマ娘の背中を追い続けるというこの状況は値千金でもまだ足りないほどの魅力的な時間である。

 もちろん対等なライバルたちとのレースも幸福に満ちたものであるが、こうして格上の相手に挑むことで己の未熟さを知るのもまた面白い。足りないモノがあるということは成長の余地があるという証明であり、無敗の三冠ウマ娘“程度”ではたどり着けない領域を見せられて興奮するなというほうが無理難題というものだ。

 

 

 そしてそれは、もうひとり。凱旋門賞を征した“程度”では自惚れるに値しないと知ったウマ娘も同様である。

 

(フフッ、世界とは広いものだな。レースの可能性とは……こういうものもあるのか。ならば私も、貴公の覚悟に見合うだけの走りにて勝利するのが礼儀というものだろうッ!!)

 

 同じウマ娘同士、言葉は不要だった。まるで結晶が1枚1枚剥がれ落ちて砕けるように、前を走るウマ娘の脚がアスリートとしての終わりを迎えようとしていることは理解できていた。

 

 単独で出走登録をしていることは把握しているが、これは独学だけで身に付くほど簡単な走りではないハズだ。ならばそうなるような指導をしたトレーナーが、彼女がここで終わることを良しとしたトレーナーが存在するのは明白である。

 もちろんそのことを非難するつもりはない。それが押し付けられたモノでないことぐらい部外者の自分でも察することはできるし、本人が覚悟の上で決断したことに外野が文句を付けるのは褒められた行為ではない。

 

 だが、()()()()()()()()()()()()()()()()。世界最強という肩書きと引き換えに、火の無い灰のように熱を失いつつあった心を再び燃やしてくれたのだから。何処かの誰かが定めた栄光のためではなく、自分自身の信念と誇りだけを胸に走る。そんな走りをしてみたいと憧れるぐらいは許されるハズだ。

 

 

 その走りに、その輝きに魅了された追う者たちが脚に力を込める。あの背中を捕まえるために、いまの自分にできる限界の走りに挑むために。

 そうして決意と共に1歩を踏み出した瞬間、ふたりの耳に「こぅ」と囁くような音が届く。観客の大歓声やライバルたちの足音が全て消えてしまったと錯覚するほど、不気味なくらいにハッキリと。そして。

 

 

 

 

 背後で、大地が跳ねた。

 

 

 

 

「ミスターシービーッ!!」

「ミスターシービーッ!?」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 視界は明瞭、吐き気がするような頭痛もなければ手足が突然鉛のように重くなることもない。さすがに疲労は尋常ではなく呼吸も苦しいが大袈裟に乱れるようなこともない。

 ただ、加速する度に脚から可能性が消えていくことだけは笑えるほど自覚できた。よくドラマやマンガで見るような“壊れそうになる”なんて感覚は無いが、これから先どんなトレーニングをしても成長することはなく、ただ緩やかに穏やかに衰えていく未来だけが想像できてしまう。

 

 だからといって今さら。ここまできて止まれるワケがない。もとよりコッチは選抜レースでトレーナーたちの興味を引くことすらできなかったその他大勢のウマ娘、それが国際GⅠレースで好き勝手走っているのだ。これがラストランになる程度であれば、奇跡の代価としてはお釣りが多すぎて困るレベルの贅沢。

 なによりも、後ろからはアイツが追いかけてきているのだ。ここで日和るぐらいなら初めから勝負なんて挑まない。ここで賢いフリをして言い訳をしながら妥協してしまえばもう2度とあの人をトレーナーと呼ぶことはできない。あのアホはそんなこと気にしないどころか意味がわからず首をかしげるだろうが、だとしても自分が自分を許せない。

 

 

 

 

 過去も未来もどうでもいい。

 

 いまこの瞬間に全てを。

 

 

 

 

「────はぃ?」

 

 光の道が見えた。というか見てる。ターフの上に、ゴール板まで続く光の道が。

 

 世界から全ての音が消え、時間が無限に引き延ばされたかのように景色がゆっくりと動いている。

 

 1歩、踏み出す。

 

 輝く羽毛が舞い、光の粒になり消える。

 

 なるほど、これがいわゆる“ホンモノの奇跡”というヤツか。ここまで努力を続けてきたご褒美に、これから先を失っても構わないという覚悟を示した勇気に、三女神さまがほんの少しだけ力を貸してくれているのだろう。ゴールまで迷わず真っ直ぐ走れるように。

 きっと誰に話しても──あぁ、いや。ひとりを除けば誰も信じない、神秘の光景。脚が温もりに包まれるのを感じながら、ウマ娘は全ての力を振り絞るように

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「邪魔をッ!! するなァァァァッ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 光の道を踏み砕いた。

 

 これは、アタシのレースだ。アタシが自分の意思で天才に挑むと決めたんだ。この脚は、この走りは、そのためにトレーナーと完成させた大事な宝物なんだ。

 

 それをこんなモノで、こんな奇跡(まやかし)で誤魔化してたまるか。そんなものに助けられて勝つぐらいなら、ゴール板の手前で力尽きて倒れたほうがずっとマシだ。

 

 最後の直線。アタシという物語を終わらせるために残された500メートル。これだけは誰にも譲れない。

 

 三冠ウマ娘だろうと、凱旋門ウマ娘だろうと、三女神にだって渡せない。

 

 渡せるものか。

 

 渡してたまるかッ!! 

 

 

 意識が再びジャパンカップの舞台に戻る。全身を襲う疲労と痛みを取り戻したことに満足したウマ娘が最後の加速を始める。三バ身後方にライバルの気配を感じながら。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ムリだって……勝てるワケないんだって……」

 

 その呟きにはどんな感情が込められていたのか。

 

 嫉妬? それは当然だ、GⅠの大舞台で走るウマ娘に憧れないウマ娘なんてまずいない。

 

 嘲笑? それもあるかもしれない。努力する天才相手に凡才の勝ち目なんてあるハズない。

 

 

「…………」

 

 

 バカみたいに夢を追いかけたって負けてしまえば意味がない。

 

 

「…………れ」

 

 

 現実と向き合って、それなりの勝負で満足するほうがずっと賢い。

 

 

「…………ばれ」

 

 

 だけど、それでも。

 

 

「…………んばって」

 

 

 ミスターシービーの驚異的な末脚が、前を走るウマ娘の影に迫る。

 

 

 

 

『『────がんばれぇぇぇぇッ!!』』

 

 

 

 ウマ娘たちは叫ばずにはいられなかった。

 

 惨めだった。自分たちの選択は賢いのだと誤魔化して、努力を続ける彼女が羨ましくてバカみたいだと見下しておいて。そのくせ、こうして彼女の走りに心が爆発しそうなほど熱を帯びて震えている自分たちの身勝手さがどうしようもなく惨めであった。

 

「いけぇッ! 逃げきれッ!」

 

「三冠ウマ娘がなんだッ! 凱旋門ウマ娘がどうだってのよッ! アンタはそんなもの関係ないでしょッ!」

 

「負けるなッ! 負けるなッ! 負けるなァッ!」

 

 必然。走ることを続けているということは、結局のところこのウマ娘たちも心の奥では夢を諦めることができなかったということだ。

 自らの意思で決別したのではない。ただ見失っていただけ。ならば、切っ掛けさえあれば夢を見ずにはいられないのは当然のこと。

 

 

『『いっけぇぇぇぇッ!!!!』』

 

 

 いつの間にか自分たちが泣いていることにさえ気付かないまま、ウマ娘たちは叫び続ける。彼女が天才相手に勝つ姿を見たくて。そうすれば自分たちも再びレースに“挑戦”できる勇気が貰えるかもしれない、そんな身勝手な夢を託して。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 楽しく走ることができればそれでよかった。

 

 そんな自分を受け入れてくれるトレーナーに出会った。

 

 天才と呼ばれていることは知っていた。

 

 そんな自分に本気で勝負を挑んでくれるライバルたちに出会えた。

 

 三冠ウマ娘の価値はいまでもわからない。

 

 そんな自分の走りが好きなのだとトレーナーは言う。

 

 ジャパンカップの悲願に興味はない。

 

 そんな自分でもライバルの覚悟ぐらいは真っ正面から受け止めたい。

 

 

 

 

 明るく振る舞っていても心の中では悔しかった。

 

 そんな自分の行く先を照らしてくれるトレーナーに出会った。

 

 凡才の自覚なんて中央トレセン学園に来たとき思い知らされた。

 

 そんな自分が本気で挑むことを楽しんでくれるライバルに出会えた。

 

 夢を追う資格があるのかはわからない。

 

 そんな自分を見守るのが楽しいのだとトレーナーは言う。

 

 ジャパンカップの悲願に興味はない。

 

 そんな自分でもライバルとの決着からは絶対に逃げ出したくない。

 

 

 

 

 自分の心は誤魔化さない。

 自分の心は誤魔化せない。

 

 

 

 

 あのときのように、もう一度。

 あのときとは違う、今度こそ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「キミと、最高の勝負をッ!!」

「アンタと、全力の勝負をッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ねぇ、マジでやんの?」

 

「当然。そのためにわざわざ彫刻刀買ってきたんだから」

 

「コイツさぁガチで準備してンの! ちゃんと木の板まで用意しててさぁ、カリカリ練習してんの!」

 

「そりゃ1発勝負だし気持ちもわかるけどさぁ」

 

「てか、さすがにトレーナーさん怒らんかね?」

 

「あのトレーナーさんですからねぇ。むしろ、お腹を抱えて笑いそうな気もしますが」

 

「あー、それな」

 

「つーかこれ、シービーとかマルゼンとか悔しがりそうじゃね?」

 

「知らんよそんなん。これはアレよ、取引完了の署名捺印的なヤツだから」

 

「モノは言いようだな。……あーあ、ホントにやりやがったよコイツ」

 

「というか、本当にお上手ですね」

 

「コレぜったいほかの子たちも真似するヤツじゃん。そのうちこの机ぜんぶ削られるんじゃね」

 

「そこは空気読んでイイ感じにレイアウトしてくれんでしょ。とりあえず真ん中だけ残しとけばいいんじゃない? いつの日かトレーナーもなんか刻みたくなるかもしれないし。……よしオッケー」

 

「地味にウマイのウケる」

 

「これぞ練習の成果よ。さーて、そんじゃあ併走トレーニングに向かうとしますかね」

 

「脚、大丈夫かよ?」

 

「ナメて貰っちゃ困るよチミィ。後輩の相手ぐらい本気出せなくても余裕だっての。ま、教えられるモノはしっかり教えてやるのも先輩の役目だしね。なにを学ぶかまではアタシの知ったこっちゃないけど」

 

「テメェみたいなイカれた逃げウマ娘が簡単に量産されてたまるか。ホレ、さっさと着替えにいこうぜ」

 

「へいへ~い。……いやぁ、夢ってのはいいもんだね。見るのも、見せるのもさ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最強のライバルに

 

最高の舞台で

 

勝ち逃げをかます

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ついにミスターシービーとトリプルビーフケーキ師匠が実装されましたね。その情報を知る前にシンコウウインディをお迎えするため180回ほどガチャを回してしまった作者にはあまり関係ない話ですが。


シーズン4はファインモーションと担当トレーナーの話から、おまけの1話はグラスワンダーと賢さGの冬休み・炭焼きグルメになる予定です。


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☆さくしゃは しょうきに もどった☆

なにやらお気に入りのゲームのBGMについてチラホラご意見が届いているようですね。なぜそうなったのか作者にはサッパリまったく皆目検討がつきませんが。

ちなみに作者はGジェネレーション ジェネシスという作品のOPとか好きですね。歌い手の方をゲーム中にパイロットとして使えるのでよく聞いてます。以前モブウマ娘ちゃんの話を書いてるときなんかも聞いてました。


 

 

 ぴゅーぴゅーぽこぽこ

 

 ぴゅーぴゅーぽこぽこ

 

 あったかふわふわに

 

 布団乾燥機を交換に出したら

 

 真紅のカクテルドレスを着た世紀末覇王が

 

 タヌキに咥えられてやってきた

 

『赤がすごくて、すごく赤いです!』

 

 タキオンの薬は概ねデンジャー

 

 ご飯のお供にポークジンジャー

 

 授けて遣わすドロンチェンジャー

 

 銭形平次の必殺デリンジャー

 

『今回はパワーが足りませんでしたね』

 

※立体交差で波乱が起きるか! 

※立体交差で波乱が起きるか! 

※オバディオブリバディオディマンサ! 

※立体交差で波乱が起きるか! 

 

『じゃがいも60kgを消費しました』

 

 ヘイブラザー プリティーダービー部

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 中央トレセン学園の年末年始。

 

 大多数のウマ娘たちは冬休みというまとまった休日を利用して実家に帰省するが、様々な理由で寮に残っているウマ娘たちもそれなりの人数がいる。

 年明けすぐにレースを控えている者、単純に帰るのが面倒で残った者、そもそも実家が海外にあり簡単には帰ることができない者。正月を寮で過ごすウマ娘たちが抱える理由は様々だが、そんな彼女たちが共通して解決しなければならない問題がひとつだけ存在する。

 

 食事、である。

 

 学生であるウマ娘たちよりは短いが、学園のスタッフも必要最低限の人員だけを残して大半が貴重なまとまった連休を楽しんでいる真っ最中。当然だがカフェテリアなど営業しているワケがなく、ウマ娘たちは自炊をするか外食をするかの2択を迫られる。

 もちろん寮の冷蔵庫には充分な食材が並んでいるし、商店街にはコンビニエンスストアを含め元日から営業している店舗はいくつもある。たかが数日、自分が食べるご飯の世話もできないような残念なウマ娘などいないだろう……という大人たちのささやかな願いはもちろん叶っていない。

 

 トレセンのお母さんことスーパークリークやトレセンのオカンことヒシアマゾンなど料理を得意とするウマ娘は決して少なくない。少なくないが料理ができることとやる気は別問題なのだ。

 

 

 

 

「ン~♪ いつものバーベキューとは違いマスが、この『シチリン』を使ったクッキングも楽しいデスね! これがニホンのワサビサザビー、とってもアメージングッ!」

 

「サムズベジタブル、アンドミート! シーフードテイスト! まさに満腹、幸福、眼福デェェスッ!」

 

「タイキ先輩、それを言うなら『侘び寂び』ですよ~。それとエル、お気に入りのソースを使うのはいいですが、ほかの人の食べ物にかからないよう気をつけてくださいね」

 

 手抜きの食事が続いている育ち盛りのウマ娘たち、それでも明日の栄光を手にするためにトレーニングに励んでいるところへ里帰りからフラりと戻ってきた名物トレーナーが冷蔵庫の整理をするべく炭火を起こしたという情報はあっという間に広がった。

 もともと彼のトレーナールームに出入りしていたウマ娘などは熱帯魚たちの世話をしているところに鉢合わせ、そこからLANEで餓えたる同胞たちへ情報を発信。ダートコースで持久力トレーニングに励んでいたグラスワンダーも、キングヘイローから連絡を受けたエルコンドルパサーに誘われ手早く着替えを済ませて参加することにした。

 

 バーベキューや焼き肉といった賑やかな雰囲気とは違う静かな、それでいて炭火の揺らめきが心をソワソワさせる独特の面白さ。ポラリスのトレーナールームの外にある、いつの間に用意したのかわからない簡素な掘っ建て小屋も味わいがあってよい。風よけはもちろん炭火の熱が暖房としてちゃんと機能してくれているおかげで思いの外快適である。

 

「ん。そっち、そろそろいいんじゃない?」

 

 金属製の串にチーズを刺して炙っているナリタタイシンに促され、グラスワンダーは1品目の食材を──ポラリスのメンバーが美味しそうに食べていたことから好奇心を刺激され挑戦することにした『トマト』を串から外して皿の上に移した。

 食文化として、加熱することによりトマトの旨味が増すことは知っている。だがこうして丸ごと炭火で焼いて食べるというのは初めての試みであり、普段何気なく口にしていたトマトがどのような変化を遂げているのか楽しみでもあり不安でもあった。

 

「グラスさん、焼きトマトならオリーブオイルと塩で食べるのがオススメよ。このソルトミルを使うといいわ」

 

「あら、ありがとうございます。それでは……ん~、加減がわかりませんし、まずは控え目にしてみましょうか」

 

 焦げ目に引っ掛かるかどうかという程度にオリーブオイルを。そしてカリッ、カリッと軽くソルトミルを捻り準備は完了。切り分ける箸に伝わってくる感触は、とろりと蕩けるようでもありフワリと柔らかくもある。

 それでいて持ち上げてみればしっかりと重みが感じられ、水分がすっかり抜け落ちてしまった……などということにはならなかったようだ。

 

 

 さて、まじまじと観察している間に冷めてしまったのではもったいない。まずはひと口。

 

 

「これは……まぁ♪」

 

 じわりと染み出る酸味と甘味、それをオリーブオイルの油分が上手にまとめている。そして塩の役目は輪郭が広がりすぎて味がぼやけてしまうのを防ぐことにあるのだろう。

 チーズをトッピングしたりほかの具材をつめる器としてオーブンで焼いたものとはまるで違う、どこまでもトマトの美味しさを尊重した味わい。少々贔屓目というか偏見が含まれた言い方になるが、こうした食材そのものを楽しむ調理法はいかにも日本的だ。

 

 こうなるとメインとなるお肉や魚介類に移行する前に、もう少し野菜たちを楽しんでみたいという気分になる。

 

 そちらもそちらで興味はあるのだ。少し離れた場所で焼き牡蠣の味付けについてバター醤油と塩レモンのどちらが格上かを決めるために、それぞれの派閥の代表ウマ娘同士がトレーニングで使用しているドラム缶をリングに見立ててアームレスリングを開催しているのをついつい観戦してしまうぐらいには。

 

「クックック。よ~く見ておけ、アレが去年のジャパンカップの最終直線でイカれたデッドヒートを見せつけてくれた優駿ふたりのご尊顔だぞ。実にありがてェだろう?」

 

「喧嘩するほど仲がいい、ですか~。いえ、そもそもケンカでなくじゃれあっているだけなのでしょうが」

 

「フッフッフ! 世界最強のウマ娘としていつかはエルもあんな走りを……そういえばナカヤマ先輩、今日はシリウス先輩は一緒じゃないんデスか?」

 

「あぁ、アイツなら会長サマと一緒に帰ったよ。たまにはシンボリの本家に顔を出すのも悪くないってな。以前なら絶対にありえねェ話だが……まぁ、いまの会長サマのことはそれなりに気に入ってんだろうさ」

 

 以前と比べてシンボリルドルフとシリウスシンボリの距離感がだいぶ近くなったことは、ウマ娘たちにとってはもちろん学園関係者にとっても驚くべき変化だった。価値観の違いから衝突するのは相変わらずだが、それでも雰囲気はだいぶ親しげなモノになっている。

 

 どれぐらい親しげかというと、ギャンブル勝負をポラリストレーナーに挑んで返り討ちにあったウマ娘たちに罰ゲームが言い渡されたさいにシリウスシンボリの条件が「お前今日一日ルドルフの前では1人称をシリウスにして上目使いで妹が甘える感じな。もちろんちゃんとルドルフお姉ちゃんって呼べよ」という内容であることを聞き付けたシンボリルドルフが特に用事もないのに太陽の如くキラキラが溢れた笑顔で追いかけ回すぐらいには親しくなっていた。

 当然ながら翌日にはバッチリ報復が成されたのだが。それはそれは見事なヘッドロックであり、無敗の三冠ウマ娘の口から「待てッ! 中身がッ! 耳から脳みそがッ!?」などという悲鳴が飛び出る光景はそう何度も拝めるものではないだろう。

 

「模範的優等生の会長サマがあんな本性を隠していたのは驚きだが、退屈なウマ娘がトップに立つよりは何百倍も面白ぇ。……っと、そろそろ焼けたか。どうだ、オマエらも食うか?」

 

「これは、しいたけ……ですか?」

 

「なんだか意外デスねー。ナカヤマ先輩ならイキナリお肉をガッツリ食べてそうなイメージがアリマス」

 

「ハッ。たしかに肉はウマイがな、そんなもんは誰でも知ってる当たり前のことだ。だからこそ、あえて肉に匹敵する旨さを野菜の中から引き当てることに挑戦する。そのほうが楽しめるし──これでも味覚は普通なほうなんでな。どこぞの生徒会役員みたいに肉オンリーなんて食ってられるか。ホレ、かなり肉厚だから濃いめの味付けでもイケるかもな」

 

 

 共通するとあるウマ娘のことを思い浮かべつつ、グラスワンダーとエルコンドルパサーは差し出されたしいたけをお皿で受けとる。

 和食を好むグラスワンダーにとっては見慣れた食材のハズなのだが、十字の切り込みはともかくサイズはまるで別物のように大きい。

 

 たかがしいたけ、されどしいたけ。ついさきほど炭火焼きトマトという新しい可能性を体験したこともあってどんなものかと期待したくなる。

 隣ではさっそくエルコンドルパサーが自前の激辛ソースをタップリかけて食べている。それでは食材の味がわからなくなってしまうのに……と、そう思いながらも本人()()が楽しんでいるのならそれでよいだろうとグラスワンダーも調味料に手を伸ばす。

 

 ここは素直に醤油で食べてみようか。そんな当たり障りのないことを考えているところにナカヤマフェスタの視線がこちらに向いていることに気づいた。

 

 静かに笑っている? 

 

 否。

 

 これは、嗤われている……ッ! 

 

 視線の意味に気がついたとき、グラスワンダーの脳裏にさきほどのナカヤマフェスタの言葉が甦る。お肉が美味であるのは常識であり、それを打ち破るために焼かれたのがこのしいたけであると。

 それを受け取っておきながら、自分はお醤油で味付けをしようとしたのだ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()ッ!! 

 

「んー、お野菜も美味しいデスが、そろそろ違うものも……タイシン先輩! その串焼きはお魚デスか?」

 

「鯖だけど。食べたいなら勝手にすれば?」

 

「感謝デ~ス♪」

 

 試されている、というほど大仰なことではない。自分が、グラスワンダーというウマ娘の選択をただ面白がっているだけなのは理解できる。ここで王道たるお醤油を手に取ったところで、それがお前にとっての正解ならばそうなのだろうと受け入れるのがナカヤマフェスタというウマ娘なのも知っている。

 だが、このままお醤油を炭火焼きしいたけに纏わせるのは可能性を否定する行為に等しいのでないか。数多の分岐路を前にして尚愚直に正道を駆け抜けるのと、分岐路の存在に気づかぬまま誰かの蹄跡をなぞるのではまるで意味がちがうのではないか。

 

 迷わず走ることと、なにも考えずに走ることは違うのだ! 

 

「ん~、ブタ肉とキムチのタッグもなかなか……でもまだまだパワーアップしても……タイシン先輩! エル特製のホットソー「ゼッタイいらない」迷いのない即答ッ!?」

 

 指先が鈍っているグラスワンダーを横目に、ナカヤマフェスタはマヨネーズに七味唐辛子とかつお節、そして青のりを加えたものを少しだけしいたけに付けて食べ始めた。

 素材の味を損なわない程度に、しかしジャンクフードにも似た香りで自分のフィールドに引き寄せる妙手。それを無香料のミネラルウォーターで流し込む姿にはある種の美学さえも感じられる。

 

 

 出遅れた。これ以上迷うのはせっかくのホカホカしいたけに対してあまりにも非礼。わずかに焦りを感じ始めたグラスワンダーだったが、視界の端に藍色の模様が可愛らしい陶器の調味料入れを発見し──勝負を仕掛けた。

 

 

 品性を蔑ろにすることなく、その上で迷いを振り切るように強気でしいたけに口を付ける。

 

 まずは熱、炭火焼きならではの内側にしっかりと蓄えられた火の名残を唇に感じつつ、心地好い弾力としいたけの香りがパチンッと弾けた。そこに追い込みをかけるのは……味噌、である。

 もちろんただの生味噌ではない。上質なシルクを思わせるなめらかな舌触りは食べる者のことを考えて丁寧に裏ごしされた証拠。そこにハチミツが加わることでお醤油の鋭さとは趣を別とする味噌の塩気がさらに甘く柔らかいものになっている。

 

 しいたけと味噌、旨味のマリアージュ。その背後を一瞬で駆け抜けた清涼なる風の正体は山椒オイルだ。辛味も痺れも感じないギリギリのラインで混ぜられたそのオイルはグラスワンダーも何度か見たことがある。

 アンティーク調の瓶に、まるで翡翠のように美しいそれは香りを確かめるまで山椒であるとは想像すらしなかった。インターネットで調べたものとは別物の輝きは、やはり一流のトレーナーともなるとウマ娘が口にするものにも妥協はしないのか。

 

 ラストスパート、グラスワンダーが手にした飲み物は玄米茶である。可能性、大いに結構。だがそもそも自分はそれほど器用な性格はしておらず、これと決めたことは簡単に変えられない頑なさも自覚している。

 ならばどこまでも。正々堂々、真向勝負で受けて立つのが我が流儀。これが私だと、これでどうだとナカヤマフェスタのほうに向き直れば──満足そうに微笑んでいる。どうやら先輩からの洗礼は無事合格できたらしい。

 

 

「しかしトレーナーくん。ずいぶんと大量にお餅を用意したものだねぇ」

 

「なんか商店街歩いてたらメッチャもらったンだよ。正月なのに学園に行くのかって聞かれたから、トレセン学園を遊び場にできるのはトレーナーの特権ですって答えたら、なんかこうなった」

 

「うん? ……あー、うん。なるほど。だいたい理解したわ。まぁいいんじゃないかしら? お正月らしくて。それで、どんな味付けで食べるつもり? 特別にこのキングが用意してあげてもいいわよ!」

 

「じゃあホイップクリームとチョコソースで」

 

「……そういえば賞味期限が近かったわね。まだ残るようなら明日はホットケーキにでも挑戦してみようかしら」

 

「ふぅン? なるほどなるほど、考えてみればお餅は甘味なら和菓子が沢山あるじゃないか! トレーナーくーん、私にもなにか……そういえば冷凍庫に紅茶アイスがあったねぇ!」

 

「自分で取ってこい」

 

「えぇー?」

 

 

「商店街を歩くだけでお餅や美味しいものがたくさん集まる……これが中央トレセン学園のトレーナーか……!」

 

「んなワケあるか」

 

「おぉ……! やっぱり都会はお餅の食べ方もなんだかオシャレだべ……!」

 

「素直か」

 

「せっかくだしうどんでも茹でるか? 8ビートで大根おろしも完璧だぜ!」

 

「そこはもうちょいボケろや。あ、ウチのぶんも今日はツユ濃いめで頼むわ」

 

 

 

 

「……醤油と、海苔でいかせてもらうぜ?」

 

「……では、ピザソースとチーズで受けて立ちます」

 

 戦いはまだ終わっていない。

 

 今度はお互いに、自分の領域を出し惜しまず。

 

 本格化が進み選抜レースに参加できるようになるまでは、トレーニングの延長線上にあるような勝負ばかりになるのも仕方ないと考えていたグラスワンダー。

 だがここは中央トレセン学園。戦いを、勝利を求めるウマ娘たちが集う場所。お餅の食べ方ひとつでも、こうして先輩ウマ娘と価値観をぶつけ合い高め合うことができるのだ。

 

 

 臆するなかれ、グラスワンダー。

 

 強者に挑むがウマ娘の誉れなり。

 

 たとえ、明日に体重計が控えども。

 

 

(※ナカヤマフェスタのヒミツ:炭酸水が苦手。忘れてたので修正しました)




お肉じゃなくてお野菜なので飯テロにはならないな! ヨシッ!


しばらくは他作品の更新を優先するので続きは気長にお待ち下さい。

ちなみにシーズン4はファインモーションのほか、イナリワンとオグリキャップとスーパークリークのメイクデビューあたりの予定です。それとBNWもぼちぼち。
あとは中等部のウマ娘たちの物語に備えて年代スキップをどうにかしたいところさん。


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ろいやる。

いくぞ、読者諸君。

賢さの低下は充分か?


 はて、何故このような事態になったのだろうか? 常にパーフェクトプランの世界で生きている貴方でもさすがに今回の事態を目の当たりにしては不思議そうに首を傾げ、そしてウマ娘たちに丁寧に筋肉をほぐしてウォーミングアップをするように指示を出しています。

 

 

 現在、貴方は中央トレセン学園が保有する敷地内のレース場にて開催されている“ファインモーションとその担当トレーナー(仮)が保護者であるお父さん(王)にトゥインクル・シリーズに挑むに足る走りを見せる”という試験的なレースの立会人のひとりという立場です。

 

 そんな大事な場面に引っ張り出されたこと自体がトレセン学園の、ひいてはそこに通う全てのウマ娘たちの名誉に関わる大問題であると貴方は確信しています。

 しかし事態はそれだけに収まらず、どういうワケかファインモーションの対戦相手となるウマ娘たちの参加を貴方が取り仕切ることになってしまったのでした。

 

 ある日のことです。いつものように2台のパソコンを右手と左手でそれぞれ操作して取引中のウマ娘たちのトレーニングプランとレース日程と食事管理と外食引率のためのスケジュール調整などをしていたところに、ファインモーションの担当となる予定である若い男性トレーナーが貴方のルームにやってきました。

 彼の依頼はテストに協力してくれるウマ娘を集めること。新人である自分には実力のあるウマ娘たちを充分に集めるだけの繋がりが無く、だからといって学園が用意してくれたシチュエーションでは説得力に欠けると判断してここへ足を運んだと言うではありませんか。

 

 その条件で何故学園中のウマ娘から敵対視されている自分を頼りにしようと考えたのか問い詰めるだけでなく説教をしてやりたいところですが、悪のトレーナーである貴方にそのような資格などありません。

 むしろ、この状況を自己利益のために活用してこそ完璧なヘイトコントロールというものです。貴方はファインモーションの担当トレーナー(仮)の頼み事を安請け合いすることに決めました。

 

 もちろん本当に期待通りのウマ娘を集めるつもりなどありません。軽々しく引き受けた上でメンバー集めに失敗し、そして一切の反省を見せることなく適当な言い訳でもして知らんぷりをする。これが実行されれば信用を失う行為としては確かに満点と言えるでしょう。

 

 

 結果はもちろん見ての通り。距離適性がマイル以外のウマ娘やダートのほうが得意なウマ娘なども含め、現在のファインモーションをギリギリ上回る実力者たちがバッチリ集まっています。

 

 

 おかしい、何故ウマ娘たちは当たり前のようにターフに集まったのか。当然ですが貴方は彼女たちに個別に声をかけたりはしていません。適当にルームにいたウマ娘へ向けて大雑把に頼んで終わっています。

 

 まず、依頼者であるファイントレーナーを了承の返事で帰らせます。

 

 次に、ルームにいたウマ娘へ作業をしながら適当にメンツを集めるよう指示を出します。

 

 そして、その場にいた何者かの「おけまる水産ッ!」という元気の良い声を聞きます。

 

 いったいどこに成功する要素があったのか、完全な失敗を前提に行動を選んだ貴方には皆目見当が付きません。となれば、結局のところファインモーションとその担当トレーナーを応援したいというウマ娘たちの純粋な願いによる自発的な行動の結果なのだろうと納得することにしました。

 さて、こうして試験が始まった以上は貴方には参加するウマ娘たちが万全な状態で走れるように取り計らう義務があります。真の悪党こそ勝負の華を愛でるだけの器を示さなければならないからです。

 

 とはいえ、ただ頑張れと言うだけでは芸がありません。そもそも貴方は守銭奴としてウマ娘を利用するというスタンスを一瞬足りとも忘れたことはないので、ここは厳しい言葉で反骨精神を煽ることで実力を引き出すことにしましょう! 

 

 後輩を応援するイベントのようなものと考えているのか、準備運動をするウマ娘たちは全員が楽しげな雰囲気です。ここに場の空気をブチ壊す悪意ある一言を投げ入れるなど簡単なこと。

 貴方は攻撃的な気配を放つことで無言のままウマ娘たちの視線を集めることに成功しました。取引関係にあるウマ娘たちは貴方の悪意には慣れていますので、これだけでもウマ娘たちの眼差しには強い光が宿ります。

 

 

 当然この程度で終わらせるほど貴方は甘くありません。ウマ娘たちへ向けて「公式記録に残らなければ勝者が褒め称えられることもない。だがこれは間違いなくウマ娘の誇りを賭けた真剣勝負だ。全力で走る覚悟が無い者がゲートに入ることは認めない」と言いました。

 

 

 ウマ娘たちにしてみれば「仕事もしないで給料だけ盗むように受け取っているお前が偉そうになにを言ってるんだ」と反論したい暴言でしょう。

 これで参加するのを辞めるウマ娘が現れてくれれば作戦は完了なのですが……やはり後輩のことを想う気持ちには勝てなかったのか、それとも自分の言葉など路傍の石ほどの価値もないと無視されたのか、ファインモーションの試験レースは無事フルゲートでのスタートとなりました。




これはただの自慢話ですが、デイリーレジェンドレースのおかげで無事カレンチャンをお迎えできました。レーシングカーニバルでまとまったピースが集まっていたので楽勝でしたね。

そしてこの報告をしてしまったことにより、本作をカレンチャン未登場で終わらせることができなくなりました。だって持ってるんだもの。

そうか、これがハニートラップか……ッ!?


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とらいある。

 トゥインクル・シリーズへの出走権を賭けた非公式レースであるトレセン学園1800(芝)がついに始まりましたが、良バ場であるコースと違いレース場の雰囲気はかなり重苦しい状態です。

 もちろん原因は貴方にあり、そのことは貴方自身も正確に把握しています。模範的な不適合トレーナーが堂々とコースの側で観戦している姿は誰から見ても場違いですから、いつの間にか揃っているウマ娘はもちろん、理事長である秋川やよいとその秘書である駿川たづなといった学園関係者、そして当事者であるファイントレーナーにモニターの向こう側の国王も臍を噛む思いでしょう。ファインモーションの母親らしきウマ娘はなぜかニコニコしていますが。

 

 当然ですが彼ら彼女らの動揺を考慮する必要など貴方にはありません。完璧なヘイトコントロールであるといつものように心の中で自画自賛の真っ最中です。

 

 さて、それはそれとしてレースの評価はしっかりと行わなければなりません。ファインモーションは素晴らしい素質を秘めたウマ娘ではありますが、これまでレースには参加しないと公言していたという特殊な事情を抱えています。

 それがいきなりトゥインクル・シリーズに挑戦するとなれば、必ず下衆の勘繰りというものが付いてくるハズです。

 

 国王とはいえ所詮は父親、ファインモーションの走る姿を見たいと考えるのは当然であり、反発する者たちが納得する材料としてはあまりにも弱い。

 ファイントレーナーに至っては論外というもの。たとえ天から日輪の輝きが無くなったとしても、トレーナーが担当ウマの在り方を否定することなどあり得ないと貴方は考えています。なのでここは自分が嫌われ者という立場を最大限に利用する場面であると判断しました。

 

 

 と、いうワケで始まりましたトライアルレースはなかなか悪くない展開で進んでいます。ファインモーションの評価試験はもちろん、適度な緊張感の中で走るのは脚質の向上を目指す先輩ウマ娘たちにとっても良いトレーニングになるでしょう。

 のちにロイヤルSP隊長ウマ娘が「日本のコミックにある“場のスゴ味が増す音”は実在する」と感動しながら友人知人に話すほどの気迫でレースを見守る貴方でしたが、ウマ娘たちの走りに満足しつつもついさきほど閃いた『大事なレースに難癖を付けて走りの課題を自覚させるついでに不興を買って追放されちゃうぜ大作戦』が滞っている事実にはさすがに苦味のある表情をこらえることはできない様子。

 

 

 どんな些細なことでもいい。なにか自分の責任問題に繋げられるような出来事を見逃してはならない。悪役として真剣にレースを見ていた貴方ですが──なんということでしょう! 最終コーナーでファインモーションの顔へ蹴り上げられた土が飛んでしまいました! 

 

 

 この手の飛来物はウマ娘レースの世界でもかなりデリケートな問題です。野外競技ですから仕方ない部分もあるのですが、意図的にそれを行うウマ娘もいるため慎重な判断を求められることになるからです。

 卑怯な手段で戦ってどうする、などという正論を叩き付けるのは簡単かもしれません。しかし貴方は知っています。彼女たちもまた、本気で勝利を欲する戦士であると。

 

 実は中央トレセン学園にもそうした技術を身に付けようとしているウマ娘が在籍しており、貴方はそのウマ娘に真意が如何なるものかと問い掛けたことがあるのです。

 返ってきた答えは「全てのファンから後ろ指を指されることになってもいい、たった1度でも勝利したという事実が欲しい」という切実なものでした。

 

 善良で真っ当なトレーナーであれば正道へと導くところかもしれませんが、貴方は世界で唯一の悪役トレーナーですからそのような義務はありません。なにより、不名誉を生涯背負う覚悟は非常に好ましくさえありました。

 ならば貴方がウマ娘へかける言葉など決まっています。そのときは、全ての雑音を消し飛ばすほど大きな声で「よくやった」と褒めてやる。そんな覚悟を、天地神明にかけて必ず実行するという決意を込めて伝えました。

 

 これならば黒幕たるトレーナーの存在によりウマ娘にはヘイトが向きませんし、貴方も円満追放されるのでまさに一石二鳥というもの。

 問題があるとすれば、その機会が訪れるよりも先にウマ娘が1年間の敗北の末に無事未勝利戦を勝ってしまったことぐらいです。それからさらに1年間の敗北を重ねオープン戦に勝利し、現在は「こっから1年また敗ければ、今度は重賞にも勝てるってことじゃん? なら余裕余裕! これでも、敗け続けるレースは得意じゃん!」とGⅢレースへ向けて愚直に努力を続けています。

 

 やがて彼女は「これはもう期待できないな」と諦めた貴方から渡された重賞向けトレーニングプランを乗り越えた未来にて“誰よりも敗北を知るグランプリウマ娘”として大勢の足掻き続ける挑戦者たちを導く蹄跡を残しますが、いまはそんなことよりも目の前のレースの結果のほうが大事です。

 アクシデントによりファインモーションは失速してしまい、当然の結果として最下位となってしまいました。これはただの模擬レースではないことは周知の事実ですから、レース場は非常に気まずい空気が蔓延してしまっています。

 

 

 この絶好の機会、利用せず傍観するのは阿呆の所業なり。貴方は邪悪なる笑みを浮かべ、モニターの向こう側にいるファインモーションの父親へ向けて「さてご覧の通り、娘さんはトゥインクル・シリーズに挑むのは難しいかもしれません。お望み通りの結果ですね、おめでとうございます」と丁寧に、そしてわざとらしく頭を下げました。

 

 

 さぁ、ここからはずっと貴方のターンです! 背後では黒いジャージを着たウマ娘たちがコメ食い顔をしていたり額を押さえて露骨なタメ息のエアグルーヴを苦笑いのサイレンススズカが励ましたりしているため少々迫力に欠けますが、極悪非道のトレーナーらしく煽りに煽って都合の良い言葉を引き出しましょう!




これは不敬罪で一発アウトですね間違いない(確信)


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ぷりんしぱる。

 無敗のまま秋華賞、そしてエリザベス女王杯を勝利した競走馬。GⅠをふたつ勝利しているというだけでも、ファインモーションが素晴らしい脚を持っていたことは伝わるでしょう。

 購入時、オープン戦に勝利し重賞のひとつでも勝ってくれれば……と。そんな期待を良い意味で裏切ったその牝馬は、とある騎手が牡馬と勘違いして「これでダービーに行きましょう」と提案するほど力強い走りを見せました。

 

 故に、ウマ娘のファインモーションもまたトゥインクル・シリーズで活躍できるだけのモノを秘めているのは確定的に明らかです。

 事実、さきほどの模擬レースでもトラブルが起きるまでの走りはそれなりに悪くなかったと貴方は評価しています。このままトレーニングを続ければ、重賞の舞台に立つだけの実力は必ず身につくことでしょう。

 

 

 ですが、現在のレース場の雰囲気は貴方の評価とは真逆の雰囲気となっています。

 

 

 緊張と沈黙。仮にも中央トレセン学園に所属するトレーナーが、レースで敗北したウマ娘の父親を、それも王族に対して盛大に挑発をしたワケですから当然です。

 現在進行形でもともとマイナスであった評価は更なる奈落へと下降しているワケですが、正直なところこの沈黙は貴方が想定していた変化ではありません。

 

 王族であれば海千山千の曲者と舌戦を繰り広げるのが日常ですから、この程度の煽りになど鮮やかに反論してくるだろうと決め打ちしていました。学生時代に活躍した無刀取りの技術の如くカウンターを主軸とした計画を貴方は練っていましたので、ファインモーションの父親からのアクションが無ければ次の一手を打つことができないのです。

 しかし肝心の父親は忌々しいと言わんばかりに顔をしかめるだけ。母親であろうウマ娘は相変わらず何故か機嫌が良さそうで反論してくる様子はありません。SPウマ娘も黙ったままですが、此方に関してはプロフェッショナルとして喚かないだけであると判断しました。

 

 

 さて、初手から計画が崩れてしまいましたが努力を怠らない勤勉なチート転生者である貴方はこの程度で動揺などしません。敵対者として期待が出来なくなった王族へ対する興味を完全に失った貴方は、次の標的をファインモーションの担当トレーナーに定めます。

 

 

 自慢の愛バを貶されたのですからトレーナーであれば逆鱗に触れるも同然、悪鬼羅刹も滅されるのを覚悟するほどの怒りに目覚めて睨んでくる──などということはなく。どういうことかファインモーションと並び呆然とした表情でこちらを見ているではありませんか。

 そんなバカな。トレーナーたるものウマ娘に対する侮辱を見逃すなどあり得ない。事実、貴方も研修生時代に脚の遅いウマ娘を無価値であると嘲笑う教官を頭部の毛根が枯れ果てるまで追い詰めたことがあります。

 

 その男は「俺は二度と間違えない。親父の後を継ぎ、食べた者を幸せにできるにんじんを育ててみせる」と言い残し、三日三晩の滝行を経て農家として再出発しています。

 にんじん農家を営むのに滝行は関係ないだろうに、という考えは口にするのは無粋であると黙していますが。

 

 

 ともかく。ファイントレーナーが腑抜けている理由はなんだろうかと考えた貴方ですが、答えにたどり着くのは簡単なことでした。

 アプリのトレーナーたちはウマ娘のために七難八苦を乗り越える超人ばかりですが、冷静に思い返せば好き勝手にチート能力を振り回す貴方とは違い常に正々堂々とした真向勝負でトラブルを解決していたハズです。

 

 つまり感情まかせに怒鳴り声を上げるなど言語道断。なるほど、彼はいま愛バの名誉を傷つけられた怒りとトレーナーとして守るべき矜持との間で揺れ動いているのだろう。

 

 ならば自分の役目は定まった。彼がその内に燃え盛る怒りを吐き出すための正当な理由付けをしてやることだ。今日も悪役としてパーフェクトな答えを導きだした貴方はファイントレーナーを「いつまで呆けているッ!」と一喝しました。

 ウマ娘を利用し金儲けを企む悪のトレーナーとして恥じない己であるために数多の修羅場を潜り抜けてきた貴方の怒号は十把一絡げのチンピラとは格が違います。ファイントレーナーはもちろん、ファインモーションもまた驚きのあまり咄嗟に背筋を伸ばしてしまうのも無理はありません。

 

 

 そして次に貴方は「お前はそのウマ娘の、ファインモーションのトレーナーなのだろう?」と言います。

 

 

 さぁ、ここまで仕込めば今日のところはもう充分でしょう。ファイントレーナーから、担当ウマ娘が見付からない底辺トレーナーがなにを偉そうに語るのだと言わんばかりの強い眼光を向けられた貴方は大満足でレース場を去ることにしました。

 エアグルーヴからはもう少し加減はできないのかと小言が飛んできましたが、ここは敵となる相手に手心を加える理由など無いとニヤニヤしながら返事をしておきましょう。呆れたように「この大たわけが……」と呟かれ、これにてミッションコンプリートです!



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ぬーどる。

「3分でこんなに手軽で美味しいラーメンが食べられるなんて……! もしかして、倍の6分待てばさらに美味しいラーメンに──」

 

「ならねェからな?」

 

 

 春の訪れはまだまだ遠い季節ですが、スッキリと晴れ渡る青空の下ではためく洗濯物の群れは季節を問わず見る者の心を爽やかにしてくれます。

 

 

 事前準備は抜かりなく、しかしコンディションを言い訳にパフォーマンスが低下するようでは二流である。こうした価値観を持つ貴方は取り引き相手であるウマ娘たちを水浸しのコースで走らせることに一切の躊躇いはありません。

 わざわざ完璧に整えてくれているターフやダートを荒らすことに抵抗はあるものの、整備スタッフのチーフである初老の男性から「トレーナーの仕事はウマ娘のためにコースを有効活用すること。メンテナンスは我々の領分です。申し訳ないが、プロの仕事に素人が嘴を挟まれては困りますな」と笑いながら言われてしまえば黙って引き下がる以外の選択肢を選ぶことはできないでしょう。

 

 

 さて。そんな悪路踏破のトレーニングですが、最近では取り引きに関係の無いウマ娘とトレーナーの組み合わせも当たり前のように参加するようになっています。

 そしてそれは、数日前のファインモーションのトライアルレースから人数が地味に増えるという貴方にとっては因果関係の全く見えてこない謎の現象が発生していました。

 

 疑問はあれど廃れていた第9レース場の所有者は中央トレセン学園であり理事長の秋川やよい女史の物。ならばその使用に自分が文句を言うのは悪事ではなく子どもの駄々であり、貴方が目指すスタイリッシュな外道トレーナーの姿には相応しくありません。

 

 そんなワケで、大勢のウマ娘たちの泥塗れになった運動着が鉄パイプ等で組まれたお手製のトレーニング器具の間に張り巡らされたザイルを利用して干されているのでした。

 肝心の中身たちは激しいトレーニングで消費したカロリーの補給と冷えた体温を補うためにインスタントのラーメンなどを和気藹々と食している最中です。ついでにトレーナーたちも俺の私の愛バと並んで食事をしたりすることで絆を深めている様子。

 

 

 カップラーメンのお肉ですら当たり前のように奪おうとするナリタブライアンの箸を鮮やかなパリィで弾く老トレーナーや、バクシン的速度で3分待たずに開けようとするサクラバクシンオーを口八丁でなだめる女性トレーナー、ウイニングチケットと一緒に練習のあとにライバルと肩を並べての食事は最高だと大声で語る男性は確実に彼女の担当トレーナーだと貴方は確信しました。

 あと、またなにか余計なことを言ったのかお湯を注いだカップラーメンを手に持ったまま朗らかに笑いながら逃げるシンボリルドルフを若干キレ気味のシリウスシンボリが追いかけているのをミスターシービーやマルゼンスキーなどのウマ娘たちが笑いながら見守っていたりもしています。

 

 ついでにメジロドーベルが優しそうなイケメンとおっかなびっくり会話している姿を確認できたのはウマ娘ファンとしては僥倖というもの。

 どうやら彼女の物語は無事にスタートしてくれるようだと貴方もご安心です。血縁者である麗しき実力者のほうは担当トレーナーが見付からないまま皐月賞に挑むことになってしまいましたが。

 

 

「なんだ、ドーベルのことを気に掛けていたのか? なに、心配は無用だ。彼は何処ぞのヤンチャなご婦人がその才能に目を付けて誑かして弟子にしただけあって、トレーナーとしての実力はちゃんと備えている……ハズだ。そうでなくともドーベルとコミュニケーションが成立しているだけでもありがたいが」

 

「ウフフ、本人を目の前にして散々な言い方をするぐらいにはいまのグルーヴちゃんには余裕があるのね。結構なことだわ。それにしても人聞きが悪い説明をしてくれるじゃない。ちょっと新人トレーナーくんに学園を案内するついでにチームのウマ娘たちと顔合わせをさせて、ついでにトレーニングの補助を頼むことで仕事を体験させ続けただけよ?」

 

「それをSランクの貴女がやると冗談では済まされないのです。ご自身の発言力は自覚なさっているでしょうに。誰もがこのたわけ者のように毅然とした態度で意見が言えるワケではありません」

 

「そうね~、私にも王族相手に啖呵を切れるぐらいの貫禄があればもっとたくさんの夢を見せることができたのよね~。それはそれとして……ファインちゃんの、ファインモーションのトゥインクル・シリーズ参加は()()()()()()()()()無事登録されたわ。やよいちゃんはもちろん、日本のURAもちょ~っとだけ大変だったみたいだけれど」

 

 

 ゲームでは当たり前のようにレースを走っていたファインモーションですが、この世界では王族という肩書きはやはり軽くなかったようです。

 接触事故の規模がヒトのスポーツ競技のそれとは比べ物にならないのがウマ娘のレースですので、様々な立場の方々はもちろん同じレースを走るウマ娘たちにとっても無視できるものではありません。

 

 もちろん悪のトレーナーである貴方はそんな愉快な現状をしっかりと悪用するつもり満々です。トレーナーという立場を利用してお金儲けを企んでいましたから、レースの規定や法的な知識は気合いと根性で頭に叩き込んであるのです。

 

 もしもファインモーションが怪我などをして騒ぎになるようであれば、貴方は高らかに笑いながら吼えるでしょう。勝負の場で肩書きなど無用の長物である、それに文句があるならば王族や名門出身のウマ娘は追い越してはならないというルールを明記していない世界中のURAの無能どもが悪いのだと。

 全方位に満遍なく喧嘩を売るスタイル、これほどの大立ち回りができるのは追放を目標としている貴方ぐらいなものでしょう。もちろんその日が来たときに備えての発声練習も完璧です。大事な場面で台詞を噛むような失態は犯せません。

 

 

 なお、貴方の企みを知ったメジロライアンやキングヘイローからはとても温もりの含まれた視線を向けられましたが追放計画には直ちに影響はないでしょう。




次回はファイン側の視点です。


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『義務』

答え合わせの時間。


 少なくとも可能性はゼロではない。若い新人トレーナーの男はそう確信している。

 

 ファインモーションの事情については先輩トレーナーからある程度は教えられていた。王族としての立場故に、時に大きな危険を伴うレースに参加することは自重しているのだと。

 だがそれならば。国交のためだけに日本にいるのならば、わざわざトレセン学園に留学する必要などない。トレセン学園に通わないウマ娘など、本気でレースに興味がないウマ娘など世界中にいくらでもいるのだから。

 

 

 矛盾。いや、おそらくは葛藤。

 

 

 ファインモーションがトゥインクル・シリーズに挑戦することを望まないのであれば、いくらでも止める手段はあるのだ。

 何故なら、政治的にも常識的にも正当性は国王である父親側にあるのだから。ファインモーションの走る姿を見たいというのは自分ひとりのワガママでしかないのだから、真っ当な手段で諦めさせることなど容易いことである。

 

 故に、ファイントレーナーは賭けに出た。おそらくは。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()()()……と。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「先生からの伝言だ。ファインモーションのご両親の日程の調整は終わったって。さすがにオンラインでの……監視? 観察? んー、どう言えばいいのか……ともかく、モニター越しに走りを評価することになるってさ」

 

「そうか……助かる。セッティングを引き受けてくれたお前のお師匠さんはもちろんだけど、メジロドーベルのことで忙しいんだろう? まだ模擬レースを走るのも厳しいとかなんとか聞いたが」

 

「まぁ、ね。けどきっと、いや絶対に大丈夫さ。なにせドーベルは強いウマ娘だからね。メジロライアンも色々と話をしてくれているみたいだし、最近は向こうから挨拶もしてくれるようになったんだ。……おっかなびっくりだけど」

 

「そういう部分ではファインはこっちが驚くぐらい社交的だったなぁ。初対面でラーメン屋の案内を頼まれることなんて、後にも先にもあの一回きりだろうさ。ともかく、これでようやくスタートラインに立つための準備はできたワケだ」

 

 娘をトゥインクル・シリーズで走らせたいのであれば、それ相応の能力があることを証明してみせろ。

 

 条件としては納得のできる内容なのだが、如何せんファインモーションの両親は職業が特殊過ぎて気軽にトレセン学園へ招待することができない。

 最初は録画データで……とも考えた。しかしレースの着順判定のように事務的な処理をするものならばともかく、これはファインモーションというウマ娘の在り方に関わる話なのだ。

 

 ある意味では、少なくとも本人たちにとっては国際GⅠレースよりも重要な一戦。なにか上手い方法はないだろうかと友人たちに知恵を借りながらウンウン唸っていたたところ。

 

 

「あら、それなら私が段取りを引き受けてあげるわ。ファインちゃんのお母さんとはお友だちなの」

 

 

 当たり前のようにファインモーションの母親と発言しているが、王族の、殿下と呼ばれる立場のウマ娘の母親とは国王の妻ということである。

 それを友人だからと気軽にLANEを送り始める老婦人トレーナーの姿にはファイントレーナーやドーベルトレーナーだけでなく、協力するために集まってくれていた同僚や先輩たちも「このヒト何者なんだ……」と驚いていた。

 

 もちろんソレを追求するような野暮なことは誰もしない。彼ら彼女らは中央トレセン学園のトレーナーという限られた者のみが手にすることができる栄誉を掴んだエリートなのだ。リスクマネジメントなどお手の物である。

 

 

「お前のことだ、とっくに調べているんだろうが……王族とか貴族とか、名門とは別の意味で立場が強いウマ娘のレースってのはどの国でも難しい問題みたいだな。それも、本人よりも外野のほうが、だ」

 

「安心しろ、すでに取材が何件か来たよ。いまのところ引き受けたのは乙名史さんの月刊トゥインクルだけだけど。ほかにも胡散臭い連中が学園の近くをウロチョロしてたらしいが、ウチにはほら、頼りになる先輩方が()()をきかせてくれているから」

 

「ハハッ。そんな先輩のひとりに模擬レースを仕掛けようっていうんだから、お前も大概だよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 準備期間は充分にあった。

 

 ターフの状態も悪くない。

 

 対戦相手となるウマ娘たちは全員が格上だが、ファインモーションというウマ娘の走りを試すという意味ではむしろ好都合。

 王族の義務としての仮面の奥で燻っていた闘争本能、その煌めきを見せつけるには絶好のシチュエーションである。

 

 先輩の、ポラリストレーナーの一喝でスイッチが切り替わった瞬間に自分もファインモーションも気圧されそうになったりもしたが……それだけこのトライアルは“本気の勝負”として行われるという証明でもあった。

 

 レースはスタートの時点から実力の違いを思い知らされる展開となる。スタートダッシュの技術は対戦相手のウマ娘たちのほうが圧倒的に巧いのだから当たり前だろう。

 位置取りについてもファインモーションの脚と判断力によるものではなく、周囲のウマ娘たちがファインモーションのペースに合わせて様子を見ながら全力を出すタイミングを調整している結果に過ぎないのだ。

 

 

 勝ち目は、無い。

 

 

 だがそれでいい。勝てるから闘う、などという半端な気持ちでの挑戦では説得などできるワケがない。圧倒的な走りでクラシック三冠を勝ち取り、誰が呼び始めたか『皇帝』の二つ名を持つシンボリルドルフでさえも獲物として狙われるのが現在の中央トレセン学園なのだから。

 いま、求められているのはファインモーションがずっと我慢して抑え続けてきた熱量を見せること。それは父親と母親であれば絶対に気がついていたハズのものなのだから、伝えること自体は簡単なハズなのだと若きトレーナーは確信していた。何故なら、あんなにも彼女は真剣に、そして楽しそうに走っているのだから。

 

 ファイントレーナーも、ギャラリーのひとりとして並んでいたドーベルトレーナー(仮)も、国王陛下ですらもこのトライアルレースに安心を感じ始めていた。

 

 だがそんな空気などは、顔にわずかに土の汚れを残したまま申し訳なさそうに微笑むファインモーションの姿を見てしまえば簡単に崩れさってしまうほど脆かった。

 ただの敗北とは違う、アクシデントによる失速。誰もがファインモーションの走りを認めつつあったからこそ、誰もが言葉を失っていたのだ。

 

 ただひとり。トライアルレースのライバル役を引き受けてくれたウマ娘たちの事実上のトレーナーである彼だけが動いていた。

 パチパチと手を叩きながら、ファインモーションの父親へ向かって「おめでとうございます」と、ただただ楽しそうに嗤っている。

 

 父親は怒りに震えながらも反論しない。否、できない。何故なら彼はファインモーションがトゥインクル・シリーズを走ることを許さないと公言していたのだから、ここでポラリストレーナーの挑発を否定することなどできるワケがない。

 

 

 

 

 

 

「いつまで呆けているッ!!」

 

 

 

 

 

 

「────ッ!?」

 

 目まぐるしく変化する状況に混乱していたファイントレーナーであったが、その一喝はあらゆる感情の動きをまとめて黙らせるほどの怒気が込められていた。

 意思とは無関係に背筋が伸びる。王族としての立ち振舞いを徹底していたファインモーションでさえもそれに逆らえない。集まっていたトレーナーやウマ娘たちも、秋川やよいや駿川たづなも、モニターの向こう側にいる国王でさえも。

 

 

 

 

「お前はその子の……ファインモーションのトレーナーだろうが」

 

 

 

 

 そのひと言で理解する。

 

 いや、理解させられた。

 

 彼の言う通り、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()。なのに動揺したまま黙っていた。ファインモーションが一生懸命“トレーナーが不安にならないように”微笑んでくれていたのに。

 ファイントレーナーは恥と、悔いと、憤りで。可能ならば自分を全力でブン殴りたい気分であった。そしてなにひとつ言葉が出てこないままポラリストレーナーを睨むような形になってしまったが──彼は満足そうに微笑むと、そのままターフを去ってしまった。

 

 なにも言わない。非公式とはいえ国賓を相手に、国際問題を危惧してトレセン学園から追放……いや、トレーナーライセンスそのものを取り消されるかもしれないというのに。エアグルーヴと僅かな会話を交わしただけでレース場からいなくなってしまったのだ。

 もちろんトレードマークである黒いジャージを羽織ったウマ娘たちも一緒に、である。あれだけのことを仕出かした、ファインモーションの父親に対する挑発もそうだが、ファインモーション本人すらも侮辱するかのような言い方をしていたというのに、誰もそのことについて追求することなく“当たり前のように”彼の後ろに続いていく。

 

 

 ぞくり、と。ファイントレーナーの背中に冷たいモノが走る。自分はまだ誤解していたことを思い知らされて。

 

 

 ポラリスの強さをミスターシービーの三冠を始めとした大舞台での勝利の数や、それらに挑むウマ娘たちの意気地にあると思っていた。

 だがそうではない。それだけではない。彼と、ウマ娘たちとの間にある絶対的な“機能としての信頼”こそがチーム・ポラリスの強さなのだ。

 

(そうか。俺は足りていなかったんだ。ファインモーションのトレーナーを名乗ろうとするのであれば、認めてもらうなんて考え方は甘かった。そうじゃない。俺は、ファインの走りを、()()()()()()()()()()()()んだ)

 

 

 

 ファイントレーナーの瞳に強い光が──半ば狂気にも近い炎のように煌めく光が宿る。

 

 

 

『あらあら。フフフ、やっぱり国が違ってもこういうときの男の子って同じなのね。懐かしい、誰かさんがわたくしを情熱的に口説いたときを思い出します』

 

『……キミのほうからトライアルを提案された時点でイヤな予感はしていたがね。だがまぁ、せっかく国王としての仮面を剥ぎ取られたのだし、ここからはプライベートとしてトレーナー君と話してみるのも悪くないかもしれん』

 

 ファイントレーナーがモニターの前にたどり着くと、そこには先ほどまでの威厳や気品とは無縁の──イタズラ小僧のようにニヤリと笑うひとりの父親がいた。




前回から投稿期間があいているのは、スペイン語を話す化け物相手にネコミミを探しにいったりホウエン地方でマグマ団の野望を阻止するためになみのりをしていたからです。

チェーンソーはまだ許す。

フェアリータイプってなんだよ。(←いにしえのトレーナー特有の苦難)


続きは地域の田植えが一区切りついたら、次の登場ウマ娘はイナリワンになります。


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おにぎり。

ウマ娘がネコミミを装備したらネコむすm


 チート転生者である貴方は自分の欲望に忠実に生きる権利を持っていると確信しているので、思いついたやってみたいことはなんでも実行することが可能です。

 

 

 そんな貴方は現在トレセン学園から近くもなく遠すぎることもない程度の位置にある公園にて、車を改造した移動式屋台のようなモノでおにぎりを販売しています。

 もちろんそこに理由などありません。ただおにぎり屋さんをしてみたくなったからやってみただけです。ちなみにお値段は60円から80円とコンビニエンスストアと比較するとお買い求め易く設定されているようです。

 

 雰囲気作りのためにいつもの黒ジャージではなく作務衣を着用し、数々のアルバイトを経験したことにより身に付いた接客スキルを存分に発揮し、今世の祖父より教えられた“紳士的であることと下手に出ることは別である”という心構えを守りながら丁寧に対応しています。

 少し強めの風が吹けばまだまだ寒さに身を竦めたくなる季節ではありますが、よく晴れた日和の休日ということもあって販売数は悪くありません。家族連れの散歩客、仲睦まじい老夫婦、ひとときの休息を求める企業戦士、意外なところでは高校生か大学生ぐらいの若者グループ、あとはどこからか遠出してきたのかピクニック姿で人間とは異なる波動を秘めたパンチとロン毛の二人組などが購入してくれました。

 

 道楽としての商売。息抜きランキングを作成するのであればトップ10を充分狙える面白さ。あえて問題点をあげるのであれば──。

 

 

「梅干しがふたつと昆布がふたつ、それからこちらが山椒の実とわさび漬けです!」

 

「お買い上げ、ありがとうございました~♪」

 

 

 どういうワケかニシノフラワーとスーパークリークがお店を手伝っているという謎の状況ぐらいなものでしょう。

 

 もちろん貴方はウマ娘に手伝いを命じたりなどはしていませんし、そもそもおにぎり屋さんを展開することを彼女たちに話してすらもいないのです。

 悪役トレーナーらしくトレセン学園の資源を浪費してやろうとルームで仕込みをしているときに、会心の出来映えとなったアサリの佃煮をおにぎりの具材として適切か味見をさせたりもしましたが、神や仏に誓っても移動販売のことは口にしていません。

 

 想定外の事態ではありますが、チート能力という万能の力に貴方の明晰な頭脳が合わさればこの程度のトラブルなどアドリブで簡単に乗り切ることができます。

 手早くふたりのサイズに合わせた作務衣を謎空間を利用して用意し、裏方の作業ではなくお客さんからしっかり見えるような配置で働かせることにより“ウマ娘を労働力として利用する悪い男”という構図を油断なく構築することに成功しました。

 

 

 貴方はお客さんからは視線が通りにくい位置取りで木枠にご飯を敷き詰めて具材をのせるだけ。あとは枠から外したおにぎりをニシノフラワーが形を整えて海苔を纏わせ、最後はスーパークリークがお客さんに手渡しをする。

 

 これで物陰でタバコなど咥えながらギャンブル雑誌でも読めば完璧なのかもしれませんが、残念ながら貴方に喫煙の習慣はありません。

 ウマ娘たちが嫌がるからというのはもちろんですが、前世でも祖父から「神経が昂っていると1000メートル離れた密林の中にいても新兵(FNG)のくそタバコの臭いがわかる。喫煙するなとはもちろん言わないが、ヤるならマナーや心構えを忘れず楽しめよ?」と言われているので、タバコを嗜むのは世捨て人としての生活が始まってからでも遅くないと考えているからです。

 

 

 常に悪役トレーナーとして完全無欠の活躍をしているのだから、たまにはこうしてのんびりとヘイトを稼ぐ日があってもいいだろう。

 

 

 耳に届くのは公園で遊ぶ子どもたちの笑い声。そして少し離れた場所でお好み焼きの屋台を出しているヒトの男性とウマ娘の若いカップルか夫婦らしき人たちに、せっかくだから挨拶代わりにでも……と差し入れたおにぎりの返礼として渡されたモダン焼きをモフモフと食べる。

 そのときに彼らが呟いていた「いつかは僕らもあんなふうに……」という発言の意味については貴方にはよくわかりませんでしたが、ともかくこうして休息しつつも小規模ながらウマ娘を利用して金銭を得るという油断も隙もない悪役としての溢れんばかりの才能ぶり。これには貴方も思わず微笑みがこぼれるというものです。

 

 それはそれとして。勝手に手伝いについてきたスーパークリークとニシノフラワーが充分にランチ休憩ができるよう手早く食事を済ませ、貴方はカウンターに位置取り悠々と公園を眺めています。

 ときどき腹の底に邪気を抱えた怪しからん者の気配が公園に近づいてくるのを気でコーティングしモデルガンの弾丸ほどの強度にしたお米粒で狙撃し追い払いながら平穏なるひとときを過ごしていると──。

 

 

 

 

「ほ~ん? 握り飯の屋台たぁこりゃまた珍しいモンがあるじゃねぇか。それに値段もお手頃ときたもんだ。にいさん、ちょいとごちそうになるぜ!」

 

 三女神はもちろんのこと、神や仏はいったいなにをしているのか。スーパークリークやオグリキャップに並ぶであろう将来有望なウマ娘がまたひとり、自分という極悪非道のトレーナーとエンカウントしてしまった事実を貴方は心の中で嘆くのでした。




最初におにぎりにシーチキンを入れた人は偉大である。


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おむすび。

昔、和洋中の料理の名人に「それぞれ一番美味しいと思う料理を作ってください」というテレビの企画で、和食の名人が塩おにぎりを作り始めて、中華の名人に「それ絶対うまいやつじゃん!」みたいなこと言われてましたね。


 生粋のGⅠハンター。大井競馬場からJRAへと移籍してからの3勝が有馬記念、宝塚記念、天皇賞(春)であることからイナリワンをそのように評価するファンもいますが、その競走馬を語るのであれば勝ち鞍以外にも注目すべきことはたくさんあることでしょう。

 オグリキャップ、スーパークリークと並び『平成三強』と呼称されたこと。標準的な競走馬よりも小柄でありながらパワーに溢れていたこと。そして、あまりにも激しい気性は癖馬の扱いにも長けていた鞍上でさえ「どれだけ手綱を強く握っていても暴れるのではないか」と心配するほどでした。

 

 ウマ娘のイナリワンがちょくちょくタマモクロスと衝突するのは、もしかしたらそうした気性難の部分が関係しているのかもしれませんが……義理人情に厚く、勝負事に熱く、宵越しの脚は残さないと宣言するような気風のよさは後輩たちにも頼れる姉御として慕われています。

 

 

 もっとも、この世界ではまだ中央トレセン学園には所属していないのですが。

 

 

「簡単なものですが一品料理やお味噌汁もありますので、よろしければテーブルもご利用くださいね~」

 

「お、そいつぁ気が利くねぇ! お天道さまは機嫌がいいがまだちと肌寒いし、なにより握り飯にみそ汁ってなぁ最高の相棒だからな!」

 

「こちら、お品書きになります!」

 

「おぅ、ありがとよお嬢ちゃん。さぁて、食うと決めたからにはケチケチ注文するのは性に合わねぇ。せっかくの屋台飯だ、気になるモンは全部試させて貰おうかい」

 

 聞いていて耳に心地好い、まさにターフを駆けるウマ娘のように軽快な会話を交わす未来のGⅠウマ娘たち。彼女たちがいずれはトゥインクル・シリーズで鎬を削るレースを見せてくれると思うと、ウマ娘ファンとしては感慨深いものがあることでしょう。

 と、そこで観察が終わるようでは悪役として三流以下というもの。悪役トレーナーとして一流の中の一流を目指す貴方の観察眼は、表面上は明るく振る舞っているイナリワンがなにかしら迷いのようなものを抱えていることを見逃しません。

 

 悪の美学を追求する貴方は、大勢の取引相手となるウマ娘との対話でも刹那の瞬間ほどの変化も見逃すことなく完璧な煽りを完遂してきました。故に、初対面だろうと心の迷いを察知するのは瞬きの如く容易いことなのです。

 

 

 さて、アプリのストーリーを知る貴方が予測する悩みの種といえばズバリ“中央トレセン学園からのスカウト”が真っ先に思い浮かびます。大井レース場で走る仲間たちと、中央の大舞台に挑戦する機会のどちらを選ぶか迷っているのではないか……と。

 もちろんこれは、あくまで貴方が前世の記憶と知識をベースに予測したものに過ぎません。可能性が高いというだけで、あたかも確定したかのように勘違いをして失敗するなど完璧なチート転生者を自負する貴方には当然許せるワケがありません。

 

 注文を受けたおにぎりの具材──いかめんたい、こはだ、かわのりの仕上げをニシノフラワーに任せ、小鯵の南蛮漬けと素焼きにんじんの支度をしながら貴方はイナリワンに慎重に探りを入れます。

 

 まずは小手調べ。歩き方にクセがあることを理由に中央トレセン学園の生徒かと聞けば、いいや大井レース場を拠点にしているチームのウマ娘だと返事がきました。

 途中でニシノフラワーが不思議そうな様子でなにかを言いそうになったりもしましたが、スーパークリークがそっと両肩に手を置いて回れ右をさせたので質疑応答は滞りなく進み……イナリワンの悩みが貴方の予想した通りであると確定しました。

 

 

「中央から来たっていう若ぇトレーナーさんが信用できねぇってワケじゃねぇんだ。そりゃ、酸いも甘いも噛み分けたなんてデケェ口叩けるほど自惚れるつもりはねぇけどよ、あの目は……なんつーか、信じられる……いや、信じたくなるほど真っ直ぐだったモンでなぁ」

 

 反応は悪くない。となれば、やはり大井レース場の仲間たちのことが気掛かりなのでしょう。

 

 自分のような金儲けにしか興味のないトレーナーの屑とは違い、面倒見の良い姉御肌のイナリワンにはチームのウマ娘たちが成長するのを見届けなければならないという使命感があるのでしょう。

 己とは真逆の、仲間を大事にするその精神性は実に天晴れですが……その部分についての説得は未来のイナリトレーナーの役目です。刺身に添えられた小菊のような脇役として活動することに誇りを持っている貴方に介入の意思はありません。

 

 となれば──やるべきことは決まっています。いつも大勢のウマ娘たちにしているように、イナリワンの神経を逆撫でして闘争心を煽り、貴方への評価を下げつつ背中を押してあげることにしましょう! 

 

 

 貴方はイナリワンへ「挑戦することが必ずしも正解であるとは限らない。迷うということは、それだけ仲間たちのことを大切に想っている証だ」と優しく語りました。

 気まずそうに、それでも嬉しいのか照れ臭そうに笑うイナリワンでしたが……もちろん褒めることが目的ではありません。

 

 間を置かず貴方は続けます。中央に所属するウマ娘はいまのイナリワンよりも未熟な脚の者も大勢いるかもしれないが、可能性を掴めるなら泥だろうと噛み締めて踏ん張るウマ娘も大勢いる。

 故に、どれだけ能力があろうとも仲間を言い訳にして前に進もうとしない臆病者が入れるゲートなど存在しないだろう、と。

 

 

「────あぁんッ!?」

 

 

 

 

 

 

「えっと、その、あの、クリークさん? ほんとうに止めなくても大丈夫なんですか……?」

 

「大丈夫ですよフラワーちゃん。いつものことですから」



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えんむすび。

 貴方にとっては瓢箪を振ったらモノリスが飛び出すかのように当たり前の結果ですが、見事イナリワンを怒らせることに成功しています。

 

 

 先程までとは別人のように鋭い気配を貴方へと叩き付けています。もちろん悪のトレーナーとして常に心技体を高い水準でバランスよく鍛えている貴方にとっては心地好い薫風のようなもの。

 トレーナーライセンス獲得を目指していた修行時代に出会った、千匹近いナニかを引き連れた森の黒山羊に比べればお遊びレベルでしかありません。

 

 目的はそれはそれとして、初対面の相手に大事な仲間のことで好き勝手言われることが不愉快なのは貴方もしっかりと理解しています。

 だからといって、自分から売った喧嘩を途中で止めるなどという無作法をするつもりはありません。貴方はイナリワンへ対し「もしもチームの仲間が中央からスカウトされたのなら、キミはそのウマ娘がチームを去ることを惜しんで引き留めるのか?」と問いかけました。

 

「てやんでぇッ!! ナメるんじゃねぇやッ! 仲間が晴れ舞台に立てるかもしれねぇってのに、そんなしみったれたマネなんざするワケねぇだろうがッ!! ダービーでも有マでも、ぶっちぎりでゴールを走り抜けるのを楽しみに快く送り出して──ッ!? …………送り出して……やるに……きまってらぁ……」

 

 想像通りの反応に満足した貴方は、ダメ押しを決めるために玉子焼きを作りイナリワンへ差し出しました。弟妹たちがなるべく安く美味しく沢山食べられるようにと、卵の旨味が残るギリギリまで出汁でかさ増しされたプルップルでフワッフワに仕上がった一品です。

 一口食べて何故か無言で停止してしまったイナリワン──とついでにせっかくだからと提供したスーパークリークとニシノフラワーの反応を訝しげに思いつつ貴方は言いました。弟たちにも妹たちにもずいぶん世話を焼いて食事の用意もしたが、家を出ると伝えたときに誰も反対などしなかった……と。

 

 まぁ、そんな戯れ言などともかく。自分とは関係ない話ではあるが、一緒に夢の舞台を駆け抜けたいと思えるウマ娘を見つけてしまった中央のトレーナーはしつこいことだけは忘れずに伝えておきましょう。

 

「……ごちそうさん。ニイさん、ワリィんだが今日の支払いはツケにしちゃ貰えねぇか? キッチリ答えを出したら必ず払いにくるからよ」

 

 屋台に顔を出したときに比べてなかなか悪くない気迫が宿っていることを確認した貴方は黙って頷き、背筋を伸ばして堂々と歩いていくイナリワンの背中を見送りました。

 

 さて、残るは──。

 

 

「……はぁ。慣れねぇことはするもんじゃねぇな。悪いな若ぇの。俺んとこで面倒見てるウマ娘が手間ァ掛けさせちまったな。支払いは俺が責任を持って……」

 

 貴方は隠れて様子を伺っていた大井チームの指導者である『親方』に声をかけ、ツケの支払いについては丁寧に断りつつ簡単な料理と水出しの緑茶をテーブルに並べました。

 先手を打って出してしまえば箸をつけないほうがマナー違反というもの。親方は静かに美味いと呟いたものの、なにかを話すべきだがなにを話したものかと戸惑っているようです。

 

 まぁ、相手からしたらワケわからん展開だろうな。亀の甲より年の功という言葉があるように、この親方にはイナリワンやチームの仲間を貶める意図が無かったことなどお見通しであると考えた貴方は気楽な様子で話しかけました。

 

 イナリワンの活躍がいまから楽しみですねと言えば、親方はいくらなんでも気が早いと微かに笑います。ならばと続けて貴方はこう言いました。

 いずれは有マか宝塚か、イナリワンほどのウマ娘を誑かしたのだから、中央からスカウトしに来たという件の若いトレーナーさんにはGⅠ程度は勝つ姿を見せて貰わなければまったく割に合わないでしょう? と。

 

「──クッ。ハハッ、ハハハハハッ!! GⅠ程度と言いやがったか。だがまぁそうだな、お前さんの言う通りだろうさ。この俺から、チームの連中からイナリのヤツをかっさらっていくってんだ、トゥインクル・シリーズのGⅠぐらいは勝ってくれなきゃ割に合わねぇわな」

 

 貴方はもう一度、親方に気楽な様子で話しかけます。中央トレセン学園には努力する天才が大勢いると。スターウマ娘と呼べるような素晴らしい脚を持つ者が大勢いるだろうと。それでもイナリワンの活躍は楽しみですか? と。

 親方は今度は豪快に笑いながら答えました。そんなことは当たり前だと。イナリワンの脚ならば、例え世界が相手になったとしても負けるハズがないと。そんなイナリワンの活躍を拝むためにも、最後に少しばかり世話を焼いてやるのも悪くないだろうと付け加えて。

 

 

 ここで終われば良い話で済んだのかもしれません。しかし貴方は由緒正しき悪役トレーナー。親方に対してもしっかりと挑発をしてみせるべきだと思い付きます。

 貴方はそのときを楽しみにしている、しかしライバルに負けたからといって不貞腐れたりはしないようにと底意地の悪い笑みで作務衣をめくり、なにかあったときに備え身分証明のためにと内側に身に付けていた中央トレセン学園のトレーナーバッジを見せました。




ウマ娘だけでなく指導者からも忘れずにヘイトを稼ぐ模範的アンチ系主人公。


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ともしび。

「おぉ……! 見てくれトレーナー、このおにぎりは素晴らしいぞッ! お米が崩れてしまわないようにしっかり握ってあるのに口のなかで簡単にほぐれるし、中のイクラは潰れることなくプチプチとした食感が楽しめる……ッ!」

 

「いやオグリ、美味しいのは俺も認めるけれどさすがに食べ過ぎはどうかと思うぞ? そりゃね、いまから模擬レースだからしっかりと腹ごしらえしたいっていう意見もわかるけど。いや普通は走る前にそんな量のおにぎり食べないけどね普通は。ともかく少しは遠慮を──あぁもう、先輩、本当にすいません」

 

 

 理由は不明ですが貴方と取り引きをしているウマ娘たちの間では現在オリジナルおにぎりの開発が流行しています。

 具材さえ予め仕込みを終わらせておけば、授業が終わってから練習に向かうまでの間にパパッと栄養補給ができる。そのお手軽さが忙しいウマ娘たちにベストマッチだったのかもしれません。

 

 また、調子にのって大量に作りすぎてしまっても消費を心配することがないのも利点でしょう。生徒会など人が集まるところへ差し入れに持って行くこともできますし、単純にひとりあたりの消費量がヒトとは桁が違うのであっという間に消え去ります。

 中には影をも恐れぬ怪物とその導き手のように肉系のおにぎりばかりを狙い撃ちにしているコンビなどもいますが、ほとんどのウマ娘は適当に選んでランダムに出現する具材を楽しんでいるようです。

 

 一部、天才的な頭脳を持つアホの子が「お茶で作る茶飯という料理があるのだから、紅茶で作る紅茶飯も存在して然るべきだとは思わないかい?」と極限まで砂糖を溶かした紅茶を土鍋に入れようとして趣味部屋仲間のコーヒー党に脳天唐竹割りを叩き込まれて黙らされたりもしましたが、基本的には罰ゲーム的レシピを実行しようとする者はいない様子。

 

 

 と、いうワケで。自分が用意したおにぎりをウマ娘ちゃんたちが食べてくれたりウマ娘ちゃんたちが用意してくれたおにぎりを自分が食べてしまったりしているという事実の意味を理解してしまったアグネスデジタルが案の定愉快なことになりキングヘイローの膝枕でスヤスヤしているのを横目で見ながら、貴方はとある模擬レースの案内が書かれたプリントを読んでいます。

 

 内容としては、外部からスカウトされたウマ娘たちを歓迎しつつ腕試し、いや脚試しをしようという催し物です。

 

 トレーナーと契約できずにいるウマ娘が大勢いる現状でわざわざ外へウマ娘を探しに行くのか、そう思う部分もあるにはあります。

 しかしトレーナーが熱心にアプローチしてもウマ娘側がそれを拒むことがあるのも事実。特に実績のない新人トレーナーは頼りないと判断されてしまうパターンも少なくありません。

 

 貴方はトレセン学園から追放されるのが確定している前提なのでウマ娘との契約を必要としていませんが、まともなトレーナーであれば己の役目を全うするためにも仕方のないことなのだろうと納得しています。

 

 

 そんな事情はともかく。貴方はこの歓迎レースに出走するウマ娘たちの名前を見て観戦しに行くべきか悩んでいるところです。

 外部スカウト組の中にはイナリワンの名前が、トレセン学園側から参加するウマ娘たちの中にはオグリキャップとスーパークリークの名前があるからです。

 

 単純にデビュー前のウマ娘の中から選ばれただけなのかもしれませんが、アプリを知る貴方としては運命的なものを感じる素敵な偶然というもの。

 ひとりのウマ娘ファンとしては是非ともチェックしたいところ。しかしただの思い付きで行動した結果、ウマ娘を育ててトレーナーとして真面目に働く意思があるなどという的外れな勘違いをされてしまうのは困ります。

 

 ここは悪役トレーナーとしての判断力が試される場面でしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「さてさて、誰よりもフットワークが軽い引きこもり至上主義のキミが気にかけているウマ娘とやらは……うん、あの小柄なのに誰よりも威勢のいい子のことだね。いまから走るのが楽しみで仕方ないって、ここまで伝わってくるよ」

 

「ふふッ♪ あのコにつられてほかのスカウト組のコたちの緊張もぜ~んぶどこかにいっちゃったみたいね! ただクリークと話しているときの表情がコロコロ変わっていたのが気になるところだけど。もしかして知り合いだったのかしら?」

 

 模擬レースに面白いウマ娘が参加している。

 

 なにをそんなに熱心にプリントを眺めているのだと聞かれたので、ウマ娘たちに観戦を勧めるつもりで答えたところミスターシービーとマルゼンスキーにガッシリ肩を鷲掴みにされて貴方はレース場へ連れてこられました。

 その気になれば振りほどくことも不可能ではありませんが、トレーニング内容に口出しをしているスーパークリークも参加しているのだからこれも取り引きに含まれるだろうと素直に受け入れたようです。

 

 イナリワンは私物のジャージ。

 

 オグリキャップは学園指定のジャージ。

 

 スーパークリークは貴方と同じデザインの黒ジャージ。

 

 識別という意味では、貴方は全校集会で学園に在籍するウマ娘が勢揃いしても誰が何処にいるのかすぐに探し出せる程度の能力は備えています。

 即座に見つけなければトウカイテイオーとマヤノトップガンが手を振って謎のアピールをしようとするので、それを防ぐためにも有効活用されている能力ですが、もちろんレースを楽しむことにも役立っています。

 

 なので色の違いがあろうとなかろうと見分けるのは問題ないのですが、わかりやすいのは良いことだと貴方も上機嫌です。

 はてさて3人のうち誰が勝つのか、それともあの3人をまとめて追い抜くような未知の才能が現れるのか。ミスターシービーとマルゼンスキーに対して両隣に立ってないでもっとコースの近くで楽しめばいいのにと思いつつ、貴方は走り出したウマ娘たちへ心の中で声援を贈るのでした。




次回はイナリ視点です。


※ルームメイト→趣味部屋仲間へ。ルームメイトだと表現としてややこしい(タキオンの寮での同室はデシたん)ので修正しました。


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『脇目も振らずの桂蔵坊』

答え合わせの時間。


「蹄鉄、よし……シューズの紐もしっかり結んだし……ジャージに汚れもねぇし、寝癖も問題ねぇな。……よっしゃあッ!!」

 

 パシンッ! と自分の頬を両手で勢いよく叩くイナリワン。大井のウマ娘として大井レース場を走るのは今日で最後になるかもしれない──いや、今日で最後にすると決めたのだ。

 チームの仲間にも、親方にも、ついでにわざわざ集まってくれた地元の人々にもみっともない姿を見せるワケにはいかない。

 

「その……なんか、スマン。まさかこんな大事になるとは想像もしてなかった」

 

「気にするこたぁねぇさ。湿っぽいのは性に合わねぇし、これだけ賑やかに送り出してくれるってことぁそれだけ期待してくれてるってことだしな。で、よぉ」

 

 改めて、イナリワンは自分をスカウトしたいと言ってくれた中央の新人トレーナーと向き合った。最後に仲間と本気の勝負を……という話は聞かされていたらしいが、まさか地元の人々まで集まるとは思っていなかったらしい。

 思わぬ事態に参ってしまったのか困ってしまったのかどうにも落ち着きが悪い。だがそこに関してはイナリワンも同感である。お節介焼きたちに呆れつつも、やはり応援してくれることは素直に嬉しいのだ。

 

「なぁトレーナーさんよ。いまさらこんなことを聞くのは無粋っつーか、アンタに対して失礼なのは百も承知なんだがよ……もう一度、ハッキリ聞かせてもらえるかい? ──アンタの気持ちは、変わらねぇんだな」

 

「当たり前だ。こういう言い方はキミに失礼かもしれないが、強いとか速いとかそんなありきたりな理屈じゃないんだ。俺はキミの……大舞台で走るイナリワンの姿が見たいんだ。本気で」

 

 それはどこか穏やかで静かなようで、しかし確かにそこにある。瞳の奥ではギラギラとした情熱が、派手に花を咲かせるその瞬間をいまかいまかと待っているようだった。

 

 スカウトしてはフラれ続きだと偶然出会った蕎麦屋で愚痴に付き合ったときと比べればずいぶんと男振りが上がっている。

 あのときは誠実そうではあるがイマイチ頼りない雰囲気であり、申し訳ないがスカウトを断られたのも納得できてしまうような有り様だったが──どうやら、このトレーナーの本質を見抜けなかった自分の目が節穴だったらしい。

 

「そうかい。そこまで言われちゃあ応えてやらなきゃ女が()()()ってモンでぃッ! しっかり見てろよ? あたしの……ダンナが選んでくれたイナリワンってぇウマ娘の走る姿をよぉッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「イナリさん。レースが終わったあとにそんな余裕があるかわからないんで、さきに謝っておきます」

 

「謝る、ねぇ。そいつぁいったいナニに対してだい?」

 

「別に大したことじゃないんですけどね。これから中央へ挑戦するのを応援しようって集まったのに、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 気持ちだけで勝てるほど勝負の世界は甘くないが、心の在り方がパフォーマンスに影響するのもまた事実。

 

 イナリワンを慕うチームの仲間たちは彼女に憧れているが、それ故に心のどこかで“イナリワンに負けるのは仕方のないことだ”という思いがあった。背中を追いかけることに慣れすぎて、横に並んで対等な勝負をする自分の姿など想像すらしなかったのだ。

 だが、いまは違う。トゥインクル・シリーズを走るウマ娘は、中央トレセン学園に所属するウマ娘は恐ろしく強い。そんな格上相手にイナリワンは喧嘩を売りにいこうとしているのだから、自分たちだって最後くらいは本気で勝負を挑むぐらいはしなければならない。それがきっと恩返しになると信じて。

 

(────ッ!? へっ、なんでぇなんでぇ、どいつもこいつも走りのキレが桁違いに鋭いじゃねぇか。なるほどなぁ、あたしが世話ぁ焼いてやんなきゃなんねぇ……なんてのは自惚れだったワケだ)

 

 嬉しいような、どこかほんの少しだけ苦いような。それでも真剣勝負の真っ最中、なにより同じコースを走る仲間たち……いや、ライバルたちは本気で自分に挑んでいるのだ。余計なことを考えて脚を鈍らせるなど言語道断である。

 得意とする追い込みの走りで、いままでよりも大きく見えるライバルたちの背中をひとり、またひとりと追い抜いていく。そしていよいよ最終直線、ラストスパートが始まったタイミングで。

 

 

「負け……るかぁぁぁぁッ!!」

 

「こんにゃろぉぉぉぉッ!!」

 

「まだ、まだッ! だぁぁッ!!」

 

 

「んなッ!?」

 

 

 届かない。

 

 自分は間違いなく本気で走っている。彼女たちをライバルと認め手加減無しの全力で走っているのにギリギリその背中に届かないのだ。

 心構えひとつでこれほど変わるものなのか。いや、この走りはそれだけの努力をしてきた結果だ。丁寧に丁寧に鍛えられた才能の種が、イナリワンというウマ娘を見送るために満開に咲き誇ったのだろう。なんとまぁ、三女神も粋な計らいをしてくれるじゃないか。

 

 こんないいものを見せて送り出してくれるのならば、それはそれで悪くない。一瞬、そんな考えがイナリワンの頭を過るが──。

 

 

 

 

「イナリワンッ! 負けるなぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

「ッ!? っと、いけねぇいけねぇッ!! あたしとしたことが、今日の主役が誰なのか一瞬忘れちまってたぜぇッ!!」

 

 それは、レース場の外まで轟くかと思わせるほどの豪快な踏み込みであった。

 

 仲間たちがイナリワンというウマ娘が心置きなく中央へ挑めるようにと最高の走りを見せてくれたように、イナリワンもまた、自分こそが最高のウマ娘だと言い切ってくれたトレーナーの期待に応えなければならないのだ。

 

 トゥインクル・シリーズを走るウマ娘たちの横顔を思い出す。あれはいつからだったか、ミスターシービーやマルゼンスキーのような才能に溢れたウマ娘ばかりに世間が気を取られている間にも、イイ表情で走っているウマ娘は大勢いたのだ。

 どんな理由があろうとも、どんな事情があろうとも、勝ちを妥協するような半端者では太刀打ちできないことぐらいは理解できる。

 

 ならば、そんな連中にこれから一緒に喧嘩を仕掛けようと誘ってくれた相棒に情けない姿など晒している場合ではない。

 立つ鳥跡を濁さず、などというお上品な別れは趣味に合わないのだ、ここはせいぜい派手に勝ちを飾らせて貰うとしよう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「蹄鉄、よし。シューズもジャージも問題ねぇ。寝癖もついてねぇし顔色も健康そのもの。よぉし、準備万端ってぇヤツだな!」

 

「うん、なんかゴメン。まさか転入早々こんなことになるとは思わなかった。普段のシンボリルドルフはもう少しこう、生徒会長らしく理性的というか理知的というか……」

 

「なぁに、気にしちゃいねぇよ。むしろこういうもてなしの仕方はあたしとしても大歓迎ってモンでい。レースと勝負はウマの華って言うだろ? ウマ娘の気持ちをわかってくれるイイ会長さまじゃねぇか」

 

 転入生と在校生が交流できる場を設けよう、その提案はイナリトレーナーとしても嬉しい配慮であった。だが肝心の内容が模擬レースで勝負して理解を深めようというのだから驚かずにはいられなかったのだろう。

 あれこれ言葉を飾るよりも手っ取り早いと無敗の三冠ウマ娘に言われてしまえば反対意見を言える者などそうそういるものではない。

 

 ウワサでは自らがその役目を請け負おうとして副会長であるエアグルーヴに「自重してください」と頭頂部にファイルを落とされたらしいが……それはさすがに生徒たちが面白おかしく脚色した話だとして、ともかく交流会という名の勝負の場が用意されてしまったのは事実である。

 あくまでメイクデビュー前のウマ娘だけという条件ではあるのだが、参加するウマ娘たちを担当しているトレーナーはどういうワケか一部を除いて新人ばかりであった。模擬だろうがレースはレース、準備に使える時間は限られていてもサポート役としてしっかり支えなければと大忙しであった。

 

「それで? ダンナも色々と参加者の情報を集めてくれてたみたいだが、あたしは誰に気をつけりゃいい?」

 

「そうだな……まずはオグリキャップだろうな。笠松からの転入生なんだが、なんで最初から中央にこなかったのか不思議なくらい能力が高い。スピード、スタミナ、パワーのバランスもそうだが競り合いに強いのも脅威だな。特にラストスパートでの粘り強さはシニア級を走っているウマ娘たちと比べても劣らない」

 

「へぇ……? いいねぇ、中央に来ていきなりそんな強ぇウマ娘とバチバチやれるってなぁ嬉しい誤算ってヤツだぜ。自分が強くなるには格上相手と勝負するのが一番手っ取り早いからな! で、ほかには?」

 

「ほかには、か。……担当トレーナーとして、本当はこんなこと言うべきじゃないんだろうが」

 

「あん?」

 

「それでも、オグリキャップが相手でもイナリなら充分勝てると俺は信じてる。だけど、ひとりだけ……いまのイナリじゃ勝ち目がゼロのウマ娘がいる」

 

 トレーナー曰く、そのウマ娘はスピードやパワーはそこまで脅威ではないが、スタミナが同期となるウマ娘たちと比べて尋常ではないのだという。

 そこにチームメイトとの併走で培われた判断力と、担当しているトレーナーの指導により鍛えられた高い完成度の先行スタイルが加わることでデビュー前のウマ娘とは思えないほどの走りをするらしい。

 

「名前はスーパークリークって言うんだが──というか、親方さんからなにも聞いてないのか? イナリの同期になるかもしれないウマ娘のことを教えてほしいって言われたから、たづなさんから許可出たぶんの資料はまとめて渡したんだけど」

 

「へ? 親方が? う~ん? 面倒見もいいし義理人情を大事にしてるってぇのは知ってるけど、そんなこと気にするようなヒトだったかな……。あたしは特になんも言われちゃいねぇよ。ただ、中央じゃあ驚くことも多いだろうから腰抜かさねぇように気をつけろって笑っちゃいたがよ」

 

「そうなのか? 俺はてっきりイナリにアドバイスのひとつでもするのかと思ってたんだけど。ともかく、いまの俺たちじゃスーパークリーク相手に勝ち目はない。勝ち目はないんだが──」

 

「だからって、ハナッから負けるつもりで挑むなんて()()()()()()する必要はねぇよな?」

 

「当たり前だ。どうせいつかは勝たなきゃいけないんだ、だったら最初から勝つつもりで勝負したほうが手っ取り早いし、そのほうが……イナリワンらしい、からな!」

 

 勝てる見込みは無いと言っておきながら勝ちに行くほうがイナリワンらしいという。もちろんそんなトレーナーの態度を矛盾とも優柔不断とも思わない。

 勝てないのならば勝てるようになればいい。勝てるように支えてみせる。必ず勝てるようになると信じている。そうした強い意志はしっかりと伝わってきているのだからなにも問題などないのだ。

 

 中央トレセン学園にて、イナリワンというウマ娘の初のお披露目である。善戦なんて景気の悪い目標など不要である、ここは派手に楽しく快勝の華を咲かせてやろうじゃないか。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ところでよ、そのオグリキャップとスーパークリークってぇウマ娘はどんな見た目してんだい? 情けねぇ話なんだがよ、転入から交流会の支度にってんで寮の連中とさえもまだ満足に挨拶できてねぇんだ」

 

「オグリキャップは芦毛のウマ娘で、ちょっと天然というか、独自のリズムで生きてる子、かな。そしてスーパークリークはチームカラーの黒いジャージを着ているウマ娘で……えーと、その……あの雰囲気はお淑やかというより、その……なんと言ったらいいか……。…………。………………。……ひ、人妻?」

 

「なに言ってんだオメェ」




狐キャラはたくさんいますが、令和の世の中になってもコーン守のことを覚えている人はどれだけ残っているのやら。


続きは麦茶の胎動を感じるようになったら、次は極悪非道な守銭奴トレーナーの愉悦と暴虐に満ちたトレセン学園での日常になります。


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るーむのあくい。

丸亀製麺できつねうどんを食べて「本物はこんな感じなんだな~」と感動し、赤いきつねやどん兵衛を食べて「インスタント食品ってスゴいんだな~」と感動しました。


 数々の名馬のウマソウルを宿す主役級ウマ娘たちを相手に立て板を流れる水の如く鮮やかにヘイトを蓄積し追放されるための準備を進めている貴方ですが、当然ながら報復としてウマ娘たちからも様々な妨害行為のような仕打ちを受けています。

 

 もちろんそうした行動について、貴方は悪役としてトレセン学園を円満追放されるために必要なモノであると割り切っているのでウマ娘たちを恨むようなことはありません。

 むしろ、こうして悪意を大義名分と共に発散することで余計なトラブルが起こり得る可能性を減らせるのであれば大歓迎したいぐらいです。

 

 

 と、いうワケで。

 

 今回は貴方がどれだけウマ娘たちから嫌われているのか、普段の完全無欠な悪役ムーヴとセットで確認してみることにしましょう! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 現在、貴方はメイクデビュー前のウマ娘からシニア級を走るウマ娘まで幅広い取引相手を抱えています。珍妙奇天烈なトレーニング方法と友情の破壊すら辞さない本気の模擬レースを強要することで不信感を荒稼ぎしていますが、当然ながら能力が高まればウマ娘たちも目標を達成する日がやってきます。

 それがGⅠレースの勝利だろうと模擬レースで入着することだろうと本気でトレーナーとして働く意志の無い貴方は分け隔てることなく平等な目標として扱っていますが、やはり小さな夢をひとつ叶えれば次の夢を見たくなるのが心情なのでしょう。目標を達成したウマ娘たちから取り引きの更新と次の目標設定を要求されてしまいます。

 

 悪人だろうが、やる気が無かろうが学園から給料を受け取っているトレーナーに違いはない。ならば徹底的に利用して楽などさせるものかという無言のメッセージが聴こえる耳を装備している貴方はご満悦の様子。

 もちろん内心ではウマ娘たちの活躍を喜んでいる貴方には肉体的にも精神的にもダメージはありませんし、そんな浮かれ気分も巧妙にカモフラージュすることでウマ娘たちに知られることなく発散しているので問題ありません。

 

 

 貴方が取り引きを完了したウマ娘のための新しいトレーニングプラン改良計画を考えているときには、いつも食べているポッキーをノーマルタイプからアーモンドクラッシュタイプに然り気無く昇格させています。

 しかも箱から直接抜き取って食べるのではなく、知り合いのアンティークショップで購入したお気に入りのガラス製のコップにずらりと立ててから1本1本楽しむという贅沢仕様です。

 

 そのお店は忍者のコスプレが似合うナイスガイが経営しており、山での修行中に天狗と間違われて斬られそうになったお詫びとして良質な商品を少しだけ割引きして売ってくれるようになりました。

 貴方にはそうした品々の金銭的価値や歴史的価値はサッパリですが、それらの品々を手掛けた職人たちのオーラを感じることはできるので感性のままに気に入った商品を購入しています。このアーモンドクラッシュポッキーが並んでいるガラス製のコップもそんな一目惚れの一品なのです。

 

 

 1本1本丁寧に味わいながらパソコンをカタカタと奏でる貴方ですが、そんな不真面目なスタイルで作業をするトレーナーを野放しにするほど取引相手のウマ娘たちは優しくありません。

 

 

 例えば、マヤノトップガンなどはポッキーの変化を目敏くロックオンして「トレーナーちゃん、マヤにも1本ちょーだい♪」と返事も聞かずに抜き取ると、それを咥えたまま貴方の作業を監視するため当然のように横に座ったり背もたれに肘を乗せたりしてきます。

 あるいは、シリウスシンボリなどはお菓子を食む貴方をまるで子どもだなとからかいながらポッキーを抜き取り、その後は視線を貴方とコップとの間を何度か往復させて「マジかテメェ……」と呟いていました。きっと下らない拘りのためにお金を使う貴方に呆れているのでしょう。

 

 あとはメジロライアンが「うん、知ってた」という謎の副音声が聞こえてきそうな米顔で1本抜き取ったり、トウカイテイオーなどは器用なことにコップを一切視界に入れることなく3本ほどまとめて持っていったりします。

 

 

 次々とルームに乗り込んでくるウマ娘たちの共謀により貴方のポッキーはいつの間にか食い尽くされてプリッツやトッポなどの別のお菓子に変化してしまいますが、当然この程度の報復で狼狽えるようでは悪役トレーナーとしては三流以下というものです。

 目には目を、歯には歯を。食べ物による攻撃には食べ物による反撃を実行して然るべき。食事の内容を絞る必要があるウマ娘が何人か揃った頃合いを見計らい、貴方は昼食前のお腹がペコちゃんになる時間帯を狙ってお肉と油の旨味がたっぷり含まれた中華料理の香りを学園中に拡散するという鬼畜の所業を実行します。

 

 本来ならばそのようなことはあり得ないのですが、チート能力者である貴方にとっては造作もないこと。取り引きとは全く関係のないウマ娘や職員、ついでに警備員と彼らの隣でお座りしている野良犬たちまで含めトレセン学園の敷地内にいる大多数を巻き添えにしてしまいますが知ったことではありません。

 

 お昼休みの開始を告げるチャイムの音色、同時にルームまで届くウマ娘たちの雄叫びと学園全体が揺れているのではないかと錯覚するほどの地響き。

 中にはミスターシービーやアイネスフウジンのように冷静に貴方のルームにやってきて私物のお茶碗にご飯を盛り始めるウマ娘もいますが、いまごろカフェテリアを含めた食堂では仁義無きメニュー争奪戦が繰り広げられていることを思えば誤差の範囲でしょう。

 

 本来ならばひとり静かに楽しむはずだったランチタイムが少々賑やかになってしまいましたが、ゼロから百まで思い通りに事が進むのもそれはそれで面白味に欠けるというもの。

 こうした細かい抵抗を無慈悲かつ理不尽に押し潰すのがチート転生者の腕の見せ所です。昼休憩の時間を食事もせずに走ることに費やしかねない頭スズカな異次元の逃亡者をマチカネフクキタルがちゃんと連れてきたことを確認すると、貴方はどのような形で悪意を解き放つかアレコレと想像するのを楽しみながら白菜の浅漬けに箸をのばすのでした。




ちなみに作者はトッポ派です。


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ろうかにあくま。

 一国一城の主という言葉があるように、人は自分だけの拠点となるスペースが手に入ると気持ちが大きくなる生物です。それは、中央トレセン学園に所属するトレーナーにとってのルームが該当することでしょう。

 つまり、悪役チート転生者である貴方が居座るルームはラストダンジョンも同然。ウマ娘たちを主人公とするのならば最奥地に屹立する魔王の城と言っても過言でしかありませんが、もちろんルームを離れても貴方の悪役ムーヴは加減など考えるワケがありません。

 

 

 ラスボスとしての貫禄と威厳を示すためにルーム前の廊下はいつでもピカピカに輝いています。日に三度の掃除を欠かさず実行しているおかげで、床や壁、蛍光灯はもちろん窓ガラスも新品同然であると言えば誰もが疑うことなく信じるレベルです。

 そんな廊下を我が物顔で歩く貴方ですが……その態度とは裏腹に、学園内でウマ娘や警備員が対応できないような厄介なトラブルが起きていないか定期的に警戒網を広げて巡回しています。

 

 もちろん、あくまでチート転生者である貴方が対応しなければならないようなトラブル限定です。仮に無許可のメディア関係者が侵入しようと企んでいる気配を察知したならば、ウマ娘たちにバレないよう舌打ちで鳥たちに伝え、そこから野良犬たちが警備員を誘導することになるでしょう。その程度であればわざわざ貴方が動く必要などありません。

 いつの間にか後ろを付いて歩いていたゴールドシップには「今日は西口のほうに三人か。さんざん追い払われてるのに懲りねぇヤツらだなぁオイ」と何故か暗号が完璧に解読されていますが、相手がゴールドシップなので貴方は特に疑問を持つことなく納得しています。

 

 破天荒な行動が目立つものの、その実ウマ娘たちの中でもトップクラスの常識の持ち主疑惑のあるゴールドシップ。

 そんな彼女がヒマを見つけては自分の監視を行っている。なかなか悪くない流れであると、貴方も安心して悪役として振る舞うことができることでしょう。

 

 

 それはそれとして。時間は有限、こんな偶然も有効活用してこそ一流の悪党というもの。

 

 

 ついでにゴールドシップの次の目標である春の天皇賞について打ち合わせをしながら貴方は悪役ムーヴのチャンスを見逃さないよう慎重に行動を続けます。

 春の天皇賞にはミスターシービーも出走しますが、それを承知の上でゴールドシップは1着を取るためにトレーニングに打ち込んでいます。

 

 もちろんミスターシービーのトレーニングも彼女の能力を過不足無く100パーセント発揮できるような本気だが本気以上ではない絶妙なラインをキープしています。

 アプリでは伝説的でありながら過去のウマ娘扱いされるような雰囲気がありましたが、この世界ではまだまだ成長を続ける正真正銘の生ける伝説ウマ娘です。

 

 

 それを知って尚ゴールドシップは楽しそうに勝負の時を待っていましたので、貴方も調子にのって「そうだな、いい加減三冠ウマ娘からGⅠの冠サクッと奪い取るぐらいのことはしないとゴールドシップが始まらないからな。このままじゃ待ちくたびれたファンがターフにがんもどきを投げ込みそうだ」と適当に煽ることにしました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 途中、風紀委員のウマ娘から逃げるシンコウウインディを確保して脇に抱えつつ、貴方はゴールドシップを連れたまま巡回を続けています。

 巡回することが目的ですので、特に目的地などは決めていません。ですがシンコウウインディが抱えられたまま器用に貴方のポケットからアメを取り出して食べ始めてしまったので、補充するために購買部へ向かうことにしたようです。

 

 年頃の乙女であれば雑に運搬するなど紳士の風上にも置けない所業だが、構って欲しさにイタズラをするシンコウウインディに関してはこうした扱いではヘイトを稼ぐことはできないだろう。

 

 前世の知識を持つ転生者特有の冴え渡る推理力で貴方は真実にたどり着いていましたが、悪役である自分が問題児であるシンコウウインディと距離を取るのは不自然であると考えました。

 なのでほどほどにイタズラに悪ノリし、笑って許せる範囲を超えそうになったら適度にコントロールし、最終的にはヒシアマゾンにブン投げる。基本はこの繰り返しです。

 

 そして、だいたいこのルーティンが終わればトレーニングそのものはそれなりに真面目に行っているので、取引ウマ娘たちとは意外と上手く交流できています。

 特に、ダートに適性を持つ中等部のウマ娘たちから慕われているのがプラス方向に働いているようで、親分として格好悪いところを見せるワケにはいかないと張り切っているようです。

 

 ならばこうして荷物のように運ばれている姿を少しは情けないと感じてくれればいいのに。

 そんな貴方の願いは叶うこと無く、バッタリ出会った子分たち相手に「ウインディちゃんぐらいになれば、じぶんで歩かなくてもトレーナーに運ばせることができるのだ!」と得意気に自慢しています。

 

 

 親分としてそれでいいのか。ゴールドシップが言うには、シンボリルドルフを慕うウマ娘がいればシリウスシンボリを慕うウマ娘もいる。特に中等部のウマ娘ともなればいろんなパターンの『憧れの先輩』があるんだからコレはコレで別にいいんじゃね? とのこと。

 

 

 やはりゴールドシップ、目の付け所がひと味違います。なるほどウマ娘の中でも秀でた能力を持つものだけが入学できることになっている中央トレセン学園でも、アウトロー気質なウマ娘たちは少なくありません。

 そうしたウマ娘たちにしてみれば、優等生よりも不良成分を持つ先輩ウマ娘のほうを真似したくなるというもの。それもまたアオハルであると貴方も微笑ましく思う──だけで終わるハズがなく、ひとつの恐ろしい可能性に気がついてしまいました。

 

 そう、いま中央トレセン学園に所属する者の中でも圧倒的にカルマ値がマイナスに振り切っている貴方でさえも、不良を格好いいと考える思春期の若者は憧れてしまう可能性が微粒子レベルで存在することに! 

 

 本来ならばあり得ないと断ずることができるバカバカしい話なのですが、アウトローのような振る舞いをする己に酔いしれていると客観性が不足した判断をしてしまうのもまた事実。

 冷静に考えれば簡単に間違いに気づくことができるような事柄でさえ、色眼鏡を通してしまうと自分に都合の良い解釈しかできなくなる。ならば、自分のような極悪非道のトレーナーでさえ肯定感に見えてしまうかもしれないと貴方は考えました。

 

 そう考えるとシンコウウインディは不良ウマ娘たちとの距離感の調整を試すには最適のサンプルかもしれません。

 彼女から“あのトレーナーは本物の悪党なので信用してはならない”という評価を引き出すことができれば、その時点でトレセン学園追放クエストはエンディングを迎えたも同然です。

 

 嗚呼、ただ歩いていただけなのにまた新しく追放ルートを発見してしまった。チート能力とは無関係に発揮される唯一無二の洞察力を自画自賛しながら、貴方は購入するロリポップキャンディーの選定を始めました。シンコウウインディを脇に抱えたまま。



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こーすもじごく。

 貴方はウマ娘たちの能力をゲーム画面のように数値化して確認することができますが、さすがにトレーニングまでゲームのようにお手軽に済ませることはできません。

 もっとも、トレーニングプランの原案は基本的にウマ娘たちが自主的に組み立てるので貴方の負担は実質的にはゼロであると言うだけ言っておきましょう。

 

 貴方の辞書に『労働意欲』の四文字は存在しません。故に、学園側で用意してあるトレーニング施設などの使用に関する申請はウマ娘たちが全て自分で行わなければなりません。

 いまのところ生徒会副会長であるエアグルーヴを筆頭に、エイシンフラッシュやイクノディクタスといったスケジュール管理を得意とするウマ娘たちの尽力により、一応トラブルらしいトラブルは起きてはいない様子です。

 

 

 とはいえ。中央トレセン学園には千人を余裕で超えるウマ娘が在籍していますので、どうしてもトレーニング機材やプールを使えずあぶれるウマ娘は出てしまいます。

 背に腹はかえられぬ。そのような事情があるためか、変わらず貴方がチート能力による演算と併用して編み出したトレーニングもどきでステータスを鍛えるウマ娘は途絶えないようです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 古典にして王道。重りを身に付けてのランニングは、そのわかりやすさもあってか何人ものウマ娘が積極的に取り組んでいます。

 普通の金属ではウマ娘たちの筋力に対して軽すぎる、だからといって大量に仕込めば走るのに邪魔になる。その辺りのジレンマは貴方が用意した無重力合金を使用することで解決していますので、ウマ娘たちは各々が丁度良い重さのアンクルを自由に選ぶことができます。

 

 過度の負荷はトレーニング効率が悪いだけでなく、ときには大ケガにつながることもある。なので重りを選ぶときは、いつもニコニコしているダイタクヘリオスやハルウララも真剣な表情に切り替わります。

 中には「テイオーよりもたくさん重りをつけたってエンジン全開で余裕だもんッ!」といって重装備で全力疾走した結果、あっという間にエネルギーを使い果たしてお休みモードになってしまうウマ娘などもいますが、それぞれ失敗と試行錯誤を繰り返すことでちゃんと加減は覚えたようです。

 

 ありきたりなトレーニングであるが故に効果も期待できる、それは結構なことでしょう。しかし追放されることを目的とする貴方にとって、第三者から見て『普通』のトレーニングだけでは意味がありません。

 

 そんな貴方が用意した新しいトレーニング、それは前世のとある競馬漫画を参考にして組み上げた“動くサンドバッグの間を走り抜ける”という装置を使う大変荒々しいトレーニングです。

 当たり前の話ですが、レースというものはひとりで行うものではありません。大勢のライバルたちと同じコースの上を走るワケですから、レースに勝つためにはほかのウマ娘たちを避けて前に出るという能力を必ず身につける必要があります。

 

 あるいは、なんらかの要因による接触が起こる可能性への備えにもなるでしょう。真剣勝負の最中でも予期せぬ事故は容赦なく襲い掛かってくるもの、確実に予防することができないのであれば対処するためのスキルを叩き込むしかないと貴方は考えたようです。

 このトレーニングもなかなかウマ娘ごとの個性が現れるようで、大雑把に分類すると『避ける派』と『弾く派』の2種類の走り方に分かれ、そこからさらに『避け方』と『弾き方』で好みの違いが見えて面白いことになっています。

 

 例えば避ける派であればフジキセキはサンドバッグの動きに合わせた踊るような動きで間をすり抜けながら駆け抜けますし、タマモクロスは鋭いステップワークを駆使して切り裂くような走りで駆け抜けています。

 弾く派の意外なところではミスターシービーがサンドバッグを避けることよりも真っ直ぐ走ることにこだわっているようで、どうあっても進路が塞がれるようなときは豪快に弾き飛ばして突っ切るばかり。本人曰く、尊敬する友人を真似してみることにした、とのこと。

 

 ほかにはサンドバッグの動きを計算し尽くしてスイスイと走るアグネスタキオンを尊敬する目で見る中等部のウマ娘がいたり、サンドバッグを支える鎖ごと壊しかねないほどの勢いで弾き返しながら走るタニノギムレットをキラキラする目で見る中等部のウマ娘がいたりと、なかなか愉快な光景が広がっています。

 もちろん誰もがスムーズにトレーニングを行えるワケではありません。能力的に避けきれないウマ娘もいますし、受けきれないウマ娘も当然います。そして、そんなウマ娘たちがこのサンドバッグトレーニングに挑戦することを貴方は平然と認めているのです。

 

 予防だけでなく対処も必要。サンドバッグに当たり負けて転んでしまうのを利用して、ケガをしない上手な転び方を学ばせる。

 直線運動に対する横からの衝撃を甘く見ているウマ娘たちに、安全な環境でその恐ろしさを体験させてしまおうという腹積もりなのでしょう。

 

 ついでにその光景を偶然目撃した者たちが危険なトレーニングをウマ娘たちに強要していると認識してくれれば好都合というもの。

 

 積み重ねた信用があれば多少の無茶も理由があるのだろうと理解を得られるかもしれませんが、日々の努力により貴方の悪役としての評価は黄金飴細工の龍が如く豪華絢爛にして揺るがないモノとなっているのでなにも心配はいりません。

 トレーニングも、人物評価も、ある日突然誤魔化したところで簡単にメッキは剥がれ落ちる。やはり最後には日々の積み重ねこそが勝利へと導いてくれるのだと貴方はほくそ笑み──ナカヤマフェスタから“ジンクスを破ると言って無茶な重量のアンクルで走ろうとしているヤツがいる”という報告を受けてハリセンを片手に駆け出しました。



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うらみちのげどう。

感想で有識者の方が解説してくれているとおり、無重力合金は作者の造語ではないです。

昔、作者が奪還屋さんの漫画で初めて目にしたときは造語だと思っていましたが。


「トレーニングに励むウマ娘ちゃんたちはもちろん最高に尊くて素敵なのは確定的に明らかですがこうして放課後にひとときの休息を求めて談笑をしながら商店街を歩いている姿は聖者の行進そのものと言ってもいい清らかなるオーラに満ち溢れてこうして遠くから眺めているだけでもデジたんのウマ娘性は漂白いえ浄化され天にも昇る夢心地ですがもちろんウマ娘ちゃんたちの笑顔を守護るという使命を成し遂げるまではたとえサハラ砂漠の中心で100万の自動人形に囲まれたとしても逃げ切ってみせる所存ですけれど無事日本に帰ってこれた暁にはできれば刹那の瞬間でもいいのでデジたんに微笑みかけてくれたりした日にはもう全身から生命の水が流れ出してまさに愉快痛快気分爽快の三快のアグネスデジタルとして一片の悔いもなく砂と消える自信がありますがやっぱりまだまだウマ娘ちゃんたちの活躍が見たいという理性と義務と欲望の終わらないワルツがれざぁましぉぉぉ「お待たせしました~、特製あらびきジャンボ焼売と海鮮蒸し饅頭で~す」おぉ~、これがウワサの焼売ですか~。前回も前々回も売り切れで食べられませんでしたし、楽しみですね~♪ あ、トレーナーさんお醤油取ってもらってもいいですか?」

 

 お醤油の入った小瓶を渡すと見せかけて直前で手前に引くというイタズラでアグネスデジタルを「んも~、子どもじゃないんですから普通に渡してくださいよ~」とプンスカさせながら、貴方は商店街の少しだけ裏道にある点心屋台から放課後を満喫するウマ娘たちを眺めています。

 

 学生であるウマ娘たちにとっては自由な時間である放課後ですが、学園に勤務する大人たちはまだまだ働いている真っ最中。

 本来であれば貴方もなんらかの業務に励むべき時間ですが、トレーナーとして給料を得ていながらひとりとしてウマ娘を担当していない貴方には励むべき業務など存在しません。

 

 真面目な大人たちがウマ娘のために汗水流して労働中であることを知りつつ、自分はこうして隠れ家的な屋台で悠々と美味しい料理をいただく。

 これぞまさに選ばれし者の特権。簡単な作りのパイプ椅子に座り火鉢で暖を取りながらの軽食ですが、気分は玉座にて最高級の酒を楽しむ独裁者そのものです。

 

 もちろんこの王様ごっこに満足したら学園に戻って夜間練習組の邪魔をするという大事な使命がありますので、ウマ娘たちの前で無様を晒すことのないようアルコールではなくオレンジジュースを頼んでいます。

 

 

 ちなみにアグネスデジタルは貴方が誘ったワケではありません。商店街の屋台飯を楽しむついでにウマ娘たちの様子を見に行くだけと告げたところ、何故か自動的に一緒に行動する流れになったのでそのまま出てきたというだけの話です。

 

 ウマ娘たちの尊みを広める伝道師としての矜持がそうさせるのか、相変わらずアグネスデジタルは悪役トレーナーである貴方を改心させるべくウマ娘たちの魅力についての説法を繰り返してきます。

 いい加減諦めれば楽になれるだろうにと思いつつも、この不撓不屈の姿勢こそがいずれ勇者と讃えられるに値する走りに繋がると考えれば相手をするのもやぶさかではありません。

 

 普通のトレーナーであれば、ウマ娘とおでかけとなれば気を利かせてお洒落なカフェテリアで流行りのスイーツのひとつでも頼むところなのでしょう。

 だからこそ敢えての逆張り、隠れ家的な屋台で色気の欠片もないお食事メニューを注文するという暴挙がより際立つというもの。ついでに何度も食べ損ねていたオススメにもありつけるという一石二鳥の名采配です。

 

 

 ときたま表通りを歩くウマ娘たちが貴方とアグネスデジタルの存在に気がつきますが、それもまた計算された悪役ムーヴのひとつに過ぎません。

 いまこの瞬間も、中央トレセン学園では貴方以外の真面目なトレーナーたちが一生懸命になって己の愛バを勝たせるために知恵を絞っていることはウマ娘たちも当然把握しています。

 

 そんな状況でいまの貴方を見ればどう思うか? トレーナーバッジを身に付けたまま堂々とサボタージュしているダメ人間にしか見えないでしょう。

 

 

 平日の、社会人が労働中の時間。

 

 雑誌では紹介されることのない美味。

 

 ウマ娘たちから注がれる侮蔑の視線。

 

 

 これだけの条件が揃っているワケですから、悪役トレーナーとして活動しているいまの貴方が最高の『メシウマ』という気分になるのも当たり前というものです。

 

 

 とはいえ……あまりのんびりしてばかりもいられません。何故なら商店街を歩いている途中で、偶然にも貴方は自分がまだ未熟であることを知る機会があったからです。

 

 それはとある老夫婦が営むたい焼き屋さんがあった場所を通過したときのこと。貴方にたい焼きの鉄板を貸し出したことでたい焼き屋さんを続けることができなくなってしまったからでしょう、現在はウマ娘をターゲットにした大型たこ焼き屋さんに変化していました。

 相変わらず日だまりのような優しい微笑みが似合う老夫婦でしたが、たこ焼きの鉄板の上を疾走する竹串の動きは神速の領域としか表現できないほど見事なものだったのです。

 

 チート転生者である貴方の目を以てしても、全てのたこ焼きが同時に回転したと錯覚するほどの恐るべき手際の良さ。

 なるほど、速い。これが本物か。練達、美しい。どれだけ鍛練を重ねても所詮はチート能力に頼らねば悪役ムーヴを完成させることができない自分とは大違いであると貴方は感動すら覚えたことでしょう。

 

 ですがご安心ください。貴方は足りぬものがあればそれを素直に認め、失敗から学び成長の糧とすることができる強い克己心の持ち主です。

 未熟を自覚したのであれば、あとはひたすら鍛練あるのみ。チート能力を用いて完遂してきた数々の悪役ムーヴを、チート能力に頼ることなく実行できるようになるまで心技体を磨き抜くだけのこと。

 

 

 自分には成長する可能性がまだたくさん残されているという喜びを噛み締める貴方は、今日の夜間練習組への妨害はたこ焼きにしようなどと考えつつ海鮮蒸し饅頭をアグネスデジタルと半分こにして食べ始めました。




次回はウマ娘たちの日常(主に高等部)です。


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『賑やかな日々の階段を』

答え合わせの時間。


 朝早く、まだ外が薄暗い時間帯。

 

 中央トレセン学園の学生寮で生活するウマ娘たちの中には、すでにジャージに着替えて活動を開始している者たちがいた。

 寝起きで固くなっている筋肉をストレッチでゆっくりとほぐし、数分ほど時間を使って白湯を飲み水分を補給する。目覚ましならばコーヒーやキンキンに冷えた水のほうが頭はハッキリするのかもしれないが、胃の負担になるし筋肉が冷えて緊張してしまうので避けるようにしているのだ。

 

 学生寮を出発するウマ娘たちの目的は軽いランニングであった。早朝トレーニングというほど本格的なものではなく、どちらかといえば“どんな状況でも充分なパフォーマンスが発揮できるように”と身体の使い方を覚えるためのおまじないに近い。

 新鮮な空気を取り込んで、全身に酸素を循環させることを楽しむように。隣を走る友人にしてライバルたちと軽く談笑をしながらの、勝負事とは切り離した気楽な運動なのである。

 

 が。

 

 ひとり、ウマ娘が前に出る。だからどうと言うワケではないのだが、それをもうひとりのウマ娘が軽く追い越す。

 するとまた別のウマ娘が前に出る。あくまでお喋りを楽しみながら、穏やかな空気のまま何度も先頭が入れ替わる。

 

 やがて、ウマ娘たちの口数が少なくなり──。

 

 

 

 

「負けるかぁぁぁぁッ!!」

 

「勝たせるかぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

「あーあ、まぁ~た始まった」

 

 悲しいかな、アスリートというのは負けず嫌いな者が多い。というより負けず嫌いというのは勝負の世界で生きようとするのであれば必須の条件と言ってもいい。

 だからといって、こんなランニングで意地の張り合いなんてしなくても……と、マイペースを保っているウマ娘たちは呆れたように追い比べを始めたウマ娘たちの背中を見送っていた。

 

 まぁ、これはこれで悪くない光景なのだろう。才能を理由に、天才と競う不幸を嘆きながら、自分を疑いながらトレーニングを続けているよりはずっといい。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 大半のウマ娘たちが寮へ向かう中、数人のウマ娘がルートを外れ学園へ向けて脚を進める。ほんのりと漂ってくるココアの甘い香りを辿るように、とあるトレーナーが使用しているルームがある場所へ向かって。

 

 途中、駐車場に彼の愛車──ではなくどうやら今日はバイクの気分だったようだが、トレーナーがすでに出勤していることは確認済みである。

 学生時代に所属していたバイク愛好会だか二輪研究会だかのようなクラブに所属しているときに友人たちと自作したらしいが、どうやら昔からなにかと器用な人物だったようだ。バイク愛好会が何故か格闘技の部活に変わり生徒会長を兼任する総長なる人物の補佐をしていたという自由人ぶりも含めて。

 

 

「……よぅ。オハヨウ」

 

 自分たちの姿を確認するなり露骨にイヤそうな顔で挨拶をしてくるのは中央トレセン学園の隠れた……隠れた? いや、うん、育成評価としては最低ランクなので一応隠れてはいる名物トレーナーである。

 朝早くに学園に来てまだまだ寒いのにわざわざ外で焚き火を使いココアを作って寛いでいるのは実に趣味人らしくて彼らしい。

 

 わかりやすく無愛想で歓迎していない態度であるのはウマ娘たちも理解しているが、同時にそれだけであるとウマ娘たちは知っている。

 勝手にルームからコップを持ってきて断りもなく自分たちもココアを注ぎはじめても、彼は渋い顔をするだけで決して文句を言うことはないと確信できる程度には扱いになれているのだ。

 

 

「朝の運動もいいがウォーミングアップはしっかりやれよ。テメェらウマ娘の心臓は俺たちヒトに比べて強すぎる。鼻にティッシュ突っ込んだまま朝飯食っても美味くねェぞ?」

 

「は~い、ちゃんとやってますぅ~。言われた通りお水じゃなくてお湯も飲んでストレッチしてますよぉ~」

 

「中にはホットミルク飲んでソファーで二度寝してるヤツもいるけどな。今日もそんなポニーちゃんに優しい寮長さまが毛布の世話してるだろうさ」

 

「なるほど、実にフジキセキだな。つーか、その二度寝したってアホは──」

 

 担当しているワケでもないのにウマ娘の名前がスラスラと出てくるのもいつものことだ。取引相手のウマ娘はもちろんのこと、それ以外のウマ娘でさえも「ライバルとなる可能性があるのだから」と能力をしっかりと把握している。

 本来ならば尊敬するところなのだろう。だがこのトレーナーの場合、仕事のためではなく自分が楽しんでいるという雰囲気を欠片も隠そうとしないのだからそれも難しい。そんな彼がまとめるチーム擬きを気に入っている自分たちも大概なのだが。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 簡単な近況報告を済ませ、ココアも一滴残らず美味しくいただいたら、あとはそれぞれの学生寮に戻り朝食の時間である。

 そこからはほぼいつもどおり。それこそ彼がトレセン学園にやってくる前の、非公式チームであるポラリスが結成される前と変わらない学生らしい時間を過ごすことになる。違いがあるとすれば時折、昼休憩が修羅の巷へ変貌することがあるぐらいなものだ。

 

 放課後のウマ娘たちの行動は主に3つ。勉強か、トレーニングか、アルバイトか。遊びに出かけるウマ娘もいるが、休息日はトレーニングの一環なのでノーカウントである。

 

「えー諸君。速く走るには下半身だけではなく上半身も鍛えないとイカンのだよ。何度も言ってるのにまたわざわざ言うのかって思うだろ? 俺もそう思うよ。じゃあなんでこんなこと改めて言ってンのかってのはな──脚にばっか筋肉偏ってるど阿呆が何人もいるからだよオラァァァァンッ!!」

 

「「「「申し訳ありませんッ!!」」」」

 

「テメーらのそのご立派なウマ耳は飾りかスカポンタンどもがァッ!! 一度偏ったらバランス取り戻すのに時間がかかるって言ったのを聞いてなかったのか、アァン!? ……ハァ、まぁいい。取り引きをしてんのに気づくのが遅れた俺にも責任はあるからな」

 

「そうそう、トレーナーならウマ娘の変化にもっと敏感になってくれないと困るかぺぎゃんっ!?」

 

「オゥ、ほかにハリセンで頭撫でて欲しいヤツぁいるか?」

 

「「「………………」」」

 

 

「アレは暴力にカテゴリーされると思う?」

 

「そいつを立証するにはスズカの証言が必要かもな。最近はアヤベも頭スズカが深刻化して頻繁にドつかれてるみたいだけど」

 

「そっちはまだいいでしょ。メイクデビュー現地で見るために双子の妹がリハビリ頑張ってるらしいし」

 

 

 指示に従わないウマ娘を言葉で諭すのではなく頭を叩くという、字面だけならトレセン学園どころかURAからライセンス剥奪を食らうレベルの問題行動が堂々と行われている。

 だが如何せん絵面が完璧にギャグの世界であるため、ウマ娘たちはもちろん職員たちですら最早気にしている者はいなくなってしまっていた。いまだにリアクションをしているのは新人のトレーナーと転校生のウマ娘ぐらいなものだろう。

 

 自業自得という名の一撃を受けて涙目になって頭をさするウマ娘を含め、上半身の鍛え方が不充分であると判断されたウマ娘たちが鉄パイプで組まれた自作のトレーニング装置の前に並ぶ。

 それぞれの表情が楽しそうなのは決して気のせいなどではない。才能が認められた者だけが集まる中央トレセン学園に所属してなお、才能が乏しいことを自覚したウマ娘ほど彼女たちの気持ちが理解できる。

 

 ポラリスのトレーナーは全てのウマ娘にレースで勝つ可能性があると本気で信じているし、勝たせるために必要な条件を本気になって探しだしてくれる。なんなら、本人よりもウマ娘の勝利を信じているかもしれない。

 

 信じた結果こうして鉄パイプを腕の力だけで登らされるものだからヒトを、いやウマを選ぶトレーナーではあるのだが。

 一応言動はだいぶアレだが人間性は意外とまともであるとは説明するものの、それでドラム缶を押したり目隠しをしてスポンジでチャンバラをしたりプールに浮かべたタライの上を飛んでみたりとワケのわからないトレーニングを見せられたのでは説得力もスプリンター並みの速度でどこかへ走り去ってしまうのも仕方ない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ねぇ。明日さ、放課後になったら商店街に行ってラーメン食べようよ。どうしてか急にスゴくすごぉ~く食べたくなっちゃったの」

 

「奇遇だな、アタシも誘おうと思ってたところだ。ラーメン食ってスタミナ付けて、重賞レース勝てたらトレーナーのみぞおちに蹄鉄叩き付けてやらぁ」

 

 

「いやぁ~、最近はインスタントもレベルが高ェこと高ェこと。濃厚とんこつ醤油に焦がしニンニクを……最高かよ……。あぁ~、ラーメン食ったあとの水は極上のワインより美味いなぁ~オイッ!」

 

 

 体力に余裕のあるウマ娘や、放課後をアルバイトに使いたいウマ娘たちにとっては日が沈んでから消灯時間までの限られたタイミングがトレーニングの本番である。

 明日の勝利を夢見てギリギリまで己を鍛えるウマ娘たちの横で見せつけるようにラーメンなどの夜食を嗜むトレーナーは世界中を探してもこの男が唯一無二だろう。

 

 

 これは、試練だ。

 

 未熟な精神を乗り越えろという三女神が与えた試練に違いない。この誘惑を跳ね返して前に進んだウマ娘だけが栄光のゴールを駆け抜けることができるのだ。

 それでも無意識に香りを辿ってしまえばその先にあるのは殴りたいその笑顔。あの野郎、もしかしてレース見てるときよりも夜食で煽ってるときのほうが幸せそうな顔してるんじゃねぇかと走るウマ娘たちの全身に自然とヤる気も満ちていく。

 

 実際、アスリートにとって食の誘惑に負けない心は必須である。いくらウマ娘の筋肉がヒトと比べて桁違いのエネルギーを必要とするとはいえ、ウマ娘向けのメニューはカロリーもヒト向けのメニューとは比べ物にならないのだから。

 ついでに言うならば、彼にはこのあとオーバーワークをしそうなウマ娘たちを黙らせるという本日最後の業務が待っているのを彼女たちは知っている。不安から走らずにはいられない……というウマ娘は減ったのだが、安心から強制終了されるまでとことん走ろうとするウマ娘が現れてしまったことを考えると良いことなのか悪いことなのか判断に困るところだ。

 

 

 敷地内に景気の良い炸裂音が鳴り響き、就寝準備をしているウマ娘たちが「今日は15人か……」などと1日の終わりをしみじみと感じたところでポラリストレーナーもようやく帰路に就く。

 昼間とは真逆の静かな夜の空間にエンジンの音が聞こえてくるのを待つために、ふたりの寮長が戸締まり確認を済ませたあともしばらく玄関の外で立っていることを彼はきっと知らないのだろう。

 

 

 これで中央トレセン学園の1日が終わる。かつては想像すらしていなかった、いまでは当たり前の1日が。そしてきっと明日も同じような1日が始まるのだ。夢を見送る日々ではなく、夢を追いかける日々が。




アプリはそれなりに周回していますが、寮の食事事情がイマイチ理解できていないカジュアルプレイヤーが私です。
わりと自由に料理している描写はありますし、セイウンスカイのサポカには共有の冷蔵庫も写っているのは知っているのですが。


続きは温まり系の入浴剤がちょっと使いにくいと感じるようになったら、次はライアン・アイネス・タキオンの弥生賞~皐月賞ダイジェストになります。


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じゅうわり。

入浴剤の話をしようとしましたがグラディウスVばかりが脳裏に浮かんだのでやめました。


 育成に慣れたプレイヤーにはスキルポイント扱いされることもあるかもしれない弥生賞ですが、貴方が転生したウマ娘の世界では皐月賞の前哨戦として重要度の高いレースという位置付けは守られています。

 故に、弥生賞に出走するウマ娘は世間からも注目されることになり、公に賭け事などは行われてませんがSNSなどでは誰が1着になるのか人気投票のようなものが活性化している様子。

 

 ちなみに貴方は今世ではこの手のサービスは一切利用していません。せっかくチート能力を持って転生したのですから、俗世に惑わされるような忙しない生き方などお断りというスタンスだからです。

 携帯端末は通話とメール専用というシンプルさを突き詰めたクラシックスタイル。なので弥生賞の世間が予想する1着は誰なのかという話も、体内時計トレーニングで良い結果を出したトーセンジョーダンをモチベーション維持のためにガイドブック取材お断りの洋食屋さんに連れていったときに教えてもらいました。

 

 

 一番人気はメジロライアン、二番人気はアグネスタキオン、三番人気はアイネスフウジンと、ウマ娘ファンとしては面白いですが指導者的立場としては少々悩ましい結果となっています。

 なにせ未だに3人にはアプローチを仕掛けてくるトレーナーが現れていないため、弥生賞の準備もその先の皐月賞を視野に入れたトレーニングの組み立てとアドバイスも全て悪役トレーナーである貴方の手が入ってしまっているからです。

 

 

 せめてクラシック路線が本格的に始まるまえにスカウトされて欲しかったところでしたが、さすがにこうなってしまえば諦めるしかないでしょう。

 

 もっとも、頭を切り替えて開き直ってしまえばプール掃除の小学生に持たせたホースのように次々と叡知が流れ出す賢い貴方は新しい追放プランのヒントを見つけ出してしまうことが可能です。

 一番人気が名門メジロ家のウマ娘であるのも実に好都合。こうしたゴシップ的な情報に簡単に踊らされてしまうのが大衆心理であることを知っている貴方が立案したグレイトな作戦は次の通り。

 

 

 ①弥生賞はメジロライアンの勝ちが確定したようだなと公言する。

 

 ②それを聞いたウマ娘たちがネットの評価を鵜呑みにしていることに気がつく。

 

 ③ウマ娘の本質を見ようとせず風評だけで判断するなんてトレーナーの風上にもおけない! 

 

 ④トレセン学園を追放される。

 

 

 それはまるで大自然の雨風に削られ磨かれた自然石のような美しさすら感じる、様々な要素を無駄として排除した芸術的な計画でした。

 覗き込む角度によっては支柱がやや不安定に見えるかもしれませんが、それを逆手にとって茹でたアスパラガスをはんぺんに突き刺して隣に並べてカモフラージュすれば戦国の天才軍師・竹中半兵衛でさえも見なかったことにして無言で通り過ぎるレベルの妙手です。

 

 善は急げ。メジロライアンもアイネスフウジンもアグネスタキオンもレースの準備のために嫌でも貴方のルームに脚を運ばなければなりませんし、取り引きをしているウマ娘の全体数は一向に減る様子が無いためギャラリーの数も充分です。

 

 都合良く人気の話題になったタイミングで貴方は言いました。次の弥生賞は、出走するウマ娘たちが全員100パーセントの力で走るとすれば、100パーセントの確率でメジロライアンが勝つことになるだろう……と。

 敢えて100パーセントのところを強調することにより、メジロライアンにプレッシャーを与えつつ予測が外れたときに貴方が節穴アイの持ち主であると強く印象付けることが可能という見事な二段構えのプランです。

 

 事実として、弥生賞に出走するウマ娘たちの能力をチートを使い数値化して比較した場合メジロライアンが一番勝率が高く、このまま何事もなくレースが開催されれば本当に彼女が1着になるだろうと貴方も考えています。

 しかし、勝負の世界に100パーセントなどというものは基本的に存在しないことも知っています。なにより、レース中に成長して自分の限界を乗り越えるウマ娘が現れる可能性もありますから事前に結果が確定することなどあり得ません。

 

 そこまで考えた貴方は気がつきます。本当にメジロライアンが勝利したときに備え、ひとつ保険をかけておくのも悪くないと。

 

 続けて貴方は言いました。しかしこれは、あくまで100パーセントの走りで満足した場合の話であると。もしも弥生賞までに壁を越えるだけの気迫を身につけたウマ娘が現れれば……そのときはどうなるかはわからないと付け加えました。



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じんわり。

いま思えば、児童たちに道具を渡して遊びながらプール掃除しているのを止めることなく見守ってくれていた先生たちって凄かったんだな……と。

まぁ、時代の違いもあるかもしれませんが。


 弥生賞の結果は大衆が望んだ通りに、そして貴方の予想通りにメジロライアンが1着となりました。

 しかしレースそのものは実に楽しめる面白い展開となったので貴方としては充分に満足できる娯楽だったようです。

 

 

 アイネスフウジンを先頭に、それぞれの得意とする戦法に適した位置で様子見を続けるウマ娘たち。流れが変わったのは、後半戦が始まったタイミングでひとりのウマ娘がギアを上げたことが切っ掛けでした。

 仕掛けるのがはやすぎた。レース後に各種メディアやインターネットではそう評価されてしまったウマ娘ですが、貴方は彼女が本気で勝ちに行ったことを正確に理解しています。

 

 それは、100パーセントの走りから、101パーセントの走りへ進化した瞬間。

 

 いわゆる主人公補正のようなご都合的なものとは違う僅か1パーセントの誤差レベルの成長でしかなく、タイムに反映されるほど劇的な変化が起きたワケではありません。

 しかし“勝てないレース”が“勝てるかもしれないレース”に切り替わったのも事実。ゼロを1にする困難に比べれば、1を100にすることなど楽しむ余裕すらあることでしょう。

 

 

 ひとりが魂を燃やし始めれば、それを追うために燃え上がるのがウマ娘のサガというもの。またひとり、さらにひとりと複数のウマ娘が“勝つために”前に出ようと速度を上げました。

 それぞれの担当トレーナーたちに動揺した様子はありません。つまり、彼ら彼女らも己の愛バの選択を肯定的に受け止めているということです。自分を追放するための正義の芽は確実に育っているようだと、これには貴方もニッコリです。

 

 それはそれとして、レースの展開ですが……もしもメジロライアンが優等生のままであったのならば、あるいは彼女たちにも勝ち目はあったかもしれません。

 しかし残念ながらこの世界のメジロライアンは何故かレースに本気で挑むメンタルを備えています。貴方には全く微塵も心当たりはありませんが、メジロのウマ娘として堂々と走る彼女が周囲の本気を蔑ろにするなどあり得ないことでした。

 

 そういえば絶好調だとステータスにボーナスが加算されたっけ。前世のアプリのシステムを思い出しつつ、最高のパフォーマンスを発揮しているメジロライアンの走りを楽しんでいた貴方でしたが……とあるウマ娘の異変に気がつきます。

 

 アグネスタキオンの失速。いえ、正確に表現するのであればそれは失速というほど致命的ではないのですが、絶好調ボーナス状態で競り合うメジロライアンとアイネスフウジンに挑むことはもはや不可能な状態でした。

 身体的トラブルではないことぐらいはチートに頼らずとも把握できます。となればメンタル的な部分のトラブルが予測されますが、アグネスタキオンの瞳にはしっかりとギラギラした輝きが宿っています。

 

 ほかに考えられる可能性はなにか? 数瞬ほど思考を巡らせた貴方は──アグネスタキオンが皐月賞に向けて脚の消耗を加減したのではないかと仮定しました。

 

 トレーナーとしての義務も責任も誇りも持ち合わせていない貴方は草レースも国際GⅠレースも区別なく楽しむことができますが、やはりウマ娘たちにとってはGⅠレースこそが特別なレースでしょう。

 ならば納得もできるというもの。ロマンチストな部分もありますが、アグネスタキオンほどのロジカルな思考の持ち主であれば目先の勝利でなく大局を見るだけの冷静さと忍耐力ぐらいは備えて然り。

 

 メジロライアンが1着、僅差でアイネスフウジンが2着。少し遅れてゴール板を通過したアグネスタキオンでしたが、3着であれば皐月賞の枠を得るには充分な成績です。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……おや、トレーナーくんじゃないか。わざわざ控え室まで様子見に来てくれるとは、キミも物好きだねぇ」

 

 本人にとっては作戦通りだとしても3着は3着。可能性の導きはどうしたと煽りに来た貴方でしたが、どうにもアグネスタキオンの顔には通常の疲労とは違うなにかが表れているように見えてしまいます。

 冷静で的確な判断を得意とする貴方は煽り文句の一切を飲み込み、慎重に言葉を選ぼうとしましたが……いまのアグネスタキオンには真向勝負を仕掛ける必要があると第六感が告げたので、ストレートにどうしたのかとたずねました。

 

「いや……大したことではないんだがねぇ。ただ、目標を達成するために必要なプロセスを実行した、それだけのことだよ……。そう、それだけのこと、の……ハズなんだがねぇ……いやはや、困ったものだよ。ハハ」

 

 自嘲の笑み。なれどその双眸に闘志は変わらず滾るばかり。さて、これはいったいどう判断するべきか? 

 

 パッと思いついたのは“皐月賞をより確実に勝利するためにあえて速度を落としコンディションを維持するべきという判断で勝利を妥協したものの目の前で火花を散らすような鍔迫り合いを繰り広げたメジロライアンとアイネスフウジンの姿を見てスタミナにも脚にも充分な余裕があったのに早々に諦めに近い行動を選んでしまった自分は本当に正しかったのか不安になり精神が揺らいでしまっている”という誰でも思いつきそうな平凡な考えでした。

 

 しかしこの予想が正解であるワケがないと貴方は即座に自分の考えを破棄しました。信頼関係がしっかりと構築されたトレーナー相手ならばまだしも、トレーニングどころか普段の学園生活ですら尽く駆けつけ邪魔をしている自分を頼るなど正気の沙汰ではないからです。

 ならば可能性として考えられるのはそれとは真逆。疲れてイライラしているところに嫌なヤツが来てご機嫌ナナメであり、大したことがないと繰り返すのはさっさと失せろという意思表示である。これしかない! 

 

 

 なんという見事な推理でしょうか! 頭にネジの代わりになめこが突き刺さっていても通常通り稼働できる貴方の頭脳は本日も最高に冴え渡っているようですね! 

 

 

 貴方の脳内コンピューターにはメンテナンスが恒久的に必要ないことが判明したところで、さっそくアグネスタキオンにどのような言葉を投げ掛けるのが悪役トレーナーとして模範的であるのか演算してみることにしましょう。

 こうなってはただ煽るだけでは面白くありません。より効果的に神経を逆撫でするにはどうすればいいか、導きだされた答えは『正論パンチ』でした。

 

 分かりきったことを他人からわざわざ指摘されるのは、たとえ精神が安定しているときでも不快に感じるもの。

 それをイライラしているときに嫌なヤツからされるのですから、アグネスタキオンの怒りのボルテージは最高潮となるのは確実です。

 

 

 疲れたお耳でも聞き逃すことのないように、簡潔かつ確実に意図が伝わるようにと貴方が調えたのは「皐月賞はアグネスタキオンが勝つってことでいいんだよな?」というセリフでした。



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やんわり。

「あ゛あ゛あ゛あ゛ぁぁぁぁ…………」

 

 

 デフォルメされた漫画のキャラクターのように溶けるタマモクロスのうめき声を聞いてウマ娘たちが苦笑いをする中、貴方はそれらを全く気にすることなく黙々と脚のマッサージを続けています。

 色気もなにもない、まるで精根尽き果てた地下施設労働者の中年男性とでも表現しましょうか。年頃の乙女が発してよい音とは思えない有り様ですが、こうなるのも仕方ないと誰もが納得してしまう活躍をしたのも事実です。

 

 

 大阪杯での完全勝利。それも、マルゼンスキーとシンボリルドルフをふたりまとめて切り捨てる大奮闘。

 

 

 アプリでは強者故の苦悩とでも言うべきか、競技者としての姿よりも指導者としての立ち位置で登場することのほうが多いのがマルゼンスキーとシンボリルドルフというウマ娘でした。

 しかしこの世界では違います。頼もしいことに、ふたりに憧れるウマ娘だけではなく本気で勝ちを狙いにいくウマ娘が何人も在籍しているため非常に活力に満ちているのです。

 

 おめめはキラキラ、お肌はツヤツヤ、尻尾はフワフワと、ライバルが選び放題であるふたりのコンディションは常に絶好調。それをまとめて撫で切る走りをしたのですから、当然ながら脚への負担も尋常ではありません。

 もちろんチート能力を使えば疲労を消し去るなど簡単なことです。しかしチート能力による直接的な干渉をしてしまえば、目の前にいるタマモクロスというウマ娘は“タマモクロスの姿をした別のナニか”に成り下がってしまうため貴方がそれを選択する日は決してこないでしょう。

 

 そもそもチート能力に頼らずともこの世界には素晴らしい名医がたくさんいるので、ケガの気配を感じたら普通に病院に行けば問題ありません。

 貴方の父親の友人にも高校生のご子息がいるにも関わらずご本人も高校生に見える童顔のせいで威厳は無いものの規格外の腕を持つお医者さんがいますので、余程のことがない限り貴方は自分の出る幕は無いと安心しています。

 

 

 では何故タマモクロスの脚をマッサージしているのかというと、コンディション調整が難しいことを承知の上で春の天皇賞に挑みたいと頼まれたからです。

 アプリであれば仮に大阪杯のあとにコンディション低下が発生しても天皇賞までに簡単にリカバリーできますが、残念ながら貴方はアプリのトレーナーのようにやる気を容易く引き出すことなど自分には無理であると心の底から信じています。

 

 ならばせめて、マッサージぐらいはしてやるべきだろう。様々なゲームでも強力な悪役がヒーロー側に施しを与えるのは定番の流れですから、たまには奇を衒わず定石に従うのも悪くないでしょう。

 

 

「ふぅン? なるほどマッサージか、いいじゃないか! トレーナーくーん、私の脚も整えておくれよー。さっきまで研究部屋の整理整頓をしていたのだがね、慣れない作業をしたせいか筋肉が変な疲れ方をしてしまったようでねぇ。困ったものだよ、アッハッハ!」

 

「あぁ……なにかゴソゴソと音がしていると思ったら……掃除をして──は? 掃除、ですか?」

 

「うん? まぁ散らかっている物を片付けたワケだから掃除と言えば掃除なのかな?」

 

「誰が?」

 

「そんなの私が自分でやったに決まっているだろう? そもそも薬品類を知識の無い者に触れさせるなど科学者にあるまじき……カフェ、なぜ私の額に手を当てているのかな?」

 

「熱は……無いようですね……。タキオンさん、なにか変なモノでも食べましたか? それともついに薬の副作用が頭に発症してしまったのか……トレーナーさん、お忙しいところ申し訳ありませんが……タキオンさんを、保健室……いえ、病院まで……お願いできますか?」

 

「おや珍しい! カフェがその手の冗談を口にするのは初めて見たかもしれないねぇ! しかし、だ。いくらなんでも部屋の掃除をしたぐらいで体調不良を疑われるのは私としては不本意で──ちょっと待ちたまえよキミたち。なんだい、その『タキオンが掃除してたらそれはそう』とでも言いたげな視線は」

 

 驚くほどルームにいるウマ娘たちの心がひとつになったな……と。半分ほど意識が夢心地になっているタマモクロスの脚を蒸しタオルを使い丁寧に仕上げながら、貴方はアグネスタキオンの発言ではなく表情に注目しています。

 

 少々寝不足の色が見えるものの、弥生賞が終わったあと控え室で見たときに比べれば気力が充実しているのがハッキリとわかります。

 数日ほど大人しくしていたかと思えば扉が外れそうなほど勢い良くルームに飛び込んできてキングヘイローに注意されながらもトレーニングプランの改善を求めてきたりと忙しい様子でしたが、ともかく皐月賞へ向けてのコンディション調整はバッチリのようです。

 

 

 

 

「……ねぇねぇトレーナー、タキオンも脚が少しアレだったんでしょ? 弥生賞のときもなんか様子がヘンだったし、ダイジョーブなの?」

 

 さすがはトウカイテイオー。自分の脚が自分の才能に追い付けないというジレンマを薄皮を一枚一枚重ねるような努力で克服しただけあって、ほかのウマ娘たちとは違い純粋にアグネスタキオンのことを心配している様子。

 もちろんここでバカ正直に大丈夫だと答えてしまうような凡ミスをする貴方ではありません。なにより相手は天才トウカイテイオー、中途半端に言葉を飾った程度では貴方が本心では大舞台に挑むウマ娘のことを応援していると悟られる可能性もあるでしょう。

 

 

 貴方はトウカイテイオーと、ついでに一緒に並んでいたマヤノトップガンの頭を鷲掴みにしてやや乱暴に撫でながら言いました。生憎とアグネスタキオンについてはまったく心配などしていないし、いつかお前たちの番が来たときも同じように答えるだろう、と。




夏休みの宿題をする前に部屋の掃除をすると捗りますし、部屋の掃除中に読む漫画は面白すぎる。

これって、トリビアの種になりますかね?


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ばっちり。

 最も速いウマ娘が勝利すると言われている皐月賞は、最も学校関係者が忙しいと思われる4月の前半に開催されます。

 

 中央トレセン学園はウマ娘レースのエリートが集まる場所ですが、同時に政府が公的に認めた教育機関でもあります。つまり、ウマ娘たちはもちろんですが教職員たちもレースにばかり集中していれば許される環境ではないということです。

 もちろんそれは真面目に働いているスタッフに限定された話であり、真面目にサボタージュしている貴方には一切関係ありません。案の定ウマ娘たちに半ば連行される形で皐月賞を楽しむためにレース場に移動しています。

 

 適当にグルメを楽しみつつ出走の時間をのんびりと待つだけの簡単な作業になる──ハズでしたが、貴方の優れた動体視力は他校のウマ娘たちとトラブルを起こしている中央トレセン学園の制服を発見してしまいました。

 

 絶賛マウンティングマウンテンの全速力登頂中といったところでしょうか、エリートの仲間入りした思春期の行動としてはギリギリ微笑ましい範疇と言えないこともありません。

 しかしそれは無関係な第三者だからこそ笑えるのであって、当事者である他校のウマ娘たちにしてみれば迷惑でしかなく、もしこのまま静観すれば間違いなく面倒なことになるでしょう。

 

 

 悪役としては放置一択の場面。しかし無視して通り過ぎるには厄介な状況でもあります。

 

 

 貴方もまた、トレセン学園で仕事中の皆さんに自分は余裕でレース観戦できる立場であるとマウントを取るために、普段の黒ジャージではなく大正浪漫スタイルでレース場に来ているため普通に悪目立ちしています。

 しかも中央トレセン学園のトレーナーであることを示すバッジをちゃんと身につけたままウマ娘を引き連れているので身分を誤魔化すこともできません。

 

 貴方個人が無責任と謗られるのは望むところ。しかし中央トレセン学園のトレーナーという大きな枠で評価されるのは困ります。

 そして、こういうときは確実と言っていいほど組織単位で晒し者にされるのが世間というものであることを貴方は知っています。

 

 何故、悪役トレーナーである自分が。完全無欠のチート転生者である自分がこんな貧乏クジを引かねばならんのだ。

 

 貴方はやれやれとタメ息をひとつ吐き出すと、得意気になっている新入生ウマ娘たちに近づきます。他校のウマ娘たちが貴方に反応し、それにつられて中央のウマ娘たちが振り向くのと同時に容赦なく拳骨を落としました。

 まさかいきなり実力行使に出るとは他校のウマ娘たちもギャラリーたちも思わなかったのでしょう。いくらトラブルを起こしたからといって、いきなりそんなことをしなくてもと新入生ウマ娘たちに同情的な視線が向けられます。

 

 

 よろしい、狙い通りである。貴方は視線でヒシアマゾンとフジキセキにフォローを任せます。突然見知らぬ男に脳天を揺らされたワケですから、たとえ寮長ふたりがフォローしたとしても彼女たちのヘイトは確実に自分に向けられるのもお見通しです。

 

 

 あとは他校のウマ娘たちをどうするか、という問題だけが残されている状況ですが……貴方は迷うことも躊躇うことも無く頭を丁寧に下げました。

 中央のウマ娘が迷惑をかけたことを、せっかくの良い日和にクラシック路線の始まりを見に来たところを不愉快な思いをさせてしまい申し訳ないと誠心誠意の謝罪をしました。

 

 これで文句のひとつでも浴びせてくれれば完璧なのかもしれませんが、残念ながら相手方のウマ娘たちも素直で良い子たちばかりだったようです。

 

 あっさり許されてしまったことに多少の不満はあるものの、僅かな時間とはいえ学生たちの貴重な休日を浪費させてしまうのは悪役どうこう以前に大人として恥ずべき行為であると貴方は納得することにしました。

 今年のクラシック路線も必ず面白いことになる、それはこのトレーナーバッジに誓って約束しよう。だから今日の皐月賞だけでなく、もし良ければ日本ダービーや菊花賞も出走するウマ娘たちを応援してほしい。もちろんティアラ路線も魅力的なウマ娘ばかりだと付け足し、帽子を取って外向けスマイルで他校のウマ娘たちを見送りました。

 

 

「え、ダレ? つーかナニ、いつの間にか入れ替わったん? アンタあんなふうにピシッとキメたりとかもできんじゃ──ふぇ? 慣れないことして疲れた、ほっぺたひきつりそうだから2度としたくないって? ……うん、まぁ、うん。正直なトコなんか違いすぎてちょっとキモいなとか思ったし、いつものトレピが一番安定っつーか、アリよりのアリなんじゃね」

 

 丁寧な対応を見たトーセンジョーダンから苦笑いと共に否定的な感想が出てきたことに安堵しつつ、とりあえず貴方は悪役らしからぬ微笑みで負担をかけてしまった顔をグニグニとほぐすことにしました。

 関係者用の出入口が利用できればこのような面倒を引き受けることもなかったのかもしれませんが、残念ながら担当ウマ娘がいままでもこれからも存在することのない貴方には永遠に無縁の話です。ここは無い物ねだりをしてもしょうがないと割り切り、アグネスタキオンの研究の成果を楽しませてもらうとしましょう。




次回はあっさり味の皐月賞視点です。


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『光の粒』

答え合わせの時間。


「いよいよクラシックロードの1冠目、皐月賞の開幕……か。それで? 偉大なる三冠ウマ娘であらせられる我らが皇帝サマは、今日のレースはいったい誰が勝つと踏んでるんだ?」

 

「順当に考えるのであればメジロライアンだろうな。メジロのウマ娘である以上にメジロライアンというウマ娘で走ることを是とするようになった彼女の走りは、まさに『天覇絶走』とでも評価するべきか。メジロ家の悲願たる天皇賞制覇は、もはや時間の問題だよ」

 

「つまり順当なレース展開でなければ……番狂わせが起きればどうなるかわからない、と。ハッ! さすがのルドルフでもあのバカの仕込みは読みきれねぇか」

 

「だから大阪杯で私は敗けた。タマモクロスの分析は完璧だった、いや完璧だと思い込んでいた。私も、それにマルゼンスキーも魂を揺さぶられるような勝負が出来たことに満足していたが……落ち込むトレーナー君を励ますのは一苦労だったかな?」

 

 

 名門シンボリ家のウマ娘を担当しておきながらレースで敗北させてしまったことへの責任感、などという面倒なモノでないことぐらいはシリウスシンボリにも容易に想像できた。

 

 目の前のバカが色々と吹っ切れる前のトレーナーは悪い意味で真面目で優秀で退屈な男でしかなかったし、シンボリルドルフもまた同じように悪い意味で生徒会長として全力だった。

 だがいまは違う。トレーニングや学生生活との向き合い方が真面目であることに変わりはないが、レースを“楽しむ”ということを覚えたふたりの雰囲気は以前とは全くの別物となった。

 

 少なくとも、マスコミ対策のためのウマ娘関係者席が隔離されているからといって──皐月賞という格式あるレースの開催をリンゴ飴を食べながら待つなんて真似は絶対にしなかっただろう。

 

 

「アイネスも悪くねェが……タキオンか?」

 

「フフッ、さすがだなシリウス。コンディションは勿論のこと、仕上がりも見事。だがGⅠレースに出走するウマ娘ならばそれぐらいは当然と言ってもいい。だが今日のアグネスタキオンは実に()()()空気を纏っているだろう? あぁ、実に楽しみだよ」

 

「唇にアメついたまま格好つけてもサマになんねぇぞ」

 

 

 これは失礼とハンカチを取り出したシンボリルドルフをよそにゲートを、そしてそのまま観客席にいる黒ジャージの集団に視線を動かす。

 

 身体能力に秀でたウマ娘の視力でもさすがに遠すぎて表情を確認することはできないが、目的の人物はいまこの瞬間もニヤニヤと楽しそうに笑っていることだろう。

 前哨戦の弥生賞では苛立ちを通り越してすっかり冷めるような走りを見せたのがアグネスタキオンというウマ娘だった。それが今日はどうだ? 理性的な鋭い気配と暴力的な熱量が同居しているではないか。

 

 あのバカがアグネスタキオンになにをしたのかについては当然知らないし興味もない。ただ、中央トレセン学園を好き勝手に引っ掻き回して愉快な遊び場に変えてくれた手腕だけは認めている。

 ならば、きっと今日のレースでも面白いものを見せてくれるに違いない。聞いてもいないのにリンゴへのこだわりについて語りだしたシンボリルドルフに適当な相づちを返しながら、シリウスシンボリはゲートが開く瞬間を心待にしていた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 観客の歓声が遠くへ消えていく。

 

 金属が跳ねる音。

 

 蹄鉄越しに伝わるターフの感触と、風の壁を突き破る衝撃を全身で受け止める。

 

 

 今日も最高のコンセントレーションでスタートダッシュができたとアイネスフウジンは自画自賛しつつ、先頭を奪うために前へ前へと位置取りを上げていく。

 筋肉が充分にほぐれていない状態での加速が脚の負担になることなど知っている、ただ承知の上で勝つために必要だから前に出るというだけのこと。

 

 もっとも、いまのトレセン学園には逃げることしかできないウマ娘たちのために“先駆け走法”なるリスクを抑えつつ前に出る走り方を教えてくれるトレーナーがいるのだが。

 

 

(ライアンちゃんの位置取りはいつもと同じ……より、少し後ろのほうかな? ラストスパートを仕掛けるタイミングが1秒でも遅れると簡単に差し切られちゃうし、なるべく警戒しながら走りたいところなんだけど)

 

 後ろを振り向きたい欲求を気合いで我慢しつつ、アイネスフウジンはもうひとりの要注意ウマ娘であるアグネスタキオンの鋭い気配を背中で感じていた。

 レースの前に特別なにかを宣言されたワケではない。だが言葉にしなくても肌がヒリヒリするほどの気迫を遠慮なしにぶつけられたのでは、よほどの鈍感でもない限り彼女の“無言の勝利宣言”に気づくだろう。

 

 どうやらアグネスタキオンというウマ娘は想像していたほどリアリストではなく、想像よりもずっとロマンチストなのかもしれない。

 

(んー。タキオンさんは駆け引きを仕掛けてくるよりは、自分が状況に合わせるタイプだと思ってたけど……今日の雰囲気だと、どこかでとんでもない爆弾を投げてきそうな気がするの)

 

 普段の生活はともかく、アイネスフウジンのレースは臨機応変とは真逆となる全力前進の一点張りである。それが一番勝率が高い走り方であるし、それが一番楽しい走り方であるし──そんな自分の姿を近くで見ることができた、それだけでトレーナーライセンスを獲得した価値は充分にある。そんなことを言われたのでは、いまさらこのスタイルを変えるワケにはいかないだろう。

 故に、自分の弱点もしっかりと把握している。どうしてもほかの作戦で走るウマ娘に比べて逃げウマ娘は集中力が乱されたときのリカバリーが難しい。そしてレースでは豊富なアルバイト経験で磨かれた洞察力が仇となり、状況の変化に反応()()()()()()()()

 

 

 アグネスタキオンはどう動く? 

 

 

 ほかのウマ娘のリアクションは? 

 

 

 メジロライアンはどこで来る? 

 

 

 あぁ困った、実に困ったものだ。前を向いてレースに勝つことだけに集中しなければならないのに、今日はいったいどんなレースになってしまうのか気になってワクワクを抑えられないのは本当に困った悪いクセだ。

 うん、そう。だからこれは仕方ない。だってアイネスフウジンは逃げが得意なウマ娘なのだから、ペースが乱される前に自分が前に出てレース展開を引っ張ってしまおうと考えるのは間違っていないのだ。

 

 

 ──誰よりも“速い”ウマ娘が勝つのが皐月賞なんでしょ? だったらあたしはあたしにできる最速の走りをするだけなのッ!! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 先頭を走るアイネスフウジンがギアを上げたことで、後続のウマ娘たちも否応なしに加速を要求される。

 逃げウマ娘はスタミナを使い果たして垂れてきたところを追い越せばいい……などという古い常識が通用する相手ではないことを、少なくともターフの上を走っているウマ娘たちは全員が理解しているからだ。

 

(いいよ、やってやろうじゃんッ! 私だって皐月賞を走るためにここにいるんじゃない、皐月賞を勝つためにここにいるんだッ! それで1着が取れるなら、ゴール板の先でブッ倒れたって構うもんかッ!!)

 

 世間の注目が3人のウマ娘に集中していることなど初めから知っていた。能力のある、魅力のあるウマ娘たちが各種メディアを賑わせることなどトレセン学園に入学する前から知っていた。

 いつか自分もスターウマ娘になれるかもしれないと夢を見て、きっと自分ではスターウマ娘どころかバックダンサーにもなれないと現実を見せつけられて……それでも夢を見なかったことにはできなくて、皐月賞の舞台まで意地と根性で這い上がったのだ。

 

 

 勝ちたいと、本気で声にした。

 

 

 メジロライアンにも、アイネスフウジンにも、アグネスタキオンにも勝って皐月賞ウマ娘になりたいのだと、ポラリスのトレーナーに頭を下げた。

 そして次の日にはトレーニングはもちろん、走り方の改善や食事のメニューに至るまでびっしりと書き込まれたノートを渡された。勝てる可能性はとんでもなく低い、それでダメなら皐月賞に関しては運が悪かったと思って諦めろと言われながら。

 

 

 その瞬間、納得してしまった。

 

 

 なるほどね、これはどうしようもなくクセになる。

 

 そりゃあ先輩たちもちょっとやそっと連敗したぐらいじゃブレないワケだわ。

 

 

 勝ち目はない、負けたら運が悪かったと諦めろとまではっきり言っておきながら──目の前のトレーナーは、自分が皐月賞に勝てるウマ娘であると本気で信じている。

 それはきっと、トレーナーとしての信念だったり職業倫理といったような難しい話ではない。もっと表面的で、単純で、だからこそ嘘も飾り気もない真っ直ぐな感情なのだろう。

 

 

 勝ってみせろと、背中を押された。

 

 

 メジロライアンにも、アイネスフウジンにも、アグネスタキオンにも勝って皐月賞ウマ娘になってみせろと行動で示された。

 勝てる可能性はとんでもなく低い、だけど決してゼロではないのだから諦める必要などないとトレーナーは笑いながらノートを差し出したのだ。

 

 ならばとことん燃え尽きてやる、そう決意を新たにウマ娘は脚に力を込めてターフを蹴るが──。

 

 

 

 

 

 

「──さぁ、可能性をッ! 導き出そうじゃないかッ!!」

 

 

 

 

 

 

 現実は、甘くない。

 

 凡人が天才に努力で勝つ創作物はたくさんあるが、中央トレセン学園に集う天才たちは凡人以上に努力を重ねている。生活態度のことで問題児扱いされているアグネスタキオンもまた、レースに関しては真剣そのものなのだ。

 

 大気が、爆ぜる。

 

 ターフが、爆ぜる。

 

 ドコのダレにナニを言われたのかは知らないが、彼女もまた本気で皐月賞を勝つために──いや、アグネスタキオンの本気の走りを純粋に楽しみにしているトレーナーの期待に応えるために。

 あぁチクショウ、これが現実か。わずかな可能性に賭けるしかない凡人では、どれだけ足掻いたところでこんなものか。才能に恵まれたウマ娘がこうやって壁を乗り越えてしまえば、あとはただ置いていかれるだけなのか。

 

 

 まぁ、知っていたが。

 

 

 頭の賢い部分ではちゃんと理解している。自分の勝ち目は完璧に消え去り、今年の皐月賞を勝つのはアグネスタキオンで決定したのだと。

 だがそれは、走ることを止める理由にはならない。仕方ないので皐月賞は譲ってやるとしても、まだ日本ダービーがあり、菊花賞があり、ジャパンカップも天皇賞も、とにかくまだまだGⅠレースの大舞台は続くのだ。

 

 

 今日の自分は負けてやろう。

 

 だが明日の自分は必ず勝つ。

 

 

(可能性を導き出そう、ね。イイコト言うじゃん? だったら私も私の中に眠ってる可能性ってヤツを、信じてやろうじゃんッ!!)

 

 心臓も、脚も、全身が悲鳴をあげそうなほど全力で走っても一方的に遠ざかる背中というモノを何度も見送ってきたウマ娘だが……先頭でゴール板を駆け抜けたアグネスタキオンを見つめるその瞳には、絶望が差し込む隙間など欠片も残されていないほど輝きに満ちていた。




知っていますか? ガイセンモンとメタルグレイモンは似ているようで少し違うんですよ。
ちなみに作者はがんばれゴエモンとかも好きです。4×4=16へぇのからくり卍固めとか。


続きは冷たいスイカの喜びが人々の心に届いたら、次の登場ウマ娘は極悪非道トレーナーの遊び場に迷い込んでしまった哀れな新入生モブウマ娘になります。


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いきり。

スイカは内側が甘くて美味しいのですが、自分は外側の甘さ控えめでザクザクする部分のほうが好みですね。さすがに白いところまではかじりませんが。


「おい貴様、今度開催される新入生向けのオリエンテーションを手伝え。チーム・個人問わずトレーナーの指導がどういったものか体験してもらうという催しだ。どうせ貴様はヒマを……いや、ヒマ……? うん、ヒマだろう?」

 

 なぜ自分のようなトレーナー不適合者を新入生という大事な未来のスターウマ娘に近づけようなどと考えることができるのか、そもそも普段の聡明さが台無しになるレベルで歯切れが悪くなるほど嫌ならば誘わなければ良いだろうに。

 エアグルーヴの態度を少しだけ不審に思いつつも、指摘された通り中央トレセン学園どころか世界で最も暇をもて余しているトレーナーは自分であるとあずきバー並みに強固な確信を持っている貴方は彼女の提案について詳しい説明を受けることにしました。

 

 

 どうやら近年の重賞レースにて、トレーナーと担当契約を交わしていないウマ娘たちが活躍している影響がついに表に出始めているとのこと。

 自分らしく楽しそうに走る先輩ウマ娘たちの姿に憧れた新入生たちの中には、少数ながら最初から単独で登録を希望する者までいると言うのです。

 

 そんなもの、まともなトレーナーの指導を受けているウマ娘と1度勝負させれば簡単に勘違いを修正できるはずだが……と。悪役らしい暴力的な解決方法を即座に閃いた貴方でしたが、中央トレセン学園はアスリートを鍛える場所であると同時に教育機関であることも忘れてはいけないと考えを改めました。

 

 凡人の心をへし折り優秀なウマ娘だけを選抜するのは簡単なことかもしれません。しかし中央トレセン学園は明日のGⅠウマ娘を目指して邁進する学生たちを育てるための場所なのです。

 むしろ自分のことを才能に乏しいと思い込んでいるウマ娘こそ積極的にスカウトしてやる、それぐらいの意気込みがなければトレーナーを名乗るなど言語道断というもの。

 

 

 もちろん金儲けと自分が楽しむことしか頭になく、才能のあるウマ娘だけを選別して取り引きでそれらしく指導の真似事をしているつもりの貴方には全く無関係な価値観でしょう。

 チート転生者にして悪徳守銭奴トレーナーである貴方の選定基準はアヌビス神もラーの天秤をそっと片付けて見守るレベルで厳しく、暗闇の荒野に自らの意思で1歩目を踏み出せるウマ娘にしか興味がありません。

 

 具体例としては、学園で最も邪悪なトレーナー相手にレースで勝つためのトレーニングプランを要求するといったハイリスクでありながらリターンの少ない勇気と言うよりは無謀とも言える試みに挑めるようなウマ娘ぐらいでなければ取り引きには応じません。

 

 

「気持ちはわからんでもないけどなぁ。新入生や~言うても、地元では負け知らずの鼻っ柱が強い連中が集まっとるワケやろ? ほな自分もひとりでGⅠ獲ったるわ~ってなるのもしゃあないっちゅうか……いや良くはないけどな?」

 

「その通りです。結果的に単独出走することになってしまうのならばともかく、最初からというのはさすがに見過ごせません。半端な知識と思い込みでムチャなトレーニングを繰り返し、脚を壊してしまったのでは……」

 

 歪んだ知識で教科書には掲載されていないようなワケのわからないトレーニングを施している悪役トレーナーがまさに目の前にいるんだが。

 もちろん空気を読む能力に自信のある貴方は余計なことは言わずに黙っていますが、トレーナー不在のウマ娘たちがムチャなトレーニングを実行する危険性については同意せざるをえません。

 

 現に、才能に恵まれているにも関わらずなぜか誰もスカウトしないサイレンススズカやアドマイヤベガなど一部のウマ娘たちは夜遅く……それこそ寮の門限ギリギリまでトレーニングを止めようとしないことを貴方は知っているからです。

 

 当然ですが悪役トレーナーである貴方はウマ娘たちの自由意思を尊重してやろうなどという優しさを持ち合わせていません。今夜も愛用のハリセン『菊一文字のりたま』を片手に彼女たちの後頭部を打楽器にする作業が待っていることでしょう。

 日に日にムチャをするウマ娘が増加しているせいでハリセンの消耗が尋常ではありませんが、チート能力を自由自在に使いこなせる貴方にとって新品のハリセンを手作りすることなど作業のうちにも入らないので大丈夫です。

 

 

 しかしなるほど、数々の問題を転生者特有の閃きと推理力を駆使して完璧な悪役ムーヴで乗り越えてきた貴方はエアグルーヴの狙いを見抜くことができたようです。

 どんな形でもいいので、単独出走で活躍しているウマ娘たちもトレーナーの指導を受けている姿を新入生たちに見せることで状況の改善を図るつもりなのだと気づきました。

 

 いやまて。そのトレーナー役を自分が引き受けたのでは逆効果になってしまうのではないか? その程度のことをエアグルーヴほどのウマ娘が見落とすなどあり得ないと知っている貴方は彼女の真意がどこにあるのかと想像を巡らせ──ようとしましたが、ウマ娘のために真面目に物事を考えるのは悪役トレーナーの立ち回りではないと早々に思考を放棄してしまいました。

 

 

 それにしても。

 

 まさか単独出走で活躍しているウマ娘たちに憧れて、トレーナーとの担当契約を軽んじるウマ娘が新入生として中央トレセン学園に入学してくるようなことになるとは。

 まったく、いったいどうしてこんなことになってしまったのやら。もしも新入生ウマ娘たちに悪影響を与えるようなトレーナーが中央トレセン学園に在籍しているのだとしたら、自分の行動を省みて立場と責任というものについて冷静に考えてもらわなければ困るじゃないか。そう言いながら、貴方はわざとらしくやれやれと笑いました。

 

 

 無言のままエアグルーヴが全力射出した案内用の冊子が貴方の顔面に直撃し盛大な炸裂音がルームに響き渡りましたが、日頃の言動が功を奏したのでしょう。貴方のことを心配するウマ娘は誰ひとりとして存在しませんでした。



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いでたち。

 エアグルーヴの提案に素直に賛成するべきか、それとも反対するべきか。

 

 シンプルに考えるのであれば自分には関係ないと協力を拒否するのが悪役トレーナーとして正しい行動であると貴方もちゃんと理解しています。担当契約をしていないウマ娘の頼み事に軽々しく応じるようなトレーナーは悪役の風上にも置けません。

 しかし、それはあくまでシンプルに考えた場合の話。常に悪役トレーナーとして高みを目指し続けている貴方の進むべき道に『妥協』の二文字などあるワケがなく、ここはあえてエアグルーヴの頼みを引き受けることにしました。

 

 もちろん貴方はウマ娘たちのために真面目なトレーニングを実行するつもりなどありません。全ては己の悪名をより確実に、そしてより効率的に広めるための神算鬼謀なのです! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 追放されるために新入生向けのオリエンテーションを利用することを決めた貴方は、事前準備としてまずは服装を整えることにしました。

 

 

 あえてのスーツ姿を選ぶことで、中央トレセン学園の最高権力者である秋川やよい理事長に媚びる破廉恥で情けない男を演出するのも悪くないかもしれません。しかし、冷静に考えてみれば自分のような怪しからん者が近寄れるはずもないと貴方は即座に切り捨てたようです。

 となれば、やはりトレードマークでもある黒ジャージ一択でしょう。大正ロマンスタイルも場違い感があって悪くないのですが、当て付けや嫌がらせの一環で勝負服を着てくるウマ娘がいないとも限らないため却下です。一流の悪役を自負する男として、この程度のリスクマネジメントはできて当然というもの。

 

 

 しかし、いつものように黒ジャージをただ着ているだけでは芸がないかもしれない。そう考えた貴方は小物をいくつか装備することで悪役らしさに磨きをかけることにしたようです。

 

 問題があるとすればひとつだけ。貴方はコーディネートについてほぼ無頓着のまま生きてきたので、こうしたアイテムの使い方に詳しくないということです。

 例えば時計の選び方にしても、貴方にとって時計とは時間を知るための道具であり、余計な機能やデザイン性などは一度も求めたことがありません。それ以外の用途といえば、学生時代に暗器による攻撃を受け止める機会が何度かあったぐらいなものです。

 

 一応、おしゃれ小道具そのものは貴方も所持しています。ですがそれらの品々はお出かけ中に偶然出会したウマ娘たちがノリで選んだ物であるため、悪役トレーナーが身につける物として相応しいかは怪しいところであると貴方は睨んでいます。

 マルゼンスキーが選ぶものは案の定バブリーであり、ダイタクヘリオスが選べばパリピ一直線であり、タニノギムレットの選択はどこまでもギムレットしているため、やはり貴方が求める悪役スタイルには合致しないかもしれません。

 

 

 無難にシンコウウインディが見繕ったフレームが無いタイプのサングラスを装着することに決めた貴方は、今回の追放計画の要となる公開トレーニングの内容について考え始めます。

 

 貴方基準の普通で考えた場合そもそもウマ娘が集まらずトレーニングが成立しないはずですが、今回はエアグルーヴという人望に優れたウマ娘が関係していますので残念ながら空振りは期待できません。

 しかし、なにか特別な事情でもない限り自分のような堂々と仕事をサボり好き勝手に振る舞う人間失格なトレーナーになど関わりたくないし、関わらせたくないと考えるのが道理であり真理。

 

 ならば、いくらエアグルーヴが優秀であろうとも集められるのは取引中のウマ娘に限定されるだろう。これは貴方にとって非常に好都合というものです。

 

 チート能力で確認できるステータスはあくまで参考であり目安でしかありませんが、それでも取引ウマ娘たちの体力と丈夫さと根性が素晴らしい成長を見せているのは紛れもない事実。

 通常のトレーニングはもちろんのことですが、それならばクズトレーナーとして追放されることを重視した出鱈目なトレーニングであってもケガのリスクを限界まで抑えることが可能なのです。

 

 

 ウマ娘にケガはさせない。

 

 ついでに能力も伸ばす。

 

 そして自分は追放される。

 

 

 全てを同時にやらなくてはならないのがチート転生トレーナーである貴方の辛いところかもしれませんが、どのような結果に落ち着いたとしても貴方にとっては常に完璧な結果として反映されるため実質的な成功率は100パーセントなので心配することはなにもありません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 数日後。

 

 とても優れたプロファイリングで予測した通り、ターフには貴方と取り引きをしたことがあるウマ娘ばかりが集まっています。

 あらゆる事象が自分の手のひらの上で転がっているという事実に悪役として高笑いしたい気分ではありますが、今日の貴方は新入生向けにトレーナーのフリをしなければなりませんので強靭な意志力でそれらの感情はしっかりとコントロールすることにしましょう。

 

 

 さて、肝心のトレーニングの内容が気になるところですが、貴方が考えた神の一手は“とにかく限界ギリギリまで走り続ける”というスポーツ医学を真っ向両断するようなものでした。

 己の限界がどこにあるのかをしっかりと把握することは日々のトレーニングはもちろん、レース中のペース配分やラストスパートを仕掛けるときの精神的支柱にもなるため決して無意味ではありません。

 

 しかし文明社会で育ち科学的なトレーニングに慣れ親しんでいるウマ娘たちにとって、こうした根性論を全面的に押し出したトレーニングはそれだけで強いストレスになることは間違いなし! 今日も貴方のヘイトコントロールは追放に向けて豪華絢爛なバレルロールを披露しているようですね! 

 

 

 貴方の説明を聞いていたウマ娘の反応ですが、当然の権利のように不平不満が飛び出す──と予測していたものの、どうやらリタイアしたウマ娘を投げ込むために貴方がチート能力を駆使して用意した巨大ビニールプール(すべり台付属)が気になってそれどころではないようです。



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いきなり。

 同じデザインの色違いジャージなウマ娘が集う光景はなかなか見応えがありますが、そんなことよりも貴方は首謀者として今回のトレーニングの説明をしなければなりません。

 といっても、やることはそれぞれのウマ娘が限界ギリギリまで走り続けるだけ。自分の限界を知り、そこに近づくことでパフォーマンスがどう変化をするのか知ることでレースに備えようというだけの話です。

 

 チラリと周囲を見渡せば、なにを期待してやってきたのかわかりませんが新入生ウマ娘たちもそれなりの人数が集まっています。

 

 そういえば、見学だけでなく体験もしてもらうとエアグルーヴが言っていたな。積極的に参加を促すのは悪役トレーナーとしては微妙なラインであると判断した貴方は、新入生ウマ娘たちに参加しても参加しなくてもよいという曖昧な言葉をかけて場を濁すことにしたようです。

 あとのことはエアグルーヴに丸投げしておけば上手く誘導してくれるはず。そう考えた貴方はコースから離れプールの横まで移動しようとして──念のため、参加しているウマ娘たちに「頭スズカにならないように」とだけ注意喚起を行いました。

 

 

「え。……え? ねぇフクキタル、いまトレーナーさん私の頭がどうとかって言わなかった? それに、なんでみんなも当たり前のように元気よく返事してるの?」

 

「スズカさんは気にしなくても大丈夫ですよ~。いえ、ホントは少しぐらい気をつけて欲しいところではあるんですが、たぶんトレーナーさんも諦めてるっぽいので大丈夫ですッ!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 大勢のウマ娘が一斉に走り出す。それも限界に挑むリスキーなトレーニングですが、今回は貴方ひとりではなくスカウトされていったウマ娘たちのトレーナーも参加しているため安全対策にはかなりの余裕があります。

 間違いなく大切な愛バが台無しにされることを防ぐための監視役であると貴方は確信していますが、利用できるなら敵でも活用してこそ一流の悪役。給水の用意から応急手当の備えまで、存分にこき使わせてもらうことにしました。

 

 ついでに、走っている最中に頭から水を被りたくなるウマ娘も出てくるかもしれないな……と呟いたところ、整備スタッフの皆さんが「こんなこともあろうかとッ!」と威勢のいい掛け声でバケツと水桶を用意してくれています。

 さすがは中央トレセン学園の超一流スタッフ、クズトレーナーに酷使される運命にあるウマ娘たちを助けるための行動には一切の躊躇いが無いようです。

 

 

 

 

 

 

「と、とれ……とれぇ~なぁぁ……ターボ、もう、げん……かい、だもん……」

 

 開始からしばらく。案の定、最初に限界を迎えたのはツインターボでした。

 

 そりゃあラストスパートの勢いで一周すればスタミナ使い果たすわ。むしろよく帰ってこれたと感心して褒めてやりたいぐらいですが、追放を目指す悪役トレーナーとしての尊厳を守るためにはツインターボのようなウマ娘に欠片ほどでも好意を持たれるワケにはいきません。

 さすがに勢いのままターフに倒れたのでは危ないので、そこは貴方もちゃんと受け止めます。しかしここからが前代未聞の大悪党である貴方の真骨頂! 油断してニパッと笑うツインターボを抱き上げて──。

 

 

「……へ? ちょ、トレッ!? もぉぉぉぉんッ!?」

 

 

 そのままプールへ投げ込みましたッ! 

 

 とある怪盗三世の芸術的なダイブを参考に、チート能力をフル活用した物理演算により導きだした完璧な遠投は汚れた蹄鉄シューズだけが見事に脱げた状態での着水に成功します。

 そして再びターフへ振り返った貴方は、突然の出来事に驚き走る速度を緩めたウマ娘たちを見渡して不敵な笑みを浮かべています。限界を読み間違えれば、お前たちもこうなるぞと無言の圧力を添えて。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「あはッ♪ キミは本当に自由なヒトだね~。なら、遠慮なく──トレーナーッ! レシーブよろしくッ! ヤッホォォォォッ!!」

 

「むむッ! シービーやるじゃんッ! トレーナーッ! ボクだってアレぐらいできるもんねッ! テイオージャァァァァンプッ!!」

 

「トレーナーちゃんッ! マヤも、テイクオーフッ!! きゃ~♪」

 

「トレーナーさん!? あの、私はまだ平気ですからその、いえ本当に大丈夫で──ウソでしょぉぉぉぉッ!?」

 

「あーっはっはっはッ! トレーナーに投げられて飛翔してもやはり美しいボォォォォクッ!!」

 

「ちょッ!? トレ公ッ!? いや、ヒシアマ姐さんはこの程度じゃへばらないからッ! その、待ってッ! 汗とか、だから──おわぁぁぁぁッ!?」

 

「オイ待てッ! 自分の限界ぐらい見極めて──テイオーが呼んでるからついでって、おまッ! ふざけッ!? テメェェェェッ!?」

 

「いや押すなしッ! フリじゃねーってばッ! ネイルは水に強いヤツやっとけってこういう意味とか、マジでワケわかんねーしッ! いやだからぁぁぁぁッ!?」

 

「待って、ちょっと待ってヘリオスッ! いや、ホラ、これでも一応メジロのウマ娘としてのアレとかコレがひゃぁぁぁぁッ!?」

 

「トレピィィィィッ!! ウェェェェェェェェイッ!!」

 

 

 取り引きした覚えの無い世紀末覇王や赫々たる天狼や波乱の逃げウマ娘が混ざっていたような気もしますが、最後の気力を振り絞りささやかな抵抗として空元気を演出しているウマ娘たちを貴方は予定どおり次々とプールへ投げ込みます。

 まさに現場は阿鼻叫喚! 最高速度や加速力という部分で限界まで体力も気力も削りながら走っていたウマ娘たちは、冷静にクールダウンへと移行していた者以外は全員がずぶ濡れになってしまいました。

 

 そしてターフには、持久力や観察力といった時間を使って限界を測る必要がある部分を鍛えたいウマ娘たちと、とにかく先輩ウマ娘たちよりも1秒でも長く走ることで自尊心を満たしたい新入生ウマ娘だけが残っています。

 さすがにその辺りをプールへ投げ込むのは難しいかもしれない。だが、それならそれでどうにか彼女たちを利用してヘイトコントロールができないものかと貴方はターフを走るウマ娘たちを観察していましたが──見事、なかなか都合の良さそうなウマ娘をひとり発見します。

 

 

 それはとある新入生ウマ娘のひとり。チート能力でステータスを覗き見れば、中央トレセン学園に入学するウマ娘にしては合格ラインのギリギリといったところ。

 

 

 そうだ、あのウマ娘を利用してやろう。すでに脚のほうは鈍っているものの、リタイアするタイミングを逃してターフから降りるに降りられずにいるあのウマ娘に罵詈雑言を浴びせてやればいい。

 健気に努力する者を上から目線で扱き下ろす。悪役としては古典的ではありますが、王道であるが故に万人向けのクズ指導者アピールが簡単に狙えるため、ほぼ100パーセント取り扱いを間違えることのない名案でしょう。

 

 

 その新入生ウマ娘の心がそれで折れてしまうのでは? ということだけが懸念材料かもしれませんが心配は無用というもの。

 何故なら追放のための悪役ムーヴで圧倒的かつ奇跡的な実績を誇る貴方が、その新入生ウマ娘の瞳の奥で燻っている灼熱の揺らめきを見逃すことなどあり得ないからです。



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いつもの。

 ターフを走り続けている在校生ウマ娘たちも、苦しそうに走る新入生ウマ娘のことは気になっている様子。しかしここで声をかけて優しくリタイアを促すことが本人のためにはならないと知っているのでしょう。

 何故か貴方のことをチラチラ見ているものの、在校生ウマ娘たちはその新入生ウマ娘に対してアクションを起こすことを断腸の思いで我慢しているようです。

 

 安易に表面的な手助けをするのではなく、それが本当に本人のためになるかを考えて、ときには厳しく見える対応を選ぶことができる。

 学生アスリートでありながら見事な精神性が育っていることに、さすが中央トレセン学園の教育者は素晴らしい人格者がいるのだなと貴方は満足してるようです。

 

 

 そんな模範的教育者とは真逆であるダメな大人として行動する必要がある貴方は、リタイアしたウマ娘たちにちゃんと水分補給をして休息するよう注意を促す役目をニシノフラワーに託してターフに近づきました。

 

 

 これをただの持久走と勘違いしている新入生ウマ娘たちは比較的余裕が残っているのか、ペースが落ちてヘロヘロな走り方をしているウマ娘を見て優越感に浸っている者もいるようです。

 なんと哀れな光景だろうと貴方は心の中で“余裕のある”新入生ウマ娘たちに同情していました。下を見て安心したいという心理は理解できますし否定するつもりもありません。ですが常に格上に挑み敗け続けたウマ娘と、常に格下と戦い勝ち続けたウマ娘が同じ条件で走ればどうなるかなど考えるまでもありません。

 

 とはいえ……中には苦しそうに走るウマ娘を放置できない心優しいウマ娘もいるらしく、心配そうに話しかけ手を差し伸べるという感動的な光景が目の前に現れました。

 

 当然、前代未聞の悪役トレーナーである貴方がいる限りそんな優しさなど無意味です。レース場全体に響くほどの怒声にて“甘えるな、お前が自分で始めた勝負の決着を他人の手に委ねるな”と吼えました。

 手を差し伸べていたほうの新入生ウマ娘は驚き戸惑いどうしたらいいのかと混乱していましたが、膝をついてその手を握り返そうとしていたほうの新入生ウマ娘から弱々しくも輪郭には歪みのない意志の輝きが感じられるのが貴方にはわかります。

 

 

 想定通り、新入生ウマ娘は自らの脚で立ち上がり前に進むことを再開しましたが──とても賢い貴方は重要な事実を忘れていたことに気がつきました。

 

 

 そう、このトレーニングには明確なゴールなど存在しないため、あの新入生ウマ娘がどこで区切りをつければいいのかわからず結局ターフを降りることができない可能性があるのです。

 いくら自分が悪役トレーナーであるとはいえ、それで新入生ウマ娘にケガをさせてしまったのでは意味がありません。あくまで円満に追放されるための手段であり、ウマ娘に負担を強いることが目的ではないからです。

 

 貴方はいつの間にか隣に立っていたフジキセキにサングラスを預けると、そのままターフの上に移動して件の新入生ウマ娘が到着するのを待つことにしました。

 すでに在校生ウマ娘も、比較的余裕の残っている新入生ウマ娘たちも区切りをつけてターフからは離れており、残るは歩くよりも遅い速度で走るウマ娘がひとりだけ。

 

 ついには両膝をついて顔を下げてしまいますが、チート能力によるステータス確認ができる貴方は彼女の闘志は尽きておらず、また故障率もゼロであることを知っています。

 立ち上がれないのであれば地面をはってでも、手足が動かないのなら芝に噛み付いてでも身体を引き摺ってここまで来てみせろと情けも容赦も一切含まれていない冷酷無比な罵倒を繰り返すことにためらいはありません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 貴方の言葉に従い、時間はかかりましたが新入生ウマ娘は目の前まで無事たどり着きました。体力も気力も尽き果てた身体を意志の力で奮い起たせ、2本の脚でターフの上にしっかりと屹立してみせると「これでどうだ」と貴方を睨み付けます。

 

 なんと見事な勝負根性でしょう! 新入生にしてここまでタフな精神力を持つウマ娘であれば、遅咲きなれどそれは見事な大輪の花をGⅠレースでも咲かせてくれること間違いなしです!

 これには興味本位で見学に来ていた若手の、あるいは新人トレーナーたちもスカウトしたくてたまらないはず。トゥインクル・シリーズに挑むこの子の未来は約束されたようなものだと貴方は大満足です。

 

 と、そんなふうにいつまでも無邪気に喜んでばかりもいられません。とてもすごく賢い貴方は自分がこのウマ娘になにかひと言かけてやらなければ場がしまらないことをちゃんと察しています。

 どんな言葉がいいものか数瞬ほど悩んだ貴方ですが、ここは適当な名言を盗んで使用してしまえば良いと考えます。大事な場面で他人の言葉を堂々と我が物顔で使うという厚顔無恥の極み、これには取り引きをしているウマ娘たちが一斉に離れていく可能性もあるなと貴方は顔がにやけるのを我慢できそうにありません。

 

 もっともその文言は前世の記憶から引き出したものでありこのウマ娘の世界に存在するかは不明ですが、チート転生者である貴方にとってそんなことは障害になどなりません! 

 

 

 

 

 貴方はニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべて新入生ウマ娘に言いました。勝負と誇りの世界へようこそ、と。

 

 

 

 

 ようやくこのクソのようなトレーニングから解放されるのだと理解したのでしょう、緊張感がゆるんでしまった新入生ウマ娘は自身の身体を支えることができずに倒れてしまいます。

 これで頭などを強く打たれたのでは困ります。貴方は咄嗟に新入生ウマ娘に接近し──初対面で直接肌に触れるのはさすがにマズいと判断し、黒ジャージの上着を脱いで羽織らせるようにしてから身体を抱き上げました。




次回は新入生ウマ娘視点です。


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『進める者≠進む者』

答え合わせの時間。

だいぶ第3者視点風味。


「聞いたか? オレらのトコのトレーナーも公開トレーニングするんだとよ」

 

「なんでまた? トレちゃんが自分から参加しますなんてゼッテー言わないっしょ?」

 

「ん、あぁ、それグルーヴがね。いつものよーに余計なこと言って、顔面に冊子投げられてた」

 

「アイツいっつもウマ娘から顔になんか投げられてんな。自業自得だけど。……つーか、新入生見てんのに平常運転が過ぎンだろ。どんだけマイペースなんだあのアホは」

 

 

 中央トレセン学園の、とあるレース場にて。

 

 給水所を設営するのは理解できる。アスリートにとって水分補給は大事なことだから。

 しかし謎の巨大プールが設営されているのはまるで意味がわからない。トレーニング後のクールダウンのために用意したのだとしても、すべり台まで設置する必要性など皆無である。

 

 こうしてアホトレーナーの奇行に慣れているはずの非公式チーム・ポラリスのメンバーでさえ困惑しているのだ、興味本位でレース場にやってきた新入生ウマ娘や新人トレーナーたちなど全く意味がわからないだろう。

 

 

 

 

「おーし、それじゃあ公開トレーニングを始めるぞー。先に言っておくが、これはあくまでお前たちウマ娘の自由意思で参加するものだ。俺はなにも強要しねぇ。走りたいヤツが勝手にコースに入って走ればいいってだけの話だ」

 

「アイ・コピー♪ つまりいつも通りってことだね!」

 

「うん? そんなこと……あるか、うん。よくよく考えたら普段もお前ら勝手に走ってるだけだしな。──なんだテメェら、急に悟りを開いたみてぇな顔して」

 

「トレーナーは気にしなくて大丈夫なの。それで、具体的にはなにをするの?」

 

「なぁに、難しいことなんてしねぇよ。ただ──限界まで走ってもらうだけだ」

 

 

 

 

「おいおい。ミスターシービーが参加しているぐらいだから、どれほどのトレーナーが指導するのかと思っていたが……まさか担当ウマ娘すらいない最低評価のトレーナーがこの場を仕切るのかよ」

 

「つまり三冠ウマ娘は本人の才能によるもの、か。やっぱり天才ってヤツは特別なんだろうさ。羨ましいもんだねぇ、あんなふざけたトレーナーでも才能のあるウマ娘にさえ好かれりゃGⅠだって簡単に取れるってワケだ」

 

「周囲にいるほかのトレーナーたちも反対しないあたり、トゥインクル・シリーズでは未だに精神論による指導がまかり通っているのでしょう。これでは長くジャパンカップで海外のウマ娘に勝てなかったのも納得ですよ」

 

「あの逃げウマ娘もあれだけの才能に恵まれていたんです、私たちの世代でまともな指導を受けていれば引退なんてせずに済んだかもしれないのに……なんてもったいないことを……」

 

 その言葉に最初に反応したのは新人のトレーナーたちであった。

 

 中央トレセン学園には国内でも最高クラスのトレーニング機器が揃っているというのに“限界まで走る”などという前時代的なトレーニングをしようというのだ、呆れなど通り越して憤りさえ感じている者もいる。

 

 

 

 

 そしてそれは、ミスターシービーやマルゼンスキーなどのスターウマ娘たちの姿を見るために集まった新入生ウマ娘たちも同様であった。

 特に優秀な成績で入学したウマ娘、あるいは幼いころから専門的な指導を受けてきたウマ娘のように『持つ者』に分類されるであろうウマ娘ほど顕著である。トレーニングとは効率を考えて行うもの、そんなことはスポーツの世界で上を目指す者にとっては常識だからだ。

 

「信じられませんね。なぜあんなトレーナーの指導をGⅠウマ娘の先輩たちが受けているのか、理解できません。あれなら授業で指導してくださる教官の皆さんのほうが何倍もトレーナーとして優秀ですよ」

 

「いやいや、アレがマジなトレーニングのワケないじゃん。そもそもセンパイたちって担当契約してないんでしょ? 公開トレーニングって言ってるけど、要は息抜きみたいなもんなんじゃない?」

 

「そうだよね~。さすがに……だってプールまであるんだし、重賞を勝てるぐらいの先輩たちだもん、レクリエーションとか、息抜きだって必要だよ……ねぇ?」

 

「あ~、もしかしてアレかな。公開トレーニングはあたしらも参加していいって言われてるし、先輩たちとの交流会的な感じでやってくれてるとか」

 

 非科学的な、根性などという数値化できないモノに頼るようなトレーニングを中央トレセン学園の──それも三冠ウマ娘を含めたGⅠウマ娘たちが本気で取り組むワケがない。

 ならばこの公開トレーニングには、もっと別の目的があるに違いない。指導をしているトレーナーの許可を得られれば、新入生の自分たちも参加して良いと説明されたことを加味して考えるなら……これは、きっと遊びなのだ。新入生ウマ娘を歓迎するための、先輩たちのちょっとした悪ふざけなのだろう。

 

 ならば、遠慮なく甘えさせてもらうとしよう。平然と時代遅れな根性論トレーニングを口にしたあのトレーナーに興味はないが、あのミスターシービーやマルゼンスキーと併走できる貴重な機会を逃す手はない。

 誰かが動けば、周囲も動く。そうか、これは公開トレーニングという名目の交流会のようなものなのだという認識は簡単に新入生ウマ娘たちの間に広がり、参加の許可を求めてコースへと近づいていく。

 

 

 

 

「GⅠウマ娘の先輩たちの走りを間近で体験できるのか~。どんな感じなのかな、楽しみだなぁ」

 

「そりゃあ、やっぱりスターウマ娘だもん。未勝利戦やオープン戦で止まってるようなウマ娘とは全然──あ、ホラ見てあの子」

 

「うわ、いかにも本気ですって雰囲気になってるし。気持ちはわからなくもないけど、こんなお遊びの併走に参加したぐらいじゃなにも変わんないって」

 

 気安い雰囲気の新入生ウマ娘たちの中に、ひとりだけ明らかに真剣な表情のウマ娘がいた。

 

 そのウマ娘は授業でも模擬レースでも常に最下位をキープしている、いわゆる“ダメなほうの意味で注目されている”ウマ娘だった。

 こうして中央トレセン学園に入学している時点でそれなりの才能はあるのだろう。だが、それだけだ。自分より強いウマ娘には、走るための能力に恵まれたウマ娘には努力だけでは勝てない。それがレースの世界の現実なのだ。

 

 

(うーん。同じクラスの子だし、がんばり屋なのは知ってるけど……どうせGⅠレースで活躍できるウマ娘なんて限られた天才だけなんだから、割りきって学園生活を楽しめばいいのに)

 

 入学してから実力の差を思い知るまでは早かった。中央トレセン学園に合格した自分は特別なウマ娘なのだという浅はかな考えは、本物のエリートたちの走りを見た瞬間に廃棄した。同じ新入生とは思えない、背中を追おうなどとは到底思えない走りを見た瞬間に。

 彼女たちの態度や発言になにも感じないワケではないが、彼女たちにはそれが許されるだけの実力がある。それに、別に校則違反もしていなければ嫌がらせをされたりもしていない。それで文句をつけるのは筋違いというものだ。

 

 

 そうだ、凡人は凡人なりにレースを楽しみ学園での生活を楽しめばいい。叶わない夢を追いかけるのは時間の無駄でしかない。

 せっかく苦労して中央トレセン学園に入学できたのに、身の丈に合わないムリをして怪我をしたのではもったいないじゃないか。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

「なんか見学者多いな? いや、別にいいけどさ。オイ、ルーキーども。一緒に走りたいなら勝手に交ざれ、見てるだけでいいなら適当にその辺に座っとけ。……よし。エアグルーヴ、あとは任せた。お前なら上手いこと誘導してやれんだろ。なんかトラブルあったら、そんときは俺の名前出しときゃそれでいい」

 

「つまりいつも通りということだな。まぁ、新入生の面倒を見るのも生徒会の仕事だ。それぐらいは引き受けよう」

 

「あぁ、それと──在校生諸君。こんなことわざわざ言うまでもないと思うが……まさか限界まで走るってことの意味を勘違いしてるヤツなんかいねぇよなァ?」

 

「大丈夫だよトレーナーッ!! ターボ、スピードの先の先の向こう側までギュンギュンに走ってみせるもんッ!! だれも追いつけないぐらい、サイコーの速さでッ!! 限界って、そういうことでしょ?」

 

「うんうん、お前は本当に急に賢くなるなぁ。煽るチャンスも潰されちゃって俺ビックリだよ。ホレ、ご褒美に俺がお世話になってる横丁の大家さんのお父さんがお土産に持ってきてくれた怪しいアメをやろう。ちゃんと無害にしたから安心して食うがいい」

 

「わーい♪ ヘンなあじー♪」

 

「ま、そういうこったからよ。ツインターボ先生の仰る通り、なにを以て限界とするかはお前たちが自分で決めろ。最高速度の自己ベストを塗り替えるのか、それとも定番の持久力を限界まで試すのか。瞬間の加速に全てをブッ込んでもいいし、大勢走るのを利用して判断力をとことん鍛えたっていい。なんなら、ただひたすら根性任せに走ったって構わねぇ」

 

「トレーナー、ゴルシちゃんポッキーのチョコとスティックの完全分離の限界に挑戦してもいーい?」

 

「おー、好きにしろ。世の中なにがレースやトレーニングのヒントに繋がるかわかんねぇからな。とにかく、なんでもいいから限界の1歩先に踏み込め。そうじゃなきゃ、現状維持されるだけで成長なんかするワケねぇ」

 

 

(うーん、悪いヒトじゃなさそうだけど……やっぱり精神論は好きになれないなぁ。重賞レースを勝ったウマ娘が指導を受けにきてるから、それが正しいって思い込んじゃってるタイプかなー? あー、でも……もしかして、コレ案外私にもチャンスがあるんじゃない?)

 

 GⅠレースを含めた重賞レースで活躍していながら、中央トレセン学園からもURAからも一切のアナウンスが無い、謎の黒いジャージ姿のウマ娘たち。

 いったいどんなトレーニングをしているのか気になっていたが、フタを開けてみればまさかの精神論トレーナーの指導を受けているという事実。

 

 そんな時代遅れのトレーニングをしていながらGⅠレースに勝てるなら──ちゃんと科学と医学に基づいた知識で指導してくれるトレーナーと担当契約をしてトレーニングを続けていれば、自分だってそれなりの活躍ができるかもしれない。

 

 もちろん日本ダービーや有マ記念などのGⅠレースに勝ちたい、といった身の程知らずな夢を追いかけるつもりは新入生ウマ娘には全く無い。

 ミスターシービーやシンボリルドルフなどのスターウマ娘に憧れる気持ちに嘘はないが、それはあくまでコースの外側での話だ。なにも知らない子どもならばともかく、なんでわざわざ天才相手に勝てない勝負を挑む必要があるのか。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 アタマスズカという単語がどういった意味の合言葉なのかはわからなかったが、ともかくGⅠウマ娘たちとの持久走が始まった。

 

 精神論の是非はともかく、レースを走るためにスタミナが必要なのは事実である。それにひとりで黙々と走り込みをするよりは、こうして大勢で一緒に走るほうがモチベーションも維持しやすいだろう。

 根性がどうとか限界がなんだとか旧い価値観を気にしなければ、それほど悪くないトレーニングかもしれない。ちゃんと水分補給の用意や早い段階でリタイアした者が休憩するためのスペースも確保してあるのも、新入生ウマ娘たちには評価できるポイントだった。

 

 開幕から中等部らしき小柄なウマ娘が全力で駆け出して、当然のようにバテたところをあのトレーナーがプールに投げ込んだときには驚きもしたが……それに続くウマ娘たちの様子を見る限り、彼のトレーナーとしての力量はともかく慕われていることだけは理解できる。

 

 

 そして。

 

 

(……ッ!? すごッ、全然違う……ッ! 走り方、私たちとは、別モノ……ッ! 速い、というよりッ! なん、だろ……キレイ、と、いうかッ! 巧い……ッ!)

 

 感動と、そして納得。

 

 レースで走っているのを、ただ外側から見ているだけではわからないことがある。頭では、理屈ではそんなことは当たり前だろうと理解しているつもりだった。

 

 だが実際に体験してみればまるで違う。

 

 特になにか理由があったワケでもない。ただ、なんとなく目の前にいたから、興味本位で黒いジャージのウマ娘の後ろを追いかけるように走ってみただけ。

 そんな軽い気持ちで、なにか参考になるようなモノが得られればラッキーぐらいの感覚で追走していた新入生ウマ娘だったが……気がつけば、夢中になって前を走るウマ娘の背中を追いかけていた。

 

 相手もそのことに気がついているのだろう、ときどきこちらの様子を確認しながらスピードを調整して走ってくれていた。

 経験の浅い自分でもわかる。ついてこいと、この走り方を吸収してモノにしてみせろと言われている。直線で、コーナーで、脚の使い方や身体の傾け方、加速のタイミングなど……教科書を読むだけでは、ただ授業を受けているだけでは知ることができなかったであろう技術。

 

 

 それを彼女たちは──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 担当契約を必要としないのも納得だ。これだけの走りができるのであれば、いちいちトレーナーの命令に従うなど面倒なだけでしかない。

 それならば……と。彼女たちに走り方を教わることができるのであれば、自分もわざわざ担当トレーナーを探さなくてもいいのではないかという考えが新入生ウマ娘たちの中で燻り始めた。

 

 名門と呼ばれるトレーナーの担当ウマ娘になれる者は限られている。

 

 実績の無いトレーナーでは()()()()のレースですら走れるかわからない。

 

 単独出走のウマ娘が重賞レースに勝利し、GⅠレースに勝利し、クラシック三冠に勝利し、ついには凱旋門ウマ娘を含む世界中から集ったスターウマ娘に勝利したときからSNSなどで囁かれていた『ウマ娘のレースにトレーナーの存在は本当に必要なのか?』という問い掛けは、レースの世界に憧れる次世代のウマ娘たちの価値観に静かに染み込んでいたのだ。

 

 体調管理? 自分の身体の不調が自分で理解できないワケがない。むしろ、無責任に「まだやれる!」なんて無理をさせられて怪我をしてしまうかもしれない。

 

 事務手続き? そんなことは学園の事務員の人たちに聞けば済む話だ。トレセン学園で生活をしているのにレースの日程を間違えるウマ娘なんているはずがない。

 

 移動。公共交通サービスがいくらでもある。

 

 食事。授業で習うしネットで調べてもいい。

 

 睡眠。これも情報はいくらでも手に入る。

 

 わざわざトレーナーに頼らなくても、それぐらいのことはウマ娘だけでもできるじゃないか……と。顔も名前もわからない連中が無責任にネットで盛り上がっていた影響を、新入生ウマ娘たちは大なり小なり受けている。

 ただ漠然と担当トレーナーを求めるのではなく、その必要性と真剣に向き合わなければならないのではないか? そんな考え方を“意識の高さ”として受け止めていたところに、こうして単独出走で活躍するウマ娘の見事な走りを体験してしまったのだ。新入生ウマ娘たちが自分もそれに続きたいと憧れるのも仕方ないことだろう。

 

 

 ◇◆◇◆

 

 

 ターフに残る在校生ウマ娘の人数は減っているが、新入生ウマ娘たちにリタイアした者はまだひとりもいない。

 彼女たちは1秒でも長く走り、少しでも先輩たちに認められる必要があると信じて走っていた。

 

 単独で、トレーナーの力を借りずとも重賞で活躍できるウマ娘たちの指導を受けることができたなら。

 あるいは、あの黒ジャージのトレーナーに気に入られることで、ミスターシービーやマルゼンスキーのようなスターウマ娘たちとの繋がりが得られるかもしれない。

 

 納得できる価値があるなら、この精神論トレーニングにも意味がある。

 

 とにかく“走れるウマ娘”であることをアピールすればいい。具体的なタイムを指定されたり、筋力などの数値化できるものを求められるよりはずっと楽な作業だ。

 そうだ、根性を見せるのなんて簡単なことなのだ。ただ疲れるまで真面目に走ればいいだけなのだから。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 しかし。

 

 そんな単純なことでさえも、躓いてしまう者はいるらしい。

 

 

(うわぁ、あの子もう完全にグロッキーじゃん。えぇ……? どうしたらいいのかな? 先輩たちは素通りしちゃうし、さすがに私までスルーしちゃうのはダメだよね……?)

 

 誰が見ても限界だとわかる。歯を食い縛り、なんとか倒れないようにと頑張ってはいるがそれだけだ。もはや走ることすらできなくなっている、新入生の中でも落ちこぼれのウマ娘。

 誰かひとりぐらい止めてあげればいいのに、どうして誰も動こうとしないのか。在校生ウマ娘たちも、黒いジャージのトレーナーも、周囲でサポート役をしているトレーナーたちも、見学に来ている新人トレーナーたちでさえなにか喋っているが動こうとする者はいない。

 

 レースならともかく、これはただのトレーニングなのだ。先輩ウマ娘たちに認めてもらいたい気持ちはあるが、この“可哀想な”ウマ娘を見捨てるのも後味が悪い。

 そんな想いから新入生ウマ娘は手を差し伸べる。相手もそれに気づいたのか、悔しそうにしながらもどこか安心したような雰囲気で手を伸ばし──。

 

 

 

 

「甘えンなァッ!!」

 

 

 

 

 びくりッ、と。その手を引き戻した。

 

 

「言ったはずだッ! 限界まで走れとッ! そこで止まればテメェはこれからずっと過去の自分に敗け続けることになるぞッ! なにを思ってこのターフに立ったのかは知らねぇが、テメェの脚で走り出したんだろッ! なら決着はテメェの脚でつけろッ!! それができないなら、他人にテメェの走る意味を委ねるくらいなら、その場で潔く倒れてろッ!!」

 

 

「な──ッ!? いくらなんでも、そんな言い方しなくたって」

 

「……ゴメン、ありがと。あとは大丈夫だから」

 

「え?」

 

「アタシは、まだ、大丈夫だから。邪魔してゴメン。先に、行ってていいよ。置いていかれるのには、慣れてるから」

 

「いや、でも……でも、やっぱりダメだよッ! これ以上ムリしたらホントに怪我しちゃうよッ!」

 

「脚は、遅いけどさ……頑丈さには、自信、あるんだ。だからヘーキ。まだ、進める。自分の脚で、アタシはまだ……自分で、進めるんだ……ッ!!」

 

 できるワケがない。知識も経験も足りていない自分でさえも限界だとわかるのだから、本人だってもう走れないと理解しているはずなのに。

 いや。もしかしたら、同じ新入生だから聞き入れられないのかもしれない。あの黒ジャージのトレーナーさえ余計なことさえ言わなければ、この子を助けてあげられたかもしれないのに。

 

 唯一の救いは、まだターフには在校生ウマ娘が残っていることだろう。徐々に近づいてくるウマ娘たちが止めてくれれば、これ以上このウマ娘も無意味に苦しまなくてすむ。そう願ったが……。

 

 

 

 

「あのバカが止めねェなら、テメェはまだ走れるってことだ。その辺りの加減に関しては、あのアホはマジでチート野郎だからな」

 

 

「ジブン、事情は知らんけど走るためにトレセン来たんやろ? なら気張りや。練習で本気になれんヤツが本番で勝てるほど、レースの世界は甘くないで~」

 

 

「心配はいりマセーンッ! トレーナーさんは本当にムリしてるウマ娘にはちゃんとBrakeをかけてくれマスからッ! スズカみたいにデースッ!」

 

 

「が、が、学級、委員長としてはッ! ほ、本来なら、止めるべき、なの、かも……しれませんがッ! 己に、勝つと、いう……気持ちはッ! レースでは、大事な、ことッ!! ですからッ!!」

 

 

「ステータス『不屈』を確認。手助けは無用と判断。問題はありません、いまのトレセン学園には限界に挑むウマ娘はたくさんいます。いまの貴女のように」

 

 

「ここにチケットがいたら確実に大騒ぎになっていたな……。キミ、これも貴重な経験だと思って走りきってみるといい。あのトレーナー君の言うことだ、少なくともキミの成長に繋がるのは間違いない」

 

 

 

 

 すれ違いざまにかけられた言葉は、どれもリタイアを促すものではなかった。

 

 もう、どうしようもない。だって自分はちゃんと止めようとしたのに、あのトレーナーや先輩たちがもっと走れと言ってきたんだ。

 これであの子が怪我をしたとしても、自分はなにも悪くない。自分たちが才能に恵まれているからって、他人にも同じように走ることを強要するのが悪いんだ。

 

 これ以上付き合ってはいられないと、新入生ウマ娘は見切りをつけてターフから離れると──いつの間にかターフの上に移動したトレーナーが、膝をついたウマ娘をさらに煽り始めた。走れないのなら、立てないのであれば這ってでも前に進めと。

 異常だ、どうかしている。最早、精神論がどうこうなんてレベルじゃない。これではただの晒し者と同じじゃないか。あのトレーナーだけじゃない、これを止めようとしない周囲のトレーナーも、在校生ウマ娘たちもどうかしている。

 

 

 そう思いながらも──新入生ウマ娘は、ターフを這うそのウマ娘から目を離すことができなかった。

 

 

 クスクスと笑っていたエリート組の新入生ウマ娘たちも、ヒソヒソと批判をしていた新人トレーナーたちも、いまは全員がすっかり黙っている。

 否。黙るしかなかった。あの黒ジャージのトレーナーが放つ気迫が外野を全て黙らせた。ターフを這いながら進み続けるウマ娘を──彼女の『走り』を邪魔する者は何人たりとも決して許さないという無言のプレッシャーに逆らえないのだ。

 

 

 

 

 

 

「これで……どう、だァ……ッ!!」

 

 

 

 

 

 

 ウマ娘がトレーナーの前に立つ。

 

 走りきってみせたぞ、と。

 

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

「──勝負と誇りの世界へ、ようこそ」

 

 

 

 

 

 

 そう言いながら、倒れそうになったウマ娘をトレーナーが支える。自分が着ていたジャージを羽織らせ、まるで宝物でも扱うかのように慎重に、大切に、愛おしそうに。

 その瞬間、その場に居た者たちは理解した。それはもちろん、彼女の限界に挑む過酷なトレーニングがようやく終わったことを……などではない。たったいま始まったのだ。彼女にとってのトゥインクル・シリーズが。

 

 

「こーゆー言い方すんのはゴルシちゃんの趣味とはちぃ~っとばかり違うんだけどよ。まぁアレよ、事実としてな? あのウマ娘がトゥインクル・シリーズで勝つのはつまようじ畑からコインランドリーを収穫する並みに難しいワケ」

 

 いつからそこにいたのか。ずぶ濡れの黒ジャージを着たままの芦毛のウマ娘が、スティック状のチョコを咥えたまま新入生ウマ娘の側で語り始めた。

 

「もしかしなくても、ずっと未勝利戦を走りっぱなしで終わるかもしれねぇ。1度も勝てないどころか、入着すらできないままトレセン学園を去ることになるかもしれねぇ。ま、残酷だけどレースの世界ってな結果が全てみたいなとこあるからしゃーないわな。とか言っといてなんだけど、よ? お利口さんなルーキーちゃんたちや、お賢いトレーナー先生方には難しい話かもしれねぇが──」

 

 

 芦毛のウマ娘がこちらへ振り返る。

 

 

 

 

 

 

「理屈だけで勝敗が決まっちまうほど、レースの世界ってのは退屈じゃねぇんだわ。特に、いまの中央はな」

 

 

 

 

 

 

 ぞくり、と。

 

 それは美しい微笑みであるはずなのに、まるでナイフでも突きつけられたかのような感覚だった。

 

 

「……おいゴルシ、なにやってんだ? あんまりルーキーどもに変なこと吹き込むなよ」

 

「なんだよナカヤマ~。トレセン学園の良心と言われてないこのゴルシ様が、こんな可愛いポニーちゃんたちに挨拶代わりのウェルカム黒コショウを叩きつけるとでも思ってんのか?」

 

「ゴルシならともかく、お遊びでもゴールドシップってウマ娘が睨んだらルーキーども相手じゃシャレにならねぇだろ。ホレ、トレーナーも無事ゴキゲンな原石を見つけたことだし、もう公開トレーニングも終わりだろう」

 

「お、そうだな! じゃあなッ! 期待のルーキーどもッ! 『無事是名バ』って言葉もあることだし、怪我に気をつけて楽しく走れる自分を見つけられるようゴルシちゃんが三女神にしっかり祈っておいてやるぜッ! ……あのプール、あとでルームの外に設置してくんねぇかなぁ~」

 

「ソイツは名案だな。クーラーも悪くないが……あまり便利なモノに頼りすぎると、熱を感じるための大事な感覚が鈍っちまう」

 

 

 ふたりの在校生ウマ娘たちが何事も無かったかのように立ち去るが、残された新入生ウマ娘たちは誰も動くことができなかった。

 

 すでに撤収作業は始まっており、給水設備や休憩所はもちろん巨大なビニールプールも学園のスタッフたちがテキパキと片付け始めていた。色とりどりのジャージを着た在校生ウマ娘たちもそれぞれの担当トレーナーのところに集まっている。

 そして数々の重賞レースで活躍している黒いジャージがトレードマークのウマ娘たちもまた、同じように意識を失ったウマ娘を抱えて運ぶあのトレーナーに従うようにコースを去っていく。まるで彼こそが自分たちの担当トレーナーなのだと言わんばかりの態度で。

 

 ワケが、わからない。

 

 彼女たちはトレーナーの指導を必要としないから、自分たちの力だけでトゥインクル・シリーズを走るために単独で出走登録をしているのではなかったのか。

 あのトレーナーはただの付き添いのようなもので、制度の都合で必要だから一緒に行動しているだけではなかったのか。

 

 混乱したまま新人トレーナーたちのほうへ視線を向ければ、彼ら彼女らもまた動揺しているようだった。

 あんなに才能に溢れたウマ娘たちが、なぜ育成評価が最低のトレーナーなどに従っているのか理解できないといった様子で。

 

 

「どうした? 公開トレーニングはこれで終わりだ、いつまでもコースに残っていないで後始末を済ませて身体を休めろ。アスリートたるもの、休息も疎かにしてはならんからな」

 

「エアグルーヴ、先輩……あの。その……あのトレーナーは、いったい……?」

 

「あぁ……まぁ、そうなるか……。あのたわけを引っ張り出したのは逆効果だったか……? さて、どう説明したらいいものか」

 

 エリート組のひとりが、恐る恐るといった様子で副会長であるエアグルーヴに説明を求める。

 入学式やオリエンテーションで見せた凛々しい態度とは真逆の、腕を組んでうんうんと唸るエアグルーヴの姿は本当に困っているようで……どこか、楽しそうでもあり。

 

「トレーナーとウマ娘にもいろいろとある──いや、これではなにも説明していないのと同じだな。まったく、表に出したらそれはそれで厄介だなあの阿呆は」

 

「えっと」

 

「うん? あぁ、スマンな。どうにも適切な言葉が見つからないというか、私も現状に慣れすぎて客観性に欠けていたらしい。ふむ、そうだな……世の中には立場や肩書きなど関係なく、誰かの夢のために本気になってくれるバカな大人もいる……と、いうことだ」

 

「はぁ……」

 

「む、まだ抽象的過ぎたか……いざ言葉にして説明しようとすると難しいものだな……。まぁ、なんだ……明確な夢など無かったとしても、レースに対する姿勢や意気込みに正解などない。中には賞金目当てだと堂々と公言しているウマ娘もいるぐらいだ。お前たちはお前たちで進みたい道を探せばいい」

 

 

(進みたい道、って言われても……GⅠレースに出られるウマ娘なんて限られてるし、日本ダービーで勝ちたいとか、有マ記念で1着になりたいとか、そんなの……小学生じゃないんだから。叶いっこない夢を口にしたって恥ずかしいだけなんだし、進みたい道じゃなくて、自分でも走れる道を探すのが正解に決まってる……じゃん)

 

 分不相応な夢を追いかけて時間を無駄にするよりも、現実と向き合って等身大の結果を求めるのが賢い選択である。

 自分はなにも間違っていない。本物の才能に恵まれたウマ娘ならばともかく、中央トレセン学園ではその他大勢の平凡なウマ娘にしかなれないのだから“それなり”で満足するべきなのだ。

 

 

 そう己に言い聞かせる新入生ウマ娘だったが……どういうワケか、最後までターフに取り残されていたあの落ちこぼれウマ娘の姿が脳裏から離れなかった。




昔のウイニングポストの攻略本を古本屋で見つけたので、なんとなくパラパラと読んでみたところ。
武豊騎手の顔グラの変化がなんというか……海外で武豊二世(同名の息子)と間違われたというエピソードも納得できるなぁ、と思いました。


続きはオマケを投稿してから、オマケの内容は『姉』『妹』『肉』『炭火』『レンガor爆砕点穴』になります。


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☆焼肉は 汚職議員と 鍋奉行☆

時代はやっぱりダンディーステップ。


 夏。

 

 ウマ娘にとってそれはアスリートとして合宿により集中的に能力を鍛え上げるための季節であり、ひとりの学生としてバケーションを楽しむ季節でもある。

 もちろん夏レースを目標とする者もいるし、あえて練習を控え目にして別のことに勤しむ者もいる。レース関係も趣味関係も含めた様々な物品を購入するための資金を稼がんとアルバイトに励むウマ娘がいれば、レースを支える仕事を目指して勉強に励むウマ娘もいるのだ。

 

 もっとも、いくら中央トレセン学園とはいえ予算は無限に使えるワケではない。ウマ娘やトレーナー側が合宿に参加したいと希望していても、無い袖は振れないのだ。

 

 が、今年は良くも悪くも事情が違った。

 

 良い話とはなにか? それはジャパンカップで日本のウマ娘が勝利したことによる影響で、お金の問題に色々と都合がついたことである。それだけ公式な国際レースで凱旋門ウマ娘に勝利したという事実は特別なのだ。

 さすがにまだ全校生徒を合宿に連れていくことはできないが、いずれはデビュー前のウマ娘を含めた全員が参加できるようにしてやろうと秋川やよい理事長を始め教員もスタッフも大いに張り切っていた。

 

 では、悪い話とはなんなのか? それは一部のマスコミを含めお行儀の悪い大人が増えそうな予兆がある、ということだ。

 URAとしてはそういう連中が出現することについては、ある程度は仕方ないと割り切っている……と、いうより立場上トラブルを助長しないためにも割り切るしかない。いつの時代、どんな仕事でもスポンサー様は偉大なのである。

 

 誠実な企業の中には「学生たるウマ娘諸君に実害が出てから対処しても遅いのだし、まずは疑わしい連中の首をさっぱと落としてから、それからじっくり調査すればよい。それで不手際じゃと騒ぎになれば、儂が大観衆の前で潔く腹ば搔っ捌いて、老骨の流儀で責任を果たしてやる」といった具合に、ウマ娘たちを守護るためにも攻めの姿勢を取るべしと主張する者もいた。

 本気で味方になってくれるのはURAとしてもトレセン学園としても素直に喜ばしいことである。問題があるとすれば“首を落とす、腹を切る”という言葉が比喩表現ではなく物理的に実行しそうな気概の持ち主が多々いることぐらいだ。

 

 己が命の捨て所、最後ノ役目ヲ見ツケタリと言わんばかりに真っ白だった生え際に黒みが差すほどヤる気と活力に満ちた老人たちが増えていることはともかく。

 中央トレセン学園としても怪しからん連中を相手に指を咥えて黙っているワケにもいかない。生徒たちが学生生活を楽しめるよう、できる範囲で手を打つ必要があった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……それで、合宿の途中であるにも関わらず学園に帰ってくることになったのか。なんというか……タイミングが悪かったようだなブライアン。せっかく優秀な老トレーナーと担当契約しているというのに」

 

「別に。姉貴が気にするようなことじゃない。それに、くだらん連中相手に逃げることしかできないのは癪だが……ウチのじいさんもタダで済ませるつもりはなさそうだからな。あとは現地で張り切っている『エリートトレーナー様』たちが適当に相手するだろう」

 

 8月半ば。お喋りが得意な名門出身のトレーナーたちを隠れ蓑にし、一部のウマ娘と担当トレーナーたちは合宿を切り上げてトレセン学園に戻っていた。

 以前であれば真面目に対応しつつどうにか妥協点を探したり、真っ当な手続きで取材をするように注意したりといった正々堂々とした手段しか選べなかったかもしれない。

 

 だが、いまは違う。

 

 なぜならウマ娘のためならなんでもやる男がひとり、中央トレセン学園でトレーナーをしているから。

 

 あまりにもマナーが悪すぎる取材がきたときに、それを嫌がるウマ娘を両脇に抱えて「ちょっとコーヒー飲んでくる」と塀を駆け上がり逃走するその男へ、警備スタッフの主任が「お気をつけて」と敬礼する光景にもすっかり慣れたものだ。

 

 トラブルが起きたら困る? 

 

 なら、起こさなければいい。

 

 三十六計逃げるに如かず。かつてはレース業界を盛り上げるためにも取材は積極的に()()()()()()()()()()と思い込んでいたトレーナーたちも「そんなモンより俺の愛バの安全とメンタルのほうが大事に決まってんだろォッ!!」とアッサリ帰ってきた。

 ここから先は政治能力と事務処理能力による勝負の世界である。それはナリタブライアンにとって無縁であり興味も向かない世界であるが、少なくとも心配だけはしていなかった。

 

 立場、主義、方向性。それらの違いにより同じトレセン学園という枠の中では敵対関係だとしても、それが“トレセン学園と外部組織”という構図になれば話は別だからだ。誰だって、自分のテリトリーに無遠慮に踏み込まれて愉快な者などいるはずがない。

 

 

「なに、トレーニングなら学園でもできる。併走相手にも困らんしな」

 

「フッ……。ローレル君やマヤノ君のように、か?」

 

「チッ! あのふたりは……いや、認めていないワケじゃないが。それより私は、姉貴とも勝負してみたいんだがな?」

 

「すまないなブライアン、いまはまだ無理だ。トレーナー君からの指示でな? どうしても理屈っぽくなってしまうなら、それをとことん極めて『勝利の方程式』を組み上げてしまえばいいと言われてな。それが完成した暁には……望み通り、お姉ちゃんがコテンパンにしてやろう」

 

「ほぉ……?」

 

 姉であるビワハヤヒデの堂々たる勝利宣言を受けて、ナリタブライアンは自分の口もとが自然と緩むのを感じていた。

 

 中央トレセン学園に入学してから、周囲の節穴トレーナーどもの評価を受けてどこか遠慮しているような態度になったことがナリタブライアンには気に入らなかった。

 だがいまは違う。芦毛のウマ娘は走らない、などというくだらない迷信は大阪杯でタマモクロスが、春の天皇賞でゴールドシップが覆してみせた。

 

 そして、あのトレーナー。さすがは三冠ウマ娘を、GⅠウマ娘を大勢育てただけのことはある。一流のトレーナーが、ビワハヤヒデの優れた才能を見逃すなどあり得ないし、あってはならないのだ。

 

「なら、今日もその方程式とやらを組み立てに行くのか?」

 

「いや、今日はトレーナー君の昼食の準備を手伝いに行くんだ。リッキー君とフクキタル君の提案で、スパイスを使った料理をするらしい」

 

「スパイス……? となると、カレーか」

 

 ナリタブライアン、悩む。

 

 あのトレーナーが用意するカレーならきっと美味なのは間違いない。

 しかしナリタブライアンにとってカレーといえばビワハヤヒデが作った物こそが究極にして至高なのである。主に野菜問題という面で。

 

「そうか。なら私は──」

 

「あぁ、カレーもそうだがタンドール料理を気分だけでも味わおうとレンガでかまども用意してあってな。鶏肉に牛肉、それと羊なども塊で下ごしらえをしていたぞ」

 

「仕方ないから手伝ってやるとしよう」

 

 ナリタブライアン、即決! 

 

 敬愛する姉であるビワハヤヒデが世話になっているというのに、その妹であるこのナリタブライアンがお手伝いのひとつもしないようでは不義理というもの。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 チーム・ポラリスのルーム内では何人かのウマ娘たちがカレーの準備を進めており、外には思いの外しっかりと円柱に組まれたレンガが並んでいた。

 料理に詳しくないナリタブライアンだが、ぼんやりとしたイメージからでも調理方法ぐらいは予測できる。あのかまどの中に炭火を置いて、串に刺したお肉やお肉、あるいはお肉などを突き立てて炙り焼きにするのだろう。

 

(問題は、短時間で仕上げる通常のバーベキューや、受け皿も兼ねる鉄板焼きとは違い肉の脂が滴り落ちてしまうことか。ヤツほどのトレーナーがその程度の基本を見落とすとは思えんが……)

 

 お肉の旨味とは、すなわち脂の旨味でもある。健康のために徹底的にお肉の脂を落とす調理法などもあるが、ナリタブライアンに言わせれば最初から脂身の少ない赤身を選べと言いたいぐらいだ。

 当然ながら、ダイエットのためなどというふざけた理由で脂身を残したりトンカツの衣を剥いだりする連中も到底許容できるモノではない。時代が違えばそうした手合いを取り締まるための組織を結成していただろう。お肉新鮮組ご法度その1・カロリーに背くべからず。

 

 だからといって、決してナリタブライアンは赤身などの部位を軽んじてなどいない。お肉はすべからく等しく尊く愛しき存在なのだ。無論ホルモンなどの内臓系のお肉も、じっくり時間をかけねば食べることができないスジ肉も、保存用の干し肉だろうと平等なのだ。

 むしろ霜降りだけを最高の部位のように語る美食家や料理人どもにこそ、いつの日か食の神から天罰が下されるだろうと信じている。──なに? 食神のほこら? なんだそれは。新しくできた焼肉屋かなにかの店名か? 

 

「しかし……スパイスを効かせた串焼き、か。何度か食べたことはあるが、たまに肉の旨味を台無しにするほどスパイスまみれのハズレがあるのがな」

 

「ふむ。まぁその辺りは心配しなくても大丈夫だ。昨日も下味をつけた牛肉を少し味見──あぁ、いや、フフッ。トレーナー君曰く“毒味”をさせられたが、実に絶妙な味付けだったぞ? そのまま食べても充分に美味しいが、それぞれの好みに合わせた味の変化も楽しめるようなバランスだった」

 

「なるほど、それなら心配は無用か。ところで姉貴、なぜその毒味とやらに私を呼ばなかった? 私なら少しと言わず全種類の毒味役だって果たしてみせたぞ?」

 

「うん? ちゃんと呼んだぞ? 用事があって忙しいと断ったのはブライアンのほうじゃないか」

 

「なッ!? いつの話だッ!?」

 

「だから、昨日だが?」

 

「そんなはずはないッ! この私が肉を食わないかと誘われて断るなんて……」

 

「ん? あぁ、すまんブライアン。お肉の試食だとは伝えていなかったかもしれない。言わなくてもお肉関係であることぐらいは察するかなと思って……いや、本当にすまない。お姉ちゃんとしたことがついうっかり」

 

「~~~~ッ!!」

 

 ナリタブライアン、迂闊ッ! 

 

 考えてみれば天下無敵のパーフェクトお姉ちゃんであるビワハヤヒデがわざわざLANEではなく電話連絡を寄越したのだ、試食の誘い即ちお肉であることに気がつけなかったのは完全に己の落ち度である。

 あるいは。試食を逃したとて本命のお昼ごはんには参加できたのだから良いではないかと言う者もいるかもしれない。だがそうではない、掴めたはずのチャンスを自ら手放してしまったという事実は、この先どれほどの栄光(美味しいお肉)を獲得したとて消すことはできないのだ。

 

 勝負の世界に身を置きながらッ!

 

 好敵手を求める在り方を隠すことなく生きていたはずなのにッ!

 

 なんたる体たらくッ!

 

 なんたる無様を晒すのかナリタブライアンッ!! 

 

 まぁ、それはそれ。いまはこれから始まる美味しいお肉たちとの出逢いに集中しなければ無作法というもの。反省は後からでもできる、ならばまずは目の前のお肉……まだ登場していないが、それらと真摯に向き合うのがウマ娘の本懐である。

 

 

「ところで、肝心のアイツはどこにいる? これから炭火を扱うというのに、席を外したままにするとは思えんが……。別に小さな子どもだけでやるワケでもないが、ヤツらしくないな」

 

「かまどの底に並べるための石を採ってくると言って朝早くから出掛けたぞ。ついでにスズカ君やアヤベ君など何人かのウマ娘を連れてな。彼女たちには違う景色で走ることもたまには必要なんだそうだ」

 

「そうか。まぁアイツがそう言うのならそうなんだろう。──お? 噂をすればなんとやら、か」

 

 ワゴン車に乗って待ち人きたる、助手席には疲れ果てた表情のマチカネフクキタル。チラリと後部座席に見えたサイレンススズカとアドマイヤベガの表情が光が溢れんばかりにキラキラしているあたり、またなにかやらかしてフォローするハメになったのだろう。

 おおよそ中央トレセン学園のトレーナーが乗っているとは思えない、カーナビどころかCDも使えない、カセットテープが現役で稼働している古い車であるが……なぜか、くたびれた雰囲気は欠片も感じなかった。車には全く詳しくないが、それでも大切にされていることだけは伝わってくる。

 

 ところどころ汚れているがご機嫌なサイレンスヘッドたちが着替えるために寮に戻り、一番と身綺麗なのにグッタリとしたマチカネフクキタルがポラリス部屋のソファーに飛び込む。そしてトレーナーが車の後ろから取り出した──否、引きずり落としたのは。

 

「おい、姉貴。私の目にはかまどよりはるかに大きな岩石の塊に見えるんだが?」

 

「奇遇だな、ブライアン。私にもそう見える。……なぁ、トレーナー君? それを……使う、のか?」

 

「ん? 言っとくが、さすがにこのまま無理矢理かまどにブチ込んだりはしねぇぞ? ちゃんと手頃な大きさに砕くに決まってんだろ」

 

「う、うむ。当然か。しかしだな、トレーナー君。それをいまから砕くとなると、かなりの時間を要すると思うのだが」

 

「なるほど、ハヤヒデの言う通りだな。普通にコイツを資材に加工しようとすれば時間も手間もバカにならねぇ。だから──俺のやり方で手早くカタを付けるンだよ」

 

 コンコン、と。岩石を軽く拳で叩き始めたトレーナー。いったい今度はなにを仕出かすのかとウマ娘たちが黙って見守っていると。

 

 

 

 

「ここか。──砕ッ!!」

 

 

 

 

「なん、だと──ッ!?」

 

 岩石の塊が、手頃なサイズの石材へと変化したッ!! 

 

「アレはまさか、爆砕点穴ッ!!」

 

「知ってるッスか、ヤエノッ!?」

 

「はい。詳しいことまでは存じませんが、万物に存在すると言われている『破壊のツボ』に衝撃を与えることで物体を粉々にしてしまうという、恐るべき土木作業の奥義です……ッ!」

 

「そ、そんな危険な技が存在して──え? 土木作業?」

 

 

「よし、コイツを適当にかまどの底に並べとけ。あぁ、クリーク。あとで山の神様に返礼品を持って感謝のお祈りに行ってくるから、なんか適当なお菓子とか重箱につめといてくれ」

 

「は~い♪」

 

「それから……スペッ!」

 

「はいッ! スペシャルウィークですッ! お手伝いならお任せくださいッ!! なんでも美味しく食べ──じゃなくて、美味しく調理してみせますッ!!」

 

「クックック……その自信、どれほどのものか試してやろう。これ、なぁ~んだァ?」

 

「え? ハッ!? そ、それはッ!! まさかッ!!」

 

 それは、まさに黒金の円卓であった。そしてもちろんナリタブライアンは知っている、その中央部分が穏やかな山なりになっている鉄板の意味をッ!! 

 

「冷蔵庫にはァ~、下味をつける前の、臭みだけを処理したラム肉がある。骨付きのラムチョップも、タンも、スモークしたヤツもなァ? そしてェ~、調味料も古今東西から集めたヤツが戸棚にはあるんだがなァ~?」

 

「そ、そんなにも……ッ!? トレーナーさん、もしかしていまからそれを──」

 

「甘えるなよスペシャルウィーク。欲しいもんは、食いたいモンはテメェで手に入れろ。誰かに与えられることを期待するんじゃねぇ。その覚悟があるなら──受け止めてみろやァッ!!」

 

 ワゴン車の収納限界に達していたであろう巨大なジンギスカン鍋を、トレーナーが軽々と放り投げたッ!! 

 

 

 

 

「スペッ!! ブライアンッ!!」

 

 

 

 

「────応ッ!!」

 

「────はいッ!!」

 

 

 言葉は、不要。

 

 先行を得意とするウマ娘特有の判断力と、差しを得意とするウマ娘特有の瞬間加速。ともかく3人のウマ娘が完璧なタイミングで大地を蹴ったッ!! 

 

「正面は引き受けたッ!!」

 

「オグリさんッ!?」

 

「大丈夫だスペ、信じろッ!!」

 

「────ッ!!」

 

 ジンギスカンが食べたいのなら、その資格があること証明せよ。ポラリストレーナーによるその問い掛けは、オグリキャップというウマ娘のプライドを刺激するには充分過ぎた。

 ならばナリタブライアンの役目は決まっている。スペシャルウィークと一瞬だけ視線が交差し、そのままオグリキャップを正面に右翼と左翼に駆け込んだ。

 

 ガシリッ!! と。ジンギスカン鍋は3人の誇り高き食の戦士により守護られたのだッ!! 

 

 

「いや、空の鍋受け止めただけでナニGⅠ勝ったみたいな達成感出しとんねん。そもそもトレーナーも鍋投げんなや」

 

「これが日本の──barbecue。見事なcombination、だ。そうか──これが『キズナ』というモノ、なのだな」

 

「ロブロォォォォイッ!! はよこんかぁぁぁぁいッ!! これ以上ウチにボケ倒しオモシロシンボリどもの相手さすなやぁぁぁぁッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「なんちゃってタンドールのほうは時間をじっくりかけるとして、カレーもバナナの葉で包んで蒸し焼きにして仕上げるから……とりあえず、スペ監修のジンギスカンでもつまんで待つとすっか! いやぁ~、働かずに食うだけのメシってのは最高だなぁオイッ!」

 

「えぇ、そうね。仕込みにかなりの時間をかけていたような気がするのだけど、食べるだけの食事は気楽よね。特別にキングが取り分けてあげてもいいけど?」

 

 

 タンドールでお肉が焼けるのを、ジンギスカンでお肉を食べながら待つ。それはつまり、お肉が焼けるまでの時間が、お肉を食べるための時間でもあるということ。

 なんという強気の姿勢だろうか。そのお肉を食すという行為に対する愚直にして揺るがぬ心意気に、割り箸を構えるナリタブライアンは感嘆の息が溢れるのを堪えることができなかった。

 

 だが、いつまでも感動に浸っているワケにはいかない。なぜなら目の前ではラム肉がナリタブライアンに食べられるために美味しく焼けているのだ。

 余計なことに気を取られ食べ時を逃して焦がしてしまったのでは、美味しいお肉を育ててくれた畜産業界の人々に申し訳ないというもの。なにより命をいただくことに対してあまりにも不謹慎。

 

 壱意専心。ロングサイズのトングを使い、まずはタンから引き寄せる。

 

 スペシャルウィークやユキノビジン、ヒシアマゾンなどがそれぞれにタレを作っているが……まずは、ありのままのお肉を、等身大のラム肉タンを楽しまねばなるまい。

 

 

 軽く塩コショウを振りかけ、そのままひと口。

 

 

 丁寧に下処理がされているだけあって臭みはない。だがラム肉のクセが全て無くなってしまうほど極端ではなく、牛や豚では味わうことのできない『獣肉』の旨味がある。

 ジンギスカン鍋の表面をキラキラとした脂が流れ落ちているが、しかしお肉がパサパサになるようなことはなく。濃い目のタレにつけながら食べても決して負けることはない。

 

 

 しばらく細々としたお肉たちとの戯れに興じていたナリタブライアンだったが、ついに本命の──骨付きの、ラムチョップを引き寄せる。

 

 そのまま豪快にガブリッ! と噛み付く……ことはしない。もちろん、それはそれでお肉の楽しみ方としては正解なのだろう。

 だがナリタブライアンはそうしない。お肉を愛するウマ娘として、ナリタブライアンはお肉を最高の状態で食べなければならないのだ。ここはあえて待つべき場面。旨味がしっかりとお肉全体に馴染んでから食すのがラムチョップの流儀なのだから。

 

(意識を研ぎ澄ませ。タイミングを外せば、せっかくの肉が冷めてしまう。私にとって最高にウマいと感じるその瞬間は、誰よりも私が知っている……ッ!!)

 

 ナリタブライアン、傾注ッ!! 

 

 からの、おもむろにラムチョップの骨の部分をナプキンで包み持ち上げ牙を突き立て──豪快に骨から剥ぎ取ったッ!! 

 チマチマと齧りながら食べるなど言語道断。お肉を食らうという行為に貴賤は無く、こうした暴力的なスタイルが許されるのが骨付き肉ならではの魅力なのだからッ!! 

 

 もちろん、いくらナリタブライアンでも物理的な限界だけはどうにもならない。適当なところで噛み千切り、そこからはじっくりと弾力を、脂を、風味を、タレの奥行きを楽しむ。

 まさに幸福。いや、この場合は『口福』とでも言うべきか。この場を用意する切っ掛けを作ってくれたコパノリッキーとマチカネフクキタルには感謝しかない。それで風水や占いを信じるかはまた別の話だが。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「フッ……。灼熱の舞台で繰り広げられる謝肉祭を楽しむのも結構だが、そろそろ石牢にて身を焦がす主役たちが解放の時を待っているんじゃないか?」

 

「どれどれ? ふぅン……なるほど。いやぁ、普段から全く料理をしない私にはサッパリわからないねぇ! あっはっは! 仕方ない、ここはこの道のプロに判断してもらうとしようか。──タイキくぅ~ん! ちょっとかまどのお肉を確認しておくれよぉ~!」

 

「お任せくだサーイッ! タテとヨコ、違いはありマスがこれもバーベキューッ! それぐらいはオッチョコサイサイのご安心デースッ! ンー、コッチからココまではもう食べられマスねッ!」

 

 

 ついに、審判の時はきた。

 

 軍手を装備したナリタブライアンは、タイキシャトルが食べられるようになったと判断を下したかまどの前に立ち──無造作に鉄の串をひとつ抜き取った。

 なに? お肉のスペシャリストを自称しておきながら、そんな選び方で大丈夫なのかだと? フッ、選んで取るのがそんなに上等なものか。ウマ娘だけが一方的にお肉を選ぶなど傲慢そのもの。美味しいお肉との出逢い、選んでいるんだ、選ばれもするさ。

 

 手元にやってきたお肉は──鶏肉。タンドリー、そしてスパイスと聞けば大多数が想像するであろう、ある意味で王道のお肉。

 善き哉。適性を持つウマ娘が多いが故に苛烈な勝負の場である中距離路線を、クラシック三冠ウマ娘という最強の証明を我が手に掴まんとするナリタブライアンが手始めに食すお肉として申し分無し! 

 

 まずは香り。スパイスの存在感はハッキリとしているが、決して過剰に主張はしてこない。肝心の鶏肉の焼けた脂の香ばしさに感心しつつも……ナリタブライアンはわずかな違和感を見逃さなかった。

 お肉の香りに、どこか透明感があるのだ。それは旨味が抜け落ちている、あるいは焼きすぎて風味が損なわれたという意味ではない。むしろ、普段口にしている鶏肉よりもお肉の向こう側に堂々と立つ鶏さんの姿が見えるぐらいで──。

 

(……? ……ッ! そうか、煙かッ! 普通の網焼きとは違い、炭火に脂が落ちたときの煙で燻されていないのかッ! なるほど……どれだけ手を加えても、素材そのものの味も楽しめてこそ最善というワケか。フッ、さすがだな。どんなウマ娘でも一流のアスリートに仕立て上げるだけのことはある)

 

 

 ときに過剰な装飾は本質を覆い隠してしまうもの。

 

 

 一番わかりやすいのは、中央トレセン学園の生徒会長にして無敗でクラシック三冠ウマ娘の称号を獲得したシンボリルドルフだろう。彼女が世間から押し付けられている先入観はさぞかし酷いことになっているに違いない。

 それは決してナリタブライアンの思い過ごしなどではなく、事実として大阪杯では勝者であるタマモクロスを称えるのではなく敗北したシンボリルドルフを惜しむ記事を大きく掲載した雑誌社もあるぐらいだ。

 

 本人の育ち故に世間ずれしていながら変なところから仕入れてきた知識をまるで常識のように信じてシンボリクリスエスに教えゼンノロブロイを困らせタマモクロスをキレさせ関係ないのに同類扱いされ巻き込まれるシリウスシンボリの姿を見ていると威厳もへったくれもないのだが。

 エアグルーヴ? ヤツなら明後日の方向を向いてファインモーションやダイワスカーレットあたりと一緒にカレーを食べているが? 大丈夫だ、きっとタマモクロスがなんとかしてくれる。そこに面白そうだからとミスターシービーとマルゼンスキーが悪のり参加するまでは。

 

 

 まぁいい、そんなことより鶏肉だ。ナリタブライアンはこの鶏肉を食べることであの男が世界最高のブリリアントお姉ちゃんであるビワハヤヒデのトレーナーとして本当に相応しいのか見極めなければならないのだ。

 店舗で販売されている商品のように整った形ではなく、一見すると乱雑に切断された鶏肉たち。だからこそコレは美しい。お肉を焼き、食し、糧とする。全く着飾ることのないその鶏肉は、そうした原始的な本能を刺激して心踊らせる魅力に溢れていた。

 

 何人かのウマ娘たちはお上品にナイフやフォークを使って食べている。それもいいだろう。焼き立てのお肉はアツアツだし鉄串も熱を持っているのだ、不馴れな者が下手に噛み付いてしまえば火傷をするかもしれない。

 お肉を愛するナリタブライアンにしてみれば、お肉を食べようとして負傷する可能性を見過ごすワケにはいかない。お肉を食べるということは、すなわち幸せを食べるということと同義。そこに不幸になるウマ娘など存在してはいけないのだ。

 

 まぁ……オグリキャップはあとで担当トレーナーからしこたま絞られるだろうし、スペシャルウィークもキングヘイローやグラスワンダーといった仲良し組に監視されつつポラリストレーナーの特別メニューをこなす羽目になるだろうが、それは自業自得なので当然ノーカウントである。

 

 

 口もとに、鉄の串を近づける。

 

 

 正真正銘の焼き立てのお肉。

 

 

 唇で、鼻腔で、眼球で、ウマ耳で、その存在感を確かめ楽しむ。

 

 

 五感の全てに挑んでくる串焼きの鶏肉に、ナリタブライアンは正面から堂々と立ち向かうつもりであった。

 いくらデビュー前とはいえ、その心構えはアスリートそのもの。お口のまわりが脂とスパイスで汚れてしまうのを恐れるようなお嬢様を気取るつもりなどない。

 

 

 牢記せよ。己が何者であるかを。

 

 我はウマ娘。レースを愛し、勝負を愛し、お肉を誰よりも愛する修羅であるッ! 

 

 

 ナリタブライアン、灼熱の瞬間(とき)──。




(ナリタブライアンにお肉を食べさせるという丁寧かつ巧妙な印象操作により、本作のシリウスシンボリがギャク側の住人にされていることに気がついている読者は未だひとりとしていないだろう……クックック……ッ!!)


続きは熱いスープの辛い系ラーメンも食べたくなってきたら、次の登場ウマ娘はシリウスシンボリかナカヤマフェスタあたりになる予定です。


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わるもの。

蒙古たん、ナトリ、カプヌのとうがらしなども好きですが、ポロいち味噌に焼肉のたれで炒めたモヤシをのせて食べるラー油をたっぷりかけていただくのも好きです。


 チート転生という特権を存分に使い自由気ままに悪役トレーナー生活を楽しんでいる貴方ですが、別にウマ娘のトレーナーライセンスを獲得してから急に自分勝手な生き方を始めたワケではありません。

 転生したときから好き勝手に生きることを人生の目標とした貴方は、学生時代にもかなりのヤンチャを繰り返しています。それこそ頼れる友人たちと背中を合わせて数多の修羅場をその拳で潜り抜けるほどヤンチャなスクールライフをエンジョイしてきました。

 

 さすがはウマ娘の世界とでも言うべきか。なかなか人間離れした武術を扱う者が多く、退屈とは無縁の日々を貴方は存分に満喫していたようです。

 水滴をライフルの弾丸のように飛ばしてくる特撮好きのイケメンだったり、特注のハサミを鮮やかに操る制服&妹マニアの残念なイケメンだったり、筒状の道具から妖怪のようなモノを呼び出し使役するクールなイケメンだったり、鬼を斬るのが使命であると一振りの刀と共に全国各地を放浪するイケメンだったりと、なんともバラエティー豊かな交友関係を貴方は獲得しています。

 

 それぞれの出会いと友情を交わすまでを説明するにはひとりにつき単行本3巻分は必要になるので割愛しますが、とにかく学生時代の貴方は決して優等生などではありませんでした。

 そう……実は貴方はチート能力を惜しみ無くフル活用して鍛え上げた肉体で、東西南北あらゆる喧嘩に首を突っ込んでは自分が満足するまで暴力を楽しむ正真正銘の問題児にして大悪党だったのですッ! 

 

 具体的には貴方に内緒で密かにつけられた『仁哮義侠』の二つ名を聞くだけで弱者相手にしか強気に出られない半端なアウトロー気取りなど簡単に追い払えますし、有事のさいに貴方がひと言「力を貸してくれ」と言えば理由を聞くよりも先に駆け付ける者が何人もいる程度には大悪党です。

 

 さて、そんな貴方ですから中央トレセン学園に通う思春期のウマ娘たちのルール違反をいちいち注意などするはずもなく──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「らっしゃい。お、ニイちゃん。今日もべっぴんさん何人も連れて、大した色男してんねぇ? ま、ウチは儲かるから別にどれだけ連れてきても──あぁ、いや。ちょっとだけ遠慮してほしい子たちもいるっちゃいるんだけどよ。いやぁ~、ホントにちょっとだけな? ダハハハハッ!」

 

 徐々に秋も深まり屋台メシを楽しむには肌寒い季節になっていますが、だからこそ夜の屋台で食べるラーメンの美味しさは格別というもの。

 しかし、アスリートにとって適切な時間以外での食事はマイナスでしかありません。美味しいから大丈夫だという免罪符も、体重の増加という審判の前では無効です。

 

 さらにはこうして校則違反のウマ娘たちを咎めることなく当たり前のように一緒に食事をしているワケですから、貴方の評価は地の獄の底の底まで下落して閻魔大王の補佐官も扱いに困るレベルで低下していること間違いなしでしょう。

 

 ただこうして美味しくラーメンを食べるだけで追放計画が加速する。

 なにをしても勝利にしか繋がらないこの運命力こそが最強のチート能力なのでは? と最近の貴方は自画自賛のスタイルが少しだけ変化していました。

 

 

 ちなみに。貴方はこの校則違反ウマ娘たちの詳しい事情などまったく知りませんし、興味もありません。なぜなら貴方は悪のトレーナーであり、明日にでも追放されるかもしれない身分ですので、知ったところでなにも変わらないし変えられないと確信しているからです。

 

 もちろん相手の都合など無視して悪用するのが悪役トレーナーとしての正しい姿。こうして一緒に行動することにより責任だけは全部総取りでヘイトを稼ぐ、なんと見事に計算され尽くした悪役ムーヴでしょうか! 

 理想としては現行犯として駿川たづな秘書に発見されその場で断罪されることですが、そもそも彼女も夜になれば自宅に帰り休息を取らなければなりません。論理的思考によりエンカウントを期待するのは無意味であると貴方は早々に諦めています。

 

 

「う~、ハラへったぁ~! いや、この時間に食うラーメンってマジ悪魔的にうめぇんだよなぁ~」

 

「夜ごはん、食べ損ねちゃいましたからね。ヒシアマちゃんがお夜食作りましょうかって言ってくれてはいるんですが……」

 

「いやぁ、さすがに後輩にそこまでさせるのはちょっと、ねぇ? こう、やっぱ違うじゃん」

 

「てゆーか、ソコ気にすんなら自分でやれよって話な! カップ麺でもコンビニ弁当でもなんでもあるじゃんっていうね!」

 

 

 テーブル席で和気あいあいと食事が運ばれるまでの時間を楽しむウマ娘たちの声。それを背中越しに聴きながら屋台のカウンターで飲むウーロン茶のなんと美味なことか。

 もちろん校則違反を犯しているワケですから、彼女たちの行動は決して褒められたモノではありません。ですが貴方には自分自身も社会のルールから情熱的なほどはみ出た学生生活を満喫してきた過去があります。

 

 そんな人間が他人に道理を説くなど、いったいなんの冗談か。そんなものにいったい誰が耳を傾けるというのか。

 過去の行いがいまの自分の行動に説得力を与えてくれる、やはり日頃の積み重ねによって形成されるバックボーンは大事であると貴方はとてもご機嫌なようです。

 

 

 ウマ娘たちのもとへラーメンなどの主食が運ばれ、貴方の目の前にも餃子のお皿がコトリと置かれたところで。

 

「よう。邪魔するぜ」

 

 貴方が返事をするよりも先に隣に座ったのは──アプリでは不良ウマ娘たちの拠り所としてお馴染みのイケメンウマ娘、シリウスシンボリでした。

 もし、このまま無言で餃子のお皿を持って別の屋台に移動したら……と好奇心が疼いた貴方でしたが、それをしてしまうと格好よく登場したシリウスシンボリが可哀想なことになりそうなので、短く「おぅ」と答えておきましょう。



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ながれもの。

メジロムサシがウマ娘になったら、グラスワンダーもびっくりの武士娘になるんですかね?

愛用の刀は二天一流・メジロ拵にて候。


 1985年東京優駿の勝ち馬。そして翌年、1986年には日本から3頭目となる凱旋門賞への挑戦者としてフランスはパリロンシャン競馬場のターフを駆け抜けた競走馬。それがシリウスシンボリです。

 残念ながら凱旋門賞では良い成績を残すことはできませんでしたが、環境の異なる海外のレースでもなかなか安定した成績を残していたことからシリウスシンボリという競走馬の能力は決して低くなかったことがわかります。

 

 戦績以外の情報に関しては少々デリケートで複雑な事情により真実を知る手段が限られているようですが……そんなミステリアスなところも、中央トレセン学園の不良ウマ娘たちが拠り所として尊敬するカリスマ性につながっているのかもしれません。

 

 

 アプリ同様この世界でもその辺りは変わっていない様子であり、そしてもちろん貴方はそんなシリウスシンボリに好かれたいなどと欠片も思っていません。

 

 むしろシンボリルドルフと協力して表と裏のカリスマタッグで自分を派手に追放して欲しいと考えています。

 呉越同舟という言葉があるように、共通の敵を倒すためにライバル同士が手を組む展開ほど王道の勝利フラグはめったにありませんので期待値も高くなるというもの。

 

 そして悪役にして無能のトレーナーである貴方にはシリウスシンボリがどういったトレーナーを好むのかはあまり想像できませんが、古今無双のダメ人間を自負する者としてどういった大人を嫌うのかは想像できます。

 

「ハッ。仮にも三冠ウマ娘をはじめとしたスターウマ娘たちの指導者サマが、こんな堂々と悪ガキどもとつるんでていいのかよ? ただでさえ最近の学園は躾のなってない跳ねっ返りがいて苦労してるんだろう?」

 

 初手からの煽り、それも当然の権利のように貴方のお皿から餃子をひとつ奪い取りお酢とコショウで味付けをして食べ始めるという俺様ぶり。

 いかにもアウトロー的カリスマ的シリウスシンボリ的といった行動であり、こういうのでいいんだよと貴方は大満足です。それでこそ()()()()()()()というものがありますし、素直なウマ娘たちと違い皮肉などにもしっかりと反応してくれるので悪役ムーヴが捗るからです。

 

 

 ただ、シリウスシンボリの言う“躾のなってない跳ねっ返り”とやらが誰のことを示しているのか貴方には見当がついていない様子。

 ウマ娘たちが自分に対して遠慮がないのは日頃の悪役ムーヴによる自業自得なので跳ねっ返りには該当しないし、新人を含めたほかのトレーナーたちには正義と秩序とウマ娘たちの未来のためにも自分を追放してもらわなければならないのでこちらも跳ねっ返りとは言わないだろう……と、考えているようです。

 

 もっとも、いくらシリウスシンボリが有能なウマ娘とはいえ所詮は学生です。17メートル以上離して並べれば電卓とパイナップルを完璧に区別して認識できるヴァリアブルな頭脳を持つ貴方とは違い見落としや勘違いのひとつやふたつはあるかもしれませんので、あまり深く追求しなくても大局にはいまさらそれほど影響しないことでしょう。

 

 

 とりあえず貴方は「悪ガキとやらが誰のことを言っているのかわからない、自分はそこで食事をしているウマ娘たちに迷惑や苦労をかけられたことなど1度もない」と答えたようです。

 もちろん真面目なトレーナーたちやトレセン学園の教員ほかスタッフから見れば彼女たちは間違いなく不良です。こうして門限など関係なく商店街で夜食を食べているワケですから、評判を下げるという意味では厄介者でしかありません。

 

 しかしそれは、あくまで真っ当な大人としての役目に向き合っている皆さんに限られた話です。中央トレセン学園から追放されることを目指して日常的に努力を欠かさない貴方にとって不良ウマ娘たちの存在価値は優等生ウマ娘たちとなにも変わりません。

 強いて不満をあげるとするなら、思いの外あまりトラブルには恵まれないということでしょうか。ときおり無駄に身なりの良い大人がお酒の加減を間違えた様子でウマ娘たちに近づきセンシティブな発言をすることがありますが、貴方がトラブルを起こすチャンスであると挨拶代わりに睨み付けただけで悲鳴をあげて逃げ出してしまいます。

 

 そのときの敗北感はまさに“夏合宿で友情トレーニングが重なりメガホンとアンクルも使用していざ選択という場面で操作ミスをしてしまい砂浜でトレーナーとふたりでクイズ大会を楽しむ担当ウマ娘”を眺めるに等しいものでした。

 ここで格好いいトレーナーは黙って逃げる連中を見送るのかもしれませんが、貴方が目指すのは格好悪いトレーナー。遠慮することなく負け惜しみとして「大人らしく偉そうにしたいなら子どもの前では常に見栄を張るぐらいしろ、酒は楽しむモノであって無責任な言動を酔いで誤魔化すための免罪符じゃない」と怒号を響かせています。

 

 

「ほ~? 迷惑なんて思っちゃいない、ねぇ? ま、アンタが本気でそう言ってることぐらい私も知っているがな。そうでなきゃ、いまだに辛気臭ェツラでフラフラになるまで走ってるウマ娘がもっと大勢いただろう。……アイツらは──んぐッ!?」

 

 お見事! なにやらシリアスな雰囲気のセリフが飛び出す気配を察知した貴方は、百戦錬磨の先読みでシリウスシンボリのお口におつまみメンマを叩き込みそれを封じました! 

 間髪入れず貴方は言葉を続けます。自分も、あのウマ娘たちも、ここには食事にきているのだと。どうしてもご飯が美味しくなくなるような話がしたいのなら、そのへんの電柱にでも話を聞いてもらうといい、と。




ちなみに1986年はドラゴンクエスト、グラディウス、魔界村、ツインビーなどがファミコンで発売された年でもあります。
あまりゲームに馴染みのない方でも、どれかひとつぐらいは聞いたことがあるタイトルがあるのではないでしょうか。


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みずもの。

 真面目な雰囲気の気配を完封したところで、貴方とシリウスシンボリの前にラーメンが置かれました。

 鶏ガラしょう油の良い意味でクラシカルなラーメンには、ネギとメンマ、そして味付けではない普通のゆで玉子の半身が乗っているだけ。飾り気も無く流行りとも無縁の実にシンプルな一杯です。

 

 貴方はそれを無言のままマイペースで楽しむだけ。

 

 そしてシリウスシンボリも案の定なにも喋りません。

 

 アウトローであっても善人であるシリウスシンボリと正真正銘の悪役トレーナーである自分との間では愉快な会話など産まれるワケがない。

 そう確信している貴方にはまったく気にならない静かな食事ですが、どうせならラーメン持って舎弟たちのテーブルに移動すればいいのにと思っているようです。

 

 表向きは悪役トレーナーとして巧くカモフラージュできている前提の貴方ですが、実はその裏側ではウマ娘たちを守護るためラーメンを楽しみながらも警戒網はまったく緩めていません。

 現在、半径20メートル以内は完全に貴方の射程距離。故に、テーブル席からこちらの様子を興味深そうにチラチラ見ている不良ウマ娘たちの視線にもバッチリ気づいていました。

 

 いくら思春期の子どもとはいえ、並んでラーメンを食べている程度のことで和解した、あるいは悪のトレーナーから改心したなどと勘違いされることはないだろう。

 このように冷静で的確な分析に大自信ニキである貴方は焦ることなく平常心のままラーメンを食べ進めます。

 

 仮にシリウスシンボリとの間に前向きな交流があるものと誤解されたとしても、今日までの悪役ムーヴにより追放エンディングへ繋がる架け橋は大妖怪ケセランパサランがその上を通過しても3日で修繕が完了するレベルで堅牢ですのでなにも問題はないでしょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「そうそう、実は私も担当トレーナーが決まってな。アンタも知ってるんじゃないか? 評価Sの見た目だけは上品なバァさんの──あぁ、そう。その人だ。なんでも面倒見てたメジロドーベルの担当が見つかったあと、これからどうしようか考えてるときにブライアンを連れたジジィにしこたま煽られたんだと。で、そのジジィを完膚なきまでに叩きのめすためのパートナーを探していたらしいんだがなァ?」

 

 思い出すはエアグルーヴと取引を交わす前日の夜。上品な身なりでありながら愉快でお茶目さんな老婦人トレーナーのことは貴方もしっかり覚えています。

 真っ当かつ評価の高いあの老婦人トレーナーなら簡単に担当ウマ娘など見つかりそうなものですが、どうやらシリウスシンボリの話では高過ぎる評価が裏目に出ていたそうです。

 

 チート持ちであろうと転生者であろうと平凡な一般市民である貴方にはウマ娘側の気持ちも理解できるらしく、それはそうだろうと頷くしかありません。

 

「ファインお嬢様……いや、ファインモーションのトライアルで段取りを整えたのも含めて優秀すぎたのさ、あのバァさんは。仕方ないから私が引き受けてやったワケだ。ちょうど有象無象どもが群がってきて鬱陶しかったからな。ま、そういうことだから『勝負』は当分お預けだ。──なんて、言うと思ったか?」

 

 ニヤリと笑いながらシリウスシンボリが取り出したのは1枚のコイン。なるほど、あの老婦人の担当ウマ娘としてトレーニングに集中するためにも今後は賭け事を控え目にするつもりなのだなと感心した貴方は二つ返事で勝負を受けることにしました。

 

 

「そうだな……オモテが出れば私の勝ち。ウラが出たらアンタの勝ち。私が勝ったらそのときは“貸しひとつ”だ。月並みな提案だが、アンタが相手なら充分に意味があり価値がある『賞品』になる」

 

 つまりその貸しひとつを消費して自分を中央トレセン学園から排除するつもりだな! と、貴方は表面上だけ普段通りに取り繕いつつも心の中では勝利確定の4文字が勢いよく空の彼方へと飛び立っていきました。

 どうやら“これならチート能力はもちろん小手先の技術を使って介入するまでもない。なぜなら自分のようなウマ娘たちの青春を邪魔するような腐れ外道に運命が味方するはずがない”と貴方は確信しているようです。

 

 しかし、結果が確定したとしても勝負そのものが不成立となってしまったのでは意味がありません。別に欲しいものなどありませんが、なにか適当なモノを要求する必要があります。

 

 

 ──どうせなら、嫌がらせを含めてとびっきり面倒なヤツを押し付けてやるか。

 

 

 嫌がらせは実行しなくとも口にしただけで相手を不快にさせるもの。こうした細かいところでも油断なくヘイトを稼いでこそ一流の悪役であると貴方は攻めの姿勢を崩しません。

 せっかくグローバルなウマ娘であるシリウスシンボリが相手なのだし、海を渡って海外に行かなければ解決しないぐらい容赦のない面倒事を……というところまで考えたところで、貴方はウマ娘の世界ならではの観光地がひとつ在るじゃないかと思い出しました。

 

 それの写真でも要求してみるのも面白い。あえて小物などのわかりやすいお土産ではなく写真を撮影させることで、平凡な構図で撮ってきた場合に盛大なタメ息のひとつでも吐けばイライラも倍増して効果抜群というものです。

 

 

 貴方はさっそくシリウスシンボリに提案しました。もし俺が勝ったなら、そのときは。メイクデビューを果たし、トゥインクル・シリーズで充分に賞金を稼いだ暁には……ちょっとヨーロッパまで遊びに行って、ついでに凱旋門でも土産に撮ってきてくれよ、と。



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かぶきもの。

 翌朝。

 

 本日は休日ということもあって、ターフの上では併走を終えたシリウスシンボリとトウカイテイオーが仲良く喧嘩に興じていました。

 またなにやら余計なことを言ったのか、トウカイテイオーの頬っぺたをシリウスシンボリがもにゅーんと引き伸ばしている光景は実に平和そのものです。

 

 

 結局あのあと、コイントスが実行されることはありませんでした。

 

 

 シリウスシンボリはもちろん、屋台の店主もテーブル席にいた取り巻きウマ娘たちもほかの屋台で飲み食いしていたお客さんまでも時間が止まったかのように静まり返ったあたり、罰ゲームのムチャ振りとしては適切であったことは確実です。

 ですが最適解を導き出したところで実行されないのでは意味がありません。獰猛な笑みを浮かべたシリウスシンボリから「ソイツを賭けるなら、より相応しい方法で」と提案された貴方は“なにを言いたいのかよくわからないけど帰りが遅くなりすぎるとヘイトを稼ぐ以上にウマ娘たちが怒られるかも”と適当に了承してしまったので勝負はお預けとなってしまいました。

 

 彼女の性格からして逃げの誤魔化しはあり得ない、ならば本当に勝負の場を整えて再戦することになるだろう。そう信頼している貴方は焦ることなくそのときを楽しみにしている様子。

 

 

「本格化の差でまだまだシリウスが完全に有利だけれど、テイオーちゃんの走り方もずいぶんと良くなったわね。いえ、この場合は『進化』と言ったほうが適切かしら? 彼女らしさはそのままに、まるで雲の上を飛び跳ねているみたい。天才って言葉はあまり好きじゃないのだけれど、テイオーちゃん相手だと気兼ねなく褒め言葉として使えていいわねぇ~」

 

 そんな貴方の隣では異様なまでに上機嫌な老婦人トレーナーが併走していたふたりを心の底から楽しそうに見ていました。

 しかし、表面上どれほど上品に取り繕っていようともその内側に超一流の闘気が潜んでいることなど貴方にはお見通しです。それはまさに“不抜之抜”の境地に立つ剣豪のようであり、いつでも悪役トレーナーである貴方の首を落としてやるという気概の現れなのでしょう。

 

 優秀なトレーナーが正義執行の覚悟を完了していることに満足しつつ、貴方は老婦人トレーナーにとある質問をします。

 

 トウカイテイオーの走りが進化していることは貴方も把握しています。それは彼女のステータスをチート能力により数値化して確認しても、脚の故障率が小数点以下まで低下していることからも明らかです。

 しかし、シリウスシンボリの走りまで変化している理由が貴方には皆目見当がつきません。本気で『皇帝』を討ち取らんとするライバルたちに四方八方を完全包囲されたことでサン=テグジュペリもびっくりなほどキラキラしているシンボリルドルフほどではありませんが、シリウスシンボリの走りからは普段のスマートさやスタイリッシュさよりも“野生動物の狩り”に近い匂いを感じるようになりました。

 

 もちろん貴方はそのことをバカ正直に口にしたりはしません。悪役トレーナーたるもの、うっかりウマ娘の走りを褒めるなどという下らないポカをやらかすワケにはいかないからです。

 

 

 なので、次に貴方は「天狼星の輝きは、あるいは海外のウマ娘やトレーナーにはどう見えるのだろうか」と言います。

 

 

 これこそ卓越した賢さがキラリと輝く巧妙な話術でしょう! 自分はまったく興味はないけれど、ほかの人は気になっているかもしれないからどう思うよ? そんな他力本願という名のフィルターを通すことで情報を引き出す実に高度なテクニックです! 

 

「そうねぇ……何処かの誰かさんはシリウスに向かって“ヨーロッパ旅行のお土産に凱旋門とってきて”な~んて言ってくれたらしいのだけれど。残念なことに、いまヨーロッパに日本のウマ娘が乗り込んだところで、宣戦布告とすら受け取ってもらえないんじゃないかしら?」

 

 凱旋門の写真を撮影するよう頼んだだけなのに、どうしてそれが宣戦布告どうこうという話になるのか。老婦人トレーナーの意味の通らない発言に困惑しそうになった貴方ですが、日本人とて東京タワーを軽んじるような発言をされたら面白くはないだろうということに気がつきます。

 観光名所だからこそマナーを守ってトラブルを起こさないよう楽しんで見学してほしい。その心遣いに国境は無いということなのでしょうが、悪役トレーナーである貴方にとってはヘイトを稼ぐ好機でしかありません! 

 

 紡ぐべきは世界規模の知名度を誇る観光地だろうと容赦なく貶める、その土地に住む人々の地元愛を否定する言葉。

 貴方は「別に凱旋門そのものに興味など無いし、その価値を知りたいとも思っていない。ただシリウスシンボリというウマ娘相手に要求する土産として適当だったというだけ」とわざとらしく虚仮にするような口振りで応えました。

 

 それに対して老婦人トレーナーは肩がプルプルと振動するほど怒りを堪えながら「そんな理由でとられたと知れば、海外の有識者を名乗る者たちが顔を真っ赤にしてとり返してこいとウマ娘たちに命じるかもしれない」と反論します。

 

 写真を撮り返すとはいったいどういうことなのか。思わず唸りそうになった貴方ですが、凱旋門の周囲を我が物顔で彷徨いた報復として東京タワーなど日本各地の観光地に押し掛けてやるという意味だと推理したようです。

 第三者から見ればただの国際的文化交流にしか見えない状況かもしれないが、その実態は国家の誇りと地元愛によるウマ娘同士の観光勝負ということか。どちらが遊びにきたウマ娘をより満足させることができるのか、真心をこめた真剣勝負。なるほど、戦いとはそういう視点でも行えるのかと貴方は目から鱗が落ちる思いの様子。

 

 同時にシリウスシンボリの言っていた“相応しい勝負”とやらはこの観光自慢バトルマスターズのことだったのかと理解した貴方は素直に感心していました。

 

 おそらく凱旋門の写真を撮ってこいと口にしたときから自分が観光地を貶めるために動くことを計算していたに違いない。いまごろ彼女の頭の中には臨機応変なおもてなしプランが構築されていることだろう。

 このような奇策を仕掛けてくるとはさすがアウトロー組のカリスマであると、貴方の中でシリウスシンボリは『おもしれーウマ娘』として大きく評価を上げたようです。

 

 しかし所詮は小娘の浅漬けより浅い知恵、ぬか漬けより抜かり無い知謀知略の持ち主である貴方を出し抜こうなど朝飯前のだし巻き玉子のつまみ食いより困難であると思い知らせてあげるとしましょう! 

 

 

 わざわざ呼びつけるまでもなく、併走を終えたトウカイテイオーとシリウスシンボリは貴方と老婦人トレーナーの近くまで歩いてきます。

 そして未来の帝王の頭に適度に冷えたスポーツドリンクを乗せてから、シリウスシンボリへ「頼み事ばかりでは不公平だろうから、旅行先のウマ娘たちへ向けた挨拶の言葉を考えてやったぞ」と優しく語りかけました。

 

 シリウスシンボリの視線は完全に不審者を見るそれであり、トウカイテイオーも「コイツまたなんかやるのか……」という心の声が聞こえてきそうなジト目で見上げてきています。

 もちろんその程度で怯むような貴方ではありません。嫌らしい笑みをタップリと見せつけるようにして「心行くまで楽しませてやるから、お嬢様らしくみんなでお行儀よく後ろに並ぶといい」と伝えるように言いました。

 

 そう、おもてなしの心と奥ゆかしさは表裏一体。これ見よがしに見せつけるのは和の心に反する行いです。それを敢えてやらせようというのですから、これには名誉大和撫子ウマ娘であるグラスワンダーなどは激おこブンブン刀待った無しの悪辣さです。

 視界の奥のほうでゴールドシップとナカヤマフェスタがお腹を抱えて大笑いしながらターフの上をゴロゴロ転がっているのが気になるところですが、当のシリウスシンボリが心の底からイヤそうな顔をしているので良しとしましょう!




次回はシリウス視点です。






観光自慢バトルマスターズってなんだ?


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『悪ガキの流儀』

答え合わせの時間。


「へぇ……? 頼んだ私が言うセリフじゃないんだが、なんというか意外だな。ようやく担当トレーナーが決まっただけのウマ娘でしかない、ってのに」

 

「普通に考えればキミの言う通り、だ。メイクデビューすら果たしていないウマ娘が“海外遠征用の資料”など請求したところで抗拒不承……とまでいかなくとも、ただのイタズラか、あるいはなにかの手違いとして処理されるところだろうさ」

 

「と、なれば──なるほど、中央トレセン学園の生徒会長、そして三冠ウマ娘であらせられる『皇帝』シンボリルドルフからの頼みともなれば話は別なワケだ」

 

「おや、いったいなんのことかな? 私はただ学園の許可を得た上でURAに『凱旋門賞の出走に関する資料が欲しい』と伝えただけだが?」

 

 

 うん、確認するまでもなくコレは100パーセント確信犯なヤツだ。

 

 シンボリルドルフとシリウスシンボリの会話を聞いていた生徒会のメンバーたちはお互いに顔を見合せ、誰がなにを言うワケでもなく気持ちをひとつに頷き合っていた。

 強いてリアクションの違う者について語るなら、ナリタブライアンが興味深そうに、あるいは上機嫌で笑っていることぐらいか。

 

 ちなみにエアグルーヴは見事なまでに我関せずといった態度でカフェテリアの新メニュー希望調査の結果を確認している。

 我らが生徒会長を慕う気持ちに今も昔も変わりはないのだろうが、以前と比べて扱いがとても雑になっているのは生徒会メンバー以外のウマ娘たちにも徐々に知られ始めている。よほどのことが起きない限り、ふたりのシンボリウマ娘は放置されることだろう。

 

 

「まぁ……期待されていることぐらいは私も把握しているよ。彼女はジャパンカップを最後に引退を宣言してからメディアへの露出は全て拒否しているし、もうひとりの三冠ウマ娘であるミスターシービーはマイル路線にご執心だからね」

 

「ハッ! シービーはもともとの性格にプラスしてあのバカの影響を受けちまってるからな。海外のウマ娘たちとの勝負に興味はあっても、凱旋門賞の価値や名誉なんてモノは眼中にないだろう」

 

「なるほど。つまりキミは凱旋門賞の名誉に興味があって挑むことにしたというワケだ」

 

 

 ピキリ、と。空間にヒビが入った音が聞こえた気がしたのはひとりふたりではあるまい。

 

 シリウスシンボリは名門一族らしく品性の感じられる立ち振舞いができるウマ娘だが、基本的には権威や暗黙の了解といった“従うことが正しい行動である”と押し付けられるモノには否定的なスタンスを崩さない。

 それがこうして凱旋門賞の名誉が欲しくなったのかと──よりにもよって中央トレセン学園では、ある意味理事長である秋川やよいに並ぶ権力者であるシンボリルドルフに言われたのだから愉快なはずがない。しかもそれを言い放った本人は「私、ワザとやってます!」と言わんばかりに上機嫌なのだからなおさらだ。

 

 

 すわ、一触即発か!? と身構える生徒会メンバーのウマ娘たちだったが──。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……なぁ生徒会長サマよ。エアグルーヴ、もう少しどうにかならないのか?」

 

「はっはっは! なにを言い出すかと思えば。シリウス、いまの私がエアグルーヴに対して強く物を言うことができると思うかい?」

 

「……アンタが皇帝なら、アイツはさしずめ『女帝』といったところだな」

 

 比喩表現ではなく言葉通りの意味でエアグルーヴに蹴り出されたふたりのシンボリウマ娘が自販機の前で缶ジュースを片手に黄昏る光景は、彼女たちの走りを知る者が見れば雰囲気の違いにいったい何事があったのかと不思議に思うことだろう。

 どうせまたふたりで騒いでなにかやらかしたのだろう、それを想像できる者──特に教員やスタッフなどはその光景を微笑ましく見守っている。秩序のカリスマと自由のカリスマが仲良くお喋りしてくれるのであれば胃がキリキリと痛むことも無い。

 

「私からは1度だって皇帝などと自称した覚えはないのだがね。いったいドコの誰がこんな大仰な二つ名を考えたのやら。まぁ、この手の言葉遊びを好みそうな人物など限られているが。例えば、私の友人に対して無責任に凱旋門賞への出走を求めてみたりするような悪い大人などはどうだろう?」

 

「無責任というよりは無関心のほうが正しいがな。あの野郎、世界最高峰のレースを観光気分で勝ってこいなんてぬかしやがって。……その場で、お望み通り獲ってきてやると言えなかった自分に腹が立つ」

 

「模擬レースやメイクデビューならともかく、凱旋門賞でそれは仕方ない──いや、シービーやマルゼンスキー辺りであれば彼が興味を示せば当たり前のように出走を決めそうではあるな、うん」

 

 

 想像してみる。

 

 まるで世間話のように凱旋門賞に参加してみるかと語る育成評価Gのトレーナーと、じゃあ試しに挑んでみようかと軽く答えてパスポートの準備などの話題に花を咲かせるミスターシービーとマルゼンスキー。

 

 

「……あのふたりは彼の影響を強く受けているだろうから、あまり参考にはならないだろうね」

 

「ハッ! まるで自分は影響を受けていないかのような言い種だな?」

 

「トレーナーを無礼るなよとハリセンの一撃を脳天に叩き込まれたことならあるよ」

 

「なにやったんだよテメェ」

 

「大したことではないさ。ウマ娘とトレーナーの関係というものを理解したつもりになって視野狭窄に陥っていた、というだけのことだ。どちらかと言えば、彼の指導を受けたウマ娘たちの影響のほうが強いかもしれないな」

 

 ウマ娘とトレーナーの関係に、担当契約というモノに、誰よりもあのバカが一番喧嘩を売っているだろうに。それでいて誰よりも当たり前のようにウマ娘たちが心のままに前を向いて走れるよう鍛えてみせるのだから厄介極まりない。

 腑に落ちないと言うべきか、納得できないと言うべきか。それでも自分を慕う取り巻きウマ娘たちが楽しそうにトレーニングをしている姿を見せられれば、さすがのシリウスシンボリとてあの大バカ者を認めないワケにはいかなかった。

 

 

 ついでに。

 

 本当に、ついでの話だが。

 

 

 頭も走りもガチガチに凝り固まっていた知人が、周囲に遠慮することなく心のままにレースに挑むようになったことについても……まぁ、それなりには。

 

 

「担当トレーナーは……凱旋門賞のことは?」

 

「あの妖怪バァさんが勝負事で悩むような慎ましさなんか持ち合わせてると思うか? そういう生徒会長サマこそどうなんだよ。URAから本家のほうにも凱旋門賞に関する資料を請求したことは伝わってんだろう?」

 

「私のことなら心配無用だ。少なくともいまは、凱旋門賞などに興味は無いとハッキリ言っておいたからね。ジャパンカップの勝利はもちろん、有マ記念ではタマモクロスとゴールドシップに()()を返さなければならない。中距離用に仕上げてきたマルゼンスキーとの勝負も楽しみだし、とにかく忙しくて海外遠征のことなど考えているヒマがないんだ」

 

「そりゃまたゴキゲンでご多忙なスケジュールなことで。シンボリ家の次期当主が凱旋門賞を興味無しってのはさすがにどうかと思うがな」

 

「それはそれ、これはこれだよ。シンボリの名を貶めることがないよう勇往邁進の姿勢を変えるつもりはないが、私が走るべき道は私とトレーナー君で見定め決める。他人の都合など知ったことではない」

 

「真面目なヤツほど考え方が極端から極端に変わりやすいとは聞いたことがあるが……」

 

「いまの中央トレセン学園で生徒会長を名乗るにはこれぐらいの気概が必要というだけの話さ。それに、私の心変わりなんてまだまだ可愛いモノだよ。学園のスタッフも、トレーナーたちも、悪い顔をする大人が増えたと思わないかい?」

 

 悪意のある企みごとを……という意味ではないことはシリウスシンボリも理解している。常識も、伝統も、品格も、暗黙の了解もなにもかも。全てを無視して好き勝手に自由気ままにウマ娘たちの背中を押すバカに汚染された大人が増えているという話だろう。

 

 

「そうそう、悪い大人といえば……とあるメディアの取材を受けたときの話だ。中央に所属する若い男性トレーナーがこんなことを言ってたらしい。特別なレースなどというものは存在しない、とね。そのトレーナーにとっては東京優駿も凱旋門賞も、ただの草レースでさえも、ウマ娘が本気で走るのであれば価値に違いなど無いそうだ」

 

「あのバカ野郎……ッ! それでよくもまぁ私に凱旋門賞獲ってこいなんて言いやがったな……ッ! あぁ、そういうことか。なるほどあのバカに蹄鉄をブン投げるヤツの気持ちが私にもよぉ~くわかった」

 

「それについてはもう諦めるしかないな。きっと彼の中ではシリウスシンボリなら凱旋門賞()()()()勝つだろう程度の認識だろうからね」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 スタッフやトレーナーたちの表情が変わったことについて改めてシンボリルドルフの口から聞かされたからだろう、書類を片手に廊下を歩くシリウスシンボリの耳には以前のトレセン学園とは異なる雰囲気の賑やかさが届いていた。

 自分が入学したころであれば、お行儀よくトレーニング機材の順番待ちをしていたハズのウマ娘とトレーナーたちが、いまでは空き時間と広すぎて活用しきれていない土地を利用してああでもないこうでもないと創意工夫をしながら楽しそうに笑っている。

 

 様々な理由でコースを含め施設を充分に利用できないウマ娘がいた。そのことで生徒会長であるシンボリルドルフと意見がぶつかったこともある。

 だが、それだけだ。中央トレセン学園が豊富な敷地を抱えていることを知りながら、その恵まれた環境を使いこなすという発想まで至らなかったのだ。

 

 

 秩序こそが格差を産み出しているのだと偉そうにご高説を垂れ流しておきながら、与えられることを当然の権利だと疑いもせず──自分の力で環境そのものを作り替えようとは1度も考えなかった。

 

 

「チッ! 私もまだまだガキだった、ということか。……それをあのバカに、自転車と洗濯機を改造してアイスクリーム作ってるようなヤツに教えられたと思うと腹立つな」

 

「あら? 私もご馳走になったけどアレ美味しかったわよ? 仮にも学び舎にチョコレートリキュールを持ち込むのはどうかと思うけど、お菓子の材料だからノーカウントだって言われたら認めるしかないわよねぇ」

 

「餌付けされてんじゃねぇよ、子どもか」

 

「フッ、甘いわねシリウスちゃん。大人の悪ふざけはね、お子様とは比べ物にならないぐらい派手で馬鹿馬鹿しくて後先考えなくて迷惑な結果にしかならないの。なぜなら普段は賢いフリをして我慢している真面目な大人たちもアッサリと一線を越えて共犯者になるからよ!」

 

「最近、名誉とやらに目が眩んでるトレーナー連中のほうがまともな気がしてきた。主に常識の部分で頭の具合がな」

 

「賢いだけでは未知なる道を切り開くことはできないわ。だって、過去に誰かが歩いた場所をそのままなぞるほうがずっと簡単で楽でしょう? それが楽しいかどうかは別として」

 

 いつの間にか並んで窓の外を眺めていた老婦人トレーナーが、なにが楽しいのかニコニコと微笑みながらシリウスシンボリの独り言に答える。

 以前の学園の様子に不満を抱きつつも、なまじ発言力があるせいで不自由な思いをしていたであろう彼女のフラストレーションはかなりのモノだったのかもしれない。

 

 

「もちろん良い変化ばかりじゃないのも確かだけれど。新入生や新人トレーナーに自己評価の高い、成功への期待値を上のほうに見積もっている子が例年より豊作なのよね~」

 

「ハッ! ずいぶん言葉を選ぶじゃないか。アンタらしくもない」

 

「勘違いを拗らせた身の程知らずが多くてイチイチへし折って教育するのがクッソ面倒なのよね~」

 

「前言撤回だ、少しは慎め」

 

「大丈夫よ、こう見えて私は外面を取り繕うのは得意だから。それに、ハッキリ言って新人教育のために貴重な時間を浪費しているヒマなんて無いもの。()()()()()()()()()()()()()姿()()()()()()()()()()()()()

 

「……どいつもこいつも好き勝手に言いやがって。ったく、トレセン学園が少しは愉快になったと思えば同じだけ面倒が増えやがった」

 

「そんなアナタにひとつ、イイことを教えてあげる。大人が慎重に言葉を選ぶのはね、発言に対する責任を回避するためなのよ? シリウスちゃんってば普段あれだけ強気な態度を見せていたんだもの、いまさら尻込みなんてするワケないわよね~?」

 

 

 上品で穏和な笑みのまま『お前の日頃の行いだよ』と言い放つ担当トレーナー。本当に、中央トレセン学園が遊び場として格段に面白くなったのは結構なことなのだが……シンボリルドルフの変わり様といい、担当トレーナーが想像以上に自由人だったことといい、賑やかすぎるのもどうなんだ? とシリウスシンボリは思わずにはいられなかった。

 




本作のシリウスはアッサリ爽やか風味。

ちなみに作者の初凱旋門ウマ娘はサイレンススズカでした。やはり頭スズカこそ最速。


続きはコーヒーの温度をどうするか迷わない程度の気温になったら、次はBNWの準備会になります。


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こだま。

感想にて凱旋門ウマ娘自慢を読んでいて思いましたが、もしも据え置き等でウマ娘のゲームが出るなら記録の確認が欲しいですね。
日本ダービー初勝利とか、初代クラシック三冠ウマ娘は誰なのかとか、ぶっちゃけ完全に忘れてます。


「ぐわぁぁぁぁ……ッ!! なんで、私は、あんな、ことをぉぉぉぉ……ッ!?」

 

 

「ライアンく~ん? いい加減に立ち直りたまえよ~。あれから何日経過したと思っているんだ~い?」

 

「普段真面目なだけに、ああいうマイクパフォーマンスをテンション任せにやるとはこのアイネスの目をもってしても見抜けなかったの」

 

 

 

 

 貴方は自身が所有するチート能力が完全無欠にして最強の力であることを確信していますが、油断も慢心もしない転生者として日々の鍛練を怠ることはありません。

 たとえ斬魔の領域にある銘刀であろうと使い手が未熟であればナマクラ以下の長ネギにも劣る。超一流の悪役トレーナーとしてチート能力を自由自在に扱えるよう自己を高め続ける必要があるのです。

 

 と、いうワケで貴方の本日のお楽しみはルームにて菊花賞の映像を鑑賞し分析するという内容になりました。

 

 すでに何度も見返している映像資料ではありますが、そこから得られる情報はまだまだたくさん残されていることでしょう。むしろ、ヒントを得られる限界とはすなわち鑑賞する側の分析能力の限界であると貴方は考えています。

 取り引きをしているウマ娘たちの能力は千差万別。それぞれのトレーニングに有効活用するための情報もまったく違うモノが必要なワケですから、それぞれのウマ娘たちを成長させるために視点を変えればいくらでも新しい発見を手にすることができるのです。

 

 

 案の定、貴方の意思とは無関係にミスターシービーやトウカイテイオーやマヤノトップガンやキングヘイローやスーパークリークやマチカネフクキタルやライスシャワーやトーセンジョーダンやゴールドシップやダイタクヘリオスやセイウンスカイやビワハヤヒデやエアシャカールなどのウマ娘たちがソファーや畳スペースなどで好き勝手にくつろぎながら同じモニターを眺めていますが、鍛練の邪魔になることもないので放置することにしたようです。

 

 

 ちなみに、メジロライアンが頭を抱えて悶えているのは菊花賞に勝利後のウィナーズサークルのインタビューにて「最も強いウマ娘が勝利すると言われている菊花賞でメジロライアンが勝ったのは偶然などではない。春の天皇賞でそれを証明し、ファンにもライバルにも今日の結果は必然だったと納得させてみせる」といった内容の発言をしたことについて羞恥のキャパシティが耐えきれなかった結果によるものです。

 あるお屋敷では一組の夫婦がメジロライアンの勝利宣言を聞き大喜びで秘蔵のシャンベルタンの封を切り日も沈まない明るいうちから品格を損なわない程度にテンション高めで祝杯を楽しんでいたりもしますが、そちらに関しては一切無関係である貴方のトレセン学園追放RTAのタイムに与える影響は無いものとして計算しておけば特に問題はないということにしておきましょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「やはりクラシック三冠における最大の難関は菊花賞だろう。ダービーで圧勝したアイネス君が入着すらできなかったのだからな」

 

「最後に追い上げてきた連中の末脚がイカれてたのもあるだろ。ギアが落ちたアイネスだけじゃねぇ、好走してたタキオンでさえ4着で終わってンだ」

 

「う~ん、スタミナを温存しておいてラストスパートでズバッ! と引っこ抜いて1着っていうのもカッコいいんだけどな~。でも王道の先行で堂々と勝ってこそトウカイテイオー様の実力だって感じも出るし~」

 

「なるほどなるほど~? やっぱり長距離を逃げきるには色々と仕掛けが必要みたいですね~? バカ正直にスタミナ勝負したんじゃあ、スペちゃんやエルのほうが有利だろうし……さて、どすれば勝てるかにゃ~」

 

 

 ウマ娘たちがそれぞれに思考を巡らせていますが、とりあえずアイネスフウジンが入着すらできなかった理由の真実については貴方はしっかりと把握しています。

 長距離適応のためのトレーニングを仕上げるときに、アルバイト先でスタッフのひとりが家族の看病のために急遽休むことになってしまい、そのヘルプを引き受けたことで準備不足のままレース当日を迎えてしまったのです。

 

 もちろんアイネスフウジン本人はそのことを理解していることでしょう。そして本来ならば正式に担当契約をしているトレーナーが激励する場面なのかもしれませんが、模範的悪役トレーナーである貴方がそんな手ぬるい対応などするはずがありません。

 気まずそうに苦笑いをする彼女に対し「お前が敗けたのはお前自身の弱さのせいだ。ほかに理由など存在しない。反論したければ結果を出すことだな」と追い討ちをかけることでヘイトコントロールを完璧に遂行してあるのでご安心ください。

 

 

 いつものように悪役ムーブが絶好調の貴方は、当然の権利のように菊花賞の話題で盛り上がるウマ娘たちから嫌われるための手段をすでに思いついている様子。

 狙い目はどうやらクラシック三冠を目指すプランについて語るビワハヤヒデに定めたらしく、菊花賞を鬼門だとする彼女に向かってこう言いました。

 

 ビワハヤヒデが菊花賞を勝つのは難しくない。だが、ウイニングチケットとナリタタイシンのふたりが同期として出走する以上、皐月賞と日本ダービーを勝てる可能性は恐ろしく低いだろう……と。



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ちゅうだま。

 妹であるナリタブライアンの暴力的なまでに力強い走りが未だにトレーナーたちの判断力に影響しているのかビワハヤヒデに声をかけるトレーナーがなかなか現れず、仕方なしの済し崩しで貴方がターフに同行しタイムの計測やドリンク類の準備やフォームの改善案提供や現時点での目標レースで勝利するための対策構築などのちょっとした手伝いをしなければならないという悲惨な状況にあります。

 対してウイニングチケットとナリタタイシンはそうではありません。いつの間にか貴方の画期的悪役追放プランのひとつである“夜間トレーニング監督ごっこ”という恐ろしい取り引きの犠牲者の一部になっていましたが、現在ではそれぞれに真っ当で真っ直ぐな若き新人トレーナーたちと二人三脚でメイクデビューに向けてトレーニングに励んでいるからです。

 

 そして担当しているトレーナーたちは若いだけあり柔軟な思考の持ち主なのでしょう。教科書通りのトレーニングを押し付けるのではなく、それぞれの持ち味を活かすためにはなにが必要なのか愛バと真摯に向き合ってクラシック三冠ウマ娘の称号獲得を目指している様子。

 貴方は以前ウイニングチケットとナリタタイシンに「ホープフルステークスからシニア級の有マ記念までの適性距離のGⅠを全て勝とうとした場合たぶんこうなるんじゃないかな~」といった内容のトレーニング計画を戯れに1冊のノートにまとめてインスタントラーメンの調理中にでも流し読みしてみればいいと渡したことがありますが……そんな一晩で書き上げた適当なノートとは違うしっかりと使い込まれたモノを持ち歩いているぐらいには将来有望なトレーナーたちです。

 

 

 彼らの所持しているノートのデザインが偶然にもウイニングチケットとナリタタイシンに渡した物と酷似しているなどという些細な違和感など万能チート能力を持つ貴方には関係のない話であり、いまはそんなことよりビワハヤヒデが単独出走でメイクデビューしてしまう可能性が高いことのほうが重要というもの。

 

 

 とはいえ、ナリタブライアンの走りが目立つせいでビワハヤヒデの走りが過小評価されている……などと本人に伝えるワケにはいきません。

 ナリタブライアンは純粋に勝負の世界を楽しんでいるだけであり、その姿に目を眩ませてビワハヤヒデの能力を見抜けないのはトレーナー側の能力の問題であると貴方は考えているからです。

 

 

 そこまで考えた貴方は現状を打破するための簡単で効果的で実にウマ娘的な方法があることに気がつきます。

 

 

 そうだ、下らない先入観のせいでビワハヤヒデの強さを理解できないのであれば、否応なしに理解できるような場を整えてやればいいじゃないか。

 活躍するウマ娘が現れるたびに有識者や専門家を名乗る素人どもが御託を並べるが、ウマ娘にしろ人間にしろ本気になって取り組んだ物事は他人が言語化などできるワケがない。

 

 なんといってもここは中央トレセン学園。さまざまな理由で勝負に挑むウマ娘たちが集い、そんなウマ娘たちの走る姿に魅了されたトレーナーたちが集う場所。

 参加者を集めるための手段にしても、悪役トレーナーとして蓄積した手札を駆使すれば模擬レースのひとつやふたつなど容易く開催できることだろう。

 

 

 あとは距離をどうするかという問題ですが、当然ながら菊花賞の距離を設定することはできません。以前ミスターシービーの菊花賞トレーニングのためにセルフ菊花賞を開催したことがありますが、アレは都合良く条件が揃っていたから可能でした。

 長距離レースは単純にウマ娘たちの脚に大きな負担をかけてしまいます。普段から悪役トレーナーとして傍若無人な振る舞いをしていたにもかかわらずマチカネフクキタルやライスシャワーの調子が絶好調という幸運を引き寄せることができたのは奇跡も同然であり、そのようなご都合主義などそうそうあるものではない……と、貴方は考えているようです。

 

 ならばビワハヤヒデに相応しい模擬レースの条件とはなにか? もちろん転生者である貴方は、それは『宝塚記念』であると瞬時に判断することができました。

 

 ついでにサイレンススズカも一緒に走らせておけば気分転換もできて好都合というもの。担当トレーナーが見つかるまでと思い早朝5時開始のランニングに付き合っている貴方ですが、毎朝のように準備する音で起こされるのが少し……とスペシャルウィークに相談されていたので丁度いいかもしれません。

 

 

 そうと決まれば善は急げ。宝塚記念が開催される阪神レース場を模した練習場は中央トレセン学園にも存在しますが、ウマ娘たちを娯楽目的の道具として扱っている自分に使用許可など出るはずがないと貴方は信じて疑っていません。

 無いモノは作ればいい。勝手に縄張りとして悪用している第9練習場を阪神レース場と同じ条件に改造すれば万事解決。貴方は「コースを宝塚記念用に改造して勝手にグランプリ始めっぞオラァッ!!」と気合いを入れ、なんとなくその場の勢いでゴールドシップとマーベラスサンデーを担いでルームを飛び出しました。



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おおだま。

「絶品ッ!! 理事長として食事の場に赴くことが何度もあったが、たったひと口で感動を覚えたのは初めてだッ! ……いや、本当に美味しいなこのパフェ。お店で食べようと思ったらいくら支払えばいいんだ……?」

 

 

「いやぁ、普段のジャージ姿でアンニュイなトレーナーさんも悪くないけど……スタイリッシュなコックコートも似合っているね」

 

「料理自慢のトレ公が本気で作ったバナナパフェか。せっかくの機会だ、こりゃなんとしても1着になって味を盗ませてもらう必要があるさね!」

 

「わぁ……とっても美味しそう……♪ 見た目もキレイでキラキラしてるし、ここまで甘くてイイ香りがしてくるね……!」

 

「なんなら試食してる理事長の髪の毛などが物理的にキラキラしてる気がしますけど。まぁ、あのトレーナーさんが作るパフェですからねぇ? ご利益のひとつぐらいあったとしてもいまさら驚きませんが」

 

「そーいや最近パフェとか食ってねーかも。てか、チョコレートとバナナのパフェとかいっつも変なコトしてるクセにこーゆーとこガチの組み合わせでくんのウケる」

 

「いや、そもそもコース横でパフェ作るとか意味わかんないんだけど……。景品っていうから、てっきりどこかのカフェテリアとかそういう……えぇ……? なんでみんなリアクション薄いワケ……? まさかアタシが間違ってんの……?」

 

「トレーナーさんが改造したコース……いつもと少しだけ違うターフの香り……ここをおもいっきり走ったらどんな景色が見えるのかしら? フフッ♪ 楽しみね!」

 

「……よし。これはいつもと変わらないたわけ発案の模擬レースだな、うん。そうだなスズカ楽しみだなぁ」

 

 

 戯れにダウジングを試みたら現代人類には好ましくない物品を掘り起こしてしまい溢れる正邪混合☆マーベラス案件を知り合いを呼びつけて封印することになったりと多少の紆余曲折はありましたが、無事コースの改造は完了して模擬レースを開催することができました。

 参加ウマ娘を集める行程にしても、景品として貴方が肉体・魂・精神の全てを駆使して作り上げた『糖質脂質極限カット完全比率チョコバナナパフェ』を用意することで滞りなく解決しています。とあるウマ娘が「ウチらのトコのトレーナーがプチ宝塚記念やるらしいんだけど参加したいヤツおらん?」といった内容の文章を広めたりもしていましたが、貴方はその事実を知らないため自動的に存在しないものとして扱われることでしょう。

 

 ウマ娘と担当トレーナーが交わす約束事のように微笑ましいものではなく、手前勝手な都合で景品を設定して真剣勝負を汚す行為。これは確実に追放ポイントが高いだろうと貴方の中では拍手喝采が鳴り止まない様子。

 そしてそれを偶然ふらりと現れたトレセン学園の最高権力者である秋川やよい理事長に献上することで、普段あれだけウマ娘たちに偉そうな態度を見せておきながら権力者には恥も外聞も無く媚びるのかとヘイトを稼ぐことも忘れません。

 

 

「有用な方程式も使いこなせなければ意味がない、とは確かに同意できるが……そのためにコースまで作り替えてしまうとは。ここまでお膳立てしてもらったのでは、先頭でゴールを駆け抜けなければならないな」

 

「へぇ、ハヤヒデがそういうコト言うの珍しいね。ま、いいんじゃない? そっちのほうが生き生きしてるし。だからって、負けるつもりはないけど」

 

「うぉぉぉぉッ!! 燃えてきたぁぁぁぁッ!! ハヤヒデッ! タイシンッ! 今日はよろしくねッ!!」

 

 

「先輩ッ! 今日は胸を借りるつもりで挑ませてもらいますッ! よろしくお願いしますッ!」

 

「ここまで充実した模擬レースはなかなか参加できませんからね。ありがたく、オレもしっかり勉強させてもらいます」

 

 

 特に誘った覚えはありませんが、案の定BNWが揃い踏みと相成りまして。ウイニングチケットの担当トレーナーであるナイスガイと、ナリタタイシンの担当トレーナーであるイケメンが律儀に挨拶にやってきました。

 なんとまぁ礼儀正しいことでしょうか。悪役トレーナーとして礼節の欠片も見せることなく今日まで追放ムーブを続けてきた貴方にしてみれば、自分相手に頭を下げさせることに申し訳なさを感じてしまう場面でしょう。

 

 もちろんこのまま「はいヨロシク~」とはなりません。

 

 かつては己が新人の立場であり、先輩トレーナーに対して生意気な態度を示すことでヘイトを稼いできました。

 しかし、いまでは追放計画が順調に進んだ結果こうして貴方が先輩という絶対的立場を手にするまでに至ったのです。

 

 

 ならば、やるべきことは決まっています。先輩風をギュンギュンに「吹き荒れる様はまさに嵐……ッ!!」と超忍が恐れ戦くレベルで吹かせてパワハラを実行するしかありません! 

 

 

 まず、貴方はわざとらしくタメ息を吐いて秋川やよい理事長の方へ向き直り「新人トレーナーたちは能力こそ優秀でも態度に問題があるようですね」と報告します。

 誰がどう見ても礼儀正しい挨拶をした後輩トレーナーたちへの評価としては不適切であり、ウマ娘たちも、後輩トレーナーたちも、そして秋川やよい理事長もスプーンを止めて「は?」という心の声が聞こえてきそうな表情になっています。

 

 これにして下拵えは完了です。貴方は後輩トレーナーたちへ「たとえ模擬レースでも勝つつもりがないのなら、自分の担当するウマ娘こそが必ず勝利するのだと断言すらできない程度の意気地しか持っていないのなら、気安く話しかけてくるんじゃねぇ」とこれ以上無いほどの上から目線で、自分こそ担当するウマ娘がひとりもスカウトできずにいるという事実を棚上げしてドヤ語りをするのでした。



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けだま。

 コース作りの報酬に貴方が調理した豚肉と牡蠣のキムチ鍋を食べるゴールドシップとマーベラスサンデーとトレセン学園レース場整備スタッフの皆さんが少し離れた小部屋から見守る中、ついに勝手に改造グランプリ宝塚記念編が始まろうとしています。

 とても偉いことに貴方はビワハヤヒデの走りをトレーナーたちに宣伝するという目的を忘れてはいませんので、今回の出走メンバーには“メイクデビュー前の高等部ウマ娘のみ”という制限を設けることでパワーバランスの調整についても配慮は完璧です。

 

 視界の端っこのところで参加資格を得られなかった芦毛の怪物(仮)や日本の総大将(仮)やメジロの名優(仮)が両手両膝を地面につけてショックを受けている気がしますが、それぞれスーパークリークとキングヘイローとトウカイテイオーが慰めているので放置しても問題はありません。

 

 

 最大のライバルとなる可能性が高いウイニングチケットとナリタタイシンは現在、貴方の暴言を受けて義憤に燃える担当トレーナーたちと丁寧に打ち合わせを行っている真っ最中。

 そして堂々と大きな声で中央トレセン学園の害悪にして最低の悪役トレーナーを打ち倒し、ウマ娘たちの未来のために必ず追放してみせるといった内容の宣言をしたと意訳してメッセージをうけとった貴方は大満足。

 

 そんな新世代の頼もしさに秋川やよい理事長も『激アツッ!!』と扇子を広げて大喜びの様子。パフェをテイスティングしたことも含めてなのかやたらとキラキラして上機嫌です。

 

 

 肝心のビワハヤヒデにアピールポイントになりそうな仕掛けどころについて序盤、中盤、終盤それぞれにアドバイスをしっかりと行い、もちろんほかの参加者で貴方と取り引きをしているウマ娘たちにも悪役の嗜みとしてそれぞれに1番にゴール板を駆け抜けるために必要な指示を出している貴方でしたが……どこか楽し気なウマ娘たちの様子を見て『おかしい。なにかひと味、刺激が足りないな?』と感じます。

 

 

 ウマ娘たちが心のままに走る姿を見るのはとても楽しいことなのですが、なにを隠そう貴方は中央トレセン学園から追放されて自由気ままにウマ娘たちのレースを楽しめる立場を手に入れたいという志を持つ悪役トレーナー。

 ならばこの場で求めるべきは、もっと刺々しい雰囲気でギスギスした視線が交差するような激しいバトル。もちろん熱中し過ぎて怪我をしてしまうようでは困りますが、お遊び気分でぬるま湯のような走りの模擬レースで「楽しかった~」などという感想が出てくるようでは悪役としての沽券に関わるというもの。

 

 

 さて、なにか良い具合に使えそうなネタはないかとキョロキョロする貴方ですが──誰よりも楽しそうにターフの具合をフミフミして確かめているサイレンススズカと目が合ったので、これは丁度いいと手招きをします。

 

 

「トレーナーさん? なにか、気になることでもありましたか?」

 

 自分がこれから起爆剤として利用されるとも知らずに無防備にトテトテと歩いて近付いてくるとは、大真面目に早くサイレンススズカを担当してくれるトレーナーを見つける必要がありそうだ……。

 

 そんなことを思いながら、貴方はサイレンススズカにとある山の中に大昔のウマ娘たちがトレーニングに利用していたコース跡地を発見したことを伝えます。

 少し整備すれば使えるようになること、そして車で移動すれば日帰りで充分トレーニングを堪能できると話した上で──スタートから200メートル以降、1度も先頭を譲らないでゴールしたら教えてやろうと告げました。

 

 

 ピクリッ! とウォーミングアップをしているウマ娘たちの耳が動き、貴方に敵意がタップリと含まれている気がする視線が集まります。

 貴方は続けて「特別ルールの追加だ。もしもサイレンススズカが1着になった場合は、五バ身以内にいたウマ娘は1着扱いにしてパフェを食わせてやろう」と高笑いしました。

 

 

 なんとわかりやすい挑発でしょうか! 真剣勝負の世界に生きるウマ娘たちに対して情けをかけてやるという上から目線のこのセリフ、貴方の意図を理解できていない者など未だ見ぬ景色に想いを馳せる異次元の逃亡者以外では勝手に材料を使ってオリジナルパフェを作っている最中のハルウララとツインターボぐらいなものです! 

 

 

 こうして無敵のチート能力を駆使して製作されたコースに、鉄壁の悪役ムーヴによって積み重ねられた風評、そこにマザーボードを紛失してもチョコチップクッキーで代用可能な究極の演算能力を持つ頭脳によって導かれた追放の方程式は完成しました。

 この模擬レースが終わるころにはビワハヤヒデの走りに魅了されたトレーナーたちがスカウトを行うべく計画を立て始めるのはもちろん、ついでに大逃げを指示したサイレンススズカの類いまれなるスピードも注目を集めることになるでしょう。

 

 BNWのクラシック級での活躍を自宅のモニターでのんびり眺めて楽しむ、そんな未来を想像しながら貴方はスタートの時をいまかいまかと待ちわびていました。




次回は模擬レース視点です。


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『未知なる道』

答え合わせの時間。


「すまないチケゾー。お前と一緒に必ずダービーを勝つって大口を叩いていたクセに……先輩が相手だからって、ほんの少しでも“もしも勝てなくても”なんて考えちまった……ッ! だがッ! オレはもう迷わないし、臆さないぞッ! チケゾーッ!! この模擬レース、勝つのはオレたちだッ!!」

 

「ト、トレーナーさん……ッ! そうだよねッ! みんな勝ちたくて、勝つためにたくさんトレーニングしてるんだもんッ! どんなレースだって本気で勝つために走らなきゃダメだよね……ッ! うぉぉぉぉッ!! 燃えてきたぁぁぁぁッ!! うんッ! このレースをォッ! 勝つのはアタシたちだぁッ!!」

 

 

「暑苦しい……。ま、チケットらしいと言えばらしいけど。アイツのことだから、負けても熱い勝負ができたから~とか言ってニコニコ笑ってそうだったけど」

 

「たとえ本人に悪気がなくても、負けたことをアッサリ認めるのはライバルとしては面白くないかい?」

 

「そりゃあ、ね。さすが、それと似たようなコト言って叱られてただけあって察しがいいじゃん」

 

「それについては本当にすまなかった。あんな不甲斐ない姿は2度と見せないって約束するよ。ナリタタイシンは強いだけじゃない、勝てるウマ娘だって堂々と宣言してみせるさ」

 

「コッチもコッチで暑苦しい……。別にいいけど」

 

 

 中央だけではない、トレセン学園なら日本各地はもちろん世界中のどこでも毎日のように当たり前に行われている模擬レース。

 しかしそれに参加するために筋肉をほぐして暖気運転を始めているウマ娘たちの瞳は、これから重賞レースに挑むかの如く熱と輝きに満ちていた。

 

 いや、正確に表現するならばそれは『怒り』に近い感情なのかもしれない。

 この場を用意した名物にして迷物トレーナーである彼が放った露骨な挑発を前にして滾らないようではトゥインクル・シリーズでライバルたちと競い合うことなどできないだろう。

 

 

 もっとも、挑発のための燃料にされたサイレンススズカ本人は周囲の変化など気にした様子はないのだが。

 それは別に彼女が他者からの視線に特別鈍いというワケではなく『そういう生き物』として認識されているためヘイトが向かないというだけの話である。

 

 

「おーおー元気なこって。さすがはウマ娘、模擬レースでも気合いは充分ってかぁ? よかったなハヤヒデ、これなら勝利の方程式を組み立てるための下準備にゃ困らねぇだろ」

 

「そのためにレース場を改造して、集まったウマ娘たちをわざわざ焚き付けるトレーナーなんてキミぐらいなものだろう。しかし……いいのか? いや、こうして環境を整えてくれるのはありがたいのだが、キミの見立てでは私は晩成型なのだろう? その」

 

「そうだな。ほかの連中、特に早熟型に近いチケットとタイシンとは相性が悪いだろう。いやホント、本格化の進行とアスリートとしての身体能力がイコールじゃねぇのはなかなか()()()()()だなと感心してるよ」

 

「フフッ……面白い、とは。なんとも頼もしい言葉を聞かせてくれるじゃないか」

 

 彼のルームに出入りするウマ娘の中では比較的新顔であるビワハヤヒデだが、強がりでも見栄でもなく本心から楽しんでいることは探るまでもなく読み取れる。

 それを不真面目、あるいは不謹慎として指摘する者もいることだろう。事実、ウマ娘のトレーナーという職業を名誉であると考える大人たちや中央トレセン学園に所属してトゥインクル・シリーズに挑むことを誇りとする学生たちの中には彼の勤務態度を否定的に評価している者はそれなりにいるのだ。

 

 

 とりあえずコックコートにトレーナーバッジをつけてコースに立ってるのだから勤務態度について反論する余地は無い。それはチーム・ポラリスの一員として黒のジャージを羽織っているウマ娘が全員同意する事実である。

 外部からカメラなどのメディアがやってくる式典やイベントのときはまともな服装であったり、そもそもルームに引きこもっているあたり、自分の立ち振舞いに問題があると自覚した上で好き勝手なことをしているのは明白なのだから嫌う者がいるのも当然だろう。

 

 それは現在こうしてアドバイスを受けているビワハヤヒデも同様で、以前の彼に対する評価は決して好ましいモノではなかったが──。

 

「面白ェさ。先人の知恵に倣うのも、試行錯誤の果てに組まれたテンプレに頼るのもトレーナーとして正しい姿なのは確かだよ。だが」

 

「せっかく冒険をするなら足跡の無い道を選んだほうが楽しめる、だろう? そして高山や海底、あるいは秘境に挑む者たちは無謀に見えて誰よりもリスクを恐れることができる……だったかな」

 

 それは友人にしてライバルであるふたりに誘われ試しに夜間練習に参加して、どうしても無難なトレーニングプランしか考えることができないとこぼしたときに言われたセリフであった。

 

 話してみないとわからないことがある。外から見ているときには、いくらウマ娘側が望んだからといって無茶なマネを了承するなどトレーナーとしてどうなのか? 本来ならば抑止する立場であるべきではないのか? などと考えていた。

 だがそれは──乱暴な言い方をするならば“その考え方は部外者による余計なお世話でしかない”と知るまでにそう時間は必要としなかった。夢のために、必要だから、危険を承知で。そして全ての責任は自分のモノであると堂々とした態度を崩さないトレーナーがいるのだからウマ娘たちが加減や遠慮などするワケがないのだ。

 

 

 そして、もうひとつ。彼のスタンスは“必要ならば無茶でも認める”というだけで、必要ないのであれば真逆のプランでも良いのであって。

 

 

「なに、オマエまで同じほうを向いて走るこたぁない。なにせオマエは『ビワハヤヒデ』なんだからな。教科書通りの普通の走り方しかできないのなら、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 それができないから誰も彼もが苦労するのだろうに……と、そう思いつつもその言葉をビワハヤヒデが口にすることはない。

 なにせ目の前にいる男性はどんなウマ娘のどんな走り方でも全肯定する良くも悪くも感性が歪んでいるトレーナーである、苦労を苦労と認識してくれることを期待するだけ無駄だからだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 主催者直々の「やっぱグランプリつったらオペラオーだべ」というご指名によりキレのあるポージングでテイエムオペラオーが出したスタートの合図で始まった模擬レース。

 参加するウマ娘はもちろん観戦している者たちも予想していた通り、まずはサイレンススズカが先頭を駆け出した。かつては目立ちたがり屋の一発芸と言われていた、しかし現在では追う者たちにある種の恐怖を抱かせる『大逃げ』の走りである。

 

 

(後ろに張り付くのは諦めた、か。ま、そりゃそうだ。加減が完璧なバカに鍛えられた加減を知らないバカの走りに真面目に付き合ってなんかられないって)

 

 追い込みの位置からじっくり全体を観察していたナリタタイシンは、サイレンススズカの後ろに位置取りを試みたものの数秒ほどで諦めてペースを落としたウマ娘たちを見て呆れたように微笑んでいた。

 気持ちは理解できる。速いウマ娘が前にいる、そのプレッシャーに耐えながら自分の走り方を冷静に続けるのが難しいのは『差し』や『追込』の脚質を持つ者ならば誰だって知っている。

 

 もっとも──何処かのバカに「お前は最後の直線だけレースしとけば勝てるから」と言われてからは、ナリタタイシンは無理に競り合いにいかずとも平常心を保てるようになったのだが。

 

 一瞬だけ、担当トレーナーと目が合う。

 

 新しい、自分だけのスタイルの試行錯誤は楽しいが……ただでさえ小柄な体格で不利だというのに、走り方に癖が付けばスカウトとは無縁のままメイクデビューを走ることになると思っていた。

 しかしどうやら物好きなトレーナーとやらは自分が想像していたよりも大勢いるらしい。あるいは、この模擬レースに担当ウマ娘を参加させているトレーナーたちは大なり小なりあの男の影響を受けた──その背中を追いかけてみたいと道を踏み外したのかもしれない。

 

 まぁ、なんにせよ。勝てるウマ娘だと本気で信じてくれるトレーナーと無事担当契約できたのだ、ささやかな恩返しの意味も含めて1着になるところを見せてやろうじゃないか。

 

 

 ◇◇◇

 

 

(さて、なかなか厳しいレースになりそうだな。トレーナー君の言っていた条件がただのハッタリではないのがよくわかる。スズカ君の大逃げ……外から見ているだけとは大違いだ)

 

 観察し、判断し、組み直し、実行する。

 

 データはもちろん集めていたし、実際に同じレースで勝負をすることを想定したプランも複数用意してある。性格的な問題からリスクの高い選択肢を選ぶことができない自覚があるからこそ、リスクを最大限に潰すための努力を怠ったことなどない。

 それでも。どれだけ可能性を考慮してプランを組み立てても、リアルタイムで変化するレース運びを全て予測するなど不可能である。ならばどうするか? 答えは至って単純、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 故に、勝利の方程式。どのような状況でも1着という答えを導くことができる、理屈屋の自分だからこそ使いこなせる万能ツール。

 

(ある意味、これはこれで楽な作業なのだが。スズカ君もそうだが、皆それほど臨機応変な走りなどできないからな……)

 

 ポラリスのメンバーにはタマモクロスやマヤノトップガンなど自由な位置取りで走れるウマ娘は何人かいるし、アグネスデジタルあたりはターフとダートの両方に連れ出されているようだが……大半のウマ娘は、自分に適したスタイルを徹底的に磨くパターンが多い。

 つまり、ライバルたちが隠している切り札がなんなのかを見抜いてしまえば、あとはそれらを方程式にはめ込んでしまえばいいだけ──などとサラッと言われたときには軽く目眩がしたものだが、すでに充分なデータが存在しているのに『できるワケがない』と諦めるほどビワハヤヒデは退屈なウマ娘ではなかった。

 

 

 なにより、ほかのウマ娘たちにそうするように『お前ならそれぐらいのことはできる』と自信満々に言われたのに引き下がるようではウマ娘としてのプライドに関わってくる。

 

 

(問題は、未完成の方程式でどこまで勝利に近づけるのか。そもそも私の思考速度がレース展開に本当に追いつけるのか。まだまだ解決しなければならない課題が山積みだが……ここはひとつ、私を信じるトレーナー君を信じるとしようッ!!)

 

 リスクを嫌うビワハヤヒデだが、自分のためにレース場まで改造してみせたトレーナーの言葉を疑うほど薄情者でもなければ臆病者でもない。

 勝利の方程式を証明するよりも先に、まずはビワハヤヒデが強いウマ娘だと断言してくれたことが間違いでないと証明するために。

 

 ターフを蹴る力に、意志の力が宿り。

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぉぉぉぉッ!! 燃えてきたぁぁぁぁッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

『『『『え゛』』』』

 

 

「チケットッ! 前に出過ぎ──いやッ! そうじゃないッ! 担当ウマ娘の力を信じるのもトレーナーの役目だろうがッ! がんばれチケットォォォォッ!! オマエがナンバーワンになるんだぁぁぁぁッ!!」

 

 

「おやおや……。トレーナーくん、アレ、大丈夫なのかい? 彼女の脚質は『差し』がメインなのだろう? スズカ君の大逃げと競り合うのは怪我のリスクを考えるのであれば、あまり好ましくないと思うのだがねぇ」

 

「うん、まぁ……うん。俺の見立てでは怪我する可能性はゼロだから……。いや、マジかぁ。なぁタキオン、もしもチケットの勝負服が完成したとして、それ着てテスト受けたらアイツ満点とるぞって言ったら信じるか?」

 

「…………。…………。…………驚きの、ウマ娘の神秘だねぇ」

 

「ま、まぁ、掛かりまくってはいるけど、チケットは先行もいけるから……その、ギリギリ大丈夫と言えなくも……うん。これビワハヤヒデ含めて取引中のウマ娘、トレーニングプラン組み直さないとダメかもなぁ……」

 

 

 燃え上がるテンションに背中を押されて前に出たウイニングチケット、そして想定外の競り合いにますます速度を上げるサイレンススズカ。

 このままでは様子見している間にふたりがゴール板を通り過ぎてしまうと否応なしに加速させられるビワハヤヒデとナリタタイシンを含む模擬レース参加中のウマ娘たち。

 

 本来であればレース展開がメチャクチャであると頭を抱える場面だが、観戦しているウマ娘たちはもちろん、若手トレーナーたちもベテラントレーナーたちもお構い無しに声援を送り続けている。

 この程度のハプニングで驚くようではこれから先のトゥインクル・シリーズで生き残れない、彼ら彼女らの中にはそうした意識が芽生えているのだ。

 

 そして、そんな様子を満足そうに見守りながら理事長である秋川やよいは……にやける口もとを扇子で隠すのであった。




BNWでミックスデルタを使うなら、ハヤヒデが『天』でタイシンが『水』でチケットが『火』でしょうか。エフェクトでいえばダークエターナルのほうが好きですけど。


続きは雪見だいふくをココアに浮かべる準備が整ったら、次の登場ウマ娘はメジロブライト等になります。


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ほわぁ。

雪見だいふくはノーマルも良いが小さいヤツが9個並んでいるヤツも良い。


 貴方は目的のために楽しみながら悪役トレーナーとしての立ち振舞いを実行していますが、その裏では秘かにウマ娘たちを支えるために然り気無く様々な支援をしていると自負しています。

 悪事がそうであるように、善行も暴かれさえしなければ評価されることもない。訓練された兵士が大勢配備されている密林の基地でもダンボールひとつで完璧なスニーキングミッションを遂行できるエージェントの如く、貴方のウマ娘たちを想う姿の隠しぶりは正面戦士も納得の完成度でしょう。

 

 しかし、それは逆の見方をするのであれば……表だってウマ娘たちやその関係者へ手助けすることはできない、という意味でもあります。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「えっと、その……すみません? ドーベルのことで悩んでいたときに、えーと、1度頭の中を整理しようと思ってベンチでコーヒーを飲んでいたらいつの間にか隣にいて。それで」

 

「トレーナー様にはわたくしはもちろん、ライアンお姉様もお世話になっておりますので~。ドーベルのことを相談なさるのであれば、トレーナー様以上の適任者はおりませんわ~」

 

 のんびり屋さんではあるものの行動力そのものはメジロのウマ娘の中でも屈指であり、しかもマイペースであるメジロブライト。彼女が貴方のルームにやってくること自体は特に問題ではありません。

 何故ならメジロブライトはトレーニングの準備とウォーミングアップに関してほかのウマ娘よりも丁寧に行うため時間がかかり、練習を始めるころには貴方の縄張りである第9レース場しか利用できなくなっているため自然と夜間練習に参加しているからです。

 

 

 デビュー前のウマ娘の中でもトップクラスのスタミナと致命的なほど瞬発力に個性が含まれていることから、ハルウララを始めとした長距離チャレンジ組の併走相手として重宝しているメジロブライトですが……まさか悩めるメジロドーベルの担当トレーナーを連れてくるとはチート転生者である貴方でも予測することはできませんでした。

 

 

 冷静で的確な判断に自信のある貴方は、このままメジロドーベルの担当トレーナーの悩みを聞き出すことは悪役トレーナーとしてあるまじき行為であることを見逃しません。

 ですが、目の前の好青年オーラに溢れたドーベルトレーナーもまた自分を追放する者として期待できる正統派トレーナーのひとりです。メジロライアンとメジロブライトから得た情報によれば多少のぎこちなさはあるものの良好な関係を築いているとのことで安心していましたが、なんらかのトラブルによりその信頼関係に綻びが生じるのは貴方にとっても困る事態でしょう。

 

 

 悪の美学か。

 

 夢の実利か。

 

 

 ここにきてチート能力があるからと様々な選択肢を踏み倒してきた“ツケ”が貴方を悩ませることになっている様子。

 

 自由に生きることを堪能してきた貴方はチョコあんぱんとチョコパイのどちらを購入するべきか選ばなければならないときでさえ、自分は無敵のチート能力者様なんだぞと堂々とした足取りで両方レジへ持っていくほどの自由ぶりを発揮していたのです。

 選ぶという本来であれば誰もが乗り越えてきた試練を放棄していた貴方には、どちらを選ぶのが最良の未来を掴むことに繋がるのか瞬時に判断することができません。

 

 チョコあんぱんを上に放り投げて食べる貴方の姿を見て興味を持ったメジロブライトが「あ~」と口を開けて待機しているところにポイッちょと食べさせる姿を見たひとりの勇者の魂が宇宙へ旅立つことになり目覚めるまでヒシアケボノが膝枕をしていたりもしましたが、そんなことより目の前のイケメンをどうするべきか。

 

 

 時間稼ぎをかねてわざとらしく「ふ~ん」などと唸りつつちらり、とメジロライアンのほうを向いたところで貴方はとある事実を忘却していたことを思い出しました。

 

 そう、貴方は自分がメジロ家からは危険人物として認識され追放の準備が着実に進められているという夢のような事実が存在することをすっかり忘れていたのです! 

 

 

 正義感の強いメジロライアンであれば自分の極悪非道ぶりについては実家に間違いなく報告しているはずですし、以前にはレース場でメジロ家のお友達らしき貴婦人相手にも暴言を吐き捨てるという非の打ち所の無い悪役ムーヴを実行しています。

 メジロブライトについてはフワフワした振る舞いからなにか重要なピースを見落としている気がしなくもありませんが、アレでもやはりメジロのウマ娘。心の強さや意志力に優れた彼女もまた自分の傍若無人な姿には思うところがあるはず。

 

 

 そう、メジロ家のウマ娘たちに接触して悪役トレーナーとしての自分をたっぷりと見せつけたことで貴方の追放フラグは練りたて鮮度抜群のフレッシュコンクリートをたっぷり使用した土台の上に屹立しており、たとえカナブンが衝突してもピクリとしかしないほど頑強なのです! 

 

 

 選ばない。ここでも選ぶ必要などない。貴方はこれまで積み重ねてきた実績が我が身を助けることを噛み締め、やはり日頃の行いこそが望む結末を迎えるためには重要なのだなとニヤリと笑いながら、ドーベルトレーナーへの聞き取りを開始しました。




ほわぁ~?


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ふわぁ。

 コーヒーや紅茶などのオシャレな飲み物を提供するのは悪手であると判断した貴方は梅昆布茶を差し出すことでテクニカルに牽制しつつ何事を悩んでいるのか話すように促します。

 とはいえ、前世の記憶によりアプリの知識を持つ貴方にしてみればドーベルトレーナーの悩みなどお見通しですし、その解決方法についても心当たりがあります。

 

 案の定、という表現は真面目に悩んでいる相手に対して無礼千万なのは貴方も重々承知していることなのですが……やはり、メジロドーベルが他者の視線を気にしてしまい実力を充分に発揮できないことについて悩んでいるようです。

 

 加えて、この世界ではメジロライアンが菊花賞ウマ娘の称号を手にして春の天皇賞に向けて勝利宣言をしたことも影響している様子。

 

 ほかのメジロのウマ娘たち──メジロパーマー、メジロアルダン、メジロマックイーン、そして貴方の横で梅昆布茶とザラメ煎餅による甘さとしょっぱさの無限螺旋に心奪われているメジロブライトもまた、ステイヤーとしての適性を持っています。

 どうやらそれらの事情がよくわからない具合に絡み合った結果、メジロドーベルにはクラシック三冠ウマ娘の可能性という期待の眼差しを向けられるようになってしまったとのこと。

 

 

「ドーベル……まさかそんなことになってたなんて──うん? いや、その、私けっこう皐月もダービーもしっかり負けたはずなんですけど。ギリギリとかじゃなくて、アイネスにもタキオンにも普通に負けてて」

 

「う~ん……トレーナーく~ん……すき焼き味のわたあめはジンギスカン味のキャラメルに匹敵する甘味への冒涜でぇ……ふぇ? いま、誰か呼んだかい?」

 

「誰も呼んでないからそのまま夢の世界に戻って大丈夫なの」

 

「あはは……。いや、だからこそなんだと思う。非常にありがたいことに名門出身のエリートな先輩方にも色々と励ましのお言葉も頂戴していてね。ライアンが菊花賞を勝てたなら──オレが先生の指導を受けていたことと、秘蔵っ子として見られていたメジロ家のウマ娘のコンビなら、クラシック三冠だって取れるに決まっているってね」

 

「あぁ……そういう……」

 

 

 メジロドーベルの脚質ならばクラシック三冠よりもトリプルティアラを目指すべきなのでは? そんな疑問を抱きつつも、貴方はドーベルトレーナーが自分の敵対者として期待できる実力を持っていることを知れてウキウキ気分です。

 しかも話を聞けば名門出身のエリートトレーナーである先輩たちからも将来性を認められているとのこと。ルドルフトレーナーに次ぐ三冠ウマ娘トレーナー候補として注目されているとなれば、ドーベルトレーナーもまた優秀な正義感溢れるトレーナーたちの旗印として活躍してくれるかもしれません。

 

 そして同時に貴方はドーベルトレーナーが隠していた真意に気づきます。彼の目的は悩み事の相談などではないことに。

 

 

 

 

 ──この俺に、心理戦を挑むとはな。

 

 

 

 

 表面上は後輩らしく下手に出ているように見せかけて……その実は充分な後ろ楯を得ていることを示唆しつつ、自分を打ち倒すための準備は整いつつあるという宣戦布告を叩きつけることが目的に違いない。

 チート能力で実体化した毛布にくるまってソファーの上で寝惚けているアグネスタキオンとニコニコしながらザラメ煎餅を食べ続けているメジロブライト以外のウマ娘たちが一斉に己に注目したのも、とうとう年貢の納め時がきたようだなと哀れみの感情を向けているのだろう。

 

 してやられた、と。まんまと騙されてしまったことを反省しつつも、万能なチート能力を持つだけの紛い物では本物のトレーナーを出し抜くことなど不可能であると思い知らされた貴方は素直に喜んでいます。

 

 考えてみれば彼の悩み相談が巧妙な偽装であることなど簡単に見抜けたはずでした。何故なら貴方の中では“ウマ娘を支えたいと心の中で思ったのならそのときすでに覚悟は完了している”のがトレーナーという生き物であると定義されているからです。

 まして、担当トレーナーである彼は世界中の誰よりも──それこそメジロドーベル本人よりもメジロドーベルが強いウマ娘であるという事実を知っていて当たり前なのですから、己が果たすべき役目について迷いや揺らぎを抱くなどあり得ないと貴方は確信しています。

 

 

 

 

 ──小癪な真似をしてくれる。

 

 

 

 

 おそらくですが、メジロドーベルが周囲の視線に参っていることは事実なのでしょう。そしてメジロブライトが貴方のルームまで彼を案内したのも狙ったのではなく本当に偶然なのかもしれません。

 しかしドーベルトレーナーはそんなアクシデントを逆手に取って、こうして自分に圧力をかけにきました。状況に対応し有利に事を運ぼうとするその判断力と才覚は、チート転生者である貴方も認めるしかなく笑みがこぼれるのを我慢することができないようです。

 

 

 よろしい。ならば悪役トレーナーとして、望み通り吐き気を催す邪悪というものを思い知らせてやろう。貴様らが打倒すべき敵の正体をその目に焼きつけるがいい。

 

 

 貴方はドーベルトレーナーへ「お前の悩みが解決する保証はないが」と前置きをした上で、近々開催される模擬レースにメジロブライトが参加するので見学にくるように伝えました。

 当然ドーベルトレーナーは貴方の悪意ある誘いに対して警戒の姿勢を見せますが、ここで敢えて“強制はしないから好きにすればいい”と選択権を与えることで逃げ道を塞ぐことにしたようです。

 

 苦虫を噛み潰したような表情でこちらを睨むドーベルトレーナーに対し、これが心理戦の妙味であり駆け引きというものだと貴方は強者の余裕を見せつけるのでした。



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はわぁ。

お煎餅の凄いところはお茶だけでなくコーラや牛乳、オレンジジュースとも合うところだと思ってます。


 天気快晴良バ場、中央トレセン学園模擬レース距離2000。参加するウマ娘は中等部を中心に12名であり、もちろんその中のひとりがメジロブライトなのですが……ざっとステータスを確認した限りでは、メジロブライトが勝てる可能性はほぼゼロであると貴方は予測しています。

 なんなら入着することすら難しいぐらいですが、それも全ては予測の範疇でしかありません。なので貴方はメジロブライトへ今回の模擬レースでクリアすべき課題は『10着以内』であると伝えてあります。気持ち的に前に出たがるメイクデビュー前ウマ娘の中でも特筆に値するほど珍しいスロースターターである彼女には手頃な目標であると言えるでしょう。

 

 

 そして肝心の貴方はどこから模擬レースを観戦しているかというと、いつもの壁際ではなく最前列で堂々と腕を組んで仁王立ちして眺めていました。

 

 

 貴方の悪名はトレセン学園に知らぬ者無しと言えるほど広まっていますので、それはもう悪目立ちしまくっている状態になっています。

 ウマ娘もトレーナーも至るところでひそひそ話に花を咲かせていますが、聞き耳を立てるまでもなくアンチ的発言で盛り上がっていることだろうと貴方はとても上機嫌です。

 

 メジロブライトに施した細工も抜かりなく、ひとりだけトレセン学園のジャージではなく貴方が着用している物と同じデザインの黒ジャージ姿をしています。

 いずれ花咲くのは間違いなしとはいえ、いまはまだ才能の片鱗すら見せていない状態。この模擬レースで好成績を残すことが難しいことを利用し“アイツのせいでメジロブライトは苦戦しているに違いない”という印象を強く刷り込むという目論見なのでしょう。

 

 

「ブライト~ッ! がんばれ~ッ!」

 

「落ち着いて──は違うか。えーと、え~と? 急かすのは差しだからそれも違うし、あれ? でも仕掛けるタイミングが遅すぎたら……う~ん?? と、とにかく頑張ってッ!」

 

 

 貴方の隣で元気に両手をブンブン振っているツインターボと何故かぎこちない様子で声援を送るメジロライアンに背中を押されて、メジロブライトは勢いよくゲートから駆け出して──などということはなく、しっかり出遅れて最後尾からのスタートになりました。

 とはいえ、あくまでスタートダッシュに必要な瞬発力が差し・追込向けに特化しているというだけというのがメジロブライトに対する貴方の評価であり、逃げや先行のウマ娘たちの速度に惑わされないのはスタミナの無駄遣いを防ぐという意味でも長所であると考えています。

 

 ならば、スタミナの使いどころさえ上手にコントロールできれば勝機は……いまはまだ雀の涙ほどですが上昇させることができるでしょう。

 そのためにもまずは貴方が指示を出すことで体験させる必要がありますが、レース中のウマ娘へ指示を出すとなれば当たり前ですが大きく声を張り上げなければなりません。

 

 

 それこそが貴方の狙い目でした! 担当でもない外野も同然の身分でほかのトレーナーたちを押し退けるように最前列に位置取り好き勝手な言葉をレース中のウマ娘へ投げ掛ける──中央トレセン学園の模擬レースの最中というTPOを考えれば、まさにき◯この山とたけ◯この里の中身を勝手にすり替える行為に値する悪行そのものです! 

 

 

 仕事には手をつけず、責任は果たさず、給料だけはしっかりと受け取り、しかも野次ウマ根性丸出しで模擬レースに嘴を挟むという非常識極まった態度。

 まともな感性を持つトレーナーであれば怒髪天を衝くレベルの悪役ムーヴ、これならばレース場のどこかにいるであろうドーベルトレーナーも己が愛バを守護るためにも義憤を抱き決意を新たにしていることだろうと貴方はニヤニヤが止まりません。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ブライトおめでと~ッ! 目標達成だもんッ! まぁ、ターボもたくさん一緒に練習したからな! この調子でメイクデビューまでには1着をとれるようガンバるぞッ!」

 

「そうですわね~。ターボさまやウララさま、それにほかの皆さまにもたくさん併走していただいておりますから~、いつかは1着をとれるように頑張りますわ~」

 

 無事目標である10着になれて喜ぶメジロブライトとツインターボ。まさかヘイトコントロールに利用されているとも知らずに無邪気で哀れみすら覚えると、貴方は悪役としての自尊心が胸から溢れんばかりといった様子。

 

 結果が奮わず悔しい想いが表情に出ているウマ娘たちもいる中でこの緊張感の無さ。それを当然のものとして肯定しやる気の無いヘラヘラした態度で褒める最低評価のトレーナー。

 それを間近で目の当たりにして苦笑い程度に感情を制御しているメジロライアンの精神力の高さは称賛に値するものであり、これならば春の天皇賞で勝負することになるライバルたちとも互角以上の戦いができるだろう……と、楽しみが増えた貴方の心は春模様です。

 

 さぁ、あとはさも勝者の如くゆるりと余裕の態度で帰るだけ──と言ったタイミングで。

 

 

「おいおい、アレが名門メジロのウマ娘だって? 一般の運動会やってんじゃないんだぞ? あのトレーナーはなにやってんだよ」

 

 

 それはまさに貴方がいま一番欲しかった言葉でしょう! やはり常に勝利と成功だけを考えて綿密な計画のもとに行動しているだけあって、今回も望み通りに周囲の感情を支配できたようですね! もしかしたら貴方には緊急的に休息が必要な可能性が出てきました! 

 

 とはいえ、そこは心身ともに優れた中央トレセン学園のトレーナーたちと言ったところか、貴方を正当に評価しただけである若いトレーナーを嗜めるように動いている者が数人ほど確認できます。

 しかし若手トレーナーもそう簡単には自身の正当性を曲げたりはしない強い心を持っているようです。中央トレセン学園に所属する者はトレーナーもウマ娘も大勢の希望者の中から選ばれたエリートであり、それに見合うだけの実力と結果を示すのは義務であると正論でベテランたちを黙らせています。

 

 結構なことだ。かれもまた悪役トレーナーである自分を追放してくれる英雄候補として申し分無いと微笑みすら浮かべていた貴方でした……が。

 

 

「そもそもなんだよあのスロー過ぎる展開は。長距離走ってんじゃないんだぞ? ったく、いくらトレーナー側が一流だとしてもウマ娘どもがこの程度じゃあな。こんな模擬レースなんか見るだけ時間の無駄だったぜ」

 

 

 さすがの悪役トレーナーである貴方もこのセリフを見過ごすワケにはいかない様子。自分への暴言はいくらでも許すことはできますが、ウマ娘たちの努力そのものを否定するような発言は若手の跳ねっ返りだからと許容できるラインを越えているようです。

 周囲のトレーナーたちもやんちゃが過ぎる若いトレーナーを止めようとしているものの、いまひとつ動きが鈍いのはウマ娘たちが大勢いる前で乱暴な言動を見せるのは指導者としてどうなのかと躊躇っているからでしょう。

 

 

 よろしい。ならばここは悪役トレーナーである自分が動いてやろうじゃないか。

 

 

 周囲の評判を一切気にする必要がないという無敵の前提条件を持つ貴方は、得意気な若手トレーナーを超暴力的な意志を含めた眼光で容赦無く射貫きました。

 久しぶりで少々加減を間違えてしまったのか、レース場全体が静まり返り、若手トレーナーも情けない悲鳴をあげてへたりこんでしまいましたが、悪役らしい乱暴な姿を見せることができた貴方はウマ娘たちを連れて悠々とレース場を立ち去りました。



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うわぁ。

「ハッピーカムカム~♪ ふむ、3と4のフルハウスですか。悪くないですね~。はい、どうぞ」

 

「ここは……5をキープ……いや、そんなシケた真似は好みに合わねぇ。……スモールストレートか、まぁいいだろう。ほらよ」

 

「ふっふ~ん! ワガハイの手にかかればサイコロだって余裕だねッ! ……3がみっつかぁ。ま、験担ぎってことで。はい」

 

「こーゆー勝負はアタシ向きじゃないんだけどねぇ。……6、6、5、3、4と。これはチョイスでいいのかな? ほら、フジ」

 

「おっと、これは少し強気に攻めないと危ないかな? ……4のフォーナンバーズ、最後のピースは6だけど怪しくなってきちゃったかな。はい、どうぞ」

 

「盤面で踊るダイスが奏でる旋律……果たして福音となるか、それとも慟哭となるか。……フッ、ビッグストレートだ。勝利の美酒は我が杯を満たすか。さぁ、次の紡ぎ手は誰だ?」

 

「それではわたくしの番ですわ~。サイコロさま、どうか大きめの目を出してくださるようお願いしますね~。えいっ。……まぁ。全部1が出てしまいましたわ~」

 

『『『『──ッ!?』』』』

 

 

 

 

「なぜかはわからないが……なんとなく、あのままブライトが圧勝しそうな気がするな」

 

 それはそう、と同意を返しつつ貴方はエアグルーヴが差し出したトレーニング計画表を確認して修正を加える作業を続けています。

 

 トレーニング計画表は出来映えの良し悪しとは別に、提出したウマ娘たちの個性が反映されることが多々あります。几帳面な性格であれば丁寧なスケジュールが記入されており、自由な性格をしているウマ娘であれば大きく『臨機応変!』と書いて提出した結果、貴方のアイアンクローを味わうことになります。

 中にはトレーニングプランではなく『推せる併走トレーニングシチュエーションについて』という内容で数万文字の長文をよこしたり『焼きそばの調理法とスーパーボイド生成の関連性について』という内容を3000文字ほどのフランス語でまとめて置いていった猛者もいたりします。

 

 あるいは、取り引きした覚えのない芦毛のとあるウマ娘がルーム等で口にした食事に関して『もっと量を増やしたほうが皆が幸せになれると思う』という意見書を持ってきて担当トレーナーが謝罪しながら回収していったこともありました。

 

 そしてエアグルーヴは貴方に手直しされる前提で強気のトレーニングプランを計画することが基本なのですが……今回は修正するよりも先に確認しなければならないことがあるようです。

 今日に限って妙に上機嫌であり、しかもこの雰囲気は自分自身に関する変化ではなく後輩の誰かに良い出来事があったときの機嫌の良さであることを貴方は知っています。そして、それについての心当たりと言えば。

 

「フッ……なに、私への憧ればかりを口にしていた後輩がな。正面から『いずれトリプルティアラのウマ娘として先輩に勝負を挑んでみせます!』と言われたよ。さすがに勝ってみせる、とまでは宣言できなかったらしい」

 

 なるほど、そんな強力なライバルが誕生する予定があるとなればトレーニング内容もレベルアップが必要だろうと貴方は必要最低限の手直しだけをしてトレーニング計画表をエアグルーヴに返却しました。

 

 

 こうした予想外の成果を得られるとなれば、たまには学園側が催す模擬レースに参加するのも良いものだと貴方は自分の判断力を自画自賛して軽く酔いしれている様子。

 

 ドーベルトレーナーから敵意を引き出すついでに、模擬レースに参加しているウマ娘たちとその担当トレーナーたちにも悪意をばら撒くことができればそれでヨシ! と貴方は考えていました。

 しかしフタを開けてみればご覧の通り、なぜかドーベルトレーナーはメジロドーベルに憧れの先輩であるエアグルーヴに宣戦布告できるほどの自信とやる気を与えることに成功したようです。

 

 ついでにメジロブライトにも“仮トレーナー様”が現れてくれれば儲けモノです。そしていずれは本命のトレーナー様としてトゥインクル・シリーズに挑む彼女を支えてくれれば完璧ですが……そちらに関してはまだまだ慌てるような時間ではないと貴方に焦りはありません。

 

 それはなぜか? 実は貴方は今回の模擬レースがスローペースになったことについて、偶然にも夜間居残り組のウマ娘から“ほかのトレーナーたちがメジロブライトの末脚を警戒した結果ああなったらしい”という情報を得ているからです。

 つまりはそれだけメジロブライトというウマ娘を評価しているトレーナーが大勢いた、ということになるでしょう。高等部でありながらひとりだけ中等部のウマ娘に混じっての模擬レース、それだけでも評価に影響しそうなものですが、そうした表面的な情報に惑わされることなくウマ娘の才能と将来性を見抜くことができるトレーナーがいるワケですから貴方にはメジロブライトについて心配する理由などないのです。

 

 

 急いては事を仕損じる、追放の道も一歩から。全てが順調に進むせいで次々と追放プランが思いつき行動してきた貴方ですが、たまには余裕をもってメジロブライトのようにのんびりと構えて過ごすのも良いだろうと次のトレーニング計画表を手に取り──ちょっと用事ができたと言い残してハリセンを片手にルームを出ていくのでした。




次回はブライト視点です。


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『primitive light』

答えが合わない時間。


 中央トレセン学園にて頂点に座すのんびり屋さんであるメジロブライトにとって『待つ』という行為はなにひとつ苦にするものはない。

 獲物が油断する瞬間を待ち構える狩人のように、己が動くべきタイミングに備えてじっくりと、じっくりと、ただただ心身ともに凪いだ湖面のように静かに待つのだ。

 

 

 まだ早い。

 

 まだ早い。

 

 もう少し。

 

 あと少し。

 

 

(いま、ですわ~!)

 

 

 間違いない、ここが最高のタイミングであると確信したメジロブライトはキリッ! と表情を引き締めて──ようやく糸が切れた納豆ご飯を口に運んだ。

 

 

 メジロブライトにとって納豆はとても手間隙を必要とするご馳走であり、時間的に余裕があるときでなければ決して口にすることができない代物である。

 少なくとも平日の授業がある朝では選ぶことすら許されないだろう。こうしてお世話になっているトレーナーのルームで寝坊してしまい自分で朝食を用意するのが面倒になったウマ娘たちと一緒になったときぐらいにしか食べることができないのだ。

 

 もちろんメジロブライトは寝坊をしたワケではない。今日の午後に開催される模擬レースに備えウォーミングアップをするためにしっかり目覚まし時計をセットした時間に起床している。

 朝ごはんを食べ終えたらさっそく準備運動を始め、途中で昼食のための休憩を挟みつつ予定どおり行えばスタートの時間には余裕をもって間に合わせることができる。実に完璧なスケジュール管理であると本人も大満足なのだ。

 

 さらにひと口ぶんの納豆ご飯をお箸で掬い上げ、再び糸が完全に切れるまで待つ。普段は誰かが持ち込んだ“ハンドルをくるくる回すだけで中に入れた納豆を理想的な状態まで混ぜてくれる”という画期的な道具を使用しているのだが、今日は午後から模擬レースがあるということで気合いを込めて自分でまぜまぜしたのでなかなかプツリと切れてくれない。

 

 だが、それもまた善し。どうにも自分にはほかのウマ娘たちよりものんびりとしたペースが合っているのだと自覚しているメジロブライトには、こうしてゆったりと朝ごはんを食べる時間が必要なのだ。

 

 

 頃合いを見計らい、再び──ぱくり。

 

 

(ほわぁ……♪)

 

(…………)

 

(…………)

 

(…………辛いですわ~)

 

 

 どうやらカラシがちゃんと混ざりきっていなかったらしい。ツーンとした辛味と香りがウマ娘の繊細な嗅覚をビシビシと刺激してくるが……同時にメジロブライトは思うのだ。この不完全さも自分で用意したからこその出会いであり、決して悪いことではないのだと。

 とはいえ、カラシの強い刺激がいつまでも口の中に残り続けるのはさすがに困る。箸休めの甘い玉子焼きと、柚子の香りがする大根の塩漬けで一度リセットし、ネギと油揚げのお味噌汁をひと口すすって──再び納豆ご飯と向き合うのであった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 食後の紅茶まで抜かりなく朝食を済ませたメジロブライトは第9レース場に移動すると、さっそく午後の模擬レースへ向けて準備運動を開始した。

 

 まずは朝ごはんで摂取したエネルギーが全身に行き渡るようにコースの外ラチ側をゆっくりと歩く。すでにウォーミングアップを済ませたウマ娘たちがランニングをしている姿が見えるが……それはそれ、自分は自分のペースでのんびりとターフの感触を楽しめばいい。

 ぐるりと一回りして活力をしっかり全身に巡らせたら、お次はストレッチで筋肉を解してやる必要があるだろう。パフォーマンスの向上だけでなく怪我を防止する目的もあるとなれば疎かにするワケにはいかないと、じっくりたっぷり手抜きすることなく時間を使う。

 

 ストレッチが終わると同時にちょうど10時の軽食タイムということで、スーパークリークやニシノフラワーと一緒にトレーナーが運んできたいくつかのお菓子をつまむことにした。

 

 爆速ダッシュを繰り返してヘロヘロになっていたダイタクヘリオス、持久力を高めるために超長距離を走っていたライスシャワー、なにをしていたかは知らないがきっとハードなトレーニングをしていたのだろうスペシャルウィークなど、何人かのグループはお菓子ではなくおにぎりをモリモリと食べている。

 その光景を見てメジロブライトは考える。やはりウマ娘にとって食べる量こそがイコール強さに繋がったりするのだろうか? と。その理屈で考えるのならメジロのウマ娘の中では間違いなくメジロマックイーンこそが最強のウマ娘と呼べるのかもしれない、と。

 

 

 この驚くべき事実の発見、きっとメジロマックイーンに伝えたら喜んでくれるに違いない。機会があれば称賛の言葉とセットで炭水化物の贈り物をしようと密かに計画しつつ、みんなの大先生であるツインターボを先頭にしてランニングを開始する。

 

 

 時折フルパワーで駆け出しそうになるものの、トレーナーから言われた「お前は師匠として走るんだから、後ろからついてくる弟子がちゃんとついてこれるよう加減して走らないとダメだからな?」という言葉を思い出しているのか後ろをチラチラと確認しながら速度を調整しているようだ。

 それでもランニングが終わるころには見ているほうが心配になるほど消耗してグッタリしているが、本人は実に満足そうな笑顔を浮かべている。いつかライバルであるトウカイテイオーに勝利するため走れる距離を延ばすトレーニングをしているらしく、彼女なりに手応えを感じているのだろう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 準備運動を終え昼食を済ませたら、これから始まる模擬レースへ向けて打ち合わせを行う。

 

「それではトレーナー様。本日の模擬レースでは、わたくしはどのようなことを意識すればよろしいのでしょうか~?」

 

「最終的には差しと追込を使い分けるステイヤーとしてGⅠを()()ことになるだろうが……今日のところは差しのタイミングを意識して走ってもらおうか」

 

「ステイヤーとして、GⅠを」

 

 メジロのウマ娘である己を、ステイヤーとしてGⅠレースに勝たせると──否、()()()()()()()()()()()()()()()()プランを語り始めるトレーナーの姿に、メジロブライトの微笑みは普段とは少しだけ違う好戦的な色を帯びていた。

 褒められたことは何度もある。同じメジロのウマ娘たちからも、いつかレースで勝負しようと誘われたこともある。だが……トレーナーが語るのはきっと活躍することができるだろう、といった期待を込めた言葉ではない。

 

 

 迷いも揺らぎも無く、彼はメジロブライトが必ず勝利を掴むと確信している。

 

 

 さて。自分で言うのもなんだが、そんな予感を抱かせるような走りを見せた覚えについては全く心当たりがない。強いて言うならばターフを走るのに夢中になって時間を忘れてしまいハリセンなる紙の束で頭をスパンッ! と叩かれたことがあるぐらいなものだ。それでメジロブライトというウマ娘に何故そこまで確固たる可能性を見出だしたのかわからない……が。

 

 トレーナーに。

 

 お前は勝つと言い切られて。

 

 それで心穏やかにいられるウマ娘などそうそう居るものではあるまい。まして、自分は誇りあるメジロのウマ娘なのだから。

 

 

「つーことで、今日の目標は10着以内で。中盤までは最後尾でのんびり構えて、早めにギアを上げればそれぐらいはなんとかなるだろ。なぁに、タイミングについては俺がよぉ~く聞こえるように大声で指示を出してやるよ。ククッ……ッ!」

 

 ニヤリと不敵に笑うトレーナーの姿を見て、もうひとつ大切なことをメジロブライトは思い出す。自分の走りを楽しみにしてくれる誰かがいるのなら、走る理由としては充分だろう……と。

 

 

 もっとも。

 

 決意を新たにゲートから飛び出したところで、急に勝てるようになったりはしないのがレースの世界なのだが。

 

 

 とはいえ目標は無事達成である。大はしゃぎで喜ぶツインターボと、おめでとうと労いの言葉で出迎えてくれたメジロライアン。そして誰よりも静かなはずなのに、誰よりも自信に満ち溢れた様子で微笑むトレーナーの姿。

 ハルウララが楽しそうに語っていたことがあるのだ、なんでも「トレーナーがね! あんなふうにちょこっとコッソリうれしそうにしてるときはね! みんなに良いことが起きるときなんだよ!」と。

 

 良いこと、それは例えば……とメジロブライトは想像の翼を羽ばたかせる。いまは入着すらできないが、トレーナーが言うようにGⅠレースでも活躍できるほどの実力を身につけることができたなら。

 大舞台でメジロのウマ娘たちと、先にデビューしているウマ娘たちと、一緒にトレーニングに励む仲間たちと、心行くまで本気の勝負をバチバチと繰り広げるメジロブライトの姿を想像する。

 

(……ほわぁ♪)

 

 そのイメージをそのまま実現するためには30人ほどのウマ娘が入れるゲートを用意する必要があるのだが……そんな常識ではメジロブライトを止めることなどできないのだ。

 何故なら彼女はその気になれば父親が所有する遊園地という強力なカードがあるのだから。おそらく経済効果やウマ娘ファンの熱望云々よりもスターウマ娘が集合することについて様々な騒動が起きることのほうが危険だと判断されるかもしれないが。

 

 頭の中でトンデモレースを楽しんでいたメジロブライトであったが、たったいま模擬レースが終わったばかりであることを思い出す。次のレースを走るウマ娘の邪魔になってはいけないと現実世界に意識を戻したものの。

 

 

「あら~? あの~、ライアンお姉様? どうして皆さまこんなにもお静かになさっておられるのでしょう~? それに、トレーナー様もなんだかいつにも増して楽しそうにしておられますわ~?」

 

「楽しそう、かなぁ。ある意味ではそうかもしれないけど、いまのトレーナーさんの笑顔はだいぶ意味合いが違うというか。それと、うん。なんとなくそうかなって思ってたけど、ブライトはなんにも聞いてなかったんだね」

 

「ほわぁ?」

 

「う~ん、ターボならもっと早くギアもスピードもギュンギュンに上げて……トレーナーもスタートからガンガンに前に出るのもターボならアリだって褒めてくれてたし……あれ? なんかみんなソワソワしてるもん?」

 

「おっと、こっちもだったかぁ。うんうん、ふたりは気にしなくても大丈夫だよ。さ、トレーナーさんと一緒にルームに戻ろう。さっそくさっきのレースの反省会……じゃなかった、目標達成のお祝いでもしようか!」

 

 敬愛するメジロライアンが気にする必要がないと言うのならそうなのだろう。メジロブライトとツインターボは互いに向き合い、そのように納得して上機嫌のトレーナーの背中を追ってレース場をあとにする。

 忘れないよう夜になったら電話をしよう。そして今日の出来事を、模擬レースについて家族にはどんなふうに話をしようか。とりあえず“いつものように”確実に伝えなければならないことがひとつだけあるのは確かだろう。

 

 

 自分は、メジロブライトは中央トレセン学園で楽しく走っています、と。




納豆に入れるカラシは米粒ひとつぶんまで、それを越えると作者の鼻が古天明平蜘蛛します。ぬわぁーーーッ!!


続きは今シーズン(残り10話ぐらい)を今年中に終わらせたいのでなるべく早めに、次は最低最悪の悪役トレーナーから優秀なウマ娘たちを守護るために行動を始めた正義のトレーナーの話になります。


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でし。

もしも納豆のCMをウマ娘がするなら誰が適任か?

私はマーベラスサンデーに一票ですかね。


 孤高の悪役トレーナーである貴方には一切関係の無い話ではありますが、真面目に活動しているトレーナーたちの中には担当ウマ娘だけではなく後輩トレーナーたちを導くことにも積極的な者の姿も少なくはありません。

 つい先ほども、貴方の夜間練習に参加していたウマ娘たちを複数人スカウトしていった評価Cの中年男性トレーナーが、若手のトレーナーふたりから指導を頼まれて引き受けていました。

 

 彼は決して戦績のほうは優秀ではありませんが、チート転生者である貴方の洞察力はそのような上辺だけの情報で誤魔化すことは不可能です。

 

 例えるのであれば、彼は静かに燃える熱血漢という評価が適切だと貴方は考えているようです。どこか飄々とした立ち振舞いでありながら、その胸の内に灼熱の輝きがしっかり宿っていることはウマ娘たちにも若手トレーナーたちにも見抜かれていることでしょう。

 それは彼に弟子入りを頼み込んでいた若手のトレーナーたちが、男女どちらも名門と言われるような流派の出身者であることからも明らかです。兄弟子や姉弟子といった身内ではなく、担当しているウマ娘たちの走りに感動したという理由で中年トレーナーの指導を受けたいと頭を下げていたことから若手トレーナーたちの本気の度合いが読み取れます。

 

 

 これでまた己のような悪役トレーナーと取引中のウマ娘たちの中から救済される者が出てくるのだなと貴方は身を隠していた木の上でひとりほくそ笑みを浮かべていました。

 

 

 レースの格付けは所詮部外者が定めたモノに過ぎず、勝敗とはただの結果でありそれ以上でもそれ以下でもない。ならばトレーナーの役目とは、コースの上をどれだけの輝きで満たせるかに意味があり価値がある。

 真面目に仕事をするつもりがなく、そのような気楽な考えを持つ貴方からしてみれば、実績など関係なく担当ウマ娘たちから煌めきを引き出している中年男性トレーナーは間違いなく一流の中の一流。そしてそれを見抜き指導を願う若手ふたりもまた一流トレーナーとしての一歩を踏み出していると評価できるのでしょう。

 

 名門出身の若手たちに先生と呼ばれた男性トレーナーは、自分がGⅠレースで担当ウマ娘を活躍させられていないことや、そもそもの勝率が低いことなどを理由に断ろうとしていましたが……それを承知の上で男性トレーナーが育てたウマ娘たちの走りに魅了されたのだと力説されたのでは折れるしかなかった様子。

 男性トレーナーは了承したあとも渋々といった態度が続いていましたが、貴方に言わせるならば当然の帰結としか言いようがありません。どれほど己を偽ろうとも根底に揺るがぬ信念が存在するならば、やはり似たような強い意志を持つ者には容易く見破られるに決まっているからです。

 

 

 これが常人とチート転生者の違い。刹那ほどの隙間も見せることなく悪役トレーナーとして活動している自分ならば簡単に断ってみせたところだが、その場の思いつきだけで否定的な態度を見せるしかなかった男性トレーナーでは所詮その程度。

 結局のところ彼は後輩トレーナーたちを導かずにはいられないのだろうと、貴方は通りすがりのミスターシービーから「さてはまたなにか面白いこと見つけたな?」といった様子で見上げる視線も気にせず木の上でニヤニヤしています。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 学生とはひと味違う若手トレーナーたちのアオハルぶりを堪能した貴方ですが、今日は珍しくもまともな用事があるために勝手に縄張りとして活用している第9レース場に向かっています。

 労働意欲が皆無である貴方は詳しい事情を把握していませんが、一部のトレーナーたちからウマ娘たちの自主練習のために第9レース場を使わせてほしいと頼まれているためです。

 

 悪役トレーナーとしては断るのが正解──というのはあまりにも浅はかな考えです。自主練習ということは担当トレーナーたちは同行しないということであり、その場合トラブルが起きれば全ての責任は監督者である貴方が引き受けることになるでしょう。

 そもそも第9レース場の所有権は学園にあることを忘れるほど貴方は自惚れてはいません。意味もなくルールを無視するのは悪役ではなく単なる愚者であり、ルールを理解した上で意図的に破ってこそ悪の美学であると考えているようです。

 

 

 唯一危惧するべきは、自主練習に励むウマ娘たちの監督を引き受けてしまったことによりプラス評価が発生してしまうことですが……日頃の行いがこの程度で帳消しになることなどあり得ないと貴方は全く気にしていません。

 仮に多少のプラス評価を押しつけられたとしても大丈夫! 貴方の比類する必要が無い叡知を以てすれば失ったヘイトを再び稼ぐことなど豆乳の角に頭を叩きつけるように容易いことだからです! 

 

 

 さすがに怪我だけは注意する必要がありますが、ノーリスクでヘイトコントロールができる絶好の機会です。本日もしっかりとウマ娘たちと溝を深めていきましょう。



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かかし。

 ウマ娘とは、トレセン学園の生徒とはアスリートでもあります。つまりは激しいトレーニングを行うことも彼女たちにとっては当たり前のことであり、どれだけ安全面に配慮したところで細かなキズ等が生じるのは防ぎようがありません。

 それは貴方も承知していることではあるのですが……それはそれとして、サンドバッグを吊るした特製コースを嬉々として走るウマ娘が多いのはさすがにどうなのかと首をかしげたくなる気持ちは別物なのでしょう。

 

 学園関係者から『おやっさん』の愛称で呼ばれている年配の整備スタッフとエアシャカールが嬉々として改造を施していたサンドバッグの群れは、特にレース中に混雑が起こりやすい先行と差しを得意とするウマ娘たちに大好評といったところ。

 

 混戦から抜け出して充分な加速と共にラストスパートに挑むために必要な技術が身につく、という理屈はもちろん貴方も理解しています。

 ですがそれはそれとして、ウマ娘たちがターフでもダートでも景気よくコースの外へ弾かれる光景を見ていると「お前らもっと普通のトレーニングやれよ」とうっかり口出ししそうになるのも仕方のないことかもしれません。

 

 

 ほっぺたに芝の破片や砂粒をつけたまま、擦り傷に絆創膏をペタリと張り付けて脚質が近い者同士で意見交換をしている姿は『年頃の乙女』よりは『空き地で遊ぶヤンチャ坊主』といった雰囲気であると貴方が微笑ましくウマ娘たちを見守っていると、ひとりの新人女性トレーナーが近づいてきました。

 

 初めましてと丁寧に頭を下げて挨拶をする姿は周囲の目には好印象に映ることでしょう。

 

 しかしその程度の振る舞いで貴方の気配察知能力を欺くことなど不可能というもの。悪意とは別物ですが、明確な敵対心のようなモノを腹の底に潜ませていることなどお見通しなのです。

 悪役トレーナーといえど疎かにしてはならないと挨拶だけは真面目に応え、ひと言ふた言のテンプレートめいた会話を済ませると、貴方はさっそく新人女性トレーナーに本命の用向きがなんなのか尋ねました。

 

 

「では、単刀直入に申し上げます。トウカイテイオーとマヤノトップガン、このふたりのウマ娘をスカウトにきました。別に先輩と担当契約しているワケではないのですから、もちろん問題なんてありませんよね?」

 

 

 いまの貴方の心情を表現するなら「この瞬間を待っていたんだッ!!」といったところでしょう。どちらも類稀なる才能の持ち主でありながら、どういうワケなのか誰ひとりとしてスカウトに動いたトレーナーがいませんでした。

 一応、貴方も取り引き相手であることから最低限のケアは行っていると自負している様子。トレーニングの手伝いのほか、ゲームセンターやボードゲームカフェに同行したりルームに置く小物やソファーカバーを一緒に買いにいったり尻尾のケア用品の専門店まで車を出したりたまにはカフェテリアのにんじんハンバーグとは違うお洒落なものを食べてみたいという要望を聞きつけたスイープトウショウとビコーペガサスもオマケで引き連れ隠れ家的洋食屋さんにてマスターの「こんな素敵なレディが4人もいらっしゃったのでは、いつも以上に気が抜けませんな」という言葉に「よろしく頼みます、なにせコイツらは未来のGⅠウマ娘ですから」と軽い調子で答えてみたりと雀の涙ほどには面倒を見ているつもりになっています。

 

 

 それが今日からは担当トレーナーによる丁寧な指導を受けることができるようになるのかと、貴方はトウカイテイオーとマヤノトップガンがターフの上で活躍する姿を想像するだけでワクワクが止まりません。

 

 

 ついでに匂いにも気を遣っているところがポイント高めといったところ。新人トレーナーの中には中央トレセン学園に勤務できるという名誉にちょっぴり浮かれてしまったのか、前日に嗜んだお酒やタバコの残り香を漂わせている者がいたりいなかったりします。

 しかし、この新人女性トレーナーからはそうしたウマ娘たちのストレスに繋がるような類いの匂いは一切しないのです。

 

 ちなみに貴方からはルームに出入りしているとあるウマ娘から得られた「苫小牧ではラードで炒めたモヤシをカレーラーメンに乗せて、ライスと目玉焼きを一緒に食べるお店があるんですよ!」というメニューを味見をしてもらいつつ再現して食べたことによる、すれ違った職員たちの夕食から選択肢を消し去り一部のウマ娘たちから集中力を奪うレベルの美味しそうな匂いが漂っています。

 

 

 とにかく、これでトウカイテイオーとマヤノトップガンのトゥインクル・シリーズは心配無用というもの。貴方が視線を合わせただけで呼んでいることを察してスパッ! と駆け寄ってくるほど鋭い感性を持つ天才ウマ娘ふたりを、この新人女性トレーナーがどうやってスカウトするのか特等席で楽しむことにしましょう!



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うおがし。

ビコーペガサスはGⅠウマ娘だろ?
(おめめグルグルとかげのコックさん)

最近大真面目に競走馬のデータを見ているときに「あれ? なんでオペラオーの主な勝ち鞍から日本ダービー欠けてんだ?」と本気で5秒ぐらい悩みました。これがゲーム脳か……。
(説明するまでもなく、1999年のダービー馬はアドマイヤベガです)


 新人女性トレーナーはトウカイテイオーとマヤノトップガンにも一礼すると、まずはこれを見てくださいとメイクデビューまでのトレーニング計画をまとめた書類をふたりに渡す──だけでなく、貴方にも「確認をお願いします」と差し出してきました。

 このふたりをスカウトするのであれば自分は関係ないだろうに、何故だ? と一瞬だけ考えそうになった貴方ですが、こうして下手に出ることでこの場の監督者が誰であるかというパワーバランスを崩さずに行動することでトラブル発生時の責任の所在が分散することを防ぎ悪役トレーナーである己を追放するための布石に使うつもりなのだろうと新人女性トレーナーの慧眼に感服しているようです。

 

 

 肝心の内容についてですが……どうやらチート能力によりウマ娘たちのステータスを確認できる貴方から見ても悪くない出来映えのようです。

 リアルタイムで変動するウマ娘たちの状態変化に完璧な対応をするなど本来であれば不可能であることは貴方も理解していますので、そこまで考慮すればトウカイテイオーとマヤノトップガンの才能を開花させるという意味では天晴れなトレーニングプランであると評価できるでしょう。

 

「メイクデビューのタイミングを調整すれば、ふたりとも気兼ねなくクラシック三冠ウマ娘を目指せます。いずれはシンボリルドルフやミスターシービーに並び立つスターウマ娘となることも決して夢ではありません」

 

「……並び立つ、ね。まぁ? 三冠ウマ娘はボクの目標だし、カイチョーのことは尊敬してるけど? ふ~~ん」

 

 目標である三冠ウマ娘と憧れの対象であるシンボリルドルフの話を持ち出した点については、たしかにトウカイテイオーのスカウトには効果的かもしれません。

 しかし、マヤノトップガンに関しては……案の定、空気を読んで資料に視線を向けているものの頭の中では「トレーニングが終わったら、今日は甘いアイスコーヒーでも飲もうかな」と考えていそうな雰囲気になっています。あとでマンハッタンカフェに上質なコーヒー豆が手に入ったことを囁いて誘導しておくことにしましょう。

 

 早くも暗雲がチラチラ姿を見せているような気もしますが、トウカイテイオーだけでも悪役トレーナーである自分から奪還してくれれば儲けモノ。

 なんなら目標達成率が50パーセントだとしてもチート転生者である自分は常に勝率が100パーセントなので合算すれば150パーセントとなりトウカイテイオーのスカウトが成功した時点で事実上は天下無敵の大勝利も同然と人類には高度な演算を済ませた貴方は安心して成り行きを見守ることにしたのですが──。

 

 

「ねぇトレーナー? トレーナーはさぁ、どう思う? ボクがカイチョーと同じように三冠ウマ娘になって並び立つことができるって、そう思ってたりするの?」

 

 

 トウカイテイオーからの評価を得るのであれば、ここは優しく微笑みながら「きっとなれる」と頭でも撫でる場面なのかもしれません。

 もちろん悪役トレーナーである貴方はそのような理解ある態度など見せるワケがありません。フッ……と鼻で笑って「そんなもん知ったこっちゃねぇわ」と容赦なく否定してみせました。

 

 まさにウマ娘の心情を無視した、トレーナーバッジを着用している者としてあるまじきセリフです! これには新人女性トレーナーだけでなく、トウカイテイオーはもちろん周囲で聞き耳を立てていたウマ娘たちまでもが言葉を失ってしまうのも当然というもの!

 マヤノトップガンは角度によっては「わかったから早く続きを言ってごらん?」とでも言いたげな表情にも見えますがきっと気のせいでしょう! 

 

 こうしてウマ娘に対して一切の配慮をしないという姿勢を見せたことにより、ここから先は言葉を飾らずとも簡単にヘイトを稼ぐことが可能になりました。

 しかし常に勝利した自分の姿だけを見据えている貴方は“ウソのなかに少しだけ真実を混ぜると効果的”という話を思い出し、より決定的に悪役としての貫禄を見せつけるべく追撃を始めます。

 

 

 下拵えとして貴方は淡々とした口調で「そもそも勝負の世界に対等はあっても平等など存在せず、並び立つと称賛した裏では誰もが心のどこかで優劣の決着を望んでいる」と現実を突きつけて場の空気をしっかりと冷やしました。

 そして「ならばトウカイテイオーが選べる道も自然と限られてくる。憧れの生徒会長の背中を追い続けるか、それとも──」と語り、わざとらしく数秒の間を置いて人差し指をピッと立て、あえて優しい微笑みを浮かべてから「お前自身が唯一抜きん出て、その背中をシンボリルドルフに追わせるか。ふたつにひとつだ、好きなほうを選ぶんだな」と続けました。

 

 

 前世の知識を持つチート転生者である貴方は知っています。いまは憧れの存在であるシンボリルドルフの背中を、やがてトウカイテイオーは越えるべく決意を抱くことを。つまりは選択肢があるというのは真っ赤なウソなのです。

 しかし前世の知識を持つチート転生者である貴方は知っています。それはトウカイテイオーというウマ娘の可能性を無条件で信じ、その進化を支えてくれるトレーナーとの出会いがトリガーとなることを。つまり現状のトウカイテイオーにとってこの問い掛けはただの悪意でしかないのです。

 

 

 これにて本日の追放ムーヴは完了しました! いつも通りのヘイトコントロールを意識した上質なコミュニケーション、あとは貴方の発言に怒ったトウカイテイオーが新人女性トレーナーのスカウトを承諾するのを見届けるだけの簡単なお仕事です!

 マヤノトップガンの表情にさらなる慈しみが広がっている気がしますが、貴方が気づいていないのであればそれは気のせいなので気にしなくても大丈夫でしょう!



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うまし。

 数日前までとあるロイヤルウマ娘が意気揚々とやってきて担当トレーナーが謝罪しながら回収していったりするほど胃袋を刺激する香りで満たされていた貴方のルームは、現在苦味と酸味のハーモニーが心地よいコーヒーの香ばしさで満たされています。

 守銭奴アピールの一環としてお高いコーヒー豆の中から第一印象で良い具合のオーラを感じたモノを適当に購入して戸棚の賑わいにする予定の物品でしたが、どうやらマンハッタンカフェを筆頭とするコーヒー派には刺さるものがあった様子。ここしばらくはコーヒーミルが奏でるガリガリ音もすっかり日常の一部となりました。

 

 

 しかしここは悪役トレーナーである貴方が支配するルームですので、そうそう簡単にリラックスタイムなど許すワケがありません。

 

 

 なぜなら貴方の目の前にはまたひとり、ウマ娘をスカウトするために勇気を奮い立たせた新人の男性トレーナーが立っており、貴方の手元には彼が立案したとあるウマ娘のためのトレーニングプランが存在するからです。

 どうして新人男性トレーナーが自分のところにそれを持ち込んだのかについて貴方は欠片ほども理解できていないようですが、ここで知らぬ存ぜぬと計画書を突き返すワケにもいかないためじっくりと内容を読み込んでいます。

 

 悪役トレーナーとしての振る舞いは、あくまで円満かつ潤滑に追放されるための演技です。宇宙世紀で名前を変えて真っ赤なロボットを操縦するサングラスのパイロットの正体のように完璧に隠し通していますが、貴方の心の中にはウマ娘たちの健やかなる成長を願う気持ちが存在しています。

 ここでトレーニングプランの評価を蔑ろにした結果、この新人トレーナーが担当したウマ娘が怪我などを理由に引退することになってしまえば──トレーナーとウマ娘、それぞれお互いの精神を抉るような言葉が飛び出てしまう可能性など、たとえ万里に蔓延しようと残らず擂り潰さなければなりません。

 

 

 内容そのものに大きな問題はなく、チート能力と自前の知識を駆使して行ったシミュレーションも完了しました。あとは新人男性トレーナーの魂の色を確かめるのみです。

 

 

 本来であれば人が人の価値を試すなど驕りが過ぎる行為ですが、悪役トレーナーである貴方にとって人間性を疑われるのは逆に喜ばしい出来事でしかありません。

 闇よりもなお昏く、夜よりもなお深く、隠された秘密のように甘く、それを暴く昂揚感も含み、血に飢えた獣のように貪欲で、果てが空に続く海のように限りなく、そして覚悟が足りぬ者を無慈悲に焼き尽くす灼熱の意志を持って睨むでもなく慈しむでもなくただただ真っ直ぐに新人男性トレーナーと視線を交えます。

 

 

「────ッ!?」

 

 

 ──耐えてみせたか。やるじゃないか。

 

 

 1歩、後退してしまったものの。歯を食いしばり拳を握りしめ「オレがあのウマ娘の走る姿に惚れ込んだこの気持ち、この程度で手放してたまるかッ!!」という無言の叫びが聞こえてくるかのような意気地を見ることができた貴方は大満足です。

 知識や技術の不足分など、これだけの心の強さを持っているならばいくらでもカバーができるだろう。そう評価した貴方は新人男性トレーナーに「そのウマ娘はスポーツドリンクは甘過ぎると苦手にしているから、差し入れをするならお茶にしておけ」と言いながら計画書を返しました。

 

「……ッ!! はいッ! ありがとうございますッ! 失礼しましたッ!!」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「フッフ~ン? いまのトレーナー、なかなかミドコロがあったんじゃなぁ~い? ま、強力なライバルは多いほうが無敵のテイオー伝説も賑やかになって──ほみゃッ!? ふりふえふ、はひふゅへうひょひゃッ!?」

 

「シリウスから、言われている。テイオーがexcite──昂っているときには、こうして頬を引っ張ってやることでrelax──落ち着かせてやってほしい、と」

 

「ひりうひゅ~~ッ!!」

 

 

 本日のログインもにゅーんを確認したところで、貴方はここ数日間の新人トレーナーたちの活動について振り返ることにしたようです。

 

 残念ながら新人女性トレーナーはトウカイテイオーのスカウトには失敗してしまったものの、現在も第9レース場にほかの新人たちと一緒に積極的に通いつめています。

 さきほどの新人男性トレーナーもその新人チームのひとりであり、こうして悪役トレーナーである貴方から見事にウマ娘をひとり救い出してみせました。もしかしたら一度目のスカウトは袖にされてしまうかもしれませんが、あれほどの情熱と正義感の持ち主であれば必ずウマ娘の心を射止めることができるだろうと貴方は確信に近いものを感じている様子。

 

 

 これは実に良い流れです。この調子で新人トレーナーたちが取引ウマ娘、第9レース場常連、夜間練習組からどんどんウマ娘たちを引き抜いてくれればトゥインクル・シリーズはますます面白いことになるでしょう。

 

 

 彼ら彼女らもウマ娘たちと二人三脚で成長を続ければ、若手トレーナーやベテラントレーナーたちと協力して自分をトレセン学園から追放するために行動を起こしてくれるはず。

 洗練されたヘイトコントロールにとどまらず、こうして己の手駒を減らしつつ敵対戦力の強化も怠らない見事な手腕を心の中で思う存分自画自賛した貴方はマンハッタンカフェが横からそっ……と差し出してくれたコーヒーをひと口楽しんでから、新入男性トレーナーと入れ替りでルームにやってきた新入生ウマ娘数人から差し出されたトレーニング計画書を受け取るのでした。




次回はとあるベテラントレーナー視点です。


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『意地』

答え合わせというよりは『一方、その頃……』的な時間。


「……はぁ。なんでこんなことになっちまったんだろうなぁ。よりにもよって俺の下で勉強させてくださいって、お前……こちとら万年評価Cのおっさんトレーナーだってのよぉ……ふぃ~」

 

 栄養ドリンク、と言うよりはそれを模したジュースと呼ぶほうが適切だろうか。少しでも頭をスッキリさせたくて炭酸を口にした中年男性トレーナーだったが、やはりどうしても名門の教えを受けている新人トレーナーが自分に頭を下げた真意が理解できそうになかった。

 最初こそなにかの冗談かイタズラかとも思ったが、いくら己がトレーナーとして二流が良いところだと自覚していても本気の眼差しを見誤るほど愚鈍であるつもりはない。夢や目標を語る口調に迷いがあっても瞳に強い光を宿しているウマ娘たちの姿を長年見てきた経験は伊達ではないのだ。

 

「育成評価の高い奴等からなんか言われるかな……言われるだろうな……。けどなぁ、マジな目ぇして教えてくれって頼んできた新人を断るってのもなぁ。俺だって、俺だって……一応『先輩』トレーナーだしよぉ」

 

 そのまま口から魂のようなモノでもユラユラと出てきそうなほど覇気とは真逆のなにかが表情を支配しているが、それでも中年男性トレーナーの中に指導を断るという選択肢は存在しないらしい。

 見栄、もあるだろう。実績はともかく、年長者としての責任感もあるかもしれない。あるいは、純粋に自分が必要とされている感覚に浸りたいという思いも否定はできまい。

 

 ただ、それよりも単純に──。

 

 

「おや、これは丁度良いところに。少々お時間をいただきたいのですが、構いませんか?」

 

「おっと……こりゃ失礼。えぇ、もちろん構いませんよ」

 

 

 噂をすればなんとやら──に該当するのかは微妙なラインだろうか? 名門の新人ではなくベテランのほうのトレーナーが現れた。それも、よりにもよって育成評価が『A』以上のグループのトレーナーたちである。

 全員が年下だがGⅠトレーナーということもあり、中年男性トレーナーは意識して丁寧な言葉を使うように心がけている。年齢とトレーナーとしての能力は別物であるならば、まぁ万年C評価トレーナーである自分が偉そうにする必要もないと考えているからだ。

 

 ついでに、余計なトラブルを避けるという意味もある。トレーナー業務に長い歴史を持つ名門は、どうも横の繋がりも庶民とは比べ物にならないらしい。

 極端に露骨な嫌がらせをされるワケではないが、明確に敵対するような真似をすればどこで誰にイヤな顔をされるかわかったものではないだろう。

 

 なのでなるべく関わりたくない相手なのだが……表面上だけでも丁寧な態度でお時間を下さいと言われれば断るのは難しい。

 たとえ普段であれば横を素通りするような連中が怪しからん笑みを浮かべて話しかけてきた時点でろくでもない予感しかしなかったとしても、だ。

 

「ありがとうございます。それでは、こちらの書類へ署名のご協力をお願いできますか? 内容について軽く説明をさせていただきますと、ウマ娘たちの健全なレース参加のために──担当トレーナーが不在で単独で出走登録に関する条件等の見直しについて、です」

 

 

 ピクリ、と書類を受け取る手が一瞬だけ止まる。

 

 

 忙しいと言い訳をして即座にこの場を離れるべきだった、そんな後悔を抱きつつ動揺を悟られないよう何事が書かれているのかを確認する。

 彼ら彼女らが口にする()()()()()()とやらがなにを目的としているのかは察しがつくが──やはり案の定とでも言うべきか。

 

「……なる、ほど。担当が不在のウマ娘たちが怪我をしたりメンタルを崩したときに充分なケアが必要だという理屈は私でもわかります。治療より予防が大事だということも含めて。しかしこれでは……出走の、インターバルが長すぎる気がするのですが。それに、GⅠレースに参加する条件も手厳しいというか」

 

「そんなことはありません。格式あるGⅠレースに出走するという『名誉』を背負うことになるのですから、それに見合うだけの実績はもちろんのこと、充分な準備期間が必要になるのは当然のことでしょう。オープン戦から始めて、GⅢやGⅡでの勝利を経てGⅠに挑む。怪我などをしないように()()()()()()()()使()()()。それだけのことですよ」

 

 それは決して不自然な意見ではない。だがそれに付随する条件のひとつ“担当トレーナーの育成評価を加味して勝率や勝ち数による制限の強化”という案が通れば、確実に単独出走しているウマ娘たちが一気に弾き出されることになる。

 ほかにも“1着のウマ娘とのタイム差が大きいウマ娘に対するペナルティの追加”という案もそうだ。能力不足のまま格上のレースに挑むのは脚に過度の負担を強いることになるため、それを防止する必要があるという言い方はいかにもウマ娘たちのことを考えているように見えるが……。

 

(どう考えてもシービーのトレーナーが面倒見てるウマ娘たちを狙い撃ちにしてやがるな。一芸特化の連中は大勝か大敗のどちらかばかりだ、順番に勝ち上がるのが厳しいのはもちろん、勝率なんかボロボロのヤツしかいねぇ)

 

 才能に恵まれたウマ娘同士を平然と同じレースに参加させる。それに加えて脚質から外れたレースを目標とするウマ娘の出走も後押しする。これまではウマ娘側も無茶を承知の上で従っていたかもしれないが、GⅠレースに挑戦する資格を得られなくなるかもしれないと知ればどうなることか。

 能力に見合わない挑戦という意味では自分もヒトのことを言えないが、特に一度や二度の敗北で懲りずに繰り返しシンボリルドルフに挑んで返り討ちにされたウマ娘たちはもちろんそれだけ勝率は下がっているだろう。

 

 そして“相手の得意とする距離で勝ちたい”という理由からマイルでマルゼンスキーに勝つためにトレーニングをしているミスターシービーと、長距離でミスターシービーに勝つためにトレーニングをしているマルゼンスキーのふたりも勝率にしっかりと影響が出ているはずだ。

 

 だが、裏の狙いはともかく内容は真っ当なので反論もしにくい。ジャパンカップのあの走りをもう一度見たかったのに、中央トレセン学園やURAはなにをやっていたんだという意見があるのも知っているので余計にだ。

 本人が最初から引退を決めていたこと、メディアへの露出を控えているのはレース関係の仕事を目指して資格獲得に向け勉強に集中したいからだという説明で多少は落ち着いたようだが……。

 

 

「しかし、だとしてもこれでは」

 

「我々にご協力いただけるのであれば、必ず貴方にとってもプラスとなります。これまでさぞかし悔しい思いをなされたのではありませんか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

「────」

 

「まぁ、ファンやスポンサーに向けた興業としてはそれでも良いのかもしれませんが。勝ち目の薄いウマ娘による奇跡的な逆転劇は心踊るものがあるでしょう。しかし、我々はトレーナーとして現実的に物事を考えなければならない立場にあります。冷静に、担当ウマ娘を潰してしまわないためにも勝てるレースを選んでやることも必要なはずです」

 

「……そのためにも、こうしたルールが必要なんだって話ですか?」

 

「その通りです。担当しているトレーナーの判断だけでウマ娘を説得させようとした結果、下手に話が拗れて信頼関係が損なわれるようでは本末転倒ですから。ルールとして定められているのだから従う、これ以上にわかりやすい判断材料はありません」

 

「なるほど。たしかにわかりやすい」

 

「ご理解いただけたようでなによりです。お恥ずかしながら、以前も似たような内容で意見書を提出したことがあるのですが……さすがにGⅠレースへの参加そのものを制限するのは過剰だと反省したことがありましてね。いくらウマ娘たちのためとはいえ、可能性まで摘み取ってしまうのは如何なものかと考えを改めた次第でして」

 

「で、今度こそ意見を通すためにこうして地道な署名活動をしている……と。わかりました、そういうことでしたら喜んで()()()()()()()()()()()()

 

「はい、それではこちらのほうへ──はい? あの、いま、なんと?」

 

「ですから、お断りさせていただきますと言いました。そりゃ、担当しているウマ娘たちが負ける姿を見て悔しいかと問われれば悔しいですよ? 本音を言ってしまえば、あの単独出走組のウマ娘たちがいなければ私の愛バが勝っていたのに、なんて考えたことだって何度もありますとも」

 

「ならば──」

 

 

 

 

「ですがね? だからってライバルとなるウマ娘たちがレースに参加できなくなるのを期待するってのは……それは、ちょいと違うでしょう?」

 

 

 

 

「いや、ですからこれはあくまでウマ娘たちがレースで無理をしなくて済むようにと」

 

「えぇ、えぇ。わかりますとも。私も凡人ですがトレーナーですからね。ウマ娘たちがヒトよりも頑丈だがアスリートとしてはガラスのように繊細なのは知っています。だから安全を優先して平凡なトレーニングプランしか組み立てられない。しかし、それでも……それでも、そんな私と一緒にトゥインクル・シリーズで夢を追いかけてもいいって言ってくれるウマ娘がいるんですよ」

 

 

 あのレース場で夜間練習をしていたウマ娘たちとの始まりが打算であったことを忘れるつもりはない。

 

 気持ちを切り替えたからといって急に天才になれるワケでもなく、本当に自分の指導で彼女たちの夢を叶えられるのかなどわからない。

 

 もしかしたら逆に夢を奪うことになるかもしれないという恐怖は、レースの勝敗に関わらずいつだって拭い去ることができずにいる。

 

 

 それでも。

 

 

「ま……いまのトゥインクル・シリーズが危なっかしい走りをするウマ娘たちのせいで、ずいぶん愉快なことになっているってのは私も同感ですよ」

 

「ならば、何故? このリストを見ていただければわかる通り、現状を憂いているトレーナーは何人もいるんです。ウマ娘たちの安全のために、そしてレースの格式と伝統を守るためにも、我々トレーナーが行動しなければ──」

 

「熱く語ってるところ申し訳ないが、ウマ娘たちの安全って部分はともかく、格式だぁ伝統だぁなんてのは私のような普通のトレーナーには無縁のモノでしてね。そんなものより担当ウマ娘たちの夢のほうが大事なんですよ」

 

「ですから、その担当しているウマ娘たちが安心して走れる環境のためにも秩序を取り戻す必要があるのです!」

 

「言ってることはわかりますとも。でも困ったことに──()の愛バたちはいまのイカれた環境でバチバチやり合うのを楽しんでいるもんでね。それなのに担当トレーナーが裏でこそこそ小細工してライバルを蹴落とすような真似をするワケにはいかないだろ?」

 

「小細工、だと……ッ!?」

 

「お前らの意見が間違ってるとまでは言わない。さっきも言ったが、いまのトゥインクル・シリーズが異常だってのは俺も同感だからな。でもよ? そんな中で格上のライバルと戦うのを楽しみにしてて、そんでいつかは必ず勝ってやるってウマ娘たちが意気込んでるのに、それをトレーナーが先に勝負を投げ出すのは……ダメだろ?」

 

 

 いつかの選抜レースを思い出す。自分が恐れたシンボリルドルフの走りを見て、それでも早く戦ってみたいと笑ってみせた担当ウマ娘たちの姿を。

 

 

「お前らに協力するってことはよ? つまりそういうことなんだよ。駆け出しのペーペーのときに先輩に言われててな、トレーナーはウマ娘の前では常に堂々としてろってよ。なのに、まさかお前、こんな『真向勝負では勝ち目がないのでライバルの脚を引っ張ります』なんてやり方に同意なんてできるワケねぇよなァ?」

 

「なッ!? 担当ウマ娘を満足に勝たせることもできない、たかがC評価のトレーナーの分際でッ! よくも我々を──」

 

「ウマ娘をろくに活躍させられない無能なトレーナーとして嗤われるのには俺は耐えられるッ!! だがなッ!! そんな俺を信じてくれる奴らを裏切るような真似をすれば、今日までトレーナーバッジを棄てずにもがき続けてきた意味がないッ!! その程度のことがテメェらにはわからねぇのかッ!!!!」

 

『『『『ヒィッ!?』』』』

 

 

 ◇◇◇

 

 

(……あ~あ。やった、やってもーた。オラはやっちまっただ~♪ なぁにやってんだろうな~、あんな感情的になって大声をあげてよ。俺のほうが、仮にも年長者だってのに、年下のトレーナー相手にさぁ~。はぁ)

 

 先ほどの威勢はどこへやら。まるでホラー映画のゾンビのように生気を失った顔で中年男性トレーナーは背中を丸めてトボトボと歩いていた。

 あの名門トレーナーたちの言い分が間違っているとは思っていない。いまのトゥインクル・シリーズが、というよりはひとりで何十人ものウマ娘をレースに送り出しているあのトレーナーが異常なのだ。

 

 個人の能力で機能する組織が健全であるはずがない。たった一度、大きなトラブルが起きればレース業界に取り返しのつかない影響が出るのは確実だろう。

 URAはもちろん、秋川やよい理事長もその程度の事実に気がつかないワケがない。なんならスポンサーとなっている企業のトップたちだって無視できるようなリスクではないのだ。

 

(わからん。俺みたいな安全策しか選べないよーな凡人には、天才って呼ばれるような連中の考えることなんてな~んもわかんねぇよ。なんなの? どいつもこいつも頭おかしくない? なんでそんな簡単に覚悟バキバキに決められんだよ……。はぁ~)

 

 

 彼は自分が凡人であると強く信じている。駆け出しの新人のころから何人ものウマ娘たちを担当してきたが、どうにか無事にレースを引退させて卒業していくのを見送るのが限界だった。

 彼女たちが目標としていた夢を叶えられた記憶はほとんどない。むしろ、自分がいまでもトレーナーを続けていられるのは、ウマ娘たちが夢と引き換えに知識と経験を与えてくれたからだとさえ思っていた。

 

(次は春の天皇賞、か。誰が呼び始めたか『皇帝』シンボリルドルフを筆頭に、三冠ウマ娘のミスターシービーにマルゼンスキー、タマモクロスにゴールドシップにアグネスタキオン、アイネスフウジン、メジロライアン……愉快な黒ジャージ軍団が大勢出走するおかげで逆に枠に余裕が出たのはありがたいが、見事に天才と化け物のお祭りになっちまってよぉ~。はぁ……まったく)

 

 自分にできるのは、せいぜいウマ娘たちがレースで怪我をしないように仕上げて送り出してやることだけ。担当ウマ娘たちを格上相手にぶつけることを躊躇うことは無くなったが、どうしても指導方針を変えられない自分では天才たちを相手に“必ず勝たせる”などという強い言葉を使うことはできない。それが彼の自己評価であるのだが──。

 

 

 

 

「さぁて、どうやって天才どもを相手にウチのウマ娘たちを()()()()()()()()()?」

 

 

 

 

 苦虫を噛み潰したような表情で中年男性トレーナーは頭を抱える。自分が担当しているウマ娘たちが勝つのは難しいと考えながらも、勝てる可能性はゼロではないと信じて疑っていないことを自覚しないままに。




作者は栄養ドリンクに頼るよりはご飯モリモリ食べてさっさと寝る派です。あの味が苦手なもので(味覚お子さま)


続きは冷蔵庫の一角を占拠しているチョコレート菓子を減らしてから、次は春の天皇賞になります。


ちなみに圧倒的サトノ率でした。これは天井覚悟で回すしかねぇッ!!


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どうわ。

天皇賞(春)を天春ではなく春天と発音した場合、なにも知らない人が『ハル天』と聞き間違えて『ハルバードの天ぷら』だと勘違いする可能性があるかもしれません。

収穫した旬のハルバードを新鮮なうちに斧槍の部分だけ衣をまとわせ串カツのようにじっくり揚げた物を想像してしまった人が周囲にいたら優しく教えてあげてください。ソースの二度漬けは禁止でも、バルサミコ酢ならかけ放題だと。


 ある日のこと。

 

 勤勉な追放系転生者としてヘイトを稼ぐヒントを得るためいつものように新聞などを超速度で読んでいるところに、いつの間にか持ち込んでいたらしいマイカップにココアを注いだケイエスミラクルが貴方に面白い情報をもたらしました。

 

「そういえば、いま百貨店で世界の絵本展っていうのをやっているそうなんです。もちろん買うこともできますし、その場で試し読みすることも──え? あ、はい。おれ、絵本とか好きで……えっと、前にも話したことありましたっけ?」

 

 これが並のトレーナーであればただの世間話として処理されて終わっていたことでしょう。ですが貴方は天下御免のチート転生者、このような些細な情報からもトレセン学園から追放されるための道筋を見つけることが可能でした。

 そう、絵本や童話に登場する悪党は必ず成敗されることになる、いわゆる『勧善懲悪』が物語の基礎となっている物がたくさんあるのです。創作物ではありますが、それらもまた悪役としてあるべき姿を自分に教えてくれる先生になると貴方は考えました。

 

 そうと決まればいつものように即断即決即行動。さっそく貴方はその絵本展から学びを得るため出かけることにしました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 イベントにやってきた子どもたちを大悪党トレーナーから守護るためでしょう、監視役として同行しているであろうケイエスミラクル、ライスシャワー、ニシノフラワーなどの数人のウマ娘たちに囲まれながら貴方はじっくりと絵本を選んでいます。

 世界の絵本展というだけあってさまざまな言語の絵本が並んでいますが、もともとはウマ娘たちを利用して正攻法でお金儲けを企んでいたこと、そして現在は悪役として必要な教養として多言語を極めている貴方にはなんの問題もありません。

 

 なかなか面白そうな絵本がたくさんありますが、素晴らしく賢い貴方は目的を忘れることなく悪党がきっちり成敗されていそうな絵本を探します。

 ここまで狙いどおりだと上機嫌で絵本を手に取るその間もケイエスミラクルからは謎の視線を感じますが、恐ろしく賢い貴方はそれが警戒の意味合いが含まれているモノであると認識しているようです。

 

 

 もちろんそれは貴方がケイエスミラクルからしっかりとヘイトを稼いでいるという自信があっての判断です。

 頭を叩かれた回数を速さの証明のように語る夜間居残り組のように──特にスペシャルウィークやカレンチャンをリアクションに困らせているどこかの逃げウマ娘や追込ウマ娘ほどではありませんが、彼女もハリセンの被害者のひとりだからです。

 

 

 追放ムーヴの中でさまざまな取引ウマ娘たちの姿を見てきた貴方はチート能力に頼るまでもなくウマ娘のコンディションをほぼ完璧に近いレベルで管理できますが、その領域に到達していない者から見れば病弱なウマ娘にハリセンを叩き込むゲス野郎でしかありません。

 

 ケイエスミラクルのオーバーワークを的確に防ぎつつ評判も下げる。当然、本人からしてみればトレーニングを問答無用で邪魔をされているワケですから貴方への報復の機会を虎視眈々と狙っていることでしょう。

 荷物のように雑に脇に抱えられて運ばれているケイエスミラクルの表情が少しだけ嬉しそうだとしても、角度的に貴方には見えていないので事実上の無表情であると分類できるので大丈夫です。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 絵本選びの最中に見知らぬ男の子から「これなんてかいてあるのー?」と質問され紆余曲折の果てにウマ娘たちを巻き込んで読み聞かせをすることになり店員さんや保護者の皆さんからぬるま湯のような視線を向けられることになってしまったものの、この程度の誤差は日本有数のダンジョン梅田駅から某電気屋さんを目指していたらついうっかりシチリアでチーズを削っていたぐらい良くあることなので追放計画に対する影響は見えなくても問題はありません。

 

 そんなことよりも貴方が気にするべきは、これからちょうど昼食の時間になるということです。

 

 貴方は彼女たちの担当トレーナーではありませんが、悪の美学に従い取り引きで手抜きをするなど言語道断というもの。絵本を抱えた何人ものウマ娘が入れるお店という前提条件で、いつかスカウトされることを視野に入れてアスリートに相応しい食事を提供してくれる場所を速やかに頭の中で検索します。

 もちろん気軽に食事のできる施設やジャンクフードを否定するつもりはありませんが、そうした友人同士で気兼ねなくワイワイ食べられるものは自分のような邪魔物がいないときのほうが楽しめるだろうと配慮することにしているので却下です。

 

 

 さて、なにか手頃なお食事処はないだろうかと考えていると……そういえば、と貴方は学生時代の後輩が総帥をしているグループが経営するホテルのレストランの招待状を持っていることを思い出しました。

 

 

「へぇ。あなたの知り合いが働いているレストランだなんて、なんだか面白そうじゃない? 下手なお店よりは期待できそう──は? なんで招待状なんてものが必要……な……の……よぉ……おっふ」

 

「ねーねー? キングちゃんそのキラキラしたカードなーにー? それでゴハンが食べられるのー?」

 

「まぁ、前にアンタに連れていかれたお店のハンバーグもそんなに悪くなかったし……アンタが! ど~してもアタシに食べてもらいたいっていうなら! 仕方ないから付き合ってあげてもいいわよ!」

 

 

 念のためレストランに現役のトレセン学生が10人ほど一緒でも問題がないか確認を済ませて移動を始めましたが……さすがのチート転生者である貴方も、ホテル側から「可能であればウマ娘たちと一緒に新しくオープンする店舗のリハーサルに協力して欲しい」という申し出を安請け合いした結果、トレセン学園のルームで観戦する予定だった天皇賞を現地で見ることになるとは予測できなかったようです。




これで自然な流れで賢さGを京都レース場に移動させられるな! ヨシッ!


こいつの扱いクッソめんどくせぇなッ!


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ほうわ。

 ホテルの話がトレセン学園に広まるのは貴方にとっても想定の範囲内です。

 

 そこから正式な申し込みという形になり、私的にではなく公的なイベントとして多数のウマ娘やトレーナーたちがリハーサルに協力することになったのも許容範囲でしょう。

 

 せっかくなので課外学習という名目を設定したものの、さすがに全校生徒の受け入れは難しいので日程をどうしたものか……という話を聞きつけた複数の企業からの申し出があったことも──企業リストを「あらあら」と楽しそうに眺めていた老婦人トレーナーが一瞬だけ冷酷な狩人のような表情になって野暮用ができたと言って出かけたりもしましたが良しとしておきます。

 

 

 しかし。

 

 

「いや~、まさかレース前にこんなリッチなホテルに泊まることになるなんて思わなかったよ。キミってば相変わらず面白いコトに愛されてるね~。あ、このわらび餅いいかも」

 

「ん~♪ こういうの、比べちゃうのはお行儀が悪いっていうのはわかってるんだけど……やっぱり高級ホテルのティラミスは別物ね!」

 

 

 ホテル側とトレセン学園との間でやり取りが完結したのであれば、どうして自分がこの場にいるのだろうか? そんな疑問を抱きつつ、貴方はホテルのラウンジで抹茶プリンをチビチビと味わっていました。

 

 明日の天皇賞(春)に出走するウマ娘たちがひとまとめにされるのはまだ理解できます。アスリートによる真剣勝負の世界ですから、ルームメイトとレースでぶつかることも日常茶飯事だからです。

 ですが、よりにもよってウマ娘たちからもトレーナーたちからも警戒されている自分を巻き込むのはどう考えてもマイナスにしかならないのに……と、貴方は秋川やよい理事長と駿川たづな秘書の判断を訝しんでいる様子。

 

 

 ウマ娘たちの幸せ、あるいはレースで輝く姿を尊ぶあのふたりに限ってこのような単純なミスを見逃すなどありえない。

 ならば、自分のようなクソボケ外道トレーナーを放り込むリスクに見合うだけのリターンが存在する可能性が微粒子レベルで存在するのだろう。

 

 

 そんな結論が出て自分が納得できたところで、貴方も素直に明日の天皇賞を楽しみにしつつ高級ホテルでのひとときを楽しむことにしたようです。

 方向性としては“騒いで楽しむ”というよりも“心に安らぎを”といった部分を重視しているらしく、賑やかな娯楽設備の数は控え目なもののウマ娘たちは上手に時間を使っているようです。

 

 一番わかりやすいのはレストランを利用しているウマ娘たちでしょう。どれだけ食べても当然のようにスマートに料理が運ばれてくることでキラキラが止まらない芦毛の怪物や、豚肉を練り上げて作られた麺を使用したチャーシュー麺というお肉至上主義のラーメンに出会いキラキラが止まらないシャドーロールの怪物など、明日のレースに全く関係がないのにも関わらず絶好調のウマ娘が量産されていて愉快なことになっています。

 ほかには、ツインターボから聞かされた「ご飯の美味しいところにタダで一泊してレース観戦ができる」という情報に惑わされ「ほ~、そいつはお得ですなぁ~。せいぜいのんびりさせてもらうとしますかねぇ~」と気軽に構えていたところ、コンシェルジュから真っ白なテーブルクロスの席に案内されウマ娘世界ならではの野菜と果実のジュースを専門とするソムリエに対してガチガチに緊張した様子で応答する庶民派ウマ娘などが見所でした。

 

 

 もちろん明日の天皇賞に出走するウマ娘とそのトレーナーは丁寧に打ち合わせを行っているのでしょうが、担当ウマ娘のいない給料泥棒系トレーナーである貴方には関係のない話です。

 一応、取り引きの義理として簡単なアドバイスぐらいはしているようです。たとえば、目の前で甘いものをモムモムと食べているラスボスふたりに対しては「ほかのウマ娘がどのような作戦を選ぼうと関係ない。お前たちはもう自分のスタイルを理解しているのだから、ミスターシービーはミスターシービーらしく、マルゼンスキーはマルゼンスキーらしく楽しんでくればいい。むしろ、それ以外に必要なことがあるなら逆に俺に教えてほしいくらいだ」といった具合に、ちゃんと悪役らしく適当にあしらって終わらせてあります。

 

 ついに最低限の役目すら放棄したことに呆れたのでしょう、ミスターシービーもマルゼンスキーも会話を続けることを諦めておやつタイムを始めてしまいました。

 質量に対してエネルギーが豊富な甘味はウマ娘にとって理想的な食べ物ではありますので、このふたりであれば特に注意する必要もありません。

 

 

 用心深く慎重な貴方は、このような細かい指導でヘイトを無駄に減らすようなことにならなくて良かったと安心しているようです。

 場所がトレセン学園から高級ホテルに変わっても関係ない、真の悪役は活躍するステージを選ぶ必要がないのだと自画自賛しながらプリンを食べ終えた貴方は次はなにを頼もうかとメニューを開き……テンションが上がりすぎているウマ娘がトラブルを起こす前に宥めるのを手伝ってほしいというエアグルーヴの要請を受けて席を立つのでした。



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かいわ。

ひとりくらい、ホテルのラウンジでオシャレな時間を過ごすよりもお気に入りのラーメン屋で餃子のタレを用意している時間に幸せを感じる人間がいてもいい。

自由とは、そういうことだ。


「申し訳ありません。すでにご承知のこととは思いますが、場外市場モニターの前すらもあの通りでございまして……お手数ですが、レース関係者の方はトレセン学園の学生の皆様も含め向こうに移動をお願いしております」

 

 

 本来であれば自分のようなトレーナーという立場を利用して偉そうに振る舞いウマ娘たちを道具のように扱っているゴミカス野郎が軽々しく立ち入っていい場所ではないだろうに……と、思いつつも京都レース場の賑わいぶりを見てしまえば貴方には係員の誘導に逆らうつもりなど起きません。

 そうでなくとも課外学習というイベントが原因で中央トレセン学園のウマ娘だけでも100人単位で観戦にきていますので、混乱を避けるためにも素直に移動するしかないと判断しました。貴方の目的は中央トレセン学園から追放されることであり、こうして真面目に働いているレース関係者の邪魔をすることではないので妥当な判断であるとしておきましょう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 大勢のウマ娘とトレーナーが集まっているだけあり、関係者席も転生者である貴方の視点からはなかなか興味深い光景が広がっています。

 

 ミホノブルボンのマスター兼サクラバクシンオーのストッパーである女性トレーナーの周囲にはほかにも中・長距離の重賞レースを目標とするウマ娘たちが……スカウトされた、というよりは押し掛けた様子。

 肝心の脚質改善についてはそれなりに順調らしく、軽くチートアイで確認したところミホノブルボンの長距離チャレンジは入着が期待できるぐらいに、そしてサクラバクシンオーの中距離チャレンジはまだまだ入着は厳しいものの勝負にはなる程度に成長しています。

 

 ほかには、とある名門出身だというA級トレーナーの隣で穏やかに微笑んでいるサクラローレルと緊張しながら背筋をぴーんとしているユキノビジンの姿も確認できました。

 どちらも高い実力を秘めているものの模擬レースや選抜レースでなかなか活躍することができず、トレーナーたちからはアスリートとしてあまり注目されていませんでしたが、どうやら無事に優秀なトレーナーからスカウトされたようです。

 

 選抜レースで入着どころか下位に甘んじていたウマ娘を中央最速と評価されているマルゼンスキーを相手に影を踏むところまで追い詰めた実力者に育て上げたその見事な手腕であれば、この世界のサクラローレルは凱旋門賞を見事に制覇してくれるかもしれません。ユキノビジンに関しては能力どうこうよりも謙遜する本人を説得するほうが大変なのではないかと貴方は予想しているようです。

 

 

 ある意味オールスターな光景に背後で過呼吸一歩手前といった状態に陥っていたマインドアナザーディメンションウマ娘がワンダーアキュートに背中をさすさすされて落ち着いたのか瞳を閉じて穏やかな表情で横になっているのを見届けた貴方は、天皇賞を観戦するべく現地にやってきた中央トレセン学園の生徒のうち自分が把握しているウマ娘たちが全員揃っていることを確認してから──よりレースを楽しむために、まずはお手洗いを済ませることにしました。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 仕事やイベント事が始まる前の空き時間で、トイレを済ませたあとに飾り気もなければ利便性も足りていない簡素な休憩スペースで飲む缶コーヒーは特別な味がするのかもしれない。

 そんなことを考えながら貴方が時計を確認しながらのんびりしていると、同じようにあえて喧騒を避けての一服を楽しもうと考えたのかジャケット姿の男性がひとりやってきました。

 

 

「いやぁ~、天皇賞が盛り上がるのはいつものことですが、今日はまた一段と賑わってまぁ……レース関係者としては喜ばしいことかもしれませんが、迷子の子どもなんかが出ないか心配ですな! おっと失礼、自分はこういうものです」

 

 

 差し出された名刺から男性の正体が“月刊トゥインクルの記者”だと知った貴方は、驚きよりも男性から感じていた違和感に納得しているようです。

 飄々とした態度と会話のイントネーションは無難な仕事をこなすだけの三枚目のような雰囲気を作り出していますが、かつてはトレーナーとして、現在は悪役として数々の修羅場を踏み越えてきた貴方は男性の猛禽類のような視線に気がついています。

 

 刹那ほどの時間ではありましたが貴方のトレーナーバッジに向けた獲物を見るような、そして精密機械のように感情の存在しない値踏みするような視線……貴方はそれを「地道な努力を続けたおかげで、ついに月刊トゥインクルも自分を追放するために動き始めたかッ!」と心の中で和太鼓を乱打する大喜びといったところ。

 

 

「あぁ、別に取材の申し込みとかではありませんよ? アナタに担当ウマ娘がいないのは承知していますし、今日の取材は部下が──いや、まぁ、知識も情熱も素晴らしいんですが、如何せん記事がヒートアップしがちでね。ま、そこが彼女の持ち味でもあるんですが……おっと、重ね重ね申し訳ない。どうも……今日は半分プライベートみたいなもんでして、ひとりのウマ娘ファンとして天皇賞を楽しみにしてたんですよ。で、まぁ、ちょうどヒマそうなトレーナーさんがいたもんですから。時間までちょいと世間話でも、どうです?」

 

 

 ──よく喋る男だ。それでいて全く隙がない。

 

 

 これは間違いなく有能な記者であり、ここでの会話の流れ次第では追放計画が大いに加速するに違いない。そう考えた貴方は自分でよければと雑談に興じることにしました。



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ちくわ。

「そういえば、メジロ家のウマ娘たち──ドーベルさんだけでなく、アルダンさんとパーマーさんも担当トレーナーが決まったそうですなぁ。横の繋がりで名門どころの家からのアプローチをのらりくらりと躱していたメジロの御大が、よくまぁ新人トレーナーたちを簡単に認めたものだとウチの編集部でも話題になってますよ」

 

 男性記者が話題に出した新人トレーナーたちのことは貴方も把握しています。ドーベルトレーナーはもちろん、アルダントレーナーとパーマートレーナーも担当ウマ娘と一緒にメモ帳などを片手に鋭い目つきで貴方を監視しているからです。

 ときには取引ウマ娘たちからも積極的に情報を収集している様子が見られ、メモ帳の中には自分を追放するために必要な悪事の数々が余すことなく記録されているのだろうと貴方は3人の正義感溢れる仕事ぶりに感心していました。

 

 

 それはそれとして。メジロのウマ娘たちの心を射止めてしまった3人の男性トレーナーたちの将来について貴方は心の中で両手を合わせて「みんながんばれ。それはもうイロイロと」などとエールを送っています。

 

 

 さて、天皇賞ということでメジロの話題を出したのは想像できた流れですが……抜け目のない悪役トレーナーである貴方は、ここで新人トレーナー3人について厳しい意見を口にすることで、将来有望な新人たちの才能を理解できない節穴アイをアピールできるのでは? と思いついてしまいました。

 メジロライアンが菊花賞を勝利したことへの評価はもちろんのこと、月刊トゥインクルに所属している記者であればメジロのウマ娘たちの真価はその精神性にあることなど百も承知のはず。ならば、彼女たちが認めたトレーナーはそれだけで信用できることなど貴方がわざわざ説明するまでもないほどに熟知しているに違いありません。

 

 貴方は男性記者に対して、知ったかぶりな態度を演出するためにあくまで落ち着いた雰囲気のままに言いました。彼らはウマ娘たちのパートナーとしては優秀かもしれないが、トレーナーとしては足りないものがある……と。

 

「──ほぉ? トレーナーとして足りないものと仰いますと、やはり知識や経験といったものですかな? ま、URAがライセンスを与えているワケですから最低限のモノは身につけているのでしょうが、たしかに若手なのも事実ですからねぇ。豊かな才能が注目されていたにも関わらず、その気性から担当がなかなか決まらなかったウマ娘を格式の……あぁ、いえ。ファンがたくさん応援してくれる舞台であんなに“楽しそうに”走らせることができそうかと言われれば、なかなか難しいでしょうなぁ!」

 

 なんと、そんなことができるトレーナーが中央には存在していたのか! と貴方は内心で驚いている様子。能力が高いのに性格が個性的であるが故に苦労しているウマ娘にレースの楽しさを教えることができる、そんなトレーナーがもしもミスターシービーやマルゼンスキーのトレーニングをサポートしてくれていたのならば……と、追放のためにトレーナーたちとの交流を軽視していた己の迂闊さを悔やむ気持ちが芽生えているようです。

 

 ですがそれはそれ。いまの自分がやるべきことは過去の失敗を嘆くことではなく、未来のために──中央トレセン学園から追放されるために目の前の男性からヘイトを稼ぐことであることを見失う貴方ではありません! 

 

 イタズラ小僧のように楽しそうに笑いつつも、やはりその視線は超一流のジャーナリストらしく日本刀の如く鋭いままの男性記者に貴方は言いました。

 彼らに足りないものは知識や経験などという、時間さえかければ誰でも手にすることができるような簡単なモノではない。もっと単純で、最も原始的な部分で必要なモノが足りていないのだと。

 

 男性記者は実に興味深そうに続きの言葉を待っていますが、もちろん思いつきだけで語り始めた貴方に具体的な内容などあるはずがありません。

 しかしそこは“百戦百勝は善の善なる者に非ず”をある意味完璧に体現している貴方です。これはあくまで自分の評価を下げるための布石ですので、適当にそれっぽいことを話せば「コイツはなにを言っているんだ?」といとも容易く評価を下げることが可能だと余裕の表情を隠しきれていないようです。

 

 

 続く貴方の言葉は「慈悲深い三女神はレースに挑む全てのウマ娘たちを等しく祝福してくれるかもしれないが、嫉妬深い勝利の女神は浮気者にキスをしてくれるほど優しくない」というものでした。

 ウマ娘たちのレースに限らず、アスリート同士の本気の勝負には数々のドラマが存在するのは決して無視できない事実です。それをトレーナーという指導者の立場でありながら真っ向から否定することにより、男性記者に不信感を植えつけるという恐るべき作戦のようです。

 

「なるほど、なるほど! つまり今日の天皇賞を勝てるウマ娘というのは、ライバルの姿だったり、勝利の先にある栄光などではなく……どれだけ純粋に勝利そのものを渇望できるかで決定する、と。いいですなぁ、天皇賞のあとに関係者の方にお話の機会を設けていただいていますが、コイツは良い話のタネになりそうですよ! いやぁ~はっはっは!」

 

 なんということでしょう! どうやらこの男性記者は偶然にもレース関係者にアポイントメントを取っていたようです! 

 これなら鮮度抜群のヘイトを届けてくれるに違いない、そう考えた貴方は喜び倍増で天皇賞の始まりを待つのでした。




次回はレースに参加しているモブウマ娘たちのインタビューを含めた男性記者視点です。


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『逸話』

お試し文章スタイルの時間。


「アイネスのお嬢ちゃんがspeedを抑えて後ろに入るのは予測していた。tensionのままに走りきるのもヤツの持ち味だが、アレでなかなかcleverな立ち回りができるからな。マルゼンのヤツについては……アレは単純に()()()()()()()()()()()ってだけだな。その証拠は後半のcrazyなexciteぶりが証明しているだろう?」

 

 

 多くのファンが待ち望んだスターウマ娘たちの勝負。ある意味では宝塚記念や有マ記念に匹敵する夢のレースとなったそれは、有識者を名乗る者たちが予測した「マルゼンスキーが先頭に位置取り、それにアイネスフウジンが追走する」という形とは大きく異なるスタートとなる。

 事前にトレセン学園でウマ娘たちへの取材を──あぁ、いや。オレはただの付き添いみたいなものだから半分ぐらいはプライベートな世間話に近い、他愛もない会話ではあったが……そこで“逃げて差す”という矛盾した作戦について聞いていなければ、やはり観衆と同じように驚いていたかもしれない。

 

 

 レース全体の立ち上がりは長距離レースとしてはやや速めといった程度、先頭を駆けるウマ娘もかつての菊花賞のときのように安定感のあるフォームで加速していた。

 続くアイネスフウジンとマルゼンスキーの走りにも乱れなどは一切見られない。いまだに逃げウマ娘や追込ウマ娘のことを王道の走りができないからだと否定的な言葉を発する者もいるが……彼女たちはもちろん、今後デビューする予定のウマ娘たちもまた、そうした評価を次々に覆すことになるだろう。

 

 

 焦りは見られない。そんなほどよい緊張感を最初に崩したのは先行の位置からアグネスタキオンであった。

 

 

「あー、アレはルドルフを狙い撃ちにしてたんじゃないかな。ワザと内側のラインを空けることで差しの位置から誘い出そうって魂胆ってカンジ? ペースを乱す、脚を消耗させる、とか? まぁそういう狙いもあったのかもしれないケド……単純に好奇心っちゅーか、挑発してみたかっただけじゃね? 『さぁ、こんな大舞台でも“皇帝”は挑戦を受けるのかい?』みたいな!」

 

 

 名門シンボリ家の出身、無敗でのクラシック三冠制覇、中央トレセン学園の生徒会長。初めて取材をお願いしたときには実に優等生という表現が似合っていたシンボリルドルフも、最近では学生らしく笑える程度の悪ふざけとアスリートらしい好戦的な気配をカメラの前でも度々見せてくれる。

 そんな彼女の態度の変化により、以前はうっすらと見えていたほかの学生たちとの間にあった壁が無くなったのはなかなかの皮肉だろう。だが、「皇帝として如何なる挑戦からも逃げはしない」と宣言したことで同期はもちろん後輩たちからも次々と勝負を挑まれる彼女は実に嬉しそうであった。

 

 

 故に、アグネスタキオンは挑発したのだろう。

 

 

「そうだなぁ……シービーやマルゼンとの勝負がどうこうっていうより、やっぱ単純にルドルフに勝ってみたいって気持ちは強いかな。先行も差しも選ばず王道の走り方を見せてやろうって態度がホラ、やっぱ真向勝負でブチのめしたいって思うじゃん? ハハッ、GⅠレースで1度も勝ったことないウマ娘がなにを偉そうにって思うかもしれねぇけどさ。アタシらのトレーナーの言葉を借りるなら『トレーナーが勝てるって信じてくれてるのに、それで自分の気持ちにウソをついたら意地張って勝負服を着てる意味がない』ってトコかな!」

 

 

 当然のことながら、シンボリルドルフは挑戦を受けた。内側に、そして前にと位置取りを進めるが──ここで周囲のウマ娘たちが動揺することなくペースを保ってたのは流石だとしか言いようがない。

 

 例外はふたり。ひとりは美人揃いのウマ娘の中でも特に見目麗しい芦毛のウマ娘であり破天荒な言動から子どもたちの人気者でもあるゴールドシップだ。

 桁外れのスタミナと圧倒的なパワーでレース中盤から()()を自由に使ったロングスパートはゴールドシップの代名詞となりつつある。黒ジャージ軍団に関するウマッターやウマスタグラムで『彼』と一緒に笑いを提供してくれる姿とは真逆の、どこまでも勝負を楽しみつつどこまでも勝負を求める鋭い微笑みは男女問わず多くのファンを魅了している。

 

 もうひとりはゴールドシップの同期であり同じ芦毛のウマ娘、これまた小柄な関西弁のツッコミキャラが子どもたちの心を掴んでいるタマモクロスも追込の位置から消えていた。

 静かに、そして『白い稲妻』という二つ名に恥じない鋭いステップワークで前に出た。アスリートとして、レースを走るウマ娘として不利だと言われていた小柄な体格を自虐的な方向の笑いで掛け合いをする姿はファンなら見慣れたものである。そして彼女はそのハンデをまったく……少なくともオレが取材したときには気にした様子はなかった。彼女にとって小柄な体格は弱点ではなく武器に昇華していたのだから当たり前だと言われればそれまでだが。

 

 

「勘違いしているヤツが多いがゴルシは単なるイロモノウマ娘なんかじゃない。スタミナを爆発的に燃焼させてワープしたかのように最終直線で並んでくる規格外、つまり化け物なのよ。そしてタマのヤツは選べる作戦の幅広さがある意味でゴルシよりも厄介だ。……そうだな、以前は本人も身長を気にしていたよ。だがわざわざ説明しなくてもアンタほどの記者なら理解してるんだろう? あの野郎が好き勝手に煽ってくれたおかげで、タマの脚捌きは関西弁ツッコミキャラとは裏腹に洗練された美技だ」

 

 

 ターフの外側から『見る』のと、ターフの上で『感じる』のではよほど勝手が違うのだろう。観客はレースに動きが現れたことで盛り上がっているが、ウマ娘たちは膨れ上がった覇気の影響を無視することはできなかったらしい。

 どちらも普段はコミカルなキャラクター、しかしレースの最中は彼女たちもまるで餓えた猛獣。カメラマンたちがその横顔を求め昂る神経を理性で捩じ伏せてシャッターチャンスに備えているであろうことは容易に想像できるぐらい纏う雰囲気がガラリと変わるのだ、至近距離ですれ違い追い抜かれたウマ娘が動揺してしまうのも無理はないだろう。

 

 

「同じ追い込みでもここまで違うのか、ですか? フフッ……♪ いえ、たしかに言われてみれば記者様の仰有る通りです。わたくしも、レースの作戦というものは逃げ、先行、差し、追込という4つの枠だけでしか考えることができませんでしたし、それはわたくしのトレーナーも同じこと……。えぇ、記者様もご存知の通りわたくしの担当トレーナーは歴史のある名門出身の方なのですが、対策をお考えになっているときも実に楽しそうでしたよ? そういうモノもあるのか、そうでなくては面白くない、と。そういう意味では──シービー様は自由な気風でありながら思いの外辛抱強い方なのだな……と、わたくしは常々思っております」

 

 

 大舞台でもレースを楽しむため先頭を譲り“逃げて差す”走りを試さずにはいられなかったマルゼンスキーとは逆に、ミスターシービーの走りはどこまでも追込ウマ娘らしい丁寧なモノであった。

 レースに対しては誠実だから? ウイニングライブを気分じゃないからと逃げてしまおうかなどと冗談を口にした瞬間出走したウマ娘たちに取り押さえられステージに運搬された実績を持つ彼女に誠実という言葉が似合うかどうかはファンの判断に委ねるとして、たしかにミスターシービーは彼女なりのスタンスでレースには本気で向き合っているし、ライバルたちと競い合うことを真剣に楽しんでいるのだ。

 

 もしかしたら、だからこそミスターシービーは追込を好んでいるのだろうか? ウマ娘たちが全力で、真剣に、勝負を楽しんでいる光景を見るために……いや、これはさすがにオレの主観が過ぎるな。

 ジャーナリストとしてウマ娘たちのイメージを“大事に扱う”のは当然のことが、イメージ通りの彼女たちの姿を“求める”のはファンに許された特権でありオレたちメディアの姿勢としては論外だ。

 

 

 そんなミスターシービーも、最終コーナーではもちろん前を目指して加速する。同じようにスタミナやパワーに自信のあるウマ娘たちがその勢いに逆らうことなく集団の外側を、距離のロスなど関係ないとコース全体を横に広がるつもりかと言いたくなるようなスパートを始めたのだ。

 

 中にはここが1着になるための最後のチャンスとなるウマ娘もいるだろう。それは以前の常識では考えられないことだが、直線よりもコーナーの走りを得意とするウマ娘たちにはオレも何度か話を聞かせてもらったことがある。

 彼女たちは自分が取材されること、いや注目されることがイマイチ理解できていない様子で恥ずかしそうに「自分たちにはコレしか勝ち目がないから」と語っていた。

 

 こういう言い方は大真面目にトレーニングに励むウマ娘たちに失礼なのだが、ハッキリ言って彼女たちは天才に挑みすぎたせいで感覚がすっかりバグっているようだ。

 注目しないワケがない。最終コーナーという限定された数秒間だけとはいえ、ミスターシービーが追いつけず、シンボリルドルフが追い越され、マルゼンスキーが迫られる光景は、レースを見ている者たちに「もしかしたら」と思わせるには充分すぎる。

 

 

「ん~? 正直、そのへんの感覚はよくわかんないかなぁ? とりま、トレちゃんから渡されたトレーニングプランやっとけばいっか~ぐらいしか考えてなかったし。や、そりゃ普段もキュー場で併走とかはしてるケド……う~ん、なんて言えばいいのかな~? ワンチャンあるならそれでよくね? みたいな? それにトレちゃんがものごっつ楽しそうに言ってたもん。なんだっけ、たしか『1度も負けたことがないということは、1度も格上に挑んだことがないのと同じ』みたいな? つまりチャレンジャーとしては負け負けなウチらのほーが勝ち勝ちのビー太郎やマルマルよりレベル高ぇってことでぇ~……うん? あはッ♪ オジサンごめん! なに言いたいのかわかんなくなっちゃったからイイ感じにフィーリングで理解しといて♪」

 

 

 折れるほどに強くなる、それを綺麗事ではなく事実として彼女たちは実践している。さて、オレもジャーナリストとしてレースにはそれなりの時間関わってきたが、長距離レースである春の天皇賞の最終直線で集団が割れることなくラストスパートとなる光景など見たことがあっただろうか? 

 それでも現実は無情だ。やはりGⅠウマ娘たちが、その中でも特別な輝きを感じるウマ娘たちがどうしても抜きん出て前のほうに集まった。以前と違うのは遅れだしたウマ娘たちから勝負を諦める気配を感じないことだろう。レースが終わり結果が確定する前に勝利を手放すようなウマ娘に未来はない、その教えはしっかりと受け継がれているのか、それとも新しく芽吹いたのか。

 

 

 そして。

 

 

「遠慮とか、そういうのは無かったよ。もちろん有名な話だし、知らない子はいなかったと思う。でも、それで手加減というか、本気で走ることを躊躇うような子なんているワケないっていうか……だって、勝ちたいのはさ? レースで勝ちたいのはみんな同じなんだから当たり前だよね? だけど、そうねぇ……性格的な問題、っていうと悪いふうに聞こえるけど、普通の優等生でしかなかったころなら私でも勝ってた自信あるのよ。負け惜しみに聞こえる? なら、次は秋の天皇賞に出てくるだろうし、そのときに証明してあげるわ。悲願がどうだとか、ドラマ性がなんだとか、そんなのセンターを譲る理由にならないもの。ま、それはそれとしてね? せっかく宣言通りに1着になったんだもの、ちゃんと主役らしく格好良く宣伝してあげてよ? ジャーナリストさん!」

 

 

 実に()()()()のある依頼だが、なんとも悩ましい問題がある。

 

 

 あの日、大歓声の中で、握り拳を天高く掲げるメジロライアンの姿を。果たして文字と写真だけで伝えることができるような記事を、オレの能力で書けるのかどうか。

 ひとりのウマ娘ファンとしてレースを楽しんでいるときはともかく、仕事となると非公式チーム『ポラリス』の存在は本当に厄介だ。駿川さんや秋川理事長にお願いして、どうにか正式に取材する機会を用意してもらえないものかねぇ?




年末の投稿が遅れたのは単純に積みゲーにしていたゴーストリコンに手を出したのが理由であり、特になにか事情があったワケではないです。
キリのいいところで一年を終えて別作品の更新を始める予定でしたが、悔しいのでしばらく本作の更新を続けることにしました。よろしくお願いします。


続きはかまぼこと栗きんとんを堪能してから、次は賢さGが夏合宿に少しだけ参加させられそうになるかもしれない話になります。


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くるま。

とりあえずキリの良いところまで集中するとして、今シーズンのオマケは誰にしたものか。
現段階ではグラスワンダーを中心に、スペエルキングスカイあたりを登場させたいな~とか考えています。


 過去の貴方は真面目な守銭奴トレーナーを目指していましたので、嗜みのひとつとして前世と同じく運転免許証を獲得しています。

 

 運転技術そのものについてですが、そちらに関してはストレートで全ての試験に合格していますし、チート能力に頼らなくとも無事故無違反ということで“上手いかはともかく少なくとも下手ということはないはず”というのが貴方の自己評価になっています。

 さすがに前世で有名だった某オープンワールドゲームのように警察組織に追いかけられながらアクロバティックな運転などはしたことがありません。せいぜい学生時代に履き物の鼻緒が切れて困っていたご年配の和服ウマ婦人を自転車の後ろに乗せて安全運転で爆走したり、電磁槍で武装したバイク集団と回転式機関銃で武装したヘリコプターから逃げるため仲間たちを荷台に乗せて軽トラックで爆走したことがあるぐらいなものです。

 

 

 そんな過去の経験が現在に活かされているのかは不明ですが、取り引きの都合によりウマ娘たちを車やバイクで運ぶ貴方の姿は中央トレセン学園においてそれほど珍しい光景ではありません。ありませんが……。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「これが、道の駅限定スペシャルDXフルーツパフェなのですね……ッ! そう、これは合宿で充分なトレーニングを行うために必要なエネルギーを摂取する行為なのですから、仕方ない、仕方のないことなのです……ッ!! それでは失礼して──はむッ♪」

 

「……なぁスカーレット。マックイーンのヤツ、まさかここのパフェ食うためにトレーナーさんの車に乗ったとかないよな?」

 

「さすがにそれは違うでしょ……。途中で寄り道するって決めたのはトレーナーさんなんだから……。ま、まぁホラ、長距離移動には適度な休憩も必要だから」

 

「マヤノ! あっちでメロンパン焼き立てだって! しかも好きなアイスクリームを挟んで食べられるらしいよッ! これはもう食べるしかないでしょ!」

 

「アイコピー! フフ~ン♪ こーゆータイミングをバッチリ逃さないのもイイ女の特権だってマルゼンちゃんも言ってたからね♪」

 

「みんなでトラベル出会いはミラクルご当地グルメもマーベラス☆ うんうん、マーベラスな青空の下で食べるもつ煮込みうどんと鯖寿司のセットもとってもマーベラス☆」

 

 

 なぜ自分が担当でもないウマ娘たちを車に乗せて合宿先に向かう途中の道の駅で一服するような状況になってしまったのだろうか? そんな疑問を抱きつつ貴方はキンキンに冷えたメロンソーダに口をつけます。

 

 アプリでは学園に所属するウマ娘全員が合宿に参加していると予測できますが、少なくともこの世界では予算等の都合により合宿に参加できるウマ娘の人数は限られていることを貴方は知っています。

 また、詳細については興味がないため把握していないものの全員が合宿でトレーニングできるように大勢の関係者が様々な努力を続けていることも察しています。メイクデビュー前の、本格化がまだまだ途中のウマ娘たちも短期間ではありますが夏合宿を体験させようという計画も、そうした努力が実を結んだからこそ実現したことも想像できることでしょう。

 

 ですが。

 

 

 ──なんで、俺が送迎をしているんだ? 

 

 

 悪役トレーナーとして活動しているものの、貴方は保有する車両について学園側にちゃんと報告しています。なぜならば報告を怠った場合、処罰を受けるのは自分だけではなく学園側も含まれることを理解しているからです。

 

 ヘイトコントロールに絶対的な自信と揺るがぬ美学を持つチート転生者としての矜持はもちろん、いつかアニメに登場した沖野トレーナーのように、夢に向かって努力するウマ娘たちを送迎してくれるトレーナーたちのためにも車両による不手際など言語道断。

 そんな事情もあって、学園側がウマ娘たちを送迎できるだけのキャパシティーを備えた車両を貴方が所有していることは当然の権利のように把握済み。なんなら貴方の知らない間にどの車も様々な小物で内装がデコレーションされているぐらいです。

 

 しかし。

 

 

 ①夏合宿に参加できるウマ娘の人数を増やそう。

 

 ②そのためにはウマ娘たちの移動手段が必要。

 

 ③自分はウマ娘を送迎する手段を持っている。

 

 ④なので自分にウマ娘たちを送迎させよう。

 

 

 やはり何度考えても意味がわからない、どんな思考回路をしていればこれらの事象が繋がるのだと貴方は難しい表情のままストローで氷をカラカラとかき混ぜています。

 どうやら大事なウマ娘たちの送迎を頼む相手として、どう考えても不適切である自分を選択肢に加えることを良しとしたトレセン学園の意図を理解できない様子。

 

 

 ウマ娘たちのため、まして大義名分があるのなら。秋川やよい理事長であれば嬉々としてポケットマネーからバスのチャーター代金ぐらいポンッ! と出しそうなものなのに。

 実績も経験もなければ信用もやる気も持ち合わせていない悪役トレーナーの自分を利用して、いったいなにを企んでいるのだろうか?

 

 これはただの夏合宿ではない、確実に裏の目的が隠されている。面白い、チート転生者であるこの俺を出し抜こうなどという浅はかな考えがどれだけ儚い幻想であるかを教えてやろう。

 

 

 今回の知恵比べ、追放計画の片手間に楽しむには丁度よい暇潰しになるかもしれないと機嫌よくメロンソーダを飲み終えた貴方は、手元を覗き込んでいるマーベラスサンデーが奏でる生姜の甘酢漬けをボリボリ食べる音も気にせず今後送迎予定のウマ娘たちについて確認をするのでした。




ちなみに作者の初ウマ育成はダイタクヘリオスでした。

『一番人気だしクラシックで負けてるから凱旋門にレジェンドも出てこないし余裕だろ』とか気楽に考えてたら目覚まし時計フルで使うことになって焦りましたけど。


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へちま。

 アプリでは4ターンの行動選択、そしてアップデートで追加された差し入れイベントによる回復で構成されていた夏合宿ですが、もちろんこの世界ではそのような簡単な作業で終わることもなければマイナスイベントの連続で絶好調から普通まで一気にテンションが下降してタブレット端末やマウスを叩きつけたくなるようなこともありません。

 

 具体的にトレセン学園とURAが夏合宿に関係する各所とどのようなやり取りをしたのか貴方はなにも知りませんが、8週間という期間を上手に使い複数のグループにウマ娘たちを分けたことはエアグルーヴを助手席に乗せたときに聞かされています。

 ほかには、花壇や畑などの環境整備に関係する委員会に所属するウマ娘たちや、学園に残るウマ娘が多いことから寮長であるふたりのウマ娘が別々のタイミングで夏合宿に参加することなどをフジキセキを助手席に乗せたときに聞かされています。

 

 

 ほかのトレーナーたちが自分が担当するウマ娘を、チームを運営している者はチーフとサブトレーナーが手分けをしてウマ娘たちを送迎している中、取引ウマ娘たちの交友関係と悪役トレーナーとしての矜持故に貴方は学園と合宿先を何往復もすることになっている様子。

 思い返せば交通費に関する書類を渡されたときに、ガソリン代のような細かな収入もキッチリ回収してこそ守銭奴らしさをアピールできると深く考えずにペンとハンコを手に持ちましたが──冷静に考えれば、あの駿川たづな秘書が悪役トレーナーである貴方に微笑みながら頭を下げるなどという奇行を見せた時点で罠を疑うべきだったのでしょう。

 

 ワナの神のほくそ笑みが聞こえてきたところで、いまさら送迎をサボタージュすることは不可能。なぜなら貴方の目的はウマ娘たちから嫌われて中央トレセン学園から追放されることですが、自分の都合を優先してウマ娘たちが良質なトレーニングに参加する機会を損なわせるワケにはいかないからです。

 

 こうして学園側に先手を取られてしまった貴方ですが、もちろんこのまま相手の思惑通りに動くはずがありません。

 超一流の悪役トレーナーたるもの多少の出遅れなどなにするものぞ。仮に宇宙で最も難しい知恵の輪を差し出されても2秒で真っ直ぐにできる知恵の持ち主である貴方ですから、ここからの巻き返しについては心配するだけ無駄でしかありません! 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 自分が仕事をしている横で、別の誰かが遊んでいる姿が面白くないのはヒトもウマも同じこと。

 

 狙い目は全てのウマ娘たちが同時にトレーニングを行っているタイミングです。短期参加組の最終日や、通常参加組の休息日にそれを実行した場合、どちらにも取引ウマ娘がそれなりの人数参加している貴方は遊んでいても“正当な権利”として判断されてしまう可能性が微粒子レベルで存在するかもしれません。

 幸いにしてアプリとは違い夏合宿のスケジュールは施設の利用等の関係から予め学園側で全て決定されていますので、あとは取引ウマ娘たちがそれぞれどのような日程でトレーニングを行っているのかさえ把握すれば自然と答えは導かれます。もちろん貴方はその程度のことなど完璧に頭にインプットしていますので、この作戦は最初から成功することが約束されているようなものです。

 

 

 

 

 そして現在。

 

 

 

 

「にげろにげろ~ッ! ウインディちゃんのウォーターバズーカに()()はないのだぁ~ッ! チケゾー、かくごするのだッ!!」

 

「わわッ!? くっそ~ッ! さすがダートが得意なだけあって、砂浜での動きもなんて素早いんだッ! うぉぉぉぉッ! 当たるもんかぁ~ッ!!」

 

「発射されるまでのタイムラグ、そもそもオモチャですから水の勢いなどウマ娘の動体視力であれば冷静に回避することが──ひゃんッ!?」

 

「しゃ~い☆ 油断大敵だよ、フラッシュさんッ♪ よ~し、このまま大活躍してウマドルは砂の上でも可憐で無敵なところを見せちゃ──ひゃいッ!?」

 

「命中、確認。引き続きオペレーション『側面陽動』を続行します。アキュートさん、援護をお願いします」

 

「なるほどねぇ。このハンドルをくるくる回すだけで次々とお水が飛び出す仕掛けなんじゃねぇ。これならあたしでも扱えそうじゃねぇ。そぉれ、くるくる~」

 

「うぉぉぉいッ!? 誰やねんアキュートにガトリングなんか持たせたヤツはッ!! っていうかあんなん誰が用意したっちゅうかドコで売っとんねんッ!?」

 

「いやぁ~、そんなことするトレーナーなんてひとりしかいないだろ~? ど~すっかなぁ、まずはアキュートをなんとかすっか? ナカヤマ、なんかゴツいスナイパーライフルみたいな水鉄砲をアキュートの横で構えてるクリスエスなんとかなんねぇ?」

 

「やれやれ、本当にあんなものどっから調達してくるんだか、あのバカは。まぁ、いつものことだがな。クックック……ッ! さて、ゴルシの言う通りこのままだと全滅を待つだけになるな。だが、自暴自棄になって飛び出すのは勝負ですらない。どうにかタイミングを──」

 

 

「──待たせてしまったな、諸君」

 

 

「む……。ルドルフ、やはりこちらにきたか。いいだろう。──Target、Insight」

 

「友軍の到着まで、このEフィールドを維持する。皆ッ! 私に続けッ!! たとえどのような勝負であろうと、この『皇帝』シンボリルドルフは逃げはしないということを教えてやろうッ!!」

 

 

 無情にも現段階で“関わりのあるウマ娘が全員トレーニングに参加しているタイミング”を見つけることができなかった貴方は、とりあえずレクリエーションに介入するという地味な嫌がらせでお茶を濁していました。



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すきま。

クラシック級の夏合宿で友情トレーニングが1度も発生しないせいで育成そのものが諦めモードになるものの、なぜかそういうときに限ってシニア級がすんごい上振れするっていう現象に誰か名前をつけてほしい。


「お~じゃまするよ~? たづなちゃんから今回の交通うんぬんの書類をあ~ずかってるから、オジサンが若人にお届けにき~たよってぇ……あ~らら、うら若き乙女がそろってトコロテンとは、こ~れも風流ってヤツなのかねぇ?」

 

 

 誰よりも合宿先とトレセン学園を往復している貴方は現在トレセン学園のルームにて細々とした作業を行っています。

 合宿先でのトレーニングについては学園側で全てのお膳立てがなされていますが、体験組は1週間ほどで戻ってきます。そうなれば取引ウマ娘たちのために貴方は合宿による僅かな変化も考慮してトレーニングプランを再構築する必要があるからです。

 

 今回の夏合宿全校生徒体験大作戦に関してウマ娘だけでなくトレーナーや各部門のスタッフも問題点や改善点を報告するよう協力を求められていることは貴方も知っていますが、ウマ娘たちのためにと張り切ったもののハードスケジュールの前に体力を使い果たしたトレーナーたちに代わり送迎等の雑務を引き受けていたために完全に後回しになっていました。

 もちろん代役を引き受けたのは善意などではありません。一時的なもの、短時間とはいえ自分のような悪役トレーナーに大事なウマ娘たちを預けなければならないという大失態を深刻に受け止め、今後のスケジュール管理に是非とも活かしてほしいという高度で緻密な計算によるものです。

 

 

 しかし、それはそれとして夏合宿に関するレポートのことを忘れていたのはいただけません。それで自分自身の評価が下がるのは望むところですが、そのせいで今後のウマ娘たちの夏合宿参加が滞るのは隠れウマ娘ファンである貴方としても面白くないからです。悪役トレーナーとしては好ましい態度ではありませんが、素直に頭を下げてお礼を述べるのも仕方のないことでしょう。

 

 

「い~ってこ~とよ~。俺とキミのな~かじゃな~いの~? 若いトレーナーたちが頑張ってるのに、オジサンだけ年齢を言い訳にしてサボるわ~けにはいかないでしょ~? こんなんでもチーム抱えてるBランクトレーナーだもんねぇ。……で、若人よ。どう思う?」

 

 のんびりした口調から急に真面目なトーンになりましたが、話題が夏合宿の交通問題に切り替わったことなど貴方にはお見通しです。

 ウマ娘たちのトレーニングに関わることですので、さすがの貴方もヘイトコントロールを控えることにした様子。こちらも真面目に「理想はともかく現実的ではない」とハッキリ言いました。

 

 仮に全校生徒の夏合宿参加を実行するのであれば40人規模のバスでも60台近く、学園を出発するときに1分単位でズレが生じただけでも到着時刻が最初と最後で1時間も違います。極端な話になりますが、なんらかのトラブルでそれぞれのバスが5分停車することになれば最後のバスが到着するのは5時間後となるでしょう。

 もちろんここまで大袈裟な誤差など数学の文章問題の中でくらいしか見かけることはありませんが、2000人規模が1度に移動するとなれば似たような状況が起きる可能性について無視することはできません。

 

「だよね~。いや、オジサンもね? ウマ娘たちを全員合宿に参加させたいって、やよいちゃんの気持ちもわ~かるのよ。ただ現実的な問題はど~にもならんでしょ。それでも……やっぱりトレーナーとしては協力したいって気持ちがあるから、今回の実験にもみんな積極的に参加してるんだろうけど、ねぇ」

 

 

 夏合宿は身体能力の向上以外にもモチベーションの管理と維持にも関わってきます。これはウマ娘やスポーツ業界に限らず、ありとあらゆる分野で必ず直面する問題と言っても過言ではありません。

 常に悪役トレーナーとして追放されるために理想の自分を追い求め続ける貴方には未来永劫無縁である要素かもしれませんが、思春期にしてアスリートというメンタル影響部門の欲張りセットであるウマ娘たちのことを思えば黙っているワケにはいかないといったところ。

 

 

 さて、どうしたものかと貴方は考えます。

 

 やる気を引き出すために変わったトレーニングを行うだけなら難しいことではありません。つい先日も肺活量とリズム感、そしてステップワークを鍛えるために『ダンススタイルMCバトル』でウマ娘たちが激しい競り合いを繰り広げる様子を眺めていました。

 しかしそうしたイロモノトレーニングは貴方が追放されるまでしか活用できません。持続的にウマ娘たちのトレーニングに彩りを添えてくれるシステムを、自分の手柄にならない形で考案する必要があるのです。

 

 貴方はなにか面白いアイディアが転がっていないか、前世の記憶を遡ることにしました。アプリやアニメはもちろん、競馬に限らずさまざまなスポーツで実際に行われている取り組みまで含めてヒントを漁っていたところ……そういえば、と。競馬に限らずレースの分野では定番であるが故にすっかり見落としていたことがあると気がつきます。

 

 そしてルームでは都合よくエアシャカールとビワハヤヒデという頭脳ウマ娘コンビが、貴方が自作したレース場の模型を使い戦術研究をしている真っ最中。

 

 

「アァン? ……ハッ! テメェにしちゃずいぶんマトモなこと言い出すじゃねェか。ついに暑さで頭がイカれたか? まぁいい。どうせテメェのことだ、必要なモンはすぐに揃うんだろ? 仕方ねェから協力してやンよ、なかなか面白いデータも集まりそうだしなァ……!」

 

「ふむ……。それには過去のレース映像からシチュエーションを再現する必要が──いや、単なる模倣では意味がないか? いっそのこと脚質や得意とする作戦、本格化の段階を含めた能力を考慮してレースを設定するだけでも……フフッ、実に興味深い実験になりそうじゃないか……!」



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にらたま。

 ウマ娘たちがターフの上を走る。

 

 それはトレセン学園であれば中央に限らず日本各地、そして世界各地で見慣れた光景かもしれません。

 しかし、ターフを走るウマ娘たちがとある摩訶不思議アドベンチャーに登場する戦闘力などを計測できそうなアクセサリーを身につけているのは貴方の縄張りである第9レース場ぐらいなものでしょう。

 

「主観視点のリプレイ……データとしてはオモシレェが、コイツの扱いはさすがのテメェも骨が折れるンじゃねェか? もちろんオレはしっかり有効活用させてもらうがな」

 

「ふむ……。いや、自分の走りを冷静に分析するのに役立つのは確かなのだろうが、なんというか、その……アレだな。これをほかのウマ娘に見られるのは……仮に相手がチケットやタイシンだとしても恥ずかしいというか」

 

 思いつきで始めたジョッキーカメラならぬウマ娘カメラですが、反応としては『面白い派』と『恥ずかしい派』のふたつに分かれている様子。

 これは貴方にとっても思いがけない収穫となりました。思春期の乙女に対するデリカシーに欠いた行い、これまで行ってきた数々の悪行と比較してもトップクラスにウマ娘たちに嫌われること間違いなし。一流の悪役トレーナーとしての誇りが胸から溢れんばかりといったところでしょう。

 

 もっとも。

 

 

「わかりましたッ! みなさんのお手本となるような走りを心がける、まさに学級委員長に相応しい役目ですッ! さぁみなさん、遠慮なんて必要ありませんよッ!」

 

「は~ッはッはッはッ!! このボクの美しい走りを体験したいということだねッ! いいともッ! ライバルたちの放つ煌めきが強ければ強いほど、ボクの強さと美しさもより磨かれるというものさッ!」

 

 

 一部のウマ娘に関しては、声をかけた覚えがないにも関わらず積極的に参加しています。さすがの貴方もどうしたものかと一瞬だけ悩みましたが……ウマ娘たちが目立てば目立つほど、この実験が効果的だと判明したときに自分の功績となる可能性が低くなるのでヨシッ! としたようです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ん~。自分の走りを自分の視点で、それをこうしてソファーでくつろぎながら見るのもなかなか新鮮だけれど……やっぱり私は自分で走るほうが好みかな?」

 

 案の定、夏合宿を終えて中央トレセン学園に帰ってきたウマ娘たちも主観視点によるレース中の映像記録に興味を持ちました。そして真っ先に録画を実行し、真っ先に飽きたのがミスターシービーです。

 もちろんそのことについて貴方は特になにも言いません。誰よりも自由であることを愛するミスターシービーが、映像記録という空間に閉じ込められ不自由の極みにある走りを楽しめるワケがないと予測していたからでしょう。

 

「中距離や長距離はスタイルが完成しているし、さすがに欲張って短距離まで走ろうとは思っていないし、マイル用の調整なら録画なんかに頼らなくても心配いらないし。そうだね、もしも参考にしたいって子がいるなら別に見せちゃってもいいよ。それで私の、ミスターシービーの走りを真似してみたいっていうのも……その子の『自由』だからね」

 

 ミスターシービーに限らず、シニア級を走っているウマ娘たちの反応はボチボチといったところ。とはいえ、これは貴方の追放計画としては悪くない状況です。

 このままレースの役に立たないお遊びとして評価されれば貴方の無能ぶりが広まりますし、ここからウマ娘たちが有益な活用方法を編み出せば彼女たちの手柄になるからです。

 

 

 全ては我が手のひらの上、単なる思いつきで始めた行動ですら勝利への道しか見えていない己の策士ぶりに喜びを通り越して呆れそうになっていたある日のこと。

 

「トレーナーさん。シービー先輩の録画したヤツ、VRゴーグルごと借りてもいいですか?」

 

 担当ではなく顔見知りという距離感による微妙に丁寧な言葉遣いのゴールドシチーからの要望に貴方は首を傾げることになりました。

 

 ミスターシービーの走りを参考にするにしても、ゴールドシチーでは脚質があまり噛み合っていないからです。距離の適性もそうですが、特に作戦に関してはまったくと言って良いほどズレが生じています。

 アプリでミスターシービーが得意とする作戦は差しと追込、ゴールドシチーは先行と差しでした。しかしこの世界のミスターシービーの能力を貴方のチートアイで確認すると追込が『S+』で差しが『C-』となってしまっているのです。

 

 担当トレーナーが不在のまま走り続けることになった悪影響により可能性が狭まるという悲しい現実について嘆くのは後回しにするとして、ともかくゴールドシチーがミスターシービーのウマ娘カメラの映像を体験しても経験値としては微妙な手応えしか得られないでしょう。

 なので貴方はゴールドシチーに「お前自身が本気でソレを望むのであればモデル業とGⅠ勝利も両立できるだろうが、ミスターシービーを参考にするのは止めておけ」と、それとなく注意を促すことにしました。

 

「へ? あ、どうも……じゃなくて! クラスの子たちが、シービー先輩の走りを体験したいって言ってて。トレーナーさんは知らないみたいだけど、結構前からシービー先輩に憧れて真似してる子たちがいて──」




次回はシービー視点再びです。


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『あるがまま』

特に意味のない日常会話の時間。


 ミスターシービーは自他ともに認める『自由』を是とするウマ娘である。

 

 その在り方故にトレセン学園の教員や教官のほか、生徒会役員や風紀委員からなにかと小言を頂戴することが度々あった。

 しかしそれも過去の話。クラシック三冠ウマ娘として実力を示したミスターシービーに文句を言える者などそうそういるワケもなく……と、いった流れが自然なのかもしれないが残念ながらそんなことはない。

 

 小言が減った理由は至ってシンプル。ミスターシービー以上に自由なトレーナーが現れたからだ。

 

 最初は熱心なスカウトから逃げるためにお世話になり始めたはずが、メイクデビューを果たすころにはすっかり彼のトレーナールームに入り浸るようになっていた。

 とはいえ、それは彼と担当契約を結んだという意味ではない。ただちょっとだけトレーニングにアドバイスを貰っているだけである。結果としてクラシック三冠を勝ち抜いてしまったというだけで。

 

 あとはせいぜい、トレセン学園の外でも少しだけ関りがある程度のモノ。例えば、何人かのウマ娘たちと一緒に休日の早朝ランニングをしているときに突発的に“朝ラーメン”を食べたくなったときに案内してもらったりなどである。

 どうやって朝から営業しているラーメン屋を探そうかと相談を始めたところに「市場なら食事処もやってる」とスマートに案内してくれたおかけで無事美味しいアジフライ定食を食べることができたのだ。

 

 

 え? ラーメンはどうしたって? いやぁ、となりのテーブルでね、市場で働いているウマ娘のお姉さんがメンチカツサラダセットを食べているのを見たらみんな口がすっかり揚げ物になっちゃって。真面目にラーメンを注文したフラワーが「えぇ……?」って顔してたけど、それ見たトレーナーが自分も注文をラーメンに変えてフォローしてたから大丈夫だよ! 

 

 

 ともかく。

 

 本気でレースに臨み、本気で勝負を挑み、本気で走ることを楽しむことができる友人兼ライバルたちとの学園生活をミスターシービーは満喫している。

 そこに目を離さなくてもナニを仕出かすかわからない愉快なトレーナーが隠し味のスパイスをひとつまみ……いや、ひと握り? 大さじだと思ったらお玉山盛りのときもありまったく隠れていないときもあるが──ともかく彩りを添えて……添えて……うん! 添えてくれているね! じゃなくて、添えてくれているのだ。

 

 

 で。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いやぁ、マルゼンのウマ娘カメラはなんにも参考にならなくて逆に面白いね! あぁ、でも自分の走りとは違うリズムのスピードを感じるのは思ったよりも楽しかったよ」

 

「ふふっ、ありがと♪ シービーのカメラもスリリングで楽しかったわ! 前を走ってる子を追い越そうとするときに、いろんな方向にまるでダンスをしているみたいに画面が動いたりとか……今度オフロード用の車種でも調べてみようかしら?」

 

 自分たちが活用するかどうかは別として。否、そもそもふたりの頭には「トレーニングに関することは取り引き中のプロフェッショナルに丸投げしとけば最善策」という前提があるため本当の意味で“お試し”でしかなかったワケだが、とりあえず楽しむことには成功していた。

 だがしかし。十中八九、彼女たちがもう一度自分たちの映像記録を確認することはないだろう。すでに()()()()スタイルは完成しているし、距離適性を広げるにしても肝心のトレーナーが“勝つための走り”よりも“そのウマ娘らしい走りで勝つには”という前提を当たり前のように絶対条件として設定しているので、いまさら意見を交わす必要がないのだ。

 

 とはいえ。

 

 後輩ウマ娘たちにとって憧れの対象であるふたりのウマ娘カメラによる映像記録は是が非でも体験したい代物であるのもまた事実。

 案の定というべきか、ミスターシービーもマルゼンスキーも自分の走りを体験したいというならご自由にどうぞどうぞと特に恥ずかしがるようなこともなく公開している。

 

 憧れ云々は別にしても、追込の位置から前を走るウマ娘たちの挙動を確認できるミスターシービーのウマ娘カメラは非公式チーム・ポラリスの自称メンバーにとっては立派な教材として扱われていた。

 単純に、差しや追込で走るウマ娘から見た逃げ・先行組の様子というのは得るものがたくさんある。自分ではそんなつもりはなかったのに、レース中に何度も何度も後ろを確認するせいで加速が不充分であることを自覚したり……など、問題点が洗い出されるからだ。ポラリスの他称トレーナーによって。

 

 

 そして。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「ふ~ん、私の真似をする後輩たちが増えている……ねぇ。言われてみれば“自由”って単語を楽しそうに呟いてた子たちがいた気がするかも。んー、ここは消しちゃえ」

 

「チッ! 嫌なタイミングでやりやがる……。十中八九そいつらのことだろうな。俺もシチーから聞かされるまで正直どうでも──いや、まぁ、似合わねぇ追い込みやってるヤツいるなとは不思議に思ってたが。ここだッ!」

 

「おや、こうきましたか~。別に私のウマ娘カメラの映像を見たいっていうならご自由にどうぞ、ってのは変わらないけれどね。彼女たちが私の走りに憧れるのも、それを真似してみるのも自由なんだから。ここで4列どーん!」

 

「くッ! 棒ブロック如きに……俺は認めんぞ……ッ! まぁそりゃそうだ。仮に自由だ自由だっつって、それで授業サボって成績落ちたとしてもそいつらの自己責任だし、それでお前に文句言うのはお門違いってヤツだ。でもバンブー辺りは頭抱えてるかもしれねぇから話ぐらいは聞いてやれよ」

 

「それぐらいならお安いご用だよ。というか、何人かの子たちから言われてるんだよね。ほっといていいんですか~って。別に私が困らされてるワケでもないし、楽しんでるところをわざわざ水を差す必要なんてないじゃない? ……お、Tスピンダブル~からの~トリプル~♪」

 

「バカなッ! 消しているハズだッ! 相手の画面からお邪魔ブロックが逆流して──ぐぁぁぁぁッ!?」

 

 

 この呆れるほどに見慣れた光景についてポラリストレーナーのルームに出入りしているウマ娘たちは口には出さないものの全員が同じことを考えていた。

 こうした頭を使うタイプのパズルゲームなどでミスターシービーに3桁を超えるほど完全連敗しているのに、どうしてトレーナーはいつも無駄に自信に満ち溢れて勝利宣言という名のフラグを立てるのだろう……と。

 

 どうせならカードゲームなど運要素が絡む勝負を挑めばいいのに。ポラリストレーナーの幸運体質は筋金入りであり、とあるカードバトルのイベントにて強さではなく自分の好きなカードでデッキを組んだ小学生が本気の大人にバカにされながら追い詰められ泣きそうになっているところをスッ……と静かに手札を奪い「ここからは俺のターンだ」と宣言してからの鮮やかな無双ぶりは冷えきっていた会場を熱狂と大歓声で満たすほどであった。マナーに関する問題はそれはそれとして丁寧にロジカルな戦術を組んでいるデュエリストは泣いていい。

 

 

 さて、もちろん最も付き合いの長いミスターシービーはトレーナーがとってもラッキー男であることは知っている。知っていて、無謀な戦いを挑んでくるトレーナーの姿を眺めるのを楽しんでいるのだ。

 

 

 毎回言い訳もできないレベルできっちり負けているはずなのに、常に自分の勝利を疑わない自信に満ち溢れた態度はどこまでも『自由』であった。

 中央トレセン学園には良くも悪くもマイペースなウマ娘は大勢いるが、自分らしく人生を楽しむという意味では彼に勝てる者はいないだろう。

 

 ダートを走るウマ娘たちがたまには気分を変えて練習したいなんて迂闊なことを言ってしまったせいで、トレセン学園にメイダンレース場が再現されたときなどはちょっとしたお祭り騒ぎになっている。

 

 

「……。フッ、この俺をここまで追い詰めるとはな。さすがは三冠ウマ娘だと褒めてやろう」

 

「お褒めの言葉、身に余る光栄でございますミスタートレーナー。じゃ、潔く敗けを認めたところで約束通り売店の限定プリン買いに行こうか? そういう()()()()だったからね!」

 

「いいだろう、そういう取り引きだからな。フッ……」

 

 だからなんで何度も何度も負けておごる側になってるアンタが得意気な表情してるんだ? そんなウマ娘たちの疑問もいつものことである。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 購買部に向かう途中、ふと外を見れば後輩のウマ娘たちがトレーニングをしている姿が目に入る。実にトレセン学園らしい光景ではあるのだが、どうにもトレーニングの動きが不自然と言うべきか……ミスターシービーの感性が歪であると告げていた。

 なんとなく、だ。根拠などは特にない、本当になんとなくそう感じただけ。だがどうしてもあのウマ娘たちにはもっと適した走り方というか、もっと自分らしい走り方があるのではないかと背中の辺りがザワついてしまう。

 

 はて、この違和感の正体はなんだろな? と自分の中に芽生えた疑問に対して好奇心のままに踏み込んでみれば──あぁ、そうか。アレが噂の真似っこウマ娘たちなのかと無事納得を得ることができた。

 

「トレーナー。ほら、アレ」

 

「あん? ……あぁ」

 

 予想通りの反応である。さきほどは似合わない走りなどと曖昧な表現をしていたが、彼の価値観を考えれば……苦虫を噛み潰したよう、とまではいかなくともやはり気分の良い光景ではないらしい。

 難儀なことだ。基本的にウマ娘側からのアクションがなければトレーナーは口出しをすることはほとんどない。まして、本人が楽しそうにミスターシービーを模倣しているのだから尚更だろう。

 

「いいの? ケガとか」

 

「……少なくともまだ。そもそも本当に危険なら俺よりも先に教官が止めるだろ。たぶん。あるいは、そーゆーのが切っ掛けでトレーナーからのスカウトにつながる可能性だってあるさ」

 

「誰も声をかけなかったら?」

 

「ハリセンでしばき倒して意識刈り取って先頭民族とフワフワ星人に『コイツらお前らの同類だから』って押しつける。大丈夫だ、問題しかないがマイナスとマイナスをかけ算すればプラスになるから」

 

 あとで追加の黒ジャージを購入することについて、たづなさんにまた相談する必要がありそうだ……とは当然声に出したりはしない。なぜなら黙っていたほうが面白いから。

 

(それにしても……ふ~む~?)

 

 人は人、自分は自分。価値観とは押しつけてはならないし、否定もしてはならない。そういうスタンスを大切にしているはずが、どうして自分を真似るウマ娘たちの姿に心がざわついたのか。

 

「しかし、アレだな」

 

「うん?」

 

「お前に憧れて真似をするのはいいが、あのウマ娘たちはそれで自分たちが自由になったと思ってンだろう?」

 

「らしいね。それがどうかしたの?」

 

「なに、自由を感じるためにわざわざミスターシービーの背中を追いかけなきゃならねェなんてよ。そいつは──」

 

 

 

 

 

 

「なんともまぁ、()()()()()()()どもだと思ってな」

 

 

 

 

 

 

「……なるほど!」

 

 言葉の説得力とは誰が発言したかで変わる。知識としては知っていたが、ここまでわかりやすい実例とはなかなか巡りあえないことだろう。




デュエリストの魂であるカードを奪い……ッ! 勝負の見せ場も奪う……ッ! まさに悪魔的所業……ッ! クズの発想……ッ!
SNSで拡散……ッ! 大炎上確定……ッ! アンチスレは盛況となり、とどのつまりトレセン学園からの追放は……加速……ッ! 確実……ッ! 悪魔的悪役転生者……ッ!


続きは雪の量が本格化する前に、次はエアグルーヴの未勝利戦→阪神ジュベナイルフィリーズまでの流れをおつまみ感覚でサクサク進行になります。

メイクデビュー? アプリをプレイしよう!
(雑な宣伝)


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キラキラと。

デュエルの作法はまずメガネを5個並べたのに対して割り箸で迎え撃つのが定石らしいです。


 アプリの育成イベントで“ストレス解消のためにお掃除をする”描写があるように、この世界でもエアグルーヴは精神の安寧を保つための手段のひとつとしてお掃除を活用していることを貴方は知っています。

 幸いにして貴方のルームには大勢のウマ娘たちが無遠慮に侵入してきますので、どれだけ掃除をしたところで汚れはゼロにはなりません。本日もエアグルーヴはゆったりとしたメロディーを口ずさみながら食器類をピカピカに洗っていました。

 

 貴方はエアグルーヴの担当トレーナーではありませんが、エアグルーヴがどうしてこうなったのかについて心当たりがあるため仕方なく好きにさせているようです。

 

 と、いってもそれほど複雑な事情があるワケではありません。メイクデビューで惜しくも負けてしまったこと、それはそれとして1着になったウマ娘がエアグルーヴのことを尊敬しており目標としていたことが理由です。

 このふたつの要素が重なった結果、エアグルーヴは中央トレセン学園生徒会の副会長として不甲斐ない姿を見せてしまったことと、見事1着を勝ち取ってみせたウマ娘へ対する本心からの称賛を上手に噛み砕いて消化することができなかった様子。

 

 

 まったく、こういうときのためにトレーニングだけでなくメンタル面でもサポートしてくれる担当トレーナーが必要だというのにどうして誰もエアグルーヴをスカウトしなかったのか。

 トゥインクル・シリーズに挑むには生徒会の仕事との両立が懸念材料であるという言い分を否定するつもりはないが、少なくともこの世界のエアグルーヴはほかの役員にも仕事を丁寧に割り振るだけの余裕を持っているのだから臆する必要など無いというのに。

 

 

 なお、理由については貴方の脳内だけで想像した可能性を真実だと思い込んでいるというワケではなく、実際にトレーニングと学業の合間にモチベーションを維持するための息抜きとして植物園に遊びにいったときエアグルーヴ本人から聞かされているので間違いないでしょう。

 

 

 どうしてエアグルーヴがスカウトされないのか、残念ながら万能チートの所有者である貴方でも答えにたどり着くのはポテトスナックのフィナーレに袋を傾けてサラサラと口に流し込むのを止めるぐらいには難しいかもしれません。

 

 しかし取り引きという誓約が存在する以上、貴方は自分の感情や疑問などを無視して悪役トレーナーとしてプロフェッショナルに徹するのが当然と考えています。

 ですので、まずは未勝利戦に向けてコンディションを万全に整え、トリプルティアラへの足掛かりとして阪神ジュベナイルフィリーズを勝つまでのプランをエアグルーヴに提示する必要があるのです。

 

 もっとも、貴方は担当トレーナーではありませんので適度な距離感を意識して指導する必要があります。本来であれば副会長としての生徒会の仕事や花壇の世話などに関しても多少は意見を出すべきなのかもしれませんが、それは追放されるためにヘイトを稼ぐ悪役トレーナーの行動として好ましくありません。

 

 普通の手段しか思いつかないような真っ当な思考回路を持つ常人であれば、エアグルーヴの仕事を手伝うことで彼女の負担を少しでも和らげよう……などと考えるのが関の山。

 ですが貴方は前世の記憶を持つチート転生者にして万夫不当の奇才の持ち主。人知れず水面下で知略知謀を張り巡らせることなど学校の帰り道で手頃な棒を拾ったり傘を武器に見立てたことがない男子小学生を探すぐらい簡単なことです。

 

 

 相手は自分と同じ知将タイプ。知恵比べで負けることなどあり得ないと貴方は確信していますが、ここはあえてシンプルな手段を選ぶことでエアグルーヴを翻弄することにしました。

 

 手順はとても簡単。まず表ではエアグルーヴの自己申告をそのまま鵜呑みにしてトレーニングの日程を整えます。

 そして裏では多くのウマ娘たちと取り引きを続けてきた知識と経験からケガや故障の可能性を超精度で予測し、嘘によって無理を押し通そうと企んだ瞬間にアイアンクローで黙らせます。

 

 これには同じマイルのレースということで朝日杯フューチュリティステークスを目指し同時にトレーニング中のビワハヤヒデも驚きと困惑を隠せない様子。

 特定の食材が関わらない限り冷静沈着である彼女でさえも反応していることから、貴方は今回の作戦も完璧であると非常に満足しているようです。

 

 このまま計画通りに事が進めば勝率は5割強といったところ。勝てばそれでよし、仮に不本意な結果となったとしても、生徒会の仕事などをこなしつつGⅠレースで好成績を残したとなればトレーナーたちはスカウトしたい育てたいという興奮に抗えないのは確実。

 隙を生じぬ多段構えの策略、これこそが知将キャラの本懐。数々のオーバーワークウマ娘たちを撃沈しては運搬してきた自重なき悪行の積み重ねにより保健委員のウマ娘や保険医のスタッフから冷ややかな視線を受ける貴方は本日も絶好調でした。




ストーリーを読んだときは真面目キャラだと思っていたのに育ててみたら思いの外ボケてくるエアグルーヴ概念。


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ジュエルが。

 人知れずエアグルーヴのトレーニングをサポートしてGⅠレース勝利までの道筋を構築するべく行動している貴方ですが、彼女がスカウトされる可能性を微粒子レベルでも減らしてしまうことのないように細心の注意が必要であることは言うまでもありません。

 しかしご安心ください! ウマ娘が関わる事柄についての気づかいが完璧であることは説明するまでもありませんし、超一流の悪役トレーナーである自分の姿しか見えていない貴方ではウマ娘たちとの距離感を見誤ることなどできません! 

 

 具体的には、まず貴方はサイレンススズカのモーニングランニングのために早朝5時前にはトレセン学園にやってきてサイレンススズカのグッドナイトヘッドバットのために夜10時を過ぎてからトレセン学園を立ち去るのが基本的な日常です。

 平均して約17時間ほどトレセン学園で毎日ダラダラと過ごしているということは、それだけ接触するウマ娘の人数も多くなるということ。もちろん貴方は全員の顔と名前をチート能力に頼るまでもなく完璧に記憶していますので、改めてアクションを起こすまでもなくエアグルーヴのサポートを偽装することなど余裕でした。

 

 

 どれぐらい余裕かというと、他人を信用せず金銭だけを心の支えにしていた暗殺者がとある超高額報酬の任務中に出会った幼い頃に死に別れた弟と瓜二つの少年に長年愛用していたナイフを託して逃がしたあと致命傷を隠したまま民間人が避難する時間を稼ぐため政府直轄の特殊部隊の前に堂々と姿を現し「喜べ。無抵抗のヤツを相手にごっこ遊びしか知らないお前たちに、この俺が本物の戦闘を教えてやる」と心の底から楽しそうに笑っている様子を見て「死神も最新装備で包囲してしまえばこの程度か。どれ、その無様な死に顔を特等席で拝んでやろうじゃないか」と勝利と昇進を確信し現場にやってきたエリート指揮官ぐらい余裕があることでしょう。

 

 

 貴方がエアグルーヴだけを贔屓しているなどという勘違いが起こらないことは証明されましたが、だからといって普通のトレーニングを提案してはいけません。

 能力は伸ばす、コンディションも落とさない、そしてなによりも周囲の眼からはトレーニングしているようには見えない珍妙にして奇天烈な方法でウマ娘たちが成長するのを手伝う必要があるからです。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 と、いうことで現在。エアグルーヴとビワハヤヒデを含めた20人ほどのウマ娘が目隠しをした状態でロープを仕切りとした狭いダートコースの上を後ろ向きで早歩きをしている周囲をほかのウマ娘たちがスイカ割りの雰囲気で囃し立てるという謎の光景が広がっています。

 

 なぜこれでステータスが強化されるのか、そもそも参加しているウマ娘たちの脚質を考えるならターフでもいいのではないか。

 そんな疑問を抱きつつも、結果として自身の評価を下げつつウマ娘たちが鍛えられるなら“なんだか知らんがとにかくヨシ”の精神で貴方は納得することにしている様子。

 

 しかし、世の中どこにでも変わり者はいるらしく貴方の意味不明なトレーニングを参考にするウマ娘やトレーナーが存在するのですから油断なりません。

 

 エアグルーヴに勝利したウマ娘はアニメやアプリで活躍するネームドウマ娘ではない、いわゆる“モブウマ娘”に分類されるキャラクターでした。

 ですがそのウマ娘を担当していた新人トレーナーは、貴方が取引ウマ娘たちに実行させているトレーニングを上手に取り込むことで見事ウマ娘をメイクデビューで勝利に導いているのです。

 

 その事実を貴方は決して軽んじてはいません。考案した本人でさえ正攻法の真っ当なトレーニングでも同じように鍛えることができるのにと疑問に思っているところを、その新人トレーナーはしっかりと分析し有効活用してみせたのですから当然でしょう。

 やはり本物のトレーナーはひと味もふた味も違うのかと貴方は大喜びです。心のどこかでは「もしかしてGⅠを含めた重賞レースに勝利しているウマ娘たちを真似すれば簡単に強くなれるだろうと安易に考えているのではないか?」と疑心を抱いたり「あのウマ娘ならエアグルーヴを真似して賢く走らせるよりも頭の中を空っぽにして正攻法で走らせたほうが余計なことに気を取られないのに」と懸念したりもしましたが全ては余計なお世話でしかないなと完全に安心しています。

 

 

 これまでは奇抜さ故にウマ娘たちも興味があったのかもしれないが、これからはそれもなくなる。もはや取引ウマ娘たちが自分から離れていくのは秒読み状態と言えるだろう。

 悪役トレーナーである己のアイディアを有効活用してみせた新人トレーナーたちの才能に満足した貴方は、短時間高密度トレーニングを希望するアルバイト組ウマ娘たちに呼ばれて歩いて行きました。








☆ネタバレ☆

この世界のサイレンススズカは秋の天皇賞で何故か故障率0%の絶好調で圧勝します。


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くだける。

この世界のスズカの生活を心配する声がありますが、別に休日に走ることに夢中になってご飯を忘れたりなんてしませんよ? ちゃんとスペちゃんが賢さGのルームに連行するので。
(なおその場合の食料消費量)


「そういえば、貴方のエアグルーヴ──あぁ、失礼? 貴方が取り引きしているウマ娘のひとりよね、フフッ♪ えーと、それで。メイクデビューでエアグルーヴに勝ったウマ娘ちゃんと新人くんいるでしょう? アレ、放置していいのかしら? 良くも悪くも絶好調みたいだけれど」

 

 

 ある日のこと、ルームにやってきたミホノブルボンとサクラバクシンオーを担当する女性トレーナーから貴方へ向けてこのような発言が投げかけられました。

 

 彼女のように真っ当なトレーナーが悪役トレーナーである貴方のルームにいったいどんな用事があって足を運んだのかというと、担当するウマ娘たちの脚質改善のためのトレーニング相手に最適なウマ娘たちを誘うためです。

 

 ミホノブルボンの併走相手はもちろんライスシャワーが引き受けます。特になにかを取り引きした覚えはないライスシャワーですが、思いつきという諸事情により豊富に蓄えられている海外の絵本がお目当てでルームに出入りしてるようです。

 本好きでお馴染みのゼンノロブロイはもちろんのこと、エイシンフラッシュやグラスワンダーなどの協力を得て物語を読み解く作業のついでに貴方が監督するトレーニングにも参加しているため、ライスシャワーを探すのであれば貴方のルームを覗くのが一番効率的なのでしょう。

 

 サクラバクシンオーの併走相手は現在はタイキシャトルがメインのようです。中距離路線の前にマイルで結果を残してから徐々に適性を高めていく方針とのこと。

 もちろん貴方はタイキシャトルとも取り引きをした記憶が存在しませんが、お肉を焼くタイミングでいつの間にか参加しているのを放置しているうちにこうなってしまった様子。しかし彼女は集中力に課題がありますので、飽きればそのうち自然と離れるので問題ないと貴方は考えたようです。

 

 つまり、この女性トレーナーが悪役トレーナーである貴方のルームにやってくることは不自然なことではありません。視界の隅っこで今回の話とは特に関係のないシャドーロールの怪物が勝手に戸棚を探ってビーフジャーキーを取り出しているのもいつものことなので気にしなくて大丈夫です。

 

 

 と、いうワケで。エアグルーヴに勝利したコンビの話題に戻りますが、物事には『波』というものがあるのだから勝ちの勢いに任せて調子を上げるのは決して悪いことではないのでは? というのが貴方の素直な感想です。

 

「そうね、本来なら微笑ましい光景なのかもしれないわ。でも『勝ちウマ娘の走り方をコピーすれば楽に勝てる』なんてこと得意気に言いふらすのはお行儀が悪いと思われても仕方ないのではないかしら?」

 

 それはそれでかなりの努力が必要だろうに……と思いつつも、たしかにそれを聞かされた周囲のウマ娘たちはリアクションに困りそうだと貴方は問題点を理解しました。

 

 

 実力者の模倣はトレーニング方法として真っ当な手段であり、それはミスターシービーの真似をすることを自由に振る舞う免罪符にする行為とはまるで意味が違うことでしょう。

 しかし、結果を出すことができたからといってその方法を盲信するのはあまり褒められたものではありません。なにより、そのウマ娘が本来持っているはずの魅力がファンに伝わらないという致命的な欠点が存在します。

 

 

 とはいえ。勝ちたいから手段を選ばないという気持ちは理解できるものの、他者の走りを真似ることへのウマ娘たちの感性について貴方は詳しくありません。

 

 以前にも別のウマ娘の走り方を真似して重賞レースをいくつか勝利したにも関わらず歯を食い縛り窮屈そうに走り続けているウマ娘がいました。

 どうして苦しそうな思いをしてまでそんな走り方を続けるのか気になった貴方は興味本位で「心を濁してまで誰かを演じ続けて駆け抜けたゴールの先にはどんな景色が見えている? それはお前が自分自身の脚で最初の1歩目を、夢を見てトレセン学園にやってきたときと同じモノなのか?」と聞いたことがあります。

 

 残念ながらそのウマ娘から返答は得られませんでしたが、ある日突然なぜか結果を出していた芝のマイルからダートの中距離へと路線を変更。もちろん大きく勝手が変わりますので戦績は目も当てられないほどボロボロになりましたが、それと反比例するかのように砂と泥で汚れた顔は活力で満ち溢れています。

 知りたかった情報は得られなかったものの、貴方としては嫌われ者である自分ではウマ娘の心情を聞き出すことなど望めないと諦めていましたし、そのウマ娘が自分らしく楽しそうに走る姿を確認できたので脳内では事実上目的が達成されたことになっているようです。

 

 

 日頃の行いの悪さ故にそのウマ娘の心の声を聞くことは叶いませんでしたが、代わりにウマ娘たちの走ることへの信念を知ることはできました。

 結局のところ、目先の目的のために表面的な部分を偽ることはできても己の在り方を定める心の芯を裏切ることはできないのでしょう。

 

 もちろん貴方はそのことについて迂闊に声に出すようなことはしません。

 悪役トレーナーとしての在り方を常に心がけている貴方は、どれほど些細なことであろうともウマ娘に対して前向きな発言をしてはならないと誓いを立てているからです。

 

 

 貴方は女性トレーナーにひと言「言葉を選ばなくても、走りで示せることもある」と適当に誤魔化すことにしました。

 雑な手段で会話を切った貴方の態度に女性トレーナーは呆れたように苦笑いを、ウマ娘たちは荒唐無稽な発言で逃げる様子を見てニヤニヤしているのでした。



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こもりうた。

 エアグルーヴの目標レースは阪神ジュベナイルフィリーズに決定しています。それは別に問題ないのですが、時期的な都合により生徒会の仕事が増えてしまうのもまた事実です。

 もちろん貴方はそのような事情に配慮などするつもりはありません。悪役トレーナーらしく「夜なら時間があるだろう。走れ」と必要なトレーニングは夜間練習で補うことにしました。

 

 時間的な問題が解決するのはもちろんのこと、夜間練習にはさまざまなウマ娘が参加しているため併走相手にも困らないというメリットがあります。

 特に説明することはない未来のGⅠウマ娘ふたりのほか、アイネスフウジンなどのアルバイト帰還組、追試や補習などで放課後まで頭を抱えていた頭バクシン教徒たち、日中に用事が重なったため充分な練習ができなかった不完全燃焼ランナーズ、単にウマ娘たちの走る姿を見て興奮している変態など、実にバラエティー豊かなメンバーが揃っています。

 

 ほかにも真面目に練習するのはダサいと悪ぶっていたもののクラスメイトたちに模擬レースで大敗するという当然の結果を叩きつけられ焦った不良ウマ娘たちに泣きつかれたシリウスシンボリが、担当する老婦人トレーナーの許可を得て参加していました。

 アプリではそうしたサボり組をタマモクロスが気にかけるイベントなどもありましたが、この世界では「のっぴきならん事情があんならともかく、走れるのに走ろうとせん連中をなんでウチが面倒見てやらなアカンねん。そないなヒマなんぞあるワケないやろ、重賞やないオープン戦ですら肝っ玉冷えるような走りしてくるヤツおんのに」と自分のことで精一杯の様子。

 

 日頃は悪のカリスマのように振る舞っておきながら助けを求められたら結局手を差し伸べてしまうシリウスシンボリのお人好しぶりを嘲笑いつつ、貴方はいつものようにウマ娘たちの走りを見ながらトレーニングプランを臨機応変に修正しつつ指示を出しています。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 ウマ娘の人数が増えたことによるリスクなどを考慮してけっぱり運輸とカワイイ宅配便を筆頭とする指定輸送業者たちに早目に特殊貨物を託した貴方は、トレーニングプランの細々とした調整をするためにルームへと戻っています。

 消灯時間までまだまだ余裕があることから何人かのウマ娘たちが残っていますが、仮に彼女たちの帰りが遅くなりペナルティを受けることになったとしても悪役トレーナーである貴方には関係のない話です。そもそも寮長のひとりであるヒシアマゾンがこの場にいるので貴方が注意する必要性がありません。

 

 ソファーの上でゴロゴロしながら「トレーナーく~ん、紅茶を淹れてマッサージをしておくれよ~」とのたまうウマ娘に脇に抱えていたピンクボムをブン投げた貴方は早速作業に取りかかりました。

 

 

 そしてしばらく。

 

 

「おい」

 

 適当に後始末を済ませたエアグルーヴが“今日はもうこれで終わるから修正したトレーニングプランをよこせ。寝る前に頭の中に叩き込んで明日のトレーニング開始までイメージを作り上げておく”といった表情でやってきます。

 もちろんチート能力をフル活用し日々の自己研鑽を怠らない貴方はその程度のことなど簡単に読み取ることができますが、担当契約をしているワケでもないのにウマ娘側に気遣う理由などありませんので無言のまま手渡して終わるだけです。

 

 

 ですが凡庸なトレーナーと違い閃きに優れた貴方は「もしかして相手が弱っているタイミングで攻勢をかければ効果的なのでは?」という素晴らしく画期的な戦略を思いつきました。

 

 

 レースまで多少の時間的余裕があるいまだからこそ、暴言のひとつやふたつ叩きつけたところで出走までメンタルを整えることなど容易いことでしょう。

 なにより相手はエアグルーヴです。これから様々なレースで活躍する可能性を秘めた『女帝』なのですから、自分程度の言葉にいちいち反応して動揺するようでは困ると貴方は考えているようです。

 

 エアグルーヴがプランを受け取る直前にヒョイッと引き戻した貴方は「次のレースはギリギリの勝負になる。泥臭い競り合いにこだわらず、潔く敗けを認めるのも姿勢としてはアリだ。お前の目標はあくまでオークス制覇なんだろう?」とわざとらしい挑発をしてみせました。

 

 もちろん貴方はエアグルーヴのレースに挑む姿勢を理解していますので、このような諦めを前提とするかのような提案を彼女が受け入れるはずがないと確信しています。

 ですが心情がどうであろうと余計なひと言が神経を逆撫でするのは紛れもない事実です。このような下らない言葉でも自分のような悪役トレーナーであれば相乗効果でさぞかし相手を苛つかせるに決まっていると盲信しています。

 

 

 案の定、エアグルーヴは一瞬だけキョトンとするとこれまたわざとらしく深い溜め息のあとに「下らん質問をするな、たわけ」と言いながらジト目で貴方から改良トレーニングプランを奪い取りました。

 

 

 その態度から新たな戦略がヘイトコントロールに有効であると判断した貴方は上機嫌となり、ヒシアマゾンがウマ娘たちのために用意していたであろうサンドイッチをひとつ強奪して「エアグルーヴの阪神ジュベナイルフィリーズはしっかり見ておけ。いずれお前も勝つ予定だからな」と適当にプレッシャーを与えることも忘れません。

 悪役トレーナーとしてまたひとつ武器を増やしてレベルアップしたこと、そしてサンドイッチの中身が偶然にも食べたいと思って呟いていたモノと一致していることに大満足の貴方は今夜もぐっすり眠れることでしょう。




次回は賢さGとエアグルーヴにメイクデビューで勝利した新人コンビ視点です。


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『星の夢の終わりに』

残酷な描写の時間。


 そのウマ娘は決して優秀なウマ娘ではなかった。

 

 しかし、その新人トレーナーにとってはそうではなかった。

 

 スカウトのためと意気込んでいたワケではない。とにかく一度レース場で改めてウマ娘たちの走りを見ておこう、まずは行動しなければ始まらないと偶然その模擬レースを見ただけに過ぎない。

 切っ掛けとしてはその程度でしかなかったのだが、それでもその新人トレーナーの青年はそのウマ娘の走りから目を離せなかった。もっと速く前を走るウマ娘よりも、もっと力強く追い上げるウマ娘よりも、そのウマ娘の走りに不思議な魅力を感じたのだ。

 

 躊躇いは、あった。

 

 トレーナーの評価は基本的にウマ娘の戦績で決定するのだから、この新人トレーナーがそのウマ娘に声をかけるかどうか迷うのは当たり前のことだろう。

 だがその迷いは“そもそも彼女がスカウトを拒否する可能性だって普通にあり得る”という事実に気がついたところで綺麗サッパリと消え去ることになる。

 

 トレーナーが優秀なウマ娘を求めるように、ウマ娘だって優秀なトレーナーを求めている。

 

 なんの実績も持たない自分との契約は、ウマ娘側にとっても賭けにしかならない。

 

 どんなことにも初めてがあるのだ、まずは当たって砕けろの精神で声をかけよう。それで担当させて貰えることになればそれでよし、ダメなら冷静に考えてから出直すか諦めるか決めればいい。

 思い立ったが吉日。授業の終わりを見計らい探しに出れば、ありがたいことに目的のウマ娘はひとりでランニング中であり、喉の奥が砂漠化したかもしれないと錯覚するほど緊張していた新人トレーナーにとってはまさに千載一遇のチャンスだった。

 

 そして、その青年は星を掴んだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「いや~、まさかわたしなんかをスカウトしてくれるトレーナーさんがいるとは思いませんでしたよ~。だってわたしってば、模擬レースで入着したことなんて片手で数えるほどですよ? ましてや選抜レースなんてそれはもう……それはもう……ウボァ」

 

「自分で言っててダメージ受けるぐらいなら心の中にしまっておこうよ……。あー、まぁ。あまりウソはつきたくないから正直に言っちゃうけど、僕も君をスカウトしたのは能力とか将来性とか、そういうヤツじゃないし」

 

「その辺りは自覚してるんで大丈夫ですよ~? むしろ、ご指導いただけるだけでもありがたいというか。ど~にも、こう、あの黒ジャージ集団に混ざる勇気が足りなくてですね~。いや、ははは。まいっちゃいますねぇ~」

 

「あの先輩のチームのことは僕も少しぐらいは知っているよ。研修生のときに教官からも話を聞かされてるしね」

 

 むしろ、若い世代のトレーナーで『彼』のことを知らない者はいないかもしれない。名誉に一切の興味を示さずメディアなどに露出することもない実力者となれば、気にするなと言われても難しいというものだ。

 それで彼について楽しそうに語る者も、渋い表情を隠さない者も、口を揃えて「どう思うかは自由だが、アレの真似だけは絶対にするな」と忠告してくるのだからトレーナー研修生たちに知るなというほうが無理な話である。

 

 クラシック三冠などは真似したいと思ったところで簡単に達成できるモノではなく、なぜ教官たちがそのような忠告をわざわざしてきたのかはわからない。

 だが新人トレーナーは彼がGⅠレースで活躍するようなスターウマ娘だけでなく、言い方は悪いが重賞レースで入着すらできないようなウマ娘たちの育成も手掛けていることを知っていた。

 

 故に、学ぶ。知識はあっても経験が無い自分が担当ウマ娘を育てようというのだ、利用できるものはなんでも利用するぐらいの覚悟がなくてどうする、と。

 自分自身の力でウマ娘を活躍させたいという気持ちはあるが、所詮は自己満足に過ぎない。下らないプライドのために担当ウマ娘を走らせるようなマネはしたくないとさえ思っていた。

 

 あるいは。それは名門と呼ばれる流派に所属する若手トレーナーたちの“変化”も影響しているのかもしれない。イメージ通りのいかにも()()()様子の、どこまでも自分が学んだ教えを正しいとする者は確かにいた。

 彼らとて態度に少々アレなところはあるものの、決して怠け者というワケではない。それでも流派の教えに固執せず、様々な考え方を柔軟に取り入れる者たちと比べてしまえば評価は変わる。

 

 名門出身の新人トレーナーたちでさえもそういう者たちがいるのだから、自分のような一般出身のトレーナーなど手段を選んでいる場合ではない。

 開き直ってしまえばあとは行動あるのみ。幸運なことに許可を得て手書きのファイルやら動画データやらを持ち出した同期のトレーナーがおり、皆で研究しようと提案してくれたことからメイクデビューの準備は順調に進んでいく。

 

 どうせなら直接話を聞いてみたいという気持ちもあったのだが……少しでも担当ウマ娘を成長させるヒントを得なければと、新人トレーナーは資料の解析にのめり込んでいた。

 また気持ち的に、あまり自分のために時間を使わせたくないという部分もあった。トレーニングだけでなく、担当ウマ娘と過ごす時間もまた重要なものである。あれだけの人数のウマ娘をサポートしているのだ、安易にアドバイスを求めようとは思えなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「僕の見立てでは君の脚質は芝のマイル、次に中距離。短距離と長距離はあまり向いていないと思う。スピードと加速力のバランスがいいから作戦としては先行が安定するんじゃないかな」

 

「ふむふむ、王道の先行ですか。いや、実はわたし副会長の走りに憧れみたいな? ありまして。カッコいいッスよね~エアグルーヴさん! デビューのタイミングが同じになるって知ったときはふざけんな本気でくたばれ三女神って心の中で中指立てたぐらいですよ」

 

「いや、うん? いや……うん……憧れて萎縮するよりは全然いいけど……いや、いいのか? と、ともかく! 先行を選ぶウマ娘はたくさんいるけれど、ライバルが多いってことはそれだけ資料もたくさんあるってことだ」

 

「まずは使えそうなモノはなんでも使ってみる、ですねぇ~。いいですね、細かい目標を決めて順番にクリアしていくスタイル。いきなりメイクデビュー勝とうぜ~とか言われても困っちゃいますし」

 

 逃げや追込を選ぶウマ娘は増えている。が、やはり安定感のある先行で走れるのであればそれに越したことはないと新人トレーナーは考えていた。

 トレーニング方法やレース中の動きなどに関する資料の豊富さは、経験値の少ない新人コンビにとっては頼みの綱と言っても過言ではない。志を大きく持つことは大切かもしれないが、曖昧なゴールを設定したことが原因でスタート位置までもが不明瞭となっては困るからだ。

 

 

 まずは、走れるように。焦らず丁寧に、担当ウマ娘がレースに勝つ姿を見たいという気持ちはそのままに、しかし勝たせたいという気持ちだけが先走って初心を──彼女が走る姿を魅力的だと感じたことを、だからこそ支えたいと思い声をかけたことを忘れないように。

 

 

 新人トレーナーは思いつく限り細かいところから、言い換えればクリアしやすい目標を探すところから始め、ウマ娘もまた担当トレーナーの意図を理解してひとつひとつ丁寧に課題を克服していく。

 それは傍目には遠回りに見えたかもしれない。だが丁寧に積み重ねられた基礎は決して裏切ることはない。教科書通りの走り方しかできなくても、その教科書通りの走りすらできなかったころに比べれば成長を実感するには充分なのだ。

 

 

 そして。

 

 

「フッ……ついにこの日がきましたか。日頃の成果を試す──模擬レースの日がッ! あ、ヤバい。吐きそう。トレーニング頑張ったのに入着すらできなかったらどうしようとか考えるとお昼の焼き鯖まるごと口から出てきそうどうしよトレーナーさん大根おろしとポン酢を用意しないとぉッ!?」

 

「うん、慌ててるようで結構余裕はありそうだね。話題のチョイスが年頃の乙女というより給食の時間の男子小学生みたいなのは置いといて、そんなに自分を追い詰めなくて大丈夫だよ。勝てればもちろん一番いいけど、もしも負けたとしてもそれを経験にして次に活かせばいいんだから」

 

「そ、そうだよねぇッ! 先輩たちだって負けても負けても()()()()()()()諦めず頑張ってんだもんねぇッ! 勝てればそれでよし、負けても次がある。うん、ちょっと気分が楽になってきたかも」

 

「大丈夫、できることは全部やってきたんだ。今日は新しい走りでレースを楽しめれば実質勝ちみたいなものだよ」

 

 どれほど華やかに見えようとも勝負の世界である以上、そこには必ず勝者と敗者が存在する。そんなことは新人トレーナーも担当ウマ娘もちゃんと理解していた。

 同時に、レースに負けてしまっても俯くことなく次の勝負のために立ち上がり続けているウマ娘たちのことも知っている。ならば自分たちもそれを見習い真似すればいい、敗北は敗北として受け入れて成長するための糧にすればいいのだと割り切ることも難しくはない。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 模擬レースで念願の1着となった新人コンビの喜び方はベテラントレーナーたちから見ても微笑ましいものだった。

 それこそ、トゥインクル・シリーズでの戦績がどうなるかは……ともかく。お互いを良きパートナーとして認め合い成長できる良いコンビになるだろうと思わせる雰囲気がそこにある。

 

「私、最・強ッ!! スミマセン調子こきました。でもでも! 練習の効果はバッチリでした~ねぇ~。当たり前っちゃあ当たり前ですけど、お手本があると気持ちがこう……楽、とは違うんですけどなんというか。モヤモヤしてた視界がハッキリしてるみたいな? 感覚が?」

 

「うん、わかるよ。僕もサンプル──いや、この言い方はちょっと気分的にイヤだな。参考になる資料がたくさんあって、トレーニングプランや走り方の方向性を考えるときに迷わずに済んだからね。いつかは自分で、とは思うけど、まずは君が本気で走れるような環境を整えるのが先だから」

 

 それは“悔しい”という感情ほど後ろ向きなモノではなかった。あるいは、担当ウマ娘を活躍させたいという強く純粋な気持ちが嫉妬を丸ごと飲み込んでしまったのかもしれない。

 

 

 いずれは、自分の力で担当ウマ娘の魅力を引き出してみせよう。

 

 だが、それはいま拘るべきことではないのだ。

 

 

 模擬レースで手応えを感じたトレーナーは、さらに多くの資料を集めて分析に力を入れるようになる。完全なゼロからオリジナルを生み出すことができるのは本物の天才か化物だけだと考えていた青年にとって、他者から学ぶという行為を恥じる理由などなかった。

 そうした姿勢は担当ウマ娘との関わり方にも現れる。一方的にトレーニングプランを押しつけるのではなく、まずは提案し、説明し、本人が納得してくれるのが大前提であり、ときにはウマ娘からの意見を取り入れて大きく修正することも躊躇わない。

 

 そんなふたりが次に考えたのは“どんな走り方を身につけてメイクデビューに挑むか”であった。

 

 積み重ねた経験だけではメイクデビューに──エアグルーヴに勝てる可能性はとても低い。経験を活かしつつ、新しいスタイルを模索しなければならない。

 憧れはあっても、ひとりのアスリートとして勝ちたいという願いを担当ウマ娘が抱いていることぐらいは経験の浅いトレーナーでも簡単に見抜けた。

 

 トレーニングと平行してメイクデビューと同じ条件のレースに関する資料を集め、どのようなウマ娘がどのように勝利しているのかを分析し、担当ウマ娘が実力を100パーセント発揮するための走り方を構築して指導する。

 最初は「いやいや、エアグルーヴさんに勝つなんてさすがに……」と自信無さげに遠慮していたウマ娘も、トレーニングを続けて走りに手応えを感じるようになってからは「どうせ逃げられないなら、やっぱり勝ちたい……ッ!」と気持ちが前向きになった。

 

 お調子者で弱気なところもあるが、決して軟弱ではない。そんな彼女だからこそトレーナーとして全力で支えたい。

 

 当然、ウマ娘のほうもそんな青年の気持ちを無駄にしないためにも全力で、本気でメイクデビューに挑むことになる。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「SNSの反応は……思ったよりも悪くない、というよりもかなり好感触だと言っていいんじゃないかな。一番人気のエアグルーヴが負けてしまったことを残念だって声もあるけど、僕たちへ向けた否定的なものはほとんど見当たらないよ」

 

「ムフ、ムフフ~♪ いやぁ……勝利ってのは……いいもんですねぇ……フフッ。まぁエアグルーヴさんは副会長としての仕事もありますし、全部の時間をトレーニングに使えるわたしとは前提条件も違うのかもしれませんが……それはそれ。勝ちは勝ち、ですよね!」

 

「もちろんだ。彼女が生徒会の副会長としての役割を責任と誇りを持ってこなしている以上、それを不利だったなんて部外者が言うのは失礼なことだよ。先輩も、彼女も、本気でメイクデビューを走っていたはずなんだ、僕たちが素直に喜ばないのは良くないことだ」

 

「ですよね? ですよね! やっぱりアスリートとしては正々堂々戦っての勝利ですから、喜ぶときはちゃんと喜ばないとダメですよね! いやぁ~、きっかけひとつで世界が変わるって話は聞いたことがありますケド、こんなに勝てるようになるもんなんですねぇ~」

 

 格上の相手に勝利したこと、それをレースファンが前向きに受け止めて応援してくれていること、それらの事実は新人コンビに自信を与えるには充分な効果があった。

 何事も、まずは先人のやり方を学ぶところから。決して特別ではない、誰もが一度は試みるであろうトレーニング方法による勝利は心の支えとして強く機能することになる。

 

 調査、分析、実践。

 

 もちろんそれだけで勝ち続けることができるほど勝負の世界は甘くないが、選抜レースで入着すらできなかったウマ娘が重賞レースで勝てるようになったのだ。トレーナーも、ウマ娘も、その成功体験を元に自分たちのスタイルを組み立てることに互いに異論などなかった。

 

(いまならわかる気がする……どうして先輩が、ミスターシービーやマルゼンスキーのような天才ウマ娘だけを担当しないのか……。才能に溢れるウマ娘を見つけて育てることだけがトレーナーの価値じゃない、自分が惚れ込んだウマ娘を()()()()()()支えるこの充実感……ッ! ウマ娘の努力が実を結ぶ、それを間近で見られる幸せ。うん、これはちょっと不謹慎な考え方かもしれないけど──面白いッ!!)

 

 もしもトレーナーとウマ娘の関係が一方通行の、トレーナー側から指示を出してウマ娘側がそれを実行するだけの機械的な関係であれば葛藤もあったかもしれない。

 だがこの新人コンビはそうではない、しっかりと話し合い二人三脚でトゥインクル・シリーズに挑戦しているのだ。努力の苦労も勝利の喜びも分かち合いながらレースに挑んでいるということもあり、レースを楽しむことも前向きに考えることができていた。

 

「う~ん、レースに勝って飲むにんじんジュースは最高ですね! さぁトレーナーさん! 次はどのレースに挑戦しますか? ど~んな走り方でもきっちりバッチリ習得してみせますよ!」

 

「そうだね……せっかくだし、GⅠレースにも挑戦してみたいから──うん、阪神ジュベナイルフィリーズを目指してこのままマイルレースで経験を積んでいこう」

 

「じ、じぃわんですか……いえッ! なんでも挑戦してみないとダメですよねッ! 一生に一度だけのチャレンジなんですから、逃げちゃったらもったいないですよねッ!」

 

「そう、挑戦しなければ負けることさえできないんだ。もちろん挑むからには勝つつもりで僕も全力でサポートするよ。そのまま勝てればそれでよし、もしも負けてしまっても──」

 

「「経験を活かして次は勝つッ!!」」

 

 

 ◇◇◇

 

 

 トリプルティアラを求めるウマ娘たちが集うジュニア級マイルGⅠレースということもあり、ゲートにも相応の実力者と認められたウマ娘たちが並んでいる。

 勝利を重ねたことにより自信がついたのか、担当ウマ娘は初めて出会ったころに比べてずいぶんと落ち着いたような印象でゲートが開く瞬間を待っていた。

 

 そんなウマ娘の様子を見守るトレーナーは、適度な緊張状態を維持できていることに対する安心と、これなら充分に勝利も狙えるかもしれないという期待に全身が満たされていた。

 

(必ず勝てるとは限らない。どのウマ娘も、それこそオークスを勝つと堂々と公言しているエアグルーヴは要注意だろう。だけど、それは僕たちだって同じだ。そうだ、今日まで()()()()()()()()()トレーニングを続けて、それを証明してここまでやってきたんだ……ッ!!)

 

 

 トレーナーは担当ウマ娘を勝つことができるウマ娘にするために。

 

 ウマ娘は担当トレーナーを勝たせることができるトレーナーにするために。

 

 

 スタート直後からレース展開は常識から外れていた。良い意味でレースを荒らすことで有名な黒ジャージ軍団のウマ娘のひとりが“いつものように”大逃げを選択したからだ。

 余計な肉の重りを極限まで削り、スタミナを初動から爆発的に燃焼させ、力尽きるのが先かゴール板を越えるのが先かという博打の走り。もちろんファンはそのウマ娘の走りをメイクデビューから見ているので観客席からはさっそく大歓声が降り注いでいる。

 

(何人かペースを釣り上げられたか……僕のところは問題なく維持できているけど、油断はできない……速度が崩れたまま押し切ってゴールするウマ娘だっているんだし……)

 

 普通のトレーナーならスカウトを躊躇うであろうペース配分を無視した走りを好むウマ娘も、ポラリスのトレーナーが指導すればGⅠウマ娘の称号まで駆け上がってくる。

 勝率や安定感に問題はあるが、()()()()()()()()()()()()()()()という点で……あのトレーナーは紛れもなく天才と呼ぶに相応しい実績の持ち主なのだ。エアグルーヴが安定して強いというだけで、ラストスパートで急激に走りが化けるウマ娘など何人いるのか想像もつかない。

 

(……いや、大丈夫だッ! 勝てるかどうかわからなくたって、それはウマ娘を信じるかどうかとは話が別なんだ……勝つために積み上げてきた努力は絶対に裏切らないッ!! ……はずッ!!)

 

 

 日頃のトレーニングの成果か、はたまたトレーナーの祈りが届いたのか。ウマ娘はエアグルーヴの背後に入り込み、風避けだけでなくペース調整に巧く利用してスタミナを温存していた。

 それは事前に考えていた作戦のひとつなのだが、それを大逃げのプレッシャーに引っ張られることなく冷静に実行できているのは見事と言っていいだろう。見て真似して学ぶということを繰り返していたウマ娘にとって、前を走るエアグルーヴのリズムを盗むこともそこまで難しくなかったことも幸運だった。

 

 

 

 

 そしてついに、最終直線にて。

 

 

 

 

「──やったッ!! いいぞ、そのままゴールまで駆け抜けろォッ!!」

 

 失速した大逃げウマ娘がエアグルーヴの隣に並び、そこに意識が向いたその一瞬のスキをついて──担当ウマ娘がふたりをまとめて抜き去った。

 

 安心できるようなリードは得られていないが、徐々に後続のウマ娘たちから離れて前へ前へと進む姿は見間違いなどではない。完璧に流れを掴み、最高の形でラストスパートを仕掛けられている証拠だ。

 

 

 ゴール板が近づいてくる。

 

 

 勝利が、近づいてくる。

 

 

(僕が──いや違うッ!! 僕たちが、GⅠを勝つッ!! 僕が彼女をGⅠウマ娘にッ!! 彼女の走りが、GⅠレースを勝利するんだッ!!)

 

 

 

 

 青年は、自分が見つけた星が燦々と輝く姿を幻視する。

 

 そして。

 

 

 

 

 

 

 

 

『もう一度エアグルーヴッ!! もう一度エアグルーヴですッ!!!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

「──え?」

 

 なぜだ?

 

 だって、差し切ったじゃないか。

 

 僕のウマ娘のほうが速かったのに、どうしてエアグルーヴが追いついて……追い越している? 

 

 だって、もう、追い抜いて、残りはあと少しで、前を塞いだのは僕のウマ娘で、そこから加速して追い抜くなんて。

 

 いや、まだだッ!! 

 

 僕たちは負けても負けても勝つために何度だってッ!! 

 

 だから、もう一度ッ!! 

 

 もう一度ッ!! 

 

 

 

 

「────なん、で」

 

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

「え~っと、その、負けちゃいました。いやぁ……エアグルーヴさんは強敵でしたねぇ~。でもでも! GⅠレースで2着なら戦績としては悪くないですよね~」

 

「そ、そうだね! 最後にもう一度、差し返されたのは本当に……なんだろうね、その。さすがは副会長というか、その」

 

「うんうん! やっぱり普段からオークス勝つって、GⅠウマ娘なってみせるって堂々としてるだけありますよね~。最後の最後でガッツリ引っこ抜かれちゃいましたよ」

 

「……あの、さ?」

 

「はい?」

 

「最後さ、その。その……うん! 惜しかったな! 頑張ればギリギリで差し返すことも狙えたかもしれないけど」

 

「あ~、そうですね~。でもホラ、負けは負けとして受け入れて次のレースを頑張ればいいじゃないですか! それがわたしたちのスタイルで、強さなんですから! ね?」

 

「あ、いや……そうだね。ただ、もうちょっとで勝てたかなって思うと、やっぱり惜しかったなって考えちゃうからさ」

 

「ホントですね~。まぁでも──()()()()()()()トレーナーさん、次はどうするんですか? 終わったことを気にしても仕方ないですし、未来のこと考えて前に進まないと! 先輩たちだってそうやって勝ちを掴んでるワケですし?」

 

「先輩、も……か。それも、そうか。負けてしまったのは仕方ない、君の言う通りだ。僕もトレーナーとして結果を受け入れて、次のレースに勝つために準備しないとダメだ」

 

「負けたレースは次に活かせばいい! ですね! それで、なんですけど~。やっぱりGⅠレースは諦められないというか、せっかくだし桜花賞とか目指してみたりとか、なんちゃって!」

 

「桜花賞、か。きっと、いや必ずエアグルーヴも出走するだろうね。──よしッ! 今度こそ差し返されないように、ラストスパートを改善できないか過去のレースを研究しないといけないね! 君も、手伝ってくれるかい?」

 

「もちろんですよ~? そりゃなんと言ってもわたしが勝てるようにってトレーニング考えるワケですか~らね~♪」

 

 勝負の世界で“もしも”を考え始めたらキリがない。それを知っているトレーナーは次のレースに集中するために未練を断ち切ることを選択する。

 

 

 そう。

 

 もしも──もしもあのとき。

 

 

 

 

 エアグルーヴに差し返された担当ウマ娘が、敗北を受け入れることなく勝利を求めて最後まで足掻き続けたら……などという仮定に意味はないのだ、と。

 

 

 

 

(ポラリスのトレーナーも、彼の指導を受けているウマ娘たちも同じだ。たとえ負けてしまったとしても、次は勝てるようにと努力しているじゃないか。大事なのは諦めないことだ。だからこそ僕は──()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 努力が必ず実を結ぶとは限らないが、努力した時間は無駄になることはなく努力した者を裏切ることもない。

 

 故に。そのトレーナーも、そのウマ娘も、ふたりで協力し敗北を糧とし何度でも勝利を信じてレースに挑み続けることになる。

 

 そこに悲壮感は無く、挑戦者として強敵との勝負を楽しむ余裕すらあり、掴んだ勝ち星の数も決して少なくない。

 

 それはきっと、トレーナーとウマ娘の関係としては非常に良好であり──ある種の理想的な形なのだろう。

 

 

 

 

 だが。

 

 

 

 

 あの日、青年がその手に掴んだ星がいまも同じ輝きのままなのかは……誰にもわからない。




☆読むのが面倒だった人へ☆

今回の話はエアグルーヴが阪神JFに勝利したということが書かれています。ちなみに競走馬のエアグルーヴはビワハイジに逃げ切られて負けてしまいました。
そしてそのビワハイジはアドマイヤジャパンとブエナビスタのお母さんだったりします。どちらもウマ娘を知っている方なら名前ぐらいは聞いたことがあるのではないでしょうか?


続きはオマケを投稿してから、オマケの内容は清楚で大和撫子な武士ウマ娘と鍋料理になります。


※ビワハイジの話は「史実のレースではこうだった」というだけの小話であり、このモブウマ娘がビワハイジをモデルにしているというワケではありません。


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☆純情で可憐なウマウマ武士団☆

投稿が遅れたのも!
最近寝不足なのも!
育成待ちのウマ娘が増えたのも!

全部! すべて! みんな!

なにもかも、Steamが“えいじおぶえんぱいあ”とかいうゲームをあなたにオススメ(セールで500円でした)してきたせいだ!


 †前回のあらすぢ†

 

 宿命のライバルであるソウラ礼とのカレー対決に敗北した戦士アバオ亜空は北海道西区発寒を経由し滋賀県にあるGカップ島で傷を癒しながら人類の進化を待っていた。

 

 そんなある日のこと、最寄りの市役所に公共料金としてボソンジャンプ代4752円を支払うために立ち寄ったところ、財布の中に1万五千円しか残っていないことに気づく。

 咄嗟の機転で自分は頻尿であるということを告白してその場を乗り切ったアバオ亜空であったが、その代償として草タイプのモンスターが闊歩する谷間を徒歩で通勤することになってしまう。

 

 無事に職場にたどり着いたものの、集められた同人誌の表紙をフルカラーにするためには大量のビデオテープを加工しなければならない。果して戦士の戦いに終わりはあるのだろうか、孤独な夢を追いかける旅が新たに始まろうとしていた……。

 

(※BGM:金獅子姫戦のヤツ)

 

 

 ◇◇◇

 

 

 日本文化を愛し、自らも大和撫子として恥じないウマ娘になるため日々の研鑽を欠かさないグラスワンダーにとって、伝統行事や神事への参加は望むところである。

 山の神へ感謝を捧げるお祭りにて開催される奉納レース、それもポラリストレーナーにより結ばれた縁ある地域となればグラスワンダーでなくとも協力を申し出るウマ娘はそれなりの人数が集まった。

 

 日頃あれだけ自由に振る舞っているポラリストレーナーであるが、どうやら彼の中ではこうした行事は特別らしい。トレセン学園でもターフやダートへ感謝の気持ちを、といった目的のイベントがあるのだが……それらに参加するときは別人のように雰囲気が変化する。

 多少は見慣れた杖と和装の組み合わせのはずが、全く隙の見当たらない厳格で威風堂々とした立ち姿。戦国時代にウマ娘のトレーナーとして活躍した武将たちとはこのようなものだったに違いないと想像させるほどのオーラを纏っていたのだ。

 

 感受性豊かな一部のウマ娘などは「なんかポラトレさんの後ろに学園で見たことない黒髪のウマ娘と金髪のウマ娘立ってなかった?」といったイメージまで見えていたらしい。

 

 ともかく。

 

 縋ることもなければ祈ることもしない、しかし敬意を払うことを忘れてはならない。そんな彼のスタンスを普段お世話になっているウマ娘たちが尊重したいと考えるのも不思議なことではないだろう。

 なにより山間部に作られたコースは自分たちも練習に使わせてもらっている。最初はポラリストレーナーと数人のウマ娘たちで整備を始めたが、せっかく使うならと地元の皆さんも協力して走りやすいようにと環境を整えてくれたのだ。その恩返しと思えば祭事に参加しないという選択肢は無い。

 

 

 ひとつ、残念なことがあるとすれば……縁を繋いでくれた本人が不在ということだろうか? 

 

 

 少々、いやだいぶお行儀と素行のよろしくない連中に目をつけられたウマ娘からの相談。本人はいたって真面目な子なのだが、真面目だからこそ警察などに相談して大事になれば大勢に迷惑になるのではと考えてしまっていた。

 気持ちは理解できる。詳しい状況はわからないが、自分ひとりの責任で済むのであればともかく、もしも同期のみんなに迷惑が及ぶ可能性が高いとなればグラスワンダーとて冷静に一歩退くぐらいのことは……ぐらいのことは……できる、はず? 

 

 

 なんにせよ。

 

 

「どんな世界にも秩序があり、越えちゃならねぇラインってモンがある。ギリギリの見極めに失敗したなら、それ相応のペナルティを支払うのがルールってモンだ。なぁに、前にも少しばかりトラブルがあったが『いいだろう、全員まとめてかかってこい。そんなにヤンチャがしてェなら、ひとり残らずお尻ペンペンしてやる』ってよ? 小学生が棒キレ振り回すみてぇにナナハン担いでやがったからな。みぃ~んな背筋を伸ばしてイイコになってたぜ?」

 

「マジか。まぁいつものことだけどよ、相変わらずトレピのヤツは簡単にヒトミミ辞めてんな。本気でドロップキック食らわせたらコッチの蹄鉄が砕けんじゃね?」

 

 

 そのお仕置きに使ったというななはん? という道具がどういうものかは知らないが、アウトロー気質でお馴染みのナカヤマフェスタが問題ないと言い切るぐらいだ。どんな手順や手段で解決するのかはともかく、少なくともウマ娘たちにとって最良の結果になるように動いてくれることだろう。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 巫女の役目を完璧に遂行したマチカネフクキタルが「あれは本当にフクキタルなのか?」「URAで働いているという姉とすり変わった?」「まさか山の神の祟りか!?」などと好き勝手に言われてフンギャロした以外は特別なにかトラブルなども起きず、奉納レースは無事終了した。

 日本の伝統に触れる貴重な体験、それはもちろんグラスワンダーにとってはとても喜ばしいモノではあるのだが──それはそれとして、地元の皆さんが振る舞ってくれるという料理に興味がないワケではない。まだまだ成長期のアスリート女子学生、やはり美味しいものを食べたいという自分の心を偽ることは容易ではないのである。

 

 少し走ればコンビニやホームセンターがある文明感、しかし田畑が段々と広がる自然の豊かさも共存している。先入観と指摘されればそれまでの話だが、この“いかにも”な自然の中で育まれた食材となれば期待もしたくなるというものだ。

 

 

「おめぇさんだぢみでぇな若ェ娘っこさ食わせんのもどうがって話もあったんだげどよ、これも貴重な経験だってあのトレーナーさんがら言わってっから。さすがの中央トレセン学園でも猪肉なんてそうそう食えねぇってな! ──うん? いやいや、鉄砲だど火薬の音と臭いで山の動物だぢが全部逃げちまうがらよ、こう……真っ直ぐ突っ込んできたどごろば横さよげでな? 指先ばグッ! と入れで紐ばプツンッ! と切ればよ? さすがに熊なんがはオレも年取ったから狙うのはちと手間だげんと、猪ぐれぇどうってごどねぇべ」

 

 

 紐を切る、とは猟師が野生の獲物を仕留めるための罠かなにかのことだろうか? 正直それにも興味はあるのだが、まずは調理を手伝うことを優先する。

 

 地元の皆さんはトレセン学園からきたウマ娘たちのことをお客さんとして迎えているため、まさか奉納レースを走らせておいて……などと遠慮していたが、それはそれ。猪肉を、いわゆる“牡丹”を使った料理ともなれば下拵えひとつ取っても気になるというものだ。

 

 まずは猪肉を洗うために果汁を絞るところから。ウマ娘パワーの前では柑橘類などマシュマロと大差無く、甘酸っぱい香りの前に葛藤する一部のウマ娘以外はサクサクと天然物のフルーツジュースを量産する。

 これでお肉を洗うというのだからなんとも贅沢な下拵えである。当然お肉の臭みが溶け込んでしまったフルーツジュースは全て破棄されるとのこと。野生動物が臭いに誘われて縄張りを越えてこないように、と説明されればもったいない精神も本日ばかりはお休み願うしかない。

 

 大量の牡丹をジュースで揉んでいる間に、今度はニンニクをアルミホイルで包んで焚き火で焼いておく。よほど奉納レースを催すことができたのが嬉しいのか、ご年配の……つまりはお爺さんたちがソレをつまみ食いしながらすっかり鼻先を赤らめて大笑いしていた。

 比較的若い世代はその様子に「お客さまが、それも学生さんたちが大勢協力してくれているのに!」と呆れている。だが、説教を始めるよりも早くお婆さんたちに「みっともない姿なのはその通りだが、今日だけは見逃してくれないか?」と優しく──そして、ほんの僅かに寂しそうに頼まれたのでは強く言えないようだ。

 

 

「さぁて! 下拵え完了だよ! いやぁ、手伝うつもりが逆にイロイロ教えてもらっちまったよ。忘れちまわないよう、学園に戻ったらさっそく試してみないとねぇ!」

 

「ヒシアマ先輩、コレ写真とってもいい? お土産の代わりに見せてあげようと思って☆」

 

「お土産って……奉納レースとか楽器鳴らしてるところじゃなくて、こんな山盛りにされた生肉をかい? 料理されたヤツならともかく、こんなものいったい誰に見せようって────あ」

 

 

 日本文化を愛するグラスワンダーとしては囲炉裏を使った食事も体験してみたかったのだが、帰りのことも考えれば時間がかかりすぎると諦めるしかなかった。

 しかし、ガスコンロであろうとも目の前に土鍋がふたつ並べば気持ちもしっかり切り替わるというもの。少量のこめ油に浮かぶトウガラシとネギからパチッ……パチッ……と音が聞こえ始めれば、胃袋はすっかり食事気分に高まっていた。

 

「えぇと、このネギを使って油を全体に塗ればいいのよね……。ふふん! この程度、茹でタマゴを完璧に作れるキングにとっては造作もないことよ! グラスさん、そちらの鍋をお願いしてもいいかしら?」

 

 キングヘイローに渡された菜箸を受け取り、油を吸って香ばしい色合いで装飾されたネギを摘まむ。お肉を焼くための下準備、ただそれだけのことなのに心が弾むのを恥じる──のは、美味しいものを食べさせたいという心遣いに対して失礼だと自分に言い訳をしながら。

 

 お味噌で下味をつけられたお肉を鍋肌に張りつけるようにして焼き始めれば、網焼きやホットプレートとはまた趣の違う音が耳に届き心と食欲をくすぐってきた。

 それにしてもお肉に植物の名を冠することは知っていたが、改めて向き合うとそういう部分はやはり日本ならではだと感心してしまう。ほかにもそのような呼び名のお肉があるのだろうか。……なんとなく深く考えるのはあまり褒められた行為ではないと頭の中で理性がささやいてくる気がして、グラスワンダーはお肉に意識を戻した。

 

 

 両面を丁寧に焼き、ひと口。

 

 

 第一印象の素直な感想としては、予想していたような臭みが無いということ。しかし市販の豚肉とはまったく違う、独特のクセはある。

 否。これは単なるお肉の種類としてのクセではなく、野生の……厳しい自然の中で生きてきたが故の味わいなのかもしれない。

 

 牡丹の味とはこういうものかと、それを堪能すれば次に口の中に広がるのはお味噌の味。

 

 塩とも、ソース類とも違う、柔らかく広がる風味は例えるならば先行を得意とするステイヤーだろうか。

 

 黒糖と味醂によるトロリとした甘味と、丁寧に加熱したことで辛味が無くなったニンニクの香り。そこに油に溶け込んだネギの清涼感とトウガラシの刺激が少しだけ顔を出す。目の覚めるような驚きとは違う、ひと口でなるほどと納得させる旨味。

 これを白米で受け止めること、なんという充実感だろうか。ハンバーグやカツレツのように華やかな肉料理と比べると、穏やかに空腹が満たされていくような気さえしてくる。ご飯とお味噌汁だけでも食事として完成する和食の世界で、お肉を具材とした味噌料理はやはり格が違うということなのだろう。

 

 

 さて、これだけでも充分なご馳走として完成しているのだが……鍋は、もうひとつ存在する。

 

 

 お醤油の味わい、ハッキリとした輪郭が見える香り。それをひと口食べた瞬間、口の中を縦横無尽に駆け抜ける旨味はさながら追込のスプリンターが最後の直線で見せる最高の加速を彷彿とさせる。

 こちらは白米で迎え撃つ、とでも言えばよいだろうか。お行儀の良し悪しという意味ではあまり褒められた行為ではないのだが、お肉から滴るタレの雫がポタリと彩ったご飯にお肉そのものを乗せて頬張った瞬間の“してやったり”という感覚は何度体験しても飽きることがない。

 

 

 お肉と、ご飯。

 

 言葉にすればあまりにも飾り気のないシンプルな食事かもしれないが、それがさまざな創意工夫と食材の調和により実に文化的なモノへと昇華しているのだ。

 

 

 そして。

 

 

「ン~♪ このワイルドなお肉の美味しさ、まさに世界最強たるエルに相応しい料理で──アレ? セイちゃん、どうしたんデスか?」

 

「ん~? ま~ホラ、焼肉もいいんだけど、ここで食べ過ぎると次のお楽しみが減っちゃうかなと思いまして」

 

 

 これは、ただお肉を焼いて食べるだけの食事ではない。

 

 ある程度食べ進めたところで追加のお野菜と一緒に運ばれてきたのはお味噌汁、ではなく鍋料理の本丸であるスープ。

 お肉とお野菜をそのまま土鍋で炒め、そこに波々とスープを注ぎ、蓋をしてしばらく待てば、さきほどまで焼肉だったモノが牡丹鍋へと進化する。

 

 ただお肉だけを焼いているときとは違う豊かな香りが辺り一面に漂い始めた。滋味深い、山野の恵みによって織り成された食欲をそそる香りはトレセン学園のカフェテリアでもそうそう体験できるものではないだろう。

 

 

 だが、忘れてはならないことがある。

 

 お味噌仕立ての鍋はそれはそれとして──()()()()()()()()()()()()ということを。

 

 

 主役となるお肉はもちろんのこと、そこに白菜、にんじん、ネギ、しらたき、焼き豆腐、椎茸などの追加の具材が投入される。

 それはつまりこれからこの土鍋が『すき焼き』として装い新たに目覚めるということであり、味噌仕立ての牡丹鍋が完成するまでそれを食して待つということでもある。

 

 贅の極み? 否。それは食材と真摯に向き合い最も美味であると断言できる食事のスタイルを突き詰めた結果に過ぎない。

 善意によるおもてなしの心を、ただ贅沢だと評価するのは和の心に反するモノであると理想の大和撫子を目指すグラスワンダーは考える。

 

 まぁ、少しだけ和の心とは別に……オーダーメイドのように馴染んだ作務衣姿ですき焼きの支度を手伝うスーパークリークとニシノフラワーを、人の物を欲しがることがはしたないと知りつつも羨ましいと思いもするが。

 

 

 醤油の香りと共にふつふつと鍋が鳴き、すき焼きが食べ頃を教えてくれる。

 

 すき焼きとは鉄鍋で調理するという先入観を真っ向から両断された、それだけでも価値があるが……やはり料理とは見た目だけで判断するのではなく味を確かめてようやく完成するもの。

 カツカツとタマゴを解きほぐし、数瞬の逡巡を経て──グラスワンダーは猪肉と一緒にネギを摘まむことを決めた。すき焼きもまた焼肉と同じお肉を主役とする料理ではあるが、すき焼きは焼肉とは違いお肉だけで完結させてはならないのだから。

 

 

 割り下とタマゴの甘味。

 

 ネギのシャッキリとした歯応えと醤油の香り。

 

 そしてお肉のどっしりとした脂の旨味。

 

 

 さて、これを知ってしまったのなら誰が山盛りの白米をモリモリとかきこむスペシャルウィークを窘めることができるのだろうか? 

 和食のお肉料理は数あれど、すき焼きのご馳走としての佇まいとご飯のおかずとしての風格に勝るものはどれだけ存在するのか。

 

 お肉から滴る卵黄と割り下が白いご飯をまだら模様に染め上げる様子はお世辞にも美しいとは言えないハズなのに、その部分を食せば幸せが必ず得られるという確信がある。

 ちょん、と一度。ご飯を軽く蹴るようにして弾みをつけたお肉とにんじんを頬張り、それをタレが染み込んだご飯で追走すれば……期待した通り、いや期待以上に口の中でウイニングライブが開催されたのかと錯覚するほどに美味しい。

 

 

 ご飯と、お野菜と、お肉。

 

 これぞまさしく食事の三冠。

 

 

 

 

「おぉ~? こっちのお鍋のほうもイイ感じかなぁ~。どれどれ……んふー♪ 焼くのと違って煮込むからもっとクセがあるかな~なんて思ってたけど、これならセイちゃんも美味しくいただけちゃいますねぇ~」

 

「メインもお肉で汁物もお肉と考えると、美味しさやおもてなしとは別にカロリーも無視できないわね。もちろんキングは無様に贅肉を抱えるようなことはしないわよ! ……えぇ、まぁ、そうね。出されたものを残さず食べるのも礼儀というか、感謝の形というか」

 

「いいんじゃない? 少しぐらい体重が増えても、トレーナーさんがスペシャルなトレーニングプランでキッチリ絞ってくれるワケだし。あの短期集中鬼スパルタなトレーニングも外から見てるぶんにはイロイロと参考になるんですよ、コレが。参加させられるのだけは絶対にイヤだけど」

 

 お野菜の甘味をたっぷり含んだ味噌味の汁をひと口すする。

 

 意識したワケでもないのにほぅ、と吐息がもれる。

 

 さすがにこれを一汁一菜と呼ぶのは破天荒が過ぎるだろう。ご馳走にご馳走を重ねるなど、普段の食生活であれば決して実行しない……というよりも考えようとも思わない。

 だが今日の催しは神事であり地元の皆さんの喜びと感謝が形になったもの。日本の神様はお祭り好きな性分であるとされていることからも、こんなときぐらいは派手に楽しく美味しいものを食べるのが大和撫子としても正解なのだ。

 

 それにしても猪肉とお味噌の相性のなんと見事なものか。豚汁の系譜、畜産業として肥育されている豚さんも始まりは野生の猪であったことは知識として知っていたが、こうして五感を通じて体験すると食文化の歴史がより身近に感じることができる。

 

 ごぼう、にんじん、大根といった根菜類も最初に炒めたからか充分な歯応えを残しつつ、ちゃんと汁を吸っているため一体感も申し分ない。

 不思議なもので、同じ煮込む料理でも小鉢として出される煮物のように個として存在感があるワケではないのに、このお野菜たちがいなければ鍋は完成しないのだろうと思わせる確かな魅力があった。

 

 途中、葡萄酒を使用したというカブのお漬け物で気分を切り替えつつ2種類の鍋料理を存分に楽しめば──山盛りにされていたお肉もお野菜もすっかり綺麗に片付いてしまう。

 

 

 祭事ならではの賑やかな食事もこれで終わり、と思いきや。

 

 

「こここここちら〆のうううどどんでごごございましゅ──ッ!!」

 

 

 少々挙動不審で、しかし幸せそうなオーラに包まれたアグネスデジタルがざる盛りのうどんを運んでくる。

 

 焼肉から始まり鍋に進化した料理は、うどんというパートナーの協力を得て不死鳥のように再び食卓の空を羽ばたくのだ。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「……少し、だいぶ、かなり、食べ過ぎデ~ス。ちょっと、美味しいからってペースが乱れ──けふっ」

 

 ご年配の方々の騒ぎぶりからよほど嬉しかったのは想像していたが、自分たちデビュー前のウマ娘だけでなく現役でトゥインクル・シリーズを走っているウマ娘たちまで動けなくなるほどのご馳走が用意されているとは誰も想定していなかったに違いない。

 

 何人かのウマ娘たちは腹ごなしに走りに出たが、大半のウマ娘たちは自分も含めて座布団を枕に畳の上でゴロリと横になっている。

 仮にも世間様からエリート揃いと認識されている中央トレセン学園に所属するウマ娘がなんという体たらく、とはもちろん声に出したりはしない。これはあくまで宴のあとの余韻であり、それを叱責するのは無粋というものだからだ。

 

 もちろん大和撫子たるを信条とするグラスワンダーは自身のキャパシティに見合った量を美味しくいただいている。少々、多少、それなりに? 食べ過ぎた感がないかと言われれば完全には否定できないというだけで。

 

 少なくとも食後のコーヒーをゆっくり楽しむだけの余裕があるのは事実。山で飲むコーヒーは特別であるからとマンハッタンカフェを中心にコーヒー派がブレンドして持ち込んだソレは実に絶妙なバランスに仕上がっていた。

 初めて遠目で見かけたときは良く言えば物静か、悪く言えば近寄り難い雰囲気だった先輩ウマ娘だったが、ポラリスのルームにお邪魔したときに優しいメロディーを口ずさみながらコーヒーミルを用意している姿を見てからは臆することなく挨拶もできる。

 

 そしてルームに用意したコーヒーにアグネスタキオンが角砂糖タワーを沈めようとしたところをメガホンを使い軽快な打楽器として扱った姿を見てからは、とりあえずポラリスのルームに出入りをしている中等部のウマ娘たちから怖がられることは無くなった。

 

 

 

 

「失礼。ちょっと写真、かまわないかい?」

 

 

 

 

 今回のイベントに取材に来ているメディアが月刊トゥインクルの記者だけであることはウマ娘側も知っているのに、わざわざ名刺を差し出してきたのはこの男性記者なりの誠意なのかもしれない。

 マナーの悪いメディア関係者のせいで夏合宿が邪魔されたという話は聞いている。それでマナーを守って真面目に取材をして記事を書いている記者たちまで巻き込まれるのは如何なものかと考えたこともあるが……そもそも礼儀正しい彼ら彼女らにとっては学園側の対応が厳しくなったところで仕事への影響など微々たるモノなのだろう。

 

「おやおや。こんなメイクデビューもまだの中等部なんか写真に撮るよりも、GⅠレースでバリバリご活躍中の先輩方のほうがイイ記事書けるんじゃないですかね?」

 

「そっちは頼れる部下に任せているから問題ないさ。それに、こうして早いうちに未来のスターウマ娘に覚えてもらうことで今後の取材もスムーズにできるだろう?」

 

「フッフッフ……。さすが月刊トゥインクルのジャーナリストさん! 選抜レースを見るよりも早く、世界最強のウマ娘・エルコンドルパサーから溢れるオーラに気づいてしまったようデスね……!」

 

「でもいいのかしら? せっかく写真を撮影するのならトレーニング中とか、食休みでリラックスしているタイミングよりも走っている最中のほうが良いものが撮れると思うのだけれど」

 

「まぁね。でもそういう“画”はわかりやす過ぎて面白くないだろう? いまのキミたちは……こういう言い方は失礼だが、どこにでもいる学生ウマ娘の集まりにしか見えない。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 名刺を取り出したときの真面目な表情とは真逆。きっと宝探しに夢中の男の子とは誰もがこんな顔をしているのか──あぁ、いや。トレーニングでも模擬レースでも、自分たちが走る姿を見てこんな顔をしているトレーナーがひとり身近にいた。

 ならば断る理由もない。もとより月刊トゥインクルは記事も記者も評判が良く安心できるジャーナリストだと有名であるし、トゥインクル・シリーズを走る以上はメディアとも無関係ではいられない。こうして丁寧に対応してくれる相手で経験を積むのも悪くないだろう。

 

 もちろん取材を受けると決めたからには全力で挑まねば無作法というもの。ジャージ姿ならばジャージ姿なりに身だしなみを整え、スペシャルウィークの立ち位置について全員で慎重に検討する。

 

「さて……そうだな、とりあえず普通の集合写真っぽい感じで1枚。それから、ちょっと強気な表情で何枚か頼むよ」

 

 

 ◇◇◇

 

 

「うん……うん……よし。いいね、ありがとう。満足のできる写真が撮れたよ。記事ができたらどうしようか? 学園にはもちろん許可を取るとして、キミたちも確認するかい? 中には出版されるまでお楽しみでよろしく、なんてウマ娘もいるけれど」

 

 

 自分のことが書かれる記事、それも日本全国で発売される雑誌となれば気になるのも当然のことではあるが──。

 

 お互いに顔を見合わせ、こくりと頷き合う。

 

 

「えっと……その、私たちも発売されるまで楽しみにしたいと思います!」

 

「ほぅ。理由を聞いても?」

 

「もちろん事前に確認をして、お互いに納得のできる記事が雑誌になったほうがいいのかもしれませんけど……でも、先に答えがわかっちゃうのって()()()()()()()()()()?」

 

「……くくッ。あっはっは! いいねぇ、メイクデビューもまだのウマ娘が言ってくれるじゃないか。いやまぁ、そんなキミたちに写真撮らせてくれって頼んだのはコッチなんだけど。任せてくれ、これでも長いこと業界でメシ食ってるプロなんだ」

 

 

 生意気なことを言っている自覚はあるが、こればかりは本当にどうしようもないのだ。

 先が見えないことなどお構い無しに、心のまま走りたい方向へどこまでも自分勝手に走り続ける先輩たちの姿を見てしまえばこうもなる。

 

 

 勝ちたいという気持ち。

 

 勝たねばならないという決意。

 

 勝ちを譲るような甘い走りなど論外であるという覚悟。

 

 

 だが、それ以上に──勝てるかどうかなどと考える余裕も無いほどの熱いレースを好敵手たちと繰り広げる、先の展開など予測できない最高の勝負を全力で楽しむ先輩たちの姿を見ていれば。

 

 

 

 

「そういえば記者さんは、なんでまた私たちにお声をかけられましたんで? 言っちゃあなんですけど、メイクデビュー前のウマ娘にしても高等部にいくらでも面白そうなウマ娘がいると思うんですよね~?」

 

「うん? そりゃ簡単な話だ。ちょいと顔見知りのトレーナーさんと今日のことでお話しする機会があってね。そのときに言われたのさ。キミたち5人が揃った写真には、黄金と同じくらいの価値があるってね」




ちなみに作者は翌日の朝に温めなおしたすき焼きを卵かけご飯に乗せて食べるのが好きです。七味唐辛子もふりかけちゃったりして☆


続きは他作品の更新をある程度進めてから、次のヘイト稼ぎ目標ウマ娘はナリタブライアンになります。


一応、来シーズンで高等部ウマ娘メインの話は区切りになる予定です。
中等部ウマ娘がメインになったあとも高等部ウマ娘たちの様子は書くつもりですが。


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