とある科学の極限生存(サバイバル) (冬野暖房器具)
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第1章 蝶の羽ばたき 001 幻想に至る物語 『7月20日』 Ⅰ

まず初めに気づいたのは寝心地だった。

 

 いつもの布団とは違う質感に戸惑いながら寝返りをうつ。畳に敷いた、安物の布団からは考えられないような弾力が感じられたのを確認した後、ソレがいつもの寝具ではないという結論に至るのに5秒ほどかかった。

 

「ここは……どこだ?」

 

 ガバッ!と勢い良く身体を起こすと机や本棚が目に入る。右手を見るとキッチンと玄関らしきドアが、左手には窓からベランダが見えた。地面が見えないので1階ではないらしい。

 

(俺ん家、じゃないよな。誰の家だ? ホテルとかには見えないし……そしてこの服装は?)

 

 次に気づいたのは寝心地ならぬ着心地である。何故だか異様に蒸し暑い、と思ったら学生服だったのだ。それも冬服である。空調もつけず、学生服を着込みながら布団を被っていたのだから、暑いと感じるのは当然だ。

 

(誰の学ランだ? ……いや、ちょっとまてよ。知らない奴の家で知らない奴の学ラン着て寝てたのか俺は。……気持ち悪いなぁ)

 

 気味悪がりながらも、何か胸ポケットに固いものが入ってるのを感じ、ゴソゴソと取り出すと。

 

(学生証か。んー、これまた知らない高校。知らない名前。木原統一、読みはとういつでいいのか?)

 

 高校名や名前にはまったく心当たりはない。高校名はともかく、こんな変わった名前は一度目にすれば記憶の片隅に残るのではないか。なんとかして思い出そうと学生証を凝視するのだがまったく心当たりは無い。

 学生証を眺めて10秒ほど経過。そこでようやく、貼られている顔写真が自分のものだと言うことに気づき、疑問はさらに追加された。

 

(これいつ撮った写真だよ……今着てる服装で写ってるけど、着た覚えも撮った覚えもないし……合成ってことか? ……じゃあこの木原統一って俺の名前!?)

 

 軽いパニックになりながらも、今の自分が置かれている状況を推測する。

 

(……テレビとかでよくやってる、ドッキリ、大成功! とか? いやこんな雑なドッキリ企画を考える奴はいないよな。視聴率取れねえっての。……考えられるとしたら)

 

 "誘拐"の2文字が頭をよぎる。

 

(……どこぞの変態が俺を攫ってコスプレ人形というか着せ替え人形代わりに!? やめろ! 恐ろしすぎる。考えるのをやめるんだ……ということはここは犯人の……?)

 

 完全にパニック状態である。とにかく逃げなくては。そう考えてからの行動は早かった。転びそうにながらも玄関までダッシュし、勢い良くドアを開けた瞬間にコケた。

 口の中が血の味がする。だが立たなくては。と、気がつくと隣の部屋の前に。

 

 

 2m超えの赤髪バーコードピアスのコスプレ男がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステイル=マグヌスは苛立っていた。何も知らない一般人から神経を逆撫でするような説教を貰い、自分の魔術を無効化されたあげくに奥の手(イノケンティウス)でさえそのムカつくツンツン頭を仕留められなかったのだ。その上、自分が守ると決めた女の子がいまここで深手を負い倒れているのにもかかわらず、どうすることもできないでいる自分がいた。

 

(神裂の奴が慌てるのも無理はない。まさか『歩く教会』を突破されるとはね。あの男の右手の仕業か? ……いや、今はこの子の命が先決……!?)

 

 ガチャン!と大きな音をたてて、部屋から飛び出してきたやつがいた。学生のようだ。フベッと顔を床に擦り付けるように転んでいる様を見るに、かなり慌てて飛び出してきたらしい。おそらく、先ほどの戦闘音を聞きつけて出てきたのだろうか。かなり驚いた顔でこちらを見ている。

 

(何故真夏にあんな暑苦しそうな格好を……いや人の事は言えないか。やれやれ、どうしたものかな)

 

 先ほどのツンツン頭と違い、必ずしも殺さなければならないわけではない。敵対の意思はなさそうだし、このまま立ち去っても問題はないだろう。通報されても、人が集まってくる前に消えればいい事だ。先ほどのツンツン頭の少年と違って禁書目録(インデックス)に関する知識もおそらくはない。記憶が無いとはいえ、彼女がそう何人も一般人を巻き込むようなことはしない。彼女は優しく、そして強い。その身に残酷な運命を背負わされてるにも関わらず、その不幸を他人にやすやすと分け与えたりはしない子だ。

 

 と、心優しい禁書目録の一面を思い出し、思わず微笑んだ。

 

 

 

 

 

 

 血まみれの妙な修道服の女の子が倒れている。それを見下ろすように、赤髪長身ピアスのバーコード神父が、微笑み顔でこちらを見ている。これが道端で見かけた光景ならむしろあからさますぎて「ドラマの撮影かな?」みたいな感想を抱いたまま通り過ぎるのではないか。問題は今現在拉致られた疑惑のある人間がこの光景を見た場合どうなるかである。

 完全に気が動転していた自分の口から出た言葉は、直前に考えていた犯人についての印象である。

 

「へ、変態……」

 

 ピキッ、と神父の顔が歪む。いや、というかこいつは神父なのか? 本物の神父なぞ見たことはないが、こんな奴だとは思いたくない。

 

「いや、勘違いしないでくれるかな。僕はたまたま通りかかっただけでね」

 

 そんなわけあるかい、と心の中でツッコミをいれる。そこに倒れてる少女と親和性100%の服装じゃねえか。……この男だ。このコスプレ男が自分を連れてきたに違いない。そしてそのコスプレ趣味を他人にも押し付けてくる系の犯罪者さんだ。

 ふと、コスプレ男がこちらに手を伸ばしてくる。冷静に考えてもこの状況でその手が、倒れている人間に差し伸べられたものとは思うまい。

 

「く、来るな! ロリコン! ホモ野郎!」

 

ブチッ という音が聞こえた気がした。殺す必要はない。だが生かしておく理由もまた、存在しない。

 

灰は灰に(AshToAsh)塵は塵に(DustToDust)!」

 

「……ゑ?」

 

吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!」

 

 

 避けることなんてできない。

 打ち消すことのできる右手もない。

 

 学生服の男、木原統一は火炎に飲み込まれた。



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002 能力者は九死に一生を得る 『7月20日』 Ⅱ

「まさか、数時間でここまで回復するなんてね?」

 

 カルテをめくりながらしげしげとこちらの様子を窺うカエル顔の医者がそう呟いた。

 

「運び込まれて来た時には僕にも無理だと思ったね。なにせ炭化してない部分のほうが少ないのだから、いくら僕でも人間を一からは作れないしね?」

 

 嘘だ、こいつならやりかねない。と思ったが口には出さないでおく。

 

「……なにやら苦い顔をしているけど、親御さんに連絡を入れた時の僕の心境にもなってもらいたいもんだ。君の能力、肉体再生(オートリバース)だったかな。大能力者(レベル4)ともなれば完全に医者要らずだね?」

 

 正直、なにを聞いても頭に入ってこない。というか、直感的には理解しているが、非現実的すぎて理解したくない。「これは夢だ」を現実でやる事になるとは。……あ、現実って認めちまった。

 あの火炎地獄の後、ベッドで目覚めると美人の看護師さんがいた。その看護師さんが呼んできたこのカエル顔の医者を見た瞬間から、現状をなんとなく理解してしまったのだ。

 

「お悔やみを申し上げようとしたらそれは死んだふりだ、なんて指摘を受けてね? 最初は君のお父さんが現実を受け入れたくないのかとも思ったけど、話を聞くとなるほど、と納得したね」

 

 どうやったら納得できるんだそこで。死んだふりておま、まったく意味がわからんぞ。……いや、この街ならそうなるのかな……

 

「君の身体は本来なら、炭化どころか火傷した端から即時回復するらしいね? 服は再生しないから、理論上全裸のまま燃え続けるらしいね」

 

 嫌すぎるわ! なんだその生き地獄は……

 

「そうはならなかったのは、君がこれまで大きな怪我や病気にならなかったのが要因かな?あくまで仮説だけど、長い間能力を使用してなかったみたいだしね?」

 

 なんとも恐ろしい。ちょっと聞いてみるか。

 

「ちなみに、あのまま燃え尽きていたらどうなったんですか?」

 

「当然、死んでるね?」

 

 ですよねー、あのクソ神父には二度と近づかないようにしよう。

 

「まぁこれで、もう二度と僕の患者になることはたぶんないね? それじゃ、ほぼ全快とはいえ無理はしないように。明日には退院だからね? 一応この後、君のお父さんが様子を見に来るらしいから、起きていたほうがいいかもね?」

 

 そう言ってカエル顔の医者、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は部屋を出ていった。

 窓の外を見ると、見慣れぬ街並みの中に何故か風車がいくつも建っている。ビル風を使って発電してるんだったか。電磁波を浴びせると逆回転するらしいアレである。そしてなんか遠くに天高くそびえ建つ棒のようなものが……あぁ、アレもあんのか。やったね、生で歌姫の声が聞けるよ! ……はぁ、それまでに俺が生きてたらね。

 

 赤髪神父 カエル顔の医者 超能力 街中の風車にダメ押しの宇宙エレベーター

 

 もうこれは認めるしかない。ここは、『とある魔術の禁書目録』の世界なんだと。

 

 『とある魔術の禁書目録』現実世界ではそこそこ売れたライトノベルとして有名である。あらゆる異能を打ち消す右手、幻想殺し(イマジンブレイカー)を持つ主人公『上条当麻』が、女の子を片っ端からそげぶしていく物語だ。うん、たぶん違う。いや、深い意味ではあっているかもしれない。んなこともうどうだって(ry

 

 

 超能力が科学で解明された街、学園都市。

 

 総人口の8割が学生であり、その全てが能力開発を受け、大小様々な能力を保有している能力者である。外界とは科学技術が数十年ほどの開きがあると言われており、今日日、科学の最先端を全速力で走り続けるぶっ飛んだ街だ。

 ここまでならばいい。科学がちょっと、いやちょっとどころかオカルトにさえ見える科学の蔓延る世界だがそれもいいじゃないか。うん。

 

 当然ながらこの街には裏の顔がある。他のどの国よりも進んだ科学は一体どれほどの利益をもたらすのかを考えれば当たり前だ。外界と隔絶されたこの街では、倫理的ライン? なにそれおいしいの? とでも言わんばかりの実験は当然のように行われているし、様々な利権が絡み合う最先端の技術には「ご一緒に妨害工作や情報操作はいかがですか?」とこうなる。ちなみに断れない。押し売りである。

 もちろん問題は学園都市内部だけではない。学園都市の概要を眺めればこういった裏事情を想像するのは子供にだって難しくはないのだから。当然外側にも、学園都市を敵視する輩はいるはずである。日夜、黒い噂を武器にネガティブキャンペーンを展開したり、機密情報を狙う産業スパイが侵入しようと躍起になっているのではないだろうか。それらを全て撥ね除け、今日まで科学のトップとして君臨しているこの街は、一言で言えば怪物である。

 

 そんな街に、『木原統一』という一人のキャラクターとして、何故か存在してしまっているのが俺だ。元の世界では普通の、苗字は二文字で名前も二文字の高校生だった。成績も普通、容姿も普通、通信簿にも「個性がほしいですね」と失礼なことを書かれるくらいに普通の……いや、それは普通ではないかもしれない。とにかく、そんな俺が異世界に迷い込むなんていう由緒正しい古典ファンタジー現象に巻き込まれてしまった。

 

 正直な話、嬉しい気持ちが皆無なわけではない。誰もが一度は憧れ……ないけども、ロマンと言わざるを得ない異世界転移である。魔法のような、奇跡のような現象を目の当たりにして、まったく心動かされない人間がいるだろうか?……転移1分後(体感)に体を燃やし尽くされた経験がなければ、おそらくこの気持ちももうちょっとだけ続いたんだろう、と思う。ファーストコンタクトは最悪である。

 そして転移早々、懸念事項がてんこ盛りである。この街に、この苗字として、しかも(おそらくだが)いないはずのキャラクターとして現れるのはかなりまずい。

 この瞬間にも、あの『窓のないビル』の住人に排除対象として認識されるかもしれないと思うと恐ろしい。気がついたら細胞レベルで粉々でしたなんて、この街では普通にあり得るからだ。あんな兵器に『オジギソウ』なんて可愛い名前を誰が付けたのか。

 

「ヤバイよなー……あ、独り言もまずいのか。いや、独り言でまずいってことは既にマークされているわけで、そしたらいまさら気にすることでも……」

 

ガラッ と病室のドアが開く音がする。そういえばさっきカエル顔の医者が言ってたな。君のお父さんが来るって

 

 お父さん? Father?

 

「よー、元気かなー? クソガキ」

 

 とんでもないお父さんが、そこにいた。



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003 未知との遭遇 『7月20日』 Ⅲ

「おいおいおい、まさか俺が直接会いに来るとか夢にも思いませんでしたってか? なに固まってんだよオイ。悲しいなー、久々の再会に息子がなーんにも言ってくれないなんて、パパ悲しいなー」

 

 顔の刺青、この口調、そしてひろしボイス。

 

「悲しくって、ぶっ殺したくなってきたなぁ」

 

 そして突然の死亡フラグ。ちょっとまて考えさせろ。

 

 木原数多(あまた)、学園都市の抱える『木原』の一人であり、学園都市最強の超能力者(レベル5)であるあの一方通行(アクセラレータ)と激闘を繰り広げる(予定)人物である。

 

「おーい、マジでどうなってんだ? 焼かれすぎて頭ん中パーにでもなったのかよ」

 

「ひ、久しぶり、です」

 

 おもいっきりキョドってしまった。正直言ってどうしたらいいのかがまったく思いつかない。原作知識はあるが、木原統一(とういつ)としての記憶・情報は皆無である。それだけならまだしも、()()木原数多と親子としての距離感なんてわかるはずもない。助けて心理定規(メジャーハート)

 

 ……それ以前に、実の父親に「久しぶりです」は無い気がする。

 

「んー、こいつぁ本格的に頭イッちまったかぁ? いや、お前に限ってそりゃねぇか。なにせ心的外傷(トラウマ)もお前の能力は治しちまうわけだし、となると」

 

 さりげなく自分の能力についての情報が手に入った。心的外傷(トラウマ)って肉体再生(オートリバース)で治るの? たしかに極度のストレスは脳にダメージを与えるという、理論? のようなものは現実世界でも聞いた事はある。つまりそれは……極限状態でも常に新品同様に苦しめるってわけですねわかります。なにかとんでもないフラグが建った気がする。

 と、そんなことを考えている場合じゃない。すっごい怪しんでる。そりゃ、容姿がそのままとはいえ人格(なかみ)が違うのだ。気づかない父親なんて……どうだろうか。いるかもしれないがとにかく、今はピンチだ。幸い証拠は無いわけだし、ばれないように口数少なく、臨機応変に。頑張れ、俺。

 

「これはあれだな」

 

「……」

 

「思春期か。お前も年頃だしな」

 

 なんだろう、このもやもや感は。とりあえず思春期ありがとう。

 

「お前に思春期なんてもんがあんのかは知らねえが、まぁんなこたどーでもいい。時間がねぇからサクッと用事済ませるか」

 

 というと、木原数多は肩にかけたカバンからノートパソコンを取り出す。その際黒光りしたなにかが見えたがとりあえず見なかった事に。

 

(できるか!! あれって銃だよな? もしかして今の俺、滅茶苦茶に大ピンチなんじゃ!?)

 

 悪意もなく、雑草を引っこ抜くように携行型対戦車ミサイルをぶっぱなす人間相手に、親子のふりをしなくてはならない人間の気持ちがおわかりいただけるだろうか?

 

「よーし、とりあえずこれを見ろ。強能力者(レベル3)以上の発火能力者のリストだ。かなりメジャーな能力だが、人間一人まるっと炭の塊にできる能力者ってなると話は別だ。灯油とかガソリンは検出されなかったらしいし、自前の火力でどーにかできる奴はそこまでいねぇだろ」

 

 ……なるほど、これは犯人探しということか。

 

「面子ってもんがあるしな。それにやられっぱなしってのは、性に合わねぇんだわ。見つけ次第、愉快なオブジェに変えてやっから、協力しろよ?」

 

 愉快なオブジェいただきました。何故だろう、芸術になるのは襲撃犯なのに、いますぐ自分がソレに変えられそうな危機感を感じる。とりあえず芸術になる予定は無いのでリストを眺める振りをしながら画面をスクロールしていくことに。

 当然だが俺を焼いた犯人であるクソ神父はこのリストにはいない。奴は科学側とは対を成す魔術側の人間だからだ。ステイル=マグヌス、イギリス清教、必要悪の教会(ネセサリウス)に所属する天才魔術師。原作知識がなければ知るはずのない人物である。

 

「この中には……いない」

 

 3分ほどでスクロールが終わってしまった。探すフリは大丈夫だっただろうか。……それにしても、木原統一としてのキャラがさっぱりわからん。この世界は特徴的な喋り方をするキャラが多いし、元の木原統一がそういう特殊な(痛い)やつだとしたら今の自分は怪しいことこの上ない。

 

「なるほど、なるほどねぇ」

 

 と呟くと木原数多はノートパソコンをしまう。

 

「まぁそんな気はしてたんだわ。あの付近での監視カメラの映像、交通網の記録やらなんやらその他もろもろ消されてたし、そう簡単に尻尾は出さねえよな。通報者の隣人はいまんとこ行方がわかんねーし、関係があんのかねぇのか……夏休みでハメ外してるだけかもしんねーが、消し炭になったお隣さん見てその足でパーティってのもないだろ。ま、怖がってどっかに避難してるってのが妥当な線か」

 

「通報者?」

 

 おもわず聞き返してしまった。

 

「隣の奴だよ、名前は忘れちまったが無能力者(レベル0)のツンツン頭。泣きべそかいて電話してきたらしいぜ? あの医者の話だがな」

 

 ツンツン頭の無能力者、と聞いて思い当たるのは一人しかいない。『上条当麻』紛れもない主人公である。そう、あの光景───ステイルとインデックスが学生寮の廊下で一緒にいたあれは、原作第1巻のワンシーンだ。原作のどのタイミングで自分が出てしまったのかはわからないが、少なくとも登場人物として上条当麻、ステイル=マグヌス、そしてインデックス以外にはあの場面での登場人物はいない。つまり───

 

(さっそく原作改変しちまった……まずいぞ、俺の登場が原作にどんな影響を与えるのかまったく見当もつかん)

 

 たとえばである。上条当麻が俺の死体(生きてるけど)をみて動揺し、ステイルがぶっ飛ばされずに上条が消し炭に、とか。これは通報者が上条であることを鑑みればおそらく大丈夫だろう。

 だが動揺したせいで禁書目録(インデックス)とステイルをとり逃す、くらいは充分あり得るのではないだろうか? もしくは原作通り、ステイルをぶっ飛ばし、禁書目録(インデックス)を小萌せんせーの家に運ぶも、俺のために救急車を呼んだ時間のせいで禁書目録(インデックス)のほうが間に合わず……みたいなことになっていれば目も当てられない。とあるシリーズ、これにて了! ……本当に洒落にならん。

 

「そんな難しい顔すんなって、死体は1体しかなかったんだから。そいつも死んでねーよ」

 

 隣人の心配をしていると思ったのか、木原数多はその顔に似合わない言葉をかけてくる。いや、隣人への心配事という点なら間違ってはいないのだが。

 

(……あれ、木原数多ってこんなキャラなの?いい人?)

 

「ただ、そいつが犯人と仲間だってんなら、話は別だがな」

 

(その顔でニヤリとされると怖いです)

 

 顔は怖いが、その実中身はどうなのだろうか。原作ではあまり過去を語られないキャラ故に判断がつかない。善人ではないといえ……この世界の善悪勘定も難しいし、なんとも言えない。

 

「よし、んじゃ帰るわ。またな」

 

と言って木原数多は踵を返す。

 

「う、うん。またね」

 

「……お前、そのキャラやっぱ気持ちわりーぞ」

 

 ガラッっという音とともに、父親は帰っていった

 

「……あードキドキした。あれが父親かぁ」

 

母親は誰なんだろうか。

 

ガラッ

 

「あー忘れてたわ」

 

 つかつかと木原数多は部屋に入ってきて、肩に下げたカバンに手を突っ込む。撃たれる!? と、思わず身構えるが、取り出したのは小さなカバンだった。

 

「お前、財布ごと燃やされたんだろ? 当面の生活費が入ったカードと、新しい部屋……どっちかっつうとドアか。その鍵な。あと服も適当にいれてあっから、それ着て帰れ。以上」

 

 と早口で述べ、顔面に袋を投げつけた後に、父親は部屋から出て行った。

 

 

 わりといい人なのかもしれない。



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004 道化師は門を叩く 『7月21日』 Ⅰ

今後さっくり矛盾が発生しそうな設定を盛り込むのは怖いです


「ただいまー……なんちゃってな」

 

 色々あったが、午前中の内に自宅に帰ってくることができた。さきほどまで自宅の住所どころか現在位置すらわからない状況だったのだが。

 

「それじゃ、あたしらはこれで失礼するじゃんよ。巡回はするけど、あまり人目につかないような場所・時間帯は避けて行動するほうが身のためじゃん?」

 

 なんと、警備員(アンチスキル)に送ってもらえたのだ。なんでも俺を燃やした犯人は捕まってないので、退院直後に狙われるのを防ぐのが目的らしい。だが道中で犯人の顔だの服装だのを聞いてきたあたり、少しでも情報がほしい、と言ったところが本音だろう。

 本格的な事情聴取は後日ということになった。被害者である俺の能力は警備員(アンチスキル)にも知られてはいるが、再度襲撃される可能性や精神的ダメージを考慮しての判断である、という話だ。それにここは学園都市。基本閉じた世界なので犯人が逃げ切る可能性がほぼ皆無なのも理由だろうか。

 まぁあの神父は捕まらないな。なにせ彼らはお客様(VIP)なのだ。あの父親(木原数多)の情報網にも引っかからないということは統括理事会が動いてる可能性もある。

 

「はい、気をつけます。ありがとうございました」

 

「お礼なら親御さんに言うじゃん。護送を頼んできたのは君のお父さんのほうじゃん? もっとも、うちらは(はな)っからそうするつもりだったじゃんよ」

 

(……アイツやっぱイイ人?)

 

 適当に帰れ とか言いつつ護送を用意してるとは、今度なにかお礼をしたほうがいいのかもしれない。

 

「いい父親だねー、最初はあの刺青と顔つきで……い、いやいやなんでもないじゃんよ? ま、まったく、虚空爆破(グラビトン)事件に続いて一昨日の大規模停電、そして昨日の放火ときたもんじゃん? 夏がきたなーって実感がわいてきたじゃんよ! それじゃまたな! 少年!」

 

 そんな夏はいらん。

 

「なにかあったらすぐに、警備員(アンチスキル)に連絡してくださいね?」

 

 わははと笑いながら警備員、黄泉川愛穂(よみかわあいほ)とメガネの女性は帰って行った。たしか 鉄装綴里(てっそうつづり)とかいう名前だったかな。

 

 ガチャン と新品のドアを閉め、部屋の中に入る。

 

 そこには臨戦態勢のエロ聖人が! なんてシチュエーションにはならず、夏の蒸し暑さにげんなりとしながらも部屋を見渡す。

 

「さてと、まずは自分の立場を確認しないとな」

 

 よし、やるぞと喝を入れるように呟き、なぜか大量にある本、ファイル、パソコンを前にげんなりしつつエアコンのスイッチを入れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ステイル=マグヌス、神裂火織はとある雑居ビルの屋上から月詠小萌(つくよみこもえ)宅の様子を窺っていた。

 

「あの子は無事のようですね」

 

「ああ、どうやったかは知らないが、危機は脱したようだ。それで、なにかわかったのかい?」

 

禁書目録(インデックス)に同伴していた少年の身元を探りました。が、情報は特に集まっていません。少なくとも魔術師や異能者といった類ではない、ということになるのでしょうか」

 

「何だ、もしかしてアレがただの高校生とでも言うつもりかい?」

 

「……あなたが( 、 、 、 、)燃やし尽くした学生は、正真正銘のただの高校生のようですが」

 

「またその話か。その話は置いておいてくれ。僕もアレはやりすぎだったと思っているさ」

 

 先日から神裂火織の機嫌が悪い。事故とはいえインデックスに瀕死の重傷を負わせてしまったこと、同僚のステイルが一般人を巻き込み殺害してしまったこと、そして正体不明の勢力によってステイルが撃退されてしまったこと等が、彼女をそうさせているのだろう。つまり半分くらいは八つ当たりである。

 だが彼女の魔法名はSalvere000(救われぬものに救いの手を)、敵味方問わず慈悲をかけてしまう彼女の性格上、たとえ任務中の事故だとしても、無関係の人間を殺めてしまったのは悔やんでも悔やみきれないのだ。それに今回は明らかにステイルの過失である。

 ステイルの信条は知っている。インデックス(あの子)を守るためならなんでもする。その覚悟と重荷のせいで、かつての優しい彼がここまで荒れてしまった事も知っている。もちろんそれは人事(ひとごと)ではなく、神裂自身も自らの心が軋むのを幾度となく感じている。

 

 だとしても、彼女はステイルのあの行為(殺し)を容認できなかった。

 

「あの子の傷を癒した方法も気になるな……病院に駆け込まれなかったのはいいが、それはつまり僕達(イギリス清教)以外の勢力が介入している可能性があるということだ」

 

「最悪、組織的な魔術戦に発展すると仮定しましょう。ステイル、指摘されたルーンの弱点に関しては……」

 

 ルーン(刻印)の弱点、というよりはルーン(コピー用紙)の弱点である。ステイルはラミネート加工を施したカードを取り出した。

 

「ぬかりはないさ。次は潰す( 、 、 、 、)

 

(相手の勢力は未知数。最悪あの右手のような能力が、星の数ほど沸いてくるような展開だってあるかもしれない。だが僕には退けない理由がある。禁書目録(あの子)の命を救うためなら誰でも殺す。いくらでも壊す。そう決めたんだ)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 とある高校 1年7組 木原統一(きはらとういつ) 16歳

 成績はクラストップ、能力は大能力者(レベル4)肉体再生(オートリバース)

 先生の返信欄

『最初はクラスで浮き気味で心配でしたが、最近は仲がよさそうな子も増えてきたので先生は安心なのです。その調子で友達を増やして下さいねー? アドバイスとしては木原ちゃんはお勉強ができるようなので、そこを生かしてみんなを引っ張っていくのが近道だと思いますよ。木原ちゃんは特にあの3人と仲がいいみたいなので、力を貸してもらいたいのです。上条ちゃんと土御門ちゃんはおうちも近いみたいなので、ぜひぜひ勉強を教えてあげてほしいのですよー。夏休みの補修にはあの3人は参加大決定ー! なわけなのですが、課題のプリントや夏休みの宿題の内容についてこれるかが心配で……(以下、教材内容の相談やプライベートでの3人のサポート、遊びほうけていたら注意してくれ、等の内容が続く)

 

……ということで、夏は暑いですからねー。暑さに負けないように気をつけて下さいねー。あと、先生はあまり大きな事は言えませんが、顔に刺青を入れたくなったりしたらその前に、先生に相談してくださいねー? それでは夏休み明けに会いましょー』

 

以上、成績表より抜粋

 

 

 

 

 

 木原統一 14歳

『頭脳及び能力に関しては、他の木原の平均以上のものが見られるが、未だに『木原』としての特性は確認できない。科学への執着心や特化した知識、技術、思考等の傾向は、教育やパーソナルリアリティからの影響を受けないことから、彼の保有する知識量は木原には起因しない。そしてこれまで確認されている『木原』の最長発現記録は10歳であることから、彼が今後『木原』としての能力を発揮する可能性は低いと思われる。近年木原の家系においての科学特異点発現率は下降の一途をたどっており(科学特異点とその発現率については別資料を参考にされたし)特に珍しいケースではないことから、最低限『木原』についての守秘義務を課した上で一般的な生活を送ってもらうこととする。(能力開発下における科学特異点の強度について B8参照)』

 

以上、木原統一に関する最終報告レポートより抜粋

 

「……俺、木原の中じゃ落ちこぼれなのか」

 

 あの人外集団の外れ者、と聞いて嬉しいような悲しいような。

 エアコンの入らないうだるような暑さの部屋で、木原統一は資料から目を離した。先日の停電の影響か、故障したエアコンを見て「学園都市製なのになんでこんくらいで壊れるのさ!」とマジギレした統一だったが、そういえばこれは第三位(レールガン)の仕業だったかと思い出した。

 

「パソコンと冷蔵庫が無事だったのが救いか……パソコンはデータ保存用に丈夫にしてあるんだろうけど、冷蔵庫が無事なのはすげぇな。第三位(レールガン)の電撃にも耐えますってCMに使えるんじゃないか?いや、そもそも見所がドマイナーすぎてまったく売れんな」

 

 パタンッ、と本を閉じながら無意味な商業戦略を却下した。

 

 木原統一の部屋には本、それもおそらく高校生には解読不能であろう学術書が、大量に陳列されていた。その内容に統一性は無く、ありとあらゆる分野に関しての本がそろっているようだ。

 

(いまのところだけど、なぜか理解できない内容はまったく無かった。悲しい事に前世? の俺は下から数えたほうが早い高校生だったし、今の俺は知識だけは木原統一のものを持っているってことになるのかな。木原としては落第ものだけど、学生としてはかなりいい線いくんじゃないだろうか)

 

 読んだことのないような専門書でも、読むだけで関連する知識が沸いてくるのには驚かされた。どうやら数日前の木原統一は、ここにある本を全て読み尽くし、なおかつ完璧に理解しているらしい。まったくもってトンデモ高校生である。……それでも『木原』ではないと言われると、逆に『木原』とはなんなのか逆に聞きたくなってくる。哲学かな?

 そんなことよりも、だ。知識に関する記憶はあるが、思い出の部分的な記憶喪失、と聞いて当然思うところがないわけでもない。

 

(上条さんのような思い出だけの喪失ってことなのか? でも上条さんのと同質とは言い切れないか。思い出の損失ってより、思い出が別人のものにすり替わって……)

 

 別人? はて? と自分で言ってから頭をかしげる。

 

 俺は……誰だ?

 

 この『木原統一』は今まで、自分は元は現実世界の住人であり、人格(なかみ)が木原統一という人物(入れ物)(そっくりさん)に入ってしまったと思っていた。

 

だが俺は今、まったく違う可能性に気づいてしまった。

 

 もしかしたら、この人格(なかみ)は木原統一自身のものであり、人格(なかみ)を形成する記憶(いちぶ)が改竄されただけだとしたらどうだろうか。元の世界の記憶が、思い出が、全てまやかしであるなら。

 父親も、母親も、友人も親戚も生まれも全てが、無かったことになるのなら。

 

 この世界(とある)において、前者と後者のどちらがあり得るかなど、論じる余地はない。なにせ、リモコン少女(食蜂操祈)の指一本で実現してしまうのだから。

 

(……いや、ままままままて、おおおおお落ち着け俺、いや僕? 私は誰? ココハドコ? いや違う、とにかく落ちつけ!)

 

 頭を抱えながら冷静な思考を取り戻そうと躍起になるたびに、この思考は誰のものなのかという無限ループに陥ってしまう。

 

(ま、まて、この仮説の鍵は……)

 

 ライトノベル 『とある魔術の禁書目録』に関する知識

 

 この世界が、このライトノベルと同じような筋書き、登場人物で進行するのなら、後者の理論が正しい可能性は限りなく低くなると言えるのではないだろうか。なにせ魔術サイドと上条当麻の抗争、第三次世界大戦の勃発、ついでに言えば魔神に世界がくしゃくしゃに丸められ、幾度と無く神工作(ペーパークラフト)に遭う未来なぞ、少なくともリモコン少女(食蜂操祈)ゴーグル木原(木原乱数)には予測もつかないだろう。

 誰も知りえない未来の知識、その答え合わせこそが自分の存在を確認する唯一の手段ではないだろうか。

 

 もっとも、他宗教魔神や守護天使なんていう正真正銘の人外の仕業だという可能性は否定できないのだが。あいつらが時間を超越した存在ならお手上げである。

 

(となると、まずは原作進行度の確認をしないと。そういえば俺(焼死体)を見て通報したのは上条さんだったか。まずいぞ、アレ見た上条さんの心境が、原作にどう影響するかなんてまったくわからねえ! とっとと小萌せんせーの家に向かって……)

 

 後に、この行動によってあの魔術師二人組に生存がバレてしまい、死んだはずのただの高校生から敵対勢力の1員として格上げされてしまう事を、彼はまだ知らない。



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005 愚者は恐れを知らず 『7月21日』 Ⅱ

文章が自動生成される機械が欲しいです。こう、頭にガチャンとはめて使うような……


 小萌先生の家の住所はすぐ見つかった。連絡網にきっちり書いてあり、横に『なにかあったらいつでも訪ねてきてくださいね!』と追記されていたのはちょっと驚いたが。

 

「ほんと、小萌せんせーっていい人なんだろうなー。家出少女とか匿うのが趣味って設定……いや、もう現実にいるから設定とかじゃないんだったか。でも学園都市で家出ってどうなんだ? 家族で暮らしてるキャラなんて聞いたことないし、一人暮らしが基本なんじゃないか? いやでもちっちゃい子とかいるからそんなこともない……」

 

 ぶつぶつ言いながら夏の暑いコンクリートジャングルを歩く木原統一。手には2つ折の携帯を持ち、画面にはGPS機能を使ったルート検索機能が表示されている。

 

「住所がわかっても土地勘がなきゃ意味無いからなー。携帯が燃やされなくてよかった……お、ここだな」

 

 そんなこんなで15分後、景観にそぐわないボロアパートの前についた。建物が声を出すことができるなら、『もうゴールしてもいいよね……』と今にも訴えてきそうなオンボロ具合である。後にこのアパートの1室からすごいビーム(ドラゴンブレス)が飛び出すのかと思うと、もうゴールさせてやれよと思わなくもない。

 

 ぴんぽーんと一度チャイムを鳴らす。

 

(やっぱ知らない人の家を訪ねるのは緊張するな……いや、たとえ知ってても担任の先生の家ってのはアレか。あとは親父にも言われた『らしくない』ってのをうまくごまかさなきゃな)

 

 ドアががちゃりと開いて、ツンツン頭の少年が顔を出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ぴんぽーん、と小萌先生宅のチャイムが鳴った。

 

 今現在、この部屋には家主がいない。半死半生の傷から生還したシスターと、ツンツン頭の少年、上条当麻の二人だけである。

 

(小萌先生は特に来客予定はないって言ってたけど……やっぱ出なきゃだめだよな)

 

 昨日襲われたばかりの身としては、このまま居留守をつかってやり過ごすのもアリかもしれない。だがそれでは、留守と判断されて逆に押し入られる可能性もあり、それによりこちらが今動けないこと、こちらの戦力がこの右手(イマジンブレイカー)一本だけしかないことがバレてしまう、と上条当麻は考えていた。

 

 実際には前半部分はもうバレてしまっているのだが。

 

「ど、どちらさまでせうかー?」

 

 ドアをがちゃりと開けるとそこには、死んだはずの隣人が立っていた。

 

「───へっ?」

 

「よ、よう。元気かー?」

 

 目の前で消し炭になっていた姿を見たのが最後だった。そんな人間が生きているはずがない。つまり目の前にいるのは。という思考にいたるのに1秒ほどかかり、そして――

 

「んぎゃあああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 上条当麻の大絶叫が木霊した。

 

「ちょ、ここアパートだろ!? 静かにしろって!」

 

 と口を押さえようとするが。

 

「く、くるな! いや来ないで下さいお願いします!! まだそっちの世界には行く気は無いんだぁぁぁ!!」

 

上条は部屋の奥へと逃げるようにゴロゴロ転がっていく。

 

「うるさいんだよとーま! 私は怪我人なんだから、もっといたわらないとダメなんだからね!」

 

「ぎゃぁぁぁぁ!!幽霊の次は暴食シスター!!?もうダメです!!上条さんのSAN値は限界なんですぅぅぅ……」

 

「サン値?なんのことかわからないかも?それより暴食シスターって」

 

「おじゃましまーす」

 

「入ってきたぁぁぁぁぁぁぁ!! やめてぇ! 守れなくて本当にごめんなさい!! 頼むから許してぇぇぇぇ!!! そして成仏してぇぇぇ」

 

「むっ、あなたは誰なのかな? とーまになにしたの? なにしにきたの?」

 

 警戒心MAXの禁書目録(インデックス)を見て、木原統一が思うことと言えば。

 

(うわー、銀髪シスターって直に見るとやっぱ違うなー)

 

 観光にきた外国人を見たときのような感想だった。

 

「なにしにきたのって言われてもなー……はいこれお土産のハンバーガー」

 

「ごはん! ありがとうあなたいい人いただきます!!」

 

「ちょっとまてインデックスさん!!? 上条サンへの心配はハンバーガー1個で終わってしまうんでせう!?」

 

「でもこれ10個は入ってるかも」

 

「数の問題じゃありません!!ダメです!知らない人?から食べ物をもらっちゃいけません!!これは上条さんが責任をもって没収んぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

「おお、これが生で見る噛みつきかー」

 

 観光にきた外国人のような木原統一だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、ファーストフードを食べるのに戻ったシスターは放置しておき、やっとこさ正気度を取り戻した上条当麻との会話が成立した。

 

肉体再生(オートリバース)って、あの状態から復活するのかよ……正直まだ上条さんは信じられないわけですが」

 

「あー……まぁ逆の立場だったら俺も信じないな。正直、俺もあそこから生き永らえるなんて想像もつかなかった」

 

 ちょっと前の木原統一なら違うかもしれない。だがここはそういうことにしておいた方が無難だろう。

 

「それでも……生きててよかった。本当に」

 

 上条当麻はそういって、右手を差し出してくる。木原は「何故ここで握手?」とも思ったが、とりあえず応じておいた。

 

「右手が反応しない、ってことはやっぱり本物か!」

 

「まだ疑ってたんかい!!」

 

 なんのことはない、上条は未だに木原のことを疑っていたのだ。

 

「……まぁいい、本題に移ろう。昨日、なにがあったかを教えてくれ」

 

 上条当麻の現状を知ること、それが木原統一の目的だ。ここまでは状況を見る限り、原作通りの展開だろうという予測はつく。だがやはり、本人からの言葉を聞いておきたいというのが木原の本音だった。自分の中にある記憶・知識が、すべてまやかしでないという確かな証明が欲しいのと、その知識(げんさく)からのズレを把握したいという二つの思いがあった。

 

「……いや、言ったら巻き込むことになる。だから言えない」

 

 正直、この展開は予想していた。巻き込まれてしまったがためにこんがり上手に焼かれてしまったクラスメートを、これ以上深入りさせるわけにはいかない。そんなことをしてしまうほど、上条当麻はバカではないのだ。

 

「巻き込む……か」

 

「そうだ。だから言えないんだ。すまん!」

 

 頭を下げる上条に対し、木原は冷静に次の一手を考えていた。

 

(おそらくこの会話は統括理事長(アレイスター)も聞いているだろう。とすると、下手なことは言えないな)

 

 これは予想でしかないが、もしここで「実は昨日のことは本で読んだから知っている。念のため確認したいから話を聞かせてくれないか」などと言おうものなら、計画(プラン)に支障をきたすとして即時排除対象となるだろう。

 

「そうか、()()()()()()()()()()

 

「わかってくれたか!」

 

 ガバッっと顔を上げる上条当麻。目の前には笑顔を浮かべる木原がいた。

 

「ああ、()()()()()()から後は警備員(アンチスキル)に任せるとしようか」

 

 と言って、携帯を開く。

 

「おまっ」

 

 焦りだす上条に木原はこう続ける。

 

「さて、そこの暴食シスターと一緒に警備員に突き出されたくなかったら、洗いざらい話すんだな!」

 

「ちょっと待て!? 俺は本気でお前のことを心配してるんだって! いやもうマジで勘弁してくれよ!」

 

「あーもしもし? 警備員ですかー? 実は幼女を監禁してる男の人がですねー」

 

「その冤罪はシャレになりません!! はいはいはい喋ります喋りますから通報はやめてー!!!」

 

 勝った、そう確信した木原だった。



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006 緊張の上の休憩時間 『7月21日』 Ⅲ

鈍足と言わざるを得ない


 その後、涙目になりながら上条当麻はその日あった出来事を話した。さすがに魔術師や魔術の話は出てこなかったが、おおまかな流れは原作沿いで進んだらしく、ひとまず安堵した木原だった。

 

(……ということは、後は上条や他の主要キャラへの接触を避けていれば安心、ということか。いや、今後の展開も俺の記憶と一致するかどうかはやはり知りたいな。要所要所さりげなく確認していくしかないか)

 

 上条の説明に眉をひそめながら、難しい表情をする木原。そんな木原を見ながら説明を続ける上条は戦々恐々といった感じだ。

 

(ヤバイ、めちゃめちゃ怪しんでいらっしゃる。コイツ頭いいしなー。やっぱあの魔術師(ステイル)発火能力者(パイロキネシスト)なんて言うのは無理があったかも……)

 

「……んで、IDもないから病院にも行けず。しょうがないから怪我をしたインデックスを抱えて、俺は小萌先生の家に来たんだ」

 

「なんで小萌先生の家なんだ? 怪我はどうした?」

 

 モッシャモッシャとハンバーガーを貪り「ここが楽園か!」みたいな表情を浮かべるシスターを見ながらたずねた。まさに世紀末みたいな光景である。というかお前、上条の分を残す気はないのか。

 

「……いや、軽い怪我だったから、応急処置で」

 

「……おい」

 

 木原としては、魔術の存在に関して上条を問い詰める気はない。下手に関わって原作の内容から逸脱してしまえば大変なことになるからだ。今回の質問も別に揺さぶりをかけたわけではないのだが、汗をだらだらとかいてこちらの顔色を窺うということはつまり。

 

(なにも考えてなかったのか。てっきりなにかうまい嘘でも用意してあるのかと)

 

(なにも考えてなかった。状況的にコイツは背中をバッサリやられたインデックスを見てるんだ。怪我をどうやって治したかなんて聞かれて当然……いや、まて。なにかおかしくないか?)

 

「さっきからなんのはなしをしているの?」

 

 事情を聞いている間に、インデックスはハンバーガーを全部食べてしまったらしい。インデックスが話しかけた直後、上条の汗の量が3倍増しで噴出した。

 

「いや、昨日のことを聞いてたんだ。もう大体の話は聞けたし、そろそろ帰ろうかな」

 

「昨日のこと? あの魔術師のことかな?」

 

「魔術師?」

 

「ちょっとインデックスさん!? なにを……い、いやーコイツ、この年になってまだ魔術とか魔法みたいなファンタジーを信じちゃっんぎゃああああああああああああああ!!!!」

 

「魔術はあるもん! とうまってば、私の歩く教会を壊して恥ずかしい思いをさせたことをもう忘れたの!!?」

 

「恥ずかしい思いをさせた? ……これは」

 

「だーっもう!ちょっとは空気を読めよインデックス! ん? ちょっとお待ちになって木原君? どこに電話をおかけになっているんですの?」

 

『はいこちら風紀委員(ジャッジメント)第177支部ですの』

 

「ちょっとまてですのおおおおおおお!!!」

 

 瞬間、インデックスの目に映る上条がその姿をブレさせるようなスピードで木原に飛び掛かった。木原の携帯をとんでもないスピードでぶんどり、通話終了ボタンをフンス! と押し込んでからホッとため息をつく。

 

「頼むから通報だけはやめて? ね? 木原君? いえ、木原さん?」

 

「いやだって、市民の義務だし……自首しようぜ? ついてってやるからさ」

 

「お前……俺がなにしたと思ってんだ」

 

「夏休みに入って、大人の階段を駆け上がろうとした上条は怪しいお店から」

 

「だから! なんで! そうなるの!!」

 

「ねぇとーま、大人の階段ってなんなの?」

 

「インデックスちゃん、大人の階段というのはだね」

 

「なにやってんだてめーはっ!!!」

 

「そげぶ!!」

 

 上条渾身の右ストレートが突き刺さる。左頬に痛みを感じながら木原は思った。

 

(上条っていじられキャラなんだな)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あー痛ぇ……さて、記念にいいもん貰ったし、そろそろ帰るかな」

 

「記念ってなんだよ……それより木原」

 

「わかってるって。警備員(アンチスキル)風紀委員(ジャッジメント)には通報しないよ。その子、悪人には見えないからな。どうせ上条のことだから、わけアリなんだろ?」

 

 こちらの問いかけにうなずく上条。決心は固そうだ。これなら、インデックスの抱えてる事情もあの右手で解決してくれるだろう。

 

(だけど、もし()()上条がイギリス清教の首輪に気づけなかったら……万が一もある。一応保険をかけておくか)

 

「困ったことがあったら連絡しろよ。できるだけ力になるから」

 

 そういって木原は立ち上がり玄関に向かう。

 

「あ、ありがとう……なぁ木原」

 

「なんだ?」

 

 がちゃりとドアをあけた木原を上条当麻はこう続けた。

 

「なんでお前は、俺が小萌先生のところにいるってわかったんだ?」

 

 瞬間、木原の動きが止まった。

 

「……青髪ピアスに聞いたんだよ。お前、アイツから小萌先生の住所聞いたんだろ?」

 

「あぁ、そうだったな。なるほど」

 

「ごちそうさまなんだよ、ありがとうきはらー」

 

「おう。んじゃ、またな」

 

 木原統一は小萌先生の家を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あぶねー、割と鋭いとこもあるんだな。いや、あの鋭さが上条(アイツ)の武器だったか」

 

 帰り道、一人ごちる木原。上条の不意の質問にうまく答えられたかが心配になり、思わずため息がでる。

 原作での上条当麻は、小萌先生の家の住所を知るために青髪ピアスに電話をしている。その際青髪ピアスが小萌先生の住所を知っている理由については謎であり、ストーカー疑惑が浮上していたのだが、おそらくクラス全員が持っているであろう連絡網に書いてある住所を、そのまま読み上げただけなのだ。上条がうっかりしていたのか、いつもの不幸で連絡網をなくしたのかは不明だが。

 しかし、こんな細かい原作知識まで引っ張り出せるのは何故だろうか。木原統一としての頭の良さが原因か?

 

「あれー? そこにいるのは木原ちゃんじゃないですかー?」

 

 噂をすればなんとやら。振り返って見下ろせば、そこにいるのは合法ロリの月詠小萌先生だった。

 

「あ、先生、こんにちは」

 

「はい。こんにちはなのですよー。もしかして、これから帰宅です?」

 

「はい、えーと、じつはさっきまで小萌先生の家にお邪魔してまして……」

 

 家主の留守中に家に上がりこんだのだ。聞かれる前に答えておこう。

 

「そうなのですか。そういえば上条ちゃんは昨日、木原ちゃんがどうとかぶつぶつ言ってたのですよー。もしかして、あのシスターちゃんと関係があったりするんです?」

 

「ええまぁ……昨日俺も少し怪我をしましてね。それを見た上条があわててたんで、今日は顔を見せにですね」

 

「怪我、ですか?」

 

 ものっそい心配そうな顔をしている。なんだこのかわいい生き物は。ロリコンの気がない俺でも、若干目覚め……いや落ち着け。

 

「いやー怪我といってもかすり傷ですよ! 大丈夫です。能力のおかげでいまは傷一つありませんから!」

 

「そうですか……」

 

 かすり傷、と聞いて小萌先生は安堵の表情を見せた。うむ、これでよい。小萌先生には心配はかけまいて。

 その後、小萌先生となぜか夏休みの補修計画の話をすることになった。大半は普段の上条への愚痴だったが。上条が授業に出席してくれないとか、授業中も上の空だとか、試験の成績が残念だとか……残念ですが小萌先生、この先もずっとそうです。

 

「というわけでですね、木原ちゃん。できる範囲でいいので、上条ちゃんの勉強を見てあげて下さい。このとおりなのですよ」

 

 幼女に伏して頼まれるとは……いや、頼ませるとは。おのれ上条。もうちょっとからかってやればよかったか。

 

「わかりました、やるだけやってみますよ。あとは本人のやる気次第ですね」

 

「その点はばっちりなのです! 今から帰って、上条ちゃんを説得するのですよ。必ずやる気にしてみせるのです!」

 

 とても助かるのです! と言って小萌先生は去っていった。とても熱心な教師だ。あんな人もいるのだから、やはり学園都市も悪くはないな。

 さて、今はお昼過ぎといったところ。このまま帰宅してもいいのだが、やはり俺も男というもの。最先端の科学と聞いて、心躍るのはごく自然の反応だろう。というか正直な話、次に原作が動くのは24日。インデックスの傷が完治してから、エロ聖人登場まで3日もある。

 

「最寄の家電量販店は……ここから徒歩20分くらいか。よし、まずはそこだな」

 

暇をもてあます木原だった。




「先ほどの電話はなんだったんですの?」

「いたずら電話じゃないでしょうか?」

「まったく……幻想御手(レベルアッパー)の件で忙しいというのに……それでは初春、あとは任せましたよ」

「はい、気をつけてくださいね」

「なんだか今日はアバラ骨を痛めそうな気がしますですの」シュン




いたずら電話の犯人「AI搭載型全自動洗濯機、布団丸洗いOK……ってわりと普通じゃねぇか。何故AIを搭載したんだこれは」

洗濯機「カンザキサーン」




まったく話が進みませんが、まったりやっていきます。ちなみに風紀委員第177支部の場所はアニメ準拠ということにしておきます。


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007 そして裁きが下る 『7月24日』 Ⅰ

これは手抜きではない……物語が進むためのッ……!


 上条からそげぶを貰ってはや3日。時刻は午後7時半。そろそろ頃合いである。この日はインデックスの傷が完治し、上条と二人仲良く銭湯に出かけるもエロ聖人こと神裂火織に遭遇。勝てるはずもなく圧倒的敗北……といった出来事が起こる日である。

 

「この3日間……長かったような短かったような。まぁでも第7学区の地理に少しだけ詳しくなれたし、得るものはあったな」

 

 

 21日、あの日家電を見に行った俺は、そのあまりのラインナップの多さに圧倒されてしまい、完全下校時刻を余裕でぶっちぎり、あえなく警備員(アンチスキル)の御用となってしまった。迎えに来た木原数多の顔が忘れられない。「すまん親父……」と素直に頭を下げると、まるで今にも人を殺しそうな顔をしながら「お前、わざとやってんのか?」と脅され車に押し込まれた。そのまま川で魚の餌コースかと思ったが、実際は何事もなく家に着いたのでホッとした。ちなみに車の中では終始無言だった。こわかった。

 

 22日、警備員の事情聴取のため、午後に警備委員第七三活動支部へと出頭した。事情聴取自体は20分ほどで終了したのだが、黄泉川先生に昨日の失態(門限ぶっちぎり)がバレてしまい、「なんだか危なっかしいじゃん?」と言う理由でまさかの拘留。夕方まで足止めされた挙句、「これから小萌先生と飲みに行くじゃん? ついてくるじゃんよ」と謎の連行。それでいいのか警備員。

 その後飲み屋についていき、焼き鳥とオレンジジュースをいただきながら小萌先生と黄泉川先生の愚痴を延々と聞かされた。小萌先生には「かすり傷です」と言っていたあの事件の内容も黄泉川先生は喋ってしまい、「なんで黙ってたのですかー!」とぽかぽかアタックを貰った後、そのまま21日の門限破りもバラされ、「最近の明るい木原ちゃんはとってもいいのですが、上条ちゃんの真似をするのはダメなのです!」と微妙な怒られ方をした。真似って……

 そしてべろんべろんに酔った小萌先生が言葉を発しなくなった頃、小萌先生を背負い黄泉川先生と共に小萌先生の家へ向かった。黄泉川先生も顔がだいぶ赤かったが、「大丈夫じゃん。少なくともその辺の能力者には遅れは取らないじゃんよ?」と強気である。なんでも、警備員として俺を特別扱いすることはできないが、知人として一緒にいる分にはいいのだとか。なるほど、そういう意図があったのか。本当にいい先生である。だからといって飲み屋につれてくるのはいいのだろうかと疑問は残るが。

 小萌先生の家に到着し、眠い目をこすっている上条当麻に小萌先生をパス。そのまま黄泉川先生の護衛の下、自宅へと送ってもらった。「くれぐれも気をつけるじゃんよ。まだ犯人は捕まってないじゃん?」と念を押された。善処します。

 

 

 23日、昨日はできなかったお店巡りを敢行した。学園都市の携帯の最新機種はどんなものかと見に行ったり、ゲーセンを冷やかしに行ったり、本屋に寄ったり、窓のないビルをペチペチしにいったりした。ペチペチした後で「俺はなにをやっているんだろうか」と我に返った。さすがに3日も経つと統括理事長(アレイスター)への恐怖が薄れてきたのか、それとも恐怖でおかしくなったのかは不明である。そのまま逃げるように帰宅し、いつ粉々にされるかもわからない恐怖にとらわれながら、1日を過ごした。

 

 そんなこんなで来たる24日である。この日上条は20時ジャストに小萌先生宅から銭湯に向かう道中でインデックスとはぐれ、そのまま神裂火織と戦闘となる。地図で小萌先生の家からもっとも近い銭湯を調べると徒歩15分と出た。この学生寮からは20分強かかるので、そろそろ出ないとまずいだろう。

 

(理想としては上条が昏倒して、神裂が立ち去る直後を確認したいところだな。その次は28日の竜王の殺息(ドラゴンブレス)。……先に起こることを既に知っているって、なんだか変な気分だな)

 

 特に持ち物は必要ない。財布とケータイを持ち、木原統一は出発した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は19時55分。少しだけ早く着いてしまった木原は、おそらく上条と神裂が戦闘をするであろう通り(アニメそっくりなので一目でわかった)から300メートルほど離れた公園にいた。公園と言っても砂場すら無い、15メートル四方の狭いスペースとベンチが2つ置いてあるだけで、どちらかと言えば広場である。

 

(あの二人の戦闘はそれほど長くは続かない……戦闘音がしたらゆっくり近づいて、状況を確認するだけだ。簡単簡単……)

 

 既に辺りは薄暗く、一人でいるには心細いためか。言い知れない不安が心を乱す。そろそろ戦闘が始まるかと思われた瞬間、イレギュラーが現れた。

 

「この3日間の神裂からの報告では、君はただの学生だという結論が出たわけだが」

 

 木原の顔から一気に汗が吹き出す。ベンチからすぐさま立ち上がり、声の主を探した。

 

(この声は───!)

 

 柵を挟んだ道路の真ん中。数日前、自分を瀕死の重傷に追いやった男。天才魔術師、ステイル=マグヌスがそこにいた。

 

「なるほど、僕達を欺くための、偽証(フェイク)だったということだね。人が良い神裂だからかもしれないが、まんまと騙されたよ。なに、偶然とは言わせないさ。君がこの時間にここにいることがなによりの証拠だ」

 

 ステイルは努めて冷静に話しを進めている。が、木原は完全にパニック状態だ。

 

(ステイルの役目はインデックスの誘導だったはず。なんでこいつがここに!?)

 

「僕は神裂とあの男の交戦ポイントから500メートルの範囲に人払いのルーンを貼った。そしてあの二人がその範囲に入ったのを確認してから、発動させたんだ。つまり、その後入ってきた侵入者は例外なく黒って事さ」

 

 誤算だったのは魔術の特性。人払いのルーンの効果だった。

 

「人払いは魔術師か、その場所が最優先事項である人間には効果が無い。なにか言い訳はあるかな?」

 

 タバコを咥え、口元をゆがめるステイルだが、目が笑っていない。ここで誤魔化せなければすぐさま戦闘に突入するだろう。

 

「こ、この公園に用があったんだ。だから───」

 

「おや?」

 

 ステイルはタバコを地面に落とし、こう呟いた。

 

「その口ぶり、まるで僕の話を完全に理解してるみたいじゃないか?」

 

 瞬間、木原の目になにかが映る。しまった、と思う前にステイルが動いた。

 

炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」

 

 灼熱の炎剣が叩きつけられる。摂氏3000度を超える魔術には、公園の柵なぞ壁にもならない。たやすく柵を貫通し、木原のいたベンチは爆炎に飲み込まれた。ステイルが腕を振るった瞬間、木原は焼死体になるのを防ぐために横に飛んだ。おそらくその判断は正しかった。直撃は免れ、黒煙の中で木原はまだ生きていたのだ。だが───

 

「ぐ、がァァあああああああああ!!」

 

 木原統一の左ひじから先が、焼失していた。

 

「わざわざ声を出して位置を教えてくれるとはねッ!」

 

 返す刀で、続く第2撃を放つステイル。木原は激痛で歪む景色の中、歯を食いしばって立ち上がり、ステイルとは逆の方向へ走り始めた。本来ならばそのまま背中を焼かれ絶命していたかもしれない。だがステイルの放った炎剣は、木原のいた位置から2メートルほど右に逸れた。

 

「煙のせいで狙いが甘かったか……だが」

 

 手傷は負わせた。もう獲物に逃げる術はないだろう。激痛と貧血により、走り続けることはできないはずだ。

 

(今度こそ死ぬまで焼き尽くす。次は当て……!?)

 

 ステイルは無様に走る木原を見ていた。正確にはもう存在しなくなった木原の左腕を。

 次の瞬間、ステイルは驚愕した。まるで植物の成長を早回しに見ているような速度で、木原の左肘から腕が生えた( 、 、 、 、 、)のだ。

そして、腕を焼かれたダメージがまるで最初から無かったかのように、ステイルから逃げるために木原は全力で走り続ける。

 

「……チッ、超能力か」

 

 この科学の街において、もっとも主軸を置いて研究されている、魔術とは対をなす異能の力。ステイルは、以前抱いた木原への疑問が氷解するのを感じた。

 

(前回殺し損ねたのはアレが原因か……まったく、忌々しい街だな)

 

(くっっっそ痛ぇ!! 痛みだけで死ぬかと思った……だけど、肉体再生(オートリバース)は正常に働いてくれたみたいだ。助かった!)

 

 公園の柵を飛び越え、ちらりとステイルの方を見る。

 

「原初の炎、その意味は光、優しき温もりを守り厳しき裁きを与える剣を!」

 

走りながらも唱えたステイルの右手から、轟ッ!と炎剣が現れる。

 

(まずいまずいまずいまずいまずい!!! あんなもん直撃したら再生する前に消し飛ぶんじゃねぇか!? かといって立ち向かっても勝てるわけがねぇ!!)

 

よって木原の取る行動は1択。

 

(逃げるッ!!)

 

 公園を出て、公道を全力疾走する木原。その後を、炎剣を構えたステイルが追いかける。

 

(……よし、ステイル(あいつ)の足はあんまり速くない。このまま逃げ切る!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……ハァ……逃げ切った……か?」

 

 木原統一は公園からだいぶ離れた、工場跡地まで逃げていた。いまでは何の工場だったかわからないほどに寂れたところだが、ところどころゴミが散乱していたり、落書きがあることから、一応人の出入りはあるらしい。

 

(あれからステイルを突き放して、姿が見えなくなった後も延々と走り続けた。原作ではステイルに追跡魔術は使えないし、土御門のバックアップがあってもアレは魔力をサーチする術式だ。俺を見つけるのには使えない)

 

 息を切らしながら木原は無数に並ぶ廃工場の中の一つに、足を踏み入れた。

 

(さて、どうするか・・・当初の目的はあきらめるしかない。朝までここに隠れるか?それとも電話で助けを呼ぶ?……ダメだ、どうしたらいいかさっぱりわからん)

 

「……まぁ、ひとまず安全みたいだし、少し休んでから考えるか」

 

「それは助かるね。このつまらない追跡劇(おいかけっこ)も、いい加減飽き飽きしていたところなんだ」

 

 背筋が凍りついた。完全に逃げ切り、助かったと思った瞬間、首に鎌をかけられていたのだ。それと同時に、木原はステイルという魔術師を甘く見ていたことを実感した。

 

 廃工場の入り口に、死神が立っていた。

 

「な……ぜ……?」

 

「では逆に聞くがね。何故君はここに足を踏み入れたんだい?」

 

 何故と聞かれて、木原はその理由を答えられない。言えない、ではなく答えられない。何故なら理由が存在しない( 、 、 、 、 、 、 、 、)からだ。木原は別に道を選んで逃げていたわけではない。ただ、ステイルから距離をとるために───

 

(道を……選んでいない? いや違う……)

 

 特に理由が無くとも、この場所に来る過程で道は選んでいる。もしも───

 

 もしもその選択に、作為的なものが加えられていたとしたら───

 

「……人払い……か?」

 

「ああ。神裂をサポートするために人払いを仕掛けたと言ったが、なにもそれが全てとは言っていない」

 

 それはいたって単純(シンプル)な話だった。木原はステイルを撒くために、ランダムで道を選んでいたつもりだったが、それはステイルにより誘導された思考だったのだ。思考を誘導、と言ってもステイルが木原の心を操ったわけではない。木原の走るルート周辺の人払いを順次発動し、逃走ルートを狭める。無数にあるはずの選択が、ただの一本道と化す。たったそれだけのことで、いとも簡単に獲物は檻にかかる。

 

(に……逃げ道はッ!?)

 

「無駄だよ。この建物への出入り口はたった一つしかない」

 

(クソッ!ここはあらかじめ用意されていた場所だってのか!?)

 

 コツコツと、ステイルは建物へ足を踏み入れる。一歩一歩、着実に木原に歩み寄る。木原統一という一人の人間を殺すという明確な意思が、その足音には込められている。

 

(俺は……死ぬのか……?)

 

 もはや逃げ場は無い。木原の足がガクガクと小鹿のように震え、戦う意思を見せることすらも叶わない。不意に全身を焼き尽くされた経験が蘇る。呼吸もできず、体中の神経が焼かれ、激痛の海に沈む自分の意識。

 今度は目覚めることはない。全てが終わる。涙は出なかった。声も。ただ呆然と、目の前の男を眺めるだけ。それだけが、木原統一が取れる唯一の行動だった。

 

「やれやれ、手間取らせてくれたが……これで終わりだ」

 

「あー、奇遇だな。今まったく同じこと考えてたわ」

 

 不意にステイルの背後で声がした。

 

「ッ!!」

 

 ステイルはとっさに振り返り、声の主に炎を放つ。呪文も無く放たれたそれは、先ほど公園で木原に放ったものよりは遥かに貧弱な一撃だが、人一人を殺すのには十分な威力が篭っていた。

 

「駄目なんだよなぁ……オラァ!!!」

 

 バシュッ!っと何かがはじける音がした。そして声の主は無傷で、こう続けた。

 

「ようやく会えたな……クソ野郎」

 

とんでもないお父さんが、そこにいた。




冥土帰し「火傷した端から回復していくはずだね?」

ステイル「僕の魔術に、常識は通用しない」


※火力のせいです


ステイルさんは弱くはないんです。その他がチートなだけなんです……


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008 科学と魔術が交差する時 『7月24日』 Ⅱ

思い出したかのようにノタリコンを追加しました。というか思い出しました。
7月24日を全部書けるかなと思ったらそんなことはありませんでした。
木原数多の口調なんて簡単かなと思ったらそんなことはありませんでした。
戦闘に入ればサクサク進む、そんなことを考えていた時期が一瞬だけありました。

全部幻想だったんや……


「あーあー、まったくよぉ。痕跡を残さねぇ謎の襲撃者の正体が、こんなコスプレ変態野郎とはなぁ……」

 

 廃工場の入り口、周囲を金属の壁で覆われた空間唯一の出入り口に、純白の白衣を纏った男、木原数多が立っていた。服装は木原統一が見てきたいつもの服装とまったくかわらなかったが、背中に給水機のようなものを背負い、そこから伸びた管は木原の右手にあるバズーカのようなものに繋がっている。

 

「……聖職者の服装をコスプレ呼ばわりとはね……ふざけた国だなまったく」

 

 人を丸焼けにする聖職者なぞいてたまるか、と木原統一は内心でツッコミを入れる。原作でもそういう描写は一部あるが、どう考えてもステイルの本業はソレではない。ステイルはタバコを吹かしながら、統一に背を向ける形で相対する侵入者を睨んでいた。一見して余裕の表情だが、木原数多に対しての警戒は微塵も緩めてはいない。

 

「聖職者だぁ? おいおい、『木原』に嫉妬したインテリちゃんの暴走かと思ったら、ただのイカれサイコ野郎が暴れてただけでしたってかぁ?」

 

やれやれ、といった感じでうなだれる木原数多。

 

「監視カメラの映像改竄、バンクの記録改竄、さらに今回は精神系能力者の人心誘導まで使っといて、単独犯でしたなんて筋書きで済むと思ってんだったら、マジでどうしようもねぇ奴だなおい」

 

 木原数多の言葉に、ステイルは眉をひそめる。どうやらこの男とは完全に話が噛み合っていないようだ。

 木原数多のいう情報操作は、確かに行われていた。だがそれは学園都市側がステイルや神裂、そして禁書目録(インデックス)などの魔術側に配慮した結果であり、さらに言うならそれを実行したのは魔術側の存在を知るごく一握りの上層部か、学園都市側に潜入した()()()しかいないはずである。

 科学側との接触はすなわち、そのまま戦争に発展してしまうかもしれない危険性をはらんでいる。直接の衝突はもちろんだが、双方の情報が漏れるような事も当然避けなければならない。幸いなことに、今回は禁書目録をこの街に逃げ込ませてしまった学園都市側の落ち度もあるということで、情報の隠蔽は学園都市側が行い、一部のVIPを除き最低限の殺しは許可、そして魔術側の人間には不干渉を貫く、という内容でイギリス清教必要悪の教会(ネセサリウス)と学園都市は合意に達していた。

 で、あるならば、この白衣の男がこの場に現れたのはどういうことなのか。様々なセキュリティに囲まれたこの街で、抗争の火種になりかねない人間一人を、見逃していたなんてことがあるのだろうか? 最低限の殺しは許可、というのはなにも魔術側に限った話ではない。科学側にも科学側の人間を殺す許可は下りている。あのアロハ陰陽師が、抗争の火種となるような人物を見逃すはずが無い。

 

(だとすれば、この男は泳がされている? いや、そんなリスクの高いことを土御門はしない。この男が殺しの許可が下りないVIPの一人……? いや、ならば手厚く保護されて、この場に来るはずもない。つまり)

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)、魔術をかき消す右手を持つ少年による介入、後ろにいる少年(木原統一)による監視、そしてこの白衣の男。イギリス清教以外の、敵対勢力の正体。

 

(……学園都市そのもの、ということか)

 

 ステイルは歯噛みし、すぐさま臨戦態勢へと移行する。この街には味方が数えるほどしかいない。そんな中、敵対勢力のど真ん中に禁書目録を置き去りにしている状況は、ステイルにとって由々しき事態だった。

 

(この場にいる二人を消し炭にしてから禁書目録を探す。いや、その前に神裂との合流が先か)

 

「Fortis931(我が名が最強である理由をここに証明する)」

 

魔法名、魔術師が魔術師である理由を表し、そして魔術師の間ではそれは

 

 

殺し名、相手を必ず殺す。その覚悟を表す言葉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(……なんだコイツは)

 

 自分の息子につけた発信機の反応をたどり、行き着いた先にはコスプレ姿の変態がいた。というのが木原数多の抱いた最初の感想だった。

 

(ふざけた格好している割には、修羅場は潜り抜けてきたっていう顔つきだ。こいつの自分だけの現実(パーソナルリアリティ)の補強に必要な服装ってことか?)

 

 能力使用の補助に、なんらかの物を使用する能力者は確かに存在する。懐中電灯やリモコン等の、単に目印、目標を設定するために使う者もいれば、薬に頼らなければそもそも能力を使用できない者、他者の視覚情報、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を利用する者さえいる。そんな中で修道服を補助に使うものは、珍しいがいるかもしれない。と、木原数多は考える。というか、それ以外に考えられない。これから人を殺す人間が、街中でわざわざ珍しい服を着るのは、それが殺しに必要だからだ。その筈だ。

 と、そこまで思案しておいて木原数多は別の可能性にたどり着いた。この工場を囲むようにかけられた精神系能力者の人心誘導。もし目の前の男が、コレとは別の精神操作を受けていればどうだろうか? Level4相当の発火能力者(パイロキネシスト)を捕まえて精神操作を行い、木原統一(自分の息子)を襲うように誘導する。修道服はその条件付けのアイテムであり、目的は『木原』、もしくは学園都市の対応を見るための餌……もしそうなら、捕まえて拷問にかけたところで得られる情報は少ないだろう。

 

「Fortis931」

 

 目の前の修道服が、意味不明な言葉と数字を口にした。なにかの符号か、命令文だろうか? これはいよいよ後者の説が濃厚になってきた。

 

「ははっ、スゲーなオイ! ここまで舐めた真似されて、まだイラつくようなことがあるなんてよぉ……」

 

カチャリ、と木原数多は右手にもった武器の銃口をステイルに向けた。

 

「とりあえず、()()()

 

文字通りの、戦いの引き金が容赦なく引かれた。

 

 いくらステイルが科学に疎いと言っても、バズーカ砲の存在くらいは知っている。もっとも大きな銃という程度の認識でしかないのだが、この場においてはその判断で間違ってはいなかった。

 

木原数多が銃口を向けた瞬間、ステイルは右に走り出していたのだ。

 

 引き金が引かれた銃口から射出された何かは、ステイルの左肩付近を視認不可能な速度で突き抜けた。そしてそれは、そのまま()()()()()()()()()()の左耳を掠めて工場の壁に突き刺さった。統一の身体が一瞬硬直する。身体が恐怖と防衛本能にのっとり身体ごと頭を下げるが、既に射出されたなにかは通り過ぎた後だ。統一は恐る恐る振り返り射出された何かを確認しようとしたが、そこには大きく凹んだ壁以外にはなにもなかった。が、統一の目には()()()()湿()()()()()()()()()が映りこんだ。

 

(……アレは何だ?)

 

 同じく、敵の武器の効力を確認しようとステイルも壁を振り返った。一見して凹んだ壁にはなにも見出せなかったが、統一と違い悠長に観察している暇は無い。

 

(すぐに第2波が来る。悠長に詠唱している時間は無い。だとしても)

 

 目の前にいるのはおそらく科学サイドの人間。魔術に対抗する手段の無い者など、自分の敵ではない。牽制用の炎でも、防ぐ手段の無い者には致命傷にすらなり得る。ステイルが右腕を振ると同時に、オレンジ色の軌跡が描かれる。いつもの3分の1程度の勢いしかないその炎は、ただ目標を焼くために木原数多へと向かっていった。

 

「おいおい、こんなんじゃバーベキューにもなんねぇぞコラ」

 

 バシュッ!というはじける音がすると同時に、霧状の物が発射され、ステイルの炎が掻き消えた。先ほどとはまったく違う射出音だが、本質的には同じものだとステイルは直感した。

 

(水……? いや、ただの水じゃ僕の炎は簡単には消せないはずだ)

 

「学園都市製の最新鋭インパルス消火システム……って言っても、わかんねーよなぁ。こんなドマイナーな機械。俺だって実物見たのはごく最近だしな」

 

カチャリ、と銃口を向け直し、木原数多は続けた。

 

「遠近対応型の消火器だよ。ま、暴動鎮圧とかにも使われるみてぇだし、おいたがすぎた発火能力者(クソガキ)への武器(オモチャ)には最適だろ?」

 

 ステイルは、魔術に対抗する術の無い者は敵ではないという先ほどの評価を改めた。自らの武器が炎であることは、既に向こうに知られている。それは承知の上での戦いのはずだった。

 科学者という存在。まして『木原』という存在は、畑違いではあるがその解析力と対応力は一流の魔術師にひけを取らない。Level4相当の発火能力者を死なせず、単機で捕獲するための携行可能武装、という命題に出した木原数多の答えがこの武器であった。

 インパルス消火システム。背中に背負ったバックパックの中身である水と圧縮空気を、手元の砲身から撃ち出す消火装備である。初速は時速300kmを超え、霧状に発射された水はその気化熱で対象の熱を奪う。学園都市製のこの物騒な機械は通常の消火機能に加えて射撃補助機能、威力調整、発射する水の範囲調整なども自由自在。効率のいい消火法を突き詰め、学園都市独自の消化剤やらなんやらを詰め込み、ただでさえ重いバックパックの軽量化をはかり、初心者でも安全に撃てるように砲身の制御・安定化を研究しetcetc……様々な機能をつけ、あらゆる炎から人を守るという理念の下に生み出されたその消火器は、輸出されれば学園都市外の銃火器業界に革命が起きるという唯一の欠点によりあまり普及しなかった、という裏事情はステイルはもちろん木原数多も知らぬところである。

 木原数多の説明を聞き流したステイルだったが、その銃口を下げた瞬間を見逃さなかった。

 

灰は灰に(AshToAsh)塵は塵に(DustToDust)吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!」

 

 轟ッ! という音とともに、ステイルの両手から、先ほどの炎とは比べものにならないオレンジ色の爆轟が放たれる。

 その火力は、離れたところで見ている統一が熱風で目を細めるほどの勢いだ。いかに学園都市製だとはいえ、霧状に散布した水では到底防ぎきれるものではない。

 

「焼け死ね!」

 

「おーおーさっきよりゃマシな火力じゃねーか! あぁ!!?」

 

 ボンッ! という音と共に、水の塊が発射されステイルの炎は白い霧となって掻き消えた。先ほどの霧状の射撃とは異なる攻撃用の水塊での迎撃は、ステイルの詠唱有りの炎すらも一撃で消火した。

 

「無駄な努力だってんのがわかんねぇのか? 今すぐ使い捨てのボロ雑巾にしてやっから、黙って突っ立ってな!」

 

 ステイルは回避に徹することしか出来なかった。ステイルの炎とは違い、消火器の方は連射がきくのだ。二度三度と連射される水弾を、ステイルは走りながらかわし、工場中の柱の影に隠れた。

 

(さすがに柱を貫通する威力はなさそうだ。それに、あれだけの水量を背負っているのだから小回りは利かない。まずは入り口から誘い出し、足でかく乱しながら機会を待つしか……!!?)

 

 カチャリ、という金属音がしたと思えば、木原数多が既に柱の横へ回りこんでいた。10m以上はある距離を、おそらく20kg以上はあるであろう重装備で、一瞬で詰められるものなのか?

 などという疑問を思考している場合ではない。くるりと身を反転し、柱を影にしてその銃口から身を隠して走り出す。

 

 

 

 

 

 

 

 

 木原統一は先ほどまで死ぬ一歩手前だった恐ろしい心境から回復しつつあった。まだ足は動かないが、冷静に戦況をみることくらいは出来るまでになったのだ。インパルス消火器の存在こそしらなかった統一だが、目の前で木原数多が高速移動した要因は理解できた。おそらくだが、木原数多、自分の父親が使用しているのは発条包帯(ハードテーピング)だろう。超音波伸縮性の軍用特殊テーピング。運動機能を飛躍的に向上させることができるそれは、インパルス消火システムと併用することで走る砲台と化す。だが……

 

(肉体にかかる負荷だって当然あるはずだ。戦況が長引けば木原数多(親父)は……)

 

 助けなければ、という考えが頭をよぎる。だが、木原統一はなにもできなかった。

 

(……助ける? どちらを助ければいいんだ?)

 

原作にない展開、原作にないマッチング、そして

 

原作に存在しない、自分

 

親子として、木原数多を助ければいいのだろうか。

悪人だという理由で、木原数多と敵対すればいいのだろうか。

禁書目録を助ける目的で、ステイルに味方すればいいのだろうか。

自分を襲ってきたという理由で、ステイルをぶん殴ればいいのだろうか。

……そもそも、自分にできることなどあるのだろうか。

 

 もはや自分がなにをすればいいのかがわからない。そもそもの自分の目的はなんだった? 原作の進行の確認? もうどうしようもなく、修正が可能かどうかもわからないぐらいにそれは、ズレてしまっているではないか。

 各々が各々の理由で、信念で戦っている。それは、かつて文章から幾度となく視た光景と同じとも言えるし、違うとも言える。ここまで美しいとは思わなかった。ここまで残酷だとは考えなかった。ここまで神聖だとは想像もしなかった。信念ない者に、この場に立つことは許されない。ここは命をやり取りする場なのだから。

 そう。彼らはいまここで、この場で、この世界でたしかに、生きているのだから。そんな彼らの戦いに、生きる意味も、戦う理由(わけ)も薄っぺらい自分が手を出していいはずがない。

 

 当事者と傍観者、ページを刻む者とページをめくる者。その違いを、どうしようもなく、木原統一は感じていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 水弾が柱に突き刺さる。次の2撃、3撃目を防ぐ手段はなく、射線上にまっすぐ逃げるステイルは格好の的である。木原数多はこれで仕留めたと確信した。だが、ステイルの背骨をぶち折り、昏倒させるはずの一撃は、ステイルの真横を通り過ぎた。

 

(……狙いが甘かったのか?いや、そんなはずはねぇ。この距離なら飛び回るハトでも肉塊に変えられるはずだ)

 

 移動速度ならステイルに圧倒的に勝る木原数多だが、水弾を撃つときにはさすがに足を止めざるを得ない。距離を取ろうというステイルの動きは手にしている消火器の餌食だと確信していたのだが、その期待は見事に外れ、距離を開けられてしまった。

 

(機械は正常。俺の身体にも異常なし。となるとあとは視覚情報への干渉か弾への直接干渉……炎。熱……なるほど、そういうことか)

 

 魔術に関する知識は無い。だが目の前で起こった現象は、夏場のコンクリートジャングルならごく一般的に見られる現象だ。蜃気楼。炎による制圧を得意とするステイルの数少ない絡め手は瞬時に看破された。木原数多の手元にあるのは学園都市製の消火器である。本来火災現場で使用されるはずのその機械は、当然温度差による屈折現象に対応するための機能もついている。

 

(だがこの消火器には対能力者用の計算機能はついてねぇ。自然現象の炎による屈折現象と能力者のソレとではどうしても差異がでちまう)

 

 チラリ、とステイルが走り去った床に木原は視線を下げる。そこには一見ランダムに見えるように配置されたルーンのカードが散らばっていた。ステイルはルーンのカードを起点とし、温度差を発生させて蜃気楼を作り出したのだ。木原数多の持つ消火器の機能では、10m以上離れた標的を、通常の屈折現象ではない、能力者による視角阻害を受けながら射撃を命中させることはできない。だが、

 

(機械ができなきゃ俺がやるってなぁ!!)

 

 材料はある。手元の消火器付随の計測器には今映っている景色の全てが数値で表されている。

 

 未来において、一方通行(アクセラレータ)自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を把握し、その揺らぎすらも捉え、少しのズレも許さない精密な打撃技で反射を突破した木原数多。その突破を成功させた要因は一方通行の性格、行動原理、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を全て把握していたこと以外に、木原数多自身の能力にも理由がある。その解析力は他の木原と比べても飛びぬけており、同じ木原から『金槌レベルの破壊力を顕微鏡サイズで制御する』と謳われたその戦闘スタイルと、常に冷静に戦況を分析し、魔術を行使するステイルの戦闘スタイルは最悪の形で合致した。

 難しいことではない。天才の考えは天才にしかわからないし、将棋の棋士は囲碁の棋士の次の一手を読むことはできないのだ。有する知識、相対する場、そして技量。これ等が釣り合わなければ、駆け引きというものは成立しない。自然現象に対する知識(データ)、相対するは戦場、そして技量。畑の違う二人の思考は、この瞬間だけ一致した。

 

 木原は銃口を構え直し、ステイルには到底当たらないような方向へと射撃を開始する。

 バシッ! とステイルの耳にしか聞こえない音が響いた。ステイルの左肩を、木原数多の射撃が捉えたのだ。

 

「ッ!」

 

 直撃ではない。だが掠めただけのその一撃は、さながら肩をバットで殴りつけたような衝撃をステイルに与えた。痛みと疑問の表情を浮かべつつ、バランスを崩したステイルは膝を突く。

 

「ぎゃはははは!! 一発目で命中か!? 素直ないい子で助かるねーハハハッ」

 

 ステイルは驚愕した。蜃気楼による妨害を突破しステイルに命中させた今の一撃は偶然ではないということを直感したからだ。蜃気楼を看破されたことは多々あるものの、その術式の内容、科学側から言わせれば計算式をこれほどまでに早く見抜かれたのは初めての経験であった。

 

「……くっ! 炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」

 

「あぁ!?」

 

 振り向きざまに一撃を放つステイルだが、木原数多の顔に焦りはない。

瞬時に銃口を合わせ、冷静に炎を打ち落とした瞬間、地面に撒かれたルーンのカードから炎が飛び出すまではだが。

 初撃は偽装(フェイク)。とっさに霧状射撃を展開するが、足元から、それも大量の火炎を防ぐほどの効果は無い。射撃の硬直のせいで避けることも許されず、木原数多はオレンジ色の爆炎に飲み込まれた。

 

世界を構築する五大元素の一つ(M T W O  T F F T O)偉大なる始まりの炎よ(I I G O I I O F)

 

 目の前の相手が炎に飲み込まれたにも関わらず、ステイルは呪文を唱え始める。

 

それは生命を育む恵みの光にして(I   I   B   O   L)邪悪を罰する裁きの光なり(A  I  I  A  O  E)

 

ステイルの手元からルーンのカードが大量に吹き荒れる。

 

(あの白衣の男がアレでやられたとは思えない。そしてこの機会を逃せば、おそらく次はない……)

 

 それはすなわち、ステイルがそこまで追い詰められているということを示していた。

 

それは穏やかな幸福を満たすと同時(I    I     M     H)冷たき闇を罰する凍える不幸なり(A  I  I  B  O  D)

 

「あーあーあーうるせんだよ!」

 

 バスッ、という音とともに放たれた一撃は、ステイルの顔のすぐ真横を通り過ぎた。火炎の中、木原数多は無傷で立っていたのだ。

 

(対火服に耐熱ジェル、消火スプレーに霧状射撃でやっとこさって感じかァ……さてと)

 

 目の前にいるのはルーンのカードを撒き散らしながら何かをブツブツと呟く変態コスプレ男。

 

(能力補助のアイテムを大量に撒き散らして、どれが本命かわからなくする作戦ってやつか)

 

その名は炎(I I N F)その役は剣(I I M S)

 

「無駄なんだよなぁ……まったくよー」

 

(奴がなにをごちゃごちゃと抜かしてんのかはわかんねぇが)

 

「それで誤魔化せると思ってんのかぁ?」

 

 その瞬間、木原数多の目には、蜃気楼を展開するためのカードと()()()()()()がはっきりと映っていた。もはや流れ作業と言わんばかりの速度で相手の頭を撃ち抜くための軌道を再計算した木原数多は銃口を向け直す。

 

顕現せよ(I C R)我が身を喰らいて力と為せ(M   M   B   G   P)

 

引き金が引かれる瞬間、ステイルは叫んだ。

 

「『魔女狩りの王(イノケンティウス)!!』」

 

紅蓮の輝きを放つ炎、摂氏三〇〇〇度の炎の巨人。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)。魔術師ステイル=マグヌスの、正真正銘最後の奥の手がここに降臨した。




木原数多「俺こんなに強いんか?」

……どうだろうか



木原(親子)語録 ステイル呼称

子:
変態
ロリコン
ホモ
クソ神父

父:
コスプレ変態野郎
イカれサイコ野郎
どうしようもねぇ奴
素直ないい子←???

誤字、脱字、作者への鞭、もしよかったらお願いします。


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009 祈りは届く 『7月24日』 Ⅲ

次で24日が終了する予定です。
戦闘シーンってすっごい難しい……戦闘の流れは変えませんが、随時更新してより良い文章にしたいものです。


紅蓮の炎、全てをなぎ払うような紅蓮の閃光が、彼らの目に入った。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)、その意味は『必ず殺す』。

 

 木原数多とステイル=マグヌスの間を遮るように現れたソレは、木原数多の放った射撃を容易く掻き消した。如何に学園都市製の消火器といえど、摂氏3000度の炎の巨人を消火する機能は無い。それどころか、通常の水なら水蒸気爆発によりここら一帯が吹き飛ぶ可能性すらあった。それがなかったのは魔術の特性か学園都市の技術の賜物なのかはわからないが、木原数多の思考はそこには無かった。

 

「……おいおい、なんなんだこりゃ」

 

(いままでの炎とは違う。火力もそうだがこいつは明確な形を持ってやがる。なにかしらの芯を燃やし続けているようだが、それが何故この温度で、この形を保っていやがるんだ? 念動力者の介入か? いや、それならそれを直接俺にぶち当てりゃいいだけだ。さらに言うなら、この火力で最初から来れば、俺に一撃食らわせることも容易いはず……なんでわざわざ人型の巨人を燃やして、それを防御に回してやがる……?)

 

 考えるほどに解せない展開である。先ほどはステイルの思考を読みきり、その裏をかいた木原数多だが、魔術という存在を知らない以上、この炎の巨人を解析することは難しい。攻撃を止め、炎の巨人を眺める木原数多。対して、ステイル=マグヌスの表情は険しかった。

 

(まさか、魔術師でもない相手にこれを出すことに……いや、これは2度目だったかな。)

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)の少年には、コピー用紙(ルーン)の弱点を突かれて敗北した。ラミネート加工を施し、スプリンクラーもないこの環境なら、前回のような敗北は無い。

 

(とはいえ油断はできない。目の前の相手は僕を”炎使い”と認識した上での装備で来た。ということは、あの特異な右手の少年との一戦は見られていると考えたほうが良い。つまり)

 

 対策済みの可能性がある、という思考に至るのは半ば必然であった。あの戦いでは見せていない蜃気楼すらもその場で看破されたのだ。十中八九、なんらかの手を打ってくるはず。だがその対策がどのようなものかを、ステイルは想像することができなかった。

 実際には対策など存在しなかった。上条当麻とステイルの一戦は、あらゆる監視網(滞空回線(アンダーライン)など除く)から削除されていたため、木原数多からしてみると完全に初見である。さらに言うなら蜃気楼すらも初見であり、それを瞬時に対策した木原数多が怪物じみているのはいうまでもない。

 

(もしあの火力が直接攻撃に使えない、すぐに展開することができない類のものだとすると、だ。その条件はあの長ったらしい符号……呪文みてぇなものがキーってことか。あとは)

 

 工場全体に散らばった奇妙なカード。

 

(さっきはアレからも炎が出てきたんだったな……蜃気楼にも必要なアイテムだった。こんだけ大量に撒いといて、全部が全部さっきの蜃気楼のために撒いたダミーってこたぁねぇよな)

 

少ない情報からの分析を試みる。

 

(うかつには手を出せない。魔女狩りの王(イノケンティウス)を破られれば僕に勝機はない)

 

(とりあえずあの変なカードを撃っとくか? ……いや、数的に無理があるか。それに撃たれて即消えるようならあんなもんそもそも使わねぇ。てことは)

 

誰が止めたわけでもない、数秒の空白。

 

 

先に動いたのは木原数多だった。

 

 木原数多の取った行動はシンプルだった。炎の巨人を迂回しステイルの側面に回りこみ、そしてその銃口を向ける。ただしその一連の動作が、通常の3倍以上の速度で行われた。

 

(どんな手品か知らねぇが)

 

「がら空きだァ!!」

 

本体への直接攻撃。それが木原数多の出した結論だ。

 

「くっ……!」

 

 もちろんそれは、想定の範囲内である。ステイルが恐れたのは、ステイルの知らない科学技術でもっての魔女狩りの王(イノケンティウス)の打倒であった。それがないと言うことは、ステイルにとっては吉報である。いくら木原数多が発条包帯(ハードテーピング)での加速を利用した高速移動を駆使したとしても、そのまま射撃に移るには足を止めなければならない。その隙を、ステイルは見逃さなかった。

 『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の異様に長い右腕が、ステイルへの射撃をガードした。轟ッ!という激しい音と共に、消火器から放たれた水弾は消滅する。

 

「ちっ……」

 

(まさかとは思ったが、アレが動くのかよ。それもかなり正確な動き……あの発火能力者以外に、遠隔操作型の念動力者(テレキネシスト)が最低でも一人いねぇと、どうやったって成立しねぇぞありゃあ)

 

 あるいは。目の前の能力者が発火能力者ではないのか。という思考を木原数多は一瞬思いつき、そして否定する。これだけの火力が、なにか別の能力の副次効果でしかないなど悪い冗談のようなものだ。超能力者の第1位はともかく、第2位なら可能かもしれないが、資料でみた写真と目の前の男はまったく似ても似つかない。ならば、精神系能力者による思考の移植……あるいは薬品、あるいは機械といった、なにかしら外部からの手を加えて、自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を歪めた結果がコレだとでもいうのか。

 確かにそういう技術は存在する。門外漢だが、そういった研究をしている『木原』を、木原数多は知っている。だが、そういった研究は未だ実用圏内ではなく、試験段階のものではなかったか。別に、隅から隅まで研究の進捗を把握しているわけではないが、この技術は誰彼構わず振るえるような代物ではない。次に、多重能力(デュアルスキル)という単語が木原数多の脳裏をよぎる。理論上不可能とされ、唯一可能な方式を考え付いた人間を知ってはいるが、それもやはり『木原』であった。

 つまり、目の前の男は、誰かしら『木原』の息がかかっている可能性が高い。あくまでも可能性、だがその可能性は、木原数多を激昂させるには十分な事実だった。

 

「ふざっけんじゃねェぞ!!」

 

 木原数多は吼えた。足を止めて、無駄だとわかっている射撃を木原数多は繰り返す。だがその全てが、『魔女狩りの王(イノケンティウス)』によって阻まれる。

 狙いが木原統一(自分の息子)であり、その首謀者が同じ『木原』ならば、この襲撃の意味合いは大きく変わってくる。目的は多重能力、あるいはそれ以外の何か特殊な方式の現地実験。

 

その目標は、壊れにくそうな木原の外れ者。

 

 『木原』において実験は、「実験体を壊すことで、その限界を研究することが第一歩」と言われている。その結果壊されてしまった『木原』だって存在するし、それが間違いだと思ったことは木原数多自身、考えたことすら一切無い。

 科学の悪用、目的のためなら手段は選ばず。それが木原一族である。だが今回の場合、実験体は木原統一ではなく目の前の、炎の巨人を操る男。

 

木原統一という個人は、とりわけて必要な素材ではない。

いくらでも替えが利く、実験におけるただの部品。

欠陥品と称されるあの少女(木原那由他)ですら、自由意志はあったというのに。

 

 それ以下の、火を点ければ捨てられるマッチ棒のような存在。それが今回の木原統一という標的の存在価値だった。

 

(……それ以外だと、後は俺の反応を見るためってのがあんのかァ!?)

 

「だとしたら、()()()()()クソ野郎がァァぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!」

 

 

 

 

自分の子は天才だと思った。

 

 教えた事は全て吸収するその頭脳。周りのどの子供より賢い姿を見て、父親として鼻が高いと微塵も思わなかった、といえば真っ赤な嘘である。

 そして驕らなかった。周囲より優れていても、未だ目指すべき上がある。そのうちの一人が自分の父親だと言ってくれた。純粋なまでに知識を吸収し、そして自分を慕ってくれる息子という存在。

 そんな存在に、木原数多は明確な愛情を見せたことはない。愛情、というものの存在を木原数多は信じるどころか考えたことすらなかった。自分を継いでくれるような、自分のいた痕跡のような天才児の存在を、木原数多は好意的に見ていたことだけは確かだった。

 ある日、自分の息子が『木原』に当てはまらない事に気がついた。待てども待てども、その性質が発現しないのだ。

 どこまでも合理的に実験を行い、どこまでも理性的に科学に向き合う性格。

 

特に科学を悪用しようなんてことは考えない。

 

 どれほどの知識を有しても、所詮はそれ止まり。きちんと知識を与えればその分伸びるが、それ以上は決してない。

 

科学を愛してはいるが科学には愛されていない。

 

 8歳を過ぎた頃、本人もおそらくだがソレを自覚し始めたようだ。だからと言ってどうすればいいとか、明確な対処方法は存在しない。木原数多(父親)には何も言わなかったが、その焦りは確かに伝わってきた。

 

 日進月歩、学園都市で日夜進む科学技術を、木原統一はがむしゃらに学んだ。

 悪用、と言うには木原の尺度では生易しい程度だが、それなりの悪意ある実験に取り組んでみた。

 誰よりも先へ、と常に新しいことに挑戦するも、そのどれもがことごとく失敗に終わった。

 

それは、ただの悪あがきだった。

 

そして10歳を過ぎた頃、木原統一は悪あがきをやめた。

 

 正確には止めさせられたというのが適当かもしれない。素養なき木原につぎ込む資金など存在しないのだ。

 そして荒れに荒れた。父親に当たり身内に当たり周囲に当たり散らすその姿は、見るに堪えないものだった。

 そんな木原統一を、周囲は意に介さなかった。白い目で見られるというレベルではない。木原以外の有象無象、気にかける価値すらこの少年には存在しない。

 

 木原一族と言えなくなった存在を、木原数多は見ていた。後継として、科学者として、『木原』としての価値が無くなった息子に対する感情は、揺らぐことはなかった。

 

 

 

 怒涛の連続射撃も、ステイルの顔色を変化させることはない。それどころか一種の安堵を感じていた。

 

(苦し紛れの攻撃……それ以外になにかしらの目的がある可能性は否定できないが、もし違うのなら)

 

「いくぞ、『魔女狩りの王(イノケンティウス)』」

 

 相手の高水圧射撃も、『魔女狩りの王(イノケンティウス)』へのダメージが皆無なら恐れる道理はない。『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が盾として機能している以上、ステイルはソレから離れるわけにはいかない。よって、ステイルは『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の動きに合わせてジリジリと木原数多へと接近する。その動きはまるで、暴動を鎮圧するために、盾を構えた特殊部隊の動きのようであった。

 

炎の巨人の出現により、この場における攻守は逆転していた。

 

灰は灰に(AshToAsh)塵は塵に(DustToDust)吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!」

 

 先ほどまでとは違い、防御にまわる必要はない。ステイルの手から炎の一撃が放たれ、それを木原数多は射撃で打ち落とす。

 その直後、木原数多の身体を横からはたくように『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の左腕が薙いだ。

 

(こいつ、射撃の硬直を……!?)

 

 直撃すればどうなるかなど論じるまでも無い。あの炎の巨人の温度は手元の計器で測定済みである。対火服など意味を成さない。防御など論外。

 間一髪、身体を伏せる事でその攻撃を回避する。もし当たっていればどうなるのか。それを体現するかのように、なぎ払いの射線上にあった金属の柱はバターのように削り取られた。

 まるでハエを叩くかのように、更なる追撃が木原数多を襲う。真上からの振り下ろすような一撃に対し、発条包帯(ハードテーピング)によるブーストを利用し、常人ではかなわないスピードでの離脱を試みる。

不自然な体勢からの急加速。木原数多の身体が悲鳴を上げた。

 

炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」

 

炎の巨人の一撃をかわした瞬間に来るのは、その主の一撃。

 

(単純に手数は倍以上、向こうは逃げも隠れもする必要がねぇってか……!)

 

 視界の端で、炎の巨人が腕を振りかぶるのが見える。あの男の一撃を消火器で迎撃する余裕は無い。かわすしかない、と両者の攻撃が当たらない方向に飛んだ木原数多の選択は間違いとは言えなかった。

 

たとえ目の前に、炎の海が広がっていようとも。

 

 『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の一撃とステイルの炎。その両者をかわせるルートは限られている。ならば、その脱出ルートを炎で塞ぐことにより、回避不可の一撃は完成する。

 

ルーンの起爆による脱出ルートの封鎖。木原数多には逃げ場は無かった。

 

 耐火服を通して、熱が身体に伝わってくる。焼け死ぬ前に木原数多は、持てる全てを総動員して周囲の炎を鎮火させた。

 

(耐火スプレーは品切れ……足もそう長くは持たねぇ……ってことは)

 

短期決戦しかない。そう判断した木原数多はステイルに向かって走り出した。

 

 『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の腕が、木原数多を止めようと行く手を阻む。木原数多はそれを、発条包帯による急加速で回避する。

 足が悲鳴を上げるが、そんなことに構っている余裕は無い。目の前には既に詠唱を終えたステイルが炎を放とうと待ち構えていた。迎撃射撃で足を止めれば、背後の炎の巨人の餌食となる。避ければその後の攻撃は炎の巨人によるガードが間に合うので仕切り直しとなり、この特攻は意味を成さない。

 目の前に広がる火炎に対し、木原数多は銃口を向けた。だが足を止めなかった。木原数多は迎撃、そして回避という選択肢を捨てたのだ。

 銃口から霧状射撃が噴出したが、ステイルの火炎を完全に消火するような能力は無い。結果として、半減した威力の火炎を木原数多は真正面から受けることになる。

 

熱を帯びた空気が迫ってくる。木原数多は息を止めた。

目をやられれば終わりである。木原数多は目を腕で覆った。

先ほどとは比べ物にならないような熱が、木原数多の全身を襲った。

常人ならパニックを起こし、その場で転げまわるような状況である。

だが木原数多は今、熱による痛みを感じてはいなかった。

 

炎の中から飛び出し、ステイルの目の前に姿を現す。

 服は所々溶けて火傷した皮膚が露出している。間違いなく重傷である。

だがそんなことも意に介さず、木原数多は目の前の男を睨みつける。

 

「誰のガキに手ェ出してんのか……」

 

 ステイルの顔に驚愕の色が走る。まさか、あの温度の火炎の中を、走り抜けてくるとは考えもしなかった。

 

「わかってんのかこのクソ野郎がァ!!」

 

 怒りに燃えた男の、発条包帯で強化された脚力が乗った蹴りが、ステイルの身体に突き刺さった。

 

 

 

 

 

 

「ぐ……ッ!」

 

 膝をつく木原数多。炎への特攻、発条包帯を利用した身体の酷使。身体へのダメージは限界に近い。だがそれと引き換えに放った一撃は、まさしく必殺の威力を秘めていたはずだった。

 

「ッ……」

 

 ステイルはまだ立っていた。その顔には苦悶の表情を浮かべているが、戦闘不能の状態とは程遠いように見える。

 

別段、彼が何かをしたわけではない。蹴りを両腕でガードこそしていたが、その一撃が本来の威力を発揮していた場合、ガードの有無に関係なくステイルは昏倒していたはずだった。

 

(ここにきて……時間切れかよ……)

 

 発条包帯による強化の限界。ここまで無理をしてきたツケが、よりにもよってこの瞬間に訪れたのだ。弱体化したその一撃は、ステイルの右腕に鈍い痛みを残すだけで終わってしまった。

 

(折れて……はいない。せいぜい骨にヒビが入った程度かな)

 

 炎を突破しての物理的な一撃。その光景に、見覚えが無くもないステイルだった。

 

 勝敗は決した。木原数多にはもう、『魔女狩りの王(イノケンティウス)』から逃れるだけの力が無い。追いついて来た『魔女狩りの王(イノケンティウス)』が腕を引き、膝を突いた敵に振り下ろそうと拳を振り上げた時

 

標的を変更(C T)軌道を右へ(C T O O I R)

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)』の右腕は、木原数多に当たることなく、宙を薙ぐ。

 

「なっ……!?」

 

工場跡地、その入り口に、彼女は立っていた。

 

Index-Librorum-Prohibitorum 通称、禁書目録

 

魔術師から逃げていたはずの彼女が、自分からステイルの下へ足を運んでいた。

 

「やっぱり……あの人払いは、ここに誰かを誘い込むための罠だったんだね」

 

 魔術師の存在を感知したインデックスは当初、自分に狙いをひきつけつつ撒く予定だった。だが、展開された人払いを見て、狙いが自分ではないことに気づいたのだ。自分ではない、上条当麻でもない第三者。人払いによる誘導が効いてしまう一般人が襲われていると知って、インデックスは居ても立ってもいられなくなり、この場に姿を現してしまった。

 

「くっ……炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」

 

上方へ変更せよ(C F A)

 

 木原数多へと放った炎が、見当違いの方向へと向かい、天井の付近の梁に直撃する。

 

「今のうちに逃げて!」

 

 強制詠唱(スペルインターセプト)による援護をしながら、禁書目録は叫ぶ。目の前の二人が、どのような経緯で魔術師に襲われているのかは知らないが、その現状を見過ごせない程に、彼女は純粋だった。

 

(彼女の強制詠唱を打ち破る術は……あるにはあるが今はダメだ。それに、魔術がことごとく妨害される現状であの男が攻撃してきたら、防ぐ術がない……!)

 

 木原数多は満身創痍だが、動けないわけではない。修道服の童女の乱入により、今はかなり混乱している状態だが、手元の消火器の銃口をステイルに向け、引き金を引くことぐらいはできるのだ。

 ならば、ステイルの行動は一つしかない。禁書目録に走り出しながらステイルは何か呪文を唱える。

 ボッ、という音とともに、建物内に貼られたルーンのカードに火がついた。入り口に走りこむステイルが唱えたのは、ルーンの一斉起爆を起こすものだったのだ。

 

 次の瞬間、莫大な音の渦が炸裂した。一つ一つの爆発の規模は小さいものの、壁、床、天井、柱。至る所に貼られたルーンの同時爆発は、その建物を倒壊させるには十分な一撃だった。




木原数多「丸焦げなんだが」
木原幻生「替えならあるぞい」ニッコリ


超電磁砲最新刊を読んで、「あれ、今後の展開変えなきゃ……」ってなったのがすごい痛かった……上条さん人間やめてましたね。幻生さんも人間やめちゃったらしいですが、今後本編、外電にどう関わってくるのかが私、気になります。

拙い文章ですので、バシバシ指摘お願いしますです。


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010 自分だけの現実と向き合う覚悟 『7月24日』 Ⅳ

期間がかなり空いてしまいましたが、続きを投稿します。相変わらずキャラ崩壊注意です。


 禁書目録(インデックス)という少女は、魔術師からしてみれば悪夢のような存在だ。10万3000冊の魔道書の知識を用いて、こちらの魔術を瞬時に看破・対抗してくる対応力。魔力を用いない魔術破りの数々。そして身に纏う『歩く教会』による防御力、ともはや盛りすぎなくらいな勢いで対魔術師戦における難攻不落の要塞と化している。

 だがしかし、彼女にだって弱点は存在する。当たり前のようで、彼女にはそれが人一倍通用するのを、僕は知っている。

 

優しすぎる。それが彼女の弱点だ。

 

 

 

 

 

 

 崩落する建物を背に、僕は気絶している彼女を地面に下ろした。爆発に気を取られている彼女を無力化するのは簡単だったが、彼女の『歩く教会』が本来の機能を発揮していれば、こんなことにはならなかっただろう。

 ……いや、彼女が気を取られていたのは爆発ではなく、爆発に巻き込まれた一般人だったか。

 

「何度記憶が抜け落ちても、何一つ変わらないな、君は」

 

 

 

 

 

 

焦げ臭い匂いと熱風で木原統一は目を覚ました。

 

「やっと起きたか……遅えんだよ」

 

聞き慣れた声に振り向くと、後ろには父親、木原数多がいた。

 

「あ……」

 

瓦礫に半分以上が埋もれ、身動きがとれない状態の父親の姿が、そこにあった。

 

「ったく、なんてツラしてんだよ……素直な反応のお前なんて、何年振りだまったく。あーあ、反抗期のクソガキは死ぬほど面倒だったが、今のお前も相当にウザいな」

 

「まさか……俺を」

 

「それ以上言うと本当にぶっ殺すぞ」

 

 木原数多の傷だらけの腕と、爆発の中わずかに残る誰かに突き飛ばされたような記憶。無傷の自分と動けない父親を見れば、それは明白だった。

 

「……とっとと逃げろ。あの変態野郎にみつからねえようにな」

 

「……親父は」

 

「いつから俺のことを親父って言うようになったんかは知らねえが、ま気にすんな。俺は不死身だ」

 

 似合わない台詞だ。もう少しマシな嘘はつけないのかコイツは。いや、そんなことよりダメだ。あんたには……

 

「……オイ、なにやってんだ?」

 

 瓦礫を持ち上げようと試みるがダメだ。この細腕じゃビクともしない。クレーン……いや、学園都市なら駆動鎧(パワードスーツ)だな。災害救助用のがあるはずだ。

 

「オイ、聞いてんのか」

 

 通報して助けを……ってしなくてもこの爆発ならしばらくすれば来るか。それまで木原数多まで火が回らないように───

 

「逃げろって言ってんのが聞こえねえのかクソガキ!!」

 

「うるせえ! 俺なんかより……この世界ではアンタのほうが何倍も価値があるだろうが!!」

 

 木原数多には、前方のヴェント襲撃時に打ち止め(ラストオーダー)を誘拐、そして一方通行(アクセラレータ)を迎撃する大切な役割がある。ここで死なれるわけにはいかない。

 ……ひどい言い訳だ。木原数多はその際、覚醒した一方通行に殺される。それを知ってて、その価値があると言い切って助けようとしているのだから、本当にどうしようもないクズだな俺は。

 木原数多に対して、木原統一(自分)は存在してはいけない人物だ。統括理事長(アレイスター)のプランにも必要ない人材であることには間違いない。

 

「この世界だァ!!?」

 

瓦礫を押しのけようとする俺の胸倉を掴み、木原数多は強引に引っ張った。

 

「世界なんて知ったこっちゃねぇんだよ!!」

 

「俺が死んで、だれが困るってんだ!!」

 

「目の前にいるのが見えねぇのかテメェは!」

 

「なっ……」

 

一瞬、売り言葉に買い言葉での一言かと考えた。だが違った。

木原数多の目は真剣だった。そしてなにより、目に涙を溜めていた。

鬼の目にも涙、とは言うがこれは正直、金棒で殴られるよりもキツイ一撃だ。

 

 当然だが、木原数多は俺の事情を知らない。だが知ったところで、この顔が別の表情になるとは思えなかった。

 

そうか、俺は……

 

「……ったく、1から100まで言わねえとわかんねえか……ハッ、やっぱ木原じゃねえんだなお前は」

 

「……さすがにそれは関係ねえだろ」

 

「そりゃそうだ……ま、情に流されてる時点で、人の事は言えねえか。オレも焼きが回ったもんだ」

 

 フフッっと笑ってしまった。いや別にうまくねえぞそりゃ。というか洒落にならん。

 

「生きてくれよ。お前にとっちゃ、難しい頼みじゃねえだろ」

 

「……」

 

 この世界に来て数日間。自分は何者なのか、なにをすべきか。そればっかりを考えていた。物語の動きを気にする振りをして興味本位で動いて、そして結果がこの様だ。そのくせ未だに原作へのリカバリーなんて気にしてる大馬鹿野郎だ。

 そうじゃねえだろ。記憶は無くても、目の前には親父が、命をかけて守ってくれた恩人がいて、俺に逃げろと言ってくれている。たぶん後ろにはそろそろクソ神父が顔を出す頃で、親父は動けない。そんな中で、俺は、俺自身はどうしたいんだ?

 

「俺は……生きたい。だけど、親父も助けたい」

 

「おい、テメェまさか……」

 

「だから、あの野郎をぶっ飛ばしてくる」

 

「なっ……ふざけんな!テメェ一人で何ができるってんだ!?いいから早く逃げろ!!こんなとこで反抗期ぶり返してんじゃねぇぞコラ!」

 

「大丈夫。なんたって俺は……不死身だからな」

 

 原作なんぞ知ったことか。俺は俺だ。木原数多の息子、木原統一だ。ここからは、俺のやりたいようにやらせてもらおうじゃねえか。

 

 

 

 

 

 

 

「さて、もう一人はどうしたのかな?」

 

「……死んだ」

 

「じゃあさっきの怒鳴り声は独り言かい?」

 

「聞いてたんじゃねえかクソ野郎」

 

出入り口(が本来あった場所)に、ステイルはいた。遠目に禁書目録(インデックス)が横たわっているのが見える。

 

「まだ何か、俺たちに用があるのか?」

 

「用があるのは君のほうじゃないかな? ぶっ飛ばすんだろ、僕を」

 

そこまで聞こえてたのか。ということは、待ってくれていた、のか?

 

「ああ」

 

 距離は10m以上空いている。どうやっても向こうの魔術のほうが早いか。

 

「おとなしくしてもらえれば、苦しまずに殺してあげるんだが。君だって、無謀だってことくらいわかっているはずだ」

 

「舐めんなよ。お前なんか余裕だっつの」

 

 俺がいまからやろうとしていることを考えれば、おそらくステイルが考えている以上に無謀な試みだ。博打として成立するかどうかも怪しいが、現状俺が思いつくのはこれしかない。

 

「俺がお前の立場なら、魔道図書館から目は離さないがな」

 

「……なぜ君が、僕と彼女のことを知っているかはわからないが、抜かりは無いよ」

 

嘘ではないな。おそらく『魔女狩りの王』をオートでつけているのだろう。

 

「なにかしらしているのはわかるが、それは()()()()()()()には反応するのか?」

 

「……なに?」

 

 ステイルが横目で禁書目録(インデックス)を確認しようとした瞬間、俺は走り出した。

 

「っ……そんな小細工で」

 

 やはりダメか。いや、通用しないことはわかっていた。ここからが本番だ。ステイルはすぐさま迎撃態勢に移る。今日幾度も、それこそ死ぬほど目にした魔術を唱えようとしていることがわかる。

 

「「炎よ(kenaz)」」

 

その時、二つの声がこだました。ステイルの目に驚愕の色が浮かぶ。

 

 魔術とは、生命力を魔力に変換し、それを霊装などに通し、そして何かしらの所作をトリガーに発動するもの。と、某幼女は言っていた。ならば話は簡単だ。ステイルの魔力生成の過程を模倣し、霊装を用意し、所作を模倣する。そうすれば魔術は発動する。

 

(理屈の上ではそうだが、そんなことは不可能だ。一目見て、身体の外側の動きどころか、身体の内側の動きまで見ることなんて……それに僕の魔術にはルーンが……)

 

 だが、木原統一の右手には炎が灯った。それはつまり、目の前の人間がそれら(、 、 、)をクリアしているということに他ならない。ステイルは気づかない。木原統一の左腕には、血で書かれたルーンが描かれていることに。

 木原統一は木原としての特性を持ち得ない。だが教えた知識をきちんと吸収する能力についてのみ、ここ学園都市で高い評価を受けている。また、あの木原数多を父に持ち、その観察眼は父親譲りである。

 もちろんそれだけでは魔術の模倣なぞ為し得ない。断片的な魔術の知識、魔力生成プロセスの理解。ルーンの記号、配置と魔術との関連性への仮説。それらが奇跡的にも正答だった場合のみ、魔術の模倣は完成する。

 偶然なのかもしれない。だが、そうでない場合、これが何を意味するのかは木原統一自身も知らない。

 

魔術の領域に、科学で足を踏み入れる者。その第一任者は、この街の頂点に存在する。

 

「「巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」」

 

 合わせ鏡のような構図で、二人の魔術が衝突した。炎と炎、本来であればぶつかり合うことのないものだが、魔術としての炎だからなのか。それともまったく同じ魔術であるからなのか。それらは相殺し合い、その余波が二人を襲った。

 

「まさか、本当に魔術を使うとは……っ」

 

 ステイルには火傷治癒の心得がある。だが今はそれどころではない。なにせあの人間は傷を負った箇所から再生する化け物だ。隙を見せればやられる。

 

 ステイルが警戒する中、木原統一が爆炎の中姿を現した。二つの魔術が衝突した中を突っ切ってきたのだ。もはや衣服が原型を留めておらず、身体中火傷だらけで、更には能力者の魔術使用の反動か、口元には赤い液体が見えていた。

 

 だが、木原統一は止まらない。止まれないだけの理由がある。

 

「「灰は灰に(AshToAsh)塵は塵に(DustToDust)吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!」」

 

 二度目の衝突。その直前に、ステイルは木原統一の左腕、そこに刻まれたルーンに気がついた。その瞬間、轟ッ! という爆炎と共に木原統一の姿が見えなくなり、爆風がステイルの身体を包む。

 

(くっ、この僕が自分の術式で身体を焼くとは……)

 

ふたたび爆煙の中から木原統一が飛び出してくる。頭以外の上半身全てが重度の火傷を負い、目や口から血を吹き出している様はまるでゾンビだ。だがステイルは彼の左腕を見た。血で描かれたルーンは焼け落ち、もう消えている。木原統一はもう魔術を使えない。

 

 距離は約5mほどだが、木原統一の足取りもたしかではない。次は確実に、一方的に魔術が入る。

 

炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」

 

 揺れる意識の中、魔術を放つステイルを見て木原統一は微笑んだ。その魔術は何度も見た。そして、それが無効化される瞬間は、あそこで寝ている少女が見せてくれた。ならば

 

 自分がなにをすべきかなんてわかりきっている。

 

上方へ変更せよ(C F A)

 

「なっ……」

 

 魔術に引っ張られるように、ステイルの右腕が上へ向き直り、バランスを崩した身体はつんのめるように倒れそうになる。そう、走りこんでくる木原統一に向かって。

 

 その瞬間、覚束ない足取りだった木原統一が力を取り戻す。

 

 右の拳を握り締め、呼応するように左足を踏み出し。死地を走ってきた勢い全てを右手に乗せて。

 

 木原統一の一撃が、ステイルの顔面を直撃した。

 

 ステイルの身体は、壮絶な勢いに乗って真後ろに転がっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「がっ……ぐ……」

 

ステイルは動き出さない。それを確認してから、俺は膝を突いた。

 

 いくつかアドリブがあったとはいえ、計算どおりに事が運んだ。……いや、発動するかもわからない魔術(モノ)に頼るのが計算と言えるかは甚だ疑問である。

 身体が震え、震えた振動で身体中が痛い。いや、震えなくても痛い。誰が見ても重傷である。だがこの身体ならば、能力が働いて直に治癒するだろう。こうしている場合ではない、親父を、木原数多を助けなくては。

 だが身体が動かない。火傷の痛みはもはや麻痺しはじめてはいるが、問題は身体の中だ。能力者が魔術を使った反動のせいで、身体の中にミキサーにかけられたような激痛が走る。……意識が朦朧としてきた。まずい、いつまでたっても能力が発動する気配がない。何故だ、このままじゃ親父は……警備員(アンチスキル)はまだなのか?

 ガシャーン! と、何かが崩れる音がした。振り返ると、建物の天井が一部崩れたようだ。この有様じゃ、いつ木原数多がいる場所が崩落に巻き込まれてもおかしくない。いや、もしかしたら今のでもう……

 

「誰か……誰か親父を……」

 

「あなたの父親……この方ですか?」

 

 透き通った声。そこには木原数多を背負った長身の女性がいた。腰には日本刀、長い黒髪にぶった切ったジーンズ。ここまで個性的なキャラクターは他にはいない。元天草式十字凄教女教皇(プリエステス)、現イギリス清教必要悪の教会(ネセサリウス)所属。聖人、神裂火織だ。

 

「無事ですが、早く病院に連れて行ったほうが良いでしょう。そしてあなたは……むしろあなたの方が重傷ですね」

 

「なん……で」

 

 助けてくれるのか、という疑問をすぐさま飲み込んだ。彼女は人死にを嫌う。敵であれ味方であれ、死人を出すのを極端に嫌う性格だったか。

 

「あなたにステイル、そして禁書目録ですか。4人くらいなら運べますね」

 

 そしてスーパー超人だったか。平和を望む歩く戦術兵器。

 

「ぐっ……」

 

 ダメだ、限界だ。意識を保っていられない。

 

「ご心配なく。あなたとあなたの父親は病院へ……あなたは無関係だと言っていた、あの少年の言葉は、この状況を見るに疑わしいですが、とりあえずは信じましょう。」

 

「上条……か」

 

ありがたい。上条の奴に感謝せねば……いや、まて。

 

(イン)……書目録(デックス)は、どうする気だ?」

 

「……回収します。ステイルの回復を待って、私たちは学園都市を離れる予定です。もう2度と、あなたたちの前に現れることはないでしょう」

 

 ダメだ、それは困る。お前らが学園都市から離れてしまったら、禁書目録(インデックス)は救われない。上条から引き離してしまってはいけないんだ。……別に原作通りの流れにしようって気はない。だけど今回俺は禁書目録(かのじょ)に救われた。そして神裂にも親父を助けてもらったんだ。恩を受けた、ならば彼女たちへの祝福を願うのが人間ってもんだ。

 

「ダメだ……それは」

 

「彼女なら心配ありません。実は彼女は私たちの同僚なんです。と言っても信じてくれるかはわかりませんが」

 

違う、そうじゃない。そういうことじゃないんだ。

 

「ネ……必要悪の教会(ネセサリウス)……は、嘘を……ついてい、る……」

 

「なっ……」

 

ダメだ、これ以上は……

 

闇の中で、ふごっという声がした。親父の声か?

 

「それはどういう意味です!?」

 

 痛い痛い痛い痛い痛い!身体をゆすらないで下さい神裂さん!!? 飛びかけた意識が逆周して吹っ飛びそうになったわ! ……なるほど、さっきの声は親父が地面に投げ出された音か。

 

「完全記憶能力……ピンクの幼女に……聞け……」

 

 今度こそダメだ。もう口を動かす力さえない。というかピンクの幼女って。医者でいいじゃねえ……か……

 

木原統一は意識を手放した。




ちなみに某幼女はバードウェイです。新約2巻の魔術考察を元にした(つもり)ですが、まぁ今回のはそれでもトンデモ展開と自覚しております。

……対魔術式駆動鎧(アンチアートアタッチメント)ってなんなんですかね。


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011 天にまします我らの父よ 『7月25日』 Ⅰ

「まったく、内から外から忙しい身体だね?回復能力があるからと言って、ここまで身体をいじめ抜く事はないだろうに」

 

カエル顔の医者はカルテをめくりながら……って、ここは!?

 

「見ての通り病院だね?」

 

 病院…ああ、神裂が運んでくれたのか。あの状況でも敵に情けをかけてくれるとは。呼び捨てにはできまい、神裂さんと呼ばせてもらおう。

 

「あの、俺の親父は……」

 

「隣の部屋で寝てるね? まぁ大事には至らないから安心するといい。むしろ、運ばれてきた時は君のほうが重傷だったね?」

 

 そういえばそうだ。直撃は避けたがステイルの魔術を2回食らい、更には能力者の魔術使用によるダメージも受けて、身体中ボロボロだったはず。だが今は……痛むところは特にない。それとも感覚が麻痺しているのか。

 

「運ばれてから何日くらいなんですか今は?」

 

「1日だよ」

 

 ……1日で治したのだろうか。それともやはり感覚がわからないほどメチャメチャなのだろうか? 正直自覚はある。

 

「なにか勘違いしているようだけど、実際に治療したのは君の能力だからね? 僕は栄養剤の点滴と包帯くらいしか指示してないね?」

 

 俺の能力、肉体再生(オートリバース)か。最終的には無事発動してくれたみたいだが、あの場で働かなかったのはなぜだろうか? そう尋ねると、カエル顔の医者はカルテをめくりながら答えてくれた。

 

「ふむ、どうやら僕の仮説が間違っていたようだね。以前、僕は君の能力が即時発動しなかったのは、能力使用に慣れてなかったのが原因、と言ったね。もちろんそれもあるんだろうけど……それだけじゃないみたいだね?」

 

 どういうことだろうか?

 

「おそらく君の能力は並行作業(マルチタスク)が苦手なようだ。今回のような火傷と体内の……アレはなんと言ったらいいのかね?血管に砕いたガラス粉でも突っ込んだのかい? ……まぁいいか。とにかく、複数個所の怪我の場合、生命維持に必要な部分の修復が最優先のようだね?」

 

 なんと、そんな欠陥があるのか肉体再生(オートリバース)には。

 

「次にこれは仮説だが、君の能力は未知のダメージに対して回復が遅いようだね。火傷は一生分体験したみたいだけど、あの血管の裂傷の仕方は初だったみたいだね?」

 

 魔術使用による肉体へのダメージ。確かに科学の住人だった木原統一には未知であることは間違いない。

 

「ということは、次に同じ怪我をした時は……」

 

「もう次に怪我をする予定があるのかね? 医者としては断固反対だね……まぁ参考までに言うと、血管の修復は難しいものじゃない。次からは一瞬で治るだろうね」

 

 魔術を使う予定か……あると言えばあるだろうな。この先、俺がやろうとしてることを考えれば、むしろ必須だろう。

 

「その顔だとどうやら、怪我をするのは確定のようだね。やれやれ。なら、一つアドバイスをしようか。君の能力は、いまのところ自動(オート)で作用してるようだけど、それを意識的に働かせるように出来れば、現状よりマシな状態にはなるね?」

 

「そんなこと……」

 

「可能だね。能力と意識が直結していれば、能力効率は向上する。むしろ、無意識でもここまでの能力を使えるのだから、当然だね?」

 

 それだけ言い残して、カエル顔の医者は出て行った。あんななりで実はアレイスターと旧知の仲というのだから侮れない。その後、看護師がやってきて、包帯やら点滴を外してくれた。病院的にはいつ出て行っても構わないとのことだ。治療費はどうすればいいのかと尋ねると、木原数多(父親)から既に支払い済みだという。

 そう、父親だ。意識的には出会って数日だが、その数日で何度助けられたことか。様子を見に行かなくては。

 

 

 

 

 

コンコン、と軽くノックをして、病室の扉を開けた。

 

「……おう」

 

 病室に入るとそこにはムスッとした表情の父親がいた。全身包帯とはいかないが、覆われていない部分のほうが少ない。あらためて自分の規格外さがわかってしまう。さて、なんと声をかけたらいいのか。そういえば最後に話したのはあの火災現場での小っ恥ずかしい親子喧嘩だった。

 

「あの───」

 

「今回の件は……学園都市外部機関との行き違いが原因、ってことになるらしい」

 

 口を開こうとした瞬間、それを遮るように木原数多の声が続いた。

 

「事故だよ事故。学生寮と今回の2件とも、事故ってことで処理されるってよ」

 

 アレを……事故?

 

「えーと、そんなんでなんとかなるの?」

 

「普通はそうはいかねえ。だが、こういう()()()()()()()()()()()()()で無理矢理にでも終わらせようとするのは……互いに追及されて欲しくない事情があるって時だけだ」

 

「……」

 

「俺に心当たりはねぇ。……つーことは、だ」

 

つまり、俺、木原統一に向けてのメッセージということになるのだろうか?

 

 確かに、俺自身に秘密はある。この世界の、俺自身(、 、 、)がいなかった場合の未来を知っている。だが今回の場合、この秘密は追及されて欲しくないというより誰も知らない、追及しようが無い秘密だ。

 そもそも、双方とはどの勢力のことを言うのだろうか? 今回は学園都市とイギリス清教の衝突、ということなのだから、実際に連絡を取り合ったのは統括理事長(アレイスター)最大主教(ローラ)のはずだ。学園都市の領域内で、能力者が魔術師を打倒してしまったという大事件……いや、この世界ではわりとよく聞く話だな。その度にシスコン軍曹が嘆いてる筈だ。いや、そんなことはどうでもいい。何が言いたいのかと言うと、これだけの事件が一晩で収束するはずがないということである。

 おそらく、今なお対応に追われている裏方がいるはずだ。事故で解決しようとしているというのは、追及されたくないのではなく大事にしたくないという、その裏方の意向ではないだろうか? 木原数多は魔術サイドやら科学サイドと言った大きなくくりを知らないのだから、この解答には辿り着かないだろう。

 ……そういえば神裂達は、いまどうしているのだろうか? イギリスに戻るとも言っていたが、俺は気絶する直前に必要悪の教会(ネセサリウス)が嘘をついているというメッセージを伝えた。もし、あの言葉を神裂が真摯に受け止めてくれたならもしかしたら……

 

「おい」

 

 木原数多の声ではっと我に返った。色々考えなきゃならないことはあるが、まずは目の前の父親である。

 

「ああ、ごめん。俺にも心当たりはないよ。だけど……」

 

 これは言っておかなければなるまい。

 

「今回の件は、なにも追及しないほうがいいと思う」

 

「……心当たりはねえが、知ってることはあるって顔だな」

 

「うん」

 

「それは俺の身を案じてってことか?」

 

「……うん」

 

 裏方の意向で有耶無耶にしようと言うのなら是非も無い。というか、ここでごねたらなんとしても両サイドの衝突を避けたいと考える者(アロハ陰陽師とか)が仕掛けてくる可能性だってある。それに魔術サイドと科学サイドの溝は深い。そこに興味本位で首を突っ込むとなにが飛んでくるかわかったもんじゃない。原作(オリジナル)を読んだ俺でさえこうなのだから、そこに木原数多を関わらせるべきじゃないだろう。

 木原数多は眉をひそめながら考え込んでいるようだ。正直、こんな回答をしたらぶっ飛ばされるのではないかとひやひやしていたのだが。案外、今回の件に親父もなにか不穏な気配でも感じていたのだろうか?

 

「今回の件……『木原』は関係あるのか?」

 

「それは無いよ。それは断言できる」

 

「……そうか」

 

それだけ聞くと安心したようだ。しかし『木原』か……なるほど、親父は『木原』絡みの事件と考えていたのか。それもそうか、白昼堂々学生が襲われる事件なんてそうそう……いや、この街ではわりと(ry

 

「お前の身は安全なのか?」

 

「それは……これからの俺次第ってとこかな」

 

「大丈夫か?」

 

「わからない。でもなんとかやってみるよ」

 

「なんとかやってみる、ねぇ……まったく、一体どうしちまったんだか。昔のお前とは大違いだなオイ」

 

 大違いもなにも別人です。なんて口が裂けても言えない。裂けても治るけど。

 

「変、かな?」

 

「……いや、今のほうがいい。よくわかんねーが吹っ切れたみたいだしな」

 

 吹っ切れた、ね。確かにそうだ。でもそれは……木原数多、あんたのお陰だ。そうだ、お礼を言ってない。

 

「あのさ、今回は……」

 

「礼はいらねえよ。俺は好きでやっただけだからな」

 

「……ありがとう」

 

「……いらねぇって」

 

 いらないのはわかってるって。でも俺は今回、アンタが考えてる以上に救われたんだ。詳しくは言えないけど、でもやっぱりお礼くらいは言いたいのさ。

 

「まぁ、なんだ。火ダルマになったり瓦礫の下敷きになったりはしたが……」

 

「……うん?」

 

「巨乳のねーちゃんに抱きかかえられて空を飛ぶってのは、いいもんだな」

 

 一瞬真顔になり、そして吹き出した。木原数多も耐え切れずに笑い出した。そんなこと、この流れで言い出すなよまったくもう。というかやっぱり起きてたんじゃねーかこの野郎。

 その後、他愛もない世間話を延々とした。記憶の有無に関係なくできる、というかここ数日の互いの話を、冗談交じりに話し合った。迎えの警備員(アンチスキル)を呼ばれたときの理由が「家電を見てたから」と言うと「緊張感のかけらもねーなオイ」と馬鹿にされ、黄泉川先生と小萌先生と一緒に飲み屋に行った話をすると「ふざけんな俺も呼べ」と割りと真面目な顔でお願いされた。呼べるわけねーだろアホか。一方、親父は黒幕を探ったりなんなりでかなり忙しかったらしい。インパルス消火器をどうしたのかと聞くと、実は廃棄予定の試作品をかっぱらって来たとのこと。なにやってんすかアンタは。

 

 ……父親が生きててよかった。心からそう思える時間だった。

 

 世間的にどうかは知らない。原作(オリジナル)的には悪役で、もしかしたら数日前の木原統一にとってもあまり良い人とは言えない存在だったのかもしれない。精神的には父親ですらない。だとしても、だ。俺は木原数多に生きていて欲しいと思う。助けられて恩を感じてるからなのか、と問われればそうかもしれない。でも、それだけじゃない。戸籍上、そうなってるから取り繕っているのかと聞かれれば、それは違うと断言できる。

 

うまくは言えない。一つだけ言えるとしたら

 

俺にとって、木原数多はいい父親(やつ)だった。




主人公の原作(?)知識ですが

旧約全巻
新約10巻
超電磁砲9巻
偽典超電磁砲
とある魔術の禁書目録SP
アニメ禁書Ⅰ&Ⅱ
アニメ超電磁砲Ⅰ&Ⅱ
エンデュミオン

まで知っているという設定です。学芸都市やらジーンズ店主は知りません。


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012 表舞台の裏側 『7月25日』 Ⅱ

複雑化していく


 木原数多(親父)との会話をひとしきり楽しんだ後、俺は病院の1階に設置されている公衆電話の受話器を取った。自分の携帯が無事だったら良かったのだが、残念ながらダメだった。外装部分はなんとか持ったのだが、液晶部分が見事に破損。修理費は必要悪の教会(ネセサリウス)に請求すればよいだろうか。いや、この際だから学園都市製の最新機種を自分で選びに行くのも面白そうだ。

 かける先は担任の小萌先生宅である。原作通りなら上条が失神中であり、禁書目録(インデックス)がその看病をしているのだが……望みは薄いだろう。今回の件で神裂とステイルは学園都市から離れてしまっている可能性がある。その場合禁書目録(インデックス)の解呪は絶望的となる。

 頼むから居てくれ、と願いながら電話をした結果、出たのは意外な人物だった。

 

「もしもし、小萌です」

 

「ん?……この声、上条か?」

 

 気絶中だと思っていた上条当麻の声である。

 

「その声は木原? お前、入院してるんじゃ……」

 

「まぁその通りなんだが……待て、なんで俺が入院していることを?」

 

「えーとそれはだな「貸してください」お、おう」

 

「もしもし、あなたを病院に運んだ者ですが」

 

「か……えーとお名前は」

 

「神裂火織と申します」

 

 危ない、まだ神裂さんの名前を聞いていないんだった。

 

「神裂さんですか。その節はどうも……じゃなくて、そこにいるということはもしかして」

 

禁書目録(インデックス)も一緒です」

 

 驚くべきことに、禁書目録(インデックス)、神裂火織、そしてステイル(気絶)までもが小萌先生宅に揃い踏みしているらしい。どうしてこうなった。

 

「あなたの言っていた、必要悪の教会(ネセサリウス)の嘘ですが……裏が取れました。どうやら真実(ほんとう)のようですね」

 

 若干だが、声が震えているように聞こえる。それは怒りなのか、それとも悲しみなのか。……裏が取れたというのはどういうことだろうか?

 

「裏が取れたというのは……」

 

「完全記憶能力に関して、この家の家主と私たちの仲間の意見が一致しました。少なくとも、完全記憶能力のせいで記憶が圧迫されるということはない、というのは共通見解のようですね」

 

 私たちの仲間……土御門のことだろうか。学園都市に潜入中の魔術側のスパイ。今は今回の件の混乱を収めるために奔走中だろう。だが神裂とステイルに対して完全記憶能力の真実を告げるとは意外だった。今の神裂とステイル、そして禁書目録(インデックス)の関係を知っていてなお、あえて放置しているものだと考えていたのだが。

 こうなると、土御門は禁書目録の抱えていた事情を知らなかったのか? その辺りの匙加減はあの最大主教(アークビショップ)の采配次第だ。

 

「なるほど。……詳しい話は直接会って、ということでいいか?」

 

「ええ。私たちはここで待っています。それでは「あーちょっとまった、貸してくれ」なんです?」

 

 ゴト、という音とともに、再び通話相手が変わる。

 

「もしもし、上条だけど。お前怪我は平気なのか?」

 

「ああ。俺( 、)大丈夫だ」

 

「親父さんは……」

 

「わりと重傷だが、今は看護師(ナース)の尻を追っかけてるよ。まぁ大丈夫だろ」

 

カエル顔の医者に同好の士ができたようだ。よかったな。

 

「そうか。……巻き込んじまって、ごめんな」

 

「お前が謝る事じゃねーだろ。そこのクソ神父には言いたいことがあるがな」

 

 そうか、上条視点では俺が巻き込まれた事になってるのか。まぁ確かに1度目は巻き込まれたと言えるが、2回目は自業自得である。上条が気にする事ではない。だがステイル、てめーは許さん。携帯の修理費と入院費くらいはむしり取ってやる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゴトリ、と上条当麻は受話器を置き、小萌邸の新たな住人に向き直った。すぐ傍にいるのは神裂火織、必要悪の教会(ネセサリウス)の魔術師であり、インデックスとはかつて旧知の仲だったらしい。その後ろで寝かされているのはステイル=マグヌス。こちらも同じようなものだ。

 つい先日までは敵対関係にあった二人なので、上条としてはすぐに警戒を解くことはできない。頭では理解しているが身体がそうはいかないのだ。長い日本刀を携えた神裂にはつい昨日、ボコボコにされ、ボロ雑巾一歩手前まで追い込まれた。友人である木原統一の話題を振ったおかげで攻撃が止み、同僚を止めに行くと言ってその場を去った神裂を見た時は思わずほっとしたものだ。

 その後、神裂がもう一度目の前に姿を現したときは、本当に死を覚悟した上条であった。

 

「それで上条当麻……もう一度聞きますが、彼に魔術の話は一切していないのですね?」

 

「ああ。インデックスが魔術って単語を何回か言ってたけど、必要悪の教会(ネセサリウス)とか完全記憶能力の話はしてないはずだ」

 

「では彼はどこでその話を? 相打ちとはいえステイルを倒し、禁書目録(かのじょ)の事情のみならず、私たちが何故こんなことをしていたのかまで把握していたような節があります。……彼も魔術側の人間なのでしょうか」

 

「いや、アイツは間違いなく科学側の人間。俺のクラスメートで、同じ学生寮に住む隣人だ。それが魔術師なんて」

 

 どこかの陰陽師が吹き出しそうな根拠である。

 

「きはらはご飯をくれたから、きっといい人なんだよ」

 

「いやインデックスさん、その基準は改めたほうがいいぞ……それで、お前らこれからどうすんだ? ステイルが起きてからインデックスをなんとかするとして、その後は?」

 

「わかりません。禁書目録(インデックス)にかけられた魔術が壊されれば、おそらく教会は彼女を回収する方向で動くでしょう。最悪の場合、学園都市側への亡命も考えています」

 

「亡命か、そんな簡単にうまくいくのか? インデックスって、かなり重要な人物なんだろ? 10万3000冊の魔道書を記憶してるとかなんとかで」

 

「ええ。ですから他の魔術教会や魔術結社に逃げ込めば、間違いなくイギリス清教との抗争に発展します。私とステイルだけではイギリス清教には対抗できない以上、魔術とは無縁の勢力である学園都市に頼らざるを得ないのです」

 

「うーん、学園都市がそんなこと認めるかな……」

 

「いま現在、私たちの仲間が学園都市に交渉中です。その結果次第ですね」

 

「仲間、ねえ。信用できるのか? そいつも必要悪の教会(ネセサリウス)の一員なんだろ? 学園都市に潜入中のスパイって話だけどさ。インデックスにかけられた魔術を、俺たちが壊そうとしてることをイギリス清教(む こ う)に知らせちまう可能性だって……」

 

「確かに軽薄そうな男ですが、裏切りはしないでしょう。人を見る目は、それなりにあるつもりです。むしろ、私は木原統一という男を警戒しています」

 

「おいおい、完全記憶能力について教えてくれた張本人だぜ? それに俺の友達だ。大丈夫、あいつは敵になんかならねーよ」

 

「そうだよ、きはらはいい人なんだよ!むしろ貴方達の方が、私的には信用できないかも!」

 

「……」

 

 一抹の不安を拭えない神裂だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーむ、やはり携帯はコレだよな」

 

 歩く戦術兵器に疑いをかけられている中、木原統一は携帯ショップに訪れていた。

 

(それにしてスマホ型が前時代の遺物で、一周回って二つ折りが再来しているとは……学園都市限定の機種もあるみたいだし、ホントに特殊な市場だな)

 

 型落ち気味の烙印を押されている中、あえて最新機種としてスマホ型を推している会社を発見。なんとなく購入してしまった男がここにいた。

 

「アドレス帳の吸出しも無事完了。これで目的が果たせるってもんだ」

 

 そう、なにも戯れで携帯ショップに訪れていたわけではない。画面が破損してしまった携帯の中身に用があったのだ。小萌先生宅への電話は番号を暗記していたものの、それ以外の番号となるとお手上げ状態だったため、携帯を買い換える必要があったのである。

 携帯ショップを出て、歩きながらとある人物に通話を開始。今回の件について、色々と聞いておきたいことがあるのだ。

 

「あ、もしもし木原だけど」

 

『木原っちから電話なんて珍しいにゃー』

 

 アロハグラサン、上条当麻にとってのもう一人の隣人、土御門元春。そしてその正体は、イギリス清教と学園都市、その他もろもろの機関と繋がりを持つ(らしい)多重スパイの土御門元春である。

 今回の件で、学園都市とイギリス清教の動向を一番よく把握しているのはこいつだろう。最悪、一時的に敵対しても構わない。まずは現状把握である。

 

『もしかして、小萌先生からの課外授業(勉強会)のお誘いだったりするかぜよ? だったら今忙しくてにゃー』

 

「いや、折り入って相談があるんだがな」

 

『相談? なんかあったのかぜよ?』

 

「いや実は、最近変な格好した能力者に立て続けに襲われてさ」

 

『……』

 

「それで結局、2度も病院送りにされちまって」

 

『そりゃご愁傷様だにゃー。でも、木原っちの能力はたしか……』

 

「そうそう、肉体再生(ア レ)のおかげで今は無傷だ」

 

『うらやましいぜよ。俺のはてんで役に立たないからにゃー。……それで、相談って言うのはなんなんだぜい?』

 

「いやー2回も襲われると3度目4度目がありそうでな。正直不安で、誰かに相談したい気分でさ」

 

『……俺に相談されてもにゃー。そもそもなんで俺に』

 

「だってお仲間だろ? お前」

 

『……』

 

「なんちゃって」

 

『ヒドい事いうぜよ。コレはファッションなんだにゃー』

 

「いやー、普段からアロハはちょっとキツイぜ?」

 

 建前としては変な格好をした能力者仲間。本音としては魔術師仲間である。声色が少しきつくなったが、コレは聞いておかなければならない。

 

「それで、どうなんだ?」

 

『……ま、流石に3度目は無いんじゃないかにゃー』

 

「そっか。それを聞いて一安心……そういえばさ、上条がまた不幸な女の子を引っ掛けてて、それを助けるのに俺も力を貸すことになってるんだけど」

 

『……』

 

「そっちの方は大丈夫かな?」

 

『さてにゃー……カミやんの引っ掛ける女の子は、結構訳アリが多いぜよ。ま、助けた結果何かあるかもしれないが、そこはカミやんだしなんとかなるんじゃないかにゃー』

 

「あー、そうだよなぁ」

 

 上条ならなんとかなる。その認識はこの時点からあるのか。

 恐るべし上条当麻。

 

「『それと』」

 

 カチャリ、と何か金属音がした。背中になにか小さい筒のような物が押し当てられているようだ。まぁこの流れで何が突きつけられているのか、それくらいは見当がつく。

 

「今度は俺が質問する番だ」

 

「……流石に白昼堂々すぎやしないか?」

 

通話を切り、両手を控えめに上げる。

 

「同感だ。そこの路地に入れ」

 

人生初の路地裏デートである。もしかしたら人生最後かもしれないが。

 



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013 道化師と奇術師の差 『7月25日』 Ⅲ

ますます複雑化していく


 背中に銃口(仮)を突き付けられながら、俺は土御門(仮)と路地裏にいた。何故(仮)かといえば背を向けているからではあるが、まず間違いはないだろう。

 傍目から見れば絶体絶命の状況である。だが俺自身、そこまで焦ってはいなかった。むしろこの銃口を俺ではなく木原数多に向けられる事を恐れていたくらいだ。

 

「俺のことを誰から聞いた?」

 

 マジモードの土御門だ。喋り方に遊びが感じられない。

 そして開口一番に答えられない質問だ。この場合、土御門が魔術師である、ということについてだろう。

 

「神裂とかいう巨乳のねーちゃんに」

 

 当然嘘である。が、嘘だと見抜かれないように祈るしかない。土御門からしても、考えられる情報源はこれくらいしかないはずだ。少なくともいますぐに見抜かれはしない……はずである。ちなみに神裂さんから似たような質問をされた場合、「土御門から聞いた」と答えるつもりだ。それしか誤魔化しようがない。

 

「お前はこの件について、どこまで知っている?」

 

 この件とはどの件だろうか。答えに貧窮しているところに追撃がきた。

 

禁書目録(インデックス)の完全記憶能力と、首輪の事だ」

 

 首輪という表現はなかなかに厄介だな。

 

「首輪ってのはよくわからんが、あの子が頭の中に10万3000冊の魔道書を記憶していて、それが元で1年周期で記憶を消さなきゃいけないって話のことか」

 

「……」

 

「そしてそれが、必要悪の教会(ネセサリウス)の嘘だっていうことも知ってる。というか、それを神裂に教えたのは俺だ」

 

「それをどこで聞いた?」

 

「その前に一つ。必要悪の教会(ネセサリウス)の嘘を、お前は知っていたのか?」

 

「……いや、俺が知っていたのは1年周期で記憶を消していることと、それをあの二人が了承している事だけだ。その理由が記憶を圧迫しているから、なんて話は聞いていない」

 

 なるほど。流石に科学の都市に身をおいている人間に、あんな与太話をするわけがないか。土御門があえてあの二人に教えていなかった、というわけではなさそうだ。すぐばれそうな嘘をあの女……って、今の俺が言えることじゃないな。

 

「もう一度聞くぞ、その話をどこで聞いた?」

 

「……お前も知ってるとおり、うちの学生寮の壁は薄いってことさ」

 

「何?」

 

「学生寮で小火(ボヤ)騒ぎがあった日、上条とインデックス、あとステイルとかいう魔術師の会話を聞いてたんだよ。もちろん全部ってわけじゃあないが、残りは全部ステイルから聞いたよ。昨日殺されかけている時にな。必要悪の教会(ネセサリウス)の嘘だっていうのは、ただの推測さ。常識的に考えれば、記憶の圧迫なんてありえないからな」

 

 全て嘘である。だが未だステイルは気絶状態であることは確認済みであり、土御門が全ての会話を把握しているとは考えられない。よってこの理屈でいけるはずだ。

 だがあくまでその場しのぎ。後日確認を取れば、すぐばれてしまうような稚拙な嘘だが、今はそれで充分だ。

 

「……」

 

 土御門はなにか考え込んでいる。銃口を突き付けながら物思いにふけるのはやめてほしい。正直生きた心地がしない。

 

「えーと、まだなにかあるのか?」

 

「最後の質問だ。昨日、禁書目録の周辺で魔術を使ったのは誰だ?」

 

「……は?」

 

 なにを言っているんだ、この男は。禁書目録の周辺で魔術を使った者?それは───

 

「ステイルだろ?あの炎のやつ」

 

「それ以外で、だ」

 

 それ以外。となると、

 

 

 

 あれ? この展開まずくないか?

 

 

「じゃあ神裂のことか」

 

「あいつは魔術を行使してはいない、と言っていた。それに、禁書目録に追従している聖人の行動を、イギリス清教が把握していないとでも?」

 

 そういえば禁書目録の周囲には、魔術的サーチが張り巡らせてあるという話を聞いた事があるような。もしくは遠隔制御霊装の予備機能か? そして聖人の反応を、イギリス清教は常に把握しているのか? ……いや、でもたしか法の書の件ではたしか……

 

「え? いやいや、3人を抱えて大ジャンプしてたんだが。アレは魔術じゃないのか? というか聖人? なんのことだ? イギリス清教ってのはたしか、お前らが所属してるとこだよな?」

 

 そんなことを考えている場合ではない。とりあえず聖人のことなんて知らん、という振り。そして時間稼ぎである。可能であればこのまま話を逸らしたいところだ。

 

「……イギリス清教の魔術師が、学園都市の能力者に敗北した、という事実だけでもまずいんだがな」

 

土御門は話を続ける。

 

禁書目録(インデックス)を守る霊装『歩く教会』の破損。その数日後に、禁書目録(インデックス)周辺で確認された術者不明の魔術反応。その後、禁書目録の番犬二人は音信不通」

 

 土御門の声が殺気立っている。ステイルの殺気もかなりのものだったが、土御門のソレは質が違う。ステイルのが炎なら、こちらは氷のようだ。

 

「はっきり言って状況は最悪だ。情報が錯綜して収拾がつかない。学園都市という特殊な環境のせいで、真実を知る者が少ない、というのも拍車をかけている。潜入中の俺でさえこの様だ。このまま事が進めば、学園都市やイギリス清教だけじゃないぞ。疑心暗鬼になった魔術結社全てを巻き込んだ大乱闘(バトルロイヤル)になりかねない」

 

「それは……まずいな」

 

「ああ。学園都市の科学者と魔術師の戦闘、というおまけもあるがな。これに限っては、学園都市とイギリス清教の間でうまく揉み消したようだ。さて――聞き方を変えようか」

 

 今までよりも強く、銃口が押し付けられる。

 

「お前は何者だ?」

 

 やはり、というべきか。術者不明の魔術反応の正体。すなわち木原統一(俺自身)のことはばれていた。

 だが何故土御門は知っているのか。あの戦闘をどこかで監視していた? 監視カメラかなにかに引っかかっていたのだろうか? ……まだ土御門のブラフという可能性も───

 

「病院から、お前のカルテを拝借してきた。この症状に詳しい奴はそういないはずだ。魔術側でこの回答に辿り着いたのは今のところ俺だけだろう」

 

 はい、詰んでました。

 能力者による魔術行使の反動。それをよりにもよって土御門(専門家)に見つけられるとは。これは誤魔化せまい。さてどうしたものか───

 

「まさか、これほど近くに俺以外の魔術側のスパイが紛れ込んでいたとはな。だがお前の経歴を探ってみても、魔術結社との関わりは見出せなかった。お前の身内に至っては不自然なくらいに情報自体が入手できない」

 

 それはそうだ。元より関わりなぞ皆無である。おそらくだが木原統一自身、科学の街で生まれ科学一筋で過ごしてきたはずだ。それが魔術師だなんて悪い冗談……いや、魔術師の木原もいないこともないが、アレは特殊なケース、いや、俺も特殊な存在だったか。

 そう、そして身内の話である。木原の濃ゆいメンツがチラっと頭に浮かんだが……あいつらの情報なんぞ早々手に入るものではない。読者(オレ)ですら知らん。知ったらどうなるかも考えたくもないな。たぶん家電にされる。

 

「ここまでの情報操作は、学園都市側に相当食い込んでいなければ出来ない芸当だ。そしてそこまで足を踏み入れた魔術結社は聞いた事がない。……お前たちは何者だ? 学園都市の技術と魔道図書館。この二つを手に入れて、一体何を企んでいる?」

 

 さて、これはいよいよとんでもない事になってきた。土御門はとんでもない方向に勘違いしている。下手に優秀だとこういう早合点をするのか。───いや、これまでの情報を擦り合せればこの理屈も納得か。それともまだ鎌をかけられているのか。物理的な意味でもそれに近い状況ではあるな。主に絶体絶命、という意味で。

 

「えーと、ちなみにお前はどう考えてるんだ? その、土御門元春としての仮説はどうなんだよ」

 

「……統括理事長直属の実行部隊、もしくはその一部の反乱分子という線が一番しっくりくるな」

 

 魔術結社のスパイの話はどこにいった。いやだが、当たらずとも遠からずというか。確かに『木原』を表現するにはその言葉が正しいような違うような。なんという大胆な推理。そしてとんでもない勘違いである。

 しかしさっきから発言が安定していない。土御門は俺の所属勢力が見抜けず、かなり動揺しているのではないだろうか。

 

「えーと、それがもし正しいなら、お前のこの行動は筒抜けってことだろ。今ここで、こんなことしてたら───」

 

「ああ、()()()()()()

 

 死を覚悟しての問いかけ、ということか。本当にこの男は、肝が据わっているというかなんというか。最悪を想定し、なお退かないこの姿勢。いちいちかっこいい奴だ。

 

「……最初に言っておくと、その推理ははずれだ。俺はどこにも所属してない。さらに言えば、禁書目録をどうこうしようなんてことは考えてない。信じてもらえるかはわからないが」

 

「……」

 

「俺や俺の身内の経歴については、なんとも言えないな。というか俺も知らされていないんだ。学園都市で重要な研究に携わっている、としか聞かされていない。情報が閲覧できないのはそのせいだな」

 

「身内は学園都市の科学者で、自分はフリーの魔術師である。と言いたいのか?」

 

「あーそれなんだが……俺は魔術師じゃない」

 

 パスン! と足元のコンクリートに何かが撃ち込まれた。いや、この状況では一つしかないわけだが。消音装置付きってやつだろうか。銃口を向けられるのは前世でもこの人生でも初なのだ。いまいち現実感がわかないのも当然である。

 

「次は膝を撃ち抜く。いくらレベル4の肉体再生(オートリバース)といえど、痛みは遮断できないぞ。無様に泣き叫びたくなかったら、とっとと吐くんだな」

 

 困った事になった。嘘を貫き通すのも難しいが、相手に信じてもらう、というのも同じくらい難しい。俺自身が魔術師ではない、という事を信じてもらおうにも、魔術を実際に使った証拠を土御門は持っているのだ。その上で魔術師ではない、という口上をどうやったら信じてもらえるのだろうか。

 ここははったりをかまして逃げるか? 土御門の弱みがなんなのかくらいは、原作を読んでいる俺にはわかる。都合のいいことに向こうは、まだ見ぬ学園都市最大勢力の末端だと勘違いして(あながち的外れではないのだが)いるらしいし、義妹(舞夏)の安否を仄めかすだけで撤退してくれるような───

 

 と、ここまで思考を巡らせた上ではたと気づく。

 背後の男が、そんなことを考えていないわけがない。

 土御門は最悪の想定をした上で、この選択を取っているはずだ。

 

 そうだ、この男は敵ではない。義妹のために命を賭け、世界のために自らの血を流す。とある魔術の禁書目録(この世界)屈指の苦労人。

 ……それを、我が身可愛さのために、大切なものを秤にかけて脅す? そんなことはしちゃいけない。俺がこの世界の住人で、あの上条当麻の味方でいたいなら、そんな選択肢は存在してはいけないんだ。

 

何故土御門は、ここまで危険な賭けをしているのか。

 

考えろ。土御門の目的は? そして動機はなんなのか。

考えろ。この状況を覆すような手を。

考えろ。木原統一が、土御門元春の味方でいられるような選択肢を───

 

 

『学園都市内で確認された魔術反応』『見つからない敵対魔術結社』『離反した魔術師達』『能力者に魔術は使えない』『肉体再生』『学生寮での戦闘』『完璧に近い情報操作』

 

 最愛の者が住まう場所を。学園都市を、最悪の場合敵に回さなければいけないような状況。逆を言えば学園都市の敵対勢力に味方しなければいけない───

 

敵対勢力に、自分は味方だと示さなければならない状況だとしたら?

 

『俺が知っていたのは1年周期で記憶を消していることと、それをあの二人が了承している事だけだ。その理由が記憶を圧迫しているからだ、なんて話は聞いていない』

『禁書目録の周辺で魔術を使ったのは誰だ?』

『禁書目録に追従している聖人の行動を、イギリス清教が把握していないとでも?』

『はっきり言って状況は最悪だ。情報が錯綜して収拾がつかない』

『学園都市の科学者と魔術師の戦闘、というおまけもあるがな。これに限っては、学園都市とイギリス清教の間でうまく揉み消したようだ』

『魔術側でこの回答に辿り着いたのは今のところ俺だけだろう』

『お前の経歴を探ってみても、魔術結社との関わりは見出せなかった』

『ここまでの情報操作は、学園都市側に相当食い込んでいなければ出来ない芸当だ』

 

 

───そういうことか。

 

『えーと、それがもし正しいなら、お前のこの行動は筒抜けってことだろ。今ここで、こんなことしてたら───』

 

『ああ、()()()()()()

 

 

「お前も容疑者、ということか」

 

 瞬間、土御門の殺気が揺らいだ。ような気がした。

 

 最初の戦闘が行われた学生寮。そこに住んでいる魔術師。

 禁書目録やそれに追従する魔術師の情報を掴んでいる者。

 高い隠蔽能力を持ち、科学側で自由に動ける者。

 能力者でありながら魔術を使用する。そんな人物はこいつしかいない。

 

 客観的に示された情報から、土御門を犯人だと断定するのは容易い。

 

「イギリス清教には、能力者が魔術師を打倒した事。そしてその際に魔術が使用された事が伝わった。前者は学園都市から。後者は……俺にはわからんが魔術の類か何かだろう。つまりは」

 

『現状、イギリス清教は土御門元春を疑う他ない、ということになりけるのよ』

 

 聞こえてきたのはスピーカー越しの女性の声。やはりというべきか、この会話は聞かれていた。

 

『こちらを向きて』

 

 ゆっくりと振り向くと、右手に銃口を向け、左手に携帯端末を持っている土御門が。その表情は非常に険しいものだ。そして端末には、簡素なベージュの修道服に身を包んだ女性が映っている。

 

「あなたが土御門の上司、ということですか」

 

『察しが良すぎるといふのも、愉快なことね。流石は学問の街の童子と言ったところかしらね。次に私が尋ねる事柄についても、大方予想がつきしけるのかしら』

 

 ローラ=スチュアート。イギリス清教必要悪の教会(ネセサリウス)最大主教(アークビショップ)。イギリス清教内の事実上のトップ。ようは一番偉い人である。

 禁書界トンでも口調キャラの一人だが、礼を失して敵対なんて洒落にならない。丁寧語丁寧語……意味がない気がしないでもないが無いよりはマシである。

 

「魔術を使用したのは俺です。土御門は裏切っていません」

 

 土御門は驚いたように目を見開いた。ローラ=スチュアートも笑顔を崩してはいないものの、ある程度の動揺は見て取れる。

 

『素直なものね。そのまま黙秘しければ、目の前の男が泥をかぶることになりけるのは明白。如何にして自白という選択に至るのかしら』

 

「この面倒な状況から、早く脱出したいからです。それに、俺は土御門を敵に回す気はありません」

 

『……まだ共犯という線が残りけるのだけれど』

 

「茶番に付き合う気はないぞ。女狐(、 、)

 

 怒りに包まれながら、銃口を向ける人間に相対するというのは想像以上に恐ろしい。たとえその殺気が自分に向けられているものではなくとも、だ。

 

『冗談よ。貴方たち兄妹の生活を害する気はもう無きにつき、機嫌を直して土御門元春』

 

 やれやれという感じで対応しているローラだが、画面越しではなく実際にこの場にいるものとしてはそういう冗談はやめていただきたい。このアロハグラサンは、やるときはやる男である。即座に俺を撃ち殺して「これで共犯の線はなくなった」くらいのことはやりかねないのだ。いやもうホントに洒落にならない。

 

『さて、下手人も判明したのだから、土御門の言を元に学園都市との交渉に移れるというものね。こちらは貴方の身柄を要求するのだけれど、勝算はありけるのかしら。まさか、()()()()()()()()()()()()とでも言いけるの?』

 

 当然、そんなことはありえない。この女もわかって言っているのだ。翻訳すると「貴様らに勝機はない。降伏して、黒幕を吐け」というところだろうか。最大主教の中では、俺は未だに禁書目録を付け狙う魔術師なのだ。

 

「何度も言いますが、俺は魔術師じゃありません。禁書目録(インデックス)にも、興味は無いですよ」

 

『……ということは、敵は学園都市になりけるのかしら』

 

 土御門の顔がより一層険しくなる。イギリス清教と学園都市の対立なんて、土御門にしたら悪夢のような状況だろう。

 禁書目録に用がないのなら、そして魔術師ではないのなら学園都市の勢力の手のものか、という質問である。当然、これも否定しておかなければならない。

 

「いいえ、それもありえません。というか、今回の事件はそんな大それた裏がある、というわけではないんですよ」

 

 ローラ=スチュアートは目を細めた。なにか考え込んでいるのか、それともからかわれたと感じ怒っているのか。一方の土御門は眉間の皺がなくなり、困惑しているようだ。もう撃たれる心配がなさそうなので、こちらも安心して話す事ができる。

 

『なら貴方は魔術師ではない身で、魔術を行使したと主張する腹積もりなのかしら』

 

「……そのことなんですが、ステイルとかいう魔術師に直接聞いてもらった方が早いかと。俺が言っても、信じてもらえないでしょうし」

 

『仔細はまた後ほど、と言いけるのね。この状況で』

 

「それしか、俺に言えることはありません」

 

 この場での完全な説得は不可能だ。不本意だが、ステイル自身にあの時起こった事を話させるしかない。はよ起きろ。今なら入院費だけで勘弁してやる。

 

『面白き事ね。……では、土御門。後は』

 

「ああ、わかっている」

 

 通話が切れた。これから、あの最大主教と学園都市統括理事長との会談が始まるのかと思うと不安でしょうがない。原作の出来事よりはるかに大事になっているようだし、交渉決裂、となれば早すぎる第3次世界大戦とかもあり得るのだろうか。

 そして目の前のグラサンである。一向に銃口が下がる気配がないのはどういうことか。

 

男同士の路地裏デートは、まだ続きそうである。

 




違和感しかないローラ
自覚はあります(ファサッ


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014 道化師は終わりを選ぶ  『7月25日』  Ⅳ

「そろそろその物騒なものを下げてくれるか、土御門」

 

「……」

 

ゆっくりと、警戒を解いてはいないが土御門は銃を下ろした。

 

「……説明しろ」

 

「え?」

 

「あの女に言った『信じて貰えないかもしれない話』のことだ。俺にはそれを知る必要がある」

 

「お、おう……」

 

 魔術師でない存在が魔術を使ったと言う事実、そのカラクリの話か。一度暴露してしまえばなんてことのない理屈なのだが、果たして信じてもらえるのか。

 

「……とりあえず、順を追って説明する。まずは学生寮の一件からだな」

 

もうどうにでもなれ、である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……にわかには信じがたいな」

 

 全てを聞かされた土御門の表情は、困惑の一言だった。魔術結社の手先だと思っていたのがただの一般人で、そのただの一般人が魔術を模倣し、そして成功してしまったということ。そしてそれをもって、プロの魔術師に勝利してしまったと聞けばこうもなろう。

 もちろん全てとは言ったが、都合の悪い事はうまく誤魔化したつもりである。2度目のステイルとの邂逅は詳しい事は言っていないし、魔術の模倣をした件は事前に、禁書目録がその話をしていたことにしている。破れかぶれで真似をして、それが偶然成功し、動揺したステイルに拳を叩き込んだ。という、嘘だが嘘ではないような、曖昧な説明に留めた。

 

「俺はもうここ最近で驚き疲れたけどな。魔術や魔術師が実在していて、それが科学の街に現れるなんてさ。……上条の女難もここまでくると、確かに不幸と言えるのかも」

 

 さて、つい先日まで一般人でしたというふりをする必要がある。気取られてはいけない。もう一息だ。

 

「確かに今回の件は、ステイル自身の口からあの女に報告する必要がある。それも、この話を信用してもらうには相当の根回しが必要になってくるだろう。当然、イギリス清教以外にこの話を漏らすわけにはいかないし、学園都市とも……」

 

「あのさ、俺も信じてもらえないとは思ってたけど……具体的にはどのくらいありえない事なんだ? 素人が魔術を偶然使った、っていうのは」

 

「無理だ。魔術の特性を理解していたとしても、可能性としては1%もない。だが……」

 

土御門は言葉を濁した。

 

「生まれついての体質……聖人のような特異な体質なら、動力源(魔力)についてはクリアできるだろう。生まれつき地脈や龍脈を利用できたり、天使の力(テレズマ)を取り込める体質ならステイルの使う炎の魔術程度はいけるはずだ。その上で、高精細な模倣をしたとして、なんとかと言った所か。……儀式場を用意する術式ならまた違うが」

 

 ああ、なるほど。土御門が言っているのは魔力の精製の話か。確かに、目に見える部分をいくら真似たとしても、魔力がなければ魔術は発動しない。逆に言えば、そこさえクリアすれば可能ということか。

 

「その、さっきも言ってた『聖人』ってのはなんだ? あの神裂って人がソレだとか言ってたが」

 

「生まれながらにして、神の子と似た特徴を……ホントに何も知らないのか」

 

「神の子……ねぇ」

 

 ええ、知りません。知りませんとも。そんな音速越え集団なんて見たくも知りたくも会いたくもない。あんなのと特徴が一致する神の子も、きっと碌な奴じゃない。というか、聖人の判定ってたしかかなり曖昧だったような。宇宙エレベーターの歌姫(アリサ)も、一時期その疑惑があったらしいし。この曖昧さを利用して、なんとか嘘を突き通せないものだろうか。

 

「悪いが何も知らん。神の子ってことは宗教関係なんだろうが、生憎神は信じてない……いや、この前死にかけた時は流石に神に祈ったりはしたけどな」

 

「……はぁ、まいったにゃー」

 

「え?」

 

 土御門は建物の壁に寄りかかり、大きくため息をついた。

 

「少なくとも、木原っちが俺のような、裏の人間ではないってことは確かみたいだからにゃー……大いに安心したぜよ」

 

「自分が言うのもなんだが、流石に早計だと思うぞそれは」

 

「俺もプロだぜぃ。これだけ長く、それこそ銃なんか突きつけて話していれば、そいつが裏か表かくらいはわかるってもんぜよ。ちょいと知りすぎちまってる感は否めないけどにゃー」

 

 裏ではなく表。だが知りすぎている。うーむ、ここまで正確に相手の事を当てられるとは、流石である。やはり腹芸ではコイツには絶対勝てないな。

 

「そ、そうか。疑いが晴れて何よりだが……ところで、上条はどうなんだ?」

 

「ないな」

 

即答かよ。

 

「カミやんについてはだいぶ昔に調べたしにゃー。それにあの右手がある以上、魔術は使えんぜよ」

 

「あ、それもそうか。てことは今回もやはり」

 

「不幸、だろうにゃー」

 

「……やれやれ」

 

 今回もやはり、の一言で通じてしまう辺り、普段から相当なモノなんだろう。まぁまだ第一巻(始まったばかり)なんだが。

 

「いやしかし怖かった……まじで撃たれるかと思ってたわ。魔術側のスパイとか聞いてたし、もっとマジカルな手でやられるのかと」

 

「……木原っちは違うかも知れんが、俺みたいな無能力者(レベル0)肉体再生(オートリバース)の場合、魔術なんか使ったらお陀仏ぜよ。木原っちも医者に何か言われなかったか?」

 

「あ、あぁ。そういえば火傷の他に血管がどうとか言ってたなー。なるほど、禁書目録もそういえば言ってたなー、アレが能力者が魔術を使えないってやつかー」

 

 適当な話を振ろうとしたら墓穴を掘った。やぶ蛇である。後で、土御門には何を話したのか、現時点で自分は何を知らないはずなのか、メモにでもまとめるか。

 

「さて、俺はそろそろ小萌先生の家に行くとするかな」

 

「……なぁ木原っち」

 

 土御門が上体を起こし、こちらに向き合う。

 

「悪い事は言わない。もう禁書目録に関わるのは、やめたほうがいい。神裂ねーちんには俺から言っておくぜよ」

 

「いや、俺は行く」

 

「……何故だ?一体何のために?」

 

「神裂と禁書目録には助けられたからな。それに、俺()上条の味方でいたいんだ」

 

「……」

 

「上条の幻想殺し(イマジンブレイカー)の件。さっきの上司にはまだ伝えてないんだろ?さっきの様子だと、禁書目録の首輪が外されそうだってことに、微塵も気づいてないみたいだったからな」

 

 そう、土御門は自らと義妹(舞夏)の身を危険に晒してまで、最大主教(アークビショップ)に隠し通している事がある。禁書目録の呪いを解く手段を、こちらが有しているということだ。

 

「……まいったぜよ、そこまでバレてたのかにゃー。流石は木原っちというか」

 

「それに、だ。銀髪幼女とポニテのお姉さんの味方でありたいっていうのは男として」

 

「俺の感動を返せってんですたい! 誰だ、誰なんだお前は! 冷静沈着頭脳明晰、吹寄の右腕ポジの木原っちはそんなこと言わん!!」

 

 なんと、吹寄の右腕とな。それはまた光栄の至り。

 

「まぁ、なんだ。二回も死に掛ければ性格の一つや二つ変わるというかなんというか……」

 

「そ、それについてはすまんにゃー……」

 

「いや、お前が謝る事じゃねぇって。それで、俺は上条んとこに行くが、お前は」

 

「俺はこれから、学園都市のトップとさっきの女の会談(デート)を邪魔しにいくぜよ」

 

 うわっ、なんだそれ嫌すぎる。

 

「そんな顔すんなにゃー……俺だって勘弁願いたいんだにゃー。とりあえず、木原っちが偶然魔術を使ったって線で話を進めとくから、後はステイルが起きてからだぜい。木原っちは、出会いがしらに燃やされないように気をつけていくぜよ」

 

「なんか盛大にフラグが建った気がするが、まぁわかった。そんじゃな土御門」

 

 手をふる土御門を背にして、俺は小萌先生の家へ向かって歩き出した。

 とりあえず、山場は越えたと言っていいだろう。土御門の信頼を勝ち取った今、やれる事は全てやった。その上で学園都市、もしくはイギリス清教から『殺処分』と言われるならもうお手上げだ。……まぁ表向き死んだ事になるのだろうが、実際は闇落ちコースというところか。ハハハ、笑えん。そうなったら親父に雇ってもらうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 小萌先生のアパートに到着。ぴんぽーん、とチャイムを鳴らして出てきたのは

 

「やっと来ましたか」

 

 音速越え集団の一人、神裂だった。

 

「悪い、遅くなった」

 

 口数少なく、靴を脱いで部屋に上がるとそこには上条当麻と禁書目録、そしてステイルが待っていた。

 ステイル=マグヌスがルーンのカードをこちらに向け、待っていた。

 

(……あーもうこれだよ。フラグ回収だよ。肝心な時に寝ててどうでもいい時に起きるとか、迷惑なんでやめて下さい)

 

 ステイルはこちらをガン見、上条と禁書目録はそんなステイルを睨みつけ身構えている。

 

「あのー、神裂さん。これは一体どういう───」

 

「つい先ほどステイルが目を覚ましました。……説明はこれで充分でしょう」

 

 だよね。タイミング最悪じゃねえか。

 

「神裂、これはどういうことだ?」

 

 ええい、いちいち殺気を振りまかないと質問できんのか魔術師って奴は。

 

「現状、彼らとは停戦状態です。矛を収めてくださいステイル」

 

「納得できないね。まずどういう事か説明を───」

 

 突然、キンッという音が聞こえた。そしてステイルのルーンが真っ二つに……よく見ると神裂さんは七天七刀に手をかけている。

 

「矛を収めてくださいステイル」

 

 収める矛が切れてるんですが。え、というか神裂さんってこんなキャラだっけ? なんだか滅茶苦茶機嫌悪いみたいだけど、なんかあったのか?

 

「……ちょ」

 

 勝敗は決した。ステイルが何か言おうとしたが、それを一睨みで黙らせる神裂さん。こわい。この人は絶対敵には回したくないな。

 

「と、とりあえず現状把握からするか……な?上条」

 

「そ、そそそそうだな木原」

 

 あ、上条の顔色が悪い。もしかして神裂さんにボッコボコにされたのがトラウマ化してる?

 

「……」

 

 ステイルは無言でその場に座り込んだ。それを見て神裂は刀から手を離す。

 とりあえずは、話し合いの場が出来上がったようだ。やれやれ……先が思いやられる。

 




やれやれ系男子。最近は見ませんね


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015 心の壁、神に仕える者、積み重ねてきた嘘  『7月25日』  Ⅴ

「えーと、大体こんな感じなんですが……」

 

 話を終えると、ステイルは頭の痛そうな顔。神裂は何か思いつめたように顎に手を当て考え込んでいる。上条は「お前も大変だったんだな」みたいな顔をしているし、禁書目録は……何故か若干青い顔だ。なんで?

 

 彼らに話した内容は主に3つ。第一に俺は魔術師ではないこと。これはステイルからの援護もあってすんなり説明出来た。土壇場での破れかぶれの物真似魔術の唯一の被害者だ。「僕としては正直今でも信じられないけどね」といった台詞が随所に追加されていたが、なんとかステイルに即焼却されたり、神裂さんに一刀両断されるような事はなさそうだ。ちなみに何故あの日、人払いを突破してあの場にいたのかと聞かれたので「上条達が危ない目に遭わないよう見張っていた」と答えたのだが、その時の上条の表情がなんとも言えなかった。

 二つ目に禁書目録の完全記憶能力について。これは説明したとたんステイルが鬼の形相に変わった。最初は「何を馬鹿なことを」といった風に罵倒されたが、俺、上条、神裂、学園都市の教師、そして土御門元春(潜入中の誰かさん)の意見が一致していることを伝えると、放心状態になり、何も言わずに拳を床に叩き付けた。納得したという形で受け取って、次の説明に入る。

 最後に学園都市とイギリス清教について。現状、俺とステイルの戦闘の詳細を知るのは当事者たちと土御門のみ。ステイルの報告待ちだと伝えたが「考えさせてくれ」と言ってステイルは頭を抱えた。

 

「あの女……僕達にそんな嘘を。いや、むしろ今まで何故気づけなかったんだ」

 

「それに関しては私も同罪です。私たちのやってきた事は一体……」

 

「ねぇ、とうま……もしきはらの言う事が本当なら、この二人はもしかして私の───」

 

 瞬間、場が凍りついた。神裂の凍るような視線と、ステイルの焼け付くような殺気を込めた視線が上条当麻に突き刺さる。

 言うな、という想いが込められているのは明白だ。

 

 そうか、禁書目録が青い顔をしていたのはそのせいか。記憶を1年周期で消してきたという二人は実は同僚である、という事実からなのか、それとも先ほどからの二人の態度からなのか。まったく、この子は鋭いんだか鈍いんだかわからんな。

 

「……ああ、インデックス。お前の考えてる通りだよ」

 

「上条当麻!」

 

「ステイル、それに神裂もさ。もういいじゃねえか。お前たちは頑張ったんだろ? インデックスがちゃんと生きていけるように、今まで努力してきたんだろ? だったら、何も隠す事なんてねぇじゃねえか」

 

「ですが私たちにそんな資格は」

 

「資格なんて必要ねえだろ」

 

上条当麻は立ち上がった。

 

「たとえ忘れられてても、何度も敵対して、何度も記憶を消してたとしても、それは全部、インデックスのためだったんだろ!? だったら、お前たちは胸を張っていいんだよ!! 俺はお前らが、今までインデックスにどう接してきたかなんて知らない。でもインデックスのためを思って、今まで苦しんできたことくらいは、今のお前らを見ればわかる。その苦しさは、お前たちがインデックスの友達だっていうなによりの証拠じゃねえか!!」

 

「知ったような口を……!」

 

「すている、だったよね」

 

 インデックスの口から、自らの名前が出た。

 その言葉が出た途端、身を焦がすような怒りも、焦燥も消えた。

 あの日から、ぽっかりとあいた胸の穴が、少しだけ埋まったような気がした。

 

「……ああ」

 

「すているは、今まで私のために頑張ってくれてたんだよね?」

 

「……」

 

「ありがとう、すている」

 

「礼には、及ばないさ」

 

 ───そうだ、礼を言われるようなことじゃない。当たり前のことをしたまでだ。そうだろ神裂、何故君が泣いているんだ。

 

「どこへ行くの?」

 

「タバコだよ」

 

「む……身体に悪いんだよ?」

 

「っ……ああ。昔、友達にもよく言われたよ」

 

 ステイルは出て行った。インデックスはその後ろ姿を見送った後、神裂に向き直る。

 

「かおり」

 

「……はい」

 

 インデックスは立ち上がり、神裂の頭を抱き締めた。

 

「私のために、頑張ってくれてたんだよね?」

 

「……はい」

 

「私のために、いっぱいいっぱい苦しんだんだよね?」

 

「………はい」

 

「私たちは……友達だったんだよね?」

 

「……は、い」

 

「ありがとう、かおり」

 

「れ、礼には……!」

 

 インデックスは抱き締める手を強くして、神裂の言葉を改める。

 

「ありがとう」

 

「……どう、いたしまして。インデックス」

 

 2年越しの呪縛が解けた瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 どうにもいたたまれない。圧倒的お邪魔虫の木原統一です。

 もちろん、禁書目録、神裂、ステイルの邂逅は素晴らしい。良かったと心から思えるのだが、この後どうしようとか、そういった先のことを考えてしまうのはやはり、『木原統一』になりきれていないからだろうか。こう見ると「この人でなし!」とも思えるのだが、木原っぽさを考えるとこの反応でもいいのかもしれない。

 ……いや、当事者ってのは案外こんなもんかもな。こっちは命がかかってるので。

 

 30分ほどして、目が真っ赤な珍しいステイルが帰ってきた。流石にこれに触れられるほど図太い神経はしていない。いや、この場合無神経というのか? とにかくそんなことはしない。俺はまだ死にたくない。

 

「さて、後は禁書目録の解呪か」

 

「記憶消去を強制する術式の解体……そううまくいくのか?」

 

「ま、こっちには上条がいるからな」

 

「おう!この右手は魔術にも効くのは実証済みだ」

 

 神裂とステイルは顔を見合わせる。なんだか不安そうだな。

 

「確かに、君の右手は有効だろうが……」

 

「問題はその術式の刻印がどこにあるかですね。それに、どのような防御術式が展開されているのか……」

 

「あーその点ならお前らの仲間から聞いてるぞ」

 

 え? と言った顔でこちらに顔を向ける二人。だよねそうなるよね。でもこうしないと先に進みそうにない。

 

「いや、さっきお前らの仲間に銃突きつけられて、色々問答してきたんだが。インデックスの術式についても聞いてきた。刻印の位置は喉頭部分。防御術式に関しても多少の抵抗はあるが、上条の右手ならオールオッケーだってさ」

 

「……そのふざけた言い方は確かにアイツのだな」

 

「……」

 

「ってことは」

 

「ああ」

 

 あとは頼むぜ、上条当麻。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 バキッっと鈍い音が鳴り、上条当麻は後ろに吹き飛ばされた。

 

「───警告、第三章第二節。Index-Librorum-Prohibitorum――禁書目録の『首輪』、第一から第三まで全結界の貫通を確認。再生準備……失敗。『首輪』の自己再生は不可能、現状、一〇万三〇〇〇冊の『書庫』の保護のため、侵入者の迎撃を優先します」

 

 自動書記(ヨハネのペン)発動中の禁書目録、通称ペンデックスさんが降臨したわけだが……目の前にするとトンでもない圧力だな。

 

「あの子が、魔術を……」

 

「魔術を使えない、ね。その理由がこれか」

 

「───『書庫』内の一〇万三〇〇〇冊により、防壁に傷をつけた魔術の術式を逆算……失敗。該当する魔術は発見できず。術式の構成を暴き、対侵入者用の特定魔術(ローカルウェポン)を……」

 

 わざわざ組み立てる時間を与える事もない。

 

「上条!」

 

「わかってる!」

 

 距離にしておよそ8メートル強。動揺こそしたがここから最短でインデックスに向かえば、『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』どころか『(セント)ジョージの聖域』展開前には潰せるはずだ。そうすれば上条の記憶も……

 

「『首輪』の破壊要因の接敵を確認。『神よ、彼らを許したまえ(F P F T)』」

 

 瞬間、凄まじい風圧によって上条の体が吹き飛ばされた。その場にいる全員がたたらを踏んでいる中、唯一自由に動けた神裂が上条を受け止めた。

 まさか緊急用の迎撃手段があるとは。見たところ殺傷能力のない、風圧のみの攻撃のようだが……

 

「第二九章第三三節。『ペクスチャルヴァの深紅石』───緊急展開」

 

(緊急展開!?まずい。この攻撃は……!)

 

 直後、ビキビキビキッ!とその場にいるインデックス以外の人間の足に激痛が走った。膝まで上がってきた痛みの要因はそこで停止したが、4人の顔を歪ませるには充分だった。

 

「がァァァッ!!」

 

「これは……!!」

 

「上条当麻!!」

 

 ステイルの叫びに反応したのか、上条は自分の足を殴りつけ、そのまま全員の足に触る。その瞬間、足を襲っていた激痛は霧散した。

 

「助かりました」

 

「次が来るぞ!!」

 

「特定魔術、『(セント)ジョージの聖域』発動」

 

 バギンッという音とともに、禁書目録から二つの魔法陣が展開された。重なり合う魔法陣から見えるのは、押し出されるように滲み出る漆黒の闇。その先にあるのは───

 

(なんだ、アレは)

 

 あの隙間から何が飛び出してくるかは知っている。だが、あの闇の中身はイッタイナンダ?

 木原、そして上条はその闇を直視し怯んでしまった。

 その間隙を縫って、

 

 ゴッ!! と隙間から光の柱が襲い掛かってきた。

 

 見てからでは間に合わない。だが上条当麻はその光の柱に右手を合わせた。光の柱は右手と衝突した瞬間、四方八方に飛び散っていく。

 

「『竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)』!? 伝説にある(セント)ジョージのドラゴンの一撃を魔術で……? まさか、彼女は10万3000冊の知識を組み合わせ、自由に行使できると言うのですか!」

 

「この状況だと、どうやらそうらしい。土御門(あの野郎)、ドラゴンの一撃が"多少の抵抗"というのは笑えない冗談だ」

 

「なんでそんなに冷静なんだよステイル!!? 早くなんとか───」

 

 瞬間、竜王の殺息(ドラゴン・ブレス)の勢いが増した。

 上条の右腕が上に跳ね上がり、無防備になった体に光の柱の一撃が───

 

「Salvere000!!」

 

 インデックスの足元、もろい畳がワイヤーによってすくい上げられ、光の柱の射線ははるか上空へとなぎ払われた。

 

「ステイル!」

 

「Fortis931!!」

 

 ステイルが懐から取り出したのは大量のルーンのカード。

 インデックスの頭がこちらを向くと同時に、その言葉は紡がれた。

 

「『魔女狩りの王(イノケンティウス)!!』」

 

巨大な火炎の塊は、かつての敵を守るように光の柱を一身に受ける。

「行け! 上条当麻!!」

 

 それは、全ての始まりの光

 頭上に舞うは純白の羽

 全てを切り裂く光弾の刃

 この世ならざる闇を召喚せし少女

 

 ここに至る物語は正規ではない

 上条当麻の心境は、原典とはまるで違う

 だが、彼は迷わない

 一部の隙もなく、その後姿は一致した

 かつて幻視した、文字が紡ぐ物語と

 

(この物語(せかい)が、神様(アンタ)の作った奇跡(システム)の通りに動いてるってんなら───)

 

(───まずは、その幻想をぶち殺す!!)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ここだ)

 

 上条当麻の右手が、インデックスの頭に触れる。そして無数の羽が上条当麻に降り注ぐ、その前に。

 

(あの羽の原理は知らない。だがあれは見たところ空気の流れ、そして重力に従って落下している事は確かだ)

 

 ならばそれを利用する。

 

(ステイルの炎の術式で羽を吹き飛ばし、そして『魔女狩りの王(イノケンティウス)』を使って上条たちを覆えばいい)

 

 解呪後の上条当麻の身の安全を確保するため、木原統一は右手にルーンを仕込んでいた。上条当麻を『死なせない』ために。

 

(上条の記憶が消えなかったらどうなるのかは知らないが……)

 

 それで世界がどうにかなるなら、それはこの世界を作った神様が悪い。

 瞬間、木原は魔力の精製に入った。独特の呼吸法、所作。ステイルから見て学んだあの動作を行い、術式の準備に入る。

 十分間に合う。羽の動き、上条当麻の位置。その全てを計算に入れての結論。

 

 

 曰く、あの土御門(軽薄そうな男)は、インデックスの術式については知らないと言っていた。

 だが後ろの男はインデックスの術式を、その男から聞いたと言う。

 ならばその人物を警戒するのは当然。

 そしてその人物が、土壇場で魔力を練る動作を見せた場合、どうするべきか。

 

 

 その瞬間を、神裂火織は見逃さなかった。

 彼女は最初から木原統一という男を信用していなかったのだ。

 木原の時が圧縮される。振り向き様に、鞘に収まった七天七刀がなぎ払われるのを、木原は確かに見た。

 わき腹に聖人の一撃が突き刺さる。それは木原の肺から酸素を一気に奪い、同時に精製した魔力が霧散していく。

 

「ごっ……ぁ……ッ!?」

 

 散っていく魔力の残滓を集めようとする。ほんの一握りでもいい。上条当麻の頭上に降り注ぐ羽だけを散らせれば───

 立っていられない。呼吸が出来ない。それでも、それでも───

 

「上、条、」

 

 追撃を加えようとした神裂の動きが止まる。

 だがもう間に合わない。

 

 その時、上条当麻の頭の上に、一枚の光の羽が舞い降りた。

 

「上条ォォォォォォォォ!!」

 

 その光景もやはり、かつて幻視した光景そのものだった。

 粉雪が降り積もるように、上条当麻の体には何十枚という羽が降り注いだ。

 後ろからではその表情はわからない。

 だがおそらく、彼は笑っていた。

 

 この夜。

 上条当麻は『死んだ』。

 




神裂「あっ」

音速越えの失態(実際にはそこまで速くない)


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016 そして人は歩き出す  『7月26日』

死ぬほど長い1章がこれにて終了です。


 開けっ放しの病室から禁書目録と上条当麻の話が聞こえてくる。

 

「なんつってな、引ーっかかったぁ! あっはっはのはー!!」

 

 上条当麻、一世一代の大嘘が展開中だ。……だけど、俺や卑怯な大人がつく嘘とはまったく違う。禁書目録を傷つけないための、優しさに包まれた真っ赤な嘘。

 怒った禁書目録が出て行った。その後姿を見ながら、今度はカエル顔の医者が入室していく。あの医者も、今回はどうしようもない敗北感を味わった筈だ。自分の実力不足で、救うべき者を救えなかった。……俺と同じような、敗北感を。

 だけど、失敗したからと言ってそこで立ち止まるわけにはいかない。上条の嘘だって、つかなければならない状況にしたのは俺のせいでもある。ならば、上条自身が禁書目録に話すと決めるその時まで、俺はあいつを助けよう。

 

「───心に、じゃないですか?」

 

 これにて第一巻、完、、、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや、今どきその台詞は無いわー」

 

「なっ……!?」

 

「君はもう少し、空気を読むと言う事を覚えたほうがいいね?」

 

 病院服が似合う男、上条当麻は若干顔を赤らめながら俺を見ている。やめろ、そんな目で見るな。というか茶化しただけで照れるなら言うな。

 

「あ、初めまして上条当麻」

 

「は、初めまして……」

 

「なんてな。クラスメートだよ。やっぱ覚えてないか」

 

「……すまん」

 

「……いや、どちらかというと謝るのは俺なんだがな」

 

 もちろん、大局的に見ればそうでもない。上条の頭に羽をぶち込んだ張本人でもないし、こうなるのを知ってて、見て見ぬ振りをしたわけでもない。だが、心情的にはかなり近いものがあるのも事実だ。……もう少し、工夫すればなんとかなったのかもしれない、と。

 

 それを上条に伝えたのだが、上条当麻は首を振った。

 

「大体の話は聞いてる。魔術とかはよくわかんなかったけど……さっきの子を助けるために、俺は自分で飛び込んだんだ。アンタのせいじゃない」

 

 カエル顔の医者も、よくもまぁあの話をそのまま聞かせたもんだ。それを信じる上条も大概だな。

 このまま謝り続けるのも手だが、上条はそれを受け入れないだろう。いずれはその粘り強さで魔神すら陥落させる男だ。

 ならばやはり、俺は俺のやり方で負債を返していくとしよう。

 

「そっか。……んじゃ、ここからは友達として」

 

 ベタかも知れないが右手を差し出す。

 

「初めまして上条当麻。クラスメートで、お前の寮の部屋の隣に住んでる。木原統一だ。よろしくな」

 

 

 

 

 

 

 退院日に迎えに行く事を約束し、病院を後にした。禁書目録は病院に泊り込むと言い張った。流石にそれはまずかろうと思い、小萌先生に電話をして説得してくれないかと言ったところ、すぐに駆けつけてくれた。……部屋が半壊になってて忙しかろうに、ホント教師の鑑だねあの人は。

 完全下校時刻を若干過ぎているが、夏場なのでまだまだ明るい。そんな中を歩いていると、アロハシャツを着たグラサン陰陽師に出会った。

 

「おっす土御門。昨日ぶりだな」

 

「……よう、木原っち」

 

 口がへの字ですよ土御門さん。昨日の殺気溢れた暗殺者オーラは出てないが、お前何かやってるだろと確信持った職質警官のような雰囲気がある。あ、これバレたな。昨日の嘘。

 足を止めて話す気はない。どうせ帰り道は一緒だからな。のんびり歩きますか。

 

「ステイル達は?」

 

「……あいつらなら説得して、イギリス清教に帰ってもらったにゃー。まったく、骨が折れたぜよ」

 

「はは、だろうな」

 

 今頃どんな問答が、必要悪の教会(ネセサリウス)で繰り広げられているのだろうか。最大主教(アークビショップ)のお手並み拝見だな。

 

「あの女の人……お前たちの上司はどう考えてんだろうな」

 

「そうだにゃー、禁書目録にかけられた術式を解除されるなんて、イギリス(むこう)は考えてもいなかったと思うぜよ。それでも、学園都市に禁書目録が逃げ込んだ時点で、嘘がばれる事は予想してたんじゃないかにゃー。今頃、口先三寸でのらりくらりとかわしてる最中ですたい」

 

「想定済みか。ま、2年は騙せたんだし……悪い奴ってのは口がうまいもんだなぁ」

 

「確かにな。お前も見習ったほうがいい」

 

「そりゃそうだな。あははは」

 

 突然低い声になるんじゃねえ。すっげー怖いぞそれ。

 

「えーと、なにが聞きたい? 言える事なら全部吐くけど」

 

 もう禁書目録は安全だ。言える範囲で言ってやろう。今回の件では土御門に迷惑をかけただろうしな。

 

「えらく殊勝だな」

 

「だってそりゃ、お疲れムードの友人をこれ以上いじめるような事はできんよ」

 

「……何故今になって話す気になった?」

 

「禁書目録と神裂に借りがあったからさ、それが終わるまでは混乱させたくなかったってのが本音だな」

 

「お前は魔術師なのか?」

 

「ありえないな。当然違うさ」

 

 魔術師の定義にもよる。魔術を専門に修めているかと聞かれたら当然ノーだ。

 

「なぁ、俺からも質問していいか?」

 

「なんだ」

 

「俺とステイルの件。あれどうなってんの?」

 

「それについてはまだ審議中だ。肝心のステイルが、業を煮やしての帰国だからな。アレが落ち着いてからの報告次第だろう」

 

 と言う事は相当先だろうな。2年間溜まりに溜まった怒りを発散中なのだから。魔女狩りの王(イノケンティウス)とかぶっぱなしてんのかな。

 

「じゃあ神裂は……」

 

「まて、次は俺だ。禁書目録の術式の位置を、何故お前は知っていた?」

 

「あ、ごめん。それは答えられないやつだわ。……神裂の様子はどうだった?」

 

「それは禁書目録のことか? それともお前を土壇場で攻撃した件か。前者なら……最大主教(あの女)もこれまでかと思えるくらいには怒り狂っていたな。後者は不可抗力だと言っていた。その割には気にしていたがな」

 

 ま、不可抗力だろうな。あの場にして最大の誤算だった。人の信用というのは計算できないものだ。

 

「その件なら俺は気にしてないから、後で伝えておいてくれるか?気を使わせてスマン、て」

 

 ついでにステイルに入院費払えって言ってもらおうかな。

 

「それは構わないが……話を続けるぞ。お前、魔術の存在を知っていたな?」

 

「ああ」

 

「これは答えられるのか。ならステイルの魔術を模倣したというのは嘘か」

 

「いや、それはホント」

 

 あ、土御門さん混乱してる。さて、どうしたものか。

 

「百聞は一見にしかず、だな」

 

「? どういう意味だ?」

 

 実際にやってみようってことだ。

 ここに取り出すのは携帯の描画アプリ。指でさらさらっと……ステイルの使ってたルーンを描きます。え? これで発動するのかって?ビタミンB2の霧吹きスタンプでも出来るんだからやれるっしょ。たぶん。出来なかったらそれまでだ。

 

「えーと、今回はあまり魔力はいらんわけだから……」

 

 10数回以上見れば流石に覚える。ステイルが体内で魔力精製をするあの動作。これまで見てきた外側の動作全てを重ね合わせれば、共通部分から魔力精製に関する体内の動作を導き出せる。そしてルーンの位置。これはわりと自由度が高かったな。とりあえず公園で襲撃された時のものを使うか。詠唱は無し。指先からライターくらいの火力でいい。

 魔術の発動要件を満たした。ライターよりは少し強めになってしまったが、右手の指先にポッと炎が灯る。

 

「こんな感じ」

 

「……」

 

 なんだか口の中に血の味がする。ピリピリと痛みを感じるが、数秒もしないうちにその痛みは引いた。とりあえず口の中の血の塊を吐き出した。

 

「おえっ……やっぱ魔術の反動は無くならないか」

 

 それでも、最初の時よりはマシか。肉体再生(オートリバース)もきちんと反応してくれたし。回数を重ねれば完全に適応してくれるだろう。

 

「あのー、土御門さん? これでどうでしょう」

 

「……嘘は言ってないことはわかったが、謎が増えた」

 

「謎?」

 

 はて、この場合の謎とはなんだ?

 

「魔力精製は我流か?」

 

「いや? ステイルの真似だけど」

 

「それだ」

 

 それだじゃないでしょ。なんのこった。

 

「見ただけで、魔力の精製を真似たというのか?」

 

「見ただけでっていうか、見たまんまというか……こう、ぐわーっとステイルの中から溢れてくるあの感じをだな……」

 

「……ルーンの意味や、位置はどうだ」

 

「あ、これ? ステイル(あいつ)に左腕を燃やされた時のやつを使ったんだけど。あれが初見……いや二度目か。ホント死ぬかと思った。ちなみに意味は知らん」

 

 あれ? 土御門が頭を抱えだした。悩みを取っ払ってやろうと思ってたのに、なんだか悩みが増えたようだ。

 

「おい、質問タイムは終わりか?」

 

「……お前は一体何だ?」

 

「それ昨日も言ってなかったか? 木原統一。学生。お前と同じく上条当麻の隣人。以上」

 

「俺の事をどこで知った?」

 

「何言ってんだお前。クラスメートじゃん。……あーいや、嘘。冗談。殺気を込めるのをやめろって。お前の多重スパイ(抱えてる事情)の事な。それは言えん。昨日言った神裂から聞いたってのは嘘。ところでその質問、それも昨日聞いたぞ」

 

「自分が置かれている状況が、理解できているのか」

 

「おうよ」

 

 魔術師の秘儀を、見て盗んでしまった科学側の住人。どう転んでも戦争の火種にしかならんな俺。でも、俺は断固として宣言するね。あの状況だと、ああするしか親父を救う事は出来なかった、と。つまりは不可抗力。どうしようもないのさ。

 

「こういう場合、不幸だーって叫ぶべきなのかなぁ……」

 

「……それはカミやんの専売特許だにゃー」

 

 不幸、というより自業自得な面もある。こうなると、最初の自分の行動が悔やまれる。決定的にやらかしたのは神裂と上条の戦闘を見に行った事か。あれは本当に愚かだった。野次馬根性と言うべきか、物見遊山と言うべきか、イベント会場に向かうかのように気軽な気持ちだった。

 言い訳するなら、まだこの世界の住人としての覚悟が足りなかったのだ。そういう意味では勉強になったとも言え……勉強料高すぎだな。

 

「上条の場合、不幸とか言いながら女の子が空から降ってきたりするからな。俺なんてタバコ咥えたクソガキだったし」

 

「神裂ねーちんにド突かれたりはしてたにゃー」

 

「悪いが、俺にそっちの趣味は無いぞ。好みとしてはどストライクだったがな。それに上条は俺なんか比較にならないくらいにボコられてたし」

 

 そんなこんなで寮に着いた。まだ所々に焦げ跡が付いてるな。イノケンの跡か。

 

「俺はまだやる事がある」

 

「そっか。んじゃまたな」

 

 土御門はまだ帰らないらしい。事後処理的なものがあるのだろうか。いやもうホント、お疲れ様です。

 

「それと木原っち」

 

「はいはいなんでしょう」

 

「もう魔術は使うな」

 

「……」

 

「今回の件がどう転ぶかはまだ不明だ。だが、一応の決着がつくまでは、そのステイルの術式は使うな。魔術サイドの技術が、科学サイドに解析されたという事実は非常に危険だ。出来れば、もう二度と使わないで欲しい」

 

「ま、そうなるわな」

 

「約束してくれ」

 

 真剣な表情だ。ここで約束しないとどうなるんだろうか。いや、決してこの土御門の真剣な想いを弄ぶ気は無いんだが……

 

「確約は出来ないな」

 

「何故だ?」

 

「いや、またステイルが襲って来たりとか。そういう止むを得ない事情のときは使うって意味だ」

 

「……なるほど。だがそれ以外では」

 

「俺もトラブルはご免だ。使わないよ」

 

「そうか」

 

 そう言うと土御門は安心したのか、どこかに行ってしまった。あいつは本当にいい奴だな。俺がアイツの立場なら、話などせずに撃ち殺してると思う。……いや、この結果は『木原統一』が『木原統一(オレ)』になる前の、学生ライフの中で積み重ねてきた土御門元春との友情の結果か。そう考えると罪悪感が……人一人の人生を、丸ごと乗っ取って好き放題やってるんだよな。すまんな木原統一。

 

 でもな、もうちょっとだけやらせて貰うぞ。もしかしたら死ぬかもしれない。いや、死ぬよりも酷い状況になるかもしれん。

 俺は土御門と約束した。止むを得ない状況にならない限り、魔術は使わないと。それは本当だ。事実それ以外では魔術を使う気は無い。だが今後、なにもしなければ、止むを得ない状況になる事が確定している。……俺の出現によってその未来は揺らいでる可能性もあるが。

 

 俺はこれからその未来に向けて、魔術を訓練する。その状況になるまで、魔術を使わないなんてのは到底不可能なんだ。少なくとも俺の心境ではな。魔術を使わずに事を収める事も可能なのかもしれない。だが俺は全力を尽くしたい。悪いな、土御門。

 

 9月30日。史実ならば木原数多、俺の父親が死ぬ日。

 

 やらせはしない。たとえ親父が、死んだほうがいい悪人だったとしても、俺にとってはそうじゃない。

 

 戦う理由なんてのは、それだけで十分だ

 




木原「ね?簡単でしょ?」

土御門(何言ってんだこいつ……)
作者(何言ってんだこいつ……)
 
 ゲーム会社の言い訳みたいですが、主人公の才能に関しては、今のところツッコミどころしかないのは仕様です。バグじゃないです。


 前話で、シレッっとオリジナル術式を登場させてたので紹介をば

神よ、彼らを許したまえ(F P F T)

 上条当麻を吹き飛ばした術式。当然幻想殺しで消す事が出来るのだが、目に見えず殺傷能力の無い風の術式であり、かつ上条当麻は走りこんでいた最中なので食らってしまった。いわば時間稼ぎの術式。更に言えば略式による発動なので本来の威力の半分も出ていない。という設定です。
 元ネタはキリストの最後の7つの言葉の1つ目。扱い的には本当にあったかなかったかはっきりしない言葉。オリジナルとしては適正かなと思いいれました。ちなみに4つ目がイノケンティウスに致命的ダメージを与える『神よ、何故私を見捨てたのですか(エリ、エリ、レマ、サバクタニ)』。
 こちらはヘブライ語の完全詠唱ですが、『神よ、彼らを許したまえ(F P F T)』は英語のノタリコンです。……ヘブライ語がわかりませんので、完全詠唱は出ません。というか出せません。

 
 ひとまず第1章終了です。ここまで駄文にお付き合いいただきありがとうございました。


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EX 日常 017 全ては手のひらの上  『8月7日』

 一つ話を挟んでから2巻へ。他愛もない話です。
 あと、あらすじがあらすじしてない気がしたので追加しました。


 魔術。それは異世界の法則を無理矢理この世界に適用し、様々な現象を引き起こす技術。元々は一部の宗教的奇跡への羨望から開発されたものであり、「才能の無い人間がそれでも才能ある人間と対等になる為の技術」とも表現される。

 

「今は流派が細分化されてて、具体的な形を明言するのは難しいかも」

 

「でも、なんらかのエネルギーを魔術的記号に通して発動するってのが、やっぱり基本なんだろ?」

 

「うん。一部例外もあるけどね。魔力を用いない魔術ってのも存在するし」

 

「魔力を用いない魔術……あ、強制詠唱(スペルインターセプト)か。この前ステイルにやってたやつ」

 

「そう。あれは音に魔力パターンを乗せて、命令を誤認させるんだよ。適切な発音よりも、タイミングや術式への理解が重要だね」

 

「物理で言うところの共振みたいなものか……あれって要は、こちらの声自体も術式の一部として認識させる技だよな?」

 

「あのー、木原君にインデックスさん? 上条さん家でなにをおしゃべりしてるんでせう?」

 

 おしゃべりではない。勉強だ。

 

「なにって、魔術の基礎について勉強している。それより上条は俺の出した課題は終わったのか?」

 

「いや、それはまだなんですが……というかまたわからないのがいくつか……」

 

「しょうがない。解説してやるか」

 

「魔術の講義はもういいの?」

 

「いや、同時並行で頼む」

 

 8月7日現在。俺は上条宅で家庭教師をしている。以前、小萌先生に頼まれた上条の学力アップの件を思い出したのだ。そのことを小萌先生に打診し、復習用のプリントを預かって来たのが5日前。丁度俺も上条家に用があった手前、渡りに船とはこのことだ。

 

「さてどこだ……三角比の2次不等式か。なぜこれがわからんのだ」

 

「いや、面目ない……」

 

「まぁまだ習ってないからな」

 

「おい」

 

「でも既存の知識で実はいけるんだがな……ここをtと置いてやれば……」

 

 実は小萌先生が復習担当で、俺が予習担当である。だが上条にはそれに自力で気づく事が出来ない。例の記憶障害のせいだ。

 思い出の喪失。いわゆるドラマや漫画でおなじみのタイプの記憶喪失だ。これにより、上条当麻には知識の記憶しかない。数学の問題を出したところで「解ける」か「解けないか」の判定は出来るのに、「習った」か「習ってないか」の判定は出来ないのだ。そして解けないからといって、それが学習済みか否かの判定は下す事は出来ない。習っていても解けない問題はあるからだ。特にこの男の場合は。

 

「さて、どうだ」

 

「おお、これならなんとか」

 

「んじゃ、類題やってみろ。それが出来たら次は小萌先生のプリントだな」

 

 予習も頑張っとけよ上条当麻。お前、今年はまともに授業に出られると思うなよ。

 

「さて待たせたなインデックス」

 

「別に待ってないんだよ。どこまで話したかな……」

 

 上条当麻への個人授業はおまけ。本命は禁書目録(こっち)だ。

 

 あの日土御門に「魔術は使わない」と約束した日以降、俺は自室で魔術を練習していた。約束? 10分と持たなかったな。ちなみにその10分は自室の火災報知機をOFFにする時間だ。

 練習する事数日。ステイルの使っていた魔術については概ね理解したつもりである。『魔女狩りの王(イノケンティウス)』と『人払い』については未検証であるが、おそらく使用できるだろう。魔力の精製に関しても、無駄を省き必要な動作のみを検証し突き止めた。所作やルーンの数、配置に関しても同様だ。ここまでは順調だった。

 だが、独学にも限界があった。術式に応じて必要な魔力量を調整し、発動する事は出来るようになった。だが魔力量が何故違うのか。それはどういった理屈なのかがさっぱりわからない。発動時の動作やルーンの配置にしてもそうだ。よくはわからないが、それで発動する。ルーンの意味も理解はしていない。

 これは数学に例えるなら、解き方はわかるが意味を理解していないという現象に近い。数学が苦手な人はとにかく反復練習をして解き方を覚えて試験に臨む。そして問題文を見て、練習した通りの解き方を展開する。いじわるな先生がいなければ、これで大体は解けるだろう。

 別にこのやり方が悪いわけじゃない。数学を専門にするならまずいだろうが、そうでないならこれでも良い。

 だが俺は、魔術を専門に学びたいのだ。故に、ステイルから見て盗んだ術式がただ使えるだけではダメだ。しばらくはパズルのピースを組み合わせるように、術式の応用方法を考え続けた。遠隔で炎剣を出してみたり、それを複数にしてみたり……一応は出来た。壁が一部炭化することになったが。やはり未知の物は制御が難しい。

 だがそれまでだ。炎剣は炎剣のまま。というかステイルの術式は熱関係しかない。これ以上はないし、それへの理解もおざなりである。

 

 これではまずいと思い、いろいろ考えた。考えた結果がこのインデックスとの個人授業である。

 わりとダメ元だった。科学側の住人に魔術の知識なんて……と思っていたのだが、インデックスは別に構わないとのことだ。そういえばこの子は原作でも、科学サイドの住人(小萌先生、上条、姫神、御坂etcetc)に結構ペラペラしゃべってたな。セキュリティ大丈夫か魔道図書館。と思ったので聞いてみたが「魔道書の知識」はしゃべるつもりは無いらしい。少し残念だが順当だろう。

 

「つまり魔力は波という事か?」

 

「力の流れという点ではそうだろうね。その流れに声を乗せるのが」

 

「強制詠唱のメカニズムか……全体のシステムを崩さず、その一部だと認識させることで術式に反映させる。ラジオの混信……いや、魔力を使わないのだから違うな。こちらは声を出して、ラジオの音と誤認させる……あれ、結構難易度高いぞこれ」

 

「そうだよ。プロの魔術師でも難しいかも」

 

 やはりあの土壇場で成功したのは運だったのだろうか。それとも俺に才能が……いやいや、俺は木原の出来損ない。やっぱアレは運だな。

 

「ん? もうこんな時間か。上条ー」

 

「お、そろそろ昼飯どきか。よっこらしょっと」

 

「とうま、それちょっとおじさんくさいかも」

 

「あのねインデックスさん。……女の子におじさんくさいとか言われると、男は結構傷つくんですのことよ。さて、好きに使わせてもらっちゃうけどいいか? 木原」

 

「好きにもなにも、今日は全部お前ん家に置いてく予定なんだが」

 

「マジで!?この材料が全て上条さん家の冷蔵庫に永久就職……これであと5日は戦える……フ、フフフ」

 

 俺の見立てでは2日持つかどうかだな。主にこの白い奴のせいで。

 インデックスに魔術講習を受けるにあたり、俺はその報酬を『食材』という形で提供した。色気より食い気。まあこの年頃なら当たり前か。ちなみに初日の食材は米10kgだったが、その時上条は泣いていた。インデックスを自宅に迎えて数日。白い悪魔の胃袋の恐ろしさを存分に味わった後なのだろう。上条との勉強会も、この報酬で継続中なところが多い。まさにwinwinの関係だ。

 

「はっ!? いや、次回の勉強会への繋ぎを考えると、ここで贅沢に行くのはまずい……ここはこのもやし殿に頑張ってもらうか。でも───」

 

 チラチラと上条がこちらを見てくる。ああ、俺がお客さんだからか。

 

「俺は何でも構わんぞー」

 

 上条はわりと料理がうまい。ありつけるだけ恩の字だ。

 

「私が構うかも! どーしてとうまはそんなにもやし炒めが好きなの?」

 

 お前のせいだな。

 

「逆に問おうインデックス! もやしが嫌いな一人暮らしがいると思うか!?」

 

 多分いる。

 

「いままではそうだったかもしれないけど、今は私がいるんだよ! 育ち盛りの女の子にもやしばっかりは身体に毒なんだよ!」

 

 毒。それは緩やかに身体(家計)を蝕んでいく。……インデックスのことかな。コイツはかなり即効性のある猛毒だ。

 

「も、もやしだってちゃんと栄養あるんだぞインデックス」

 

「そうだぞー美容にいいんだぞー」

 

「え?そうなの?」

 

「ほ、ほら、見てみなさいインデックス! 木原もこう言ってるし。もやしを食べればお前のガサガサの肌もツルツんぎゃあああああああああああ!!!!」

 

 毒ではなく凶器じゃったか。上条は栄養無いと思うぞインデックス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『では、学園都市側の見解はこれで出揃ったということね』

 

『そうだ。こちらはそもそも魔術師を有してなどいない。そちら側の人間に干渉する気もない。今回は不幸な事故だった、という事で納得していただけたかな』

 

『こちらの知り得た情報によれば、未だ不審な点もいくつか残りしなのだけれど。その点は都合よく忘れろとでも言いけるのかしら』

 

『その情報は確かなのかね。よければスパイ(情報源)を明かして貰いたいものだ』

 

『明かせない人員もありけるのだけれど、こちらに戻りし魔術師達の証言だけでも、件の少年が怪しい存在であるのは明白。わざわざ不審点を指摘させたるような真似は……イギリス清教との友好を考えたるなら、当然避けるべきではないかしら?』

 

『別段、隠す気も無い。あの少年というのは魔術を使った(、 、 、 、 、 、 )少年のことかね』

 

『そうでない方の少年も、頼めば教えてくださるのかしら』

 

『そちらについては、元々話すことなどないと思うがね』

 

『……』

 

『件の少年はいくつかの特異性を有している。その内の一つが共感能力の異常発達。君たちの技術が漏洩した件については、それで結論がつくはずだが』

 

『たしかに。更に言えば魔術の素養もありけるようね』

 

魔術(ソレ)に関しては門外漢だが、技術である以上模倣されるのは仕方のないことだろう』

 

『して、その共感能力とやらは、知りたるはずのない情報を得る事も可能になるのかしら』

 

『……それはないな』

 

『では───』

 

『ああ。あの少年にはまだ秘密がある。限定的ではあるが』

 

 科学サイドの総本山。学園都市統括理事長、アレイスター=クロウリーは微笑みながら告げた。

 

『あの少年には、未来を見通す能力がある』

 




 ちなみにステイルはいま飛行機の中ですね。

 ミス等ありましたら教えていただけると幸いです。見直してはいるんですがね……視覚阻害(ダミーチェック)でも使われてるのか、たまにトンでもないミスがあったりします。

 あとローラの口調が何故かすごい難しいです。書いてて違和感しかない……その辺は後でいじるかもしれません。


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第2章 世界と向き合う 018 相変わらずな日々  『8月8日』  Ⅰ

進みません。いつも通りです


 8月8日。とある魔術の禁書目録2巻目の開始日。私こと木原統一は現在、禁書目録の知識をノートにまとめていた。

 と言ってもステイルも使っていたルーンについてと、魔術の基礎。あとは強制詠唱(スペルインターセプト)。おまけ程度の魔滅の声(シェオールフィア)だけだ。魔滅の声については原理を聞いただけなので使用はできないだろうな。強制詠唱もわりと感覚によるところが多い術式なので使用できるかは半々と言ったところだろう。つまり、目に見えた進歩は皆無だ。いや、千里の道も一歩から。地道に行こう。

 

 今日上条はインデックスと共に本屋に向かうと言っていた。原作では参考書を買いに行くはずなのだが、今回はインデックスのために『超機動少女(マジカルパワード)カナミン大全集』を買ってやるのだとかなんとか。食費が浮いた分もインデックスのために使ってやる上条の優しさに涙をするところだが、ここまで歴史を変えても吸血殺し(ディープブラッド)こと姫神(ひめがみ)秋沙(あいさ)遭遇フラグはきっちり建てるのはすげぇと思う。なんだあの吸引力は。ついでにインデックスは三毛猫(スフィンクス)も拾ってくるのだろうか。拾ってこなかったら俺が代わりに拾いに行こう。

 

 さて、そんな上条ペアはさておき。俺がこんな暑い中エアコンを稼動させ、朝から机に向かっているのには理由がある。今日は外に出たくないのだ。絶対に。

 

 吸血殺し編改め、スーパー錬金術師編である2巻。見どころはこの巻登場にしてこの巻退場であるアウレオルス=イザードだろう。元ローマ正教の隠秘記録官(カンセラリウス)。言葉のまま……ではなく思いのままに世界を歪める黄金練成(アルス=マグナ)を使う超危険人物。「学園都市よ吹っ飛べ」とか言った途端にホントに学園都市が滅んだりする。そんな能力持ちの人が同じ都市に来てますとか言われたら、身構えない奴はいないだろう。

 そして第2に、ステイル=マグヌスが来ている点だ。幾度となく俺を燃やしてくれたイギリス清教の魔術師。結局、学園都市とイギリス清教がどんな縁を結べたのかは不明だ。だが学園都市には魔術関係のツテがそこしかないのも事実。先日の件でたとえ険悪ムードになっていたとしても、アウレオルス関連で頼るのはイギリス清教しかないのだし、たぶん来ているだろう原作通りに。

 あいつも出会いがしらに炎剣をぶっ放す危険人物だ。幻想殺し(上条当麻)ならともかく肉体再生(木原統一)にそれをやられたらたまったものではない。……思い出したらムカついてきた。結局治療費ぶんどってなかったしな。

 

 という事で、今日俺は家に篭城する気構えである。絶対に外に出ないし、電話も取らない。チャイムが鳴っても居留守を使う。外に出て、ステイルを恐喝しに行こうかとも考えたが、よくよく考えると無意味なのでやめておいた。感情を処理できん人類はなんとやら、だ。

 

 ノートもまとめ終わり、手持ち無沙汰になった。昼前だ。今日はまだまだ長い。今から時間をかけてなにか凝った料理でも作ってみようか。『木原統一』はそこそこ料理好きらしく、料理の本もかなり置いてあった。実際に読んでみると、知識がきちんと頭の中に入っているのがわかる。その知識を生かしてみるのも面白そうだ。

 

 と考え付いた時だった。

 ピンポーン、と自宅のチャイムが鳴った。どうやらだれか来たらしい。

 身についた習慣とは恐ろしいもので、一瞬立ち上がりドアの方へ向かおうとしてしまった。迂闊な。今日の俺は学園都市のどこかへお出かけ中だ。そういう設定なのだ。

 2度目のピンポーンというチャイムが鳴る。続いてドアをガチャガチャする音が聞こえてきた。無駄だ、きちんとドアチェーンまで掛けている。開きはしないぞってちょっと待て。何故ドアを無断で開けようとしている!? 身内か? 木原数多(親父)が訪ねて来たのか?

 一瞬出ようかと考えた矢先、机の上の携帯電話が鳴った。電話の画面には『土御門』の名前が……

 このタイミングでのこの電話。偶然ではないな。奴だ。おそらくまた厄介ごとを持ってきたのだ。ダメだ、絶対に出るわけにはいかない。悪いが日を改めて出直して来いアロハグラサン。

 

 しばらくコールが続いた後、電話は鳴り止んだ。これで諦めてくれればいいのだが……ピロン、と今度はメールの通知音だ。「日を改めて出直します」とかだったらいいのだが───

 

 『いるのはわかってる。出て来い』

 

 理想とは真逆だった。嫌でごんす。絶対に出ない。というか何でばれ……あ、音だ。あの野郎、人ん家のドアに耳押し付けてやがったな。こうなったら「ごめん寝てた」作戦で……と考えてたらさらにメールが届いた。

 

 『あと2分で出てこなければ、ステイルがドアを吹き飛ばす』

 

 ……どうやら選択肢は無いようだ。というかステイルもいるのか。状況は最悪だな。だがしかし、こんな事もあろうかと俺には奥の手( 、 、 、)がある。それ( 、 、)を装着し、上着を着る。前世で何度か使った手だ。これなら帰ってくれるはず。俺は鍵とチェーンを開錠し、少しだけドアを開けた。

 

「ゴホゴホ……実はいま風邪を引いてしまってな……」

 

 隙間から見えたのは土御門だった。

 

「……」

 

「なので今日は帰ってく───」

 

「やれ、ステイル」

 

 俺はドアごと吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて事を……また人ん家の玄関をお前は」

 

「文句は土御門に言ってくれ。僕は要望に応えたまでさ」

 

 要望があったからって即吹き飛ばすか普通? 仮にも病人(を装ってる奴)に向かってその対応はどうなんだ。歩く火薬じゃねえんだからもうちょっと考えろや。だから最大主教(アークビショップ)に騙されるんだよ。

 

「あの、土御門さん? 僕一応病人なんですけど」

 

「肉体再生のレベル4が、そんなのにかかるわけないだろう」

 

 え? そうなの? というか土御門さん、何か怒ってらっしゃる?

 

「いや、風邪くらい……なるだろ?」

 

「……正確には掛かっても症状が出ない、が正しいにゃー」

 

 えー……なんだそりゃ。じゃあれか、風邪じゃなくて何か重大な病気に掛かっても、俺は気づく事すら出来ないってことか? それ色々とヤバイんじゃないか?

 

「へぇー、そうなのか。便利で気持ち悪い能力だな」

 

 ああ、お前は知らずにやったのね。いつか殺す。

 

「そもそも、風邪っていうのは身体の抵抗が弱まった時とかに感染するからにゃー。滅多な事じゃ、木原っちが感染することはないですたい。……俺が知らないとでも思ってたのかにゃー?」

 

 なるほど、土御門は俺がその事を知ってる前提で喋ってるのか。知ってて仮病をしたもんだから怒ってる、と。木原統一が俺になる前なら知ってたのかな。

 

 まてよ……冷静に『木原統一』としての知識を掘り返してみる。肉体再生(オートリバース)大能力者(レベル4)。発熱や気だるさ、喉の炎症等の風邪の症状を即時修復する。確かに記憶にはあるな。『知識(じょうしき)』としてきちんと思い返せば出てくるところを見ると、土御門の言う事は真実なのだろう。レベル4ってすげーなおい。

 ちなみにこれは最近覚えた技? みたいなものだ。7月20以前に得た知識は、冷静に頭の中を探り起こすと出てくる事がある。本を読むことで科学の知識が思い起こされるのを、読まずに出来ないかと試行錯誤した末に出来た偶然の産物だ。ただし自然には出てこないのが難点ではある。

 肉体再生を持つ能力者は風邪にかかるのか否か。俺は疑いもしなかった。どうやら『木原統一』としての自覚はまだまだらしい。

 

「うーんそうなのか。土御門は知ってたみたいだけど、俺は知らなかったな」

 

 ついさっきまでな。

 

「今さら言い訳したって無駄ぜよ。木原っちがそんな事も知らないなんて、ありえんですたい」

 

 さっくり否定された。知ってて当然なのか? まぁ自分の能力くらい把握してるだろってことか。

 

「さて、そろそろ行こうか。こんな所で時間を潰している暇は無い」

 

「そうだにゃー」

 

 そう言って、二人ともこちらを見る。え? 行くって何処に? あとステイルは嫌そうな顔してるけど、なんで?

 

「この間の件について、色々と処遇が決まったんだにゃー。だから二人一緒に行かなきゃダメぜよ」

 

「この間の件?あの、ちなみに何処へ?」

 

「君の保護者と、僕達の保護者を交えての秘密会議だ」

 

 保護者というと木原数多だろうか。いや、わかってる。そんなはずはない。つまり───

 

「窓のないビルへ、ご案内ですたい」

 

 

 

 

 

 

 

 

 『窓のないビル』

 

 学園都市第七学区に存在するそのビルには、学園都市統括理事長がいるとされ(つーか実際にいる)ており、『演算型(カリキュレイト)()衝撃拡散性複合素材(フォートレス)』と呼ばれる特殊装甲で覆われた鉄壁のビルである。

 どれほど鉄壁かというと、一方通行が地球の自転を5分遅らせて撃った自転砲とか、レベル5の枠を超えていたであろう御坂美琴の雷撃を受けても傷一つつかないトンでも要塞である。

 その割には破砕用機材で後に壊されるのだが、その辺はまた別のお話。というかどうでもいい。外身には興味はないのだ。問題は中の人物である。

 

 学園都市統括理事長。アレイスター=クロウリー。世界最高の科学者であり大魔術師。この世界における最強の引き篭もりでありラスボス。

 たぶん何でも知っていて、なんか凄そうな事を企んでる人物。と、言うとなんとなく三下みたいなイメージを持つ人もいるだろう。だがあの人間はヤバイ。特に俺にとっては。

 宗教に依存しない、科学の世界を弄るとかが目的らしいが、そんな人間の前にだ。転移者(メタ存在)みたいな俺がホイホイと顔を出して無事でいられる気がしないのだ。

 

「と言うわけで、見逃してください土御門さん」

 

「なにが「というわけで」なのかは知らないがにゃー。こればっかりは行ってもらわなきゃ話が進まんですたい」

 

 確かに、原作()は進むかもしれないが俺が終わる。全身解剖されまくった挙句に脳から情報を搾り取るだけ搾り取られて殺処分コースとか普通にあり得る。その間に俺のクローンとか作っちゃったりして入れ替わりとか? 実は秘密裏に作られたファイブオーバーの食蜂操祈(第5位)版とかに突っ込まれたり? いやもうマジで、なにされるかわからないのでホント勘弁してください。

 

 当然逃げようとした私こと木原統一だが、土御門のスーパー体術で御用となり、後ろ手に縄で縛られ歩かされている。喧嘩負けなしの上条をあっさり倒した(4巻参照)腕前は伊達ではなかった。もやしもん一歩手前の木原統一では微塵も対応できなかったのである。俺も見習って鍛えるべきだろうか?

 

「魔術を使おうとしたら、骨の2~3本は覚悟してもらうぜい。と言っても木原っちなら即時回復なんだろうけどにゃー」

 

「なるほど。いざと言うときに手加減しなくていいのは助かるね。なにしろ半分以上炭にしても生き返るのは、先日実証したばかりだ」

 

 この野郎……マジで後で覚えとけよステイル。

 

「ああ、俺はもうダメだ……もうさ、俺なんかが一緒に行く必要なんてないじゃん? 結果だけ聞いて後で教えてくれよ、な? それじゃダメなの?」

 

「さあね。君と僕。つまり学園都市の能力者とイギリス清教の魔術師との抗争の清算の話とは聞いているが。結論は聞いてはいない。僕は別件ですぐにでも学園都市に来る必要があったからね」

 

 別件、というと三沢塾の件か。あの影の薄そうな名前の塾が、元ローマ正教の人間に制圧されちまったんだからさぁ大変って奴だ。ここはちゃんと原作通りなんだな。

 そして結論とは。上条当麻とステイル、禁書目録の件すら俺はどういう処理がなされたのかを知らない。原作を読んでてもさっぱりなのだ。その上で俺自身があれだけ暴れたのだから、どうなったことやら……

 

「なぁ土御門。お前はどうなんだ?」

 

「俺はもちろん聞いてるぜよ。ま、正式に発表されるまでは言わないけどにゃー」

 

 ふーむ、土御門は内容を知っているらしい。ということはだ。俺自身が何かまずい事になるという可能性は低いような気がする。土御門は俺の敵って感じでもないし、希望はあるな。そこまであわてる必要も……あーやっぱダメだ。アレイスターの思考は流石に土御門の想定外だろう。

 

「さて、俺はここまでだ。あとは頼んだぜい、ステイル」

 

「このビルの8階だったな?」

 

「そうだ。んじゃ、木原っちも頑張るんだにゃー」

 

 窓のないビル、ではなくそのすぐ側にある建物の前で土御門は去って行った。廃ビルっぽいな。まぁアレイスターの家の隣が普通に花屋とかだったら吹き出すところだが。

 

 無言でエレベーターに乗り、8階に着いた。廃ビルでも電気は来てるのか。察するに窓のないビルへのアクセス拠点としてのみ機能しているってことか。

 ドアが開くとそこには一人の少女が立っていた。

 少女というか痴女だった。

 学園都市最高峰の空間移動能力者(テレポーター)、そしてショタコンの結標(むすじめ)淡希(あわき)だ。

 

 正直、窓のないビルへ行くと聞いたときからこいつに会うのは予見していた。だがしかし

 

(やっぱ露出多すぎだろ。さらしにブレザー肩掛けって、昭和の……なんていうんだっけ? 番長、じゃなくて……)

 

 流石に木原統一の記憶にもないようだ。うんうん考えながらステイルに縄を引っ張られ、彼女の元へと進んでいく。

 

「もう移動してもいいかしら?」

 

「ああ」

 

「……そちらの方は?」

 

「あ、僕はいいです「二人とも頼む」

 

 最後の脱出タイミングを失った。結標はなにか怪訝そうな顔をしている。無理もないか。なんかでっかいコスプレ男が縄に繋いだ男と一緒に統括理事長に会おうとしているのだから。

 

「ところで14歳のステイル君」

 

「……何故君が僕の年齢を知っている」

 

「流石にそろそろ縄をだな……解いてはくれんかね」

 

「断る」

 

 あっさり断られた。さいですか。この格好で統括理事長にご対面かよ。この大男の年齢を明かしてみたりしたが、結標は無反応だった。伊達に窓のないビルへの案内人はやってない。やはりVIPを運んだりする職業なだけに、ポーカーフェイスが必要になってくるのだろう。

 

「それじゃ、行きますよ」

 

 と言った直後、視界が一瞬にして切り替わる。埃っぽい床は配線だらけに、ガラスのない窓は消え窓一つない空間に。そして奥には―

 

 巨大な生命維持槽のビーカー

 緑の手術衣

 聖人にも囚人にも見える『人間』

 

 アレイスター=クロウリー、その人がいた。

 




主人公がアホじゃないかって?
茶番じゃないかって?
……ああそうだよ(上条感)

書いてて便利な肉体再生。ちなみに例の欠点を克服すればレベル5入りだったりもするんですが、その場合第何位なのかは微妙です(第6位と比較のしようがないので)


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019 ガラスの要塞  『8月8日』  Ⅱ

先に言っておきますと

諦めました。何をとは言いませんが。
そしていつも通り鈍足です


 普通、人は初めて出会った人間に対しなにかしらの感想を抱く。

 明るそうな人だーとか、厳しそうな人だとか。幼子や年配の方には警戒心を解いたり、隣にいるバーコードピアス炎剣ぶっぱ野郎にはドン引きしたりする。

 何故こんな前振りをしたかと言えば当然、ビーカーに浮く男は例外だったからだ。

 

「ここに来る人間皆、私の在り方を観測して、皆同じ反応をするのだが───」

 

 培養液のような液体に浸されている人間がどうやって喋っているのかは知らないが、たしかにその声は聞こえてきた。

 

「やはり君は例外のようだな。木原統一」

 

 放置しすぎて苔が大繁殖し、中身が見えなくなった水槽の中なにかがモゾリと動いたのを見たような───いや、わかりづらいな。ようするに、

 目の前の人間を、俺は人間として( 、 、 、 、 、)認識できなかった。人ではない何か、というのが木原統一が最初に抱いた感想だった。

 何故そんな印象を抱いたのかをうまく説明できない。人としての感情が見られないだとか、逆さまだからとか、浮いてるからとか。色々こじつけることは可能だろう。だがどれも理由としては弱い。その姿を見た瞬間から、まるでこの世にこんな存在がいる事を想定してなかったような、未知の生き物を見たかのような状態だった。

 ああ、ここに来なければよかった。なりふり構わず全力で逃げるべきだった。そんな後悔の念が俺を襲った。

 

「さて、本来であれば()からの来客者との歓談を楽しむべき場面ではあるのだが。まずは処理すべき案件からいくとしよう」

 

 アレイスターがわりと饒舌に何かを喋ってはいるが、さっぱり頭に入ってこない。

 

「イギリス清教、最大主教(アークビショップ)

 

『あっ、あー。ハロー、聞こえたるかしら?』

 

 アレイスターの浮いているビーカーに、なにやら真っ黒なウィンドウが現れた。

 

『えーと、もしもーし? ……神裂、やはりこの機械はマイクとスピーカが遠すぎではなくて?いつもの電話ではダメなのかしら?』

 

『ですが学園都市から支給されてきたものですし、撥ね除けるのもどうかと』

 

 緊張感の欠片もねぇなこいつら。あとなんだか声が大きくなったり小さくなったり忙しい。……あ、こいつらもしかして。

 

「まさかパソコンに耳つけて喋ってる……?」

 

 沈黙。真っ暗な画面が切り替わり、えっ?という表情の金髪の修道女がどアップで映っている。

 

『……やり直しても構わぬかしら?』

 

「好きにするといい」

 

 通信が切れた。横でステイルがわなわなと震えている。怒ってるなぁ。

 

 しばらくして、ゆったりと椅子にくつろいでいる様子でイギリス清教最大主教、ローラ=スチュアートが映った。

 

『イギリス清教最大主教、ローラ=スチュアート。そちらは学園都市統括理事長でよろしいかしら?』

 

 先ほどの茶番さえなければ威厳ある登場となっただろう。こっちは吹き出すのを我慢するので精一杯だ。

 

「そうだ」

 

『では話を始めたるわよ。件の少年とステイル=マグヌスも揃うているようね』

 

 向こうからは俺とステイルの姿も見えているようだ。

 

『まずは結果から告げたるほうがいいかしら……』

 

 と言うと、ローラはなにやら丸まった紙を広げそれを読み上げた。

 

『えー、イギリス清教最大主教の名の下に、木原統一を8月付けでイギリス清教必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔術師として任用する……さ、これで一件落着ね♪』

 

「「……は?」」

 

 不本意ながらステイルと台詞が被った。たぶん心情も同じだろう。

 

 今なんつったこのバカ女?

 

『ふふん♪なにをそんなに驚きたるのかしら。そこのステイルの術式を看破し、使用できるほどの魔術の腕前なら、配下に加えたると考えるのは当然につき』

 

「なにを言ってるんですか最大主教! こいつは、学園都市の人間です。それをイギリス清教の一員にするなんてことは――」

 

 そうだ。科学と魔術、双方の技術は秘匿されなければならない。学園都市の能力者がイギリス清教に入る? そんなことしたら……あれ、どうなるんだろ?

 

『あらステイル。一体なにが問題なのかしら?』

 

「そんなことをしたら他の宗派との摩擦が!科学サイドとの不必要な馴れ合いは混乱を招く要因に────」

 

 もっともな意見だ。学園都市は科学サイドの総本山であり親玉である。そことイギリス清教が手を組めば世界のパワーバランスは崩壊する。魔術サイドの最大勢力、ローマ正教が黙ってないだろうな。……あれ?

 

「なぁステイル。インデックスはどういう扱いなんだ?」

 

「彼女は様々な魔術結社から狙われている身だ。彼女の知識を悪用すれば、魔神に至る事も不可能ではないとされている。よって、世界一魔術から無縁な場所に身を置く事で自らの無害さをアピールしているのさ」

 

 解説ご苦労。なるほど、そういう扱いなのね。まぁなんとなく察しはついていたが、きちんと把握できたのはありがたい。

 

「とにかく、この得体の知れない人間をイギリス清教の中に置いたらどうなるか、理解しているのですか?!」

 

『得体のしれないなんて、つれなきことね。素性は学園都市のお墨付きだというのに』

 

 あ、ステイルがまた震えだした。やはり学園都市トップの前だからか、なんとか爆発せずに耐えているようだ。

 

『そもそもよステイル。この処置をしなくては魔術サイドと科学サイドの争いは避けられなき事なのよ』

 

 んん? 話が飛んだぞ。どういうこった。

 

「他の魔術宗派にも今回の一件は知られているからこその対応、ということですか」

 

『そうかもしれない、という話につき。確実ではなかりけるのよ。ただもし周知の事実とすれば、イギリス清教としては学園都市との戦争の火蓋を切らねばならぬ立場にある……この理屈がわかるかしらステイル』

 

 それを聞いて、ステイルは押し黙った。何か考え込んでいるようだ。

 

 イギリス清教が学園都市と戦わねばならない。というのはようするにやられっぱなしで黙っていては、魔術側の沽券に関わるということだろうか。ようするに矜持、プライドの話なんだろう。ここで反撃をせねば、逆にイギリス清教は他の魔術組織から非難の的になり得る。「勝手に戦って勝手に負けてんじゃねーよ」と。

 

『シナリオとしてはこうよ。そこの少年は最近まで、学園都市に潜入せしめるフリーの魔術師。そこに現われたるは、禁書目録としての運命を背負わされた不幸な少女……』

 

 あ、なんか始まった。というかその運命背負わせたのアンタやん。

 

『彼女の不幸を知り憤る少年。どうにかして彼女を救いたい……そんな想いの中彼はイギリス清教の手先と対峙し、退け、そして最後には和解しける。最後は自らの素性がイギリス清教、学園都市にバレるのを承知で矢面に立ち、彼女の救済を訴えけるの……』

 

 わざとらしく手を組んで祈りのポーズを取る最大主教。様になってるからこそだろうが、とんでもなく腹が立つ。不服ながらステイルも同様らしい。なんか気が合うな今日は。

 

『そんな姿に胸打たれたのはイギリス清教の最大主教と学園都市の統括理事長。いがみ合いけるはずの両者は、一人の少年の純真に突き動かされる』

 

 少年の純真とか言うんじゃねえ。実際は打算バリバリなんですが。

 

『かくして、少年がイギリス清教に入りたるのを条件に、彼女の平穏が無事約束されたるのでした───どう? なかなかよく出来た物語だと思うのだけれど』

 

 もうなにも言えない。それでいいのか?それで丸く収まるのか? ちなみにステイルは愕然としている。怒りが一周してパンクでもしたのか?

 

「あの」

 

『なにかしら?』

 

「さっきステイルが言ってた、他の宗派の摩擦っていうのはどうなるんでしょう?」

 

『少なからずありけるわね。ただ、貴方が最初から魔術師であったことをアピール出来れば問題なしにつき』

 

「……じゃあイギリス清教に所属する意味は?」

 

『イギリス清教の術式の情報を携えて、他の宗派に出奔せしめるのはこちらにも都合が悪しものなの。そしてイギリス清教()禁書目録の側にフリーの魔術師があり続けるのもまた危険。つまりは貴方の庇護が目的でありけるのよ』

 

 ……なんてこった。

 

「……上条はどうなるんですか?」

 

『禁書目録を救うため立ち上がりし、善意の一般市民はこの際議題にも上がらぬでしょうね』

 

 なんてこった。これで話を通すのかよ。聞いてみれば選択肢がこれしかないようにも見える。

 おそるおそる統括理事長を見てみるが、アレイスターはすまし顔のままだ。まぁこれ以外の顔をするとも思えないのだが。うん、「どうよこの話」といったフリをする相手を間違えた。

 次にステイルを見てみるが、ステイルは目をつぶって考え込んだままだ。こいつもダメだな。

 

「こんな怪しい人間を、イギリス清教に入れてもいいんですか?」

 

『必要悪の教会は元々、怪しい人間の集まりよん♪』

 

 そうだった。現時点でも元天草式ウエスタンガール(審議拒否)とか暗号解読班の暴走ライオン丸とかいるじゃねーか。ついでに隣に自称14歳の巨人もいるし。そしてこれから雪ダルマ式に人員が増えていく中、元フリーの魔術師は素朴すぎる。天然暗号解読班とか厚底サンダルには勝てねえわ。元ローマ正教も仲間に加えるんだもんなこいつら。

 

「……拒否権は」

 

『デッド・オア・イン よ』

 

 入らなければ死刑ですか。ますます入りたくないです。

 そうだ。この女はこういう奴だった。自分に有益な者は、何かの見返りにイギリス清教傘下に入るように仕向けるこの手法。神裂、天草式、アニェーゼ部隊。全員がコイツの手管で入らされたわけではない。だが実績がある、もといこれから積む実績があるのもまた事実。仕掛けてきた頃には逃げ場もなし。

 

 ……やっぱ腹芸は苦手だな俺は。こんな展開は流石に考えなかったわ。

 

『さて、話はこれで終わりにつき。ようこそー必要悪の教会へ♪』

 

 もう終わりですか。あははは……この先どうしよう。というかさっきからテンション高いな。……あ、深夜テンションか。イギリスは真夜中だもんな。

 

『さっそく仕事に入ってもらおうかしら? 貴方の初仕事は、禁書目録の護衛よ』

 

 その言葉にステイルがカッ! と目を見開いた。こいつ、インデックスの件になるとホント真剣だな。

 

「最大主教! この男を彼女の護衛に付けるのは危険です!」

 

『反論は受け付けませーん。それに、これ以上の適任はないのではなくてステイル。学園都市製の力は回復力につき、いざとなればその身をもって禁書目録の盾とならん人材でありけるのよ。それに』

 

 最大主教は足を組み直して嘆息している。あーそろそろ疲れてるのかな、とか考えていると

 

『統括理事長によれば、この少年は未来が見えるそうなのよ。かくも、これ以上の適任者はないでしょう?』

 

 …………は?

 

「未来予知、ですか? この男が?」

 

『ええ。学園都市というのは、げに恐ろしきところね。と言っても、その予知は学園都市製ではなしに、生まれついての能力のようだけど』

 

 人間と言うのは、心の中に秘めた秘密がバレた時に、思考が停止する時と思考が大回転する時があるという。そして今回俺は後者だった。

 

 未来が見えるという触れ込みは大嘘だ。確かにこれから先起こるであろうイベントは知っている。だが俺の存在のせいで、それらは大きく歪み始めているはずなのだ。なにより、俺自身の未来はまったくと言っていいほど不明だ。これで未来予知が出来るなんてのは到底無理がある。

 

 だがそれをどうやって伝えるのか。未来予知なんて出来ませんと言って、この二人に信じてもらえるのか? なにしろその予知能力は学園都市のトップが言い始めた事だ。それを嘘と言っても信じてはもらえないだろう。……そうだ、俺は今回の件で嘘をつき過ぎた。嘘つき男VS学園都市トップ。結果は火を見るより明らかだ。

 

 そんなことよりだ。アレイスターは俺をどういう風に認識しているのだろうか。まさか本当に、ただ未来が見える男に見えているだけか? 俺に統括理事長の監視がついたのはどのタイミングだ? 未来予知という謎の設定を付けて、禁書目録の護衛として任用したのは何故だ? 何が目的なんだ?

 

 俺はアレイスターの顔を見た。いつもながらの無表情だが、心なしか微笑んでるようにも見える。ここに来た時は来るんじゃなかったと後悔したものだが今は違う。この男と正面から話がしたい。

 

「まさか、未来が見えるとかいう触れ込みでこの男の異常性を納得したのではないですよね? 最大主教?」

 

『うん? 左様なのだけれど、なにか問題がありてステイル?』

 

「……この女……そんな簡単に信用していいはずがないでしょう! 裏は取れたのですか!?」

 

『裏、ね。学園都市との信用を考えれば、そのような行いは出来ぬ立場なりけるのだけれど……』

 

 チラチラと視線が斜め上に動く。おそらくアレイスターを見ているのだろう。おい、答えてやれよ統括理事長。

 しかし、この女。「自分は信用しているが部下が疑ってるのよねー」という体で探りを入れてきている。ステイルの性格も加味してたな。おいステイル、また簡単に利用されてるぞ。

 

「いいだろう。好きにするといい」

 

 答えてやれよとは言ったが応じるなよ。俺が困るだろうが。

 

『許可も下りたることだし、証明してもらいたろうかしらね。木原、何か予言を一つしてもらいましょうか』

 

 げ。面倒なことになってきた。予言……要するに最近起こる事を当てなきゃならんって事か。でも下手な事言ったら未来が変わっちまう気がする。

 

「外したらどうなるんです?」

 

『特になにもなきにつき。気楽にやってちょーだい』

 

 外してもOKときたが、そんな言葉はわりと信用ならない。当てよう。ただし信用してもらえなさそうなのを。丁度よさそうなのがあるじゃねーか。

 

「あー、じゃなにか一つ……今月、天使が現世に降ってきます。これでいいですか?」

 

『……一応、私は貴方の上司になりたるのだけれど』

 

「ああ、部下に首輪着けて弄ぶような鬼畜上司でしたね」

 

 ぐぬぬ、という顔の最大主教。ざまぁみろという表情のステイル。よし、微塵も信じてないなこいつら。

 

「用件は済んだかね」

 

 そういえばアレイスターはどうなのだろう。御使堕し(エンゼルフォール)は計算通りの出来事だったのだろうか。……いや、上条家のお土産配置まで把握してたら正真正銘の化け物だ。流石に無いか。

 

『……後は任せたるわねステイル。木原、後の処遇は追って連絡したるわよ』

 

 そう言って最大主教との連絡は途切れた。お前からの連絡なぞいらん。

 

「さて、ここに魔術師を呼び出した理由は別にある。その説明は既に受けているとは思うが……」

 

 チラリとアレイスターはこちらを見た。当然俺は知らない事になっている。だがその目線からは「お前は説明不要だよな」という意味合いが含まれているように見えてならない。考えすぎか?

 

「───まずい事になった」

 

 吸血殺し(ディープブラッド)編が、ここに幕を開けた。

 




ローラ「私はかような喋り方をしたるのかしら?」

作者(……出番減らしたろかこいつ)

ローラの口調難し(ry
はい、諦めたのはコイツです。


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020 原典(アカシックレコード)  『8月8日』  Ⅲ

吸血殺し(ディープブラッド)、ですね」

 

 先ほどとは一転してステイルは落ち着いた顔つきになった。仕事モードというやつだろうか。

 

「能力者については問題ない。アレは元々私が所有する超能力の一つだ───」

 

 対するアレイスターも、淡々と状況説明をしていく。俺の口を挟む余地は元より無い。だがそれも好都合。この間にのんびりと考え事ができる。

 

 どうやらこの流れでいくと、アレイスターに捕まって実験体になるだとか、そのまま幽閉されると言った状況にはなりそうにない。……まぁ学園都市を牢だと考えれば、学園都市の住人全てが実験体である、と言われれば否定は出来ないのだがそういうことではなく。俺自身を拘束、排除する意思がアレイスターにはなさそうだ、と言うところに問題がある。

 

 別に捕まえてくださいと言うわけではないが不自然なのだ。アレイスターの性格からすると。

 何十巻と読んできた原作の知識から考えるに、アレイスターは自らのプランから外れた動きをするものに対しては3通りの対処パターンがある。

 1:それを利用してプランを前倒しにする形で修正

 2:静観

 3:排除

 といった感じだ。

 

 1に関してはほぼ上条当麻、一方通行に関する対処である。プランの中枢を担う人材に代わりはおそらくいないのだから、むしろこれしか存在しないとも言える。今回の錬金術師も、ゴーレムで特攻してくるあのライオン丸もこのパターンだろう。

 2は手がつけられない状態。というより、どう動くかを考えている状態だろうか。『浜面仕上』などが当てはまる(と思う)。または放っておけば勝手に自滅すると思われる人間もこの状態だろう。というか、半ば浜面もそう判断されていたはずだ。……無一文の無能力者が戦地(天使光臨予定)に病人背負ってフルダイブして、そこに『麦野沈利(ビーム女)』が追っかけて行って、更には未元物質(ダークマター)で武装した集団が追撃してるのだ。そら死ぬと思うわ。なんで生きてんだアイツ。

 3は意外と多い。ヒューズ=カザキリを利用して排除した『前方のヴェント』。直接対決にて処理(生きてはいるが)した『右方のフィアンマ』等がそうだ。窓のないビルに拘束され続けている『フロイライン=クロイトゥーネ』やこれから幽閉される『レディリー=タングルロード』も該当するかもしれない。後はあの魔神軍団とかか。あの決着、俺は見てないんだがどうなったのだろうか。どっちが勝っても嫌な予感しかしない。

 

 さて、俺は自分自身が3に該当すると信じて疑わなかったわけだが、どういうことなのか。

 『未来が見える』などという触れ込みでイギリス清教に売られた(無償で貸与された?)ことから、最低でも俺自身が異分子(イレギュラー)であることは把握しているはずである。

 そして未来が見えるなら、それはつまりプランに影響を及ぼす可能性を過分に含んでいる事に他ならない。

 更に言うなら、未来の知識はプランを進める上で必ず役に立つ代物ではないのか? これから先大量のイレギュラーを抱える予定のアレイスターだが、現時点では自分の成功を信じて疑わないのか?

 

 俺がアレイスターの立場なら拘束して、機械なり能力者なりを使って情報を吐き出させるね。その方が絶対に得だ。上条当麻の記憶が消えた今ならば、わりと不自然にならないように舞台から退場させる事ができる。

 

「───問題はそういうところではなく、科学者(われわれ)魔術師(きみたち)を倒してしまうという一点に尽きる。……つい先日のあの騒動も、随分と肝を冷やしたものだよ」

 

 嘘だ。こいつは絶対に焦ってなぞいない。学園都市がほぼ完全麻痺したヴェント襲撃時にさえ『娯楽』と言ってのけた奴だ……それともイギリス清教との摩擦を警戒したのか?

 続いて三沢塾の話に移った。半ばカルト化してしまった危ない塾。その見取り図が暗闇に浮かび上がる。あれだ、SFとかでたまに出てくる立体映像技術。学園都市だとわりとメジャーな技術らしい。

 こんな大きいビルに、ステイルは単機で挑む気だったのか。イギリス清教ってブラックなとこやなぁ……

 

魔術師(きみたち)にとって天敵となる『一つ』を、私は所有している」

 

 そらきた。上条当麻を連れて行けというやつだ。

 

「けれど、魔術師を倒すのに超能力者を使うのはまずいのでは?」

 

「それも問題ない。まず始めに、アレは無能力者(レベル0)であり、価値のある情報は何も持っていない。魔術師と行動を共にした所で魔術側(そちら)科学側(こちら)の情報が洩れる恐れはない」

 

 これは真実だ。

 

「続けて、アレは魔術側(そちら)の技術を理解し再現するほどの脳もない。故に、魔術師と行動を共にした所で、科学側(こちら)魔術側(そちら)の技術が流れる事はない」

 

 これは残酷だ。いやまぁ、真実ではあるのだが……

 

「……その少年と違って、な」

 

 上条以上と言われてもそこまで嬉しくない。いやそうじゃなくて、上条のいいところはもっと別にあるんだぞおい。

 ステイルは無言だが、了承したらしい。理由はどうあれ幻想殺し(イマジンブレイカー)の増援が確約されたのだ。アレの強さ、特異性を理解しているのだから、もっと喜んでもいいのだが。生憎と仏頂面である。

 

 話が終わるとほぼ同時に、結標が現れた。あ、青い顔してる。トラウマのせいでかなり消耗しているらしい。

 ステイルは何も言わず、「帰るぞ」と言った表情をこちらに向け、結標のほうへ歩いていく。

 

 一瞬、一緒に歩き出そうとした。だがどうしても気になる事がある。

 ほんの一言。アレイスターに質問したい。

 だがそれは許されることなのだろうか?

 

 何か一つ、ほんの些細な事で俺自身の排除を思いとどまっている状態かもしれない。

 何か一つ、質問しただけで感情を逆撫でし、殺されてしまうかもしれない。……わりとこの人、感情的なんだもんなぁ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……なにかね」

 

 結局、その場に踏みとどまってしまった。恐怖より好奇心が勝ったのだ。ああ、もう。またやぶ蛇になるやもだが止まれない。好奇心は猫をも殺すとは言うが、アレイスターにとって猫やネズミ以下の俺が生き残れるだろうか。

 

「俺を……どう思います?」

 

 まともな答えが返ってくるとは思えない。

 

「科学の街に身を置きながら、魔術(オカルト)を見出した稀有な事例……という答えでは不服かね?」

 

 正直言って不服だ。だがそれで納得しろということだろうか。

 ステイルが「早くしろ」という風にこちらを見ている。逆に結標は「もうちょっとだけ休ませて」という顔だ。この距離だと、こちらの会話は聞こえないだろう。

 

「私の興味は、この世界の内側にある」

 

「……、」

 

「君の存在、その由来はその正反対に位置するものだ」

 

 それだけ答えれば十分だろうという顔で(と言っても無表情だが)アレイスターは言葉を切った。

 言わんとしていることはわかる。そしてそれは、俺の正体を完全に看破した上での発言であることも。

 だがそれでは俺を拘束しない理由にはならない。

 殺さない理由にもならない。

 

「俺を拘束したりはしないんですか?」

 

 アレイスターは何も言わない。言うべき事は言ったという事だろうか? こちらは聞くべき事は聞いてないが、これ以上いても何も喋ってくれそうにない。

 渋々とだが、この場は退くか。ステイルの方へ歩き出した直後、彼はこう紡いだ。

 

「さて、吸血殺しが吸血鬼の証明足りうるならば。あの幻想殺し(イマジンブレイカー)はなにを証明してくれるのかね」

 

 それは問いかけだったのか。それとも独り言だったのか。

 やや内容は違うものの、その台詞は見たことがある。そしてこうして本人の口から聞くとまったく違う印象を受けるものだ。

 

「……魔術師(かれら)の祈りは、ただの幻想に過ぎないと言いたいのですか?」

 

 世界最高の魔術師は魔術嫌いでしたという物語。この男はその本心を、原作で皮肉を込めてステイルへと送った。もちろんステイル本人にはその意味は伝わるはずもなく、伝わったとしても受け入れられることはないだろう。

 

 ……ほんの一瞬。アレイスターの闇が垣間見えた気がした。

 誰にも受け入れられず、世界から拒絶され死にかけた男の心情が。

 

「……汝の欲する所を為せ、それが汝の法とならん」

 

 『法の書』の冒頭の一節。その言葉が俺にはこう聞こえた。「好きにするといい」と。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「木原っち、お疲れ様だにゃー」

 

 げんなりした結標を尻目に(別に尻を見ていたわけではない。否、断じて否)ビルから出ると、土御門が待っていた。

 

「ホント、疲れたわ……緊張と驚きで精神的に」

 

「そいつは大変だにゃー? ま、イギリス清教必要悪の教会へようこそだぜい木原っち」

 

 ああ、そうだ。コイツはどうなるか知っていたのだ。まったく人が悪い。

 

「まさかイギリス清教に入る事になるとは。そこんとこ教えてくれても良かったんじゃないか?」

 

「ほんのお返しぜよ。約束を破った罰という事だにゃー」

 

 約束……げっ、魔術を練習してたのばれてるのか?

 

「何を意外そうにしてるのやら……焦げ臭い匂いが俺ん家にまで届いてたぜよ。アレでばれないと思ってること自体ありえんですたい」

 

 あー、匂いか。そういえば気にしてなかったな。というか、俺の鼻があの匂いに慣れてしまっているのか。ぐぬぬ、つくづくマヌケだな俺。

 

「土御門」

 

 あ、ステイルがなんか怒ってる。

 

インデックス(あの子)の警備をコイツに任せるというのは本当なのか?もしコイツがどこかの魔術組織の者なら、大変な事になるぞ」

 

 まだ納得してなかったのか。そりゃそうだ。俺自身納得してはいないし。言ってる事ももっともだ。

 

「ステイルはそう言うと思ったぜよ……ま、ほぼ100%木原っちは白ですたい。イギリス清教がここまで調べて埃一つつけられない経歴だったしにゃー。言いがかりすら付ける余地なしとくれば、これ以上の適任はいないぜよ。それでも万が一があるってんで、木原っちをイギリス清教に入れたんですたい」

 

「ん? 万が一があると何故イギリス清教に入れられるんだ?」

 

「ああ、なるほどね」

 

 ステイルは何か納得したようだ。対する俺はさっぱりわからん。……あれ、俺ってもしかして鈍い……?

 

「要するにだ、君がもし裏切り者だった場合。イギリス清教は他の勢力より優先的に君を処断する権利を得ると言う事だよ。……なるほど、狙いは君の特異な体質ということか。同時に学園都市には太いパイプを持つ事が出来る」

 

「ま、そういうことだにゃー。木原っちの起こした魔術の模倣は才能、偶然の枠を遥かに超えているぜよ。それにあの噂の予知能力。これで木原っちが学園都市の人間でなかったなら、今頃は処刑塔(ロンドン塔)に幽閉されて拷問解剖のフルコースですたい。ま、あの女はまだ諦めていないようだがにゃー」

 

「なん…だと…?」

 

 俺が鈍いのではなく、魔術業界における俺の自己評価が低かったのか。じゃなくてだな、おい。

 

「え?なに、じゃあ俺は統括理事長ではなく、あの女を警戒するべきだった……?」

 

「……究極の2択だな」

 

 土御門が苦笑いしながら真面目な声になった。ああ、日頃からあいつらを見てればその顔にもなるか。

 

「ま、その予知能力とやらの話題は確かめようがないな。あの女のムカついた顔が見れて、僕としては少しせいせいしたけどね」

 

「んー? 木原っちは何を言ったんだにゃー?」

 

「なにか予知を見せてみろと言われて「今月中に天使が降ってくる」だとさ」

 

「ああ、なるほど。そりゃ当たりっこないぜよ!」

 

 瞬間、ぶわっと嫌な汗が吹き出してきた。

 ヤバイ。それ、当たっちまうんですが。

 

「まったくだ。ま、僕としてはそんな能力の存在自体怪しいと思っているんだけどね」

 

「ち、ちちちちなみにそれがもし当たったら……?」

 

「はっはー、木原っちが焦ってるのを見るのは久しぶりだにゃー」

 

 そんなことはどうでもいいから、どうなるんだおい土御門。

 

「安心しなって。あ、そうか木原っちは魔術師じゃないから、万が一当たった事を気にしてるんだにゃー」

 

 結局まともに取り合ってくれず、土御門は答えてくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『アレを泳がせているのは何故かね』

 

 アレイスターの浮かぶ水槽に、なにやらダンディな声が響く。声だけを聞けば、その声の主が犬であるという事を把握する人間はいないだろう。

 

「……アレの背後にいるモノを考えれば───」

 

『違う。そうではないよアレイスター』

 

 統括理事長に対し、これだけの口を叩ける人物(いや犬)がどれだけいるだろうか。

 

『確かに、理屈の上ではそうだろう。だがこれは君らしくない。相手が誰であれ自らの道を阻むものは排除する。君はそういう『人間』のはずだが』

 

「……彼を好ましく思っていないようだな」

 

『アレを好ましいと思える者はいないだろう。この世界の存在全てを否定する材料になり得るのだから。理屈ではなく本能だよ』

 

 喋る大型犬に「本能」と言われると説得力がある。と、その大型犬の側にいるスーツ姿の女性は思った。

 

『アレの有用性は認めるがね。スペアとしてはこれ以上ない逸材ともいえる。存在だけならロマンと言えなくもない。だからこそだ。一見理性的なくせに、実際には感情で片付けてしまおうとする君らしくない』

 

「……」

 

『ああ、言わんとしている事はわかる。私自身、私らしからぬ思考を展開している事にな。まったく、これでは立場が逆だ』

 

 と言って、大型犬からの通信は途絶えた。今頃自分のらしくなさを反省しているのだろうか。

 

「世界を否定する材料になり得る、か」

 

(もう少し早くに出会いたかったものだな。ふ。ふふ)

 

 闇の中で『人間』は笑う。

 




アレイスター「やっと見つけたぞ」

作者「やめろ」


アレイスターの全能感。原作ではだいぶ霧散してしまいましたが、やはりラスボスですねこいつは。


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021 曖昧に過ぎていく日没  『8月8日』  Ⅳ

主人公は守銭奴です。



「給料?」

 

「そ。貰えるんだろ?必要悪の教会(ネセサリウス)って」

 

 ステイルは「仕事に行く」と言って俺達とは別方向へ行ってしまった。今頃は記憶を失った上条との邂逅を果たしているのだろう。かなり機嫌が悪そうだったので、上条に放たれる炎は原作の3割増しくらいにはなっているかもしれない。許せ上条、またなんか持って行ってやるからな。

 そして俺はといえば、イギリス清教に強制就職を決めたばかりである。まったくもって不本意な配属ではあるが、職務が禁書目録の護衛と言われれば悪い内容ではない。むしろ、他の魔術組織からの庇護を得られると同時に禁書目録の側に堂々と居られる事を考えればかなりの高待遇である。

 だがイギリス清教という所が、長い会社説明をしてくれたり、手厚い新人研修があったり、ジョブトレをきっちりしてくれたりするような場所だとは微塵も考えてはいない。まぁきっちりした組織となると、それはそれで面倒なので別に構わないのだが。何が言いたいのかというと、タダ働きはご免だ、という事だ。

 丁度良く土御門(先輩)も一緒に帰宅するというので、色々と教わりながらの帰路である。

 

「ま、一応公務員だしにゃー。英国の三大柱の一角であるイギリス清教。その一員となれば、たしかに国から給料が出るはずですたい」

 

「だよな? んじゃ口座を教えとくからそこに入れといてくれよ」

 

「あー、そういう事は俺じゃなくてイギリス清教の誰かに言って欲しいにゃー。ほら、俺一応スパイだし。この番号によろしく言っておいてくれ」

 

「お、おう。じゃ早速……あ、今向こうは深夜か」

 

「そういうことですたい」

 

「んじゃ、夜にでも……しかしなー、俺が魔術結社に入社かぁ」

 

「いや、魔術結社とはちと違うんだが……」

 

「え? そうだっけ? 魔術師の集まりが魔術結社なんだろ?」

 

「必要悪の教会は、そういった魔術師達を狩る側だぜい。警察と犯罪者は、同じく戦力を有してはいるが一緒ではないって事」

 

「……ふーん。そんなもんか」

 

 俺にとっては犯罪者とあまり変わらない気がする。燃やされたり銃を突きつけられたりと、いい思い出は皆無だ。

 

「んで、そのおまわりさんになっちまった俺は、一体何をすればいいんだ? インデックスの護衛だって聞いてるけど」

 

「基本、木原っちの出る幕はなさそうなんだがにゃー。ここは科学側のど真ん中。そうそう魔術師も入ってきそうにないぜよ。ま、たまに顔を見るだけでいいんじゃないかにゃー」

 

「それだけでイギリス国民の血税の一部を貰えるのか……」

 

 もちろん、土御門の見通しは外れている。ここ何ヶ月かでそこそこ忙しくなるのは確定だ。

 

「ところで木原っち」

 

「ん? なんだ?」

 

「例の能力の件なんだが……」

 

「予知がどうたらってアレか?」

 

「……本当に"視える"のか?」

 

「んなわけねーだろ。さっき理事長から聞いて俺の方が驚いたわ。たぶん、イギリス清教に突っ込まれないように適当なこと言っただけじゃねーかな。統括理事長は」

 

 事実、未来なんて見えない。実際は「この世界によく似た世界の歴史」を知っているだけだ。

 とあるの世界において、予知能力者はどれだけ顔を見せただろうか。少なくともイギリス女王、ローマ法王、神の右席にグレムリン等の勢力の中には存在しなかった気がする。一番近いので上条の『前兆の感知』だろうか。ともかく、それだけ大きな勢力が雁首揃えて、予知能力者を有していないということはだ。それなりにレアな能力なのだろう。そんな能力を持っているなんて誤解されては困る。

 

「となると、未だに謎が残るわけだが」

 

 まだ覚えてんのか、アレからもう一週間以上たってるぞ。もうどの事を指してるのかすらわからん。

 

「あー……勘みたいなものってことで、な?」

 

「木原っちが勘とか言い出すとは……余程燃やし所が悪かったんだにゃー」

 

 なんだ燃やし所って。打ち所みたいな言い方すんな。あ、そういえば。

 

「なあ土御門さん。実はお願いがありましてな」

 

「……?」

 

「その燃やし所の落とし前と言いますかね、度重なる入院費及び玄関の修理代をステイルの口座からですね……」

 

「木原っち。それは……いかんぜよ」

 

 たしなめようとしているのはわかるが、口元が笑ってるぞ土御門。

 

「カミヤンと違って、ステイルはもう同僚なんだし───

 

「あー、あの一件。ステイルがあそこまで暴れなければ、もう少し丸く収まったんじゃないかなー」

 

「……」

 

舞夏(いもうと)の家の前で法王級の魔術を撃ちやがったアイツに、何も思うところがないのかな、土御門くゥゥゥン?」

 

「わかった。口座の件も含め、俺に任せておけ」

 

 グラサンに指を当て、土御門は言い放った。

 

「消し炭にしてやる」

 

 

 

 

 なんの事はない。土御門もそこそこにキレていたようだ。

 状況的にはグレーとはいえ、学園都市の人間へ無闇やたらに攻撃を放っていたツケというか。少しも思うところが無いわけではなかったらしい。後はそのやり場のない怒りのような物に方向性を持たせてやるだけでいい。正当性のある解消法なら、土御門も喜んでやるだろう。

 

(なにしろ、万が一にでも舞夏があの場に居合わせる確率は0ではなかったはずだしな。ま、義妹思いのいい兄ちゃんだ)

 

 ……手を出していなければ完璧なんだが。義理だからセーフと言えばセーフである。

 

「あ、ねーちん? 夜中にすまないにゃー。突然で申し訳ないんだけど、ステイルの口座から公費であるだけ引き出して欲しいんだにゃー。理由? ま、ねーちんの考える通り( 、 、 、 、 、 、 、 、 、 、)だぜい。それをこの口座に―」

 

 ステイルの普段からの気性を考えると、その側にいた神裂がイメージを膨らませるのは容易いだろう。「あ、あいつまた何かやらかしたな」と。現在、必要悪の協会で振込み詐欺が進行中である。

 

「これでよし、と。木原っちの口座の登録も済んだし、俺は帰るぜい」

 

「ああ、ありがとな土御門。今度何か奢ってやるぞー」

 

 「期待はしてないにゃー」と言って土御門は自分の部屋に戻っていった。そして俺はというと、

 

「どうするよこれ」

 

 家の玄関が吹き飛ばされているのを忘れていた。

 

「玄関が全損した場合、どこに連絡すればいいんだ……?」

 

 鍵屋ではない。不動産か? でもこれ学生寮だよな……ということは学校? 夏休みでもこういう相談は受け付けているとは思うが、下手したら警備員(アンチスキル)を呼ばれるんじゃないか?

 

(警備員を呼ばれた場合、100%あの人に伝わるよな)

 

 第三者から伝わるのと、本人から直接聞くのは天と地ほどの差がある。先手必勝というか、転ばぬ先の杖というか。真っ先に連絡するのはあの人だろう。

 アドレス帳から連絡先を探し、少し悩んだ上で電話をした。

 

『なんだぁ?』

 

「……あのですね、……また玄関が吹き飛ばされまして」

 

『……あぁ? また襲撃か?』

 

「いや、今回はその、半分は自業自得でして」

 

『自業自得ぅ? ……わかった。修理の依頼は出しとく。夜までにはなんとかなんだろ。それ以外では何かあんのか?』

 

「あ、ありがと。んーと他には……」

 

 一番大事な事があったな。

 

「就職決まりました」

 

『………金が必要なのか?』

 

「いや、友達の手伝いかな」

 

『そうか』

 

 そう言って電話は切れた。そっけない父親である。結局玄関修理業者の連絡先は聞けなかったな。ドアを壊すたびに電話するのも申し訳ない。次のドアは大事にしてやろう。

 

「あれ? なにやってんだ木原」

 

 廊下でのんびりしていると、上条当麻が帰ってきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ステイルか……」

 

「そ。困ったもんだ……」

 

 当然ながら上条当麻に、ステイルとの初邂逅の記憶はない。だが原作通りなら、先ほど面通しは済んでいるはずである。名前を出しただけで「ああ、あいつね」という反応を返していると言う事は、つまりはそういうことなんだろう。

 玄関が直るまでの間、俺は上条家にお邪魔する事にした。別に俺はあの開放感溢れる一室でも良かったのだが、上条が是非にと言うなら拒否する理由もない。

 

「むむ。すているがまたきはらを襲ったのかな?」

 

「ああ、今回は喧嘩みたいなもんだよ」

 

 先日の殺し合いに比べれば些細なもんだ。……この非日常に慣れてきたというのは喜ぶべき事ではないと思うが。

 魔術師が学園都市にやってきた、という事実はインデックスをひどく警戒させているようだ。口をへの字にしてなにか考え始めた。その表情を見て上条はなにか焦っているようだ。……そういえばこれから上条はステイルと一緒に特攻を仕掛けるんだっけ。当然それをインデックスには黙って出かけるわけで、この状況は非常に都合が悪いと。

 

「実は学園都市とイギリス清教の間に密談があってだなインデックス。先日の俺とステイルの争いの件。ステイルはその清算に来てるだけだぞ」

 

「……なるほどなんだよ」

 

 む? まだ腑に落ちない顔だ。インデックスは何を気にしているのか。……もしかすると、

 

「それとインデックスは、上条家に待機だってさ」

 

「やったー!」

 

「え゛?」

 

 ビンゴだ。インデックスは、イギリス清教に連れ戻されるのではないかと危惧していたようだ。幸いにしてその心配はない。

 

「ちょ、ちょっと。それは上条さんに話を通すべき事案なのでは!?」

 

「……とうまはイヤなのかな。私と一緒に住むのが」

 

「ぐっ……」

 

 予想通りだが上条に勝機は無い。まぁ心中お察ししますというか。バスタブ生活、圧迫される家計、暴力シスター。

 

「にゃー」

 

 そして猫。これらを受け入れる広い懐の持ち主。これは脱帽ですわ。

 

「……てめぇ、服の中になに隠していやがる!?」

 

「スフィンクスは教会が匿うって決めたんだもん!」

 

 ぎゃあぎゃあと展開される猫争奪戦。……あの猫にもアレイスターの息がかかってたりするのだろうか。何気に三毛猫のオスだし。なんでもかんでもアレイスターと言えば陰謀の匂いがする気がする。……考えすぎだな。……でも犬が喋る世界だ。油断はできまい。

 

「…………仕方ないから飼ってよし」

 

 こうしてスフィンクスの入居が確定した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「んじゃ、木原。後はよろしくな」

 

 上条が俺をすんなり家に招きいれたのはこのためか。どうやらインデックスの見張り番をさせられるらしい。

 

「インデックス、くれぐれも家電を触るときは木原の監督の下でやること! いいな?」

 

「む、そこはかとなくバカにしてるねとうま!私には完全記憶能力というものがあるんだよ!いつもとうまが動かしているのを見てるから、使い方はばっちりかも」

 

「……てめーはいつもテレビ見てるだけだろうが」

 

「ま、要は勝手に電化製品に手をつけさせなきゃいいんだろ? 任しとけって」

 

「そうか?悪いな。じゃ行って来る」

 

 これ幸いといった感じで上条は出発した。インデックスは不満そうだが上条の心配はもっともだ。電子レンジを爆発させたり、冷蔵庫を半開きにしたり。湯沸かし器をおしゃかにさせるくらいはこのシスターならやりかねん。下手をすれば小火(ボヤ)騒ぎにだってなるかもしれない。

 

「行っちまったな」

 

「……なんかとうま、変だった」

 

「なにがだ?」

 

「スフィンクスのこと。とうま、あっさり許してくれた」

 

 伊達にシスターを名乗ってるわけではないのか、それとも上条限定なのか。変なところで鋭いシスターだな。

 

「スフィンクスと言えば、それ野良猫だろ?まずは洗わなきゃな」

 

 これからあの錬金術師(アウレオルス)と戦う上条に比べたら、猫1匹とシスターなんぞ安いもんだ。頑張れよ上条。

 

 




インデックス「洗ったらレンジでチンだよ!」

木原「……俺がいてよかったなスフィンクス」

スフィンクス「まったくだ」


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022 主は閉じた世界の神のごとく  『8月8日』  Ⅴ

今回は少し短いです。



「未来予知?」

 

「そう未来予知。未来を知る能力があったとして、それが魔術の世界ではどういう立ち位置になるのかなって思ってさ」

 

 危うくその命を落とすところだった三毛猫は現在、タオルに包まれわしゃわしゃとその身体を拭かれている。元々飼い猫だったっぽいこのスフィンクスは「ちょ、ちょっと、もういいっすよタオルは!」と言った感じでもがいてはいるが、インデックスのホールドからは逃れられそうにない。やがて諦めたのか、ぐったりした様子でこちらを見ている。よし、その潔さに免じて後で魚を進呈しよう。と言っても上条家の冷蔵庫からだが。

 

「未来を知る、つまりは預言者ってことなのかな?」

 

「んー、まぁそうとも言うかな」

 

 そうか、預言者と言うと一気に宗教っぽくなるな。なのにあまり聞いた事はない。

 

「預言を専門的に扱う分野はあるにはるけど、今はほぼ形骸化しちゃってその役割は果たしてないんだよ。それに、真の預言者と言うと、魔術の歴史の中では数えられるくらいしかいないし、現存する預言者なんて聞いた事ないかも」

 

「真の預言者、ってことは偽者が多かったって事か」

 

「そういうことだね。そもそも預言というのは、天から与えられた言葉なのだから、それを伝えるというのはとっても大事な役割なんだよ。人々がその預言者を神格化して敬うのは当然とも言えるね。旧約の時代、多くの預言者が出現した頃に偽者も大量に現れた。そんな偽者を不敬罪で粛清してから、預言者の報告は減っていったんだよ」

 

「ま、そりゃ下手すれば殺されるんだから当たり前だわな」

 

「そうだね。今では残された大量の預言が的中したのかどうか、精査する部署が残ってるかもしれないだけで実際に未来を預言しようなんて人はいないんじゃないかな」

 

「なるほど、それで形骸化してるって事か。で、実際にいた真の預言者ってのはどういった事を預言してるんだ?」

 

「預言の内容は人によってまちまちなんだよ。簡単に"災厄が訪れる"っていう曖昧なモノでも的中すれば、その預言者は真である可能性があるってこと。だから具体的に何を預言したかを答えるのは難しいかも」

 

「なんだそれ。曖昧すぎないかその基準……てことは元々預言者なんて誰一人存在しないかもしれないってことじゃないか?」

 

「……それは十字教徒の前では言わない方がいいかも」

 

「あ、ごめん。なにか気に障ったか?」

 

「ううん、別にいいんだけどね。ただ、十字教で唯一正真正銘の預言者とされている人がいるんだよ」

 

「へー、誰なんだ?」

 

「神の子だよ」

 

「……」

 

「正確には神の子の他にも何人かは認められてはいるんだけど、神の子と同列に扱うわけにもいかないから、ほんの少し格が落とされているんだね」

 

 なんだか一気にきな臭くなってきた気がする。真の預言者はただ一人。十字教の柱にして中心と言える神の子。ってことはだ。

 

「もし、現代に未来を予知する能力を持った人が現れたとしたら?」

 

「偽者ではなく?」

 

「そう、ガチ本物」

 

「大騒ぎになるかも」

 

 思っていたより事態は深刻だった。

 

「十字教以外だとギリシャ占星術とか北欧の魔術にも該当しそうなものはあるけど、そういったものは所謂"預言者の再現"とされるから別物かな。主からの言葉を賜るのではなく降霊術や星読みで世界の動きを感知するものは、預言ではなく予想だね」

 

 言い訳のしようがなかった。

 

「預言者の降誕……十中八九、神の子の性質を宿しているだろうし、聖人としても相当格の高い存在になるかも。その人物がどこの宗派に所属するかで、抗争が起きるくらいには大事件だね」

 

「わかった。この話はやめよう」

 

 そして忘れよう。最悪、「御使堕し(エンゼルフォール)を起こしたのは俺です!」くらいの発言は……いやまて、そうするとあの神の力(ガブリエル)にすり潰されるんだっけか。はは、どうしようもねえぞこれ。

 

「ほーらスフィンクス、ご飯だぞー」

 

 現実逃避をしながらスフィンクスにししゃもを渡す。スフィンクスは「こんなデカイ魚貰えるんすかこの家は!?」と……は考えすぎかもしれんが、現在インデックスより俺の方が好感度は上な気がする。

 

「よかったねースフィンクス」

 

 よしよしと頭を撫でるインデックスだが、スフィンクス的には食べづらそうな顔をしている。ま、拾ってもらった恩だ。それくらいは許容しとけ。

 さてどうしたもんかな。学園都市製の能力として押し通す……いや、イギリス清教には生まれつきとか言ったんだっけ統括理事長は。多重能力(デュアルスキル)としての申請は不可能か。

 

「あのね木原、スフィンクスがご飯を食べてるの見てたら私もお腹がすいたんだよ」

 

「……まだ夕方前だぞ?」

 

「いいんだよ。夜にはとうまにまたご飯を作ってもらうから」

 

 慈悲は無いのかこいつは。

 

「はいはい。んじゃ、レンジでチンしますかね。せっかくだからインデックスにやってもらおうか」

 

「むむ、電子レンジは苦手かも」

 

「一度覚えちまえば問題ないって。それに、俺や上条が居ないときだってあるだろうし、せっかく完全記憶能力があるんだから。頑張って覚えとけ」

 

 少しでも上条の負担を減らしてやろう。そうだ、こいつが食べるとか言ってる夕飯も、俺が作っといてやるか。上条は入院予定だし。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「美味しかったんだよ……」

 

「にゃーお」

 

「まさか、スフィンクスと同時に食べ終わるとは……」

 

 スフィンクスが魚の頭に噛り付いてから電子レンジに料理を入れ(肉もやし炒めだった)、温め終わった直後にインデックスのお腹へ即収納。全工程の中でもっとも早かったのが食事タイムである。せっかくの電子レンジの使い方も、まわる皿しか見てなかったインデックスの頭の中に入ったかどうか怪しいものだ。

 

「なるほどね。完全記憶能力のあるこいつが、家電の使い方を覚えない理由がわかった気がする」

 

「今から夕飯が楽しみなんだよ」

 

 白い悪魔と呼ばせていただこう。なるほど、貧乏暮らしの一人暮らし高校生に、これほどまでにマイナスに働く同居人はいないかもしれない。あながち上条の不幸も馬鹿にできないな。目の当たりにして初めてわかる。

 

「さて、ではその夕飯を今のうちに作らせてもらうかね」

 

「きはらが作ってくれるの?」

 

「まーな。上条が帰ってきて作ってると、夜遅くになっちまうだろ」

 

 さて、どうしようか。決して失敗せず、大量に作れて、夜まで作り置いても大丈夫なもの。と言っても夏場だからある程度気にした方がいいが、どうせみんないなくなる(後ろの悪魔のせいで)から大丈夫。となると、

 

「シチュー、かな。この材料だと」

 

 鍋でドーンと置いておこう。流石にあの白い悪魔も、自分の腹部の体積以上のものは食えまいて。カレーでもいいのだが、おそらく米がなくなる。それにイギリス生まれの人間にジャパニーズカレーを食わせるのはいささか不安だったり……

 

「しちゅーしちゅー♪」

 

 いや、大丈夫かもしれない。そういや上条家で初めて食ったのが酸っぱい焼きそばパンだったな。なんでも食うか、アイツは。

 

「そういえば、とうまはどこに行ったのかな?」

 

「んー? あいつか? あいつはたしかー」

 

 錬金術師とバトってますとは言えない。

 

「ほら、さっき俺がステイルと話し合いに行ったって言ったろ? 俺の番が終わったから、次は上条の番なんだよ」

 

「むー、魔術師と会うなら私も連れて行って欲しかったかも」

 

「大丈夫だって。ただの話し合いなんだから……」

 

 はて、そういえば原作において。インデックスはこの後三沢塾にてくてくと行ってしまうのではなかったか。

 

「もう出来たのかな?」

 

「いや、まだシチュー成分は皆無なんですが」

 

 炒め終わって水を入れただけだっつうの。もうシチューを狙ってるのかよ。

 ……ま、いっか。三沢塾にインデックスが行かなかったところで、そこまで未来が変わるとも思えんし。どうせ上条はアレイスターが死なさないだろう。ステイル? 知らんなそんなやつは。あ、でも姫神は気になるかも。……ま、上条がなんとかすんだろ。

 

「あとは牛乳を入れて……ま、こんなもんか」

 

 一応の完成はした。上条が入院して帰ってこないとして、今日の夜と明日の朝、昼分にはなるだろう。

 

「あ、味見してもいいかな、じゅるり」

 

「味見に何故どんぶりを構えているんだお前は」

 

 別に食うなとは言わんが、その器でシチューを食う人種はなかなかいないだろ。そしてさっき一皿食ったばかりでもある。腹ペコシスターとはよく言うが、暴食は大罪のうちの一つではないのか?

 

「まいっか。んじゃ、鍋持ってくぞ。鍋敷き持ってくれー」

 

「やったー! とうまはいっつも夜まで待ちなさいって言うけど、木原は太っ腹なんだよ!」

 

 そいつはどうも。ま、食い尽くされる心配はないだろう。

 鍋を持ち、上条たちがいつも勉強をしたり食事をしたりしているテーブルに鍋を置いた。

 

 まではよかった。

 

「久しいな、と言ったところで君は覚えておらんか。禁書目録(インデックス)

 

 ベランダの窓が開いていた。そしてそこには、純白のスーツに身を包んだ、長身の男が立っている。

 

「敢然、ローマ正教の攻撃も退けた所だ。当然、更なる妨害が入る前に、私の目的を果たさせてもらおう」

 

 アウレオルス=イザード。インデックスの3年前のパートナーがそこにいた。

 

 




ちなみに今ステイルはアッパーを貰っています。

禁書目録の世界では一神教'sは分裂していなさそうなのですがどうなんでしょうか。話に入れてしまうと大荒れになるので、原作では明言すら出来ない状態なのかなと勝手に邪推しています。


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023 拒絶された世界の果てで  『8月8日』  Ⅵ

主人公? 知らない子ですね……

今回はちょっと長いかもしれません。


「憮然、あのルーンの魔術師。結界を張って何を守っているかと思ったが。必然、奴が切り札を置いて守るものなど、君以外にはいないということか」

 

 解説ご苦労。とりあえずだが、何故ここに錬金術師が来たかはわかった。結局はステイルのせいなのね。クソったれが。

 

 轟ッという音とともに、背後に熱を感じた。その結界とやらが作動したのだろう。上条家の玄関がオレンジ色に輝き、どろどろに溶けたドアの先には炎の巨人、魔女狩りの王(イノケンティウス)が顔を出す。

 

砕けよ( 、 、 、)

 

 一言、たったその一言で、魔女狩りの王は霧散してしまった。ルーンか、術者が存在し続ける限り無限に再生し続けるはずのその術式はその素振りすら見せず、消滅してしまった。

 

(ってことは、その術式そのものを消したってことか?黄金練成(アルス=マグナ)の効力に詳しいわけじゃないが、視界に捉えていない物体(ルーン)を的確にどうこうする事は出来ないはずだ)

 

 黄金練成(アルス=マグナ)。錬金術というジャンルにおいて、到達点とされる術式。世界の全てをシミュレートし、それを術式として発することで、逆に頭の中の世界から何かを引っ張ってくる事を可能にする───

 とステイルは言っていたが、正直どういうことなのかはさっぱりわからん。学園都市風に言うなら自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を自由に操作できるといったところか? いや、もっとわからなくなった。要するに、

 

「チート過ぎだろおい」

 

 比喩や軽蔑の意味ではない。この世界がゲームなら、そのプログラムコードを自由に書き換えられるようなものだ。これをチートと呼ばずしてなんとするか。

 

「まさか、金色の、アルス=マグナ?」

 

「当然、相変わらず博識だな。10万3000冊の呪縛を持つ者として、敢然、未だ機能し続けているようだ」

 

 どうするどうするどうする!? こんな奴を止める術なんてあるわけがない。ここは一旦逃げるか? インデックスを置いて?

 

「……ところで。少年、お前はなんだ?」

 

 気がついたら、インデックスの前に立ちアウレオルスとの間に割って入っていた。……俺の馬鹿野郎。違う、足が勝手に動きやがったんだ。

 

「えーと、インデックスの……」

 

 横に置いてあるシチューの鍋をチラリと見て、思わず本音が出た。

 

食事係(生命線)ですかね。はい」

 

 ……なに言ってんだ俺は。

 

「……当然、なるほど。そんな君もまた、相変わらずという事か」

 

 納得したぞこいつ!? って、そうか。先々代のパートナーだったか。1週間行動を共にした上条が骨身に染みて理解したように、1年間先生役だったコイツもまた、インデックスの特性(生態)を理解しているという事か。

 

「えーと、アウレオルスさんでしたっけ?」

 

「寛然、いかにもそうだが」

 

「インデックスさんに御用だとか」

 

「そうだ」

 

「もしかして、この家の家主に会いませんでしたか? ツンツン頭の、俺と同い年くらいの奴なんですが」

 

「総然。奴がそうだったか」

 

 アウレオルスは右ポケットから針を取り出した。

 

「ならば直に戻ってくるだろう。当然、私とあの塾、そして姫神秋沙の記憶を失った状態でな」

 

 と言う事は、上条はやはり殺されずに記憶を失っただけということか。と言う事は今頃、記憶を取り戻してるかもしれないな。

 

「当然、貴様もそうなる」

 

 ……だよなぁ。その針を見たときからそんな気はした。どうやったって勝ち目がない。

 アウレオルスは針を首に刺し、こちらが想像していた通りの言葉を口にした。

 

全て忘れろ( 、 、 、 、 、)

 

 おそらくこの言葉で、インデックスに関する記憶を失うのだろう。

 「全て」とはインデックスに関する事柄を全てというところだろうか。言葉のままに歪めているのではなく、考えたとおりに現実を歪める術式。それを考えると先ほどのプログラムの例えは適切じゃなかったな。「銅の剣」が「鋼の剣」にならないかなとか考えた途端にそうなってしまうような、そういったチートだと考えればよかったか。

 って、前にもましてわかりづらいな。なにかいい例えはないものか。そもそも、考えたとおりに現実が歪む。そんなシチュエーションをうまく何かに例える事自体が無理か。

 それにしてもこのアウレオルス。2巻という早い巻でなんとも物騒な術を作ったもんだ。天才錬金術師が人の道を外れ、狂気にも近い感情で3年間も頑張ったのだから、この結果も納得と言えば納得だろうか。……1ミリも納得なんて出来ない。いや、そういえば術自体は元から完成していたんだっけ。それをグレゴリオの聖歌隊(グレゴリオ=クアイア)と同じ方式で唱えて実行できたと。他分野の研究が進む事で、他の研究が進むってのはよくある話だな。うん、これならまぁ少しは納得が……

 

 

 っておい。

 

「あの、いつになったら記憶が消えるんです?」

 

「な……我が黄金練成を打ち消しただと!!?」

 

「いや、発動すらしてないと思うんですが」

 

 もちろん、俺も最初はそう思った。まーた肉体再生(オートリバース)の隠された力が! って。だがどうやら今回は違う気がする。記憶が消えた記憶が無い。え? 何を言ってるかわからない?……俺もそうだ。

 

「えーと、たまたま失敗したとか?」

 

「あ、ありえん……我が黄金練成は完璧のはず…」

 

 たしかにそうだ。こいつの黄金練成は、欠陥こそあれ完璧ではある。それは読者の俺が保証しよう。それにさっき魔女狩りの王を叩き潰したばかりだ。その力は確認済みといえる。

 

「インデックス、もしかして何かした?」

 

「ううん、とっさの事だったし……それになにかしようにも黄金練成の対処法なんて考え付かないかも」

 

 そりゃそうだ。黄金練成なんて、魔術業界的には絵に描いた餅みたいなもんだ。それに対抗する手段なんてこの短時間に思いつくはずも無い。

 おかしい。侵入者であるはずのアウレオルスが困惑顔で、それを心配する二人という、謎の構図が出来上がってしまった。

 

「でも、いきなり記憶を消そうとするのは酷いと思う」

 

「あのねインデックスさん。そういう犯人を挑発するような事は言わないでくれるかな」

 

 危ないから。主に俺の命が。

 

「もう一度だ」

 

「え、ちょっ───

 

全て忘却しろ(、 、 、 、 、 、)!」

 

 首に針を刺し、怒った様に吼えながらアウレオルスは叫んだ。

 

「……」

 

「……」

 

「……」

 

 え? なに? もしかして忘れた振りでもしなきゃいけないのこれ?

 当然と言うかなんと言うか。やはり記憶が消える様子はない。

 

「あのー、非常に申し訳ないんですがね」

 

「なん…だと…?」

 

 どうしよう、これ。

 

「だからね、いきなり記憶を消そうとするのはやめて欲しいんだよ!」

 

 いやだからですね、挑発は……

 

「記憶を消すっていうのは……とっても、とっても残酷な事なんだよ……」

 

 はっとして、インデックスの方を振り返ると。

 彼女の目には涙が溢れていた。

 そうか。記憶を消される事で失われるモノ。彼女はその重みを先日実感したばかりだったか。

 

「さっき、「久しいな」って言ってくれたよね。貴方も、私が忘れてしまった一人なのかな」

 

 アウレオルスの表情が硬直した。この表情は見たことがある。あの時のステイルと同じ顔だ。

 そんなアウレオルスの顔を見てインデックスも何かを悟ったらしい。

 

「ごめんなさい。私はもう貴方を……」

 

「……必然、10万3000冊をその身に宿した代償。それに対し私は3年前に敗北した。寛然、だがインデックスよ。もう孤独に怯えることはない。今度こそ、その呪縛から君を解放するために、私はここにいるのだから」

 

「呪縛から、解放……」

 

「当然、膨大な知識による脳の圧迫。それに対処する方法はただ一つ。無限の知識を有する生き物の知恵を借りる。必然、彼の生き物が知識過多で死んだ事例など、ただ一つとしてないのだからな」

 

 吸血鬼を捕まえ、その記憶の保持方法を吐かせる。それにより、インデックスに訪れる1年周期の孤独を打ち破るというアウレオルスの方式。

 

 だが、現実は残酷だ。

 

「ごめんなさい……ごめんなさい……」

 

「いいのだよインデックス。3年の徒労など、君のためなら……」

 

「違うの……私の、私はもう、」

 

「……な、に───?」

 

 禁書目録(かのじょ)は既に救われている。故に、

 既に救われた人間を、もう一度救う事など出来はしない。

 

 皮肉なものだ。救おうとしていた人間が救われたという事実で、アウレオルスはどん底に突き落とされたのだから。

 

「まさか、いや、そんな馬鹿な」

 

 世界を敵に回し、罪のない人々を虐殺してまでたどり着いた答えがこれか。

 身分を捨て、人を捨て。おそらく家族や友人、同僚も捨てて。ただ一つの目的のために尽くしてきた結果が、これだ。

 

 世界が沈黙した気がした。呆然と立ち尽くすアウレオルスと、泣き続けるインデックス。その板ばさみにされている俺。誰もが言葉を発しなかった。

 なるほど。この光景は想像以上にキツイものがある。なんともおぞましい光景だ。3年の妄執、それが全て無に帰すどころかマイナスになる瞬間。現実が、人の心の善性を粉々に打ち砕いたのだ。

 

 しばらくして、アウレオルスが口を開いた。

 

「少年」

 

「はい」

 

「当然、インデックスはもう、大丈夫なんだな?」

 

「……ええ。もう、記憶が消える事はないでしょう」

 

「……助けたのは……いや、これは余計な質問だったか」

 

「さっき言ってた、ツンツン頭の少年ですよ」

 

 アウレオルスは目を閉じ、「そうか」と呟いた。

 その一言に、どれだけの想いが詰まっているのだろうか。

 

「インデックス。君は良い生徒だった」

 

「生徒……貴方は先生だったのかな」

 

「当然、……ああ、そうだとも」

 

 悲壮な顔のインデックス。もしかしたら、思い出せないはずの記憶を引っ張り出そうと躍起になってるかもしれない。

 

「先生と呼んでくれて、ありがとう」

 

 と言うと、アウレオルスは再び首に針を刺した。

 

眠れ( 、 、)

 

 その瞬間、インデックスは糸の切れた人形のように崩れ落ちた。当然、人がそのように倒れれば危ないので、俺は慌てて受け止める。

 

「っとと。危ない危ない」

 

「そして忘れよ( 、 、 、)私のことを( 、 、 、 、 、)

 

 そして、ということはインデックスに当てた言葉なのだろうか。

 

「必然、やはり私の黄金練成は正常に機能している。ということは、異常なのはそちらということだな」

 

「んなこと言われても……でもなんでインデックスの記憶を…」

 

「当然、彼女のことだ。おそらくいつまでも自分を責め続けるだろう。自分のために3年も、愚かな事をした人間のことを忘れられるような頭の構造はしていないのだからな」

 

 完全記憶能力のことではないな。単に、インデックスが優しいという話だ。

 

「それに、こちらとしても忘れてもらわねば困る。……随分と大恥を晒してしまったものだ」

 

 それを恥とは、どうやっても呼べないだろう。

 

「……これからどうするんです?」

 

「当然、私の手は汚れ過ぎている。もはや彼女に合わせる顔は無い」

 

 くるりとアウレオルスは背を向けて───

 

「死に場所を……いや、必然、その必要は無いようだ」

 

「インデックス!」

 

 玄関の方で、上条とステイルが肩で息をしながらこちらを見ていた。おそらく三沢塾から走ってきたのだろう。

 魔女狩りの王で融解したドア。倒れているインデックスを抱えている俺。そして、インデックスを狙っている(と思われている)錬金術師の姿。

 これらを見た人間はどう思うだろうか。

 

「待て、かみじょ───」

 

黙れ( 、 、)、そして動くな( 、 、 、)

 

 その瞬間、俺の身体は硬直し口も動かなくなった。なんでこんな時だけ黄金練成が───

 

(そして、私の代わりにあの姫神秋沙(ディープブラッドの少女)に謝罪を)

 

―願いを叶えられなくてすまない。と───

 

 小声で、そんな声が聞こえた。

 

「てめぇ、インデックスに何をした!!」

 

「別段、何かしたわけではない。これに死なれるのは私にも都合が悪い。必然、我が黄金練成は完全だ。これに魔道図書館の知識が合わされば、我が覇道を阻めるものなどあるはずがない。そして吸血鬼を用いて不死身の身体を手に入れることで、私は更なる高みへと到達する」

 

「反吐が出るね。久しぶりに再会した生徒に向かって、その台詞とは」

 

「敢然、再会したところで記憶が無ければ赤の他人だ。当然、貴様も」

 

 瞬間、二人の視線が交差した。

 

炎よ(kenaz)巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!」

銃をこの手に( 、 、 、 、 、 、)弾丸は魔弾( 、 、 、 、 、)用途は射出( 、 、 、 、 、)数は一つで十二分( 、 、 、 、 、 、 、 、)

 

 炎がアウレオルスに迫る。だがアウレオルスは気にも留めず、手にした銃で何故か上条( 、 、)を打ち抜いた。

 

 それは悔しさの表れなのだろうか。

 

「ぐっ……」

 

 上条は床に崩れ落ち、そしてアウレオルスは―

 

 炎の衝撃に吹き飛ばされ、その身を焼きながら転落していった。

 




主人公が主人公してないのはいつも通りです。原作の主人公が主人公っぽくなくなってしまったのはちょっとアレですが。

ステイル「煽りが足りない」

木原「やめてやれよ」


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024 孤独じゃない  『8月8日』  Ⅶ

これで2章終了です。今回も少し長いかもしれません。

……蛇足かも。



 結論から言うと、錬金術師、アウレオルス=イザードは死んだ。

 記憶を失っただとか、巻き込まれ体質の主人公枠から外れたとか、そういう言葉遊びの『死んだ』ではない。

 

 彼はこの世を去ったのだ。

 それが焼死なのか、それとも転落死なのかはわからない。ただ、彼が落ちた瞬間に身体の拘束が解けた事を考えると後者なのだと思う。

 

「それで、家主はどこじゃん?」

 

「上条は、えーと……失神した友人を抱えて病院に行きました。その、頭を打ったかもしれないと言って」

 

 実際は念のためと言っていたか。黄金練成(アルス=マグナ)によって眠らされたはずのインデックスの頭を、右手で触っても起きないからと大騒ぎして。俺の予想だと、泣き疲れたせいもあると思う。

 

「犯人は?」

 

「逃げました。以前に、俺を襲った奴と同じです」

 

 ステイルも実は一緒に病院に行った。彼女の無事を確認してから帰るそうだ。その表情が虚しそうに見えたのは、何故だろうか。アウレオルスに言われた事を気にしているのか、単にインデックスを心配していたのか。それとも……アウレオルスの真意に気づいていたのか。

 

「そうか……1週間以上も空けてまた襲撃とは妙じゃん。それに今回は身元不明の遺体まであるじゃん?これは大事(おおごと)じゃんよ……」

 

 このじゃんじゃんうるさいのは黄泉川先生だ。流石に死体が出るような騒ぎには、警備員(アンチスキル)が出張してくる。だが上条もステイルも病院に行くと言い、そこに俺までついて行けばどうなるか。身元不明の焼死体に行方不明の家主と隣人。たぶんインデックスが見つかって面倒なことになると俺は考え、犯行現場(こ こ)に残る事にした。

 ……単に動きたくなかった、というのもあるのだが。

 

「で、なんで少年……木原、だったじゃん。家主ではなくお前がこの場に残ってるじゃん?」

 

「……狙いは俺かなと思いまして。失神してる人を担いでる友人の側にいるのはまずいかなと」

 

「……大人としては説教してやるところだが、女としては褒めといてやるじゃん」

 

 なんだそりゃ。喜んでいいのだろうか。

 

「とにかく、話は署で聞かせてもらうじゃん」

 

 当然こうなるな。死体まで出て犯人は野放しとくれば、以前狙われていた俺は連れてかれるに決まってる。

 ふと、先ほどから無線で連絡を取っていた男の警備員さんがこっちにやって来た。

 

「黄泉川」

 

「なんじゃんよ?」

 

「犯人が捕まったそうだ」

 

「わかった。すぐに向かう」

 

「いや、それが……どうやら学園都市の重要機密にアクセスしていたらしい。情報漏洩を防ぐため、俺たちじゃ尋問どころか面会すら許されないそうだ」

 

 一瞬、ステイルが捕まったのかと思ったがそれはないか。

 どうやら手の早いことで、この一件はこれで片をつける気でいるようだ。土御門なのか学園都市なのかは知らないが単純(シンプル)かつ上手な切り方だな。実はよく使われる手だったりするのだろうか。

 

「身元不明の遺体についても、探るなとのお達しだ。犯行現場の保存も必要ない。第七三支部所属の警備員(  な な さ ん  )は建物入り口で明日の朝まで見張りをしてろだとさ」

 

「チッ……まったく、まぁ犯人が捕まったのなら文句はないじゃんよ。んじゃ少年、私たちは建物の外に出てるじゃん。外出は……」

 

「しませんよ、いくら俺でも」

 

 前科はあるが、本当に外に出る気はない。黄泉川先生も納得したのか機材を持って、上条家から出て行った。

 

 こうして一人になった。

 外はもう暗いな。時計を見たら19時を過ぎたところだった。玄関も無く、窓どころかベランダ丸ごと半壊しているので、外からの風が吹きぬけになっている。夏場なので寒さとかは感じないが、それでも部屋として機能してるかは怪しいものだ。

 

 上条家のベッドに腰掛け、ため息をつく。せめて、上条が帰ってくるか連絡が来るまではここにいよう。……考えたい事もある。

 

 錬金術師、アウレオルス=イザード。彼は本来死ぬはずではなかった。インデックスの事を知り激昂した彼は、上条とステイルに牙を向いた結果、記憶と顔を失い別人としての人生を歩む。それが原作の流れだった。

 その流れを歪めたのは、当然ながら俺だ。俺がしたことはインデックスが三沢塾に行くのを止めた、ただそれだけだ。ただそれだけのことだったった。

 

(結果として、アウレオルスは自ら死を選んだ)

 

 流れを変えたのは俺だが、アウレオルスの死の責任まで背負う気はない。彼の覚悟の責を負うなんて、そんな図々しい真似は出来ない。同様に、俺のお陰で上条が入院しなくて済んだだとか、ステイルがプラネタリウムにならなかったとも、言う気はない。

 ただ、一人の人間の死に関わった事。それだけは事実として受け止めなくてはならない。

 

 インデックスの、10万3000冊の呪縛が解けたと知り、最初は驚き、そして落ち込み、最後には優しく微笑んだ。黄金練成というとんでもない術式を行使していた彼だがあの表情はたしかに、彼自身が人間だったことの証だ。少なくとも俺にはそう見えた。

 その後、彼は死を選んだ。会わせる顔がない。自分ではインデックスに相応しくないとでも言う様に、ステイルに自分を処刑させたのだ。歴代パートナーにしかわからない孤独を煽るかのように挑発し、その身に魔術の炎を浴びた。

 

 実際に会ったのは数分程度。交わした言葉も数えるほどだが……その短い時間で、アウレオルスの喜怒哀楽を随分と見てしまった。そのせいか……

 

 俺はアウレオルスに、生きていてもらいたかった。

 

 もちろん、そんなことは本人も望んでいないだろう。インデックスの中から自分を消したのもそのせいだ。彼女の記憶の、一点の染みになることすら拒否した男。記憶消去が通じれば、俺の記憶からも自分自身を消したかったのかもしれない。そういえばアウレオルスというのは、伝説にまでなっている錬金術師、パラケルススの末裔を示す名前だとか。……聞いただけでプライドが高そうな人物だと想像できるな。

 

『それに、こちらとしても忘れてもらわねば困る。……随分と大恥を晒してしまったものだ』

 

 恥ずかしそうな顔をしていたアウレオルスを思い出して、少しだけ笑ってしまった。もう少し毅然とした態度でこの台詞を言ってくれれば様になるのだが、白スーツの大男が照れてるのはかなりシュールだ。普段はあんなカチコチした日本語なのに、インデックスのことになるとダメダメだな。それほどまでに、インデックスとは打ち解けた仲だったのだろう。

 

「本当に、インデックスのことが好きだったんだな」

 

 男女の仲という意味ではなく、教師と生徒として。

 ……ならば、失った仲を取り戻す努力はせずとも、彼女のために陰ながら生きる選択肢はなかったのだろうか?

 

 ……故人の思惑など、推測することしか出来ない。的外れな考えなのかもしれない。実は、自分が生きていればローマ正教が追って来て、インデックスに危害が及ぶかもだとか。幸せなインデックスとそのパートナーを見ているのは辛かろうとか。そういう事を考えていた可能性だってある。ただ、あの時のアウレオルスの表情は……炎を身に浴びる瞬間の表情は――どこか、安心した顔をしていた。

 

 何に安心したのだろう? これまでの罪のツケを払うときがきたとでも思ったのだろうか。もしくは、走り続けた3年間の終わりが来たことに……もう止まれなくなった自分の事を止めてくれる炎に、安らぎを見出したのか。

 

『てめぇ、インデックスに何をした!!』

 

 もしかしたら、インデックスのために懸命になってくれる存在がいる事に、安堵したのかもしれない。

 もしかしたら、あの上条への一撃は発破をかけたつもりなのかもしれない。

 頑張れよ、と───

 

「推測でしかない……それに、考えるだけ無駄ってやつか」

 

 そんな事を考えていると、上条から連絡が届いた。もう少しで寮に着くそうだ。ステイルは抜けたが、そこに約1名増えて、3人と1匹の帰宅だそうな。1匹というのはスフィンクスだ。増えたのは……姫神か。雪ダルマ式フラグ乱立機め、やりおるわ。きちんと姫神を連れてくるとはな……

 

 こうなると問題は部屋だな。別に1晩くらい上条たちを俺の部屋に泊めたっていいし、なんなら小萌先生を頼るという手もある。姫神の事を考えると後者が有力か。だがそれはその場しのぎであって、解決にはならない。この開放感MAXの上条家の対処、それが重要課題である。

 つまり、連絡先なんて一つしかないわけで。

 

「えーと、もしもし?」

 

『なんだ?』

 

「あのですね、ドアとか窓とかベランダとかを修理してくれる業者さんをね、紹介してくれないかなーって。できたら超特急で」

 

『ああ? ……また壊したのか?』

 

「いや、今度は隣人さんがやっちゃって。俺はあんまり関係ないんだけどさ」

 

 実際、関係ない。その場にいただけだ。

 

『別に構わねーが、結構高くつくぞ? その隣人に払えんのかぁ?』

 

「え?……幾らくらいかな?」

 

 相場の金額を聞いて若干引いた。予想より1桁多いのだ。特急料金も込みなのだろう。

 

「ちょっと待ってね」

 

 携帯を操作し、自分の口座をチェックする。わりと凄い額のお金が振り込まれていた。もちろん、俺の給料ではない。

 

「ああ、大丈夫。加害者さんからお金が振り込まれてるみたいだ。払えるよ」

 

 ドアを吹き飛ばしたのも、窓を焼いたのもアイツだ。嘘は言ってない。まさかこんな事に使うとは思いもしなかったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ただいまなんだよ」

 

「ドアがある……上条さん家のドアが……」

 

 その後、上条達が帰ってくる前に修理業者がやって来た。この破損状況だと、流石に完全修理は勤務時間外までかかるそうで、音も結構出てしまうと言っていた。なので仮のドアと窓をくっつけて、朝に出直すと言い残し帰ってしまったのだ。その分通常料金でいいとも言っていたのでまぁいいだろう。

 

「朝にはもう一度やってきて、午前中には修理を終わらせるってさ」

 

「……お、お金は…?」

 

「イギリス清教持ち。上条家の出費にはならないんじゃないかな」

 

「よかった……本当によかった…」

 

 泣くほど嬉しいのか。それはそれでどうなんだおい。

 

「ま、その代わり曰く付きの物件になっちまったけどな」

 

「曰く付き……やっぱ、死んじまったんだな」

 

「……ああ」

 

 上条はどう考えているのか。アウレオルスが転落したとき、上条はインデックスの心配ばかりしていた。当然と言えば当然だが、上条は悪人が死んだとしても手を上げて喜ぶような奴じゃない。上条にも上条なりの思うところがあるんだろう。

 

「さて、後ろの人は」

 

姫神(ひめがみ)秋沙(あいさ)。」

 

 巫女服に身を包んだ、長い黒髪が印象的なおとなしそうな女の子。吸血殺し(ディープブラッド)の姫神秋沙か。

 

「姫神さんか、俺は木原統一。上条ん家のお隣さんだな」

 

「とうまの勉強を見てくれてるんだよ」

 

「ぐっ……インデックスさん? たしかにそうなんだけど、あえて言いふらさなくてもいいのでは? その発言だと上条さんがお馬鹿に聞こえてしまうんですが」

 

「事実かも」

 

「にゃー」

 

 一人と一匹に馬鹿にされ、悔しそうな顔の家主。……居候のくせに態度が少しでかいような気もするが、それでも上条はインデックスに勝てない。純粋さというのは恐ろしい武器だな。その武器に、助けられた者もいれば、身を滅ぼした者もいる。

 ぎゃあぎゃあと騒ぐ二人組みを放っておき、俺は俺の仕事をしよう。

 

「姫神さん……吸血殺し、の能力を持っていますよね?」

 

「……そう。それがなにか。」

 

「アウレオルス=イザードから伝言があります」

 

 その一言で、上条たちは動きを止めた。

 

「願いを叶えてやれなくて、すまない。と」

 

「……」

 

 姫神は何も言わなかった。上条も、何かを考え込んでいた。

 

「あいさを救う事()、アウレオルスの目的だったんだね」

 

 意外にも、話に入ってきたのはインデックスだった。……あれ? お前……

 

「インデックス? 記憶が……」

 

「記憶? なんのこと?」

 

 いやだってお前、黄金練成で記憶が……あ。

 

「そうか。上条、お前」

 

「え?」

 

 ()()()()、あらゆる異能を打ち消すその右手は、あの錬金術師のプライドの壁までぶち壊したのか!?

 

「おま、なんて事を……」

 

 覆水盆に返らずというか、もし死後の世界があるのならアウレオルスは今頃悶絶しているのではないか。俺ならそうする。

 

 インデックスはとことことベランダに歩いていった。アウレオルスが立っていた場所で膝をつき……後ろからでわからないが、祈りを捧げているのだろう。

 

「上条、インデックスにはなんて?」

 

「……悪い魔術師に襲われてたから、ステイルが撃退したって……三沢塾ってとこを、あの魔術師が占拠してたんだ。それでその魔術師、インデックスの昔の知り合いらしくて……」

 

 最初はインデックスを救おうとしてたのかと思ったが違った。インデックスの所有する魔道書が目的だったらしい。なのでそこを間一髪、ステイルと上条が戦って阻止した。……というような内容を話してきかせたとのことだ。

 

(でも記憶が消えてなかったのだとしたら)

 

 インデックスはそれが嘘だと知っている。知っていた上で、何も言わなかったのか。それはつまり、アウレオルスが自ら悪役(ヒール)を演じ、裁きを受けた事を察していたということ……

 

「……はは、ちゃんと立派に、修道女(シスター)をやってるじゃねえか」

 

 上条にもステイルにも真実は告げず、死者の心の内を自らの中にしまい込む。そして祈りを捧げる、か。

 

『インデックス。君は良い生徒だった』

 

 まったくだ。

 

「とうまー、おなかすいた!」

 

「なにー!? さっき病院でお菓子バクバク食べてたでしょうが!」

 

「それとこれとは話が別かも! きはらの作ったシチューを食べようよ!」

 

「シチュー?」

 

「あ、そうだった。少し多目に作ったから、姫神さんもどうぞ」

 

「さんはいらない。姫神でいい。」

 

「シチュー♪シチュー♪」

 

「ちょっとまてインデックス!今温めるから!冷たいまま皿によそろうとするんじゃありません!!」

 

 まったく切り替えのはやいこった。アウレオルスの思惑通りにはいかなかったが、これはこれで、良かったのだろうか。

 

「とうまー、まだー!?」

 

「まだです!」

 

 

『……当然、なるほど。そんな君もまた、相変わらずという事か』

 

 

 今でも、彼の声が聞こえてくるような気がする。

 

 




姫神「ヒロイン……私がヒロイン……」

作者「すまぬ……すまぬ…」


何が心配って、感想でいつ突っ込まれるかが心配でした。また初春さんを降臨させねばならぬかと……それもあって更新を急いでいた感もあります。投稿はホント計画的に……

次回からは通常ペースで行きます。いつも通りに、気にせず気にせず……何をとは言いませんが。駄文にお付き合いいただき、ありがとうございました。


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EX2 日常2 025 春の来ない夏  『8月10日』

超茶番を挟んでから3巻へ
でも3巻には実は行かなかったり、実質4巻だったり。

そして茶番のくせに長かったりする。


「うーん、魔術師は一日にしてならず、か」

 

 現在、フル稼働中の学園都市製プリンタを眺めながら出た一言がコレだった。

 ラミネート加工対応の業務用なのでかなりのお値段がしたのだが、ステイルからぶんどったお金を半分以上使い果たし購入した。家に運び込む際には上条が「あんなにお高そうな物を買って……」と遠い目をしていたのが記憶に残っている。俺だってあの入金が無ければ買わなかっただろう。ステイルの奴の何年分の給料かは知らんが、このプリンタ代と上条家の玄関及びベランダ修理費でほとんど使い込んでしまった。残りはインデックスの食費にでもしてやるかな。せめてもの情けだ、アイツもこれなら満足だろう。

 

 そしてそのプリンタで印刷しているのは何かと言うと、これまたステイルが用いていたルーンのカードだ。だがまったく同じというわけではなく、ところどころに改良を加えてみた試作品とも言える。その結果次第では改悪ともなりかねないのだが、これは実際に使ってみないとわからないだろう。後でインデックスにも確認を取ってみるつもりだ。

 

 そんな微妙な作品なのだが、個人的には出来栄えが気に入っている。なにしろ初めて作ったマジックアイテムだ。パソコンでこのデザインを描いてるときはかなりわくわくした。プリンタの初期設定をしている時よりもだ。なので、インデックスに確認を取るまでもなく大量印刷を開始してしまっている。ダメだったらしまって大事に取っておこう。

 

 インデックスと言えば、今日は上条家に一日中いるらしい。家主の上条当麻が夏休みの補習(実際には補習のサボり分のツケなので補習の補習)に出かけているらしく、保護者不在の中インデックスは一人で留守番をしている。そこはかとなく不安なのだが、姫神が遊びに来てくれる予定なので、暇を持て余し電化製品を弄って爆発させるとか、勝手に遊びに行って迷子になるだとかはなさそうだ。

 

 ……当の姫神は上条が目当てではないのかと俺は睨んでいるのだが。もしそうなら今日はご愁傷様である。本人曰く、「イギリス清教からの届け物を待っている」だとかなんとか。吸血殺し(ディープブラッド)の能力を封じ込めるための霊装が届くらしいのだが、完成日がわからないので毎日来たいとのことだ。

 ……そういうことにしておこう。あれは深く追及するなという目をしていた。インデックスにはそんな事は察せないし、上条には言わずもがな。そう、この言葉は俺に当てられた警告なのだ。特殊警棒でボコボコにされたくはない。そんな趣味は俺にはない……ないよな?木原統一さん?

 

 とくだらない事を考えていた矢先、ピンポーンと自宅のチャイムが鳴った。誰だろうか? ステイルとかならお断りなんだが、とか考えながらドア窓を覗き込むと巫女服の少女がいた。

 ……なんだこのタイミングは。超怖い。ドア窓越しに目が合ってしまい更に怖い。でも開けないわけにはいかない。

 

「コ、コンニチハ姫神サン?」

 

「さんはいらない。姫神でいい」

 

 自然にさん付けしてしまった。

 

「そ、そうだったな。……もしかして上条家と間違えたか?」

 

「貴方に話がある」

 

 ……これは本当に警棒コースかもしれない。マジカルステッキでいっぺん、死んでみる? をされたくなければ木原統一よ。この子を追い返すのです。今忙しいとかなんとか言って、後日上条(味方)がいる時に改めて話を聞く事にする方が賢明───

 

「おじゃまします」

 

 ダメだった。訪ねてきた女の子を嘘をついて追い返すという高等技術が俺にはなかった。俺の馬鹿野郎。

 

「それで、話って?」

 

 とりあえずテーブルを挟みこんでの対話に持っていった。いざとなれば逃げれるように窓際も確保した。……警戒しすぎだって?いや、最近学んだのだが警戒というのは普段は過剰過ぎでも、いざという時は微塵も足りない。それを俺はここ2週間で痛いほど学んだ。もう手遅れかもしれないがな。

 一方姫神は業務用コピー機をチラチラと見ている。まあ見慣れない品だし、学園都市製とはいえそこそこデカイので気になるのも無理はない。

 

「まず最初に。アウレオルス=イザードのこと」

 

「……」

 

「彼の伝言。伝えてくれたこと。まだお礼を言ってなかった」

 

 割りと真面目な話だった。そうか、ここ2日で気持ちの整理でもしていたのだろうか。真剣な話をしにきた姫神を、俺は殺気に満ち溢れていると勘違いしていた。あえて言わせて貰おう、不可抗力であると。姫神の表情って読み取り辛いんだよなぁ……

 

「えーと、お約束の台詞しか言えないけどさ……礼はいらないよ」

 

「ううん。私も同じ。……ありがとう」

 

 面と向かってきちんとお礼が言える子、姫神秋沙。よし、上条がこの子を泣かせたらとりあえず殴ろう。

 

「それで。……あと。上条君のこと」

 

 上条を殴る前に俺がダメかもしれない。

 

「上条がどうかした?」

 

「……」

 

 黙ってしまった……落ち着け木原統一。女の子が黙ってしまった場合のマニュアルは記憶の中にあるか?……どうやら無いようだ。記憶力いいんだから覚えとけよこの野郎。こういう時は考えながらの時間稼ぎだ。

 

「上条は今日補習だってなー。昼過ぎまでは学校に釘付けらしいぞ」

 

「知ってる。そこを狙って来た」

 

 ……狙って、だと?

 ちょっと展開が読めなくなってきた。まさか本当に上条がいない間に俺を暗殺しに来たわけではあるまい。

 

「上条君がお昼過ぎまでいない時。あなたがインデックスのご飯を作ってると聞いた」

 

「作っているというか、それは昨日たまたま俺が作りに行っただけだぞ?」

 

 一昨日のシチューで味を占めたのか、インデックスは昨日俺の家に特攻してきた。上条が作っておいたご飯を既に食いつくし、なお腹をすかせる暴食の徒。もしかしてインデックス、昨日作ってやったのを毎回やってやるとでも思っているのか?……まぁ世話になってるのは事実だし、料理の間に貴重な話が聞けるから得ではあるんだが。ステイルの遺産(死んでない)の消費ルートもアレの腹の中で決定だしな。

 

「それ以外に。あなたは。上条君の家に材料を持っていってあげてるとも」

 

 魔術講習兼上条当麻勉強会の都合でな。なんだかやけに漢字が多いが事実だ。

 

「まぁたしかにそうだが。それがどうかしたか?」

 

「私にも。料理を作らせて欲しい」

 

 ああ、そういう事か。上条のために料理を作りたいが、コックポジの俺がいるのでやりづらいと。なので俺を説得するか亡き者にすることでそのポジションに収まりたいということか。亡き者は考え過ぎかもしれんが。

 

「でもそれって上条に言うべきことなんじゃ?」

 

 なんだかんだで家主は上条である。俺がとやかく言うことじゃないような。

 

「……そんなこと言えない」

 

「……」

 

 乙女だ。巫女服の乙女がここにいる。この子の姿勢を修道服の悪魔に少しでも分けてあげたい。

 

 たしかに、女の子が男の子に「料理を作らせて」は微妙にハードルが高いかもしれない。それに上条と会ったのは2日前。もしかして、俺がいなければ料理を作らせてという希望すら出なかったのではないだろうか。なんというかこう、俺がいることで自然に台所に立てるような流れが彼女には見えたのだろう。勝機あれば攻めるべし。上条がいないこの瞬間を狙って来た姫神秋沙。……まさかアウレオルスの件も口実だったりしないよな?流石にな?

 

「まー、いいんじゃないか? 作った物の大半はインデックスの腹の中に収まることさえ納得できれば」

 

「それは問題ない」

 

 じゃ、何の問題もないな。上条の勉強会ついでに食材を持って行き、姫神がやってきたらそれとなくフェードアウトするもよし、インデックスを連れて買い物に行くもよし。

 

「問題は貴方」

 

 ……いや確かに、俺の存在はお邪魔かもしれんが。そこまではっきり言われるとなんだかなぁ。言われずとも気は遣う予定なんだが。

 

「私としては。半々くらいが望ましい」

 

「半々?」

 

 半々ってアレだよな。5:5(フィフティーフィフティー)ってことだよな?

 

「なにが?」

 

「料理を作りにくる頻度」

 

 いやだから、俺はそもそも料理番ではなく食材係なのだよ。作ったのも昨日と一昨日のみ。そりゃたしかに一昨日、昨日の流れだとそう見えるかもしれないが。

 

「別に10:0(全部姫神)でもいいぞ? 上条の勉強会はやるし、食材の購入は引き続きやる予定だけど。料理は元々、やる気なかったし」

 

「そうなの?」

 

 姫神は不思議そうな顔をしている。そんなに俺が料理を作りたがっているように見えたのか?

 

インデックス(あの子)が言っていた。「きはらは私とおしゃべりするためにご飯を買って来るんだよ」って」

 

 ……まぁそうだが。まて、もしかして───

 

「……報われない恋。私と一緒。応援するから遠慮しなくていい」

 

「ちっがああアァァァァァァァァァァァァァァう!!!」

 

 なんでそうなるのっ!!?とんでもない勘違いをしてやがるこの巫女服吸血鬼キラー!!?

 

「あなたがインデックス(かのじょ)を仕留めれば。私にも勝機はある。共同戦線」

 

 人は無意識の内に自分に都合のいい想像をしてしまうらしい。そんな心理学的原因に恋する乙女補正も相まって、こんな突拍子もない答えにたどり着いた彼女の顔は、赤くなりながらも真剣だった。

 

「照れなくていい」

 

「照れとらんわ! 照れるってのがどういう表情なのか見たいなら、いますぐ鏡を見て来い!!」

 

 ……お、落ち着け木原統一。まずは誤解を解く事から始めよう。こんな反応じゃ、何を言っても通じない。

 

「いいですか姫神さん」

 

「さんはいらない」

 

「やかましい。あのですね、俺は別にインデックスのために食材を買っていってるわけじゃないんですよ」

 

「……」

 

「そういう目的で上条家に行ってる訳じゃなく、もっと別の、個人的事情でお邪魔してるだけなの。ね?」

 

 というかそもそもだ。実年齢こそ不詳だが、友人の家に泊まっている女の子に会うために食材を買っていく男ってどうなのよ。目の前の恋する乙女的には「辛いけど頑張ろう?」という目で見られているものの、一般人からすればちょっとヤバイのではないか。いや、姫神にも危ない目で見られているのかもしれない。危ない奴だが背に腹は変えられん理論で共同戦線を敷きに来た可能性すらある。

 

「……納得した?」

 

「……うん」

 

 ホントかこいつ。

 

「……つ、つまり木原君の目当ては……」

 

 オーケイ、俺たちはわかり合う必要がある。目の前の巫女の腐った脳内お花畑を焼き払ってやる。俺の名誉に関わるからな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後、20分ほど俺と上条、インデックスの話を聞かせてやった。さらに俺がイギリス清教に籍を置いていること、インデックスから魔術を教わっていること。今さっき作っていたルーンのカードを見せたりする事でようやく納得してもらえたようだ。「敵じゃなかった」と安堵しているところをみると、どうやら本気でその可能性を考えていたらしい。

 ……まぁ最近上条に世話を焼きすぎていた気はするが、そんな思考に至るのはどうかと思う。友人の家に勉強を教えに行って、食材買っていって、ドアの修理依頼とかもやっちゃう隣人。……1割くらいの落ち度なら認めてやらなくもない。

 

 とにかく、料理を作るのは一向に構わないし、なんなら今日俺は上条家に顔を出さないから料理を作ってみるといい、と言って追い出したのだが、「不安だから後で来て」と言われた。何が不安なのかと聞くと「重い女だと思われたくない」とか言い出す始末。ちょっと何言ってるかわからないです。そこに俺が行くとなにがどう化学変化して姫神の印象が変わるの?俺はなにをすればいいの?……もうね、女性ってホントよくわからん。

 

 信用されてるのかされてないのか、結局よくわからないままに姫神は上条家に入っていった。ドアを閉める前の「……ゼッタイキテネ」という声が耳に付いて離れない。なんだか呪われた気がする。教会に行って呪いを……って、マシな教会がないんだったなこの世界は。

 

「あ、嵐のような人だった……」

 

 乙女たる姫神は色んな意味で俺の精神を削って行った。ステータス画面が見られるならMPがだいぶ削られているんではないだろうか。

 

 膝から崩れ落ち、うなだれているとまた家のチャイムが鳴った。

 

 ピンポーン

 

「次は誰だよ!!」

 

「俺だ」

 

 白衣にウルトラマンみたいなTシャツ。顔の刺青。見間違えることもなく木原数多(父親)だった。

 

「うおっ……久しぶり、上がってく?」

 

「いや、近くに来たから寄っただけだ……ドアぶっ壊したって聞いたからな」

 

 あーなるほど。まぁつい最近襲撃された息子が、家のドアをぶち壊したとか聞いたらそりゃ来るわな。

 

「忙しそうだね」

 

「まったくだ……なんで俺がテレなんとかっていう『木原』の後片付けをしなきゃなんねんだか」

 

「後片付け?」

 

「まぁ対警備員(アンチスキル)関連でな。秘密工作なんて柄じゃねえんだがな……」

 

 むしろ似合いすぎだよ畜生。笑うとこか?笑っていいのか?

 

「ま、元気でやってんならそれでいい……ところで…」

 

 木原数多は声をひそめた。

 

「昨日ドアをぶっ壊した隣人ってのは、あっちか?」

 

 と言って上条家のほうを顎でさす。なんだ?木原数多ってもしかして、上条当麻(イマジンブレイカー)についてなにか知ってるのか?いや、たしか俺が襲われた時、通報者をツンツン頭のガキと言っていたから、せいぜい入居者名簿から写真を手に入れたくらいだろう。

 

「そうだけど……」

 

「そうか、そういうことねぇ……」

 

 なにをニヤニヤしているのか。一体何を悟ったんだ?

 

「かわいい隣人のために、ドアの修理を請け負ったって事か」

 

「ぬぐぉ!!? な、ななななななにを?」

 

「いや、さっき隣に巫女服姿の女が入っていくのが見えたんだがな。思えば昔から、コスプレしてる女が好きだったよなお前」

 

 ここにきて木原統一の隠された秘密が明らかに!!? しかもすんげーどうでもいいぞそれ!?

 俺が言葉を失い、口をパクパクしていると───

 

「ぎゃはははははははは! 昔は「そんなことより実験の方が大事だ」なんて言ってたお前がよ、昼間っから女たらし込んで───」

 

「結局お前も色ボケかー!!!」

 

 めんどくさい、ああめんどくさい、めんどくさい。だがしかし、姫神の名誉を守るためにも、ここはきちんと話さなくては。

 

「第一、さっきの巫女さんはここの寮生じゃないっつうの」

 

「おお、そうか」

 

 こいつ、話聞いとんのか。

 

「ついでに言うと、さっきの子が惚れてんのはたぶんその隣に住んでる奴。ほら、ツンツン頭の通報者」

 

 許せ姫神、たぶんコイツからはお前の情報は漏れない。

 すると、木原数多はバツの悪そうな顔をしはじめた。何? 今度はなんだよ?

 

「まぁ、元気出せや」

 

「俺が惚れてるの前提かよ!」

 

 どうやら木原数多の中では 息子=コスプレ好き で大決定のようだ。というか本当に木原統一ってそうなの? そんなキャラなの?

 

「あー面白えもんも見れたし、帰るとすっかな」

 

 人を散々痛めつけた挙句に帰宅のようである。……覚えてろよ。

 

「んで、なんか困った事とかはあるか?」

 

「困った事……? うーん」

 

 困った事というよりは知りたい事がある。素直に言ったら教えてくれるだろうか。

 

「聞きたいことならあるんだけども」

 

「なんだ?」

 

「……絶対能力進化(レベル6シフト)計画。それと、一方通行(アクセラレータ)について」

 

 




統一「そもそもこの世界ってコスプレイヤーいすぎじゃね……?」

???「Exactly」


茶番を書いて落ち着きました。次の章もいつも通りにやろうと思います。


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第3章 救われぬ者に 026 心の距離感  『8月13日』  Ⅰ

 4巻(禁書目録とは言ってない)



 最近わかってきたのだが、上条当麻は不幸な人間だ。

 何故最近かと言えばその原因自体がまず不幸の第一要素であるのだが、端的に言ってしまえば記憶喪失なのである。

 喪失というよりは破壊、というほうが正しいと医者は言っていた。つまりは治る見込みがないということであり、もうこれだけで不幸と言っても差し支えないのではないかとさえ思う。

 しかもその記憶喪失の要因は、レンガが上から落ちてきたとか殺人現場を目撃したショックとか、精神系能力者の陰謀とかでもない。

 

「あいさが料理を作り始めてから、食事が豪華になったんだよ!」

 

 どうやら、この修道服を纏った銀髪の少女を助けるためにこうなったらしい。名前はインデックス。現在我が家の家計を焦土にしようと画策しているその1だ。

 不幸な事故の結果として記憶を失ったのではなく、人助けをした結果の記憶喪失。となれば、被害者の前でその悲劇を嘆くわけにもいかないばかりか、()()()()()()この少女を悲しませる原因になりかねない。……よって、わたくしこと上条当麻は記憶喪失を隠して生活している。この隠し事自体は自分で選んだ道なので、もちろん不幸だなんて思ってはいない。

 

「上条君。ちゃんと食べなきゃダメ」

 

 最近になって、我が家で手料理を振舞ってくれている女の子、名前は姫神秋沙という。つい先日、アウレオルス=イザードという錬金術師に監禁されていた、吸血殺し(ディープブラッド)という希少な能力を持つ彼女。

 

 何故手料理を振舞ってくれているかはわからないのだが彼女曰く、「お世話になったから」だそうな。その料理の腕は確かだし、男子高校生としては同年代の女の子の手料理なんて夢のような幸せではある。あるのだが……チラリと出された食事に目をやると……

 

具沢山の味噌汁

ご飯(特盛り)

焼き魚(魚が特大)

だし巻き卵(+大根おろし)

もやしとレタスとその他もろもろのサラダ

ひじきの煮物

肉じゃが少量(おそらく夜用の味見)

 

「今日()大量なんだよ!」

 

 多い。上条さん家の食卓にしては多いのだ。隣人からの補給があるとはいえ料理を出されるたびに「あ、これで冷蔵庫の中身がこうなって」と考えてしまう貧乏人の性には逆らえない。「冷蔵庫の中身が気になるから料理はこうして!」と姫神本人に言う気も起きないし、そもそもこの料理の材料の大半は───

 

「……だってさ、……あの流れなら……大丈夫だと思うじゃん?……」

 

 隣で何故か落ち込んでいる男。木原統一の買ってきたものなのだ。

 医者を除けば上条当麻の記憶喪失を知っている唯一の人間である。上条が自宅にいないときにはインデックスの世話を見てくれるし、なにより上条当麻自身に勉強を教えてくれている(コレは担任からの命令らしい)貴重な存在だ。更にはインデックスの持つ魔術の知識に興味があると言って、代価に食材を持ってきてくれるという……上条家の生命線のような奴である。

 落ち込んでいる理由はよくは知らない。父親となにかあったらしいが、深くは突っ込めない雰囲気だ。いつもは普段どおりなのだが、ふと気がつくとこういう状態になっている。なにやら精神的にくる説教を貰ったらしい。

 

「木原君。お米がなくなってきた」

 

「……うーい」

 

 姫神は一部の調味料を除いて、その殆どを木原が買ってきた食材で料理している。木原と言えばインデックスのために食材を買ってきているという認識なわけで、そのインデックスのGOサインが出ているためにこの形と相成った。上条家の食卓に家主が介在する余地がないと言う、なんとも奇妙な生態系が出来上がっている。

 

 もともとマイナス(インデックス)だったものが、プラス(木原)になり、それが少し減った(姫神)が付加価値がついた(料理の手間+手料理)のだ。なにも問題は無いように見える。

 

「とうまの作る朝ご飯と夜ご飯は少ないんだよ。あいさがいなかったら今頃餓死してるかも」

 

 否、問題はあった。姫神の作る料理につられて、上条家では食事改善運動(ストライキ)が勃発中である。姫神の料理と上条当麻のソレでは大きく差が開き過ぎているのだ。最近ではインデックスの勢いに負けて、一食辺りのおかずを1品増やしてしまった。近いうちに2品、3品と増えていくかもしれない。このままだとまさかのマイナスにまで転落する可能性も低くないのだ。

 

 おかしい。勉強、食材、料理、子守。これら全てにおいて面倒を見てもらっているというのにこの状態。ここまでの後方支援(バックアップ)があるのにも関わらずである。

 

 上条当麻は不幸だった。それを不幸だと、嘆く事も出来ない状態であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『てめェ、俺がその話題を出されるのがどれだけ癪に障るか、わかってやってんだよなァ?』

 

 すいません、知りませんでした。……なんて言えるはずもなく。「あー、うん」としか言えなかった。

 

『あー切れちまったわ。久しぶりに切れたわ。お前、一回死んだぞ?』

 

 どうやら俺は死んだらしい。

 

『丁度、さっき使()()()()()()があんだよなァ。狙ってやってたのかな? マゾ太クン?』

 

 いやもうホント、そんな趣味はないってなんども明言してるんで。なんですかね、その血塗れのドライバーとペンチは。

 

『ぎゃははははははは!!!』

 

「ぎゃあああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 気がつくと、我が家の玄関及び台所は殺人現場になっていた。この出血では被害者は助かるまい。……あ、俺だった。

 

 警戒というのは普段は過剰過ぎるとかなんとかぬかしてた男、木原統一です。あの惨劇から3日後。未だに夢に出てくるわ思い出すわで、肉体再生(オートリバース)は心因性のトラウマまで修復する説は怪しい気がしてきた。……まさか魂に刻み込まれたとでもいうのか。それとも俺の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)を解析したうえでの拷問だったのか。その真偽を確かめることは絶対にしたくないので、この事件は迷宮入りということになる。

 

 そんなこんなで、精神的にくる物理説教を貰った俺なのだが、別に興味本位であの質問をしたわけではない。あの流れならいけると思ったのだが……この惨状を見る限りではダメだった。

 

 何ゆえあんな質問をしたのかと問われれば、一方通行(アクセラレータ)に関する資料、及び絶対能力進化(レベル6シフト)計画における戦闘データが欲しかったから、と言うしかない。では何故そのデータが欲しいのかと聞かれれば……一方通行と戦わなければならない未来が来るかもしれないからだ。

 

 9月30日、木原数多を殺害するのは学園都市の超能力者の第1位、一方通行その人なのである。

 一方通行の戦闘データが欲しいとすれば、最も多くのデータが得られるのは絶対能力進化計画だろう。4桁ほどのデータが既にあるのは確定事項なのだ。というより、それ以外に得る場所がない。つまりは当てがないのだ。

 一方通行自身のデータが欲しいとなればだ。一方通行の能力開発に関わった人間に直接話を聞くのが手っ取り早い。ならば、「てめぇの能力、自分だけの現実、全て解析済みだ。伊達にその能力、開発してねぇぞ!!」と豪語する(予定)の人に話を聞くのが一番である。つまりは木原数多だ。

 さらにいうなら、9月30日に緊急で呼び出されたのにも関わらず、一方通行の全てを把握していた男なのだから。現状、絶対能力進化計画の情報だって手に入る立場にあるのではないか、というのが俺の推測である。

 

 ほら、おれわるくない。俺は悪くないぞー!

 

「……読み違えたなぁ」

 

 今回俺が得るべき教訓は、『親しき仲にもなんとやら』だろうか。まさかあんなに怒られるとは思わなかった。

 

「まーこれからどうするかは置いといて……米を買いに行くか」

 

 巫女服にエプロンを装着した主婦モードの姫神のオーダーに応えるべく、俺は血塗れ(汚れが落ちない)の玄関を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、重い……」

 

 最近、姫神が現れた事による食料消費事情はなんとなく察してはいた。上条のあの顔はバレバレである。でも姫神にはそんな顔は見せないその優しさに敬意を表し、ならば米だけでもと思って20kgの袋を見つけてコレにしようと思った矢先の出来事である。

 

 

『特大感謝セール 味噌+醤油+お米 購入で、全商品3割引』

 

 

 3割とはまた大胆に出たものだ。まぁなんとか持てるかなと考えてたその矢先だった。

 

『ただ今2千円以上購入の方に、感謝セール記念の商品くじを行っておりまーす』

 

 とレジのお姉さんに言われ、進められるがままにくじを引いた。というかセールの記念ってなんやねん。学園都市は食料品などに関してはかなり安い値段が設定されている。どこまで安いのかと言えば米と醤油と味噌の最大サイズを購入しても2千円は超えないくらいにである。今回2千円を超えたのは一緒に買ったお菓子(カナミンチップス)のせいだろう。インデックスの昼間、夜の食欲抑制のための布石として2つ購入した。嗜好品に関してはやはり高いのが学園都市クオリティである。

 そんなこんなで、感謝セールとしておきながらも2千円以上の購入欲を煽ってくるスーパーのくじを引いた結果当たったのが───

 

 

『学園都市産 お米 20kg』

 

 

 2等である。当たった直後から賞品を聞かされる5秒間くらいは喜んだ。商品を聞かされた後も「ま、まぁ自宅用で消費してもいいよな」くらいに考えていた。問題は帰り道である。

 

「俺が非力なのか……いや、これはもやしっ子でなくてもきついんじゃねえか?」

 

 右腕20kg。左腕20kg+α。非常に微妙なラインだが、軽いと言うやつはいないと思う。もしいたらそいつは人類じゃない筋肉だ。……やっぱ俺がもやしなだけか。畜生。

 とにかくこんな真夏日に、こんな重さの荷物を持って延々と歩いて自宅に帰らなければならないハメになってしまった。一体誰のせいなのか、もしかしたらアレイスターの陰謀なのか、もう全部あいつのせいでいいんじゃねえかな。ああもう暑い。のんびりと歩けばその分この地獄は長くなるしもう……

 

 そんなこんなで現在、俺こと木原統一は路地をショートカットしようと画策し、その浅はかさに後悔しはじめた所である。

 

(荷物が邪魔で人とすれ違う事ができねえ……しょうがないから曲がって広そうな道を選んだはいいが)

 

 なんだかどんどん目的地から遠ざかっているような。「あ、この調子なら引き返した方がいいんじゃね」というところで少し広い場所に出た。道がいくつか分岐しており、廃棄された建物みたいなのが真ん中に建っている。つまりはどういう場所かと言うと、

 

「不良の溜まり場だよなぁ」

 

 長居は無用である。まだ昼間だからいいが、もうすぐ悪そうな人たちが集まってくるかもしれない。否、もうあの建物内にいて、すぐにでも顔を出す可能性すらある。んなもんステイル直伝の(勝手に盗んだだけだが)炎の術式でやっちまえと思うかもしれないがアレは手加減ができない。問答無用で焼き殺されなきゃいけない不良はそうはいないだろう。

 

 ということで建物内の様子をチラチラと窺いながら離れる事にする。と、建物の中から誰か出てきた。見たところ女性のようだ。やっべ、目が合っちまった。何故かこっちに近づいて来る。……どっかで見たことあるような───

 

「こんなところで会えるなんて」

 

 あ、アニメ仕様だ。なんてアホなことを考えている俺がいた。

 

「貴方はマネーカードなんていらないでしょうに。however,再会自体は喜ばしい事なのだけど」

 

 




味噌「は、早く冷蔵庫へ…!」



 いつも通りにやるといいながら2回もボツに……ビビり過ぎな作者です。


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027 真夏日の温度差 『8月13日』 Ⅱ

書き溜めてて思ったことが一つ。
布束さんファンに土下座の必要性がある章になってしまいました。



 木原統一には7月20日以前の記憶がない。

 正確にはエピソード記憶がないというとこか。知識だけなら大量にあるのだが、思い出というものが存在しない。つまりはそれ以前に出会った人物だとか、その人物との思い出話などはさっぱり持ち合わせていない。そんな人間がいままでどうやって来たかといえば、ひとえに原作知識のお陰である。

 

 木原数多、上条当麻、月詠小萌、土御門元春……どのキャラも末永く活躍し(約一名は速攻退場なのだが)印象深く残る人物ばかりである。そんな彼らの性格は、完全ではないがある程度は把握できている。と木原統一はそう思っている。受け答えも及第点であり、今のところ無事に過ごせているのではないか、と。

 

 ではここに、歳も違えば性別も違う。関係性も不明でしかも久しぶり。登場シーンも少ないまさかの研究者キャラという、存在をぶっ込んだ場合どうすればいいのか。

 

 目の前の、制服に白衣の少女がそれだった。

 

「……だいぶ背が伸びたようね」

 

 ……落ち着け。落ち着くんだ木原統一。まずは目の前の人物のプロフィールを思い出せ。

 布束(ぬのたば)砥信(しのぶ)。所属高は長点上機学園で3年生、以上。

 

 いやそうじゃねえだろ。情報が少な過ぎて現実逃避してる場合じゃないぞ。

 えーと、学習装置(テスタメント)を監修した天才少女で、量産型能力者(レディオノイズ)計画に参加してて……いくら考えても木原統一との関係性を見出せそうにないなこれ。

 

「研究者の道はもう、諦めてしまったのかしら」

 

 それだ! 研究者繋がりか。木原統一が落第の印を押されたのはたしか14歳。『木原』としての特性を発揮はしていないのだから普通の天才少年(何を言ってるかわからない)としての扱いを受けていたはずだ。そこでこの女と知り合った。そういうことだな? そういうことでいいんだな?

 ということは、わりとフレンドリーな感じでいけるってことか。よし、ならば───

 

「お、おーっす、久しぶりー」

 

「……well、随分変わったわね貴方」

 

 ダメだった。どうやらなにか対応を間違えたらしい。

 

「because、3年以上も会っていないとはいえ、そこまで変わるとは驚きね」

 

「……3年かぁ」

 

 思わず口に出てしまった。3年間なら性格が諸々変わってても問題ないような気がする。

 

「そ、そんなに変、ですか?」

 

「……まぁ、荒れ狂っていた頃に戻れとは言わないけど。それ以前の人柄ともまた違う印象ね」

 

 中身が違うので当然ではある。……荒れ狂っていた? それ以前の? 木原統一って一体……

 

「それで、貴方は長点上機には来なかったようだけど。まさか本当に研究職を諦めてしまったんじゃ……」

 

「あー、えーと。ま、色々あってですね……」

 

 どうすんだこれ。なんて答えればいいのか……『木原』として落第した木原統一。自宅をざっと見回しても研究のけの字も出てこなかったところをみると、諦めてしまった、というのが正解だろう。

 

「……どうするかは貴方の自由だけど。あなたの学習能力の高さを知るものとしては複雑な気分ね」

 

 学習能力って、なんかもっとこうマシな言い方はないものか。まるで実験動物として扱われているような……

 

「あの学習装置(テスタメント)の被検体の中で、貴方はもっとも優秀だったわ」

 

 まさかと思ったら実験動物だった。え? さっきは研究職がどうとか言ってなかった? 俺の聞き間違いか?

 

「あんまりうれしくないんだけど」

 

「まぁそうでしょうね」

 

 彼女なりの皮肉だったのか、それとも事実なのか。……学習装置の被検体ってなにをするのだろうか? 頭に被って本でも読むのか?

 

「貴方の脳の動きは今でも覚えてるわ。あまりに感動して今でもデータを取ってあるもの」

 

 あ、こいつ変な奴だ。いや、悪い奴じゃないんだけど。人の頭の中の動きを見て、感動して、3年? 以上たった今でもデータを取っといてるのはちょっと……いや、それともこれは冗談か?研究者ジョーク的なものがここ学園都市にあるのだろうか。

 

「私の服装で反応が変わったのも面白かったわね。覚えてるかしら?」

 

「……は?」

 

「忘れているようね。……年齢、性別によって反応が変わるのは当然なのだけど、あなたは短期、長期記憶のアクセスがはっきりしてて分わかりやすかったの。でもそれ以上に面白かったのは露出の多い服装ではなくよりゴシック調の───」

 

「わーっわーっストップストップストップ!!」

 

 なんてこと言い出しやがるこの女!?

 

「なによ、恥ずかしいの?」

 

「当たり前だろ!」

 

 むしろ何故恥ずかしくないと思ったのか。

 

「……時代は白なのかしら」

 

 今度は何を言ってやがるこいつと思ったら。布束の目線は俺の持ち物に向けられていた。『カナミンチップス のりしお』に───

 

「こ、これは違うぞ!?隣人の女の子にだな……」

 

「oh dear? どんな子なのかしら」

 

 どんなって純白シスター…はっ?

 

「……普通の子です」

 

「嘘が下手ね」

 

 なんとなくだが布束砥信と木原統一との関係性がわかってきた。近所に住む意地悪な姉ちゃんポジだコイツ。しかも脳内丸々モニタリングされた上で、だ。悪質過ぎるだろ。俺より俺を知ってる可能性すらある人物にどう勝てというのか。

 

「そ、そんな事より、布束さんの方はどうなんです?」

 

 話を変えねば。こ、これ以上は『木原統一』の沽券に関わる。

 

「布束さん、か。もう昔のようには呼んでくれないのね……」

 

 なんて呼んでいたのだろうか。……ギョロ目?いやいや、この人アニメ仕様になってるし。想像もつかないな。

 

「私のほうは、そうね……実は私も研究職をやめようと思ってるわ」

 

 と布束は、何かを悟りきったような表情になった。そうか、そうだった。この頃の彼女は妹達(シスターズ)を助けようと必死にあがいてる時期だった。

 

「それは……えーと、なんで?」

 

「詳しくは言えないの。……関わってるプロジェクトがね、私には納得いかないのよ」

 

 納得いかないというのは、妹達の命が絶対能力進化計画に使われているということだろう。彼女はクローンである妹達を、人間としてでしか見れなくなってしまった。そしてこの後は御坂美琴(オリジナル)と同じく、計画の妨害を本格的に始めるのだ。

 

「科学者は……少なくともこの街の科学者は、非情でなければ出来ない仕事のようね。equal 貴方はこの道をやめて、正解かもしれないわ」

 

 それは一理あるかもしれない。学園都市の研究は外界とは一線を画すぶっ飛び方をしている。もちろん、人の命を弄くり倒すような研究ばかりではない。宇宙開発や無人機の設計等の、人間が直接関わらない研究だってたくさんある。

 でも。布束砥信の専門は生物学的精神医学。つまりはど真ん中なのだ。たとえここで絶対能力進化計画に関わらなかったとしても、いつかはこの壁に当たっていたのではないだろうか。

 

「ごめんなさい。もしかして気に障ったかしら?」

 

「いや、そんなことは……」

 

「足を止めさせて悪かったわ。また会いましょう」

 

 そう言って彼女は立ち去って行った。「また会いましょう」とは言っているが、もう二度と会う気はないのではないだろうか。

 彼女はこの後失敗する。妹達に感情のインストールを試みるも、打ち止め(安全装置)によって阻まれる。だが、たとえ成功しても布束砥信が計画を妨害しようとした事はバレるので結果は変わらない。それは彼女が一番よくわかってるはずだ。その後は……どうなるのだろう。アニメならあの事件に……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「お、お米……」

 

「だー暑い!!もう、めんどくさいからここに置いとくぞー!」

 

 なんとかかんとか、あの暑い中を潜り抜けて帰宅した。正確には上条家なのだが、もうここから動く気が起きない。またエアコンの無い屋外(地獄)に足を踏み入れる気は微塵もないのだ。

 

「こ、こんなにたくさん……い、いいのか木原!?」

 

 ……もしかして米を両方欲しいのだろうか。いや、別にいいんだが。片方はタダだし。でも使いきれるか?……愚問だったか。

 

「構わないが、そんな事より上条。インデックスはどうした?」

 

「なんでひそひそ声なんだ?奥でテレビを見てるけど」

 

「実はコレ……」

 

「こ、これは……!」

 

 約一名からの俺の評判を地の底に貶めた菓子。対照的に上条には恵みの雨みたいな評価を受けている事が見て取れる。……役立てて欲しいものだ。俺のささやかな犠牲を糧にしてくれ。

 

「戸棚の奥底……いや、インデックスの手の届かない場所に隠せ」

 

「こ、これなら食事のつなぎに……トレカも付いてるし食べ終わればインデックスは夢中になること間違いなし!」

 

「そうだ。……見つかるなよ」

 

 ついでに一袋あたり1冊原典を読ませてもらえたりしないだろうか。ダメか。

 

「これだけ米があればオニギリを作っておいて……インデックスなら塩のみでも……」

 

「……ま、まぁ好きにしてくれ」

 

 このままだとインデックスは塩のみジャパニーズおにぎりを食わされるようだ。「インデックスなら」って上条、お前……酷い扱いに見えるが、実際それでなんとかなりそうだから困る。

 上条家は今日も平和である。上条当麻が次のお話に巻き込まれるのは一週間後。……今回の場合は巻き込まれるというよりは首を突っ込むだったか。とはいえ学園都市の最強と戦うハメになるのだ。それまでの間は平和を感じていて欲しいと思う。

 

『足を止めさせて悪かったわ。また会いましょう』

 

 ふと、寂しげな彼女の姿が頭をかすめた。

 

「木原はどうする? 上がってくか?」

 

「おう。お邪魔します」

 

「あ、きはらーお帰りなんだよ」

 

「……"いらっしゃい"じゃないのか普通。まあいいか。ところでこの前話していた術式の種類についてなんだが……」

 

 俺は脳裏に浮かんだ彼女の姿を消し去って、日常に戻っていった。

 




布束「誰かしらこの人」

作者「誰だろうね」



 布束さんのファンの人ごめんなさい。


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028 誰かの為に焦がれ 『8月14日』

 相変わらずのんびりです。
 少し長いかもしれません。


「仕様がピーキー過ぎるかも」

 

 俺の迷作であるルーンのカードを見たインデックスの最初の一言はコレだった。

 

「ピーキー? というかインデックス、よくそんな和製英語を知ってるな」

 

「テレビで覚えたんだよ」

 

 またカナミンだろうか。イギリス清教所属の魔道図書館の視点で見た場合、とても面白いと評判のあの番組。

 

「……ま、まぁピーキーって言葉を覚えてたのは置いといてだな。どういうことだ? 俺は汎用性に特化したつもりだったんだが」

 

「たしかに、一枚のカードで色んな事が出来そうかも。工夫に関しては私の想像以上の出来栄えなんだよ。……もしかしてこれをこうすると…」

 

 流石はインデックス。こちらから言わずとも、俺が考えている術式の用途、組み合わせを看破してくる。1枚のみで行う術式、2枚以上を組み合わせる場合の使い方。たった一つの使い方を除き、全ての魔術の種をばらされてしまった。

 

「それできはらは、全ての術式の使い方、それに用いる魔力の質をきちんと把握しているの?」

 

「まぁそりゃな。というよりは、思いついた術式を全て出来るように作ったのがコレだ。単に思いつきで作ったわけじゃあない」

 

 色々出来そうだからこうした、ではない。色々出来るように詰め込んだのだ。

 

「……なるほど。ルーン魔術についての知識を最大限生かせるように作ったんだね」

 

 インデックスは何か考え込み始めている。……なんだこの反応は?失敗作なら失敗作、成功なら成功、佳作なら佳作と言ってくれると思ったのだが。何故考え込んでいるのか?

 

「……もしこれを、きちんと使いこなせるのなら。成功作と言えるかも」

 

 条件付の成功の判を押された。

 

「ダメなのか?」

 

「ううん、ダメじゃないよ。でも普通の魔術師はこんな使い方しないからね」

 

「というと?」

 

「普通の魔術師は……例えばすているはルーンを主に使う魔術師だけど、当然ルーン以外も使えるんだよ」

 

「……そうだっけ?」

 

 そんなシーンあったかな……インデックスの記憶を消去する時、後は土御門が用意した理派四陣(りはしじん)でオリアナを追跡する時か。小萌先生と共同で姫神の治療をする場面もあったな。

 

「そうなんだよ。魔術師って言うのはね、占星、錬金、召喚……色々な分野を満遍なく学んだ上で、自分に合った専門を見つけるんだよ」

 

「ふむふむ、それで?」

 

「だからみんな、自分の専門で扱えない分野は諦めるか他の魔術師に任せるか。もしくは共同で術を発動させたりだとか。とにかく、初歩的な魔術以外だと、単独で成功させるのは難しいかも」

 

 なるほど。たしかにさっきのステイルの例だと、霊装の力を借りたり土御門に準備してもらったり。そういうなんらかの()()が必要なのは確かだ。

 

「でもこのルーンのカードは、手の届かない所に無理矢理ルーンの術式を当てはめて使おうとしているね」

 

 ……そんなに無理矢理に見えるのかコレ。ステイルの術式を元に応用、派生術式はないかと模索した結果の産物なのだが。

 

「ルーンの知識に偏った、きはらだからこそのカードと言えるかも」

 

「……うーむ、言いたい事はなんとなくわかった。でもピーキーってのはどういうことだ?」

 

「色々な事をルーンでやろうとした結果、術式が歪み過ぎているんだよ。例えば炎剣の術式……」

 

「ああ、それか」

 

 投げるタイプではないステイルの数少ない近接用術式。シンプルながら炎を出し続ける性質は扱いやすかった。

 

「コレを……こう使おうとしているよね?」

 

「そうそう。よくわかるなインデックス」

 

「どういう魔力の動きをするか、理解できてるの?」

 

「んーと、発動には普通の炎剣と同じ動きなんだけど。着弾したら炎そのものをルーンの一部と定義し直しすんだ。その時の魔力の動きと比率は……感覚だから言葉にするのが難しいな……えーと」

 

 魔術というのは、発動する術式によって精製する魔力が違う。使う用途によって様々な質の魔力を適正量作る必要がある。というのはインデックスとの最初の授業で教えて貰った事だ。

 だがしかし、厳密に単位だったり計り方が存在するものではない。質量なら(グラム)、電流なら(アンペア)というようなアレである。

 これが一見して魔術が曖昧な分野だと言われる要因その一なのだ。ちなみに俺はいまでも曖昧な分野だと思っている。科学と比べたら余裕と言うか遊びと言うか、自由なスペースが多いと思うのだが、コレを言うとインデックスが怒るのでもう言わないことにしている。

 

 それはさておき、何が言いたいかというとだ。他者に魔力の動きや質を伝えるのに苦労すると言う事である。今回の術式の説明は『魔女狩りの王(イノケンティウス)くらいの質の魔力3.5割~4割に炎剣5割くらいの比率で魔力の質を調整し、残りの魔力で扱いたい数を指定する。ただし距離によってこの内訳は……』と、こうなる。場合によっては『炎剣と人払いの中間』だとか、『紅十字と巨人を3:4で混ぜたもの』等々……魔術を学問とか言った奴、怒らないから出て来い。そして殴らせろ。

 

「……これは距離と扱いたい数によってまた変わるな。でも基本の比率は変わらない」

 

「そこまでわかってるなら、もう答えは出てるね」

 

「え?」

 

「その作業が、戦闘中に出来るなら。きはらは魔力の扱いにおいて世界一の魔術師かも」

 

「……あ」

 

 戦闘中。つまりは自らが危険な目に遭っている状況下で、このカードを使いこなせるかどうか。焦らず、場合によっては走りながらだったり転がりながらだったり。そういう状況下でうまく魔力を精製、運用できるか否か。術式をきちんと取捨選択できるかどうか。

 通常の術式でも、戦闘の素人では難しいのかもしれない。いま手元にあるのは様々な比率の魔力を複数導入する事でその応用力を底上げし、そのバリエーションは元より要求される魔力コントロールのレベルも上がっている。

 

「な、なるほど、そういう事か……無理かもしれない」

 

「ごめんね。コレは先生役をやっていた私の責任かも」

 

 要するに、俺のやっていた事は机上の空論だった。理屈の上では出来るよね! と言うやつだ。魔術師としての到達点。それを"術式を成功させる"という低い位置に設定していた俺が愚か者だった。

 インデックスとの授業、そして自室での練習。そこに欠けていたのは実戦を想定しているか否か。その一言に尽きた。

 

「こ、これが現実というやつか……」

 

 魔術師としての道のりは、まだまだ遠い。

 

「でも、やっぱりこのカードは上手く出来てると思う。すているの持ってたカードを見て、ここまで改造する人はなかなかいないんだよ」

 

 あ、インデックスが慰めてくれている。俺の作った観賞用としてでしか価値の無いルーンのカード。宣言どおり部屋に飾っておこうか。

 

「……いや、待てよ。戦闘中の細かな術式の扱い……たしか聖人って、体内の構造を弄くりながら戦闘してるんだよな?そういう奴らもいるんだし、世界一ってのは大げさじゃないか?」

 

「アレは術式の取捨選択だけ。きはらみたいに状況に応じて大きく魔力の質を変えたり、まして違う質の魔力をこんなレベルで組み合わせて使ったりすることはないんだよ」

 

「……さいですか」

 

 結局のところ、俺の最初の作品の評価と言えば。芸術的価値はあるが実戦で使用するには難し過ぎる。という評価だった。100%の力を引き出せるのなら問題はないどころか傑作と言えるが、そんなことは無理ではないか。"ピーキー過ぎる"という最初の言葉はまさしく、このカードの本質を表していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんなこんなで。大量に生産したラミネート仕様のルーンのカードは自宅に寂しく置かれることになり。俺は大量消費したインクとプリンターに内蔵されたラミネーターのフィルムを買いに家電量販店にやってきた。

 

(くっそー、やっぱ一枚だけ作っておいて後は我慢するべきだった! あの時はルーンのデザインに半分徹夜だったからテンションがおかしくて……)

 

 やってしまったものはしょうがない。その場の気分で行動してしまうとどうなるのか。それを身をもって体感……なんか最近はそういう事が多い気がする。いい加減学べというやつか。布束に「学習能力が高い」なんて言われていたがこの様である。……いや、それは俺になる前の『木原統一』の話だ。俺自身は頭の中が残念な高校生というか……

 

 失敗に次ぐ失敗で、頭の中がネガティブになっているような。こういう日は他に何もしない方が……いや、帰ってまた新しいカードのデザインを考えたい。そうするか。

 

 そんな事を考えながら、清算を終えて店を後にする。外は未だにうだるように暑い。まあ今日は重い荷物も無いので、昨日に比べたら格段にマシである。少し天気が良すぎると考えれば、心地よささえ感じるほどだ。

 

(この快晴の中……今日も街のどこかで、彼女はマネーカードをばら撒いてるのだろうか)

 

 何故こんな事を考えてしまうかといえば、昨日の布束砥信との出会いがそうさせるのだろう。彼女が、自らを犠牲にしてでも救いたいと思っている妹達(シスターズ)。……実際には徒労で終わってしまう事を知ってるからこそ、それをどうにか出来ないかなどと考えてしまう。

 

(……しかし、俺はなんで昨日会ったばかりの人を心配してるんだ?)

 

 『木原統一』としての心の残滓でも、残っているというのか。

 

「あら? 今日も会えるなんて、()()()

 

「……またなんつータイミングで出てくるかなこの人は」

 

 俺の感傷に浸った心はものの1分ほどで引き揚げられた。まさか目の前に本人が現れるとは。しかも「もう会えないんだろうなぁ……」的な事を考えてる時にである。

 さらに言うなら……

 

「それ。暑くないのか?」

 

「学園都市製の特殊素材よ。well、前にもこんな事を言った気がするわ」

 

 服装がアレだった。ゴスロリ系?と言えばいいのか。昨日は普通に長点上機学園の制服に白衣だったのだが、今日は思いっきりコスプレである。

 日傘を差し、見てるほうが暑苦しくなるような真っ黒な服を着て、布束砥信はこちらを見ていた。

 

「……まぁ百歩譲ってその服装が涼しいとしよう。なんでその服なんだ?」

 

「あら、乙女心がわからないかしら」

 

「俺の知ってる乙女っていうのはなぁ、そのセリフを真顔で言えるような人種じゃねえんだよ」

 

 そう、例えば姫神とか。アイツは……いや、普段は真顔だけど。よく見ればきちんと喜怒哀楽が見て取れる。上条に向ける視線が普通とは違ったりだな……言ってて虚しくなってきた。

 

「indeed、成長してもそういう所は相変わらずね」

 

「なんで俺が悪いみたいになってんだ」

 

「however、やはり白なのかしら?」

 

「あーわかった。お前、話聞く気がねえだろ!」

 

 と言った瞬間、ドロップキックが俺の腹に突き刺さった。

 

「ごっ、が」

 

「長幼の序は守りなさい」

 

「1歳違いだろうが!!」

 

「せいっ」

 

「ごふっ」

 

 割と本気で痛かった。先ほどコイツに同情した俺がバカだったと思えるくらいには。

 

「やれやれだわ。貴方といいオリジナルといい」

 

「……念のために言っておくとだな、長幼の序を守ってないのはアンタも同じだぞ」

 

 アレには大人は子供を慈しむという意味もあるはずだ。

 

「oh dear? そういう理知的な返し方ができるのは、貴方の長所ね」

 

「……少しもうれしくないんだが」

 

「そうでしょうね」

 

 なんかコレに似たやり取りを昨日やった気がする。もしかして───

 

「でも、昔のような会話ができて嬉しかったわ」

 

 ……昔の木原統一も苦労してたんだな。さっきのやりとりの何処から何処までが昔のやり取りなのかは知らないが、どうやらお決まりのようなパターンだったらしい。どこに彼女を喜ばせる要素があったのかも気になるところだ。

 

「そうかい。期待に応えられたなら、嬉しいかぎりですのことよ」

 

「期待、という点では30点くらいかしら」

 

「……低すぎねえかそれ」

 

 どうやら期待には添えなかったらしい。まったくもって蹴られ損である。何を期待してたんだこの人は。

 

「でも決心はついたわ」

 

「……いや、人を蹴っ飛ばしてなんの決心がついたんです?」

 

「科学者をね、やめようと思うの」

 

 もうどういうことなの。なんで俺を蹴っ飛ばすとそういう結論になるのか。「サッカー選手を目指すの」だったらわからなくもない。ボールは友達って言うし。

 

「……あのさ、その科学者を辞めるって話なんだが。もう少し先延ばしにすることは出来ないのか?」

 

 科学者を辞める。それはつまり、彼女が関わっているプロジェクトに対し、間接的に加えていた妨害を直接的な手段に変えるという事である。

 

 彼女を苦しめている元凶。絶対能力進化(レベル6シフト)計画は俺の知る限りだとあと1週間で幕を閉じる。もちろん、全てが俺の知る歴史どおりになる保証はどこにもないが、それでもあの計画が途中で凍結するのは決定事項だと思うのだ。

 

 妹達はアレイスターのプランの中核を成す存在だ。AIM拡散力場を制御するために製造されたシステム。アレだけの人数を作ったということは、制御にそれだけの数が必要だと言うことだろう。あの実験は建前なのか、それとも一方通行(アクセラレータ)を育てる事を兼任しているのかは不明だが、今後そこまで多くの妹達を殺させるとは思えない。

 

 とにかく、近いうちに実験は終了する。ならば彼女がやろうとしている謀反を先延ばしにすることで、彼女自身が暗部に身を落としてしまう事を回避できないだろうか。

 

「先延ばし?」

 

「そう、先延ばし。ほら、関わってるプロジェクト? だったか。その方針が変わるかもしれないし。もう少し様子を見てさ」

 

「……心配してくれるのはとても嬉しいわ。でももう決めた事なの」

 

 予想通りというかなんというか。聞く気はないという所か。

 

「そんなこと言わずに、あと1ヶ月、いや1週間でもいいから……」

 

「……その言葉だけでも、今日貴方に会いに来た甲斐があったわ」

 

 そう言って、布束は背を向けて歩き出した。もう誰の話も聞く気はない。揺るぎない信念で、彼女は破滅の道を歩む事を決めてしまっている。

 

 ここで彼女を引き止めなければ、彼女は学園都市の闇に身を落とす事になる。

 

 彼女がその後どういう経緯を経て、あの人造人間の姉妹(ケミカロイド達)と関わりを持つのか、俺は知らない。その時の彼女の心境なんて、想像も出来ない。

 だがそれは、彼女自身が望んだ事ではないのは確かだ。

 

 ……いや、そうじゃない。彼女が可哀相だから、ではない。彼女が理不尽な目に遭うから、でもない。

 

 俺が、『木原統一』が布束砥信に不幸な目に遭って欲しくないのだ。

 何故かはわからない。『木原統一』にとっての彼女が、どんな存在だと言うのか。昨日会ったばかりの人物に、俺は何を考えているのだろうか。

 心の中から湧き出てくる、この奇妙な感情のズレはなんだ?

 

「…………妹達(シスターズ)

 

 その言葉に、彼女は歩みを止めた。

 彼女を止める言葉は、これしか思いつかなかった。

 

「……そう。知っていたのね。道理で貴方らしくないと思ったわ。regrettable、台無しだわ、色々と」

 

 こちらに向き直った彼女の顔は、怒りや悲しみが織り交ぜられたような表情をしていた。

 

「妹達はもうセキュリティが一新されてる。擬似感情のインストールも弾かれる事になるはずだ」

 

 怒られても構わない。嫌われたっていい。伝えるべき事は伝えたい。

 

「実験の事も、私のやろうとしてることもお見通しなのね。どうやって突き止めたかは知らないけど、大したものだわ……もしかして、昨日のは会いに来てくれてたのかしら」

 

 彼女は冷ややかにそう告げた。その言葉にもう感情はない。

 先ほどまでの優しい眼差しは消え、その目には冷たく光るなにかが灯っている。

 

「貴方がどうやってその答えにたどり着いたかはわからない。でもそれを聞いて、私が諦めると思ったの?」

 

「……いや、そうじゃなくて……妹達の───」

 

「妹達について、私より貴方の方が詳しいとでも言うのかしら。既に、()()()()()()()者の忠告として、その言葉は受け止めておくわ」

 

 それは明確な拒絶だった。木原統一は脱落者で、布束砥信は現役である、という事実をわざわざ示した上での拒絶。相手を傷つけてでも否定したいという意思の表れ。つまり布束砥信は、この上なく怒り狂っているのだ。

 

「……この道は私が決めたの。部外者にとやかく言われる筋合いは無いわ」

 

「……」

 

 御坂美琴のクローンである妹達。彼女たちが人間なのか人形なのかだとか、そんな議論をする気は毛頭ない。それは呼称や認識の問題であって、命の重さなんてどの人間から見るかでその価値が変わってしまうモノだからだ。

 布束砥信が、妹達を人間として見ている事は知っている。だけど、たったそれだけの理由でここまでするだろうか。上条当麻と呼ばれるヒーローなら、そうするかもしれない。だがアレは特殊なケースだ。普通の人間はそうじゃない。自分の身を省みずに他人を救える人なんてそうはいやしない。つまりは、布束にとって妹達とは、他人以上の価値を持っているなにか、という事になる。

 

「貴方が計画に関わっているとは思えないし。これ以上首を突っ込むのは止めなさい。絶対能力(レベル6)の闇は、貴方が思っている以上に深い。これは忠告よ」

 

「……アンタにとって、妹達ってなんなんだ?」

 

 命を賭けてまで、何故彼女たちを助けたいのか。布束砥信から見て、彼女たちの価値は例えるならば何と等価なのか。

 

「……well、改めて聞かれると答えに困るわね。例えるなら───」

 

 布束砥信の、妹達への想い。その言葉を聞いた俺は、彼女の事を止めるのを諦めた。

 今の彼女の気持ちを止める言葉を、俺は知らない。

 




土御門舞夏「見てはいけないモノを見てしまった……兄貴に教えてやろう」

青髪ピアス「なんかごっついモン見てしまったわ……木原君も青春しとるんやねー」←バイトで着ぐるみゲコ太の中

黄泉川「アレも青春じゃんよ……少年」←パトロール中


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029 Dear My Friend 『8月15日』 Ⅰ

 相変わらずの主人公です。


『初めまして、木原君』

 

 自分とあまり歳の変わらない女の子を、研究者だと紹介された時は驚いた。

 

『indeed、この情報処理速度は凄まじいわね』

 

 口調も変だし、人の頭の中を見てうっとりしてる変人。服装も何故か変な日がたびたびある上に、理由を聞いて俺はもっと変だと思った。このテストは平常時の脳波パターンや記憶信号の様子を見るものじゃないのか? と。特異なケースを測定したところでなにがわかるのだろうか?

 

 ……でも、彼女は天才だった。他の人の何倍も先に進んでいる姿だけは、純粋に凄いと思った。

 俺の目標はああいう人間だ。教科書通りの事を詰め込むだけじゃなくて、独創性に富んでいて、その頭脳から"科学"を生み出す人間。父さんみたいな、常識の枠を壊して進んでいく科学者。

 

 あんな人たちに、いつか俺も───

 

 

 

 

 

 

 

 

 布団を撥ね除けて飛び起きると自室だった。どうやら夢を見ていたらしい。

 

「……今のは…」

 

 明らかに俺の記憶ではない。『木原統一』の記憶か? 深く考えようとしても、夢の記憶は段々と抜け落ちていく。既に断片的なことしか思い出せない。

 あえて言わせて貰うなら、木原数多を目指してたのか木原統一(コイツ)は、というところだろうか。それと……布束は昔からちょっと変わった子だったらしい。

 

 もちろん、今の夢が現実のものだった証拠はない。原作知識を持っている俺が、勝手に夢の中で今の情景を連想したのかも。むしろ、その可能性が高い気がしてきた。

 

 所詮は夢と割り切ろうとしても、どうにもうまくいかない。もう一度寝直そうという気にはならなかった。

 

 夢の中の彼女は幸せそうだった。昨日の彼女にはない、光の灯った目をしていた。

 

「……起きるか」

 

 時刻は朝の5時を回ったところだ。今日は朝から上条家を訪ねる予定がある。のんびりと準備をしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

「いってらっしゃいなんだよー」

 

 上条当麻は今日も補習である。それも今回は朝、平常どおりの学校と同じ時間割でみっちりやられるらしい。小萌先生曰く、「思ったより上条ちゃんが勉強熱心なので、今のうちに叩き込めるだけ叩き込んであげるのです! 鉄は熱いうちに叩け! なのですよー」とのことだ。

 ……遅れを取り戻そうとした結果、補習の量が増えてスーパーの特売にも行けなくなった上条当麻。でも不幸だなんて言えない。小萌先生は休日返上で夏休みの補習をやっていた。その補習に行かず、2重に補習を組んでくれた小萌先生の提案をどうやって蹴れるだろうか。上条当麻は笑っていた。声を震わせながらである。合掌。

 

 そして、その長い補習の間にインデックスは暇になる。その間の子守を俺は任されたのだ。

 

『例のお菓子は出来れば一袋までにしておいてくれ……』

 

 俺が思っているより、上条家の料理格差は深刻なのかもしれない。俺や姫神がいない時のあの二人はどういう状況になっているのだろうか。もしかして俺の食料購入ってマイナスになってるんじゃ……

 

「きはらがいればご飯の心配はないんだよ!」

 

 最近はご飯係(電子レンジ)として認識されつつある。インデックスの頭の上にいるスフィンクスも「にゃー」と主に同調を示しているような節が……上条家大丈夫か?

 

 

 

 

 

 

 

 

「今日はあいさに渡す霊装が届いたんだよ」

 

 なんとも装飾過多に見える箱を見ながらインデックスは言った。

 

「『歩く教会』の結界部分だけを抽出した品、だったか。……あれで吸血殺し(ディープブラッド)の能力を抑えられるとはなぁ」

 

 どんな理屈かは知らないがそうらしい。吸血殺しの能力はその存在自体が怪しい代物ではあるが、一応英国図書館に記載されている。魔術側にその存在が確認されている以上、対応する事も出来るというところだろうか。

 

「貴重な品なんだっけ?」

 

「そうなんだよ!だからとうまに右手で触れられちゃったら、替えが利かないかも」

 

 要は超VIP用ということだ。そんな代物をよく渡してくれる気になったものだ。その辺はやはり紳士の国、英国ということなのか。それともその貴重な能力を発現させたまま学園都市に放置しておくリスクを考えたのか。

 ……断言してもいいが後者だな。学園都市に吸血鬼を捕獲されでもしたらヤバイという発想はわからなくもない。……まぁ不死身の存在はこの先別口で大量に沸いてくるので、学園都市としてはあまり必要としてないみたいだが。

 

「歩く教会、ねえ。インデックスが着ていた霊装ってさ、ホントはイギリスの要人とかが身につけるべき物じゃないのか?」

 

「そうだよ。私がそうかも」

 

 いやそうじゃなくてだな……俺はこの先の未来の断片を知っているから言えるのだが、イギリス女王とか最大主教(アークビショップ)とかが付けるべき代物ではないのか、ということだ。

 

「うーん、例えばイギリスの女王とかさ。これと同じか、それ以上の物を付けてたりするのか?」

 

「場合によっては、そうかもね。でもたぶん、外交上の問題とかでそれが許されない場合もあるんじゃないかな」

 

「外交上?」

 

「自分はこれだけ周囲を警戒しています、っていうアピールになっちゃうからね。自国にでも、他国でも、その他の人間を信頼していないっていうのは結構大きな問題になるんだよ」

 

「ああ、そういう事か。それなら理解できるな」

 

 流石はインデックス。近代における魔術霊装の普及とその背景に関して的確な意見が聞けた。そう、やはり彼女はイギリス清教が誇る禁書目録なのだ。

 

「……解説してたらお腹が減ったかも」

 

「……俺のせいか?」

 

 こうして、3時間ほどインデックスの昼食が前倒しになった。……これでも禁書目録。そう言い聞かせながら俺はインデックスの昼食を温めていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 その後の展開といえば。

 

 姫神がやってきて、インデックスが霊装に関する講釈を始め、それを聞いているのかいないのかよくわからない顔でうんうん頷く姫神だったり。

 

 この時とうまはこうだったんだよ、というインデックスフィルターの掛かった当てにならない情報を、さらに情報が歪んでいくであろう姫神フィルターによって姫神秋沙に吸収されるのを、笑い出すのを必死で我慢したり。

 

 インデックスが超機動少女(マジカルパワード)カナミンの再放送に夢中だったりする時は、姫神に上条当麻攻略法について聞かれたり……何故俺に聞くのかと逆に尋ねてみたところ、上条君に一番取り入っているのはあなた、という答えを頂いた。スーパーで食材買ってきてるだけなんだが……

 

 逆に姫神が昼食でもない夕食でもない、インデックス食を作っているときには、インデックスから魔術講習を受けていたりした。ルーンのカードの改造案について色々意見を聞いたのだが、現実的な事を考えればステイルのカードデザインは理にかなっているし改良の余地は少ないのではないか、という意見だった。あくまで炎の術式を扱う、ルーンの魔術師の装備として、という前提での話だ。

 だがこれはあくまで魔術側(インデックス)の意見である。インデックスは学園都市の高精細な印刷技術をその思考の範疇に入れてはいない。先日彼女が俺のルーンのカードに感心したのはそのせいもあったのだ。その辺りも含めての討論会のような物に発展し、その結果インデックスの食欲が更に増進してしまった。……あれ? やっぱりインデックスと上条の問題って俺の……ちょっと上条と話し合う必要があるな。

 

 

 そんなこんなで夕方である。もうすぐ上条も帰ってくるし、姫神ももう寮に帰らなければならない時間だ。姫神の住んでいる学生寮は第18学区。第7学区とは隣同士で移動には電車を使う。時間が遅くなってしまった場合、俺は姫神を駅まで送って行くのがお決まりのパターンというやつだ。

 

「別にいいのに」

 

「いいと言われてもだな、毎回インデックスにあそこまで催促されちゃ断れないし」

 

「む。そこは嘘でも。送らせてくれ。くらいの事は言うべき」

 

「えぇ……そんなもんか?」

 

「そう。木原君は人の心の機微には鋭いくせに。女性の扱いがダメダメ」

 

 上条当麻の逆ということなのだろうか。いや、一概にそうとも言えないような。それにこれは姫神の意見、恋愛フィルター(夢見がち成分)も考慮して聞いておこう。つまりは話半分にという事だ。

 

「じゃ、上条はどうなんだよ」

 

「……上条君は。どっちもダメ」

 

 ……ハードル高過ぎませんか? 俺は知らないが、上条は女性関係の歩く高重力惑星みたいな部分を除けば、男子高校生なんてあんなもんじゃないかと思う。

 

「ただ……」

 

「ん?」

 

「上条君の。常にまっすぐであり続けようとする姿勢は素敵」

 

「顔を真っ赤にしてまで言わなくてよろしい」

 

 何故こんなにも姫神が上条当麻に夢中なのか、疑問に思ってインデックスに尋ねた事がある。「姫神を連れてきた日、上条は彼女になんて言ったのか」と。完全記憶能力をもつ少女は答えた。「吸血鬼だとか吸血殺しなんて、そんな事はどうでもいい。俺はお前を助けるためにあの塾に乗り込んだんだ。……最後まで面倒を見させてくれ」と。

 

 そんな背景を知ってる中でのこの発言は、もうこちらとしてはご馳走様と言う他ない。おそらくインデックスが知らない会話もたくさんあるのだろう。ちなみに「最後まで面倒を見させてくれ」とは吸血殺しの問題が解決するまでと言う意味だ。……だが姫神がそう受け取ったかどうかは別である。

 

「上条、か」

 

 上条当麻。どこまでも真っ直ぐに人の心に向かっていくあの姿。一見簡単そうに見えて、実はとんでもなく難しい。昨日俺はそれを心から実感した。目の前にした相手の事や悩み事の背景も知っていて、その説得一つ満足に出来ないままに退散してしまった。まったく……情けない。

 

「上条君がどうかした?」

 

「いや、……俺も上条のああいう所はさ、尊敬してるんだよ。あんな風になるにはどうすりゃいいのかね、まったく」

 

「……上条君のように?」

 

 姫神はまた怖そうな顔をしている。そんなにマズい事を俺は言ったのか?

 

「上条君を目指してはダメ」

 

「……何故?」

 

「木原君が死んでしまう」

 

 冗談に聞こえるが言い方がそんなに軽いものではなかった。真面目な話らしい。

 

「上条君はとても強い」

 

「まぁそうだろうな」

 

 正直アイツは人間辞めてるんじゃないかなと思う。一人の読者視点でだが。

 

「腕っ節の話じゃなくて心の話。私は上条君と出会って日が浅いけど。彼ほどに心の強い人は見たことがない」

 

 それは吸血殺しとしての人生を歩んできた者の言葉なのか。上条を見続けてきた乙女の戯言なのかはわからない。だがその言葉が、俺には戯言には聞こえなかった。実際、上条当麻は精神的にも怪物だからだ。

 

「木原君には木原君のやり方があるはず。焦らないほうがいい」

 

 まさか姫神にこんな事を言われるとは思わなかった。そこまで焦ってるように見えたのか俺は。

 

「もしかしてだけど、俺って今日おかしかったか?」

 

「どこか変だった。インデックスも気づいていた」

 

 なんてこった。彼女たちが鋭いのか俺がわかりやすいのか。

 

 『嘘が下手ね』

 

 ……不意にあの布束のセリフが思い起こされる。俺がわかりやすいのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 姫神を送り届けた後、俺は帰宅した。

 ルーンのデザインを考え直したり、インデックスと喋った今日の内容を纏めたりしているのだがどうにも落ち着かない。

 

『木原君には木原君のやり方があるはず。焦らないほうがいい』

 

 姫神秋沙はこう言った。

 

『でも、昔のような会話ができて嬉しかったわ』

 

 布束砥信は優しく微笑んでいた。あの時の彼女だけは、今朝方に見た夢の中の彼女と同じ表情をしていた。

 

 時刻は20時50分。あと10分後に第九九八二実験が行われる。俺が正確な実験場所を知っている数少ない実験の一つであり、上条当麻が介入する予定の実験を除けば、一方通行(アクセラレータ)の戦闘を見る唯一の機会と言っても過言ではない。

 

 一方通行の戦闘データは、結局手に入らなかった。

 ならば、直接の観察でデータを入手するべきではないか。

 

 そう考えても、実際に足が動く事はなかった。以前にもこういう事があった気がするのだ。上条と神裂の戦闘を見に行った時がそうだろう。あの時は興味本位で出て行って、手痛いしっぺ返しを食らった。流石にその二の舞は避けたい。

 

 と、考えつつも今回の場合。手痛いしっぺ返しなどもらう要素があるのだろうかという疑問もある。記憶が正しければあの後、超電磁砲(御坂美琴)の介入がありつつも彼女にはなにもなかった。……いや、学園都市の超能力者(レベル5)と自分自身を同列に語ることがそもそもの間違いか。

 

『貴方が計画に関わっているとは思えないし。これ以上首を突っ込むのは止めなさい。絶対能力(レベル6)の闇は、貴方が思っている以上に深い。これは忠告よ』

 

 ……布束の言うとおりだ。あの計画はおそらく彼女が考える以上に闇が深い。妹達(シスターズ)、一方通行、そして上条当麻(イマジンブレイカー)。アレイスターのプランの中枢を担う人材が勢揃いのトンでもない実験だ。それをとことこ見に行く? 自殺志願者かなにかか?

 

「出来るわけねーじゃねーか」

 

 つまりはそういう事だった。木原統一(傍観者)上条当麻(ヒーロー)は違う。ただそれだけの事だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年が足を動かすだけで足元の地面がえぐれ、砂利が少女の身体に叩きつけられる。ベクトル操作。学園都市の超能力者第1位との戦闘というのは、それ自体が無謀と言う他ない。ほんの些細な動作が攻撃へと転化され、こちらの攻撃は全てが無力化される。この光景を見た人はこう言うだろう。これは本当に戦闘なのだろうか、と。

 

 少女はあちこちから血を流しながらもフラフラと、少年から逃げる事をやめない。彼女の今回の実験での目的、それを果たすまでは死ねない。

 

 倒れこんだ少女に少年が追いつく。その瞬間、少年の足元が爆発した。少女はあらかじめ罠を仕掛けていた。少年の能力がバリアのような物だと判断した彼女は、足元からの一撃によりその突破を試みたのだ。

 

 ……だがしかし、その試みは失敗に終わる。

 

 爆炎の中から少年は無傷で姿を現す。驚愕の色に染まる彼女を引きずり倒し、そして───左足を引きちぎった。少年の手に掛かれば人の足だろうがなんだろうが、理論上壊せない物質は存在しない。彼の能力にかかれば、豆腐よりも簡単に人体を引き裂ける。

 

 痛みに耐えながら、少女は電撃を放った。彼女のレベルは2~3程度だが、常人であれば十分通用する。問題は目の前の人間は常人ではないことだ。

 

 反撃も虚しく、反射された電撃を浴びた彼女の服からバッジが外れ転がっていく。今日出会ったばかりのオリジナル(お姉さま)からの贈り物。それが彼女にとってどういった意味を持つのか、おそらく少女自身もわかってはいないだろう。

 

 足を引きちぎられた痛みに耐えながら、もう既に死を悟っている彼女はそのバッジを拾おうと地面を舐めるようにして進む。

 

 まるでそれが、世界で一番大切な物だと言うように。

 まるでそれが、この世界と自分を繋ぐ唯一のモノであるかのように。

 

 役割を終えたはずの少女は何故か、生きる事をやめなかった。

 

 その姿に呆れてしまったのか、少年は彼女に背を向けた。当然、その少女を見逃したわけではない。このつまらない戦闘を終わらせようと思い立ったからだ。

 

 バッジの元に辿り着き、満足そうな表情を浮かべる少女に影がさす。少年のベクトル操作によって宙に飛ばされた機関車の車両が、重力に従い落下する。

 

 これでこの少女の物語は終わる。

 その死を阻むものはもう存在しない。

 元よりこのために製造された命。

 

 

 

 

 その筈だった。

 

 突如として、少女の前に紅蓮の炎が立ち塞がる。

 その名は『魔女狩りの王(イノケンティウス)

 その昔、一人の男が一人の少女を助けるために習得した術式。

 その意味は、『必ず殺す』。

 

 

「あァ? なンだてめェは?」

 

 一瞬の出来事だった。少女、ミサカ9982号を押しつぶすはずの攻撃を受け止め、それをあらん限りの力で投げ返した炎の巨人はそのまま消えてしまったのだ。

 

 少年、一方通行の興味は投げ返された車両になぞない。

 彼が興味を寄せているのは一人の少年。

 

 痛みで気絶している少女を心配しているらしい。なにか布のような物で彼女の足を縛り、出血を食い止めているようだ。

 

 少年は上条当麻(ヒーロー)のようにはなれない。死にかけている他人のために、命を賭けて戦うなんて大それたことは出来ない。

 

「色々考えたんだけどな……そんなに戦闘データが欲しいなら、直接戦えばいいじゃねえかって思ってよ」

 

 自分に言い聞かせるように独り言を呟く。これはこのクローンのための戦いではないと、そしてあのゴスロリ少女(17歳)のためではないと、誰かに示すように。

 

 ……少年は上条当麻(ヒーロー)のようにはなれない。もう二度とこんな事ができないようにぶっ飛ばすなんて、そんな優しい事は出来るはずがない。

 

「ついでにお前をぶっ殺しちまえば、俺の目的も達成できる」

 

 倒すのではなく殺す。出来もしない事を呟き、自分を奮い立たせる。なぜなら、これから挑む壁の高さをよく知っているから。

 

 

『……アンタにとって、妹達ってなんなんだ?』

 

『……well、改めて聞かれると答えに困るわね。例えるなら───』

 

 

 別に、あの一言に心動かされたわけではない。この戦いは、そんな単純な動機で発生したものではない。断じて、あのコスプレ暴力女のためなどではない。

 

「おい、なンだてめェはって聞いてンだよクソが」

 

「自殺志願者だよ、コスプレ少女好きのな」

 

 一方通行は怪訝そうな顔をしている。目の前の人間が何を言っているかが理解できない。アレはそういう顔だ。

 

 ステイルの時は選択肢がなかった。

 インデックスの時は歴史通りの光景だった。

 アウレオルスの時は想定外の登場だった。

 

 だが今回は違う。木原統一は自分の意思で歴史を曲げる。

 

 この世界の住人として、この街の最強に挑む。

 




9982号「ミサカの足がこうなる前に来れなかったのですか?とミサカは質問します」

統一「お前ら実験開始座標から動き過ぎ!」



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030 You are my ideal. 『8月15日』 Ⅱ

 長くなってしまった……途中で切る所も見つからず、このまま投稿です。



 一方通行(アクセラレータ)

 学園都市の超能力者(レベル5)の第1位であり、統括理事長(アレイスター)計画(プラン)の中核を成す人物の一人。

 

 その能力はベクトル操作。触れた物全てのベクトルを操る事ができ、普段は『反射』に設定されている。また認識、非認識を問わず、その能力は常時発動し続けているため不意打ちは不可能。……息をするのと同じように演算をし続けられるという時点で怪物という他なく、能力の完璧さも合わさりまさしく最強の名に相応しい能力者だ。

 

(……今のところ、第3者の介入はなさそうだな)

 

 遠目に見える第3位(オリジナル)を除けば、木原統一(異物)を排除しようとする奴はいないようだ。メインプランである一方通行をどうにかしようとすれば、必ず何かが出てくると思ったのだが、予想は外れたらしい。

 

(俺が取るに足らない存在だと思われているのか、それともこれがアレイスターの予想通りなのか)

 

 あるいはその両者なのか。べつにどちらでもいい。妨害が来て欲しいわけではないからだ。ここに来るまでに「誰か俺を止めてくれぇ」とは考えたが。

 

 さて、妨害が来ないのなら次のステップだ。応急処置をしたとはいえ、足をぶった切られた9982号をこのままにはしておけない。

 恐怖で震える肩を気合で止めて、息を深く吸い込みその名前を叫ぶ。

 

「御坂美琴ォ!!!!」

 

 一方通行が眉をひそめ、遠目に見える御坂美琴は驚いた顔でこちらを見ている。後ろ手で9982号を指すと事を察したのか、こちらに全速力で走ってきた。その足音で一方通行は彼女の存在に気づき、ますます不思議な顔をしている。

 御坂は9982号の側に伏せ、怪我の具合を見ている。もっとも、そのすぐ近くにいる俺は元より、さらに遠くにいる一方通行の様子を警戒しながらではあるが。かく言う俺も一方通行から目が離せない。一瞬の隙に下半身とさよならバイバイなんていう事もあり得るからだ。

 

「……生きてる」

 

「ああ、早く病院に連れて行け。一方通行(アイツ)が面食らってるうちにな」

 

 半ば独り言のように呟いたのだろう。俺の返事があるとは思わなかったらしく、背後から御坂美琴の息を呑む音が聞こえてきた。悪いが、そんな動揺すらしてる暇はない。

 

「第7学区の病院だ。カエル顔の医者……わかるか?」

 

「……ええ」

 

「そいつに見せろ。その足持ってとっとと行け」

 

 カエル顔の医者に見せる。あの人の患者になるということはつまり、9982号の命が保障されるという事でもある。彼は患者を治してはい終わり、なんて事はしない。その後のアフターケアまで診てくれる素晴らしい医者だ。9982号が再び実験に戻ると言っても、彼ならば止めてくれるのではないだろうか? ……御坂美琴、頼むからここで質問タイムとかやめてくれよ?

 

「わ、わかった……後で話、聞かせてよね」

 

「俺が生きてたらな」

 

 その言葉を聞くのが早いかどうかというタイミングで、背後で雷撃音がした。自身のレベル5の力を駆使して、全力で移動しているのだろう。足を切断されている人間を抱えているのだから当然だ、急いでもらわねば困る。

 それに妹達(シスターズ)はオリジナル程ではないが電撃使い(エレクトロマスター)に分類されている。ある程度の電気なら耐えられるだろう。

 

「さて、待たせちまったな」

 

「別に待ってなンかねェけどよォ……ったく、実験の主導者共は何してやがンだァ? 妨害があった場合の対応なンざ聞いてねェぞ」

 

 別にその主導者とやらが無能なわけではない。学園都市最強の超能力者の前に立つ人間の方がどうかしているだけだ。

 

「この場合どうなンだァ? 実験はまだ続いてるとかなンとかで、さっきの女を追っかけりゃいいのかァ?」

 

「……」

 

「そもそもてめェはなンなンだよ。この一方通行の前に堂々と立ち塞がりやがって……自殺志願者……あァ、そういやそう言ってたっけなァ、よくわかってンじゃねェか」

 

 今のところ、一方通行に戦闘の意思は無い様に見える。ならここが最初のチャンスかもしれない。肉体再生(オートリバース)を酷使し過ぎたせいか、ステイルの時とは違い魔術の反動はもう皆無だ。出し惜しみする必要はない。

 

灰は灰に(AshToAsh)塵は塵に(DustToDust)

 

「あァ?」

 

 ステイル=マグヌス。あの天才魔術師が使う単純(シンプル)な魔術の一つ。

 

吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!」

 

 炎の刃を2連撃で放つ攻撃魔術。右手と左手、両方の手のひらから生み出された炎剣は、回避する素振りすら見せない一方通行の下へ一直線に向かっていく。

 回避をしないのは当然だ。彼の能力にかかれば、炎という単純な物理現象などいとも容易く跳ね返せる。一方通行に喧嘩を売った人間は皆例外なく、自らの力で自身を傷つける事になるのだ。

 

 ただしそれが───通常の物理現象によって引き起こされた物ではないとしたら、どうなるか。

 

 炎の刃は粉々に砕け散り、七色の光となって一方通行の側を通り過ぎて行く。その攻撃を放ってきた人間に跳ね返る気配はない。分解されなかった炎はそのまま地面を焼き、砂利が敷き詰められた操車場の地面に広がっていく。

 

(……まぁこうなるわな)

 

 俺はこの結果を予想していた。一方通行自体が魔術的な攻撃を受けたケースはあまりない。大天使(ガブリエル)の攻撃を除けば本当に数えるほどしかないのだ。その大天使の攻撃でさえ一方通行の『反射』を破る事は叶わず、先ほどのように不自然な逸れ方をした。あの『一掃』ならともかく、この炎の魔術ならこの結果も当然だ。

 

(となると、あの『反射』を突破する方法は)

 

 頭の中でいくつか候補を絞り込んでいく。試す順序、その危険度、そのために必要な術式の数、範囲、種類。

 

(周囲の環境……そして)

 

 相手の反応。

 

「く、は」

 

 一方通行は微笑んでいた。まるで新しいおもちゃを見つけたかのように。

 

「ぎゃははははは!なンだなンだよなんですかァその攻撃は!?俺の反射がうまく機能してねェ……?面白れェなお前ェ、いいねェ、最高だねェ!!」

 

 どうやら気に入ったらしい。あまりうれしくないが、怯えて逃げ出されるよりはマシだろう。ある程度興味を持ってもらわないとさっきの第3位を追いかけ始めかねない。

 

「この一方通行に"触れた感覚"を感じさせる攻撃……ンな事が出来る奴がいたとはなァ!」

 

 しかも効果の詳しい解説までしてくれた。触れた感覚、ね。なるほど、熱は通っていないのか、通っていたとしても僅かなのか。熱量には期待しない方がいいな。

 

 一方通行が落ち着いたのを待って、今度は無詠唱で炎剣を出す。先ほどのと比べるとかなり見劣りするが、こちらのやりたい事を考慮するとこのサイズの方が都合がいい。

 

「おいおい、出し惜しみなンざしてねェで、さっきのデカいやつを出せよ発火能力者(パイロキネシスト)。それとももう品切れかァ?」

 

「……お前から攻撃とかはしてこないのか?」

 

「はァ?攻撃ィ? ……何、もしかしてお前、俺の敵をやってる()()()な訳?ぎゃははは!だとしたらとんでもねェバカだなァオイ!」

 

 一方通行は俺をそもそも敵として認識していないらしい。……それはそれでやりようがあるのだが、それだと敵がそこから絶対に動かないという保証がない。つまり裏を返せば相手の動きが読みづらいのだ。いつ動くかわからない奴より、こちらを追いかけ回して貰った方が助かる。これからやろうとしている事はそういうことだ。

 

「なるほど。ま、そりゃ今まで何千人もの女子中学生の尻を追いかけ回してたんだよなお前。それが野郎に変われば、追っかける気も失せるわ」

 

「……面白れェ、今度は挑発のつもりかァ? 別に乗ってやってもいいけどよォ、あンな人形共の事なンざ引き合いに出したところで、何の意味もねェぞ」

 

「……人形?」

 

「あァ? もしかして気に障っちまったかァ? わりィわりィ、あンなモノのために怒る奴がいるなンて考えた事もなくてよォ……プチプチ潰れてくスライムみてェなもンだし、そりゃ愛着も出てくるってかァ?」

 

「んーそうじゃねえんだが……」

 

 一方通行は気味の悪い笑みを浮かべている。さてどうなるかな。

 

「まさか学園都市第1位の趣味が人形遊びとはなぁ。なに、スカート覗いたりして遊んでんのか? 思春期ちゃん?」

 

「───ブチ、殺す」

 

 あ、やりすぎた。

 

 砲弾のような速度で、一方通行は一直線にこちらに飛んできた。そのまま右腕を薙ぐように、俺の身体があったはずの空間を切り裂く。

 

 当然、そこに俺はいない。一方通行の見ていた物は蜃気楼で写された幻。本来はありえないはずの距離での蜃気楼だが、魔術(オカルト)は容易く科学では無理とされる現象を引き起こす。

 一方通行が俺の存在を見ていた場所。その地面には俺が作り、インデックスから観賞用の烙印が押されてしまったルーンのカードが置いてあった。

 

 一方通行の表情が怒りから驚愕の色へと変わっていく。その顔は無視して俺は、一方通行の右真横から炎剣をなぎ払う。

 当然このままでは、先ほどと同じく攻撃を逸らされてしまうだろう。攻撃するだけ無駄と言うか、それだけならなにもしないで逃げた方がマシである。

 

 炎剣が一方通行に触れるか否かというラインで、俺は腕を逆方向に()()()()

 遠くない未来で父親が試した方法論。『反射される直前に攻撃を引き戻す』ことで一方通行の『反射』を突破した方式。それを魔術で実戦したのだ。

 

 炎剣は一方通行に触れた瞬間、部分的に光に分解された。四方八方に炎は散っていき、そして───一方通行は火傷一つ負ってはいなかった。失敗だ。

 

 炎剣の一撃で、一方通行はこっちを認識したらしい。自ら振った腕に振回されながら右足を微かに持ち上げた。これは───いつものアレか。

 

 炎剣をそのまま地面に叩きつける。それと同時に一方通行の足元が爆発し、砂や砂利が凄まじい速度で飛び出してくる。

 間一髪、炎剣の爆発と砂利による散弾銃(ショットガン)のような攻撃は相殺し、その場に大きく砂埃を発生させた。

 

 このままさっきの攻撃を続けてもいいが、あの調子だと成功しても大した成果は得られないような気がする。せめて今の一撃で少しでも攻撃が通ってないと話にならない。かと言って拳ではリスクが高過ぎるし、ここは次のプランに行こう。……親父、よくぶっつけ本番で成功させたなおい。

 

 砂埃の中を突っ切って、一方通行から距離を取る。そして地面にルーンのカードを撒くのを忘れない。蜃気楼が今のところ俺の生命線だ。出来れば常に発生させておきたい物ではあるが、それで一方通行の戦術が変わってしまったら台無しである。遠距離攻撃主体に切り替えられた場合、万に一つの勝ち目もなくなる。

 ……一方通行が爆風の中から出てくる気配がない。てっきりキレたまま突っ込んでくると思ったのだが……こちらが考えているより冷静なのか?

 

「よう、どこ見てンだァ?」

 

 背後で一方通行の声がした。

 

「なっ───」

 

 即座に振り向こうとした瞬間、左わき腹に一方通行の右手が触れる。蚊を追い払うようなしぐさではあったが、ベクトル操作によって集約されたその威力でもって俺の身体はくの字に折れ曲がった。

 声が出ない。肺の中の空気を吐き出すことも出来ないし吸う事もできない。そのまま身体は宙を舞い十数メートル先のコンテナに叩きつけられた。

 

「変わった手品だなァオイ、さっきの炎といい今の屈折現象といいよォ。まったく種がわかンねェ」

 

「ごっ……がはっ」

 

 血を吐きながらも咳き込み、呼吸を回復させる。畜生、種がわからねえのは俺も一緒だ。野郎、いつの間に俺の後ろに回りこみやがった?

 

「あァ、解せねえって面してやがるが、俺は別に何もしちゃいねェ。ただ高く飛ンで、お前の後ろに着地した。それだけの事だ」

 

 んな無茶苦茶があるか。……クソ、ベクトル操作で音も消してやがったか。土煙とカードを撒く動作で注意が上に向いてなかったのが原因だな。

 

「なンかよォ、変なカードパラパラ撒いて、マジでお前手品師かなンかかァ?」

 

手品師(マジシャン)……言い得て妙だな。当たりだよ」

 

 見習いだがな。

 クソ、さっきの一撃でバキバキに折れた肋骨だが、体の中で骨の修復音がするのが気持ち悪い。肉体再生(オートリバース)のお陰で即時修復したようだ。……打撃による骨折は親父に散々……いや、今は考えないようにしよう。

 

「やせ我慢してンのかァ? まァさっきのは挨拶みてェなもンだからよォ、今からぴーぴー鳴く豚の真似でも練習しといたほうがいいンじゃねェのかァ?」

 

 ……完全にキレてらっしゃる。追い掛け回されるのは計画通りだが、ここまで怒らせるのは計算違いだ。それに予想よりも数段速い。あーもう、だから戦闘前にデータが欲しかったんだよなぁ俺の馬鹿野郎。

 

炎よ(kenaz)

 

 しょうがない。ま、やることは変わらん。……だが早めにやらないと俺が持たない。残された突破方法は3つ。1つは最後の手段として、残り2つを同時に叩き込む。それに集中する。

 

巨人に苦痛の贈り物を(PurisazNaupizGebo)!!」

 

 炎の塊が一方通行に向かって飛んでいく。

 

「ぎゃは」

 

 一方通行は凶悪な笑みを浮かべながら真っ直ぐに炎に突っ込んでくる。触れた部分の炎は光に分解されるが、そもそも一方通行には炎なぞ眼中にない。目当てはもちろん俺だ。

 

 ここに留まっていては壁のシミになるだけだ。すぐさま走り出し、その場を後にする。俺の背後にあったコンテナに、砲弾(あの野郎)は直撃した。一瞬振り向くと、横向きにコンテナへ着地している奴と目が合う。その直後、一方通行はなにもしていないのに、ひしゃげたコンテナが真っ直ぐ俺に飛んできた。

 

「くっそが、魔女狩りの王(イノケンティウス)!!」

 

 その一言で、コンテナの前に炎の巨人が立ち塞がる。

 簡易版の『魔女狩りの王』。結界の構成、詠唱が不要な代わりに展開時間は10秒、大きな移動も出来ない上に動きも発動前に指示した事のみ実行する劣化版。ステイルのルーンのカードを改造して作ったその一だ。

 コンテナ砲は炎の巨人によって阻まれた。劣化とはいえ耐久はそのままなのだ。竜王の殺息(ドラゴンブレス)さえ防ぐ『魔女狩りの王』にコンテナが受け止められない道理なぞない。

 

「随分粘るじゃねェか」

 

 気が付くと、一方通行は俺と併走していた。……いや、こいつ走ってねえ。低空で飛んでやがる。

 

「休んでる暇なンざねェぞオラァ!!」

 

 一方通行の足元から、先ほどとは比べ物にならない程の砂利の散弾が飛び出す。

 

「───っ」

 

 蜃気楼を展開していたが、散弾の範囲が広い。とっさに顔を腕で覆う。大小様々な石や岩が全身を強く叩き、足が地面を離れ宙に浮いた。

 

「遅せェなァ」

 

 小石が突き刺さっていく中、そんな声を聞いた。真後ろからである。お前が早過ぎなんだよクソが、という悪態をつく暇すらなかった。

 

 それが蹴りなのか、それとも拳なのか肘なのかはわからない。

 だが俺は確かに、背骨の折れる音を聞いた。

 

「がっ───」

 

 凄まじい速度で自身の体が転がっていく。砂利のせいで地面に触れた箇所から皮膚がズル剥けになる。そして腰から下の感覚が───

 

「ハッハァ! 綺麗に(さば)折っちまったみてェだし、その分だともう歩けねェんじゃねえのかァ? 手品師は今日限りで廃業だなァオイ!」

 

 ……目的は達成した。後は起動するだけだが、身体が動かない。上半身は腕や顔、破けた服から露出した部分が焼ける様に痛いし、下半身はまるっきり信号が断絶してやがる。

 

「どうだァ、屠殺前の豚の気分はよォ。上手に鳴けたら楽にしてやンよ」

 

 ゆっくりと、一方通行はこちらに歩いてくる。何故か肉体再生は砂利で擦り剥けた部分の回復を行っている……そこじゃねえだろ、確かに放っておいたら悪化するのは外の傷かもしれないが、今は最優先で背骨だろうが。

 

「さて、詰みだ」

 

 俺がうつ伏せに倒れているそのすぐ手前。学園都市最強の超能力者(レベル5)、一方通行は無様に転がる敗者を見下していた。その表情からは笑みは消えている。道端のゴミを見る様な目をして、ヤツはそこに立っていた。

 

「まだ呼吸してンのは褒めてやンよ。この俺を前にして、ここまでやった能力者ってのはオマエが初めてだ。無様に泣き叫んで命乞いでもするってンなら……考えてやらねェ事もねェけどよォ」

 

「……あー、ひでぇ事しやがる。今までに……最低でも9981人殺してきた奴が「見逃してやる」だなんてよ。それでも一瞬信じそうになったじゃねーか」

 

 流石にそれはないだろう。一瞬その可能性を信じて、思い返して絶望する。なんて嫌な野郎だ。親父がムカつくのもわかる気がする。

 

「あァ?なンだ、もう死ぬ覚悟とか決めてたりすンのかよ。つまンねェなァ」

 

 傷口の修復が終わった。一方通行は碌にこちらを見ていない。……未だに俺の肉体再生に気づいていないようだ。まぁ前提として俺を発火能力者(パイロキネシスト)だと思っているようなので、その発想は出ないだろう。それに出血痕はそのままなので、傷口がわかりにくいのもあるかもしれない。

 

「そもそもよォ、あの人形共を数に入れてンじゃねーよ。それじゃまるで、俺が稀代の殺人鬼みたいな言い草だなァオイ」

 

「……どうだろうな」

 

「あァ?」

 

「アレが人形に見える奴と、見えない奴。どっちもいるってこった」

 

 一方通行が動きを止めた。不満そうな顔だ。面と向かって「お前がそう思うならそうなんだろ」と言ってやったようなものだ。無理もない。

 

「正しい答えなんざねぇんだよ。少なくとも妹達の先生役は、彼女たちを人形だなんて思ってねぇぞ」

 

 足の感覚が戻ってきた。動かせる、何とか立ち上がれそうだ。

 

「はっ、馬鹿じゃねェのか。あんな同じ顔して同じようなセリフしか吐けねェ出来損ないに、安いメロドラマを期待するような奴がいるとはなァ」

 

「……人それぞれってこった」

 

 ゆっくりと、足に力を込める。……一方通行の本気で驚いた顔を見るのはコレで2度目か。立ち上がり、目の前の怪物と目線が合った。

 

「……さて、まだ手品は出来そうなんだが」

 

「……本当に面白れェな、オマエ。これ以上なにが出来ンだっつうの」

 

 俺は答えなかった。最高の形で一方通行を誘導出来たのは僥倖だ。コイツはもう勝ちを確信してて、いまから俺がやる事を避けようとすらしていない。その慢心が、命取りになるというのに。

 

原初の炎(T O F F)その意味は光(T M I L)優しき温もりを守り(P D A G G W A)厳しき裁きを与える剣を(T S T D A S J T M)!」

 

 唱えるのはステイルの炎剣の術式。通常ならこの詠唱で手元の空気が爆発し、先ほどとは比べ物にならない大火力の炎剣が生成される。

 

 当然、今さらそんな事をする気はない。

 噴出点は地面

 火力は最大

 数は5278

 

 その瞬間、轟ッ!! という爆音が鳴り響く。

 

 炎というよりはそれは爆発だった。唱え終わると同時に、操車場一帯が、二人の周囲が炎の柱で包まれる。

 

 インデックスに不可能と言われた術式の一つ。それは、『自らの放った炎そのものが、着弾と同時にルーンを刻む』術式である。

 一回に付き一つのルーンではない。機能するであろう最小限のルーンを無数の火の粉が地面を焼き、刻み付ける。手元からの距離、地面の性質、刻む数によって魔力の性質を変えなければ、この術式は成功しない。

 

 攻撃用の術式を、記述のための術式と融合させる。

 手元から離れた炎を、自らの術式として操作する。

 ルーンとして機能する図柄を、離れた所から魔力操作で無数に記述する。

 そして今。本来なら手元で放つはずの炎剣を、撒いたカードと無数のルーンから同時に発動する。

 

 それらを戦場で行うという無謀な挑戦は、最初の一回で成功を収めた。

 

「あーすげェすげェ、今度は二人仲良く焼死体になりましょうってかァ?」

 

 一方通行は感心するというより呆れているようだ。

 

「努力の方向性が間違ってンだよなァ。今オマエがすべき事は地面に這い蹲って無様に許しを請うこ……とっ!?」

 

 大量の炎に囲まれた中、ペラペラ喋るとこうなる。俺なんて詠唱用の空気しか残してねぇっていうのに。

 酸素欠乏。全ての攻撃を反射する一方通行だが、その身体は所詮は人間。人である以上、酸素を吸い二酸化炭素を吐いている。弱点とは言えないが、数少ないつけ込める隙と言えるだろう。

 

 だがこのまま窒息してくれる相手ではない。一方通行はやろうと思えば砲弾のような速度で動く事が可能。このままでは脱出されて逃げられるのがオチだ。……あくまで目的は隙を作る事。

 

顕現せよ(I C R)我が身を喰らいて力と為せ(M   M   B   G   P)

 

 その隙を突いて、最強の一撃を叩き込む。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!!」

 

 一方通行の背後に『魔女狩りの王』を顕現させる。

 

「ダブル」

 

 ボン!! という音とともに、2体目の『魔女狩りの王』が出現する。

 複製ではなく分割。大きさを3分の2に、熱量を等価に分ける事で成功する2体目の炎の巨人。

 

 炎の巨人が一方通行を前から、そして後ろから挟み込むようにして密着する。既に一方通行の周囲には酸素なんて残ってはいない。そして――

 

『この一方通行に"触れた感覚"を感じさせる攻撃……ンな事が出来る奴がいたとはなァ!』

 

(触れた感覚、ね。じゃ、魔術で無限に再生し続ける炎は、お前に触れ続けることが出来るって事だ)

 

 今まで逸らされた数発の炎の魔術。そんなものとは比べることすら出来ない大出力の術式。『魔女狩りの王』。その2体によって、一方通行は完全に拘束された。

 

 竜王の殺息(ドラゴンブレス)を押さえ込み、幻想殺し(イマジンブレイカー)でも消しきれないその再生力。物理現象しか操れない『ベクトル操作』が、それらを突破出来るのか。『魔女狩りの王』の再生力を押しのけてまで、離脱できるほどのベクトルがあるのか。

 

 力技なら出来るのかもしれない。地球の自転を大量に遅らせてでも、大量のベクトルを集約すれば可能だろう。

 

 だが今の一方通行は酸欠だ。そして思わぬ攻撃にパニックを起こしている。果たしてその演算領域が残っているのか。その発想がこの人生初のピンチで出るのか。

 

 そして、魔術である『魔女狩りの王』自体のベクトルを操る事は不可能。

 周囲には魔術で干渉されている空気しかない。風を操る事も不可能である。

 

 一方通行の『反射』の壁に触れた先から、『魔女狩りの王』は分解されているようだ。だが炎の巨人が目に見えて削られる事はなく、分解された結果の光だけが無数に周囲に撒き散らされている。

 

 酸欠、そして全方位からの魔術攻撃。おそらく逸らしきれない炎が少なからず身体を焼き、酸欠によって『反射』の壁はそう長くは持たない。その演算が狂った瞬間、一方通行はその身を一瞬で灰にする。

 

 一方通行は先ほどまでのどの表情とも違う顔をしている。焦燥、そして恐怖。炎の恐怖を人生で初めて体感しているのだろうか。苦しそうな顔とは裏腹に、彼の身体はピクリとも動かない。どうやら押さえ込む事に成功したようだ。丸焼けになるというのはさぞ恐ろしかろう……俺も怖かったからな。

 

(詠唱も簡易だが、その『魔女狩りの王』は俺が止めるまで消える事はない)

 

 簡易詠唱による召喚。例に洩れず機敏な動きが出来ない劣化巨人だが、今回は時間制限がない。故に、一方通行が灰になるまで止める気はない。

 そんな事より、このままでは俺自身が酸欠で死ぬ。この場に留まっている理由も無いし、ここは退散しよう。……魔力の使いすぎで身体がだるい。放っておけば肉体再生がなんとかしてくれるのだろうか。魔術でここまで疲労したのは初めてだ。

 

 そう思い立ち、イノケンサンドイッチから背を向けた。

 その直後である。

 

「ごっ、がァァァァアアアアアアア!!!!」

 

 どこから声を出しているのかと思いたくなるような咆哮。炎の中で残りの酸素を一気に吐き出すという愚考。最後の抵抗か何かかと思い振り返るのと、一方通行が足を少し曲げ、地面を踏むのは同時だった。

 

 轟音が炸裂した。一方通行の足元から一点に衝撃波が拡散し、彼の周囲50メートルが陥没したのだ。

 崩壊した大地はクレーターのようだった。最大深度は20メートル以上。そのほぼ中心にいた人間がどうなるのかは明白である。

 

「うおォォォォォォォォ!!!!??」

 

 自由落下である。空を飛ぶ事なんて出来るはずもなく、重力に従い落下するしかない。落ちる直前に一方通行を見ると、『魔女狩りの王』は消えており、俺と同じく自由落下を開始していた。

 

(な、何で『魔女狩りの王』が消えて……あ)

 

 炎の巨人が消える条件その2。ルーンの消滅だ。

 操車場の地面に刻まれたルーンが、このクレーターによって消されてしまったのだ。限られた結界の中でしか活動できない『魔女狩りの王』は、今の一撃で完全に姿が消えてしまった。

 

 突然の事で受身も取れなかった。その身を投げ出し、無様にゴロゴロと転がってどうにか動きが止まった。そしてそんな中、

 

 着地音もなく、一方通行は立っていた。

 

「……ぎゃは、」

 

 ゾッとするような乾いた声が聞こえた。

 

「くはっ、はは!!? ぎはははははッッッ!!!! ぎゃああァははははははははははははは!!!!!!!!!」

 

 一方通行の姿をよく見ると、服に何箇所か穴が開いており、そこから見える肌が赤くなっていた。重度の火傷とまではいかず、せいぜいが中度と言ったところだろう。右ひじが、左の腿が、右肩が。火傷の症状が出ていながら一方通行は笑っている。生涯で滅多にない"痛み"という感覚に、彼は笑っているのだろうか。

 

 それは火傷を与えた本人にとっては恐怖以外の何者でもなかった。

 一刻も早くここを立ち去りたい。そんな気持ちで俺は一杯だった。

 

 恐る恐る立ち上がる。一方通行の方を凝視しながら、ゆっくりと後ろ足ではあるが歩みを外へと───

 

「あァ?」

 

 一方通行は普通にこちらを振り向いたつもりだった。だがその光景を見ていた者としては、まるで何十倍もの時を圧縮したような感覚が走ったのだ。目の前の、殺し損ねた手負いの獣。学園都市の第1位の顔を見るまで、木原統一は微動だにできなかった。

 

「あァ、今のがお前のとっておきってヤツだったンだなァ。結構効いたぜェ……だからよォ」

 

 一方通行の顔は右頬の辺りが真っ赤になっていた。だがその火傷よりも俺は、血走った獣のような赤い目に釘付けだった。

 

「次は俺の番だよなァ!!」

 

 一瞬で間合いを詰められた。そして────俺の腹に、一方通行の右腕が突き刺さっていた。

 

「ご、ぐ……ッ」

 

「ここまで近づいたらよォ、もうお得意の炎は出せねェよなァ……?」

 

 自分の身体の中に、異物が入り込み腹と背中をぶち破った感覚。激痛の中、血で溺れそうになり呼吸も苦しい。出血のショックか、足や腕が小刻みに震え始める。

 

「あー死ぬかと思った。驚いたぜェ、足一つ動かすのに重力なンてもンまで利用するハメになっちまった。この世に俺を拘束出来るような能力があるとはよォ」

 

 返事なんて出来るわけもなく。俺自身は激痛の中で思考を巡らせるしかない。

 残された一方通行を倒す最後の手段。使うならここしかないのだが、痛みで思考がうまく働かない。

 

「どうやらテメェは食われるだけのブタじゃねェみてェだなァ。ここまでされちゃ、こっちもとっておきを見せてやンなきゃ割りに合わねえ」

 

 ……徐々に痛みが麻痺してきた。これならいける……一方通行が0距離にいる今なら。

 

「さて、俺は今、お前の血液の流れに触れている。もしこの流れの『向き』を、ベクトル操作で逆流させちまったら……お前はどうなっちまうンだろうなァ?」

 

 おい……一方通行、知ってるか?『触れる』って言うのは、……もっともポピュラーな……魔術のトリガーなんだぜ。……って、インデックスが言ってたっけなぁ……ああ、まだ学びたい事が、……たくさん……

 

 

 

『───例えるなら、そうね。教え子ってとこかしら。彼女たちの知識の入力を監修した私は、先生役みたいなものね』

 

 先生役、と悲しげに言った少女の顔が思い起こされる。

 

『先生と呼んでくれて、ありがとう』

 

 生徒のために生きた男の顔が、重なる。

 

 ああ、そうか。何を必死になってるかと思えば、なんてことはない。

 

 俺は、彼らに……生きて……

 

 

 

 一方通行の『血流操作』

 木原統一の最後の一手

 

 それらが発動したのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

「ごっ、ごふ……ッ!?」

 

 一方通行の口から大量の血が溢れ出す。まるで振り過ぎた炭酸ジュースの蓋を開けたかのように、その勢いは止まらず。一方通行は目の前の男から腕を引っこ抜いて後ろ向きに倒れた。

 

(な、ンだ? 俺の身体に……あの野郎何を……?)

 

 その魔術は、模倣ではなく再現だった。木原統一が話の中でのみ把握しており、本人は実際に見たことはない。イギリス清教が誇る禁書目録でさえ看破できなかった小規模魔術。名前すらないその魔術は、結果ではなく過程を重視する。

 機械(かがく)の誤作動を促す妖精(オカルト)。その名を冠する組織が、対能力者用に開発した特異な術式。それは───対象に強制的に魔術を行使させる術式である。

 

 能力者は魔術を使えない。使えば副作用のような物を起こし自滅する。その特性を逆手に取ったこの術式は遠くない未来、一方通行に対してダメージを与える代物だった。

 完全な再現は、木原統一には無理だった。一方通行と0距離で向かい合い、そしてそのまま静止して貰わなければ不可能だったのだ。実際、本物は触れずとも対象に魔術行使をさせる事が出来た。要は、例に洩れず劣化版ということである。

 

 一方通行の意識が薄れていく。先ほどの酸欠、身体を蝕む火傷、そして魔術使用による副作用。様々な痛みに苦しめられながら、彼の意識は闇の中へと沈んでいった。

 

 

 

 

 

 

 

 一方通行を倒した。だがその勝利を、少年が見ることは叶わなかった。

 

 『血流操作』。身体中の血管を流れる血液が逆流し、少年の身体をズタズタにした。全身の皮膚が血管に沿って裂け、そこから人一人分の血液が漏れ出しているのだ。

 彼の能力は発動しなかった。脳の毛細血管が軒並み破裂し、彼の能力の源となる計算能力は元より、言語も、記憶も、様々な分野を司るであろう全ての箇所が破損していた。

 

 心臓なんて動いてるはずもない。

 

 人はこれを死体と呼ぶ。

 

 

 この夜、木原統一は『死んだ』

 




姫神「私の予言は当たる」

統一「主人公っぽい事した結果がこれだよ!」


 魔術VSベクトル操作 という爆弾要素。うまく書けてるかが心配です。


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031 外側の存在 『?月?日』 Ⅰ

 反動で短く感じる……実際短いです。休憩回かな。




 いや、土下座回ですね。




「面白いな」

 

 闇の中で、そんな声が聞こえてきた。

 

「肉体があのような状態になっても、君の自我は消えないか」

 

 ……だれだ?

 

「アレイスターが慎重になるのも頷ける。ここまでのhfe存vt在dkiとなれば、君の背後にいる者の意思に巻き込まれるわけにはいかないだろうな」

 

 声が出ない。というより、身体の感覚がない。だが声はきちんと聞こえてくる。……でも会話の一部分がうまく聞き取れないな。一瞬別方向から声が聞こえたような気がする。音源がずれて……まてよ、それってつまり───

 

「私の正体についても知っているようだ。なるほど、世界(原典)を認識しているなら話は早い」

 

 言葉が途中でブレる存在。そんなモノ、俺はこの世界でただ一人しか知らない。……そしてもしそうなら、今すぐにでもここから立ち去りたい。というかここはどこだ?

 

「もし君がアレイスターを恐れているなら心配する必要はない。アレは躍起になって君の……hdi天dhuを突き止めようとしているようだが、そもそもそんな事、この次元の存在では無理だろう」

 

 今恐れているのはアレイスターではなくアンタだ。何も見えない中で謎生命体との交信は怖過ぎる。姿が見えたら見えたで、話すまでもなく俺は逃げるんだが。

 

一方通行(アクセラレータ)幻想殺し(イマジンブレイカー)……この両者とはまったく違う意味で、君には惹かれるモノがあるな」

 

 やめてくれ、アンタから興味なんぞ持たれたらノイローゼになるわ。いつ何処から見られてるかもわからないし、絶対落ち着けないだろ。アレイスターを巻き込んでの世界最強の三角関係になりそうなのでやめて下さい。

 

「……時間だな。どうやらここまでのようだ」

 

 次第に声の主が遠くなっていくのがわかる。……自分が動いてるのか相手が動いてるのかすらわからないが、とにかく相手との距離が離れていく事だけがわかる。何だこの謎空間は?

 

「次は生きている君に会うとしよう」

 

 生きてる?じゃあ俺は今死んでるってことか?はは、そんなまさ───

 

 

 

 

 

 

 

「……ふむ」

 

 暗闇の中から今度は閃光の中にいる。それがペンライトの光だというのにしばらくかかり、声の主はカエル顔の医者だと気づくのとそれは同時だった。

 

「どうにか、人間としての機能は取り戻したようだね」

 

 ……カエル顔の医者が俺の瞼を閉じた。まるでそうしないと俺が自分で閉じれないかのように……あれ? 目が開かない? 身体が動かん。

 

「ただ、記憶や言語、知識と言ったデータ部分に関しては流石に無理だろうね。新生児並の知能しかないはずだ。これで助かったとは言いがたいかもしれない。……彼にはこの先、辛いリハビリ生活が待っているだろう」

 

「……知識のインストールは私の学習装置(テスタメント)でも」

 

「学習装置では知識入力は出来ても、人格の形成は出来ない。それは君が一番良く知っているはずだね?」

 

 ……もう一人は布束か?

 

「すまない。追い詰める気はないんだがね。現実を直視してもらうのも、僕の役目なんだ」

 

「……」

 

 おそらく病室であろう部屋から、誰かが走り去っていくような音がした。カエル顔の医者のため息が聞こえてくる。

 

「治る見込みはないのか?」

 

 今度は別方向から渋い声が聞こえてきた。……土御門?

 

「治療、という意味ならもう終わっているね?元の生活に戻るには3年……学習装置を使って1年、というところだろうね。僕としては学習装置は使わない方がいいと思う。アレは人格形成に支障をきたす可能性があるね?」

 

「……そうか」

 

 そう言って、おそらく土御門であろう人物も病室を後にしたようだ。なにせ足音でしか周囲の状況を判断できない。

 

「やれやれ、戦場から帰還出来たとは言いがたいね」

 

 この場合の戦場とは、俺ではなくカエル顔の医者の戦場だろうか。……いや、俺ちゃんと治ってますよ? さっきから俺がもう死に体みたいな言い方してるけど、記憶もあれば知識もあります。ただ体は動かないけど。……一体どういう状況なんだ? 布束と土御門とカエル顔の医者?なにをどうしたらその組み合わせが?

 

 その後、何も言わずカエル顔の医者は出て行った。急に病室が静かになり、やっと冷静に考える事が出来るようになった。

 

 あの時、俺は一方通行に血流操作をやられた。その結果が今の状態らしい。そして先ほどの「人間としての機能は取り戻した」と言うことは、それまでは人間ではなかったわけで……想像したくないな。血流操作って事はあの10031号と同じって事だろ?そこからどうやって生き返ったんだよ……

 

 ……あの戦闘から何日が経過したのだろうか。一方通行はどうなったのか。妹達は? 9982号はどうなったのだろう。御坂美琴は? そして……布束は……

 あれこれ考えていると、突然腕から痺れるような感覚が襲ってきた。だんだんと身体中に広がっていく。……もしかして麻酔……?…

 

 

 

 

 

 

 

 再び目を覚ますと……というか意識を取り戻すと、今度は目を開けることが出来た。

 

 見た事のない女性の看護師さんが目に入る。その後俺と目が合い、少し驚いたような顔をして病室から出て行った。……医者でも呼びに行ったのかな。動くのは目だけのようで、腕も足も、口すら動かない。というより、口にはなにかチューブのような物が入れられており、元々動かせない。

 

「おはよう、木原統一君……と言ってもわからないかもね?」

 

 カエル顔の医者、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)だ。少し悲しげな顔をしながらも、こちらの目を見て彼は話を続けた。

 

「一応、医者の義務だからね。まぁたぶん聞いてないだろうが、説明しておくよ」

 

 その後に聞いたのは、俺をどうやって治したかという説明だった。知らない薬品名だの外付け人工臓器などの単語が大量でわかりづらかったが、どうやらこういう事らしい。

 まず、振って飲むゼリー状態の俺の脳みそを最低限稼動するように中身を弄り、外部からの正常時の脳波データを入力して能力を発動できるように調整。幻想御手(レベルアッパー)という脳波共鳴音を同系統の能力者に聞かせ、その能力者に演算装置を被ってもらう事で演算領域を確保した、との事だ。

 

 要はカエル顔の医者と俺の能力の合わせ技のような物だった。聞いていて「ああ、そうなの」とは思うが、それで実際に治るんだから科学の力ってすげーと、感心せざるを得ない。いや、この場合は医者の腕がおかしいのか。脳を弄くって調整ってとこでちょっとよくわからん。

 

「脳波データに関しては、君のデータを大量に所持している人がいてね? お陰でなんとか、と言ったところだろう」

 

 今は計算能力をわざと低下させ、肉体再生(オートリバース)を阻害。人工臓器を順々に外しているらしい。脳の損傷もまだまだ残っているらしく、その辺との兼ね合いが難しいそうだ。徐々に再生していく身体に合わせて、逐一付ける人口臓器の仕様を切り替えているとか。

 

「全部オーダーメイドだね?」

 

 やはりこの医者は凄い。肉体再生(オートリバース)は俺の全身をゆっくりと再生しているようだが、その速度を先読みして人工臓器の作成を行っているらしい。

 

「あとはそうだね、君の親御さんへの連絡なんだが」

 

 親、と聞いてドキリとしてしまう高校生、木原統一。……だってアレ怖いじゃん。バレたらまたあの守護天使の所へ送り返される未来が見える。

 

「事の状況を鑑みるに、君が生きてる事すら外に漏らすのは危険だね? なので今はまだ連絡してはいない。すまないね」

 

 ありがとうございます。本当にありがとうございます。このカエル先生本当にいい人だ。何かあったら俺は絶対にこの人を助ける。心に誓っておこう。

 

「……ふむ」

 

 カエル顔の医者は俺の隣に目を向けている。なんだろう、モニターか何かを見ているのだろうか。

 

「思っていたより脳の稼働率が高いね? ……言語中枢かな? 無事だとしたらその部分なんだが……」

 

 言語中枢どころか記憶まであります。……俺がイカれてなければだが。気づいてくれカエル先生!

 

「今の君は、専門用語満載の講義を聞いているようなものかもしれない。……リハビリは絵本からかな?」

 

 嘘だろおい。待って、待ってくれー!

 

 そう言うと、カエル顔の医者は出て行った。と、入れ替わりで真っ白な服を着た人が入ってきた。

 

「ハロー、統一君」

 

 誰だお前は。白いドレス? みたいな服を着た布束砥信みたいな人が入ってきた。……いや、布束砥信だった。もう一度言うが、誰だお前。

 

「well、白ゴスなんて邪道だと思ったけど、案外着てみると悪くないわね」

 

 知らんがな。そもそもゴスロリが私服として邪道だろうに。……いや、白ゴスって普通は王道じゃないのか? その辺の知識は木原統一にはない。なくてよかった。詳しかったら逆に引くわ。

 ……あの服装。見ているだけで、こっちが悪い事をしているように思えてくる。そんな中顔を逸らす事も叶わないので、一方的に罪悪感が溜まっていく。

 

「……脳の稼働率が異様に高いわ。知識記憶は無事なのかしら」

 

 さっき似たようなセリフを聞いた気がする。知識どころか思い出まで無事です。そろそろ気づいて欲しい……というか、まさかその白いのってこの前のアレか? アレのせいなのか? 全然信じてなかったのかアンタは。

 

「それとも……いえ、それはありえないわね」

 

 布束はしばらくモニターを凝視した後、こちらに向き直った。目と目が合ったので「俺は意識も記憶もあります」という念話を懸命に送ってみる。表情が悲しそうな顔で固定されている所を見るとまったく通じてない。瞬きでモールス信号でもと考えたが、薄目なのでそれも難しい。

 

「ごめんなさい」

 

 突然、謝罪をされた。いや、これは予測だけど、冥土帰しにデータ提供をしてくれたのは貴方……ですよね? ……むしろ俺はお礼を言いたいんだけど。

 

「あの時……あんな風に貴方を拒絶しなければ、こんな事にはならなかったのかもしれない」

 

 ……いや、あの。俺が勝手に馬鹿やっただけなので。……俺のほうこそ、ごめんなさい。頼むから泣かないでくれ。

 

「昔のように話せて、とても嬉しかった。でも貴方の口からあの実験の事が出てきて、貴方を関わらせたくなくて、つい」

 

 あの時、あの表情を見て俺は"怒り"の感情を彼女が抱いてるのかと思った。だがそれはまったくもって見当違いだったらしい。……人の気持ちって、わからないもんだなぁ……

 

「……貴方がどういう気持ちで……一方通行に挑んだのかは、もうわからない。こんな状態になってしまった人に、こんな事を言うのはとても不謹慎だって事も、理解は出来てるわ」

 

 ……おい。

 

「でも……もし、私のために戦ってくれたのなら……ありがとう」

 

 ……おい。近くないですか? 顔が近くないですか? ちょっと待って。俺は記憶がちゃんと残ってるし意識もあるんですよ? ちょっとま───

 

 

 

「私も戦うわ」

 

 白い服の少女は去り際にこういい残した。

 

「いま計画は一時中断状態なの。加えて御坂美琴の施設襲撃。この隙を……貴方が作ってくれた隙を、無駄にはしない」

 

 先ほどまでとは違い、彼女は毅然とした態度で告げる。

 

「後の事は大丈夫。貴方のデータは全部預けたから、あの医者がなんとかしてくれるはず……さようなら。私の───」

 

 顔を赤らめるくらいならそんな事言うんじゃありません。俺が恥ずかしいわ。……いや、顔が赤いのは5分くらい前からずっとなんだが。ほっぺたのしっとりした感覚が未だに消えない。何がとは言わん。ついでに言うと消えてくれとも思わない。

 

 そう言って布束は病室を出て行った。……早く治れ俺の身体。前に医者が言っていた、肉体再生を意図的に発動、だったか。アレが出来れば今すぐにでも彼女を追いかけることができるんじゃないか?……治れー、早く治れー……

 

 と考えていた矢先の出来事だった。やはりというかなんというか。腕から痺れるような感覚が。……これってもしかして俺の演算状況をモニターして……麻酔を……

 

 俺の意識は再び闇の中へと沈んでいった。

 






 上条家の冷蔵庫が空になるまで、あと1日。



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032 救われる者 『?月?日』 Ⅱ

久しぶりののんびり感




 布束砥信が去って、2日が経過した。

 

 未だに口からは人工呼吸器が外れないのだが、右腕が動くようになりようやくカエル顔の医者との意思疎通が取れる事になった。

 

「さて、この紙に思ったことを書いてごらん?」

 

 無論、未だに3歳児扱いである。あれから色々と外部への連絡方法を試してみたのだが、ことごとくスルーされ今に至るのだ。

 その間見舞いに来るのは土御門だけだった。どうやら俺がここにいる事自体が、極秘の扱いを受けているように感じる。土御門は一言二言「すまない」だとか「また来る」と呟いては帰っていく。100歩譲って布束が謝罪した気持ちは理解できた。何故土御門が謝るのか。あの夜に俺に催眠でもかけて一方通行(アクセラレータ)にけしかけたとかだったら怒るが、万に一つもそれはないだろう。

 

「さて、なにを書いたのかなー?」

 

 "はよこれ外せ"

 

「……」

 

 カエル顔の医者が驚きの顔を見せるのはかなり珍しい。冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はすぐにポケットから電話を取り出した。

 

「僕の患者に細工をした人間がいるようだ……監視カメラの映像を───」

 

 ダメだった。ちょっとまってくれ、話を聞いてくれ。

 

「君に学習装置(テスタメント)を被らせた人間……彼女かな? 最近は来ていないようだけどね?」

 

 布束に容疑がかかりそうになっている。違うんです先生、そうじゃないっす。説明するからその紙を早く貸してくれ。

 俺の物欲しそうな目を見て、訝しみながら紙を渡してくれた。

 

 "学習装置なんて被ってない"

 

「まぁ、僕ならそう言うようにインプットするね?」

 

 "じゃあなにか質問してくれ"

 

「ふむ……」

 

 カエル顔の医者はなにか考え込んでいる。

 

「では、そうだね。僕を罵倒してみてくれないか?」

 

 ……意図が読めない。そんな事したくないんだが。やれと言われたらやるしかないか。

 

 "ナースを狙う二足歩行両生類"

 

「生命維持装置を外してやろうかね?」

 

 おいやめろ。こっちは言うとおりにしたのに。

 

「いや、すまないね。生命の神秘とやらに嫌気が差してしまってね? 負けた試合を勝ちにしてやると言われた気がしてつい、ね」

 

 自発呼吸ができるかね? と言いながら人工呼吸器を外してくれた。どうにかして咳き込む事ができる。身体は未だに動かないが右手だけ動く。どういう優先順位だよ肉体再生(オートリバース)

 

「神経関係は内臓を集中的に修復中だね? 脳の損傷もまだ残っているはずだ。注意障害は確実に出ているね……午後には麻酔を減らして、明日には一応、生活へ戻るためのリハビリを始めようと思っていたのだけど……ちなみにさっきの罵倒は人格テストと記憶テスト、そして認識力テストを兼ねてるね? どうやら本当に学習装置を使ったわけではないみたいだ」

 

 肉体再生は演算能力が戻れば戻るほど、損傷部分が少なくなればなるほど治療速度は上がる。つまり最後は治る速度が劇的に早くなるのだ。冥土帰しはその治療速度を麻酔で遅らせる事で、治療スケジュールを組んでいるらしい。あまりに早過ぎると投薬中の薬品の切り替えが間に合わなかったりするそうだ。もうなんでもアリだなこの人。

 

「名前は?」

 

「木原統一」

 

「歳は?」

 

「16」

 

「ここに来る前の最後の記憶は?」

 

「一方通行に血流操作貰いました」

 

「……むしろそれは忘れた方がいいね?」

 

 その後も携帯を渡されて「コレを使ってみてくれ」だとか、この場所は何処だとか、様々な質問をされた。カエル顔の医者はそれをメモし、病室をぐるぐると回ってうんうん唸った結果。

 

「君の身体って、結構ファンタジー?」

 

アンタの存在も結構ファンタジーだと思う。

 

「そうですか?」

 

「まぁね。一体何処に記憶が蓄えられていたんだい? 骨や歯、爪とか髪とか、そういうところに脳みそが無い限りは考えられないんだがね?」

 

 人はそれをホラーと言う。そんな怪物をお花畑とか妖精みたいなジャンルに突っ込むんじゃない。断じてそれはファンタジーなどではない。

 

電撃使い(エレクトロマスター)なら電気的ネットワーク説を疑うんだけどね」

 

「ネットワーク……そういえば9982号は」

 

「この病院に入院している。命は保証するね」

 

 足をぶった切られていた彼女だったが、この医者にかかればなんて事はない。問題は……

 

「君がどういう関わり方をしているかは知らないが、彼女は計画には参加させないね。だから安心するといい」

 

 よかった。これで計画は……いや、布束は中断状態だと言っていたか。彼女はあの後見ていないが、どこに何しに行ったのか。あれ、安心どころかまずい気がする。ここからはまったく先が読めない。

 

「僕としては彼女よりも君のことが心配だね? よくもまぁ割れた水風船みたいな状況からここまで回復したもんだ。もしかして、治療の報告も聞いていたのかな」

 

「ええ、まぁ」

 

「ふむ、だいぶ前から意識はあったんだねぇ……」

 

 首を捻りながら冥土帰しは病室を出て行った。未だに納得が出来ないらしい。正直なところ、割れた水風船に例えられるような人間を治したアンタの方がスゲェよ。それに比べれば俺の記憶が破損していないなんてことはどうでもいいって。

 

 カエル先生が麻酔を減らしてくれたお陰か、だいぶ意識がはっきりしてきた。同時に身体中に少し痛みを感じる。そして一番痛いのは頭だ。のんびりしてないでとっとと治してくれ肉体再生。……血流操作をもらったのは初めてだし、それこそ身体中が重症のせいだな、ここまで修復に時間がかかるのは。2度目はないと思いたいのでこの経験は無駄だと言える。演算能力はどれくらい戻っているのだろうか?

 

 そんな事を考えながら、早く治れ治れと祈っているとベッドの横のモニターのアラームが鳴り、また頭がぼんやりしてきた。畜生、アラームが鳴るって事はこの方法で合ってるという事か? 元々の麻酔が少なくなっているので意識を失う事はなかったが、これ以上やってるとさらに麻酔の量が増えそうだ。やめておこう……こっちは早いとこ布束を探しに行きたいと言うのに。

 

 そんなこんなで暇を持て余していると、病室のドアが開いた。アロハグラサンの登場である。……こいついつも花持って来てるんだよなぁ。本当に、一体何故こんなにも引け目を感じているのだろうか?

 人工呼吸器を外れた俺を見て若干驚いたようだが、またすぐ伏目がちになっている。……誰だこいつ。土御門はやはり、飄々としたあの態度が似合っていると実感する。

 

「あのさぁ」

 

「……!!?」

 

 土御門が驚いている。……いや、驚かす意図はないんだけど。この状況だとどうしても、ね。

 

「なんでお前、毎日毎日謝りに来てたんだ?」

 

「ず、随分回復が早いんだな。もう喋れるのか」

 

 なんかすっげー動揺してる。できればいつもの土御門に戻って欲しい。

 

「お前を……君を病院に運んだのが俺なんだが、実は……君があの状態になるまで、俺は何も出来なかった」

 

 君? なんだ"君"って。……あ、俺って今廃人状態のはずなんだったか、そりゃ驚くわ。カエル顔の医者がそう思ってたくらいだしな。

 

「君を止めようと思えば止められた。だが俺はある事情でそうしなかった……出来なかったんじゃないな。やらなかっただけだ」

 

 ……なるほど、察するに俺の監視は続いていたのか。イギリス清教に加入させて首輪を着け、土御門はその監視役だったと。よく考えればそうだよなぁ。未だ得体の知れない人物であることには変わりない。そんな奴が夜に出掛けたら追跡の一つや二つするだろうし、そこで学園都市のトンでも計画に介入し始めたら止められませんわ。

 事が収まった辺りで俺を極秘に回収、そして治療。むしろ土御門にもお礼を言わなきゃダメじゃないかこれ? ……土御門の仕事増やしっぱなしだなぁ俺は。

 

「すまない。許してくれるとは思っていない。ただ、俺に出来ることならなんでもしよう」

 

「え? じゃあ舞夏と1日デートとかでもいいのか?」

 

「……」

 

 土御門の表情が、しょんぼりした猫から獣を狩る虎に。そしてそのまま頭痛に悩むゴリラみたいな表情になった。悲哀、憤怒、困惑だな。百面相かよ。

 

「ダメなん?」

 

「……お前…」

 

 笑いながら怒る。だが確信が持てないのでその握った拳をどうする事も出来ない。と言ったところか。うーん、どうしたものか。

 

「いやー世話かけたな。すまん、マジカル土御門」

 

 花束が飛んできた。いい匂いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

幻想御手(レベルアッパー)、あれ聞いたのかお前」

 

「短時間だがな。その状態で学習装置の改修版を被りながら、お前の脳に接続した。俺自身がお前に対しての最適な代理演算装置になったわけだ」

 

 学習装置はなにも知識をインストールするだけではない。頭の中の知識を整理整頓し目的に沿って最適化を施す事も可能なのだ。その状態からまた元の状態に戻すのも可能と言えば可能だが、これら一連の動作にはやはり専門家の知識が必要となる。その辺りは布束が監修したそうだ。

 

「布束砥信を探し出して連れて来たのも俺だ」

 

「……俺って、お前の仕事増やし過ぎだよなぁ」

 

「そう思うなら、次からはおとなしくしてて欲しいにゃー」

 

 ぐうの音も出ない。すいませんホント。インデックスの時なんか土御門兄妹の生活まで危険に晒しちゃったし。今後は……確約できねぇ。なるべく、なるべくな?

 

「んで、実験はどうなったんだ?」

 

「……」

 

「もうその沈黙が答えじゃねえか」

 

 中止ではなく中断。そこから事態は動いていないのか悪化したのか。いや、動いていないなら動いていないと言いそうなものだ。つまりは───

 

「くぅー、木原っちが完全復活してるせいか、とっさに嘘がでなかったにゃー」

 

「らしくねえなぁ」

 

 本当にらしくない。でもそれだけ木原統一の事を心配していてくれたという事だ。それは素直に嬉しいが、口には出さない。それが正解な気がする。

 

「んで、どうなんだよ」

 

「……言うと思うか?」

 

 はい、思いません。さて、どうしたもんかなぁ……

 

「いや、俺っていまこんな状態じゃん? 動けるまで相当かかるし、聞いたところで何もしないって。な?」

 

 ちなみに今現在、俺は上半身を少し浮かせられるくらいまで回復している。相変わらず身体中は痛みっぱなしだ。

 

「だけど人工臓器は外れてるようだし、無理すれば動けるんじゃないかにゃー」

 

「いや、まだ内臓関係はボロボロで、不思議な液体注入されて無理矢理調整されてんのよ? 脳だって認識力落ちてるから、たとえ歩けても3歩でこけるような状態だし。なにより演算能力が低下してるから肉体再生がだな……」

 

 土御門がうーんと考えている。お願いします土御門様。

 

「本当に、本当に動かないな?」

 

「おう、もちろん」

 

「……しょうがないにゃー。んで何が聞きたい?」

 

 よっしゃ!

 

「……布束はどうなった?」

 

「"どうなった"ね。まるで彼女が何をしたのか、知っているって口ぶりだにゃー」

 

「茶化すな」

 

「……実験の妨害工作がバレて、拘束されてるにゃー。学習装置の専門家(スペシャリスト)っつーことで、手厚い待遇を受けてるぜよ」

 

 なんというか。史実どおりの動きだった。彼女は結局無茶をして、そのせいで捕まってしまう。その後は……やはり人造人間を利用した学園都市のクーデターに利用されてしまうのだろうか?

 

「実験は?」

 

「再開予定だぜい。レベル5級の能力者が二人も介入したって事で、出資者(スポンサー)は納得しちまったようだ。樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)への再計算を申請するまでもなく、何人かの妹達(シスターズ)を短縮して、再スタートですたい」

 

 布束を救えず、実験も止まってない。

 ……俺は、無力だ。

 

「……まてよ、樹形図の設計者は破壊……いや」

 

 そういえば。樹形図の設計者は原作において、インデックスの竜王の殺息(ドラゴンブレス)で撃ち落とされるはずだった。

 だがこの世界では。インデックスの解呪のタイムリミットを待つことなく、日付を前倒ししてしまっている。つまり───

 

「……木原っちは何でも知ってるにゃー」

 

「どういう事だ?」

 

「樹形図の設計者は7月25日に撃墜されてるにゃー。知る人ぞ知る情報なんだが……そんな事も知ってるとなると、ますます謎が深まるぜよ」

 

「い、いや!? 知らなかったぞ、初耳だ」

 

「もう遅いぜよ……はぁ、こんな木原っちに、俺は踊らされてると考えると、なんだかにゃー」

 

 "こんな"って何だ。……まぁ俺がマヌケな事をしでかすのは今に始まった事ではないが。

 

 ……いや、そんな事より。樹形図の設計者は歴史どおりに撃墜されているだと? 偶然か? 竜王の殺息は遠距離になればなるほど拡散して範囲が広がる、とかはないよな?RPGでよく出てくるドラゴンの炎みたいに。それともアレイスターの計算通りか? ……後者っぽい気がするな、世界最高のスパコンになんて事を。インデックスVS上条当麻を観測するために、小萌先生の家の上に移動していたのか?

 

「もう聞きたいことは終わりかにゃー?」

 

「まだあるぞ。一方通行(アクセラレータ)はどうなった?」

 

「とっくに治療済みぜよ。事が事だけに、普通の医者じゃなくて裏の人間に治させたみたいだにゃー」

 

 殺すのには失敗か。……なんだろう、あの時はただひたすらに殺そうと躍起になっていたが、今アイツがまだ生きてると聞いて少し安心してしまった。度胸が足りねえな……第1位に単身で挑んだのは度胸と言うより無謀だった。

 

「さてと、俺はそろそろ帰るぜよ。もう夕方だしにゃー」

 

「ちょ、ちょっと待て。まだ聞きたい事がある。布束の行方を───」

 

「それ言ったら、絶対木原っちは無茶するぜよ。安心しな、彼女が高待遇を受けてるってのは事実だぜい。俺のほうでも、色々と手は回してある」

 

 木原っちの弔い合戦だと思って、色々準備してたのににゃー。と土御門は呟きながら病室を出て行った。……そう言われると胸にこみ上げてくるものがあるな。いい人過ぎるだろアイツ。

 ……よし、布束を一刻も早く救い出そう。もう既に暗部組織……なんだったか。『スタディ』? だかなんだかに拾われているのだろうか。だとしたらその構成員を追えば彼女の元に辿り着ける。土御門との約束? 知らんなそんなものは。

 

 ならばこの麻酔をなんとか……と考えていたところで、病室のドアがノックされた。……誰だ?

 

「失礼します、面会に来たのですが。とミサカは返事を待たずに入室します」

 

 そこは返事を待てよ。学習装置にそういう礼儀作法は入ってないのか。

 

「お前は……」

 

 車椅子に乗って彼女は入ってきた。患者用の服を着ているのは珍しいな。

 

「ミサカの検体番号は9982号です。とミサカは貴方に自己紹介をします」

 




 ちなみに姫神さんは小萌先生宅へ引っ越しました。


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033 高らかな生命の意味 『?月?日』 Ⅲ

 
のんびりのんびり……と言っても病院パートに3話は長過ぎな気もします。




 ミサカ9982号。名前の通り9982番目に生まれた御坂美琴のクローン……いや、9983番目かもしれない。そして御坂美琴が最初に出会った妹達(シスターズ)の個体であり、本来ならば死んでいたはずの人物。

 

「貴方が、第9982次実験を妨害した首謀者で間違いないですか? とミサカは質問します」

 

「……まぁ、そうなんだが」

 

 妨害、と言われると悪い事をした気分にならなくもない。実際その通りだし、否定はできない。もちろん妹達のために命を賭けたのですかと問われれば答えはノーだし、その事でお礼とかを彼女たちが言ってきても、俺は迷わず突っぱねる。……それでももう少し言い方がなぁ。

 

「……」

 

「……」

 

 互いに黙ってしまった。なんだ?なにしに来たんだコイツ?

 

 ……まてよ、妹達っていうのはミサカネットワークで繋がっている。ということはつまり、実験関係者にも妹達経由で繋がっているということだ。「実験を妨害した人物の特定に成功しました」みたいな事を今頃コイツは報告している可能性はないだろうか? 「出来るだけその場に留めておけ」みたいな返答を貰った後で、5分後くらいにビームお姉さんが窓からこんにちわとか?

 

「……なぁ、なんで黙ってるんだ?」

 

「……」

 

 ……これはマジかもしれん。身体がまったく動かせないこの状況だ。原子崩し(メルトダウナー)どころか能力追跡(AIMストーカー)の子ですら俺を殺せる。逃げ場なんぞないし助けも呼べない。ナースコールを鳴らしたところで愉快なオブジェが1つから2つに増えるだけだ。

 

「……男女が再会し会話に詰まった場合、男性から話を振るのが一般的です、とミサカは貴方に落胆と失望を覚えます」

 

 全然違った。最近は勘が外れてばかりいるな、ははは。っておい。

 

「その妙な情報は何処で手に入れやがった!? 布束か! 布束の学習装置(テスタメント)なのか!?」

 

「いえ、先ほど見ていた『学園都市サスペンス特別編~愛した女と消えた音楽家~』で学習しました、とミサカは報告します」

 

 布束ではなかった。当たり前と言えば当たり前だ。

 

「そ、そうか……面白かったのか?」

 

「最後に逆上した音楽家が魔法で華麗に撃退されたシーンが印象的でした、とミサカはあのシーンを思い出して再び感動に浸ります」

 

「……サスペンスじゃねえのかよ」

 

 実のところ、視聴率が取れないドラマ番組が超機動少女(マジカルパワード)カナミンとコラボした1回限りのトンでも大技回であり、後の超機動少女カナミン実写版にて、そのドラマのヒロイン役が大抜擢されるほどの伝説の回、という情報を木原統一が聞くことはなかった。

 

「……まぁいいか。んで、まさかそのテレビから得た知識を披露しにきたわけじゃないよな?」

 

「……」

 

「嘘だろおい」

 

「いえ、会話の導入に失敗したのでこれからどうしようかと困っていたところです」

 

 ……まぁ、この子の事情を考えれば、俺が話を振ったほうがいいよな。

 

「と、ミサカは暗に「とっとと何か喋りやがれ」と要求します」

 

 ……落ち着け、この子に悪意はない。ちょっと不器用なだけさ、そうだよな。彼女が紛れもなく人間であると俺は勝手に思っているのだが、だからと言って一般人と同じ要求をするのは間違いだ。

 

「そ、そうだな。足の調子はどうだ?」

 

「車椅子の人間にその質問をするのですか?とミサカは貴方の"でりかしー"のなさを非難します」

 

 ……いや? 正論だ、たしかにそうだ。ぱっと見て両足をぷらぷらと余裕そうに振っている彼女だが、やはり気にしているのかもしれない。俺が馬鹿だった。もう少し真剣にいこう。

 

「今日はいい天気だな」

 

「……貴方の引き出しの少なさには驚かされます、とミサカはため息をつきます」

 

 あれ? これは流石におかしくないか? 妹達ってここまで人当たり悪かったっけ? ……いや、そんな事はないはずだ。食い意地が多少はあったり、カエルのバッジに執着を見せたり、猫に愛着を抱いたりするのは知っているが、ここまで毒を吐くのはおかしい。俺が何かしたのか?

 

「あのー、ミサカさん」

 

「なんでしょう、とミサカは突然さん付けで呼ばれることに驚きながらも返答します」

 

「君は他の妹達と比べて、ちょっと変わった所があるよね?」

 

「……それは足の事でしょうか?とミサカは───」

 

「あー違う違う。精神的というか喋り方というか、そういう所が少し違うかなーって思ってね」

 

 主にマイナスの方向にだが。

 

「……どうやらバレてしまったようですね、とミサカは自らの変化に戦慄を覚えます」

 

 どうやらなにかあるようだ。布束が手を滑らせたとか?天井亜雄がやらかしたか? カエル先生が誰かの足と取り違えて、そこから人格が……ってのは流石にないとして。誰だ? この子をとげとげしい性格に変えたのは。

 

「ミサカが意識を取り戻したとき、側にはお姉さまがいました」

 

 お姉さま……御坂美琴か。おそらく付きっきりで看ていたのだろう。

 

「「私がこの禄でもない実験を止める。貴方はここにいなさい」とお姉さまは言いました」

 

 まぁそうなるだろうな。正義感の強い彼女だ。布束も、御坂が実験関連の施設を襲撃してるとも言っていた。……それがこのミサカの変容とどう関係するのか。

 

「ですがミサカはこれからどうすればいいのでしょうか、とミサカはお姉さまに問いかけます。するとお姉さまはこう答えました。「貴方はここで寝ていればいいの。テレビでも観て、のんびりしてなさい」と」

 

 ……んん?

 

「「次会うときまでに、何がしたいだとか、アレが欲しいだとか。そういう事が言える様になっておきなさい。……アイスやバッジの時みたいな強奪はしないこと」と言いながら、お姉さまは病室を後にしました」

 

 ……う、うむ、なるほど。いい話じゃねえか。

 

「なのでミサカはテレビを観て、感情表現を豊かにする訓練を行っているのです、とミサカはここに自らの意識の高さをアピールします」

 

「……なんつーか、色々と台無しだよ最後で」

 

 どんな番組を観てこうなってしまったのか。彼女を変えたのは御坂美琴だということが判明した。……だが結局のところ、彼女は俺へ本音を言っているだけなのだ。想いを伝える訓練を懸命に行っている彼女を、責める事など出来るはずもない。それに……デリカシーがないのも引き出しがないのもその通りだよ畜生。

 

「むむ、この流れなら言える気がします、とミサカは自分の本来の目的を思い出します」

 

「……まだなにか?」

 

 もう俺の心のライフがだな……

 

「今日はお礼を言いにきました、とミサカは簡潔に伝えます」

 

「よくこの流れで言えると判断したな」

 

 こちらの反応はお構いなしと言ったところだ。……やっぱテレビのせいかな。

 

「実験を中断させただとか、命をなんちゃらってのなら礼はいらないぞ。俺が俺個人の都合で動いただけだからな。……酷い話だが、お前たちのためじゃないんだ」

 

「いえ、その事ではありません、とミサカは貴方の認識を改めるよう要求します」

 

 ではなんだろうか。感情表現のトレーニングの一貫か? カエル先生が「礼を言っておくといいね?」みたいなアドバイスでもしたのだろうか。

 

「貴方のおかげで、再びお姉さまと再会することが出来ました。ありがとうございます、とミサカは心からの感謝を伝えます」

 

 

 

 

 

 

 

 夕暮れ時、御坂美琴は鉄橋に一人、ぼんやりと立っていた。

 手すりに両手をついて、夕日に染まる川を見ながら。

 

 8月15日、彼女は自らのクローンとの邂逅を果たした。そして同日、自分と同じ顔をした何千人ものクローンが、ある計画に遣い潰されている事を知る。

 

 絶対能力進化(レベル6シフト)計画。まだ見ぬレベル6に至るため、ただそれだけの目的のために殺されていく妹達。その存在を、御坂美琴は見過ごせなかった。

 

 関連施設への間接、直接的な襲撃。機能停止に追い込まれた研究所は両手の指では数えられない。それら全てが超能力者(レベル5)の第3位、御坂美琴の戦果だった。学園都市最強の電撃使い(エレクトロマスター)、名門常盤台のエース、超電磁砲(レールガン)等の異名は伊達ではない。

 

 そんな彼女を以てしても、この街の闇は止まらない。

 次々と動員される研究者、増えていく関連施設。彼女を迎撃しに現れた暗部組織の人間。そして───計画の再開。

 

 学園都市のレベル5の第1位、一方通行(アクセラレータ)の負傷と、想定外の戦闘による樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)の計算からのズレ。その両者を受けての実験の一時中断は、もう間もなく解除されようとしている。

 樹形図の設計者はもうこの世界には存在しない。だが不幸にも、あの世界最高のスーパーコンピューターが弾き出した計画(プラン)の修正は、地上の技術でも十分計算が可能だったのだ。致命的な誤差ではなく、許容可能な程度のダメージ。それが先日の第9982実験における異分子(イレギュラー)の結果だった。

 

 このまま御坂美琴が妨害を続ければ、計画は止まるかもしれない。計画にかかる資金は無尽蔵ではない。リスクとリターンが合わなければ、スポンサーは撤退する。……だがこの計画の場合、その絶対能力者(リターン)が大き過ぎる。

 実験が再開してから、彼女が計画を破綻させるまでに。あと何人もの妹達が犠牲になるのか。

 

 ……それを、彼女が許すはずもない。

 

(最強と呼ばれる超能力者、一方通行……でも、無敵ってわけじゃない)

 

 彼に手傷を負わせた能力者がいるという情報を手に入れた。施設襲撃時に偶然見つけたものだがおそらく、あの発火能力者(パイロキネシスト)の男だろう。高出力の炎で、9982号(あの子)を守ってくれたあの日、一方通行は火傷及び内臓へダメージを負ったらしい。偶然とは思えない。

 

(結局、正体はわからなかったけど……それでも、私に道を示してくれた。感謝してるわ)

 

 樹形図の設計者によれば、一方通行と超電磁砲が戦闘をした場合。超電磁砲(レールガン)は185手で敗北する。世界最高のスパコンがはじき出した予測演算。その内容に、学園都市の研究者は絶対の信頼を抱いている。

 だがもし、その一方通行に超電磁砲(御坂美琴)が勝利したら。あるいはそれ以上の期間を生き延びた場合、どうなるだろうか。

 樹形図の設計者の計算が間違っていると証明できたなら、その予測演算によって支えられているこの実験は崩壊する。

 

(超能力者でもない人間に出来て、第3位(わたし)に出来ないなんて道理はないわよね)

 

 学園都市には発火能力者の超能力者(レベル5)はいない。そんな男が立ち上がっているのに、自分は何もしないなんて事が、あっていいはずがない。

 

「……行くわよ御坂美琴。あの子を……あの子たちを救いに」

 

 

 木原統一という転移者(イレギュラー)がもたらした変化は、最悪の結末へとその矛を向けた。

 それはただの偶然か。それとも、周囲に破滅をもたらす『木原』の特性の残滓なのかはわからない。

 

 主人公(ヒーロー)の姿は、そこにはない。

 

 この鉄橋に姿を現すはずだった彼は、未だ舞台には上がらない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 前提として、木原統一は妹達のために戦ったわけではない。

 

「ミサカにはまだ、お姉さまがミサカの事を大切に思ってくれている理由を、明確に理解する事はできません」

 

 布束砥信。彼女が暗部組織に落ちる様を、ただ眺めているなんていう事が出来ずに、あのような暴挙に出た。

 

「同じく、ミサカは"生きたい"という感情についても、まだわからないままです」

 

 今だって、妹達の行く末も気にはなっているが。心の中では布束の身を案じている。命が危ない妹達よりも、土御門曰く手厚い保護を受けているであろう彼女を心配しているのだ。薄情者と言われても仕方ない。

 

「ですが……お姉さまと再び会えた時。お姉さまに頭をなでてもらった時。妹達(わたしたち)を守るという言葉を聞いたとき」

 

 だがこの瞬間、木原統一にはわかった事がある。

 

「ミサカはそれを、"嬉しい"と感じる事が出来ました」

 

 布束砥信(かのじょ)が守りたいと思ったもの、その理由を、この瞬間に理解した。

 

「なので、実験を妨害した貴方に、お礼を言いに来たのです」

 

 彼女たちは実験動物などではないと、布束砥信が感じた瞬間。それと同じものを、木原統一は感じていた。

 

「……話を聞いていますか? とミサカは確認をとります」

 

「ああ。……そっか、嬉しかったのか」

 

 こんなにも繊細に、こんなにも真っ直ぐに世界と向き合える少女が、あんなくだらない事のために殺されていいはずがない。

 

「……一つ聞きたいんだけど」

 

「なんでしょうか」

 

「実験の再開っていつだ?」

 

「本日午後7時より、再開予定です。とミサカはミサカネットワークから得た情報をリークします」

 

「……そうか」

 

 それを聞いた木原統一は、ため息をつき、そして。

 自らの腕に刺さった麻酔針を、強引に引き抜いた。

 

「な、なにをやっているのですか、とミサカは」

 

「そこのモニターのアラームを止めてくれ」

 

 患者に刺さっている針が抜ければ、当然その通知が病院の誰かに届く。そうすれば看護師がとんで来て、すぐにでも針を再セットするだろう。

 

「……能力を使って信号を停止させました、とミサカは報告します。それよりも、今のは抜いていい物ではないのでは? とミサカは確認をとります」

 

「みたいだな……ッ!」

 

 ベッドの端を掴み、歯を食い縛らなければ耐えられないような痛み。血液に乗って、身体中にサボテンでも這い回らせているのではないかと錯覚するほどの激痛が走る。

 そんな中でも、木原統一は冷静だった。

 

(今、俺の肉体再生(オートリバース)は全身を満遍なく修復している状態だ。麻酔によって低下した演算能力はもうすぐ戻る)

 

 それでも、脳の損傷はそのままである。ならば───

 

(一度身体中の肉体再生を意図的に止めて、脳を集中的に治す……それが出来れば、次は足、その次は腕)

 

 肉体再生の操作。普段は無意識でやっているであろう演算への意図的な介入。それができなければ、実験の再稼動には間に合わない。

 

(俺があの時馬鹿やったせいで、事態はますます悪くなる一方だ。今実験が再開しちまったら、妹達を救う人間がいなくなっちまう)

 

 おそらく、上条当麻(ヒーロー)は来ない。実験の中断はつまり、ミサカ10031号の死体を上条が目撃しないという事だ。あの光景がなければ、上条は御坂美琴の部屋を訪れない。実験のレポートを見ることもない。

 自分のせいで、ほんの一時の感情で動いたお陰で、妹達は、御坂美琴は……布束は、真の意味で救われなくなってしまう。

 

 布束が望むのは自身の安全などではない。

 妹達の生存、実験の中断。

 それこそが彼女の望む事。

 

 

 

 

 

 

 

「何事かね?」

 

 その1時間後、報告を受けて来たカエル顔の医者が病室に来たときには、木原統一の姿はなかった。

 

「退院しますとの言伝を受けています、とミサカは呆れながらに報告します」

 

「……動けるようになるとはね。まぁあの能力を制御できるようになったのなら、予想できない事ではないがね?」

 

「それと、ごめんなさい。とも言っていました、とミサカは嘆息します」

 

「やれやれだね。謝るくらいなら、最初からこんな事しないでもらいたいね?」

 

 カエル顔の医者、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)は窓から外を見て、こう呟いた。

 

「……死ぬなよ。死なない限りは助けてやる」

 

 

 

 

 

 

 

 

「例のポイントに約1名、超接近中との事です」

 

「はいはい、ほらアンタたち。仕事だよ」

 

「あーあ、このギャラでこの仕事内容って割に合わな過ぎ。結局、これってこの前の仕事のツケって訳よ」

 

「そうねフレンダ。()()()()ヘマしたツケなんだけど……」

 

「わーごめんごめん麦野! ていうか私、もう十分お仕置き受けたから! いい加減許して欲しいって訳よ!」

 

「……南南西から不思議な信号が来てる」

 

「男の発火能力者(パイロキネシスト)、でしたっけ。とにかく見た目ではわかりませんが、その男を超入れなければ依頼達成なんですよね?」

 

「そういう事。……カメラに映ってるって事は、超電磁砲(レールガン)は今回の件には絡んでないのかしら」

 

「あー麦野。もしかしてこの依頼を受けたのって結局……」

 

「当然、あの女をブチ殺すためよ……ま、直接手を下さなくても、勝手に潰れてくれそうだけどね」

 

「到着したようです」

 

 キャンピングカーが止まり、中から出てきたのは4人の女だった。

 一見して普通の、何処にでもいそうな彼女たちなのだが。その実、学園都市の裏の仕事をこなすとある組織の主要メンバーだったりする。

 

「さーて、狐狩りに行くわよ」

 

 彼女たちは『アイテム』

 

 数日前、あの御坂美琴と激闘を繰り広げた彼女たちは今、とあるポイントの警護を任されている。だがそこがどんな場所なのかを、彼女たちは知らない。リーダーである麦野でも、勘付いてはいるが確証はない。

 

「だーっもう。腹いせに、今度こそはボッコボコにしてやるって訳よ!」

 

「頑張って、フレンダ。私はそんなフレンダを応援してる」

 

「発火能力者如きなら、私一人でも超余裕です」

 

 だが彼女たちはプロだ。依頼があれば、何でも壊すし、誰でも殺す。

 

 そんな地獄の門番がいるとも知らず、患者外出用の服を着た少年は、真っ直ぐにこちらに向かっていた。

 




9982号「お姉さまから頂いたテレビカードが切れました、とミサカは上目遣いでお金を要求します」

冥土帰し「……ロビーのテレビで充分だね?」




藍花悦(仮)さん(第6位)が発火能力者だったらどうしよう




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034 自分らしく生きる事 『?月?日』 Ⅳ

 
 何度目かはわかりませんが、相変わらずの主人公です




 実験開始まであと5分。木原統一は実験開始地点までの道を走っていた。ミサカ9982号に教えて貰った座標。彼女が意地悪でなければ、また一方通行(アクセラレータ)の前に立てるだろう。

 

(手持ちのルーンのカードはもう半分以上消費しちまってる。それに一方通行だって馬鹿じゃない。この前使った戦法は、もう通用しないと考えていい)

 

 患者の所持品がまとめて入れられていた引き出しには、自作のルーンのカードがきちんと収められていた。術式を発動する分には問題ないが、無計画に消費してしまえばすぐになくなってしまうだろう。

 

(勝算は限りなく低いし、今度こそ死ぬかもしれない。俺が今からやろうとしてる事はまったくの無駄……いや、もっと状況を悪くする可能性すらある。……それでも、だとしても。ここで何もせず、ただ妹達(シスターズ)を見殺しにしていい理由なんてない。ここで()()()()()なんて選択肢を取れるほど、俺は馬鹿じゃねえんだ……!)

 

 布束砥信を本当の意味で救いたいなら、実験を止めなくてはならない。この気持ちに嘘偽りはない。だがそれ以上に、

 

 あんなにも真っ直ぐな少女たちを、見捨てるなんて出来るわけがない。

 

(刺し違えてでも、実験を止める。俺が死んでも、布束の事は御坂美琴がなんとかしてくれる筈だ……)

 

 自らが招いたこの状況。だがしかし、木原統一は後悔してはいない。あの車椅子の少女が生きていてくれている事を、悔いるはずがない。

 

(時間的にはギリギリか。だが間に合う……ッ!?)

 

 木原統一が走っていた道は、雑居ビルが立ち並ぶ商業地帯だった。"商業"と名はついているが、実際は簡易な審査さえ通れば誰でも借りる事のできる部屋ばかり。家出少女や怪しい宗教法人などの隠れ家として使われたりする場所であり、その殆どは空き家である。

 場所、そして時間帯的に人通りは少ない。そんな状況も相まってか、木原統一は遠目に不審な物をみつけた。思わず足を止め、道のど真ん中にいるソレを凝視する。

 

 目をこらしてよく見れば、それは物ではなく人だった。

 背は小さくフードを被っているため性別はわからない。だが、木原統一の知識の前では、その人物が何者なのかは明白だ。そしてその人物の背景を想像した瞬間、木原統一の背中に悪寒が走った。

 

「……まさか」

 

(アレがいるという事は、()()()()は何処だ?)

 

 前方に最大限の警戒をしながら振り返って後ろを確認する。ピンク色の……ワンピースなのかロンパースなのかよくは知らないがそんな服装に、茶髪のロングヘアーの女性、とくればもう約1名しか思い浮かばない。

 その背後にはピンクのジャージが印象的な女の子が控えている。何故彼女を女の子と呼んで、手前の人を女性と呼んだかについては言及する気はない。

 

 距離は十分空いている。だが、そんな事は彼らの前ではなんの意味もない。前門の虎、後門の狼と言うところか。しかも後1名の姿が見えない。フードの女の子を近接、ビームの女性を遠距離だとするなら中距離役の彼女がいない。彼女だけ単独行動か?……もし罠を仕掛けている最中だったりしたら───

 

「……最悪だ」

 

 下手をすると第1位より凶悪かもしれない。全力を出さない単機の相手と、常に全力の殺し屋集団じゃ戦い方が違い過ぎる。幸い全員の能力、性格、そして得手不得手は把握しているものの、それだけでは彼女たちを攻略するのは無理と言うものだ。

 

 正面、フードの女の子は絹旗最愛。大能力者(レベル4)窒素装甲(オフェンスアーマー)。歩く怪力シェルター。捕まったら即終了と言える。

 背後のワンピースの女性は麦野沈利。超能力者(レベル5)、第4位の原子崩し(メルトダウナー)。ビーム砲台な上に格闘戦も強力。性格は最悪。一方通行戦みたいな挑発をしようものなら即蒸発させられるだろう。

 その側にいるジャージの子は滝壺理后。大能力者(レベル4)能力追跡(AIMストーカー)。ロックオンマーカー役で、単純な戦力なら彼女が一番の穴かもしれない。麦野が側にいるせいで近づくのは無理そうだが。

 そして未だ見ぬフレンダ=セイヴェルン。能力は不明だがトラップや爆発物のスペシャリスト。コイツは遊撃兼拠点防衛役だな。姿が見えないのが厄介だ。ぬいぐるみのアレをせっせと配置しているのかもしれない。御坂の時とは違い準備万端ということはないと思いたい。

 

 彼女たちは『アイテム』。学園都市の暗部を担う組織の主要構成員。そんな人たちがたまたま絶対能力進化(レベル6シフト)計画の実験場付近に集合するなんて事はあるだろうか。言ってて思うが絶対にない。つまり彼女たちは計画の関係者に雇われたのだ。目的は……実験へ介入しようとする者の排除、か?

 

 麦野沈利の周囲に、淡く光る球体が出現する。……畜生、こっちは時間がないっていうのに……突破どころか生き残る事さえ───

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「時刻は十八時五十五分、準備はよろしいのですか、とミサカは最終確認を取ります」

 

「……あァ」

 

 学園都市最強の超能力者、一方通行は気だるそうに答えた。

 今回の実験場は前回の操車場と似たような地形である。違う点といえばコンテナの数が多いこと、そして一方通行の作った巨大なクレーターが存在しない事くらいか。

 同じような風景に、同じ顔をした人形(おもちゃ)とくれば、嫌でも前回の実験の結末を思い出してしまう。

 最後まで理屈のわからない攻撃を繰り出してきた介入者(イレギュラー)発火能力者(パイロキネシスト)。生死不明となってはいるが、おそらくは死んでいるだろう。一方通行は最後、血流操作を実行していた。その相手が生き残れるはずがない。やられた分はきっちり返してぶち殺した。それで終わりのはずだ。

 

(なンだ、この感覚は……)

 

 今まで、圧倒的な勝利しか味わってこなかった一方通行。彼にとって、先日の戦闘はどういう意味合いを持つのか。未だに彼の中で、答えは出ない。

 

「……オイ、人形」

 

「人形ではありません、ミサカの検体番号(シリアルナンバー)は100……」

 

「ンなことどうでもいい。てめェらの中じゃ、前回の実験はどういう位置づけになってンだよ」

 

 機械的な返答しか返さない人形のナンバリングなんてどうでもいい。……なんでも先日の一件で少しだけ、彼女たちの処理工程が短縮されたらしいのだが。あと9000体以上を潰す予定が組まれている中、二桁程度の短縮がなんだというのか。

 

「前回というと、正体不明のレベル5級の人物が二人介入した件でしょうか、とミサカは返答します」

 

「返答になってねェだろォが」

 

「ミサカ達にはあの件に関して、情報を与えられていません。個体の中には彼らと接触した者もいるようですが、報告の命令も受けていないので重要度は低いと考えられます。現状、先日の実験に関しての見解は保留状態です、とミサカは報告します」

 

 

 余談ではあるが、妹達に報告の命令が来ていないのは、"正体不明のレベル5級能力者が二人介入した"という事実の方がスポンサーを説得しやすいという事情がある。どこの敵対勢力なのかが不明であれば、「アレは予測も不可能だった事故である」というアピールがしやすいのだ。そして連日の施設襲撃により、その信憑性は更に増している。

 

 

 少女の答えを聞いて、一方通行は自らの考えの浅はかさに気づいた。

 所詮は人形。自らの考えを持つ事もしない存在に、こんなくだらない質問をするのは無意味だ。いまの質問で得られたものと言えば、それが再確認できた、という事しかない。

 

 ……こんな物のために命を賭ける人間はどうかしている。そのどうかしている人間が、一人死んだ。先日のアレはそれ以上でもそれ以下でもない。

 

「……ったくよォ、淡々としてるよなァ。こンなクソみてェな人形に、命賭けたバカがいて、ちっとは何か考えたりはしねェのか」

 

「何か、という曖昧な表現ではわかりかねます、とミサカは返答します」

 

「……チッ」

 

 話しても無駄。そう一方通行は結論付けた。

 

「午後十八時五十九分五一秒……時間です。これより、第九九八三次実験を開始します、とミサカは───」

 

「待ちなさい」

 

 不意に、人形の声が遮られた。声の方向へ顔を向けると、そこには人形と瓜二つの少女が立っている。

 否、似てはいるがその本質は大きく違う。基本的には無表情な人形と違い、その顔にはきちんと感情が込められているのがわかる。服装も、顔も、背格好もそっくりではあるが、彼女は決して人形などではない。

 

 彼女の名前は御坂美琴。常盤台の超電磁砲(レールガン)

 そしてその表情は、憤怒。

 

「あー、またバカが一人ってかァ。よくもまァこンな人形に、命を賭けようとす───

 

「人形なんかじゃない!」

 

 御坂の怒号が飛んだ。自らの言葉が遮られ少し驚いた一方通行だが、すぐに嘲るような表情を取り戻す。

 

「……へェ、面白れェ。じゃ、なンだってンだァ? 人形じゃねェンならなンなンだよこいつらはよォ」

 

 命に執着すら見せず、機械のように喋り、そして死んでいく。

 コレが人形でなくてなんだと言うのか。

 

「妹よ」

 

 その言葉を聞いて、一方通行の時が一瞬止まった。

 

「その子は、私の妹」

 

 御坂美琴の言葉に迷いはない。そして、偽りもない。

 だが恐れはある。そんな自分を鼓舞するように、彼女は言う。

 

「もう一人も死なせやしない」

 

 まただ、またこれだ。最強である自分に向かって、明確な敵意を向けてくる存在。()()()()()()()者の宿命。……だからこそ自分は、最強ではなく無敵にならなくてはならない。挑むという行為が馬鹿馬鹿しくなってしまうような。戦う気すら起きなくなるほどの絶対的な力。それを手にするために───

 

「……ハッ、くっだらねェ。姉妹ごっこですかァ?」

 

 妹を守るという決意。

 無敵になるという意思。

 

 互いの主張は既に伝えた。交渉の余地はない。

 

「ま、待ってください。計画外の戦闘は予測演算に誤差を───

 

 その言葉を遮るように、御坂の身体から電撃が走る。その光を見て、一方通行は薄く笑っていた。既に臨戦態勢の二人には、声は届いていないようだ。これより、ここは戦場となる。超能力者(レベル5)の戦いというのは、一つの戦争を迎える事に等しい。

 

 御坂美琴の雷撃の槍によって、その戦争の火蓋が切って落とされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 一方通行戦では上手く出来過ぎていた、というのが木原統一の見解だった。

 攻撃、防御共に最強のあの第1位に引き分けという結果は、偶然である。何か一つピースが欠けていれば死んでいたし、相手の能力、性格を全て把握した上で、こちらはさらに初見殺しのオンパレードで倒したのだ。上手く出来過ぎたという評価は妥当なものだろう。

 だがしかし、なんだかんだで学園都市第1位を倒したという事実は、同時に木原統一の自信にもつながっていた。こつこつとインデックスの話を聞いて、自分なりの推論を色々立てつつ魔術を学んだ成果。その証明のような物が、学園都市第1位の打倒という形で表せたのだ。努力が形を成したとき、大なり小なり人はそれを誇るだろう。これを驕りと取るかどうかはまた別の話だ。

 

 ……何故こんな事を言うのかといえば。木原統一は今、自身の評価を大幅に下降修正していた。

 

 第1位に引き分けたあの戦い。あれは奇跡だ。

 

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 

 とっさにルーンのカードを撒き、そこから炎の巨人を召喚する。その瞬間、木原統一を貫こうとしていた閃光は、その巨人に突き刺さった。

 麦野沈利の『原子崩し(メルトダウナー)』。粒子でも波でもない『曖昧なままの電子』をそのまま叩きつける攻撃……平たく言えばビームである。最大射程は不明だが、少なくとも目視できる距離ならば撃ち抜かれると考えていいだろう。『魔女狩りの王』で防げたのはほぼ偶然に近い。至近距離なら回り込まれて蜂の巣になるところだった。

 

「チッ、絹旗」

 

「……っ!」

 

 即座に後ろを振り向くと、フードの女が走りこんできていた。とっさに炎を右手に出し、それを投げつける……が、フードの女、絹旗最愛は避けようともせず、左手を振っただけでその炎を払いのけた……無詠唱とはいえまったく効いてないのは流石にショックだ。『窒素装甲(オフェンスアーマー)』は伊達じゃない。空気中の窒素を操る能力に炎を叩きつけても効果は薄いようだ。詠唱ありならば、または至近距離ならどうなるのかが気になるが、そもそもあの能力は捕まったら終了だ。試すのは難しいだろう。

 このまま立ち止まっているわけにはいかない。一か八か、木原統一は『魔女狩りの王』の陰から飛び出した。

 

「はい、終わりっと」

 

 当然、そんな事をすれば麦野沈利の原子崩し(メルトダウナー)の的である。三本の閃光が木原統一を貫いた。その直後、木原統一の姿が消えていく。

 

「ああ?」

 

「麦野、逆」

 

 飛び出したのは蜃気楼で作った虚像。木原統一が実際に飛び出したのは逆の方向だ。

 

発火能力者(パイロキネシスト)って聞いてたけど、思ったより面倒ね……滝壺」

 

「大丈夫。対象のAIM拡散力場は記憶した」

 

 建物と建物の間。狭い路地に入っていった木原統一を見ながら、滝壺は呟いた。滝壺は既に『体晶』を摂取していたらしい。これにより彼女の能力追跡(AIMストーカー)は発動する。一度捕捉した相手のAIM拡散力場を記憶し、対象の位置を特定できる能力。捕捉範囲は太陽系全域。この能力から逃れる術はない。

 

 そんな事とは露知らず、木原統一は入り組んだ路地の道で彼女らを撒こうと画策していた。もちろん滝壺の能力は知っていたが、あの能力は発動に『体晶』という特別な薬品を摂取する必要がある。その摂取前に視界から姿を消せばいい、と木原統一は考えていた。

 

「キタキター! 結局、日頃の行いって訳よ!」

 

 路地に逃げ込んで1分経過。ランダムに逃げていた木原統一にそんな声が聞こえた。

 

 正面、いない。

 後ろ、いない。

 ……上?

 

 ハッとして上を見上げるのと、建物の屋上に潜んでいたフレンダ=セイヴェルンがスカートから取り出した携行型ミサイルを発射するのは同時だった。

 詠唱なんてしている暇はない。右手に炎をだして咄嗟に撃ち落とそうとしたが狙いは外れた。……3発あるミサイルのうち、一つも迎撃出来なかったのだ。そもそも、木原統一にそんな技能はなかった。

 咄嗟に体を捻り後ろに飛んだ。

 

 音がこの世界からなくなったかと錯覚するような、轟音が鳴り響いた。木原統一が先ほどまで足をつけていた地面に着弾したのだ。それほどの至近距離での爆風を浴びて、四肢がまだ付いていたのは奇跡だった。爆風に吹き飛ばされながら、全身の焼け付くような痛みに歯を食いしばる。

 

「よっしゃー! 撃破ボーナスゲッチュ!!」

 

 建物の上にいるフレンダからは爆風で木原統一が見えない。爆風がなければ、声を出さないように痛みに耐えながら、ほふく前進でその場から逃げようとする無様なターゲットの姿が見れただろう。

 

(……ぐっ……落ち着け。優先して治すのは足だ。……肉体再生(オートリバース)を集中させろ。今ならこの爆煙に乗じて逃げられる)

 

 身体がどうなってしまっているかなんて、絶対に見たくない。今はただ、痛みが酷い箇所と足を治す事に専念する。

 5秒、10秒、と時間が経つにつれ、足の感覚が戻ってきた。もう歩けると判断した木原統一はゆっくりと立ち上がり、フレンダの声がする方角から立ち去ろうとする。

 

「え? なになに? ……まだ動いてる? うっそー……でも滝壺の能力なら間違いはないかー」

 

 ドキリ、と心臓を鷲掴みにされたような会話が聞こえてきた。おそらくだが無線のような物で連絡を取り合っているらしい。そして……既に滝壺の能力追跡(AIMストーカー)に捕捉されているだと?

 

 次の瞬間、建物の壁が赤く……と頭で考える間もなく、木原統一は走り出した。

 原子崩し(メルトダウナー)。学園都市第4位の能力にはコンクリの遮蔽物なぞ意味をなさない。そして滝壺にAIM拡散力場を捕捉されたという事は、逃げる事も不可能であり常に位置情報が筒抜けという事でもある。

 その二つが合わさった場合、こうなる。

 

 木原統一が走り去ったところへ、原子崩しによる閃光が通り過ぎる。建物と建物の隙間。人一人がギリギリで全力疾走できるかどうかの路地を走っているところに粒機波形高速砲を叩き込んだ結果、蜂の巣状態の建物が量産されていく。中には主柱が撃ち抜かれた建物もあるようだ。凄まじい破壊音をともなって、土煙を上げながら次々と建物が倒壊している。

 

「わーちょっと麦野!私の足場までなくなるー!!」

 

『知るかボケ。撃破ボーナスに目がくらんだアンタが悪い』

 

 そんな会話をのんびり聞いている暇はない。あの能力追跡(AIMストーカー)に捕捉された以上、こんな路地にいてはひとたまりもない。というか、いまこの身体に風穴が空いてない事自体が奇跡なのだ。電磁波による攻撃予測が出来た超電磁砲(第3位)と違って、こちらにはそんな能力はない。そしてそんな能力を持っていた彼女が苦戦したのだ。肉体再生しかない俺にどうしろというのか。

 

「超見つけました」

 

 路地に立ち塞がるように絹旗が現れた。思わず足を止めようとブレーキをかけるが、立ち止まってはあのビームの餌食だ。すれ違う事は出来ない。ならば……逆走だ。それしかない。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 

「む、突破は超難しそうです」

 

 半ば転がりながら反転し、絹旗の道を塞ぐように魔女狩りの王を出現させる。窒素装甲とはいえ限界はある。先ほどの炎とは違いこいつは抜けられないはずだ。一方通行に出来なくてコイツに出来る道理はない。

 姿勢を低くしていたせいか、頭の上を熱源(ビーム)が通過していった。ちりちりと髪が焼ける匂いがする。その事実に戦慄しながらも先ほどまで通ってきた道の逆走を開始する。原子崩しのおかげで建物が半壊状態だ。建物の中をショートカットしようと中に入った。

 

 そして……目に入ったのはぬいぐるみ、って───しまっ───

 

 

 

 

 

 

 

「えへへ、これって結局、今回のボーナスは私の物ってことよ!」

 

「はいはい……言っとくけど、元のギャラが安いからボーナスっつっても大した事ないわよ」

 

「げっ、そんなー……」

 

「大丈夫だよ、フレンダ。そんなフレンダを私は応援してる」

 

「まだ息が超あるようです。意識はあるかどうかわかりませんが」

 

 意識が朦朧とした状態で、瓦礫の中から引っ張り出された。身体中の骨の何処が折れていて、何処が折れていないのかすらわからない。……こいつら、死んだフリも通用しないのか……滝壺の能力があるんだった、それもそうだ。

 

「これ、回収するんですか?」

 

「んー? 殺っちゃってもいいんじゃない」

 

「いやいやいや! 回収すれば報酬アップかもしれないっしょ!」

 

「……ま、たしかにそうね。絹旗、それ持ってきて」

 

「超了解です」

 

「……あれ?」

 

「どうしたの?滝壺」

 

「なんかこの人の発してるAIM拡散力場が……」

 

 小さな手に凄い力で足首を掴まれ、ずるずると道を引き摺られていく。うっすらと目を開けると星空が見える。……この連行のされかた、後頭部がハゲそうだな、などと馬鹿なことを考えながらも、この状態でどうしたらいいかを考える。

 

「しかしムカつくわねー、私の原子崩し(メルトダウナー)を防ぐ炎なんて。原理的にありえねえっつーの」

 

「なにかしらの対抗策を超練ってきた、という事でしょうか」

 

「……私のデータがどっかから漏れたってこと? んじゃ、後で吐かせるか」

 

「うーん……なにか変」

 

「あー! 麦野、殺しちゃダメだからね! 私の撃破ボーナス増量がかかってるんだから!」

 

 ……ダメだ。こいつらから逃げられる気がしない。身体を動かした途端、もしくは詠唱を始めた途端に消し炭にされる未来が見える。『魔女狩りの王』を即時展開すれば絹旗最愛くらいなら不意打ちで……いや、おそらく喋り始めた瞬間に避けられるだろう。先ほどの攻防で嫌というほどわかったが、こいつらはプロだ。動きがまるで別次元だった……攻防? いや、防戦一方だったな。攻撃なんてする暇もない。一方通行なんて可愛いもんだ。

 

 と思考していると、ズドン! という轟音が鳴り響いた。

 

「うひゃー、あっちはあっちで何かやってるわけよ」

 

「超指定されたポイントのようですね」

 

 雷音……いや、妹達(シスターズ)にあんな火力は出せないし……御坂か?

 

「……」

 

「まさか麦野……」

 

「行かねえよ。誰がノーギャラであんなクソガキを相手にするかっての」

 

 嘘だろ。あの御坂美琴が一方通行と……? ダメだ、勝ち目なんてあるはずがない。これじゃ彼女まで……

 

 

「あれ? なにアイツ?」

 

「……超偶然に監視網を抜けてきた一般人、ってとこでしょうか。もしそうなら、()()()な目撃者ですね」

 

 アイテム4人組の足が止まった。……超、不幸?

 

「かったりぃなー、目撃者の処理なんざ私らに押し付けてんじゃねーよクソが。下っ端どもは何してやがんだ」

 

 と言うのが早いかどうかというタイミングで、麦野沈利の原子崩し(メルトダウナー)が放たれる。目の前のツンツン頭の男は避ける素振りすら見せなかった。

 

 ただ、その右手をかざすだけ。

 

 バキッ、という破壊音とともに原子崩し(メルトダウナー)、別名粒機波形高速砲は跡形もなく消え去った。

 

「はぁ!? 麦野の原子崩し(メルトダウナー)が……」

 

「消え、た?」

 

 幻想殺し(イマジンブレイカー)。それが異能の能力(ちから)であるならば、神様の奇跡ですら打ち消す事の出来る摩訶不思議な力。

 

 

 ……どうやって、と木原統一は一瞬思考し、そして考えるのをやめた。

 

 

「てめえらがどんな奴らなのかは知らない。御坂妹や、木原とどんな関係なのかも、俺にはわからない」

 

 理屈なんてなくても、アイツは来る。

 

「それでも、俺の友達を傷つけるっていうなら───」

 

 彼の名前は上条当麻。

 

 

「まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!」

 

 主人公(ヒーロー)が、舞台に上がった。

 




 ここに彼が来るまでの道筋は後々やっていきます。
 


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035 Sister's noise 『?月?日』 Ⅴ

 いつもより長いです。読みづらいかもしれません。
 ころころと視点が変わります。作者の技量不足です、すいません。
 約一名、人間を辞めてますが仕様です。




 本来、一方通行(アクセラレータ)には防御という概念が存在しない。

 自身の能力である『ベクトル操作』によって、自らに害をなすようなベクトルは自動(オート)で『反射』をするように設定してあるのだ。これは本人が認識するかどうかは関係なく、時間制限も存在しない。この世の物理法則をほぼ完全に把握している彼の頭脳にかかれば、抜け穴らしい抜け穴もない。よって、彼は防御をする必要はないし回避を行うこともない。

 いつ攻めに転じるか、などという悩みとは無縁の存在。そもそもが攻めや守りなどの概念すらない。それが今までの一方通行だった。

 

 磁力によって空中に投げ出されたコンテナが、そして輸送用のレールが一斉に一方通行に向かって射出される。超能力者(レベル5)電撃使い(エレクトロマスター)の力を持って初めて可能となる攻撃方法に、同じ電撃使いである彼女のクローンは恐怖すら感じていた。

 当然ながら、一方通行は恐怖など微塵も感じてはいない。如何に数が多くとも、如何に質量が膨大であろうとも、彼の能力の前にはまったくの無力。だがしかし───

 

「……チッ」

 

 一方通行は足にベクトルを集中させ、コンテナやレールの落下予想地点から離脱した。一方通行の動きを辿るように大小様々な砲弾が突き刺さる。もし直撃した場合常人ならば絶対に助からないであろう攻撃。今の御坂美琴には加減なんて言葉は存在しない。

 回避に徹している一方通行を、磁力操作された砂鉄の槍が追撃する。先ほどの質量攻撃と違い今回は小回りの利く鋭い一撃である。一方通行は再び回避しようとするも、その動きに合わせて槍は形を変えて追尾する。避けることは叶わず、一方通行の右肩辺りにその攻撃は直撃した。

 ガキィン! という轟音が鳴り響く。砂鉄の槍は、いとも簡単にその先端がへし折られながら、その身をあらぬ方向に飛ばされてしまった。直撃した際にその運動量を『反射』され、さらに一方通行へと押し込もうとした御坂美琴の磁力操作のベクトルと合成した結果の産物だ。

 

 先ほどからの戦闘で御坂美琴の攻撃は何度か命中し、それが一方通行の身体を傷つけた事は一度もない。けれど目の前の相手は反撃一つしてこない。

 その事実が、逆に御坂美琴に焦りを生んだ。最初は恐る恐るといった感じで非殺傷系の電撃や砂鉄攻撃を加えていたものの、今は完全に相手を殺すような攻撃を加えてしまっている。それでも、彼は反撃してこないし、顔色一つ変えることはしない。

 もしこの化物が、攻撃に転じてしまったら。学園都市の第1位が本気を出してしまった場合、自分はどうなってしまうのか。最初に抱いていた怒りは既に、恐怖に押しつぶされてしまいそうだった。妹達(シスターズ)を救う。その目的に迷いはないが、それでも、だが、しかし……

 唯一の希望は、一方通行が回避に徹しているということだ。回避するという事はつまり、なにかしらの突破口があるという事ではないのか。そんな希望のお陰で、御坂美琴の心は折れずに済んでいるのだ。

 

 一方通行は迷っていた。目の前の、人形によく似た人間を潰す事を、ではない。彼はそんな事で躊躇したりはしない。自らが最強へと至る道を邪魔するヤツは迷わず踏み潰す。今さら考慮することなどない。

 彼が迷っているのは先日の戦闘のせいだった。単なる発火能力者(パイロキネシスト)だと思っていたあの男。一方通行の頭脳を以てしても解析は出来なかったあの能力によって、自分は重傷を負った。その事実が、一方通行を踏みとどまらせているのだ。

 

(こンな実験にわざわざ乱入してくる以上、コイツも何か隠し種を持ってきてるンじゃねェのか?)

 

 勝てない戦いに身を投じるほど、学園都市第3位(目の前の女)は馬鹿ではないはずだ。何かしらの策、あるいは攻撃方法で『ベクトル操作』を突破してくるに違いない。

 絶対だと思っていた自分の能力。それを突破された衝撃は今でも新しい。あの事実さえなければ、一方通行は迷わず突っ込んでいた。そして樹形図の設計者(ツリーダイアグラム)によって計算された通りの結果を既に出していただろう。

 

 それは単に彼が臆病なのか。それとも未知の攻撃への興味なのかはわからない。だがしかし、今御坂美琴が生きているのは、一方通行の気まぐれでしかなかった。

 その気まぐれが終わったとき、彼女は自らのクローン達と同じ命運を辿る事になる。

 

 

 そんな二人の攻防を、今回の実験で処理される予定だったミサカはただ見ている事しか出来なかった。介入するなんて事は許されない。その圧倒的な戦力差を見て、彼女は憂う事しか出来ない。

 

(……お姉さま)

 

 実際に会うのは初めてだが、彼女はこう言った。

 

『その子は、私の妹』

 

 自らの命をなんとも思ってないミサカではあるが、殊更自分以外の生命に関しては執着を見せる。それは目の前の姉や、あのツンツン頭の少年に託した黒猫がそうだ。

 彼女の検体番号(シリアルナンバー)は10032号。上条当麻には御坂妹と称される個体である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「まずはその幻想をぶち殺す!」

 

 『アイテム』のメンバー全員が口を開けてポカンとしている。呆れているのか混乱しているのかは知らないが、彼女たちが再起動するまでにかかった3秒間。この僅かな時間が、今までの木原統一にとって最も長い3秒間であった。

 この瞬間、この場面での自分の行動が、御坂美琴、妹達、上条当麻の生命を直接的(ダイレクト)に左右するという純然たる事実。その焦りが、木原統一の思考を加速する。

 

 突如現れた上条当麻の次の行動は?

 自分の能力を無効化された麦野沈利の次の手は?

 その麦野の性格を把握している他3人はどう動くのか?

 

 インデックスは言っていた。俺のルーンは戦況に合わせて行動していたのでは間に合わないと。ならば俺が出来ることは一つしかない。戦況を予測し、最適な術式を展開していく。

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)!」

 

 炎の巨人の出現と共に、上条当麻は走り出した。

 

「うおおおおおお!!」

 

 策も何もない。麦野に向かって一直線に走り出す。原子崩し(メルトダウナー)の能力を知っている人間ならまさに、その光景は自殺行為だ。

 

「なに吼えてんだクソ野郎がァ!」

 

 2射、3射と全てを貫く光線が、麦野沈利を中心に伸び、上条当麻へと襲い掛かる。金属を紙のようにぶち破り、コンクリを融解させる程の破壊力。粒子でも波でもない『曖昧なままの電子』を相手に叩きつける特殊な電子線による攻撃。戦車ですら貫通するその閃光は、たった一人の人間を殺すことなど造作もない。

 

 そんな、人間を物理的にあの世へ叩き込む勢いの光線を上条当麻は───

 

 右手一本で、全て叩き落した。

 

 後に『前兆の感知』と言われるその反応速度。上条当麻の武器は幻想殺し(イマジンブレイカー)だけではない。相手の行動を事前に察知し、対応するその対応力。思考するよりも早く身体を動かすその反射神経は、常人のそれを遥かに凌駕する。

 雷撃の槍に比べれば、まだ遅い。超電磁砲(ビリビリ)に比べれば、目の前の相手の攻撃は迎撃しやすい。放つ瞬間に身体の周囲に光弾を浮かべる原子崩しは、前兆というにはあまりにもあからさま過ぎた。

 走るのをやめず、次々と飛んでくる光線を右手一本で無効化し続けるその姿。上条当麻自身の本質(生き方)を現したその光景は、誰もが彼を怪物だと思うだろう。

 

 上条当麻と麦野沈利。無能力者(レベル0)超能力者(レベル5)。両者の距離は、手を伸ばせば届く距離まで縮んでいた。

 

 

 

 簡易版の『魔女狩りの王(イノケンティウス)』。盾に攻撃なんでもござれなこの術式は、咄嗟に出せる術式として木原統一の代名詞にもしたいくらいの代物だ。詠唱も要らない。ルーンの結界も要らずとくれば、その利便性は推して知るべしというところ。唯一ケチをつけるとすれば、ステイル=マグヌス(既に代名詞としている奴)がもう存在する事だろうか。

 

 そんな術式を至近距離で展開したのにも関わらず、絹旗最愛はその攻撃を回避した。10文字にも満たないそのセリフを出し切る前に、こちらの意図を高速で理解したその反応はやはりプロなのだろう。

 

(絹旗の前では魔女狩りの王は2回も出した。3回目は流石に通じないと言う所か。しかもご丁寧に……)

 

 木原統一の足を放して炎の巨人を回避する寸前に、ご丁寧にも絹旗はその足を一度握り潰してから離していたのだ。

 魔女狩りの王を展開する前から、肉体再生(オートリバース)はフルスロットル状態だった。肉体の生命維持ではなく、今すぐにこの身体が動くように。そんな中で、左足首を砕かれたのは誤算だった。

 

「超無駄な足掻きです」

 

 魔女狩りの王を迂回して、こちらに走りこんで来ている絹旗。対するは、骨を折られて身動きの取れない魔術師見習い。簡易版の『魔女狩りの王』は、出現させる前に命令した動きしか行えない。そしてその命令は、絹旗を襲えという内容ではないし、緩慢な動きしか出来ない劣化版ではそもそも彼女の動きに対応できない。

 

 だがしかし、同じくアイテムの中で緩慢な動きしか出来ない人物を狙った場合、どうなるだろうか。

 

 このアイテムの中心は麦野だが、その中枢を担うのは誰なのか。その人物を狙った場合、彼女を守るのはこのシチュエーションで誰の役目なのか。

 激昂した麦野では無理だろう。小柄なフレンダでは対応できない。つまり───

 

「……そういう事ですかッ!」

 

 魔女狩りの王が向かう先、能力追跡(AIMストーカー)を持つ彼女。滝壺理后。純粋な火力としてはなんら役に立たない彼女を守るのは、この場面で絹旗最愛しかいない。

 

 木原統一からは背を向け、彼女は滝壺へと走る。それを最後まで確認している暇はない。

 炎の巨人の出現により、我先にと退避した最後の人物。そもそも炎の巨人なぞ眼中にない麦野とはまったくもって正反対の、『アイテム』屈指の対上条兵器。

 

「フレンダァ!!」

 

 間一髪だった。フレンダ=セイヴェルンは上条に向かってミサイルを発射しようとしている。その名前を呼ぶことで、こちらに注意を引きつける。へし折れてても構わない。足に力を込めろ。立ち上がれ。ここで立たなければ上条当麻の命が危ない。

 

灰は灰に(AshToAsh)塵は塵に(DustToDust)

 

 あの金髪の女を焼き尽くす。その気持ちでこの魔術を投げつける。

 

吸血殺しの紅十字(Squeamish Bloody Rood)!!」

 

 名前を直前に叫ばれた事で、フレンダはこちらに気づいた。攻撃前に声を掛けるなんてのはまったく愚かではあるのだが、そうしなければアイツの攻撃は止められなかった。

 

「ヤバッ!」

 

 紅蓮の十字がフレンダの元へ飛来する。だがしかし、上半身と下半身を真っ二つにする勢いで放った攻撃は、フレンダには命中しなかった。彼女は咄嗟にその身体を伏せ、その真上を炎が通過していく。彼女が被っていたベレー帽は焼失したが、彼女自身は無傷だ。

 

世界を構築する五大元素の一つ(M T W O  T F F T O)偉大なる始まりの炎よ(I I G O I I O F)

 

 フレンダは伏せている。絹旗は滝壺を抱えて離脱中。麦野は上条に光線を浴びせて……それを全部叩き落しながら接近している上条が目に入った。ほんとに人間かアイツ?

 

それは生命を育む恵みの光にして(I   I   B   O   L)邪悪を罰する裁きの光なり(A  I  I  A  O  E)

 

 とにかく、今この瞬間を逃せば詠唱のチャンスはない。もう既に最初に出した『魔女狩りの王』は消えかけだ。それに気づいた絹旗がいつこちらに戻ってきてもおかしくはない。

 

それは穏やかな幸福を満たすと同時(I    I     M     H)冷たき闇を罰する凍える不幸なり(A  I  I  B  O  D)

 

 パラパラと手持ちのルーンをばら撒いていく。出し惜しみをする気はない。使用枚数は200とないが、魔術によって周囲に刻んだルーンの数は6000以上。数、範囲共に十分だ。

 

その名は炎(I I N F)その役は剣(I I M S)顕現せよ(I C R)我が身を喰らいて力と為せ(M   M   B   G   P)

 

「何言ってるかわっかんないけど」

 

 身体を伏せていたフレンダは立ち上がり、携行型ミサイルを構え直す。対象は上条当麻、ではなく。自らの帽子を焼いた張本人。

 

「私の帽子を、返せぇー!」

 

「『魔女狩りの王(イノケンティウス)!!』」

 

 木原統一に、ミサイルを炎の魔術で叩き落すなんて技術はない。だがしかし、先ほどの2倍以上のサイズを誇るこの巨人には、そんな技術は必要ない。

 

 轟ッ!! という爆音が鳴り響く。完全詠唱による強化型の『魔女狩りの王』が、姿を現した。

 

 

 

 麦野沈利はこう考えた。目の前の男、こいつは化け物だ。

 仕組みはわからないが、このクソ野郎は原子崩し(メルトダウナー)を無効化する術を持っている。どうやら右手がその能力の源らしいという事もわかる。だが、だとしてもだ。もし仮にそんな能力を持っていたとしても。右手一本で、光線を無効化しながら突っ込んでくるなんて事が可能なのか?

 激情型の彼女ではあるが、そこまで怒り狂う前にまず、目の前の男を評価してしまった。目の前で曲芸のような技を見せられ、それを分析しようと冷静になった結果、疑問が次々と浮かび上がったのだ。その技術は、どこまで死線を潜り抜ければ身に付くものなのか。その度胸は、どこまで闇に漬かり続ければ身に付くのか。そして───

 

 その目に宿る、殺意以外の強い意思。そんな目をしながら、この学園都市の闇と向き合えるのか。

 普段の彼女であれば考えられない思考。その思考を可能にしたのは、上条当麻の真っ直ぐな目だった。

 

 一瞬の思考の隙。そんな事を考えていた麦野の顔面に、上条の右拳が突き刺さる。

 

「ご、っ……!」

 

 走ってきた上条の全体重を乗せた右ストレート。身体が宙に浮き、意識が一瞬飛びかける麦野だったが、痛みよりも先に怒りがふつふつと沸いてくる彼女の性格と、持ち前の耐久力でなんとか意識を取り戻す。

 

「……効いてねぇぞクソがァ!!」

 

 返す刀で、女性とは考えられないような重さの蹴りが、上条のアゴを蹴り上げる。上半身が逸れている状態での中途半端な一撃のはずが、こちらは明確に上条の身体を数センチ宙に打ち上げた。

 上条の視界が上を向く。そんな意識を失ってもおかしくないその一撃を見舞っても麦野は満足などせず、後ろに仰け反りながらも原子崩しの照射体勢に入った。

 上条は意識を失ってはいなかった。勘を頼りに身体を捻りながら、右手をがむしゃらに前にかざす。肩に、そして脚に原子崩しの閃光が掠ったものの、幻想殺し(イマジンブレイカー)によって直撃は免れたのだ。

 

 麦野は後ろ向きに倒れたが瞬時に身体を起こした。顔面への一撃により鼻血を出しながら、目の前の殺し損ねた男を睨む。そして膝を突きながらこちらを見ているクソ野郎と目が合った。

 互いに一撃。たった一撃しか貰っていないのにも関わらず、二人とも足が震えて動けない。上条の全力疾走から全体重を乗せた拳を顔面に受けた麦野。麦野の、怒りでリミッターの外れた蹴りをアゴに食らった上条。実際にはどちらかが気絶していてもおかしくない状態の中、二人とも意識を保っているのは奇跡に近い。

 

「……木原がなにかしたのか」

 

「あ?」

 

 膠着した状況の中、口を開いたのは上条だった。

 

「アイツがお前らに、ここまでされなくちゃいけないような事をしたのかって聞いてんだ!」

 

「知るか、今日が初対面だよクソボケ。テメェこそ、ここに何しに来たんだ、ああ?」

 

 原子崩しを無効化する術を持ちながら、銃もナイフも持っていないこの男。コイツがここに来た際の台詞はもちろん聞いていたが、アレを鵜呑みにする奴はどうかしている。ありえない、だって───

 

「友達を助けに来たに決まってんだろうが」

 

「……おちょくってんのかこのクソ猿がァ!!」

 

 動けない上条当麻に、3本の閃光が伸びる。その必殺の攻撃を、上条の幻想殺しは容易く消し飛ばす。

 この男の言う事が真実(ほんとう)なら、コイツは正真正銘の表の人間という事になる。光の下で、ぬくぬくと生きてる有象無象の一人。そんな奴が、学園都市の暗部に喧嘩を売っているのだ。こんなにふざけた事があってたまるか。

 ふと、先日相手にした超電磁砲(第3位)の顔が浮かんだが、目の前のコイツはあの女より性質(たち)が悪い。そもそもコイツは暗部の人間を相手にしている自覚すらない。

 

「殺しに理由なんざねぇんだよ! こっちはプロだ。金貰って人を消し飛ばす裏の人間に、そんなふざけた理由で、テメェなんぞが喧嘩売ってきてんじゃねえぞ三下ァ!! 」

 

「……ふざけてんのはそっちだろうが」

 

 上条は拳を握り締め、そしてゆっくりと立ち上がる。ダメージによる震えは止まったが、今は別の意味で身体を震わせている。

 

「そんなちっせぇ事情で、俺の友達に手を出すな」

 

 麦野の声と比べれば、それは小さな声だった。だが確かに、その言葉には意思が込められている。上条当麻は怒りに燃えていた。かつてない程に明確に、目の前の相手に憤怒の感情を抱いているのだ。

 そんな上条の言葉を聞いて、黙っているような麦野ではない。身体の周囲に原子崩しを停滞させる。だが目の前にいるコイツには、原子崩し単体では通用しない。……どうするべきかは明確だった。これから何が起きるかは、上条も麦野も分かりきっていた。

 

 上条が走り出すと同時に、麦野も上条に向かって走り出す。能力が通じないなら、それ以外の手段に頼るしかない。拳でも脚でも肘でも膝でも、なんだったら頭突きでもいい。このクソに一撃を食らわせて隙を作り、原子崩しを叩き込む。要は先ほどの攻防を繰り返すだけなのだ。

 その事実に、上条自身も気づいていた。これは我慢比べだ。互いの意地と意地のぶつかり合い。学園都市では無能力者(レベル0)同士がたまにやるような、ありふれた対立の向かう先。闇も光も関係ない、人と人との衝突。

 

 何でもアリの格闘戦。要はただの喧嘩だった。

 

 

 

 強化版の『魔女狩りの王(イノケンティウス)』。ステイルのアレから改良を加えた魔改造版である。速度、サイズは元より、より複雑な命令を実行できるように改良した最強の炎の巨人。インデックス曰く「学園都市の印刷技術とルーン魔術の結晶」……俺の実力ではないと暗に言っている気がするが今は忘れよう。

 そんなインデックスの元に、上条当麻を無事に送り届けなければならない。ならば──────

 

魔女狩りの王(イノケンティウス)、絹旗最愛を上条当麻に近づけるな。遠距離から上条に攻撃を加えるようなら打ち落とせ」

 

 口頭での命令を受け付けるように改造された炎の巨人はコクリと頷き、麦野と上条がいる方向と、滝壺を抱えた絹旗が遠くからこちらを睨んでいる場所の間に陣取った。

 あちらは『魔女狩りの王』に任せて、俺はそのどちらでもない金髪の女の相手だ。上条の安全を考えるなら最優先で撃破するべきあの女、爆破物のスペシャリストであるフレンダ。能力に頼らない物理攻撃を展開する彼女を残しては、上条の加勢に向かう事すら出来ない。

 

 フレンダとの距離は20mもない。先ほどはやられっぱなしだったが、アイツ単体ならいくらでもやりようはある。

 

我が手には炎(T I A F I M H)その形は剣(I H T S O T S)その役は断罪(A I H T R O T C)───ッ!」

 

 轟ッ! という音ともに右手の空気が爆発し、身の丈以上の巨大な炎剣が生成される。取り回しは悪いが炎なので質量が無い。なので少なくとも遠心力などで振り回されるような事はないだろう。

 

「うわー。結局、アレに近づいて得するような事はないって訳よ」

 

 逆に言えば、こちらはこのまま彼女の間合いで遠距離戦をしてもうまみはない。よってこの後に取る選択肢は一つ。

 

 全力でフレンダに走りこみ、接近戦に持ち込む。ただそれだけだ。

 

「簡単に近づけさせるほど、私は馬鹿じゃないってーのっ!」

 

 走りこむこちらに向けて、再び放たれる携行型ミサイルの嵐。当然その手は読んでいた。なんのために炎剣を出したと思っているのか。

 

我が剣は王のために(S F T K)

 

 唱えるのは完全オリジナルの術式。インデックス曰く「普通の魔術師ならもっとうまくやる」という辛口評価の術式だが、この場においてはもっとも有効な術式だ。

 炎剣を『魔女狩りの王(イノケンティウス)』と同期させ、同一の魔術だと認識させる。ルーンのバックアップを炎剣へと流入させ、『魔女狩りの王』の出力を炎剣へと流し込む。本来なら即座に術式が自壊してしまう使い方だが、たった一振り。一振り分だけの時間を、『魔女狩りの王』の再生力を使い維持し続ける事で可能となる必殺の一撃。

 

 繰り返しになるが炎剣は質量を持たない。故にその重さで振り回される事はない。たとえその刀身が、10メートルほどの大きさに膨れ上がろうとも。

 

 それは剣というよりも、もはや一塊の炎だった。本来は線であるはずの剣筋が、面となってしまうほどの大出力。このサイズならば、ミサイルを撃ち漏らす方が難しい。

 おおよその当たりをつけて右腕を振るうと、一瞬にしてミサイルの軍勢が爆発を起こし消滅した。爆風で一瞬向かい風が吹き荒れるが、立ち止まらずにフレンダへと一直線に向かう。

 

「え? は? うそ。無理、無理無理無理無理!! あんなの勝てるわけないじゃん!!」

 

 即座に回れ右をして、フレンダは逃走を始める。炎剣は既に自壊してしまい、もう一度出すにはまた詠唱を挟まなければならないのだが、魔術師でもない彼女は知る由もない。彼女からしてみれば、自分は既に先ほどの攻撃の射程圏内に足を踏み入れているのだ。もう一度今の攻撃をやられたら死ぬ。味方からの援護も期待できない以上、彼女に出来るのは撤退のみ。

 木原に背を向けて走り始めた瞬間、彼女の逃げ道に炎の壁が巻き起こる。木原が最初にフレンダへ放った紅十字。それが地面を焼いてルーンを刻んでいた。

 逃げる事は出来なくなった。先ほどのような炎を出せる相手に接近戦は論外。つまりは完全に詰みの状態である。……否、まだ武器はある。フレンダ自身という武器が。相手が男なら、効果はあの女の時よりも期待できる。

 

 目に涙を溜めて、身体を震わせながら。上目遣いで敵を見据えて彼女はこう叫ぶ。

 

「Miji! cavi slano───

 

 直後、その涙目のフレンダの顔面に対し、木原統一の拳が突き刺さった。

 

「んな言語ねぇっつうの」

 

 フレンダの戦術を知っている木原にとって、彼女の行動は攻撃を止める理由にはならなかった。

 

 

 フレンダの華奢な身体が地面に叩きつけられてから、5秒、10秒と待っても、起き上がる様子はない。薄目でもしているのかと、試しに炎を出してみたがやはり反応はない。どうやら完全に気絶したようだ。

 ……何故か、姫神が自分の事を「女性の扱いがダメダメ」と言っていたのを思い出す。いや、今回ばかりはノーカンにして欲しいものだ。それに、携行型ミサイルをスカートの中から出す奴を女性にカウントしたくはない。

 懐から魔法のステッキ(特殊警棒(スタンロッド))を取り出す姫神が頭に浮かんだが、すぐさまその光景を頭の隅に追いやった。

 

 振り返り、遠目に上条の様子を確認する。上条が殴り、麦野が蹴り飛ばす。衝撃で少しでも距離を置こうものなら原子崩し(メルトダウナー)が飛んでくる。それを上条は右手で消して、また殴りかかる。その繰り返しだった。あの中に迂闊に手を出すと、どうなってしまうのだろうか。上条の集中力が切れて、原子崩しの直撃を食らってしまうかもしれないし、逆に言えば麦野を仕留めるチャンスとも言える。

 

「どうやら、超殺す気はないみたいですね」

 

 ゆっくりと、こちらにフードの女、絹旗最愛がやって来た。麦野の方に加勢に行くと踏んでいたのだが、当てが外れたようだ。

 

「……殺す殺さないは考えてなかったんだけどな」

 

 実際、上条への攻撃を加えようとしたフレンダを、俺は殺そうとした。上条が出現した際も、絹旗を魔女狩りの王で焼き殺そうともしたのだ。……あの時はただ上条を救おうと必死だったが、いざ目の前で気絶されると殺そうとは思えなくなる。要はその場の勢いと言うやつだ。優柔不断?聞こえんな。

 

「で、やるのか?」

 

 距離は約10メートル。絹旗最愛の窒素装甲(オフェンスアーマー)は強力だが、突破できないわけではない。彼女が上条ではなく俺を狙うなら、『魔女狩りの王』を呼び戻したっていいのだ。それに詠唱アリの炎なら、もしかしたら窒素装甲を突破できるかもしれない。

 

「そちらが超来るならというところでしょうか」

 

「……来ないのか?」

 

「貴方が向こうに超加勢に行けば、うちのリーダーは死にます。それをさせないのが私の役目です。いつも撃破ボーナスに目がくらんで欲張るそこの金髪とは超違います」

 

 ……つまり、足止めが目的であり倒す事は目的ではない、という事だろうか。無理をして絹旗が負けた場合、その時点で『アイテム』の敗北は確定する。このまま足止めに徹すれば、麦野VS上条の勝敗が、この場の勝敗に直結する事になる。つまり───

 

「俺に勝つ確率よりも、麦野沈利が勝利する可能性の方が高いって事か」

 

「そういう事です」

 

 ……どうする。『魔女狩りの王』だけで上条に加勢するか? だが遠目に見ても、麦野と上条はほぼゼロ距離で殴り合っている。100%上条を巻き込まないようにというのは難しい。それに完全に『魔女狩りの王』を向こうの攻撃に回した場合、今度は絹旗を俺一人で押さえ込む必要が出てくる。いや、その直後に絹旗が向こうに走り出して乱戦に発展する可能性だって……もしそうなってしまったら原子崩し(メルトダウナー)を有する『アイテム』が当然有利だ。

 

 ここで無理矢理にでも絹旗を倒すか? 俺が負けた場合、上条は死ぬ。俺が絹旗に勝つ確率と、上条が麦野を倒す確率、どちらが高いのか。……いや、100%上条が勝つだろう。理屈はないがとにかくそんな感じがする。

 

 冷静に考えれば、ここは黙って戦況を見守るのが正解なんだろう。……だが生憎、こちらにはそんな余裕はない。

 

原初の炎(T O F F)その意味は光(D D A G G)優しき温もりを守り(W A T S T)厳しき罰を与える剣を(D A S J T M)!!」

 

 轟ッ!という音と共に、右手に炎剣が生成される。

 

「悪いが、こっちにも事情がある。ホントだったらこんなとこで、足踏みなんざしてる暇はねぇんだよ」

 

「……もう少し賢いと超思ったのですが」

 

 先ほどから定期的に鳴っている雷鳴。アレが続いてるうちは、まだ御坂美琴が無事だという事だ。だがそれが永遠に続くわけじゃない。むしろまだ続いているのが奇跡と言っていい。ここで指を咥えて上条と麦野の決着を見ている事なんて出来る筈がない。

 

「賢いなら、そもそもこんなとこ来ねぇよ」

 

「……なるほど、超愚問でしたね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 もう何度、この身を地面に打ち付けたのか。

 もう何度、この身に石つぶてをぶつけられたのか。

 

 着ている服が重い。汗と血を吸って、常盤台の制服は元の色を失っている。こうして自分がまだ立っているという事は、どうやら失血死してしまうような量ではないらしい。

 

 自らの妹を守ると誓い、戦い続けた。今でもその誓いに嘘偽りはない。だがしかし───

 

「ここまでやってなンもねェとかよォ……本当に超能力者(レベル5)かよお前」

 

 怪物である一方通行(アクセラレータ)の前で、御坂美琴は倒れた。あらゆる手を尽くし、学園都市第3位が第1位に全身全霊を以て戦った結果。無傷である一方通行と半死半生の御坂美琴、そして原型を留めていない操車場という光景が眼前に広がっていた。

 

「念には念を入れて近づかねェように戦ってみたが、なンか違うんだよなァ……あの手品師気どりとは違って、テメェはただの特攻バカだったって事かァ?」

 

 御坂美琴に事前の策はなかった。だがそれは別に彼女が手を抜いただとか、自らの能力を過信していたわけではない。単に、一方通行(この怪物)に策など思いつかないだけなのだ。それでも彼女は実験を止めたかった。最初から自分の命など、勘定に入っていないだけ。ただそれだけの事だった。

 

「ま、あの出来損ないの元と考えりゃ、ちっとは楽しめたがなァ。例えンなら遊園地のジェットコースターぐらいかァ?」

 

 遊園地のアトラクションと同レベル。それはつまり、自らが絶対安全という前提の下で味わうスリルと一緒だという事だ。一方通行からしてみれば、命のやり取りをした気はない。

 

「……前回は血流操作だったし、今回は生体電気の流れを逆流でもさせてみるかァ?カエルの実験みてェに手足をビクビクさせながら死ねるたァ、電気使い(エレクトロマスター)にはぴったりじゃねェか」

 

 木原統一(イレギュラー)上条当麻(ヒーロー)も間に合わない。未だ戦闘中の彼等は、この瞬間にこの場に現れるのは不可能だ。そして御坂美琴の身体はもう動かない。辛うじて意識はあるものの、もう一方通行から逃れる術はない。

 

 戦闘が止まり、御坂の心を覆う感情は恐怖だった。戦闘中は誤魔化してきたモノが、今この瞬間になって一気に吹き出してきたのだ。歯がガチガチと鳴り、身体の震えが止まらない。死ぬかもしれないと覚悟を決めてきたはずなのに、自らの死が確定した途端、"生きたい"という意思がふつふつと沸いてくる。

 

 足音が近づいて来る。確実に死が迫っている。もう自分ではどうにもならない。この怪物の歩みを止める者はいない。

 

 そして、その死神の足音が止まった。

 

「……オイ、なンのつもりだ」

 

 ただ人に似せられただけのまがい物。単価にして18万円、在庫は1万人以上の自由意志のない人形。そんな奴が、この場面で、一体なにを……

 

「お願いします。お姉さまを……殺さないで、下さい……」

 

 その瞬間、一方通行の呼吸が止まった。

 ありえない。そんな事があっていいはずがない。

 

 両手を広げ、一方通行の前に立ち塞がったのはミサカ10032号だった。

 





 かまちーは偉大だと再認識しました。

 オリジナル術式については、章の終わり際にシレッっとやろうと思います。


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036 その意味を刻むなら 『?月?日』 Ⅵ

 
 
禁書っぽさ(哲学)

ツッコミ所が満載だったりします。



 互いに拳が交差し、原子崩し(メルトダウナー)の閃光が男の右手に弾かれる。蹴る殴るはもちろんの事、肘も膝も頭突きも試し尽くした。目潰しや金的などの反則技もことごとく避けられる。

 麦野沈利と上条当麻。互いに格闘での戦いは不得手ではなかった。女性である麦野でも、上条の力には負けていない。上条の執念は大したものだが、麦野の怒りも相当なものだ。

 二人の戦いは一見して互角だった。だがしかし、戦いが進むにつれその均衡は大きく揺らいでしまっていた。

 

「いい加減……潰れろゴラァ!」

 

「……ッ!」

 

 麦野の大振りな連続攻撃に、上条当麻は避けることしか出来ない。全体重を乗せた拳に蹴り。食らえば後退を余儀なくされ、下がったところにすかさず原子崩しが飛んでくるであろうそのコンビネーション。戦闘開始時にはまさしくその戦術を実行され、反撃のためにはこの攻撃の最中に手を出さなければならなかった。

 だが今は違う。後退せずとも、この攻撃は避けられる。そう上条は確信していた。

 

 それは経験の差だった。殴り殴られながら喧嘩を続ける持久力。自分より強い相手と戦い続け、活路を見出す戦い方。『知識』として、頭ではなく身体に刻み込まれている経験値。『上条当麻』のこれまでの人生がどれほど過酷だったのか。今の『上条当麻』には知る由もない。

 対するは、あらゆる敵をその閃光で殲滅し、万が一接近されてもその怪力で全てをなぎ倒してきた女。格闘戦をするにしても、その時間はほんの一瞬。闇に身を置く彼女は、余計な時間も情けもかけない。『アイテム』として行動する以上、単独戦且つ格闘戦など殆どないのだ。まして『殴り合い』の経験が、超能力者(レベル5)麦野沈利(彼女)にあるはずがない。

 

 自らより上の敵と戦ってきた上条当麻。

 下の者を屠ってきた麦野沈利。

 

 彼らの明確な差は、『殴り合い(ガキの喧嘩)』に携わってきたか否か──────

 

 足が鉛のように重い。渾身の力を込めた腕の反動に、自分の身体が振り回される。スタミナ切れ、というよりは身体のダメージの影響が大きい。ここまで人に殴られ続けたなんて屈辱的な事があっただろうか。

 ……ありえない。学園都市の超能力者の第4位である自分を、1対1でここまで追い込む存在。正面突破を敢行してきた、いままででぶっちぎりの馬鹿野郎。それが裏ではなく表の住人だと言うのだから、まったくもってふざけてやがる。

 表の住人(こんな奴)に負けるわけにはいかない。そんな気持ちが、麦野沈利の最後の意地が、彼女を奮い立たせている。

 

 ガクリ、と麦野の膝が落ちる。ダメージが足に来ているようだ。体勢を崩した所へ、目の前の男の拳が来る、と考えた麦野はとっさに腕を前にかざして身体を守る……が、一向に攻撃が来る気配はない。

 

「テメェ、どこまで人を舐め腐ってんだクソがッ!!」

 

 上条当麻は何もしない。ただ麦野を見下ろしていた。

 

「お前の負けだ」

 

 ポツリ、と上条当麻は呟く。その瞬間に原子崩し(メルトダウナー)の閃光が煌き、幻想殺し(イマジンブレイカー)がそれをかき消す。

 

「つけ上がってんじゃねえぞクソ野郎!! 負けてねえよ。負けてなんざいられねえんだよォォォ!! テメェみてえな表の猿に、超能力者(レベル5)の私が。第4位の原子崩し(メルトダウナー)様が負けていいはずがねぇだろうがよォォォォ!!」

 

 半ば、自分に言い聞かせるように。麦野沈利は吼えた。足を震わせながらゆっくりと立ち上がる彼女だったが、その闘志は未だ衰えていない。

 

「……表だとか裏だとか。超能力者だとか第4位だとか」

 

 上条当麻にとって、そんな事は重要じゃない。

 

そんな事( 、 、 、 、)はどうでもいい( 、 、 、 、 、 、 、)

 

 本質的に話が噛み合ってない、と麦野沈利は感じた。

 

「俺は木原(友達)を諦めない。お前たちがアイツを狙うなら、俺は何度でも戦ってやる」

 

 ……いや、こいつは表の人間だ。金と打算で動く、クソッタレな裏とは違う。聞いただけで鳥肌が立ってしまい、思わず吐き気を催すような義理と人情で溢れた世界の住人。そんな奴が、この私に、

 やめろ。そんな理屈を、

 

(テメェ)の理屈を、()の世界に持ち込んでんじゃねェッ!!」

 

 麦野の身体に力が戻る。3本の閃光を放つと同時に、麦野は少年へと殴りかかった。

 上条は身体を伏せて、その閃光をやり過ごす。原子崩しを放てば、目の前の男はその防御に右手を使うと思った。その当ては外れたが、もう自分の拳を止めることは出来ない。

 

「……こっちのセリフだ」

 

 小声で、そんな声が聞こえた気がした。

 

 麦野の拳は当たらない。その拳に合わせる様に、上条当麻は自らの拳を握り締める。そして、二人の腕が交差した。

 

 直後に、衝突があった。おおよそ、人の頭と拳が奏でるような音ではない、その鈍い音と共に。麦野沈利は、意識を失った。

 

 

 

 

 

 

 

 絹旗最愛という人物の印象は、『とある魔術の禁書目録』で言うならば二面性を持つ人物、という言葉に尽きる。裏の仕事はきちんとこなしながら、麦野やフレンダ並に狂ってはおらず、冷酷な一面もお茶目な一面も併せ持つ。と言うのが木原統一の見解である。

 『とある科学の超電磁砲』の視点で言えばクールな人物、という印象がある。まぁこちらの場合、出番が単純に少ないのでなんとも言えないのだが。

 

 前者の印象が、浜面の登場による心境の変化か。はたまた大人の事情かはさておいて。この戦闘下において、特筆すべき点はただ一つ。

 『アイテム』において彼女は、戦闘時において最も冷静である。という事だ。

 

「どうしたんですか、先ほどから行動が超ワンパターンになってますが」

 

「ッ、そりゃそうだろッ!」

 

 詠唱アリの炎剣を振るが、彼女には当たらない。軌道を見切られ、避けられてしまうのだ。もちろんその回避は完全とはいかず、要所要所で身体を掠めてはいる。だが窒素装甲(オフェンスアーマー)を意図的に操作しているのか、刀身が掠めたくらいでは服が焦げる事すらない。

 当然だが、俺が絹旗に接近して得する事は何一つない。逆に言えば、絹旗は俺に接近しようと迫ってくる構図となり、こちらがバックステップを取りながら応戦する形となる。

 

「あまり距離を置きすぎると……超こうなりますよ?」

 

 そしてこれだ。くるりと反転し、絹旗は「上条と麦野の元へ向かうぞ」という素振りを見せる。この時ばかりは俺が追いかけるしかなく、絹旗の足を止めるには強引な攻めが要求される。この流れを繰り返す事で、俺は何度も彼女に捕らえられそうになるのだ。

 

「超つまンねェ戦法ですが、アナタにはこれが一番有効みたいですね」

 

 上条たちがいる方をどうにか背にして、もう何度目かの攻防を終えた。素の力で劣ってるとは考えられない。どうにも駆け引きで彼女に大きく負けている気がする。

 

「あっちの炎の奴は来させないんですか?」

 

 『魔女狩りの王(イノケンティウス)』の事だ。たしかにアレを呼べばもしかすると……という期待はある。だが目の前のコイツは、どうにもそれを期待しているような節があるように感じられるのだ。

 『魔女狩りの王』を呼べば倒せるかもしれない。だがそうしてしまったら最後、絹旗を止めるための最終防衛ラインがなくなってしまうという事でもある。万が一にでも上条の下へコイツを行かせる気はない。

 

「……その気は、ねえよ」

 

 息が上がってきた。腕を振り回しながら後ろに下がったり前に走ったりと忙しい。対する絹旗は余裕そうな表情だ。急がなきゃならない俺と、ぶっちゃけどうでもいいと考えている絹旗の差か……いや、現実を見よう。鍛え方が足りねえんだな。

 

 俺の答えを聞いた絹旗は唐突に、後ろに下がり始めた。距離を取って何をするつもりだ?5m、10mと間を空けて、そこに棒立ちになる彼女。

 この距離なら、詠唱をして炎を投げつける事も出来る。というより、先ほどから絶妙な距離を維持されていたがために詠唱が出来なかったのだ。彼女だって、そんな炎による攻撃を意識しての立ち回りだったのだろう。それがここに来て何故?

 

「私はフレンダほどストックはもってねぇんですがね」

 

 絹旗は懐から何かを取り出した。おい、待て。たしかにお前は原作でそれを持ってたが───

 

「全部で3つですか。それでも、あの技を引き出すには十分ですかね」

 

 携帯型対戦車ミサイル。フレンダが使っていた遠距離武装のアレだ。

 シュポン、というシャンパンを開ける様な音が鳴り、黒いソレは山なりに、それぞれ独特の軌道を描いてこちらへと迫る。当然、こいつらを撃ち落すにはあの術式を使うしかない。

 

我が剣は王のために(S F T K)!」

 

 莫大な熱量が右手の剣へと注ぎ込まれ、巨大化した剣の一振りは、3機のミサイルを余さず切り落とす。

 ドドン! という爆音が鳴り響く。腹の底に響き、鼓膜にかなりの振動が伝わってくるが、フレンダのせいでもう慣れてしまったので気にするようなものでもない。前方に煙が立ちこめているせいで、絹旗の姿が見えない。……いや、それよりも。新たに炎剣を生成したほうが───

 

 と考えていた矢先の出来事だった。ババンッ! という爆発のような音を、木原統一は聞いた。

 足が言う事を聞かない。膝に力が入らず、視線がゆっくりと落下する。そしてその身が倒れる直前に、煙の中からぬっと腕が伸び、木原統一の首を鷲掴みにした。

 

「切り札はこういう時に使うもんです。手札を超見せ過ぎましたね」

 

 左手で統一の首を掴み、右手には拳銃が握られている。……おいおい、ここに来てそれはねぇだろ。

 

「どうせ向こうの男は、麦野が勢い余って超殺っちまうでしょう。よって情報源が超欲しいなら、貴方を鹵獲しようとするのは超当然です」

 

 焼け付くような痛みの正体である銃弾は、きっちり両膝に撃ち込まれていた。ミサイルを利用してこちらの炎剣を消費させ、至近距離で安全に狙いを定めて拳銃を使う。……作戦としてはシンプルだが、こうも容易く……

 

「ここまで近づいちまえば超コッチのもんです。あの炎の巨人(デカブツ)を呼ばれたって、貴方を盾にしちまえば超問題ありません」

 

 凄まじい力で首を絞められている。息がまったく出来ない。言葉を捻り出して、詠唱する事も───

 

「能力を発動、あるいは強化に特定の言葉(ワード)を発する必要がある能力者はごまんといます。そんな奴らの対処方は唯一つ。喉を潰す事です。こんな風に」

 

 きりきりと首が絞められる。意識が、遠くなって……

 

「もう先ほどまでの火力は出せません。そして私の窒素装甲(オフェンスアーマー)は、あの火力でなければ突破できない。詰みで、す……?」

 

 勝利を確信した絹旗の口から、血がボタボタとこぼれ出す。木原統一の、正真正銘最後の奥の手。能力者が使う魔術の副作用を利用した術式。それがいま、使用条件を満たしたのだ。

 もし絹旗が瞬時に木原統一の首を握り潰していた場合、術式を発動する暇もなく木原は絶命していただろう。対象を捕獲するという、殺すよりも1段階上の目的を持ったがために、この術式は使用条件を満たす事が出来た。

 

 だがしかし、絹旗最愛は止まらない。

 

「……何をしたかはわかりませんが、超無駄です。放しませんよ」

 

(なん、だと……!?)

 

 たしかに術式は発動した。だが目の前の女は、その手を緩める気配はない。口の端から血を滲ませながらも、絹旗最愛の動揺は少ない。こんな状況でも、彼女は冷静だとでも言うのか。

 

(魔術による副作用……そのダメージには重い場合と軽い場合がある。今回は軽い症状だったって事か!?)

 

 血管の損傷という、部位によっては洒落にならないダメージを与える攻撃。だが逆を言えば、まったく問題ない場合も存在する。……そうだった。この術式の開発元であるグレムリンだって、能力者を倒す目的でこの魔術を作りはしたが、とどめを刺すための術式では決してない。あくまでも牽制。次の手があってこその攻撃。運の要素が絡むような攻撃を、最後の一撃に持ってくる奴がどうかしている───

 

 2回目を発動する時間は既にない。畜、生……

 

 

「お、おォォォォォォォォ!!!!」

 

「な……ッ!!?」

 

 意識を失いかけたその時、俺が聞いたのは上条当麻の咆哮。そして、絹旗最愛の顔面に右ストレートが突き刺さる、その瞬間が目に入った。

 『アイテム』最年少である彼女に、上条当麻の全力ダッシュからの右が直撃した結果は明白だった。交通事故の被害者のような格好で、絹旗最愛は遥か彼方へと吹っ飛んでいった。

 

「がはっ……げほっ」

 

 絹旗の手が離れた事により、肺に酸素を入れることが出来る。図らずも絹旗は、俺の能力である肉体再生(オートリバース)の弱点を突いてきた。これまであらゆる怪我を回復してきたこの能力だが、失った意識だけは回復する事はできない……いや、弱点とは言っても普通の人間はそうなのだが。とにかく、死ににくい俺にとっての有効打は「意識を失わせること」。今のはマジで危なかった。上条が来てくれなかったら俺は……

 ちらり、と先ほどまで麦野と上条が戦っていた方を見る。麦野が倒れているのを見る限りでは、上条が勝ったようだ。そしてそのままここへ走りこんで来たと。絹旗は避ける素振りを見せなかったのは、俺の魔術が効いていたからか? それとも窒素装甲(オフェンスアーマー)に頼ったのだろうか。どちらにしろ、拳銃を持っている絹旗が上条に反応しなくて本当によかった。

 

「た、助かった……かみじょ───

 

 バゴン! という轟音が頭の中で響く。礼を言いかけた俺の顔面に、上条当麻の右手が飛んできたのだ。膝を突き四つん這いの状態だった俺はその衝撃に身を任せてごろごろと地面を転がるしかない。足が銃で撃ち抜かれてるせいもあって、なかなか止まれなかった。

 

「い……てぇ、なオイ! 俺、怪我人!! なにしてんだテメェ!」

 

 何で殴られたの俺。偽者かなんかと疑われてるのか?

 

「病院。抜け出したって聞いたぞ」

 

 そんな上条の声を聞き、俺はぴたりと動きを止めた。

 

「まだ動ける状態じゃなかったのに無理矢理抜け出して、()()何かしようとしてるって。御坂妹も、カエルの先生も。心配してたんだぞ」

 

「ミサカ、妹?」

 

 病院を抜け出した話を、ミサカ10032号から聞く? どういう事だ?

 

「……もしかして、車椅子に乗ってる……?」

 

「……ああ」

 

 ということはミサカ9982号か。……まぁ上条から見たら同じにしか見えないだろう。『御坂妹』という名称は今回、9982号に付けられてしまったのか……? という事は、この場所も9982号から? いや、完全な部外者にそんな事を教えるはずもない ……それよりも。

 

「……」

 

 無言の上条。これは、いくら鈍い俺でもわかる。

 ド怒りだ。あの温厚な上条当麻がブチ切れてやがる。

 

「その、あれだ。止むに止まれぬ事情ってもんがあってだな……」

 

「……」

 

「話すと長くなるし、それに俺にはまだやる事が残ってる」

 

「……」

 

「……ごめん。でも、大事な事なんだ」

 

 上条当麻は何も言わない。握られた拳はそのまま、その眼差しはこちらを向いたまま。……もし上条が9982号からここの場所を聞き出したと仮定して、それでこの場所に辿り着いたのなら。上条はこの先の、実験の事を知らないはずだ。御坂の部屋の実験レポートも見てないはず……御坂? そうだ御坂だ。最後に雷鳴が鳴ってから、もう何分たった!? まずい、急がねえと……ッ

 

「……ざっけんなよテメェ。俺が聞きたいのはそんなふざけたセリフじゃねえんだよ」

 

 立ち上がろうとする俺を押し留めるように、上条は言い放つ。

 

「インデックスも、姫神も、小萌先生だって。みんなお前を心配してた。だけどそれは、謝って欲しいからなんかじゃねえ。そんなつまんねぇセリフを聞くために、俺がここまで走ってきたと本気で思ってんのか」

 

 もう肉体再生で、銃弾を受けた箇所は治っている。立ち上がれるはず……なのだが、足に力が入らない。何故だ?

 

「大怪我で入院して、そしてそこから抜け出してまでテメェがやりたい事ってなんだよ!! 殺しのプロだかなんだかに狙われて、そこまでされて止まれない理由なんて一人で抱え込んでんじゃねえ!!」

 

 両膝に激痛が走る。これは……銃弾が、抜けてない? しかもこの感覚は単発じゃなく複数だ。足の中で銃弾が弾けてるのか? ……待てよ、絹旗の使ってる銃の弾はたしか、着弾と同時に砕け散る『粉砕式弾頭』とかいう代物だった記憶が……

 

「言えよ!! テメェの抱えてる、どうしようもねえ事情ってやつを!!」

 

「言えるわけねえだろうがッ!!」

 

 我慢の限界が来てしまった。よりにもよって、命を張って助けに来てくれた友人に向かって、怒鳴り散らしてしまった。

 

「……上条(お前)に相談しようかどうかなんて、真っ先に考えたさ……」

 

 最初に一方通行(アクセラレータ)に挑もうと決めた時。俺ではなく上条が行けば、全部丸く収まりそうな事くらいは考えた。

 病院を抜け出したとき、上条を呼べばいいのではないかとも思った。

 

 だけど結論としては……言えるはずがない。これが答えだった。

 

「お前とは何も関係ない。面識も接点もない人間を助けてくれなんて、そんな都合のいい事言えるかよ……ッ」

 

 9982号と布束砥信。この二人と上条当麻に、接点なんてあるはずがない。ミサカ10032号とだって、上条と会えたのかどうかわからない。そこを都合よく捻じ曲げて、口八丁で上条を誘導して、一方通行にぶつけちまえなんて事は何度も思った。きっと救ってくれる。上条当麻(ヒーロー)なら全部拾い上げてくれる。……()()()()()()な考えは常に頭の片隅にあった。

 

「そんな無関係な事で、友達に命を賭けてくれなんて……言えるはずねぇだろうが……」

 

 俺を心配して、死にかけるまで戦ってくれた木原数多を助ける時。俺はこの世界で、きちんと生きていく覚悟を決めた。

 土御門に銃を向けられた時。俺はこいつらのような善人の味方でいたいと、心の底から思った。

 アウレオルスが自ら死を選んだ時。死ぬはずのない人が死んだという事実に、俺はひどく動揺した。

 祈りを捧げているインデックスを見た時。その祈りが、上条当麻へのモノにならないようにと考えた。

 

 世界に絶望していた少女を助けたいと願った。

 世界を夢見るクローンを助けたいと走った。

 

 この世界に生きるなら、自分の願いは自分の力で叶えるべきだ。善人の味方でいたいなら、誰でもない自らの命を賭けるしかない。この世界に絶対なんてない。万が一上条当麻が死んでしまったら、俺はあのシスターに顔向けできない。

 

 友達を、死ぬかもしれないような話に巻き込めるはずがない。自らの欲を満たすために、人を駒のように扱う奴は『人間』じゃない。

 

「……なぁ上条、俺は……間違ってるのか?」

 

 友達を巻き込みたくないという想い。誰かを助けたいという心。その感情の結果の行動だ。それが間違ってるはずが……

 

「……ああ、間違ってる」

 

 上条の怒りが霧散していくのがわかる。だけどその言葉には、強い決意が感じられた。

 

「お前がここまで傷ついてる時点で、俺に無関係なはずがねえだろうが」

 

 一部の迷いもなく。上条当麻はそう言った。滅茶苦茶だ。理論の理の字もありゃしねえ。……当然か。こいつは最初から理論なんぞで動いてない。『誰に教えられなくても、自身の内から湧く感情に従って真っ直ぐに進もうとする者』 という言葉は、なんと的を射ている言葉だろうか。

 もはや選択の余地はない。もう足は動かないし、一刻も早く御坂の元へ向かう必要がある。だからここは上条に行ってもらうのが正解……なんて考えが、頭になかったとは言わない。……だがそれ以上に、上条当麻から差し伸べられた救いの手を、俺は掴まずにはいられなかった。

 早口で、この先に何が待っているのか。誰が戦っているのかを告げる。最後に、この言葉を添えて。

 

「……頼む」

 

 その一言だけで、上条当麻(ヒーロー)は再び走り出した。

 

 

 

 

 

 

 

「……オイオイ、どうしてくれンだァ? テメェの姉妹ごっこに、このクローンまで乗っかっちまったじゃねェか」

 

 わざとらしく、大げさに。その動揺を表に出さないように、一方通行は言葉を紡ぐ。

 

「もしかして、もしかするとよォ。"自分の命と引き換えにしてでも"みてェな事考えてンのかァ? お前。なに勘違いしてンのか知らねえが、テメェみたいな人形の命じゃ足りねェンだよ」

 

 その思い違いを正すために。役割を履き違えた、誤動作を起こしたであろう人形に。

 

「0になに掛けても0だろうが……人形が何人束になろうが、そこの女の命には届かねェ。テメェの命なンぞに価値はねェ。クソ以下の存在が、人様の命助けようなンてよォ。いつからそんなに偉くなったンだァ?」

 

 人形の命に、価値はない。故に、いくら潰しても問題はないし、それを躊躇する必要はない。それが一方通行の認識だ。その気持ちに嘘偽りはない。

 ……では何故、自分はいま動揺しているのだろうか。目の前にいる、オリジナルと自分との間に立ち塞がるこの人形を見て、何故驚いたのか。戦力差は埋まらない。自分が学園都市最強である事に変わりはない。ここに、一方通行を脅かすものなどないというのに。

 

「……価値ならあります、とミサカは反論します」

 

「あ?」

 

「ミサカの命にも、価値はあります」

 

 小さくもはっきりとした声で。ミサカ10032号は告げた。意思表示、と言うには控えめ過ぎるその言葉は、たしかに一方通行の聴覚へと届いた。

 一方通行の喉が干上がる。説明の出来ない感情が胸の内から徐々に広がっていく。この感情はなんなのか。

 

「ねェよ、バカかテメェは。ボタン一つで生産できる乱造品に、価値なンざあるわけねェだろうが……あァ、生産コストの話かァ?」

 

 単価にして18万円だったなァと、一方通行は嘲るように笑う。

 

「違います、とミサカは貴方の認識を改めるように要求します」

 

「……要求、ねェ……気に入らねェなァ。じゃなンなンですかー? 俺にただ潰されるだけの存在が、どンな価値があるってンだ、あァ!?」

 

 ここまでこの人形にイラつかせられるのは初めてだ。淡々とした口調で、事務的な会話しかしてこなかった人形だが、それが普通に喋りだした途端にコレである。だったらいっその事喋らない方がマシというものだ。

 

「……ミサカは、子猫を助けました」

 

「……はァ?」

 

 もしかしたら、目の前の妹達(シスターズ)の個体はどこかおかしくなっているのではないか、という可能性を、一方通行は本気で考えた。

 

「捨て猫です。ダンボールの中で鳴いていた子猫を発見し、近くを通りかかった少年を説得して保護させました。とミサカは報告します」

 

 名前はイヌです、というセリフを聞いて、一方通行は頭を抱えた。コイツは完全にイカれてやがる。もしかしたら先ほどの戦闘で頭でも打ったのかもしれない。地形を変えるほどの、学園都市の超能力者(レベル5)同士の戦い。もしかしたらその余波が、この人形の頭にダメージを与えたのではないか、と。

 

「ミサカはあの子猫に、生きて欲しいと願っています」

 

「……チッ、言語中枢がイカれてンのか? 話がまったく見えねェンだが───

 

「だからミサカにとってあの子猫には、価値があります。とミサカは断言します」

 

 その一言で、一方通行の動きが止まった。

 

「これまで死んでいったミサカ達には、価値がなかったのかもしれません。それはミサカ達を大事に思ってくれる存在がいなかったからではないか、とミサカはミサカ9982号の言葉を代弁します」

 

 第7学区の病院で、カエルの缶バッジを大事そうに握り締める少女がいた。100人が見て100人が「価値のない」と判断するそのバッジは、少女にとってはなによりの宝物なのだ。

 それは、ガサツで、短気で喧嘩早くて、好きなものを好きと言えない不器用な人。ミサカ達のために命まで投げ出そうと考えた、困った姉からの初めての贈り物。誰でもないその少女だけが、その贈り物の価値を知っている。

 この世界の誰よりも、御坂美琴の事を案じている彼女。ミサカ10032号の口から出たのは、そんな彼女の祈りだった。そしてその想いは、ミサカネットワークを通じて全てのミサカに伝わっていく。

 

「ですがもう、ミサカ達にはお姉さまがいます。あの子猫と同じく、その命を大事にしてくれる人がいるのです」

 

 たった一人でもいい。その価値を見出した人がいてくれるなら、もうそれは無価値じゃない。

 

「なのでミサカは立ち塞がります。ミサカ達を認めてくれるお姉さまのために、この命を使いたいのです」

 

 価値があるなら、それを与えてくれた人のために使いたい。

 

「この命に換えても、ミサカはお姉さまを守ります」

 

「……それじゃ、意味ないじゃない」

 

 紫電を走らせ、動かない身体を無理矢理動かしてでも立ち上がろうとする者がいる。あらゆる手は尽くした。ここで立ち上がっても無意味かもしれない。だとしても、ここまで言われて黙って寝てるなんて事は、彼女には出来ない。

 

「『命に換えても』なんて、馬鹿なこと言わないで。私はアンタ達に、生きてもらうためにここに来たんだから……ッ!」

 

 本当は、自分が命に換えても彼女達を救おうとしていた。だがそれはいつの間にか、逆転していたようだ。姉としてはこんなにも情けなく、こんなにも嬉しい事はない。

 ふらつく足に力を込めて、妹の肩に手を置き正面の敵を見据える。絶対に勝てない。勝機はないだろうが、それでもいい。どんな手を使ってでも、妹だけは殺させない。

 

 

 

 "誰かに認めてもらう事"が、その人の価値だとするならば、誰からも認めてもらえない者に、価値はあるのか。その能力にしか存在価値を見出してもらえない、名前すら失った彼自身の価値は、一体何処にあるのか。

 ミサカ10032号は気づいていない。彼女達が到達した一つの答え。それは自らの存在を主張すると同時に、一方通行の価値を全否定するという事に。

 

 故に、

 

「……ふ、ざけンなよ、オイ」

 

 一方通行は受け入れない。受け入れられない。心の中に渦巻く感情との折り合いなんて必要ない。最強から無敵へ。絶対的な存在になれば、もうそんな事はどうでもいい。人と向き合うなんて事は、()()()()()()()考える必要はどこにもない。

 目の前のクソ二人を潰す。そうしなければ、この胸に沸いてくる感情に今すぐにでも押し潰される。

 これを認めてしまえば、今まで築いてきた屍の山の意味が変わる。

 

「……ふざけてンじゃねェぞ、三下がァ!!」

 

 足にベクトルを集中させ、目の前の二人に突っ込む。御坂美琴の電撃が一方通行に放たれるが、そんなモノはなんの意味も成さなかった。

 御坂がミサカ10032号を庇うように前に出た。一方通行の腕が眼前に迫る。それに触れたら最後、身体はズタズタに引き裂かれ、自分は死ぬ。そんな事はわかっている。でもこれが、姉が出来る最後の抵抗。

 その腕が振るわれる瞬間、御坂美琴は目を閉じた。

 

 暗闇の中で、ぐしゃり、と何かが潰れる音を御坂美琴はたしかに聞いた。

 

「……間に合った」

 

 はっとして目を開けると、そこには見慣れた後姿があった。

 幾度となく挑み、そして勝てなかった。逃げ続けるその背中を追って、夜を明かしたこともある。いつも自分をお子様扱いする、ムカつくその背中。

 

「大丈夫か、ビリビリ」

 

 御坂美琴を思ってくれる存在が、ミサカ10032号の価値を認めてくれる者が、ここにもいた。

 

 




 
 
 
 


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037 救いの手を 『?月?日』 Ⅶ

 
 泥臭さがないと物足りない症候群。
 
 
 予約投稿が機能してないだと……?(間違えてプレビューを押した可能性)

 



 人形、と研究者達は呼んでいた。素材が人に似通っただけの、薬品とたんぱく質で合成された実験動物だと。

 その実験動物自身も、その事実を肯定していた。作り物の身体に、作り物の心。消費されるためだけに生まれた模造品だと、そう言っていた。

 俺自身も、その通りだと思った。当事者全員がそうだと言うのだから、これで何も問題はねェはずだ。

 なのに、なンだってンだ。

 

『その子は、私の妹』

 

 姉妹ごっこを始めるバカに

 

『この命に換えても、ミサカはお姉さまを守ります』

 

 それに応える人形。

 

『正しい答えなんざねぇんだよ。少なくとも妹達の先生役は、彼女たちを人形だなんて思ってねぇぞ』

 

 ……あァ、そンなクソみてェなセリフを吐いて死ンだヤツもいたな。

 

 まったく無関係なヤツが、あの人形共の命を主張し始める。あんな無価値なもンに命を賭けるバカがいる。こちとら1万人くれェぶっ潰した後だっつうの。……今さら引き返せるわけがねェだろォが。

 ……潰す。俺の目の前に立ち塞がるヤツは、片っ端から踏み潰す。最強のその先、絶対能力(レベル6)。そこに到達すれば……到達すれば……?

 

 ……そうすれば、もう一度……

 

 

 

 

 

 

 

 俺の言葉を聞いて、上条は実験場へと走っていった。既に麦野との戦闘でボロボロであろうその身体にムチを打ち、その真っ直ぐな瞳に怒りを燃やして。

 ……アイツ、そのままあの勢いで御坂美琴まで殴りつけないよな? さっきはぶん殴られてもしかたないと思ったのだが、よくよく考えてみると俺が黙って消えたこと、そして麦野との戦闘で上条がハイになってたのが、俺が殴られた原因な気もする。今回俺がやった事って、この先上条当麻がちょくちょくやらかしていくことだと思うのだがどうだろうか?

 

 未だ足は動かない。肉体再生(オートリバース)自体は正常稼働中なのだが、粉々になった銃弾の破片がどうにも致命的な位置にあるらしい。動かそうとしても痛みが走り、膝が痙攣するだけだ。歯車の間になにかが挟まっている状態、と言えばわかりやすいだろうか。

 ……今は、どう考えても上条当麻や御坂たちの心配をするべき状況なのだが。よく考えると俺のこの状況も非常にまずい。え? なにがまずいって?

 

「じー……」

 

「……」

 

 滝壺理后。ピンクジャージの電波少女と絶賛睨めっこ中である。建物の角から顔を出して、こちらの様子を窺っているのだ。いつ攻撃が来ても逃れられるように、という工夫だろう。別にこれだけなら問題ではない。万が一銃を構えてきたら応戦するだけだ。彼女との距離はそこそこ空いている。一撃で頭を撃ち抜かれない限りは大丈夫だろう。

 問題は、この一帯で倒れている3人である。麦野、絹旗、フレンダ。この3人のうち誰か一人でも起きたら俺はジ・エンドなのだ。気絶した3人の女の子の真ん中で、撃ち抜かれた膝を抱えながら滝壺と睨めっこをしている状況は非情にシュールだ。第3者の目線だったら笑うとこなのだが、当事者の俺はまったく笑えない。

 

「殺さないの?」

 

 不意に、滝壺が声をかけてきた。

 

「誰を?」

 

「……麦野たち」

 

 もちろんその選択肢はある。起きる前に皆殺し作戦。散々殺されかけた後なのだ、道理としては問題はない。法律だったら過剰防衛かもしれないが、事実としては正当防衛だ。だがしかし。

 

「いや、その気はない」

 

 やはり殺すなんて物騒な択を俺は取れない。ヘタレ? ああそうだろう。フェミニスト? ……いや、それは違うと思う。流石に性別は関係ない。これがステイルだったりしたら、嫌がらせで顔に落書きくらいはするかもしれないが。

 

「人なんて殺したこともない。俺は君達とは違って、まだ表の人間だからね」

 

 裏か表なら、表。そして上条当麻の味方でいたい。たったそれだけの理由である。バカみたいな話だが、俺は結構真剣だ。上条の味方と言っても、ステイルや土御門は人を殺す。つまりは殺したところで道を外れるわけではない。

 ……だがしかし、気絶した彼女達をここで燃やすのは何か違う気がするのだ。勝手に理由をつけて殺さずにいるだけで、本当は殺す覚悟がないだけなのでは? と言われたら否定はしない。それもあるだろう。保身、感情、覚悟。あらゆる要素が絡み合った結果として、彼女達を殺す気はない。これが結論である。

 

「……そう」

 

 それを聞いて、彼女は安心したようだ。俺は微塵も安心できないが。

 滝壺が安心した顔をした瞬間、ドサリという音と共に彼女は倒れこんだ。

 

「……は?」

 

「まったく、木原っちは甘いぜよ」

 

 滝壺がいた建物の陰から出てきたのはアロハグラサン、シスコン軍曹。土御門元春だった。どうやら滝壺を背後から殴って気絶させたらしい。Fallere825(背中刺す刃)とはよく言ったものだ。

 

「『アイテム』の下っ端共が、そろそろ回収に動こうとしていたからにゃー。監視網を潰しつつ、そっちは俺がやっといたぜい」

 

「……お、おう?」

 

 さらりととんでもない事を言ってないか? 暗部組織の下っ端って結構数がいるはずだが。それを一人で? 監視網も全部? 平然と言ってるが、それって凄い事だろ。そんな事して大丈夫か?

 のんびりとした歩幅でこちらにやってくる土御門。……あ、コイツ目が笑ってねえや。まいったな、やっぱりこうなるのか。

 

「さて、木原っち。……俺になにかいう事は?」

 

「……ごめん」

 

「あ゛!?」

 

「ごめんなさぁい!」

 

 なんだろう、悪い事した小学生みたいな声を出して、俺は今頭を下げている。気絶した4人の女の子の中心で、アロハグラサンに向かって土下座をしている。……シュールさに更に拍車がかかってる気がするな。なにか別のことで怒られているような、そんな錯覚さえしてしまう。

 

「……あれ? もしかして、上条がここに来たのって……」

 

 まさか、土御門が誘導してきたとか?

 

「俺がそんな事をすると思うか?」

 

「すいません、そうでした。ちょっと考えただけです」

 

 土下座続行。裏方として、日夜走り回っている土御門元春。目的遂行のために、表の人間を巻き込んだりは絶対にしない。今のは流石に無礼千万、というやつだろう。

 床を見つめているのに、土御門の視線を感じる。後頭部に穴が開くのではないか、と思うような鋭い視線だ。

 

「次はないぞ」

 

「……はい」

 

 どうやらお許しが出たようだ。次はないらしい。……どうしよう。

 

「カミやんは俺とは別口でここの場所を嗅ぎつけたようだにゃー。相変わらずの嗅覚というか。見てるこっちとしては肝が冷えるぜい」

 

 ……上条はどうやってここに辿り着いたのだろうか。病院でカエル先生とミサカ9982号に会った、というような話は聞いた。9982号からこの場所を聞き出せれば可能かもしれないが、そもそもなんで上条は病院に? 前提として俺の居場所をミサカが知っているなんて思いもしないだろうし……謎だ。

 

「上条はやっぱり上条か……」

 

「そういう事だにゃー」

 

 すごいデジャヴを感じる。前にもこんな事があったような気が……

 理屈もなく、そこに至るまでの過程も無視して悲劇のど真ん中に飛び込んでくる男。後から聞けば手品の種くらいはわかるのだろうが、種があるからと言って手品が出来るかどうかは別問題である。

 

「……さて、後はカミやんに任せて、俺達は撤収するぜよ」

 

「え?」

 

「"え?"じゃないぜよ。俺たちに出来る事はもうないですたい」

 

 言われてみればそうだ。たしかにその通りだ。

 だがしかし、今なお戦っているであろう上条当麻を置いて、ここを離れる? そんな事をしてもいいのだろうか。

 

「いや、土御門。まだ出来ることはあるんじゃないか? 向こうがどうなってるかはわかんないけど、御坂やミサカのクローンが大怪我とかしてるかもしれないし」

 

「人のことよりまず自分の怪我を心配するぜよ」

 

 ぐうの音も出ない。足をやられて動けない俺に、他人を心配する権利はないのかもしれない。

 

「ここから適当なとこまで木原っちをひきずって、そこから救急車が妥当かにゃー。監視網はもうないから、ゆっくりでも問題ないですたい」

 

「……」

 

「おい、木原っち? まーたなんか余計な事考えてるような顔つきだにゃー?」

 

 余計な事とは失礼な。こちとら覚悟を決めていたところだ。

 この世界に絶対はない。上条は死なない、なんて誰も言い切ることは出来ない。御坂美琴や妹達(シスターズ)ならなおさらそうだ。ならば俺は、最後まで全力を出し切ろう。最後まで見届ける義務が、俺にはある。

 

「上条のところへ行こう、土御門」

 

「ダメだ。俺は連れて行かないにゃー。ここで木原っちのわがままに付き合う気はないぜよ」

 

「じゃ、俺だけでも行くよ」

 

 怪訝そうな顔をしている土御門。だがその表情は次の俺のモーションで焦燥に変わった。

 

 両手から炎剣を出し、それを両足の膝に向ける。ぶった斬る気はない。穴をぶち開けるだけだ。散らばった破片の内、膝の動きを阻害している物だけを取り除く。理屈の上では、それで動くはずだ。

 恐怖はある。だけど、このまま上条たちが死んでしまうかもしれない、というのはもっと怖い。

 

 制止を求める土御門を振り切って、俺は腕を振り下ろした。

 

 

 

 

 

 

(な……ンだ? なにが起こった?)

 

 学園都市最強の能力者、一方通行は地面に寝転がって、空を見上げていた。雲の少ない、月がくっきりと見える綺麗な夜空だ。

 

(なンで俺はこンなところで寝転がってるンだ? ……俺はさっきまでなにをしようとしていた?)

 

 頭に受けた衝撃のせいで、直前の記憶が飛んでいるようだ。

 

(そうだ、あのクソ2匹をぶっ殺そうとして……)

 

 ゆっくりと身体を起こすと、未だにその二人が健在なのがわかる。それどころか、更にもう一人増えているようだ。ツンツン頭の少年が、なにかを喋っている。一方通行に対してではなく、側に居る女とだ。

 

(誰だ? ……もしかして、まだ増えるってのか?)

 

 冗談ではない。この一方通行の目標を邪魔する存在が、まだ増えると言うのか。クローンなんかに一喜一憂するバカはもうたくさんだ。うっとおしくてしょうがない。

 まぁ何人増えても同じ事、と考えた一方通行はふと気づいた。

 

 顔の中央、鼻の部分に走る違和感。もはや嗅ぎ慣れた、血生臭い匂い。普段は感じる事などないこれは────

 

(痛、え? 痛み、だとッ……!?)

 

「なっ……なンだコリャああァッ!!?」

 

 顔に手を当てると、その手が真っ赤に染まる。誰の物でもない、自分の血だ。鼻血を大量に吹き出しているせいで、呼吸がし辛い。口の中に鉄の味が広がるせいで、酷く不快感を覚える。

 

(だ、打撲? この俺が、なにかに顔でもぶつけたってのか!?)

 

 ありえない。『反射』によってあらゆるベクトルを受け付けない一方通行にとって、それはありえないのだ。出血自体は、前回実験を妨害した手品師によって経験済みである。だが、アレはおそらく一方通行の認識の範囲外、計算式から外れた攻撃ではないか、という推測を一方通行自身は立てている。正真正銘"打撃による出血"なんて要因で、この身がダメージを負うなんて事は不可能だ。

 

(あの手品師と同系統の攻撃!? なンだ? なにをされたンだ? クソ、記憶がまったくはっきりしねェ!!)

 

 御坂とその妹による言葉にイラつかされ、頭に血が上った一方通行を襲った衝撃。そのダメージに、一方通行はパニック状態だった。

 

 

 

 

 

 

「アイツは俺が止める。お前達は早く逃げろ」

 

 上条当麻は背を向けながら、お決まりのセリフを告げた。傍から見ても、御坂美琴は重傷だ。常盤台中学の制服は元の色を留めていない上、右肩辺りはバッサリと千切れてしまっている。そこから露出した肌に色気なんてものは見出せず、出血によって酷い有様だ。

 

「いえ、貴方こそお姉さまを連れて逃げてください、とミサカはこの幸運に感謝しながらお願いします」

 

 怪訝そうな顔をする上条当麻に、ミサカ10032号は言葉を続ける。

 

「貴方よりも、ミサカ10032号の方が価値がありません。誰かを犠牲にしなくてはならないのなら、私の命を使うべきです、とミサカは説得します」

 

「……なに言ってやが「ミサカはクローンなのです、とミサカは自身の秘密を明かします」……ッ」

 

「貴方が病院で出会った車椅子のミサカは9982号です。貴方に子ネコを託したのは、このミサカです。ナンバリングの通り、ミサカにはあと1万人ほどの在庫がある、安い命なのです」

 

 眉をひそめ、上条当麻はその言葉を聞くことしか出来ない。ふと、先ほど親友から聞いた言葉が思い出される。

 

『御坂美琴が、自身の大切な者を守ろうと戦ってる。相手は学園都市最強の能力者、一方通行だ。……あらゆるベクトルを操作する能力者相手じゃ、御坂美琴には勝ち目がない』

 

 大切な者。それがクローンである彼女。

 

「今日この日のために、一方通行に殺されるためにミサカ達は生きてきました。お願いします、お姉さまを助けて下さい」

 

「なに言ってんのよ……そんな事、絶対に許さない」

 

 御坂美琴は言葉を荒げた。いまこの少年が、妹の願いを聞き入れてしまったら、自分は逆らえない。傷だらけの身体どころか、万全の状態でもこの少年には勝てないのだ。妹を置いてここから去るなんて事、絶対に出来ない。

 

「……御坂は俺が守る」

 

「なっ……」

 

「だけど俺は……御坂妹、お前の命も守ってやる」

 

 振り返らずに、その男は言い切った。

 学園都市最強の能力者から、彼女達を守ると、断言した。

 

「な、なにを言ってるのですか!? ミサカは、ミサカの命は」

 

 貴方達よりも、価値が無い。損得勘定ならば、自分が犠牲になるのがもっとも効率的である。と伝えようとしたが────

 

「黙ってろ」

 

 その訴えは上条当麻の怒りの声に押さえつけられた。

 

「クローンだろうがなんだろうが関係ねえ。俺にとってお前は、ビリビリの妹であることに変わりはねえんだよ。1万人の在庫? 殺されるために生きてきた? ふざけんじゃねぇ」

 

 小難しい事を考える必要はない。

 

「お前は世界に、たった一人しかいねぇだろうが! なんでそんな簡単な事がわからねえんだよ!」

 

 たった一人しかいないから、人は人を大切にするのだ。考えるまでもなく、それはミサカ自身が、身を以て自覚している事ではないのか。

 

 あのカエルのバッジだって、在庫はいくらでもあるはずなのに。

 手元にあるたった一つのモノに、価値を見出しているのは自分の分身ではないのか。

 

「今からお前らを助けてやる。……だから死ぬんじゃねえぞ」

 

 

 

 

 

 

「うおおおおッ!!」

 

 やっとの思いで立ち上がった一方通行の元へと、一人の男が咆哮を上げながら走ってくる。

 

(な、ンだコイツ!!?)

 

 例の手品師も、向こうにいるオリジナルとも違う。逃げ回りながら攻撃を仕掛けてくる奴らと違って、真っ向から突っ込んでくる存在。身の程知らずの無能力者共(スキルアウト)みたいな戦術を仕掛ける奴が、この場に存在するというありえない事実。

 戦術なんざいらないと、お前にはこれで十分だと。そんな、嘲笑にも似た行動に一方通行は────ぶち切れた。

 

「吼えてんじゃねェぞ、三下ァ!!」

 

 一方通行が大地を踏みしめた瞬間、ゴッ! という音とともに足元の砂利が砲弾のように射出された。

 

「ッ!!」

 

 防御なんて微塵も考えていなかった上条の身体を、礫の嵐が打ち付ける。大小様々な石が凄まじい速度で飛来した結果、上条の身体に打撲、擦り傷、切り傷が大量に出来上がる。

 顔だけはとっさにガードした上条だが、その衝撃で身体が吹っ飛ばされ、一方通行との距離が開いてしまった。

 

「寝てる暇なンかねェぞゴラァ!!」

 

 雑に地面をもう一度鳴らす。今度は一方通行の近くにあったレールが突然立ち上がった。硬度を確かめるような素振りでコツンと裏拳を当てると、ミサイルのように上条の下へと飛んでいく。

 

「ご、がッ!?」

 

 直撃すれば即死。辛うじて反応出来た上条だったが、そのレールはわき腹を掠めていった。

 掠める、なんて生易しい表現は似合わない。制服のシャツが赤く染まっていく。大質量のレールは一切の妥協を許さず、触れた部分の肉を削り落としていったのだ。

 

「……ハッ、なンだ。大したことねェなァ。さっきのはまぐれかなンかかァ?」

 

 炎を出してくるわけでも、電撃を発するわけでもない。というよりは、能力を出す気配そのものが感じられない。コイツは何しに来たんだ? という疑問を、一方通行は抱かずにはいられなかった。

 もしかすると、先ほどのダメージはコイツのせいではないのではないか? という推測を思い立ち、一方通行の心は多少落ち着いてきた。

 

(人形の言葉に頭に血が上って、俺自身の計算式が歪ンだのか? つまりは────)

 

 自爆、というより自滅。誰のせいでもない、自らの失態。年中無休、寝ている間でさえ狂った事のない『反射』を、あの瞬間だけ失敗してしまったのではないか、という可能性。

 

(マヌケ過ぎンぞクソが!!)

 

 無様な自分に、そしてその可能性に安堵してしまう自分に憤る。もしかしたら、あのオリジナルの奥の手か何か、とも考えた。あそこまでぼろぼろになってまで出さなかった理由はわからないが、最後の最後に反射を打ち破る何かを持ってきたのだとしたら大したクソ野郎だ。……だがしかし、あの時オリジナルは目をつぶってはいなかったか?

 

 それとも目の前に無様に転がってる馬鹿がなにかしたのか。……考えたくはない。こんな特攻を仕掛けてくる奴が、そんな隠し技を持っているとは考え辛い。だがあの瞬間から現れたのは事実……いや、もしかしたら一方通行が倒れたのを見て、出てきただけなのかもしれない。

 

 腹の立つ事に、自分自身が動揺して計算式を乱された、という可能性が一番高いように思える。そう何人も、一方通行の反射を打ち破れる人間がホイホイ出てくるのはおかしい。学園都市最強という言葉は、そんなに安い看板ではない。

 

 動揺? あのクローンの言葉で、この俺が? 計算式を乱される程に……?

 

(ふざけンなッ! ……ンな事ァ天地がひっくり返ってもありえねェ)

 

 一方通行が思考に耽っていると、ツンツン頭の少年がゆっくりと立ち上がる姿が見える。息は荒いし、出血もしている。だが立ち上がる。まったく理解の及ばない生き物だ。

 

「そのまま寝てりゃいいのによォ……俺が用があンのはそこのクズ2人だ。テメェにゃ用はねェンだよ三下ァ」

 

 上条当麻は返事をしない。ただ一方通行を睨みつけるだけだ。

 

「なンなンだよテメェは。通りかかった善意の一般人かァ? それともオリジナルのツレか何かかァ?」

 

「……どっちでもねぇ。でも、お前があの2人を狙うってなら、俺がお前をぶっ飛ばす」

 

 吐き捨てるように言葉を搾り出した少年。この時点で、一方通行の次の行動は決まった。

 

「……ぶっ飛ばす、ねェ」

 

 明確に、一方通行の敵だと少年は断言した。

 クローンと、そのオリジナルを庇うバカ一味。その一人だと。

 この一方通行を否定する存在は、誰一人として生かしておく気はない。

 

「じゃ、()()

 

 その瞬間、一方通行の近くにあったレールが一斉に起立する。

 先ほどの何十倍もの数が一斉に牙を剥く。

 

 目障りなブタをなんのためらいもなく、ただの肉塊にするために。その鉄の塊を全てあの男に投げつける。

 

 飛来するレールを、上条当麻はただ見ている事しか出来なかった。

 

 ドガガガガガガガガ!!! という音と共に、まるで迫撃砲が飛来したかのような砂埃が巻き起こる。地面にレールが突き刺さり、そのレールに次のレールがぶち当たり、鼓膜を裂くような巨大な金属音が鳴り響く。

 

「ハッハー! おら、墓標代わりだクソッタレ!!」

 

 もはやツンツン頭の姿は見えない、だがしかし、一方通行は攻撃の手を緩めなかった。

 レールが尽きたところで、今度はコンテナを投げつけ始める。超電磁砲(オリジナル)との戦闘で、完全にひしゃげたコンテナしか存在しない操車場だが、それでも人間をミンチにする目的であれば問題は無い。

 

 レールが積み重なっているであろう砂埃の中に、轟音を響かせながらコンテナが突っ込まれる。おおよそ、人間が生きていられる環境ではない。銃弾が飛び交う戦場の最前線でさえ、生き残る死角があるものだが。それ以下の状況が一方通行ただ一人の手で作り出されていた。

 

 やがて、一方通行の攻撃の手が緩んだ。舞い上げられた土と砂埃で先がまったく見えない。

 

(……チッ、少しはすっきりしたが……雑魚相手になにやってンだ俺は)

 

 くっだらねェ、とうなだれた瞬間だった。

 視界を塞ぐ砂埃の中から、何かが飛び出して来た。

 

「な、にィ!?」

 

 赤黒い格好をした、そのナニカは真っ直ぐ一方通行の元へと駆け抜けてくる。全身の半分が血塗れの、不気味な物体の正体を。一方通行はその眼光で判断した。

 

(あの中をどうやって生き残りやがった!?)

 

 一方通行の疑問をよそに、その少年は駆け抜けて来る。別段、辿り着かれたところで何も問題はない。『反射』があるこの身体で、距離なんてものはどうでもいい。むしろ、触れればこちらの勝ちなのだから、放っておけば自滅する。

 だが一方通行はそれを嫌った。それは別に、彼が臆病者というわけではなく、ただの安っぽいプライドのせいだ。理屈、というほど大層なものでもない。ただ単に、このまま接近を許せば負けた気がする。それだけの理由だった。

 

「テメェは俺に触れる事すら出来ねえンだよ三下ァ!!」

 

 右足を上げて、振り下ろす。たったそれだけのモーションで、先ほどの砲弾のような石礫を放てる。また無様に転がる様が見れると、一方通行は確信していた。

 

 だがそれは違った。一方通行の足が地面に触れる瞬間。

 上条当麻は横に飛び退いたのだ。

 

「はァ?」

 

 放たれる砂利の散弾は、ただ宙を舞うのみ。それが当たる予定だった男は、軌道を変えながらこちらに走りこんで────右拳を握り締める。

 

 その拳が当たった瞬間、この男の右腕はへし折れるし、下手をすればそのまま即死もあり得る。身構える必要もない。

 

 その考えが、甘かった。

 

 一方通行の目の前が真っ白になる。一瞬意識が飛び、その後激痛が彼を襲う。

 

 バゴンッ!! という轟音と共に、一方通行の顔面に上条当麻の拳が突き刺さった。

 

「ごっ……ッ!!?」

 

 『反射』は効かない。そもそも働いてなどいない。

 彼の右手には、『幻想殺し(イマジンブレイカー)』という奇跡が宿っている。

 神様の奇跡さえ打ち消すこの右手に、学園都市の第1位なんて肩書きは通用しない。

 

 そのまま勢いに乗って、一方通行の身体は地面に叩きつけられた。

 

 痛み、焦燥。それらの感情が一方通行の中に生じ、そして。

 それは怒りへと姿を変えた。

 

「こ、のクソがァ!!」

 

 ゆらりとした動きで起き上がり、半ば膝立ちのような状態で上条当麻に掴みかかる。

 だがしかし、上条当麻には当たらない。当たるはずもない。

 つい先ほどまで、至近距離から放たれる光線を防御、回避し続けていた男が。こんな細腕に、捕まるわけがない。

 

「お前がどんな人間なのかは知らないッ!」

 

 ぐしゃり、と右拳が一方通行の頬に突き刺さる。

 

「御坂のクローンをなんのために利用していたのかも、俺にはわからないッ!」

 

 起き上がろうとする一方通行の鳩尾に、体重を乗せた拳が入る。

 

「でもアイツらだって生きてるんだ」

 

 ベクトルを強引に操作し、瞬時に起き上がる一方通行。ぶんぶんと腕を振り回し、上条当麻を捉えようと躍起になる。

 

「それをテメェのような奴に、食い物にされてたまるかッ!!」

 

 カウンター気味に、右拳がアゴに直撃した。ぐらり、と膝をついた一方通行に、上条当麻は大きく振りかぶる。

 

「お前が、御坂妹やビリビリの命を────あいつらの仲を引き裂こうってんなら、まずはそのふざけた幻想をぶち殺す!!」

 

 無防備なその悪党の顔面に、上条当麻渾身の一撃が突き刺さった。

 

 

 

 

 生きて、る?

 あの人形共がかァ?

 

 ……ただ殺されるためだけにしか動けねェ、アイツらが?

 

 ふざけンじゃねェ。生きるってのは、もっと高尚なもンじゃねェのかよ。

 

 認めねェ。俺は認めねェぞ。研究者(あいつら)の言う計画通りに死ンでいく存在なンざ、生きてるなンて言えるはずがねェだろォがッ! 平気な顔で死にに来るような奴を殺して、何が悪いってンだ。アイツらだって、俺を殺そうと躍起になってるじゃねェかッ!! それを蹴散らす事の何が悪い。最強の先、無敵を得るために必要な事なンじゃねェのかよ!!!

 

 ……力だ。目の前のコイツを黙らせるような力。圧倒的な力の差を見せ付けてやらなきゃ、俺の気が済まねェ。あのクソ野郎をぶち殺すための何かが────

 

 

 ふと、砂埃が一方通行の視界に入った。彼が先ほどから目にしている、巻き上げられた土や砂。何の変哲もない、ただの自然現象。

 だが彼の興味はそこではない。その現象を引き起こしている力の流れ。そこに彼は着目した。

 

 風。世界を覆う大気の流れ。

 一方通行の能力は、触れたモノの『向き』を操る『ベクトル操作』。

 

 もし────この手で、大気に流れる風の『向き』を掴み取ることが出来たのなら。世界の風の流れを手中に収めることができるのなら

 

 子供じみた発想。苦し紛れの思いつき。……だがしかし────

 学園都市第1位の頭脳は、それを実現できるだけの能力(ちから)があった。

 

「くか、き」

 

 風のない静かな夜の操車場に、突如つむじ風が巻き起こる。

 自分に背を向けて、あのクソ共の元へ向かおうとしていたツンツン頭の男が、振り向いた。

 

 ……遅せェ、全然遅せェぞ。もうこの世界は、俺の手の中にある。

 学園都市? 最強のその先? もうそんな事なンざどうでもいい。

 

「くかきこくきくこかこかききこくきこくきくかか────ッ!!」

 

 その身を台風の目として、周囲に暴風を吹き荒れさせるために。最強の頭脳は目まぐるしく計算式を打ち立てる。

 見せてやるよ三下。これが学園都市最強だ。これが超能力者(レベル5)だ。テメェなンぞ吹き飛ばして、地面の染みにしてやる……ッ!

 

 

「……なんて考えてんだとしたら、悪いがそりゃ無理だ」

 

 突然、ゴォォォォ! という爆発音がした。一方通行たちから遠く離れた場所に、炎の柱が大量に発生したのだ

 

「な……?」

 

 その炎に対応するように。一方通行の手から、掴んでいた大気の流れが霧散していく。

 

(な、何だァ? 何が起きてやがる!? 大気の流れの計算式が狂っていく……? あの炎はまさか……ッ!?)

 

 ただの炎ならば、計算式を少し弄るだけで問題はない。だがしかし、今起こっている現象はそんな生易しい現象ではないのだ。あの手この手を試してみても、先ほどの全能感を取り戻すような瞬間が、いつまでたっても訪れない。

 まるで、その炎が物理法則から外れているように。周囲に不可思議なベクトルを発生させるあの炎。この世にあるかもしれない、なんて物ではない。絶対に存在しない法則が、この空間を満たしていく。

 

 その存在を、一方通行は知っている。

 この身をもって味わった、あの忌々しい存在を。

 この一方通行を追い詰めた、あの男を。

 

「あ、あの野郎……ッ!」

 

 辺りを見回しても、その姿は見当たらない。彼は舞台に上がる気はない。彼自身が戦場に姿を現せば、計画が中止になる確率が低くなる、と隣のグラサンにきつく言われているからだ。

 

「後は、頼んだ」

 

 ふと呟いた一言は、誰にも聞こえてはいないだろう。

 だがあのツンツン頭の少年になら、届いたかもしれない。

 

 誰にも聞こえない、助けを求めるその声を。どこからともなく聞きつけて、颯爽と登場する英雄(ヒーロー)なら。

 

 その血塗れの身体に鞭打って。彼は────再び一方通行の元へと向かう。

 

「なンだってンだ……なンだってンだよお前らはよォォォォォォ!!!」

 

 あのクローンを殺そうとするたびに。勝利を確信するたびに邪魔が入る。もはや、世界が敵に回ったのではないかという絶望感が、一方通行の心を覆い尽くす。

 

(なンでそこまで必死になれる!? なンでこの俺に歯向かおうって気になれる!!? なンであのクローンなンぞに命を賭けれるってンだ!!?)

 

 一方通行の知らない、もう一つの法則。

 人が、大切な者のために戦う時。その想いは何よりも強い武器となる。

 

 その暖かい法則を、彼は()()知らない。

 

「うおおおおおおお!!!」

 

「こ、の……三下がァ!!」

 

 瞬間、一方通行の足元が爆発し、砲弾のような速度で一方通行自身が射出された。

 

 触れただけで、相手の体を爆殺できる必殺の両手が、上条当麻に振り下ろされる。

 左手による攻撃を、上条当麻は体勢を低くする事で回避した。

 右手による攻撃を、右手を叩き付けて振り払う。

 

「歯を食いしばれよ最強(さいじゃく)────」

 

 全ての想いを、この拳に乗せて。

 

「俺の最弱(さいきょう)は、ちっとばっか響くぞ」

 

 幻想を殺す最強の右腕が、一方通行に突き刺さった。

 




???「異物の混ざった空間。ここはテメェの知る場所じゃねえんだよ」

統一「いや、それ負けフラグなんで……」


 妹達の見せ場である風車なんですが、既にミサカ達が立ち上がってるのでこうなりました。
 次でこの章は最後です。


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038 "分かち合う" 『8月23日』

 
 やっとこさ3章終了。なんだかんだで1章よりは短いんだなぁ……その割には一番濃かった気がします。
 
 



「君、僕が最初に言った事を覚えてるかね?」

 

 カエル顔の医者、冥土帰し(ヘブンキャンセラー)はカルテと睨めっこしながら、半ば独り言のように呟いた。

 

「最初……? 最初っていつの話です?」

 

「君が最初に入院してきた時の話だね?」

 

 最初の入院。すなわちこの世界をはっきりと認識したあの瞬間。ステイルによって炭化させられたあの時の話か。会話の内容ははっきりと覚えている。……まぁその後の衝撃(父襲来)が強すぎて印象としては薄いのだが。

 

「えーと、俺の肉体再生(オートリバース)についてとか……あれ? 別にそんなに実のある話はしてない気が」

 

「"もう二度と僕の患者になることはたぶんないね?"と言ったはずだがね? その頑丈そうな身体をよくもまぁ毎回いじめて帰って来るものだね?」

 

 別に望んでこうなっているわけではない。俺が悪いのではなく学園都市が悪いのだ。文句があるなら10巻くらい前倒しでアレイスターに文句の電話でも入れてくれ。だいたいアイツのせいなんだよ。

 

「しかも無断で退院(脱走)したと思ったら、患者を3人増やして戻ってくるのだからね?」

 

 それも俺のせいじゃねぇんだが。……いや、上条は俺のせいか? 御坂美琴も俺さえいなければ怪我をする事もなかったし……あれ? なんか俺のせいっぽい気がする。少なくとも原因の一端を担っているのは事実だ。

 

「いやまぁ、脱走の件はすいません。それで、あいつらの容態は……」

 

「……うーん、似たり寄ったりだね? 一番の軽傷が君、特殊な調整が必要な御坂妹(かのじょ)はさておいて、あの仲のいい二人は同じくらい重傷だね?」

 

 仲のいい、というのは完全に皮肉である。2日連続で痴話喧嘩をしているあいつらをそう表現しているという事は、この先生も思うところがあるのだろう。既に機材が1機お亡くなりになった。退院までにあと何機が犠牲になるのだろうか。

 

 あの死闘から2日が経過した。今日が8月23日。すなわちあの濃い1日が8月21日となる。期せずして一方通行を撃破した日が原作と一緒になったというのは、やはり何かしらの運命か、それとも引きこもり統括理事長の采配なのか。真相は闇の中である。……まぁ十中八九アイツのせいか。

 上条当麻と御坂美琴。あの二人は共にこの病院でお世話になっている。ともに全身の骨が何箇所かポッキリしていたり、痣だらけだったりとまさに踏んだり蹴ったりな状態なのだが、昨日今日とあのやかましいやり取りを聞く限りでは大丈夫そうだ。うん、実は上条の病室、ここの隣なんだ。そこにきっちりと通いに来る御坂美琴とのやり取りを、寝たまま聞かされる俺としてはもう、ご馳走様ですと言う他ない。

 

「あの、一番軽傷である俺がなんで面会謝絶の上で軟禁状態なんです?」

 

「明確な理由はあるけど、それはおまけみたいな物だからね。ま、単なる嫌がらせだね?」

 

「……はい?」

 

 膝に矢を受けてしまってな……ではなく、膝に炸裂する銃弾を受けてしまった俺、木原統一は当然手術室送りだった。膝の致命的な箇所に受けた銃弾の破片は、炎剣で無理矢理に取り除いたのだが、細かな破片はいまだ残ったままだったのだ。特殊な麻酔を受けて演算能力を低下させての手術は、まぁ前回の手術よりはベリーイージーだね?というのはこの医者本人の談である。

 運び込まれた一昨日に手術を受け、昨日には自前の能力が戻った上で完治し、既に暇を持て余し始めた俺に告げられたのは、まさかの嫌がらせ宣言だった。

 

「君に情報を与えると、また何かしでかしそうだからね? 僕としても同意見だったね。完治しても1日くらいは病室に閉じ込めて、それ以降も病院の敷地からは出さないようにと、あのグラサンの子から頼まれてね?」

 

「……という事は、もう病室からは出ていいと?」

 

「当然、監視は付くけどね?」

 

 

 

 

 

 

「……で、監視ってのがお前なのか」

 

「はい、前回貴方の逃亡を手助けした事を追及され、この任務を受けざるを得ませんでした、とミサカ9982号は不満をぶちまけます」

 

 車椅子に乗る妹達(シスターズ)の一人、妙に刺々しいこの少女が俺の横をのろのろと付いてくる。

 

「そりゃ悪かったな。でもアレは必要な事だったんだ、勘弁してくれ」

 

「あれだけ大見得を切った挙句、結局実験場には姿を見せませんでしたね、とミサカは笑いを堪えながら告げます」

 

「……一段とキレが増してやがる。的確に俺の心を(えぐ)ってくるとは」

 

「お褒めの言葉ありがとうございます、とミサカは」

 

「褒めてねぇよ!」

 

 ……これ、大丈夫なんだろうか。いずれこの毒舌が全ミサカにフィードバックされたりなんかした日には手がつけられんぞ。これが打ち止め(ラストオーダー)なんかにまで伝染したら洒落にならない。一方通行(あいつ)泣くぞマジで。

 自室から隣の病室の前までという、大して距離のないこの間に漫才を一つかましつつ、目的の場所に辿り着いた。

 

「さて、俺は上条の面会に行くわけだが」

 

「……では病室の前で待っていましょう。とミサカは空気を読める女アピールをします」

 

「……その殊勝さを大事にしてくれ」

 

 アピールと言ってる時点で殊勝でもなんでもないんだが。

 

「ちなみに、この隙に逃亡しても無駄ですしおすすめ出来ません、とミサカは意見を述べます」

 

「いや、そんなつもりは毛頭……」

 

 実はないとは言えない。逃亡と残留。半々と言ったところだ。

 

「この病院の職員たちは全員、貴方の顔写真と有線式スタンガン、すなわちテーザー銃が支給されています」

 

「随分と物騒な病院だなおい」

 

「そしてこの病院を取り囲むようにして、清掃用ロボットに偽装した武装ロボが無数に配置されています」

 

「……やり過ぎだろ」

 

 話の続きを聞くに抱えている患者、すなわち俺のせいでもあるのだが、それ以前に実験関係者による襲撃を警戒しての事らしい。あの実験をぶち壊したメンツが勢揃いしているこの病院を襲ってくる奴がいる可能性……十分にあり得る話だ。"患者に必要なものは意地でも揃える"と豪語する、あの医者(ひと)らしい行動だな。そこまでしてもらって2度目の脱走は、流石に恩知らず過ぎか……

 

「なるほど。おすすめ出来ない理由がよくわかった」

 

「いえ、おすすめ出来ない理由は別にあります」

 

 まだ何かあるらしい。はて、なんだろうか?

 

「貴方の検査は未だ終了していません、とミサカは病院側から密かに入手した情報をリークします」

 

 ……密かに入手、って犯罪ではないだろうか。

 

「情報によれば、貴方の能力はここ最近で大きく変質したようです。能力の意図的な操作、莫大な情報(外傷)の入力、さらには脳の損傷。これらの経験が、貴方の自分だけの現実(パーソナルリアリティ)にどのような影響を及ぼしたのか、この病院の人間では予測がつかないようなのです、とミサカは事の重大性を伝えます」

 

 思ってたより重要な話だった。肉体再生(オートリバース)の変質? たしかに、今回は能力行使をしまくった気はする。ステイルの時も大変だったが、ここ数日の修復量に比べれば可愛いものだ。なにせ一度身体中を作り変えるような事をしているのだから。ミサイルの爆風だったり銃弾だったり、それに魔術も使いまくった。魔術行使による反動は目に見えて表れてはいないが、それも損傷した先から修復しているだけの話だ。

 

「つきましては、貴方の能力経過を見られる人間が来るまで、病院に留まる事をおすすめします、とミサカは貴方の身を案じてお伝えします」

 

「なるほど……よくわからんが助かった。ありがとな」

 

「口だけの評価は要りません。情報料を下さい、とミサカは金銭でのお礼を要求します。ありがとうでテレビカードは買えないのです」

 

 ……一体なんの番組を見たのか。これ以上見せても大丈夫なのか。という疑問を抱えつつ、俺は万札を渡した。

 

 

 

 

 

 

 

「とーまー……ッ!!」

 

「いやあの、インデックスさん? なにをそんなに怒ってるんですの? 上条家の生命線を助けるための、名誉の負傷なんですが」

 

「何も言わずに出て行って、2日も帰ってこないなんて心配したんだよ!!」

 

 病室に入ると、いつもの二人による話し合い(裁判沙汰)の真っ最中だった。上条が俺を心配したように、インデックスも上条を心配していたという、ただそれだけの話だ。

 

「……邪魔したな」

 

「ま、待って!! この状況で第3者が出て行ったら、上条さんの味方はいなくなってしまうんですが!!?」

 

「いや、様式美というかなんというか。俺がいると景観が損なわれる気がするんだ」

 

「なに訳のわかんない事言ってやがるこの隣人!? 損なわれるのは上条さんの頭皮細胞です!!」

 

「もう遅いんだよ!!」

 

 ガブリという、物騒な音。そして上条の悲鳴が響き渡った。

 

 

 

 やがて噛み付き疲れ、上条の財布からお金を貰って売店へとスキップしに行ったインデックス。現金なやつ、と言ってしまえばそれまでだが、上条とのスキンシップのお陰で上機嫌なのではないかと俺は思う。上条が料理を作り、インデックスがそれを食べる。そのサイクルこそが彼女が愛すべき日常であり、足りない成分は噛み付きで補う。すなわち人生の殆どを上条当麻のいる日常が占めているわけであり、人はそれを依存、もしくは愛と────

 

「なんか綺麗な話にしようとしてないか?」

 

 噛み跡を大量に残している上条当麻に遮られた。はい、その通りでごんす。ちなみに俺もインデックスに怒られたが噛みつかれはしなかった。やはり上条は特別なんだな。

 

「なんの事だ? ……それよりも、傷は大丈夫なのか?」

 

「まぁ、インデックスの癇癪は慣れてるし……」

 

「そっちじゃねえよ」

 

 上半身包帯ぐるぐる巻きの男、上条当麻。俺は最初から一方通行との戦闘を見ていないのでアレだが、おそらく死闘だったのだろう。あの実験場を見るには……と言っても、御坂と一方通行との戦闘痕で見分けがつかなかったがために、想像でしかない。

 

「身体中のあちこちにひびが入ってるけど、大事には至らないってあのお医者さんが」

 

「……まぁ、あの人ならそうだろうよ」

 

 勝率99.9%の男だ。"大事には至らない"と言うが、あの人には0か1しかない気がする。"大事に至る"という言葉を聞く頃には、もう本人はこの世にはいないんだろうきっと。

 そんな無敵の医者の偉大さを再確認しつつ、二人で笑いあう。そして会話が途切れてしまった。その後上条当麻は窓の外に目を向けながら、ぽつりと呟いた。

 

「……御坂から話は聞いたよ」

 

「……」

 

 なんの話を、とは聞くまでもない。絶対能力進化(レベル6シフト)計画、2万人の妹達(シスターズ)。その概要だろう。

 

「あのイカれた実験を止める為に、御坂(アイツ)は戦っていた。施設を爆破したりとか、物騒な事もしてたみたいだけど……それでもダメだったって。実験を中止に追い込むことができなくて。それどころか再開が決まって、だから一方通行に挑んだって……」

 

 そこで上条は言葉を切った。だが俺にはその先がなんとなくわかる気がする。それでも勝てなかった、手も足も出なかった。そこに上条が現れた、と。

 

「……夜中には御坂妹が来て、お前が実験を中断させてた事。それと今回の件で実験が凍結に向かってるって話もしてた」

 

「それを聞いて、安心したよ」

 

 そうか。確信のようなものは漠然と胸の中にあったのだが、改めて聞くと安心できる。無事に実験は凍結に向かったか。

 

「……そうだ。上条、お前どうやって今回の現場に辿り着いたんだ? たしか、御坂妹がどうとか言ってたが」

 

 なんとなくスルーしていたが、未だにあの手品の種がわからない。土御門がなにかしたわけではないらしいし、誰が上条をあそこまで誘導したというのか。土御門曰く自力で、だったか。

 

「えーと、病院に来たら御坂妹……あ、アレは違う御坂妹なんだっけ? 病院のロビーで車椅子の子とカエルの先生を見つけて……その、話を盗み聞きしてだな……」

 

「うん? 盗み聞き?」

 

「そうそう。お前が行った場所に、救急車を手配したい、みたいな事を言ってた。その時にお前の名前を聞いて、そのまま走って」

 

 ……なるほど。全く以って納得がいかないがまあいいか。強いて言わせて貰うなら、何故病院のロビーでそんな重要な事を話し合っているのか、というところだろう。なにか用事でもあったのか?

 

「まぁそれはいいとしてだな。そもそもなんで病院に?」

 

「だってほら。お前何日も連絡が取れなくなって、心配して大家さんに鍵を開けてもらったんだよ。そしたら……」

 

「……あ」

 

 当然、目に入ってくるのはあの殺人現場級の血塗れの部屋。あれを見たらそりゃそうなるわ。あれほど物騒な現場もなかなかない。どう見たって致死量だ。そこで病院を探しに行くのは、まぁ選択肢として入るだろう。

 

「おーけー、なるほど。なんとなく見えてきた」

 

 なんという奇跡。俺への拷問で発生したあの悲劇的ビフォーアフターで病院に辿り着き、そこであの二人の会話を傍受するという偶然。面白いように神懸(かみがか)ってくれるなこいつは。

 

「まーでも……連絡取れないっつっても、まさか部屋に入るとは」

 

 逆算して俺が家を空けた期間は1週間未満といったところか。普段から会ってはいたが、密に連絡を取り合っていたというわけでもない。暇な日に隣を訪ねたり、次は○日後くらいに会おうなーとか。わりと大雑把な感じだったはずだ。別段気にするような日数でもない気がする。

 

「いや、お前に続いて姫神も来れなくなったりして、もう大変で……それに姫神もインデックスも、最後に見た時のお前は変だったって言うし。土御門の義妹(舞 夏)に聞いたら木原は最近彼女に振られたって────

 

「はぁ!?」

 

 彼女に振られた? なんだそれは。どこからそんな話が出てきやがった!? 

 

「電気屋の前で喧嘩別れしたって。違うのか?」

 

「……残念ながら間違ってはいないな」

 

 アレを見られていたのか……畜生。まさか他にも見てた奴がいるんじゃねえだろうな? いや……まてよ……?

 

「えーと、なんだ。もしかしてもしかすると。それで俺が」

 

「自殺……とかしてるかも。って姫神が」

 

 ああ、はい。随分と物騒な発想だが、無理はない。その言葉を受けて上条が動いたと。なんだこの謎のドミノ倒しは。自殺を図ったかもしれない友人を追っかけたら、本当に自殺行為をしていたという事実。しかもその原因まで一応ぴったり一致をしているとなると、あの巫女さんは予言で食っていけるのではないだろうか。俺なんかよりもずっと。

 

『上条君を目指してはダメ。木原君が死んでしまう』

 

 ……やべぇよ。あの子こわい。

 

「あー……まぁなんだ。7割くらい合ってるからもうそれでいいよ、うん」

 

「そうか……」

 

 しょうがないね、という顔を作りながら上条は、俺の肩に手を置いた。

 

「モテない男同士、これからも頑張ろうぜ」

 

「ぶっ殺すぞてめぇ」

 

 命の恩人にかける言葉ではなかった気がする。だが反省はしていない。

 

 

 

 

 

「……んじゃ、御坂の病室にも一応顔出してみるわ。またな」

 

 小1時間ほど、上条の鈍感さを何度か指摘してみたのだがまったくの無駄だった。インデックスはー、姫神はー……と、こちらの見解を色々とギリギリの範囲で述べてみたのだが取り付く島もない。"そんな素敵展開が上条さんにあるわけないじゃないですかー"と。もうこいつ爆発しねぇかなマジで。

 そんなこんなで上条に背を向けて、病室を後にしようとしたところで上条が声をかけてきた。

 

「……なぁ木原。お前は一体、なんのために戦ってたんだ?」

 

「……なんのため、ねぇ」

 

 なんだか聞いたことのあるようなフレーズだ。そう、上条が病室でインデックスに聞かれる質問か。その時上条は"自分のため"と答えるのだが、俺はそんなカッコいい人間ではない。

 まぁ人間、巡り巡ったら全ては自分のため、とも言えるかもしれないが、要点はそこではない。そんな哲学っぽい返答を上条は期待しているわけではなく、木原統一がどういう思惑であのような行動に出たのか、という事だろう。

 

「えーと、アレだ。振られた彼女の話したよな?」

 

 不本意ながら振られた事にしておこう。

 

「ああ」

 

「彼女は、妹達(シスターズ)の先生役に当たる人だったんだ。それで、妹達(あいつら)の事を救いたいって言ってた……ここまで言えばわかるだろ?」

 

 そういう事だ。なんて単純な思考回路をしているんだろう俺は。

 それも途中で、妹達も救いたいなんて思考に変わってしまったが。

 

「……そっか」

 

 納得したように、上条当麻は目を閉じた。

 

「上条」

 

「んー?」

 

「あの時来てくれて、ありがとうな」

 

 今度こそ、俺は上条の病室を後にした。

 

 

 

 

 

 

「次はお姉さまの病室ですか、とミサカは確認を取ります」

 

「ああ……そういや、ずっと待たせて悪かったな」

 

「問題ありません。この任務の報酬を、その分考慮していただければ幸いです、とミサカは圧力をかけます」

 

「……報酬って、俺が払うのかよ」

 

 てくてくと、車椅子の速度に合わせてのんびりエレベーターまで向かう。御坂の病室はここの一つ上の階なのだ。階段で行けとも言うかもしれないが、お目付け役が車椅子なのでしょうがないだろう。

 

「お姉さまにはどのようなご用件なのですか?とミサカは確認を取ります」

 

「顔合わせ、かな。あと頼みたい事が色々と」

 

「頼み事ですか……?」

 

 頼み事。そう頼み事だ。常盤台の超電磁砲(レールガン)、及びその愉快な仲間達の助力を頼みたい。

 

「布束がまだ、捕まったままだからな」

 

「……振られたのに助けるんですね、とミサカはシリアスムードの貴方を茶化してみます」

 

「……流石に怒るぞ」

 

 暗部組織、『スタディ』に捕らわれている彼女を確実に助けるには、俺と土御門以外にも、人手が必要だ。妹達を助けようとした結果、暗部に身を落とした人間を助けようと言うのだから、御坂美琴も力を貸してくれるのではないか、というのが俺の推測。もとい希望的観測である。

 

「今回は一人で暴走したりはしないんですか? とミサカは答えがわかっていながらも皮肉の意味を込めて質問します」

 

「……流石に次は命がないからな。味方にぶっ殺される」

 

 マジカル陰陽術式が飛んでくる。おそらく慈悲はない。

 

「次ィ? テメェに次なんざねぇんだがなぁ?」

 

 ふと、後ろで聞きなれた声がした。

 

「いやー、流石に今回は怒る気力っつーか、やる気っつーかよぉ。一周回って冷静になっちまうくれぇにはムカついたわ。……あー、やっぱあの時手加減なんかするんじゃなかったなぁ。失敗失敗」

 

 後頭部から背中にかけて悪寒が走る。もはやどうしようもないと言う感覚。これからの計画とか、御坂美琴をどう説得しようかとか、そういった事情が全て頭の中から消失していく。

 

「誰でしょうか? とミサカはお尋ねします」

 

「父親だ」

 

 振り返って顔を見ることが出来ない。声を聞いているだけなのに、まるで銃口を突きつけられているような、そんな感覚に襲われる。

 

「なるほど、彼の能力計測を行ってくれる研究者ですか、とミサカは確認を取ります」

 

「まー、そういうこった。異常がねぇかどうか、これからここの設備使って、みっちり精密検査してやるよ」

 

 襟首を掴まれる。誰か、ダレカタスケテクダサイ。

 

「……なるほど。これが家族愛というやつですね、とミサカはまた新たに得た情報をインプットします」

 

 間違った情報を入力したミサカ9982号に、特になにもいう事はなく。俺は木原数多に引き摺られていった。何か言葉を発したら、それが遺言になってしまうような気がしたからだ。

 

 こうして、親父による世界一危険な精密検査が始まった。

 

 




 
 
 
 改めまして、3章終了です。
 革命未明(サイレントパーティ)編をEXで。御使堕し(エンゼルフォール)編を4章にと思っていたのですが……詳しくは活動報告をお願いいたします……いやもうホント、すいません。30話ラストのアレも、EXで回収予定だったのですが……

 そんなこんなですが、3章に出したオリジナル術式をシレッっと紹介しておきます。

我が剣は王のために(S F T K)
 ノタリコンはSword for the king=王のための剣 
 魔女狩りの王のエネルギーを流用し、爆発的な出力を一時的に得る術式。木原統一が魔力の扱いに慣れてきた、そして長けてきた事を示す術式でもあります。
『力の噴出点』を変更する、あるいは『力そのものを流用する』という方法論は科学、魔術共に珍しい事ではないかなと。新約ですと恋査や垣根がやってたり、旧約ですとアックアさん決死のテレズマ強奪、ミーシャⅰnサーシャ、等々……エネルギーそのものは様々ですが、対応していれば可能と解釈しこの術式となりました。

 術式についての説明は以上です。バトルが大量の非常にドタバタとした、1章、2章とは毛色の違う章になりました。……まぁその1、2章も全然違ったりして、統一感ゼロだったりもするんですが。複数戦、視点変更、原作を改変しながらも全員の出番を……と、忙しい章でした。
 一方さん、妹達、アイテム、上条さんに御坂さん。たぶん原作とはちょこちょこキャラが違います。キャラ崩壊、あるいは違和感を感じた方、正常です。これが作者の限界でした、すいません。

 それでは、長い間駄文にお付き合いいただきありがとうございました。


 ……布束さんごめんなさい。救出がめっちゃ遅れます。


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EX3 Eternal Party 039 Wake up your brain. 『8月25日』  Ⅰ

 久しぶりの投稿はやはり緊張します。
 
 なんとか勘を取り戻せるように頑張ります。





「あ゛ー疲れた。ったく、毎度毎度やってくれるぜあのクソガキ」

 

 顔には刺青、服装は白衣。くたびれたように肩を鳴らしながら、科学者、木原数多は呟いた。

 普段から、暗部での仕事に従事している彼ではあるが。疲労の元はそれではない。

 

 『あーもしもし。こちら第7学区の……そうそう、先日はどうも。実はお宅の息子さん、統一君がね、ええ。……いや、まぁ今回はそれだけではなくてね?』

 

 ふざけた口調も相まって、最初は冗談かなにかかと思った。とりあえず顔を出し、カルテを見てみればそこには───やはり冗談のようななにかが。実験体をぶっ壊す事に関してはプロフェッショナルである『木原』であり、自分の息子をぶっ壊す事にも定評のある木原数多がドン引きするくらいにはイカれた内容がそこにはあった。

 

(火傷、銃創、骨折……つーか、全身が一度吹き飛んでるじゃねーか。おいおいおい、血管の裂傷に至っては数が多いってレベルじゃねーぞ。どうなってんだこいつァ)

 

 そう思ったのが2日前の出来事である。絶対能力進化(レベル6シフト)計画の凍結。その関係者として自分の息子の名前が挙がった時は眩暈がしたものだ。アレイスターのメインプランと言われる一方通行(アクセラレータ)を絶対能力者へと進化させる。そんなプロジェクトに妨害を加えるなんて馬鹿な事を、まさか自分の息子がやらかすとは夢にも思わなかった。

 

 怒りも当然ある。だがしかしそれ以前に意味がわからない。自分の息子は、あのクソガキは。何の意味もなくこんな事をするような馬鹿ではない事くらいは承知している。

 

 理由。そう理由だ。原因、動機、因果関係。それを聞き出さなければ、この怒りに方向性を付けられない。

 

 という心境で能力テストのために会いに行ってみれば。そこには車椅子の女の子と歓談する息子の姿があった。

 

 暗部での仕事明け。寝耳に水だった息子の馬鹿騒ぎによって木原数多は完全に徹夜だった。報復活動の監視に加えて断片的な情報からの裏取り作業もあって脳は丸一日フル回転状態。そんな状況で、当の本人がわいわいやってるのを見れば、木原数多がブチ切れるのは半ば必然だったと言える。

 

 とりあえずボコボコにした。能力テストの実施要領とやらをギリギリ拡大解釈しながら、気の済むまでやってみた。そしてその後に、何故このような事をしでかしたのか。一方通行に関わったのは何故なのか。計画を潰しに行ったのは何故かを問いただしてみた。

 

 女の子を助けるためだと、息子は言った。……その瞬間から5分間。木原数多は能力テストの実施要領を完全に無視した。

 

(それにしてもわけがわからねえ。普通、これだけやらかせばどっかしらから汚ねぇ手が伸びてくるはずだ。それがねぇっつうのはどういう事だ?)

 

 学園都市の、それも主軸と言っても過言ではない計画。そこへ、『木原』の出来損ないと烙印を押された高校生が関わって生き残れるはずがない。そういう意味では、今回の一件には本当に肝を冷やしたものだ。

 

(探りを入れてみるか? ……いや、下手を打てば纏めてお陀仏かもしれねえな)

 

 さてどうしたものかと、散らばった工具を片付けながら一人、木原数多は思考する。

 

(……探るならまずはクソガキの方か。戻ってきたらもう一回締め上げるのも手だな)

 

 

 

 

 

 

 

 とある雑居ビルの一室。窓がなく、機械に囲まれた薄暗い空間。絵に描いたような悪党のアジトのようなその場所は、見た目通りとある組織の本拠地だった。

 

「麦野沈利……学園都市が誇る超能力者(レベル5)の第4位。原子崩し(メルトダウナー)の誘導は完了した。早ければ明日にでも、実験を開始できるだろう」

 

 白衣の男はパソコンの画面を見ながらそう呟いた。

 

「暗部組織との話をつけるのには苦労したが、向こうもビジネスだ。金になりそうな仕事を振っただけで対応してくれたよ」

 

 そんな彼の言葉に、約1名を除き皆満足そうな顔を浮かべた。当然だ。ここに集まったのは彼と志を同じくする同志達。不服そうな顔をしているのは技術スタッフとして補充された新参者なのだから無理もない。だが賢い彼女のことだ。いずれは我々の崇高な目的を理解してくれるだろう。と、白衣の男、有富春樹は考えていた。

 

 有富春樹は暗部組織『スタディ』のリーダーであり、スポンサーでもあり、そして創始者だ。そして『スタディ』は学園都市の体制を変えるという、ただそれだけのために創られた私設組織である。

 誰に縛られることもなく、特定のビジネスパートナーも存在しないこの組織は、暗部の中ではかなり特異な存在だ。そんな組織が今日まで、この学園都市で生き残れているのは一重に、どの組織とも敵対行動を取っていない所にあった。

 

「実験ができるのは嬉しい事だけど。でも本当に大丈夫なの? 原子崩しの所属する組織は学園都市でも深い……暗部の中でも最奥に位置するとこだと聞いているわ」

 

 先日まで組織の紅一点だった、同じく白衣を着た少女。桜井がそう投げかけた。どこまでも慎重派で、細かいところにまで目が利く彼女には今まで何度も助けられてきたものだ。

 

「まぁ怪しまれはするだろうけど、こちらの目的を察するとまではいかないんじゃないかな? 気づいた時にはもう遅い。学園都市の体制は瓦解し、暗部の編成も大きく変わるだろう」

 

「それに、実験に使うのはケミカロイド(ジャーニー)の能力で操る駆動鎧(パワードスーツ)だ。大丈夫、バレっこないさ」

 

 桜井の疑問に、整備担当の関村、斑目が反証を述べていく。と言っても、このやり取りをするのはこれで2度目。第4位と接触するという議題が上がった際に1度通った道なのだ。

 

「……そうね。私たちのところには辿り着けない。それが結論だった。ごめんなさい、同じ話を何度も」

 

「気にすることはない。僕も暗部組織との邂逅はいくらでも議論するべきだと思う。もう一度穴がないか検証しよう」

 

 気難しい顔をして、黙っていた小佐古が口を開いた。彼も桜井と同じく、未だに不安を抱えているらしい。

 

「……では決を採ろう。暗部組織「アイテム」を仮想敵と設定した実験に際し、再検証が必要だと思う者は」

 

 と、有富が言った瞬間、桜井と小佐古は迷わず手を上げた。関村と斑目は渋い顔をしながら考え込んでいる。そして───

 

「おや? 君も再検証が必要だと思うのかい?」

 

「well、石橋は叩いて渡るのがセオリーじゃないかしら」

 

 この計画に唯一、技術スタッフとして加わった新参者。布束砥信はそう答えた。

 

「……まあいい、2:3か。僕は再検証は必要ないと考えている。これで3:3……」

 

「埒が明かないね。有富、君が決めてくれ」

 

 意見が分かれ、そして多数決でも決まらない状況になって初めて、リーダーである有富に決定権が委ねられた。

 

「ならばこうしよう。桜井と小佐古は実験開始まで検証を続けてくれ。簡易的にだが、やらないよりはマシだろう。関村と斑目は駆動鎧の調整だ。布束は……ジャーニーの調整だな」

 

 有富は目を細め、学習装置(テスタメント)の専門家を睨む様にして呟いた。

 

「次は目を離さないように気をつけるんだな」

 

「ええ。フェブリの時のような失態は冒さないわ」

 

 『スタディ』はその目的遂行のため、2体の人造人間(ケミカロイド)を作成した。ジャーニー、そしてフェブリである。だが先日フェブリは脱走してしまったために、手元にあるのはジャーニーのみとなっているのだ。

 

(外界に対する知識もない、薬を定期的に摂取しなければ生きられない、精神年齢にして5歳にも満たない人形が、勝手に脱走なんてするはずがない……!)

 

 桜井は歯軋りをしながら握り拳を作った。布束がフェブリを脱走させたのは明白であり、それは『スタディ』のメンバー全員の認識である。幸いにも、フェブリがいなくなったところで計画に支障はないこと。計画の遂行には布束砥信の知識が必要不可欠であることなどから見逃してはいるが、布束本人のふてぶてしい態度に、憤りを感じているのは桜井だけではなかった。

 

「まったく、忌々しい女だ。以前に所属していた場所を追い出されたというのは、どうやらこの性格が原因らしいな」

 

「実験体と真摯に向き合えないというのは、科学者としては致命的だね」

 

 辛辣な言葉を次々と浴びせられるが、布束は動じない。間違ったことはたくさんしてきた。後悔だってしている。だがこの胸に宿る欠片ほどの良心だけは、間違っているなどと考えたことは一度もない。故に、どれほど科学者としての自分を責められようとも、人間である自分は傷つかない。

 

(私は諦めない。彼がそうだったように、私も最後の瞬間が訪れるまで全力で戦う)

 

 その命を賭けて、戦ってくれた少年から貰った勇気を胸に。布束砥信の信念は揺らがない。

 

「そこまでにしておけ。僕たちが何を言っても、彼女が反省する事はないだろう」

 

 意外にも、憤る『スタディ』のメンバーを諌めたのは有富だった。フェブリの脱走に関して、誰よりも怒り狂っていたリーダーの言葉を聞いて、桜井、斑目、小佐古は驚きの表情を浮かべる。その顔を見て、有富はニヤリと微笑んだ。

 

「なに、僕たちの言葉でダメなら、彼女が耳を貸してくれそうな人物に頼むだけさ……関村」

 

 有富の言葉を受けて、関村は席を立った。自動ドアの先へとその後姿を見送り、怪訝そうな顔をしている布束に対し、ニヤニヤとした表情を有富は浮かべていた。

 

「布束君、学園都市の闇に流れてきた君を見つけたとき、僕はなんて幸運なんだろうと思ったよ。君のお陰で、僕たち『スタディ』の研究はここまで来れたと言っても、過言ではないからね」

 

「ⅰndeed、それはよかったわ」

 

 学習装置(テスタメント)の専門家である彼女が、彼らの研究に役立ったのは事実だろう。だがしかし、その事に素直に感謝するような男ではないと、布束砥信は理解していた。

 

「そして僕は先日、また一つ大きな買い物をした。言ってみるなら布束君、君の付属品のようなものだ。厄介な君に有効な商品が入ったと聞いて、僕はすぐさま飛び付いたよ」

 

 付属品、と聞いて眉がピクリと上がった。自分の付属品? 一体なんの事だろうか?

 

「……精神に作用させる妖しげな機械か何かかしら? 私なんかのために、ご苦労な事ね」

 

「いやいや、そうではないよ。そういった類の物には、万が一という事があり得るからね。精密作業を頼む君には相応しくない……」

 

「では精神系能力者でも連れてきたのかしら? ……私の行動を制限、監視出来るほどの高位能力者の力なんて、貴方が借りるとは到底思えないけど」

 

「本当に、何もかも計算通りという顔だな」

 

 実際、計算通りだった。ジャーニーではなくフェブリを脱走させたのも計算のうち。『スタディ』の構成員は寿命の短いフェブリではなく、最近めざましい躍進を遂げつつある実験を優先するであろうと言う事。現状布束の知識は必要不可欠であり、この程度の反乱ならば見逃してくれるだろうという推測。そして……

 

(フェブリに教えた『御坂美琴』という言葉。彼女なら、あの子の味方になってくれるはず……)

 

 自分と同じく、1万人のクローンのために戦ってくれた彼女ならば、フェブリのため……そしてジャーニーのためにも立ち上がってくれるであろうという確信が、布束にはあった。

 

(なら私に出来ることは、少しでも多く時間を稼ぐこと。そして外部になるべく多くの『スタディ』に関するヒントを残して、彼女の到着を待つ)

 

 フェブリの飴玉のデータを探る事も忘れてはならない。ケミカロイドが生きていく上で必要な、体内の毒素を中和するあの飴は、フェブリやジャーニーの未来のためにも絶対に必要だ。

 

(必ず助けて見せる。何があっても、私は彼女たちを諦めない)

 

 有富のいう付属品と言うのがなんなのか、布束には見当もつかない。拷問道具なのか、行動を制限する拘束具か。はたまた精神を誘導する薬品か? 様々な憶測が頭の中を駆け巡り、心に不安が広がっていく。だが彼女の心は決して折れない。その身に宿る良心と、少年から与えてもらった光がある限り、彼女が立ち止まる事は決してない。

 

「なに、付属品と言ってもただの人間さ。精神系能力者でもなければ、薬や機械のプロフェッショナルというわけでもない」

 

「ちょ、ちょっと有富? 部外者をこの建物の中に入れたっていうの!? そんな事をして万が一の事があったら……」

 

「万が一? それはありえないね。なにせその人物は───」

 

 自動ドアが開閉し、関村とその人物が入室してきた。車椅子に乗ったその人物を見て、布束砥信は絶句した。

 

「自ら動くことも出来ず、そして喋る事も出来ない。言わば廃人だ」

 

 虚ろな表情で、ぼんやりと前だけを見ている少年がいた。患者用の入院服に身を包んだその姿は、最後に見た姿とほぼ同じだ。唯一違うのはその衣服が、所々血に染まっているという一点のみ。

 布束砥信はその少年の名前も、能力も、性格も何もかもを知っている。だがなぜ……

 

「なんで……なんで貴方がここに……?」

 

 木原統一。布束の心の支柱である彼が、『スタディ』によって捕らえられていた。

 廃人だと、有富は言った。まさしくその通りだ。彼に精神というものは残っていない。自分と冥土帰し(あの医者)が全身全霊を賭けた結果、取り戻せたのは命のみ。……それでも、長いリハビリを終えれば第2の人生は送れるはずだと、あの医者は言った。それが何故────

 

 ガタリ、と席を立つ布束を見て、有富は満足そうな表情を浮かべた。

 

「どうやら効果はあったようだな」

 

 そんな有富の反応も、布束の思考には入ってこない。何故、どうして、といった疑問が彼女の脳内を埋め尽くす。いつもの平常な思考は既にどこにもない。

 

「彼は一体……?」

 

 一方、事情を知らない『スタディ』のメンバーはあっけに取られている。唯一、車椅子を押してきた関村は事情を知っているらしいが、他のメンバーにとっては寝耳に水の出来事のようだ。

 

「名前は木原統一、と言ったかな。あの木原幻生先生の関係者らしいが、まぁそんな事はどうでもいい」

 

 正直に言えば、どうでもいいとは言い難い。自分たちの計画を『夏休みの自由研究』と蔑んだ恨みは、今日まで自分たちの背中を押し続ける原動力でもあった。その関係者とくれば、思うところがないはずがない。

 

「大事なのは、彼を押さえてさえいれば、今後布束君の全面協力が約束されるという事さ」

 

 その言葉を聞いて、桜井は有富の意図を察した。誰よりも布束砥信の反乱に憤りを感じていた彼はどうやら、その心を折るのに最高のカードを持ってきたらしい。

 

「レベル4の肉体再生(オートリバース)という、なかなかの高位能力者らしいのだが、実験の影響で精神が壊れてしまったとか。その実験には布束君、君も大きく関わっていたらしいねぇ」

 

「……っ」

 

 バレている。そう布束は確信した。絶対能力進化(レベル6シフト)計画の全容を有富が把握しているとは思えないが、少なくとも彼との関係は知られているようだ。

 

「さて布束君。今後君が少しでもおかしな真似をしたら……」

 

 と有富が言うと、関村はナイフを取り出して木原統一の頬に押し当てた。布束の顔に緊張の色が走る。

 

「……っ」

 

 勝敗は決した。結果は火を見るより明らかだ。先ほどまでの強気な姿勢は見る影もなく、布束砥信の心は完全に折れた。

 

「……どうやら、本当に良い買い物をしたようだ」

 

 目を伏せ唇を噛む布束を見て、有富は満足そうに背もたれに寄りかかった。あの、どこまでもふてぶてしく自分たちを見下していたこの女が屈服する様を見れただけでも、出した金額以上の利があったと、彼は確信した。

 

「へぇ、ここまで効果があるなんて。有富、君は一体どこから彼を手に入れたんだい?」

 

 有富と同じく、満面の笑みを浮かべながら斑目は尋ねた。

 

「なに、彼女に計画を台無しにされた者からの、ささやかな復讐らしい。仲介人を挟んでの交渉だったが、この少年……木原統一君が壊されるまでの実験データ付だったからね。金額にさえ目を瞑れば、信用に足るいい取引だった」

 

 ピクリ、と布束の肩が動いた。

 

「付いてきた映像には流石の僕も目を覆ったよ。この僕が、高位能力者に哀れみを感じるくらいには残酷だった。ただの能力テストであそこまでやるとは、流石は幻生さんの関係者といったところかな。実験に対して一切のブレーキが存在しないのは見事と言わざるを得ないね」

 

 布束の思考が加速を始める。実験データが付いてきた? ありえない。絶対能力進化計画のデータは極秘中の極秘のはず。そもそも、ただの能力テストとはどういう事だ?

 

「仲介人の胡散臭ささえなければ、言うことなしの取引だったのだがね。冗談みたいな話だが、アロハシャツにグラサンという、知性の欠片もない姿だったよ。はは」

 

 その一言を聞いた瞬間、布束の中で何かがカチリとはまった。

 

「アロハシャツ……?」

 

「やはり顔見知りか。君はかなり恨みを買っているようだな」

 

 なにかが起きている。布束も有富も、この場にいる誰も知らない事態が進行しているのがわかる。だがそれがなんなのか、布束砥信には見当もつかない。その胡散臭い仲介人が、布束が想定している人物だったとしてだ。その人物が何故『スタディ』に木原統一を売り渡すのか。付いてきたデータというのは何の話だ?

 

「これでまた一つ、懸念材料が減った。さて、先ほどの分担通りに事を進めようか」

 

「そうだ有富、フェブリの捜索はどうするんだい?」

 

「……一応、最低限の捜索はしておこう。作業に支障を来たさない範囲で、監視カメラによる検索でもかけておこうか。……しかし、今頃どこで何をやっているのやら───」

 

「ああ、フェブリ(あの子)なら今頃病院だ」

 

 誰も予期していなかった声が、アジトに響き渡った。

 

「つーかよォ、お前らのせいなのか? 俺や土御門みたいな男には微塵も懐かねえんだよなあの子。……まぁ、女性でも御坂美琴(一部例外)がいるわけだが。まったく、佐天さんが面倒を見てくれてホント助かったわ」

 

「な……に……?」

 

 口を利く筈もなく、自らの意思で動くこともない。それどころか、その意思さえも破壊された筈の車椅子の男の言葉に、布束を除く『スタディ』のメンバーは息を呑んだ。

 

「あー悪いな土御門。作戦変更だ」

 

 ありえない。もしも彼があの後、学習装置(テスタメント)から知識を入力されたとしても。この短期間でここまでの人間性を取り戻すのは不可能な筈。それはあの事件以来、彼の治療法を頭の中で組み立て続けていた自分がよく知っている。

 

 ───なら、この少年は?

 

「貴方は、誰?」

 

 偽物だ。木原統一ではないまったくの別人が、変装して潜入してきた。……本物である筈がない以上、それ以外には考えられない。

 

「誰だ貴様は!?」

 

 布束の疑問に対し、畳み掛けるように有富は叫んだ。

 

「さっき自分で言ってたじゃねぇか、マヌケ」

 

 車椅子の男の刺すような視線が、有富に突き刺さる。

 

超能力者(レベル5)の第8位、木原統一だ……ま、俺が誰かなんて事はこの際どうでもいい。んな事より───覚悟しろよクソ野郎共」

 

 

 

 





 流石にこいつらのファンはいないと思いたい……いたらごめんなさい。ちなみに私はこいつらの顔と名前が一致しません。

 そして布束さんがやる気を出したため、フェブリの脱走が原作より3日ほど早いです。




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040 Flashed in the sky. 『8月25日』 Ⅱ

 
 
 『禁書っぽくなさ』って凄い難しい。
 フラグ回収シーンなんて本編の何処にあるんじゃー!
 
 
 




「あ、あの野郎、やりやがったな」

 

 『スタディ』の根城である雑居ビル。その向かいに建っている建物の屋上で、例の仲介人は舌打ちしながら呟いた。ギリギリと握り締めた無線機がもし喋れるなら「ありがとうございます、ありがとうございますッ!」と言わんばかりの状態である。無論、そのまま握り潰してしまっては元も子もないので、アロハシャツの仲介人は大きく溜息をつき、気持ちを落ち着けた。

 

「あーこちら"人生と書いて義妹(いもうと)と読む"……超電磁砲(レールガン)、そちらの状況を」

 

『そのふざけた名前、本当に気が抜けるわね……それに状況もなにもないわよ。建物の中に回線が繋がったのって、ほんの数分前じゃない。初春さんは?』

 

『えーとですねー……大丈夫です。思ったより内部のセキュリティは甘いみたいですね。想定より2分は早く終わるかと』

 

「2分か……わかった。最初に指示した通り、ディフュージョン・ゴースト……ジャーニーに関する機器にだけはアクセスするなよ。専門家でもない俺達が弄るのは危険過ぎる。警備員(アンチスキル)に突き出すだけの情報が揃ったら……」

 

『わかってます』

 

「……よし」

 

 そう言って、仲介人は回線を切った。

 

「さて、思ったよりは早く事が済みそうだけどにゃー。穏便に終わらせるっていうプランはなくなっちまったようだぜい」

 

 本来の計画であれば、"中継器"の潜入後、ハッキングにより犯罪の証拠を収集し、警備員(アンチスキル)に突き出せば済む話だった。だがその中継器の正体がバレてしまった以上はそうもいかないかもしれない。

 

(でもこれは木原っちのミス。自分の尻は自分でなんとかするんだにゃー……おっと)

 

 これをミスと呼ぶのは間違いだろう。プロである土御門さえ、木原統一の立場ならどうしていたか。もしも土御門舞夏(大切な人)が目の前で涙を流していたのなら。そう考えれば、この行動は必然と言えるかもしれない。

 

「ま、今回は大目に見てやるぜい。行ってこい色男」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

超能力者(レベル5)、だと? ……いや待て、それ以前に貴様は廃人だったはず────」

 

「これが廃人に見えんのか」

 

 想定外の出来事に、有富は拳を握り締める。そんな彼の様子を見て、桜井は声を荒げた。

 

「あ、有富! 貴方まさか、渡された実験データとやらを鵜呑みにしてコイツをここに……!?」

 

「そんなミスを僕がするものか! こちらでも何重に検査をした! 渡されたデータの解析だって、僕は怠らなかった!! こいつは間違いなく廃人状態だったんだ、そうだろう関村!!?」

 

 そう問われて、関村は首を縦に振った。その瞬間───関村の右腕が一瞬にして燃え上がった。

 

「は、え――――ギャァァァァァァァ!!!」

 

 悲鳴とほぼ同時に、関村が取り落としたナイフの金属音が室内に響き渡る。

 

「いつまでその物騒な物を向けてるつもりだ、クソッタレ」

 

 火はすぐに消えた。床に転がり、腕を押さえながらすすり泣く関村を一瞥した後、木原統一は有富に向き直った。

 

「く、小佐古!」

 

 有富が指示を出すと、小佐古は目の前のパソコンを弄り始めた。そしてその数秒後に────

 

『侵入者を検知しました。これより排除行動に移ります』

 

 自動ドアが勢いよく開き、ドラム缶型のロボットが3機入室してきた。学園都市の街中では珍しくもない、監視、通報、清掃などを一手にこなす万能ロボは今回、違法に改造されたらしくマシンガンが装着されていた。

 

「ふ、ふふふ。見たところ発火能力者(パイロキネシスト)のようだが、そんな君に多方向からの銃撃を防ぐ手段はあるのかい?」

 

「……」

 

「ま、待って有富! こいつはさっき自分は超能力者だと────」

 

「それがどうした。奴が能力を使うよりも、こちらの銃のほうが早い!」

 

 確かにそうかもしれない。だが桜井はその言葉を聞いても安心できなかった。何故なら、車椅子の男はまったくといっていいほど動揺していなかったからだ。

 

 嫌な予感が全身に広がっていく。目の前で仲間の一人が、腕を焼かれるというショッキングな絵を見たのも影響しているかもしれない。

 

 そんな緊張の糸を切ったのは、動揺などするはずのない機械音だった。

 

『警戒態勢解除。配置に戻ります』

 

「……は?」

 

 ガチャガチャと銃を仕舞い、ドラム缶型ロボは次々と退室していく。

 

「ま、待て! 僕はそんな指示は出していない!!」

 

 目の前のキーボードをいくら叩いても、ロボ達は帰ってこない。それどころか───

 

「あ、れ……? ちょっと待て……なんだこれ?」

 

 警備ロボどころではない。この施設に対するアクセス権が丸ごと掌握されつつある事に、小佐古は気づいた。

 

「あ、ありえない……ありえないありえないありえない!!! なんだよこれェ!!? どうやって入った!? 防壁は!? そもそもどこからアクセスしてんだよ!!? だって───

 

「……常盤台の超電磁砲(レールガン)

 

 ボソリ、と木原統一は呟いた。その瞬間、小佐古は動きを止める。

 

「そして風紀委員(ジャッジメント)守護神(ゴールキーパー)。この二人が手を組んで、落とせないセキュリティがあると思うか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「なんて勝手な事言ってるけど、こっちの事情も考えなさいよあのバカ!」

 

 目の前の機器と火花を散らしながら睨めっこをしている車椅子の少女。常盤台の超電磁砲こと御坂美琴は叫んでいた。

 

「病み上がりで本調子じゃないってのに、仕事増やしてんじゃねぇぞゴラァ!!」

 

「まぁまぁ、御坂さん。御坂さんだって……布束さんが泣いてるのを見て怒ってたじゃないですか」

 

 笑いながら、圧倒的な速度でキーボードを叩き続ける守護神(ゴールキーパー)こと初春飾利。その表情とは裏腹に、最強の電撃使い(エレクトロマスター)である御坂ですら舌を巻くハッキング技術で、暗部組織『スタディ』の防衛網を次々と突破していく。

 

「いいですよねぇ~、『大切な人を助けるために、力を貸してくれ』だなんて。あんな風に頭を下げられちゃったら断れませんよ~」

 

 憧れと羨望。そんな乙女な表情を見せる初春だが、えげつないスピードで敵の城を蹂躙していく彼女の指先は留まる事を知らない。

 

「……私の時は普通に『力を貸せ』だったんだけど……」

 

 そんな御坂の前にあるのは、木原統一から渡された特殊な機械。電気使い(エレクトロマスター)と組み合わせる事により、ネットワークに繋がれていない電子機器へのアクセスを可能にする謎の兵器だ。

 ……詳しい技術は御坂にもわからない。わかっているのはあの男が使用している車椅子と対になっている事と、屋内でのみ効果を発揮する事。そして、どういう原理でコレが作動しているのかと聞いた時の、「……滞空回線(アンダーライン)に似た……いや、なんでもない。空気中に見えない回線を敷く装置だと思ってくれ」という回答のみだった。

 

「んまー、入院中のお姉様に向かってなんて失礼な。やはりあの類人猿共々、あの時葬っておけばよかったですの」

 

「はいはい白井さん。今は忙しいからそれくらいに……見つけました! 未登録の駆動鎧(パワードスーツ)を横流しした機関への送金履歴です! 白井さん、警備員(アンチスキル)に通報を!」

 

「……私だって、布束(アイツ)に言いたい事はたくさんあるんだから。とっとと助けて来なさいよね、まったく」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「種を明かしちまえば簡単な話だ」

 

 冷ややかな目を向けながら、淡々と木原統一は話し始めた。

 

「どれだけ検査機器を並べようが、片っ端からハッキングを繰り返せば無力化できる。俺を廃人だと偽る事も、警備ロボの無力化も……別段、驚くような事はなにもしてねえんだよ」

 

「……い、いや。その理屈はおかしいだろう!? そもそも、孤立状態(スタンドアローン)のネットワークにハッキングなんて……」

 

 小佐古がそう言い終わるか否かというタイミングで、ガチャリという金属音が響き渡った。

 

「理屈なんてどうでもいい……調子に乗るなよ能力者」

 

 有富が懐から銃を取り出し、木原統一に突きつけていた。

 

「これ以上僕達の計画の邪魔はさせない。今すぐ、この施設へのアクセス権を戻せ」

 

「……はぁ。いい加減『諦めろ』よな。こっちは、さっきの警備ロボを呼び戻す事だって出来るんだが」

 

 たとえ木原統一を撃ち殺した所で、ハッキングは止まらない。さらに言えば、先ほど木原統一に向けていたマシンガンの銃口を、有富たち『スタディ』のメンバーに向ける事すら可能。外部から自分たちを守る無敵の要塞が、脱出不可能な牢獄に変貌した瞬間だった。

 勝敗は決した。それを悟った有富以外のメンバーは膝から崩れ落ちていく。

 

(ふざけるな。こんなところで、こんな幕切れで、こんな奴に計画を邪魔されてたまるか!!)

 

「なぁ、おい。どんな気分だ? 自分の組織を破滅に追い込んだ感想は」

 

「ぐっ……」

 

 悔しさで有富の顔が歪む。パニック状態の思考を必死で押さえ付けながら、逆転の手を考え続ける。

 

(ち、畜生、布束(あんな女)を脅してやろうなんて思わなければこんな事には……いや、まて)

 

 ふと有富の頭に浮かぶ一筋の光。もしかしたら、なんとかなるかもしれないという可能性。この状況を打破できる最後の手段。

 

 それが地獄の扉とも知らず。彼は迷わずその道に足を踏み入れる。

 

 ゆっくりと、木原統一に向けた銃口を構え直す。そう───先ほどから呆気に取られている白衣の少女へと。

 

 布束砥信。彼女ならば人質に成り得るのではないかという可能性に、有富は気づいたのだ。

 

 瞬間、冷静だった木原統一の顔から余裕が消えた。そしてそこに有富は勝機を見た。

 

「く、ククク、ふははははははは!! 最後の最後で詰めを誤ったな能力者! さぁ、この女を助けたかったら───

 

 ギャリ、という金属音を、その場にいる全員が耳にした。

 

「テメェ、自分が何やったのかわかってんのか?」

 

「……は?」

 

 気が付くと、有富の構えた銃は()()されていた。単純な破壊ではなく分解。握り手の部分を残し、バラバラと音を立てて銃の部品(パーツ)が崩れ落ちていく。

 

「まぁ元々許す気はなかったが。それでもプライドをズタズタにする()()で勘弁してやろうと思ったのが間違いか。あー失敗失敗……ってこれは親父の口癖か。はは」

 

 いつのまにか、木原統一の車椅子から2本のアームが伸びている。先端はさらに3本の指のような形状に分かれており、どうやらそのアームが何かしたらしい、という事のみ有富は認識できた。

 

「能力よりも知性が勝る? 学園都市の支配構造の変革だぁ? ……馬鹿馬鹿しい。実験動物に嫉妬する科学者なんざありえねぇだろうが。知性を主張するなら、まずそのズレた認識から組み直せ……ってのが親父からの伝言だ」

 

 ギャリギャリギャリ!! という金属の擦れ合う音と共に、その車椅子から次々とアームが生えていく。そしてそのアームの一つ一つに、アルファベットの文字列が刻まれていた。

 

 Made_in_KIHARA.

 

「今からお前を『諦め』させてやるよ。木原病理(『諦め』のプロ)が作った廃棄予定の試作品を、木原数多(精密緻密を司る『木原』)が改造したコイツでな」

 

 無数に分かれたアームの一つ一つに意志が宿る。学園都市が有する木原一族(知性を司る者達)の力の片鱗。徹夜2日目の男が、子供のために片手間で完成させた日曜大工の延長線。そんな物でさえ、有富達を絶望させるのには十分な作品だった。

 

「幸いにして、拷問に関するデータは揃っている───この街の知性、その身をもって味わいな」

 

 ゾクリ、という怖気が有富を襲う。有富が連想したのは、目の前の男が受けたあの光景。能力者嫌いの彼が同情すらするほどの惨劇。いやまさか、と。考え直す間もなく有富の口から出たのは命乞いの言葉だった。

 

「ま、まて、やめろ。わかった、僕達の負けだ。こ、降参するから! だから───

 

 対する木原統一と言えば。こいつは何を言っているんだ? という表情で首をかしげた。

 

「『諦めろ』……そう言ったはずだが?」

 

 その言葉で、有富の心は絶望に覆い尽くされた。

 

「あ、あああ、ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」

 

「ぬぁにやってんのよアンタはァァァァァァァァ!!!!!」

 

 瞬間、車椅子ごと瞬間移動(テレポート)してきた御坂美琴(+白井黒子)に超電磁砲(レールガン)を叩き込まれ、木原統一は車椅子ごと吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 

「ぬわぁーっ!!? 嘘だろ!!? せっかく親父に無理言って作って貰った木原印の車椅子がッ!? いきなりバイバイスクラップとか親父になんて説明したらいいんだよオイ!」

 

「アンタがブチ切れて見境なくなってたのが悪いんでしょーが! もうすぐ警備員(アンチスキル)が到着するって言うのに、アンタが悪役になってどうすんのよ!! 初春さんなんてカメラ越しに涙目になって震えてたわよ!!」

 

 恋愛モノの映画がスプラッタ系になるところでした、と後に初春飾利は語っている。既に1割ほど手遅れとなってしまった有富の存在もあるのだが、それはギリギリ彼女の許容範囲内らしい。

 

「だからって何でいきなり超電磁砲(レールガン)!? もうちょっと穏便な止め方あっただろうがよォォォォ!!!」

 

「そのセリフ、そのまま自分の胸に刻み込めやゴラァァァ!!」

 

 車椅子の破片を拾いながら涙目になる少年と、車椅子に乗って先ほど超電磁砲をぶっ放した少女の会話を、布束砥信はぼんやりと眺めていた。

 

「立てますか? 布束さん」

 

 ふと、常盤台の制服を着たツインテールの少女に声を掛けられた。右腕には風紀委員(ジャッジメント)の腕章。先ほどまでは有富達の拘束作業を行っていたようだが、どうやらそれも終わったらしい。

 

 突然の出来事に、布束の思考力は大混乱していた。たしかに自分はフェブリを脱走させ、御坂美琴に一縷の希望を託した。だがしかし、これほど早くに、これほど簡単にいくとは思うはずもなく。ましてやあの少年が何故か起きて、話して、御坂美琴に説教を貰っているという謎展開。どう考えても、布束の発想の11次元斜め上である。

 

「ありがとう。……まさか、彼らを捕まえるのが警備員ではなく風紀委員になるなんて、思いもしなかったわ」

 

 格はたとえ低くても、『スタディ』は一応暗部組織である。学園都市の闇の一端を、表の住人が捕らえる事になるとは考えもしなかった。

 

「……まぁ不本意ながら、私達だけではどうにもならなかったのは事実ですわね」

 

「……?」

 

「フェブリの事、そしてこの組織の事も。全てあそこにいる野蛮じ……ゴホン。殿方からの情報がなければ辿り着けなかったかもしれませんですの」

 

「……」

 

「さ、時間がありませんですの。後の事はあの殿方から直接お聞き下さいまし」

 

 そろそろあの殿方も、お姉様から引き離さないと。などとツインテールの風紀委員が言い終わると同時に、カチリと景色が切り替わった。薄暗く、先ほどの超電磁砲で大穴が開いた『スタディ』の拠点から一転して、夏の日差しが眩しい屋上へと瞬間移動(テレポート)したようだ。

 

「ちょっとまてまだ話は───てオイ! お構いなしかアイツは……」

 

 ほどなくして、緑色の患者服を来た少年が現れた。先ほどまで御坂美琴と口論していた、本来ならここにいるはずのない、病院のベッドの上で寝ているはずの少年が、こちらに背を向けて立っている。

 

 わかっている。あの少年は自分の知っている彼ではないことくらい。

 

 それでも、こう問わずにはいられない。

 

「……統一君?」

 

 その声を聞いて、木原統一は振り返った。

 

「……久しぶり」

 

「…………嘘」

 

 覚えてるはずがない。脳細胞ごと全てを破壊された彼が、こんなにも人間的に振舞えるはずがない。

 

「ありえない。貴方は、だって……」

 

「……ああ、まいったな」

 

 なにかを悟ったかのように、木原統一は言葉を続ける。

 

「冷静に考えると、俺にはその資格が無いのかもしれない。『木原統一』を名乗る資格が。結局の所、俺は何も出来なかった。実験を止める事も、この組織の壊滅も、俺がやらなくても誰かがやってくれる事だったんだ。余計な事に首突っ込んで、状況を更に悪化させて。どの面下げて俺はここに……」

 

 布束砥信には、彼が何を言っているのかまったく理解できなかった。恥じているのか悔いているのか。まるでなにかをまくし立てるように、自らに言い聞かせるように彼は言葉を並べ立てていく。

 

「あ、貴方は一体───

 

 何を言っているのか。貴方は私の知っている彼ではないのか。そんな布束の疑問は、轟音と共にかき消された。

 

 バリバリバリバリ! と風を斬る音がビルの陰から姿を現した。学園都市製の人員輸送用回転翼機の近づく音だ。

 

「だから俺は、これ以上関わるべきではないんだと思う。俺という異物(イレギュラー)がこれ以上関わらなければ、布束砥信という人物は安全なはずだ」

 

 布束ははっとした。彼の口から紡ぎだされるこの言葉は、まるで別れの───

 

「大丈夫だよ、後の事は御坂と白井に任せてある。フェブリとジャーニーもカエルの先生がなんとかしてくれる事になってる。俺はもう必要ないはずだ……それじゃ、元気でな」

 

「ま、待って!」

 

 布束の制止も聞かず、言うべき事は言ったというように、木原統一は背中を向けた。

 

 ヘリはゆったりと着陸し、木原統一はそのヘリに乗り込もうと足を掛け───

 

 

 

 

 

 

 

 

 グシャリ、という音を布束砥信は聞いた。

 

「それじゃ、ではありません。何してんだこの野郎、とミサカはメリケンサックを装着した右手で右フックを繰り出します」

 

 その右手が入ったのは木原統一の顔面だった。片足をヘリに掛けていた木原統一は当然後ろに倒れこみ、背中を思いっきりアスファルトに打ち付ける。

 

「ごっ!? ……な、何故、お前がここに……?」

 

「言うべき事を貴方が言わなかった際に、その逃亡を防ぐための安全弁として機能するのがこのミサカ9982号です、とミサカはそのまま飛び降りて膝を貴方の腹に叩き込みますッ!」

 

 ぐふぅ! という、どこかの中ボス辺りが死に際に放ちそうな声がした。常盤台の制服に軍用ゴーグル。布束砥信が知らないはずもないその人物。つい先日、足が千切れてしまったはずの妹達の個体の一人である彼女だが、既にその傷が完治しているところは流石は学園都市というところか。

 

「あ、貴方は……」

 

「お久しぶりです。とミサカはッ! このヘタレをッ! 床の染みにするためにッ! 全快したこの足の調子をアピールしながら挨拶しますッ!」

 

「ちょっと待てゴファ!! スパぎッ!? 何故スパイクをォ!? 履いてるんだテメゲフゥ!?」

 

「それを貴方がッ! 知る必要はありませんッ! とミサカは止めを刺しながら叱責しますッ!!」

 

 そうして、木原統一は動かなくなった。無論、傷は端から回復してはいるものの、痛みから来る精神的ダメージで動けなくなっているらしい。

 

 本日何度目かの、布束の理解を超えた事態が発生した。つい先日まで死ぬはずだった妹達の個体の一人が、感情表現豊かになった上であの木原統一を踏みつけて愉悦に浸っているという光景。もはや自分に正常な思考力というか、この状況を正確に判断、推理する機能はもう存在しないのではないか。もしかしたら、今は私は有富達に精神操作系の機械か能力を接続されているのではないか、とさえ考え始めた布束砥信17歳がここにいた。

 

「……な、にをしているのかしら?」

 

 勇気と諸々のなにかを振り絞って、布束は質問した。

 

「ヘタレはこうするのが一番……いえ、こうしなければならないという情報を、信頼できる筋から入手しました。とミサカは懇切丁寧に報告します」

 

 ちなみにその情報源が、ヘリのコックピットで腹を抱えて笑っている事をミサカ以外誰も知らない。そしてその正体は、スパイクやメリケンサックを買い与えたどこかのアロハグラサンである。

 

「……いえ、まずミサカには貴方に報告しなければならない事がありました。とミサカはハッと我に返ります」

 

 報告、と聞いて布束は思わず身構えた。絶対能力進化(レベル6シフト)計画が頓挫したのは、人づてに聞いて知ってはいる。もしかしたらその事だろうか? それとも計画の後始末の件か? 未調整、あるいは再調整の必要な妹達の話か?

 

「まず第1に───

 

 それとももしかしたら。あの計画、あの実験に関わった者たちへの恨み言───

 

「このヘタレですが、正真正銘、貴方の知っている人物で間違いありません。とミサカは貴方の認識を改めるように要求します」

 

「……え」

 

「信じられないでしょうが事実です。記憶、知識等に欠損は見られないというのが冥土帰し(あの医者)の診断結果でした。とミサカはカルテを───

 

 と、9982号が出したカルテを見た瞬間。布束砥信は9982号との間合いを一気に詰めてカルテをひったくった。

 

「は、早い……そのステップなら世界を狙えるかもしれません。とミサカは昨日見たG-1グランプリを思い出し、格闘家としての血が騒ぐのを感じます」

 

 結局の所。このミサカがこの状態なのはやはりテレビのせいだった。

 

「……脳波パターンのデータは間違いなく彼の……偽者のデータ……いや、私が施した学習装置(テスタメント)のアクセス履歴も一致してる……あの医者のいる病院のセキュリティを破って、データを手に入れるのは……」

 

 疑い出せばキリがない。だがしかしもしコレが偽者だったとしても、手間が掛かり過ぎているのも事実だった。

 

「そして第2に」

 

 ガスッ! と足元の男の頭を踏み付けて、ミサカ9982号は言い放った。

 

絶対能力進化(レベル6シフト)計画の崩壊に深く関わった自分は、貴方を助けた後は近づかない方がいい……などと世迷言を考えているようです、とミサカは報告します」

 

 ピクリ、と布束砥信の動きが止まった。

 それと同時に、木原統一は勢いよく立ち上がり、ミサカ9982号を跳ね退ける。

 

「世迷言なわけあるかっ! このまま二人仲良く警備員のお世話になったら、確実に外部に情報が洩れるだろうが。そうしたら───

 

「indeed、私と貴方の関係性から、あの計画の裏を探ろうとする輩が出るかもしれない、という事ね?」

 

 もう限界だ。身体中を駆け巡る、電流のような衝動を抑えられない。

 

 そして彼女は、そのまま少年の背中に両腕を回して。

 優しく抱きしめた。

 

「……な───

 

 それは感情の爆発だった。身体の内側から溢れ出るその想いを布束砥信は押さえ付けられずに、また押さえる気すらなかったのだ。

 

 

 最初は偶然の再会だった。科学者だった頃の面影もなく、普通の学生のような暮らしをしている彼を見た時は驚いた。身長はとっくに抜かされていて、体格もすっかり男の子らしく……はないかもしれないけれど。ほんの少しの会話が、荒んでしまった心を洗い流してくれた。

 

 その時の気持ちが忘れられなくて、今度は自分から会いに行った。

 昔を思い出せるように、あの時の服装で。そして期待通りに、期待外れの反応を彼は見せてくれた。もう未練はない。自分の罪と向き合う覚悟と勇気を、彼から貰った。そして……妹達に関して、何故彼が知っていたかはわからないけど。私を止めようとしてくれた彼に、私は酷い事を言ってしまった。

 

 それは突然だった。彼の脳波パターンが、学習装置(テスタメント)の知識が必要と言われて、半ば攫われるように病院に着いた。見るも無残な姿に、そしてその原因を聞いて愕然とした。その後の事はよく覚えていない。あのカエル顔の医者の提案が最善だと判断して、全身全霊を振り絞った。

 

 …彼のお陰で、実験は一時中止となった。

 それでも、だとしても。そのために払った代償は大き過ぎた。

 

 私のせいだ。彼の負けず嫌いな性格、思考パターンは、誰よりも把握していたはずなのに。この結末を私は予測できなかった。

 

 

 ───もう失うものはない。

 あるのはこの血に塗れた両腕と、忌まわしい知識のみ。向かう先は闇の中。

 

 誰の手も届かない泥の中で、せめて彼らだけはと願った。

 道具として使い潰されるだけの彼女達が、私が救えなかった妹達の姿と重なってしまった。

 たとえ自分がどれほどの罪を抱えていても。どんな理由を並べても。彼らを見逃す理由には、ならなかったのだ。

 

 ……その闇の中から、自分を救い出してくれた存在がいた。

 

 そしてその人物は、もう殆ど諦めかけていた、私の───

 

 

「ありがとう」

 

 その言葉は、自然と口をついて出た。

 心配してくれて。命を賭けて戦ってくれて。こんな私を、見捨てずにいてくれて。

 

 生きていてくれて。ありがとう。

 

「ごめん」

 

 対する木原統一の口からは、謝罪の言葉が出てきた。

 

「心配かけて、ごめん」

 

「……うん」

 

 とびっきりの笑顔を彼に見られないように。渾身の力を込めて彼を抱きしめた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……何? その格好。暑くないのか?』

 

『well、なにと言われても困るわね。私の普段着なわけだけど。学園都市製だから涼しいものよ』

 

『普段着って……うーん、やっぱりそこまでぶっ飛んだ服装をしたくなるのが天才ってやつなのかなー。そういえば父さんも変な服装してるし』

 

『なんだかどこまでも失礼な事を言われてるみたいね。あんな3分間ヒーローみたいな服装と一緒にしないでくれるかしら』

 

『む、父さんの事を馬鹿にしているのかそれは』

 

『……変だって言ったのは貴方じゃない』

 

『あ、そうだった。俺の馬鹿野郎』

 

 本当だまったく。と私は溜息をついた。

 何故自分がわざわざ私服を見せびらかしに来たのか。そういう意味もわからないほどの大馬鹿野郎だ。

 

『いっその事、俺も服装から入ってみるかなー。服を変える事でインスピレーションが得られるかもしれないし』

 

『……はぁ、どこまでも科学にしか興味がないのね』

 

『当たり前だ!』

 

 やれやれ。このお調子者に、これ以上を期待するのは無駄か。

 と、思っていた矢先の出来事だった。

 

『……ねぇ、統一君』

 

『んー?』

 

『貴方……この数値の意味、わかる?』

 

 モニターに映し出された映像の一区画。少年の頭脳の動きを、くまなく監視、記録している機械から出力されたその数値の意味は───

 

『んー……ん? アレ? ちょっとまってこれって───

 

 笑いを堪えてはいるが耐えられない。これだから、この少年をからかうのはやめられない。

 

『貴方の大好きな科学は、どうやら正直者みたいね。どこかの誰かさんと違って』

 

『い、いや? 嘘だ!! そんな、俺は科学にしか興味がない人間なんだーっ!!』

 

 この装置をいますぐ外せーッ! とジタバタする少年を見て、私は思いっきり吹き出した。

 口ではあんな事を言っておいて、実はあの少年はこの服装に興味津々だったのだ。

 

『……もう許さないぞ』

 

 膨れっ面になった少年を落ち着かせるのに時間が掛かった。……というよりも、私の笑いが収まるのに、というべきかもしれない。

 

『いつか砥信ねーちゃんよりも偉くなって、今度はねーちゃんの頭をモニタリングしてやるからな』

 

『おおよそ乙女に向けるようなセリフじゃないわね』

 

『モニタリングして、恥をかかせてやる』

 

『悪ぶったって、科学への道は開けないわよ』

 

 こんな事を言う少年だが、そのセリフを言った途端、罪悪感という数値が機械によってはじき出される。まったくもって可愛いものだ。

 

『今に見てろよ……こっちは王子様の服装で対抗してやる』

 

 私のゴスロリが、少年にはお姫様コスに見えてしまったのだろうか。

 

『oh dear? そんな日が来る事を楽しみにしているわ』

 

 そんな日が来るとは到底思えないけれど。たとえ私より偉くなる日が来たとしても、彼が王子様に見える日は訪れそうにない。

 

『ふふ、精精頑張って頂戴……私の───可愛い王子様』

 

 その言葉で、また数値が揺れた。その数値の揺れで、私達はまた一騒ぎして笑いあった。

 

 これは、なんてことはない記憶の1ページ。

 

 そして私の、大事な大事な、宝物。

 

 

 

 

 

 

 

 

「おや、病院の時とは違ってチューはないのですか? とミサカは桃色ムード一色な二人を茶化します」

 

 腕を組み、ふむふむと二人を観察していたクローンの少女は突然とんでもないことを言い出した。

 

「……は?」

 

「な、ななななななにを言っているのかしらこの子は!?」

 

 ガバッ! と顔を離して(それでも背中に回した腕は離れない)布束は反論した。

 

「何をと言われましても。病院での───というか。記録ではそこのヘタレは意識があったらしいですが。とミサカは爆弾を投下しつつそろそろ逃げる算段をつけます。警備員(お迎え)がそろそろやってきそうなので」

 

「ちょ、おま───

 

「意識が……あった?」

 

 キリキリと向けられる視線。そこから逃れるように、その動きに対応するかのように目を逸らしてみるが。それがもはや答えになるのではないかという結論に、二人は同時に至った。

 

「ミッションコンプリート。これであの方からの依頼は完遂しました。それではさよーならー、とミサカは颯爽とヘリに乗り込みます」

 

 飛び去るヘリを忌々しげに睨みながら。はて、『あの方』とは一体……と考え、そして光の速さよりも早く、木原統一は結論に到達した。

 

(あの方って……土御門しかいねぇじゃねぇかァァァァァァァァァ!!!!!)

 

 「ざまぁみろ」という土御門の声が、間違いなく聞こえた。

 

「……統一君」

 

 そして熱を帯びたような乙女の声が、耳元で囁かれた。

 

 

 この後起こった出来事といえば。それはまったくのお約束のようなお話だった。

 

 曰く、私がやったんだから今度は貴方からよ、とか。

 曰く、ほっぺた(同じ場所)じゃ許さないわよ、とか。

 曰く、恥ずかしい思い出はそれ以上の、恥ずかしい思い出で上書きしなさい、とか。

 

 幸せメーターの振り切れた彼女は止まるところを知らず。要求したいだけの事を要求して。

 

 その望みを断るだけの高等技術が、木原統一にはなくて。

 

 そしてその瞬間を、警備員や御坂美琴達が目撃してしまって。

 

 冗談のような嘘のような、その言葉で二人の物語は幕を閉じた。

 

「……不純異性交遊じゃん? とりあえず、二人仲良く連行するじゃんよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うーん、『庇護対象』としての価値は薄味になって(死んで)しまいましたねー。その代わりに『ヒーロー』性を獲得とは。プラスなのかマイナスなのか、判断に困る成長です」

 

「アレを『ヒーロー』とは、私は絶対に呼びたくはないがね」

 

 犬用のストレス緩和用製品である、骨状の巨大ドックフードをかじりながら、そのゴールデンレトリバーは呻いた。

 

「やーん、先生ったら相変わらず彼のことが嫌いなんですね」

 

「別に、嫌いというわけではないがね。未知との遭遇というものは、いつの日も科学者を夢想させ、可能性というものを見せてくれる。久しく忘れていたモノを体験させてくれたという意味では、有意義な代物だよ」

 

 ただし、と彼はこう付け加える。

 

「未知を恐れず、手探りの中を飛び込んでいくはずの『ヒーロー』と同じにするのは断固反対だ。どこまでも借り物の人間の姿なぞ、見るに耐えんよ」

 

 そんなものですかねーと、スーツ姿の女性は微笑みながら話を聞き流した。被験体として以外に、『ヒーロー』なんてモノに興味はない。ロマンチストな彼と違い、彼女はどこまでもリアリストなのだ。

 

「未知、ですか。それはあの統括理事長でも同様なんですかねー」

 

「さて、かの王は既に取っ掛かりを見つけているかもしれないが……まさか唯一君」

 

「いえいえ、そんな。別にこの街の転覆とか、打倒統括理事長とか。そんな物騒な事は考えていませんよー」

 

 やだなぁまったく。と言いながらその女性は、喋るゴールデンレトリバーである自らの師匠に、ドックフードをもう一本追加した。

 

 木原唯一。『数多』の『木原』の中でも一際異彩を放つその女性は優しく微笑み、こう告げる。

 

「その未知の領域を科学で制覇するのは、やっぱり『木原』じゃなきゃダメだと思っただけですよ。脳幹先生」

 




 
 
 作者の描画限界のはるか彼方の存在。それがヒロイン。

 難しいものです。
 

 そして次回は、旧約4巻に入ります。
 嘘です、入れません。日付的に。

 その直前のお話になります。


 
唯一「ジャンク!」

脳幹「これはおやつだからセーフ」


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第4章 揺れる刃 041 No more break. 『8月27日』 Ⅰ

 書き終わってみたら意外と短い……そんな話でした。
 
 
 いや前話が長過ぎるだけというのもありますが(過去最長)
 
 
 


「やだやだやだ! 私もとうまと一緒に海に行きたいんだよ! そうやってとうまはいっつも私をのけ者にして!!」

 

「だーっもう! 俺だって行きたくて行くわけじゃねーんだって! 小萌先生がしばらく"外"に行ってなさいって言うから仕方なくだな……」

 

「……仕方なくとかなんとか言って、どうせまた女の子といちゃいちゃしてくるに決まってるんだよ!」

 

「な、何を言ってやがりますかインデックスさん? そんな素敵イベントが不幸な上条さんに待ってるわけないでしょーが!」

 

「……平和だ」

 

 上条家のいつもの一コマ。小さなテーブルを挟みこんで行われている、半ば儀式のような口論を眺めながら、自然とその一言は口をついて出てきた。平和だ。炎の魔術師から逃げ回らなきゃいけないとか、スーパー錬金術師が窓からおはようございますだとか、そんな気配は微塵もない。あぁ、なんて平和な日常なんだろうか。

 

「油断ならないんだよ。海に行くって話をしたら、とうまからは絶対に目を離しちゃいけないって、あいさが言ってたもん」

 

「……姫神……まったく、何言ってんだアイツ───

 

「レベルカンストの和風美人を引っ掛けてくるから気をつけろって言ってたもん」

 

「マジで何言ってんだアイツ!!?」

 

 あの出来事から2日が経過した。短いような長いような、ある意味であの一方通行(アクセラレータ)や『アイテム』と戦うよりも厄介な。そんな2日が過ぎ、俺こと木原統一は上条宅で平和を享受している真っ最中だ。

 あぁ、思い返してみれば大変だった。警備員(アンチスキル)に連行されながらも、絶対に離れない彼女との仲を黄泉川先生にからかわれ続け、初春飾利(ハッピーヘッド)御坂美琴(超電磁砲)の熱っぽい視線にさらされながら、連絡を待つこと数時間。

 俺と彼女は『スタディ』に捕らえられた一般人として処理されて、フェブリやジャーニーの調整の関係で彼女は海外の学園都市関連施設へと行く事になったのだ。

 

 この辺りの流れは原作とはちょっと違っている。本来では超能力者(レベル5)の第5位、食蜂操祈(みさき)の力を借りて(御坂美琴のプライドやらなんやらを最大限消費して)『スタディ』との抗争をなかった事にするはずだが、今回は単純な情報操作のみで切り抜ける事ができた。この辺りは土御門と事前に打ち合わせ済みだったのが良かったらしい。

 

 相手の組織の名前と規模、本拠地の位置、そして目的。フェブリ、ジャーニー達人造人間(ケミカロイド)の存在。それら全ての情報を土御門に教えると、「これなら楽勝だにゃー」という返事が返って来た。まぁその後で「木原っちはなんでも知ってるにゃー?」と探るような目つきで睨まれたのだがそれはご愛嬌というかなんというか。ミサカ9982号を連れて来た事以外は、土御門は本当によくやってくれたものだ。本当に、アイツさえ連れて来なければ……いや、結果としては感謝してなくもないんだが。

 

「着替えも水着も用意して、出発直前になってだだをこねるなんて、まったくとうまは困ったちゃんかも」

 

「なんで俺がわがまま言ってるみたいになってるんだよオイ。迎えに来た木原を見た途端、お前がグダグダ言い始めたんじゃねーか。その水着だって、本当は小萌先生とプールに行くためのもんだろ!」

 

 そう。情報操作は楽勝だった。……問題はその後の出来事である。

 

 どうやら彼女は、俺がそのまま外部施設に付いて来ると思っていたらしいのだ。丁度目の前にいる白い悪魔(インデックス)のように。

 ……そしてその後に待ち受けていたものは。インデックスなんて比にならないほどの抵抗だった。なんで一緒に来ないのかと、というか来いよと。私のことが心配じゃないのかと。私のことを愛し(ry

 

「そもそもお前、学園都市のID発行されてないじゃん! ゲートでチェックされたら一発退場じゃねーか。密入国者はおとなしく小萌先生のとこで留守番してなさい!」

 

「む、ぐぬぬぬぬぬぬぬ……」

 

 そんなこんなでこんな風に。本来ならあり得ないような豹変振りを見せた布束砥信さんをなだめている所に、フェブリ&佐天涙子が合流。なにこれ? なんでこんな面白い事になってるの? と目をキラキラさせ始めた野次馬を追加したところで俺の処理能力は限界だった。

 

 そしてその限界を、大気圏外までマスドライバーで打ち上げるような出来事が、直後に起きた。

 

『オイオイ、ふざけた組織を一つぶっ潰して、女を一人助けてェとか言うから、こちとら徹夜で日曜大工に勤しんだわけだが……なんかお前、いっつも違う女といちゃついてねぇか?』

 

 ほのぼの女の子集団の空間に、どこまでも場違いな任侠世界の住人がやってきた。

 

『違う、女?』

 

 ……そして凄まじい爆弾を投下しやがった。

 

『『『修羅場だーーッ!!?』』』

 

 

 

 

 思い出しただけで頭が痛い……忘れよう。アレは悲劇だった。

 

「むむむむ……やだやだやだやだやだやだーーッ!! 絶対にとうまに付いて行くんだもん!! 異論は認めないんだもん!! ガルルゥ!!!」

 

「まさかの逆ギレ!? な、なんでこの流れで上条さんがかじられんぎゃァァァァァァァァーッ!!」

 

「ほんと、平和だなー」

 

「どこが平和なもんですか!? 木原も見てないで何か言ってくれーッ!!」

 

 獅子舞のように頭をブンブン振り回しながら、上条は絶叫した……うーむしょうがない。何か言ってくれというなら言ってやろう。この状況を打開できるセリフを。

 

「インデックスなら臨時発行(ゲスト)IDがあるはずだ。なんの問題もなく一緒に出れるはずだぞー」

 

「お前は誰の味方だーッ!?」

 

 英国・イギリス清教第零聖堂区 必要悪の教会(ネセサリウス)所属の魔術師。

 そんな木原統一が誰の味方かなんて、考えるまでもないだろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「行ってきまーすなんだよー」

 

「いってらっしゃーい」

 

「……不幸だ」

 

 タクシーに乗って出発する上条たち一行を見送りながら溜息をついた。時刻は午前8時。向こうに着くのはお昼頃らしい。上条との二人旅にはしゃぎまくるインデックスを押さえ込みながら、目的地に辿り着かなければいけない上条当麻はなんというか、いつも通り不幸だった。

 

 ああ、平和だ。死んだ目をした布束に問い詰められる事もない。乙女の敵だったかと激昂する御坂美琴と白井黒子にボコられる事もない。ギャハハハハとそんな俺を笑い続ける親父こと木原数多もいない……それにしても、車椅子の件でまったく怒られなかったのは意外だった。「ぶっ壊してなんぼだろう『木原』は」という回答は、驚きはしたが納得は出来た。ありがとう『木原一族』

 

 さて、平和だなんだと言う時間もそろそろ終わりだ。俺もそろそろ準備をしなくてはいけない。

 

 机の上にあるのは1枚の用紙だった。こっそりとあの初春飾利(守護神)に頼み込み、記録を改竄して手に入れてもらった貴重な1枚……これが俺の頼みの綱。というより、命に関わる大事な書類。

 

 外出許可証。本来なら小萌先生に頼み込み、正当な理由を並べて手に入れなければいけない代物だ。

 

 ピロン、とメールの通知音が鳴る。我ながら単純なものだ。彼女の名前を見るだけで、他愛のない内容でも思わず口元が緩んでしまう。

 

『おはよう、いまなにしてるの?』

 

「えーと、そうだな……」

 

 目の前には少し大きめなカバン。もうまもなく詰め終わるソレの写真を撮って、短い文でこう返した。

 

『旅支度』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 8月27日。本日はとある魔術の禁書目録4巻の開始前日である。舞台はこの学園都市ではなく、外部にある『わだつみ』という旅館が主に中心となって繰り広げられる事になり、今さっき上条とインデックスが向かった先が当然、その場所である。

 

 そこで上条は……いや、そこでというかなんというか。世界中を巻き込んだ大事件が発生し、何故か巻き込まれなかったという理由で疑われ、結局巻き込まれていくという。不幸じゃなかったから不幸ですみたいな、不幸の究極形態みたいな状態に置かれる事になる。そこで不幸でよかった、巻き込まれる事が幸せなんだと言い切る上条はその後……いや、話が逸れた。それはともかく。

 

 御使堕し(エンゼルフォール)。天使の堕天と、それにともなう世界中の人間で行われる見た目と中身のシャッフル大会。それが今回引き起こされる大事件の名前と全容である。

 とある魔術の禁書目録史上屈指の珍事件であり、実は物語の中でとっても重要な事件だったりもする。天使の降臨、その寄り代として最適な特性を持つ少女サーシャ、4大属性の歪み等々……旧約最後の戦いにおいて重要な記号が多数存在する重要なお話だ。

 

 そしてその事件、その術式が起動した瞬間。俺は一気に窮地に陥ると言っていいだろう。

 

(まったく、なんであんな事言っちまったかなー……見栄? いや、突然の事で動揺してたというか。統括理事長の前で緊張してたってのもあるか……)

 

『あー、じゃなにか一つ……今月、天使が現世に降ってきます。これでいいですか?』

 

 よくねえよこの野郎。誰だこんなアホなこと抜かす奴は。

 

 

 

 ……俺だよ畜生。

 

 学園都市統括理事長と、イギリス清教のトップの前でこんな預言をかましてしまった男、木原統一。平和だなんだと言っていたのは現実逃避のためだったりする。実は絶賛崖っぷちなのである。

 

『預言者の降誕……十中八九、神の子の性質を宿しているだろうし、聖人としても相当格の高い存在になるかも。その人物がどこの宗派に所属するかで、抗争が起きるくらいには大事件だね』

 

『それにあの噂の予知能力。これで木原っちが学園都市の人間でなかったなら、今頃は処刑塔(ロンドン塔)に幽閉されて拷問解剖のフルコースですたい。ま、あの女はまだ諦めていないようだがにゃー』

 

 ……崖っぷちというか、もう既に転がり落ちている真っ最中というか。どちらにしろ命が危ないという意味では共通しているか。

 

 そんなこんなでこの外出証である。え? 逃げ出すのかって? いやいやまさかそんな。もちろんその選択肢も考えた時はあった。だがしかし、逃げ切れる未来がまったく見えないのだ。音速を超える聖人の一人と、学園都市に太いパイプを持つ多重スパイ、そして北半球丸ごとやっちゃうぞーな撲殺天使。それらの戦力が『最低限』来る事がわかっているこの状況。逃げ切れる、だなんて幻想を語れるほど俺は脳内メルヘンではないつもりだ。

 さらに言うなら、仮に逃げ切ったとしても安心なんてまったく出来ない。俺を追いかけるという選択肢を土御門達が取ってしまったら、誰が御使堕しを解決するのか? 当たってしまった予言を呟いた俺の処遇は? 問題はそれこそ山のようにあるだろう。どう考えても逃げるなんて選択肢は諦めるしかない。

 

 ……さて、逃げるのが無理なら別の道を模索するしかないわけだが。幸い、その選択肢を思いつくのにそれほど時間は掛からなかった。

 

 

 予言が当たるのがマズいなら、その予言を外せばいい。

 天使の降臨なんて、そもそもさせなければいい。

 そんな大事件、引き起こさせなければいい。

 

 

(御使堕しという現象そのものを……発生前に叩き潰す。儀式場を灰も残さず消し去ってやる)

 

 

 木原統一16歳。上条家への放火を決意した瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(準備よし、さて行きますか)

 

 着替え、お金、ルーンのカード。その他諸々の1泊2日の旅に必要な旅行セット。大方の荷物は詰め終わった。今から出発して上条家に辿り着くのは最速で夕方前か。

 

(御使堕しの儀式場は、その特性上一撃で粉砕する必要がある……ルーンの出し惜しみも無しで、全力をぶつけてやる)

 

 当然、上条夫妻が留守の時を狙うつもりである。天使の堕天を防ぐつもりではあるが、だからといって2名程昇天させる気はない。

 

 靴を履き、いよいよ外へというところで。ピピピ、と携帯電話が鳴った。メールではなく通話の着信音だ。通話先は……親父、だと……?

 

「も、もしもし?」

 

『あー俺だ。生きてっか?』

 

 開口一番に生存確認とは。どんな親子だ。

 

「そりゃもちろん生きてるけど……えーと親父、急ぎか? 俺、これから外出する予定なんだけど……」

 

『あァ?……なんつーか、どんな手品か知らねぇが、不正に外出証が出てるからよォ』

 

 げ、嘘だろ。もうばれてやがる。

 

『お前を付け狙う奴が、お前を外出させた事にして……学園都市外部で行方不明になった事にしようとしてんのかと思ったんだが』

 

 は? どういうこっちゃ……っと、まてよ。親父は、木原統一がまた厄介ごとに巻き込まれていると思ったのか? 不正な外出証でそこまで……いや、最近の出来事を鑑みれば当然か。

 

「あーごめん。その外出証は俺が偽装して出したやつだ」

 

 いやもうホントすいません心配かけて。

 

『なるほど。まぁ学園都市外部に逃げようって選択肢は悪くねぇ。つまりお前は、今の自分の状況をわかってんだな?』

 

 ……は?

 

「今の自分の状況? どういう事だ親父」

 

 あと一日で魔術結社から指名手配される話か?

 

『わかってねぇのか……じゃ何で外出……いや、いい。んな事は後回しだ。はっきり言うぞ、お前は今狙われてる』

 

 親父、木原数多から狙われているという言葉を聞いた瞬間。俺は身体から血の気が引くのを感じた。

 

「狙われてるって……まさか、絶対能力進化(レベル6シフト)計画の……!?」

 

 思い当たる節はそれしかない。我ながら暗部に足を突っ込み過ぎたとは思ったが……いや、でも……

 

『いや、それとは別件だ。アレの真相を知ってる奴はそうはいねぇし、お前を超能力者(レベル5)の枠に無理矢理ぶち込んだ時点で、手を出そうとする奴は9割方消えた』

 

 そうだ。聞いた時はマジかよと思ったが、能力に指向性を持たせられるようになった事。AIM拡散力場の規模、そして一方通行(アクセラレータ)戦での血流操作で、潰れたトマトとなった状態からの記憶データを含めた完全再生。冥土帰し(ヘブンキャンセラー)でも解析不能な再生力と、これらの実績が合わさってギリギリ超能力者入りする事が可能となり、自衛の目的もあって学園都市第8位の枠に滑り込んだのだ。

 

 俺が狙われる可能性は0にはならない。ただ超能力者ともなれば、その数を減らす事が出来る。そして狙われたとしても、俺の裏を探ろうとするはず。その動きを察知すれば、先んじて動く事が可能……というのが木原数多の意見だった。

 

「超能力者……学園都市にとって重要な研究対象である人材。それを狙う輩って───

 

『余程のバカか、私怨か。超能力者の肩書きが通用しねぇ程の闇か』

 

 どれだ?

 

『今回はそのどれでもねぇし、どれでも正解だ。強いて言うなら私怨だがな』

 

「……は?」

 

『その相手ってのは……口に出したくねぇなぁ。とにかく、今回ばかりはマジでヤバイ。学園都市の外でも中でもどこでもいい。()()()()()()()。俺も後から───『ただ今電波が繋がりにくくなっております。時間を置いて後ほどおかけ直し下さい』

 

「うっそだろおい。親父? 親父ィ!!?」

 

 とんでもなく物騒な通話が強制的に終了した。……狙われてる? 私怨? まったくもってわけがわからん。あの木原数多が『マジでヤバイ』だって? 口に出したくない程の相手ってどんな奴だよ!?

 

(……学園都市からの刺客!? おいおい嘘だろこのタイミングで!? いや)

 

 まさか、このタイミングだからこそか? 統括理事長(アレイスター)が御使堕しの存在を察知していて、それを防がせないために?

 

(可能性としてはなくはないが……いや、考えてる暇はねぇ。いまはとにかく)

 

 逃げるしかない。親父の言うとおりに。

 

 ガチャン! と勢いよく扉を開く。あまりに大きな音がして、逆にびっくりしてしまった。ってアホか俺は。

 部屋から顔を出して、周囲を確認する。誰も居ない。エレベーターは左手にある。だがこんな時に鋼鉄の棺桶に入る度胸はない。階段は両端にあるが、ここは右の階段で行こう。

 

 自宅の鍵を掛けてるような余裕もない。カバンを持って勢いよく飛び出し、滑り込むように階段を下りる。恐怖で息が上がる。足を止めるな。降りろ降りろ降りろ───ッ!!

 

 そうして、寮の一階まで着いた。ここからどうする?

 

(親父は、『学園都市の外に出るのは悪い手じゃねえ』って言ってた。なら当初の予定通り外に出るのが正解……徒歩じゃ時間が掛かり過ぎるし、多少危険でも車か電車、あるいはバスで───

 

 そんな事を考えながら、駐輪場を突っ切って歩道へ飛び出した瞬間。その声は聞こえてきた。

 

「あらー? あらあら。一体、どこに行こうというのでしょう?」

 

 その声を聞いても、俺は足を止めなかった。ただその方向をチラリと確認して───絶望した。

 

「流石は数多さんねぇ。私のことを察知するなんて……危ない危ない。一瞬、貴方を捕まえるのを『諦め』そうになりました」

 

 そのまま諦めちまえよ。いや諦めてくださいマジで。

 

 その声の主は、どうやら俺の住んでる寮のエレベーターが来るのを待っていたらしい。まぁ車椅子なので当然といえば当然なの