メイドです、仕事辞めたい (ブラック企業ナザリック)
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第1話(挿絵あり)

オーバーロード熱が久しぶりに蘇った記念。
気紛れ投稿なので続きがあるか不明です。

追記
主人公の素敵なイラストを頂きました。作者様より許可を頂けたので、挿絵として使わせてもらっています。


 

 

 

 

 

 メイド服を纏った、毛先に若干のウェーブが掛かった茶髪ロング。

 服の上からでもかなりの大きさなのが見て分かる程の、胸部の双丘。

 顔立ちはかなり整っていて、異性だけでなく同性すらも誘惑してしまいそうな小悪魔フェイス。

 そんな美少女メイドが、とある場所にいた。

 ――脚を大きく広げ股を全く隠さない姿勢で床に座り込み、片手に火の灯った煙草を片手に。

 

「――仕事だるい、辞めたい」

 

 自分以外誰も居ない小さな喫煙所(休憩所)で、口から吐き出した煙と一緒にそんな言葉も溢した。

【挿絵表示】

 

 そのような愚痴を、ここ『ナザリック地下大墳墓』で漏らし、誰かの耳に入れば自分は間違いなく何かしらの処分を受けるだろう。

 だがこの小さな喫煙所(安息地)は、ナザリックの第九階層の端っこにある上に、清掃以外で自分以外の者が立ち寄る事はほぼ無い。

 『一般メイド』の中で煙草を吸うのは自分だけだからだ。

 

「……そういえば、『守護者』の方たちは吸ったりするのか? いや、今の今までここでバッティングしてないって事は違うか。そもそもイメージに合わないし」

 

 自分とは違い、()()()()()はこんな場所には来ないだろう。

 

「あ、でも遠見とか盗聴の魔法があるらしいし――いや、こんな場所誰が盗み見するんだって話。それに仮にバレたとしても……うん、最悪死ななきゃセーフだよな」

 

 美少女フェイスに反して、言動や仕草はやけに男勝りだが、彼女は間違いなく女性だ。

 そう、『ホムンクルス』という異形種ではあるが。

 

「……そろそろ仕事に戻るか。あぁ、心底めんどい――大体ここ広すぎる。掃除だけでもかなり時間掛かるし……まぁ、最初の地獄のワンオペの頃に比べたら、他の四十人(仲間達)が居るから楽だけどさ」

 

 そう最後に愚痴を溢してから、メイドは煙草を灰皿に押し付け処理をしてから、喫煙所を去った。

 

「やべっ、口臭ケアしないと」

 

 ――彼女の名前は『ファース』。

 ナザリック地下大墳墓において、至高の四十一人の中の三柱によって生み出された()()()()()()だ。

 

 

 

 

 

 

 ナザリックの第九階層及び第十階層。

 この二つが一般メイドと呼ばれる者たちの主な活動場所だ。

 清掃業をメインに、あとは細かい雑務や作業を仕事としている。

 

「――『ファース』さん!」

 

「……シクスス? どうかしたのか?」

 

 清掃道具を片手に、小休憩(自主的)から戻ってきたファースに近寄ってきたのは一般メイドの内の一人。

 名前はシクスス。

 金色の髪が特徴のメイドだ。

 

「もう、どこに行ってたんですか? さっきのお部屋の掃除はもう終わっちゃいましたよ」

 

「あぁ、さすが。頼りになるな――私は……そう、どうしても見逃せない汚れを発見してしまって――それで時間を取られていた」

 

「成る程、そうだったんですね!」

 

 純粋か。

 思わずそう突っ込んでしまうほど、ファースの出鱈目に騙されるシクスス。

 

「後残っているのは?」

 

「はい、南ブロックの方と、ヘロヘロ様、ブルー・プラネット様、たっち・みー様のお部屋です」

 

「じゃあ南ブロックと――そうだな、ヘロヘロ様のお部屋の掃除をみんなに任せる。ブルー・プラネット様とたっち・みー様のお部屋は私がやるよ」

 

「ヘロヘロ様のお部屋……! はい、任せてください!」

 

 そうして、シクススは辺りにいる他のメイド達に声を掛けながら、南ブロックの方へ向かった。

 

「……やれやれ、何でみんな私なんかに従うのかな? 私メイド長じゃないんだが?」

 

 小さくファースは呟いた。

 一般メイド達は、ある意味()()だ。

 グループはある程度分かれてはいるが、基本一般メイド同士は友達のように仲良しで、タメ口で話す。

 しかし何故かファースは、他の一般メイド達からさん付けで呼ばれ、敬語で話しかけられる。

 自分からそうしろと強要したわけでもないし、守護者や『戦闘メイド』の方達のように能力に優れているわけでもない。

 ファースのレベルや能力は、他の一般メイドと同じだ。

 違いがあるとすれば、()()()()()()()くらい。

 ファースは至高の四十一人が創造したNPCの中で、最初期に創造された存在だ。

 一言で表すなら、『先輩』。

 たったそれだけだ。

 

「……こんな不真面目な先輩だって知ったら、がっかりするだろうな」

 

 ファースは疎外感を感じる。

 自分以外の一般メイドは、仕事が好きなようだ。

 一日中、食事時間を除いてずっと働こうとする。

 至高の四十一人の為に仕える事が、何よりも大切、生き甲斐、報酬なんだと。

 ――誤解がないように説明すると、ファースにその気持ちが無いわけではない。

 自分を生み出してくれた方達――特に三柱の方々が喜ぶのであれば、自分も嬉しい。

 例え自分達の為に死んでくれと頼まれたら、迷いはすれど最終的には死を選ぶだろう。

 しかし、どうにも『仕事』というものに対して、嫌悪感を抱いてしまう。

 サボれるならサボりたい、辞めたい、ずっと煙草吸ってたい。

 体を動かし、疲労を感じるのが嫌だ。

 精神的に摩耗するあの感覚が嫌だ。

 ファースは他のメイドよりも欲が強いのかもしれない。

 

「……やば、トラウマを思い出しそう」

 

 ――もしくは、ファース自身のトラウマのようなものに起因するのかもしれない。

 あれはそう、ファースが生み出されて間も無い頃。

 他のメイドはおろか、守護者などの方達もまだ創造されていない頃。

 ファースは()()()()()

 具体的に言うと、地獄のワンオペ作業。

 働けるメイドはファースたった一人、そんな状況下で命じられたのは、第九階層と第十階層の『清掃』。

 今現在四十一人のメイドを増員してやっと何とか出来る様になっている清掃業務を、()()()()()()

 ファースは来る日も来る日も、延々と終わらない、いつまでも続く掃除を一人でやっていた。

 

「……まぁ、御方々が他のメイドをお造りになられてから楽になったけどさ」

 

 最初はたった一人でも、至高の御方々の為になるなら!

 と意気込んでいたものだ。

 しかしそれでも辛いものは辛い。

 初めて自分以外のメイドが三柱の方々によって創造され、共に掃除をしてくれるようになった日は、思わず泣いてしまったような気がする。

 

「どうせなら夜枷用とかにお造りになさってくれれば……それならこんな『女性』の体に創造されたのにも納得いくんだけどな……」

 

 ――ちなみに、ファースの性別は女性だ。

 しかし精神(中身)は男性寄りだったりする。

 言葉遣いや仕草に所々男性っぽいところが混じっているのはこの為だった。

 その理由は本人にも分からない長年の謎だったりする。

 

「……まぁ良いか、私は『メイド』。それ以上でも以下でもないってね」

 

 せめて肩凝りどうにかならないかなぁ。

 そう最後に呟いて、ファースは自身の仕事場に向かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇシクスス、ファースさんと話したって本当?」

 

「うん、やっぱりいつ話しても()()()()()!」

 

「あー羨ましい。あのクールな雰囲気、淡々とこなす仕事振り。それでいてとても洗練された動き……流石ナザリックを遥か昔から見てきた方よね!」

 

「ね、憧れる……きっと私達の知らない、昔の至高の四十一人の方達のお話とかいっぱい知ってるんだろうなぁ……」

 

「私も食事の時にお話ししようと思ったんだけど、いつもお一人で食べられて――何だか話し掛け辛いのですよね」

 

「今日も至高の御方のお部屋を一人で清掃に? 凄いですね、きっと信頼されているのでしょう……」

 

「私は時折匂う、あのツンとした香りが好きですわ……」

 

 ――そんな会話が、ファースの居ない場所で行われていた。

 

 

 

 

 

 




ちなみに最新刊まだ読んでない上に、現在少しずつ一巻から読み返している途中なので、何か設定の変なところあったらごめんなさい。


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2話

Q 男勝りとかいう設定いる?

A 許せサスケ、性癖なんだ


 

 

 

 

 

 ファースは基本的に一人での作業を好む。

 別に集団行動が嫌いなわけではない。

 一人での作業の方が気が楽だし慣れているからだ。

 メイド長もファースの気持ちを理解している為、特にその点について追及された事はない。

 

「……そろそろ吸いたい。よし、あそこまで掃除したら吸いに行こう喫煙所(楽園)まで」

 

 ファースが休憩(自主的)までの目安を決めると、その作業スピードが僅かに上がる。

 これなら後5分ほどで休憩(自主的)に行けるだろう。

 目標、褒賞が決まれば自然とその手も速く――

 

「…………」

 

 ――なろうとしたその手を止め、清掃道具ごと通路の隅に寄った。

 そして顔を伏せるくらい、腰を曲げお辞儀をその場でする。

 

 

 

 

「――ご苦労」

 

 ――()()()()だ。

 ファースの目の前を、至高の四十一のまとめ役にして、()()()()残って下さった偉大なる支配者『モモンガ』様が通りかかった。

 そんなモモンガ様から重圧のような、それでいて慈悲深さを感じさせる声で労いの言葉が掛けられるが、顔も上げず声も出さない。

 労いの言葉はとても嬉しい、嬉しいのだがそれに大袈裟に反応してはメイドの名折れ。

 え、仕事辞めたいとか言ってるだろうって?

 それは……メイドとしての誇りはあるっていうか捨てたくないし――

 兎に角、掃除くらいしか役に立てない自分を労ってくれる主人――『モモンガ様』の慈悲深さを心でそっと噛み締め、主人が通り過ぎるのを気配で探りながら待った。

 それがいつもの日常。

 通り掛かる至高の四十一の方々の邪魔をしてはならないと、生まれた時から定められたプログラム(規則)だ。

 

「…………ふむ?」

 

 ――しかしどういうわけか、モモンガ様は立ち止まった。

 そして通り過ぎようとした脚を、わざわざ自分の眼前まで戻してまで。

 

「……()()()()()?」

 

 ドキリとファースの心の臓が跳ねた。

 

(臭いのケアが不十分だった……? でも今日はまだ5本しか吸ってないし……いや、モモンガ様を――あ、今は『アインズ』様と名乗られてた! アインズ様を御不快にさせたのなら謝罪をしなければ……!)

 

 思考を加速させファースは最短で結論を出す。

 

「――も、申し訳ございません。御不快でしたでしょうか?」

 

 本来は主人(アインズ)が許可を出すまでは、声を上げてはならないのだろう。

 しかしファースはさらなる不敬を覚悟して、自分から喋り出した。

 このまま謝罪できぬまま不敬罪になるよりも、せめてキチンと謝罪をしてから罰を受けたかったからだ。

 

「あ、いや別に……んん"、そんな事はない。私はお前に対して何ら不快感を抱いてはいない。少し……そう、()()()()なと感じてな」

 

 ――何と寛大なのだろう。

 流石は至高の四十一人のまとめ役。

 流石は最後まで私たちを()()()()()()()御方だ。

 しかし……

 

「懐かしい……ですか?」

 

 疑問のあまり、つい言葉にしてしまった。

 口にしてからハッとするが、出してしまったものはもう戻せない。

 出来るとしたらそれは至高の方々だけだろう。

 

「昔は俺も吸って――いや、私も嗜んでいた時期があってな」

 

「……アインズ様が、ですか?」

 

 それは意外だ。

 というかアインズ様はアンデッド。

 肺も呼吸器もないのにどうやって……?

 まぁ、アインズ様は特別な存在。

 きっと自分には想像もつかない方法なのかもしれない。

 

「煙草は頻繁に吸うのか?」

 

「は、はい。休憩中に吸わせてもらってます。1日で大体――」

 

 ファースは正直に自分が1日に吸う煙草の本数をアインズに告げた。

 

「―――それは、本当か?」

 

「本当ですが……」

 

 しかしアインズ様は疑いの眼差しを向けてくる。

 

「いや超が付くほどのヘビースモーカー……うゔん、その何だ――煙草を止めろとは言わないが、少し控えてはどうだ? 体に悪いぞ」

 

 ――アインズ様の言葉に思わず涙腺が緩む。

 まさか偉大なる主人が、メイドの自分如きを心配してくれるとは思いもしなかった。

 

「な、泣くほど嫌なのか?」

 

「い、いえ……アインズ様にご心配を掛けさせたのが心苦しくもあるのですが――その、同時に嬉しくて」

 

 これ以上アインズ様に醜態を晒すわけにはいかない。

 ハンカチで涙を抜き、気合いで緩んだ涙腺を引き締める。

 

「――ご安心くださいアインズ様。1日の終わりに喫煙による悪影響は完全に除去しております。明日には綺麗な肺に戻っておりますゆえ」

 

「うん、それでまた真っ黒にするのか――」

 

「しかしアインズ様の御心遣い、しっかりと受け止めさせて頂きます。今日から十本ほど煙草の本数を減らします!」

 

「十本じゃ焼け石に水っていうか――い、いやすまないな。私の余計なお節介を聞いてくれて」

 

「いえ! 気に掛けてくださりありがとうございました!」

 

 ――そうしてアインズ様は通路の向こうへと歩いて行かれた。

 そういえば何故アインズ様はお一人で歩いていらっしゃるのだろうか?

 供回りも居なかったようだし……

 

「……きっと何か理由があってだよな。はー、アインズ様かっこいい――他のメイド達が騒ぐのも理解できる。分かりみが深い」

 

 アインズ様に支配されたい。

 それが一般メイドの間で普及しているアインズ様像だ。

 

「それにしてもアインズ様も喫煙なされてたとは……一緒に吸ってくれないかな。いや恐れ多いのは解ってるけど」

 

 ファースの脳裏には、同じ場所で隣同士煙草を吸う自分とアインズ様の姿。

 何とも素敵な光景だ。

 そうまさに、()()()のような――

 

「――あー、折角涙が引っ込んだのにまた出てきそう。うん、思い出すの中止」

 

 ――ファースはアインズ様との妄想をキッカケに思い出し始めた()()()()()の再生をストップした。

 良い思い出なのは確かだが、精神衛生上よろしく無い。

 踏ん切りが付いた時、幾らでも再生させよう。

 

「よし、気合いも入ったし仕事がんば――るのはまた今度にしよう。はぁ、仕事めんどい。何かこう、呼吸してるだけで至高の御方々の役に立つ能力に目覚めないかな」

 

 不敬な考えだなぁ。

 そう自分で分かっていながらも、ファースは今日も愚痴を1人で溢す。

 

 

 

 

 

 

「――メイドも煙草とか吸うんだな。何かイメージ無いけど……これがギャップ萌えってやつですか? タブラさん――」

 

 

 

 

 

 




誤字脱字報告ありがたいです……


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3話

同日連続投稿なので、前話まだ見てない人は先にそちらを〜


 

 

 

 

 

 アインズは悩んでいた。

 ユグドラシルがサービス終了を迎えたあの日、何故かナザリックごと異世界に転移してしまい、何故か支配者を演じなくてはならなくなったアインズ。

 既に数日で様々な心労が押し寄せてくるが、アンデッドになったお陰か何とか耐えられている。

 ――そんなアインズの頭を悩ます事が1つある。

 

(はぁ……何でこう、ナザリックのNPC達はみんな()()()()が付いているんだ?)

 

 それは、共に異世界へ転移したナザリックのNPC達が、()()という概念すら知らないこと。

 要は休もうとしない事だ。

 

(いくら疲労や睡眠をアイテムで何とかできるとはいえ……流石に24時間働き詰めなのはおかしい)

 

 アインズが直接休めと命令として告げ、試験的に守護者達に休暇の概念を与えようとしたが、上手くはいかなかった。

 

(あぁ……無いはずの胃が痛い気がする。まさか守護者達だけでなく、ナザリック中のNPCが同じ認識なのはどんな地獄だよ)

 

 これがNPCの一部に限った話であれば、まだ良かった。

 改善の見込みはあっただろう。

 しかしアインズは嫌な予感がして、それとなくナザリック中の意識調査をしたところ、休暇を欲しがるNPCは1人も居なかった。

 食事が必要なものは、食事の時間を設けたりはしているが、あくまでそれは活動する為に()()だから。

 趣味や余暇活動に充てようと思う者は居なかった。

 自主性が全く無い、何でだよ。

 

(何か良い方法は無いだろうか……理想はちゃんとしたローテーションのシフトを組んで、決まった休憩時間や休暇日を作ること何だけど)

 

 アインズは空いた時間で、あーでもないこうでもないと考える……

 

 

 

 

 "は、はい。()()()に吸わせてもらってます。1日で大体――"

 

 ……とそこで、アインズは思い出した。

 以前第九階層の通路で会話を交わした、茶髪のメイドの事を。

 

(……待てよ、あのメイドは休憩中に煙草を吸ってるって――という事は、()()()()()()()()()()……?)

 

 あの煙草の臭いがしたメイドの発言に、アインズは他のNPC達には無いものを感じ始める。

 

(彼女だけ……かはまだ分からないが、これは不幸中の幸いだ。少なくとも休息の必要性を理解しているNPCが1人はいる!)

 

 アインズに一条の希望が差し込む。

 

(彼女を使って何かできないだろうか……闘技場にみんなを集めてそこで演説でもしてもらうか――いやいや、そんな事させたら他のNPC達から目をつけられてしまうな。ナザリックで休息を取ろうとする愚か者はいません――って言わんばかりの意見が多かったし)

 

 要らない軋轢を生み出すわけにはいかない。

 彼女を起点として、他のNPC達に休息の必要性を理解してもらう。

 それは良い考えだと思うが、やり方を間違えてはダメだ。

 

(……しかし何で彼女だけ他のNPCと認識が違うんだ? もしかして『設定』?)

 

 NPC達がギルドメンバーが与えた設定を基に、性格や行動が決められているのは、この数日でアインズは実感していた。

 ――『アルベド』の設定書き換えてしまって、実際大変な事になってるからね!

 

「……やはり、直接話すのがベストか」

 

 アインズは茶髪のメイドに話を聞く事にした。

 やはりこういう時は対面してこそ。

 しかし秘密裏に。

 これから彼女と話すであろう内容は、他の者たちに今聞かれては不都合だ。

 彼女を探している事も、直接会おうとしている事も知られては不味い。

 アインズはそう判断すると、遠見の魔法に合わせて盗聴の魔法も発動させた。

 ――ナザリックの外で発見した『カルネ村』、そこで出会った王国戦士長を名乗るガゼフ・ストロノーフとニグンという男の会話を盗み聞きした時と同じコンボだ。

 このコンボの利点は、メッセージ(伝言)の魔法のように相手に着信――繋がったような感覚を感じさせない為、気付かれにくいという点。

 欠点は、こちらの声や音も相手に聴こえてしまう為、悟られないようにするには静寂を保たなくてはならない点だ。

 

(さて、先ずは第九階層から探していくか)

 

 アインズは遠見の魔法の接続先を第九階層に繋ぐ。

 そして目的のメイドを目視で探していく。

 メイド達は似たような格好をしていて、中には髪色や髪型も似ている者もいる為、アインズは遠見だけに頼らず声でも例のメイドを探していく。

 

(――中々見つからない……いや焦るな俺、見落としがないようにゆっくり探すんだ)

 

 魔法を発動させて5分ほど、アインズはある事に気が付いた。

 

(確か第九階層に()()()あったよな……リアルで煙草を吸うギルメン達が悪ノリで会社の喫煙所を再現したっていうスペースが)

 

 もしかしたらと思い、アインズは第九階層の端の方にある喫煙所に魔法の眼を合わせた。

 ――そこに、目的のメイドがいた。

 

(よし、見つけ――ぇ)

 

 アインズは思わず声を出してしまいそうになるが、ギリギリで耐えた。

 ――ナザリックのメイド達の動きは洗練されている。

 リアルで本物のメイドを見たわけでもないアインズがそう感じるのだ。

 素人目でもメイド達の一挙一動がとても素晴らしいのは間違いないだろう。

 あの時話した茶髪のメイドもそうだ。

 お辞儀から身振りまで見惚れるような動きだった。

 ――だというのに、今喫煙所で煙草を吸っている茶髪のメイドは一言で言えば()()()()()()()

 膝までしかない短めのスカートを履いているというのに、下着を隠そうともせずに脚を大きく開いて座っている。

 そして表情筋を動かす事を止めて力を抜き、天井を呆けるように虚な目で見つめながら煙草をふかしている表情は、そうまさに――

 

(社畜だ! 日々の辛い労働環境を会社の喫煙所で諦めたように煙草を吸う社畜だ! 俺の勤め先の会社の先輩みたいだ!)

 

 アインズはリアルで、死んだような目で煙草を吸う会社の先輩の姿を幻視した。

 

(何か見てはいけないものを見たような……女性のオフの姿っていうのか? 落差というかギャップ? が凄い……でもある意味仕事中とのオンオフがしっかり出来ているという事じゃないか?)

 

 アインズは衝撃的な場面を見てしまった事を、楽観的に見る事で打ち消そうとした。

 

『――はぁ、仕事辞めたい』

 

「……ぇ?」

 

 しかし、魔法によってまるで真横に居るかのように聴こえてきた彼女の言葉は、思わずアインズも無い耳を疑った。

 

(今仕事を辞めたいって……つまり現状に不満を持っているという事か? どうする、こういう時できる上司ならどう対応するのが正解だ? ん? でも今のナザリックの労働体制に不満を持ってもらうのは都合が良いというか別に普通じゃないか?)

 

 アインズは焦る、混乱する。

 まさか社畜属性極振りのナザリックのNPCからそんな言葉を聞く事になった事実を受け止めきれない反面、ナザリックの労働体制に不満を持ってくれている貴重な意見者(同志)

 喜ぶべきなのか、そうではないのか。

 ――アインズはここで己の精神が沈静化されるのを感じた。

 

『……なんて、毎回そう言いながら実は仕事はちゃんと終わらせるファースです』

 

(え? つまり単なる愚痴なのか? 仕事はこなすけど裏で愚痴は溢す……うーん、ますます社畜――ある意味で彼女がナザリックで1番真っ当な社畜なのかもしれないな。いや真っ当な社畜って何だよ)

 

 アインズが1人ツッコミをしている間も、彼女――名前はファースというらしい。

 ファースは愚痴? を溢し続ける。

 

『あー、生きてるだけで口や股から金貨とか出ないかなぁ。そしたら財政難なんてつまらない些事で至高の御方々を困らせないのに』

 

(何だそれ、ユグドラシルにいた黄金石像(ゴールデンゴーレム)ですら口から金貨なんて出さないぞ――財政難、か。そういえばギルド結成して間もない頃はいつも資金が足りて無かったな)

 

 アインズはファースの呟きをきっかけに、遠い昔の記憶を思い出した。

 ――あぁ、資金を求めて効率の良い狩場を皆で探し回ったものだ。

 

『もしくは素材――月光蝶の鱗粉? だったかな。あの時至高の御方々が欲していたものをその場でお出しできれば御役に立てたのに』

 

(月光蝶の鱗粉……あぁ、ギルドの初期強化で必ず求められる低レア素材なのに、大量に必要な上にドロ率が異常に低いアレか)

 

 懐かしい、あの素材もまた躍起になってギルドメンバーでかき集めたものだ。

 

(……それにしても、やけに()()()()。しかもギルド『アインズ・ウール・ゴウン』が結成した頃の話ばかりだ)

 

 NPCがかつてのユグドラシル時代、ギルドメンバー達が発した言葉や行動を一部認識していて覚えているのはアインズも知っていた。

 つい最近も、深読みし過ぎた守護者達が、わざわざ会議室でヘロヘロさんの言葉を議論していたくらいだ。

 

(…………あ、待てよ。()()()()――思い出した、確か1番最初にお試しでってことで造ったNPCじゃなかったか?)

 

 ギルド、アインズ・ウール・ゴウンが結成。

 そしてギルドの拠点としてナザリックを手に入れた時。

 当然、NPCを造る話は真っ先に出た。

 拠点防衛という面において、NPCの存在は必要不可欠だったからだ。

 しかし、当時のギルドにはNPCを造った事がある経験があるギルドメンバーは、何と一人も居なかった。

 元はPKに叛逆する目的で集った異形種のプレイヤー達だ。

 ギルドに所属した事がある経験者は数える程しか居なかった。

 その為、先ずは勝手を知る為に、何人かのギルドメンバーが代表してレベル1のNPCを試しに造ってみようという案が出た。

 そして創造されたのが、『ファース』という名前のNPCだった。

 何故メイドなのか、それは制作に関わったメンバーの中に、ヘロヘロ、ホワイトブリム、ク・ドゥ・グラースなどが居たからであろう。

 ちなみに本人達に理由を訊ねたら――

 "これだけ大きい場所だからメイドは必要だよな"

 ――との事だった。

 気が付けばそのメイドが四十一人にまで増えていた時は、流石に驚いたが。

 

(成る程、つまり彼女は1番の()()なわけか)

 

 もしナザリックが階級制度ではなく、年功序列だったらファースが間違いなくNPCのトップになるだろう。

 

『――あと1本、いや2本吸ったら仕事に戻ろう。アインズ様にも少し控えるように言われたし……はぁ、せめて()()とかできないかなぁ』

 

 ――どうやら、これ以上盗み見る必要も時間もない。

 アインズは魔法を解除し、誰にも気付かれぬよう部屋を出た。

 

 

 

 

 




\メイド/ \スモーカー/

スゥゥパァァーベストマッッチ!(当社比


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4話

沢山のお気に入り、感想ありがとうございます。
評価者もいつの間にか至高の四十一人より多くなっていて、とても驚いています。

——何かこれ後に引けなくなったような……


 

 

 

 

 

「――はぁ、落ち着くなここは」

 

 ファースにとって、この喫煙所は特別な場所だ。

 赤色で描かれた煙草のマークが刻まれた曇りガラスのドアを開ければ、そこは第九階層とは別世界。

 無機質な色の石材で構成された床と壁は独房のよう。

 そしてそんな独房を照らすのは、天井から吊り下げられた細長い蛍光灯。

 部屋全てを照らす光量ではないので、部屋の隅には影が出来ている。

 さらに部屋の端には簡素な青色の細長い椅子が2つ。

 その向かい側の壁沿いには、金貨を入れ対応したボタンを押すと、それに応じた飲み物を金属などの容器に入った状態で提供してくれる自動販売機というアイテム(機械)も2つ。

 そして中央には、立ちながら煙草を吸えるように、細長い筒のような灰皿が配置されている。

 広過ぎず狭過ぎない。

 それでいてこの無機質な空間に違和感を与えない様々な物が設置されている。

 ――嗚呼、何て素敵な場所。

 

 守護者達が各階層に割り当てられているように、ファースにとってはここが己の守護領域だ。

 1日の始まりにこの場所を自分で掃除、手入れ、管理をし、1日の終わりにその日最後の一服を吸いに来る。

 ファース1人で管理をしている場所。

 ファース以外に煙草を嗜む者は今のナザリックには居ない。

 故に己以外は誰も近付かない、ファースの守護領域。

 ――そんな喫煙所も、()()()()()()()()()()

 

『わ、ビックリした! メイドが何か入ってきた――』

 

『すげぇ、煙草吸ってるモーションしてるよ――』

 

『流石ウチのギルドが誇るプログラマー達、その謎技術他に使えよ――』

 

『あー、リアルでもこんな美少女メイドと煙草吸いたいよなぁ――』

 

『そういえば聞いたか? たっちさんとウルベルトさんがまた――』

 

 

 

 

「――あぁくそ……最近涙脆い気がする」

 

 ファースは鼻を鳴らしながら、溢れ出た涙をハンカチで拭き取る。

 ――いつしか、そういつしか。

 もしもお隠れになった至高の御方々が戻ってきてくれたら。

 …………また、一緒に煙草を吸ってくださらないだろうか。

 そうすれば寂しくなった素敵なこの場所が、もっと素敵になるというのに――

 

(――え、ドアが……?)

 

 ――ファースが感傷にのまれ、発散するようにすぐ真横に置いたマイ灰皿に煙草を押し付ける。

 ……すると、喫煙所のドアが突然()()()

 ファース以外が決して開けることのない筈の扉が……

 

「――アインズ……様?」

 

 扉を開けて、喫煙所に入ってきたのは今までこの場所に来た事が無い御方。

 アインズ様だった。

 

「……っ、申し訳――」

 

 なぜ此処に、という疑問よりも先に体が動く。

 ファースは慌てて立ち上がり、跪こうとする。

 呆気に取られてしまい、一瞬固まってしまった。

 完全に気を抜いた姿を晒してしまった。

 

「よい、()()()()よ。お前は今休憩を取っているのだろう? ならば跪く必要はない――とはいえ、地べたに座り込むのは少し行儀が悪いな。体も冷えてしまう、そこのベンチに腰を掛けよ」

 

 アインズはそれを手で制止し、ファースを備え付けられている青色の細長い椅子(ベンチ)に座るよう促した。

 

(あ……私の名前を――)

 

 知ってくださっていた。

 それだけでこの身が震えるほど歓喜しているのに、その上で気を遣った優しいお言葉を掛けてくださる。

 ファースは何とか押し寄せる感情の波を内側に押し込めつつ、マイ灰皿を持って指定されたベンチに腰を降ろした。

 

「――では私も座らせてもらおう」

 

「あ……」

 

 アインズがファースの隣に腰を掛けた。

 至高の御身と同じ椅子に、しかも隣同士で座るなんて身に余る光栄。

 それと同時に恐れ多い、不敬なのではないか。

 様々な感情がファースを襲い、今すぐに何かを言う事が出来なくなってしまった。

 

「ふむ……すまないが、()()()()()()()()()()()

 

 そんなファースの状態なんてお構いなしに――いや、知っているからこそ気を遣われたのではないか。

 アインズはファースに煙草を分けてもらえないか頼んだ。

 当然、ファースに断る理由も権利もない。

 ファースはシガレットケースから、一本――1日の終わりに楽しもうと思っていた、質の良い物を躊躇なくアインズに差し出した。

 アインズは受け取った煙草を、剥き出しの歯列で挟み込んだ。

 

「――ぁ、し、失礼します……!」

 

 ファースはハッと思い付いたかのように、火付け道具であるライターを取り出し、それを使ってアインズが咥えた煙草に火を付けた。

 

「ありがとう――ふむ、まぁ吸う事はできないか」

 

 アインズはアンデッド。

 骨だけの身体に呼吸器はない。

 やはり、と思いつつも煙草を一度口から離しては、ファースが両手に収めている小さな灰皿に燃え尽きた部分を落としては、また咥えるといった一連の動作をアインズは行う。

 匂いを感じる事は出来るので、喫煙はアインズにとって全く無駄ではない。

 

「…………」

 

 そんなアインズを、ぽーっと頬を赤らめて見つめるファース。

 女としてではない。

 メイドとして、ファースというホムンクルスとして、目の前の慈悲深くいと尊き存在に心酔しているだけだ。

 

「……ここは良い場所だな、静かだ」

 

 先に静寂を破ったのはアインズだった。

 

「――さて、少し私とお喋りでもしないか?」

 

「そ、そんな……恐れ多い、です――」

 

「気にする事はない、私も実は()()をしにきたんだ。そこに()()先に休憩していたお前が居た……」

 

 アインズは続ける。

 

「ここは喫煙所だ、ファース。無礼講――とまではいかないが、上司や部下、同僚が気兼ねなく立場を気にする事なく互いに会話をする……そんな使い方が出来る場所だ」

 

「っ……」

 

 ファースは思い出す。

 自ら話しかける事はできなかったが、かつてここで様々な話をしながらお喋りをしていた至高の御方々の存在を。

 それを黙って聞く事を許していただき、共に煙草を楽しんでいたあの時間を。

 

「そうだな――ここは定番だが、()()()()()()()()()()。ファースよ」

 

 ――ファースは言葉がすぐには出なかった。

 タイミングが良すぎる。

 まるで見透かされたような感覚に、ファースは身震いをした。

 

(どうしてアインズ様は知って――)

 

 ――まさか、()()()()

 最初からアインズ様は知っていた?

 

(……そう、か。じゃあこの前私の前を通り掛かった時、あれはそういうことか――)

 

 以前、アインズと通路ですれ違った時。

 供回りも連れず、お一人で歩かれていたのは疑問だったが、その目的はファースだったのだ。

 アインズ様はきっと、ファースの悩みを知っていた。

 もしくは、ファースが何かを抱えている事に気が付き、わざわざ接触をしそれを確かめに来た。

 何という御方、何という智慧者。

 ファースは真横にいる絶対の支配者にして、偉大なる御方に感涙する。

 

「――じ、つは……」

 

 ファースの感情はついに崩壊した。

 罪を告白する罪人のように、己の心情を全てアインズに打ち明け始めた。

 ナザリックの為に生まれた存在でありながら、至高の四十一人の為に御役に立ちたいと願いながらも、仕事に対する熱意が薄く不敬な考えを持ってしまっていること。

 考えの違いから、他の同僚と上手く馴染めないこと。

 過去の思い出に縋るように、この喫煙所に執着してしまっていること。

 そうであれと、メイドとして生まれながらも己の身体に違和感を感じること。

 肩凝りが酷いこと――

 もう兎に角、ファースは思いつく事全てをアインズに話した。

 懺悔するように、この後処罰が待っているかもと考えながらも、様々な感情の狭間で嗚咽を出してしまいながらもファースは話し続けた――

 

 

 

 

 

 

 

 

(……休憩の取り方について聞こうとしてただけなのに、何かメチャクチャに重たい悩みを聞いてしまった。どうすれば良いんだ? 慰め方なんて知らないぞ)

 

 なるべく自然と聞き出そうと、遠回しな発言をしたのが失敗――いや、部下の深刻な悩みを聞き出せたのだから失敗というのは違うか?

 とにかく、想定よりも遥かに重い案件を抱えてしまったような感覚を覚えつつも、アインズは次の手を真横で号泣してしまっているファースを横目に必死に考えていた。

 

(しかしますます不思議だ。設定だけじゃなく、創造主の影響やその時の環境もNPCの性格や考え方に作用する――と考えるのが妥当か)

 

 正直、ファースの言う地獄のワンオペ事件は本当に単なる事故のようなものだ。

 ファースを創造した後、他のNPC達を各ギルメンが造り始めたのは言うまでもない。

 しかし、すぐに完成したかと言われると違うとしか答えられない。

 ギルドの拡大、維持費用、本格的なギルド活動の開始――

 様々な事を並行しながらNPC達は造られていった。

 ファース以外のメイドだって、比較的ギルドの活動が軌道に乗ってから、余裕が出来始めた頃に徐々に造り出されていった。

 その間、ファースを同僚も居ない1人きりの状況を作ってしまったのは事実だ。

 こうして異世界に来て、NPC達が自我を、心を持つようになるだなんて当時のアインズ(モモンガ)達が知ってたら、そんな事はさせなかっただろう。

 もちろん、誰にもそんな現実離れした事が起きるだなんて予想出来るはずもないし、信じる筈も無い。

 だからこれは事故だ、誰も悪くない不幸な事故だとアインズは正当化する……

 だが、()()は取らなければならない。

 不本意ではあるが、今はアインズがナザリックの支配者だ。

 部下の失態や悩みは、できる限りアインズが解決しなくてはならない。

 

「――成る程、よく正直に話してくれた。さぁ、そろそろ泣き止むんだ。綺麗な顔が台無しになってしまう」

 

「も、申し訳――」

 

 何か勢いでキザっぽい台詞を言ってしまったが、えぇいままよ! とアインズは続けた。

 

「さて、単刀直入に言おう――ファースよ、お前の考えは確かに一概には良いとは言えない。しかし、それは()()()()()()()。気にする必要はない」

 

「ぇ――しかし……」

 

「もちろん、他のメイドやシモベ達のナザリックに対する忠誠心が間違っているわけではない。いついかなるどんな時でも、私たち――四十一人の役に立ちたいという想いはとても嬉しい」

 

 アインズは虚空を見つめる。

 

「――だが、お前達は私の宝だ。皆が残した大切な存在だ。無理はして欲しくない、これは私の嘘偽りのない本音だ。だからこそ、そこでお前の力を借りたい。ファースよ」

 

「私の……ですか?」

 

「あぁ、私は()()の重要性は高いと思う。精神衛生やパフォーマンスの向上に繋がるのであれば、意味のない行為では決してない。何より『自分だけの時間』を作るのは大切だ、何故なら()()()()そうしてたのだから、シモベであるお前達に必要がない訳が無い。そうだろう?」

 

 ずるい言い回しだとアインズは思ったが、この際仕方がないと割り切った。

 ファースは噛み締めるように、"至高の御方々も……"と呟く。

 

「その点、少し困った事にシモベ達は自分から休息を取る事が苦手なようでな。これもかつての私たちの指導不足のツケだろうな」

 

 アインズは冗談めいたように笑う。

 

「そ、そのような事はございません!」

 

 ここでやっと、落ち着きを取り戻してきたファースはマトモな言葉を喋れた。

 

「――そうだな、お前がそう言うのであれば、全てが間違っているわけではないだろう。何故なら、ファースよ。お前は自らの意志で休息を取れているからな」

 

「あ……で、ですがそれは――私が仕事に対して」

 

「熱心ではないからと? 確かにやる気も大事だが、何より重要なのは()()だと私は考える。ファースよ、お前は自分の仕事をおろそかにした事があるのか?」

 

 それは無い。

 とファースは断言できる。

 確かに仕事に対してネガティブな発言や考えをするものの、それを怠った事はない。

 

「勤務態度が悪過ぎる……というのも考えものだが、私が知る限りそこまで酷いものではないと思う。つまり、今のお前の仕事振りには皆が見習うべき点があると私は考える」

 

 ――アインズの手にしていた煙草が、ついに燃え尽きた。

 残骸をファースの手にした灰皿にそっと乗せると、アインズは立ち上がった。

 ファースも主人が立つならと、立ちあがろうとするがまたもやアインズにまだ座っているようにと言われる。

 

「ファースよ、私は作りたい。理想の環境を、お前達が安全に、健全に、安心して私たちの為に働いてくれる環境を――協力してくれるか?」

 

 アインズは骨の手を片方、座っているファースに差し出した。

 手を取れと、主人は仰りたいのであろう。

 

「――はい、はい。勿論でございます。いと尊き至高の御身よ」

 

 ファースは迷いなく、アインズの手を取った。

 ――ナザリックのホワイト化計画が、今此処から始まる。

 

 

 

 

 

 

「――そのアインズ様、もしよろしければ何か罰をお与えくださいませんか?」

 

「ん? 気にする必要は無いと言ったはずだが?」

 

「しかし……その、気が収まらないと言いますか」

 

「……そうか、ではそうだな――以前1日の煙草の本数を10本減らすと言っていたな? 10本ではなく、()()()()()()()()()()。これをお前への罰としよう」

 

「……………………はい」

 

 サーっと顔が青くなっていくファースに、アインズは気が付かなかった。

 

 

 

 

 




おっほ、泣きじゃくる美少女大好物でご(心臓が潰される音


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5話

お気に入り数の評価者の数が倍に増えててヒェ…ってなる。
気紛れ更新なのに全然気紛れにできないじゃないか! まともなのは僕だけか!?(めちゃくちゃ嬉しいですありがとうございます


 

 

 

 

 

 

 

「――チャーハン大盛り、焼き立てのハンバーグも乗せて。あ、チーズもお願い」

 

 清々しい朝――かどうかは時間でしか分からないので本当に清々しいかは不明――に、ナザリックで働く飲食が必要な者は第九階層にある食堂に集う。

 そして利用者の殆どが、メイド達だ。

 特に一般メイドはホムンクルス。

 種族の選択ペナルティにより、食事量の増大がある。

 それはファースというメイドも例外ではなかった。

 ファースは覆面の男性使用人の1人に、食べたい料理の注文をする。

 その注文の内容は、平均的で一般的な女性の食事量に比べれば、とてつもなく多く、重たいメニューだった。

 しかしここナザリックにおいて、そして一般メイド達においてその量は普通だ。

 だからファースの注文に特に疑問を持つ者はいない。

 

「……ん?」

 

 ファースは既にビュッフェ台で物色した数々の料理が置かれた自らの席に、こんもりと盛られた出来立てのチャーハンの大皿を持って戻ると、さっきまで誰も居なかった隣の席に、赤髪のメイド(同僚)がいつの間にか座っている事に気が付いた。

 

「あ……あの、お隣、良いでしょうか!?」

 

 そしてファースが席に戻ってきた事に気が付いた赤髪のメイドは、恥ずかしそうにそう聞いてきた。

 良いも何も、既に隣に座っているし、自身の料理も既に用意しているではないか。

 ……まぁ断る理由もない。

 

「別に構わない、好きな場所で食べれば良いさ」

 

 ファースがぶっきらぼう――決して雑に対応しているわけではない――に答えると、ぱーっと嬉しそうにする赤髪のメイド。

 そんな態度に疑問を感じるも、ファースは気にせず自分の席に座り、"頂きます"と宣言してから食事を食べ始めた。

 ――一般メイドの食事の仕方には、それぞれ個性が出る。

 凄まじまい勢いで食べ尽くす者もいれば、比較的ゆっくりと食べる者。

 ナイフやフォーク捌きが速い者、遅い者――

 とにかく様々だ。

 

 そんな中、ファースの食べ方は豪快な方だ。

 その小さな口を精一杯大きく開き、とにかく口の中に詰め込む。

 そして喉に詰まらない程度まで咀嚼したら、一気に飲み込む。

 対して、隣に座った赤髪のメイドは、勢いは控えめだが、口と手を動かす速度が速い。

 対局的に見える2人は、意外にも殆ど同じタイミングで目の前の料理を平らげた。

 

「……なぁ、一つ聞いても良い?」

 

「は、はい!? 何ですかファースさん!」

 

 本来であれば、2周目(おかわり)をしに行くところだが、ファースは自分の席の隣に滅多に他のメイドが座る事がない為、この際だと思い以前から気になっていた事をこの赤髪のメイドに聞いてみる事にした。

 

「何でさ、みんな私に対して敬語なの? 同僚――だよね私ら?」

 

 あり得ない事だが、もしかして知らないうちに昇進的なものを受け取ってしまっていただろうか。

 そう疑問に思ってしまうほど、ファースは同僚という部分に若干の疑念を込めてしまいながら言葉にした。

 もちろん、他のメイド(同僚)に対して丁寧な敬語で接する性格のメイドも居ることには居る。

 しかし、メイド(同僚)ならどんな相手でも仲の良い友人のような間柄で接する事で有名な、通称フレンドリーメイドと呼ばれるメイド(同僚)にすら敬語で話しかけられた日、ファースは確信した。

 明らかに、自分にだけ接する態度がおかしいと。

 

「そ、それは……その、ファースさんは――」

 

 モジモジとする赤髪のメイド。

 髪と同じくらい顔も赤く染めてしまう様子を、ファースはあえて何も言わずに黙って答えを待つ。

 

「――ご、ごめんなさい!」

 

 ――脱兎の如く逃げられた。

 律儀に空になった皿やトレーはしっかり持っていて。

 

「???」

 

 ファースは頭の上に疑問符を浮かべる事しか出来なかった。

 

 

 

 

 

「――それは、()()だと思う…………ワン」

 

「憧れ……ですか?」

 

 メイド達の朝食が終わり、ナザリック地下大墳墓のメイド長である『ペストーニャ・S・ワンコ』によって今日の予定と、仕事の簡単な割り振りが発表されると、メイド達は蜘蛛の子散らすようにそれぞれの持ち場に向かった。

 ――ファースを除いて。

 ファースは先程の赤髪のメイドの態度がどうしても気になり、我慢が出来ずに上司でもあるペストーニャを呼び止め、相談を持ち掛けた。

 

「貴女は……そうね。きっと他のメイドからしたら、憧れの的。戦闘メイドの方々のような存在なんだワン」

 

「私が? まさか……」

 

 ファースはペストーニャの考えに納得はいかなかった。

 ――戦闘メイド。

 名前の通り戦闘を主な仕事とするナザリックのメイドだ。

 掃除や雑務しか出来ない一般メイドからすれば、メイドとしての仕事はもちろん、()()()()を持ち合わせている戦闘メイドは大望の存在だ。

 いわばアイドル的存在。

 命をかけてでも護りたい存在(至高の四十一人)を護ろうとする力があるというのは、何の戦闘能力を持たない一般メイドからすると憧れのモノなのだから。

 一般メイドが仮に、至高の存在と共に戦場に立ったとしよう。

 出来る事といえば、()()()()()()()

 もちろんそれでも十分に本望だが、目の前の至高の存在に楯突く存在を自分の力で蹴散らせたらどれだけ気持ちの良いことだろうか。

 

 ――当然、ファースも一般メイドだ。

 盾になる事しか出来ない方だ。

 だから、自分が戦闘メイドの方々と同じ扱いをされるのがどうしても納得できない。

 そもそも、()()()()()()

 ファースはファース。

 一般メイドとして創造された、みんなと同じ――

 そう、同じな筈――

 

「――同じか、そうだといいんだけどな……」

 

「? 何か言いました……ワン?」

 

「いえ、何でもないですメイド長。お時間取ってもらってありがとうございました。仕事に掛かりますね」

 

 

 

 

 

 

 

「…………ふふ」

 

 ファースは思わずニヤけてしまう。

 最近、喫煙所に来るとアインズ様と過ごしたあの日あの瞬間を思い出してしまい、自然と頬がゆるむ。

 不思議とあれ以来、心が少しだけスッキリしている。

 根本は何も解決していないというのに。

 やはり、"誰かに話すと気が楽になる"というのは本当なのかもしれない。

 よく此処にお喋りに来ていた至高の御方々も、そのような事を口にしていたのだから間違いない。

 

「……うっ、駄目。今これ以上吸ったら歯止め利かなくなるって」

 

 ――ファースは自然とシガレットケースに伸びていた手を引っ込めた。

 アインズ様に罰を与えてほしいと懇願したファース。

 その罰の内容はファースにとって、バツグンに()()()

 まさに相応しい罰である。

 何故なら、こんなにも自分は今辛い想いをすることが出来て――

 

「――出来てるんだから、もう少しくらい……あぁ! ダメって言ってるだろう!」

 

 まるで二重人格。

 ファースの心はスッキリとしているが、同時に荒れ始めた部分が出てきてしまった。

 

「大丈夫、私はできる……アインズ様、御力を――」

 

 ファースは、()()()()()()()()()()()主人に祈る。

 アインズ様は、ナザリックの外へと行かれた。

 ナザリックが原因不明の地に転移してしまった事件から数日。

 ついに、アインズ様はナザリックの大々的な調査を、自ら開始したとのことだった。

 そしてファースは、アインズとの()()()()を思い出す――

 

 

 

 

『それで……協力とは具体的にどうすればよろしいですか?』

 

『――そうだな、ファースよ。他のメイド達に少しでも良いから、休憩をさせることは可能か?』

 

『……難しいかと。いきなり休憩しろと言っても、困惑しかないと思われます。食事の時間になったら、押し寄せるように食堂には行きますが』

 

『そ、そうか。――それは上の者……確かメイド長が居たよな? 上の立場の者が促しても同じか?』

 

『――おそらく、そうかと』

 

『ふむ、では軽い()()()()から始めるべきか。ファースよ、どうにかして他のメイド達に()()()()()を実感させるようにできるか? その為なら、私の名前を出しても構わん』

 

『よ、よろしいのですか……?』

 

『構わん、それより質問に答えてくれ』

 

『――それなら、何とかなるかと……いえ、何とかしてみせます』

 

『……そうか、期待しているぞ。私は近々ナザリックを発つ。暫く戻って来れないかもしれん』

 

『――行ってらっしゃいませ、アインズ・ウール・ゴウン様。御身の帰還を心より願っております』

 

 

 

 

 

「――さて、始めますか」

 

 落ち着きを取り戻したファースは、決意を示すように吸い殻を強く灰皿に押しつけて、立ち上がった――

 

 

 

 

 




ファースの行動とか言動とか描写とか、大体作者の性癖しか入ってないです


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6話

ファースのちょっとエッチな話を妄想して書き起こしてたら少し遅れました。許せサスケ


 

 

 

 

 

 

 ファースは特別に頭が良いとか、そんな事はない。

 単なるメイドなのだから、当たり前のことだ。

 故に、正直に言って()()と呼べるほど大層なものを考える事はできない。

 ――なので、自分に出来る範囲で行動をしなくてはならない。

 だからファースは、ちょっとした小細工――いや、()()()()を示す事にした。

 

「――そこ、まだ汚れが残ってる」

 

「あ、ご、ごめんなさい!」

 

 ファースは()()()1人ではなく、とある一般メイド達の小グループに紛れ込みながら仕事をしていた。

 

「謝らなくていいよ。それより……リボンがほつれてきてる。直してやるからジッとしてて」

 

「あ、あぅ……」

 

 ファースは一般メイドの1人の胸元のリボンが緩んでいる事に気がつくと、ズイズイと迫り壁際に追い込んだ。

 一般メイドの背中が壁と密着すると、挟み込むようにファースが前から軽く密着する。

 そしてファースはメイドの胸元のリボンを結び直していく。

 周りにいた他のメイド達は思わず作業の手を止め、頬を紅潮させながらその光景を見つめる。

 壁とファースに挟まれた当のメイドは、さらに顔をトマトのようにさせ、何処に焦点を当てて良いのか分からない為か目をぐるぐるさせる。

 

「ほら、終わっ――大丈夫か?」

 

「ひ、ひゃい! 大丈夫ですありがとうございます!」

 

 解放されたメイドは、ギクシャクと自動人形(オートマトン)のように動き出し、業務を再開する。

 

(……もしかして、恥ずかしかったのか? でも着衣の乱れは心の乱れ、あのままにするわけにもいかないし――互いにそこそこ大きいもの胸にぶら下げてるから、触れちゃうのは仕方ないじゃないか)

 

 ファースはやや見当違いな考察をする。

 

「さて、次の場所に移動しよう。次はどこ?」

 

 流石に複数人でやると1人でやるより遥かに早く終わる。

 ファースは偶には集団で仕事に励むのも、楽だし悪くないと思いつつ、この小グループのまとめ役のメイドに次の予定を訊ねた。

 

「はい! 次は――」

 

 問われたメイドは事細かに、掃除する場所や順番、方法を教えてくれる。

 

「――ん? 一つ部屋が抜けてないか? 確か至高の御身の為の予備のお部屋があった筈だけど」

 

 話を聞いていくファースは、ある事に気が付いた。

 掃除する場所の流れからして、必ず通る筈の部屋の説明がメイドの口から出なかった事に。

 

「はい、そのお部屋でしたら今は守護者統括の『アルベド様』が使われているみたいです――それで、ご自身のお部屋の掃除は自分でやるとの事なので、掃除の対象から外してるんです」

 

「――アルベド様」

 

 ファースは確かめるように呟く。

 そして記憶の倉庫から、該当するものを引っ張り出す。

 ――あぁ、確か至高の御身の1人、『タブラ・スマラグディナ』様がお造りになられたお方だ。

 

「みんなは直接アルベド様と会った事は?」

 

 ファースが聞くと、何とファース以外のメイド全員が手を挙げた。

 

「……まじか、私だけまだなのか――」

 

 話はもちろん聴いている。

 アインズ様がナザリックを離れている間は、守護者統括であるアルベド様がナザリックの管理をされる事は。

 しかし単独行動でよく仕事をするのが仇になったのか、偶然巡り合わせが悪過ぎたのか。

 ファースは実際にアルベド様と対面した事は無かった。

 

「どんなお方だった?」

 

「お優しい方です! 掃除してたら、アインズ様のように労いのお言葉を――」

 

「手芸やお裁縫も嗜んでいらっしゃるらしいです。今度教えてもらえないかなって――」

 

 ファースがアルベド様について聞いてみると、それぞれが彼女の印象を語り始める。

 ファースは適度に相槌を挟みながら、真剣に話を聞く……

 ――気が付けば、()()()()()()()()()()()()()

 

(休憩――と言えるほどじゃないけど、積み重ねが大事。お喋り程度ならみんなも嫌な顔せず付き合ってくれるからね)

 

 これは大きな一歩ではない。

 小さな一歩だ。

 まずは()()()()()()()()というものに慣れてもらわなくては、他のメイド達は休息どころか、休憩すら拒むだろう。

 それに実は、希望が全くない訳ではない。

 こうして仕事の合間にお喋りをする者達――当然作業の手はそれほど緩めないが――もいる。

 仕事の合間の一瞬の隙をついてお菓子などの簡単に食べられる携帯食を頬張る者。

 気になっている本の続きを1ページだけ読む者――

 ファースほどではないが、みんな()()()()()

 一般メイドはそれぞれに個性があるように、趣味や嗜好を考える者は居るのだ。

 つまり、付け入る隙はある。

 隠れるようにするのではなく、胸を張って仕事の合間の時間を、趣味や嗜好に有効活用できるんだという意識付けが出来れば良い。

 

(まぁ、それが1番大変なところなんだけど……)

 

 ファースは仕事に対する姿勢が低いからこそ、休息というものに抵抗は殆ど無い。

 しかし他のメイド達は違う。

 仕事に対する姿勢や意識が高いからこそ、きっと休息というものに抵抗してしまう。

 だから先ずは、その抵抗する意識を少しでも減らす。

 それが今ファースにできる事だ。

 

(――これ、私の方がきっと変なんだよね。でも……アインズ様の為。アインズ様が汲み取ってくださった。アインズ様のお望みの為……)

 

 ファースは奮闘するのだ。

 

「――それでファースさんはどう思います? やはりアインズ様には赤が似合うと思いません?」

 

 気が付けば、話題が『アインズ様に似合う色は?』になっていた。

 

「そうだな……赤も良いけど、もう少し落ち着いた色の方が良くないか? 黒とか」

 

 ――とはいえ、お喋りに夢中になっていて、仕事が疎かになって後でお叱りを受けては本末転倒。

 キリの良いタイミングで一度切り上げて、ファースは次の手を打つ事にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――実は私、今日()()()()()()()()()()掃除する事になってるんだ」

 

 ファースは小グループのメイド全員に聞こえるように、宣言した。

 すると口々に、流石、羨ましい、頑張ってください、などの声が上がる。

 現在ナザリックにおいて、アインズ様の存在はメイドにとって、とても大きな存在だ。

 何せ、本来忠誠を捧げる筈の至高の四十一人は現在、アインズ様お1人しか居ない。

 当然、行き先を求めてメイド達の忠誠心は殆どアインズ様に向けられる。

 つまりアインズ様はメイド達の()()()

 そんなアインズ様のお部屋を掃除する者は、振り分けの際に飛ぶように歓喜し、一日中通路や食堂で周りのメイドに自慢をするのだ……

 

「……みんな知っての通り、アインズ様は今ナザリックには居られない――当然、アインズ様のお部屋は暫くの間主人を失う」

 

 そしてファースは、わざとらしく演説するようにメイド達に語り始めた。

 

「だからこそ、()()()()()()。お戻りになったアインズ様が喜んでくださるように、私は本気で――いや、限界を越えるつもりでお掃除をしたい」

 

 メイド達は思わず喉を鳴らす。

 ファースの演説に聞き入っている。

 ――そこで、ファースは()()()を垂らす。

 

「――だからこそ、()()()()()()()()()()()()()

 

 ファースは自身の言葉に目をぱちくりさせるメイド達に近づき、代表して1番近くに居たポニーテールのメイドの両手を取った。

 

「頼む、一緒にアインズ様のお部屋を掃除してくれないか?」

 

 ファースは真剣な表情で、懇願するように言った――

 

「――――――はぅ」

 

 ――ファースはペストーニャが予想した通り、他の一般メイド達にとって()()だ。

 メイド達の中で、誰よりも先にこのナザリックでメイドとして仕えているファースは、文字通り憧れの存在。

 つまり、1()()()()()()()()()()()()()()存在していた。

 それだけで充分なステータスだ。

 もしその称号を取って変われるのなら、誰もが欲するだろう。

 そして性格。

 一見すると冷めているように見えるが、とても()()()

 自分自身の、最初のメイドという名誉ある称号を鼻に掛けることなく、みんなと対等に接してくれている。

 さらには、本来であればファース1人で余裕でこなせるであろう()()を、ファースは()()()()()()

 本当はご自身でしたい筈なのに、本当は他のメイド達より洗練された仕事ぶりを発揮して、1人で何の問題なくこなせる筈なのに。

 だというにも拘らず、ファースはよく()()()持ち場を一時的に離れて、その場を他のメイドに任せてくれる。

 1番人気のある、至高の御身のお部屋の清掃という仕事を、優先的にやらせてくれる。

 そしてファース自身は、たった1人で比較的誰でも出来る(簡単な)通路の方を清掃するのだ――

 一般メイドにとって、ファースという存在は仕事をくれるとても優しい方。

 加えて、男性のような言動や仕草もメイド達にとってはプラスのポイントだった。

 メイドとはいえ、ホムンクルスとはいえ、一般メイドも女だ。

 自然の摂理というべきか、ファースの男性的な部分に魅力を感じるのは仕方のないことだった。

 

 ――そんな憧れの存在から、普段は群れないファースが、()()()とお願いしてきたら。

 しかも()()()()()()()()()()()()という大変名誉ある仕事をだ。

 

「や、やります! お手伝いさせてください!」

 

 ――当然、飛び付く。

 甘い蜜に誘われた虫のように。

 

「――ありがとう、みんな」

 

 ファースは心の底で笑った。

 ()()()()()だと。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――家具を動かすのなら慎重に、ついでに家具の脚の汚れも落として。私は次はベッドの方をやるから、天井と壁をツーマンセルで取り掛かって」

 

 予定通り、アインズ様のお部屋に幾人かのメイドを連れて掃除をしに来たファース。

 仕事を面倒だと感じるファースといえど、流石に至高の御身――それもアインズ様のお部屋の掃除となれば気合はいつもより入る。

 

「……ん? 何だ……?」

 

 ファースがアインズ様のお部屋の、主寝室にあたる場所を掃除していると、ある事に気が付いた。

 キングサイズと言われる大きさの、天蓋付きのベッドはまさしく至高の御身に相応しいものだ。

 そんなアインズ様のベッドの、ベッドメイキングをファースが行っていると、ふとファースの鼻腔を刺激するものがあった。

 それはまさに、目の前のアインズ様のベッドからだった。

 

「――嗅いだ事、無いな。何の香水だろう……」

 

 失礼を承知で、ファースはアインズ様のベッドに顔を近づけて鼻を鳴らした。

 やはり、ファースの知らない匂いがアインズ様のベッドからした。

 甘くて、とろけるような甘美な匂いだ。

 以前アインズ様のお部屋を掃除した時にはしなかった匂いでもある。

 何かの香水ではあるのだろう。

 しかし、掃除に使用するどの香水とも違う香りだ。

 

「なぁ、掃除に使う香水って新しいの増えたりした? ……そう、増えてないか」

 

 もしかしてファースの知らないうちに、新作の香水が使われるようになったのだろうか。

 そう思い主寝室で共に掃除に取り掛かっているメイドに聞いてみたが、答えは否だった。

 

「……となると、アインズ様ご自身がお選びになった香水か――流石です、アインズ様」

 

 香水選びのセンスも良いなんて、アインズ様は素晴らしい御方だ。

 それならば、他の香水で上書きしては不味いだろう。

 ファースはそう判断しながら、ベッドメイキングを進めていった。

 ――けど、シーツは交換しなくてはならない。

 匂いが薄れてしまうが、そこは仕方のないことだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あら、綺麗になってるわね」

 

 きっと自身が離れている間に、メイド達が掃除をしたのだろう。

 そう判断しながら、一直線にアインズの主寝室に向かったのは、ナザリック地下大墳墓の守護者統括――アルベドだった。

 そして迷わず主寝室の扉を開けたアルベドは、()()()()()

 そのまま産まれたままの姿で、アインズのベッドに潜り込む。

 

「――はぁ、アインズ様」

 

 呟く吐息は、ベッドの中を温める。

 アルベドは今は居ないアインズ(モモンガ)の事を頭に浮かべながら、ベッドの中でモゾモゾと動く。

 

「…………?」

 

 そして気が付く。

 最近ずっとマーキングをしていて、自らの匂いが染み込み始めたアインズのベッドから、微かに()()()()()()()()()()()()

 

「何かしら……嗅いだ事ないわね。まさか香水――って感じでもないのよね」

 

 アルベドは自分以外の香りがする事に、一瞬だけ不快感を感じたが、すぐにどうでも良くなった。

 メイドが掃除をしたのだから、自身の香りが薄れてしまうのは仕方のない事だし、すぐに上塗りすれば良いのだから。

 

「あぁ……早くお戻りにならないかしら――愛しいモモンガ様――」

 

 

 

 

 




半端な区切りになってしまった……
けどアルベド様が悪いんや……話のオチにし易いアルベド様の——


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7話

思ったより皆さん、アルベド様を危惧してる方が多くてビックリです。
そんなに心配せずとも、アルベド様はお優しい方ですよ……タブン

ところで関係ない話なんですけど、最近頭の中のワ◯カが「まさか、アルベド様もアルベドじゃないだろうな……」と言って、テ◯ーダが「くっだらねぇ何だよそれ!」って、突っ込みを入れてくるんですけど、どうにかならないですかねこれ……?




 

 

 

 

 

 

「――お疲れ様、みんな凄く良かったよ」

 

 無事にアインズ様のお部屋の清掃を終わらせたファース一行は、既にアインズ様のお部屋を離れとある場所へ向かっていた。

 

(みんなやりきったツヤツヤした顔してるなぁ……まぁ、多分私もだけど)

 

 ファースとて高揚感は感じる。

 仕事に対する嫌悪感は残念な事に打ち消せないが。

 

(そして()()()()()()()――仕掛けるなら今しかない)

 

 ――要は、休息という行いが悪い事ではないという認識が大事だ。

 極端な話、ファース以外のメイドの考えはきっとこうだ。

 休息を取るイコール至高の御方の役に立てる時間が減る――

 ここがネックだ。

 なので量より質が大事だという事を叩き込む。

 休息によって得られる恩恵で、()()()()()()()()()()()()

 その実績と実感が他のメイドには必要だ。

 

「――あの、ファースさん。次の場所はあっちの通路ですよ……?」

 

 ポニーテールのメイドが、先導しているファースが自分達との目的地と違う事に気が付いたのか、そう言ってきた。

 

「ん? あぁ、大丈夫分かってるよ。その前に、私から頑張ったみんなに、()()()()()があるんだよ」

 

 ――その為なら、手段は選んでいられない。

 納得はいってないが、ここは己の存在(憧れ)を利用する。

 そうして、ファースが疑問を浮かべるメイド達を連れて行った先は、()()だった。

 まだ食事の時間ではない為、食堂はガランとしている。

 ファースは他のメイド達に適当な席で座って待っているように伝えると、自身は食堂に隣接してある厨房へと足を踏み入れた。

 物凄い勢いで沢山の料理の生産をしている真っ只中の料理長やその他コックに軽く挨拶をしてから、ファースは厨房の片隅に置かれた冷蔵庫へ手を触れた。

 

 ――そして取り出したるは、前日にパティシエに頼んで用意してもらった『シュークリーム』なる菓子。

 とても甘いクリームがミチミチと詰まったシュークリームだ。

 それが何十個と、冷蔵庫に収められている。

 要するにこれは()()()

 ご褒美を食べるのに罪悪感を感じるのはむしろ失礼、そしてシュークリームは冷えてないと美味しくない。

 よって、ファースが薦めれば他のメイド達は否が応にも食べるしかないだろう。

 

(こうやってちょっとずつ、慣れさせていくしか――あとは実際の仕事時間や成果の変化を報告書として纏めて……)

 

 ――不思議な感覚だった。

 ファースは、()()()()()()()()()()

 こんな気持ちは生まれて初めてかもしれない。

 

「……流石に食堂で吸ったら迷惑だよな――我慢、我慢だ」

 

 ファースは大量のシュークリームを抱えて、食堂へと戻る。

 喫煙への欲求を抑えながら。

 己の主人の期待に応える為に……

 

 

 

 ――こうして、近い未来ナザリックには『アインズ当番』なる、一般メイドにとって革命的な仕事が増える事になる。

 さらには休憩を取る為の『チーム分け』も。

 それによって、一般メイドには決められた休憩時間と、約束された休日が与えられる事になる――

 それはとある1人の一般メイドの努力によって、得られたものであるだろう――

 

「――あぁ、煙草吸いたい」

 

 

 

 

 

 

 

 




え?終わり方が最終回っぽい?
まぁ本当に最終話ですので……ここまでの沢山のお気に入り、評価、感想、誤字脱字報告、本当にありがとうございます。
ファースの素敵なイラストを描いてくださった作者様にもこの場を借りてお礼申し上げます……
これにて、この小説は完結にしたいと思います——


——でも、もうちっとだけ続ける事にしました。
こんなにも沢山の評価を頂いたので、ここで終わらせたら色々と勿体無いですからね。
当初の予定ではここまでしか書かない予定だったので、プロットも何もないので更新頻度は落ちてしまいますが、それでも良ければもう少しだけ続けたいと思います。
これからも、この小説を見て頂けると嬉しいです。

ブラック企業ナザリック


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8話

出来るだけ時系列に沿って書いていきたいなと……


 

 

 

 

 

 

「…………ぇ」

 

 最近のナザリックは、変わりつつある。

 今までメイドぐらいしか通り掛からなかった第九階層の通路には、今まで会う事がなかった様々なシモベ達を見かける様になってきた。

 そしてファース自身も、主人であるアインズ様の命を受けて、日々他のメイドの意識改革に励んでいる。

 ――そんなある日、ファースはタイミングを見計らって、いつもの場所(喫煙所)に向かった。

 その道中、ファースは信じられないものを発見した。

 

(――何だ、見慣れない()()が通路で落ち込んでる……)

 

 そう、四つん這いで床とキスをするんじゃないか、そのくらい床にめり込んでいる者が居たのだ。

 格好もどう見てもメイドではないし、普段は別の階層にいるナザリックの存在なのは間違いないだろう。

 

「……あぁぁぁ、どうしてなの――どうしてこんな事に……」

 

 そして何かに怯えたように、呪詛に似た呟きを床に向かって吐き続けている。

 誰がどう見ても、落ち込んでいるんだなと見て取れた。

 

「――あ、あの……」

 

 ファースは少し迷った末に、声を掛ける事にした。

 相手の顔も見えない状況では、どう接して良いのかも分からない。

 先ずは対話を試みる。

 

「――? メイドぉ?」

 

 ファースの声に気が付いたのか、四つん這いの人物は床に向けていた顔をファースの方へ四つん這いのまま向けた。

 ――ファースはその顔を知っていた。

 いや、実際に御拝見したことは無い。

 ()()()()()()()()、という意味でだ。

 

「……そうなの、こんなくそったれなゴミのような守護者を掃除しに来たのね」

 

 そして何故か自虐的な、四つん這いの人物。

 ファースは困惑しつつも、目線を出来るだけ同じに近づける為、その場でしゃがんだ。

 

「――『シャルティア・ブラッドフォールン様』。何があったかは存じませんが、どうかお顔を上げ立ち上がってください。()()()()()の貴女様がその様子では、私達も困ってしまいます」

 

「なぁに、メイドがわたしに意見するのぉ? ……いえ、違うわね。貴女達も至高の御方々に創造されたのだから、同僚みたいなものよね――むしろ、このボロ雑巾の今のわたしの方が……うぅ」

 

 四つん這いの人物――その正体はナザリック地下大墳墓、第一、第二、第三階層の階層守護者の地位を与えられた吸血鬼の少女。

 名をシャルティア・ブラッドフォールン。

 至高の御身である、『ペロロンチーノ様』によって創造されたお方だ。

 そのレベル(強さ)はファースのような一般メイドとは比べ物にならない程の高レベル(100)

 何をどうやっても、絶対にファースが敵うお方ではない。

 ――そんなお方が、涙で顔をくしゃくしゃにしながら、子供のように泣きじゃくっている。

 正直に言って、扱いに困る。

 このまま無視する事もできないし、声を掛けてしまった以上責任がある。

 

「――お力になれるかは分かりませんが……その、お話だけでもお聞きいたしましょうか?」

 

「……言いたくないわ」

 

 そうですか、では私はこれで――

 と言いたくなる気持ちをファースはぐっと抑えた。

 

「それでは、()()()()などはどうでしょう? 『辛い時こそ、前を向いて楽しもう! 具体的にはエロゲとか!』――とペロロンチーノ様も仰っていましたよ」

 

 ファースが、シャルティアの造物主であるペロロンチーノ様の名前を口にすると、シャルティアの真紅の眼が鋭くファースを捉えた。

 至高の御身を話の引き合いに出してしまったようで、少し申し訳ない気持ちになるが、効果は充分なようでシャルティアの瞳にほんのりと力強さが戻った。

 

「それは本当かしら? ペロロンチーノ様が、そのような事を?」

 

「はい、しかとこの耳でお聞きしました」

 

 至高の御身であるペロロンチーノ様は、()()()()()()()()()()()()

 しかしお話好きなのか、よく喫煙所に顔を出しては他の至高の御方々と会話を楽しんでおられた。

 

「――そう、ペロロンチーノ様が……ところで、えろげ……というのは何かしら?」

 

「申し訳ありません、私もそこまでは……ただ、さっきのお言葉の後に『良かったらオススメの貸しますよ!』とも仰られていたので、物品のようなモノだとは思うのですが――」

 

 至高の御方々のお話は、ファースには完全に理解する事が出来ないものが多かった。

 

「……待って、えろげ――確か『ぶくぶく茶釜様』のご職業に関係するものだった筈ね……」

 

 するとシャルティアが思い出したかのように言った。

 それにより、ファースも新たな事を思い出した。

 

「ぶくぶく茶釜様の……? もしかして、()()()()なるものでしょうか?」

 

「あら、貴女も知ってるの?」

 

 シャルティアが同志を見つけたかのような、そんな期待の眼差しでファースを見つめる。

 

「えぇ、詳しくは知らないのですが……」

 

「なら特別にわたしが教えるわ――せいゆうは、声を吹き込むことで魂を与える仕事……つまり生命創造系のご職業の事よ」

 

 シャルティアが自慢気にファースにそう語る。

 ――どうやら、少しだけ元気を取り戻されたようだ。

 

「成る程……つまり()()()なるものは、ぶくぶく茶釜様がご創造され、ペロロンチーノ様がそれを広める事で、周りを楽しませる事ができる物品――いえ、生命ということですね」

 

「それってペット……という事かしら?」

 

 確かに、とファースも納得する。

 周りを楽しませる、つまり癒しを与える生命――それすなわちペット。

 ペットというなら貸し借りもできる。

 ――どうやら、全てが繋がったようだ。

 

「「()()()()()()()!」」

 

 2人の嬉しそうな声が重なる。

 

「――ありがとうございます。長年のつっかえが取れた気がします」

 

「それはわたしの方もよ」

 

 至高の御方々の言葉を理解する――

 それはナザリックに仕える者にとって、これ以上ない喜びでもある。

 こうして誰かと力を――知恵を合わせて、パズルのようにはめ合わせていく快感は何事にも代えられない喜びだ。

 

「貴女、名前は?」

 

 顔に少しだけ笑顔が戻ったシャルティアが立ち上がり、名前を訊ねる。

 

「ファースと申します、シャルティア・ブラッドフォールン様」

 

 ファースも立ち上がり、メイドとして改めて挨拶をした。

 

 

 

 

 




はぇー、エロゲってペットだったんだ……
落ち込んでるシャルティア様は廓言葉あんまり喋らないから楽やな!(怠惰


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9話

シャルティア様攻略ルートに入ったとか言わないの!不敬ですよ!……いや、間違ってないか……?


 

 

 

 

 

 

 

 シャルティア・ブラッドフォールンは失意の中にあった。

 主人であるアインズの命を受け、ナザリックを出立。

 そこまでは()()()()()

 しかし、ナザリックを出た後の記憶がシャルティアにはいっさい無かった。

 それは、シャルティアが()()()()()()()()影響――と、アインズは予測した。

 

 シャルティアは絶望した。

 自らの抜けた記憶、失ったらしい記憶を記録として見せつけられたその瞬間から。

 ――そう、シャルティア・ブラッドフォールンは主人であるアインズに牙を剥いた。

 本来護るべき筈の尊き御方に、あろうことか造物主であるペロロンチーノが与えてくださった武具や力でアインズを()()した――らしい。

 記憶がない分どこか他人事のように感じなくもないが、残念ながら事実だ。

 シャルティアは何者かに精神支配を受け、結果として救援に来たアインズと敵対する事になった。

 幸いなのが、主人と戦っている記憶も無いことだろうか。

 もしアインズにダメージを与える感触などが残っていたとしたら……

 シャルティアはそこで一度思考を切った。

 

 

 

 ――気が付けば、当てもなくナザリック内を彷徨った末に第九階層までシャルティアは辿り着いた。

 主人であるアインズは、自らの罪を赦された。

 そしてシャルティアは名目上、本来の仕事である階層守護者としてナザリックに留まっているが、彼女にとってこれは主人を失望させ、もう他の仕事を任せられない――

 そう判断されたのだろうと、失意の沼に嵌る。

 ズブズブと、足の先から呑み込まれるような感覚。

 もう全てがどうでも良いような、このまま消えてしまいたいような……

 

『――辛い時こそ、前を向いて楽しもう! 具体的にはエロゲとか!』

 

 ……はい、ペロロンチーノ様。

 わたしは()()()()()()()

 あなた様の御言葉がある限り――

 

 

 

 

 

 

 

「ナザリックにも、()()()なるペットは居るのかしら?」

 

「私は知り得ませんが――ぶくぶく茶釜様がお造りになられたモノなら、ナザリックに残っている可能性はあるのではないでしょうか? 確か第六階層に、ぶくぶく茶釜様がご創造された守護者の方が……」

 

「『アウラ』と『マーレ』のことね? そうね……アウラは沢山の魔獣を従えているから、可能性はありそうね」

 

 今度えろげという名前、もしくは種族の魔獣が居ないか聞いてみるとしよう。

 シャルティアは心のメモにそう付け足し、目の前のメイド――ファースを改めて観察した。

 毛先に軽いウェーブが掛かった茶髪だが、上手に整えられている。

 ナザリックに仕えるメイドなのだから、身嗜みは整えられて当然だろうが――

 顔はシャルティアの好みだ、この可愛らしい顔を羞恥で歪ませてみたいと思えるほどに。

 そして、()()()()()()()()()()()()に自然と視線が向かう。

 少しばかり嫉妬心がにじみでるが、それよりも()()()()()()()()()という欲求が勝る。

 

(……流石にメイドとはいえ、至高の御方に造られたのなら、わたしが好き勝手してはダメよね――するなら、()()を得てからじゃないと)

 

 シャルティアは自らの欲求を頭の隅っこに追いやった。

 

「――それで、気分転換と言っていたけど具体的には?」

 

「はい、第九階層には至高の御方々がお造りになった様々な娯楽施設があるので、それを利用されてはいかがでしょうか」

 

 ファースはシャルティアに第九階層の概要を簡潔に伝える。

 ――随分と、娯楽の類の施設が多い。

 シャルティアは己の領域とは随分と違うと感じたが、すぐに当たり前だと完結させた。

 至高の御方々のお部屋がある階層なのだから、むしろそういったものが無い方がおかしいと。

 

「――その、一つ聞きたいのだけど」

 

 そしてシャルティアは気付いた。

 

「……ペロロンチーノ様のお部屋も――やはりここに?」

 

「? えぇ、もちろんございますが」

 

 ファースは当たり前の事のように、あっさりと答えた。

 

「そ、それなら……少し、興味があるのだけど」

 

 ペロロンチーノ様のお部屋を見たい。

 シャルティアは本音を隠しつつ、ファースに告げた。

 

「……申し訳ありません。流石にペロロンチーノ様御本人の許可を得ず、他者をお部屋に通させるのは――守護者の方でもちょっと……私どもメイドもあくまで清掃という形で出入りを許可されているだけなので――」

 

 その意図を読み取ったファースは、申し訳なさそうな表情で宣告する。

 まぁ、言われてみればその通りだ。

 シャルティアだって自身の部屋に許可なく他者を入れたくはない。

 それも造物主であるペロロンチーノ様のお部屋を勝手に見たいというのは、不敬にあたるやもしれない。

 シャルティアは一時の欲求で暴走気味の思考に反省の念を送った。

 

「……その、もしかしたらなのですが、アインズ様にならご許可を貰えるかも――」

 

 ファースはここで気を利かせて、アインズの名を出した。

 だが、今のシャルティアにとってアインズの名は――

 

「――あ、あぁぁぁ申し訳ございません……!」

 

 ――トラウマを呼び起こさせる禁句に等しい。

 折角立ち上がれたシャルティアは、ファースの何気ない気遣いにより再び地べたに這いつくばった。

 

「え、あ、なんで? し、シャルティア・ブラッドフォールン様!?」

 

 一方、シャルティアの事情を知らないファースはただ混乱する。

 こんな通路のど真ん中で大泣きされたら、大迷惑――いや、余りにもお可哀想だ。

 ファースは悩みに悩んだ末に、シャルティアを一旦落ち着いた場所に連れて行くために彼女を()()()()

 

(軽い……あぁ、こんな姿誰かに見られたらヤバいかな――)

 

 ファースは背中に感じるシャルティアの感触に、この状況を誰かに見られたらどうしようと、言い訳を考えながら歩を進め始めた。

 幸いにも、背中のシャルティアはこの状況に何か不満があるわけでもないのか、非常に大人しい。

 もしくはショックのあまりおんぶされているのに気付いていないのか。

 メソメソと、涙でファースの背中を濡らすだけだ。

 

(とりあえず喫煙所に……あそこなら静かだし誰も近付かない)

 

 シャルティアの威厳? の為にもファースは喫煙所に向かうことにした。

 もとより当初の目的地はあそこだ。

 ファースは歩き慣れた通路を進んでいく――

 

「……!」

 

 ――曲がり角で、ファースは身を隠した。

 

(しまった……今この時間はB班が清掃中か)

 

 曲がり角の先、喫煙所への道に清掃中のメイドの壁ができている。

 ここは通れない。

 他の道を……

 

(あ、ダメだ。確か他の階層から応援にきた巡回中の方がこっちの方にも……戻るしかないか)

 

 ファースは来た道を戻る事にした。

 こうなったら少し遠いが、ファースの自室に連れて行くか、適当な他の施設に入ってしまうか。

 ファースはカツカツと鳴るヒールの音を極力抑えて小走りする――

 

「…………あ」

 

「…………あ」

 

 ――そしてバッタリ。

 目と目があった。

 黒ネクタイ()()をした、『ペンギン』と。

 

「――やぁ、誰かと思えばっふぁ!?」

 

 先に口を開いたのはペンギン。

 しかし言葉を最後まで言い切る前に、ファースのヒールの先っぽが彼の顔を踏み潰す。

 

「証拠隠滅……証拠隠滅しなきゃ」

 

 グリグリと、ペンギンの顔が捩れるぐらいファースは踏み付ける。

 その瞳からは、光が若干失われていた。

 そんなファースをペンギンから引き離そうと、ペンギンのお付きである覆面をした黒色の男性使用人が奮闘する。

 

「――あ、相変わらず随分なご挨拶じゃないか。ファース」

 

 男性使用人の奮闘により、ファースの足蹴りから解放されたペンギン――『エクレア・エクレール・エイクレアー』。

 ナザリック地下大墳墓の執事助手のバードマンと呼ばれる種族のペンギンだ。

 

「――エクレア、何故ここに居る? 客室の方は?」

 

「もう終わったさ、便器も舐められるくらい綺麗にしたよ」

 

 エクレアは男性使用人から受け取った櫛で、乱れた金糸の髪の毛を整え直す。

 

「本当に? 後でチェックするからな」

 

「どうぞお好きに、きっと()()である君も驚くだろう! 君から教わり、日々成長しているこの私の掃除テクニックに……そして、ナザリックを手にする日も近付いている――というわけさ」

 

 ――今、エクレアがナザリックに仕える者としてとんでもない発言をしたが、ファースは特に気にしない。

 彼は()()()()()決められたのだから。

 それに彼の強さは一般メイドと大差ない。

 口先だけの、叶わないものだと誰もが知っているからだ。

 ――ちなみに誤解が無いように説明しておくが、別にファースはエクレアの事が特別嫌いとか、そういう訳ではない。

 ではさっきの暴力行為は?

 それは単なる()()()()だ。

 ファースはエクレアに掃除のイロハを教える師匠だと、エクレアが『飴ころもっちもち』様に創造された時に、そうお決めになられたのだ。

 それからというもの、ファースは面倒だと感じながらもエクレアをしごいた。

 エクレアが自分以上に掃除のプロになれば、自分の仕事が楽になるんじゃないかなという願望ありきで。

 ――いわば師匠から弟子への愛の鞭、しつけだ。

 それ以上もそれ以下もない。

 

「――ところで、君の背負っているそれは……」

 

「何も聞くな、そしてお前はこの事を誰にも話してはいけない。いいな?」

 

「いやでも気にな」

 

「もう一発いこうか?」

 

「……やれやれ、君もレディーなのだからもう少しお淑やかにあべし!」

 

 ファースは宣言通り、もう一発彼の柔らかい顔面に足蹴りを喰らわせた。

 若干、頬に赤みを帯びながら。

 

「……露骨な女扱いはやめろ――そういえば、この辺で人目に付かない静かな場所とか心当たりある?」

 

「――踏むのやめてくれたら答えるよ――あぁ、折角の髪が台無しだ」

 

 エクレアは再度髪型をセットしながら、ファースの問いに答えた。

 

「そうだな……ピッキーの場所とかどうかな?」

 

 

 

 

 




またファースに属性(性癖)ががが
これ以上は過多による過剰摂取で拒絶反応が……

でも、憧れ(性癖)は止められねぇんだ!\ニドト-アコガーレハ-トーマーラーナーイー/


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10話

 

 

 

 

 

 

「――へぇ、ここって副料理長が管理してたんだ」

 

「はい、曜日と時間によりますが、こうしてヒッソリとやらせていただいています」

 

 ――ナザリック地下大墳墓の副料理長。

 茸生物(マイコニド)という種族で、綽名はピッキー。

 彼は普段は食堂で料理長と共に腕をふるっているが、ショットバーをイメージして作られた部屋でこうしてバーのマスターとして過ごす時もある。

 今日も今日とて、ゆったりとグラスを磨いていたところ、数少ない常連のエクレアが珍しいことに新規客(女2人)を連れてきた。

 1人はあまり見かけない、上層の階層守護者であるシャルティア・ブラッドフォールンという名の吸血鬼の少女。

 そしてもう1人は、よく見かけるファースという名のメイドだった。

 

「ピッキーってエクレアに呼ばれてるの? 私もそう呼ぼうか?」

 

「お好きにどうぞ」

 

 ファースがカウンターの椅子に座りながら、グラスを磨く副料理長に聞く。

 正直いって、ピッキーという綽名は気に入ってはいるので、呼ぶ者が増えるのは困ることではない。

 そしてバーのマスターとして相応しい返答をした。

 

「エクレアがいつも世話になってるんだって? 大丈夫? 何か失礼なことしてないこのペンギン?」

 

「ちょっと待ちたまえ、何故この私がピッキーに無礼を働くと思ったのかね?」

 

「だってお前、無駄にカッコつけたがるし。カウンターの上でグラスを滑らそうとして割ったりしてるんじゃない?」

 

「…………」

 

 ファースの一言で、彼女の隣に座っているエクレアが完全に沈黙する。

 要するにこれは、図星というやつだ。

 

「いえ、彼には良い話し相手になってもらっているので、こちらとしても有り難いですね――ただ、これ以上グラスを割られるのはご遠慮してもらいたいですが」

 

 ピッキーは少し不満気な声色で言った。

 要するにこれは、本音というやつだ。

 

「――なぁエクレア、今まで割ったグラスの数だけお前の髪の毛抜くのはどうだ?」

 

 ファースはそう言って、隣に座っていたエクレアを拾い上げるように持ち上げ、自らの膝の上に乗せた。

 ――エクレアにとってそれは、死刑執行台に座らされるのと同じだった。

 

「や、やめたまえ! この金色の髪は私の造物主から頂いたもの! たとえ君でもそれを奪うことは断じて――触らないでぇ!」

 

 ファースはいじめっ子のように、エクレアを膝の上で弄ぶ。

 エクレア(本人)にはたまったものではないかもしれないが、側からみれば仲むつまじい友人のような戯れ合いのようにも見えた。

 実際、ピッキーはそう感じた。

 だからこそ、疑問が彼にはあった。

 

「――お2人はどういう()()()なのですか?」

 

 ピッキーの問いに、エクレアを弄っていたファースの動きがピタリと止まった。

 

「…………手間の掛かるペンギン?」

 

「それじゃあ何の説明にもなっていないではないか。ピッキー、私が説明しよう――手間の掛かる師匠だ」

 

 成る程、仲は良いようだ。

 ピッキーは勝手に納得する事にした。

 

「――それで、()()()()?」

 

 ピッキーから見て、ファースから少し離れた左側の席。

 そこには、ファースが何故か背負ってきた階層守護者(シャルティア)がカウンターに顔を突っ伏しながらブツブツと何かを呟き続けている姿が。

 ピッキーが問うと、ファースとエクレアは揃って頭を横に振った。

 

「……まぁ、折角来たんだ。ピッキー、()()()。こちらのレディー2人にも」

 

 話を打ち切るように、エクレアがピッキーに注文をする。

 

「畏まりました」

 

 ピッキーはすぐさま準備に取り掛かった。

 十種類のリキュールを使ったオリジナルカクテル、名をナザリック。

 それを"女扱いするな"と怒るファースと、その彼女に嘴を引っ張られているエクレアの前に。

 それと、突っ伏して微動だにしないシャルティアの前にも置いた。

 ちなみにエクレアのグラスだけ、彼に配慮してストローをさしてある。

 

「――あぁ、相変わらずの美味さだ。これで()()()だというのだから、これからが楽しみだよピッキー」

 

「ありがとうございます」

 

 エクレアがお決まりの感想を言う。

 それを素直に受け取り、精進を続ける事を誓うピッキー。

 

「――どうしたのかねファース、ピッキーのカクテルが飲めないとでも? まさか()()()が『仕事中だから飲めない』なんていう腹ではないだろうに?」

 

 ――そこで、ファースが目の前に置かれたグラスをただジッと見つめているだけで、口を付けない事にエクレアが気が付いた。

 シャルティア? まだ突っ伏しているよ。

 

「いや……お酒って飲んだことないなって」

 

 ファースは正直に答えた。

 ちなみに、夕食に限りだがメイド達の食事にもアルコールは出されている。

 しかしファースは一度も手を出した事は無かった。

 それは特に興味が無かったからだ。

 正直、アルコールよりも優先すべき物(煙草)がファースにはあったからだ。

 

「ほぉ、それは意外だ。ではここで初めてを迎えてしまうと良い」

 

「初めてとか言うな、なんか生々しい――」

 

 エクレアに煽られたのが気に入らなかったのか、ファースは覚悟を決めたように、グラスを掴み一気に――ではなく、舐めるようにチビチビとカクテルを飲み始めた。

 

「…………何か、よくわからないな」

 

 ファースの直球の感想だった。

 美味しくも、不味くも感じない。

 というより、初めての味わいで何と言葉にして良いのかファースには全く分からなかった。

 

「初心者には難しい味だったかな? ピッキー、お淑やかさを何処かに落とした彼女でも楽しめる初心者向けのカクテルを出してくれないか?」

 

「いや、ちゃんと全部飲むよ……」

 

 意地なのかファースは出されたカクテルを少しずつ口の中に含んでいった。

 ――そして完飲する。

 

「……ご馳走様、副料理長――じゃなくてピッキー」

 

「はい、お粗末様です」

 

 ほんの少し頬を赤くしたファースと、飲み慣れていて余裕なエクレアから空のグラスを回収するピッキー。

 シャルティア? まだ彼女のグラスは空じゃないよ。

 

「――()()()()()か、だから十色?」

 

「はい、その通りです」

 

 ファースが突然呟く。

 先程のカクテルの事を指しているのだろう。

 ピッキーはすぐさま肯定した。

 

「ふーん……()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ――少しアルコールが回っている為か。

 ファースが溢すように言った。

 すると場の空気が静止する。

 ファース以外の誰もが、ファースの言葉の意味の咀嚼に時間が掛かったからだ。

 

「……初耳――というか、どういう意味かなファース?」

 

「え? どういう意味って……ここナザリック地下大墳墓は、元は今より小さくて……至高の御方々によって今のような規模になったって事――」

 

 ――エクレアとピッキーは少なからず衝撃を受けた。

 悪い意味では無い、むしろ至高の存在の強大な力を改めて実感したくらいだ。

 

「このナザリックを()()()()()()()()()()、物凄い戦いだったとか――あぁ、間近で御方々のご活躍、観たかったなぁ」

 

 ファースの瞳が潤む。

 同時に心酔したように何も居ない虚空へ視線を向ける。

 きっと彼女の視線の先には、いと尊き至高の御方々が居られるのだろう。

 

「ふむ……興味深いな。もっと他に良い話はあるのかな? ファース(師匠)

 

 エクレアが嘴を歪ませる。

 自分が知らないナザリックの情報。

 それは彼にとって喉からヒレが出るほど欲しいものだ。

 何故なら、将来ナザリックを支配するのは自分だから。

 

「他に……? うーん――確かナザリックが至高の御方々の手に収まる前、()()()()()()()()()()が――」

 

 ファースは初めてのアルコールで()()()()()()()()

 しかも自覚のないタチの悪いものだ。

 ――だから、普段はスルーするであろうエクレアの言葉に律儀に答えてしまう。

 

「――」

 

 ファースが口を開こうとする。

 

 

 

 

 

「――そんな事よりぃ、ペロロンチーノ様のお話もっとないの!?」

 

 ――いつの間にか覚醒して、グラスも空にしていたシャルティアがファースに抱き付くように絡んで来たことによって、ファースの言葉は中断された。

 

「し、シャルティア・ブラッドフォールン様――お目覚めなようで何よりです」

 

「シャルティアで良いわよ……ひっく」

 

 シャルティアは吸血鬼。

 アルコールによるバッドステータスは受けないはずなのに、雰囲気に酔った――ということだろうか。

 酔っ払いのようにファースに絡むシャルティア。

 

「あら、このペンギンは? 貴女のペット?」

 

「……お初にお目に掛かります、シャルティア・ブラッドフォールン。私はエクレア――あっ! は、離してくれたまえ!」

 

「あははは! 小さくて可愛いー! 握りつぶしたくなるわ!」

 

 ファースの膝の上にいたエクレアに気が付いたシャルティアは、彼の頭を掴んで空中で笑いながらクルクルと回し始める。

 

(……騒がしい、ここはバーだぞ)

 

 急に騒がしくなった店内に心の中で悪態をつくピッキー。

 ――この後、頻繁に来ては酒を要求し、ピッキーにとっては面倒な客となるシャルティア。

 彼はその未来をまだ知らない。

 

 

 

 

 




すいません、体調を崩してしまったので暫く更新止まります。
本当は今回の話も、もうちょっと書くつもりだったけど限界が来ました……
1週間か2週間で戻れたなと思います。


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11話

まだ体調不良続いてますが、生存報告も含めて書きかけのを無理やり仕上げました
次回更新は未定です


 

 

 

 

 

 

 

「……お淑やかに、か」

 

 ファースは最近よくエクレアから言われる言葉を、掃除の手を緩めず反復させる。

 お淑やかとは、何だろうか。

 そんな哲学じみた解答を求めるが、ファースの頭には浮かんでこない。

 そもそも、今のファースが彼女本来の性格だ。

 造物主である御方にそうあれと、決められたわけでも無い。

 ――だから、逆を返せば()()()()()()()()()問題はないのだろう。

 ファースとて女の体で創造されたのだから、お淑やかさに憧れが全く無いと言えば嘘になる。

 しかし具体的な方法が思い付かない。

 というより思い付いても実行する気にはなれない。

 何故かって? 小っ恥ずかしいからに決まっている。

 

「……まぁ良いか、不都合は今のところないし。そもそもあのペンギンに言われたから意識するのは何か癪にさわる」

 

 ファースは鬱憤を晴らすかのように、手にしたモップに力を込める。

 ――そして、ファースを身に覚えのない妙な感覚が突然襲った。

 何かが()()()()()()()()()

 それが何なのか考え始めるより先に、ファースの頭の中で声がした。

 

『聞こえるか? ファース』

 

「え、あ? あ、アインズ様――でしょうか? どちらに――」

 

 ファースの頭の中で、至高の存在であるアインズの声が響く。

 いつの間にお近くに?

 転移なされたのだろうか?

 そう思い辺りを見回すが、尊き存在は影も形も無かった。

 声だけがするのだ。

 

『落ち着くが良い、魔法による念話のようなものだ』

 

「な、なるほど……これが魔法なのですね」

 

 魔法の力が宿ったアイテムなどには、ファースもいくつか世話になっているものがあるが、実際に魔法の力を身をもって味わうのは初めてだ。

 ファースは驚きながらも、お近くには居ないと知りながらもその場で跪き、主人の言葉を待った。

 

『さて、本来ならばもう少し早く連絡したかったが――すまない、最近少々立て込んでいてな』

 

「御身が謝罪する事など一つもございません、アインズ様」

 

 アインズの謝罪に必要性はないことをファースはすぐに告げた。

 主人の為なら何日でも、何年でも待てるのだから。

 

『そう言ってくれると私としても嬉しいな、お前達のような立派なメイドが居てくれるのが本当に誇らしい。それとヘロヘロさん、ホワイトブリムさん、ク・ドゥ・グラースさんにも感謝をしないとな』

 

「お、お褒めに与り光栄です!」

 

 思わず頬が緩む。

 メイドとして褒められ、創造主である方達も褒められて、頬が緩まないナザリックのメイドなんて居ない。

 

『――時間が惜しかったな、さっそく本題に入るぞ』

 

 ファースは何を言われるのだろうかと、鼓動を速めながらアインズの言葉を待った。

 

 

 

 

『ファースよ、今から()()()()に来るのだ。あぁもちろん1人でな、こちらの人払いは済んであるから安心して来ると良い』

 

「かしこまり……ぇ?」

 

 ファースは己が耳を――いや、頭を疑った。

 あまりにも衝撃的で、咀嚼しきれない言葉に脳がフリーズを起こしかける。

 

(何故アインズ様が私をお部屋に……? しかも1人で来るようにだなんて――)

 

 要するに()()

 でなければ人払いをする理由がない。

 では密会をする理由の方は?

 至高の存在であられるアインズ様が、単なるメイドを自身の部屋にまで呼んでお求めになられるその()()()

 

(――あ、あぁ……え、でも本当に?)

 

 ファースはやがて一つの結論に辿り着いた。

 

『どうした? 何か不都合があるのなら、日を改めても――』

 

「い、いえ! すぐに参ります! た、ただ……」

 

『ただ?』

 

 今度はアインズがファースの言葉を待った。

 

「……ゆ、湯浴みと着替えの時間だけ頂きたく――」

 

『ふむ……? そんなに汚れてしまっているのか?』

 

「い、いえ……汚れてはいませんが……」

 

 メイド服が清掃で大きく汚れるようなヘマはしない。

 

『それならば、別に着替える必要はない。そのまま来ると良い。先程も言ったが時間が惜しい、不都合が無いのであればすぐに来てほしいのだが』

 

「か、かしこまりした! 今すぐ向かいます!」

 

『そうか、では待っているぞ』

 

 ――何かが繋がっていた感覚と、アインズの声が完全にファースの頭から消えた。

 

「……そ、そのままで良いんだ――とりあえず、うん。行くか――」

 

 ファースは真っ赤に染まりつつある顔で、悶々とした気分でアインズの部屋に向かい始めた――

 

 

 

 

 

 

 

 ――ナザリック地下大墳墓の階層守護者の一角である『コキュートス』が、ナザリックに()()をもたらした。

 言葉にすると、とんでもなく許し難いものだ。

 しかし、主人であるアインズがそれを赦した。

 ――というより、アインズはコキュートスの敗北を望み、弱い軍を使わせてリザードマン相手に()()()敗北させた。

 そしてコキュートス自身がそれを予期するのを期待していた――というのが正しいだろう。

 とにかく、全てはアインズの計画のうち。

 コキュートスはほんの少し、主人の期待に応えられなかっただけだ。

 ナザリック自体の損失は何一つない。

 しかし、栄あるナザリックに敗北をもたらしたのは事実。

 コキュートスは罰として、リザードマン達と今度は己が身一つで戦い、その後リザードマン達を統治する事になった。

 

「――ときにアウラ、少し聞きたいことがありんす」

 

 アインズへの今後の打ち合わせのようなものを兼ねた謁見が終わり、主人の居なくなった玉座の間。

 突然シャルティアが思い出したかのように、同じ階層守護者であるダークエルフの少女『アウラ・ベラ・フィオーラ』に話しかけた。

 

「……急に何?」

 

 アウラとシャルティアは仲良く喧嘩する仲。

 シャルティアが何の嫌味もなく、自身に純粋に聞きたいことがあると言ってきたら、当然警戒する。

 

「第六階層――あなたの管理してる魔獣の中に、()()()という名前、種族の魔獣はいるでありんすかえ?」

 

「――えろげ? 聞いた事もないけど」

 

 アウラは即答した。

 そんな名前の魔獣は少なくともアウラが管理している中には居ない。

 

「逆に聞くんだけど、そのえろげって何? 新種の魔獣?」

 

 アウラの脳裏には、主人であるアインズが外から連れてきた『ハムスケ』という魔獣。

 そんなに強くはないが、あの毛皮には興味があるアウラ。

 ハムスケが死んだら毛皮だけでも貰えないものだろうか――

 そしてシャルティアのいう『えろげ』。

 もしかしてハムスケのような、知らない魔獣がまた現れたのだろうかと密かに期待を胸に抱くアウラ。

 

「……本当に知らないの?」

 

「な、何よその憐れむような視線……知らないものは知らないわよ」

 

 するとシャルティアから、ガッカリされたような、可哀想なものをみるような視線を向けられた。

 

「――えろげは()()()()()()()が御創造されたペットらしいから、あなたなら知ってるかと思ったのだけど……期待はずれだったかえ?」

 

 そして煽るような挑発的な態度。

 どうやら先程、アインズから『愛してる』と言われていつもの調子が戻ってきているようだ。

 アウラとしても、ぐちぐち落ち込んでるシャルティアよりこっちの方がやりやすい。

 

「……ちょっと待って、今なんて言った?」

 

 普段なら挑発に乗ってしまうところを、冷静に聞き返すアウラ。

 それは、シャルティアの言葉に自らの造物主の名前が入っていたからであろう。

 

「だから、ぶくぶく茶釜様がお造りになられたえろげなるペットを知らないかって――」

 

「ち、ちょっと! その話もう少し詳しく!」

 

 アウラはシャルティアに飛び掛かる。

 そして肩をガクンガクンと揺さぶりながら問い詰める。

 あうあうと揺らされるシャルティア。

 

「お、お姉ちゃん……落ち着いて――」

 

「落ち着けるわけないでしょ『マーレ』!」

 

「あぅ……」

 

 そんなシャルティアを見兼ねた、もしくは凄まじい形相の姉に堪え兼ねたのか、アウラの弟である――何故か少女の格好をしているが――『マーレ・ベロ・フィオーレ』が止めに入るが、姉の一言で引っ込んでしまった。

 

「……落ち着きなさい、アウラ。シャルティアの首が『ユリ』みたく吹っ飛んでしまうわ」

 

「それはそれで、見てみたくもあるけどね」

 

「……マタ、復活サセルノカ?」

 

 マーレの代わりに、その場にいたアルベド、『デミウルゴス』、コキュートスが興奮するアウラを止めに入った。

 

「な、何をするんでありんすか……?」

 

 アウラの肩ゆさゆさ攻撃から解放されたシャルティアが、訴えかけるようにアウラに言った。

 

「シャルティア、先に聞くけど出鱈目とかじゃないでしょうね? ぶくぶく茶釜様のお名前を出した以上嘘だったら承知しないからね」

 

「う、嘘なんてつくわけ――」

 

「じゃあ教えて、何であんたがそんな情報を知ってるの? ぶくぶく茶釜様が御創造されたペット――えろげの情報を。何処から? というか何処にいるの? ナザリック? あんたの階層にいるの?」

 

 ――ぶくぶく茶釜はアウラとマーレの創造主。

 アウラはもちろん、自らの創造主の事は大好きだ。

 そんな大好きな創造主が造ったペットの存在――しかも自分が知らなくて、シャルティアが知っている。

 その事実は、アウラを興奮させるには十分だった。

 

「いや、わたしも居場所まで知らないから聞いて――」

 

「他には? えろげってどんな姿? 強さは?」

 

「知らないわよ……知ってるのは、えろげなるペットはぶくぶく茶釜様がお造りになられ、ペロロンチーノ様がそれを広めて癒しを与えていたっていう事くらいしか――」

 

 ――ペロロンチーノ様が広め、癒しを?

 つまり回復系の能力に特化、もしくは愛玩系の種族のペットだろうか?

 

「……つまり、ナザリックの何処かにまだ居るかもしれないって?」

 

 アウラはさりげなく、アルベド、デミウルゴス、コキュートスの方を向いた。

 その意図を察した3人は即座に首を横に振った。

 なるほど、3人の領域では見掛けない存在らしい。

 となると残りは第四か第八だろうか……?

 

「だから、わたしは知りんせん。教えてくれた()()()も、もしかしたらナザリックに居るかもとだけ言っていたでありんすから……」

 

「――メイドぉ?」

 

 ナザリックでメイドというと、戦闘メイドか一般メイドを指す。

 

「メイドって具体的には誰? 『プレアデス』の誰か?」

 

 アウラがさらに情報を求める。

 もしかしたら、そのメイドに直接話を聞く必要があるかもしれないからだ。

 

「違うでありんすえ、第九階層で掃除とかしてる普通のメイド。名前は確か……()()()()

 

 知らない名前だ。

 しかしシャルティアの証言が正しければ、戦闘メイドではなく一般メイドだろう。

 

「そのファースっていうメイドが、ぶくぶく茶釜様がえろげなるペットをお造りになったって言ってたの?」

 

 不思議な話ではない。

 第九階層に普段いるのであれば、至高の御方々が住まう階層でもある。

 であれば、そう言った話を耳にしていたのかもしれない。

 

「具体的には、わらわの話も合わせてそう結論が出ただけでありんす」

 

「ふーん……他には何か言ってた? そのメイド」

 

 もしかして、ぶくぶく茶釜様について他に何か知っているのかも。

 そんな期待もあり、シャルティアに聞いてみるアウラ。

 

「――それはもう、ペロロンチーノ様のあんな事やこんな事を……」

 

 すると幸せそうな顔で、控えめな思い出し笑いをするシャルティア。

 どうやら、そのメイドから自らの創造主の話を色々と聞いたようだ。

 

「ぶくぶく茶釜様は?」

 

「え?」

 

「だから、ぶくぶく茶釜様の事は?」

 

「……聞いてないでありんす」

 

 ――アウラはシャルティアに躍りかかった。

 

「あ……えと、やめようよ2人とも」

 

 マーレが近くでオドオドとするが、何の効果もない。

 

「何で聞いとかないのよ! ペロロンチーノ様のお話聞くならぶくぶく茶釜様のお話も聞いとくのが常識でしょ!」

 

「知らないわよ! 自分で聞きに行けばいいじゃない! ナザリックの()()()()詳しかったから、色々と教えてくれるわよ!」

 

 ――シャルティアがそう吐き捨てるように叫ぶと、辺りの空気が変わった。

 具体的には、さっきまで野次馬のように傍観していたアルベドとデミウルゴス。

 この2人の纏う空気が、張り詰めたものに変わったのだ。

 

「……シャルティア、今の話は本当かね?」

 

 デミウルゴスが近づき、アウラとシャルティアの取っ組み合いをやめさせてから、シャルティアに尋ねた。

 

「え、えぇ?」

 

 そんな質問をされるのが不思議、というか予想していなかったシャルティアはそんな間の抜けた返事をする。

 

「な、何……どうしたのデミウルゴス?」

 

 まるで主人であるアインズと話している時のような真面目な雰囲気に、思わずアウラが聞く。

 

「――いやなに、ナザリックの()()を知っているメイドというのに、興味があるだけだよ」

 

 デミウルゴスの答えに、アルベド以外の守護者は首を傾げる。

 

「……一応聞いておくが、この中でナザリックの歴史――()()()なるものを見た事があるものは? 先に言っておくと私は無い」

 

 デミウルゴスの問いに、静寂が答えを示す。

 

「……そう、不思議な事に()()しない。もしかしたら至高の御身しか知らぬ未知の階層、隠し部屋、御身自身の持ち物にあるのかもしれないが――少なくとも、()()()()所には無いのではないかと私は考える」

 

 ナザリックの歴史書。

 それは至高の御方々がいかにしてナザリックをお造りになり、どんな出来事があったのか。

 偉大なるアインズ・ウール・ゴウンの歴史。

 言ってしまえばナザリックの者達にとっての聖書、そして神話。

 シモベである自分達は断片的で一部しか知り得ないが、その歴史書を読めば全てを理解できるであろう。

 ――()()すればの話だが。

 

「えっと……つまりどういうことですか?」

 

 マーレが代表してデミウルゴスに訊ねる。

 

「――これは推測に過ぎない上に、まだ情報が足りないからかなり暈して言うが……そのファースというメイドは、()()()()()()()()()()()――とだけ言っておこう」

 

 

 

 

 



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12話

後書きにて、今後に関わる重大なアンケートを取っています。
もしよろしければ、ご協力をお願いします。


 

 

 

 

 

 ――明日、リザードマンに再び戦争を仕掛ける。

 とは言っても、ナザリックの力を示す為のちょっとした余興をするくらいで、あとはコキュートスに全てを任せる手筈だ。

 準備も各守護者達に任せているし、正直に言って明日までにアインズがしなくてはならない仕事はない。

 しかし何もしないというのは、落ち着かない。

 それに部下である守護者達が動いている中、主人である自分だけ何もしないのも如何なものか。

 そうしてアインズは、簡単な書類仕事を始めた。

 といっても、大体が判子を押すだけのものだが――

 

(って言っても、今出来るのはこれくらいしかないしな……いや、待てよ? そういえば以前ファースというメイドに頼んでいた件があったな)

 

 アインズは骨の手だけを動かして、思考を進める。

 以前外の世界で冒険者として活動する為、ナザリックを出立する前。

 ファースという一般メイドとのやり取りの事をアインズはここで思い出した。

 

(すっかり忘れてた……シャルティアの件とかで色々と慌ただしかったからな)

 

 ファースに頼んだ件は、一般メイドに絞った軽い意識改革。

 いつの日か導入するであろう休暇制度の為に、おそらく不満の声を上げるであろうメイド達の反発を少しでも抑えられたら良いなー、程度に考えていた件だ。

 あれからそれなりの日数が経っているわけだし、何か変化があるかもしれない。

 それならばと、アインズは早速行動に移した。

 先ずは人払い。

 ナザリックに休暇制度を設けようと企んでいるアインズの計画を、不必要に漏出させるのは良くない。

 "あちらに手を打たれる前に、直前で勢い良く押し切れ"

 これもまた戦術の一つでもあると、『ぷにっと萌え』というかつてのギルドメンバーの言葉を思い出すアインズ。

 自身の部屋と、部屋の周囲にいるシモベ全てに暫くの間離れるように――もちろん不測の事態にはすぐに呼び出す事を約束して――指示をする。

 それと、これから来るであろうメイドを1人通すことも伝えておく。

 次にメッセージ(伝言)の魔法で目的の人物を呼び出す。

 ――"色々と立て込んでて忘れてた"

 なんて言えないので、ちょっとカッコよく"時間が惜しい"などという言い回しに変えて。

 

 ――間も無くして、ファースがアインズの前に現れ跪いた。

 

「忙しい中――いや、もしくは休憩中だったかな? とにかく来てくれて感謝しよう」

 

「い、いえ……御身の為ならば他の何よりも優先します」

 

 アインズは目の前で跪くファースに、微かな違和感を感じる。

 声が若干震えているというか、呼吸も聞いてわかるほど乱れている。

 

「――顔を上げよ」

 

「はっ……」

 

 アインズが許可を出すとファースが顔を上げる。

 ――その顔には若干の赤みがあった。

 もしや走ってきたのだろうか?

 一般メイドである彼女は、転移のような魔法やアイテムも持ち得ない。

 必然的にアインズの部屋までくるには、その足で来るしかない。

 同じ階層とはいえ、もしかしたらアインズの部屋から遠くの場所から急いで来たのかもしれない。

 アインズは少しばかりの罪悪感を感じ、先ずは彼女を労う事にした。

 

「先ずは落ち着いて腰を据えて話そう――あそこに座ると良い」

 

 アインズは骨の指で、部屋の片隅――執務机とは違う横長の机とソファのような椅子を指差した。

 例えるなら社長室にある、来客と打ち合わせする為にあるやつだ。

 

「しかし私如きが――」

 

「よい、私は座れと許可を出した。ならば遠慮する方が私を不快にさせるとは思わないか?」

 

「し、失礼致しました! それでは御言葉に甘えさせて頂きます……」

 

 ほらこれだ。

 アインズは心の中で愚痴をこぼす。

 ナザリックの者はどうしてこう、忠誠心が高いのだろうか。

 いや、良い事なのかもしれないが、リアルでは単なるサラリーマンだったアインズにとっては苦痛でしかないし、面倒でもある。

 だがここで支配者を演じるのを止めてしまえば、何が起こるか予想できない。

 下手をしたら、忠誠心が無くなったNPC達に――

 なんて事もあるかもしれないから、アインズは支配者を続けるしかない。

 

「……何か飲むか?」

 

「だ、大丈夫です」

 

 アインズの一押しもあり、おっかなびっくりな様子でソファに腰を落としたファース。

 その対面に、アインズが座る。

 リラックスさせる為に座らせたのだが、何故か彼女の緊張は解れないどころか、プルプルと体が若干震えている。

 

「…………」

 

「…………」

 

 ――どうしたものか。

 誰かこの空気を何とかしてと、助けを求めるアインズだが、自分で人払いをさせたのだから当然ここにはアインズとファースしか居ない。

 故にアインズがどうにかせねばならない。

 そこでアインズは一つ、魔法を唱えた。

 すると長机の中心に、黒曜石で出来たような黒い()()が現れた。

 最近練習して椅子とかを創り出せるようになった魔法だが、まだ精度がイマイチだ。

 しかし目の前に出来た灰皿は、高級品のような気品を感じさせる出来栄えだった。

 アインズは灰皿の出来栄えに納得しつつ、それを骨の手で押し出し、ファースの目の前まで滑らせた。

 

「使うと良い」

 

 アインズの行動とその言葉で察したのか、ファースが慌てた様子で喋り出す。

 

「お、御身のお部屋で吸うなんて事は――」

 

「構わん、それでお前の心が安らぐのなら、部屋が煙草の臭いに包まれるくらいなんて事ない――とはいえ、吸い過ぎには注意するのだぞ」

 

 何度か似たようなやり取りを繰り返し、やがて折れたのはファースだった。

 やはり彼女にとって煙草は抗い難いもののようだ。

 "本当に良いのかな?"みたいな様子で、おそるおそる煙草を吸い始めるファース。

 アインズはその様子を黙って見守る。

 

(しかし……幸せそうに吸うな。そんなに夢中になれるものだったか?)

 

 吸う時は目を細めキリッとした表情で吸い、煙を吐き出した後は美味しい食べ物でも食べた後のような、悦に浸る表情をするファース。

 アインズとて、リアルで職場の付き合いの一環として一時期吸っていた時期があった。

 しかしすぐに止めた。

 あまりリラックスにならなかったし、この煙草一つでガチャが何回分だろうか――

 そんな計算を考えてしまうようになってから、何だかどうでも良くなってしまいすぐに手放したアインズにとって、煙草の良さはよく分からない。

 

(そういえば煙草って、ユグドラシルではどういうアイテムだったかな……確か、使用するとHPを少量犠牲にして、ほんの少しステータスにバフを掛けるだったっけ?)

 

 ユグドラシルにおいて、煙草というアイテムは所謂()()()()()()()だった。

 ポーションや魔法で回復できるHPを犠牲に、バフが貰えるのは確かに利点だが、バフが掛かるステータスはランダムな上に、本当に雀の涙ほどのバフしか貰えない。

 レベルが低い初心者が使えばまぁ、助かる場面があるかもしれないが、レベルが高いプレイヤーが使っても大したバフにはならない。

 使用した瞬間強制的に発生するモーションも隙になるし、それだったら他のもので代用した方が良いレベルだ。

 だから基本的に、ダンジョン攻略前の験担ぎや、ロールプレイの一環で使うプレイヤーが居たくらいだ。

 うちのギルドにも確か、PK戦で余裕の勝利を収めた時、相手にトドメを刺す直前で使い、カッコ良い台詞を吐くようなロールプレイをしていた者がいた。

 まぁ、相手によっては煽り行為だと捉えられてしまう事もあったが……

 

(しかしこっちの世界だとどうなんだろう? 流石にレベル1とはいえ、煙草の吸い過ぎでHPが全損するような事はないとは思うけど……ユグドラシルでもHPが1未満にはならないっていう検証結果出てたし)

 

 だがもしもがある。

 念のためファースにはもう少し煙草の本数を減らすように言うべきだろうか?

 

「……何か御座いましたでしょうか?」

 

 ジッと見ていたせいか、視線に気が付いたファースが不安そうに聞いてきた。

 

「……いや、何でもない。幸せそうに煙草を吸うお前を見て――そう、和んでいただけだ」

 

「お、お戯れを……」

 

 ――まぁ、今すぐに言うことでもないだろう。

 アインズはファースの幸せそうな顔を見てそれ以上言う事は出来なかった。

 

「……そういえば、何処で煙草を仕入れているのだ?」

 

 ナザリックに煙草の生産施設のようなものは無かった筈だ。

 であれば、ファースの吸う煙草は一体何処から?

 

「はい、第九階層にある『錬金工房』にて、ポット・アルケミー(錬金釜)を使わせて頂いてます」

 

「ふむ……あれか」

 

 確か錬金術系のスキルやクラスを取っていなくても、簡単なアイテムならクラフト(錬金)できるユグドラシルのアイテムだ。

 もちろん、錬金術系統のスキルやクラスを持つ者が使えば強力な錬金や、材料の節約、効果の増幅などが出来るものだが。

 

「つまり煙草は、スキルが無くとも作れるカテゴリーなのか――材料は?」

 

「温室にて取れる材料を使っております。1日あれば元通りに成長するので、尽きた事は今のところないですね」

 

 なるほど、無くなることはないというわけか。

 

クラフト(錬金)――あー、作り方は誰に教えてもらったのだ?」

 

「私の創造主であられる『ホワイトブリム』様です。あ、でも錬金工房への行き方などはヘロヘロ様ですし――」

 

 アインズが訊ねると、嬉しそうに自らの創造主を語り始めるファース。

 かつての仲間たちの話も聞けて、アインズも懐かしさを感じるが、一定の感情を感じた為か抑制される。

 

(――それにしても、本当に()()()()()()。最初に造られたNPCだからか? それにお喋りの場の1つだった喫煙所に通っていたからというものもあるか……)

 

 気が付けば、緊張が解れたファースは思い出の蓋も一緒に開けてしまったのか、マシンガンのようにナザリックでの記憶をアインズに話す。

 それを聞いて嬉し懐かしい想いと、()()()()()()()ファースの異常性にアインズは危機感に似た何かを感じる。

 

(そもそも何で彼女にだけ、他の一般メイドに無い設定とルーチン――プログラムが施されているんだ? しまったな……ヘロヘロさん達にその辺聞いておけば良かったか)

 

 一般メイドに関して――もちろんファースも――アインズは完全にノータッチだった。

 気が付けば新しいメイドがまた増えているな。

 くらいの認識だった。

 どうしてファースだけが、煙草を吸って喫煙所に通うようになっているのかは、アインズは知る術はない。

 その結果、ギルメンが喫煙所で話してきた様々な内容がファースの中で生きている。

 それは嬉しい事でもあるし、危険でもあるのだろう。

 ()()()()()

 

「――あ、申し訳ございません。1人で喋ってしまい……」

 

「構わないとも、私も聞いていて懐かしい気持ちにさせてもらった――さて、そろそろ本題に入るとしようか」

 

 本当はもう少し、ファースから昔話を聞いていたい気持ちもあったが、時間が惜しいと言った手前そろそろ本題に入らないと不味いだろう。

 

「…………えと、この場で、でしょうか?」

 

「うん? まぁ柔らかいソファの上の方が(話し)し易いだろう?」

 

「お、仰る通りで御座います……」

 

 謎の問答。

 すると、さっきまで楽しそうな様子を見せていたファースが再び体をガチガチにさせた。

 喉を鳴らす音がアインズにまで聞こえてくる。

 それはまるで覚悟を決めた戦士――なのかはアインズには分からないが――のようだった。

 何が彼女をそんなに緊張させるのか。

 "この前頼んでいた件、どんな感じ?"

 かなり砕けて言うとこれだけだ。

 それなのに、ここまで緊張するのは何か良からぬ事があったのだろうか?

 アインズがファースの言葉を待っていると、やがて決心したかのように彼女が口を開いた――

 

「――は、初めてですが、その……誠心誠意()()()()()()()()()()

 

「……は?」

 

 アインズが"何が?"と言う前に、ファースが行動を始めてしまう。

 リボンを解いて、胸元をはだけさせる。

 下着に包まれた豊満な果実が2つ。

 そして男を誘惑させるかのように、スカートをたくし上げ股を開く――

 

「――ぇ?」

 

 アインズは困惑する。

 

 

 

 

 



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13話

体調だいぶ良くなってきたよサスケ

アンケートのご協力ありがとうございました。まさか千人近くが一つの票に集まるとは……さては皆さんドスケベだな?(失礼


 

 

 

 

 

 

「……どうしてこうなった」

 

 アインズは自らの魔法で止まった時間の中で呟く。

 アインズの目の前には、服をはだけさせたメイドが1人。

 時間止めの対策がされていないファースはアインズの魔法により、その動きをいっさい止めていた。

 まるで彫像のように佇む彼女の服の隙間からは、女性らしい見事な双丘。

 それと黒色の下着(パンツ)が見え――

 

「…………」

 

 これ以上、止まっているとはいえ直視できないアインズ(童貞)は視線を横にずらした。

 ――しかし大きい、何がとは言わないが大きい。

 普段は服に圧迫されているが、解放すると彼女の双丘は想像以上に凶悪なものだった。

 

 "ゆさっ、ゆさっ"

 

 アインズは思わず服の圧迫から解放された瞬間のファースの双丘を思い浮かべてしまう。

 ――以前肩が凝るとか言っていたが、それもそうだろうとアインズは納得できた。

 

『――時間停止モノもアリだと思う』

 

「ハッ! ペロロンチーノさん!?」

 

 混乱に包まれているにも関わらず、中々沈静化されないアインズの頭の中に、突如としてペロロンチーノ(エロゲマイスター)が現れた。

 

『あ、時間が動き出した後、ちゃんとナニをしたか説明してあげるんだぞモモンガさん。そうすれば一粒で二度美味しい――』

 

『おい、黙れ弟』

 

『げっ、姉ちゃん……!』

 

 ぶくぶく茶釜(姉系ロリ)まで出てきた。

 やめてくれ、人の頭の中でケンカしないでほしい。

 

『モモンガさん! 勢いだ! とにかく勢いで行けば何とかなるさ!』

 

『モモンガお兄ちゃん? まさか自分を敬うメイドさんに手を出したり――しないよな?』

 

 ――ここでようやく沈静化が起こった。

 すると嘘のように、2人の声が聞こえなくなった。

 

「……冷静になれ、俺」

 

 魔法の時間も無限ではない。

 アインズは冷静になったばかりの思考で考え始める。

 

「……普通に考えて、行き違い――というか、完全に俺のせいだよな、これ……」

 

 原因はすぐに分かった。

 アインズが伝言の魔法で、大事な主語を伝えずに部屋に来るように伝えたせいだろう。

 主語がないからって、どうしてそんな結論に至ったのか納得がいかなくもないが、そもそも相手が分かっている前提で話を進めたアインズの責任だ。

 社会人としてあるまじき失態。

 いや、今は支配者だけどね?

 

「……そもそも、どうやってするんだよ」

 

 アルベドやシャルティアもそうだが、こんな骨の身体とどうやって致すのだろうか?

 逆に気になるが、今はそんな事を気にしている場合ではない。

 

「――魔法の効果が切れる。覚悟を決めろ、俺」

 

 解決策は既に浮かんでいる。

 というより、これしかないだろう。

 そう、それは――()()だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――あ、あれ?」

 

 ここで遂に初めてを迎えてしまうんだ。

 そう覚悟を決めたファースは不思議な体験をした。

 気が付いたら、自らの身体を覆うように柔らかな毛布が掛けられていた。

 

「――ファースよ、どうやら私はお前に……そう、()()()をさせてしまったようだ。すまない、許してほしい」

 

「え、あ……え?」

 

 そして何故か、頭を下げる主人の姿。

 

「お、お顔を上げてください! メイド如きに頭を下げる必要などありません!」

 

 まだ状況が飲み込めていないファースだが、条件反射ともいえるレベルで何とかその言葉だけは出せた。

 ――そしてファースは事実を教えられた。

 アインズ様は、()()()()()()で自分を呼んだわけでは無い事に。

 

「ッ……」

 

 自身の顔が羞恥で真っ赤に染まるのを感じる。

 とんだ勘違い、とんだ思い上がり。

 ファースは自らの早とちりに何とも言えない感情に包まれた。

 

「……その、私が言葉足らずだった。よってお前に責は無いぞ?」

 

 アインズ様が慰めの言葉を掛けてくださる。

 

「――は、はい……お気遣い、誠に痛み入ります……」

 

 そうしてファースは乱れた衣服を整え直す。

 

「……くっ」

 

 しかし焦りからか、胸のボタンがうまくとめられない。

 着替えの時にいつも苦労するポイントではあるが、何故かこの瞬間に限っていつもより苦戦する。

 はみ出しかけた双丘をねじ込むように衣服の裏にしまい込み、無理やりボタンをはめる。

 サイズが合っていないわけではないというのに、何故ここまで苦戦してしまうのか、本人にも謎だ。

 

「――大きいな」

 

「え……?」

 

「――いや、何も言っていないぞ? それより服の乱れは直せたか?」

 

 アインズ様が何か呟かれた気がするが、気のせいだったようだ。

 

「――はい、お目汚しを失礼しました」

 

 完全に着衣を整え、どうやらアインズ様の持ち物であった毛布をお返しする。

 そして勘違いだったと分かった為か、緊張が抜け安堵感を得られたファースはいつもの調子に戻れた。

 

「それでは……改めて聞かせて貰おうか。成果をな」

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ソレハ、ドウイウ意味ダ?」

 

 コキュートスが、デミウルゴスに問う。

 先程の、ファースというメイドについての言及が気になったのだろう。

 ――アルベドも、デミウルゴスの言いたい事は既に察していた。

 しかし問われたのはデミウルゴスだ。

 ここでアルベドがわざわざ出しゃばる必要はないだろう。

 

「もう一度言うが、確証は無い。しかし私はこう考える――そのファースというメイドこそが、ナザリックの()()()ではないかとね」

 

 ――やはり、同じ結論だ。

 しかしアルベド以外はまだ納得できていないのか、全員首を傾げている。

 

「シャルティア、確認だが――そのファースというメイド、勿論我々と同じく至高の御方々に創造されたのだよね?」

 

「え、えぇ――至高の御身であられる、ホワイトブリム様に創造されたと言っていたでありんす」

 

 シャルティアはファースというメイドと相当長い時間関わったのだろう。

 彼女の身の上話もそこそこ聞いていたようだった。

 

「それでは、()()()()()()()?」

 

「時期……でありんすかえ?」

 

「あぁ、そのファースは一体()()()()ナザリックに居る? ホワイトブリム様はどのタイミングで御創造なされた? おそらくだが――()()()()()よりも先に居たのではないかね?」

 

「……あ」

 

 デミウルゴスの言葉に、シャルティアはあの日の出来事を思い出す……

 そう、あれは確かエクレアというペンギンがファースに言っていた言葉だった。

 

『――そういえば師匠、今年で幾つになったんだい? ()()の君はナザリックの誰よりも年季が入ってるんじゃないかね?』

 

『年寄りって言いたいわけ? また踏まれたいのかこのクソペンギン。ホムンクルスだから歳の概念なんて無いわ――まぁ、確かに年季で言えば他のメイドや守護者の方々より上かもだけど……』

 

 ――シャルティアの証言に、誰もが息を呑んだ。

 

「君の話を聞いている限り、少し疑問がある。そのファースというメイドは()()()()()()()とね」

 

「……別におかしくはないんじゃない? メイドなら至高の御方々が住まう第九階層に普段から居たんでしょ? そういう話も知ってても――」

 

 アウラが言う。

 確かにそういう事もあっても不思議ではない。

 

「その通りだアウラ、そういった話は確かに第九階層にいるメイド達の方が詳しいのかもしれない……だけど、()()()()()()()()となれば話は別だ」

 

 ――そう、その通りだ。

 ナザリックの歴史。

 それはナザリックの()()でもある。

 どのようにナザリックが創られ、どのような経緯があったのか。

 もっと分かりやすく言うと、ナザリックの()()()()()()知っているという事でもある。

 これは途轍もなく、重要な情報だ。

 もし、本当にもしもの話だが、ナザリックに侵入を企む愚か者がいたとしよう。

 その愚か者が、名の通り本当の愚者でなければ、先ずは情報を集めようとするだろう。

 ナザリックの弱い点を探ろうとする筈だ。

 当然、そのような大事な情報を漏洩させたり、侵入者の手の届く場所に置くはずがないだろう。

 何かしらの方法で、情報は()()()()()()ならない。

 

「――つまりこういうことだ。ホワイトブリム様……というより至高の御方々はナザリックの歴史を彼女に()()()のではないかとね」

 

 デミウルゴスの言葉が響く。

 皆がそれを受け止めきるには、少しばかりの時間が掛かった。

 

「で、でもおかしくありんせん? そんな重要な情報を一般メイドに託すでありんすかえ? 『セバス』やプレアデスとかならまだ納得できるけど……」

 

「そうだねシャルティア、君の疑問は正しい。だが我々守護者がナザリックの防衛に必要とされ生み出された以上、彼女の創造にも()()()()()とは思わないかね? まさか本当に、何の意味もなく至高の御方々が雑務清掃を担うメイドを、守護者である我々を差し置いて真っ先にお造りになるなんて事はあり得ないだろう」

 

 確かにその通りだ。

 何故ナザリックの防衛という重大な役割を担う守護者よりも先に、何の戦闘力も持たないメイドが生み出されたのか?

 そこには至高の御方々の()()()()()と見るのが自然だろう。

 

「……情報を護るという意味でも納得ができるわね。もしナザリックを狙う愚か者の眼前に、戦闘メイドと一般メイドが居たら、()()()()重要な情報を持っていると思うかしらね?」

 

「……成程、木ヲ隠スナラ森ノ中――トイウワケカ」

 

 ここで一応付け足しておく。

 すると納得したコキュートスが分かりやすく例えてくれた。

 

「えと……つまり、そのファースさんは、ナザリックの歴史を記録する為に、造られた――そういう事ですか?」

 

 マーレが分かりやすく、自分なりに噛み砕いた見解を述べた。

 

「その可能性は高いね――もしかしたら彼女だけでなく、他のメイドにも分散する形で記録を持たせているのかもしれないが……その辺は何か知っているかいシャルティア?」

 

 デミウルゴスの問い掛けにシャルティアは首を横に振る。

 

「……やはり、一度アインズ様に確認を取った方が良いのかもしれないね。それまでは絶対に何があっても、一般メイド達を失うような事がないようにしよう」

 

「どうして? もし死んじゃってもシャルティアみたいに蘇らせれば――」

 

「……アウラ、その考えは危険だわ。シャルティアの件を忘れたの? 復活させたら、()()を失う可能性があるのよ」

 

「……あ、そうか。シャルティアは全部を忘れたわけじゃないけど、そういう可能性もあるのかぁ」

 

 ナザリックの歴史が消えたりしたら大問題だ。

 故に護らなければならない。

 

(……ナザリックの歴史、つまりアインズ・ウール・ゴウンの事も知っている――これは、()()できそうかしら?)

 

 ――アルベドは()()そのメイドが役に立つかの算段を立てる。

 これも全ては、愛しきモモンガ様の為に……

 

 

 

 

 




正直デミえもんが書くの難しすぎて泣けるで


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第14話(挿絵あり)

お気に入り数がいつの間にか5000超えてる……
ありがてぇです…
何か記念とかやるべきか……自分用に書いてたR18ファースちゃんの日常でも公開しようか…


 

 

 

 

 

 

「……はぁ、幸せだ」

 

 いつもの喫煙所。

 そこには、いつもと()()ファースが居た。

 

「……幸せだ」

 

 もう一度噛み締めるように言う。

 今のファースは、()()()()()()()()()()

 代わりに、黒を基調としたオフショルダーのトップスと、ショートパンツにヒールの付いたサンダルを履いている。

 さらにいつもは下ろしている長い髪の毛も、普段胸元に付けているリボンで1つに纏めていた。

 いわゆる、馬の尻尾――ポニーテールと呼ばれる髪型だ。

 ――そう、つまりカジュアルファッション。

 私服姿のファースがそこに居た。

 

「……あぅ」

 

 ついに表現する言葉を出し尽くしたのか、よく分からない声で己の幸せを表す。

 ファースが何故ここまで幸福感を感じているのか?

 それは簡単だ。

 ――今日は、()()()()()()なのだから。

 

 

 

 

 

 

 

「――アインズ様当番……ですか?」

 

 アルベドがオウムのように返す。

 実際には、アインズ当番と言ったはずだが勝手に様を付けられている。

 しかしそんな些細な事にいちいち気になっていてはキリがない。

 アインズはそのまま続けた。

 

「そうだ、一般メイドに絞った話ではあるが、彼女達の働き方を大きく変える。それに伴った結果――いや、報償か? とにかく、書類を渡すので目を通しておけ」

 

 そう言ってアインズは机の上に用意してあった書類の束を渡した。

 そこには、今後の一般メイド達の働き方の変化。

 チーム分け、アインズ当番による前日の休日や細かい取り決め。

 さらには休日や休憩による仕事のパフォーマンスや成果の向上が予想されるレポート。

 さらには実際のデータなどが記載されている。

 これらは全て、ファースというメイドが用意してくれたものだ。

 

(彼女に頼んで正解だったな……まさかここまでやってくれるとは嬉しい誤算だ)

 

 アインズは先日のファースとの報告会を思い出す。

 彼女はアインズが頼んだ簡単な意識改革だけではなく、何と細かくデータを記録していた。

 さらにはチーム分け、休日制度、それらの反発を抑える役割も担うアインズ当番なる新制度などの提案。

 渡された書類に目を通して、アインズはすぐさま彼女の提案を受け入れる決意をした。

 まさに、アインズが求めていたものがそこに全て書かれていたのだから。

 

(――でもアインズ当番の話をする時だけやけに興奮してたな――もしかしてそれが狙いだったりしたか? まぁ別に良いけど……)

 

 アインズはアインズ当番の案を語るファースの様子を思い出す。

 まるで必死に欲しい玩具を親にプレゼン(強請る)する子どものようだった。

 正直、一日中側にメイドを侍らせるのはアインズとしては遠慮したかった。

 しかし、メイド達に休日を作れるのならば。

 ここまでやってくれたファースの努力を無駄にはしたくないという想いもあり、アインズはその提案を受け入れた。

 

「――成る程、承知致しました」

 

「ん? 何か意見があったりはしないのか?」

 

 書類に目を通し終えたアルベドが、アインズの決定に素直に従った。

 てっきり、メイドに休日も休憩も不要――みたいな事を言い出すかもしれないから、いくつか台詞を用意していたアインズは拍子抜けした。

 

「私から特に言う事は御座いません。無駄を無くして、ナザリックの為になるのであればそれは良い事ですから。それに、このような反論の余地の無い書類(根拠)を見せられては、何も言えないではないですか。ズルい御方――アインズ様」

 

「ぉ、う……」

 

 アルベドの獲物を狙う鋭い眼光がアインズを捉える。

 そこには愛情のような、敬意のようなゴチャゴチャした感情が混じっているが、アインズには背筋をヒヤリとさせるものでしかなかった。

 

「ふふ、それに私が反論出来ないのを知っていて、既にメイド達には命じておられるのでしょう?」

 

「そ、その通りだアルベド。少し意地が悪かったな、許せ」

 

 嘘である。

 本当はアルベドの説得が失敗した場合に備えて、『でももう命令しちゃったから、このまま新制度でやるしかないよね』という切り札を切る為だった。

 

「――ともあれ、お前の言う通り今日からメイド達は新しいシフトで動いている。休日を取らせなくてはならないから、アインズ当番は明日からだがな」

 

「……アインズ様当番――羨ましい」

 

「…………」

 

 アインズはあえてアルベドの呟きを無視した。

 

「アインズ様、私もメイド服を着れば――」

 

「着なくて良い、お前は――ほら、そのままが1番だ」

 

「つまり私の裸が1番!?」

 

「違う落ち着け、頼むから」

 

 何とかアルベドを落ち着かせるアインズ。

 この調子だと、いつか押し倒されそうだ。

 

「――それではアインズ様、第九階層ならびに第十階層の警護にあたっているシモベの管理の変更はどう致しましょう? メイド達の動きに合わせた方がよろしいかと思いますが」

 

「ふむ……? まぁ、そこはお前に任せるとしよう」

 

 何故メイド達のシフトが変わると、警護のシモベも変更するのだろうか?

 いや、今は仕方なくだが、よくよく考えればメイド達だけ休日などが出来るのはおかしい。

 それならば、一緒に変えられるのなら警護担当の者達にも休みがあっても良い筈だ。

 アルベドはきっとそういう事を言いたいのだろう。

 

(これはアルベドにも休息の重要性が伝わったんじゃないか? よしよし、こういう地道な一歩が大切なんだ)

 

 それならばと、アインズは1つアルベドに新しく提案を出す事にした。

 

「アルベドよ、この際だ。お前も――いや、アウラやシャルティアも呼んで、今度遊びにでも行くと良い」

 

 アルベド1人に休めと言っても、効果は薄い。

 なので同じ女性守護者の名前も出したアインズ。

 まだ長期的な休日制度を守護者達に設けるのは難しいが、1日くらいなら何とかなるだろう。

 これを機に、アルベド達も休日の有難さを知ってもらいたいとアインズは考えた。

 

「遊びに……ですか?」

 

「あぁ、何なら申請さえくれれば、ナザリックの外でも構わないぞ? シャルティアの件もあるから、本来は警戒せねばならないが――1日なら私の秘蔵しているマジックアイテムを総動員すれば不安はだいぶ無くせるだろう」

 

「そんな! アインズ様の持ち物を私どものようなものに使うのは――」

 

「勿体無い、などというのは言わないでくれアルベド。お前は勿論、他の守護者達には苦労を掛けさせているからな。そんなお前たちの安寧の為ならば私はどんな事でもしようではないか」

 

「っ……アインズ様!」

 

「お、おいよすのだ。抱きつこうとするな!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 ファースは最近――というより、アインズ様が罰を下さった時から、1日の煙草の本数を記録していた。

 半分以下――それはファースにとってとてつもなく辛いものだった。

 しかし自分から願った罰、アインズ様より戴いたものだ。

 ファースは頑張った。

 それはもう、自然と煙草に伸びる震える手を自室のベッドに縛り付けた事があるくらい。

 とにかく、何とか本数を今までの半数以下にする事に成功していたファース。

 彼女は今日、初めて()()にぶち当たっていた。

 

「……え、え? 嘘だろう?」

 

 ファースは目を擦り、自らの手帳を何度も見る。

 そこには、今日吸った煙草の本数が記録されている。

 しかし何度見直しても、自ら書き記した記録は変わらない。

 

「――あ、あと1()0()()? まだ昼前なのに? あと10本しか今日吸えないのか?」

 

 ファースは信じられないと言わんばかりに、疑問を口にする。

 しかしそれでも事実は変わらない。

 ファースの今日吸える煙草の本数は10本だけ。

 それ以上吸えば、アインズの罰を破った事になってしまう。

 

「――はぅ」

 

 人はどうしようもない状況の時、悲痛な声を溢す。

 ファースは例に漏れず変な声を出した。

 ――原因は分かっている。

 調()()()()()()()()のだ。

 明日、ファースは初めてのアインズ様当番となる。

 つまり今日が初めての休日。

 晴れ晴れした気持ちで今日の朝食を済ませてから、ファースは今の今までずっと喫煙所に篭って煙草を吸っていた。

 幸せを噛み締めていた。

 そう、残りの残量を気にも止めずに……

 

「…………」

 

 残り10本。

 1日の終わりまで後半日以上の時間がある。

 うん、絶対に無理だ。

 下手をしたら昼食後で全て吸い付くすだろう。

 

「……と、とりあえずお昼食べに行くか」

 

 幸いというべきか、ファースのお腹の虫が鳴き始めてきた。

 食事をすれば、煙草のことは多少忘れられる。

 ファースは未来の自分に全てをぶん投げ、ショックのあまりフラつく足取りで食堂へ向かい始めた。

 

 

 

「――あ、ファースさん……? ど、どうかしましたか?」

 

 道中、他の一般メイド達と出会した。

 いつもより気合いが入っているように見えるのは、気のせいではないのだろう。

 ファースがそうであるように、他のメイド達もアインズ様当番を()()()()しているのだから。

 

(休日が導入されるって聞いた時の表情と、その後すぐにアインズ様当番の事を聞いたら皆目の色変えてたもんな……)

 

 ファースは朝礼で、アインズ様当番の事を告知した時の様子を思い出す。

 まさに感情のジェットコースター。

 休日が導入されると知った時の落ち込みから、アインズ様当番を知った時の有頂天への切り替わり。

 見ていて気持ち良いものだった。

 我ながら、良い案を思い付いたものだとファースは自画自賛した。

 念願叶ったりの休日の次の日が、一日中アインズ様の側に居られる?

 まさに最高の展開だ。

 アインズ様当番の日が終わった次の日から、次の休日まで40日あるのは少し残念だが、休日ゼロの環境よりはかなりマシだ。

 それに朝番や夜番のシフトも決まっているし、使用頻度の少ない部屋の清掃も毎日しなくて済む。

 

「あ、あの……?」

 

「――あぁ、悪いな。呆けてた……何かあったか?」

 

「い、いえ、顔色が少し変かなって……」

 

 どうやら気を遣わせてしまったらしい。

 

「……気にしないでくれ。初めての休日で――そう、勝手が分からなくてな」

 

「……そうなのですか?」

 

 ファースは少し危機感を感じる。

 今の言い回しはよくない。

 休日は楽しむものだ。

 このままでは休日が悪いものだと誤解される。

 

「――あれだ、明日が楽しみ過ぎて羽目を外し過ぎた。休日なのに全く休めてないだけだよ」

 

 言っている事変わってない気もするが、今のファースにまともな思考は難しい。

 頭の中の八割が今日の煙草の事を考えてしまっているからだ。

 

「ファースさんが初めてのアインズ様当番なのですよね? 羨ましいです――あ、文句を言っているわけじゃなくてですね!」

 

「大丈夫、分かってるよ――それじゃあ、私は行くよ」

 

 ファースはまだフラつく足取りで食堂へ再び脚を動かした――

 

「…………」

 

 その後ろ姿を心配そうに見つめるメイド達。

 

「――ねぇ、ねぇヤバくない? メイド服着てないファースさん良くない? カッコ良い!」

 

「休日のメイドは分かりやすくする為に、メイド服から着替えなきゃいけないって聞いた時はちょっと嫌だったけど……あれなら全然アリだよね!」

 

「馬鹿ね、あなたが着替えてもファースさんみたくなれるわけないじゃない」

 

「――はぁ、ファースさんの鎖骨……素敵」

 

 ――否、心配とは少し違うものだった。

 

 

 

 

 




言い忘れていたのですが、作者は性癖に正直な助平なので苦手な方が居ましたら申し訳ないです。
……これ第1話で言うべき案件だよね?

追記
本当に有難い事に、またもやイラストをいただきました、私服ファースちゃんです。

【挿絵表示】


うーん、これはけしからんですな……(ガン見


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15話

3日前にもう投稿したと勘違いして、今更気が付いて慌てて投稿し直した作者がこの辺に居るみたいですよ?はっはっはっ


 

 

 

 

 

 

「もうだめだ」

 

 ファースは全てを察した。

 そして絶望する。

 昼食を食べ終え、煙草の欲求を何とか和らげないかとファースは考えた。

 その結果、昼寝という案に辿り着いた。

 意識が無ければ欲求も感じない。

 それに、昼寝というのには前々から憧れがあった。

 ファースはすぐさま、自室に戻ってベッドにダイブ。

 それは予想より遥かに気持ちの良いもので、ファースは静かに寝息を立て始めた……

 

 ――ここまでは良かった。

 ファースが昼寝から目を覚ませば、時刻は既に夕刻を過ぎていた。

 日付が変わるまで、あと数時間。

 これなら何とかなるだろうと、ファースは安堵の息を漏らし、先ずは目覚めの一服を――

 ……そして今ファースが手にしている煙草は、残りの10本中、9()()()だった。

 

「……は、はは、我ながら馬鹿というか――」

 

 ファースは乾いた笑いをこぼす。

 呆れ果てた、自虐に近い笑いだった。

 

「あと1本――日付が変わるまであと3()()()……うぅ」

 

 ファースは頭を抱える。

 そして確信していた。

 あと3時間を、たった1本で過ごすのは()()()()

 最後の1本に手を出したが最後、ファースは選択を迫られるであろう。

 己の心を()()()、アインズ様の命を()()()――

 

「……い、いや、悲観的になるな。眠気がもう無いから睡眠という手はもう使えないが、()()()()()()()()()()。これは有効な手段なはず……」

 

 問題は、どう紛らわせるかだ。

 正直に言って、ファースは趣味と呼べるものは持ち合わせていなかった。

 強いていうなら喫煙、あとは食事だろうか。

 体を動かすのも、本を読んだりする事にも特に興味は湧かない。

 もしかしたら、やってみれば――という事もあるかもしれないが、少なくとも今のファースの状態では肝心のやる気すら出てこないだろう。

 

「……こうなったら」

 

 ファースは切り札を使う事にした。

 要は、喫煙の代わりに()()になるものがあれば良い。

 それならば、1つだけ心当たりがファースにはあった――

 

 

 

 

 

 

 

「ドウカシタノカ? デミウルゴス?」

 

 ここは副料理長が管理する第九階層にあるバー。

 今日のお客は、階層守護者のデミウルゴスとコキュートスだった。

 先日のコキュートスが見事リザードマンを統治する事になった件について、2人は祝いの席を欲した。

 そこで副料理長のバーが選ばれたのだ。

 

「――あぁ、すまないねコキュートス。君の勝利を乾杯する祝いの席だというのに」

 

 何処から用意したのか、カウンターに備え付けられている椅子ではなく、かなり大きい椅子に腰を下ろしたコキュートスが、いつもより口数が少ないデミウルゴスを心配するように言った。

 

「……デミウルゴス、何度モ言ウガ私ハ今回オ前ニカナリ助ケラレタ。ソノ礼ト言ッテハナンダガ、何カ悩ミガアルノナラ力ニナロウ」

 

 コキュートスの口から冷気の息がこぼれる。

 少々興奮気味なのだろう。

 

「ありがとうコキュートス。けれど心配は必要ないよ――少し前にきたアルベドからの伝言の内容を思い返していただけさ」

 

「……メイドノ働キ方ガ変ワルトイウヤツカ?」

 

「あぁ、それだ――特に大きく変わるのはアインズ様当番という制度。メイド達が交代で1日中アインズ様に侍る事が出来るものだね」

 

「ムゥ……少シ羨マシイナ」

 

 同感だ。

 デミウルゴスとて、主人であるアインズの側に1日中居られたらどれだけ幸福な事か。

 しかし嫉妬はしない。

 ナザリックのシモベにはそれぞれ役割がある。

 メイドが主人の側に居る事は何らおかしな事ではない。

 むしろ何故今までアインズは、メイドを侍らせなかったのか?

 そちらの方がデミウルゴスとしては興味があった。

 言い換えると、()()()()()()()()()なのか?

 

「ソレガドウカシタノカ?」

 

「――アルベドから聞いた話だと、記念すべき初日のアインズ様当番のメイド。名前は……()()()()だそうだ」

 

「……ソノ名前ハ確カ――」

 

「その通り、例のシャルティアが言っていたメイドだ。アルベドも伝言で言っていたが――やはりこの前話した推測は()()()()()ようだ」

 

「メイドガナザリックノ生キル歴史書――トイウ話ダナ。何故正シイト?」

 

 コキュートスは根拠を欲した。

 デミウルゴスは眼鏡を指で押し上げてから答えた。

 

「ナザリックの原因不明の転移によって、我々は常に後手に回るしかなかった。謎の転移から始まり、冒険者モモンの誕生、シャルティアの洗脳、そして先日のリザードマン相手の戦争――色々あったが、ここらで()()()だ」

 

 デミウルゴスはグラスに残っていた液体を飲み干す。

 

「外の情報があらかた集まり、精査が出来た。ナザリックはここから先手側に回る――要は転換期だよ」

 

 コキュートスはデミウルゴスの言葉にイマイチ理解が出来ずにいた。

 

「すまない、言葉が少なかった――シャルティアの洗脳の件があるとはいえ、転移直後よりはある程度の安全性が確保出来た。今まではアインズ様やアルベドが選別した戦える者達がナザリックの外に出ていたが――これからは、きっと一般メイド達も外に出る事になるだろうね……そう、アインズ様当番として」

 

「戦闘能力ヲ持タナイメイド達ヲ? ……成程、安全ガ確保出来レバ低レベルノモノ達モ外ニ出レルカ」

 

 言葉にすれば当たり前。

 しかし今後――アインズ様が望む()()()()を実現するには、ナザリックの全てを使わなくてはならないだろう。

 ナザリックのシモベ全員に、役割がある。

 もしくはこれから出来ていくのだ。

 

「――アインズ様のお考え全てを読み取ることは出来ないが……おそらく、これから歩む()()()()()()()()を記録する必要がある。その為のアインズ様当番(メイド達)なんだろう」

 

 記録は大事だ、歴史は重宝するべきだ。

 過去と未来両方の教訓にも使えるから。

 ナザリックはようやく、本格的に世界征服に向けて動き出す。

 故に主人は決断したのだろう。

 記録者(メイド)を侍らせる事に――

 

 

 

 

 ――そんなやり取りをしている中、バーの扉が開かれた。

 

「ピッキー……何か全てを忘れられるお酒を――何か寒くない?」

 

 入ってきたのは、ナザリックではあまり見掛けない格好をした茶髪の女性だった。

 コキュートスとデミウルゴスには面識が無いが、副料理長の綽名を呼ぶからには、彼とは面識があるらしい。

 

「…………」

 

 そして茶髪の女性は一瞬固まる。

 視線はデミウルゴスとコキュートス。

 おそらくあちらも、面識の無い者が居て呆気に取られているのだろう。

 

「――階層守護者のデミウルゴス様、コキュートス様ですね? お会いするのは初めてですね」

 

 しかしこの場にいるのだから、お互いナザリックの者なのは間違いない。

 特に警戒する必要はない為、すぐに再起動をした茶髪の女性が綺麗なお辞儀を披露して2人に挨拶をした。

 

「……すまない、恥ずかしい話だが我々は君の名前を知らなくてね。良ければ教えては貰えないだろうか?」

 

 服装からもどんな役職かすぐには予想出来なかった。

 しかしすぐ様デミウルゴスの脳裏にはある予感がよぎる。

 先程の彼女の披露したお辞儀だが、メイドがするものだとデミウルゴスはあたりをつけた。

 そしてアルベドから伝えられた、アインズ様当番なる制度。

 確かその中に、休日のメイドは判別のためにメイド服を脱いで私服に着替える――という項目があった。

 デミウルゴスは沸々と湧き上がる感情を抑えながら、期待を込めて彼女に名前を聞いた。

 

 

 

 

「――失礼致しました。このような格好で説得力は無いのですが……私はメイドの()()()()と申します」

 

 ――デミウルゴスの眼窩に嵌められた宝石が妖しく輝いた。

 

 

 

 

 




「つまりここからが本番、という事ですねアインズ様……!」


「メイドに休日を作れたぞやったー!」

「念願の休日だ、いっぱい吸うぞ!」


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16話

コキュートス様の台詞書いてると、予測変換がカタカナダラケニナッテ少シ困ルナァ


 

 

 

 

 

 

 お酒を飲みに来たら、階層守護者のお2人に挟まれる形で飲む事になった。

 何を言っているのかよく分かるが、何故こうなったのかだけが分からない。

 

(何か……圧が凄い。不快感とかは無いけど、何かムズムズする。あとコキュートス様からヒンヤリした空気が来ててちょっと肌寒い)

 

 軽い挨拶をして、先客である彼等の邪魔にならないよう隅っこの席に座ろうとしたら、なぜか引き留められた。

 そして彼等の間に座る様に勧められた。

 メイドのファースとしては、守護者である彼等の要望は断り難いものだ。

 ファースは借りてきた猫のように、身を縮ませながら席に着いたのだった。

 

「そんなに緊張しないでくれたまえ。折角の酒の席だ、楽しく()()()()()()()飲もうじゃないか」

 

「は、はい……」

 

 そう言われても緊張するものはする。

 シャルティア相手だとそんなに緊張する事はあまり無くなったファースだが、初見かつ異性、そして見た目にインパクトがありすぎて中々場の空気に慣れない。

 カウンターの内側でグラスを磨くピッキーにさりげなく、助けを求める視線を送るが意味はなかった。

 彼はひたすらグラスを磨くだけ。

 

「……え、と。デミウルゴス様とコキュートス様はよく此処へ来られるのですか?」

 

 何か会話をしなければ気不味い。

 ファースは当たり障りの無い質問から始めた。

 

「偶に利用させてもらってるよ。今日はコキュートスの祝賀会――といったところだろうか。彼の勝利を祝ってね」

 

「……確カニ勝利ハオサメタガ――ウゥム、何トモ言エナイ感覚ダ。結局ハデミウルゴスニ殆ド助ケテモラッタヨウナモノナノダカラ――」

 

 何か思うところがあるのか、デミウルゴスの賞賛を素直に受け止めきれない様子のコキュートス。

 何があったのかはファースの知るところではないが、煮え切らないような反応をされると、こう……ファースの中の何かが燻る。

 

「――()()()()()()()

 

 ――だから、励ましの言葉を送る事にした。

 シャルティアの時のように。

 この行動原理を、優しさと呼ぶのか、母性と呼ぶのかファースには分からないが、兎に角元気付けたいという気持ちは紛れも無い本心だった。

 

「……ソノ言葉ハ――」

 

 ファースの呟いた言葉を、コキュートスは知っていたようだ。

 それもそのはず、ファースが言の葉にしたものは、彼の創造主である『武人建御雷様』の御言葉なのだから。

 意味は()()()()

 

「ご存知の通り武人建御雷様がよく仰っていた御言葉です。コキュートス様、あの至高の御方々もお互いを支え、助け合ってきたのです。コキュートス様にも頼れる方々がおられる筈ですよ」

 

「…………」

 

 コキュートスはデミウルゴスの方に視線を向ける。

 ――彼は笑顔を見せながら、大きく頷いた。

 そして役職や地位は違うものの、ファースと副料理長も頷く。

 コキュートスの脳裏には、次々と浮かぶナザリックの者達(仲間達)の姿。

 そしてその奥には偉大なる御方であるアインズの姿。

 ――そしてさらにその奥には……

 

「……嗚呼、武人建御雷様――」

 

 噛み締める様に、その尊き御方の名前を言葉にする。

 

「――助けられた事に、心咎めを感じてしまうのであれば、今度はコキュートス様がデミウルゴス様や、他の守護者の方々の助けになればよろしいのではないでしょうか?」

 

「…………ソウダナ、ソノ通リダ。キット武人建御雷様モ同ジ事ヲ言ッテ、叱ッテクダサッタダロウ――礼ヲ言オウ、流石ハナザリックノメイド(歴史書)ダ」

 

「はい、御力になれたようで何よりです」

 

 守護者の方にメイドとして褒められて悪い気はしない。

 ファースは素直にコキュートスの感謝を受け取った。

 

「私からも礼を言わせてもらうよ、ファース。本当に助かったよ、私が何を言っても彼は納得してくれなかったからね」

 

 今度はデミウルゴスがファースに感謝を送る。

 感謝を求めたわけではないので、外野からの感謝を予想していなかったファースは少々むず痒い気持ちだった。

 

「いえ、私は私の出来る事をしたまでで――そういえば、シャルティアはお元気ですか? コキュートス様よりも酷く落ち込んでいたご様子だったので少し心配なのですが……」

 

 ファースはそこでシャルティアの事を思い出す。

 ちなみに余程気に入られたのか、本人からシャルティアと呼び捨てで良いと言われたので――というより殆ど恐喝だったが――遠慮なく敬称を外している。

 

「――シャルティアの事なら心配しなくても良い。まだ気持ちの整理は付いていないようだが、彼女ならそのうち立ち直るさ」

 

「だといいのですけど……」

 

 結局詳しい事情は聞けず仕舞いだが、あの落ち込み具合は余程の事があったのだろうと感じさせる。

 あれから偶にこのバーに顔を出しに来たりしてはいるようだが、残念なことにファースはその場面に出くわす事が出来ずにいた。

 

「それより、君の方こそ何か悩みがあるのではないかね?」

 

「え」

 

 どうしてそれを。

 ファースは驚きの表情をデミウルゴスに向ける。

 

「驚く事はない、さっき君がその根拠を言っていたじゃないか」

 

「あー……」

 

 確かに言った。

 辛い事を忘れたくて、酒を求めてきた事を。

 

「大した事では――いえ、私にとっては大した事なのですが……えぇ、まぁ。禁欲みたいなのをしていまして――」

 

 ファースはそう言いながら、愛用のシガレットケースを取り出してバーのカウンターに置いた。

 

「ソノ小サイノハ?」

 

「煙草だよコキュートス」

 

 煙草を知らないコキュートスに、知っているデミウルゴスが教える。

 

「――君は戦うことが出来ないメイドだ。察するに、能力の向上ではなく嗜好品として使っているのかな?」

 

「はい、その通りです――」

 

「つまり何らかの理由で、嗜好品である煙草の使用回数を減らしている、もしくは制限を設けているという事かな? そしてそれに対してストレスを感じ、代替え品として酒に目を付けた――というところかな」

 

「そ、その通りです」

 

 何だこの守護者様、ちょっと怖い。

 こっちが何か言う前に全部言い当ててきた。

 しかも殆ど喋ってないのに、僅かな言動と情報でそこまで言い当てられるか普通?

 もしかしてデミウルゴス様、あのアインズ様に並ぶくらい頭が良いのではないだろうか。

 

「――それならば、私達が手伝ってあげよう。コキュートス?」

 

「ウム」

 

「え、え?」

 

 ファースは何か嫌な予感を感じるが、逃げるより先に彼等が動いた。

 

「場所を移動しよう、こういう時はバーより()()だ――あぁ、副料理長。美味しいカクテルをご馳走様」

 

「世話ニナッタ、マタ来ヨウ」

 

「はい、お待ちしております」

 

 ピッキーが退店する客に挨拶をする。

 

「あ、あの……私まだそんなにお酒は得意じゃなくて――」

 

「安心したまえ、初心者を酒の席で潰す様な真似はしないさ――その代わり、君から()()()()()()()()()

 

 デミウルゴスの眼鏡の煌めきが、ファースを捉える。

 その煌めきにファースは、命の危険は感じないものの、何か厄介事に巻き込まれる様な感覚に呑まれる。

 

「は、話とは……?」

 

「なに、()()()は私の創造主であられる『ウルベルト様』の御話を少し聞かせてくれるだけで構わないよ。まだ知り合ったばかりだしね。あぁ勿論、()()()()が出ている限りで構わないよ」

 

「閲覧許可……? あの、どういう――」

 

 ブンブンと尻尾を揺らすデミウルゴスは、もはや聞く耳持たずだった。

 

「ムゥ……武人建御雷様ノ事モ聞キタイナ」

 

 ファースが何か言う前に、守護者2名に強制連行されるファース。

 ちなみにもはや本能なのか、カウンターに一度置いたシガレットケースはしっかりと回収してあった。

 

「……」

 

 急に静かになったバーで、副料理長は未だにグラスを磨く。

 

「――やぁピッキー、今日もこのエクレアが来た……どうかしたかね?」

 

「いえ、あなたの師匠が無事に帰ってくる事を祈っていただけですよ」

 

「……?」

 

 ほら、まだ客は来るからだ。

 願わくば、彼が今日最後の客であって、あの吸血鬼の娘が来ない事を。

 

 

 

 

 




気紛れ投稿なのに最近3日毎に更新できてるのはマグレですねはい。
ちなみにプロットだけなら、11巻らへんまでできました。
11巻らへんになるとファースちゃんがパワードスーツを着てドラゴンを薙ぎ倒します(嘘


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17話

お気に入り数6000超えありがとうございます!


 

 

 

 

 

 

「――おはようございます、アインズ様」

 

「あぁ、おはようファース」

 

 今日はきっと、記念日になる。

 何故なら、記念すべきアインズ様当番の始まりの日だから。

 

 

 

 

 

 二日酔いはなかった。

 朝もちゃんと起きられたし、身嗜みもいつも以上に気を遣った。

 朝食も普段より多めに食べてきたし、食後の一服には上手に錬成できた質の良い煙草を景気付けに使った。

 メイド服もいつもは動き易いミニスカートタイプを着ているが、心機一転も含めて踝くらいまで丈があるロングスカートタイプを。

 一応下着も、勝負下着なるものを履いてきた。

 とにかく、全てを万全に。

 ファースは全力だった。

 

「休日はどうだった? 楽しめたか?」

 

「はい、実に充実した休日でした」

 

 アインズがファースに訊ねると、彼女はそう答えた。

 言葉通りなら何も問題はない。

 しかしアインズはそこで終わらせはしない。

 もしかしたら、アインズという上司が"楽しめたか"と聞いたら、"はいそうです"と実はそんな事はないのに、答えている可能性があるかもしれないからだ。

 

「ふむ、良ければどんな過ごし方をしたのか教えてはくれないか?」

 

「構いませんが……アインズ様には退屈なお話になるかと――」

 

「構わん、幸いアルベドもまだ来ない。つまり私の仕事もまだ始まらないのだ」

 

「成る程、承知致しました」

 

 そう言ってファースは、事細かく休日の動きを説明し始めた。

 大まかに纏めると、朝起きてすぐに朝食、喫煙所、昼食、昼寝――そして、デミウルゴスとコキュートスと酒を酌み交わして……

 

「……え?」

 

「? 何か御座いましたか……?」

 

 ファースがアインズの呟きに、何か粗相でもしたかと心配そうにする。

 

(……デミウルゴスとコキュートスと何で酒を? 待て待て、何か想像が付かないぞ! え? 酒を酌み交わす程仲良いのか!?)

 

 自分の知らない所で、守護者2人とメイド1人が酒を酌み交わしていたらしい。

 しかも相手が相手というか……

 

「――いや、仲が良いようで何よりだ。デミウルゴスとコキュートスとはいつからの付き合いなのだ?」

 

「はい、昨日初めてお会いしました」

 

(昨日かよ!? 出会ってすぐ意気投合したってこと!?)

 

 アインズの精神が沈静化される。

 

「アインズ様……?」

 

「い、いや、何でもない――ちなみに聞くが、他の守護者とも交流を持っていたりするのか?」

 

 アインズは沈静化されても、再び湧き上がってくる困惑に耐え切れず、つい聞かなくても良い事を口にする。

 その場凌ぎの質問というやつだ。

 

「他の守護者の方ですか? ――シャルティアからは一応、友人扱いさせて頂いてますね」

 

(え!? シャルティア!? しかも呼び捨てで呼べる程!?)

 

 アインズの精神がまた沈静化される。

 

「――そ、そうか……私は嬉しいぞ。肩書きや地位に関係なく、お前達が手を取り合う姿を見るのは」

 

 思わず本心が出た。

 アインズはファースの交友関係の事実に振り回されながらも、動揺は必死に隠した。

 

「ありがとうございます。私も今までお話でしか知り得なかった方々と、こうして直接交流出来るのは嬉しく思います」

 

 ファースもまた、本心で語った。

 

(うーん……確かに考えてみると、階層がいくつもあるせいで、同じナザリックに居るのに交流が全く無いのは少し問題か? 何かイベントでも企画して、交流会のようなものを開いてみるか)

 

 驚きはしたが、ナザリックのNPC達が互いに仲を深めるのは悪い事ではない。

 今度NPC達を集めて、何かイベントをする計画を頭の片隅に置くアインズ。

 

「……あの、アインズ様」

 

「ん? どうかしたか?」

 

 アインズが思考に耽っていると、ファースがおずおずとした様子を見せた。

 もしかして、勤務が始まる前に一服したいとかだろうか?

 

「アルベド様がお越しになるのは、もう少し後ですよね?」

 

「アルベド? あぁ、その通りだ」

 

 一応アルベドと仕事をする時は、決めた時間に始める事にしている。

 そうする事で、アインズにアルベドと仕事というプレッシャーに対する覚悟の準備をする時間が生まれるからだ。

 

「――でしたら、是非アインズ様にお願いしたい事があります」

 

「ふむ? ……言ってみろ」

 

 何をお願いされるのか、アインズはファースの言葉を待つ。

 

「――アインズ様がその、宜しければ……()()()()()()は如何でしょうか!?」

 

「……ドレスアップ?」

 

 アインズは聞きなれない単語に首を傾げる。

 

「はい! アインズ様は普段のお格好でも充分に素晴らしいのですがやはり偶には御召し物を変えても問題はないというか支配者としてのアインズ様の素晴らしさが埋もれてしまっているように感じますなのでドレスアップをした方が良いというか是非させて欲しい――」

 

「あ、あー分かった! 要は着替えだな? 着替えをして欲しいという事だな?」

 

「はい!」

 

 目をキラキラさせて、物凄い剣幕で早口で語るファースを一度止める為に、アインズは奇跡的に聞き取れた内容を口にした。

 

「――えー……記憶違いでなければアインズ当番にドレスアップの項目は無かった筈だが?」

 

「はい、その通りで御座います。実は昨夜デミウルゴス様達と話している中、そのような話題が出まして――アインズ様さえ宜しければ、是非取り入れて頂きたく……」

 

 アインズは考える。

 着替え――正直に言って、アインズには必要のないものだ。

 骨の身体故に、老廃物は出ない。

 魔法のローブ故に、皺も出来ない。

 ナザリック内及びアインズの自室は定期的に掃除されているし、汚れる要因が無い。

 

(しかし考えてみれば、毎日同じ服を着てるというのは変なのか……? 会社に行く為に着ていくスーツだって、最低でもネクタイは毎日違う柄にした方が清潔感があるって聞いた事あるし)

 

 意味はないかもしれないが、無駄ではない。

 しかし問題がある。

 

(俺……服のセンス無いんだよな。変に似合わない格好したら、笑われる――いや、多分誰もあえて指摘しないだろうな!)

 

 例えアインズが変な格好をしても、ナザリックのシモベ達は忠誠心故に何も言えないだろう。

 

「……そうだな、確かにお前のいう事にも一理ある」

 

「で、では!」

 

「あぁ、折角お前もいつもと違うメイド服を着てきたようだし、私も偶には気分転換をしよう――コーディネートは()()()()()()?」

 

「――も、勿論で御座います! 精一杯やらせて頂きます!」

 

 ではどうするか?

 アインズは結論をすぐに出した。

 そう、()()()()

 

 

 

 

 

 

 

 

 いつもの時間、アルベドはアインズの部屋の前に着いた。

 何処か変な所が無いか、身嗜みをチェックしてから扉をノックする。

 いつもなら、愛おしいあのお声で"入れ"と言われてから扉を開ける。

 しかし今日は違う。

 アルベドが何もせずとも、扉が勝手に開かれた。

 

(……このメイドが)

 

 開かれた扉から、茶髪のメイドが顔を出した。

 アインズ様当番の記念すべき初めてのメイド、ファースだろう。

 何人かのメイドの顔は覚えているアルベドだが、目の前のファースは初見だった。

 おそらく今まですれ違う事すら無かったのだろう。

 

「――守護者統括、アルベド様ですね? アインズ様がお待ちです。どうぞお入りください」

 

 ファースがアルベドの存在を確認すると、中に誘うように扉を開けた。

 

「ありがとう」

 

 アルベドは一言そう言ってから、中に入った。

 もう少し目の前のメイドを観察したい気持ちもあったが、今はアインズ様に挨拶する事が優先。

 中にはアインズを警護するシモベが何匹か。

 そして執務机には、いと尊きあの御方がいつものように――

 

「――――――」

 

「おはようアルベド――ん? どうかしたか?」

 

 アルベドは言葉を失った。

 それは何故か?

 理由は明白、目の前のアインズが、いつものアインズではなかったからだ。

 

(いつものお召し物ではない……!? あ、あぁ、いつもはフードでお隠れになっているアインズ様の頭部があんなにハッキリと……!)

 

 アインズはいつものローブを着ていなかった。

 色合いはいつもの同じような黒を基調としたものだが、形や装飾がまるで違う。

 どちらかというと、ローブというよりコートのような格好。

 いつもは開いていて、その美しい肋骨がお見えになるが、今回はキッチリと閉まっている。

 何故だろう、普段見慣れているものが隠れているとドキドキするものを感じる。

 そしてフードが付いていない為か、こちらはいつもは隠れ気味のアインズの頭蓋骨が、逆にオープンに。

 これは素晴らしい、実に良い。

 アルベドは静かに噛み締めるように興奮する。

 

「……アルベド?」

 

「はっ……失礼致しました。つい見惚れてしまって――」

 

「そうか? つまりこの格好は似合っているという事かな?」

 

「は、はい! とても良くお似合いです! 勿論アインズ様であればどんな格好をしていても似合ってしまうとは思うのですが!」

 

「う、うむ。気に入ってくれたようで何よりだ――ファース、お前にも礼を言おう。どうやらファースに任せて正解だったようだな」

 

「――お褒めの言葉、ありがとうございます」

 

 主人のその言葉に、アルベドは背後で控えていたメイドに視線を向けた。

 そこには主人の言葉に感謝し、頭を下げるメイドの姿。

 どうやらファースなるメイドが、アインズのドレスアップをしたようだ。

 

(センスは良いみたいね……一応感謝しとくわ)

 

 内心でメイドにグッドサインを送りながら、アルベドはアインズに向き直った。

 

「――それでは、今日の仕事を始めるとしよう」

 

 アインズが宣言する。

 これよりアルベドの至福の時間が始まる。

 ……いつもより1人、増えているが些細な問題だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

(……アルベド様からしたあの香り――)

 

 ファースはアルベドがつけている香水のような匂いに覚えがあった。

 それを確信にしたい気持ちもあり、丁度用意しようと思っていたある物で確かめる事にした。

 

「――アルベド様、紅茶かコーヒーは如何ですか?」

 

「……コーヒー? 紅茶は知っているけど、コーヒーというのは何かしら?」

 

 ――飲み物を用意するのもメイドの仕事。

 料理に関するスキルはファースにはないが、メイドなのだから主人や上司、客人などにお出しする為の作法は一通り知っている。

 ちなみにアインズに聞かないのは、主人が飲食不要なアンデッドな為。

 一応アルベドが来る前にお出しするか聞いたのだが、不要だと言われてしまった。

 少し残念だが、幸いにもアルベドはアインズとは違い普通に飲食が可能な方。

 ファースは自分や他のメイドに披露するのは初めてな技術に、内心期待も込めてアルベドに聞いた。

 すると意外にも、コーヒーの存在を知らない様子を見せた。

 

「そうですね……いざ説明するとなると難しいですが――紅茶とはまた違った味わい、クセがあるので人を選ぶ飲み物ですかね。メイドの中にも、コーヒーを好む者もいれば、苦手な者もいますので」

 

「コーヒーか……私もかつて――いや、仲間たちにもコーヒー好きが何人か居たな。眠気を飛ばし、頭がスッキリするぞ」

 

 すると意外にも、アインズ様から付け足しの御言葉が。

 主人であるアインズにもそう言われ、興味が湧いたのかアルベドはファースにコーヒーを淹れるように頼んだ。

 

 ――そうして数分後、アルベドの目の前に黒い液体が入ったカップが。

 それと、砂糖とミルクが入った容器も。

 

「苦味がある飲み物ですので、お好みで調節して下さい」

 

「分かったわ」

 

 アルベドは先ず、どの程度の苦味なのかを知る為に何も入れずに一口。

 そして、その美しい顔を一瞬くしゃりとさせる。

 

「……確かに、人を選ぶわね」

 

 そうして砂糖とミルクを入れ始める。

 

「……ふふっ」

 

「アインズ様……?」

 

 すると、突然アインズから抑えるような笑みが溢れた。

 不思議に思ったアルベドが首を傾げる。

 

「いや、すまない。お前の珍しい顔が見れたと思ってな。苦いのは苦手か?」

 

「い、いえ……苦手ではありませんが、少し驚いただけでして――」

 

 アインズの言葉に、顔を赤くしてモジモジするアルベド。

 ――その2人のやり取りを見て。

 さらにコーヒーを机に置いた時に、さり気なくアルベドから香る匂いをもう一度近くで確認した。

 間違いなく、以前アインズ様のベッドからした匂いと同じだった。

 これらの情報から導き出される答えは1つ。

 

(成る程……アインズ様とアルベド様は――()()()()()()()!)

 

 不思議なことでは無い。

 守護者統括という地位に居られるアルベド様であれば、アインズ様の正妃に相応しいだろう。

 

(まだ式典とかはしないのかな? いや、ナザリックが慌ただしい中、そんな暇は無いってことなのか……)

 

 もしくは、お世継ぎが出来てからだろうか?

 どちらにせよ、個人的には楽しみだ。

 御世話係とか、是非やらせてもらいたい。

 

 

 

 

「――そろそろ休憩を挟もう」

 

 暫くして、アインズ様がお決めになられた休憩時間が来た。

 この時間になると、アインズも含めてこの部屋にいる者は一時的な休息を取らねばならない。

 アインズはアルベドやファース、警護のシモベ達にちゃんと休憩するように今一度告げた後、部屋の奥のベッドルームへと入った。

 休憩時間の間は、主人の許可が無い限り中には誰も入れない。

 もしかしたらアルベド様は特別に一緒に入られるかとファースは予想したが、今日は違うのかこの時間ではないのか、執務室に残られていた。

 ファースはせっかくの機会だからと、軽く一服しようとしていた予定を取り止めて、アルベドと会話する事にした。

 

「――アルベド様」

 

「……何かしら?」

 

 少し警戒したような声色。

 休憩中に話し掛けられるのは苦手なタイプなのかもしれない。

 しかし今のファースはその程度では引き下がらない。

 

「――式典のご予定などは決まっておられますか?」

 

 ファースの質問に、アルベドは心当たりが無い様子を見せる。

 少々言葉が足りなかったかと、ファースは続けた。

 

「アインズ様とアルベド様の、()()()の予定です」

 

 ファースがもう少し具体的に言うと、時間にして数十秒。

 アルベドが呆けたような、ポカンとした表情を見せた。

 ファースがアルベドの様子に、どうしたのだろうと疑問に思っていると、再起動したアルベドがようやく口を開いた。

 ――かなり興奮した状態で。

 

「え、そ、そんな……もうやだわ、もしかしなくても応援してくれてるのかしら!?」

 

「? はい、アルベド様であればアインズ様に相応しいと思いますが――」

 

「ッ……! えぇ、えぇ! 貴女もそう思う? そう思ってくれるのね! くふふふふ!」

 

 何故こんなにも興奮なされているのだろうか?

 ファースは首を傾げるが何も言わなかった。

 

「そうね、結婚式! 本当は今すぐにでもしたいのだけれど――大掛かりな計画の途中だから、それが終わってからになるかしら! 勿論、アインズ様がお望みならばいつでもしますけど!」

 

「そうなのですね、ではその時が来るのを楽しみに待つと致しましょう」

 

 なに、楽しみが後になったと思えば良い。

 

「ちなみに貴女は男の子と女の子どっちが良いと思うかしら?」

 

「そうですね……私は欲張りなので、どちらも望ませて頂きます。双子でも兄弟姉妹でも……アルベド様には御負担になってしまいますが」

 

「そんなの負担になんてならないわ。アインズ様の為なら幾らでも産むわ。あ、服も今は5歳程度まで想定して編み終えているのだけれど――」

 

 ――そうして、休憩時間が終わるまでアルベドは将来を語り尽くし、ファースは大人しくそれを聞き入れた。

 

 

 

 

(――何かアルベドとも仲良くなってない? コミュ力高すぎる……!)

 

 執務室に戻ったアインズは、本日3度目の沈静化を味わった。

 

 

 

 

 




どうでも良い情報ですが、ファースは普段ガーターベルト付けてます(描写忘れ


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18話

電子書籍勢なので、最新刊やっと読めました。
叔父さんキャラはいいぞ


 

 

 

 

 

 

「……やっぱり食事が問題か。後はドレスアップに1人はキツい。となるとドレスアップ要員のグループも作るべきだな」

 

 第九階層の通路。

 壁に寄りかかっているファースが自らの手帳に書き込んでいく。

 内容は、アインズ様当番の改善点だ。

 立案者なのだから、フィードバックも大事だという事で、実に面倒ではあるがファースは律儀に記録していく。

 

「――本当に、本当に嫌だけど、アインズ様当番中は睡眠と食事が不要になる状態にしないとダメか……あぁ、アインズ様とアルベド様の前で腹の虫鳴らした時は本当に恥ずかしかった……」

 

 ファースは思い出して、羞恥故に顔をほんのり赤くする。

 主人の前でぐぅぐぅとお腹を鳴らすよりは、精神的負担が多い道を選ぶ。

 それにファース以外のメイド達はきっと喜ぶ。

 食事に関してはちょっと予想できないが、きっと疲労が無ければいくらでもアインズ様のお世話ができると、飛び付いてくるだろう。

 ファース的には睡眠と食事が不要=働き続けるという図式が浮かぶ為少しイヤだが、こればかりは仕方がない。

 

「――ファースさん!」

 

 ファースが思考に耽っていると、赤髪の同僚がパタパタと駆け寄ってきた。

 

「――『オペランド』。走ると危ないぞ、それに埃が舞う」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

 叱られたと思ったのか、シュンとした様子を見せる赤髪のメイド――オペランド。

 

「……それで、何か用か?」

 

「は、はい! そろそろ()()なので、呼びに来ました!」

 

 時間。

 その単語で、ファースは彼女が何の用なのかすぐに察した。

 

「――もうそんな時間か」

 

 思っていたよりも、手帳に書き込むのに夢中になっていたようだ。

 

「……あー、折角だから一緒に行くか?」

 

「はい!」

 

 オペランドがキラキラした目でファースの言葉を待っていた。

 もしかしてと思い、ファースがそう提案すると彼女は元気よく返事をした。

 どうやら正解だったようだ。

 目指すは第十階層だ。

 

「ドキドキしますね」

 

「何で?」

 

「だって、()()()()()()()なんですよね?」

 

「あー……まぁそうなるのかな。一応『やまいこ様』の妹君を招待した事はあるらしいけど」

 

「そうなのですか!?」

 

 他愛のない雑談をしながら、ファースとオペランドは通路を進む。

 ――そう、今日はナザリック地下大墳墓に、()()が招かれる。

 それも、ナザリックの外で暮らす()()()()()だとか……

 

 

 

 

 

 

 

 

 アインズは自覚する程上機嫌だった。

 精神が抑制されるこの身体になってから、初めて実感する程なのではないだろうか。

 

「……『ネム』。どうだね? 私の、いや、私たちの作った家を一緒に見て回らないかね?」

 

「うん! 見たいです! ゴウン様とお仲間の方々の作った凄いお屋敷を見せてください!」

 

 目の前の幼子――『ネム・エモット』が笑顔で即答する。

 その答えに、ますますアインズの機嫌は良くなる。

 

「ははは。そうか、そうか! ならば色々と見せてあげよう」

 

 元々は、ついでだった。

『ンフィーレア・バレアレ』に頼んでいたポーションの制作が軌道に乗ったお祝いに。

 ンフィーレアを招くからには、その彼女『エンリ・エモット』、そしてその妹を連れて来るくらい構わないと。

 ――呼んで正解だった、正解だったとも。

 ならば、応えねば、知ってもらわねば。

 ()()()()()()が造ったこのナザリックの素晴らしさを。

 

「――ふむ、()()()()よ」

 

 アインズが玉座の間に立ち並ぶメイドたちから、1人の名前を呼ぶ。

 ちなみに何故彼女たちが此処にいるのか。

 それは客人を迎えるとなった時、何となく出迎えがあった方がそれっぽいかなと、メイドたちを集合させていたという理由からだった。

 

「はい、アインズ様」

 

 ――アインズの呼び掛けに、茶髪のメイド、ファースが名乗り出るように返事をしながらお辞儀をした。

 

「客人を案内する、供回りをせよ」

 

「かしこまりました」

 

 別にアインズ1人でも、ナザリックの案内は出来るだろう。

 しかし、ぶっちゃけ勢いでナザリックを案内――しかも相手は子ども――するとなると、些か不安もあった。

 アインズに子守りの経験はない。

 こういう時教師だった、やまいこというギルドメンバーが居ればと願うが、無いものねだりだ。

 アインズが口に出した以上、アインズが責任を持つべきだ――

 だが、まぁ、手助け要員というか、道連れは欲しい。

 それにこういう時、サラリと部下に『ついて来い』と言えた方が支配者っぽいだろう。

 その為、アインズはパッと目に付いたというか、記憶に新しいファースの名前を呼んだ。

 今日のアインズ当番のメイドには悪いが、一時的にファースと交代してもらうとして――

 

「――では、行こうか」

 

 ――こうして、ナザリック地下大墳墓(危険と時間を省く為に第九階層限定)の観光ツアーが始まった。

 

 

 

 

 

「――見てくださいゴウン様!」

 

「ん? ……あー」

 

 ――モゾモゾと、自らのロングスカートの中で蠢めく者がいる。

 それを見て、何だか気まずそうにする主人の姿。

 メイドという物珍しい存在がいる為か、子どもらしくファースのスカートの中に潜み始めたネムの姿にどうしたものかといった感じだ。

 

「――隠れんぼは程々にするのだぞ、ネム。ファースが困ってしまうからな」

 

「はーい! ……この紐は何かな?」

 

「それは多分ガーターベルトです、ネム様――引っ張らないようにお願いします」

 

「こっちのもっと細い紐は?」

 

「下着を結ぶ為の紐なので、絶対に引っ張らないようにお願いします」

 

 メイドのスカートの中を探検するネムに、ファースは決して表情を曇らせずに淡々と、冷静さを保つ彼女の姿にアインズは思わず「プロだ……」と心で呟く。

 

「……すまんな」

 

 居た堪れなくなったのか、アインズがファースに向けて言う。

 

「いえ、気にしておりませんので――それに、子どもはこれくらい活発な方が良いと思われます」

 

「そ、そういうものなのか?」

 

「はい、それに()()にもなるので」

 

 何の練習?

 アインズは怖くてそれ以上聞けなかった。

 そして、探検を終えたのかネムがメイド服のスカートの中から出てきた。

 そして、ファースを数秒間凝視して――

 

「――メイドさんはどうしてそんなにお胸が大きいの?」

 

「生まれ付きです」

 

「わたしも大きくなるかな?」

 

「分かりかねますが、可能性はあるかと」

 

 子どもながら実に純粋だ。

 さっきの行動と同じ質問をもしアインズがしたら、ギルド裁判待ったなしだろう。

 

「――さて、名残惜しいがそろそろ戻ろうか」

 

 アインズが言う。

 元々予定にない観光ツアーの為、エンリとンフィーレアをこれ以上待たせるのも悪いだろう。

 なに、また機会があれば今度はじっくりと観光ツアーをさせれば良い。

 何ならネムを泊まりがけで、細心の注意と準備をして地表から第十階層まで案内するのもアリだ。

 

(そうなると、ナザリックを無傷で踏破した記念すべき1人目になるな)

 

 アインズは冗談めいた笑いをこぼす。

 

「……もう終わりなのですか?」

 

「そんな顔をするな、ネム。また今度続きをしよう。次はもっと凄い場所を案内すると約束もする」

 

「――分かりました、ゴウン様!」

 

 名残惜しそうにするネムを説得するアインズ。

 そんな2人のやり取りを見て、微笑ましそうにするファースが口を開いた。

 

「それでは、このまま居住エリアを進みましょう。バレアレ様、エモット様がお待ちになられている応接室へは近道になりますので」

 

 流石はメイドだ。

 ぶっちゃけ、アインズよりも第九階層については詳しいのかもしれない。

 別に迷路になっているわけではないが、第九階層はギルドメンバーたちも強く力を入れて改装していたエリアな為とても広い。

 ゲーム時代も今も、転移を多用していたアインズには考え付かない最短ルートだ。

 

「……居住エリア、か。それはお前たちの部屋があるということか?」

 

 ファースが示した通路の先には、アインズや他のギルドメンバーの部屋がある通路ではなかった。

 だというのに、居住エリアと言うからにはきっと――

 

「はい、私たちメイドや使用人関係の者たちに与えて頂いた部屋があります」

 

 ――細かい。

 NPC1人1人に部屋を用意するとは、流石アインズ・ウール・ゴウンのメンバーたちだ。

 いや、もしかしたら相部屋という可能性もあるが。

 

「メイドさんのお部屋があるの? ……見てみたい!」

 

 すると好奇心を抑えれなかったネムが叫ぶ。

 しかしハッとした表情を見せ、すぐに俯いてしまった。

 おそらく、観光ツアーは終わりというアインズの言葉を思い出したのだろう。

 

「……ファース?」

 

 アインズがファースに視線を向ける。

 ファースはすぐにその意図を読み取れた。

 

「私は構いませんが……ネム様が喜ぶような面白いものは何も無いかと――あいえ、至高の御方が与えてくださったお部屋に不満があるわけではなくて――」

 

「分かっている、子どもが楽しめるようなものは無いという意味なのだろう? ――せっかく通り道にあるのだ、見てみたいという要望に応えるだけで充分だろう」

 

「――かしこまりました。それでは僭越ながらご案内させて頂きます」

 

 ――ネムの表情が、パーっと明るくなる。

 

 

 

 

 

 




ファースちゃんって、絶対に自分の足元というか爪先見えないよね(性癖


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19話

諸事情で後半の5000文字くらい削ってしまったので短いです
これなら前話と合体させた方がよかったかな……


 

 

 

 

 

 ――一言で言えば、普通の部屋。

 アインズたちの部屋に比べれば狭いが、1人で過ごすくらいには丁度良い大きさとも言える。

 どちらかというと、リアルのアインズ(鈴木悟)の部屋の大きさに近い。

 

(……良いな、俺もこっちの部屋に住みたい)

 

 多分このくらいの部屋の方がアインズ的には落ち着く。

 家具も簡素なベッドに、クローゼットとタンス。

 机と椅子などぐらいしか目立つ物は無かった。

 必要ない物は置かないといった印象を感じさせる。

 確かに、子どもが喜びそうな物は無い。

 しかしネムはそれでも構わないのか、部屋の主に許可を貰ってベッドの上と下を探索したり、クローゼットやタンスの中身を見たりと彼女なりに楽しんでいるようだ。

 

「……ファースよ、()()は何だ?」

 

 ――そんなアインズも羨む部屋の中、1つだけ気になるものがあった。

 それはベッドの近くの壁に飾られた小さな額縁。

 いや、額縁自体が気になるものではない。

 気になるのは、()()()()()()()だった。

 

「はい、記念品です」

 

「……記念品? 私から見ると、単なる()()()()()にしか見えないが……」

 

「はい、吸殻です。しかし普通のでは御座いません。アレは以前アインズ様がお吸いになった吸殻です」

 

 ――まるで貴重な昆虫を標本にするように。

 何故か煙草の吸殻が綺麗に収められていた。

 

(いやゴミじゃん! 捨てろよ!)

 

 アインズは思わず心で叫ぶ。

 しかしすぐに理解した。

 NPCはアインズに対する忠誠心の高さ故に、アインズが下賜した物、所持していたものを必要以上に大事にする傾向がある事を思い出したアインズ。

 

「――そうか、大事にするといい」

 

「はい!」

 

 アインズはそれ以上何も言えなかった。

 

「しかし……思っていたよりも簡素だな。もっと家具を増やしたりはしないのか?」

 

「私にはこれで充分で御座います――それに……」

 

 ファースが自身の部屋を見渡す。

 その瞳は何処か儚げだった。

 

「……ホワイトブリム様がご用意してくださったのです。このままが良いです」

 

「……そうか」

 

 悪い事を聞いてしまったのかもしれない。

 NPCたちはあまり口にしないが、自分たちの生みの親が居らず、アインズだけが残っているこの状況には思うところがある筈だ。

 

「――アインズ様、無礼を承知でお聞きしても宜しいでしょうか?」

 

「構わんぞ、何だ」

 

 アインズは何となく、ファースの聞きたい事が何か察していた。

 

「…………至高の御方々は、ホワイトブリム様は――何処に行かれたのでしょうか?」

 

 震えた声だった。

 口にするのに勇気が必要な声だった。

 涙を堪えた様な声だった。

 

「――遠い場所だ、()の仲間たちは皆それぞれの想いを持ってナザリックを去った。そう、俺も、お前たちも置いていってしまってな」

 

 アインズの言葉は冷たかった。

 アインズの本心が混ざっていた。

 そこには配慮も慰めもなく、只々冷酷な事実だけがあった。

 

「それは……私たちに失望されて――見放されたのでしょうか?」

 

「それは無い。皆が居なくなってしまったのは……そう、()()()()()事情だよ。俺にすらどうしようも出来ない、仕方のない事情なんだ」

 

 アインズは断言した。

 

「…………そう、でしたか。お答えいただきありがとうございました」

 

 ――何とも言えない空気になってしまった。

 

「――さぁ、ネム様。そろそろお姉様の待つ場所へ戻りましょう」

 

 ベッドでゴロゴロし始めて、そのまま寝てしまうのではないかと思うくらい動かなくなったネムを、ファースが迎えに行った。

 彼女の声は、すっかりいつもの通りに戻っていた。

 

「…………」

 

 アインズの骨の手が、静かに軋んだ。

 

 

 

 

 




多分後で後書きにアンケート乗っけると思うので、後ほどご協力お願いします


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第20話(挿絵あり)

アンケートのご協力ありがとうございました。
ぷれぷれファースと誕生秘話が接戦でしたね……


 

 

 

 

 

 

  ナザリック地下大墳墓。

 ヘルヘイムのグレンデラ沼地にあり、ギルド、アインズ・ウール・ゴウンが未探索ダンジョンとして発見し、そのまま初見クリアしてギルドホームとした場所だ。

 

「――それでは、次の議題は……NPC制作について」

 

 手に入れた拠点を拡張し、第九階層――ロイヤルスイートと呼ばれるエリア。

 ギルドメンバーが集まり、通称ギルド会議を行う場所でもある円卓の間。

 そこにギルド、アインズ・ウール・ゴウンのメンバーの殆どがログインして集っていた。

 そして今回の司会進行役のペロロンチーノが、次に行う議題のタイトルを読み上げた。

 

「はい、エッチな女の子NPC作ろうぜ」

 

 そしてすぐさま、己の願望を口にした。

 

「おい、司会進行役。お前は必要な事だけ喋れば良い。それ以外一切喋るな」

 

 するとリアルでは彼の姉である、ぶくぶく茶釜が一喝した。

 ペロロンチーノは沈黙した。

 

「……えー、前々から話があったと思うんですけど、そろそろNPCを作り始めてみようという話ですね」

 

 場の空気を戻す為、ギルド長であるモモンガが議題の内容を簡単に説明した。

 

「つまり、記念すべき最初のNPCを誰が、どういう風に作るか――という事です?」

 

 低い声のブルー・プラネットが発言する。

 

「それもあるのですが……えっと、もっと根本的な問題があってですね」

 

 モモンガが困ったような感情アイコンを出す。

 

「その……ブルー・プラネットさん含めて、前の会議の時に居なかった人たちの為にもう一度聞きますね――この中で、NPCを作った経験がある人。挙手をお願いします」

 

 ――モモンガの問いに、挙手をする者は居なかった。

 

「この通り、経験者が居ません……なのでその辺の議論から始めたいと思います」

 

 モモンガの言葉にギルドメンバーは頷く。

 

「攻略サイトとかに詳しく載ってたりは?」

 

「軽く調べたけど、あるにはある――けど信用していいか……」

 

「フレンドに経験者が居るか聞いてみる?」

 

「でも折角なら、手探りでも良いから自分たちでやってみたくないですか?」

 

 様々な意見が出る。

 やがて意見が出し終える頃に、それらを軽くモモンガがまとめて、ペロロンチーノが読み上げていく。

 

「えー……攻略サイトを見るのに賛成な人〜……フレンドに聞く〜……自分たちで頑張る〜――」

 

 出た案の中から、多数決を取る。

 クラン時代から意見が分かれたりしたら大体この方法で決めてきた伝統ある形式だ。

 

「……自分たちで手探りしながら作る――が1番多いという結果になりましたね」

 

 ペロロンチーノが宣言する。

 

「――では、方向性が決まりました。次は……誰がどんなNPCを作るか――」

 

 モモンガが言い終える前に、多くのギルメンが静かに挙手をし始めた。

 その挙手の中には、ペロロンチーノも居た。

 きっと先の願望は捨て切れないのだろう。

 

「――なんですけど……えー、候補者が多いのでくじ引きで決めたいと思います」

 

 ユグドラシルというゲームは未知を楽しむもの。

 初めての経験はやはり良い刺激になるのだろう。

 モモンガは公平なくじ引きをするために、課金ガチャで出た通称『くじ引き君』をアイテムボックスから取り出し始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――よく集まってくれた、諸君」

 

 拡張され、ナザリック地下大墳墓となったアインズ・ウール・ゴウンの拠点。

 第九階層のとある通路の端。

 ホワイトブリム、ヘロヘロ、ク・ドゥ・グラースというアバター名の異形種たちが集っていた。

 

「ホワイトさん、何か用ですか?」

 

 ク・ドゥ・グラースが聞く。

 それにはヘロヘロも同意見だった。

 何故呼ばれたのか、皆目見当も付かないからだ。

 

「まぁ、先ずはこれを見て欲しい」

 

 そうしてホワイトブリムがコンソールをいじる。

 するとヘロヘロとク・ドゥ・グラース宛にメールが届いた。

 魔法を使わず、わざわざメールを飛ばしたのは、どうやら言葉よりも同包してある画像データを見て欲しいという事なのだろう。

 

「「こ、これは……!」」

 

 2人の声が重なる。

 

「――知っての通り、この前のくじ引きで俺がNPC第一号を作る事になった。その初期設定案――というより、外装のイメージ図ですな」

 

 ホワイトブリム、ヘロヘロ、ク・ドゥ・グラース。

 この3人には実はある共通点があった。

 それは――

 

「ホワイトさん……あんたまさか」

 

「――()()()()()()()()()()()()()!?」

 

 ――メイドさん大好き。

 

 2人の驚愕の反応に、ホワイトブリムは満足そうに頷く。

 メールに同包されていた画像データには、メイド服や細かい装飾。

 そしてやけに胸部が強調された茶髪の女性のイラストなどが描かれていた。

 ホワイトブリムが絵を得意としている事は知っていたが、改めて彼の画力というものに2人は驚いた。

 

「ほら、お試しという事で特にリソースを使わないレベル1のNPCを作る事になったじゃん? だから、何というか――好きにやっちゃおっかなって」

 

 ホワイトブリムの言葉に、ヘロヘロとク・ドゥ・グラースはグッドサインのアイコンを連打した。

 

「そこでお2人にも是非協力を――」

 

「「やります!!」」

 

「――ぉ、おう。ありがとうございます」

 

 まだ肝心の要件を言う前に同意を得られたホワイトブリムは少したじろいだ。

 

「――じゃあ、必要な素材とかは3人で集めておくとして……外装に関してはクドゥーさんに任せても?」

 

「良いですよー、外装作成は割と得意な方ですし。手元にこんな良い資料もありますし」

 

「ありがとうございます。それでヘロヘロさんは、確かプログラミングが得意でしたよね?」

 

「得意というか……得意にならなきゃいけなかったというか」

 

「……あー、ごめんなさい。失言でした」

 

「あ、いえ、気にしないでください。プログラマーなのは事実なので」

 

 ヘロヘロのブラック伝説はギルドでも有名だった。

 

「えっと……じゃあNPCの行動AIをお願いしようかなって」

 

「……え、NPCにAI組めるんですか?」

 

「調べた感じそうみたい。ソースも信用あるというか、知り合いの居るギルドで実物見てきたし」

 

「なるほど……分かりました。メイドさんらしい行動を組み込め――という事ですね?」

 

「えぇ、3人で素晴らしいメイドさんを作りましょう!」

 

 3人の異形の手が重なった――

 

 

 

「――話は聞かせてもらいましたよ」

 

「「「何やつ!?」」」

 

 3人は叫ぶが、ぶっちゃけノリだ。

 声を聞いた時点で誰だかすぐ分かったからだ。

 

「――私です。タブラ・スマラグディナです」

 

 何処から盗み聞きしていたのか、通路の脇からぬっと名状し難い異形が現れた。

 

「その件……私も一枚噛ませてもらっても?」

 

「え……有難いですけど――」

 

「とりあえず、お2人に見せていた画像私にも頂けませんか?」

 

 ホワイトブリムはタブラ・スマラグディナにもメールを飛ばす。

 

「……なるほど、本当に上手ですね――ちなみに、()()は何処まで出来てます?」

 

 タブラ・スマラグディナの攻め込む様な質問に、ホワイトブリムはやや困惑しながらも、考えていた設定案を彼に明かす。

 ゲーム上設定なんて書き込んでも、自己満足にしかならない。

 しかしその自己満足が良いのだ。

 

「――ふむふむ、素晴らしい。私はメイドにはあまり詳しくないですが、とても良いと感じます……しかし、()()()()()思いませんか?」

 

 そういうと、タブラ・スマラグディナはコンソールをいじる。

 そして何かを打ち込み始める。

 その時間は数分で終わり、やがて3人の下に新しいメールが届いた。

 

「「「……うわっ」」」

 

 そこには、文字数制限ギリギリまで打ち込んだ文字の暴力。

 思わず流し読みしたくなる程だ。

 

「まだ即興の下書きですが……こんな感じでどうでしょう?」

 

「……この『素の性格は男寄り』というのは?」

 

「ギャップ萌えです」

 

「『重度のヘビースモーカー』っていうのは――」

 

「ギャップ萌えです」

 

「『肩凝りによく悩まされている』――」

 

「そんなに大きければ当然では?」

 

 成る程、彼は俗に言う()()()なのだろう。

 ある意味で、ここにいる3人の誰よりも凝り性。

 ――どうやら、頼り甲斐のある仲間を見つけたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「……まさかリアルだけでなく、ゲームの事情でプログラムを組む事になるなんて」

 

 ユグドラシルにおける、アバター名ヘロヘロ。

 彼はリアル――現実世界の自室にして、ユグドラシルのNPCのプログラムを組んでいた。

 

「でも何故かペースが落ちないから、これなら支障は出ない――」

 

 ふと彼は思った。

 何故仕事のプログラムは気が乗らないのに、ゲームの為のプログラムはこんなにもペースが早いのか。

 考えるまでもない、理由は簡単だ。

 

「――あーあ、()()()()()全く」

 

 仕事も楽しければ、効率が違うのだろうか?

 彼はそんな事を思いつつ、手を動かし続ける。

 

「…………くそっ、仕事なんてやりたくねぇ」

 

 思わず出る本心。

 そして思わず動く彼の指。

 気がつけば、画面のプログラミングに彼はある言葉を打ち込んでいた。

 

『仕事なんてやりたくない!』

 

「――よし、ラストスパートだ」

 

 ――その文字は、プログラムには何の影響も無いメッセージ。

 あっても無くても結果は同じ。

 だからか、それとも無意識故にすぐに忘れたのか。

 彼はその打ち込んだ文字を()()()、そのまま続けた――

 

 

 

 

 

 

 

 ――しばらくして、ナザリック地下大墳墓に初のNPCが誕生した。

 

「――メイドさん?」

 

「メイドだ」

 

「何でメイド?」

 

 お披露目会として、制作に関わったホワイトブリム、ヘロヘロ、ク・ドゥ・グラース――それとタブラ・スマラグディナ。

 見物人として、ちょうどログインしていたギルドメンバーたちが何人か集まっていた。

 

「えー……協力してくれた方も居たので、思ったよりも早く完成しました。ナザリック地下大墳墓――アインズ・ウール・ゴウンの初のNPC……名前は『ファース』にしました」

 

 代表してホワイトブリムが説明する。

 それに合わせて、横にいたヘロヘロがコマンドを実行させると、茶髪のメイドNPC――ファースがお辞儀を披露した。

 見物人たちから、感嘆の声があがる。

 

「ご覧の通り、ヘロヘロさんの協力で様々なコマンドで動かせます」

 

「あと色んな隠しコマンドも仕込んだから、見掛けたら色々と試してみてください」

 

 そうして、暫くの間ファースの前で色んなことを試し始めるギルドメンバーたち。

 1番最初に隠しコマンドの一つを見つけたのはペロロンチーノだったのか、『うぉー! ウィンクしてくれた!』と彼の叫びが聞こえて来る。

 

「――ありがとうございます、皆さん。特にヘロヘロさんは」

 

「いえいえ――まぁ、もし次があれば作業分担した方が良いですね。思ったよりも奥が深くてつい夢中になってしまいました」

 

 普段の待機モーションや、通常ルーティン。

 ランダムで喫煙所に行く、錬金工房でクラフトをする――など、あまりに過多なプログラムをヘロヘロはファースに組み込んだ。

 多分次があれば、もう少し簡略化するだろう。

 もう一度あの量のプログラムを組むのは流石に難しい。

 

「しかし、要領が分かれば後はトントン拍子でしたね」

 

「ですね、これなら注意事項とか共有しておけば誰でも作れそうです」

 

「うーん、それなら自分もメイドさん作ろうかな」

 

 ヘロヘロが思い付いたように呟く。

 

「お、デザイン描き起こしましょうか?」

 

「お願いするかもです――今度は戦えるメイドさんとかどうです?」

 

「良いですね! 他の人たちにも協力してもらって――あーでも、普通のメイドももっと作りたいような……」

 

 悩むホワイトブリムに、タブラ・スマラグディナが肩を叩く。

 

「――両方やっちゃえば問題ないのでは?」

 

 ――こうして、ナザリックには沢山のメイドが誕生する事になる。

 それだけでなく、ホワイトブリムたちが用意したNPC製作マニュアルによって、他のギルドメンバーたちもこぞって各々のNPCを作り始めた。

 中には、ファースの出来の良さに惚れて、ホワイトブリムにデザインの描き起こしを依頼する者も居た。

 

「ロリ……ロリ巨乳――ロリ巨乳吸血鬼……こ、これだ!」

 

「え、男の子NPCにスカート履かせられるのこのゲーム――よし、やるか」

 

「軍服……かっこいいな」

 

 まさに、NPC製作の大ブーム。

 これはギルド、アインズ・ウール・ゴウンの全盛期の出来事の1つでもあった――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――メイドです、仕事辞めたい」

 

 ――こうして、ナザリック地下大墳墓が謎の異世界に転移した日、ギルドメンバーたちの遺産であるNPCたちは己の自我を表に出す事が出来るようになった。

 

「はぁ――どうしてこうもやる気でないかなぁ」

 

 ホワイトブリムたちの最初の遺産でもある、ファース。

 彼女は今日も今日とて喫煙所で煙草を吸う。

 

「――仕事だるい、辞めたい」

 

 ファースは何度も同じ事を呟く。

 口に出す事で、少しでも発散するためだ。

 

「……そういえば、守護者の方たちは吸ったりするのか? いや――」

 

 ――こうして、彼女の物語が始まったのだ。

 

 

 

 

 




至高の御方々の口調とかは作者の想像です。
手元に至高の四十一人の資料が少ないので、あまりにも作者が知らないだけで、明かされている原作の設定からの離反がありましたら、生温かい目で見守ってください何でもしますから。


何と支援絵をまた頂きました。しかも4枚
本当にありがとうございます。バミ嬉しい!

いつもの方からの、ミニスカガーターファースちゃんです。
うーん、これはけしからん……

【挿絵表示】


初めての方からの支援絵です。
可愛いなぁ……特に右下。

【挿絵表示】


こちらも初めての方からです。
中々やさぐれてるファースです。
初期案の超絶オラオラ系ファースにピッタリなイラストなので、思わず懐かしいと思いました。

【挿絵表示】


最後の一枚は、感想の方にあります。
お互いが匿名な為、ここに貼ることが出来ずに申し訳ないです……
全話の19話を開いて、右上のメニュー→感想から飛べば見つけやすいと思いますので、是非ご覧になってください。
デカいです、兎に角デカいです。オヌヌメです。


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21話

数時間前に番外編も投稿してるので、まだの方はそちらも良かったら


 

 

 

 

 

 

「――なんて?」

 

 ファースは思わず聞き返す。

 それに対して困ったような表情を浮かべ、言いづらそうにするのは赤髪のメイド、オペランド。

 最近食事の時間になると、ファースの隣に座りたがる同僚だ。

 

「その――メイド長が……()()を受けたみたいです」

 

「…………」

 

 ファースは言葉を失う。

 締めのデザートを食べる手も思わず止まる。

 

「……確かに昨日から姿が見えなかったけど――それ確かな情報?」

 

「はい、偶々夜勤チームとの引き継ぎの時に聞いてしまいまして……」

 

 どうやら夜勤チームのメイドには、早めにメイド長の謹慎についての通達があったらしい。

 その場に居合わせたオペランドは、それを聞いていたようだ。

 

「理由とかは聞いてるか?」

 

「いえ……ただ、噂だとアルベド様がかなりお怒りだったらしくて――メイド長、大丈夫なんでしょうか?」

 

 オペランドの顔に不安の影が出る。

 

「……あくまで謹慎なんだろ? それならいつか戻ってくるよ」

 

 ファースが慰めるように言うが、不安はファースにもきっちり生まれていた。

 どちらかというと、自分を慰める言葉でもあった。

 ――しかし、あの人柄の良いメイド長が謹慎とは。

 余程のことがあったのだろうが、残念ながらファースには想像も付かない。

 今は事実を受け止めるしかないだろう。

 

「……待てよ、メイド長が居ない間は誰が代役を?」

 

「えっと、『セバス様』が御戻りになったみたいなので、一先ずはセバス様になるみたいです」

 

 ――『セバス・チャン』。

 戦闘メイド『プレアデス』のリーダーでもあり、ナザリック地下大墳墓の執事(バトラー)だ。

 

「あー、そういえばそうだった……それなら安心か」

 

 少し前に、ナザリックの外で任務を遂行していたセバスはナザリックに帰還していた。

 ――隣に、()()()()を侍らせて。

 

「――『ツアレニーニャ』、だったか?」

 

 ファースが記憶を掘り起こすと、該当するものを口にする。

 いつもの朝礼の時間、ペストーニャと一般メイドが集まる中。

 それはセバスと共に現れた。

 何故か自分たちと同じようなメイド服を身に纏った、()()()()()

 

「あの人間がどうかしましたか?」

 

 隣に居るオペランドから、やや棘のある言い方が。

 

「……何だ、あの人間は嫌いか?」

 

「……ファースさんは嫌いじゃないんですか?」

 

 とはいえ、オペランドの心情はファースにも想像が出来る。

 突然現れて、かつ自分たちと同じ格好をしているナザリック外の人間が現れたら警戒するのも当然だ。

 もしかして自分たちの仕事を奪うのか、人間如きが同じメイド服を纏う資格があるものか。

 一般メイドからすれば、自分たちの領域に部外者が突然土足で入ってきたようなものだろう。

 しかも、上司にあたるセバスの()()()()

 とやかく言う事は出来ないが、文句の一つや二つは言いたいのだろう。

 

「――正直、思う所はある。けどそれだけだ、直接話した事すらないのに、好きも嫌いもあるわけがないじゃないか」

 

「そ、それは……そうですけど」

 

 ファースはそう言い切って、残っていたデザートを口にする。

 ――あの人間、ツアレニーニャがこの先どうなるのかファースたちは知らない。

 しかし、現在あの人間はナザリックでメイドとしての教育を受けているらしい。

 つまり、働ける()()()()()()()()()

 ファースからすれば、後輩の40人が41人になっただけの感覚だ。

 それに、人手が増えれば色々と()()()()かもしれない。

 そう考えると、ファースにとってツアレニーニャの存在はプラスだ。

 教育の手間が掛かるかもしれないが、それを差し引いても充分だ。

 

(上手くいけば、休日が2日とかに増えたり……)

 

 ファースはデザートを噛み締めながら、己の願望を妄想する――

 

 

 

 

 

 

 

 

 セバス・チャンは、謹慎中のペストーニャの代わりに一般メイドたちの朝礼を行いながら、頭を悩ませていた。

 それは、現在隣に居るツアレをどうするか。

 一言で言えばそれだけだ。

 しかし事態はもう少し深刻だ。

 現在、ツアレをメイドとして教育をしているのだが、頼りにしていたメイド長のペストーニャが謹慎を受けてしまった。

 ペストーニャを何故頼りにしていたのか、それは彼女がツアレという部外者と、それを受け入れ切れていない一般メイドたちの間を取り持つ潤滑油のような存在だったからだ。

 ペストーニャ抜きでツアレを一般メイドたちに任せるのは、セバスとしては少々不安だった。

 ――もちろん、セバス自身が教育するという選択肢もある。

 しかし、出来るなら本場のメイドたちに任せた方が効率も出来も良くなるだろう。

 それにセバスとツアレでは、きっとお互いに()()()()()()

 それではツアレの為にならない。

 その為、ペストーニャの代わりになる新しい潤滑油が必要だ。

 セバスの中で候補は2()()()()

 1人は、戦闘メイドの1人である『ユリ・アルファ』。

 比較的人間に対して優しい彼女なら、任せても問題はないだろう。

 そしてもう1人は――

 

「――()()()()。こちらに来てください」

 

 持ち場の割り振りを終え、散り散りになるメイドたち。

 そんな中、あえて持ち場の割り振りで名前を呼ばずに、この場で留まらせる事に成功したメイドの名前をセバスは呼んだ。

 困惑した様子で、セバスに名前を呼ばれたファースは指示に従う。

 ――そう、もう1人はこのファースという名のメイド。

 彼女は、謹慎を受けたペストーニャにセバスが、ツアレに関する懸念について相談を持ち掛けたところ、ペストーニャが自らの代わりなら彼女が適任だと名指しで指名したメイドだ。

 セバスは少し悩んだ末に、ペストーニャの言葉を信用する事にした。

 仮に彼女に任せて問題が起きるようなら、今度はユリに任せれば良い。

 

「暫くの間、ツアレの面倒を見てもらえませんか?」

 

 セバスは近づいて来たファースに、率直に言う。

 

「私が……ですか?」

 

 何故自分なのか、といった疑問がファースの表情から読み取れる。

 

「ペストーニャから、あなたが適任だと」

 

 セバスは正直にその理由を言う。

 ファースは少し困ったように眉を曲げるが、すぐにメイドとしての顔つきに戻した。

 

「――畏まりました、セバス様。責任を持って彼女を預からせてもらいます」

 

「ありがとうございます――さぁ、ツアレ。挨拶を」

 

 横に控えていたツアレの背中を、勇気付けるように軽く押す。

 

「は、はい――ツアレニーニャです、よろしくお願いします」

 

「…………」

 

 ファースがツアレの挨拶に対して、少し戸惑う様子を見せる。

 そしてセバスに視線を送った。

 その意図をすぐに察したセバスはこう答えた。

 

「ツアレを特別扱いする必要はありません。他のメイドと同じように扱ってください」

 

「分かりました――ファースだ、よろしく」

 

 ファースはそう言ってツアレに右手を差し伸べた。

 今度はツアレが困惑しセバスに視線を送る。

 そしてセバスは優しく頷いた。

 ――こうして、ファースの右手とツアレの右手が繋がる。

 

 

 

 

 

 




ハディまえ、ケフいぇツ、ファッツェ、イェンメェ!



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22話

報告です
ちょっと色々とあって、執筆する時間が大幅に減ってしまったので中々更新が難しくなると思います。
そこでなのですが、1話ずつの文字数を減らして、小出しで更新する方針にする事にしました。
ただでさえ短い文字数がさらに短くなり、話数も重なってしまいますがご了承いただけると嬉しいです。
休載っていうのも考えたけど、多分作者の性格的なもう書かなくなる可能性もあるので……ご相談せずに決めてしまい申し訳ないです。


 

 

 

 

 

 

 ナザリックの一般メイドは、それぞれナザリックの外――特に人間に対する考えは意外にもバラバラだ。

 無関心、極力関わりたくない、嫌悪する、興味本位で関わってみたい――

 おそらく、彼女たちの性格などからそういった意見の違いが出るのかもしれない。

 そんな中、ファースはというと――

 

「……やり直し。さっき教えた事忘れたか?」

 

「ご、ごめんなさい……」

 

「謝るより返事、何回も言うと気が滅入るぞ。それよりかは元気な返事をしろ。"見返してやるんだ!"っていうくらいの気持ちでな」

 

「は、はい……!」

 

 ――まぁ、正直無関心な方だろう。

 しかしツアレニーニャの教育を始めて、ほんの少しだけ関心が湧いてきた。

 

(わりと厳し目にしてるが……根気はあるみたいだな)

 

 メイドとしての立ち振る舞い、歩き方から掃除の基本まで。

 正直に言って、ファースから見ればツアレは百点中、五点も評価する事すら出来ない酷いものだ。

 だが、当たり前といえば当たり前。

 聞けば別に彼女はメイドとして生まれたわけでもないし、メイドになると決まったのはつい最近。

 出来なくて仕方のない事だ。

 しかし、ツアレは懸命に付いてくる。

 ファースの教えを自分なりに吸収して、それをモノにしようとする姿勢は伝わってきている。

 ――へぇ、根性あるじゃん。

 ファースの人間に対しての印象がほんの少し更新される。

 むしろ根性ややる気に関しては、ファースこそ見習うべきでは?

 そんな己の内側から責めるような声がするが、ファースは無視した。

 

「……そのまま続けてろ」

 

 ファースはツアレにそう告げて、ツアレの研修として使っていた至高の御方の予備の部屋から出た。

 

「――何してる? お前ら」

 

 そして、先程から部屋の外から感じていた気配に向けてそう言い放つ。

 ――気配の正体は、同僚の一般メイドたちが数人ほどだった。

 おそらく、このエリアの掃除グループのメイドたちだ。

 彼女たちは、隠れる様に潜みながらファースとツアレの様子を探っていたようだ。

 ファースに発見されたメイドたちは、わたわたと慌て出す。

 

「そ、その……これはですね」

 

「何だ? 言ってみろ」

 

 おおかたの予想は出来ている。

 しかしファースはあえて、彼女たちの言葉を待った。

 

「――狡いです」

 

「――そうです、ズルいです」

 

(……まぁそうなるよな)

 

 他の一般メイドからすれば、ツアレの存在は邪魔者と同義だ。

 例えツアレがこの先メイドとして正式に働く事になったとしても、直接的な攻撃などはしないだろうが、無視や仕事を奪うなどの陰湿な行いをする可能性がある。

 ――その為、セバスはこうして研修中はファースにツアレの面倒を頼んだのだろう。

 側にツアレの味方が居れば、その心配はないだろうと。

 

(私がそうしないって保証もないのに何であんなに信頼されて――あぁ、メイド長からの推薦だったか。全くあの人は……)

 

 早く謹慎から帰ってきて欲しいものだ。

 ファースはペストーニャの安否を心配しつつ、意識を現実に戻した。

 さて、目の前の同僚たちをどう説得すべきか――

 

「――私たちも、ファースさんに()()()()()()()です!」

 

「そうです! 不公平です!」

 

 ファースが少し意識を逸らしている間に、どうやらヒートアップしていたようで――

 

「……ん? ごめんもう一回言ってくれない?」

 

 ――何故か、脳が言葉の咀嚼をしきれなかった。

 何かこう、自分が予想していた内容と違う言葉が返ってきたような……

 

「私たちも、ファースさんから仕事教えてもらいたいです!」

 

「そう! 手取り足取り教えてください!」

 

「どうせなら、おはようからお休みまで一緒に――」

 

「それはライン超えよ」

 

 気が付けば白熱した声より、黄色い声の方が多くなってきている。

 

「…………?」

 

 ファースの思考が止まる。

 同僚たちの言葉が理解出来ないのだ。

 

「……えっと、それは何で?」

 

「だって狡い――! そこの人間や、あのペンギンには教えるのに、どうして私たちには教えてくれないんですか!?」

 

「そうだそうだー!」

 

 ファースに見つかった時の慌てぶりは何処に行ったのか、逆に今度はファースに向かって押し寄せてくる同僚たち。

 

「い、いや……別にお前ら普通に仕事できるじゃん――私が教える意味ある?」

 

 ファースを含める41人のメイドは、当然だがメイドとしての仕事は完璧だ。

 既に完成されている。

 もちろん日々、向上を目指す意識の高い者もいるがナザリックのメイドとしては皆既に合格点を得ているのだ。

 仕事のやり方や細かい動きなどは、性格や個性が出て全く同じという訳ではないが、()()()()()()

 皆、百点中百点を貰える仕事振りな筈。

 だから、ファースが他のメイドに自分の仕事のやり方などを教えたとしても、多少の違いは出るかもしれないが、気にする程のことではない筈だ。

 

「そういう事じゃなくてぇ!」

 

「ファースさんって本当に意地悪ですよね!」

 

「でもそれが良いんだよね?」

 

「うん、濡れる」

 

 ファースの頭は既に疑問と混乱でいっぱいだった。

 とにかく、この騒動をどうにかせねばならない。

 

「…………じゃあ、今度、教えよか?」

 

 ファースが壊れた機械のように、単語で話すと同僚たちはパァーっと表情を明るくさせる。

 

「ゆびきりしてください!」

 

 かつて、至高の御方々も約束事の時は、『ゆびきり』という儀式を行なっていた。

 それに倣って、メイドたちの間でも約束事の時はこの儀式が当たり前になっていた。

 そしてこの後ファースは十回くらい、ゆびきりの儀式をした。

 

「…………」

 

 何だか頭痛がし始めたファースは、嬉しそうにその場を立ち去る同僚たちを見送りながら眉間を抑えた。

 

 

 

 

 



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23話

ぶれぷれツアレは可愛いですね


 

 

 

 

 

 

 

「昼飯の時間だ、食堂にいくぞ」

 

 時刻は昼時。

 ファースはツアレの研修をキリの良い所で終わらせ、有無を言わさぬ勢いでツアレを食堂に連れて行った。

 聞けば食事はいつも借りている部屋で1人――もしくはセバスと共に取っているそうだ。

 ――別に気を利かせたとか、そういう事ではない。

 わざわざファースがツアレの食事の習慣に付き合う義理もない。

 それに大量の料理を部屋に運び込むのは手間だ。

 なので、今回ファースは自らの土俵にツアレを立たせる事にした。

 

「何か食べたいのある? リクエストがあれば料理長に多少融通してもらえるけど」

 

「な、何でも大丈夫……です」

 

 何でもが1番困るんだよなぁ。

 ファースは心の中で呟きながら、ツアレを先に席に座らせ、彼女の分の料理を適当に見繕い始めた。

 軽くではあるが、セバスからツアレの奴隷生活(事情)を教えられている。

 そのことを踏まえると、重いメニューよりは胃に流し込みやすいものが良いだろう。

 

(……そういえば、人間ってどのくらい食べるんだ?)

 

 以前、人間の家族を招いた時確か食事を出していた筈だが、ファースはネムの付き添いを終えた後すぐに通常業務に戻ってしまった為、どんなメニューが出されたのかを知らない。

 ――とりあえず、自分の半分……いや、四分の一くらいだろうか?

 足りなかったら、後で足せば良いだろう。

 

「――ご、ごめんなさい。食べ切れないです……」

 

 ――そして、ファースは衝撃を受けた。

 え、人間ってそんな少ない食事で良いの?

 一般メイドのおやつの量よりも少なくない?

 ……いや、()()

 私たちが()()()()のか……?

 

(……いやいや、何でナザリックの外の人間を基準に考えてるんだ。別にこの量が私たちの普通――)

 

 ファースは目の前の自身の料理を視界に入れながら、思考する。

 ――そして唐突に()()()()

 あれはそう……謹慎前のメイド長と廊下ですれ違った時のことだ。

 

『あれ、メイド長? そのワゴンは?』

 

『外で仕事をなされている、アウラ様の昼食です。あ、ワン』

 

『……少なくないですか? 絶対足りませんって』

 

『えぇ、貴女たちからすればそうね……ワン。けどハンバーガーに付け合わせのピクルス2本、皮つきフライドポテトにコーラ――これがアウラ様のご要望だワン』

 

『へぇ……昼食はあまり食べない方なんですね』

 

『…………』

 

『? 何か笑い堪えてません?』

 

『そんな事ないワン』

 

 

 

 

 

「――なぁ、ツアレニーニャ」

 

 ファースは震えた声で、ツアレに問い掛ける。

 

「セバス様は、普段どのくらいお食べになる?」

 

 ツアレはその質問に、嬉しそうに自らの手料理をセバスに振る舞った時のことを語る。

 ――量は、ツアレとセバスの2人分だけ。

 しかも、()()になるようにと――

 

(もしかしなくても……ナザリックでも一般メイド(私たち)の食事の量って――異常……?)

 

 ナザリックの一般メイドは、種族ペナルティで食事量の増加がある事は皆、自覚している。

 ファースもそうだ。

 けれど、他のナザリックの食事が必要な住人たちより()()()()()だろうと。

 

「大丈夫ですか……? ファース様――お顔色が少し……」

 

「大丈夫、何でもないから。あと様付けはやめてくれ、柄じゃない」

 

 実際、何でもない事だろう。

 別にファースたち一般メイドがこれからの食事の量を減らす必要も無い。

 単純に、自分たちが思っている以上に、()()()()だった。

 ただそれだけの事実確認。

 

「…………少し減らすか?」

 

 ――なんて事はない。

 ただほんの少し、恥ずかしいだけだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

「――ではそのように」

 

「……あぁ」

 

 アインズは若干の不愉快を覚える。

 原因は、デミウルゴスが提案した計画だろう。

 ――誤解が無いよう言うと、デミウルゴス自身に不快感を覚えているわけではない。

 正確に言えば、その計画に非の打ち所がないという現実に対してだ。

 アインズが少し我慢すれば、おそらく何の問題も無い計画。

 今後のナザリックにとって、とても有意義なものになる計画。

 それを個人的な感情で、良案を台無しにしてしまうのは愚者もよいところだ。

 だからアインズは、大人しく受け入れた。

 代案があればまだ何とかなったかもしれないが、残念ながらアインズの頭脳ではデミウルゴスやアルベドには敵わない。

 

(――分かってはいるけどさぁ……ナザリックにわざわざ侵入者を招くなんてな)

 

 それは、仲間たちと共に作り上げたナザリックに、土足の泥棒をわざと招く行い。

 アインズとしては、反対だった。

 しかし了承するしかない。

 だからアインズは不愉快だった。

 

「――アインズ様」

 

「――どうしたデミウルゴス、まだ何かあるのか?」

 

 アインズが思考に耽っているところを、デミウルゴスの声で現実に戻される。

 彼の言葉を聞き逃すのは、もう絶対にしたくないと決めたアインズはデミウルゴスの言葉を待った。

 アインズは世界征服を望んでいる――なんて盛大な誤発注のような出来事はもう避けるべきだろう。

 

「はい、1つだけアインズ様に直接御確認したい事がございます」

 

「ふむ、言ってみろ」

 

 どうか俺でも答えられる内容でありますように……

 アインズは必死に願った。

 

「今回の計画――ナザリックの防衛テストとも例えられますが……第九階層のメイドたちはどう致しましょう?」

 

「…………?」

 

 アインズの頭には疑問。

 デミウルゴスから――おそらく一般メイドたちのこと――第九階層のメイドたちはどうするか。

 そう聞かれて、答えるべき言葉がすぐには出てこなかった。

 

(――あぁ、戦えないレベル1の者たちをどうするかってことか。確かに今回の計画で彼女たちの出番はないだろうし、第九階層まで侵入者を誘き寄せる事は絶対にしないからな)

 

 第九階層はある意味、ギルドメンバーたちの思い出の宝庫。

 例え計画、実験の一環だとしても第九階層を今回使う事はアインズとしては絶対に反対だ。

 しかし、何事にも例外はある。

 アクシデントが起きてからでは遅いのだ。

 もしかしたら、本当に万が一でも第九階層にまで侵入してくる輩が居るかもしれない。

 となると、費用は想定額より膨らんでしまうが、第九階層も普段より警備を強化すべきだろうか?

 

「やはり護衛に適任なシモベを幾人か……最悪の場合も考えて彼女――()()()()の護衛は特別に強化した方がよろしいでしょうか?」

 

「…………ん?」

 

 アインズは再び頭に疑問を浮かべる。

 何故今ここで、あの茶髪のメイド――ファースの名前がデミウルゴスから出たのだろうか?

 もしかして、以前一緒に酒を交わして特別な感情でも出来たのだろうか。

 ちょうど今、セバスもツアレニーニャという人間と良い感じの雰囲気になっているし……

 

「――それなら、手の空いている守護者全員でファースの護衛をするのはどうかしら? 少し切り詰めれば、交替制とかでも――」

 

「なるほど、確かにアルベドの言う通りだ。守護者数名でローテーションすれば――」

 

 そしてまさかの、アルベドからの支援砲撃。

 

(え、アルベドも気に入ってるの? 確かにこの前仲良さそうに歓談してたし――いやいや、それにしたって2人の反応は過剰だ……これはもしかして)

 

 そう、もしかしてだ。

 流石にアインズとて学習する。

 この流れには覚えがあると。

 ()()()()()と……。

 アインズは確かめるべく、口を開いた。

 

「――アルベド、デミウルゴス」

 

「「はっ」」

 

「先ずはお前たちの口から直接確認しておきたい――ファースはお前たちにとって()()?」

 

 アインズの問い掛けに、先ずはデミウルゴスが答えた。

 

「はい、絶対に失ってはいけない存在です。彼女のナザリックや至高の御方々に関する知識はまさに至高の宝。まさにナザリックの歴史書に相応しいです」

 

「――アルベド」

 

「はい、ナザリックの全てとも言える彼女を、普通のメイドのように仕立てるその手腕――まさに素晴らしいかと。それと……えぇ、()()()()彼女の存在は私にとって必要不可欠です」

 

 ――アインズは意味深に、成る程と呟く。

 

 "あぁーまた盛大な勘違いが起きてるよ"

 

 アインズの率直な感想だった。

 幸いなのが、今回はアインズ本人に対する過度な期待や盲信の類ではないというところだろうか。

 経緯や細かい事情は分からないが、どうやらアルベドたちにとって、あのファースというメイドの価値が異常なまでに高まっているようだ。

 まるで第二のアインズだ、なんと憐れ。

 

(……歴史書か、あながち間違いではない気がするけど)

 

 確かに、白状すればアインズとしてもファースというメイドは、他のメイドに比べれば特別な存在だと感じるだろう。

 おそらく、贔屓になってしまうが――もし一般メイドの中で1人だけしか選べない。

 そんな状況になったら、今のアインズならばファースの名を出すだろう。

 

(どうするか……勘違いを訂正した方が良いかもしれないが――具体的な情報が足りないせいで何とも言えない)

 

 アインズは悩んだ末に結論を出した。

 心の中で、ファースに謝りながら――

 

「――そうか、ではあえてお前たちに任せよう。私の指示無しで、ファースを……ナザリックの至宝を護れるかな?」

 

 

 

 

 

 




まじかよ放り投げやがったアインズ様のファン辞めます(離叛


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24話

書く時間がないでありんす(ネ◯◯リでサイ◯ーパン◯を観ながら


 

 

 

 

 

 

 ――平穏は突然崩れるものだ。

 いや、そんなに大袈裟なものではない。

 今日はそう、単なる()()だ。

 少なくとも、そう聞かされている。

 朝礼の時に、今日はいつもより早めに業務を切り上げ、第九階層に住まうメイドたちは各自の部屋で待機という命令。

 どうやら、ナザリックに侵入者が入ってきたことを想定した避難訓練らしい。

 夜勤の仕事も無し、何とアインズ様当番も今日は一時停止。

 ちなみに今日の当番を楽しみにしていた一般メイドは、絶望していた。

 

「…………」

 

 仕事がいつもより早く終わり、自由時間が増える。

 当然、他の一般メイドからは不満の声。

 ファースは喜んだ。

 合法的に自由時間を満喫出来るのだから。

 

「……あー、シャルティア?」

 

「どうかしたでありんすか?」

 

 ――何故か部屋に一緒に居る、シャルティア(守護者)に目を瞑ればだが。

 

「いや……何で私の部屋に居るのか気になるけど、とりあえず座れば? その重苦しい鎧も脱いで――」

 

 しかも何故か、シャルティアはいつもの服装ではなく、真紅の鎧を装備していた。

 部屋の隅には、彼女の武器らしいスポイトランスがいつでも手に取れる位置に立て掛けてある。

 まさに、完全武装という言葉が今の彼女に相応しいだろう。

 ちなみに、本人から許可を得ているので、遠慮なくファースは素でシャルティアに接している。

 

「いえ、この鎧は脱がないわ。やっと訪れた名誉挽回のチャンス――本気でやらなきゃペロロンチーノ様のお顔に泥を被せてしまうわ」

 

 廓言葉を付け忘れているところを見るに、どうやら言葉の通り本気なようだ。

 

「――それと、わたしが部屋の中に居るのは仕方なく。コキュートスとペアなのだけど、この部屋にコキュートスは入れないでありんしょう? だから中はわたし、外はコキュートスが警護」

 

「警護ってそんな大袈裟な――え、部屋の外にコキュートス様も居るの!?」

 

 どうりで部屋の中がいつもよりヒンヤリしている気がするわけだ。

 しかし分からない。

 守護者2人が、何故自分の部屋の外と中に居るのだろうか。

 警護と言っていたが、そこまで本格的な訓練なのだろうか。

 いや、そもそも訓練とはいえ、単なるメイドに何故……?

 

「シャルティア――」

 

「っ……! 伏せるでありんす!」

 

 シャルティアから何か事情とか聴けないかと、声を掛けようとしたら突然押し倒された。

 ベッドに腰を降ろしていたので、幸い頭とかを床に打ち付ける事なく、ベッドに仰向けで寝そべるような形になった。

 だが、その上から柔らかい毛布でなく、固い鎧を身に付けたシャルティアが覆い被さるようにファースの上に騎乗する。

 

「うっ……!」

 

 重い、苦しい。

 胸が潰れる。

 

「物音がした――何処から。まさか侵入者が……」

 

「いや……多分隣の部屋のメイドだと――よく何もない所で転ぶ子だから、部屋の中でもしょっちゅう転んでるだけ」

 

 どうやら隣の部屋からの音に反応しての行動だったらしい。

 さり気なく自分の上から退かそうと試みるが、シャルティアはまるで岩だった。

 どうやらファースの力如きでは、彼女を動かす事すらできないらしい。

 しかし不思議だ。

 この前背負った時はめちゃくちゃ軽かったというのに……

 

「どうしたでありんすか!? まさか何か攻撃を――」

 

「ちが……違うから退いて――潰れる」

 

 何とか興奮気味のシャルティアを宥め、退いてもらう。

 

「……あのさ、何で私をそんな護ろうとしてるの? コキュートス様にもわざわざ来てもらってまで」

 

 本来であれば、訓練とはいえ彼女の持ち場はここでは無いはずだ。

 コキュートス様もそうだ。

 ファースはいくら頭を捻っても、答えは出なかった。

 だから単刀直入に、そう聞いてみた。

 

「――どうしてって……貴女が()()()()()だからに決まってるじゃない」

 

「…………ぇ」

 

 ……それってつまり――

 ()()として……?

 

(ん、え? つまりシャルティアにとって私はちゃんとした友人? いや、確かにこの前本人もそう言ってたけどお世辞的なアレかと……ガチ?)

 

 ――正直に告白すれば、ファースは孤独感を感じていた。

 もっと正確に言えば、()()()()()が居ないという事に悩んでいた。

 ファースはメイド、つまり地位的には下の方だ。

 周りは基本的に上司や、上位の存在ばかり。

 唯一の同僚である筈の他の一般メイドからは必要以上に慕われ、何だか疎外感を感じていたファース。

 ……だが、今はどうだ?

 地位や役職は違えど、こうしてありのままの自分で接しているシャルティアの存在。

 そしてその本人から友人扱いして貰っている。

 この状況は、まさにファースが願っていたもの――

 

「……そ、そうなんだ。ふーん――」

 

 おかしい、さっきまで部屋が冷えているかと思いきや、今は熱く感じるくらいだ。

 主に顔のあたりが。

 

「と、ところでさ、喉渇かない? 何か淹れようか? あ、実はトランプとかもあるんだけど――」

 

 あぁ、そういえばそうだ。

 自分の部屋に友人を招くのは――

 

 

 

 

 




いつからファースが攻略する側だと思っていた?

逆転も良いよね(性癖



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25話

アニメが終わっちまったよぉ兄貴……


まだ映画があるから何とかなるヨシ!


 

 

 

 

 

 

「―――ぁ」

 

 言葉を失うとはまさにこの事だろう。

 ファースは思わず、感動にも似た感情で小さな声を漏らした。

 ファースの眼前には、普段ナザリックでは見ることがない景色。

 広大に広がる澄んだ青空。

 それを背景に立ち並ぶ峻厳な山々。

 頬を優しく撫でるような風、それと鼻腔を突き抜ける

 耳を澄ませば小川の水が流れる音が入ってくる。

 まさに、自然の歓迎会。

 ファースは見事に、心を掴まれたのだった。

 それはまさに、自然の宝石のようで――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――君には失望したよ、師匠……いや、ファース」

 

「は?」

 

 久しぶりにエクレアに会ったファース。

 開口一番に何故かそんな事を急に言われた。

 

「藪から棒に何だ、喧嘩売ってるの?」

 

「そりゃ売りたくもなるさ――最近、新しい()()が出来たそうじゃないか」

 

「弟子……? …………ツアレニーニャのことか?」

 

 ファースはエクレアの言う弟子が何なのか、数秒間考えた。

 そして推測して出た名前は、ツアレニーニャだった。

 

「そう! セバス様が連れてきたあの人間! 聞けば他でもない君が! 仕事を教えているとか……?」

 

「そのセバス様に直々に頼まれたからな――なに? まさか嫉妬してるの?」

 

 ファースの言葉に、エクレアの身がピクリと反応する。

 流石のファース(鈍感)でも、エクレアの言動から何が言いたいのかを察したようだった。

 

「ふーん……」

 

「その憐れむような目をするのは止めてくれないかな?」

 

 ファースはニヨニヨと口角を上げる。

 まるで新しい玩具を見つけた子どものように。

 

「――そういえばさ、そろそろテストも兼ねてツアレニーニャを1日だけ1人で仕事をやらせようかと思ってるんだが……」

 

「――だが?」

 

「……案外、()()()()も上達してたりするかもなーって」

 

「!!!!」

 

 ファースの煽るような言葉にエクレアが過剰に反応する。

 ――エクレア本人とて、ファースがふざけて煽っているのは理解していた。

 しかし、腐ってもファースはエクレアの()()だ。

 ファースとエクレアは、師匠と弟子の関係。

 2人の創造主がそう決め合ったのだ。

 ――だからこそ。

 だからこそ、エクレアには譲れないものがある。

 それは一言で表すなら――

 

「…………いいだろう」

 

「え?」

 

 ――きっと、プライドというのだろう。

 

「君は高みの見物を決め込んでいると良いさ――今に見ている事だ、ファース」

 

 エクレアはそう言い残すと、側で待機していた使用人に命令して、その場から運び去っていった。

 

「…………」

 

 その場には、ファースが1人残った。

 

「――意地が悪過ぎたか?」

 

 エクレアの態度の変化に、少し意地悪し過ぎたかと心の中で反省するファース。

 まぁ、次に会った時にそれとなく謝れば良いかと判断し、ファースはやる気の出ない仕事に戻ろうとする――

 

 

 

 

『ファースよ、聞こえているか?』

 

「――アインズ様」

 

 ――そして、タイミングを見計らったかのように、主人であるアインズの声が頭の中からした。

 流石のファースも魔法による念話に慣れてきたのか、特に取り乱す事なくアインズに返事をした。

 そして主人の言葉を待つ。

 例えどんな事を言われようが、前回みたいに取り乱してはメイドの名折れ。

 ファースは気合を入れて、心構えをした――

 

『急ですまないが、今すぐ確認しておきたい事がある――いや、()()()のだ。聞いてくれるか?』

 

「勿論でございます」

 

 アインズの声を聞くだけでも有頂天だが、ファースは踊り出す心を必死に押さえつける。

 

『では単刀直入に聞こう――ファースよ、()()()()()()に共に来ないか?』

 

「…………ドワーフの国?」

 

 ファースは思わず聞き返してしまった。

 全く予想しない単語が出てきたからだった――

 

 

 

 

 




頂いた支援絵を眺めてると、ファースがいかにえちちポイント高いのかが分かる。
同時に我ながら性癖詰め込み過ぎたなって、かなり恥ずかしくなる時もありますねぇ!


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26話

すみません、本当にお持たせしました。
実は暫くの間入院生活だったもので……
ようやく書けるようになったので、改めて続き書いていこうと思います。


 

 

 

 

 

 アインズがファースに伝言の魔法を飛ばす少し前。

 こんなやり取りがあった。

 

「多少の危険は覚悟の上です!」

 

 アインズは興奮するメイド――デクリメントを手を軽く上げて抑える様に指示をする。

 何故彼女がこんなにも興奮しているのか。

 それはドワーフの国に向かうと決めたアインズに、メイドの幾人かを侍女として連れて行ってほしいというデクリメントの要望からくるものだった。

 しかしアインズとしては、どんな危険があるか不明な未知の場所に、レベルの低い一般メイドを連れて行きたくはなかった。

 単純に戦力として数えられないのもあるが、何よりギルドメンバー(友人)達の創った娘のような存在を、たとえ蘇生が出来るとしても危険な目に遭わせるわけにはいかない。

 本当はこの場にいるアウラやシャルティアだってそうだ。

 彼女達はまだ自衛できるから、ギリギリ同行を許容しているだけで、本当は危険な場所に連れて行きたくなどない。

 

「私に忠勤を尽くすお前の――お前たちの態度は私に喜びを与えてくれる。だからこそ、ドワーフの国に着いて安全を確認できたら、お前たちを転移で呼ぶとしよう。それまでは吸血鬼の花嫁たちに給仕を任せるということでどうだ?」

 

 アインズの提案は的を射ている。

 だからデクリメントは何も言えなかった。

 言葉が出ず口だけが動く。

 代案も妙案もこれ以上でないのならば、デクリメントに出来るのは主人に頭を下げて了承の意を示すことだけ――

 

 

 

 

『ファースさんは凄いですね』

 

『急に何だ、デクリメント』

 

 ――不意に、デクリメントの脳裏にとある記憶が再生される。

 それは以前偶々ファースと廊下ですれ違った時の事だった。

 

『私聞きました。アインズ様当番が出来たのは、ファースさんの活躍があったからだって』

 

『あー……そんなに大層な事じゃないさ。私も殆ど流れというか勢いというか……運が良かったんだろうさ』

 

 その時のデクリメントの心には、ほんの少しの苛立ちと劣等感。

 本当は凄い人なのに、またそうやって謙遜する。

 本当は凄い人なのに、もっと凄い人になろうとしてる。

 憧れの人が、さらに遠ざかる。

 私たち四十人のメイドは、全員彼女の背中を見てきた、見続けていた。

 戦闘メイドの方たちとはまた違った憧れ。

 私たちが戦闘メイドになるのは殆ど不可能だが、ファースさんにならもしかして届くかも、追い付けるかも、隣に立てるかも。

 恐れ多い事だが、デクリメント含めてそう思っているメイドは少なくない。

 最初のメイドという肩書きは無理でも、ファースさんの洗練された仕事振りなら。

 ファースさんの仕事を譲ってくれるような、優しさと余裕な心なら。

 ファースさんの誰もを惹きつけるカリスマ性なら。

 今からでも身に付ける事が出来るかもしれない。

 だって、私たちは同じメイドだから。

 

『…………』

 

 でも、時折彼女と自分は違うと嫌でも感じさせられる。

 いくらファースさんのように仕事をしようとしても、どうしても再現しきれない。

 ファースさんのように心の余裕と優しさを示そうとしても、やっぱり簡単な廊下の掃除より、至高の御身のお部屋の掃除をしていたい。

 ファースさんのようにリーダーシップを取ろうとしても、どうにも上手くいかない。

 ――自分には、至高の御方に強く意見する事なんて出来ない。

 アインズ様当番という素晴らしい仕事を生み出す事なんて、デクリメントは出来ない。

 それを平然とやってのけたファースの背中は、前よりもずっと遠くに感じる。

 このまま彼女の背中すら見えないくらい遠くに行ってしまうのだろうか?

 それは嬉しい事なのかもしれないが、同時に寂しくもある。

 ――気が付けば、涙が溢れてきていた。

 

『ぇ――悪い、何か気に障ったか?』

 

『い、いえ……ファースさんのせいでは無いです』

 

 ファースが自分のハンカチをデクリメントに差し出した。

 ほら、やっぱり優しい。

 

『……何か事情があるのか? それなら、何処でも良いし誰でも良いから、必ず()()()()

 

『吐き出す……ですか?』

 

『デクリメント、溜め込んでも良い事なんてあまり無い。出来るなら吐き出しとけ、言いたいことを我慢するな』

 

『それは……難しいですね』

 

『あぁ、難しいな。でも言わなきゃいけない事は必ずある。私も最近それを学んだ――時には我が儘だって、自分のエゴだって表に出さなきゃいけない。出さなければ何も変わらないんだよ』

 

 ファースが慰めるようにデクリメントの頭を軽く撫でる。

 

『私はメイドの現状を変えたいと思っていた。それを不敬を承知でアインズ様に吐き出した――その結果はお前も知ってるだろう?』

 

『…………』

 

『運が良かったのもある。けど、私はあの時の選択を後悔はしてない。だからお前も――』

 

 

 

 

 

「――アインズ様!」

 

 気が付けば、主人の名を叫んでいた。

 そしてデクリメントはその場で跪き、頭を伏せた。

 自分はこのまま首を刎ねられるかもしれない。

 しかし、デクリメントはそれでも叫ぶ。

 己の内側に潜む感情を、心のままに吐き出すのだ。

 

「お願い致します! どうか、私たちメイドを――連れて行っては貰えないでしょうか!?」

 

 それはアインズの案を打開する代案でも妙案でもない。

 完全にデクリメントの我が儘から来る、感情的なお願いだった。

 別に情に訴え掛けようと思ったのではない。

 本当に単純に、デクリメントは心の叫びを吐き出しただけだった。

 

「…………」

 

 主人からの返答はない。

 頭を伏せているため、どんな表情をされているのかも分からない。

 ただ、視線だけは向けられているのは分かった。

 

「……頭をあげよ、デクリメント」

 

 アインズがそう言う。

 デクリメントは従うしかない。

 床に擦り付けていた頭をデクリメントは離した。

 

「つまり……お前は私の案が気に入らないということだな?」

 

「…………」

 

 デクリメントは沈黙をもって肯定の意を示した。

 

「ふむ……」

 

 アインズは骨の手で、骨の顎をさする。

 ――正直言って、アインズの心情は驚愕を表していた。

 以前もコキュートスがリザードマンの処遇について、アインズに意見をした事があったが、それと似たような感覚を今回も感じていた。

 アインズに絶対の忠誠を誓っているNPCが、アインズに意見をする。

 組織的に見れば、それは不味いことなのかもしれないが、良い面もあるのも確か。

 時には下の者の意見が、上の者を、組織全体をより良くしていくのだ。

 ただ事務的に、盲目的にアインズの言葉に従うよりも、自分の意見と意思を示せるようになってきているNPCたち。

 これは間違いなく()()だろう。

 それはアインズにとって、現状最も望むことの一つでもあった。

 

(まさかメイドもこうやって意見してくれるようになるとは……)

 

 ぶっちゃけ、アインズ的には"そこまで言うのなら"という感じで、デクリメントの我が儘を許すつもりでいた。

 しかし支配者として、何か建前を付けないといけない気がした。

 故に暫く思考する。

 

「――デクリメントよ」

 

「はい、アインズ様」

 

「お前の心情はよく分かった。確かに、私のような者に付き添う者として生み出された筈のお前たちを、最初から連れて行こうとしないのは侮辱だったな。許してくれ、この通りだ」

 

 今度はアインズが頭を下げた。

 

「お、おやめくださいアインズ様! メイド如きに頭を下げるなど……!」

 

 アインズは数秒間頭を下げ、その後頭を上げた。

 その場にいたシャルティアとアウラ、デクリメントの表情が何とも言えない顔になっていたのが、少し面白かった。

 

「だが、私にも譲れないものはある。なので、条件を付けさせてもらおう」

 

 アインズは三つの条件を示した。

 一つは、連れて行くのは三人まで。

 一つは、戦闘になった際にはこちらの指示に絶対に従ってもらうこと。

 一つは、危険と判断したら即座にナザリックに転移で帰還してもらうこと。

 アインズの三つの条件を、デクリメントは涙目で嬉しそうに了承した。

 

「では連れて行くメイドは……デクリメント、共に来てくれるか?」

 

「は、はい!」

 

「あとの2人は――アインズ当番の順番にするか。デクリメント、お前の後のアインズ当番は誰だ? 2人分教えよ」

 

「はい、アインズ様。明日はエトワル、明後日は――()()()()()()です」

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ、シャルティア」

 

「何でありんすか?」

 

 アインズの部屋から退出したアウラとシャルティア。

 ちょうど声が聞こえないであろう辺りまで来たところで、アウラがシャルティアに話しかけた。

 

「あたし達さ、アインズ様に相当期待されてる……って思っていいんだよね?」

 

「それは当然よ! アインズ様の護衛なんて、大役じゃない!」

 

「いや、そうじゃなく――それも勿論あるけど――あのね、アインズ様がさっき何て言ったかもう忘れたの?」

 

 シャルティアが小首を傾ける。

 その様子にアウラはわざとらしく溜息をついた。

 

「あのね、メイドを連れて行くって仰ってたでしょう?」

 

「えぇ、確か三人――あ」

 

 シャルティアもようやくアウラの言いたい事を察した様子だった。

 

「そう、三人のメイドの中にあのファースっていうメイドが居る――アインズ様とナザリックの至宝(ファース)を両方護らなきゃいけないんだから」

 

 以前、デミウルゴスが守護者たちに情報を共有してくれた。

 

 "おそらく、ナザリックの歴史書としての役割を担っているのは、ファースというメイドだけだ"

 "アインズ様は一般メイド全員ではなく、ファースの名だけをナザリックの至宝と断言した"

 "故に、ファースの存在は優先的に保護する必要がある"

 あのデミウルゴスがそこまで言うのなら、きっと間違いないのだろう。

 ファースというメイドは、一般メイドという隠れ蓑を利用した、ナザリックの記録者(レコーダー)だと……

 

「ファースをナザリックの外に連れ出す――つまり、今回のドワーフの国の出来事を、アインズ様はナザリックの歴史として刻むおつもりなのよ」

 

「……でも、それだったら最初からファースを連れて行くと仰るのでは? 何故わざわざデクリメントというメイドの我が儘を聞き入れる形で?」

 

「多分、他のメイドたちはファースの本当の正体を知らないとか……あの場でアインズ様がファースを名指しで指名したら、特別なのがバレちゃうとかかな――」

 

「なるほど、あくまで自然な形でファースを連れて行くようにしなければならなかったと……じゃあ、デクリメントがあの場でアインズ様に懇願したのも――」

 

「まぁ、全部アインズ様の想定通りだったのかもね」

 

 アインズ・ウール・ゴウンはあのデミウルゴスよりも優れている。

 ならば、あの場の会話から状況まで、全てアインズの手の平で動かされていたとしても不思議ではないのだ。

 

「――頑張ろうか、シャルティア」

 

「えぇ、勿論よ!」

 

 

 

 

 



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ばんがいへん1

まだ本編が書き終わらないので手慰めで書いた短編をひとつまみしておきます


 

 

 

 

 

 今日も今日とて単独行動のファース。

 1人の方が気楽な彼女が、そろそろ煙草を吸いに行こうかと思っていた時だった。

 

(……ん? 何か名前を呼ばれた気がする)

 

 通路を曲がった先、同僚のメイドたちの話し声が聞こえて来ていた。

 そして、話し声の中に自身の名前が入っている事にも気が付いたファース。

 ――気になる。

 もしかしたら陰口かもしれない、聞かなかった方が良いかもしれない。

 しかし気になる、気になるのでファースは物陰に隠れながら聞き耳を立てることにした。

 

「――だから、ファースさんはありのままが良いんじゃない」

 

「えー、でも貴女も一度は見てみたくない?」

 

「…………まぁ、多少は、興味なくは、ない」

 

 一体何の話だろうか?

 よく聞き取れないのでもう少し聴覚に集中するファース。

 

「でしょ? 絶対似合うと思うんだよね――()()()()()()()()()()()()!」

 

「ッ……!?!?」

 

 ファースに電流走る。

 今の同僚のメイドの発言から、ファースは前々から悩んでいた事を思い出し、それを解決出来るのではないかと考えた。

 

(そうか……私が皆と馴染めなかったのって――もしかして私の()()()()()のせい……!)

 

 ファースは男勝り。

 それは本人も自覚している。

 特に困る事は無いと思い気にしていなかったが……どうやら思い違いだったのかもしれない。

 確かによくよく考えれば、女性だらけの職場に1人だけ異物が混じっているようなもの。

 これでは馴染むものも馴染まない筈だ。

 

(ホワイトブリム様、申し訳ございません。ファースは他の同僚と馴染む為、明日より新生致します!)

 

 ファースは創造主に心の底から謝罪をしてから、決意したのであった……

 

 

 

 

 

 

 メイド達の憩いの場でもある食堂。

 いつもは和気藹々としているが、今日に限ってそれは騒めきの混じったカオスな空気を生み出していた。

 その原因は明白。

 一般メイドの1人である、ファースだった。

 

「っ……も、もえもえきゅーん」

 

 具体的には、ケチャップでオムライスの上にハート模様を描き、両手を使ってこれまたハートを描きながら、オムライスに向けて呪文を放つファース。

 これ自体は昔から一般メイドの中で流行っていた、お遊びのようなもの。

 問題は、絶対にこんなお遊びに参加しない筈の人物が行っているという点。

 ちなみにファースの顔は真っ赤に染まり、涙目で額には血管も浮き出ている。

 そんなに恥ずかしいなら止めれば良いと言うのに、ファースは他のメイドからのリクエストを受け続け、謎の御呪いを続けハート模様のオムライスを量産し続けた。

 

 "こんなのファースさんじゃない"

 "疲れていらっしゃる?"

 "変なものでもお食べになったのでは"

 "おっほ、新鮮なファースさんご馳走様です"

 "これもう手を出しても良いって……コト!?"

 "ファースさんが悪いんだよ"

 "ふぅ……"

 

 様々なファースに対するリアクションが飛び交う食堂。

 この日は穏便派、過激派も混乱に混乱を重ね、混沌を極めていた。

 ――だが、これで終わりではなかった。

 

「き、今日は私があっちの方掃除する……わね」

 

「え、様子が変? そ、そうかしら、いつも通りじゃない、かな」

 

 いつもより()()()()()

 何処か無理している感じが余計にメイド達の心の火を燃やし始める。

 普段よりファースという存在を意識してしまう。

 それはもう、()()()であっても――

 

 

 

 

 

「――成る程、それでメイド達の業務に支障が出ているわけか」

 

「も、申し訳ございませんでした……まさかこのような事態になるとは――」

 

 ファースが深々と主人であるアインズに首を垂れる。

 結果として、色々な意味で限界化した一般メイド達により、仕事にも影響が出始め業務が滞り始めた。

 これは大問題だ。

 特に事の発端であるファースにとっては。

 

「アインズ様、どう致しますか?」

 

 アルベドがアインズに意見を求める。

 故意ではないにしろ、混乱をもたらしナザリックの業務を一時的に麻痺させてしまったのは事実。

 ファースには何かしらの罰が必要だと、アルベドは言いたいのだ。

 

「ふむ……」

 

 しかしアインズとしては、そこまで重い罰を与える必要はないと考える。

 ファースの悩みを、心中を知っているアインズからすれば、今回の事を強く責める気は起きなかったからだ。

 

「……ファースよ、どんな罰でも受け入れられるか?」

 

「は、はい! もちろんで御座います!」

 

「では命じよう――今より24時間、()()するのだ」

 

「…………はぇ?」

 

 ――アインズに悪気はなかった。

 本気でこれを軽い罰だと思っている。

 何故ならアインズはヘビースモーカーの禁煙がいかに大変なものかを知らないから。

 

「…………」

 

 そしてファースは決意した。

 もう女らしくするのは止めようと――

 

 

 

 

 




赤面しながら涙目で血管浮かばせてるファースを書きたかっただけなんや……
え、ホムンクルスだから血は赤じゃないし顔は真っ赤にならない?
KI☆NI☆SU☆RU☆NA


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