チート転生者かと思ったが特にそんなことは無く、森に引き籠もってたら王様にスカウトされた (榊 樹)
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平凡な妖精

地上を支配する鉄の塊も、聳え立つコンクリートのジャングルも、ましてや世界を支配していた電気の網すらも存在しない、現代の文明がおおよそ失われた世界。

まるで御伽噺のような、そんな世界に生まれた俺は、即座に理解した。

 

あ、これ転生物か、と。

 

鏡を見れば、そこには銀髪オッドアイの見惚れるほどの美貌を持つ少女の姿と目が合った。そして目を閉じれば感じる、身体の奥底から湧き上がる魔力的な何か。

試しに簡素なナイフをイメージしてみる。手を開いて、握って、ともすればそこにイメージ通りのナイフがあった。

 

なるほど、万物創造系のチートか。

 

やれやれ系路線を目指したかったが、頬が緩みに緩んだので大人しくユルユルにしておく。

暫く余韻に浸ってから、今度は魔法を試してみる。

両方の手のひらを上に、脳内でイメージする。

右手に火の玉が、左手に水の塊が、それぞれ野球ボールくらいの大きさで出現した。

 

やれやれ、魔法チートもある感じですか。ふへへ。

 

そうして色々とやってみて分かったことは、取り敢えずやろうと思ったことはなんだって出来るという事だった。その代わり、魔力がゴッソリと削られ、マジで死にかけた時はかなり焦ったが。

 

しかし、いくらか自分の身に起きたことを理解し始め、外へと意識を向ける余裕が出来た頃、早速己の勘違いというか、伸びに伸びようとしていた俺の鼻っ柱はあっさりと刈り取られた。

 

俺の事を新しい仲間だと歓迎してくれた村のみんなは、なんと誰もが美形で俺と同じ特別な力を自在に操るチート住民だったのだ。

自身が妖精という種族の中の風の氏族という、要はエルフのような存在であると知ったのもこの時である。

 

道理で現代的な文明が無い訳である。悪く言えば原始人のような、よく言えば自然と共にあるこの生活も、それなら納得というもの。

であれば、やることなど決まっている。現代の知識チートを使い、なんかこう・・・いい感じに商売とかして、札束片手にウハウハな富裕層生活を送るのだ。

 

そんな訳で早速、農業を始めてみた。

幸いなことに敷地は腐るほどあるので鍬を生成し、荒れ放題な大地を耕し・・・そして気が付いた。

 

あれ? 種ってどうするんだ? と。

 

・・・・・・いや、本当にどうするんだ?

現代だと種そのものが売ってたりとか、果物から種を取って再利用したりとか、そうでなくとも自然に群生してるのから取ったりするのだろうが・・・。

トマトとか、ナスとか、そういう普通の食材って何処に生えてるものなの?

 

試しに近場の森を散策してみたが、食べれそうな物と言えばキノコくらいしか無くて、小学生の頃に大変お世話になった野いちごすら見付からなかった。

流石にキノコを育てるのも、野生のキノコを試食する勇気も無いので、森を散策しながら無限の可能性を秘めた優秀な頭脳をウンウン捻ること数日。

 

久しぶりに畑の様子を見に行くと、なんか村のみんなが泥遊びしてた。

 

最初は何荒らしとんじゃこら、と怒りが湧いたが、相手は俺と同じチート能力を持った出鱈目原住民だ。一人ならまだしも、集団では流石に分が悪いのでここは転生者である俺が寛大な心を持って許す事にした。

それに考えてみれば、農業経験が欠片も無いのにゼロから野菜を育てられるはずも無かった。誤った道に進む前に間違いに気付けたということで良しとしよう。

 

さて、農業がダメとなれば次は・・・商業だな。

幸い、俺には万物創造のチート能力がある。村のみんなも同じ能力を持ってはいるものの、これに関して言えば能力そのものだけではどうしようも無いので、既に完成形を知っている俺に分がある。

まぁ、つまり俺SUGEEEが出来るに違いないのだ。

 

手始めに・・・何から作ろうか。

うーん、材料に条件があれば少しは絞れたろうが、生憎とこちとらチート転生者だ。多分、魔力に限りがある以外はなんの制約も無く、なんでも無尽蔵に作れるので選択肢は無限にある。

 

・・・・・・いや、本当にどうしたものか。

何が欲しいかと言われるとなんでも欲しいし、何が売れるかと言われると・・・待て、そもそもここの村って物々交換が主流じゃん。

え、じゃあ何か? 俺が苦労して作った物はアイツらが持ってる石とか木の棒とか、そこら辺に落ちてそうな物と等価交換になるってことか? 等価交換の法則守れや。

 

・・・まぁ、その辺は実際に作ってから考えるとして。取り敢えず、ここは元現代人らしくスマホでも作ってみるかと、スマホをイメージして自分の中から魔力が少し抜けたかと思うと、手の中には見慣れた薄い板が握られていた。

 

・・・電源が、点かない。

 

当然と言えば当然なのだが、そこはこう・・・いい感じに魔力で変換とかされないんですかね。あ、されない感じですか。そうですか。

 

出来ないのであれば仕方無い。泥遊びに飽きた村のみんなにスマホ(偽)をあげて、秒で石投げの的に成り果てたのを横目に次の案を考える。いつまでも失敗を引き摺っていてはチート転生者の名折れだからな。

 

一先ず、電化製品は電気を普及させる目処が立ってからじゃないとただのガラクタになるので没として・・・うーん、どうせなら日常的に役立つ物とかを先に作りたいな。

 

あ、家とかいいんじゃね?

不動産って、札束片手にウハウハしてるような代表格な訳だし、住む権利を与える代わりにただで定期的に何かを貰えるのであれば、例え石だろうが木の棒だろうが喜んで貰おう。

 

そもそも村だって、仮称として村とは呼んでるが、実際は動物の群れのような感じに近い。

文字通り妖精が群れて、晴れの日は外で遊び、星空の下ぐっすり寝て、雨の日も外で遊び、木の根元で所狭しと眠っている。

 

無敵ボディなので辛くはないが、ハッキリ言って獣じゃないのに野晒しはちょっとどうかと思う。立派な家とまではいかなくとも、せめて雨風が凌げるくらいの物は欲しい。

 

だが、ここで問題が発生する。

家丸々となると、流石に魔力だけでは賄えないのだ。

毎日コツコツとやってはみたものの、風で飛ばされるし、遊具と勘違いした村のみんなに壊されるしで完成する気が全くしなかった。

 

仕方無いので少し離れた森の中で道具以外はせっせこ手作りし、遂に完成。

サプライズとばかりにみんなに見せれば、我先にと家の中に入り、キャッキャッとはしゃぎ回っていた。

 

ここまで喜んでくれれば苦労した甲斐があったというもの。

自分たちも欲しいと強請るので他のみんなの分も頑張って作り、無敵ボディをフルに使ってなんとか完成。お前ら少しは手伝えや。

 

めちゃんこ疲れたものの、これも富豪生活への一歩と考えれば安いもの。

所であの、お家賃をですね・・・あ、はい。楽しそうでなによりです。

 

ま、まぁ、今更、石や木の棒を貰った所で嬉しくもなんともないのでそこはいい。出世払いということで許してやろう。

俺もこんな掘っ建て小屋に家賃を請求するのもちょっと罪悪感が湧いてた所だしな。

 

さて、住む場所が決まれば次は食い物か。

食い物、食い物・・・・・・あれ? そう言えば、動物を全く見掛けなかったぞ。森の中も、草原にも、虫すら居なかったような・・・。

水の中は・・・わーお、こんなに綺麗なのに生命の息吹を感じない。

 

であれば・・・万物創造チートの出番という訳ですな!

折角なのでナイフとフォークを用意し、お皿の上にジューシーなステーキを生み出す。

ふふ、自身の才能が恐ろしいぜ。料理チートで村のみんなを虜にするのも夢じゃねーなこりゃ。

では早速、実食といきますか。

 

・・・味が、しない。

 

なんか、ゴムみたいな感触で・・・え、これ飲み込むの? 無理無理無理、こんなゲテモノ食えるかっての! ぺっぺっ!

 

くそぉ、塩とか胡椒も創造してみたけど、ほぼ砂じゃねぇか。万物創造と言えども、そこまで万能では無いということか、不覚。

 

だが、考えてみればこのチートボディは食事を必要としない。それは村のみんなも同じで、そこへ態々遊ぶ時間を削ってまで食事に夢中になるかと言われるとかなり微妙である。

それに万物創造は俺以外も普通にできる。仮にご馳走を生み出せたとしても、すぐに真似されて商売にならないのがオチだろう。

 

となると・・・ふっ、来ちゃいましたかー、芸術の秋!

幸いなことにここの風景は素晴らしいし、逆にコンクリートジャングルな風景は誰も知らない。おまけに過去の芸術家達が残した物は俺の記憶以外に欠片も残ってないので幾らパクろうが誰も責めれないし、誰も気付かない。

 

さて、そうとくれば筆と絵の具、それから俺の偉業を残すキャンバスとついでにベレー帽を被って、いざ作業開始。

 

そうして出来ました、幻想的な空と大地の夕暮れの景色。

 

これだけではなんか物足りなかったので木の彫刻も掘ってみる。まぁ、取り敢えずは木彫りの熊さんでいいか。

やっべ、毛の一本一本まで再現し過ぎだろ俺。隠し切れぬ自身の才能が恐ろしいぜ。

 

早速、村のみんなに見せると、何をとち狂ったのか我先にと絵に飛び込み、熊さんを割り始めた。

 

いや、ちげーよ! それ絵だよ! 実際に風景がそこにある訳じゃないっつーの! そっちもただの木彫りだっての! 中に熊さん閉じ込めてるわけじゃねーよ! どんなサイコパスだ!

 

くっ、しまった・・・!

そうだ、いくら上等な絵を描こうが、精巧な物を作ろうが、それを理解出来る者がいなければ、ただのガラクタ同然だぁ・・・!

それに芸術品やその作家の多くは、当人が死んでから価値が上がると聞く。ほぼほぼ不老不死の俺には無理な話で、仮に出来たとしても死んでから評価されるんじゃ遅せぇっての。

 

俺は! 生きてる時に! 評価されて、チヤホヤされたいの! 札束片手にウハウハしたいの!

 

ぐぬぬぬ、だがそうなるともう何も・・・いや、ある。あるぞ。最も王道で、一攫千金も夢じゃない、心躍るものがまだ一つだけ残っていた。

 

どうして忘れていたのか。チート転生者ならば、誰もが夢見たものが一つだけあったじゃないか。

そう、冒険だ。

 

ひとつなぎの大秘宝を求めて大海原・・・は、ちょっと後回しにするとして、まずは大陸からかな。

いやだって、見渡す限り水平線が広がってるもん。しかもやけに静かだし、お宝どころか島がありそうな気配すらゼロだもん。

 

それに何やらこの大地にはモースとか言う、我々妖精では敵わぬ化け物が居るらしい。

 

・・・ふっ、俺は漸く自分が何故この世界に転生したのか、その意味が分かってしまった。

 

そう、全てはこの時のため。人々(妖精)を脅かす化け物をこの手で倒し、人類(妖精)に平和を齎すため!

 

いざ行かん! 未知の冒険へ!

 

 

 

 

 

・・・・・・いや、無理無理無理無理!

何あれ、何あれ!? こっちの攻撃欠片も通じないんですけど!?

 

道理であの化け物原住民達が恐れる訳だよ。俺もなんか本能的な恐怖みたいなの感じてすぐに逃げ出してしまったが、そうしなければ確実に死んでいたに違いない。

 

幸いなのは、その事実を誰に見られることもなかったことか。いやー、良かった良かったー。出発前に大手を振って村のみんなに別れの挨拶しなくて。

一日ぶりにこっそり帰って来てもなんか誰も気にしてなかったし、仮に気付かれて「え、旅に出たんじゃないの?」とか言われたら、もうこの村で生きて行けなくなってた所だ。

 

結局、俺には小さな村の小さな家の中で大人しくしてるのが一番だってことだ。死にかけて漸くその事実に気付けたよ、うん。

 

ゲームとかパソコンは無いが、死んじゃうことに比べれば安全というものがどれだけ幸せなことか。暇って素晴らしい。布団の中ってパラダイス。

 

さて、それでは世界よ、おやすみなさい。すやぁ。

 

 

 

 

 

 

ハローワールド。

グッモーニン! 世界の皆様!

なんか外が騒がしいので久しぶりに外へ出てみると、なんと一匹のモースが村を襲っていましたとさ。

 

はは、オワタ。

 

ただでさえこっちの攻撃は効かないってのに、なんか触れただけでこっちもモース化してるんですけど。敗北イベントみたいな性能しやがって。無理ゲーにも程がありませんこと!?

 

相手はたった一匹なのに村は阿鼻叫喚で、逃げ遅れた者が助けを乞いながら、その身が毒に冒されるかのようにモースに侵食されていく。

そうして瞬く間に増えていくモースと、それに襲われる村のみんなを俺はただ草の影から怯えて見ていることしか出来ず、心と身体は恐怖に支配されていた。

 

そんな時だ。尻餅()いて今にもモースに襲われそうな一人の妖精の前に、彼女は現れた。

身の丈以上の杖を振るい、綺麗な金髪を靡かせながら、まるで物語の勇者のように次々とモースを倒していく。

 

怖くはないのだろうか、どうしてモースを倒せるのか。

抱くべき疑問は数多くあれど、俺の心は本物を目の当たりにした衝撃で埋め尽くされていた。

 

道理で俺なんかではなれない筈だと、不思議と納得出来た。

あれこそが本物の勇者。あれこそが特別な存在。人々を悪から退け、平和を齎す正義のヒーロー。

 

彼女が全てのモースを倒し、村のみんなが助かったと喜び合ってるのを他所に、俺はただずっと物陰から彼女を見詰めていた。

 

 

 

 

 

 

・・・やばい、興奮が収まりそうにない。

こうしてずっと布団の中に居るが心臓がバクバクしてて全く眠れない。

 

なんせ村の危機を救った英雄様が暫く村に滞在するというのだ。

俺の中で完全に憧れの存在となった彼女が、すぐそこで、俺が作った家の中で当たり前のように寝泊まりしているのだ。

 

なんか、むへっ・・・ニヤける。

 

しかし、いつまでもこうしてはいられない。なぜなら、明日にはこの地を発つという情報を知ってしまったのだ。

それはマズイ。非常にマズイ。

なんせ、俺はまだ彼女にお礼すら言っていないのだ。

 

せめてそれだけでも、と思ったが・・・これが中々。

まず日中はダメだ。モースに襲われてた時、俺は隠れていただけだから村のみんなと鉢合わせするとちょっと気まずい。と言うか、多分あのモースって俺を追い掛けて来た奴じゃね? うわー、そう考えると益々会いにくくなってきた。

 

だからみんなが寝静まった夜に行くのが最善なのだが、いざ英雄様に会うとなると心臓が破裂しそうな程にバクバクして、いつも彼女が眠ってる家の前まで行っては引き返してしまう。

 

だが、今回ばかりはそうも言ってられない。

 

簡単な物だがお礼の品を手に、扉から・・・は難易度高いのでベッド付近にある窓をコンコンと叩く。

 

 

「・・・?」

 

 

中でゴソゴソと動く気配がした。

逃げ出したくなるのを必死に押さえ付けて、なんとかその場に踏み留まっていると、ガラリと窓が開いて恐らく寝起きであろう英雄様が顔を出した。

 

 

「あ、あの・・・!」

「貴女でしたか、昨日何やら家の周りでウロウロしていたのは。こんな夜遅くにどうかしましたか?」

 

 

ば、バレてたー!?

しかも言外に非常識ですよ、みたいなこと言われちゃったー!?

 

や、ヤバい、泣きそう・・・。いや、悪いのは完全に俺なんだけど・・・ええい、早くお礼言って立ち去ろう!

 

 

「こ、これを!」

「ん? これは・・・」

「あの! む、村のみんなを、た、助けてくれて・・・ありがとうございました!」

「え・・・」

「そ、それじゃ!」

「あ、ちょ」

 

 

無理、無理! 心臓張り裂けそう!

大丈夫だよね!? 俺、ちゃんとお礼言えてたよね!?

 

 

「ぬおぉぉぉぉ・・・!!」

 

 

だ、ダメだ・・・!

今思い返してみると色々と恥ずかしいことしてたような・・・!

 

アカン、また暫く引き篭ろぉ・・・!

 

 

 

 

 

 

そう言えば、英雄様の名前を聞きそびれた。

 

そう気付いたのは、あの日から結構経った後で、既に英雄様はこの村を発った後だった。

 

・・・いや、何をしとるんだ俺はァァァァ!!?

布団の中で恥ずかしがるよりも先にやるべきことがあるでしょうがァァァァ!!

 

しかし、過ぎてしまったものは仕方が無い。こういう時は別のことをして心を落ち着かせよう。

てな訳で久しぶりに絵でも描いて・・・あれ? なんか英雄様が目の前に・・・あ、これ絵か。カッコイイ・・・じゃない!

 

いかんいかん、これではダメだ。

無心で木彫りでも彫って・・・おや? こんな所に小さな英雄様が・・・ふんぬっ!!

 

はぁー、はぁー。

 

・・・ダメだな、何をしても。

ならば仕方無い、最後の策だ。寝よう。

 

ふふふ、寝てしまえばこっちのもの。然しもの英雄様と言えど、夢までは入って来れないだろう。

こうして、俺の心の安寧は守られたのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目が覚めた。

 

 

右を見て、左を見て、自分が今寝ていたことを再確認する。

 

 

 

「・・・・・・ぅぁ」

 

 

 

そして次第に湧いてくる羞恥心。

 

 

「・・・ぁぁぁ」

 

 

我慢など、出来るはずもなかった。

 

 

「ぁぁああああああああッッッ・・・!!!」

 

 

ボフンッという音すら聞こえそうな勢いで茹で上がった顔を隠すように布団にくるまり、そうして腹の底から悲鳴が上がる。

 

こういう時の夢は何故か焼き付いて、頭の中から消えてくれない。

 

 

「お、おおおお俺にあ、あああんな趣味がッッ・・・い、いやいやいやいや! 違う、絶対に違う!! 違うんだァァァ!」

 

 

俺にとっての唯一の平穏だった筈の布団の中。

これから暫く先、毎晩悪夢に魘され続けることをこの時の俺はまだ知らない。

 

 

 

「ぁああ゛ぁ゛あぁ゛ああぁ゛ぁ〜〜〜っ・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

闇夜に沈む森の中、少女はメラメラと燃える焚き火を眺めていた。

 

 

「・・・・・・」

 

━━━━━━ む、村のみんなを、た、助けてくれて・・・ありがとうございました!

 

 

頭を過ぎるのは、偶然立ち寄った集落で出会った風の氏族の少女。赤と青の、宝石のように輝くオッドアイが印象的な、気弱そうな少女だった。

 

 

「・・・・・・」

 

━━━━━━ た、助けてくれて・・・ありがとうございました!

 

 

夜中に突然訪ねて来たかと思えば、言うだけ言って立ち去って、行方を晦ましてしまった少女。

人の心の中にずっと居座ってる癖に、全く姿を現してくれない自分勝手な彼女の言葉が、何度も繰り返される。

 

 

「・・・・・・」

 

━━━━━━ ありがとうございました!

 

 

そう言えばと、件の少女から貰った物を懐から取り出す。

 

お礼と共に渡されたソレを暫く見詰め、シュルシュルと胸のリボンを解き、ソレを新しく結び直す。

 

 

「・・・・・・ふふ」

 

 

自然と笑みが漏れる。

ポカポカと暖かな気持ちに包まれ、緩む頬が抑えられそうにない。

 

そのまま胸のリボンを抱えて横になる。

 

なんだか今日は、不思議と良い夢を見れる気がした。

 

 




好評なら続く


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灯台下暗し

意外と好評でびっくり。
短いけど、どうぞ。


凄い人を見続けると、自分にもその力があるのではないかと錯覚を起こすようになるし、憧れの人を想い続けると、自分もああなりたいと夢を抱くようになる。

 

そんな訳で、再び旅立つことを決めました、チート転生者です。

・・・ふっ、みなまで言うな。

俺とて馬鹿ではない。人は学ぶ生き物なのだ。

 

過去の教訓から俺は付近のモースを遠くからこっそり観察し、脳内で何万通りものトライアンドエラーを繰り返し、そして数々の失敗を積み上げて大賢者OREとなったチート転生者は、遂に結論に辿り着いた。

やっぱ無理だわ、あれ。

 

まずね、少しでも触れたらアウトってのがもう無理ゲーなのよ。そんなん戦いの素人にどうしろと。

投擲とか、魔法とかの遠距離攻撃も考えてはみたが、そもそも遠過ぎて当たる気がしないし、仮に当たったとしても一撃で倒せるビジョンが全く思い浮かばない。

なんせ、こちとらチート能力はチート能力でも、代償有りのチート能力(かっこいい)なのだ。使うべきところはきちんと見極めねばならない。

 

あと、アイツら基本的に群れで動いてんだよな。前回のソロがマジでレアなだけで、一体居たら少なくとも周りに二、三体は居るのを覚悟しなければならない。ゴキブリかよ。

 

そこで、俺は考えた。

丸一日、寝る間も惜しんで考えに考え、英雄様の7分の1スケールのフィギュアを完成させ、それをさらに丸一日掛けて修正を行い、そしてぐっすり眠って朝目覚めると、エジソンの再来と言っても過言ではない奇抜的で独創的な発想が電球と共に閃いた。

 

そうだ、倒せないなら、倒さなければいいじゃない、と。

 

ふっ、これには過去のチート転生者達も脱帽せざるを得まい。なんせチート転生者ってのは、自分に特別な力があると知れば、それを使い潰して目の前の問題をどうにか解決しようとするお人好しばかりなのだから。

だが俺は違う。そんな平凡なチート転生者共と一緒にしないでもらいたい。俺は目の前ではなく、もっと先の未来を見据えているのだ。

 

今は力を蓄え、いつの日か何処かの誰かがモースを倒してくれる日が来るのを耐え忍ぶ、それが最善策だ。具体的には英雄様とか。

それに聞く所によると牙の氏族なる者達はモースに耐性があるのだとか。

 

であれば、モース退治とか言う危ない仕事は彼らに任せ、俺は、自分が出来る身の丈に合ったことに尽力すべきなのだ。適材適所とも言う。別にビビってる訳では無い。

 

うむ、我ながら実に合理的な発想だと惚れ惚れしてしまう。

 

そこからどうしたら旅の話に繋がるのかだが・・・まぁ、英雄様に憧れたって言えばそれまでなのだが。

何も人(妖精)を助けるのはモース退治だけではない。いくら無敵ボディとは言え、日常生活を送ってると何かと不便なことが多い。

そういう問題を解決する、所謂、便利屋のようなことをして、ついでに英雄様のことも布教しつつ、彼女の力になれればなー・・・的な下心を抱いてみたり・・・。

 

てな訳で早速、村のみんなに困ってることは無いかと聞いて回った。結果、忙殺されて旅どころではなくなった。

俺が考えていた以上に困ってることは多かったらしく、無敵ボディの性能を存分に発揮して日夜駆け回る日々が続いた。

 

そして、心が折れた。

 

いや・・・無理っすよ。俺が浅はかだった。誰かのために働くことがこんなにも大変なことだったとは思いもしなかった。

これを英雄様は、各地を旅しながら当たり前のように続けてる訳でしょ? 凄過ぎ。俺の中で英雄様の株がさらに上がった。株が。

 

やっぱ俺には布団の中でヌクヌクしてるのがお似合いな訳ですよ。あー、ホント安心するわー。

え? 旅はどうしたって?

・・・そんな事より、この英雄様抱き枕を抱き締めて夢の中へと旅立つことの方が先決である。

 

あぁぁぁ・・・英雄様と一緒に寝てる・・・好き・・・。

 

 

 

 

 

 

・・・よし、行くか。

は? 何処にって・・・そんなの旅に決まってるだろ。

まさか、さっきの話を真に受けていたのか?

ふぅ、これだから凡人は・・・┐(´д`)┌

 

いやまぁ正直、人助けを目的に旅するのは、困ってる人が多過ぎて旅にならないのだが・・・。

 

俺にはまだやらねばならないことが他に残っている。

そう、布教だ。

 

まぁ、俺がやるまでもなく英雄様の名声は全世界に轟いていることだろうが、恐らくこの世界にはオタ・・・英雄様を崇めるための物が存在しない。

であれば、これは最早、天啓に等しい。文字通りこの世界でただ一人、英雄様を広められるのは俺しかいないのだから。

 

こちらも広めねば無作法というもの。

 

 

 

 

 

 

 

旅を始めてから暫く。

 

突然だが少し前に、虫が居ないとか言ってたやん?

居たわ、虫。それもめっちゃデカいの。

 

一応、妖精に分類されるし、意思疎通は出来るっぽいのだが、生憎と何を話しているかはまるで分からない。

ただ懐いてくれてるのは分かるし、なんだかム〇キングの世界に迷い込んだみたいで凄い楽しかった。

 

何より、みんな良い子たちなのだ。

言葉は分からないがこっちの話は理解しているのか、英雄様の話をするとみんな楽しそうに聞いてくれて、等身大フィギュアを上げたら凄い喜んでくれたし、お気に入りの布団一式(抱き枕付き)も上げたら、みんな身を寄せあってそこで寝るようになった。

 

・・・まぁ、一緒に寝て朝起きたら群がられていた時とかはかなりゾワッとしたが。

英雄様のお話の途中で全身を這いずり回られるのはいいが、寝てる時とかに不意打ちは勘弁して欲しいです。

 

 

 

 

 

 

 

なんか国が出来たらしい。

 

あまりにも居心地良くて暫く虫さん達の森で過ごしてから、久しぶりに旅へと出て最初に立ち寄った街でそんな話を聞いた。

 

モルガン様とやらが女王様になって、暦も女王歴というものになるんだとか。因みに百年前の話である。

 

この世界に暦の概念あったのかよという衝撃の事実と、俺どんだけのんびりしてたんだという笑撃の事実に、ただただ呆然とするしかなかったが、そんな事よりも俺の心を引いてやまないものがあった。

 

なんかみんなの身体に令呪とか言う紋章が刻まれているのだ。

何あれカッコイイ。

 

俺も欲しかったが、どうやって手に入れたのかと聞けば女王様に刻まれ、毎年税金代わりに魔力を支払わされているのだとか。存在税とか理不尽過ぎて草生える。

 

しかし、笑ってる場合じゃないと気付いたのはそれから少ししてからだった。

 

誰か困っている人は居ないかと街をフラフラ歩いていた時のことだ。衛兵さんに呼び止められたのだ。

俺そっくりな似顔絵を手に、この者を知らぬか、と。

 

・・・・・・ふっ、眼帯をしていなければ即死だった。

 

オッドアイが珍しいのか、行く先々で興味を持たれ、挙句の果てには頂戴とまで言われたことがあったので、その対策とファッションも兼ねて装備していたのだが、こんな所で役に立つとは。

先見の明とはこの事かと、思わず自画自賛してしまった。

 

いや、そんなことを言っている場合ではない。

衛兵さんは、女王様が何故その者を探しているのかは知らなかったっぽいが、俺が見ず知らずの女王様に狙われている理由なんて一つしか思い当たらない。

 

・・・税金、払ってねぇ。

 

なんせ、この税のシステムはそもそもとして令呪とやらが無ければ成り立たない。それが身体に刻まれていない俺が払えていないのは最早火を見るよりも明らかな訳でして。

 

現代のような消費税とかだったら、何も買ってないのでまだなんとかなったが・・・。

存在税とかいう生きてるだけで払わなければならない税を、しかも百年分って・・・無理、絶対搾り取られて死んじゃう。

 

女王様が凄い穏便で優しい方だった場合、少しくらい免除してくれるのではと期待したが、聞けば聞くほど溢れ出る圧政に、そして玉座に就いた時に発したと言われる言葉に、淡い希望を抱いて白状すれば死ぬと察してしまった。

 

まぁ、そんな訳で女王様の影に脅えて、また部屋の隅で布団にくるまる生活に逆戻りな訳ですけども。

 

しかし、そうは問屋が卸さないのが世の常。

みんな苦しんでるのに、一人だけ税を払わない奴が居ればどうなるか。

想像にかたくない想像を、想像に想像を重ねてしまい、大人しく部屋の隅でヌクヌクしておくことも出来なくなってしまった。

 

だが妖精が居ない場所へ逃げた所で、そこに居るのは大抵がモースの群れ。

結局、逃げに逃げて辿り着いた場所が、再び虫妖精さん達が暮らす森だった。

 

だが、これが中々に英断だったと気付いたのは割とすぐの頃。

思い返してみれば彼らも令呪は持っておらず、同じ税を払っていない者同士、何かに怯える必要も無く、他の妖精達は何故かここへ近付こうともしない。

 

英雄様の布教が出来なくなるのは残念だが、命あっての物種。時間は有り余っているので気楽に行こうと、一先ずは虫妖精さん達への布教を再度行う所から始めようと思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

居ない。

 

 

『え? 両目が赤と青の瞳をした妖精? ・・・さあ?』

 

 

居ない、居ない。

 

 

『ここに居たって言われても・・・なぁ、お前は知ってるか?』

『いや、覚えてないな』

 

 

何処にも居なかった。

 

 

「何処です・・・何処に、居るのですか・・・」

 

 

私の英雄、私の救世主。

 

何度も救った。何度も裏切られた。

救って、裏切られて、また救って、また裏切られ。

 

心なんて何度も折れかけた。

こんなことをしても無駄だと、何度も諦めそうになった。

 

でも出来なかった。

だって、感謝してくれたから。

 

ただ、水を運んであげただけなのに。

ただ、モースを倒しただけなのに。

 

たった、それだけの事で・・・そんな小さな事で、貴女達が喜んでくれたから。ありがとうと、そう言ってくれたから。

 

なのに、どうして・・・何処にも居ないのですか。

 

 

『あぁ、それなら確か・・・あっちの方に住んでたような』

 

 

そうして、漸く掴めた手掛かりを。

藁にも縋る思いで走った先に見た物は━━━━荒れに荒れた無惨なボロ小屋の姿だった。

 

 

「そん、な・・・」

 

 

今まで見てきた、同じ区画に住む妖精が住む家とはまるで違う粗末な家。到底、人が住めるとは思えない犬小屋のようなそれは、柱が朽ちて屋根が落ち、中の家具は何者かによって好き放題に荒らされた痕跡があった。

 

誰がこんなことを、何故彼女がこんな仕打ちを。

 

その怒りを押し留められていたのは、単にあの子と断定出来る材料が無かったから。

名も知らぬ私の英雄が、こんな目に遭っていたことを認めたくなかったから。

 

けれど、怒りに染まった私の頭は、図らずとも思い出してしまう。

 

あの日、あの時、あの子がお礼を言ってくれた次の日。

彼女を探そうと情報を集めようとして、聞いてしまった真実。

 

 

『左右で目の色が違う子? うーん・・・あぁ、そう言えば、少し前に新しくそんな子が生まれたような・・・』

『あれだよ、あれ。色んな玩具作ってくれたり、俺達に家を作ってくれた』

『あー、あの妖精かー! すっかり忘れてた!』

 

 

なんの対価も求めず、誰にも名を知られず、求められるがままに無償で働き続けた生粋のお人好し。

 

そんなお人好しを、名も知らぬあの子とは別に、私はもう一人知っている。

何処までも善良で、底抜けに優しくて、だから怒ることも逃げることもできず、ボロ雑巾のようになるまで利用され続け、最期は私の腕の中で感謝しながら死んで行ったもう一人の赤い英雄。

 

だから、容易に想像出来た。

あの子も、赤いあの子と同じように使い潰されたのだと。

最後は使い物にならなくなったあの子で、遊んだのだろうと。

 

 

「ぁぁ、あぁぁ・・・」

 

 

本当に助けたかったモノだけが、この手から零れ落ちた。

守らねばならぬモノだけが、無闇に傷付けられた。

 

繰り返すのか、また繰り返すのか。

 

どうしてだ・・・。

私なら、幸せにしてやれる。

私なら、お前達を守ってやれる。

 

なのに何故、私の前に現れてくれない。

何故、いつも間に合わないんだ。

 

一度で、たった一度でいい。

お前達が心から幸福を感じられる、そんな人生を送って欲しいだけなんだ。

 

 

「・・・いや、まだだ」

 

 

幻術を解き、元の姿に戻る。

 

私に気付いた妖精達が慌てて逃げようとして、青黒い炎に焼かれて息絶えた。

 

 

「まだ、希望はある」

 

 

そうだ、まだ終わった訳じゃない。

もしかしたら、何処かで生き延びているかもしれない。こことは違う別の場所で、次代が生まれてくるかもしれない。

 

見つけ出すんだ、必ず。

例え、幾万もの犠牲を払おうとも、どれだけの死体が積み上がろうとも、あの子達だけは・・・。

 

 

「待っていて下さい、私の英雄達。必ず、必ず・・・見つけ出してあげますからね」

 

 

その言葉と共に女王モルガンは青黒い炎に包まれ、その場から姿を消した。

 

 

 




時系列に矛盾が生じたりするかも。
許して。


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着名

・キャラ崩壊
・題名ちょっと修正


中国四千年の歴史とか大袈裟でしょ、と思っていた時期が俺にもありました。

気付いたら女王歴千年過ぎてるんですけど・・・。

 

流石にこのままではダメだと思い、外へ行く準備をする。

 

正直、今は女王様への恐怖はあんまり無いから、そこまで怖くはない。というか、追われているという実感が薄くなったと言った方が正しいか。

 

だって、平和な森の中で楽しいこと(布教)をして、虫妖精のみんなも英雄様大好きになって、しかも自分が作った英雄様グッズを大切にしてもらって・・・あー、離れたくないなー。

 

でも、やらねばならないのだ。

嘗て俺が布教していたのはもう何百年も前の話で、そうなると多くの妖精は次代へと変わり、布教された記憶すら失った者が大半であろう。

そんな彼らへと、ファンになれとまでは言わないが、せめて英雄様の存在と活躍くらいは知ってもらいたい。

 

そんな訳で、行って欲しくない虫妖精さん達と数々の攻防を繰り広げ、最後はみんなに笑顔で見送られながら、取り敢えず最寄りの街へと向かった。

 

数百年ともなれば、流石に景色が一変しており、まるで異世界というか・・・これだと現代に迷い込んだというか、元に戻ったというか。

とにかく不思議な感じがする街をキョロキョロしながら歩いては、情報収集を始める。

 

そして分かったことは、誰一人として俺が布教した英雄様の存在を覚えていないことだった。

予想通りとはいえ、これにはちょっとショック。

みんな、英雄様より今を統べる女王様の方が恐ろしいからか、何処もその話題で持ち切りだった。勿論、悪い方向で。

 

だが、これは寧ろ好都合なのではなかろうか。

前は厄災とかいうちょっとあやふやな脅威くらいしか無かったが、今は女王という名の明確な悪が存在している。

みんなを虐める悪い王様を、颯爽と現れた英雄様がズバババーンと解決すれば、誰もが感謝をし、そしてファンになり、何代繰り返そうとみんなの記憶に残り続けるのではなかろうか?

 

であれば、俺が今やるべき事は・・・・・・いずれ来たるべき決戦に備えて、女王様あるいはその周辺の情報収集ではなかろうか。

 

よーし、そうと決まれば張り切って行くぞー!

 

 

「見付けた」

「ひょ?」

 

 

あ、終わった・・・。

 

 

 

 

 

 

今更、後悔しても遅い。

俺なら大丈夫だと、思い上がるんじゃなかった。

ずっと、あの森で虫妖精さん達と大人しくしていれば良かったんだ。

 

何が英雄様の力になるだ。

何が今やるべき事だ。

 

過去に戻れるなら、馬鹿でアホな俺を引き摺り回してでも森に返したい。

 

なんせ俺の旅は始まる前から終わっていたのだから。

 

 

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

 

 

まぁ、何が言いたいかと言うと・・・見付かっちゃいました、女王様に。てへっ。

 

 

「面を上げなさい」

「ぁ、ぁぁぁの、お、お命だけはッ・・・!」

 

 

重く、低く、そして冷たい声に、身体がさらに縮こまる。

今にも首を刎ねられそうなプレッシャーに、俺はただ只管に頭を床に擦り付け、命乞いをするしかなかった。

 

 

「・・・・・・はぁ」

「ぴぃっ・・・!? ご、ごめんなさいごめんなさい」

 

 

やけに響く溜め息の後、コツコツとした足音が聞こえた。まるで余命宣告のようにゆっくり近付いてくるソレに、俺はただただ全力で許しを乞うことしか出来なかった。

 

 

「ひ、ひぃぃ・・・ごめんなさいごめんなさい」

 

 

そして、頭にピトリと触れ、さすさすと撫でられる女王様の手に、これから頭をかち割られるのか、それとも頭を引き抜かれるのか。

どちらにせよ、恐ろしい殺され方を想像して、俺の緊張はピークに達して、今にも気絶してしまいそうだった。

 

 

「・・・顔を、上げてください」

「ッ!?」

 

 

限界だった精神に、スルりと入り込んできたその声に、恐る恐る顔を上げる。

涙で視界がボヤけて全く見えないけれど、何故だかとても優しそうな顔をした妖精が、そこにはいた。

 

 

「・・・やっと、見付けた」

「ッ!? ・・・ッ!? ッ!!?」

 

 

ふわりと何かに包み込まれた。

それが女王様の抱擁だと気付くのにそう時間は要らなくて、だから色んな液体でグシャグシャになった俺の顔が女王様の服を汚してしまうと思い、急いで離れようとしたが、女性らしい細腕はビクともしなかった。

 

 

「やっと、やっと出会えた・・・私の英雄」

「ぁ、ぁぁの、あのあの・・・よ、汚れて、しまいます・・・」

 

 

豊満な胸に塞がれながらも、なんとか口に出したその言葉は、けれど女王様にとっては逆効果だったようで、より一層強い力で抱き締められた。

 

 

「いいえ、いいえ。汚くなんかありません。貴女に汚い所なんて、何処にもありません。何処までも清らかで、美しい、私の英雄」

 

 

いや、あの・・・やばい、何を言ってるかまるで理解出来ない。てか、この状況がまず理解出来ていない。

なんだ、これは・・・女王様に抱かれている? なるほど、つまりどういう事だ?

 

 

「本当に、良かったッ・・・!」

「ぁ・・・・・・」

 

 

困惑していた俺を他所に、遂にはポロポロと泣き始めてしまった女王様。そんな、聞いた話とはまるで掛け離れたか弱い少女の姿に、俺は無意識に背中を摩っていた。

 

 

 

 

 

 

それから少しして。

泣き止んだ女王様に抱えられ、玉座に座った彼女の膝に横向きで座らされ、近過ぎて距離を置こうとする俺を離すまいとする女王様に諦め、超至近距離での世間話、自己紹介・・・いや、尋問が始まった。

 

 

「今まで何をしていたのですか?」

「ぇ、ぁ・・・も、森の方で・・・あの、隠れてました・・・」

 

「何故、隠れていたのですか?」

「ぁ、えっと・・・・・・その、殺されるかと、思って」

「〜〜〜〜ッ・・・!」

「わっ、わっ・・・えっと、な、泣かないで・・・!」

 

「・・・・・・失礼しました」

「い、いえ・・・・・・あ、あの、こちらからも質問、いいでしょうか?」

「はい、なんなりと」

「ぁ、えっと・・・あの、お、自分は・・・その・・・存在税? を払って・・・いないんですけど・・・」

「・・・え?」

 

 

ピタリと固まった女王様に、あ、やらかしたと悟ったが時既に遅し。

殺される、とガクブルしていると、女王様が口を震わせながら、今にも泣きそうな声で質問してきた。

 

 

「すみ、ません。質問を質問で返すのですが・・・」

「は、はははははいっ! どうぞ、なんなりと!」

「貴女に、令呪は無いのですか?」

「ひぃ!? そ、そうです! ありません! 存在税を払ってません! ごめんなさい!」

「なら、ずっと・・・ずっと、生きてたのですか?」

「へ? ・・・ぇ、ぁ、はい・・・記憶の限り、死んではないと思うのですが・・・え、俺死んでたんですか?」

 

 

何やらよく分からない質問に、俺も自分で言ってて訳が分からない言葉を返し、そろ〜っと女王様の顔を覗き見ると、その目端にはたっぷりの涙が溜まっていた。

あ、また泣かれる。

 

 

「良かった・・・よ゛がっだぁ゛〜〜ッ・・・!」

「ひょふぁ!?」

 

 

当初抱いていたイメージとは掛け離れたそのギャップに何度も驚かされながらも、不本意ながら慣れてしまった手付きで再びギャン泣きしてしまった女王様をあやす事になった。

 

 

「ぐすっ・・・えぐっ・・・すみません・・・」

「あ、いえ大丈夫です・・・はい。・・・・・・あの、つかぬ事をお聞きしたいのですが・・・」

「はい、なんでしょう」

 

 

切り替えの早さは流石王様と言うべきか、目元の赤み以外はキリッとして、聞く姿勢に入った。

 

 

「その、自分はこれからどうなるのでしょうか?」

「どうなる、とは?」

「あの、税を払っ」

「貴女にその必要はありません」

「あ、はい。・・・であれば、えっと・・・旅をしても、よろしいでしょうか?」

「・・・・・・何故です?」

 

 

あ、やらかしたパートツー。

だが、今更引けそうにもない。こうなりゃヤケだオラァン!

 

「あのあの、自分には・・・し、使命があるんです!」

「誰です、そんなことを課した愚か者は。今すぐ教えなさい、次代が生まれなくなるまで殺し尽くしてやります」

「あ、あ、違います違います! そういう、あれではなくて、自分で課したというか・・・あの、えっと・・・」

 

 

おっと? これ言うの思った以上に恥ずかしいぞ?

憧れの人が大好き過ぎて、その素晴らしさをみんなに知ってもらおうと活動してるって・・・・・・もしかして、かなり恥ずかしいことなのでは?

 

 

「ほう、憧れですか」

「あ、あれ!? 声に出てた!?」

「何処です、その馬の骨は。私は許しませんよ」

 

 

い、言えない・・・。恐らくきっと絶対に、女王様と敵対するような方だから、言ったら確実に殺される気がする・・・。

 

 

「教えなさい、今すぐに」

「ぁ、ぁぁあの、えっと・・・む、昔、俺を助けてくれた英雄様です!」

「・・・・・・・・・」

 

 

・・・ん? なんか、女王様が固まった。どうしたんだろ?

 

 

「あの、どうか、しましたか?」

「・・・・・・続けて」

「え、でも」

「続けて」

「あ、はい」

 

 

よく分からんが、もしやこれは布教チャンスでは?

 

 

「今ではもう、本当に昔なんですけど。自分が生まれた村がモースに襲われたんです。いや、多分、それって自分の所為なんですけど・・・。なのにみんなが襲われているのを隠れて見ていることしか出来なくて、村のみんながどんどんモースになっちゃって。・・・そんな時に現れたのが英雄様なんです」

「・・・・・・」

「金色に輝く髪と藍色のマントを靡かせ、見たこともない技であんなに恐ろしいモースを相手に怯むことも無く、バッタバタと薙ぎ倒して、あっさりと村のみんなを救ってくれたんです」

「・・・・・・」

「それから、あの・・・。お恥ずかしながら、俺が体験した英雄様のお話はこれくらいなんですけど・・・。でも、とてもかっこよかったんです。俺が昔、憧れた物語のヒーローみたいで、とっても輝いて見えて、それから、それから・・・」

「もう、結構です」

「ぇ・・・ぁ、す、すみません! 長々とお話してしまって!」

「いえ・・・伝わりました。十分、伝わりました」

 

 

我に返って、とんだ無礼をしてしまったことと、いつもの癖で早口になってしまったのが恥ずかしくて顔を赤らめる俺を、女王様は俯いてギュウッと抱き締めた。

 

 

「やはり、やはり貴女は私の・・・」

「あ、あの・・・?」

 

「決めました」

「ッ・・・え、えと・・・何を?」

「貴女の名です」

 

 

な、名前・・・? え、俺にはもう名前があるけど・・・。

 

 

「いいえ、それとは別に加護を与えるための名です。よく聞いて下さい」

「は、はい!?」

 

 

か、加護? 加護って・・・え、何それカッコイイ。

 

 

「ベディヴィエール。妖精騎士ベディヴィエール。こことは違う別の世界。正しき歴史において、最後まで王に寄り添い続けた忠誠の騎士の名です」

「ベディ・・・ヴィエール」

 

 

その名を聞いた瞬間、女王様から力が流れ込んで来た。

全身を包み込む暖かく、慈悲に満ちた優しい力。

 

 

「どうかいつまでも、私の傍から離れないで下さい。約束ですよ?」

「は、はい・・・」

 

 

思わず返事をしてしまったが、後から考えるとかなりとんでもない約束をしてしまったのでは、と。

与えられた一室で英雄様グッズに囲まれながら、ジタバタする羽目になるとは、この時は思いもしなかった。

 

 

 

 

 

「ところで先程、一人称が変わっていたようですが」

「へぁ!? す、すみません! そっちは素と言いますか、つい我を忘れていたと言いますか・・・あの、その・・・」

「構いません、許します。いえ、寧ろ命令です。二人だけの時は、取り繕うことを許しません」

「え、ええ!? 」

「さぁ、もう一度言ってください」

「ぇ、ぁ・・・」

「さぁさぁさぁ、さぁ早く!」

「ぁ・・・・・・ぉ、俺!」

「・・・ムフフ」

「な、何これ・・・」

 

 




時系列的には「モース戦役(ウッドワス誕生)」から百年後くらい。バーゲストとメリュジーヌが誕生する前の出来事。
ついでに言うと、モルガン様はもう何度もバーヴァン・シーを看取った後。


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妖精騎士ベディヴィエール

感想多過ぎてビックリ。
返信間に合ってないけど、きちんと目を通しております。


妖精騎士ベディヴィエール、妖精騎士ベディヴィエール・・・ふふ、かっこいい。

 

そんなかっこいい名をくれてウッキウキの俺に、なんとモルガン様はモースと戦う力も下さった。

 

武器()の名は銀色の蒼穹(アガートラム)

その名の通り、銀色を基調とした美しい弓で、距離が遠くなるほどに威力が増すというシンプルな特性を秘めた剛弓である。

 

この弓で俺は遠距離から、そして近距離はもふもふな先輩ことウッドワスさんが担当し、妖精國で強靱無敵最強の陣形として瞬く間に戦果を上げていった。

一応、真ん中で分かれてブレードとしても使用出来るが、近接戦闘に関してはモルガン様に禁止されているし、俺もモース相手に肉薄するのはゴメンなので、多分使用されることは今後一切無い。

 

そんな名実共に妖精騎士として相応しい実力を示した俺は、いつしか"隻眼のベディヴィエール" なんて言うかっこいい二つ名で呼ばれるようにもなって・・・・・・たっはー! これはもう「俺、また何かやっちゃいましたか?」まで秒読み間違い無しだな! 千年以上もの時を経て、遂に俺の時代、来ちゃった感じですかい?

 

そんなノリに乗ってノリノリなベディヴィエール様は、今日も張り切ってお仕事である。

キャメロットの城壁に陣取り、モルガン様から頂いたスカウター式の単眼鏡(魔法陣が目の周りにぶわ〜って展開されてめっちゃ遠くまで見える)を眼帯を着けてない方の目に装着し、標的をロックオン。

 

魔力で作られた光の矢が轟音を立てて放たれ、地平線の彼方まで飛んで行った。そして、半分の距離まで到達すると六本の矢に分裂し、そのまま後は標的へと一直線。

スカウターから見えるモース達に着弾すると同時に大きな砂埃を上げ、晴れた後にはクレーターしか残っていなかった。

 

それを別のモースにも数回繰り返し、残るのは全て同じ結果だけ。

モースが手も足も出ず、このベディヴィエール様に敗北したという結果だけが残るのだぁ!

 

 

「・・・任務、完了」

 

 

その言葉と共に、展開されていた単眼鏡の魔法陣が閉じて銀色の縁だけが残り、弓は二つに折って左右の腰に着けたホルスターに収める。

 

モルガン様が治めるキャメロット、その名物になりつつある俺の剛弓の音に、今更住民は驚くこともせず、城壁から見下ろせる町はいつも通りの賑わいを見せていた。

 

そんな城下町へと降りることはせず、モルガン様から頂いたブーツで空を翔けて報告のためにお城まで向かう。

正門からではなく、裏手に回って玉座まで直行だ。

 

本来なら非常識極まりない行為だし、バレたらウッドワスさんに叱られるが、何故かいつもお忙しいモルガン様がお一人で待機してらっしゃるので、玉座の前に着地してそのまま跪く。

 

 

「ご命令通り、西のモース達は始末しておきました」

「流石だな、私の騎士。褒美をやろう、もっと近くに寄れ」

「はい」

 

 

膝をポンポンと叩いて、そう促すモルガン様へと恐る恐る近付く。

 

 

「し、失礼します・・・」

 

 

辺りを何度も確認して、彼女の膝へと腰を掛ける。いつかの日のように横ではなく、モルガン様へと背を向けるようにして。

そうすれば、いつも通りモルガン様が背後から万年ロリ体型な俺の身体を包むようにして抱き込むと、頭を優しく撫で始めた。

 

 

「お仕事、お疲れ様。辛くはなかったか? 何か困ったことは?」

「ぁ、ぃ、いえ、モルガン様から頂いたお力のお陰で、とても楽しく・・・楽しく? ・・・いえ、えっと、いい感じにやっていけてます・・・!」

 

 

仕事が終わると毎日のようにこうされるのだが未だに慣れない。

と言うか、何故ここまで良くしてくれるのかが全く分からないので、何かしら裏があるのではと警戒してしまう。

 

 

「そう怯えるな。私は何もしないぞ」

「は、ははははひぇ!? すみません、また声に!! あの、決してそう思ってるとかではなく、あ、いえ、ほんのちょっぴり思っちゃったというか、けどそれは誤解というか、あのあの・・・!」

「あぁ、分かってる。よく分かってるとも。だから安心しろ。お前が無事なら、私はそれだけで満足なのだから」

 

 

な、謎の信頼が・・・重過ぎるッ・・・!

いや本当に、なんでこんなに好感度高いんだ?

最初の頃なんて、英雄様のためにモルガン様を打倒しようと画策していたくらいだぞ?

・・・いやまぁ、画策と言うほど何かしてた訳ではありませんけども。と言うか、何かをする前にこうして見付かっちゃった訳ですけども。

 

 

「・・・前から思っていたが、普段使ってるあの口調はなんだ」

「ぇ、ぁ・・・そ、それは・・・」

 

 

え、そ、それ聞いちゃいますか!?

それ聞いちゃうんですか!!?

 

仕事モードの俺の事を聞いちゃうんですか!?

 

 

「何か事情があるのか?」

「ぁ、いえ・・・あの、その・・・そ、そっちの方が・・・カッコいいかなって・・・。えっと、ふ、不快・・・でしたか?」

 

「・・・・・・いや、とても凛々しくてカッコイイと、私は思いますよ」

 

 

多分、モルガン様は本心から言ってるんだろうけど、なんかこう・・・母親にバレたみたいで凄まじく恥ずかしい・・・。

穴があったら入りたい・・・。

 

あ、そう言えば、すぐそこに大きな穴が・・・。

 

 

「すみません悪巫山戯が過ぎました。だから早まらないで下さい」

「え、あ、はい・・・?」

 

 

抱き締める力が強くなって、縋るような声に何かマズイ事を言ったかと思い返してみるが、どう考えても俺が恥ずかしくなってた記憶しかないので頭を捻るしかない。

 

と言うか、早まるって何を? もしかしてモルガン様、俺が思ってる以上にあのキャラを気に入ってたりします?

やれやれ系を目指そうとして、寡黙キャラになっちゃったベディヴィエールを?

 

・・・・・・・・・なるほど。やはり、俺は間違っていなかった。

正直、路線ミスったなーとか思ってたが、やっぱカッコイイよね。うんうん、流石モルガン様。分かってらっしゃる。

 

 

・・・と、所で、あの・・・いつまで強く抱き締められるのでしょうか? 流石にそろそろ他の妖精が来そうなんですけど・・・。具体的にはモフモフのウッドワスさんとか。

 

・・・ウッドワスさんと言えば、あの手入れが行き届いた毛皮、非常に魅力的だよな。モフモフしたいなと常々思っていたが、背中は任されてもモフらせてくれる許可だけはどうしてももらえないので参ってた。

いやまぁ、モルガン様のために毎日大変なお手入れを頑張ってるらしいので、俺が先に手を出すのも違うってのは分かるのだが・・・。

 

最近、お熱なオーロラさんとやらの絵画を描いてあげたら、少しくらいは触らしてくれるだろうか?

 

 

「・・・ソールズベリーを統治するあの妖精とは会ってはいけません」

「え・・・・・・え、はい? オーロラさんの事ですか? ・・・でも、どうして」

「アレは貴女に悪い影響しか与えません。いいですか、決して会わぬように。それから、仮に接触しようとしてくれば、必ず私に報告すること。いいですね?」

「え・・・っと、ぁー・・・はい、分かり・・・ました?」

「よろしい」

 

 

凄い綺麗なお方だと聞いたので、インスピレーションを得るためにも一目でも見たいなと思っていたが、ここまで言われては仕方ない。

現役族長同士の恋の物語とか民衆には結構ウケるだろうし、もしかしたらウッドワスさんもご褒美にモフらせてくれるかと思ったんだが・・・。

 

 

「・・・・・・私と一緒であれば、会うくらいなら許可しましょう」

「え、本当ですか? ・・・あ、それならウッドワスさんもご一緒でいいですか? あの人、かなりオーロラさんのことを気にしてるようで」

「ふふっ、女王と妖精騎士、それに排熱大公まで行けば、要らぬ警戒をされてしまいますよ」

「あ、それも・・・そうですね、すみません・・・」

 

 

点数稼ぎにウッドワスさんを誘おうと思ったが、確かに自分で言うのもなんだが顔触れが豪華過ぎる。

 

いかんな、自覚があるつもりでも一般オタクだった時期があまりにも長過ぎて、その時の感覚が抜けきらない。もうちょっと自分が今をときめく妖精騎士ベディヴィエールである自覚をしっかり持たねば。

 

 

 

 

 

 

この国と言うか、この島にはある一定の周期で厄災と呼ばれる文字通りの災害が発生する。

どんな物かについてはその時々で違うのだが、唯一の共通点を挙げるとするならば、妖精がめっちゃ死ぬってことくらい。

 

しかし、その共通点も今は昔の話。

我ら無敵の女王軍が居る限り、そのような惨劇を繰り返すことは決して許さない。

 

 

「・・・ん? こっちに向かって来てるのって、もしかしてモルガン様?」

 

 

(のち)にキャタピラー戦争と呼ばれる、モースが巨大な虫型となって、王蟲の如く進軍してきた意味不明な厄災があった。

 

俺は変わらず、城壁からの援護射撃が役目だったのだが、単眼鏡で戦場の様子を眺めていると最高戦力として出撃していた筈のモルガン様(本体)が、何故か一人そそくさとお城に戻って来ていた。

 

 

「あ、あの・・・何処か具合が悪いので?」

「・・・無理、マジ無理」

「え」

 

 

そう言って、ただでさえ白い顔を更に青白くしたモルガン様が、スタスタとお城の中へと帰って行った。

俺のように援護射撃に徹するのかと思ったが、本当にお城に籠られてしまい、戦場ではウッドワスさんと二百年くらい前に新しく生まれた牙の氏族であるバーゲストさんが無双していた。

 

数が多過ぎてカバーしきれない範囲は俺が狙撃しまくって、なんか途中で仲間を食べ始めたバーゲストさんにドン引きしたりしながらも、その後に何故か更に強くなったバーゲストさんと相変わらず出鱈目な強さを誇るウッドワスさんとで虫型モースを駆除しまくり、厄災を退けたことでブリテンに平和が戻った。

 

 

 

 

 

 

 

ウッドワスさんに後から聞いた話だが、どうやらモルガン様は大の虫嫌いらしく、虫型モースを見た瞬間に彼自身、聞き間違いかと思うほどの女性らしい悲鳴を上げたのだとか。

で、その後に真顔で宝具を打つと「無理、マジ無理」とだけ残して先に帰ったのだとか。

 

え、なにそれウチの王様可愛すぎじゃね? と思ったのと同時にモルガン様虫嫌いなのかと、ちょっと残念に思ったり。

 

まぁ、虫は女性に嫌われやすいフォルムをしてるってのは理解してるので、それも仕方ない事だと受け入れるしかあるまい。

 

それはそれとして、その女性らしい悲鳴とやらが聞きたいので今度モルガン様にドッキリ仕掛けてみよ。

虫嫌いとは言え、作り物感丸出しのおもちゃなら精々、小さな悲鳴をあげるくらいでそこまでビックリはしないだろう。

 

例えば、玉座のクッションの下にゴキブリを一杯敷き詰めるとか。

或いは、寝起きに頭上から大量の百足(むかで)を落とすとか。

 

・・・・・・さ、流石に殺されるかな?

 




容姿等の質問があったのでこの辺で軽くアホについての説明を。

体型はメリュジーヌと双璧を成すロリであり、髪は銀髪セミロング。
左目に眼帯をしており、右目には常に銀色のD・ゲイザー(遊戯王)みたいなのを装着している。服装はコッコロ(プリコネ)みたいな服にホットパンツ、そして膝上まであるロングブーツを履いた感じ。

武器に関しては色々と悩んだけど、銀色の腕とか「静まれ俺の左腕・・・!」くらいしか思い付かなかったので没に。その他、武器に関しては後々のキャラ解説で載せる予定です。

メリュジーヌサイズだと弓引けんでしょ、とかいうツッコミは無しの方向で。
強いて言えば、作者の趣味です。


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小さな桃源郷

足で弓引くってどういうこと? って思ったけど、なるほどそういうのもあるんですね。
凄い性癖に刺さりました。


あれから色んなことがあった。

俺以外にバーゲストさんやメリュジーヌが妖精騎士を拝名し、それぞれ妖精騎士ガウェインと妖精騎士ランスロットとなったり。あの近接戦闘では負け無しのウッドワスさんが何故か前線を退いたり。果てには鏡の氏族が「予言の子」とか言う、なんか如何にも王道そうな予言を残して、気付けば滅ぼされてたり。

 

本当に色々なことがあったが、今一番気にしていることは妖精騎士ランスロットだ。

銀髪でロリっ子で凛々しくて、プライベートはすっごいお喋りで、あとオーロラさん(特定の誰か)に大きな好意を抱いている。

 

・・・・・・いや、俺とキャラ被ってね?

 

強いて言えば、戦闘スタイルが異なるって点だが・・・よく良く考えてみれば、俺は近接戦闘はしないものの、彼女は上空から爆撃(敵の届かぬ位置から攻撃)を行ったり、二刀流であったりと、意外と共通点が多い。あとどっちも空を飛べる(跳べる)。

 

・・・いや、うん。キャラが丸被りしてることに関しては別にいいんだ。被せようとして、あんなキャラになった訳では無いのは知ってるから。

 

ここで俺が気になった点というのが、特定の誰かに大きな好意を抱いているということだ。

・・・・・・同志獲得チャンスでは?

 

 

そんな訳で早速、彼女の下へレッツラゴー・・・したかったのだが、生憎と彼女はオーロラさんのことが好き過ぎて、仕事は常に飛び回って俺以上に最速で終わらせるし、終わったらソールズベリーまで直行するので中々話す機会が得られない。

いや、それならそれで俺もソールズベリーに行けばええやんって話なのだが、ご存知の通り、俺がオーロラさんと接触することはモルガン様が難色を示しているのでそうもいかない。

 

どうしたものかと、ウッドワスさんが治める街で彼が経営しているお店の個室で食事していると、目の前にオーナーであるウッドワスさんが座った。

 

 

「依頼したものは持って来たか」

「・・・ここに」

 

 

何処かソワソワしている彼に、スっと一枚の紙を渡す。

ソレは今は前線を退いて見られなくなった、過去の剛力無双なウッドワスさんの姿が描かれた一枚の絵画だった。

 

それを受け取ると「ほほう・・・」と満足そうに品定めを始めた。

 

 

「中々、私の獰猛さと凶暴さを兼ね備えた良き一枚ではないか」

「・・・本当にいいの?」

 

 

大変ご満悦な所悪いが、実はこれ、ウッドワスさんの意中の相手でもあるオーロラさんへのプレゼントとして、少し前にウッドワスさんから依頼された物なのだ。

 

いや、確かに自分でも誇れるくらい、記憶だけを頼りによく描けたなって自画自賛するレベルでカッコよく描けたが、そもそもとしてウッドワスさんは獰猛さや凶暴さとは無縁な紳士を目指している。

そこにコレをプレゼントすれば全てが水の泡ではないのかと思ったが、どうやら彼の考えは違うらしい。

 

 

「良いも何も、これは元々貴様が言い出した事だろう? 確か・・・ギャップ萌え、だったか。これでオーロラ様のハートはズキューンだと」

 

 

・・・いや、確かに言ったし、恋愛相談もされたけどさ。

「手始めに一人称変えてみたら? 」とか、「モルガン様は"俺"って一人称が凛々しくてカッコイイと仰っていた」とか言って本当に実践したかと思えば、後から嬉々とした様子で「オーロラ様に "そんな野性味溢れる貴方も素敵" と褒められたぞ!」と言われた時は、思わず大型犬を連想してしまった。

 

もうなんか、小学生の男子を軽くあしらってる年上お姉さんのような構図にしか見えないんですけど。絶対、脈無しなんだろうけど・・・これが恋は盲目ってやつか・・・。

 

 

「・・・報酬」

「・・・・・・分かっているとも」

 

 

しかし、それでも俺がウッドワスさんのお手伝いをするのには、きちんとした理由がある。

 

俺の言葉に忌々しそうにしたウッドワスさんが背凭れのある椅子に横向きで座り、俺は彼の背後へと回る。

目の前には以前よりも増してモフモフ度が上がり、毛先に至るまで物凄く手入れされた毛皮の山が・・・。

 

そこへ容赦なく、俺は全身で抱き着いた。

 

 

「おほ〜・・・しぁせぇ・・・」

「貴様、一分だけだからな」

 

 

俺が対価として提示したのは一分間のモフらせ自由権。

 

本当に心の底から嫌そうな顔をしつつも、ご自慢の毛皮を褒められて満更でも無い様子のウッドワスさんに、遠慮無く攻めまくる。

 

 

「そんなこと言って・・・ほらほら、ここか? ここがええんか?」

「くっ、殺せ・・・!」

 

 

もふもふするだけでなく、顎の下をコショリしたり、獣耳を揉み揉みしたりと、これまでの鬱憤を晴らすが如く堪能した俺は、妖精騎士ベディヴィエールとして取り繕うことも忘れ、頬を緩みに緩ませた。

 

 

「はぁ〜・・・♡ ご馳走様♡」

「はぁ、はぁ・・・くそ、好き放題しおって・・・!」

 

 

たった一分だと言うのに、終わった頃にはグッタリなウッドワスさん。

これ程に上等な毛皮ならオーロラさんも簡単に堕とせそうな気もするが・・・そういう手はやらない感じなのかな?

 

 

「・・・因みに、モルガン様はもっと上手い。テクニシャン」

「な、なんの話だ・・・」

「ふふっ、分かってる癖に」

 

 

さて、食事も済ませたし、やりたい事も終わったのでこの辺りで退散しますか。

今更だけど、ウッドワスさん狼なのにベジタリアンとか、色々と溜まったりしないのかな?

今度、お肉の差し入れでもしてあげようかな。我慢は身体に良くないって言うし。

 

 

 

 

後日、モルガン様を見てソワソワする大型犬が散見されるようになったとか。なんでやろーなー。

あと何故か、オーロラ様から熱烈なアプローチ(当社比)を貰えるようになったらしい。良かったね。

 

 

 

 

 

 

モルガン様に娘が出来たらしい。

意味不明過ぎて草生える。

 

しかし、どうやら実の娘では無い感じ。

真名をバーヴァン・シー、着名した名はトリスタン。

 

真っ赤なドレスとハイヒールが印象的な、色々とお勉強中のお母様大好きっ子である。

そんなバーヴァン・シーが、俺の下に尋ねて来た。なんでも、日頃の感謝を込めてお母様に何かお礼がしたいのだとか。

 

 

「・・・そこで何故自分に?」

「認めたくはないけど、お前、お母様一番の騎士なんだろ? あのクソ犬には聞きたくないし、消去法」

「・・・ふふっ、そういう事であればこの妖精騎士ベディヴィエール、微力ながら力になりましょう。なんせ、モルガン様(いち)の騎士なので」

「・・・・・・人選、間違えたかも」

 

 

とは言え、モルガン様の好みってあんまり知らないんだよな。娯楽よりお仕事優先って感じのバリバリのキャリアウーマンだし、お仕事以外で外に出てるのを見た事がない。

 

 

「ふむ・・・では、料理などは如何でしょう? 妖精に食事は必要無いとは言え、美味であれば娯楽として十分機能します」

「料理・・・私、した事ないんだけど」

「そこは自分にお任せを。美食家なウッドワスさんの舌を唸らせた実績がありますので」

「あの食わず嫌いを?」

 

 

まぁ、お肉関連の物はとことん食べてくれなかったが。

一週間、良い匂いのする出来たてステーキを持って追い回した事があるが、それでも食べなかったからな。

肉に親でも殺されたのか。

 

 

「・・・では用意しているので、汚れても大丈夫な服装で厨房に来て下さい」

 

 

そんな訳で急遽始まりましたお料理教室。

こちとら調味料どころか食材すら真面な物が無い時代から、英雄様グッズを作る傍らで密かに工夫に工夫を重ねていたのだ。

まぁ結局、美味しい物は作れなかったが・・・。

 

しかし、それから千年以上が経過し、今や食材も調味料も使いたい放題の特権階級である。その気になれば、各々が嫌いな物すらも好物にさせてみせる自信がある。

 

・・・・・・絶品虫料理とか出せば、モルガン様の虫嫌いも治るかな?

 

 

「・・・ほう、意外と手先が器用ですね」

「失礼ね、私はお母様の娘よ。このくらい出来て当然だっつーの」

「いやしかし、本当に見事な包丁捌きです。この調子だと、モルガン様もお喜びになられる美味しい料理が出来るでしょう」

「そ、そう・・・?」

「はい。料理が完成する頃にモルガン様もこちらへいらっしゃるようなので、一番美味しい出来たてを召し上がってもらいましょう。きっと、褒めて下さいます」

「へ、へぇ・・・お母様が・・・・・・ふーん・・・」

 

 

・・・可愛いなコイツ。あとチョロい。

 

頬を赤らめ、視線を(せわ)しなく動かし、頬がニヤけそうになるのを必死に抑えようとして失敗した赤いお耳のバーヴァン・シー。

 

そんな心ここに在らずといった様子で野菜を切っていたものだから、当然と言えば当然なのだが。野菜ではなく自分の人差し指を切ってしまった。

 

 

「痛っ」

「おや・・・少し、指を見せて下さい」

 

 

切った指を持ってパクリ。

口の中で消毒して体液を拭き取り、絆創膏を貼る。

 

 

「これで良し。包丁や刃物を扱う時は気を付けて下さい。貴女が傷付くとモルガン様が悲しまれますよ」

「っ!? ・・・!! ・・・ッ!? ッ!!?」

 

 

その後は玉ねぎを切って一緒に大泣きしたり、鍋を混ぜる大変さにバーヴァン・シーが愚痴を漏らしたり、味見をしようとして火傷しそうになったので変わりにふーふーしてあげたりと、結構順調に出来上がっていった。

 

 

「・・・あの、さ」

「何か?」

「前から気になってたんだけど、その、眼帯の下って・・・やっぱり見えないの?」

 

 

そして、後はモルガン様を待つだけとなり、暇潰しに二人で駄弁っていた時、そんなことを聞かれた。

 

 

「・・・あぁ、これですか。いえ、別に見えない訳では無いんです」

 

 

ちょっと大きめの黒い眼帯に触れて、物思いに耽る。

今ではお風呂くらいでしか見なくなった、自身の赤い瞳を。

 

 

「なら、なんで着けてんのよ」

「封印です。誰も傷付かないように封じるための。その封印が解かれた時、きっと・・・この世界に大いなる災いを齎し、多くの者を不幸にしてしまうでしょうから」

「そ、そう・・・なの・・・。ごめんなさい、軽率に聞いていい事では無かったわ・・・」

 

 

根は良い子なので・・・と言うか、今がちょっと反抗期なだけで、本当は俺が上げたモルガン様グッズを寝てる時に抱き締め過ぎて壊してしまい、それで大泣きするくらいには本当に心優しい女の子なので、こうして偶に素が出てしょんぼりすることがある。

 

そんな可愛い可愛い女王様の愛娘に、俺は優しく笑い返してあげる。

 

 

 

 

 

 

「・・・まぁ、嘘ですが」

「は?」

「単に、お洒落で着けてるだけ・・・って、ァーごめんなさいごめんなさい! 引っ張らないで下さい! やめっ、ヤメロォー! 」

「・・・・・・」

「あっ、あっ、やめて下さい、あ、でも離したら、それはそれで痛そうなので、そのままゆっくり、ゆ〜っくり俺の方へ戻して下さい。いいですか? ゆっくりですよ? ゆっくりってば━━━━」

 

 

「・・・何やら騒がしいな。何かあったのか、バーヴァン・シー」

「・・・あ、お母様!」

「ちょっと待っ・・・ア゛ア゛ア゛ア゛!! イイッ↑ タイ↓ 目ガァァァ!!↑」

 

 

 

のたうち回る俺と、とても爽やかな笑みで近寄るバーヴァン・シーに、何故かモルガン様は今まで見たことも無いような美しい笑顔を浮かべていたとさ。

ちゃんちゃん。

 




成長途中のトリ子、何かに目覚める。
悪辣な魔女の出来上がり。


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優しい王様

日間1位ありがとうございます。
超嬉しい。


最速の妖精と名高い妖精騎士ランスロット、その次に早く仕事を終わらせている俺こと妖精騎士ベディヴィエール様だが、それでも尚忙しいのがこのお仕事である。

とは言え、ブラック企業顔負けの労働環境と言われたら別にそういう訳ではなく、俺は遅くとも午前中に終わるので昼からは思いっ切り趣味の時間に当てたりしている。

では何が忙しいのかと言うと、妖精騎士には纏まった休みが無いのである。

 

なんせ、俺達の主な仕事は妖精の天敵であるモースの退治。

倒しても倒しても、モグラ叩きの如く無限に湧いてくるので、一日でも放置していたら大変なことになるのだ。

 

しかし、ここ最近(百年くらい)は妖精騎士の数も増え、中でも俺とメリュジーヌは馬鹿みたいな速度で殲滅して行っているので、割と休みの融通が効くようになって来た。

 

そんな訳で、妖精騎士となって以来初めての連休を利用し、やって来ました虫妖精さん達の森。

第二の故郷とも呼べるこの森だが、そう言えば第一の故郷にはもう二千年以上も帰ってなかった。

二千年・・・二千年かぁ・・・、もうそんな昔になるのか・・・。

 

え、俺そんなに帰ってなかったの?

 

マジかよ。

流石にそろそろ一回帰った方がいいかな。今の妖精騎士となった俺なら、他のみんなも「え、旅に出たんじゃないんすかww」 みたいな反応もしないだろ。

二千年ぶりだが、みんな覚えててくれるかな?

 

それはそれとして、本当に変わりなく歓迎してくれた森のみんなに早速、新しい英雄譚と言うか・・・もうほとんど自作小説みたいになって来た英雄様のお話を聞かせてあげようとして、なんだかいつもと違う様子の彼らに森の中を案内された。

 

そうして案内された先に居たのは、全身を覆い尽くす程の虫妖精さん達に群がられた全裸の妖精だった。

 

彼らに悪意がある訳ではないのだろうが、流石にそれは可哀想だったので離れるように言って、全裸妖精さんの容態を確認する。

死んではいないが極度の昏睡状態にあり、かなりの長期間この状態だったのか、身体も細くて筋肉も殆ど衰えていた。

・・・確認しといてなんだけど、本当に生きてるよね、これ。

 

取り敢えず、虫妖精さん達に上げていた布団を敷いて軽過ぎる身体を抱えてそこへ寝かせる。そして、それから・・・・・・どうするんだ?

 

むむ・・・病人の介護ならまだしも、ただ弱ってる人ってどういう処置をするのが正解なんだ?

何か食べさせるにしても、寝ている状態ではどうにも出来ないし、試しに水を飲ませてみたが、口の中に溜まるだけで飲み込もうとはしなかった。

 

・・・てか、これ普通に窒息するんじゃね?

 

そう気付いて慌てて顔を横に倒し、水を吐き出させたものの、呼吸の確認をすると息をしていなかった。

急いで心臓マッサージをしようとして、あまりにも薄い胸板にマジでトドメを刺しかねないと判断し、人工呼吸をする事にした。

 

やるのは初めてだが、名探偵コ〇ンでやり方は学んでいるのでバッチグーである。気道確保のために顎クイをして口を付け―――直前で、死にかけていた全裸妖精さんの瞳に光が宿り、横へ飛び起きた。

 

 

「いやー、はははありがとう。君のお陰で永い眠りから醒めることが出来たよー、本当にありがとねー」

 

 

なるほど、眠れる森の王子様と言うやつか。口付けで起きるとはまたベタな展開だ。いや、しておりませんけども。

 

しかし、一瞬元気そうに笑っていた妖精はフラリと倒れて辛そうにしていた。

どうやら、いきなり動いた反動で身体に負荷が掛かったらしい。

 

もう一度布団に寝かせ、どうしても群がりたがる虫妖精さん達を制したら何故か俺に群がってきたものの、まぁ慣れてるので彼らはそのままに、全裸妖精さんの看病をする事になった。

 

とは言え、別に病気でもなんでもないので特にすることも無いのだが。

 

強いて言えば、暇な時間に自作の英雄譚(絵本もあるよ)の読み聞かせをしたり、英雄様の抱き枕を懐に入れてあげたり、英雄様の勇姿を描いた一枚絵を何枚も見せてあげたりするくらいだった。あと偶に生存確認。

 

お仕事で時々しか来れなかったが、俺に代わって一生懸命、看病と布教をしてくれた虫妖精さん達のお陰で、全裸妖精さんはすこぶる元気になった。

 

そして漸く名前やら事情やらを聞けたのだが、全裸妖精さんことオベロンさんは、なんと異国の王様だったのだ。

しかし、王様は王様でも、今は領地を持たない文字通り裸一貫の王様なんだとか。

 

であれば、いつまでも裸という訳にはいかない。

俺が作った英雄様グッズのTシャツとズボンはやんわりと断られてしまったので、なんかそれっぽいマントに、それっぽい王冠、そしてそれっぽい一張羅を作ってあげた。

 

自分で言うのもなんだが、それらを着たオベロンさんは本当に何処かの王様みたいで、思った以上に似合ってて見惚れてしまった。最初は疑っていたが、王様だったという話も本当かもしれない。それも飛びっきり優しい王様。

 

なんせ、本当に良い人なのだ。

虫妖精さん達と一緒に俺の話を凄い熱心に聞いてくれるし、彼は彼で独自に得た外の情報を面白おかしく伝えてくれて、俺や虫妖精さん達を楽しませてくれる。

グッズに関してはいつもやんわりと断られてしまうが、それでもその出来に関しては普通に褒めてくれる。

 

そう、彼はオタクに優しい王様なのだ。

 

いやホント、フィギュアはフィギュアであって小人でもなければ、誰かが石化した訳でも無いし、ブロマイドも絵だって言ってんのに、誰も信じようとしない。

どうして頑なに裏側を暴こうとするのか。どうして綴じ袋感覚で裂いてしまうのか。二千年経っても未だに理解されないことに俺は悲しみを覚えるよ、トホホ。

 

芸術では無いが、物作りという点に於いては土の氏族のドワーフなんかが居たりするが、彼らはその・・・方向性が違うから、ちょっと苦手。

鍛冶師ガチ勢と言うか、なんと言うか・・・英雄様ではなく、作った物に対して評価してくるもんだから、結局、俺の話は聞いてくれないんだよな。

アニメのキャラの話をしてたのに、映像技術の凄さで盛り上がられた感じ。ヘコむわ。

 

しかし、今日は違う。

同志とまではいかなくとも、新しい理解者を得られた、そんな素晴らしい日なのだ。

と言うか、モルガン様から布教活動は控えるように言われてたし、モルガン様ラブ勢な女王軍には無意味だったりと、布教自体が結構久しぶりだったりする。

 

そこで虫妖精さん達以来の大チャンスにやる気が爆発した俺は、英雄様グッズのフルコースと秘蔵のお宝であるコスプレ衣装までも持って来て、全力で推しに推した。

 

しかし、結果は芳しくなく、英雄様の素晴らしさを理解されはしても沼ることはなかった。

くそぅ、彼の宣伝力があれば、今頃妖精國は話題の"予言の子"と英雄様を同一人物だと勘違いして、英雄様ブーム到来間違い無しだったのだが。

 

・・・いや待て。そうなると "予言の子" である英雄様がモルガン様を打倒する存在になる訳で、その情報がモルガン様の耳に入れば、益々布教活動を禁止されてしまうし、なんなら反乱分子として要らぬ容疑を掛けられてしまうかもしれない。

・・・・・・くっ、仕方ない。このプランは諦めるしかないか。

大人しく、いつも通りの布教活動に勤しむとしよう。勘違いされないように、予言の子と英雄様は別人だと、きちんと明言しながらな。

 

 

 

 

 

ある日、虫妖精さん達の森へ行くと、あちこち飛び回っているらしく、中々顔を合わせられないオベロンさんに魔術について何か知らないか、とそう聞かれた。

 

確かに、妖精國唯一の魔術師であるモルガン様(バーヴァン・シーは見習い)と長らくを共にしたので分からなくはないが、理解しているかと言われると話は別である。

 

しかし、この俺、妖精騎士ベディヴィエール様はモルガン女王陛下一番の騎士なので、魔術について分かりませんと答えるのはちょっと癪である。

癪ではあるが、事実として魔術はさっぱりなので苦肉の策として、魔術では無く科学を教えてみた。いやそんな大層なものではなく、どちらかと言えば理科の実験に近いものだが。

 

だが、どうやらそれで十分だったらしく、何に使うのか用途を聞く前に再び飛び去ってしまった。

領地が無かろうと王様ってのは本当に忙しいんだなぁ、と感じながらも、小さくなっていく背中に・・・え、待って。なんか物理的に小さくなってない?

 

すご、王様ってそんな事も出来るのか。

 

 

・・・・・・つまり同じ王様であるモルガン様も小さくなれるってこと?

 

ミニマムモルガン様・・・今度、バーヴァン・シーに作ってあげよ。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

それは突然の知らせだった。

 

いつもの様に仕事に追われ、どうでもいい妖精共との一部を除き、相変わらず策略も無ければ思惑も無い、保身ばかりに走るつまらない会議を終え、考え玉座で一息()いていた時のことだった。

 

 

「ご報告致します! 妖精騎士ベディヴィエール様が行方不明との知らせが!」

 

「・・・なんだと?」

 

 

その報告を聞いた瞬間、モルガンの脳裏にあらゆる可能性が駆け巡る。

裏切り、罠、未知の敵、あるいは厄災関連・・・。

 

だが、どれも可能性は低いものばかりで、何故そんな事になったのか、何故そのような事をしたのか、理由の特定までは至らなかった。

 

 

「他に情報は?」

「そ、それが・・・ソールズベリーの住民に"名なしの森"の方へ行くのを見たとの証言が・・・」

「・・・ッ!?」

 

 

モルガンは、己の行いを悔いていた。

あの子のプライベートを優先せず、常に把握しておくべきだった、と。

何処にも行かないように、首輪を付けておくべきだった、と。

そうすれば、こんな事にはならなかった。

 

まさか、自身が知らぬ間にそこまで追い詰められていたなんて、気付きもしなかった。

 

だが、後悔の先に立つものは何も無い。

無意味な思考だと切り捨て、素早くこれからの計画を立て直していく。

 

 

(何故、何故ですか・・・)

 

 

しかし、今回ばかりは向かった場所が悪く、その事実が二千年もの間、国を治めてきた規格外の頭脳を曇らせる。

 

"名なしの森"

 

そこは嘗て、コーンウォールという村があり、今では妖精であることの意味を見失った者達が辿り着く最後の楽園。

死んだ領主が残した呪いによって霧に覆われた森に入れば、次第に多くのことを忘れていき、最後は妖精としての名を、役割を、そして過去すらも失ってしまう。

 

 

(約束したでしょう、ずっと傍に居ると・・・!)

 

 

モルガンは明らかに冷静さを欠いていた。

 

平時であれば、少々面倒ではあるがそれでも命より大事な者のために全力で"名なしの森"の霧を剥がしに掛かり、そして素早く確保する筈だった。

 

だがモルガンは、あのちょっとお馬鹿で心優しい妖精を縛り付け、自分の手元に置いておきたい訳では無い。いや、出来ることならずっと傍にいて欲しいし、現にそう約束したのだが、それは飽く迄も口約束。魔女にしては珍しい、なんの対価も、保証も無い、ただの口約束だった。

 

傀儡にしたい訳では無いのだ。愛玩動物として愛でたい訳でも無い。

求めるのは彼女の幸福。やりたい様にやって、ずっと笑顔でいてくれれば、それで十分だった。

 

その結果、本当に最悪の場合だが、自身の下を離れる事になったとしても、モルガンは許すつもりでいた。それが彼女の望むことであれば、大人しく引き下がるつもりでいた。・・・凄い寂しいけど。

 

 

だからこそ、自分の意思で "名なしの森"へ向かったともなれば、軽率に連れ戻すことは出来ない。

 

なんせ妖精騎士である彼女に敵う者など、この島には数える程しか居らず、その少なくない強者すらも殆どがモルガンの勢力下。

であれば、誰かに無理矢理連れて行かれたのではなく、彼女自らがあの森へ行ったと考えるのが自然な訳で・・・。

 

 

「・・・・・・うぅ」

 

 

結局、心優しき女王様は、いつか自分の下に帰って来ることを信じて、ただ待つことしか出来なかった。




敗因
女王様:考え過ぎ
どアホ:考え無さ過ぎ


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お友達

前回の主人公について補足を。

前回、登場した地域は二種類あり、一つはキャメロット(モルガンが居る城)から西の位置にあり、虫妖精さん達とオベロンが居る"秋の森" 。
もう一つはキャメロットから南西の位置にあり、主人公が誕生した土地でもある"コーンウォールの村"となります。
この"コーンウォールの村" は女王歴約1800年頃に殺された領主が残した呪い(忘却の呪い)によって村が霧に覆われて "名なしの森" となってしまいます。

つまり、前回での主人公視点の時は秋の森に行っており、モルガン視点で初めて"名なしの森" へ行ったことになります。


説明不足により、読者の皆様に混乱を招いてしまい申し訳ありませんでした。
多分、またやらかします。


"予言の子"。

何年か前に、鏡の氏族によって予言された妖精國を救う者のこと。

巡礼の鐘を鳴らす旅をして、絶対的な女王を打ち倒してくれる救世主。

 

それが他ならぬ私のことだと幼い頃から村のみんなに期待され、なんやかんやで十六歳まで育てられた私は、予言通り、巡礼の鐘を鳴らす旅に出たのです。

 

 

「なーんて、張り切って各地を回ってみたものの、"予言の子"に誰も興味無し。何処もかしこも伝説の"英雄様"が蘇るとかで大盛り上がり。相手にもされず、不貞腐れた私は、こうして"名なしの森" へ来るのでした」

 

 

まぁ、悪名高い"忘却の呪い"も、"楽園の妖精"である私には効果無しでしたけど。

 

期待外れもいい所。

きっと、私のことを知った他の妖精達もこんな気持ちだったのかなぁ・・・。

 

 

「・・・・・・はぁ、でも偶には全部忘れて休んでもいいでしょ。頑張った自分へのちょっとしたご褒美と言うか、いやまだ何も頑張ってはいないんですけど・・・英雄様とやらが蘇って、みんなもそれを望んでるなら、別に私が頑張らなくたって・・・・・・うん、もうなんでもいいや! お休み!」

 

 

そうして、新入り用という建前で与えられた、広場から離れたテントの中でいじけ虫になった私は、全部放り出して不貞寝するのでした。

 

 

 

 

先客が居たと気付いたのは、それから目が覚めてすぐのこと。

こちらを見下ろす黒い影。その中でも一際目立つ赤い瞳と目が合った時、影は慌てたようにベッドの隅の方へと逃げて行った。

 

 

「・・・・・・え!? え、何事!? なに、新種のモース!?」

 

 

寝惚けてた頭が醒めて、傍らに置いていた杖を構える。

しかし、よく見たらそこにあるのは毛布の塊。動く気配はなく、ただジッと・・・いえ、よく見たら少し震えながら、さっきと同じように布団の隙間からこちらを恐る恐る覗いてた。

 

 

「・・・あの?」

「ッ!!?」

 

 

 

声を掛けただけで布団越しにも分かるほど大きくビクつき、その様を見て敵意が無いことを察した私は、杖を下ろした。

でもあちらはそうではなく、ベッドの隅で変わらず警戒されている状況にどうしたものかと罪悪感に駆られてしまう。

 

 

「あー・・・えっと、怖がらなくて大丈夫ですよ〜・・・何もしないので〜・・・」

 

 

武器を向けておいてどの口が言うのかと、自分の考え無しな行動に後悔してしまうが、今更どうしようも無い。

必死に笑顔を取り繕って、無様さが際立つ言い訳を並べ立てる。

 

 

「・・・・・・ほんと?」

「ほ、ホントですホント! ほら、何も持ってないでしょ? 杖もぽーい!」

 

 

全身を布団が包んでいるのでよく分からないが、恐らく顔であろう部分がこちらを向き、意外と好感触な反応にヤケクソ気味に無害さをアピールする。

すると、すすすとこちらに寄って来て、布団の中からひょっこりと顔を出した。

 

 

「あの、えっと・・・エールって、言います・・・。お、お姉さんの、お名前を・・・聞いてもよろしいでしょうか・・・?」

「あ、私は・・・私はー・・・・・・アルー・・・いや、キャー・・・・・・でもないな・・・」

 

 

赤い瞳がよく映える銀髪に、幼い顔立ちには不釣り合いな黒い眼帯。髪を掻き分けて生えてる耳から、恐らく風の氏族だろうが、その背に翅らしきものは見当たらなかった。

 

そんなエールという少女に問われた質問に、私はなんと答えるべきか迷った。

 

なんせ、元々は自分の役割を放棄したくてここまで来たのだ。効果が無かったとはいえ、どうせならもう少しだけ予言の子ではない自分で居たかった。

 

 

「あ、あっ・・・す、すみません。嫌なことを聞きました。そ、そうですよね、貴女も辛いことがあって、ここへ来たんですよね。ど、どうか・・・今のは、聞かなかったことに・・・」

 

 

エールちゃんの提案に、渡りに船だと思ったのは、私がいけない子だからだろうか。それとも、彼女に私が"予言の子"だと知られるのが怖かったからか。

 

結局、名は言えず、何かしらの偽名を言うでもなく、私は名無しの少女"ナナシ"として、彼女と接することとなった。

 

 

「へぇ、エールちゃんはここに来て、結構長いんですね」

「ま、まぁ・・・そう、なんですけど・・・。ただ、ほら・・・ここって、記憶が・・・曖昧に、なるじゃないですか・・・。だから、もう・・・どれくらい居たのか、定かじゃなくて・・・。じ、実は・・・エールって、名前も・・・本当か、どうか・・・怪しいくらい、ですし・・・」

「そ、そう・・・だったんだ・・・」

「あ、あっ、でも・・・寂しくは、ないんですよ! 村のみんな、はいい人ばかり、ですし・・・そ、それに、お友達だって、出来たんです!」

「へ? お友達・・・?」

 

 

田舎娘の私には縁のない存在を目の前の少女は持っていると言う。

明らかに人付き合いが苦手そうなこの子とのお友達なら、もしかしたら私ともお友達になってくれるかなって、そんな下心が芽生えて、ちょっと興味が湧いた。

 

 

「こ、この、エールって素敵な名前も、そのお友達から、貰ったんです・・・。た、多分・・・そろそろ、帰ってくるかと・・・。あ、ほら・・・」

 

 

何かを見付けたように指さした先には、ボロボロな翅に、今にも消えてしまいそうな雰囲気を持つ、エールちゃんと同じくらい小さな妖精がいた。

その子は中に入ってくるなり、私とエールちゃんを交互に見て、オロオロしだしたが、そんな彼女へとエールちゃんが布団を被ったまま駆け寄った。

 

 

「おかえり、ホーちゃん! 怪我、してない?」

「う、うん・・・大丈夫だよ、エーちゃん・・・ありがと」

「えへへ」

 

 

抱き着いて、お互いに挨拶を交し、気付けば私は蚊帳の外。二人だけの空間を瞬時に作られ、「あ、この間に割って入るのは無理だわ」と私はホーちゃんと呼ばれた子と友達になるのを早々に諦めた。

 

くそう、これがリア充ってやつか。

なんか周囲にお花がポワポワしてるし。

 

 

「と、ところで・・・そちらの・・・妖精さんは・・・?」

「い、いえ、私はお気になさらず・・・あはは」

「あ、ご、ごめんさい、ナナシさん。・・・今、紹介しますね」

 

 

抱き着くのをやめ、ホーちゃんの手を引き、私の前まで立たせると、毛布は被ったまま居住まいを正したエールちゃんが私達の自己紹介ならぬ他己紹介を始めた。

 

 

「えっと・・・ホーちゃん、こちらが今朝から俺のベッドで寝ていたナナシさん、です。ここだと確か・・・名前は、思い出したくないヒトも、居るんだった、よね。だから、名無しのナナシさん、です。

それで、えっと・・・ナナシさん、こちらがお、俺の、お、おお、お友達の・・・ほ、ホーちゃん、です! えとえと、ホーちゃんは、ナナシさんと違って、名前、忘れちゃって・・・みんながホーなんたらって言ってたから、ホーちゃんです・・・!」

 

「あ、あの・・・ナナシ、さん・・・ほ、ホーです。おお、お願い、します」

「あ、これはどうもご丁寧に。えっと・・・な、ナナシです、はい」

 

 

・・・なんだろ、この友達の友達に会ったような感覚は。

いや、そもそも友達なんて居ませんけども。

 

てか私、エールちゃんのベッドで寝てたのか。

そりゃ、気になって覗き込みもしますわ。本当にごめんなさい。

 

 

「あの、すみません。私、エールちゃんのベッドだと知らなくて・・・」

「ぁ、い、いえいえ! す、凄く、お疲れのよう、でしたので・・・その、はい! ど、どうぞ、お使い下さい・・・!」

「でも、それだとエールちゃんの寝る場所が・・・」

「お、俺は・・・ホーちゃんと、寝るので、だ、だだ大丈夫です! ぅ、ぅへへ・・・」

「えぇ!?」

 

 

まぁ、お互いに小柄だからその判断は間違ってはいないと思うけど・・・。

当のホーちゃんがすっごいビックリして赤面し、それを見て耐え切れなくなったのか、言い出しっぺのエールちゃんまでも顔を真っ赤にして謝り出した。

 

 

「ぁ、あっ、いや、ご、ごめん、なさい・・・今の、な、無し・・・! あ、あのあの、お、俺、ゆ、床で、寝るんで・・・はい・・・で、ですから、お二人は、ベッドで・・・」

「い、いいいいや!? ぜ、全然嫌じゃないよ! む、むむ寧ろ、ばッ、バッチコイだよエーちゃん!!」

「ホーちゃん・・・!」

「エーちゃん・・・!」

 

 

・・・なーにを見せ付けられてるんでしょ、私は。

いえ、別に羨ましくはないですけどね。美しい友情、それもいいじゃないですか。ええ、ホント。

 

・・・・・・。

 

それにしてもいいなー、まるでお泊まりみたいで。

そう言えば私、誰かと一緒に寝たことなんて、一度もなかったなー。

 

まぁ、でも慣れてますし。全然平気ですし。

なんなら野宿とかもいける口ですよ、私。

 

 

「ッ・・・ほ、ほほほホーちゃん!?」

「え、ええ、エーちゃん、だ、大胆過ぎだよぉ・・・!」

「あ、ご、ごめんね、ホーちゃんと寝られると思うと、その・・・う、うう嬉しくて・・・」

「あ、そ、それは・・・・・・うん、私も・・・だよ? エーちゃん」

 

「ホーちゃん・・・!」

「エーちゃん・・・!」

 

 

・・・いや、ホント。

何を見せ付けられてるんでしょうね。

 

 

 

 

どうして・・・こうなったのか。

 

 

「ホーちゃん・・・もう少し、寄れる?」

「ん・・・こ、こう・・・?」

 

 

仰向けで寝る私の両脇へと、エールちゃんとホーちゃんがそれぞれ横になり、私の腕を枕にして身を寄せ合うように小さな体を押し付けてくる。

 

 

「ふふ・・・ナナシさん、カチカチです・・・」

「も、もっと・・・気楽で、いいんですよ? 私達は、その・・・もう、お、お友達、なんですから・・・」

 

 

夜の静まり返ったテントの中で、両隣から声を抑えるようにして囁かれた音が耳をくすぐり、なんだかむず痒くなってしまう。

 

どうしてこうなったのかと言えば、それは単にエールちゃんが提案したからだった。

折角だから三人で寝ないか、と。

 

もちろん、私は拒否しようとした。この二人の間に割って入るなんて堪ったものでは無かったから。

しかし、何やら期待したような眼差しを向けてくる二人に私は頷くことしか出来ず、こうして三人仲良く同じ床に着くことになった訳だが・・・。

 

どーして私が真ん中なんですかね。

あとなんかお友達認定されちゃってますし。

 

 

「・・・・・・え、お友達?」

「ぁ、ぇ・・・ぃ、いや、でしたか? ご、ごごめんなさい。そ、そうですよね、わ、私なんかと、お友達になるなんて、ごめんですよね・・・」

「あっ、あっ、ホーちゃん泣かないで。お、俺はホーちゃんのお友達だから。ずっと、ずっとお友達だから。だから、ね? 大丈夫だよ・・・」

「エーちゃん・・・!」

「ホーちゃん・・・!」

 

 

・・・あの、私に喋らせてくれませんかね。

別に今のは嫌だからとか、そういうあれじゃないんですけど。

 

 

「いえ、とても嬉しいです。私、今までお友達とか、居なかったので。・・・良ければ、私の方からも・・・お友達になってくれませんか?」

「ッ・・・は、はい! もちろんです!・・・や、やったよ、エーちゃん・・・! こ、これで、お友達、だよねっ・・・!」

「うんっ・・・これで名実共に、新しいお友達だよ・・・! お、押せ押せな、ホーちゃん・・・カッコよかったよ・・・!」

「エーちゃん・・・!」

「ホーちゃん・・・!」

 

 

・・・それはそれとして。

 

なんだろ・・・人を挟んでふわふわするの、やめてもらっていいですかね。

それにもう腕どころか、ほとんど体の上に乗っかられてるんですけど・・・。

 

 

「くぁぁ・・・んぅ・・・そろそろ、寝よっか・・・」

「ん・・・んぅ・・・おやすみなさい・・・エーちゃん、ナナシさん・・・」

「うん、おやすみ・・・ホーちゃん・・・・・・ナナシ・・・さん・・・・・・・・・」

 

 

え・・・あ、そのまま寝る感じですか。

あ、はい。おやすみなさい、また明日。

 

・・・・・・。

 

これ、明日、腕大丈夫かな・・・。

 




取り敢えず、ロリ百合に挟んでみた。
でも残念、田舎娘はノーマルでした。


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不思議な二人組

今更ながらに「原作既読推奨」のタグを追加しました。

"妖精円卓領域アヴァロン・ル・フェ" 開幕です。


ここへ来て数日が経過した。

私達三人は相変わらず広場とは離れた森の端っこのお家で寝食を共にしており、他の妖精とは全く親睦を深められていなかった。

 

"楽園の妖精" と言うだけで他の妖精に嫌われる私、本来の名前を失ったことで"存在価値が無い、どうでもいいもの" として扱われてしまうエールちゃんとホーちゃん。

 

妖精にとっての名は、それほど大事なものだから、それを失った者に居場所は無い。

自分の存在意義と同義なその名を忘れてしまえば、それは"目的"を果たせなかった落ちこぼれの証。誰も、そんな出来損ないの相手なんかしたくない。

 

そして、"楽園の妖精"とは言わば、彼らに終末を齎す存在。過去に犯した彼らの罪を罰する、妖精にとって凄く嫌な存在。

 

けれど、私はそれでも捨てきれない淡い希望を抱いて村の方へと行き、こちらを一瞥されただけであとは居ない者として扱われ、見事に玉砕。

私が"楽園の妖精" と知らなくともこの扱いだ。寧ろ、仲良くしてくれるエールちゃんとホーちゃんが異質なだけで、こっちが当たり前の反応。

そういうのが疲れたのでここへ来たというのに、何をしてんだか。

 

エールちゃんは元より他者が苦手なのか、村に近付こうともせず、一日中ベッドの端で丸まってる。

でも偶にお話をしたりして、お互いに暇を潰したり・・・まぁ、お話と言っても私はともかくエールちゃんは記憶の大部分を失っているので、そんなに話せる話題は無いのだが。

 

しかし、意外にもエールちゃんは魔術(マーリン式)について知っており、そちら方面で話が弾んだのには驚いた。流石に魔術を扱えるほど詳しくは無いらしいが、簡単な魔術程度なら見ただけで理論がなんとなく分かるのだそうな。

 

妖精にとって魔術なんて、ただの遠回りするだけの無駄なものでしかないのに・・・エールちゃんってもしかして、かなりの変わり者だったのかな? それで変な奴扱いされて、迫害されて、ここまで辿り着いた、とか。・・・考え過ぎか。

 

そんなググッと心の距離が縮まったエールちゃんだが、これまた意外な事に手先は器用で、そこらの木を使って一日もしない内に私のベッドを新しく作ってくれた。

よくよく聞いてみれば、なんとこのお家もボロボロだった物をエールちゃんが作り直したのだとか。

 

意外性の塊のような子に、開いた口が塞がらなかったのはちょっと恥ずかしい思い出。

 

 

そしてホーちゃんだが、嘗てまだ名前があった時の名残りか、彼女は唯一、毎日毎日村まで通ってる。朝早くに家を出て、やる事が無い時はすぐに帰ってきて、夜になればまた家を出て、朝日が昇る頃に戻って来る。

 

理由なんて単純で、ただみんなの役に立ちたくて。困ってる人を放っておけなくて。

それだけのために、毎日毎日、村に通い詰めていた。

 

・・・きっと、元は凄く優しい妖精だったのだろう。

自分ではなく、誰かのために生きることを"目的" とした優しい妖精。

だから、多分・・・使い潰されたんだ。

誰かの頼み事を断れなくて、頼られることが嬉しくて。

 

ずっと、ずっと、押し付けられて、良いように利用されて・・・それこそ、自分の役割が嫌になるほど、傷付けられて・・・。

そうして彼女は今、ここにいるのだ。

 

苦しくは無いのか、辛くは無いのか、と。そう聞いたことがある。

でも、ホーちゃんはキョトンとすると「私のことを心配してくれるのですか?」なんて、的外れな答えを返すと本当に嬉しそうな笑顔でお礼を言ってきた。

そして、その話を聞いていたエールちゃんも、「ホーちゃんを心配してくれて、ありがとう」と。

 

・・・それが形だけの、表面上のものでは無いと、私は分かってしまう。

相手の心が見える妖精眼持ちの"楽園の妖精(わたし)" だからこそ、それが何処までも透き通った、純粋な感謝の気持ちなのだと分かってしまった。

 

 

「・・・・・・」

 

 

だからこそ、本当にただの思い付きだった。

 

自分の役割を忘れてもいないのに投げ出して、逃げた先でも何もしていないこの状況に耐えられなくて。

そんな自分が恥ずかしくて、居た堪れなくなって・・・少しとは言え、心安らぐ時間をくれた二人に恩返しをしたかった。

 

だから、これはただの思い付き。

その場でパッと思い付いただけの、ただの自己保身。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

「あ、いや、えっと・・・・・・やっぱごめん、今の無し」

 

 

私の名前、彼女達のように個体を識別するための"目的" を持たない記号ではなく、まだ役割が残ってる私の名前をあげようと思った。

 

自分の役割から逃げ出したいとか、彼女達の方が上手くやってくれそう、とか。そういうのではなく、単に意味のある名前の方が、新しい目的を持てて、生きる活力が湧いてくるんじゃないかって・・・そんな浅はかな、大した考えもない、その場の思い付きだった。

 

 

「「〜〜〜っ・・・!」」

 

 

それなのに感極まった様子で、本当に嬉しそうにしてた癖に、「それは貴女の大事なお名前だから、頂けません」って、そう断られて・・・。

 

でも、その日は初日以来、久しぶりに三人で寝ることになって・・・暖かくて、心地好い、春のような感情を二人から延々と見せられ続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

それからまた幾日が経過したある日のこと。

今日のお仕事を終えて帰って来たホーちゃんがこんな話をした。

 

 

「不思議な二人組・・・?」

「はい・・・見慣れない格好をした方々で、な、なんでも・・・森で死にかけていたとか・・・」

 

 

死にかけていたとは、また随分と穏やかな話ではなかった。

ここ妖精國では、妖精同士で争うことなんてほとんど無くて、戦うとなれば、それは基本的にモース達ばかり。

 

それもモース相手に、侵食されてモース化する事はあっても、そんなボロボロになるまで怪我をすることなんてまずなかった。

 

何やら不穏な感じがして、こっそり様子を見に行った先で私が目にしたものは・・・。

 

 

「いぇーーーい!!」

「ふぅーーーー!!」

 

 

なんか・・・すっごい楽しそうに飲み食いしてる村のみんなと、完全に溶け込んで歓迎されてる見知らぬ二人組だった。

 

 

「え、えぇ・・・私の時と、全然対応が・・・」

 

 

別に分かってたことだし、仕方ない事だと割り切ってるつもりだが、こうもあからさまに格差を見せ付けられると・・・ちょっとヘコむ。

 

でもよく見てたら、特にあの、オレンジ色の髪をした女の子の方。とても会話上手で、妖精國では風と土の氏族のどちらかに付くのが常識なのに、どちらにも肩入れすることなく、彼らの輪の中に入り込めていた。

 

なんだろ・・・私が嫌われてる理由って、もしかして"楽園の妖精" だけじゃなかったりする?

そういう、人として大切な部分が欠けてるからとか、無意識に相手を不快にさせてたりとか・・・?

 

・・・・・・ヤバい、ちょっと心当たりが無きにしも非ずと言うか、それっぽいことがあったような無かったような気がして、否定しきれない。

いや、きっと気の所為・・・だと思う、多分・・・。

 

 

後ろめたさを感じつつも、宴会が終わり、割り当てられたお(うち)に帰っていく彼らの後を追う。途中で世話係を任せられ、彼らを案内し終えたホーちゃんに今日は遅くなるかもと伝えて、彼らの家の中へとお邪魔した。

 

・・・・・・まぁ、もちろん下心ありありと言うか、あそこまで色んな妖精と仲良くなれるなら、私とも仲良くなってくれるんじゃないかなーって。

そういう思惑があって話し掛けてみたものの、その実、思った以上に記憶の喪失が激しかった二人―――名をトリストラムさんとハーミアさんに諸々の説明をすることとなった。

 

"名なしの森" は日常生活に必要な知識とか、そういうのは忘れないって聞いてたけど、まさか妖精國についても知らないなんて・・・。

自分の名前を忘れたエールちゃんとホーちゃんですら、その辺の一般的な知識は普通に覚えてたのに、まさか記憶喪失には結構個人差があったりするのかな?

 

 

それで話し込んでいる内に大分夜も耽けて、私も自分の家に帰ろうとして、二人に呼び止められた。

夜の森は獣が出て危険ではないか、と

 

 

・・・・・・そう言えば、そうでした。いえ、寧ろ、どうして忘れていたのかと、間抜けな自分が恥ずかしくなってくる。

 

けれど、同時にある違和感があった。

森の奥でポツンと一軒家、群れからハグれた絶好の獲物。そんな場所にエールちゃんとホーちゃんの家はあったのに、どうして今まで一度も襲われなかったのか、と。

 

 

疑問に思うも、あまり戻る気になれなかったのは今まで安全だったという確証があったからか。それとも単にあの日以来、毎日私の腕の中で寝るようになっては暖かな感情をぶつけて来る二人にちょっと、胸焼けをしちゃったからか。

 

結局、私はその夜、ハーミアさん達の家で寝ることとなり、後日、私が帰って来ないことに心配したエールちゃんとホーちゃんに一日中引っ付かれるのだった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

(みな)が寝静まった夜。

"名なしの森" に新しい仲間が加わって数日後のこと。

 

ランプの火も消え、月明かりが僅かに届く家の中で、ハーミアは目を覚ました。

 

 

「・・・お目覚めですね、ハーミア」

 

 

こちらを見下ろすのは、自身と同じ境遇の赤い長髪が綺麗なトリストラム。いつもは伏せていた筈の目を開き、片手には愛用している不思議な弓をいつでも放てるように構えていた。

 

まだ暗い時間にどうしたのかと身体を起こそうとして、ソッと手で制された。

 

 

「お静かに、音を立てないで」

 

 

口元に指を当て、静かにするよう言われて大人しく黙る。

何が起こっているのかは分からないが、それでも何かしらの緊急事態であることは理解したから。

 

 

()()()が居ます、すぐそこに。今までの妖精とは比にならない()()()()()()が」

 

 

耳元に口を寄せられ、良い声でボソボソと喋られてゾクゾクしてしまったが、そんな事をしている場合ではないと切り替える。

 

彼の強さは昼間に行った腕試しでよく知っている。

不思議な弓から放たれる不可視の矢と、他者の気配を察知する能力。

後ろで指示することしか出来なかった自分では、まずどう足掻いても敵わない強者が、明らかに警戒をしている。

 

 

「・・・! あの子がッ・・・んむ!?」

 

 

そこでハーミアは思い出す。自分達に知識を与えてくれたナナシという少女とは別の自分達の案内をしてくれた、ボロボロの翅を持った妖精の少女が外で宴会の片付けをしていたことに。

 

だが、声を発しようとした口はトリストラムによって即座に塞がれてしまった。

 

 

「大丈夫、落ち着いて。争ってる様子はありません。もしもの時は私が出ますので、今はご辛抱を」

 

 

真剣な強い眼差しで見詰められ、コクコクと頷くことしか出来なかった。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

それからジッと嵐が過ぎ去るのを待つ二人。

外からは未だに大きな物音はせず、あるとすれば、広場の方であの小さな妖精の少女が片付けをしているであろう物音だけ。

 

あまりにも平和そうな外の状況に、いっそ暴れてくれた方がどれだけ楽かと、その不気味さに冷や汗が流れる。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

それから、どれだけの時間が経過したのか。

物音が止み、トリストラムが警戒を解く。

 

ずっと緊張しっ放しで思わず、大きな溜め息が出た。

ぐったりとするハーミアを他所に、トリストラムは慎重に外を確認する。

 

既に日は上り始めており、少し離れた位置にある広場でゾロゾロと他の妖精達も起きて来た。広場に荒らされた形跡は無く、寧ろ遠目から見ても分かるくらい、昨日の宴会が嘘のようにキッチリと片付けてあった。

 

 

「おぉ、ちゃんと片付けてんじゃねぇか」

「ぇ、ぁ・・・あれ? ぃ、いや、私は・・・」

「終わったなら、もう帰っていいぞ」

「ぁ・・・は、はい・・・」

 

 

どうにも噛み合っていない様子の、"翅の氏族"の妖精と"牙の氏族"の妖精の会話。

 

それに眉を顰めながらも、トボトボと森の奥へと帰っていく小さな背中を、トリストラムはジッと見詰めていた。

 




ハーミア=藤丸立香(原作主人公)
トリストラム=トリスタン(汎人類史)

ここからは原作のお話を沿う形になるので、原作で語られた内容等はほとんどカットになります。ご了承下さい。


(2022年 7月24日)
記憶喪失時の原作主人公の名前を「立香」から「ハーミア」に変更しました。
ご指摘ありがとうございます。


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お布団の妖精

前回、原作主人公の名前を"藤丸 立香" としましたが、記憶喪失時はトリスタン(汎人類史)と同様に、名前が変更されており、正しくは"ハーミア" となります。
ご指摘してくださった方々、ありがとうございます。


「私が住んでる所・・・ですか?」

「うん、いつも随分と遠くの方に行ってたから、気になって・・・」

 

 

そう言うハーミアに、あー、と宙を見る。

まぁ、ハーミア達の人柄は知ってるし、知られて困ることはないからいいけど・・・。

 

でもなぁ・・・別に真新しいものなんて特に無いんだよなぁ・・・。あるとすれば、揃うと頭お花畑になる妖精が二人くらい・・・。

 

 

「・・・・・・ま、いっか。うん、じゃあ丁度いいからホーちゃんも一緒に」

 

 

人気者のハーミア達が嫌われ者の私達の住処に行くことを、他の妖精にバレたら面倒なのでこっそりと。

 

見慣れた山の中を歩き、特にトラブルもなく、目的の家が見えて来た。

すると、さっきまで和やかな雰囲気だったのが一変し、トリストラムさんが常に携帯している不思議な弓を構えて、ハーミアの前に立った。

 

 

「下がって。居ます、ヤツが」

「っ!?」

「「・・・?」」

 

 

ポカーンとする私とホーちゃんを他所に、二人の緊張は高まる一方。

なんだか通じ合ってるみたいで羨ましいと思う反面、そういう呑気なことを言ってる状況じゃないことくらい、流石の私でも気が付いた。

 

遅れながらも杖を構えて警戒・・・はしつつも、一体何処の誰を警戒してるのかとチラチラと二人を盗み見る。

すると、その視線の先はどう見ても私達が寝泊まりしてる家であり、そうなると彼らがヤバいと感じてる存在は家の中に居る訳で・・・。

 

 

(・・・え、それって今エールちゃんがピンチってこと!?)

 

 

未だに状況が分からなくてオロオロしてるホーちゃんに説明する暇もなく、家の方へと駆け出そうとした時、玄関替わりの天幕からひょっこりと何かが顔を出した。

 

それはハーミア達が警戒しているような恐ろしいナニカではなく、私達がよく知るシルエットの毛布を被ったスタイルで気まずそうにこちらを覗くエールちゃんだった。

 

 

「ぁ、ぁの・・・ど、どうか、しましたか?」

「エーちゃん!」

「っ・・・ほ、ホーちゃん!」

「あっ・・・!」

 

 

駆け出したホーちゃんをハーミアが止めようとしたが、エールちゃんの方に意識を向けていた彼女にそれは出来ず、エールちゃんの前まで走っていく。

 

それに気付いたエールちゃんもパァ〜っ! と笑顔を咲かせると、天幕から体を出してホーちゃんを出迎えた。

 

 

「ぉ、おかえり・・・! ホーちゃん、怪我は無い・・・?」

「う、うん、大丈夫、だよ・・・心配してくれて、ありがとね・・・」

「ううん、ホーちゃんが無事で良かったよ・・・そ、それで・・・ナナシさん、そちらの方々は・・・」

 

 

いつものやり取りを終えて、こちらを怯えたように見るエールちゃんへと、私はどうしたものかとハーミア達を見る。

ハーミアはさっきの私みたいにポカーンとしてて、トリストラムさんは警戒はしているものの、その表情は困惑が大部分を占めていた。

 

あー、これ私がどうにかしなきゃいけないヤツかと、コホンと咳払い。

 

 

「あー・・・えーっと、二人とも・・・多分、その・・・うん、大丈夫だから落ち着いて。ほら、エールちゃん・・・あの布団被ってる子も驚いちゃってますから」

 

 

私の言葉に、ハーミアは自分達の勘違いだと気付いて苦笑を、トリストラムさんは警戒しつつも弓を降ろしてくれた。

 

 

「えっと、ごめんね・・・」

「・・・・・・すみません、ご不快な思いをさせました」

「ぁ、ぁ・・・いえ、えっと・・・な、何か、俺が・・・やっちゃいましたか・・・?」

 

 

取り敢えず、このままでは埒が明かないので家の中へ。

 

机があるものの、それでは数が足りないので全員ベッドへと座り、凄く自然に両隣を陣取ったチビッ子組とそれを見て凄く何か言いたそうなハーミアを無視して、話を始める。

 

 

「えー・・・こちらはお二人もご存知のホーちゃんです。それでこっちのお布団の妖精がエールちゃんです」

「ど、どうも・・・お、お布団の妖精、です・・・」

「え、エーちゃんってお布団の妖精だったの!?」

「そ、そうなの、だからこうして、ギュッとすれば、一緒に暖まれる」

「え、エーちゃん・・・!?」

「ホーちゃん・・・!」

「エーちゃん・・・!」

 

 

何故か私に抱き着く二人を無視してると、爛々と目を輝かせてるハーミアに嫌な予感がした。

 

 

「はい!」

「はい、ハーミア」

「ハーレムですか?」

「違います」

「ありがとうございます」

 

 

何が?

真顔で否定した私に頭を下げるハーミアに疑問を持ちつつも、いい加減ずっと引っ付いている二人を引き離す。

 

 

「「ぁ・・・」」

「ありがとうございます!!」

「だから何が・・・」

 

 

心が見えようとも、まるで意味が分からないことってあるんだなぁ・・・と、私はこの時初めて知った。

 

尊い、とは。キマシタワー、とは。

 

 

「・・・私からも一つ、よろしいでしょうか?」

「はい、トリストラムさん」

「では・・・そちらのエールさんは、もしや名のある大妖精だったりするのでしょうか?」

 

「「「・・・・・・?」」」

 

 

その問いの意味は分かるが、何故エールちゃんにその質問をするのかが全く理解出来なくて、私とエールちゃん、ホーちゃんは首を傾げる。

 

エールちゃんが大妖精・・・多分、上級妖精の事なんだろうけど、ベッドの端で丸まってる姿とかを知ってる身としては、そういうのが全く想像できない。

いや、だって・・・エールちゃんだよ?

臆病で、寂しがり屋で、甘えん坊な、子供みたいなエールちゃんが上級妖精?

 

・・・うーん、多分トリストラムさんはなんらかの確信を持ってるんだろうけど、いまいちピンと来ない。

 

 

「・・・そ、そうなの? エーちゃん・・・?」

「・・・・・・ふっ、どうやら、気付かれてしまったようだな。俺の真の力に・・・!」

「ッ!?」

 

 

いつものお馬鹿な雰囲気が霧散し、眼帯に手を当てそう言うエールちゃんに、トリストラムさんが即座に立ち上がり弓を構えた。

 

しかし、その先にあるのは誰も居ない空間で、辺りを見渡してみるとさっきまでカッコ良く決めていた筈のお布団の妖精はベッドの隅の方で丸まっていた。

 

 

「ご、ごご、ごめんなさいごめんなさい! 冗談です嘘です本当にごめんなさい! もうしませんから、お命だけはぁ・・・!!」

「っ・・・」

 

 

さっきとは真逆の、どう見ても虐げられて来た者の反応にトリストラムさんが明らかな動揺を見せた。

その隙を狙ったかは定かではないが、事態の変化に気付いたホーちゃんがエールちゃんを守るようにトリストラムさんの前に出て両手を広げた。

 

 

「だ、ダメ、です! エーちゃんを虐めないで! ば、罰なら、私がいくらでも受けるので、え、エーちゃんは、許してあげて下さい!」

「ッ!? わ、私は・・・・・・いえ、すみません・・・神経質になり過ぎていたようです。少し・・・頭を冷やしてきます」

 

 

落ち込んだ様子のトリストラムさんが、天幕をくぐって外に出た。

事態が収まったことに気付いたのか、恐る恐る顔を上げたエールちゃんがキョロキョロと辺りを見渡した後、ホーちゃんに気付くと、そのまま近付いて来たホーちゃんにギュッと抱き締められた。

 

 

「よしよし、怖かったね。大丈夫・・・もう、大丈夫だから。エーちゃんは、私が守るから・・・」

「ぁ、あぅ・・・ありがとね、ホーちゃん・・・」

「ううん、私の方こそ・・・いつもありがとう・・・」

 

 

二人だけの空間に、私は空気を読んで黙っていた。

ハーミアは、トリストラムさんが出て行った方を頻りに気にしていたが、二人のやり取りを見て、ソッと目を伏せた。

 

 

 

(はぁ〜〜〜〜っ・・・エッモ)

 

 

やはり彼女が考えていることを、私は理解出来そうになかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

家から少し離れた木の根元にトリストラムは腰を掛け、いつも手にしている弓を弾き、音楽を奏でていた。

元はハープだったソレは、美しくも悲しい音色を(かな)で、記憶を失っていようと指は自然と弦を弾いていた。

 

 

(・・・やはり、獣が居ない。いや、近寄ろうとしない。これはナナシさんによる魔術ではなく、あの少女の存在を恐れているから・・・)

 

 

トリストラム自身、己の感覚を疑っている訳では無いが、それでも感じる強大な気配と幼子のように怯えていたエールという少女の姿がどうしても一致しなかった。

 

必死に身を隠し、怯えて許しを乞う姿は、どう見ても強き者に虐げられて来た弱者の姿。決して、自身が弓を向けていい相手では無かった。

 

 

「・・・・・・」

 

 

ハープの音が()んだ。

そして、弓を傍らに置いたトリストラムは、そのままの状態で背後の草陰に隠れる存在へと声を掛けた。

 

 

「隠れずともいいですよ、エールさん」

「っ!?」

「もう、頭は冷えました。・・・よろしければ、こちらに来て、少しお話をしませんか?」

「・・・・・・」

 

 

草陰から出て来たのは、トリストラムの予想通り、お布団の妖精ことエールだった。

トリストラムの顔を窺いながらも、恐る恐る近付いて、トリストラムの横にちょこんと座り込んだ。

 

 

「・・・ぁ、あの・・・さ、さっきは・・・ごめんなさい・・・」

「? ・・・一体、なんの事でしょう?」

「ぁ、えっと・・・ぉ、俺が・・・悪巫山戯したから・・・嫌な思いを、させてしまって・・・」

「・・・・・・いえ、謝らねばならないのは私の方です。勘違いで貴女に弓を向けてしまい、申し訳ありません」

「あっ、あっ、そ、そんな・・・頭を上げてください・・・! わ、悪いのは、俺の方だったんです。そ、そもそも・・・俺が、あんな事しなければ・・・」

「それを言うなら、私こそあのような質問をしなければ良かっただけの話です。やはり責任は私にこそあれ、貴女は何一つ悪くありません」

「い、いやでも・・・俺の方が・・・」

「いえいえ、私の方が・・・」

 

 

気付けば、どちらが悪かったのかの言い合いが始まり、真面(まとも)だったのは最初だけ。

お互いに徐々に意味不明な言い分を並べ始め、そしていい加減、理由が無くなってきた所で二人は顔を見合わせて、どちらからともなく吹き出した。

 

 

「ふふ、こんなに笑ったのは・・・久しぶりですね。やはり、まだまだ肩の力が抜けていませんでした」

「俺はホーちゃんと、昨日も沢山お話して、ナナシさんは毎晩一緒に寝てくれるので、毎日が楽しいです!」

「それは羨ましい。ではまた今度、こちらへ伺っても?」

「はい! 基本的にベッドに居ますので、いつでも! あ、でも・・・夜中は危ないので日が昇ってる時にしてください」

「ええ、もちろん」

 

 

最初の気まずい空気は何処へやら。

トリストラムだけでなく、エールすらも自然に笑って、語り合っていた。

それはまるで竹馬の友のように。二人の前に隔たっていた壁は、いつの間にか完全に取り払われていた。

 

 

「改めて、自己紹介を。・・・私はトリストラム。見ての通り、超絶技巧の素晴らしい弓使いです」

「エールです。自分でも驚きですが、お布団の妖精です」

「ほう・・・それはとても興味深い妖精ですね。因みにですが、立ったままでも快適に寝られるお布団などはありますか?」

「もちろん! 少し前にも、似たような・・・物を作った、ことが・・・あるん、ですけど・・・・・・。ご、ごめんなさい、よく、思い出せなくて・・・」

「あぁ、そう言えば、ここはそういう所でしたね。これは失礼を」

「あっ、あっ・・・でも、普通の枕なら、多分、今お使いの物より、もっと寝心地の良いものを作れます・・・!」

「ほほう、ではその至上の枕とやらをお願いしても?」

「任せて下さい!」

 

 

そんな微笑ましいやり取りを見守る三つの影。

 

エールが上手くやれたようで微笑む彼女達は、さて、これからどうやって登場したものかと、結構真剣に悩むことになるのだった。

 




各地域の滞在期間などで原作改変がありますが、二次創作自体が原作改変みたいなものなのでタグ付けは見送りました。


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倍返し

思った以上にグロくなったので"R-15"と"残酷な描写"タグを追加しました。
そんな訳でグロ注意です。


みんなが寝静まった夜の村。

焚き火が燃える広場で一人、佇む少女。

 

何をしようとしたのか、何をすべきだったのか。

頼まれたのはついさっきの事だったのにそれすら思い出せず、ただ立ってることしか出来ない、ボロボロな翅の少女。

 

そんな少女が居る広場の陰で、コソコソと動く影が一つ。

少女にバレないように、ひっそりと。

布団を被ったそのシルエットが物陰に隠れては隙を見て、宴会で散らばった広場を片付けて行く。

 

そうして粗方片付くと、影は少し離れた所で再び隠れ潜み、広場で未だにオロオロと戸惑う少女をジッと見守っていた。

もう片付け終わったと言うのに、少女が回りの状況を見てもそれに気付かないのは、そもそもなんの為に広場に留まっていたかを思い出せないから。

 

結局、少女は朝日が昇り、みんなが起きて来るまでずっとその場に居て、それを見届けた影はそそくさと家の方へと帰って行った。

 

その後を追えば、影が向かったのは私達がいつも使ってる家の方向。当たり前のように中へと入り、それから暫くして・・・。

先の広場の少女が戻って来ると、再び出て来ていつものように笑顔で出迎えた。

 

 

「おかえり! ホーちゃん、怪我は無い・・・?」

「う、うん、大丈夫だよ、エーちゃん・・・心配してくれて、ありがとね・・・」

 

 

それは、見慣れた光景だった。

毎日のように見ていた、朝の景色だった。

 

違うのは、私がその景色の裏側を知ってしまったことだけ。

 

 

(・・・凄いなぁ)

 

 

どうしてそこまで出来るのかと、私には理解出来なかった。

いや、友達を助けたい、という感情ならそれなりに分かってるつもりだった。

 

けれど、なんの対価も必要とせず、自分が頑張っていたことすら気付いてもらえず、ただずっと陰ながらに支え続けるその気持ちだけは・・・どうしても、理解出来なかった。

 

 

(私には、無理だなぁ・・・)

 

 

心の声が見えるから、尚更そう思う。

なんの思惑も、なんの下心もない。

何処までも純粋な、役に立てたという無邪気な喜び。

 

ホーちゃんが無事だった、ホーちゃんが元気だった、ホーちゃんが喜んでくれた。

 

心の奥底からそう信じてやまないエールちゃんと、それとは真逆の―――。

 

 

(・・・・・・あー・・・キッツ・・・)

 

 

見え過ぎる目があったって、何も嬉しくない。

見たくないものまで、見えてしまうから。

見えた所で、どうにも出来ないから。

 

だから私は・・・ただ、目を逸らすことしか、出来なかった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

ハーミア達がエール達の家へ来てからは、頻繁にそちら側で遊ぶようになった。

 

ハーミアはチビッ子組をエラく気に入ったのか、その抜群のコミュ力を活かしてグングンと距離を縮め、今では猫吸いならぬ妖精吸いを許してもらえるほどにまで仲良くなった。

トリストラムは波長でも合ったのか、エールと一緒にいる時間が増え、作成した枕の意見を聞いたり、自身の持つハープの弾き方を教えたりと、最初の険悪な雰囲気からは考えられない程に打ち解けていた。

 

それと言うのも、未だにエールから感じる気配は強大なままだが、当のエールが力を無闇に振るうような性格ではないと分かったため、別に怯える必要は無いと知ったからだ。

・・・まぁ、それでも最初はどうしても警戒を無くしきることは出来なかったが、同じ時間を過ごす内に自然と前のような気さくな感じに戻っていた。

 

 

(・・・・・・あれ? 私、また蚊帳の外?)

 

 

そして、いつの間にか仲間外れにされていたことに焦るナナシ。

いや別に、そこまで露骨な感じでもなければ、実際の所、仲間外れにされてる訳でも無いのだが・・・。

 

下手に記憶喪失を装っている分、どうにも踏み込んだ話が難しいと言うか。仮に踏み込めてもそこまで盛り上がるような話題なんて持っていないと言うか・・・。

 

それなりに親しくはなれているものの、どうしても疎外感を感じずにはいられなかった。

 

 

(私、やっぱりそういうの・・・向いてないのかな・・・)

 

 

なんて、いつものようにボッチを拗らせたナナシが気落ちしたりしつつも、誰もが思い思いの日々を過ごしていた。

 

だが、そんな楽しい時間もいつかは終わりがやって来る。

 

 

それはいつものようにハーミア達がエール達の家に行っていた時のことだ。

いつもは呑気に歌いながら、好きなように遊んでいる村の妖精が、一人広場へ来ていたホーちゃんを囲むように集まっていた。

 

切っ掛けは、人気者を独占していた村の嫌われ者への鬱憤だった。

いつもいつもエール達の家の方へ行くから、全く遊べない妖精達が不満を持ち、その矛先がホーちゃんへと向いてしまったのだ。

 

 

「おい、なんとか言えよ! "名なし" の癖によ!」

「ご、ごめんな、さい・・・ごめん、なさい・・・!」

「いつもそればっかじゃねぇか、他に喋れねぇのかよ!」

「ご、ごめんなさい・・・ごめんなさい・・・・・・!」

「・・・はぁ、もういいや。お前がいてもウザイだけだし、楽しくもねぇし・・・さっさと殺そうぜ」

「そーだ、そーだ! 殺せ殺せ!」

「こーろーせ!」

「こーろーせ!」

 

「ひぅ・・・うぅ・・・うぅぅ゛・・・ご、ごめ゛ん、なざぃ゛・・・」

 

 

みんなで囲んで一斉合唱。

頭を抱え、泣きながら懇願しようともその声は、みんなの声に掻き消される。

 

蹲るホーちゃんへと、ジワジワと寄ってくる村のみんなに、ただ泣きながら謝ることしか出来なくて・・・。

 

そんな時、声がした。よく知る妖精の、聞いたことも無い怒りに満ちた声だった。

 

 

「ホーちゃんを虐めるなぁーー!!」

 

 

妖精の間を掻き分け、布団を広げてホーちゃんの前に立つ。怒りに顔を染め、泣きそうになるのを必死に我慢して、怖いだろうに一歩も引くことなく、彼らの前に立ちはだかった。

 

 

「・・・誰コイツ?」

「さぁ・・・?」

「見た事ない妖精」

「風の氏族?」

「でも翅無いよ」

「落ちこぼれですよ。偶に、翅無しの妖精が生まれると聞いた事があります。私も見るのは初めてですけどね、こんなに醜いとは」

「そっか、役立たずか。なら居ても意味無いし、ついでに殺そっか」

「うん、そうしようそうしよう」

 

「ひっ・・・!」

 

 

けれど、その無邪気な殺意には流石に耐え切れなかったのか、或いは小物の如き闘争本能がこのままではマズいと察したのか、それとも・・・後ろのホーちゃんを守るためか。

 

布団を広げたままホーちゃんへと覆い被さり、それと同時に石や木、食器など、そこら辺にあったものが次々と投げ付けられた。

 

 

「いっ゛・・・! ぐぅ・・・!」

「え、エーちゃん・・・何してるの? ね、ねぇ、エーちゃんってば!」

 

 

布団に覆われて真っ暗な中に居るホーちゃんは状況を上手く認識出来ない。

ただ聞こえるのは、痛みに悶えるエールと鈍い打撃音、そして外からの罵倒の嵐。

 

良くないことが起こっていることは、なんとなく理解出来た。友達が、自分を守るために傷付いていることはハッキリと理解出来た。

 

だから、やめさせようとした。

私なんか守らず、早く逃げて、と。

 

だがそう言っても、エールは決して逃げようとはしなかった。

 

 

「うぐっ・・・、あがっ・・・! ぃぎッ・・・!」

「や、やめて・・・ねぇ、やめて、やめてよ・・・!」

「ぐぅ・・・! う゛っ・・・ぅぅ!」

 

 

結局、エールは投げる物が無くなるまで離れることはなく、布団もボロボロになって、それでも生きていたエール達に妖精が歩み寄る。

 

しつこい邪魔者を殺すために、確実に仕留めるために。

各々が武器を手に近付いて来て、一歩、また一歩と踏み出して・・・・・・彼らの体から無数の槍が飛び出した。

 

 

「がふっ・・・!?」

「あ゛っ・・・ギャッ・・・!」

 

 

槍は、その場に居たエール達を除く全ての妖精から生えて来て、内側から身体をぶち破り、赤黒い大輪の華を咲かせた。

 

 

「ひっ!? な、なにが・・・ひぎゃぁ!!?」

「や、やめ・・・ぷげぇらっ!!」

 

 

逃げようとしたものまで一人残らず、徹底的に。

既に絶命した者だろうと、貫かれずに無事な肉片から更に槍が飛び出してきてミンチに変えていく。

 

 

「・・・、・・・・・・?」

 

 

そうして静かになって、エール達は漸く外が静かになっていることに気が付いた。

一面見渡す限りの血と肉片の海。自分達の周りだけ、何故か異様に綺麗なその状況は、まるで血の海に浮かぶ孤島のようだった。

 

 

「う、うっぷ・・・!」

「え、エーちゃん・・・?」

「だ、駄目・・・! 見ちゃ駄目!」

 

 

自分が気持ち悪くなるのを必死に我慢して、もう一度ホーちゃんへと覆い被さる。

けれど、それで外の惨劇が何か変わることはなく、どうしたものかと悩んでいた所へ、ハーミア達の声がした。

 

 

「エールちゃん、どうしたの! 急に走り出して・・・って、これは!?」

「凄まじいまでの血の匂い・・・ここで、一体何が・・・」

「あ、あれってエールちゃんの布団では・・・? と、取り敢えず回収しましょう!」

 

 

そうして、目をバッチリ閉じたエールと、エールに目を塞がれたホーちゃんは、ハーミア達に運ばれたまま、元の住処に戻るのだった。




激おこプンプン丸。


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俺の名は。

ちょっとした答え合わせ。


家に戻り、ボロボロになった布団を纏ったままのエールを手当てしながら、何があったかを聞き、大方の事情を把握したハーミア達。

だが、事情は分かっても何故、あのような惨劇になったのかまではエール自身すらも分からなかった。

 

そこでハーミア達の脳裏に過ったのは、当初トリストラムが警戒していた強大な気配を漂わせるエールの力。

だがそのエールがこの有り様では、どうにもあの惨劇と結び付けることが出来なかった。

 

原因を探るべきか、探るにしても何処から手を付けるべきか。八方塞がりになり掛けた所で、トリストラムが森の外へ行かないかと提案した。

 

 

「あの惨劇を作り出したのが誰であれ、ここが危険な場所であることに変わりはありません。それに、私とハーミアにはなんらかの使命があった筈。もしかすれば、その使命こそが、この惨劇に繋がるヒントになるかもしれません」

 

 

そうして、外へ出ることを決意した一行は、エールとホーちゃんを先頭に、偶に道に迷いかけながらもナナシが補助をしつつ、遂に森を抜け出したのだった。

 

 

「ほわぁぁ・・・!!」

「凄い綺麗・・・!」

「本当だねー」

 

 

抜け出した先の丘、そこから見える夕暮れに染まる空と大地の景色。

その光景に一同が目を奪われていると、何やら聞き慣れない声に違和感を覚えた。

 

全員の視線がそちらへ向けば、そこに笑顔で手を振っている王様の姿があった。

 

 

「やぁ、出迎えが遅れてごめんね。王として従者が居ないのは自分でもどうかと思うけど、居ない者は仕方ないから自分で名乗ろう。・・・僕はオベロン、人呼んで妖精王オベロン。人理に呼び出され、この異聞帯で君達を助ける任を担った、ただひとりのサーヴァントだ」

 

 

マントに王冠を被り、背中からアゲハ蝶のような大きな翅を生やした妖精王オベロン。その名乗りに、ハーミアとトリストラムは眠っていた記憶が蘇った。

 

 

「そうだ・・・私は、藤丸立香」

「はい、その通りと申しましょう。貴女はカルデアのマスターで、そして私は円卓の騎士トリスタン。嘆きのトリスタン」

 

「オベロン・・・マーリンではなく?」

 

 

ナナシの呟きに首を傾げるオベロンに、人違いだと気付いたナナシは照れ隠しのように咳払いをする。

 

 

「すみません、あまりにもイメージ通りというか・・・こほん、いえなんでもありません。それより、私も思い出しました。私はアルトリア、アルトリア・キャスターです。キャスターは故郷の村で呼ばれていた名で・・・少し長いですがアルトリアと呼んで下さい」

 

 

ナナシ改めアルトリアの言葉の後、視線が残りの二人へと集まる。

別に何か確証がある訳でもなく、単に流れと言うか・・・。

 

しかし、そう上手くいかないのが現実な訳で。

"名なしの森" に入る前から名を失っていたホーちゃんと、立香達よりも長い間、森の中に居たエールは元の名も役割も思い出すことが出来なかった。

 

 

「大丈夫、落ち着いて。君は名を捨ててはいない。まだ間に合う。ゆっくりと思い出すんだ」

 

 

俯く二人、その内のエールの方へとオベロンが声を掛けた。

 

自ら名を失うことを選んだホーちゃんはともかく、"名なしの森" に入ってから名を忘れたエールであれば、まだ思い出すことができるだろうから。

 

思い出してもらわねば、困るから。

 

 

「君がそのままでは、多くの者が悲しむ。君には、果たさねばならない使命があった筈だ」

「俺の・・・使命・・・」

 

 

肩を掴み、目を合わせ、必死にそう問い掛けるオベロンの言葉に、エールは呆然と答える。

みんなが心配そうに見守る中、俯いたエールはゆっくりと顔を上げた。

 

 

「そうだ・・・俺には、使命があった・・・」

 

 

その様子にもう大丈夫だと、オベロンが距離を取る。

 

 

「あぁ、そうだ・・・思い出した」

 

 

今まで着ていた村娘のような質素な服とボロボロな布団が光となり、ほぼ全裸となったエールを包み込む。

その光が、消えた服の代わりに各部位へと収束していく。それは帽子となり、マントとなり、服となり、杖となり・・・。

 

そうして、光が消えると同時に新しい衣装となったエールは声高らかに宣言する。

自身の名を。そして、その身に課せられた宿命を。

 

 

「我が名はトネリコ! このブリテンを守る、救世主なり!」

 

 

オベロンが、ズッコケた。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

ソールズベリーへとやって来た立香達一行は、酒場で働いていたレオナルド・ダ・ヴィンチ(幼女) との合流を果たした。

 

そして、酒場に併設された宿屋に集まったカルデア組はそのまま近況報告や情報の交換などをして、他のチビッ子組(+アルトリア)は初めての宿泊施設に大興奮。

 

そんな彼女達とは別に、情報収集へと旅立ったオベロンは、夜風に吹かれながら思考する。

 

あのアンポンタンのことを。

勝手に居なくなって、のほほんと戻って来たかと思えば、頓珍漢なことを言い出したアホのことを。

 

 

(想定外・・・いや、何年も森に居たのなら、それも当然か。寧ろ、あの程度でよく済んだって話だ)

 

 

急に"秋の森" に来なくなり、虫達が寂しがってオベロンが彼女を探す羽目になったのが、今から数年前の話。

ブリテン中を飛び回り、丸一年かけて漸く"名なしの森" で見付けたかと思えば、当の本人はバッチリ記憶を無くしており、なぜ森に入ったのかすら覚えていない始末。それを知った時は、本気でキレそうになった。

 

最初は、引き摺ってでも連れ出そうと考えた。

なんせ、彼女は己の目的を確実に達成させるための大事な大事な駒だったから。

 

過去に起こした厄災で、これでもかと煮え湯を飲まされた妖精騎士ベディヴィエールの十八番である超長距離狙撃。

射程距離がブリテン島全土とかいう理不尽で厄介極まりない攻撃に、このクソチートが、と何度吠えそうになったことか。

 

しかし、反撃不可能、百発百中、当たればほぼ即死な、女王が最も信頼する妖精騎士の攻撃も、その特性を知ってしまえば恐れることは何もない。

 

今まで散々好き放題してくれやがった代わりに、今度はこっちが使い潰してやろうと考えていたのだが・・・まぁ、それがご覧の有り様である。

人が折角、暗躍する時間を削ってまで探してやったというのに、本人は呑気にお友達ごっこ。おまけに力も失ってはいないが、扱い方を忘れていると来た。

 

お前マジで巫山戯んなよ、と。

オベロンは、彼女を見付けた時にそう叫ばなかった自分を褒めてやりたかった。

 

しかも、カルデアというオベロンにとって、とても心強い味方を引き連れて自ら森を出て来たかと思えば、力の源とも言える与えられた名を中々思い出せず、こっちが慣れないことをして必死に思い出させようとすれば、まさかの思い出した名前はトネリコ。

 

オベロンはマジで挫けそうになった。

 

 

(でもまぁ、これはこれで良しとしよう。ベディヴィエールの名を言って無理矢理思い出させるってのも考えたけど・・・それはそれで納得がいかない)

 

 

アホをさっさと回収させようと、危険を犯してまで衛兵に証言したというのに、モルガンは一向に助けに来る気配を見せない。

 

着名(ギフト)があるから安心とでも思っているのか、それとも生きていようが死んでいようがどっちでもいいのか。

いや、後者の可能性は限りなく低いとしても、ソールズベリーにすら一人も寄越さないというのはまるで意図が読めなかった。

 

本当に妖精騎士ベディヴィエールを見限ったのか。

あれだけ大切にしていた癖に、そんなアッサリ捨てるのか。

 

そう思っていながらも、何か別の思惑があるのではと探りを入れ続け、遂に今日、"名なしの森" の広場での惨劇を目にして、その真意を理解した。

 

 

(ずっと監視していた。恐らく、あのアホが眠ってる間も、起きてる間も、ずっと・・・)

 

 

モルガンも、アホが何故あの森に入ったのかは分からないのだろう。その理由を探る意味も含め、ずっと監視していたのだ。

 

もしかしたら、自分の存在が危うくなってまで忘れたい何かがあったのではないか。

もしかしたら、私には言えない悩みを抱えているのではないか。

そ、それとも・・・単に、私のことが嫌いに・・・?

 

そんな感じで、クソ忙しいだろうに常に分身ではなく本体直々に脳のリソースの半分を割いて日々の仕事をこなしつつ、一日たりとも休むことなく、大切な騎士のことを何年も見守り続けていた。

 

オベロンは思った。拗らせ過ぎだろ、と。

 

無論、これはオベロンの妄想の域を出ないが、あながち間違っていないのが悲しい現実であった。

そして、友達を守るために木っ端な妖精共に襲われた時も、本当は手を出す気など無かった。

 

いや勿論、彼女が見てない所でモルガンは徹底的に始末するつもりではあったが、それはそれとして記憶を失っているとは言え、誰かに監視されていると分かれば心が休まらないだろうと考え、自身の存在を察知されるのは極力避けたかった。

まぁ、結果はご存知の通り、我慢出来ずに皆殺しにした訳だが。

 

しかし、今問題なのはそこではない。

森から抜け出た後、記憶が戻ると思っていたモルガンは期待と不安でハラハラドキドキであったことだろう。

 

だが、実際はモルガンの予想とは無関係の、明後日の方向へと突っ走るかのような展開となってしまった。

 

まさかの最愛の騎士が、自分の真似事を始めたのである。

 

これには流石のモルガンも、ベディヴィエールのベッドの上でゴロゴロと悶絶してしまった。

早く止めやがれクソ虫! と色々と察しているであろうオベロンに殺気を送ろうとも、彼は何処吹く風。

 

少しは痛い目見て反省しやがれこの魔女が、と。

それはそれはとても良い笑顔をしていたのだとか。

 




この作品での妖精騎士制度は"実際に力を与える着名" と"民に周知するための任命" とで分けています。
つまり、自分が妖精騎士だと周りに知られる前から、既にその力を与えられ、扱うことができるという訳です。


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謎多き一般妖精

支援絵を頂きました。作者のテンション上がりまくりです。
https://syosetu.org/?mode=img_view&uid=396196&imgid=100008


柔らかな絵のタッチが凄く好みだし、ビジュアルがマジでイメージ通り。
作者も描いてはいるんですけど、どうしても硬い感じになっちゃうんですよね。


救世主トネリコ。

記憶を取り戻し、名を取り戻し、そして使命を取り戻した俺が綴る、新たなる伝説の1ページ目は・・・社会勉強から始まった。

 

 

「武具など無粋。真の救世主は・・・目で殺す!」

「いや殺しちゃダメ! 追い払うだけだから!!」

 

 

ここはソールズベリーの外れにある広大な畑。

俺たち救世主一行はオベロンが残した伝言により、ここの管理者である妖精の頼みを聞くことになり、畑を荒らす鳥たちを追い払うことになった。

 

 

「穿て! エクスプロージョン!!」

「だぁから、やり過ぎだっての!! てか、武具は無粋じゃなかったの!?」

 

 

とは言え、力を取り戻した俺に、そこらの害鳥が敵うはずもなく。

周辺被害に気を配りつつ、鳥に当たらないように目や杖から青黒いビームを出している内に鳥たちは我先にと逃げて行った。

 

 

「はっはっはー! どうだ、我が爆裂魔法の威力! 思い知ったかー!」

「なるほど、害鳥はああやって追い払うのですね。参考・・・にはなりませんでしたが、助かりました」

「あ、畑被害を減らしたいなら、近くに案山子(かかし)を作っておいた方がいいですよ」

「かかし・・・ですか?」

 

 

鳥など大したことはないが、何度も駆り出されては他の困っている人達の下へと行けない。

そこで、救世主が出る必要のないものは出ずに済むように対策を教えようと思ったのだが、不思議そうに首を傾げられた。

 

 

「貴女を似せた像のことです。そうすれば、鳥たちは貴女に監視されていると誤認し、まず貴女の像から攻撃します」

「まぁ! そんな方法があったなんて・・・もしや、天才ですか?」

「「ふふ、否定はしません」」

 

 

補足を入れてくれた赤髪の貴公子ことトリスタンさんとドヤ顔していると、後ろから呆れたような声が聞こえてきた。

 

 

「あの・・・エール、じゃなくてトネリコちゃんはまだしも、トリスタンさんも基本はああいった感じですか?」

「いや、まぁ・・・しっかり注意できる相棒がいれば、本当に完璧な騎士になるんだけどね・・・。それに名を思い出したとは聞いていたけど、そっちのトネリコちゃんは随分と聞いてた話と違うというか、その・・・お転婆な感じなんだね」

 

 

お転婆とはなんだ、お転婆とは。

・・・てかナナシ、じゃなくてアルトリアさんも"まだしも" ってどういう意味ですかね。

言っちゃぁなんですけど、多分貴女もコッチ側だよ。

 

 

「え、ちょ、それってどういう・・・」

「ホーちゃん! どう、かっこよかった?」

「う、うん、すごく、かっこよかったよ・・・?」

「ホーちゃん・・・!」

「え、エーちゃん・・・」

 

 

あー・・・・・・好き・・・。

やっぱ、持つべきものは親友だよなぁ。

 

 

「それにしても、ソールズベリーの畑は凄く広いね」

「人間の模倣とは言え、ブリテンの北部では随分前から農業自体は盛んだそうけど、南部では不人気なんだ。現在の領主であるオーロラの指示のもと、やっと本格的に始まったんだって」

「私もここまで広い畑は初めてみました。けど、なんで今まで不人気だったのでしょう」

 

「それは、モースが出ると放棄せざるを得なかったからです」

 

 

なんでも、北部に比べて南部は頻繁にモースが出るので力のある妖精くらいしか町の外へ行けず、そうでなくとも百年周期で起こる"厄災" によって、畑自体をまた作り直す必要があるそうな。

その"厄災" も、助かるのは基本的に女王様のお膝元であるキャメロットに棲む妖精だけ。

ここソールズベリーの領主であるオーロラ様だけはキャメロットへの入城を許可されたものの、他の妖精に許可が降りず、それでオーロラ様も入城を拒否した結果、女王様の怒りに触れてオーロラ様の入場許可も取り消されたのだとか。

 

 

「そうですか、貴女も女王にご不満を・・・。近頃は反女王運動も各地で起きていますが、そちらに参加されたりは?」

「え・・・・・・い、いえ、別にそこまでは・・・。"厄災" は恐ろしいけれど、女王陛下の軍隊の方がもっと恐ろしい。特に、訓練された妖精の兵士たちと、それらを指揮する女王の加護を受けた騎士―――妖弦のトリスタン、太陽のガウェイン、湖光のランスロット、そして隻眼のベディヴィエール。あの4騎の妖精騎士が居る限り、女王陛下に逆らうことはできないのです」

 

「―――は?」

「―――え?」

「―――なんて?」

 

 

隻眼のベディヴィエール・・・うっ、頭が・・・!

 

 

「エーちゃん・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

場所は変わってマイクの酒場。そこで予言の子一行は重々しい空気のまま、机を囲んでいた。

 

 

「緊急会議を開きます! 議題はもちろん妖精騎士! 女王モルガンに仕える4騎の妖精騎士だ!」

 

 

そんな訳で急遽始まった円卓(机)会議。

アルトリアにより、妖精國では常識とも言える妖精騎士についての説明がされ、"円卓" という言葉に反応した立香たちに疑問を抱いたアルトリアが汎人類史での自身の同一存在が成した偉業を知って硬直するなどのトラブルがありつつも、話は当事者とも言えるトリスタンを中心に進んでいった。

 

 

「"妖精殺し"、"血の踵"・・・なるほど、そちらの私はそのような・・・」

「でもトリスタンさんは真逆の方です。立香とともに戦うアナタの姿は、なんていうか、嵐の中の花のようで。どんなに激しい状況でも姿勢を崩さず、凛とした姿で、自身の最善を尽くす・・・この國では、そういう方は本当に少ないのです。違う世界の私とはいえ、トリスタンさんのような方に信頼してもらえていたと思うと励みになります」

 

 

そんな、トリスタンにとって最重要でもあった妖精騎士トリスタンについての話はアルトリアによっていい感じに締めくくられ、笑みが漏れたトリスタンは続いて自分と同じくらい重要な親友について尋ねた。

 

 

「隻眼のベディヴィエールは・・・一言で言うと、謎の多い騎士です」

「謎、ですか・・・?」

「はい。どんな妖精なのか、今まで何処で何をしていたのか、その経歴を知る者は本人と女王モルガンだけと言われています」

 

 

基本的に城の中に居て、姿を現すのも仕事としてキャメロットの城壁に出て来た時だけ。それも空を駆けて行き来し、街から城壁の上はあまり見えないものだから、その姿を見れるのは空を駆けていく一瞬だけ。

 

それでも尚、その名が知れ渡っているのは、妖精國の者であれば、誰もがその光景を目にしたことがあるから。

 

 

「光の矢・・・」

「何処からともなく降って来ては、モースを跡形もなく消し飛ばす天の光。キャメロットに響く轟音と共に、ブリテンを翔ける一条の閃光。古くからブリテンを守って来た平和の光は、けれども・・・ここ数年でピタリと消えてしまいました」

「それは・・・なぜ?」

「分かりません。なんせ、元より情報の少ない騎士です。何処で何をしているのか、それを知る者は女王モルガンだけで、それでも明確な解答は避けているらしく・・・。中には、妖精騎士ベディヴィエールはもう死んでいるのではないかと、そういう噂が流れるほどです」

 

 

黙り込むトリスタンに、重苦しい空気がその場を支配した。

全くの別人とは言え、ベディヴィエールという名はトリスタンはもちろん、カルデア組にとっても一時期を共にした仲間であり、その思い入れは大きい。

 

そんな人物と同名の存在に何か良からぬことが起きたかもしれないのだ。

それが冷酷で恐ろしい女王の配下をしているとなれば尚のこと。もしかしたら、妖精騎士ベディヴィエールのあまりの人気を危惧した女王の手によって、既に処刑されているかもしれない。

 

他ならぬ、モルガンの悪辣さに振り回されて来た円卓の騎士であるトリスタンは、そう思わずにはいられなかった。

 

 

「大丈夫です・・・!」

 

 

そこへ、聞き覚えのある脳天気な声が響いた。

気にしている余裕が無かったとは言え、何故かずっと黙っていたトネリコの声だった。

 

 

「モルガン様は、お優しい方です! それに、妖精騎士ベディヴィエールはモルガン様(いち)の騎士! 処刑なんて、そんなこと有り得ません!」

 

 

ちょっと聞き逃せない単語が幾つか飛び出したことで、頭の回転が最も早いダ・ヴィンチちゃんが、慌てながらトネリコへと詰め寄る。

 

 

「ちょ、ちょ、ちょっと待って・・・え、なに? 君は妖精騎士ベディヴィエールについて、何か知っているのかい?」

「? そりゃ勿論ですとも! 誰よりも詳しいです! なんたって、俺は・・・俺は・・・・・・あれ? なんで知ってるんだっけ?」

 

 

なんとも不確かで、頼りにならなさそうな情報源ではあるが、それでも今は少しでも情報が欲しいダ・ヴィンチちゃんは、情報の真偽はそういうのがお得意な探偵様に任せるとして、疑問に思ったことを質問し始めた。

 

 

「女王モルガンが優しいって・・・君は会った事があるのかい?」

「はい! 昨日も会って、それから・・・・・・あれ? 昨日だっけ? 一昨日? もっと前・・・? うーん、もしかしたら明日?」

「どんな感じの人物か、印象だけでも覚えていたりはしない?」

「どんな感じ・・・どんな・・・・・・・・・甘えん坊?」

「ぶふっ」

 

 

誰かが吹き出し、そちらを向けば、そこには真顔のトリスタンが。

 

 

「・・・あと、凄く親バカです! あ、でもあの子は今反抗期で・・・ぐぬぬ、眼帯引っ張ったの許さないからな・・・!」

「ちょ、本当に待って! 次から次へとツッコミどころ満載な情報を投げ付けないで! 立香ちゃん、ホーちゃん、代わりにツッコんでて!」

「なんでやねーん!」

「え、ぁ・・・な、なんでや、ねーん・・・!」

 

 

ホーちゃんを撫で繰り回し始めた立香は置いといて、尋問は続く。

 

 

「眼帯・・・そうだ、ずっと気になってたけど、怪我の治りが早い筈の妖精の君が、眼帯を付けてるのには何か理由があるの? それともただ見えないだけ?」

「・・・ふっ、これは我が抑え切れぬ邪悪なる魔力を封印するための術式。例え、びっくりメカメカ幼女と言えど、そう簡単に―――」

「そういうの今は本当にいらないから、真面目に答えて」

「あっ! あぁぁぁ! すみません特になんでもありません! 単にお洒落で着けてるだけ―――ア゛ア゛ア゛!! イイッ↑ タイ↓ 目ガァァァ!!↑」

 

 

のたうち回りながらも、何かとてもデジャブを感じるトネリコであったが、嗜虐的な笑みを浮かべる赤い少女が脳裏を過った時点で思い出すことをやめた。

 

 

「えーっと、なんだっけ・・・あー、そうだそうだ。妖精騎士ベディヴィエールが女王モルガン(いち)の騎士ってのは、どういうこと?」

「・・・? どうも何も、自他ともに認める事実では? 娘公認ですし」

「・・・・・・そっ・・・かぁ。自他ともに、認めてるのかぁ・・・。・・・・・・うーん・・・私は今、自分でも鼻で笑ってしまうような仮説を立てているんだけど・・・いや、今はよそうか。変に話が拗れたら面倒だし、もっと決定的な証拠を得てからにしよう」

 

 

頭を(ひね)り、うんうんと(うな)っては、何も考えてなさそうなトネリコを見て、有り得ないだろと首を振るダ・ヴィンチちゃん。

そして、滅多に開かない目を開き、トネリコへと熱い眼差しを送るトリスタンと、相変わらずホーちゃんをぽふぽふしてる立香。

 

情報を整理したいということで、頭を抱えたまま部屋へと戻るダ・ヴィンチちゃんの言葉を最後に、今日の会議はこれでお開きとなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

一方その頃、キャメロットのとある一室では・・・。

 

 

 

「~~~~ッ!!」

 

 

枕に頭を(うず)めた女王様が、ベッドの上で足をジタバタさせていた。

 




もうアホの私服はコッコロ衣装でいいかなって・・・。


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トモダチ

前回、電子機器が一切使えないブリテン異聞帯であるにも関わらず、アホがダ・ヴィンチちゃんのことを"びっくりメカメカ幼女" と言いましたが、これは完全に作者のミスです。
でも、まぁ立ち絵は思いっ切りメカ背負ってるし・・・辻褄が合わないこともないんだけど・・・。
特に伏線とかではないので、ギャグ補正的なアレと思ってください。


頼られることが、嬉しくて。

誰かの役に立つのが、生き甲斐で。

困ってる人が居たら、手を伸ばさずにはいられなくて・・・。

 

そんな私の"目的"が苦痛に変わったのは、いつからだろう・・・。

 

 

『ごめんなさい、ごめんなさい・・・』

 

 

無理難題を押し付けられて、出来なかったら責められて。

 

次は失敗しませんから、もっと上手くやるから、と。

痛くて、苦しいのに、そういう生き方しか知らないから、変わることも出来なくて・・・。

 

 

『ごめんなさい、ごめんなさい・・・』

 

 

失敗ばかりで、誰にも必要とされなくなって・・・。

そうして、誰からも頼られなくなって、誰の役にも立てなくなった私は・・・徐々に自分を失っていった。

 

 

『あれ・・・私の、名前って・・・・・・なん、だっけ・・・』

 

 

そんな出来損ないの妖精に居場所なんて、何処にも無い。

何処に行っても追い出され、除け者にされ、最後に辿り着いた嫌われ者が集まる村すらも、私に居場所なんてなかった。

 

それでも、前と比べたらみんな優しくて、私を頼ってくれて、失敗しても許してくれて・・・また、頼ってくれる。

例えそれが、同情から来る優しさだとしても。

本当は私の事なんて、これっぽっちも頼りにしていないと分かっていても。

 

それでも、どうしようもなく嬉しくなってしまう自分が惨めで、大嫌いだった。

 

 

『あれ・・・屋根、あったっけ・・・?』

 

 

そんな時、出会ったのが彼女だった。

 

家とは名ばかりの廃墟。柱が崩れ落ち、ボロボロに朽ち果てた家の成れの果て。

そんな私の唯一の居場所に建っていた、見違えるほどに立派なお家。

 

その中にあったベッドの端っこで、何かに怯えるようにして布団にくるまっていた一匹の妖精。

 

 

『ひっ・・・ぁ、ぁの・・・何か・・・御用、でしょうか・・・? みなさんの家なら、また明日、修理しますので、だから、あの・・・俺の・・・家は、あんまり壊さないで、いただけると・・・』

『ぇ・・・あっ、ご、ごめんなさい・・・昨日まで、こんな立派なお家なんて無かったから、気になっちゃって・・・。す、すぐに、出て行きます・・・。邪魔しちゃって、ごめんなさい・・・』

 

 

もしかしたら、ここへ新しく来た妖精だろうか。

 

理由がどうであれ、私なんかにこんな立派なお家に住む権利なんか無いので大人しく身を引こうとすれば、お布団の隙間から手が伸びて来て引き止められた。

 

 

『・・・ぇ、えっと、も、もしかして・・・ここに、住んでた・・・妖精・・・?』

『ぇ、はい・・・ぁ、でも・・・か、借りてただけって言うか・・・わ、私は、大丈夫ですので。この村に居られるだけで、私は満足ですから・・・』

 

 

あーぁ・・・また、居場所が無くなっちゃったなぁ・・・。

 

言葉とは裏腹に、いつものようにそうやって諦めてた私に、けれどもお布団に身を包んだ彼女は手を離してくれなかった。

 

 

『じゃ、じゃあ・・・一緒に・・・住む・・・?』

『へ・・・?』

 

 

家を建てたのは自分で、でもここに住んでた私に申し訳ないからと、そう言われて最初は遠慮しようとしたけど・・・優しくされたのが初めてだったから、誰かが手を差し伸べてくれたのは初めてだったから・・・。

 

目からポロポロと何かが流れ落ちて、喋ることすら出来なくなった私を、エーちゃんは優しく抱き締めてくれた。

 

 

 

 

エーちゃんという初めてのお友達が出来てから、私の生活はガラリと変わった。

任された仕事も、偶に失敗することはあるし、やってる時の記憶があんまり無いけど、それでも気付いたら終わってて、村のみんなもいつもと違って怒らなくなった。

 

家に帰ったらエーちゃんがいつも出迎えてくれて、偶に虫料理って言うのかな? それを振る舞ってくれて。

 

楽しくて、毎日が幸せで。

あぁ、生きててよかったなぁ・・・って、そう思えるようになって・・・。

 

だから、その幸せがエーちゃんの頑張りで成り立っていたことに気付いた時、私は真っ先にお礼を言おうとした。

ずっと、影から支えてくれてて、ずっと、影から見守ってくれててありがとうって。

何か、私からも返してあげたくって・・・。

 

でも・・・。

 

 

『えっ゛・・・い、いやー、知らないなー、なんの事だろうなー・・・そ、それより、ホーちゃん、おかえり!』

 

 

何か理由があるのか、誤魔化そうとする貴女に、深く聞くことができなくて。

結局、私はただ"ありがとう"と、それだけを言うしかなかった。

 

 

『? ・・・うん! 俺も、ありがとうね!』

 

 

無邪気に笑って、そう言う貴女に、胸が締め付けられた。

 

心からの感謝が伝わらないことが、こんなにも辛い事だったなんて、知らなかった。

初めて言われた"ありがとう" の言葉が、こんなにも痛いなんて知らなかった。

 

けれど、貴女が本当に嬉しそうに笑うものだから、私も笑うしかなくて・・・。

 

それでも感謝を受け取ってもらえないのは辛かったけど、それ以上に楽しいのは本当だった。

みんなが私を、貴女が私を必要としてくれるから。

 

そこに自分の力で手に入れたものなんて何一つ無いけれど。

全部、貴女に用意してもらった幸せばかりだけど。

 

貴女がありがとう、とそう言ってくれるのが本当に嬉しかったから。

 

だからね、エーちゃん。

 

 

『我が名はトネリコ! ブリテンを守る、救世主なり!』

 

 

貴女が自分の名前を思い出して。

貴女が、今まで見たことないくらい、イキイキしてるのを見て。

貴女が、どんどん私を置いて行っちゃってさ・・・。

 

 

『ホーちゃん! どう、かっこよかった?』

 

 

自分の目的のために突き進む貴女が、私には眩しくて、羨ましくて仕方が無かった。

私には無いものを全部持ってる貴女が、妬ましくて仕方が無かったんだ。

 

 

ねぇ、エーちゃん。

 

私には、貴女しか居ないんだよ。

もう、貴女無しじゃ生きていけないの。

貴女が、私の傍から離れていくのが、何よりも辛くて、苦しいの。

 

私には、貴女が必要なのに・・・。

私には、貴女しかいないのに・・・。

 

エーちゃんは別に・・・私なんて、最初から必要無かったんだね。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

「これは完全に私たちの都合だが・・・アルトリア達はどうする?」

「ここまで来たら、最後まで付き合いますよ」

「俺も当然! 助けを求める所にトネリコあり! 今回もチャチャッと解決しちゃうぞー!」

「・・・・・・」

 

 

拠点としている宿屋にて。オーロラの従者であるコーラルから、はぐれたマシュが居るかもしれない人間牧場の情報を聞き付けた立香達。

ダ・ヴィンチちゃんの言葉に、アルトリアとトネリコは当たり前のようにそう言って、けれどもホーちゃんだけは黙って俯いていた。

 

それを心配そうに見詰めるトネリコは、どうしたのかと近付く。

 

 

「ホーちゃん・・・? ど、どうかしたの・・・?」

「・・・・・・」

「あっ・・・え、えっと、大丈夫だよ! どんなに強い妖精が来たって、ホーちゃんだけはこの俺が絶対に守るから! なんたって、俺は救世主トネリコ! 例え、相手が妖精騎士だろうと、ギッタギタのメッタメタに・・・」

 

「・・・うるさい」

「・・・え、ほ、ホーちゃん・・・?」

 

 

聞き間違いか。

低く、冷たい声で放たれた、突き放すようなその言葉に、トネリコは自分の耳が信じられず、震える手を伸ばそうとして・・・・・・パチンという音を立て、ホーちゃんに打ち払われた。

 

 

「うるさい・・・うるさい・・・うるさいうるさいうるさい! なにがエーちゃんだ! なにがホーちゃんだ! 出来損ないの私を見るのがそんなに楽しかったか!?」

「え・・・」

 

 

突如、豹変して、今まで聞いた事のない怒鳴り声を上げるホーちゃんに、トネリコはただ呆然とするしかなかった。

 

 

「もうウンザリなんだよ! こんな馬鹿みたいなお友達ごっこは! ずっと、ずっと陰で笑ってた癖に! 私の思いなんかなんにも知らない癖に!」

「ホー・・・ちゃん、なにを・・・」

「バレてないとでも思ってたの!? 本当に気付いてないとでも思ってたの!? それとも、どうせまたすぐに忘れるだろとか思ってたんでしょ! アンタが私に頼まれてた仕事を横取りしてたことなんか、全部全部覚えてるっつーの!」

「ち、ちが・・・そ、そんな・・・つもり、は・・・」

「だって出来る訳ないもの! 私が誰かの役に立つことなんか、出来る筈がないもの! 何百年もずっと、ずっと無理なこと押し付けられて・・・! 何度も何度も痛い思いをして・・・! それが出来たら、名前を捨てることなんて無かった!こんなに苦しい思いをしなくて済んだんだ! 」

「ひ、ひっぐ・・・ちが・・・ちがう、もん・・・ホーちゃん、は・・・」

「エーちゃんはいいよね! トネリコなんて素敵な名前があってさ! 救世主とかいう立派な目的を思い出せてさ! それに比べて私は・・・は、ははっ・・・あはははっ! 何これ! カスじゃん! ゴミ同然じゃん! 一体なんの為に生まれてきたのよ私は! 散々利用されて! 使えなくなったらあっさり捨てられて! (しま)いには救世主様の慰みモノ! あはははっ! 良かった良かった! 役に立てた役に立てた! 嬉しい嬉しい嬉しいなー! アハハ八八ノヽノヽノヽノ \ / \っ!」

 

 

ケタケタと笑い泣きしながら、その身が黒く染まっていく。

ソレは狂った妖精の成れの果て。救世主の倒すべき悪の象徴。

 

変わり果てた友達の姿を、その場に座り込んだトネリコはただ呆然と見ていることしか出来なかった。

 

 

「・・・構えて。彼女は、もう・・・妖精ではなくなりました・・・」

「あれが・・・モース・・・」

「そう。最早、語ることも聞くことも出来なくなった生命。ただそこにあるだけで世界を汚す藻。・・・妖精を殺す、ブリテンの呪いです」

 

 

アルトリアの号令に、予言の子一行はそれぞれ武器を構える。

止めるためでも、救うためでもなく。ただ、目の前の敵を殺すためだけに。

 

 

「っ!」

 

 

立香がトネリコを回収して、宿屋の一角で戦闘が始まる。

 

しかし、所詮は多勢に無勢。

理性無き呪いの塊が、幾度の死線をくぐり抜けた戦士に敵うはずもなく、追い詰められたモースへとトドメを刺すべく、トリスタンが弓に手をかけ、アルトリアが魔術を発動しようとして・・・。

 

 

「・・・っ!? あ、ちょ、トネリコちゃん!」

 

 

だからこそ、立香に抱えられ避難していた筈の彼女の行動は予想外だった。

正直、暫くは動けないくらいの精神的ダメージを受けていると思っていた。

 

けれど、トネリコはそれでも確かに、今こうしてアルトリア達の前に立ちはだかった。

 

 

「な、何を・・・!? 」

 

 

驚くアルトリア達に、それでもトネリコはその場から動こうとはしない。

怖いだろうに震える足で踏ん張って、涙を一杯に溜めた両目で、アルトリア達をそれでも力強く睨み付けた。

 

 

「だ、だめ・・・! ホーちゃん、を・・・虐めないで!」

「早くそこから離れて下さい。お気持ちは分かりますが、トネリコさん・・・ソレはもう、貴女の知ってる子では・・・」

「分かってる、分かってるよ! もう、ホーちゃんが・・・俺なんか覚えてないことも・・・。俺の事が嫌いだったってことも・・・全部、分かってるから・・・!」

「では・・・!」

 

「でも・・・友達だもん! 初めて出来た、俺のたった一人の友達だもん!! 」

 

 

悲痛な表情で目を逸らしているアルトリアはまだしも、トリスタンならばトネリコを躱してモースのみを射ることなど容易だった。

 

迷いはある。目の前で大切な人が死ぬ苦しみ、痛いほどよく分かる。けれど、それをしなければ、今度はトネリコが呪いに犯されてしまう。

例え、本人が望まぬ事だとしても、騎士としてやらねばならぬ時がある。

 

 

「どれだけ、ホーちゃんに嫌われてても・・・。仲良しだって思ってたのは、俺だけでも・・・。それでも、俺にとってホーちゃんはたった一人の大切な友達なんだ! 」

 

 

弓を引き絞り、照準を合わせ・・・・・・モースの異変に気付いたトリスタンは、弓を下ろした。

 

 

「・・・・・・」

 

 

それは、トネリコをジッと見たまま動かないモースの姿だった。

攻撃どころか、動くことすらなく。その奇妙な両の眼は自身を守ろうとするトネリコへと向けられ・・・。

 

 

「・・・・・・■■■◾︎■・・・」

 

 

そして、何かを呟くと黒い粒子となって散っていった。

 

 

「っ!? ・・・ほ、ホーちゃん・・・?」

 

 

声に気付いて、トネリコが振り返る。

しかし、そこに、守りたかった者の姿はなく・・・。

 

あるのはただ、無機質な部屋の壁だけだった。

 

 

「ぁ、ぁれ・・・ね、ねぇ、ホーちゃん・・・? ど、何処に、居るの・・・? ねぇってば!」

 

 

ホーちゃん、ホーちゃん、と。

迷子になったかのように何度も叫んで、叫んで・・・そして、何が起きたのか理解して。

 

崩れ落ちるトネリコへと立香が駆け寄り、抱き締めた。

 

 

「うっ・・・ぐすっ・・・うぅぅ」

「ごめん、ごめんね・・・! こんな事しか、出来なくて・・・!」

「ぅぅ・・・うわぁ゛ぁぁ゛ぁあぁん!! ホ゛ぉ゛オォぢゃぁ゛ぁぁ゛あぁ゛ぁ゛ん!! 」

「ごめんッ・・・本当に、ごめん、ね・・・!」

 

 

友を救えなかった救世主の後悔が、悲しく響き渡った。

 

 

 




因みにオーロラへの謁見に関しては、直前になって謎の腹痛に襲われ、トネリコは欠席。ホーちゃんもその付き添いで欠席したので、ほぼほぼ原作通りです。


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すぱい

アホの子、終了のお時間です。


ホーちゃんが消えてから数時間後。

彼らが心に負った傷は大きかったものの、今生きている大切な仲間のために、いつまでも消えた仲間のことを心配してもいられない。

 

マシュ救出のために宿を出発するのは同日の夜。

準備を済ませ、宿の前に集まった彼らの中に・・・トネリコの姿は無かった。

 

 

「立香ちゃん、彼女は・・・」

「部屋に篭ってる。一人にして欲しいって言って、それっきり・・・」

「そっか。・・・まぁ、元よりこれは私達の問題だ。無理に連れ出す理由は無い」

 

 

大切な友達が居なくなって、最後のお別れもアレでは・・・当分、立ち直ることは難しいだろう。

一人にさせるのは心苦しいが、こちらもこちらで付き添いのために誰かを留守番させておく余裕は無い。

 

最終確認を済ませ、静かに宿を発とうとして・・・宿屋の玄関が勢いよく開いた。

 

 

「おー待たせしました! 救世主トネリコ、復活!」

「―――。」

「―――。」

 

 

一同、唖然。

 

無風状態にも関わらず何故か靡くマントに、片手を帽子に添え、もう片手に杖を持ったまま、バーンッ!という風に出てきたアホに、少しだけ理解が遅れた。

 

しかし、それがさっきまで部屋に篭り、友達を失った悲しみで今も目を腫らしているトネリコであると気付くと、立香が慌てて近付いた。

 

 

「え、と、トネリコちゃん? え、ぁ・・・だ、大丈夫、なの・・・? 」

「いえ、全く! 今でも凄く悲しいですし、まだまだ泣き足りません! ですが、俺はトネリコ! 救世主トネリコなんです! 困ってる人が居るのに、見逃すことは出来ません! ですので泣くのは後から思う存分に、今はトネリコとしての使命を果たさねば!」

 

 

フンスッ! と息巻くトネリコの強さに言葉を失うが、けれどもその気持ちを立香は少しだけ理解出来た。

 

 

「うん・・・うん、後で、たくさん・・・泣こうね・・・」

「っ!? え、あ・・・は、はい! ・・・い、いえ、それは・・・そうなのですが・・・何故、立香さんが泣かれるので? な、何か、やってしまいましたか?」

「ううん、大丈夫・・・大丈夫だから」

 

 

自分の事だったらいつも通り我慢出来たのに・・・。

どうしてか、立香は胸の内から溢れるモノが止められず・・・。

 

結局、トネリコが立香を慰めるのに数分を要して、それから予言の子一行はコーラルから教えてもらった場所へと出発したのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

オーロラに仕える兵士に案内されて辿り着いた"西の人間牧場"。

アルトリアの解析によって中の構造を把握し、目の前に聳える城壁を立香とアルトリア、そしてトネリコの三人はトリスタンに抱えられて、ダ・ヴィンチちゃんはローラーでそれぞれ乗り越え、牧場の中へと侵入した。

 

中は牧場と言うにはあまりにも人間の街そのものであり、そうした理由は全て妖精が人間に求めているものが"創造性"だからだ。だがここはあくまでも牧場、生産工場であり、人間たちはここで暮らす自由が一定期間約束されているだけで、時期が来れば出荷される。

 

そんなアルトリアの説明を聞いていた予言の子一行に、襲いかかる複数の不気味な影。

 

それは監視用の使い魔。灯りの火に擬態して、アルトリア達を排除しようと起動した牧場の防御システム。

 

次から次へと増えていく使い魔たちに応戦するも、全く減らないことに痺れを切らしたダ・ヴィンチちゃんと立香により、使い魔を生成している本体の騎士を見つけ出し、これに苦戦しながらもなんとか勝利。

 

しかし、喜ぶのも束の間。似たような格好の騎士が数体現れ、流石に不利だと撤退しようとした所で、城門の方から大きな歓声が聞こえてきた。

それは円卓軍が城門を抜いた喜びの声であり、そして牧場へ囚われている同志を助けんとする者達の雄叫びであった。

 

一人ひとりの実力は、立香たちと対峙していた騎士の足元にも及ばないが、驚くべきはその数と統率の取れた連携力。瞬く間に応戦していた騎士たちを撃破し、そうして障害の無くなった牧場を次々と開放していった。

 

 

「・・・いやぁ、さっすが女王直下の施設と言いますか・・・魔力錠も超一流で・・・ちっくしょう・・・」

「そう落ち込まなくていいよアルトリア。いや、技術者としては気持ちは分かるけどね?」

「いえ、それもそうなんですが・・・」

 

 

ダ・ヴィンチちゃんに慰められていたアルトリアだが、なんだか凄く言いにくそうな、納得のいかないような表情でボーッとしているトネリコへと視線を向けた。

 

 

「な、何か・・・?」

「私としては、兵士さん達のように物理で鍵の周辺を破壊するのではなく、普通に正攻法で開けていた彼女の方が・・・その、なんというか・・・心にグサッと来たというか、私の存在意義ってなんだろーってなったっていうか・・・」

「あー、うん・・・それは私も思ってたんだけど・・・。トネリコちゃん、一応聞くけど、どんな感じで開けた?」

「え、え・・・? えっと・・・開けゴマって、言ったら・・・開きましたけど・・・」

「だよね~・・・聞き間違いでも見間違いでもないよね~、あれだけの魔力錠をね~、一詠唱の言葉だけでね~・・・・・・となると考えられるのは・・・でも、それだと色々と辻褄が合わなく・・・・・・、いや寧ろそっちの方が合うのかぁ・・・? むむむ・・・」

「・・・?」

 

 

眉間にシワを寄せ、全く整合性が無いようでその実ありそうな推理をしては思考がドロ沼にハマって頭を抱えるダ・ヴィンチちゃんに、頭大丈夫かな、と心配するトネリコであったが、そこへ円卓軍の兵士の一人が近寄ってきた。

 

彼は感謝を伝えると同時に立香たちを勧誘しようとしたが、今はそれよりもマシュを探さなければならないので丁重にお断りすることにした。

兵士は残念そうにしていたが、けれども立香の意志を尊重するように別れの挨拶を済まし、足早に作業へ戻っていった。

 

 

「円卓軍に興味がないと言えば嘘になりますが、我々の最優先事項はマシュとの合流です。今はまだ縁がなかった、ということでしょう」

「うん、その通り! さっすがオリジナル円卓、紳士的ー!」

「フッ・・・私は嘆きのトリスタン、大義にのみ生きる騎士ではありませんので・・・・・・とは言え、もしここにベディヴィエール卿がいたのなら、卿の手前、厳粛な選択も―――」

 

 

なんて会話をしつつも、ボーッとしているトネリコをチラチラ見ていた二人だったが、そこへ地獄の如き業火が牧場を焼き尽くすほどの規模で放たれた。

 

 

「警備の隙をついての襲撃とはな。小賢しい知恵だけは回る」

 

 

周囲を覆う炎の壁から悠々と歩いてきたのは、人が四つん這いになったかのような黒い犬を引き連れた一人の女騎士。

 

黒い炎の大剣と白銀の甲冑。

妖精國では知らぬ者はいない妖精食いの黒犬公。

 

妖精騎士ガウェイン。

女王の懐刀が、立香たちの前に立ちはだかった。

 

 

「女王陛下から聞いている。娘、お前が汎人類史のマスターか」

「・・・!?」

「驚くことはない。外の世界・・・汎人類史という異界の情報を、我ら妖精騎士はみな陛下より賜っている。―――機会があれば捕らえよ、とな」

 

 

尤も、ヤツは知らんがな・・・、と何かを吐き捨てるように言うと、鼻を鳴らした。

 

 

「・・・ふん。捕らえよ、とはまこと陛下らしくない」

 

 

そう言うと、妖精騎士ガウェインから魔力が一気に湧き上がり、その顔には憤怒の表情に染まっていた。

 

 

「恥知らずな侵入者共。(まれびと)であれば歓迎するのが、お前たちの世界での礼節なのだろう? 良いだろう、剣を取れ! 望み通り、存分に歓迎してくれる! 私の名はガウェイン! 妖精円卓のひとり、ブリテンを守護するもの! 陛下より与えられたこの名で、貴様らを蹂躙する!」

 

 

そうして始まった妖精騎士ガウェイン戦であったが、その実力差は圧倒的。何より、こちらの切り札とも言える令呪を食べられたことにより、人間である立香がダウン。

 

このままでは全員共倒れだと判断し、素早く決断したトリスタンが殿を務め出て、ダ・ヴィンチちゃんたちは急いでその場から逃げ出した。

 

 

「・・・察するに、貴公は自ら捨て石になったのだな。・・・マスターのために自ら命を捨てる木偶人形。貴様らサーヴァントというのは、みなそういうものなのか?」

「・・・さて、それはどうでしょう。我々は既に"死" の感覚を知っています。一度味わったから耐えられるものでは無いのです。生命にとって、死とは一度しか耐えられないもの。ですので、正直に言うと見逃して欲しい」

「それは貴公の自由だ。私が殺すのはマスターである、あの人間ただ一人。退くのであれば見逃そう。貴公であれば、妖精國でも他に生き方が・・・」

 

「いいえ。その上で私は貴女を止めるのです、妖精騎士ガウェイン。・・・かつて、弱きに走った私と戦っておきながら、なお私を"騎士" として信頼した者のために。私は私が愛する者のために命を使う。このように、誰よりも、冷酷に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

想像以上に苦戦を強いられた騎士が、黄金の粒子となって目の前から消え去った。

体中に、僅かな痺れが残っているものの、心配してくる部下に逃げた者達の後を追わせ、もう一仕事しようとした所で聞こえてくる、誰かが何かを引いて走り去る音に眉を顰めるが、今考えた所で仕方のないこと。

 

戻ってきた部下によって音の正体が馬車だと分かったものの、それが誰のものかまでは分からなかった。

 

 

「お役に立てず、申し訳ありません」

「よい。兵士を呼び戻せ、キャメロットへ帰還する」

「彼らはよろしいのですか?」

「ブリテンは女王陛下の庭園。虫の一匹や二匹、どこにでも居るものだ。今回は私が短気を起こしただけ。次に相対する時があれば、確実に潰す。・・・まぁ、尤も。私の出番があるかは怪しいがな」

「おお、麗しのランスロットに隻眼のベディヴィエール! ブリテンで最も強き妖精騎士と最も陛下に信頼されている妖精騎士! あの方々であれば、ブリテンの何処に逃げようとも瞬きの間に仕留められますな!」

「お、おいバカ! ガウェイン様の前であのお二方の話をするとか、お前死にたいのか!」

「!? も、申し訳ありませんガウェイン様! どうかお許しを!」

 

 

「構わん、その評価は正しい。だが間違えるな。妖精騎士ランスロット、アレは妖精國で最も強き生き物だ。我々と同じ分類ではない。それを肝に銘じておけ」

「は、はは―!」

「・・・収容していた人間どもを連れてこい。帰還する前に処理する」

 

 

興奮する部下の失言を別の部下が窘め、それを訂正し、続けて何かを言おうとした妖精騎士ガウェインだったが、それをやめ、本来の職務に戻る。

 

部下に連れてこられて命乞いする人間を、再調教のために腕の鎖に繋がれている黒犬と同じ姿に変えていき、妖精騎士ガウェインはキャメロットへ帰還しようとした。

 

しかし、そこでふと気付く。

建物の隅。ちょうど死角になっている場所から感じる魔力の存在に。

 

 

(これは・・・いや、しかし何故このような場所に・・・?)

 

 

その魔力は女王モルガンの魔力。確かに、女王モルガンの魔力であった。

 

しかし、今の今まで一切感じなかった筈の場所から・・・いや、そもそもどうしてそんな魔力がここにあるのか、疑問が尽きることはないが、少なくともまずそこに陛下自らがいることは有り得ない。

 

であれば、残るは女王を騙る不届き者のみ。

一切の躊躇なく、妖精騎士ガウェインは炎を纏った剣で薙ぎ払った。

 

 

「が、ガウェイン様・・・!? い、一体何を!?」

「・・・ふむ、やはり防いだか」

 

 

振るった炎が建物を破壊し、魔力の反応があった場所を通過しかけた所で、業火の炎が青黒い波によって呑み込まれた。

けれども、それを織り込み済みで振るったので、その建物の周囲は既に妖精騎士ガウェインの炎によって囲まれていた。

 

感じるは相変わらず主君と同じ魔力。建物の倒壊により砂煙に紛れ、自身の技をものの見事に相殺してみせたその使い手へと声を荒げる。

 

隠れてないで出て来い、と。

 

侮ること無く、魔力を滾らせ、そうして砂煙が晴れた先には・・・。

 

 

 

 

 

「きゅう・・・」

 

 

 

なんかめっちゃ見覚えのある、行方不明中の同僚が気絶した姿だった。

 

 

 

 

「・・・・・・は?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

トリスタンの決死の覚悟と救出に来たオベロンが乗る馬車により脱出を成功した予言の子一行は・・・けれども、重苦しい雰囲気に包まれていた。

それはトリスタンとの魔力パスが消えたこともそうだが、それ以上に、立香が途中でトネリコが居ないことに気付いて探しに戻ろうとした時に発したダ・ヴィンチちゃんの言葉。

 

"トネリコちゃんなら大丈夫" 、一見信頼しているように見えて、その実、見捨てたかのようなその発言はずっと立香の胸の中に引っ掛かっていた。

 

 

「・・・ねぇ、ダ・ヴィンチちゃん・・・さっきの言葉って、どういう意味・・・?」

 

 

追手を撒いて、ある程度落ち着いた所で、立香がそう質問する。馬車の中、本当は聞きたくないけど、それでも見て見ぬ振りはできないから。

膝を抱えて唇を噛み締める立香へと、彼女の気持ちを知ってか知らずか、ダ・ヴィンチちゃんの声は軽いものだった。

 

 

「そう心配すること無いよ、立香ちゃん。言ったろ? 彼女なら大丈夫さ。・・・そうだよね、オベロン?」

「・・・え?」

 

 

思わぬ人物に呼び掛けたダ・ヴィンチちゃんへと立香が顔を上げる。

そこには自分達をベストタイミングで助けてくれた白馬の王子様・・・もといオベロンがこちらに背を向け手綱を手にしていた。

 

 

「・・・すまない、騙すつもりはなかった」

「いいよ、そういうのは後だ。それより、君がそう言うってことは・・・やはり、そうなんだね」

「え・・・え?」

 

 

二人の会話に全くついて行けない立香へと、ダ・ヴィンチちゃんが顔を向ける。

そして、真剣な表情で先の言葉の真意を話した。

 

 

「いいかい、よく聞いて。私達が行動を共にしていた彼女、救世主トネリコの正体は・・・女王一の騎士と謳われる、妖精騎士ベディヴィエールだ」

「・・・!?」

 

 

絶句とは、正にこのこと。

思わぬ・・・とも言い切れないが、突拍子もないダ・ヴィンチちゃんの言葉に目を見開く立香だったが・・・次の瞬間には、思わず吹き出してしまった。

 

 

「ぷっ、ふふっ・・・そ、そんな訳無いじゃん・・・! だって、あのトネリコちゃんだよ? それがさっきのガウェインと同じ妖精騎士とか」

「いや・・・うん、その気持ちも分からなくは無いんだけどね? でも、これは別に立香ちゃんを元気付けるためのジョークとか、私が彼女を見捨てた言い訳をしてるとか、そういうのじゃなくて、至って真面目な話なんだ」

 

 

確かにあの時、逃げ遅れた者に構っていられる余裕はなかった。けれども、あそこまでハッキリと割り切れたのは、救世主トネリコが元々あちら側の妖精であり、自分達のスパイをしていた可能性が極めて高かったから。

 

 

「そ、そんな・・・でも証拠なんて・・・」

「妖精騎士ガウェインが言っていただろ、モルガンが私達のことは既に知っていたって。神代の魔術師でもあり、マーリンとも肩を並べた魔女のことだ。こちらに全く悟られずに監視するなんて訳ないだろうが、それでも怪しい者が自分の近くにいれば、疑うには充分じゃないかい?」

 

「え、じゃあ・・・あの森での出来事も、この数日間のことも・・・ホーちゃんのことも、全部・・・嘘ってこと・・・?」

 

 

立香も、本当は察していた。だって普通に怪しいもん。

伊達に世界を一度救い、いくつもの世界を滅ぼしてきた人類最後のマスターではない。

でも、あまりにも無邪気で、友達が大好きで、無害な妖精だったから、そう考えないようにしていた。

 

けれど、現実はいつだって非情で、無慈悲なまでに自分に牙を剥く。

モルガンとは成り行きで敵対してしまっているが、本来カルデア側にモルガンと戦う必要なんて無い。

そう思っていても、万が一そうなった場合を考えると、目を背けたくなる。

 

 

「いえ、それは本当です」

 

 

だが、そこにアルトリアの声が割って入った。

今までに無いくらい、凛とした声で、立香の勘違いを許さないかのように。

 

 

「彼女は結果的に私達を騙していたことになりますが、それでもホーちゃんを、友達を思っていた気持ちだけは紛れもない真実です。それが例え、一方通行の感情だったとしても、独りよがりな思い込みだったとしても・・・どうか、彼女の想いを否定しないであげてください」

 

 

なんせ、日が昇り始めているとは言え、ホーちゃんが居なくなってからまだ一日すら経っていない。

あの時のトネリコ改め、妖精騎士ベディヴィエールの涙が、悲しみが、嘘だったなんて、そんなの信じたくはないのは誰もが同じ。

あんな悲しい声が演技だったなんて、そんなの・・・あまりにも、あんまりだ・・・。

 

 

「でも、そうなると色々と疑問が残るんだよね」

 

 

重くなった空気を払拭するかのように、ダ・ヴィンチちゃんが話を続ける。

 

 

「疑問って・・・?」

「ほら、彼女ってさ。記憶を失う森にいたんだろ?」

「う、うん・・・」

「それって、態々森に入る必要があったのかなって思っちゃってさ」

「どういう・・・?」

 

 

空間転移や極僅かであるが時間跳躍すら可能と言われる神代の魔術師であるモルガンなら、呪い程度の干渉くらい跳ね除けるなんて訳無いことだろう。

仮に記憶を失わせた方がスパイを送り込むのに都合が良いと言うならば、不確定要素が多い呪いに頼らずとも、ちょっとした催眠や暗示とかでもして、ソールズベリーで立香たちと合流するように仕向ければいい。

 

何より、妖精騎士ベディヴィエールはモルガン(いち)の騎士。情報源がアレなので信憑性は薄いが、そうでなくとも妖精騎士という最上位の立場に位置するであろう妖精を、記憶を失ったという無防備な状態でそんな危険な任務に就かせるというのも考えづらい。

 

 

「オベロン、君は何か知らないのかい?」

「・・・すまない。実は僕もそこで行き詰まってるんだ」

「・・・と言うと?」

「ブリテン中を飛び回って結構な情報を集めたんだけどね。彼女が"名なしの森" へ行った理由だけが、どうしても分からないんだ」

 

 

つまり、それはオベロンの情報網を掻い潜り、モルガンの目すらも欺き、妖精騎士ベディヴィエールを"名なしの森" に誘導した謎の第三者が居るかもしれないということ。

 

 

「単にモルガンが妖精騎士ベディヴィエールを切り捨てるつもりだったってなら、それまでの話だけど・・・。でも、そうじゃない場合。記憶を失ったことがモルガンすらも予想外の事態であった場合・・・。どうやら君たちの旅路は、君たちが思ってる以上に今回も一筋縄ではいかないようだね」

 

 

オベロンがそう締め括ると、馬車の中に沈黙が流れる。

 

朝日が昇り始める丘を駆ける中、出番はいつだろうかとソワソワしていた馬妖精の背中が、心なしか少しションボリしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

一方その頃、正体がバレた妖精騎士ベディヴィエールは・・・。

 

 

「すぴ~・・・」

「全く、どうして私がこんなことを・・・」

 

 

鎧を脱いだ妖精騎士ガウェインに背負われ、キャメロットへと強制帰還していた。

 

 





モル様(あ、焦ったー・・・!)


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怒り

プーリンのクラスが寄りにもよってプリテンダーとか草生える。


後悔、という言葉を生み出した人は偉大だと思う。

だって、そうだろう。この胸を掻きむしりたくなる衝動、あまりの羞恥で死にたくなる葛藤、けれど全ては後の祭りでどうすることも出来ない現実。

そんな複雑な激情を、たったの二文字で表現してしまうのだから、やはり言葉というものは奥が深い。

 

・・・・・・まぁ、そんな訳で。

ただ今絶賛記憶を取り戻し、自室にて身悶えている救世主トネリコ(笑)でございます。

 

もうね、思い出すだけで恥ずかしいのなんの。

それをモルガン様にずっと見られてたってのも、もうホント・・・マジで最悪。

なんと言うか・・・隠れて楽しんでたヒーローごっこを母親に見られて、生暖かい視線を向けられた時のあの感情。

もう恥ずかしいとか、そういうのじゃなく・・・こう、とにかく死にたぁい・・・。

 

 

「・・・・・・」

 

 

いや死ぬ気はありませんけども。冗談に決まっておりますけども。

それはそれとして今気になることと言えば、俺が記憶を失ってる時に出会ったアルトリア・キャスターなる妖精。あまりにも英雄様にくりそつでビックリした。

 

いや、英雄様と比べたら品格も知性も感じられない部分が多々見受けられるが、それでも外見に関しては脳内で着せ替えさせてみてもマジでそっくりだった。

 

ご本人様・・・では無いんだろうな。

ただのそっくりさんとかでもなく、恐らく次代の妖精。

俺とは全く無関係の英雄様の子孫だろう。

 

・・・・・・サイン、貰えたりしないかな。

 

いやぁ、別人だし、モルガン様の敵であることは分かってるんだけどさぁ・・・。折角だし、やっぱ欲しいじゃん?

十中八九、サインとは無縁な生活をして来ただろうから、大した物はもらえないだろうけどさ。それでも欲しくなっちゃうのがオタクの性と言いますか。

 

あー・・・でも俺って、一応裏切った立場になるのか。その上でサイン下さいとか、ちょっと無いな・・・。

悪気とか全くなかったし、なんなら何もかも偶然な訳だけど。それでもモルガン様に心配掛けちゃったし、それでずっと見守られてて、結果的に立香さん達の情報は筒抜けで・・・。

 

いや、でもさ? 仕方なく無いっすかね?

俺はただ、故郷が恋しくなっただけなんすよ。昔描いた丘の景色を頼りに漸くそれっぽい所を見付け出して、かと思ったら霧に覆われてる森があったから何事かと思ってそこに入ったら記憶失うとか・・・初見殺しにも程があるっての。

 

あんな激ヤバ地域があるとか聞いてないって。なんなら故郷の名前がコーンウォールだったってのもその時に知ったばかりだし。

しかも俺、休日のラフ姿だぞ? 知ってれば、ガチガチのフル装備で行ってたし、そうすればモルガン様の加護が盛り盛りだから多少の呪いは跳ね除けれたっての。

 

だから俺は悪く・・・いやちょっと待って、コーンウォール?

 

 

「・・・・・・・・・あ」

 

 

・・・は、ははは。い、いやー、なんと言いますかね。

あー、ははは・・・笑うしかねえっすわ。

いやー、ね。もう、ホントにね。

 

なんと言ったらいいか、とても言葉につまる訳ですけれども。・・・あー、そのー、なんだ。

 

 

 

コーンウォールの主を殺したの、俺やんけ。

 

 

「〜〜〜〜〜っ!!」

 

 

あー! もう、ばか! 本当にばか! このあんぽんたん!

 

そらモルガン様からあんまり忠告されない訳だ!

そらそうだよな! だって俺が殺したんだから!

 

いや、正確にはバーゲストが殺りに行って、瀕死になったコーンウォールの主が呪いを発動してモース化しちゃったから、俺が呪いの範囲外から狙撃でトドメを刺した形になる訳だけど・・・。

 

あー、そう言えば言ってたなー、モルガン様。

記憶が無くなって、最悪、存在まで消えるから絶対に近付くなって。

当時は、あんな危険な場所に誰が近付くかって思って、割と聞き流しちゃってたけど・・・バリバリやらかしてるやんけ。

 

 

「・・・・・・あー・・・マジかー・・・やべーなー・・・」

 

 

女王一の騎士が聞いて呆れる。

モルガン様の信頼を地に落として、これでは忠義の騎士と謳われたベディヴィエールにも、その名を与えて下さったモルガン様にも顔向けできない。

謝った所で許されるとは到底思えんが、悪いことをすれば謝るのは当たり前。最低限の筋を通さねば、妖精騎士どころか人として終わりだ。

 

・・・とは言え、俺って謹慎言い渡されてんだよな。反省しろって意味なんだけど、謝るために言い付け破って部屋から出ました、では本末転倒である。

そもそも入り口には視覚化出来るレベルで何重にも、部屋には赤外線の如く張り巡らされた結界があって、部屋を出ようにもベッドから動いた瞬間、速攻でこちらの動向がバレてジ・エンドである。

モルガン様の俺への怒りと信用の低さが如実に現れてて、ちょっと泣きたくなってきた。

 

それに謝るにしても、なんと謝るべきか。そこが重要である。いくら反省してても、それが伝わらなければ意味が無いし、自己満足の謝罪など論外である。

 

ただごめんなさい、と言うだけでは何に対して謝ってるのか分からず、馬鹿正直に"自分が殺した奴の所為で記憶無くなるの忘れて故郷へ帰ったら、まんまと記憶を無くして放浪してました" とか言って謝れば、舐めてんのかテメェと思われる。

 

こ、これはマジで考えないと本格的に怒らせてしまう奴では・・・?

 

 

 

 

 

そうしてウダウダ考えてから・・・結構な時間が過ぎた。

マジでかなりの時間が過ぎた。

 

 

いや、確かに十割俺が悪かったけどさ、何十日も閉じ込められるとは思わないじゃん。

ここまで一切の音沙汰が無いとか、予想外にも程があるって。

 

最初の二、三日は考える時間がもらえるのが有難かったけど、それから数日はいつモルガン様が来るのかビクビク怯えて、十日が過ぎた辺りからなんかちょっと変だなって思い始めて、そこから更に数日が経過した辺りから、あっこれマジでヤバい奴だわと察して、そんで今に至る。

 

・・・も、もしかしなくてもさ、俺が思ってる以上にモルガン様ってばブチ切れてたりします?

そ、それとも既に俺の事なんか忘れてたり・・・あ、やば。想像してたら涙が出て来た。

 

 

「ぅぁ゛・・・・・・ぁぁ゛・・・」

 

 

やばい、事の重大さに今更気付いてきた。

今の今まで、なんやかんや許してくれるだろうって、甘い考えを持ってた。

でも違った。モルガン様、本気で怒ってるんだ。

 

ちゃんと忠告してくれたのに、ダメって言われてたのに。話を聞きもせず、言いつけを破って、心配掛けちゃったから・・・もう要らないって、思われちゃった。

 

 

「いやぁ゛・・・・・・やだぁ・・・!」

 

 

ホント・・・後悔って言葉を生み出した人は、偉大だと思う。

こんなに胸が締め付けられる気持ちを、こんなにも死にたくなる気持ちを、たったの二文字で表してしまうのだから。

 

あーぁ、何処で間違えちゃったのかな。

自分なりに、結構頑張って来たつもりだったんだけどなぁ・・・。

そりゃ、布教禁止されるのはちょっと不満に思ってるけどさ・・・。

それ以上に、モルガン様と一緒に居るの楽しかったんだよな。

 

なんて事のない話でもいつも嬉しそうに聞いてくれて、欲しい物があったら、こっちの想像以上の物をいつもくれて、なんだかんだ言いつつも、英雄様の話も聞いてくれてさ・・・。

本当に、楽しくて、幸せだったんだ・・・。

 

 

「ぐすっ・・・」

 

 

あぁ、いやだなぁ・・・。

嫌われたく、ないなぁ・・・。

 

もっと、モルガン様と一緒に居たかったなぁ・・・。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

扉を開く。

ノックもせず、部屋の主の了解を得ることもせずに。

 

 

「・・・っ!?」

 

 

部屋を見渡して、盛り上がってる布団がビクリと動いた。

驚かせてしまった、と申し訳無い気持ちになるが、今はそれどころではない。

 

足早に近寄り、無理矢理布団を剥がせば、そこには痛ましいまでに目を腫らし、うるうると涙を溜めた愛すべき妖精の姿があった。

 

 

「・・・モル、ガン・・・様・・・」

 

 

名を呼ばれ、どうすべきか悩む。

聞きたいことも、言いたいことも山ほどある。

 

けれど、それ以上に今は何故泣いているのかを問い詰めるべき・・・いや違う、慰めるのだ。

 

彼女が帰って来てから数十日。

"名なしの森" へ行った理由を聞くかどうかで散々悩み、そうしてふと部屋を覗けば、泣いているあの子がいた。

それを見た瞬間、悩みや恐れが吹き飛び、体が勝手に動いた。私の愛しい英雄を泣かせた奴は何処のどいつだと、身を焼き尽くすような殺意が湧いた。

 

けれど、いざこうして顔を合わせると、頭が真っ白になる。本当は、私なんかもう嫌いになってるんじゃないかと、足が竦む。

 

彼女の心を見るのが恐ろしくて、目を逸らす。

そんなことある筈無いのに、絶対有り得ない話なのに、恐怖が信用を上回ってしまった。

 

 

「ぁ・・・」

 

 

ベッドに蹲りこちらを見上げる彼女と、俯いて目を合わせようとしない私の耳に、か細い声が届いた。

凄くショックを受けた、今まで聞いたことのない悲しそうな声だった。

 

身をギュッと握り潰されたかのような悪寒が、私の体を駆け巡り、ほぼ反射的にそちらを向いた。

 

 

「やだ、やだ・・・あぁ、あぁ゛・・・ごめ、ごめん、なざぃ゛っ・・・! もう、しまぜんがらぁ゛ッ・・・!」

 

 

それはまるで、悪さをした幼子のようだった。

捨てないで、と嗚咽混じりに泣き叫ぶ声、私のドレスに皺を作り、何処へも行かせないように縋る小さな両手。

 

それらがどうしようもなく、危うげで、今にも壊れてしまいそうで・・・。

 

 

「こ、殺した゛のに、俺が・・・殺し゛て゛、それ、なのに゛ッ・・・!」

「違う、あれはお前の所為では・・・!」

 

 

あぁ、それで泣いていたのかと胸が締め付けられる。

 

あの少女のことは、仕方の無いことだった。

二千年統治してきた魔女とて、そこまで万能ではない。

既に終わっていたモノを、再び甦らせることなんて出来ない。

 

だから、あれは仕方の無いことだった。寧ろ、彼女はよくやった方だ。

確かに、結末は酷かったけれど、それでもそれを悔いるのは、感謝してくれたあの子にとっても本意では無い筈だ。

 

その友情は偽りだったかもしれないけれど・・・。

 

あの時の感謝の気持ちは、確かに本物だったのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

泣き疲れて眠ったのを確認して、モルガンは静かに部屋を後にする。

その顔に宿るは"無"。さっきまでの慈愛の気持ちなど欠片も無く、あるのは燃え盛り、荒れ狂うばかりの怒りだけ。

 

なぜなら、ずっと知りたかった、あの森へ向かった理由を知ることが出来たから。

己の怠惰が招いた結果だと、知ってしまったから。

 

 

「・・・・・・秋の森、そうか。やはり、あそこか」

 

 

コツ、コツ、と廊下に響くヒールの音がヤケに反響した。

 

泣いてぐちゃぐちゃだったが、その心には森に入るまでの経緯や記憶をなくした後のことが、僅かながらに思い描かれていた。

 

偶然、偶然、全てが偶然。

あの子がヴォーティガーンの気配が最も濃い秋の森を気に入ったのも、そこで故郷が恋しくなったのも、コーンウォールの呪いを忘れていたのも、武装せずに森へ入ったのも、全てが偶然だった。

全く無関係に思える数々の偶然が、奇跡的なまでに重なり合って、そうして彼女は記憶を失い、何年も何年もモルガンの下から離れることとなった。

 

不安だったろうに、記憶が徐々に消え、存在まで消えていく恐怖に怯えることすら出来ず、一人寂しく嘗ての家で過ごすこととなった。

神の悪戯とでも言うべき馬鹿げたことの連続で、彼女とモルガンは永遠に引き裂かれる所だった。

 

そう、偶然だったのだ。

別に彼女がモルガンに愛想を尽かした訳でもなく、誰かしらの介入があった訳でもなく、本当にたまたまあの子が故郷に帰ろうとしただけ。

 

ただ、それだけのお話。

 

 

・・・・・・巫山戯るな。

 

 

「・・・・・・随分と、舐め腐ったことをしてくれたものだ」

 

 

そんな都合の良すぎる偶然が、あってたまるものか。

こんな馬鹿みたいな話が、あってたまるものか。

 

確かに、あの子の行動はあの子自身が考え、自分の意思で実行したのだろう。

 

だが、本当にそれだけだろうか?

一から十まで全てあの子だけしか関わらなかったのか?

 

違うだろ。あった筈だ。

誰かの入れ知恵が。誰かの囁き声が。

何者かによって、思考が誘導されていたのだ。

 

そんなことが出来る奴など・・・居る 、一人だけ。

夏に飛び回る羽虫のごとく、耳元で鬱陶しく騒ぐクソ虫が。

 

 

「・・・やはり、早めに駆除しておくべきだった」

 

 

灯りを着ければ居なくなって、消せばまた現れる真夏の害虫。耳元で騒ぐだけなら、手で払い除ける程度に収めてやったものを。

 

宝物を傷付けられれば、話は別だ。

よほど死にたいらしいあのクソ虫を、モルガンは本気で潰すことに決めたのだった。




オベロン「え、ちょ」


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秋の森

妖精騎士ベディヴィエールの武器案をラフですが頂きました。
https://syosetu.org/?mode=url_jump&url=https%3A%2F%2Ftwitter.com%2Fninzinsikkaku%2Fstatus%2F1559474794923323392%3Fs%3D21%26amp%3Bt%3DJrxR9k6cvgbdC30zpekqyQ



余談ですが、オーロラ様の声を思い出そうとすると脳内に"しんこちゃん"が出て来るのは作者だけでしょうか。


人間牧場からの脱出に成功した予言の子一行が次に訪れたのはグロスター。

マシュらしき人物がオークションに賭けられるとのことで訪れてはみたものの、競りに出されたのは何故か囚われていた異星の神の使徒こと千子村正。そして妖精騎士トリスタンとの勝負。

 

流石に大立ち回りし過ぎた所為もあり、街へ寄るのは危険だと判断し、オベロンが所有する土地 ウェールズの"秋の森"へとやって来た予言の子一行。

途中で村正の事情を説明することとなり、"後になって敵だったのか" だの、"信じてたのに" だの言われるのも面倒だからと了承した村正であったが、妙な空気が流れた予言の子一行に首を傾げることとなった。

 

唯一、妖精騎士ベディヴィエールのことを最初から知っていたオベロンによって今まであったことを軽く説明され、既に裏切られた後だと知った村正は呆れつつも、当初の目的通りに"秋の森" へ到着。

 

そこで出会ったのは虫の姿をした妖精たち。

その見た目と言葉も喋れぬ知性の低さから他の妖精だけでなく女王にも嫌われ、除け者にされたオベロンの大切な領民たちだった。

 

 

「どうだい? ここがどんなに見放された土地でも、"予言の子" は来てくれるんだ。僕は嘘つきじゃなかったろ?」

 

 

少し誇らしげに虫妖精たちへそう言うオベロン。

その言葉を皮切りに、予言の子一行へと群がる妖精たち。

 

それぞれが思い思いに過ごす中で、何故かやたらとアルトリアの人気が高かった。

 

 

■■■■!(トネリコ!) ■■■■■!(トネリコだ!)

■■■!(英雄様!)

■■■■■■■■■■■!(エールが大好きな英雄様!)

 

 

その言葉の意味を分かる者は少なかったが、その数少ない理解者であるアルトリアは、その名前に目を見開いた。

 

動揺しつつも、手を引っ張られて案内された先は、アルトリアと瓜二つな容姿がプリントされたグッズの数々が並べられた異様な景色。

「えっ゛・・・」と思わず汚い声が出たアルトリアに構わず、虫妖精たちは嬉しそうにグッズを見せて来た。

 

 

■■■■!(これ着て!) ■■■■!(これ着て!)

■■(見て)■■■■■■■■!(ちっちゃい英雄様!)

■■■■■■■■■■!(お布団も気持ち良いよ!)

 

 

それはコスプレ服であり、フィギュアであり、布団に抱き枕であった。その他にもコップやポスター、中には銅像まであって、なんかもう・・・十中八九、自分のことじゃないだろうけど、瓜二つなもんだから色々と恥ずかしくなったアルトリアであった。

 

 

「うわすっご!? これまんまアルトリアじゃん! こっちは陶磁器のコップに、これポスター!? しかも銅像まで・・・どれも凄い精巧に作られてて、中々お目にかかれない一級品ばかり・・・・・・う、うへへ、すご・・・・・・ん? ちょっと待って、これ君たちが作ったの!?」

 

 

グッズに食い付き、美しき顔をちょっとよろしくない感じに崩して涎を垂らしていたダ・ヴィンチちゃんだったが、なぜこんなものがこんな所にあるのかと考えた瞬間、その顔は驚愕に変わった。

しかし、知性の低い虫妖精にそんなことはもちろん出来ず、では誰が作ったのかと言えば、その答えはオベロンが代わりに答えた。

 

 

「君たちのよく知る、妖精騎士ベディヴィエールが作ったものだ」

「妖精騎士・・・え、もしかしてあのトネリコが!?」

 

 

本人が居れば、"あの"ってどういう意味かと憤慨していた所だろうが、生憎とこの場にダ・ヴィンチちゃんの言葉に異議を唱える者は居なかった。

 

 

「街で"英雄様"って言葉を聞いたことは無いかい? 杖を片手にマントを靡かせた金色(こんじき)の英雄。困ってる人がいれば何処へでも駆け付け、颯爽と問題を解決していく、正に理想の救世主。それが今、妖精國を支配する悪辣な女王を成敗するために、近い内に現れようとしているんだ」

「それって・・・もしかして、"予言の子" のこと?」

「いや、その辺は少し複雑でね。広めた本人も不本意だったろうが、救われる側からしたら"予言の子" と"英雄様"が同一人物かは重要じゃない。噂話に尾鰭が付いて、結果的に同一人物だと言われるようになってしまったが、(れっき)とした別人だよ」

「・・・なるほど、それを広めたのが妖精騎士ベディヴィエールってことか」

 

 

立香が相槌を打つ傍らで、グッズの作成者は誰かと思考をフル回転させていたダ・ヴィンチちゃんが素早く答えに辿り着く。

けれど、自分で結論付けておいて、ダ・ヴィンチちゃんはやっぱり不満顔。よほど自分の結論に納得が行ってない様子だった。

 

だってそうだろう。

妖精騎士ベディヴィエールは女王の忠実なる下僕(しもべ)。それが、女王に仇なす存在に加担するような話を吹聴して回るなど、それもこんな大胆にやるなんて・・・普通なら考えられない。

ハッキリ言って、ただの馬鹿か、破滅願望持ちの狂人としか思えない。

それとも、そうやってこちらの思考を撹乱するのが目的なのか。

 

抱く疑問に対して、あまりに情報が少な過ぎたダ・ヴィンチちゃんは、再び思考の闇へと沈もうとしていた。

 

 

「あの子に長く関わってきた先輩からのアドバイスだけど、あまり深く考えない方がいいよ。アレに関しては、理路整然とした論理的で建設的な理由を求めるだけ無駄だから」

「・・・何故か、納得できてしまう私が居る」

「理由なんて単純なのさ。ほら、君達の世界にも居るだろ? ある特定の物事が好き過ぎるあまり、周囲にも好きになってもらいたがる・・・所謂、オタクっていう人種が。アレは(まさ)しくそういう(たぐい)の、あー・・・なんて言うんだったか・・・ほら、あのー・・・」

「・・・布教?」

「そうそれ! 彼女はそれをやってるだけさ。秋の森に彼女が来ていたのもその一環」

 

 

そうして見事布教され、英雄様大好きになったのが秋の森の妖精たち。

彼らは今、オベロン達の長話に飽きたのか、村正に作ってもらった小道具でごっこ遊びをしていた。

 

 

「彼らが今やってるのも、妖精騎士ベディヴィエールが伝えた物語の一つ。数ある英雄譚の始まりのお話。モースの群れに襲われて絶体絶命の妖精の前に現れ、瞬く間にモースを蹴散らしていった出会いの物語」

 

 

悪役となったレッドラ・ビットに、大勢のコスプレをした虫妖精達が群がる。それはどちらかと言えば、リンチに近い光景であったが、まぁ本人達が楽しそうなので良しとする。

 

 

「森へ来た彼女は、本当に楽しそうに話しててね。彼らも彼女の話を聞くのが大好きだった。だから・・・僕は出来ることなら、彼女に記憶を思い出して欲しくはなかった。いや、確かに最初は彼らとの記憶が消えることを悲しんだけど・・・。それ以上に、記憶を失ってた方が彼女は幸せなんじゃないかと思ってね」

「そうか、このままだと"予言の子" とモルガンは敵対するから・・・」

「彼女がモルガンを裏切ってこちら側に付いてくれるのならそれも良し。でもモルガンは恐ろしい魔女だ。その怖さは、女王歴の初期からモルガンに仕えている彼女が誰よりも知っている筈だ。ならいっそ、全てを忘れてしまった方が彼女は・・・」

 

「・・・ん? ちょっと待って、今なんて言った?」

 

 

急に静止してきたダ・ヴィンチちゃんに、何かおかしなことを言ったかとオベロンや他の面々は首を傾げる。

 

 

「初期・・・女王歴の初期から仕えてるだって? 彼女が? 妖精騎士ベディヴィエールが?」

「? うん、そうだけど・・・・・・あぁ、なるほど。そういうことね」

 

 

合点が行ったのか、"うんうん、分かるよその気持ち"と一人頷くオベロン。

けれど、未だによく分かってない組は、立香が代表してダ・ヴィンチちゃんへと質問した。

 

 

「え、なに・・・? ダ・ヴィンチちゃん、何がそんなにヤバいの?」

「立香ちゃん、今が女王歴の何年かは分かる?」

「えっと・・・2017年・・・・・・あ」

 

 

自分で言ってその異常性に気付いたのか、立香も声を上げる。

そしてそれを見たオベロンは、深く深く頷いていた。

 

そんな二人を他所に、ダ・ヴィンチちゃんは顔を青くし、震えながらも言葉を紡ぐ。その事実を噛み締めるように。信じがたい事実を必死に受け入れるかのように。

 

 

 

 

「彼女は、妖精騎士ベディヴィエールは・・・一体、何千年生きてるんだ?」

 

 

それだけ生きてアレなの? と、ダ・ヴィンチちゃんの中でさらに謎が深まった瞬間であった。

 

 





布教されて英雄様大好きになったけど、オタクにはならなかった虫妖精さん達でした。
でも貰った物は大切にしてます。


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奇跡

これまたオシャレなイラストを頂きました。
https://syosetu.org/?mode=img_view&uid=252261&imgid=99955


ステータスについて、HPの方は厄災(8931)、Atkはトネリコ(10265)という風に語呂合わせをしてるようです。こういう小ネタ好き。


グロースターでの妖精騎士トリスタンとの一件。その時のアルトリアの勇姿に魅せられたという妖精"根無し草のガレス"が新たな仲間となり、予言の子一行は数日以内に起こるであろう"厄災" を解決するために、空に雲のような"厄溜まり" が渦巻くノリッジへと向かうこととなった。

 

出発前に虫妖精から"エールに見せてあげて"と貰った実用性抜群のコスプレ衣装を身に纏い、イメチェンして()()()なったアルトリアを筆頭に"ウェールズの森"から出発。

 

道中、"涙の河"にほぼ全員が引きずり込まれたりなどのトラブルが有りはしたものの、無事にノリッジへと到着した一行は情報収集を兼ねた観光を楽しんでいると、突然広場のほうが騒がしくなった。

何事かとそちらを見てみると、そこには黒い鎧の"予言の子"がノリッジの領主である"スプリガン"に饗されていた。

 

アルトリアを本物の"予言の子"とするならば、そちらは明らかな偽物だが、その身に宿す魔力は妖精騎士と同等かそれ以上。

しかし、それ以上に驚くべきなのは件の"予言の子"が立香たちカルデア組の仲間である"マシュ・キリエライト"であったこと。

 

居ても立っても居られなくなった立香はマシュの前まで行き、声を掛けるが、肝心のマシュには立香との記憶が無かった。未だ、"名なしの森"の呪いが解け切っていなかったのだ。

 

それでもと記憶を思い出してもらおうとする立香だったが、"予言の子 ギャラハッド"を利用する気満々のスプリガンによって、それでは困ると言わんばかりに阻止されてしまい、渋々引き下がる立香。

その後、スプリガンの手の者に襲撃されるといった騒動があったものの、色々あってこの異聞帯へと来ていた"ペペロン伯爵"こと"スカンジナビア・ペペロンチーノ"に助けられ、一先ず彼の屋敷へ。

 

そこで一日休めたものの、翌日には海から突然モースの大群が出現。十や百どころではない。千を超える群れがぞろぞろと海から這い上がり、ノリッジへと侵攻していた。

 

あまりにも唐突な"厄災"が始まったのだった。

 

 

 

 

 

けれど、こんな所で躓かないのが我らが最後のマスター。

記憶を取り戻したマシュと共に"厄災"を払い、無事に一件落着・・・のように見えたが、空に渦巻く"厄溜まり"と思っていたものが突如として牙を剥いた。

 

"厄溜まり"が中心へ吸い込まれ、空が水面を映し出す。

シンと静まり返った空の中心に波紋が広がると、そこから雷のようなものが降って来て、唯一素早く反応したマシュが皆を庇い消える。

あまりにも突然で一瞬の出来事に、しばらく状況が理解出来なかった一同。

 

だけど大丈夫。マシュは消えたけど、消滅した訳じゃない。

空に渦巻き、マシュを消し飛ばした謎の"厄災"。しかし、それはモルガンが用意していた対厄災用の大魔術 "水鏡"。

そう、マシュは消滅したのではなく、過去に飛ばされたのだ。

 

今から約2400年前の、まだ妖精歴が存在しない過去のブリテン島に。

空想樹が演算した、決して現実にはならない"もしも"の時代へと・・・。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

でも、心配することはありません。

だってその時代には、神代の魔術師と謳われた妖姫モルガンの知識を受け継いだ救世主トネリコが居るのですから。

タイムスリップと似たようなことをするのなんて、朝飯前です。

 

でもそんなことを知らないマシュは、最初は自分の身に起こった出来事に困惑するけど、"水鏡"の反応を感知してやって来たトネリコ達と行動を共にすることになります。

 

そして、短い間だけど一緒に旅をして、未来のことも少しだけお話して、ブリテン島の謎だった大穴の調査に行ったり、結局未来は変えられなかったりと、苦しくも楽しい毎日を過ごして・・・そうして、その時がやって来るのでした。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

初代妖精騎士ギャラハッド。

未来を生きる、盾の少女マシュ・キリエライト。

 

今まで歩んで来た道に比べれば、小道のように短く、けれど確かに背中を任せられた心優しい少女。

 

 

━━━━━━━妖精騎士ですか? えっと、確か・・・妖精騎士ランスロットに、ガウェイン、トリスタンに・・・それから、私は見た事ありませんが、妖精騎士ベディヴィエールの四名が居ると聞きました。

 

 

そんな彼女を未来へ返すために封印した帰り道。

優しさを捨て、"救世主 トネリコ"が本当の意味で死んだ終わりの道を、モルガンは一人歩く。

 

脳裏に過ぎるのは、マシュから聞いた未来の情報。良くない事だと分かっていながらも、聞かずにはいられなかったその者の名前。

 

 

 

「・・・・・・」

 

━━━━━━ む、村のみんなを、た、助けてくれて・・・ありがとうございました!

 

 

思い出すのは、未だ色褪せぬ一人の少女。

赤と青のオッドアイと銀髪が綺麗な妖精の少女。

挫けそうになる心を、絶望しそうになる心を、何度も何度も、何度だって救ってくれた小さな英雄。

 

そんな彼女からもらった大切な贈り物。初めてもらったプレゼント。

何百年もずっと大切にしてきた胸のリボンへと手を伸ばす。

 

 

「・・・・・・」

 

 

生きていた。生きていてくれた。

もう、会うことすらできないんじゃないかと思ってた。

もう二度と、あの声が聞こえないんじゃないかと思ってた。

 

その優し過ぎる心に付け込まれて、ボロボロになるまで利用されて、動けなくなるまで弄ばれて、最後はゴミのように捨てられて・・・そして次代が生まれ、また繰り返して・・・。

 

そうさせるつもりなんて微塵もないけれど。世界は残酷なまでに、優しいあの子達へと牙を剥くから。

だから、マシュの話を聞いた時、自身の願望が多分に含まれた考察だけれど、それでも確信できた。

あの子が未来の自分の側にいる理由も、モルガンがベディヴィエールという名を与えた理由も・・・そして、眼帯を付けている理由すらも容易に想像できた。

 

なんせ、あんなに綺麗で、美しくて、輝いていたのだ。そりゃ、誰だって欲しくなるし、あの糞妖精共なら、目玉をくり抜いてでも奪い取ろうとするに決まっている。

それこそ、人間に比べて遥かに再生能力の高い妖精の体が治すことを諦めるほどに、何度も何度も・・・。

 

その事実に、心の奥底でドロリと粘着く怒りが煮え滾る。

でも、それ以上に・・・枯れ果てた筈の涙が目に溜まるほどの悲しみが、心を覆い尽くした。

 

 

「あぁ、会いたかったなぁ・・・」

 

 

声に出すつもりなんてなかった。

この気持ちも、この記憶も、消え果てるその時まで留めておくつもりだった。

だって、堰き止めるので精一杯だったから。少しでも漏れたら、もう・・・我慢できないから。

 

 

「うっ・・・うぁ・・・ぁぁ!」

 

 

本来のブリテンが滅んだ世界を"1回目"とし、それが認められない未来のモルガンが過去改変した結果できた女王歴を"2回目"とするならば、その"2回目"の世界からマシュが来たこの世界は"新しい2回目"の世界。

この"1回目"と"新しい2回目"と言う名の空想樹が演算している仮説の世界は妖精歴の終わりを境に、空想ではなく、現実となった"2回目"の世界に上書きされてしまう。

 

歴史の修正力のようなものだ。

特異点のように、よほど決定的な変化以外は無かったことにされる。何をしたって、妖精歴の終わりは元の"女王歴"に収束するのだ。

 

だからこそ、この世界のモルガンは・・・もうあの子に会えない。

女王歴に"妖精騎士ベディヴィエール"が居るということは、つまりそれ以前の時代に"妖精騎士ベディヴィエール"は存在しないということ。

妖精歴の間、トネリコは、モルガンは、彼女と会うことが出来なかったということに他ならないのだ。

 

 

「うぁぁ゛ぁ・・・ぁあぁぁ゛・・・!」

 

 

今からでも探せば遅くないと、そう思ったとしても・・・これまでの努力がその希望を容易く打ち崩す。

一体、何百年探し続けて来たと思っているのか。それはこの世界のトネリコだけではない。女王歴となったモルガンだって、ずーっとそうだ。

 

でも、それでも見付からなかったのだ。

見付からなかったから、"妖精騎士ベディヴィエール" が()()()に居るのだ。

救世主トネリコではなく、女王モルガンの傍に、居るのだ。

 

 

「ぁぁ゛ァッ゛・・・ぁあ゛ぁぁ゛ッ゛ァ・・・!」

 

 

痛みに慣れているハズの胸が、痛いくらいに締め付けられた。溢れる涙がポロポロ落ちて、腕の中に掻き抱いてクシャクシャになったリボンへと染み込んでいく。

 

一度でよかった。

たった一度だけで・・・よかった・・・。

あの時、私を救ってくれてありがとう、と・・・そう伝えたかった。

 

 

「嫌だァぁ・・・嫌だよぉ゛・・・!」

 

 

なのに、それなのに・・・彼女の名前すら知ることが出来ないなんて・・・そんなの、あんまりではないか。

未来の自分だけが独り占めなんて、そんなのズル過ぎるよ。

 

 

「ぅあぁ゛ぁ・・・! ぁぁ゛あぁぁ・・・!!」

 

 

溢れ出る涙が止められなくて、崩れ落ちた足が立ち上がらなくて。

 

寒くて、寂しいブリテンの端で・・・少女は一人、涙を流し続けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・英雄、様・・・?」

 




駆け足ですけど、過去編(if世界)はこれで終わり。

この後、現実という名の女王歴に上書きされるまで、トネリコ(モルガン)は全てを放り出してお布団をモフり倒してました。


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知らぬが仏

またまた素敵なイラストを頂きました。

https://syosetu.org/?mode=url_jump&url=https%3A%2F%2Ftwitter.com%2Fninzinsikkaku%2Fstatus%2F1561250807231655936%3Fs%3D21%26amp%3Bt%3DeKNsKe4HAv_qytly4s9sLA

インナーに映るお臍の陰は非情に良き。


燃える、燃える。

秋の森が、燃え尽きる。

 

 

■■(熱い)■■■(熱いよ)

■■■(助けて)■■■(痛いよ)

■■■(エール)■■■■(エールぅ)・・・!」

 

 

一つ、また一つと、声が炎の中に消えていく。

 

実り豊かだった秋の森を、灼熱の地獄へと変えた妖精騎士ガウェインは、女王の命令をただ忠実に遂行し、無抵抗の虫けら共を斬り捨てる。

逃げることが出来ないように予め炎で逃げ道を塞ぎ、追い詰められた虫けらを、(おの)(けん)で叩き斬っていく。

 

それは普段のモース退治や反逆者の粛清に比べれば、あまりにも容易い仕事だった。

弱者を嬲ることに思う所が無いわけではない。だがそれ以上に、奴らは陛下の逆鱗に触れた。

 

それが一体なんだったのか、ガウェインには(あずか)り知らぬ所ではあるが、元よりモルガンの忠実な騎士である彼女にそれを知る必要は無い。

大方、途中で見付けた予言の子を模した品々を見るに、異邦の魔術師らに加担していたのだろう。

 

それらの一部は既に燃え上がり、炎が体に燃え移ろうとも必死に守ろうとする虫共のついでに破壊しようとも思ったが、芸術(そちら)の方面にあまり明るくないガウェインですら躊躇してしまう出来栄えに、少しの間、思案する。

あの腹黒い土の氏族に見せれば、いつも浮かべる気色の悪い笑みを崩し、涙すら流すのではなかろうかと思えるほどの完成度。

 

なんとなく、勿体無いな・・・と、そう思った。

 

心を殺し、任務を遂行していたガウェインですら、一瞬見惚れるほどのそれらを前にして・・・けれども彼女は、握った(けん)を振り上げる。

 

 

■■■(やめて)■■■(やめて)

■■■(お願い)■■■■■■■■■(もう何も奪わないで)

■■■■■■■■(エールから貰った)■■■■■■■(大切な宝物なの)

 

 

虫けら共の、相も変わらず意味の分からない悲鳴が、なんだか少し変わった気がした。

だが、それに気付いたのは既に(けん)を振り下ろした後。

 

一振りで周囲を焼き付くし、そこに残るはグッズ共々灰と化した虫けらのみ。

最早、先の悲鳴の意味を答える者は、誰一人として居なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

女王軍、ウェールズの森へ進行中。

 

その報を受けた予言の子一行は、大至急そちらへ急行したが・・・時すでに遅し。

秋の紅葉で彩られていた森は今や見る影もなく、無慈悲なまでに轟々と燃え上がっていた。

 

 

「―――、あ」

 

 

それでも、と。

まだ生き残っているかもしれない妖精を助けようと森の中を突き進む。

けれど、そこに居たのは女王軍の兵士と、既に物言わぬ死体となった虫妖精たちだった。

 

 

「あ、ぁ―――ああ゛あああ゛あ!! おまえら、お前らァ゛ぁぁ゛!!」

 

 

我を忘れたアルトリアが、兵士たちに襲い掛かる。

巡礼の鐘を鳴らしたことで女王軍の兵士すら恐れる魔力をその身に宿したものの、自身を全く(かんが)みない戦闘は死の危険性すらある。

 

アルトリアを止めようにも、まずは女王軍からと立香たちも応戦する。

そうしてアルトリアの奮闘もあり、撃退することに成功したが、それで治まる怒りではなかった。

 

 

「はぁ、はぁ・・・! 逃げるのか、ここまでしておいて逃げるのかぁ!! 許さない、忘れない・・・! みんな、みんな殺しておいて・・・!」

「落ち着いて、アルトリア! 今はウェールズのみんなを助けないと!」

「放して! あいつらが逃げる! 殺さないと! あいつらなんか、あんな奴らなんか、生かしておく価値なんて―――!」

 

 

バシン、と乾いた音が響く。

それはアルトリアを正気に戻すために放った立香のビンタの音であり、その衝撃にアルトリアも漸く理性を取り戻した。

 

 

「―――あ。・・・・・・ごめん、なさい。私、目の前が真っ赤になって・・・」

「こっちこそ、殴ってごめん・・・。それより、今はみんなを・・・」

「はい・・・以前、彼らが逃げていた木の上なら、もしかして―――」

 

「無駄だ、掃討はとうに終わった。あとは森を焼き払うのみ。・・・救援に来るのが遅過ぎたな。これが、お前が鐘を鳴らした結果だ、予言の子よ」

 

 

少しだけ抱いた希望を、即座にぶった斬ったのは、誰あろう妖精騎士ガウェイン。

彼女の任務はウェールズの森の浄化であるが、既に巡礼の鐘を鳴らし、女王モルガンと敵対することを示した予言の子は敵も同然。

 

そうして始まった戦闘は、けれども意外なことに妖精騎士ガウェインが劣勢となっていた。

と言うのも、前回散々苦しめられた謎原理の魔力食いはアルトリアが用意した(デコイ)によって対策済み。

 

イーブンとなった状況では、如何(いか)な妖精騎士と言えど分が悪かった。

 

 

「くっ・・・! 魔術師を守る小道具とは小癪な・・・!」

「ふん、やられっぱなしで黙ってると思った? 思い知れ、この暴飲暴食の肥満騎士!」

「肥満・・・!? 貴様、私を愚弄するか!」

「あったりまえだ! 何が妖精騎士だ、ふざけんな! 女王の命令に従うだけ、妖精を守ってもいない! あの円卓の騎士を名乗るなんて烏滸がましい! ・・・というか私知ってるし。お前の真名、エクターの伝票に有ったし。心して聞け、そして思い知れ! お前の真名は"バーゲスト"! 黒犬公、雷雲食いの"バーゲスト"! 騎士の真似事はもういいでしょ!? 女王の着名(ギフト)なんか捨ててかかってこい!!」

 

 

そうして、アルトリアによって真名を暴かれ弱体化すると思われたバーゲストだったが、しかしその魔力量は寧ろ以前より増大していた。

それというのも、闇夜を生きる彼女にとって、日中において力を発揮する着名は自身を縛る足枷でしかなかったのだ。

 

 

「え、ちょ、着名(ギフト)を暴けば勝ちじゃないの!? バゲ子のやつ、さっきより強くなってんですけど!?」

「そこで弱気になるのかよ!? お前さん、ほんと勢いで生きてるな!?」

「いや、アルトリアの気持ちも分かる! どうなってるんだ、真名が判明すれば、霊基の上乗せは消えて弱体化する筈なのに・・・! これじゃ、まるで――――!」

 

 

あまりに想定外の事態に、立て直すべきかを考える一同だが、それをオベロンが止める。

なんせ、彼らはバーゲストのさらに上に位置する女王を倒そうというのだ。"妖精騎士"の一角すら倒せなければ、そんなものは夢のまた夢。

 

それにオベロンにとっては森を焼かれ、民を焼き殺されたのだ。少なからず私怨が入るのも仕方無いだろう。

 

 

「力を貸してくれ、アルトリア、立香! この森を踏みにじった女王の犬に、弱者の意地を見せてやる・・・!」

 

 

 

 

 

 

――――ほう、では見せてもらおうか。虫けらの意地とやらを。

 

 

だが、オベロンの決意も虚しく、彼が見せられたのは自身を貫いた槍から飛び散る、己の腸だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

「・・・ん」

 

 

目が覚めた。見慣れたベッドの上で、気怠い身体を起こす。

なんだか、とっても幸せな夢を見ていたような気がして、凄く夢見が良い。誰か、とても大切な人に抱き締められて、撫でられまくられて、スーハーされて、それから、それから・・・。

 

でも、それは少しの間だけで、頭が回り始めると眠る前のモルガン様との出来事を思い出して悶える羽目に。

 

いい歳こいてガチ泣きとか、我ながらちょっと無いわ・・・。あ、いや、記憶を無くしてる時も泣いたんだっけ。確か、ホーちゃんが・・・・・・やめよう、本気で悲しくなる。

 

ちょっと鬱になりつつ、謹慎が空けたのはそれから翌日のこと。

数年ぶりの出勤で、人払いが済まされた玉座の間にて、"妖精騎士ベディヴィエール"として御前に(かしず)く俺へと、モルガン様は"伝達の水"を与えた。

 

 

「お前が居なくなってから、ここ数年の記録を蓄えたものだ。飲め」

「はっ」

 

 

数年という期間は妖精にとって一瞬とは言え、意外と馬鹿にならない。特に、ここ数ヶ月は"異邦の魔術師"こと立香さんや"予言の子"であるアルトリアさんが動きを見せた。

 

今後の身の振り方も含め、それらを自分の中で整理するために大人しく渡された水を(あお)る。

 

すると、大量の情報が脳内へと一気に流れ込み、それらを余すことなく記憶していく・・・していく、のだが・・・。

 

「・・・・・・」

「・・・どうかしたか?」

 

 

与えられた情報、記憶した知識の中で、どうしても見過ごせないものがあった。

 

信じたくはない。何かの間違いだと叫びたい。

けれど、あのモルガン様が"伝達の水"に蓄える記録を間違える筈もない。

期間も数年分しかないので、大量の情報が錯綜(さくそう)してバグが起こるなんてことも無いだろう。

 

否定する材料を見付けたかったが、モルガン様のずば抜けた優秀さがその全てを否定してしまう。

 

であれば、これは嘘偽りのない事実。

紛れもない現実に起こったこと。

 

でも、それでも、確認しなければならない。

 

 

「陛、下・・・ここ数年の記録は、把握、しました・・・」

「そうか。では・・・」

「ですが一つ、どうしても聞かねばならぬことがあります」

「・・・なんだ、何か不備があったか?」

「いえ、違い、ます。違うのです」

 

 

口が震える。

信じたくないと、涙が溢れそうになる。

 

でも、聞かないと。これだけは、どうしても・・・。

 

だから、だからどうか、嘘だと言ってくれ・・・!

 

 

 

 

 

「陛下が・・・ご結婚なされたのは、本当ですか?」

 

「? ・・・あぁ、そうだが。それがどうかしたか?」

 

 

事も無げにそう言うモルガン様を前にして、俺に出来たことは、ただ只管に無表情を貫き、感情が爆発するのを必死に抑える事だけだった。

 

 

 

悲報、主君が知らぬ間に人妻になってた件について。

 

この心の悲しみを、俺はどうすればいいんだ・・・。

教えてくれ、ホーちゃん・・・!




オベロン退場の後はお通夜モードですが、割と原作通り。
強いて言えば、モルガンの攻撃だと断定できる材料がないダ・ヴィンチちゃんが"もしかして超長距離狙撃って弾丸を転移させるとかそういう感じ?"と勘違いしそうになったくらい。

ポーチュンを期待してくれた方々には本当に申し訳無い。
別に、アホのことで頭一杯になってたモルガン様に忘れられてたとか、そんなんじゃないから。ただちょっと百年ほど寝坊しちゃっただけだから!


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超長距離狙撃

数年分の記録を蓄えた"伝達の水"(ここ数日の記録は蓄えていない)



・・・別に書き忘れた訳ではありませんので。



辛い、心から泣きたくなるくらい辛い。

 

モルガン様が人妻になったと知った同日、いつもの城壁の上で(すさ)み切った心のまま矢を引いて、けれどもその全てがモースに着弾していく。

久しぶりとは言え、これまで何百年もほぼ毎日弓を引き続けていたのだ。数年弓を引かなかっただけで腕が衰える俺ではない。

 

 

「・・・・・・」

 

 

少しくらい休憩すべきなのだろうが、こうして何かしてないとまた鬱になりそうなのでただ無心で弓を引き続ける。

 

別に、モルガン様が結婚したこと自体は、そこまで深刻に思ってる訳では無い。寧ろ、心から祝福したいくらいだ。

 

だが前に、バーヴァン・シーにモルガン様が喜ぶことを聞かれた時から、ずっと考えていたことがある。

妖精國を二千年も治め続けて来た女王とて、あの方も一人の女。であれば、いつしか理想の旦那様と出会い、愛し合って、女としての夢を掴む日が来ても良いではないのか、と。

 

本当に、色々と考えていた。

式場の準備から、友人代表の挨拶、お城もびっくりな大階層のウェディングケーキに、そして何より華やかで純白の美しいウェデングドレス。

一国の女王様の目出度い日なのだ。盛大に祝ってあげようと、そう思っていた・・・。

 

それが、それが・・・!

気付いたら結婚してて、式を挙げるタイミングも逃して、あまつさえ相手があんな軽薄そうな男などと・・・!

 

何故ですか、何故なのですかモルガン様!

貴女の旦那様は、もっとこう・・・バーテンダーが似合う、紳士的なダンディだと思っていたのにッ・・・!

あれですか、悪い男に騙されちゃった感じですか!?

仕事ばかりしてて疲れた所をちょっと優しくされて、心を許しちゃった感じなんですか!?

そしてそのまま悪い遊びを教えられちゃって、それから、それからッ・・・!

 

ぁ、ぁあ゛ぁあ゛ぁぁ゛・・・!

脳が、脳が破壊されるぅッ・・・!

 

何千年も磨き続けて来た妄想力が、ここぞとばかりに存在しない記憶を作り出していくぅ・・・!

 

いやぁ・・・いやだよぉ・・・!

行かないでモルガン様ぁ・・・!

玉座でそんな淫らな・・・あぁ、あぁ・・・バーヴァン・シーまでも・・・!

モルガン様、そいつは義理の娘にも手を出す悪い男なんです・・・! 女を道具としか思ってないヒトデナシなんですよぉ・・・!

 

いや、いや・・・! なんで二人揃って・・・!

ぁ、ぁぁ゛・・・ぁぁあ゛ぁぁ゛ぁあ゛ッ・・・!

 

 

「・・・はぁ・・・・・・死にたい・・・」

 

 

 

 

 

・・・で、まぁ。

心をぶっ殺して午前中の仕事を終わらせ、マジで鬱になりそうな精神状態で城に戻るとモルガン様から追加の任務を言い渡された。

珍しく午後も働くことになった訳だけど・・・別に働くことに何か不満がある訳では無い。寧ろ、今は趣味に走ると悲惨なことになるので大歓迎まである。

だけど、肝心の任務内容がウッドワスさんの護衛なんだよなぁ。

 

いや正確には、かの排熱大公様が指揮に専念するウッドワス軍の補助をしろってことなんだけど・・・あまりにも意味不明でポカーンとしてしまった。

 

だって、あのウッドワスさんだよ? こと近距離戦に於いては無類の強さを誇る排熱大公様だよ?

それを俺が護衛するって聞いた時は、シンプルになんで? と思ってしまった。

 

だってあの人、俺より強いし。

比喩抜きでマジで無敵だからな。

 

遠距離攻撃の手段がないからって油断してはいけない。遠ければ近付けばいいじゃないの脳筋理論で一直線に突っ込んで来るから。

俺の矢なんて全く効かないから。なんか無敵シールド貼られて防がれるから。

 

もうね、前に、彼の屋敷に毎晩忍び込んで、寝てる時にステーキの匂いを嗅がせてたのがバレた時は、マジで喰い殺されるかと思った。

夜空に逃げても、空間蹴って追い掛けて来るとか予想外過ぎるんですけど。モルガン様が仲裁に入ってくれなかったら本当に死んでた。

 

でも、本当にあともう少しだったんだよな、あの作戦。途中で俺の腹が鳴らなければ絶対に成功していた。

策士策に溺れるとはこのことかと、真夜中のブリテン全土を使ったリアル鬼ごっこをしながら、心から思ったものだ。

 

因みに後から知ったことなんだが、どうやらその時は普通に寝惚けてたらしい。

毎晩、極上のステーキに囲まれる悪夢を見続けて、夜中に目が覚めたら良い匂いを染みつかせた俺が居たものだから、色々と暴走しちゃったんだとか。

 

 

そんな冗談みたいな武勇伝を持つウッドワスさんだが、相手をするのが円卓軍とかいう、主に人間で構成された軍隊な訳だけど・・・。

 

負ける未来が全く想像出来ないんだよなぁ・・・。

オーロラさんに骨抜きにされるとか、そっち方面なら容易に想像出来るんだけど、大した策も無しに肉弾戦を挑もうとか、もしかしてお相手さんはアホなのかな?

 

遠くから見た感じ、挟み撃ちをするつもりらしいけど、そんなことでどうにか出来る相手じゃないだろうに。そもそもその挟み撃ちだって、モルガン様が派遣した援軍によってご破算になるし。

 

ウッドワスさんは戦闘を禁じられてるけど、他の牙の氏族だって普通に強者揃いだ。

仮にピンチになったとしても、なんやかんや言ってあの人、根は戦闘狂だから、どうせ自分で戦うだろうし・・・。

 

後方でヌクヌクするより、戦場で暴れる方がよほど似合ってるのに。ほんと、なんで前線退いたんだろ。

 

まぁでも・・・一応、仕事はするけどさ。命令拒否する理由も特に無いし。

俺なんかがウッドワスさんの役に立つかは分からないけど、最初は他の牙の氏族だけで戦うから・・・まぁ、城壁壊すくらいはやりますか。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

ウェールズの森へと、パーシヴァルや予言の子などの戦力が向かったとの報告を受け、ロンディニウムに展開していたウッドワス軍は、戻ってきたパーシヴァル達による背後からの挟み撃ちを読んで、少し早めに攻撃を開始することに決めた。

 

これは、それより数分前のお話。

軍の展開がほぼ完了し、後は攻撃命令を出すだけとなった作戦室で起こった出来事。

 

 

「あ、あの・・・ウッドワス様。今回の作戦の(かなめ)でもある"予言の子"の捜索について、特徴は"邪悪な顔つきをした16歳ほどの女の妖精"とのことですが、それ以外に詳細はございますか? 流石にこれだけでは無理があるかと・・・」

「無い。私は"予言の子"の顔を知らぬ。女王陛下と"予言の子"の謁見では、参列を許されなかったからな」

「そ、そうですか・・・」

 

 

情けないことを堂々と言う主に、部下の妖精はちょっと失望しながらも、表面上は取り繕って早々に退出しようとした。

 

だがそこへ、突如として何かが着弾した音が響いた。

ちょうど、テントを出たすぐの所。ただの平原だったそこに、人間が寝ころべるほどの新鮮なクレーターが出来上がっていた。

 

 

「これは・・・なるほど、そういう事か。くくくっ、聞いて喜べ貴様ら。少し早いが、女王陛下からの援軍だ。たった今、億に一つ残っていた我らの負けの可能性が、完全に途絶えたのだからな」

 

 

突然の謎の攻撃に慌てふためく周囲を、ウッドワスが制する。

その様子に、こちらへ向けた攻撃ではないと察し始めたのか、ざわめきが徐々に静まっていき、それを気にすることも無く、ウッドワスは上機嫌になっていた。

 

 

「あの、ウッドワス様・・・今のは・・・」

「ん? お前達も少しは知っているだろう。奴だ。ここ数年、行方不明になっていた妖精騎士が戻って来たのだ」

「行方不明と言うと・・・ま、まさか、妖精騎士ベディヴィエール様ですか!?」

 

 

驚く部下にドヤ顔のまま肯定で返すと、それが周囲に伝播して今度は至る所から歓喜の声が上がってくる。

今まで予想外にも苦しめられて来た円卓軍を、これで漸く葬れると。

所詮は人間の軍隊、我ら牙の氏族の敵ではないと。

 

 

「全く、今まで何処をほっつき歩いていたのやら・・・だが、まぁ良い。此度の援軍で以って許してやる。精々しっかり働けよ、クソガキ」

 

 

口の悪さに反して、ウッドワスの顔はそれはそれは楽しそうに、三日月を描くように歪んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

ウッドワス軍に強力な援軍が来たとは露知らず、城壁内に籠もっていた予言の子一行は、攻めてくるとしてももう少し後だろうと考え、割と呑気に過ごしていた。

 

だがそこへ響く見張りの声。ウッドワス軍の進軍を伝える声に、城内は慌ただしくなった。

 

 

「どうなってんで、アイツら正気か!? その程度の軍じゃロンディニウムは落ちないって、もう分かっただろうに・・・!」

「弓兵の矢はそう多くない、少しすれば弾無しになると思う!」

 

 

オベロンが生きていれば仕切っていたであろう所を、ダ・ヴィンチちゃんが素早く指示を飛ばす。

だがその直後、城内にまで響き渡るほどの振動がロンディニウムを襲った。

 

 

「な、何事だい!?」

「狙撃です! 遥か彼方から狙撃されています・・・! 方角は・・・キャメロットからです!」

「キャメロット!? ここから一体どれだけ離れていると・・・いや待って、まさかこれって・・・!?」

 

 

ダ・ヴィンチちゃんが推理している間も、狙撃は続く。

距離に反して、絶えず飛んで来ては巫山戯た威力で城壁を揺らす無数の光の矢。いくら魔術礼装で保護されている城壁とは言え、こうも好き放題されていてはそう長く持たないのは火を見るより明らかだった。

 

 

「考えるのは後だ! (オレ)が斬り落とすから、早く避難と迎撃の準備を急げ! 壁が破壊されりゃ、一気に攻め込まれるぞ! 」

 

 

正面に躍り出た村正が、両手に剣を作り出し、次々に斬り落としていく。

一振りすれば矢と共に壊れ、また作っては壊される。

 

そちらが手数で来るのであれば、こちらも手数で押し来るのみ。

斬って斬って斬り刻み、時には投げて、ほぼ全ての矢を撃墜していく。

 

 

「ちっ、話には聞いていたがこれほどまでに厄介とはな・・・! 強制的に防戦一方を強いられる上に、自分は遠い安全な地から高みの見物ってか・・・!」

 

 

こっちは汗だくで息も切れてるってのに、矢の勢いが全く衰えていないとくれば、愚痴の一つも吐きたくなる。

だがその声が届いたのかは定かではないが、狙撃の波が一瞬だけ()んだ。

 

 

「なんだ・・・? (やっこ)さん、弾切れか?」

 

 

淡い希望も、しかし、地平線の彼方(かなた)から空に打ち上げられた三条の光の柱に打ち砕かれる。

今度はなんだと身構えた村正に対して、光はただ空高く、高く上っていき、そして――――。

 

 

「なっ・・・!? そんなの有りかぁ!?」

 

 

上空で弾けるように分裂し、先程とは比べ物にならない、正に光の雨となってロンディニウムに降り始めた。

 

 

「くそったれェ・・・!!」

 

 

三方向からそれぞれ交わるように、けれども矢と矢は決して接触することなく。

入り乱れるようにして降り注ぐ無数の矢を前にして、村正に残された手は最早一つしか無い。

 

 

 

 

「其処に到るは数多の研鑚、築きに築いた刀塚」

 

 

 

 

瞬間、魔力が跳ね上がる。

 

霊基を燃やし、一本の刀へと収束していく。

 

 

 

 

「縁起を以て宿業を断つ。八重垣作るは千子の刃」

 

 

 

 

眼前に広がるは、視界を埋め尽くすほどの凶弾。

一発当たれば致命傷は避けられぬ、理不尽の権化。

 

かつてオベロンが"クソゲー"と地団駄を踏んだ、ブリテンの守護者の代名詞とも言える光の雨を前に、燃え上がる刀身を手にした村正は臆せず踏み込んだ。

 

 

 

 

「ちったぁ成仏していきなぁ! これが俺の"無元の剣製(つむかりむらまさ)"だぁぁ!!」

 

 

 

 

上空に向けられて放たれたその一振りが、全てを焼き尽くす。

 

一本残らず爆ぜる光の矢。

渾身の一振りで持って、危機を脱した村正に待ち受けていたのは・・・。

 

 

 

 

「なっ・・・!?」

 

 

先の数倍の魔力を一本の矢にして放たれる、無慈悲の一撃だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

よし、城壁壊せた。

なんか久しぶりに骨のある奴が居てかなり手こずったけど、まぁ、ざっとこんなもんよ。

年季が違うんですわ、年季が。取り敢えず、(あらかじ)め武器を無限に用意してから出直しておいで。

 

さてさて、こんだけやっとけば後はもう余裕でしょ。人間さん達には悪いけど・・・モルガン様に逆らったんだから、そこは自業自得ってことで。

せめての慈悲に、俺はこれ以上手を出さないでいてあげるからさ。

でもまぁ、そろそろ援軍も到着する頃だし、あんまり意味は・・・。

 

 

 

 

「・・・は?」

 

 

 

・・・・・・あの女狐、ぶっ殺す。





クソ虫「ただでさえ反撃不可能とか言う厄介極まりない攻撃だってのに、火力も出て無数に飛ばせて、おまけに弾数無制限とか勝てる訳無いだろいい加減にしろ!!」


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裏切り者()

メリュジーヌの「バーゲスト・・・」が好き過ぎて脳内で永遠にリピってる作者です。


「ただ今帰りました。(わたくし)の留守中、お変わりはありませんでしたか、ムリアン様?」

「えぇ、宴の準備は着々と。舞踏会の招待状も今し方、皆様に・・・・・・って、ボロボロじゃないですか!? アナタともあろう人が一体なぜ・・・!?」

「あぁ、お気になさらず。少々、食後の運動をして来ただけですので。両腕に片足、それから頭も半分飛びましたが、この通り問題ありません」

「何がこの通りですか! 見たまんまの死にかけじゃないですか!? ほら、早く治療しますから! 無理しないで!」

「大丈夫だと言ってますのに・・・」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

だぁーっ! くっそぉ、逃げられたァー!

あともうちょいだったのに、瞬間移動とか卑怯だぞもー!

 

あの獣畜生、モルガン様の兵を食い散らかしやがって・・・!

次会ったらマジで跡形もなく消し飛ばしてやるからな・・・!

ほんま、お前覚えとけよ!?

 

 

「・・・・・・ふぅ」

 

 

・・・おっと、落ち着け俺。久しぶりだから、流石にちょっと張り切り過ぎた。

あの女狐はムカつくが、今はモルガン様への仕事を終えた報告が先だ。

ウッドワスさんの方もそろそろ終わってるだろうし、後は俺が撤退する合図を・・・・・・ん?

 

 

「・・・・・・なんか、負けてる・・・?」

 

 

崩壊したロンディニウムの城壁の前。

 

まるで戦に勝利したかのように盛り上がるその一団は、どう見ても牙の氏族に(あら)ず。

武装した人間達と、何故か居る立香さん達。

いや考えてみれば、彼らが円卓軍と合流しているのはそこまで不思議なことではない。モルガン様との謁見だと、なんか交渉決裂したっぽいし、同じく敵対する円卓軍の傘下に付くのは理解出来る。

 

けれど、各々が喜びを分かち合っている集団、そこに混じって笑顔を見せているあの方は・・・・・・。

 

 

「英雄、様・・・?」

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ウッドワス軍を退けた翌日。

 

ムリアンから舞踏会の招待状を貰い、絶対に何か企んでいるであろう彼女の思惑に乗る形で、急遽ロンディニウムを出立することとなった予言の子一行。

 

なんせ、舞踏会の日時は今夜なので、かなり無理をしての強行軍となったが、なんとか間に合い会場へ。

 

大きな月が浮かぶ夜空の絶景をバックに、豪勢な料理や華やかな衣装に身を包んだ妖精達が踊る、正に妖精の舞踏会と呼ぶべき光景に一同は目を奪われる。

しかし、肝心の主催者であるムリアンの姿が何処にもなく、呼び出しておいて挨拶の一つも無いのかと探していると場内に放送が流れる。

 

どうやら、メインイベントは舞踏会とは別にあるようで、ムリアンはそれまで裏方に徹するようだった。

 

アルトリア達の目的はここにある巡礼の鐘を鳴らすことなので、領主が出て来ないのであれば、もうさっさと鐘撞堂に忍び込むかと考えていた所、新しい招待客に会場がどよめく。

 

どれ程の大物が来たのかとそちらを見れば、なんとそこに居たのはあの妖精騎士ガウェインこと、バーゲストだった。

 

 

「えっ゛・・・!?」

「バッ・・・!?」

 

 

それに続くようにして来たのはオーロラとそれに付き添う見知らぬ美しき妖精。そして、暫定モルガンのマスターであり、夫でもあるベリルと義娘の妖精騎士トリスタン。

 

まさかの人物達の登場に驚きが隠せなかったが、それも会場のざわめきと共に段々収まる。

 

今回の妖精騎士の襲来がムリアンの仕業だと察した一同は、程度は違えど彼女への悪態を吐いていると、そこへコーラルが挨拶にやって来た。

 

 

「さっきオーロラの隣にいた妖精。彼女が、オーロラの護衛をしているのかな? 右腕である君を差し置いて?」

「・・・最も輝ける妖精であるオーロラ様の隣には、最も美しい妖精が立つものです。・・・それが。暗い泥から這い出てきた、悍ましい生き物だとしても」

 

 

挨拶もそこそこに、何かと突っ込みすぎたダ・ヴィンチちゃんに気を悪くしたコーラルが足早に去っていく。

流石の天才と言えど思う所があったのか反省していると、今度は先程オーロラに付き添っていた美しき少女が歩み寄って来た。

 

 

「コーラルに何を言ったんだ、君たち。彼女、随分と動揺していたようだけど」

 

 

そうして、自身を妖精騎士ランスロットと名乗った彼女は、ダ・ヴィンチちゃんを無意識に誘惑したり、村正を無意識に煽ったり、こっちの話を聞いてるようでまるで聞いていなかったりと、そこそこのコミュ障っぷりを発揮しつつ、何故か敵対している筈の円卓軍団長パーシヴァルの容態を心配しだした。

 

 

「死んでないと聞いている。彼は無事? 何か、おかしな所は無い?」

「無事ですけど・・・パーシヴァルとはどんな関係なんですか?」

「姉だけど」

「そっか、お姉さんかー! そりゃあ心配にもなるよね・・・って、お姉さん!?」

 

「?」

 

 

驚く立香達の心境がまるで理解出来ていないのか、不思議そうに去って行く彼女を、立香達は呆然と見詰めるしか無かった。

 

それから少しして、漸く再起動した彼らは先の衝撃的過ぎる情報を整理しようと声を荒らげて話し出す。

 

 

「パーシヴァルは隠してた訳じゃなくて、言う必要が無かった、という所かな。アルトリア、これ、ブリテンでは有名な話なのかな?」

「いえ、全く・・・。ランスロット本人の口から出た言葉なので、信じるしかないくらいです」

「・・・なら、パーシヴァルは秘密にしたいんだろうな。団長がランスロットの弟だなんて広まれば、円卓軍の士気が落ちちまう。だってのに、あの空気を読まない妖精騎士があっさり自分からバラした、と。・・・・・・あー、なんだ。妖精騎士ってのは、どいつもこいつも自由過ぎねぇか?」

 

 

結局、彼らが姉弟と吹聴して回った所で信憑性が低いし、よしんば信じて貰えた所でこちらにメリットが無いので、このことは黙っているという結論に落ち着いた。

 

・・・だってのに、そこへ再びトコトコやって来た妖精騎士ランスロット。

今度は何事かと身構えていると、彼女の手には何やら四角くて平たい板とペンが握られていた。

 

 

「危ない危ない、忘れてた。えっと・・・多分、君で合ってるよね。サインくれない?」

「ひょ・・・? わ、私ですか・・・?」

 

 

サイン・・・サインである。

アルトリアが間抜けな顔をして受け取った四角い板は、立香達カルデア側からすれば凄く見覚えのある・・・所謂、色紙と言うヤツで。

 

当のアルトリアは、サインという文化にあまり詳しくないので、取り敢えずミミズがのたくったような字で"アルトリア・キャスター" と書いた。

 

 

「えっと・・・こんな感じで良いでしょうか?」

「ん、ありがとう。・・・うわっ、字汚っ。・・・本当にこんなのが欲しいのかな・・・?」

 

 

頼んでおいてボロクソに言うランスロットに、自覚はあったのか赤面するアルトリア。

そして、先程のパーシヴァルの姉宣言よりも、別ベクトルで想定外な行動を目の当たりにして、開いた口が塞がらないカルデア組。

 

散々、場を引っ掻き回しといて、受け取った色紙を物凄い不満そうに見詰めながら立ち去る妖精騎士ランスロットを、ダ・ヴィンチちゃん達はまたもや引き止めることが出来なかった。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

暗い洞窟。

妖精國でも数える程の者しか知らぬ秘密の通路で、低く唸るような、誰かが苦しむ声が響いていた。

 

 

「ぅぅ゛ぅぅ゛・・・ぁ゛ぁ・・・くそ、クソッ・・・!」

 

 

それは心臓を抉られ、血を流しながらも歩き続ける、かつての英雄だった。

 

 

「この、勇者ウッドワスがッ・・・! 排熱大公の次代(むすこ)がッ・・・! こんな、こんな事が、あっていい筈などッ・・・!」

 

 

普通なら既に事切れてもおかしくない程の大怪我。

胸にはポッカリと開いた大きな穴。

本来、心臓があるべき場所には、文字通り何も無かった。

 

 

けれど、亜鈴返りと言われる常識外れの頑丈さで持って、なんとか生き延びたウッドワスはその心を憤怒に染め上げる。

 

 

「ぅぅ゛ぅグゥぅ゛・・・ぅぅ゛ぅ・・・!!」

 

 

なぜ負けたのか、なぜ己がこんな無様を晒しているのか。

勝てた筈だった。負ける要因など、一つとして無かった筈だった。

 

だが負けた。

完膚無きまでに追い詰められ、最後は味方・・・とは思っていないが、陛下の隣を奪った異邦の魔術師と、陛下の娘とか言うクソ羨ま・・・分不相応な立場に位置する小娘によって、心臓まで抜き取られた。

 

こんな事があっていいものか。

あのウッドワスが負けるなど、そんな巫山戯た話があって堪るものか。

 

でも、それ以上に・・・。

ずっと、心に引っ掛かっていた事がある。

 

 

「"予言の子" ・・・あれは、何処かで・・・」

 

 

そう、見覚えがあった。"予言の子" など、一度も見ていない筈なのに、どうしてか拭い切れぬ既視感がウッドワスを襲っていた。

 

 

「・・・・・・そうだ、思い出した。奴だ、あのクソガキが・・・昔、やたらとッ・・・!」

 

 

そう、そうだった。

己は"予言の子" の容姿を知っていた。

 

その姿を、ある妖精から散々見せられた記憶があった。

 

 

「・・・・・・」

 

 

ウッドワスの、足が止まる。

不可解だった部分が、次々と結び付く。

 

あの阿呆が城壁のみを壊し、(つい)ぞ援護射撃を寄越すことが無かったのは何故なのか。

最初は、遂に陛下の援軍が来たから、もう不要と判断したのだと・・・そう思った。

 

だが違った。

陛下の援軍は来ることなく、やって来たのはあの糞生意気な親不孝者(パーシヴァル)だけだった。

 

であれば、陛下の援軍は?

このウッドワスのために派遣された陛下の慈悲は、何処へ行った?

 

 

「・・・・・・」

 

 

湧いてくるのは怒りばかりだが、何故だか足は動こうとしない。

体に限界が来た、訳では無い。

誰かに縛られている、という訳でも無い。

 

ただ無意識下で、これ以上進むことを拒否しているだけ。

 

だが、それは許されない。

 

部下の不始末は己の失態。

例えそれがどれほど残酷な事実であろうと、千年来の友を、殺すことになろうとも・・・彼はそれを果たさねばならない。

 

 

「・・・貴様だけは、許さぬ・・・!」

 

 

亜鈴百種・排熱大公の名に賭けて。

何よりも、陛下に忠誠を誓った勇者ウッドワスとして。

 

女王に反旗を翻す不届き者を、必ず始末すると・・・。

開いた胸の空洞に、そう誓った。

 




ウッドワスは! 冷静さを! 欠いている!
死にかけなので!


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ベリル・ガット

妖精騎士ベディヴィエールの馬鹿みたいな強さの秘密について少しだけ。
まぁ、言うても全部モルガン様のお陰なんですけどね。


気付いたら死んでて、異星の神とやらに蘇生か死を選択させられて、そりゃもちろん生きたいから蘇生を選んで、晴れて第二の人生を・・・と思ったら、今度は先に生き返ってたキリシュタリアに死ぬか従うかの二択を迫られて、そりゃもちろん死にたくないんで大人しく従うことにして、自身が担当する異聞帯に来たはいいものの・・・。

 

 

「・・・って、なんにもねぇなホント!」

 

 

一面広がるは障害物の一切が無い大草原。チラホラと妖精や幻獣が徘徊しているものの、どれも会話が出来なさそうな下級ばかり。

 

それでも何か、なんでもいいからちょっとくらい面白そうな物は無いかと少し散策しようとして歩き出した。

 

 

「本当にだだっ広いだけの草原だな。一体この異聞帯で何が・・・って、うおっ!?」

「ふぎゅっ・・・!?」

 

 

そんな時、何かを踏んづけた。

盛り上がった生地のような、かなり高くて、弾力があって。踏み込んだ足が、沈むようにして体が傾いた。

 

異聞帯の有り様に呆然としていたものだから、受け身も取れずに転がってしまう。

思いっ切り頭から突っ込んで、痛む頭を抑えて何事かと身体を起こす。

 

変わらぬ平原。しかし、そこにあるのは明らかな異常。

普通だったら気付けるだろうに、それすらも見えないほどに呆然としていたのか、視線の先には痛がるようにぷるぷる震える毛皮の塊があった。

 

 

「ぉ、おぉ、すまん、大丈夫か・・・?」

 

 

それが仰ぎみるほど大きければ警戒したかもしれないが、子供一人分くらいの大きさしかないので、思わず心配して駆け寄ってしまった。

 

これが言葉の通じぬ神秘の獣であれば、そこまで戦闘能力が高くない己は簡単に葬られる。

軽率な行動だと思った時には既に遅く、しかし、よく見れば毛皮ではなく毛布だった塊の隙間から、恐る恐る顔を出したのは赤と青のオッドアイが特徴的な、幼い顔立ちの少女だった。

 

 

「ぁ、ぁの・・・ど、どちら様、でしょうか・・・? 妖精・・・では、ありません、よね?」

 

 

吃りながら発せられた言葉に、意思疎通ができる奴が居たのかと嬉しくなって、今はコミュニケーションを図ることを優先した。

 

 

「俺はベリル・ガット。この異聞帯に派遣されたクリプター・・・って言って、分かるか?」

「異聞帯・・・クリプター・・・? よ、よく、分かりませんが・・・お客様、ということでしょうか?」

「まぁ、そんな所だ。んでお嬢ちゃんは? 名前はなんて言うんだ?」

「ぁ、あっ・・・ご、ごめんなさい、申し遅れました。ぉ、俺の名前は―――」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

工房とも言える数々のオタグッズやら、それを作る道具に囲まれた自室で、ただ無心のまま机に向かって、字を書き続ける。

 

 

「・・・・・・」

 

 

ずっと頭の中を巡っているのは、今から数日前の出来事。

俺が初めて、モルガン様の夫であるベリル・ガットと廊下で出会った時のこと。

 

ほわんほわんほわ〜ん。

 

 

 

 

「お? おーい!」

 

 

背後から聞こえる男の声に振り向いた時、こちらへ手を振りながら近寄って来ていたのが奴だった。

 

何故そうも親しげなのか。

俺たち初対面だろ殺すぞ、と。

 

不満を隠すことなく睨んでやれば、奴は心底残念そうに眉を八の字にした。

 

 

「おいおい、忘れちまったのかぁ? 俺だよ、俺。ベリル・ガットだよ」

「知らん、誰だ貴様」

 

 

伝達の水から得た情報としては知っているが、それは俺が知っているというだけ。

こんな図々しい態度を取られる理由も無ければ、馴れ馴れしく話し掛けられる間柄でもない。

 

奴がモルガン様の夫ということもあってか、初対面だと言うのに・・・もう、なんか、生理的に無理だった。

 

 

「そんな釣れないこと言うなよ、俺とお前の仲だろ? なぁ、―――ちゃん」

「ッ!」

 

 

奴が軽薄に口にしたその名を聞いて、腰に差した片方の剣を抜刀。魔力で形成された刃が首へ添えられ、そこから僅かに血が滲み出す。

 

しかし、俺が斬らないことを知っているのか、奴は驚いたような顔はしていたが、恐怖は微塵も感じられなかった。

それどころか、次第にヘラヘラ笑い出す始末。本当に、気色悪い。

 

 

「・・・貴様、その名を何処で知った」

「ちょちょちょ、そうカッカすんなよォ! ほんとうに忘れちまったのかぁ? 教えてくれたのは他ならぬ、アンタだってのにさ?」

「世迷言を・・・!」

 

 

コイツが何千年も生きる上級妖精であれば、それも有り得ただろう。だがコイツは人間。

不老不死でもなければ、況してや過去から来た訳でもない。

ただ外の世界からやって来ただけの、異邦の魔術師。

 

もう千年以上も口にしていないその名を、俺が選りにも選ってこんなクソみたいな男に言う訳が無いのだ。

 

 

「俺は悲しいぜ。前はあんなに可愛かったってのに、もしかして反抗期なのか? なぁ、もう一度、あの笑顔を見せてくれ―――よっとぅわぁ!?」

 

 

もう片方も抜いて、奴の股へと突き刺してやろうとしたが、奴がモルガン様の夫であるという事実が腕を鈍らせ、飛び退くように避けられてしまった。

 

「・・・口には気を付けろ。いいか、今回は貴様が陛下の夫であるという事実に免じて許してやる。・・・・・・次は無いぞ」

「おぉ〜、こっえ〜」

 

 

口の減らない男だ。

だがこれ以上コイツと話していては本気で殺してしまいかねないので、さっさと背を向けて立ち去る。

 

奴のニヤニヤとした気色の悪い視線を、背に浴びながら。

 

 

 

 

それから数日間、ずっとその時のことが頭の中を回っていた。

奴が俺の真名を知っていることは、この際もうどうしようも無いので置いておくとして。

 

問題は、いつ何処でそれを知ったのか、だ。

もしそれが、俺達と敵対関係にある者から聞いたとすれば、非常にマズイ。

 

ある程度強い心を持っていれば真名を暴かれても問題は無いっぽいが・・・戦場のど真ん中で真名を呼ばれると、絶対に動揺する自信がある。

 

だって、真名を暴かれると力を失うって知ってるから。

誰にも真名は教えるなって、モルガン様にキツく言われたから。

 

それほど危険なことだって知ってて、動揺するなって言うのも無理な話だ。

 

 

「・・・・・・」

 

 

ペンを置き、右手の甲を見遣る。

そこには(やじり)を模した紅い紋様が刻まれており、あまりのカッコ良さにちょっと頬がニヤけてしまう。

 

これは令呪というもので、モルガン様から頂いたもの。妖精騎士ベディヴィエールとして、最初に貰った贈り物。

 

もちろん税を徴収するためのものではなく、効果はその逆。モルガン様の玉座とパスが繋がっており、そこから必要に応じて魔力が送られて来る仕組みになっている。

 

要は、妖精國に住む皆さんの血税を俺が使ってるってことになるんだけど・・・。

 

いや、もちろん最初は遠慮したよ?

一応、妖精によっては文字通り命を削ってまで収めてる訳だし。流石に悪いなって、最初の方は自分の魔力だけでなんとかしてたよ?

 

でも、さ。気付いちゃったんだ。

俺がいくら使った所で、全体の1%にも満たないってことに。

 

そうと分かってしまえば、次第に少しずつ。

これくらいならいいかな、もう少しだけならいいでしょって、どんどん使うようになって。今ではご覧の通り、全く気にしなくなってしまった。

 

そして肝心なのは、このパスを繋げる条件として、妖精騎士ベディヴィエールの着名(ギフト)が必要になってくるってこと。

 

だから、真名を暴かれると、俺はこの膨大な魔力によるバックアップを失うこととなる。

十八番である安全圏からの狙撃を行えなくなる。

 

だから、早く黒幕を見つけ出して始末したい所だが・・・現状、その情報を握っているのは奴だけであり、聞き出そうにもうっかり殺してしまいそうだから、あまり会う訳にもいかない。

 

だからこそ、こうして仕事以外は一人自室に籠って色々考えてる訳だけど・・・。

いくら考えても、黒幕がモルガン様に行き着いちゃうんだよなぁ・・・。

 

だって、他に有り得ないし。

一応、昔に虫妖精さん達に教えたことがあるけど、それも代を重ねて忘れてるだろうし。それに今の子達には、俺の名前はベディヴィエールだって教えてるから知らないはず。まぁ、言葉が分からないんで伝わってるかどうかは分からんけど。

 

それ以外だと・・・・・・故郷の妖精とか?

俺と同じくらい長生きしてる妖精が居て、それで奴に教えたとか・・・・・・我ながら突拍子も無いな。

 

そんなアホみたいな話より、モルガン様の方が現実的なんだよな。

俺の真名知ってるし、奴と夫婦だし。

でもなぁ、理由が分からないんだよなぁ。

 

第一、これから戦争が起こるかもしれないってのに味方の戦力を削る可能性のある行動をする意味が分からない。いや、モルガン様なら別に俺ら妖精騎士が居なくても、お一人でなんとか出来るだろうけどさ。

 

仮に何かしらの教えておかなければならない理由があったとしても、必ず俺に一言入れる筈だ。

それすらなくて、黙って俺の真名を教えるなんて・・・。

 

 

「・・・ん? 待てよ?」

 

 

唐突に、ある言葉が頭に浮かんだ。

 

今、俺の身で起こっている不可解な現象の数々。

モルガン様が奴と結婚したこと。

あのバーヴァン・シーがヤケに親しげであったこと。あとなんか、ちょっと・・・いや、かなり際どい服装を好むようになったこと。

そして何より、奴が俺の真名を知っていたこと。

 

それら全ての謎が、説明できてしまう・・・そんな魔法の言葉が。

 

 

「まさか・・・」

 

 

確証は無い。

もしかすると俺の思い込みかもしれない。

 

だが最近、ちょっとおかしな方向に暴走する俺の妄想力が、頭の中でこれでもかと最悪の真実を生み出していく。

 

そして、その存在しない真実が、俺にさらなる確信を抱かせる。

異邦の魔術師を、最低最悪、極悪非道の悪人へと仕立て上げる。

 

 

「まさか・・・そんな、実在していたのか・・・!?」

 

 

古今東西、あらゆる書物にて登場し、みな等しく無敵の存在として語り継がれて来た、空想上の生物。

 

あまりの強大さ故に、誰も叶わぬ絶対的な存在として恐れられて来た規格外の存在。

 

 

そう、奴の正体は―――

 

 

 

 

 

「―――催眠おじさん、なのか?」

 

 





その時、アホに電流走る―――!


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失意の庭

前回の最後の一文、ここ好き者数が70を超えてらァ。
みんな催眠おじさんが好きなんですねぇ。



「・・・よし、殺すか」

 

ベリル・ガットが催眠おじさんと分かった今、懸念していた黒幕の線も無くなり、最早、奴を生かしておく価値は無くなった。

いい加減、心の傷を創作物にして吐き出すのも飽き飽きしてきた所だし。

 

だが、あまり公に動く訳にもいかない。

なんせ、奴は無敵の催眠おじさん。

 

モルガン様や他の臣下達も催眠に掛かってる可能性が高く、下手すれば俺の行動が奴にバレて、記憶を改竄されてしまうかもしれない。

 

だから、行動は最小限に。

手始めに、いつも一緒に行動しているバーヴァン・シーの部屋でも覗いてみるか、と廊下を歩いていたら・・・・・・居たよ、ベリル・ガット。

 

てか、ちょうどタイミング良く部屋から出て来た彼と目が合ったので、今度は一切の躊躇無く、剣を抜いて襲い掛かる。

 

 

「死ねぇ、ベリル・ガットォッ!!」

「オラッ、失意の庭(ロストウィル)!」

 

 

しかし、奴が手にしていた、中々に厨二心くすぐられるフォルムの壺によって、俺の意識は闇に落ちた。

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

胸の奥、心臓に重なった"心"を削っていく音で、アルトリアは目が覚めた。

 

 

「ここは・・・」

 

 

辺りは暗く、先程まで居た平原ではない。

気を失う前の記憶は、バーヴァン・シーに襲われた所で途切れており、であれば今いる場所も自ずと答えが出る。

 

 

「多分、これが噂の"(ガーデン)"・・・」

 

 

地上にあるブリテンと星の内海の中間に存在する、"何処でもない何処か"。

そこに幾つか存在する"庭"の内の一つ、その特性はーーー。

 

 

「・・・やっぱり、これは"失意の庭(ロストウィル)"」

 

 

目の前に現れた、過去の記憶にアルトリアは確信を抱く。

 

訪れた者の心を削り、無くしていく自傷の責め苦。

暖かな欺瞞を剥がす冷たいガーデン。

 

こちらからは何かする必要もなく、最後まで耐えられれば出られるようになっているが、その前に心が無くなるようになっている。

 

 

「・・・まぁ、いいや」

 

 

だがそんな悪辣な罠であろうと、裏道は存在する。

単純な話、ガーデンと心の回線を切れば、夢のように追憶する状態から、テレビのように傍観する状態へと変わり、心が砕けることは避けられる。

 

しかし、それは同時に諸刃の剣でもあり、ガーデンから脱出できなくなってしまうのだが、今回ばかりは勝手が違った。

 

なんせ、この"庭"を維持しているのは、着名(ギフト)を失ったバーヴァン・シー。三流の妖精にすら劣る魔力量では、"庭" なんて維持できる筈もない。

 

どの道、時間が経てば解放される。

だから、それまでこうしてーーー。

 

 

「・・・こうして、見たくもないものを見るだけだ」

 

 

 

 

「・・・・・・」

 

 

無理。

 

 

「もういいや、もういいでしょ。回線切って、出口への道をシャットアウト」

 

 

けれども映像は続く。

 

予言の子が育った村であるティンタジェルを後にし、その後は大した出来事もなく、"名なしの森"へ。

 

そこで、出会ったのだ。

今目の前で、"失意の庭"の仕掛けで心挫ける寸前の立香と、どこまでも純粋で、残酷なまでに澄み切った心を持つ小さな妖精に。

 

 

「ばーかばーか!」

「馬鹿って言う方が馬鹿なんだぞ!」

「じゃあ、そっちも馬鹿じゃん!」

「はぁ!? 先に言ったのはそっちだろ!」

 

 

そうそう、こんな感じであのアホの子はいつもホーちゃんと二人一緒に、騒がしく・・・・・・ん?

 

 

「このぉ!」

「このこの!」

 

 

・・・見覚えのあるテントの中で。

何故だか、エールちゃんそっくりな二人がポカポカし合いながら、すっごい低レベルな争いを繰り広げていた。

 

 

「・・・ちょっと知らない記憶()ですねぇ」

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

くそっ、どこに消えた、俺のそっくりさんめ!

何より腹立つのが、容姿だけ似せて中身がまるで違うってことだ!パクるにしても、もう少し真面目にパクれっての!

無断転載した挙げ句、質が悪いってどういうことだオラァ!!

 

まだ話は終わってないんだからな!

隠れてないで出て来いや! シュッシュッ!

 

 

「・・・変わりませんね」

「へ・・・? あ、モルガン様!」

 

 

あれ? なんでこんな所にモルガン様がいるんだ?

・・・ま、いっか。

 

 

「聞いて下さい、さっき俺のそっくりさん・・・じゃなくて、見た目だけそっくりな偽物が居たんです! いきなり出て来て人のこと馬鹿呼ばわりするわ、意地になって殴ってくるわで、ホント失礼な奴でしたよ。馬鹿はどっちだっつーの。だって言動からして頭の悪さが滲み出てましたもん。馬鹿の一つ覚えみたいに馬鹿馬鹿って連呼して、あれで俺を真似たつもりとか頭が悪いにも程がありますよね」

「・・・・・・」

「・・・あの、えっと、モルガン、様?」

 

 

いつもなら抱き寄せられて、膝の上に乗せられるのに、モルガン様は無表情でこちらを見下ろして微動だにしなかった。

表情は変わらないけど、長年見て来たので分かる。多分これ、凄く怒ってらっしゃる。

 

・・・や、ヤバい。心当たりが多すぎて原因がまるで分からない。

あれかな、前に振る舞った特製スープが、虫をミキサーにして作ったものだってバレたのかな。

いやでも、きちんと味見したし。なんなら、一度我を忘れて完食しちゃったくらいには美味しかったし。

そこまで怒られるようなことではないと思うんですけど・・・。

 

なら、またウッドワスさんに英雄様の布教をしてたのがバレたとか・・・。いや、でもあの件に関してはもう叱られたしな・・・。

 

 

「なぜお前はいつもそうなのだ」

「・・・え」

 

 

あ、待って。

これ本当にヤバい奴だわ・・・。

 

 

「あれほど勝手なことはするなと言ったはずだ。何かする時は必ず報告するようにと、何度も言ったはずだ。なのになんだ、この体たらくは」

「あ、あの・・・いえ、これは、その・・・」

「いつも勝手なことばかりして、また私の手を(わずら)わせるのですか。そんなに私を困らせて楽しいですか?」

「いや、えっと・・・その・・・」

「やめろと言った布教とやらは、何度言ってもやめようとしない。全ては貴女のためを思って言っているのに、どうしてそれが分からないのですか?」

「・・・・・・」

「どうしました、いつもの減らず口はどうしたのですか? 黙っていては何も分かりませんよ。言いたいことがあるなら口で・・・」

「う、うぅ・・・」

「ん?」

 

「うぅ・・・うえええぇぇぇん!! ごべんなざぁあぁぁあぁぁい!!」

「・・・・・・」

 

「だって、だってぇ゛ぇ! 全部良かれと思ってぇぇ゛えぇ・・・! 悪気は無かったんですぅ゛う゛!!」

「・・・・・・」

 

「もう゛やりまぜんから゛ぁ! 許してくださぁ゛いい゛い・・・!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

「うぅ、ぐずっ・・・! ひっぐ・・・!」

 

 

 

気付けば、そこは懐かしの我が家。

一番安心できる布団の中。

 

どうして泣いているのか、それすらも思い出せず、見えない何かに怯える日々。

 

でも、これじゃいけないと勇気を振り絞って外に出れば、そこには見知った妖精の姿。

 

 

━━━誰、貴女? まぁいいわ。ねぇ、家が壊れたから明日までに直しといてね。

 

 

その妖精はそう言って背を向けると、皆の所に行って楽しそうに遊びだした。

本当は混ぜて欲しかったけど、頼まれたから投げ出すことも出来なくて。

 

頑張って工具を魔力で生成して、近場の木を切って、そしたらまた別の妖精が来て。

 

 

━━━あ、なにそれ面白そう。良いもの見っけー。

 

 

こちらの返事も聞かずに工具を持っていかれて、仕方なしに同じ物をまた作って作業を再開して。

 

それから少しして聞こえた悲鳴。

誰かが痛がるような声。

 

様子を見に行くと、人混みの中に蹲る妖精が一人、腕から血を流していて、近くには俺の工具を持って行った妖精が血の滴るノコギリを手に呆然としていた。

 

 

━━━ち、違う、僕じゃない。あ、あいつだ。あいつがこうやれって!

━━━なにそれ、酷いよね。

━━━てか、あれ誰?

━━━あんな妖精居たっけ?

 

「ひ、ひぃっ・・・!?」

 

 

一斉に、こちらへ向く視線の数々。

ぞろぞろとこちらへやって来て、頭を抱えて蹲る俺を囲んで口々に責め立てられる。

 

 

━━━ねぇ、なんで危ないって知ってて黙ってたの?

━━━すっごく痛いんだよ。こんな危ないもの作って何しようとしてたの?

 

「ひぐ、ごめんない・・・許してください・・・」

 

━━━謝るってことは、自分が悪いって認めるんだね。

━━━なら、きちんと罰を与えなきゃ。

 

 

「え、い、いや、ごめんない、ごめんないごめなさい! やめて、それだけは━━━!」

 

 

 

・・・。

 

・・・。

 

 

無くなった腕で這いずって、無くなった目玉で必死に前を見て。

光すら見えない暗闇の中で、ただ一人孤独に消えていく。

 

 

そして気付けば、全部忘れて家の中。

 

また俺は、理由も分からず何かに怯え、家の隅で蹲る。

 

 

 

 

そんな、今の俺が知りもしない過去を繰り返しては全て忘れ、懲りずに誰かのためになろうと藻掻いては挫けていたある日のこと。

 

あの人と出会った。

 

 

「━━━━!」

 

 

村を襲うモース。

逃げ惑う村のみんな。

 

そこへ現れた一人の英雄。

身の丈以上の杖を振るい、綺麗な金髪を靡かせながら、まるで物語の勇者のように次々とモースを倒していくその背中が。

 

どうしてか、見たこともない景色。ここではない何処か。

何もない平原で、光の中心に佇む銀色の魔女様と・・・重なって見えた。

 

 

だからか、居ても立っても居られなくなって、俺はあの人の元へと向かった。

大したものは返せないけど、せめてお礼だけでもと、感謝の気持ちを伝えようとして・・・。

 

 

「あぁ、貴女でしたか。村のみなさんを見捨てて、一人逃げた卑怯者は」

「・・・・・・え?」

 

 

・・・あ、え。

 

 

「自分だけ安全な場所に隠れて、嵐が過ぎ去れば被害者面ですか。モースを村に招き寄せ、彼らを殺したのは、他ならぬ貴女だというのに」

 

 

英雄、様・・・?

 

 

「誰もが死にそうで、助けを求めていたのに。みんな必死に逃げ惑って、泣き叫んでいたのに。貴女は我が身可愛さのあまりに見捨てたのですね。そして助かれば、弱者のフリをして強き者に媚びを売る」

「・・・・・・」

「大した悪知恵です。魔女よりよっぽど悪辣で恐ろしい」

「・・・・・・」

「一体どの面下げて感謝を言えるのでしょうね。全部、貴女の自業自得なのに」

 

 

 

・・・確かに、そうだ。

全部、英雄様の言う通りだ。

 

英雄様には感謝している。心の底からお礼を言いたかった。

だがそこに、保身が無かったと言えば、嘘になる。

 

あれだけ鮮烈な姿を魅せられて、その武力を目の前で見せ付けられて。

自分では敵わない存在を、ああも容易く葬られては。

この人なら、どんな脅威だろうと守ってくれるのでは、と下心を抱いた。

 

 

でも、なんだろう。この拭い切れない違和感は。

叫んでいる。心の奥底で、何かを叫んでいる自分が居る。

 

 

「・・・・・・」

 

 

あぁ、そうだ。そうだった・・・。

 

俺が憧れた英雄様は。

 

ずっと、追い求め続けていた理想の貴女は・・・。

 

 

 

「・・・・・・違う」

「・・・?」

 

 

「英雄様が、そんなこと言う訳ねぇだろ!! 解釈違いじゃボケェェ!!」

 

 

完成度が低過ぎるその偽物に向かって、俺はありったけの怒りを込めてぶん殴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、そんな冗談みたいな場面を目の前で見ていたアルトリアはと言うと・・・。

 

 

「えぇ、そんなのってありぃ・・・?」

 

 

自力で立ち上がった立香に対して、意味不明過ぎる理由で失意の庭を乗り越えたアホに・・・結構本気でドン引きしていた。

 




アホは学ばないからアホなのです。


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再会

感想欄を眺めてたら、「あ、確かに!」って声に出しちゃった。
いやー・・・お見事。


割れる。

失意の庭(ロストウィル)、その本体である壺が、助けに来たマシュによって粉々にされ、囚われていた三人は解放された。

 

 

「先輩、アルトリアさん! 良かった、お二人とも無事で・・・!」

「あれ? ここって現実・・・? 魔力切れで解放された訳じゃないし・・・って、粉々に割れてる!? これ国宝級なのにすっごい、だいたーん!」

「え、ぁ・・・と、とても、禍々しい魔力を放っていたので、つい勢いで・・・。だ、だいたん、だったでしょうか!?」

「・・・いえ、素晴らしい判断でした。私では、価値に戸惑って壊せなかったでしょうし。貴女の判断のお陰で、私たちはこの通り無事なのです」

 

失意の庭(ロスト・ウィル)は閉じ込めた者の意志を奪っていく、自死の呪具。

アルトリアには、元から折れるような希望とか抱いてなかったからそこまで問題では無かった。

 

問題なのは人理の修復という大任を担った立香だったが、それも自分の意思で乗り越え、そしてもう一人は━━━━。

 

 

「・・・・・・?」

 

 

キョロキョロと辺りを見回し、自分の置かれている状況をいまいち理解していないアホだ。

 

いや、まさかとは思ったけど。失意の庭(ロスト・ウィル)が作り出した幻じゃないかなぁって、そんな淡い期待を抱いていたアルトリアだったが、前の時とはまるで印象の違う戦闘服に身を包むエールこと、妖精騎士ベディヴィエールを前にして、失意の庭の中で見たあの意味不明な場面が脳裏に過ぎってしまう。

 

 

「・・・あれ? そちらの方は・・・ご一緒に閉じ込められていたと見て、よろしいでしょうか?」

「・・・・・・ 」

 

 

この中で唯一、面識の無いマシュがそう尋ねるが、仮にも敵である彼女を前にしてアルトリアと、妖精騎士と同じ雰囲気を感じた立香は警戒を強める。

そして、そんな二人を見て味方とは限らないと察したマシュも戦闘態勢に入る。

 

しかし、そんな四面楚歌な状況であろうと、妖精騎士ベディヴィエールは一切武器を構えようとはしない。それどころか脅威ではないとばかりに棒立ちのまま、アルトリアの方をジッと見詰める。

 

頭のてっぺんから、靴の裏側まで。

無論、それは比喩であるが、それ程までに凝視して来る彼女を前に、さしものアルトリアと言えど、居心地が悪くなってくる。

 

 

「あ、あの・・・何か・・・?」

「・・・その服・・・もしかして、誰かから貰った?」

「え、あ、・・・はい。ウェールズの森の妖精達に・・・」

「ふーん・・・」

 

 

思わず答えてしまったが、その質問に一体なんの意味があるのか。いや、そう言えば、彼女はあの虫妖精と交流があったハズ・・・。

 

少しでも情報を得ようと慣れない思考を必死に繰り返すアルトリアへと、妖精騎士ベディヴィエールは無表情のまま近付く。

武器を収めているとは言え、立場上は敵である彼女が無表情で近付いて来るのはちょっとした恐怖だった。

 

だけど、下手に動いて本格的に敵対されても困るので、こうして突っ立ってることしか出来なくて・・・。

 

 

「・・・・・・」

「・・・あ、あの・・・?」

 

 

目の前で止まり、至近距離で下からジーッと睨んで来る妖精騎士ベディヴィエールに後退ろうとして・・・。

突如、目の前から姿が消えたかと思うと、膝にガクンっと軽い衝撃が来た。

 

 

「あっふん!?」

 

 

所謂、膝カックンをモロに受けたアルトリアは、そのまま膝を突いて四つん這いに。

咄嗟に起き上がろうとして、けれども背後から肩に置かれた手によって抑え込まれた。

 

 

「ジッとしてて」

「え、あ、ちょ・・・」

 

 

仕掛けて来た!? とマシュ達も戦闘に加わろうとして、けれども妖精騎士ベディヴィエールが何処からか取り出した物に目を丸くする。

 

それは、櫛だった。

簡素な作りの、神秘の内包量が尋常ではないことを除けば、なんの変哲も無いただの櫛。

 

それを慣れた手付きでアルトリアの髪へと通し、丁寧に髪を()いていく。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

異様な空気が流れる中、少しして妖精騎士ベディヴィエールは手を止めて首を傾げる。

今度はアルトリアに立ち上がるように促し、素直に従う彼女の体をペタペタ触っていく。

 

 

「え、ちょ・・・!?」

「動かないで」

 

 

それは身体を触っていると言うより、服を正していっているようだった。

そうして、暫く弄ったあと、数歩下がってアルトリアの全体を視界に収めると、顎に手を当てて考え始めた。

 

 

「・・・やっぱり、ダメですね」

「え・・・?」

 

 

何がダメなのか。と言うか、何を確かめていたのか。

当事者なのに全く状況が分からないアルトリアへ、妖精騎士ベディヴィエールは残念そうに言う。

 

 

「違和感があります。でも・・・もうこれ以上、弄りようがないくらい完成されてます」

「あの・・・?」

「別人なのは承知ですが、それでもここまで容姿が似ているというのに・・・オーラが違うというか、毛程も知性が足りていないと言うか、もうなんか色々と残念過ぎて・・・はぁ、勿体無い」

「・・・・・・」

 

 

貶しているとか、敵意があるとかでもなく。心の底から、何処までも純粋に残念そうにする妖精騎士ベディヴィエールに、あれ? もしかして今、物凄く失礼なこと言われた? とアルトリアが怒りを抱き、顔を真赤にウガーッと怒鳴ろうとして・・・。

 

 

「・・・いっそ、中身を丸ごと入れ替えてみるか?」

 

 

ボソリと聞こえた声に、顔を青くする。

他者の心が見えるだけに、その言葉が何処までも本心だと分かってしまったから。

だから、この話は早く切り上げるべきだと、話題の矛先を立香に向けようとして・・・物陰からヌッと人影が現れた。

 

 

「あんらぁ!(らぶ)の気配かと思ったらトンデモないわァ! まるで違う崇拝(らぶ)の気配ねぇ!」

「・・・なんだコイツ」

 

 

人影の正体はペペロンチーノ。

立香たちを助けようと爆走していたマシュの手助けをした張本人であり、妖精騎士ベディヴィエールに「え、これ人間なの?」と驚かれている(れっき)とした汎人類史の人間である。

 

そんな彼女から、ここがあのベリル・ガットが根城にしているニュー・ダーリントン、その郊外にある地下施設であることを知らされる。

ここを見付けられたのはマシュと立香の縁を手繰り寄せれたお陰でもあり、ペペロンチーノがお礼を言うと・・・何故かベリル・ガットの名前を出した辺りから殺気立っている一人の騎士の方へと視線を向けた。

 

 

「・・・ところで、私の思い違いじゃなければ、そっちの子は妖精騎士ベディヴィエール・・・で、いいのよね? 見るのは初めてだからあんまり自信無いんだけど・・・」

「え、あの行方不明となっていた妖精騎士ベディヴィエールですか!? な、なるほど、理由は分かりませんが、閉じ込められていたのですね。・・・って、つまり敵じゃないですか!? マスター、私の後ろへ!」

 

 

タイミング的に彼女のことを知る機会が無かったマシュは置いておくとして、立香は先程からチラチラと自身に向けられる視線に違和感を覚えていた。

 

殺意はとっくに消えていて、向けられているのはなんと言うか・・・期待、のような眼差し。

どっかで会ったっけ・・・、とウンウン悩む立香に、妖精騎士ベディヴィエールは態とらしく髪を掻き上げ、眼帯を見せ付ける。

 

 

「・・・さっ」

「・・・・・・」

「・・・すっ」

「・・・・・・」

「しゃきーん」

「・・・? ごめん、私たちって何処かで会った?」

 

 

立香の何気ないその言葉に、顎に手を添えて決め顔をしていた妖精騎士ベディヴィエールはあからさまにショックを受けて隅っこで体育座りになった。

 

あ、やば、と立香が口が滑ったと気付いた時には既に遅く、隅っこからブツブツと愚痴のような声が聞こえて来た。

 

 

「いえ、分かってましたけどね。秘密主義的なこと言われてたから、なんとなくそうなんじゃないかなーと思ってはいましたけど・・・。そうですか、やっぱりそうなんですね。私ってそんなに影が薄いんですか、そうですか。そりゃ秘密にしたいことの一つや二つありますけど、普通に街に降りることだってあるのに、注目とかまるでされてなかったのって・・・別に気を使ってくれてたとかじゃなくて、普通に気付かれてなかっただけなんですね。ははは、超ウケるー・・・」

 

 

あ、これマジで失言したわ、と慌てて弁明しようとした立香だが・・・・・・なんとなく、その姿がいつの日かのあの子とダブって見えて、足が止まる。

 

 

「・・・もしかして、エーちゃん?」

「・・・!」

 

 

振り向き、パァァァッ! と顔を輝かせ、ハッとしてぷいっと再び壁を向く。

でもそんな私不機嫌ですよアピールなんか無視して、立香は彼女へと抱き着いた。

 

 

「エーちゃん! エーちゃんだ!!」

「わっ、わっ・・・!?」

「エーちゃん! エーちゃん! エーちゃぁぁぁん!!」

「ぇ、な、なに!? え、ちょ」

「なんでここに居るの!? どうしてここに居てくれちゃってるの!? 」

「わぁぁ!!? わぁぁ、わぁぁぁっ!!?」

「いや理由なんかどうでもいい! エーちゃんがここに居てくれるだけでいい! この感動ッ! 言葉にならなぁぁぁい!! うひょぉぉぉぉ!!」

「わぁ・・・わぁ・・・ぁぁ・・・!」

「あぁ、この手触り! 抱き心地! 腕の中にすっぽり収まるサイズ感! (まさ)しくエーちゃんだぁぁぁぁ!!」

「ぁ・・・ぁぁ・・・」

「頬ずれば頬ずるほどにエーちゃんだぁぁぁ!! 舐め回せば舐め回すほどエーちゃんだぁぁぁ!!」

「・・・・・・がくっ・・・」

「えぇぇい!! もっと触らせてぇぇ!! もっと抱き着かせてぇぇ!! もっと舐め回させ━━━━」

「先輩、お気を確かに!!」

「おぐふぉ!?」

 

 

失意の庭(ロストウィル)からの脱出直後ともあってか、テンションがイカれて狂気染みた行動を取ろうとした立香へと、マシュは自身の霊基の出力が上がっていたことも忘れ、いつも通りに喝を入れてしまった。

 




わたくしごとですが、本作品の感想数がまさかまさかの1000件を超えました。
記念としてサプライズを用意しているのでお楽しみに。


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ブチギレ

支援絵を頂きました。
この一周回ってハードボイルドな感じのベリル君好き。
少しえっちぃので見る時は気を付けて。
https://img.syosetu.org/img/user/60304/101222.jpg


「・・・酷い目にあった」

「ご、ごめんねエーちゃん・・・いてて・・・」

「す、すみません先輩、大丈夫ですか・・・!?」

 

 

気を失いかけながらも、ギリギリでマシュの盾を弾き、立香ごと後ろに飛ぶことで衝撃をいくらか逃がした妖精騎士ベディヴィエールのお陰で、なんとか最悪の事態は免れたカルデア組。

 

助けに来た筈がトドメを刺していたなんて笑い話にもならないので、攫われた立香と再会してテンション上げ上げだったマシュは今、テンション下げ下げになっていた。

 

 

「それで、そろそろ妖精騎士ベディヴィエールが立香ちゃん達と一緒に囚われていた理由を聞きたいのだけれど、その辺は話せたりするのかしら?」

 

 

グダりそうな空気をペペロンチーノが引き締める。

なにせここは敵地のど真ん中な訳だから、いつまでも悠長なことはしていられない。

 

しかも、そこへ親交があるとは言え、スパイのようなことをしていた敵側の最高幹部の一人が居るとなれば、事情だけでも知りたいと思うのは当然の事だった。

 

 

「・・・話すほどのことではありません。私が下手を打ち、奴に・・・ベリル・ガットに一杯喰わされただけのことです」

「ベリルって・・・え、貴女達って仲間じゃなかったの?」

「・・・・・・仲間?」

 

 

ペペロンチーノの尤もな言葉に心底不愉快そうに顔を歪めさせる妖精騎士ベディヴィエールが何かを言おうとして、洞窟内がまるで地震のように微かに揺れ動いた。

 

 

「・・・あまり話してる時間は無さそうですね」

「・・・そのようね。取り敢えず、利害の一致ってことで味方と見てもいいかしら?」

「・・・お好きにどうぞ」

 

 

空気こそ、初対面のペペロンチーノ相手だった事と妖精騎士ベディヴィエールが仕事モードで無口なのもあって険悪な感じになってしまったが、彼女に立香達を害する意思は無い。

 

しかし、それを知っているのは当人のみで、ペペロンチーノは表面上は穏やかにしながらも警戒を怠らず、立香達は自身の知っているエールと掛け離れた彼女の姿に戸惑いながらも、一行は地上を目指して洞窟を駆け出した。

 

 

 

 

 

そうして通路を抜け出た先に、それは居た。

呻き声を上げ、ただノロノロと彷徨い歩く人の形をしたモース。

百年前、ダーリントンを襲った"厄災"、(よみがえ)りの屍人(しびと)たちだった。

 

 

「うぁぁ・・・ぁあぁぁ・・・・・・」

「この人たち、身体が腐ってる!? ダーリントンの屍です!」

 

 

彼らの存在にいち早く気付いたアルトリアがその正体を口にし、応戦する。

しかし、彼ら屍人(しびと)に攻撃する意思は無い。ただゾンビのように徘徊し、まるで縋るようにこちらへ呻きながら歩いてくるだけ。

 

そんな無抵抗な敵を立香たちが殺せる筈も無く。

そんな彼らを見て、この惨劇を作り出した張本人ことベリル・ガットは詰まらなさそうに姿を現した。

 

 

「なんだよ、手を出さないのかよ。ガッカリだぜ」

 

 

モース人間、と。

彼らをそう呼んだベリルによって、その正体が明かされる。

 

妖精を脅かすモースの呪い。それを人間に移したことで誕生した、あまりに非人道的な生物。

 

生きながら死に。

死にながら生きている。

 

素体が無力な人間なため、生きるのが苦し過ぎて、近くにいる者に助けを求めることしかできず・・・けれども、置き土産としてはあまりに最適な存在だった。

 

頑丈でなければ、生命力が高い訳でもない。

ただ無抵抗に殺されるだけのか弱い存在というのは、その精神が善性に近い者ほど効果的に作用する。

 

そんな厄介な代物を残してトンズラこいたベリルを、立香は迷う。

追い掛けるべきか、モース人間を助けるべきか。

 

しかし、そこは年長者のペペロンチーノに諭され、未だ自分たちの安全を確保出来ていない状況もあって、急いでベリルを追い掛ける。

 

 

そうして出た先は聖堂の中。

地上へ出るには一番端の通路を取らなければならないが・・・。

 

 

「っ!? 戻りなさい! 階段に戻って!」

 

 

突然、ペペロンチーノに蹴り飛ばれ、扉が閉められた。

 

 

「ぺぺさん!?」

 

「―――ふぅ、あっぶない。ギリギリ間に合ったわぁ」

 

 

扉の先から聞こえるのは、心底安堵したような声。

 

心配と蹴ったことによる謝罪。そして、驚く立香たちへ、部屋に散布されてる毒ガスをなんとかするためにガスの元栓を締めてくるからと、そこで待っているように伝える。

 

 

「大丈夫。私は修験道(おやま)で鍛えてるから、(ごう)には強いの。何人分かは耐えられる」

(ごう)・・・? あの、それは一体・・・」

「んー、3分って所かしら。疲れてなければ、もっと早いのに。・・・立香ちゃん、マシュちゃん。それまで、私を信じて待ってられる?」

 

 

おどけた口調に反して、伝わって来る漢の覚悟。

 

全てが、こちらを安心させるための優しい嘘だと気付いた立香は、それでも・・・いや、だからこそ。

 

彼女の決意を、信じることにした。

 

 

「―――もちろん、待ってる」

「・・・ありがとう。じゃ、ひと仕事終わらせて―――」

 

 

「カッコつけてるとこ悪いんですけど、貴女も早く引っ込んでくれませんかね?」

「ぇ―――きゃっ!?」

 

 

そこへ、冷え切った声が横入りしたかと思えば、立香達を隔てていた扉が切り刻まれ、外からペペロンチーノが蹴り飛ばされて来た。

 

そして、見える扉の外。そこには夥しい数のモース人間が、聖堂の広場を埋め尽くしていた。

 

 

「なっ・・・!? これは・・・!」

「ちょ、何すんのよ!?」

 

 

ペペロンチーノが何を受け持とうとしていたのか、想像するより悲惨な現実を目の当たりにし、絶句する立香たち。

 

そして、折角の見せ場を台無しにされ、尻餅を()きながら怒るペペロンチーノと、背を向けたままの妖精騎士ベディヴィエールは、チラリとこちらを一瞥すると興味が無さそうに前を向いた。

 

 

「わ、私達も・・・!」

 

 

彼女が今から何をしようとしているのか、容易に想像出来た立香たちは、こんなものを見せられて黙っていられるはずも無く、加勢しようとする。

しかし・・・。

 

 

「引っ込んでいろというのが聞こえなかったのですか? この英雄譚でも読んで静かにしてて下さい。気が散るので」

「え!? お、重っ・・・!?」

 

 

何処から取り出したのか、こちらへ投げて来た六法全書のような本によって制される。

何これ、とパラパラと捲ってみれば、そこには目が痛くなるほどビッシリと書き込まれた活字の数々。

 

それがただの時間稼ぎの名目だというのは明らかで、仮にも敵だと言うのにこちらを気遣う行動に困惑していると、その見当違いな考えを正すかのようにベディヴィエールが抜剣した。

 

 

「・・・勘違いしないで下さい。例え、妖精であろうと人間であろうと、関係ありません。アレらがモースであるなら、それを退治するは我ら妖精騎士の仕事。この妖精國を千年守って来た守護者の力を、あまり見くびらないで頂きたい」

「違う、そうじゃないわ!」

「・・・まだ何か?」

 

 

決まった、と内心浸っていた所に水を差されたものだから、アホが不機嫌そうにペペロンチーノを睨む。

なんだ、さっきの仕返しか? お、やんのか? といった具合に、機嫌が悪いのも相俟って殺意マシマシで。

 

でもそんな殺意なんて華麗に受け流し、ペペロンチーノは自身が見抜いた彼らモース人間の特性を口にした。

 

 

「そいつらは、殺した相手に呪いを移すわ! それを一人で受け持ったら、例え妖精騎士(あなた)と言えど―――!」

「・・・・・・はぁぁ」

 

 

それを、心底どうでも良さそうに。

そんな事でわざわざ人の見せ場を取るなと言いたげに。

妖精騎士ベディヴィエールは溜め息を吐いて、背を向ける。

 

なんせ、アレらの特性については百も承知だから。

先程、立香たちが見逃したモースをこの手で皆殺しにして来たばかりなのだから。

 

 

「・・・それなら、貴女はどうするつもりだったんですか?」

「そ、それは・・・!」

「どうせ自己犠牲よろしく、全部自分だけで背負おうとか思ってたんでしょ。そういうの、ホント要らないんで」

「なっ・・・!?」

 

 

あまりにハッキリと切り捨てられたものだから、流石のペペロンチーノと言えど、絶句してしまう。

 

そんな彼女に言うことはもう無いとばかりに、抜剣した二本の剣を腰の辺りで左右に構える。

 

 

「それに・・・私も、あの男にはいい加減頭に来てるんですよ。知らぬ間に城の中で好き放題されるわ、人の妄想に割り込んで来るわ、挙句の果てには英雄様のあんな出来の悪い偽物まで見せられて、おまけにモース人間とか言う巫山戯た実験までしていただぁ・・・? やりたい放題にも程があるだろうが。人が記憶失って不在の間に好き放題しやがって。ただぶっ殺すだけじゃ足りねぇ。ケツの穴ぶっ刺して、内蔵引っ掻き回して、全身余すことなく斬り刻んだ後に、肉団子にして大穴に放り投げてやる・・・! マジで覚悟しろよベリル・ガット! 誰のモノに手ぇ出したか、その魂にまで刻み込んでやらぁッッ!!」

「え、エーちゃん・・・?」

 

 

突然豹変したベディヴィエールに立香が戸惑いの声を上げると、彼女は首だけ振り返ってニッコリと微笑んだ。

 

 

「そういう訳なので、そこで大人しくしてて下さい。分かりましたね?」

「あ、はい」

 

 

眼帯をしていない全く笑ってない片目に、これ以上呼び止めたらこっちに矛先向くわ、と察した立香たちは、ただそう返事をするしか無かった。

 




ペペさん、生存ルート。


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NTR(心臓)

見せ場は次回。


元々、遠距離からとは言え、千年以上もモース退治を続けてきたこともあり、モース人間の処理は数分と経たずに終わった。

 

悲鳴を上げることも無く、跡形もなく消滅したモース人間。後に残ったのは静寂に包まれた聖堂と、その中心で静かに佇む妖精騎士ベディヴィエールのみ。

 

無抵抗の敵を相手にしていたとは言え、一切触れることなく、時には魔力の斬撃を飛ばして次々と斬り刻んでいく姿は素人目に見ても洗練されており、妖精騎士の名に恥じぬ力を示した彼女に、立香達は呆然としていた。

 

 

「・・・ふん、所詮こんなもの―――ごふぅッ!」

「エーちゃん!?」

 

 

しかし、振り向いた妖精騎士ベディヴィエールが、攻撃を受けた様子も無いのに突然血を吐き出し、立香が悲鳴に近い声を上げる。

だが、膝を突く彼女に先に駆け寄ったのはペペロンチーノであり、様態を見て顔を青くした。

 

 

「ちょ、貴女、全然大丈夫じゃないじゃないの! めちゃくちゃ効いてるじゃない!」

「・・・は、はぁ? ま、全く、問題ありませんがぁ? か、勘違いしないでください。こ、これは、アレです。今朝飲んだ、ト、トマトジュース・・・です・・・かふっ」

「私が血の匂いを間違える訳無いでしょ! いいから、無理しないで!」

「いや、ホント違います。全然、無理なんかしてませんし。だって、妖精騎士ですよ。こ、この程度で、音を上げるとか・・・。・・・・・・さ、流石に数百人分は・・・キツかったか・・・」

「丸聞こえなんですけど! 」

 

 

なんやかんやで、痩せ我慢していたことが発覚したアホをペペロンチーノが背負い、出口を目指すことになった一行。

「降ーろーせー・・・!」と覇気の欠片も感じられない抗議の声を、ペペロンチーノが「はいはい」と聞き流し、漸く出口が見えた所に・・・それは居た。

 

 

「おいおい、なんで無事に辿り着いてんだ!? どうなってんだよ一体!? 一人か二人は減ってるもんだろ!? なにより、立香―――あ?」

 

 

唖然、そして驚愕。

世界を救った最後のマスターが、あのモース人間を倒したにも関わらず、平然としていたことへの身勝手な怒りが、ベリルを襲う。

 

立香たちからしてみれば、テメェ巫山戯んなと言ってやりたくなる程に理不尽なベリルの怒りは、けれどもペペロンチーノの背に背負われ、苦しそうにしながらもこちらを睨む見知った顔によって虚しく消えていった。

 

 

「・・・おい、おいおいおい・・・嘘だろ・・・」

 

 

表情が消え、青褪める。

何があったのか、何をしたのか。

 

それを理解してしまったから。

 

 

「・・・あー、そう・・・そういうこと・・・。それがお前達のやり方って訳ね・・・」

「・・・?」

「・・・見損なったよ、後輩」

 

 

先程までの()()()()()怒りではなく、腹の底から湧き上がるような本物の怒り。

底冷えするような声と共に、ベリルの体が異形のモノへと変貌していく。

 

 

「―――アァ。―――ハァァアァ・・・。やっぱ、お前にマシュは相応しくねぇよ。悪いが他の連中は、ここで退場だ・・・」

「ウッドワス・・・! アレは"牙の氏族"、ウッドワスの霊基です・・・!」

 

「―――は?」

 

 

ウッドワス。

排熱大公と謳われ、その名に恥じぬ圧倒的な力で持って立香たちを全滅寸前まで追い込んだ強敵の名。

 

アルトリアの言葉に、誰もが予想外の事態に混乱する中で、ペペロンチーノの背中に居た彼女が目を見開き、瞬きすることなくベリルを凝視していた。

 

その目に宿るのは、何処までも純粋な―――怒りだった。

 

 

「・・・元々こういう家系でね。送り狼には気を付けろって、教わらなかっ―――おぐっふぉ!!?」

 

「・・・・・・え?」

 

 

吹き飛んだ。

偽物であったとしても、霊基の出力が本物に劣っていたとしても。

仮にもあの排熱大公の力を宿したベリル・ガットが、目にも止まらぬ速さで壁に激突した。

 

 

「ぐ、うぉ・・・なにが・・・?」

 

 

砂埃から、罅の入った壁を背に状況が理解出来ていないベリルが現れる。

その姿は既に黒いウッドワスのものになっていたため、ダメージこそなかったが、精神的動揺はかなりのものだった。

 

なにせ、ウッドワスである。

ロートルと嘲りつつも、その強さを間近で見たベリルにとって、まさか初手で吹き飛ばされるなんて思いもしなかった。

 

誰がこんな舐めた真似をしやがったと、イラ付きながらもついさっきまで自分が居た場所を見れば・・・。

そこにはペペロンチーノに背負われていた筈の妖精騎士ベディヴィエールが、足を蹴り抜いた姿勢のまま静止していた。

 

 

「・・・ホンッット、()の神経を逆撫でしやがる」

 

 

ゆっくりと、振り抜いた足を下ろし、剣を抜く。

 

モース人間を倒した時と同じように、弓にすることはなく、剣の状態で魔力の刃が形成される。

だが形成され、ベリルへと向けたその刃は、まるで―――。

 

 

「ベリル・ガット、陛下の國を弄んだ大罪人よ。身の程を弁えず、(おの)が欲に負けたその愚行、死をもって償うがいい」

 

 

 

 

―――モースのように、黒く澱んでいた。

 

 

 




次回、ベリル死す!


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ただ、もう一度・・・

見せ場。


壁に打ち付けられ、座り込むベリルに、剣を向ける妖精騎士ベディヴィエール。

そんな彼女へと、ベリルは意味が分からないと言った様子で首を振った。

 

 

「いや、いやいや待て・・・あー、あ? なんで俺は、お前さんに蹴られてんだ?」

「貴様が吐き気を催す糞野郎だからに決まってるだろ。声も聞きたくないからあまり喋るな」

「いや・・・いや、おかしい。それはおか―――ぐぉ!?」

 

「お前の都合など聞いていない。私が求めるのは貴様の死のみだ。今すぐ死ね、()くと死ね。肉片残らず朽ち果てろ」

 

 

反論しようとしたベリルの巨体に、モース人間を駆除していた時とは真逆の真っ黒な斬撃が容赦無く襲い掛かる。

 

呪いの塊のようなソレは、けれども砂埃が晴れると相も変わらず無傷のベリルが姿を現した。

 

 

「アァァ―――、ハァァァ―――。あぁ、そうか。忘れてるんだった。そうだ、覚えてねぇんだ。なら、あぁ・・・俺が教えてやらねぇと。お前が、誰よりも輝けるように・・」

「・・・貴様、何を」

「なら、まずは躾けねぇとな。甘やかしてばかりじゃいけねぇ。あぁ、そうだ。自分でやるのは気乗りしねぇが、これも仕方の無いことだ・・・」

 

「!? エーちゃん後ろ!」

 

 

自己完結し、脈絡のないことを言い出したベリルが突如姿を消し、妖精騎士ベディヴィエールの背後に現れる。

 

完全に背後を取られた。

大きく振りかぶったベリルの腕が、音速を超えて放たれる。

 

妖精騎士ベディヴィエールは、未だ振り向きすらしていない。このまま攻撃が通れば、如何に妖精騎士と言えど致命傷になりかねない。

 

立香たちの助けは間に合わない。

叫び、危険を知らせるので精一杯だった。

 

 

だが、そんな叫びも虚しく、無慈悲に腕が振り抜かれ、轟音と共に吹き飛んだのは・・・果たして―――。

 

 

「ごぁぁ!!?」

 

 

―――ベリルの方だった。

 

 

「がっ・・・ぐぅ・・・!」

 

 

先程の光景と同じ。

今度は回し蹴りの要領で横に蹴り飛ばした妖精騎士ベディヴィエールが足を振り抜いた状態で静止し、吹き飛んだベリルを見ることも無く、ゆっくりと足を下ろす。

 

 

「・・・遅い、遅過ぎる」

「ぐっ!?」

 

 

だが先程とは違い、告げる言葉も無く剣を振り被る。

飛んで来た斬撃をベリルは寸前で避ける。

 

 

「・・・軽い、軽過ぎる」

「がぁ!?」

 

 

反撃をしようと一瞬で詰め寄り、振り下ろしたベリルの爪は剣で弾かれ、そのまま剣を返して峰でぶっ叩く。

 

そして、再び壁面へと激突するベリル。

だが、やはり腐っても排熱大公の力。その身体に目立った傷は無く、大したダメージは入っていない。

 

けれど、明らかにベリルは動揺していた。

 

腐っても排熱大公の力、あの亜鈴百種の力だ。

それが、それがこうも簡単にあしらわれるものなのかと。

予想だにしなかった事実に、驚きを隠せずにいる。

 

ダメージは無い。ダメージは無いが、攻撃を受けた部分からジワジワと痛みが広がって来ている。

攻撃を受けた瞬間は毛程も痛くないというのに、だ。

 

だが、そんなこと妖精騎士ベディヴィエールからすればどうでもいいこと。

ベリルの都合など、知ったことでは無い。

 

だって、所詮は偽物。

本物の排熱大公には、勇者ウッドワスには遠く及ばないのだから。

 

だが、そうと分かっていても、どうしても許せなかった。

奴を、許す訳には・・・いかなかった。

 

 

「なんだソレは。なんだその(てい)たらくは」

 

 

弱い、あまりにも・・・弱い。

 

偽物だと分かっている。

本物の劣化版でありながらも、その力は確かに驚異的だ。

こうして優勢ではいるが、少しでも気を抜けばすぐに状況をひっくり返される程の力を有している。

 

 

だが、だからこそ、許せないのだ。

 

その力、その毛並み、その気高さ。

もうホント、舐めてるのかと言いたくなるほどにお粗末な出来栄えに、そして今もこうして醜態を晒し続けるベリル・ガットに怒りが込み上げてくる。

 

仮にもウッドワスの姿を模しておきながら、この妖精騎士ベディヴィエールに遅れを取るなど、あってはならない事だからだ。

こちらの攻撃に大して何も出来ない・・・いや、何か(防御)しなければならないウッドワスなど、この国を千年、二千年守護して来た我らへの侮辱に他ならない。

 

 

「立て。立って戦え。そのまま殺られる事は許さない。このまま貴様が死ぬなど、許される筈が無い。その身に宿る仮初の力を存分に奮え。死ぬ間際まで抗い続けろ。それが勇者ウッドワスの、亜鈴百種・排熱大公の力を有する責務だ」

 

 

立ち上がり、駆ける。

 

爪を振るい、弾かれる。

蹴りを入れ、躱される。

噛み付こうとして、顎を蹴り上げられる。

怯んだ隙に全身を斬り付けられ、斬撃と共にまた吹き飛ばされる。

 

 

「ぐっ、ぁぁ゛・・・くそっ、くそっ、痛てぇ、なんで、なんでだぁ・・・! モースか、モースの呪いかぁ・・・! 」

 

 

攻撃を受けた場所とは全く別の胸を掻き毟りながら、ベリルは慣れている筈の痛みとは全く別のナニカに苦しみ悶える。

 

違う、違う、違う。

こんなの間違ってる。なんだってこんな事になってんだ。

 

思考すらままならず、こちらへゆっくりと歩み寄る彼女を見るだけで、胸がさらに痛くなる。

 

その痛みから少しでも逃れようと地面を蹴り、壁を伝い、天蓋から脱出しようとして―――。

 

 

 

「―――逃がす訳が無いでしょう」

 

「ぐぅッふぅぅ・・・!?」

 

 

既に先回りしていた妖精騎士ベディヴィエールに、蹴り落とされた。

 

何もない筈の空間にまるで足場があるかのように着地し、助走を付けて腹部を蹴り抜かれたベリルが一直線に地に堕ちた。

 

 

「へぇ、頑丈さだけは及第点をくれてやります。・・・まぁ、赤点ギリギリですが」

 

 

砂煙、そこから現れた四つん這いのベリルの前に降り立ったベディヴィエールが、そう評価する。

実際、抉り込むほどの蹴りであったにも関わらず、その衝撃は内臓を傷付けることまでは叶わなかったのだから。

 

だがそれでも、痛いものは痛い。

胸の痛みが、さらに酷くなった。

彼女が、自身を本気で殺そうとしていると、骨の髄まで理解してしまったから。

 

 

「・・・く、そ・・・くそ、くそッ・・・!」

 

 

こんな筈じゃ無かった。

こんな事を望んだ訳では無かった。

 

なんだってこんな事になっている。

なんで俺が、寄りにもよってコイツに殺されるんだ。

 

 

思い通りにならない現実に、どうしようもない現実に、ベリルはただ歯噛みすることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

何も無い平原。

地平線が広がる草原で。

 

ベリルは、布団に(くる)まり、こちらを見上げる少女の瞳を見詰めていた。

 

マシュと同じ・・・と言うと僅か語弊があるが。

穢れを知らず、何も知らず。

ただ無邪気に見詰める、純新無垢なその瞳に。

 

ポロリと、言葉が漏れた。

 

 

「・・・にしても、本当に綺麗だなぁ」

 

「え・・・? ぁ、はい、ちょっと待って下さいね」

 

ぐちゅ・・・。

 

「・・・・・・は?」

 

 

確かに欲しいなぁ、とは思った。

穢れを知らないその透き通った瞳に、心惹かれた。

 

けれど、まさか、そんな・・・あんなあっさりと自身の片目を抉って差し出されるなんて、思いもしなかった。

 

 

「あぐぅ・・・ど、どうぞ、差し上げます」

「ぇ、ぁ・・・あぁ・・・」

 

 

呆然としながら、自身の掌に転がる瞳を見る。

 

光は無い。感情も無い。

丸い眼球から神経が伸びて、ギョロリとこちらを見詰める無機質な瞳と目が合った。

 

 

「・・・ぁ、ごめんなさい、もう片方も要りますよね」

「・・・は?」

 

また、ぐちゅ・・・と。

 

「ぁぅ・・・・・・ど、どうぞ。えっと、こちらで合ってますかね。すみません、前がよく見えなくて」

 

 

無くなった瞳、痛いだろうにそれを必死に我慢して、笑みを浮かべる少女。

目を開き、ポッカリと空いた空洞に、何故だか視線が吸い寄せられる。

 

 

ベリルはもう、何がなんだか・・・訳が分からなかった。

自分が今どんな感情を抱いているのかすら分からず、ただ頭と心がグチャグチャに掻き乱されるような、そんな錯覚に陥っていた。

 

でも、何故か・・・・・・あぁ、そうだ。

惹かれたんだ、どうしようもなく。

 

ただ善意だけで差し出す君の笑顔に。

痛みを我慢して、無理して笑うその顔に。

 

俺は―――。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

剣を構え、突っ込んで来る彼女に、ベリルは立ち上がる。

 

振るった爪は弾かれ、その拍子に数回斬り付けられ、再び腹を蹴られる。

 

ベリルは立ち上がる。

 

斬撃が飛んで来て、それを弾き、さらに飛んで来た矢の嵐が全身を襲う。

 

ベリルは立ち上がる。

 

矢が足を直撃し、バランスが崩れる。

柄を繋ぎ、手裏剣の如く投げられた剣が、傾くベリルの身体をチェーンソーのように斬り刻む。

 

ベリルは立ち上がる。

 

弧を描き、剣から伸びる魔力の糸を伝って妖精騎士ベディヴィエールの手元に戻ったソレを再び分離させ、斬撃を放ちながら突撃してくる。

避ける動作はせず、無抵抗のまま攻撃を受ける。

 

ベリルは立ち上がる。

 

ベリルは立ち上がる。

 

斬られ、体勢を立て直した所を即座に殴られ、転ぼうとした所を無理矢理立ち上がらせるように蹴り上げられ、漸く倒れ込んだ所へ上から剣を振り下ろし、その衝撃で少し浮いたベリルの腹部をサッカーボールのように蹴り抜く。

 

また壁に激突したベリルは立ち上がり、そこへ無数の矢の嵐が降り注ぐ。

 

 

ベリルは立ち上がる。

 

ベリルは立ち上がる。

ベリルは立ち上がる。

 

ベリルは、ベリルは、ベリルは、ベリルはベリルはベリルは―――。

 

 

ベリル・ガットは―――。

 

 

「・・・・・・はぁ、萎えるわ・・・」

 

 

立ち上がり、自ら排熱大公の姿を捨て、人間の身で彼女の一撃を受け入れた。




アホに性癖をぐちゃぐちゃにされてた催眠おじさん。
でも二股はダメです。悔い改めて。


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問答

素敵なイラストを頂きました。
https://syosetu.org/?mode=img_view&uid=396196&imgid=101526

クール系の女の子がアワアワしてるの好き。


静寂が、その場を包んだ。

 

ベリルだった物から吹き出す血飛沫をその身に浴びて、妖精騎士ベディヴィエールはただただ立ち尽くしていた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

斬り伏せる瞬間、初めてベリルの顔をきちんと見た気がした。その時、何か・・・とても、大切な何かを思い出しそうになって・・・。

けれど、刃を止めるには、あまりにも遅過ぎて、気付いた時には全てが終わっていた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

何を忘れているのか。

何を思い出そうとしたのか。

こうして、物言わぬ死骸となったベリルを見ても、湧き上がるものは何も無い。

 

もしや、これも奴の催眠の一種なのか、と。そう思い立って、念の為もう一度胸に剣を突き立てる。

反応は無い。

 

念の為、もう一度。

反応は無い。

 

もう一度。

もう一度。

何度でも━━━━━。

 

 

「━━━━もう、死んでるわ」

「・・・・・・」

 

 

肩に、手が置かれた。

見れば、そこにはペペロンチーノが、悲しそうな目で、妖精騎士ベディヴィエールを見詰めていた。

 

 

「・・・そう、ですか。貴女にも、死んでるように見えますか」

「・・・?」

 

 

まるで独り言のようにそう呟くと、黒く澱んだ魔力の刃を消して剣を収め、その小さな体の何処にそんな力があるのか、死体となったベリルを軽々と肩に担いだ。

 

 

「それ、どうするつもり?」

「・・・例え、偽りの身分であろうと、コイツは陛下の夫という立場の人間です。それを殺したとあれば、それなりの証拠が要ります」

 

「偽りの身分・・・?」

 

 

これまでの旅の賜物か。

未だに、あのエーちゃんの変わり果てた姿に理解が追い付かない立香だが、それでも会話の中でサラりと語られた重要な情報を聞き逃す事は無かった。

 

そして、そんな呟きに、妖精騎士ベディヴィエールは口が滑ったとでも言うように目を細めて、立香の方を向いた。

 

 

「・・・ベリル・ガットは、正当な立場の人間ではありません。強力な催眠術によって、陛下や城の人間は全て、奴の意のままに操られていたのです」

「・・・・・・え?」

 

 

元々、サーヴァントであったモルガンがどうして二千年もの間、女王として君臨していたのか。

その真実を、過去に遡り、トネリコと旅を共にしたマシュによって知ることとなったカルデア一行だったが、マスターであるベリル・ガットの方は未だに謎が多かった。

 

既にサーヴァントでは無くなったモルガンが何故ベリル・ガットをマスターとして扱うのか。彼らの本当の関係はどう言ったものなのか。

 

その答えが今、妖精騎士ベディヴィエールの口によって説明されたのだが・・・・・・。

ソレをはいそうですか、と鵜呑みに出来る程、魔術に無知な馬鹿者は、魔術師の基準がモルガンであるアホを除いて一人として居なかった。

 

中でもペペロンチーノはこの場で、最もベリルと親交のあった人物。ウッドワスの霊基をその身に写したことには驚いたが、少なくとも彼が、神代クラスの化け物を手玉に取れる実力を有していないことくらいは知っていた。

 

仮に、魔女の秘技が他にあった所で、モルガンにはそれすら容易く捩じ伏せられる。

それほど神代の、天才と謳われた魔女というのは、現代の魔術師からすれば規格外な存在なのだ。

 

 

「言葉を返すようで悪いけど、それは無理よ」

「・・・・・・そう言い切れる根拠を聞いても?」

 

 

確信していた真実をあっさり否定されて、妖精騎士ベディヴィエールは少し不機嫌そうに聞き返した。

 

 

「彼があのウッドワスの力を再現・・・」

「再現してません。パチモンです」

「・・・そうね。真似出来たことには驚いたけど、でもよく考えてみなさい。そんな劣化版しか作れない男が、あの女王モルガンに敵うと思う?」

「・・・・・・」

 

 

どう考えても無理だな、と思わないことも無い。

だがしかし、ベリル・ガット、奴はそう言った絶対的な力の差を覆すだけの切り札を持っている。

 

どんな女傑であろうと・・・いや、何者にも穢されぬ高貴な存在であるほど、冗談みたいな威力を発揮する"オラッ、催眠! (対くっ殺用宝具)"の使い手であることを、アホは知っている。

 

 

「・・・そこは、ほら。催眠術で操られたと」

「催眠術・・・それって暗示のこと? 私もやろうと思えば出来るけど、そこまで出鱈目なものじゃないし、魔術師にとっては初歩も初歩よ?」

 

「・・・・・・は?」

 

 

とその時、再び建物が激しく揺れた。

ただでさえベリルが倒壊させようとしていた所を、先の戦闘で周囲はさらに酷い状態となり、残された猶予は僅かしかない。

 

 

「皆、急ぐわよ!」

 

 

ここまで来て問答してたら下敷きになりました、では笑えない。ペペロンチーノの合図と共に一行は急いで外へと向かう。

 

だから、か。

 

今にも崩れ落ちそうな通路の中、その長い足を存分に活かして先頭を走るペペロンチーノを、妖精騎士ベディヴィエールは静かに睨み付けていたことに、誰も気が付かなかった。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

崩れ落ちる廃墟を背に、ギリギリ脱出出来た彼らを待っていたのは、"失意の庭" に捕らわれた立香達を助けるために妖精國中を爆走したマシュを追い掛けて来たダ・ヴィンチちゃん達だった。

 

 

「おーい! 生きてるかーい!?」

 

 

そう言いながらも、遠目から立香達の安全が確認出来たダ・ヴィンチちゃんの顔には安堵の笑顔があった。

 

馬車を降りて立香たちの様態を軽く診て、談笑もそこそこに情報交換を済ませ、粗方の事情を理解した上で漸く、馬車を()いていたレッドラ・ビットをガン見している血塗れの妖精騎士へと目を向けた。

 

 

「まずはお礼を、妖精騎士ベディヴィエール。立香ちゃん達を守ってくれてありがとう」

「・・・私は、私のやるべき事を優先しただけです。お礼を受け取る資格はありません」

「そうか、それでも言わせてくれ給え。過程がどうあれ、立香ちゃん達が助かったのは事実だからね」

「・・・・・・お好きにどうぞ」

 

 

ダ・ヴィンチちゃんへと向けていた視線を僅かに逸らしただけだが、目敏(めざと)い天才はそれを照れ隠しだと見抜き、その微笑ましさに笑みが漏れそうになったが・・・すぐに頭を切り替えた。

 

 

「さて、私としては謎多き妖精騎士様に、色々と質問をしたい所なのだけど、素直に答えてくれたりするのだろうか?」

「・・・まぁ、いいでしょう。答えられる範囲でなら」

「・・・・・・え、いいの?」

 

 

なんで貴女が驚くんですか、と。

そう言いたげな視線をダ・ヴィンチちゃんへ向けると、彼女は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

 

「い、いや〜、ははは・・・。殆ど駄目元だったから、まさかそんなあっさりOKが出るなんて思わなくてね・・・。てっきり、少しくらい対価を要求されるかと・・・」

「・・・・・・まぁ、あれです。私にも、それなりに裏切り(負い目)があるので。それに立香さんが居なければ、ずっとあの森の中に閉じ籠っていたでしょうから。自覚は無いんでしょうけど、貴女達には結構な借りを作ってるんですよ、私は」

 

 

まぁ、そういう事なら遠慮無く質問させてもらおう、と照れ臭そうにしてる立香を背に、ダ・ヴィンチちゃんは頭の中を整理していく。

 

どちらにせよ、大人しく答えてくれると言うのなら是非も無い。なんせ、今はとにかく情報が欲しいのだから。

 

妖精騎士ベディヴィエール。

目下、最大の悩みの種である超長距離狙撃。その解決の糸口に繋がる何かが。

 

無論、今この場で始末するか、無力化が出来たのなら一番良かったが、先のベリルとの戦闘を聞くに、あまり現実的ではないし、こちらの心情的にもあまりやりたくない。

 

せめて近距離戦闘がクソ雑魚であれば、もう少し希望を見い出せたのだろうが、遠近どちらも出鱈目な強さとか、クソゲーも大概にして欲しい。

そう言うのって普通、異聞帯の王とか、そういうラスボス的な超大物クラスが持つような性能じゃないの?

妖精騎士とは言え、なんで幹部クラスが持ってるのさ。

 

・・・と、普段のダ・ヴィンチちゃんなら目の前の理不尽な強敵に対して心の中で愚痴でも零していただろうが、今の彼女は違う。

なぜなら、ホームズから送られて来た手紙。そこに書かれていた妖精騎士ベディヴィエールについての考察を読み、ある一つの弱点に気付いたから。

 

だが、それはあくまでもダ・ヴィンチちゃんが推測しただけの希望的な観測に過ぎないし、だからこそホームズもあのような遠回しなヒントを寄越したのだろう。

 

故に、弱点(ソレ)に頼るのは最後の手段。

今から行う問答で、バーゲストの時のように彼女をこちらへ寝返らせることが出来れば重畳。そうでなくとも女王モルガンへの不信感を少しでも抱かせられれば・・・。

 

 

「じゃあ、君がこの場に居る理由・・・いや、"失意の庭" に囚われていた理由を聞いても? 私達と別れた後、何があったんだい?」

「・・・こいつを殺すためです」

 

 

そう言って、妖精騎士ベディヴィエールの視線は肩に担ぐベリルへと向けられた。

 

 

「こいつは陛下を誑かし、陛下の國を私物化しようと画策していた。それに気付いた私は陛下の夫を騙る不届き者を暗殺しようとして・・・恥ずかしながらヘマをしまして。こうして、奴の術中に嵌り、捕らわれていたのです」

 

「・・・・・・・・・ん?」

 

 

ダ・ヴィンチちゃんの脳内に、宇宙が広がった。

 

誑かす・・・誑かす?

え、あのモルガンを?

誰が? ベリル・ガットが?

現代の魔術師で、ただの人間と殆ど変わらない、あのベリル・ガットが? 神代の魔術師を? んな馬鹿な。

 

・・・といった風に。

何処かのエルフ耳な神代の魔術師がくしゃみをしたような気がしないでもないが、彼女から聞かされた話はダ・ヴィンチちゃんにとってまるで理に適わぬ、荒唐無稽なものだった。

 

いや、これがまだモルガンとベリルのやり取りを見ていない状態であれば、少なからず信じられたのだろうが・・・。

 

女王モルガンとの謁見が叶ったあの時、どう見ても尻に敷かれてるベリルの姿を見た後であれば、彼が背後で手網を握っていたと言われても、まるで想像出来なかった。

 

 

「ちょっと口を挟んでもいいかしら?」

「っ!?」

 

 

物凄く何か言いたげな顔をしたペペロンチーノの言葉に、妖精騎士ベディヴィエールが反応し、過剰に距離を取った。

まるで彼女のことを酷く警戒しているようなその姿に、ダ・ヴィンチちゃんとペペロンチーノは目を合わせる。

 

 

「えっと、あの・・・どうかしたのかい?」

「あらら、何か気に障ることでも言っちゃったかしら?」

 

「・・・その口を閉じろ、詐欺(ペテン)師。ベリル・ガットと同類である貴様に、話す事は何も無い」

 

 

恐らく何か勘違いしているのだろうが、ベリル・ガットと同じ穴の狢という意味では、同類という言葉が言うほど的外れでも無いため、ペペロンチーノは面と向かって否定出来ない。

 

代わりにダ・ヴィンチちゃんが誤解を解こうとしたが、他ならぬペペロンチーノに手で制された為、今は情報収集を優先することにした。

 

 

「・・・すまない、話を戻してもいいかな?」

「・・・どうぞ」

「では・・・そうだね。私達が、立香ちゃんがこの島へ辿り着いた時。最初に訪れた"名なしの森" に君が居たのは? それもベリル・ガットの仕業? それとも、女王モルガンの策謀なのかな?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・べ、ベリル・ガットの、仕業です」

 

(うわぁ、嘘下っ手くそぉ・・・)

 

 

表情は殆ど変わらないが、冷や汗ダラダラなのが幻視出来てしまう程に、妖精騎士ベディヴィエールの焦りは分かりやすかった。

 

とは言え、それを追及するつもりは無い。

別に本当のことを聞けた所で大した情報にはならないだろうから。

 

 

「じゃあ、次に私達と別れた後。あの人間牧場で何が―――」

「・・・もういいでしょう。まどろっこしいのはやめにしませんか?」

 

 

ダ・ヴィンチちゃんの言葉を区切るように、妖精騎士ベディヴィエールが言葉を被せる。

それに対し、ダ・ヴィンチちゃんは特に不機嫌そうな感情を表に出すことなく、笑顔という名の仮面を完璧に貼り付けた。

 

 

「・・・と言うと?」

「いくら私でも、こんな事が貴女の聞きたいことでは無いことくらい分かります。もっと他に、聞きたいことがあるんじゃないですか?」

 

 

図星、と言えばその通りだが。

いや、そちらが急かすのであれば、こちらとしても都合が良いと、笑顔を消して改めて妖精騎士ベディヴィエールへと向き合った。

 

 

「では、率直に言おう。妖精騎士ベディヴィエール、君に、私達と共に戦って欲しい」

 

「だ、ダ・ヴィンチちゃん!?」

 

 

それが叶うなら願ってもないことだが、いくらなんでも直球過ぎではないかと、立香やマシュが慌てる。

だが、何か確信めいた表情をしているダ・ヴィンチちゃんに、足が止まった。

 

 

「・・・それは、この私にモルガン陛下を裏切れと言っているのですか?」

「・・・結果的に言えば、そうなる。でも―――っ!?」

 

 

スッ・・・と。

首筋に切っ先が当たる。

 

気付けなかった。予備動作すら見えなかった。

やはり敵対するべき存在ではないと、その殺気を前にして改めて思う。

 

 

「・・・・・・」

 

 

寒気がする程に良くない雰囲気を纏う黒い刃に、冷や汗が出る。

だが、妖精騎士ベディヴィエールは何も語らない。

 

それでも、これだけは分かる。

次の一言で全てが決まる。

自身の命運も、これからのカルデアの運命も。

 

 

「じょ、女王・・・モルガンは・・・・・・秋の森を、焼いた・・・。そこに居た虫妖精を、君を好いていた彼らを、一人残らず、虐殺したんだ・・・っ!」

 

「・・・・・・・・・なん、だと・・・?」

 

 

この選択が正しかったのかは分からない。

だが少なくとも、それでもダ・ヴィンチちゃんの命はこの時助かった。

 

剣を仕舞い、妖精騎士ベディヴィエールが空へと跳んだ。何も無い空間に壁があるかのように宙を蹴って、跳んで、跳んで、跳び上がった。

 

極度の緊張状態から開放されたダ・ヴィンチちゃんは安堵からか、ぶわりと汗を吹き出し、四つん這いになって息を整える。

心配した立香たちが駆け寄り、空元気を見せるダ・ヴィンチちゃんだったが、そんな彼女達の耳へと、か細い声が届いた。

 

 

「・・・・・・あー・・・マジかぁ・・・」

 

 

寂しそうな声だった。

 

空中に立ち、望遠鏡の類と思われる魔法陣を片目に展開し、遠くを見詰める妖精騎士ベディヴィエールの。

 

いや、心優しきエールのとても残念そうな声が、確かに聞こえたのだった。

 




汝は催眠おじさん!


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それが俺の忍・・・信念だから

登場人物多過ぎ・・・。
そんな大人数を上手く捌く技量など、作者には無い(キリッ)。


妖精騎士ベディヴィエールが降りて来る。

そこに先程までの覇気は欠片も無く、血塗れなのも相俟って、まるで屍人のように意気消沈していた。

 

残酷なようではあるが、それでもこれはチャンスだ。相手を絆すという点においては、立香の方が上手(うわて)だが、今回ばかりは何かと酷だろうからと、ダ・ヴィンチちゃんが心を鬼にして説得に掛かる。

 

 

「妖精騎士ベディヴィエール・・・いや、エールちゃん。これがモルガンのやり方だ。あの女王はこの國を救う気なんて無い。誰一人として、助ける気なんて無いんだ」

「ベリル・ガットが裏で手を引いていた、という訳でも無いのでしょうね・・・。それにあの徹底的なまでの焼き方は、恐らく妖精騎士ガウェインですね・・・・・・はぁぁ」

「ご名答。そして、あの森に居た妖精は(みな)、殺されてしまった。君からの大切な贈り物を、最期まで守ろうとして・・・」

「そう、ですか・・・。彼らが、そんな事を・・・」

「これでもまだ、君は女王モルガンの(もと)に着くのかい?」

 

「・・・・・・ん? そりゃそうでしょ?」

 

「・・・・・・え?」

 

 

あまりにもあっさりと、当たり前のように返されて、二の句が継げないダ・ヴィンチちゃん。

 

そんな彼女を妖精騎士ベディヴィエールは、まるでダ・ヴィンチちゃんが突拍子も無いことを言い出したかのように、なんでその話に繋がるの? とでも言いだけな表情で見詰めていた。

 

 

「え・・・え? ちょ、ちょっと待ってくれ。森を焼かれたんだよ? 君の大切な物も、友達も、皆みんな壊されて、殺されたんだよ?」

「そうですね、とても悲しいことです。まぁ、そういうのは慣れっこですが」

「い、いや、あの・・・その、私が言うのもなんだけど、もっとこう・・・ないの? ほら、理不尽に殺した者たちへの怒りとか、女王への憎悪とか、そういう・・・」

 

 

「――――なぜ?」

 

 

 

背筋が、一気に冷たくなった。

 

いや、分かってはいたつもりだった。ここまでの旅を経験して、妖精というものが人間とは異なる精神構造を有していることなど。

だがそれでも、彼らには人間らしい感情があった。

理不尽だったり、まるで子供のような癇癪を起こすものも居たが、それでもまだ理解する事が出来た。

 

だが、これは違う。

上手く覆い隠している訳でも、冷酷非道な妖精という訳でも無い。

 

無いんだ、感情が。

 

心の底から不思議そうに首を傾げる彼女は。

何を驚かれているのか、まるで見当も付かない様子の妖精騎士ベディヴィエールは、恐らく・・・いくつかの感情が、抜け落ちている。

 

 

「そういう、事か・・・」

 

 

もし、ダ・ヴィンチちゃんが辿り着いた答えが事実であれば、妖精騎士ベディヴィエールをこちら側に付かせることは不可能。

だって、結局の所ダ・ヴィンチちゃんがやろうとした事は感情論でのゴリ押しなのだから。それが全く通用しないのであれば、どうしようも無い。

 

だが、それでも、全ての感情が無いという訳では無い筈だ。であれば、その残っている感情を揺さぶる方向で行けば、まだ勝機はある。

 

 

「ふむ・・・なにか、やってしまいましたかね。もう話す事が無いのであれば、私はこれで・・・」

「い、いや・・・! 待ってくれ・・・! ま、まだだ、まだ聞きたいことはある!」

「ん・・・そうですか。では、どうぞ。どれだけ言葉を紡いだ所で、貴女方の思惑通りに行くとは思いませんが」

 

 

頭を回転させる。

恐らくこれが最後のチャンス。ここを逃せば、自分達はあの超長距離狙撃を真正面で相手取ることになってしまう。

 

今ある情報を急ピッチで纏め上げ、最前の説得方法を慎重に選んでいく。

 

 

「君は、君は・・・それで、いいのかい? 君達妖精騎士の役目はこのブリテンを守護すること。だけど、女王モルガンはこの國を守るどころか、滅ぼそうとさえしている」

「・・・それ、さっきから気になってたんですけど、モルガン様がこの國を滅ぼす根拠ってなんなんです? あの方は二千年もの間この國を守護してきました。それは貴女方も知っている筈。その上で、そんな世迷言を言っているのだとしたら、お前達は陛下の悪評を吹聴し、あの方の信頼を堕とそうと画策している侵略者も同じ。・・・いや、そうだ、侵略者だ。お前達は異邦からの侵略者の筈だ。なのになんだ、その如何にも自分達はこの國を救いに来た救世主だ、とでも言わんばかりの傲慢な態度は。どう考えても矛盾して―――」

 

「違う、まずそこが間違ってるんだ。私達カルデアは、何も妖精國を滅ぼそうとこの國へ来た訳じゃない」

 

 

今日はよく話を遮られるな、と。

陛下を侮辱されてちょっと口数が多くなっていた妖精騎士ベディヴィエールは、ダ・ヴィンチちゃんを睨み付けるが、それでも黙って聞きに徹した。

 

 

「まず、私達は今まで自分達の歴史と未来を取り戻すために異聞帯を攻略してきた。だけどこの異聞帯は攻略対象ではない。最終的に切除しなくちゃならないけど、だからと言って異聞帯に住む人類を、この異聞帯の歴史を否定しない」

「・・・切除するなら、どちらにしろ敵に回るという事では?」

「いや、それは汎人類史と異聞帯という、世界と世界の話であって、住民と住民の話ではないんだ。生存競争を行うのはあくまでも世界だけ。我々人類までもが争う必要は厳密には無いんだ」

「・・・だが貴女たちは予言の子に、英雄様の次代に手を貸している。しかも、陛下と戦争状態にある陣営の軍門に下っている。二千年、二千年だぞ。世界そのものとも言えるこの島を、二千年も守ってきた陛下に刃を向けるのは、それこそ、この世界の否定に繋がるのでは無いのですか」

 

「違う、違うんだ・・・エール。私達が予言の子に手を貸しているのはこのブリテンを救うため。侵略者はモルガンの方なんだ」

 

 

さっきから思ってたけど、なんで愛称で呼ばれてるんだ。そんなに距離縮まったっけ? と喉に小骨が刺さったような違和感を感じる妖精騎士ベディヴィエールだが、何やら非常に不愉快な(興味深い)話を始めるようなので、そちらの疑問は後回しにした。

 

 

「彼女の目的は異聞帯ブリテン、この國の拡大だ。その為なら大厄災でいくら妖精が死のうが、或いは全滅しようがあの女王はそれを見逃すだろう。何故なら、この世界を拡大し、我々汎人類史に侵略するために大厄災を利用するつもりだからだ」

「・・・・・・」

「何も、女王を裏切れなんて言わない。ただ、己の私利私欲に走り、民を蔑ろにする王を正し、間違った道を歩ませないのもまた臣下の務めじゃないのかい。少なくとも、君の着名()の元になった彼は、命を賭してそれを成し遂げたよ」

「・・・・・・いくつか、聞きたいことがあります」

「・・・何かな」

 

 

これで無理なら、諦めるしかない。

それでも、俯き、顔が隠れる妖精騎士ベディヴィエールの疑問に、ダ・ヴィンチちゃんは真摯に答えようと思った。

 

 

「・・・モルガン様が、外の世界を侵略すると言いましたが・・・貴女たちは元々それを知っていたから、この國へ来たのですか?」

「そうだよ。未来予知、とでも言えばいいかな。そういう事が出来る魔術があってね。ソレが近い未来、この異聞帯ブリテンから発生する崩落を検知した」

「・・・なるほど、未来予知。高確率で崩落とやらが起きるのであれば、あの方が大厄災を見逃したと判断するのもおかしくは無いですね」

「・・・信じて、くれるかい?」

「・・・我々は敵同士。その情報が、こちらを欺くための嘘だと断じるのは簡単です」

 

 

やはり駄目か、とダ・ヴィンチちゃんが諦めそうになった時、彼女の耳に「だが・・・」と続ける声が聞こえた。

 

 

「・・・我が王の道を正す、それもまた臣下の務めか」

「!? な、ならっ・・・!」

 

「待て、こちらの話はまだ終わっていません」

 

 

えー、今のってこっち側に付く流れじゃないの・・・? と少しばかり心に余裕が出て来たダ・ヴィンチちゃんは、ふと妖精騎士ベディヴィエールがやたらと血に塗れていることに気付いた。

 

肩に担いでいるベリルの血、というにはあまりに多い。

口元から流れる血なんて、まるで吐血したかのような・・・。

 

 

「世界の崩落、とやらを検知して、この世界に来たと言いましたね。ならば、その崩落を検知しなければ、カルデアはこの世界には来なかったのですか?」

「・・・私達に残された時間は、そう多くはない。それにこの異聞帯の世界樹は既に停止しているから・・・」

「だから、()()()()()()()()()だったと?」

「・・・・・・どういう、意味かな・・・」

 

 

空気が、変わった。

 

先までの友好的な雰囲気は消え、再び妖精騎士ベディヴィエールに殺気が纏わりつく。

 

 

「貴女はこの國を、そこに住まう民を救いに来たと言った。なるほど、確かに。圧政を敷き、民を苦しめる王の姿はさぞかし悪に映ったことでしょう。そんな魔王を打ち倒す勇者のような存在がそちら側に付くと言うのであれば、自分達が救世主と勘違いするのも頷けます」

「君は、そうでは無い、と? モルガンの行いは全て、妖精を想っての事だと、そう言いたいのかい?」

「いや、あー・・・そうですね。少なくとも、我らが女王が、妖精を嫌っていることは知っています。だって普通に公言してますし。それと、予言の子が救世主だと言うことも、それと敵対する我らが悪であることも承知しています」

「・・・・・・なら」

「俺が納得いかないのは、貴女たちカルデアの立場だ」

 

 

チラリと、肩に担いだ死体と、静観しているペペロンチーノへと視線を向ける。

 

 

「まずもって、ベリル(これ)の所為で外の世界の人類に対する印象は、最悪の一言だ。しかも、それと同類の奴がそちら側に居るのであれば尚のこと。どれだけ正しいことを言った所で、信用は出来ても信頼は出来ない」

「そ、それは・・・!」

「それから、世界の戦い云々の話だが、聞く所によるとそちらの世界は既に滅んでいるとのこと。何かしらの復活させる目処が立ってはいるのだろうが、そんな賭けみたいな事をせずとも、もっと画期的な方法があるじゃないですか」

「画期的な、方法・・・?」

 

「貴女たちカルデアが、こちら側に移住すればよいのです」

「・・・・・・は?」

 

 

要は、こういう事だ。

 

自分たちの歴史と未来を取り戻す為とは言え、汎人類史は文字通り真っ新な大地へと成り果てている。

そんな世界を、他の異聞帯を全て滅ぼしたら元通りになる、なんて言われても信じられる訳が無いし、その保証が何処にも無いことをカルデア側も薄々勘づいている。

 

ならば、そんな一枚の宝くじで1等を当てるが如き無謀な賭けに縋らずとも、女王が何も無い外の世界を侵略し、異聞帯ブリテンに染め上げた新たな世界で生きていく方が、いくらか現実的では無いだろうか、と。

 

女王は大厄災を見逃す? 妖精は全て死に絶える?

ならば俺が守ってやる。全てではなくとも、お前達カルデアぐらいであれば、城の中の自室に匿うなり、生かすことは出来る。

例えバレたとしても、殺されないように拝み倒してやる。

 

それに、妖精はどれだけ死んでもどうせその辺から生えてくる。そういう生き物だ。一々、個々の死を悼んでいてはキリがない。

陛下はそれを分かっているから、妖精を救おうとはしないのだ。

 

だがそれでも陛下がカルデアの存在を許されないのであれば、その時は抗うしか無いのだろうが・・・。

 

 

「そ、それ、は・・・」

「何を悩むことがある? このまま貴女たちが突き進んだ所で、待っているのは破滅の道。なにより、汎人類史はすでに滅んでいる。終わったものをまた続けるなんて、そんな事のために何万、何億という命を奪わずに済む」

 

 

いつものダ・ヴィンチちゃんなら反論の一つや二つは出来たかもしれない。

託されてきたモノがある、多くの者を見捨てて来た。今更、こんな所で挫ける訳にはいかない。

最後までやり遂げて、そして元の世界を救う。それがこれまで切り捨ててきた者たちへのせめてもの贖罪となる。

 

だが、そもそも元の世界を救う可能性が僅か足りとも無かったとしたら?

そう出来ると信じてるだけで、本当はもう何もかも終わった後であれば、自分達がしているこの旅は一体・・・。

 

 

「――――まぁ、それらは全部建前ですが」

 

「・・・え?」

 

 

あ、いや、半分くらいは本気かな、と呟く妖精騎士ベディヴィエールに、ダ・ヴィンチちゃんが目を丸くした。

 

 

「分かってますよ、そちらにも守りたい(譲れない)モノがある事くらい。けれど、それと同じように俺にもあるんですよ、信念ってやつが」

 

 

殺気はある。

でも、そこに浮かぶ笑みは好戦的とは程遠い。内に秘める感情が盛れ出したかのように、優しげな笑みだった。

 

 

「俺は英雄様に憧れた。何千年も尊敬してやまない、素晴らしいお方に少しでも力になりたいと、多くのことをしてきた」

「・・・なら、君が言うその次代であるアルトリアが居るこちら側に付くというのは・・・」

「・・・そうだな。英雄様の次代と共に戦う。それはとても魅力的な提案だし、拒否するにはあまりに惜しい」

 

 

けれど・・・、と妖精騎士ベディヴィエールは続ける。

 

 

「それは出来ない。それだけは決して、やってはいけない事なんだ」

「・・・それは、なぜ?」

「俺が憧れた英雄トネリコが、裏切りを何よりも嫌うからだ。いくらそちらが正しくとも、例え英雄様の次代(むすめ)がそちらに居たとしても、あの方はきっとお許しになられない。民を苦しめてるからとか、主を正す為だとか、そんな建前を用意したとしても、結局の所、やってる事はただの裏切り。英雄様が最も忌み嫌う禁忌のひとつだ」

 

 

言ってしまえば、それだけのこと。

 

モルガンがどういう思惑で今まで王として君臨して来たのか、そしてこれからどのような道を歩んでいくつもりなのか、正直に言うと妖精騎士ベディヴィエールには全く興味が無い。

 

殺せと言われれば、この手で國中の妖精を根絶やしにしてみせる。守れと言われれば、己の持つ全ての力を持って厄災から妖精を護り抜いてみせる。

 

まぁ、どちらも一度として言われた事は無いので、実現出来る保証など、何処にもないのだけど・・・。

 

 

「それに―――そちらには、英雄様の次代がいる。であれば、迷うことなど何も無い。陛下がどれだけ強大な力を持っていた所で、最後に勝つのはきっとそちら側だ。多くの困難が待ち受けているだろう。多大な犠牲を払うかもしれない。残っている者なんて僅かしか居ないかもしれない。だが決してめげてはいけない。戦うと決めた、抗うと決めたのなら、最後まで貫き通せ。後ろめたい気持ちになる必要は無い。滅ぼした者たちへ、罪悪感を感じる必要も無い。ただ己の信じるもののために、前へ進み続けろ。そうすれば・・・まぁ、後悔だけは、しないだろうからさ」

 

 

そう言って、妖精騎士ベディヴィエールはベリル・ガットを担ぎ直し、背を向ける。

 

 

「・・・私達を、殺さなくていいのかい?」

「私はそもそも近距離での戦闘を禁じられている。今回は特例だ。いくらか罰は受けるだろうが・・・なに、案ずることは無い。私は私のやりたいようにやった、ただそれだけだ。それ以上でもそれ以下でも無いし、お前達を見逃すことにも後悔はない」

 

 

空高く跳び上がり、空間を跳ねるように瞬く間に地平線の彼方へと移動していく。

 

立つ鳥跡を濁さず、なんて言うけれど。

彼女が飛び立った跡には、致命傷もかくやと言わんばかりの血溜まりが、これでもかと大地を濁していた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

その後、円卓軍と合流した立香たち。もう数日後には行われるであろう戦に備え、テントで思い思いに寛いでいた彼らのもとへ、伝令役が慌てた様子で駆け込んできた。

 

 

曰く、妖精騎士ベディヴィエールが、女王の夫ベリル・ガットの殺害容疑およびその義娘バーヴァン・シーの殺害未遂容疑で拘束された、と。

 

 

そんな戦況をひっくり返してしまいそうなビッグニュースが届き、マシュが持っていた妖精國の歴史書とも言える英雄様の伝記(作:アホ)を興奮気味で読み込んでいたダ・ヴィンチちゃんは、あまりの情報量の多さに思わず白目を剥いた。

 

 




アホ「後悔はない・・・これから起こる事柄に、僕は後悔はない・・・」
女王「いや・・・え、なに・・・なんでそうなってるの?」


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おやすみ

流石にバレるかな・・・。


それは、今より少し前のお話。

私がまだ、お母様の娘になったばかりの頃。

 

 

―――なぜお前はいつもそうなのです。

 

「っ!? ご、ごめんなさい、お母様・・・!」

 

 

廊下を歩いていて聞こえて来た、いつもお母様が叱る時の声。

何も出来ない私を叱る、お母様の声。

 

反射的に謝って、身を縮ませるが・・・少しして、違和感に気付く。

 

あれ? お母様は何処? と。

 

 

『い、いや・・・! 違うんですモルガン様! それは誤解なのです!』

 

 

声が聞こえて来たのは、確か・・・お母様が最も信頼してる妖精騎士の部屋。

そこをこっそり覗いてみると、何故か床に正座した白銀の妖精騎士とベッドに腰掛けて足を組むお母様という・・・多分きっと、見てはいけない場面を目撃してしまった。

 

 

『ほう・・・? では説明してもらいましょうか。あれほど禁止していた布教とやらをウッドワスへ隠れて行っていたこと。そして、ここに積まれているウッドワスからの苦情の紙束を。これらの一体、何が誤解なのかを』

『そ、それは・・・その、本当に違うんです! 俺は布教をしていません! それはウッドワスさんの勘違いなのです!』

『・・・勘違い?』

『そ、そうなんです! いえ確かに、ちょびっとだけですが、彼にも英雄様を好きになって欲しいなぁ・・・なんて、下心があったりもしましたが・・・。ですが、ウッドワスさんの屋敷の壁紙が全て英雄様ポスターに変わっていたのも、私室が英雄様グッズで溢れていたのも、資料の合間に英雄譚をちょこちょこ挟んであったのも、それらは全て偶然なのです! だから、別に俺が布教をしようとしてたとかじゃなく、仮にそれでウッドワスさんが英雄様の素晴らしさを知ったとしても、俺は別に関係は・・・!』

 

『・・・はぁ。なぜ、お前はいつもそうなのです、■■』

 

(ぁ、これアカンやつや)

『罰として、一分間擽りの刑です』

『ひっ、ひぃぃぃ・・・! ご、ごめんなさぁぁあい!!』

 

 

ソッと、扉を閉める。

 

中から聞こえる、あの妖精騎士の悲鳴に、耳を背けるように。

 

知らなかった。

ずっと、いけ好かない奴だと思ってた。

いつも気取ってて、お母様の隣を独占して、気に食わない奴だと思ってた。

 

でも、そうか。

あの怒られ方をされてるの、私だけじゃなかったんだ・・・。

 

 

 

 

 

見えない・・・何も見えないの・・・。

 

お母様・・・ベディヴィエール・・・。

 

何処、何処に居るの・・・?

 

 

「・・・バーヴァン・シー様」

 

 

あぁ、そこに・・・居たのね・・・。

お母様の騎士、お母様の英雄。

そして、私の・・・・・・。

 

ねぇ、聞いて・・・。動かないの・・・。

これっぽっちも、身体が動かないの・・・。

 

ねぇ、ベディヴィエール・・・私、お母様に謝りたい・・・。

また失敗しちゃったから・・・せめて、ちゃんと謝らないと・・・私は、お母様に・・・。

 

 

「・・・大丈夫です。ベリル・ガットは殺しました。もうすぐ、全てが終わります。そうしたら、また一緒にモルガン様へ料理を作りましょう。それで、一緒に怒られましょう。沢山、沢山怒られて、それから素直にごめんなさいすれば、きっと許してくれますよ」

 

 

えぇ、えぇ・・・そうよね・・・。

貴女が言うなら、きっとそうだわ・・・。

 

お母様に叱られるのは怖いけど、悪い事をしたらちゃんと謝らないとね・・・。

 

 

「ですから今は、身体をお休めになられて下さい。夢から覚めれば、またお迎えに上がります」

 

 

えぇ・・・そう、ね・・・。

少し、疲れちゃったみたい・・・。

 

眠いわ・・・とても、眠い・・・。

 

ねぇ、少しだけ・・・手を握ってくれるかしら・・・。

少しだけで、いいの・・・。

 

 

「はい、握っておりますとも」

 

 

あぁ、そうなの・・・ごめんなさい、気付かなくて・・・。

 

 

「だいぶお疲れのようですね。さぁ、これ以上はもうお身体に障ります。良い子は寝る時間ですよ」

 

 

えぇ、おやすみ・・・ベディヴィエール・・・・・・。

 

なんだか今日は、とっても・・・良い夢が見れる気がするわ・・・。

 

 

 

「・・・・・・おやすみなさい、バーヴァン・シー。可愛い可愛い、陛下の宝物。どうかいつまでも、素敵な夢の中に」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・なんだ、貴様ら。・・・近衛騎士か。・・・・・・そうだ、私が殺した。だから今から陛下へご報告に・・・・・・は? 私が反逆罪だと? 」

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

・・・・・・どうも。

 

人払いがされた玉座にて、過去一で怖い顔のモルガン様の膝の上に座らされ、治療を受けながら事情を説明させられ、いくらごめんなさいしても許してくれず、自宅謹慎を言い渡された妖精騎士ベディヴィエールです。

 

はぁぁ・・・なんでこんな事になったんでしょうね。

叶うことなら、過去に戻って一人で突っ走ったアホを全力でぶん殴りたい気持ちです。

 

あのタイミングで立香さん達と合流出来たのは奇跡も同然だったのに、なーんで格好付けちゃうかなぁ・・・俺。

過去の自分というか、記憶を失ってる時の自分が、考えてみるとかなりの黒歴史だったことに気付いて、少しでも印象を上書きしようと足掻いた結果、なんか知らんけど険悪な感じになっちゃったし。

 

軌道修正しようにも、ベリル・ガットが次から次へとイラつくことのオンパレードを仕掛けて来てタイミング逃したし・・・。

 

 

うがー、もっと話したかったなぁ・・・。

いや、正直言うと立ってるのもやっとなくらいフラフラだったけどさ。

 

あーぁ、なんで立香さん達と戦うことになってんだろ。

 

なんやかんでアルトリアさんがこっち側に付くとか、そんな都合の良いことが起きたりしないかな。

 

色々と啖呵切ったけど、それはそれとして英雄様の次代と戦うとか普通に嫌なんですけど。

どうせなら向き合うより、肩を並べての方が・・・・・・い、いや、それは恐れ多いな。こう、俺は後ろから援護射撃をするとかなら・・・。

 

・・・・・・いやちょっと待って。

俺ってもしかしてだけど、戦争終わるまでずっと謹慎とかじゃ・・・。

 

 

「入るよ・・・って、本当に怪我してる。ベリルを殺したって聞いたけど、彼そんなに強かったの?」

 

 

衝撃の事実に気付きそうになった所で、ノックしながら入って来たのは、メリュジーヌだった。

 

前に、まだ俺がオーロラさんを知らなかった時。

彼女の姿が気になってモルガン様に聞いた事があったけど、その時に凄い渋々といった表情で教えてくれた情報によるとメリュジーヌはオーロラを真似た姿らしい。

 

人の姿を真似るってなんだ、メタモンか? と当初は思ったが、こうしてオーロラさんの容姿を知った後になって思う。

 

マジで全然似てねぇな、と。

 

普段、どう考えても前見えてないだろって感じのバイザーを付けてるから、あれなのかな。割と冗談抜きで目が節穴だったりするのだろうか。

 

 

「・・・・・・」

「・・・こっちは約束を果たしてもらいに来たのだけど、なんだいその目は。僕、君に何かしたかな?」

「・・・その姿は、貴女が愛してやまない風の氏族の長であるオーロラの姿を真似たモノと聞くが、それは本当か?」

「? ・・・あぁ、そっか。陛下に聞いたのか。うん、そうだよ。どう? この美しさ。自分で言うのもなんだけど、よく出来てるでしょ」

 

 

まさか美しさという概念を真似ていたとは流石に予想外である。

なんだよ、美しさを似せるって。発想が斜め上過ぎるわ。

 

 

「それより、約束の物は出来たの? 僕、これから任務で忙しくなるから、早くして欲しいんだけど」

「あぁ、それなら・・・」

 

 

何かに触れるだけで激痛が走る身体を抑え、三冊の本をメリュジーヌに渡す。

上・中・下の全三部作。

 

額縁に入れて壁に飾ってるアルトリアさんのサイン、その交換条件として書くこととなった、世界一美しいお姫様と何処ぞの騎士様の愛の逃避行を描いた物語。

 

精神状態がイカれてる時に書いたから結末がちょっとアレになっちゃったけど・・・まぁ、きちんと最後に"これはフィクションです" って注釈入れといたから、多分大丈夫っしょ。

 

それに、俺が求められたのは彼女らをモデルにしたラブロマンス。結末がどうなろうと、その条件はクリアしているので契約違反という訳でもない。

大丈夫だ、問題無い。

 

 

「ん、確かに。まぁ、所詮は文字の羅列だ。あまり期待しないで見るとするよ。・・・でも、詰まらなかったら修正を要求するからそのつもりで」

「・・・まぁ、そのくらいは別にいいですけど」

 

 

ナチュラルに煽られたことに少しイラッとしたが、奴が全てを読んだ後の顔を想像して心を落ち着かせる。

 

そう、彼女の言う通り、所詮は紙に書かれたインクの線。そこに感情は無く、温度もない。ただの薄っぺらい紙切れ。

 

でもそんな紙束を大事そうに抱えて部屋を出ていく彼女を、俺は体の痛みも忘れ、とてもいい笑顔で見送ったのだった。

 

 

 

 

「・・・・・・あ、そうだ。ウッドワスがオーロラの下に来てたよ。なんか心臓無くなってたけど・・・。今はもう屋敷を出発して居ないけど、オーロラ曰く、この城へ向かってるってさ」

 

「・・・・・・・・・・・・は?」

 




メリュジーヌに悪意はありません。

因みに、バーヴァン・シーには頬っぺたコネコネです。


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ウッドワス

えっと、その・・・バーヴァン・シー、別に死んでませんよ・・・?


夕暮れに染まる屋敷の廊下を、ソレは歩く。

赤黒い血を滴らせ、唸り声を上げて、まるで徘徊するかのように。

 

 

「うぅぅ━━━━」

 

 

扉の前に立ち、ソレは扉を開く。

いや、開くと言うには些か乱暴に。けれども中に居た部屋の主人は、少し驚いた顔をすると、すぐに心配そうに駆け寄ってきた。

 

 

「ウッドワス!? まぁ、スプリガンの言う通りね。本当に生きてたなんて、逞しい人!」

「あぁぁ・・・、オーロラぁ・・・」

「酷い傷、あまり無理はしないで。さ、そこに横になって治療を・・・。コーラル、手当をお願い! とっておきの魔法の粉を使いましょう!」

 

 

傍に控えていたコーラルが、渋々といった様子で魔法の粉を傷口に使い、傷は治ったものの穴まで塞がる様子はない。

この粉とて貴重な物。無駄遣いをする訳にもいかず、コーラルはすぐに使用をやめた。

 

 

「・・・・・・ダメです、胸の穴が塞がりません。魔法の粉では、もう・・・。それに、戦いは円卓軍の勝利です。敗者を匿う理由など・・・」

 

 

ウッドワスのことが苦手、という訳ではなく。

彼を匿った事でオーロラに降り掛かるであろう危険を心配してそう進言するコーラルに、オーロラは首を振った。

 

 

「コーラル、戦いはもう終わったの。どちらかが勝利したかなんて関係ありません。それに、彼はこの妖精國を千年も守り続けて来たのよ。たった一度の失態で、どうして責められましょうか」

「オーロラ・・・オーロラ・・・・・・あぁ、君を一時(いっとき)でも疑った俺が馬鹿だった・・・・・・。始めから、君だけを信じていれば・・・俺は・・・」

 

 

彼女の言葉に胸を打たれ、自身の愚かさに嘆くウッドワスを、オーロラは悲しそうな顔で見詰める。

 

 

「あぁ、でも・・・噂は本当だったのね。ロンディニウムでのあの一件。貴方に送られる筈だった援軍を、妖精騎士ベディヴィエール、陛下が最も信頼する騎士が、虐殺したなんて」

 

 

風の噂ではあるが、かの妖精騎士が起こした事件は瞬く間にブリテン全土へと広がった。

無論、本当の意味で"風の噂"を扱える風の氏族であるオーロラもまた、その噂は当然耳にしており、その言葉が傷心中のウッドワスの琴線に触れた。

 

 

「・・・そうだ、アイツだ。アイツが・・・許せぬ・・・アイツだけは・・・あの糞ガキだけは、何がなんでも殺さねばならぬッ・・・! 陛下を裏切った罪、陛下から私の寵愛を奪い去った罪・・・決して、決して許しておくことなどッ・・・!」

「そうね。彼女が行ったことは決して許されるものじゃない。でも・・・でもね、ウッドワス・・・本当に、本当にそれだけかしら・・・?」

 

「・・・オーロラ・・・? それは、どういう・・・?」

 

 

激高するウッドワスに、衣服が血で汚れることも構わず、オーロラは彼へともたれ掛かる。

 

耳をくすぐる甘ったるい声。

 

そんな声から発せられる薄っぺらい言葉に翻弄され、既に彼女を信頼しきってしまっているウッドワスには、彼女を疑うという考えは、最早存在しない。

 

 

「よく考えてみて。貴方が怒るべき相手は本当にあの妖精騎士だけ? 」

「君は、何を・・・」

「あぁ、ウッドワス・・・憎いわ。貴方を裏切ったあの妖精騎士が。貴方を切り捨てたあの女王が。私は、憎くて憎くて堪らないの」

「切り、捨てた・・・? 陛下が、私を・・・?」

 

 

何を言っているのか、ウッドワスは一瞬分からなかった。

だが思い出すのは陛下の夫を騙る忌々しき人間に心臓を抜き取られた時に耳にしたセリフ。

 

確か、あの男も似たような言葉を口にしていたような・・・。

 

 

「えぇ、そうよ。考えても見て。あの騎士は貴方に・・・英雄様、だったかしら。予言の子そっくりな人物を模した品を、何度も押し付けて来たそうじゃない。それをモルガン陛下が知らないと思う? 國を脅かす存在を広めるなんて行為を、あの方が許すと思う?」

「それ、は・・・」

「ウッドワス、貴方は前に言ったわね。何度も女王へ抗議の文を出したって。仕事が出来なくなるほど邪魔をさせられるから、これ以上は看過出来ないって」

「あ、あぁ・・・そう、だ・・・。それに直接、陛下にも・・・」

「それで、あの妖精騎士は貴方への押し付けをやめた? 少しでも罰を受けた様子はあった?」

「・・・・・・」

「その様子を見ると、無かったのね。あぁ、可哀想なウッドワス・・・。なんて残酷なのかしら・・・」

 

 

縋るように身を寄せ、声を押し殺して涙を流す。

 

そんな主の姿を見て、コーラルのドン引きしたような視線に気付くこともなく、ショックを受けた様子のウッドワスは、それでもあまりにも残酷な事実を否定しようと、必死に思考を巡らせる。

 

 

「だ、だが・・・それでは、辻褄が合わない・・・。私を切り捨てるだけならば、予言の子の布教など・・・」

「それは・・・陛下が貴方のことを恐れ、予言の子と裏で手を組んでいたからよ」

「・・・・・・なに?」

「モースに対抗出来る唯一の存在。この妖精國を二千年も支え続けてきた牙の氏族。その長であり、亜鈴百種の強大な力を持つ貴方を女王は恐れた。いつか、自身の地位を脅かすのでは、と。だから貴方を始末するために前線から退かせ、戦いの勘が鈍った所を・・・・・・。あぁ! なんて卑怯なのかしら! ウッドワス、貴方はこれでいいの? このまま良いように利用されて、捨てられて、それで満足なの?」

「俺、は・・・」

「ねぇ、ウッドワス。誇り高い排熱大公様。貴方しか居ない、この國を治めるべきは貴方以外に有り得なかった! どうかこの國を、魔女の手から救ってちょうだい・・・!」

 

 

悲痛な叫び。

強く握りられたその両手。

 

自分を信じてくた者。

自分を愛してくれた者のそんな姿を見て・・・。

 

 

「■■■■■■■■■━━━━━━!!!」

 

 

咆哮のような雄叫びを上げ、ウッドワスは屋敷を飛び出す。

 

理性が消え、憤怒の炎が燃え盛るその瞳には最早、迷いなど欠片も存在しなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「・・・汚れてしまったわ。コーラル、お風呂の準備をして」

「既に済ませております」

「あら、そう。・・・・・・あぁ、それと。そろそろ戦が始まるけど、あの子はどうしたの? ここ数日、姿を見ないのだけど」

「アレでしたら、部屋に籠って何やら書物を読み耽っておりました」

「ふーん・・・ま、いいわ。さ、早くお風呂にしましょう。ホント、血生臭くて嫌だわぁ・・・あぁ、穢らわしい」

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

死んだ筈のウッドワスさんが生きていた。

メリュジーヌの話を信じるのであれば、彼は今この城へ向かっている。

 

だが、彼が生きていたと騒ぎが起こっている様子は無い。

 

そうなると、必然的に選択肢は絞れてくる訳で。

 

痛む身体を我慢して、なんとか武装し、部屋を出る。

向かう先は、ごく僅かしか知らない地下の抜け道。

 

昔、こういう大きな建物に抜け道とかあったらなんかカッコよくね? と興味本位でモルガン様に尋ねたら、マジであった浪漫溢れる秘密の地下道。

 

壁に掛けられている松明の光を頼りに、薄暗い道を進んでいくと奥から大きな影が姿を現した。

 

 

「ぅぅぅ━━━━━━、ぁあぁぁ━━━━━」

 

 

酷く懐かしい、野性味溢れるその姿。

少し、荒々し過ぎる気もするが、心臓を抜き取られているのであれば、それも仕方の無いこと。

 

寧ろ、それでも尚生きてるとか、どんだけ生命力強いんだって話だ。

ホント、規格外にも程がある。

 

 

「・・・まさか本当に生きていたとは、驚きました」

「ハァァァ━━━! アァァァ━━━━━! やはり、か・・・貴様ァ・・・!」

「・・・何がでしょうか?」

 

 

やはり、ってなんだ?

何が"やはり"なんだ?

 

あ、もしかして、俺がモースの呪いをめっちゃ我慢してんのバレちゃった感じか?

え、なに。心配してくれるの?

ちょ、ちょ・・・そういう、急なデレとか困っちゃうんですけど。

 

 

「答えろ・・・何故だ、なぜ陛下を裏切った・・・。よりにもよって、なぜ貴様が予言の子の味方をするのだ・・・!」

「・・・なんの事です」

 

 

・・・ぜ、全然違った。

あ、いや、この際それはどうでもいい。

 

俺が陛下を裏切ったって何?

何がどうなってそんな事になってんの?

 

あ・・・え、もしかして・・・・・・。

 

 

「・・・ロンディニウムの話ですか」

「そうだ・・・貴様が、陛下の援軍を虐殺した・・・。何故だ、ベディヴィエール! よりにもよってなぜ貴様が、陛下の所有物を傷付けた!?」

「違います、あれは私ではありません」

「巫山戯るな! では誰がやったと言うのだ! 他の妖精騎士か? 貴様は陛下の軍が無闇に傷付けられているのを、黙って見過ごしたと言うのか!?」

 

 

・・・あー・・・そういう、こと。

もしかしなくとも、これは・・・アレか。

 

認識のズレというか、とんでもないすれ違いが起こってるのか。

ウッドワスさん、俺がモルガン様の軍隊を殺したと思ってるのか。

 

いや確かに、あの狐が虐殺していたのに気付いた時はもう手遅れだったけど・・・。

 

 

 

「狐です。狐がやったのです。やたらと頑丈ですばしっこい、妙な狐でした」

 

「━━━━━━巫山戯るなッ!!」

 

 

痛みを感じるほどの咆哮に、身体が固まる。

何か気に障ることを言っただろうかと思い返していると、ウッドワスさんは怒鳴るように続けた。

 

 

「一体どれほどの時を、貴様と共に陛下にお仕えして来たと思っている! 貴様が、貴様程の奴が、何処の馬の骨とも知れぬ獣畜生如きに遅れを取るなど、そんな事があるものか!」

「えっ!? ぁ、えと・・・ぅ、うへへ、それ程でも・・・」

 

あ、いや、照れてる場合じゃねぇ。

 

「そ、その・・・期待を裏切るようで大変申し訳ないというか、非常に言いにくいのですが・・・その何処ぞの狐の骨に遅れを取ったという訳では無いんですけど、逃がしてしまったのは本当でして・・・」

「・・・もうよい。もう、何も喋るな」

「え・・・―――ッ!?」

 

 

なんだ・・・何が起こった・・・?

どうして、俺は倒れてるんだ・・・?

 

痛い・・・突き飛ばされたのか・・・?

 

誰に? ・・・ウッドワスさんに・・・?

 

 

「貴様はッ・・・! 貴様だけはッ、必ずこの手で始末する!! 陛下の寵愛を無下にした大罪、その身で償えッ!!」

 

 

あぁ、懐かしい・・・本当に、懐かしい・・・。

 

前も、こんな感じでブチ切れた彼に、マジで殺されそうになった時があったな・・・。

 

そっか・・・ダメか・・・。

 

どうしても、やらないと・・・いけないのか・・・。

 

 

「グルルルゥゥ・・・!!」

「・・・話し合いは・・・無理そうですね」

 

 

今の貴方を、陛下に会わせる訳にはいかない。

 

最初は昔に戻ったのだと思った。

けど、違った。狂気に呑まれてしまったんだ。

 

そんな変わり果てた姿を見れば、誰よりも貴方を愛したあの人が悲しんでしまうから。

 

だから、ウッドワスさん。

 

 

「我は妖精國の守護者、妖精騎士ベディヴィエール・・・推して参る!」

「■■■■■■ッ━━━━━━━━!!」

 

 

貴方は・・・ここで止めます。

 

 




(∪^ω^) わんわんお!


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あの日見たその背中

感想1000件記念難航中。
もうちょっと待って。


まだ俺が妖精騎士になりたての頃、初めてウッドワスさんと出会った時の話だ。

 

当時の俺はモルガン様から貰った新しい力が楽しくて仕方が無く、同時に自分が最強だと思ってたから随分と舐め腐った態度を取っていた。あ、モルガン様は除く。

 

そんなブイブイ言わせてた俺の噂を聞き付けてやって来たのが、他でもないウッドワスさんだった。

 

当時は亜鈴百種とか、そういうのも全然分からなくて、彼の第一印象は、なんだこのやたらと身綺麗な野良犬は、とかそんな感じだった。

なんせ、彼がまだ礼節とやらを身に付ける前の時代だから、それはまぁ荒れてたと言うか、野性味溢れてたと言うか。

出会い頭に、実力を確かめてやるとか訳の分からん理由で喧嘩を吹っ掛けられ、俺も売り言葉に買い言葉でその勝負に乗った。

 

まぁ、結果は語るまでもなく、コテンパンにやられた訳ですけども。いやー、ホント・・・容赦無かったなー。

 

戦う直前になって近接戦闘が初めてだったことを思い出して。でも、それに気付いた時は全てが手遅れ。

無様に逃げることすら許されず、何もさせてもらえないまま、意識が途切れる寸前まで嵌め技をされまくった。唯一放てた矢も、彼の移動による風圧で消し飛ばされたし・・・。

 

そんな訳でニョキニョキ伸びてた鼻が物の見事にへし折られ、しょんぼりしてた所をモルガン様に見付かっていつものお膝スタイルで尋問され、自分がボコボコにされたという小っ恥ずかしい話を赤裸々に語らさせられた。

 

それに対し、モルガン様は怒るでもなく、いつものように楽しそうに話を聞くでもなく、初めてご自身の心の内を話して下さった。

ウッドワスさんについて知ることが出来たのも、ちょうどこの時だ。

 

彼の勇敢さ、彼の忠誠心、彼の功績、彼の立場。

それらを何処か誇らしそうに語るモルガン様に、あの方がどれほどウッドワスさんのことを信頼し、大切にしているかを知った。

 

だからこそ、これはチャンスだと思った。

いつの日か、民を苦しめる王を打倒するために立ち上がるであろう英雄様。そんな彼女の素晴らしさを彼も知ることが出来たのなら、モルガン様への布教を一緒に手伝ってもらい、もし成功すれば、英雄様と敵対する未来は回避出来るのでは、と。

 

無論、モルガン様の実力を疑っている訳では無い。

我ら女王軍が敗北するとも思っていない。

 

けれど、これが英雄様が相手となると話が変わってくる。

正義は必ず勝つ、というより、勝つまで何度でも立ち上がるから絶対に負けない、とでも言うべきか。

 

モルガン様のやっている事は正しくても、民を苦しめているのは事実。

あの方が妖精を心底嫌っていて、けれど大事な国の住民だから仕方無しに守ってやってる、そんな慈悲深きお方であったとしても、それが民衆から悪と映り、救いを求めたら英雄様は立ち上がる。

 

どんなに不利な状況でも、どれほど絶望的な戦力差であろうとも、英雄様だけが負けるなんて、そんなことは有り得ない。

モルガン様が倒される可能性は低いが、それでも文字通り命を賭して一矢報いて、無視出来ない痛手を食らわされることとなる。

 

そして、仮に一度目が駄目だったとしても、また次の英雄様が。それが失敗すれば、次の次の英雄様が必ず現れる。

 

そうやって、あの方はこの島を守って来た。

あらゆる脅威を跳ね除け、女王歴になるその時まで、厄災からこの島を守り続けて来た。

 

今日(こんにち)に至るまであの方が姿を表さないのは、きっとモルガン様が厄災に対処していたから。だから二千年もの間見逃されていた。

けれど、遂に民衆の不満が爆発して英雄様の次代が目を覚ました・・・・・・のだと思う。

 

だから、えっと・・・・・・あー・・・うん。

ちょっと話が脱線し過ぎた。

 

俺が言いたいのはそんな事じゃなくて、あの・・・ほら、あれだ。

要は、ウッドワスさんって滅茶苦茶強いよねって話だ。

 

狂気に呑まれた彼を止めようと頑張ってはみたものの・・・やっぱり歯が立たなくて、前にベリル・ガットにやったように今度は俺が壁に打ち付けられた訳ですけども。

 

いやー、アレ本当に心臓無くなってんの?

威力はともかく、凶暴さは昔以上なんですけど。生命力が溢れ過ぎてて意味不明だわ。

 

こっちも本調子じゃないとは言え、流石にこれは予想外だったな。

なんと言うか、思った以上に身体が言うこと効かねぇんだわ。

 

 

「・・・・・・あのー、少しくらい休ませてもらったりとかは・・・」

「グルルルゥ・・・ッ!」

「ですよねー・・・」

 

 

あー、本当にどうしようか。

こんな姿のウッドワスさんを見たらモルガン様は悲しむだろうし、何より地上では今ドンパチやってる頃の筈。

バーヴァン・シーは無理だとしても、残った二人の妖精騎士が遅れを取るとは思えないけど、相手には英雄様の次代が居る。油断は出来ない。

 

謹慎を言い渡された身ではあるが、今はそんなこと言ってる場合じゃないだろうし、ここで活躍したら俺への不名誉極まる冤罪も少しは晴れるだろう。

だから、さっさとこの狂犬を鎮めて助太刀に行きたいのだけど・・・・・・・・・・・・あ。

やっべ。そう言えば俺今、謹慎中じゃん。

 

 

「・・・・・・」

 

 

・・・・・・・・・・・・・・・や、やべー。

また言いつけ破ったから、モルガン様に怒られるのかな。

い、いやでも、今回はウッドワスさんを止める為っていう大義名分がある訳だし。きっと許してくれる筈。

そもそもベリル・ガットの時も、妖精國を貶めようとした外道畜生の駆除の為にやった事で・・・よくよく考えてみれば、俺って別に悪いことしてなくね? つまり俺は悪くないので怒られない。よし。

 

 

「グルルァッ!!」

「ぐっ・・・!?」

 

 

・・・っとと、そんなこと言ってる場合じゃなかった。

まずはこっちを何とかしないと。

 

「・・・ふっ!」

 

 

壁に激突したウッドワスさんは、避けた俺へとゆっくり振り向く。そのまま血走った目で再び突っ込んで来た所で、剣を収め、手元の魔力糸を手繰り寄せる。

 

すると、周囲に張り巡らしていた糸がウッドワスさんへ一斉に襲い掛かり、さながら繭のように雁字搦めに拘束した。

 

 

「グルルッ・・・!?」

「今の私に、貴方を正気に戻す方法はありません。ですので、そのまま大人しく・・・」

「ガァッ!!!」

「知ってた」

 

 

所詮はかの騎士の見様見真似。

拘束出来たのは一瞬だけで、一息で俺の魔力糸はブチブチに千切られた。

 

モース退治ばかりして来て、拘束とかまるでやって来なかったのがここに来て仇になるとは。モルガン様に正しい縛り方とか聞いとけば良かった。

 

 

「グルル・・・(ぬる)い・・・(ぬる)過ぎる・・・」

「・・・?」

「何やら小細工をしていたから、どんな物かと期待したが・・・所詮こんなもの。妖精騎士なんぞこの程度。弱い、弱過ぎる。話にならん」

「・・・・・・」

「やはり、貴様らなんぞ必要無い。この私が、この私こそが、王に相応しい・・・!」

「ッ!?」

 

 

ここに来て初めてのビーム。

それを紙一重で回避した先で、もふもふな足が迫る。

 

ギリギリで刀を差し込み、直撃は避けるが・・・モースの呪いに蝕まれたこの身体は、衝撃だけで全身に痛みが広がる。

 

全身の細胞が(ことごと)く破壊されるような感覚。常に全身を電流が通っているかのような、そんな激痛に我ながらよく耐えられてるなと自分を褒めつつ、再び剣を構えようとして・・・・・・視界がふらつき、足を踏み出してしまった。

 

その隙を見逃すウッドワスさんではなく、彼の姿が消えたかと思うと、直後に眼前へと迫る鋭爪(えいそう)。それに気付いた時、もう全てが手遅れだった。

 

 

「あっ・・・」

「ガァルァッ!!」

 

 

避けられぬことを悟った俺へ、容赦なく衝撃波を纏った爪が左目の死角に振るわれ、いとも容易く眼帯を斬り裂いた。

 

 

「がはっ・・・!」

 

 

洞窟内に鮮血が舞い、仰向けに倒れ伏す。

 

限界だった。

最早、指先一つ動かすことが出来ない。

 

あー、これは死んだな、と。何処か他人事のように考えていると、倒れている俺を見下ろすようにしてウッドワスさんが視界の端に現れた。

 

 

「グルルルッ・・・!」

 

 

遺言を聞いてくることも無く、振り上げられる腕。

そのまま俺の首を断つか、それとも胸を貫くか。

どちらにせよ、彼にとっては容易いこと。

 

結局、俺に出来たことは精々が時間稼ぎ。

彼を止めることは出来なかった。

 

終わる時は随分アッサリと、ここまで呆気なく死んでしまうものなのかと、ちょっと驚き。

でも・・・うん、悔しいな。負けると分かってはいたけど、思ったより悔しいわ。

 

このまま行けば、ウッドワスさんは俺を殺して、モルガン様の下へと向かうだろう。そして俺の返り血を浴びた彼が、モルガン様と対面するのだ。

 

それは、なんと言うか・・・凄く、嫌だ。

自惚れになるだろうが、それはきっと何よりもあの方を悲しませてしまう。だから、何がなんでも阻止したい。

 

でも最早、今の俺に出来ることは何も無くて。こんな場所に助けが来る筈もなくて。

だから、命尽きるその瞬間を、寝転んで待っていることしか出来ない。

 

 

「・・・あぁ、ごめんなさい・・・モルガン様・・・」

 

「グルゥアッ!!!」

 

 

最後の力を振り絞って、なんとか口に出せた言葉。

届かぬ言葉に一体どれほどの意味があるのかは分からないが、それでも言えただけでも良かった。

 

なんかまかり間違ってウッドワスさんが最後の言葉を伝えたりしてくれないかな、なんて最後まで下らないことを考えて目を瞑る。

 

身体に襲って来るであろう衝撃に身構えることも出来ず、ただ自然体のまま彼の一撃を受け入れる。

せめて、一撃で楽にして欲しいと願って・・・目を瞑っても尚、瞳を照らす輝きが洞窟内を包んだ。

 

 

「ガァッ・・・!?」

 

 

そして聞こえる、ウッドワスの悲鳴。

吹き飛ばされたような音がして、恐る恐る目を開いていくと、そこには狂気に染まったもふもふではなく、俺の大好きな人の後ろ姿。

 

暗闇に輝く銀色の髪が優雅に靡いていた。

 

 

「全く、少し目を離しただけですぐにこれとは。もう少し、己の身を労わって欲しいものだ」

 

 

あぁ・・・あぁ・・・・・・助けに、来てくれた・・・。

 

まるで、あの時の英雄様のように・・・モルガン様が、俺を・・・。

 

 

「言いたいこと、聞きたいことは山のようにあるが・・・一先ずそれは後回しですね。取り敢えず、今は・・・」

「グルルルッ・・・!!」

 

「躾のなっていない駄犬に、罰を与えるとしますか」




妖精騎士ベディヴィエールの豆知識。
各種装備が破損すると自動でラスボス(分身)が召喚されます。
だから一撃で殺す必要があったんですね。まぁ、ガッツ(加護)持ちですが。


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末路

感想にて、アホから貰った本を読んでいる時にウッドワスがオーロラの所に訪れたため、時系列的にメリュジーヌとアホのやり取りはおかしいのでは、とのご指摘をいただきました。

えー、はい。この件に関してまして、矛盾している理由の詳細を長々と返信させて頂きましたが、白状します。
返信した内容は全て嘘です。時系列の矛盾は単に作者のミスであり、見栄を張りました、はい。

ミスを認めたくなくて馬鹿みたいなことをしたな、と反省しており、今後このようなことは・・・まぁ、極力無いように努めたいと思います。

けど、いくらなんでも頭オーロラは言い過ぎじゃないですかねぇ!?


時は少し遡り、円卓軍との開戦が間近に迫り、緊張感に包まれた罪都キャメロット。

各騎士や兵士の配備が完了し、あとは迎え撃つだけとなった城内では、女王モルガンや妖精騎士が居るというのに誰もが敗戦ムードになっていた。

 

と言うのも・・・。

 

 

「へ、陛下! 妖精騎士ランスロット様が謀反を起こしたとは本当ですか!?」

 

 

今朝届いた知らせ。

妖精國で最強とまで謳わられた妖精騎士ランスロットが参上を拒否したのだ。

 

いや、正確には連絡が取れなかった、であるが・・・。

どちらにせよ、かの騎士が来ないことに変わりは無い。この状況下で援軍に駆けつけない者など裏切ったも同然。

 

さらに、魔力が三流程度のバーヴァン・シーはともかく、こと防衛戦に於いては右に出る者が居ないあの妖精騎士ベディヴィエールまでもが、先日の事件の重要参考人として拘束され、亜鈴返りのウッドワスに至っては表向きは戦死とされている。

 

結局、女王軍側に残った主だった戦力は女王であるモルガンと、それからただ一人の妖精騎士ガウェインだけだった。

 

対して、円卓軍にはウッドワスを討ち取ったという人域の限界者に、モルガンと同等の魔力を持っているとまで言われる予言の子、そして奇怪な魔術を扱う異邦の魔術師と妖精騎士並の魔力を持つ盾の妖精と来て、駄目押しとばかりに王の氏族まで居る始末。

 

楽観的な者が多い妖精と言えど、流石にこの状況で勝ち目があると考えるものは誰も居なかった。

 

 

そして案の定、開戦と同時に円卓軍が怒涛の勢いで各地の騎士を鎮圧。続々と投降者が出る中で、それでも女王への忠誠あるいは恐怖で抵抗を続ける者もいたが、それも妖精騎士ガウェインが寝返ったとの情報が広がることで完全に戦場は円卓軍の物となった。

 

最早、残るのは城内にいる僅かな騎士と上級妖精、それから女王であるモルガンだけ。

逃げ出そうにも逃げ場などどこにも無く、ただ助かりたいがために玉座に集まった上級妖精達は、女王へと詰め寄り、各々が好き放題捲し立てていた。

 

 

「へ、陛下! どうかお考え直しを!」

「し、死にたくない! 私はこんな所で死にたくない!」

「貴女さえ投降してくれれば私たちは助かります!」

「そ、そうだ! アイツらの狙いはお前だ! 全部全部お前のせいだ! 責任を取れ!」

「私たちのためにさっさと身を差し出せ!」

 

 

敗戦濃厚。妖精騎士ガウェインまでもが敗れたどころか寝返ったとなれば、いくら女王とてどうしようも無い。

 

玉座に座り、いかなる厄災(一部を除く)が来ようとも常に余裕の表情だった女王の顔。それが僅かに焦ったものに変わっていたのも、それを助長させた。

 

あぁ、負ける。あの女王が負ける。

ずっと自分たちを苦しめていた憎き女が、無様に殺されるのだ。

 

表面上は死にたくないと慌てふためいても、誰も自分が本当に死ぬなんて思ってはいない。

泣きそうな顔の裏で、悪辣に笑う彼らにこの國を二千年守り抜いて来た女王を心配する者など、一人として居ない。

 

 

だが彼らは知らない。

誰もが当たり前のように謳歌するこの妖精國を、誰が作ったのかを。

二千年前、バラバラだった氏族をたった一人で屈服させ、力のみでまとめ上げた者が誰だったのかを。

 

彼らはこれから、知る事となる。

 

 

「・・・・・・」

 

 

見るも哀れな馬鹿共を一瞥し、小さな溜め息をひとつ。

 

こんなのに構っている時間すら惜しいが、かと言ってそれで円卓軍にキャメロットを堕とされるのでは本末転倒である。

 

 

「━━━━そうだな。貴様らの不安も、保身も正しい。バーゲストは離反し、ランスロットは登城拒否、ベディヴィエールは先の事件の容疑者として拘束。正門も破られ、奴らが城まで攻め込んでくるのも時間の問題・・・」

 

 

目を伏せ、一拍置く。

 

次に目を開いた時、そこに先までの焦燥は欠片とて存在せず、あるのはただ無慈悲な独裁者の姿のみ。

 

 

「妖精騎士による遊びはここまでだ。望み通り、方針を切り替えてやろう」

 

 

なんのことは無い。

孤立無援の戦など、今に始まった事では無いのだから。

 

この程度、これまでくぐって来た修羅場に比べれば児戯にも等しい。

 

 

「━━━━控えよ官司ども。壁に下がり平伏せよ。涙して礼賛せよ。女王陛下の出陣である。これより、女王陛下の戦場である」

 

 

傍らに控える書記官の合図も久方ぶりである。

 

 

 

「さて、本気を出すのは二千年ぶりか。手心を加えてやろうと思ったが状況が変わった。遊びは無しだ。後悔する間もなく、滅ぶがいい」

 

 

女王が持つ杖が光を放ち、勝利ムードだった戦場に━━━━━絶望が舞い降りた。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

各地で何人ものモルガンが舞い降り、一切の慈悲なく次々と制圧していく地獄のような戦場。

手も足も出ず、逃げる者から即座に殺され、立ち向かう者は見せしめとばかりに残虐に殺されていく。

 

許しはなく、救いもなく。これまでの鬱憤を晴らすが如く迅速に、けれど念入りに死体が出来上がっていく地上とは打って変わって、地下では静かな睨み合いが続いていた。

 

 

「お前にこの道を教えたのはモース戦役の時か。昔のことをよく覚えていたものだ。・・・だが、それはそれだ。ウッドワスよ、此度(こたび)の件について何か弁解はあるか」

 

 

顔に痛々しい傷を負い、血塗れで仰向けに倒れる妖精騎士ベディヴィエールを庇うようにして立つモルガンの分身と、それに対峙するウッドワス。

 

分身が召喚されたと同時に瞬時に止血はされたものの、真っ赤な血が滴るウッドワスの腕が、その傷の深さを物語っていた。

 

 

「弁解、弁解だと・・・? 陛下、それはこちらのセリフです・・・。貴女の方こそ、この私に何か言うべきことがある筈だ・・・!」

「・・・どういう意味だ」

「惚けるな・・・! 知っていた筈だ! そこの裏切り者が、予言の子に(くみ)していたことを! 貴女は知っていた、知っていた上でそれを野放しにしていた!」

「・・・・・・」

「何故だモルガン! そんなにもこの俺が疎ましかったか!? そんなにもこの俺が恐ろしかったか!? 己の手を汚さず、他者を騙し蹴落として、それで満足か!? それが貴様のやり方か!!? 答えろモルガン!!」

 

「・・・聞くに耐えんな」

 

 

魔力の波が、ウッドワスに襲い掛かる。

平時であればなんてことの無い攻撃を、しかし瀕死の彼には避ける力すら残っていない。

 

波に飲まれ、吹き飛ばされる。

這い蹲るウッドワスは、けれども憎しみが籠った瞳で女王を睨み付けるが・・・モルガンはそれを、冷めた眼差しで見下していた。

 

 

「任された仕事も満足に出来ず、生きていたかと思えば、己の失態を他者に(なす)り付けるか。見苦しい事この上無いな」

「モルガンッ・・・!!」

「この子は、お前たち役立たずの尻拭いをしただけだ。例え裏切っていようといなかろうと、それは事実だ。だと言うのになんだ、この様は」

「グルルッ・・・!」

「やるべき事を成さず、他所の女に(うつつ)を抜かし、あまつさえ我が騎士に牙を向けるなど、果たして裏切り者はどちらの方だ」

「グルァッ!!」

「少し頭を冷やせ」

 

 

飛び掛かるウッドワスが、上から魔力の塊に押し潰される。

起き上がることも、藻掻くことすらも許されず、地面に縫い付けられた哀れな駄犬は、それでも己を信じ、救いを求めてくれた美しき人へ報いるために、牙を剥き出しにする。

 

 

「許すものかッ・・・! 殺してやる、殺してやる! 我ら二千年の忠誠を、俺の千年の忠誠を! よくも、よくも笑いものにしてくれたな・・・! 貴様を信じた俺が愚かだった! そこの糞ガキを友と認めた俺が愚かだった! 」

「ウッドワス・・・」

 

 

吠える。嘆く。

けれど、立ち上がることは出来ず、地面に這い蹲る。

 

 

「魔女め! 貴様はブリテンの王に相応しくない! 亜鈴である俺が頂点に立つべきだった!! 許さぬ! この屈辱、この侮辱! 貴様だけは、貴様らだけはァァァアアァァ!!」

 

「━━━━━━━え」

 

 

妖精騎士ベディヴィエールのか細い声が僅かに漏れる。

 

また、大事な誰かが目の前から消え去った。

 

呪いとして、怒りと憎しみに満ちた表情のまま、この世から居なくなった。

最早、目の前にいるのはウッドワスに非ず。妖精を脅かすだけの外敵に他ならない。

 

そんな、妖精國を千年も守り続けてくれた、かの排熱大公の末路を前にして、モルガンは・・・僅かに悲しそうな目をしていた。

 

 

「・・・苦労して手に入れた礼節も、変わらぬ美しき毛並みも、自ら捨て去るか。この愚か者め」

 

 

杖が弾け、幾本もの刃がモルガンの周囲に現れる。

 

それらが一切の躊躇なくモルガンへと襲い掛かるが、血の一滴足りとも出ることはなく青い光に飲み込まれると、こちらを見詰めるモースの体内から無数の刃が飛び出した。

 

 

「━━━━━━━━」

 

 

悲鳴を上げることも無く、何かを残すことも無く、串刺しになったモースは跡形もなく消えてなくなった。

残るものは何もない。モースが消え、モースを貫いていた刃が消えたそこに、残るものなど何も無かった。

 

 

「・・・・・・」

「・・・・・・」

 

 

静かな、静かな時間が場を支配した。

何をするでもなく、ただモースが居た場所を暫く見詰めたモルガンは振り返り、妖精騎士ベディヴィエールへと歩み寄る。

 

 

「ぁ・・・お怪我は、ありませんか・・・モルガン様・・・」

「戯け、人の心配をしている場合か。いいから、楽にしていろ」

 

 

無理に立ち上がろうとして、ふらついてモルガンへと倒れ込む。

それを胸で抱き留めて寝かせようとしたモルガンだったが、震える小さな手が彼女の服を掴んだ。

 

 

「ごめ、ごめん、なさい・・・俺、ウッドワス、さんを・・・止め、られ・・・なかった。・・・陛下に、辛いこと・・・させちゃった・・・!」

「・・・いい、いいのです。貴女が無事なら、私はそれだけで満足ですから。だから━━━━━━━」

 

 

突然、自身を支えるものがなくなって、バランスを崩す。

なんとか踏み留まれたものの、辺りを見渡してもモルガンの姿は何処にもない。

 

 

 

「モルガン・・・様・・・? ・・・ッ!? ゴホッ!」

 

 

何が起こったのか理解出来ぬまま、咄嗟に口を抑えた手にはどす黒い血の塊。

 

 

「・・・え、なに・・・これ・・・・・・ごふっ」

 

 

次の瞬間には顔中の穴から血を噴き出すと、そのまま妖精騎士ベディヴィエールは崩れるように倒れ伏した。

 

 




作者は嘘付きです。
見栄っ張りなだけなのです。

でもそれでいいじゃない。人間だもの。



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真実

描けた。


美しき姿を(かたど)った悪魔に誑かされ、見るも無惨な末路を迎えた気高き勇者。

 

それはモルガンにとって無視出来ないほど悲しい事実であったが、かと言って今は感傷に浸っている場合では無い。

 

戦場を支配する己(おの)が分身、それらと対峙する者たちはまだ生きている。

手を抜いた訳では無いし、生かす道理もないが、それでも彼らは生きていた。

 

だが、それもここまで。

想定より時間が掛かったのは事実だが、最早どこの陣営も動くことすら出来ない。

あとはトドメを刺すだけ。それが終われば、今度は別の仕事が残っている。

 

このブリテンを我が物とする為の大仕事。

我がブリテンを永久とするための大仕事。

 

そして、あの子を救うための・・・。

 

 

「・・・・・・ごふっ?」

 

 

胸を、何かが貫いた。

目を向けると、そこには自身の身体から生える一本の剣。

 

・・・否、突き立てられた忠臣の(ハルバード)だった。

 

 

「・・・メルディック、なんのつもりだ」

 

 

書記官メルディック。

常にモルガンの傍に仕え、その仕事を陰ながらに支えてきた騎士の奇行に胸を深々と刺されたモルガンは冷静に問い返す。

 

だが、兜越しにも分かるほどの怒気を持って、メルディックはモルガンを睨み返す。

 

 

「なんのつもりだと? 知れたことを。貴様のような魔女は王に相応しくない。貴様のような王を誰も認めはしない」

 

 

それは明らかな拒絶。

 

だが元より、他者を信じることを止めたモルガンにとって、別段思うことはない。それが例え、ウッドワスや妖精騎士の次に長い時を過ごした騎士であろうとも。

 

裏切ったのであれば殺す、ただそれだけだ。

 

 

「だから、だから私が・・・私、が・・・・・・ぁ、ぁれ? 私は、何を・・・」

 

 

これ以上の問答は不要だと、一息に殺してやろうとしたが・・・メルディックの様子がおかしい事に気付く。

 

先程までの怒りは何処へやら。

まるで突然見知らぬ土地に飛ばされたかのように呆然とすると、次第に自身が行った愚行を理解したのか、震えながら一歩、また一歩と後退る。

 

 

「ぁ、あぁ・・・! あぁ・・・! 申し訳、ありま・・・せん、陛下・・・」

 

 

その言葉を最後に、メルディックはモースと化し、そして跡形もなく消え去った。

 

 

「・・・・・・」

 

 

何が起こったのか、モルガンの思考に空白が生まれる。

 

胸を貫かれていると言うのに傍から見ればいつも通りに、けれどその内は疑問で溢れ返っていた。

 

情報を整理しつつ、胸のハルバードを引き抜く。

 

ウッドワスはまだ分かる。騙され、嵌められた上の見当違いな怒りではあったが、それでもなぜ騙されたのか、どうして狂ってしまったのか、まだ理解は出来た。

 

だが今のメルディックの有り様はどうだ。

 

積年の恨みとでも言わんばかりの怒りを抱き、かと思えば次の瞬間にはそれが嘘のように消えた。

 

自身の愚かさを悔いて、怖気付いたにしては、あまりに異様。

まるで何者かに操られていたかのような・・・。

 

 

「・・・何事だ」

 

 

思考を打ち切り、慌ただしく入って来た無礼者に視線を向ける。

玉座の間に続々と侵入し、室内全体に展開された統率の取れた一団。

 

上級妖精を囲い、そして背後の大穴以外完全に包囲されてしまった玉座にて、一人の男がモルガンの前に歩み出る。

 

 

「・・・なるほど、ウッドワスを手引きしたのは貴様か。長生きに飽いたか、スプリガン」

 

 

土の氏族の長たる男スプリガン。

鉄の武器で武装した兵士を伴った彼は、厭らしい笑みを浮かべて、モルガンの視線を正面から受ける。

 

 

「えぇ、まぁ。寿命については相も変わらず悩みの種ではありますが、結局、彼は使えませんでした。何処で野垂れ死んだかは知りませんが・・・今となってはどうでも良いこと。彼の代役は先の騎士が担ってくれましたから。こう言ってはなんですが、陛下は意外と人望が無いのですね」

「・・・・・・」

 

 

あんな奴らの人望など欲しくないから当然であるが、それを部外者に指摘されるのは僅か腹が立つというもの。

 

随分と盛大な自殺を企てたものだと、自身の勝利を疑わぬモルガンは目を細める。

 

 

「しかし、貴女の妖精國は素晴らしかった。ひとりの為政者が二千年ものあいだ君臨した例は他にありますまい。・・・ですが、ちと退屈でしたな。異文化交流を禁じられては芸術の芽も出ない。貴女が知っているあの作品の作者をお教えいただけると言うのであれば、少しは違ったかもしれませんが、生憎と貴女にその気はまるでない」

「・・・やはりとは思ったが、まだ隠し持っていたか」

「えぇ、えぇ、勿論ですとも。あのような素晴らしい作品の数々、誰の目にも触れず消え去るのはあまりに惜しい。であればせめて、芸術のなんたるかをそこらの妖精に比べれば少しくらいは理解しているこの私が大事に保存し、(きた)()る御方との出会いの日まで傷一つ付けることなく保管しておこうと思うのは、全く自然なことです」

「・・・・・・」

「ですので陛下、貴女様は端的に言えば邪魔です。ここは貴女の庭では無い。少女らしい夢からは覚め、ブリテンの輝かしい未来のために大人しくご退場願いたい」

 

 

そう締めくくると、スプリガンの兵士が前に出る。

どれも取るに足らぬ、鉄で武装しただけの人間どもだ。

 

問答は終わり。あとは殺すだけ。

上級妖精共も巻き添えになるだろうが、元より彼らの生死などどうでもよい。

 

ただ冷徹に、モルガンは己が杖を掲げる。

 

 

「・・・・・・舐められたものだ。例え首だけになろうと、雑兵に負ける私では━━━━━━」

 

 

杖に集まる光が、霧散する。

 

スプリガンの手によって、兵士達の間から広間へ投げ出されたソレを見て、モルガンは目を見開いた。

 

 

「━━━━━━バーヴァン・・・シー・・・」

 

 

それは、ただの人間が女王へ致命傷を与えるには、あまりに十分な隙だった。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

目が覚めると、そこは薄暗い洞窟の中。

ボヤける視界が徐々に鮮明になっていくと、目の前には真っ白な蛾が居た。

 

 

「お前は・・・確か、オベロンの・・・」

 

 

なんでこの子がここに居るのだろうか。

 

近くに彼の姿は見えないが・・・もしかして、来ているのかな。

 

オベロン、英雄様のお話をする時以外は、ウェールズの森に帰って来てもよく隠れてたくらいにはお茶目な王様だ。人がぶっ倒れてたってのに、物陰でコソコソと覗き見してても不思議では無い。

 

結局、一度も見つける事は出来なかったけど、この子が居るってことはつまりそういう事なんだろう。

 

森が焼かれてたから心配したけど・・・そっか、生きてたのか。

 

 

「・・・あ、そうだ。モルガン様!」

 

 

・・・っとと、今はそれより急いで確認しなきゃいけないことがあった。

何があったのかは分からないが、あのモルガン様が突然消えるなんて、ただごとじゃない。

 

戦力的に予言の子一行に負けるなんてことは考えられないが・・・うーん、ここで頭を悩ませても仕方ない。とにかく今は急がないと。

 

だからごめんね、蛾。英雄様のお話はまた今度ね。

 

 

「・・・今行きます、モルガン様」

 

 

そう言えば、心()しか体の痛みが少し引いたような・・・・・・オベロンが何かしてくれたのかな。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

静寂に包まれる玉座の間で、玉座から引きずり降ろされ、床に倒れるモルガンは呆然と天井を見上げていた。

 

先のメルディックの傷が癒えていない状況での、スプリガンの兵士による致命傷。

今すぐにでも玉座に戻り、回復しなければならないというのに、モルガンの中では疑問が渦巻いていた。

 

 

(おかしい・・・何かがおかしい・・・)

 

 

瀕死で、周りは敵ばかりで。まるで自分がこれから死んでしまうかのような状況を、モルガンは理解出来なかった。

 

全ては小狡いスプリガンの手のひらの上だった、というのはどうにも違う気がした。

あの死に損ないのクソ虫が裏で糸を引いているにしては、悪意が毛程も感じられなかった。

 

何かが、己に牙を向いた。

もっと、致命的な何かが・・・自身を裏切った。

 

 

 

━━━━━━━キャメロットで戦う皆様、どうかお聞き下さい。

 

 

その時、あの妖精の声がした。

 

風の知らせ、風の氏族のみが扱えるその技術から聞こえて来た無垢だからこそ邪悪極まる声に、それでもモルガンは首を横に振ろうとして・・・気付く。

 

 

(あぁ、そうか・・・お前達、だったのか・・・)

 

 

すとん、と腑に落ちた。

道理で死にかけている筈だ。道理で悪意を感じぬ筈だ。

 

何のことは無い。

誰が糸を引いていた訳でも、誰かが策謀を企てた訳でも無い。

 

守ろうと背を向けたモノに、背後から剣を突き立てられた。

ただ、それだけのことだった。

 

 

「━━━━━━━━━━━ッ!」

 

 

身体を剣が貫く。

風の氏族の長たるオーロラにより、女王モルガンの真実を知った臣下達が、怒りに身を任せて彼女へ殺到する。

 

何本も、何本も、何本も・・・。

 

寄って集って、無邪気な悪魔達が嗤い、己を見下していた。

 

あぁ、またこれか・・・、と何度も繰り返した結末に諦観の念を抱く。

 

 

「・・・・・・」

 

 

どうでも良かった。

耳障りな声も、身体を引き裂く痛みも。

 

だって、どうしようも無いから。ここまでやってダメだったなら、それは・・・。

 

だから、もう・・・どうでも━━━━━━━━。

 

 

「━━━━━━━━ふざ・・・ける、な・・・」

 

 

身体は見るも無惨に滅茶苦茶に引き裂かれ、声も空気が抜けた音のようなものしか出ない。

 

それでも、諦める訳にはいかなかった。

ここで終わる訳にはいかなかった。

 

例えそれが、叶わぬ未来だと知っても。

最早、それを望んだものにすら、裏切られていたとしても。

 

それでも、あの子が居るから・・・こんな所で立ち止まることなど出来なかった。

 

 

「うわっ、まだ動くぞ!」

「なんてしぶといんだ!」

「うげぇ、気持ち悪ー!」

 

 

まだ辛うじて動く腕で這って、玉座を目指す。

進む度、床に擦れた身体が徐々に離れていく。

 

どうでもいい。腕が動くなら、首があるなら、どうでもいい。

 

 

(あと、少しだ・・・・・・あと、少しだったんだ・・・)

 

 

遠い、遠い。

手を伸ばせば届きそうな玉座が、あまりに遠い。

 

 

(嫌だ・・・嫌、だ・・・・・・死にたく、ない・・・。だって、約束・・・したから・・・助けるって・・・絶対に、救うって・・・)

 

 

それでも僅かに、少しずつ這いずり、手を伸ばす。

 

お前たちに認められずとも良い。

お前たちが拒絶しようと関係ない。

 

あと少しで果たされる筈だった願いをその手に掴むために、玉座へ伸ばした手を━━━━━━━剣が、貫いた。

 

 

「ッ!?」

 

 

そこで、終わった。

 

貫かれた腕に、何度も剣を突き立てられ、肉を断たれ、千切れ、肉塊と化す。

残った上半身も、片腕もまとめてミンチにされていく。

 

己の肉を切り裂く音が、骨を砕く音が、それらをぐちゃぐちゃに掻き混ぜる音が、ヤケに鮮明に聞こえた。

 

あぁ、ここで死ぬのか、と消え行く意識の中で、最後に思うのは・・・やはりと言うべきか、一人しか居なくて・・・。

 

 

「助けて・・・■■・・・」

 

 

その言葉を最後に、モルガンの頭部へと剣が振り下ろされた。

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

罪都キャメロット、勝ったかと思えば戦況をひっくり返され、終わりかと思えば、絶望が擬人化したような魔女は忽然と姿を消し、混乱しつつも生き残った事実に喜ぶ者たち。

 

それは今にも全滅寸前だった予言の子一行たちも例外ではなく、不可避の筈だった死を回避した安堵から呆然としていると・・・何処からか、声が聞こえて来た。

 

 

━━━━━━キャメロットで戦う皆様、どうかお聞きください。

 

 

美しき声だった。

悲しみに満ちた声だった。

 

悲壮に暮れた声から紡がれるは、女王モルガン・・・否、救世主トネリコの真実。

 

過去の英雄たる彼女の目的。

厄災を引き起こしていた張本人。

二千年前の大厄災、そして全滅した筈の今の妖精たちの真実。

 

あまりに衝撃で、悪辣で、非道な所業の数々。

 

全ての妖精が女王モルガンに対して怒りを向けるには十分過ぎた。

二千年もの間、自分たちを守り続けてきた王への尊敬が、憎しみに変わってしまうには十分過ぎた。

 

 

ただ一人を除いて。

 

 

「なっ・・・!? こ、今度は何!?」

 

 

突然、予言の子一行が居る場所から地響きが聞こえて来た。

まるで何かをぶち壊すかのような音の正体は、直後に地面を破壊し、飛び出して来た白い影によって判明した。

 

 

「エーちゃん!?」

 

 

目を剥く立香に、エーちゃんこと妖精騎士ベディヴィエールは、一瞥することも無く空を駆け上がる。

 

駆け上がり、城の大穴の方へと回り込んでいく彼女の顔には、見たことも無いほどの焦りがあった。

 

 

(嘘だ、嘘だ、嘘だ嘘だ嘘だ! だって、だって、それが本当なら、俺は、俺はッ・・・!)

 

 

女王がいつものように座っているであろう玉座を目指す。

 

いつものように、城を回って、最短ルートで空を駆ける。

 

きっと、そこに居るはずだから。

いつものように、人払いをして。

いつものように、仏頂面で待機してて。

いつものように、俺が来ると嬉しそうに目尻を下げて。

そして、いつものようにお膝に乗ってお話をするんだ。

 

大丈夫、だってモルガン様だから。

負ける筈が無いんだ。そんな筈がないんだ。

 

 

(だからやめろ、変なことは考えるな。今は少しでも早く、モルガン様の下へ・・・)

 

 

城を回り込んだ時、何かが大穴へと落ちていった。

 

まるで、使い古されたボロ雑巾のようだった。

なんだか、見覚えのある姿だった。

どうにも、見逃してはいけないと心の奥で何かが叫んでいた。

 

でも、今の彼女にそんな余裕は無くて・・・。

 

目的地に着いて、空から見下ろす玉座の間に広がる血の海と、そこに沈む自身がよく知る(よそお)いの残骸、そして嗤う羽虫共を目にして・・・妖精騎士は叫んだ。

 

 

「━━━━━━貴様らぁぁ゛ぁあ゛ぁぁッ゛!!!」

 

 

殺した。

 

殺した。

 

殺した。

 

殺した。

 

 

殺して、殺して・・・・・・殺し尽くした。

 

初めて妖精を手に掛けた。

初めて妖精をこの手で殺した。

 

全てが終わった時、抱く感情(もの)は何も無くて。

薄汚い血に塗れた身体で、ヨロヨロと玉座の前にある肉塊へと歩を進める。

 

足だった場所も、頭だった場所も、最早分からなくて。

血の海の中心で、膝を突く。

 

 

「・・・・・・」

 

 

呆然とただ下を見詰める。

 

何を考えている訳でも無い。

何も考える事が出来ないだけ。

 

あまりに多くのことが起き過ぎて、処理がまるで追い付いていない。

 

だがそれでも、ボロボロになった衣服の中で一つだけ、やけに綺麗な一枚の布を見つけた。

 

 

「・・・・・・ぁ・・・」

 

 

ゆっくりと手に取り、見詰める。

 

紅い血が滴る、真っ黒な帯状の紐。

 

女王が常に身に付けていたリボンの紐。

 

 

「・・・これ・・・って・・・・・・」

 

 

それは、紛れもなく、あの時、あの場所で、自身が英雄様と慕うあの人にプレゼントした物だった。

 

その長くて綺麗な髪に惹かれ、無意識に作ったプレゼント。

助けてくれたお礼に上げた、なんてことの無い贈り物。

 

それを、彼女は・・・何千年も・・・・・・。

 

 

「ぁ、あぁ・・・そん、なぁ・・・」

 

 

 

今更になって、気付いた。

 

言われて初めて、気が付いた。

 

でも全てが、遅過ぎた。

 

それを知るには・・・何もかもが、遅過ぎた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

喉が痛かった。

 

 

 

 

 

誰かの叫び声がした。

 

 

 

 

 

あまりに喉が痛むので気付いた。

 

 

 

 

 

 

 

叫んでいたのは━━━━━━━

 

 

 

 

「ぁあ゛ッ ァア ゛ ぁ゛ッあ゛ぁぁ゛ アアッ゛ ぁ゛っ ゛あぁぁ゛ッあ゛ぁ !!!!」

 

 

 

━━━━━━俺だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

終わりはいつだって突然。

 

でも、そこへ至る結末は確かに記されていた。

 

それに気付かないから、彼らは女王を討ち倒した。

 

民を苦しめる悪しき王だと、切り捨てた。

 

 

 

その結果がこれだ。

 

彼らが望んだ結末がこの有り様だ。

 

本来なら起こることの無かった悲劇。

 

突如出現したブリテン島全土を覆うモースの大群。

 

 

過去に類を見ない大厄災が・・・今、始まった。

 



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真名

ちょっと紛らわしかったかも。

前話での大厄災は、ケルヌンノスとは無関係です。



何も無い平原。

滅び終わったブリテンの大地で、私は再び目覚めた。

 

 

「サーヴァント、ルーラー。妖精妃モルガン、召喚に応じ参上した」

 

 

最初に目にしたのは、目の前に居た魔女の(すえ)である我がマスター。次いで自身が愛した、変わり果てた故郷の姿。

 

魔術師としては良くて二流が妥当な破綻者と軽く言葉を交わしつつ、事態を把握し、バレないように軽く暗示を掛ける。

 

 

「そんでこっちが・・・ふわぁぁ・・・。あー、すまん。欠伸が出ちまった」

「私を召喚したのだ。あまり無理はするな」

「あ? あー・・・いや、それにしては・・・」

「安心しろ、あとは私がやる。お前は何も気にせず、その辺に寝ていろ」

「ん、あー・・・あぁ・・・そう、する・・・」

 

 

少し抗いかけた事には驚いたが・・・まぁ、問題は無いか。

 

念の為、そこらの下級妖精たちに殺されないように結界を張り、本命である島巡りを始める。

 

 

「・・・ふむ、なるほどな」

 

 

島巡りと言っても、態々足でトコトコ歩いて回る訳では無い。遠見の魔術で見渡し、自身の考察が合っていたことを手早く答え合わせする。

 

そして、数刻とせずに事態は把握した。唯一、あの大穴の中だけが深過ぎて最奥まで見れなかったが・・・アレの正体が何であるかはこの際問題ではない。

 

ただ確かなことは・・・生前、決して得ることの出来なかったブリテンを、今度こそ我がモノに出来るかもしれないということ。

そこに立つのが"私"ではなく、別の"私"になるということは僅か惜しい所ではあるが・・・。

 

 

「・・・・・・ん?」

 

 

遠見の魔術をやめ、思考を整理した所で初めてソレに気が付いた。

平原と言うには、あまりに歪なその場所には・・・何故か、こんもりと盛り上がった毛皮があった。

 

 

「・・・・・・おい」

「ッ!!?」

 

 

声を掛け、距離を取られた。

ここまで(あからさま)なのは久しぶりだったので、ちょっとだけ・・・いや、なんでもない。

 

 

「・・・安心しろ、何もしない。少し、話がしたいだけだ」

「・・・ほ、ホント・・・?」

「あぁ、本当だとも」

 

 

恐る恐ると言った風に近付いて来て、私の足にぶつかって止まる。

「あぅ・・・」と呻く毛皮に、それでは前が見えないだろうと捲ってやれば、私に似た銀髪と幼気な顔が顕になり、そして・・・何もない瞳に息を呑んだ。

 

 

「・・・その目は、どうした」

「目・・・? ぁ、あ・・・ご、ごめん、なさい・・・さっき、あげちゃって・・・。あ、あの、が、頑張って治すので、ま、待っててくださいますか・・・?」

「何を言って・・・ 」

 

 

なんだ、何を言っている。

あげた・・・? あげただと?

 

顔に血の跡がある。まだ新しい。

もしや私を召喚する前にマスターがこの子に何かしたのか?

 

アレの性根はひと目で分かるほどに腐っている。

そんなアイツが執着している物が眼であったのならば・・・・・・いや待て。待て、待つんだ。

 

まさか、そんな・・・。

この子は・・・・・・あぁ、そうか。

そういう事も、あるのか・・・。

 

 

「ほら、これで見えるだろう」

「ん・・・・・・わっ、わわ、ホントです! 見えます! す、すごいすごい!」

 

 

そうか・・・そう、なのか。

道理で・・道理で、歪な筈だ。

道理で、気配がしなかった筈だ。

 

人畜無害にしか見えぬ、この妖精は・・・・・・。

 

 

「お前は・・・」

「? ・・・あ、あの・・・どうか、しましたか? ぁ、目を治してもらったお礼に、な、何か・・・」

 

 

島に望まれて生まれた存在。

この島を守るためだけにある、"異聞帯ブリテン島"の妖精。

 

 

「ずっと・・・ずっと、護ってくれていたのだな・・・。この島を、この世界を・・・」

 

 

生前では決して得られなかった己の理解者。そんな彼女の頭へと自然と手が伸びる。

 

何百年も、何千年もただ一人でこの島を護り続けてくれたことに、枯れた筈の涙が込み上げて来る。

 

 

「・・・いいえ、違います」

 

 

だが突然、理性的・・・というにはあまりに無機質で、けれども悲しみに満ちた声に驚いて顔を上げる。

 

治したばかりの瞳が、ただ暗く、こちらを見詰めていた。

 

 

「護れませんでした。何も、護れませんでした。全て零れ落ちて、残ったものは何も・・・」

 

 

その言葉に、感情の起伏がまるで無い。

 

ただ事実だけを述べて、私の言葉を否定する彼女は・・・しかし、無表情のまま、両の目から溢れ出る紅い涙が、彼女の心を雄弁に物語っていた。

 

だが、そう思ったのも束の間。突然、目をぱちくりさせると、不思議そうに首を傾げた。

 

 

「あ、あれ? 何を、護れなかったん、だっけ。・・・ご、ごめん、なさい・・・・・・。昔のことは、あまり、覚えてなくて・・・」

「・・・そうか」

 

 

意図的に忘れた訳でも、記憶が摩耗した訳でもない。

必要の無いものだから、或いはあったら都合が悪いからと、取り除かれたのだろう。

 

彼女の役割は、この島の守護。

島に眠るナニカ、いずれ訪れる脅威を恐れ、島が生み出した防衛装置。

多くの妖精の死骸が積み重なり出来上がった、歪な島の"生きたい" という想いが具現化した存在。

 

だが、だと言うのに・・・島が彼女に与える力は必要最低限。

危機的状況下でのみ、その危険度によって力が段階的に解放されるという、汎人類史の似なくていい所はしっかりと受け継いでしまった融通の利かない守護者。

 

しかも怒りや憎しみといった、邪精化の原因となる悪意を抱けないようにプログラムまでされている。それはきっと、彼女が邪精化したのならば、彼女と強く繋がった状態のこの島もただでは済まないから。

 

どれほどその身を痛め付けられようが、自分の大切な物を踏み躙られようが、それらは全て仕方の無い事だと受け入れてしまう。

痛みは感じる。悲しみも、恐怖も抱く。

けれど、やり返すことは決してない。

 

何故なら、この島が生き続けるには、どうしたって妖精が不可欠だからだ。ブリテン異聞帯の妖精は、死ねばその肉体は永遠に残り続け、大地を広げる糧となる。

その代わり、魂に限りがあるという制約があるのだが・・・・・・この守護者にはそれが無い。

 

死した肉体は再利用され、新たな守護者として活動を始める。

この子には何度でも次がある上に、恐らく死んでもその痕跡が残らないのだ。

 

だから、例え殺されそうになったとしても、反撃する、という選択肢を持ち得ない。

もし万が一、短期間に妖精を過剰に殺してしまえば、新たな種の妖精が生まれることはなく、既存の妖精が全滅しかねないからだ。

 

 

「・・・・・・」

 

 

あぁ、あぁ・・・。

 

我がブリテンでありながら・・・惨いことをする、と思わずにはいられなかった。

だって、彼女が護るのはあくまでもブリテン島そのもの。妖精個人を護る訳でも、ましてや救う訳でも無い。

 

そのあり方は、まるで・・・あの忌々しい妹を見ているようだったから。

 

 

「お前は・・・それでいいのか。そうまでして、生き続けたいのか」

「・・・?」

「誰にも受け入れられず、誰にも理解されない。救った所で、待つのは自分勝手な罵声ばかり。褒めてくれる者など誰一人として居ない。誰もお前を見てくれない。ずっと一人ぼっちの、孤独な道を歩み続けるのだぞ・・・」

 

 

撫でていた手に力が入らず、手を降ろし、(うずくま)る。

 

生前、自分が生み出した風景。

人生の全てを費やし、望んだ光景。

 

誰も居ない。誰もが死に絶えた。

物言わぬ死者が積もるあの丘で、少女がただ失意に嘆く、終焉の景色。

 

私が欲したモノを全て手に入れたから、私の手で全てを台無しにしてやった。

 

そんな・・・あまりに、あまりに寂しく、虚しい死を迎えたあの憎き妹が一人で歩き続けた道を。

 

この子も歩んで来たのかと思うと・・・心が挫けそうになる。

 

 

「だ、大丈夫・・・ですか?」

 

 

その時、ふわりと頭に手が置かれた。

ぎこちなく、けれども陽だまりのように暖かい手だった。

 

見上げると、紅と蒼の瞳に心配そうに見詰められていた。

 

 

「・・・え?」

 

 

なんだ・・・何を、しているのだ・・・。

 

分からなかった、彼女の行動が。

理解出来なかった、彼女の気待ちが。

 

だって、だって・・・誰かに心配されたことなんて、誰かに慰めてもらったことなんて・・・。

そんなこと、一度足りとも無かったのだから。

 

 

「え、えっと・・・よ、よく分からないんですけど・・・あの・・・お、俺は、だ、大丈夫、です! それで、皆が笑って、楽しく過ごせるのなら、俺は喜んで頑張ります・・・! 」

「・・・・・・頑・・・張、る・・・?」

「だって、それはきっと、良い事なんでしょうから。・・・ぁ、で、でも・・・今はみんな、居なくなって、俺だけ・・・一人、なんですけど・・・え、えへへ・・・」

「ッ・・・!」

「わっ、わっ・・・!?」

 

 

無邪気にそう笑う彼女を、思わず抱き締めた。

 

彼女の心に、嘘も偽りもない。

あるのはただ、何処までも純粋な善意だけ。

 

それがあまりにも綺麗だったから。

健気で、優しい少女に心を打たれたから―――

 

 

―――そんな美しい感情(もの)など、私の中にある筈が無い。

 

 

彼女の言葉、当たり前のように語られた"みんな"の中に、この子が居ないことを悟ってしまったから。

自分が救われる存在では無いと、救われてはダメなのだと、さも当然の如くそう言う姿が、痛ましくて見ていられなかった。

 

だから、決めた。

私は、決めたのだ。

 

「・・・ありがとう。そして、さよならだ」

「・・・?」

「・・・必ず、必ず・・・ブリテン島(お前)を救ってみせる。私の為ではない。この島を、ずっと守って来たただ一人の英雄のために・・・もう一度・・・」

 

 

やり直す。全てをやり直す。

大丈夫、策はある。

 

カルデアが編み出したレイシフト、"特異点"が正常な時空間ではないからこそ可能となる、よく出来た魔術理論だ。

 

実現も、完璧ではないが再現なら出来る。

懸念事項があるとすれば、今のブリテンを鮮明に覚えているこの子がいる事だが・・・恐らく、そこは問題無い。

 

なんせ、この子は島の"生きたい"という意志そのもの。

私がやろうとしていることを察すれば、自ずと記憶を消されるだろう。

マスターたるベリル・ガットについても意識がない状態であれば問題は無い。いくらかこの島のことを知っているとは言え、所詮は軽く見ただけに過ぎないからだ。成功率は下がるだろうが誤差の範囲だ。

 

とは言え、ここはあくまでも異聞帯。

特異点では無い以上、サーヴァントである"汎人類史の私"は消滅してしまうだろうが・・・記憶だけなら、この世界に居たであろう"異聞帯の私"に送ることが出来る。

それは同時に、この世界のこの子も死んでしまう訳なのだが・・・痛みも恐怖も無いだろうから、そこは許して欲しい。

 

出来ることなら、この子の記憶も送ってやりたい所だが、生憎と送れるのは私一人分だけ。そこに別の誰かを増やすとなれば、今度は私の方が失敗しかねない。

まぁ、記憶のバックアップは島が行っている筈だ。その時が来れば、きっと全てを思い出すだろう。

 

だがそれは、この島の危機を意味することでもあるので、願わくばそのような日が来ない事を祈りたいが・・・。

 

「大丈夫、全ては一瞬だ。お前が恐れることは何も無い。少しだけ目を閉じていなさい。そうすれば、何もかもが全て元通りだ」

「・・・?」

「私は居なくなるが・・・なに、気にするな。そちらの私がきっと上手くやってくれる」

「あ、あの・・・?」

「だから・・・そう、だな・・・」

 

 

冥土の土産、という訳でもないが。

どうせなら、知っておきたい。

 

私の大切な物を守り続けてくれた、小さき英雄の名前を。

 

 

「・・・最後に、真名()を教えてくれないだろうか」

「え、ぁ・・・し、シロ、です。何も無い、目的も無い、ただのシロです・・・!」

 

 

シロ・・・シロ・・・。

そうか、シロというのだな。

 

「・・・・・・良い名だな」

「え、ぁ・・・えへへ、そ、そう、ですかね? 初めて褒められちゃいました・・・」

 

 

照れ臭そうに笑う彼女に頬が緩み、頭を一撫でして距離を取る。

魔術の対象はあくまでも私だけだから、この子を巻き込む訳にはいかない。

 

 

「魔術理論構築、対象をサーヴァントに変更し、術式を再構築。システムに72の不具合を確認・・・修正完了。魔力装填、術式起動まであと二十秒」

 

 

光が拡散。直後に私へ収束し、幾重もの魔法陣が展開される。

この魔術を起動しようとした時点で、成功しようと失敗しようと私はもう助からない。

 

徐々に崩れて行く霊基を気にせず、魔力の流れをミリ秒単位で調節し、常に暴発寸前の魔力を術式に注ぎ込む。

視界の端で、早送りのように干からびていくマスターが見えたような気がしたが無視する。

 

起動まであと十秒。

 

ここまで来れば、あとはもう成るようになるだけ。

 

 

そんな時、僅かに緩んだ意識の隙間で・・・ふと、あの子はどんな顔をしているのだろうかと、気になった。

 

 

「━━━━━━━あぁ、全く・・・」

 

 

 

薄れ行く意識の中、瞳を輝かせてこちらを見詰めるシロを見て・・・・・・この子の真名(なまえ)を送るのはやめておくか、と。

 

なんとなく、そう思った。

 

 

 

━━━━━━━━レイシフト起動

 

 




ト「真名独占反対!」
モ「甘ったれるな、自分で聞け」
ト「ぐぬぬ・・・」


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忠義の騎士

毛布が恋しい季節になりました。


女王の訃報がキャメロット中に届き、敵味方関係なく、訪れるであろう幸せな未来を夢見て誰もが女王の死を喜んでいると、城外に近い者達から悲鳴のような声が聞こえた。

 

 

「モースだ! モースが出たぞ!」

 

 

あまりに切羽詰まった声に最初は警戒していた者達も、敵の正体を知ると肩の力を抜いた。

いや、妖精にとってモースは今も変わらぬ脅威ではあるが、そんなもの女王という巨悪に比べれば赤子に等しい。

 

油断は出来ないがそこまで気張る必要も無い。

無事な者、回復した者から随時戦闘を行えばすぐに終わるだろうと、再び歓喜が戻ろうとして・・・未だに悲鳴が止まぬ城外付近に、不自然さを感じた。

 

 

「なんだこの数は!?」

「倒しても倒しても出てくるぞ!」

「ち、ちくしょう!折角、女王を倒したってのに、こんな、こんな所で・・・ぎゃぁぁ!!」

 

 

モース如きに何を手こずっているのかと、疲労の残る身体に鞭を打って(みな)が城外へと集まってくる。

 

果たして城の外に居たのは、やはり見慣れたモースだった。

確かに少し数が多い気もするが、モースが群れでいることなどそう珍しいことでもない。

 

鉄の武器で武装した人間中心に、妖精は後方からの支援を。

先程まで敵同士だったもの達が手を取り合い、妖精國の歴史的瞬間に水を差す不届き者の始末に取り掛かかり・・・漸く、違和感に気付く。

 

 

「・・・・・・待て、なんだ・・・この数は・・・」

 

 

モース。

モース、モース、モース、モースモースモースモースモースモースモースモースモースモースモースモースモースモースモースモースモースモース。

 

右を見ても、左を見ても、大地を埋め尽くさんばかりのモースの大群。

これ程の数が一体何処から来たのかと、城壁から偵察を行っていた者へと、事態の異様さを理解したバーゲストが声を上げる。

 

 

「偵察! 敵は何処だ! 何処から来ている!! 数は! 方角は!」

 

 

その声に、偵察は言葉を失ったのか返ってくる言葉は無い。

だが、焦れたバーゲストが再度声を荒らげると、偵察は声を振り絞り、震えながらに答えた。

 

 

「も、モース・・・です・・・島に、島中に・・・モースが・・・。何処からなんて、分かりません・・・。島中から、モースが湧いて・・・・・・や、厄災・・・厄災、です・・・妖精騎士ガウェイン様! 厄災が、始まりました!!」

「なんだと・・・!?」

 

 

起こるにしても、もっとタイミングってものがあるだろうと。

最悪な状況で始まった厄災・・・否、大厄災にバーゲストは思わず悪態を吐きながらも、民を守るために再び(けん)を取り、戦地へと赴くのだった。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

全部、思い出した。

 

 

「・・・・・・」

 

 

何処までも続く、何も無い真っ白な空間で毛布に身を包み、一人蹲る。

 

思い出した。あぁ、思い出したとも。

己の本当の役割も、生まれてきた理由も、これが二度目の世界であることも。

 

全部、全部・・・思い出した。

 

 

「・・・・・・」

 

 

声が聞こえる。

役目を果たせと、幾重にも重なる声が頭に響く。

 

泣いているようだった。

怒っているようだった。

縋っているようだった。

 

死にたくないと、叫ぶ声が聞こえる。

役立たずだと、俺を罵る声が聞こえる。

助けてくれと、消え行く声が聞こえる。

 

 

・・・・・・はは、ざまぁみろ。

 

 

「・・・・・・」

 

 

何が死にたくないだ。何が役目だ。

そんなもの知ったことか。

 

この島が終わりを迎えるのも、こうして滅び消え行くのも。

 

全部、全部・・・お前らの自業自得だろうに。

 

 

「・・・・・・死ね」

 

 

お前達なんか守ってやるものか。

島の脅威なんか、倒してやるものか。

 

厄災なんて、寧ろ俺が起こしてやる。

今までにない大規模の・・・文字通り、島が消える大厄災を。

 

モルガン様の痛みを思い知れ。

好き放題し続けて来た罪をその身で償え。

滅んで詫びろ。死して尚死ね。

 

それでも己の罪を自覚しないというのなら、跡形もなく消え果てろ。

 

 

「・・・・・・死ね、死ね」

 

 

・・・ホント、ざまぁないよね。

自分達を守るために創った存在に、反逆されるなんてさ。

 

健気に幾重にも鎖で縛ってた癖に、全部無駄になった。

ただの傀儡だと思ってた奴に、全部台無しにされた。

 

無駄無駄無駄、何もかも無駄になったんだ。

 

あの方の命懸けの時間跳躍も、何千年も苦しみ続け、それでも歩み続けてきた英雄様の人生も・・・。

 

ただ、楽園の妖精(他所者)が自分たちの上に立つことが気に入らなかったから、たったそれだけの理由で全部台無しにされたんだ。

 

 

「・・・・・・・・・・・・・・・死ね」

 

 

・・・はは、何それ。

 

・・・そんな下らない理由で、モルガン様は死んじゃったの?

 

俺達が今ここに在るのも、この二千年間繁栄してこれたのも・・・全部全部、モルガン様のお陰だってのに。

そんな偉大な存在が、敬愛すべき尊いお方が俺たちの頂点に君臨することなんて、当たり前だろうに。

 

お前達はそこまでされても、自分達の主だとは認めないのか。そこまでされても、尚も身勝手に生きられるのか。

 

一体、どれだけの恩があると思っている。

一体、何度救われたと思っているんだ。

 

たまたま予言の子が生まれた時代に、たまたま異邦の魔術師が来て、たまたま円卓軍が結成され、たまたま女王軍と対等に渡り合える群れになって。

自分達を守るために背を向けて戦うモルガン様の、その袖を少し引っ張るだけで、楽園の妖精(彼女)を殺せるような状況が目の前に転がってたから・・・。

 

だから、魔が差してやったってのか。

 

そんなクソみたいな理由だけで、モルガン様を裏切ったのか。たったそれだけの為に、必死こいて俺を誘導してたってのか。

 

お前らホント・・・マジで巫山戯んなよ。

大切な人の人生を滅茶苦茶にさせられて、知らぬ内に俺まで加担させておいて。

散々人の尊厳を踏み躙るような真似して、大人しく従う訳ねぇだろ。そっちの都合なんか、聞いてやる訳ねぇだろ。バッカじゃねぇの。

 

一人残らず殺してやる。

誰一人として、楽な死に方なんてさせてやるものか。

 

許しなんていらない。救いなんかいるものか。

 

地獄の底で苦しみ続けろ。

生まれてきたことを後悔しろ。

 

モルガン様が・・・お前達があの方に与えた苦痛は、こんな物では―――!

 

 

 

――――――本当に、それで良いのですか?

 

 

「・・・・・・っ!?」

 

 

背後から声が聞こえた。

自分勝手で耳障りな不協和音じゃない。

 

理性的で、静かな声だった。

道を踏み外そうとしている者を、諭すような声だった。

 

それが堪らなく、不愉快だった。

 

 

「良いに決まってんじゃん。これで良いに決まってんじゃん。ロクでなしの外道共には、お似合いの末路さ 」

 

 

振り返ることはしない。

声の主が誰かなんて、どうでもいい。

 

ここに居る時点で、きっとロクな存在じゃないだろうから。

そんな奴の言葉なんて、聞くに値しない。

 

 

――――――今ならまだ、間に合いますよ。

 

 

「・・・間に合うって何? 止める気なんてサラサラ無いよ。アイツらだって端末(人の身体)で好き勝手やったんだ。なら、自分で異聞帯ブリテン島(自分の身体)をどうしようが、俺の勝手じゃん」

 

 

大体、あんな奴らを救って(なん)になる。

守って(なん)になる。

 

どうせまた繰り返す。

何百、何千回と、アイツらはそうして英雄様を裏切った。幾度となく助けられ、その度に自分都合であの方の信頼を裏切り続けた。

 

 

――――――・・・・・・。

 

 

 

・・・・・・もう、どうしろってのさ。

 

裏切られることが分かってて、理不尽に責任を押し付けられるのを知ってて・・・それでも立ち上がれってのか。

 

役目だから、そのための守護者だから。

だから、守らなきゃいけないってか。

 

そんなこと知ったこっちゃないんだよ。

 

一万年以上も成長せず、感謝のひとつも出来ないような、そんなどうしようも無い根っからの屑共を守ることが・・・俺の使命だって言うのか・・・。

 

 

 

――――――そう、ですね。彼らのことは少ししか知りませんが、そんな私でも・・・ちょっとどうかと思う所はあります。

 

 

ほらね。

結局、そうさ。

 

同情の余地なんか無い。

助けてやる義理も無い。

死んで当然。生きる価値無し。

 

分かったでしょ。分かってたでしょ。

俺の意思が変わる事なんて無いことくらい。

あの屑共に救いようなんて無いことくらい。

 

分かったなら、さっさと消え―――。

 

 

 

――――――ですが、そんな彼らは・・・貴女が主と慕うお方が、人生を賭けて守ろうとしたものでは無いのですか?

 

 

「・・・・・・」

 

 

――――――諦めることは簡単です。ですが、そうして諦めた先で、もしまた主君と出会えた時、自分が貴女の一番の騎士だと胸を張って言えますか。

 

 

「・・・・・・会えないよ。会える訳ないよ。死んだんだ、モルガン様は死んだんだ。愛したモノに裏切られて、最期はあんな惨たらしく・・・。それこそ、奇跡でも起こらない限り、また会うことなんて不可能に決まってる」

 

 

――――――えぇ、そうですね。奇跡、奇跡です。起こる確率なんて万に一つでは足りない。有り得ない筈の現実を・・・・・・けれど、貴女は一度その奇跡に立ち会ったではありませんか。

 

 

「・・・・・・え?」

 

 

――――――何もかもが終わり、ただ静かな滅びを迎えるだけだったあのブリテンの大地で。二千年もの間、一人孤独に島を守り続けた貴女は、出会ったではありませんか。

 

 

「・・・・・・ぁ」

 

 

――――――それでもまだ、奇跡を信じることは出来ませんか?

 

 

 

・・・・・・。

 

 

 

「・・・・・・モルガン様を、殺したんだ」

 

 

――――――えぇ。

 

 

「・・・・・・何度も何度も、裏切ったんだ」

 

 

――――――そうですね。

 

 

「・・・・・・殺したい、殺したい。許せないんだ」

 

 

――――――・・・・・・。

 

 

「・・・・・・・・・でも」

 

 

「・・・・・・それでも」

 

 

「・・・・・・モルガン様が、愛した國なんだ」

 

 

「・・・・・・だったら、俺が守らないと」

 

 

「だって、俺はモルガン様一の騎士だから」

 

 

「また胸を張って、あの方と会いたいから」

 

 

 

「だから、もう少しだけ・・・頑張ってみるよ」

 

 

――――――・・・そうですか。

 

 

「ありがとう、声の人。また何処かで出会えたら、その時は・・・もっともっとお話をしようね。モルガン様も交えて色んな事をさ。貴方の主の事とか、共に歩んで来た仲間の話とか、旅のお話なんかも」

 

 

――――――えぇ、またいつか・・・きっと。

 

 

 

薄れ行く意識の中、何処か悲しげにそう返す声がなんだかおかしくて。

 

ついつい笑みを漏らして、俺は俺の使命を果たすために光となって消えて行った。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

シロが居なくなった空間で、男は一人佇む。

 

きっと今頃、外の世界では島中に溢れ返ったモース達が、彼女に呼応して自然に消滅している事だろう。

 

これで良かった、これで良かったのだ。

 

孤独な守護者は前を向いて歩き始め、もう決して後ろを振り返らない。

その先に待つのが、例え先の見えぬ地獄だったとしても。

 

少女は決して、立ち止まる事は無い。

 

 

「・・・・・・あぁ」

 

 

こうするしかなかった。

そうしなければ、何もかも終わってしまっただろうから。

 

 

「・・・あぁ、あぁ」

 

 

誰もが救われぬバッドエンドより。

 

一人の少女だけが救われぬハッピーエンドの方が、マシな筈なんだ。

 

 

だからこれは仕方の無いこと。仕方の無いことだと自分を騙し、甘い言葉を並べ立て・・・そして・・・。

 

そして・・・あの子はきっと、全てを承知の上で尚、前を向いて歩き始めた。

 

 

「あぁ・・・どうか・・・」

 

 

だから、だからせめて・・・。

 

 

「・・・我が名を冠する、あの少女の旅路に・・・僅かな安らぎがありますように」

 

 

そんなものある訳が無いと知りながらも、男はそう願わずにはいられなかった。

 




大地の厄災
島(妖精の死骸)が次第にモース化していき、最終的に島全てがモースとなって消えて無くなる大厄災。
発動条件の難易度が高過ぎる代わりに、元凶兼唯一厄災を止められる存在(シロ)が"座"的な場所に引き篭るため、発動してしまえば事実上の滅亡不可避となる。
また、モース化するのは飽く迄も大地(妖精の死骸)なので、罪都キャメロットなどの街の内部に発生することはない。


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光指す道

前回のシロを諭した人物について、感想欄で
本命:オーロラ
対抗:グランド糞野郎
大穴:ベリル

こんな感じになってて笑った。


 

臨界まで、あと少し。

 

想定外の事態が起きたが、計画に支障は無い。

 

モースの数は、妖精を上回った。

善き生贄を得た神は、目を覚ました。

 

 

・・・俺が思うに。

現実ってのは、取り返しのつかない事しかない。

 

分かってるのに悪化させたり、気付いた時には手遅れだったり、良かれと思ってやった事が、最悪の結果を招く。

 

責任は誰にあるか。勿論、誰にも無い。

だから、治しようがないし、どうしようもない。

 

 

なぁ、モルガン。

心優しき女王様。

 

結局、アイツはアンタの望まぬ道を選んじまった。

あのまま終わっていれば良かったものを。

寄りにもよって、一番醜悪で、救いの無い道を選んだんだ。

 

 

・・・よく、後の祭りと言うだろ?

全くもってその通りだよな。

 

 

だから、俺が全て・・・終わらせてやるんだ。

アンタとは違う、別のやり方で。

 

例えそれが、己の意義に反する事だったとしても。

 

だって俺は、嘘吐きの王様だから。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

悪しき王を討ち、未曾有の大災害を訳の分からぬまま乗り越え、そうして訪れた平和な日々。

 

戦後の処理でまだ忙しい者が多いけれど、それでも誰もが明るい明日を夢見て、新たな王の誕生に心踊らせる。

 

今日よりもきっと良い日々が訪れる。

明日はもっと楽しい一日になる。

 

多かれ少なかれ、誰もがそんな期待を胸に新しき女王のため、ソールズベリーの大聖堂へと集まる。

 

なにせ今日は戴冠式。

二千年も続く悪夢が終わりを迎えた、目出度い日なのだから。

 

 

「いやー、でもノクナレアが女王様かー。辞退した私が言うのもなんだけど、ある意味、適材適所的な? 昔っから偉そうだったしー」

「ふふっ、そうだねー。でもアルトリア、頬がゆるゆるだよ? 本当は嬉しいんじゃないの?」

「へ? あ、い、いや、これは・・・!」

 

 

友達の晴れ舞台で素直になれないアルトリアと、それを揶揄う立香。

先の戦いで思う所が無いとはいえ、それでも今日は目出度い日なのだ。

 

今は、今だけは嫌なことは忘れて、心から彼女のことを祝ってあげたい。

 

そんな思いで人の流れに従うように大聖堂へと向かっていると、ふと見覚えのある顔が視界の端を過ぎった。

 

 

「・・・エーちゃん?」

 

 

立香が振り返ったその先に件の人物は居らず、あるのは雑多な人混みばかり。

 

 

見間違いだったのかと気を取り直し、アルトリア達に呼ばれた立香は大聖堂へと向かう。

席は、一番後ろの目立たない席ではあったけれど、現れた女王の姿にそんな些細なことなどすぐに忘れ、立香達は言葉を失う。

 

王に相応しい気品と美しさを纏い、そんな彼女に見蕩れながらも、式は厳かな空気で進む。

 

 

そして―――。

 

 

 

「ノクナレアッ!!」

 

 

 

―――新しき女王が毒殺されたのは、それからすぐの事だった。

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

地獄を見た。

 

地獄を見た。

 

 

我ら(おれ)が生み出した、地獄を見た。

 

 

「・・・・・・」

 

 

厄災が近付き、島との繋がりが強くなって、島全体を見えずとも感じられるようになった今だからこそ。

 

モルガン様が愛したこの島をもう一度、この目で見ておきたかった。

 

 

「・・・・・・」

 

 

我ら(おれ)を諭したあの声の主。

彼の言葉に思う所が無かった訳では無い。

 

例えモルガン様が愛した島であっても、(我ら)が独善的で身勝手にあの方を裏切った事実に変わりは無い。

 

許せない。守りたくなど無い。

貴様ら(我ら)など、潔く、惨たらしく死んでしまえばいいんだ。

 

けれど、いくらそう思った所で、守ると決めてしまった我ら(おれ)の体に、最早それ以外の選択肢などありはしない。

 

幾つもの偶然が重なって、初めて実現した刹那の奇跡。我ら(おれ)がこの島の呪縛から解き放たれる、たった一度のチャンスを、我ら(おれ)は自ら捨て去ったのだから。

 

 

「・・・・・・」

 

 

だからせめて、もう一度この目で見ておきたかった。

 

モルガン様が守ろうとしたものを。

我ら(おれ)がこれから、守ろうとしているものを。

 

・・・でもまぁ、案の定と言うか。見るまでも無かったと言うか。

 

モルガン様が、こんなモノの為に二千年も・・・いや、何千年も、何万年も努力して来たのかと思うと、申し訳なさで死にたくなってくる。

 

もし、初めて出会ったあの日(一周目)に戻れるのなら、モルガン様がレイシフトを行う前に何がなんでも自害(大厄災)をするだろう。

こんな島に同情の必要は無い、貴女が命を賭ける価値など無いのだと、そう胸に刻んで。

 

 

「・・・・・・はぁ」

 

 

自分の足で、見て回って。

催促する島の声に、ささやかながらも抵抗しつつ、目的の場所に到着した。

 

焼け落ちた世界樹。

その頂上近くまで跳び乗り、島を一望する。

 

モルガン様が愛した世界は、今や血で血を洗う地獄と成り果てた。

何処も彼処(かしこ)も殺し、奪い、そして死んでいく。

 

危機的状況であろうとも、争うことを止められない愚か者共。

そんな救いようのない彼らを守る為、矢を番え口ずさむ。

 

 

「―――我らは許されぬ」

 

 

モースで溢れる島の、その先に向けて。

 

 

「―――我らは救われぬ」

 

 

神よ。

我らが優しきケルヌンノスよ、あなたの怒りは尤もだ。

 

我らは御身を裏切り、その亡骸を利用し、一万年にわたってあなたの大切な人を辱め続けた。

 

 

「―――何も知らず、何も理解(わか)らず、何も学ばず、黄昏に集い、滅び行く明日(あす)を今日も唄う」

 

 

でも、ごめんなさい。

 

滅び(それ)を受け入れる訳にはいかないのです。

我ら(おれ)にはもう、その資格が無いから。

 

 

「―――死に絶えることなかれ。

救いには裏切りを、許しには絶望を、償いには嘲りを、外なる者には盃を」

 

 

だって、それを受け入れてしまったら・・・地獄(ここ)に住む妖精たちが、消えてしまうから。

 

償い切れぬ罪を背負った者たちが、救われてしまうから。

 

 

「―――終わりはすぐそこに。

許されよ、許されよ。我らが罪を許されよ」

 

 

だから・・・ごめんなさい。

 

心優しき神様、我ら(おれ)はまた、あなたを裏切ります。

 

 

「―――しかして我らには訪れず。

女神亡きこの大地に、来たる明日など無いと知れ」

 

 

我らが望んだことなのです。

我らが願ったことなのです。

 

だから守るのです。

だから、守り続けるのです。

 

例え、もう死にたいと泣き叫んだとしても。

例え、全てを終わりにしたいと嘆いたとしても。

 

我らに救済は、必要無いのです。

 

 

「"空を駆けろ、銀色の蒼穹(シューティングスター・アガートラム)"」

 

 

未来永劫、許されぬ罪をこの地獄の底で償い続ける。

 

それが・・・我ら(おれ)が選んだ、道だから。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

逃げ場はなく、希望もない。

何処からともなく湧いてくるモースに逃げ惑う者、戦い抗う者、怯え隠れる者、それぞれが(みな)、現状を忘れ、等しく空を見上げた。

 

空を翔ける一条の光。

流星の如く、島を横断する光の軌跡。

 

神秘に満ちたこの異聞帯であっても、思わず目を奪われる幻想的な光景に、誰もが息を呑んだ。

 

 

―――――――――ッ!!

 

 

光の先が島の端まで辿り着いた瞬間、けたたましい音と共に目も眩むほどの閃光が放たれ、流星は拡散する。

 

広く、遠く、全てを包むように。

 

そうして、空を覆い尽くすほどの、星空の如き光の雨が━━━━━━ブリテン島全土に降り注いだ。

 




強さ順

シロ(大厄災) >>> シロ(妖精騎士) >= シロ(厄災) >>>>>>>>>>>>>>>>>シロ(お布団)
シロ(大地の厄災):測定不能


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Twitterの方で躍動感溢れる素敵なイラストを頂きました。
https://twitter.com/00n_kreo/status/1588859010274709504


それはそれとして、汚物を消毒するお時間です。


ブリテン島を覆うほどの光の雨。

それは妖精とモースが入り乱れる町中であろうとも容赦なく降り注ぎ、しかし妖精に当たることは決してなく、モースのみを余すことなく滅していった。

 

最初は戸惑いがあろうとも、自分達に害がないと見るや否や何処からともなく歓声が上がりだす。

しかし、今妖精國を襲っている驚異はそれだけではない。

 

ノクナレアの死によって北と南の妖精達は未だ争い、厄災の影響で独りでにモース化する者は後を断たず、またある所では醜悪な生物に失望した獣の厄災が覚醒し、破壊の限りを尽くしていた。

 

光の矢が裁くは厄災(モース)のみ。そうでない妖精共の争いに光は一切の関与をせず、ただ機械的にモースを駆除していく。

 

そんな未だ混乱極まるブリテン島で、その影響はここノリッジにも出ており、街が炎に包まれている中で彼は一人、部下達が逃げようと意に介さず、自身が最も信頼する城の中で立て籠もっていたのだ。

 

 

「逃げる? 馬鹿め、この美術品を残してまで行く場所などあるものか」

 

 

彼の名はスプリガン。土の氏族の長でありながら、権謀術数を好み、その頭脳で持って今の地位まで上り詰めた傑物。

されどその正体は妖精に(あら)ず。

汎人類史において、ナカムラ某という名を持った、ただの人間であった。

 

海外への渡航中に突如として異邦に流された哀れな被害者。何も分からず、周囲は自分を簡単に殺せる化け物だらけ。

信じられる者も、頼れる者もおらず、それでも彼は必死に生き続けた。

 

妖精に捕まり、奴隷にされようとも。尊厳を弄ばれ、生き恥を晒そうとも。

歯を食いしばり、いつか訪れるその日を夢見て耐え続けた。

 

そうして紆余曲折あり、今こうして氏族長にまでなった彼が。

あれ程までに生に執着していた筈の彼が、命を賭してでも守り、最後の時まで共に居ることを願った物とは・・・室内に多く飾られている美術品の数々だった。

 

 

「100年かけて鐘撞き堂を補修改築した、ブリテンで最も強固な鉄の塔。モースごときが何匹来ようと、この塔だけは崩れるものか!」

 

 

しかし、いくら頑丈であろうと外からの衝撃までは殺しきれない。

部屋を揺らすほどの振動に、いくつかの美術品が揺れ動き、今にも落ちそうになるのを彼は必死で防ごうとしていた。

 

 

「やめろ、やめんか!? 貯めに貯めた美術品が傷付いたらどうする!? 誰が保証してくれるというのだ! 誰もいない! そう、誰も!」

 

 

多くの美術品が危ない中で、彼は叫びながらも縋り付くように真っ先に守ろうとしたものがあった。

頑丈そうなガラスケースの中に、大切に保管された数点の美術品。

 

それは、一枚の風景画だった。

それは、一枚の絵画だった。

それは、一冊の本だった。

 

幻想的な空と大地の夕暮れの景色。

こちらに背を向ける勇ましき英雄の姿。

そして、この世界の歩みを記した歴史書。

 

絵の方はどちらも修復された跡が目立つが、本に至っては新品同然。

そして、そのどれもに等しくある名前が印されていた。

 

シロ。

 

故郷を思い出させる、この世界では使われていない筈の文字に。

彼が(おの)が人生を捧げ、まだ見ぬ作者を追い求めるには、それだけで十分過ぎた。

 

 

「モルガンでさえ、これらの価値は理解しなかった! 確かに9割は偽物、中身のないガラクタだ! だが1割━━━━━そう、泥の中より現れる奇跡のような真作があった! 真理とも言える"芸術"があった! この國でしか生まれぬ、至高の作品が━━━━━━━━━━!」

 

 

そんなAVの時間停止物のようなことを言うスプリガンが居る金庫城を、突如として天からの極大の光が包み込む。

 

ブリテン島に降り注ぐ光の雨、その何倍もある威力で、明確な殺意を持って放たれたその一撃に。

 

彼は自身が死んだことも知覚出来ぬまま、人生を捧げて集めた宝物と共に跡形もなく消滅した。

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

 

「・・・・・・違う」

 

 

静まり返る廊下を、一人歩く。

 

乱れた髪に、僅かに()けた頬、焦点の合わない(まなこ)と、それを覆う濃い隈。

 

妖精國一と謳われた美しさなど、最早そこにはなく。

彷徨う幽鬼のように、ふらふらと歩みを進める。

 

 

「・・・・・・オーロラは・・・違うんだ・・・」

 

 

まるで自分に言い聞かせるように、何度も呟く。

 

事の始まりは、同僚から貰った三冊の本。

あまりに執拗く頼み込んで来るものだから、渋々了承したちょっとしたお使い、その報酬に貰った暇潰し程度の代物。

 

所詮は作り物。

最初はそう思いながらも、自分たちをモデルにしただけに既視感のある登場人物が織り成すハラハラドキドキの恋物語に手が止まらず、胸の鼓動が高鳴っていった。

顔を覆いたくなるほど甘酸っぱく、けれどじんわりと染み渡るような心地に、メリュジーヌは気付けば二冊目に手を伸ばしていた。

 

まぁ、それなりに面白かったんじゃない?

 

日が沈み、夜になり。また日が昇ろうとそれに気付かず。

数々の障害を打ち破り、数々の苦難を乗り越え、漸く彼女に想いを伝えると、最後は熱い口付けを交わし・・・。

 

自身が思い描き、夢見た理想の一つが、そこにはあった。

恋焦がれ、渇望して、何度も諦めた筈の真実の愛が・・・そこにはあった。

 

二人は結ばれハッピーエンド。

お話が終わったことの僅かな喪失感と、胸を満たす得も言えぬ幸福感。

 

目を閉じるだけで、自身と愛する者をトレースしたその光景が、瞼の裏に鮮明に映り出す。

 

はぁ・・・・・・はぁぁ・・・♡

 

そこでふと、まだ続きがあることを思い出した。

これ以上の幸福が、これ以上の幸せがまだあるのかと、緊張した面持ちで最後の一冊を手に取る。

 

次は、一体どんな理想郷があるのか。

 

あの人の笑った顔が、脳裏に焼き付く。彼女の隣に立ち、共に笑う自分の姿が、容易に想像出来た。

まだ1ページ目だと言うのに、もう何年も過ごしたかのような錯覚を前に、傍にあった抱き枕に意味もなく抱き着く。

 

その体勢のまま、本のページを捲っていく。

そして、期待通り・・・いや期待以上に、物語はこちらの想定の遥か先を行った。

 

何度も見悶えるくらい理想的で、羨まし過ぎる程に甘々な日々。果てには、情熱的な一夜まで過ごした彼女達に、何故か下腹部が熱を持ち、胸の奥がキュンキュンする未知の感覚に抗うことが出来ず、堪らず抱き枕を強く抱き締める。

 

衝撃だった。

内容もそうだが、まさか・・・まだこんな序盤から、ここまでぶっ飛ばしてくるなんて、思いもしなかった。

 

彼女の感触すら想像出来てしまうその鮮明な描写の数々に、鼻血が出るのもお構い無しに、食い入るように読み進めた。

 

読み進めて、読み進めて・・・・・・何やら、雲行きが怪しくなって来た。

 

全ての始まりは、何倍もの国力を持つ他国からの使者が告げた、姫の身柄の引き渡し。

大人しく渡さなければ戦争を仕掛けると脅され、決断の日の前夜に姫は騎士に提案した。

 

私と一緒に逃げましょう、と。

 

騎士は少し悩み・・・そして頷いた。

国を見捨てることになるのは分かっていた。

その結果、故郷が、家族が、そして友が、その悉くが蹂躙されることなど目に見えていた。

 

だがそれでも、騎士は姫を取った。

だって、愛してしまったから。

どうしようもなく、愛してしまったのだから。

 

だから逃げた。

 

何もかもを捨て去り、ただ一人の女のために手を引き、逃げ続けた。

 

そうして風の噂でとある国が滅ぼされたという話を聞くようになった頃、彼らはそことは無関係の国の端っこで穏やかにひっそりと暮らしていた。

 

幸せだった。その幸せの下にいくつもの死体が積み重なっていようとも、そんなこと忘れてしまいそうになるほどの笑顔で、その日あった街での出来事を話す彼女との生活は、満たされていた。

 

でもお姫様は、お姫様だから家事なんか出来なくて。

お金の使い方も荒く、国を出る時にどうせ滅びるからと頂いておいた貯蓄も底を付いた。

 

でも、それは仕方のないこと。

だってお姫様なんだから。彼女を幸せにすると誓ったのだから。

 

だから、姫のために毎日毎晩、馬車馬のごとく働いた。

不自由なんてさせない。ずっと笑顔の君で居て欲しいから。

 

けれど、いくら騎士とて限界はある。

 

寝る間も惜しんで働き、まるで介護のように隅々まで姫の世話をして、疲れ切った身体ではあちらの方も満足に出来なくて。

 

そんなある日のこと。

珍しく日を跨ぐ前に終わったお仕事の帰り道で、それを見た。

 

なんとなく覗いた酒場で、見知らぬ男達に囲まれ、楽しそうにお酒を飲んでいる美しき女性の姿を。

そして、自分から誘うように男たちの手を取り、酒場の奥へと消えていく愛した者の姿を。

 

 

最初は見間違いかと思いたかった。

極度の疲労で見せた幻覚だと信じたかった。

 

けれど、あの美しき妖精のような姫を見間違える筈もなく、ガランとした我が家へと帰り、騎士は全てを悟った。

 

だがそれでも、投げ出す訳にはいかなかった。

だって、決めたから。国も、家族も、友も捨て、それでも姫を守ると誓ったから。だから、もうこれ以上逃げ出す訳にはいかなかった。

 

朝、女性からは香る筈もない(にお)いを纏い、騎士が居ないことに疑問すら抱かず、鼻歌を鳴らして帰って来た彼女を見送り、物陰からひっそりと仕事へ向かう。

大丈夫、大丈夫と、呪詛のように繰り返して。

 

 

でも、そんな痩せ我慢が長く続くはずもなくて。

 

それから数日後、再びあの酒場で数人の男たちと共に奥へと消えた彼女を見掛けた彼は後を追いかけ、そして酒場に併設されてあった宿の一室で行われた祭りに目を疑った。

 

聞いたこともない声だった。

見たこともない乱れようだった。

 

何人もの男に囲まれ、彼らに媚び諂い、貪るように腰を振る愛しき者の成れの果て。

そして自身のことを貶し、何処の馬の骨とも知れぬ男共に愛を叫ぶ雌の姿に、騎士(彼女)の中で何かが━━━━━プツンと切れた。

 

 

 

 

 

扉を開く。

 

背を向け、災禍に包まれた街を見下ろしていた、自身が愛し、一生を捧げると誓った者が、驚いたように振り返る。

 

 

「誰!?」

「・・・僕だ、オーロラ」

 

 

思わぬ騎士の登場に、お姫様は笑みを浮かべる。

曇り一つ無い、無邪気な笑顔を。

 

 

「まぁ━━━━━そうね、そうだったわ。貴女が居たわ、メリュジーヌ! ずっと部屋に引き籠もってたから心配してたのよ! 無事なようで良かったわ! 出会った時から少しも()()()()()私の大切な騎士。本当、良い所に来てくれて・・・やっぱり頼りになるのは、貴女だけね」

 

 

その笑顔を前に、色褪せた騎士は目を逸らすように俯く。

 

━━━━あぁ、分かっていた。最初から、分かっていたとも。

彼女の心に、己の存在など便利な道具程度の認識でしか無いことくらい。

でも、それでも・・・。

 

 

「オーロラ、一つだけ・・・答えて欲しい」

「? ・・・良いけど、早くしてね。だって、ソールズベリーはもうおしまい。このブリテン島だって、そう長くは持たないでしょうから」

「うん、分かってる。一つだけ、たった一つだけでいいんだ。どうか偽りなく、君の本心で答えて欲しい」

「メリュジーヌ・・・?」

 

 

普段とは違う彼女の様子に疑問に思いながらも、早く質問してくれないかなと少しの苛立ちを抱くお姫様に、騎士は俯きながら問い掛ける。

 

 

「オーロラは、僕を愛してくれるかい?」

「?? ええ、もちろんよ! さ、私のかわいいヒト。早く外へ━━━━━」

 

「━━━あぁ、それは良かった・・・」

 

 

顔を上げたそこには晴れやかな笑み。

 

ドスッ、とお姫様の胸に剣が突き刺さった。

 

 

「・・・え?」

 

 

訳も分からず、血を流して倒れるお姫様。

そんな彼女を、ドス黒い瞳で無表情の騎士が見下ろしていた。

 

 

「オーロラ、僕も君のことを愛してる。心の底から、誰よりも。君が願うことならどんな事だって叶える。君が望むなら、なんだってする」

「・・・なにを、メリュジーヌ・・・?」

「君の言葉もその場限りのものだとしても、それはきっと本心で、嘘なんかないんだろう。あぁ、でも・・・君は、心変わりがしやすくて、我が儘なお姫様だから、だから・・・」

 

 

姫を見下ろす騎士の姿が徐々に変異していく。

 

鎧の隙間から、黒い瘴気が薄っすらと立ち上る。

 

 

「・・・僕には君が、必要なんだ。君が居なければ、僕は肉塊に戻る。君がそれを望むのなら、僕も本望だけど・・・君は、僕を愛しているんだろう?」

「メリュジーヌ・・・? ええ、そうよ・・・愛してるわ・・・だから」

「愛してる者同士は報われるべきだ。お姫様と騎士はハッピーエンドを迎えるべきなんだ。でも、その結末へ辿り着くには・・・あまりに障害が多過ぎる。いくら守ろうとしても、美しき花に汚らわしい蝿どもが(たか)ってくる」

 

━━━━━だからね、考えたんだ。

 

━━━━━誰にも奪われないように、誰にも()られないように、どうすべきかを。

 

 

 

その言葉を皮切りに燃え上がるように、黒い瘴気が湧き出した。

 

突如として巻き起こった暴風に、部屋が荒らされていく。

 

そうして、瘴気は徐々に収まり、中から現れたのは一体の黒き竜。

 

無機質で機械的で、けれど強い想いを宿した瞳で、目の前に転がる獲物を見据えていた。

 

 

 

「やめ、て・・・いや、いや・・・」

 

 

首を振り、抵抗しようとするも、メリュジーヌから受けた傷は致命傷。

すぐに死にはせずとも、ブリテンに破滅を齎す竜を前に、今の彼女に出来ることなど(たか)が知れている。

 

口を開き、ゆっくりと近付いて来る竜の顔に、ただ怯えることしか出来ず、そして━━━━━。

 

 

「誰か、誰か助け━━━━━ッ!」

 

 

助けを呼ぶ声も虚しく、美しきお姫様は、一片たりとも残さず、口の中へと消えて行くのだった。

 

 

 

 

 

━━━━━ずっと、一緒ダヨ・・・・・・オーロラ・・・。

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

愛しき者とひとつになり、姿を変えた白き竜は、極光の翼を広げ、大空へと舞い上がる。

自身が過ぎ去りし空の道に、美しき涙を残しながら。

 

何が正しいことなのか。

何がやりたかったのか。

ソレにはもう、何も分からない。

 

ただ、迷子の幼子のように宙を漂う光の粒子が、雪のように静かに舞い落ちる。

 

そんな季節外れの雪景色に魅了され、心奪われた妖精が、竜の涙へと手を伸ばす。

 

それが、自身を犯す猛毒であるとも知らずに。

何処までも無邪気に、けれど光に触れた彼らは次々とその身をモースに堕としていく。

 

 

なんのことは無い。

何処かのアホが書いた、気高き騎士と美しきお姫様の愛の逃避行。その結末が、穢れを知らぬ純粋な白き竜にとって、あまりに残酷だっただけのこと。

 

たった、それだけのことだが。

けれど彼女にとって、それこそが目を逸らし続けた真実であり、愛する者から突き付けられた現実だった。

 

だから、かの竜が目指すはただひとつ。

狂い果てても尚消えぬ怒りの炎でもって、吐き気を催す邪悪を滅ぼす。

 

もう自分のような悲劇を生み出さないために。

全てを終わらす、その為にもこんな地獄を守るあの妖精は邪魔以外の何物でもない。

 

だから、未だ幾本もの光の矢が空へと昇るその場所へ、白き竜は死の雪を撒き散らし、極光の翼を羽ばたいて飛翔するのだった。

 

 

 

 

 




愛の力でパワーアップ()。


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エール

陛下ピックアップで☆4バーサーカーが三連続来て凹んでました。
流石に性格悪過ぎるって・・・。


ブリテン島の守護者が作られた原初の理由たる呪いの神―――獣神ケルヌンノスが大穴から這い出て来て、立て続けに一周目の世界で完膚無きまでに敗北した獣と炎の厄災が発生したことで、ブリテン島は過去類を見ないほどの滅びの危機を迎えていた。

 

地上に生きる妖精達だけではない。

死んだはずの自分たちまでもが殺されてしまうと危機感を抱いた島が、守護者たるシロに、かつて妖精騎士として生きた頃を容易く上回る力を授けていた。

 

例えそれが、一周目の世界で獣と炎の厄災に敗れた力だったとしても、彼らにはそうする事しか出来なかった。

 

そもそも、汎人類史の模造品でしかないブリテン島の守護者は、守護者とは名ばかりのただの暴力装置。

特別な加護がある訳でもなく、与えられる力は端的に言えばブリテン島に内在する魔力の使用権のみ。

 

汎人類史に存在する願望器とは比べ物にならない容量を誇る魔力タンクは、理論上はブリテン島に対する脅威を跳ね除けられるほどの力を秘めていたが、問題だったのはそれを使用する(端末)に限界があったこと。

 

いくら大海原のような魔力を宿していようと、出力できる量が蛇口一個分ではたかが知れている。

無論、それだけでも通常の厄災では充分であるし、死した頃のケルヌンノスであれば、なんとか倒せるレベルではあった。

 

しかし、今やケルヌンノスは呪いの神となり、形は違えどブリテン島を滅ぼした実績のある二つの大厄災を前に、旧き守護者の力など無力に等しかった。

 

一周目の世界と同じように、また何も出来ず、何も守れず。蹂躙される"目的(存在意義)"をただ見ていることしか出来ず、呆然と膝を着いて涙を流すことしか出来ない。

食い散らかされ、焼き尽くされ、死に絶えた世界でまた全てを忘れ、何も知らず空虚に生きる日々。

 

けれど、そんな未来は訪れなかった。

全ては、今は亡き女神によって授けられた加護のお陰。

妖精騎士として、千年の時を共に過ごした武具()が、守護者として彼らと対等に戦えるだけの力を与えてくれていた。

 

妖精騎士ベディヴィエールの代名詞とも言える認識外からの光の矢が、モースを含む、大穴から這い出てきたケルヌンノスの呪いを次々に撃ち落とす。脱出しようとしていたお客様(カルデア)に迫る触手も一つ残らず撃ち抜き、ついでに見付けた狐を背後から狙撃しつつ、塔に立て篭っていた人間(謀反者)を跡形もなく消し飛ばし、未だ無尽蔵に湧き出てくる呪いを吹き飛ばす。

 

島全体を見渡せる世界樹の上からそれだけ邪魔をしていれば、理性を無くした厄災とは言え、流石にこちらへ意識が向く。

呪いの神が、ブリテン島の守護者たるシロを倒さなければならぬ脅威と判断したのだ。

 

呪いで形作った触手の腕を伸ばされ、それら全てを撃ち落とす。

触手の余波でモース化した地上の妖精諸共射殺(いころ)すと、事前に射っていた光の雨が大穴に向かって降り注ぎ、連鎖的に起こる爆発がケルヌンノスの姿を眩ませた。

 

雨が止み、煙が晴れたそこには薄皮一枚削れた神の姿が、その傷すらも瞬く間に塞いでいき、気付けば撃たれる前と変わらぬ姿で堂々と鎮座していた。

 

その様子を見て、僅かに目を細めたシロは再び矢を番える。

 

もふもふな見た目をしておいて、その毛皮は鎧そのもの。幾重にも連なる呪いの層が、こちらの攻撃を妨げる。

最大火力を放ったとしても、恐らく核まで届くことは無い。

だが、打つ手が無い訳では無い。

 

この距離ならば、攻撃範囲で大きく上回るこちらに分がある。であれば、時間を掛けてじっくりと呪いの壁を一枚一枚剥いでいき、回復を始める傷口からさらに攻撃を叩き込んでいけば、いずれは核に辿り着く。

 

そこまで行けば、あとは大技の一つや二つ打ち込めば、それで終わり。襲い来る触手もここまで離れていれば恐れることは無い。

 

弓を引き、照準を定め、手を離そうとして・・・気付く。

こちらへ猛スピードで接近する敵の存在に。

 

 

「・・・・・・」

 

 

視線をそちらへズラすと同時に、番えていた矢を外して後ろへ飛び退く。そのまま重力に従って落ちると、直後にシロが居た場所を極光が過ぎ去り、その余波で世界樹が横に両断された。

 

そんな天変地異のような事象を容易く起こした極光は、傾く木の幹を這うように上昇すると、上空で180度向きを変え、シロを目掛けて急降下してくる。

 

それに対し、シロは再び矢を番え、照準を合わせ、今度こそ矢を放つ。

一度に放たれた数十もの矢が、寸分の狂いも無く極光の竜へと襲い掛かり―――直撃の寸前で不自然に逸れた。

 

 

「・・・!」

 

 

予想外の結果に目を開くシロだが、驚いている暇は無い。

地面へ激突する前に空中を蹴り、地面と垂直に空を翔ける。急降下して来たアルビオンもそれに追従する。

 

初速から音速を超えて飛行するアルビオンを相手に、流石のシロと言えど直線を走って逃げ切れると思ってはいない。

端から距離を取ることを考えていないシロは、アルビオンに接近される直前に宙を蹴って身を翻し、頭上を取る。

 

そのまま弓から剣へと変形させた"銀色の蒼穹(アガートラム)"で斬り付けようとして―――剣が宙を斬った。

 

 

「・・・ッ」

 

 

すれ違う二人。

即座に弓へと変形させたシロは無傷のアルビオンに背後から狙いを定めて矢を射るが、音を超えて飛行するアルビオンに追い付く筈も無く。

虚空を漂う矢の群れが速度を落とし、アルビオンが通って更地になった場所からナメコのように生えるモース達へと直撃していく。

 

そして起こる爆発、それら全てを置き去りに一瞬で天高く飛翔していくアルビオン。

そんな彼女をマシンガンの如く矢を連射して狙い撃つが、全ては空の彼方に消えていく。そうして、上空まで達したアルビオンが体勢を変えて再びこちらに狙いを定めた。

 

一直線に降下してくるアルビオンに対し、今度は矢を拡散させて弾幕を張り、数の暴力で迎撃を試みる。

 

針の穴ほどしか隙間が無い、空を埋め尽くす絨毯射撃。

一矢の威力は控えめであれど、当たればダメージは免れない弾幕に、けれどもアルビオンは速度を落とすことも、()してや回避行動を取ることも無く突っ込んだ。

 

 

「・・・あぁ、なるほど」

 

 

そして案の定と言うべきか。無傷のまま、弾幕を一矢足りとも掠らず潜り抜けたアルビオン。

その事実に、シロは先程から繰り返された不自然な攻撃の挙動に、漸く合点のいった様子で構えを解くと半身をズラし、最小限の動きでアルビオンの直撃を回避した。

 

しかし、直撃を避けようとも、相手は音速を超える速度で飛行している戦闘機だ。

後から巻き起こるソニックブームが周囲を襲い、宙に投げ出されたシロはそれが狙いだったかのように空中で体勢を立て直し、アルビオンには目もくれず、地上で暴れている獣の厄災の方へと矢を放つと、その矢を追うように宙を翔けた。

 

 

「先にお前からだ、バーゲスト」

 

 

攻撃とともに接近してくるシロに気付いた魔犬が、襲い来る魔力の矢を口を開いて吸い込む。

自身の攻撃が完全に無力化されることなど想定済みのシロは、怯むことなく猛スピードで接近し、その大きく開いた口元目掛けて剣を振り抜いた。

 

 

「■■■■ッ!?」

 

 

耳を(つんざ)くような悲鳴と共に、魔犬の右頬が浅く裂ける。

斬り付ける直前に、刃を象った魔力が吸い取られたため、あまり深くは入ってない。

 

であれば追撃するのみ。

再び刃を形成し、空中を蹴る。

眼前の魔犬は背を向け、こちらに気付いていない。

 

気付いていた所で、魔犬の魔力吸いは口からしか行えず、振り向く時間も無い。

故に、背後からの攻撃に、今の怯んだ魔犬は対処する術を持たない。

 

()った、と。

そう確信したシロを、真横から謎の質量が襲い掛かり、弾丸のように弾き飛ばされた。

 

 

「・・・ッ! ・・・ッ!?」

 

 

一度に百メートル以上も地面を跳ね、それを何度も繰り返して何処かの建物に激突し、漸く勢いが止まった。

 

瓦礫に埋もれた身体を起こし、遥か先に居る魔犬を見据える。

今の攻撃はなんなのか、自分の身に何が起きたのか。

 

それを確かめようとして、視線の先にある光景を目にして、シロは思わず溜め息を吐いた。

 

 

「・・・マジか。共闘とかするのか、お前ら」

 

 

そこにあった光景は予想外なものだった。

 

本体は変わらず穴の中のケルヌンノス。

しかし、その触手が空中を縦横無尽に泳ぎ回り、困惑している魔犬へと襲い掛かる。

 

まるで滝のように降り注ぎ、モースの呪いが魔犬を覆い尽くす。中で暴れているのか、僅かに象った犬の形に合わせて、スライムのように呪いが蠢くが、次第に大人しくなっていく。

 

それはまるで、羽化を控えた蛹のように。

一瞬の静寂の後、魔犬を覆っていた呪いの塊が弾け飛び、中から変わり果てた姿の魔犬が産声と共に姿を現す。

 

グズグズに溶け、無数のミミズのようなモノが全身を蠢く。

弾け飛んだ呪いがまるで意思を持つかのように纏まり、空を駆け回って再び魔犬へと降り注ぐ。

 

そうして、漸く身体に馴染み始めたのか。

ケルヌンノスのように呪いを身体に纏い、唸り声を上げる魔犬が、その灼熱のような双眸でシロを睨み付ける。

 

 

「■■■■■!!」

 

 

そこへさらに、先程シロを吹き飛ばしたアルビオンが旋回して駆け付けて来る。

 

呪いの神、獣の厄災、炎の厄災。

それら三体の大厄災が共謀し、ただ一人の小さな妖精の前に立ちはだかる。

 

あまりに絶望的な状況で、どう考えても勝ち目なんか無くて。

例え、傍から見れたら弱い者虐めにしか見えない構図であろうとも。

それでも、シロは両の足を地に着け、目を逸らすことなく彼らを真正面から見据える。

 

 

「・・・正直に言えば、元妖精騎士(お前たち)が少しだけ羨ましいよ」

 

 

両手に握る糸を引き、先の衝撃で彼方に飛ばされていた"銀色の蒼穹(アガートラム)"を手繰り寄せる。

 

 

「でもまぁ・・・守護るって決めたからさ。あの人が残した、宝物を」

 

 

猛スピードで地平線の先からカッ飛んで来た剣を掴み、魔力の刃を形成して構える。

 

 

「だから、壊させないよ。安い命だけどさ、この命に変えても」

 

 

シロの決意を感じ取ったのか。

魔犬とアルビオンは咆哮を上げ、それぞれが呪いと極光を撒き散らし、大穴から津波のように呪いが噴き出し、襲い掛かる。

 

それらを認めても尚、逃げるという選択肢など無く、真正面から受けて立つ守護者。

 

 

今ここに、ブリテン島最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

◇◇◇

 

 

 

 

 

 

少女は夢を見る。

いつも見た夢の続きを。これまで歩んできた、夢の終わりを。

 

吹き(すさ)ぶ嵐の中をただ一人、傷付き、挫け、何度も死にたいと願った。

 

それでも歩き続けたのは、あの光があったから。

嵐の向こうで一つだけ小さく、青く輝く遠い星。

 

転んだ時、泣きながら立ち上がる。

疲れた時、がむしゃらに顔を上げる。

 

どんな時でも星は輝いて、どんな時でも少女に勇気と希望を与えてくれた。

 

 

でも、それももうおしまい。

星は見えなくなって、どこへ歩けばいいのかも分からなくなって。

 

 

全てを諦め倒れ伏す少女に、けれどもソレは訪れた。

 

 

 

 

・・・誰?

誰かが私を庇ってくれてる。

 

二人で、何か布のような物を広げて、必死に何かを訴えかけていた。

 

 

―――がんばれ♡ がんばれ♡ ほら、ホーちゃんも!

―――ぇ、えっと・・・が、がん・・・ばれ♡ がん、ばれ♡

 

 

嵐の中で、あまりにも場違いに楽しそうな声と、恥ずかしそうな声が聞こえて。

 

立つ気力なんて無かったのに。

もうここで、終わるはずだったのに。

 

応援、されちゃったからかな。

どうしてか、不思議と力が湧いてくる。

 

 

―――がーんばれ♡ がーんばれ♡

―――が、がーんばれ・・・♡ がーんばれ♡

 

 

 

だから、だから・・・もう少しだけ。

あとほんの少しだけ、頑張ってみようって。

 

 

そう、思えたんだ(立ち上がれたんだ)

 

 

 




一周目のブリテン島を終わらせた厄災について。
原作で術ニキが言及したのと、モルガン様と言えど準備も無しにモフモフを封じられるとは思えないので、今作では獣と炎の厄災が滅ぼしてます。






次にお前は、
なんだこの傷とリボンは!? と言う。

【挿絵表示】


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円卓の騎士

前回のイラストについて、結局なんだったのかと言うと。
単に、描写し忘れてた外見の変化を絵で補っただけです。

あれのために一話から伏線張ってたのに、思いっきりド忘れしててショックが凄かった。


大厄災が訪れ、せめて聖槍だけでも回収しようと向かった大穴から、呪いの神が這い出てきて。

周囲の存在を見境無しに呪い始めたソレは、当然ながら立香達の乗る船をも襲った。

 

逃げようにも、敵の量は甚大であり、速度も到底振り切れるものでは無かった。

最早、絶体絶命。全方位を呪いの腕で囲まれ、全滅まで秒読みとなった時、それは現れた。

 

悍ましく、純白の五本の尾。

いくつもの異聞帯でカルデアを邪魔していた筈のコヤンスカヤが、呪いからカルデアを守ったのだ。

 

それだけでは無い。

彼方から放たれた光の矢が、一拍遅れて世界に降り注ぐ。

雨のようで、けれども不思議とカルデアに被害は無くて。

島に牙を剥いた呪いのみを、ただ正確に撃ち抜いていく。

 

 

「エーちゃんだ・・・!」

「いやちょっとこれは出鱈目過ぎないかい!?」

 

 

見覚えのある、けれども規模が桁違いの、圧巻という他ない光景に湧き上がるカルデア陣営。

 

しかし、そんな中、この世界へ来て初めて出来た今は亡き友の願いを。

ブリテンを守って、と。後悔と懺悔が混じった声でそう言い残して死んだ友の頼みを叶えるために。

 

一連の騒動を起こした黒幕にとって最も目障りな勢力であるカルデアを守ろうと、身を張ったコヤンスカヤは。

 

想像以上に禄でもなかった呪いの塊を一身に受ける中で、視界の端に捉えたこちらへ向かって来る光の矢。途轍も無く見覚えのあるソレに気付いた時、確かに聞いた。

 

 

心底バカにしたような、腹立つ顔が容易に想像出来てしまうような声色で

━━━━ぷ、ざまぁwwww

と。

 

 

「ァぁ゛ あ゛ッんの゛ ォ゛クソガキィぃ ッィ!!」

 

 

普段の理知的な声は影も無く。

獣のような断末魔を最後に、ビーストの幼体は光の矢に呑まれていった。

 

 

 

 

ストームボーダーを発進させてから2時間。

ブリテンを救うと意気込んだものの、結局救えたものなんて何一つありはせず、ただ滅びていくブリテン島を見ていることしか出来なかった。

 

最後の頼みの綱も。一度はブリテン島に歯向かい、けれども隻腕の騎士に諭され、そうして守護者として覚醒したシロの力を持ってしても、巨大な力を持つ個の群れには、多勢に無勢であった。

 

ただでさえ一体でも手一杯だと言うのに、世界を滅ぼせる大厄災が利害の一致から徒党を組んで襲って来るのだ。ある程度拮抗しているとは言え、押され、決定打に欠けていることに変わりは無い。

一手でも間違えれば、その瞬間には吹き飛ばされ、畳み掛けられ、格ゲー並の連携攻撃で追撃される。

 

しかも、厄災たちはそこに居るだけでモースを生み出し、ブリテン島に居る妖精を滅ぼそうとする。

その結果、シロの意識は厄災を前にしておきながらも、守護者としての機能が仇となり、強制的にモースへと意識を向けさせられる。

 

ブリテン島全土を見渡せる守護者としての権能が、未来視に近い先読みを可能とし、予め空へ放った矢がモースを迎撃するが、それも無限では無い。

必ず、何処かのタイミングで装填する必要があり、そしてそれを容易く許す厄災達では無い。

 

湧き上がる魔力がその小さな身を守り、見た目の割にダメージは少ないけれど。それでも、その様は傍から見ればただの弱い者虐め。

 

徐々にボロボロになっていく姿は、このまま行けばそう長くない内にヤられ、殺されてしまうのでは、と。そんな最悪な未来を立香達にさせるには、十分過ぎるほどに悲惨な光景であった。

 

しかし、今立香たちがやるべき事は、加勢などではない。

もっと大事な、この地獄のような戦いを終わらせられる使命を果たさねばならない。

 

その為に、今この場は小さな守護者一人に託し、彼らは星の内海へと渡った。

アルトリア・キャスター。楽園の妖精の使命を果たすために。

 

 

 

 

世界の始まりを知った。

妖精たちの罪を知った。

妖精國が妖精國たらしめる、その原罪を知った。

 

そうして、星の内海へと辿り着き、そこで厄災の真実と守護者たるシロが今回の厄災には決して勝てない事実を知った。

 

ブリテン島を守るはずの防衛機能は、急造であったからこそ、欠陥だらけであったから。

なんせ、そもそもがガワだけ真似た模造品だ。肝心の中身が、まるで伴っていなかった。

 

だから、中身は自分たちで創ることにしたのだ。

 

妖精を守るため、妖精に害を成せないようにした。

妖精を助けるため、妖精に逆らえないようにした。

危ない時に守ってもらえばいいから、危なくない時は力を扱えないようにした。

 

そうして出来上がったブリテン島の守護者。

みんなの為に、命を賭して悪へと立ち向かう理想の英雄。

絶対に負けない、倒れても何度だって立ち上がる無敵のヒーロー。

 

その結果、ヒーローは守るべき筈の妖精たちに、良い玩具が出来たと、何度も殺され続けた。その役目を果たすことも無いままに。

 

ヒーローは負けちゃいけないから、死んでも蘇るけど。

蘇る度に妖精の願いを聞いて、身を賭して叶えていたから、厄災が起きる時はいつも死んでいた。

 

死んで、死んで、死んで。

とんだ失敗作だと、創造主に貶されて。

役立たずだと、守るべき者たちに石をぶつけられ。

 

だから、いつまで経っても改善しようとしない創造主に代わって、その欠陥をモルガンが直すことにした。

守護者としての性能を参考に、最も力を引き出せる武具を与えた。

いつでも力を引き出せるように、聖杯も霞む魔力タンクを用意してあげることにした。

ギフトによって存在を上書きすることで、削られた感情を抱けるようにした。

 

出来ることはやり尽くして、与えられるものは全て与えて。

けれど、やはり感情だけは上手くはいかなかった。

 

悪感情は抱けるようになった。しかしそれは、妖精以外の者に対してのみであり、どうあっても妖精達に対しては無関心以外の感情を抱けることは出来なかった。

正真正銘の妖精たるウッドワスやバーヴァン・シーを気にかけていたのは、モルガンのお気に入りだったから。大切な人が大切にしていたモノだから、そういう風に扱っていただけで、別に彼らに対して特別な感情があった訳ではなかった。

 

だからせめて、あの子が害されないようにと力を与え、名声を与え、その力をブリテン全土に見せつけることで、手を出してはならぬ、自分達では適わぬ存在だと民衆に広めた。

 

そうして出来上がったのが新たな守護者、妖精騎士ベディヴィエールだった。

 

しかし、そうなってまでも取り除けなかった兵器としての欠陥が。妖精を害することが出来ない欠陥が、今この大厄災においては最悪の事態を齎した。

 

妖精の醜悪さに絶望し、完全に堕ちてしまったバーゲストはまだいい。不味いのは、妖精を核として取り込んだケルヌンノスとアルビオンだった。

 

ケルヌンノスも、アルビオンも、その存在自体はどちらも等しくブリテン島の敵だった。しかし同時に、彼らの核となる者たちは、まだ妖精として生きていた。闇に堕ち、モースへと成り果ててはいなかったのだ。

 

その結果、二つの厄災は妖精として認識されるようになり、それはつまり守護者が討ち滅ぼすべき敵では無いということを意味していた。

 

故に、いくらシロが攻撃をしようとも、他ならぬシロ自身が無意識にその軌道を逸らしてしまう。守護者としての機能が、反逆をしようとする守護者を咎めるかのように、強制的に狙いを外させられる。

 

 

自分たちの危機だと言うのに、それを守ろうとする者の足を引っ張る滑稽さに、思わず絶句する立香たちだが、今はそんな事で足踏みをしてる場合ではなかった。

 

シロを助けたいと言うのなら、ブリテン島を救いたいと言うのなら、星の内海まで来た使命を果たさねばならない。

 

そのための試練を乗り越え、遂に聖剣を創る鍛錬場たる選定の場まで辿り着き。

あのアホに借りを返せなかったのが心残りだと、そう言い残して消えた村正を犠牲に、アルトリアによって立香たちは聖剣の基型を手に入れた。

 

手に入れて、今度こそブリテンを救うために、マーリンの小細工によって猶予を手に入れた立香たちは、もう一度表の世界へと戻るのだった。

 

 

 

 

吹き飛ばされ、噛み砕かれ、貫かれ。

徐々に内側へダメージが蓄積され、呪いが身体を犯し始めて、死にかけの所へトドメとばかりに総攻撃を仕掛けられた。

流石にあの状態であれを受けては無事では済まない。

 

だと言うのに、気付いた時、目の前には勢揃いした大厄災たちと、周囲にはまだ破壊し尽くされる前の島の景色。

 

目を覆うほどの破壊の閃光も、耳を貫く爆音も、確かに覚えている。いや、正確にはその記憶がある。

自分のものでは無い。島が保存している記憶だった。

 

 

「これは、レイシフト・・・?」

 

 

覚えのある現象に、しかし何かが違うと察するものの、それが何かも分からないし、どうでもいい。

例えそれがなんであったとしても、こうして再び戦える機会を得られたことに変わりは無いのだから。

 

けれど、時間が巻き戻って、敵の攻撃が分かるからと言って、別にシロが強化された訳では無い。未来を知った行動を取れば、それに合わせて厄災たちは攻撃を変え、対応してくる。

 

結局はさっきの二の舞。またボコボコにされ、痛め付けられ、ダメ押しとばかりに彼方まで吹き飛ばされる。

 

吹き飛ばされ、地面を跳ね、漸く止まったそこで。

瓦礫を退かして立ち上がると、自身を呼ぶ声がした。

 

 

「エーちゃん!」

「先輩! ━━━━真名、開帳 "いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)"!」

 

 

一瞬誰のことかと思ったが、そう言えばそんな風に呼ばれていたな、と。

こちらへ向かって来る呪いの塊を、突如出現した白亜の城が防ぐのを見ながら、呑気にそう思った。

 

 

「・・・なぜこちらへ? 貴女たちはもう、ここへ用は無いはずですが。あとその呼び方やめてください。割と黒歴史なので」

「用ならあるよエーちゃん! 」

「やめてください」

 

 

島が保存してる記憶から、何かしら目的があってまだこの世界に残っていたのは把握していたが、あのレイシフト擬きが起こった時点で恐らくそれは達成された。

 

ならば、最早滅びるだけのこの世界に用は無いはずだ、と。

冷たくあしらおうとしたシロへ、立香は一歩も引くことなく断言する。

 

 

「助けに来たんだよ、エーちゃん!」

「必要ありません。あとその呼び方やめてください」

「あ、マシュ、もうちょっと頑張って!」

「はいぃぃ!!」

「・・・」

 

 

先輩の無茶振りに必死に答える健気な後輩と、黒い鎧を纏ったその姿をジッと見詰め、急にソワソワし始めたシロ。

 

 

「それに、貴女たちも知ってるでしょう。妖精など、この世界のことなど、救うに値しないと。こんな糞みたいな生命体、先の世に残してもなんの得にもならないと」

「うん、知ってる。妖精たちも、私たち人間と同じだってこと」

「・・・同じ?」

 

「妖精にも、良い妖精と悪い妖精が居た。人間と同じように、悪さする妖精が居れば、それと同じくらい良いことをする妖精も居た。まるで子供みたいに、無邪気に他者を傷付ける妖精が居た。でも、自らの過ちを認めて、成長した妖精も居た。始まりの6人がやった事は、正直どうかと思うけど・・・だからって、それが今この時代の妖精たちが滅んでいい理由にはならない。エーちゃんが、その罪を一人で背負い続ける理由にはならないよ」

「・・・さては態と呼んでいますね?」

「それに、このままエーちゃんが負けちゃったら、今度は外の世界が滅ぼされる。今度こそ、私たちの世界が確実に滅ぼされるんだ。私たちの力だけじゃ足りない。エーちゃんの力も必要なんだ。だから助ける! エーちゃんのためじゃない。この世界のためでも、妖精を救うためでもない。自分たちの世界を守るために! ・・・それでもエーちゃんは、逃げろって言うの?」

「・・・・・・」

「先輩、もうッ━━━━━」

 

 

夥しい量の呪いが白亜の城を穢し、トドメとばかりにアルビオンが旋回して城へと一直線に突撃してくる。

あれを受け止める力は最早無く、撤退を進言しようとしたマシュだが、地平線の彼方から瞬きもしない時間で距離を詰めたアルビオンが、城塞へと激突する。

 

そこへ光の矢が降ってくるが、やはりソレがアルビオンへ当たることはなく、僅かな拮抗を経て崩れ去った白亜の城から、太陽の如き閃光が弾けた。

 

 

「世界の命運を掛けた戦い。信念を貫き通すその覚悟。その声を聞いた以上、いつまでも控えてる訳にはいきません」

 

 

否、太陽そのもののと言っても過言では無いその光から、一人の騎士が歩み出る。

 

 

「孤独な戦いの道を選んだ我が友と、同じ道を歩もうと言うのなら。例えそれが貴女の意思であろうと、見過ごすことなど出来ない」

 

 

あらゆる不浄を清める焔を有する聖剣ガラティーンをその手に。

太陽の如き熱き情熱をその瞳に宿した至高の騎士。

 

 

「突然の同僚面など煩わしいでしょうが、どうかご容赦を。貴女の大切なモノを護る戦いに、共することをお許しいただけますか、デイム・ベディヴィエール」

 

 

円卓の騎士"太陽のガウェイン"が、立香の声に惹かれ、その姿を現した。

 

 

「あ、貴方は━━━━!」

 

 

召喚される筈のない汎人類史の英雄の登場に、驚愕するマシュだったが。参上したのは、何もガウェインだけではない。

 

もう一人、この場に相応しき資格を持ったモノが、その砂煙の中には居た。

 

マシュの霊基が反応するほどの。円卓最強と謳われた騎士の中の騎士が、純白の鎧を身に纏い、その光から姿を━━━━━。

 

 

「Arrrrrrrr!!」

 

姿を・・・。

 

「thurrrrrrrr!!」

 

「・・・・・・」

 

 

・・・現すことはなく。

代わりに、全てを呑み込む漆黒の鎧に包まれた狂戦士が、狂ったように雄叫びを上げていた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

そのあまりにも残念と言うか、期待を裏切りに裏切ってくれた父の姿に。

マシュは残念なモノを見るような、心底蔑んだ目で、その黒騎士を見ていたとかいなかったとか。

 




ビースト。災害の獣の総称。
つまり、厄災だな?(ガバ判定)


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抜錨

作者は狂スロ大好きです。


 

「Arrrrrrrrthurrrrrrrr!!」

 

 

そう叫ぶ黒騎士にぶっ刺さるいくつもの視線。

なんでそうなってるんだと驚くガウェインに、こんな時に何をしてるんですかと呆れるマシュ、そしてやってくれたなこのNTR騎士と怒る立香と、いきなり出てきて叫び出した初対面の鎧男になんやコイツとガチの不審者を見る目になっているシロという、最優の騎士と謳われた者の登場としては散々も散々なものであった。

 

しかし、狂化状態にある今のランスロットに、そうした周囲の視線に気付ける筈もなく。

それでも敵味方の判別は付くのか、誰かの名前のようなものを叫びながら、一番目立つケルヌンノスに向かって駆け出すと・・・。

 

・・・四方八方から襲いかかってきた呪いの触手に為す術もなく取り込まれ、小さな山となった呪いの塊にアルビオンが突っ込み、呪いの塊は爆発四散した。

 

 

「いや何してんのー!?」

 

「・・・いえ、お待ち下さいマスター!」

 

 

あまりの出落ち感に、英雄相手とは言え、さしもの立香も盛大にツッコミを入れるが、ランスロットの存在にいち早く気づいたガウェインが声を上げる。

そんな彼が指し示す方向を見れば、そこには空を旋回する純白のアルビオンの背中に、黒い点のようなものが見受けられた。

 

それはアルビオンが振り落とそうと錐揉み回転をしたり、光の速さで急降下からの急上昇をしても落とすことは叶わず、アルビオンはそれを嫌がるかのように滅茶苦茶な軌道を描いて飛び始めた。

 

 

「トイレにこびり着いたカビみたい」

「先輩、シィーッです!」

 

 

最悪な例え方をする立香に、曲がりなりにも義娘であるマシュがジェスチャー付きで咎めるが、否定しない辺りにマシュの本音が漏れ出ており、緩みかけていた空気をガウェインが咳払いをして締め直した。

 

 

「・・・さて、あちらの飛龍はランスロット卿に任せるとして。あの見上げるほどに巨大な獣は、私が引き受けましょう」

「いえ、アルビオンの意識が逸れたのであれば、やりようはあります。貴方と黒騎士様には足止めを・・・・・・ん、ランスロット?」

 

 

ガウェインの提案に待ったを掛けたシロが、妙に聞き覚えのある名前に首を傾げると、声を掛けられたガウェインがそちらに振り向く。

 

 

「ん? ・・・えぇ、彼がどうかしましたか? あ、申し遅れました。私、円卓の騎士の一翼を担っておりました、太陽のガウェインと申します」

「ガウェイン・・・ガウェイン?」

 

 

これまた聞き覚えのあり過ぎる名前に、なぜ元同僚と同じ名前なのかと、聞けば聞くほどに疑問符がポンポン浮かぶシロは首を捻り続ける。

少し思案して、彼らが妖精騎士の着名の基となった円卓の騎士の一人であることに気付くと、ついつい好奇心からある事を聞いてしまった。

 

 

「・・・もしや貴方は、汎人類史(そちら)側のモルガン様のご子息である、あの・・・?」

「・・・えぇ、まぁ・・・。あー、デイム・ベディヴィエール、出来ればその・・・」

「・・・?」

「・・・いえ、なんでもありません」

 

 

出来るだけ失礼のないようにと、シロにとっての最大限の褒め言葉と言うか、不名誉とは一切無縁の非常に光栄な肩書きとともに自分の推理が正しいかを確認しただけなのだが、当のガウェインは普段の彼を知るものからすれば二度見するほどに物凄く微妙そうな顔をしており。

何故そのような顔をされるのか皆目検討の付かないシロは再び首を傾げ。それに対してガウェインは、今のやり取りだけで異聞帯(こちら側)のモルガンが俄に信じがたいことに相当慕われていたのだと察してしまい、何をどう言っても誤解されるか、この幼い少女の顔を曇らせる気がしてならず、思わず言葉を濁してしまった。

 

 

「・・・それより、今何か言い掛けませんでしたか?」

「ん、あぁ・・・。モフモフではなく犬の方を、トドメは我ら()がするので隙を作って欲しいのですが。出来ますか?」

「ふむ・・・えぇ、分かりました。私一人であれば厳しかったでしょうが・・・デイム・マシュと共であればそれも容易いことかと」

「あ、はい! マシュ・キリエライト、僭越ながらお供します!」

 

 

無理矢理、軌道修正をしたが、そも悠長に話をしている暇はあまり無い。

 

アルビオンが戦線に加われそうにないと悟ったバーゲストが、触手を弾けさせ、四方八方から追随するように動かしながら突撃して来る。

 

それを合図に、シロは天へと矢を放ち。空へと舞い上がる閃光を背に、ガウェインとマシュは駆ける。

 

 

「はぁッ━━━━!」

 

 

衝突はマシュが、周囲の触手はガウェインが捌き、僅かな拮抗が生まれる。

足を止めたバーゲスト、その隙を逃さぬように彼らの身体の隙間を縫って矢が襲い掛かるが、即座に纏い直した触手がそれを防ぐ。

 

そして、足を止めたのはこちらも同じ。

彼方に居るはずのケルヌンノスだが、大き過ぎるが故にその遠近感は狂い、想定した以上の速度で展開される呪いが周囲を囲み、逃げ場を無くす。

 

一瞬にして追い詰められたかと思われたが、しかし、次の瞬間には空から光の矢が降り注ぎ、撃ち抜かれた呪いの壁の隙間からマシュ達が後退する。

 

 

「ほう、これは・・・」

 

 

敵の情報を得るための、一連の攻防。

ガウェイン自身、宝具を解放すれば切り抜けられた場面であったが、態とピンチを装ったのはシロへの疑心が拭えなかったため。

 

ベディヴィエールの名を冠しており、感じられる存在感も並大抵のものでは無いが、しかし一人の騎士として信頼に足る人物かは別の話。

 

友の名を授かっていただけに、侮っていたつもりなど無かったが、それでもまだ甘かったかと、ガウェインは笑みを零した。

 

 

「・・・失礼。見かけによらず、という奴ですね。どの世界でも、彼の名を持つ者はみな(したた)かのようだ」

「名・・・? あぁ、妖精騎士の」

 

 

トリスタン、ランスロット、ガウェインと来て、であれば次は自分の番か、と密かに期待していたシロであったが。

様子を見るに、彼ら円卓の騎士と同じように、隻腕の騎士が来る気配は無く。

 

既に会っていることに気付いてないシロは、敵を前にして内心少しションボリしつつも、彼方から襲い来るケルヌンノスの触手を射抜き続けていた。

 

 

「出来ることなら腰を落ち着けて言葉を交わしたいですが、どうにも私に残された時間は僅かのようだ。名残惜しくはありますが、今は己が使命を全うしましょう」

 

 

言い終わると同時に、ガウェインの魔力が膨れ上がる。

それが宝具解放の準備であると悟ったマシュは、次で決めるのだと気を引き締める。

 

 

「行きますよ、マシュ!」

「はい!」

 

 

態勢を整えたバーゲストが踏ん張り、触手を四散させ、魔力を撒き散らす。

当たれば即死級の面制圧による攻撃を。しかし、歴戦の騎士たちは紙一重で躱し、捌き、急速に距離を詰めていく。

 

 

「はぁッ━━━━!」

 

 

宝具ではなく、剣圧に魔力を載せた範囲攻撃。

迫り来るバーゲストの触手を一振で消滅させ、続くマシュが宝具を解放する。

 

 

「━━━━真名、開帳 "いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)"!」

 

 

白亜の城が顕現し、行く手を阻む。

無数の触手が雪崩込もうともビクともしない城塞の影の向こう側。

 

触手に覆われた壁面を前にして吠えるバーゲストは、しかしその壁の奥から確かにその声を聞いた。

 

 

「━━━━矢を番えろ、銀色の蒼穹(スイッチオン・アガートラム)

 

 

詠唱とともに、何処からか集まる眩い光の粒子が波となり、シロの手の平へと収束して行く。

集い、束ね、廻り、形を成して、一本の槍へと姿を変える。

 

そして、手の平に浮かぶ一本の槍を掴み、弓へと番える動作に合わせて、螺旋の槍がより細く、捻れ、引き絞られていく。

 

 

「■■■■■■■■!!!」

 

 

あれはマズイ、と。本能で悟ったバーゲストが、自身が行える最大火力の魔力を乗せた咆哮で迎撃。

遠くから同じく危険を察知したケルヌンノスが、バーゲストを巻き込むことも厭わず、数倍の量の呪いで持って、津波の如く城を押し流そうとするが、城塞の上で剣を構える騎士がそれを通す道理は無い。

 

 

「この剣は太陽の写し身 もう一振りの星の聖剣! ━━━━"転輪する勝利の剣(エクスカリバー・ガラティーン)"!!」

 

 

先の魔力放出とは比べ物にならない、文字通り太陽の如く燃え盛る熱波が、それら攻撃を全て焼き尽くした。

 

 

「グルルァッ・・・!?」

 

 

遠くから援護するケルヌンノスは兎も角、間近で直撃したバーゲストは思わず怯む。

それでも触手が焼け落ち、表面が焼け爛れた程度で済んだのは、流石は大厄災の化け物と言った所か。

 

しかし、これらは全て布石に過ぎず。

触手が消え去り、再び姿を現した白亜の城塞の奥で、守護者がその矢を構え、その時をずっと待っていた。

 

 

「━━━━"偽・最果てに届かぬ銀色の鏃(ロンゴミニアド Ⅱ)"」

 

 

そうして、城塞を内側から削り、尚も勢いを落とすことなくバーゲストの脳天に直撃した光の矢は。

 

一切の抵抗を許さず、バーゲストの顔から胴に掛けて全てを抉り取り。さらには奥で構えていたケルヌンノスへと空間を削りながら突き進み、幾重にも重ねた呪いの触手を容易く突き破って、何千年という怨念が何層にも積み重なったケルヌンノスの頭部を消し飛ばした。




一方その頃、トイレのカビは・・・。


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光と闇

NTR(被害者) vs NTR(加害者) vs ダークライ(諸悪の根源)


 

バーゲストの残骸。地面に突き立ったままの足が、周囲で漂っていた触手が、主人を無くし、塵となって消えて行く。

 

第一の関門たる獣の厄災の討伐。

それに喜びを分かち合う暇もなく、別れはやってくる。

 

 

「・・・どうやら、ここまでのようです」

 

 

元より汎人類史の英雄は存在出来ない異界の世界。

現界出来る時間はそう長くはなく、宝具まで使ったとあれば、寧ろここまでよく保ったもの。

 

徐々に身体が光の粒子となっていくガウェインに、シロは声をかけた。

 

 

「最後に一つ、尋ねたいことがある」

「・・・なんでしょう?」

 

 

ガウェインを見て、そして空を飛ぶアルビオンへと目を向ける。いや、正確には、遠目から見てもわかるほどに、明らかに黒色の面積がジワジワと大きくなっているアルビオンの背中の辺りへと。

 

 

「湖の騎士と謳われた、かの騎士は・・・。そちらのランスロット卿は、元よりあのような姿なのか」

「・・・いえ、違います。本来の彼は誰よりも気高く、そして誰よりも騎士であらんとした最優の騎士。彼があのような姿になってしまったのは・・・」

「いや、それだけ聞ければ十分だ。貴方たち円卓の騎士の助太刀に、心からの感謝を」

「・・・えぇ、ご期待に添えたのなら何よりです。ご武運を」

 

 

頭を下げるシロを、何処か寂し気に見詰めるガウェインだったが。

その胸の内が語られることはなく、太陽の騎士は光の粒子となって消え去った。

 

 

 

 

ソレに、理性など無かった。あるのはただ、生まれながらの殺戮兵器として、地上の妖精たちを愛憎で持って、焼き払うという使命のみ。

 

そして、もう一つ。

胸の奥で、今も炉として物理的に燃え続けている愛の結晶が、それを忘れずに居させてくれる。

 

許スナ、許スナ。全テノ元凶、醜キ悪魔ノ化身。

殺セ、殺セ、殺セ。

奴ダケハ必ズ、何ガアッテモ死ヌマデ殺シ続ケロ。

 

何処までも純粋で、混じりっけ無しの殺意。

気に入らないから。何もかもが気に入らないから。

だから殺す、だから許さない。

死ね死ね死ね死ね。

 

最早、どうして怒っているのか、どうして殺してるのかすらも分からぬまま。

とても悲しいことがあった気がするけど。それすらも思い出せぬまま、ただ誰かは分からないけれど、何処かの、きっと大切だったヒトと一緒になれたことが嬉しくて。

そんな幸せをくれた世界に恩返しがたくて、島の空を飛び続け、死の涙を振り撒いて、世界を血に染めていく。

 

 

アァ、アァ、アハ、アハハハ。

良イ気味ダ、トテモ良イ気分ダ。死ネ、死ネ、死ネ。

全部殺シテヤル。コンナ世界、全テ焼キ尽クシテヤル。

ハハ、ハハッ、ァハハハハ―――は?

 

 

だが、突如として、そんな彼女の中に、入り込んで来る者が居た。

黒く、粘っこく、途轍も無く気色悪い感覚が、背中を襲った。

 

 

「■■■■■■!!?」

 

 

悲鳴を上げて、生理的に無理とでも言いたげな様子で暴れ狂う。

今まで抱いていた怒りを一瞬忘れてしまうほどの悪寒。こんな様になってしまった元凶(シロの本)と、似た感覚(NTR)

自分の中の大切な何かが、ジワジワと犯されていく悍ましい感触に、アルビオンの意識は完全に悪寒の正体、背中に張り付き、宝具"騎士は徒手にて死せず(ナイト・オブ・オーナー)"による侵食を行っていたランスロットへと向いた。

 

 

オ前モカ、オ前モ、僕カラ奪ウノカ!?

 

 

人間であれば風圧だけで身体が弾け飛ぶような速度で、それでもランスロットは張り付き続ける。

粘っこく、ねちっこく、徐々に、徐々に、純白のアルビオンが黒に染められていく。

 

ヤメロ、ヤメロ、何ダ、オ前ハ、誰ダ、オ前ハ。

嫌ダ、嫌ダ。入ッテクルナ。僕ノ中二。僕ト、彼女ダケノ世界二、割リ込ンデ来ルナァーッ!!

 

「■■■■■■ッー!!」

「Aaaa!? Arrrrrrrrthurrrrrrrr!!」

 

 

全身から解き放たれた魔力の波動がランスロットを吹き飛ばす。

上空にて宙へ投げ出されたランスロットは、今までのスピードに耐えていた代償か。全身を包む漆黒の鎧はどこもかしこも罅だらけであり、為す術なく、黒い粒子となって空の中へと溶けて行った。

 

 

「■■■■■■ッ!!!」

 

 

居なくなった。漸く、邪魔者は居なくなった。

そうなるとアルビオンが次に取る行動はただ一つ。

 

大きく空へと舞い上がり、大気圏直前で旋回し、地上に目掛けて急降下。数秒で地面へと到達すると同時に直角に曲がり、地面と平行に飛んだまま、突っ立っている可憐な妖精の皮を被った醜悪な悪魔へと一直線にすっ飛び、そして―――。

 

 

「―――」

 

 

こちらへ突き出した片手を、顔の横から逆の方へ。

軽くスライドさせただけの僅かな動作。

 

おおよそ攻撃とは程遠い、なんてことの無いシロの動き一つ。たったそれだけで、決着は着いてしまった。

 

 

「■■・・・」

 

 

焼け野原でも、隆起し、荒れた大地でも無い。

アルビオンの脳裏には現在のブリテンとは、全く違う暖かな景色が映し出されていた。

 

 

『あら、私の王子様。今日はどんなお話を聞かせてくれるのかしら』

 

 

陽だまりのように笑う姿が、そこにはあった。

自分の来訪を心待ちにして、いつも笑顔で出迎えてくれていた。

 

 

『ダンスですって。面白そうだわ、一緒に踊りましょ!』

 

 

パーティに連れ添った時、流行りだからと、そう言われて重ねた騎士の手を、彼女は愛おしそうに握って、そっと抱き寄せた。

ダンスなんて互いに踊ったことは無かったけれど。それでも楽しそうに舞う彼女の姿は・・・。

 

 

『最近、街で新しいお店がオープンしたみたいなのよ。一緒に遊びに行ってみない?』

 

 

何気ない日常。なんて事のない穏やかな日々。

嘗ての記憶。これまでの軌跡が、再生された瞬間に、砕け散る。

 

僅かな時間、けども永遠にも感じる時の中で、彼女との思い出が巻き戻されていく。

 

アァ、ソウダ・・・。ソウだっタ・・・。

僕ハ、僕は・・・。

 

 

『まぁ、なんて綺麗なのかしら! 決めたわ、貴女の名前は、メリュジーヌ。これからよろしくね、湖の妖精さん』

 

―――アァ、オーロラ・・・僕は・・・君を・・・。

 

 

 

 

飛翔し、頭上を通過して空へと飛び立つ残骸を、シロは物儚げに見詰める。

愛に狂った者が、愛によってその道を正される。

 

話だけ聞けば王道の物語だけれど、実際はなんて皮肉な話だろうか、と。

シロは、この島由来の妖精では無いメリュジーヌの記憶までは知らない。彼女がブリテン島の守護者として記憶を辿れるのは飽くまでもブリテン島由来の妖精のみ。

オーロラの記憶から得た知識だけで大体の事情を把握したと思い込んだまま、散っていく同僚の背中を見ながら同情の念を送る。

 

実際は、テメェが書いた本が諸悪の根源ではあるのだが、生憎とその真実を知る者は、光に焼かれて空の彼方。志半ばで、脳を焼かれてしまった純白の竜は、最後の灯火を揺蕩わせるかのように、弱々しく空を旋回していた。

 

 

「まぁ、その、なんだ。・・・別にお前には恨みとか無かったし、今度また、もし会える機会があれば。その時は、心温まる純愛ストーリーとか、書いてあげるよ」

 

 

なーんて、もう会うことも無いだろうけどなー、などと呑気なことを考えながらも、アレにはもう手を下す必要は無いと背を向け、抉った筈の頭部が急速に再生していくケルヌンノスの方へと矢を向けた。

 

 

 

 

罪都キャメロット。かつて栄華を極めたその城は、見るも無惨な廃墟と化していた。

城の正面に面した大穴から呪いの神が這い出て鎮座するその姿。

頭部を抉られ、パックリと割れようとも、滅びる気配の無い神の成れの果てを背に、それでも尚、存在感を現す玉座。

 

ブリテン中の妖精から集めた魔力を貯蔵し、聖槍を制御する、女王ともう一人の小さき英雄(もの)のために作られた、救世主トネリコの最高傑作。

1万4千年もの間、死して尚、ただ怒り、ただ呪い続けた神を撃ち倒すために作られた神創兵装。

 

 

「あなたの怒りは正しいけれど。それでも━━━━」

 

 

玉座に意識を繋げ、12基の聖槍と一つになる。

 

本物の天才が作り上げたその霊装に。神域の中でも最高位に位置する彼女の傑作に。

感嘆の声を上げながらも、問題はその使用者にあった。

 

誰にも及ばぬ天才か、或いはたった一人で大厄災と渡り合える者のために作られたソレらは、今のアルトリアには荷が重すぎた。

 

 

「っ・・・、っあ━━━━!」

 

 

全身に走る過剰魔力。

凡人の域を出られなかった彼女では十分な資格は無く、玉座から流れ込む魔力が火花となってアルトリアの身体を内側からこじ開けていく。

 

意識が弾けそうだ、眼球が破裂するのではないか。

呼吸しているかも分からない、立っているのかすらも分からなくなる。

 

でも。

 

霊脈閉塞型兵装(ロンゴミニアド)、装填。円卓聖槍(ラウンドランス)、12基並列抜錨。救世の槍よ、罪を流す最果ての雨となれ!!」

 

 

そうして放たれた12基の聖槍は、横に広がるように展開され、一発も漏らすことなく直撃した。

しかし、神を傷付けることは叶わず。破損していた筈の頭部すら、ほぼ完治しかけていた。

 

 

「ご、ぁ・・・!」

 

 

ドス黒い血を吐き出す。

だからこそ、失敗した。

 

神代の天才が、その才能を全て注ぎ込んで漸く完成するような代物だ。

なんて事のない、平凡な魔術師であるアルトリアでは、文字通り全てを懸け無ければ、その真価が発揮されることはない。

 

 

「なにが、もう少しだけ、居たい、だ・・・! その少しは、もう、十分に貰った・・・!」

 

 

聖槍は、モルガンたちの為の兵装だ。

聖槍は、アルトリアには扱えない。

だが、その構造は利用できる。

 

聖槍が砲塔になるならば、違う弾を詰めればいい。

今のアルトリアは、『聖剣の概念』。であれば、新たに詰める術式は・・・。

 

 

「回路を玉座から、この心臓に。霊脈閉塞型兵装(ロンゴミニアド)から、龍脈焼却型兵装(エクスカリバー)に変奏」

 

 

直後、頭部が完治したケルヌンノスの呪いの手が大穴から這い出る。

それをさせてなるものか、と。稲妻染みた速度で、急速にキャメロットの城壁を覆い、遂には玉座の間まで到達するが、アルトリアに恐怖はなかった。

何故なら・・・。

 

 

━━━━━━━━!!

 

 

空より降り注ぐ天の光。

この島を、この国を、そしてこの城を護り続けた守護の光が、その呪いを撃ち抜いてくれるのだから。

 

思わず上がりそうになる口角が、なぜだか心地よい。

あぁ、貴女はやはり私も護ってくれるのかと、場違いな感傷に浸りながらも。

 

 

「聖剣、抜刀━━━━!」

 

 

展開された12基の砲弾が、今度は一点集中で、ケルヌンノスに向かって放たれた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

役目を終えた妖精は、儚く砕け散る。

だが残されたヤドリギの杖は、どうだ凄いだろ、と子供が親へ自慢するかのように、堂々とその場に突き立っていた。

 

 

 

 

神が、消えていく。

アルトリアに皮を剥がされ、カルデアに神格を撃ち抜かれ、心優しい神は、今度こそ本当に消えていく。

 

 

「・・・・・・」

 

 

それを遠い丘の上から、眺める影が一つ。

 

役目を終えた妖精は、消えいく神の最後を。そして神殺しを成し遂げたカルデアを静かに見守る。

 

 

「・・・感動的なお別れ。涙なしでは見れないメリバなんて糞食らえです」

 

 

そう言って、その妖精は視線を下に向ける。

小さな糸紡ぎの妖精が気を失い、穏やかな寝息を立てて眠る自身の腕の中へと。

 

怒りはない、憎しみもない。何も感じられない虚無の瞳で、妖精は言葉を紡ぐ。

 

 

我ら()はブリテン島の守護者。この島が存続するために作られた存在。そんな我ら()が、この島になんの益も齎すこともなく、一人幸せに消えよう(救われよう)としている妖精を見逃す筈が無いでしょう」

 

 

本来であれば、この世界線には存在してはならない糸紡ぎの妖精は。けれども、そうなってしまった要因。前の世界での黒騎士との記憶、どれだけ苦しもうと、どれだけ辛いことが待っていようと、それでも尚失いたくないと願ったその記憶。

 

それを消すことで、彼女は存続できる。生きることを許される。

だから消した。

そこに当人の感情なんて欠片も配慮されていない。

ただ、一匹の妖精が消えそう(死にそう)だったから護っただけ。

 

 

「さて、時間ももう残ってませんし、そろそろこの妖精をカルデアへ届けに・・・━━━━!?」

 

 

大地が、揺れた。

まるで、島の底からひっくり返されたかのように、土地が、島が、空間が、空へと()()()()()

 

空を見上げれば、そこには黒く、悍ましい一匹の蟲が、大きな口を開けて、島を、この星を飲み込もうとしていた。

 

 

 

「━━━━っ! オベロンッ!!」

 

 

明らかな怒りの感情を持って、空に浮かぶ巨大な蟲に向かってシロはそう叫び、抱えていた妖精を糸で括って、弓を構える。

 

放つ、放つ、放つ。

地上から舞い上がる無数の流星は、けれどもその一切を容易く飲み込まれる。

 

しかし、漸く大切な人の宝物を護り切ったかと思えば、全てを台無しにしてするかの如き所業に怒り狂うシロの矢も、徐々にその力が失われていく。

 

彼女の力の源はこの島そのもの。

それを飲み込まれ、消されていくというのは、それ即ち守護者の存在意義の喪失に他ならない。

 

完膚無きまでの敗北。やはり変えられない運命を前に、急激に力を失ったシロは、その場に崩れ落ちた。

 




正規の攻略法だと、まずアルビオンを光堕ちさせ、次に光の矢で残りの厄災の動きを封じてロンゴミでバーゲストにトドメを刺し、残ったケルヌンノスとは、決め手が無いケルヌンノスと神格を撃ち抜けないシロ同士で千日手となります。
これで異聞帯ブリテン島は存続し続け、余波で島上の妖精は転生と消滅を繰り返し、モフモフに見守られながらバー・ヴァンシーとシロが永遠にキャッキャウフフするモルガンだけの理想郷となる予定でしたが、カルデアが滅ぼしたので島ごと消えてしまいました。あーあ。


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第四十三話

なんか、トネリコ来ちゃいましたね。
モチのロン引きましたが・・・。

えぇ、マジか。
正直、"トネリコ"として来るとは思わんかった。
普通に水着モルガン様かと思ってた。

・・・よし、書くか。多分。


 

生まれた時から掃き溜めの底のような世界に居て、背けるその視界に映る全てが、どうしようも無い現実だった。

 

 

「■■■■■♪ ■■■■■♪」

 

 

身体を這い回る虫けら共。

耳障りな羽音を掻き鳴らす羽虫共。

 

払いたくても身体が動かない。

目を背けたくても、瞼が無いから閉じることも出来ない。

 

生まれた時から、視界を埋め尽くし、身体を埋め尽くす蟲の大群に、吐き気がして仕方が無かった。

 

あぁ、おぞましい。穢らわしい。なんて醜いんだ。

 

誰にも見向きされなかった爪弾き者。

誰からも必要とされなかった無能共。

 

そんな敗者に(たか)られ、縋られる自分という道化の王様。動くことも、言葉を紡ぐ事も出来ない、無能の王様。

 

惨めで仕方無かった。

いっその事、何もかも投げ捨てて死んでしまえば、どれだけ楽なのだろうとすら思った。

 

でも身体が動かないから、死ぬ自由すら無かった。

 

助けて欲しいと願った。

誰でもいいから、この地獄のような状況をぶち壊して欲しいと祈った。

でも、その声が届く事は無かったし、周りに居るのは、誰かに縋らねば生きていけぬ蟲ばかり。

 

届いた所で叶わぬ願いだと悟ってからは、もうそんな願いも抱かなくなった。

 

どうせ誰も助けてはくれない。

彼らも、自分へ縋ることをやめない。

この地獄のような世界から、逃れる術は無い。

 

何もかも諦めて、ただ時間が過ぎるのを待つばかり。

 

 

 

「・・・大丈夫?」

 

 

そんな時。

地獄の底のような掃き溜めにやって来たのが、あの阿呆だった。

 

 

 

 

 

 

 

天から差す一筋の星の光。

近いようで、遥か遠くにあるその光だけが照らす、何処までも堕ちていく暗闇の中。

 

オベロンは一人、静寂に包まれる船の中を暇潰しに歩いていた。

 

 

「・・・・・・」

 

 

カルデアの乗組員に。あの阿呆に助けられた、本来なら死んで消えるはずだった者たち。

すでに意識は無く、常闇の底で永劫に眠り続ける彼らを。

オベロンはトドメを刺そうとして、どうせ起きることは無いのだからと、面倒くさくなってやめた。

 

 

「・・・・・・あー」

 

 

視線を宙に彷徨わせ、気の抜けた声が出る。

 

終わった。

あぁ、終わった。

漸く、終わったんだ。

 

長い旅路だった。気の遠くなるような時間だった。

でも、終わって振り返ってみれば、そんなに長くなかったような気もする。

 

散々振り回されてばかりの人生だから、あのド阿呆をぶん殴れないのが心残りだったけど・・・。

 

・・・もう、いいんだ。

だって、終わったんだから。何もかも。

全ては自身が望んだ通りに、望んだ結末に。

全て、終わらせることが出来た。

 

 

「・・・・・・はぁー」

 

 

なのに、こんなにも虚しいのは何故だろうか。

胸の真ん中に、ぽっかりと大きな穴が出来たような・・・。

 

 

「・・・ま、どうでもいっか」

 

 

一通り見て回って、戻って来た船の看板に、眠っている人類史最後のマスターが居た。

近くに寄って、しゃがみ、髪を払って寝顔を覗き込む。

 

安らかな寝顔で、死んだように深い眠りに付いていた。

 

憐れだなぁ、と思った。

良くここまで頑張ったなぁ、と思った。

 

元はただの一般人で、成り行きで大役を押し付けられて、その末路がこれかと思うと、鼻から嘲笑が漏れた。

 

すると、立香が目を覚まし、視線を上げた彼女の寝起きのアホ面と目が合った。

 

 

「は? なんで起きてんの、キモ」

 

 

呑気にキモがるオベロンとは対象的に、立香は咄嗟に立ち上がり、距離を取る。

素人とは思えぬ機敏さも、その判断力も、これまでの旅で培って来たものかと思うと、一層憐れに思えた。

 

 

「奈落の虫の胴体は無限なんだ。呑まれた者はどこまでも落ちていく。終着点(ゴール)はない。どんなに強い生命でも、この空洞からは出られない。俺を殺さない限りは」

 

 

面倒ながらも立ち上がり、対面してやる。

失意の庭を乗り越えていたことは予想外だったけど、だからなんだって話。どうせもう結末は決まった。

 

こんな状況で、一人になっても殴りかかってくる無謀さには驚いたが、今更、ちっぽけな人間がどうこうした所で、何も変わりはしない。

 

 

「負けさ。君の、お前達の負けだ。だからもう、諦めたらどうなの?」

 

 

訓練を積み、人理修復を成し遂げた英雄とは言え、所詮はただの人間。

終末装置の化身であるオベロンとの差は歴然で、軽くあしらわれるも、それでも立香は諦めず、拳を握り締めて立ち向かう。

 

酷い面だった。

恐怖に脅え、怒りに染まり、涙を堪えながら、歯を食いしばる。

見るに堪えない。

良い加減諦めたらいいのに、みっともない事この上なかった。

 

 

「勝ち目は、あるッ!」

 

 

けれど━━━━━━。

 

 

「来い、キャスタァァ゛ッァ―――!!」

 

 

けれど、空に光る一等星は、確かに立香に微笑んだ。

 

 

 

 

 

天より舞い降りた星の欠片。

聖剣の守護者と成ったアルトリアが、立香の声に応じて、今ここに降臨した。

 

 

「妖精王オベロン。ブリテンの結末を望んだ者よ。死した者が生き続ける世界は確かに見苦しく、貴方の行動は正しいものです。しかし・・・」

 

 

かつての村娘としての姿はもう無い。

まるで、汎人類史の彼女のように威風堂々とした姿で、オベロンへ鋭い言葉を突き付ける。

 

 

「しかし、他の未来ある者たちの現在まで奪う行為は、間違っている。貴方の行いは、多少どころか本気でみっともない」

「そーだそーだ、みっともないぞーオベロン。恥を知れーオベロン。あと島返せーオベロン」

 

「「「ん?」」」

「おん?」

 

 

これまでになく決まったセリフに、ドヤ顔のアルトリア。

かと思えば、隣から聞こえる聞き覚えのありすぎた呑気な声に、全員が振り返る。

 

そこには、"横暴を許すな"と印字された法被を着て、"島を取り戻せ"と書かれたタスキを掛け、"呑み込み反対"と書かれたハチマキをし、"モルガン様バンザーイ"という旗を背中に差し、"恥を知れ"というやたらと達筆な字で書かれた看板を掲げた、一人デモ活動を行っているシロの姿があった。

お前が恥を知れ。

 

 

「・・・なんで居んの。ここまで来るとマジでキショいんだけど。君、ゴキブリの妖精かなんかだったけ?」

「ブリテン島の妖精ですが何か?」

「じゃあ合ってんじゃん」

 

 

過去一で顔を歪め、本気で嫌悪しているオベロンに、どういう意味だコラー、と威嚇するシロの下へ、アルトリアが歩み寄る。

すると、手にしていた杖と何処からか取り出したサインペンを差し出した。

 

 

「あの、こちらにサイン貰えますか」

 

 

二度見するオベロン。

あ、私も欲しい、と混ざる立香。

両手が塞がってオロオロとするシロ。

 

 

「え、いや、気持ちは嬉しいけど、今ちょっと手が離せなくて・・・」

「なら口で書いて下さい」

「んごっ」

 

 

ペンを咥えさせられ、"さ、早く"と催促されるシロは、アルトリアの奇行に目を白黒させる。

しかし、それでもアルトリアは引くことはなく、寧ろ笑顔を浮かべ、圧を増やしていく。

 

 

「まさか、私に書かせておいて、自分は書かないなんて言いませんよね?」

 

 

"あ、これ許してくれないヤツや"と察したシロ、大人しく咥えたペンで字を書く。

手にした看板に書かれた字と、負けず劣らずの達筆な字で書かれたサインに満足したのか、アルトリアは礼を言うと、ペンを懐に仕舞った。

 

 

「エーちゃん、なんで書けるの?」

「いざと言う時のために練習してた」

「きッッッしょッ」

 

 

オベロンの罵声で、我に返る。

そうだ、今最終決戦中だった。

 

気を引き締める立香に、デモ活動を再開するシロ。場の混乱に一役買ったアルトリアは、何食わぬ顔で普通にオベロンと向き合っていた。

 

 

「いや何普通に始めようとしてんの。まだそこのソレが居る理由聞いてないんだけど」

「そうじゃん。エーちゃんなんで居るの?」

「ずっと船の底でスタンバっ(へばりつい)てました」

「そういう事聞きたい訳じゃないんだよ」

 

 

良い加減ムカついて来たオベロンは、しかし一旦怒りを抑え、冷静に思案する。

そして気付く。シロの力が、明らかに激減していることに。

 

 

「あぁ、そういう・・・。お前今、あんまり力無いだろ」

「ギクッ」

 

 

そして、その予想は大当たりだった。

シロの、守護者としての力の源。ブリテン島そのものが粉々に砕かれ、呑み込まれた今、最早かつての厄災と渡り合った程の力はもう無い。

 

例え、奈落に呑み込まれるという、ブリテン島の脅威(滅び)が現在進行形で行われていようとも。その結果、シロが常に守護者モードになっていようとも。

大元である島の機能がほとんど死んでいる今、奈落の蟲の中に居ることで辛うじて繋がっている僅かなパスから、魔力を供給しているに過ぎない。

 

島からのバックアップはほとんど無いが、代わりに記憶も消されることはない。しかし、守護者としての機能がほとんど停止しているため、その存在は、通常時の力を持たない妖精の時と変わらない。

 

端的に言うと、今のシロは想定外の状態。システムにバグが起きてエラーを吐き出しまくってる状況ではあるが、元よりバグの多いシステム。今更一つや二つ増えた所で、さしたる問題は無かった。

 

 

「はー、島が無くなったのに生きてるとかホントなんなの。ゴミ溜めの残りカス。死骸から搾り取った灰汁(あく)の癖に、今更でしゃばんないでくれる? 本気で目障りなんだけど」

「な、なんだとー!」

「大体さ、なんで無事なの? そこの汎人類史最後のマスター様は失意を乗り越えたらしいから分かるけどさ、お前、守護者とは言え、もうほとんど機能してないだろ。ここ奈落なんだけど。永遠に眠っとけよ二度と目を覚ますな」

「失意・・・? あぁ、あの不出来な英雄様擬きのこと。それなら解釈違いだったからぶん殴った」

「意味不明過ぎてウケるんですけど」

 

 

理解することを放棄したオベロンに、しかしシロも言われてばかりでは無い。腐っても守護者。阿呆でも守護者。しょぼくなっても守護者なシロは、掲げていた看板を床に突き立て、ズビシッとオベロンに指を差した。

 

 

「へーんだ! そう言うオベロンこそ、そんな大した事ないでしょ! 所詮は排水溝の擬人化! そんなペラッペラな羽根でどうやって飛ぶってのさ! それにその左腕も、どうせ見掛け倒しのハッタリでしょ! なに、疼いちゃってる系? 疼いちゃってる系男子な訳? 暗黒竜でも呼び出しちゃう感じですかぁ!?」

「エーちゃん、エーちゃん。私達、今その暗黒竜の腹の中だよ」

「第一、こっちは三人、そっちはぼっち! 戦力差は火を見るより明らか! 神妙にお縄に着けこのやろー!」

「いえ、ここは私一人で十分です。貴女はそこで応援していてください」

「そうだそうだ! 俺なんて応援してるだけで十分・・・え、応援?」

 

 

応援・・・応援って、あの応援?

 

え、なんで? と本気で困惑しているシロに、しかし譲るつもりは微塵も無いのか、アルトリアはシロの前を遮る。

 

 

「応援、え、応援・・・?」

「はい、応援です」

「いや、でも、ほら。俺も一応は、その、最終決戦に臨みに来た戦士というか、そういうアレな立場な訳で。えっと、だから、ただ応援してるだけってのは、そのー・・・」

「問題ありません。いえ、寧ろ貴女は応援をするべきです。応援こそ、貴女の本懐、貴女の生きる意味。ですので、さぁ、ほら。私を奮い立たせて」

「ぇ、ぇ、い、いや、だから、その・・・」

「さぁ早く」

「あうあう・・・」

「さぁ!」

「ふ、ふぁい、とー・・・?」

「違う! もっと日本語で!」

「"もっと日本語で"!!?」

 

 

どういうツッコミだと、目を右往左往させるシロを、しかしアルトリアは許さない。

ガシッと顔を掴み、無理矢理視線を合わせる。

 

 

「さぁ!」

「え、えっとぉ・・・」

「さぁッ!!」

「が、頑張、れ・・・?」

「違うもっと舌足らずな感じで!」

「が、がんばれー・・・?」

「一度じゃない繰り返し!」

「が、がんばれ、がんばれ・・・?」

「疑問形じゃない愛情深く!」

「が、がーんばれ♡ がーんばれ♡」

「そうそれ! ふふん、そこまで言うなら仕方ありません。お姉ちゃん頑張っちゃいますから、よく見ておきなさい!」

 

「り、立香ぁ〜゛ッ・・・!」

「おーよしよし、怖かったねぇ」

 

 

鼻息荒く戦闘態勢に入るアルトリアに、立香に泣き付くシロ。

緊張感なんてまるで無いカルデア陣営を前に、オベロンは。

 

 

「なんだこれ」

 

 

やる気が地の底に堕ちていた。

 

 

 

 

 

 

この虫けらたちほど、それに集られる自分たちほど、醜悪な存在は居ないだろうと思った。

 

生きる者全てが気持ち悪い。

視界に写る何もかもが心底穢らわしい。

 

でも、ソレが目の前にやって来た時。

 

汚いもの達が集まる、この掃き溜めの隅っこが、まだマシだったと。

もうこれ以上、汚いモノはないだろうと思い上がっていた事を、思い知らされた。

 

 

「大丈夫?」

 

 

あぁ、なんておぞましいんだ。

死者の成れの果て。生き汚い畜生共の結晶。この世で最も醜いものをこれでもかと混ぜ込み、煮込み、何千何万年も熟成して出来上がった神話級の汚物が、そこには居た。

 

 

(すんませんマジで調子()きました自分たちが一番汚いものだとか思ってましたそんな事はありませんでした貴方こそが至高の汚物ですマジ完敗ですだから早くどっか行って頼むから消えて今すぐ消え去ってこの世から存在そのものを抹消して俺の記憶から一刻も早くオロロロロロロ)

 

 

吐き出したくても吐き出すものなんて無いし、嫌悪感が凄まじ過ぎて耐性なんて付く暇すら無かった。

 

この後、まだシロに見られているだけ、視界の中に居るだけの方が、アレ(接吻未遂)に比べたら何千何万倍もマシだったと思い知ることになるとは知る由も無く。

 

 

(チェンジで)

 

 

割と切実に祈ったオベロンの(願い)は、誰にも届かなかった。

 

 




マシュ「( ˘ω˘ ) スヤァ…」

生理的にマジ無理な奴が傍に居たお陰で、相対的に蟲妖精への好感度が上がっていたオベロン。
あと、マシュ達は、単にテンション上がりまくってたアルトリアが起こすの忘れてただけ。全部終わったらちゃんと起こす。


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